ティエラフォール・オンライン ―トラウマ少女のゲーム日誌― (輪叛 宙)
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第一部序章:ティエラフォール・オンライン
第零話:ログイン強制はやめてください


 高性能のゲームミングシステムを搭載したVRゴーグルヘルメットの普及より、体感型VRMMOは爆発的な普及を遂げた。

 脳波と連結して機械を動かす研究も進み、運動型ブレイン・マシン・インターフェース、BMIの急速な発達もあったのだと思う。

 BMIをゲーム機に応用する試みがされ、人間の脳波と連結し、ゲーム内キャラクターを自由に動かせるようにもなった。

 コントローラーは不要となり、ゲーム内キャラクターは現実の人間とほぼ同等な動きをできるまでに成長する。

 

 さらに研究者が味覚や嗅覚のデータ化に成功したのもある。ゲーミングシステムにデータ化された味覚・嗅覚の情報を連動したのだ。

 これまで視覚情報しか反映しなかったVRゴーグルの性能は飛躍的に向上した。ゲームの世界は今や現実と遜色ないまである。

 ボイスロイドなどの機械音声も発達し、好きな声帯を作れるようにもなった。あまりのリアルさに、ここが自分の生まれた本当の世界なのだ、なんて冗談も飛び交うほど。

 ライトゲーマーの想本夢梨(そうもとゆめり)も、快進撃を続けるVRMMO界に魅了されたプレイヤーの一人、受験勉強に勤しむ中学三年生である。

 だが、夢梨は中学三年間を過ごしたVRMMOで窮地に陥っていた。

 

「ノクトさん。最近さ、イン率落ちてない?」

「いや、俺もリアルが忙しくてな」

 

 ノクトとは夢梨が成り切る男性キャラクターである。短い黒髪に青い瞳をしたイケメン、キャラクタークリエイトにも一週間を費やした。

 男性プレイヤーが女性キャラを愛でるように、夢梨もまた異性になってみたいとの願望はあった。クラン戦も積極的に参加したかった。

 戦闘に重きを置くとするならば、可愛い女性キャラよりカッコいい男性キャラがよかったのもある。夢梨のクラン戦績は好調だった。

 ゆえに、クランメンバーが不満を口にすることも少なかったのだが、遂に痺れを切らしたクランリーダーに呼び出される。

 

 理由は単純明快、夢梨は受験勉強に時間を割かなければならなくなり、趣味のゲームに費やす時間が減ったからだ。

 必然的にイン率も落ちる。夢梨は忘れていたのだ。自分のプレイするオリシオン・オンラインにおける致命的な問題点を。

 そう、ゲーム内における民度が最悪なのである。ログイン強制など序の口、自分が負けそうになれば回線切りも横行する。

 

 PKとPKKの罵詈雑言が飛び交い、プレイヤー同士の煽り合いは日常茶飯事。他のプレイヤーはNPC、自分を持ち上げる道具としか思っていない。

 神がかったギスギスオンライン、それがオリシオン・オンラインである。民度底辺ゲーを夢梨が続けられたのは、懸命に作った自キャラ愛があったからだ。

 けれど、それも霞むほどのストレスに夢梨は直面していた。

 

「クラン入る時さ、面接したよね? 一人頭のクランポイントくらいは稼いでもらわないと困るんだけどさー」

「いや、だから最初に説明したはずだが? 用事があるなら、無理強いはしないというルールだったはずだ。約束を破っていないような……」

「それ、前のクランリーダーが決めたことじゃん。今のリーダーは俺だよね?」

「ああ、はい……すいません」

 

 理不尽だ、と言い返したくなった夢梨は我慢する。自分は空気の読める女。どう発言したところで、火に油だと悟ったからだ。

 

「リアルのほうが落ち着けば、これまで通りにインできますので……」

「それはいつ? 何日後、それとも何か月後? はっきりしてよ」

 

 クランメンバーのモラハラが続く。弱気になった夢梨は心の中で絶叫した。

 

(いい加減にしてよー! あたし、言ったよね! リアルが忙しくなるからイン率下がるって。みんな了承してくれたのに、もう忘れちゃったの!?)

 

 夢梨の心を反映したノクトが頭を抱える。ホントに肩身が狭い、夢莉はVRゴーグル越しに泣きたくなった。夢梨もガチのゲーマーじゃない。

 ゲームは趣味程度のものだ。完全なエンジョイ勢だったのだが、中学二年間はゲームにかけられる時間も多く、なまじ戦績が良かったのもあったのか。

 それがガチ勢と間違われた要因だった。嫌になる、夢梨はゲームが好きだっただけなのに。夢梨の所属するクランはオリシオン・オンラインの上位ランカーだ。

 結成当初は和気藹々としていたのだが、クランのムードメーカーが辞めて豹変した。上位クランを維持したかったのか、意識の高いプレイヤーが増えていく。

 

 クランメンバーにログインノルマを課し、元手のない女子中学生に課金を煽る。全員で新装クエストに行ったとしても、効率重視の周回プレイスタイル。

 普段より時間がかかれば、反省会という名を借りた責任の擦りつけ合いが始まる。ゲームの楽しさなど欠片もなく、予習復習は当たり前。

 ミスを怒り、達成感を分かち合わない。仲間と呑気にキャラ撮影を楽しむことなどあろうものか。ライトゲーマーの夢梨には居心地の悪いクランと成り果てた。

 ゲームに熱中するのはいい、それも個人のプレイスタイル。しかし、他人に自分の主張を押し付けるのはどうなのか。

 もう我慢の限界だった、最低限のクラン貢献はしたはずなのだ。

 

(うん、引退しよう)

 

 夢梨は決意する。自キャラへの愛着でゲームを続けていたが、ここまで細かく強制されれば、自由なプレイなどさせてもらえるはずもない。

 グラフィックはよかった。音楽もよかった。ゲームシステムのバランスも良好。不具合に対する運営の対処もまずまずだ。

 しかし重ねて言おう、プレイヤーの民度は最悪である。惜しいゲームだったとは思うけれど、このあたりが潮時だったのだ。夢梨はノクトの声帯で話す。

 

「ずっと考えていた。俺、このゲームをやめようと思う」

 

 ノクトの背中は悲しくうなだれる。多少の同情はあるかな、と夢梨も期待した。けれど、クランメンバーに古参プレイヤーを思い遣る気はないようだった。

 

「はあ!? それはいいけどさ、せめて代わりを見つけてからにしてくれよ!!」

「いや、ほんと引退するんで。ゲーム内アイテムもクランボックスに残していくんで。もう勘弁して……お願いだから」

 

 夢梨の素が出る。ちょっとキャラ崩壊するみたいになった。ノクトにクール系イケメンの面影はない。心労が祟り、人生に疲れたオジサンみたいだった。

 まだ文句が言い足りなかったのか、クランメンバーの罵倒が続く。

 

「無責任じゃねえの、ノクトさんよー」

「いや、疲れたんです。色々と」

「疲れたとか、ゲーム舐めてるんですか?」

 

 いや、ゲームを仕事と勘違いしないでほしい。胸中に秘めたカウンターを放った夢梨は、問答無用で会話の流れを切る。会話を交わすだけ無駄だと思ったからだ。

 ゲームを現実と混同するモンスターたちには話が通じない。主義主張の反りも合わないし、議論はずっと平行線を辿るだけだ。

 だから、せめて夢梨は筋を通すことにした。一応はサービス開始から一緒にゲームをプレイした人たちだし、最後に感謝を伝えておこう。

 

「紆余曲折ありましたが、お世話になりました」

 

 と、それだけ言った夢梨はログアウトした。最後にクランリーダーが告げた言葉を耳に残しつつ、夢梨はオリシオン・オンラインを退会する。

 さらば哀しきイケメンよ、夢梨はノクトのキャラクターデータを削除した。VRゴーグルの電源を落とし、両手首に装着したゲーム用リストバンドを外す。

 軽くすっきりした気分、肩の荷が下りたかのようだ。ゴーグルを外した夢梨が見たのは、見慣れた自分の部屋だった。

 

 受験用の問題集が置かれた机、少女コミックの並ぶ本棚もある。栗色に近い地毛をしたミドルヘアーの少女。女学校の制服を着た自分が想本夢梨である。

 夢梨を包み込むふわふわなベッドの近くには、稼働音をあげるゲーミングタブレット。オリシオン・オンラインの公式サイトが映る。

 画面の中央に表示されたのは、『退会しました』の文字。ノクトのデータを消したことに少なからずの未練はある。けれど、後悔はしないでおこう。

 見切りをつけるにもちょうどよいタイミングだったのだ。深いため息を吐いた夢梨の耳に、クランリーダーの捨て台詞が反響する。

 

『ネトゲは遊びじゃねーんだよ!」

 

 と。しかし、ゲームの公式サイトを見つめる夢莉には即答できた。

 

「いや、遊びじゃん。遊び(・・)、だよね!!」

 

 大事なことなので二回言った。これがライトユーザーの本音である。ネトゲのガチ勢とは相容れない。鬱憤を晴らすように雄叫びをあげる。

 ぜえぜえ、と夢梨は肩で息をする。クラン会議には相当な圧迫感があった。ストレスも尋常ではなかったのだ、叫ばなければやっていられない。

 趣味でフラストレーションは溜めたくないものだ。一呼吸おけば、昂った感情も沈静化する。落ち着いた夢梨は、ふとベッドに倒れ込み、

 

「もうガチ勢は嫌……ゆるくやれるゲーム、発売してくれないかなー?」

 

 などと絶望した少女は願うのだ。今度はランカー狙いのクランはやめよう。いっそ自分で作るのもアリ。ゲーム仲間のリアフレはいるし、誘ってみようかなとも思う。

 痛い目を見たし、戦闘に特化したプレイも控えるのはどうか。次は生産職に手を出してみるのもいいかもしれない。キャラクターも自分と同性にしよう。

 戦闘をメインとしたプレイをするならば、男性キャラのほうが見栄えがよかったのだが、さて生産職が似合うかと言われれば返答に困る。

 

 鍛冶職人とかもいいけれど、なんというかオジサンキャラがやる印象なのだ。まあ、夢梨の私見だけれども。キャラクリは自分のイメージに添いたい。

 未知なるゲームに夢を抱く少女は、ゆっくりと瞼を落としていく。やがて高校に進学した彼女は出会うことになる。

 自分の理想とするプレイが可能なVRMMORPG、テェエラフォール・オンラインに――



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第一話:新作ゲームを推されました

 窓際の席に座り、学校制服を着た想本夢梨はボーッと空を見上げる。一面の青空に雲が流れる。仲の良さげな小鳥が羽ばたき、陽光も眩しい青空を飛ぶ。

 授業用のノートタブレットを机に置き、夢梨はメモリースティックを引き抜く。タッチペンを文房具入れにしまえば、ホームルーム終わりの開放感に浸る。

 ここは私立彩桜(さいおう)女子学院高等学校、夢梨の通う女子高だ。全校生徒は八七三名、偏差値もちょっと高めのお嬢様学校である。

 想本夢梨は外部生、受験も相当に頑張った。地頭はいいほうだったし、入学試験の成績もよかったと担当教師に言われた。

 趣味をセーブした甲斐があったというもの。あたしは十分に頑張った、そう自己評価する夢梨は、そろそろ熱中できるゲームを見つけたかった。

 

「ゲームしたい、でもハマれる作品がないんだよなー」

 

 高校に入学して一ヶ月が過ぎた。合格発表が出るやゲームを解禁した夢梨だったけれど、なかなか良作と巡り会えない。欲が強すぎたのか。

 生産職にも力を入れたゲームがやりたかった。だが、必要素材を回収するため、結局は戦闘を主体とするプレイになってしまう。

 やはりキャラクターレベル制なのが問題なのか。強い素材を回収するため、高レベル帯のモンスターがうろつくマップに突入しなければならない。

 必然的にレベ上げを強制されるのだ。必須素材を掘るのに必要な装備を整え、適正レベルになり、スキル環境を充実させて行動に移る。

 

「うん、前とやってることが変わらない」

 

 オリシオン・オンラインと似たシステム、新鮮味の欠片もない。キャラクターへの愛着は沸くが、もはやそれだけで続けられない夢梨だった。

 クランで起きたいざこざが脳裏に蘇る。これはもうトラウマなのではないか、ぐぬぬ、と歯を食い縛った夢梨は机に突っ伏した。

 

「よっ、お疲れー」

「あー、澪実(れいみ)。おつー」

「いや待って、なんでそんな死んだ顔してんのよ」

 

 現岡澪実(うつつおかれいみ)が呆れ顔をする。髪は青みを帯びた濡烏(ぬれがらす)色のふんわりとしたボブヘアー、黒を薄めたような瞳をした友人である。

 身長は夢梨よりも高い、一六二センチだったか。趣味でジム通いをしているらしく、体のラインがはっきりしていて、プロポーションも良い。

 軽く敗北感と挫折を味わう。残念なことに夢梨はあと一センチ足りず、一六〇センチに届かなかった。成長期なのに、身長が伸びる気配もない。

 羨ま悔しいとはこのことか、夢梨は強く拳を握り締めた。

 

「急にどうしたの?」

「ちょっとこの世の不条理に叛逆(はんぎゃく)を」

「随分と壮大な悩みになったわね」

 

 テンポよく澪実が突っ込む。彼女は夢梨の幼馴染、しかし家が近所だったわけではない。夢梨は小学生の頃にやったオンラインゲームで澪実と知り合った。

 数少ない女子プレイヤー同士ということもあり、ビデオチャットをつないだのが始まりだった。定期的に意見交換をするため、語り明かした日々を振り返る。

 夏休みのような長期休暇に遠征し、お互いの実家に泊まったこともあった。彼女とはゲームで出会ったのだけれど、もうリアルの友人だと言っていい。

 

 夢梨が志望校を絞ったのも、澪実と進学先が被る女子学校があったからだ。オフ会よろしく集合し、遊んだことはあったが、一緒に学校に通ったことはない。

 二人の志望が一致した学校の一つでもあったのだし、いっそ同じ学校に通ってみるかということで、夢梨は彩桜女子の受験に挑戦した。

 彩桜女子は学校の評判も良く、親の許可が出るのも早かった。おかげで勉強量は増えたけれど、一緒の学校に通えてよかったなとは思う。

 こうして放課後に親友と駄弁る時間ができたのだから。

 

「ただ、一緒の学校に通うようになると、戦力の差を見せつけられるというか」

「戦力? 何の話をしてんのよ?」

「いやね、美人さんは羨ましいな、と」

「私のこと? そこまでじゃないわよ、もっと見た目がいい人は他にいるし」

 

 過大評価だと澪実は言う。この娘は自覚がないのだ。同級生の女子から密かにカッコいいとの噂されているというのに。見た目だけでなく、性格がいいのもあるか。

 困っている子を見かけたら、さり気なく手助けし、見返りも求めない。圧倒的なイケメン女子、面倒見の良さも相まって、憧れの対象となることがままあった。

 入学して間もないというのに、既に一定数の人気がある。彼女の恋愛対象に同性は含まれるか、などとマニアックな相談を持ちかけられたことも。

 

 あの時は返答に困った。人気者の親友も楽じゃない。なんとか澪実の尊厳は守ったけれど、この無自覚天然たらしめ、と思わなくもなかったのだ。

 そんな親友と並び立てば、自分が見劣りするのは当然のこと。人の苦労も知らず、いい気なものだとため息を吐き、非平等な現実に楯をつく。

 と、天邪鬼な夢梨は小生意気な態度を取るが、

 

「綺麗系ではないけど、あんたも十分に可愛い系だとは思うけど」

「か、可愛い? ほんとに?」

 

 親友の不意打ちをくらい、ピクンと耳が反応する。想本夢莉は褒め殺しに弱い。上手に煽てられれば、軽くその気になってしまう。

 髪の毛先をいじり、照れを誤魔化すみたいに赤面する。口元が緩む、心が表情(かお)に出てしまう。夢梨はたった一言で撃沈したのだ。

 半目になった澪実に呆れられた。親友を不安にさせる要素が、どこにあったというのか。まったく心外だとは思いつつも、夢梨は古傷をえぐられる。

 

「速攻で堕ちたわね。あんた、変な呼び込みとかに会っても、絶対について行っちゃダメよ。小悪魔気取りな割にチョロいし、前のゲームもそれで失敗したんでしょ?」

「み、耳が痛い。最初はすごく仲良くやれてたし、あんなことになるとは思わないじゃん。クラン成績良かった時は褒めてくれたし」

 

 そうなのだ、最初は悪い気もしなかった。クランのムードメーカーが健在だった頃のオリシオン・オンライン。最高の仲間に出会えたという確信もあったのだ。

 しかし蓋を開ければ地獄行き。諸々の事情はあったのだろうけれど、クランのムードメーカーは脱退。一日のノルマを果たすだけの作業ゲーが始まる。

 常に最効率を要求され、時間厳守を徹底する。思えば、中学時代はゲームに支配される日常だった。過去のトラウマが蘇り、夢梨の眼が死んでいく。

 

「突っ込むのはここまでにしておくわ。あんたのほうはまだ悩んでんの?」

「うーん、まあね。こう、ビビッとくるゲームがないんだよね」

「ビビッとってどういう感覚よ」

 

 語彙力、と澪実が頭を抱える。夢梨はグルグリとこめかみを押し込んだ。ゲームはしたい、けれど緩くやれないのが悩みどころだ。

 愛想を尽かすふうに肩を落とす彼女は、しかし親友の力にはなりたかったのか、調べあげた情報を口にするのだった。

 

「いっそ新作に手を出してみたら? 今日発売のゲームがあったはずよ」

「なにそれ? あたし、すごく気になります!」

「ちょっと近い近い、落ち着けおバカ。着席して聞きなさいよ」

「了解しました、隊長。続きをお願いします」

 

 綺麗に着席した夢梨はビシリと敬礼する。我ながら様になったと自己満足。どこの軍隊だ! と澪実は自分のおでこにデコピンした。

 痛い、思わず首を仰け反ってしまう。夢梨は疼きの残る額を擦る。悪ふざけするな、と注意した澪実が調べたゲーム名を口にした。

 

「ティエラフォール・オンライン、キャッチコピーは失った大地の物語よ」

「どういうゲームなの? そこが詳しく知りたいけど」

 

 従来の仕様だと嫌だなと夢梨は思う。他のゲームをやるのと変わらないからだ。

 しかし澪実は含みを持たせるふうに言う。

 

「やってみてのお楽しみね。私もベータ版に参加したけどなかなかよ、マンネリ化したレベル制ゲームじゃないのがポイント」

「レベル制じゃないの!?」

 

 夢梨は即座に惹かれた。調べるのも手間だったと澪実は頷く。

 

「ハスクラ要素もあるけど、自由度は高いわ。ハウジング要素に素材採集、農民プレイも充実してる。ユルい生産プレイにはもってこいの環境よ」

「そこまで調べてくれたんだ、これからもズッ友だからね。ありがとう、澪実神マジ愛してる!」

 

 叫び声をあげた夢梨は飛びあがる。教室の視線が一気に集まった。そっちの趣味だと勘違いされたのか、驚愕の眼差しを向けられた。悪ふざけが過ぎただろうか。

 赤面して俯く子もいたけれど、深くは考えないようにしよう。同性人気もあるし、勘繰られて困るのは澪実のほうだ。彼女は夢梨の顔面を押さえ込み、

 

「違うわよ、息抜きが欲しかっただけ。ずっと格ゲーするのは疲れるでしょ?」

 

 現岡澪実は格闘ゲームの有名プレイヤーである。eスポーツの大会に参加した経験もあり、いくつかの大会で賞金を獲得したこともある。

 プロゲーマーに引けを取らず、澪実は五分の打ち合いを披露した。格ゲーの女子中学生プレイヤーは珍しかったこともあり、一時はゲーマー界で話題を呼ぶ。

 浮かしからのエグイ削りコンボ、容赦なく追撃をかける姿勢は女子学生とは思えないと言われ、定着した仇名は〝残虐姫〟である。

 VRゴーグルの発達は、なにもVRMMOだけには留まらない。格闘ゲームなどにもいち早く適応され、一種のエンターテイメントとなった。

 

 賞金を懸けたFPSなどもそうだ。ゲームの利点は男女の骨格差に左右されず、身体障害者なども分け隔てなく大会に参加できること。

 eスポーツには男女の部は存在せず、混成型のトーナメントが開催されていた。ストイックな性格の澪実は、格ゲーのトレーニングも欠かさない。

 賞金も出るし、格ゲー方面ではガチ勢の澪実だった。ゆえに鬱憤が溜まった時に気晴らしをするゲームが欲しかったと話す。

 

「ようは自分のためよ、別にあんたのためじゃないから」

「あー、はいはい。ツンデレ、ツンデレ。ご馳走様です」

「ツンデレ言うな! 私のどこをどう見たらそうなんのよ!?」

 

 赤面した澪実が拳を振りあげる。わー、と棒読みした夢梨が身構えれば、彼女は拳を下げてそっぽを向く。殴る気は微塵もなかった癖に。

 腹黒な夢梨がニヤニヤ笑う。澪実は腕を組み、彼女は照れ顔を隠す。自分に厳しい彼女は、冗談混じりの制裁でもなければ、暴力に訴えることはない。

 夢梨の自慢する優しい親友なのだった。

 

「とにかく、帰りにゲーム屋に寄るわよ。一緒に買ったほうがいいでしょ?」

「あー、一緒にやってくれるんだ」

「あんたが前に私を誘ったんでしょーが!」

「律儀に覚えててくれたんだ。澪実、かわいー」

 

 夢梨の悪戯心が刺激された。照れた親友をからかってみよう。澪実が褒め殺しに弱いことは知っている。ボッと音が聞こえるほどに澪実は顔を真っ赤にした。

 

「からかうのはやめなさいよ、あんたとは長い付き合いなんだから!」

 

 澪実が強く手を引く。夢梨の冗談に照れながらも怒ったのだと思う。面倒な性格の親友だ、それとも過去の遺恨を引き摺っているのか。

 

「痛い、痛い! 冗談だから引っ張るのやめて!」

「あんたが私を挑発したんでしょーが!」

 

 いい加減にしろ、と澪実が腕を引き寄せた。夢梨は親友に流されるまま、教室の外に出て行く。帰り道、二人はゲーム屋に立ち寄った。

 店頭で新商品と銘打ったティエラフォール・オンラインを見つけ、早速とばかりに二人は新作VRMMORPGを購入する。 



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第二話:新作ゲームにログインしました

 ティエラフォール・オンラインは近世風のオープンワールド型VRMMORPGである。失われた大地、ティエラフォールを舞台にプレイヤーは開拓民となる。

 世界を渡り歩く探検家になるもよし、PKを主体とする暗殺者になるもよし。PKKをメインとした治安維持部隊も組織できる。

 組織の通称はクランではなくギルドとの扱いだ。依頼を受注する酒場はなく、ほとんどがランダム発生のイベントという突発型のクエスト仕様。

 個性をつけるためか、鉄板のヒューマンは存在しない。長耳。獣人。虫人。魚人。小人。翼人。アンデッド。そして竜人、計八つの種族を選択できる。

 

 世界観設定的に長耳族がヒューマンの立ち位置か。長耳と言えばエルフのイメージがあるけれど、ティエラフォールの人間は耳が長いという設定のようだ。

 種族の特徴がエルフの影響を受けまくっているし、流用はされているのだろうけれど。ドワーフなども小人の扱い。そこはキャラクリにこだわれとのこと。

 ゲームには八つの都市がある。各種族を象徴とした都市であり、開始位置は選択種族に関係なく、任意で選べるようだった。

 

 長耳族の都市、そよ風舞う草原のアルフローゼント。獣人の都市、鉄と砂に隠された地下大陸べスティアラン。虫人の都市、大緑樹の森イーセクトゥムル。

 魚人の都市、大海にある海底世界ピルキスルイーバ。小人の都市、黄金の眠る貿易地ホビトラゼッタ。翼人の都市、天空に座す浮遊大陸アウェスクイス。

 アンデットの蠢く黒き闇の大陸モルスウィーウェレイ。最後に竜人の都市、山岳と竜の墓地ドラコニューシリオ。この八つの都市が開始位置となるようだ。

 

 などと、チュートリアル的解説をしたのは管理用AIだった。魔導書妖精を自称する彼女は、ページを開く空中に浮かんだ本の上に座る。

 純白のドレスをまとった電脳少女、ティエラフォールのイメージキャラクター。妖精のような四枚羽を動かし、コホンと咳払いした彼女が胸を張る。

 

「どうでしたか? この私、ハイパー有能AIであるランちゃんの解説は!!」

「分かり易くはあったよ、うん」

「そうでしょうとも、ランちゃんはスペシャルなAIなのです!」

 

 ひたすら自己主張の激しい彼女が、チュートリアルAIである。名前はランちゃん、開発者が下手にキャラ付けをしたのか、自意識過剰な電脳少女なのだった。

 ティエラフォール・オンラインを起動し、キャラクター製作空間に突入すれば、彼女が登場した。魔導書の妖精さん、という設定らしい。

 ゲームの管理用AIだが、これがちょっと面倒くさい性格だった。有能アピールがしつこいと指摘すれば、途端に自虐を始めたのだ。

 

『分かってましたけどねー、どーせランちゃんは作り物のヘッポコですよー』

 

 と彼女は落ち込み、まったく解説が進まない。グチグチと自己否定を続けるランちゃんは、相当に鬱陶しかった。メンタルがお豆腐なのだ。

 ゲーム解説を頼み、ローテンションで話を進める彼女を徐々に褒め称え、ようやく調子を取り戻してくれたのである。ホントにつらかった。

 涙が出そうになるのを堪え、夢梨はランちゃんに拍手を送る。豚も煽てりゃ木に登る、褒め殺しの殺傷力はよく分かる。

 完全復活したランちゃんは、えっへんと胸を張った。人のことを言える立場にはないけれど、チョロッチョロな人工知能ちゃんだった。

 またへそを曲げると困るので、夢梨はもうランちゃんには突っ込まないと誓う。

 

「さあ、次は仕様説明に移りますね~」

 

 よいしょ、と自分の座った本をめくり、ランちゃんが話を進めようとした。けれど、手を挙げた夢梨は彼女にお願いごとをすることに。

 

「一ついい? 相談したいことがあるんだけど」

「はいはい、どうぞ。スーパー有能AIのランちゃんが聞きましょう」

 

 本に目を落としていたランちゃんが顔をあげる。ハイパーなのか、スーパーなのか、どっちなのだろうと思ったけれど、ともかく夢梨は彼女に相談を持ち掛ける。

 

「あたし、友達とプレイするつもりだから通信をつないでいい?」

「相談したいのですね。いいでしょう、ゲーミングタブレットのほうでチャットをつないでいただければ、このランちゃんが有能であることを証明します」

「じゃあ待っててね、澪実は――」

 

 夢梨が手を横にスライドすれば、チュートリアル画面上にタブレットのホーム画像が展開される。夢梨はグループチャットを選択、澪実の名前を押し込む。

 通信音が鳴り響き、澪実が応答する。途端にAIのランちゃんが両手を突き出す。夢梨が首を傾げると、すぐ隣の空間が発光した。

 

「えっ? ちょっ、何なのよ!」

 

 澪実が驚きの声をあげる。親友が唐突に同じチュートリアル画面に転送され、夢梨も目を開く。ゲーム解説のチュートリアルは共有できるようなのだ。

 

「お友達を呼びましたよ。どうです、ランちゃんは有能感あるでしょう? キャラクタークリエイト画面は共有できないんですけどね」

「軽く驚いたわ、急に私のほうの解説役が『転送!』とか言い出したしね」

「まあいいじゃん、あたしもベータテスター様に相談しやすくなるし」

「フライングしたみたいに言わないでくれる? あんたは別ゲーやってたんだし」

 

 調子のいい奴だと澪実が肩を落とす。夢梨は悪ふざけするように笑った。

 

「これで次の説明に移れますね、このゲームの育成方法を教えますよ」

「レベル制じゃなくて熟練度制なのよね? 全武器種は一二個、防具の項目は三つ。生産職関連のスキルが四つ、魔法属性が七つだっけ?」

「ま、まあそうですけど。流石はベータテストの経験者さんですね」

 

 自分の役目が奪われたと思ったのか、顔の引き攣ったランちゃんが言う。ティエラフォール・オンラインは熟練度制のゲームだった。

 キャラクターにレベルはなく、武器種や職業技能のほうに熟練度上昇のEXPが振られるとのこと。武器種の選択枠は一二。近接、遠距離、魔法に分類される。

 剣。斧。槍。鈍器。格闘。盾。この六つが近接武器となる。短銃、長銃、弓の三つが遠距離武器。杖。護符。魔導書。この三つが魔法武器だ。

 

 防具類の解説もしよう。重装。軽装。魔術服。この三種類があり、重装には防御値が高い分、移動力低下のデメリットがある。

 軽装は可もなく不可もなく、防御力はまずまずでデメリットもない。魔術服は防御値が低いが、MP回復などの補助スキルが充実している。

 装備には初期値があり、各武器・防具種ごとに最大値が固定となる。初めのほうに手に入れた初期武器も、強化次第で最大値までもっていける。

 

 ただし初期武器は固定値が武器種の最低値であり、強化に途方もない苦労を強いられる。形状にこだわりがなければ、初期値の高い装備を強化するのが無難だ。

 次に属性魔法の項目は七つ。火。水。風。土。この四つが基礎の魔法属性である。空。時。この二つが上位魔法属性となる。

 回復・補助が七つ目の属性となり、無属性魔法を含む。職業技能は次の通り。盗賊。鍛冶。錬金調理。細工符呪。この四つとのこと。

 

 盗賊は隠密技能にまつわる能力を向上させるアビリティがあり、ダンジョントラップの感知やピッキング技能などの習得ができる。

 鍛冶は読んで字の通り、武器生産・強化に必要なスキル。錬金調理は主に薬品制作がメインとなり、ゲーム内料理の生産スキルも含まれるらしい。

 細工符呪はアクセサリー品を作ることができ、防具やアクセサリーに魔術効果の付与が可能だ。澪実の解説を聞いた夢莉は、ちょとだけ符呪師に惹かれる。

 

「熟練度あげとなると、魔法職は大器晩成型になる仕様だね」

「魔法職が完成まで時間かかるのは鉄板でしょ? エネミーの弱点属性を突かないといけないし、全属性の熟練度あげは必須よね」

「武器種熟練度と魔法熟練度かー、頑張ってみよう」

 

 夢梨が遠い目をする。魔法職にするつもりなのかと澪実は首を傾げた。置き去りにされて寂しかったのか、コホン、とランちゃんが咳払いする。

 

「有能なAIのランちゃんほどではないですけど、解説がお上手ですね」

 

 苦し紛れにランちゃんが強がった。管理用AIの意地をみせようとばかりに、彼女はキャラクターパラメーターの話に移行する。

 

