アベンジャーズが第五次聖杯戦争に介入するようです (ドレッジキング)
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プロローグ 冬木市

アベンジャーズが第五次聖杯戦争に介入するストーリーとなります。かなり勢いに任せた構成なので色々拙い部分があるかもです。そういえばアベンジャーズ的にはサーヴァントってヒーロー扱いになるのかな?


「集まったようだな。今回の任務を説明する。お前達はこれから"冬木市"へと赴き、そこで行われる"聖杯戦争"を阻止してもらう」

 

 

 シールドの長官であるニック・フューリーはヘリキャリアの指令室に集まったキャプテン・アメリカ、ホークアイ、ブラックウィドウにそう告げた。

 

 フューリーの横には副官であるマリア・ヒルがいる。

 

 

 地上最強のヒーローチームである『アベンジャーズ』。彼等は地球や世界に対するあらゆる脅威に対処するべく集められた。例えどのような存在であろうと彼等は臆する事なく立ち向かう。

 

 犯罪者、超人、怪物、吸血鬼、魔術師、宇宙人、悪魔、神…アベンジャーズはこれまでにありとあらゆる敵から地球を守り抜いてきた。地球を守護する最強の英雄集団(ヒーローチーム)であるアベンジャーズは今回も地球を脅かす存在を倒すべく異なる世界へと旅立とうとしていた…。

 

 

「"聖杯戦争"…ドクター・ストレンジも言っていた。やはり今回世界中で起きている異常はその"聖杯戦争"が原因なのか」

 

「あぁ。知っての通り、世界各地で起きている正体不明の"泥"による災害。今回の災害について調べた結果"冬木市"で起きている"聖杯戦争"が原因のようだ」

 

「フューリー、私達はその"聖杯戦争"という戦いを止めれば良いんだな?」

 

「そうだ。ストレンジから言われた通り、"衛宮士郎"という少年を護るのが最優先事項。その次が"聖杯戦争"を勝ち抜いた者に与えられるという『聖杯』の破壊、その次が冬木市に召喚されたサーヴァントの排除だ」

 

「フューリー、"サーヴァント"とは何だ? ストレンジからは"衛宮士郎"の守護、『聖杯』の破壊、サーヴァントの排除が条件だと聞いた。至高の魔術師である彼を以てしても『異なる世界』の事象は完全には見通せなかった」

 

フューリーはキャップの問いに数秒沈黙した後、口を開いた

 

「我々はサーヴァントについて色々と調べた。現地に向かったシールドの調査員が情報収集に当たった結果、色々な事が分かった」

 

 サーヴァントというのは聖杯戦争において魔術師が召喚する使い魔のようなのだ。魔術師が聖杯の力によって召喚されたサーヴァントを使役し、他のマスターとサーヴァントと殺しあう。

 

 サーヴァントというのは魔術における最上級の使い魔であり、本来であれば人間に使いこなせるような存在ではない。聖杯戦争における聖杯の力を借りてようやく魔術師が使役できるようになる。

 

 つまり聖杯の力が働く聖杯戦争でなければ基本的にサーヴァントは召喚できない。

 

 聖杯戦争においてはそれぞれのクラスに分けられた計七体のサーヴァントが呼び出される。

 

 剣士である"セイバー"

 

 弓兵である"アーチャー"

 

 槍兵である"ランサー"

 

 騎兵である"ライダー"

 

魔術師である"キャスター"

 

 暗殺者である"アサシン"

 

 狂戦士である"バーサーカー"

 

 マスターである魔術師とサーヴァントの計七組が最後の一組となるまで殺しあう。そして最後に勝利した者だけがあらゆる願いを叶える『聖杯』を手にする。

 

 『聖杯』を手に入れればどのような願いも叶えられるという。

 

過去に四回の聖杯戦争が行われ、今回キャップ達が向かう冬木市で行われる聖杯戦争は五回目だ。

 

 

 「なんか悪魔召喚じみているが、要するにサーヴァントってのは悪魔とか精霊の類みたいなやつか? ほら、ゴーストライダーみたいな感じの」

 

 ホークアイこと、クリント・バートンがサーヴァントを馴染みのダークヒーローに例える

 

 「それに近い。サーヴァントというのは神や悪魔のようなものらしい。最も、彼等とて"生前"は人間であったがな」

 

 「そりゃどういう事だ?」

 

 サーヴァントというのは過去の人類史において英雄とされた者達が死後、『英霊の座』に登録された英霊のデッドコピーのような存在である。

 

 座にいる英霊本体をそのまま現世に呼び出すのは魔術師であっても不可能。そこで役割に即した「英霊の一面」というものに限定、英霊が持つ側面の一部だけを固定化する事でその負荷を抑えている。

 

 「成程…それがサーヴァントのクラスというわけね」

 

 「その通りだブラックウィドィウ。サーヴァントというのは英霊本体に比べて劣化しているとはいえ、神秘の塊のような存在だ。あの世界の魔術師でさえサーヴァントに勝てる道理はない」

 

 「それなら何でサーヴァントは魔術師連中に従うんだ? わざわざ呼び出されて連中の犬になる事はないのに」

 

 「サーヴァントを律する"令呪"というのを魔術師は持っている。サーヴァントに対する三つの絶対命令権を以てサーヴァントを従えているというわけだ。最も、三つの令呪全てが尽きれば魔術師はサーヴァントに殺される事もあるようだが」

 

 「付け加えておくと聖杯戦争を主催している『魔術協会』と『聖堂教会』には気をつけろ。彼等は聖杯戦争が外部の人間に邪魔されるとあれば

全力で排除しに掛かるだろう」

 

「『魔術協会』と『聖堂教会』…?」

 

「聖杯戦争の裏に潜んでいる組織だ。連中に目を付けられれば厄介な事になる。冬木市の言峰教会に聖杯戦争を監督する為に派遣された神父がいる。

ソイツにも十分に気を付けるんだ」

 

「最も、これから向かう冬木市は我々のいる宇宙とは異なる世界にある街だ。当然の事ながら向こうには我々シールドやアベンジャーズを知る人間

はいない」

 

「けどその方がかえって動きやすいでしょうね。私達アベンジャーズが存在しない世界であるならば顔が割れる心配がないもの」

 

「冬木には既に二名のヒーロー…クライムファイターを送り込んでいる。"恐れを知らぬ者"と"髑髏の処刑人"の二人だ」

 

「そいつ等か…。フットワークが軽いってのは羨ましいね」

 

「所謂汚れ仕事には適任がいるという事なんでしょうね」

 

「ドクター・ストレンジとハルクも手が空き次第お前達の後に続いて冬木市に向かう手筈になっている。サーヴァントには十分に警戒しろ。人類史にその名を刻んだ英雄豪傑ばかりだ」

 

「フューリー、私達は如何なる相手にも油断はしない。誰であろうと全力で戦うだけだ」

 

 フューリーの言葉にキャップは力強く答える。そう、キャップはどのような相手であれ慢心や油断はしない。守るべき人々の盾となり敵に立ち向かう。

 

 人々を守る以上は常に全力であり常に自分の限界を出し切るのがキャプテン・アメリカだ。

 

「お前達に渡したマニュアルを読んでおけ。そこにサーヴァントや『魔術協会』、『聖堂教会』についての詳細が載ってある。連中と戦う為の対抗策もできる限り記入しておいた」

 

「ドクター・ストレンジが冬木に到着するまでくれぐれも無茶だけはするなよ。お前達だけではサーヴァントに有効打は望めない」

 

「分かってる。それより俺達はその衛宮士郎って坊やを保護すりゃいいんだな?」

 

「そうだ。何としてもその子を守り抜け。お前達は士郎少年が通う『穂群原学園』に海外から来た教師という立場で赴任する事になっている。彼の身を守るにはそれが一番手っ取り早い」

 

「了解した。今は私達だけがあの街に向かう。トニーやソーにも来て欲しいが生憎二人は任務で手が離せない」

 

そう、アイアンマンことトニー・スタークと雷神ソーは世界中に出現した正体不明の"泥"の対処に当たっている。

 

 ドクター・ストレンジがようやく世界中に出没した泥の原因が異なる宇宙にある冬木市にある事を突き止め、キャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥの三名が冬木に向かう事になった。

 

 とにかく今は圧倒的に人手が足りていない。他のアベンジャーズのメンバーは泥の対処に追われている。

 

「キャップ…、先に到着している犯罪者殺しの狂犬とは連携するのか?」

 

「それはまだ考えていない、状況によっては彼の協力も必要になるが。マードックとは到着次第会いに行こう」

 

「了解した。そんじゃ行ってみようぜ、冬木市とやらなにな」

 

「あぁ…それでは行くか」

 

"Avengers Assemble !!"




このメンバーでサーヴァントに対抗できるんかな・・・(汗


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第1話 学園への潜入

1話目です。この作品ではFate序盤で起きた一家殺人事件の犯人はランサーという設定になっております。


「というわけで今日からこの学園に赴任してきた海外からの英語教師、スティーブ・ロジャース先生とナターシャ・ロマノヴァ先生を皆に紹介します。ロジャース先生、ロマノヴァ先生、

ウチの生徒達に挨拶をお願いします」

 

 穂群原学園2年C組の担任である藤村大河は朝のHRで今日から学園に赴任してきた二人の外国人教師を生徒達に紹介していた。

 

「皆さん初めまして、今日からこの穂群原学園に英語教師としてアメリカから赴任してきたスティーブ・ロジャースです」

 

「同じくこの穂群原学園に英語教師としてアメリカから赴任してきた赴任してきたナターシャ・ロマノヴァです」

 

 星条旗の男―――キャプテン・アメリカとブラック・ウィドウは自らの本名である「スティーブ・ロジャース」と「ナターシャ・ロマノヴァ」を名乗り、穂群原学園に潜入していた。

 

 シールドの諜報員達の根回しによって衛宮士郎のいるこの学園に赴任する事ができた。冬木市で活動する為の拠点である住居も提供されている。

 

 ホークアイである「クリント・バートン」は二人とは違い体育教師として、赴任している。護衛対象である衛宮士郎に近付く為にはこれが一番手っ取り早い方法だ。

ついでに住居に関しても衛宮士郎の住む深山町の邸宅からほど近いアパートである。

 

 この冬木市では外国人は珍しくない為か、スティーブ達でも違和感なく溶け込めていた。

 

 フューリーから貰った冬木市と聖杯戦争、サーヴァントに関する情報が掛かれた資料には衛宮士郎と同じくこの学校に通う「遠坂凛」という少女の名があった。

彼女も冬木市で行われる聖杯戦争のマスターなのだそうだ。残念ながら彼女以外のマスターについては分からなかったが。凛については士郎とは別の2年A組に

いる。最も、衛宮士郎とは異なり彼女は護衛対象ではない。おまけに聖杯戦争においてサーヴァントを使役するマスターだ。状況によってはスティーブ達と

戦いになる可能性も十分に考えられる。それを考えれば彼女との接触はなるべく避けた方が無難だろう。

 

 衛宮士郎……キャップ達が護衛するべきこの少年も近い内に聖杯戦争に巻き込まれるようだ。いずれにせよ彼からは出来る限り目を離さないようにしなければ

ならない。

 

 「背が高くてカッコいい…! やっぱ外国の人ってイケメン多いよね」

 

 「女の人凄い綺麗……! 外国の女性ってヤッパ憧れちゃう~♪」

 

 「スゲェ筋肉だな…。喧嘩したら一撃で殴り殺されそうだぜ」

 

 「日本語上手い! アクセントにも全然違和感なかった!」

 

 海外から赴任してきたスティーブとナターシャに対して教室内の生徒達からは様々な反応をしている。スティーブは護衛対象である衛宮士郎がどこにいるのか教室内を

ざっと見回す。

 

 (……ナターシャ、あの子に間違いはない。資料にあった衛宮士郎だ)

 

 (えぇ、間違いないわね。スティーブ、なるべく怪しまれないようにね。スパイとしての経歴は私の方が長いからこういうのには慣れているけど、貴方は

こういうのは門外漢だったわよね?)

 

 (なるべく怪しまれないように努力はするよ)

 

 衛宮士郎はオレンジの髪の毛をしているので教室内にいる生徒達の中でも目立つ方だ。

 

 士郎はスティーブとナターシャからの視線に気付き、「?」という感じで不思議そうに二人の方を見ていた。

 

 (君の言う通り彼に怪しまれてはいけないな…。聖杯戦争が始まればそうも言っていられないだろうが)

 

 「それじゃ今日のホームルームはここまで。三時限目の英語の授業はナターシャ先生が担当するからね~」

 

 朝のHRが終わり、2年C組の担任である藤村大河に連れられて教室を出る二人。

 

 と、廊下に出たナターシャはそこで一時限目の授業の為に教室前に待機していた国語教師、葛木宗一郎と思わず目が合う。

 

 「……」

 

 「……」

 

 二人は数秒程見つめ合うと、互いに視線を外す。ナターシャは目の前の葛木に何かしらの"違和感"を感じた。

 

「あ、葛木先生! いつもお待たせしてしまって申し訳ありません!」

 

「構わない」

 

「あ、こちらは今日からこの学園に赴任する事になったロジャース先生とロマノヴァ先生です!」

 

「ロジャースです。よろしくお願いします」

 

「……ロマノヴァです」

 

「よろしく」

 

 (ナターシャ、さっきから彼を睨んでいるがどうした?)

 

(いえ、大丈夫よ。気のせいだから)

 

 ナターシャは葛木を見た際に感じた違和感を疑問に思いつつ、大河に連れられてスティーブと共にその場を後にした。

 

 

 

 一日目は何事もなく全ての授業が終了した。部活動に勤しむ生徒、早足で帰宅する生徒、用もなく教室に残る生徒、そのあり方は様々だ。

 

 クリントは気配を殺しながら廊下から衛宮士郎がいる2年C組の教室を覗いている。肝心の衛宮士郎はクラスメイトである男子生徒と話を

しているようだ。

 

 「すまない、ちょっといいか衛宮。今朝の続きなんだが今日は時間あるか?」

 

 「いや、悪い一成。先約があるんで今日の続きはまたにしてくれないか?」

 

 「先約……? ああ、例のアルバイトか。そうか、それは困らせたな。こちらは今日明日で進退が決まるものでもない。俺の頼みなど気にせず

労働に励んでくれ」

 

 「すまん、明日の朝一で続きをするから、それでチャラにしてくれ」

 

 「ん? そこまで深刻な話でもないと言っただろう。急を要していた物は今朝で片付いた。残った修理品は衛宮の手が空いた時で構わんさ」

 

 「そっか、じゃ、バイトの休みが取れたら続きをするってコトでいいかな?」

 

 「仔細ない。その時はまた頼りにするぞ衛宮」

 

 どうやら衛宮少年はアルバイトの関係でこれから下校するようだ。クリントは隠し持っていたシールド特製の無線機からスティーブとナターシャにこの事を

伝える。

 

 「了解したクリント、直ぐに衛宮士郎の後を尾行しよう」

 

 スティーブからの通信を受けたクリントは、教室から出る一成を避けるようにしてその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

       ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 スティーブ達が教師として穂群原学園に潜入するのとほぼ同時刻、スティーブ達と同じ世界から来たヒーロー……いや、"アンチ・ヒーロー"が冬木の新都を散策していた。

 

  ―――パニッシャー。本名"フランク・キャッスル"はアベンジャーズのメンバーであるキャップ達よりも先に冬木市へと潜入していた。手が空いているヒーローの中にパニッシャーも

いた故、ドクター・ストレンジに依頼されて渋々承諾した。

 

 「……ちっ、この俺が派遣されるとは余程の人材不足なんだろうな。ひと働きするんだからそれなりの見返りは用意しておけよあの魔術師め」

 

 パニッシャーは自分をこの世界…アベンジャーズがいる世界とは異なる宇宙にある冬木市に送ったドクター・ストレンジに悪態を突く。

 

 冬木市は周囲を山と海に囲まれた自然豊かな地方都市だ。中央の未遠川を境界線に東側が近代的に発展した「新都」、西側が古くからの町並みを残す「深山町」となっている。

パニッシャーが今いる場所は近代的な街並みが並ぶ「新都」の方だ。

 

 パニッシャーにとっては魔術師とその使い魔であるサーヴァントは専門外だ。普段は街に巣食う犯罪者連中を狩り殺しているのだが、相手が魔術師ともなれば勝手が違う。

 

最も、パニッシャーが冬木に送り込まれた理由としてはアベンジャーズのようなまっとうなヒーローにはできない「汚れ仕事」が出来るからである。キャップのようなヒーローは例えどのような

極悪非道を絵にかいたようなヴィランでさえ故意に殺すような真似はしない。法の裁きに委ねるべく警察に突き出すだけで終わりなのだがパニッシャーは違う。

 

 パニッシャーが他のヒーローと決定的に違うのはヴィランを容赦なく殺害処刑する事だ。余りにも残虐極まりないやり方でヴィランや犯罪者を殺す事から他のヒーロー達からは非常に嫌われている。

 

 悪党であれば例えそれが老若男女であろうと断罪の銃弾を容赦なく叩き込む―――

 

 パニッシャーが今回冬木市に送り込まれたのはそういった他のヒーローではできないやり方が可能だからだ。ストレンジがパニッシャーを選んだのもそういう理由である。

 

 遵法精神で戦うキャップ達はサーヴァントとマスターに対してつい情けをかけてしまいそれが理由で窮地に追い込まれる状況も有り得る。だがパニッシャーであれば躊躇なく始末する事ができる。

 

 魔術師やサーヴァントに対する裁きをこの世界の警察や司法関係者の手に委ねた所で無意味な事はストレンジも良く分かっていたからこそパニッシャーを選んだ。

 

 『魔術協会』と『聖堂教会』……聖杯戦争を主催している者達である。主催自体は『魔術協会』がしているのだが、聖杯というものが絡んでいるからか、『聖堂教会』から

監督役が派遣されるようだ。

 

 ストレンジからの情報によれば。『魔術協会』とは魔術師たちによって作られた自衛・管理団体だという。魔術の発展のための研究機関を持ち、魔術犯罪の防止する為の法律も敷いている。

 

 『魔術協会』は一般社会に魔術が公にされる事を禁じており、魔術を世間に露呈してしまった魔術師は厳格に処罰されるという。だが協会は「魔術の秘匿」さえ

できていれば魔術師が一般人を研究材料として大量に殺害したり一般社会に多大な被害を与えても黙認し、魔術の露呈をした場合のみ処罰する。

 

 魔術がバレさえしなければ何をしてもよい……要するに「バレなければ犯罪ではない」という思想の集団である。

 

 だから『魔術協会』は道徳や正義感といったものが存在しない。パニッシャーから見れば自分の世界にいるヒドラやA・I・M……いや、一般人を搾取するマフィアやギャングと何ら変わりなかった。

 

 協会が自分の世界に存在していたのなら遅かれ早かれアベンジャーズと敵対している事になっただろう。

 

 それに加えて聖杯戦争において戦いを目撃した不幸な第三者…一般人は口封じの為に消すという決まりになっている。この世界にアベンジャーズのようなヒーローはいない。

口封じの為に襲ってくるサーヴァントや魔術師を止めてやれる存在もいない。襲われる一般人を救ってやれる存在もいない。

 

後から来るキャップ達がこの現実を知れば聖杯戦争を止めるだけでなく『魔術協会』や『聖堂教会』ですらも容赦なく解体しに掛かるだろう。

 

 この世界の魔術師というのは往々にしてロクでもない人格をした者が多いと聞いている。戦いともなればパニッシャーの銃口が火を噴く事は確実だ。

 

 「古い町の方に戻ってみるか」

 

 パニッシャーは冬木市の旧市街である「深山町」の方へと足を運ぶ。

 

 

 

 夜の住宅街をパニッシャーは練り歩く。魔術師でもないパニッシャーがサーヴァントを探知できるわけもないのだが、ストレンジからサーヴァント用の弾丸を何種類か

頂いている。

 

 聖杯戦争にもルールが設けられており、マスターやサーヴァントは人目を避ける為に夜活動するのだという。だとすれば今の時間帯こそがマスターやサーヴァントを

見つけられる好機。

 

 戦いともなれば魔術に疎いパニッシャーにも伝わる筈だ。パニッシャーは懐に仕舞った拳銃をいつでも取り出せるように身構えながら住宅街を練り歩いた。

 

 サーヴァントというのはそれ自体が神秘の塊であり、神秘を纏わない攻撃を無効化するという。神秘を纏わなければ例え核兵器であろうと殺せない存在だ。

 

 だが逆に神秘を纏った武器であればダメージは通る。祈りと魔力が込められたストレンジ燻製の特殊弾はサーヴァントに有効打を与えるのに十分な威力を持っている。

 

 住宅街は夜とはいえ人通りが極端に少なかった。ニュースでやっていたガス漏れ事故や押し込み強盗が原因だろう。状況を考えればそれらの事件にも聖杯戦争が絡んでいる

可能性が高い。

 

 パニッシャーはふと、こちらに向かって歩いて来る人影に目を向ける。少女だ。顔立ちからしてコーカソイド系の外国人である。年齢は10歳に届いているかいないか。

 

 雪の妖精を思わせる白い肌と長く伸びた銀色の髪の毛が特徴の少女である。

 

 冬木では外国人は珍しくないので、近所に住んでいる子かもしれない。

 

 「……」

 

 少女はあからさまにパニッシャーの事を警戒しながら通り過ぎていく。パニッシャーは警戒する少女には目もくれず足早に立ち去った。

 

 それから二時間程住宅街を歩いたが、一向に収穫がない。パニッシャーは一旦シールドから与えられた拠点である住宅に戻ろうとする。

 

 

 ―――その時だった。

 

 「…!」

 

確かに女の悲鳴が耳に聞こえてきた。悲鳴が聞こえたのは二十メートル程先にある家からだ。

 

 パニッシャーは周囲の家を囲う塀にスピーカーが付いた機械を取り付けながら悲鳴のした家に向かって駆け抜ける。

 

 『魔術協会』は魔術が一般社会に漏れる事を酷く嫌う。だからその嫌がる部分とやらを突いてやろう。

 

 パニッシャーが設置したのはシールドが製作した特殊な音響装置である。一個だけでも半径100m範囲内に凄まじい大音量が響き渡る

 

 一度この音を聞けば失神している奴であろうが一発で飛び起きるという代物だ。米軍が開発した音響兵器をシールドが手を加えて改造したものである。

 

 この小型の音響兵器を使って住宅街の人間達を手当たり次第に叩き起こすついでに、警察にも緊急通報される仕組みである。冬木市のみならず周囲の市町村にも

通報が入るというおまけ付きだ。パニッシャーがスイッチを押すだけでいつでも起動できる。

 

 自分の戦闘力だけではサーヴァントや魔術師には勝てない。だがパニッシャーにはこれまでに培ってきた知略という武器がある。

 

 緻密な戦略を武器にしてこれまで他のヒーローやヴィランと渡り合ってきた経験は伊達ではない。

 

 「この辺りに魔術師の結界とやらが敷かれていない事を祈ろうか」

 

 パニッシャーはポツリと呟くと同時に、悲鳴がした家のドアの前に立つ。

 

「…開いているな」

 

 ドアは鍵が掛けられておらず開いたままだった。パニッシャーは拳銃を抜くと音を立てないようにそっと家に侵入する。

 

 

 

 

  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 「お姉ちゃん、お姉ちゃん…!」

 

 年端もいかない少年が心臓を貫かれ絶命した姉の身体をゆさぶる。が、既に事切れている姉はいくら呼び掛けても返事はなかった。両親は既に殺害され、身体を斬られて

即死した。

 

 少年は自分の目の前で起きた突然の出来事が受け入れられず、必死で絶命した姉の身体をゆさぶり、呼びかけ続ける。そんな少年を見下ろす存在がいた。

 

 「悪ィな坊主、目撃されたからには消す決まりなんだ」

 

 青い服を着た青年だった。身長185cmはあろうかという長身に、引き締まった筋肉。猫科動物を思わせる程のしなやかな動作をしていた。

 

 青い服を着た男は面倒臭そうな顔で手に持った2メートルにも達する赤い槍の切っ先を姉の身体をゆさぶる少年に対して向ける。

 

 「やだ…死にたくないよ…お姉ちゃん助けて…!」

 

 「ったく、面倒な仕事をする羽目になっちまったぜ。そんじゃ坊主、できる限り苦しまないように殺して……誰だ!?」

 

 青い服の男は気配のした方向に顔を向ける。そこには……

 

 そこには白い髑髏が描かれた漆黒の服を身に纏った処刑人―――パニッシャーが立っていた。

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 パニッシャーの目の前にいる青い服の男、間違いないサーヴァントだ。この家に押し入って少年の両親と姉を殺害したようだ。リビングルームに広がる光景は全てこの青い服の男の仕業か。

 

 ―――口封じ。

 

 聖杯戦争を目撃した一般人は口封じの為に始末するという決まりになっている。この一家も何らかの形で聖杯戦争によるサーヴァントの戦いか、マスターの行使する

魔術を目撃してしまったのだろう。

 

 だがどちらにせよ―――この惨劇を起こした張本人である目の前の青い服の男がパニッシャーの標的となったのは事実である。

 

 「テメェ……、これを目撃したってんならテメェも始末するしかねぇな」

 

 「……これをやったのは貴様か? 何にせよ、楽に死ねると思うなよ」

 

 パニッシャーは持っていた拳銃を青い服の男に向ける。暗黒の処刑人であるパニッシャーの鋭い眼光は青い服の男の視線とぶつかり合う。

 

 「良い目をしてるじゃねぇか。ちったぁ楽しめそうか? どうせテメェ相手にゃ"令呪"は関係ないんだからな」

 

 「…そうか、ならギャラリーにも来てもらおう」

 

 パニッシャーが音響兵器の起動スイッチを押す。

 

 「!? 何だこの音は!?」

 

 「もう直ぐギャラリーが沢山集まってくるだろうな。俺と貴様の戦いを盛り上げるには観客も必要だろう? だが貴様は戦いを見た目撃者は消すんだったな」

 

 「……大量殺人を起こして口封じが出来る自信があるんだろ?」

 

 「テメェ…!!」

 

 青い服の男はパニッシャーを忌々し気に睨むと、瞬間移動としか思えない速度で跳躍し、リビングルームから家の外に飛び出す。

 

 「これで終わったと思うな! いずれテメェもそこのガキも始末してやる!!」

 

 青い服の男はパニッシャーを睨みながらそう吐き捨てると住宅街の闇へと消えて行った。

 

 「……お姉ちゃん……パパ……ママ……」

 

 両親と姉を殺害された少年は自分の身に起きた出来事が受け入れられないようだ。少年は何度も何度も姉と両親の死体に声を掛け続ける。

 

 「もう大丈夫だ。心配はいらない」

 

 パニッシャーは少年をそっと抱き寄せて頭を撫でる。

 

 「俺が仇を…お前の家族の仇を討ってやる。だから心配するな」

 

 パニッシャーは駆け付けた警官から逃れるべくその場を後にする。パニッシャーの目には両親と姉を殺害され、絶望している少年の姿がいつまでも焼き付いて離れなかった。




パニッシャーから見ればランサーはヴィラン扱いになるのかな? ランサーってファンからは兄貴とか呼ばれているけど、士郎に対してしている事は普通に外道な気がする。


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第2話 詮索

1年ぶりの投稿!!皆さんお久しぶりです!ずっとFGOのゲームプレイしてたり、アニメ見ていたのは内緒です(爆


「タイガーって言うなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 「!? ど、どうしたんだ急に? 私が何か不味い事でも言ってしまったのかタイガ?」

 

 「だ・か・ら! タイガーはダメェェェェェ!!!!」

 

 「そ、そんなに名前で呼ばれるのが嫌だったのか…? 済まない、知らなかったんだ…」

 

 昼休み、スティーブは2年C組の担任、藤村大河と話している際、ついうっかり彼女の下の名前…「タイガ」と言ってしまったのだ。

 

 それが彼女にとっての地雷ワードである事など欠片も知らなかったスティーブは突如ホラー映画で殺人鬼に襲われるヒロインをも凌駕する声量を誇る大河の絶叫を聞く

羽目になり、彼女の彷徨が原因で廊下にいた生徒達の視線が自分と大河に注がれる事となった。

 

 「お、お願いだからその名前では呼ばないでロジャース先生…」

 

 「分かった、以後気を付けるよ。しかし私の国では友達でも仕事の同僚でもファーストネームで呼び合うものだからつい…」

 

 スティーブは自分の祖国であるアメリカでは上司と部下の関係であろうとお互いにファーストネームで呼び合う社会である。スティーブにとっては藤村大河という教師

に親しみを込めて「タイガ」と言ってしまったのだがどうやら裏目で出たようだ。

 

 「ロジャース先生、藤村先生は下の名前で呼ばれるのは嫌なんですよ」

 

 大河の絶叫を傍で聞く羽目になった弓道部主将の美綴綾子は困惑するスティーブにアドバイスをする。

 

 「そうだったのか…済まないフジムラ」

 

 「わ、私こそいきなり叫んで申し訳ありません…!」

 

 流石に大河自身もこのままではばつがわるいと思ったのかスティーブに謝罪する。

 

 「私ってこの名前で呼ばれると反射的にこうなってしまうんです…」

 

 「大丈夫、もう下の名前で呼んだりはしないよ」

 

 「あ、ありがとうございますロジャース先生…!」

 

 大河はそう言うとそそくさと職員室へと戻って行った。

 

 「思わぬ地雷を踏んじゃいましたね」

 

 「ああ、だが地雷を踏んだ授業料が絶叫だけなら安いものさ」

 

 「そういえばロジャース先生、今朝のニュースは見ましたか?」

 

 「…私も見たよ。実を言うと現場は私やバートン達が暮らしているアパートの直ぐ近くだ」

 

 今朝のニュースの一面記事に書かれていた"一家惨殺事件"…。

 

 一軒家に暮らす家族が何者かに襲われ、両親と姉は死亡。下の男の子は助かったと書かれていた。

 

(この町で行われる『聖杯戦争』と何か関連があるのだろうか…?)

 

 今回の一家惨殺事件以外にも新都の方でガス漏れが起きている。スティーブは物騒な事件が立て続けに起きているこの事態にキナ臭さを感じていた

 

 

 「今回の事件によって下校時間が早められたんです。ロジャース先生も気を付けてください」

 

 「ご忠告ありがとうアヤコ。だが私やバートン、ナターシャなら暴漢や殺人鬼程度全然平気さ」

 

 「うーん…確かに体育の時間でのロジャース先生の身体能力を考えれば…」

 

 極力任務で目立つ事は避けるように言われているが、体育の時間で持ち前の身体能力を発揮し、一躍生徒達の間で有名になってしまった。

 

 「ん…? あの子は…」

 

 ふとスティーブが視線を移すと彼女がいた。そう、衛宮士郎と並んで今回の任務の最重要人物である「遠坂凛」だ。

 

 「済まないアヤコ、ちょっとリンと話しがあるんだ」

 

 「遠坂と? あぁ分かりました。それじゃ私はこれで…」

 

 綾子は凛の元に向かうスティーブに別れを告げてその場を後にした。

 

 (なるべく怪しまれないようにしなければな…。こういうのはナターシャの得意分野だが私でも彼女の心を開く程度はできるさ)

 

 「やぁリン」

 

 「あら? 貴方は確かロジャース先生ですね?」

 

 出来る限り爽やかな笑顔で声を掛けるスティーブ。凛はスティーブの声に振り替える。

 

 「少しお話はできるかな?」

 

 「えぇ…大丈夫ですけど」

 

 それから暫くの間スティーブは凛と他愛のない世間話をした。いきなり本題に入ってしまっては

怪しまれてしまう。

 

 「この冬木に来る前から気になっていた事なんだが…10年前に冬木市で起きた大火災の事なんだが…」

 

 「…!」

 

 "10年前の冬木の大火災"…このワードを聞いた凛の表情が微かに強張るのをスティーブは見逃さなかった。

 

 (やはり10年前の大火災は聖杯戦争に関係しているのか…?)

 

 スティーブとて聖杯戦争や冬木市の事について何もかも知っているというわけではない。フューリーからの指令内容だとて元を辿ればストレンジから教えられた情報だ。

 

 10年前に起きた大火災は確実に聖杯戦争が関係しているとフューリーから伝えられた。そして10年前の大火災で大勢の民間人が犠牲になった事も…。

 

 この場で彼女から出来る限り情報を収集しておきたい。

 

 「どうして10年前の大火災の事を?」

 

 「私も昔は記者でね。デイリービューグルという所で働いていたんだが、10年前の冬木の大火災を取材したかったんだが

諸々の事情で出来なかったのさ」

 

 この学校に潜入する際に渡した偽装履歴書の職歴欄に記者を入れておいて正解だった。元記者であるのなら数百名もの人命が失われた大事件である10年前の大火災について尋ねても不自然ではないだろう。

 

 最も、記者でありデイリービューグル所属というのであればもっと適任がいたのだが生憎と"親愛なる隣人"は冬木で別の任務に当たっている。

 

 「私としても10年前の大火災について色々と知りたい。君は何か詳しい事は…」

 

 「…が亡くなったんです」

 

 「え?」

 

 「10年前の大火災で父が亡くなりました。この事件については出来れば触れて欲しくはないんです」

 

 「そうだったのか…嫌な事を思い出させてしまって済まない」

 

 「いいんです、それじゃ私は忙しいので…」

 

 「……」

 

 凛は話を切り上げると、その場から立ち去ろうとする。

 

 「…仮に」

 

 「…?」

 

 スティーブが不意に漏らした言葉に凛はふと立ち止まる。

 

 「仮にあの大火災が人為的なものによって引き起こされたとしたら、私はその原因となった存在を決して許さない」

 

 「あの大火災を引き起こした犯人がもしいたとするならば、私は犯人を必ず法廷に立たせ然るべき裁きを受けさせる。

あの火災が原因で亡くなった人達の為に」

 

 「何ですか…急に…?」

 

 凛は先程の紳士然とした外国人教師といった態度とは打って変わって、力強さと揺るがぬ決意を感じさせるスティーブの言葉に微かに動揺した。

 

 そしてスティーブの鋭い視線は真っすぐ凛の双眸を見ていた。余りにも真っすぐな視線と尋常ではない威圧感に凛の額に僅かばかりの冷や汗が流れた。

 

 「あぁ、私とした事がつい熱くなってしまった。もう行って大丈夫だよ凛」

 

 「は、はい…」

 

 が、これ以上詮索するのは危険と思ったのか直ぐに自分の表情を気のいい外国人教師の表情に戻す。声色も紳士的に修正した。

 

 そして凛は足早にスティーブから離れていく。

 

 「やはりあの火災は…」

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 (もう見えなくなったわよね…?)

 

 (凛、先程の外国人教師についてだが…)

 

 (えぇ、あの顔と目を見て分かった、彼は間違いなく知っている。これから起きる戦い…"聖杯戦争"の事を…!)

 

 (どうするかね凛? あの男をあのまま放置しておけば厄介な事になるかもしれんぞ?)

 

 (とりあえずあの先生についての処遇は保留よ)

 

(君なら手っ取り早く彼の記憶を消し去りそうなものだが)

 

(あの教師…どうやら只の素人じゃないわ。貴方も気付いてるんでしょアーチャー?)

 

(あぁ、私から見てもあの男は只者じゃない)

 

(まさか人間に擬態したサーヴァント!?)

 

(いや、私が見る限り彼は真っ当な人間だ。昨夜見た金髪の男とは違ってその点はハッキリと分かる)

 

(そして魔術師でもない。正真正銘普通の人間だ。ただ、"普通"の定義にもよるが…)

 

(普通の人間…か)

 

(なんにせよあの男をあのままにしてはおけまい)

 

(魔術師でもサーヴァントでもないならあの先生に出来る事は限られている筈。とはいえ今すぐじゃない。また日を改めてその時は…ね)

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 新都郊外の丘の上にある教会に向けて歩を進める漆黒のコートに身を包んだ処刑人…フランク・キャッスルは昨夜の事を思い出していた。

 

 ―――これで終わったと思うな! いずれテメェもそこのガキも始末してやる!!

 

 昨夜会った殺人犯の青い槍男はそんな捨て台詞を吐いてその場を逃走した。あの男の襲撃によって唯一生き残った少年は聖堂病院へと移送された。

 

 医師の話によれば外傷は無いが、心的ストレスによるショックが大きいとの事だ。無理もないだろう、目の前で両親と姉を槍男に殺されたのだから。

 

 生き残った少年を一人にしてしまったが、幸いにも"向こう見ずの悪魔"が付き添っている。

 

 度々あの男は犯罪者に対する処遇を巡って対立してきたが、今だけは協力関係にあった。

 

 そして今自分は向かっている教会は今回の聖杯戦争の監督をしている男が居るという。ストレンジからはかなり詳しく聖杯戦争

の事について教えてもらった。

 

 ただストレンジといえど聖杯戦争や魔術師、サーヴァントの全てを知りえたわけではない。ある意味一番重要な情報を知れなかった事で、弁護士は昨夜の戦いで撤退を余儀なくされたのだから。

 

 そうこう考えている内に冬木教会へと辿り着く。元々この周辺には外国人が多く居住していた事もあり、教会はかなり本格的な造りだった。

 

 「教会、か…」

 

 かつてはフランク・キャッスルもカトリックの修道士を目指していた時期があった。だがそれも今は叶わぬ夢となったが…。

 

 広大な敷地へ入る為の門を開け、そして教会の扉の前に辿り着く。

 

 そして対策としての仕掛けを十分に施した後に扉を開いて中へと入った。何の策も無しに入るなど馬鹿のする事だ。

 

 教会の中は広々としていた。荘厳な雰囲気に包まれた礼拝堂がフランクを出迎える。教会の席には金髪をした若い白人の男が座っていた。

 

 フランクの方に視線を移すも、すぐに前を向く。

 

 そしてフランクは礼拝堂の最前列の席に腰掛けた。それと同時に奥の扉が開かれ、この教会の神父が姿を現した。

 

 その神父は日本人離れした長身と引き締まった肉体をしていた。190cmを超えているであろう身長はフランクよりも僅かに上背がある。

 

 神父の着るカソックの上からでも鍛え抜かれた肉体がハッキリと分かる。海兵隊として戦場を生き延び、数多くの犯罪者の相手をしてきたフランクは目の前の神父が只者ではない事を感じ取った。

 

 神父は無言でフランクの方に視線を向け続け、檀上に立つ。

 

 「……」

 

 「……」

 

 そのまま暫く両者の睨み合いが続いた。フランクは目の前の神父が只者ではない事を感じ取った。そしてもう一つ感じ取れた事がある。

 

 ―――この神父は紛れもない「悪」だ、と。

 

 「冬木教会へようこそ迷える子羊よ。懺悔であれば喜んで私が聞こう」

 

 「生憎と俺はここに懺悔にしに来たんじゃない」

 

 「ほぅ?」

 

 「ここに来たのは単なる"観光"だ。この町の教会がどんなものか気になってな」

 

 「それとこの教会の神父の顔も拝みに来た。教会ってのは神父もいてこそだ」

 

 「私の顔を見にかね?」

 

 「そうだ。神父になるにはそれに相応しい人間じゃなきゃならん。少なくとも俺の目の前にいる

ような男が務めていい職業じゃないからな」

 

 「これはこれは。私が神父に相応しくないと?」

 

 「俺もかつては修道士になる為に勉強していたがな。だが今の俺はそれに相応しい人間じゃない」

 

 「君の仕事は何かね?」

 

 「清掃業だ。但し害虫専門のな」

 

 「虫とはいえ多くの生物を殺める仕事だ。教会で懺悔の一つでもしていってはどうかね? 多少は気が晴れると思うが」

 

 「いちいち虫を殺した程度で懺悔室に行ってたまるか。免罪符も必要ねぇよ」

 

 それから暫く言葉のやりとりを続ける両者。

 

 「もう十分だ。俺はもうそろそろ行く」

 

 「私との会話は堪能できたかね?」

 

 「まさか」

 

 フランクは教会の扉の前まで来て神父に言う。

 

 「近い内にまた来るぜ。今度はお前に振る舞う土産でも持参してきてやる」

 

 「それはそれは。期待するとしよう」

 

 そして扉を開けて外に出ようとするフランクはふと礼拝堂の奥に視線を向ける。

 

 (…気のせいか?)

 

 扉を開けようとする際、微かな胸騒ぎ感じたのだ。礼拝堂の奥というより下…地下と言った方が

正しいだろうか?

 

 「それじゃあな」

 

 そう言うとフランクは外に出た。

 

 「……後日再調査といくか。今度は徹底的に調べてやる」

 

 フランクは足早に少年が入院している聖堂病院へと向かった。




キャップはヒーローだからやっぱこんな反応になっちゃうかなー?と思いました。原作キャップってもっと堅苦しい筈なんですけどそこは目を瞑ってください(;^_^A

正直あんまりSSを描いた事がないんで色々拙い部分が多いかもしれないですが、目を瞑ってください(>_<)

パニッシャーって過激なやり方から他のヒーロー達からは嫌われてるけど、FGO世界なら理解者多くなるんじゃないかな?と思ったりw

それと教会の地下…あ(察し


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第3話 口封じ

お久しぶりです!第3話となります!

教会の地下の子達って他のルートではどうなったんだろう?(´・ω・`)
セイバールートでしか存在を確認できないんだよなー…


 たとえば魔術師について。

 

 半人前と言えど魔術師であるのならば、自分がいる世界を把握するのは当然だろう。

 

 端的に言って、魔術師とは文明社会から逸脱した例外者だ。

 

 だが例外者と言えど、群れを成さねば存在していられない。切嗣はその群、魔術師たちの組織を"魔術協会"と教えてくれた。

 

 ……加えて、連中には関わらない方がいい、とも言ってたっけ。

 

 魔術協会は魔術を隠匿し魔術師たちを管理するのだという。要するに魔術師が魔術によって現代社会に影響を及ぼさないように見張っているのだが、魔術の悪用を禁ず、という事ではないのが曲者だ。

 

 切嗣曰く、魔術協会は神秘の隠匿だけを考えている。ある魔術師が自らの研究を好き勝手に進め、その結果一般人を何人犠牲にしようと協会は罰しない。彼らが優先するのは魔術の存在が公にならない事であって、魔術の禁止ではないのだ。

 

 ようはバレなければ何をしてもいいのだという、とんでもない連中である。

 

 ともあれ、魔術協会の監視は絶対だ。大抵の魔術研究は一般人を犠牲にし、結果として魔術の存在が表立ってしまう。

 

 故に一般社会に害をなす研究は魔術協会が許さない。

 

 かくして魔術師たちは自分の住み家で黙々と研究するだけに留まり、世は全て事もなし―――という訳である。

 

 ……魔術を何に使うのであれ、安易に使えばよからぬ敵を作るという事。

 

 他人を傷付けるという目的で行われるのであれば猶更―――

 

 

 

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 言峰教会の地下にその子達はいた。教会の地下の光も届かない闇に10年間も囚われていた。

 

 この10年間ひたすらに絞り尽くされてきた。絶え間なく身体と精神を苛まれ、穢され、嬲られ続けた。

 

 拷問…という表現ですらも生ぬるい地獄の責め苦の毎日を送ってきた。あの男が…人間の見た目をして神父の服を着ただけの悪魔、怪物、鬼畜…どのようにアレを言い表したらよいのか分からない。

 

 最早アレを同じ人間だとは思いたくなかった。

 

 10年前の大火災によって家族を喪った自分と他の子達全員をあの男が引き取った。

 

 自分達以外に一人男の子いたが、その子は別の里親に引き取られた。

 

 自分達はあの日、あの男が運営する冬木教会へと足を踏み入れた。あの時は自分と他の子達がこんな運命を辿るなど夢にも思っていなかったが…

 

 そうして今日に至るまで筆舌に尽くし難い程の苦痛と恐怖と絶望を味わい続けた。そんな毎日の中で自分達の精気…生命力…活力…気力…何もかもが絞り尽くされた。アレは

 

 自分と他の子達が今どうなっているのか、どういう状況なのか、それすらも分からない。意識すらもハッキリせず、五感も最早機能していない。今こうして生きている時点で奇跡としか言い様がなかった。

 

 

 …否、生きているのではない、アレに生かされ続けているのだ。死ねばこの苦しみから解放されるだろう。だがアレがそれを許すだろうか?

 

 認めはしない、許容はしない、許しはしない。自分達の生殺与奪権はアレが握っている。自分達から何もかもを奪い取る気だ。

 

 この暗闇の世界に助けなど来る筈もない。最初の3年は助けが来るという望みを持ち続けた。だが無駄だと分かった。来る日も来る日もアレが行う残忍非道な責め苦の嵐に泣き叫び、絶望した。

 

 そしてアレは笑っていた。

 

 苦痛に歪む自分の顔を見ながら微笑していた。

 

 自分の目からとめどなく流れる涙を見ながら微笑んだ。

 

 人とも思えぬ獣じみた自分の悲鳴と絶叫を聞きながら口元を歪ませた。

 

 「もうこれ以上痛い目に遭わせるのはやめて」という必死の懇願を聞き流しながら笑っていた。

 

 アレは自分や他の子達の苦しみ、痛み、悲しみ、絶望を見る事を楽しみにしている。

 

 地獄の悪魔ですらも裸足で逃げ出すであろう凄惨極まる所業を喜々として行っているのだ。

 

 この地獄から自分達を解放してくれる者など何処にいるのか…?

 

 誰か…この地獄からす助けて…

 

 何処に…

 

 いる…の…?

 

 

 

 

 

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 パニッシャー…フランク・キャッスルは昨夜保護した少年が入院しているという聖堂病院へと足を運んでいた。昨夜の槍男の言葉通りであるならば、奴があの子を狙うのは必然。

 

 魔術師という存在であるならば、この子が入院している病院を割り出すなど簡単な事だろう。目撃者は消すというやり方である以上、あの少年を見殺しにする事はフランクにはできなかった。

 

 病院の受付で少年が入院している病室を聞き出すと、5階にある少年の病室へと足を運んだ。

 

 病室に入ると、少年はベッドから起き上がった状態で窓の外をじっと見つめていた。そして病室の隅にある椅子にはカウボーイハットを頭に被った中年の白人男が座っていた。

 

 身長はおよそ160cm程であろうか。190cmあるフランクとは30cmも離れている。

 

 しかし小男は身長の低さに対して不釣り合いな量の筋肉に覆われていた。

 

 服の上からでも鍛え抜かれた逞しい肉体をしているのが分かる。特に腕の太さはフランクにも劣らないだろう。

 

 ゴリラのような厚い胸板に、丸太の如く太い腕…この男と喧嘩になれば多少の上背があった所で素人ではどうにもなるまい。

 

 外見こそ荒々しく粗野な雰囲気を纏っている小男だったが、昨夜フランクが保護した少年を良く気遣っていた。

 

 医師の話によれば、昨夜の青い槍男によって家族を皆殺しにされた事による精神的なショックが大きいらしい。

 

 「…それでこの子の家族を殺した野郎は?」

 

 「逃げられた。だがアイツは必ずその坊やを狙いに来る。目撃者は消すっていうのが連中のやり方らしい。あの魔術医者の言った通りだ」

 

 「お前さんが後少し駆けつけるのが遅かったらこの子も殺されていただろうな…」

 

 "口封じ"…この言葉にフランクは自分の家族があの場所…セントラルパークでの出来事を思い出した。

 

 フランクの家族はマフィアの行う処刑の現場を偶然目撃してしまったのだ。そして家族は…

 

 時々フランクは思う。もしあの日…あの現場で死んだのは自分だけで、家族が生き残っていたらどうなっていたのか?

 

――――――妻だけが生き延びていたら

 

――――――娘だけが生き延びていたら

 

――――――息子だけが生き延びていたら

 

 今の自分がしている事と同じ事をしていたのか?

 

 もしかしたら家族なら違う道に進んだのかもしれない。

 

 

 「……」

 

 その時、ベッドに座り、虚ろな目で窓の外を見ているだけだった少年がフランクの方に目を向けた。

 

 「……じさん」

 

 「…!」

 

 「おじ…さん…?」

 

 フランクの方を見る少年の目は微かに精気を取り戻したかのような輝きを見せた。少年の瞳はフランクを捉えて離さなかった。昨夜、家族が謎の槍男に皆殺しにされている現場に駆け付けた目の前の処刑人は自分の命の恩人である。

 

 フランクが駆け付けるのがもう少し遅ければ自分も殺されていたに違いない。

 

 「…俺がもう少し早く駆け付けていればお前の家族は死なずに済んだかもしれん。すまん…」

 

 フランクは少年に謝罪する。もう少し自分が駆け付けるのが早かったなら家族全員を助けられた。だが遅れたせいでこの子の家族は…

 

 「俺がしてやれるのは…」

 

 フランクがこの子にしてあげられる事は最早決まっていた。

 

 「…?」

 

 「俺がお前にしてやれる事はただ一つ――――――」

 

 

 奴を…あの槍男を"制裁(パニッシュ)"する。

 

 「…!」

 

 フランクの…否、"制裁者(パニッシャー)"の気迫に当てられた少年は瞳孔を開いた。

 

 「おじ…さん…」

 

 「だから安心しろ。お前の家族の仇は取る。必ずな…」

 

 

 

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 フランクと小男は少年の病室を出ると、病院の廊下の椅子に腰掛けながら今後の打ち合わせをしていた。

 

 「ミスターフランク、それで槍男をここで待ち伏せるつもりか」

 

 「あぁ、だが昼間の内はとりあえず安全だろうよ」

 

 「あの子は俺が護衛しとくぜ。お前さんの言う槍野郎が来たら俺が相手してやるよ。お前さんは与えられた任務を遂行しな」

 

 「恩に着るミスターローガン。ベビーシッターの経験はアンタの方がありそうだからな」

 

 「五月蠅ぇ」

 

 冬木市で行われる聖杯戦争にはルールが設けられており、人目を避ける為基本的に夜間に行われるようだ。

 

 フランクはDrストレンジから聖杯戦争の事について詳しく聞かされている。

 

 「最も、白昼堂々殺しに来る可能性も無いとは言い切れんがな」

 

 「それと最近ニュースで"ガス漏れ"事件が相次いでいるみたいだがこりゃ…」

 

 「間違いなく聖杯戦争が関係しているだろうな」

 

 ストレンジから聖杯戦争は人目を避ける云々言われてはいたが、民間人を盛大に巻き込んでいるではないか。

 

 「そういえばお前さん、学園に潜入しているキャップ達も知らない情報をストレンジから教えられたんだろ?」

 

 「そうだ、俺は俺のやるべき事をやるだけだ」

 

 そう言うとフランクは懐から用紙を取り出す。用紙には顔写真とプロフィールらしきものが書かれていた。

 

 「アンタにだけは見せておくよミスターローガン。ストレンジから渡された資料だ」

 

 「俺はストレンジからこの世界の魔術師について詳しく聞かされてな。この資料に書かれている小娘(ガキ)も今回の戦争の参加者なんだそうだ」

 

 「この写真の嬢ちゃんがどうかしたのか…っておい、この嬢ちゃんは…」

 

 資料の写真に写っているのは十代半ば程の少女である。

 

 「あの魔術師から言われたよ、"この世界の魔術師にまともな倫理観など期待するな"ってな」

 

 聖杯戦争による戦いを目撃した者は記憶を消されるか最悪口封じに殺される…ストレンジから聞かされていた情報だ。

 

 実際にその現場を目の当たりにしたフランクは嫌でもストレンジの言葉を信じるしかなかった。そしてあの教会にいた神父…あの男は間違いなく超が付く程の悪党だ。

 

 「俺からすりゃこの街で行われる聖杯戦争とやらに参加している連中は全員標的だ。勿論この資料の小娘もな」

 

 「分かった上で参加しているのか、それとも知らずに参加しているのかは知らんが今日中にこの小娘(ガキ)に挨拶しに行ってやる」

 

――――――遠坂凛

 

 資料に書かれていた少女の名前である。

 

 「分かっているマスターは現時点でこの娘だけだ。今の内に口減らしした方が不幸な被害者が出ずに済むしな」

 

 「この嬢ちゃんはキャップ達が潜入している学校の生徒だぜ? それにストレンジが協力者にした方がいいとも言っていた。そんな事すりゃキャップ達が黙ってないぜ?」

 

 「俺はキャップは尊敬しちゃいるが、それでも何でも言う事を聞くわけじゃねぇ。それにキャップだってこの小娘(ガキ)が聖杯戦争のマスターである事は知っている筈だ」

 

 「仮にキャップが止めたとしてもこの小娘(ガキ)があの坊やのような子や他の民間人を平然と巻き込むようなクズなら…アンタなら言わずとも分かってるな?」

 

 「全く…ストレンジの野郎はアンタを制御できると思ってンのかね、そうなったらもうお前さんは止められねぇからな」

 

 「それも承知で俺をこの世界に向かわせたんだろうよ」

 

 ローガンは苦笑いを浮かべつつ、病院を出るフランクを見送った。




パニッシャーって投降してきた無抵抗なヴィランすら射殺する人だからね(;^_^A


やっぱどんな鯖でもマスターの命令とあらば民間人消すんだろうか?(令呪があるし)
サーヴァントってあり方からしてアベンジャーズやX-MENといったヒーロー達と相容れないような気がするけど実際どうなんだろう?

民衆を守る為に召喚されてるわけじゃないし。FGOみたいな人理修復案件で召喚
されるならともかく聖杯戦争だと…


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第4話 ヒーローと正義の味方

お久しぶりです!第4話の投稿となります。お馴染みの「親愛なる隣人」の登場回ですw


考察すればする程、キャップ達みたいなヒーローと、アルトリアを始めとするサーヴァント達って互いに相容れない存在に思えてきた…(´・ω・`)


「アーチャー、さっきの外国人教師の事なんだけど…」

 

「君も気になるのか凛。彼は魔術師でもサーヴァントでもない普通の人間だ。そんな男がどうやって聖杯戦争の事を知ったのか疑問に思っているのだろう?」

 

学校が終わり、家路を歩いている凛の傍に付いている霊体化したアーチャーが語り掛ける。

 

「私も魔術師の端くれよ。神秘の秘匿が何よりも重要だって事位分かるわ。あの外国人教師がどうやって嗅ぎ付けたのかは興味があるけど、それより彼が聖杯戦争に介入してきそうな事が問題よ。普通の人間が手に負えるようなモノじゃないってのに…」

 

凛は不機嫌そうに吐き捨てる。

 

「凛、やはりあの外国人教師には注意すべきだ」

 

「分かってるわよアーチャー。彼ってどうにも得体が知れない感じがするわ」

 

「うむ、だがあの男が我々の敵である可能性は低いと思うのだがね」

 

「どうして? 貴方だって薄々勘付いているんじゃない? あの先生からは魔力を感じなかったって」

 

「確かにそうだな。あの男は魔術師でもサーヴァントでもない。サーヴァントである私と、魔術師である君が目を凝らしてもあの男からは何の魔力も感じなかった」

 

一般の人間は聖杯戦争どころか魔術師の存在すらも認知していない筈だ。ただの人間であるあのスティーブという男はどこで自分や聖杯戦争の事を嗅ぎつけたのだろうか?凛の頭の中はその疑問で埋め尽くされていた。

 

魔術師にとって神秘の秘匿は義務と言っても良い。魔術師の端くれである凛でさえ父である時臣から厳しく言いつけられてきたのだ。魔術協会による監視もあるので、魔術の存在を一般人に知らせるという事がどんな事態を招くのか凛はよく知っているのだ。

 

魔術や聖杯戦争の存在をスティーブという外国人教師に漏らした者が魔術師だとするなら、その者は魔術師としての価値観からすれば完全に頭のおかしい奴でしかない。

 

「あの男…聖杯戦争に関わるつもりかしら?」

 

「分からん。しかし用心しておいて損はあるまい」

 

「どうするアーチャー?あの男…スティーブ・ロジャースとかいう教師が聖杯戦争に関わってきたら…」

 

「その時はその時だ。君も覚悟をしておきたまえ」

 

アーチャーの言葉を聞き、もしもの事態を想定する凛。最悪スティーブを口封じで消すという事態になるかもしれない。魔術師の存在を一般の人間に知られてはいけないというルールの下、心を鬼にしなければならない。

 

そんな凛は自分の屋敷の入り口の傍に立ち、遠坂邸を眺めている男を見て足を止める。男は欧米人で、身長は190cmはある大男だ。鍛えられた肉体が服の上からでも分かる程に屈強で厳つい男である。

 

全身を黒づくめにしており、黒いロングコートを着ていたが、男の胸に白い髑髏のマークが描かれていた。

 

そして男は凛の方に目を向ける。男の発するオーラは張り詰めており、凛も思わず額から汗が流れる。男の視線は凛の眼を射抜いており、これから凛を殺そうとする流れになっても不思議ではない程、殺気立ってる様子だった。

 

「ちょっと貴方、人の家の様子を伺って何をしてるのよ?」

 

凛は思わず声を上げた。

 

「遠坂凛だな?」

 

「…そうだけど、何か私に用?」

 

黒いコートの男の鋭い眼光に睨まれている凛は、自分の身体に鳥肌が立つのを感じる。黒いコートの男は普通の一般人であれば決して出せないであろう威圧感と重苦しさを纏っており、凛は目の前の黒いコートの男を危険な存在だという事を本能で理解した。

 

「お前の事は調べが付いてる。単刀直入に言おう、聖杯戦争とかいう魔術師共のくだらないゲームを即刻中止しろ」

 

(…冗談でしょ!?さっきの外国人教師といい、聖杯戦争や魔術の事が洩れすぎじゃない!)

 

凛は心の中で絶叫するが、何とか冷静さを取り繕う。

 

「…貴方は協会か教会の人間?」

 

「違う。俺はただの人間だ。魔術師でもないしサーヴァントでもない」

 

「只の人間が魔術師達が行う聖杯戦争に関わって何かできるつもりなの?言っておくけど手を引くのなら今の内よ?私は見た目通り優しいから、今なら記憶を消すだけで勘弁してあげるわ?」

 

凛は黒いコートの男に舐められないように、腕を組みながら、「フフン♪」という小馬鹿にしたような笑みまで浮かべ、余裕を持った態度で牽制してみせる。

 

魔術師である自分が普通の人間である目の前の男に遅れを取るわけにはいかない。魔術師としてのプライドや見栄もあるが、それ以上に凛本人の性格もあるので黒コートの男を恐れるという態度を表に出す事をしなかった。凛とてこれから冬木で行われる第五次聖杯戦争で魔術師とサーヴァントを相手取った命がけの戦いをしなければいけないのだ。魔術師でもサーヴァントでもない、自分の目の前にいる厳つい黒コートの男相手に遅れを取るわけにはいかないのであろう。

 

「…魔術師が怖くてわざわざこの戦いに介入しに来る思うか?」

 

「あら?随分な自信じゃない?」

 

黒コートの男を馬鹿にしたような態度を崩さない凛。

 

「俺を排除したいのなら今すぐ殺しに来ればいい。最も、お前の脳天を即座に吹き飛ばす程度は簡単だがな」

 

ハッタリではない。凛は直感でそう分かった。今ここでアーチャーをけしかけても、それ以上に目の前の男が銃を抜くスピードの方が恐らく速いだろう。それにこの男は間違いなく自分達の世界でいう"プロの兵士"なのだ。それも相当な修羅場をくぐってきた本物の兵士だ。素人とは醸しだす雰囲気がまるで違う。下手に挑発に乗ってしまうと取り返しのつかない事態になる可能性がある。ここは穏便に対応しなければならないと判断する凛。そして黒コートの男がニヤリと笑う。

 

凛の顔が一気に強張る。この黒コートの男は本気だ。本当に冬木市で開催される第五次聖杯戦争を妨害するのだとすれば、正気の沙汰ではない。

 

「今お前をここで殺すのは簡単だが、それは勘弁しといてやる。だがお前が聖杯戦争で一般市民を故意に傷付けたりしようものなら…その時は覚悟するんだな」

 

「……!」

 

凛は自分の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「お前の傍にはお前が召喚したサーヴァントがいるんだろう?いるのなら出て来い、そのツラを拝んでやる」

 

「やれやれ…、普通の人間に姿を見せるのは聖杯戦争のルール的にどうなのだ凛?」

 

そう言うとアーチャーは霊体化を解除して姿を見せる。

 

「お前達サーヴァントはマスターである魔術師に従う存在だったな?」

 

「そうだが、それがどうかしたのかね?」

 

「サーヴァントというのはマスターの命令であればホロコーストの真似事もするのか?普通に生きる一般人を良心の呵責も無しに大勢殺せるんだろう?」

 

黒いコートの男がアーチャーを睨みながら言った。確かにサーヴァントは魔術師に召喚された以上は、自分を召喚した魔術師であるマスターに従う。サーヴァ

ントは基本的に、マスターの令呪という絶対命令権で自由を奪われているが故に、主に逆らう事はしない。

 

アーチャーは暫く沈黙した後、静かに口を開いた。

 

「ああ。マスターの指示があれば、私は何の罪も無い人間を殺す事もある。それがマスターの命令であれば、躊躇わずに大勢の人々を巻き添えにして大爆発を起こす爆弾を造りあげる事も厭わない」

 

「……!」

 

淡々と話すアーチャーに、黒いコートの男は目を見開いた。

 

「そうか…貴様等サーヴァントというのはそういう存在なのか。という事は普通に生きる人間にとっての脅威であるわけだな?人々から尊敬された英雄といえども

、サーヴァントになればそんなクズに成り下がるわけか」

 

「…確かにマスターによってはそういう命令を下す奴もいるかもしれないけど、アンタだってそういう経験あるんじゃないの?貴方の目つきや雰囲気を見る限り人を何人も殺してそうなんだけど」

 

凛は黒いコートの男を見据えながら言う。魔術師である凛から見ても目の前の黒いコートの大男は常人ではまず出せない威圧感や殺気を放っている。

 

「確かに俺もこれまで大勢殺してきた。だが俺が殺すのは「悪」だけだ。断じて普通に生きている一般市民を標的にはしない。だが貴様のような魔術師やサーヴァントは民間人を平然と手に掛けるんだろう?なら俺がこれまで相手にしてきた犯罪者共と何ら変わらない」

 

黒コートの男の発言に何も言い返せないアーチャー。確かにコートの男の言う事は正しい。英霊といえども令呪によって魔術師に従う存在なのだ。そしてその魔術師は倫理観や道徳に欠けている存在が多いときている。そんな魔術師がサーヴァントに命じて一般人の一人や二人を消す事位は普通に行うだろう。

 

アーチャーは黒コートの男を見つめる。この黒コートの男はただの民間人ではない。今まで多くの死線を潜り抜けてき歴戦の勇士だ。

 

「アンタ、名前はなんて言うの?」

 

「パニッシャーだ。」

 

黒いコートの男は自分のコードネームを名乗る。本名はとうの昔に捨てたので、今はパニッシャーを名乗っているのだ。

 

「今日の所は退散してやる。もしお前が聖杯戦争で民間人を殺めようもんなら俺が貴様と貴様に従うサーヴァントを殺す。それを肝に銘じておくんだな」

 

パニッシャーは踵を返して立ち去っていく。

 

「凛、あの男を追わなくていいのか?」

 

「……今はいい。多分この先嫌でも会う事になると思うから。アイツに対処するのはその時でもいい」

 

 

「新都に行くわよ?夜までまだ少し時間がある。夜になれば学校に掛けられた結界を解除しに向かうわ」

 

「了解した」

 

 

***********************************************

 

 

 

凛はアーチャーを連れて新都へと向かう。時刻は夕刻であり、新都は仕事帰りのサラリーマンが溢れていた。凛はアーチャーと歩きながら、先程のパニッシャーの事について考えていた。

 

 

「凜、あの男は相当の数の人間を殺している。佇まいや雰囲気が一般人のソレとは根本的に違う。それに恐ろしい程の数を潜り抜けている眼をしていた。なんにせよかなりの使い手だろうな」

 

「アーチャー、貴方に分かるの?」

 

 

「直感というやつさ。君はあのパニッシャーという男がその辺にいるような一般市民に見えたのか?」

 

 

「そんな事ないわよ!私だってさっきの男が普通じゃない事ぐらい分かったわよ!」

 

「けど…魔術師でもない普通の人間が聖杯戦争に介入して何が出来るっていうのかしら。さっきの男といい、ロジャース先生といい、サーヴァントや魔術師に勝てると本気で思ってるのなら只のバカよ」

 

 

魔術師なら作戦を練れば勝てる可能性は少なからずあるが、普通の人間では英霊たるサーヴァントに勝てる見込みは万に一つも無い。時計塔に君臨するロード達といえども例外はない。それはサーヴァントとの戦闘能力に圧倒的な差があり過ぎるからである。いくらサーヴァントを倒す事が出来るのがサーヴァントであるとしても、そもそもサーヴァントは並外れた身体能力を持っており、さらにマスターの膨大な魔力を供給してもらえば常人を凌駕するほどの能力を扱えるようになるのだ、つまりはマスターを先に潰せばサーヴァントは機能しないのだ。しかしマスターでも熟練の魔術師であればそうそう簡単にはやられない。

 

 

 

最も、それぞれの英霊の伝承や逸話に関連する遺物や、その英霊の死に直接関わった武器や道具を用意し、それを有効に活用できるなら話は別であるが…。

 

「リン・トオサカだね?ちょっとお尋ねしたいんだけどいいかな?」

 

「え…?誰…?」

 

「上だよ上!」

 

声がした方向に顔を向けてみると、そこには糸のようなものに掴まり、こちらを見下ろしている赤と青を基調とした全身タイツの怪しい男が逆さづりのような状態で下にいる凛を見下ろしているではないか。

 

「ちょ…!?変質者!?」

 

流石の凛も突然現れた赤いタイツの変質者に驚いてしまう。

 

「あ、僕はスパイダーマンっていうんだ」

 

スパイダーマンは5メートルもの高さから地面に着地する。スパイダーマンは凛とアーチャーの傍に近付いてくる。

 

「す、スパイダーマン?」

 

凛は地上に降りて来たスパイダーマンを見てキョトンとした顔をする。恰好といい、名前といい、何処かの特撮ヒーロー番組から出て来たヒーローのような恰好をしており、凛からは完全にコスプレか何かだと思われていた。凛もアーチャーも、スパイダーマンというヒーローの事など知らないのだから無理もないかもしれない。

 

「聖杯戦争の事でちょっと君に聞きたい事があるんだけどいいかな?」

 

「あ、貴方も聖杯戦争の事を…!?」

 

「凛、先程の外国人教師といい、パニッシャーといい、聖杯戦争の情報が洩れすぎてないか?」

 

(し、神秘の秘匿はどうなってんのよ!?)

 

凛は心の中で悲鳴を上げた。

 

「は、ハァ?聖杯戦争?一体何の話?ていうか、アンタ誰?どこの学校の先生?もしかして不審者?なんなのこの変なコスプレは?ピチピチのタイツなんて着ちゃってるけど真性の変態なの?」

 

突然現れて妙な質問をして来る赤い男に戸惑い、とりあえず男を怪しんでののしり始める凛。

 

今日だけで3人の人間(一般人?)から聖杯戦争の事について尋ねられ、しかも魔術師やサーヴァントの事まで知られているのだ。流石の凛も冷静さをかなぐり捨ててヤケを起こしたくもなるだろう。

 

「落ち着きなよリン。僕は君に危害を加えたりなんてしないよ。僕はアメリカから来たんだ。」

 

「そんじゃ何しに私の所に来たのよ!?ていうかアメリカ人の割にはアンタ日本語ペラッペラじゃない!」

 

「い、いやぁ、そこは突っ込まないでくれると嬉しいんだけど…」

 

「リン、君は自分が参加する聖杯戦争がどんなものなのかは知っているんだよね?普通に生きている市民にとって凄く危険な行いだっていう事も」

 

「…聖杯戦争が普通に生きている一般人にとって危険な行為な事位は私も知ってるわよ。でも参加するかどうかを決めるのは当人達の自由でしょう。私は自分がマスターに選ばれた事に納得してこの戦争に参加している訳だし、貴方が介入する権利は無いのよ。分かったかしらMr.スパイダーセンス?」

 

凛はスパイダーマンに対して冷たい視線を飛ばす。

 

「それでも僕らは聖杯戦争に介入する。聖杯戦争が始まれば、一般人が巻き込まれる危険性があるからだ。新都で起きてるガス漏れなんかも聖杯戦争が関係しているんだろ?それを承知で君は聖杯戦争に参加しているのか?だとするなら君は一般人を平然と戦闘に巻き込むヴィランの仲間入りさ」

 

「アンタといい、パニッシャーとかいう男といい、どうしてそう聖杯戦争に介入しようとするのよ!聖杯戦争は魔術師達が行う聖杯を掛けた戦いなの。アンタみたいな素性の知れないヒーローのコスプレしてる奴が参加していい戦いじゃないのよ!」

 

苛立つ凛はスパイダーマンに詰め寄る。

 

「リン、君の言い分は分かる。けど僕達アベンジャーズは魔術師同士の戦いである聖杯戦争に巻き込まれる人々を救う為にこの冬木市に来たんだ。君だって聖杯戦争は危険な戦いだって事は知ってるだろ?新都で起きているガス漏れ事件を見る限り、もう十分に一般市民は聖杯戦争に巻き込まれているんだからさ」

 

スパイダーマンの言う事は最もであった。聖杯戦争どころか魔術師の存在は一般人には秘匿されているとはいえ、こうしてガス漏れ事故という形で表面化しているのだ。魔術協会と聖堂教会から派遣された聖杯戦争の監督官による働きにより、情報

は隠蔽されて単なるガス漏れ事故として処理されているわけだが…。

 

「バレなきゃ何しても良いっていう考えは犯罪者と同じだよリン?」

 

「誰が犯罪者よ!私は魔術師なのよ!」

 

凛はムキーとなって、両手をブン回して抗議の声を上げた。彼女の反応を見てスパイダーマンは溜息をつく。

 

「部外者のアンタは分かってないみたいだけど、聖杯戦争に介入するって事は魔術協会と聖堂教会の両方を敵に回す事になるのよ?」

 

凛の言葉を聞き、スパイダーマンは苦笑しながら凛を見つめる。

 

 

「聖杯戦争に介入したら最後、協会の執行者や教会の代行者がアンタを抹殺しにこの冬木までやって来る。命が惜しいならこれ以上私に関わるのは止めることね。今ならアンタの記憶を処理するだけで済ませてあげるから」

 

凛の警告に対し、スパイダーマンは首を振る。どうやら凛の話を聞く気はないようであった。それを見て、ますます怒りをあらわにする凛。

 

「リン、君の言いたい事はよく分かったよ。けど僕や他のメンバーは協会も教会も恐れちゃいない」

 

「ちょっと!アンタ私の話を聞いてたの!?魔術協会と聖堂教会がどんだけ恐ろしい組織なのか理解できてないでしょ!?」

 

スパイダーマンに突っかかりながら大声で問い質す凛。それに対してスパイダーマンは困った顔を浮かべるばかりだ。

 

「僕達にとっては敵の強さや規模なんて関係ないよ。僕やキャップは散々ヒドラやA.I.Mを相手にしてきたんだから」

 

「ヒドラ…? A.I.M…? 一体何の話をしてるのよ?」

 

「気にしないでくれ、こっちの話だ」

 

「とにかく…、私はアンタの言う事なんか聞くつもりはないから!どうしても私の邪魔をするって言うんならこの場でアンタの記憶を…むぐ!?」

 

スパイダーマンは腕に付けてあるウェブシューターからウェブを射出し、凛の口を塞ぐ。

 

「凛!」

 

アーチャーは霊体化を解除すると、二本一対の剣を瞬時に生成すると、スパイダーマンの喉元に剣の切っ先を突き付けた。

 

「ワオ、その剣どうやって出したの?大道芸で食べていけるよ君」

 

「私のマスターに何をする?」

 

おどけた様子のスパイダーマンに対し、アーチャーは殺気を孕んだ口調で凄む。

 

凛はウェブシューターから射出されたウェブを取り除くのに苦労していた。

 

「むぐぐぐ……」

 

「僕の言う事が信じられないのは仕方ないけど、今は君の言う事は聞けないんだ」

 

「ふぅーっ! はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、アンタは人の話を聞いてるのかしら……?」

 

凛はウェブの塊をようやく取り外した。

 

「アーチャー、剣を収めなさい」

 

「…ふん」

 

凛に言われた通り、アーチャーは投影した剣を収めた。

 

「言っておくけど前回の第四次聖杯戦争で冬木市が大火に見舞われた原因も聖杯戦争である事は知っているんだ。今回の聖杯戦争でも大勢の市民を犠牲にするような戦いが行われるのなら僕達は容赦しない。」

 

 

「…!」

 

凛はスパイダーマンの口から出た「第四次聖杯戦争」というワードを聞いて、微かに動揺する。10年前の大火災で大勢の一般市民に犠牲が出たのは事実で、その原因が聖杯戦争である事も知っていた。凛の父である時臣もこの第四次聖杯戦争に参加し、命を落とした。それ故に凛にとって聖杯戦争は特別な意味を持っている。

 

「リン、君は自分の周りにいる人を聖杯戦争に巻き込んでも平気でいられるのかい?」

 

凛は自分と同じ高校に通う親しい友人である美綴綾子、担任の藤村大河、憎まれ口を叩き合う間柄の柳洞一成、後輩の間桐桜、そしてクラスメイトの衛宮士郎を思い浮かべる。

 

「それで、アンタは何が言いたいわけ?」

 

「……今はよしておこう。聖杯戦争が始まれば嫌でも会う事になるからね。」

 

そう言うとスパイダーマンは10メートル近くもジャンプして、ウェブシューターから射出した糸を

ビルに付着させてそのままターザンのように去っていった。

 

「…何なのよアイツ」

 

凛は納得できないといった様子でビルとビルの間を飛び回るスパイダーマンを見送るしかなかった。

 

「凛、あのスパイダーマンとかいうヒーローモドキといい、さっき家の前にいたパニッシャーといい、今回の聖杯戦争は色々とおかしい事になってないか?」

 

「言われなくても判ってるわよそんな事。とりあえず綺礼に連絡しておいた方がよさそうね。アイツは正直嫌いだけど、この状況ならそうも言ってられないし」

 

 

 

 

***********************************************

 

 

 

 

スティーブは一人で教室に残っている衛宮士郎に話しかける事にした。保護対象である衛宮士郎に警戒されない為、教師として最低限関わっておくべきだろう。ストレンジからは「何が何でも衛宮士郎を死なせるな」とだけ言われている。ストレンジはスティーブやクリント、ナターシャに多くを語っておらず、衛宮士郎を死なせてはいけないという理由も明かされていない。正体を隠してこの穂群原学園に外国人教師として潜入したが、衛宮士郎がどういっ

た人間なのかはおおよそ理解はできたつもりだ。

 

「やぁ、シロウ。これから部活かい?」

 

「あ、ロジャース先生。いえ、俺は大分前に部活はやめました」

 

「どうしてだい?」

 

「肩の怪我が原因です…もう治ってますけどね」

 

そう言って士郎はスティーブに肩を見せる。確かに怪我の痕はあるものの、完治しているようだった。

 

 

「そうか、ところで今日の授業で分からない所があったら私に聞くといい」

 

 

「えっ、いいんですか!?」

 

 

「遠慮する必要はない。私は君のクラスの担当だからね」

 

 

「ありがとうございます! 助かります!」

 

スティーブから見た衛宮士郎はどこにでもいそうな少年だ。士郎は10年前の大火災で両親を亡くしたとストレンジから聞いていたが、暗い過去を感じさせない明るさを持っている。そして何事にも一生懸命に打ち込んでいるように思える。話によれば他の部活の助っ人に行ったり、バイトもしているようだ。

 

「シロウ、一つ聞いていいかな?この世界には"ヒーロー"がいると思うかい?」

 

「え?」

 

 

 

*************************************

 

 

 

"ヒーロー"という言葉に思わずドキリとする。士郎は10年前に冬木市で起きた大火災を生き延びた生存者の一人であり、それ以来、人を助けることを信条として生きてきた。今の士郎は"正義の味方"を目指している。正義の味方を志す切っ掛けとなったのは大火災で両親を失った士郎を引き取った衛宮切嗣という魔術師の男の影響だった。

 

「俺にとっての"ヒーロー"は大火災で一人になった俺を引き取ってくれた切嗣です。あれ以来俺は"正義の味方"になるのを夢に見ているんですよ」

 

「シロウ、"ヒーロー"と"正義の味方"の違いは何だと思う?一見似ているように見える両者だが、君には違いが分かるかな?」

 

「そうですね……もし本当に"ヒーロー"がいたとして、その存在に助けられたいと思っている人達がいるはずです。だからきっと、俺にとっての"ヒーロー"はやっぱり、俺を救ってくれた衛宮切嗣という男です」

 

「憧れている人の事を忘れない限り、自分の在り方に迷う事はない。理想の姿を目指す限り、人はずっと『自分の中の英雄』になれるんだ」

 

「じゃあ、ロジャース先生も?」

 

「あぁ、私もだ。私はこう見えても昔は貧弱でね。今の君と戦えばたちまち負けてしまう位の弱い体だったんだ。それでも困っている人を助ける事に戸惑った事は一度もない。自分の身体がどんなに弱かろうと、目の前に助けを求めている人がいる限り私は全霊で助ける。それが私の掲げる信条だよシロウ」

 

「へぇー……ロジャース先生もそうなんですか……」

 

士郎はスティーブの言葉が自分の中の何かを響かせるのを感じた……。

 

(ロジャース先生は俺と同じ……いや、俺なんかより遥かに多くの人を……)

 

「俺はこれから弓道部の部室の掃除があるんです。慎二の奴に部室の掃除を押し付けられちゃって」

 

「そうか、私も手伝おうか?」

 

「いえ、俺だけで十分ですよ」

 

そう言うと士郎はスティーブと別れ、弓道部の部室の清掃へと向かった。

 

 




凛&アーチャーのコンビがスパイディ&パニッシャーとやり取りしてるだけの回でした。そして次回、ついに戦闘開始!何か今回はスパイディとパニッシャーが凛を説教してるだけの回になっちゃった…(;^_^A

マスターが善良な場合(士郎とか立香)は良いけど、ガチ悪人のマスターとガチ悪人のサーヴァントの組み合わせだと悲惨な事になるわけだし(ジルと龍之介のコンビがまさにその例)。それに聖杯戦争でサーヴァント同士の戦いに巻き込まれたら一般人はどうしようもないし、大規模な戦闘が起きて大勢犠牲者が出ても協会と教会に揉み消されるし…。


後、個人的に士郎ってキャップやスパイディ、ウルヴィーとは相性抜群だと思うんだけど、皆はどう思う?


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第5話 護る盾と殺す槍

久しぶりにFate/Avengers Assembleを更新!!今回はキャップVSランサーです。



スティーブは衛宮士郎と話した回数は一回限りだが、それでも彼が好青年であり、人の為に行動できる人間である事は分かった。そして同時に、彼は『正義の味方』に憧れている事も分かった。十年前の大火災で自分を救ってくれた養父である衛宮切嗣を尊敬している事が言動の端々から見て取れる。だからこそ、士郎を聖杯戦争に参加させるべきではないとスティーブは考えていた。ストレンジからの話によれば、士郎はこの冬木で行われる第五次聖杯戦争へと参加するようだが、スティーブ、クリント、ナターシャは士郎に迫る危機から守るようにストレンジから言われている。士郎が命を落とす事態となれば相当に厄介な事になると言うが…。

 

「クリント、君は士郎をどう思う?私が見る限りではあの子は何処にでもいる好青年に見えるんだが…」

 

「あぁ、俺が見た感じだとあの坊やは善良な人間だ。十年前の大火災の生き残りらしいが、そんな過去を感じさせない。普通に学校に通い、普通の暮らしをしている。恐らく、辛い経験をしたからこそ、周りの人間に対して優しく接する事ができるんだろう」

 

「そうね、彼を見てると何だか昔の自分を思い出すわ」

 

「二人とも、あまり感傷に浸るのは良くない。今我々がやるべき事は聖杯戦争に備える事だ。あの少年は聖杯戦争とは無関係なんだ。少なくとも今の所はな」

 

「……そうだな」

 

「分かってるわよ」

 

そう言いつつも、三人ともどこか複雑な気持ちを抱えていた。三人はもしもの事態に備えて自分達がヒーローとして活動する際の『コスチューム』に着替えている。そしてそれから数十分が経過し、ようやく弓道部の部室の扉を開けて士郎が出てきた。スティーブ達は隠れているのは士郎には気づかれていない。

 

「やっと出てきたな。全く、あの広さの部室の清掃を押し付けられるなんざお人よしな坊やだぜ」

 

クリントは呆れた様子で言う。

 

「どうやら彼はクラスメイトから武士の掃除を押し付けられたらしい。私も彼に手伝おうかと言ったんだが断られたよ」

 

スティーブは一人で部室の清掃を終えた士郎を見ながら感心したように言う。後は士郎はこのまま家に帰るだろうから、自分達は士郎の後を付けて彼を危険から守るだけ…

 

その時、劈くような衝撃音が学校の校庭から響いてきた。衝撃音は微かな風圧を纏ってこちら側にまで伝わり、スティーブ、クリント、ナターシャの足元にまで振動となって伝わってくる。

 

「何事か!?」

 

「まさか聖杯戦争が始まったのか!?」

 

「一体どこで!?」

 

3人は驚愕した表情を浮かべる。しかし彼らの疑問に答える者はいなかった。士郎も学校の校庭から響いてきた衝撃音に驚き、急いで校庭まで走っていく。

 

「キャップ!あの坊主が校庭まで走ってくぞ!」

 

「我々も行こう!シロウを危険から守るんだ!」

 

キャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥは士郎に気づかれないように、後を付けながら校庭の方に向かった。そして学校の校庭では人知を超えた戦いが繰り広げられていた。

 

紅い槍をもった青い外套の男と、双剣を持った赤い外套の男が剣戟戦を繰り広げていたのだ。

 

そしてその戦いを見守る少女が目に入った。遠坂凛である。凛は青い外套の男と、赤い外套の男の戦いを見守っている。あの槍と、人間とは思えない身体能力を発揮するのを見る限り、キャップは彼こそが聖杯戦争で召喚されるランサーのサーヴァントであると推理する。ランサーは音速にも達しているであろう刺突を赤い外套の男に連続で放つ。

 

しかし赤い外套の男は巧みな剣捌きでランサーの攻撃を弾き、回避していく。

 

「アーチャー!」

 

凛が赤い外套の男に向かって叫んだ。という事は赤い外套を着た褐色肌の男がアーチャーらしい。キャップ達がランサーとアーチャーの戦いを見守る中、士郎も二人の戦いから目が離せないでいた。

 

ランサーは容赦のない刺突をアーチャー目掛けて繰り出す。それに対して、アーチャーは冷静さを保ちつつ、攻撃を双剣で捌きながら反撃の機会を窺っていた。

両者の攻撃速度は音速を優に超えており、常人の動体視力ではとてもではないが視認できない。

 

そして二人の攻防は数分に渡って続いた。そしてランサーは一旦アーチャーと距離を取り、槍を構える。すると周囲の大気が一気に張り詰めていく。そして変化はそれだけではなかった、ランサーが持つ槍には禍々しいエネルギーが集まっていくのが見える。ストレンジからの話によれば聖杯戦争に召喚されるサーヴァント達は宝具という逸話にちなんだ必殺の武器を持っているという。という事はあのランサーは宝具を使おうとしているのだろう。

 

ランサーの槍に集まる魔力に、キャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥも警戒する。

 

「あれがサーヴァントの戦闘力か…。正直私達3人では厳しいかもしれない。ハルクやソーが来てくれれば違うのだが…」

 

「そうね、私達の装備じゃあ彼らと戦うのはちょっと厳しいかも…」

 

キャップとウィドゥはランサーとアーチャーの戦闘を目の当たりにして思わず弱音を吐いてしまう。その時、ランサーとアーチャーの戦闘を見ていた士郎が地面にある木を踏んでしまう。

 

「誰だ!?」

 

宝具を使用しようとしていたランサーは士郎の存在に気付いた。そして士郎はその場を離れ、学校の校舎の中へと入っていく。するとランサーはアーチャーとの戦闘を中断し、校舎に走っていった士郎を追いかけ始めたではないか。

 

「不味いぞ…!あの紅い槍を持った男がシロウに気付いた!」

 

「おいおい、戦闘を中断してまであの坊主を狙うのかよ!」

 

ランサーは凄まじいスピードで校舎の中に入っていく。そしてキャップもランサーと士郎の後を追うべく、全力疾走で校舎の中へと入って行った。1マイルを一分で走り抜けるキャップのスピードはランサーにも劣らないだろう。キャップは全速力で士郎の後を追い、勢いよく校舎の中へと入って行った。

 

 

 

 

*********************************************************

 

 

 

「ハァハァハァ…!何だよあいつ等は…!?」

 

士郎は自分が見た光景が信じられなかった。何故自分が校舎の中へと逃げ込んでしまったのかは分からないが、とにかく今は逃げなければならなかった。士郎は息切れしつつ自分の後ろを見てみる。

 

「追ってきては…ないよな…?」

 

士郎は背後を確認し、誰も追いかけてきていない事を確認する。とりあえずは安心できたが、士郎は自分がとんでもない事に巻き込まれてしまった事を悟った。

 

「校庭で戦っていたあの二人は一体何なんだ…?」

 

そう思っていると後ろから声を掛けられた。

 

「よぅ坊主」

 

後ろを振り返ると、そこには校庭で戦っていた紅い槍を持った男が立っていた。

 

「戦いを見られたんじゃ仕方ねぇ。悪いが死んでくれや」

 

男は槍を構えながら士郎に近づいてくる。その男の顔は、まるで猛獣のような顔つきだった。

 

「うわぁあああっ!!」

 

男の姿を見て恐怖を感じた士郎は逃げようとするが、男の方が行動が速く、既に男の槍の穂先が士郎の心臓を突き刺すべく動いていた。

 

――――――――死ぬ

 

そう思った士郎は、後ろから飛んでくるフリスビーのような円形の金属が横を掠める事にも気付いていなかった。そして赤い槍を持った男は自分目掛けて飛んできたフリスビーのような円形の金属を槍を使って弾き飛ばす。

 

「誰だ!?」

 

紅い槍の男が叫んだ先には、百九十センチはあろうかというギリシャ彫刻を思わせる程の逞しい肉体を持つ、青を基調としたコスチュームを着た男が立っていた。

 

「その子に手を出すな」

 

士郎は後ろに立つ男の言葉と同時に動いた。そして紅い槍を持った男に弾き飛ばされたフリスビーのような円形の金属は青いコスチュームを着た男の手元に戻ってきた。

 

「シロウ、私の後ろに隠れているんだ」

 

「え…?何で俺の名前を…?」

 

士郎は男が何故自分の名前を知っているのか疑問に思ったが、とりあえず言う通りにする事にした。そして紅い槍を持った男がこちら側に殺気を飛ばしてくる。

 

「邪魔すんじゃねぇよ、聖杯戦争を目撃した奴は消すってのがルールなんだよ」

 

「それはお前達の都合だろう。私達はこの子を守るだけだ」

 

「へっ、まあいい。どっちにしても目撃者は殺す事にかわりはねー」

 

紅い槍を持った男は青いコスチュームの男目掛けて凄まじいスピードで踏み込んできた。

 

 

 

**************************************************************

 

 

それは余りにも対照的な二人だった。お互いに青を基調としたコスチュームを着ながらも、片や『護る為の盾』を使い、片や『殺す為の槍』を使う。守護者と殺戮者、護る者と殺す者、正反対の二人はお互いに一歩も譲らない戦いを繰り広げていた。

キャップはヴィブラニウムの盾を用いてランサーの槍の刺突攻撃を巧みに防いでいく。キャップは自分の経験、直感、動体視力をフル稼働して音速に達するランサーの刺突の嵐を捌いていく。

 

「やるじゃねぇか…!見たところサーヴァントでもねぇようだが…テメェは何モンだ?」

 

が、自分の攻撃を防いでいるキャップに対してランサーは不敵な笑みを浮かべる。まだまだ本気には程遠いという事だろうか。ランサーは一旦キャップと距離を取り、再びキャップに向かって突進してきた。

 

「オラァッ!!」

 

「く……!なんてスピードなんだ……」

 

ランサーは凄まじいスピードで突っ込んでくると、そのまま連続で突きを繰り出してきた。しかし、その攻撃はあくまでも牽制だった。ランサーは一気に間合いを詰めると渾身の一撃を放つ。

 

「喰らいな!!」

 

だがその時、キャップは手に持っていた盾を自分の前に突き出した。すると、キャップの盾はランサーの槍の刺突を跳ね返したではないか。

 

「ヴィブラニウムの盾を甘く見ない事だ」

 

そしてキャップは盾を用いてランサーに攻撃を仕掛ける。キャップはランサーに向けて盾を振り下ろすが、ランサーはバックステップでキャップの攻撃を回避し、キャップとの間合いを取る。

 

キャップはランサーに追撃を仕掛けるべく前に出るが、ランサーは再び槍を構え直すとキャップに突撃する。そしてキャップの目の前でランサーは急停止し、キャップの目と鼻の先で槍を回転させ始めた。

 

「!?」

 

キャップはランサーの行動を見て一瞬驚くが、すぐに冷静さを取り戻すと、ランサーの槍の回転を止める為にシールドを前に構えた。

 

「無駄だよ」

 

キャップはランサーの槍の回転する速度を落とそうと試みるが、ランサーの槍の速度は一向に落ちなかった。

 

「……!?」

 

「言ったろ?俺は神の血を引いている。だから俺の槍は誰にも止められねぇ」

 

そして次の瞬間、凄まじい衝撃波が廊下全体に広がった。

 

「ぐ……!?」

 

「うわぁあああっ!!」

 

その衝撃によって、士郎は思わず尻餅をつく。キャップも衝撃波によって廊下の壁に叩きつけられてしまった。しかしキャップはこの程度では終わらない。

 

「成程…これがサーヴァントの力か。だがこの程度で私を打ち負かそうなどとは思わない事だ」

 

キャップはそう言いながら体勢を立て直し、再びランサーへと向かっていく。

 

「ほぅ、まだやる気なのか」

 

「当然だろう」

 

キャップはランサーに再び接近するが、ランサーは先程よりも更に激しい刺突の嵐をキャップ目掛けて繰り出してきた。咄嗟に盾で防ぐキャップだが、攻撃の激しさは先程の比ではない。

 

「ぬぅ……!」

 

「そら、どうした?」

 

キャップはそのあまりの猛攻に反撃する事ができない。超人血清によって人間の限界レベルの身体能力を手に入れたキャップであるが、サーヴァントが相手では分が悪い。

 

「ハァ……ハァ……!このままだとマズイ……!何か手を考えなければ……!」

 

「何を考えているのか知らねぇが、そんな暇があると思うなよ」

 

そしてキャップは、ランサーの猛撃の前についに膝をついてしまう。

 

「ハァ……!うう……!!」

 

(まずいぞ……!この男、強い……!!)

 

「終わりだな」

 

「……今だホークアイ!!」

 

キャップがそう叫んだ直後、キャップ後ろの教室に隠れていたホークアイが教室の入り口から身を乗り出すと同時に放った複数の矢が青い槍兵へと飛来する。が、放った矢はまるで見えない壁に遮られるかの如く、ランサーの手前で弾き飛ばされてしまった。

 

「嘘だろ…?バリアーでも張ってるのか?」

 

教室から出てきたホークアイが驚く。

 

「やめとけ、生まれつきでな。飛び道具は効かねぇんだ」

 

「そうかよ…ならこういうのはどうだ!?」

 

クリントは素早く矢筒から矢を取ると、ランサー目掛けて放つ。が、目標はランサーではなく、ランサーの周囲の床と、廊下の壁だった。

 

「ヘッ!どこを狙ってやがる!」

 

ランサーは床や壁に矢を放ったホークアイを小馬鹿にしたように言う。が、その時、床や壁に刺さった複数の矢から電流が発生し、電流がランサーの身体を包み込んだ。

 

「…!?これは…!?」

 

「よく覚えとけ槍野郎!標的に直接命中させるだけが矢じゃねぇんだよ!」

 

ホークアイは自分の矢に様々なギミックを付ける事ができ、ランサーの周囲に放った矢は放たれる電流によって対象を拘束する目的で使われる。

 

「ぐ……!!」

 

「よし、上手くいった!!」

 

「なんてな…。こんな電流如きで俺を拘束できたつもりか?」

 

ランサーは不敵に笑うと、自分の周囲を覆う電気の檻を強引に突破する。

 

「チッ……!やっぱりダメか……!」

 

ホークアイは舌打ちすると、ランサー目掛けて矢を放ち続ける。しかし矢はランサーの手前で弾かれてしまい、全く効果がない。

 

「無駄だっつーの」

 

「私が相手だ!」

 

キャップは盾を構えて再びランサーに向かっていく。

 

「テメェも懲りねぇ奴だ」

 

ランサーは呆れたような表情を浮かべると、キャップの盾に向けて槍を突く。

 

「何度やっても結果は同じだ」

 

キャップは再びシールドを使ってランサーの槍の刺突を防ぐが、ランサーは自分の腕力だけでキャップを身体ごと後ろに吹き飛ばした。

 

「ぐ……!!」

 

「テメェの盾は確かに頑丈だが、俺の槍の威力を防ぎ切る事はできねぇ。そんじゃ終いにしてやる。テメェには敬意を表して宝具で殺してやるよ…!」

 

そう言うとランサーは槍を構える。校庭でアーチャーに向けて放とうとしたあの技…宝具を使う気だ。

 

「あれは……まずいな……!」

 

キャップはランサーの槍の構えを見て焦燥感を抱く。

 

「このゲイ・ボルクはどんな相手だろうと逃がさない。心臓を貫かれた者は、例外なく死ぬ。テメェもこのゲイ・ボルクで…」

 

そう言おうとしたランサーはふと後ろを振り返る。すると自分の後方二十メートル先は先程校庭で戦っていたサーヴァント…アーチャーが矢で自分を狙っているではないか。

 

ランサーが後方に気を取られた決定的な隙をキャップは逃さなかった。

 

「隙あり!!」

 

キャップはそう叫ぶと同時に、ランサーの顔面に強烈な一撃を喰らわせる。だがサーヴァントであるランサーに対して自分の攻撃がどの程度通っているのかは疑問だった。

 

「おい、なんだそりゃ?」

 

「…!?」

 

ランサーはキャップの腹に蹴りを入れ、キャップを廊下の壁に叩きつける。

 

「ぐあ……!!」

 

「人間にしちゃ中々いいパンチだ」

 

「ぐ……!」

 

「だが、その程度でこの俺は倒せねぇ」

 

「ハァ……!うぅ……!」

 

キャップは何とか立ち上がろうとするが、ダメージが大きく、なかなか立ち上がる事ができなかった。

 

「どうした?もう終わりかよ?」

 

「ぐ……!」

 

「どうやらここまでのようだな」

 

ランサーはキャップの首を掴んで持ち上げる。が、ランサーはキャップに気を取られてしまい、後ろにいるアーチャーについては失念していた。

 

「今度こそ隙ありだ」

 

その言葉と同時に、アーチャーが双剣を持ってキャップの首を掴んでいるランサーに斬り掛かった。




「キャップ達弱くね?」という声もあるかもしれないですが、サーヴァントの戦闘力を考えればぶっちゃけキャップやクリントでは荷が重いと感じてこのパワーバランスにしました。原作でのランサーのスペックを考えればこれでもキャップ達に華を持たせている方なんで…(;^ω^)


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第6話 凛の悪態

凛によるアベンジャーズに対する罵倒回です。ぶっちゃけ凛からすれば聖杯戦争に介入してくる不届きな連中っていう扱いになりそうですし。


キャップの首を掴んでいたランサーはアーチャーの攻撃に気付いて即座に応戦した。ランサーの手から解放されたキャップはその場に蹲るが、直ぐに起き上がり、目の前で繰り広げられるアーチャーとランサーの剣戟を見守る。サーヴァント同士の攻防の余波で、廊下の窓や壁が破壊されていく中、キャップは自分の命を狙う敵を前にして尚冷静さを保っていた。今ランサーはアーチャーとの戦いに集中しており、キャップやホークアイには構っていられないようだ。そこにブラックウィドゥがキャップに駆け寄る。

 

「キャップ、大丈夫?」

 

「あぁ、大丈夫だ。それよりシロウは?」

 

「あの子なら私が逃がしたわ。今頃学校から結構離れていると思うけど…」

 

キャップとホークアイがランサーと戦っている間に、ブラックウィドゥは士郎を逃がしていたのだ。そしてキャップはアーチャーと攻防を繰り広げるランサーの方に目を向ける。

 

「キャップ、あの槍野郎が双剣野郎と戦っている間にズラかろうぜ?正直俺等だけじゃあの槍野郎に勝つのは難しい」

 

そう、あくまでも自分達の最優先事項は衛宮士郎を守る事であり、ランサーを倒す事ではない。ホークアイの言葉を聞いたキャップは立ち上がり、学校から退散する事にした。が、後ろから鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえてきた。

 

「あ、アンタ達誰…!?」

 

振り返るとそこには凛がいた。凛はキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥの3人を見て動揺しているようだった。が、マスクを被っているキャップはまだしも、サングラスだけのクリントや、素顔で戦っているブラックウィドゥは直ぐに凛に正体がバレてしまう。

 

「ば、バートン先生とロマノヴァ先生!?貴方達がどうしてこんな所に…!?…あ!という事はそこのマスクの人は…」

 

 

「そうだよリン。私だ、ロジャースだ」

 

「やっぱりロジャース先生だったのね!!聖杯戦争に首を突っ込むなんて馬鹿なの!?」

 

凛はキャップの正体がスティーブだと知って驚くと同時に、スティーブに対して怒鳴る。

 

「それはこっちの台詞だ。リン、君はやはり聖杯戦争の参加者だったのか…」

 

「聖杯戦争について色々と知っているようだけど、魔術師でもない先生達が関わっていい事じゃないのよ!これ以上深入りするようなら、今ここで殺してもいいのよ!」

 

凛は懐から宝石を取り出すと、宝石を持った手をスティーブ達に向ける。

「リン、貴女は人を殺せるほど冷酷な人間ではない筈よ?まずは落ち着いて話し合いましょう?」

 

「うるさい!私は魔術師なのよ!魔術師である以上、目的の為には手段を選ばないし、邪魔者は容赦なく殺す!アンタ等みたいなコスプレ集団に指図される筋合いは無いわよ!」

 

「……!」

 

凛の表情を見て、キャップは彼女が本気である事に気付く。

 

「おい、キャップ。どうやらこの嬢ちゃんはマジでやる気だぞ?」

 

「……仕方がない。今は彼女と戦うしかないようだな」

 

「えぇ、そうみたいね」

 

キャップとホークアイは凛と向かい合う。

 

「二人とも下がっていて。ここは私がやる」

 

そう言うとブラックウィドゥは素早い動きで凛との距離を詰め、蹴りで凛が持っていた宝石を叩き落とした。そして凛に組み付くと、特殊部隊仕込みの格闘技術で凛を床に投げ、間髪入れずに寝技に移行して関節技をかける。凛はブラックウィドゥによって腕を固められている状態だ。

 

「は、放しなさいよ…!くっ!」

 

凛は拘束から逃れようともがくが、ブラックウィドゥの関節技は伊達ではなく、身じろぎ一つできない状態だった。凛は自分を見下ろしているキャップとホークアイを睨む。

 

「聖杯戦争に関わろうだなんてアンタ達は大馬鹿よ!そんな事をすれば死ぬ事になるのに!!」

 

「リン……」

 

凛の言葉を聞いてホークアイもキャップと同じく何も言えなかった。凛は続けて叫ぶ。

 

「それに、アンタ達のやろうとしている事は正義でも何でもないわ!ただのお節介よ!偽善者よ!自己満足で人助けをしているつもりかしらないけど、それが余計なお世話だって言っているのよ!!」

 

凛は苛ついた様子でキャップ達に叫んでいる。確かにキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥは聖杯戦争とは何の関係もない部外者ではあるが、先程ランサーがアーチャーとの戦闘を中断してまで士郎を校舎まで追跡し、躊躇なく士郎を殺そうとしたのを見る限り、目撃した人間は容赦なく抹殺されるようだ。戦いを目撃しただけの士郎に殺されそうになるだけの落ち度があったと言うのだろうか?