「ティエラフォール・オンラインでは、キャラクタークリエイト時に種族値を振ることになっています。振り直しには課金必須なのでご注意を」

「あれよね。初期に配布される三十ポイントを、用意された六つのパラメーターに振り分けるって話。それがキャラクターの固定値になる」

「はい、そうなりますね……」

 

 ラナちゃんがガックリと肩を落とす。澪実にスラスラと解説の補足をするのが悔しかったのかもしれない。また折れてきたじゃん、と夢梨は眉根を下げる。

 

「キャラクターの固定値説明はキャラクタークリエイト画面にありますので、そちらを参考にしてください。ランちゃんが教えることもないと思うので」

「あの、ランちゃん? 気をしっかり持って」

「いえ、お気遣いには及びません。ランちゃんは解説もまともにできないポンコツAIなので。初期の出現位置を決め、キャラクタークリエイトに移ってください」

 

 本の上に座ったランちゃんが体育座りをする。いじけたみたいだった。面倒なAIを作った開発者だなと思う。落ち込む彼女は居たたまれない。

 

「ちょっと澪実、言いすぎだよ。ランちゃんがまたいじけちゃった」

「えっ、これ私のせい!? あの子がメンタル最弱なだけでしょ?」

「そうですよー、ランちゃんは欠陥品AIでーす」

 

 はは、とランちゃんは自虐的に笑う。けれど最後の仕事はしようと、初期選択した都市の人口を表示した。プレイヤーの同時接続した都市のランキングだ。

 堂々の第一位は鉄板の草原都市アルフローゼント、全体の三十パーセントを占める。新規御用達といった地形だし、激戦区なのは当たり前か。

 第二位は貿易都市ホビトラゼッタ、最高レアの装備がドロップしたとの情報がリークされた都市。

 

 ベータテストからのデータコンバート勢が凌ぎを削り合う魔境。全体の二十パーセントを締め、ハスクラに精を出すガチ勢が横行する泥沼地帯である。

 第三位は海底世界ピルキスルイーバ。魚人を選択する人は少なそうだけれど、ロケーションがいいのもあるとは思う。海に面したビーチも多い。景観の良さに流され、同時接続をしたユーザーが多いのかも。人口は全体の十五パーセントだった。

 

「まったりプレイしたいし、上位三つはないな」

 

 開始人口が多いということは、土地の奪い合いも激しい。ハウジングなどのゆるプレイをしたいならば、まず避けるべき場所だった。

 過去のトラウマが蘇る、もうガチ勢の相手は御免被る。生活プレイ主体のライトユーザーらしく、過疎地に突入してやろうではないか。

 第四位は空中都市アウェスクイス。RPGのラスボス戦と言えば空中大陸なイメージ、ラストバトルに憧れた人が多いのか。人口は全体の十パーセント。

 同列五位が暗黒都市モルスウィーウェレイと地底都市べスティアラン。全体的に暗く景観はあまりよくない。人気が微妙なのも納得だ。

 ただし、厨二病的な魅力もあるのか、数字としては悪くなかった。それぞれ全体の八パーセントである。

 

「いよいよ来たわね。あんた、ワースト一位の都市に行くつもりでしょ?」

「まあね、もうゲームに縛られるのは嫌だし」

 

 第七位にしてワースト二位は、森林都市イーセクトゥムル。虫人娘はいいが、男性キャラのビジュアル的な人気の無さ。

 森の木が邪魔、湿地帯もあるし、移動しにくい。諸々の事情が重なり、全体の六パーセントまで落ち込んでいた。

 夢莉の希望とする第八位。ワーストワンの栄光に輝いた都市は、山岳都市ドラコニューシリオだった。竜族はビジュアル的にそこそこの人気はあると思う。

 問題は地形、谷の深い山は人気がないようだった。全体の三パーセントという最高の過疎地、まさしくベストスポットだった。

 

「竜の墓地とか、そそられるワードはあるのに」

「初期は飛行手段もないし、移動制限が多いのもあるわ」

「やっぱり? でも、あたしはここにするけどね」

「付き合うわよ、あんたと一緒にTFOを買った意味がなくなるし」

 

 成り行きだからね、と澪実が素っ気なく言う。

 

「澪実、照れてる?」

「やかましい、ブツわよ?」

 

 素直じゃない澪実が笑顔の圧力を振りかざす。夢梨は両手をあげて降参した。二人がじゃれ合っていれば、自信喪失したランちゃんが職務を果たす。

 

「決まったみたいですねー、じゃあクリエイトルームにどうぞー」

「了解、ってか元気出しなさいよ」

 

 澪実はランちゃんを励ます。しかし自称有能AIはヘソを曲げたままだった。

 振り返った澪実が尋ね、

 

「ねえ夢梨、あんたはもうやること決めてるわよね?」

「うん、調整はお願い」

 

 そう言った夢梨は自分のステータス振りを打ち明け、クリエイト画面に移る。



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第三話:キャラクタークリエイトを始めます

 ティエラフォール・オンラインにジョブという項目は存在しない。製作キャラクターの固定値は決まっており、開始時にポイントを振り分けるシステムだ。

 全六種のパラメーター値の上限は十振りまで。三十ポイントあれば、三つのパラメーターは最大値まで振れるだろう。

 しかし一概に三点突破が正しいとは言えない。各アビリティには取得に必要なパラメーター値があり、いずれか一つでも必須ポイントに満たなければ習得不可。

 自分のプレイスタイルに合わせたポイント振りを考えるべきだ。ティエラフォール・オンラインはジョブを選ぶゲームではない。

 自分に見合ったジョブを作るVRMMORPGなのだった。各種パラメーターは次の通り、夢梨はパラメーター値の解説画面を開く。

 

①基礎パラメーターの種類(最大値)

 STR(10):1ポイント毎に腕力が3上昇・アイテム所持重量+10

 VIT(10):1ポイント毎に生命力が3上昇・HPの固定値を+10

 AGI(10):1ポイント毎に移動力が3上昇・HPの固定値を+5

 INT(10):1ポイント毎に知力が3上昇・MPの固定値+5

 RES(10):1ポイント毎に抵抗力が3上昇・MPの固定値+10

 DEX(10):1ポイント毎に器用さが3上昇・生産力上昇+2%

 備考:RES値は回復・補助魔術に影響を及ぼす。

 

②種族初期値

・長耳族

 男 HP:100 STR:22 VIT:23 AGI:22

   MP:105 INT:22 RES:23 DEX:23

 

 女 HP:95 STR:22 VIT:23 AGI:23

   MP:110 INT:22 RES:23 DEX:22

 

・獣人族

 男 HP:115 STR:24 VIT:24 AGI:23

   MP:90 INT:21 RES:21 DEX:22

 

 女 HP:110 STR:24 VID:21 AGI:24

   MP:95 INT:21 RES:22 DEX:23

 

・虫人族

 男 HP:125 STR:25 VIT:25 AGI:22

   MP:80 INT:20 RES:22 DEX:21

 

 女 HP:120 STR:24 VID:25 AGI:21

   MP:85 INT:20 RES;23 DEX:22

 

・魚人族

 男 HP:120 STR:25 VIT:24 AGI:21

   MP:85 INT:20 RES:21 DEX:24

 

 女 HP:85 STR:20 VID:21 AGI:21

   MP:120 INT:24 MND:25 DEX:24

 

・小人族

 男 HP:95 STR:22 VID:22 AGL:25

   MP:110 INT:21 RES:20 DEX:25

 

 女 HP:90 STR:21 VID:20 AGI:25

   MP:115 INT:22 RES:22 DEX:25

 

・翼人種

 男 HP:85 STR:20 VID:21 AGI:24

   MP:120 INT:24 RES:25 DEX:21

 

 女 HP:80 STR:21 VID:20 AGI:24

   MP:125 INT:25 RES:24 DEX:21

 

・アンデッド種

 男 HP:90 STR:24 VID:22 AGL:23

   MP:115 INT:24 RES:22 DEX:20

 

 女 HP:115 STR:22 VID:24 AGL:23

   MP:90 INT:22 RES:24 DEX:20

 

・竜族

 男 HP:110 STR:24 VID:25 AGI:20

   MP:95 INT:21 RES:23 DEX:22

 

 女 HP:95 STR:21 VID:23 AGI:20

   MP:110 INT:24 RES:25 DEX:22

 

③種族容姿・固有アビリティ

・長耳族:ティエラフォールで広く繁栄した種族。草原を多い地方に住む。容姿端麗、長い耳が特徴。他は人間と大差ない。

 固有アビリティ:草原の祝福(状態異常耐性を10%強化)

 

・獣人族:地底世界(アンダーグラウンド)の住人。獣の耳と尻尾を持つのが特徴である。好戦的な蛮族として地上を追いやられた種族とのこと。

 固有アビリティ:獣の直感(盗賊技術・行動速度を10%強化)

 

・虫人族:世界樹の森を住処とする虫人。男性キャラは巨大な甲殻虫のような姿、女性キャラには触角があり、虫羽を付けるかは任意。温厚な森人。

 固有アビリティ:森の守り人(物理ダメージを10%カット)

 

・魚人族:海底都市の住人。耳はエラのような形をしており、肌が青色の人間。海を縄張りとしており、地上に出ることもある。水中呼吸ができる。

 固有アビリティ:大海の知恵(錬金調理・細工符呪技能を10%アップ)

 

・小人族:商人の街を出身とする者。商才に長け、手先は器用。身長は低く、最大でも一ニ〇センチが限界値となる。

 固有アビリティ:商人の嗅覚(取得金・鍛冶技能を10%アップ)

 

・翼人族:天空の民。空飛ぶ島を自分たちの領域とする。背中に大きな翼もあり、ジャンプ力が他の種族よりもある。飛行も可能。

 固有アビリティ:天使の加護(5秒毎にMPを1%回復)

 

・アンデット族:死人にして闇の大陸を支配する。肌の色は生気のない黒か灰色。自我を宿したゾンビのような存在。見た目はヒューマンの死体っぽい。

 固有アビリティ:亡者の狂嘆(5秒毎にHPを1%回復)

 

・竜人族:大山脈を領域とする民族。頭に竜の角が生えており、翼と尻尾もある。オッドアイは強制、飛行も可能。山岳都市に先祖竜の墓場がある。

 固有アビリティ:対魔の鱗(魔術ダメージを10%カット)

 

 と、ティエラフォールの種族詳細は以上だった。キャラクター選択画面を一通り見た夢梨は、一発で選択種族を決める。

 固有アビリティに目を通せば、生産職志望の夢莉が選ぶ種族は一つしかない。魚人族である。固有アビリティの影響は微々たるものだし、好きな種族を選ぶのが正解かもしれない。プレイヤーのモチベーションにもなる。

 

「だからこそ魚人なんだよね」

 

 夢梨は悲恋の物語が好きだ。水にまつわる女性の物語は悲恋話が多い。やがて泡に帰す人魚姫の物語。戯曲家ジロドゥのオンディーヌ。

 ドイツの作家、フリードリヒ・フーケの中編小説「ウンディーネ」も名高い名作をもとにした戯曲。儚くも美しい乙女の恋物語は惹かれるものがある。

 子供のころにマッチ売りの少女を読んだからか、妙に悲しい話が好きな夢梨なのだった。薄幸美人に憧れている節もあるのかもしれない。

 などと自分語りはさておいて、魚人とくれば人魚を連想してしまう。これは魚人を選択せざるを得ないではないか。水中呼吸もできるし、採集の幅も広がる。

 夢梨の勝手なこじ付けを種族選びに反映したわけだが、魚人族が生産職向きなアビリティを持っていたことに感謝しよう。

 

「運営さん、ありがとう。心置きなく魚人を選ばせて頂きます!」

 

 夢梨は迷いなく魚人の種族を選択した。性別は女性にする、生産職は同性キャラでやると決めたからだ。外見のディティールにもこだわろう。

 乙女ゲーや少女コミックのヒロインみたいな清純派女子でいく。身長は一六〇センチにする。バストはちょっとだけ盛った。

 ゲーム内くらいは澪実に負けたくない。現実での敗北を認めたようで悔しくなったが、歯を食い縛って耐えようと思う。理不尽な神様の悪戯なのだ。

 

 透き通るようなアッシュブロンドの髪色を選ぶ。もみあげが三つ編みなミドルヘアに切り替える。魚人族の肌色は青で固定か、長いヒレ状の耳を選択する。

 丁寧語が似合いそうな女の子、悪戯好きの夢梨とは対照的な垂れ目の少女。瞳の色は青い肌には目立つ黄金色に変更した。良い感じになったのではないか。

 次は武器種を選択する。武器種の個別熟練度の最大値は一〇〇のようだった。一二種の武器と三種の防具から選択だ。

 

「武器はもう決めてたんだよね」

 

 夢梨は魔法武器の護符を選ぶ。細工符呪の技能に関するアビリティが取得できると澪実に聞いたからだ。各種の魔法熟練度は徐々にあげていこう。

 緩くやるつもりだし、対人コンテンツに手を出すつもりもない。熟練度あげに急ぐ必要もないのだし、まったりとゲームを楽しもうじゃないか。

 防具は魔術服にする。白いローブドレスのような旅人の服だ。夢梨のクリエイトしたキャラクターの装備は、術師の護符と詩人のローブになった。

 初期装備あるあるのネーミングだなと思う。いよいよキャラクリの本番、夢梨は固定値の調整に取りかかる。魚人族女性の上昇値を再度確認した。

 

「生産力があがるし、DEXは全振りするとして、魚人女性の初期値も高いし、あとは予定通りにINTとRESに振ればいいか!」

 

 夢梨はポイントを振り分けていく。最終的には装備依存のゲームだし、パラメーター値の指定で取得できないアビリティもある。

 テンプレ振りを参考にするべきかもしれなかった。けれど、調べるのも面倒な気もしたし、ゆるプレイにガチガチのテンプレ振りは不要だ。

 やりたいことをやるのが一番。エンドコンテンツに参加するつもりはない。身内としかやらないし、野良(ソロ)の混成パーティに迷惑をかけることもないはず。

 

「あとは名前だけか」

 

 キャラクタークリエイトが終了すれば、あとは名前の入力画面が出る。キャラクターネームを入力すると、いよいよ冒険の旅が始まるわけだ。

 夢梨は少し考え込む。いっそ自分の名前を崩したニュアンスにするのはどうか。夢梨は自分の作ったキャラクターを眺め、ユーナ、とそう名付けたのだった。




 序章はここまでとなります。第零話はノリと勢いで書いた某作品のパロ込み番と、非パロ込み番を用意しており、どうしようかと考え中に誤更新。
 慌てました。非パロ番を正規ストーリーとします。次話より週一更新に。毎週土曜となります、お世話かけました。


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第一章:チュートリアル
第四話:チュートリアルを受けましょう


 竜の墓場。

 

 ティエラフォール・オンラインにログインしたユーナは、まず山頂に転送された。巨大な竜の骨が横たわる山の天辺だ。

 眼下に雲海があり、晴天の空は澄み渡っている。ティエラフォール・オンラインにも気候変化のシステムはある。

 初回ログイン時の天候が晴れだとは幸先が良い。ティエラフォールの一日は現実の四時間に相当する。二四時間でゲーム内の日付は八日進むということだ。

 ゲーム内時間は朝の十時。山の天気は変わりやすいというけれど、そこまで細かい再現もしていないだろうし、今日一日は大丈夫かと思う。

 

『魔動力の急速な発達により、世は激動のなかにあった』

 

 ユーナの視界の端にオープニングテロップが流れる。ティエラフォール・オンラインは、プレイヤーの同時接続型オンラインゲームだ。

 リアルタイムバトルを謳い文句にしているし、派手なムービーシーンはない。薄れて消えていくテロップ。開発陣が用意したせめてもの遊び心かもしれなかった。

 早くゲームがしたいプレイヤーには邪魔だろうが、壮大な物語が始まったふうな演出は嫌いじゃない。一人称視点で周囲を見回してみよう。

 平坦な山脈の峰が続く。白骨化した竜の残骸がそこかしこにある。峰に架かる橋のように倒れた竜の背骨もあった。

 オープニングテロップと合わせれば、コマーシャルゲームのムービーと遜色のない美麗なグラフィックだった。

 

『太古の遺産が眠る大陸、八大神の加護を受けし八つの種族は開拓の民となる』

 

 仰々しくも壮大な物語を演出するテロップ。遠くの空に飛ぶ翼竜を流し見れば、それらしい雰囲気はあるのではなかろうか。

 種族の固有アビリティがあったけれど、それが神の加護という扱い。ゲーム的な要素へのこじ付けとはいえ、開発者はちゃんと世界観を大事にしている

 きっと開発陣は見て欲しかったのだ。自分たちの血と汗の滲む努力の末に完成させたゲーム舞台を。ユーナは開発チームの訴えを聞き入れた。

 

 うんうん、と二度頷き、達観した娘を装う。いよいよゲームを始めた実感を抱いたユーナは肌に触れる。しっとりとした質感、美肌パックをしたあとみたいだ。

 肌の潤いが半端ない。頬には魚の鱗みたいな紋様があり、手触りはザラザラとした感触だった。指の間を流した髪の色は、純度の高いアッシュブロンド。

 人間とは異なる種族になれたということか、普段はあるはずのないヒレ耳の感覚も新鮮だった。ユーナが意識すれば耳の先が動く。

 おー、と感嘆が漏れた。清楚で幸薄な魚人娘を演じてやろうかと思えるほどのクオリティ。素晴らしい、我ながらにナイスチョイスだったのではないか。

 

 勝手に自己満足したユーナは喜ぶ。未知の世界に足を踏み入れた高揚感が胸に沸く。だけれど、魚人が山の上にいるのはちょっと場違いな気もした。

 昂った感情を沈めるふうに、ユーナは山頂の空気を肺に吸い込む。ゲームなのだし、魚人は地上でも息ができる。山頂の空気も薄いということはない。

 それにしても長いテロップだ。重厚な世界観を演出したかったのかな、などと考えて頭を空っぽにした。ボケーッとユーナはテロップを流し見る。

 

『失われた大地ティエラフォール、この地にまた一人の――』

 

 と、オープニングテロップが締めに入った矢先だった。唐突に文字化けしたかと思えば、開発スタッフ用意した決め台詞を言う前に消えたのだ。

 惜しかった、あと一歩だったのに。誰に伝えるでもなく、ユーナは一人で悔しがる。途端に頭上が輝けば、管理用AIのランちゃんが登場した。

 オープニングテロップを消した犯人である。ランちゃんは世話が焼けると言いたげな顔になり、

 

「テロップが長すぎます、邪魔です。有能なランちゃんの登場シーンが台無しになるではないですか。まったく不要なところに力を入れる方々ですね」

 

 あろうことか、管理用AIの少女が自分の製作者にダメ出しをする。

 

「スタッフさんの努力が……」

 

 水泡に帰すとはこのことか。運営スタッフの唯一といっていい見せ場は、あっけなくランちゃんに奪われる。運営スタッフの皆さんに同情を禁じ得ない。

 さてさて、ランちゃんが再登場した理由はといえば、彼女がチュートリアルの進行役を担当するからだった。

 ユーナに見えないだけで、キャラクター作成を完了したプレイヤーには、別のランちゃんが見えているのだとか。 

 

 確かに頭上を見上げたプレイヤーが多い気がした。過疎地を選んだとはいえ、初回出現位置はやはり人が多い。それでも人気都市よりはマシだろう。

 歩くスペースはあるのだし、開始位置で他プレイヤーを押し退けずに済む。プレイヤー人口の多い都市を選択すれば、早々に押し競饅頭を繰り広げていたところ。

 ドラコニューシリオにログインしたのは、あえて過疎地を選んだプレイヤーばかりである。大骨の横たわる物々しい景観とは裏腹に、雰囲気はのどかなものだった。

 そうそう、こういう肩の力を抜ける空気感がいい。ゲームは楽しむものだ。脳裏を過るかつてのクランメンバーに吼え、ユーナは一息吐く。

 

「よし、満足。ランちゃんは回復したみたいだね」

「なんのことですか? ランちゃんには分かりませんね」

 

 自分は落ち込んでなどいなかったとランちゃんはすっとぼける。そういうことにしておこう、変につついてまたへそを曲げられても困るからだ。

 急に『中腹の街に向かう』とのクエストテロップが出る。「はい」か「いいえ」の選択肢も出た。任意のチュートリアルクエストとみるべきか。

 ランちゃんが胸を躍らせる。クエストを受けて貰えるかとの強い期待も窺えた。これは「いいえ」を選択できない空気だ。

 そもそもAI相手に気を遣うの変だけれど、そこはランちゃんを作った運営会社の責任である。しかしユーナも初心者、ゲーム仕様も分からないのだ。

 チュートリアルをスキップする理由はなかった。ユーナはチュートリアルクエストを受注する。早速とばかりに、ランちゃんは解説を始めた。

 

「ユーナさん、ステータスウィンドウは開けますか?」

「あーうん、やってみるね。ステータスオープン、っと言う必要もなかったけど」

 

 頭で考えればステータスは表示される。口に出したのは、言いたかっただけだ。ユーナは自分のステータス表示一覧を見る。

 

○プレイヤーステータス(個体値の振り分けポイント)

・PN:ユーナ 種族:魚人 性別:女

 HP:85 STR(0):20 VIT(0):21 AGI(0):21

 MP:270 INT(10):54 RES(10):55 DEX(10):54

 補助効果:生産効果・会心率20%UP、細工符呪・調理錬金効果10%UP

 持ち運び重量:200

・装備武器

 武器:術師の護符(STR+25 INT+90)

・装備防具

 頭:なし 

 胴:詩人のローブ(VIT+10 RES+30)

 腕:なし

 足:なし

 アクセサリー:初心の首輪(VIT・RES+2、熟練度30まで経験値20%上昇)

 アクセサリー:なし

○各種熟練度アビリティ(最大値)

・護符Lv1(100)

 魔術適応Lv1(MAX):魔術を護符に付与・通常攻撃はMP1を消費する

 エンチャントLv1(3):自分及び味方武器に属性付与(Lv1は火と水のみ)

・魔術服Lv1(100):該当スキルなし

・火魔術Lv1(100):取得アビリティはなし

・水魔術Lv1(100):同上

・風魔術Lv1(100):同上

・地魔術Lv1(100):同上

・空魔術Lv1(100):同上

・時魔術Lv1(100):同上

・無魔術Lv1(100):同上

○職業アビリティ(最大値)

・符呪師Lv1(10):付与スキルのラインナップ増加

 

 と、ユーナはあげたい項目にだけを目を通した。生産職に集中しつつ、魔術方面を伸ばしていきたいところだが、道のりは長そうだ。

 澪実の作ったキャラと探索くらいは一緒に行くのだし、護衛されてばかりなのも彼女に悪い。せめて迷惑はかけぬよう、最低限のことはしたかった。

 けれど、符呪方面の効果に期待し、選択武器を護符にしただけあり、魔術職を強制されてしまう。完成までの苦行は魔法職らしいかと諦めた。

 ユーナのメインは生産職。対人コンテンツの前線級を目指す必要はないのだし、気ままに生活コンテンツを謳歌しつつ、まったりと上げればいいと思う。

 アビリティの最大Lvは熟練度により解禁するシステム。例えばエンチャントLv2の解放条件は、護符熟練度Lv30という指標がある。

 

「アビリティの解放条件はわかったようですね。次は取得方法に移りましょう」

 

 ランちゃんがアビリティ仕様の解説を進める。応用編、アビリティ及びスキル取得方法とのこと。ランちゃんは数冊の魔導書をユーナに手渡す。

 魔術やアビリティの取得に必要なアイテムだ。「火球:INT0・熟練度1」・「氷柱:INT0・熟練度1」・「治癒:RES0・熟練度1」と書かれた魔導書である。

 記載された数値は取得に必要なパラメーター条件。「火球」と「氷柱」はINTに0振り、「治癒」はRESに0振りでも覚えられる初級魔法のようだ。

 熟練度表記は取得レベルのことらしい。火球の魔術は火属性の熟練度Lv1が要求され、治癒の魔術は無属性の熟練度Lv1が要求されるといった感じか。

 魔法には初級から上級までのランクがある。中級以上ともなれば、要求されるINT値やRES値も高くなり、取得熟練度も上昇する。今回は初心者用の魔導書配布だ。

 

 次にランちゃんは付属するアビリティ書を出した。「詠唱短縮・火:INT1・DEX1」と「詠唱短縮・水:INT1・DEX1」、「回復強化:RES1・DEX1」と書かれた本。

 アビリティ取得に必要な本型のアイテムだ。設定された項目に必要最低限の数値を振っていなければ、魔導書と同じく能力の取得不能に陥る。

 解説用ということもあり、ユーナの能力値に合ったアビリティ書をランちゃんが選んだとのこと。早速、ユーナは譲り受けた書物を使用した。

 魔術や能力を取得すれば、書物は消える使い捨てのアイテム。能力を取得したことで、ユーナのアビリティ画面に変化があった。

 

○熟練度アビリティ(最大値)

・火属性Lv1(100)

 詠唱短縮Lv1(10):詠唱時間を-5%(最大は50%減)

・水属性Lv1(100)

 詠唱短縮Lv1(10):詠唱時間をー5%(最大は50%減)

・無属性Lv1(100)

 回復量増加LV1(5):回復魔法効果1.1倍(最大は1.5倍)

○習得スキル(ランク)

・火球(初級):前方に火弾を放つ、消費MP10・詠唱時間5秒

・氷柱(初級):上空より氷が飛来する、消費MP10・詠唱時間5秒

・治癒(初級):対象の体力を30%回復、消費MP20・詠唱時間10秒

 

 こういったふうに、能力取得のために書物を集めるシステムのようだ。初級の書物に関してはゲーム内の販売店で購入可能らしい。

 他は直接ドロップか、符呪師プレイヤーを頼るのが基本。できるだけ生産職を殺さないようなシステムになっているのだとか。

 符呪師志望のユーナは一つ稼ぎ方法を学ぶ。アビリティ書作成は売れそうだった。あとは単純な武器・防具への魔術効果付与になってくるようだ。

 符呪項目は武器と重装・軽装防具に一スロットずつ、魔術服は二スロットあるとか。アクセサリーは符呪スロットなし。生産職志望には必須情報とのことだった。

 

「だいたいわかったよ、ありがとね。ランちゃん」

「そうでしょう。有能ランちゃんにかかれば、ゲームの解説も朝飯前なのです!」

 

 えっへん、とまたランちゃんが威張る。打たれ弱いAIちゃんには拍手を送っておく。基本的なチュートリアルも終わり、さて友人を探そうとした矢先だ。

 

「やっと見つけたわ、ここにいたのね!」

 

 竜の墓場を駆け抜ける黒髪をした豹耳の獣人がいた。紺色のへそ出しジャケットと短パンを穿いた獣人の娘。短い黒髪の彼女がユーナに手を振った。



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第五話:パーティを組みました

 ミオンを名乗るプレイヤーからフレンド申請とパーティ招待が飛んでくる。無言申請とは片腹痛い。ユーナはこの手の誘いには乗らないのである。

 見知らぬ他人とやるのはネットゲームの醍醐味だが、挨拶をするのがマナーだ。悪質プレイヤーの申請は蹴るとしよう。ユーナは「いいえ」を選択する。

 

「おいこら、スルーしてんじゃないわよ! このおバカ!」

「いえ、見知らぬ人からのお誘いは受けない主義なんです」

「何を良い子ちゃんぶってんの!? 私が誰だかわかるでしょ!」

「格ゲーマーの友人が同じプレイヤーネームを使っていた記憶があるだけです」

 

 頑なにユーナは我道を貫く。

 眉間にしわを寄せた豹娘が、シャーと尻尾の毛を逆立てた。

 

「分かってんじゃないのよ、あんた! 申請受けなさいよ!」

 

 ミオンとは、澪実と出会ったオンラインゲームで彼女が使っていた名前だ。澪の字をミオともじり、ミオンと付け足したプレイヤーネーム。

 当時は似たようなことを考える子だなと思った。ユーナも本命の夢梨、ユメナシとの文字変換を利用したからだ。

 ユーナとミオン、二人にとって思い入れの深い名前であった。あの日のことを律儀に覚えていたのか、澪実も粋なことをする。

 当時の名前を使ったユーナも、親友のことを言えないのだが。

 

「すいません、ミオンさん。もう一度申請を送ってきてください」

「今度は許可しなさいよ、手間なんだから」

「分かっています、同じ悪戯はしませんよ。芸がないです」

「じゃあ行くわよ、はい!」

 

 ミオンが空中に展開したメニュー画面を操作する。フレンド申請とパーティ招待がユーナに届く。今度は「はい」を選択する。

 視界画面の右上、ミオンのユーザーIDとHPが表示される。メニュー画面を開き、パーティの項目に目を通せば、しっかりとミオンの名が記載されていた。

 仲間のステータスも確認できるみたいだ。ユーナはミオンのステータス画面を開き、彼女のパラメーターを自分と比較する。

 

○プレイヤーステータス(個体値振り分け)

・PN:ミオン 種族:獣人 性別:女

 HP:160 STR(10):54 VIT(0):21 AGI(10):54

 MP:95 INT(0):21 RES(0):22 DEX(10):53

 補助効果:生産効果・会心率20%UP 行動速度・盗賊技能10%UP

 持ち運び重量:300

・装備武器

 武器:格闘家の武具(STR+100 VIT+14 RES+8)

・防具

 頭:軽装・練気のピアス(ベータ特典・VIT+30 RES+30)

 胴:軽装・格闘家の衣(VIT+25 RES+25)

 腕:軽装・格闘家の武具:ガントレット

 足:軽装・格闘家の武具:ソルレット

 アクセサリー:疾風の指輪(ベータ特典:AGI+50、回避判定強化1.2倍)

 アクセサリー:初心の首輪(VIT・RES+2、熟練度30まで経験値20%上昇)

○各種熟練度アビリティ(最大値)

・格闘Lv1(100)

 武術家Lv1(5):格闘武器の性能を1.1倍にする

 打撃増幅Lv1(5):コンボ一回毎にSTR1%上昇(最大10%、ベータ特典)

・軽装Lv1(100)

 軽鎧Lv1(5):軽装防具の性能1.1倍。

・無属性Lv1(100)

 補助延長Lv1(10):補助魔術の効果時間を10%UP

・盗賊Lv1(100)

 隠密行動Lv1(MAX):潜伏中に足音が響かなくなる(ベータ特典)

 鍵開けLv1(5):ロックピックの難易度10%低下

・錬金調理Lv1(100)

 調理師Lv1(10):調理品のラインナップが増える

○習得スキル(ランク)

・クイックムーブ(初級):一分間、自身の行動速度を2倍にする MP20

・錬気功(特典・格闘):一分間、自身の全パラメーターを1.5倍 MP50

・闘気功:一分間、ノックバック及び会心率50%上昇 MP30

 

 との内容だった。ミオンはコンバート勢だし、熟練度も持ち越しも可能だったはず。ミオンがキャラクターを作り直したのは、足並みを揃えるためだと思う。

 ベータとの連動特典七つは遠慮なく頂戴したようだが。データの持ち越しをしてもよかったのに、そう思ったユーナは親友の気遣いに感謝した。

 けれど、お礼は言わないでおこう。ミオンが下手な気遣いを嫌うからだ。ユーナは微笑み、普段通りを心がける。

 

「ミオンさんは、やはりその武器でしたか」

「私と言えば、これでしょ?」

 

 ミオンはシャドーボクシングしたあと、飛び蹴りを空中に放つ。VR格闘ゲームのプレイヤーだけあり、反射神経も常人よりは遥かにあると思う。

 こと一対一の勝負において、プレイヤースキルの高い友人である。浮かせば勝ち確、そう豪語する彼女はノックバック率があがるスキルが早く欲しいと言う。

 ノックバックには吹っ飛ばしの効果もあるし、攻めてきた敵を空中に浮かし、そこから鬼のようなコンボを披露するつもりなのだろう。

 〝残虐姫〟のあだ名は伊達ではない。熟練度の差さえなくなれば、格闘ゲームの世界ランカー以外には勝てる自信はあるようだった。

 

「問題はFPS勢よね、私との相性は最悪だわ」

「格闘家は範囲攻撃が少ないですからね。集団戦は苦手なはずです」

「このゲームは長銃もあるし、集団戦の芋虫スナイパーが厄介すぎるのよ」

「正々堂々と突撃スナイパーしてこい、ということですか。ちょっとした異種格闘技戦みたいですね」

 

 ティエラフォール・オンラインには多くのプレイヤーがアクセスする。当然、そのなかにはVRFPSのプレイヤーもいるわけだ。

 畑違いの相手、対策が取りにくいのも無理はない。ティエラフォールには部位判定もある。ヘッドショットは三倍ダメージ、胴体は一・五倍だったか。

 VIT極振りでも一撃でHPが瀕死ゾーンに突入する。長銃は単発式の仕様とはいえ、スナイパーが得意なPKは狙ってくるし、要注意とのことだった。

 

「私は回避盾の振りだしね、当たったら一撃KOよ」

 

 ミオンのパラメーター振りはSTR・AGI・DEXの三点突破。高いSTRと格闘武器の手数を活かし、DEXの判定強化による会心の一撃で攻めていくスタイル。

 まさしく攻撃は最大の防御。AGI型の前衛、特に回避盾は高いプレイヤースキルが要求されるのだ。VIT振りは防御職向けというのは勘違い。

 むしろSTRと共存し、高い防御値と物理攻撃による脳筋ゴリ推しで攻めるスタイルが主流なのだ。回復薬を手に戦う彼らは、プレイヤースキルも関係なく脳死で攻め続ける。

 

 その様は、一部のオンラインゲームで薬物中毒プレイと言われたほど。対エネミー戦(PvE)の効率に先鋭化したプレイにおいて、ヒーラーもタンクも必要ない。

 ダメージを受ければ薬を飲めばいい。守りがなければ、()られる前に()ればいいのだ。全員アタッカーによる脳筋ファイト。

 これが最適解であり、ガチ勢との日々を思い出したユーナは鬱になる。対人戦(PvP)ともなればまた違ってくるが。さて、余談はさておくとしよう。

 ミオンはVITへの五振りを考えたそうだが、それは甘えだと自分を一喝。回避格闘の一点突破としたようだ。ストイックな友人らしい選択だと思う。

 

「ねえ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

 

 ふとミオンが神妙な面持ちになった。

 ユーナは落ち着いた佇まいで振り返る。

 

「私になんの御用でしょうか、ミオンさん」

「どうして敬語なの? あんた、ちょっとキモイわよ」

「ゲーム内では清純派女子で通そうかと思いまして」

「あー、うん。自分で清純派女子とか言った時点で潰えたわよ、あんたの野望」

 

 ミオンの冷静な突っ込みをいただいた。不慣れなことをするものではないということか。ユーナのキャラ付けは不評なようだったのでやめにしよう。

 偽りの仮面など剥がし、普段通りに振舞うのが一番である。お利口ぶるのをやめたユーナは、清楚系女子のキャラ付けを捨てた。

 

「そろそろいいですか? ランちゃんも解説を進めたいです」

「ユーナはチュートリアルを受けたわけね」

「ミオンは受けなかったの?」

「必要なかったしね。ほら、私はベータテストに参加したでしょ?」

 

 同じ解説を受けることもないとミオンは言い張る。親友の合理的決断が耳に入ったせいか、ランちゃんがショックを受けてしまう。

 

「そーですか、そーですか。ランちゃんは不要だったわけですね」

 

 ズーン、と沈み込んだランちゃんの顔が曇る。ネガティブモードに突入だ。始まってしまったかと、ユーナは頭を抱える。これは長くなりそうだ。

 

「まあ、ベータテスターさんに解説しても意味ないですからね。ランちゃんとか、いないほうがいいですよー。不具合AIですしー」

 

 ネチネチとランちゃんがまた自虐芸を開始する。まったく面倒な有能AIちゃんだ、とにかく会話の流れを変えたい。ユーナは親友に目を向け、

 

「ミオン、他人を傷つけちゃダメだよ」

「どの口が言うのよ、あんたにだけは言われたくないわ」

 

 ミオンは不当な避難だと反論した。冗談はさておき、紙面に指で円を描きつつ、いじけてしまったランちゃんは、どうしたのものかと思う。

 彼女が機嫌を直す方法を模索し始めた矢先のことだった。

 

「お姉ちゃんが一緒だから心配ありませんわ! 安心してくださいませ!」

「いえ、スーは怖がってないです。エリーが不安を逆撫でするです」

 

 ふとプレイヤーらしき声が聞こえた。ダウナー系の物静かな声。そしてやたらと気取ったハイテンションな女性の声だ。

 視線を向ければ、二人組の少女がいた。一人はアンデット、もう一人は翼人を選択したようだ。これ幸いに、ユーナは両極端な二人の声に導かれた。



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第六話:プレイヤーに接触します

「あなたたちもTFOを始めたばかりなんですか?」

 

 ユーナは仲良さげな二人組に声をかける。リアルの友達同士で協力プレイしているふうな和やかさがあったからだ。

 フレンドプレイを謳歌している人のほうがいざこざなくてよい。ランちゃんのメンタルが回復するまで、軽い雑談でもしようと思ったのだ。

 アンデット族を選択した少女は幼さの垣間見える体型。身長は一四二センチくらいの設定か。眠そうな赤い目と長く綺麗な金髪をした少女だった。

 

 幼い見た目とは裏腹に、プロテクターのついた重装を装備した娘。肌は死人のような灰色。ダウナー系の印象もあり、不愛想で口数も少なそうな少女だった。

 それなのに庇護欲を刺激するのは、彼女の挙動が覚束ないからだろう。ユーナに声をかけられ、盾を構えた彼女は後退《あとずさ》る。

 恥ずかしがり屋なのか、彼女は翼人を選択した知人の背後に隠れた。

 

「まあ、嬉しいですわ。お姉ちゃんを頼ってくれますのね」

「違うです、スーはちょっとびっくりしただけです」

「またまたー、お姉ちゃん相手に恥ずかしがらなくてもいいですのに」

 

 ふふふ、と機嫌を良くした翼人の少女が笑った。ハーフアップポニーのヘアアレンジをした赤毛の少女である。水色のリボンが山頂の風に揺れた。

 騎士風の軽装ドレスを着用した翼人。背中の白い翼が折りたたまれる。大人な雰囲気を醸し出す彼女だが、身長はユーナよりも低く設定されていた。

 優しげな垂れ目をした彼女は、ほんわかとしたお嬢様口調で一貫する。ロールプレイの一環かと思う。楽しそうなのはおおいに結構だった。

 せっかくのゲームなのだし、プレイ中はゲームに没入したいものだ。

 

「あー、人見知りするタイプだったか。ごめんね」

 

 友人とのゲームを邪魔されたくなかったのかもしれない。ユーナはアンデット族の少女に謝った。お邪魔虫は退散するとしよう。

 受けが悪かったなとユーナは落胆する。しかし、どういうことか、アンデット族の少女が対抗心に火がついたようだった。

 ムッとした彼女は、このまま引き下がるわけにはいかないと勇む。アンデット少女は存外に負けず嫌いだったらしい。

 

「スーはコミュ障じゃないです。勘違いしないでください」

 

 盾を前方に構えた少女が歩み出す。彼女を応援する翼人少女がエールを送る。恐る恐るといった様子の彼女は、ユーナの前で立ち止まった。

 しかし盾は絶対に下げない。これが自分を守る最後の砦だと顔を隠し、アンデットの少女はユーナを警戒する。唐突に彼女は頭を下げ、

 

「こんにちわです」

 

 とだけ伝え、そそくさと退散する。また翼人少女の背に隠れた彼女は、やり遂げたと言わんばかりに偉ぶり、どうだと誇らしげな顔をするのだ。

 

「挨拶したです、スーがコミュ障じゃない証明です!」

「どこが!? それをコミュ障って言うんでしょ!?」

 

 たまらずミオンが突っ込みを入れてしまう。たぶん癖が出たのだ。しまった、とミオンが罰の悪そうな顔をする。初対面の子を脅かしてしまったと後悔したのだろう。

 ひっ、と怯えたアンデットの少女が友人を突き飛ばす。背中を押された翼人の少女が山頂にある断崖絶壁の手前で立ち止まる。

 崖を見下ろした彼女の膝は、途端にガクガクと震え出した。いったいどうしたというのか、ユーナは彼女の肩を叩く。

 

「ひぎゃあ! ウラが落ちたらどうするが、おとろしー!」

「えっ? どうしたの、一気にキャラ崩壊してるけど!?」

 

 ユーナが驚く。翼人族の少女に抱きつかれたからだ。

 涙目になった彼女は、どうあっても崖の下は見たくないと首を振る。

 

「高所恐怖症やさかい、ウラちゃ高いところは無理や!」

「でもほら、翼あるし。翼人は飛べるんじゃ――」

「人が飛べるわけないやろ、考えたらわかるやちゃ!!」

 

 クワッと目を見開いた翼人の少女が怒鳴る。

 

「じゃあ、なんで翼人選択したのよ。それじゃ飛べないでしょ!?」

 

 即座にミオンの突っ込みが炸裂した。高所恐怖症ならば、確かに空を飛ぶのは厳しいかもしれない。飛べない翼人とはこれいかなるものか。

 種族選択を失敗したのでは、と疑いたくもなる。しかし翼人の少女は指を擦り合わせ、ちょっと恥ずかしそうに言った。

 

「高貴なお嬢様っぽうて可愛かったが……」

 

 弱メンタルを擦り減らした少女が白状する。彼女のお嬢様ぶった口調は、そのせいだったのか。途端にユーナは何も言えなくなった。

 憧れを抱いたキャラクターが翼人だったならば仕方ない。薄幸美人ぶりたくて魚人を選択したユーナだし、彼女の気持ちも分からないではなかったのだ。

 

「とにかく落ち着こうか?」

 

 悪戯っ子な自分は成りを潜め、ユーナは出会った少女らを気遣う。悪ふざけは好きだけれど、ユーナは空気の読めない女ではないのだ。

 ひとまず翼人の少女を崖際から離し、彼女が落ち着くのを待つ。恐怖の癒えない翼人少女の背中をアンデットの少女が擦る。

 うう、としばらく翼人族の少女は呻く。やがてゲーム内時間が十分ほど経過し、ようやく復活した翼人の少女が自己紹介をする。

 

「お騒がせしましたわ。わたくしはエリーゼと申しますの」

「スーはスージーです。よろしくお願いしますです」

 

 ちょっとだけ気を許してくれたのか、アンデット少女のスージーはペコリと頭を下げた。翼人の少女、エリーゼはお嬢様の演技を再開する。

 エリーゼの本性は分かってしまったし、彼女が望む高貴なお嬢様みたいに見ることはできなくなったが。彼女の訛り言葉は富山弁っぽくもある。

 出身がその地方なのだろうか。まあ、リアルを詮索するのはよくない。ただ一つ分かったことがあるとすれば、エリーゼが女性プレイヤーということだ。

 

 高所恐怖症が災いして素が出ていたし、まず間違いないと思う。男性人口の多いオンラインゲームで同性プレイヤーに出会えるとは運がいい。

 可愛い女性キャラを使う人はだいたい現実では男性だし、同性キャラを使う女性と鉢合わせすることは少ないのだ。

 ユーナも以前はそうだったが、かなり作り込まれた男性キャラは女性の比率が高い。性転換には男女ともに憧れるしまうのかもしれなかった。

 さてさて、そろそろ質問をしよう。お姉ちゃんを自称するエリーゼだけれど、ミオンやユーナよりも背が低い。まずはどういうキャラ設定なのかと尋ねてみる。

 

「エリーゼさんはアレだよね、お姉さまキャラを演じるには背が低いじゃん。やっぱギャップ的な感じを意識したの?」

 

 他人のキャラクリ事情には興味がある。ゆるふわな生活プレイを満喫すると決めたからには、こういった他人との触れ合いも楽しんでいきたい。

 エンジョイ勢に全力投球だ。ワクワクとしたユーナはエリーゼの返答を心待ちにする。だが、エリーゼが微妙な顔をして目を逸らした。

 どうしたのかとユーナは首を傾げる。口を閉ざしたエリーゼは頬を赤く染めた。彼女の失態を暴露するみたいに、スージーが代弁する。

 

「エリーは身長設定間違っただけです、ただのおっちょこちょいです」

「それを言うのはやめてくださいませ! ウラはモデルみたいな美人になりたかったが! それなのに、身長設定を十センチ間違えしもた!」

 

 聞きたくないと耳を塞ぎ、エリーゼが蹲る。とんだポンコツさんだった。お姉さんの威厳を欠片も失くした彼女である。

 

「間違いならいいんじゃないの? ウチの子は胸と身長を意図的に盛ってるし」

「えっ!? ミオン、まさか気付いてたの!?」

「いや、わかるでしょ。何年、あんたと付き合ってると思ってんのよ」

「わー、そこには触れないでー!」

 

 ユーナは頭を抱える。ミオンがにやりと笑った。まさか、ここで日頃の仕返しを受けるとは思わなかった。屈辱である、バラさなくていいものを。

 ユーナは親友に抗議の眼差しを向ける。ミオンは腕を組み、惚け顔をした。たまには懲らしめられろということか、お灸を据えられてしまう。

 と、頭上にクエスチョンマークを浮かべたスージーが尋ねる。

 

「今の話だと、二人のリアルは女の子ですか?」

「一応ね、実はオバちゃんかもしれないわよ?」

「そこはいいです。女の人ならスーも少しは安心です」

 

 自分も一緒だとスージーが徐々に心を開いていく。人見知りの子だったけれど、二人が同性だと聞き、ほっとしたふうでもあった。

 対人恐怖症ではあるのだろうけれど、異性よりはマシといった様子か。せっかく出会ったのだし、初ログイン勢のよしみで仲良くなれればよいのだが。

 

「おやおやー、ランちゃんの知らぬ間に仲良くなったみたいですね」

「あー、ランちゃん。復活できたんだ」

「いいえ、有能なランちゃんは平常通りですよ」

 

 あたかも落ち込んだことなどないというふうに、魔導書に座った電脳少女は強がる。どの口が言うかと思ったが、彼女の提案は悪くないものだった。

 エリーゼとスージーをパーティに招待してはどうかと言うのだ。パーティの人数上限は四人、二人を勧誘すればちょうど満員なのだった。

 思い立ったら行動あるのみ、ユーナは親友に頷く。

 

「どうせだし、あたしたちと一緒にパーティ組んでみない?」

「そっちもチュートリアルは受けたのよね? ちょうどいいと思うけど」

「そうですわね、これも何かの縁でしょうし」

「スーはコミュ障じゃないので、受け入れます。順応力、高いです」

 

 スージーは決死のアピールを繰り返す。人見知り扱いがそこまで嫌だったのか、なんとも負けず嫌いな子だった。ユーナも軽く苦笑い。

 空中に手をかざしたミオンが招待画面を開く。パーティ招待を受けたエリーゼが応答し、二組のグループは一つになった。

 仲間も加わったことだし、いざ(ふもと)の街に向かおう。ドラコニューシリオに到着するまでがチュートリアルクエストなのだ。

 さあ、冒険の始まりだ。エリーゼは山肌のほうに寄っていたが、山道から見渡せる壮大な風景を堪能しつつ、ユーナ一行は坂道を下る。



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第七話:エネミーに接触したようです

 山頂に竜の墓場があるここはセプルクル山脈と呼ばれるらしい。霧状になった雲の中を通り抜ける。ひんやりとした冷気が頬に触れた。

 岩肌ばかりの山脈から景色を一望すれば、眼下に広がる森林と草原の緑が茂る。密林を覆う樹木群を分断するふうに、谷川が流れていた。

 雄大な大自然は冒険の始まった証。ゲームの世界に没入するユーナは、現実を隔絶された電脳の世界に酔う。これが仮想現実というやつか。

 ふと上空に怪鳥が羽ばたく。怪鳥の影が山道を走り、鳥の泣き声が耳に届いた。これは威嚇の声、咄嗟にミオンが拳を構える。

 

「全員警戒、来るわよ!」

 

 チュートリアルクエスト用のエネミーがリポップしたのだ。ロックバードというエネミーが、ユーナたちの行く手を阻む。

 茶色の毛並みは猛々しく、尖ったクチバシは鷹のような怪鳥だった。エンカウントした怪鳥が一鳴きすれば、一同に敵意を放つ。

 

「さあ、来ましたね。ランちゃんの出番、戦闘チュートリアルです!」

 

 いよいよ自分が活躍できるとランちゃんが喜ぶ。ティエラフォール・オンラインはエネミー別に個体値が決まっている。

 個別モンスターの大きさにも左右されるが、特定のパラメーター値を基準に上下する程度。俗に狩りゲーと呼ばれるハンティングゲームを想像すればよい。

 魔法系統に技名はあるけれど、接近武器にスキルの概念はない。プレイヤーが思うままに斬撃や打撃を繰り出せるように配慮したとのことだ。

 

「まあ、いわゆるやられ役的なステータス調整をしています」

「分かるけど、それを運営側の人間がぶっちゃけていいの?」

 

 振り返ったミオンが突っ込む。ランちゃんの解説が進むまで、ロックバードは待機してくれる。心優しいエネミーだった。

 ランちゃん曰く、このロックバードは本来のエネミーデータよりも大幅な弱体がされているということ。ロックバードのHPバーがエネミーの頭上に展開された。

 まずは自分が行くとミオンが先行しかけたが、彼女はスージーに止められる。

 

「ここはスーが行くです、あとを頼みます」

 

 小柄な体系にも関わらず、スージーは逞しく右手のメイスを構える。左手には盾を掲げ、攻撃は全て打ち流すと勇み進む。

 スージーは自らタンク役を買って出たのだ。ちょっとカッコいい、スージーの小さな背中が、何故か大きく見えるではないか。

 盾を構え、ロックバードと睨み合う。スージーはロックバードの隙を窺っていた。彼女の鋭い眼光にはベテランゲーマーの貫録さえある。

 

「おりゃーです!」

 

 ここだ、と見極めたスージーがメイスを振りあげる。勇ましくメイスを振り下ろしたスージの攻撃は、しかし空を切る。何故か、答えは簡単だった。

 へっぴり腰になった彼女が間合いを見誤ったからである。エネミーと距離を取り過ぎた。五メートルほどの感覚がある、片手メイスのリーチ外なのは明らかだ。

 首を傾げたロックバードは羽ばたき、風の刃を放つ。突風が直撃したスージーは後方に吹っ飛び、しかし彼女はめげずに立ちあがった。

 

「なかなかやるです。スーもどうやら手を抜けません」

 

 風の刃に吹き飛ばされ、汚れた頬を拭ったスージーのHPが僅かに減る。けれど、アンデット族の特性が発揮され、微妙にHPが回復していく。

 アンデットらしく、HPリジェネを使用したゾンビプレイで攻めるつもりか。武器を両手に持てば動きが鈍くなる。もはや片方の武器は邪魔かと彼女は決断した。

 ロックバードを睨むスージーは盾を――いや、メイスを捨てた。盾が弾かれないように両手で支え、彼女はロックバードに怒鳴る。

 

「さあ、来るです! スーの全力を見せてやります!」

「ちょっと待ちなさいよ! 盾じゃなくてメイス捨てちゃうわけ!?」

 

 攻撃はどうするのかとミオンは問う。問題はないと語らうふうに、誇らしげな顔をしたスージーは、後列に待機するメンバーを振り返った。

 スージーは微笑み溢し、死闘に繰り広げた猛者のオーラを醸し出す。

 

「スーは死なないです、安心してください」

「えっ、ここで最終戦みたいな空気出す? まだ初戦なんだけど!?」

 

 ミオンの放つ怒涛の突っ込み。待ちきれなくなったのか、痺れを切らしたロックバードはスージーに突撃する。翼を羽ばたき高度をあげ、そして滑空。

 尖った唇を突き立て、スージーに体当たりする。この瞬間を待っていたと言わんばかりに、スージーの眼光が鋭くなる。

 リフレクション、彼女は反射の付与魔法を盾に使ったのだ。盾に白いオーラが灯り、スージーはロックバードの攻撃を受け止めた。

 

 魔法はロックバードの体当たりを跳ね返す。大きくノックバックした怪鳥は眩暈がしたのか、意識を保つために首を振る。

 大ダメージが入ったのか、ユーナはロックバードのHPバーを見る。うん、ちょっとだけHPが減少していた。ゲージ的には一パーセント減といったところ。

 スージーが決め顔をしたわりには大したことはない。そもそもリフレクションは確定ノックバック魔法、ダメージ量はそこまで期待できないのだ。

 呼吸を荒げたスージーは、まだまだかと気を取り直す。

 

「一撃では倒れないですか、ならば倒れるまで弾き続けます!」

「おバカか、一日かかるわー!!」

 

 クイックムーブ、自己の移動速度を跳ねあげたミオンが地面を蹴る。スージーの前方に回り込んだ彼女は飛翔、空中で体を捩って蹴りを放つ。

 彼女の蹴りがロックバードの頭部を砕く。首を捻じ曲げた怪鳥は後方に吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。

 HPバーもみるみると減少、おおよそ三割が削られた。

 

「他愛もないです」

「まだ倒せてないし、あんたは何もやってないからね!」

 

 自分に功績みたいに言うな、とミオンはスージーを振り返る。吹っ飛んだロックバードを哀れみ、スージはしたり顔をしていた。

 

「とにかく追撃頼むわ、一時的だけどダウン判定が入ったし」

 

 最高の攻撃チャンス、ミオンが連携を打診する。エリーゼが彼女に頷き、片手剣の鞘に手をかけた。自分の前衛に加勢しようというのだろう。

 氷柱の魔術を詠唱していたユーナは護符を引っ込めた。まずはエリーゼにロックバードのHPを削ってもらおうと考えたからだ。

 

「お姉ちゃんの騎士道、見せてさしあげますわ」

 

 剣を引き抜いたエリーゼが腰を沈める。彼女の愛用するのは突剣《レイピア》のようだった。高貴な女剣士の演出か、彼女の腕前にも期待が持てる。

 

「受けなさい、これがお姉ちゃんの華麗なる剣技ですわ」

 

 エリーゼがレイピアを上空に掲げた。斬り込むのではなかったのか、ユーナは首を傾げる。エリーゼの頭上に巨大な剣が出現した。

 ルインソード、剣を模した水晶を放つ無属性魔術である。指揮者のようにレイピアを振り、エリーゼは透き通ったクリスタルの剣を射出する。

 水晶の剣がミオンの背後に迫る。リアルさを追求したティエラフォール・オンラインにはフレンドリーファイアのシステムも導入されている。

 エリーゼの放った水晶の剣が着弾すれば、容赦のないダメージ判定をくらう。ゆえに魔法職は味方の位置取りを考えるプレイヤースキルが必須なのだった。

 

「あぶなっ! ってか、剣技を披露するつもりないじゃないのよ!」

 

 即時に回避、横に飛び退いたミオンは水晶の剣を避ける。地面を滑った彼女は冷や汗を流す。直進する水晶の剣は起き上がったロックバードを射抜く。

 カッコをつけ、エリーゼが突剣を鞘に納める。水晶の剣に貫かれたロックバードはさらに五割ほどのHPを削られ、ゲージが赤く点灯し始める。

 

「お姉ちゃんの剣技はいかがだったかしら?」

「エリーもやるです、スーほどじゃないですが」

「どっちもどっちよ、騎士道精神の欠片もないただの魔術師だったし!」

 

 突剣は飾りか! とミオンは呼吸を荒げる。突っ込み役は大変そうだった。ユーナは他人事のように見流す。チャージした氷柱の魔術を維持したのだったか。

 頑張ったミオンには悪いけれど、美味しいところは頂いてしまおう。氷柱の魔術を展開したユーナは、ロックバードの上空に氷の棘を発生した。

 飛来した無数の氷柱は動きの鈍くなった怪鳥をめった刺しにする。氷の棘に全身を串刺しにされたロックバードは断末魔をあげ、ブロック化して消えていく。

 HPバーがゼロになったからだ。チュートリアル戦闘は終えたとみるべきか、使用した魔術に熟練度経験値が振り分けられる。

 いい感じの効果音が流れ、ユーナの水属性熟練度はLv2となった。エネミードロップもあり、「流水:INT0・熟練度1」の魔導書を入手する。

 

「エネミードロップや宝箱の品は個別になります。ユーザー間の揉め事を減らすためですね。ただしランダムなので、自分に不要な物が出るときもあります」

 

 ランちゃんによれば、不用品はプレイヤー間のトレードに回せるとのこと。同レアリティアイテムならば、プレイヤー同士で交換できるようだ。

 ユーザー間のコミュニケーション強化を図る目論見もあるらしい。「流水」の魔導書は使えそうなので、ユーナは自分に使用する。

 新規ユーザーの仲間も見つけられたし、最新ゲームは上々な出だしだった

 

「いやー、楽しいゲームライフになりそうだね!」

「私は不安しかないけどね、おバカが増えたわ」

 

 重苦しいため息を吐いたミオンが頭を抱える。どこに気に病むことがあるというのか、スージーとエリーゼも愉快な二人組だったというのに。

 

「ミオン、ファイト!」

「あんたも私に丸投げするつもりか、んん?」

 

 ミオンがユーナの頬を引っ張る。ほっぺが痛い、ユーナは強制的に変顔をさせられてしまった。袖触れ合うも他生の縁という。

 戦闘後の余韻に浸った四人は、無事にフレンド申請も済ませた。こうして一同のチュートリアル戦闘は幕を引いたのである。



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第八話:始まりの街に到着しました

 ティエラフォール・オンラインには八つの大陸が存在する。ここ、ドラコニューシリオの街は、竜人の領域と設定されたモンテベルク大陸にある。

 山の中腹にある深い谷の街だ。都市は東西に分断されており、深い谷川に渡したゴンドラか、もしくは石橋を移動することになる。

 ゴンドラの使用にはゲーム内通貨、ゴールドが必要になるとのことで、初回プレイヤーはまず石橋を利用することになるようだ。

 

「とまあ、こんな感じのロケーションになりますね」

「そうですのね、お姉ちゃんは西側で待機していますわ」

 

 にっこりと微笑み、即座に詰みゲーと化したプレイヤーが一人。高所恐怖症を暴露したエリーゼである。彼女は硬直し、街に入ろうともしない。

 背後に迫る車輪の音が聞こえる。ミオンがエリーゼの手を掴み、ドラコニューシリオの都市内に続く門の端に引き寄せる。

 エリーゼの行動が遅れたからか、山道を下る車両が停車した。チュートリアル戦闘を終えたあと、数台の車両とすれ違ったのだったか。

 ティエラフォール・オンラインは、魔術動力炉の発展した近世ベースのファンタジー作品である。車両も大正時代に栄えたようなクラシックカーがモデル。

 お金を溜めれば車も購入できるし、海上船も飛空艇もどんとこい。モンスターライドは実装予定とのこと。生活プレイの幅は無限大なオンラインゲームである。

 

「お嬢ちゃんたち危ないよ、車には気を付けようね」

 

 運転手の男性が車の窓から顔を出す。髭の濃い小人の男性だった。

 

「すいませんです、スーも気をつけます」

「いい陽気だね、風が気持ちいいよ」

「ん? 会話が成立しないです」

 

 スーが首を傾げる。車両の窓が締まり、男性の運転する車はドラゴニューシリオの街に入っていく。驚いたかと言わんばかりに、ランちゃんは胸を張った。

 

「さっきの男性はノンプレイヤーキャラクターです」

「嘘っ!? 作り込みが良すぎでしょ!」

 

 ユーナは感激する。色々なオンラインゲームを渡り歩いてきたが、ここまでNPCにこだわったゲームは少なかった。プレイヤーと見間違ったではないか。

 ランちゃんは天狗になる。開発チームが死にそうになりながらも作りあげた努力の結晶なわけだが、その功績は管理AIのランちゃんに横取りされた。

 気の毒に思うが、ユーナは開発スタッフへの感謝を忘れない。するとまた一人、ユーナたちの横を通り過ぎるNPCがいた。

 

「気持ちのいい陽気ね、風が気持ちいいわ」

「スーもそれはさっき聞いたです」

 

 会話のバリエーションは少ないのか。スージーは問い正すふうな目になる。

 途端に立場が悪くなったランちゃんはよそ見をしたのだった。

 

「そこは大人の事情と言いますか、声優さんとの兼ね合いといいますか。そーですよ、開発費は無限じゃないんです」

 

 運営の事情を暴露したランちゃんはまた落ち込む。調子に乗った反動が出たのか、彼女は自暴自棄になってしまう。

 

「まあ、チュートリアルクエストは終わりましたし、お邪魔虫なランちゃんは退散しますね。良い旅を、また会いましょう」

 

 クエスト『中腹の街に向かう』にクリア判定が出る。魔導書の妖精が本来に職務に戻り、チュートリアルクエストは完了となった。

 一定数の練度経験値がパーティーメンバー全員に割り振られた。ログに各員の上昇練度が表示される。装備品の熟練度項目がLv3に上昇する。

 報酬には練度上昇魔術が設定されており、ユーナの魔法熟練度もあがった。水属性はLv4に、他の属性はLv3に昇格したのだった。

 初回報酬特典のゴールドは五千、新規プレイヤーへの配慮か。始まりの都市を散策し、必要な装備や魔法・回復アイテムなどを調達しろ、ということらしい。

 

「さてとチュートリアルは終わっちゃったけど、そっちの二人はどうすんの?」

「あたしとミオンはまだ続けるけど、用事があるなら解散するよ?」

 

 目的の街には到着したし、区切りも良い。二人とはフレンドになったし、またどこかで会うこともあるだろう。ユーナはゲームプレイを強制しない。

 それで自分が痛い目をみたのだし、人を巻き込むのはよくないと思った。ミオンとは現実のほうでも友達だし、多少の無理は言うけれど。

 少し考えるふうにエリーゼとスージーが話し合う。頷き合った二人は結論を出したらしく、ユーナに微笑みかけた。

 