 

「リン、君も校庭での戦いを目撃したシロウが校舎に逃げていくのを見ただろう?ランサーはシロウを追いかけ、私は彼の命を救った。後少し遅ければ確実に彼はランサーに殺されていただろう」

 

「え…?あの逃げていた男子生徒は衛宮くんだったの…!?」

 

凛は驚いた様子でキャップの話に耳を傾ける。

 

「彼は君の知り合いだったのか?ともあれ、同じ学校の生徒であるシロウはもう少しでランサーに殺されそうだったんだ。聖杯戦争では目撃した人間は消すというルールでもあるのか?」

 

キャップは床で関節技を掛けられて動けずにいる凛を睨む。

 

「それがルールなのよ…。魔術師やサーヴァント同士の戦いは一般の人間に知られたらいけないからね。だから目撃者がいればその人物は消さないといけない決まりがあるの。本来なら聖杯戦争とは何の関係もないアンタ達だって消されてもおかしくないのよ?」

 

「おいおい、そりゃお前等魔術師の都合だろうが。勝手に自分達で戦って、それを見られただけで目撃者殺すとかヴィランと変わらねぇぜ?」

 

ホークアイは聖杯戦争のルールに眉を潜める。

 

「うっさいわね!部外者のアンタ達には関係ないでしょうが!最も、ヒーロー気取りで聖杯戦争に介入しようとするお馬鹿さん達に言っても無駄でしょうけどね」

 

凛は思いっきり馬鹿にしたような表情でホークアイに言う。

 

「確かに俺達は聖杯戦争とは無関係な部外者だが、それでも無関係の人間が殺されるのを黙って見ているわけにはいかないんだよ」

 

「それがヒーロー気取りだって言ってんのよ、何様のつもり?」

 

凛はホークアイを睨みながら言う。魔術師であり、聖杯を巡って戦いを繰り広げる聖杯戦争に、キャップやホークアイのような外からの部外者が介入すれば、凛だとて面白くはないだろう。凛にとってキャップ達はせっかく自分の魔術師としての実力を示す舞台を台無しにしてくる不届きな輩という認識である。

 

「そんなクソダサなコスチューム着て、聖杯戦争に関わってくるイタいヒーロー気取りのアンタ達には聖杯戦争がどれだけ私達魔術師にとって重要なのか理解できないでしょうね」

 

「オイ!さっきから聞いてりゃ馬鹿にすんのもいい加減にしやがれ!」

 

ホークアイは余りの凛の態度の悪さに激怒している。

 

「アンタ達がどんな格好をしようと勝手だけど、いい迷惑なのよね。こっちの事情も知らない癖にズカズカ入って来て、好き放題言いまくってくれちゃって」

 

「リン、なら聖杯戦争というのは冬木市民の許可を取って行われている戦いなのか?勝手に自分達の街でサーヴァントや魔術師が戦って、挙句にその戦いを目撃した人間は魔術師側の都合で消される…。そっちこそ冬木の住む人達の事情も考えずに戦いをしているんではないか?」

 

キャップは凛の主張に対して真っ向から反論した。

 

「許可なんて取ってるわけないでしょ!そんな事をすれば神秘の秘匿に反するじゃない!!聖杯戦争は本来魔術協会と聖堂教会が主催していて、マスターとなる資格を与えられた魔術師だけが参加できるのよ。そんなわけで部外者のアンタ達の出る幕じゃないのよ、分かったかしら?」

 

凛は尚も馬鹿にしたような笑みを浮かべてキャップに吐き捨てる。余程神経が図太いのか、それとも単に鈍感なだけか、凛は自分の主張が正論であると信じて疑わないようだ。

 

「君の主張は分かった。なら猶更私達の出番という事になるな。君達魔術師にとっては街の市民が戦いに巻き込まれようが関係ないのだろう?だからこそ私達アベンジャーズが介入するべきなのさ」

 

「そういうわけだぜリン。俺達は人々の為に戦う『ヒーロー』だからな。もしお前さんがさっきのシロウみたいに、戦いを見ただけの一般人を消そうなんてした時は、然るべき対処をさせてもらうぜ?」

 

「バッカじゃないの!何がヒーローよ、ただのコスプレ集団じゃない!!」

 

凛は怒っているようで、顔を赤くしながら怒鳴った。

 

「まぁ、確かにこの格好じゃあ説得力ないか」

 

「…………」

 

凛の言葉を聞いて苦笑いをするホークアイに対し、無言になるキャップ。

 

「ともかく、アンタ達が聖杯戦争に関わりたいっていうのならば止めはしないわ。せいぜいがんばる事ね」

 

キャップとホークアイは後ろを向くと、いつの間にかアーチャーが立っていた。

 

「アーチャー、ランサーはどうしたの?」

 

「逃げられたよ。生憎と私の脚では奴には追い付けん。所でこの連中は?」

 

アーチャーはキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥを見回しながら言う。

 

「ヒーロー気取りの痛い連中よ。聖杯戦争に関わってくる大馬鹿トリオって言った方が正しいかしらね?」

 

「とりあえず私のマスターを解放してもらおうか?これ以上拘束するようなら、君達を殺さなければいけない」

 

アーチャーは凛に関節技をかけて拘束しているブラックウィドゥに剣の切っ先を突きつけながら言う。サーヴァントであるアーチャーとの戦闘力の差を考え、仕方なくブラックウィドゥは凛を解放した。

 

「あ~、痛かった。もうちょっと優しく扱えないのアンタは」

 

凛は解放された途端文句を言い始めた。

 

「貴女が私達を攻撃しようとするからじゃない」

 

ブラックウィドゥは凛の文句に対してツッコミを入れる。そんな彼女の言葉に対して凛は「フンッ」と鼻を鳴らしながらそっぽを向いてしまう。

 

「リン、聖杯戦争が起きれば多くの人達が傷つき、命を落とすかもしれん。本当に君はそれでいいのか?」

 

「うっさいわね!そんなの聖杯戦争を行う上で仕方のない事なのよ!私だってそれを承知で参加したんだから!!」

 

凛はキャップの問いかけに対して怒りを露にする。

 

「私達魔術師の都合も考えないで、自分達の都合や正義を押し付ける…。そういうやり方ってアンタが着てるそのコスチュームに合ってるわね」

 

凛は星条旗をモチーフにしたコスチュームを着ているキャップに対して挑発的な言動を行う。その言葉を聞いたキャップは眉をひそめ、険しい表情になった。

 

「私はアメリカの掲げる自由・平等・博愛の精神の為に戦うんだ」

 

「それが余計なお世話だって言ってんでしょ!!アンタ達のやってる事は結局只の自己満足じゃない!!」

 

「……」

 

凛の罵声に無言を貫くキャップ。

 

「もういい、これ以上アンタ達に関わるとこっちにまで馬鹿が移りそう。今この場で私とアーチャーに殺されないだけ感謝しなさいよね」

 

そう言うと凛はアーチャーと共に去って行く。

 

「そこどきなさいよ、邪魔」

 

凛は不機嫌な顔をしつつ去り際にキャップの肩にわざとぶつかると、そのまま廊下の先に消えて行った。取り残されたキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥは凛の姿が消えたのを確認すると、胸をなでおろした。凛がもしアーチャーをけしかけてきたら、キャップ達では歯が立たなかっただろう。

 

「ちくしょう…あのガキ、言いたい放題言いやがって!」

 

クリントは凛に対して怒りを露わにする。

 

不幸にも聖杯戦争の戦いに巻き込まれる一般市民達は自分達がどのような状況に置かれているのかを知る事はない。自分達が酷い目に遭ったとしてもその真実を知る事もない。全ては「神秘の秘匿」という大義名分の元、魔術師によって真実は闇の中へと葬られる。参加者同士の戦いに巻き込まれで死んだとしてもその原因は「ガス漏れ」などという実に下らない事実に捻じ曲げられるのだから。普通の人間が持つ倫理観やモラルを一切持ちえない人でなし…この世界における"魔術師"という者達がそうだ。

 

聖杯戦争において街で暮らす者達を戦いに巻き込んだとしても良心の呵責は生まれない。既にスティーブ・ロジャース…キャプテン・アメリカの心は決まっていた。何を迷う必要がある。自分達の持つ"矜持"を思い出せ。自分達が誇りとする"使命"を思い出せ。自分達がやるべき事を思い出せ。

 

「…この街に住む市民には"救いの手"が必要だ」

 

その言葉を聞いたナターシャとクリントの口元が緩む。そうだ、自分達は何者であるかを今一度考えた。魔術師…英霊…魔術協会…聖堂協会…この冬木の街に住む人々にとっての"味方"は何処にもいない。人々の命と安全を気に掛ける存在などいない。だからこそ自分達がいるのだ。今こそ人々の為に立ち上がらなければならない。

 

「誰も救わないのなら…救う者がいないのなら…"我々"が救うまで…私達は…"アベンジャーズ"だ!!」

 

「キャップならそう言うと思ってたぜ」

 

「えぇ、私も同感」

 

「それじゃホークアイ、ブラックウィドゥ、シロウの家まで行くぞ。あのランサーはシロウの命をまた狙ってくるだろう。聖杯戦争を目撃した一般人が口封じに消されるのであればシロウが危ない…!」

 

キャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥは大急ぎで士郎が住む家へと向かった。




凛の態度が悪い理由としてはそもそもキャップ達は魔術師でも聖杯戦争の参加者でもなく、魔術師同士の戦いである聖杯戦争に首を突っ込んでくるからですね。魔術師にとっての一大イベントである聖杯戦争に介入して文句言ってくるヒーロー気取りのコスプレ集団(凛視点)であれば仲良くする義理なんて無いし、凛の態度が悪くなるのも当然っちゃ当然なんですが…(;^_^A

それでもキャップ達を始末しない辺り、お人良しというか情があるというか。


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第7話 甲冑の少女

キャップ達とセイバーの初邂逅。原作の台詞をまんま使っている回です。セイバーもブリテンを救うという願いがある以上、キャップ達と衝突するのは避けられないですね…(-_-;)


キャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥの3人は学校から逃した士郎の住む家へと向かっていた。目撃者を消すのが聖杯戦争のルールだとすれば、先程のランサーが士郎の命を狙う可能性が非常に高いからだ。キャップ達は住宅街を駆け抜け、士郎の家へと急いだ。そして士郎が住んでいる衛宮邸の近くまで来た。そしてホークアイが衛宮邸の近くにいる二人の男女を指差す。

 

「おい、あれはリンとアーチャーじゃないか?あの二人もシロウの家に来ていたのか…」

 

キャップは聖杯戦争のルールを思い出していた。なぜ凛とアーチャーが士郎の家の近くにいるのかは知らないが、凛が聖杯戦争の戦いを目撃した士郎を消しに来たのかと予想する。

 

「キャップ、どうする?」

 

「……」

 

キャップは少し悩んだ末に凛達に話しかける事にした。だがその時、衛宮邸の塀を飛び越える人影があった。ランサーである。やはりランサーは士郎の命を狙いに彼の家まで来ていたのだ。ランサーに襲われては士郎ではひとたまりもない。という事は士郎は既に殺されているのだろうか…?そんな悪い予感がした直後、衛宮邸の塀を飛び越えて来た者がいた。青い服に甲冑を着込んだ小柄な金髪の少女である。少女は地面に着地すると同時に塀の外にいたアーチャーに一太刀浴びせたのだ。少女の手には何も持っていないように見えるが、アーチャーが受けた傷を考えると剣のようなものを持っているのだろうか?普通であれば致命傷を負うであろう攻撃であるが、アーチャーはサーヴァントである。すると次の瞬間、甲冑の少女に斬られたアーチャーの身体は消え去った。

 

「…!!」

 

すると凛は自分の持っていた宝石を取り出し、魔術を発動させて甲冑の少女に攻撃するが、甲冑の少女はそれを簡単に打ち消してしまった。キャップ達の見立てではあの甲冑の少女もサーヴァントだろう。そして甲冑の少女は腕を振り上げて凛に攻撃を浴びせようとする。このままでは凛が殺されてしまう。そう思ったキャップは全速力で距離を詰め、凛を庇うようにして甲冑の少女の見えない剣を防いだ。

 

「…!何者ですか…!?」

 

甲冑の少女はいきなり現れたキャップに驚いている様子だ。

 

「あ、アンタ…!性懲りもなく!」

 

凛は自分を助けたキャップに対して毒づいている。

 

「貴方は何者ですか?見たところ魔術師でもサーヴァントでもないようですが…」

 

「通りすがりのヒーローといった所だ」

 

キャップは甲冑の少女と睨み合いになる。すると突然声が響き渡った。

 

「やめろセイバーーーーーーーーー!!!」

 

声の方を見てみると、士郎が立っていた。セイバーと呼ばれた少女は士郎にやめるように言われたものの、キャップの盾に剣を当てたまま、納得いかない様子で士郎を見ている。

 

「なぜやめるのですシロウ?彼女はアーチャーのマスター。今ここで仕留めておかなければ」

 

アーチャーのマスターとは凛の事を言っているのだろう。そしてセイバーはキャップの方を睨む。

 

「貴方はサーヴァントではありませんね。何故サーヴァントである私の攻撃を防ぐことができたのでしょうか?」

 

キャップが持つヴィブラニウムの盾が壊れる事は滅多にない。セイバーと呼ばれるこの金髪の少女の見えない剣とて強力な武器なのだろうが、ヴィブラニウムの盾はセイバーの剣を防いだのだ。

 

そして士郎はセイバーに対して凛やキャップへの攻撃を止めるように言う。

 

「だ、だから待てって……! 人のことをマスターだとか言ってるけど、こっちはてんで解らないんだ。 俺をそんな風に呼ぶんなら、少しは説明するのが筋ってもんだろう…」

 

だがセイバーは答えない。静かに士郎を見据えて佇むだけだ。

 

「順番が違うだろ、 セイバー。俺はまだおまえがなんなのか知らない。けど話してくれるなら聞くから、そんな事は止めてくれ」

 

しかしセイバーは黙っている。キャップの盾に剣を押し当てたまま、納得いかなげに士郎を見据えていた。

 

「そんな事、とはどのような事か。貴方は無闇に人を傷つけるな、などという理想論をあげるのですか」

 

しかしそんなセイバーの言動を見てキャップはつい口を挟んでしまう。

 

「第三者の私が言うのもなんだが、君のマスターであるシロウは彼女への攻撃を止めろと言っているんじゃないのか?」

 

「私はただ、目の前にいる魔術師を排除するだけです。私の邪魔をするというのであれば容赦はしませんよ?」

 

セイバーはキャップの目を見据えながら答える。だがキャップはセイバーの言葉に首を横に振った。

 

「生憎と、私達の目の前で人殺しはさせない」

 

しかしセイバーに対して士郎は口を挟んでくる。

 

「いい加減にしてくれセイバー…。俺の目の前で殺しとかやめてくれ」

 

「つまり貴方は、敵であれ命を絶つなと言いたいのでしょうか?そのような言葉には従いません。敵は倒すものです。それでも止めろと言うのであれば、令呪を以って私を律しなさい」

 

セイバーは余程の生真面目か頑固者なのだろう。マスターである士郎の言葉に対していちいち意見してくる。

 

「? いや、そんな事っていうのはおまえの事だ。 女の子が剣なんて振り回すもんじゃない。 怪我をしてるなら尚更だろ。······って、 そっか、ホントに剣を持ってるかどうかは判らないんだっけああいや、とにかくそういうのはダメだっ!」

 

「――――――――――」

 

途端、毒気を抜かれたように、ぽかんとセイバーは口を開けた。その状態からどれ位経過しただろうか。

 

「済まない、先程から君の剣を防いでいるままなんだが…」

 

キャップが口を挟んでようやく我に返ったのか、セイバーはキャップから離れた。

「全く…、サーヴァントならマスターの言う事には従うものでしょ」

 

凛がそう言いながら立ち上がる。

 

「―――――!」

 

凛が立ち上がると同時にセイバーは身構える。凛も聖杯戦争の参加者でである以上は目の前のセイバーにとっては敵なのだから仕方ないのかもしれない。

 

「貴女のマスターは剣を下げろって言っているのに、従わないんだ?」

 

そう凛から言われ、渋々といった様子でセイバーは剣を収めた。そして立ち上がった凛を見て士郎が驚きの声を上げる。

 

「お、おまえ遠坂…!」

 

「ええ。こんばんわは、衛宮くん」

 

にっこり、と極上の笑顔で士郎を見ている凛。

 

「どうやら君達は知り合いのようだな…」

 

キャップが言うと、凛は向き直ってキャップを睨んだ。

 

「聖杯戦争に関わってくるおバカさんの出る幕じゃないのよ」

 

学校の時と変わらず、キャップに対して毒を吐いてくる凛。

 

「遠坂、俺は学校でさっきの槍の男に襲われた時に、その人に助けてもらったんだ…」

 

「君が無事で何よりだ士郎。自己紹介しておこう、私はキャプテン・アメリカ。アベンジャーズに所属している」

 

しかしこの世界ではアベンジャーズなど存在してはいないので、士郎はキャップの名乗りを聞いてもピンと来なかった。

 

「キャップ? キャップっていうのはあだ名か何かか?」

 

「ああ、そうだ。本名ではない。私には『スティーブ・ロジャース』という名前があるからね」

 

そう言うとキャップはマスクを取る。

 

「あ!ロジャース先生!!」

 

士郎はキャップの正体が外国人教師として穂群原学園に赴任してきたスティーブだという事を知り、驚いた。

 

「驚いたかい?私はこう見えてもヒーローとして活動しているんだ」

 

「ヒーロー?痛いコスプレ集団の間違いじゃないの?」

 

凛は馬鹿にしたような口調で言う。

 

「シロウ、このアーチャーのマスターはともかく、彼は…キャプテン・アメリカと名乗るこの男はどうしましょう?聖杯戦争の戦いを見られたからには彼には消えてもらうしかありません」

 

が、セイバーは非情な決断を士郎に迫ってくる。聖杯戦争のルールとして戦いを見られたからには目撃者を消すか、記憶を操作するしかないのだが、生憎と士郎には記憶を操作する類の魔術は使えない。しかしスティーブの始末を提案するセイバーに対して士郎は反対した。

 

「ダメだ、セイバー。あの人は俺を助けてくれた恩人で、悪い奴じゃなさそうなんだよ」

 

「悪い奴かどうかなど関係ありません、我々サーヴァントの戦いを見てしまった以上は生かしておくわけにはいかないのです」

 

「待ってくれセイバー、戦いを見られただけで目撃者を消すなんておかしいだろ。現に俺も学校の校庭で戦いを見たせいでさっきの槍の男に殺されそうになったんだから…」

 

士郎はセイバーにそう言うが、セイバーは納得していない様子だった。

 

「どうしても彼に手出しをして欲しくないのであれば、令呪を使ってください。令呪を使えば私も従わざるを得ませんから」

 

(令呪か……)

 

令呪は3回だけ使えるマスターの証であり、マスターの権利である。そして遠くにいたホークアイとブラックウィドゥもキャップの所に駆け寄ってきた。

 

「そんじゃ俺とナターシャも加えてくれや。キャップだけ攻撃されないってのはナシだぜ?」

 

「えぇ、そうね」

 

士郎はホークアイとブラックウィドゥがスティーブと同じく自分の学校に来たクリント・バートンとナターシャ・ロマノヴァという事を知り驚きつつも、セイバーに対して命令した。

 

「セイバー。お前はこの人達に決して攻撃するな!」

 

すると士郎の手の甲が光り、令呪が発動した。

 

「……これで私はこの3人に攻撃ができなくなりました。けどシロウ、いつかこの選択が悪い結果になる時が来るかもしれませんよ?」

 

令呪によってキャップ達に対する攻撃ができなくなったセイバーは士郎に忠告する。

 

「分かってるよ、そん時は俺が責任を持つから」

 

「それじゃ衛宮くん、話は中でしましょ?どうせ何も分かってないでしょ、衛宮くんは」

 

そう言うと凛は衛宮邸の門の方に歩いていく。

 

「え、待て遠坂、なに考えてんだお前……!」

 

「バカね、いろいろ考えてるわよ。 だから話をしようって言ってるんじゃない。衛宮くん、 突然の事態に驚くのもいいけど、素直に認めないと命取りって時もあるのよ。 ちなみに今がその時だとわかって?」

 

凛の言葉に渋々士郎は納得したようだ。

 

「それとアンタ達は外にいなさい。魔術師でも聖杯戦争の参加者でもないアンタ達はお呼びじゃないのよ」

 

が、士郎の時とは打って変わってキャップ達3人に対しては冷たい態度を取る凛。士郎は凛と共に衛宮邸の中へと入って行き、セイバーもそれに続く。そして衛宮邸の外にいるのはキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥだけとなった。




果たして次回のバーサーカー戦は原作通りの展開となるのでしょうか…?( ̄ー ̄)ニヤリ


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第8話 バーサーカーとの戦い(前編)

バーサーカーとのバトル回です。正直キャップ達3人ではバーサーカーの相手は無理だと思ったんで、こういう方法しか思いつきませんでした…。後、凛ちゃんは受けた恩にはキチンとお礼の言える娘ですからね。


キャップ達には衛宮士郎を護るという任務の関係もあり、士郎の様子を衛宮邸の外から確認する事にした。身軽なブラックウィドゥとホークアイが衛宮邸の塀の上に昇り、そこから中の様子を伺う事にした。衛宮邸には明かりが付いており、そこで士郎は凛と話しているのだろう。

 

「キャップ、リンがあの坊や…シロウを殺す可能性はあるか?」

 

「……私だとて考えたくはないが、これは聖杯戦争だからな。見た限りシロウは聖杯戦争に関しては何も知らないようだし、彼にはセイバーが付いているからリンが手を出してくる心配は無いだろう」

 

アーチャーを一太刀で戦闘不能へ追い込んだセイバーの戦闘力は驚嘆に値するものだった。士郎はセイバーというサーヴァントを何らかの手段で召喚し、それによて聖杯戦争の参加者になったという事だろうか?それとも士郎は以前から自分が聖杯戦争の参加者だという事を知っていたのだろうか?どちらにせよ、キャップ達の任務は士郎を護る事、彼を死なせない事だ。それからどれ位の時間が経過しただろうか衛宮邸の入り口の引き戸が開き、中から士郎、凛、黄色いレインコートを着た少女が出てくる。背丈と、コートから見える鎧を考えれば先程のセイバーだという事が分かる。ウィドゥとホークアイは素早く塀を飛び降り、物陰に隠れた。

 

凛は士郎とセイバーを連れて何処かに向かうようだ。キャップ、ホークアイ、ウィドゥは凛に気付かれないように尾行する事にした。

 

凛は士郎とセイバーを連れ、新都の方へと歩いた。冬木市を流れる未遠川にかかる巨大な冬木大橋の上を歩く凛達に気付かれないように、キャップ達3人は凛達の後方から三百メートルの位置を維持した状態で尾行を続ける。ウィドゥやホークアイは尾行に関してはプロでさえ舌を巻くレベルだが、凛は魔術師で、セイバーはサーヴァントである。魔術に関して疎いキャップ達の存在にとっくに気付いているのかもしれない。キャップ達が追跡する間にも、凛とセイバー、そして士郎は新都の街を進んでいき、新都郊外にある冬木教会へと足を運んだ。キャップ、ホークアイ、ウィドゥの3人は教会に入って行く凛達を見送るしかできなかった。

 

教会の柵の向こうをよく見てみると、セイバーが教会の外にいた。恐らく中に入ったのは士郎と凛なのだろう。セイバーは自分達を尾行していたキャップ達の存在に気付いているのか、しきりにキャップ達の方に視線を向けてる。

 

「キャップ、こりゃ完全にバレてるぜ?」

 

「あぁ、伊達にサーヴァントではないという事か」

 

キャップとホークアイはそう言いながら苦笑いを浮かべる。

 

「キャップ、クリント、私達の任務はシロウを護る事だけど、シロウのサーヴァントである彼女…セイバーとなら協力できるんじゃないかしら?」

 

「確かにそれは名案だが、当のセイバー本人が我々の存在を受け入れてくれるかどうかは分からない。魔術師でもない私達3人は聖杯戦争にはお呼びじゃないのだろう」

 

「キャップ、セイバーは俺達を敵視してるって訳じゃなさそうだ。セイバーはずっと俺たちの事を見ている」

 

「えぇ、セイバーは私たちの事を警戒しているけど、敵意は感じられないわ」

 

3人がそんな会話をしている間にも、セイバーはキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥの事をじっと見つめている。

 

「セイバーは我々を信用できないようだが、このまま放置しておくわけにもいかない。ここはセイバーに話だけでも聞いてもらおうか」

 

キャップ、ホークアイ、ウィドゥは冬木教会の敷地に入る扉を開けて中に進んでいく。教会の入り口前にはセイバーが立っており、セイバーは入って来たキャップ達を見て険しい顔をする。

 

「貴方達は先程の…。聖杯戦争とは無関係の貴方達はここに入るべきではありません」

 

セイバーは毅然とした態度でキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥに言う。

 

「我々は君と話がしたい。少しだけ時間を貰えないだろうか?セイバー」

 

「私はサーヴァントです。マスターの許可なく勝手に話す事はできません」

 

「ならばマスターの許可を得ればいいのだな」

 

「はい、それがマスターの意思であれば」

 

「分かった。ではマスターのシロウに話を聞こう」

 

「待てよ、キャップ。シロウの奴は今、リンと一緒に教会の中にいるだろう?俺達も入って大丈夫なのか?」

 

「いや、流石に聖杯戦争と関係のない私達が入れば色々と不味い事態になるだろう」

 

教会の中に入る事を提案したホークアイだが、キャップはそうなれば状況が悪くなると考え、教会に入るのを止めた。キャップ達は士郎と凛が教会から出てくるのを待つ事にする。セイバーはキャップ達に対する警戒心が拭えないのか、キャップ達をじっと睨んでいる。

 

「さっきから睨んでいるが、俺達は別にお前さんに喧嘩を売ろうと思っちゃいねぇんだぜ?」

 

「私に喧嘩を売るかどうかではありません。マスターでも魔術師でもない貴方達は本来この聖杯戦争に関わってはいけないんです」

 

セイバーの理屈は最もだが、それで引き下がるキャップ達ではない。が、セイバーは話しを続ける。

 

「この冬木で行われる聖杯戦争に召喚されるサーヴァントは聖杯にかける望みがあります。この私もそうですし、私は自分の願いを聖杯で叶えなければならない。私のようなサーヴァントにとっても、マスターである魔術師にとっても聖杯というのはそれだけ重要な物なんです」

 

ストレンジからの話によれば聖杯というのはどんな願いも叶える万能の願望機であり、聖杯を求める者は七人のサーヴァントを使役して最後の一組になるまで殺し合うという。

 

「それはつまり、君はその聖杯が欲しくてこの聖杯戦争に参加しているというのか?」

 

「そうなります。分かりましたか?聖杯戦争で勝ち抜かなければ聖杯を手に入れる事はできない。貴方達部外者の出る幕はないという事です」

 

「だがそれは言うなれば聖杯という万能のアイテムを勝ち取る為の"私闘"ではないのか?シロウは学校で君達サーヴァントの戦いを見ただけでランサーに命を狙われる羽目になった。君も自分の戦いを見た一般人を見かければその手に掛けるのか?」

 

キャップの言葉にセイバーは眉を潜める。

 

「何が言いたいんですか貴方は?」

 

「我々は人々の為に戦っている。自分達の都合で関係の無い他者を踏みにじるような輩は見過ごせないだけだ」

 

「…その言い方はまるで私もその『関係の無い他者を踏みにじる輩』だと言っているようにも聞こえますが?」

 

「違うと言うのかね?セイバー」

 

「……」

 

「セイバー、私達は君の敵になりたい訳ではない。ただ、私達は君達の争いを止める事ができればと思っている」

 

「貴方達は一体何を言っているのですか!?」

 

セイバーは声を荒げる。

 

「貴方達はこの聖杯戦争には関わってはいけない人間なんです!それが理解できたのなら今すぐこの場を立ち去りなさい!この戦争は魔術師とサーヴァント達の為の戦いです!」

 

確かにキャップ達は魔術師でもサーヴァントでも聖杯戦争の関係者でもない。だが聖杯戦争によって関係の無い市民が命を落とす事態を見過ごすわけにはいかない。

 

「私達は人々の為に戦うのが使命だ。たとえ相手がどんな存在であろうと、聖杯戦争による犠牲を黙って見過ごしてはおけない」

 

「……」

 

「セイバー、我々が心配しているのは聖杯戦争に巻き込まれただけの無関係な人間が死ぬのが忍びないからだ。この冬木市で起きた十年前の大火災だとて聖杯戦争によるものだという事も調べが付いているんだ」

 

セイバーはキャップが口にした『十年前の大火災』というワードに反応する。

 

「あの大火災も聖杯戦争によるもだとすれば猶更放っておくわけにはいかない。セイバー、君は聖杯戦争で関係の無い人達がどれだけ死のうが構わないのか?」

 

「…貴方達に何が分かるというんですか。私がどんな思いを抱いて聖杯戦争に挑む事になったかを」

 

「分からない。だが、私達にも守り通さねばならないものがある」

 

「そんなものはありません。あるのは聖杯を手に入れたいという願望だけ」

 

「ならば私も同じだ。私も人々を護らなければならないという使命がある」

 

「だったら尚の事、私の邪魔をしないでください。私は聖杯戦争に参加しなければならないんです」

 

「セイバー、私は君と戦いたくはない。だが、どうしてもやるというのであれば仕方がない。力ずくで止めさせて貰おう」

 

キャップがそう言った直後、教会の扉が開き、中から士郎と凛が出てくる。

 

「あ!ロジャース先生!教会まで付いてきたんですか?」

 

士郎はランサーから救ってくれたキャップに声を掛け、駆け寄ってくる。

 

「あぁ、シロウ。教会で何かされなかったか?」

 

「いえ、俺は大丈夫です。けど中にいる神父からは色々と言われましたよ…」

 

士郎は教会にいる神父から色々と聞かされたり言われたりしたようだ。が、そんな士郎とは対照的に、凛は顔を真っ赤にしながらキャップ、ホークアイ、ウィドゥを睨んでいる。

 

「アンタ達ね…私達の事を尾行して教会まで付いてきたの!?聖杯戦争とは関係のない部外者は引っ込んでなさいよ!!」

 

凛は怒鳴り声を上げる。凛は自分達の後を付けてきたキャップ達をつくづく快く思っていない様子である。

 

「リン、悪いが私達にもシロウを護らなければいけない任務があるんだ。君の忠告は聞けないな」

 

「ああもう!アンタ達が関わると聖杯戦争が滅茶苦茶になりそう!…けど…さっきは助けてくれてありがと。い、一応礼は言っておくわ…」

 

凛は先程、衛宮邸でセイバーの攻撃から護ってくれたキャップに礼を言う。礼を言う時の凛の表情は顔を赤らめながらキャップ達から目を逸らしている。受けた恩にはキチンと礼を言える娘のようだ。

 

「なんだ、クソ生意気なガキかと思えば、ちゃんとキャップに礼が言える辺り可愛い部分もあるんだな」

 

ホークアイがキャップに礼を言う凛をからかう。

 

「う、うっさいわね!別にいいじゃないの!」と言い返す凛。

 

「まあ、とにかく遠坂が無事でよかった。ロジャース先生が守ってくれなきゃ今頃セイバーにやられていたんだからな」

 

取り敢えずキャップ達は衛宮邸へと戻るべく、門を開けて教会の敷地を出て、帰り道を歩く。セイバーと凛は聖杯戦争とは無関係の部外者であるにも関わらず、首を突っ込んでくるキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥをジロジロと見ている。魔術師同士の戦いである冬木の聖杯戦争に介入されるのが余程気に障るらしい。一方、キャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥは自分達の世界に現れた謎の泥のについて話し合っていた。そんな中、キャップは突然立ち止まる。

 

「おい、どうしたんだ?キャップ?」

 

キャップが立ち止まった事に気づいたホークアイはキャップに話しかける。

 

「クリント…、アレを見ろ…」

 

キャップが指さした先にソレはいた。凛、セイバー、士郎も四十メートル先にいるソレに目を奪われている。

 

「―――ねぇ、お話は終わり?」

 

幼い声が響く。四十メートル先にいる銀髪の髪の毛に雪のような白い肌をした妖精を思わせる幼い少女がいた。今は夜であるが寧ろ周囲の闇は少女の美しさを際立たせており、神秘的な雰囲気を醸し出している。そしてキャップ達は少女の後ろにいる存在にも目を奪われる。少女の後ろには二メートル半はあろうかという黒い肌をした半裸の大男がいた。

 

男の方は岩石を思わせる程の分厚い筋肉に覆われており、手には大きな石で出来た剣を持っている。

 

「―――バーサーカー」

 

少女と大男を見た凛はそう呟く。聖杯戦争の事についても事前に知らされていたキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥは直感であの大男はバーサーカーだと理解した。

「こんばんはお兄ちゃん、こうして会うのは二度目だね」

 

少女は士郎に対して親しげに声を掛けた。バーサーカーとは少女の後ろにいる大男の事を言うのだろう。こうして直視しているだけでもバーサーカーの持つ力を肌で感じ取れる。

 

「―――やば。あいつ、桁違いだ」

 

凛もバーサーカーの力量が分かるのか、冷や汗を流しながら言う。

 

「あれ?なんだ、あなたのサーヴァントはお休みなんだ。つまんないなぁ、二匹いっしょに潰してあげようって思ったのに」

 

少女はつまらなそうに言う。そして少女は行儀よく、この場に不釣り合いなお辞儀をした。

 

「はじめましてリン、私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」

 

「―――アインツベルン」

 

凛はイリヤと名乗った少女の言葉を聞き、微かに動揺している。そしてイリヤは言った。

 

「じゃあいくね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

イリヤは歌うように、背後にいる黒い巨人に命じると、その刹那バーサーカーの巨体が飛んだ。バーサーカーは四十メートル離れた場所からここまでひとっ飛びで迫ってくる。

 

「―――シロウ、下がって」

 

セイバーがそう言うと、雨合羽がほどける。バーサーカーの落下地点まで駆け抜けるセイバーと、旋風と伴って落下してくるバーサーカーは全く同時に動いたのだ。そして空気が震える。

 

岩塊とも呼べるバーサーカーの大剣をセイバーは見えない剣で受け止めたのだ。

 

「っ―――」

 

衝撃に足下が陥没する。しかしそれでもバーサーカーの大剣を跳ね上げる事は出来なかった。

 

「……すごい」

 

凛が思わず感嘆の声を漏らす。セイバーはバーサーカーの大剣を押し返し、距離を取った。

 

「――――――――」

 

バーサーカーは無言のまま、再び大剣を振りかざした。

 

「――――――――」

 

旋風を纏ったバーサーカーの剣の一撃を受け止めたものの、セイバーは大きく後方に吹き飛ばされた。

 

「セイバー!」

 

「大丈夫です、シロウ」

 

セイバーがそう言うものの、彼女の足元には亀裂が生じていた。

 

「どうやらあのバーサーカーの攻撃力は通常のサーヴァントを遥かに凌駕しているようですね」

 

セイバーは冷静に分析する。バーサーカーの攻撃は全力で受け止めなければ防ぎきれない程の暴威を秘めたものだった。

 

「うそ……何よアレ」

 

凛はその圧倒的なまでの実力差を目の当たりにして驚愕するしかなかった。地力では完全にセイバーの上を行くバーサーカー。セイバーに勝機があるとすれば、バーサーカーの隙を突いて剣の一太刀を浴びせる事であるが、今のセイバーにそんな余裕は無かった。凛のサーヴァントであるアーチャーはセイバーにやられた傷が原因で今は実体化させる事ができない。

 

「――なんて奴だ」

 

ホークアイは冷や汗を流しながら呟く。彼はセイバーとバーサーカーの戦いを見ていた。セイバーはバーサーカーの大剣を受け止めるだけで精一杯のように見える。

 

「……」

 

ブラックウィドウは沈黙したままだ。彼女はこの場にいながら何もする事ができなかった。それは凛も同じである。

 

「あのバーサーカーとかいう巨人、ウチのハルクじゃないと止められなさそうだぜ?」

 

そう、アベンジャーズが誇るハルクであればあのバーサーカーとも渡り合えるだろう。だが今はキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥしかいない。ランサーにも勝てないキャップ達ではセイバーを圧倒する程の力を持つバーサーカーに勝つのは不可能に近い

 

「……」

 

ブラックウィドウは何も言わずにバーサーカーを見つめていた

 

バーサーカーはセイバーを上回る巨体とパワーを持ちながら、スピードに関しても彼女より上だった。バーサーカーが持つ岩の巨剣はただ振り回すだけで周囲の有象無象を破壊し尽くす。

 

肝心のセイバーはバーサーカーの攻撃の嵐の前に防戦一方となっていた。

 

「くっ――」

 

セイバーは必死にバーサーカーの攻撃を捌くが、徐々に押され始める。

 

あのバーサーカーというサーヴァントには『技術』など必要無い。圧倒的なまでのパワーとスピード、それさえあれば小細工など不要である。

 

このままではセイバーがバーサーカーに殺されてしまう。そう思った。その時、

キャップが駆け出した。

 

「離れていろセイバー!ここは私が隙を作る!!」

 

キャップはバーサーカーに挑んで行ったのだ。

 

「キャップ!」

 

ホークアイが叫ぶものの、キャップはヴィブラニウムの盾を構えてバーサーカーに向かっていく。

 

「■―――ッ!?」

 

バーサーカーは突然現れたキャップに驚きつつも大剣を振り下ろす

 

「うおおぉっ!」

 

キャップはその一撃を受け止めようとするが、その威力に圧倒されてしまう。

 

「ぐあっ!」

 

キャップの体は地面を転がりながらもバーサーカーの猛攻を耐える。

 

「くぅ……なんてパワーだ」

 

キャップの持つヴィブラニウムの盾はバーサーカーの一撃をも防いだが、バーサーカーの攻撃によってキャップの身体は吹き飛ばされてしまったのだ。キャップはどうにか起き上がり、体勢を立て直すと、ヴィブラニウムの盾をフリスビーのようにバーサーカー目掛けて投擲する。しかし、ヴィブラニウムのシールドを投げたところでバーサーカーにダメージを与える事はできない。

 

バーサーカーは飛んできたシールドを叩き落そうとするが、次の瞬間バーサーカーの頭上から何かが降ってきた事に気付く。

 

「■――ッ!?」

 

セイバーだ。セイバーはキャップが作ってくれた隙を見逃さず、バーサーカーの頭上まで飛び上がり、見えない剣をバーサーカー目掛けて振り下ろした。

 

「はああぁっ!」

 

セイバーの振り下ろされた不可視の剣はバーサーカーの胸を切り裂いたが、バーサーカーはセイバーの攻撃を受けて尚、大剣を振り回す。

 

「■■■■■■ッ!!!」

 

「くっ!」

 

「セイバー!」

 

バーサーカーの一撃を受けたセイバーはそのまま地面へと叩きつけられる。圧倒的過ぎる。セイバーの剣の一撃を受けて、身体に傷こそ負ったものの、バーサーカーの勢いは止まるどころかさらに加速する。このままだとセイバーが殺られてしまう。しかしホークアイは起爆装置のギミックを矢の先端に装着すると、その矢をバーサーカー目掛けて放った。

 

「喰らえ!」

 

ホークアイの放つ矢は真っ直ぐにバーサーカーに向かっていく。

 

「■■ッ!」

 

そして矢はバーサーカーの身体に直撃し、爆発したものの、ただの爆弾の矢が神秘の塊であるサーヴァントに通用する筈も無かった。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

バーサーカーは爆煙の中から飛び出してくる。

 

「くっ――」

 

キャップはヴィブラニウムの盾を構えてバーサーカーに立ち向かおうとするが、そこへ士郎がキャップの前に立ち塞がった。

 

「離れるんだシロウ!君まで巻き添えになってしまう!」

 

「俺は…貴方に命を救われたんだ…!だから今度は俺が貴方の命を救う番だ…!」

 

士郎はキャップを庇うかのようにバーサーカーの前に立つ。しかしバーサーカーは止まる気配はない。

 

――――――――――殺される。

 

士郎はそう思った。その時だった。夜の住宅街に幼い少女の悲鳴が響いたのは。

 

「キャァァァァァァア!!」

 

悲鳴がした方を見てみると、そこには右腕が切断され、切断面から出てくる血を左手で止めているイリヤが地面に倒れて痛みに悶えている姿があった。そんなイリヤの姿を見たバーサーカーは動揺している様子だ。

 

「■■■―ッ!?」

 

バーサーカーは急いで倒れているイリヤに駆け寄る。イリヤは切断された右腕を抑えながら涙を流していた。

 

「痛いよ…助けて…バーサーカー…!わたしの……腕……!」

 

その時、バーサーカーは涙目で痛みに苦しむイリヤを身体で覆い隠した。キャップや士郎は何をしているのかと思ったが、遥か遠くから閃光を伴った光弾がイリヤを庇うバーサーカーに炸裂したのだ。

 

バーサーカーは謎の攻撃からイリヤを守っているのだ。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

バーサーカーは雄叫びを上げる。バーサーカーは何度も、何度でも、その攻撃に耐え続けた。

 

「■■ッ!!」

 

バーサーカーは攻撃を受け続ける度に、その身に傷を負っていく。バーサーカーはイリヤを守る為なら、自分の身がどうなってもいいと言うかのようにイリヤを庇い続けていた。

 

 

――――――何故イリヤの右腕が切断されていたのか。その謎は今から数分前に遡る




考えてみればバーサーカーってヴェノムやカーネイジより強いんじゃないかと思ったり。ちなみにマーベル世界にもハーキュリーズ(ヘラクレス)がいて、彼もアベンジャーズのメンバーなんですよねぇ。


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第9話 バーサーカーとの戦い(後編)

バーサーカーとの戦闘の決着回です。ぶっちゃけバーサーカーを退けるにはこの方法しか無いと思ったので…。そしてパニッシャーさん鬼畜過ぎィ!

原作ではバーサーカーは士郎とセイバーに対して一度もイリヤを攻撃しなかった事に感心していたけど、パニッシャーさんは思いっきり攻撃したね(;'∀')


かつて、魔術師達の間で恐れられた『魔術師殺し』と呼ばれる男がいた。その男自身も魔術師であるにも関わらず、魔術師としての戦い方を捨て、独自の手法で次々と魔術師達を始末していったのだ。およそ魔術師としての在り方から外れた男は、救いようのない、外道の魔術師ばかりをターゲットとして定めていた。意外にもその『魔術師殺し』は「争いのない世界」を望んでいた。その為の手段である聖杯を手に入れるべく、十年前の冬木で行われた第四次聖杯戦争に参加したのだ。

 

そしてイリヤは『魔術師殺し』と最も近しい関係であるからこそ、彼の戦い方や手段を熟知していたと言って良い。魔術師としての王道の戦い方をしない外道の手段で魔術師を仕留めていくというやり方を。だからこそイリヤは『魔術師殺し』が取る手段への対策を怠らなかった。

 

イリヤはバーサーカーに挑むセイバーやキャップを見て呆れていた。

 

「バカね、あんな程度の力じゃバーサーカーには勝てないわ」

 

バーサーカーと同じサーヴァントであるセイバーならいざしらず、サーヴァントでも魔術師でもないキャップがバーサーカーに挑みかかるなど、イリヤからすれば只の馬鹿で愚かな行為にしか見えなかった。

 

「■■■■■■―ッ!!」

 

バーサーカーはセイバーの一太刀を受けても尚、彼女に攻撃を加えて吹き飛ばした。

そして士郎がキャップを庇うようにして迫りくるバーサーカーの前に立つ。その光景を見たイリヤは更に呆れ返る。

 

「あの子、自分のサーヴァントが何なのか分かってるのかしら?」

 

バーサーカーの圧倒的なパワーを前に成すすべもないセイバー達を見て手応えの無さを感じるイリヤ。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

バーサーカーは雄叫びを上げながら、士郎に襲い掛かろうとした。その時、イリヤは自分が遠くから何者かに狙われている事を察知する。遠くだ、それも何百メートルも先から。自分が狙われている事を察知したイリヤは自分の使い魔である『天使の詩(エンゲルリート)』を発動させた。これは髪の毛を媒介とした鳥型の使い魔の術式である。遠くから飛来してくるであろう敵の攻撃に対して万全の体制で臨むイリヤ。そして防御用の術式も同時に展開する。『魔術師殺し』の男と最も近しい関係であったイリヤだからこそ、準備を怠らなかった。既に魔術師の世界においても『魔術師殺し』が取っていた手法に対する対策が講じられているのだ。遠距離からの狙撃程度であれば簡単に防ぎ切れる程の強度の結界と、迎撃用の使い魔を同時に展開したイリヤに死角は無かった。

 

 

―――――イリヤの誤算はただ一つ、飛来してくる敵の飛び道具が地球上の兵器ではなかった(・・・・・・・・・・・・)という点だけであった。

 

 

 

*************************************************************************

 

 

 

森の中で待機するパニッシャーは、五百メートル先の道路で戦闘を繰り広げているキャップ、士郎、セイバー、バーサーカーの様子を見ていた。パニッシャーはストレンジから別の任務を依頼されているものの、可能であればキャップ達の助力をするように言われている。パニッシャーは双眼鏡を持ってバーサーカーと戦闘しているキャップ達の様子を見る。案の定、キャップ達はバーサーカーの圧倒的なまでのパワーに苦戦している。

 

「…あのデカブツ、どう考えても普通じゃないな。あんな化け物をどうやって倒せっていうんだ?」

 

双眼鏡を覗いた先に映るバーサーカーは並みのヒーローでは太刀打ちできない程の強さだろう。しかしサーヴァントというのは強大な力を持つと同時に、大きな弱点も抱えている。それはマスターの存在だ。マスターである魔術師が殺されれば、サーヴァントはこの世に留まる事ができなくなり、消滅してしまう。つまりバーサーカーのマスターを殺せばバーサーカーを無力化する事はできるのだ。パニッシャーはバーサーカーに指示を出している銀髪の少女を見る。あの少女がバーサーカーのマスターか。

 

 

 

そうしてパニッシャーは地球を侵略してきた変身宇宙人(※1)から鹵獲した兵器を取り出し、スコープでバーサーカーを覗く。異星人の技術を用いて作られたこの銃であればサーヴァントを殺し切る事はできるかもしれない。そしてパニッシャーは遠距離狙撃用の銃に取り付けられているスコープを覗きつつ、バーサーカーのマスターである少女に照準を合わせると、何の躊躇いもなく引き金を引いた。

 

 

 

*************************************************************************

 

 

 

イリヤは使い魔と防御用の結界を用いて、自分に飛来してくる敵の攻撃に備える。そして遠方から光弾が飛んできた。

 

(来てみなさい…!そんな攻撃、わたしの結界と使い魔なら簡単に防げ……!?︎)

 

が、そう思った時は遅かった。イリヤに放たれた光弾はイリヤが展開した防御用の結界と使い魔を貫通し、イリヤの右腕に命中。イリヤのか細い右腕は切断面から血を飛び散らせながら夜空に舞う。

 

イリヤは一瞬自分の身に何が起きたのか理解できずにいた。そして空中を舞っていた自分の右腕が地面に落ちて数秒すると、右腕が切断された激痛で叫び声を上げる。

 

 

「きゃああぁあっ!!う、腕がっ……!」

 

イリヤは必死に止血を行う。だがイリヤは右腕を切断された激痛に耐えられず、地面を転がった。

 

そしてバーサーカーはイリヤの悲鳴を聞き、彼女に駆け寄ると、遠方から来る光弾からイリヤを守る。

 

「痛いよ…助けて…バーサーカー…!わたしの……腕……!」

 

その時、バーサーカーは涙目で叫ぶイリヤを身体で覆い隠した。キャップや士郎は何をしているのかと思ったが、遥か遠くから閃光を伴った光弾がイリヤを庇うバーサーカーに炸裂したのだ。

 

バーサーカーは謎の攻撃からイリヤを守っているのだ。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

バーサーカーは雄叫びを上げる。バーサーカーは何度も、何度でも、その攻撃に耐え続けた。

 

「■■ッ!!」

 

バーサーカーは攻撃を受け続ける度に、その身に傷を負っていく。バーサーカーはイリヤを守る為なら、自分の身がどうなってもいいと言うかのようにイリヤを庇い続けていた。

 

必死でイリヤを守るバーサーカーを見て、士郎は何故か胸が痛くなるのを感じた。

 

「……バーサーカー……!逃げるわよ…!ここは撤退するの…!」

 

イリヤは形勢の不利を悟ったのか、切断された自分の右腕を拾わせると、バーサーカーに命じてこの場から離れるように言う。そしてバーサーカーはイリヤの命令通り、その場を跳躍して離脱した。

 

「……行っちゃったわね。とりあえず命拾いして助かったわ」

 

凛は退却していくバーサーカーの後ろ姿を見て胸を撫で下ろしていた。

 

「凄まじい相手だったな…。あれがバーサーカーのサーヴァントか…」

 

キャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥの3人はサーヴァントの持つ力を改めて思い知らされた。

 

そして起き上がったセイバーがキャップに近寄ってくる。

 

「…先程はありがとうございます。貴方の援護がなければ私はバーサーカーにやられていました」

 

「いいんだセイバー。礼を言われる程の事はしていない」

 

「いえ、ここは礼を言わせてください…」

 

「それにしてもさっきのヤバかったぜ…。俺の爆弾矢を浴びてもピンピンしてやがったからな」

 

ホークアイもバーサーカーの持つ力と耐久力を身をもって知った。

 

「ロジャース先生、バートン先生、ロマノヴァ先生。先生達は一度俺の家に来てください。そこで先生達の事について聞かせてもらえませんか?」

 

士郎の提案に凛が驚き、慌てて士郎に詰め寄る。

 

「ちょっと!この三人は聖杯戦争とは無関係なのよ!?魔術師でもないこの三馬鹿トリオと仲良くした所で得なんか無いわよ!」

 

「けど遠坂、俺はロジャース先生に助けてもらったんだ。ならどうして先生がそこまで俺を助けようとするのか気になるだろ?」

 

「そりゃまぁ…そうだけど…」

 

こうしてキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥの3人は士郎の家である衛宮邸で話をする事にした。今日はもう夜遅くになっているので、今夜は士郎の家に泊まり込みする事となった。部屋の関係で3人はリビングルームで寝る形になったのだが…。




パニッシャーさんって相手がイリヤみたいな子供でも、ソイツが犯罪者や救いようのない悪党なら殺すのかな…?(´・ω・`)子供だから見逃すっていう性格でもなさそうだし。




(※1.『シークレット・インベーション』参照)


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第10話 謎の夢

キャップ達の世界では何やら不穏な影が…?ストレンジが型月世界の時計塔に行ったら即効でロードになれたりして?(^_^)

平行世界はマーベルにもFateにも共通する重要な概念であり、今後この平行世界という要素が重要になってきますよ~。


士郎は夢を見ていた。夜、衛宮邸の縁側に座る養父の切嗣。士郎はこの切嗣とのやり取りを今でも覚えている。この頃の切嗣は外に出る事はなくなり、こうして家の中でのんびりと過ごす事が多くなった。士郎は縁側に座って月を眺めている切嗣の傍に座った。

 

「爺さん、また縁側でボーッとしているのか?身体に障るぞ?」

 

「ああ、士郎か。大丈夫だよ。僕はこうやってのんびり過ごしている方が好きだからね」

 

冬だというのに気温はさして低くなく、多少肌寒いだけでこうして縁側で月を見ながら過ごすのは丁度良かった。切嗣は月を見ながら穏やかな顔をしていた。士郎は切嗣が正義の味方に憧れていたのを思い出し、切嗣にその事を聞いてみた。

 

「残念ながら僕はもう正義の味方にはなれないんだ。ヒーローは期間限定で、オトナになると名乗るのが難しくなるんだ。そんな事、もう少し早く気づいていればよかったんだけどね」

 

「そっか……。じゃあさ、せめて俺が大人になったらアンタの代わりに正義の味方になってやるよ!」

 

そう力強く士郎は答えた。父である切嗣が叶えられなかった願いを自分が代わりに叶えると、そう誓ったのだ。

 

「ハハッ、そりゃ頼もしい。それなら安心だな……」

 

そう言うと切嗣は静かに目を閉じて息を引き取った。士郎は最初切嗣が眠ったのかと思ったが、直ぐに切嗣がこの世を去った事を知る。だが士郎は泣き叫んだりはせず、じっと切嗣の顔を見上げていた。

 

だが士郎の目からは熱い液体が流れていた。それでも士郎はただ静かに、死んだ切嗣の穏やかな表情を朝までずっと眺めていた。

 

 

 

 

***********************************************************

 

 

 

 

士郎と同様にキャップも夢を見ていた。否、夢にしてはあまりにもリアル過ぎる。凍てつく寒さの気温に、辺り一面が白銀一色で、遠くには氷で出来た山まで見える。キャップは自分の恰好が「キャプテン・アメリカ」としてのコスチュームだという事を確認する。背中にはヴィブラニウムの盾を装備している状態だ。

 

キャップは今の自分の状況を上手く呑み込めずにいたが、ようやくここが南極だという事を理解できた。自分が氷漬けになった場所であり、この南極の氷の下で数十年も眠っていたのだ。キャップ的には余り良い思い出の場所ではないが、周囲を探索する事にした。キャップとしてはこの程度の極寒は大して問題ではなかった。キャップは周囲を警戒するが、周囲に人の気配はなく、歩みを止めずに探索を続ける事にした。時間は夜であり、闇が広がっていたが、南極という事もあり雪の白さと空に浮かぶ月が闇夜を照らしていた。キャップは南極には何度か行った事があるが、その時とはまた違った雰囲気だった。

 

その時、キャップは南極の夜空を見上る。

 

「……何だあれは?隕石…?」

 

キャップが空を見上げると巨大な隕石のような飛来物が"真っ直ぐ"地上に落ちてきているではないか。地球の重力や自転を考えればこうして真っ直ぐ垂直に隕石が落ちてくる事など有り得ない。しかも隕石は複数あり、いずれも垂直に地上に向かって落下してきているではないか。キャップは空から落ちてくる隕石に気を取られていたが、背後から猛スピードで接近してくる乗り物の音に気付き、咄嗟に回避する。その乗り物は巨大な装甲車のような乗り物であった。南極には各国の基地が幾つも点在しているが、今通った巨大な装甲車は何処かの国の軍の装甲車なのだろうか?そして数十メートル程進んだ装甲車は急停車する。キャップを危うく跳ねそうになったのだから当然といえば当然だが。そして装甲車の扉が開き、中から亜麻色の髪の毛に眼鏡をかけたショートヘアーの少女が身を乗り出しながらキャップに叫ぶ。

 

「早く乗ってください!!」

 

取り合えずキャップは少女の言う通り、大急ぎで装甲車の中へと搭乗した。

 

「生存者の方ですか!?」

 

亜麻色の髪の毛の少女は搭乗したキャップに尋ねる。

 

「生存者…?何か大きな災害でも起きているのか…?」

 

「はい…!今この地球では空から落ちてきた空想…」

 

 

 

 

 

 

しかしそこでキャップは夢から目を覚ました。

 

 

 

 

*******************************************************

 

 

 

「グッドモーニングキャップ、よく眠れたかい?」

 

キャップは瞼を開けると、そこにはコスチュームを脱いで普段着を着ているクリントとナターシャの姿があった。自分が見たあの夢は何だったのかと疑問に思うスティーブだったが、取り合えず起きる事にした。スティーブは衛宮邸の廊下を歩いていると、士郎と会う。

 

「おはようシロウ。昨夜は色々と大変だったな…」

 

「えぇ、ロジャース先生には本当にお世話になってばかりで…。俺は先生に命を救われたんです。だから何かの形で恩は返さなきゃいけない」

 

士郎は真っ直ぐスティーブを見ながら言う。昨夜は校庭での戦いを目撃したせいでランサーに命を狙われ、何かの拍子にセイバーを召喚して聖杯戦争の参加者としての資格を得てしまった。そして教会からの帰りにバーサーカーのマスターであるイリヤに命を狙われた。士郎にはセイバーが付いているとはいえ、またあのバーサーカーに命を狙われれば命は無いかもしれない。スティーブは士郎を守る為には自分達が元いた世界に残っているアベンジャーズのメンバーを呼び寄せるしかなかった。そう考えていると、凛がこちらに歩いてきた。

 

「ロジャース先生、先生達が何者なのか教えてもらいましょうか?聖杯戦争の事を何処で知ったのか?何故衛宮くんを救おうとするのか、聖杯戦争に首を突っ込もうとするのはどうしてなのかをね」

 

凛は鋭い目でスティーブを睨みながら言う。

 

「分かったよリン。まずはリビングで話そうか。私達が何者であるかを教えなければならないだろう」

 

そしてスティーブは士郎と凛を連れてリビングルームに入ると、食卓に座りながら士郎と凛に自分達が何者であるのかを説明した。自分達は士郎と凛がいる世界とは別の平行世界から来たという事を伝える。すると凛は呆気に取られたような表情をした。

 

「へ、平行世界から来たですって!?平行世界間の移動なんてそれこそ大師父(キシュア)が使う第二魔法でする事じゃない!」

 

「いや、我々の感覚からすれば平行世界を移動するのはさして珍しい事じゃないんだ。流石にドクター・ストレンジやリード・リチャーズの力添えがなければ出来ないがな」

 

そう、キャップを始めとするアベンジャーズにとっては平行世界など珍しい概念ではない。しかし士郎と凛はそんな事は信じられないと言った様子だった。

 

「私達アベンジャーズがこの世界の冬木市で行われる聖杯戦争や魔術師、サーヴァントの事を知り得たのは我々の世界で活躍する至高の魔術師(ソーサラー・スプリーム)であるドクター・ストレンジのお陰なんだ。彼も魔術師だから平行世界を見通すなんて事は朝飯前だよ」

 

「そ、そのドクターなんとかっていう魔術師が聖杯戦争やサーヴァントの事をアンタ達に教えたってワケ!?」

 

凛は若干怒りが籠ったような表情をする。

 

「別の世界から来たアンタ達は知らないでしょうけど、私達魔術師にとっては「神秘の秘匿」は何よりも大事なの。魔術の存在を知る人間は少ない程いい。なのにアンタ達は聖杯戦争に首を突っ込んで神秘の秘匿を脅かしてるのよ!」

 

凛の話によれば、魔術の存在が一般の人間に知られると、神秘が薄れてしまい魔術師達が目指している「根源」への到達ができなくなってしまうのだという。それ故に「他の魔術師が下手を打って神秘を漏らして、自分に迷惑がふりかかってこないよう、互いに監視し合うための組織」として魔術教会が存在するのだ。

 

「こんな冬木の街中で聖杯戦争なんていう戦いをしているのに、神秘の秘匿の心配をするのか?何処かのドームや孤島でも借り上げてそこでやればいいだろう?」

 

が、キャップは実に最もな意見を凛に言う。しかし冬木市には質の高い霊脈があるので、聖杯戦争の舞台としてはうってつけだという。

 

「私達アベンジャーズはヒーローだ。人々の平和を守る為に戦う義務がある」

 

「それが余計なお世話だって言ってんのよ!アンタ達みたいな得体の知れないコスプレ集団が首を突っ込むせいで私達みたいな魔術師が大迷惑してんだからね!」

 

凛はウガー!という勢いでキャップに食って掛かる。

 

「君達魔術師の都合なんて冬木で暮らしている一般の人達は知らないだろう。それに、私達からすれば君達のやっている事はただの犯罪行為にしか見えないんだが」

 

「アンタって人は何処まで口が減らないのかしらねぇ…」

 

凛は腕を組んで笑顔を浮かべているが、額には複数の怒筋が浮かんでいる。

 

「…けどアンタにはセイバーの攻撃から護ってもらった恩もあるからね。今直ぐ自分達の世界に帰るんなら見逃してあげてもいいけど?」

 

「残念ながらそれには期待しない方がいい。私達はシロウを守らなければいけないんだ」

 

「俺を守る…?そういえばロジャース先生達はどうして俺を守ろうとしているんですか?」

 

「それには深い事情があるんだが…。私やクリント、ナターシャも詳しい話は聞かされていなくねて」

 

スティーブ達とてストレンジから詳細な事を教えられているわけではない。だが士郎がたった一度でも死ぬような事態が起きれば、スティーブ達の世界に多大な脅威が降りかかってくるのだと言う。

 

要するに士郎の死がトリガーとなるらしいのだが、ストレンジはその事については固く口を閉ざしている。

 

「そうですか…。けどいつか機会があれば教えてください」

 

そう言うと士郎は立ち上がりリビングを出る。

 

「シロウ、どこに行くんだ?」

 

「道場に行ってきます。そこで少しばかり汗を流したいんで」

 

「それなら私やクリントも行こう。トレーニングなら付き合うぞ?」

 

スティーブ、クリント、士郎の3人は衛宮邸の道場に向かった。

 

 

 

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昨夜士郎が召喚したサーヴァントであるセイバーが、可愛らしい服を着て道場で正座をしていた。所謂精神統一という奴だろう。正座をしているセイバーは気品に満ちており、凛々しい顔つきで瞑想をしていた。そんな彼女の姿を見て、士郎は思わず感嘆の声を上げる。

 

するとセイバーは士郎達に気付き、立ち上がる。そしてセイバーは士郎に対して昨夜のバーサーカーでの戦いの事を振ってきた。

 

「シロウ、昨夜の件ですが…」

 

「うん?どうしたんだセイバー?」

 

セイバーは厳しい表情をしながら士郎に言う。

 

「昨夜のバーサーカーとの戦闘で、貴方はそこにいるスティーブを庇う為にバーサーカーの前に立ちふさがりました。ですが貴方は私のマスターであるという事を忘れないでください。もし貴方が死ぬような事態ともなれば私は現世に留まれずに消滅してしまう」

 

セイバーは真剣な眼差しで士郎を見つめながらそう言った。

 

「それは分かっているよセイバー。けどあのままだったらロジャース先生は確実に死んでいた…。俺は目の前で殺されそうになる人を放ってはおけないんだ」

 

「シロウ、貴方は聖杯戦争における私のマスターである事を肝に銘じてください。サーヴァントはマスターを守る義務があるのです。マスターが勝手な行動をしてしまえばサーヴァントである私でも守り切れない事態になるんです」

 

セイバーは士郎が勝手な行動をしたせいで、危うくバーサーカーに殺されかけた事について怒っているようだ。凛から話を聞いた限り、マスターである魔術師が死ねば、サーヴァントは現世に留まる事ができずに消滅してしまうらしい。マスターとサーヴァントは言うなれば運命共同体なのだ。

 

「すまないセイバー。君が俺を心配してくれているのは分かる。だけど……」

 

「いいえ、分かっていません!シロウ、貴方はマスターとしての自覚がなさ過ぎる」

 

「セイバー、シロウを責めるのはそこまでにしてあげなさい」

 

スティーブはシロウに対して怒りを見せるセイバーについ口を出してしまう。

 

「聖杯戦争に参加しているわけでもない貴方は口を挟まないで頂きたい。これはサーヴァントである私と、マスターであるシロウの問題です」

 

「確かに君の言う通りだセイバー。けどシロウが聖杯戦争やサーヴァントについて知ったのは昨日なんだ。聖杯戦争に熟知しているわけでもないんだから大目に見てやってもいいんじゃないか?」

 

「……」

 

セイバーはスティーブを暫く睨むが、渋々といった感じで頷いた。

 

「分かりました。貴方の意見も一理あるようですね」

 

「セイバー……」

 

セイバーの言葉を聞いてホッとするスティーブ。

 

「ですがシロウ。貴方は私のマスターである事を忘れないでください」

 

「ああ、分かっているよセイバー」

 

「それならいいのです」

 

士郎はセイバーがどんな英雄なのか気になり、セイバーに聞いてみる事にした。

 

「なぁセイバー、お前ってどこの国の英雄なんだ?サーヴァントっていうのはみんな有名な奴ばかりなの?」

 

だが士郎の問いかけに、セイバーは首を横に振る。

 

「残念ながら答える事はできませんシロウ。私たちサーヴァントは英霊です。それぞれが"自分の生きた時代"で名を馳せたか、或いは人の身に余る偉業を成し遂げた者たち。どのような手段であれ、一個人の力だけで神域にまで上り詰めた存在です」

 

凛が言っていたが、英霊とは、生前に卓越した能力を持った英雄が死後に祭り上げられ、幽霊ではなく精霊の域に昇格したモノを言う。

 

「ですが、それは同時に短所でもあります。私たちは英霊であるが故に、その弱点を記録に残している。名を明かす――――正体を明かすという事は、その弱点をさらけ出す事になります」

 

「敵が下位の精霊なら問題になりませんが、私たちはお互いが必殺の力を持つ英霊です。弱点を知られれば、まず間違いなくそこを突かれ、敗北する」

 

「……そうか。英雄ってのはたいてい、なんらかの苦手な相手があるもんな。だからセイバー、なんて呼び名で本当の名前を隠しているのか」

 

「聖杯は役割に該当する能力を持った英霊を、あらゆる時代から招き寄せる。そうして役割(クラス)という殻を被ったモノが、サーヴァントと呼ばれるのです」

 

スティーブ達もこの世界に来る時に、フューリーからサーヴァントについての説明を受けている。

 

セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。

 

英霊はこの七つのクラスの内、いずれかに割り当てられてサーヴァントとして召喚されるのだ。

 

「そんじゃ俺が英霊になった際には"アーチャー"として召喚されってわけだな。最も、俺は剣に関しても扱い慣れてはいるが」

 

クリントは自分が仮に英霊になった際のクラスについて話す。

 

「という事は君は剣に優れた英霊だから、セイバーと呼ばれているのか」

 

「はい。属性を複数持つ英霊もいますが、こと剣に関しては私の右に出る者はいない、と自負しております」

 

スティーブの問いにセイバーは頷く。

 

「もっとも、それがセイバーの欠点でもある。私は魔術師ではありませんから、マスターの剣となって敵を討つ事しかできない」

 

「権謀術数には向かないって事だな。いや、それは欠点じゃないと思うけど。セイバーはあんなに強いんだからもうそれだけで

十分だろ」

 

「私達の場合はチームを組んでお互いの欠点をそれぞれ補い合う。だが君達サーヴァントの場合はチームではなく個人で戦わなければならない。主であるマスターからのバックアップもあるとはいえ、基本的には自分の実力のみで勝ち上がらなければならないというわけだな?」

 

スティーブが所属するアベンジャーズではチームで一丸となって敵に挑む。だが冬木の聖杯戦争ではサーヴァントは基本的に自分一人だけの力で戦わなければいけないのだ。チームワークが介在する余地が無い。

 

「はい、ですが例外はいます。キャスターは魔術を用いて自分の使役している使い魔を召喚し、敵に襲わせるという戦い方をしてくる者もいるでしょう」

 

「聖杯戦争において、戦闘で強いだけでは勝ち上がれません。例えばの話ですが、敵が自身より白兵戦で優れている場合、貴方達ならどうしますか?」

 

「私達の場合、自分よりも格上の相手と戦うのは慣れているからな。仲間との連携、緻密な戦術戦略で敵を完封する。頭を使わなければスーパーヴィランには勝利できない」

 

そう、サノスやロキ、アポカリプス、ギャラクタス、ストライフといった名だたるスーパーヴィランには真っ向から挑めば敗北するのは必至。だからこそ相手の弱点を突いたり、緻密な作戦を立てる必要がある。

 

「ここにいるクリントも私同様スーパーパワーは持っていないが、鍛え上げた己の技量のみで数々のヴィランを倒してきた。戦いとは必ずしもスペックが上の者が勝利するわけではない。どのような敵にも必ず弱点(ウィークポイント)が存在する」

 

「昨夜のバーサーカーとの戦いを見れば貴方達が只者ではない事は分かります。ですが魔術を超えた神秘であるサーヴァントが相手ではいつ命を落としても不思議ではありません。私達英霊は基本的に人の手で倒す事は叶わない高位の存在なのです」

 

「こちとら伊達にスーパーヴィランやコズミックビーイング相手に戦ってきてないぜ? キャップ、どうも俺達はこの娘に過小評価されているみたいだ」

 

「過小評価しているわけではありません、私は単に事実を述べているだけです。貴方達はサーヴァントの力を甘く見過ぎています。サーヴァントは人間とは比べ物にならないほど強力な存在です。それは例えマスターが未熟であっても変わりません」

 

セイバーの言う事は最もであり、超人血清を打って人間の限界レベルの身体能力と格闘技を駆使して戦うキャップや、弓術に優れ抜群の身体能力を持つクリントでは神秘の塊であるサーヴァントに太刀打ちできないのは自明の理だ。

 

「確かにサーヴァントを相手にすれば人間は簡単に殺されるだろう。しかし、サーヴァントだって無敵じゃない。現に私達は昨夜、バーサーカーを撤退に追い込んだ」

「あれはバーサーカーのマスターであるイリヤが何者かの攻撃を受けて負傷した故に撤退しただけです。正面戦闘ではバーサーカーに太刀打ちできなかったのは私や貴方も同じではありませんか」

 

「……そうだな。バーサーカーは規格外だ。私、クリント、ナターシャの3人がかりでも到底勝てないだろう」

 

スティーブは昨夜のバーサーカーの力を思い出す。確かにあのパワーはアベンジャーズのメンバーであるルークやハルクでなければ対抗する事はできないだろう。人手不足であるが故にこの世界にこれるのはスティーブを始めとする人間の範疇に収まったヒーローしかこれない。だが昨日のストレンジからの連絡では既に冬木市にはピーター・パーカーが来ているという。彼の力ならサーヴァントに対抗する事は可能だろう。そう思っていると、道場に私服姿の凛が入ってきた。凛は持っていたボストンバックを床に下すが、それを見た士郎はキョトンとした顔をしている。

 

「……むむむ?何しにきたんだ遠坂?」

 

士郎は訝しむように凛に尋ねる。

 

「何って、家に戻って荷物取ってきたんじゃない。 今日からこの家に住むんだから当然でしょ」

 

「っ……!!??す、住むって遠坂が俺の家に……!!!???」

 

「協力するってそういう事じゃない。…… 貴方ね、 さっきの話って一体なんだったと思ったわけ?」

 

「あーう」

 

「……まあいいわ。とりあえず私の部屋はどこかしら?」

 

どうやら凛と士郎は手を組む事になったようだ。だがスティーブ達とて士郎を守るという任務がある以上、聖杯戦争に参加しているアーチャーのマスターである凛をこのまま放置するわけにもいかなかった。いつ同盟を解消されて、士郎が殺されるのか分かったものではない。

 

「ちょっと待ってくれリン。私達とてシロウを守らなければいけないんだ。そういうわけで私とクリント、ナターシャもシロウの家に泊まる事にする」

 

「ちょ!?何勝手な事言ってんのよ!!聖杯戦争とは無関係のアンタ達は引っ込んでなさい!!」

 

相変わらず凛はスティーブ達に対してツンツンしている。

 

「君は部外者である私やクリントと違って聖杯戦争の参加者だろう?ならいつ同盟を解消されてシロウを狙うのか分かったものではない。聖杯戦争というのは最後の一人になるまで戦うんだ、そのルールを考えればいずれ君はシロウの命を狙う事になるんだぞ?」

 

スティーブから正論を突き付けられ、押し黙る凛。確かに凛は聖杯戦争に参加しているマスターであり、立場上は士郎と敵対関係である。にも拘らず士郎と同盟を結んだのは自分のサーヴァントであるアーチャーがセイバーの攻撃を受けて行動不能状態になっているからだ。

 

「……そこまで言うんなら住んでも構わないわよ。ただし私の邪魔だけはしないでね。もし邪魔をするようならその時はアンタ達を躊躇なく始末してあげるから」

 

凛はスティーブとクリントを睨むと、道場から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ストレンジ、応答して。私とキャップ、クリントはシロウ・エミヤの護衛をしているけど、敵は予想していたより強大よ。誰かこっちに派遣できる?」

 

ナターシャはこの世界に来る時にストレンジから貰った特殊な端末を用いて、端末の向こうに居るストレンジに呼び掛ける。

 

『ブラックウィドゥか。残念ながらこちらも少し問題が発生している。アベンジャーズのメンバーは北欧のスカンジナビア半島全域に突如として現れた"巨大な嵐"を調査中でね。ヘリキャリアで入ろうとしたが、嵐に阻まれて入る事ができない。悪いが援軍はもう少し待ちたまえ』

 

「"巨大な嵐"ですって…?」

 

『そうだ。だがソーがウォリアーズ・スリーと共にスカンジナビア半島に出た"巨大な嵐"の中に入って行った。他のメンバーも入ろうとはしているが上手くいかない。だからもう暫く辛抱して欲しい』

 

そう告げるとストレンジからの通信は途切れた。

 

「一体私達の世界で何が起きているというの…?」

 

ナターシャは自分達の世界に突如として現れた謎の泥や、スカンジナビアに出現した"巨大な嵐"に何か言い知れぬ不安を感じていた。




もうこれはソーさん以外に任せられない案件ですねぇ。しかし相変わらず凛はツンツンしてるなぁ…(;^ω^)


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第11話 悪を憎んで

二部の六章をぶっ通しでプレイしたせいで投稿が遅れました(;^_^A

キャップって男女問わずモテそうだけど、型月世界にもキャップ信者が現れたりするのかなぁ?(・∀・)ニヤニヤ

それはそうとしてキャップ×士郎って需要あるのかな…?(;^ω^)


士郎は衛宮邸の縁側に座りながら青空を眺めていた。士郎は先程部屋でセイバーから本来マスターとサーヴァントの間でつながっている霊脈が断線している事を告げられた事を思い出す。サーヴァントはマスターからの魔力供給によってこの世に留まっており、魔力が尽きれば消滅してしまう。セイバーは既に昨夜だけでランサー、アーチャー、バーサーカーという3人のサーヴァント達と連戦しているのだ。サーヴァントは戦闘において魔力を消費するのだが、マスターからの魔力供給によって自分の魔力量を回復できる。しかし召喚の際の不手際によって自分と士郎の間で繋がる筈の霊脈が断ち切られている事をセイバーから告げられた。つまりセイバーは士郎から魔力を受ける事ができない状態なのだ。

 

「セイバー、大丈夫なんだろうか…?」

 

それだけではない、昨夜自分を助けてくれた3人の外国人教師…スティーブ、クリント、ナターシャの3人の事についてもセイバーは忠告してきた。魔術師ですらない3人をセイバーは快く思っておらず、聖杯戦争を行う上で邪魔になる存在だと思っているらしい。セイバーはスティーブ達を聖杯戦争に介入させない為にも早々に冬木市から出ていくべきだと士郎に言っていた。

 

更に言えば凛はセイバー以上にスティーブ達を快く思っていない。凛はスティーブ達の事を魔術師達が聖杯をかけて戦う聖杯戦争に首を突っ込んでくるコスプレヒーローと思っているらしく、3人に対して刺々しい態度を隠そうとしない。士郎は昨夜、校庭で戦うアーチャーとランサーの戦闘を見たが故にランサーに殺されかけた。それを考えればスティーブ達も目撃者として始末されても不思議ではない。凛がそのような強行な手段を取らないのは何か考えがあっての事かは分からない。

 

だが魔術師の養父を持ち、修行の末にようやく投影魔術を扱えるようになった士郎とは異なり、スティーブ達は本当の意味での人間だ。凛からは昨夜「神秘の秘匿」について説明を受けたが、その「神秘の秘匿」という魔術師達に共通する掟を考えればスティーブ達が殺される可能性は非常に高い。聖杯戦争に介入し、挙句にサーヴァントと戦闘まで行ったのだから魔術協会がこのまま黙っている筈がない。だが士郎にとってスティーブはランサーに殺されかけていた所を助けてくれた命の恩人である。

 

「どうすりゃいいんだ……。ロジャース先生達を聖杯戦争に関わらせないようにするべきか……?」

 

士郎はセイバーの言う通り、聖杯戦争に介入してきたスティーブ達に聖杯戦争に関わるのをやめるように説得しようかと考えていると、後ろから声を掛けられる。

 

 

「やあシロウ、考え事かい?隣に座ってもいいかな?」

 

「あ、ロジャース先生。俺の隣でよければいいですよ」

 

士郎がそう言うとスティーブは士郎の隣に座った。

 

「シロウ、この冬木市で行われる聖杯戦争は危険だ。君には悪いけど、今すぐにでもこの聖杯戦争から手を引いた方がいい。魔術師同士の殺し合いに関わる必要は無いだろう?」

 

スティーブはまだ未成年者である士郎が聖杯戦争に関わる事を快く思っていない様子だ。だが士郎は昨夜の冬木教会で聖杯戦争に参加する意思をハッキリと言峰に見せた。今更引き返すわけにはいかない。

 

「ロジャース先生、心配してくれるのはありがたいんですけど俺はもう参加するって決めましたから」

 

士郎は真剣な眼差しをスティーブに向けた。

 

「……シロウ、君は勇敢な子だ。だけど、聖杯戦争は危険なんだ。魔術師でもない人間が関わって良い物じゃない」

 

「それは分かってます。でも、俺は爺さんから…切嗣から魔術について教えてもらいました。だから俺はもう魔術を使える人間なんです。それに俺にはセイバーもいる。遠坂とは一時的とはいえ同盟関係を結んだわけだし」

 

「そうか……。なら、私達と一緒に戦うしかないね」

 

「えっ!?いや、あの……」

 

士郎は困った顔をして言葉に詰まってしまった。そんな士郎を見てスティーブは苦笑を浮かべた。

 

「私やクリント、ナターシャだってもう聖杯戦争に関わってしまっているんだ。最後まで君に付き合うよ」

 

「はぁ……。ロジャース先生、ありがとうございます」

 

士郎はホッと胸を撫で下ろした。士郎から見てもスティーブ・ロジャースという男は文句の付けようがない程の善人だ。士郎はスティーブの事が気になっていた。スティーブは何故自分なんかを助けてくれるのか?という疑問があったからだ。士郎は昨夜、聖杯戦争に参加する意思を示した後、スティーブに訊ねた。するとスティーブは士郎にこう答えた。

 

―――君の事は私が守る。それが冬木市に来た私達の使命だ。

 

そう言った時のスティーブの顔は凛々しく、とても格好良かった。士郎は何処となくスティーブという男に惹かれていた。それは士郎自身も自覚がある程で、だからこそスティーブに聖杯戦争について注意された時は思わずドキッとしてしまった。自分の養父である切嗣はどこか陰や憂いを帯びた男であったが、スティーブはどこまでも逞しくて頼れる大人だ。士郎から見ればスティーブは頼れる兄貴分であり、父性溢れるお兄さんといった所だろうか?

 

そんな士郎に対して凛が声を掛けてくる。

 

「あら?随分ロジャース先生と仲良いじゃない、衛宮くん」

 

士郎が後ろを振り向くと、そこにはニヤニヤした顔で自分を見ている凛がいた。凛は士郎に近づいてくると、士郎の肩に手を置いた。

 

「ロジャース先生と話している時の衛宮くん、なんだか目をキラキラさせていたじゃない?やっぱり、そういう事なのかしら?」

 

士郎は顔を真っ赤にして慌てふためいた。

 

「いや、その……別に深い意味はないって言うか……」

 

凛は士郎の反応を見てクスッと笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさい、ちょっと意地悪だったわね。ロジャース先生って確かに頼り甲斐のある素敵な人よね」

 

士郎は凛の言葉に首を縦に振った。スティーブは本当にいい人だ。いつも優しく接してくれる。士郎にとってスティーブは理想のヒーロー像に近い。

 

「リン、お褒めの言葉として取っておくよ」

 

凛から見てもスティーブは完璧超人に近い男だ。聖杯戦争に介入してくるコスプレヒーローという点を抜きに考えれば世の女性からさぞモテるだろう。事実、スティーブは穂群原学園の女生徒達から非常に人気がある。最も、女生徒のみならず男子生徒からの人気も凄いのだが。スティーブは生まれつき人を惹きつけるカリスマ性を備えているのかもしれない。凛はスティーブの人間性自体は嫌いではないし、普通に良い大人の見本だと思っている。しかし凛はスティーブの事が少し苦手だった。自分が捻くれているせいだろうか、スティーブに対してどうも苦手意識が芽生えてしまうのだ。

 

「それじゃ衛宮くん、ちょっと居間に来てくれる?朝食当番と夕食当番を決めたいから」

 

「ん?分かった直ぐに行く」

 

士郎は凛に連れられて衛宮邸の居間へと向かった。残されたスティーブは縁側に座りながら空を眺める。この世界に来る前、衛宮士郎についての情報をストレンジから聞かされていた。10年前の冬木の聖杯戦争で起きた火災によって実の両親を亡くし、魔術師である衛宮切嗣に引き取られたという経歴にも一通り目を通したが、実の家族の死の原因となった聖杯戦争にこうして参加するのは何の因果だろうか?そう思いながらもスティーブは士郎と凛を見送った。

 

 

 

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とりあえず衛宮邸に居候させてもらう対価として、交代制で夕食や朝食を作る事になった。クリントとナターシャは士郎から料理の手ほどきを受けていたが、凝った家庭料理を作りなれていないアメリカ人であるクリントは初めて作る日本料理に苦戦していた。シリアル食品が広く普及しているアメリカでは、朝はトーストと牛乳、昼はホットドッグとコーラ、夜はピザとビールといった具合に簡単に済ませてしまう。その為、手軽なインスタントフードばかり食べていたクリントとナターシャにとって、日本の家庭料理は難易度が高かった。

 

「ちきしょう…思った以上に難しいぜ…」

 

クリントは包丁で豆腐を均等に切り分けながら呟いた。一方、士郎は隣でネギを切るのに夢中になっている。士郎は慣れた手つきでネギを切り終え、鍋に水を入れて火にかける。

 

「よし!それじゃあ次は出汁の準備だ!」

 

士郎は冷蔵庫から昆布を取り出した。それを見ていたナターシャは感心した様子だ。

「シロウ、貴方って凄いわね。こんな複雑な工程を何の迷いもなく進めていくなんて」

 

士郎は苦笑いを浮かべた。

 

「まぁ、桜にも手伝ってもらってるからな。それに俺も初めて料理を作った時は苦労したもんだ」

 

桜に対して料理を指導できる程に料理上手な士郎は、クリントとナターシャにも料理の指導を行う。土地柄なのかアメリカでは日本のように細かい料理の技術や家庭料理が発達していないのだ。それ故にホットドッグやハンバーガーといった簡単な料理か、冷凍食品で済ませてしまう事が多い。だが士郎の教え方が上手いお陰でクリントもようやく和食作りに慣れ始めてきた。

 

料理を作っている士郎、クリント、ナターシャの横で、凛とセイバーは昨夜のバーサーカーの事について話し合っている。

 

「イリヤスフィール……バーサーカーのマスターですね。凛は彼女を知っているようでしたが」

 

「……まあね、 名前ぐらいは知ってる。 アインツベルンは何回か聖杯に届きそうになったっていう魔術師の家系だから」

 

「……聖杯戦争には慣れている、という事ですね」

 

「でしょうね。 他の連中がどうだか知らないけど、イリヤスフィールは最大の障害と見て間違いないわ。本来バーサーカーっていう役割は力の弱い英雄を強化するものよ。理性を代償にして英霊を強くするんだけど、そういった“凶暴化した英雄”の制御には莫大な魔力を必要とする。たとえば貴女がバーサーカーになったら――――」

 

「このように話をする事もできませんね。 協力者としての機能を一切排除し、戦闘能力だけを特化させたのがバーサーカーです。 ですがそれは手負いの獅子を従えるようなもの。 並の魔術師ではまず操れません」

 

「えぇ、狂戦士のクラスはそういう特性があるからね」

 

凛とセイバーが話をしている横で、士郎、クリント、ナターシャは出来上がった夕食を居間のテーブルの上に置いた。クリントとナターシャは初挑戦の和食だったが、どうにか完成させる事ができた。

 

「お二人さん、晩飯の時間だぜ?」

 

クリントは会話しているセイバーと凛に声をかける。セイバーと凛は机の前に座り、並べられた夕食を見る。

 

「バートン先生とロマノヴァ先生まで夕食を作ってくれるとは思わなかったけど。ところで衛宮くん、ロジャース先生と随分仲良さそうだったじゃない」

 

凛は士郎が廊下の縁側でスティーブと話をしていた時の話題を振る。

 

「なーんか衛宮くんはロジャース先生の顔を見て目を輝かせていたけど…もしかして衛宮くんってロジャース先生の事が好きなの?」

 

凛は嫌らしい笑みを浮かべながら士郎に尋ねる。そんな凛の言葉を聞いた士郎は顔を赤らめながら凛に反論する。

 

「そ、そんなんじゃないぞ!ただ……あの人は凄い人だと思うから……俺なんかよりずっと立派な大人だよ……」

 

だが凛はニヤニヤした顔で士郎を見つめる。

 

「衛宮くん、顔が赤いわよ。もしかして本当に惚れちゃった?」

 

「ち、違う!」

 

「あら?そうなんだ。じゃあ、なんなのよ?」

 

「……い、言えない」

 

「もしかして衛宮くんってソッチ系だったりするの?そりゃ人には言えないわよね~。同性のお兄さんを好きになるなんて」

 

凛は実に悪魔的な笑顔を浮かべながら士郎をからかう。

 

「そりゃキャップは多くのヒーローから好かれてるからな。同性だろうが異性だろうがイチコロだぜ。それにシロウ、同性愛ってのは恥じゃないんだ。俺の母国じゃ同性愛者に対する権利が保障されているんだぜ?こっちなら堂々とカミングアウトできるからな」

 

「ば、バートン先生!?勝手に俺をゲイにしないでください!!」

 

士郎は顔を茹蛸のように真っ赤にしながらクリントに抗議をする。

 

「そうやって顔を赤らめている時点で怪しさ満点じゃない…」

 

凛は顔を紅潮させながら動揺している士郎に呆れる。それからスティーブも居間に来て士郎達と一緒に夕食を楽しんだ。夕食を平らげたクリントは食後の眠気からか居間の畳に雑魚寝しつつ夢を見ていた。

 

「マカリオス、アデーレ……この料理もっとあるか……?」

 

どうやらクリントは夢の中で料理を食べているようだ。しかも誰かと常時会話していると思う位に寝言が多い。スティーブとナターシャはクリントの寝言が気になりつつも今後の事について話し合う事にした。

 

 

 

 

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パニッシャーは手枷を付けられている状態で独房の中に閉じ込められている。だがこの状況でもパニッシャーは冷静だった。何故自分が独房の中にいるのか、その理由を知っている。今この状況は所謂「夢」の中だ。ここ数日間、連続して同じ夢を見ているが、夢はどうも地続きで繋がっているらしい。パニッシャーは手枷を嵌められた自分の両腕を見る。その光景を見ても特に動揺する事はなかった。それは既に慣れた状況だからである。そもそも自分は最初からこういう存在なのだから。今自分がいる独房は所謂「懲罰房」で、何らかの罪を犯した英霊がここに入れられるという話を芸術家の少女から聞いた。今自分がこうして殺されずにここに閉じ込められているのには恐らく理由があるのだろう。食堂で派手に銃撃をかまし、複数の英霊を負傷させるという所業を行った男に対して随分と甘い処罰ではないかとパニッシャーは思った。銃撃した理由?それは今更問うまでもない。パニッシャーは己のするべき事をしただけである。食堂で暴れた末に大盾を持った少女に取り押さえられ、この懲罰房に入れられたわけだが…。

 

そんなパニッシャーに対して懲罰房の外から声を掛ける存在がいた。杖を持った芸術家の少女だ。少女はパニッシャーに対して気さくに声を掛けてくる。

 

「やぁ、元気にしているかい?君の様子が気になって来てみたんだ」

 

芸術家の少女はパニッシャーに話しかけた。

 

「君は随分と落ち着いているね。この状況をどう思っているのかな?」

 

「……答えなきゃいけない義務でもあるのか?」

 

パニッシャーは外にいる芸術家の少女に悪態を突く。大方食堂で英霊を銃撃した件について尋ねてきたのだろう。芸術家の少女からは敵意や嫌悪のようなものは感じられない。ただ純粋にパニッシャーの事が心配だから様子を見に来たといった様子だった。

 

「まぁ、そう言わないでくれよ。君が食堂の一件を起こしたのは私も知っている。けど君は何であんな真似をしたんだい?」

 

芸術家の少女は何故銃撃したのか?とパニッシャーに尋ねてきた。

 

「言うまでもない、俺が銃を撃った相手が「悪」だったからだ。俺は「悪」は許さない、だから殺す」

 

パニッシャーは実にシンプルに答えた。犯罪者といえどもアベンジャーズを始めとした他のヒーローはまず捕縛して司法の裁きに委ねるが、パニッシャーは違う。相手が犯罪者…悪であれば躊躇なく引き金を引く。犯罪者を生き永らえさせる理由はない、更生させる必要もない、改心するチャンスも与えない。芸術家の少女はそんなパニッシャーの言葉に嘆息する。

 

「なるほどね……。確かに君の言い分は分かるよ。悪人は殺せ、実に単純だ。けどね、私は君の考えは間違っていると思うよ」

 

芸術家の少女のその言葉にパニッシャーは眉間にシワを寄せた。

 

「……何だと?」

 

「君はさっき「悪は死すべし」と言ったが、それは極論だ。人間は誰しも善の心を持っている。それなのに一方的に悪い奴を殺すなんて事はあってはならない。君だって本当は分かっているはずだ」

 

少女はそう言ったがパニッシャーは引き下がらなかった。

 

「俺はヘルズキッチンで犯罪者共の…悪党共の薄汚れた部分を飽きる程見てきた。連中が無辜の市民を何十人殺そうが司法は「更生」という名のチャンスを与えようとする。連中に殺された人間には二度と「チャンス」なんか訪れないのにも関わらず、だ。結局死んだ人間は二の次、生きている人間…犯罪者共の人権の方が大事なのさ。人権尊重っていうのも考え物だ」

 

パニッシャーは吐き捨てるように言う。

 

「けど、だからと言って君が犯罪者を勝手に裁いて良い理由にはならない」

 

少女はパニッシャーのしている行いを明確に否定した。パニッシャーとて他のヒーローから何度も言われてきた。「犯罪者を殺すのはヒーローの道義に反する」と。遵法精神で犯罪者の捕縛に留めるヒーロー達は犯罪者の更生に期待しているに過ぎない。だがパニッシャーは違う。悪は躊躇なく殺す、悪は容赦なく断罪する。それで被害者がいなくなるのなら御の字だ。

 

「パニッシャー、確かに悪人を裁くのはある意味では正しいのかもしれない。けど、君の行動はヒーローや英雄のそれじゃない。君の戦い方はまるで殺人鬼だ。君の戦い方を認めるわけにはいかない」

 

芸術家の少女はそう言った。パニッシャーは鼻を鳴らす。

 

「俺は俺のやり方で戦うだけだ。お前達にどうこう言われる筋合いはない」

 

パニッシャーはそう言って芸術家の少女に背を向けた。

 

「パニッシャー、君は一体何の為に戦っているんだい?」

 

芸術家の少女はパニッシャーに尋ねた。

 

「純粋に正義の為ってわけでもないだろう? 私から見れば君は……ただ自分の怒りに任せて行動しているように見える」

 

芸術家の少女の言葉を聞いたパニッシャーは黙り込んだ。

 

「一体何が君をそこまで駆り立てるんだい?君は何故そんなにも「悪」を憎む?」

芸術家の少女はそう尋ねる。

 

「…………」

 

パニッシャーは何も答えない。

 

「君が悪人を嫌悪するのは分かる。そりゃ私だって悪人は嫌いだ。けど、明らかに君はやり過ぎている。悪人を殺すのは構わないが、悪人を殺せば必ず誰かが悲しんで、苦しんで、涙を流す。悪人を殺したところで、君の心は晴れないはずだ」

 

芸術家の少女はそう言った。しかしパニッシャーは黙ったままだ。

 

「君は……本当は何をしたいんだ? 悪人を殺して満足しているのか? それとも……悪人を断罪する事に快感を覚えているのかい?」

 

芸術家の少女の言葉にパニッシャーは黙り込んだままだった。

 

「パニッシャー、君は悪人を裁く事で……自分の心の安寧を得ているんじゃないのかな?」

 

芸術家の少女はパニッシャーにそう言った。が…それはパニッシャーに対して虎の尾を踏む行為に等しい。パニッシャーは立ち上がると独房の窓から芸術家の少女を睨みながら言う。

 

「……それ以上言うな。でなきゃ檻の中にいようとお前を殺す」

 

パニッシャーはそう言った。芸術家の少女はパニッシャーの殺気を肌で感じ取るも、芸術家の少女は怯まずにパニッシャーに言う。

 

「パニッシャー、君の心は壊れている。君は大勢の犯罪者を自分の手で殺してきた。けどね……君は悪人を殺せば殺すほど自分の心が荒んでいく事に気が付いていない。君は悪人を殺す度に……自分の心を自分で壊しているんだ」

 

芸術家の少女の瞳は真っ直ぐにパニッシャーを見つめていた。そうして芸術家の少女は無言でパニッシャーを見つめた後、懲罰房から去っていく。芸術家の少女の言っている事は間違いではない、だがパニッシャーは悪を許さない、悪を認めない、悪を許容しない。それが彼の信念であり、それ故に彼は悪を殺す。

 

それから一時間程経過した。パニッシャーは独房の中でひたすらに悪に対する怒りを募らせていた所、今度は赤髪の美女が尋ねてきた。彼女も英霊であり、ケルト族の女王だと聞く。赤髪の美女は檻の中にいるパニッシャーに声を掛けてきた。

 

「ちょっといいかな?パニッシャー」

 

「……」

 

パニッシャーは黙り込んだ。こうも気さくに声を掛けられては答えづらい事この上ない。同じ英霊を銃撃した犯人であるパニッシャーに対して赤髪の美女は親しみすら感じる言葉を掛けてきたのだ。

 

「食堂では派手にやらかしたね。君の噂を聞いて驚いたよ」

 

「……」

 

「まぁ、君の気持ちは分かるけどさ、だからって女の子に手を上げるなんて良くないと思うな」

 

「…奴が"女の子"なんてものに見えるのか?」

 

パニッシャーは自分が食堂で銃撃を浴びせた女性サーヴァントについて思い出す。確かに彼女の姿を見れば"女の子"などと言う表現は似つかわしくないだろう。

 

「男だろうが女だろうが悪人は裁かれるべきだ」

 

「極端だねぇ。アンタがどういう理由でそこまで悪を憎むのかは分からないけど、一つだけ言わせて。そのままだったらアンタは間違いなく戻れなくなる。悪を憎んで、悪を許さず、悪を殺す…。それは本当に正しいことなのかしら?かくいうあたしもこうしてアンタに説教できるような立場じゃないんだけどね。アンタは昔のアタシに似ている。だからこそ忠告しておくわ。これ以上、自分の心を壊してはダメ。自分を壊してまで悪を許せないっていうのは、ただの破滅願望とそう変わらない。それは正義なんかじゃなくて、単なる呪いよ。その先には何もない。何も残らない」

 

赤髪の美女は懲罰房にいるパニッシャーに対してそう言った。パニッシャーは黙ったまま何も答えなかった。パニッシャーは独房の中で考えていた。悪人は許してはならない、悪を許す事は悪を容認する事に等しい。だからこそ自分は殺してきた。暴行犯を、殺人犯を、詐欺師を、レイプ魔を殺した。マフィアを殺した、ギャングを殺した。悪人を、犯罪者を殺した。殺した。殺した。殺した…。血塗られた両手を見ても何とも思わない自分にパニッシャーは何の疑問も抱かなかった。

 

あの日、家族がセントラルパークで死んだ日から全てが変わった。あの日、あの場所で妻、娘、息子が殺されていたからこそ今の自分がある。だから自分は犯罪者を殺すのだ。一匹残らず根絶する、一人も残さず淘汰する。その考えで今日まで戦ってきた。例え他のヒーローから白い眼で見られようとも自分の主義主張を曲げなかった。

 

―――――つまらない

 

不殺を是とする他のヒーローに対してパニッシャーが抱いた感情がこれだ。なぜ司法の裁きに委ねるのか、なぜ捕らるだけで満足するのか、なぜ更生の機会を与えるのか、なぜ刑務所に入れるだけで済ませるのか。

 

―――――お前達は甘いんだ

 

パニッシャーはそう言い放った。パニッシャーは他のヒーローとは違う。犯罪者を許さない、犯罪者を生かさない、犯罪者を認めない。パニッシャーはそう信じて疑わなかった。パニッシャーは悪人を許せない。悪人を見逃す事が出来ない。悪人を野放しにしてしまえば、また誰かを傷つけてしまうかもしれない。悪人を裁かずして、一体誰が悪人を裁くというのか?悪人を裁くのは法だ。だが法というのは万能ではない。必ずその法の抜け道を探してくる悪党が出てくる。

 

そしてそんな悪党に自分の家族は殺された。司法や警察でさえ手が出せない強大なマフィアが相手では法律など意味があるのだろうか?然るべき究極の状況では法律など無力なのだ。法の通用しない「悪」の前に市民は無力だという事を他のヒーローは理解できていない。赤髪の美女は暫く独房にいるパニッシャーを無言で見つめると、去っていった。それから1時間もしない内に新たな来客が来た。随分とこの施設では自分は人気者なのだとパニッシャーは自嘲する。今度は人間嫌いの吸血鬼…アサシンのサーヴァントである吸血鬼の女だ。吸血鬼の女は懲罰房にいるパニッシャーに対して憎まれ口を叩いてきた。

 

「ふんっ、相変わらず陰気臭い顔ね。アンタみたいな奴がいるからこの世界はいつまで経っても変わらないのよ」

 

「俺を嘲笑いに来ただけならさっさと帰れ。俺はお前のストレス発散の道具じゃないんだ」

 

パニッシャーは冷たくあしらった。すると吸血鬼の女は眉を潜める。

 

「悪人を始末するっていう大義名分で大量殺人を行うのが正義の味方だって言うの? ハッ、笑わせないでくれる?」

 

「勘違いしているようだが、俺は自分の事を"正義の味方"なんて思った事はないし、ましてや他人に対して名乗った事もない。それにお前には関係のない話だ」

 

「あんたが何を考えていようが勝手だけどね、私にとっては迷惑なのよ。あんたのその独善的な思考、如何にも人間らしいわ。だから私は嫌いなの。あんたをこのまま置いておくとこっちの気分まで悪くなりそう。……まぁ、いいか。どうせ今日限りだし」

 

そう言って吸血鬼の女は去って行った。パニッシャーは溜息をつく。

 

「……何なんだ、あいつは」

 

この施設にいる英霊は変わり者が多い。そのバリエーションはアベンジャーズやX-MEN以上と言っていいだろう。王族なり軍人なり科学者なり作家なり実に多種多様な連中がいる。暫くすると自分を拘束した亜麻色の髪の毛の少女が懲罰房の前に来た。亜麻色の髪の少女は懲罰房にいるパニッシャーに声を掛けてくる。

 

「えっと…パニッシャーさん。少しお話してもよろしいでしょうか?」

 

パニッシャーは答えなかった。この娘は■■■■のサーヴァントであり、食堂で暴れたパニッシャーを取り押さえてこの懲罰房に入れた。

 

「あなたは食堂で何故彼女に発砲したのでしょうか?」

 

「決まっている。あの女はこれまで何人もの人間を食い殺しているんだろう?なら犠牲が出る前に俺が対処したまでだ。生前に犯した罪なら帳消しに出来ると思っているんなら大間違いだぞ?俺の中には刑期満了や時効なんていう単語は存在しない。大体お前等は悪党に優しすぎる」

 

「それでもいきなり問答無用で銃を発砲するというのは間違っていると思います。彼女はこの■■■■に英霊として召喚された存在であり、今は私達の味方です。部外者であるパニッシャーさんは分からないかもしれないですが、私達は彼女とも上手くやっています」

 

「上手くやっている、いないの問題じゃねぇ。俺は目に着いた悪は殺す。この施設は他にも沢山の英霊がいるんだろう?なら一人か二人間引いた所で戦力の減退にはならねぇよ」

 

食堂にいた大柄な女は自分の口からハッキリとこれまで多くの人間だの妖精だのを食い殺してきたという情報を復讐の精霊(スピリット・オブ・ヴェンジェンス )から事前に聞いていた。パニッシャーは自然と身体が動き、銃を女に突き付けて発砲したのだ。特別な力が込められた特注の弾丸は女に対して確かなダメージを与えたものの、近くにいた亜麻色の髪の少女に取り押さえられたのだ。いきなり攻撃したパニッシャーに対して周囲の英霊は驚いたが、パニッシャーは特に自分が悪い事をしたとは思っていない。生前に悪逆、非道を重ねたサーヴァントはこの■■■■に少なくない。ならばその報いを受けさせるのは当然の事である。死んだからと言って罪が消えるわけでもないし、こうして現世に舞い戻ってきたのならまた地獄に送り返すまでだ。亜麻色の髪の少女はそんなパニッシャーの姿勢に眉を潜める。

 

「そのような考えはどうかと思います。あなたは自分が悪と決めつけた相手を一方的に攻撃して、自分の行動に正当性があると思い込んでいるだけではありませんか?」

 

「うるせぇな。正義とか悪だとか、そういう問題じゃないんだよ。あいつはどう考えても悪人だろうが」

 

「……パニッシャーさん、この世界は善と悪に二分される程単純ではないのです。確かに彼女は生前に多くの命を奪ったかもしれません。しかしだからと言って貴方に彼女を裁く資格はないはずです」

 

「サーヴァント共に法律や司法も機能しない。だから俺が裁くんだ。生前に罪を犯したサーヴァントの連中は素直に裁判受けて刑務所に入って服役でもするのか?」

 

パニッシャーは亜麻色の髪の少女に対して一歩も譲らない姿勢を見せる。すると■■■の隣に立香がやってきた。この■■■■に所属する人類最後のマスターである。

 

「■■■、おじさんの様子はどう?」

 

「あ、先輩。相変わらずです…」

 

人類最後のマスターである少年は、懲罰房の窓から中にいるパニッシャーを覗いた。

「正直、俺は貴方の行動は理解できない。けど、少なくとも貴方は悪人じゃない。悪事がしたいから悪い事を行うんじゃなくて、貴方はただ自分の行動が正しいと信じて動いているだけだ」

 

パニッシャーは少年に対して言葉をかけようとしたが、見ていた夢はそこで途切れた。

 




まさかのパニッシャーさんに対する説教回でした。パニッシャーさんってシビルウォーの時も投降してきた丸腰のヴィランを即座に射殺しているから、気の合う英霊は少なそう。

今回登場した鯖達の名前はあえて伏せているけど、口調とか名称で誰かは分かると思います。キャップやパニッシャーの見ている夢は果たして未来に起こる事なのでしょうか?それとも…?


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第12話 親愛なる隣人と妖艶なる騎兵

我らが親愛なる隣人スパイダーマンとライダーとのバトル回。やっぱスパイディは良い奴過ぎる…。


夜の帳が降りた新都のビルの間をスパイダーマンはウェブを用いて飛び回っていた。この冬木市はピーターがいる世界のニューヨークのようにヴィランや犯罪者が跋扈している危険都市というわけではない。どこにでもある日本の地方都市であり、日本という国の治安の良さも相まって犯罪発生率は低く、スパイダーマンのようなスーパーヒーローを必要とするような事件も起こらない。

 

しかし、それでもスパイダーマンは人助けのために夜の街を飛び回るのだ。だが今この冬木市では『聖杯戦争』が行われている。聖杯戦争に参加する魔術師やサーヴァントは周囲の住民の都合を考えずに戦う場合が多く、中には『魂喰い』という行為に及ぶ者もいるようだ。スパイダーマンは犯罪発生率の低いこの冬木市で警戒を緩めないのは聖杯戦争が理由だ。スパイダーマンは新都のビルの壁に張り付き、夜の街を見下ろす。

 

「もう聖杯戦争は開催されているみたいだけど、誰か暴れたりしていないかな?」

 

スパイダーマンは独り言を言いつつ、辺りを見渡す。すると、スパイダーマンが持つスパイダー・センスが反応した。スパイダーマンが張り付いているビルの場所から数百メートルの地点である。スパイダーマンは急いで目的の場所までウェブを用いて移動する。辿り着いたのは路地裏だった。スパイダーマンは慎重に路地裏を進んでいくと、前方に人影を見つけた。制服を着た女子高生らしき少女が地面に倒れ、その少女の首元に噛みついている女がいた。女は地面にまで届くであろう美しい紫色の髪の毛に、モデル顔負けの長身の肢体をボディコンで包んだ妖艶な美女であった。そして美女の傍らには少年が立っている。

 

「ライダー、お前が弱いからこうして夜な夜な魔力を供給させなきゃいけないんだ。全く、マスターに手間をかけさせるなよ」

 

ライダー…というのは美女の事を言っている。間違いない、吸血行為をしている美女はこの聖杯戦争に召喚された「騎兵」のサーヴァントであるライダーだ。少年はライダーのマスターだろうか?

 

「…終わりました慎二」

 

ライダーは立ち上がると慎二に対して言う。ライダーと慎二は路地裏の壁に張り付きながら様子を伺うスパイダーマンには気付いていない。スパイダーマンはライダーと慎二の会話に聞き耳を立てる。

 

「ライダー、今夜はもう帰るぞ」

 

そう言うと慎二はライダーを連れて路地裏を去ろうとする。が、スパイダーマンは路地裏の壁からライダーと慎二に向かって声を掛けた。

 

「待ちなよそこの通り魔さん達」

 

「誰だ!?」

 

慎二は声がした方を向くと、路地裏のビルの壁に蜘蛛のように張り付いているスパイダーマンを見た。

 

「何だお前は…?あ、お前は最近テレビのニュースで見る新都に現れる蜘蛛男だろ?こんな所で何をしているんだよ?」

 

「何をしているってパトロールだけど?君とそこの美人さんが女の子に暴行加えているのを偶然見ちゃったんだ。悪いけど警察に自首するのを推奨するよ?」

 

スパイダーマンの言葉に慎二は高笑いを上げる。

 

「僕が警察に自首?笑わせるなよピチピチスーツを着た変質者め。新都のビルを勝手に飛び回ってるだけなら単なる変人で済んだのに哀れだね。こうして僕とライダーのしている事を目撃したんだからさ」

 

慎二は不敵な笑いを浮かべながら言う。そして慎二の言葉を聞いていたライダーは慎二に対して告げる。

 

「慎二、あの男は私達の邪魔をするつもりのようです」

 

慎二はライダーの言葉に答える。

 

「ライダー、あんな奴はさっさと始末しろ。聖杯戦争を目撃した人間には消えてもらう。ついでにアイツの精も吸い取ってやれ」

 

慎二の言葉が言い終わるのと同時に、ライダーは壁に張り付いているスパイダーマン目掛けて跳躍した。

 

壁を蹴って宙を舞ったライダーの蹴りをスパイダーセンスで察知したスパイダーマンは体を捻って避けるとそのまま地面に着地する。しかし、空中から落下してくるライダーの攻撃を避ける事は出来ず、その攻撃によってビルの外壁へと叩き付けられた。が、ライダーの追撃を避けるべくスパイダーマンはウェブを用いて路地裏の壁に飛び移り、壁を高速でよじ登りながらビルの屋上へと出る。

 

スパイダーマンがビルの屋上に到達したのと同時に、ライダーが跳躍してスパイダーマンのいる屋上に現れ、スパイダーマンの背中に蹴りを入れようとするも、ライダーの攻撃を察知したスパイダーマンは身体をしゃがめてライダーの蹴りを回避した。

そしてスパイダーマンはしゃがむと同時に後ろ蹴りを繰り出し、ライダーの腹に当てる。ライダーは隣のビルまで吹き飛ばされるものの、直ぐに体勢を立て直し、再びスパイダーマンに向かっていく。

 

スパイダーマンも素早さには自信があるが、ライダーはスパイダーマンの敏捷性に簡単に追いついてくる。クイックシルバーのようなスピードスターには及ばないものの、ライダーの速さも尋常ではない。ライダーの猛攻に苦戦しながらも、何とかライダーの攻撃を受け流していく。

 

ライダーは長い鎖に先端に短剣が取り付けられた武器を振り回し、スパイダーマンに攻撃を仕掛けてきた。鎖のリーチの長さを生かして攻撃を行うライダーに対して、スパイダーマンは回避する事に専念していた。

 

「お嬢さん、そんな危ない得物振り回して疲れない!?」

 

スパイダーマンはいつもの軽口を用いてライダーを煽る。だがライダーはスパイダーマンの挑発に耳を貸さず、短剣が取り付けられた鎖を自在に操ってスパイダーマンに攻撃を続ける。

 

ライダーの攻撃を避け続けるスパイダーマンであったが、ライダーは突如として鎖を引っ込めて、そのままスパイダーマンに向かって跳躍した。だがスパイダーマンはライダーに対する攻撃のチャンスを待っていたのだ。自分目掛けて突っ込んでくるライダーに対してスパイダーマンは腕からウェブを射出する。放たれたウェブはライダーの身体ではなく彼女の長い髪に付着した。地面まで届くであろうライダーの長髪にスパイダーマンのウェブが付着し、スパイダーマンはウェブを掴んでライダーを振り回しつついつもの軽口を叩いてくる。

 

 

「そんなに長い髪の毛をしてちゃ、こうして敵に利用されちゃうよ?」

 

スパイダーマンはライダーを振り回すとビルの壁に叩き付けた。スパイダーマンは手応えありと確信する。だが神秘の塊であるサーヴァントには同じく神秘の込められた攻撃しか通じない。ライダーは壁を蹴ると同時に再びスパイダーマンに向かっていった。今度はライダーはスパイダーマンに向かって鎖を投擲する。

 

スパイダーマンは飛んできた鎖を紙一重で避け、ライダーに向かって突進していった。スパイダーマンはライダーとの距離を詰めると、ウェブを射出してライダーの身体に付着させる。そしてライダーの周囲を高速で旋回しつつ、ウェブをライダーの身体に巻き付け始めた。スパイダーマンのウェブは一本でも乗用車一台を吊り上げる程の強度があり、そんな糸を用いてライダーの身体をがんじがらめにしてしたのだ。

ライダーの身体はスパイダーマンの糸が何重にも巻かれており、彼女もウェブの拘束から脱出できないでいた。

 

「どうだい?警察に自首する気になった?」

 

スパイダーマンはライダーの目の前に立ち、彼女に説得を試みる。

 

「……」

 

だがライダーはスパイダーマンから言葉を掛けられても無言のままだ。

 

「仕方ないな…それじゃこのまま君を連れて警察に…」

 

スパイダーマンがそう言おうとした矢先だった。スパイダー・センスが反応したため、辛うじてライダーの攻撃を回避する事ができたが、ライダーの短剣がスパイダーマンの頬を僅かに掠める。

 

即座にスパイダーマンは後方に跳躍しつつライダーと距離を取って前方を見ると、そこにはウェブの拘束から抜け出していたライダーが立っていた。ライダーの身体が一瞬だけ消失したように見えたが、直ぐにライダーが現れ、スパイダーマンに攻撃を加えたのだ。

 

「驚いたな…ウェブの拘束からどうやって脱出できたの?」

 

スパイダーマンの問いかけにライダーは答えない。ライダーの後ろには先ほど彼女の身体に巻き付けたウェブの塊が置かれている。スパイダーマンはどうやってウェブの拘束から逃れられたのかと思考を巡らせていたが、ライダーはサーヴァントとしての能力である「霊体化」を用いてウェブの拘束から抜け出したのだ。魔術的な力の無い物質的なスパイダーマンの糸では霊体化したライダーを拘束する事はできない。

 

「こりゃ不味いかもね…」

 

スパイダーマンはライダーと距離を取ると、ウェブを射出する構えを取った ライダーはスパイダーマンの隙をついて、スパイダーマンに向かって鎖を射出した。スパイダーマンはウェブを発射して鎖を弾き飛ばす。ライダーはスパイダーマンに向かって跳躍すると、鎖を用いてスパイダーマンの身体を縛り上げた。ライダーはスパイダーマンの身体を持ち上げ、先程のお返しとばかりにそのままスパイダーマンの身体を地面に叩き付ける。

 

「ぐ…!?」

 

流石にスパイダーマンもこれにはダメージを受け、苦悶の声を上げる。ライダーは追撃とばかりにスパイダーマンの腹に蹴りを入れ、さらにスパイダーマンを殴りつけた。

 

(ヤバい…!意識が飛びそうになる…!)