「お姉ちゃんも、ぜひご一緒させていただきますわ」

「スーは出会いを無駄にしないです、コミュ症ではないので」

「それはもういいわ、私も分かったから」

 

 必死なアピールは逆効果だとミオンは言う。

 スージーは納得いかぬと口をすぼめた。

 

「まずは準備だよね、元手は手に入ったし」

「二人のステータスも見せてもらうわよ」

 

 パーティーを組んだままにするのならば、各人の戦闘スタイルは考慮したい。両者に有益な買い出しとなるよう、ユーナはメンバーのステータス確認をする。

 

○プレイヤーステータス(個体値割り振り)

・スージー(種族:アンデット族 性別:女)

 HP:265 STR:22(0) VIT:54(10) AGI:53(10)

 MP:190 INT:22(0) RES:54(10) DEX:20(0)

 補助効果:五秒間毎にHPの1%を回復

 アイテム重量:200

・装備武器

 右手:鉄の盾(VIT+25 RES+20)

 左手:僧侶のメイス(STR+60)

・装備防具

 頭:なし

 胴:重装・鉄の鎧(VIT+40 RES+20)

 腕:重装・鉛の小手(VIT+10 RES+15)

 脚:重装・鉛の重靴(VIT+10 RES+15)

 アクセサリー:初心の首輪(VIT・RES+2、熟練度30まで経験値20%上昇)

 アクセサリー:退魔の指輪(RES+3、魔術ダメージ10%カット)

○各種熟練度(最大値)

・鈍器Lv4(100)

 打撃Lv1(5):打撃武器の性能を1.1倍にする

・盾Lv5(100)

 防御Lv1(5):盾の性能を1.1倍にする

 鉄壁Lv1(MAX):盾で防御時にノックバック無効

・重装Lv5(100)

 重鎧Lv1(5):重装防具の性能1.1倍

・無属性Lv4(100)

 補助延長Lv1(10):補助魔法の効果時間を10%UP

・鍛冶Lv1(100)

 鍛冶師Lv1(10):装備生産のラインナップ増加

・細工符呪Lv1(100)

 細工師Lv1(10):アクセサリー生産のラインナップ増加

○取得スキル(ランク)

・リフレクション(初級):攻撃を跳ね返す防壁作成、HP1%ダメージ MP30

・プロテクション(初級):一分間、全攻撃の20%をダメージカット MP20

 

 一通り目を通し、ユーナは首を傾げた。VITとRESの耐久特化にしたかったのは分かる。が、AGIに振り切ったのは何故なのか。

 疑問はさておき、次はエリーゼのステータスを確認しよう。

 

○キャラクターステータス(個体割り振り値)

・エリーゼ(種族:翼人 性別:女)

 HP:80 STR(10):51 VIT(0):20 AGI(0):23

 MP:175 INT(10):55 RES(0):24 DEX(10):54

 補助効果:五秒間毎にMPを1%回復、生産効果・会心率20%UP

 アイテム重量:300

・装備武器

 武器:突剣・レイピア(STR+60 INT+40)

・装備防具

 頭:なし

 胴:軽装・兵士の皮鎧(VIT+25 RES+25)

 腕:軽装・兵士のグローブ(VIT+10 RES+10)

 脚:軽装・兵士のグリーブ(VIT+10 RES+10)

 アクセサリー:初心の首輪(VIT・RES+2、熟練度30まで経験値20%上昇)

 アクセサリー:なし

○各種熟練度(最大値)

・剣Lv5(100)

 剣士Lv1(5):剣装備の性能1.1倍

 神速の剣Lv1(3):片手にのみ武器装備時、攻撃速度10%UP

・軽装Lv4(100)

 軽鎧Lv1(5):軽装装備の性能1.1倍

・風属性Lv4(100)

 詠唱短縮Lv1(10):詠唱時間を-5%

・土魔術Lv4(100)

 詠唱短縮Lv1(10):詠唱時間を-5%(最大は50%減)

・無属性Lv5(100)

 属性強化Lv1(5):無属性魔術の威力1.1倍

・料理錬金Lv1(100)

 錬金術Lv1(10):作成できる薬のラインナップ増加

○取得スキル

・ルインソード(初級):剣型の水晶を放つ魔術 MP15

・落石(初級):対象の上空より石つぶてが飛来する 詠唱五秒・MP10

・突風(初級):前方に風の刃を放つ、詠唱五秒・MP10

 

 と、エリーゼは魔法剣士的な両立型を目指したスタイルだった。だが、彼女の問題点は防御値に関わるパラメーターに欠片も振っていないということだ。

 完全な後衛職を目指したならば、それも一つの手だろう。しかしエリーゼは物理攻撃も前提としたステータス振り。それなのに紙装甲なのである。

 魔法剣士を目指すタイプのプレイヤーは、満遍なくステ振りをする。VITやRESにも振り分けただろうし、ミオンのようにPS勝負のAGI振りにするかもしれない。

 エリーゼはそのどちらでもない、とにかく攻撃を盛ることを考えている。彼女の友人であるスージーとは対極、防御と攻撃にしか目のない二人組だった。

 

「ちょっと待ちなさいよ、あんたら。どういう振りしてんのよ!?」

「スーは地面にキスしたくないです」

 

 真顔になったスージーが言う。ミオンは首を傾げた。

 

「いや、死にたくないのはわかったわ。VITとRESに振ったのはまだ理解できる、どうしてAGIにも極振りしたのよ。着弾前提なのに、意味なくない!?」

「違います、攻撃にも当たりたくないです。VITとRES振りは回避ミスの保険です。固定ダメージの攻撃は防御値じゃ防げません、AGIは固定ダメージ武器対策になります。HPも最大上昇値になるので、ちょっと安心です」

 

 保険に保険を重ねたとスージーは、しかしまだ不安が尽きないと話す。もっと防衛回りを強化するアビリティが欲しいと主張した。

 

「どんだけ死にたくないのよ、あんた!」

「死なないスーは最硬のはずです、もう置き去りになりたくありませんです」

「あの日の悪夢から解き放たれないのですね。お姉ちゃん、泣いてしまいますわ」

 

 瞳に浮かんだ涙をエリーゼが拭う。何があったのかと尋ねれば、彼女はスージーの身に起こった悲劇を打ち明けた。別ゲームの話だという。

 ボス戦を繰り返すエンドコンテンツ、スージーは楽しく参加していた。連戦に次ぐ連戦を重ね、高レアドロップを掘っていた。

 その最中に悲劇は起こったのだ。階層ボスを倒し終わり、次のステージに進む転移魔法陣が展開される。だが、スージーの操作キャラは床に寝ていた。

 階層ボスのダメ押し攻撃、倒れるモーションのダメージ判定で死亡したのだ。ミスをしたと残念がるスージー、彼女は蘇生アイテムを待っていた。

 

 しかし死亡判定と転移魔法陣の出現がほぼ同時だったため、一緒にプレイしていたエリーゼが次の階層に進んでしまう。リスポーン機能のないコンテンツ。

 スージーは床を舐めたまま放置された。VRゲームのため感覚があるのだ。誰の助けもないまま、味方プレイヤーはおろかボスの姿もないフロアに取り残される。

 虚無の時間が延々と続き、スージーの心は折れてしまう。一人ぼっちの切なさと哀しさに苛まれ、スージーは回線を強制シャットダウンした。

 

「それ以降、この子は死ぬことを極端に恐れ出したのですわ!」

「それ、あんたのせいじゃないのよ!」

 

 間髪入れずにミオンが叫ぶ。はっとしたふうにエリーゼは口元に手を添えた。指摘されるまで気付けなかったというのか、罪深いお姉ちゃんだった。

 

「スージーのことはわかったわ。あんたはどうして攻撃にしか振らなかったの?」

「決まっていますわ、やられる前にやればいいからですわよ」

 

 グッと拳を握り締めたエリーゼが言う。

 

「遠くの敵は魔術で蹴散らすのですわ。近づいてきた敵はぶった斬りますの」

「思考回路にお上品さの欠片もないわね。お嬢様キャラどこ行ったのよ」

 

 素晴らしい脳筋思考だ、ミオンは呆れ果てる。守りは不要、イケイケどんどんな発想のエリーゼなのだった。もう細かくは突っ込むまい。

 いい天気だなー、と無我の境地に達するユーナである。自信満々に親指を立てたエリーゼはさておき、一同は冒険の準備をするため、装備屋に向かう。



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第九話:旅支度を始めましょう

 ユーナ一行はドラコニューシリオの装具店に到着する。店内に置かれたウェポンラックに販売中の武器が置かれる。重装備を着飾ったマネキンもあった。

 武器が飾られた壁掛けや棚、スキル書の並ぶ本棚もある。大都市の販売店らしいというか、符呪師の館と武具店が一体化した店だった。

 高級な武器が収納されたショーケースには鍵がかかる。ロックマークはあるあたり、ピッキングが可能なのかもしれない。

 

 ステータス画面の実績を見る。カルマ値の計測項目があり、罪を犯せば数値がマイナスにされるようだった。上限は三〇〇、マイナス値も同じだった。

 一定数に達すれば、キャラクター性向の表記が変わるようだ。賞金額の項目もあり、罪を犯すことで犯罪者の扱いになるらしい。

 スローライフ志望のユーナは善人プレイを心がける。ミオンには鍵開けをしないように頼む。まあ、彼女もショーケースに手を出すつもりはなかったようだが。

 

「これは、なかなか重いです」

 

 ウェポンラックのメイスを手に取ったスージーが言う。リアリティを重視したのか、販売物を手に取り、カウンターに運ぶ仕組みのようだった。

 根本的にはゲームだし、武器は購入した時点でリスポーンするらしい。なかなか面白い試み、ユーナも本棚のスキル書を手に取った。

 全属性の攻撃魔法・あとは支援魔法は増やしておきたい。エリーゼはRESに振っていないようだし、回復や補助魔法系統はユーナが補ったほうがいいと思う。

 種族の優位性というか、MP自動回復の効果をユーナは持たない。最大MPはユーナのほうが高いけれど、手数勝負となれば、翼人のエリーゼに軍配があがる。

 仮に彼女らと別れることになっても、ミオンとの二人旅になるのだ。前衛職を担う友人の支援を考えれば、回復魔法は腐らないと考えた。

 

「ユーナさんも魔法書を買うんですの?」

「うん、武器よりそっちを優先しようかと思ってね。資金の限界もあるし」

「わたくしはトントンで行きますわ。攻撃魔法と武具の両方を」

「回復魔法を買う意味ないしね、エリーゼのステ振り的に」

 

 魔法職の話で盛りあがる。ユーナは初級魔法書を買い漁った。新たに地属性の魔術の「落石」と風属性魔術の「突風」を追加する。

 時属性魔術の「ソウルシーブ」・空属性魔術の「フォトン」も会得した。各属性の威力アップアビリティ、詠唱速度の上昇のスキル書も入手。

 無属性の攻撃魔術には手を出さず、「リカバリー」の魔導書も選んだ。状態異常の治癒魔法にあたる。残念なことに、蘇生魔術は販売していなかった。

 

 状態異常回復時のHP回復効果付与のスキル書も調達。治癒魔法に類する魔術の詠唱速度上昇の書物も購入し、あっという間にユーナは文無しとなる。

 エリーゼも「火球」と「氷柱」の魔導書を追加する。彼女もユーナと同じ時・空属性の攻撃魔術と各種の詠唱短縮・攻撃倍率上昇のスキル書を購入した。

 あとは装備品の追加に使ったようだ。魔法職はお金がかかるゲームだ、それを痛感するユーナである。生活プレイ主体のゲームスタイルは正解かもしれない。

 

「近接組が羨やましい、武器の新調と軽いスキル書の追加だけじゃん」

「戦闘は大変だけどね、魔法職ほど金食い虫じゃないわよ」

 

 はい、とミオンが紙袋を差し出してきた。何かと思い受け取れば、魔法服の一式が揃っていたのだ。ミオンが余り金で購入してくれたのか。

 なんと良き親友を持ったのだろう。ユーナの輝いた瞳が涙で霞む。頬を赤くした彼女はそっぽを向く。それでもユーナは感謝感激の嵐だった。

 

「ありがとう、またあたしのために!」

「違うわよ、ゴールドが余っただけ。私にはベータ版の特典があるし」

「うん。渡し方はテンプレなツンデレだったけど、あたしは嬉しいよ」

「うっさいわね、おバカ! テンプレ言うな、安っぽくなるじゃない!」

 

 がみがみとミオンが反論する。ユーナは涙を拭う仕草をした。

 

「俺の作った武器がこの店の柱さ、大事に使ってくれよ!」

 

 長耳族の店主が腕組みをする。ガタイがよく、口髭の濃い男性だった。ティエラフォール・オンラインの品揃えは各都市共通である。

 初期の販売物に販売制限はない。だが、プレイヤーが直売りした品ともなれば、最大個数が設定される。プレイヤーが直売した合計数が加算されていく仕様。

 思わぬ掘り出し物が見つかる時あるし、定期的にショップは確認していたほうがいいとのこと。つまり、自分の商品が店の柱と言った店主の発言は嘘である。

 

 店主の男性はNPCだし、そういうことにしておこう。店のラインナップは増えず、プレイヤーの売却品が主力商品となるのだった。 

 探索プレイがメインのプレイヤーは、ドロップ品の売買で生計を立てる。装備・レアなスキル書はモンスタードロップしない。

 必然的にダンジョンの宝箱を漁ることになるだろう。プレイヤー人口の少ない都市は商品の出回りが悪いデメリットがある。

 船や車、飛空艇といった移動手段を手に入れたならば、別大陸の都市に出向くのもいいかもしれなかった。

 

「おや、まああんた。あたしのスキル書も忘れちゃ困るよ?」

 

 獣人族の女性がぴくんと犬耳を動かした。店主の発言が気に入らないといったふうだ。この店は夫婦経営といった設定だったか。

 店主の妻が販売する品は魔術服とスキル書全般。細工符呪の技能があるNPCなのだろう。眉根をつりあげた彼女が言う。

 

「魔術師のほうが金払いはいいしね。あたしのほうが儲かってるよ」

「おいおい、それはどういうことだ? 俺の武器は売れてねえと言いたいのか」

「鍛造の手間がかかる割には売れ行きが微妙じゃないのさ」

「おうおう、もやしっ子相手の仕事は楽でいいよなあ!」

 

 装具店の夫婦が喧嘩を始める。いったいどうしたというのだろう。ユーナたちは戸惑ってしまう。直後、クエストの発生音が響く。

 「武具店の夫婦喧嘩を仲裁せよ」との依頼がランダム発生したのだ。これも任意らしく、「はい」か「いいえ」の選択肢がある。

 突発型のクエスト仕様とはこういうことらしい。ティエラフォールの世界を渡り歩けば、道往く先々で唐突な依頼が発生するようだった。

 クエストを受けず、装具店を立ち去るのも選択の一つ。ユーナの一存では決められないということで、パーティーメンバーに確認をとるのだった。

 

「どうしよっか、あたしは受けてもいいけど」

「任せるわ、これも成り行きだしね」

「スーはどっちでもいいです。ユナに付き合います、スーはフレンドリーなので」

「では、受けましょう。報酬も手に入るかもしれませんわ」

 

 エリーゼが目配せをする。パーティーリーダーのミオンがクエストを承諾した。クエスト内容は説得、会話をこなすだけの簡単な依頼だった。

 

「あの、少しいいですか? 喧嘩はそこまでに」

「そうは言うがね、お嬢ちゃん。俺たちにも譲れないもんがあるんだ」

 

 まずは説得失敗、けれどNPCの感情ゲージが減少した。喧嘩を繰り広げる夫婦の頭上には、感情のメーターが浮かび、色つきの顔文字が表示される

 怒り状態は表現する顔文字が赤く点灯する。ユーナが口を挟んだことで、苛立ちを示す黄色ゲージに変化したのだ。感情メーターを減少させればいいらしい。

 とにかく褒めればいいかと判断。一同は店主の夫婦に呼びかける。

 

「スーの買った品はいい物だったです」

「おお、そうかい?」

 

 褒められた店主が照れる。彼のゲージはまた減少した。

 

「魔術書も活用できそうですわ。いい仕事をしますのね」

「あら、ヤダもう! お上手ね」

 

 近所のオバチャンみたいに、店主の奥さんが頬に手を添える。嬉しい癖に謙遜する姿は、まさしく現実と遜色ない中年女性の仕草だった。

 奥さんの感情ゲージが一気に減少する。効果抜群だったということか。夫婦の感情ゲージが標準時の緑色まで下がり、ミオンがトドメの一撃を放つ。

 

「店の切り盛りは二人でしてたんでしょ?」

「ミオンの言う通り、どっちが欠けてもダメじゃん!」

 

 ユーナが合いの手を打つ。はっとした夫妻が見つめ合った。

 

「お前がいたから、ここまで経営してこれたんだったな。すまん」

「いいえ、あたしも悪かったのさ。マイ・ダーリン!」

 

 装具店の夫婦が抱き合う。感情ゲージはメロメロのピンク状態に。ハート目の顔文字が出現し、宿屋の夫妻は熟年バカップルみたいになった。

 演出過剰ではなかろうか。仲直りしたのは分かり易いが、ちょっとだけ引いてしまう。ラブラブ状態に突入した妻が主人の頬にキスをした。

 人前なことを忘れないでほしい。ちょっとやめて、と言いたかったけれど、NPCの夫婦は聞く耳を持たなかった。

 

 「夫婦喧嘩を仲裁せよ」のクエストにチェックが入る。依頼達成とみるべきか、成功報酬に「話術 INT:3」と書かれたスキル書が配られた。

 盗賊技能に該当するアビリティのようだ。効果は売却額の上昇及び説得能力の向上だった。ユーナとエリーゼはアビリティを取得。

 ミオンとスージーはINT値が足りず、売却品に回したようだった。妻の肩を抱いた店主が礼を言い、装具店の品が献上される。

 

「大切なことに気付かされた礼だ。受け取ってくれ、お嬢ちゃんたち」

 

 クエストの成功報酬か、小さな宝箱が手元に届く。宝箱を開ければ、クエストの報酬がアイテム欄に追加されるらしい。初依頼の達成報酬だ。

 宝箱の開封には胸がときめく。ユーナが宝箱を開ければ、ランダム報酬が手に入る。符呪スロットの一つが埋まった魔術服のセットだった。

 詩人の名を冠する防具一式だった。胴だけは強化値+5とある。付与効果はMPの自然回復。一部位あたり、毎秒1ポイントのMP回復効果が追加されるらしい。

 四部位をセットすることで、一秒あたり4ポイントの回復となる。ユーナの最大MPは270、67秒ほどで全回復する計算だった。

 しかし、途端にユーナは気まずくなった。ミオンより贈られた防具類を確認し、閉口するしかなくなったのである。

 

「ミオンさん、これ……」

「えっ? まさか、被ったとか言わないわよね!?」

「そのまさかです、すいません。しかも符呪ありの上位互換……」

「嘘でしょ!?」

 

 ミオンが絶句する。彼女はスージーに目を向けた。

 

「スーたちは交換です。軽装が取れました」

「まあ、わたくしも重装が取れましたわよ。素敵ですわね、お姉ちゃん嬉しいですわ。スージーの香りがついた防具を貰うんですもの」

「その表現はちょっと嫌です、訂正を求めます」

 

 スージーがトレード品を引っ込める。ガーン、とショックを受けたエリーゼが口を開けた。楽しげな二人組、それが殊更にミオンを追い詰める。

 

「ミオンさん、どうしよっか?」

「もう売却して、あんたの資金にでもしなさいよ! このおバカー!」

「ええっ!? それは流石に理不尽!?」

 

 今回ばかりはユーナの責任ではない、運営に文句を言ってほしかった。赤っ恥をかいたミオンは、きっと耐えられなかったのだ。

 やけっぱちになった彼女は涙ぐむ。店主の夫妻はイチャコラする。気力を失ったミオンに見せつけているとでも言うつもりだろうか。

 ぐすんと鼻を啜り、酷く落ち込むミオンなのだった。



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第十話:薬草調達を頼まれました

「スージー、お姉ちゃんから離れてはだめですわよー」

 

 ギュッと目を閉じたエリーゼが言う。呆れ顔をしたスージーは服の袖を引かれる。二人が歩くのは渓谷に架かった石橋だった。

 高所恐怖症を患うエリーゼの歩みは遅い。橋を渡り切ったユーナは振り返る。トラック一台分はあろうかという石橋だ。エリーゼは橋の中央を渡っているのである。

 谷底が見える場所ではないはず。それなのに彼女はダメだという。ちょっとした苦笑いを浮かべる。谷風が吹くたびに彼女が怖がるからだ。

 

「もうあれね。高所恐怖症というよりは風にビビってる感じよね」

「そこは突っ込まないであげよう。あたしも同じこと思ったけど」

 

 ユーナは黙秘を貫く。心労が溜まるのか、ミオンは頭を抱えていた。

 

「エリーゼが来るまで暇だし、私たちはどうする?」

「買い出しでもしよっか? 薬品買うくらいのお金はあるし」

 

 ユーナは自分の所持ゴールドを確認する。765Gと記載されていた。こまごまとした回復薬は購入できる金額だと思う。

 すっからかんだった所持金が増えたのはミオンのおかげ。彼女の購入した装備がクエスト報酬と被り、売り捌く許可が下りたのは大きかった。

 ミオンがため息を吐く。装具店の事故を思い出したのだろう。悲しむ彼女が面白い、実は売却したほうが報酬品だったことは黙っておく。

 友人がくれた品なのだ、簡単に売り捌くはずがないじゃないか。ミオンをからかう武器を手に入れたし、悪戯好きな腹黒ユーナは鼻歌を口遊む。

 

「ご機嫌ね、そんなに人の不幸が楽しいわけ?」

「さあね、どうかな?」

 

 正直に嬉しかったとは言わない。なんというか、改めてお礼を言うのが恥ずかしい。ミオンの購入品がお蔵入りとなれば、大切に保管庫にしまっておこう。

 ティエラフォール・オンライン、初プレイ時の貴重な思い出として。はぐらかすユーナは周囲を見渡し、ふと薬品の並ぶ店を見つける。

 ポーションの販売店みたいだった。薬瓶を売る店主は葉巻を吸う厳つい女性である。ポーシュンを販売する気があるのかと疑わしい容姿。

 右の眉あたりに傷がある彼女は触角の生えた虫人のようだった。葉巻を吹かせた彼女と目が合う。ああん? とガン飛ばす彼女はユーナに告げた。

 

「お前、あたいの店を見てたよな?」

「は、はい! すいません、悪気はなかったんです!」

 

 雑魚精神を発揮したユーナは咄嗟に謝る。

 店を叩きつけた店主の女性は目尻を尖らせ、

 

「先言えよ、さあ見ていきな!」

 

 と気さくに笑ったのだ。めちゃくちゃ嬉しそうな女性店主である。カウンターから立ちあがった彼女はユーナの肩を叩き、自分の店に案内する。

 

「いやさ、誰もあたいの店に寄ってくれねえんだよ。何でなんかねえ!」

「うん、それはそうだと思う」

 

 ユーナははっきりと答えた。悩みを吐露した店主はため息を吐く。彼女に圧迫接待の自覚はなかったのか、購買者が逃げ出すのも無理はないのに。

 女性店主との親密度があがった。彼女の感情を示す顔マークが黄色の微笑みに変わる。この店主に会話をするためには、話術Lv1のアビリティが必要だったらしい。

 友人料金だとばかりに、店主の女性は薬品の一割引きを提案する。これも話術スキルの影響か、序盤の金策にはもってこいのアビリティだった。

 

「じゃあ、回復ポーションとマナポーションはあります?」

「あるよ、お友達も買うかい?」

「私も? そっか、パーティーメンバーには話術スキルが反映するのね」

 

 ベータテスト時代はソロプレイ主体だったからか、新発見だというふうにミオンが言う。二人は安くなったポーションを調達した。

 回復ポーションの原価が50G、マナポーションの原価が80Gだ。三珠の話術スキルの影響により、回復ポーションは45Gに。マナポーションは72Gの販売となる。

 ユーナが回復ポーションを十個購入。資金に余裕があるミオンがマナポーションを十個購入した。購入品はパーティー共有の品となる。

 アイテムボックスは個別に重量が配分されるようだ。ポーションの重量は0.01、そこまで所持品(アイテム)袋を圧迫することはない。個数が増えれば別だけれど。

 

「一つの戦いを終えましたわ。ユーナさんはポーションを買いましたの?」

 

 額の汗を拭ったエリーゼが尋ねる。体温上昇による発汗というよりは、恐怖によって嫌な汗をかいたという感じか。二度と石橋を渡りたくないと言う彼女だった。

 

「回復品の調達ですか、スーも買うです」

 

 スージーが薬屋の屋台に一歩近づく。おおう? とまた店主の女性がメンチを切った。顔面蒼白になるスージー、彼女は即座に踵を返す。

 ユーナを遥かに凌ぐ雑魚メンタルだった。しかし威風堂々と逃げ出した彼女は、自分の盾にしたエリーゼの背中を押す。

 

「ここはエリーに譲ってあげるです。スーのお金も渡しますので」

「まあ、お姉ちゃんを頼ってくれますのね。嬉しいですわ」

「これもスーの優しさです、怖がってはいないです」

「いや、めっちゃビビってんじゃないのよ!」

 

 すかさずミオンが指差す。ギュッと目を閉じたスージーは激しく首を振る。どうあっても、怖がりだと思われたくない強がり少女であった。。

 エリーゼはと言えば、頼られたことを誇る。彼女は世話好きらしく、姉のように扱われるのが、たまらなく嬉しいようだった。

 

「わたくしもポーションをいただいてよろしいでしょうか?」

「あいよ、買ってきな」

「ユナたちばかりに迷惑かけられないです。スーもお金を出します」

 

 スージーが所持金を受け渡す。彼女からお金を受け取ったエリーゼは、ポーションを調達する。必要物資は確保した。エリーゼが店主にお上品に頭を下げた。

 まいど、と店主は客を送り出す。いよいよゲームの醍醐味、フィールドの探索に向かえるのだ。オープンワールドゲームはマップも広大である。

 フィールドのあちこちにあるダンジョン、それを探して回るのもオープンワールドゲームの良さ。ティエラフォール・オンラインの大陸は八つ。

 もはや一つの惑星が創造されたと同じだ。マップの右端に行けば、左端のマップにつながるという。世界は丸い、まさしくそれを体現したオンラインゲームだった。

 遊び方は無限大、いざ最初の冒険に出かけようと意気込んだ矢先のこと。

 

「いやー、しかしあたいも困ったなー。困ったなー」

 

 薬屋の店主が大きなため息を吐く。出鼻を挫かれた思いだった。苦笑いを浮かべたユーナは振り返る。店主の女性は露骨にユーナたちをチラ見していた。

 

「誰か手を貸しちゃくんねーかなー?」

 

 アピールが激しい。これでもかと店主の女性が声を張りあげたのだ。

 

「ねえ、めっちゃ誘導されてない」

 

 ミオンが尋ねる。スージーは首を振った。

 

「スーは聞こえませんです。無視する強さをもっているので」

「それは強さといいませんわよ。スージーはあの方が怖いだけですわよね?」

「違うです、スーは怖がってないです。我関せずを貫いています」

「おチビ、説明になってないわよ?」

 

 さり気なくミオンは指摘する。立ち尽くすスージーは黙秘する。言い訳も少し苦しくなったのか、店主を振り返ったスージーは即座に俯く。

 

「ユーナ、あんたはどうすんの?」

「NPCなのは分かってるけど、割引してもらったしね」

「クエスト発生条件を満たしたのかもしれませんわ。話を聞くのもありですわよ?」

「仕方ないです、ここはユナに譲ります」

 

 あとは任せたとスージが諦める。どうあがいても、彼女は不良女性ふうな店主とは話したくないみたいだ。スージーたちをパーティーに誘ったのはユーナである。

 ここは自分が代表を務めるべきかと思う。薬屋に引き返し、店主の女性に聞き込みをすることに。

 

「どうしたんですか、さっきからソワソワと」

「おー、聞いてくれるんかい? 助かるよ」

「あれだけアピールされればね」

 

 顔を背けたユーナが小声で呟く。おおん? と店主の女性に威嚇する。発言を聞かれてしまったか、ユーナは独り言だと告げた。頼む事をする態度ではない女性店主だった。

 そこはゲームだからしょうがない、現実よりも没入感が大切なのだ。これは女性店主のキャラ付けだと納得し、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「ちょうど切らしてる薬草があってね。採取に行ってくれるヤツを探してたんだよ。あたいは店も開けらんないし、見たこと、あんたは開拓民なんだろう?」

「あー、そういう設定だったか」

 

 ポン、とユーナが手を叩く。ティエラフォール・オンラインでは冒険者のことを開拓民という。ゲーム設定を反映した呼び方で深い意味はないけれど。

 『森に薬草採集に向かう』とのクエスト案内が出る。エリーゼの見立て通りか、店主との好感度があがり、クエスト発生条件に達したようだった。

 「はい」と「いいえ」の選択肢が出る。ユーナは迷わず承諾した。報酬もあるようだし、ダンジョン探索型のクエストとは願ったりだ。

 フィールド探索に注力するついでに目的もできる。一石二鳥とはこのことだ。ユーナは店主の女性にクエスト内容を細かく聞いた。

 

「山道を下った先に平原がある。そこを進んで右に曲がった先、ドラッヘの森に生息する薬草だ。名前はタリエステナハーブ、森の水辺に生える薬草だよ」

「水辺だね、わかった。探してみるよ」

「頼むよ。だたベインウッドっていう木の魔物がうろついてる。道中には気を付けな」

 

 女性店主がクエスト説明を終える。薬草は取ってきたかい? との台詞がループし始めたため、クエストの概要は以上ということだろう。

 目的地も決まった。オープンワールドゲームは辞め時を見失う。店主のクエストを完了すれば、今日は解散としたほうがいい。ユーナはパーティーメンバーに伝達する。

 

「このクエストを終わらせて落ちるんですわね」

「スーとエリーはイケます、用事もないですので」

 

 同行者の二人が了解した。ユーナはミオンに頷く。

 

「じゃあ、行き先は麓にあるドラッヘの森でいいわね。マーカー打っとくわ」

 

 オープンワールドゲームは道に迷いやすい。行き先が指定できるのは親切設計だった。ユーナが呼びかければ、一同はドラッヘの森を目指す。



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第二章:ドラッヘの森
第一一話:人助けをしましょう


 ドラコニューシリオの山道を下り切れば、緑の葉が茂る平原が広がる。谷川のせせらぎが聞こえる。陽光を反射する川に魚が泳ぐ。

 背の低い草が茂る平原は、のどかな陽気に照らされていた。高い山脈に囲まれた平原に谷風が吹き下ろす。風になぐ髪をユーナは押さえた。

 街道は綺麗な石畳で舗装される。頻度は少ないけれど、街道を歩くNPCに挨拶をされたり、荷物を運ぶ車両が通り過ぎたりもする。

 

 NPCとはいえ、人の姿があるのはよいものだ。街道を全力ダッシュするのは他プレイヤーか。お使いクエストを終えた帰りなのだろう。

 話しかけはしなかったけれど、こうやって他のプレイヤーとすれ違うのもMMORPGの醍醐味だと思う。賑わいを感じるというか、奇妙な高揚感があるのだった。

 街道の茂みに角の生えた兎が飛び跳ねる。エネミーのようだが、こちらが攻撃しなければ反撃をしないタイプらしい。むしゃむしゃと角兎が草原の草を食べる。

 

 クンクンと鼻を動かすエネミーを眺め、心休まるユーナであった。温厚なエネミーのようだし、攻撃はしたくないなと思う。

 熟練度稼ぎになるとはいえ、一方的な虐殺は好きではないのだ。穏やかなエネミーを眺め、朗らかな気分になっているほうがずっといい。

 石畳の街道に夜の光源となる台座が並ぶ。その台座に頭をぶつけ、目を回す角兎の仕草は可愛いものだった。ユーナは目を回した角兎に歩み寄る。

 すると、目を見開いたミオンの警告が飛ぶ。

 

「ちょっ! ユーナ、待ちなさい!」

「へ? 何?」

 

 可愛いエネミーを相手に脳死し、惚け顔になったユーナが尋ねる。台座に頭をぶつけた角兎は気性が荒くなっていたのか、八つ当たりするふうに飛び跳ねた。

 兎の角がユーナの顔面に直撃する。ほげっ!? とだらしない声をあげたユーナは首を仰け反った。ダメージを受け、ユーナは仰向けに転倒する。

 一鳴きしたあと、角兎は茂みのなかに逃げていく。理不尽だ、そう落胆したユーナは涙目になる。言わんこっちゃない、とミオンは頭を抱える。

 

「ユナ、大丈夫ですか?」

 

 スージーが手を差し伸べてくれる。彼女の手を取ったユーナは愚痴を溢した。

 

「うう、なんでー」

「あれはバグよ、台座に頭をぶつけて攻撃判定入ってたの」

「理不尽仕様ですね、スーがあとで運営に報告するです」

「調整ミスに直面するとは災難でしたわね」

 

 クスリとエリーゼがお上品に笑う。運営のバカ、とユーナは地団駄を踏む。早期の調整を期待する。発売時期の不具合を楽しむのも一興だったりはするのだけれど。

 

「森はあちらですわね。ここからも見えますわ」

 

 ふとエリーゼは足を止めた。鬱蒼とした木々の群生する森が見えた。目的地となるドラッヘの森だろう。初ロケーションの探索が待っている。

 まだちょっとした痛みが残る。痛覚の再現機能は抑制されているが、軽い電流が走った程度の痛みはある。だが、途端にわきあがった探究心が痛みを忘れさせる。

 この際、角兎から受けた災難には目を瞑ろう。冒険心がくすぐられ、ワクワクを隠せなくなったユーナは目を輝かせた。

  

「さあ行くよ、みんな。新しい冒険が待ってるからね!」

「ちょっと待ちなさいよ。自分の回復くらいはしときなさい」

「ああ、そっか。回復魔術の対象を自分にしてっと」

 

 ユーナは治癒(ヒール)の魔術を使用する。味方単体のHPを60%を回復する初級魔術だ。角兎から受けた傷が癒えていく。一応、外傷はないのだけれど。

 体力バーを満タンにしたユーナは治癒魔術の詠唱をやめた。元気百倍、などとユーナは背伸びをし、探索衝動のままに行動する。

 森に向けて駆け出したユーナは振り返り、パーティーメンバーに手を振るのだった。

 

「ほら、早く早く! もうすぐ目的地だよ!」

「子供か! はしゃぐな、おバカ」

「わたくしたちも行きましょうか?」

 

 微笑むエリーゼが走り出す。呆れたミオンが肩を落とした。足並みを揃えた三人だったけれど、一同についていけないメンバーが一人いた。

 

「みんな、早いです。スーは歩くの遅いので、それと襲われてます」

 

 ぜえぜえ、と息切れしたスージーが街道の倒れ込む。まるでこと切れたかのような静けさ。角兎がスージーに群がり、頭突きを繰り返す。

 どうしたらそうなったのか。んん? と口をバッテンにしたユーナは高速瞬きをした。控えめに言って状況が飲み込めない。

 

「ええー、どうしたの!?」

「あんた、何やったのよ!」

 

 ユーナとミオンの声がシンクロする。

 

「た、助けてほしいです」

 

 角兎に群がられたスージが手を伸ばす。

 ここは自分の見せ場か、とエリーゼが前に出た。

 

「お姉ちゃんが助けますわ、任せてくださいませ!」

 

 突剣を掲げたエリーゼが、ルインソードを上空に展開する。上空を見上げたスージーの顔が青ざめた。水晶の剣が彼女もろとも敵を一掃しかねなかったからだ。

 

「エリー、待ってほしいです。スーは!」

「さあ、くらうがいいですわ! お姉ちゃんの威厳をここに!」

 

 目を閉じたエリーゼがルインソードを降らす。スージーの悲鳴があがった。水晶の剣は彼女を巻き込み、角兎を串刺しにしていく。

 魔術を受けた角兎がブロック化した。討伐したということか。角兎が消え失せ、そこに残ったのは瀕死状態になったスージーである。

 ピクピクと指を動かし、彼女は絶命しかけていた。気の毒な少女だった。種族スキルが発動し、スージーは徐々に回復していく。

 死にかけのスージーを眺め、ミオンがエリーゼに掴みかかる。

 

「ちょっとあんた、何やってんのよ! あの子、死にそうになってるじゃない!」

「嘘ちゃ、スージーどうしたが!? しっかりせっちゃい!」

 

 エリーゼがミオンの手を振り解く。スージーに駆け寄った彼女は友人を助け起こした。何故にこのような悲劇が、と悲痛な表情を浮かべ。

 

「目を、目をあけっしゃい! しっかりするっちゃね!」

「エリー、スーは分かってるです。助けようとしてくれたですよね……」

「スージー。ウラはまた失敗したがやちゃ」

「涙、拭くです。気持ちはスーにも届いたです」

 

 儚げな微笑みを作り、スージーが親指を立てる。彼女の笑顔に胸を打たれたエリーゼが息を飲む。やり切ったと瞼を落としたスージーは、ガクリと意識を手放した。

 エリーゼが気絶した少女の肩を揺さぶる。涙する彼女の絶叫が草原に響き渡った。その茶番劇を眺め、ミオンは瞳の色を失っていく。一方のユーナは彼女の肩を叩き、

 

「ミオン、スージーめっちゃいい子ー」

 

 と涙ながらに訴えた。エリーゼの失敗を責めない名采配。友人想いなスージーの優しさが胸を打つ。止めどなく涙は零れ、ポロポロと頬を伝うのだ。

 

「えっ? 感動するとこあった?」

 

 しかし冷めたミオンは唖然とする。嘆かわしいことだ。エリーゼをフォローするスージーを見たというのに、心に響くものがなかったというのか。

 自己犠牲を果たした少女の安らかな笑み。気の毒で気の毒でしかたない。そう涙を拭ったユーナは、スージーの勇士を称えたのだった。

 

「面白シーンに感動する暇があるなら、あんたは回復してあげれば? 回復役が指を咥えて見てんじゃないわよ、おバカ」

 

 ミオンの真面目な返答をする。ユーナは彼女に首を振った。

 

「分かってないな、ここは見守るとこじゃん。ミオン、空気読もう!」

「それ、あんたが楽しんでるだけじゃないのよ!」

「違うよ、二人が友情を確かめ合ってる最中に、水を差すべきじゃないと思ったの!」

「もっともらしいことを言って誤魔化すな、こら!」

 

 ミオンがユーナの頬を抓る。痛い、と涙目になったユーナは降参した。悪ふざけが過ぎたらしい。治癒(ヒール)の魔術を使う対象をスージーに絞る。

 種族補正で徐々に回復していたスージーだが、回復魔術を効果は絶大だった。みるみるHPバーが上昇し、赤だったゲージが緑色に変わる。

 完全回復して安堵したのか、目を開いたスージが起きあがった。片手を振りあげ、彼女は高らかに宣言する。

 

「スーの完全復活です! ユナ、ありがとうございます」

「いいよ、災難だったね」

「エリーに殺されかけたです、スーは死にたくなったのに」

 

 スージーは批難めいた眼差しを向ける。ショックを受けたエリーゼが大口を開けた。

 

「あれ、許してくれたんでないが?」

「当たり前です、回復したからには容赦しませんです」

 

 おりゃ、とスージーが棍棒を振りあげる。復讐だと言わんばかりに、彼女はエリーゼの頭を殴るのだった。頭を両手で庇うエリーゼが屈み込み、

 

「かんに、許しられー!」

 

 と涙目になった彼女は許しを乞う。満足したのか、むふん、と鼻を鳴らしたスージーが腰に手を添える。地面にへたりこんだエリーゼは泣きじゃくる。

 自業自得、彼女は報いを受けたわけだ。どうしてこうなるのかと嘆くエリーゼは、ホントに友人を助けたい気持ちはあったようだ。

 落ち着きがなく、おっちょこちょいな欠点が足を引っ張っているだけで。年上キャラに成り切れない自称お姉さん、そんな印象のあるエリーゼだった。

 

「それで、あんたはどうしてああなったのよ?」

「重装装備のスーはみんなより足が遅いです。急いでついていこうとしたですが、道に飛び出した角兎を蹴ってしまったので。そうしたら、集団暴行を受けたです」

「あー、仲間を守ろうとしたエネミーが集った的な感じかー」

 

 手を叩いたユーナは納得する。見た目が可愛くとも気性が荒い、などと角兎を恐れたスージーは顔面蒼白になった。彼女が蹴らなければ、反撃されなかったわけだが。

 

「このゲーム、怖いです。命の危機と隣り合わせじゃないですか」

「どのゲームも一緒だけどね。死なないRPGとか、スリルの欠片もないじゃない」

 

 仮にプレイヤーが死なないRPGが出たとして、それはプレイして楽しいのかとミオンは疑う。戦闘の駆け引きも、プレイヤースキルさえも必要ないのだ。

バトルの緊迫感や臨場感を求める彼女には刺激が足りないのだろう。格ゲーマニアらしい考えとも言えるが。

 

「まあまあ、先に進もうよ。もうすぐ森の入り口だし」

「そうね、エリーゼも立ち直りなさいよ」

「無理や、お姉ちゃんの威厳が形無しですわー!」

 

 うう、と落ち込むエリーゼは嘆き続ける。彼女の腕を掴み、ミオンが助け起こす。のっそりと立ちあがったエリーゼは、しかし足に力が入らないようだった。

 彼女はミオンに凭れかかる。仕方ないわね、とミオンはため息を吐く。エリーゼの体を支えつつ、彼女は歩き出したのだった。

 出遅れたスージーの悲劇もあるし、足並みは揃えようと思う。歩くスピードを落とし、街道を進むユーナ一行は、ふと森の入り口で立ち往生する車両を見つけた。

 NPCの男女と小さな女の子が佇む。ゲームの世界に生きる家族なのだろう。何かあったのかと流し見て、ユーナがドラッヘの森に入ろうとした瞬間だった。

 

「いやー、困ったな。本当に困った」

「そうね、どうしましょうか? あなた、大変なことになったわ」

「パパとママを助けてくれる人、どこかにいないのー?」

 

 と困り事をぼかした一家が囁く。少女がチラチラと一同に目を向ける。またこのパターンですか、なんてユーナは悟りを開く。

 そう、ゲーム内におけるランダムイベントの発生した合図なのだった。



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第一二話:森のダンジョン攻略に挑みます

「あの、どうしたの?」

 

 見かねたユーナは森の入り口に停車した車に近づく。困り顔の少女が顔をあげた。肩までの茶髪をした長耳族の少女。NPCのモデリングにも幼さが垣間見える。

 ふっくらとした丸顔の少女は首を傾げ、ふとユーナに問いかける。

 

「お姉ちゃん、お話聞いてくれるの?」

「見過ごせないしね。あたしに出来ることはない?」

 

 膝を折ったユーナは少女と目線を合わせる。パァッと顔を明るくした少女は、両親の横顔を見あげた。表情が豊かというか、ついつい他のプレイヤーと見間違う。

 オンラインIDは表示されていないし、イベントのキーキャラクターというだけだろう。けれど頼られた気分にもなり、ちょっとした高揚感を抱く。

 たくましいお姉さんを演出するように、ユーナはガッツポーズを決めた。飛び跳ねた少女は、カッコいー、なんて言ってくれたのだ。

 とってもいい子じゃないか。褒められたユーナは有頂天になる。ユーナは煽てられることに弱かった。相手が可愛い少女ならば見栄も張りたくなるというもの。

 ユーナは熟練プレイヤーを気取れば、少女の両親が依頼内容を告げた。

 

「いやー、すいませんね。実は森に落とし物をしてしまって」

「ふむふむ、落とし物の探索依頼だね」

「はい。森で魔物と遭遇した時に落としたらしく」

「逃げてる途中に無くしたみたいなの。パパとママの大切なネックレスだったんだよ」

 

 瞳を潤ませた少女が言うには、彼女の両親が結婚式で撮影した写真が収めた首飾りだという。これは大変だ、きっと思い出の詰まった品に違いない。

 また買えばいいと話す父親だが、少女の母親は浮かない顔をしたままだった。まったく奥さんの気持ちが分かっていない旦那さんである。

 買いかえればいいという話ではない。そう、ユーナは断言する。嫁入りした日の思い入れもあるだろうし、彼女の無くした首飾りは唯一無二の宝だったはず。

 少女が母親を励ます。母は子に微笑みを返した。悲しむ子供は見過ごせないし、俄然としてやる気を出すユーナだった。ここがゲームの世界だと忘れかけてしまうほど。

 

「これはほっとけないね。みんなはどう?」

「スーは問題ないです。対応クエストも森の中だと思うので。一石二鳥です」

「ええ。お姉ちゃんと言われたからには引き下がれませんわ」

 

 瞳に熱い炎を宿したエリーゼが闘志を燃やす。ここが姉力のアピールポイントだと言わんばかりの熱気。頷くスージーも親指を立ててくれる。

 人付き合いのよい友人に感謝したくなる。今日の出会いが末永く続けばいいと願う。マナーも良く、しかも気の合う友人と出会えるのは、それだけ貴重なことなのだった。

 

「まあ、ミオンは大丈夫だよね。クエスト受けちゃおっか?」

「おいこら、リアフレを雑に処理するんじゃないわよ」

「でも、付き合ってくれるよね。ミオンならさ」

「その絶大な信頼はどこからくんのよ。まあ、付き合うけど」

 

 顔を背けたミオンが照れ隠しをする。頬は紅潮していたし、心情がだだ洩れだったわけだが。顔に出やすい親友なのだった。

 

「いい? 一つ忠告するけど、クエスト内容くらいは確認し――」

 

 忠告がてらに指を立てたミオンは、しかし即座に半目になる。

 

「お姉ちゃん、ありがとう。パパとママのためにお願いします」

「オーケー、あたしたちに任せて。お姉ちゃんたちがパパッと解決するからね」

「わー、すごーい! お姉ちゃんたち、強いんだね」

「それほどまでもあるかなー、期待してていいよ」

 

 鼻を高くしたユーナが威張り散らす。すると、少女の拍手も続くのだった。娘がユーナに懐いたことで気を良くしたのか、少女の両親まで期待を寄せる。

 

「最近の開拓民は頼もしいな」

「ええ、あなた。本当に素敵な女の子ね」

「えー、そうかなー? そうかもしれないなー、えへへ」

 

 ウッキウキになったユーナはクエストオーダーを承諾する。かくして、「森の落としもの」というクエストが追加されるのだった。

 ドラッヘの森を写したマップに目的地も指定される。場所は森の南東区域のようだ。大円が記されているだけで、明確な落とし場所は分からない。

 マップ探索をしろ、ということか。大まかな位置は分かっているし、無くしたものを見つけ出すのは得意なつもりだ。気合いを入れて探索に臨もう。

 マップ探索を謳歌するため、そして街道で遭遇した親子の笑顔を守るために。俄然としてやる気を出したユーナは、イベントを終えた一家を見送る。

 

「わたしたちの家はドラコニューシリオの東側にある民家です」

「ネックレスを見つけたなら尋ねてきてくださいね」

「じゃーねー、カッコいいお姉ちゃんたちー!」

「はーい! 自分の家を民家っていうのはどうかと思うけど、わかりましたー!」

 

 ユーナは大きく手を振った。車両の窓から顔を出した少女が満面の笑みを浮かべる。守りたくなる笑顔だな、などとユーナはNPCのモデリングに感激した。

 車が街道の角を曲がり、ユーナが見えなくなるまで、幼い少女は手を振ってくれる。なんとも優しい気分になれた。テキストミスは無視し、ユーナはほっこりする。

 ホクホクとした笑顔のまま、ユーナは仲間たちに合流する。けれど様子がおかしい。みなの顔が青ざめており、ユーナは首を傾げた。

 

「みんなしてどうしたの、難しい顔して?」

「いやさ、私はクエスト内容を確認しろって言ったわよね?」

「そだっけ? 記憶にないけど?」

「言ったわよ! あんたがスルーしてだけでしょーが!」

 

 ミオンはユーナに掴みかかり、両頬を引っ張る。力が強すぎる、かなり痛い。涙目になってしまうが、お仕置きをやめてくれる気配はない。

 何が不服だったというのか、理不尽な仕打ちに反論したくなった。が、念のためにとクエスト内容を再確認すれば、全身が凍りついてしまう。

 クエストウィンドウの下部に記述された注意事項が発端だった。「難易度:高、推奨熟練度レベル50」とのこと。嫌な汗が額に浮かぶ。

 

 推奨難度を考慮すれば、このゲームを始めたばかりのプレーヤーが挑めるクエストではなかった。友人らの顔が青ざめたのもよくわかる。

 まず頭に浮かんだのは、クリアできるの? という疑問であった。きっとベータテストのデータを引き継いだプレイヤー用の依頼だったのだと思う。

 ランダムイベントの難易度に統一性はない。けれど、運営がプレイヤーの自由度を優先した結果、どの難度の依頼にも受注制限はなかった。

 

 ことオープンワールドゲームにおいて、高レベルエネミーとのエンカウントは日常茶飯事。無謀にも討伐を試みず、逃走を選ぶ勇気も必要だ。

 注意書きもあったのだし、ゲーム性に文句は言えない。言えないのだが、サービス開始直度に高難度クエストを実装しないで、とか。

 はたまたデータコンバートを前提にした難易度設定はやめて、とか。運営批判に乗り出したくなるユーナである。しかしそれも責任転嫁、ここは自分の過ちを認めよう。

 

「ユナ、どうするですか?」

「うん、破棄しよう」

 

 もはや即決だった。無心の境地に至った笑顔を浮かべ、ユーナは現実逃避する。大丈夫だとも、クエスト目標地点を避ければいいだけなのだ。

 触らぬ神に祟りなし。クエスト期間は受注より一週間との縛りがあるが、たったの七日で熟練度を50まで上げようとは思えない。

 廃人のごとくネトゲに潜るのは、もうライトユーザーのユーナには耐えられない。諦めが肝心かと割り切り、依頼主に断りを入れようと考えたのだが、

 

「いいですの、ユーナさん。あの子の笑顔を台無しにすることになるんですのよ!」

 

 と、エリーゼが妙に熱のこもった発言をした。ユーナの心に衝撃が走る。仲睦まじい夫婦と笑顔で去った少女の顔が過った。良心の呵責というやつか。

 あの人たちはNPCだと切り捨てることができなくなる。まるでこの世界に住む人々を映し出すかのような表情。暗い妄想ばかりが膨らむ。

 ペンダントを無くなり、痴話喧嘩をするようになった夫婦。行き着く先は家庭崩壊、少女の頬に一滴の涙が伝う。考え得る限り最悪な結末だった。

 生々しい情景が思い浮かび、妄想力豊かなユーナは頭を抱える。が、じっとりとした半目になったたスージーはかなりドライで。

 

「エリーがまた、変なことを言い出したです」

「ほんとよね、ゲームだってのに」

 

 さらに冷めた目をしたミオンまでもが頷く。なんて薄情な人たち、と苦境に立ったスポ根少女漫画の主人公精神が発露したユーナの瞳に炎が灯る。

 

「二人とも、あんまりだよ! 苦しんでいる子が手を差し伸べてきたっていうのに!」

「えっ、あんたが言う? そもそも元凶なんだけど!?」

「ユーナさんの言う通りですわ、越えられない壁はありませんことよ!」

「変な人が増えたです、エリーは熱血お嬢様キャラだったですか?」

 

 瞼を下げたスージーは友人のハイテンションについていけなくなる。しかし、ここぞとばかりに詰め寄り、エリーゼがスージーの手を両手で包み込む。

 

「スージー、ここが頑張りどころですわ。さあ行きますわよ、お姉ちゃんと一緒に!」

「どこ行くですか? 目的地はありませんので」

「何を言っていますの。ありますわよ、お姉ちゃんたちの心の中に……」

「まったく意味はわからないですが――何故でしょう、胸が熱くなる言葉です。スーも頑張らなきゃという気持ちになります」

 

 熱に頭をやられたスージーに青春のときめきが伝染する。えっ? とミオンは目を丸くしたが、最高潮に達したボルテージが下がることはない。

 

「スーも手を貸します。ユナを信じていますので」

「ええ、ユーナさんならやってくれますわ。お姉ちゃんたちのエースですもの!」

「エース!? そっか、やるしかない……みたいだね」

「どこが!? なんで、そういう会話の流れになんの!? あんた、いくらなんでもチョロすぎでしょ! ちょっと落ち着きなさいよ!」

 

 神輿を担がれたユーナは止まらない。ミオンの忠告もなんのそのだ。友人に見せてあげるとしよう、初心者の全力というヤツを。

 不敵な笑みを浮かべ、ポンと親友の肩を叩いておこうではないか。

 

「ミオン、あたしの責任はあたしがとるよ。任せて」

「あー、うん。不安しかないけどね」

 

 はは、と笑い飛ばしたミオンが諦めたふうに言う。心外だ、少しムッときた。このクエスト、やり遂げてみせようとユーナは意気込む。

 さあ、あたしの親友に勇士を見せてやるとしよう。などとたくましい背中を向けたつもりになり、一同はいざ最初のダンジョンに潜っていく。

 

「もうどうにでもなれよ。やけっぱちだわ」

 

 と、自暴自棄になったミオンを巻き込みつつ。



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第一三話:キャンプ地で小休憩を取りましょう

 ティエラフォール・オンラインにはキャンプ機能が実装されている。テントはどこにでも設営可能。HP・MP回復や料理スキルを活用できる休憩場となる。

 キャンプの範囲内は安全地帯となり、一定範囲内のエネミーがリスポーンしなくなる。安全地帯は他プレイヤーと共有、範囲拡張することもできる。

 拡張方法は設営したキャンプを増やすこと。テントの使用は一人一つずつとの縛りがある。テントの設営場所を隣接させることで、安全地帯は拡大するのだった。

 

 人数が多ければ多いほど、キャンプ地の判定は強化できる。大規模ギルドならば、一つの集落を作れるほど。ただし、エネミーの襲撃があることを忘れてはいけない。

 ランダム発生イベントだが、たまにキャンプの安全地帯内にエネミーが出現することがある。そこから迎撃戦に発展することがあるのだった。

 まあ、迎撃戦の発生は稀。運営調整では確率一パーセントを切るという話だし、短い時間のキャンプ設営ならば、そうそう襲撃されることもない。

 

「いやー、だいぶ奥に進んだね」

 

 ちょろちょろと流れる小川の水音が聞こえる。テントを設営したユーナは伸びをした。小粒な艶の良い石ころが転がる河原、バチバチと燃える焚火の音が聞こえた。

 小川に吹き抜けた風がドラッヘの森に生える木々の葉を揺らす。安全地帯の範囲外となる森の中には、昆虫や動物型のエネミーが動き回る。

 来れるもんならば来てみろ、と調子に乗ったユーナは胸を張る。連戦が続き、HPやMPのほかにプレイヤーの体力を消耗したし、やっと一息吐けたわけだ。

 

 エネミーの群れに追われたりもした。小休憩中にちょっと腹いせをしたくなったことは許してほしい。ちなみに、焚火には河原で拾った乾いた木材は使用した。

 森の木を伐採道具の斧で叩けば、木材が入手できる仕組み。森林の木は破壊不能オブジェクト。一定数の木材を入手した時点で、斧の使用判定が消えるけれど。

 生木は燃えにくいとか、そのあたりは考えないようにしよう。ゲーム内の木材は加工せずとも燃えるのだ。リアリティを追求した結果、予定な手間が増えても困る。

 

「冷たくて気持ちいいですね」

 

 素足になったスージーが、ちゃぷちゃぷと浅瀬の水面を踏みつける。重装を脱ぎ、アンダーウェアになった彼女は、足装備未装着の短パン姿になる。

 水面を踏みつけるたびに、キラキラと輝く水飛沫が飛ぶ。小川の水を蹴る彼女の姿は実に楽しげだった。低身長も相まってか、小川ではしゃぐ子供にしか見えない。

 小川と戯れるスージーの背中を眺めれば、心癒される和やかさを味わった。アンデット族特有の灰色の肌が異質ではあったけれど。

 

「これで六つ目ですわね。このあたりのハーブは取り尽くしましたわ」

「待って、スープができたら場所移動を考えるから」

 

 焚火に両端にY字の支柱が立てられ、鍋の持ち手にひっかけ棒を通す。簡易的な料理キットだ。グツグツと煮えた鍋から香しい湯気が立つ。

 薬草収集クエストの採取対象、タリエステナハーブを安全に確保しようとのことで、四人はテントを設営したのである。発案者はミオンだった。

 ベータテスターだけあり、ゲーム仕様を熟知した彼女だ。安全地帯内の採取も可能だというゲームの仕様を活用し、採取中にエネミーの邪魔が入らないようにした。

 

 タリエステナハーブは紫色の花をつけた薬草だった。見た目はアヤメの花に近い印象。ミオンが体力回復用の料理を作る片手間に、ユーナとエリーゼが薬草回収をする。

 二人は薬草を三本ずつ取得。最後の一本をエリーゼが採取し、この一帯にタリエステナハーブの花は見当たらなくなった。クエスト達成目標は十個、薬草はあと四個必要だ。

 ハーブを薬草かごにしまい、またアイテムボックスに送る。薬屋の主人から預かった採集アイテム。ボックスに転送したかごは、ユーナの手元から光を放って消失する。

 

「ミオン、ご飯まだー?」

「子供か! もうすぐ完成するからいい子で待ってなさい」

 

 親友の料理スキルが発揮される。現実でも料理上手なミオンだけれど、さてどんな料理が出るのかと楽しみでならない。彼女が製作したのは山菜スープ。

 川魚の白身でダシを取ったスープらしい。タリエステナハーブの採集中、山菜が手に入る採集ポイントもあった。そこで入手した山菜を料理に使ったのである。

 ミオンがスープをかき回すたびに、鼻孔をくすぐる甘ったるい香りが立つ。魚の青臭さがないのは、ゲーム内だということもあるのだろう。

 

 魚の臭いが嫌いだという人もいるし、ストレス要素は低減したに違いない。ミオンがスープのアクを取る。焚火の熱に火照ったユーナは湯気を眺めた。

 焚火の準備は少し手間だった。河原に転がる木材と石ころを指定数集める必要があったからだ。素材さえ集めてしまえば、自動製作して好きな場所に置けるのだ。

 キャンプ地では建設画面に移行することができ、手持ちのキャンプアイテムを設置したり、素材を活用したキャンプ設備を増設できたりする。

 

 まずは持ち運び用のテントを張る場所を決定し、そこを中心とした一定距離が自由にカスタマイズできる安全地帯となる。焚火も建設設備の一つ。

 着火には火属性魔術を使う。日常生活に魔術を使う仕様も組み込まれており、焚火の着火条件に、火球(・・)の魔術取得があった。鍋に水を張るにも、流水(・・)の活用ができる。

 初級の攻撃魔術取得に「INT:0」との指定があったのは、ソロプレイヤーに配慮をした結果のようだった。戦闘に使えなくとも生活魔術としては活用できるのだ。

 テントを回収すれば、キャンプ地に設置した設備も一緒に消え、安全地帯の判定も消失する。焚火などの一部設備は、また製作しなければいけなくなるのだけれど。

 

「完成ね。おチビ、いつまでも遊んでんじゃないわよ」

「スーは仕事したです。魚を釣りました」

 

 スージーは生活道具の釣竿を出現させた。薬草回収に行かなかった彼女は、ミオンの手伝いを担当したのだ。釣りの方法を教わり、ミニゲームを堪能していた。

 魚の入手方法は二つある。直接手掴みをするか、竿で釣りあげるかだ。魚人は水中呼吸が可能だし、ユーナが川の深い場所に泳ぐ魚を回収する手もあった。

 しかし、役目を奪うべきではないかと考える。細かい縛りもなく、自由に川を泳ぎ回れる魚人族は、薬草回収に専念したほうがよかった。

 スージーも釣りのミニゲームが気に入ったらしく、楽しみを奪うのは気が引けたのだ。必要な魚を釣りあげた彼女は、早々に釣りを切りあげ、浅瀬で遊んでいたが。

 

「スーの勇士は目に焼きついたはずです。大物を釣りましたので」

 

 釣竿を肩に担いだスージーはピースをする。はいはい、と投げやりに返答したミオンは、途中から水遊びになったけどね、とため息を吐く。

 

「ママ、ご飯お願いします。お腹すいたー」

「誰がママよ、誰が!」

 

 頭を抱えたミオンが完成したスープを茶碗に注ぐ。淡茶色のスープに山菜と魚の白身が浮かぶ。取得アイテム欄に「川魚の山菜スープ」との項目が一時的に追加された。

 腐敗度を示すゲージもあり、作った料理は早めに食するのが望ましい。料理の効果は「HP・MPの全回復、30分間の移動速度アップ」とのことだった。

 アイテム効果もさることながら、体感型VRMMOの醍醐味は味覚の再現にある。どんな味かと一口飲めば、ほど良い渋みと温かさが口に広がる。

 スープが喉を通れば、体の芯からホカホカとし始める。作り手がよかったのか、スープの味を堪能したユーナは蕩け顔になり、全身の力が抜けていく。

 

 ふやけた山菜がスープを吸い込み、口触りはまろやかだ。煮込んだ川魚の白身も良いダシとなり、ホクホクとした食感が深みのある旨味を生み出した。

 端的に言えば、美味しかった。語彙力不足とか、食レポ能力が低いとか、そんな指摘を受けようとも、美味しいものは美味しいと言うほかない。

 アイテム効果の恩恵を受けつつ、キャンプ料理に舌鼓を打てるなんて、こんなに素晴らしい娯楽があっていいのだろうか。俄然としてやる気も湧くというもの。

 あっという間にスープを平らげた一同は、川のせせらぎに耳を傾ける。このまま涼しげな場所に身を委ねていたい。そんな和やかムードの漂う一時だった。

 