 

ライダーの拳をまともに受けたスパイダーマンは壁に激突する。壁が崩れ落ち、瓦礫が周囲に散乱した。ライダーは鎖を引っ張り、鎖に巻き付かれた状態のスパイダーマンを勢いよく引き戻す。

 

そしてスパイダーマンの身体が引き寄せられるのと同時に、スパイダーマンの顔面に蹴りをカウンター気味に叩き込んだ。スパイダーマンはまたしても吹き飛ばされ、そのまま勢いよく地面を転がった。

 

「くっ……」

 

ライダーは鎖に拘束された状態のスパイダーマンを再び引き寄せる。

 

「貴方には宝具を使うまでもない。これ以上抵抗すれば苦痛が長引くだけです」

 

ライダーは恐ろしく穏やかな口調で言うと、スパイダーマンの身体に馬乗りになり、マスクを外して首元に噛みつこうとする。

 

「できれば苦痛は少ない方がいいでしょう?」

 

「君みたいな美人が人を襲ったりしちゃダメだよ。あの慎二っていう子が君のマスターかい?」

 

スパイダーマンが問いかけるが、メドゥーサは答えない。バイザーで目が隠れているとはいえライダーが恐ろしく妖艶な美女だという事はスパイダーマンでも分かった。だが美女とはいえライダーは普通の人間を遥かに超える力を持つサーヴァントである。このままでいればやられるだけだし、かといってスパイダーマンにライダーを倒す術はない。ならばどうするか?スパイダーマンは素早く思考を巡らせる。サーヴァントは魔術的かつ神秘的な力を持った存在という事をストレンジから聞かされていた。

 

しかしだからといって自分の攻撃がここまで通じないとはスパイダーマンも想定していなかった。ウェブで拘束しても先程のように脱出されるだけだし、物理攻撃を叩き込んでも余り手応えがない。ハルクやゴーストライダー、ミズ・マーベル、アイアンマンといったヒーローはこの世界に来ていない。

 

恐らくヴェノムでさえもこのライダーを倒すのには苦労する筈だ。

 

「貴方はサーヴァントでも魔術師でもない…。何者ですか?」

 

「通りすがりの親愛なる隣人だよ。さっきみたいな事はしちゃいけない。路地裏で君に襲われた女の子が君に何をしたのさ」

 

「……私はサーヴァント。マスターの命令には従わないといけない。それに貴方には関係の無い事でしょう?」

 

「命令でもダメだよ。君はもっと自分を大事にしないと」

 

「……貴方には私のようなサーヴァントの事は分かりません。サーヴァントはマスターである魔術師と契約した身なのです。サーヴァントはマスターに使役される道具に過ぎないのです。貴方には理解できないでしょうけどね」

 

ライダーは続けてスパイダーマンに言う。

 

「それに貴方には私を殺そうという意思や殺意も見受けられなかった。自分の命が危ういというのに他人の心配をするなんて、そんなのお人よしを通り越して愚かです」

 

「お人よしで結構だよ。僕みたいなヒーローはヴィランとはいえ殺す事はしない。勿論君もね。ちゃんと警察に出頭して裁判を受けるんだ。僕の知り合いに優秀な弁護士がいてね、マスターであるさっきの慎二っていう子に脅されたって言えば裁判で有利になれるよ?」

 

スパイダーマンはこの状況でも軽口を叩く。目の前にいるライダーがグリーンゴブリンやカーネイジのような邪悪なヴィランではない事はこうして会話しているだけでも分かる。

 

「貴方は馬鹿なのですか…?私がマスターの命令に背く訳がないでしょう?ですが…貴方は優しいのですね」

 

ヒーローは基本的に不殺が鉄則な上、犯罪者は司法の裁きに委ねる。聖杯戦争に参加している魔術師やサーヴァント達からすれば馬鹿げた話かもしれない。しかし、それがスパイダーマンにとっては当たり前の事だった。そしてライダーはスパイダーマンに顔を近づける。ライダーの吐息からは甘い香りがした。

 

「先程私がした魂喰いは貴方には関係のない事でしょう?私のマスターが私に何を命令しようと貴方には関係がない。貴方はヒーローのつもりかもしれませんが、それは大きな間違いですよ。ヒーローというのは誰かを助ける為に存在するのではなく、自分を救う為に存在するのです。貴方は自分の事しか考えていない。それこそ本当の意味では誰も救えない。だから貴方は何も守れない」

 

ライダーの言葉を受けて、ピーターはかつで自分の傲慢な行いのせいで亡くした伯父の事を思い出す。

 

―――――大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 

そう言い残して伯父はこの世を去った。それ以来、ピーターは伯父の言葉を原動力としてヒーロー活動を続けていた。だがそのヒーロー活動はある意味で自分が救われたいという気持ちもあったのかもしれない。地道なヒーロー活動をしても、偏向報道を用いてバッシングしてくる者は存在していたが、それでもニューヨークの市民は自分達の為に戦ってくれるスパイダーマンに感謝していた。

 

「……確かに僕は自分が救われたいっていう気持ちもヒーロー活動を続ける動機に入っていたかもしれない。けど…抗う力を持たない人達の為に戦ってきたという自負はあるつもりだ」

 

「そんなのは偽善です。結局貴方は自分が称賛されたいからヒーローになっただけ」

 

ライダーは冷たく言い放つ。

 

「そうだね。僕だってヒーローになる前はただの高校生だった。だけど、スーパーヒーローは誰かの為に戦う存在なんだ。そういう君は誰かに…救いを求めた事はあるのかい?」

 

「……」

 

だがライダーは答えない。

 

「もう話す事はありません。これから貴方の精を奪います。ですが…出来るだけ苦痛は少なくしてあげます」

 

そう言ってライダーはピーターの首筋に牙を立てた。




スパイダーマンって本来はもっと強いんですけど、私としては「神秘の入っていない攻撃はサーヴァントに通じない」という設定をどうしても守りたいんで、ライダーさんに負けちゃってます(;'∀')

本来は無口なのにやけにライダーがお喋りなのですが、そこは目を瞑ってください(-_-;)

スパイディじゃハルクみたいに物理法則を強行突破できるだけの並外れた腕力は無いわけですし(原作コミックスじゃ殴り合いは演じていますが、それでもハルクの持つ無限の腕力には及んではいないと思います)

ウェブで拘束しても霊体化使われたら脱出されちゃうんで、ぶっちゃけスパイディじゃサーヴァントの相手は相当厳しいだろうと思い、今回の内容になっています(スパイディは不殺なんでその辺も関係している)



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第13話 居候

今回は独自解釈だらけになっております…。まぁ、初代SNの年代を考えれば一応年齢での辻褄は合うと思うので…(^_^;)


「シロウ、こんな所にいたのか。朝起きて姿が見えないからこの土蔵まで来たんだが…」

 

スティーブは土蔵の中で寝ていた士郎に声を掛けると、士郎は瞼を開け欠伸をしながら体を起こす。士郎の服装は普段着である私服姿であり、その姿を見たスティーブは苦笑する。

 

「シロウ、いくら何でもこの寒い時期にそんな格好で寝るのはどうかと思うぞ」

 

「んー、そうか?俺、これでも寒さには強い方だと思うんだけどなぁ。それにほら、よく言うだろ?筋肉は脂肪より暖かいってさ」

 

そう言いながら士郎は起き上がると、スティーブと共に土蔵を出た。スティーブは台所で料理をしているクリントとナターシャの様子を見に行き、士郎は衛宮邸に入ると洗面所に直行し、冷たい水で自分の顔を洗い流し、顔を拭く。

 

「ふぅ、サッパリしたぜ」

 

そして士郎は居間に向かうと、台所で料理をしているスティーブ、クリント、ナターシャの姿があった。3人とも居候している身分なので、料理位は自分達で作らなければと思っているのだろうか。

 

「おはよ、朝早いのねアンタ」

 

凛が機嫌が悪そうな顔で士郎に挨拶する。凛は既に学校の制服に着替えているのだが、どうも調子が悪そうだ。

 

「と、遠坂……? どうした、何かあったのか……!?」

 

「別に、朝はいつもこんなんだから気にしないで」

 

そう言うと凛はフラフラとした足取りで居間を横切る。要するに朝に弱いという事なのだろうか?その時、玄関のチャイムが鳴った。士郎はチャイムを鳴らす存在には心当たりがある。

 

「まったく、チャイムは鳴らさなくていいって何度言っても聞かないんだからな桜は…」

 

士郎は玄関にいる桜を迎えに行こうとするが、スティーブが声を掛ける。

 

「シロウ、私が行こう。応対なら任せて欲しい」

 

「え?いいんですかロジャース先生?」

 

士郎は玄関に来ている桜に話しかけているスティーブに尋ねる。

 

「ああ、構わない」

 

スティーブはそう言うと、玄関へと向かった。玄関には士郎の後輩である間桐桜が驚いた表情でスティーブを見ていた。桜の隣には凛もいる。スティーブ、クリント、ナターシャの3人が士郎の家に居候する事になった事を桜は知らない筈である。だがそれ以前にスティーブは桜と面識は無い。スティーブ達3人が受け持っているのは2年生のクラスで、1年生は受け持っていない。とはいえスティーブ達は全校集会時に壇上で生徒達に顔を見せている上、学校でも評判になっているので桜でも名前位は知っているとは思うが…。

 

「えっと…あの…ロジャース先生…?」

 

桜はスティーブの顔を見てそう言った。桜はスティーブの顔と名前は知っているようだ。

 

「やあ、君がシロウの後輩のサクラ・マトウだね?シロウから君の話は聞いているよ?」

 

スティーブは出来るだけ愛想よく桜に言う。

 

「えっと…はい…その……」

 

桜は戸惑いながらも返事をする。士郎が言っていた通り大人しく引っ込み思案な性格のようだ。そして桜の隣にいた凛はスティーブを一瞬ジロリと睨むが、すぐに普段の表情に戻る。

 

「おはよう間桐さん、こんな所で顔を合わせるのは意外だった?」

 

凛は玄関の廊下から見下ろすようにして桜に言う。

 

「遠坂、先輩」

 

桜は怯えた目で凛を見ている。スティーブは何となく声を掛けづらかったが、後ろから廊下を歩く足音が聞こえてきた。振り向くとそこには士郎がいた。

 

「先輩…その…これはどういう…?」

 

桜は士郎に対して戸惑いを隠せない表情で言う。確かにスティーブと凛が士郎の家にいればおかしいとは思うだろう。

 

「ああ、それは話すと長くなるんだけど…」

 

士郎が桜に説明しようとするが、凛が士郎の言葉を遮るようにして言う。

 

「長くならないわよ。私とロジャース先生がここに下宿する事になっただけだもの」

 

凛は桜に対して要点だけを告げた。

 

「……先輩、本当なんですか?」

 

「色々事情があってな…遠坂やロジャース先生、バートン先生、ロマノヴァ先生は暫く俺の家に居候する事になったんだ。ごめん、連絡を入れ忘れた。朝から驚かせてすまない」

 

「あ、謝らないでください先輩。…確かに驚きましたけど今の話は本当に―――」

 

「ええ、これは私と士郎で決めた事よ。家主である士郎が同意したんだからこれはもう決定事項なのよ。この意味、分かるでしょ間桐さん?」

 

凛は何となく意地の悪そうな顔でこう言った。

 

「……分かるってなにがですか?」

 

「今まで貴女は士郎の世話をしていたみたいだけど、しばらくは必要ないって事よ。来られても迷惑だし、来ない方が貴女の為だし」

 

「――――」

 

凛にそう言われると、桜は俯いて黙り込んでしまう。凛の言い方は傍から聞いていてあまり良いものではなかった。だが、聖杯戦争という事態が起きている今、桜をこの衛宮邸に近づけないという意味でなら合理的であろう。多少言い方はキツくても、魔術師でもない桜が関わっても良い事などないのだから。スティーブも今の状況を考えれば凛の言い方にも一理あると考える。しかし桜は納得できないという表情で凛に反論した。

 

「……わかりません」

 

「え…?」

 

「わたしは遠坂先輩のおっしゃる事が分からないと言いました」

 

「ちょ、ちょっと桜、アンタ…!」

 

「お邪魔します。先輩。お台所お借りしますね」

 

桜はお辞儀をしながら家に上がると、凛やスティーブを無視して居間に向かった。凛は呆然と立ち尽くしているが、そんな凛に対して士郎は声を掛ける。

 

「おい遠坂、おまえ、どうして桜が俺んちに来るって知ってたんだよ。今まで桜が俺の世話をしていたなんてお前に言った覚えはないぞ?」

 

「え―――?そりゃ昨日の晩、ロジャース先生達に話してたじゃないその時の会話を聞いちゃったってワケ」

 

「あ、お前盗み聞きしていたのか…!」

 

スティーブ、クリント、ナターシャは士郎に対して身内や親しい人間がいないかどうかを尋ねていたのだ。なぜ尋ねたのかというと聖杯戦争という冬木全体を巻き込んだ戦いが繰り広げられるのだから、士郎に近しい人間にも危険が及ぶ可能性を考慮してスティーブ達3人が士郎に聞き出したのである。もう既に士郎は聖杯戦争の参加者であり、この衛宮邸が他のマスターやサーヴァントに襲われる事態も起こり得る。現にランサーが昨晩学校からこの衛宮邸まで士郎を追跡してきた事からも分かるように、マスターとなった士郎の周囲は嫌が応でも戦いに巻き込まれてしまうだろう。

 

「リン、さっきの君の言い方はキツかったが、それもサクラを聖杯戦争に巻き込まない為の方便だろう?君なりにサクラの事を思いやってくれたんだな」

 

「え…えぇまぁそんな所よ…。自分の後輩が戦いに巻き込まれるのは私も望んでないわけだし」

 

凛はスティーブに言われ、少し顔を紅潮させる。

 

「けどそれより驚いたわ。あの子、この家じゃあんなに元気なの?学校とは大違いじゃない」

 

凛は普段の桜を知っているような口ぶりだ。それなりに付き合いは長いのであろうか?

 

「俺も驚いてる。あんなに刺々しい桜は初めて見た。それにうちに手伝いに来てくれる時と、学校とじゃ変わらないよ。今のは所謂『鬼の霍乱』ってやつだろう」

 

「……けどまずったわね。桜があんなに意固地だとは知らなかったわ。こうなるんなら士郎の口から説明しておけばよかった」

 

「確かに俺が言うべきだったかもしれないな…。昨夜ロジャース先生達から『聖杯戦争に参加する以上は近しい人や親しい人間を遠ざけないと、その人達に危険が及ぶ』って言われたからな」

 

スティーブから見ても桜が士郎の家に通うのは危険が大きすぎた。

 

「桜の事はどうする?あの分じゃ帰ってくれそうにないぞ」

 

「それは何とかするしかないでしょ。それで桜が来るのは朝だけ?それとも夕食もこき使ってるの?」

 

「誤解を招くような言い方するなよ。確かに朝食は毎日だけど、夕食はそこまで多くないぞ」

 

「それじゃ毎日桜がここに来る事になりそうね…まぁいいわ」

 

桜の心配をする士郎と凛だが、スティーブは別の懸念もしていた。今この衛宮邸にはセイバーもいる。もし桜がふとした事で他のマスターやサーヴァントと戦うセイバーと士郎を目撃してしまった場合、口封じに消されてしまうのではないか――――、と。

 

学校での戦いを目撃した士郎でさえランサーが家にまで追ってきたのを考えると、セイバーでも桜を手にかけないとも限らない。それに凛にしても仮に自分と他のサーヴァントとの戦いを見られた以上は桜に対して何をするのか分からないのだ。スティーブ、クリント、ナターシャの3人は部外者とはいえまだ一応味方として見られているが、桜まで見逃してもらえる保障はない。

 

幸いセイバーのマスターである士郎はそのような事を考えるとは思えないが、いずれにしても桜が聖杯戦争に関われば不幸な結果になるのは火を見るより明らかである。スティーブは立ち尽くして話し合っている凛と士郎を玄関に置いて、ひとまずは桜の様子を見に行く事にした。スティーブが居間に入ると、台所で料理をしているクリントとナターシャの様子を立ち尽くしならが見ている桜がいた。士郎の話によれば桜は自分の朝食を作りに毎朝衛宮邸に来てくれると言っていたが、その朝食作りの役割さえもクリントとナターシャに奪われた形となっている。

 

「やぁサクラ。おはよう」

 

桜は突然現れたスティーブを見て驚いたが、すぐに平静を取り戻す。

 

「……ロジャース先生…何ですか?」

 

「いや、シロウから君が毎朝朝食を作りに来てくれると言っていたものでね。君の役目をクリントとナターシャが奪ってしまって済まない」

 

桜は苦笑いを浮かべて首を横に振る。

 

「いいんです、気にしていません。こんな私でも藤村先生みたいに先輩のお役に立てればいいなって思っているだけですから」

 

士郎の話によれば桜が笑うようになったのはここ最近の事らしい。士郎は桜の事をまるで自分の家族であるかのようにスティーブに話していたが、桜自身も士郎を家族だと思っているようだ。

 

「私とクリント、ナターシャがいるのは少しの間だけだ。だけどその間は朝食を作る君の役割を奪う事になるが、それでもいいかい?」

 

スティーブは桜に尋ねる。

 

「はい。私は大丈夫です」

 

桜はそう答えた。それから数分後、クリントとナターシャが運んできた朝食がテーブルの上に並べられ、士郎、凛、桜、スティーブ、クリント、ナターシャの6人はそれぞれの位置に座り、朝食を食べ始めた。6人の間には沈黙が流れていた。スティーブは桜に話しかけようと思ったが、凛と桜の間に流れる微妙な空気を感じ取ったため、黙って食事をする事にした。それから間もなく、「おはよー。いやー、寝坊しちゃった寝坊しちゃった」という声と共に居間に藤村大河がやってきた。

 

「おはよう藤ねえ」

 

士郎は今に入って来た大河に挨拶をする。

 

「「おはようございます藤村先生」」

 

凛と桜は同時にハモりながら大河に挨拶をする。

 

「おはようフジムラ。今日もいい朝だね」

 

スティーブも大河に対して挨拶をする。大河の方はいつもの朝とは余りにも異なる光景に目を丸くし、士郎に耳打ちしている。同じ学校の生徒である凛はいざしらず、新任の外国人教師であるスティーブ、クリント、ナターシャまで士郎の家の居間のテーブルを囲み、士郎や凛と食事をしているのだ。流石の大河でもこの居間の空間に違和感を覚えない筈がない。大河も士郎の説明に納得したようで、笑顔で答えている…

 

 

 

――――――――って、下宿ってなによ士郎ーーーーーーーーーー!!!!!!

 

 

 

トラの咆哮を思わせる程の大河の怒声が居間に響き渡ったのは数秒後の事だった。スティーブ、クリント、ナターシャの3人は危険を察知したのか咄嗟に士郎を避難させる。朝食が乗ったテーブルは吹き飛び、居間は大惨事となってしまったのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***************************************************************

 

 

 

 

パニッシャーは再び夢の続きを見ていた。パニッシャーは懲罰房に入っていたが、亜麻色の髪の少女と芸術家の少女によって出され、廊下を歩いていた。両手に嵌められた手枷はまだ付けられたままだが、先程よりは拘束は緩くなっていた。そもそもパニッシャーは食堂にいたサーヴァントに対して発砲した事が原因で懲罰房に入れられていたのだ。それが一日程度で解放されるというのもおかしな話である。

 

「ちゃんと反省しているかい?ミスター・パニッシャー」

 

「俺が反省するようなタマに見えるのか?」

 

「キチンと反省しないとまた懲罰房送りになりますよ?」

 

亜麻色の髪の少女は反省する様子を見せないパニッシャーに言う。亜麻色の髪の少女から見てもパニッシャーは純粋に殺人を楽しむ快楽殺人者とは全く違う人間のように思えた。

 

「君は食堂で発砲し、サーヴァントである"彼女"を傷付けた。それに対する罰については一日懲罰房に入っていたんだから理解できているだろう。君は"彼女女"が"悪"だから発砲したと言っていたけど、君は悪であれば何であれ罰を与えようとするのかい?」

 

芸術家の少女はパニッシャーに対して質問する。

 

「俺にとって悪や犯罪者は根絶するべき存在だ。例えそれが子供であっても例外はない」

 

パニッシャーは即答する。

 

「それは君の個人的な意見だろ? それに君が撃った相手はサーヴァントだ。サーヴァントは人間のルールでは裁けない」

 

「知ったことか。悪なら平等に裁くのが俺のスタンスだ。サーヴァントだから特別扱いするとでもいうのか?」

 

「サーヴァントといえども、元は人間だよ。彼等は人理の危機を救う為に現世に召喚されている。地球が白紙化している今の状況で、君は自分の正義を優先するのかい?」

 

芸術家の少女はそう言ってパニッシャーの顔を見上げる。

 

「この施設に召喚されているサーヴァント共は多いんだろう?その中からクズを選別して間引いているだけだ。特に生前に悪行を重ねているような奴は率先して始末する。例え過去に功績を遺した英雄であろうとな」

 

「パニッシャーさん……」

 

「ミスター・パニッシャー。君の考えは確かに理解できる。私だって、もしも自分の作った作品が悪用されたら悲しいからね。だけど、君は本当にそれでいいのかい? 君が殺してきた悪人の中には、もしかしたら改心の余地があったかもしれない。君の行動はただの自己満足に過ぎないんじゃないのかい?」

 

確かにここカルデアには多くのサーヴァントが召喚されているが、その中には過去に非道な所業を重ねてきた者も数多い。だが人理の危機である今はこうして召喚され共に戦っているのだ。だがパニッシャーはヴィランのようなサーヴァント達の存在を許容していない。そんな連中に世界や人類を救う資格など無いと彼は考えている。不寛容と言えばそれまでだ、狭量と言えばその通りだ。

 

だがパニッシャーにとって、真に地球ないし人理を救う者はそれに相応しい存在でなければならないと考えている。少なくとも私利私欲で非道な虐殺を働いた外道は人理の為に戦う資格はないだろう。パニッシャーにとっても、自分の世界をヴィランに救われても嬉しいとは思わない。だがこのカルデアではヴィランのような存在までが英霊という歴史に名を遺した存在として召喚されている。分かり易く言えばグリーンゴブリンやカーネイジといったヴィラン連中が"ヒーロー"として扱われてるのと似ている。

 

「お前達が言う"人理"とやらを救うにはそれに相応しい奴がやるべきだ。俺はそういう奴しか認めん」

 

「…その考えは了見が狭いと思います」。

 

「まぁ、確かにそうだね。パニッシャー君にとってはそれが正義なのだろう。だけど私達はサーヴァント達を召喚する事で力を得ている。サーヴァントは私達にとっての武器であり、盾でもあるんだ。だから私達はサーヴァント達を無碍に扱う事は出来ない。例えサーヴァントが生前に罪を犯していたとしても、サーヴァントを使役する以上は彼等にも敬意を払うべきなんだ。君の考えは間違っているとは言えないけれど……もう少し広い視野を持つ事も大事だと思うんだよね」

 

亜麻色の髪の少女と芸術家の少女は手枷が嵌められたパニッシャーを連れて廊下を歩き、食堂へと差し掛かる。そこでパニッシャーはランサーのサーヴァントである影の国の女王と顔を合わせた。影の国の女王もパニッシャーが食堂でサーヴァントに対して発砲した事で懲罰房に入れられた事を知っており、普通の人間であるパニッシャーがサーヴァントに傷を負わせた事に興味を抱いて、こうしてパニッシャーの顔を拝みに来たようだ。

 

「ふむ、貴様が食堂で発砲事件を起こした人間だな。人間の身でサーヴァントを負傷させるとは大した腕前だ。だが相手を見極めず発砲するのは感心しないぞ?」

 

「…………」

 

「ほら、何か言ったらどうだ?」

 

「お前に説教される筋合いはない。精々新体操で記録を伸ばす事に専念しろ」

 

パニッシャーは影の国の女王が着ている全身タイツのような戦装束を見て、そう吐き捨てた。

 

「ほう、中々言うではないか。だがその程度の挑発に乗る程私は甘くないぞ?」。

 

「…手枷を嵌められた状態でも、お前のその首の骨を折るまでには数秒も掛からんぞ?」

 

影の国の女王とパニッシャーの殺気がぶつかり合い、緊迫した空気が流れる。だが芸術家の少女は一触即発の二人の間に割って入る。

 

「はいはーい、そこまで。ここで暴れたら私達が困っちゃうからやめようね~♪」

 

「……ふんっ」

 

パニッシャーは不機嫌そうな表情を浮かべて鼻を鳴らした

 

「パニッシャーさん、彼女に喧嘩を売っちゃ駄目ですよ!人間のパニッシャーさんではサーヴァントの■■■■さんの敵ではありません。それに、いくらパニッシャーさんでもサーヴァントの攻撃を受けたら死んじゃいます!」

 

亜麻色の髪の少女の言葉にパニッシャーも引き下がるしかなかった。そして再び廊下を歩き始める。

 

「それよりなんで俺を懲罰房から出したんだ?昨日の発砲事件を引き起こした犯人である俺に対する罰としちゃ随分軽いようだが?」

 

「うん、それなんだけどちゃんとした理由があるんだ」

 

「理由?」

 

「えぇ、そうです。実は昨日パニッシャーさんに会った後、先輩の様子が急に変わったんです。その…酷く取り乱している様子で…」

 

亜麻色の髪の少女と芸術家の少女に連れられ、パニッシャーは立香のいる部屋へと入る。そこにはベッドの毛布にくるまりながら、涙を流してる少年の姿があった。

 

少年は身体を震わせながら嗚咽を漏らす。

 

「うぅ…オレは…オレは……今まで……沢山の人を…殺した…殺し……たん……だ……」

 

「……」

 

「先輩!しっかりしてください!せ、先輩!」

 

亜麻色の髪の少女の呼びかけにも少年は答えない。

 

「パツシィ…ゲルダ…アーシャ……オレを……オレを許して……!オレにはもう…耐えられないんだ……オレはもう誰も殺したく……ない……」

 

少年の目からは涙が零れ落ちていた。

 

「■■■■■■ちゃん、これは…オリュンポスでの美の女神からの精神攻撃の後遺症でしょうか…?それとも妖精國での…」

 

「いや…これは恐らく違う。私も■■君にあらゆる検査をしたつもりだけど、その結果分かった事がある。これは魔力による精神干渉では無いんだ」

 

「え…?」

 

「これは魔力や魔術とは異なる未知の原理で作用するものだ。残念ながら私達の力では解析できなかったけどね」

 

「それでこの坊やが精神的にやられている事と、俺を懲罰房から出した事に何の関係があるんだ?」

 

「それが…■■君は君の事を呼んでたんだ」

 

「…何だと?」

 

「先輩はパニッシャーさんの事を…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――おじさん!助けて!!!

 

 

 

 

 

 

少年の叫びによってパニッシャーは夢の世界から引き戻された。瞼を開けると、少年のベッドの前に、スーツ姿の欧米人の男が立っており、手を伸ばして少年に何かをしようとしていた。

 

 

「立香!!」

 

 

パニッシャーは気が付けば身体が動いていた。欧米人の男が振り向くと同時に懐から軍用ナイフを取り出して男の喉に深々と突き刺す。

 

「ガハ…!?」

 

恐らくこの男は魔術協会が派遣した"執行者"だろう。ランサーによる一家惨殺から生き残った立香の口封じに来たのか。パニッシャーは男の喉から軍用ナイフを抜くと、男の腹や心臓をナイフでメッタ刺しにする。

 

「お前……こんな事をして…タダで済むと……」

 

「それ以上喋るな。死ね」

 

パニッシャーは男の頭を掴んで壁に叩きつける。そしてそのまま壁に押し潰し、顔面を何度も殴りつけた。既に男は事切れているにも関わらず、パニッシャーは執行者の男に対する攻撃を止めなかった。

 

「口封じか…下らん」

 

パニッシャーは男の胸倉を掴むと、そのまま男の身体を持ち上げ、開いている病室の窓から外に向かって勢いよく投げ捨てた。この病室は七階の高さにあり、男の身体はコンクリートの地面に頭から激突し、脳味噌が道路に飛び散ってグロテスクなアートを作り上げた。そんな光景を見た道路を歩いている通行人達から悲鳴が上がる。

 

「貴様らの様な虫けらに好き勝手はさせん。魔術協会だと?そんなのは俺には関係ねぇ」

 

少年の…いや、"立香"の居所が知られたという事はこの病院にはもういられない。

 

「立香、行くぞ」

 

パニッシャーはそう言って立香を抱きかかえ、病室を飛び出した。




パニッシャーが助けた少年はSN時空の立香という設定になっています。しかしマシュもロリンチちゃんもフランクさんに優しいね。問題のある鯖達と付き合い慣れているから、フランクさんみたいな人にも物腰が柔らかいんだろうか?

アンケートでフランクさんと仲良くできそうなサーヴァントを皆さんで選んでくださいませ。一番投票が多かったサーヴァントを絡ませてみます。


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番外編① 心の軋み

今回は番外編で、FGOの立香視点になります。思えば立香って本当に過酷な戦いを続けているんだな…。今作の立香はギリシャと妖精國で受けた精神攻撃によって心が疲弊している状態。

時系列的には13話でパニッシャーさんが牢屋から解放される前です


話は少し前に遡る…。

 

 

特異点修復の旅の過程で多くの出会いと別れがあったのは事実だ。それらがあったからこそ今の自分がある事を立香も十分に理解している。カルデアでのマシュとの出会い、ダ・ヴィンチとの出会い、ドクターとの出会い…。

 

 

そんな立香も今はノウム·カルデアに身を置いて漂白化された地球を取り戻す戦いに身を投じている。これまで立香は諦める事なく、屈する事なく戦いを続けてきた。

 

 

妖精國における『失意の庭』を脱した立香を後輩は笑顔で出迎えてくれた。

 

 

――――そう

 

 

 

――――立ち上がって当たり前

 

 

――――前を進んで当たり前

 

 

――――折れないのは当たり前

 

 

――――戦い続けるのは当たり前

 

 

――――人類最後のマスターであるのは当たり前

 

 

 

 

俺は…みんなが望む『当たり前』でなきゃいけない――――

 

 

そんな立香の心にとある声が響いてきた。立香の心の奥底…魂の深淵から響くような声だった。

 

 

 

『けど…そんな必要ホントにあるのかい?そう望まれたから戦ってるんじゃないのかな?』

 

 

聞こえてきた声は立香に対してこう言ってきた。

 

 

 

『自分の苦しみを本当にマシュ達は理解してるのかい?戦ってくれるのが当たり前な事をキミに強制してるとは考えないのかい?』

 

 

それは今まで聞いた事のない、まるで誰かが自分の心の中に入り込んでくるようだった。そしてその言葉を聞いた瞬間、立香は自分の体が重くなったように感じられた。

 

 

『立香、自分の意思を持つべきだよ…言わなくても分かってくれるなんて期待しない方がいい。だってマシュはキミがどんな状況でも折れない、諦めない頼りになる先輩だと思っているのだから。キミがどれ程苦しもうが、立ち上がるのが当たり前だと思っている。それはとても残酷な事だとも知らずに、ね』

 

 

その言葉を言われた時、立香の中で何かが崩れていく音がした。だがそれと同時に立香は思った。この気持ちは何なのか、と。自分は一体どうしてしまったのか、と。

 

(俺は……何なんだ?)

 

 

『立香、キミがどんな窮地や危機であろうと折れない、諦めない、屈しない、負けない、めげない、へこたれない…それが彼等にとっての当たり前なんだよ。彼等はこうあって欲しいとキミに望んでいる。彼等とはキミの仲間であるノウム・カルデアの面々の事さ』

 

 

「…………」

 

 

『まぁ……そうだよね。いくら仲間であっても本当の意味で心を分かり合える事は出来ないだろうし、他人の心の中まで完璧に分かる人なんていない。もしいたらそいつは化け物だよ』

 

 

『誰も彼もがキミに戦う事を求めている。どうも彼等はキミに対して不撓不屈という名の呪いを掛けるのが好きらしい。いや、これはある意味祝福かな?とにかくキミはこれから先もずっと戦わなくちゃいけないという呪縛から解き放たれる事はない。お気の毒様』

 

 

「……」

 

 

『だってマシュや彼女以外の人間もそれしかキミに望まないから。頼りにされているし、信頼されている。そして必要とされている』

 

 

「……」

 

 

『思い出してごらん、キミが南極のカルデアに来た理由を。何故自分が連れてこられたのかを…』

 

 

立香は献血と称して街中でスカウトされ、半ば騙された形で南極のカルデアに連れてこられたのだ。そして立香は48人目のマスターとして、他のマスター達と共に過去の時代に発生した特異点の修復に向かう予定だった。しかしレフ・ライノールの工作によって爆破されたコフィンにいたマシュを救出して以来、立香は人類最後のマスターとして特異点の修復を行い、冠位時間神殿にて魔神王ゲーティアの野望を打ち砕き、人理焼却から世界を救った。

 

 

しかしそれから三か月後、地球は宇宙から飛来してきた空想樹によって白紙化し、カルデアの襲撃を仲間と共に逃れた立香は再び戦いに身を投じる事になったのだ。現在は彷徨海に身を置き、ノウム・カルデアのメンバーとして世界に散らばった空想樹を切除して回っている。空想樹…異聞帯は並行世界論にすら切り捨てられた「行き止まりの人類史」である。異星の神の侵略兵器として異聞帯が用いられ、ノウム・カルデアは白紙化された地球…汎人類史を取り戻すべく空想樹を切除しているが、空想樹を切除する事は即ちその空想樹があった異聞帯を滅ぼすという意味である。立香は異聞帯の世界を滅ぼしているという罪の意識に苛まれていた。ロシアの異聞帯でパツシィから投げかけられた言葉を胸に、ここまで頑張ってきた。

 

 

『立香、キミは何故自分がこんな戦いに身を投じなければならなくなったのかを考えた事はあるかい?人類最後のマスターになってしまったのは仕方がないにしても……キミはカルデアから戦う事を強制され続けてきた。拒否できる状況でなかった、逆らえる状態ではなかった。だってキミしか人理を修復する人材がいなかったのだから。状況を考えてもカルデアがキミに課した使命は過酷過ぎる。なのにキミは文句一つ言わずに人類最後のマスターとしての責務を果たしてきた。人類最後のマスターである事に誇りを持っているのかい?』

 

 

「それは…思っている。カルデアに来たからこそマシュやダ・ヴィンチちゃん、ドクターに会えたんだから。俺はみんなの期待に応えたい。応えられる存在になりたい」

 

 

『そんなものは単なる結果論だよ。何にせよカルデアはキミを騙す形で南極に連れてきて、キミは特異点修復の旅路を歩む羽目となった。キミのような男の子を過酷な戦場に放り出したのはカルデアだ。自分達の都合でキミを補欠要員として連れてきて、他のマスター達が死亡すれば今度は人類最後のマスターとして祭り上げる…。実に身勝手じゃないか』

 

「そんな事はない!確かにカルデアに来なければ今頃普通の学生として過ごしていたかもしれない。けど、俺のやってきた事が無駄だったとは思えない!」

 

 

『そう思うのはキミの自由だ。けどね、キミはカルデアに振り回されてきただけで、本当は何もしていない。特異点修復の旅で様々な出会いがあってそれでキミが成長したのを否定はしないさ。だが、キミが命がけの戦いに身を投じる原因を作ったのは間違いなくカルデアじゃないか?」

 

 

確かに言っている事は間違っていない。立香は魔術とは無縁の一般人だった。だが、それでも彼はマシュと出会い、ダ・ヴィンチやドクターに出会い、多くの英霊と出会ってきた。それは紛れもない事実だ。

 

「それは……」

 

『いいかい?そもそもの話、キミはスカウトされなければ只の一般人の学生としてごく普通の生活が送れる筈だったんだ。それをカルデアは壊した。キミの歩む"普通の人生"を踏みにじり、キミに人類の未来を背負って戦えと言ってきたんだ』

 

「それは……違う。あの時は俺もマシュも、ダヴィンチちゃんもドクターも必死だった。それにみんなだってそうだった。マシュもダヴィンチちゃんもドクターも必死になって戦ったんだ……それを否定する事は誰にもできない……!!」

 

『特異点の修復と魔術王の野望を食い止めるという偉業を成し遂げたのは私は素直に賞賛したい。だが問題はここからだ。これまでキミは白紙化した地球に散らばった異聞帯にある空想樹を切除してきた。だが空想樹を切除するという事は、その異聞帯の世界を滅ぼすという事。カルデアはキミに"世界の破壊者"としての業すらも背負わせた。実に悍ましい話だと思わないかい?』

 

「……ッ!?」

 

『その通り。カルデアはキミにそんな業を押し付けてきた。キミは自分から望んで世界を救った英雄になりたかった訳じゃない。キミはそんな事を望まなかった。望んでなんかいなかった。ただ普通に暮らしていけたらよかっただけ』

 

 

言っている事は何も間違ってはいなかった。「行き止まり」の人類史である異聞帯の空想樹を切除すればその異聞帯は消滅する。異聞帯で暮らしていた沢山の人々も剪定された歴史と共に消滅してしまう。

 

「けど……そうしなければ人類は滅んでいた。それは確かな事だろ……?だから俺は今まで戦ってきた。それが俺の役目だから。例えどんなに辛くても、苦しくても、悲しくても、やり遂げなきゃいけない事なんだ。だって……俺は人類最後の……」

 

 

『……キミは一度として自分の置かれた状況に憤りを見せなかった。周囲からの期待に応え、何度も立ち上がり続け、幾度も戦い続けた。しかし"普通"という生き方を否定して、ここまで過酷で残酷な旅路を歩む事への憤りはないのか?悔しさは感じないか?』

 

「それは……」

 

立香は命が幾つあっても足りないような状況に放り込まれ、その度に心が折れそうになりながらも立ち上がり、戦い抜いてきた。それは確かに自分の為すべき事で、やらなければならない事だから、と自分に言い聞かせて戦って来た。だが、心の奥底ではいつも疑問に思っていた。どうして自分はこんな目に遭わなければならないのか、と。

 

(俺は……何なんだ?)

 

この感情は何なのか。立香は自分自身の気持ちがよく分からなくなっていた。

 

『キミは人類最後のマスターなんてものに選ばれてしまった。だけど、それはキミが望んだ事ではない。キミは望まずして人類最後のマスターとなってしまった。だからキミはずっと悩んでいたんだろう?』

 

「……」

 

『キミは自分の意思を押し殺してまで戦い続けてきた。でも、キミはもう我慢の限界だろう?こうして見ているだけでもキミの心が限界を迎えているのが分かる。

 

このままじゃいつか本当に壊れてしまう。1ダースの聖杯を望んでいる時点でもう"普通"の生活には戻れないだろう。キミは身も心も汎人類史を取り戻す為に戦う"人類最後のマスター"になってしまった』

 

 

これまで立香はずっと自分の意思を抑えてきた。人理焼却という非常事態に、人類最後のマスターとして戦う事を受け入れた立香は特異点修復の旅路を歩み、冠位時間神殿においてゲーティアを倒し、見事人理の焼却を防いだ。そして白紙化した地球を取り戻すべく異聞帯の空想樹を切除する日々が始まり、残す空想樹は後一つだけとなった。長きに渡る戦いで、すっかり"普通"から遠ざかった立香だったが、未だに戦い続ける。

 

『キミはずっと傷ついていた。キミは心の奥底では本当は普通の人間として生きていきたいと思っている。カルデアでの生活や、人理を取り戻す為の戦いが長引いたせいで、その感情は消えかかっているが、確かにキミの深層心理に残っている。だがキミはそれを表に出したりは決してしない。そんな事を望むのは許されない事だとキミ自身が無意識に思っているからだ』

 

 

普通の生活、普通の日常、普通の人生…今の立香にはすっかり遠くなったものだ。戦い続ける度に普通から遠ざかっていく感覚、カルデアで過ごす程に普通から切り離されていく感覚があった。

 

『立香、キミは自分の意思をハッキリとマシュやダ・ヴィンチに伝えるべきだ。これまでずっと自分の意思を殺してまで特異点修復や空想樹の切除をしてきたが、キミはもう限界だ』

 

「……」

 

『キミを騙して利用し続けたカルデアに対して怒りの一つでも言っていいんじゃないか?キミにはその権利も資格も十分にある。何も戦いから逃げろと言っているんじゃない。ただ、自分の中の憤りを存分にぶつけてもいいんじゃないかい?』

 

「そうかもしれないけど……」

 

『立香、キミはもう疲れたんだろう?マシュやダ・ヴィンチに本音を打ち明けるのなら今だ。今しかない』

 

「……」

 

『キミはこれまでずっと戦い続けて来た。辛い事もあったが、それでもキミは頑張って来た。自分の人生を犠牲にしてまで、自分の気持ちを殺しながら、それでも前に進み続けた。キミは立派な男だ』

 

「けど俺は…そんな弱音をマシュやダ・ヴィンチちゃんの前で言いたくはない。俺はマシュにとって頼れる先輩でありたいから…」

 

『強迫観念に囚われているね。キミはまだ若いんだ。もっと年相応の振る舞いをした方がいい』

 

「……」

 

『マシュは…あの子はキミがどれだけ立派な存在であるべきだと思っているのだろうね。キミは等身大のどこにでもいる普通の少年だというのに。マシュはキミに対して常に"理想の先輩"である事を求めている。だが不幸にもそれがキミにとっての"呪縛"となっているのだ』

 

「どういう…意味なの…?」

 

『キミはマシュの前では立派な先輩として振舞おうとする。弱音を吐かないし、絶望もしない。常にマシュにとっての手本となるべき存在であろうとしている。だがそれこそが"呪い"であり、キミの心を追い詰めている。キミはマシュの事を思い、本当の自分を隠して偽物を演じている』

 

「違う……俺は……」

 

『違わないさ。キミはいつだってマシュや他のカルデアの人間達の為に"自分"を押し殺してきた。だがもうその必要はない。キミは十分に苦しんだ。キミはマシュに「自分」を見せるべきだ。キミはもう楽になるべきだ』

 

「……」

 

『キミはマシュに弱い自分を見せたくなくて、強い自分を演じ続けてきた。だがキミがいくら強くあろうとしても、キミが元々"普通"の少年である事実は変わらないというのに。立香、自分の本心を偽るのはもうやめにしよう。キミはもう十分に苦しんだ。これ以上自分を誤魔化すのは止めよう』

 

「……」

 

『マシュはキミの事を"普通の男の子"である事を望まない。マシュはキミの事を"普通の少年"ではなく、"頼りになる先輩"であり続けて欲しいと望んでいる。一見すると矛盾しているが、これは当然の話だ。何故ならマシュはキミが"普通の少年"であるという事を知らないのだから』

 

「ッ!?」

 

『そうだ。マシュは知らない。キミの事を"頼りになる先輩"としてしか見ていない。キミの苦しみに気付いていない』

 

確かにマシュの前では常に"頼りになる先輩"として振舞ってきた。恐怖を押し殺し、迷いを断ち切り、悩みを振り払い、戦い続けた。

 

だが、そんな日々はいつまでも続かなかった。立香は心の中で少しずつ不安を募らせていった。自分は本当に正しいのか、間違ってはいないのか、と。

 

『キミは"普通"に戻りたかった。普通に学校に行って、普通に友達と遊んで、普通に勉強をして、普通に部活に打ち込んで、普通に恋をする。そんな普通な生活をしたかった』

 

(あれ…なんでこんなに…?)

 

『だが、キミはそんな普通な生活からは程遠い人生を歩んできた。キミは普通とは程遠く、過酷な運命を背負ってしまった』

 

(何でこんなに…苦しいんだろう…?)

 

立香の目からは熱い液体が流れてくる。それは涙だった。今まで抑え込んできた感情が一気に溢れ出したかのように、立香は自分の頬を流れる温かい感触を感じ取った。

 

(どうして俺はこんなに苦しい思いをしてまで戦わなくちゃいけないんだろう?俺の人生って何なんだ?俺の今までの努力は何の為にあったんだ?俺が何のために戦ってきたのか分からない……)

 

立香はカルデアに身を置いて戦場に行く時点で、"普通"である事は許されなかった。魔術師の世界に適応し、人理修復という偉業を成し遂げた時、彼は初めて自分の人生が報われた気がした。しかし人理修復を果たしても、まだ立香の戦いは終わっていなかった。異聞帯を切除する度に、自分の心には罪悪感が芽生えていくのを感じた。

 

戦えば戦う程、"普通"から遠ざかって行った。戦い続ける度に、自分の心が擦り減って行く感覚があった。自分は一体何をしているのか、自分は何の為に生きているのか、自分はどうしたいのか、と様々な疑問と葛藤が生まれてきた。

 

(俺は……みんなが望むような人間じゃない……本当は……普通の人間なのに……!)

 

立香は震える自分の身体を抑えながら、目から大粒の涙を流している。彼はこれまでの旅路でずっと抱えてきた感情が、遂に爆発してしまった。思えばカルデアに来たあの日から全てが始まったのだ。人理修復という目的の前には自分個人の余計な感情は切り捨てるべきだと、立香はずっと思っていた。

 

『立香、キミはマシュに"本当の自分"を見せようとしていない。キミはマシュにとっての"理想の先輩"であるように心がけているが、あの娘はキミの本心を…苦しみを理解さえしていない。これまでキミはあの娘に対して自分が抱える"弱さ"を見せなかった。"弱音"なんて吐かないし、"恐怖"なんてもってのほか。マシュはキミの苦しみを分かってあげてはいない』

 

「……俺は……俺は……」

 

立香は言葉が出てこない。頭の中では色々な言葉が浮かんでは消えていくが、言葉にならない。言葉が見つからない。これまでずっと溜め込んでいたものが、堰を切ったように流れ出す。

 

『キミはずっとマシュの「理想の先輩」として振るまい続け、弱音を吐かず、恐れず、絶望せずに立ち向かってきた。キミはマシュの前ではいつも強者であり続けた。マシュの前で弱みを見せなかったのはキミ自身だ』

 

「……」

 

『だがそれは逆に言えば、「自分の弱さを他人に見せられない」事でもある』

 

「……」

 

『いいかい?人間は誰しも弱い部分を持っている。誰もが自分の弱さを知っているし、自分の弱さに向き合っている。そしてそれを克服しようと努力もしてきた。しかしキミの場合は、自分の弱さと真正面から向かい合っていない。マシュに弱音を吐かないように、マシュの前では強くあり続けた。だがそれこそがキミの心を深刻に蝕む呪いになっている』

 

「……うぅ……」

 

立香は嗚咽を漏らしながら泣いていた。今まではこうして「泣く」という行為さえもできなかった。自分の感情を押し殺し、空想樹を切除し異聞帯を滅ぼしていく…。その過程で多くの人々の命を奪う事となっても人類最後のマスターとして受け入れなければならなかった。だが今は涙が止まらない、溢れ出てきて止まらない。だが声は優しく立香に語り掛ける。

 

『恨んでもいいのだ、怒ってもいいのだ。それだけの権利はキミにはある。マシュはキミの苦悩を理解していない。キミの苦痛を何も分かっていない。だがそれも今日まで。今こそ"本当の自分"をマシュやダ・ヴィンチ、他のカルデアの面々に見せてやるんだ。今まで抑え続けてきたものを吐き出すといい』

 

その言葉と共に、立香は自分の部屋のベッドで目を覚ました。ベッドの横にはマシュとダ・ヴィンチがおり、心配そうに立香を覗いている。

 

「あ!目が覚めましたか?良かったです!」

 

「おはよう藤丸君、熱は無いかな?さっき廊下で倒れてたからびっくりしたよ」

 

立香はマシュとダ・ヴィンチの顔を見る。

 

「そうだったの…。とりあえずありがとう。所でマシュ、ダ・ヴィンチちゃん。俺から話があるんだけどいいかな?」

 

「はい、私で良ければ何でもお話しください」

 

「うん、なんでも言ってくれたまえ」

 

立香はゆっくりと口を開く。

 

「俺は…今までずっとカルデアから戦いを強制されてきたんだよね?」

 

立香の口から出た言葉にマシュとダ・ヴィンチは目を丸くする。2人は互いに顔を見合わせるとダ・ヴィンチが答える。

 

「ふむ……それは少し違うんじゃないかな?藤丸君は今までの戦いの中で様々なものを見て来たはずだよ」

 

「…………」

 

「異聞帯での悲しい別れや苦しい戦い……それを乗り越えて新たな未来を切り開く為に戦って来たじゃないか」

 

「そうさ!藤丸君のこれまでの旅路は決して無駄じゃない!私達はこうして今も生きているだろう?」

 

「ああ、そうだな」

 

「俺は街中を歩いている時、騙されてスカウトされて南極のカルデアに来たんだ。正直、人類最後のマスターになるとは思っていなかったけど、オレをあんな特異点修復の旅に行かせる事になったのは全部カルデアのせいじゃないか。俺は望んでカルデアに来たわけじゃない…ただ、騙されただけなんだ…」

 

立香は唇を噛みしめながら言う。その表情は悲痛そのものと言っていい。人類を救う為とはいえ、立香にとっては辛い事ばかりであった。立香は異聞帯と呼ばれる異世界を滅ぼさなければならないという使命感に駆られていた。もし自分が普通の人間だったらどうしていただろうかと考える。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、正直に言うと俺は自分を戦いに巻き込んだカルデアに対して怒っている。あの時はそんな怒りを抱いている時間さえ無かったけど、今思えばカルデアの都合で俺は南極に連れてこられたんだ…」

 

立香はベッドから出ると、立自分の部屋の壁を拳で殴りつける。立香は自分を戦いに巻き込んだカルデアに対して明確な怒りを抱いていた。カルデアにスカウトされなければ平凡な日常を謳歌できたかもしれない。

 

立香は今までの戦いを振り返る。最初は右も左もよく分からないまま、人理焼却という世界の危機を知らされ、自分は人理を守るという目的を与えられた。それから数多の困難や試練があり、その中で多くの出会いと別れがあった。

 

マシュとの出会い、ダ・ヴィンチやドクターと過ごした日々…。だがずっとその間、立香は自分の中の恐怖や嘆き、悲しみ、憤りを抑えてきた。自分はそれを誰にも悟らせない様に振舞ってきた。だが夢の中で聞こえた声に従い、立香は今こそ自分の中の意思をマシュやダ・ヴィンチに話すべきだと決意する。

 

「先輩…大丈夫ですか?どこか具合が悪いんですか!?︎」

 

マシュの声を聞いて我に返ったのか、先ほどまで壁を殴っていたはずの右手からは血が流れており、立香の手からも出血している。

 

「マシュ…ダ・ヴィンチちゃん…俺は……自分から"普通の生活"を奪ったカルデアに対して怒っているんだ……」

 

「普通の生活……?それはどういう意味だい?」

 

ダ・ヴィンチは首を傾げる。

 

「俺は……カルデアに来るまではごく一般的な学生生活を送っていた。勉強をして、友達と遊んで、部活をしたり、バイトしたりして……。俺は平凡だけど楽しい生活を過ごしていた。でもカルデアに来てから一変してしまった。特異点修復の為にレイシフトして、敵を倒して、また次の場所に行って……。気が付けばいつの間にか人類の命運を背負って戦うようになって、普通の生活を奪われたんだ……」

 

「……」

 

「マシュ、ダ・ヴィンチちゃん、これは俺が今まで誰にも言えなかった本音だ。俺はもう嫌だ、普通の生活に戻りたい……。だからカルデアなんて辞めさせてくれ」

 

「えっ……」

 

「待ってくれ、ちょっと落ち着こうか」

 

マシュは驚きのあまり声が出なくなり、ダ・ヴィンチは冷静に対応する。

 

「君の言いたい事はわかるよ。でも、それは少し違うと思う」

 

「何が違うんだよ!!カルデアが無茶苦茶にしなければ俺は普通に学校へ行って、普通に友達と遊んで、普通の何気ない生活を送れたはずなのに!!」

 

「落ち着いてくれ藤丸君。確かにキミは騙された形でカルデアに来てしまった。だが、そこから始まった旅路は全て無意味なものじゃなかったはずだ。だってキミは色々なものを見たろう?」

 

ダ・ヴィンチは立香の目を真っ直ぐ見ながら話す。

 

「私はキミが経験してきたものは無駄ではないと思っている」

 

「……確かに、結果だけ見ればそうかもしれない。けど俺は…本来なら命がけの戦場に立つような立場じゃなかった筈だ。それどころか普通の生活を送っていてもおかしくはなかった。それがいきなり世界の命運を賭けた戦いに巻き込まれて、普通では考えられないような過酷な旅を強いられているんだ…!」

 

「うーん、キミの気持ちはわかる。だがね、私はキミに感謝しているんだ。キミがいてくれたからこそ、私たちはここまで来ることができたんだ」

 

ダ・ヴィンチは笑顔で言う。

 

「私はキミがいたおかげで助かった。キミは何度も私たちを助けてくれた。キミは世界を救った英雄だよ。キミは世界を救う為に戦った。そしてキミのおかげで世界は救われた。私はキミに心から感謝している」

 

「……ダ・ヴィンチちゃん……君は俺に"英雄"でいる事を望んでいるんだね……」

 

立香は光のない瞳でダ・ヴィンチを見る。

 

「そうだとも。キミは世界を救う為に戦って、世界を取り戻した。キミは間違いなく世界の英雄だ」

 

「……」

 

「私はキミを誇りに思っている。キミの勇気ある行動に私は敬意を払ってる。キミは素晴らしい。キミは凄い。キミは強い」

 

ダ・ヴィンチの言う通り、特異点修復の旅は無駄ではかったのは事実だ。修復の過程で様々な出会いと別れがあった。それらがあってこそ今の自分がいて、世界を取り戻す事が出来たのも間違いはない。だがそれは同時に立香が背負わされた責任でもあった。世界を救う為に戦い続けなければならないという重圧もあった。

 

ごく普通の高校生として、ごく普通の生活をしていた立香にとって余りに重い責務だった。だが、ダ・ヴィンチはそんな彼に"世界を救うために戦い続けた"という"功績"を与えようとした。"世界を救う為に戦い抜いた"という"偉業"を与えた。

 

「藤丸君は世界を救ったんだ。キミのやった事は偉業であり、偉業を成し遂げた者は称賛されるべき…」

 

「そんな事を言っているんじゃない!!!」

 

立香は気が付けば怒鳴っていた。

 

「英雄英雄って…みんなはいつもそればっかりだ……。どうしてそこまでして戦わなければならないの?俺には英雄でいてもらいたいの?俺には普通の…普通の生活はさせてもらえないの…?」

 

立香は気が付けばダ・ヴィンチを睨んでいた。

 

「普通の生活を送りたかった。ただそれだけなんだ。それのどこに非があるっていうんだよ!なんで俺はこんな事をしているんだ……。誰か……教えてくれよ……」

 

「先輩…落ち着いてください……」

 

マシュは立香に寄り添う。立香の目からは涙が流れていた。

 

「マシュ……ごめん……」

 

立香は落ち着きを取り戻してダ・ヴィンチに言う。

 

「ごめん。感情的になっちゃって……」

 

「構わないさ。むしろもっと吐き出してくれたまえ。キミが感じてきた痛みや苦しみはキミにしか分からないんだ。その苦痛を少しでも共有したい。私に出来ることがあれば何でも言ってくれたまえ」

 

ダ・ヴィンチは立香に微笑みかける。

 

「ありがとう……。少し落ち着いたよ。マシュも心配かけてゴメン……」

 

「いえ、気にしないで下さい。それにしても、マスターがそのような事を思っていたとは思いませんでした。ですが、先輩は頼もしい人だと思っています」

 

マシュも立香の言葉を聞いて安心したのか笑みを浮かべる。思えばマシュの前では常に"頼もしい先輩"であろうとし続けた。マシュが自分を頼ってくれる限り、自分はマシュの先輩でいようと決めていた。だが、今は違う。

 

「マシュ…俺の本心を聞いて失望したかい?俺は"頼りになる先輩"なんかじゃないんだ…。どこにでもいる、平凡な高校生の藤丸立香なんだ…。マシュはこんな俺を…こんな俺を受け入れてくれるか…?」

 

立香は消え入りそうな声でマシュに尋ねる。

 

「先輩……。私はどんな先輩でも受け入れます。先輩が普通の生活を送りたいと願っているのであれば、私も力になりたいと思っています」

 

「マシュ……」

 

マシュは真剣な表情で立香に語り掛ける。

 

「先輩……。私は先輩がどのような決断をしようと、先輩に付いていきます。だから……どうか……辛い時は……苦しい時は自分の心に正直になって欲しいんです……。自分の本当の気持ちを偽らないでほしいのです……。私はどんな事があっても、先輩の味方でいたいんです……。それが私の願いなんです……」

 

「マシュ……。うん、わかった……。自分の気持ちをちゃんと伝えるようにするよ……」

 

立香は今まで抑え続けてきた自分の思いをマシュとダ・ヴィンチに打ち明ける事ができて、胸のつかえが取れた気がした。

 

「マシュ…ダ・ヴィンチちゃん…胸を借りていいかな…?凄く…涙を流したい気分なんだ…」

 

立香の言葉にダ・ヴィンチは笑顔で答える。

 

「ああ、もちろんだとも。思う存分泣いてくれてかまわないさ」

 

「はい、どうぞ」

 

ダ・ヴィンチとマシュは立香に歩み寄ると、立香を抱きしめた。まるで悲しみに暮れる我が子を慰める母親のように…。

 

「うっ……ぐすっ……ひくっ……」

 

立香はまず最初にダ・ヴィンチの胸の中で泣き始めた。少女のようなダ・ヴィンチの身体だが、立香にとって自分の苦しみと悲しみを受け止めてくれる大きな存在に思えた。

 

「辛かっただろう……。キミは本当によく頑張った。キミは世界を救い、そして世界を救った。それは紛れもない事実だ。だから…溜まった怒りや悲しみは全部吐きだしてくれ。キミはずっと自分を抑えてきたんだ……だから今は思いっきり泣いていい」

 

「ダ・ヴィンチちゃん……うぅ……うわぁああん……!」

 

立香は自分の中の感情を全て吐き出すかの様に大声を上げて泣いた。

 

「よしよし……大丈夫だよ。キミはよく頑張った……キミがどれだけ苦しもうが、私はキミの味方だ……!」

 

ダ・ヴィンチは優しく立香の頭を撫でる。そして今度はマシュの胸に飛び込み、思い切り涙を流した。

 

「うぅ…マシュ…マシュ…!さっきはゴメン…!ううう……!」

 

「いいんですよ、先輩。私はずっと先輩の側にいますから……」

 

マシュは泣いている子をあやす母親のように立香を抱きしめる。

 

「先輩、私で良ければいつでも相談に乗りますからね」

 

「ありがどう……!マシュ……ダ・ヴィンチぢゃん……!」

 

「よしよし……落ち着くまでこうしていよう……」

 

「はい……」

 

ダ・ヴィンチとマシュはしばらくの間、立香が落ち着くのを待ってあげることにした。

 

「ふぅ……ようやく落ち着いてきたよ……」

 

しばらくして、立香はダ・ヴィンチとマシュの二人から離れた。

 

「そうですか、良かったです」

 

「少しは気持ちが晴れたかな?」

 

「うん、おかげさまでね。それと、ごめん…。さっきはつい感情的になっちゃって……」

 

立香は申し訳なさそうにダ・ヴィンチとマシュに言う。

 

「いや、気にすることはないさ。誰だって自分の気持ちをさらけ出したくなる時もあるさ。それに、キミの気持ちは痛いほど分かるつもりだ。キミが背負ってきた重責、キミが味わってきた苦悩、それらはキミにしか分からない。キミの苦しみはキミだけのものだ。けど私とマシュは君が受けてきた苦しみも悲しみも分かち合いたい。キミを支えていきたいと思っているんだ」

 

「はい、私も同じ気持ちです。マスター、私達はあなたの側を離れません。あなたが抱えているもの全て、私が受け止めますから……」

 

「ダ・ヴィンチちゃん……マシュ……」

 

立香はダ・ヴィンチとマシュの二人の言葉を聞いて、胸が熱くなった。二人は自分の心の内を理解し、支えてくれようとしている。その事がとても嬉しかった。

 

「ダ・ヴィンチちゃん……マシュ……ありがとう……」

 

立香はダ・ヴィンチとマシュに感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、立香の心の奥底で舌打ちのような音が聞こえてきたが、立香はマシュとダ・ヴィンチへの感謝の気持ちで一杯になっていたので気が付かなかった…。




自分で書いていて涙腺緩んだ…(´Д⊂ヽ

そりゃ特異点修復や異聞帯での戦いを共に駆け抜けてきた仲間だからそう簡単に仲を引き裂けるわけないよねぇ。


けど本音を吐露したのがマシュやダ・ヴィンチちゃんだったからこの程度で済んでいるけど、相手がギルとかオジマンだったら…(^_^;) 2人でなくても絶対に一部のサーヴァントは座に退去するか、立香をシバきそう。


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番外編② 人としての弱さ(前編)

今回は真の黒幕の登場回。ぶっちゃけFGO勢じゃコイツらに勝てないだろ…(;^_^A




立香は極地用カルデア制服に着替え、マシュと共にシミュレータールームに来ていた。先ほどマシュとダ・ヴィンチに自分が抱えていた感情を吐き出す事ができ、胸のつかえが少し取れたような気がした。誰にも言えず、ずっと心の奥底で抱えてきた感情を吐露する事ができたからだろうか。

 

(マシュにあんな事を言った後で、またマシュに甘えてもいいんだろうか?)

 

(でも、いつまでもマシュに頼ってばかりじゃダメだ。マシュが俺の事を慕ってくれているのは嬉しい。だけど、俺もマシュに何かしてあげられるはずだ)

 

「先輩、どうしましたか?」

 

「えっ!?い、いや、何でもないよ」

 

立香はマシュに話しかけられ、慌てて返事をする。

 

「そうですか?少し元気が無いように見えたので心配になりました」

 

「そうかな…?」

 

これまで立香は人類最後のマスターとして戦う覚悟と、汎人類史を取り戻す為に異聞帯という行き止まりの人類史を滅ぼさなければならない苦しみに耐える事を周囲から求められ続けた。立香も自分が戦わなければ多くの人達が死ぬという事は分かっていたが、それでも心の底では納得できずにいた。そんな時にようやく立香はマシュに自分の本心を打ち明けられた。普通の生活を送り、普通の人生を歩みたかったという事を伝えたのだ。

 

だが、今になって立香は不安になった。自分にとって大切な存在であるマシュに自分の本当の気持ちを伝えてしまった事で、今まで築き上げてきた関係が崩れてしまうのではないかと。

 

「あのさ、マシュ……」

 

「何でしょうか?」

 

「マシュは俺の事……どう思ってるの……?さっきは部屋であんなに泣いちゃったけど……俺は……覚悟が足りない弱虫なのかな…?」

 

「そんな事はありません!今まで…今までずっと誰にも言えなかったんですよね…?辛い時も苦しい時も、自分の弱さを押し殺し続けて……先輩は本当に強い人です……」

 

「そっか……ありがとう……」

 

「けどもしまた、自分の中の苦しみや悲しみを吐き出したくなったら遠慮なく私の胸を借りてください!」

 

マシュは天使のような笑顔で立香に言う。

 

「うん、わかった。その時はよろしく頼むよ」

 

「はい!」

 

その時、アナウンスでダ・ヴィンチの声が聞こえてきた。

 

『はいはーい。お二人さん準備はいいかい?』

 

「はい!いつでもいけます!」

 

「私も大丈夫です!」

 

立香とマシュがそう言うと、周囲の空間が変わり、大きな平原へと出た。シミュレータールームでは周囲の環境も自由に変える事ができ、これまで戦った敵との戦いで使用した地形を再現する事もできる。

 

『よし!それじゃあ早速始めよう!』

 

「了解です」

 

「わかりました」

 

『ルールは簡単!今回は二人一組で模擬戦をしてもらう!お互いの戦闘スタイルを知り、連携を深める為の訓練だ!二人とも、用意はいいかな?いくよ……』

 

ダ・ヴィンチちゃんの合図で立香とマシュはお互いに距離を取り、戦闘態勢に入る。

 

『レディ……ゴー!!』

 

ダ・ヴィンチちゃんの掛け声と同時にマシュは盾を構え、立香に向かって突進する。

 

「いきます!はぁ!!」

 

魔術の素養がない立香は、ノウム・カルデアに召喚された多くのサーヴァント達から戦闘技術を教えて貰っている。魔術に関してもメディアから教わっているものの、立香本人に魔術の才能が無い為、こうして格闘訓練を重点的に行っている。立香は迫りくるマシュの攻撃を何とか避け、カウンターで拳を放った。しかしデミサーヴァントであるマシュは立香よりも遥かに身体能力で優っており、立香の放った右ストレートを華麗に避けつつ立香の背後に回り込み、盾で殴り掛かった。マシュの盾で殴られた立香は吹き飛ばされ、地面に倒れ込んでしまう。

 

「くっ……まだまだ……!」

 

「やりますね……」

 

「今度はこっちから行くぞ……!」

 

「来てください!」

 

立ち上がった立香は再び構える。マシュは立香の攻撃を避けながら、隙を見て攻撃を行う。立香はマシュの攻撃を受け流しつつ、反撃の機会を伺う。マシュのパンチやキックを紙一重で避けると、立香はマシュの懐に入り、腹部に強烈な一撃を叩き込んだ。が、人間である立香のパンチではマシュにダメージを与える事はできなかった。マシュは立香の右腕を掴み、そのまま立香の身体を宙に放り投げた。立香は空中で体勢を整え、両足で着地すると、すぐにマシュに攻撃を仕掛ける。立香は打撃技だけでなく、組み付きも織り交ぜてマシュにダメージを与えようとするが、マシュはそれらの攻撃を全て回避した。

 

(このままじゃダメだ……!)

 

マシュは防御に徹するばかりで、積極的に攻めてはこなかった。立香はマシュのガードの上からでも構わないからとにかく殴ろうと試みるが、マシュのガードは固く、立香の打撃では突破できない。

 

(こうなったら……!)

 

立香がそう思った瞬間だった……。突如として上空から雷が降り注ぎ、二人の周囲に落ちてしまう。雷が地面に直撃した事により、立香とマシュの周辺に大きなクレーターができた。

 

「い、いきなり雷が降ってくるなんて……びっくりしました……」

 

「うん…突然の落雷には驚いたよ」

 

立香とマシュは雷が落ちた事に驚き、空を見上げる。そこには、巨大なドラゴンが浮遊していた。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、これって俺とマシュの模擬戦じゃなかった!?」

 

立香が叫ぶがダ・ヴィンチからの反応がない。

 

「あれ…?ダ・ヴィンチちゃん…?」

 

「先輩!ドラゴンが地上に降りてきます!指示を!」

 

巨大なドラゴンは地面に降り立つと、立香とマシュを睨む。既にマシュは大盾を構えて戦闘態勢に入っていた。しかしその時、ドラゴンの身体がグロテスクに変形していく。直視するのも憚れる程に生理的嫌悪感を催す姿に変化していく。ドラゴンはスライム状の形態から別の姿へと変異していくのだ。そして巨大なドラゴンはグリフォンへと変形したかと思えば、その数秒後には大きな蜘蛛へと変異した。これまでの特異点や異聞帯においてこのような変異を繰り返すエネミーと戦闘をした事などない立香とマシュはお互いに顔を見合わせる。

 

「マシュ…俺達あんなのと戦った事はあったっけ…?」

 

「いえ、私も覚えがありません……」

 

二人は困惑するが、目の前の巨大な蜘蛛は突如として液体に変化し、そのまま地面にぶちまけられた。

 

「こ、今度は水に変化した…。何なんだこのエネミーは……」

 

マシュは警戒しながら、盾を構える。だが水へと変化したエネミーはそれっきり襲ってこなかった。

 

「先輩…今のエネミーは…」

 

 

マシュがそう言いかけた時、上空から声がした。

 

「今のは俺が作り上げたものだ。出来がいいだろう?」

 

マシュと立香は上を見ると、白人の中年男が空に浮遊しながらこちらを見下ろしていた。中年男は緑を基調としたスーツを着ており、地上へと降り立つと真っすぐに立香とマシュの方を向く。

 

「あの…どなたでしょうか…?」

 

マシュは中年の男に尋ねると、男は口を開く。

 

「俺の名はノーウェン・リース」

 

「あの…ノーウェンさんはシミュレータールームで作られたのでしょうか?私や先輩は貴方と戦闘した記録は無いのですが…」

 

「俺はシミュレーターで作られたホログラフじゃない。れっきとした生身の人間だ。それよりもこの彷徨海とやらは俺の新しい住居に相応しい。気に入ったぞ」

 

マシュと立香はノーウェンの言葉の意味が分からなかった。シオンやゴルドルフからノーウェンが新しく彷徨海に入居するなどという話など聞いていないからだ。マシュは不思議そうな表情を浮かべる。「えっと……どうしてここに住もうと思ったんですか?ここは居住スペースではありませんよ」

 

「それはお前達が決める事じゃない。俺が決める事だ。この漂白化された地球は俺が暮らすには丁度いい世界だ。そしてこの彷徨海は俺の住居とする。文句はあるまい?」

 

マシュは困り果てる。何故ならノーウェンの言っている事がまるで理解できなかったから。立香とマシュはノーウェンが生き残りの魔術師だろうと思っていた。

 

「オズボーンの仲間にやられて死亡したと思った矢先にこの世界で目を覚ましたんだ。俺はここで第二の人生を歩むとしよう。ようやく静かに生きられる場所に辿り着けたのだ」

 

マシュや立香の都合も無視して勝手に話を進めるノーウェン。そんなノーウェンに対してマシュは言う。

 

「ちょっと待ってください。あなたは誰なんですか?どうしてこの場所を自分の住まいにしようと思ったんですか?」

 

マシュの質問に対してノーウェンは不敵な笑みを見せる。

 

「気に入ったからだ。俺もできる限り暴力的な手段は用いたくはないんだ。さっさとこの彷徨海から出ていく事を薦めよう」

 

余りに身勝手なノーウェンの言い分にマシュは呆気に取られる。このノーウェンという正体不明の男の言動がまるで理解できない。シミュレータールームのバグか何かだとしか思えなかった。

 

だが、ノーウェンは続けて言う。

 

「俺の言っている事が今一つ理解できていないようだな。仕方ない、少しばかり俺の力を見せてやろう」

 

ノーウェンが指をパチンと鳴らすと、マシュのラウンドシールドが一瞬で消失した。

 

「な…!?」

 

マシュは突如として自分の盾であるラウンドシールドが消えた事に驚愕する。一方で立香はマシュの盾が消え去った事を疑問に思う。

 

(今のは一体……?)

 

立香はマシュの盾が消える直前、マシュの盾が分解されたように見えた。

 

「まだ終わりじゃないぞ?」

 

そう言うとノーウェンはまた指を鳴らす。すると今度は立香が来ていた極地用カルデア制服が分解されていく。極地用カルデア制服が全て消失し、立香は一糸纏わぬ姿となった。

 

「そんな…!?カルデア制服が一瞬で…!?」

 

「ちょ!?先輩…!裸になっています……!」

 

マシュは顔を赤く染めながら立香から視線を逸らすと、立香は慌てて両手で自分の股間を隠した。

 

「ま、マシュ…えっと…見ちゃった…?」

 

「見てません!私は何も見てませんから……!大丈夫です……!私は何も見えていませんでした……!だから安心してください……!あぁ恥ずかしい!こんな状況なのに先輩の事を変に意識してしまいます……!」

 

マシュは赤面しながら立香に背を向ける。立香はマシュに自分の裸を見られた事で、顔から火が吹き出そうな程に恥ずかしくなった。

 

「俺の力が理解できたか?その気になればお前達を粒子レベルにまで分解して永遠に大気中に漂わせる事だってできるんだぞ?」

 

ノーウェンが立香とマシュに行使した力は最早魔術などというレベルではない。分子操作能力による強制分解だ。

 

ノーウェンは自分の力を自慢するように語るが、マシュは首を横に振る。

 

「いえ、理解できません……。貴方は本当に人間なんですか?ただの人間のはずがない……」

 

マシュの言葉にノーウェンは笑う。

 

「俺の力はお前達が使う魔術とは次元が違う。俺の能力は魔術なんていう陳腐なものじゃない。俺の力はもっと高尚で偉大なものだ。お前達のいるこのシミュレータールームも既に俺が支配する空間と化している。外部と連絡などできないし、この部屋からは絶対に脱出する事はできない。お前達はもう逃げられないんだよ」

 

マシュと立香はノーウェンの言葉に戦慄するが、ノーウェンは続ける。

 

「この俺の支配下にある世界では俺の思い通りに物事が動く。お前達に拒否権はない。大人しく俺に従うしかない」

 

ノーウェンの言う事はハッタリではない。そう感じる立香とマシュだったが、ここで更なる来訪者が現れた。ノーウェンの横の空間が歪んだと思うと、二人の人影が現れた。一人は炎で燃え盛る頭部と、青を基調とした鎧が特徴的な大男。そしてもう一人は外国人らしき禿頭の老女である。二人はノーウェンの隣に立つと、立香とマシュの方を向く。

 

「初めまして、わたしの名はドルマムゥ。キミが人類最後のマスター藤丸立香君と、そのサーヴァントであるマシュ君だね?」

 

ドルマムゥと名乗った燃え盛る頭部を持つ男は立香とマシュに挨拶する。悍ましい見た目をしてはいるが、紳士的な口調で語り掛けてきた。立香とマシュも慌てて自己紹介をした。人は見掛けによらないという事だろうか。

 

「立香君、わたしがキミの心の中に語り掛けていた者だよ。カルデアという悍ましい組織によって人生を破壊された君に救いの手を差し伸べたのがこのわたしだ」

 

そう、立香の心に語り掛けていた声はドルマムゥだったのだ。ドルマムゥはカルデアに騙されて南極に連れてこられ、そこでの事故が原因で人類最後のマスターとして特異点修復の旅路を歩む事となった。そして特異点修復の次は白紙化した地球を取り戻す為の戦いをこうして強いられている。

 

「それにしてもマシュ君が立香君の苦悩を受け止めてあげられるとは意外だったね。マシュ君は立香君に対して戦う事しか求めていないと思っていたのだが、悪い意味で裏切られたよ」

 

ドルマムゥはまるで馬鹿にするような口調で話すと、マシュはドルマムゥの言葉に顔を赤く染めながら反論する。

 

「私はこれまでの戦いで先輩と共に戦ってきました!先輩は先輩なりに戦っているんです!私は先輩の事を誰よりも理解していますから先輩が苦しんでいる事も分かっています!だから私は先輩を支えます!」

 

「私は…先輩の抱いている苦しみと悲しみも受け止めてあげたいんです…。先輩が全然平気じゃないことぐらい私も前々から気付いていましたから……」

マシュは顔を赤く染めながら立香の方を見ると、立香はマシュを見て微かに微笑んだ。だがマシュの言葉を聞いたドルマムゥは鼻で笑う。

 

「ふぅん……。キミ達の関係はそこまで進んでいたのか……。これは面白い事を知った。だが残念だね。立香君が抱えている悩みは君の想像を上回るものだ。キミ一人が彼の苦しみや悲しみ…そして怒りを受け止めた所で他の者もそうだとは限らない。例えばこのノウム・カルデアに召喚されているサーヴァント達は、立香君の弱音を聞いて受け入れてくれるかな?古い時代に英雄として名を馳せた者達であれば彼を臆病者と蔑み、罵倒するかもしれない。彼等は立香君に弱さなど求めていない、彼等が求めているのは他の世界を滅ぼしてでも汎人類史の為に戦おうとする不屈の意思と鋼の精神だ。そんなサーヴァント達が立香君の心の奥底に隠してきた"弱さ"を受け入れられるものかね? 」

 

「それは…」

 

マシュはドルマムゥの言葉に反論できなかった。確かにこのノウム・カルデアに召喚された英霊達の中には数多の戦争を勝利し、戦い抜いてきた者も多い。それこそ古代や神代に名を刻んだ英傑英雄の集まりだ。そんな彼等は人類最後のマスターである立香に対して戦う事を求めている。中には「マスターの心が折れるようなら自分が殺す」と言うサーヴァントすら存在する。

 

しかし、マシュは立香の事を誰よりも理解していた。立香が心の底では苦しんでいる事をマシュも受け入れており、先程立香がこれまで抱えてきた苦しみを自分とダ・ヴィンチに対して吐き出してくれたのだから。だが他の英霊であれば、弱音を吐き、終わる事のない戦いに精神を擦り減らし、他の世界を滅ぼし続ける業を背負う事への苦しみを吐露する立香を受け入れてくれくれるのだろうか?マシュの不安を感じ取った立香はマシュの肩に手を置くと、マシュは顔を上げて立香の顔を見る。立香はマシュの瞳を見つめると、立香はマシュの頬を撫でた。

 

「ありがとう、マシュ。俺の事を考えてくれたんだよな」

 

「先輩…私は先輩がどんなに弱音を吐いても…どんなに涙を流しても味方でいます…!だから、一人で苦しまないでください!」

 

マシュはそう言うと立香を抱き締める。その抱擁はまるで母親が子供を抱くように優しかった。立香に対して強さや逞しさだけを求め続ければ、いずれ立香は壊れてしまう。ごく普通の少年としての人生を投げうって人理修復という過酷な旅路を歩むことを選んだ立香はまだ17歳の少年である。多感な年頃の立香にとって人理を、そして汎人類史を取り戻す戦いの日々はあまりにも残酷すぎた。だからこそマシュは弱さを隠し通してきた立香の本心を受け止めたかった。

 

「俺はマシュが居なかったらとっくに潰れていたと思う……。だからマシュが傍にいてくれるだけで救われているんだ……」

 

「先輩……」

 

「美しい絆じゃないか。だが他の英霊達はどうだろうね?彼等はマシュのようにキミの苦しみ、悲しみ、弱さ、脆さを受け止められるものかな?試しに会ってみるといい、彼等がキミの弱さをどう受け止めてくれるのかをね…」

 

ドルマムゥがそう言った直後、気が付くと立香はノウム・カルデアの廊下に立っていた。




マシュは逆ラッキースケベできて良かったね(^_^)



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番外編③ 人としての弱さ(後編)

【悲報】藤丸君、今回ずっと全裸

リヨの方じゃなくて本編ぐだおの全裸…(;^_^A


いつシミュレータールームから出たのかは知らない。だが自分はこうして廊下に立っている。

 

「あれ…?マシュは…?」

 

隣にいたはずのマシュの姿が見えない事に気づくと、辺りを探し始める。まだマシュはシミュレータールームの中にいるのだろうか?そう考えた立香は廊下を走りながらシミュレータールームへと向かう。が、その途中で数名のサーヴァントが廊下にいた。スカサハ、モードレッド、ガウェインの3名である。

 

「あ、皆!丁度良かった!」

 

立香は声を掛けながら近づくと、スカサハの放った言葉で足を止めた。

 

「…マスター、お主は"自分が今の状況にいるのはカルデアのせい"と言っていたな?マシュ、ダ・ヴィンチとの会話が構内放送で流れていたぞ?」

 

「え…?」

 

立香はマシュとダ・ヴィンチに対して言い放った自分の弱音…否、"本心"がノウム・カルデアにいるサーヴァント達に知られたのだ。いつの間に構内放送で、マシュ、ダ・ヴィンチとのやり取りが流れていたのか理由は分からない。目の前のスカサハは幾らかの失望に満ちた目で立香を見ていた。

 

(しまった……)

 

これまでサーヴァント達に対して自分自身の"弱さ"を隠してきた。特異点修復の旅や、冠位時間神殿での決戦、そして漂白化した地球を取り戻す為の空想樹伐採…。そんな戦いをしてきてもサーヴァント達に対して弱音を吐かなかったし、逃げ出したりもしなかった。だが先程のマシュとダ・ヴィンチとの会話が他のサーヴァント達に筒抜けだったとは立香は知らなかった。恐らくゴルドルフやホームズ、シオンも聞いているだろう。スカサハの声色には呆れが混じっており、立香は冷や汗を流した。

 

「私は今までお主を鍛えたつもりだが、まだそのような"弱さ"が残っていたとはな。お主は今までの戦いで何を学んできたのだ?」

 

スカサハの言葉は的確であり、ぐうの音も出ない正論だった。

 

「すまない……」

 

謝る事しか出来ない自分に腹が立ち、拳を握り締める。サーヴァント達は戦乱の時代で活躍した英雄が多く、現代を生きる立香の苦悩は"弱さ"と捉えられかねない。ましてやスカサハはケルト神話の時代に生きた神殺しであり、数多の勇猛なケルト戦士を教え導いた存在だ。そんなスカサハからすれば、立香の悩みは甘すぎるのであろう。

 

「空想樹を切除し、異聞帯を滅ぼすのはそうしなければ汎人類史が取り戻せないからだ。今更"普通の生活がしたかった"などという戯言は通用しない。お主はもう戻れない所まで来ているのだぞ?お主には覚悟が足りなかったのか、もしくはこのノウム・カルデアのサーヴァント達を率いるマスターとしての自覚が足らなかったのではないか?」

 

「……」

 

立香は何も言えない。反論の余地もない程に。そしてモードレッドは怒りに満ちた目で立香を見ている。

 

「おいマスター、今までオレ達と一緒に戦ってきて、今更あんな泣き言を抜かすのか?正直オレはマスターに裏切られた気分だぜ。な~にが『普通の生活をさせてもらえないの?』だよ!ふざけんな!」

 

モードレッドの怒りは最もであった。多くの空想樹を切除し、伐採した空想樹と同じ数だけの異聞帯を滅ぼしてきた立香はもう後戻りもきないし、後悔する権利もない。残るは南米異聞帯だけという状況の中、先程立香が部屋でマシュとダ・ヴィンチに漏らした怒りや不満を耳にすれば、サーヴァント達からすれば裏切られたに等しい。共に戦いをしてきた仲間であり、自分達のマスターが今になってあんな弱音を吐けば、モードレッドが怒るのも無理はない。

 

「オレはな、今まで一緒に戦ってきたマスターが実は心の底では普通の生活に戻りたかったなんて未だに思ってた事が気に入らねぇ。そんじゃ今まで戦ってきたオレ達の苦労は何なんだよ!!全部無意味じゃねえか!!」

 

「……」

 

モードレッドの言う事は何も間違っていない、だからこそ立香は言い返せなかった。

 

「立香、私もモードレッドの言う通りだと思います。先程放送で流れた貴方の言葉はこれまで貴方と共に戦ってきたサーヴァント達に対する裏切りに等しい。我々は貴方を人類最後のマスターとして汎人類史を取り戻す戦いをしてきました。ですが貴方は今になって普通の生活に戻りたいと仰った。それは我々を侮辱しているのと同義です」

 

ガウェインは立香を睨みつけながら、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「……皆の言葉は否定しないよ。俺だって今の自分の状況に対して何も思わなかったわけじゃないんだ。無理矢理騙される形でカルデアに連れてこられ、特異点修復の旅をして魔術王の野望を打ち砕いて、それで人理が守られたと思ったら今度は地球白紙化。普通の人生を送りたいって思ったのも、俺の本心なんだ……」

 

立香は絞り出すような声でスカサハ、ガウェイン、モードレッドに答える。

 

「今更そんな弱音を吐いた所で何も状況は変わらん。寧ろお主の隠してきた本心が知られてノウム・カルデアにいるサーヴァント達の間に動揺が走っている。思っていても口にしてはいけない言葉というものはあるのだぞ?そしてお主はそれを口にした」

 

スカサハは冷たく突き放すように立香に告げる。

 

「なぁマスター、普通の生活に戻りたいなんて抜かしたせいでサーヴァント達の間に動揺が走ってるんだぜ?マスターとして、自軍の士気を下げるような発言は控えるべきだったんじゃないか?それにお前は今まで散々辛い思いをしてきたはずだ。なのにどうして今更普通の生活がしたいとか言える?普通の生活に戻れると思ってるのか?馬鹿なのか?お前は」

 

モードレッドは軽蔑するような視線を向けて立香に問いかける。戦乱のブリテンを生きてきたモードレッドやガウェインも、現代人である立香の抱く恐怖や戸惑い、苦しみや悲しみを弱さだと断じているように聞こえた。二人の生きてきた時代の価値観と、現代の価値観は違う。魔術師でもない普通の高校生であった立香は、ある日突然カルデアに連れてこられ、人類最後のマスターとして人理修復の旅をする羽目になった。普通の生活を奪われ、普通の生き方を壊され、普通の人生を歩む道を断たれた立香は、普通の生活を送りたいという願望を抱くのは当然だった。

 

「確かに俺は普通の生活が送りたかった。でもそれはカルデアに来る前からずっと思っていた事で、その気持ちを今更変えられないよ……」

 

目の前の3人はマシュやダ・ヴィンチのように自分の苦しみや悲しみを受け入れようとはしないだろう。だが自分の気持ちを誤魔化しても意味はないので、正直に自分の気持ちを伝えた。

 

「それが甘いってんだよ!お前のその甘さがサーヴァント達を惑わせてるんだ!」

 

モードレッドは声を荒げて、立香に詰め寄る。

 

「お前が普通の生活を送れると思ってんなら、お前はここでの生活を甘く見過ぎてんだよ!オレ達が求めているのはマスターとしての役目を果たす事だけだ!お前のその感情は邪魔なだけなんだよ!今更ウダウダ泣き言抜かしやがって…!」

 

モードレッドは立香の首を掴んで、怒鳴りつける。

 

「マスターよ、残念ながらモードレッドの言う通りだ。戦士として戦う覚悟が足りぬなら、この場から去れ。お前のような未熟者が足手まといになるのは目に見えている。今更普通の生活に戻る事を望むマスターの元で戦うのは御免被る」

 

「ちょっと待ってくれ!俺は戦いを投げ出すとは言っていないだろ!!」

 

「そうは言うけどなぁ、さっきの構内放送で口走った言葉は召喚された全てのサーヴァントに対する侮辱だ。あれを聞いた奴らは全員お前の事を"普通の生活が送りたいだけの無能なマスター"として認識しているだろうよ。ここまで戦いを続けて、未だに普通の人生に未練タラタラな野郎だと知れ渡ったら、もう誰もついてこねぇぞ?」

 

「そんな……」

 

自分が言った言葉が原因で、ノウム・カルデアにいるサーヴァントは皆、自分に失望してしまったかもしれない。そう考えるだけで、立香の心は張り裂けそうになった。

 

「あの放送を聞いている最中、私は貴様を殺そうかと思ったぞ。まぁあの時はダ・ヴィンチがいた手前我慢したがな」

 

「……」

 

誰も彼もが立香に対して人類最後のマスターとして戦う事を望んでいる。

 

「マスター、残念ながら私もモードレッドと同じ意見です。貴方が普通の生活に戻りたいと願うのであれば、我々に迷惑をかけずにひっそりと消えてください」

 

誰もが立香に戦う事を望み、自分達のマスターとして相応しくないと判断すれば容赦なく切り捨てる。

 

「何で…何でそんな事ばかり俺に望むんだよ……!?」

 

立香は悲痛な叫びを上げる。これまで戦ってきたサーヴァント達からくる厳しい言葉の数々。確かにあの時は立香も今まで我慢してきた自分の感情を吐き出していたが、あれをノウム・カルデアにいるサーヴァント達に聞かれていたとは思わなかった。

 

「みんなが俺に戦う事を強いる…人類最後のマスターとして戦う事を望む……。俺は元々戦いとは無縁な生活を送っていたんだ……なのに…なのに…」

 

立香は俯いたまま、自分の気持ちを吐露する。

 

「そうやって嘆く暇があるのならば、まずは行動に移しなさい。立香、あなたは今のままでいいと思っているのですか?先程のあなたの発言のせいで、他のサーヴァント達も、きっとあなたに幻滅しているでしょう。一度失った信頼というものは取り戻すのは容易ではありません」

 

ガウェインは嘆く立香に対して、厳しく言い放つ。

 

「人類最後のマスターとしての責務と、課せられた使命を全うするのがマスターの務め。その役目を果たそうとしないで、ただ嘆き続けるだけでは、いつまで経っても強くなれませんよ」

 

ガウェインはそう言って、その場を立ち去る。

 

「おいマスター、オレ達はお前に期待していたんだぜ?なのにあんなクソみたいな発言するなんてな。ここまで戦ってきて普通の生活に戻りたいなんて巫山戯た事を抜かすようなマスターなら、オレはお前をマスターとは認めない」

 

モードレッドは吐き捨てるように立香に告げると、ガウェインの後を追うように去っていった。残ったスカサハも立香に対して厳しい言葉を投げかける。

 

「弱音を吐いてもいい時期はとっくに過ぎている。お前がやらねばならない事は何か、今一度考えろ。そして答えが出ないようなら、今すぐここで死ぬといい。その時は私がお前を殺す」

 

そう言ってスカサハは去っていった。残された立香は床に蹲り、目から大粒の涙を流しながら泣き続けた。

 

「何で……皆して戦う事を強要するのさ……」

 

マシュやダ・ヴィンチのように自分の弱さを受け止めれくれるサーヴァントばかりでない事は立香も理解していた。しかしいざ直接面と向かって言われると、やはり堪えるものがある。

 

「どうして皆して戦う事を強制するんだ……」

 

そう呟きながら、立香は自分の情けない姿を改めて自覚した。自分は世界を救う為の戦いをしているはずなのに、自分が抱えてきた苦悩や怒りをぶつけてしまったせいで、皆に失望されてしまったかもしれない。

 

「けど…俺が皆の信頼を裏切ったのは事実なんだ……後先考えずにあんな発言をしたせいで……けど…けど俺は普通の生活に戻りたいというのは紛れもない本心なんだ…どうすれば…どうすればいいんだ…」

 

立香は独り言をぶつぶつと言いながら、ノウム・カルデアの廊下を歩き回る。そして歩き回っていると、ジャンヌ・オルタと鉢合わせした。

 

「…マスター、何をしているの?」

 

「え……?ああ……ちょっと散歩を……」

 

「……そう」

 

立香は慌てて、その場を取り繕う。そんな立香にジャンヌ・オルタは冷ややかな視線を送る。ジャンヌ・オルタも構内放送で立香がマシュとダ・ヴィンチに言った発言を聞いているだろう。当然、その事に憤っているに違いない。立香はそう思い、謝罪の言葉を口にしようとする。

 

「あ、あのさ、ジャンヌ……。ごめんね、俺のせいで気分を悪くさせちゃって」

 

「気にしちゃいないわよ。貴方が普通の生活を送ってきた凡人だっていうのはマシュやダ・ヴィンチから散々聞かされていた事だし、私だって似たようなものだったから、別に怒っちゃいないわよ」

 

「そ、そうなの…?」

 

普通の生活に戻りたい、という発言に対してガウェイン、モードレッド、スカサハは厳しい態度で立香に言い放った。だが、意外にもジャンヌ・オルタは立香に対して寛容な態度を示す。

 

「まぁ、その、なんというか、今の今まで貴方に背負わせていた苦労を考えたら、無理に戦えなんて言うのは酷な話よね。普通に暮らしていきたいなんて当たり前の事じゃない。そんな当たり障りのない願いを叶えたいと思う事は、何も悪いことなんかじゃなく、むしろ人として自然な感情よ」

 

「うん、ありがとう」

 

立香は礼を言う。

 

「ところで、その格好は何?サーヴァント達の前でも平然とそんなカッコするわけ?いくら何でも、無防備すぎない?」

 

「~~~~~~!!!???」

 

立香は今になって自分がどんな格好をしているのかに気付いた。スカサハ、モードレッド、ガウェインと会話していた時は気にしている状況ではなかったが、改めて指摘されると恥ずかしくなる。

 

「え…えっと…ジャンヌは見ちゃった?その…俺の股間のアレを…」

 

「見えましたよ。それが何か問題でもあるんですか?」

 

ジャンヌ・オルタは平然とした顔で言う。

 

「あ……う……」

 

立香は思わず顔を赤面させて股間を両手で覆った。

 

「はしたない真似はやめてください。そんな風に隠す方が余計に卑猥に見えるでしょうが。マッパで廊下を歩く趣味があるなら話は別ですけど、そうでもないんでしょう?」

 

「うぅ……」

 

立香は泣きそうになる。

 

「まったく、仕方ないわね……」

 

ジャンヌ・オルタは呆れたようにため息を吐く。

 

「さっきの構内放送での貴方の発言で、サーヴァント達に動揺が広がっていますよ?悪い事は言わないから部屋に戻った方が身の為よ」

 

「うん、有難うジャンヌ」

 

そう言うと立香は足早にその場を後にする。シミュレータールームにいるマシュの事が気になる立香は廊下を走るが、その途中でエミヤとバッタリ会ってしまう。正直今の状況でサーヴァントと顔を合わせるのは不味い事は理解している。サーヴァントによっては今の立香の首を撥ね飛ばしかねない。そしてエミヤは鷹のように鋭い眼光で立香の事を睨んでいた。

 

「マスター、先程の構内放送での発言は私も聞いた。まさか未だにあのような甘ったれた考えを持ち合わせているとは思わなかったよ」

 

「そ、そうかな?」

 

立香は誤魔化そうとするが、上手くいかない。

 

「君は今までの戦いの中で、多くのサーヴァント達と出会い、別れてきたはずだ。そのサーヴァント達は君にどのような想いを抱いてきたか考えた事があるかね?」

 

「それは…理解しているよ。けど戦いを続ける中で俺は必死に自分を奮い立たせてきた…。普通の生活に戻りたいっていう思いを押し殺して……」

 

立香は俯きながら言う。

 

「今は自分の願いよりも、汎人類史を取り戻す方が先決だろう?最後の異聞帯での戦いを前にして、さっきのような言葉が知れ渡れば全体の士気に影響する。今すぐ考えを改めたまえ」

 

「分かった……ごめん……」

 

立香はそう言って立ち去ろうとするが、エミヤに呼び止められる。

 

「待て、マスター」

 

「な、何?」

 

「その……なんだ……、服を着ろ!!」

 

「はい……」

 

恰好が恰好なだけにエミヤにまで注意されてしまう。何が楽しくてこんな羞恥プレイをしなければならないのか。立香は立場的な意味でも恰好的な意味でもサーヴァント達と会うのは不味いのでシミュレータールームへと急いだ。が、そうは簡単にはいかない。ここノウム・カルデアに召喚されたサーヴァントは多いので、長距離を歩けば必ず誰かと会ってしまう。そしてそんな立香の前に現れたのは酒呑童子。できれば今の状況では一番会いたくないサーヴァントかもしれない。

 

「あらぁ、立香はんやないの。どうしたん?うちの顔に何か付いてるやろうかぁ~♪ それとも、うちに見惚れてるのぉ?」

 

立香は慌てて股間を隠すと、「ごめん、急いでいるからまた後で」と言ってその場を逃げようとする。酒呑童子は逃がさなかった。

 

「さっきの構内放送であんさんが言っていた事を聞いたでぇ。普通に暮らしたいって、そんな当たり前の事を望むなんて贅沢やねぇ。もう後戻りできない立場やのに、まだそんな事を言っているなんて、ほんまに救いようがない人やわぁ」

 

「うぐぅ」

 

スカサハ、モードレッド、ガウェインの時と同じく立香は反論できなかった。『カルデアを辞めたい』、『普通の生活に戻りたい』、『自分が今のような状況になったのはカルデアのせい』。構内放送で立香がマシュとダ・ヴィンチに言った言葉の全てをサーヴァント達は聞いていたのだ。

 

「修羅場を潜り抜けても、心根が変わらへんとは驚きやったよ。えらい変わり者やね、立香はん。けどなぁ、さっきの放送で言った事はえらい女々しい思ったんよ。思っていても口にしたらあかんかったと思うねん。男なら男らしく黙ってるんが筋なんちゃうか?」

 

「それは分かるけど…いつまでも黙っていちゃいずれ俺の精神が保てなくなるんだよ……」

 

立香はそう言い訳するが、やはり納得はできない。

 

「せやけど、自分の生まれ育った世界が漂白化されてんのに、今更普通の生き方なんてできるわけ無いやん。今までやってきた事が無駄になるかもしれんで?」

 

「それは……」

 

立香は言葉を詰まらせる。確かにその通りだった。漂白化された地球を元に戻す為に戦ってきた立香だったが、空想樹切除の旅路の中で多くの出会いがあり、別れがあった。その戦いを乗り越えて今に至っているのだが、ここに来て普通の生活に戻りたいなどという泣き言を言えば歓迎などされる筈がない。皆が自分に戦う事を望む、弱音や泣き言は許さない、人理の為に命を投げ出せと言うだろう。

 

「立香はんはこれまでの戦いを通じて得た物がある筈や。さっきの構内放送は今までの旅路を全部否定するようなもんや。それを分かっている上で言うたんやから、大概にして欲しいわぁ。自分の発言に責任を持てない奴は嫌いやさかい。逃げたいなんて言う立香はんはとんだ卑怯者よね。逃げるくらいだったら最初から言わへんといて」

 

「俺は別に逃げたくてあんな事を言ったんじゃ……。それに、あれは本気じゃない。あの時は感情的になってつい口走ってしまっただけで、本気で言ってるつもりはなかった」

 

「それが女々しいって言うんや。立香はんも、ちょっとは考えてみぃ。これまで一緒に戦ってくれたサーヴァント達の事を思えば、さっきの構内放送で言った言葉は絶対に吐いてはいけない台詞やろ。あいつらは立派やで。自分達の目的を果たす為に、必死こいた挙げ句、汎人類史を取り戻そうとしてくれている。それなのに、当のマスターがこんな体たらくだとしたら、恥ずかしいのはサーヴァント達の方や。立香はんは今までの戦いで何も成長しとらんっちゅう事やないか。このままじゃ、誰もついて来てくれへんよ?」

 

酒呑童子は痛い所を容赦なく突いてくる。今まで汎人類史を取り戻す為に戦ってくれたサーヴァント達の立場を思えば、普通の生活に戻りたいなどとのたまう立香の発言には怒りや失望を抱いて当たり前だろう。だが立香だとて元々は普通に生活していた高校生だ。自分の意思を押し殺して人理焼却を防ぎ、今は汎人類史を取り戻す戦いをしている。だが戦いが長引く中、立香は自分の置かれた状況を考えるようになった。

 

「俺だって人間だ…意思を持たないロボットじゃない…!人理修復を成した後も……、ずっと戦い続ける事は無理だよ……!」

 

「ふーん、それで?」

 

酒呑童子は冷めた目で立香を見る。

 

「マスターとしての責任を放棄するのは勝手やけど、あんたが背負っているものはそれだけではないはずや。あんたら人間はただでさえ脆いんやから、気を付けないとすぐに死ぬで?それでもいいの?」

 

「人間が脆いのが分かっているんなら、何で俺が弱音の一言も漏らさずにずっと戦い続けられるなんて思うんだよ…!普通に生活したいっていうのは……悪いことなのかよ……!?」

 

立香は苛立ちを募らせて言う。

 

「悪くはないで。むしろ、普通に生きたいと願うことは素晴らしいことや。けどな、今のあんたは普通に生きる事も許されない立場やろ?自分の置かれた立場と使命をよく考えてみぃや。弱音を吐くのが許されるんは、本当に追い詰められた時か、死んだ後や」

 

「……」

 

「うちはな、立香はんがどんな気持ちでこの旅を続けて来たのか知っとる。辛い思いをしてきたことも、悲しい思いもたくさんあったやろ。でもな、その全てがあってこそ今に至るわけや。独りよがりの無責任な発言をするマスターなんてうちは認めへんで」

 

酒呑童子の言っている事は間違っていない。立香はこれまでの長い道のりと、これからの戦いを思い返す。

 

「確かに、君の言っていることは正しいよ。だけど、今のままでは駄目なんだ。これ以上戦い続けたら、きっと俺は耐えられなくなる」

 

「はぁ…呆れたわぁ。そんな事ばかり考えていると、そのうち心が壊れてしまうで? そんなにうちらと一緒にいるのが嫌なん? それとも、うちみたいな化け物が怖いん?」

 

「そんな事は言ってないだろ…!ただ…!」

 

「今の立香はんは男らしゅうないわ。いっちょまえに股間にブラ下げてるもんぶら下がらせて、偉そうな口を利いているんは滑稽やで?」

 

酒呑童子はそう言いながら立香の股間を指差す。

 

「……」

 

立香は何も言い返せない。股間を両手で隠してはいなかったが、そんな事はどうでもよかった。そして酒呑童子は目に妖しく輝かせながら口元を歪める。

 

「男らしくない立香はんには、股間にブラ下げてるモノは不要やね。うちがそれを取ってあげてもいいんよ?」

 

「え…!?」

 

そう言うと酒呑童子は立香の股間を掴み上げる。彼女の力なら立香の股間に付いている物など瞬時に潰せる。立香は自分の全身に汗が流れ出るのを感じた。

 

「立香はん、股間のモノとお別れを告げる時がきたようやね」

 

酒呑童子はしっかりと立香のモノを掌に収めている。だがまだ本当に潰す気はないようだ。

 

「そ、それはやめて…!いや、ホントに…!!お願いします!!」

 

立香は必死に懇願するが、酒呑童子は笑みを浮かべたままだ。

 

「ええで。立香はんが男らしくなったら、離したるわ」

 

「男らしくって……俺は男だよ……!今更何を言ってるんだよ……!」

 

「普通の生活に戻れると思ってるんやったら、それは大きな間違いや。あんたはもう普通の生活を送れない体になってるんやで?」

 

酒呑童子は立香の股間を掴んでいる手に力を込める。立香は痛みに顔をしかめ、冷や汗を流した。

 

「ぐうぅ…!?」

 

「大陸の方には宮廷に仕える者を"宦官"にする文化があるんや。男らしくない今の立香はんにはぴったりやろ?」

 

酒呑童子は立香の股間をガッチリと掴んでいる。立香は必死に抵抗したが、酒呑童子の力には敵わない。

 

「や、やめて……!」

 

立香は涙目になりながらも必死に叫ぶ。

 

「普通の生活に戻りたいなんて思うんは、サーヴァント達に対する裏切りやでぇ?サーヴァント達はあんたの為に命を懸けて戦ってくれたんやから、その恩を仇で返すような真似をしたらあかんよ?」

 

「ううっ……。分かってるよ……」

 

「これまで一緒に戦ってくれた人達の思いを裏切るような事をしたら、うちは許さへんから」

 

酒呑童子は立香の股間を握り締め、立香は悲鳴を上げた。

 

「がぁぁぁぁ!?」

 

「安心してええで、まだ潰しとらんから。立香はんが立派な男の子になったら、ちゃんと解放してあげるさかい」

 

立香は必死に股間を押さえるが、酒呑童子は立香の股間を掴んだままだ。

 

「や、やめて……!や、やばいって……!ホントに……!!」

 

「ここであんさんのモノを潰したら、女も抱けん身体になるんやで?それでもええの?」

 

酒呑童子は恐怖に歪む立香の顔を覗き込みながら言う。

 

「い、いやだ……!それだけはやめて……!お、俺が悪かったから……!や、やめて……!」

 

立香は泣きながら酒呑童子の手を振り払おうとする。しかし酒呑童子は立香の股間をしっかり握っており、立香は身動きが取れない。

 

「ふふふ、立香はんは可愛いなぁ。そんなに涙を流して、うちの手を払い除けようと頑張っても無駄やで?」

 

酒呑童子は立香の股間を握った手に力を入れる。立香は股間を襲う激痛に声にならない叫びを上げる。

 

「ぐああぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

「あともう少しだけうちが力を入れたら潰れるで。ほれ、頑張りぃ」

 

「や…やめ…て…」

 

立香は股間のモノを握りつぶされるかもしれない恐怖で、失禁してしまう。立香の股間から黄色い液体が溢れだし、立香のモノを握る酒呑童子の手を濡らした。

 

「あらら、おもらししてもうたわぁ」

 

酒呑童子は立香の股間を握っていた手を開く。立香の股間は解放されたが、立香は股間に走る痛みで動けない。

 

「ふむ、立香はんの股間にぶら下がっているもんは無事やで。そんだけ怖い思いをすれば、立派に成長するやろ。今回はこれで堪忍したるけど、次はもっと酷い目に遭わせるで」

 

酒呑童子はそう言うと立香の股間に視線を向ける。立香は自分の股間に目を向け、股間にぶら下がるモノが健在な事に安堵する。だが股間に走った痛みは消えず、立香は股間を抑えながらその場から離れた。立香は後ろを振り返りつつ、酒呑童子から離れていくのを確認する。

 

酒呑童子によって股間の性器を握り潰されていたかもしれない恐怖からか、立香の顔は青ざめており、全身は小刻みに震えていた。そしてシミュレータールームに急ぐ立香の目の前に、酒呑童子と同じく最も会いたくないサーヴァントの一人と会った。ギルガメッシュである。ギルガメッシュであれば冗談でも何でもなく"普通の生活に戻りたい"と言った立香に対して制裁を下すだろう。ギルガメッシュは20メートルほど離れた位置から立香を見ている。

 

「雑種、先程の構内放送で貴様は"普通の生活に戻りたい"などと抜かしたそうだな?汎人類史を取り戻す戦いに疲れ、心が擦り切れているとはいえ、それは英雄王たる我への侮辱だ。その罪は万死に値する」

 

立香は冷や汗を流しながら、ゆっくりと後退していく。

 

「待て。逃げるな」

 

「ご、ごめんなさい……!でも、もう許して……!」

 

ギルガメッシュからの殺意を肌で感じ取った立香は、気が付けば反対方向に全力疾走していた。

 

「この我に背中を向けるとは何処まで恥知らずなのだ」

 

立香が走り出した瞬間に、背後から凄まじい殺気を感じた。振り返ると、ギルガメッシュが自分の周囲に宝具である『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を展開しているではないか。

 

「ひいっ!?」

 

立香は慌てて立ち止まり、その場でしゃがみ込む。次の瞬間、立香の頭上を黄金の波紋が通り過ぎていった。

 

「……!」

 

立香はギルガメッシュと向かい合う。ギルガメッシュは立香に対してゴミを見るかのような冷たい目で見下ろしている。

 

「フン、何とも情けない姿だな。そんな無様な姿で逃げ回るなど、まるで鼠よ。まあ、貴様にはお似合いの姿だが」

 

「……」

 

立香は黙って俯く。

 

「今まで戦ってきた事に免じて、特別に言い訳程度であれば聞いてやろう。終わり次第、貴様の首を即刻刎ね落とす」

 

「……」

 

立香は顔を上げ、ギルガメッシュの目を見た。

 

「俺は普通の生活に戻りたいと思ったのは本当です。それに関して言い訳してるつもりはありません…」

 

「フンっ!これまでの戦い続けた貴様が、未だに元の生活に未練を残しているとはな。そのような未練がある事自体、貴様に力を貸してやった我に対する冒涜であり侮辱だ。本来ならば、貴様のような下郎の首なぞすぐに斬り落としてやりたいところだ」

 

立香はギルガメッシュの言葉に歯噛みする。このように自分に対して普通の人間としての生活を諦め、人類最後のマスターとして戦う事を求めるサーヴァントは多い。立香は自分が今まで抑えてきた気持ちを吐き出したのだが、結果的にそれは共に戦場を駆け抜けたサーヴァント達を否定する事に繋がってしまったのだ。立香は自分がこのような状況になったのはカルデアのせいであると思っており、ギルガメッシュからの罵倒の言葉を受けている最中も、自分の中に怒りが蓄積していく感覚に陥った。

 

「…確かに俺は普通の生活に戻りたい。それは否定しません。けど…俺の事も見て欲しいんです……サーヴァントの皆には感謝していますけど、それでも俺だって一人の人間なんだ。辛い時もあるし、悲しい事もある。俺にも感情があるから、たまには誰かに甘えたくなる。だから……」

 

「その言葉が我に対する侮辱だと何故気付かぬ?我が貴様をマスターとして認めたのは、その類まれなる才能と運によるものだ。それを勘違いして、凡人に戻るなどと抜かす愚か者め」

 

ギルガメッシュは立香に侮蔑の視線を向ける。

 

「……ギルガメッシュ、貴方も王なら…王なら俺の気持ちをどうか分かってください…。今まで誰にも弱音を吐かずにここまでこれたけど、俺も自分は一人の人間なんだと改めて気付いたんです。だからこそ、俺も普通の生活を送りたかった。俺も普通の人間として生きてみたかった。俺も……俺も……!!」

 

立香は涙を流す。そんな立香を見ても、ギルガメッシュは表情を変えない。

 

「フッ、雑種風情が。今更何をほざこうが、もはや遅いわ。貴様は自分に課せられた使命から逃げ出す事はできぬ。人理の危機であるこの非常時に、よくもぬけぬけとそのような戯言を口にできたものよ」

 

「俺がどれだけ辛かったか、苦しんだか、悲しかったか!!何も知らない癖に偉そうな事を言わないでくれ!!」

 

立香は叫ぶ。ギルガメッシュは眉一つ動かさない。

 

「たわけが、貴様個人の感情など知ったことか!そんなくだらぬ理由で、我が裁定を下すのを止めると思うか?」

 

「そんな……そんな……!」

 

立香は再び涙を流し始める。そんな立香の姿を見てもギルガメッシュの態度に変化はない。

 

「ふんっ……!どうやらこれ以上の問答は無用らしいな。貴様のような雑種の相手をしては時間の無駄だ。ここで死ね」

 

ギルガメッシュは右手を掲げる。次の瞬間、ギルガメッシュの周囲に展開していた無数の黄金の波紋から宝具が放たれた。

 

「うわああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

****************************************************************

 

 

 

 

 

 

「え…!?ここは…!?」

 

気が付けば立香はシミュレータールームの中にいた。マシュは冷や汗を流す立香をキョトンとした表情で見ている。

 

「あの…先輩?どうかされましたか…?」

 

周囲を見れば先程のシミュレータールーム内だ。マシュの他にもノーウェン、ドルマムゥ、禿頭の老女がいる。

 

「どうかね立香君。少しばかり時間と空間を操作してキミをシミュレータールームの外に出してみたんだ」

 

ドルマムゥは立香に歩み寄る。

 

「さっき廊下でサーヴァント達に会って、それで俺が部屋でマシュとダ・ヴィンチちゃんに対して言った事を皆知っていて…」

 

「あぁ、それか。それは私が少しばかり"現実"を弄ったのさ。もしもキミがマシュとダ・ヴィンチに対して言った"普通の生活に戻りたい"、"自分がこんな目に遭うのはカルデアのせい"という言葉を、ノウム・カルデアのサーヴァント達が聞いたら?という一種のIFの世界を見せたのさ」

 

「…それじゃ俺がマシュとダ・ヴィンチちゃんに言った事はサーヴァントの皆には知られてない…?」

 

「あぁ、そうだ。そこは安心していいよ」

 

ドルマムゥの言葉に立香はほっと胸をなでおろす。しかし現実そのものを操作するというのは魔術の領域を遥かに超えている。それをドルマムゥは事もなげにやってのけた。

 

「何であれノウム・カルデアのサーヴァント達はキミが普通の生活に戻る事は許さないだろう。無論、全員ではないだろうが、少なくとも何人かのサーヴァントはそう考えるかもしれない。人類最後のマスターであるキミに対して泣き言や弱音を吐く事を許さない者が多いのは事実さ。何とも残酷な話だよ」

 

そう、人類最後のマスターとして戦う以上は"普通の人間"では駄目なのだ。立香もこれまで必死に『普通の日常に戻りたい』、『戦いから逃げ出したい』といった感情を抑え、特異点修復の旅路を続けてきた。そんな自分の気持ちを理解してくれる者は、このノウム・カルデアにいるのだろうか……。

 

「そう悲観する事はないよ」

 

ドルマムゥが微笑みながら言う。

 

「サーヴァント達の中には理解してくれる者もいる筈だ。例えばマシュ・キリエライトや、ダ・ヴィンチなどがいる。彼女達は弱いキミを受け入れてくれたじゃないかね?」

 

「でも……俺は……」

 

「確かにキミが抱えてきた苦悩を理解できる者は限られるだろう。だがね、それでもキミを支えようとする者が一人くらいいてもいいんじゃないかね?キミが自分に課せられた使命の重さや、いくつもの異聞帯を滅ぼしてきた業の重さに耐えられず逃げ出してもそれを受け入れてくれるサーヴァントもいるだろう」

 

ドルマムゥの言う通り、そんなサーヴァントには何人か心当たりがある。

 

「サーヴァントは自分が生きていた時代の価値観に引きずられて、一般人であったキミを人類最後のマスターとして担ぎ上げるだけでなく、キミに世界の破壊者としての業を背負わせている。それでキミが弱音を吐けば”これまで共に戦ってきた仲間に対する侮辱"などとのたまう。まったく酷い奴らだよ。普通に生きていたキミを戦場に立たせる原因を作ったのはカルデアだというのに」

 

立香はドルマムゥの言葉を否定しきれなかった。

 

「だからと言って、今の自分を責める事もない。カルデアのサーヴァントどもに同情する必要なんかこれっぽっちもありゃしないんだ。あいつらは自分たちの都合を押し付けるばかりでキミの事を考えてはいない。本来ならキミは普通の生活をしている筈だった何処にでもいる男の子だったのだから」

 

ドルマムゥは優しく諭すかのような口調で語る。

 

「キミが抑えていた"普通に戻りたい"、"逃げ出したい"といった感情を知った程度でアッサリと崩れ去るような信頼なら最初から無いも同然さ。ちょっと本音を話した程度で連中はキミに失望している。奴らはキミを人理を守るロボットか何かだとでも思っているのだろう」

 

ドルマムゥの言葉に立香の目からは涙が流れ落ちる。今まで自分なりに頑張ってきたが、それは本当に無駄だったのか……。自分はただ普通の生活を送りたかっただけなのに、どうしてこんな事になったんだろうか。いっそ何もかも忘れてしまいたい。今すぐにここから逃げ出せば、もう二度と傷つく必要もなく、苦しむ必要はない。多くのサーヴァントが自分を人類最後のマスターとして戦う事を望んでいる。だが、それに応えるのも限界かもしれない。

 

「マシュ…俺は…皆から戦う事を望まれているんだ……言い訳も弱音も挫折も許されない……俺は……俺は……」

 

立香は嗚咽を漏らしながらその場に座り込む。

 

「先輩、泣かないでください。大丈夫です。きっとなんとかできます。だって、私たちが一緒にいるんです。どんな困難も乗り越えられます。諦めないで下さい。私はいつまでも、あなたの傍にいます。あなたと一緒に……最後まで戦います!」

 

マシュは後ろから立香を抱きしめ、彼の耳元でささやく。

 

「マシュ……。ありがとう、マシュが俺の支えになってくれてよかった。俺、頑張れる気がするよ」

 

マシュの言葉に立香は涙を流しながらも笑顔を見せる。そんな二人の様子を眺めているドルマムゥは満足げに笑っていた。

 

「漂白化した地球を救える存在を私は知っている。彼等に任せればもうキミが戦う必要は無くなるだろう」

 

「え…?ノウム・カルデア以外に漂白化した地球を戻せる存在がいるんですか…?」

 

「あぁいるとも。私から教えてあげよう。彼等こそ世界と人々の為に戦う真の英雄――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――その名もアベンジャーズ。キミを救う英雄達の名前さ。




もし本編のぐだが今回のような弱音や泣き言を言ったらその時点でガチで殺しにかかる鯖って普通にいるんだよねぇ…。ギルがその筆頭だし。許してくれる鯖もいるだろうけど、何人かは確実に殺しにくる。

進むも地獄、逃げるも地獄なんでぶっちゃけぐだーずが詰んでるのは事実だし。


それにしても最初の3人はぐだが全裸である事に突っ込めよw
次回は舞台を冬木に戻します


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第14話 学校の結界

学校の結界を巡ってスティーブと凛は対立。やっぱ敵を倒すよりも人命を優先してこそのヒーロー。


どうにか大河には凛が士郎の家に下宿する事を認めてもらった。士郎が大河に対してスティーブ、クリント、ナターシャの3人が実は切嗣の友人であり、切嗣の遺言に従って士郎の面倒を見る為に自分の家に下宿していると、咄嗟に嘘を付いた為、大河はそれに納得してくれた。凛1人だけならまだしも、大人であるスティーブ達3人も一緒に下宿するというのだから大河も認めざるを得なかったのだろう。

 

「しかし衛宮くんが咄嗟にあんな嘘を藤村先生に言うなんて意外だったわ」

 

「ん? そうか?」

 

凛の言葉に士郎は首を傾げる。

 

「そうよ。だって藤村先生ってああ見えて鋭いところがあるじゃない。私が藤村先生に説明したら、きっと色々と質問攻めにされたと思うんだけど」

 

「まあ、確かにそうだな」

 

士郎の養父である切嗣は色々な世界を旅している事は大河も知っているので、切嗣が海外を旅している過程でスティーブ、クリント、ナターシャの3人と知り合い友人になったと言えば確かに納得はしてくれるだろう。切嗣がちょくちょく海外に行っていたという過去がこういう場面で生かされた事に士郎は少しだけ嬉しく思った。

 

「私もキリツグからシロウをよろしく頼むと言われたんだ。少しの間だからフジムラも納得してくれるさ」

 

スティーブは自分達と一緒に通学路を歩く桜を考えての嘘を士郎達に言う。聖杯戦争の事を桜に知られるわけにもいかないので、士郎は凛と共に考えた設定をそのまま使う事にしたのだ。サーヴァントであるセイバーは士郎の家に留守番しており、代わりにスティーブ、クリント、ナターシャが士郎の身を護るという形になっている。そうしている内にスティーブ、クリント、ナターシャ、士郎、凛、桜の6人は校門をくぐる。スティーブは学校の生徒達から挨拶の言葉をかけられ、スティーブもそれに快く応じている。

 

「……ふん。朝から頭痛いのがやってきちゃってまあ」

 

凛がそう言うと、視線の先には登校してくる生徒達を邪魔そうに押しのけながらこちらに近付いてくる一人の男子生徒の姿があった。男子生徒はこちらに来るなり、桜に対して声をかける。

 

「桜!」

 

「あ……兄さん」

 

桜は近づいてくる男子生徒の姿を見ると、びくりと身体を震わせた。

 

「どうして道場に来ないんだ!おまえ、僕に断りもなく休むなんて何様なわけ!?」

 

男子生徒の手が上がったと思うと、士郎が「よ、慎二。朝練ご苦労様だな」と言って慎二の手を掴んで挨拶した。

 

「え…衛宮!?おまえ―――そうか、また衛宮の家に行っていたのか、桜!」

 

「……はい。先輩の所にお手伝いに行っていました。けど、それは」

 

「後輩としての義務だって?まったく泥臭いなお前は。勝手にケガしたヤツなんてかまうコトないだろ。いいから、おまえは僕の言う通りにしてればいいんだよ」

 

慎二は士郎に掴まれた腕を戻すと、自分の後頭部をさする。

 

「痛てて…。くそ、あの赤いレザースーツめ…今度会ったらタダじゃおかない…」

 

何やら小言でブツブツと言う慎二だが、すぐに気を取り直して士郎に話しかける。

 

「しかしなんだね、そこまでしてうちの邪魔をして楽しいわけ衛宮?桜は弓道部の部員なんだから無理矢理朝練をサボらせるような真似しないでくれるかな」

 

「―――む」

 

しかし慎二の言葉に対して桜は納得できないという感じで声を上げた。

 

「そんなコトありませんっ……!私は好きで先輩のお手伝いをしているだけなんです。兄さん、今のは言い過ぎなんじゃないですか」

 

「は、言い過ぎだって?それはおまえの方だよ桜。衛宮が一人住まいだからなんだって言うんだ。別に一人でいいっていうんだからさ、一人にしてやればいいんだよ。衛宮みたいなのはそっちの方が居心地がいいんだからさ」

 

「兄さん……!やだ、今のはひどいよ、よ……」

 

「―――ふん。まあいい、今日で衛宮の家に行くのはやめろよ桜。僕が来いって言ったのに部活に来なかったんだ。そのくらいの罰を受ける覚悟はあったんだろ?」

 

睨むような視線の慎二に対して桜は固まってしまった。慎二は桜を強引に連れて行こうとするが、

 

「おはよう間桐くん。 黙って聞いていたんだけど、なかなか面白い話だったわ、 今の」

 

「え―――遠坂? おまえ、なんで桜といるんだよ」

 

「別に意外でもなんでもないでしょう。桜さんは衛宮くんと知り合い、わたしは衛宮くんと知り合い。 だから今朝は三人で一緒に登校してきたんだけど、気づかなかった?」

 

「な―――え、 衛宮と、知り合い……!?」

 

「ええ。 きっとこれからも一緒に学校に来て、一緒に下校するぐらいの知り合い。 だから桜さんとも付き合っていこうかなって思ってるわ」

 

「衛宮と、だって……!!」

 

慎二は士郎を睨む。

 

「は、そんなバカな。 冗談がきついな遠坂は。 君が衛宮なんかとつき合う訳ないじゃないか。ああ、そうか。 君勘違いしてるんだろ。 そりゃあたしかにちょっと前まで衛宮とは友達だったけど、今は違うんだ。もう衛宮と僕は無関係だから、あまりメリットはないんだぜ?」

 

「そうなの? 良かった、それを聞いて安心したわ。 貴方の事なんて、ちっとも興味がなかったから」

 

「――――おまえ」

 

「それと間桐くん? さっきの話だけど、 弓道部の朝練は自主参加の筈よ。 欠席の許可が必要だなんて話は聞いてないわ。 そんな規則、わたしはもちろん綾子や藤村先生も聞いてないでしょうねぇ」

 

「ううるさいな、 兄貴が妹に何をしようが勝手だろう!いちいち人の家の事情に首をつっこむな!」

 

「ええ、それは同感ね。 だから貴方も一衛宮くんの家の事をあれこれ言うのは筋違いじゃない? まったく、こんな早足で校舎朝から校庭で騒がしいわよ、間桐くん」

 

「―――!!」

 

じり、と慎二は後退すると、忌々しそうに士郎と桜を睨みつける。

 

「分かった、 今朝の件は許してやる。けど桜、次はないからな。 今度なにかあったら、 その時は自分の立場ってヤツをよく思い知らせてやる」

 

言いたい放題言って、慎二は早足で校舎へ逃げていった。

 

「しかしまぁ、清々しいまでの小物だなありゃ……」

 

クリントは見事なまでに凛に言い負かされた挙句、捨て台詞を吐いて校舎へと逃げて行った慎二の人間性を見抜いたのか、呆れたような口調で呟いた。

 

「まぁ、慎二はああいう奴ですから」

 

士郎は慎二と付き合いが長いせいか、特に気にしていないようだ。

 

「先輩、済みません…。兄さんがご迷惑をおかけしました」

 

桜は凛に向かって頭を下げる。

 

「いいのよ、別に。それに謝るのは私の方だし。ちょっとやり過ぎだったわよね、今の。あいつだって立場があるんだし。ほら、みんなの前でああいうのってしちゃ駄目だって言うじゃない。間桐くんが落ち込んでたら後でフォローしてあげて。これに懲りずにまたつっかかってきてもいいって」

 

「あ―――はい。兄さんが凝りてなければまたお相手をしてあげて下さい、先輩」

 

凛の言葉に安心したのか桜は嬉しそうに微笑んでいる。

 

 

 

 

 

******************************************************

 

 

 

 

 

昼休み。スティーブは凛に学校の屋上に呼び出され、そこで話をしたいと言われた。2月というまだ寒さが満ちているこの時期に屋上に出ると肌寒い風が吹きつける。

 

「来たわね。わざわざ呼び出したりして悪かったわね」

 

凛はそう言って軽く手を上げる。

 

「リン、私を呼びつけた理由は大体分かるよ」

 

凛はマスターでもなく、魔術師でもないスティーブ、クリント、ナターシャの3人が聖杯戦争に首を突っ込む事に対して反対していた。しかし、彼らは自分達の世界で起きた謎の泥事件の調査の為に来たと言うのだ。凛はそんなスティーブ達に対して呆れながらも士郎の事をキチンと守ってくれている事に関しては感謝する。

 

「貴方達ってほんっとお節介というか世話好きというか…。自分達が殺されるかもしれないのに、よくもまぁそこまで他人に構えるわね」

 

凛は溜息を吐きながら呆れた口調で言う。しかし、その言葉とは裏腹に彼女の表情にはどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

 

「まぁ、それはお互い様だろ? 君だってシロウに対して世話を焼いてくれているじゃないか。聖杯戦争を勝ち抜く上で同盟を組んでいるだけとも言えるが、君はシロウを利用しているだけの冷たい人間ではないんだろう?」

 

スティーブに言われ、凛は顔を微かに紅潮させる。

 

「そ、そりゃあ……一応衛宮くんは同じ学校の生徒だし、先日の学校でアーチャーとランサーの戦いを目撃しちゃったせいでランサーに命を狙われたでしょう?学校を戦いの場にしちゃった私にも非はあるわけだし…」

 

よくよく考えればあの時の士郎は学校でアーチャーとランサーが戦いを繰り広げているなど知る由も無かった。それで戦いに巻き込んでしまったのだから、凛も責任を感じているのだろうか?

 

「リン、私はこんな事は余り聞きたくないんだが、ランサーがシロウを執拗に殺そうとしたのは"神秘の秘匿"が関係しているんだったな?一般の人間に魔術の存在を知られるわけにはいかないから、アーチャーとランサーの戦いを目撃したシロウを消そうとした…」

 

「えぇ、大体そんな所よ。魔術ないし神秘っていうのはね、ごく限られた人間にのみ知られるからこそ"神秘"なの。大勢の人間に知られた時点でそれは神秘では無くなる。魔術師にとって一番恐れるべきなのは神秘の漏洩よ」

 

凛の言葉を聞いてキャップは腕を組む。

 

「ふむ……。それなら仮に聖杯戦争に参加している君が誰かに自分の戦いを目撃された場合、自分のサーヴァントであるアーチャーに命じて目撃した人間を消すのか?」

 

スティーブは凛の瞳を真っ直ぐ見ながら問う。凛は一瞬目を丸くするが、すぐに冷静さを取り戻す。

 

「……確かに、そういう事になるわね。聖杯戦争が一般人に知られないようにする為には仕方ないわ。私だって一応魔術師の端くれなんだし、魔術師全体のルールである"神秘の秘匿"は守らなきゃいけない」

 

「だがそれは君達魔術師の都合だろう。我々ヒーローにとっては一般市民を守る事が最優先事項だ」

 

凛の返答を聞いたキャップはそう言い切った。

 

「…ヒーロー番組に出てくるヒーローまんまの台詞よ、それ」

 

「聖杯戦争で市民が死んでも、サーヴァントや魔術師は助けてはくれないだろう。参加者の誰もが自分達の願いを叶えるのに夢中で、巻き添えになって死んでいく人々の姿が目に入らない。だからこそ我々は人々を助ける」

 

「あぁもう、命知らずとお節介を極めてるわよ貴方達は!」

 

凛はスティーブの言葉に呆れ果てる。

 

「それに私もクリントもナターシャも、戦いを偶然見てしまっただけの少年を殺そうとするような奴を英雄とは認めない。過去の歴史で偉大な功績を残していようが、素晴らしい行いをしていようが、何も知らない子供を平然と手に掛けようとする奴はその時点でヴィランだ」

 

スティーブは二日前の夜の学校の校庭でアーチャーとの戦いを見てしまった士郎を執拗に殺そうとしたランサーに対して明確な嫌悪感を露わにした。

 

「……サーヴァントっていうのは基本的にマスターに従うものなのよ。それが例え気に食わない相手だろうとね。マスターにはサーヴァントの行動を制御する為に三画の令呪があるわ。サーヴァントに対して絶対命令権を行使できる力だけど、それがあるからこそサーヴァントはマスターに従うの」

 

凛の言葉を聞いてキャップは腕を組んだまま黙り込む。

 

「……確かに君の言う通りかもしれない。だがそれでも私はランサーのように無闇に無関係な少年を殺すようなサーヴァントを容認できない」

 

凛は溜息を吐いた。

 

「……分かった。そこまで言い切るなら好きにしなさい。けどこれだけは言わせて。魔術師の存在や聖杯戦争の事を一般の人間に広めようとする行為だけはしないでちょうだい。もしやるようなら、その時は私が貴方を……」

 

そう凛が言いかけた時だった。扉を開けて士郎が中に入ってくる。士郎はポケットから缶コーヒーを取り出すとそれを凛に渡した。

 

「ありがと。次は紅茶にしてね。わたし、インスタントならミルクティーだから。それ以外はありがたみがランクダウンするから注意するべし」

 

そう言いつつ凛は士郎を連れて物陰に入って行き、スティーブも二人に続いた。

 

「あいよ、次まで覚えていたらな。それよりなんだよ、こんな所に呼び出して。人気がない場所を選ぶあたり、そっちの話だと思うけど」

 

「えぇ、それ以外にないでしょ?それじゃ単刀直入に聞くけど、士郎。貴方、放課後はどうするつもり?」

 

「放課後?いや、別にこれといって予定はないよ。生徒会の手伝い事があったら手伝うし、なかったらバイトに出るし」

 

そんな士郎の言葉を聞いた凛は露骨に呆れたような顔をした。いや、スティーブでさえ今の状況を考えれば士郎に対して多少呆れていたのだが…。

 

「なんだよ二人共…。その露骨に呆れたような表情は。言いたい事があるなら言ってくれ」

 

「……貴方がどうなろうと私は構わないんだけど、ま、一つだけ忠告してあげるか。今は協力関係なんだし、士郎は魔術師として未熟すぎるから」

 

「またそれか。魔術師として未熟っていうのはもう耳にタコだ。あまり苛めないでくれ」

 

「苛めてなんてないわよ。ただ、士郎が学校の結界に気付いてないようだから未熟だって言ってるの」

 

「待て。学校の結界って、それはまさか」

 

「まさかも何も、他のマスターが張った結界だってば。かなり広範囲に仕組まれた結界でね、発動すれば学校の敷地をほぼ包み込む。種別は結界内の人間から血肉を奪うタイプ。まだ準備段階のようだけど、それでもみんなに元気がないって気付かなかった?」

 

凛の言葉に士郎にも思い当たる節があるのか、考え込んでいる。

 

「つまり――――学校に、マスターがいる……?」

 

「そう、確実に敵が潜んでいるってわけ。分かった衛宮くん?そのあたり覚悟しておかないと死ぬわよ貴方」

 

凛は真剣な表情で士郎に言う。

 

「ちょっと待ってくれ凛。この学校に張られた結界は発動すれば生徒達の命を奪うものなのか?今は聖杯戦争というのは分かるが、この学校の生徒達は聖杯戦争のマスターじゃないだろう。一体どうしてそんな真似を…」

 

「所謂"魂喰い"ってやつよ。サーヴァントの中には人間の精気を吸い取って自らの糧にしているヤツも存在するわ。そういうサーヴァントにとって人間の魂はいわば餌みたいなものなのよ。人間の生命力を魔力に変換するのが一番効率がいいみたいだし」

 

「……それで。そのマスターが誰か分かっているのか、遠坂は」

 

「いいえ、あたりは付いてるけど、まだ確証が取れてない。……まあ、うちの学校にはもう一人魔術師がいるって事は知ってたけど、魔術師イコールマスターってわけじゃないから。貴方みたいな素人がマスターになる場合もあるんだし断定はできないわ」

 

「む。俺は素人じゃない、ちゃんとした魔術師だ……、って待った遠坂。魔術師ならもう一人いるってうちの学校にか……!?」

 

 

「そうよ。けどそいつからマスターとしての気配は感じないのよね。 真っ先に調べにいったけど、令呪も無ければサーヴァントの気配もなかった。よっぽど巧く気配を隠しているなら別だけど。 まずそいつはマスターじゃないわ」

 

 

「だからこの学園に潜んでいるマスターは、士郎みたいに半端に魔術を知ってる人間だと思う。ここのところさ、微量だけどわたしたち以外の魔力を校

 

舎に感じるのよ。 それが敵マスターの気配って訳なんだけど……」

 

要するに、この学校には魔術師が二人いるという事だ。片方は凛が言っていた通りマスターではないらしいが、もう片方はマスターである可能性が高い。

 

そうなれば、必然的に相手も魔術師だ。士郎は凛の話を聞きながら、自分の隣に立つスティーブを見上げると、スティーブは士郎と目を合わせて頷いた。

 

「それなら私やクリント、ナターシャも協力しよう。人手は多いに越した事はないだろ?」

 

「えぇ、まぁね。それじゃ結界の話に戻すわね。ほとんど魔法の領域だし、こんなの張れる魔術師だったら、まず自分の気配を隠しきれない。だから間違いなく、この結界はサーヴァントの仕業だと思う」

 

「……サーヴァントの仕業か。 なら、 マスター自身はそう物騒なヤツじゃないのかな」

 

 

「まさか。 魔術師にしろ一般人にしろ、そいつはルールが解ってない奴よ。 マスターを見つければ、まずまっすぐに殺しに来るタイプの人間ね」

 

 

「? ルールが解らないって、聖杯戦争のルールをか?」

 

 

「違う。人間としてのルール。こんな結界を作らせる時点で、そいつは自分ってものが判ってない」

 

 

「いい士郎? この結界はね、発動したら最後、結界内の人間を一人残らず“溶解”して吸収する代物よ。わたしたちは生き物の胃の中にいるようなものなの。 ……ううん、魔力で自分自身を守っているわたしたちには効果はないだろうけど、 魔力を持たない人間なら訳も分からないうちに衰弱死しかねない」

 

「一般人を巻き込む、 どころの話じゃないわ。この結界が起動したら、学校中の人間は皆殺しにされるのよ。分かる?こういうふざけた結界を準備させるヤツが、この学校にいるマスターなの」

 

凛の言葉を聞いて士郎とスティーブは息を飲んだ。

 

「……学校の生徒達を避難させる事はできないだろうか?何かあってからでは遅い」

 

スティーブは凛から学校に張られている結界の効果を知り、生徒達を全員学校の敷地外の避難させる事を凛に提案する。

 

「さっきの私の言葉を聞いてなかったの?そんな事をすれば"神秘の秘匿"に関わってくるの。そんな事も分からないの?」

 

「そこは火事なりガス漏れなりの嘘を付いてでも避難させるべきだろう。嘘も方便っていうやつだ」

 

凛は魔術師として神秘の漏洩を防ぎたいが、スティーブとしても人命を優先する為に引き下がらなかった。

 

「そもそも、学校の敷地に結界を展開して生徒達を血肉に変えようとしている魔術師だとて"神秘の秘匿"とやらを守れていないだろう」

 

「それはそうだけど、こっちはちゃんと監督役もいるのよ」

 

「監督役がいても、こんな真似をするマスターが出てきてる時点で機能していないと思うんだが…」

 

「うるさいわね!とにかく、この学校はわたしの管轄なんだし、学び舎にいる生徒達を血肉にしようとするマスターはどの道倒すんだからいいでしょ!」

 

凛はスティーブを睨みながら怒鳴る。結界自体の危険性については凛自身よく分かっているようだが、そんな危険な結界よりも神秘の漏洩の方を恐れているように見えた。魔術師として生きている以上神秘の秘匿には細心の注意を払っているのだろうが……。スティーブとしては今直ぐにでも校舎の生徒達を避難させてやりたいが、凛に何と言われるのか分からない。凛自身、決して悪い人間ではないのだが、聖杯戦争に参加する以上はその他大勢の命よりも自分が勝ち上がる事を優先しなければならない。戦いの過程で多くの市民に迷惑を掛けてもある程度は仕方のない事として黙認するしかないのだ。スティーブが生徒達の避難を提案しても、それに反対していた事から凛もやはり根っこは魔術師という事だろうか……?スティーブは魔術師として生きている凛とヒーローとしての自分の価値観に齟齬を感じていた。




キャップはFGOのような人理の危機なら喜んで力を貸してくれそうだけど、聖杯戦争には普通に考えて反対するよね。

神秘の秘匿が破られて大勢の人間に魔術の存在が知られたら、特異点が発生したり剪定案件になるのかな?


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第15話 本当の敵

クーフーリンって普通にマーベル世界に行っても通用しそうな気がする。ゲイボルクが凶悪過ぎるし、アポカリプスとかのスーパーヴィランも倒せる可能性ありそう。


放課後、凛から真っすぐ家に帰るように促された士郎はスティーブと共に帰宅し、セイバーから先日戦ったサーヴァントの一人であるランサーについて話し合っていた。ランサーと戦ったセイバーはランサーの正体に心当たりがあるらしく、ランサーが持つゲイ・ボルクという槍の名称から、ランサーの正体がアイルランドの大英雄であるクーフーリンである事を士郎とスティーブに話した。

 

「……で、強いのか。そのクーフーリンってヤツは」

 

「この国では知名度が低いですから存在が劣化していますが、それでも十分過ぎる能力です。こと敏捷性に関しては他の追随を許さないでしょうし、彼の宝具はこの戦いに最も適した武器だと思います」

 

スティーブも士郎を助けた際、クーフーリンと戦闘になったが、その際もクーフーリンは自分の槍の事をゲイボルクと言っていた。クーフーリンの技量と身体能力は超人血清を打ち、人間の限界レベルの身体能力と、数多の戦場で場数を潜り抜けてきたスティーブでさえも圧倒された。恐らくサーヴァントとしての地力も相当高いだろう。

 

「宝具……?ああ、あの槍か。そういえばアイツの槍、最後にヘンな動きを見せたけど、アレがゲイボルクってヤツなのか?」

 

「……おそらくゲイボルクの伝承は諸説あります。曰く、足で投擲する呪いの槍だとか、貫いた瞬間に内部から千の棘を生やして相手を絶命させる魔槍だとか」

 

「……?なんか、まったく違う言い伝えじゃないのか今のは。そんなんで伝説の武器だなんて言えるのか?」

 

士郎の問いかけにセイバーは答える。

 

「ですから、続きがあるのです。ゲイボルクの能力は様々な形で伝えられてますが、その全てに"心臓を穿つ"という一節が残っている。……それは武器としての能力ではなく、あくまで持ち主の技量だと思っていましたが、間違いだったようですね。魔槍の正体―――ランサーのゲイボルクの能力は文字通り心臓を穿つモノです」

 

「つまり、アイツの槍は――――」

 

「ええ。使えば必ず敵の心臓を穿つ魔槍なのでしょう。空間をねじ曲げているのか、因果律を変えているのか。ともあれ、槍自体の呪いとランサー自身の技量でしょうね。こと一対一の戦闘において、これほど効率的な武器もありません。なにしろまったく無駄がない」

 

セイバー曰く、ランサーの槍は城を破壊するだけの破壊力は無いが、対人戦において相手の心臓を穿てばその時点で勝負が付くという。更にランサーのゲイボルクは消費する魔力もそこまで多くなく、

 

省エネの魔力で確実に相手の心臓を穿つ必殺の宝具を繰り出せる事になる。話を聞く限りでは、スティーブはクーフーリンのゲイボルクの話を聞き、例えアベンジャーズのハルクでもクーフーリンのゲイボルクで心臓を穿たれれば死は免れないだろうという危機感を覚えた。ハルクは基本的に近接戦闘を行うので、必然的にクーフーリンの持つゲイボルクの間合いで戦う事となる。多数のヒーローがチームを組まなければ手に負えないハルクであるが、ゲイボルクの話を聞く限りではクーフーリンであれば単独でハルクを倒す事も不可能ではないだろう。

 

「つまりは派手さは無いが堅実に勝利を掴み取るサーヴァントってわけか。けどその割にアイツは無駄が多かったな。殺し損ねた俺を衛宮邸まで追ってきた時は直ぐに殺さずに遊んでいたし」

 

そう、スティーブに逃がしてもらった士郎はそのまま家へと帰宅したが、ランサーは士郎が暮らす衛宮邸まで士郎を追跡してきたのだ。

 

「ですね。ランサー自身、むらっけのある人物のようです。非情な人物ではありましたが、どこか憎めない一面がありました」

 

「セイバー、ヤツは学校でアーチャーとの戦闘を目撃したシロウをわざわざ家まで追跡してまで殺そうとするようなだぞ?"憎めないヤツ"じゃなくて単なる悪漢だろう」

 

スティーブは戦いを見てしまっただけの士郎を始末しようとしてきたクーフーリンに対して明確な嫌悪感を抱いている。

 

「そうですね。ですが、ランサーは確かに私との戦いの最中にも、何故か本気で戦おうとしなかった節が見られます。理由は分かりませんが……」

 

「それじゃあ他のヤツの事だけど」

 

「待ってくださいシロウ。屋敷の門を人がくぐりました」

 

「え?そんなコト分かるのか……?ってもうこんな時間!?

 

まずい、きっと桜が帰ってきたんだ!」

 

呼び鈴の音がなり、玄関から「お邪魔します」という桜の声が聞こえてくる。

 

「セイバー、悪いんだが、その」

 

「判っています。部屋に戻っていますから、私の事はきにせずに」

 

そう言うとセイバーは部屋へと戻っていく。

 

「シロウ、セイバーの事をサクラに隠し通すのも大変だな……」

 

「桜にセイバーの存在を気取られないようにするにはどうすれば良いんしょうか?」

 

「難しいな。セイバーがこうしてシロウの家に滞在して、尚且つサクラが毎日夕飯を作りにシロウの家へとやってくる。いつ鉢合わせになるか分からない状況だ」

 

スティーブと士郎が悩んでいると、部屋に凛と桜が入ってきた。

 

「ただいま。感心感心、ちゃんと先に帰ってたわね」

 

「お邪魔します先輩、ロジャース先生。珍しいですね、先輩がこんなに早く帰ってくるなんて」

 

桜は嬉しそうに笑っている。

 

「よし、準備は完璧っと。それじゃあ始めるとしましょっか」

 

凛は気合を入れて台所に向かっていく。

 

「先輩……?あの、お夕飯の支度なんですけど……」

 

「ああ、今日は遠坂の番だからいい。桜は朝作ってくれたんだから、夜は任せてくれ。遠坂とロジャース先生、クリント先生、ロマノヴァ先生が居るうちは皆で夕飯を作るから」

 

「あ……は、はい。先輩がそう言うのなら、そうします」

 

夕飯を作る役割を凛やスティーブに奪われる形となった桜はどこか落胆したような表情を見せた。今朝もクリントとナターシャに朝食を作る役割と取られてしまったので、自分のする事がなくなるのが嫌なのだろう。逆に言えばそれだけ先輩である士郎の役に立ちたいという気持ちが強いのだろうか?士郎は自分の部屋へと戻り、夕飯が出来上がるまで自室で寝ているようだ。

 

それから一時間後、クリントとナターシャと共に帰ってきた大河は出来上がった中華料理に感嘆の声を上げていた。人数が人数なだけに量はかなり多い。士郎、凛、桜、大河、スティーブ、クリント、ナターシャの計7人分の料理を作る事になったのだが、多めに買い出しをしておいて正解だったようだ。その夜は7人で食卓を囲み、学校での話で華を咲かせた。

 

 

 

 

 

*******************************************************************************************************

 

 

 

 

 

一夜明け、台所ではスティーブと士郎が一緒に朝食の準備をしていた。桜は今日は来れない事を昨夜士郎に伝えていた為、今朝は来ていない。

 

凛はリモコンを使ってテレビの電源を入れると、朝のニュースがやっていた。

 

「またこのニュースやってるんだ」

 

テレビのニュース番組から流れる報道を士郎とスティーブが聞き流していると、聖堂病院で起きた殺人事件についての特集が組まれていた。何でも黒いコートを着込んだ欧米人の大男が病院に来ていた来院していた外国人の男を窓の外から投げ落として殺害し、病院に入院していた幼い子供を連れて逃走したのだという。

 

「物騒な事件だな、キャップ」

 

リビングルームでテレビを見ていたクリントが言った。スティーブ達は犯人について心当たりがあった。パニッシャーである。そしてニュースは新都で起きたガス漏れ事故の続報を報じていた。

 

「新都の方でガス漏れによる事故だって。……バカな話。そんなのあっちだけじゃなくて、こっちの町にだって起きてるのに」

 

「遠坂。それ、どういう意味だ?」

 

「だから原因不明の衰弱でしょ?何の前触れもなく意識を失った人間が、そのまま昏睡状態になって病院に運ばれるって話。もう結構な数になってるんじゃないかな。今のところ命に別状はないらしいけど、この先どうなるかは仕掛けたヤツの気分次第でしょうね」

 

「遠坂、まさかそれも他のマスターの仕業だっていうのか」

 

「じゃあ他の誰の仕業だっていうのよ。いい加減慣れてよね、貴方だってマスターなんだから」

 

「それは―――そうだけど。……なんで今まで教えてくれなかったんだよ、遠坂は」

 

士郎は納得いかないという風に言う。

 

「こっちの件はそれほど簡単じゃないから。学校で結界を張っているマスターは三流だけど、こっちのマスターは一流よ。相手を死に至らしめる事はせず、命の半分だけを吸収して力を蓄えている。……そりゃあ集めるスピードは遅いけど、その代わりに魔術師としてのルールにはひっかからないし、無理をする必要があない。このマスターは遠く離れた場所で、町の人たちから"生命力"っていう、最も単純な魔力を掠め取っているわけ」

 

「遠く離れた場所からって……そんな所から町中の魔力を集められるっていうのか、そいつは」

 

「よっぽど腕の立つ魔術師なんでしょうね。新都と深山という二つの町をカバーできるだけの広範囲の"吸引"なんて、大がつく魔術師の業だもの」

 

凛はガス漏れ事件の犯人の持つ魔術の腕を推測する。

 

「……いや、それよりも優れた霊地を確保したのかもね。冬木の町には龍脈らしきものがあるって父さんも言っていてたし、そこに陣を布けば生命力の搾取ぐらいは簡単か……」

 

「?ちょっと、遠坂」

 

「父さんの書庫にそれらしい資料はなかったし、あるなら大師父の書庫か……いやだなあ、あそこ今でも人外魔境だし、出来れば行きたくはない。……となると後は綺礼に訊くしかないか……いや、だめだめ、あいつに借りを作るなんてもっての他だわ」

 

凛は士郎が問いかけてもブツブツと独り言を言うだけで士郎の声に気づかない。士郎はそんな凛を心配そうに見つめる。魔術といえば、スティーブ、クリント、ナターシャの知り合いにドクター・ストレンジがいるのだが、彼に直通する電話を使って相談する事は可能だ。先日のランサーやバーサーカーとの戦闘で、サーヴァントの持つ力を思い知らされたスティーブ達はストレンジに援軍を頼むべきかを考えた。神秘の塊であるサーヴァントの相手は流石に荷が重く、ハルクやソー、キャロルといった面子を連れてこなければ厳しい。だがスティーブ、クリント、ナターシャが本当に憂慮しているのは戦力の差ではない。聖杯戦争という戦いを止める存在がいないという事実だ。町の人間達は意識不明にされたり、学校には結界が張られたりとマスターやサーヴァントは町の人間に対する配慮が無いどころか、魔力の燃料として率先して一般人を利用しようとしている。スティーブ達は自分達だけでは手に負えないと判断し、ストレンジに相談しようと考えていた。そして士郎は先程からぶつくさと呟いている凛を心配して声をかける。

 

「遠坂?大丈夫か?」

 

「えっ!?あ、ああ、うん、平気よ、士郎」

 

凛は士郎の呼びかけでようやく我に返ったようだ。そしてナターシャがキャップに対して小声で言ってくる。

 

(ねぇキャップ)

 

(何だナターシャ?)

 

(この冬木の市民達に魔術師とサーヴァントの存在を広めるのはどうかしら?この町の人達は自分達が聖杯戦争に巻き込まれているとも知らずに日常生活を送っている)

 

確かにナターシャの言う通り、冬木の市民は聖杯戦争どころか魔術師やサーヴァントの存在さえ認知していない。"神秘の秘匿"とやらは凛から散々説明されたが、そんなものは所詮魔術師の都合でしかなく、一般人を巻き込むのは許される事ではない。ならばいっそ、魔術師やサーヴァントの存在を市民に知らせてやればいいというのがナターシャの考えだ。それさえできれば魔術師の行う犯罪を世間に知らしめる事ができるし、聖杯戦争に参加した魔術師とサーヴァントを裁判に掛けられる。だが凛がそんな事を許す筈がない。凛はセイバーのマスターである士郎を魔術師の世界に引き込もうとしており、士郎を魔術師に仕立て上げようとしているようにも見える。だがスティーブは士郎にとって本当に戦うべき敵は他のマスターやサーヴァントでもなく、魔術協会、聖堂教会という二つの組織ではないかと思っていた。士郎は第四次聖杯戦争が原因の火災で実の両親を失っているし、魔術協会と聖堂教会は冬木の大火災は単なる事故だという情報操作を行い、真実を隠蔽した。アベンジャーズのメンバーを揃えて本格的に介入する事も検討せねばならない。

 

「……ねぇ、何か考え事しているのロジャース先生?」

 

凛がスティーブに尋ねてくる。凛に対して魔術師や魔術の存在、聖杯戦争の事を市民に広めるなどと言えば、激怒して止めにくるに違いない。

 

「ああ、ちょっとな」

 

「ふぅん……まぁいいけど。ところで、あなた達がこの街に来た目的って何だったかしら?」

 

凛は興味なさそうに言った後、スティーブ達の目的を思い出して尋ねる。

 

「士郎を護る事だ。生憎と詳細は私やクリントも伝えられていないがね」

 

「私にはそれ以外にも何か企んでいるように見えたんだけど気のせいかしら?」

 

女の勘というやつだろうか、凛はスティーブが考えている事に気付いているようだ。聖杯戦争の事を冬木市民に広めるなどと言えば、確実に凛と敵対関係になる。それは出来れば避けたいので黙っているしかないだろう。凛は冷酷な性格というわけではないが、やはり魔術の世界で生きる魔術師なのだから。スティーブ、クリント、ナターシャは朝食を済ませると、士郎、凛の二人と共に家を出て、学校へと向かった。




うん、凛とは敵対しちゃう未来しか見えない(^▽^;)

それとキャップ達のせいでセイバーが藤ねえ、桜と初邂逅するイベントを潰してしまった…。この世界線ではセイバーと信頼関係を築くのは難しそうですねえ


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第16話 NFFサービス

今回、パニッシャーの元に意外な助っ人が…!?


魔術協会から派遣された執行者達は執拗だった。立香を連れて路地裏に逃げ込んだパニッシャーを執拗に追跡してくる。パニッシャーは追っ手を倒そうと試みるが、敵は複数人なので流石に厳しい。更に言えば執行者達は曲りなりにも魔術師だ。いくらパニッシャーのパワーとスピードがあっても、敵が複数人いれば逃げ切るのは難しい。狭い路地裏を立香を抱えて走るパニッシャーは、背後から迫る執行者目掛けて振り向くと同時にグロック17の銃弾を叩き込んだ。

 

「くそったれが……!」

 

悪態を吐きながらもパニッシャーは走り続ける。しかし、敵の数は減らない。どうやらこの場にいない仲間が増援を呼んできたらしい。このままではいずれ追い付かれる。

 

「おじさん……!後ろ……!!」

 

抱えられている立香も背後から迫ってくる複数の足音に気付いたらしく声を上げる。だが、振り返っている暇はない。前方からまた別の集団がこちらに向かってくるのが見えたからだ。

 

「ちぃ……!」

 

舌打ちしながらパニッシャーは立ち止まり、後方目掛けて手榴弾を投げつける。爆発に巻き込まれて何人かの執行者が吹き飛ばされるが、それでもまだ追っ手は残っている。パニッシャーは立香を抱えたまま再び逃走を開始した。百発百中とも呼べる射撃の技術を駆使して前方から迫る黒服の執行者の群れに向かって銃撃を浴びせる。放たれた全ての銃弾は執行者達の急所に命中。執行者達は地面に倒れ伏す。

 

「くそっ……キリがない……」

 

追っ手の数が多すぎる。このままだといずれ捕まるだろう。そう思った矢先、パニッシャーは路地裏の先に何かを見つけた。それはマンホールだった。下水道に繋がる穴だ。しかも蓋が取れて中に入れる状態である。パニッシャーは考える事はせずに即座にマンホールの中に飛び込むと同時に、置かれていた蓋を動かしてマンホールに続く穴を塞いだ。立香を抱えてパニッシャーは下水の中を進む。幸いにも下水道はそこまで深くはなく、地上まで辿り着くのに時間は掛からなかった。

 

「おじさん……ここどこ?何だか臭うよ…」

 

「下水道ってやつだ。ちょっとばかし臭うが我慢しろ」

 

「う、うん」

 

立香は不安そうな表情を浮かべているが、今はそれどころではない。下水道を進んでいると、立香がパニッシャーに質問してくる。

 

「おじさん…怖くないの?あんなに大勢の人達の追われて……」

 

「俺だって怖いさ。だが、お前をこんな所で死なす訳にはいかない。それに、あいつらは殺しても死にそうにないしな」

 

パニッシャーは苦笑しながら答える。

 

「どうしておじさんは僕の事を助けてくれるの?」

 

「さぁな。気まぐれだ」

 

パニッシャーはそう言うが、家族をランサーに殺された立香を放ってはおけなかった。暫く進むと一休みする為に壁に寄り掛かる。立香はパニッシャーの事を心配そうに見ている。まだ5歳の少年の記憶を消す為、或いは存在そのもを消す為にわざわざ日本まで集団で来るとは協会というのは案外暇な組織なのだとパニッシャーは内心毒づいた。

 

「僕の父さんと母さんは…お姉ちゃんは……もう……いないの……?」

 

立香は涙声でそう言った。両親と姉がランサーによって惨殺された光景をその目で見たのだろう。立香の言葉に対しtパニッシャーは黙ったままで何も言わない。だが、パニッシャーは立香の頭を優しく撫でる。まるで我が子の頭を撫でる父親のように。

 

「おじさん……?」

 

「安心しろ。お前の家族を殺した奴には絶対に落とし前を付けてやる。だから安心しろ……」

 

だが例えランサーを倒したとしても、肝心の魔術協会が立香を逃す筈がなかった。先程の執行者の群れをいくら片付けようが、次から次へと新手がやって来るだろう。そして立香自身の記憶……自分が家族と過ごした記憶を丸ごと消されて自分には家族がいないのだと思わせられるだけならまだいい。最悪殺される事さえあり得るのだ。この先魔術協会に追われ続ける日々が待っている立香をこのままにしておくわけにはいかない。

 

「…!?おじさん怪我してるの!?」

 

立香はパニッシャーの脇腹に刺さっているナイフを見て驚きの声を上げる。パニッシャーは苦笑しながら答える。

 

「大丈夫だ。大したことない」

 

「で、でも血が出てるよ……」

 

「心配するな。俺の体は特別製だ。ちょっとやそっとじゃ死にはしない」

 

ドクター・ストレンジから貰った魔術除けのアミュレットは役に立っているものの、こういった通常の物理攻撃までは防げない。パニッシャーは脇腹に刺さったナイフを抜くと、応急処置で止血を行う。だが、パニッシャーの体力も限界に近い。

 

(くっ……この先には……)

 

だがパニッシャーは足を止めた。その先にあるのは新都のビルとビルの隙間だった。その先は行き止まりになっている。パニッシャーは覚悟を決めると地上へと続く梯子を立香を抱えて登り、マンホールの蓋を開けて地上へと出た。下水道から出たパニッシャーは立香を抱き抱えたまま近くの公園まで移動する。

 

パニッシャーは立香をベンチの上に座らせると、自分の上着を脱いで立香に被せる。

 

「おじさん……ありがとう……」

 

立香の言葉にパニッシャーは何も答えなかった。今の所執行者達は追ってきていない。パニッシャーは懐から単眼式のスコープを取り出すと、それを使って周囲を見渡す。この単眼式スコープはストレンジから貰ったアイテムで、魔術師とそうでない人間とを識別する為の物だ。このスコープを用いて魔術師を見ると、魔術師の持つ『魔術回路』が浮かび上がり、回路そのものが緑色に光り輝いて見える。逆に魔術師ではない普通の人間を見ても何も見えない。最大で数百メートル先にいる魔術師を見つける事が可能なアイテムだが、それを用いて周囲を見ても魔術師達の姿はない。尻尾を巻いて逃げたのだろうか?

 

(おかしい…あんなにいた執行者が今は一人もいない……)

 

いくらなんでも不自然過ぎる。だが、今はそれどころではなかった。パニッシャーは立香を連れて公園を離れようとするが、どこからか甘い声がしてきた。

 

「貴方がミスターパニッシャーですね?」

 

パニッシャーは咄嵯に立香を抱き抱えるとその場から飛び退く。次の瞬間、パニッシャーがいた場所には桃色のふわふわとした長い髪の毛に、胸の開いたセクシーな白い制服を着た美女が立っていた。白いミニスカートに、黒いタイツを履いた蠱惑的な色香を持つ女である。黄金色に輝く瞳でパニッシャーと立香を見ながら愛想よく挨拶してくる。

 

「初めまして。NFFサービスの者です。どうぞよろしく♡」

 

パニッシャーは立香を下ろすと、銃を構える。

 

「貴様、何者だ……? なぜ俺の名前を知っている……」

 

「それでは自己紹介からいきましょうか。私はタマモヴィッチ・コヤンスカヤ。とある魔術師の方に依頼されて、貴方のサポートに参りました」

 

コヤンスカヤは愛想よく笑顔を振りまいてパニッシャーに握手を求めるが、パニッシャーはそれを振り払う。

 

「ふざけるな。お前のような胡散臭い奴に誰が協力するか」

 

「あら、つれない方ですね。まぁ、いいでしょう。貴方を助けて欲しいと言うドクター・ストレンジが私に依頼をしてきたのですよ」

 

「……お前はあの魔術師の知り合いか?」

 

「知り合いというよりはクライアントと言いましょうか。詳しい話は私が用意したホテルで行いましょう」

 

胡散臭いコヤンスカヤであるが、ドクター・ストレンジの名前を出されたのでとりあえずは信じるしかなかった。パニッシャーは立香を連れ、コヤンスカヤが用意したという新都にある高級ホテルの一室へと案内された。ホテルの部屋はかなり広く、スイートルームだった。

 

コヤンスカヤはパニッシャーを椅子に座らせると、自分はベッドの上に腰掛ける。

 

「さて…どこから話しましょうか?」

 

コヤンスカヤは薄ら笑いを浮かべつつ、パニッシャーに話しかけてくる。

 

「お前はドクター・ストレンジに依頼されたといったな?という事はお前は俺やキャップのいた世界の人間なのか?」

 

パニッシャーの質問に対してコヤンスカヤは大笑いしながら答える。

 

「うふっ、あははははははは! 面白い冗談ですね。えぇ、そうです。貴方達の世界からやってきたのは確かです。けど、私自身は元々別の世界の住民。貴方の世界には飛ばされてきただけ」

 

「どういう意味だ?」

 

「……あの魔術師…ストレンジから北欧に出現した謎の巨大な嵐の事については聞いてないかしら?私はあの巨大な嵐の中にいたのよ。それを貴方の知り合いの雷神によって叩き出され、貴方達の元々いた世界に来ちゃったってワケ」

 

コヤンスカヤが言うには、元々あの巨大な嵐はコヤンスカヤがいた世界で発生したものであり、その巨大な嵐がパニッシャーやキャップ達アベンジャーズのいる世界で発生した事で、二つの世界が一時的に繋がった状態になったという。北欧に出現した巨大な嵐こそが、コヤンスカヤがいた世界と、パニッシャーがいた世界を橋渡しする役目を果たしていたのだ。が、コヤンスカヤは自分がいた世界…北欧異聞帯に侵入してきたソーによって嵐の外に叩き出された。しかしコヤンスカヤがいたのは元々自分がいた世界ではなく、パニッシャーやアベンジャーズがいる世界だった。コヤンスカヤは嵐の中に戻ろうとするが、運悪く巨大な嵐はその直前に消失してしまい、コヤンスカヤは自分のいた世界に帰る事ができなくなってしまったという。

 

「私は自分の持つ『単独顕現』の力を以てしても貴方の世界と自分が元いた世界の壁を突破できなかった。そこでクライアントであるドクター・ストレンジが私にとある仕事を依頼をしてきたのです。私が元々いた世界に帰してくれる見返りとして、貴方をサポートして欲しいと。それにあの胡散臭い魔術師は私に『サベッジランド』なる優良物件を紹介してくれましたしね♡ 対価はキチンと受け取りましたから遠慮なく貴方のサポートをさせていただきますわ」

 

コヤンスカヤは話を終えると、今度はパニッシャーの方へ視線を向ける。

 

「それで 貴方はどうしますか? 私のサポートを受けなければどの道協会の執行者の連中にその子共々殺されるだけですよ? 」

 

コヤンスカヤはニヤついた顔でパニッシャーに問いかける。パニッシャーから見てもこのコヤンスカヤという女は信用できない。コヤンスカヤの持つ並外れた残忍性と狡猾さ、そして何よりコヤンスカヤ自身の正体もわからない。

 

「お前は本当に俺達を助けてくれるのか? 」

 

パニッシャーはコヤンスカヤを睨みつけながら質問する。

 

「もちろんですとも。このコヤンスカヤ、嘘偽りは申しません。まぁ、もっとも……貴方達が素直に言うことを聞いてくれればの話ですがねぇ?」

 

コヤンスカヤの言葉を聞いたパニッシャーは黙り込む。確かに彼女の言っている事は事実だ。コヤンスカヤは自分達に危害を加えるつもりはないかもしれない。だが彼女は到底善人とはいえない。コヤンスカヤはパニッシャーの後ろに隠れている立香の顔を見ると目を見開く。

 

「うん……そう……そういう事なのね……」

 

何やらブツブツと独り言を言うコヤンスカヤは、改めてパニッシャーに向き直る。

 

「それでどうかしら?私の助けは受けるの? 受けないの? 」

 

コヤンスカヤの問いに、パニッシャーはしばらく考え込んだ後、口を開く。

 

「いいだろう。だが少しでも妙な真似をすれば、その頭ン中にある腐った脳細胞がカーペットの上にぶち撒けられる事になるぞ?」

 

パニッシャーはコヤンスカヤを睨みながらそう告げた。

 

「まぁ怖い♡」

 

コヤンスカヤはわざとらしく怯えるような仕草をする。人を小馬鹿にしたような態度にパニッシャーは苛立ちを覚えた。

 

「じゃあ早速、契約成立ということでよろしいですね? 」

 

コヤンスカヤはパニッシャーと握手を交わす。

 

「ふん……」

 

パニッシャーはつまらなそうな表情で仕方なくコヤンスカヤと手を握る。コヤンスカヤは悪人ではあるが、ビジネスとしての契約はキチンと守るタイプらしい。

 

「それとこれはストレンジが貴方用に作らせた特別性の銃弾です」

 

そう言ってコヤンスカヤは持ってきたバッグの中から複数のマガジンを取り出した。

 

「この銃弾には魔術だけでなく"ヘックスパワー”なる確率操作の力も込められているとか…。まともに受ければ例え神秘の塊であるサーヴァントだとてダメージは免れない代物よ」

 

ストレンジが対サーヴァント用に開発した特殊な銃弾のようだ。

 

「貴方は普通の人間。たかだか普通の人間がサーヴァントに立ち向かおうだなんて、正気の沙汰じゃないわよ?」

 

コヤンスカヤは小馬鹿にしたように笑う。

 

「俺には力が必要だ。サーヴァントを倒す力がな……」

 

パニッシャーはコヤンスカヤの言葉に反応する。

 

「凄腕の魔術師だとて神秘の力という点ではサーヴァントには遠く及ばない…。歴史の中で多くの人間から信仰や畏敬を集め、数多くの逸話に彩られたスキルや宝具を持つ英霊は現代の魔術師では到底太刀打ち出来ない存在。ましてや貴方は魔術師でもい単なる人間。繰り返し言うけど単なる人間よ?重要な事なので二回いいました♡」

 

コヤンスカヤはパニッシャーを嘲笑う。

 

「確かに俺はサーヴァントを倒せる程の力は持っていない。だがサーヴァントはマスターの魔力によって現界している。つまりマスターさえ始末すれば、サーヴァントは消滅するんだろう?」

 

コヤンスカヤの嘲りを無視してパニッシャーは淡々と答える。

 

「予習はそれなりにしているってわけね。けどそれだけじゃ駄目駄目。サーヴァントの攻撃を乗り切れるだけの地力が無いと話にならないわ」

 

コヤンスカヤはパニッシャーの答えを聞いて満足げに微笑むと座っているベッドの上で横になる。

 

「お前とは部屋は別々じゃないのか?」

 

「まさか、ストレンジから貴方の世話を頼まれているんだから、私と一緒の部屋で寝泊まりするに決まっているでしょう?これも契約の内なの」

 

パニッシャーの質問にコヤンスカヤは呆れたような表情を浮かべる。

 

「そうか、なら勝手にしろ」

 

パニッシャーはコヤンスカヤの態度に苛立ちを覚えるも、すぐに冷静さを取り戻す。

 

「面白くないのは私も同じ。あのいけ好かない魔術師の力でないと自分が元いた世界に帰れないだなんて……。だからこうして貴方の世話をしなきゃいけないんだけど、それでも貴方は見所あるわよ?何なら剥製にしてもいい位に…」

 

コヤンスカヤは舌なめずりしながらパニッシャーを見ている。

 

「なんだってストレンジはお前みたいな得体の知れない女を寄越したんだか…。今度会ったらタダじゃおかねぇ」

 

「元々貴方の世界には危機がそこら中に転がっているんでしょう?単純に人手が足りていない。だからこそ私がこうして送られてきているのよ」

 

確かにサノス、アポカリプス、ウルトロン、ギャラクタスといった世界を破壊しうるだけの存在がひしめくパニッシャーの世界では文字通り『世界の危機』が日常茶飯事的に発生している。常に人手は足りておらず、それ故にコヤンスカヤのような女に頼らざるを得なかった。

 

 

 

 

 

****************************************************************

 

 

 

 

それから数時間後、立香はベッドでスヤスヤと眠っており、そんな立香を起こさないようにパニッシャーは自分の所持する銃の手入れを入念にしていた。常に銃は万全の状態を維持しておくべしと海兵隊時代に教わった。海兵隊に入り、あらゆる銃火器の扱いに精通するようになったパニッシャーにとって銃は自分の相棒である。そんな時、ホテルの部屋でシャワーを浴び終わったコヤンスカヤが、身体にバスタオルを巻いた状態でシャワー室から出てくる。コヤンスカヤのセクシーかつグラマラスな肢体は男であれば誰しもが欲情するであろう魅力を兼ね備えていた。そんなコヤンスカヤの姿を見たパニッシャーは不機嫌そうな表情を見せる。コヤンスカヤは艶っぽい笑みを浮かべながら、ゆっくりとパニッシャーの元に近寄る。

 

「そんなに気を張り詰めてちゃ身体が持たないわよ?けど社畜としてなら合格♡」

 

コヤンスカヤはそう言ってわざとらしく身体に巻いたバスタオルを脱ぎ捨てた。コヤンスカヤは堂々と自分の裸体をパニッシャーに見せつける。

 

「男なら目の前にこんな美女がいれば興奮するのが普通なのに、貴方ったらちっとも反応しないのね」

 

コヤンスカヤの裸体は芸術的とも言える程に美しく、見る者全てを魅了するような妖しい色気を放っていた。男の性欲を掻き立てる為に設計されたと言っても過言ではない程の肉体美であるにも関わらず、パニッシャーはコヤンスカヤの誘いを冷たくあしらう。

 

「NFFサービスっていうのは売春婦のビジネスでもしているのか?くだらん」

 

パニッシャーの言葉を聞いたコヤンスカヤは笑顔で眉間に怒筋を浮かばせる。

 

「私の裸体を目の前にしてそんな反応なんてホモかイ〇ポ野郎くらいよ。貴方、マジもんのゲイじゃないの?」

 

コヤンスカヤの挑発的な言葉にパニッシャーは苛立ちを覚える。

 

「お前を抱くなんざ1億ドル積まれてもお断りだ」

 

コヤンスカヤはため息をつく。

 

「妻と死に別れて寂しい気持ちでいると思ったんだけど、身持ちが固いのも考えものねえ?」

 

「……!」

 

唐突にコヤンスカヤはパニッシャーの妻の話題を振ってくる。パニッシャーの妻…マリア・キャッスルはニューヨークのセントラルパークでピクニックをしている際、ギャング同士の抗争に巻き込まれて死亡している。だがパニッシャーはコヤンスカヤに対して妻の話などしてはいない。何故コヤンスカヤに知られたのだろうか?

 

「私、人間の心なら大抵読めるのよ?こうして美女を目の前にして少しも興奮しないなんて、よっぽど奥さんの事が好きだった?案外一途なのね」

 

コヤンスカヤはそう言いながらパニッシャーの頬に手を当てる。コヤンスカヤの手の感触を感じたパニッシャーは嫌悪感を覚え、コヤンスカヤの手を払い除けた。

 

「ふふっ、貴方は自分から先の見えない、終わりの無い戦いに身を投じている。もう言い訳できないレベルの破滅願望の持ち主よ。自分の家族の死の原因となった相手はとっくに墓の下。だけどそいつ等と同類の連中が許せないから自分が裁きを下していく……。これって盛大な"八つ当たり"じゃなーい!☆うぷぷ!あー面白い! いいわぁ、そういうの大好き! だって、そっちの方が断然面白そうだもの! 」

 

コヤンスカヤはしゃがんでパニッシャーと視線を合わせる。コヤンスカヤの金色に輝く瞳はしっかりとパニッシャーの眼を捉えていた。

 

「周囲のヒーローは遵法主義と不殺精神に凝り固まったオママゴトの集団。それでそんなお上品なヒーロー達からは理解されず殺人鬼呼ばわり」

 

コヤンスカヤはニヤニヤと笑顔を浮かべてパニッシャーに話しかける。

 

「正義の為、人々の為じゃなくて自分の怒りと復讐の為に戦うなんて、最高にイカしてると思わない?えぇ?どうせ死ぬんだったら、その方がよっぽど潔いってもんじゃなくって?愛だの平和だのを念仏のように唱えているだけの偽善者よりずっとマシよ」

 

コヤンスカヤの言葉を聞いたパニッシャーは不愉快そうな顔を浮かべる。

 

「俺は悪は殺す、それ以上でも以下でもない。この世に巣食う害虫を駆除するだけだ」

 

「大切な物や自分の拠り所を全て失った人間の心ってビックリする程壊れやすいのよ?そして貴方も例外じゃないわ。貴方は既に"壊れている"。もう手遅れってレベルでね。だからそんな破滅的な生き様しかできない貴方にもオアシスっていうのが必要でしょう?あのカルデアのマスターでさえ仲間に囲まれているんだもの。だけど貴方は正真正銘一人ぼっち」

 

そう言うとコヤンスカヤはパニッシャーをベッドの上に押し倒す。

 

「何の真似だ…?」

 

が、パニッシャーはさして動揺する事もなく、自分を押し倒したコヤンスカヤを睨み返す。

 

「あら? そんなに警戒しないで。別に取って喰おうなんて思ってないわ。ただちょっと、私の暇潰しに付き合って欲しいだけよ。貴方がどんな風に狂っていくのか、すご~く興味があるの。」

 

そう言ってコヤンスカヤは自分の唇を指差す。

 

「キスしてもいいかしら?☆」

 

コヤンスカヤの問い掛けに対し、パニッシャーは無言のままコヤンスカヤを睨むだけだった。

 

「うーん……やっぱりダメ?」

 

コヤンスカヤは残念そうに言いつつ、パニッシャーの手を掴むと、自分の胸に当てる。

 

「自分の気持ちには正直になりなさいよ。ここで私が吐き出させてあげるから♡」

 

コヤンスカヤは口元を歪めつつ、パニッシャーの手を掴んで自分の胸に押し付ける。しかし、それでもパニッシャーは何も言わずにコヤンスカヤを睨んでいた。

 

「うーん、これは重症ねぇ。ここまで頑固だと私も流石にお手上げだわ」

 

そう言うと、コヤンスカヤはパニッシャーから離れる。

 

「ここまで私に迫られて欲望に負けないって並みの精神力じゃない。ま、"壊れてる"ヤツじゃなきゃ私の色香には耐えられないでしょうから」

 

コヤンスカヤはそう言って椅子に座ると、足を組みながらベッドに座るパニッシャーを見つめる。パニッシャーは自分を見てくるコヤンスカヤを無視して、銃の手入れを再開した。




パニッシャーさんにとっての地雷を悉く踏んでいくタユンスカポン。
コヤン的にパニッシャーさんは気に入るような要素があるかどうか分からんけど、一応「気に入った対象」という事にしておいた。

コヤンって残酷ではあるけど、仕事の上での契約はちゃんと守るんですよ~
しかしコヤンのマッパ見ても全然動じないパニッシャーさん…(;^_^A
コヤンの言う通りパニッシャーさんって人間的な意味でも壊れてますからねぇ


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番外編④ マスター代理

いやいや、ダ・ヴィンチちゃん、それは無茶だってw
パニッシャーさんが藤丸君の代理はとてもじゃないが無理でしょw

けどパニッシャー自身は藤丸君の為に働く気満々というのが何とも…(;^_^A


あれから10日が経ち、様々な検査を受けさせられた末に手枷を外してもらい、ようやく両手が自由になった。パニッシャーはノウム・カルデアのモニタールームにいるマシュとダ・ヴィンチに呼び出される。二人は部屋の中央にあるモニターを指差す。そこにはベッドの上で毛布を被りながら嗚咽を漏らしている立香の姿があった。

 

「先輩はここ10日間、酷く取り乱し続けてずっとあの調子です」

 

「そうか……」

 

パニッシャーは立香の姿を見ながら、マシュ達に尋ねる。

 

「で、用件は何なんだ?」

 

「うん、君を呼んだ理由は他でもない。君がここに来た理由でもあるんだけど……。この10日間、君を入念に検査した結果、君は藤丸君を超える程の高いマスター適正を持っている事が分かったのさ!ちなみにレイシフトの適正値は藤丸君よりは劣るけどね」

 

ダ・ヴィンチは一瞬で眼鏡を掛けつつ、パニッシャーのマスター適正が非常に高い事を説明した。

 

「藤丸君も君もサーヴァントを召喚する事が出来る。君の場合はその力が異常に強い。君がサーヴァントを召喚すれば、恐らくサーヴァントの霊基が君に引き寄せられて召喚されるだろう」

 

「だが元々このノウム・カルデアにいる立香のサーヴァントはどうなる?」

 

「うん、それなんだけどね…。ちょっと面倒なんだけど、マスター権を君に譲渡すれば今まで召喚したサーヴァント達を君が使役できるんだ。藤丸君はあの調子だし、いつ治るかも分からない状態だから、君に代理を頼むしか無いんだ……。これはゴルドルフ君やホームズとじっくり話し合った結果、辿り着いた結論なのさ」

 

ダ・ヴィンチは申し訳なさそうな顔でパニッシャーに言う。

 

「……やっても構わん。だがそれはお前等の為じゃねえ。あの藤丸立香という坊やの為だ」

 

 

パニッシャーとしてはカルデアもサーヴァントも好きではない。だが人類最後のマスターとして選ばれた立香が背負っている業は理解している。だからこそ立香の代理となる事を受け入れたのだ。

 

 

「それじゃ決まりだね。藤丸君の代理という事になるけど、キミにも令呪を宿してもらう。いいかい?」

 

 

「それで構わん。こんな俺でも人理とやらを救えるんならそうしてやるさ」

 

「それではサーヴァントの皆さんが待つブリーフィングルームに行きましょう」

 

 

マシュとダ・ヴィンチは部屋を出るとパニッシャーもそれに続いた。このノウム・カルデアのサーヴァント達には既にパニッシャーが立香の代理になる事が伝えられており、第二のマスターとしてサーヴァント達と共に戦わなければならない。が、立香が持つコミニケション能力があってこそ扱いの難しいサーヴァント達をこれまで纏められてきた。中には立香自身の人間性に惹かれ、サーヴァントとして召喚された者もいる。そんなサーヴァント達がパニッシャーの事を快く思うはずがなかった。更にパニッシャー自身の性格を見てもサーヴァント達との関係性が上手くいく可能性は低いだろう。マシュとダ・ヴィンチは内心で溜息をつくが、今はとにかくパニッシャーにサーヴァント達を引き合わせなければならない。治療中のカドックが目覚めれば彼にマスターをしてもらう事もできなくはないが、元々クリプターである彼がノウム・カルデアの為に働く可能性は低く、サーヴァント達もカドックを信頼する事はできないだろう。

 

 

「実はカドック・ゼムルプスっていう我々カルデアと敵対していたクリプターの一人を治療中なんだけど、彼に頼むわけにもいかないしね…。彼も魔術師なんだけど、藤丸君の代理は厳しいと思うんだ」

 

「……」

 

 

マシュとダ・ヴィンチはパニッシャーを連れてサーヴァント達が集まるブリーフィングルームへと向かう。

 

 

「パニッシャーさん、こちらです」

 

 

マシュがパニッシャーを案内すると、そこには既に多くのサーヴァントが集まっていた。マシュとダ・ヴィンチはパニッシャーを紹介する。

 

 

「パニッシャーさんは、皆さんのマスターである先輩の代理を務める事になりました。先輩が動ける状態ではないので、しばらくの間は彼の指示に従ってください」

 

 

マシュの説明にサーヴァント達はざわめく。先日、食堂でサーヴァントの一人に対して銃を発砲して他のサーヴァントも負傷させる程に暴れたパニッシャーを立香の代理にするという話を聞いて誰もが納得できるはずもなかった。

 

 

それにパニッシャーの人間性を見ても、立香のような親しみやすさは感じられない。常に剣呑な空気を纏い、冷徹な眼差しを向けてくるので立香とはまるで違う。

 

 

「ピグレットが動けないっていうのは分かるけどさぁ、どうしてよりによってそんな奴に代理をさせるんだよ?」

 

 

「そうよ!そんな奴、信用できないわ!」

 

 

「マシュ、ダ・ヴィンチ、あなた達が何を考えているのか分からないけれど、私は反対よ。その男にマスターの代わりを任せる事はできないわ」

 

 

「みんな落ち着きなよ、立香だって万能じゃないんだからさ。こういう事態を想定してなかったわけじゃないでしょう?」

 

 

ブーディカが口々に不満を言うサーヴァント達を宥める。

 

 

「確かに立香君はここ最近、精神的に不安定な状態が続いているようだネ。原因は不明にしろマスターが動けないという状態は非常に不味い」

 

 

「ミスターパニッシャーのマスター適正値が非常に高い事はダ・ヴィンチが証明してくれている。ミスター立香が動けない今、彼の協力を得る方が我々にとっても得策だろう」

 

 

ホームズとモリアーティの二人は立香の状態を考慮すればパニッシャーに代理を務めさせるのは仕方ないと考えているようだ。だがそれでも一部のサーヴァントはパニッシャー自身の攻撃性と冷酷さを苦々しく思っている。カドックはクリプターである上に、汎人類史を裏切り異星の神についたいわば反逆者である。そんなカドックよりも、立香の為に動いてくれるパニッシャーの方がマシという事だろう。

 

「しかしだ、いくらマスター適正値が高いとはいえ、その男が本当にマスターの代わりが務まるのかね? マスターの実力は知っているが、そいつの実力は知らん」

 

 

「そうですとも。その方、ますたぁと違ってとても強そうではありませんもの」

 

 

鬼一と清姫は得体の知れないパニッシャーに対して不信感を抱いているようだ。確かにパニッシャーには立香のような柔軟性とコミュニケーション能力の高さは見受けられず、どちらかと言えば一匹狼タイプに見える。パニッシャーはマシュとダ・ヴィンチに対して自身の経歴を一応伝えていた。ニューヨークにおいて自警団としてギャングやマフィアといったあらゆる犯罪者を片っ端から始末していたという経歴は嘘ではない。

 

 

「ほう、あの男は、それなりに修羅場を潜ってきたというわけか」

 

 

手元にあるデバイスでパニッシャーの経歴を見たスカサハが感心したように言う。

 

 

「余は別に構わぬぞ。喜べパニッシャーとやら!貴様には余の奏者となる事を許そう!」

 

 

一方のネロは相変わらず平常運転だ。

 

 

「皆さん、先輩と私は妖精國で何度かパニッシャーさんに助けてもらいました。パニッシャーさんは先輩に代わって南米異聞帯に行く事を望んでいます」

 

 

「確かに彼の人間性を危険視するのは分かる。けど彼の藤丸君を救おうという気持ちは本物なんだ。彼はあくまでも一時的にマスターになるだけで、君達本来のマスターは藤丸君のままさ」

 

 

多くのサーヴァント達はパニッシャーがマスターとなる事に難色を示したようだが、最終的にマシュとダ・ヴィンチが説得する事でようやく納得したようだ。カドックよりはマシとはいえ、消去法で選ばれただけに過ぎない。サーヴァント達はパニッシャーという得体の知れない男に対して不安を抱いた。

 

 

 

 

****************************************************************::

 

 

 

 

様々な手続きを済ませ、パニッシャーは自分の右手の甲に刻まれた令呪を見る。これで正式にパニッシャーはノウム・カルデアの第二のマスターとなった。当然、立香が復帰すればパニッシャーはお払い箱になる予定なのだが、立香が復帰するまでの繋ぎとして一時的にマスターを務める事になったのだ。

 

 

(まあ、いいさ。あの坊やには休んでもらった方がいい。いや…戦いから完全に身を引かせるべきだ)

 

 

そう考えて廊下を歩いてると、前方に誰かが歩いているのが見えた。アナスタシアだ。アナスタシアはパニッシャーに気づくと、警戒心を見せる。無理もない、昨日までマスターであった立香が精神状態が安定していない理由で部屋で療養し、代わりにパニッシャーが代理となったのだから。

 

 

「……あら?貴方はパニッシャー」

 

 

数時間前のブリーフィングルームでアナスタシアはパニッシャーがマスターとなる事に不満の声を上げていた。そのせいもあって、アナスタシアはパニッシャーに対し、あまり良い印象を抱いていない。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

沈黙が流れる。先に口を開いたのはパニッシャーだった。

 

 

「お前に聞きたい事がある」

 

 

「……何かしら?」

 

 

「俺の事をどう思っている?」

 

 

「正直に言うと余り好きになれないわ。だって、マスターの代わりなんて務まるはずがないじゃない」

 

 

アナスタシアは実に率直な感想をパニッシャーに対して言う。パニッシャー自身は悪人ではないが、犯罪者を狩る事しか頭になく、サーヴァント達に対しても敬意を払わない。寧ろ冬木での一件以来、サーヴァントに対して悪感情を抱いているのだから。

 

 

「現代に現れた未練がましい亡霊共を束ねる程度、造作もないだろう」

 

 

「そういう意味じゃなくて、あなたみたいな得体の知れない人間がマスターに成り代わるのが不安なのよ。第一、あなたからは私達のマスターである立香のような温かみを感じられない……」

 

 

アナスタシアはパニッシャーが自分達サーヴァントに対して向ける視線に敵意や殺意が混じっている事を敏感に感じ取ったのか、嫌悪感を示す。

 

 

「あなたは寧ろ私達を憎んでいるように見える。どうして?」

 

 

パニッシャーは黙ったまま何も答えない。だが、その態度こそがアナスタシアの指摘が正しい事を証明していた。

 

 

「あなたは私達が嫌いだと言わんばかりに睨みつけてくるのは何故なの?私は自分に向けられてくる殺意や敵意は直ぐに分かるわ。だって私はそういう人間達に家族共々殺されたんだもの」

 

 

パニッシャーは黙ったままだったが、やがて観念したかのように溜息を吐くと、ゆっくりと語り始める。

 

 

「お前達がサーヴァントだからだ。それ以外に理由があるか?」

 

 

「そんなの理由じゃないわ。あなたはサーヴァントが大っ嫌いなんでしょう?だから、私達と仲良くしようとしない。違うかしら?」

 

 

アナスタシアの言葉にパニッシャーは何も言い返さない。アナスタシアは自分の予想が当たっていた事に満足したのか笑みを浮かべる。

 

 

「……お前は聖杯戦争に召喚された事はあるか?」

 

 

「いえ、覚えは無いわ。もしかしたら別の世界の私は聖杯戦争に召喚されていたかもしれない」

 

 

冬木での聖杯戦争の事を思い出したパニッシャーは唇を噛み締める。"別の世界"とはいえ、家族を口封じでランサーに殺された立香や、戦いに巻き込まれた住民達、メドゥーサによって精を吸われた市民の存在は聖杯戦争とそれに参加する魔術師、サーヴァントに対する怒りを促進させる。目の前のアナスタシアもそういった事をしていたとすれば……。

 

 

「お前も聖杯戦争に参加して、市井の人間を魂喰いで殺したり、派手に宝具を展開して周囲を氷漬けにしたりしているのかもな。お前自身が覚えていないだけかもしれんが。お前はこれまで罪のない人間達を一人も殺していないと胸を張って言えるのか?」

 

 

「……」

 

 

パニッシャーの言葉にアナスタシアは沈黙する。そう、南極にあるカルデアを襲撃した異聞帯のアナスタシアの存在が、汎人類史のアナスタシアの精神を苦しめてきたのだ。彼女だとて南極のカルデアにいた職員を皆殺しにしたのは異聞帯側の自分だと割り切ろうとした。しかしこうしてノウム・カルデアに召喚され、マスターである立香と信頼関係を築く内に自分の心が日々罪悪感で押し潰されそうになっていく。マスターである立香は心の奥底にある自分への恐怖と憎しみを表に出さず、笑顔でアナスタシアを受け入れ、接してくれる。その事が余計にアナスタシアの心を痛めつけた。そんな立香の姿勢に安堵し、寄りかかる自分が恐ろしかった。立香が優しくしてくれる度に、アナスタシアは心の何処かで怯えていた。異聞帯の自分が立香の大切な人達を殺したという事実。そう、汎人類史側の自分とは違う存在だと分かっていた筈なのに…、自分は立香に甘えてしまったのだ。そしてそんなある日、あの出来事が起きた。

 

 

 

 

 

 

*********************************************************************

 

 

 

 

 

 

「―――私は、あなたに想われる資格はありません]

 

 

「―――あなたに恩を返せません」

 

 

「―――あなたに触れる資格がありません」

 

 

「私は、貴方にとって……獣国の皇女に他ならないのですから」

 

 

アナスタシアは自分の中に入ってきたマスターである立香に対して言う。しかし立香はハッキリと言った。

 

 

「―――それは違う」

 

 

立香の言葉に、アナスタシアは語気を荒げて否定した。

 

 

「違わない!違わない、違わない、違わないの!何をやっても贖えない、償えない……!なのにあなたはいつも笑顔で!私を受け入れてくれて!……奥底で、怖がって憎んでいても、それを表に出そうとしないで……!それに安堵してしまう自分が、それに寄りかかってしまう私が、本当に、心の底から嫌いだった……!!」

 

 

アナスタシアは感情を露わにして叫ぶ。その叫びは悲痛なものだった。

 

 

「あなたは優しすぎるわ!あなたは気遣っているつもりなのかもしれないけど、私にとってはそれが辛いの!だって、だって……、あなたは私の事を恨んでいるでしょう!?」

 

 

アナスタシアの言葉を聞いた立香は何も言わずに黙っていた。しかし立香は何も答えずともアナスタシアの言葉にしっかりと反応していた。

 

 

「私はあなたの大切な人達を奪った!私が殺したようなものじゃない!殺したのが異聞帯の私だとしても、私はあなたに優しくされる価値なんてないわ!」

 

 

アナスタシアは自分の気持ちを吐露するが、立香は何も言わない。しかしアナスタシアの行いを許す事はできなかった。そして立香はアナスタシアに歩み寄る。が、アナスタシアは近づこうとする立香から離れる。

 

 

「絆を結ばないで!寄り添わないで!手を繋がないで!もう……これ以上はダメなの。お願い……このまま、死なせて……!」

 

 

アナスタシアはそう言うが、立香は歩みを止めない。

 

 

「――アナスタシア」

 

 

「あ――マスター――?お願い、はなれて……」

 

 

「君を――死なせない」

 

 

「あ……」

 

 

アナスタシアの体中の細胞が、嬉しいと悲鳴を上げている。抱きしめられて、快感を迸らせている。自分は抱きしめられる価値は無いと思っていた。思っていた筈なのに――

 

 

「私のこと……怖いでしょう?」

 

 

「怖いよ、でも……」

 

 

「でも……?」

 

 

「きみに罪を着せる気はない。それはあの皇女…異聞帯側のきみに対しても失礼だ」

 

 

「――!」

 

 

予想外の答えにアナスタシア自身、理解するのに少し時間を要した。

 

 

「あの皇女のやったことは絶対に許せない。でも、あの行動は彼女のものだから」

 

 

異聞帯側のアナスタシアはマスターであるカドックの為に働いたのだ。カドックの為に獣国の皇女となり、その身で彼を庇う程に。それが恋なのか愛なのかはアナスタシア自身には理解できない。

 

 

それでも彼女は彼女の抱いたものの為に戦ったのだ。……それを、その罪を、その想いを、身勝手に強奪してはいけなかった。

 

 

「……マスター。私、恐らくとても面倒ですよ?うじうじして、陰気で、身勝手で、我が侭で、依存心が強いと来ています。あなたの言葉で揺り動かされましたが、それでも一朝一夕でこの性格が変わるはずもなく。また、こんな事をやらかすかもしれません。それでも、あなたは――また、私を守ってくれますか?」

 

 

アナスタシアの問いかけに立香は笑顔で、力強く答えた。

 

 

「自分にできる範囲で精一杯、がんばってみるよ」

 

 

立香の言葉にアナスタシアは顔を綻ばせる。

 

 

「……はい、マスター」

 

 

 

 

 

 

*********************************************************************

 

 

 

 

 

 

 

「……異聞帯側の私が南極で働くカルデアの職員達を皆殺しにしたわ。そして…その職員達は私のマスターである藤丸立香にとって大切な人達だった」

 

 

アナスタシアの言葉を聞いたパニッシャーは沈黙する。

 

 

「異聞帯側の私がした事とはいえ、マスターは汎人類史側の私に対して少なからず恐怖と憎悪を抱いていたのは事実よ。けどマスターはそれを表に出す事はなく、笑顔で私を受け入れてくれた。私はそれがとても辛かった……」

 

 

だがアナスタシアは立香の身を挺した行動で救われた。罪悪感から夢の中に閉じこもり、死にたがっていた自分を立香は助けてくれたのだ。

 

 

「私は、マスターに何も返せていない。だから恩返しがしたいの……。私は……マスターに幸せになって欲しい」

 

 

アナスタシアの言葉にパニッシャーは黙っていた。

 

 

「パニッシャー、あなたの過去に何があったのかは知らないわ。何故あなたが私達サーヴァントを憎むのかも分からない。でも、このノウム・カルデアに召喚された今の私にとってのマスターは藤丸立香ただ一人だけ。それだけは分かって」

 

 

アナスタシアはそう言うとパニッシャーの前から立ち去った。




仮にパニッシャーがカルデアのマスターになったらなったで、色んなサーヴァント達と絶対トラブル起こしそう(;^ω^)


アナスタシアの幕間で彼女が好きになったんで、幕間での話を今回に組み込みました。アナスタシアってフランクさん的には悪判定されんだろうか…?


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番外編⑤ 立香の両親

【悲報】パニッシャーさん、今回出番無し


今回は独自解釈回なので苦手な人は注意。

原作では不自然なまでに藤丸君の両親や家族について言及されていないのはもしかして…?と思って今回の話を作りました。


パニッシャーが立香の代理マスターとして微小特異点の修復へと向かっている時、立香はマイルームのベッドから重い身体を起こした。ベッドから降りてマイルームにある鏡の前まで来ると、鏡に映る自分の顔をじっと見る。泣き晴らした目は真っ赤に腫れており、目元も赤くなっていた。

 

(……酷い顔)

 

涙は止まっているが、泣いた事で心が空っぽになったような気分だった。今まで溜め込んできたものが一気に溢れ出した反動なのか、何もやる気が起きなかった。

 

「……」

 

しばらくボーっとしていた後、部屋の椅子に座る。立香はこれまで弱音を吐かず、心が折られそうになっても立ち上がり、自分の持てる力を駆使して聖杯探索や空想樹の切除をやり遂げてきた。マシュにとっての"頼れる先輩"として、サーヴァント達にとっての"共に戦うに相応しいマスター”として、皆の先頭に立って戦い続けてきた。しかし、今回の出来事によって自分の心の拠り所だったマシュに八つ当たりしてしまった事に深い罪悪感を覚えていた。

 

自分が抱えている悩みや苦しみを理解した上で受け入れてくれたマシュに対して、自分は何を言ったのか……。マシュは悪くない。悪いのは弱い自分自身だと立香は考えた。今の自分は以前よりも遥かに脆くなっていると嫌が応でも実感した。前からは考えられないような弱音や憤りをマシュとダ・ヴィンチにぶつけ、こうして部屋に閉じこもってメソメソと一人で泣き続ける……。

 

年頃の少年がこのような過酷な任務を続ければ普通は根を上げる。まず常人では精神が壊れてもおかしくない。だが立香は自分が世界にとっての、人理にとっての最後の希望だからこそ今まで頑張ってこれた。だが今はどうだ?こんなにも簡単に折れてしまった。マシュに対してあんな酷い事を言ってしまった。今までマシュは自分に寄り添ってくれたのに、それを拒絶するような真似をしてしまった。

 

「……最低だよ、俺」

 

このまま消えてしまいたい。いっそ死んでしまいたいとさえ思った。自分の置かれた立場に対して憤り、その怒りをマシュとダ・ヴィンチにぶつけるという行為は、これまでの戦い……特異点の修復や冠位時間神殿での決戦、そして異聞帯攻略の際に力を貸してくれた全てのサーヴァント達に対する侮辱ではないか。何故以前の自分からは考えられないような言動を取ってしまったのか。

 

(俺は一体どうすればいいんだ?)

 

自分の気持ちがわからない。自分の行動がわからない。どうしてこうなった?どうしてこんな事になった?何が原因なんだ? 立香は部屋のベッドの上で仰向けになり、天井を見つめながらずっと考えていた。しかし答えは出なかった。だがここ最近苦しんでいてようやく思い出せた事がある。自分の両親の事だ。騙される形で南極まで連れてこられ、それ以降何故か両親の事は頭の片隅にさえ存在していなかった。事実、マシュやダ・ヴィンチ、カルデアの職員達やサーヴァントに対してすら自分の家族の事を教えた事がない。暖かい父、優しい母…立香の想い出の中にある両親との記憶は、南極で目覚めてからの日々で塗り潰されていた。

 

「…………会いたいよ、父さん、母さん」

 

立香は静かに涙を流した。騙される形で南極に連れて行かれた自分を、両親はきっと心配している。連絡を入れようにも人理焼却で実家に連絡するどころではなかった。いや、それ以前に……ゲーティアの野望を打ち砕き、人理焼却を防いだ事で一時的に世界は元通りとなった。その1年後に地球は白紙化するのだが、空白の1年間に、何故自分は実家の両親に連絡を入れる事をしなかったのだろうか…?考えても仕方ないので、まずはシャワーを浴びる事にした。立香は汗ばんだ服を脱ぎ捨てて全裸になると、マイルームに設置されているシャワーを浴びた。熱いお湯が汗まみれの立香の身体に染み渡る。

 

「あぁ~、気持ち良い」

 

シャワーから流れる湯はこれまでの戦いによる古傷だらけの立香の全身にまんべんなく流れていく。実に10日ぶりのシャワーに心身ともに癒される思いだった。

 

 

 

 

 

********************************************************:

 

 

 

 

マシュはモニタールームの画面に映る立香を見ていた。精神状態が不安定だった立香がようやく起き上がり、熱いシャワーを浴びている様子を見てマシュは安堵する。

 

(良かったです先輩、元気になってくれて)

 

先日の一件以来、立香の精神状態の不安定な状態が続いた為、ダ・ヴィンチの指示によりモニタールームで立香を監視する事にしたのだ。プライバシーの侵害ではないかとダ・ヴィンチに意見したが、立香の状態を考えるとそれが正しい判断であると言われ、渋々監視役を引き受けた。そもそも今までは忍者系のサーヴァント達がマイルームに潜んでマスターである立香の護衛をずっとしていたのだから今更という感じだが…。

 

(それにしても先輩の様子がおかしいですね)

 

いつもならマイペースな感じが漂う立香であるが、今の様子はまるで別人のようだった。普段は穏やかな表情をしている事が多いが、今はどこか悲しげな雰囲気を感じる。

 

(何かあったんでしょうか……?)

 

マシュは自分の考えを頭の片隅の置いて、とりあえずマイルームでシャワーを浴びる立香の姿をじっと見ていた。カメラは360℃全方向に移動でき、好きな角度から立香の様子を観察できる上に、マイルームにいる立香からはカメラの存在は絶対に知覚できないという機能が備わっている。人類最後のマスターであるのだから、生命と身の安全を管理するという目的で作られたのだが、これでは立香のプライバシーは無いも同然ではないか。

 

自分の先輩でありマスターである立香が一糸纏わぬ姿でシャワーを浴びる姿に、流石のマシュも顔を赤らめてしまう。普段のマスターとしての姿とは全く違う無防備かつ艶やかな様子の立香を見てマシュも思わずドキドキしてしまうが、何とか平静を保つ。カメラはシャワールームの中にも移動できるので、画面に映るシャワーを浴びる立香を、マシュはガン見してしまっていた。

 

「こ、これが先輩の身体……。うぅ…」

 

そしてマシュはシャワーを浴びる立香の身体の下の部分にカメラを移動しようとする。年頃の少女として興味津々と言わざるを得ないマシュであったが、そんな事をしたら確実に立香に怒られるので、あくまでこっそりと……。

 

「おや?マシュは藤丸君の身体に興味があるのかな?」

 

「え!?」

 

が、同じモニタールームにいたダヴィンチはマシュがカメラ移動をして立香の下半身を見ようとしているのをしっかりと見ていた。マシュは慌てて言い訳をする。

 

「ち、違います!その、ちょっと気になっただけです!」

 

「ふーむ。まぁ確かに藤丸君は男にしては綺麗すぎるくらいに肌が白いよね。マシュは男の子の裸を見るのは初めてかい?」

 

「は、はい。初めてです……初めてのような、初めてではないような…あれ…?以前にも見たような記憶が…?うぅ……思い出せない……」

 

マシュは正直に答えた。ダ・ヴィンチはマシュの答えを聞くなりニヤリと笑う。マシュはダ・ヴィンチの笑みの意味を理解し、顔をさらに赤く染めながら反論する。

 

「こ、これはあくまでも先輩の様子を見ているだけであって、決してやましい事ではありません!」

 

「うん。わかってるよ。藤丸君が心配なんだろう?私だって彼の事は心配だ。ただ、彼は自分の心の整理がまだできていないみたいでね。暫くの間はそっとしておいてあげてほしい」

 

ダ・ヴィンチが優しく微笑むと、マシュは納得する。

 

「先輩はこれまで弱音の一つも吐かず、自分に課せられた使命から逃げたりせずに戦ってきた。だからこそ、今回の件は相当堪えたのでしょう。ギリシャとブリテンで受けた精神攻撃が元で……」

 

「そうだねぇ。藤丸君はとても強い子だけど、それでもまだ17歳の少年なんだ。辛い現実を突きつけられれば心が折れる事もあれば、悲しみに暮れる事もある。マシュ、これからはもっと彼を支えてやって欲しい。勿論、私も協力させてもらうよ」

 

 

 

 

 

*************************************************************::

 

 

 

 

 

ずっとマイルームに籠りっぱなしというのも身体に毒なので、久しぶりにマイルームの外の廊下に出た立香は、サーヴァント達で賑わうノウム・カルデアの食堂に来ていた。久しぶりに顔を出した自分達のマスターである立香の姿を見たサーヴァント達は、立香の周囲に集まり、立香の隊長を気遣ってくれた。特にアストルフォは立香の元に駆け寄り、立香の顔色を確認する。

 

「大丈夫なのマスター?何があったのか知らないけど、ボク達に話せるなら相談に乗るよ。あ、でも無理しない方がいいかも。キミの心はまだ傷ついているんだから」

 

優しい口調で言うアストルフォの言葉を聞いた立香は、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「ありがとう。みんなにも迷惑をかけちゃうと思うんだけど……もう少しの間、俺の事を心配してくれるかな?」

 

立香が言うと、ブーディカが食事を持ってきてくれた。

 

「気にする事はないさ。マスターの力になれる事がサーヴァントにとって一番嬉しい事だからね。それに、マスターが元気じゃないと張り合いがないよ。ほら、遠慮なく食べて!」

 

ブーディカはそう言って、食事をテーブルの上に置いた。立香は礼を言い、目の前に置かれた料理を食べ始める。

 

「先輩、食欲はありますか?」

 

マシュに聞かれると、立香はすぐに首を縦に振った。

 

「うん、あるよ。ただ、あんまり量は食べられないけどね」

 

立香は出された料理をゆっくりと口に運びながら、自分が思い出した両親の話を振る事にした。思えばサーヴァント達やマシュにも自分の家族の事は一切話してこなかった。この際なので話しておくべきだと思い、自分の父と母の事について話す。

 

「そういえば皆には俺の家族の事については話してなかったっけ。一緒に戦ってきた皆には話しておこうと思うんだ」

 

立香の言葉に、周囲にサーヴァント達は興味津々といった様子で耳を傾ける。

 

「俺は見た目も性格も父さん譲りって言われてる。特に目元はそっくりなんだ」

 

立香は自分の目を指差す。

 

「性格は父さんの若い頃に似てるって言われる事が多い。だけど、たまーに変わった事をして母さんを困らせたりする事もあったみたいで、そういうところだけは母さん似なのかなって思ってる。あと、口癖とか仕草もよく似てるって言われた事がある」

 

立香は懐かしそうにして、言葉を続ける。

 

「父さんの性格は…まぁ、俺がそのまま大人になった感じだと思う」

 

今の立香は父と母の事を昔に遡るまで思い出す事ができる。何故南極のカルデアに連れてこられてから両親の事を思い出せなくなったのかは分からないが、とにかく今はようやく思い出せた家族の事を周囲に話しておきたい気分だった。自分はサーヴァント達の過去の事を知っているが、サーヴァント達はマスターである自分の過去を知らない。だからこそ、こんな今だからこそ家族の話をするべきだと立香は思ったのだ。

 

「先輩の家族の話を聞いたのは私も初めてです!今まで全然そういうのは教えてくれませんでしたよね」

 

マシュに指摘されると、立香は少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 

「いや、なんか改めて家族の話をするとなると照れ臭いんだ……」

 

立香が苦笑いすると、アストルフォが不思議そうな表情を浮かべ、立香に質問をした。

 

「けど何で今まで家族の話をしてくれなかったの?そりゃ人理修復や空想樹切除で忙しかったのは分かるけど、ボク達サーヴァントだってマスターの話を聞くくらいの時間なら作れるよ?」

 

「う~ん、なんていうか、家族に関する記憶を思い出そうとしても頭の中に靄がかかるというか……どうしてそうなっちゃうのは分からないんだけど……」

 

立香は悩んでいると、ふと食堂で食事を取っているムニエルと視線が合う。南極にいた時からの付き合いであるムニエルなら何か分かるかもしれないと思い、立香はムニエルの所まで行った。

 

「俺が南極にあるカルデアに連れてこられてから、家族の事を思い出そうとしても全然ダメだったんだ。ムニエルなら何が原因か知っているかなと思って」

 

立香に話しかけられた事で、料理を食べていた手を止めたムニエルが立香の方を見る。

 

「……!」

 

立香の言葉に、ムニエルは明らかに動揺した表情を浮かべる。それだけでなく露骨に視線が泳いでおり、立香と目を合わせようとしない。

 

「どうしたの?」

 

立香が尋ねると、しばらく黙っていたムニエルだったが、やがて観念したように立香の方に向き直った。

 

「……実はお前に言っておかないといけない事があるんだ」

 

ムニエルは深刻そうな表情で立香に対して告げる。

 

「実はな…南極のカルデアに連れてこられた際、魔術でお前の記憶を操作していたんだ。あの時は時間がなかったから仕方がなくそうしたんだけど……」

 

「え……?けどなんで俺の記憶を弄ったりなんかしたんだ…?」

 

立香が疑問に思っていると、隣にいたダヴィンチが声をかけてきた。

 

「……藤丸君は他の47人のマスターとは違って一般から来た人間だ。あの日集められたマスター達は君以外魔術師ばかりだったし、魔術とは縁がない一般人の藤丸君をカルデアに入れる為には記憶を弄るしかなかったのさ。カルデアといえども魔術師の立てた組織だ。藤丸君が外にいる自分の両親にカルデアの事を話せば必ず勘付かれる。それに、万が一カルデアの存在が外部の者に漏れたら大変な事になる。だからね、私達は仕方なく君のご両親の事を忘れさせたのさ」

 

「……そんな事が、あったのか」

 

今の今まで両親の事を思い出せなかった事に納得する立香。自分が一般家庭の出身である事を考えればカルデアが情報漏洩防止の為に自分の記憶を弄るなど当たり前だろう。

 

「けど……両親は俺が突然いなくなった事に心配している筈。南極にあるカルデアに来てすぐに人理焼却が始まったから仕方なかったけど、ゲーティアを倒して一時的に人理が元通りになった時期があったでしょ?その時に俺の両親は行方不明の俺を探したりしたのかな……?」

 

立香は騙される形で南極のカルデアに連行され、両親に別れも言えなかった。

 

「俺は早く漂白化された地球を元に戻して父さんと母さんに会いたい。そして謝りたいんだよ。勝手にいなくなってゴメンって……。でも、父さんと母さんは俺の事を心配していると思う。きっと探し回っているに違いないよ」

 

立香の言葉を聞いたアストルフォは、立香に同情するようにして言った。

 

「そっか……それは辛いね……」

 

が、ムニエルはそんな立香に対して申し訳なさそうな表情をしていた。そして立香に対して何かを言いたげだった。

 

「その…立香…えっと……」

 

口に出そうとしても上手くいかず、言い淀むムニエル。その様子を見た立香は首を傾げる。

 

「どうしたの?」

 

立香に尋ねられると、ムニエルは覚悟を決めたような表情をして、立香に向かってこう伝えた。

 

「俺が言うのもなんだが…お前さんの……お前さんの親御さんは事故で亡くなった……」

 

「え……?」

 

立香はムニエルの言葉に、自分の心が凍り付く感覚を覚えた。

 

「どういう事……?」

 

立香の言葉にムニエルは頭を下げて立香に詫びた。

 

「スマン……!今までお前にはどうしても伝える事が出来なかった……!本当にすまない……!!」

 

ムニエルの言葉を聞き、立香は頭が真っ白になる。

 

「嘘……だよ……な……?」

 

立香が震えながら呟くと、ムニエルは辛そうな表情を浮かべながらも、立香に真実を伝えた。

 

「いいや、本当なんだ……。人理焼却から地球が戻って二か月後に、お前の親御さんは事故で亡くなったんだ……。あの日、ゴルドルフのおっさんとコヤンスカヤ、そしてラスプーチンの野郎が南極に査問に来ただろ?そん時にある人物から俺を初めとするカルデアスタッフに渡されたお前に関する資料の中に、お前の親御さんが交通事故で亡くなった事が記載されていたんだ……」

 

ムニエルの言葉を受け、床にへたり込む立香。

 

「そんな……なんで父さんと母さんが……?本当にそれは事故……なの……?」

 

虚ろな目でムニエルを見つめる立香。そんな立香を見たムニエルは慌てて立香に声をかけた。

 

「あぁ!そうだ!これは事故で間違いねぇ!お前の両親が乗っていた車が暴走してガードレールを突き破って崖から転落したんだ!幸いにもお前の両親は即死じゃなかったらしいが、病院に着いた時にはもう手遅れの状態で……!」

 

だが立香は両親が本当に普通の交通事故で死んだとはどうしても思えなかった。南極で査問を受ける際、ドクターやダ・ヴィンチが自分に関する報告書を改竄し、自分の事を協会から守ろうとした事を思い出す。そう、報告書に真実をそのまま書いてしまえば立香自身、魔術協会によって処分されるか、もしくは監禁された上で解剖されるかのどちらかになっていただろう。ドクターとダ・ヴィンチ、ムニエルを始めとする他のカルデアスタッフ達の尽力があったからこそ査問を乗り切る事ができたのだ。人理修復を成し遂げ、多くのサーヴァントと契約した自分の事を魔術協会が放っておくはずがない。人理修復の為にカルデアに滞在している際、ドクターやダ・ヴィンチから協会がどのような組織なのかを耳にタコが出来る程に聞かされていたのだ。だから両親が本当にただの交通事故で死んだとしても、何かしらの力が関与しているとしか思えない。一般人である自分が魔術師の組織であるカルデアに深く関わってしまえばただで済ませてもらえる筈がない。だからこそ両親が単なる交通事故で死んだのかどうか疑問なのだ。

 

「本当に俺の父さんと母さんは普通の交通事故で亡くなったの…?お願いだから本当の事を教えてくれ……!」

 

ムニエルの表情を見れば彼が自分に対して必死で嘘を付いているのが分かる。立香はムニエルの肩を掴んで揺さぶりながら彼に尋ねた。

 

「わ、分かったから落ち着け……!」

 

立香の剣幕に圧倒され、思わず後ずさりするムニエル。

 

「俺は……!両親が死んだ本当の理由を知りたい……!!嘘じゃなく真実を知りたいんだ!」

 

縋りつく立香の悲しみに満ちた顔を見てムニエルは観念したのか、両親の事故に関する真実を語り始める。

 

「……立香が行方不明になった事で親御さんは立香の捜索願いを出したんだ。だが協会の連中が立香の親御さんに暗示を掛けて、息子である立香の事を忘れさせたんだ。一般人の家庭に生まれた立香が、魔術師の機関であるカルデアに行っているなんて言えないからな。そんで親御さんはそのまま生活を続けていたんだが……」

 

「だが…立香の親御さんは暗示を掛けられている状態にも関わらず、自分達には大切な一人息子がいる事を本能で感じ取っていたようなんだ。それで息子である立香の捜索を再開した。だが協会の連中は暗示が役に立たないと知ると、今度は立香の親御さんの記憶を弄って、立香の親御さんが自分の息子である事を忘れさせたんだ。だがそれでも……」

 

ムニエルが言うには、例え暗示に掛けられたとしても、記憶を弄られたとしても、それでも自分達二人には最愛の息子がいる事を本能で理解していたのだという。愛する息子である立香の存在はそれだけ大きく、立香がいない生活には違和感と不安を覚えてしまうのだ。

 

「立香の両親にとって、お前はかけがえのない存在だった。だからこそ、立香の両親にとっては、立香の失踪はあまりにもショックが大きかったんだろう。親の愛ってやつは暗示や記憶操作すらも破ってのけたんだ……」

 

立香が持つ決して諦めない心…どんな逆境でも挫けない精神は父から譲り受けたものなのだ。そんな父も、そして母も愛する立香がいない生き方を否定した。親が子に向ける愛は魔術すらも打ち砕く。だが協会はそんな両親を邪魔に思い、とうとう始末する事にしたのだという。暗示や記憶操作もダメなら、後はこの世から退場させるしかない。

 

「俺もまさか協会がそこまでやるとは思わなかった……。協会にはお前の親御さんを消すつもりはなかった筈なんだ……。けどお前の親御さんはお前を見つけるのを諦めなかった。そんな親御さんを邪魔に思った協会はとうとう力づくで始末する事にしたんだ。事故に見せかけて親御さんを殺害したのは協会の執行者だそうだ……。スマン立香……!今までずっと言えなかったんだ……!!」

 

ムニエルの言葉を聞いた立香は、悲痛に満ちた表情を浮かべて涙を流し始めた。

 

「そんな……、父さんと母さんが……そんな……!!父さんと母さんは俺の事を忘れなかった…!ただ…ただ俺を探したかっただけなのに……!!」

 

立香はその場に崩れ落ち、大粒の涙を流す。そんな立香に対してアストルフォが寄り添うようにして声をかけた。

 

「マスター……」

 

例え漂白化された地球を元に戻しても、もう立香の両親はこの世にいない。それは覆しようがない事実であった。両親は南極のカルデアに連れて行かれた自分を探そうとしただけなのに、そのせいで殺されてしまった。マシュは泣き崩れる立香の肩に手を置きながら言う。

 

「先輩……辛い気持ちはよく分かります……」

 

マシュの言葉に立香は俯き、嗚咽する。そんな立香に清姫がそっと近づき、優しく抱きしめた。

 

「大丈夫ですよ……旦那様。貴方は一人ではありません。わたくし達がいます……」

 

立香を慰めるかのように優しい言葉をかける清姫。だが立香は無言で立ち上がると、ムニエルの方を見た。

 

「お前等のせいだ…」

 

そして立香は一瞬でムニエルとの距離を詰めると、ムニエルの顔面に向かって強烈な右ストレートを叩き込んだ。多くのサーヴァント達に鍛えられた立香の拳は、並みのアスリートを凌駕するほどの威力がある。立香の渾身の一撃を受けたムニエルは、そのまま壁まで吹き飛ばされた。

 

「ぐあぁっ!?」

 

壁に叩きつけられたムニエルは苦痛の声を上げる。そしてムニエルはよろめきながら立ち上がった。

 

「な……何しやがんだ…!?」

 

そして立香はムニエルの胸倉を掴み、ムニエルを壁に押し付け、そのままムニエルの身体を持ち上げた。ムニエルに怒りをぶつけた所で意味などない。だが今の立香は怒りをぶつけなければ気が済まなかった。共に戦ってきたムニエルを容赦なく殴り飛ばした今の自分の怒りが逆に恐ろしくなる程である。

 

「お前等が……お前等が俺をスカウトなんてしなければ……父さんと母さんは……!!」

 

鬼のような形相を浮かべる立香に対し、ムニエルは怯えるような視線を向ける事しかできなかった。周囲にいるサーヴァント達は初めて見る立香の憤怒の顔に唖然としている。自分達のマスターである立香がこんな顔を他者に…しかも苦楽を共にしてきたムニエルに対して向けているのが信じられなかった。

 

「ま、待ってくれ立香…!確かにお前のご両親の件に関しては俺達は無関係じゃない!だけどお前が今まで抱えてきた苦悩は俺にも分かる!だから……!」

 

ムニエルは必死に立香を宥めようとするが、立香は聞く耳を持たなかった。

 

「黙れ……!お前等に俺の苦しみが分かるか…!俺の記憶を弄るだけならまだしも……何も知らない父さんと母さんまで……!!!」

 

だが立香の怒りは収まらなかった。立香はムニエルを片手で持ち上げた状態でムニエルの腹に拳を入れる。

 

「がぁ……ッ!」

 

立香に殴られたムニエルは口から血を流し、苦しそうな表情を浮かべていた。

 

「お前等のせいで父さんと母さんは……!」

 

更に立香はよろけたムニエルの顔面に蹴りを入れ、ムニエルの鼻が折れ曲がってしまう。

 

「がぁぁぁ!?」

 

ムニエルに暴力を振るう立香を、慌ててマシュとダ・ヴィンチは止めに入る。

 

「先輩!落ち着いてください!これ以上はダメです!先輩!先輩!!お願いします!先輩!やめて下さい先輩……先輩……先輩……」

 

マシュは泣きながら立香に抱きつき、何度も呼びかける。しかし立香はマシュを振り払うように腕を動かし、マシュを払いのける。

 

「邪魔しないでくれマシュ!!俺は……父さんや母さんを殺した協会を許さない……!!そして俺を勝手に南極に連れて行ったカルデアも……!」

 

マシュに対して叫ぶ立香の目からは涙が流れており、とても正気とは思えなかった。そんな状態の立香を見て清姫も声をかけるが……。

 

「旦那様……どうか……冷静になって……」

 

清姫の言葉に対しても反応せず、ムニエルに対する暴行を続ける。そんな立香の様子を見たアストルフォは立香を止めるべく立ちふさがる。

 

「もう止めてマスター!これ以上やったら死んじゃうって!!」

 

しかし立香は止まらず、今度はアストルフォーの顔面を殴りつける。だがサーヴァントであるアストルフォには人間である立香のパンチは効いていない。

 

「うわっ!?」

 

アストルフォは驚きの声を上げ、その場に尻餅をつく。そんなアストルフォの胸倉を掴んだ立香はアストルフォを壁に押し付けた。

 

「ぐぅ……っ!」

 

アストルフォは苦悶の声を上げるが、それでも立香は止めない。

 

「マスター命令だ…!俺の邪魔をするな!!!」

 

立香はアストルフォに対して怒鳴る。そんな立香に対して清姫が駆け寄り、立香の身体にしがみつく。

 

「旦那様……!もう……もう……!それ以上は……!」

 

清姫は涙を流し、立香を止めようとする。だが立香は清姫を引き剥がそうとする。

 

「離してくれ清姫…!離してくれ…!」

 

立香は涙を流しながら清姫に訴えるが、清姫は離れようとしなかった。するとそこにジャンヌオルタがやってきた。そして暴れる立香の前に立つ。

 

「何やってんのあんた……」

 

呆れた様子で呟いた後、立香の方を見る。

 

「ちょっと落ち着きなさいよ」

 

立香は暴れるが、すぐにサーヴァント達に取り押さえられてしまう。

 

「ぐっ……!放せ……!」

 

「落ち着けと言っているでしょうが!」

 

暴言を吐き続ける立香に対し、ジャンヌオルタは一喝した後、立香の頬を思い切り叩く。

 

「え……?」

 

ジャンヌオルタからの強烈なビンタに、立香は我に返った。

 

「ようやく落ち着いたようですね」

 

マシュは安堵の息を漏らす。

 

「まったく……何があったのか知らないけれど、アンタらしくもないわねぇ……。あれ以上やったらムニエルが死んじゃうでしょうが。というか……何があったの……?」

 

ジャンヌオルタが尋ねると、立香の代わりにムニエルが答える。

 

「あー……実は……」

 

ムニエルは先程あった出来事を話し始めた。立香がカルデアに連れてこられた際、立香には記憶操作がされ、両親との想い出や両親の事を忘れさせられていた事、そして立香の両親は南極に連れて行かれた息子の立香を捜索するが、魔術協会の手によって暗示が掛けられるも、息子への愛で暗示を打ち破り、更に記憶操作まで施されるものの、それでも諦めなかった立香の両親は協会の手により事故に見せかけて消されたのだ。その話を聞いたジャンヌオルタは顔をしかめる。

 

「それは……酷い話ね……。それじゃマスターが怒るのも無理はないじゃない」

 

そしてジャンヌオルタは続けて言う。

 

「それにしても……マスターの記憶を操作するだじゃなく家族まで殺すなんて、いくら何でもやり過ぎなんじゃないの?」

 

「仕方なかったんだ……。カルデア自体魔術師の組織だし、一般人には魔術の存在を秘匿する関係上、どうしても一般家庭出身の立香には多少なりとも暗示や記憶操作はしなきゃいけなかったんだ……。もちろん俺だって立香のご両親が魔術協会に始末された事には納得してないさ。だけど……」

 

ムニエルは暗い表情を浮かべる。もし人理焼却から元に戻った際に地球漂白化現象が起きず、立香が自分の家に帰れたとしても記憶操作の魔術が施された状態では、両親が事故に見せかけた暗殺で殺された事はおろか、下手をすれば自分には最初から両親など存在しないと思い続けていただろう。

 

「酷いじゃないか……俺の父さんと母さんはいなくなった俺を探していただけなのに……。殺すなんて……殺すなんてあんまりだ……」

 

立香は嗚咽を漏らしながら涙を流した。人理焼却を防ぐ為に七つの特異点を旅し、ゲーティアの本拠地である冠位時間神殿での決戦を終えて世界を元に戻したのに、自分の両親は南極に連れて行かれた立香を探し続け、それを疎ましく思った協会の執行者に消されてしまった……。南極のカルデアがコヤンスカヤや、オプリチニキに襲撃されて以降、ムニエルはずっとこの事を立香に黙っていたのだ。

 

「俺の…父さんと母さんを返してくれ……。戦いが終わっても家には父さんと母さんもいない……俺は親に"今まで留守にしてごめん"の一言すら言えないまま、もう二度と会えないんだ……」

 

泣き崩れる立香を見てマシュは優しく抱き締める。

 

「先輩……」

 

マシュは立香を慰めようとするが、心身共に疲弊した今の立香にとってマシュの慰めさえも逆効果でしかない。

 

「やめてくれマシュ……!俺はもう嫌なんだ……!俺がカルデアにスカウトされなければ……されなければ……!」

 

立香はマシュの身体を払いのけると、その場から走って立ち去った。

 

「先輩!待ってください!」

 

が、立香を追いかけようとするが、その前にジャンヌオルタが立ちふさがる。

 

「待ちなさい。今追いかけても無駄よ」

 

「どうしてですか!?」

 

「マスターの精神はもう限界よ。これ以上マスターを追いつめたらどうなるか分からないわ」

 

ジャンヌオルタの言葉を聞いたマシュは悲痛な面持ちになる。

 

「そんな……!」

 

「気持ちは分かるけど……今はそっとしておくべきよ」

 

ジャンヌオルタは落ち込むマシュの肩に手を置く。マシュは立香に何と声を掛ければ良いのか分からなかった。何と慰めれば良いのか分からなかった。どんな困難が立ち塞がっても決して挫けず、戦い続けた先輩である立香。だが今の立香は以前からは考えられない程に弱り切っており、このままではいずれ心が壊れてしまうのではないかと思うほどだ。そんな立香の姿を見ているだけで心が張り裂けそうな程に辛い。そしてマシュは自分の無力さを呪う。自分がもっとしっかりしていたらこんな事にはならなかったかもしれない。いや……そもそも自分さえいなかったら……?そんな考えすら頭を過った。マシュは自分の目から熱い涙が流れるのを感じた。残酷な真実に打ちのめされ、悲しみに暮れる立香を支えきれない自分が情けない。

 

「…………」

 

ジャンヌオルタは立香が出て行った方を見やる。

 

「マスターは私達が思っている以上に過酷な運命を背負っているわ。だからこそ、あの子はあんなにも苦しんでいる」

 

ジャンヌオルタはそう呟く。

 

「はい……」

 

マシュは小さく頷いた。

 

「私達は……マスターに対して"人理を救う存在であれ"っていう期待……いえ、圧力を無意識の内にかけていたんですね……。マスターは世界を救った英雄だから、きっと大丈夫だと……」

 

「まぁ……確かにマスターは色々と背負っちゃってるからね……。でも、それは仕方のない事だと思うわ。だってマスターは……本当に凄かったもの」

 

ジャンヌオルタは遠い目をする。

 

「私達はマスターに……"人類最後のマスター"としての使命を背負わせた……。先輩は普通に暮らしていれば学校で友達と遊んだり、部活をしたり、勉強したり、恋をした事もあったはずなのに……それらを犠牲にして世界を救うために戦ってきた……。私はそれを素直に凄い事だと思います。思うんですけど……」

 

そう言うマシュの目からは涙がとめどなく流れ出る。

 

「けど…けど……私達は先輩に対して"人類最後のマスター"っていう重すぎる使命と責任を押し付けてしまった……。先輩が抱えている苦しみを分かってあげられなかった……!私は……今まで先輩に甘えていただけです……!先輩は……私の前じゃ絶対に泣かなかった……。いつも笑顔で……明るくて……優しくて……!」

 

マシュは顔を手で覆うと泣きじゃくる。他のサーヴァント達は号泣するマシュの姿を沈痛な面持ちで見ていた。

 

「先輩が……先輩があんなにが泣いてる姿なんて見た事がない……。先輩は……本当は誰よりも傷ついているのに……それを誰にも見せずに今まで頑張ってきた……。それなのに……それなのに……!」

 

マシュは嗚咽を漏らしながら泣く。

 

「マシュ…気持ちは分かるけど、あまり自分を責めてはいけないよ。キミは藤丸君が抱える苦悩を理解できていなかったわけじゃないだろう?」

 

「……はい……。ですけど……!私がもっとしっかりしていたら……!」

 

「……マシュ、これはあくまで可能性の話なんだが……もしかしたら藤丸君は……」

 

「……もしかすると……先輩は……?」

 

マシュは泣きながら俯く。

 

「いや、忘れてくれマシュ。今はそんな事を考えている場合ではないよ。まずは目の前の戦いに集中しよう。我々は汎人類史を取り戻す為に戦っているんだ。残る最後の異聞帯である南米に向かう準備を進めている。決戦はもう目の前なんだ」

 

ダ・ヴィンチもマシュも、今自分達は漂白化された地球を元に戻す為、汎人類史を取り戻す為に戦っている事は理解している。立香の精神状態が不安なのは分かるが、異星の神との決戦が近い今は戦いに集中するべきだ。

 

「先輩……」

 

マシュは廊下の向こうに走り去った立香の事を思い出す。

 

「マシュ、今はそっとしておいてあげなさい」

 

ジャンヌオルタはマシュの肩に手を置く。

 

「はい……」

 

マシュは悲痛な面持ちのまま返事をする。彼女の言う通り、今は立香の事はそっとしておくべきだろう。




書いていて酷いとは思ったけど、ぶっちゃけ協会ないし魔術師連中なら平然とこういう真似をすると容易に想像できるってどういう事なの…?(´・ω・`)

ぐだーずの親については二次創作でも描かれているけど、自分にはこういう描き方しかできなかった…orz

書いている時に涙が出たのは内緒……( ;∀;)
マシュは先輩である藤丸君が壊れたら支えてあげられるのかな…


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番外編⑥ 家族との空間(前編)

【悲報】パニッシャーさん、また出番無し


シミュレータールームってこういう事もやろうと思えばできる筈……。解釈違いだったらどうしよう(´・ω・`)


「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

立香の目からは涙がとめどなく流れ出る。

 

「……ぐす……うぅ……!」

 

立香は両親との思い出を思い返す。両親は立香に優しかった。両親はいつも立香に笑顔を向け、立香を抱きしめ、頭を撫でてくれた。立香が泣けば、優しく慰めてくれる。立香が寂しいと言えば、一緒に遊んでくれる。立香はそんな両親に恩返しすらできていない。10日以上もマイルームに引きこもり、涙を流し続けたというのに、まだ悲しみが収まらない。

 

「何で父さんと母さんが死ななきゃいけないんだ……!2人は何も関係ないのに……!ただ俺の帰りを待っていただけなのに……!どうして2人があんな目に遭わないといけないんだよ……!」

 

自分がもう少し早く帰っていれば、両親が死ぬ事はなかったかもしれない。両親が殺される前に自分が戻ってきてさえいたら、こんな悲劇は起きなかったはずだ。いや、記憶操作を施された状態で帰っても両親を自分の親だと認識できなかっただろう。自分はカルデアに騙され、南極に連れていかれた挙句に人類最後のマスターとして特異点の修復…聖杯探索へと行かされた。人理焼却を防ぎ、世界を元に戻しても、自分を生んでくれた両親は帰らぬ人となってしまった。ただの高校生である立香には余りにも過酷な現実である。

 

「俺……まだ父さんと母さんに恩返しもできてない……。なのに、こんなところで……」

 

立香は立ち上がり、トボトボと廊下を歩き始めた。廊下を歩いていると、サーヴァント達から声を掛けられるが、そんなサーヴァント達の声を無視して立香は通り過ぎていく。そしてそんな立香の態度が気に入らなかったのか、スカサハが声を掛けてきた。

 

「おい、貴様。私を無視するとはいい度胸ではないか」

 

スカサハは立香の身体を掴んで自分の方に向かせた。そしてスカサハは涙で真っ赤になった立香の目を真っすぐ見る。

 

「なんだその顔は。一体どうしたというのだ」

 

「……」

 

「ふん、だんまりか。所で今のお主は随分と腑抜けた面構えをしているな」

 

数多くの勇猛なケルトの勇士達を教え導いた武芸の達人であるスカサハにとって、両親の死に動揺している立香の態度は気に食わなかったようだ。

 

「今までのお主であればそのような顔はしなかった。何があったのかは知らんが、少しは己の未熟さを恥じたらどうだ」

 

両親の死を聞かされ、悲しみに暮れる自分の事をスカサハは"未熟"だと断じた。詳細は知らないとはいえ、今の悲しみに暮れた立香の顔を見ればそう思うのも無理はない。何より立香は汎人類史を取り戻す為に戦う人類最後のマスターとしての責務が重く圧し掛かっている。

 

「10日以上もマイルームに引きこもり続け、出てきたかと思えばその顔か。お主は自分の立場を理解しているのか?自分の感情に振り回され、周りに迷惑を掛け続ける。それがどれだけ愚かな行為なのか、お主には分からんか」

 

スカサハは厳しい言葉を投げかけるが、立香は黙ったままだ。ケルト神話の時代から戦いに明け暮れてきたスカサハにとって、現代人の立香の抱える悲しみなど理解できないのも当然である。

 

「…………」

 

「ふん、まぁよい。今のお前に何を言っても無駄なのは分かった。しかしだ、いつまでも落ち込んでいる暇は無いぞ。お前にはやるべき事がある筈だ」

 

スカサハの言葉に立香は無言のままだ。これまで人理修復の為にカルデアで戦い続け、人理焼却が終わりようやく家に帰れると思った矢先に地球白紙化現象が起き、地球の表面が漂白されてしまった。だが漂白化された地球を元に戻せば両親に会える…。そう思っていた時にムニエルから両親は魔術協会の執行者に消された事を知った。両親は自分を心配して探していただけなのに、協会の手により始末された。こんな仕打ちを受けた立香はカルデアで戦い続ける事に意義を見出せずにいた。

 

「貴女には分からないよ…俺の悲しみなんて……」

 

スカサハからの厳しい言葉に対して立香は反論する。

 

「あぁ、分かるはずもない。悲しみに暮れるなとは言わんが、お前には自分に課せられた使命がある筈だ。それを果たさず、自分の感情を優先させるのは感心せんな」

 

スカサハは立香の悲しみに暮れる気持ちは理解できなかった。何故なら彼女はケルト神話の時代に生まれた存在であり、現代に生きる人間ではないからだ。しかしそれでもスカサハは立香に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「お前が背負っているのは世界を救う事だ。そんなお前が悲しみに暮れてどうする。悲しみに暮れるのは、それができるだけの余裕が出来てからにしろ」

 

スカサハはそう言うと立香の身体から手を離すと立香の目の前から立ち去った。現代人とは価値観が違うとはいえ、スカサハなりに立香の事を気遣っているのだろう。だが立香はその気遣いに応える事はできず、俯いたままだった。

 

「自分の感情を優先させて悪いのかよ……。俺だって……俺だって悲しみに暮れる権利くらいはあってもいいじゃないか……」

 

これまでの戦いで立香は弱音を吐かず、怯えず、挫けずに戦ってきた。しかし今回の件は今までの戦いと比べてあまりにも過酷過ぎる。立香はずっと恐怖に震えたり、逃げ出したいという感情を抑えて戦い続けてきた。だがようやく思い出した自分の両親の死を知ってしまい、その心の拠り所を失ってしまった事で立香の心は完全に折れた。血を分けた父と母はもうこの世にはいない。自分が生きている意味はあるのだろうか?そもそも自分はどうしてこんな過酷な運命を背負っているのだろうか?