「ごちそうさま、美味しかったね」

「ええ、大変結構なお手並みでしたわ」

「スーも満腹感を感じます。ミオ、ありがとです」

「礼には及ばないわ、誰が作ったと思ってんのよ」

 

 ふふん、と鼻を高くしたミオンが言う。

 

「ゲームだし、料理ごとに味は固定されてるけどね」

「そこに突っ込むのはやめなさいよ。雰囲気ぶち壊しだわ」

 

 なんだかんだと雑談を交わしつつ、鍋のスープを空にする。満腹満腹、空腹の満たされる充実感を抱く。これも感覚共有のゲーミングシステムが発達した成果だ。

 食感や香り、味までも再現してくれるため、満腹感を脳が錯覚するのである。ログアウトすれば、体が空腹を訴えてくることになるが。

 ついつい長時間プレイしてしまい、気付けば夕食時になっていたなどはザラだ。ログアウトした瞬間にお腹が鳴り、脳が食事の摂取を渇望することが幾度となくあった。

 何事のやり過ぎは禁物、ゲームのホーム画面に記載される現在時刻には注意しよう。現実の時間は午後八時、まだまだ寝る時間までは余裕があるかと安堵しておく。

 

「一応確認、みんなは夕ご飯を食べてるよね?」

「スーは六時頃に食べました。カップヌードルですが」

「それ、美容と健康に悪いわよ。ちゃんとした食生活を――」

「ミオはスーのママですか? 問題ないです、今日は親がいなかっただけなので」

 

 スージーも普段はそこまで偏った食事は摂っていないという。それならばよい、とミオンは引き下がる。のだが、今のは聞き捨てならないとエリーゼが拾う。

 

「まあ、言ってくれればお姉ちゃんが作ってあげましたのに」

「それだけは断固拒否します、スーが死んでしまうので」

「酷ない? ウラちゃ、スーちゃんのためを思うただけやのに」

「エリーは味音痴の自覚無しですか? 味見をしたはずなのに、あれが出る恐怖です」

 

 人が食べる物ではなかった。エリーゼの生み出した物質(りょうり)を思い出したらしく、顔面蒼白になったスージーは震えあがる。

 いったい、どんなものを出されたというのか。見てみたいような、いいや触れないほうがいいような、なんとも複雑な心境である。

 料理人自身がバカ舌なのは一番ダメなパターンだ。そもそも味見する意味がなくなる。料理人本人は美味しいと確信しているわけで、何も言えなくなってしまうのだ。

 スージーの苦労が偲ばれた。しゅん、とエリーゼが縮こまってしまったし、あまり深く掘り下げないほうが良さそうだ。聞き流しておこう。

 

「食事も終わったし、探検の再開だね」

「この後、どうするかよね。別の群生地を目指してもいいけど」

 

 ミオンが食器を片付けながら言う。自分の張ったテントを回収し、ユーナはマップを展開した。テントをしまえば、キャンプ地の安全圏が消失する。

 手早く行き先を決めるが吉なのだった。現在地は森の南東、次の薬草群生地は北部にあるが、奇しくもここは家族連れのNPCから引き受けた依頼の探索範囲内だった。

 高難度の注意書きがされたペンダントの探索依頼。討伐系の依頼だとお手上げ状態だったが、クエスト内容的に一握り程度にはクリアの望みがあると思う。

 

「それでどうしますの? ああは言いましたけど、無理をする必要はありませんわよ?」

「うーん、やるだけやってみよっか。何もせずに諦めたくはないし」

「スーも異論はないです。当たって砕けます、死にたくはなかったですが」

「そこは砕けちゃうのね。もう一縷(いちる)の望みさえ捨ててんじゃないのよ」

 

 とは言いつつ、半分は失敗を前提とするミオンだった。釈然としない、この諦めムードに一石を投じたくなるユーナである。エースの底力をみせてやろうではないか。

 難題クエストを前に尻込みしつつ、もはや空元気を発揮したままとなった一同は、やがてクエスト目標たるペンダントの捜索に挑む。



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第十四話:宝箱を見つけました

「ラスト!」

 

 ミオンの放った回し蹴りが、キラービーと呼ばれるエネミーの顔面を砕く。ゲームのエネミーによくある名前、元ネタはアフリカミツバチの一種だったか。

 かなり巨大化してこそいるが。全長は八十センチ弱、見た目はスズメバチ寄りのエネミーだった。複眼がへこみ、顔の潰れたキラービーのHPが尽きる。

 キラービーの全身はブロック化するが、ダメ押しのカウンターがミオンに炸裂した。戦闘不能になる間際に、キラービーが尾部の毒針を射出したのだ。

 

 エネミーは倒せたものの、毒針の判定が残る。ミオンの太ももを掠めた毒針は、彼女を状態異常に追いやった。紫色のポイズンマークがミオンのHPを一定間隔で削る。

 これはいけない、ユーナは即座にリカバリーの魔術を使用した。波紋状に光が放出されるエフェクトが発生、ミオンの状態異常が回復する。

 敵影はなし、キラービーの群れは掃討できたようだ。安全確認を終えたところで、続けざまに治癒(ヒール)の魔術も重ねがけしておく。無事、全員のHPはフル回復した。

 

「立て直したね。問題は……」

 

 キラービーの群れは一掃した。だが、ユーナの苦笑いは消えない。そっと目を向けば、ふごー、と鼻息を荒くし、いびきをかく大猪が横たわる。

 二本の巨大な牙が口から飛び出す。サラサラとした茶色の毛並みに、真っ黒なたてがみが揺れる。ぶるぶると鼻を震わせ、熟睡中の大猪が尻尾を動かす。

 見るからに強そうなボスエネミー、熟練度不足は否めない。気持ち良さそうに寝ているな、と御託を並べ、ゲームの世界にも関わらず、軽く現実逃避したくなる。

 

 戦闘音に気付き、起きなくてよかった。ひとまず安堵するが、しかし状況が好転することはない。折り重なった枝にツタが這い、ドーム状になった場所に宝箱がある。

 クエストマーカーがその宝箱に矢印をつけた。宝箱には三パターンある。通常系の鉄枠、レア系の金枠、希少系のやたら豪勢な装飾のついた一回り大きい宝箱だ。

 爆睡中の大猪が傍らにあるのが希少系の宝箱。クエストアイテムのほかに、複数のドロップ品が手に入るはず。が、やはり爆睡中の大猪を警戒してしまう。

 

「宝箱に手をつけたら、起きるパターンじゃないよね?」

「あり得るわね。実際のところはやってみないと分からないけど」

「攻撃しなければいいパターンかもしれませんわ」

「死にたくはないですが、誰かが試すしかないです」

 

 キラービーの群れを相手に大立ち回りを繰り広げたばかりだし、その戦闘音で目覚めなかったともなれば、かなり深い眠りに落ちているはず。

 ティエラフォール・オンラインの強さは装備依存。レベル不足というよりは、装備面の不十分さが目立つ。勝てるかと言えば、満場一致で負けるだろうとの結論が出る。

 しかし、クエストの必須アイテムを入手するためには行くしかあるまい。ここで重要なのが、人選をどうするかだ。すると、一同の視線がユーナに集中する。

 

「ユーナさんは覚悟を決めていたのでしたわよね」

「あれ? これってあたしが行く感じの流れ?」

「さっきも戦いぶりは素晴らしかったです。ユナならいけます!」

「そんなにセンスあった!? いやー、これがあたしの実力かー」

 

 称賛の嵐で知能指数が低下した。脳みそまで蕩け、うへへ、とデレデッレに赤面したユーナに、もはや恐怖心はない。みんなの期待に応えようじゃないか。

 心躍るユーナはステップさえ踏みたくなる。グッと親指を立て、高難度クエストに挑戦する覚悟を決めれば、拍手喝采が飛び交う。まるで物語の主役になった気分だ。

 

「ユナ、チョロいです」

「ええ、チョロいですわ」

 

 などと失礼な耳打ちが聞こえた気もしたけれど、きっと勘違いだったと思う。ミオンが可哀相な子を見るような目をしたが、さてどこがおかしかったというのか。

 褒められるの、嬉しい。ここまで応援されれば、引き下がれぬというもの。強敵もどんとこい、初心者のあたしが返り討ちにしてやろう。などと、ユーナは息巻く。

 

「もうダメだわ、あの子……」

 

 頭を抱えたミオンが諦めたふうに言う。心外だ、せっかく先陣を切ったというのに。ここは勇気ある親友を称えるところのはず。むむ、と眉間にしわを寄せる。

 薄情なミオンを見返してやろう。勇み足になったユーナは宝箱の前に辿り着く。大猪の寝息が顔に吹きかかるが、どうということはない。楽勝だった。

 大猪が目覚める気配もないし、杞憂だったかと澄まし顔。ほれみたことか、あたしは可哀相な子ではない。そう胸中で訴えかけたユーナは宝箱を物色する。

 

 クエスト対象アイテムのほかに複数のドロップ品がある。まずは落とし物のペンダントというアイテムを回収。宝箱の中にあったし、本当に落とし物なのかという疑問はある。

 けれど、突っ込まないのがお約束だ。あとはドロップ品の回収をしよう。能力強化系のポーションが複数、スキル書も目に入った。

 「睡眠(スリープ):INT3」と書かれた魔術書。非売品の魔導書だ。エネミーに睡眠の状態を付与する無属性魔術か、分類は補助魔術になるようだ。

 「治癒:RES0」と書かれた魔術書もあったけれど、こちらは取得済み。販売店の初期ラインナップにも並ぶし、そう珍しい品ではなかった。

 

 他に目ぼしい物はない感じ。武器も手に入れはしたけれど、「大樹の杖」と表記された通り、武器種は杖に該当する。魔法職のユーナには悪くないドロップ品。

 が、残念なことにメインウェポンは護符なのだ。複数武器の熟練度上げは手間もかかるし、杖は売却品に回そうかと思う。生活プレイが主体なのだ。

 まずは一つの武器種を極めればいいだろう。などと悠長に立ち止まり、ふとユーナは荒々しい寝息を吐き出す大猪を見た。

 なんだか拍子抜けした気分。目覚めないのならば、警戒する必要もなかった。振り返ったユーナはパーティメンバーに手招きをする。

 

「ユナ、イノシシはスーを殺しに来そうにないですか?」

「たぶんね、起きる気配ないし。宝箱開けたけど、爆睡中みたいだよ」

「やりましたわね。わたくしはユーナさんの勇気に感服いたしましたわ」

 

 エリーゼは褒め殺しが上手い。たはは、とユーナはまた照れ笑いをする。高難度クエストを受注するに至った経緯は、自分の不注意にあった。

 そこは反省していたし、結果を残せてよかったなと思う。二人の声援が素直に嬉しい。ちょっと得をした気分を味わうユーナなのだった。

 

「あんたらね、もう少し警戒を――」

「ユナ、見てください。なかなかいい品を見つけました」

 

 ガサゴソと宝箱を漁ったスージーが取得品を掲げる。「大樹の盾」と表記された装備を入手したようだ。RES値が高く、一定確率の魔法反射スキルが付与されていた。

 運がいいというか、メインウェポンの一つを引き当てた少女が飛び跳ねる。ひょんひょんと小ジャンプを繰り返す彼女は、なんだか小動物みたいな可愛らしさがあった。

 新装備を取得した興奮が冷めやらぬうちに、スージーは「大樹の盾」を装備する。なかなかにデザインの凝った木製の片手盾。中央に赤色の宝石が埋め込まれる。

 

「盾が二つになりました。もうメイスは不要です、二刀流ならぬ二盾流でいきます」

「あー、うん。カッコ悪いからやめない? 戦えないよね、それ。ダサいし」

「ユナはこの素晴らしさが分からないですか、二枚盾は心強いです」

 

 物理攻撃は右手で受け流し、魔法攻撃は左手で受け止める。プレイスタイルの縛りが少ないゲームとはいえ、なかなかにお目にかかれない斬新なスタイルだと思う。

 スージーの子供体系が災いしたのか、見栄えもよろしくはない。両手の盾で体が隠れ、珍妙な盆踊りを披露しているふうにしか見えないのだ。

 恥ずかしいのでやめてほしい。戦闘不能を恐れるあまり、彼女が二盾流を実戦に投入しかねなかったからだ。満足したらしく、スージーは装備した盾をしまう。

 彼女が血迷ってしまわないことを願うとしよう。今日限りのパーティを解散したとしても、ゲーム内の死にすら怯える彼女が人目につく機会はあるのだから。

 

「あと、こんなものも拾ったです」

 

 スージーが差し出したのは、「復活(リレイズ):RES5」と記載された魔導書。文字通り、復活魔術が取得できる品だった。汎用性もあるし、入手難度も少し高めな希少品。

 初級の魔術書を扱う店舗に並ばないのも当然か。ちょっと羨ましい、見せびらかさなくてもいいじゃないか。回復役も担当するつもりだったし、欲しかったスキル書なのだ。

 他人のドロップ品は奪うのは信条に反する。魔術書の扱いはスージーに任せよう。まだ先は長い、次のドロップ品を待つのみである。

 と半ば諦めかけたユーナだったが、一方のスージーは少し考える仕草をした。一つ首を縦に振った彼女は、宝箱調査のお礼だとばかりに魔導書を差し出す。

 

「ユナ、これあげます。宝箱ゲットの生贄になってくれましたので」

「言い方はあれだけど、いいの? スージーが自分に使うのもアリだと思うけど」

「スーは良い盾を貰ったです。どういうわけか、二個取れてしまったのもあるので」

「そっか、あと一個は処分するつもりなの?」

 

 コクリとスージーが頷く。

 

「スーは回復職じゃないのでいらないです。ゴールドにして、防具を強化します」

「そっか。非売品だし、ちょっともったいない気も……」

 

 はっ! とユーナは天啓を授かった。どうして気付かなかったのか、スージーはRESのステータスも全振りしていたではないか。RES値は回復量に影響する。

 ならば、と「治癒」の魔導書を取り出した。くれるですか? とスージーは首を傾げる。回復系のスキル書を渡された意味が分からなかったらしい。

 無口系天然ちゃんなのかとスージーに訴えたかった。これは意味のある選択、自分のビルドを考え直してほしい。少女の肩を叩き、ユーナは首を振る。

 

「スージーってRES値もあげてたよね?」

「はいです、スーは回避不可な魔法攻撃も怖いので」

 

 顔面蒼白になったスージーは、ガクブルと震えあがる。どれだけ死にたくないんだ、この子は。なんて苦笑いを浮かべたものの、ユーナは一つ助言をもたらすことにした。

 

「じゃあさ、回復盾をやるのはどう?」

「回復盾、ですか? スーは魔法職じゃないですよ?」

「いやいや、RES値あげてれば――ほら、INT値に関係なく回復量は増える仕様だし」

「なな、ユナは天才ですか!? 回復魔法があれば、スーの死亡率が下がります!」

 

 目を見開いたスージーは、稲妻が走り抜けるような衝撃を受ける。なんか違う、とユーナは首を傾げたけれど、新たなプレイスタイルを見出した彼女の瞳が輝く。

 

「ちょっとHPが減るのも怖いので、回復魔術は重要でした。盲点だったです」

「ちょっと待って。自分に使う用じゃなくて、支援的な意味でね」

「これでスーは死にませんです! 最硬の職にまた一歩近づけた気がします」

「そっか、スージー的にはそうなるのか……うん、力になれてよかったよ!」

 

 深く考えるのはやめた。スージーは嬉しそうだし、まあいいかとも思う。友人のためになるアドバイスができてよかった。バンザーイ、と少女が両手を振りあげる。

 よかったね、とユーナは彼女の頭を撫でる。スージーがはにかみ笑いを溢し、

 

「よかったですわね、わたくしも嬉しいですわ。お姉ちゃんが頭を撫でますわよー」

「いえ、遠慮します。エリーは何もしていませんので」

「ウラはだちかんの!? スーちゃんの頭を撫でたかっただけやのに」

「理由になってないです、エリーは私欲の塊じゃないですか!」

 

 だから拒否したのだと強く主張する。スージーに頭撫でを拒否られ、羨望の眼差しを向けたエリーゼは、よよよ、と地面に膝をつく。マイペースで賑やかな二人組だった。

 そういえば、と思い出したふうに手を叩く。エリーゼも宝箱は調べたはず、何が取れたのかと、興味津々なユーナは好奇心を隠せない。

 

「エリーゼはどうだったの? 宝箱は調べたんだよね?」

「大ハズレですわ、魔導銃とそれに関するスキル書でしたもの」

 

 乗り換えを推奨しているのか。ご丁寧なことですわ、とエリーゼは言う。彼女が出現させたのは、身の丈ほどの長銃だった。「魔装の長銃」という名の両手武器。

 STR値とINT値が均等に上昇する武器だった。通常攻撃の実弾は物理属性、魔弾装填というアビリティを使えば、取得魔術を触媒にした魔法攻撃が撃てるらしい。

 面白い武器ではあるが、エリーゼの趣味ではないようだった。長銃を構える仕草をした彼女は、どうもしっくりこないと悩む。

 

「敵が近付いてきた時が問題ですわ。ぶった斬れませんものね」

「そこが物足りないの? こだわる方向性が違うような気も……」

「お姉ちゃんの騎士道精神に反しますのよ。闇討ちなど邪道、そこは譲れませんわ」

「うん。十分に騎士道精神を無視した魔術師プレイ主体だと思うけどね」

 

 宝箱の入手品に一喜一憂する。こんな温かなプレイがしたかったのだ。ぐすん、と鼻を啜り、ユーナはガチ勢不在のネトゲライフを満喫する。

 語り合う少女らのぽわわんとした雰囲気が漂う空間を眺め、

 

「ただのおバカ空間ね。あの子ら、ボスエネミーの近くだってことを――」

 

 んっ? とオチを察したミオンの口角が引き攣る。ユーナが振り向けば、焦る彼女が素早く身振り素振りを繰り返す。パントマイム? それとも謎ダンスの練習だろうか。

 いよいよ親友は頭をやってしまったのかもしれない。無言のまま、半狂乱する友人にも困ったものだ。彼女は宝箱の中身に手をつけられなかったのだったか。

 混ざりたければ素直に言えばよかったのに。まったく手間のかかるツンデレさんだ。肩を竦めたユーナは、一緒に話そう、と彼女を誘う。

 

「ちっがーう! そうじゃないのよ、ゼンッゼン伝わってないじゃない!」

 

 頭を抱えたミオンは小声で絶叫する。ほんとにどうしたというのか、彼女は危ない人になりかけていた。心配になったユーナが親友を迎えに行こうとした矢先のこと。

 生暖かい風が頬に触れる。それは生物の吐息のようでもあった。フゴフゴと鼻を鳴らす野太い音は、まるで獣の威嚇みたいではないか。地面を踏みつける蹄の音も響き渡る。

 巨大な影が三人の少女を覆った。途端にユーナの顔が凍りつく。ぎこちなく首を横にスライドすれば――はい、おはようございます。安眠妨害された大猪が怒り狂う。

 考えてみれば、当たり前だった。あれだけ雑談で盛りあがったのだ、睡眠中のエネミーが目覚めないはずがない。負け確の相手、怯えた一同はだらだらと冷や汗を流す。

 

「これ、ジ・エンドだよね?」

「エンディングロールを迎える準備をするですか」

 

 やがて苛立つ大猪の咆哮は、笑顔のまま硬直した少女らの柔肌に吹きかかる。



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第一五話:災難です、ボスエネミーに追われました

 森の静けさを破るかのごとく、猛々しい地鳴りが響き渡る。森の木々は揺れ、羽休めしていた鳥が羽ばたいた。けもの道を疾駆するのは、猪突猛進に突き進む大猪。

 興奮した獣の息遣いは荒々しい。砂埃が噴きあがる。けたましい咆哮をあげ、唾液を撒き散らす大猪は、森の木々をなぎ倒しつつ猛進する。

 ドラッヘの森に生息するエネミーも逃げ出す。機嫌を悪くした大猪を恐れたのだろう。動物型とか、昆虫型とか。それこそ森の生態系を模すほどのエネミーがいた。

 のだが、大猪に追われる少女らに、じっくりとエネミーを観察する余裕はない。命からがら、どうにか必死に大猪の追跡を逃れようとしていたからである。

 

「森の木は破壊不能オブジェクトじゃなかったの!?」

「あれ、完璧に演出よ。すぐにデータ復元してるし!」

「ミオ、急いでくれないですか? このままじゃ、共倒れになるので!」

「無理言わないで。私もこれが限界よ、重装装備のアンタを背負ってんだから」

 

 重装装備のスージーは移動速度が遅いということで、ミオンが彼女に手を貸した。背後を振り返ったスージーは、大猪の迫力に負けて涙目になる。

 自分たちの装備する防具は初期装備。強化値も微妙であれば、武具店で購入したばかりの安物である。大猪の一撃にて瀕死の重傷を負うは必定、まさしく詰みの盤面か。

 もうかれこれ、どれくらい逃げただろう。数分間の気もするし、数十分は続いたかのように錯覚する。ゲーム内とはいえ、強敵を振り切れないのは精神的にきつい。

 心が折れそうになりつつも、ユーナは無心で手と足を動かした。

 

「もう限界や、心折れてまう! どうしてこんなことになったが!?」

「あんたらがボスエネミーの前で騒いだせいでしょーが!」

 

 息を切らしながらも突っ込むとは、流石の親友だった。ジム通いもしていて、一般的な女子高生よりも体力のあるミオンだ。まだまだ余裕と見える。

 もはや身体構造が違うのではないかと疑いたくもなった。足元に這い出た木の根を飛び躱し、ミオンは綺麗なフォームで走り続ける。

 規則正しい走り方など知らない。ガタガタな女の子走りを続けるユーナは、別次元の人なのかな? と親友の異質さを思い知る。いや、自分が運動不足なだけなのだけど。

 ぜえぜえ、と激しい呼吸を繰り返し、死人の形相となったエリーゼもいる。前のめりに走り、顔からこけそうになる彼女を見れば、余計にミオンが異常者に映ってしまう。

 

「エリーはダイジョブですか? 運動音痴だったはずなので」

「大丈夫でない、もう死にそうや。吐いてまう」

「あんた翼人なんだし、もう諦めて上空に避難するのはどう? 魔術の援護をしてくれれば、大猪の足止めもできるし、退路も確保できそうなんだけど」

 

 考えを巡らせたミオンが提案する。しかしエリーゼは首を振るのだ。

 

「ウラを殺す気やけ!? 下を見ただけで気絶してまうのに!?」

「ポンコツもいいとこね。やっぱ、ダメダメお姉さんじゃないのよ!」

「ダメダメ!? ウラもそこまででないやろ、ねえ!」

 

 エリーゼが賛同を求める。けれど、目を合わせたスージーは、プイッとそっぽを向く。同意しかねるということか、スージーはミオンの擁護派に回ったらしい。

 裏切られたエリーゼ、精神的な大打撃を受けたの彼女の胸に、言葉のナイフが突き刺さる。涙目になった少女は前髪で顔を隠し、次第に走る速度を落としていく。

 血迷ったというのか、レイピアを引き抜いたエリーゼが立ち止まったのだ。涙を拭うように空を仰ぎ見た少女は、レイピアの柄を握り締めて振り返る。

 

「確かに、ウラは不器用やったかもしれん。いつも失敗するし、スーちゃんに迷惑かけたね。そうやさかい、今日くらいはええところをみせんにゃね」

「エリー、違うです。スーは……」

「行かれ! この大猪の相手ちゃウラが引き受ける!」

 

 猛進する大猪の前に立ちはだかり、エリーゼがレイピアを構える。近づく敵はぶった斬る。そう言ってのけた彼女は、宣言通りに大猪へと立ち向かう。

 ミオンにおぶられたまま、上半身を捻ったスージーが手を伸ばす。エリー! と泣き叫ぶ友人の声を聞き、微笑みを溢した彼女は何を思ったか。

 一緒に過ごした日々、かけがえのない日常。ティエラフォール・オンラインにログインした日がことが、走馬灯のように脳裏を駆け巡ったのかもしれない。

 まるで今日のような日だったと言いたげな顔――うん、実際そうなのだけれど。とにかく、己に課した騎士道を貫き、レイピアをかざした彼女が大猪に挑む。

 レイピアを突き出したエリーゼの背を眺め、彼女の雄姿を目に焼きつけたが、

 

「来っしゃい! ウラが相手にな――」

 

 キャッ! と短い悲鳴をあげた少女が空に舞う。僅か一秒の足止めだった。猛進する大猪に太刀打ちできず、跳ね飛ばされた彼女はきりもみ回転を繰り返す。

 

「高いっちゃー、落ちてまうー!」

 

 上空で吹っ飛んだエリーゼは、地面を視界に入れてしまったのだろう。彼女の防具は初期装備。大猪の攻撃を耐え切れなかったのか、既に瀕死の重症だった。

 HPが尽き、行動不能に陥る。翼人のアドバンテージとも言える翼も動かせない。落下に抗う術を失ったエリーゼは、ただ泣きわめくしかなかったようだ。

 戦闘不能になろうとも、現実の意識は遮断されないVRゲーム。地獄を味わったエリーゼは、大量の涙を流しながら落下する。そして衝突。

 木々の枝を揺らし、地面にぶつかった。ぐべっ! と可愛らしさの欠片もない断末魔をあげ、エリーゼは気絶する。口から魂の抜け出る少女は完全に沈黙したのだった。

 

「エリー、何の役にも立たなかったです!」

 

 大猪の突進速度は衰えることをない。友人の敗北を見届け、自分もああなってしまうのかと恐怖したスージーは、ミオンの背中に縋りつく。

 ガクブルと震えあがる少女は、自分をおぶった彼女に救いを求めるのだ。大猪との距離は縮まるばかり。もっと早く逃げて欲しかったのだろう。

 

「どうすんの!? エリーゼ、逝っちゃったんだけど!?」

「尊い犠牲だったね。仕方ないよ、諦めよう」

 

 ユーナの決断は早かった。手に入れたばかりの復活魔術を使っていこう。パーティアイコンから対象を選択、ユーナは蘇生(リレイズ)の魔術を詠唱する。

 

「ああ、見捨てるわけね。いい性格してるわ、あんた」

「そっかな? 性格いい自信はあったけど」

「褒めてないわよ。どうすれば、今のを称賛を受け取れたの?」

 

 ミオンが軽蔑の眼差しを向けてくる。ならば、どうしろというのか。高所恐怖症が災いし、気を失ったエリーゼを回収しに行ったところで、二次被害は確実なのだ。

 パーティ全滅の危機、臨機応変に状況判断をしたまでのこと。冷徹な決断ではない、これはそう、ユーナが仲間を信じた結果だった。

 自分の生存を優先したとか、復活魔術だけ使って放置とか。勝手に動くことを期待したり、あとのことを他人任せにしたり。投げやりになったわけじゃない、断じて違う。

 勝てない敵に挑むのはただの愚行。聡明な頭脳をフル稼働させたユーナは、最善の策を講じただけ。詠唱しながらの逃亡も難しいのだ。

 パーティメンバーの完全放置こそ下種の極み。そうしなかった優しさは評価されていいと思う。などと御託を並べ、自分を正当化するユーナだったが、

 

「あっ……」

 

 天罰が下ったのか。木の根に足を引っかけ、顔から派手に転倒してしまう。猪突猛進を続ける大猪の足音が近づく。背後を振り向けば、鼻息を荒くした大猪が目前に迫る。

 万事休すか、覚悟を決めよう。紙装甲のユーナが生き残れる保証はない。補助魔術による強化も、攻撃魔術による迎撃も、さて効果があるかは甚だ疑問だった。

 顔面蒼白になると、ユーナは悟りを開く。諦めが肝心、安らかな眠りにつくとしよう。足を止めたミオンが振り返った。次の犠牲者が、とスージーが絶句する。

 

 もういいのだ、楽しいゲームライフを満喫した。せめて二人には生き残ってほしい。生き汚く抗ってみたけれど、助かる見込みがなくなると、全てが瑣末なことに思える。

 そうだとも、十分にやり切ったじゃないか。なんとも清々しい気分を味わう。無様に這いつくばり、命乞いするのはみっともない。やめにしよう。

 安らかな笑みを浮かべたユーナは、生き残った二人に親指を立てる。あたしの屍を越えて行け、なんて訴えかけるように。

 

「それでいいんだよ、それで」

 

 踵を返し、走り去る二人の背中を見送った。のだが、大猪に遠慮はない。道端に転がった石ころのように、ユーナの勇姿を文字通りに踏み潰す。

 痛い、苦しい。大猪を阻む障害にすらならず、ボコボコと背中やら後頭部を蹴られ、ものすごく泣きたくなった。背中に蹄の跡を残したユーナの瞳から涙が溢れ出す。

 一瞬でHPをもっていかれた。このまま土壌の香り漂う地面に伏したままなのかと落胆すると、天使の翼が舞い、蘇生(リレイズ)の魔術が飛んでくる。

 

 スージーが使ってくれたようなのだ。顔をあげ、直進する大猪を見ると、ユーナは流れが変わったと直感する。けたましい銃声が森に轟いたからだ。

 木々の合間を貫く炎弾。熱気を帯びた勇ましい弾丸が大猪に直撃する。小爆発を引き起こし、燃え盛る炎の渦は大猪を怯ませた。燃焼の状態異常が入ったようなのだ。

 立派なたてがみが黒焦げになり、ノックバックした猪は足を止める。激しく首を振り、延焼の状態異常に悶え苦しむ猪は、銃声の響いたほうに目を向ける。

 

 そこにいたのは、長銃を構えるエリーゼだった。彼女が宝箱で獲得した武器。大猪の注意を引き付けるため、背に腹は代えられぬ、とエリーゼは長銃を手に取ったらしい。

 されどダメージは軽微。熟練度不足により、ダメージ量を強化するアビリティは完全開放されておらず、武器の強化値も今一つ。初心者プレイヤーは決定打に欠ける。

 だが、それでいいのである。なにも倒し切る必要はない、大猪に状態異常が通用するのならば、対抗策を練るのは容易だったのだから。

 

「閃いた。ありがとね、エリーゼ!」

 

 復活したユーナは、睡眠(スリープ)の魔術を使用する。昏睡の状態異常を付与する補助魔術、赤紫色のベールがエネミーを包み込む。

 眠気に襲われた大猪はふらつき、やがて地面に倒れ伏す。爆睡した大猪の寝息が聞こえる。初心者が倒し切るのは無理な相手だし、このまま熟睡して頂こう。

 背中を上下する大猪を放置すると、一同は距離を離すのだった。

 

「いやー、災難だったね」

「誰のせいよ、誰の!」

 

 安全確保は完了した。スージーを降りたミオンは、ジトッとした目つきになる。惚け顔になった三人が目を逸らし、彼女は大きなため息を吐くのだった。

 危機は去ったのだ、大目に見てほしい。すいません、と苦笑いをしたユーナは、ふと長銃を手にしたエリーゼに目を向ける。

 