 

「何で俺なんだよ……何で俺がこんな戦いを続けなきゃならないんだ……。俺はただ普通に生きていたかっただけなんだ……。それなのに……」

 

立香は涙を流す。記憶操作で封じられていた両親の記憶を思い出してからは、普通の暮らしに対して憧れが強くなった。自分が暮らしていた街の風景、自分が通っていた学校、自分が遊んでいたゲームセンター、自分が食べていた食事、自分が着ていた服、自分が見ていたテレビ番組、自分が読んでいた漫画、自分が聞いていた音楽、自分が観ていた映画、自分が触れてきた文化、自分が体験してきた思い出、それら全てが漂白された。

 

「父さん……母さん……会いたい……もう一度だけで良いから会いたいよぉ……」

 

立香は泣きながら呟く。立香とてまだ17歳。親に甘えたい年頃なのだ。それ故に立香は両親に会いたいと願う。だが協会の執行者によって殺された今では最早叶わぬ夢となった……。立香は自分のマイルームに戻ると、北欧異聞帯で共闘した雷神から貰った携帯端末を取り出す。

 

『もし其方が本当に追い詰められ、どうしようもなくなった時はこの端末で"我ら"を呼び出せ。さすれば其方の助けとなろう』

 

雷神からそう言われ、この端末を渡された。そして立香は端末にある赤いボタンを押してみる。端末からは電子音が鳴り響くだけで特に変化は無く、端末の画面も砂嵐だ。

 

「……何だ、何も起こらないじゃないか」

 

立香はそうつぶやくとマイルームから出て、シミュレータールームへと向かった。

 

 

 

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マイルームを出た立香は、ノウム・カルデアのシミュレータールームに一人で来ていた。様々な環境を再現し内部で体験する事が可能なバーチャル・リアリティシステムを備えているシミュレータールームはサーヴァント達が戦闘訓練に用いているが、立香は違った。内部からでもある程度操作が可能なので、立香は自分が暮らしていた家とその近所……そして自分の両親を再現させる。こんな事をしても意味はない事は分かっている、所詮は再現度の高いバーチャル・リアリティシステムによる仮想現実に過ぎないからだ。だがそれでも立香は疑似的な家族に会える事に喜びを感じていた。

 

「父さん、母さん……」

 

立香はシミュレーターで再現した自分の実家の前に立ち、玄関の扉を開けて出てくる父と母の姿を見て涙を流す。そして父と母の胸に飛び込み、今まで留守にしていた事を詫びた。

 

「父さん、母さんゴメン……!ちょっと遠い所に行っていたんだ……。寂しかったよね……?」

 

立香は両親に抱きつき、今まで自分が何をしてきたのかを話した。自分が今こうしていられるのは、ノウム・カルデアの皆のおかげだと。だがそんな立香の頭を、父は優しく撫でた。

 

「大丈夫だ。俺と母さんはいつまでもお前の帰りを待っていた。だからもう泣くんじゃない」

 

「立香、あなたは私達の自慢の息子よ。あなたの頑張りはお母さんが一番よく知っているわ。でもね、無理は禁物よ。たまにはお父さんや私に甘えても良いのよ」

 

立香は両親の優しい言葉を聞き、顔を綻ばせる。例えバーチャル・リアリティで作られた虚像であろうとも、立香にとってはかけがえのない存在だ。

 

「父さん……母さん……。これからは…これからはずっと一緒だよ?」

 

そう言って立香はシミュレーターで再現した我が家の中に両親と共に入っていく。自分の家の匂い、雰囲気、その全てが再現されている。立香は居間に入ると、ソファーに座ってテレビを見る。

 

そして立香の両隣には両親が座り、立香と共にテレビを見始める。立香は母の膝の上に頭を乗せた。年頃の高校生である自分が母親にこんな真似をするのは気恥ずかしいが、今はこうして母に甘えていたい。

 

「あら立香。久しぶりに膝枕をしたいのかしら?甘えん坊さんねぇ……」

 

母はそう言いながら立香の頭を優しく撫でた。

 

「うん……。母さんに甘えたくて仕方がないんだ……」

 

立香は照れ臭そうに言うと、目を瞑って母の温もりを感じる。南極のカルデアに騙されて連れていかれ、終わりの見えない戦いの日々を送っていた立香にとって、この瞬間は心が安らぐ一時であった。人類最後のマスターである立香は、この時ばかりは両親に甘える一人の少年に戻れたのだ。

 

「母さん……俺……頑張ってるよ……。俺……普通に生きていたかっただけなんだ……。それなのに……こんな戦いに巻き込まれて……こんな戦いに……俺……俺……」

 

立香は涙を流しながら呟く。両親はそんな立香の頭を優しく撫で続けた。

 

「大丈夫だ立香、お前はよくやっている。それは俺たちがよく分かっている。今までずっと辛かったんだろう?もう我慢しなくて良い。俺と母さんはいつでもお前の味方だ。だから安心して泣きなさい」

 

「立香……貴方は本当によくやってくれたわ……。辛い事もたくさんあったでしょうけど、それでも諦めずに戦ってくれた……。私たちの誇りよ……。だからもう泣かないで……」

 

立香は両親の愛に包まれ、幸せそうな表情を浮かべた。

 

「父さん……母さん……ありがとう……」

 

辛い戦いの日々の連続だった。自分はただ普通の生活を送りたかっただけだというのに、そんな人生を世界は許さなかった。だが今だけは違う。自分の事を一番に考えてくれる両親がいる。自分の事を褒めてくれた両親がいる。立香は両親に感謝の言葉を告げると、ゆっくりと眠りについた。

 

 

 

 

 

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立香がシミュレータールームで再現した両親に甘えている様子を、制御室からマシュ、ダ・ヴィンチ、ホームズ、ゴルドルフは見ていた。両親の死を受け入れられず、シミュレータールームに籠ってバーチャル・リアリティによって再現した両親と幸せな時間を過ごしてきた立香。その時間は彼にとってかけがえのないものであった。

 

「先輩……」

 

マシュはモニターに映る立香が、両親と幸せそうにしている姿を見て涙を流す。

 

「先輩は今まで普通の生活に戻る事なんて考えられずに……ずっと戦ってきました……。あんなに幸せそうな先輩の顔を見ていると、凄く……凄く胸が痛いです……」

 

食堂でムニエルから立香の両親は魔術協会によって殺された事を聞かされ、悲しみに暮れる立香はシミュレータールームに入り、自分の家族を再現して両親の愛情を確かめようとしている。所詮はシミュレータールームの虚像ではあるが、今の立香はそれにすらすがりたい程に追い詰められており、マシュはそんな立香を見て涙を流す。

 

「藤丸君はここ最近精神的に追い詰められ過ぎた……。今思えば年頃の男の子である藤丸君は南極に連れてこられてから戦いばかり。しかも彼の両親は魔術協会によって殺されてしまった。いくらなんでも可哀想過ぎるだろう……」

 

ダ・ヴィンチは立香の境遇を思い浮かべて悲しげな表情を浮かべる。そしてゴルドルフも、モニターに映る立香の姿を見て悲しげな表情を浮かべている。記憶を操作して両親との思い出すら消され、ようやく両親の事を思い出したと思ったら肝心の両親は既にこの世にはいない。あまりにも残酷すぎる現実に、ゴルドルフですら目尻に涙を浮かべる。

 

「我々には汎人類史を取り戻すという使命がある!その為には彼には戦いに復帰してもらわなければならん!復帰しなければならんのだが……ならんのだが……!」

 

ゴルドルフは立香の現状に心を痛めるが、それ以上に自分が何もできない事に歯痒さを感じている。魔術の世界とは縁の無かった何も知らない立香を騙す形で南極に連れて行ったのはカルデアである。

 

立香から平穏な日常と両親との幸せな生活を奪い、過酷な運命を背負わせたのは自分達だという事を自覚しているゴルドルフやダ・ヴィンチは、シミュレーターで虚像の両親に甘える立香を連れ戻す資格など無いと思っている。だがそれでも、マシュは立香の事を心配する。マシュは立香が今までどんな思いで戦ってきたのかを知っている。マシュは立香の苦しみを理解した上で、立香に戦いに戻ってほしいと願っている。

 

「本当は私も先輩には幸せでいて欲しいと願っています……。ですが……ですが漂白化した地球を元に戻さないといけない使命を帯びて戦っているのも事実なんです……。こうしているだけでは漂白化した地球は元に戻らない……汎人類史は蘇らない……。先輩に戦う事を辞めろとは言えません……。ですが……ですが先輩に少しでも休息を取って欲しいとも思っているんです……」

 

マシュは立香に幸せになって欲しい気持ちと、人類最後のマスターとして汎人類史を取り戻して欲しいという気持ちが複雑に絡み合っている事に悩み苦しんでいる。マシュの言う通り漂白化された地球を元に戻さない限り、人類は滅びる。人類最後のマスターとして、立香は戦い続けなければならない。

 

「先輩は優しい人です。ですがその優しさ故に、先輩は自分の傷を癒せずにいる……。これまでの戦いで誰よりも辛かったのは先輩自身なのに……今までそれを出さずにいた……」

 

「ダ・ヴィンチちゃん、ホームズさん、新所長……。私たちは先輩に対して"人理の為に戦うマスター"として戦う事を無意識の内に強いてきたのではないでしょうか…?だからこそ先輩は私たちに自分の心の内を見せないようにしていたのでは……?」

 

マシュはダ・ヴィンチ達にそう問いかけると、ダ・ヴィンチ達は暗い表情を浮かべた。自分達が何も知らないまま南極のカルデアに来た立香に対してどれ程重大な使命と責任を課してしまったのだろう?そう考えるだけで、ダ・ヴィンチ達の胸は痛んだ。

 

「……我々は彼を戦いの道へと引きずり込んだ。彼が漂白された地球を取り戻す為に戦い続けている事は紛れもない事実だ。我々としては彼には戦いから身を引いてもらいたいところではあるが、それは彼の願いに反する。彼だって……藤丸君だって地球を元に戻したいという気持ちはあるからね。けど藤丸君の両親が魔術協会に始末されていただなんて……」

 

ダ・ヴィンチはモニターに映る両親と楽しいひと時を過ごす立香を見て、複雑な心境を抱く。

 

「とにかく今は藤丸君をそっとしておいた方がいい。今は……今だけは彼に家族との触れ合いの時間を提供してあげたいんだ……。それがたとえ束の間の時間であってもね」

 

ダ・ヴィンチの言葉にマシュとホームズ、ゴルドルフは同意するように小さく首を縦に振った。

 

 

 

 

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立香がシミュレータールームに閉じこもってから数日が経過した。その間、立香は一度も食堂に姿を見せず、食事や入浴などはシミュレータールーム内で済ませており、マシュ達がシミュレーション・ルームに入って声をかけても反応がない。まるでずっとシミュレータールームで虚像の両親との生活を楽しんでいたいかのようだ。そんな立香の行動にサーヴァント達は不安の声を上げ始めた。ノウム・カルデアの食堂には多くのサーヴァント達が集まり、今回の立香の行動を問題視し始めている。サーヴァントの中で真っ先に立香の行動を問題視したのはスカサハである。

 

「全く、あやつはいつまで引き籠っているつもりなのか。虚像に過ぎん自分の親との日々をいつまでも楽しむとはな」

 

今の立香は、ノウム・カルデアに集まったサーヴァント達のマスターとして相応しくない行動を取っている。これまで立香は自分の置かれた逆境にもめげず、人理修復の為の戦いをこなしてきた正に人類最後のマスターとして相応しい少年だった。だが今の立香は年相応の弱さと、両親への愛に餓えた一人の子供である。仮想空間の中で作り上げた偽物の両親と生活している姿を見て、少なくないサーヴァント達が立香に対して失望を露わにしている。

 

彼等からすれば汎人類史を取り戻す為の重要な戦いを放棄して、シミュレータールーム内で創造した自分の家族との触れ合いの方を優先しているのだから面白くないのは当然だろう。だがこのまま立香を放置しておくわけにもいかない。南米に潜伏している異星の神の打倒の為には立香に立ち上がってもらわなければならないのだから。そんな中、モードレッドが立香の行動に不満の声を上げる。

 

「マスターの奴、いい加減にしろよな。いくら何でもオレ達サーヴァントをほったらかしにしすぎだろ」

 

モードレッドは立香が部屋に閉じこもっている事に苛立ちを募らせ、他のサーヴァント達に視線を向ける。

 

「お前たちもマスターの行動には疑問を持たねぇのか?オレ達には重要な使命がある筈なのに、肝心のマスターは戦いそっちのけで自分に都合の良い空間で親と楽しく暮らしてんだぜ?これじゃあオレ達がここに召喚された意味がねえだろ」

 

「確かにその通りですね。でも、先輩は今、ご自身の心の傷と向き合っている最中です。もう少し待ってあげましょう」

 

マシュはそう言うが、モードレッドは反論する。

 

「もう少しって言うが、具体的にいつになるんだよ!10日以上もマイルームに引きこもっていたかと思えば今度はシミュレータールームで偽モンの親と仲良く暮らしてるとか、役割を放棄してるのと同じじゃねぇか!」

 

だがマシュは首を横に振る。

 

「先輩のご両親は既に亡くなっているんです。先輩は両親を失った悲しみを癒すために、ご自分の心を落ち着かせる必要があったんですよ」

 

「今はそんな悠長な事をしている場合じゃねえだろ!あいつの気持ちは分かるけど、こんな事を続けていたら本当に取り返しのつかない事になるぞ!」

 

「落ち着いてください、モードレッドさん。先輩は私達のマスターであると同時に、まだ17歳の子供です。心が不安定になっているのは仕方ありません」

 

「仮にもマスターはオレ達サーヴァントを率いるべき人類最後のマスターだろ!?自分の立場と置かれた状況を少しは考えやがれ!こうしている間に異星の神とやらが攻めてきたら、どの道やられちまう!」

 

マシュとモードレッドの口論を耳にして、ブーディカが二人の間に割って入る。

 

「待ちなよモードレッド。アンタは立香に対してああしろこうしろって色々求めすぎだよ」

 

「なっ……!オレは何も間違った事は言ってないぞ!」

 

「あんたが言っている事も間違ってはいないよ。でも、あたしらサーヴァントは人間じゃない。マスターだって一人の人間の人格を持った存在なんだ。だから、あんたらサーヴァントと違ってマスターは自分の感情を上手くコントロールできない時だってあるの。今まではそれを表には決して出さなかったけど……今の立香は違う。立香は元々魔術とは縁の無いどこにでもいる男の子だった」

 

「そんな立香は人類最後のマスターとしての重すぎる責任を負わされている。あの子にはあたしらサーヴァントを束ね、人類史を取り戻さないといけないっていうプレッシャーもある。そんな中、マスターはずっと自分の心を押し殺してきた。だから……立香の悲しみも分かってあげて欲しいの。彼はあたしやアンタみたいに戦乱の時代で育ったわけじゃない」

 

ブーディカの言葉に、周囲のサーヴァント達も立香が抱えてきた苦悩を理解した上で、彼に怒りをぶつける事は筋違いだと納得する。

 

「だけど……このままじゃいけないとはあたしも思ってる。今は状況が状況だからね…。立香が自分の意思で戦いに戻ってきてくれればそれに越したことはないんだけど……現状では難しいと思う……」

 

ブーディカの言う事は最もであり、現状では立香を戦いに復帰させる事は難しいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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それから更に数日が経過した。立香は相変わらずシミュレータールーム内の仮想世界にて偽の両親との平和な生活を楽しんでいる。そんな中、アナスタシアはシミュレータールームの入り口に立ち、中にいるであろう立香の事を思っていた。

 

「今のマスターはあの時の私と同じ……。家族に囲まれた世界で幸せに暮らし続けたいと思っている……。けど……けどそれは間違い。だってかつての私がした過ちと同じ事をしているのだから……」

 

アナスタシアは今の立香を見て、かつて自分がした行いを重ねた。

 

「マスター……。私はあなたの優しさに救われた。だから……」

 

――――今度はわたしがマスターを助ける番……!

 

アナスタシアは意を決して立香がいるシミュレータールームの中に入っていく。




藤丸君は色々背負いすぎ、抱えすぎなんだよな…( ;∀;)


原作のスカサハだったらシミュレータールームに乗り込んで藤丸君の首を刎ねてたかもしれない……

今回の立香の行動を見れば確実に何人かのサーヴァントは座に退去しそうだし、シミュレータールームに閉じこもってる立香を殺しにかかりそう(-_-;)


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番外編⑦ 家族との空間(後編)

割とアッサリ解決しちゃったけど、藤丸君も無責任に戦いを放棄するような子じゃないんで、こんな落とし所が妥当かな?と思いました。


「ここが……マスターの住んでいた家……」

 

アナスタシアはシミュレータールーム内で創り出された立香が元々暮らしていた家の入口の前で立ち尽くす。立香の両親はもうこの世にはいない。しかし、それでも立香はこの場所を自分の実家だと認識し、今もここで暮らしている。辛く、過酷な戦いの連続で立香の心は摩耗している。今までは態度や表情には出さなかったが、誰よりも苦しみ、誰よりも泣きたかったのはアナスタシアを始めとするサーヴァント達のマスターである立香自身なのだ。

 

しかし、そんな立香を責める事はできない。何も知らずに南極に連れていかれ、そこで人理焼却が起こり他のマスター達は死亡。残った立香は人類最後のマスターとして特異点修復の旅に出た。高校も卒業していないような少年にはあまりにも酷な現実だ。そんな彼の心労に気付かず、サーヴァント達は立香に対して"人理を救うに相応しいマスター"である事を求めた。汎人類史を取り戻すという使命と責任の重さはアナスタシアのマスターである立香が何より理解している。

 

だからこそ、彼は自分の気持ちを押し殺してでも人類最後のマスターとしての責務を全うしようと努めている。だが……立香の心は既に限界を迎えていたのだとアナスタシアは思ったのだ。そこに追い打ちをかけるかのように、立香の両親が魔術協会によって命を奪われたという残酷な真実が明らかになった。そんな立香がシミュレータールームに閉じこもり、仮想空間内で創造した自分の両親と暮らした所で誰が咎めるだろう?

 

「マスター……もういいのよ。あなたはもう十分すぎる程頑張ってきたわ。これ以上無理をする必要はないの」

 

アナスタシアはシミュレーションルーム内に投影された仮想の立香の家に入る。すると立香の両親らしき男女がアナスタシアを暖かく出迎えた。

 

「あら?貴女は立香のお友達ね?いつも立香から話を聞いているからすぐに分かったわ。さ、暖かいお茶をどうぞ。立香は今、自分のお部屋にいるの。呼んでくるから待っていてね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

アナスタシアは立香の両親に促されるまま、居間で立香を待つ。二分後、階段を降りて立香が来た。立香はアナスタシアが座る席の向かいに座り、アナスタシアにいつもと変わらぬ笑顔を向ける。

 

「やぁアナスタシア、久しぶり。ここが俺の家なんだ。結構広いでしょ?」

 

「えぇ、とっても素敵な家。さっきの二人がマスターのご両親かしら?」

 

「うん、そうだよ。俺が産まれてからずっと一緒にいたんだ。でも、もう……」

 

「……そう」

 

アナスタシアは立香の隣の席に腰を下ろした。立香は虚ろな目で窓の外を眺めながら、アナスタシアに自分の両親について語る。

 

「父さんは優しくて、いつも俺の事を想ってくれる人だった。母さんは父さんよりも俺に甘い人かな。でも、俺は二人とも大好きだったんだ」

 

「……そう」

 

アナスタシアは立香の頭を撫でてやる。立香は目を細めて、アナスタシアに身を委ねた。

 

「ねぇ、アナスタシア。俺って人類最後のマスターとして失格なのかな……?こんなシミュレータールームで既にこの世にいない親と、暮らしていた家を再現して一緒に暮らすなんて……。皆が……サーヴァントの皆が今の俺の姿を見たらきっと軽蔑するかもね……」

 

立香は自分でも薄々間違った事をしているのだと気付いているようだ。

 

「……そんな事はないわ。あなたは人類最後のマスターである前に、一人の人間よ。辛い時は誰かに甘えたくなるもの。それは仕方のない事だわ。それに、私は今のあなたの方が好きよ。だって……だってマスターも両親との平穏な生活を望む一人の男の子だって分かったんだもの。それは生前の私と同じ」

 

アナスタシアは笑顔で立香の頭を撫でる。それはまるで聖母マリアが我が子キリストを慈しむように。

 

「……ありがとうアナスタシア。こんな俺でも……こんな俺でも君にとってはマスターなんだね……」

 

立香は涙を流す。アナスタシアは立香の肩を抱き寄せ、慰めるように背中をさすった。

 

「いいのよ、今は泣いても。ここには誰も咎める人は居ないわ。だから、ね?」

 

アナスタシアは立香を抱きしめ、立香はアナスタシアの胸の中で涙を流す。そしてそんな立香の姿を両親は優しく見守っていた。

 

「うぅ……ぐすっ……。ありがとう、アナスタシア。もう大丈夫だよ」

 

立香はアナスタシアから離れると、自分の頬に伝う涙を拭い、アナスタシアに微笑みかけた。アナスタシアは立香の笑った顔を見て安堵する。

 

「俺は……自分でもこのシミュレータールームにずっといる事が間違いだって薄々気付いてたんだ……。けど……けど父さんと母さんが魔術協会の手で殺されたって聞いて……例え白紙化した地球を元に戻してももう父さんと母さんはこの世にいないっていう現実に耐えられなくて……。ごめん、情けないマスターで……。こんな俺でも……こんな俺でも君はマスターだって言ってくれるんだね……」

 

「えぇ、そうよ。私は貴方に救われた……。罪悪感で押しつぶされそうな私の手をマスターは握ってくれたの。だから……だから今度は私がマスターの悲しみを受け止めてあげたい。貴方の苦しみを理解して、分かち合いたい」

 

アナスタシアの言葉を聞いた立香は再び涙を流し、アナスタシアに抱きつく。アナスタシアもそんな立香の体をしっかりと抱きしめてやった。しばらくすると落ち着いた立香は自分の胸に手を当てて言う。

 

「アナスタシア、俺は戦いに戻りたい。最後まで……最後まで戦い抜きたいんだ。地球を白紙化したままじゃ終われない……汎人類史を取り戻すまで戦いは止めない……!」

 

立香は力強くアナスタシアに答える。そんな立香の決意を汲み取ったのか、アナスタシアは笑顔で立香に語りかける。

 

「うん、それでこそマスターよ。私も全力でサポートしてあげる。さぁ、行きましょう」

 

アナスタシアは立香の手を取り、立ち上がる。そして立香は虚像の両親に対して別れの言葉を言った。

 

「父さん……母さん……俺、行ってくる……。最後まで戦い抜く……!」

 

両親は立香の言葉を聞き、笑顔を向ける。それはまるで、戦いに向かう愛する息子を見送るような眼差しであった。

 

「ありがとう、父さん、母さん……。俺、頑張るよ……。」

 

立香は目に涙を浮かべながら、虚像の両親に向かってそう告げると、アナスタシアと共に家を出ていく。そして家を離れていく立香は両親に別れの言葉を告げた。

 

「……さようなら、父さん……母さん……」

 

別れの言葉を告げた立香の目からは大粒の涙が零れ落ちる。そんな立香の肩をアナスタシアは優しく抱いてやる。

 

「マスター、もう大丈夫よ。マスターは一人じゃない。私が居るから……」

 

アナスタシアは立香にそう声をかけると、立香は泣きながらも笑顔を見せた。

 

「うん、ありがとうアナスタシア……行こうか」

 

立香はアナスタシアに支えられるようにしながら歩き出す。二人はシミュレータールームを出ると、ダ・ヴィンチの元へ向かった。

 

ダ・ヴィンチは二人の姿を見ると、笑顔で出迎えた。

 

「おぉ、藤丸君!やっと出てきたね。もう大丈夫かい?」

 

ダ・ヴィンチはそう言うと、立香の頬を指先で軽く突いた。

 

「あはは、心配かけてごめん……。もう大丈夫だよ……。それと……ダ・ヴィンチちゃん、その……ありがとう。俺がシミュレータールームで虚像の両親と一緒に暮らすのを認めてくれて……」

 

立香はダ・ヴィンチに礼を言うと、ダ・ヴィンチは微笑みながら立香に言う。

 

「いいんだよ。藤丸君の心の傷が癒えるまで、シミュレータールームの中で家族と触れ合うのは構わない。でも、シミュレータールームから出る時は必ず誰かに声をかけてから出る事。それだけは約束してほしいな」

 

ダ・ヴィンチはそう言うと、立香は笑顔で答える。

 

「うん、わかったよ」

 

ダ・ヴィンチは立香の返事を聞くと、満足げにうなずき、食堂の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

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立香は食堂に集まったサーヴァント達に対して頭を下げる。自分の感情を優先して、10日以上もマイルームに引きこもったり、シミュレータールームに何日も閉じこもり、偽物の両親と一緒に暮らしていた事を謝罪した。

 

「みんな、本当にごめんなさい……。俺はみんなのマスターなのに……。こんな情けないマスターで……」

 

「ふむ、確かにそなたはマスターとしては未熟だ。しかし余は、そなたがどのような状況であれ、決して諦めずに前に進む姿勢を評価しているぞ」

 

ネロはそう言うと、立香の肩に手を置いた。

 

「そうですとも!私達は先輩の味方ですよ!」

 

マシュはそう言うと、立香の手を握った。可愛い後輩の励ましの言葉を聞いた立香は、笑顔を見せた。

 

「ありがとう、マシュ……。俺、頑張るよ……」

 

立香はそう言うと、笑顔を見せた。

 

マシュはそんな立香の顔を見て安心すると、笑顔を見せた。

 

「はい!一緒に頑張りましょう!」

 

食堂にいる英霊達は、立香の持つ"一人の少年としての弱さ"を受け入れ、シミュレータールームに引きこもっていた事を許した。無論、中には立香の持つ弱さを"マスターとして未熟"と断じるサーヴァントもいたのだが、ブーディカとアナスタシアの説得により、大半のサーヴァントは立香を責める事をやめた。立香は最後の異聞帯である南米を前にして、途中で投げ出す事をしなかった。ここまでくれば最後まで責任を持って戦うのが筋だと、立香は思ったのだ。そう、まだ戦いは終わっていない。漂白化された地球を元に戻さなければならない。マシュは立香の表情を見ると、満足げに頷く。

 

 

 

 

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パニッシャーはサーヴァント達と共に微小特異点の修復から帰ると、立香がマスターとして復帰する事をダ・ヴィンチとマシュから告げられた。パニッシャーは二人から立香が騙された形で南極のカルデアに連れてこられた事、そして立香の両親が魔術協会の執行者によって事故死に見せかけて殺された事を知った。

 

「立香は……お前等カルデアに騙されて、南極に連れてこられたって事か!?」

 

パニッシャーは怒りを抑えながら、ダ・ヴィンチとマシュに詰め寄った。しかしダ・ヴィンチとマシュは冷静な口調で、自分達は立香の意思を尊重した事、立香は自分の意思で聖杯探索に同行する道を選んだ事を説明した。

 

「立香君は、私達との旅の中で、自分が置かれた立場を理解した上で、自分の意志でカルデアのマスターになる事を決断したんだ」

 

ダ・ヴィンチはそう言うと、真剣な眼差しでパニッシャーを見つめた。

 

「自分で聖杯探索に臨んだだと?人理焼却が起きて世界が消失して、帰る家も無くなり仕方なく聖杯探索に行く事になっただけじゃないのかそれは?立香は自分の帰る家を取り戻す為には人類最後のマスターとして戦うしかなかった……違うか?」

 

パニッシャーはマシュとダ・ヴィンチを睨みながら、そう言った。

 

マシュはパニッシャーの言葉に何も言い返せず、ダ・ヴィンチも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「お前達があの子を……立香を戦いに引き込んだからだ。お前等は自分達の都合で何も知らないあの子を拉致同然で連行して人類最後のマスターとして勝手に祭り上げただけだ!!」

 

パニッシャーの怒声が食堂に響き渡る。

 

マシュもダ・ヴィンチも反論できず、ただ黙り込むしかできなかった。これでもパニッシャーは相当抑えている方だ。でなければダ・ヴィンチとマシュを殺しにかかっていただろう。

 

「お前等カルデアの都合であの子は家族と引き離された挙句、特異点の修復の旅に行かされた。普通の人間であれば命が幾つあっても足りない、到底子供に任せられるような事ではない任務をお前達はあの子に課したんだ……!あの子は優しいから自分の課せられた使命を全うする為に戦い続けた。だがな……そんな立香の優しさにお前等は胡坐をかいていただけじゃないのか?」

 

パニッシャーの問いかけにマシュとダ・ヴィンチは何も言えなかった。実際、立香の境遇を考えれば同情の余地はある。だが、それでもマシュとダ・ヴィンチは立香を戦いに巻き込んでしまった事をずっと……ずっと後悔していた。

 

「マシュ……お前は立香に"理想の先輩"でいて欲しいと願っていたんだろ?だがそれは同時にあの子にとっての"呪い"となった。マシュの手前弱音を吐くわけにはいかない、挫折するわけにはいかない、自分が頑張らなければ皆が困る、だから自分は戦わなければならない、という呪縛だ。立香は、お前の為にも必死になって頑張ってきたんだぞ。だが、そのせいであの子の心は次第に壊れていった。マシュ、お前は立香の心を壊してまで、自分の先輩でいて欲しいと願ったのか?傷付いたりボロボロになっても立ち上がる姿を見て、『流石は私の先輩だ』とでも思ったか?」

 

「それは…」

 

「どうなんだ!!」

 

パニッシャーはマシュの胸倉を掴み上げ、怒鳴りつけた。

 

「……はい。確かに私はマスターを追い詰めました。私が……私が先輩に対して"理想の先輩"であり続けて欲しいと無意識に思っていたからこそ、先輩は追い詰められてしまったんです……。私の前では決して弱音を吐かず……手本となるような姿ばかり見せていました」

 

マシュは涙を浮かべながら自分の罪を認めた。

 

立香はマシュに頼られ、先輩として慕われる事に喜びを感じていた。だからこそ、マシュの前では無理をして気丈に振る舞い続けていた。自分がマシュにとっての憧れの存在であろうと努力し続けた結果、立香は精神的に疲弊していった。

 

「……」

 

ダ・ヴィンチは俯き、沈黙した。ダ・ヴィンチは立香が自分に助けを求めない事に寂しいと感じていたが、それを口にする事はなかった。立香が自分を頼りたくない理由を知っていたからだ。泣き言も言わず、弱音も吐かず、心も折れない姿をずっと維持していた。ずっと……ずっと……。

 

「マシュ。お前は自分でも気付かない内に立香の心を追い詰めていた。立香は……立香は誰かに甘える事も頼る事もできず、ずっと理想の先輩として、人類最後のマスターとして戦いの日々を送っていた。そんな立香に対して、お前はあの子にずっと"自分にとっての理想の先輩"であり続けて欲しいと思っていたのか!?」

 

パニッシャーはマシュの胸倉を掴んだまま、怒りをぶつけ続けた。

 

「私の……私のせいで先輩はずっと傷ついていました……。私を頼る事なんて決してしないから……悲しみを私にぶつけるなんてしないから……だから、あんなにも苦しんでいたんだと思います」

 

マシュは目から涙を流し、自分の罪を懺悔するように語った。あの日、南極で初めて出会った日、立香を『先輩』と呼んだその時から"呪い"は始まっていた。だからこそ立香はマシュの前では先輩らしく……人類最後のマスターらしく振舞い続けた。まだ年頃の少年であり、両親に愛され、友達に囲まれて育ってきた普通の人間である立香が、たった一人で人類最後のマスターとして人類史を救うという重責を背負い続けてきたのだ。

 

「マシュ。お前が立香に抱いていた感情は、お前自身のエゴだ。お前の価値観であの子を縛り付け、追い込んだ。その結果、あいつの心は壊れた。それが全ての原因だ」

 

「……」

 

マシュは何も言い返せなかった。自分が立香を追い込んでしまった事は紛れもない事実なのだ。

 

「仮に……仮に立香が戦いを……汎人類史を取り戻す戦いを望んでいたとしても……望んでいたとしてもあの子はまだ子供だ……」

 

パニッシャーはマシュの胸倉を放すと、自分の拳を強く握りながら立香が背負った過酷で残酷な運命を呪うように呟く。

 

「マシュ…ダ・ヴィンチ……俺はお前達カルデアを決して許さない。あの子を…何も知らない子供であった立香をこんな戦いに巻き込んだお前達を……!」

 

パニッシャーはマシュとダ・ヴィンチに怒りの眼差しを向ける。が、そんなパニッシャーに対してマシュは意外な言葉を口にする。

 

「……パニッシャーさん、貴方は優しい人なんですね。貴方の先輩の事を想う気持ちは本物です」

 

マシュは優しく微笑みかけ、そんなマシュを見てパニッシャーは怒りの表情から一転して困惑する。

 

「何だと?」

 

「パニッシャーさんは一見危険な人に見えてしまいますけど……それでも誰かの為に…苦しんでいる人の為に本気で怒ってくれる。まるで辛い境遇に遭っている人を放っておけないような……」

 

マシュの言葉を聞いたパニッシャーは黙り込む。立香の事を想う本心を隠し切れていない事を、マシュは見抜いていたのだ。それを見ていたダ・ヴィンチがニヤニヤした顔でパニッシャーに言う。

 

「パニッシャー君、マシュは他人の"良い部分"を見つけるのが上手いのさ。だから彼女は多くのサーヴァントから好かれるのだよ♪」

 

ダ・ヴィンチはマシュを褒めるが、当の本人は恥ずかしそうな顔をしていた。

 

一方、マシュに指摘された事で図星だったパニッシャーは自分の怒りが無意味なもののように感じ、それ以上は何も言わなかった。

 

「……全く、白けちまった。立香が今後も戦い続けるなら俺も支援してやる。だがあの子に対して必要以上に"人類最後のマスター"として戦う事を強要したりするなら、そん時は俺がそんな事を強要した奴を殺す」

 

そう言うとパニッシャーは食堂を去っていく。




あっちの方では子供に戦わせる事に対してかなり拒否感があるみたいですね。これも文化の違いでしょうか…。

そりゃこんだけ藤丸君への想いを吐露しているんだからマシュは気付くよね…(^▽^;)


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番外編⑧ 元クリプターの女

パニッシャーさんの思想的にぐっちゃんは普通にアウトだと思う……


翌日、パニッシャーは立香、マシュ、ダ・ヴィンチと共に昼食を食べていた。立香がマスターとして復帰したので、とりあえずはパニッシャーは立香が戦闘不能になった時の予備員として待機する事となった。

 

「しかしまぁ、昨日は驚いたよ。まさかパニッシャー君があんなに怒るとはね」

 

ダ・ヴィンチは昨夜の食堂で自分とマシュに対して怒りを露わにしたパニッシャーを思い出しながら言う。パニッシャーは立香の事を心配しているが故に、彼を戦いに引き込んだカルデアの人間であるマシュとダ・ヴィンチに怒りをぶつけた。立香は騙される形で拉致同然に南極のカルデアに連行され、そこで記憶操作を施された上に特異点修復の旅へと行かされたのだから、普通に暮らしている高校生であった立香には余りにも過酷な運命だと言える。

 

「……俺は別にお前らを許した訳じゃない。だが、立香がこの先も戦いを続けると言うならば、俺も出来る限りの支援をしてやろうと思っただけだ」

 

パニッシャーはぶっきらぼうな口調で言う。だがそれは立香に対する優しさでもあった。

 

「……おじさんありがとう。俺の事をそんなに心配してくれて」

 

「誰がおじさんだ!?いや、お前から見れば十分におじさんだが……」

 

パニッシャーは立香に突っ込みを入れる。するとマシュが笑いながら言う。

 

「あははっ、パニッシャーさんって見た目に反して優しいですよね」

 

マシュの言葉にパニッシャーは黙る。パニッシャーは愛想こそ悪いが、善人や弱者には不器用ながらも手を差し伸べる一面もある。そんなパニッシャーに対して立香は言う。

 

「パニッシャー、俺の事をそこまで気にかけてくれて本当に感謝している。だけど、俺の事はもういいんだ」

 

立香は両親を失った悲しみに暮れていたが、今は悲しみを乗り越え、自分の使命を果たそうとしている。そしてそんな立香やパニッシャーの所にルーラーのジャンヌと、ジャンヌオルタが来る。二人共シミュレータールームから自分の意思で出て来た立香を祝福しているようだ。

 

「マスター、もう大丈夫なんですか?」

 

「うん、もう平気だよ」

 

立香は笑顔で答える。どうやら二人はシミュレータールームから出てきても、立香の事を心配していたらしい。

 

「ふん、ようやく出てきたようですね。けどマスターちゃんのくそ雑魚メンタルじゃ、戦いなんて無理でしょうけど」

 

ジャンヌオルタは煽るようにして立香に言うが、本気で馬鹿にしているわけではない。むしろ彼女なりに立香の事を心配していたのだ。

 

「カルデアっていうのは英霊のクローンでも量産しているのか?同一人物が多過ぎるだろ」

 

「違う違う、クローンじゃなくて英霊の"別側面"っていうやつさ。例えばルーラーのジャンヌと、ジャンヌ・オルタは同じジャンヌでも性格が全然違っているだろう。あれと同じようなものだと考えてくれればいい」

 

パニッシャーの指摘に対し、ダ・ヴィンチは苦笑しながら言う。確かに同じ存在でありながらも、異なる個性を持つのは当然だ。更に言えばそれぞれのクラスもルーラーとアヴェンジャーで違っている。そんな時、ジャンヌ・オルタがパニッシャーの事を興味深そうに見つめる。

 

「ところであなたはアヴェンジャーの素質があるみたいね?私とちょっとお話しましょうよ」

 

「は?」

 

突然の申し出にパニッシャーは驚く。そんなパニッシャーの様子を見てマシュは思わず吹き出しそうになる。

 

(パニッシャーさん、絡まれてます…)

 

確かにパニッシャーの行動原理を考えればアヴェンジャーの素質があるとは言えなくもないのだが……。そんなこんなでパニッシャーはジャンヌ・オルタから絡まれる羽目となってしまった。

 

「ほら、私の言った通りじゃない。やっぱりあなたの魂は復讐者なのね」

 

ジャンヌ・オルタはそう言いながらパニッシャーの肩に手を乗せた。ジャンヌオルタの言動にマシュは困惑するが、一方で立香はどこか納得したような表情を浮かべる。

 

「俺と違ってお前は犯罪者や悪人を憎んでいるっていうタマじゃないだろ」

 

自分に絡んでくるジャンヌ・オルタに対してパニッシャーは思わず突っ込んでしまう。

 

「私は悪人だから憎いとかそういう話をしているんじゃないの」

 

ジャンヌオルタはパニッシャーの言葉に呆れつつも、彼の言葉を否定する。

 

「俺は悪しか殺さない。善人を殺すのは御免だ」

 

「……ちなみに私の属性は混沌・悪なんだけど、アンタ的にはどうなのかしら?」

 

ジャンヌ・オルタはジロリと睨みつけるようにパニッシャーを見つめる。そんなジャンヌオルタに対し、パニッシャーはため息をついた。

 

「その属性に違わず、実際に民間人や非戦闘員を殺しまわるようなら、そん時は俺がお前を殺してやるよ」

 

「あら?アヴェンジャーである私に対して非戦闘員殺傷禁止っていう倫理観を期待するなんて、随分と甘い考えをしているのね」

 

ジャンヌ・オルタはそう言って笑う。

 

「それならお前は微小特異点の修正任務で、自分が現地の民衆を虐殺して回ってるとでも言いたいのか?」

 

流石にマスターである立香がそんな事を命じる筈もないのだが、ジャンヌ・オルタの性質上、そういう事態になっても不自然ではない。そんなパニッシャーの指摘に対し、ジャンヌ・オルタは首を横に振る。

 

「私がそんな下らない真似をする訳がないじゃない」

 

「はいはい、二人共そこまで~」

 

ダ・ヴィンチはジャンヌ・オルタとパニッシャーの間に割って入った。ジャンヌ・オルタとパニッシャーのやり取りを聞いている内にマシュは苦笑いを浮かべている。

 

「ところで、聖杯を巡って七騎のサーヴァントが争う聖杯戦争だが……冬木で行われた聖杯戦争では多くの市民が命を落とした。俺が行ったのはこことは違う並行世界の冬木の聖杯戦争だが、お前達もこの戦いを知っているんだろう?」

 

パニッシャーの言葉に立香とマシュは初めて自分達がレイシフトした場所……特異点Fである2004年の冬木の事を思い出す。あの特異点での冬木市は聖杯戦争によって壊滅的な状態になっており、あの戦いで多くの人々が犠牲になったであろう事は容易に想像できた。

 

「聖杯戦争というのも人理とやらの為の戦いなのか?」

 

そう言うとパニッシャーはルーラーのジャンヌの方を見る。

 

「いえ……聖杯戦争というのは人理の為の戦いとはまた別のものです。聖杯戦争というのは万能の願望器である聖杯を巡って七騎の英霊達が最後の一人となるまで戦うという儀式の事を指します」

 

ジャンヌの説明を聞いたパニッシャーは腕を組む。

 

「つまり聖杯戦争でのお前達サーヴァントは世界を守る為ではなく、各々の願いの為に戦っていたと?」

 

「はい、そうなります」

 

ジャンヌの言葉にパニッシャーはため息をつく。

 

「くだらんな。世の為人の為でなく、自分の願望の為の私闘か」

 

そう言って呆れた表情を浮かべるパニッシャー。聖杯戦争で多くの市民に多大な迷惑をかけている事を指摘されたジャンヌ達は何も反論する事ができない。だが元々サーヴァントというのは人々の為に戦うヒーローとは違う。人理を守る為に戦う事はあれど、聖杯戦争という己の願望を叶える聖杯を巡る戦いでは自分を召喚した魔術師をマスターとし、その命令に従って動く駒に過ぎない。

 

「俺はこの世界とは異なる並行世界で行われた聖杯戦争をこの目で見た。お前達サーヴァントの手によって精気を奪われたり、戦闘の余波で巻き込まれて死んだりした冬木の市民を大勢見た。お前達二人はマスターの命令ともあれば躊躇なく市民を手に掛けるんだろう?違うか?」

 

パニッシャーはジャンヌとジャンヌ・オルタの目を真っ直ぐ見ながら質問する。

 

「確かに聖杯戦争で多くの人々が巻き込まれて犠牲になる事は否定できません……。しかしそれは聖杯戦争における必然的な流れであり、仕方のない事なのです……。私は聖杯戦争におけるルーラーのサーヴァントですが、それでも完璧に犠牲者が出るのを防げるわけではありません……」

 

ルーラーだとで万能ではない、聖杯戦争での違反者を取り締まり罰するとは言ってもルーラーに隠れて魂喰いや殺人を行う者も存在するとジャンヌは説明する。

 

「それじゃ結局あってないようなもんだろ。それに聖杯戦争に参加したマスターの中には自分の願望のために無関係な人間を巻き込む輩もいるはずだ。その上でサーヴァントもマスターとグルになっているパターンだってある……」

 

パニッシャーの言葉にジャンヌは顔をしかめる。

 

「……えぇ。貴方のおっしゃる事も分かります。私のルーラーとしての権能も万能とは言い難いもの。全ての人々の救済は不可能に近いでしょう」

 

聖杯戦争には監督役やルーラーのサーヴァントもいるとはいえ、それが十全に機能しているとは言い難い。それにサーヴァントの中には多数の民間人を巻き添えに宝具を展開したり、建造物を始めとするインフラの破壊まで行う者もいる。とはいえノウム・カルデアが行っている空想樹伐採は汎人類史を取り戻す為の戦いであり、それに関してはパニッシャーも賛同している。

 

「お前達も俺の目の届く範囲で聖杯戦争に参加するようなら、そん時は俺がお前等2人を殺してやるよ」

 

パニッシャーはジャンヌとジャンヌ・オルタに睨みを利かせ、殺気を放つ。

 

「面白いじゃない、やってみなさい。まぁ、私達がアンタなんかに殺されるはずがないけどね」

 

「いい度胸だ。だがそんな態度を取ってられるのも今の内だけだぞ」

 

2人の会話を聞いているマシュは不安そうな表情を浮かべる。そうしてジャンヌとジャンヌ・オルタは去っていった。そうしてパニッシャーは食事を再開したものの、ふとあるサーヴァントがパニッシャーの目に入った。アサシンのサーヴァントである虞美人である。虞美人はノウム・カルデアに宿敵であるクリプターの一人、芥ヒナコの正体であり、中国異聞帯でカルデアに倒された。

 

が、今ではこうしてノウム・カルデアのサーヴァントとして活動しているのだが、パニッシャーはそれが気に入らない。汎人類史を裏切ったクリプターの一人である芥ヒナコ、もとい虞美人がこうしてノウム・カルデアに所属している事実には吐き気すら催してくる。クリプターや異星の神のせいで空想樹が地球に飛来し、地球全土が白紙化してしまったのを考えれば、パニッシャーの考えも無理はないかもしれない。立香の代理としてマスターとなったパニッシャーはダ・ヴィンチからサーヴァント達の伝承や詳細を聞かされていたので、虞美人がどういうサーヴァントなのかも知らされていた。パニッシャーは席を立ちあがると、虞美人の席まで近づいていく。

 

「虞美人…いや、"元"芥ヒナコか。クリプターの一人として人類を裏切った女が、こうしてノウム・カルデアの食堂で食事をするっていうのはタチの悪い冗談か何かか?」

 

「何よ、文句でもあるわけ? 私はこの通り、ちゃんとしたサーヴァントなんだから別に構わないでしょ」

 

パニッシャーは舌打ちをする。

 

「そういう問題じゃねぇんだよ。サーヴァントになろうがお前が生前に犯した罪は帳消しにならん。罪ってのはずっと付いて回るんだからな。クリプターから鞍替えしたつもりだろうが、一度人類を裏切っている分際で何を偉ぶった事を言ってる」

 

「ふんっ、アンタが許そうと許すまいと関係ない。それに、あの時と違って今は項羽様に会える機会がある。それだけで十分よ」

 

そう言うと、虞美人は椅子から立ち上がり、その場から去ろうとするが、パニッシャーは懐から銃を取り出し、後ろから虞美人の背中に向けた。

 

「あれだけの事をしておいて反省も後悔も無し、か。清々しい程のクズだ。お前と同じ空間にいるだけで吐き気がする」

 

パニッシャーは引き金を引くと、乾いた音が食堂に響き渡る。が、銃弾は虞美人には命中しなかった。パニッシャーの銃をブラダマンテが弾き飛ばしたからである。

 

「邪魔をするな…」

 

「いいえ、止めさせていただきます!」

 

そう言ってブラダマンテはパニッシャーの前に立ち塞がる。するとパニッシャーの背後にはいつの間にか虞美人の姿があった。パニッシャーは背後からの攻撃に備えようとするが、それよりも先にパニッシャーの腹部に衝撃が走る。虞美人がパニッシャーの腹部に蹴りを喰らわせたからだ。虞美人の軽い蹴りだけで100kgを超えるパニッシャーが何メートルも吹き飛ばされ、食堂のテーブルをなぎ倒しながら壁に激突してしまう。

 

「ちっ……」

 

パニッシャーはどうにか立ち上がるが、虞美人は目にも止まらぬ速度でパニッシャーとの距離を詰めると、パニッシャーの首を締め上げ、片手で彼の身体を持ち上げる。

 

「この私に銃を向ける事の意味、わかってんでしょうね……?」

 

パニッシャーは苦しそうな表情を浮かべながらも、「ああ、そうだ。お前は俺にとって駆除対象、だから銃でも砲弾でもぶちかましてやる!」と答えた。

 

パニッシャーの言葉を聞いた瞬間、パニッシャーの首を掴む力が強くなる。

 

「ぐぁ……!?」

 

「人間っていうのは、自分勝手な生き物よね。自分の都合の良い正義で他者を裁きたがる。アンタみたいにね…!」

 

虞美人は冷徹な眼差しでパニッシャーを見上げ、更に力を込めていく。が、パニッシャーの首を絞める虞美人を、立香とマシュが止めに入る。

 

「待ってください!それ以上やったらパニッシャーさんが死んでしまいます!!」

 

「気持ちは分かるけど、ここで殺したところで何も解決しないよ!!」

 

「……ふん」

 

虞美人はパニッシャーを床に投げ捨てる。解放されたパニッシャーは咳き込みながら呼吸を整えた。

 

「けほっ、ごほ……。助かったぜ、ありがとよ。マシュに立香」

 

虞美人はつまらなそうに起き上がるパニッシャーを見ると、その場を去っていく。

 

「マシュ、立香、クリプターだった芥ヒナコ…虞美人をこうして自分達の仲間に引き入れるなんて何を考えているんだ?クリプターは世界を……人類を裏切った連中なんだぞ?」

 

パニッシャーは立香とマシュに問いかける。しかし二人はパニッシャーに答えようとせず、ただ黙って俯くだけであった。その様子にパニッシャーは呆れたようにため息をつく。

 

「まあ良いさ。お前らが何を考えていようが知った事じゃない。だがこれだけは覚えておけ、ああいう手合いっていうのは心の底から反省したり後悔したりする事は絶対にない」

 

「確かに……ヒナコさんはクリプターの一員でした。ですが英霊の座に登録され、こうしてノウム・カルデアのサーヴァントとして召喚されています。ならば……」

 

「甘いんだよ、マシュ。あいつはそういう奴だ。自分の願いを叶える為なら何だってする。お前達の味方でいるのはたまたま項羽っていうサーヴァントがこのカルデアにいるからあの女の手綱を握れているだけに過ぎん」

 

パニッシャーは虞美人への嫌悪感を露わにするが、そこにダ・ヴィンチが来た。

 

「パニッシャー君、相手の過去の所業や悪事にばかり目を向けてしまうのは君の悪い癖だ。藤丸君はこのカルデアに召喚されたサーヴァント達が過去に犯した悪行を知った上で彼等のマスターになっている。思想は各々違えど、こうして今は汎人類史の為に戦っているという共通点があるからこそ、団結できているんじゃなかったかな」

 

「……」

 

強烈な個性を持つサーヴァント達が一つになれているのも、マスターである藤丸立香という一人の少年の持つ器の大きさ、そして懐の深さ故だろう。だからこそカルデアに召喚されたサーヴァントは皆立香に協力的だし、彼を人類最後のマスターとして信頼しているのも頷ける。だがパニッシャーは生前に極悪の所業をしでかしたサーヴァントを許容しない。パニッシャーは立香とマシュの思想の甘さに辟易しつつ、食堂から去って行った。




リンボとかレジライだったら見た瞬間殺しに行きそう(;^ω^)

パ二パ二のフィジカルじゃぐっちゃんに勝つのは流石に厳しかったか。


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番外編⑨ パニッシャーと妖精騎士

というかいつまで番外編続けるんだろう……?(^_^;)

今回、バーヴァン・シーが盛大に藤丸君を煽ってきます


「ふあぁ~、よく寝た」

 

翌朝、立香はマイルームのベッドで起きると、ベッドから降りて日課である朝のストレッチを始める。するとマイル―ムの扉が開くとマシュが入ってきて、ストレッチ中の立香にハグしながら挨拶してくる。

 

「おはようございます先輩。良く眠れましたか?」

 

「うん。ぐっすりとね。マシュは朝から元気だな~。何かいい夢でも見たのかい?マシュがこんなにテンションが高いなんて珍しいけど」

 

先日の立香の両親が魔術協会に消されたという事実を知り、それに対して立香は死んだ両親の死に涙し、一人でシミュレータールーム内にこもり、そこで虚像の両親と生活をしていたが、アナスタシアが立香の悲しみを受け止めた事によって立香は再び戦う決意をした。マシュは両親の死を知り、慟哭する立香を目の当たりにして以降、こうして積極的にスキンシップをしてくるようになった。

 

マシュは両親を失った悲しみに暮れる立香に寄り添い、彼の心のケアに努めようとする。後輩として先輩である立香の痛みや苦しみ、悲しみを全て受け止める覚悟を決めている。憧れるばかりが後輩ではない、手本とするばかりが後輩ではない、本当の意味で立香が苦しんでいる時、それを支える事が真の意味での"可愛い後輩"である。

 

マシュは立香の体を抱きしめながら彼に語り掛ける。

 

「先輩のご両親の死は私にとってもショックです……。それに先輩の涙を見ても先輩がご両親から愛されていた事が分かります……」

 

「マシュ……あの時はカッコ悪い所を見せちゃったね。ムニエルを殴ったり皆の前で泣いたりして……」

 

マシュは首を横に振る。

 

「いえ、私はそんな事はありません。寧ろ嬉しかったんです。先輩が感情を抑えずにぶつけてくれた事が。先輩はいつも我慢していたから、ずっと心の中で溜め込んでいたんだと思います。だから今の先輩は本来の自分に戻れたんじゃないかって思います。辛い時、悲しい時は我慢せずに誰かに気持ちをぶつける事だって大切ですよ」

 

「マシュ……ありがとう」

 

マシュの言葉に立香は涙を流す。マシュは自分の胸で泣く立香を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。そしてマシュは立香の頬にキスをする。立香はマシュのキスに思わず顔を赤らめてしまう。マシュは立香の涙に濡れる顔を見つめると、立香の唇に自分の人差し指を当て優しい笑みを浮かべた。

 

「さぁ、今日一日も頑張りましょう、先輩。まずは何をしましょうか?」

 

マシュはそう言うと今度は立香を押し倒す形でベッドに寝る。マシュの胸の感触が伝わり、立香は自分の心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。そしてマシュは立香の顔と自分の顔を徐々に近づけていく。立香自身も"これはもしや…?"と思った。マシュと立香の唇が触れ合う数センチ手前の位置でマイルームの扉が開き、アナスタシアが入って来た。

 

「マスター、おはよ……」

 

が、アナスタシアはマシュが立香をベッドの上で押し倒し、今にもキスしようとしている光景をバッチリ見てしまった。立香とマシュは入ってきたアナスタシアを見て気まずそうな表情を浮かべている。マシュはアナスタシアの方を振り向くと笑顔で挨拶する。しかしその表情はどこかぎこちない。

 

「お、おはようございます、アナスタシアさん。ど、どうかしましたか……?」

 

マシュはアナスタシアに朝のあいさつを交わすが、マシュは立香に覆いかぶさる体勢のままだ。アナスタシアはそんな二人を見てため息をつく。

 

「……別にどうという事はないけど、あなた達はもう少し節度を持った方が良いと思うのだけど」

 

マシュは立香に抱き着いたまま答える。

 

「"こういう事"をしている訳ではありません。ただ先輩と仲良くしているだけです。何か問題でもありますでしょうか?」

 

アナスタシアはその言葉を聞いて呆れ果ててしまった。

 

「いや、それはそれで問題があるでしょうに。そもそも、どうしてそんなに仲が良いのかしら。私としてはそこが一番気になるのだけれど」

 

マシュはアナスタシアに質問され、少し考える。

 

「……強いて言えば、お互いがお互いに安心できるからではないでしょうか?」

 

「私はシミュレータールームからマスターを連れ戻した日から、マスターの母であり、姉であり、妹としての役割を担うと決めたの。母親としての経験はないけど、生前の私は妹でもあり、姉でもあったから」

 

確かに立香をシミュレータールームから連れ戻したのはアナスタシアだが、立香の母、姉、妹の役割を担うとは聞いていない。アナスタシアは立香に抱き着いたままのマシュを見て少しばかり頬を膨らませている。

 

「あ、あの、マシュ。そろそろいいかなって。ほ、本当に苦しいから……!」

 

マシュの豊満なバストで顔を埋められている立香はマシュに離してほしいと頼む。マシュは立香を解放すると、アナスタシアは立香に話しかける。

 

「おはようマスター。朝からマシュと仲が良いのね」

 

そう言うアナスタシアの目はどことなくジト目になっている。マシュは立香から離れて姿勢を整えると、いつものように微笑みながら答えた。

 

「はい。わたしと先輩はとても親密なので」

 

(……えっ?)

 

マシュの言葉を聞いたアナスタシアは一瞬固まる。しかしすぐに気を取り直すと、マシュに尋ねた。

 

「まぁ、マスターとあなたがそこまで親密だったなんて。意外だわ」

 

アナスタシアは笑顔で言うが、どことなく身体から黒いオーラを放っているように見える。マシュはそんなアナスタシアの様子に気付く様子もなく、笑顔でアナスタシアに返事をした。

 

「はい。先輩と私はとても仲良しですよ」

 

マシュはアナスタシアに答えると、再び立香に抱き着く。立香はマシュに抱き着かれながらアナスタシアに尋ねる。

 

「あの……アナスタシア!?こ、これはマシュの後輩としてのスキンシップの一環なんだ!だから、別に他意はないんだって!」

 

立香は慌てて弁明するが、当のマシュはそんな立香を無視してアナスタシアに答える。

 

「私は先輩のマイルームを見て、毎日先輩の様子を見ていたんですよ?先輩が寝ている所や着替えている所、シャワーを浴びている所だって余す所なく…」

 

そんなマシュの言葉を聞いた立香は固まる。

 

「え……?マシュ……?俺のシャワーや着替えを見てたの……?」

 

マシュは自分の発言の重大さに気付かず、「はい」と答えた。が、慌てて弁明し始める。

 

「あ!いえ!その!あくまで観察というか……!そういうつもりではなくてですね……!」

 

マシュの顔色はみるみると赤くなっていく。そんなマシュを見て少しばかり落ち着いた立香だったが、今度は別の意味で心臓が激しく脈打っている。

 

(お、俺の裸がマシュに見られてたのか……。うぅ、なんか恥ずかしいな)

 

立香はマシュに自分の入浴中の様子を見られていたという事に少しばかり動揺していた。そんな立香の心情を知ってか否か、マシュは慌てる。

 

「そ、その、先輩がシャワーに入っている時の様子を見たかったわけではなく、その、ただ単に先輩の様子を見て……」

 

「へぇ、マシュ。あなたは自分のマスターの入浴姿を覗き見る趣味があったのね」

 

アナスタシアは笑顔でマシュに言い、そんなアナスタシアの言葉に対してマシュは慌てて反論する。

 

「ち、違いますよアナスタシアさん!!わ、私が言いたい事はそうじゃなくて……!!」

 

マシュは必死にアナスタシアに弁解しようとするが、アナスタシアはそれを遮るようにして言った。

 

「まぁ、マスターがマシュに自分のあられもない姿を見られていても気にはしないでしょうけど、最低限のプライバシーは守るべきじゃないかしら」

 

アナスタシアは笑顔で続ける。

 

マシュはアナスタシアの発言を聞いて固まってしまう。アナスタシアは続けてマシュに話す。

 

「マスターも年頃の男性なんですから、異性に自分のプライベートを見られていると知ったら嫌だと思うんじゃないかしら」

 

アナスタシアの言葉に、マシュもようやく自分がとんでもない事をしていたのだと気付いた。

 

「俺は……自分の一糸纏わぬ姿をマシュに覗かれていたんだ……」

 

立香は部屋の隅に座って何やらブツブツと呟いており、そんな立香の姿を見たマシュは動揺しつつも弁明する。

 

「だ、だから違うんですよ先輩……!私は決してそんなつもりでは……!」

 

マシュは何とか弁明しようと試みるが、そんなマシュの肩に手を置き、アナスタシアはマシュに言う。

 

「安心なさいマシュ。あなたの気持ちはきっと伝わるはずよ」

 

マシュは立香の落ち込む姿を見て、改めて自分がとんでもない事をしていたのだと自覚する。

 

立香はマシュに自分の裸体を見られた事にショックを受けていたが、マシュはマシュで自分の軽率さを恥じる。

 

(ど、どうしよう……。確かに私は先輩の裸体を見てみたいと思っていました……。でもそれは決してそういう意味ではなくて……)

 

マシュは心の中で自問する。

 

(それにしても先輩の裸体は綺麗で、まるで彫刻のように美しかった……。普段からトレーニングをしているので先輩の身体はとても引き締まっていて無駄がなく、筋肉もしっかりとついていましたね。先輩のお尻は小ぶりで可愛らしく、そして先輩の……先輩の"あの部分"は……)

 

マシュはモニタールームで見てたシャワーを浴びている立香を観察している時の事を思い出し、顔を真っ赤にして悶える。

 

マシュはモニタールームで見た立香の姿を思い浮かべる。シャワーで濡れた髪と肌が妙に艶めかしくて、その光景はマシュにとって刺激的過ぎた。

 

「マシュ、あなたは今何を考えているのかしら?私はとても気になるわ」

 

アナスタシアは笑顔だが、どことなく声に殺気が籠っており、マシュは慌てて弁解する。

 

「ち、違いますアナスタシアさん!!別に変な事は考えてませんから!!」

 

「あなたは自分のした事を反省するべきね。善意でやっていたとしても、相手を傷付ける結果になる事もあるのよ?」

 

そう言ってアナスタシアは部屋の隅で体育座りをしながら独り言を呟いている立香に近付き寄り添う。

 

「よしよし、マスターはいい子ですねー」

 

立香をあやすように頭を撫でる。

 

「ちょっ!?何してるんですかアナスタシアさぁんッ!!!」

 

マシュはアナスタシアの行動を止めようとするが、アナスタシアはマシュに言う。

 

「マシュ、これこそ本当に必要なスキンシップよ?今のマスターに必要なのは心のケア」

 

アナスタシアの言葉にマシュは反論できない。マシュはアナスタシアに諭され、仕方なくアナスタシアに抱き締められる立香を見守る事にした。

 

 

 

*********************************************************

 

 

 

 

 

マイルームを出ると、アナスタシアは立香と腕を組みながら廊下を歩いていた。そしてマシュも二人の後に続く。

 

「あら、どうかしたのマシュ?そんなに見つめてきて」

 

マシュは二人を凝視しながら無表情で見つめており、その様子に気づいたアナスタシアはマシュに尋ねる。

 

マシュは少しだけ頬を引きつらせながらもアナスタシアに答える。

 

「い、いえ……。その、アナスタシアさんの行動があまりにも自然だったので……」

 

マシュはアナスタシアと立香が腕を組んで歩く姿に違和感がない事に驚く。マシュが知っている限り、アナスタシアは人見知りであり他人と距離を置く性格であり、信頼関係を築かなければ誰かと馴れ合うような真似はしない。しかしマシュはアナスタシアと立香の関係を知っている。アナスタシアと立香は互いに信頼関係を築いており、二人はお互いを支え合っている。アナスタシアはシミュレータールームで虚像の両親と過ごす立香を連れ戻してきた。それはアナスタシアが立香と同じく自分の家族を理不尽に奪われた過去を持つからだろう。マシュはアナスタシアと立香の間に確かな絆を感じ取り、羨ましくも微笑ましく思った。

 

「さっきも言ったけど、私はマスターの母であり、姉であり、妹としての役割を担うの。だからマスターを甘やかす時は思いっきり甘やかさないとね」

 

そう言ってアナスタシアは立香の頭をナデナデする。が、その時廊下を誰かが駆け抜ける音がしたかと思うと、モリアーティがアナスタシア、立香、マシュの前に颯爽と現れた。

 

「グッドモーニーング!我がマスター!母、姉、妹の代わりがいるのであれば、父、兄、弟としての役割は私が担おうじゃないかネ!」

 

そう言ってモリアーティは立香を抱きしめる。

 

「私がマスター君のパパになっちゃうぞ~?」

 

と、まるで父親のような振る舞いをする。

 

「あら?あなたの場合は父親というよりもお爺ちゃんよ?」

 

そんなアナスタシアの言葉にモリアーティは流石にショックを受けたようだ。

 

「ガーン!?︎そ、それって年齢差別というやつじゃあないかネ…!?普通にアラフィフの父親も需要はあるはずでは……」

 

「いや、俺の父さんはまだ三十代だったし……」

 

「何という事だ!若さか…やはり若さが必要と言うのか……。私に足りないものは若さなのかァーッ!!!!」

 

「えぇー……(汗)」

 

そんなやりとりをしながら三人はノウム・カルデアの食堂へと向かう。そして立香達が食堂に着くなり、頼光が立香の元にまで駆け寄ってくる。

 

「マスター……、父を……そして母を理不尽に奪われた気持ち……この私には痛い程によく分かります…!今こそ私が母親として、マスターの支えになりましょう!!」

 

頼光はそう言って立香を抱き寄せる。頼光の目からは涙が流れており、立香はその温もりに安心感を覚えた。

 

「あぁ……可哀想に……。もう大丈夫ですよ。母が側にいますからね」

 

頼光がそう言うと、立香は無意識のうちに涙を流す。バーサーカーとして召喚された頼光は母性という一面が殊更に強調されており、その包容力は並大抵ではない。

 

「……あれ?なんか違う気がするんですが……」

 

そんな二人を見てマシュは困惑する。が、そんな立香の様子を面白そうに見ている存在がいた。つい昨日ノウム・カルデアに召喚されたバーヴァン・シーである。彼女は立香が両親の死にショックを受け、シミュレータールームで虚像の両親と暮らしてた事を知り、それをからかうべく立香の所までやって来る。

 

「おい、お前。死んだ親が恋しくてシミュレータールームで暮らそうとかマジでキモいな」

 

バーヴァン・シーはニヤけた笑顔を浮かべつつ容赦なく立香を挑発する。

 

「別に、そんなんじゃないよ」

 

立香はバーヴァン・シーに反論する。だが彼女の言う事は間違っていない。立香は両親の死に耐えきれずにシミュレータールームに篭もったのは言い逃れしようのない事実なのだから。

 

「はっ、強がるなって。どうせお前は死んだ両親に未練タラッタラなんだろ?そんな奴はここで大人しくしてればいいんだよ」

 

「……」

 

立香は黙ってしまう。そんな立香の様子を見たバーヴァン・シーはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「図星かよ。ほんっと、情けねぇなお前。その年になってもママに甘えたいんだろ?このマ・ザ・コ・ン♡」

 

ケラケラと笑いながらバーヴァン・シーは立香を罵倒する。だが、そんなバーヴァン・シーにマシュとダ・ヴィンチから注意が入る。

 

「ちょっとバーヴァン・シーさん!いくらなんでも言い過ぎです!」

 

「私は本当の事を言ったまでだけどぉ?それにコイツだってこんな風に言われても仕方がないだろ」

 

バーヴァン・シーは悪びれる様子もなく、むしろ立香が悪いと言わんばかりな態度をとる。そんなバーヴァン・シーに対してマシュは抗議するがバーヴァン・シーは全く反省の色を見せない。

 

「私達サーヴァントをほったらかしにして偽物の親のいる空間で暮らすなんて親離れできてなくてちょーウケる!メソメソしてるよりはマシかもしれないけどさ、それって結局は現実逃避よね?何にも変わってないじゃない。親死んだ程度でビービー喚いてるガキンチョはママに慰めてもらえばいーじゃん?アハハ!」

 

バーヴァン・シーの言葉にマシュとダ・ヴィンチは顔をしかめる。

 

「バーヴァン・シーさん!いい加減にしてください!先輩はご両親の死にショックを……」

 

マシュは立香を心配し、バーヴァン・シーに詰め寄る。

 

「だからぁ、それがダメなんでしょ?アイツはいつまでも子供のまま。これからもずっとこのままなわけ?あーやだヤダー。これじゃいつまで経ってもマスターとして成長できねーじゃん。自分のサーヴァント達よりも死んだ親を優先してるとか、どんだけクソ野郎だよ」

 

立香はバーヴァン・シーの罵倒をじっと聞いていた。立香は唇を噛みしめ、拳を強く握り締める。

 

「何も言い返さないわけ?ほら見ろよ、やっぱりそうだろ?死んだ両親の方が大事なんでしょ?死んだ両親と暮らし続ける方が幸せなんだろ?そうやって自分を騙し続けてれば楽になれるもんな」

 

バーヴァン・シーはさらに言葉を続ける。

 

「お子様が母親に甘えるように、死んだ両親にべったり依存してるだけのただの子供。お前はもう、マスターとしてとっくに死んでるんだよ」

 

バーヴァン・シーは無言のままでいる立香を見て益々嘲笑する。だが、そんなバーヴァン・シーにマシュとダ・ヴィンチから注意が入った。

 

「ちょっとバーヴァン・シーさん!いくらなんでもそれは失礼すぎます!」

 

「私達は藤丸君の悲しみを受け止めてあげたいだけだ。彼は両親の死を受け入れられず、悲しみに暮れている。その気持ちは分かるだろう?」

 

マシュとダ・ヴィンチはバーヴァン・シーに立香への態度を改めるように言う。だが、バーヴァン・シーは二人の言葉を鼻で笑った。

 

「はっ、何それ?今まで戦いを潜りぬけてきた癖して、今更両親が死んだぐらいでメソメソウジウジ泣きついてる奴がマスターとかマジで終わってるんだけど。そもそも、そんなに両親が大事なら一生シミュレータールームに閉じ籠ってりゃいーじゃん。ソイツはもう、あの両親に依存して生きること以外出来ないガキなんだから」

 

バーヴァン・シーは立香に罵声を浴びせると、そのままその場から去っていった。

 

マシュとダ・ヴィンチはバーヴァン・シーを追いかけようとしたが、立香が引き留める。

 

「いいんだよ…、バーヴァン・シーが言っている事は本当なんだからさ…」

 

立香は力なく呟くと、自分の席に座って食事を取り始める。食事をしている立香の目は潤んでおり、涙がこぼれないように必死に堪えながら食べ続けていた。そんな立香の様子を見たマシュとダ・ヴィンチは心配そうな表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

*********************************************************

 

 

 

 

 

立香がバーヴァン・シーに煽られているのと同じ頃、パニッシャーは離れた位置で食事を取っていた。漂白化された地球から物資を取れない為、微小特異点で狩ってきた動物を持ってきたり、農場で栽培した野菜を調理したものを食べたりしている。そんな彼の元にバーゲストがやって来る。パニッシャーは以前食堂でバーゲストに対して銃を発砲したせいで懲罰房へと入れられてしまった。発砲した際にバーゲストに対して少なくないダメージを与えたが、バーゲストは既に完治しているようだ。

 

「…お前か。随分と回復が早いな。流石は妖精といった所か?」

 

パニッシャーはバーゲストを見るなりそう言った。が、当のバーゲストはパニッシャーと争うつもりはないようだ。

 

「貴様には手酷い怪我を負わされたが、今はこうして元気にしている。ここで私に殺されないだけ感謝しておけ」

 

パニッシャーはバーゲストが持つ妖精としての性質とその危険性を聞かされていたので、立香にもしもの事があっては困るからとバーゲストに発砲したのだ。

 

「お前がノウム・カルデアに召喚されて立香のサーヴァントになったとしても、お前の性質を考えればいつ立香を喰い殺すか分からん。犬は犬らしくドッグフードでも食べていろ」

 

パニッシャーの言葉にバーゲストは少し不機嫌になる。バーゲストは妖精も人間も関係なく喰い殺し、その衝動から恋人となった相手を食らってきた過去を持つ。当然バーゲストはそんな自分に嫌気が差しているのだが、パニッシャーはそんなバーゲストの性質こそ立香を危険に晒していると指摘している。

 

「自分の食欲が抑えられないのならテメエ自身の肉体を食らって腹を満たしておけ。それが一番平和的解決法だ」

 

無論、バーゲストだとて自分の生まれ持った情動は嫌悪してはいるのだが、最早本能と言っても過言ではない程に制御できない感情なのだ。

 

「お前は自分の性質を知りながら多くの男と関係を持ち、相手を食らってきたんだろう?食欲の塊であるお前がいつ立香を喰い殺すか分からん」

 

「私とて自分の持つ性質を恥じている。だがそれでも抑えきれないこの渇望こそが私の罪であり、罰だ」

 

パニッシャーはため息をつくと、自分の皿にある肉料理を口に運んだ。

 

「だがそういうお前も、ウェールズの森を焼いた事でアイツの逆鱗に触れた末に魂を食われた。初めて自分が食われる立場になったのはどんな気分だった?」

 

「あの妖精亡主(ナイトコール)に自分の魂が食われる時の感覚は忘れられん。これまで多くの妖精や人間を食らってきた自分が、まさか喰われる側に回るとはな……」

 

魔力喰いのバーゲストでさえ、復讐の精霊の持つ規格外の腕力と魔力の前には成すすべが無かった。初めて自分が一方的に殺される感覚はバーゲストの身に焼き付いている。

 

「ともかく、お前が立香を喰い殺す可能性がある以上、俺はいつでもお前を殺せる準備をしている。それを肝に銘じておくんだな」

 

パニッシャーがそう言うとバーゲストはその場を去って行った。これでもパニッシャーなりに最大限抑えている方であり、バーゲストが下手な事を言えば再び彼女に発砲していた。そんな時、ダ・ヴィンチがパニッシャーの所に来る。

 

「おや?パニッシャー君は彼女と仲直りできたのかな?」

 

パニッシャーとバーゲストの会話を聞いていたのか、ダ・ヴィンチはニヤニヤしながらパニッシャーに話しかける。

 

「ふん、そもそも俺は誰と仲良くする気もないし、馴れ合うつもりもない」

 

「ははは、相変わらずパニッシャー君ってばクールなんだから~」

 

「それ以前になんであんな女をカルデアに召喚したんだ?妖精國の妖精共をストームボーダーに乗せて彷徨海に避難させようとした事といい、お前達は相手の持つ危険性を認識できないのか」

 

パニッシャーはバーゲストが持つ性質と、妖精國に暮らす妖精の異常性を知った上で彼等と仲良くしていたダ・ヴィンチに苦言を呈する。

 

「お人よしもいいが、限度ってもんがある。いつ暴発するかも分からない爆弾を抱えるような真似はしない方がいいだろうに……」

 

パニッシャーの言葉にダ・ヴィンチは思わず黙り込む。確かに彼の言葉は正論だった。だが、それでもパニッシャーは自分の考えを変える気はなかった。

 

とはいえパニッシャー自身、立香やマシュ、ダ・ヴィンチの持つ善性と優しさを認めているのも事実だ。パニッシャーは法律を無視し、多くの犯罪者や悪党に死の制裁を加え続ける事から、アベンジャーズやスパイダーマンといった他のヒーローから殺人者のレッテルを貼られ、鼻つまみ者として扱われているのは事実だ。しかし立香、マシュ、ダ・ヴィンチ達カルデアの面々は問題を起こすパニッシャーを決して追い出そうとはしなかった。高潔さと遵法精神、不殺主義が求められるヒーローの集まりであるアベンジャーズとは異なり、多種多様な英霊達の性格や側面を見続けてきたカルデアだからこそパニッシャーのような者に対しても寛容になれるのだろう。そしてパニッシャーはふと思う。もしも仮にキャプテン・アメリカが立香の代わりに人理修復の旅に出たとしたら、立香と同じくゲーティアの野望を打ち砕けるのだろうか?と…。




バーゲストを倒したのは皆大好きあのキャラです

カルデアがアベンジャーズといったヒーローよりもパニッシャーに対して寛容っていうのは割と合ってるんじゃないかと思う。ヒーローは色々面倒臭い制約に縛られる関係上、どうしてもパニッシャーみたいなのは白眼視されるわけだし。


キャップってカリスマ性も指導力も人間的魅力も高潔さも備えているから、藤丸君の代わりに人理修復はできるんじゃないかなー?と思ったり


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番外編⑩ ダ・ヴィンチの涙

ロリンチちゃんもやっぱり藤丸君を戦場に出す事に罪悪感は抱いている筈なんですよねぇ。号泣するロリンチちゃんは見たくないっていう人もいるかもしれないですけど、私は泣いているロリンチちゃんは好きです…(*´Д`)

「ロリンチちゃんは藤丸君の前で泣いたりなんかしない!」って言う人も中には出てくるかと思いますが……(-_-;)

そしてついに"彼等"が現れる……


立香はノウム・カルデアにある大浴場の湯舟に浸かり、自分の心の弱さを改めて痛感していた。両親の死が受け入れられずにシミュレータールーム内で作り上げた偽物の両親と家で暮らしていた事を先程食堂でバーヴァン・シーから嘲笑され、立香は恥ずかしさと悔しさが入り混じった感情を抱く。

 

人類最後のマスターとして今まで数多くの修羅場を乗り越えてきた立香だが、今回ばかりは流石に堪えた。そして両親の死に取り乱した自分の姿に、少なくないサーヴァント達から失望されてしまった事も。人理の危機という非常事態の最中であっても、自分はまだまだ未熟な子供でしかない事に立香は嫌でも思い知らされる。殺し合い、命のやり取り、生きるか死ぬかの修羅場を潜り抜ける事は特異点修復の旅や空想樹の切除の過程ですっかり慣れてしまった。

 

しかし今回の両親の死については別だ。自分の両親は汎人類史を取り戻した上で立香が帰るべき日常の象徴であり、そんな両親を失った事で立香は心に深い傷を負う。シミュレータールームで両親に別れこそ告げたが、あれはあくまで虚像の両親。立香は戦いを続ける決意こそしたが、両親の死は立香の心に暗い影を落とす。

 

魔術協会がまともな組織ではない事はドクターやダ・ヴィンチから散々に聞かされていたが、まさか両親を手にかけたとは思いもしなかった。いや、南極のカルデアに入れられた時点で自分と両親の運命は決まっていたのかもしれない。

 

"今まで留守にしてごめん、ずっと寂しかったでしょ?"

 

そんな謝罪の言葉すら両親に伝える事ができなかった。立香は心の中で両親に謝罪した。両親を守れなかった自分を責める一方で、両親を殺した魔術協会のやり方に怒りを覚える。両親に別れを告げる事ができず、二度と会えない事が悲しくて仕方がない。立香の目からは熱い液体が零れ落ち、湯舟に落ちていく。

 

「うっ……ぐすっ……」

 

泣き声を押し殺そうとするが、涙は止まらない。そう簡単に両親の死を乗り越えられるなら苦労はしないのだ。心を強くしなければいけない、人類最後のマスターとして戦いを終わらせなければいけない。だが自分を生み、自分を育て、自分を愛してくれた両親の存在は立香にとって唯一無二だ。

 

その両親がもうこの世にはいないという事実が、立香の心に深く突き刺さっていた。今までに多くの人々の死、サーヴァントの死を見届けてきた筈なのに……帰るべき家にいる筈の両親がいつの間にか殺されていた。例え空想樹を全て切除しても漂白化された地球が元に戻る保証はない、それでも自分が帰るべき日常の為に立香はここまで戦ってきたのだ。両親と再び会う為に。

 

しかし両親は既にこの世にはいない。自分が今までやってきた事は全て無駄だったのかと、立香は絶望する。ここまできた以上は最後まで戦い抜く覚悟を決めている。なのに立香の心には死んだ両親との思い出が鮮明に蘇り、立香を深い悲しみに陥れる。そんな時、後ろから鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえてきた。ダ・ヴィンチである。この大浴場は男女混浴である為ダ・ヴィンチも入ってこれるのだ。

 

「やあ藤丸君、今日もお疲れ様」

 

「うん、ダ・ヴィンチちゃん、お疲れさま……」

 

「……」

 

ダ・ヴィンチは立香の目から流れる涙を見て、立香が両親の事を思い出していたのだと悟る。そして湯舟に入ると、立香に寄り添う。

 

「辛いよね、悲しいよねぇ……。君の気持ちはよく分かる。私だって大切な人達が突然いなくなったらとても耐えられない」

 

ダ・ヴィンチは人類最後のマスターである立香が、両親の死に動揺し、悲しみ、慟哭する姿を目の当たりにして、立香は一人の少年なのだと改めて痛感していた。立香は強引に南極のカルデアに連れてこられ、人類最後のマスターとして特異点修復の旅路を歩む事となったのだ。普通の少年であった立香を人理の為の戦いに巻き込んだ事をダ・ヴィンチは深く後悔している。シミュレータールームで虚像の両親に甘える立香の姿を見て、自分達カルデアは余りにも過酷な運命を立香に背負わせてばかりいると、ダ・ヴィンチは胸を痛める。

 

「……ごめんね、こんな役目を押し付けてしまって。君は普通の男の子だったのに、世界を救う為に命を懸けて戦うなんて……。南極のカルデアに連れられた際に両親との記憶を消され、そのまま特異点を修復する旅に行かせてしまって……。君……君のご両親の事は本当に残念だ……。私達は君に謝罪する資格すら無いのかもしれない……」

 

ダ・ヴィンチは項垂れながら立香に謝罪する。

 

「シミュレータールームで作り上げた両親に甘える君の顔はとっても楽しそうで……それでいて幸せそうだった……。私達はなんて事をしたんだろう、君から日常を奪って戦いの日々に引きずり込んでしまった。いくら世界を救わなければならないとはいえ、君の日常を奪う権利は私達には無い筈なのに……!」

 

ダ・ヴィンチは目から熱い涙を流し、立香に謝罪した。普段は明るく飄々とした万能の天才であるダ・ヴィンチだが、この時ばかりは外見相応の少女のように泣いている。罪悪感に苛まれ、自分を責めるダ・ヴィンチ。そんなダ・ヴィンチの様子を見た立香は何も言わず、ダ・ヴィンチの頭を優しく撫でた。

 

「……えっ?」

 

ダ・ヴィンチは驚いて顔を上げる。

 

「ダ・ヴィンチちゃんは悪くないよ。俺がやってこれたのはダ・ヴィンチちゃんやマシュ、それに他のサーヴァントのみんながいたおかげなんだ。だからそんなに泣かないで」

 

立香はダ・ヴィンチを慰める。

 

「でも、私達は君から日常を奪った張本人なんだ。その責任は取らなければならない」

 

ダ・ヴィンチは涙目になりながら立香に言う。

 

「俺はダ・ヴィンチちゃん達と出会えて良かったと思ってる。カルデアに来てから多くの仲間に巡り合えた。ダ・ヴィンチちゃんはいつも頼りになるし、マシュは一緒にいると心強い。他のサーヴァントの人達も頼れる人ばかりです。そして何より、ダ・ヴィンチちゃんとマシュが傍にいてくれるだけで、それだけで俺は幸せなんだ。確かに両親を失ったのは悲しいけど、マシュやダ・ヴィンチちゃんも立派な俺の家族だから……」

 

立香の言葉にダ・ヴィンチの目からとめどなく涙が溢れ出す。そしてダ・ヴィンチは立香に抱きつき、泣きじゃくる。

 

「済まない……済まない……!私は……私達カルデアは君になんて酷いことをしてしまったんだろう。君はこんなにも優しい子なのに、私達カルデアは君を戦場に引きずり込んでしまった……。君の日常と家族との生活を奪ってしまった……!」

 

ダ・ヴィンチは立香に謝罪しながら涙を流した。ダ・ヴィンチだとて平穏に暮らしてた立香を人理の為の戦いに駆り出していた事に対して何の疑問も持っていなかったわけではない。心の奥底では立香を戦いから遠ざけたかった。

 

だが汎人類史を取り戻す為、ずっとその考えから目を背け続けてきた。だが両親の死を聞かされた立香が父母の死に涙を流す姿を見て、自分の心の奥底にあった罪悪感が一気に爆発し、ダ・ヴィンチは目から熱い液体を流す。マシュやホームズ、ゴルドルフの前でこんな姿は見せられない。だが立香の前では自分の感情を抑える事ができなくなった。そんなダ・ヴィンチの頭を立香は優しく撫でる。

 

「私は……君に慰められる資格なんてないのに……!」

 

ダ・ヴィンチは立香に謝ろうとするが、立香は首を横に振る。

 

「ダ・ヴィンチちゃんは悪くないよ。悪いのは俺の方。俺がもっとしっかりしてれば、ダ・ヴィンチちゃん達に迷惑をかける事も無かったんだから……」

 

「いや、藤丸君。我慢なんてしなくて良かったんだ……。泣きたい時に思いっきり泣いていいんだよ。君はまだ子供なんだから……」

 

「ダ・ヴィンチちゃんこそ、泣きたい時には思いっきり泣いていいんだよ。俺で良ければいつでも胸を貸すから」

 

ダ・ヴィンチは立香に言われ、涙を流す。

 

「ありがとう、藤丸君……。君は本当に優しいね。私なんかの為にここまでしてくれるなんて」

 

「俺にとってダ・ヴィンチちゃんは大切な仲間であり家族だから」

 

立香に励まされ、ダ・ヴィンチは湯舟のお湯で涙に濡れた顔を洗い流し、目を真っ赤に晴らしながらも満面の笑顔を見せた。

 

「ありがとう藤丸君!色々吐き出せてスッキリしたよ!この万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチが最後まで全力で君をサポートさせてもらうからね!」

 

ダ・ヴィンチはそう言うと、立香に抱きついた。立香はダ・ヴィンチに抱きつかれ、頬を赤く染める。

 

「ちょっ!?ダ・ヴィンチちゃん!?当たってる!何か柔らかいものが…!?」

 

「す、済まない…!お互い裸である事を忘れてしまったようだ……。さっきまで泣いていたせいで目元が腫れていて見苦しいだろう?」

 

「そ、そんな事無いよ。ダ・ヴィンチちゃんの目元は可愛いと思う。それにダ・ヴィンチちゃんの身体も綺麗だなって思ってたし」

 

立香はようやく自分もダ・ヴィンチも全裸だという事実に気付き、互いに肌を合わせてしまった事に顔を紅潮させる。

 

「ふ、藤丸君。そろそろ上がってくれないかい?このままだとのぼせてしまうから……」

 

「あ、はい。分かりました」

 

立香はダ・ヴィンチに促されて湯船から上がり、ダ・ヴィンチもそれに続く。立香とダ・ヴィンチは大浴場から出て脱衣所に入り、タオルで身体を拭き始めた。立香は新しいタオルを手に取り、濡れたダ・ヴィンチの身体を拭き始める。

 

「藤丸君。私の事は自分でできるから大丈夫だよ」

 

「ううん、これくらいさせて。いつもお世話になってるんだから」

 

立香に身体を拭かれるダ・ヴィンチは嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「ダ・ヴィンチちゃんも色々と抱えてたんだね……」

 

「ああ、こんな姿はホームズやゴルドルフ君には見せられないなぁ……。でも君には全部知っておいて欲しかったんだ」

 

ダ・ヴィンチはそう言いながら立香に寄り添う。

 

「お互い溜まったものを吐き出せてスッキリしたね」

 

「そうだね。私も自分の溜まったものを吐き出せてよかった」

 

ダ・ヴィンチは立香に笑顔を向ける。

 

「藤丸君。君は優しい子だ。だからこそ私は君に惹かれる。君は私にない強さを持っている。君はこれからも自分の道を進み続けるといい」

 

ダ・ヴィンチは笑顔を立香に向けながら言った。

 

 

 

 

 

 

****************************************************

 

 

 

 

 

立香は自分のマイルームのベッドに潜り込み、目を閉じた。立香は意識が遠のく中で、不思議な感覚を味わっていた。

 

(あれ……?ここは……?)

 

立香はゆっくりと目を開けた。するとそこは自分の部屋の天井ではなく、暗い地下道のような場所に立っていた。

 

「えっ……!?何ここ……!?」

 

周囲を見渡すとそこは見知らぬ地下道だった。そして立香は自分がいる地下道に見覚えがあった。特異点修復の際に向かったロンドンにある時計塔の地下に似ていたのだ。いや、似ているというよりあの時の地下そのままであった。

 

「嘘……!?どうして……!?」

 

立香は困惑しながら辺りを見る。

 

「何だか変な感じ……。俺の夢の中なのに、まるで現実みたいだ……。まさか下総の時みたく…?」

 

レイシフトした可能性は有りえなくはない。以前にもこれと似たような状況になった事があるのだ。とりあえず立香は地下道を進んでみる事にした。地下道は肌寒く、薄暗かった。

 

「やっぱり寒いな……。それにしてもこの地下道……。何処かに繋がってるのかな……?」

 

しばらく歩いていると、目の前に扉が現れた。古びた年代物の木製の扉である。立香は恐る恐るその扉を開けてみた。

 

「……!これは……!」

 

立香は目を大きく見開いた。目の前に広がっていたのは多種多様な生物がホルマリン漬けにされている部屋であった。瓶の中に入っているのは妖精などの幻想種から、昆虫、爬虫類、魚類、鳥類、哺乳類など多種の生物の標本が飾られていた。

 

「何だよこれ……。気味が悪いな……」

 

立香は思わず後ずさりする。そして部屋の奥にもう一つの扉があった。立香は恐る恐る近付き、扉に手を掛けて開けてみる。そこは"人間"を解剖している術場であった。部屋にある二つの手術台の上にはそれぞれ男女の遺体が置かれており、二人は身体の多くの部分を切り取られ、解剖されていた。立香は吐き気を催し、口元を押さえながらその場から逃げようとする。が、立香は手術台に置かれている二人の遺体の"名前"を見て凍り付く。手術台の上で身体を解剖されている男女は自分の父と母だった。名前の表記はアルファベットであるが、立香が自分の父と母の名前を間違える筈がない。

 

「そんな……父さん…!?母さん…!?」

 

立香は手術台に駆け寄り、変わり果てた姿の両親に呼びかける。

 

「何で……!?何でこんな事に……!?」

 

ムニエルから聞いた話によれば両親は魔術協会が放った執行者に事故に見せかけて殺された筈だ。なのに何故このような場所に遺体があるのだろうか?それに先程のホルマリン漬けされていた妖精などの幻想種を見ればここが魔術師の工房だという事は容易に想像がつく。

 

「事故に遭って死んだ父さんと母さんが何で魔術師の工房なんかに運び込まれているんだ…!?」

 

立香は改めて手術台の上に置かれた両親の状態を見た。両親の状態はとても言葉で言い表せない程に凄惨なもので、立香は吐き気を催す。

 

「何で……何で二人がこんな目に遭わないといけなかったんだよ……!?殺すだけじゃなく、解剖までして……!!ふざけんなよ……!!」

 

両親は単に魔術協会の執行者の手で消されただけではない、魔術師によって死後の尊厳さえも踏み躙られたのだ。

 

「父さん…母さん……ごめん……俺がカルデアにスカウトなんてされなければ……こんな事にはならなかったかもしれないのに……!」

 

立香は両親の遺体に縋り付き、涙を零しながら謝罪する。そして掛けられていた布を取り、両親の死に顔を見ようとする。だが……

 

「……!?」

 

両親の顔は既に腐り始めており、生前の面影が消えかけていた。更に両親の頭部は綺麗に切り開かれており、脳味噌が丸ごと抜き取られている有様だった。

 

「何で……何でこんな事に……!?何でこんな酷い事が出来るんだよ……!!」

 

立香は手術台に何度も拳を叩きつけた。

 

「何で……何で……!」

 

そして両親の遺体を抱き締め、泣き叫ぶ。シミュレータールームで作り上げた両親は所詮虚像のもの。現実の両親は執行者によって事故に見せかけて殺されたばかりか、こうして魔術師の工房に送られた上に実験体として解剖され、死後の安息すらも冒涜されてしまった。

 

「何で……何で……!何でだよぉ……!」

 

号泣する立香はふと、手術室にあるカレンダーを目にする。その日付は2017年12月9日。地球が白紙化する前であり、この時にはまだ立香は南極のカルデアにいた。つまり立香は両親がこうして魔術師の工房で身体を刻まれて解剖されている事すらも知らずにカルデアにいたのだ。魔術師の組織であるカルデアに関わってしまった自分を魔術協会が放っておく筈がないとは思ってはいたが、まさか自分の両親にまで手を出されるとは……。

 

「ゆる……さない……!」

 

両親をこのような目に合わせた魔術師達を絶対に許してはならない。両親をこのような目に遭わせた奴らを必ずこの手で殺さなければならない。今まで立香は本気で誰かを憎んだ事などなかった。特異点修復の旅でも、ゲーティアとの戦いでも、空想樹切除の戦いでも、立香は本気で誰かを恨んだ事はなかった。だが今は違う。両親をこのような目に遭わせ、あまつさえ両親をこのように解剖した魔術師達は決して生かしてはおけない。両親を殺した魔術師達には必ず報いを受けさせる。そう思った立香の後頭部に強い衝撃が走り、立香はそのまま意識を失った。

 

 

「ん…?ここは…?」

 

気が付けば立香は手術台の上に大の字で磔にされていた。両手両足はそれぞれ枷を嵌められ、身動きが取れないように拘束されていた。

 

「何だこれ……!?」

 

自分の身に起きている事態に困惑する立香。そんな時、部屋の扉が開き、そこから現れたのは、黒いスーツを着た中年の魔術師であった。

 

「侵入者がきたと思えばまだ子供ではないか。調べたところ、どうやら君が南極のカルデアにスカウトされたという藤丸立香か。いつの間にか南極を出てここに来たのかは知らないが、君の両親は私が解剖させてもらったよ」

 

「な……!?」

 

目の前の中年の魔術師が自分の両親の遺体を解剖した張本人という事実に、立香は驚愕する。

 

「お前が……お前が父さんと母さんを……!」

 

立香は手術台の上で暴れるが、枷が外れる気配はない。

 

「そうだ。あの二人は実に良いモルモットだった。特に父親は私の研究に非常に役立った。感謝しているぞ」

 

魔術師の言葉に立香は怒りを覚える。

 

「ふざけるな!何で……何で父さんと母さんを解剖したりなんかしたんだ……!?」

 

「決まっているじゃないか。レイシフト率100パーセントを誇る君の両親だぞ?調べる価値は十分にあるだろう。それに加えて君の父親と母親は魔術協会の者に暗示や記憶操作を受けたのにも関わらず、自分達には息子がいるという事を本能で感じ取って君を探していた。子供への愛が魔術を上回るとは実に研究しがいのある対象だよ」

 

熱心に解説する中年の魔術師の言葉に立香は怒りを覚えた。

 

「ふざけるな……!」

 

立香は魔術師を睨みつける。

 

「そんな理由で……そんなくだらない理由だけで父さんと母さんを……!」

 

「所詮一般人の君からすれば私のような魔術師の崇高な理念は理解できんだろう。だが君の父も母もこの私の実験に大いに貢献してくれた事は事実。その礼として解剖させてもらっただけだ。むしろ感謝してほしいくらいだ。何しろ君はもう二度と会えないと思っていた父と母に再会できたのだから」

 

「ふざけるな……!そんな理屈で……!」

 

「あぁ、それと君の両親が私の工房に運び込まれてきた時はまだ生きていたよ。ボロボロの状態になっても壊れたテープレコーダーのように君の名前を呼んでいたからね」

 

「殺す……お前だけは……殺してやる……!」

 

魔術師を睨む立香。自分でもどんな顔をして魔術師を睨んでいるのか分からない。

 

「やれやれ、これではまるで獣だな。まあいい。そんな君でも使い道はある」

 

そう言うと魔術師は立香に近づき、立香の頬を撫でた。

 

「レイシフト率100パーセントを誇る君の肉体、是非とも研究したいものだ」

 

そう言って魔術師は立香に魔術を掛けようとする。が、魔術師の男はその直前に意識を失いその場に倒れた。

 

「え……?」

 

立香は呆気に取られていると、手術室にある空間が歪み、そこから人型の大きなロボットが現れた。頭部は炎で燃え盛り、青を基調とした鋼鉄の身体を持っている。立香は現れたロボットに見覚えがあった。

 

「やぁ、立香君。久しぶりだね。私だよ、ドルマムゥだよ」

 

立香は自分の無意識の底にあった記憶を蘇らせる。シミュレータールームでマシュと訓練を行っている時に現れた謎のロボットだ。

 

「ここは過去の時間軸。地球が白紙化する前の時間に君を飛ばしたのさ。この工房に君のご両親の遺体があったからね」

 

ドルマムゥが手をかざすと、立香の両手両足を拘束していた枷が外れ立香は自由になった。そして立香は手術台の上にある両親の遺体に駆け寄り、涙を流す。

 

「父さん……母さん……」

 

立香は両親に抱き着いた。立香は涙でぐしゃぐしゃになりながらも、両親に語り掛ける。

 

「父さん……母さん……俺……父さんと母さんに会いたくて……ずっと会いたかったんだ……」

 

例え魔術師から記憶操作と暗示を受けても、自分の事を忘れなかった両親に、立香は涙が止まらなかった。

 

「こんな終わり方だなんて……父さんと母さんがこんな形で死ぬなんて……!!」

 

立香は両親の死に悲しむと同時に、両親をこんな目に遭わせた魔術師に対する憤りが芽生えていた。許せない、赦せない、絶対に。

 

「可哀想に…。世界を救った君に対する仕打ちがこれさ」

 

ドルマムゥは号泣する立香の肩に手をかけながら優しく語り掛ける。

 

「もし……君のご両親を救う事ができるとすれば君はどうする?」

 

「……!?」

 

ドルマムゥの言葉に立香は振り返る。そう、こんな結末は…こんな終わり方は望んでいなかったはずだ。自分は両親を助けたい。たとえ自分が助かる事がなくても、せめて二人だけでも……。

 

「そうか……君ならそう言うと思っていたよ。けど本当にそれでいいのかい?もしかしたら君の仲間であるカルデアを裏切る事になるかもしれないよ?」

 

「……裏切る事になっても……俺は……俺は父さんと母さんを助けたい……!!」

 

マシュ、ダ・ヴィンチ、ホームズ、ゴルドルフ、ムニエル、アナスタシア、ブーディカといった仲間達を裏切る事は立香も望んではいなかった。だが…両親が魔術師から受けた余りにも惨過ぎる仕打ちを目の当たりにした立香は、どうしても両親を助けたいという気持ちを抑えきれなかった。人類最後のマスターとして、汎人類史を救う者として失格の烙印を押されるだろう。だがそれでも構わない。取り戻すべき日常の象徴であった両親が理不尽な死を遂げたという現実に耐えられなかったからだ。

 

「それじゃまずは強く願うんだ。君を救いに来る存在……アベンジャーズが来るように……!」

 

そう言われて立香は祈った。強く願った、何度も願った。両親にもう一度会いたい。両親が生きている世界をこの手で守り抜きたいと。今の立香は人類最後のマスターとしてではない、愛する両親を救いたいと願う一人の少年として願った……。

 

「…………」

 

立香は目を覚ました。そこはいつも見慣れたマイルームの天井だった。

 

「あれ……夢だったのか……」

 

立香は上半身を起こし、自分の身体を見る。服はいつも通りだし、特に変わった様子はない。

 

「はぁ……何だ、夢か……」

 

立香は安堵した。あんな悪夢のような出来事が自分の身に起こるはずがない。立香はそう思った。だが……

 

突然ノウム・カルデアに警報が鳴り響いた。

 

「何だ!?」

 

立香は急いで着替え、大急ぎで中央管制室に向かう。中央管制室に辿り着くと、そこにはマシュ、ダ・ヴィンチ、ホームズ、ゴルドルフ、ムニエル、シオン、そしてアナスタシアがいた。

 

「先輩!大変です!彷徨海の上空に謎の巨大空母が出現しました!!」

 

「何だって…!?」

 

「あれ程の巨大な空母を空中に浮遊させて飛行できるなんて……。これはかなり厄介だよ……!!」

 

「どういうことなんだ……?」

 

立香は先程の夢の中でのドルマムゥの言葉を思い出す。

 

 

―――――君を救いに来る存在……アベンジャーズが来るように……!

 

 

「それじゃあ……彷徨海の上空に浮かぶ空母が……アベンジャーズ……?」

 

立香は自分が何か途轍もない間違いを犯したのではないかと感じていた。




次回は舞台は再び冬木市に戻ります。別マガのコミカライズの藤丸君には普通に家族がいるんだよね……。


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第17話 柳洞寺

久しぶりに本編再開!今回はウルヴァリンが自分の能力を駆使して活躍しますぞ~


翌朝、スティーブ、クリント、ナターシャ、凛、士郎の5人は揃って学校へと登校した。正門には登校する生徒たちの姿があり、学校はいつも通りの日常を迎えいる。が、スティーブ、クリント、ナターシャだけでなく士郎も学校内を覆う違和感に気付いた。

 

「……なんというか、外と中じゃ空気が違う。甘い蜜みたいな空気じゃないか」

 

士郎は学校内の空気の異常性を感じ取っているようだ。

 

「へえ、士郎にはそう感じられるんだ。……貴方、魔力感知は下手だけど、世界の異状には敏感なのかもしれないわね」

 

そう凛は言うと、何やら考え込んでいる。

 

「にしても甘い蜜、か。例えるならウツボカズラとか。うん、なかなか言い得て妙じゃない」

 

「……ウツボカズラって、おまえ。そのイメージ、とんでもなく凶悪だぞ」

 

士郎が言った"甘い蜜"という表現に、凛はウツボカズラを例える。

 

「そう?士郎の直感は外れてないと思うけど?だってこの学校、結界っていうフタがしまったら中の生き物はみんな食べられるんだし」

 

「っ――――――――」

 

士郎は自分の本音を凛に見抜かれたようだ。

 

「やっぱりね。判りやすいから楽しいわ、貴方って」

 

凛は小悪魔的な笑みを浮かべて士郎をからかう。

 

「ああそうですか。俺はちっとも楽しくない」

 

「怒らない怒らない。士郎の言いたい事だって分かってるから安心なさい。貴方は学校の生徒を巻き込みたくないと思ってるし、わたしだってここを戦場にするのは願い下げ。なら、やるコトは一つよね?」

 

凛の言葉に士郎はうなずく。

 

「……分かってる。この結界を張ったマスターを探し出して、なんとかしなくちゃいけない。そうして、そいつが結界を解かないっていうんなら、倒すだけだ」

 

「そういうこと。ちゃんと理解してくれていて安心したわ。じゃ、わたしは結界を張ったヤツを捜してみるから、士郎は不審な場所をチェックしといて。わたしも一通り回ったけど、見落としがあったかもしれない」

 

「リン、結界を張ったマスターを探すのなら私とクリント、ナターシャも協力しよう」

 

スティーブは自分とクリント、ナターシャも学校に結界を張ったマスターを探すのに協力すると凛に伝える。

 

「ハイハイ、分かったわよ……。まったく、こんな時にまで真面目なんだから」

 

凛はため息を吐くと、「じゃ、よろしく頼むわよ」とだけ言って校舎の中へと入っていった。

 

「よし、私達も手分けして探そう」

 

そう言うと、スティーブ、クリント、ナターシャの3人は士郎と共にチャイムが鳴る校舎へと入って行った。そして昼休み、スティーブは士郎とペアを組んで学校内に潜んでいるマスターを探す事にした。クリントとナターシャもペアを組んで別の場所を探している。スティーブは自分の直感を駆使して学校内で特に違和感を感じる場所を探す。スティーブは魔術師ではないが、研ぎ澄まされた第六感を駆使して、何かしらの異変を感じ取る事ができる。もしもの時に備えて自分がキャプテン・アメリカとして活動している際に用いる円形の盾を布に包んだ状態で持ち歩く。校舎の中にもおかしい場所は多々あったが、とりわけおかしかった場所は弓道部の部室だった。スティーブと士郎は弓道場の建物の前に立つ。

 

「……どうして気が付かなかったんだ。異常って言えば、ここが一番異常じゃないか――」

 

士郎はそう言いながら自分の胸を押さえる。確かにスティーブから見てもこの弓道場からは異様な感じがした。スティーブは自分の直感で"ここは危険な場所"という事を理解できた。

 

「……ロジャース先生、結界には基点があるって遠坂が言ってた。何か所あるかは知らないけど、最初の基点は多分このあたりにあると思います。魔力で刻まれた"刻印"がある筈…」

 

そう言って士郎は弓道場を注意深く見るが、何も見つからないようだ。魔力感知に疎い士郎では結界の基点である刻印は見えないという事だろうか?

 

「ロジャース先生、ここの部室の事を遠坂に報告して――――」

 

士郎がそう言いかけた時だった。スティーブと士郎の後ろから男子生徒が声を掛けてくる。

 

「なんだ、捜し物かい、衛宮」

 

「――!」

 

突然の声にスティーブと士郎の二人は振り向く。人気の絶えた弓道場の前に立っていたのは間桐慎二だった。

 

「――――慎二」

 

「やあ。奇遇だね、僕もそのあたりに用があって来たんだけど……君、もしかして見た?」

 

そう言って慎二はニヤリとした顔で言う。

 

「……見たっつて、何を。別にここには何もないぞ」

 

「ああ、やっぱり見たのか。……なるほどね、君が遠坂と一緒にいた理由はそれか。そうだよねぇ、マスター同士、

 

手を組んだ方が効率がいいもの」

 

慎二の口から出た"マスター"というワードに士郎は反応する。

 

「―――!慎二、おまえ」

 

「そう警戒するなよ衛宮。僕と君の仲だろ。お互い、隠し事は無しにしようじゃないか。君が何を連れているかは知らない。けど、君もマスターなんていう酷い役目を押しつけられたんだろ?」

 

間違いない、間桐慎二は聖杯戦争の事、そしてマスターの事を知っている。そして自分も士郎と同じくマスターであるかのような口ぶりだ。

 

「……まさか。おまえがマスターなのか慎二」

 

「だからそうだって言ってるだろ。ああ、でも勘違いはしないでくれ。僕は誰とも争う気はない。そりゃ襲われたら殺し返すけど、手を出されなうちは黙ってるさ。ほら、このあたり衛宮っぽいだろ、僕も」

 

慎二は笑みを浮かべながら言う。

 

「しかし驚いたよ衛宮。君が魔術師でもない外国人教師をこの戦いに関わらせるなんてさ」

 

慎二は士郎の隣にいるスティーブを見ながら言う。

 

「ロジャース先生は俺の命の恩人なんだ。確かに聖杯戦争とは関係のない人だけど、それでもこの戦いを止める為に俺の味方になってくれた人だ」

 

士郎はスティーブを庇うかのように慎二の前に立つ。

 

「一般人を関わらせても何の得にもならないだろうに。まぁいいさ、どうせ僕が勝つんだから」

 

慎二は不敵な笑みを漏らす。

 

「まあいい。それより俺も衛宮がマスターだって知って驚いてるんだ。意外なのはお互いさまって事で、少し話し合わないか」

 

「話し合う……それは構わないが、何を話う合うっていうんだ」

 

「そりゃ今後のことさ。さっきも言ったけど、僕は戦うつもりはない。けど他はそうでもないんあろ?ならさ、いつか来る災難に備えておかないと不安じゃないか。一人じゃ不安だけど、二人ならなんとかなると思わない?」

 

慎二は士郎に対して共闘ないし同盟を持ちかけてきた。士郎は現在アーチャーのマスターである凛と同盟を組んでいるので、凛が慎二と士郎の同盟にどう反応するかは分からないが、スティーブにとっては余り良い結果にはなりそうにない予感がした。

 

「ああ衛宮、君の隣にいる外国人教師……ロジャース先生だっけ?その先生は抜きで話をしようじゃないか。その先生は聖杯戦争とは無関係なんだろう?ならマスター同士の話合いに参加させるわけにはいかない」

 

慎二はニヤついた顔で士郎に提案する。

 

「……」

 

士郎は沈黙する。慎二の言っている事は間違っていない。確かにスティーブは聖杯戦争に首を突っ込んでいるだけの一般人?だが、士郎にとってはランサーから襲われて殺されそうになっている所を救ってくれた恩人である。そしてスティーブだけでなくクリントとナターシャも士郎を護る為にこの聖杯戦争に参加しているのだ。本来であれば敵同士であるマスターの慎二よりも士郎はスティーブの方を信じようとする。だが慎二がマスターだとすれば、今ここで自分のサーヴァントをけしかけてスティーブを殺すかもしれない。

 

幾ら慎二が自分からは仕掛けないとは言っても、聖杯戦争とは無関係の人間であるスティーブを消す可能性がある以上は下手に刺激しない方がいいだろう。士郎が見た限りではスティーブは人間の範疇では飛びぬけて高い能力の持ち主ではあるが、サーヴァントと比べればその力は見劣りしてしまう。なのでここは慎二の言う事を聞いておく事にした。

 

「そうだな……俺の家に来なよ。そこで二人だけで話し合おうじゃないか。ここじゃ誰に聞かれるのか判ったもんじゃない」

 

「ちょっと待て、午後の授業はどうするんだ?」

 

「授業?そんなものサボればいいだろう」

 

「……」

 

士郎は考えた末に、慎二の話を聞く事にした。

 

「ロジャース先生、俺は慎二の家に行ってきます」

 

「大丈夫なのか士郎!?下手をすれば君が殺される危険だって……」

 

「心配してくれてありがとうございます。でも、これは俺の問題です。それに慎二は俺の親友でした。そんな俺を簡単に殺すとは考えられないです」

 

「決まりだね衛宮。それじゃ行こうか」

 

スティーブの言葉も空しく、士郎は慎二と共に学校の校舎を出ていった。スティーブは離れていく士郎と慎二を見ていたが、士郎の身に何かあっては手遅れなので、気付かれないようにコッソリと尾行する事にした。慎二がサーヴァントを連れている可能性もあるので、出来る限り気配を殺して二人の後を尾ける。

 

 

 

 

 

******************************************************

 

 

 

 

 

昼下りの午後、冬木市深山町の郊外にある円蔵山の中腹にある柳洞寺へと続く階段をラフな格好をした小柄な欧米人の男が昇っていた。身長こそ160cm程度ではあるが、身体に搭載した筋肉量はかなりのものであり、低い身長には不釣り合いなほどに盛り上がった大胸筋と三角筋、そして僧帽筋と広背筋の隆起が男の肉体の凄まじさを物語っていた。男は階段を上りながら、手に持った資料を読む。

 

「ストレンジから渡された情報によりゃ、この寺は冬木における最高の霊地らしいな。こんな場所にこそ魔術師やサーヴァントが潜んでいる可能性が高い、と」

 

欧米人の男……ローガンは魔術に関しては素人ではあるが、自身の勘の良さには自信があった。柳洞寺が最高の霊地とくれば、今回の聖杯戦争に参加しているマスターやサーヴァントが目を付けない筈がない。

 

衛宮士郎の護衛を担当しているキャップ、クリント、ナターシャとは別に、ローガンは街で暴れているマスターとサーヴァントを止めたり、柳洞寺のような魔術師が根城にしていそうな場所を捜査する役割を与えられている。ローガンは一歩一歩柳洞寺へと続く階段を昇り、山門へと到達した際、不意に誰かの存在を感じ取った。五感ではない第六感……ローガン自身の直感が告げていた。

 

(いるな。サーヴァントとマスターのどっちかは知らんが、少なくとも片方は間違いなくここにいやがる)

 

ローガンは山門の付近を見回すが、誰もいない。魔術師でもないローガンであるが、そんな彼が自分の持つ野生の勘のみでマスターかサーヴァントの存在を感じ取ったのだ。野生動物というのは人間よりも第六感に優れており、人間よりも先に異常を感知する能力に長けているとはいうが、ローガン自身も野生的な自分の直感には自信があった。

 

そしてローガンは柳洞寺に入り、寺の境内を見回す。境内には何名かの観光客らしき人間がいたが、その中にマスターやサーヴァントらしき気配は無い。そもそもマスターである魔術師やサーヴァントの中には自分達と同じ参加者にも正体を気取られないような者さえ存在するので。ウルヴァリンの直感や嗅覚だけでマスターやサーヴァントを探すのには無理がある。ローガンは観光客を装って境内を歩き回り、怪しい人間や場所が無いかどうかを調べる。

 

「……どうやらここにはいねぇようだな」

 

結局、柳洞寺には何もおかしな点は見つからなかった。そう思った矢先、ふと境内を歩いている女性の姿を視界に入れる。外国人であろうか?水色の髪の毛をした美女であるのだが、ローガンは彼女の事を訝しむ。ウルヴァリンはこう見えて間近にいる人物が普通の人間かどうかなど簡単に見分けられる。それに、つい先日ピーターを助けた際に、女のサーヴァントと交戦したが、その時にサーヴァント特有の"匂い"を嗅ぎ取る事ができた。

 

超人的感覚を持つローガンはとりわけ嗅覚に優れており、先日の戦いで普通の人間とサーヴァントの持つ"匂い"の成分の違いを嗅ぎ分ける事に成功したのだ。サーヴァントが持つ"匂い"はローガンからしても異質そのもので、魔力を感知する能力のないローガンからしても一発で分かる程のものだった。そしてローガンは水色の髪の毛をした美女の後をこっそりと付ける。流石に近距離で匂いを嗅がないとサーヴァントかどうかは分からないので、慎重に近付いていく。そしてすれ違うフリをしつつ、水色の髪の毛の美女の体臭を嗅ぎ取った。

 

(……!)

 

間違いない、この水色の髪の毛の美女はサーヴァントだ。魔力を感じ取れないローガンではあるが、この水色の髪の毛の美女の持つサーヴァント特有の"匂い"を嗅ぎ取る事でサーヴァントである事を見破れた。水色の髪の美女はすれ違ったローガンを見て訝しんでいる様子であったが、これで決定的な証拠が得られた。柳洞寺にサーヴァントがいる事は判明したが、まだこの柳洞寺を根城にしていると判明したわけではないのと、たまたま柳洞寺の視察に来ただけかもしれないのでローガンは暫くの間この水色の髪の美女の動向を監視する事を決める。

 




間近でメディアさんの体臭を嗅ぐとかウルヴィー変質者やん……(^▽^;)
そして山門にいる存在を感じ取ったという事はフラグが立ちましたねぇ

そういやサーヴァントには体臭ってあるっけ?(´・ω・`)


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第18話 復讐の道を歩んで 【挿絵あり】

今回はパニッシャー回。

パニッシャーって特異点を修正したり、異聞帯の空想樹を切除すればゴールする藤丸君と違って終わりが見えない戦いを続けてるんですよね。

パニッシャーとコヤンスカヤのやり取りを絵師様に依頼して漫画にして
もらいました!


パニッシャーはコヤンスカヤと共に新都にあるデパートの服売り場コーナーへと来ていた。ホテルの一室で留守番している立香の着る服をコヤンスカヤと一緒に選ぼうとしたのだが、肝心のコヤンスカヤはというと、パニッシャーの腕に抱き着き、自分の胸と密着させながら歩いている。傍から見れば変わったカップルか夫婦に見えるだろうが、実際は違う。

 

「……おい、離れたらどうだ?俺はお前と恋人同士じゃないんだ」

 

パニッシャーは馴れ馴れしくしてくるコヤンスカヤに対して辟易する。しかし当のコヤンスカヤは全く気にしていないのか、「うふっ♡いいじゃありませんのぉ~♡私達これから一緒に買い物する仲ではありませんの~♪」と言って離れようとしない。

 

パニッシャーだとてコヤンスカヤがまともな女ではない事は知ってはいるが、サーヴァントと戦う為、そして立香を守る為には彼女の助力が不可欠なのだ。

 

「そういえばホテルの一室に残してきた立香は大丈夫なのか?魔術協会の連中がやって来たりはしないだろうな?」

 

パニッシャーはホテルに置いてきた立香を気にしていたが、コヤンスカヤは心配ないと言わんばかりに笑顔で答える。

 

「心配要りません。あのホテルの一室には我がNFFサービスが誇る特別性の防護結界が施されてますので、たとえ魔術協会の執行者が100人来ようと侵入できませんわ。もっと言えば低級サーヴァント程度の攻撃であればビクともしません。だから安心なさってください」

 

コヤンスカヤは自信満々に答え、それを聞いたパニッシャーは納得した。そうしてパニッシャーとコヤンスカヤはデパートで立香に買う為の服を買ってデパートを出ると、冬木中央公園のベンチに腰をかけた。立香を守るのも重要ではあるが、それと同時に聖杯戦争に参加しているマスターやサーヴァントを止めなければいけないという任務もある。早くホテルにいる立香の元に帰りたかったが、現状冬木市に来ているアベンジャーズのメンバーだけでは心もとないのも事実だ。広々とした公園の風景をパニッシャーは眺める。

 

こうした公園を見ているとあの日……セントラルパークで家族とピクニックに来ていた日の事を思い出す。最愛の妻、娘、息子の3人と一緒だったあの時、幸せの絶頂にいたはずだった。しかし、ギャングの抗争に巻き込まれた結果、家族全員が殺された。その時の光景を今でも忘れる事はできない。家族の死の原因となったギャング組織が警察でさえ手出しできない存在である事を知り、司法など当てにならないと知った。フランク・キャッスルという男はあの日に死んだ。そして今はパニッシャーという自分がいる。家族が死んで以降の自分の送って来た日々は血塗られていた。ギャング、マフィア、チンピラ、強盗、異常者、サイコパス、シリアルキラー、強姦魔……。ありとあらゆる犯罪者を手段を問わずに殺し続けた。殺した所で家族は帰らない、殺した所で犯罪は尽きない。だが、パニッシャーはそれでも歩みを止めるつもりはなかった。そんな事を考えていたパニッシャーにコヤンスカヤは声を掛ける。

 

「どうなさいましたぁ?想い出に耽っていらっしゃいますの?」

 

パニッシャーはコヤンスカヤの言葉に反応して振り向く。が、コヤンスカヤの表情はまるでパニッシャーがどんな事を考えていたのかを見透かしているようだった。

 

「最愛の家族との幸せな日々を思い出していらしたのですか? それはご愁傷様です。」

 

その言葉を聞いて、パニッシャーはコヤンスカヤを睨みつける。そんなパニッシャーの反応をコヤンスカヤは鼻で笑う。

 

「あら、図星ですか? でも、貴方はご家族を失った。もう二度と戻らない。失ったものは取り戻せない。それが現実というものですよ?」

 

コヤンスカヤの挑発するような物言いにパニッシャーは苛立ちを覚える。コヤンスカヤの言う通り、家族はもう帰ってこない。家族は殺された。だがそれ以前にコヤンスカヤに対して自分の家族の事など話していない筈だ。それなのに何故コヤンスカヤはパニッシャーに家族がいた事を知っているのだろうか?

 

「お前には俺の家族の事など話していない筈だ……」

 

「あら?私には分かるんですよ?こう見えても人間の感情の機微には敏感なもので。こうしてアナタの顔を見ているとよく分かります。アナタはもう人間ではなく、人間の皮を被った怪物。アナタは人間らしい感情を捨ててしまった。だから、アナタの考えている事が手に取る様に解るの」

 

コヤンスカヤはそう言ってパニッシャーに微笑む。

 

「人間のココロというのは一度壊れればそれっきり。アナタのように人間らしさを失ってしまえば、後は獣と同じです♡」

 

コヤンスカヤはニヤついた顔でパニッシャーを見てくる。

 

「アナタの戦いには明確なゴールや終着点なんて存在しない。そんなものは森の中を堂々巡りする迷子のようなもの。けどアナタは自分の意思で破滅的な人生を歩み続けている」

 

コヤンスカヤは更に言葉を紡ぐ。

 

「それに……アナタが犯罪者ないし悪人を殺し続けているのって家族の死だけが理由かしら?もっと他にもあるんじゃなくて?」

 

コヤンスカヤはベンチに座っているパニッシャーの膝の上に跨ると、自分の顔をパニッシャーに近付ける。その距離はお互いの吐息が掛かるほどに近かった。

 

「例えば……家族の死よりも以前にアナタは壊れていた、とか?いえね、別に深い意味はないのだけれど」

 

コヤンスカヤはパニッシャーの顔を覗き込むようにして見つめてくる。そんなコヤンスカヤの行動を見てパニッシャーは彼女の事を睨みつけた。しかしそんな彼の反応をコヤンスカヤは鼻で笑い飛ばす。そして彼女はパニッシャーの顎を指先でなぞりながら彼に話しかける。コヤンスカヤの姿はまるで、世の中の男を色香で惑わす毒婦を思わせた。

 

「アナタのような人間はね、何か大きな喪失を経験した時にその悲しみや怒りを誰かにぶつけずにはいられないものなのよ。だからね、そんな時こそ優しく受け止めてくれる人が欲しいものねぇ?破滅的な生き方をしている人間ほど、そういう相手を求めるものだわ」

 

コヤンスカヤはパニッシャーの唇に人差し指を当てて言う。

 

「だ・か・ら、私がアナタの心の隙間を埋めてあげる♪」

 

だがパニッシャーは本質が"悪"であるコヤンスカヤに心を許す気は毛頭無かった。

 

「断る、俺はお前みたいな毒婦に心を開く気は無い」

 

パニッシャーはコヤンスカヤの誘惑を断ち斬るように言った。

 

「あら、つれないわね」

 

コヤンスカヤは残念そうな表情を浮かべると、パニッシャーの上から退いた。

 

「なら仕方ないわね。無理強いはしないわ。けど……私は諦めないわよ?」

 

コヤンスカヤは舌なめずりしつつ、パニッシャーを品定めするように見ていた。

 

 

 

 

 

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デパートでの買い物を終えて、ようやく立香が留守番しているホテルの一室へと戻って来たパニッシャーとコヤンスカヤだが、部屋に入ったと同時に立香が部屋のテーブルの上に置いたパニッシャーの銃をいじっている光景が目に飛び込んできた。

 

「立香、その銃をテーブルに置くんだ。それは玩具じゃない」

 

パニッシャーが忠告するが、立香は聞く耳を持たない。

 

「僕のパパと……ママと……お姉ちゃんを殺したヤツに復讐するんだ……!」

 

立香は震える手でパニッシャーの愛銃であるグロック17を握りしめている。

 

「駄目だ。お前にはまだ早い」

 

「うるさい!僕はアイツを殺すんだ!」

 

パニッシャーは冷静に言い聞かせるが、それでも立香はパニッシャーの警告を無視してグロックを手に取り、銃口を天井に向け引き金を引いた。

 

しかし、弾は発射されなかった。

 

「あれ?おかしいな……」

 

何度も試すが、やはり弾は出ない。

 

「当たり前だ。弾は全部抜いてある。」

 

パニッシャーはそう言うと、立香が持っているグロック17を取り上げた。

 

「……復讐なんてやるもんじゃない。そんな生き方をすれば、いつか心が壊れる」

 

パニッシャーは立香を諭すように言った。

 

「でも、アイツは僕の家族を……殺したんだ。許せない。普通に暮らしていただけなのに……!何も悪い事してないのに……!」

 

パニッシャーの言葉に、立香は涙声で反論した。

 

「……お前の力ではランサーには勝てない。あの銃を使った所で返り討ちになるだけだ。それに……復讐の道を歩めばもう二度と"後戻り"なんてできないぞ?」

 

家族の死に涙し、憤怒したパニッシャーは復讐への道を歩み続けてきた。だがそれによって世の犯罪者や悪党を殺し、連中の屍の山を築き上げる事しかできなくなっていたのだ。

 

「お前の家族は……お前に復讐の道を歩ませたいなんて思わない」

 

「けど……けどあの男が……!」

 

涙を流す立香の頭をパニッシャーは優しく撫でた。これまで多くの悪党を殺してきた事で血塗られた自分の手で立香の頭を撫でたのだ。思えばセントラルパークで死亡した時の息子、デビッドと今の立香は同じ年齢だ。立香の家族構成も父、母、姉の4人であり、奇しくもパニッシャーと同じである。

 

「俺にはお前の家族の仇を取ってやる事しかできない……。お前がこれからも生きていけるように……。だから……復讐に生きるなんて真似だけはするな」

 

パニッシャーは立香の体を抱きしめると、立香はパニッシャーの胸に顔を埋めて大声を上げて泣き出した。パニッシャーは他のヒーロー……アベンジャーズなどからはヒーローとしてではなく"人殺し"として見られている。不殺を推奨されるヒーロー達の中で、法律を無視し、モラルを破り、犯罪者に死の制裁を下し続けるパニッシャーはヒーローとして見られなくて当然なのかもしれない。

 

「おじさん……、おじさんは何で僕を助けてくれたの……?」

 

そんな立香の問いかけに対して、パニッシャーは答える。

 

「勿論、お前を放っておけなかったからだ」

 

だがパニッシャーは、家族を殺された立香自身にとっての"ヒーロー"となっている事には気付いていない。多くの犯罪者を殺し続けても、どれだけの血を浴びても、かつて二児の父親であったパニッシャーは立香のような子供に対しての情までは失っていないのだから……。




邦訳されている「パニッシャーMAX ビギニング」で、パニッシャーは自分の相棒であったマイクロから「君は家族の死よりも以前から殺人に魅入られている」と言われてるんですが、今回のコヤンもその事を見抜いてるんだと思います(MAX ビギニング自体が正史とは異なる並行世界の話ですけど)。


しかしオリュンポスで殺人鬼であるベリルを「信用できない」と言っていたのに、パニッシャーは気に入るっていうのも変な話ですけどね(;^_^A

しかしマーベルといいDCといいアメコミっていうのは本当に「父性」をテーマにするのが多いですな。


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第19話 神秘の秘匿

頑なに柳洞寺に攻め込む事を士郎に提案するセイバーは今見ても頭悪いと思うのは自分だけだろうか……(;^ω^)

士郎の方がよっぽど状況判断能力あるぞ。


慎二の住む家から出て来た士郎が、地面まで届くほどの髪の長い妖艶な美女に見送られて出て来た。スティーブは士郎に駆け寄ると、慎二から何もされていないかどうか尋ねる。

 

「シロウ、大丈夫だったか?彼から何かされてないか?」

 

「心配いりませんよロジャース先生。慎二は俺にそんな事をするような奴じゃないです」

 

間桐慎二という少年はこの聖杯戦争に参加しているマスターの一人ではあるが、友人である衛宮士郎には手を出していないようだ。士郎がセイバーのマスターである事を知りつつ、無傷で返したというのは不幸中の幸いである。セイバーがいない今の状態では士郎はひとたまりもない。だからこそスティーブは士郎の後を付けたのだ。そして士郎は慎二から聞かされた情報をスティーブに伝える。

 

「ロジャース先生、慎二の話によれば柳洞寺に聖杯戦争のマスターが潜伏しているそうです」

 

士郎の言葉にスティーブは目を見開く。連日新都で起きていたガス漏れによる意識不明事件も柳洞寺に潜伏しているマスターが関与している可能性が極めて高く、慎二のサーヴァントが言うには"魔女"らしい。魔女というからにはキャスターのクラスか。

 

「シロウ、一旦家に戻ろう。リンやクリント、ナターシャにもこの事を報告しなければ」

 

「分かりましたロジャース先生。慎二の奴は"早めに叩かないと厄介"って言っていました」

 

スティーブは士郎は家路を歩いている際、士郎から柳洞寺についての説明を受けた。そして士郎が指差す方向にある山を見る。あの山の中腹に柳洞寺があるというのだ。スティーブは柳洞寺がある山をじっと見ていると、士郎の友人である柳洞一成が二人に声をかけてきた。一成は士郎とロジャースを見ると、こちらに近付いてくる。

 

「む?午後の授業をボイコットした男がこんなところで何をしている。それにロジャース先生も一緒か」

 

スティーブは一成とも面識があり、彼は士郎と凛が通っている穂群原学園の生徒会長を務めている。

 

「よ。学校、もう終わったのか?」

 

「終わったとも。生徒会でやる事もないので帰ってきたのだが、何かあったのか。見たところ、ロジャース先生と二人でお山を眺めていたようだが」

 

「ああ、別に何かあった訳じゃない。なんとなく家に帰りたくなっただけだ。ロジャース先生はそんな俺に説教をしていたんだよ」

 

何故スティーブと一緒だったのかについて咄嗟に嘘を付く士郎。確かに授業を途中で抜け出してきたのは事実だし、そんな士郎と一緒に授業を抜け出したスティーブは士郎に対して説教していた……という事にしておいた方が都合が良いのだ。

 

「やれやれ。なんとなくで授業を休まれては、教師は商売あがったりだ。ロジャース先生はそんなお前を心配してくれているんだからキチンと感謝しなければな。

 

――――で。何故お山なんぞを拝んでおったのかと訊いているのだが」

 

「…………ちょっとな。一成、一つ訊くけど。最近さ、何か変わった事、ないか?」

 

「ふむ。変動など茶飯事だが、さりとて劇的な境地に至る事もなし。お山は日々これ平穏、しかるに平穏こそ日常よ」

 

「わるい一成。真面目な話をしているんだ」

 

「し、失礼な!こっちだって真面目だぞ!」

 

「みたいだな。ならいいんだ、取り越し苦労だった」

 

「え……?変化って、寺にか……!?」

 

「ああ。お山ではなく寺の空気がうわついている。親父殿の知り合いらしいのだが、少しばかり厄介な客人を迎えていてな。これが結構な美人であるから始末が悪い。まったく、皆も女一人に何を騒いでいるのやら」

 

「女って――――柳洞寺って、尼さんいたっけ?」

 

「おらぬ。訳ありでな、祝言まで部屋を貸し与えているのだが――――いや、これが確かに美しい人でな、

 

井戸から水を汲む姿など、俺でも目を奪われるほどだ」

 

「む、いかん。だから女生はいけないんだ、女生は。色欲断つべし、落ち着け一成」

 

一成はぶつぶつとお経を唱え始めた。スティーブが士郎から聞いた話では一成は柳洞寺の跡取り息子であり、高校を卒業したら家を継いで僧侶となるらしい。一成の話の通り、確かに本来女人禁制の寺に美しい女性が入って来ては、修行に勤しむ僧侶たちの心も乱れるというもの。

 

しかし士郎が慎二から聞いた話によれば、マスターは柳洞寺を根城にしているという。多くの僧侶達が修行する場所を本拠地にするという事は、寺の僧侶達がグルだったりするのだろうか?それともマスターが使う魔術によって僧侶達が操られているのか?いずれにせよ柳洞寺の調査はしなければならないだろう。

 

「もしもーし、大丈夫か一成」

 

「問題ない。修行不足なので、より精進したいと思う」

 

そう言うと一成は住宅地の奥へと歩いていった。スティーブは士郎と柳洞寺にいるマスターの話をしつつ、家路に着いた。

 

 

 

 

***************************************************

 

 

 

 

「な、ライダーのマスターに会ってきたって、いつの話よそれ!?」

 

「そんな馬鹿な!一人で敵のマスターに会うなどと、自分の身をなんと考えているのですか!」

 

夕食後、桜と大河が家に帰り、士郎が今日ライダーのマスターに会った事を凛とセイバーに告げると、案の定二人から驚かれた。

 

「うわ、待て、落ち着けってば……!大丈夫、怪我なんてしてないから、そう怒らないでくれ」

 

士郎は慌てて凛とセイバーを宥めようとする。

 

「怒るなどと――――いえ、私は怒ってなどいませんっ。シロウの行動に呆れているだけです」

 

「……右に同じ。ま、すんだ事を言っても始まらないわ。それで、どういう事なのよ士郎」

 

凛とセイバーは明らかに怒った目で士郎を見ている。マスターである士郎が自分のサーヴァントであるセイバーも同行させずに敵のマスターの根城に行くのだから、怒るのも無理はない。

 

「シロウ、貴方はもう少しマスターとしての自覚を持つべきです」

 

セイバーは厳しい口調で言う。

 

「落ち着いてくれセイバー。その事は反省しているからさ……。そんでライダーのマスターと会ったのは今日の午後だ。話し合いをするっていうから付き合ったけで、別に戦った訳じゃない」

 

「見れば判るわ。で、ライダーのマスターはどんなヤツだったの」

 

「どんなヤツかって、慎二だよ。ロジャース先生と一緒に学校で結界を探っていたら声をかけられてな。話があるから付いてこいって、間桐の家まで行ったんだ」

 

「な――――――慎二って、本当にあの慎二!?」

 

士郎の言葉に凛は驚く。慎二がライダーのマスターだという事実がよほど意外だったのだろう。

 

「ああ。ライダーも慎二に従ってたし、聖杯戦争も知ってたぞ。なんでも間桐は由緒正しい魔術師の家系なんだって?」

 

「え―――――ああ、うん、それはそうだけど……そんな筈はないのよ。間桐の家は先代でもう枯渇している筈だもの。何があろうと間桐の子供に魔術回路はつかない。これは絶対よ」

 

スティーブも士郎から慎二の家は魔術師の家系だと聞かされている。だが間桐家の人間は既に魔術師が持つ魔術回路を持たなくなっており、慎二も妹の桜にも魔術回路は無い筈だ。

 

「ああ、慎二もそう言っていた。けど知識だけは残ってたんだと。長男である慎二にしか教えなかったそうだから桜は知らないとか。……ようするにさ、俺と似たタイプのマスターなんだよ、あいつ。自分には魔力がないから遠坂の感知にもひっかからないとか言ってたぞ」

 

「……そう。まずったわね、たしかにそういうケースだってあるか……。魔導書が残っているんならマスターになるぐらいはできるだろうし、ああもう、それじゃわたしの行動ってアイツに筒抜けだったんだ、ばか」

 

凛はぶつぶつと独り言を言っている。

 

「わたしのミスだわ。慎二の事はしっかりマークしておくべきだった。知っていたら結界を張らせるなんて事もなかったのに」

 

「ああ、いや。学校の結界は慎二じゃないって言ってたぞ。学校にはもう一人のマスターがいるんだとさ」

 

「ええ、それはそうでしょうね。学校にはまだ一人、わたしたちお知らないマスターがいるのは明白よ。けど士郎。貴方まさか、結界を張っていないっていう慎二の言葉を信じてるの?」

 

「……いや、そこまでお人好しじゃない。慎二が学校にいる以上、半分の割合で慎二の仕業だと思う。あとの半分は、まだ正体が知れないマスターだろ」

 

「半分ねえ……その時点で大したお人好しだと思うけど。ま、それはそれでいいわ。そういう余分なところが貴方の味だし、だからこそ慎二は正体を明かしたんだろうしさ」

 

凛は呆れと感心が混ざったような表情を浮かべる。

 

「まあいいわ。それで慎二と何を話したの?」

 

「自分と手を組まないか、だとさ。慎二のやつも戦うつもりはないらしい。だから顔見知りとなら強力したいって風だったけど」

 

「え――――士郎、まさか慎二と」

 

「いや、俺は断った。それが普通だろ。もう遠坂と手を組んでるし。返事をするにしたって、ちゃんと遠坂に話を通さないと駄目じゃないか」

 

「あ……うん。それは、そうだけど。でも断ったって、言った?」

 

「ああ。さっきはああ言ったけど、慎二への返答は俺の独断でやっちまった。遠坂の耳に入れるような話でもなかったし。……あ、それともやっぱり早まったのか、俺?」

 

「……別に。士郎の判断は正しいんじゃない?まあ、アンタ個人にお呼びがかかったんなら、わたしが文句を言う筋合いでもないけどさ」

 

完全に聖杯戦争のマスター同士の会話にスティーブ、クリント、ナターシャの3人は入り込む余地が無かった。慎二は士郎の友人だと聞くし、その士郎は今マスターとして、同盟を組んでいる凛と話をしている。

 

あくまでも聖杯戦争とは関係のない部外者であるスティーブ達は自分達が蚊帳の外に置かれている気分だった。そして士郎は自分が慎二の家で会ったというライダーの事について話していた。

 

「えっとね、サーヴァントがどんな英霊かは呼び出されたマスターに左右されるって話。

 

けっこう似たもの同士になるのよ、マスターとサーヴァントは。つまり高潔な人物がマスターなら、それに近い霊殻をした英霊が召喚される。逆に言えば心に深い傷を持った人間が英霊を呼び出せば、同じように傷を負った英霊が現れるわ。士郎がライダーに感じた違和感はそれでしょうね。歪な心を持つマスターは、時として英雄ではなく英霊に近いだけの怨霊を呼び出してしまうのよ」

 

凛の言葉を聞き、クリントがスティーブに小声で話す。

 

(なあキャップ。キャップがもし聖杯戦争でサーヴァントを呼び出せば凄い英雄が来るんじゃないか?)

 

クリントは冗談半分で言っているのだろうが、スティーブは少しだけ想像してしまった。もしも自分が聖杯戦争に参加してサーヴァントを呼び出したら、一体誰が出るのだろうかと。いや、自分が聖杯に対して望むものはないし、聖杯戦争という戦いに参加するつもりもない。

 

「英雄に近い怨霊……それってまさか、前に遠坂が言っていた――――」

 

「ええ。血を見るのが大好き、人殺しなんてなんとも思わないような暴虐者よ。実際、残忍さだけが伝承に残っている英雄だっているんだから、そういうヤツがサーヴァントになってもおかしくないわ」

 

(キャップ、という事はカーネイジの野郎がこの世界にいたらアイツも英霊とやらになっちまうのか?)

 

(冗談でもない事を言うなクリント)

 

カーネイジの恐ろしさはキャップやクリント、ナターシャが一番よく知っている。カーネイジ……クレタス・キャサディは間違っても英雄として名を残すような存在ではないし、第一彼はヴィランである。歴史に名を残す手段が善行や偉業ばかりではないのは理解できるが、カーネイジが英霊になるなど全くもって笑えない。

 

「……まあライダーの事はそれだけだ。最後にもう一つあるんだけど、これが一番重要かも知れない。なんでもさ、ライダーの話じゃ柳洞寺にもマスターがいるらしい。そいつは町中の人間から魔力を集めいているそうあんだけど、この話、二人はどう思う?ロジャース先生、クリント先生、ロマノヴァ先生も聞いて欲しい」

 

「柳洞寺……?柳洞寺って、あの山のてっぺんにある寺のこと?」

 

「だからそうだって。なんだ、思い当たる節でもあるのか遠坂」

 

「まさか、その逆よ。柳洞寺なんて行った事ないもの。どんなマスターか知らないけど、そんな辺鄙なところに陣取ろうなんて思わないわよ、普通」

 

「だよな。俺も柳洞寺にいるって聞いた時は驚いた。いくら人目につかないっていっても、寺には大勢の坊さんが生活しているんだ。怪しい真似をしたらすぐに騒ぎになると思う」

 

「ふーん……いまいち信用できないわね、その話。仮にそうだとしても、柳洞寺って郊外のさらに郊外にあるんでしょ?そこから深山と新都、両方に手を伸ばすなんて、大魔術っていうより魔力の無駄遣いよ。集めた魔力を使っても、そんな大規模な術は不可能だもの」

 

凛の言い方から察するに、いくら魔術師といえども術の範囲や規模には限界があるようだ。

 

「いえ、シロウの話は信憑性が高い。あの寺院を押さえたのなら、その程度の魔術は自然に行えるのですから」

 

「?セイバー、あの寺院って―――柳洞寺のこと知ってるのか?まだ連れて行った事ないぞ、俺」

 

セイバーの言葉に首を傾げる士郎。

 

「忘れたのですかシロウ。私は前回も聖杯戦争に参加しています。この町の事は熟知していますし、あの寺院が落ちた霊脈という事も知っています」

 

「――――落ちた霊脈!?ちょっと待って、それって遠坂邸の事よ!?なんだって一つの土地に、地脈の中心点が二つもあるっていうのよ!」

 

凛はセイバーの言葉に納得できないとばかりに声を上げる。

 

「それは私にも判りませんが、とにかくあの寺は魔術師にとって神殿とも言える土地です。この地域の命脈が流れ落ちる場所と聞きますから、魂を集めるには絶好の拠点となるでしょう。魔術師は自然の流れに手を加えるだけで、町中から生命力を回収できる」

 

「……そんな話、初めて聞いたわ。けど、確かにそれなら町の人間から生命力を掠め取っていく事もできるわよね……」

 

スティーブ達の世界にいる至高の魔術師ドクター・ストレンジであれば似たような事は可能だろう。いや、彼なら霊脈に頼らずとも自分の力だけで出来る筈だ。

 

「あの寺が霊脈だとしたら、まず真っ先に押さえようとするのがマスターでしょう?おかしいじゃない、なんで他の連中はそんな場所を見逃してるのよ」

 

凛やセイバーの言う事が正しければ、確かに柳洞寺は魔術師にとってこの上ない理想的な立地である。それゆえに凛は

 

何故他のマスター達が柳洞寺を狙わないのか不思議に思っているようだ。

 

「いや、だから柳洞寺があるからだろ。悪用されないよう見張ってるんだって」

 

「柳洞寺の僧侶はみんな純粋な修行僧じゃない。わたしたちみたいに外れた連中じゃないんだから、そんな人たちを丸め込むぐらいマスターなら造作もないわ」

 

「何だ、お前は自分のような魔術師が外れた連中だっていう自覚はあったんだな。ちゃんと自覚があるようで感心したぜ」

 

クリントは凛に対して皮肉るように言う。そんなクリントの言葉を聞いた凛はムっとした表情でクリントを睨んだ。

 

「ええ、確かにわたしたちみたいな魔術師は世間や社会から外れてますけどね、そんな外れた連中が行う聖杯戦争に首を突っ込んでいる物好きな人たちは何処の誰でしたっけ?ああ、ごめんなさい。別にバートン先生の事を言ってるわけじゃないのよ。ただ、その物好きな人たちのせいで迷惑を被っている人間がいる事を知ってほしいだけだから」

 

凛は満面の笑顔をしつつ、クリントに対して皮肉を言う。表情こそ笑顔だが目は全く笑っていない。"迷惑を被っている人間"というのは自分の事を指しているのだろう。最も、本来部外者が関わってはいけない聖杯戦争に積極的に関与してくるスティーブ、クリント、ナターシャの3人をこうして受け入れている時点で凛も相当にお人好しだが……。暗示でスティーブ達の記憶を消したり、自分のサーヴァントであるアーチャーをけしかけたりしないだけマシかもしれないが、凛も色々とストレスを溜め込んでいるのだろう。聖杯戦争の事もあるが、その他の大部分はスティーブ達が原因であるのは明白だ。

 

「クリント、余りリンを煽るな。彼女はまだ子供なんだぞ」

 

「誰が子供よ!」

 

凛はスティーブの物言いに、火でも吹かんばかりに口をガーッ!と開きながら怒鳴る。

 

「遠坂もバートン先生も落ち着いて」

 

士郎は凛とクリントの間に割って入り仲裁をする。クリントも凛も面白くないという顔をしつつ、互いに顔をプイっと横に向けた。そして話の続きとばかりにセイバーが口を開く。

 

「話を続けましょう。確かにマスターならばあの寺院……柳洞寺を制圧するのは容易いでしょう。しかし、あの山には

 

マスターにとって都合の悪い結界が張られているのです」

 

「?わたしたちに都合の悪い結界……?」

 

セイバーの言葉に凛は首を傾げる。

 

「はい、あの山には自然霊以外を排除しようとする法術が働いている。生身の人間に影響はありませんが、私たちサーヴァント

 

には文字通り鬼門なのです」

 

「自然霊以外を排除する――――それじゃサーヴァントはあの山には入れないって事!?」

 

「入れない事はありませんが、能力は低下するでしょう。足を踏み入れる度に近づいてはならないという令呪を受けるようなものですから」

 

「――――それじゃ、どうやって柳洞寺のマスターはサーヴァントを維持しているのよ」

 

「いえ、寺院の中に入ってしまえば結界はありません。もとより結界とは寺院を守る境界線と聞きます。結界は外来者を拒むだけの物ですあkら、それ以上の能力はありません」

 

「……じゃあなんとか中に入ってしまえば、サーヴァントを律する法術はないって事?……けどおかしいな。そんなふうに寺院を密閉させたら地脈そのものが止まるじゃない。せめて一本ぐらい道を開けておかないと、地脈の中心点には成り得ないんじゃない?」

 

「はい。寺院の道理で言えば、正しい門から来訪した者は拒めません。その教えに従っているのか、寺に続く参道にだけは結界は張れないと聞きました。あの寺院は正門のみ、わたしたちサーヴァントを律する力が働いていないのです」

 

「……なるほど。そりゃそうよね、全ての門を閉じたら中の空気が淀むもの。……ふうん、ただ一つだけ作られた正門か……」

 

「私が教えられる事はそれだけです。―――では結論を。マスターがいると判明したのですから、とるべき手段は一つだけだと思いますが」

 

セイバーは自分のマスターである士郎を見つめるが、士郎は沈黙している。敵の居場所が割れたのであれば早急に叩くべき……。確かにセイバーの言い分は間違ってはいない。

 

「わたしはパス。どうも罠くさいし、正直それだけの情報じゃ動けないわ。相手のホームグラウンドに行くんなら、せめてどんなサーヴァントを連れているのか判明するまで待つべきよ」

 

「……意外ですね。凛ならば戦いに赴くと思ったのですが」

 

「侮ってもらって結構よ。こっちはアーチャーがまだ本調子じゃないし、しばらくは傍観するわ」

 

凛のサーヴァントであるアーチャーはセイバーにやられた時の傷がまだ完全に癒えていないようだ。凛からすれば自分のサーヴァントが受けた傷が回復していない状態で柳洞寺にいるマスターの所に殴り込むなどという危険は犯せない。

 

そんな凛の言葉に納得したようにセイバーは士郎に対して言う。

 

「わかりました。それではシロウ。私たちだけで寺院に赴きましょう」

 

「――――――」

 

そして士郎はセイバーの言葉に対して一呼吸置いて答えた。

 

「いや、俺も遠坂と同じだ。まだあそこには手を出さない方がいい」

 

だが士郎の言葉にセイバーは反論してくる。

 

「な……貴方まで戦わないというのですか……!?バカな、今まで体を休めていたのは何の為です!敵の所在が判明した以上、打って出るのが戦いというものでしょう!」

 

セイバーは納得できないとばかりに声を荒らげる。

 

「――――それは分かっている。けど待つんだセイバー。柳洞寺にいるマスターがそこまで用意周到なヤツなら、絶対に罠を張っている。そこに何の策もなしで飛び込むのは自殺行為だ。遠坂の言う通り、せめてアーチャーが回復するまで待つべきだと思う」

 

声を荒げるセイバーに対して士郎は落ち着いた声で言い返した。

 

「そのような危険は当然です。初めから無傷で勝利を得ようなどと思っていません。敵の罠が体を貫こうと、この首を渡さなければ戦える。どのような深手を負おうと、マスターさえ倒せればいいのではないのですか!」

 

だがセイバーは攻めるのが最善だと士郎に言い放つ。

 

「な――――バカ言うな、怪我をしてもいいなんてそんな話あるか!危険を承知で行くのはいい。けどそんな特効は馬鹿げてる。……俺はマスターとして、セイバーにそんな危険な真似をさせられない」

 

士郎の言う通り、セイバーが提案しているのは無為無策の自殺行為に等しい。戦場で例えるなら特攻隊が行うようなやり方だ。敵がどのような場所に陣地を敷き、どのような結界を張り巡らせているのかを先程士郎や凛に説明していた割には、そんな敵の拠点に突撃を仕掛けるというのは余りにも頭の悪い作戦である。自分の力を過大評価しているのか、それとも敵の戦力を過小評価しているのかは分からないが、セイバーの提案は士郎にとって許容できるものではなかった。

 

そしてセイバーは士郎に対して諭すように言ってくる。

 

「……何を言うかと思えば。いいですかマスター、サーヴァントは傷を負う者です。それを恐れて戦いを避けるなど、私のマスターには許しません」

 

だがセイバーの言動をみかねたスティーブが二人の間に割って入る。

 

「待ってくれセイバー。シロウの言う事も一理ある。敵の拠点にどのような脅威があるのかを説明したのは君自身だろう?だからこそ士郎は柳洞寺に攻め入るのは時期尚早だと言っているんだ。彼の言う事も分ってやってくれ」

 

「しかし……」

 

セイバーは士郎の意見に賛成できないようだ。

 

「セイバー、戦術的な観点から言えば君のしようとしている事は単なる特攻だ。向こうは正直に正面対決で戦ってくれるような相手とは限らない。柳洞寺という魔術師にとって最高の拠点にいるのだから」

 

「ですが……!私はこのまま引き下がる訳にはいかないのです。柳洞寺にいるマスターがどんな者なのかは知りませんが、私はここで退くわけには……!」

 

セイバーは呆れる程の頑固者のようだ。

 

「セイバー、自分の力を過信するのは勝手だが、それで死んでは元も子もないぞ」

 

「……それは余計なお世話というものですよスティーブ。貴方が私を心配する必要はありません。それに、貴方は聖杯戦争とは関係のない部外者。あれこれと口出しされる謂れはありません」

 

セイバーは頑なに自分の考えを変えようとしない。

 

「ロジャース先生もセイバーも落ち着いて…!」

 

士郎はスティーブとセイバーを宥めるように言う。

 

「とにかく、こっちから仕掛ける事はまだしないぞ。俺だって柳洞寺にいるマスターは放っておけない。けど俺たちは戦える状態じゃないんだ。お前だってランサーからやられた傷はまだ癒えてないんだろう?こんなんで戦ってやられちまったら、それこそ誰が柳洞寺のマスターを止めるんだ」

 

「いいか、こっちから打って出るのはおまえの傷が治って万全の状態になってからだ。それに文句があるんなら、さっさと他のマスターを見つけてくれ」

 

「…………」

 

セイバーは納得できないといった表情をしつつも、静かに首を縦に振る。

 

 

 

 

 

******************************************************

 

 

 

 

「ふぅぅ~、気持ちいい……」

 

湯船に浸かる凛は目を閉じて大きく息を吐く。凛は入浴剤を入れた湯舟に肩まで使ってゆっくりとくつろぐ。

 

「丁度いい湯加減だわ。やっぱりお風呂に入るのが一番ね」

 

凛は満足そうに呟き、湯舟のお湯で顔を洗った。凛は部外者でありながら聖杯戦争に首を突っ込んでいるスティーブ、クリント、ナターシャの事を考えていた。(まったく、あの3人ときたら……。何を考えているのかは分からないけれど、私の知らないところで勝手に色々と動いてくれちゃって)

 

正直な所、凛は3人の行動に迷惑している。本来であれば神秘の秘匿の関係上、聖杯戦争に関わってしまったあの3人の記憶を消すか、口封じで殺すかをしなければならないのだが、凛はそれをするのを躊躇していた。

 

(部外者の癖にあれやこれやと口出しされても困るのよね……。どうにからならいものかしら、この頭痛の種は……!)

 

凛は苛立ちを露わにする。凛は湯舟に肩まで浸かったまま、天井を見上げて物思いに耽っていた。その時、凛は自分の頭の中に念話で話しかけてくる声を聞いた。

 

「凛、どうやら大分苛立っているようだな」

 

「アーチャー!?」

 

セイバーに斬られた際のダメージが抜けていないアーチャーはまだ本調子ではないとはいえ、霊体化した状態でやり取りをするだけなら可能だ。だがサーヴァントとはいえ、年頃の少女である凛が風呂に入っている時にアーチャーが自分の肉体を晒すのは問題がある。アーチャーは凛の視界に入らないよう、彼女の背後から語り掛ける。

 

「アーチャー、貴方まだ本調子じゃないんだから無理しないでよ。って、わたしが風呂に入っている時にわざわざ念話してくるなんて、何かあったわけ?」

 

湯舟に浸かっている凛は後ろを向き、霊体化したアーチャーと互いに背を向けてる格好で会話をしている。

 

「……ったく、幾らサーヴァントと言っても女の子が入っている風呂場にまで入ってくるなんてデリカシーがないんじゃないの、アンタ」

 

凛はアーチャーに呆れながら文句を言う。

 

「それは悪いとは思っている。だが君には伝えておくべきだろう。スティーブ、クリント、ナターシャの3人は聖杯戦争の事を冬木の市民にバラす事を話していたぞ?あの3人が学校の屋上で会話していた内容を盗み聞きさせたもらった」

 

アーチャーの言葉に凛は思わず湯舟から立ち上がる。

 

「ちょっと待ちなさいよ!! 何よそれ、どういうこと!? あいつらが聖杯戦争や魔術師の事を冬木の市民にバラすですって!?そんな事をすれば神秘の秘匿に反するじゃない!!」

 

そう、神秘の秘匿は魔術師全体に共通するルールのようなものだ。神秘は限られた存在達のみが知るからこそ神秘足りえるものであり、大勢の人間に知られればそれだけ神秘は薄まる。ましてや一般の人間達に広く知れ渡れば根源に至る事を目標とする魔術師にとって致命的になりかねない。凛とて父から魔術刻印を受け継ぎ、遠坂家の当主としての立場がある。

 

「あいつ等……本気でそんな事を考えているわけ……!?」

 

凛は怒りを露わにする。凛とて魔術師の端くれではあるが、一般の人々を巻き込みたくないという気持ちはある。しかし、だからといって一般人に聖杯戦争の存在を知らせていい理由にはならない。そのような事をすれば世界から神秘が消え失せ、魔術師達は研究を続けられなくなる。

 

「聖杯戦争に首を突っ込むだけに飽き足らず、一般市民にまでその事実を漏らそうとするなんて、ふざけんじゃないわよ……! あいつ等、一体何を考えてるのよ!」

 

「凛、手を打つなら早い方がいいに越した事はないが……君はあの3人を殺せるのかね?殺すのが嫌なら暗示を掛けるなりして口を塞ぐしかないと思うが?」

 

「…………」

 

凛はスティーブ、クリント、ナターシャの3人をどうするのかを考える。暗示を用いれば3人の記憶はどうにかできるが、問題はあの3人だけではない。聖杯戦争が始まる前に自分に接触してきたスパイダーマンとパニッシャーの事だ。あの2人もスティーブ達と何らかの関わりがあるのは明白である。下手に暗示による記憶操作をした所で感づかれるのは目に見えているのだ。

 

「アーチャー、あんたの言いたい事は分かる。わたしがあの3人を殺せるかどうか、でしょ?」

 

霊体化した状態のアーチャーは黙ったまま何も言わず、ただ凛を見つめていた。

 

「あいつ等を始末するのは簡単だけど……あいつ等はセイバーのマスターである士郎を守っている。あいつ等を殺せば……士郎が黙ってはいないでしょう。けどわたしも魔術師としてあの3人がやろうとしている事は見過ごせないの。」

 

アーチャーは凛の答えを聞いて納得したのか、それ以上は何も言うことはなかった。そして凛は脱衣所で濡れた身体を拭き、パジャマに着替える。脱衣所を出て廊下を歩いていると、スティーブが向こうから歩いてきた。

 

「やぁリン。明日もよろしく」

 

「えぇ、こちらこそ」

 

凛がそう言うとスティーブは満足そうな表情を浮かべつつ、風呂場の方に向かう。凛は去っていくスティーブの背中に向けて無表情のままガンドを撃つポーズを取る。

 

「ば~ん」

 

凛は小さく呟くと、そのまま自室へと戻っていった。




エミヤさん盗み聞きはいけませんねぇ(・∀・)ニヤニヤ
サーヴァントとはいえ年頃の女の子が入っている風呂場に行くのは色々不味いですよ


それはそうとアメコミって他社間のクロスオーバーでも平然とヒーロー同士が対立してたりするけど、ああいうのって向こうの文化的なものなのかな?JLA/アベンジャーズや、バットマン/パニッシャーとかはお互いの主義や価値観のぶつかり合い的なバトルだったし。勿論全部が全部敵対するわけではないけど、クロスオーバーでも平然と他社キャラとぶつかり合うのが向こうの文化なんですかね……(^_^;)


日本でもソシャゲではよく他作品間のコラボがあるけど、上記のアメコミのクロスオーバーのようなガチ対立するのって全然見かけない。日本のクロスオーバーって大抵が共闘に落ち着いちゃうし(少なくともバットマン/パニッシャーのように両者が喧嘩別れするような終わり方はまず見ない)

向こうは主張し合ってナンボの文化なんでしょうか?


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第20話 ジョニー・ブレイズ

ついにゴーストライダー登場!ぶっちゃけ冬木の人達の願いでゴーストライダーが召喚されてもおかしくないような気が……。ゴーストライダーの邦訳が少ないんで、ジョニーの性格におかしい部分があるかもしれませんが、ご容赦ください。


ジョニーはふらふらと炎上する街の中を歩いていた。燃え盛る街には生存者の姿はなく、ただ炎と煙が渦巻いているだけだった。そんな地獄のような光景の中、ジョニーはひたすらに町の中を進んでいく。すると、目の前の空間から突然巨大な影が現れた。それは全身が真っ黒で、まるで黒い鎧をまとったような姿だった。

 

「悪魔か…!?」

 

ジョニーは身構えてゴーストライダーへと変身していく。全身の血液が沸騰し、身体中に激痛が駆け抜ける。変身する度に襲ってくる痛みに耐えながら、ゆっくりと敵の姿を確認していった。鎧を纏った黒い影はゴーストライダーに変身したジョニーの姿を見ていた。そしてジョニーはゴーストライダーへの変身を終える。燃え盛る髑髏の頭にライダージャケットを身に纏った復讐の精霊。そしてゴーストライダーはゆっくりと黒い影を指差しながら宣言する。

 

「―――お前は、罪人だ」

 

そしてゴーストライダーの言葉が終わると同時に、黒い鎧の影は襲い掛かってくる。黒い鎧の影はゴーストライダーに強力な一撃を叩き込み、ライダーは車道に停まっている車に激突した。しかし、ゴーストライダーはすぐに起き上がる。まるで通用していないとばかりに平然としているのだ。黒い鎧の影は尚も攻撃を加えようと向かってくる。そして持っていた剣をゴーストライダーに叩き込もうとした。が、ゴーストライダーはアッサリと剣を掴み取る。黒い鎧の影は振りほどこうとするが、全く動かない事に動揺していた。それどころか掴んだ手からは凄まじく強い力が感じられていく。

 

その力は徐々に強くなり、遂に耐えきれなくなったのか、握られていた刀身の部分が粉々になった。武器を失った事で更に焦りを感じた黒い鎧の影は拳を振り上げるが、それより早くゴーストライダーが黒い影の胴体を拳で打ち抜いた。黒い鎧の影は霊基を破壊され、そのまま消滅する。ゴーストライダーは黒い鎧の影の消滅を確認すると、口笛を鳴らし、自分の愛車であるヘルサイクルよ呼び寄せた。そしてそれに跨ると、炎上する街の中を疾走する。暫く走行していると、人影が見えた。どうやら4人いるらしい。人影を確認した時には既にジョニー・ブレイズへと戻っていた。ジョニーはバイクを操りつつ、4人に近づいていく。

 

「先輩、生存者です!」

 

大きい盾を持った亜麻色の髪の毛をした少女がジョニーを指差す。

 

「生存者が俺達以外にもいたんだね」

 

黒髪の少年は亜麻色の髪の少女と共にジョニーに近づいていく。他の2人も後に続いた。

 

「あんた達は……生存者か?」

 

ジョニーは恐る恐る少年と少女に尋ねる。後ろには銀髪の若い女性と、杖を持った賢者風の男が控えていた。

 

「えぇっと……」

 

いきなり話しかけられて戸惑うものの、なんとか答えようとする。

 

「わ、私と先輩は……人理継続保障機関カルデアから来ました。後ろにいる女性はカルデアの所長であるオルガマリー・アニムスフィアです」

 

亜麻色の髪の少女の言葉を受け、ジョニーは後ろにいるオルガマリーに視線を移す。

一方、杖を持った青髪の男はジョニーの事をじっと睨んでいた。

 

「貴方も生存者なのね?」

 

「生存者……といえばそうなるだろうな。俺は気づいたらこの街にいたんだ……。何でかはしらないが」

 

「失礼ですが貴方のお名前は……?」

 

「俺はジョニー。ジョニー・ブレイズだ」

 

ジョニーはマシュに自己紹介を行う。それに続いてマシュは自分の名を名乗った。

 

「私はマシュ・キリエライトと言います」

 

「俺は藤丸立香です。よろしくお願いします」

 

続いて黒髪の少年もジョニーに自分の名前を名乗った。互いに挨拶を交わすと、今度はオルガマリーが前に出てくる。

 

「それで、これからどうするつもりなのかしら?ここはもう危険だけれど」

 

オルガマリーの言葉を聞き、ジョニーは周囲を見渡す。炎に包まれた街には人の姿はなく、ただ燃え盛るだけとなっていた。

 

「ところでさっきの話だと気がついたらここにいたって事だけど、どうやってこの冬木市まで来たの?まさかそのバイクで?」

 

オルガマリーはジョニーが乗っているハーレーを見ながら言う。どうやらこの燃え盛る街は冬木市というらしい。

 

「おそらくはな。気がつけばこの世界に来ていた。最初は訳がわかんなかったけど、街の中に入れば何とかなると思って歩き回ってたらあの化け物と遭遇して……」

 

ジョニーの言葉を受け、マシュは首を傾げる。

 

「気が付けばこの世界にいた……?という事はもしかして貴方はサーヴァント……?」

 

「サーヴァント?何だそれは??」

 

ジョニーは聞きなれないワードに首を傾げる。その様子を見たオルガマリーが説明を行った。

 

「サーヴァントは英霊の事よ。座という場所に登録された英雄の魂がこの世に現界しているようなもの」

 

「成程ねぇ……んー、まぁいいか。よくわからない単語だが、多分そういうもんなんだろう。とにかく俺もここがどこなのか……」

 

その時、ジョニーの中に眠る大悪魔ザラソスが呼びかけ始めた

 

『殺せ……殺せ……サーヴァントを……魔術師を殺せ……奴等は罪人だ……』

 

ジョニーは胸の痛みに苦しみながらも、なんとか耐える。マシュは額から汗を流して苦しそうにするジョニーを見て、心配して声をかけた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「あ……ああ……平気だよ……それより今はこの状況をどうにかしないと……」

 

しかしどうにも自分の中のザラソスを抑えられそうもない。ジョニーは仕方なくマシュやオルガマリーに自分の肉体の秘密を説明する事にした。

 

「……失礼だがアンタは魔術師なのか?」

 

ジョニーはオルガマリーに尋ねる。

 

「え?貴方は魔術師の事を知ってるの?確かに私はアニムスフィア家に生まれた魔術師だけど……貴方もそうなの?」

 

オルガマリーの言葉にジョニーは首を横に振る。知り合いに魔術師はいるが、ジョニー自身は違う。

 

「そうか……なら一刻も早く俺から離れた方がいい。俺の中の悪魔がアンタと後ろの青髪を殺すかもしれない……」

 

ジョニーは後ろに控えているクーフーリンキャスターを見ながら言う。

 

「ジョニーさんの中の悪魔……?」

 

「そうだ。俺の中には悪魔が眠ってるのさ。ザラソスっていうんだが、こいつは罪人の魂を欲している。だからできれば……逃げろ。俺の中のコイツは制御不能だ」

 

ジョニーはそれだけ言い残すと、その場から離れようとした。するとオルガマリーが引き止める。

 

「待ちなさい!貴方が何者か知らないけれど、ここで見捨てるのは私のプライドが許さないわ!!この街には多くのシャドウサーヴァントがうろついているの!」

 

その言葉を聞いたジョニーは驚いたように目を見開く。

 

「……へぇ、案外優しいんだな」

 

ジョニーは微かに笑みを浮かべるが、その直後、賢者風の男の杖で殴り飛ばされる。殴られたジョニーは派手に壁に打ち付けられ、口から血を吐いた。

 

「がっ……!」

 

「ジョニーさん!」

 

マシュは賢者風の男の杖に殴り飛ばされたジョニーに駆け寄る。

 

「クーフーリンさん!いきなり何を!」

 

「嬢ちゃん、ソイツから離れろ。ソイツん中には悪魔が潜んでいやがる。しかもとびっきり危険なヤローがな」

 

クーフーリンは倒れたままのジョニーを睨む。

 

「悪いがここで死んでもらうぜ。放置するのは危険過ぎる。それに……テメェはオレ達の味方じゃ無さそうだ」

 

ジョニーは起き上がると、静かに立ち上がる。

 

「さっさと逃げればいいのに……抑えが利かなくなっても知らないぞ……」

 

ジョニーは口から血を流しながら呟いた。そしてクーフーリンの二撃目が放たれ、またもジョニーは壁に叩きつけられる。しかし、今回は倒れずに踏みとどまった。それを見たクーフーリンは舌打ちをする。

 

「ちぃ……しぶといな」

 

が、クーフーリンの行動を見かねた立香がジョニーを庇うようにして前に出た。

 

「待ってくれ!彼をいきなり殺そうとするなんておかしいじゃないか!!彼は何もしていないのにどうして殺す必要があるんだ!?」

 

それを聞いて、ジョニーは少し驚く。自分を庇ってくれる立香に対して申し訳ない気持ちになった。

 

「そこをどけ。ソイツを生かしておくと後々面倒になるんだよ」

 

クーフーリンは立ちふさがる立香を退かすと、ジョニーに向けて杖を構えた。

 

「安心しろ、今度は痛みもなく一瞬で終わる」

 

「やめろ!」

 

クーフーリンの放つ魔術を止めようとした立香は、放たれる魔術の射線上に立ってしまう。クーフーリンは咄嗟に別方向に杖を別方向に逸らしたものの、立香は腕を負傷する。

 

「ぐぅ……!」

 

「先輩!」

 

「馬鹿野郎が!邪魔なんてするから……!」

 

マシュは慌てて負傷した箇所を確認する。傷口自体はそこまで深くないが出血量が多く、早く手当をしなければ危ない状態だと判断した。

 

「先輩!すぐに治療します!」

 

ジョニーは自分を庇う為にクーフーリン・キャスターのルーン魔術を受けて、血を流す立香の姿を目に焼き付けた。そしてザラソスが再びジョニーに呼びかける

 

『罪なき者の血が流れた――――』

 

そしてジョニーはザラソスの言葉に呼応する。自分の目の前で、罪なき者が血を流す事の意味がどんなものであるのかは知っている。そして自分の役割も……

 

――――今こそ復讐の時

 

ジョニーの身体には変化が生じる。ジョニーの全身の血液は猛烈に沸騰し、全身が炎に包まれていく。焼けていく自分の肌から放たれる臭いが鼻孔を突く。これまで何度も繰り返し変身してきたが、変身の度に苦痛を味わう。しかし、その苦しみこそが罪なき者を救えない事への罰なのだと思った。自分が変身するという事は常に手遅れを意味する。被害者は救えない、犠牲者は増える一方だ。

 

しかし、それでも自分は戦うしかない。罪なき者たちの無念を晴らす為、己の魂を燃やし尽くすまで戦い続ける。罪なき者を傷つけた悪を地獄へと叩き落し続ける、それが自分にしかできない戦いだ。

 

「な……何なのよ……コレは……?」

 

突然の事態に困惑していたオルガマリーだったが、燃え盛るジョニーの姿を見ると、恐怖で震えていた。

 

「おい……何なんだありゃあ……?」

 

クーフーリンも炎に包まれるジョニーの姿に動揺している。

 

「アイツをこのままにしとくのはまずいな……」

 

クー・フーリンはそう言うと、再び杖を構える。そして変身を果たしたジョニーがその姿を現した。燃え盛る髑髏の頭、全身をライダージャケットに身を包んだ地獄よりの使者。まさに人間がイメージする悪魔の姿であるが、オルガマリーはジョニーの姿を見て驚愕する。

 

「ま、まさか……真性悪魔なの……!?けどそんなハズは……!」

 

一方のマシュも、ゴーストライダーへと変身したジョニーを見て驚いていた。

 

「ジョ、ジョニーさん……!?その姿は一体……?」

 

マシュは恐る恐る尋ねるが、ジョニーは何も答えずオルガマリー達に近づく。オルガマリーは近づいてくるジョニーを見て怯える。

 

「ひっ……こっちに来るな……!」

 

しかし、オルガマリーの言葉を無視してオルガマリーの胸倉を掴むと、そのまま持ち上げる。そしてゴーストライダーはじっとオルガマリーの顔を見つめた。

 

「ちょ、ちょっと……離して……!この……!!」

 

必死に抵抗するオルガマリーだが、全く歯が立たない。その様子を見たマシュが止めに入る。

 

「やめて下さい!所長をどうするつもりですか!?」

 

マシュの言葉を受け、ジョニーは掴んだオルガマリーを地面に降ろした。そしてゴーストライダーはマシュの方を向き、こう告げる。

 

「お前は――善良な人間だ」

 

「え……?」

 

マシュはジョニーの口から発せられた言葉を聞き、戸惑った。そしてゴーストライダーはマシュの横を通り、クーフーリンの所へと向かう。

 

「本性現しやがったな……!」

 

クーフーリンは再び杖を構えて攻撃態勢を取る。そして杖を地に付けると、ゴーストライダーの地面に魔法陣が展開される。そして魔法陣の中から巨大な木の手が出現し、ライダーを掴み上げる。

 

「そのまま潰しちまえ!!」

 

しかし、次の瞬間に出現した手は粉々に破られた。ルーン魔術による強化で召喚された巨人の手があっさりと破壊されてしまったのだ。

 

「なっ……!」

 

クーフーリンは驚きつつも、攻撃の手を緩める事はなく火炎魔術による炎弾を杖から射出する。

 

「アンサズ!」

 

火炎弾はゴーストライダーに直撃するが、火炎魔術が地獄の炎を纏うライダーに通用する筈も無かった。

 

「ちぃ……!」

 

クーフーリンは杖を持ち、ライダーと直接戦闘を行うべく距離を詰める。そして杖に炎を纏わせ、ライダーの身体を滅多打ちにしていく。しかし、いくら殴打しても効果は無い。

 

「炎でダメならコイツはどうだ!?」

 

クーフーリンは氷のルーンを詠唱してライダーを凍結させようとする。が、ルーン魔術による凍結を以てしても、やはり効果は薄いようだ。クーフーリンの攻撃を物ともせず、ゴーストライダーはただひたすら前進を続けるだけだった。

 

「コイツはヤベェな……」

 

さしものクーフーリンといえど、自分のルーン魔術が全くといっていい程通用しない事に焦りを隠せない。いや、この攻防でゴーストライダーが自分では到底手におえない相手だという事を感じ取ったのだ。クーフーリンはマシュ、立香、オルガマリーに対してこの場から逃げる事を提案する。

 

「おい!ここから逃げろ!こいつは俺が食い止める!」

 

「そんな!クーフーリンさんを置いていくなんてできません!」

 

クーフーリンの提案に対してマシュは反論するも、クーフーリンに一喝される。

 

「馬鹿野郎!コイツはオレ達がどうにかできるレベルじゃねぇ!死にたくなかったらさっさと行け!」

 

クーフーリンの気迫に押されたのか、マシュは黙って俯いてしまった。

 

「……分かりました。先輩、オルガマリー所長、行きましょう」

 

マシュは悔しそうな表情を浮かべながらも、クーフーリンの言い分が正しいと理解する。オルガマリーは先ほどのクーフーリンの魔術で怪我をした立香の肩を貸し、その場から離れようとする。

 

しかしクーフーリンとゴーストライダーとの戦闘の余波でオルガマリーが倒れこんでしまい、オルガマリーは立香の身体に覆い被さってしまう。立香は自分の顔がオルガマリーの柔らかい胸に埋められる形となり、顔を真っ赤にして慌てる。オルガマリーは立香が倒れこんだ自分の胸に顔を埋めている事に気が付き、慌てて離れた。そして立香とオルガマリーは互いに見合って頬を赤く染める。

 

「す、すみませんでした……!大丈夫でしたか……?」

 

立香は申し訳なさそうに謝る。

 

「い、今のは不可抗力だから!事故!そう!事故でしょ!私だって好きでこんな事になってる訳じゃないんだからね!!?」

 

オルガマリーは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。しかし当の立香とて年頃の少年である。オルガマリーの胸に顔を埋めてしまった事にドキドキしており、顔を赤くしている。それを見たオルガマリーは更に恥ずかしくなり、声を荒げた。

 

「ああもう!!何なのよこの状況はぁ!!!」

 

一方、クーフーリンは炎に包まれたゴーストライダー目掛けて火炎魔術を射出しつつ叫ぶ。

 

「さっさと消えろ!悪魔めがぁっ!!!」

 

しかし、クーフーリンの言葉に耳を傾ける事無く、ゴーストライダーは自分の武器である鎖を手に持ち、クーフーリンに攻撃する。ゴーストライダーの鎖はまるで生き物のようにうねる。そして瞬く間にクーフーリンの手足に絡みつき、身動きが取れなくなってしまう。そしてゴーストライダーは鎖を引き寄せると、クーフーリンの頭を掴み、自分の顔へと近づける。

 

「俺の目の奥を見ろ―――」

 

クーフーリンは抵抗しようともがくが、無駄だった。そしてゴーストライダーは目を光らせ、クーフーリンの脳に直接語りかける。

 

―――――お前は罪を犯した――――――

 

―――――だからこそ罪を償え―――――

 

 

 

 

****************************************************

 

 

 

「あの……こんな場所で寝ていたら風邪を引きますよ?」

 

その声で、ジョニーは目が覚めた。辺りを見渡すと、そこは見知らぬ街であった。目の前には一人の少女がいる。

 

「……ここは?」

 

「どこと言われましても……冬木市の深山町ですが……」

 

ジョニーは地面から起き上がると、服に付いた埃を手で払った。

 

「悪いな、ちょっとばかり気絶していたらしい。君の名前は?」

 

「えっと……間桐桜と言います」

 

ジョニーは改めて周囲を確認する。先ほどまで炎上していた筈の冬木市が何事もなかったかのようだ。まるで火災などなかったと言わんばかりに。

 

「ありがとう、おかげで助かったよ。俺の名はジョニー・ブレイズ。アメリカ人だ」

 

ジョニーは自分を起こしてくれた桜に礼を言う。

 

「いえ、困っている人を助けるのは当然の事ですよ。私の先輩がいつもしている事ですから」

 

桜は士郎の事を思い出したのか、少しだけ寂しそうに笑った。

 

「ありがとうサクラ。それじゃ俺はもう行くよ」

 

そう言うとジョニーは付近に停めてあった自分の愛車であるハーレーに跨り、エンジンをかける。

 

「あ、待って下さい!」

 

突然呼び止められたジョニーは不思議に思いながら振り返る。

 

「何か用かい?」

 

「いえ、何でもありません……」

 

「そうかい。それじゃ」

 

ジョニーはハーレーを発進させると、桜から離れていく。桜はハーレーに乗るジョニーの背中をじっと見つめていた。

 

『サクラ、彼に頼みさえすれば今の状況から脱せられたかもしれないのに』

 

桜は自分の心の中に聞こえてきた声に耳を傾ける。

 

「けど……私にはそんな事できません……。あの人を利用して兄さんやおじい様を殺すだなんて……」

 

『ジョニー・ブレイズは復讐の精霊ゴーストライダー。彼なら君を虐げる間桐慎二と間桐臓硯を殺せたかもしれないんだよ?そうすれば憧れの衛宮士郎と過ごす事ができる』

 

桜は首を横に振る。

 

「それでも……私は……!」

 

『辛い現状から脱したいという気持ちは君の中にあるんだろう?ならそんな気持ちに素直にならなければいけない』

 

「違う……!」

 

桜は自分に話しかけてくる存在の声を拒絶するように叫んだ。

 

「私の願いは……私が本当に望んでいる事は……!」

 

しかし、桜の叫びは誰にも届かない。

 

『私は君を助けたいだけだ。君の中の悲しみと苦しみ、そして怒りが私の耳に届いたのさ。これも何かの縁だろう?』

 

心の中に響く声は桜に対して優しく囁くように語る。

 

「あなたは何者なんですか……!」

 

桜は恐怖を堪えるように震える声で尋ねる。

 

『そうだね、いつまでも名乗らないというのも無作法だろう。私の名はドルマムゥ。君を救いたいと願う気持ちは本物だよ。君の望みを叶える為に力を貸そうじゃないか』

 

「どうして……!」

 

桜は心の中の存在に対して、思わず叫んでしまう。

 

『サクラ、君は救われるべきだ。君は常に虐げられる立場であり、被害者だった。そして今もまた君は間桐臓硯という邪悪な魔術師に利用されている。このままではいけない。それは分かるね?』

 

「……」

 

桜は何も答えない。しかし、内なる存在は言葉を続ける。

 

『いい加減に現実を受け入れよう。これは聖杯戦争なんだ。魔術師同士の殺し合いなんだよ。それに勝てば、君の望みは叶う。君の憧れの衛宮士郎だって手に入るだろう?それに君の姉である―――』

 

「もうやめてください!」

 

桜は悲痛な表情を浮かべて叫ぶ。

 

「お願いします……!これ以上何も言わないでください……!貴方の言葉を聞いていると……自分が惨めに思えてきてしまうんです……!だから……だから……!」

 

『惨めに思えるんじゃなくて、実際に惨めじゃないか。今までずっとそうやって耐え忍んできたんだろ?だけどそれも限界が来てしまった。だから私に助けを求めたんじゃないのかな?』

 

「……!」

 

自分の心を覗き込むような視線を感じ、桜は俯いてしまった。

 

――助けてほしい。誰かに救ってほしい。

 

そんな願望は確かに存在していた。

 

『サクラ、君は実に哀れだ。自分の力で今の状況から脱しようという意思すら感じられない。いや、そんな意思は君が間桐家で育った際に折られてしまったかな?君は大勢の魔術師達によって自分の身体を―――』

 

「やめてください……!それ以上は聞きたくない……」

 

しかし、桜の懇願は誰に届く事も無い。

 

『ああ、すまない。少し喋りすぎたようだ。だが安心してくれ。これからは私の言葉に従ってくれるだけで良い。そうすれば、いずれは君を縛る鎖は解き放たれるだろう』

 

桜はドルマムゥの言葉に耳を傾ける事無く、ただ自分の身体を抱き締めて怯えるだけだった。




ぶっちゃけゴーストライダーって普通に人類悪クラスはあるんじゃ……?けどハルクみたいに地球破壊とかは無理だと思う(多分)

ゴーストライダーは物理的な破壊力よりも特殊能力と不死性がヤバいイメージ。
型月世界で言う対魔力も滅茶苦茶高いイメージ。


そういえばキアラに贖罪の瞳をしても、彼女の性質上快楽に変換されるような……?(;^_^A


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第21話 ウルヴァリンVSアサシン

今回はウルヴィーVS小次郎回です。1話丸々バトルって久しぶりな気が……。


深夜、闇に包まれた柳洞寺へと続く長い階段をウルヴァリンは駆け上がっていた。昼間の調査の結果、柳洞寺にはサーヴァントがいる事を突き止めた。衛宮士郎の護衛をしているスティーブに連絡を入れ、ウルヴァリンは単独で柳洞寺へと偵察に行く旨を伝えた。スティーブが士郎から聞いた情報によれば柳洞寺には「魔女」が潜伏しており、柳洞寺自体も魔術師が拠点とするには最適の場所らしい。2月の深夜故に、冷たい風が吹きつける中、ウルヴァリンは速度を緩めずに柳洞寺へと駆け上がっていく。階段の途中ではサーヴァントと思われる存在の気配を感じ取る事はできなかった。しかし、確実に何かが潜んでいる。ウルヴァリンは魔術には疎いが、人間や動物の気配を感じ取る第六感には自信がある。

 

(今んとこサーヴァントの気配はねぇが、どんな罠が仕掛けられているか分からねえ。油断せずに行こう)

 

ウルヴァリンは速度を早め、しかし慎重に階段を上がり続けた。長い階段ではあるが、ウルヴァリンのスピードは常人のそれを上回る。あと僅かで寺へと辿り着くだろう。見たところ、罠や奇襲の気配はしない。そしてようやく柳洞寺の入り口である山門が見えた。ウルヴァリンはサーヴァントが待つ寺へと入るべく歩を進めようとする。しかし山門の所に何者かが立っていた。

 

(ありゃサムライか……?)

 

柳洞寺の山門には時代錯誤とも呼べるサムライが立っていた。長い髪を後ろに束ね、背中には長大な日本刀を背負っている。単にそこに立っているだけで絵になるであろう美男子。花鳥風月、風雅といった形容詞が似合うそのサムライは階段の下にいるウルヴァリンをじっと見据えていた。柳洞寺という和風の空間に溶け込んでいるサムライであるが、こうして見られているだけで山門に立つサムライが只者ではない事が分かる。

 

(あの野郎タダもんじゃねぇな……)

 

ウルヴァリンも山門に立つサムライの危険性を直感で感じ取る。今まで数々の戦いを経験してきたウルヴァリンの経験から見てもあのサムライは危険極まりない。そしてサムライはゆっくりと階段を下りてきた。サムライは階段を下りつつ、ウルヴァリンに声をかける。

 

「このような夜更けに客人とは珍しい。見たところ魔術師の類ではなさそうだがサーヴァントでもない。何用あってこの柳洞寺へと参った」

 

サムライはウルヴァリンの前方5メートルの位置にまで近づいた。余りにも自然体なその姿に反して全くといって良いほど隙が無い。その時点でこのサムライが相当な実力者だという証であろう。

 

「……テメェなにもんだ?サーヴァントなのか?」

 

ウルヴァリンは目の前のサムライに問いかけると、サムライ口を開いた。

 

「――――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」

 

「ササキ・コジロウだと……?」

 

日本との関わりが深いウルヴァリンでも、佐々木小次郎の名は聞いたことがある。宮本武蔵と巌流島で決闘を行った武芸者。その佐々木小次郎がこうして自分の目の前にいる。聖杯戦争では古今東西の英雄豪傑をサーヴァントとして召喚するとは聞いていたが、目の前のサムライが佐々木小次郎だという事実にはウルヴァリンも驚く。

 

「日本でも有名なサムライとこうして対面できるたぁ俺もツイてるじゃねぇか」

 

「そなたが何者であるかは問うまいよ。だがこの階段を通ってあの寺へと入るのであれば通すわけにはいかん」

 

そう言って予備動作も無く背中の長大な日本刀を抜いた。その長さは通常の日本刀を上回るものであり、並大抵の技量の持ち主では扱いこなす事は不可能だろう。長刀を持ったまま無構えだ立ちすくむ小次郎。一見隙だらけに見えるが、ウルヴァリン程の実力者であればそれが嘘だと見抜ける。

 

(あの野郎……全くといっていいほど隙がねぇ。それに空気が張り詰めてやがる)

 

小次郎本人の身体からは殺気や圧など発していないものの、ウルヴァリンは周囲の空気が一変した事を感じ取る。

 

「俺を通す気はねぇって事だな?」

 

「然り。そなたが何を企んでいるのかは知らぬ。だが此処でそなたを斬るのも悪くはない」

 

外見とは裏腹に、この小次郎は戦う事が何よりも好きなようだ。根っからの武芸者であり戦い好き―――故にこそ、己の剣技に絶対の自信を持っている。

 

「ま、俺は別に構わねぇぜ。ただ、一つだけ忠告しておく」

 

「ほう、忠告とな?それは興味深い」

 

「アンタの実力は相当なものだ。だが俺の方が強ぇ!」

 

ウルヴァリンはそう言った瞬間、手の甲からアダマンチウムの爪を出した。ウルヴァリンの体内の骨は地上で最も硬い金属であるアダマンチウムで覆われており、手の甲から飛び出る爪はウルヴァリンを象徴する武器である。ウルヴァリンは一気に間合いを詰め小次郎に切りかかる。が、小次郎の剣速は尋常ではなく、一瞬にしてウルヴァリンの身体を捉える。小次郎の長刀はウルヴァリンの肉体を切り裂くものの、ウルヴァリンは咄嗟の回避によって傷が浅く済んだ。しかし、小次郎の刃は確実にウルヴァリンの肉を裂いている。ウルヴァリンは一旦距離を取り、階段の踊り場から上段にいる小次郎の様子を見る。

 

(あの野郎の太刀筋が見えなかった……!)

 

ウルヴァリンは小次郎の剣術を見て驚愕する。あれだけ長い刀をウルヴァリンでも視認し切れない程の速度で振り回せるのは異常である。

 

(これがサーヴァントの力だって言うのか?)

 

「サーヴァントではないが、私の物干し竿による攻撃に反応できるだけでも大したものよ」

 

「へぇ、高名な剣士にお褒め頂き嬉しい限りだぜ」

 

ウルヴァリンは小次郎の絶技とも呼べる剣術を目の当たりにし、自分の血が騒ぐのを感じた。ウルヴァリンは立ち上がると同時に構える。ウルヴァリンは短躯ではあるが、身体に搭載した筋肉は最早凶器に等しく、大型の肉食獣をも食らわんとする程の攻撃性に満ちていた。一方の小次郎はウルヴァリンの身体から放たれる突き刺さるような殺気を涼しい顔で受け流す。

 

「どうした? 来ぬならこちらから行くぞ」

 

小次郎は無構えのまま階段を下りてくる。対するウルヴァリンは両腕を交差させつつ、構えた。

 

「行くぜ!」

 

ウルヴァリンはトップスピードで上段にいる小次郎との間合いを詰める。ウルヴァリンの爪の長さはおよそ三十センチ。距離さえ詰めてしまえば、相手は回避する事は出来ない。

 

しかし、次の瞬間、ウルヴァリンは首筋に悪寒を感じる。小次郎が放つ視認不能な程に速い斬撃が、既に目の前に迫っていた。

 

(クソッタレ!)

 

ウルヴァリンは直感を駆使して小次郎の物干し竿の斬撃をアダマンチウムの爪で受け流した。そして小次郎は間髪入れずに目にも止まらぬ速度の太刀をウルヴァリンに繰り出す。ウルヴァリンも応戦し、アダマンチウムの爪を用いて斬撃を弾く。両者共に一歩も引かず、攻防は激しさを増していく。互いの身体能力は常人を超えており、繰り出す攻撃も普通ではない。小次郎の物干し竿とウルヴァリンの爪がぶつかり合う金属音が周囲に響き渡る。爪と刀、鉄と鉄。全く異なるカタチの武器と武器が火花を散らしながら交差し合う。長大な物干し竿と短い爪。間合いに入ればウルヴァリンの勝ちであるが、そうはさせないのが小次郎の技量である。

 

小次郎の長刀による斬撃は疾風と化してウルヴァリンを捉えるが、長年の戦いによる経験と研ぎ澄まされた直感を駆使して受け流していく。両者の武器にはリーチの差があるのでこのまま膠着状態に陥らないようにと、小次郎は手数を増やしながら攻撃を続け、一方のウルヴァリンは防御に徹して攻撃に転じようとしない。否、ウルヴァリンは決定的なチャンスを伺っているのだ。長い攻防から生まれる微かな綻びを見つけ、そこを突いて一気に勝負を決めるつもりである。しかし、小次郎は中々隙を見せない。その隙を見逃さないように集中する。

 

(野郎、一向に隙を見せやがらねぇ。こっちの攻撃を凌いで反撃する戦法に切り替えたのか?)

 

ウルヴァリンは小次郎の表情を見る。相変わらず涼しげな顔をしているが、その瞳の奥には冷徹な光があった。まるで獲物を狙う鷹のような眼差しである。

 

(どうやら向こうは俺の隙を窺ってるようだな。だが、いつまでも付き合ってやる義理はねえ)

 

ウルヴァリンはカウンターを狙っている。攻撃は最大の防御という言葉があるが、それは相手も同じである。

 

「やるなお主」

 

「アンタこそ、大した腕だ」

 

互いに称賛の言葉を送りながらも攻撃の手は一切緩めない。しかし、ここでウルヴァリンは違和感を覚える。何故なら、この小次郎が未だに本気を出していないような気がしたのだ。

 

「ふむ……」

 

そこでウルヴァリンは一旦攻撃を止め、一度体勢を立て直す事にする。一方の小次郎は追撃を仕掛ける事なく、ただ黙って佇んでいた。その表情は相変わらずの無表情だが、それがかえって不気味に感じた。

 

「その短躯に見合わず、恐ろしい程の疾さと力強さよ。だからこそ斬り甲斐がある」

 

そう言って小次郎は距離を詰めてくる。ウルヴァリンは階段の上段にいる小次郎に切りかかるが、相手が上で自分が下という地形的な不利があり、また小次郎の敏捷さもあってなかなか決定打を与えられなかった。とりわけリーチの差は如何ともしがたく、小次郎の長刀は確実にウルヴァリンの肉体を捉えられる距離でも、ウルヴァリンの爪は小次郎まで遠い。が、ウルヴァリンは一瞬の隙を突いて小次郎の長刀をアダマンチウム爪の間に挟める。チャンスは一度きり、これを逃せばウルヴァリンに勝機はなくなる。故に、絶対に外せない。

 

「捕まえたぜ?まさか爪と爪の間に挟まれるとは思わなかっただろ?」

 

「……ふむ。爪の特性を生かした見事な技よ」

 

小次郎は感嘆の声を上げる。そして次の瞬間、彼は自ら後ろに向かって飛んだ。それによってウルヴァリンのアダマンチウムの爪から逃れる。そして空中で一回転して着地を決めると、再びウルヴァリンに向かってくる。

 

(ちきしょう!仕切り直しかよ!)

 

小次郎が持つ長い刀の斬撃とウルヴァリンの爪の斬撃が再び交差し、激しい火花を散らす。今度は互いにバックステップを踏み、距離を取る。ウルヴァリンの爪は小次郎の頬を掠めたが、小次郎の長刀はウルヴァリンの脇腹を切り裂いた。ウルヴァリンの方が致命的な傷ではあるが、問題なく戦闘を続行できる。そして小次郎は笑みを浮かべながら言う。

 

「よもやここまでの実力者とはな。これは益々、斬り甲斐があるというものよ」

 

そう言って小次郎はジャンプし、ウルヴァリンがいる階段の踊り場へと着地した。

 

「どうしたよ?自分から地形的な優位を捨てるのか?」

 

「何、貴様には私の"秘剣"を見せてやろうと思ってな。貴様ほどの強者への敬意として」

 

「"秘剣"だと?ハッ、大層な名前じゃねぇか」

 

「―――では見せてしんぜよう」

 

そう言って小次郎は構えた。今までは無構えのまま長刀を凄まじい速度で振るっていたというのに、ここに来て初めて構えたのだ。ウルヴァリンは小次郎の構えを見て、額から冷や汗が流れるのを感じ取る。空気が先ほどまでとは段違いに張り詰めており、ウルヴァリン自身の直感が危険を知らせているのだ。

 

(……あれはやべぇ)

 

ウルヴァリンは無言で迎撃体勢を取る。先程のようにカウンターを狙っているのではない。自分を確実に殺す為の構えだ。ウルヴァリンと小次郎との距離は3メートル弱。一瞬でも隙を見せれば、その瞬間に勝負は決するだろう。しかしウルヴァリンも簡単に負けるつもりはない。

 

(俺だって、伊達に修羅場を潜ってきたわけじゃねぇ)

 

ウルヴァリンは己を鼓舞し、小次郎へ向かっていく。しかしその刹那、小次郎の魔剣が発動した。

 

―――――――――秘剣・燕返し

 

小次郎の秘剣がウルヴァリンの身体を捉えた。ウルヴァリンの身体は切り裂かれ、鮮血が派手に噴き出す。これは誰から見ても勝負があったように見えるだろう。三つの斬撃が同時に繰り出され、かつ脱出不可能な斬撃の牢獄を潜り抜けられる者など存在しない。だが小次郎は知らなかったのだ。ウルヴァリンが持つ力を……。

 

「……!?」

 

「……へっ驚いたかよ?俺の身体を断ち切れねぇ事に」

 

小次郎の斬撃は人間だけでなくサーヴァントの身体をも寸断してしまう程に強力だ。耐久ランクが高いサーヴァントといえども小次郎の燕返しをそのまま受ければ無事で済む筈もない。しかしウルヴァリンの身体は断ち切る事が不可能なのだ。

 

―――――――――アダマンチウム

 

ウルヴァリンの骨格に埋め込まれた地上で最も硬い金属の名前。このアダマンチウムが骨に埋め込まれている故に、小次郎の長刀はウルヴァリンの身体を切断する事ができず、アダマンチウムの骨格は燕返しによる斬撃を防いだのだ。そしてそれ故に決定的なチャンスをウルヴァリンは得た。ウルヴァリンは小次郎の物干し竿を手で掴んでいるのだ。更にウルヴァリンはどんな傷をも再生できるヒーリングファクターを持つ為、こういった捨て身の戦法を可能にしている。

 

「へへ……今度こそ捕まえたぜ?日本でいう”肉を切らせて骨を断つ"ってやつだ」

 

「成程、物干し竿の斬撃でも断ち切れぬ骨を持つか……。お主の身体の特性を見誤った私の未熟、という事であろうな」

 

そしてウルヴァリンは小次郎の物干し竿を力づくで奪い取ると、階段の下へと放り投げ、同時に小次郎との距離を一瞬で詰める。

 

「勝負アリだ!!」

 

その言葉と共にアダマンチウムの両爪を小次郎の胸に深々と突き刺した。




ウルヴィーの身体の特性を考えればこういう戦法も可能ですよね(原作でも普通にやっていますし)。

ぶっちゃけ小次郎じゃウルヴァリンを殺す手段に欠けていたのでこんな結果になってしまいました。


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第22話 パニッシャーと立香

久しぶりにこちらも更新です!


「み、見事……」

 

小次郎は自分に勝利したウルヴァリンを褒め称える。そしてウルヴァリンが爪を抜くと、小次郎は数歩後ずさりしつつ地面に倒れる。ウルヴァリンにとって恐ろしい程の強敵だった小次郎。恐らくゴーゴン……トミ・シシド以上の剣技の持ち主であろう。

 

「大したヤツだぜ。あんな剣術はオレも今まで見た事がねぇ。だがオレには勝てねぇ」

 

「ふっ……。其方の肉体の特性を見誤った私の敗北という事か……」

 

「ああ、そうだ。オレのヒーリングファクターってのはそうそう簡単に破られねぇよ」

 

ウルヴァリンがそう言うと、小次郎の瞼は閉じられていく。ウルヴァリンは階段を上がり、柳洞寺へと乗り込もうとした時、背後から気配を感じ取る。振り返るとそこには金髪の美しい髪の毛に、青い甲冑を着込んだ少女が立っていた。少女はウルヴァリンの方を警戒した目で見ている。ウルヴァリンは衛宮士郎の家に居候しているスティーブ達から、士郎について色々と聞かされていた。そして今自分の目の前にいる甲冑を着込んだ金髪の少女は外見的特徴がスティーブの言っていた士郎のサーヴァントと一致している。そう、今自分を見つめている少女こそがセイバーだ。彼女は小次郎を倒したウルヴァリンを警戒した様子で見つめている。当然だろう、サーヴァントである小次郎と戦い、あまつさえ勝利してしまったのだから。

 

「……貴方は何者か?その気配、只者ではないようだが」

 

「オレはウルヴァリンだ。お前さんのマスターであるシロウ・エミヤの家に居候しているスティーブの仲間だよ」

 

「貴方はスティーブの仲間だったのですね……」

 

ウルヴァリンの言葉に、セイバーは意外そうな顔をする。

 

「そういうこった。お前さんの事はスティーブ・ロジャース……キャップから色々聞いている。この柳洞寺にサーヴァントがいるって事も知っているようだな。そんでお前さんのマスターであるシロウはどこに行ったんだ?」

 

ウルヴァリンの言葉にセイバーは答えない。この柳洞寺にいるキャスターのサーヴァントを討伐しようと士郎に進言したが、彼からは反対され、仕方なく独断専行でこうして来たのだから。

 

「答える義務はありません」

 

「そうかい。それじゃ二人で一緒にこの寺にいるサーヴァントを倒してみねぇか?」

 

ウルヴァリンの言葉にセイバーは目を丸くする。

 

「正気ですか?」

 

「ああ。どうせオレ達はこの階段の上の寺に潜伏しているサーヴァントを倒さなきゃならねぇからな。それにお前だって戦いたくてウズウズしてるだろ?」

 

その言葉にセイバーは少し考えた後、頷く。

 

「だったら話は早ぇ。一緒になればもしかしたら倒せるかもしれないぜ?」

 

ウルヴァリンの言う事は最もだ。セイバーは仕方なくウルヴァリンと共に階段を駆け上がっていく。ウルヴァリンの足の速さはサーヴァントであるセイバーにも劣らないものがあり、セイバーもその事に驚いているようだった。階段を登りきると目の前には境内へと続く柳洞寺の門があり、二人は警戒しつつ中へと足を踏み入れていく。

 

 

 

************************************************************

 

 

 

 

コヤンスカヤとパニッシャーはホテルの一室でテレビを見ていた。相変わらずガス漏れ関連のニュースばかりやっている。コヤンスカヤはソファに座った隣にいるパニッシャーの腕と自分の腕を絡ませ、夫婦のように密着していた。

 

「……何ベタベタしているんだ?お前みたいな奴が俺にくっついて来るな」

 

「そう言いつつ、無理に振りほどこうとしていない辺りが優しいですねえ♪もしかして満更でもない感じです?」

 

ニヤニヤした顔でコヤンスカヤはパニッシャーの顔を上目遣いで見つめる。そしてコヤンスカヤは何を思ったのか、立ち上がると自分のスカートとパンティを下にずらした。するとコヤンスカヤの尻から上の部分から太い尻尾が生えてきたではないか。桃色のモフモフした毛で覆われており、思わず手で触れたくなるぐらいフサフサしていた。流石のパニッシャーもコヤンスカヤの尻尾を見て目を丸くしている。

 

「私はこの通り、人間ではありませんので。特別に貴方には私の尻尾をブラッシングする権利を差し上げます」

 

「……は?」

 

返答に困っているパニッシャーに対して、コヤンスカヤはブラッシング用のブラシを手渡した。

 

「さあ、どうぞ。遠慮なさらず」

 

「……分かった」

 

断れる空気でもなかったので、パニッシャーは大人しく従う事にした。ブラシを持ち、コヤンスカヤの太くて長い尻尾を丁寧にブラッシングしていく。手触りの良い毛で包まれていて、まるで最高級の毛布にくるまれているような心地良さだ。尻尾を生やしているのを見る限り、コヤンスカヤは獣人の一種なのだろうか?とパニッシャーは考える。

 

「中々お上手じゃないですかあ♪どうですか?私の自慢の尻尾の感触は?」

 

「ああ、悪くないな」

 

「ふふ、素直じゃないんですからぁ~♪」

 

その後も暫くの間、部屋には沈黙が続いた。特に気まずいという訳でもなく、むしろ心地よい時間だった。するとパニッシャーのブラッシングを見ていた立香がコヤンスカヤの元まで来ると、彼女の尻尾に顔を埋めた。突然の出来事にコヤンスカヤは驚きを隠せない。どうやら彼の方もモフモフの魅力に取り憑かれてしまったようだ。

 

「ちょ、ちょっと!いきなり何を!」

 

慌てるコヤンスカヤを後目に、立香は彼女のモフ尻尾を堪能していた。

 

「うん……すごく気持ちいい……」

 

モフモフの毛に埋もれながら顔をすり寄せるその姿は、さながら猫のようだった。そして立香は今度はコヤンの尻尾の上に座す。まるでソファのような座り心地だ。

 

「ふにゃあああああああっ!?何してるんですか貴方は!?」

 

突然の事に驚いたコヤンスカヤは飛び上がってしまった。

 

「まったくもう……!いきなり人の尻尾を椅子代わりにするなんて……!」

 

「だっておばさんの尻尾、モフモフして気持ちいんだもん」

 

「お、おばさ……!?」

 

コヤンスカヤは笑顔ではあったが額に怒筋を立てて怒っていた。だが本気で立香の事を嫌がっている風には見えず、むしろ喜んでいるように見える。

 

「ふーん、そうですかー。そんなに私の尻尾がお気に入りですかー」

 

そう言ってコヤンスカヤは立香の為に自分の尻尾を上下に動かしてあげる。すると彼はその柔らかな毛並みに包まれて幸せそうな表情を浮かべた。コヤンスカヤはその様子を見て満更でもない様子だった。が、ついバランスを崩してしまい、立香は尻尾から落ちたと思いきや、コヤンスカヤが立香の小さい身体を受け止めてあげた。が、今度は彼女の胸に顔を埋める事になったのだが……。

 

「あらあらまあまあ♪私の胸に可愛いお顔を押し付けちゃってぇ♪そんな大胆な男の子にはオシオキが必要かしらぁ♪」

 

そう言いながら、コヤンスカヤは服越しに自らの豊満な胸を揉み解しながら意地悪そうに微笑む。パニッシャーはコヤンスカヤの口から「私は反吐が出るほどに人間が嫌い」と聞かされていたが、立香をあやす彼女の姿を見る限り真の意味での人間嫌いとは思えなかった。コヤンスカヤの価値観など知りたくもないパニッシャーではあるが、何にせよ単純な存在ではない事は確かのようだ。

 

「おばさんの胸柔らかーい……」

 

一方、コヤンスカヤの胸に顔を埋めている当の本人は何も気にしていない様子で胸の感触を楽しんでいた。彼の頭を撫でながらコヤンスカヤは言う。

 

「あら嬉しいこと言ってくれるじゃない?ならお姉さんがもっと気持ち良くさせてあげちゃおうかな~?」

 

そう言うと彼女は胸元のボタンを少し外して胸の谷間を見せると立香はあまりの迫力に思わず息を呑む。が、流石に幼い子供に対してするものではないとしてパニッシャーからストップが入る。

 

「待て。その子はまだ5歳だぞ?お前みたいな変態じゃあるまいし」

 

「あっらー?私より年下の癖に生意気言っちゃってぇ?そういう子はお仕置きしちゃいますよ?」

 

そう言ってコヤンスカヤは立香を抱き抱えてベッドへと寝転ぶ。

 

「ねぇ、ボク?女の子の悦ばせ方を教えてあげようかしら?」

 

蠱惑的な目で立香を見つめながら彼の頬にそっと手を添える。

 

「うふふ♪冗談よ。貴方くらいの年頃の男の子はね、まだまだ女に興味を持たないものよ。けどねぇ、立香クン?貴方には将来素敵な女の子が彼女になるかもしれないわよぉ?」

 

そう言いつつ、コヤンスカヤは立香の頭を撫でる。一方の彼は特に恥ずかしがる事もなく平然としていた。すると今度はコヤンスカヤの方から彼に言う。

 

「でもまあ……貴方が望むのなら私が色々教えて差し上げても構いませんわよ?おませさんな男の子は嫌いじゃないですから♪」

 

が、流石に見かねたパニッシャーが立香を抱き寄せてコヤンスカヤから引き離す。

 

「やり過ぎたぞ。言っとくが俺の国じゃ犯罪だからな?」

 

調子にのったコヤンスカヤを睨むパニッシャー。彼は小さな立香の身体を自分の子供のように優しく抱き抱えている。

 

「あらあら、パパの介入ですか? こんな可愛い子を独り占めしようだなんて……ふふっ」

 

しかし当の彼女は悪びれる様子もなく不敵な笑みを浮かべている。

 

「僕、おじさんもおばさんも好きだよ?だから喧嘩しないで」

 

だが純粋な立香はパニッシャーとコヤンスカヤの仲を勘違いしていた。

 

「んふふ~♪やっぱり子供は素直で可愛らしいですわねぇ~。イジメ甲斐……じゃなくて可愛がり甲斐がありますよ」

 

「一瞬目が怪しかったような気がするが……。まぁ、あまりこの子に変な真似はするな」

 

パニッシャーが呟くと、コヤンはベッドから降りてパニッシャーにの耳元に顔を近づけて呟く。

 

「案外優しいんですね♪もしかして、死んだ自分の息子と重ね合わせてたりします?」

 

その言葉に思わずコヤンスカヤを睨みつける。が、当の彼女は余裕の表情を見せていた。

 

(クソッ……本当にムカつく女だ)

 

苛立つパニッシャーを後目に、コヤンスカヤは部屋にあるシャワー室へと入って行った。パニッシャーは立香を降ろし、しゃがんで彼と目線を合わせる。

 

「いいか立香。おじさんとおばさんが君を護る。それは君が思っているような親切じゃない。俺達の都合だ。俺達は君の為じゃなく、自分達の都合の為に戦うんだ。それでもいいのか?」

 

しかし立香は無邪気に微笑んでいた。

 

「うん! だって二人はヒーローだもん!」

 

そう言って立香は笑顔でパニッシャーに抱き着いた。

 

「そうか……」

 

正直、ヒーローなどと呼ばれるような素晴らしい行いをしてきたわけではない。やっている事は犯罪者や悪党に対する容赦のない制裁と殺戮だ。真のヒーローというのはキャプテン・アメリカやスパイダーマンを始めとするアベンジャーズの面々の事だろう。だが家族を全員殺され、一人ぼっちとなった今の立香にとってはパニッシャーこそがヒーローなのだ。

 

「おじさんって見た目は怖そうだけど、本当はとっても優しい人」

 

「……俺は優しくなんかない。本当のヒーローってのはもっと立派な人達の事を言うんだよ」

 

(ヒーローなんていない……この世界じゃ尚更な……)

 

そう、この冬木市はおろか、今パニッシャーがいるこの世界にアベンジャーズのようなヒーローは存在しない。この街に暮らす人間が死んでも、気にすら掛けない者たちが集まり、聖杯を巡る戦い……聖杯戦争をしているのだから。魔術師もサーヴァントも自分の願いを叶える事に盲目的になり、他人の犠牲を何とも思わない連中ばかりだ。パニッシャーがベッドに腰を降ろすと、立香が膝の上に乗って来る。最初は遠慮がちだった彼も最近ではすっかり馴れたのか積極的にスキンシップを求めてくるようになった。

 

「ねぇ……人間って死んだらどこに行くのかな?僕のパパとママとお姉ちゃんはどこに行ったの……?」

 

立香は顔を上げながらパニッシャーに尋ねてくる。"君の家族は君の心の中で永遠に生き続ける"などという安っぽい言葉で慰めるのは簡単だ。だがそれでは何も解決しない。いや、問題のすり替えでしかない。5歳の幼い子供に対して家族の死を受け入れさせる事がどれ程に残酷なのかを知らない人間が言うセリフだ。

 

「それは誰にも分からない事だ」

 

すると今度は少し悲しそうな顔で尋ねて来た。

 

「じゃあさ、もし願い事が叶うとしたら、また家族と一緒に暮らしたいって願ってもいい?」

 

立香の言葉はパニッシャーの心に突き刺さる。あの時……セントラルパークでマフィアの処刑現場を目撃したパニッシャーの妻、娘、息子は口封じとして全員命を落とした。死んだ家族はもう生き返らない、生き返ったとしてもあの頃の生活に戻れる筈もない。今のパニッシャーは数えきれない程多くの犯罪者を殺し、その手は血にまみれているのだから。だがその思いとは別にパニッシャーは答えた。

 

「ああ……。君はそう願った方がいい」

 

パニッシャーはそう言って立香を抱き寄せる。

 

「おじさん……パパとママに……お姉ちゃんに会いたいよ……」

 

そう言って泣き出す立香を抱き締めて頭を撫でてやる。この子はまだ両親と姉を失った悲しみを乗り越えられていない。この子には家族が必要だ。たとえそれが仮初めのものであっても……。しばらくして落ち着いた立香は顔を上げて言った。

 

「ありがとう……おじさん」

 

そう言うと立香はパニッシャーの膝の上から降りる。するとシャワー室のドアが開いて中から濡れた身体をバスタオルで拭くコヤンスカヤが出て来た。

 

「さぁ、もうおねんねの時間ですよ坊や。良い子にして寝ないとパパとママとお姉さんのように痛い目にあいますよ?ほら、早くベッドに入って下さいな」

 

コヤンスカヤにそう言われ、立香はダブルベッドの中央に寝そべる。そしてパニッシャーは立香の隣に横になった。それを見たコヤンスカヤは薄目になる。

 

「ふ~ん、立香クンは両サイドに私とアナタを寝かせるのがお望みですか」

 

「この子の希望だそうだ。お前はどうする?俺はどちらでも構わんぞ」

 

するとコヤンスカヤは髪をタオルで拭きながらベッドに入って来た。彼女はバスローブを脱ぎ捨てて全裸となり非常に色っぽい。彼女がベッドの上に乗るとスプリングが少し軋んだ音を立てた。

 

「……せめてバスローブぐらい羽織れ。立香が見ているんだぞ?」

 

するとコヤンスカヤは挑発的な笑みを浮かべて言う。

 

「あらあらぁ?もしかしてこの私に欲情しちゃってますぅ?まあ無理もないですよね。だって私の身体って完璧ですから」

 

「うん!すごく綺麗!」

 

それを聞いてコヤンスカヤは気を良くしたのか、更に体を近づけてくる。

 

「うふふ。お世辞でも嬉しいですよ。ほら、もっと近くで見ていいんですよぉ?ほぉら、ほぉら」

 

コヤンスカヤは自分の胸を強調するかのように立香に押し付ける。むにゅりという感触が伝わってくると同時に、何とも言い難いいい香りが漂ってきた。

 

「……子供の教育に著しく悪影響だな」

 

そう言ってコヤンスカヤの顔を押して立香から引き離す。だがコヤンスカヤは全く気にしていないようだった。

 

「そうでしょうか?私としてはむしろこのまま大きくなってくれた方が楽しいのですがねぇ。ふふ」

 

そうして立香はパニッシャーとコヤンスカヤに挟まれるようにしてベッドに入り、布団をかけた。傍からみればまるで本当の夫婦とその子供のようだ。コヤンスカヤは消灯して部屋を暗くする。部屋の明かりはベッド脇のスタンドライトのみだった。やがてコヤンスカヤは布団をめくると、パジャマ姿の立香の身体に密着して抱き着いた。コヤンスカヤの柔らかい胸が当たる。

 

「調子に乗るな」

 

が、パニッシャーはコヤンスカヤの頭に軽い拳骨を食らわせた。それでもなお彼女は嬉しそうな表情を浮かべている。立香の方も満更ではなさそうで、コヤンスカヤに懐いていた。パニッシャーはそんな立香の様子を微笑ましく見つつ、眠りにつく。




コヤンのモフ尻尾気持ちよすぎだろ!