「エリーゼもありがとね。おかげで助かったよ」

「魔弾装填のアビリティと長銃を手に入れましたが、試しに使ってみるのも悪くはありませんわね。わたくし、暗殺者(スナイパー)に目覚めましたわ」

 

 エリーゼは誇らしげな顔で語る。ん? と小首を傾げたスージーが尋ねた。

 

「エリーの騎士道はどこいったですか?」

「何を言いますの、騎士道など時代遅れ。これからはダークヒーローが主流ですわよ」

天晴(あっぱれ)な意志の弱さだったね。近距離の敵は斬りたいんじゃなかったの?」

「ユーナさん、わたくしは気付きましたの。銃身でぶん殴れば解決ですのよ!」

 

 ふふ、と決め顔をしたエリーゼが長銃を掲げる。手のひら返しの早い少女だった。彼女のレイピアに対するこだわりは、あっけなく瓦解したのである。

 剣を捨てた少女は銃を取る。闇討ち上等、大事なのは勝利へのストイックな姿勢だとした。ゲーム開始当初の武器変更はよくあること。

 熟練度仕様ともなれば、早めに見切りをつけたのは正解だろう。清廉とした女騎士を志す、と告げたエリーゼの言葉に信憑性はなくなったが。

 

「スピード感ある闇堕ちだったわね。まあ、あんたの好きすればいいけど」

 

 疲れが蓄積したふうなミオンが首を振る。他人のプレイスタイルには口を挟まない。これはエンジョイ勢の鉄則だ。エリーゼの武器も新たに、薬草回収の依頼を再開しよう。

 

「ずっと気になっていたですが、あっちのほうから差し込む光が多いです」

「いつの間にか、森の北東に来たみたいね。マップで確認したわ」

「逃げてばかりでしたものね。ウラも地図を見る余裕はなかったや」

 

 宙に舞ったことを思い出したのか、うっ、と顔色を悪くしたエリーゼが口元を覆う。高所恐怖症の彼女にとって、トラウマに相当する過去となったようだ。

 エリーゼの気晴らしも兼ね、一度、森を抜けてみるのもいいかもしれない。純粋に好奇心が刺激されたこともあり、駆け出したユーナは一同に振り返り、

 

「開けた場所に出るみたいだね、行ってみよっか!」

 

 そう誘うように手を振ると、濃い光の差し込むほうに導かれ、獣道を縫うように木々の合間を抜けた。



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第一六話:建設拠点を手に入れました

 密集した木々の合間を抜け、空から降り注ぐ温かな陽気を浴びる。吹き抜けた涼風が髪を攫うと、キラキラと輝く水面が揺れ、草原の葉がないだ。

 甘い蜜の香りが漂う湖畔、青い羽根を休ませた蝶が飛ぶ。まるでアルプスの山々が峰を連ねるように、大山脈が澄みきった湖を囲う。

 山々の麓にある湖畔は美しく、雄大な自然が生み出した風景に息をのむ。風光明媚な湖は、ユーナの目を奪うのに十分な広大さを誇る。

 

 ちょっとすれば、穴場というヤツだろうか。大猪に追われたのは災難だったが、それを差し引いても余りある報酬だったと思えなくもない。

 草原の草が肌を撫で、ちょっとかゆくはあったけれど、それが気にならないほどに、空の鏡絵を映す湖畔に見惚れてしまったのだ。

 森の奥地にあるためか、他の来訪者はいない。小さく膨れあがった島のある湖畔を眺め、こんなにも綺麗な景色を四人で独占しても良いのだろうかとさえ思う。

 

「絶景スポット、見つけちゃったのかも」

「綺麗な場所やちゃ、目を奪われてまう」

「静かなのも最高です、心が落ち着きます」

 

 湖畔に響く鳥の泣き声に耳を傾ける。水面を跳ねる魚が水飛沫を飛ばし、また深い湖に潜る。湖に歩み寄った一同は、しばし安息の余韻に浸った。

 水辺の湿った空気を肺に吸い込み、湖畔の穏やかさに感じ入る。湖畔の山水に心奪われるのもそこそこに、ユーナは水辺に生えた薬草を視界に入れる。

 アヤメの花に似た薬草は、採集対象のタリエステナハーブ。四つ以上は確実にある、本日のクエスト目標は達成したと言えるだろう。

 

 一本ずつ薬草を摘み、しかしユーナは立ち止まる。大猪に追われ、当てもなく獣道を逃げ続けた。道順など覚えているはずもない。

 また、この湖畔に来られるだろうか。自信はない、などと不安が過り、立ち去り辛くなってしまう。森の奥地にある絶景の秘境を発見したのは偶然の産物。

 ユーナは胸のざわつきを覚えた。澄み渡る空色の湖畔が放つ美しさに心を奪われたのか、後ろ髪を引かれてしまう。きっと湖畔に漂う清らかな雰囲気が好ましかったのだ。

 

「あんた、ここが気に入ったの?」

 

 不意打ちだった。心を読まれたのか、そう錯覚してしまうほど自然に、ミオンが語りかけてきたのだ。見透かしたような目が憎らしい。

 普段は優位に立ち回れるはずなのに、今は少し無理そうだ。素直に認めるのは恥ずかしい。だから冗談ではぐらかすのだが、照れ隠しが通用しそうにない予感はあった。

 たまには正直になってみよう。しおらしいところを見せるなんて、自分らしくはないけれど。ぎこちない照れ笑いを浮かべ、頬をかいたユーナは頷く。

 

「クエストが終わったら解散する約束だったよね。せっかく綺麗な場所に出たし、フォトモードの撮影とかはダメかな、と。初日の思い出に」

「いい提案ですが、スーはちょっと眠いです」

「時間が時間ですものね。就寝までは余裕がありますが、明日のことも考えませんと」

 

 現実の時刻は午後九時。クエスト報告などの時間も考慮すれば、解散は十時頃になるか。ゲーム内にも夜が訪れつつあり、西日に傾く。夕刻となったのだ。

 煌めく湖畔が茜色に染まり、それはそれで美しくはあったが、夕焼けに彩られた空は友との別れを諭すふうでもある。残念に思う、しかし無理強いはできなかった。

 それほど多くはないが、女学校の授業で出された課題もある。湯舟に浸かったあと、鏡台で髪の手入れをする時間も加味すれば、このあたりがやめ時だった。

 

「そっか。心残りはあるけど、仕方ないか」

「ユナ、すいませんです。またお願いしますので」

「夜更かしは美容の大敵ですものね。ウラもまだ一緒に遊びたかったやがけど」

「いいよ、いいよ。ロケーションが良かったせいか、急なお願いしちゃっただけだし。パーティ組んだ時は言ってなかったし、これはあたしのミスだ」

 

 愛想笑いをしたユーナが手を振る。顔に出たかとの不安はあったが、なるだけ強がっておこう。撮影場所はまた探せばいい。湖畔を目的地とした探索をするのはどうか。

 ピクニック感覚も味わえる。まさに一石二鳥、寂しがることなどない。眉根を下げ、ユーナは水面の波打つ湖畔を振り返る。

 夕日の影が落ちた横顔を覗き込まれ、ふと親友がため息を溢す。表情に出過ぎなのだと肩を落としつつ。

 

「このゲーム、拠点機能があるのは知ってる?」

「拠点? ハウジングの建設地とか?」

「そう、個人が任意の土地を買えるの。ここも候補地かもしれないわ」

 

 ミオンが指差したのは、湖畔の岸辺にある立て看板だった。水辺に立つ看板には「売地」との文字がある。このロケーション一帯が建設候補地の証拠だった。

 このゲームには特定の場所に開発拠点を設ける機能がある。土地の権利書を購入すれば、指定範囲内における建設台(ワークショップ)を利用する権利を得るのだ。

 家を建てたり、生産工場や農場を作ったり。領地内のカスタマイズは自由自在、自分好みの拠点を建造できる。領地はゲーム内フレンドとの共有も可能。

 仲間内で楽しく家を組み立てていけるのである。ギルドの拠点やリスポーン地点にも登録でき、ユーザーの多い地域では既に土地の奪い合いも勃発しているのだとか。

 

「私らは過疎地を選んだし、この湖は森の奥の穴場。まだ間に合うんじゃないの?」

「そっか。ここを建設地にしちゃえば、わざわざ探す必要もなくなるのか!」

 

 ちょっと待ってね、とパーティメンバーに断りを入れ、ユーナは湖畔の立て看板にアクセスする。売却者はなし、まだフリーの土地だった。

 ユーザーアクセスの少ない不人気の大陸を選んだことと、ゲーム発売日の初日という条件が功を奏したのだろう。まだユーザー認知の少ない土地のようだった。

 希望の目が見えてきた。一切の迷いなく、ユーナは土地の購入に踏み切ったのだけれど、ブブー、という効果音が響いたところで目を覚ます。

 

「まさか――っ!!」

 

 ユーナの予想は的中した。土地の販売額1200000Gの表記、そう土地の権利者がタダで貰えるはずがなかったのだ。愕然とする。圧倒的な予算不足だった。

 当然よね、とミオンが悟ったふうに言う。建設地が無償だったならば、醜い争いに発展するのは自明の理。予防線があるに決まっていた。

 なんと憎らしいことか、我が親友は購入条件があることを知っていたはず。これでは生殺しだ、課金の二文字が脳裏を過った。リアルマネーを投資するしかないのか。

 

 誘惑に負けそうになる。けれど、学生の財布に潤いはない。ゲームに課金するためにお小遣いをせびりでもすれば、無言の微笑みを浮かべた母の鉄槌が下るだろう。

 それは嫌だ。遠方の女学校に通うということで、アパートの家賃も肩代わりしてくれている。寮住まいの生徒からも羨ましいとの声が飛び交う好待遇なのだ。

 親不孝者にはなれなかった。そのあたりの線引きはしているつもり。むむむ、と悔しがるユーナは、何か手はないものかと、届かぬ願いを抱くのだった。

 

「ユナ、この場所が買いたいですか?」

「眺めもいいし、落ち着いた雰囲気があるからね。絶望的なゴールド不足だけど」

「金策するにしても、お金が貯まった頃には売約済みとなるかもしれませんものね」

「それなんだよね、横取りされたみたいで悔しいし」

 

 自分が最初に見つけた理論というか、目標金額に達したにも関わらず、目的の土地がなかったとなれば、ゲーム意欲の爆下がりは必至。

 なかなかの屈辱を味わうことになる。それは避けたかったのだが、お金が勝手に増えることもなく、諦めるほかないのもまた事実。

 落胆したユーナは立て看板に凭れかかり、名残惜しさに嘆息を漏らす。すると、親友のことを可哀相に思ったのか、勿体ぶるのをやめたミオンが言う。

 

「まあ、待ちなさいよ。まだ確認を取りたいことが――」

 

 そして彼女が策を弄しようとした矢先のことだった。

 

「はい、はい、はーい! お困りのようですね、このスペシャルAIのランちゃんが相談に乗りましょう。運営の問い合わせサービスで呼ばれました。どうしましたか?」

 

 ゲーム内空間が歪み、いきなり登場したランちゃんが、図々しくも横槍を入れてきたのである。まるで再登場の瞬間を窺っていたかのようなタイミング。

 いいや、間違いない。自己主張の激しい彼女は、ユーザーの呼び出し待機していたに違いなかった。運営に問い合わせをした張本人、ミオンさえも驚くほどの神対応。

 ランちゃんの性格設定もあってか、運営への対応批判は少なくなりそうだ。良くも悪くも、有能AIの面目躍如となったランちゃんなのだった。

 

「ミオンさんが言いたかったのは、ログイン歓迎キャンペーンのことですね」

「それはそうだけど、私が説明する前に来るとは思わなかったわ」

「これが私の真なる実力なのです。チュートリアルの解説をプレイヤーの皆さんに奪われるようなポンコツではありません。最先端の技術が集約した高性能な人工知能です」

 

 クワッと目を見開いたランちゃんが力説する。彼女の勢いに飲まれそうになるが、だいたいはこういう内容だった。まず、初回ログインキャンペーン期間中とのこと。

 発売当初のオンラインゲームにはありがちだが、各プレイヤーごとに50000Gを配布中だという。運営が配信した感謝メッセージに付属しているのだとか。

 ホーム画面をいじり、運営メッセージを確認すれば、50000Gプレゼントとの文字が輝く。派手な演出と効果音が披露され、ユーナの所持金が増加した。

 嬉しいには嬉しいが、はした金でしかない。ゲーム内の土地が買える金額には及ばなかった。喜びも束の間かと思いきや、ランちゃんは一気に畳みかける

 

「まだ終わりませんよ。今ならばなんと、ギルド設立キャンペーンも追加です。設立者に三十万、ギルド加入者には二十万の特典があるのです!」

「ええ!? そんなに貰えるの、出血大サービス!」

 

 新規のプレイヤーを逃がさぬ処置か。ゲームが賑わえば、転がる金も増える。初回のユーザー離れは避けるべき事態。ふふん、とランちゃんが邪悪な笑みを作る。

 普段はポンコツ面の多いAIだが、奇妙なところで知恵が回るようだった。今だけ、とランちゃんは煽て文句を繰り返す。限定商法は売り込みの基本である。

 のだが、ユーナはチョロかった。運営の思惑などはどうでもいい。配布される金額の大きさに、土地購入の芽が見えてきたと錯覚する。

 セールスマンの手玉に取られた少女。さっそくとばかりに、ユーナはギルドの立ち上げを視野に入れたのだ。

 

「ちょっとは考えなさいよ。合計額の計算も――」

「よーし、登録したよ!」

「はっや! もうあれね、あんたは訪問販売とかに気をつけなさいよ。カモになる未来しか見えないし」

 

 赤っ恥をかいたかのように、顔を覆ったミオンが嘆く。彼女は心配性なお母さんみたいだった。まったく、どこに問題があったというのか。

 今だけ、初回限定。これを聞けば、手を出さないはずがないだろう。お買い得キャンペーンみたいなものだし、貰える物は貰っておくべきだ。

 ふんふん、と鼻歌を口遊み、ユーナは湖畔の土地を購入しようとした。ブブー、とまた警告音が響く。夢から覚めた。衝撃を受けたユーナは振り返り、

 

「どうしよう、まだ足りなかった!」

「当たり前でしょ? あたしの加入金を追加しても、六十万にしかならないのに!」

「あー! 何の計画もなく、ギルド作っちゃったー!」

「やっぱおバカでしょ、あんた!」

 

 申し開きの言葉もありません、と現実に舞い戻ったユーナは蹲る。柔らかい草の茂る草原に手をつき、オーマイガ、と沈み込んでいく。

 

「ユーナさん、やってしまったかもしれませんわね」

「でも、いい機会だったです。スーも、このままお別れはちょっと寂しかったので」

 

 落ち込むユーナを眺め、ふと首を縦に振った二人が囁き合う。トテトテと歩み寄ったスージーに肩を叩かれ、ユーナは顔をあげる。

 すると、背中で手を組んだ赤毛の天使が微笑み、

 

「ユーナさん。せっかくですし、ギルド加入の申請をしてもよろしいでしょうか?」

「えっ? あれれ?」

「エリーと相談したです。加入金もユナにあげます」

 

 また遊ぶです、とスージーが小指を立てた。指切りげんまん、ユーナは彼女と約束を交わす。申請を飛ばせば、ギルドに二人の名前が加わった。

 現実が飲み込めない。放心したユーナの懐に500000Gが追加される。仕方ないわね、と肩を落としたミオンの名も連なる。さらに25000Gが加算された。

 スージーに手を引かれ、ユーナは湖畔の看板にアクセスする。話術スキル発動、1200000Gの土地は、1080000Gまで値下がりした。

 ユーナの手元には友情の1100000Gがある。残高20000Gは四等分することに決まり、そしてユーナは人里離れた湖畔の土地を手に入れた。

 

「ここまでされちゃ、私も空気読むしかなかったわね。よかったの、二人とも?」

「いいちゃ、ウラも二人とは仲良なっていけそうやったさかい」

「スーもエリーと一緒です。友情は大事にします、コミュ障ではないので」

「そう。じゃあ、聞いてみるとしましょうか?」

 

 と一呼吸おき、ミオンはユーナに尋ねる。

 

「ほらほら、ギルドマスター。ちゃんと教えてくれない?」

「えっ? あれれ?」

「まだボケてるわね。あんたの作ったギルドの名前よ!」

 

 ミオンに催促され、ようやくユーナは自我を取り戻す。草原に吹いた風に草埃が舞い、湖の水面が波打つ。サラリと凪ぐ髪をかきあげた少女が告げた名は――

 

 湖畔の乙女《ダーム・デュ・ラック》。

 

 アーサー王伝説に登場する湖の乙女に(あやか)った名前。魚人族のユーナは水のニンフを連想したのだ。この場所に居を構えたギルドらしい名だと皆が賛同する。

 次のログインが楽しみだと騒ぐ少女らを遠巻きに眺め、これもランちゃんのお仕事ですね、とプレイヤーの笑顔を見届けたAIは柔和な笑みを溢すのだった。



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第十七話:初日のログアウトをしました

 ファストトラベルを活用し、ドラゴニューシリオの街の帰還すれば、既に星々が空に顔を出しつつあった。ゲーム拠点も確保、ルンルンと気分を良くするユーナである。

 自分がリーダーを務めるギルドも設立した。初期メンバーは四人、新作VRMMOのゲームを開始して早々に、素晴らしい巡り合わせを体験できたのではないか。

 神ゲーの到来を予感させる。些細な調整不足はあったけれど、それは今後の改善に期待しよう。ユーナは単純なのである。

 

 プラス要素がマイナス要素を上回っていればいい。拠点拡張やハウジング、生産工房なんかも作りたい。妄想が妄想を呼び、華やかなゲームライフは始まる。

 緩い日常プレイの最たるものか、ガチガチの育成に追われる必要がないのも好感触。ギルド『湖畔の乙女』の活動拠点は、森の奥にあった湖の近郊となる。

 拠点拡大にかまけていれば、熟練度は勝手に上昇することだろう。やることは目白押し、明日からの本格活動が楽しみになるユーナなのだった。

 

「報告相手が見当たらなかったです。あの人はどこ行ったですか?」

「販売店は閉る時間帯みたいだし、家に帰ったのかもね」

「いない相手を探しても意味ないし、まずは場所が特定できるほうに報告したらいいでしょ? 最悪、明日も店は出してるだろうし」

「ペンダントの落とし主は、東側の民家にいるんでしたわよね?」

 

 ん? と足止めをした一同は、見覚えのある母子を見かける。ペンダントの落とし主だ。知り合いに呼び出されたのか、玄関先に出た二人は虫人の女性と世間話をする。

 NPC同士のご近所付き合い的な演出だろうか。暗がりでぼやけた虫人女性の顔。目を凝らせば、彼女とも面識があったことにはたと気付いた。

 そう、薬屋の店主だったのだ。母子に薬を手渡し、歓談を繰り広げる。調薬の仕事を引き受けていたようなのだ。運がいい、報告の手間も省けたというもの。

 片手を挙げた虫人女性が母子に別れを告げる。踵を返した彼女が立ち去りかけ、慌てたユーナは彼女を呼び止める。

 

「待って! これ、採取してきました」

「ああん? おおっと、昼間の嬢ちゃんたちか」

「ええ、覚えてくれていましたのね」

「当たり前じゃないか、あたいもそこまでボケちゃいないよ?」

 

 心外だと首を振った女性は、ユーナの差し出した薬草かごを受け取る。中身を確かめた彼女は一つ頷き、明日からの仕事も安泰だと笑う。

 

「お姉ちゃんたち、すごーい! ダリアさんの仕事も手伝えちゃうんだ!」

「す、すごい!?」

 

 少女からの絶賛に酔うユーナは満更でもない顔をした。調子の良い小娘だというふうに、すっかり呆れ果てたミオンには頭を抱えられたわけだが。

 ちょっと調子に乗るくらいはいいではないか。いや、毎度のことなのだけれど。そんな自分に手を焼くミオンは、まず肝心なことを済ませるべきだと諫めるのだ。

 

「これ、先に渡しとくわね。この子は忘れちゃってるし」

 

 ミオンがクエストアイテムのペンダントを取り出す。性向《カルマ》値の低下を気にしないのならば、猫糞(ねこばば)も可能なアイテムだった。

 けれど、悪行には手を染めない約束。ペンダントを受け取った奥さんは、まあ、と目を見開く。夫との思い出の品を胸元に抱き締めると、彼女は感謝を告げたのだった。

 

「ママ、良かったね! お姉ちゃんたちも、ありがとう!」

「まあね、あたしたちにかかれば楽勝ってとこ?」

「やっぱり、カッコイー! 大きくなったら、私も美人さんな開拓民になりたい」

「び、美人!? それ、あたしたちのこと!?」

 

 もみあげの三つ編みをクルクル弄る。いやー、と口では否定しつつも、赤面したユーナは照れまくりなのを隠しきれてはいなかった。

 

「ユナ、嘘ついたです。地べたに這いつくばっていました」

「大猪に踏み潰されてたしね。ただ逃げ延びただけじゃないのよ」

「わたくしも太刀打ちできませんでしたわ。ウラも地獄を見たちゃ」

 

 エリーゼが死んだ目をする。宙に舞った光景を思い出したのだろう。一生のトラウマになったとした彼女は、ははは、と薄ら笑いを浮かべるのだった。

 じっとりとした眼差しを向けてきたのが、以下二名。ギクッと肩を震わせたユーナは振り返る。これもイメージ戦略、余計な口出しは控えてほしい。

 NPCに見栄を張る必要はあるのかと指摘されれば、そこまでなのだけれど。

 

「そこ、うるさいよ!」

 

 と、ユーナは威嚇する。せめて自分たちを尊敬してくれた少女に対し、少しばかりの虚勢を張ってもいいではないか。少女の夢を壊すべきではない。

 などと水を差されることを嫌ったユーナは文句を垂れ、しかし予定した依頼を本日中に果たすのだった。二つのクエストにクリアの赤字が刻まれる。

 薬草回収依頼の報酬は複数の薬品類と『錬金術』と書かれたアビリティ書。ペンダント奪還クエストのほうは『祈りの指輪』という装飾品だった。

 

 高難度クエストの報酬だけあり、効果マシマシの指輪である。詠唱時間短縮は勿論のこと、MPの大幅上昇に魔術強化・魔術ダメージカット。

 一定確率における魔術反射の効果もある。魔法職のユーナには大当たりの品だ。装飾品だけ強くなった気もしたが、装備しない理由もない。

 早速とばかりに身につけようとしたのだが、しかし装備項目が黒字だったのである。何事かと確かめれば、装備条件に魔術服の熟練度Lv80とあるではないか。

 

「それもそうか。初心者が装備できたら、壊れ(チート)性能になっちゃうし、おとなしく待つしかないっぽいね。しばらくはお蔵入りか」

 

 ふう、とため息を吐いたユーナが落胆する。パーティーメンバーに目配せすれば、彼女らも苦笑いを浮かべた。熟練度不足に直面したわけか。

 どんな品が手に入ったかは、次に集まった時にでも聞いてみよう。拠点には収納箱も設置できるようだし、使用可能となるまではそちらに保管しようと思う。

 

「手間が省けたね。お二人は知り合いだったんですか?」

「夫が通風を患っていてね。彼女にはいつもお世話になっているの」

「なんか生々しいわね、ゲームなのに」

「あたいも仕事熱心というだけさ、また何かあれば頼むよ」

 

 今日はありがとね、とそう告げた薬屋の女性店主が立ち去る。民家に住まう奥さんには頭を下げられ、ぴょんぴょんと飛び跳ねる少女は大きく手を振った。

 やがて母子も自宅の中へ。集まった一同は輪を作り、さてさて解散と相成った。

 

「スーも今日は楽しかったです。次は拠点の拡張ですか?」

「その予定だよ。せっかく土地も買ったんだしね」

「全員でゴールドを出し合った拠点よ、立派に建築物を造らなきゃでしょ?」

「ウラも楽しみや、またお願い致しますわ」

 

 明日からのゲームライフに胸を躍らせ、一同はゲームのオプション画面を開く。そうして一時の別れを告げ合い、少女らは新作ゲームの一日目を終えたのだった。

 

    *****

 

 ティエラフォール・オンラインをログアウトした想本夢梨は、VRゴーグルを外す。ベッドに寝転がったままだと具合が悪い。一つ背伸びをしておこう。

 大きく背中を仰け反り、疲れを吐き出すふうに息をする。いやはや、新作ゲームに手を出した初日の成果としては好調だ。信頼できる友人が増えた。

 こういう出会いの一つ一つを大切にしていきたい。ゲーム初日の高揚が冷めやらぬままに、感慨深く余韻に浸る夢梨は自室を見渡す。

 

 ここは私立彩桜女子学院の近郊アパート。市内の駅までは少し遠いが、コンビニや雑貨店、食品館などの日用品売り場は充実していた。

 暮らしやすいかと言えばその通り、特に不便のない立地なのだった。部屋の間取りは1LDK、浴室とトイレも別にある。さらには防音壁と、一人暮らしには十分すぎる。

 セキュリティも充実しているし、夜間に外をうろつかなければ、まず事件に巻き込まれることもないだろう。心配性を拗らせた過保護な父のおかげになるか。

 

「あたしはもっと安い場所でもよかったのに」

 

 夢梨が欲のないことを言えば、お前は社会の怖さを分かっていない、と父が断行したのだ。不動産会社に勤める女性が一緒だったし、恥ずかしかったのを覚えている。

 大家の人は気さくなオバサンだった。このアパートの一階に住んでいて、女学院に登校する時とかに声もかけてくれる。良き出会いに恵まれたな、とそう思う。

 ハンガーにかけた女学校の制服。壁に埋め込まれた小型の液晶テレビもある。タンスに勉強机。本棚にパソコンデスクも並ぶ寝室だ。

 一般的な女学生よりは少し優遇されているか。掃除に洗濯、それと炊事。家事も嫌いではないし、そこそこには片付けの行き届いた一室である

 

「すぐに寝る準備をするのも……まだ語り足りないしなー」

 

 VRゴーグルを棚に置いた夢梨は、携帯端末を手に取った。連絡先は現岡澪実。接続コードを差し込み、タブレットと携帯端末をつなぐ。

 しばらく呼び出し音が鳴り響けば、ビデオ通信に応答した澪実が顔を出す。現在時刻は午後九時四五分。通信は控えようと思ったけれど、やはり我慢ができなかった。

 夜遅くにお申し訳ないけれど、少し話に付き合ってもらうとしよう。タブレットを手にした夢梨は、よっ、とベッドに背中からダイブする。

 

『早速だったわね、何時だと思ってんのよ』

「ごめんね。興奮が冷めなかったんだよね」

『まあいいわ。感想は聞きたかったし』

 

 ゲーム初日の感想は? と澪実が単刀直入に言う。躊躇うこともなく、最高だったとの感想を彼女に伝えた。エンドコンテンツだけがゲームではない。

 いいや、そこに力を入れたいプレイヤーもいるとは思う。けれど、クランの仲間割れというトラウマに苛まれた夢梨には、穢れた心が浄化されるようだった。

 レベ上げに急かされるようなこともなく、仲間と一喜一憂する時間に注力できた。やることが尽きそうにもなかったので、末永いエンジョイプレイに期待したい。

 

『その様子だと好感触みたいね、私も推した甲斐があったわ』

「あの二人も同じギルドメンバーになってくれたしね」

『感謝しときなさいよ。土地購入の支援もしてくれたんだし』

「いい子たちだったよね、何かしらの形でお礼はするつもり。勿論、ミオンにもね」

 

 夢梨は屈託なく笑う。はっ? と意表を突かれた澪実が目を丸くした。キャラクターネームで呼ばれたことにも気付かなかったか、可愛い親友だった。

 

『ちょっ!? いきなりそうしたのよ、気持ち悪い」

「あー、その反応は照れたよね。このツンデレめ」

『うぐっ、ツンデレ言うな! 違うっつってんでしょ!」

 

 赤面した澪実が全力否定する。仕返しを思いついたのか、コホン、と咳払いした彼女は片目を閉じ、夢梨を指差すのだった。

 

『あんた、学校の課題終わったの? まさか、やってないんじゃないでしょーね?』

「夕ご飯に凝ってたら、待ち合わせの時間になったと言いますか」

『三十分もあれば終わる課題だったでしょ? そっちが本命だったわけ?』

「お願いします、澪実様。なにとぞお力添えを」

 

 ゲームの感想に(かこつ)け、授業課題の手伝いを頼むつもりではいた。バレたか、と悔しがる夢梨は、しかし清々しいほどに堂々と白状した。

 誤魔化しがきかなくなったのならば直球勝負。親友の助力を願うが、彼女の批判めいた眼差しは消えない。そこまで卑下することはないのではないか。

 省エネ思考を地で行く夢梨は、労力を減らすように努めただけ。決して課題が面倒くさかったわけではない。友人の写しで楽をしよう、などとは思ってはいないのである。

 

『そう、そういうことね。やればできる子なのに、残念だとは思わない?』

「や、やればできる子? あたしが?」

『そうそう。機転は利くし、頭の回転も速い。いやー、頭脳明晰な美少女よねー』

「頭脳明晰、美少女……そんなに知的美人に見える?」

 

 なはは、とはにかみ、その気になった夢梨が頬をかく。脳内に褒め殺しの言葉が反響する。だんだんと自力でやり遂げたくなってしまう。

 

「人に頼らず、頑張ってみようかな?」

『その意気よ、偉い偉い。じゃあね』

「うん、またね。おやすみー!」

 

 夢梨は携帯端末の通信を切る。ブラックアウトしたタブレットを握りしめ、しばし流れる沈黙。策士策に溺れる、手玉に取られたのは夢梨のほうだった。

 はっ、と我に返った夢梨はつなぎ直す。けれど、澪実が応答することはなかった。まんまと出し抜かれたのだ。力なく項垂れた夢梨は勉強机に腰かけ、

 

「今日は寝るのが遅くなるかも、澪実の裏切る者ー!」

 

 そう嘆く。まったくの自業自得だった。机にかじりついた彼女の悲鳴は、部屋の窓すらも突き抜け、星明かりの眩しい夜空に消えてゆく。



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第三章:拠点開発
第一八話:建設プランを話し合いましょう


 目を開ければ、そよ風に舞う草原が広がる。湖畔の水面にアメンボのような生物が浮き、アルプスを彷彿とする大山脈の峰が連なる。澄み渡った水鏡が青空に流れる雲を映す。

 ギルド〝湖畔の乙女(ダーム・デュ・ラック)〟を設立した翌日、新作ゲームに出会った興奮の冷めやらなかった想本夢梨は、帰宅して早々にログインを果たした。

 料理を作るという行為がゲーム時間の妨げになる。女子力危うし、といった感じだが、食品店の惣菜で夕食を済ませた夢梨は、ゲームの世界に降り立ったのだ。

 