それはそうと、パニッシャーとニキチッチの絡みを早く描いてみたい……


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第23話 柳洞寺のキャスター

久しぶりにSN編更新!


柳洞寺の境内は昼間に訪れた時とは明らかに空気が違っていた。とはいえ境内の中は特に変わった様子はない。闇夜に包まれある種の神秘的な雰囲気さえ漂ってはいるが、ウルヴァリンは直感でこの寺に漂う空気の異質さを感じ取った。一般の人間であれば気付かないだろうが、野生の直感に長けるウルヴァリンであれば柳洞寺の境内は人が足を踏み入れるべきではない領域のように見えている。

 

そう、間違いなくこの寺に聖杯戦争で召喚されたキャスターがいるのだ。真名こそまだ判明してはいないが、キャスターというクラスの性質上、肉弾戦を得手とするウルヴァリンにとって天敵となり得る。昼間に訪れた際に会ったあの水色の髪の毛の美女がキャスターなのだ。どのような手を使って境内に侵入した自分とセイバーに罠を仕掛けてくるか分からない。

 

そもそも山門を守っていたアサシンをウルヴァリンが倒した時点でとっくにキャスターには気付かれているだろう。そしてアサシンを倒して境内に入った以上、今度はキャスターの方から仕掛けざるをえない。ウルヴァリンとセイバーは慎重に境内の中を進んで行く。すると前方―――寺の本堂への入り口から20メートルほど離れた位置にソレは立っていた。ローブを纏った女だ。顔は隠れていて分からないが、あのローブや佇まい、雰囲気からみてまず間違いなくキャスターである。

 

「……アサシンが倒されたようね。全く、情けないったらないわ」

 

フードの奥から聞こえてくる声は女性のものにしてはやや低く感じられる。先程ウルヴァリンが倒したアサシンはキャスターと何らかの同盟関係ないし協力関係にあったのだろう。セイバーは佇んでいるキャスターに対して言う。

 

「貴女がキャスターか。柳洞寺を根城にして町中の人間から生命力を奪っているそうだな」

 

セイバーがそう言うと、キャスターはクスリと笑う。その仕草はまるで小馬鹿にしているようで、どことなく不快だ。

 

「今更誤魔化す必要もないし正直に答えてあげるわ。答えはイエスよ。それが何か?」

 

「私の質問に答えろ。なぜ無関係な人間を犠牲にする?」

 

「戦いに勝つ為には手段なんて選んでいられない。ましてやこれは聖杯戦争よ?わざわざまともな戦い方してあげるほど私もお人好しじゃないわ」

 

キャスターは笑みを浮かべている。が、外見上は余裕そうに見えて実際はかなり焦っているような感じがした。彼女の警戒心は主にセイバーに向けられているようで、ウルヴァリンは眼中にない。スティーブやストレンジから聞いた情報ではセイバーは最優のサーヴァントと呼ばれており、キャスターが警戒を抱くのも無理はないようだ。更に魔術師というキャスターの性質上、剣を持つ英霊であるセイバーと真っ向から戦うのは厳しい。それ故に注意がセイバーに注がれているのだろうが、そこを上手く突けば倒す事は可能かもしれない。

 

「けどいいのかしら?この柳洞寺は私のテリトリー。ここに足を踏み入れたからには私の領域で戦うのと同じ事」

 

「気を付けてくださいウルヴァリン、キャスターのサーヴァントは『陣地作成』のスキルを備えています……」

 

セイバーは小声で後ろにいるウルヴァリンに忠告する。キャスタークラスで召喚されるサーヴァントは『陣地作成』のスキルを持っており、自分に有利な陣地である「工房」を作り上げる事が可能だ。目の前のキャスターが根城にしているこの柳洞寺も既に彼女の『陣地作成』スキルによって彼女に有利な領域へと変わっている。つまりセイバーとウルヴァリンは彼女のホームグラウンドに立っているのだ。

 

(なぁセイバー、お前さんには何か策はあるのか?)

 

(策?そんなものはありません。ただ目の前のキャスターを潰すだけです)

 

(あのな、それって何も考えてないのと一緒だぞ……)

 

(わ、私はセイバークラスで召喚されたサーヴァントです!ならキャスターの陣地で戦う程度造作もありません!それに私には対魔力があります!そう簡単にはやられません!)

 

(……まぁ確かにそうだがな)

 

セイバーの戦略性、戦術性の無さに呆れつつ、ウルヴァリンはキャスターを見据える。相変わらずキャスターはセイバーの方に注目しているようで自分の事は見ていないようだ。だがウルヴァリンはそれを見て嫌な予感がした。"不自然な程に自分に注目していないのだ"。自力でアサシンを倒した自分に多少なりとも警戒を抱きそうなものだが、それでも不自然なほどセイバーにばかり注目している。そんな事を考えていると、不意にキャスターがウルヴァリンの方を見た。彼女の口元の笑みを見て悪寒が走る。

 

「……確かにアサシンを倒した事は褒めてあげましょう。魔術師でもサーヴァントでもないあなたが英霊を打倒したのは賞賛に値します。ですが……」

 

 

――――――――――"対魔力"も"抗魔力"もない貴方が私の魔術に抗えるかしら?

 

 

キャスターの言葉を聞いた瞬間、ウルヴァリンはその場から離れようとしたが遅かった。自分の意思で身動きを取る事ができない。

 

「これは……!?テメェ、オレに何をしやがった……!?」

 

身体が動かないだけではなく、呼吸する事さえ困難になる程の重圧を感じる。まるで全身を見えない巨大な手で押し潰されているような感覚だ。この魔術から逃れられる手段はないのだろうか?いや、ある筈がない。今、自分の身体にはキャスターの魔術がかかっているのだ。そもそもウルヴァリンは魔術師ではないし、衛宮士郎や遠坂凛にある"魔術回路"は存在しない。ストレンジから借りた魔力のアミュレットなら持っているが、目の前のキャスターには役に立たないようだ。

 

「魔術回路も持たない貴方を操る事など私にとっては造作もない」

 

ウルヴァリンの様子がおかしい事に気付いたセイバーは後ろを見る。

 

「悪ィセイバー……。しくじっちまったみたいだ……」

 

ウルヴァリンの言葉に動揺するセイバーだったが、冷静に目の前のキャスターの方に視線を向ける。キャスターはいつの間にかウルヴァリンに魔術を行使していたのだ。

 

「貴方が山門にてアサシンと戦っている隙に魔術を使わせてもらったわ。魔術回路も持たない、魔力の欠片もない人間を操るなど簡単なことです」

 

そう言ってキャスターが手をかざすと、ウルヴァリンの身体が勝手に動きセイバーに襲い掛かる。ウルヴァリン自身の意思ではどうにもならないようだ。

 

「クソッ!オレを自由にしろ!」

 

しかし、ウルヴァリンの言葉を無視して、ウルヴァリンはセイバーに向かっていく。両手の甲からアダマンチウムの爪を出してセイバーに斬り掛かる。

 

「無駄ですよ。貴方の身体は既に私の手中にあります。私の許可なく動くことはできない。さぁ、セイバーを倒しなさい」

 

チャールズ・エグゼビアからレベル9の精神防壁を施されているウルヴァリンであるが、キャスターの力は魔術でありミュータントパワーの類ではない。しかも精神そのものではなく肉体に働きかけるタイプの魔術らしく、ウルヴァリンはセイバーへの攻撃を止められなかった。思えばこの柳洞寺はキャスターの本拠地。であればウルヴァリンに気付かれずに魔術を掛けてくるなど簡単な筈だ。

 

「セイバー!オレに構わずキャスターを倒せ!」

 

セイバーは無言で頷くと不可視の剣を構え、斬り掛かってくるウルヴァリンに応戦した。ウルヴァリンの身体は自由にならず、彼の意思に反して動いている。一方、セイバーは不可視の剣を用いて的確にウルヴァリンの爪を捌いていた。ウルヴァリンはキャスターによる肉体操作に抵抗しようとするが、上手くいかない。

 

対魔力も抗魔力も持たないウルヴァリンであれば魔術に抵抗するのは難しいのは道理だが、そんなウルヴァリンに全く気付かれずにキャスターは肉体を操作している。ウルヴァリンのアダマンチウムと、セイバーの不可視の剣がぶつかり合い、火花が散った。互いに一歩も譲らない攻防が続くが、流石に身体能力に勝るセイバーがウルヴァリンを押し始めている。

 

「セイバー!いっそオレを戦闘不能に追い込めないか!オレは簡単には死なねぇから安心しろl!」

 

「……承知しました」

 

ウルヴァリンの懇願を聞き入れ、セイバーは不可視の剣を構えたまま、ゆっくりと前進した。アサシンとの戦いを見ており、ウルヴァリンにヒーリングファクターがある事はセイバーも知っている。そして徐々に加速していき、そのまま剣を振りかざして一気に振り下ろす。セイバーの不可視の剣がウルヴァリンの胴体を捉えた。が、セイバーはその瞬間、悪寒が走る。彼女自身の直感が告げているのか、ふとキャスターの方に顔を向けた。キャスターは既に地上にはおらず、空中で強力な魔力の塊を生成しているではないか。

 

「ふふっ、あなた達が戦っている隙に上空へ飛んでいて正解でしたわ」

 

刹那、セイバーは咄嗟に後方へと飛び退き、同時にウルヴァリンの襟首を掴んで退避する。が、次の瞬間、地上に向かってキャスターによる強烈な魔力の光弾が地上へと放たれた。




メディアさんとウルヴァリンってよく考えたら相性最悪やんけ(^▽^;)


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第24話 援助物資

今回でキャスター戦は一応の決着。


キャスターの魔力による光弾は境内の地面を大きく抉り、着弾地点はさながら爆撃されたような有り様になっている。間一髪で彼女の光弾を回避したセイバーは空を見上げる。夜空には黒いローブを羽根のように大きく広げて浮遊しているキャスターがいた。そしてそんな彼女に見とれている時間など無いかのように、キャスターは次なる光弾をセイバーのいる地上目掛けて降り注がせた。先程よりは威力は低いものの、数に物を言わせた攻撃だ。流石のセイバーでも、この数を捌く事は難しいだろう。しかしそこは最優のサーヴァント。不可視の剣を用いて自分に迫りくる光弾を次々と弾いていく。これには流石のキャスターも微かに舌打ちをした。

 

「……流石は最優のサーヴァントといったところかしら」

 

一発一発が人間どころか建物すら吹き飛ぶであろう魔力が凝縮された光弾を一振りの剣だけで弾き飛ばせるセイバーの地力と技量は脅威に値する。教会の帰りに戦ったバーサーカーに比べればキャスターの魔術による攻撃は恐れるに値しない。が、セイバーは背後から迫る攻撃を身体をくねらせて回避する。

 

その瞬間、地上で最も硬い金属で出来た爪がセイバーの鎧を掠めた。そう、まだウルヴァリンはキャスターの魔術によって操られているのだ。地上にいるウルヴァリンの攻撃と、空中からのキャスターの攻撃を同時に対処するのは流石に難しいものがある。セイバーは二対一という不利な状況に立たされながらも懸命に抗い続けた。キャスターはウルヴァリンを操るのと同時に魔力による光弾を地上にいるセイバー目掛けて放っている。これは純粋に彼女自身の魔術の技量が卓越しているからに他なるまい。が、セイバーとて接近戦しかできないサーヴァントではない。彼女は剣を構えると自らが持つ"宝具"を展開する。

 

――――『風王結界』

 

その瞬間、セイバーを中心に強烈な風による防壁が構築された。凄まじい向かい風が来るのでウルヴァリンでも踏み込めない。その結界を破らんとキャスターは上空から魔力の光弾を降り注がせる。さしものセイバーの風王結界でもAランクの魔術に該当するキャスターの光弾は防ぎ切れず被弾するものの、元々高い対魔力を誇るセイバーには風王結界で威力が減衰したキャスターの光弾を受けても大したダメージは無い。

 

「覚悟しなさいキャスター」

 

その一言と共にセイバーは自分の足に風王結界を纏わせて大きく跳躍する。キャスターに詠唱させる暇など与えないとばかりに、一気に間合いを詰める。キャスターは咄嗟に回避しようとするも、セイバーの速さの方が上回っていた。そしてそのまま勢いに任せて不可視の剣を振るう。が、キャスターは体勢を逸らして斬撃を回避した。そのせいで斬撃が浅く入ったが、間髪入れずにセイバーは空中で体勢を切り替えつつ至近距離から必殺の一撃を叩き込む。

 

――――喰らえ!『風王鉄槌』!

 

剣に纏わせた幾重もの風を、破壊の鉄槌として敵に繰り出すセイバーの必殺技だ。強力な豪風の塊はキャスターの身体を捉え、彼女を柳洞寺の外にまで派手に吹き飛ばす。境内の外にはじき出され、遥か遠方にまで飛ばされていったキャスターの姿を空中で見届けたセイバーはそのまま地上へと着地する。

 

「……どうやら終わったようですね」

 

これで冬木の街の市民から生命力を採取していたキャスターは倒された。風王鉄槌の確かな手応えを感じたセイバーはキャスターは倒されたと考えている。至近距離から風の破砕槌たるあの技をまともに受けたのだ。耐久に優れたサーヴァントであろうとも大ダメージは免れまい。勝利を確信していたセイバーの元にウルヴァリンが駆け寄ってくる。キャスターが戦闘不能に陥った今、彼を魔術で操る事はできないだろう。

 

「お前さん、やるじゃねえか。サーヴァントっていうのも大したモンだ」

 

「お褒めの言葉として受け取っておきましょうウルヴァリン。あなたもよくやってくれました。あなたが山門を守るアサシンを倒してくれたからこそ魔力を温存できましたから」

 

セイバーもウルヴァリンも互いの活躍を称え合う。二人が話していると、寺の門から声が聞こえてきた。

 

「セイバー!」

 

セイバーのマスターである士郎だ。そして彼の後にはヒーローとして活動する際のコスチュームに身を包んだキャップ、ホークアイ、ブラックウィドゥが続く。家にセイバーがいない事に気付いた士郎がキャップ達3人を起こして柳洞寺にまで駆け付けてきたのだ。

 

「セイバー、ダメじゃないか!俺も言っただろ、柳洞寺に乗り込むのは危険だって……!」

 

士郎はマスターとしてセイバーの勝手な行動に呆れと怒りが混じった様子で叱る。だがセイバーは冷静だった。

 

「シロウ、ですが私はこの寺に巣食っていたキャスターを倒したのです。確かに危険な相手ではありましたが、この通り勝利できたのですから」

 

「だからって……ああもう!」

 

確かにセイバーの言う通り、彼女は柳洞寺を根城にしていたキャスターに勝利している。しかし士郎の言葉を無視して独断専行に走ったのはセイバーだ。もし彼女が敗れてしまえばそれこそ取り返しのつかない事態になっていただろう。それを理解しているのかしていないのか、セイバーは自分の行動を正当化しようとする。

 

「それに、あの程度の敵なら私一人でも問題ありません」

 

自信満々にそう言い切るセイバーだったが、そんな彼女を後ろから見ていたウルヴァリンは内心で呆れていた。

 

「あのなぁ……オレが山門を守護していたアサシンを倒していなきゃお前さんがアイツと戦う羽目になってたんだぜ?」

 

「た、確かにあなたがアサシンを倒してくれたお陰で魔力と体力を温存した状態でキャスターと戦えました…。その事については感謝しています」

 

ウルヴァリンの働き無しだった場合、セイバーが仮にアサシンに勝利できたとしても次は柳洞寺に巣食うキャスターと戦う事になっていた。流石のセイバーでも二騎のサーヴァントと連戦するのは厳しいだろう。それを考えればウルヴァリンの果たしてくれた役割は大きい。

 

「その……ありがとうございますウルヴァリン。私がキャスターに勝利できたのはあなたのお陰ですから……」

 

セイバーもその事は理解できているらしく、ウルヴァリンに礼を言う。一方、助けられた当の本人であるウルヴァリンは気怠げに欠伸をした。

 

「……別に礼を言われるような事はしちゃいないさ。ただオレは依頼された仕事をこなしただけだ」

 

そう言うと、ウルヴァリンはセイバーに背を向けて山門の方に向かう。そして山門の付近に立っているキャップの隣に立った。

 

「ウルヴァリン、どうやら彼女……セイバーは君に助けられたようだな」

 

「あぁ。あの嬢ちゃん、中々どうして向こう見ずな性格してやがるぜ。だがまあ、それがアイツの強さでもあるんだろうよ」

 

そう言ってニヤリと笑うウルヴァリンに対し、キャップも笑みを浮かべる。今回はセイバーの独断ではあったものの、ウルヴァリンの助力を得てキャスターを倒す事に成功した。彼女が消滅するのを直接見たわけではないが、取り敢えず冬木の街の住民の生命力を奪っていた張本人は倒されたと見ていいだろう。セイバーの勝手な行動に納得がいかない士郎は何やら彼女と言い合いをしている。

 

「正気ですか貴方は!?サーヴァントはマスターを守る者です!であれば私たちが傷つくのは当然であり、私たちはその為に呼び出されたモノにすぎない……!サーヴァントに性別なぞ関係ないし、そもそも武人である私を女扱いするつもりですか!」

 

「セイバーは確かに強いかもしれないけど、それでも女の子だろ!つまんないことに拘るなバカ!」

 

「つ、つまらない事に拘っているのは貴方ではないですか……!まさ、女性に守護されるのはイヤだとでも言うつもりですか!?この身は既に英霊、そのような些末事など忘れなさい!」

 

士郎とセイバーの二人は互いに譲らずに言い争いを続けている。キャップ、クリント、ナターシャの3人はマスターとサーヴァントである二人の関係に余り踏み込む事はせず、その場で見守る事にした。それから数分してようやく諍いが収まると、士郎とセイバーはキャップ達3人と衛宮邸に帰る事になった。帰り道を歩く途中、セイバーは魔力の使い過ぎで倒れかけたものの、キャップと士郎が彼女を担ぎ上げて家まで運んだ。

 

 

 

 

*************************************************************

 

 

 

「サクラには悪いが、暫くこの家に来ないように言ったのは正解だろうな」

 

凛が桜に対して衛宮邸を出禁にすると言い出した時は何を考えているのかと思ったスティーブであったが、よくよく考えれば今は聖杯戦争の真っ最中。桜をこの戦いに巻き込まない為にはやむを得ない事だろう。それに聖杯戦争だとて永遠に続くわけでもない。暫くの間だけでも桜を遠ざけておく方が賢明だという事はスティーブも理解できていた。

 

「まぁね。私も流石にこの状況であの子を戦いに関わらせるつもりはないわ」

 

聖杯戦争とは無関係な桜を巻き込むのは凛も本意ではない。先程少しばかり揉めてしまったものの、スティーブの仲裁でどうにか事なきをえた。士郎も凛もこの冬木で行われる聖杯戦争のマスターだし、敵のマスターやサーヴァントがこの衛宮邸を襲撃しても何ら不自然ではない。であれば桜に関わらせない為に遠ざけておくのは当たり前である。彼女が戦いに巻き込まれるのは士郎だとて望まない。と、そんな事を考えていると士郎が居間に入るなり凛に叫んだ。

 

「遠坂!」

 

「何よ、朝っぱらから人の名前を叫んだりして」

 

「セイバーから聞いたぞ?桜と揉めたんだって?……その桜はいないようだけど」

 

「彼女から聞いたのね。けどそんな大したコトじゃないわ。暫くあの子にはこの家に来ないように言っておいただけだから」

 

凛の言葉に流石の士郎も目を丸くする。要するにこの家を出禁にされたという事なのだから。

 

「その話は以前にもあったけど、そんな要求を桜が承諾する筈が――」

 

士郎が言いかけた時、スティーブが割って入る。

 

「シロウ、嘘も方便っていうやつだ。今は聖杯戦争中だ。この戦いにあの子を巻き込むわけにはいかないだろう?だから暫くの間だけでもあの子はこの家に来ない方がいいと私やクリント、ナターシャも考えたんだ」

 

スティーブの言葉に士郎はハッとする。確かに聖杯戦争のマスターである自分は他のマスターに狙われる身である。学校で自分を襲ったランサー……クーフーリンがこの衛宮邸まで追って来たように、この家が戦いの場になる事だって大いにあり得るのだ。

 

「……そうだったな。悪かった、遠坂。そうだよな。今の状態で桜を巻き込む訳にはいかないよな」

 

「別に謝る必要なんてないわ。ほんの一週間だけだから気にしないで。桜には一週間経過すれば自分の家に帰るからって言っておいたから」

 

「悪い遠坂。本来なら俺から桜に言うべきだったんだが……。自分の口からこの家に来るなっていうのがどうにも言い出しづらくてな」

 

「まあ、それもそうよね。それと桜が言っていたわよ、士郎によろしくだって。それに……慎二の奴はライダーのマスターなんでしょう?それを考えれば猶更桜をこの家に来させるのは控えた方がいいじゃない」

 

凛の言う事は至極最もだ。桜は聖杯戦争に関与していないとはいえ、彼女の兄である慎二はマスターなのだから。

 

「少なくとも、慎二との決着が付くまではここに来させない方がいいと考えたの。士郎のとこに桜がいるって判ったら目の仇にしてくるでしょう?」

 

「あ――――――」

 

言われてみればその通りだ。慎二の性格を考えれば桜を衛宮邸から遠ざけるのは正解だ。

 

「そうだよな……。慎二から見れば妹の桜を人質に取っているように見えるもんな……」

 

「そういう事。そんな事は別にしても、ここが危険な事には変わりないでしょ?頻繁に夜に出歩かせるのも危険だからしばらく遠慮してもらった方がいいのよ。これは桜の為でもあるんだから」

 

スティーブ、クリント、ナターシャも凛の言う事に賛同していた。民間人に過ぎない桜が聖杯戦争に巻き込まれるのは何としても避けなければならない。それ以前に民間人だとてキャスターによる生命力採取の被害に遭っているのだから、身近な人間である桜にまで危害を及ぼすのは士郎だとて望んではいないだろう。その時、家のチャイムが鳴る。誰か来たのだろうか?

 

「お、藤ねえが来たのかな?」

 

自分の姉貴分である藤村大河が来たのかと思い、士郎は家の玄関まで行き、扉を開ける。するとそこには桃色のフワフワとしか髪の毛に、胸元が大きく開いたセクシーな服を着た美女……コヤンスカヤが立っていた。蠱惑的な営業スマイルを浮かべている彼女だが、士郎からしてみれば見知らぬ女性である。

 

「え、えっと……どちら様でしょうか……?」

 

「私、NFFサービスのタマモヴィッチ・コヤンスカヤと申します。初めまして、千子村正……じゃなくてミスター衛宮♪」

 

にこやかに挨拶してくる彼女を見て士郎は一瞬固まってしまう。何故こんな美人が自分の家を訪ねてくるのか理解が追い付かないからだ。それに士郎にとって胸元が大きく開いたコヤンスカヤの上着は刺激が強すぎたので、思わず顔を赤らめてしまう。そうしている内に家の中からスティーブとクリントとナターシャが出てきた。

 

「あら?早速きたようね」

 

コヤンスカヤはスティーブ達の姿を見ると、口元を歪める。

 

「君は誰だい?」

 

スティーブは警戒心を隠さずにコヤンスカヤを睨む。

 

「初めまして、ミスターロジャース。いえ、キャプテン・アメリカと呼んだ方がいいかしら?」

 

自分をキャプテン・アメリカだと知っている口ぶりのコヤンスカヤに対して、スティーブ、クリント、ナターシャの3人は警戒心を露わにする。

 

「そこまで警戒なさらなくても結構ですよ。私はあなた方と戦うつもりはありません。どうぞご安心を♡」

 

コヤンスカヤはそう言って微笑んで見せるが、3人の表情は険しいままだ。

 

「実は私、アナタ達の仲間であるドクター・ストレンジからの依頼であなた達のサポートをするように言われました。コレは彼からの餞別です♪」

 

そう言うとコヤンスカヤはブリーフケースを開けると、スティーブ達に中身を見せた。

 

「これは……?」

 

「これはドクター・ストレンジ燻製の対魔力用のアミュレットでございます。過信は禁物ですが、相当な強さの魔術師の行使する魔術もシャットアウトできる代物ですわ」

 

ストレンジがコヤンスカヤのような胡散臭い美女に協力を依頼していた事に驚くスティーブ達であったが、今は彼からの援助アイテムを受け取るべきであろう。

 

「そうか……彼が私たちに……。礼を言わせてくれ。わざわざ私たちに届けにきてくれて」

 

「礼には及びませんよ♪生憎とサーヴァントを打倒できるだけのアイテムや道具はまだ出来上がってはおりませんの。だからそのアミュレットで暫くは戦う事になりますわ」

 

そう言って申し訳なさそうに肩をすくめるコヤンスカヤを見て、彼女の言う事が本当であると判断したスティーブ達はアミュレットを受け取った。

 

「私はあなた方の知り合いであるパニッシャー……フランク・キャッスルと行動を共にしております。何かありましたらこちらの電話番号までよろしくお願いします♪」

 

コヤンスカヤは連絡先が書かれた名刺をスティーブ達に渡した。

 

「へー、お前さんはあのパニッシャーと行動を共にしてんのか。あの自警団気取りの殺人者とねぇ」

 

「あら、随分な言われようですねぇ。けど彼って意外と可愛いところもありますよ?」

 

「君こそ彼の事を随分と知ってるようだな」

 

「ええ、それはもう♪私の趣味に付き合わせたりしてますからね~」

 

コヤンスカヤは両腕を使って自分の胸を強調するポーズを取りつつ言う。彼女の言動を見ると、色んな意味でアレな関係を思わせるが、あえてそこは触れない事にした。

 

「それでは私はこれにて失礼いたしますわ♪何か助けが必要でしたら遠慮なく連絡をくださいね~♪」

 

そう言ってコヤンスカヤはその場から立ち去った。残された4人はそのまま家の中へと戻って行く。ストレンジからの救援物資であるアミュレットが届いただけでも僥倖だ。スティーブ、クリント、ナターシャは今後の戦いでこれを身に付けて戦う事になるだろう。

 

 

 

 

******************************************************************

 

 

 

「ただいま帰りましたわ~」

 

コヤンスカヤは冬木の新都にある潜伏先のホテルへと戻ってきた。パニッシャーと立香を留守番させてスティーブ達にストレンジからのアミュレットを届けたコヤンスカヤは、上機嫌でホテルのドアを開けると、そこにはシャワーを浴び終わったばかりのパニッシャーが立っていた。幸いタオルが腰に巻かれている状態だったが。

 

「あらやだ、私ったらラッキースケベですわ♡」

 

コヤンスカヤは冗談交じりにそう言うと、パニッシャーは呆れ顔でこう言った。

 

「何がラッキーだ、馬鹿め」

 

パニッシャーは不機嫌そうにタオルで頭を拭いている。コヤンスカヤの用意してくれたホテルはそこそこ快適で、立香を保護するには申し分ない場所だった。しかし、いくら部屋を用意してくれたとはいえ、年頃の少年と一緒に生活するのは如何なものだろうか? 少なくともパニッシャーの倫理観では受け入れ難い事だ。そんな事を考えながら部屋を歩いていると、立香が悪戯としてパニッシャーの腰に巻かれていたタオルを引っ張ってしまう。すると当然ながらタオルは取れてしまい、コヤンスカヤには下半身のモノをしっかりと見られてしまった。

 

「あらあら、まあまあ。中々立派なものをお持ちで」

 

コヤンスカヤはそう言ってニコニコ笑う。パニッシャーは自分の股間のモノを手で隠す事もせず、立香に注意をする。

 

「こら、ダメじゃないか。そういう事をしちゃいけないよ」

 

「ご、ごめんなさいおじさん……」

 

所詮子供の悪戯なので本気で怒る気になれず、パニッシャーは苦笑いしながら注意だけして済ませた。

 

「ふふふ、アナタはその子には優しいんですねぇ」

 

そう言いながら、コヤンスカヤはこちらを見て笑っている。どうやら揶揄われたようだ。

 

「ふん、まあ子供だからな」

 

そう言って立香の頭を撫でるパニッシャー。立香は少し照れくさそうにしていた。コヤンスカヤは微笑みながら、口を開く。

 

「立香クン、おじさんのオチンチンおっきいでしょ?」

 

コヤンスカヤはパニッシャーの股間のモノをジロジロと見る。まるで値踏みをしているようだった。やがて満足したのか、ニヤニヤ笑いながら言う。

 

「うふふ♡ 随分立派なものをお持ちですわね♡」

 

それを聞いた瞬間、パニッシャーは思わず自分の股間を隠す。その様子を見て、コヤンスカヤは愉快そうに笑っていた。

 

「隠さなくても良いじゃありませんか♡ それともまさか、見られて恥ずかしいのかしら?」

 

「あまりジロジロ見られるのは気分が悪い……。俺は男だ。男として最低限の尊厳ぐらいはあるつもりだ」

 

「まぁ、それは失礼いたしました。けどアナタだって私のあられもない姿を見たじゃなりませんの?」

 

コヤンスカヤの言う通りだった。事実パニッシャーはこのホテルに来た際にシャワー上がりの彼女の全裸を見たのである。だが、それとこれとは話が別だ。女だからと言って、何でも許されるわけではない。

 

「そんなに怒らないでくださいまし♡ それにこうして共同生活をしている上で、このような事態になるのは不可抗力ですわ」

 

「調子のいい奴だ……」

 

コヤンスカヤの言動に呆れつつ、パニッシャーは服を着る。




コヤンに見られちゃいましたねぇ……(・∀・)ニヤニヤ


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第25話 凛との再会

25話です。今回はセイバーとクリントの手合わせ回。


道場内にて本日十数回目の竹刀で打たれる音が鳴り響いた。竹刀で打たれた方は士郎で、竹刀で打った方はセイバーだった。どうやら彼女は士郎に対して人間や魔術師がどのような手を用いようがサーヴァントには勝てないという事を学習させたかったらしい。セイバーは霊衣を纏っておらず、可愛らしい女の子の服を着てはいるものの、そんな彼女と竹刀を持って手合わせをした士郎は成すすべもなく竹刀で身体中を打たれてしまう。見た目は可憐な少女でもセイバーはサーヴァントという事だ。

 

「ハァハァハァ……っ!!」

 

全身汗だくで息が上がっている士郎に対し、セイバーは涼しい顔をしている。持っている武器が単なる竹刀だとしても、使い手であるセイバーは英霊。なので地力も身体能力も高校生に過ぎない士郎とは圧倒的な差がある。フィジカルという面でも経験という面でも隔絶していた。

 

「まったく、貴方は強情だとは思っていましたがこれほどとは」

 

セイバーは何度でも自分に向かってくる士郎を見て呆れと感心が混ざったような表情を浮かべる。

 

「俺は根本的に負けず嫌いなんだ」

 

「えぇ、それは嫌という程思い知りましたので結構です。そろそろ休憩にしますからシロウも竹刀を置いてください。床は汗で滑りやすくなっている上に貴方は疲労困憊状態。極限状態での模擬線でもないのに意味はありません」

 

だがそんなセイバーの台詞に対して士郎は反論する。

 

「……なんでさ。普通、戦闘訓練っていうのは最悪の状態を想定してやるもんだろ?」

 

「それこそ意味はありません。いいですかシロウ、貴方がサーヴァントと戦う、というのでしたら、体力は万全、足場は完全、逃走経路は確保済み、という状況以外での戦闘は無意味です。貴方は全てが充実した状態でなければ、サーヴァントと戦いにさえならない。最悪の状態で戦う、という時点で貴方は選択を間違えているのです」

 

セイバーの言う事は最もだ。魔術師とサーヴァントでさえ両者の間には隔絶した開きがあるというのに、ましてや人間とサーヴァントとなれば絶望的という三文字以外の表現は見当たらない。セイバーはマスターである士郎を生き延びさせる為の訓練を施しているのだ。決して彼を強くして戦線に立たせるなどという考えで指導している訳ではない。

 

「……う。つまりこういう状態では、間違っても戦うなってコトか」

 

「そういう事です。そうなってはどのような奇蹟もシロウを救いはしないでしょう。貴方の戦いは、まず自身を万全にし、的確な状況を模索する事から始まるのです」

 

セイバーは何も間違った事を言っていない。サーヴァントという超常の存在を相手にするとはどういう事なのか、それをしっかりと士郎に理解させたいのだろう。士郎とセイバーのやり取りを道場の隅からスティーブ、クリント、ナターシャは見物していた。

 

「キャップ、セイバーの言う事をどう思う?」

 

「彼女の言う事は正しい。シロウをできるだけ長く生き延びさせるという目的であれば理に適った訓練だと私も思う」

 

スティーブから見てもセイバーが士郎に施してる訓練は正しいものだと思える。そもそも、彼女の言葉に嘘はない。突っ走りがちな士郎を抑えるという意図もあるが。

 

「シロウ。貴方の実力ではサーヴァントと戦うなど夢物語に等しいという事を理解してください」

 

が、セイバーの言葉を聞いてクリントは興味本位で道場の中央にいるセイバーと士郎に近付く。

 

「嬢ちゃん、お前さんは人間はサーヴァントに勝てないって言っていたが、そんな人間じゃ到底勝てないスーパーヴィラン相手に俺やキャップは戦ってきたんだぜ?個人の才能や素質も関わってくるだろうが、人間ってのは案外捨てたもんじゃないって事を知ってほしいな」

 

クリントはどこから持ってきたのか、竹刀を片手に持ってセイバーの前に立つ。

 

「……私は貴方たちアベンジャーズがどのような敵と戦ってきたかまでは知りません。ですが貴方たちはサーヴァントという存在を甘く見過ぎています。サーヴァントにとって人間を殺すのは赤子の手を捻るより簡単なこと。サーヴァントに生身の人間が戦ったところで勝てる訳がないのです」

 

セイバーの言い分は最もだ。しかしそれが何だというのか。アベンジャーズとは人間の手には負えない神の如き存在とこれまで幾度となく戦ってきた。アベンジャーズのメンバーの中でもクリントはキャップのように超人血清を打って身体を強化しているわけでもない普通の人間だ。だが卓越した弓術や剣術を駆使してアベンジャーズの一軍として活躍してきた経歴がある。

 

「そんじゃ試してみようか?人間ってのは死に物狂いなら怪物だって倒せるんだ。英霊だって生前は俺やキャップみたいな人間だったんだろ?」

 

クリントは竹刀を構えてセイバーの前に立つ。どうやら彼女と手合わせをしたいようだ。士郎はセイバーに手も足も出なかったが、クリントであればどうか?

 

「仕方ありません。それではお相手しましょう」

 

嘆息交じりにセイバーはそう言いつつ、竹刀も構えずにクリントの前に立つ。

 

「何だ、構えないのか」

 

「確かに貴方は人間の中では強い方でしょう。しかし所詮は人外の域には到達していない。ならば私の相手は務まらない」

 

「言ってくれるな」

 

クリントはそう言うと素早く打突を繰り出した。弓術だけでなく剣術にも秀でるクリントは竹刀を用いた勝負さえお手の者だ。セイバーはその一突きを躱すとそのまま竹刀をクリント目掛けて振り下ろすが、間一髪でクリントはそれを竹刀で受け止める。しかしその直後、セイバーは竹刀を握る手に力を籠めると一気に押し返す。

 

「やるじゃねぇか。可憐なお嬢ちゃんの見た目しといて、まるで武人のそれだ」

 

「この程度の事は造作もありません」

 

セイバーがサーヴァントとしての力を発揮した上でクリントと戦えば、まず間違いなくクリントは秒で屍になっているだろう。それだけ彼女は人間とは比べものにならないほどの強さを持っているのだ。今のセイバーは手加減こそしているものの、それでも先ほど士郎と手合わせしていた時のような手心は余り感じられない。

 

クリントと士郎では経験値でも戦闘技術でも差があり過ぎるので無理もないかもしれないが、クリントの持つ実力をセイバーも肌で感じているようだった。超人血清を打っているスティーブとは異なりクリントの身体能力は人間の範疇を超えていないものの、単純な戦闘能力だけを見るなら彼も立派なアベンジャーズの一員である。クリントは素早い動きで竹刀を振るいつつ、隙を見て鋭い突きを何度も放っている。だが、セイバーもまた俊敏さに関しては負けていない。相手の攻撃を最小限の動きで回避しつつ反撃に転じているのだ。

 

「どうしました?攻め手が温くなっていますよ?」

 

「そっちこそ受け身になってんじゃねえか?もっと攻めてきたらどうだ?」

 

二人は軽口をたたき合いながら打ち合いを続ける。一見すると互角に見える二人の戦いだったが、徐々にその戦況に変化が生じ始める。クリントが劣勢になってきているのだ。やはりサーヴァントであるセイバーと人間であるクリントでは根本的に地力の差が大きすぎたらしい。このままではそう遠くない内にクリントは敗北してしまうだろう。打つ、突く、払うといった基本的な動作でも、サーヴァントと人間の間には大きな隔たりがあるのだ。

 

「動きが鈍ってきましたね。そろそろ限界ですか?」

 

そう言ってセイバーはクリントの胴を狙って竹刀を振るう。しかしその一撃はギリギリのところで躱された。

 

「凄いなバートン先生……。俺なんてセイバー相手に何もできなかったのに」

 

感心したように言う士郎。しかし人間とサーヴァントの差を覆すには至らず、バートンはセイバーによって持っている竹刀を落とされてしまった。勝負ありだ。

 

「今日はここまでですね」

 

そう言うとセイバーは竹刀を収める。一方のクリントは悔しそうな表情をして肩を落とした。

 

「よくやったぞクリント。彼女相手にあそこまで戦えたんだ」

 

「得物の弓さえありゃ勝てんだがな……」

 

やはりクリントにとっての自分の武器は弓と矢なのだろう。弓術の達人であるクリントは剣術にも長けているが、剣士のクラスであるセイバーには及ばない。そもそも人間とサーヴァントでは色んな意味で隔絶しているのだから無理もないが。クリントとの手合わせを終えたセイバーは道場の床で正座をしている。こうして座してるだけでも絵になる程の美少女だった。そんな彼女の姿に見とれる士郎。

 

「お、シロウはあの嬢ちゃんに気があるのか?」

 

からかうように言うクリント。

 

「い、いや、そういう訳じゃ……ただ単に綺麗だなって……」

 

顔を赤くしながら言う士郎。クリントはそんな士郎の反応を見て楽しそうに笑う。

 

 

 

 

********************************************************************

 

 

 

 

 

聖杯戦争に参加しているサーヴァントである以上、この冬木のどこかにいる筈。そう思ってパニッシャーは立香の家族を口封じで殺害したランサーのサーヴァント……クー・フーリンの行方を追っていた。コヤンスカヤからの情報で、ランサーの真名がアイルランドの光の御子たるクー・フーリンと知ったパニッシャーは、新都を歩き回り、行方を追う。冬木のどこに身を潜めているのかはまだ分からないが、手掛かりはある筈だ。そう考えながら歩いていると、突然声をかけられた。振り向くとそこには雪の妖精を思わせる銀髪の少女が立っていた。

 

「……!」

 

そう、冬木教会からの帰りにキャップや士郎を襲ったバーサーカーのマスターであるイリヤスフィールだ。彼女の名前に関してはキャップからの連絡で聞いていたが、あの時パニッシャーは遠距離狙撃をによってイリヤの細腕を吹き飛ばしたのだ。それが功を奏してイリヤとバーサーカーを撤退に追い込めたものの、イリヤとは直接顔を合わせたわけではないので面は割れていない筈であるのだが、当のイリヤはパニッシャーの方を見てニヤニヤしている。

 

「……何か用か?」

 

警戒しつつもイリヤに声を掛けるパニッシャー。するとイリヤはクスクスと笑う。

 

「ふふ、決まってるじゃない。私の腕を吹き飛ばした張本人のアナタが目の前にいるんだもの。顔を見るのは当然でしょ?」

 

そう言って微笑むイリヤ。どうやら腕を失った事を根に持っているらしい。しかし、その割には敵意を感じさせない態度である。

 

「お前は俺を知っているのか?」

 

「さあ?どうかしらね?」

 

そもそもどうやってパニッシャーが自分の腕を狙撃で切断した犯人だと分かったのか。聖杯戦争に参加する以上はイリヤも魔術師である。魔術なりを用いて自分を撃った者の情報を集めたのだろう。

 

「その顔だといちいち聞く必要もないな。この前は腕を吹き飛ばしてやる程度で済ませたが、今度はそうはいかんぞ?」

 

イリヤの腕を撃ち抜いた事は後悔していない。あの時はあれが最善だったと思っているからだ。

 

「貴方に腕を切断された時はすっごい痛かったんだからね」

 

イリヤは頬を膨らませながら言う。だが、その顔は相変わらずニヤニヤしていた。そんなイリヤを無視してパニッシャーは質問を続ける。

 

「それで、俺に何の用だ?」

 

「別に~?たまたま会ったんだから、ちょっとお話しようって思っただけよ」

 

「俺に話……?てっきり仕返ししてくるのかと思ったがな」

 

「私みたいなマスターは昼間は戦っちゃダメだからね。バーサーカーも置いてきたし。けど、貴方は聖杯戦争の参加者じゃないから今ここで相手をしてあげてもいいんだよ?」

 

天真爛漫な笑顔で物騒な事を言うイリヤ。そして、パニッシャーに近付いてくる。一方、バーサーカーを放置してきたと言ったイリヤに対し、内心驚くパニッシャー。確かにバーサーカーがいなければイリヤと戦うのは容易いだろう。とはいえイリヤはあの怪物のマスターである。見た目は少女だとしても決して油断してはならない。

 

「あれ?結構警戒してるんだね。私は貴方が警戒するような事はしてないわよ?今のところはね」

 

そう言いながらクスクスと笑うイリヤ。

 

「なら何の用だ?」

 

「貴方に興味があったのよ。でもまあ……うん、今の所特に用はないかな?けど今度邪魔してくるんなら、その時はバーサーカーを使ってグチャグチャにしてやるんだから」

 

そう言って楽しそうに笑いながらイリヤは去っていく。パニッシャーは彼女の背中をじっと見つつ警戒を解かない。イリヤ自身も魔術師なのだ、用心し過ぎるという事はない。そしてイリヤの姿が完全に見えなくなるとようやく警戒を解いた。

 

「今度会った時、か……」

 

イリヤと会った瞬間に、彼女の額を銃弾で撃ち抜く程度ならできたのだが、クー・フーリンを追うのを優先していたのでそこまで頭は回らなかった。ただ、イリヤがバーサーカーを用いて冬木の住民を襲わせているような事態ともなればその時は躊躇わずに引き金を引くだろう。そしてパニッシャーは深山町へと足を運ぶ。一応、コヤンスカヤも協力してはくれているのだが、彼女にばかり頼ってはいられない。夕方になり、下校中の穂群原学園の生徒もちらほらと見掛けるようになった。今日の探索はこれぐらいにしようかと思った時、目の前の少女とばっちり目が合ってしまう。遠坂凛だ。

 

「げ、アンタは……」

 

聖杯戦争が始まる前、アーチャーと行動を共にしていた彼女と遠坂邸の前で会ったのだ。その際にパニッシャーは凛に対して聖杯戦争への参加をやめるように忠告したのだが、そんな言葉を受け入れる凛ではない。

 

「……奇遇ね。こんな所で会うなんて」

 

彼女はまるで宿敵にでも出会ったかのような目でこちらを見ている。パニッシャーの立場上、聖杯戦争の参加者である凛から良い思いは抱かれていないのは事実であるが。

 

「それはこっちの台詞だ。キャップ達の協力を受け入れていなきゃ、この場でお前を射殺していたぞ?」

 

スティーブ、クリント、ナターシャが士郎の家に居候する事を許可し、自分も士郎とは同盟関係である凛。しかし彼女とて部外者であるスティーブ達の存在を歓迎などしていない。

 

「まさか貴方がロジャース先生達のお仲間だったとはね」

 

凛はパニッシャーに対して警戒心を抱いている。スティーブやクリントとは異なり、パニッシャーは凛に対して威圧的、敵対的な態度を取っているのが原因なのだが、当の凛も舐められたくないのかつい身構えてしまうようだ。

 

「"聖杯戦争から身を引け"なんていう忠告や説教は結構よ。わたしは自分の意思でこの闘いに参加しているんだから」

 

「犠牲者が出ているんだ。それも聖杯戦争とは何の関係もない市民のな。それを知って尚戦いを止めるつもりはないと言うんだな?」

 

「私にも魔術師として……いえ、遠坂家の当主としてやり遂げなきゃいけないの。その為にはどんな犠牲を払ってでも勝つしかないのよ」

 

凛の表情や言葉からは確固たる決意を感じ取る事ができる。どうやら説得で退く気はないらしい。そんな凛に対し、パニッシャーもまた自分の信念を曲げる事はしない。

 

「部外者である貴方にはこっちの事情なんて知らないでしょうけどね、マスターとして参加した以上は最後まで勝ち残る必要があるの」

 

「結局は自分や家の体面の為か」

 

「わたしにはこの冬木のセカンドオーナーとしての責任があるのよ」

 

「セカンドオーナーなら自分の街を戦場にしていい権利があるのか?そこに住んでいる住民は聖杯戦争の存在は知っているのか?」

 

「いい加減にしてくれないかしら?ただでさえ士郎の家には口煩いのが3人も居候しているっていうのに。これ以上私の神経を逆撫でするのは止めてほしいわね」

 

凛は不満げに愚痴を零している。これ以上何を言っても無駄だと思い、パニッシャーは背を向ける。

 

「お前がこのまま戦い続けるというんならそれでも構わん。だが関係のない市民を殺傷した時には故意であろうと偶然であろうと関係なくお前を殺す。それだけは覚悟しておくんだな」

 

そう言い残してパニッシャーは去って行った。




型月世界の魔術師って身体強化ができるし、凛もキャップレベルにまでフィジカルを上げられるのを考えると、身体強化も無しにアベンジャーズの一員として戦っているクリントがおかしすぎるw


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第26話 ヒーローと正義の味方の違い

やっぱキャップはヒーローなんで、抑止のエミヤとは気が合わないかも。


夜、夕食を終えた士郎は一人衛宮邸の縁側に座っていた。今は冬の時期だが扉を開けて夜風に当たる。夜空から降り注ぐ月明りが衛宮邸の庭を照らしており、どことなく神秘的な雰囲気を醸し出している。そんな士郎にスティーブは声をかけた。

 

「シロウ、隣いいかな?」

 

スティーブの言葉に士郎はゆっくりと頷く。彼は士郎の隣に座った。

 

「……切嗣が亡くなった日もこんな月明りが綺麗な夜だったんです。切嗣と暮らしたのは5年だったけど、それでも俺にとってかけがえのない大切な日々でした。今でもあの日の事を思い出すんですよ」

 

そう言うと士郎は静かに語り始める。

 

「俺は……切嗣みたいな正義の味方になりたいんです。あの日、大火災の日に俺を救ってくれた人が切嗣ですから。その時の切嗣の顔はまるで本当に救われたかのような表情をしていて……助けられたのは俺なのにまるで俺が切嗣を助けたみたくなっちゃって」

 

そう語る士郎の表情はどこか嬉しそうだ。

 

"いいかい士郎、誰かを救うということは、誰かを救わないってことなんだ"

 

大火災から生き延び、病院に入院していた士郎の元を訪れた切嗣が言った言葉だ。その言葉を初めて聞いた時、当時の士郎にはよく理解できなかった。

 

「正義の味方、か……。私やクリント、ナターシャは"ヒーロー"という立場なんだ。正義の味方とヒーローというのは似ているようで違う」

 

スティーブは士郎に対してそう説明した。"正義の味方"と"ヒーロー"は一見すると響きも立場も同じように見える。しかし似ているように見えて異なる点がある。自分を10年前の大火災から救ってくれた切嗣と、学校でランサーに襲われている自分を助けてくれたスティーブ、クリント、ナターシャの3人を比べてみればその違いは明らかだ。今の士郎はその点には気付いていないようだが、これから経験を積む事でいずれ気付いていくだろう。そして気付いた時にこそ、自分がどのような道を選ぶのかを決めるのだから。

 

「シロウ、"ヒーロー"と"正義の味方"の違いは何だと思う?」

 

「え?どうしたんですか急に?うーん……俺にはあんまりその二つの違いってよく分からないですけど……」

 

突然そんな事を聞かれて、戸惑いながらも答える士郎。彼が言う通り、この二つは同じような物に見える。しかしその本質は微妙に異なる。ただそれを言葉にするのが難しいだけである。

 

「両者は似たような意味に捉えられる事もある。だがシロウもいずれこの二つの違いについて気付くだろう。今はまだ分からなくても仕方ない」

 

「はい」

 

そう答える士郎の顔は納得していないようだったが、それでも頷いてくれた。今はそれで十分だろう。スティーブはそう思いつつ自分の部屋へと戻った。そして士郎は立ち上がると二階の部屋にいる凛に魔術の教えを乞うべく階段を昇っていく。

 

 

******************************************************************

 

 

 

凛からの魔術及び魔術師に関する講義内容は実に有意義なものだった。魔術師の持つ魔術刻印や魔術回路といった生前の切嗣が教えてこなかった事を凛は士郎に話してくれた。切嗣からは魔術こそ学ばせてもらったものの、家系や魔術刻印の継承といった深い部分までは教えてくれなかったのだ。今まで知らなかった部分を知識として吸収できている感覚は心地よかった。聖杯戦争に巻き込まれ、右も左も分からない自分に対して親身に魔術の事を教えてくれる目の前の凛。彼女には感謝するしかない。こうしてやり取りをしてると彼女には人に教える才能があるようにも思えた。魔術師の家系である遠坂家に生まれ、身体に魔術刻印が刻まれている凛と、切嗣から魔術の基礎を教わっただけで魔術刻印もない士郎とではそもそも立っているスタートラインが違う。だからこそ士郎は魔術師の事について知らなければならなかった。凛からの講義が一通り終わり、また明日に備えて自分の部屋に戻ろうとした士郎はふと凛に対して尋ねてみる。

 

「なあ遠坂。ロジャース先生たちについてどう思う?」

 

「何よ急に。質問の意図が見えないんだけど」

 

「いや、仮にも俺の命を助けてくれた人たちなんだ。曲りなりにも魔術回路を持っている俺と違ってロジャース先生たちは本当の意味での一般人……いや、ヒーローだったな。そんな部外者であるロジャース先生たちの滞在を認めてくれる辺り、遠坂も結構お人好しなんだな」

 

そう、スティーブ、クリント、ナターシャの3人は聖杯戦争とは全く縁もゆかりも無い、完全に無関係な部外者でありながら首を突っ込んできているのだ。聖杯戦争に参加している凛のようなマスターからすれば迷惑千万な存在である事には違いないだろうが、そんな彼等が衛宮邸に滞在する事を容認している凛。内心ではどう思っているのかはともかくとして、積極的に排斥しない辺りやっぱり面倒見が良い奴なんだな、という印象だった。

 

「……強いてあげれば"お節介な連中"ね。わたしも最初は変なコスチューム着てヒーロー気取りしている人たちっていう印象だったけど、少なくとも人を救いたいっていう意思だけは本物みたいだから。とはいえ聖杯戦争についてあれやこれや口出ししてくるのは正直鬱陶しいけど、そこは目を瞑るわ」

 

「そっか……。けど俺はあの人たちは素直に凄いと思う。教会からの帰りにバーサーカーに襲われた時だってセイバーを救うために立ち向かってくれたし、何より俺が学校でランサーに襲われた時も、俺を逃がす為に身を挺して戦ってくれた」

 

「そこは理解してるわよ。けど……」

 

何かを言いかけた凛だったが黙っている事にした。

 

「けど衛宮くん。ロジャース先生たちをこのままにしておくのは危険だと思う」

 

「何でだ?あの人たちは何も危険な事はしないと思うんだが……」

 

「……そういう意味じゃないんだけど。まぁ、その時がきたら話すわよ」

 

「何だよ……ハッキリしないな」

 

凛の言葉に首を傾げながらも士郎は部屋を後にした。

 

 

 

*********************************************************************

 

 

 

衛宮邸の庭に出たスティーブは夜風に当たりながらこれからの事を考えていた。自分とクリント、そしてナターシャが介入している聖杯戦争。どうにかしてこの戦いを止めなければいずれ取り返しのつかない事態になるだろう。士郎と凛が通う穂村原学園に仕掛けられた結界。あれが発動すれば大勢の生徒が危険に晒されてしまう。それだけは何としても阻止しなければならないのだが、凛はスティーブの出した提案を中々受け入れようとはしなかった。

 

 

凛だとてこの戦いに参加しているマスター……否、魔術師である以上は"神秘の秘匿"に抵触するような行為はできないのだろう。だが学校の生徒はそもそも聖杯戦争の事や学校に仕掛けられた結界の事など知る由もない。火事やガス漏れに見せかけて生徒を避難させるのが手っ取り早いのだが、凛は首を縦に振らない。どうしたものかとスティーブは考えていると、後ろに気配を感じ取った。明らかに普通の人間のものではない。スティーブは振り向くとそこには赤い外套を着た弓兵……アーチャーが立っていた。凛のサーヴァントであるアーチャーはセイバーに重傷を負わされていた筈だが、こうして現れている辺り傷はもう癒えたのだろう。アーチャーは無表情のままスティーブをじっと見つめている。

 

「アーチャーか。どうやらセイバーにやられた傷は癒えたようだな」

 

「これでも私はサーヴァントだ。時間さえ掛ければ宝具によるダメージでも回復する」

 

そう答えるアーチャーはスティーブに対して何か言いたそうな顔をしている。マスターである凛がスティーブ達が衛宮邸に居候するのを認めているとはいえ、彼女のサーヴァントであるアーチャーは色々とスティーブやクリント、ナターシャに思うところがあるのだろう。

 

「ヒーロー……だったな。君達は自分の世界でそう呼ばれているのだろう?」

 

「そうだ。私やクリント、ナターシャはアベンジャーズとして活動している。別の世界の人間だとしても、困っている人、危機に陥っている人々は助ける」

 

「何ともお優しいことだ。アベンジャーズではなく"慈善団体"とでも名乗ったらどうだ?」

 

まるでスティーブ達が行うヒーロー活動を馬鹿にしているような口ぶりのアーチャー。

 

「確かに我々アベンジャーズのしている事は慈善活動だろう。そこは否定しない」

 

だがなと付け加えるスティーブ。

 

「しかし私達はただ助けたいから救うんじゃない。そこに助けを求めている人がいるからだ。その助けを求める人の中には子供もいれば、善良な市民もいる。私達の行動で救われる人々がいるんだ。助けを求める人々を決して見捨てない、それがヒーローだ」

 

「やれやれ……どこぞの"正義の味方"を志す小僧と似たような甘い人間が目の前にもいるとはな。そんな甘ったれた考えではいずれ足元を掬われる事になるぞ」

 

「アーチャー、君は何が言いたいんだ?」

 

「君は助けを求めている人間全員を救う気でいるのか?だとすれば随分とおめでたい考え方だ」

 

「全員を助けられるとは思わない。だがそれでも手の届く範囲にいる人々を出来る限り救うのが私の理想だ」

 

「私からすれば、君たちのしている事は単なる"おままごと"にしか見えないのだがね。綺麗ごとだけで人々が救えるほど世界は甘く無い」

 

アーチャーはスティーブを始めとするアベンジャーズの理念を真正面から否定してくる。ヒーローとサーヴァントでは在り方も立場も違うのは当たり前だが、それでもアベンジャーズの事を詳しくしる筈もないアーチャーはヒーロー活動に対して辛辣だった。何がそこまで気に入らないのかスティーブは理解できないが、厭世的なアーチャーにとって、アベンジャーズのしている事は青臭い理想論を振りかざす者たちに映るのだろう。

 

「私たちアベンジャーズはヒーローとして活動する上で法律も遵守する。例え犯罪者やヴィランといえど、司法の裁きに委ねなければならん」

 

「つまり言い換えれば君たちは法律の奴隷だろう?法を守るとはいうが、法ではどうにもならん事もあるという事を忘れるな。所詮人間の創り出したルールの上での平和など砂上の楼閣と何ら変わらん。君らの活動には限界があると言っているのだ」

 

「……私たちが法律に従うのは、自分たちに世界を滅ぼすだけの力があるからだ。使い方を間違えてしまえばそれだけで人々を危険に晒す。だからこそ法というルールで自分を律し、力の使い方を制御する必要がある。闇雲に自分の持つ力を振るうなどヴィランと変わらないだろう?」

 

ハルクやソー、キャプテン・マーベルといったアベンジャーズでもトップクラスの力を持つヒーローは単身で世界そのものを破壊するだけの力を有している。だからこそルールの上で力を行使しなければならない。無用に自分のパワーを振りかざせば、それは即ち世界の終焉へと繋がりかねない。だがそれでも力を行使するのであれば、それは正義の為であって欲しいというのがスティーブの考えだ。

 

「君たちは世界の裏側や汚い部分を見てきたと言えるか?」

 

「見てきたさ。これまで嫌という程な」

 

アーチャーはスティーブ自身が決して青臭い理想に溺れているだけの人間ではないという事を彼の目を見て理解した。世界の裏側……汚い部分や醜い部分を見てきた上で、それでも尚ヒーローとして人々の為に戦い続ける決意をした目だ。そんなスティーブの目を見てアーチャーは微かに溜息をつく。その溜息が何を意味するのかは分からない。

 

「……成程。君の考えは分かった。だがこだけは忘れないでくれ。人々を守るためであったとしても、私のマスターに害が及ぶような行為をした場合、遠慮なく私は君たちの敵に回ろう。そんな事にならないよう上手に立ち回る事だ」

 

アーチャーはそれだけ言うと霊体化してその場から消失する。残されたスティーブはじっとアーチャーが立っていた場所を見つめていた。




抑止の守護者であるエミヤがしている事って要は始末屋ないし掃除屋と同じで、キャップ達アベンジャーズとは違うんですよねぇ。


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第27話 大聖杯

藤丸君の時といい、桜ちゃんの時といいドルマムゥさんは人の心の弱さを利用してきますねぇ……


この空間に漂う湿った空気と異様な雰囲気は常人であれば入った瞬間に眉を潜める筈だ。暗く、灯りがないこの悪夢のような蔵に比べれば地下牢の方が幾らかマシであろう。いや、そもそもここは人が立ち入るべき空間ではない。この蔵にはには悍ましい程の闇と死の気配があった。その中で蠢くおぞましいモノがいる。人間が本能的に忌避し拒絶する程の生理的嫌悪感を齎す"蟲"の住処だ。そんな蟲が数えきれない程この蔵で飼育されている。この蔵の……否、この家の当主たる老人に飼われているのだ。外見だけ見ても既存の昆虫とは根本的に異なる造形を持つ蟲は見ただけで吐き気を催し、目を背けたくなるだろう。

 

そして悍ましいのは何も外見のみではない。その蟲が持つ"役割"は更に背筋を凍らせる。桜はそんな蟲達に群がられつつも自分の役割……日課をこなしていた。この家に引き取られてからこの日まで数えるのも嫌になる程この蔵の蟲達を用いた"修行"を課されてきた。最初は苦痛と涙、そして悲鳴を上げるだけだった。だが次第にそれもなくなり、今ではすっかり慣れてしまった。慣れというものは恐ろしいものだ。自分が何をされているのか理解している筈なのに、それに慣れる事があってはならないというのに。だが桜はそれを受け入れた。

 

何も考えないように、何も感じないように。ただの"当たり前"として受け入れてしまっている。彼女にとっては日常風景と同じであり、毎日の日課。食事や風呂と変わらない。最も、魔術の家系に生まれた者として魔術の修練を行うのは当たり前なのであるが。蟲達は満足したのか蔵の床に横たわる桜を置いて飼育穴に引き上げていく。残された桜はただじっと蔵の天井を見ていた。

 

そしてゆっくりと立ち上がる。すると彼女の身体に付着していた粘液や虫の残骸等がぼたぼたと地面に落ちた。だがこんな汚らしいものでさえ彼女にとっては最早当たり前の光景になっているので今更嫌がる事もない。修練の性質上、衣服を全て脱がなければならないので今の桜は一糸纏わぬ姿なのだが、そんな事は気にもしないといった様子で蔵の中に立っている。凛からは暫く士郎の家には近づかないように言われてしまった事を思い出す。桜にとって、士郎の家で共に彼と過ごす時間が何よりも至福の時間だった。それが奪われた事で自分はこれからどうなってしまうのだろうという不安に駆られる。だがずっとではない。暫く来ないように言われただけだ。少しすればまた行けるようになる。そう考えた桜は気を取り直す。

 

――やぁ桜。元気にしていたかい?

 

「……!?」

 

桜は自分の脳内に語り掛けてきた声にハッとする。

 

「ドルマムゥ……さん?」

 

そう、少し前から自分の脳に優しく語り掛けて来た存在だ。声の主は自分の事を"ドルマムゥ"と名乗り、何かと桜を気遣う素振りを見せている。その声が自分に話し掛けて来たのだ。

 

「え、ええ。今、私に話しかけて来たんですか? 私に……用があるんですよね? 」

 

自分が置かれている状況を忘れ、戸惑いながらも返事をする。

 

「そうとも。キミが私に協力してくれる気になったのかどうか気になってね」

 

「協力ですか……? 」

 

「ああそうだ。私はこう見えても忙しい身でね。あまり長くこの世界に留まるのは難しいのだよ。考えてくれたかい桜。キミが聖杯を手にするという事に」

 

「……」

 

桜はこの街で……この冬木で聖杯戦争が行われる事を知っている。そもそも自分の兄である慎二がマスターとして参加しているのだ。慎二は本来のライダーのマスターである桜からライダーを奪い、仮初のマスターとして彼女を使役している。

 

「キミはあんな魔術も扱えない未熟者の兄にマスターの座を譲り渡した。だがそのせいでライダーは本来の力を発揮できていない。キミがマスターならば彼女も本領を発揮できるというのに」

 

「……」

 

「魔術回路を持たない兄が優れた魔術の才能を持つ妹に嫉妬して挙句にキミが召喚したライダーを借りて聖杯戦争に参加する、か……。何とも彼の惨めさを物語っているとは思わないかね?」

 

慎二を嘲笑するドルマムゥ。確かに慎二は魔術師の家系に生まれたにも関わらず魔術回路を持っておらず、「偽臣の書」を用いてライダーを従えている。しかし桜は聖杯戦争への参加を拒否し、自分からマスター権を兄である慎二に譲渡したに過ぎない。その事を臓硯は認めたし、慎二も聖杯戦争に参加する意気込みを見せていたわけだが。

 

「ドルマムゥさん……私が……私なんかが聖杯を……手に出来る訳がないじゃないですか……だって私は……ただの出来損ないなんですから……」

 

自虐的な笑みを浮かべて呟く桜。この家に引き取られた時から……いや、魔術師の家系に生まれた時点で桜の運命は決まっていたと言っていいだろう。まだ幼い少女であった桜は間桐家に引き取られ、そこでの暮らしは地獄さえ生ぬるいと感じる程だ。最初こそ泣き叫び、嘆き、喚いた。無力な子供に過ぎない桜は毎日毎日そんな日々を過ごした。だが次第に自分の受けている苦痛を"当たり前"と感じるようになり、いつしか泣く事も嘆く事もなくなった。そして今ではこうして何も感じず、ただされるがままになっている。

 

「いやいや何を言うのかね? 君は優秀な魔術師だよ? 何せ君の家系には代々受け継がれてきた名家じゃないか。何より君は素晴らしい魔術の素養を持っている。そんな君の素晴らしい才能をこの間桐家の当主の老人は潰しているのさ」

 

ドルマムゥの言う通り、桜自身が持つ属性と間桐家の属性は異なる。だからこそ臓硯は蟲蔵で桜を間桐家の魔術師へと改造する為の修練を施しているのだ。しかしそれは本来桜が持つ力を潰している所業に過ぎない事をドルマムゥは見抜いている。

 

「こうして流されるままの人生を送りたくはないだろう?自分が置かれた状況を異常とも思えなくなればそれはもう手遅れだ。君が救われる方法は一つしかない」

 

「私が……救われる……?そんなの無理です……私には何もないもの……救いなんて……」

 

「あるよ。君にはまだ希望がある。君の大好きな衛宮士郎さ。彼ならきっと君を助けてくれるだろう」

 

ドルマムゥの言葉に桜はハッとする。そう、桜にとっての大切な陽だまりであり、かけがえのない日常と人間らしい笑顔をくれた少年。それが衛宮士郎なのだ。だが……桜は士郎の笑顔を思い出しながら顔を曇らせる。もし士郎が本当の自分を知ればきっと軽蔑し、拒絶するだろう。桜はその事を何よりも恐れていた。もしそんな事になれば自分は生きていけないかもしれない。だから今までずっと秘密にしていたのだから……。

 

「ああ、心配しなくていいよ。彼は絶対に君を嫌ったりしないからね。それだけ君の事を大切に想っているのだから。"嫌われるかもしれない"、"拒絶されるかもしれない"。そんな考えは君を大切に想っている彼に対する侮辱にしからならない。彼の事を大切に想うのなら真実を話すべきだ」

 

その言葉に桜の胸は締め付けられる。嫌われたくないから、拒絶されたくないから黙っている。しかしそれは士郎が持つ自分に対する信頼を踏み躙る行為ではないか。だが桜は士郎に対して真実を話す事をどうしても躊躇してしまっていた。自分が間桐の家で何をしているのか、何をされてきたか。それを知られれば……。

 

「無理です……先輩には話せません。こんな私を知られてしまったら先輩はきっと幻滅します……」

 

桜は両腕で自分の身体を抱き締めるようにして、必死に歯を食い縛って恐怖に耐えている。が、そんな桜に対してドルマムゥは優しく語り掛けてくる。

 

「気にしなくてもいいんだよ。君はこの家に来てから沢山辛い目に遭ってきたのだからね。君がこの家から解放されたいと願っているのは本心なのだろう?」

 

ドルマムゥは桜の考えを的確に見抜いていた。間桐家という桜にとっての牢獄……否、"呪縛"は彼女の人生に暗い影を落としていた。幼い桜は家同士の決まり事でこの間桐家に養子に出され、それ以降凄惨を極める修練を課され続けてきた。大人でも発狂死しかねない環境で今日まで生きてきた桜。

 

「……こうして脳内に語り掛けるだけではやはり不足だね。しょうがない、私の力を見せてあげよう。本来の力とは程遠いが、君が望んでこの家から出るようにするには必要な労力さ」

 

「え……?ここ……は……?」

 

ドルマムゥの言葉が終わると同時に桜は暗い場所に立っていた。最も、今自分がいる場所が地下洞窟だという事に気付くのにそう時間は掛からなかったが。

 

「洞窟……?」

 

間桐家の地下にある蟲蔵からいきなり謎の地下洞窟に移動した為、桜は混乱していた。

 

「どうだね桜?これが私の力だよ。君達魔術師の世界では転移魔術に該当するがね。さて、この洞窟の先に君が手にするべき物がある。進んでいくといい」

 

「は、はい……」

 

ドルマムゥに言われるまま、桜は暗い洞窟の中を進んで行く。洞窟内に吹き付ける風が桜の裸体を撫でていく。水が滴る音が反響し、不気味な雰囲気を醸し出している。しかし今の桜にはそんな事を気にする余裕はなかった。ドルマムゥに言われるがまま目的の場所へと歩いていく。そして数百メートルばかり進んだ先に"ソレ"はあった。初めて目にする"ソレ"を見て、直感で何なのかが桜には理解できた。

 

「聖……杯……?」

 

「そう、今から200年前にアインツベルン・マキリ・遠坂の御三家によって敷設されたものさ。この大聖杯があるからこそ冬木で聖杯戦争が開催される」

 

目の前の大聖杯の巨大さに圧倒される桜。手に持てる聖杯などとは根本からスケールが違う。

 

「最も、10年前の第四次聖杯戦争の時点であの大聖杯は汚染されていたようだ。無論、今でも汚染されている状態が続いているからそのまま使えば大変危険だ」

 

「……」

 

眼前に聳える大聖杯に目を奪われる桜。聖杯戦争の根本の原因たる大聖杯。それを今自分は目にしているのだ。

 

「桜、私は君を助けたいんだ。だから君の願いを叶えようと思う」

 

「本当に……私を助けてくれるんですか……?」

 

「ああ、勿論だとも。その為に君をここに連れてきたのだから」

 

桜の言葉にドルマムゥは答える。桜は自分の脳内に語り掛けてくるドルマムゥの言葉を信用していいものか悩んでいた。だが他に頼れる者もいない。自分の置かれた境遇や状況を知りつつ、こうして手を差し伸べてくれる存在はドルマムゥだけだ。士郎には真実を話していないし、もし話せば自分は拒絶されるかもしれないという恐怖心が桜の中に存在した。だが、そんな自分を助けてくれる存在がこうして現れ、大聖杯のある場所に転移までさせてくれた。単に脳内に語り掛けてくるだけであれば無視すればいいのだが、ここまで自分に都合の良い展開になると逆に怪しく思えてしまう。それでも今の現状から脱したいという気持ちは本心だった。

 

「それなら……私は……」

 

ドルマムゥの提案に乗ろうとする桜。が、その時ドルマムゥは桜を制止する。

 

「……!桜、気をつけたまえ。すぐ近くにいるぞ!」

 

「え……?」

 

ドルマムゥの言葉に周囲を見渡す桜。その時、二百メートルほど先に人が立っているのが見えた。

 

「まさか"奴"の……!?」

 

ドルマムゥの言葉が分からない桜だったが、その間に向こうにいた人間がこちらに歩み寄って来る。身長190センチはあろうかという偉丈夫であり、銀色の鎧を纏っていた。背中まで伸びている長髪に、手に持った巨大な剣が特徴的だ。雰囲気、身体から放たれるオーラ、そして持っている魔力を見ても、彼がサーヴァントである事が桜にも理解できた。第五次聖杯戦争で召喚されたサーヴァントであろうか?手に持った剣を見る限りではセイバークラスのようだが、セイバーは士郎のサーヴァントだ。なら長髪の偉丈夫のクラスは……。

 

「その……貴方は……?」

 

桜は長髪の剣士に話しかける。桜は目の前にいる男が誰なのか全く分からなかった。だが、この男は間違いなくサーヴァントだと直感で分かった。それも尋常ではない力を持った英霊だという事も感じ取れる。男はゆっくりと口を開く。男の口から発せられた声は低くて渋い声だった。

 

「……ここには誰にも近付かせないようにマスターから言われている。悪いが死んでもらう」

 

長髪の剣士は亜音速の踏み込みで桜に剣を振るう。桜から見れば長髪の剣士の斬撃は目視すらできない速度だろう。が、そんな中ドルマムゥの言葉が脳内に響いた。

 

―――仕方ない……暫く君の身体を借りる事にしよう。

 

その言葉と共に桜の意識は消え去る。が、意識が消えたにも関わらず長髪の剣士の斬撃を紙一重で回避したのだ。桜は空中で一回転すると地面に着地する。

 

「ふぅ……、危ない危ない。危うく死ぬところだったよ」

 

声こそ桜のものであったが、発せられるオーラや言葉の重みが彼女とは違い過ぎる。

 

「悪いね桜。暫く君の身体を借りさせてもらおう。なに、心配はいらないさ。君は暫く大人しくしていればいい」

 

不気味な笑みを浮かべつつ、長髪の剣士の前に立つドルマムゥ。桜の意識は別の場所に存在しており、今の彼女の身体の主導権はドルマムゥが握っている。

 

「それにしても丸腰のあられもない姿の少女に突然斬り掛かるとは、英雄らしからぬ行為だとは思わないかねサーヴァント君?」

 

ドルマムゥは両手で桜の胸を揉みつつ、目の前の長髪の剣士を嘲笑う。

 

「お前は……何者だ?」

 

長髪の剣士はドルマムゥが桜の肉体を乗っ取った事には気付いていない筈だが、先ほどの桜とはあからさまに雰囲気が違い過ぎるので警戒しているようだ。

 

「ほう?私の存在に気付いたのかね?ならば話が早い。私はドルマムゥ。この娘の身体を借りて君と話をしている」

 

ドルマムゥは不敵に笑いながら答える。最も、肉体は桜である為、その表情は普段の桜からは想像できないような妖艶かつ残酷な笑みであった。長髪の剣士も得物の大剣を構え、臨戦態勢を取る。剣を構えるという単純な動作でさえ、凄みを感じさせる長髪の剣士は正しく伝承に伝わる大英雄に相応しい存在であった。そしてそんな彼を前にしても桜の肉体を借りたドルマムゥは余裕を崩さない。

 

「悪いがこの肉体の持ち主である少女を死なせるわけにもいかないのでね。少しばかり遊んでいこうか?」




桜の肉体を借りているドルマムゥ……(;^_^A
声は桜だけど、台詞はドルマムゥだからエロく感じるのは私だけ?


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第28話 謎のサーヴァント

今回はCパートあり。パニッシャーさんは犯罪者には厳しいですからねぇ。


魔術師であれば己の身体能力を魔術で強化する事は可能だ。身体強化は魔術における基本であるものの、他者や無機物を強化するのは難易度が高いとされる。だが己の肉体を強くするのであれば話は別であり、自分自身を単純に強くする……という至ってシンプルな魔術行使だ。だがそんな身体強化を以てしてもサーヴァントの持つ身体能力には適わない。魔術師とサーヴァントでは神秘の"格"そのものが違うので、魔術師がサーヴァントに勝てる道理はない。

 

これは魔術の世界においては常識であり、覆る事のない事実である。しかしながら今現在、長髪の剣士と戦っている桜……もとい彼女の身体を乗っ取っているドルマムゥの身体能力はサーヴァントから見ても驚嘆に値するものだった。如何に身体強化の魔術を使っていたとしても、音速を優に超えるサーヴァントの斬撃を軽々と回避し続ける芸当など並大抵の人魔術師ができるものではないからだ。

 

長髪の剣士の斬撃をドルマムゥは華麗に避け続け、その身体には一切の傷を負っていない。桜自身の魔術の腕前ではここまでの身体強化は不可能だが、ドルマムゥはそれをやってのけている。それに桜の身体を用いてのスピードも魔術師の身体強化を凌駕していた。明らかに時速数百キロは出ているであろう速度で長髪の剣士に近付き、彼の身体に音速に達する打撃を叩き込んでいるのだ。普通の人間ならばとっくにミンチになっている所だろう。しかしそれでもなお、長髪の剣士が持つ剣技は冴え渡っていた。まるで舞い踊るかのような流麗な動きで次々と繰り出される刺突、薙ぎ払いによる連続攻撃。そしてそんな斬撃を涼しい表情で回避するドルマムゥ。

 

「中々良い剣技じゃないか。生前はさぞ名のある騎士だったんだろうね」

 

そう言いながらも余裕綽々といった様子で軽口を叩く。ドルマムゥは桜の身体を借りている状態なので当然ながら声は桜であり、ドルマムゥの紳士的ではあるが見下したような口調が実にミスマッチであった。そしてそんなドルマムゥの言葉に対して銀髪の剣士は無言で返す。音速に達する攻撃、そして時速数百キロにも達する走行速度。優れた魔術師が身体強化を発動したとしても、これだけの事をすれば肉体が耐えきれない。しかし桜の身体は限界を迎える予兆すらもなく、余裕の表情で岩をも砕く腕力と、常人の目では捉えられぬスピードを実現している。

 

「この娘……桜の肉体は実に素晴らしいよ。彼女は将来素晴らしい魔術師になるだろうね」

 

そしてドルマムゥは加速し、長髪の剣士の胸と顔面に音速に達する蹴りをほぼ同時に叩き込み、その威力で長髪の剣士は洞窟の壁まで吹き飛ばされる。が、まともに攻撃を受けたにも関わらず、長髪の剣士は平然と立ち上がり、何事も無かったかのように再び剣を構え直す。その身体は無傷だ。

 

「おやおや、随分と頑丈なんだね。並の人間なら即死だよ。キミの剣技といい、その耐久度と言い、流石は英霊といった所かな?」

 

ドルマムゥは長髪の剣士に歩み寄りながら言う。だが、長髪の剣士は無言のまま立ち尽くしていた。

 

「……やれやれ、私と言葉を交わす気はないというわけかい?まぁいいさ。どの道早く終わらせてあげないといけないからね。この身体を傷モノにしたら桜にも悪いだろうから」

 

ドルマムゥは自分が乗っ取っている桜の身体を見下ろしながら言う。長髪の剣士の斬撃を回避し続けても傷一つない綺麗な肌を見て感心しているようだ。ドルマムゥは目の前の剣士を片付けるべく、右手に強力な魔力を集中させる。迸る魔力は桜のものではなく、ドルマムゥ自身が持つ膨大な魔力をそのまま用いているのだ。そして長髪の剣士目掛けて魔力による砲弾を射出する。放たれた魔力による砲撃は回避不能であり、剣士の身体に直撃する。だが……。煙の中から現れたのは無傷のままの剣士だった。

 

「あれを受けて無傷とは驚いた。しかし、それもいつまで続くかな?」

 

そう言うと、ドルマムゥは再び右手を翳す。その時である。

 

――――令呪を以て、命ずる。

 

どこからか声が聞こえてきた。その声は恐らくこの長髪の剣士のマスターのものだろう。その声で一瞬ドルマムゥの気がそちらに逸れた。すると長髪の剣士の持つ剣から魔力が火柱のように立ち昇る。。彼のマスターは宝具の使用を許可したのであろう。剣士はドルマムゥ目掛けて剣を振り上げた。

 

――――『■■■■・■■■■』!!

 

長髪の剣士の持つ対軍宝具による一撃がドルマムゥを襲う。

 

「くっ……!」

 

咄嗟に魔力による障壁を展開し、剣士の宝具の一撃を防ぐも、その障壁は突き破られドルマムゥは勢いよく後方に吹き飛ばされる。だがすぐに体勢を立て直すと、今度は無数の魔力弾を生成して発射する。迫り来る魔力の弾丸に対し、剣士も再び剣を振り下ろし宝具による一撃を放った。2つの力がぶつかり合うも、宝具による攻撃には勝てないのか、ドルマムゥは押し切られてしまう。

 

(……やはり本来の自分の肉体でなければ十全の力は発揮できないようだね。それに少々力を使い過ぎてしまった)

 

これ以上戦えば桜の身体が持たないと判断したドルマムゥは一旦退散する事にした。魔術による転移を発動させ、洞窟から離脱した。

 

 

**********************************************************:

 

「ここ……は……?」

 

冷たい路面に横たわっていた桜は瞼を開けて身体を起こして周囲を見回す。この辺りは間桐邸に近い近所であり、桜も何度かこの辺りを通っている。

 

「私は確か洞窟に……?」

 

ドルマムゥの力によって転移し、洞穴の中にあった聖杯を目にした所は覚えている。その後、謎の長髪の剣士に襲われ、ドルマムゥによって肉体を奪われてしまったのだ。

 

「やぁ、気が付いたようだね桜」

 

桜の脳内にドルマムゥの声が響く。意識が朦朧としていた桜だったが、自身の置かれた状況を把握して慌てて立ち上がる。

 

(ここは!?私さっきまであの洞窟にいたはずじゃ……!)

 

周囲に人気はなく閑散としている。民家の明かりもほとんど消えており、街灯だけが照らされている。

 

「あぁ、さっきの洞窟で君が剣士に襲われた際に私が君の肉体を借りた所までは覚えているね?その後あの剣士と戦って、ここに転移したんだよ。私の魔力も殆ど尽きかけていたから座標を間桐邸に固定する余裕がなかった」

 

ドルマムゥの声が脳に響く。どうやら自分はドルマムゥに助けられたようだ。こうして生きてるだけでも奇跡と言えるだろう。

 

「は、早く家に帰らないと……」

 

桜は自分の状況を理解して急いで家に帰ろうとした。幸いにも時間帯は深夜なので人目は少ないものの、それでも恥ずかしい事に変わりはない。それに深夜の住宅街には人がほぼいないので誰かに見られる心配はないのだが、それでも今の自分の姿を思うと羞恥のあまり死にたくなる。しかし、その時、桜は背後から気配を感じた。

 

(誰かいる……?もしかして見られた……!?)

 

そう考えた瞬間、桜の顔は真っ赤になり、身体が熱くなるのを感じた。恥ずかしさと恐怖が入り混じった感情に支配されながらも恐る恐る後ろを向いた。そこには黒いロングコートを着た大柄な欧米人の男が立っていた。

 

「あ……」

 

「……お嬢ちゃん。こんな時間帯に何をしている?」

 

黒コートの欧米人は半ば呆れ気味の表情で桜に尋ねる。一方、突然現れた男に声を掛けられた桜は頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。

 

 

**********************************************************

 

 

周囲が暗くとも、パニッシャーは目の前の少女の顔が真っ赤に染まっている様子をハッキリと見る事ができた。彼女は両手で胸と股間を隠しながらパニッシャーを見ている。

 

「この時期にそんな恰好で外をうろつくとは、感心しないな」

 

「えっと……その……」

 

少女は明らかに動揺している。目の前の少女がしているのはどう見ても公然猥褻罪。全ての犯罪者を憎悪するパニッシャーではあるが、この程度の犯罪で目の前の少女を殺すのは流石に気が引けた。が、彼女が暴漢に襲われて衣服を全て奪われたという可能性も捨てきれない。とりあえず尋ねてみる事にした。

 

「お嬢ちゃん、名前は?」

 

「……桜。間桐桜です」

 

桜は顔を赤らめながらもパニッシャーに対して名乗る。

 

「誰かに襲われたのか?」

 

「いえ、違います」

 

パニッシャーの問いかけに桜は即答した。どうやら犯罪者に身ぐるみを剥がされたというわけではないらしい。だとすれば……。

 

「襲われたのではないとすると……やっぱり自分の意思でそんな恰好をしているのか?」

 

桜はその質問に一瞬ドキッとした表情を見せたが、すぐに平静を取り戻して答えた。

 

「はい、そうです」

 

桜の言葉にパニッシャーは自分の額に手を当てる。自分の意思でそんな恰好をしているとは、単に彼女自身が痴女なだけではないか。

 

「今は深夜で人目につかないからいいものを、小さい子供たちが今のお前さんの姿を見たらどうするつもりだ?」

 

パニッシャーは桜に対して説教をする。

 

「た、確かに自分の意思で脱ぎはしたんですが……その……」

 

桜は顔を赤くしながら答える。

 

「いいか?自分が気持ちよくなりたい為にそんな恰好をしても、子供に悪影響を与えたらどうする?」

 

「その……私は決して自分が気持ちよくなりたいからこんな格好をしたわけじゃなくてですね……」

 

「なら何故だ?子供が真似をしたらどうするんだ?そもそも、お前は今年でいくつになる?そんな歳で露出狂の真似事をして恥ずかしくないのか?」

 

桜は俯いて何も答えない。ただ顔を赤くしているだけだ。

 

「おい、何とか言ったらどうなんだ?黙っていては何もわからないぞ。それとも何か?俺がお前の代わりに警察に行ってやろうか?お前がどんな恥ずかしい格好で町を歩いていたのかを説明してやってもいいんだぞ?」

 

「ま、待ってください!それは困ります!」

 

警察に突き出そうとするパニッシャーに対して桜は慌てて弁明しようとするも、パニッシャーは全く信用してくれない。

 

「その歳で露出の趣味とは将来有望なことだ」

 

「だ、だから違います!た、確かに服を脱いでいるのは事実ですが、それで気持ちよくなりたいとは思ってないんです……!」

 

桜は涙目でパニッシャーに弁解しようとする。が、その時パニッシャーに声をかける存在がいた。

 

「ミスター・フランク。もうその辺にしときな。見たところ困っているようだからな」

 

パニッシャーの後ろからローガンが現れる。そして自分の着ていたジャケットを桜に着せてあげた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「お前さん、家は近いのか?」

 

「え?ええ。すぐ近くです。この道を真っ直ぐ行って右に曲がったらすぐに着きますよ」

 

「そうか。それなら良かった。そんじゃオレはこの娘を家まで送り届けてくるぜ」

 

ローガンはジャケットを着た桜に付き添いつつ、夜の路地を歩いていく。そんな二人の様子をパニッシャーは後ろから見ていた。

 

「全く、お優しいことだミスター・ローガン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

 

藤丸はサーヴァントを召喚する際に必要な詠唱を発し、マシュのラウンドシールドから目当ての英霊が召喚される瞬間を待つ。

 

……しかしながら何も起こらない。誰も召喚されていないし、ラウンドシールドの前に誰も立っていない。またしても空振りに終わってしまったのだ。これで合計45回目である。幾度召喚を試みても、何度召喚に工夫を凝らしてみても上手くいかない。せっかくキャップからシールドを、ホークアイからは彼が愛用している弓と矢を触媒として用いたにも関わらず、だ。これが通常の聖杯戦争であったのなら間違いなくサーヴァントのキャップとホークアイを呼び出せていただろう。カルデア式の召喚方法は聖杯戦争のそれとは異なるとはいえ、触媒が何の効力も発しないのは不自然である。藤丸は最早諦めに似た表情になり、マシュは溜息を漏らしている。ダヴィンチに至ってはお手上げ状態といった様子で肩をすくめていた。

 

「また駄目かぁ……一体どうしてなんだろ?」

 

「私も先輩と同じ疑問を持っています。いくらなんでも変です。カルデアのサーヴァントの皆さんを召喚する際は触媒を用いずとも呼び出す事ができました」

 

これまで藤丸は七つの特異点や南米を除く六つの異聞帯で数多くのサーヴァントと縁を結んできた。藤丸とサーヴァントが結んだ縁があるからこそこうしてカルデアに呼び寄せる事ができているのに、アベンジャーズのメンバーは呼び出せないというのはどういう事なのか。彼等はサーヴァントとは違って今を生きる人間であり生者だという者もいるが、英霊の座には時間の概念は存在しない。だから少なくともアベンジャーズが存命していようが彼等をサーヴァントとして召喚する事は可能な筈だ。何故アベンジャーズの面々を英霊召喚システムでカルデアに招く事が出来ないのかは誰にも分からない。

 

「単純に彼等が藤丸君の召喚に応じていない可能性もあるけど、彼等だって世界を守るヒーローの筈だ。カルデアは世界ないし人理を取り戻す為に戦っているんだから、呼びかけに応じてもおかしくはない」

 

ノウム・カルデアに来たアベンジャーズであるが、彼等のサーヴァントを呼び出す事ができないかどうか提案したのはマシュだ。そして藤丸とダヴィンチはキャップとホークアイから彼等の武器を借り、それを触媒として彼等のサーヴァントを召喚しようとした。が、結果は見事に失敗。何十回やっても召喚する事ができなかった。

 

「おかしいですね。先程も言った通り、アベンジャーズの皆さんはカルデアに協力しています。なのに何の反応も示さないなんて」

 

「……これってもしかして」

 

藤丸は何故アベンジャーズのサーヴァントを呼び出せないのか心当たりを思いつこうとしていた。が、そんな藤丸を代弁するかのように部屋に入ってきたホームズが答えを言う。名探偵らしく、堂々とした歩き方でマシュのラウンドシールドの前まで来ると、パイプを吹かせながら藤丸達に説明を始める。

 

「……恐らくはアベンジャーズがいた世界には"英霊の座"が存在しないのだろう。いや、それどころか根源さえも無いのかもしれない」

 

ホームズの言う事は最もだった。サーヴァントの本体は英霊の座に登録されており、そこから召喚に応じて現世に呼び出される。しかしアベンジャーズが元々いた世界には英霊の座が存在していないとホームズは言う。存在しないのであればアベンジャーズの面々が英霊の座に登録されている筈もないし、サーヴァントとして召喚される事などあり得ない。

 

「根源が存在しない世界か。それはそれで興味深いね。元々彼等は平行世界どころか完全に別の世界の住人だ。英霊の座もアベンジャーズが元々いた世界まではカバーしきれてなかったんじゃないかな?」

 

英霊の座ないし根源さえも存在しないのであれば彼等をサーヴァントとして召喚する事などできる訳がない。ならこうして彼等の武器を触媒の代わりにした所で意味などあるわけがないのだ。

 

「英霊の座どころかアラヤやガイアといった概念も存在しないのだろう。だからサーヴァントとしての彼等を召喚できないのさ」

 

「まぁ、サーヴァントとしてのキャップ達を呼び出せなくても、本人達がこのカルデアにるわけだし……」

 

そう、別にサーヴァントとして召喚せずともアベンジャーズの面々はこうしてカルデアにいる。正真正銘オリジナルでありサーヴァントとは異なる本人だ。ならわざわざ英霊の座から呼び寄せる意味など無い。所詮サーヴァントは英霊の一側面を強調させたコピーであり、本人ではない。藤丸やマシュは若干落胆の色を隠せなかったが、そんな二人に対して部屋の入口からクリントが声を掛けてくる。

 

「よぅ、どうやら俺やキャップのサーヴァントを召喚するのには失敗したらしいな」

 

クリントは部屋に入ると、床に置いてある自分の弓と矢を手早く回収した。

 

「40回以上も召喚を試みるってのは流石に驚いたが、これで理解できただろ?お前らが言う英霊の座とやらには俺もキャップもいない事が」

 

「ああ、そうだね」

 

英霊の座といえども、アベンジャーズがいた世界は流石に管轄外だったらしい。あくまでも座というのは藤丸達がいる世界のみで有効なようだ。異聞帯のサーヴァント達もこうして召喚できているのだから、アベンジャーズの面々も……という淡い期待を持っていたが見事にそれを打ち砕かれた。

 

「藤丸君や私と深い縁を結んだパニッシャー君でさえ召喚で呼び出す事ができないんだから、アベンジャーズの面々もそうだったんだよ」

 

藤丸達と縁が深いパニッシャーであるが、そんな彼でさえもサーヴァントとして召喚する事ができなかったのだ。何十回とカルデアに呼び出す事を試みたが、その度に徒労に終わった。

 

「この前お前等の説明を聞いたが、サーヴァントってのは要するにオリジナルのコピーみたいなもんだろ?つまりは本人じゃないって事だ。仮に俺のサーヴァントを呼び寄せたとしても、ソイツは俺とは全く違う赤の他人って事になる。俺というオリジナルがこうしてお前たちの目の前いるんだから、わざわざニセモンの俺を呼び出すなんて無粋の極みだぜ?」

 

確かに彷徨海……ノウム・カルデアに来ているアベンジャーズの面々はまごうことなき本人だ。なら彼等のコピーであるサーヴァントを呼び出してもそこまで意味はあるまい。

 

「それに、サーヴァントってのはその英霊の一側面を切り取ってるんだろ?なら俺のサーヴァントは俺というヒーローの全てを備えているわけじゃない。サーヴァントとして呼び出しても、

 

ソイツは俺より弱いだろうよ」

 

確かにクリントの言う通り、英霊本体を現世に召喚するのは魔法でも不可能であり、だからこそサーヴァントという器に収めた上で現世に召喚させているのだ。

 

「俺やキャップのサーヴァントを召喚した所で、ソイツは間違いなくオリジナルの俺とキャップより弱い。それが理解できたんなら、俺達アベンジャーズのサーヴァントを召喚しようなんて考えない事だな」

 

それだけ言い残してクリントは部屋を出ていく。残された藤丸、マシュ、ダヴィンチ、ホームズはクリントの物言いに若干納得がいっていないという顔をしていた。確かにサーヴァントの多くは生前よりも弱くなっている者は少なくない。特に神代や古代において武力で名を馳せた英霊には顕著に見られる。しかしながらサーヴァントになった事で生前より強化された者がいるのも事実だ。

 

「確かにサーヴァントの皆さんは生前よりも弱体化している方も多いですが、中には生前の状態より強くなっておられる方もいらっしゃいます。アンデルセンさんやシェイクスピアさん、紫式部さんといった人達ですね」

 

「私はあんまりクリント君の理論には納得できないなぁ……。まぁ、でも彼とキャップのサーヴァントはオリジナルの二人よりも弱体化はしているような気がなんとなくするけど」

 

ダヴィンチやマシュはクリントの言い方に納得できていないようだが、とりあえずはアベンジャーズのメンバーをサーヴァントとして呼ぶのは諦める事にした。




キャップやクリントならサーヴァント化すれば強化されそうだけどね。クリント自身、サーヴァントは生前の英霊の劣化コピーっていう認識なんで、自分やキャップがサーヴァントになったら弱体化すると思ってるんだよねぇ。


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第29話 強化の魔術

次回は学校でのライダー戦になる予定です。


「うん、美味しい!ロジャース先生達が作った朝食は本当においしいわ!」

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

朝食当番であった士郎が土蔵で寝過ごしていた為、代わりにスティーブ、クリント、ナターシャの3人が朝食を作る事となった。士郎は凛の魔術レッスンによる疲れからか、寝坊してしまったようなのだ。そこでスティーブ達が代わりに朝食を作る事となったのだが、大河にも概ね好評だ。料理の腕前は流石に士郎には適わないのだが、それでも十分過ぎる程の出来栄えであった。

 

「うーん、我ながらいい味だな。これは美味い!」

 

「ああ、そうだな。でもまあ、俺はもう少し甘い方が好みだがな」

 

3人が作った食事は凛も美味しそうに食べている。

 

「ロジャース先生達って案外料理もできるのね。意外だわ」

 

「ははは、ありがとう」

 

スティーブ、クリント、ナターシャの3人という人手がいたからか、料理が出来上がるスピードも早かった。士郎もスティーブ達が作った料理を食べているが、自分が作れなかった事を若干残念がっているように見えた。そんな中、大河がふとこんな事を言い出した。

 

「そういえば最近物騒よねー。ほら、聖堂病院で起きた事件とかさ」

 

新都で起きた事件……というと聖堂病院でパニッシャーが殺人を起こした件だろう。白昼堂々と殺人事件を起こすとは過激な手段が得意な彼らしいといえばらしいが、別の世界まで来てもやる事は同じなのだと感じた。それ以外にもガス漏れ事故による意識不明者が出ているが、これは元凶であるキャスターを倒したのでもう起きる心配はないだろう。

 

大河は朝食を食べ終えると学校へと向かっていった。士郎は今日も学校を休んで家でセイバーと鍛錬を続けるつもりらしい。聖杯戦争中であるわけだし、授業中にサーヴァントやマスターが襲ってこないとも限らない。それ以前に士郎は魔術師としてもマスターとしても未熟だという事はセイバーや凛が散々口にしているのだ。だからこそ二人は士郎に生き残ってもらうべく彼を鍛え上げている。朝食後、衛宮邸にある道場にて士郎はセイバーと竹刀で打ち合っていた。といっても士郎が一方的にセイバーにやられている光景が続いているだけだが……。セイバーは女性とはいえサーヴァントだ。フィジカル面からしても人間とは違い過ぎる。そんな彼女と鍛錬とはいえ打ち合った所で結果は見えている。

 

「ハァハァハァ……くそ、また負けた……」

 

セイバーから容赦なく竹刀で打たれた士郎は道場の床に寝転ばされ、セイバーの猛攻で完全にダウンしていた。息も絶え絶えの状態であるが、まだ目には闘志が宿っていた。だがセイバーの竹刀で何度も打たれてるせいか、ダメージが蓄積しているのだろう。中々起き上がれないでいた。

 

「シロウ!いつまで寝ているのですか! 立ちなさい!」

 

セイバーは倒れている士郎に向かって檄を飛ばす。可憐な少女であるセイバーだが、士郎を鍛える為に鬼教官のような厳しさを見せている。しかし、その厳しい指導にもめげず、士郎はふらついた足で立ち上がる。聖杯戦争を勝ち抜く上でこれぐらいでへこたれるわけにはいかないのだろう。

 

「まだまだこれからだ……!」

 

士郎は竹刀を構え直すと、再びセイバーに挑んでいく。何度やっても結果は変わらないというのに諦めない姿勢には好感が持てるのだが、やはり限界というものがあるだろう。だが自分よりも圧倒的に上の存在相手に繰り返し挑む事は無駄ではない。着実に実力を付けるという意味では確かに理にかなっている。セイバーとの特訓を繰り返せば、そこらのチンピラの数名は軽く倒せる程度にはなれるだろう。いや、もっと上の存在も倒せるかもしれない。但しそれは"普通の人間"に限定されてしまうが。凛はセイバーによって竹刀で打たれる士郎を上機嫌そうに見ている。

 

「やるじゃない、アイツ」

 

スティーブ、クリント、ナターシャの3人も暫くは士郎とセイバーの試合を見ていたが、スティーブが突然声をかける。

 

「セイバー、ここは私と試合をしてみないか?」

 

スティーブの言葉にセイバー、士郎、凛は目を丸くする。先日はクリントが竹刀を持ってセイバーと戦ったが、今度はスティーブがセイバーとやる形となる。

 

「ふ~ん、ロジャース先生がセイバーとね……面白そうじゃない」

 

セイバーは構え直し、改めてスティーブと対峙する。汗だくの士郎は凛の隣に座ると、二人の試合を見守る事にした。道場の中央ではセイバーとスティーブが対峙しているが、こうして見ると二人の身長差が嫌でも目立つ。167センチの士郎と比べても小さいセイバーであるが、188センチにもなるスティーブと比べればまさに大人と子供の差である。だがそれでもセイバーの方が優勢である事に変わりはない。それもそのはず、彼女はサーヴァントであり普通の人間とは根本から異なるのだ。スティーブはあえて竹刀は持たずに素手でセイバーに挑むようだ。

 

「竹刀を持たなくてよいのですかスティーブ?」

 

「ああ、私はどうも竹刀は合わない」

 

そう言ってスティーブは構える。得物であるヴィブラニウム製のシールドを使わないのはこれがあくまでも試合だからだろう。セイバーは無構えの状態だが、何時戦いが始まってもおかしくない状態だった。二人の間に張り詰めた空気が漂い、その緊張感は士郎と凛にも伝わっていた。

 

「―――シロウ、合図を」

 

「あ、ああ……」

 

セイバーに促され、士郎は試合の開幕を告げる声を上げた。

 

「始め!」

 

士郎の合図と共に動いたのはスティーブだった。それとほぼ同時にセイバーは目にも止まらぬ突きを繰り出す。士郎はこの突きに反応できず、何度も道場の床に寝転ばされる羽目になった。当然ながら士郎と凛にはセイバーの突きが見えていないが、スティーブはしっかりと捉えていた。そして眼前に迫って来る突きを紙一重で避けるのと同時に、セイバーの腕を掴むと、そのまま投げに移行する。これには流石のセイバーも少しばかり驚いている様子だった。

 

そして背負い投げの要領でセイバーの身体を浮かせる。彼女の小柄な体が宙に浮き上がり、そのまま床へと叩きつけられると思われたが――次の瞬間、セイバーは強引にスティーブの投げから脱出した。サーヴァントの身体能力をパワーを駆使して力づくで投げから脱すと、空中で身体を回転させて床に着地する。そのまま再び剣を構えて、今度は自分から攻めに出た。しかし対するスティーブも簡単に負けるつもりはなく、正面からセイバーの攻撃を受け止める。セイバーが竹刀を持っているのに対してスティーブは素手だ。しかしスティーブは経験と動体視力をフル稼働させ、セイバーの竹刀による攻撃を的確に捌いていた。まるで熟練された剣術家の様にも見える程、その動きは非常に洗練されているように見える。

 

「す、凄い……!ロジャース先生がセイバーとあんなに戦えるだなんて……!」

 

目の前で繰り広げられている光景を見て、思わず感嘆の声を漏らす士郎。一方、彼の隣にいる凛は冷静に戦況を分析していた。

 

「……ロジャース先生は普通の人間だけど、所謂"超人血清"っていう特殊な薬を打っているって聞いたわ。そのお陰で人間の限界レベルの身体能力を発揮できるんだって。けどそれではサーヴァントには及ばない。試合とはいえあのセイバーとあそこまで戦えるって事は並大抵の場数を踏んできてないわ。戦い方を見ても熟練の戦士だもの」

 

凛でさえもスティーブの持つ卓越した技量に舌を巻いていた。人間の最高レベルのフィジカルと数多の戦いを潜りぬけてきた事で得た経験でセイバーと互角に渡り合っているのだ。だが、それはあくまでも剣道の試合に過ぎない。実戦となれば話は別だろう。最も、スティーブ自身は素手なので剣道の試合かと言われると怪しいが……。セイバーとの鍛錬では一方的に彼女に打ちのめされていた士郎は、スティーブが素手の状態でも彼女と渡り合えているのを見て、改めてスティーブの実力の高さを思い知った。魔術師でもない、さりとてサーヴァントでもない人間であるスティーブが試合とはいえセイバーと戦えているという事実。

 

「確か超人血清だったっけ?ロジャース先生はその薬を打ってあそこまでの身体能力を得たんだとか……。身体強化なら魔術師からすれば造作もないけど、素のフィジカルであれだけ強いなんてね……」

 

魔術師は魔術を用いて自らの肉体と身体能力を強化する事ができるが、魔術を発動しなければ常人と変わらない魔術師と比べ、スティーブは常時人間の最高レベルの身体スペックを発揮できるという違いがある。セイバーはスティーブの持つ実力を見抜いたのか、竹刀を振るうスピードを徐々に上げていく。

 

普通の人間であればまず知覚できない程の速度の突きや払いをスティーブは的確に回避し、捌いていく。セイバーは剣筋を読まれないようにフェイントを交えながら攻撃を繰り出すが、それを悉く防ぐ。以前膠着状態が続くものの、ついにそれが崩れ去る時がきた。セイバーの放った突きを身を屈めて回避し、そのまま間髪入れずにレスリングのタックルを仕掛けるスティーブ。しかし、セイバーは素早く反応して飛び退りこれを躱す。そして再び両者の間に距離が空いた。

 

「やりますねスティーブ。貴方の強さは私の想像以上です」

 

「君こそ凄いじゃないか。私より若い女の子なのにここまでの剣技を持っているとは驚いたよ」

 

互いに称賛の言葉を送る二人だったが、ここでセイバーが口を開く。

 

「ですが貴方はあくまでも人間。サーヴァント相手ではどの道長くは持たないでしょう。これが実戦であるならばもう数回は死んでいます。貴方の力はその程度なのです」

 

超人血清を打っているとはいえ、人間の最高レべルの身体能力とヴィブラニウムの盾。そして数多くの戦場で培った経験と技術、卓越したリーダシップを武器としているスティーブは単純な力でいえばハルクやソー、ルーク、キャロルには適わないだろう。

 

「それでは少しばかり本気を出しましょう。どれだけ人間とサーヴァントでは力の差が如何ともし難いのかを貴方に教えてあげます。貴方の強さを見て、シロウが変に自信を付けてしまっては困りますので」

 

セイバーがそう言い終わった瞬間に彼女の身体は消えた。否、余りのスピードゆえに姿が消えたようにしか見えないからだ。音速に近い踏み込みでスティーブに突きを繰り出すセイバー。が、スティーブは長年の経験と直感を武器に、迫りくるセイバーの竹刀の切っ先を回避しつつ、カウンター気味に彼女の上着を掴み上げる。腕そのものを掴んでも腕力に任せて振りほどかれるだけ。ならば衣服そのものを掴んでしまえばいい。そしてスティーブは背負い投げの要領で勢いよくセイバーを投げようとするが、セイバーはその場に踏みとどまる事で投げられるのを回避しようとする。投げようとするスティーブに対してセイバーが踏ん張ったせいで、彼女の着ていた上着が豪快に破れてしまった。これは凛のお下がりを借りたものだと聞いたのだが、スティーブはやってしまったと後悔する。

 

「あ……っ!?」

 

「やりますねスティーブ。私の突きを回避しつつ距離を詰めて私に投げ技を仕掛けてくるとは」

 

セイバーはそう言って構えを取る。今のセイバーは自分がどんな格好をしているのかまるで無頓着だ。上着が破れてしまったせいで彼女の胸を覆う下着が丸見えになっているのだ。

 

「せ、セイバー……。そ、その……」

 

「ちょ!?私がセイバーに貸した服なのよそれ!?」

 

「申し訳ありません、リン。ですが私は別に気にしませんので」

 

「セイバーのせいじゃないわよ!ちょっとロジャース先生!少しは手加減してよね!」

 

「……すまない、つい熱くなってしまったようだ」

 

士郎はセイバーの控えめな胸を覆う下着につい目が行ってしまう。あの下着も凛がセイバーに貸したものなのだろうか……?そう思っていると、凛がジト目で自分を見ている事に気付く士郎。

 

「セイバーの下着が気になるのかしら?というかジロジロ見てるんじゃないわよ!この変態!」

 

と言われてしまう。だが、それは仕方のない事だと士郎も思う。何故なら男なら誰だって見てしまうのだから。

 

「スマン遠坂!」

 

「ハハハっ。リン、男の性ってやつだ。シロウも女の子に興味を持つ年頃なのさ」

 

セイバーが着用している下着を見て顔を赤らめる士郎に怒る凛に対して、クリントが笑い声をあげながら言う。

 

「だからってじろじろ見るもんじゃないでしょ」

 

凛はクリントに対して呆れ交じりで言う。

 

「はあ……まったく、何でこんなことになったのよ……」

 

スティーブが強引にセイバーを投げようとした事で彼女の上着を破いてしまい、気まずくなったのかその日の鍛錬はここで終わりとなった。そして士郎は2階にある凛の部屋に移動し、彼女の課した課題を受ける事となった。昨夜士郎は凛が用意してくれたランプに強化を施そうとしたが、悉くを割ってしまった。根本的な魔術の使い方が間違っていると凛から指摘された事を思い出す士郎。今まで土蔵で繰り返してきた鍛錬は誤りであったのだと思い知らされ、こうして凛から魔術の基礎を伝授されているのだ。

 

「ほら、今日はランプを40個用意したわよ。これだけあれば幾つかは成功するんじゃない?」

 

そう言って凛は机の上に置かれた小さな蝋燭の入った籠を指差す。

 

「ありがとう遠坂。けど、本当にこんなので上手くいくのかな……?」

 

自信なさげに呟く士郎。すると部屋をノックする音が聞こえた。凛が扉を開けるとそこには盾を持ったスティーブがいた。

 

「お邪魔させてもらうよ」

 

そう言って部屋に入って来るスティーブ。

 

「リンから魔術の手ほどきを受けていると聞いて持ってきたんだ。これは私が"キャプテン・アメリカ"として活動する際に武器にしている盾だ。ヴィブラニウムという君たちがいるこの世界には存在しない金属で造られている。これを強化できるかどうかは分からないが、ランプのように簡単に壊れたりはしない筈だ」

 

そう言って持ってきた盾を士郎に渡す。星条旗の星マークが付いたキャプテン・アメリカの持つ象徴とも呼べるシールドを眺める士郎。

 

「……ロジャース先生が使っている盾に魔力を通すのか」

 

「面白そうじゃない。ランプを何個も割られるよりはマシだわ。やってみなさい、士郎。盾ならランプよりも構造がシンプルだし」

 

確かに凛の言う通り、ランプと盾では構造が違う。造りが単純な盾であれば士郎の魔力を通せると考えているようだ。

 

「それじゃやってみる。ええと……失敗して壊しちゃった時はごめん」

 

「構わないよ。私は盾が無くても戦ってみせる」

 

スティーブの言葉を聞いた士郎は盾の構造を読み取り、自分の魔力を通し始める。ヴィブラニウム製の盾という士郎や凛にとっても未知の金属に魔力を通せるのかどうかは分からないが、とりあえず試してみる価値はあるだろう。士郎が盾に魔力を通している姿を見ていた凛だが、スティーブから話があると言われ、部屋の外に出て廊下に出る。

 

「話って何かしら?私は士郎に魔術を教授しないといけないからなるべく手短にね」

 

「リン、学校に張られている結界だが、やはり生徒達を避難させるべきだと思う。君が時間稼ぎをしたとはいえ結界そのものを完全に取り払えているわけじゃないだろう?」

 

スティーブの提案に対して凛は"またその話か"、と言う表情をする。

 

「避難っていうけど、騒ぎを大きくして聖杯戦争の事が漏れでもしたらどうするの?魔術の存在も聖杯戦争の事も普通の人間には知られちゃいけないって何回も言ってるでしょ?」

 

凛の言葉を聞いたスティーブは困った表情になる。しかしすぐに気を取り直して彼女に反論し始めた。

 

「だけど魔術師同士の戦いだ。無関係な人を巻き込むわけにはいかないだろ?」

 

「分かってるわよそんなこと。けど神秘の秘匿っていうのは聖杯戦争以上に魔術師にとっては守らなくちゃいけないルールなの。巻き込まれた人間は……そりゃ運が無かったとは思うけど……」

 

凛との話は相変わらず平行線を辿っている。しかしながら魔術師でもないスティーブ、クリント、ナターシャに対して魔術や聖杯戦争の存在を知らせたにも関わらず暗示の魔術をかけるなり口封じで始末しようとしない辺り凛も随分お人好しだ。だがスティーブ達の行動によって魔術の存在が公に広まってしまうような事態は避けたいのだろう。魔術師としては例外的にお人好しかもしれない彼女だが、魔術師の守るべきルールはしっかりと遵守するタイプのようだ。結局話は纏まらず、生徒を避難させたいというスティーブの提案を凛は却下してしまった。




士郎って剣だけでなく盾も投影できるのを考えると、キャップの盾も投影できる筈。ヴィブラニウムの盾を魔術で強化すればサーヴァントにもダメージを与えられたりして?

そういえばアルトリアってアベンジャーズの面々と比較しても強い部類に入るんだろうか?凛がマスターの状態なら魔力供給も十分だし、少なくともルーク・ケイジやアイアンフィストでは勝つの難しいと思う。


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第30話 学校での戦い①

ついに学校でのライダー戦であります。


午後。スティーブは一人でこっそりと衛宮邸から出ていく士郎を見た。恐らくは今日の晩飯の買い出しなのだろうが、それにしても断りもなく出ていくとは彼らしくない。何やら急いでいる様子だったので、スティーブは士郎の後を付ける事にした。念の為にスティーブは自分の得物であるヴィブラニウムのシールドを袋に入れて背中に背負い、クリントとナターシャも自分の武器をそれぞれ装備した。そして家を出る際、居間の食卓の上にに凛とセイバー宛てに書き置きを残しておいた。今は聖杯戦争、いつ他のマスターやサーヴァントに襲われるか分かったものではない。今はまだ昼間だが他のマスターがそんなルールを守るという保証もない。スティーブは胸騒ぎを感じ、クリント、ナターシャに声をかけて士郎を尾行する事にした。士郎の100メートル後方から付いて行く三人はバレないように慎重に後をつけていく。士郎は自分を尾けてくるスティーブ達に気付く様子はない。

 

「そういえばさっき電話があって、士郎はそれに対応していた。その関係で外出しているのだろうか?」

 

「学校を休んでいるから、呼び出し食らったんじゃねぇか?」

 

「病欠中の生徒をわざわざ学校に呼び出したりする?普通」

 

確かに士郎は表向きは病欠という事で学校を休んでいるものの、そんな士郎を学校まで呼び出したりするだろうか?そんな疑問を抱くスティーブ達であるが、予想通り士郎は自分の通う穂群原学園への道を進んでいた。やはり誰かから呼び出しを受けて学園へと向かったのだろうか?今はまだ学校は授業中なので校門には人影はいない。士郎はそのまま校門を通って校舎へと入って行く。士郎に遅れてスティーブ達三人も校舎へと入った。授業中だからか、校舎は静まり返っている。士郎に気付かれないように後を付けていくスティーブ達。

 

「……そういや学校にはまだ結界が敷かれているんだろ?もし発動しちまったら危ないんじゃないか?」

 

クリントの言葉にスティーブとナターシャの顔が強張る。そう、凛がこの穂群原学園に敷かれた結界を発動させないように細工を施したとはいえ、結界そのものが完全に無くなったわけではない。

 

「嫌な予感がする……」

 

士郎が向かった先は三階にある彼のクラスであるC組だ。足音を立てずに慎重に士郎を尾行していく三人だが、突如として周囲の景色が赤色に染まったのだ。

 

「……!?」

 

それと同時に三人の身体に倦怠感が襲い掛かる。猛烈に具合が悪くなるとまではいかないものの、軽い眩暈と頭痛を感じた。スティーブ達はこの状況を理解するのにそう時間は掛からなかった。

 

「キャップ……こりゃまさか……」

 

「あぁ……これは"魔術"だ……!」

 

三人はコヤンスカヤが送り届けてくれたDr.ストレンジ特製の魔力除けのアミュレットを身に付けていた。これのお陰でこの程度で済んでいるのだと感心したものの、このアミュレットが無ければ魔術師でもない三人は短時間の内に行動不能に陥っていただろう。そして尾行している対象の士郎を見ると、彼の足取りがおぼつかないのが分かった。士郎もこの校舎に展開されている魔術の影響を受けているのだろう。そして士郎は壁にもたれかかり、窓を開ける。すると何か恐ろしい物を見てしまったかのような表情を浮かべた。スティーブ達も窓の外を見てみると、ソラに浮かんだ巨大な赤色の天蓋が学校全体を覆っていた。

 

「何だよありゃ……!」

 

クリントは校舎の頭上に展開された赤色の天蓋を見て驚きの声を上げる。これこそが学校に敷かれた結界だというのだろうか……?スティーブ、クリント、ナターシャの3人はこの状況をどうにかするべく、廊下の先でふらついている士郎に駆け寄る。もう尾行している場合ではない。

 

「シロウ!大丈夫か!?」

 

「ロジャース先生にバートン先生、ロマノヴァ先生……?三人ともどうして学校に……?」

 

士郎もこの結界の影響で体調こそ芳しくない様子だが、それでもしっかりとスティーブ達の事を理解できているようだ。

 

「お前さんが一人で家を出ていくのを見てな。そんでキャップとナターシャと俺が尾行したってわけさ」

 

「それよりも今の君の状況は分かっているのか?その……あまり良くないという事を」

 

士郎は少し不安げな表情を浮かべながら答える。恐らく、今の状況を十分に把握できていないのだろう。

 

「あ……はい。体の方は正直キツイですが、どうにか動けます」

 

魔力除けのアミュレットも無い士郎ではこの結界の中で行動するだけで凄まじい負担になっているだろう。スティーブは士郎に自分の肩を貸す事にした。

 

「とにかく急ごう。今のままでは危険だ」

 

すみません……。この結界を張っている奴を止めないと皆が……」

 

そう、この結界が張られている校舎の中には大勢の生徒達がいる。しかも今は授業中。スティーブは近くの教室の扉を開けて中の様子を伺う。机に座っている生徒は一人もおらず、全員が床に倒れていた。教師も床に倒れ伏している。幸いまだ死んではいないようで、微かに痙攣している。だがこのままでは死んでしまうのは時間の問題。一刻も早くこの結界を展開させた張本人を見つけなくては。

 

「酷い……」

 

ナターシャは思わず呟く。学校全体を覆っている魔術の結界の中にいる人間は皆こうなってしまうのだろうか。魔術回路を持つ士郎と、魔術除けのアミュレットを装備しているスティーブ達三人はこの空間でも行動できる。最も、吐き気や倦怠感といった体調不良に襲われているので万全とは言い難いが。魔術回路を持たないスティーブ達でもこのアミュレットのお陰で戦える。この付近にこの結界を張った張本人がいる筈だ。そう思い、教室から廊下に出る。すると向こう側に人影が見えた。

 

「いよう衛宮。思ったより元気そうで何よりだ。……僕はお前に一人で来いと電話で伝えたのに、その教師達まで連れて来たのか」

 

廊下の先に現れたのは間桐慎二。この結界の中にいるにも関わらず平然とした様子で士郎に声を掛けてきた。先程衛宮邸に掛かってきた電話は慎二からだったようだ。

 

「――これはお前の仕業か、慎二」

 

士郎は廊下の先に立つ慎二を真っ直ぐ見据えながら言う。苦しそうな状態の士郎であるが、目の前に元凶と予想される慎二を前にして気力を奮い立たせているようだ。そんな士郎の様子が面白かったのか、慎二は両手を広げながら笑い声をあげた。

 

「そうとも。お前が学校に来るのと同時にこの結界を発動させたんだ。タイミングには苦労したんだぜ?早すぎれば逃げられるし、遅すぎれば顔を合わせる事になるからさ。まさかその外国人教師達まで連れて来るとは思わなかったけどな」

 

慎二は士郎と一緒にいるスティーブ、クリント、ナターシャに視線を移す。

 

「この聖杯戦争に魔術師でもない人間を関わらせるなんて、お前も物好きだよ。まったく、馬鹿には付き合ってられないな」

 

慎二は露骨に馬鹿にしたような表情で士郎を見る。そんな態度を取る慎二を士郎は黙って睨み返した。

 

「話があるっていうのは嘘か」

 

「話?話はこれからさ。僕とオマエ、どちらが優れているか遠坂に思い知らせないといけないし、衛宮には嘘の謝罪をしなきゃいけないからね。ほら、衛宮には黙っていたけど、学校に結界を敷いたのは僕なんだ」

 

慎二は笑い声をあげながら言う。予想通りというべきか、慎二が犯人であろうという事はスティーブ達は想定済みであった。別に驚く事のことでもないが、無関係ない生徒達を結界の中に閉じ込め、命の危険に晒している慎二の行為に怒りを抱くスティーブ達。

 

「あれ?思ったより驚かないな。なんだ、この結界は僕じゃないって言ったのに、衛宮は信じれくれなかったんだ。あは、いいねいいね、お前でも人を信じないなんてコトがあったワケだ!」

 

慎二はヘラヘラと馬鹿にするような笑みを浮かべる。士郎の顔を見れば悔しそうな表情をしていた。

 

「……慎二、何でこんな事をするんだ?戦う気がないってあの時俺に言ったのは嘘だったのか?」

 

「いいやあ、それは本当なんじゃない?僕だってこんなモノを発動させる気はなかったんだ。コレはあくまで交渉材料だったんだよ。爆弾をしかけておけば遠坂だっておいそれと僕を襲わなくなるし、万が一の切り札にもなるからね」

 

要は自分が襲われない為に、学校の生徒達を人質に取ったのだ。している事はスティーブ達がアベンジャーズとして活動している時に戦う犯罪者やヴィランのそれと大差ない。

 

「慎二、止めろ。今すぐに」

 

士郎は真っ直ぐに慎二を睨みながら言う。しかし慎二は睨んでくる士郎を嘲るように鼻で笑う。

 

「はっ、馬鹿を言うなよ。一度発動させた結界を止めるなんてそんな勿体ないコトできる筈がないだろう?」

 

「止めろ。お前、自分が何をしているのか分かっているのか?」

 

が、嘲笑う慎二に臆する事なく士郎は静かに言い放つ。士郎の言葉を聞いて慎二は不機嫌そうな表情になる。

 

「何?衛宮は僕に命令するわけ?止めるかどうか決められるのは僕だけだし、止めて欲しかったら土下座でもするのが筋ってもんじゃないの?まったく、藤村といい、お前といい自分の立場が判ってないな」

 

慎二の口から大河の名前が出た瞬間、士郎の表情が強張る。スティーブも彼女の名前を慎二が口にした時、嫌な予感が脳裏を過った。まさかとは思うが……。

 

「おい、藤ねえがどうしたって」

 

「え?ああ、藤村ね。この結界が出来てからさ、あいつ結構動けたんだよ。他の連中がどんどん倒れているのに、一人おぼつかない脚でふらふら歩いてたんだぜ?でさ、倒れずにいた僕のところまでやってきて、救急車を呼んでとか言ってきたんだ。すごいよね、教育者の鏡ってヤツ?けど僕がどんな物を呼ぶはずないだろ。藤村のヤツ、それでもしがみついてくるもんだから、鬱陶しくなって蹴り飛ばしてやったらピクリとも動かねえでやんの!あの様子じゃ僕の蹴りで死んだんじゃないかアイツ?ははは!」

 

慎二は倒れた生徒を助ける為に救急車を呼ぶ事を懇願してきた大河を蹴り飛ばした時の状況を嬉々として語る。だが、その内容はスティーブやクリントの逆鱗に触れるには十分過ぎる程のものだった。しかしスティーブとクリントは拳を握り締め、怒りの感情を抑える。冷静さを欠いては勝てる戦いも勝てなくなるからだ。ふとスティーブは士郎に視線を移す。

 

「――――――」

 

「シロウ……?」

 

スティーブが見た士郎の眼は普段の彼とはまるで別人だった。憤怒と激情が入り混じったような眼は真っ直ぐに慎二を捉えており、その瞳には微塵の戸惑いもない。士郎は慎二に対して告げる。まるでこれが最後通告だと言わんばかりに

 

「――――――最後だ。結界を止めろ、慎二」

 

「分からないヤツだね。お前に頼まれれば頼まれるほど止めたくなんてなくなる。そんなに気にくわないなら力づくでやってみろよ、衛宮」

 

慎二の言葉に肩を貸していたスティーブから離れ、彼の元に向かおうとする士郎。しかしスティーブはそんな士郎を止める。

 

「待てシロウ。一人で向かっていくのは危険だ。恐らく近くにはシンジのサーヴァントがいる。迂闊に動けば命取りになるぞ」

 

スティーブの警告により、士郎は慎二に向かって行きたい感情をぐっと堪えたようだ。そしてスティーブは士郎を庇うようにして立ち、廊下の先にいる慎二に告げる。

 

「馬鹿な事はやめるんだシンジ。こんな事をして何になる?この学校の生徒達は聖杯戦争とは何の関係もない筈だ。関係ない人々を巻き込む事が君の願いなのか?君はそんな事はしないと思っていた。それが間違いだと分かったらこれ以上誰も傷つけるな!」

 

すると慎二は下衆な笑みを浮かべて返す。それは完全に相手を挑発するような口調であった。

 

「……ふん、正義の味方気取りかよ。なぁ衛宮、お前は自分と似た考えの取り巻きを集めて仲良しごっこでもしてるのかい?ロジャース先生だっけ?先生こそ魔術師同士の戦いである聖杯戦争に首を突っ込んでくるんじゃないよ!ああまったく、お前らみたいな偽善者が一番嫌いなんだよ!」

 

慎二は士郎を守るようにして立ち塞がるスティーブ、クリント、ナターシャの3人に対して叫ぶ。これ以上長引かせても埒が明かないので、やむを得ず強硬手段に出る事にした。

 

「……いいか坊主。世の中ってのはお前みたいな魔術師中心に回ってるんじゃないんだよ」

 

クリントは持ってきた弓と矢を素早く構えると、捕縛用のネットを取り付けた矢を慎二に向けて放つ。慎二との距離はおよそ20メートル。この間合いならクリントは万が一にも外す事はない。が、そんなクリントの矢は慎二の前に現れたライダーによって弾かれた。何もない空間から現れたライダーはスティーブ達をじっと見据える。自分のサーヴァントが現れた事により、慎二は益々スティーブ達を嘲笑し始めた。

 

「ほらね?やっぱりそうだ!あんた達がいくら頑張ったって僕を助ける事もできやしないんだ!僕のライダーにはどんな攻撃も通用しないんだからさ!!」

 

ライダーが現れた事で自分が優位に立ったと思い込んでるのか、すっかり上機嫌になった慎二。一方のライダーは無言でスティーブ達の方を見ている。床まで届くほどの長いピンク色の髪の毛をしたライダーはゾっとする程の美女であった。美しい肢体を持っているが放たれる圧力は捕食者のソレである。スティーブはヴィブラニウムの盾を取り出すと、それを構えた。クリント、ナターシャもそれぞれの得物を装備し、ライダーの攻撃に備える。

 

ビリビリとした緊張感が走る中、遂にライダーの方から仕掛けてきた。20メートルもある距離を一瞬で詰めてきたライダーだったが、彼女の攻撃にスティーブは反応できた。ライダーの蹴りをヴィブラニウムの盾で防ぐと同時にシールドバッシュで吹き飛ばす。しかしすぐに体勢を立て直したライダーは再度突進してきたので、今度は拳で反撃する。だがそれもまた軽々と避けられてしまい、逆に裏拳を食らってしまった。吹き飛ばされたスティーブは廊下の扉を突き破り、多くの生徒達が倒れている教室まで吹き飛ばされてしまう。クリントはライダーに狙いを定め、複数の矢を射出するがその全てを躱されてしまう。ならばと懐に忍ばせていたナイフを投げつけるもののこれも簡単にかわされてしまった。ナターシャは距離を詰めてライダーに飛び掛かるが、彼女の回し蹴りを受けてしまい、廊下の天井に叩きつけられてしまう。床に落下したナターシャはライダーの蹴りによるダメージでまともに動けない様子だ。そして矢を射出しようとするクリントとの距離を詰めると、彼の胸倉を掴んで勢いよく廊下の窓から放り投げる。窓を突き破って外へ放り出されたクリントはそのまま校庭の方へ落下していく。

 

「バートン先生!」

 

士郎は校庭へと落下するバートンに対して叫ぶ。そしてライダーは教室の中にいるスティーブを始末するべく、そのまま距離を詰めてきた。スティーブは盾を用いて応戦するも、サーヴァントと人間の身体能力差は歴然だ。あっという間に壁際に追いつめられる。それでもナターシャやクリントよりも長く戦えているのは超人血清を打ち、人間の最高レベルの身体能力を得ているからであろう。しかしサーヴァントであるライダーはフィジカルの面でもスティーブを圧倒していた。それに教室には床に倒れている生徒が大勢いる。この中で戦いを続ければ彼等を傷付けてしまうかもしれない。どうにかライダーを教室の外に出したいスティーブであるが、ライダーがそうはさせないとばかりに攻撃を仕掛けてくる。が、その時慎二がライダーに声を掛ける。

 

「ライダー!教室の中にいる生徒の誰かを適当に殺してやれ!」

 

その言葉に反応したライダーは床の上に倒れる生徒の一人に目を付けると武器である鎖付きのナイフのようなものを取り出し、それを投げつける。が、スティーブは生徒を庇うようにしてライダーの投げたナイフを右腕で受ける。

 

「く……!」

 

スティーブの右腕から鮮血が噴き出す。腕を押さえながら苦悶の声を漏らすスティーブを見てほくそ笑む慎二。

 

「どうでもいい奴等なんか庇うからそんな目に遭うのさ。倒れてる連中なんてほっとけばいいのに」

 

「シンジ! 君は一体何を考えてるんだ!? こんな酷い事をして何になる!?こんな事をしても君の妹のサクラは喜ばないぞ!」

 

慎二に向かって叫ぶスティーブだが、それに対して慎二はせせら笑うだけだ。

 

「今は桜の事は関係ないだろう?聖杯戦争に参加する資格さえないアンタ達はここで死んでもらうんだからさぁ」

 

そう言うと慎二はライダーに対して倒れている生徒達を殺害するように命じた。それに従うライダーは床に倒れている生徒に狙いを定め、容赦の無い攻撃を仕掛けようとするが、スティーブが生徒達を庇うようにしてライダーの攻撃を防ぐ。生徒を守りながら戦い続けるスティーブだが、ライダーの攻撃によって体中が傷だらけになっていく。全身から血が滴り落ち、床を濡らしていく。ライダーが傍にいる生徒の頭を踏みつけて殺害しようとした瞬間、慎二の悲鳴が教室に木霊する。

 

ライダーとスティーブが慎二の方を向くと、士郎が慎二の右腕の骨をへし折る光景が目に飛び込んできた。




慎二、お前は自分がやっちゃいけない事してるって分かってる……?


こうして見ると前情報無しにメドゥーサと戦うのは他のアベンジャーズのメンバーでも危ない気がします。ストレンジとかソーみたいな神秘持ち以外のメンバーだとキュベレイに対処できなさそうですし。


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第31話 学校での戦い②

久しぶりにアベンジャーズ編投稿!


右腕の肘部分を折られた慎二は絶叫をしながら床に尻もちを突き、その場に倒れ込んでしまう。関節を折られれば大抵の人間は痛みに悶絶するが、慎二は殊更に痛がっている様子であった。

 

「ぎぃいいいッ!!! ああぁああぁあああああ!!!」

 

大袈裟とも呼べる声で叫びながら折られた肘を抑える慎二。そんな彼を士郎は鬼のような形相で見下ろしている。完全に頭に血が昇っている様子だ。スティーブも士郎がここまで激怒しているのは見た事がなく、激痛で顔を歪める慎二の顔面に容赦なく蹴りを入れた。慎二は教室の壁に叩きつけられ、鼻血を出しながら蹲うずくまる。

 

「ら、ライダー……!何をしてる!?早く僕を助けろ……!」

 

が、士郎に顔面を蹴り飛ばされた慎二は即座にライダーに助けを求める。ライダーは慎二の言葉を聞いて士郎との距離を詰めようとするも、咄嗟にスティーブは彼女にタックルをかまして阻止する。ライダーの攻撃を受ければ士郎ではひとたまりもないだろう。スティーブはメドゥーサの上に跨り、マウントポジションを取る。サーヴァント相手にこんな体勢など意味がない事を知りつつ、士郎の為に時間を稼ぐ事にした。自分が持つありったけの力でライダーを抑えようとするスティーブ。

 

「……」

 

だがしかし、ライダーにとって人間との力比べなどは児戯にも等しいものだ。馬乗りにされているにも関わらず、力ずくでスティーブの身体を跳ね除けたライダーは自分の得物である鎖付きの短剣を手に取り、それでスティーブに斬り掛かる。サーヴァントの攻撃速度は人間では反応できないが、スティーブは超人血清を打った強化人間。研ぎ澄まされた五感と人間の限界の身体能力、これまで培ってきた戦いの経験をフル稼働させ、ライダーの短剣を躱す。その身のこなしはさながらハリウッド映画のアクションシーンのように軽やかだ。

 

 

だが地力ではライダーには到底敵わない。そう考えていると、教室の扉からクリントが弓矢でライダーを狙っているのが見えた。先程窓から外に投げ落とされたが、クリントはそんな程度でくたばるタマではない。得意の弓矢から矢が放たれ、それに気付いたライダーは素早くクリントの放った矢を弾き返した。攻撃を防いだ隙を見てスティーブは距離を詰め、ライダーに前蹴りを叩き込んだ。強化人間であるスティーブの蹴りをまともに受けたライダーの身体は大きく後方に飛ばされ、教室の壁に叩き付けられた。が、すぐさまライダーは体勢を立て直してスティーブに猛攻撃を仕掛けてくる。スティーブの得物であるヴィブラニウムの盾は教室に落ちており、取りに行く余裕など無かった。

 

 

今の手持ちにある武器といえば自身の身体だけだ。それに引き換え相手は鎖付き短剣を持っているというのに。しかも教室には大勢の生徒が倒れているので踏まないように注意しなければならない。この状況は非常に不利だった。いくら超人血清を打っていても常人より丈夫なだけであって無敵というわけではない。こんな敵を相手にするのは分が悪い。だがスティーブはサーヴァントの特性を凛からよく聞いていたのだ。それに士郎と凛の特訓。目の前のライダーを倒す算段が無いわけではなかった。

 

(どうにかして隙を作らないと……)

 

スティーブはライダーの攻撃をどうにか回避しつつ、相手の動きを観察する。そして教室に気絶から回復したナターシャが勢いよく入って来た。ナターシャは自分の手首に巻き付けてあるガントレットから電気針をライダー目掛けて射出した。この針に刺されば3万ボルトもの電流が流れ込んでくる。普通の人間ならひとたまりもない筈だ。だが、ライダーは難なく針を叩き落としてしまう。そしてナターシャとの距離を詰めると容赦なく短剣を振るおうとする。が、スティーブが咄嗟にライダーの背後から羽交い絞めにして動きを妨害する。

 

「何をしているライダー!!このままじゃ衛宮に殺されるんだぞ!早く僕を助けろ!!」

 

教室の壁にもたれながら慎二が叫んでいる。一方の士郎は慎二の前に立つと、慎二の胸倉を掴み上げた。

 

「慎二……お前がどうしても結界を止めないっていうんなら……!」

 

慎二を殺さんと言わんばかりの表情で凄む士郎。それを見たライダーは羽交い絞めにしているスティーブを力づくで振りほどくと、士郎目掛けて突進していく。そして慎二の胸倉を掴む士郎の腹に蹴りを入れ、それによって士郎は派手に吹き飛ばされた。内臓をやられたのか、口から血を吐きながら悶絶する士郎だったが、すぐに立ち上がって再び構える。そして拳を構えてじりじりと近付いてくるライダーを睨みつけた。その様子を見たスティーブもまた警戒して身構える。そんな中で最初に動いたのは意外にもナターシャだった。ナターシャは床に落ちていたヴィブラニウムの盾を掴むと、士郎目掛けて投げた。

 

「シロウ!それを取って!」

 

「え!?」

 

士郎はわけも分からないといった顔でナターシャが投げた盾を受け止める。

 

「シロウ!私の盾を"強化"するんだ!」

 

スティーブはメドゥーサと距離を詰めて彼女に拳や蹴りを繰り出しつつ、士郎に向かって叫ぶ。スティーブが何を言おうとしているのかを瞬時に理解した士郎はヴィブラニウムの盾を自分の魔力で強化する事にした。

 

「――――基本骨子、解明。――――構成材質、補強」

 

自分の体内の魔術回路に魔力が流れるのを感じる士郎。衛宮邸での凛との特訓の際にスティーブの持つこの盾を強化させる訓練を行ったのだ。ヴィブラニウムと言う未知の物質に魔力を通す作業は思ったよりも苦戦したが、コツを掴みさえすればどうという事はなかった。今、士郎は自分の中の魔術回路から生成される魔力の全てをこの盾に注ぎ込む。そうでもしなければライダーに攻撃を通す事ができないからだ。ヴィブラニウムの盾は士郎から流れた魔力によって光り輝いていた。

 

「――――全工程、完了」

 

そうして盾に魔力を注ぎ込む作業が完了した。

 

「ロジャース先生!この盾を使って!!」

 

士郎は叫ぶと同時にイダーと交戦するスティーブ目掛けて盾を勢いよく投げた。スティーブは身体を捻りながら自分の背後に飛んでくる盾をキャッチした。オリンピックの体操選手を上回る体捌きとバネは目を見張るものがあった。そんなアクロバティックな動きで再度身体を回転させつつ魔力で強化されたヴィブラニウムの盾をライダーの顔面に力の限り叩き込む。鈍い音が教室に響き渡り、ライダーは教室の壁に叩きつけられてしまう。スティーブ、ナターシャ、士郎はライダーが起き上がるのを警戒して、身構えるがライダーは壁にもたれた状態のまま動かない。やはり士郎の魔力を通したお陰でサーヴァントである彼女にダメージが通ったのだ。

 

「……倒した、のか?」

 

スティーブは先程まで猛威を振るっていたライダーがこんなにアッサリと倒れるとは思っていなかったのだろう。拍子抜けといった表情をしていた。そして戦闘不能になったライダーを目にした慎二は動揺を隠せていなかった。後はマスターである慎二に対する処遇だ。未だに学校に張られている結界は解除されていない。ライダーは戦闘不能状態ではあるが死んではいないのだろう。ライダーに警戒しつつスティーブは慎二の前に立った。




慎二がマスターの状態のメドゥーサは弱いんですが、それを差し引いても呆気なさ過ぎのような……?(;^_^A


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第32話 学校での戦い③

久しぶりの更新!2部7章後編と奏章をプレイしました!

ORTの無法っぷりが凄まじかった……(;^_^A


クリントは少し離れた位置から弓矢を気絶しているライダーに構え、ナターシャも手首にあるガジェットを向けている。いつ起きて来るか分からないライダーに対して警戒をしつつ、スティーブと士郎は壁にもたれかかる慎二の前に立つ。慎二は自分のサーヴァントであるライダーが倒された事に酷く取り乱している様子だ。

 

「おい起きろライダー!!!オマエは僕を守るんだろう!?」

 

必死に声をかけるものの、ライダーは一向に起きる気配はなかった。頼みの綱のライダーは戦闘不能状態。目の前にはスティーブと士郎。どう考えてもチェックメイトである。

 

「慎二、今すぐ学校の結界を解除しろ!ライダーのマスターはお前なんだろう?ならライダーに命令して結界を解く事もできるはずだ!」

 

冷静に話す士郎とは対象的に、冷静さを失った慎二はヒステリックに叫んだ。

 

「うるさい!黙れ!オマエが僕に命令なんかするな!」

 

魔術師として冷酷に学校の生徒の命を踏み躙ろうとしていた慎二が、こうして追い詰められれば騒ぎ立てる。人を殺せる度胸と覚悟はあっても、自分の危機ともなればこの様になる。清々しい程の小物の慎二であるが、そんな慎二がライダーに命じなければ学校に張られた結界を解除する事ができないのだ。

 

「ライダーに命じて今すぐ結界を解除してもらえ……!できないんなら俺はお前を……!」

 

士郎は壁にもたれかかる慎二の胸倉を掴んで無理矢理立たせつつ凄む。

 

「くそ……!おいライダー!早く起きろ!ブラッドフォートを止めるんだ!」

 

だが気絶しているライダーは慎二の言葉に対して反応がない。士郎の魔力を通したヴィブラニウムの盾の一撃がよほど効いているのだろう。しかし、それも無理もない話だ。何せあの一撃には必殺の意志が込められているのだから。相手はサーヴァントなので加減をすればこちらがやられていた。スティーブの本気のヴィブラニウムの一撃を加えられれば大抵のヴィランには痛打となりえる。最も、超人的な耐久力を持つスーパーヴィランにはさほど効果などないのだが……。

 

「……まだライダーは死んでいないんだろうな慎二?」

 

「当たり前だ!死んでいたらとっくに学校の結界は解除されてる!」

 

ともあれライダーが起きなければ結界の解除も不可能なので、ここはライダーを起こしてみることにした。

 

「……私が起こしてみよう」

 

「ロジャース先生、気を付けて」

 

士郎の言葉にスティーブは頷くと、壁にもたれて気絶しているライダーの身体を揺すりつつ、彼女の頬に平手打ちをかます。

 

「ライダー、悪いが起きてくれ。起きて学校の結界を解除してくれないか?」

 

「……!」

 

ライダーは気絶から回復し、周囲を見渡すとナターシャとクリントが慎二を抑えつけて人質にしている光景を目の当たりにする。

 

「ライダー!早く学校の結界を解け!僕の命が危ないんだぞ!」

 

「……」

 

ライダーは慎二の言葉に返事こそしないものの、彼の命令を聞き入れたのか学校中に張り巡らされていた重苦しい空気と重圧が消えてなくなっていくのを士郎とスティーブ達は感じた。真っ赤な血のフィルターがかかったような景色から、元の正常な景色へと戻った。

 

「……これでいいだろう?この結界は特殊らしくてね。一度張った場所にはそう簡単に張り直せないらしい。要求通り結界を解除したんだから僕を解放してくれないか?」

 

慎二の言葉を聞いた士郎はゆっくりと首を振る。

 

「慎二、令呪を捨てろ。お前がマスターとしての資格を捨てて聖杯戦争から脱落するのを見届けてやる。そうすればもう二度と争うこともない」

 

が、士郎の言葉を聞いた慎二は怒りに満ちた形相で吼える。

 

「――――ふ、ふざけるな!そんなことできるもんか!令呪が無くなったら僕はライダーを従えられなくなる!そうなったら僕は――――」

 

士郎としては親友であった慎二が聖杯戦争に参加してマスターとして戦う事を望んではいない。こうして学校に結界を張り巡らせ、大勢の生徒の命を奪おうとまでしたのだ。ならマスターの資格である令呪を捨てさせ、二度と聖杯戦争には関わらせないようにしなければならない。士郎なりの情けではあったが、それが慎二のプライドを傷つける結果になったようだ。普通の高校生よりも魔術師として生きる事を選んでいるというのか。

 

「令呪を捨てても教会に行けば匿ってもらえる。お前は聖杯戦争に関わるべきじゃなかったんだ」

 

が、士郎がそう言った瞬間、ライダーの短剣が飛んでくる。咄嗟にスティーブが士郎を突き飛ばしていなければ脳天が串刺しになっていただろう。動けるようになったライダーはクリントとナターシャに拘束されていた慎二を奪い返すと、スティーブ達と距離を取る。

 

「ラ、ライダー……!?」

 

慎二はライダーの行動に驚いている様子だったが、ライダーは慎二を庇うようにして士郎達の前に立ちはだかる。

 

「……さっきシロウの口から言った令呪で思い出した。令呪を使ってセイバーをここに呼べるか?」

 

「あっ……!その手があったか……!」

 

スティーブの言葉に士郎は令呪を用いてセイバーを呼び出そうとする。が、その様子を見ていたライダーは危険を感じたのか慎二を抱え上げるとそのまま教室の窓ガラスを突き破って外に飛び出した。

 

「うわ!?ライダー!?」

 

慎二はライダーの行動に驚くが、ライダーは冷静だった。スティーブ、クリント、ナターシャの3人に加えてセイバーまで呼び出されてしまえば確実に負けてしまう。それを読んだライダーは迷わず撤退を選択したのだ。更に言えばスティーブの持ったヴィブラニウムの盾による一撃によるダメージも決して軽くはない。士郎とスティーブ達3人は窓ガラスを割って外に脱出したライダーと慎二の二人を見送る事しかできなかった。

 

「とりあえずは……勝ったのか……?」

 

「そうみたいですね……」

 

スティーブと士郎は慎二とライダーのコンビの撤退を見届け、ようやく自分達が勝ったと実感できた。

 

「シロウ。キャップとの連携は大したモンだったぜ?お前さんが自分の魔力を込めたヴィブラニウムの盾を投げて、それをキャップがキャッチしつつ一撃を叩き込む一連の流れはなかなか見応えがあった」

 

「ありがとうございます。あのまま戦っていたら、俺達じゃ間違いなくやられていた」

 

スティーブ、クリント、ナターシャの誰かが欠けていれば確実にやられていただろう。サーヴァントではなく、人間である自分たちがライダーを撤退に追い込めた事は紛れもない勝利である。セイバーや凛が聞けば間違いなく仰天するだろう。

 

「シロウ、君の込めた魔力のお陰で彼女を追い払えた。感謝する」

 

「いえ、俺なんかロジャース先生たちの足手まといになってばかりです」

 

そう言いつつも、二人は笑顔で勝利のハイタッチをかわす。そんな二人の様子をクリントとナターシャは微笑ましそうに見つめていた。

 

 

 

*************************************************************::

 

 

コヤンスカヤが用意してくれたホテルの部屋は所謂スイートルームと言って良かった。豪華なソファにこうして3人で座ることができ、大画面のテレビに映る映画をのんびり観賞できるのだから最高だ。立香は画面に映る映画に夢中になっている様子で、目をキラキラさせていた。ソファに座るにあたって、コヤンスカヤは自分の太い尻尾を出し、その上に立香とパニッシャーを座らせている形となっている。立香はコヤンスカヤのモフモフとした尻尾が気に入っているので、こうして座る時は彼女の尻尾をソファの上に置いて座っている。

 

「まったくもぅ……私の尻尾は椅子じゃございませんのよ?」

 

そう言いつつも、立香が自分の尻尾に座ることを認めているあたり、彼女もまんざらではないのだろう。コヤンスカヤの言葉に苦笑しながら、パニッシャーは言った。

 

「いいじゃないか、別に減るものじゃないだろ?」

 

そう言った自分に彼女はため息を吐くと、仕方ありませんわねと小さく呟き、リモコンを使って音量を大きくする。パニッシャー自身もコヤンスカヤの尻尾が気に入ったようで、尻尾の毛並みと弾力を楽しんでいる。パニッシャーはコヤンの尻尾を撫でながら言う。

 

「お前の中で褒められる部分があるとすればこの尻尾だろうな。フワフワで気持ちいい」

 

「あら?♪お褒めいただきありがとうございます」

 

コヤンはニヤニヤした顔でパニッシャーを見つめてくる。その目は明らかに自分をからかっている様子だ。立香はコヤンの尻尾のモフモフ具合がよほど気持ちいいのか、寝そべって彼女の尻尾に顔を埋める。

 

「んん~~っふわふわぁ~」

 

尻尾に埋もれて幸せそうな声を上げる立香の様子に、コヤンスカヤは微笑みながら言った。

 

「あらあら? そんな声を出しているとワンちゃんみたいですわよ?」

 

そう言って笑うと、尻尾に寝そべる立香の頭を撫でる。確かにコヤンの尻尾のモフ具合はその手の趣味を持つ輩から見れば極上の逸品だろう。

 

「戦いと殺しが大好きな貴方も、私の尻尾の魔力には白旗を上げていますのね」

 

コヤンスカヤは立香と同じく自分の尻尾の毛並みと感触を楽しむパニッシャーに顔を向けながら言う。その表情は完全に小悪魔モードに入っている。

 

「ふん、お前の性悪ぶりよりはマシだ」

 

「私は元々いた世界の南米には、貴方を気に入りそうな神がいますのよ?戦いと殺しを好む貴方はまさしく彼のお気に入りになるかと」

 

「どんなやつだ?」

 

「その神の名はテスカ……いえ、この話はまた今度にしましょう」

 

コヤンスカヤはパニッシャーの質問をはぐらかしつつ映画鑑賞を続ける。立香はコヤンスカヤのモフ尻尾の上で寝落ちしており、パニッシャーはそんな立香の頭を優しく撫でる。

 

「……こうして見ると、私とアナタ、そしてこの子は家族に見えませんこと?」

 

まるで恋人のように振る舞いつつ悪戯っぽく笑うコヤンスカヤに対し、パニッシャーは少し照れながらも答える。

 

「お前が女房なんざまっぴらごめんだ!」

 

パニッシャーの言葉にコヤンはクスクスと笑いつつも、彼と一緒に映画鑑賞を楽しむ事にした。




【悲報】パニッシャーさん、コヤンスカヤのモフ尻尾に陥落する


テスカトリポカってパニッシャーさんの事を確実に気に入りそう。ディノスの皆さんからはオセロトルに近い的な事を言われそうだけど。


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第33話 処刑人とクランの猛犬

パニッシャーVSクー・フーリン回です。パニッシャーの言う通り、現代で罪を犯している時点でその他のヒーローからも犯罪者ないしヴィラン判定食らうと思う……。


「起きてください」

 

パニッシャーは添い寝をしていたコヤンスカヤに身体を揺すられ、重い瞼を開けた。ベッドに取り付けられたデジタル時計に目を向けるとまだ深夜の0時を過ぎた辺りだ。だというのに何故起こしてくるのだろうか?不機嫌そうにパニッシャーが思っているとコヤンの口からは信じられない言葉が出て来た。

 

「あの子が……立香クンがどこにもいませんわ!」

 

「……何だと?」

 

コヤンの口から出た言葉にパニッシャーは飛び起き、急いで服を着始める。5歳の子供がこんな深夜に一人でどこに行くというのか。

 

「俺のグロック17が無くなっている……。立香が持ち出したのか」

 

「済みません……私が目を覚ました時には既にあの子は……」

 

「なら急ぐぞ。早く立香を探し出さなければ」

 

パニッシャーは部屋のドアを開け、廊下に出ると急いでコヤンと共に外へと出る。フロントに連絡している時間すらも惜しい。ホテルの外に飛び出すと新都の街を駆け抜けた。全力疾走で立香を探し回るがあの子に行く当てなどあるのか?街を彷徨い歩いている可能性が高いので、このまま探していればいずれ見つかるとは思うが……。そもそもなぜ立香はホテルを1人で抜け出したのかが気がかりだった。

 

「……あの槍野郎か」

 

そう、立香と初めて会った日の夜、立香の家族を皆殺しにした赤い槍を持った男……サーヴァントのランサーを探しに行った可能性が高い。わざわざパニッシャーの愛銃のグロック17を持ち出している事からも分かる。

 

「あなたが槍野郎と呼んでいるサーヴァント……彼はアイルランドの神話における大英雄クー・フーリンですわ。魔槍ゲイ・ボルクを駆使するケルトの勇士にして"クランの猛犬"という異名も持っています。人間のアナタでは万に一つ……いえ、億に一つでも勝ち目はありませんわ」

 

コヤンスカヤは走りながらランサーの真名と彼の詳細について説明を続ける。立香の家族を殺したサーヴァントはクー・フーリンというアイルランドの英雄だというのだ。パニッシャーとてクー・フーリンの名前ぐらいは聞いた事がある。

 

「だから何だ?」

 

「え……?」

 

コヤンスカヤとしてはクー・フーリンの恐ろしさと強さをパニッシャーに力説したつもりでいたが、そんな彼女の説明をパニッシャーは一蹴した。これは決してクー・フーリンの恐ろしさを軽んじているわけではない。

 

「アイツがアイルランドで名を馳せた英雄?それがどうしたというんだ」

 

「私の説明を聞いていまして?クー・フーリンはサーヴァントとしても相当の強さを持っているんですよ?そんな彼に人間に過ぎないアナタが敵うわけが……」

 

「だが殺す手段が無いわけじゃないんだろう?それ英雄って呼び方は似合わん。あの野郎はただの犯罪者でヴィランだ。自分の生きていた時代で、自分の国でどれだけの功績や武功を上げて周囲から英雄だと祭り上げられようが、現代に来て市民を手に掛けた時点で俺が今まで殺してきたクズ共の同類だ」

 

パニッシャーはコヤンに対してクー・フーリンを英雄ではなく悪党と言い切った。パニッシャーの信条に照らし合わせれば戦う力のない民間人を手に掛けるクー・フーリンはただのヴィランと変わらず、現代から排除されるべき異物に過ぎないのだ。神話や伝承の存在であるならばその中だけの存在でいろ。現代にまで出てきて無辜の民の血を流すのであればその時点で英雄に非ず。

 

「……ふふっ、アナタらしい考えですわね。でも残念ながらクー・フーリンを殺す手段はそう多くはありません。彼は魔槍ゲイ・ボルクの他にもルーン魔術まで使えますから。現代兵器を持っているとはいえ常人の範囲の肉体と身体能力しかないアナタでは勝ち目なんてありませんわ」

 

クー・フーリンがサーヴァントである時点で常人のパニッシャーでは戦う手段も倒す手段も限られてくる。

 

「だが、俺はやる」

 

「まあ、アナタならそういうと思いましたけど。それにしてもクー・フーリンは何故立香クンの家族を殺めるような真似を……。まぁ、あの子の家族が聖杯戦争の戦いの様子を偶然目撃したって可能性がありますわね」

 

神秘の秘匿の為、聖杯戦争を目撃した民間人に対して取る手段は二通り。記憶を消すか、殺して口封じをするか。クー・フーリンは後者を取ったのだ。あの日の夜、パニッシャーが立香の家に入っていなければ間違いなく立香はクー・フーリンに殺されていた。あの男には償いをさせなければならない。クー・フーリンへの怒りを燃料にしてパニッシャーは夜の街をコヤンスカヤと共に走る。その時、遠くから銃声が聞こえてきた。

 

「……!?」

 

「ここからそう遠くはありませんわね。急いだ方がよろしいのではなくて?」

 

コヤンスカヤと共に、銃声のした方に全力疾走するパニッシャー。すると新都の路地裏へと辿り着いた。路地裏の暗がりの向こう側では真紅の槍を持った槍兵が、子供の眼前に槍の穂先を突き付けている光景が飛び込んできた。

 

「立香!!」

 

パニッシャーの叫び声を聞き、立香とクー・フーリンはこちらを向いた。

 

「テメエは……」

 

クー・フーリンは髑髏のマークが施された黒いコートを着るパニッシャーと視線をぶつけ合う。

 

「あの日以来だな槍野郎。またご自慢の槍で無抵抗の市民を殺すつもりか?」

 

パニッシャーは二丁拳銃を素早く抜いて構えつつ、クー・フーリンと立香の方に近付いていく。

 

「おじさん……!」

 

クー・フーリンはゲイ・ボルクの穂先を立香の眼前から離し、その隙を突いて立香はパニッシャーの元に駆け寄る。

 

「怪我はないか立香?」

 

立香は泣きながらパニッシャーに抱きつく。パニッシャーは立香を抱きしめ、彼の背中をポンポンと軽く叩く。

 

「うん……ありがとう。おじさんは大丈夫?」

 

「俺は平気だ。それで、どうしたんだ? 何があった?」

 

立香はパニッシャーから離れると、袖で涙を拭きながら事情を説明した。自分一人だけで家族を殺したクー・フーリンを倒すべく、パニッシャーの銃を持ち出し、ホテルの部屋を出て新都を彷徨い、当てもなく歩いているとクー・フーリンに見つかってしまったという。立香から事情を聞いたパニッシャーは立香をコヤンスカヤに預け、自分はクー・フーリンと相対する。

 

「コヤンのお姉さん……」

 

立香はしゃがんでいるコヤンの胸に飛び込んでくる。

 

「あらあら、甘えん坊さんですね」

 

コヤンスカヤはそう言うと立香の頭を撫でる。立香はコヤンの柔らかい胸で自分の涙を拭いている。よほどクー・フーリンが恐ろしかったのだろう。

 

「よしよし」

 

コヤンは立香を抱っこしながら立ち上がるとその場を素早く離れる。立香を安全な場所まで避難させておかないとクー・フーリンの攻撃で死にかねないからだ。

 

「私は立香クンを安全な場所まで送りますので、アナタはここでクー・フーリンを食い止めてください」

 

「……わかった」

 

コヤンスカヤの言葉に頷くパニッシャーは暗がりの向こうに立つクー・フーリンと対峙する。クー・フーリンの得物であるゲイ・ボルクはまるで血の色を思わせる真紅の輝きを放っているように見え、暗がりだからこそ禍々しさが際立っているように見える。そして何より恐ろしいのはクー・フーリンの眼光だ。まるで血のような赤い瞳は見ているだけで背筋が凍りそうになる。そんな殺気に満ちた目で睨まれれば並の人間なら恐怖のあまり発狂してしまうだろう。しかしパニッシャーとてこれまで数多くのギャングや犯罪者を処刑し続けて来た私刑執行人である。踏んだ場数は数えきれず、自分よりも遥かにスペックが上のスーパーヴィランを倒した事さえあるのだ。心の臓を抉り取る魔槍と、暴発寸前の殺戮銃が対峙しているような構図だった。両者の間には猛烈な殺気が漂っており、少しでも動けば殺し合いが始まる事は間違いないと思われた。

 

「ここでお前を殺してやる。現世との別れは済ませたか?」

 

「ほざけクソ野郎。テメエこそ墓穴掘って死ぬ準備はできてんだろうな?」

 

「そんな玩具で俺を殺すつもりか?現代兵器相手に槍で挑む大馬鹿野郎は駆除するに限る」

 

パニッシャーが言うと同時に、二丁拳銃が火を噴いた。スカーレットウィッチとドクターストレンジの合作である特殊な魔術が込められた銃弾は対象に必ず命中する効果を持っているものの、狙った場所に当てられないというのが欠点だった。それ故に大量の弾丸で相手を無力化させるのがセオリーなのだが、クー・フーリンは自分のスキルを用いてパニッシャーの銃口から放たれた銃弾を打ち落としていく。が、銃弾の効果もあり、太腿や肩が撃ち抜かれてしまう。それでも怯む事なく槍を構えるクー・フーリンは、まさに狂戦士そのものだった。それを見たパニッシャーは二丁拳銃を構えながら後退するも、クー・フーリンは亜音速に達する踏み込みで距離を詰めて来る。

 

「……!!」

 

身体能力で人間とサーヴァントでは天と地の差があり、鍛えた常人程度のスペックのパニッシャーでは限界があった。それでもパニッシャーは間一髪で眼前に迫るゲイ・ボルクの刺突を回避しつつ、クー・フーリンの脇腹に蹴りを入れ、その勢いを利用し距離を取る。しかし背後が壁になっており、距離を取るのも限界があった。パニッシャーは再度銃を構えて引き金を引こうとするも、それより早くゲイ・ボルクの穂先がベレッタM92を切り裂いてしまった。反応速度も瞬発力も何もかもが違い過ぎる。武器を失ったパニッシャーに対し、余裕たっぷりな様子のクー・フーリンは言う。

 

「おいおいどうした? まさかもう終わりかよ?」

 

それに対して言葉を返す代わりにパニッシャーは懐からナイフを取り出してクー・フーリンに突き付ける。

 

「そんなナイフで俺が殺せると思ってんのか?」

 

クー・フーリンとの距離は離れており、彼に接近する前にゲイ・ボルクの餌食になるのは確実だった。しかしパニッシャーは言う。

 

「ナイフだから、近付かなきゃ相手を殺せないとでも思ったか?」

 

そう言い終わるのと同時に、なんとナイフの穂先がクー・フーリンに向けて射出されたのだ。ロシアの特殊部隊スペツナズが用いたとされる飛び出しナイフであり、スイッチを押せば時速60kmのスピードでナイフが標的に向かって飛んでいく仕組みだ。しかしそんなナイフによる奇襲もアッサリとクー・フーリンに見切られてしまい、ゲイ・ボルクによって弾かれてしまう。

 

「一発芸としては面白いけどな」

 

やはり絶望的だ。普通の人間であるパニッシャーとサーヴァントの中でも上位に入るであろうクー・フーリンとでは力量差がありすぎる。だがそれでも、この程度で諦める程パニッシャーの心は弱くない。パニッシャーはこの瞬間にもクー・フーリンを打倒する方法を考えているのだから。パニッシャーは心の中でコヤンスカヤに対して早く駆け付けろと悪態を突きつつ、眼前のクー・フーリンへの攻撃を続行する事にした。




士郎の時も加減して遊んでましたし、パニッシャー相手でもやっぱり遊んでいます(でないと速攻でフランクさんが死んでしまうんで)


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第34話 覚えていろ

パニッシャーとコヤンスカヤのCPって色々妄想が捗りますなぁ(・∀・)ニヤニヤ


眼前に迫りくるクー・フーリンのゲイ・ボルクの切っ先を裂けつつ、銃による牽制を怠らない。紅き魔槍はパニッシャーが背にしていたビルの壁を穿つと同時に、放たれた銃弾を捌くものの、数発はクー・フーリンの身体に命中した。だがそれでも一切怯む様子すらもないのは流石英霊といったところか。銃弾の数発程度では攻撃の手を些かも緩めずに追撃をしてくるクー・フーリン。その気になれば一瞬でパニッシャーを殺せるであろう事は容易に想像がついた。だがこうして戦闘を長引かせているのは単純に遊んでいるか、それとも警戒しつつ様子を見ているのか。だが加減をしているとはいっても、普通の人間ではゲイ・ボルクの攻撃に反応する事さえできずに命を刈り取られるに違いない。

 

 

真っ暗な路地裏に浮かび上がるゲイ・ボルクは赤い光を放っているようにも見える。パニッシャーは銃弾を装填しつつ、再度クー・フーリンに銃口を向けるが、今度は素早く跳躍して空中から攻撃してきた。常人を凌ぐ身体能力を持つサーヴァント相手に接近戦を挑むのは無謀というものだろう。ならばここは距離を取って射撃に専念した方がいい。そう判断したパニッシャーは空中から来る魔槍の刺突をバックステップで回避する。もう少し反応が遅ければ串刺しにされていただろう。

 

「そんな棒切れをいくら振り回したところで、俺には届かんぞ?」

 

が、パニッシャーはクー・フーリンが加減をしている事を知りつつ敢えて挑発してみる。人間が相手だからという理由で手加減をするなど慢心もいいところだ。格下をわざと殺さずにじわじわ追い詰めるという戦い方を見る限り、クー・フーリンは戦いに愉しみを見出している可能性すらある。他のサーヴァントと対戦する機会に恵まれないのか、それとも現代の人間と手合わせしたいのかは分からないが、そういった戦いをしているからこそ付け入る隙は必ずある。

 

「ハッ、ぬかせっ!」

 

案の定と言うべきか、クー・フーリンは更に力を込めて連続で突きを放ってきた。これ以上スピードを上げられたら流石にパニッシャーでも避けきれない。今でさえかなりギリギリの状態で回避を続けているのだ。人間の知覚速度と動体視力ではクー・フーリンの槍捌きを捉えきることはできないのだから。だがパニッシャーはどうにかゲイ・ボルクの突きを回避し続ける。自分でもこの槍の連撃をやり過ごせているのが信じられないが、極限まで集中力を高めつつ、銃撃を放ちながら距離を取ることに成功した。しかしこのままではジリ貧。クー・フーリンを倒す決定打が欲しいところだ。

 

「……お得意の宝具とやらを使ったらどうだ?」

 

「何……?」

 

が、パニッシャーはクー・フーリンを挑発した。わざと殺さずに自分を追い詰めるという戦い方を続けるアイルランドの英雄に対して攻撃ならぬ口撃を仕掛けて来たのだ。

 

「お前等サーヴァントは宝具とかいう切り札を持ってるんだろう?ならさっさとそれを使ってみろ。それとも俺みたいな普通の人間相手には使わんのか?」

 

「―――チッ、舐めやがって……」

 

その言葉と共に、クー・フーリンは構える。それと同時に強力な力―――魔力がゲイ・ボルクに収束しはじめた。間違いない、クー・フーリンは宝具を解放する気だ。

 

「そんなに見たけりゃ見せてやるよ……。後悔しても遅いぜ……!」

 

パニッシャーとクー・フーリンの距離はおよそ5メートル前後。恐らくはゲイ・ボルクを用いて自分を攻撃してくる類の宝具だろう。パニッシャーは自分の心臓部分が狙われている事を感じ取る。そしてクー・フーリンが行動を起こすより僅かに速く、懐からフラッシュライトを取り出し、クー・フーリンの目に照射した。

 

「……!」

 

パニッシャーが取り出したのは護身用のフラッシュライトだった。相手の目に当てて一時的に視界を封じ込めるタイプの護身用具であるが、サーヴァントに対しても効果があるようだ。サーヴァントも人の形をしている以上は五感があると見て間違いなく、そんなサーヴァントと言えども強烈な光を直視すれば行動を鈍らせる効果はあるはずだ。予想通り、クー・フーリンの動きを一瞬止める事に成功した。そしてその隙を突いてパニッシャーはMK23を連射した。MK23で頭部を狙って発砲したが、魔術弾の特性上、狙った箇所に命中する事はない。銃弾は一発だけクーフーリンの脇腹を貫通こそしたものの、それ以外の銃弾は見えない力で弾かれてしまった。サーヴァントは自身の持つ逸話からくるスキルを持つと聞いていたが、魔術弾を見えない力で弾いたクー・フーリンも何らかのスキルを持っているのだろうか?小細工を用いたもののクー・フーリンを戦闘不能に追い込む事はできず、逆に怒らせてしまったようだ。

 

「へっ、小細工を使ってこの俺を倒そうなんざ甘いんだよ。どうせならもっと派手に来いや!」

 

クー・フーリンは槍でパニッシャーを串刺しにしようとした。パニッシャーはそれを避け、一旦後方に下がって距離を取る。紅き魔槍の穂先が大気はおろか、空間すらも切り裂かんとする勢いでパニッシャーの顔面、心臓、その他急所目掛けて迫りくる。しかしそれでもギリギリのところで回避できた。本来であればすぐにでも殺せるであろうパニッシャーを時間を掛けて嬲り殺すつもりでいるのか。強者ゆえの慢心か、自分の加虐心を満たしたいがためか―――いずれにせよこういった戦いは悪手である事を教えてやらなければならない。パニッシャーはMK23を再度クー・フーリン目掛けて撃つが、やはり全て見えない力によって弾き返されてしまう。このままでは本格的にジリ貧状態だ。その時、ついにゲイ・ボルクがパニッシャーの顔面を捉えた。

 

「終わりだ!」

 

音速を超える程の突きが眼前に迫ろうとしていたその時、クー・フーリンの頭上から拳銃サイズ以上の弾丸が襲い掛かって来た。パニッシャーの顔面に当たる僅か数センチ手前で咄嗟にゲイ・ボルクを使って弾丸を落とすクー・フーリン。あの突き上げから頭上に来る弾丸に対処するべく槍を引き戻せるとは驚嘆すべき技術力だろう。そしてクー・フーリンに弾丸を放った人物はビルの屋上に立っていた。月明りが二丁の対物ライフルを両手に持つコヤンスカヤを照らす。

 

「……遅いぞコヤンスカヤ」

 

「それは申し訳ありませんわ。これでも急いだのですけれど」

 

コヤンスカヤはウィンクしつつ、対物ライフルを地上にいるクー・フーリン目掛けて発射する。パニッシャーの持つ拳銃の弾丸とは威力も射程も段違いだ。弾丸は凄まじい速度でクー・フーリンへと迫りくる。しかしそれを見切ったのか、あるいは弾道を読んでいたのかはわからないが、クー・フーリンは槍で銃弾を叩き落とした。得物であるゲイ・ボルクは対物ライフルの弾丸さえも弾き落とすのか。

 

「ランサー……よりもクー・フーリンと呼んだ方がよろしいかしら?」

 

コヤンスカヤは地上にいるクー・フーリンに言う。彼は自分の真名をコヤンスカヤが言った事で微かに表情に変化が起こる。基本的に聖杯戦争で召喚されるサーヴァントは自分の真名を秘匿しなければならないのだが、コヤンスカヤは一発で自分の真名を看破した。

 

「テメェ……何モンだ」

 

そう言ってクー・フーリンは地面に唾を吐いた。その動作はまるで目の前の敵を小馬鹿にしているかのように見える。だが、コヤンスカヤはそれを気にすることなく答えた。

 

「あらあら、名乗る程の者ではございませんわ。私はただ、アナタ様が戦っている黒いコートの御方に協力しているだけですので♪」

 

そう言ってコヤンスカヤは地上へとジャンプしてパニッシャーの傍に着地した。あの高さから飛び降りれば骨折どころでは済まないというのに、やはりコヤンスカヤは普通の人間とは異なる存在だ。

 

「路地裏とはいえ、これだけ派手に銃弾を放っていれば周辺の住民に気付かれますわ。念のために私は先程警察に通報しましたけど」

 

コヤンスカヤの言葉を聞いてクー・フーリンは歯ぎしりする。聖杯戦争は基本的に冬木の一般市民に悟られずに行わなければならない。だというのにそれを知らせるような真似をされれば甚だ都合が悪い。神秘の秘匿に抵触する事にもなりかねないので、クー・フーリンは引き下がる事にしたようだ。

 

「……覚えてやがれ。テメェ等は必ず俺が始末してやる。そん時まで精々怯えて生きるんだな」

 

そう捨て台詞を残し、超人的な身体能力で跳躍しつつ去っていく。

 

「逃がしたか」

 

パニッシャーは舌打ちしつつ、既に夜の闇の中に消えたクー・フーリンを仕留め損ねた事を悔いる。

 

「この冬木市で行われる聖杯戦争に関わる以上はまたすぐに再会できますわよ?」

 

コヤンスカヤはそう言うと、パニッシャーの頬に軽くキスをする。彼女の行為にパニッシャーも少々驚いたようだ。しかし、パニッシャーはすぐに冷静さを取り戻す。

 

「何のつもりだ?」

 

「あら、私としては賞賛のキスを贈ったつもりだったのですが……」

 

「……今はそんな事をやってる場合ではないだろ」

 

「それもそうですね」

 

そう言いながら、彼女は笑みを浮かべる。その笑みはまるで悪戯好きな少女のような可愛らしいものだった。そして恋人のようにパニッシャーと腕を絡ませつつ路地裏を出る。

 

「さぁ、安全な場所に避難させた立香クンが待ってますわ♪早く帰りましょう」

 

そう言ってパニッシャーと共に夜の新都を歩いて立香の元へと向かう。二人の様子はまるで夫婦か恋人のようであった。




コヤンのモフ尻尾は撫でたら気持ちよさそう……(*´Д`)


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第35話 いい加減にしろ!

凛も魔術師なんで魔術師のルールは守りますよねぇ。しかしそんなルールは無視するのがキャップ。


「ああもう!先生たちは何を勝手な事をしているのよ!」

 

衛宮邸に帰宅してからというもの、凛の大声が先程から響き渡っている。彼女が怒っている原因については勿論、学校の生徒達を殺そうとした慎二とライダーのコンビと戦った件についてだろう。いや、正確にはその二人と戦った後のことについてスティーブ、クリント、ナターシャの3人を責め立てている。仮にもサーヴァントであるライダーを撃退したことについては凛は目を丸くして驚いていた。それはもう士郎が吹き出しそうになるレベルで目を見開いていたぐらいなのだ。しかしスティーブ達3人が士郎との連携で慎二とライダーを学校から退散させた後、警察に対して事情を詳しく話したのだ。無論、警察はサーヴァントのことや魔術師のこと、聖杯戦争のことについて知るハズもないので耳を傾けてはくれなかったが、その事について凛は激怒していた。衛宮邸に帰宅してから凛に対して学校が慎二とライダーのコンビに襲われた事を警察に話したと伝えてさえいなければ凛もここまで怒らなかっただろう。

 

「警察に聖杯戦争やサーヴァントのことを話すなんてどうかしてるわ! 聖杯戦争ってうのは市民どころか警察にだってバレちゃいけないの!わたしが散々あなた達に神秘の秘匿について説明したのを忘れたわけ!?」

 

神秘の秘匿……普通の人間に魔術師やサーヴァントの事を漏らしてはいけないというルールのようなものだ。どんな魔術師であろうとこのルールだけは守らなければならないというのにスティーブ達は平気で警察にこの事を話したのだ。最も、スティーブ、クリント、ナターシャの3人はアベンジャーズであって魔術師ではないのだが。冬木で行われる聖杯戦争に関わって以降、凛から口酸っぱく"神秘の秘匿"について説明された。

 

「神秘のことが世間に広まればわたしみたいな魔術師にとって大いに問題になるの!それはつまり魔術協会に目をつけられるってことなのよ!? ただでさえ今の魔術師たちは昔と違って衰退しているっていうのに……!」

 

掟を破ろうとする魔術師は協会から制裁が下されるとも説明を受けた。だがそれで納得するスティーブ達ではない。聖杯戦争のことなど知らない学校の生徒たちが危うく犠牲になりかけたのだ。民間人の犠牲者が出るよりも神秘の秘匿を優先する凛に対してスティーブ達は眉をひそめる。

 

「リン、あのままだったら学校の生徒たちは間違いなくライダーの魔術で殺されていただろう。学校にいる大勢の知り合いが死ぬよりも神秘の秘匿が大事なのか?」

 

「……!」

 

スティーブの言葉に対して凛は睨んでくる。彼女も魔術師である以上は魔術ないし神秘が一般の人間に漏れるのを防ぎたいはずだ。だが学校には凛の友達もいたというのに、その友達がライダーに殺されそうになったとしても魔術師としてのルールの方が大切だと言いたいのだろうか。少なくともスティーブは凛がそんな冷酷な少女ではないと思っている。

 

「何よ、言いたい事があるのなら言ってみなさいよ」

 

そう言って凛は一歩前に踏み出す。スティーブと凛では身長差があるので凛が見上げる形となっている。

 

「君は魔術師としての掟……神秘の秘匿とやらの方が学校にいる大勢の友達や知り合いよりも大切なのか?」

 

スティーブは真剣な眼差しで凛を見据える。

 

「わたしは父から魔術師になる為の教育を受けてきたの。遠坂の家を継ぐために、この冬木のセカンドオーナーとしての役割を継ぐために。魔術師の家系に生まれた以上は普通の生き方なんてどの道無理なのよ。……そんなのあんた達に言われなくたってわかってるわよ。わたしが今までどんな風に生きてきたかも知らずに偉そうなこと言わないでよ」

 

凜は顔をそむけて窓の外を見る。彼女の横顔には苦悩の色が見て取れた。しかし、だからと言ってこんな魔術師同士の殺し合いである聖杯戦争で知り合いが死ぬ状況になっても魔術師としての生き方を優先するのは間違ってる。一般的な魔術師の価値観については凛から説明を受けたものの、スティーブには到底受け入れられなかった。魔術師という時点で普通の一般人と違うことぐらいは理解できる。しかしながら現代社会で生きる以上は一般人のフリをしなければいけない。凛は遠坂家の当主にして魔術師であるが、同時に普通の高校に通う少女でもある。俗世から離れた研究者ではない、一般人としての"側面"も持つ凛。しかしながら彼女は魔術師として生きる道を選んでいる。

 

「仮に学校での戦いで君の友人が命を落とした場合、それを"仕方のない犠牲"と割り切れるのか?」

 

「っ……!」

 

痛いところを突かれたのか凜の表情が曇る。いくら戦いに身を投じているとはいえども、友人の死を受け入れる事ができるのだろうか?そもそも学校にいた生徒たちは聖杯戦争の参加者ではないし、聖杯戦争のことなど知る由も無い普通の市民である。凛だとて魔術師同士の殺し合いである今回の戦いで市民に犠牲が出るのを快く思っているわけではない筈だ。

 

「なによ……。元々聖杯戦争に無関係な癖にいちいち首を突っ込んでくるアンタたちにあれこれ言われる筋合いは無いわ」

 

凛は冷たい視線をスティーブ達に向けながらそう言い放った。確かにスティーブ達は聖杯戦争には無関係だし、部外者という事もよく理解していた。それでも今回のように聖杯戦争の事など何もしらない民間人を危険に晒すような行為を行うというのであれば遠慮なく介入する。下手をすれば学校中の生徒がライダーの結界の犠牲になっていたかもしれなかったのだから。

 

「柳洞寺のキャスターは新都の人々の生命力を吸い取り、マスターであるシンジは自分のサーヴァントのライダーを使って君の通う学校にいた生徒たちを皆殺しにしようとしていた。聖杯戦争は関係のない人間を平然と巻き込んでも良いというルールだったのか?」

 

スティーブも負けじと凛を睨む。そんな二人を見て、クリントとナターシャも少し表情を険しくして成り行きを見守っていた。

 

「わたしが関係の無い人間が死ぬのを気にしてないように見える?別に民間人を助けるなとは言っていないわ。あくまでも魔術やサーヴァントの存在を知られる事が問題なのよ」

 

この期に及んでまだ神秘の秘匿の方が大事なのかとスティーブは内心で呆れていた。そもそも神秘の秘匿は魔術師たちの勝手な都合だ。巻き込まれる側にとっては迷惑以外の何物でもない。

 

「神秘の秘匿なんて所詮は君たち魔術師の都合に過ぎないだろう?そんなものに付き合わされて巻き添えを食らうのは御免被りたいね」

 

「……へえ、言うじゃない」

 

スティーブの言葉に凛は眉を吊り上げている。だが彼女の口から反論の言葉は出てこない。凛だとて本当は分かっているのだろう。神秘の秘匿はあくまで魔術の世界の問題であって、現代の世界で生きる人々には関係ない事なのだと。それでも凛とて魔術の世界に生きる人間である。魔術師として生きる以上はルールに従わなければならない。傍から見ていたクリントはそのルールを守るためであれば学校の知り合いや友人まで犠牲にするのかと凛を問い詰める。

 

「魔術師の掟のためなら知り合いが何人死のうが平気だってのかよ!?」

 

「……わたしは遠坂家の当主である以前に魔術師なの。それがどういう事か、貴方たちには分からないでしょうね」

 

「お前いい加減にしろよ!この街に住んでいる人間の都合をガン無視して戦ってるのはお前等魔術師だろうが!」

 

クリントは今にも凛に掴み掛からんばかりの勢いで怒声を上げる。だがそれに対して冷静な口調で返答するのは意外にもナターシャだった。彼女は凛の方をジッと見据えながらこう言ったのだ。

 

「リン、貴女は本当に自分の知り合いや友達が聖杯戦争の巻き添えで死んでも平気なの?」

 

……その言葉に凛は一瞬言葉に詰まる様子を見せたが、すぐに強い意志を感じさせる瞳ではっきりと答えた。

 

「……構わないわ。わたしはもう覚悟してるもの。遠坂家に生まれた人間として……いえ、聖杯戦争に参加すると決めた時点でそんな状況になるのは想定済みよ」

 

そう言い終わると同時に、スティーブの掌が凛の頬を捉えた。未成年の少女である凛に手を上げてしまうとはらしくないと思ったが、それでもスティーブは大人として少女を叱らねばならないと思ったのだろう。叩かれた頬を抑えながらも、まだ納得していない様子の凛に対し、今度は落ち着いた声でこう告げたのだった。

 

「君の言っている事は正しいだろう。君は魔術師の世界で生まれ、魔術師として生き、魔術師として死ぬのだろう。それは否定しない。だが君の周囲の人間は君が魔術師である事を知っているのか?今回の聖杯戦争で命を落としてしまう状況になるのを想定していたのか?世界は君たち魔術師が中心というわけではないんだろう?彼らは魔術師の都合で死んでしまっても仕方のない犠牲で済まされるんだ」

 

凛の右頬はスティーブに打たれたせいで赤く腫れている。しかし凛は泣き出す事もしなければ反論することもなく、黙って彼の言葉に耳を傾けていた。

 

「黙ってないでなんとか言えよリン!冬木のセカンドオーナーっていうのは住んでいる市民の生殺与奪権まで握っているのか!?」

 

クリントは凛の胸倉を掴んで叫ぶように言った。

 

「ちょ!落ち着いてくださいバートン先生!」

 

今まで見ていた士郎は慌てて凛の胸倉を掴んでいるバートンを引き離した。しかしそれでも怒りが収まらないのか、その形相はとても険しいものだった。一方凛の方はと言うと、胸倉を掴まれていたにも関わらず平然としていた。まるで最初からこうなる事が分かっていたかのように、だ。

 

「……やれやれね。だから部外者を引き入れるのは反対だったのよ」

 

凛は呆れ果てた表情でため息混じりに言った。そして、彼女はスティーブ達に視線を向ける。そこには静かな怒りを感じさせる目をしていた。

 

「衛宮君。貴方も聖杯戦争に参加しているマスターなら、この3人の先生のいう事を聞いていたらいけないって理解できるわよね?間違いなくこの人達は聖杯戦争を滅茶苦茶にしようとしているわ」

 

「それは……確かにそうかもしれないけど……」

 

「ハッキリ言って邪魔なのよ。聖杯戦争についてあれやこれやと口出しするばかりか、サーヴァントや魔術師の事も警察に話したんだから」

 

「遠坂の言う事も理解できる。それでも俺は……ロジャース先生たちの行動が間違っていたとは思ってない」

 

「ハァ!?」

 

士郎の言葉に凛は素っ頓狂な声を上げる。凛からすれば警察を呼んだり、サーヴァントの存在を明かすなど論外なのだ。それを当の本人が否定したのだから無理もないだろう。しかし、士郎は譲らなかった。士郎はまっすぐな目で凛を見詰めながら言う。

 

「やっぱり聖杯戦争で無関係な人たちが巻き込まれるなんて俺には耐えられない。なら……この戦争や魔術師のことを街の人達に伝えてもいいと思うんだ」

 

「ちょっと、何言ってるのよ!!神秘の秘匿がどれだけ大事かについて散々話したでしょ!?そもそも私達魔術師の存在自体が世間一般の人からしたら……!」

 

「だとしてもだ!そんなルールを守って犠牲になる人たちを見て見ぬふりするなんてできない!」

 

士郎の言葉に凛は口をあんぐりと開けていた。まさか士郎の口からこんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。確かに士郎の言い分も分かるのだが、それをすれば魔術師たちにとってどれだけ深刻な事態になるか。

 

「士郎!アンタこの先生たちから影響受けてるんじゃないの!?」

 

今度は凛と士郎が睨み合う事態となってしまった。士郎としてはスティーブ達の行動に賛成しているのだろう。しかし凛からすれば士郎やスティーブのやろうとしてる事は全ての魔術師に対する敵対行為に他ならない。最悪、士郎やスティーブたちを殺す状況になるかもしれないのだ。凛は腹を決めて士郎に対して魔術による催眠を発動させようとする。記憶処理をしておかないと取り返しのつかない事態になりかねない。

 

――――が、その時だった。




キャップのビンタって凄く痛そう……(-_-;)

士郎がスティーブの行動に賛同するかについては悩んだんですけど、士郎自身も聖杯戦争が原因の大火災で実の両親を亡くしていますから……。


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第36話 キジトラの猫

ハチワレの猫の次はキジトラの猫だ!とりあえず凛、そこ代われ


『ニャ―』

 

スティーブ、クリント、ナターシャ、士郎、凛の5人は泣き声のする方向を見た。そこには一匹のキジトラがちょこんと座っているではないか。いつの間に衛宮邸の居間に入り込んだのかは知らないが、近所の野良猫だろうか?しかしその割にはやけに毛並みが良い。だとすれば飼い猫……?突然現れたキジトラの猫を見て凛は身構える。魔術師にとって猫を使い魔にする事など朝飯前だ。だとすればこのキジトラも聖杯戦争に参加したマスターの誰かが送り込んだに違いない。そう考えれば凛が身構えるのも納得がいくが、鳴き声をあげるまで誰にも気付かれなかったという事実の方が恐ろしい。仮にも凛とて魔術師である。他の魔術師の使い魔にここまで接近を許すほど未熟ではない筈だ。

 

『ニャ』

 

キジトラの猫は鳴きながら凛に近付いてくる。見る限りでは人馴れした野良猫にしか見えない。しかし油断してはならない。なぜなら猫の使い魔とは魔術師にとってはポピュラーな使役獣だからだ。しかし猫の口から発せられた言葉に一同は驚愕する。

『……成程、君がリン・トオサカか。そしてそこの少年はシロウ・エミヤ。お初にお目にかかる。私の名はドクター・ストレンジだ』

 

まさかこのキジトラの猫がドクター・ストレンジだとはスティーブ達も予想が付かなかった。いつの間にこちらの世界に来たのであろうか?アベンジャーズにも参加している至高の魔術師ドクター・ストレンジが来てくれるとはこれ程心強いことはない。

「ストレンジ、いつこちらの世界に来たんだ?」

 

『つい数時間前だ。こうして猫の姿で君達の前に現れたのには訳がある』

 

「ワケ?」

 

『こちらの世界……つまりシロウとリンがいるこの世界に入ろうとしたのだが、見えない力に弾かれてしまったのだ。何故私が弾かれたのかを調べてみたのだが、どうやら私の持つ力が強すぎたためらしい。強大な力を持つ存在はこちら側の世界に入れないようになっているのさ。だがスティーブ、クリント、ナターシャ。君たちの力はあくまでも常人の範囲内に収まっている。ソーサラー・スプリームとしての力を持つ私では入れずとも、君たちであれば入れたというわけだ』

 

そう、至高の魔術師たるドクター・ストレンジの持つ力は計り知れない。強力無比、変幻自在の魔術を操り、超常現象すらも引き起こせるストレンジのパワーは世界すらも滅ぼせるだろう。アベンジャーズのメンバーの中でも間違いなく上位に入る。そしてそんなストレンジ本人は今スティーブ達がいるこの世界に入り込む事ができない。だからこうしてキジトラの猫の身体を借りている状態なのだ。

 

『余り強い力を持っていると私のように弾かれて入れない。この猫の身体を借りてようやく行動が出来るというわけだ』

 

そしてキジトラのストレンジは、凛や士郎の足に自分の身体を擦り付けてくる。猫としての本能には抗えていないということだろう?スリスリ……ゴロゴロ……にゃぁ……っと気持ちよさそうに鳴いてくるキジトラのストレンジに少し呆れながらも、その可愛らしさを堪能できる余裕も出てきた。そもそも身体を擦り付けるのは猫が他者に行う挨拶のようなものだ。

 

「ふ~ん、随分可愛いじゃない」

そう言って凛はしゃがみ込み、右手でキジトラの頭を撫でる。頭の上を撫でられるのが気持ちいいらしく、思わず顔をとろけさせてしまうキジトラのストレンジ。が、今の私服姿の凛はミニスカートだからか、キジトラ状態のストレンジからは凛のスカートの下が思いっきり……。

 

『おやお嬢さん、君の大事な所が見えてしまっているよ?』

 

ミニスカートでしゃがんでいるのでストレンジからはモロに見えてしまっているのだ。そんなストレンジの言葉を受けて凛の顔は真っ赤になる。そして……。

 

「ちょ!?どこ見てんのよぉぉぉぉぉっ!!」

 

と叫ぶと同時に、真っ赤な顔のまま右ストレートでストレンジを殴り飛ばしたのだった!! 殴られた勢いで吹っ飛ぶストレンジ。吹っ飛ばされた先にあった棚の角に後頭部をぶつける!ガンッ!という鈍い音と共に頭を強打し、そのまま床の上に倒れるストレンジ。

 

「おいおい!傍目から見りゃ猫虐待だぞお前!」

 

そう言いつつクリントはキジトラのストレンジの元に駆け寄り、抱き起した。一方凛は顔を真っ赤にしたまま怒り狂っている。

 

「まったく!人のスカートの中身覗き見るとか最低!」

 

「いや、今のストレンジのサイズ的に、しゃがめば見えてしまうだろう……。それにほら、君のスカートの丈は短いし……」

 

「うるさいっ!!ああもう!猫の姿してるけど、声的に良い年したオジサンでしょそのストレンジって人!絶対性格悪いわ!最悪だわ!」

 

……単にスカートの中が見えていると忠告しただけのストレンジだが、そんな言葉だけで凛から性格が悪いと言われてしまうのは不憫だろう。

 

『ニャ―』

 

しかし凛に殴られたにも関わらずキジトラのストレンジはニャ―と鳴いた。どうやら抗議しているらしい。

 

「だから、あんたの事情なんて知ったこっちゃないのよ!こっちはね、あんたみたいな変態のせいで恥かいたんだから!」

 

可愛らしい声で鳴くストレンジに対してまだ怒りが収まらないのか、凛はストレンジを睨みつけたまま言う。しかし見た目が可愛らしいキジトラの猫だからか、流石に凛もこれ以上ストレンジを殴る気にはなれないらしい。すると今度はストレンジの方から凛に話しかけるのだった。

 

『ニャー!』

 

「な、何よ……?」

 

ストレンジは尻尾をピンと立てて凛に近付いてくる。尻尾を立てるのは猫にとって機嫌が良い時なのであるが。

 

『ニャ―』

 

「……もう、わかったわよ。さっきは殴って悪かったわ」

 

凛はしゃがむと近付いてきたストレンジの背中を右手で撫でる。するとストレンジはゴロゴロと喉を鳴らしながら目を細めた。どうやら喜んでいるらしい。その様子を見た凛は少し安堵したような表情を浮かべる。偉大なるソーサラー・スプリームらしくない可愛らしさであるが、凛が本当のストレンジの姿を見たらどんな反応をするのか見物である。

 

『ふぅ、猫の身体を借りていると猫の本能が出てしまうようだ。それよりもシロウ・エミヤ、リン・トオサカ。君達には話しておかなければならない事がある。これは君達にとって非常に重要な話だ』

 

先ほどとは打って変わって真剣な声色で言うストレンジ。見た目はキジトラの猫でもやはり中身は至高の魔術師である。彼の言葉には不思議な重みがあった。ストレ

 

『特にシロウ、君には強くなってもらわなけれなならない。今のままでは君が今回の聖杯戦争を生き残る事は不可能だろう。私が直々に魔術の指導をしよう』

 

「魔術の指導……?アンタが俺に?」

 

『そうだ。魔術の知識に関しては任せたまえ』

 

そう、こんな可愛らしい姿をしていてもソーサラー・スプリームである。スティーブ、クリント、ナターシャの3人はストレンジがどれだけの魔術を扱える存在なのかを何度も目の当たりにしている。元々士郎には魔術回路が備わっており、凛から指導を受けているのだが、教育係がストレンジになれば今以上に成長するのは間違いない。

 

「あら?この猫ちゃんが衛宮くんを指導するですって?それはわたしの役割なのだけど?」

 

凛は腕を組みながら不機嫌そうに言う。凛はストレンジの持つ魔術の腕前を知らないのだから無理もない。元々ストレンジはこの世界に存在しない魔術師なのだ。しかし凛の態度にも関わらず、ストレンジは凛の足に自分の身体を擦り付けて来る。傍目からはキジトラの猫が凛にスリスリしているようにしか見えないだろう。

どうやらストレンジは猫の身体を最大限に活用しているらしい。猫の姿でいれば警戒心も抱かれにくいし、威圧感や不安も相手に与えない。何よりも愛らしい猫の鳴き声で甘えてくるのだから女の子である凛からすれば抗い難い可愛さだ。これもストレンジの戦略の一つなのかとスティーブ達は疑ってしまうが。

 

「もう、なによ。スリスリしてきて……可愛いじゃないの」

 

自分の役割を奪われそうになって不機嫌になる凛であったが、キジトラ猫のスリスリ攻撃によって陥落してしまう。

 

『ニャ―♪』

 

「これが正真正銘の"猫被り"ってやつかしら?このモフモフな毛並といい、この甘え声……。中身はアレなのにね」

 

凛はキジトラ・ストレンジのモフモフした毛並みを撫でながら、どこか羨ましそうに言った。

 

『この猫の状態でも一応魔術は扱えるんだ。人間の状態に比べれば扱える力は制限されるがね』

 

「それで、衛宮くんにどういう指導をしてくれるのかしら?」

 

凛がそう尋ねると、キジトラ・ストレンジが床をじっと見つめながら何かを唱え始めた。すると一瞬床が光ったかと思うとポッカリと穴が開き、中から書物が出てきた。どれも魔術師が読む魔導書である。しかも十数冊はありどれもが分厚く年代も古かった。中にはカビだらけのものさえあったが、それが余計に神秘的な雰囲気を醸し出している。凛がこの数を見ると流石に驚きを隠せない様子で呟いた。

 

「うわっ、凄い数の本ね……これは全部あなたのものなの?」

 

『いや、これらの本は借りているだけだ』

 

「ふーん、誰に借りたの?」

 

『ロンドンの時計塔にある図書室から拝借したものだ。中にはロードという高位の魔術師が愛読しているのも幾つかあるな』

 

「え……?と、時計塔から借りれるもんなの?聞く限りじゃ貴方は魔術師っていうから魔術教会に伝手でもあるのかしら?」

 

『いや、時計塔に知り合いなどいない』

 

「は……?」

 

キジトラ・ストレンジの言葉に凛は嫌な予感がした。

 

『別の世界から来た私が彼等に許可を貰えると思うかね?少しばかり"拝借"させてもらっただけだよお嬢さん』

 

悪びれもなくいうキジトラ・ストレンジ。凛はその言葉を聞いて暫く口をあんぐりと開けたまま塞がらなかった。が、数十秒後には衛宮邸全体に轟かんばかりの怒声が響き渡った。

 

「なに盗んでんのよアンタはーーーーーーーー!!!???」

 

衛宮邸のガラスが割れんばかりの大絶叫が響き渡った。士郎、スティーブ、クリント、ナターシャの4人は余りの大音量の凛の怒号に思わず耳を塞ぐ。間近でこれを聞けば常人であれば鼓膜が破れる可能性すらあるだろう。

 

「きょ、協会からなんてもの盗んでんのよ!?し、しかもロードからも借りた……盗んだのよね!?協会からの執行者が差し向けられでもしらたどう責任取るのよ!!??」

 

凛の咆哮にも似た怒鳴り声はまだ止まない。彼女の怒りは収まるどころか更にヒートアップしていく一方だ。

 

『落ち着きたまえリン。借りたものはちゃんと返すさ』

 

「そういう問題じゃないのよーーー!!完ッ全に窃盗罪じゃない!」

 

窃盗どころか時計塔への不法侵入も恐らくしているだろう。にも拘らずキジトラ・ストレンジは余裕の態度を崩していない。

 

「お、追手とか差し向けられてない!?尾けられたりしてない!?下手すれば私にまで危険が及ぶかもしれないでしょ!」

 

『盗人一人に追跡者を差し向けるほど協会は暇なのかね?それに今は緊急事態だ。私としても泥棒のような真似はしたくなかったのだが背に腹は代えられなかったのでね』

 

「ねぇ士郎……、この糞猫もう一回ブン殴っていい……?」

 

素敵な笑顔を士郎に向けている凛だが、額には幾つもの怒筋が浮き出ている。そんな彼女に対しスティーブ達は苦笑いをしながら宥めていた。

 




とりあえず窃盗罪ですよストレンジ……(^_^;)

胡散臭いオッサン魔術師に指導されるよりは、キジトラの可愛い猫ちゃんに指導される方がいいよね♪


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第37話 屈服する快楽、敗北する快感

2話連続投稿です。パニッシャーさん貞操の危機……


新都でクー・フーリンと戦った末に退散させる事に成功したパニッシャーとコヤンスカヤは立香をホテルの部屋に連れ戻す事に成功した。拠点としているホテルの部屋には隠し部屋があり、立香は年の為にそこに入っている。予めコヤンがこういう事態を見越して部屋を勝手に改造していたようだ。クー・フーリンが追跡してくるかもしれず、立香はなるべく安全な場所に匿っているのだ。パニッシャー一人だけだったら魔術協会の追手を振り切る事も、ましてやクー・フーリンと戦い、生き残る事さえできなかっただろう。そういう意味ではコヤンスカヤには世話になっている。パニッシャーは銃を手入れしていると、ふと椅子に座ってテレビを見ているコヤンスカヤの横顔を見る。外見だけは本当に美しい女だ。だが、彼女の本性を知っている身としては騙されるわけにはいかない。この女がどんな悪辣な女なのか知っているからだ。そんなパニッシャーの視線に気づいたのか、コヤンスカヤはチラリと横目で見ながら微笑む。

 

「あら、どうされました?」

 

コヤンスカヤは桃色の長い髪の毛を手で掻き分けながらパニッシャーの方を向く。彼女は蠱惑的な笑みを浮かべながら言った。

 

「どうでしたか?昨夜の私の登場は完璧だったでしょう?」

 

クー・フーリンと戦っている際、あともう少しでゲイ・ボルクに貫かれそうになった所を彼女に助けてもらった。

「その事は感謝しといてやる。だがな、俺はまだお前を信用しちゃいねえんだ」

 

「あら、信用してもらわなくて結構ですよ? 私はあくまでも"契約"で貴方を助けているだけですので」

 

ウィンクをしながら軽く手を挙げるコヤンスカヤにパニッシャーは警戒の色を強める。確かに善人とは言えない彼女だが、だからといって血も涙もない外道というわけでもない。契約というものは律儀に守る性分らしく、パニッシャーのみならず保護した立香の面倒も見てくれている。これも彼女にとっては"契約"であり"ビジネス"なのであろう。だからこそ安易に敵対する事はないように思えるが……。そしてパニッシャーは銃を仕舞うと椅子から立ち上がり、ドアの方に向かう。

 

「あら?どこに向かいますの?」

 

コヤンスカヤは出掛けようとするパニッシャーに尋ねる。

 

「あぁ、この冬木の街で行われている聖杯戦争に参加しているマスター……遠坂凛を始末しに行く」

 

「……!」

 

パニッシャーの言葉が言い終わらない内にコヤンスカヤが前に立っていた。まるで外に行こうとするパニッシャーを阻止するかのように。

 

「何のつもりだ?俺は外に行く、そこをどけ」

 

しかしコヤンスカヤは聞く耳を持たず、とうせんぼを続ける。

 

「残念ですが行かせるわけにはいきませんわ。貴方はここで大人しくしていてください」

 

コヤンスカヤはそう言ってパニッシャーの身体を押して、椅子に腰かけさせる。細身の身体からは想像もできない腕力にパニッシャーは抗えず、そのまま椅子に座り込む。コヤンスカヤはそれを見て満足げに頷き、パニッシャーの向かい側に座った。そしてコヤンスカヤはパニッシャーの目をまっすぐに見つめながら口を開く。

 

「私はクライアントとの"契約"の関係で、リン・トオサカを殺させるわけにはいきませんの。契約書にはもし貴方がリン・トオサカを殺そうとすれば、その際は止めてくれ。と書かれていたんですから」

 

パニッシャーからすれば凛は聖杯戦争に参加しているマスターの一人であり、しかもその聖杯戦争で市民が危険に晒されているという。スティーブ達からのメールによれば衛宮士郎が通う学校がライダーと間桐慎二によって結界を貼られ、もう少しで生徒達が命を落とす所を辛うじて阻止する事ができたとある。それ以前からライダーが学校に設置した結界については知っており、スティーブやクリントは何度も凛に対して生徒の退避を進言していた。しかし凛はそのどれも拒否したのだという。魔術師として聖杯戦争に水を差されたくないのか、それとも神秘の秘匿とやらの方が大事なのかは分からないが、どの道凛は冬木市民に危険を齎すマスターの1人に過ぎない。だからこそ凛を始末してマスターの数を1人でも減らそうとしたのだがコヤンスカヤに阻止された。

 

「契約書にはわざわざ貴方を名指しで"パニッシャーには十分に注意せよ。自分が悪と判定した者は躊躇なく殺そうとする"と書かれていましたわ。どれだけ信用が無いのかしらねぇ?」

 

椅子に座るコヤンスカヤは前かがみになってパニッシャーの顔を覗き込んでくる。彼女の豊満な胸が椅子の背もたれに押し付けられ、その柔らかさを誇示するかのように形を変えていた。

 

「俺の性分だ。お前に止められようと俺は行くぞ」

 

そう言ってパニッシャーは立ち上がると、再度ドアに向かおうとする。しかしコヤンスカヤはパニッシャーが反応できないスピードで前に立っていた。

 

「私も契約がありますので。リン・トオサカを殺されるわけにはいかないんですよ」

 

コヤンスカヤは上目遣いでパニッシャーを見ている。元の世界……アベンジャーズがいた世界で活動していた際は度々他のヒーローと衝突した。基本的にヴィランや犯罪者であっても勝手に自分の手で殺す事は許されない。遵法精神あってのヒーローであり、悪人は司法の裁きに委ねるのが鉄則だ。だがパニッシャーはそこを無視する。市民に害を及ぼす存在であれば老若男女関係なく処刑する。遠坂凛は魔術師であり、聖杯戦争のマスター。市民に大勢の犠牲を出す選択をしてその結果悲惨な事態を引き起こしてしまう可能性はゼロではないのだ。そういった事を未然に防ぐ目的で凛を殺そうとするパニッシャーにコヤンスカヤが警告する。

 

「まったく……本当に世話の焼ける方ですこと」

 

「そこをどけコヤンスカヤ。俺は行かなきゃならん」

 

無理矢理通ろうとするパニッシャーを止めるコヤンスカヤ。

 

「ああ、もう、私の言った事理解できてます?リン・トオサカを殺させるわけにはいかないと言ったんですよ?」

 

コヤンスカヤは呆れ顔でパニッシャーの肩に手を置いた。

 

「俺を行かせろ。さもないとお前の脳天に銃弾をぶち込む事になるぞ?」

 

「あぁもう……。こうなっては仕方ありませんわね」

 

そう言うと同時にコヤンスカヤの拳がパニッシャーの腹にめり込んでいた。まるで反応すらできなかった彼女の攻撃にパニッシャーは両膝を床に突かせる。防弾チョッキを着込んでいるにも拘らず、彼女の拳の威力を全く殺す事ができなかった。

 

「く……」

 

パニッシャーは意識が遠くなっていくのを感じた。

 

「自業自得ですわ。私としてもこんな真似はしたくなかったのですが、これも仕方のない事です」

 

コヤンスカヤの言葉を聞き終えたパニッシャーの意識はそこで途切れた。それからどれくらい時間が経過したのだろうか?パニッシャーは微睡みの中から目を覚ました。

 

「……!?」

 

顔を横に向けるとそこには椅子に座って足を組みながらこちらを見ているコヤンスカヤがいた。

 

「あら?お目覚めですか?随分とぐっすり眠っていましたわよ?貴方の寝顔は随分と可愛らしかったですが♪」

 

コヤンスカヤは笑顔を浮かべながらベッドの上で寝ているパニッシャーを眺めていた。パニッシャーは遠坂凛を始末するべくホテルのドアを出ようとした際にコヤンスカヤに止められた事を思い出す。パニッシャーはベッドから起き上がると素早くドアに向かおうとする。

 

「あら?その恰好で外に出るのですか?そんな刺激的な姿ではリン・トオサカの元に辿り着く前に警察の御厄介になりそうですけど」

 

クスクスと笑うコヤンスカヤを見て違和感に気付いたパニッシャーは自分の身体を見下ろす。そこには身に付けていた防弾チョッキや銃といった装備はおろか、衣服すらも身に着けていなかった。鍛え抜かれた肉体を曝け出した状態で、パニッシャーはベッドに寝かせられていたのである。

 

「俺の銃や服をどこにやった……?」

 

パニッシャーはコヤンスカヤに詰め寄る。

 

「全部私が没収しましたわよ。貴方がリン・トオサカを殺すの一点張りで、仕方なく強硬手段に出たのです。貴方の性格を考えればこれが一番かと思いまして」

 

パニッシャーは全裸なのを思い出し、慌てて両手で股間を隠すがコヤンスカヤはそれを見て噴き出してしまう。

 

「貴方の股間にある逞しいモノは、ベッドの上で貴方が寝ている間に嫌と言うほど鑑賞しましたわ♪その際に自分の網膜と脳裏にしっかりと焼きつけましたもの。今更隠したところで無意味ですのよ♪」

 

「俺の武器と服を返せ」

 

「残念ですが、そうはいきません。リン・トオサカを殺そうとする以上は貴方を武装解除して、こうして無力化させる必要がありましたもの。それもこれも、貴方自身がクライアントから信用されていないのが原因ですし」

 

そしてコヤンスカヤはパニッシャーの前に立つ。

 

「随分鍛えられた身体をしていますのね。逞しい筋肉……素敵ですわ」

 

「俺の衣服を脱がして興奮してやがるのか?この変態女が」

 

コヤンスカヤは自分の目の前で裸体を晒しているパニッシャーの股間を凝視していた。しかし両手で隠されているため、見る事はできない。

 

「これだけやられればリン・トオサカを殺す事を少しは考え直してくれましたか?」

 

上目遣いで覗き込んでくるコヤンスカヤは妖艶な笑みを浮かべ、両手をゆっくりと伸ばしてきた。

 

「おい、どこを触ろうとしているんだ?」

 

「こんな目に遭いたくなければリン・トオサカを殺さないと約束してください。そうすればすぐにでもやめて差し上げますわ♪」

 

「それはできない相談だ。俺には俺の目的がある」

 

「あら残念♪ けどその選択をすれば余計に恥ずかしい思いをする羽目になりますわよ?」

 

そう言ってコヤンスカヤは股間を隠しているパニッシャーの両手を掴んで強引に引き剥がした。股間を覆っていた手が離された事により、パニッシャーは自身の男根をコヤンスカヤの前に曝け出す事となった。

 

「おい、何をしてる?やめろ!」

 

「あらあらそんなに恥ずかしがらなくてもいいのですよ? それとも……私に裸を見られるのは恥ずかしいですか?」

 

黄金の瞳を持つコヤンスカヤの視線はパニッシャーの全身を舐め回していた。コヤンスカヤはニヤニヤと笑いながら、自分の目の前の大男……パニッシャーを前に舌なめずりをしていた。それにしてもコヤンスカヤの腕力は明らかに人間のそれではない。超人血清の類でも打っているのだろうか?パニッシャーが全力で彼女の手を振りほどこうとしてもビクともしない。そしてコヤンスカヤは一本背負いの要領でパニッシャーを投げると、床に叩きつけた。

 

「ぐ……!?」

 

100キロを超えるパニッシャーの身体を軽々と投げたコヤンスカヤは馬乗りになる。

 

「私のような美女に力で捻じ伏せられるのはどんな気分ですか? ふふふ……そうですよね、屈辱的ですよねぇ」

 

コヤンスカヤは妖艶な笑みを浮かべながらパニッシャーの顔を覗き込んでいた。だがパニッシャーは何も答えず、ただジッと彼女を見つめているだけだった。

 

「さっさと俺の身体から離れろビッチ」

 

「あらあら、まだそんな口が利けるなんて……意外とタフなのね」

 

パニッシャーは自分よりも遥かに腕力に勝るコヤンスカヤを前にしても闘争心が折れていなかった。むしろこの状況を打開する方法を考えていた。

 

「武器も取られ、装備も奪われ、服もひん剥かれてすっぽんぽんになった割には随分と余裕ですね、Mr.パニッシャー。人間にしても動物にしても、オスというのはメスに力で負けるのを恥と感じるのですよ?オスというのはプライドで生きていますから。今この状況でこうして私に腕力で組み伏せられている状況でも折れていないのは褒めてあげます。……あ、ひょっとして"そういう趣味"に目覚めたりしました?」

 

満面の笑顔で言うコヤンスカヤ。そんな彼女に対し、怒りの形相で睨みつけるパニッシャー。

 

「そうですよねぇ、今の貴方に残された道はそうやって怖い顔で私を睨む事だけ。威嚇しかできない状況はホントに惨めですわね♪」

 

いちいち煽ってくるような言い方をするコヤンスカヤに苛立ちを隠せないパニッシャー。だが、少なくとも殺される事はない。だから隙を突いてコヤンスカヤから逃げ出す他はないだろう。そう思っているとコヤンスカヤはパニッシャーの身体から降りると、彼の身体を持ち上げてベッドに運ぶ。

 

「これが"お姫様抱っこ"というやつですわ♪貴方のような屈強な男性をこうしてベッドに運ぶのは、なかなか気分が良いものですわね」

 

コヤンスカヤはそう言って、ベッドの上にパニッシャーをうつ伏せで寝かせると、両手両足に金属製の手錠を嵌めてベッドの柱に固定する。

 

「うつ伏せだから貴方の可愛いお尻が丸見えですよ?」

 

コヤンスカヤはそう言いながら、ベッドに横たわっているパニッシャーの尻の線を指でなぞる。するとビクンッと体を震わせ、顔を赤くしながらコヤンスカヤの方を見た。

 

「……お前、何するつもりなんだ?」

 

「あら、何をなさるつもりだと思います?貴方をベッドの上にうつ伏せにしたのは殿方が一番嫌がる事をやり易くする為ですのよ?」

 

そう言ってコヤンスカヤはパニッシャーの尻をポンポンと叩く。初めは言っている意味が分からなかったが、コヤンスカヤが何を企んでいるのかに気付いたパニッシャーは彼女を睨んだ。

 

「てめぇ……!」

 

「あら?気付きましたか?私はこのまま貴方の"初めて"を散らす事ができるんですよ?」

 

最悪だ。想像以上に最悪の事態になってしまった。まさかこんな事態になるとは夢にも思わなかった。手錠の拘束から逃れようと暴れるが金属製なのでビクともしない。

 

「そりゃ嫌ですよねぇ?男なら誰だってそうでしょうとも!でもぉ……残念ながらアナタには拒否権なんてないんですよ」

 

そう言って笑うコヤンスカヤはベッドの上に乗り、パニッシャーの背中に跨る。

 

「降りろ……でないと殺す……!」

 

パニッシャーの殺気を当てられてもどこ吹く風のコヤンスカヤ。

 

「念の為に聞きますけど、"後ろ"の方は”初めて"ですか?」

 

しかしコヤンスカヤの問いには答えない。パニッシャーは無言で睨んでいるだけだ。そしてコヤンスカヤはパニッシャーの耳元に顔を近づける。

 

「……心配には及びません。できるだけ苦痛ではなく快楽を与えてあげますから」

それは純粋に善意で言っているように聞こえたが、パニッシャーにはそれは伝わらなかったようだ。これまで生きてきた中で最大最悪のピンチである。覚悟を決めるパニッシャーであるが、その時部屋の中にある隠し部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 

「おじさん、お姉さん、いるの?」

 

「……!?」

 

コヤンスカヤは立香の声を聞いた瞬間に戸棚から毛布を取り出してベッドの上にうつ伏せで寝るパニッシャーの上にかけて彼の全裸を隠し、電光石火の迅さで四肢に掛けられていた手錠を解除し、パニッシャーを仰向けに直す。あまりの手際の良さとスピーディさに思わず見惚れてしまう程だ。そしてそのまま流れるような動作で椅子に座ると、置いてあった本を開いた。そして隠し部屋のドアが開いて立香が出てくる。立香はベッドで寝ているパニッシャーに駆け寄ると、勢いよくダイブしてくる。

 

「おじさん!」

 

「おう!?」

 

立香の全体重がダイレクトにパニッシャーの身体にのしかかり、苦悶の表情を浮かべながらも立香の頭を撫でるパニッシャー。

 

「えへへ……。なんか変な感じ。」

 

「ふふふ、そうでしょうねぇ。」

 

コヤンスカヤはベッドで戯れるパニッシャーと立香を微笑ましそうに眺めている。立香のお陰で貞操の危機を脱する事ができたのだ。パニッシャーとしては立香に感謝してもしきれない。椅子に座るコヤンスカヤにレ〇プされていたらと思うと背筋が寒くなるが、とりあえず立香がいる時には手出しをしてこないだろう。そして立香はベッドから降りるとコヤンスカヤの所まで行き、彼女に声をかける。

「お姉さんも一緒に寝ようよ!」

 

「え?勿論良いわよリツカ君!私は別に気にしないわ。だって、私の大切なお客様だもの。」

 

立香はコヤンスカヤの手を引きながらパニッシャーが寝るベッドへと二人で入る。立香は丁度パニッシャーとコヤンスカヤに挟まれる形で寝る事となった。

 

「こ、これじゃ私はがこの子の母親みたいですわね……」

 

コヤンスカヤはベッドの上で眠っている少年を見て呟いた。

 

「とりあえずお前にケツを掘られずに済んだな」

 

「今回は命拾いしましたわね。でも次はそうはいきませんことよ」

 

二人は互いに軽口を叩き合いながらも、立香を守るようにして眠りについた。




コヤンに持ち物を奪われた挙句にひん剥かれてマッパにされるってもうご褒美じゃ……?(凛ちゃんを殺す事を譲らなかったせいでこんな手段に出たんだからある意味ではパニッシャーさんの自業自得か)



コヤン→あくまで"パニッシャーに凛を殺させるな"という契約に基づいてフランクさんを止めてるだけ。言う事聞かないから強硬手段に出た。

パニッシャー→コヤンの言う事に聞く耳持たず、凛ちゃんをKILLしに行こうとして止められた。


うーん、この(^_^;)


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