 大規模参加型のMMORPG、ティエラフォール・オンラインの世界において、想本夢梨は魚人族のユーナとなる。開始位置はギルド拠点に設定した自分の土地。

 ドラッヘの森を抜けた先にある湖畔一帯は、湖畔の乙女が所有する開発拠点となる。他に誰かいないかと見渡せば、小さな人影が見えるではないか。

 灰色の肌をした少女は、アンデッド族のスージーだった。一番乗りは越されたか。えっちらおっちらと動く金髪の彼女は、大きな石造の溶鉱炉を完成させる。

 

「できました。これでユナたちを驚かせます」

 

 むふん、と胸を張ったスージーは得意がる。さては拠点の設備を新設し、まだログインしていないメンバーを驚かせるつもりだったのだろう。

 ギルド拠点の管理権限はユーナにある。細かいことを気にするギルドマスターならば、勝手に土地を改良したことを咎めるかもしれない。だが、ユーナは違う。

 全員でゴールドを出し合った土地でもあるのだし、魔改造はどんとこいだ。自由気ままに改良してくれればいい。湖畔の乙女が掲げたスローガンは『みんな仲良く』なのだ。

 

「やっ、何を作ったの?」

 

 ユーナがスージーの肩を叩く。不意打ちを受けたのか、ぎゃあ! と悲鳴をあげた彼女は身構え、ガクブルと震えながら両手に盾を持つ。

 

「て、敵襲ですか!? やめてください、スーは食べても美味しくないので!」

「いや、食べないよ?」

 

 どうしてそうなったのか、支離滅裂なことを言われてしまう。ユーナが苦笑いを浮かべると、盾越しに覗き見たスージーが安堵の息を漏らす。

 よく耳を澄ませば、見知った声だったと思い直してくれたのだろう。軽く理不尽な気もしたけれど、警戒を解いてくれたのでよしとする。

 

「ユナだったですか。脅かさないでほしいです」

「あたしもびっくりさせようとしたわけじゃないんだけどね」

 

 たはは、とユーナは頬をかく。盾をしまったスージーは、ほっと胸を撫で下ろした。二盾流が採用されつつあることに一抹の不安を覚えてしまう。

 スージーの編み出した自衛の戦術が平常化しないとよいのだが。見た目の優雅さにも欠けるし、両手持ちの大盾でよいのでは? と言われれば、反論のしようもないからだ。

 はてさて、そこはひとまず保留としよう。肝心なのは、スージーの造った溶鉱炉の使い道。インゴットの製作に必要な設備だったか。

 

 家を造るにしても、土台や壁。または屋根などに金具を消費するとのこと。拠点建設に「鉄のインゴット」は必須アイテム。入手方法は「鉄鉱石」を加工することだ。

 武器や防具の強化にも使う素材だし、溶鉱炉の設営は基本中の基本。野晒しなのは見栄えが悪いけれど、製作済み設備の移動は可能である。

 後々は武器の加工場を造るとして、今は仮設営ということらしい。ふむふむ、とスージーの解説に耳を傾ければ、草原の空間が歪み、残る二人のギルドメンバーがログインする。

 

「お待たせしましたわ、お姉ちゃんの登場ですわよ」

「もう拠点拡張に手を出してたのね。気が早いというか」

 

 なんやかんやと小言を重ねつつ、挨拶がてらに黒豹の獣人娘が手を挙げる。赤毛の翼人少女は組んだ手を背中に回し、お上品ぶった微笑みを浮かべる。

 ようやく夕食を終えたのか、遅れた到着だった。ミオンのほうは格闘ゲームの自主トレーニングか。付き合いも長いし、なんとなく想像できてしまう。

 ギルド方針は自由参加、ログイン強制は絶対にしないと心に誓った。かくして湖畔の乙女、ギルドメンバーの全員集合である。本日の議題は拠点拡張の方針を決めることだ。

 

「さっそくだけど、本拠はどこにするかよね?」

「ハウジングのベースも決めなければいけませんわ」

「建物の種類も多かったはずです、どうするですか?」

「コスパ悪いのはちょっとな。材料調達が楽で、頑丈さと景観がいいのがベストかな?」

 

 大きく分け、ハウジングのベースパターンは複数ある。最下層が壊れやすい藁の家、コストパフォーマンスは一番低かったか。次が木製の家になる。

 藁の家よりは衝撃に強いが、火に弱いというのがネック。耐久度のバランスがいいのは石とレンガの家だが、コストパフォーマンスは少し重い。

 耐火・耐衝に優れるけれど、「鉄のインゴット」を素材とした金具の消費が激しいのだ。もっとも必要素材が嵩張(かさば)る金属の家ほどではないけれど。

 

 コストの割に耐衝撃性能が脆弱な宝石に家もある。圧倒的な耐久度を誇るのは黒曜石の家だが、入手難度が高いということで、廃人(ガチ勢)向けの設備なのだった。

 無難なのは石か、レンガの家だろう。カラーバリエーションが豊富なのはレンガのほうになるか、必要素材は「粘土」である。湖畔付近に採掘場所があったはず。

 それも含めて好立地なのだが、平地に住居を造るのも芸がない。はてさてどうするかと考えれば、ふとユーナの目に留まったのが、湖畔に浮かぶ小さな島だった。

 

「あそこはどう? いい感じの家が作れるとは思うけど」

「島のほうに家を建てるわけね。まっ、水に囲まれたほうが防衛はしやすくはあるわ」

 

 所有地で発生するエネミーの襲撃イベント。それを見越せば、湖に囲まれた家のほうが壊されにくく、守りやすい地形になる。しかし、ミオンの歯切れは悪い。

 言わんとすることは分かる。水中呼吸ができ、水辺の移動に苦がない魚人族のユーナは良いとしても、他のメンバーには種族的なメリットがない。

 いいや、翼人のエリーゼは飛行移動できるのだけれど、高所恐怖症の彼女は飛べないのである。個人的な事情もあり、条件としては他の二人と一緒だった。

 

「スーに提案があります。波止場を造るのはどうですか?」

「ボート小屋的な? それなら移動も難しくはないと思うけど、探索用の使い捨て桴《いかだ》じゃ移動速度が遅いし、最終的には小船を買いたいとこだわ」

「金策必須か。ひとまずはいかだで代用はできるし、ハウジングの場所はあの島でいい?」

 

 異論なし、と一同は頷き合う。防衛戦の利便性を重視してくれたようだ。いかだを停泊させる波止場は石の台座を使うことが決まり、ボート小屋も石造りを基礎とした。

 バランスの良い耐久性と修理素材の入手難度。そのあたりの石ころを拾ったり、大きめの岩をピッケルで叩いたりすれば、簡単に石の調達はできる。

 粘土のように採掘ポイントが限定されていないこともあり、襲撃の被害に遭いやすい岸辺の設備は、石造りを基本とする方針になった。

 

「錬金術スキルもありますし、生産小屋も欲しいところですわね」

「金策にもなるし、薬草畑は確保するべきでしょうね」

「スーは鍛冶設備が欲しいです。今の防具のままだと心が休まりません」

「そこまで死にたくないんだね。問題は島の広さだけど」

 

 こればかりは調べてみないことには分からないということで、一同は森林に群生した木の幹を斧で叩き、草原の草をむしり取り、いかだ製作の材料を調達する。

 素材の「木材」と「繊維」を消費し、やがていかだが完成すれば、清らかに波打つ湖面に浮かべた。四人はいかだに乗り込み、ミオンとユーナが操縦を任される。

 吹き抜ける水辺の風は心地いい。水面を覗き込んだスージーは、湖を泳ぐ魚の群れを見送った。湖畔の陽気に照らされ、のんびりと釣りを楽しむのも一興だ。

 

 ハウジングに終わりはない。今度、息抜きの釣り大会でも開催しようか。などとスローライフな日々を夢想する。そうこうしていると、目的の島に到着した。

 広大な湖に浮かぶ島だけあり、外周の長さも悪くない。ひょっとすれば、城の一つでも建造できそうな規模の島だった。上陸できそうな場所を探す。

 いかだを接岸した一同は、平坦な砂利道に足をつける。少し登った土の坂道を進めば、島の上層に辿り着く。背の低い草木の茂る島に倒壊した廃屋の跡地があった。

 

 崩れ落ちた白い石壁は、それこそ城壁だったのではないかとさえ思う。壊れた樽が並ぶ、菜園を仕切る木の柵も朽ちている。屈み込み、地面に手を置く。

 土質も良好、耕せば畑としても使えそうだ。島には葉の枯れ落ちた大樹もある。先人の忘れ物、そんな雰囲気さえあったのだ。突発的なクエスト表示もある。

 「朽ちた領地の大樹を復活せよ」という内容のクエストだった。崩れた廃屋の壁から石片が舞い落ちる。忘却の地を彷彿とする島は、どこか憂いを帯び、そして儚げだ。

 

「ちょっと寂しい場所ですね。スーもナイーブになりました」

「スーちゃんはいつもテンション低くないやけ?」

「違うので、スーは根暗じゃないです。たまにはイケイケになります」

 

 むっ、と抗議的な目をしたスージーが訴える。なのに、説得力がないのである。マイペースな脱力系少女、彼女がはしゃぎ回る姿が想像できなかったからだ。

 むしろ寂れた島が落ち着きある少女を際立たせるまである。写真に残したくなるベストマッチ、指で額縁を作ったユーナは彼女を枠内に収めるのだった。

 

「廃屋の島っていうのも風情はあるけど、閑散とした土地は復興したくなるよね」

 

 住人のいなくなった場所は侘しく、失われた過去に哀愁の念を抱く。どんな人が住んでいたのだろうとか、暮らしぶりはどうだったのだろうとか。

 それこそ無数の可能性を追想できる。まるで当時を知っているかのような追憶が、妄想として頭を駆け抜けていく。ならば、自分たちが再現してみようではないか。

 土地を耕し、立派な家を建て。復活を遂げた島でのんびり過ごす。そういう生活プランを思い描くほどには、島の立地と空疎な雰囲気に惚れ込んだ。

 

「まっ、ここはギルドマスターに従いましょうか」

「スーも異存はないです。この島を最高の拠点に改造します」

「そうと決まれば、素材集めに出向かなければなりませんわね。楽しなってきた」

 

 はてさて、どんな家が完成することになるだろう。期待に胸をふくらませた一同は、各人が理想とする拠点をイメージする。個性と個性がぶつかり合う。

 各々の自由を優先した結果、統一感のない家にならないと良いのだが。チグハグな家になる不安はあったものの、結局は建ててみなければ分からない。

 仲間たちの趣向が絶妙に調和し合い、この世で一つの素晴らしい物件が誕生するかもしれないではないか。ユーナは「朽ちた領地の大樹を復活せよ」のクエストも引き受ける。

 

 島の大樹は破壊不能オブジェクト、クエストのキーイベントに関わりのあるロケーションだった。拠点開発を重ねる内に、おのずとクリアできそうな気もしたのだ。

 拠点購入者に対する専用クエスト。ギルドイベントとの表示もある。どうやら購入した拠点候補地によって、まったく違うクエストが発生する仕様のようだった。

 拠点拡張に影響を及ぼすらしく、やらざるおくべきかといった具合か。達成期間の指定がないクエストである。建設作業の片手間に進めていくとしよう。

 意気込みも新たに、過去の残骸と化した島の廃屋に近付き、

 

「じゃあ、始めよっか?」

 

 この場所から、と付け足したユーナは身を翻す。華麗なステップを踏み、振り返った少女が両腕を振りあげれば、おー、と友人らの飛ばした掛け声が、湖畔を囲う山々に木霊した。



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第一九話:鉄のインゴットが足りません

「オー、ノー」

 

 人気都市ほどではないものの、プレイヤーとNPCが行き交うドラコニューシリオの街。販売店に殺到するプレイヤーを脇目に、ユーナは崩れ落ちる。

 拠点開発の始まりだと意気込み、必要素材の調達に来たわけだが、たちまち行き詰ったのである。店に並ぶ「鉄のインゴット」の値段に絶句したからだ。

 一つあたり750G。単体で見れば安く思えるかもしれないが、拠点開発に数百個と必要な素材なのだ。昨日のクエスト報酬金などを含み、一人あたりの残高は10000G。

 

 合計40000Gの計算としても、53個ほどしか調達できない。しかも全額投資することになり、回復アイテムや必要装備を調達できなくなるではないか。

 大ピンチである。ギルドの新設キャンペーンで多額の配当金があり、出血大サービスの精神かと思ったけれど、拠点開発にここまでの出費があるのならば納得だった。

 運営の思惑にまんま乗せられた気分になる。「鉄鉱石」のほうにも目を向けたが、品薄らしく、値段が高騰していた。原材料の癖に、650Gはあり得ないと文句を言いたい。

 

「鉄鉱石はプレイヤーの採取販売だからね。こうもなるわよ」

「採取作業に専念する人が購買者よりも少ないのですわ」

「完全に金策中だよね。しばらくは安くなりそうもないね」

 

 ギルド活動初日のオチにしてもあんまりだ。サービス開始二日目ということもあり、拠点を入手した生活プレイ主体のユーザーが購入しているのだろう。

 スローライフ勢の奪い合い。ここまで戦闘以外のコンテンツが充実したゲームだと、当然、のんびりプレイに専念するプレイヤーも多い。

 まあ、攻略メインをしたプレイヤーの人数には負けるけれど。

 

「採集に行くしかないですか? 悪夢です、死んでしまうかもしれませんので」

「でもそれしかないわよ? もしくはアビリティを活かした金策だけど」

「生産拠点がありませんもの。少し厳しいかもしれませんわね」

「街の外、怖いです」

 

 引き籠り思考のスージーが怯えだす。二の足を踏む彼女の脳裏には、角兎に虐められた過去と大猪に追われた記憶が蘇ったのかもしれなかった。

 探索意欲よりも恐怖心が勝る少女、我慢してゲームを続ける彼女の意図は謎だった。恐くても好きと言われれば、それまでのことなのだが。

 ホラーが苦手なのに、ホラーゲームをやる心境に似ているか。表情の蒼ざめたスージーはユーナの袖を引き、そして懇願するように頼み込む。

 

「一つお願いがあります。ユナは符呪ができたですよね?」

「一応ね、まだ熟練度は高くないけど」

「それでもいいです。スーの防具にHPアップの符呪をしてくれないですか?」

 

 今にも泣き出しそうなスージーに縋りつかれる。ちょっと気の毒になってきた。強引に突き合わせるのも悪い。ユーナは彼女に無理強いするつもりはなく、

 

「探索が怖いなら、拠点で待ってくれてもいいんだよ?」

 

 とスージーを気遣ったのだが、

 

「違います、スーは怖がってないです。死なないための処置を頼んだだけなので」

 

 涙目になった少女は、プルプルと肩を震わせて強がるのだ。恐がりのメンタル弱者なのに負けず嫌い。損な性格だなとは思いつつ、ユーナは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 しかし、曇った彼女が抱きしめたくなるほどに可愛いのもまた事実。悪戯好きのユーナからすれば、ムキになっている姿を愛でたくなる少女なのだった。

 あまり弱みを突っつかないでおこう。少女の恐怖心を和らげるため、気持ちばかりの符呪をしようと約束すれば、ふとミオンが口を挟む。

 

「採掘に行って決めたんなら、サッサと準備をするわよ?」

「ミオンさんは鉄鉱石の採掘場所に心当たりがあるんですの?」

「まーね、掲示板とかで調べといたのよ。セプルクル山脈に廃坑道があるらしいわ」

「エネミーも出るっぽいけど、個体値の低いタイプが多い場所だったはずだよ」

 

 事前の調査に抜かりはない。拠点開発をメインにプレイするにあたり、採取アイテムの不足は予見されたことだった。ゆえに素材調達は視野に入れていたのである。

 坑道深くに潜りすぎたがために、デスループに陥る危険もある。本来は不足分の補充を名目とした軽い探索にしたかったが、鉄鉱石の高騰は誤算だった。

 多少のデメリットはやむなしか。マップを展開したユーナは、廃坑の位置にマーカーを置く。ギーヴル廃坑道、山脈の中腹あたりにあるダンジョンの名だった。

 

 山道から少し離れた場所にあり、壊れた鉱員小屋があるようだ。鉄鉱石のレアリティは高くない。初期ダンジョンのほうがよく採掘できるまである。

 攻略掲示板サイトの情報だと、一層目に鉄鉱石の鉱脈が多いのだとか。より深部に進めば宝石や金塊などの鉱脈もあり、金策場所としても悪くないとのこと。

 当然だけれど、奥に進むだけ敵は強くなる。鉄鉱石だけが目的ならば、エネミーの弱い一層目で採掘を済ませ、サッサと撤収するのが安牌だろう。

 

「そうですか、廃坑道に行くですか……」

「スーちゃん、無理はだちかんちゃ」

「心配は無用です。スーは余裕なので。余裕な……はずです……」

 

 語尾に迫るにつれ、欠片の余裕もなくなるスージーだった。言葉とは裏腹に彼女の目が泳ぐ。嘘なのは一目瞭然だった。それなのに、少女は騙し切ったと信じ込む。

 死に怯えるアンデッド娘と称せれば、ニュアンスとしては面白いだろう。しかし一抹の不安は消えなかった。弱々しく縮こまるスージーが心配だ。

 ともあれ、物資不足と所持金の少なさはどうしようもない。黙っていても懐は潤わないということで、一同はやむなく廃坑探索の乗り出すのだった。

 

   *****

 

 鉱員の作業小屋の並ぶ区域。錆びたレールが坑道の入り口に伸びる。砂埃を被り、石を積んだトロッコは、坑道の外に放置されたままだ。

 老朽化のせいか、鉱員用の小屋も朽ちたものが多い。嵐に襲われたかのように屋根と壁が吹き飛んだ建物もあれば、山の崩落により、太い岩石に押し潰された小屋もある。

 ギーヴル廃坑道、その名に相応しい景観ではなかろうか。ともあれ、寂れた坑道に恐怖心を抱かなかったのは、他プレイヤーのテントが目についたからである。

 坑道探索の一時拠点に使っているのだろう。かくいうユーナもテントを新設したばかりだった。テントの境界線が交わらぬよう、坑道の入り口からは距離をとる。

 

「こんなところか、小屋は使えそうだった?」

「悪くないんじゃないの? 損傷も少ないし、使えると思うわよ」

「良い位置取りでしたわね。安全地帯の圏内に建物を確保できましたわ」

 

 ドアのない平屋を確保することに成功した。玄関口を潜り抜ければ、鉱員ロッカーの立ち並ぶ室内が見渡せる。天井の高さは3.5メートル弱。

 十分に寛げる広さだ。窓ガラスは割れているけれど、古い暖炉とテーブル椅子は健在。鉱員の着替えを目的とした平屋だったらしい。

 が、不自然に綺麗なベッドも室内に配置されていた。古風な山小屋の見栄えをぶち壊すそれは、ユーナたちが新設した設備である。

 

 プレイヤーキャンプの安全圏内に入ったロケーションは、一時的にカスタマイズ可能となる。せっかく小屋があったわけだ、仮拠点にしようと使わない手はない。

 テントの中は狭く、睡眠をとるならば広い場所のほうがよかったのもある。改造ついでにと、大型のアイテムボックスも配置した。

 持ち運び重量20にも関わらず、重量1000まで保管できるアイテムだ。5000Gという高値だったけれど、採取作業には必須道具である。

 

「ユナ、符呪台はまだですか? 探索前の準備がしたいので」

「HP上昇スキルだっけ? 少し待ってね」

 

 ユーナは鉱員小屋に符呪台を設置する。武具にアビリティを保有するための設備だ。メイン拠点用の設備とは違う小型のもの、持ち運びも用意な簡易道具。

 これも販売店で購入した品だった。探索の備えは万全にしたいということで、ドラコニューシリオを発つ前に、喧嘩の仲裁イベントのあった武具店で購入したのである。

 黒いインナー姿になったスージーが自分の防具を差し出す。もう少し待てなかったものか、年頃の女の子が薄着で動き回るべきではない。

 

 露出の少ないインナースーツだけれど、子供っぽいあどけなさと無防備さを引き立てるというか、とにかく年上の自分がしっかりせねばと思うのだ。

 ゲーム内のアバターだし、警戒心が薄いのもあるかもしれない。実はスージーのほうが年上だったというオチもあるが、そこはアバターの外見年齢を信じよう。

 ユーナは手早く符呪を施し、防具を返却することに。六芒星の魔方陣が刻まれた符呪台に防具を設置すれば、あとは自分の保有する符呪のラインナップを選ぶだけである

 

「HPアップの符呪は……と、これか」

 

 ユーナはHP上昇効果のある符呪を選択する。重装の符呪スロットは一つ、全四部位の防具に「HP+50」の効果が付与された。符呪の強化アビリティはまだない。

 即席の防具になるけれど、存外にスージーは大喜びしてくれた。装備を付け直した彼女はホッと息を吐き出し、心の平穏を取り戻すのだった。

 

「ユナ、符呪に必要なゴールドを支払います」

「大丈夫、いらないよ。フレンド料金でタダにしといたから」

 

 安全地帯特有のシステムだが、ショップを設営することが可能なのだ。販売所の登録条件は、専用設備を配置すること。符呪で言えば、符呪台と連動することになる。

 キャンプは移動拠点だし、旅の行商人プレイも可能なのだ。個人店舗の利用料はユーザーに決定権があるようだった。低位のHP上昇ならば、0~750Gの振れ幅。

 運営の親切設計なのか、ユーザー取引の相場も表示される。販売金額を決定する項目の横に、(447.4G)という表記もある。それが販売額の平均値といったところか。

 フレンドの頼みということで、ユーナは販売額を0Gに設定した。拠点購入の支援をしてもらったし、このあたりでお礼がしたかったのだ。

 

「ユナは最高の女です。節約にもなりました、ありがとです!」

「最高の!? そこまでじゃないと思うけど」

 

 褒め過ぎたと否定しつつも、ユーナは頬を赤く染める。三つ編みのもみあげを指で転がし、だんだんと気を良くしていく。そして図に乗るまでがご愛敬だった。

 

「そこの二人も符呪しようか? 無料で済ませるよ?」

「いいんですの? わたくしまでお世話になってしまっても」

「平気、平気。あたしは最高の女らしいからね!」

 

 にっこりと笑ったユーナが親指を立てる。

 

「私的には助かるけど、あんたは落ち着きなさいね」

 

 ミオンが哀れむような眼差しになった。失礼な親友である、何も悪いことはしていないのだ。あたしは慈愛の聖母、と自己評価を改めたユーナは誇らしげな顔をする。

 褒められれば馬車馬のように働き、それを苦とすることもない。都合のいい(最高の)女となった自覚もなく、ユーナは無償の符呪作業に追われた。

 エリーゼには「会心率5%」の付与。彼女のメインウェポンに昇格した長銃は、実弾と魔術弾を使い分けるスタイル。MPの回復は種族スキルで補うとのこと。

 

 スナイパースタイルの心得、ヘッドショットの三倍ダメージにクリティカルダメージの乗算。合計六倍のダメージの浪漫ショットを撃ちたいのだとか。

 高度なテクニックを要するが、FPS勢には十八番の一つか。ゆえに、長銃使いのPKは厄介なのだが、そこはまた別の話だ。

 新武器に切り替えたことで、出費の(かさ)んだエリーゼはすごく助かったと言ってくれる。拠点購入の恩返しになったかな? とユーナは得をした気分なった。

 

「ミオンはこれでよかったよね?」

 

 格闘家の武器は符呪スロットが二つある。攻撃速度強化とノックバック有効確率を挙げるスキルを付与し、防具には回避性能強化の効果を与えた。

 

「まっ、私はこのくらいでいいわ。あんたもMP自然回復程度はつけときなさいね」

「そっか、自分の防具のことは考えてなかったな」

 

 自分のことも忘れるな、とのお叱りを受けたので、ユーナはMP自然回復のスキルを追加しておく。喧嘩仲裁の報酬は売ってしまったし、同等のスキルを付与しておく。

 魔術服には符呪枠が二スロットあるが、ひとまずは空白にしておいた。またも符呪師にゴールドを払うことになるものの、符呪スキルの付け替えは可能。

 一旦は保留とするのも手だった。かくして坑道探索の準備が整ったわけだが、何か問題が発生したのか、がやがやと坑道前に集合したプレイヤーが騒ぎ出す。

 

「何だか外が騒がしいね。どうしたんだろ?」

「探索から戻ったプレイヤーがいるみたいね」

 

 廃坑の小屋から顔を出せば、困惑するプレイヤーの人垣が見える。探索前に不穏な気配、確かめずしてなんとする。仮拠点を後にした一同は、聞き込み調査に躍り出た。



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第二十話:鉱石採取の危機に陥りました

 どよめく人だかりは騒がしい。がやがやと話し合う声が聞こえ、プレイヤーたちは廃坑道の入り口で立ち往生する。運営の不備でもあったのか。

 だとすれば、少し困ったことになる。「鉄のインゴット」の原材料、「鉄鉱石」を採取に訪れたユーナは、何があったのかと情報収集に向かう。

 まずは近場にいた二人組に声をかけることに。虫族と竜族の女性キャラだった。頭上にユーザー名が表記されているし、プレイヤーなのは間違いない。

 

 虫族の女性は淡い茶髪をふんわりボブにアレンジする。触角は蛾を意識したのか、彼女は背中の羽を折りたたむ。スタイルもいいが、どこか若作りをした印象も漂う。

 対して、竜族の少女は小生意気な子供というふうな仕草が目立つ。身長設定も低い。薄い蒼色の髪をツーサイドアップに整え、黒い翼と角を生やした娘だった。

 ため息を吐き出した二人組は、ふとユーナの呼びかけに応じる。誰なのかと首を傾げたものの、パーティアイコンを見て納得したふうに頷く。

 

「あれあれ、まさかイヴリンちゃんの可愛さにつられちゃったかなー? キャハ!」

 

 いいや、イヴリンと名乗った虫族の女性は、まるで理解していなかった。両頬に人差し指を立て、媚を売るふうにウインクをしたのだ。

 キツイ。明言しないけれど、とにかくキツかった。キャラクリ自体は確実に美人さんなのに、年齢不相応の言動が目立つというか、若者のノリを間違えた感じまである。

 一同の顔が凍りつく。返答に困ったからだ。少し距離を置きたい感情まで湧いた。ユーナが二歩、三歩と後退すれば、イヴリンの声が低くなる。

 

「おーい、こらこら。なんで逃げんだ?」

 

 笑顔を浮かべたままのイヴリン、しかし彼女の目は笑っていなかった。シバくぞ? と謎の威圧感すらあった。情報収集がしたかっただけなのに。

 相手にするべきじゃなかったと後悔するが、残念なことに逃亡を図ることはできない。ユーナから声をかけたのに、無言で立ち去るのもマナー違反だろう。

 イヴリンにもロックオンされ、もう後に退くことができなくなると、ニヤニヤと笑う小悪魔的な竜族娘が相方の女性をからかうのだ。

 

「ドン引きされてっし、イヴリンよわよわー。リネット、超ウケちゃうー(そのキャラはダメだって、絶対に変な勘違いされちゃうと思うから)」

 

 調子に乗った言動が鼻に突くものの、VRゴーグル機に搭載されたマイク機能を切り忘れているのか、本音がダダ洩れとなる竜族娘だった。

 彼女が口にした通り、キャラクターネームはリネットなのだろう。ユーザー名の上にあるキャラクターアイコンに、彼女のオンラインネームが公開されていたのだ。

 少し抜けたところがあるのか、リネットはマイクの切り忘れに気付いていない。小生意気な竜娘を演じる彼女は、しかしロールプレイに没頭できていないのだ。

 

「あの人、マイクを切り忘れています。スーもびっくりです」

「あどけない女の子の声が聞こえますわね。姉心が刺激されてまう!」

「エリーゼは落ち着こうね。でも可愛いのは分かる、苛々しないもんね」

「中身は真面目な子っぽいわよ。どうすんの、教えてあげる?」

 

 マイクの切り忘れは指摘するべきなのか。一同は困惑したけれど、連れの女性が注意していないようだし、あえてキャラ作りとしているのかもしれない。

 難しいところだ。他人のプレイスタイルに口出しすべきではないし、ここは気付かないふりをするのが妥当になるか。無視しよう、との結論で満場一致となる。

 

「あれれ~、お姉さんたちもどうして黙ってるの? もしかして、リネットに怯えちゃった? アハハ、ザッコー! (怒られないかな? でも、このキャラで行くって決めたし。お姉ちゃんもそのほうが受けいいって教えてくれたもんね。きっと大丈夫)」

 

 不安を抱きつつも、リネットは演技を継続する。そういう設定なのか、はたまた姉妹でログインしているのか。あざとい虫族の女性がリネットの姉らしい。

 聞くまでもなく、相手の家族関係が判明してしまったわけだが、身バレするほどの情報ではない。冗談半分に聞き流しておこう。

 

「あーえと、何があったのかと思って」

「何があったか知りたいんだ、ふーん。でもね、リネットは教えてアーゲナイ(困ってるみたいだし、話したほうがいいのかな? どうしよう……)」

 

 期待させるだけさせ、チロッと舌を出したリネットが意地悪く言う。が、彼女は何度もイヴリンの横顔を覗き込む。本心では手助けをしたいのかもしれない。

 連れの動揺を察したのか、大人びた表情を見せたイヴリンが肩を落とす。気が抜けてしまったらしく、ふと素の性格が表に出た彼女だったが、

 

「そういうことね――っと、違ったわ。キャワーン、実はイヴリンちゃんたちも困っててー、スイートな手助けをしてもらえれば、ビターな難関に挑戦したいってゆーかー」

 

 また露骨なキャラ作りを継続し、けれど本題に移ってくれたのだった。

 

      *****

 

「下層のエネミーが第一層を荒らしてるわけね」

 

 キャンプ地に二人の客人を招待する。自分たちの寝床に改装した廃屋のなか、大きめのテーブルを設置したのはミオンだった。

 持ち運び型の簡易料理キットにて作った紅茶が並ぶ。湯気の立つポットからは心安らぐ茶葉の香りが漂う。ゲームにも関わらず、選択した茶葉で香りも変わるらしい。

 カップを持ちあげたユーナが一口飲む。喉を通り抜けた紅茶が体に染み込む。ふー、と吐息を漏らし、酸味のきいた紅茶の後味を堪能した。

 

「合格点ね。リネットに紅茶を出してくれたこと、褒めてあげてもいいわ(すっごく美味しかったです、ありがとうございます!)」

「はいはい、気に入って貰えたようで何よりだわ」

 

 挑発するような言動もミオンは聞き流した。偉ぶったリネットだったけれど、生意気な表情とは裏腹に、感謝の色を前面に押し出していたからだ。

 キャラクターに成り切る少女に怒るのも情けなかったのだと思う。まあ、リネット本人が自分のキャラクター性を持て余しているのもあるのだが。

 ともあれ、ユーナは極楽浄土に召される気分だった。キャラは濃いが、招待客の二人も悪い人間ではなさそうだ。束の間の安息に浸った一同は情報を整理する。

 

「高難度エネミーが徘徊してて、まともにドロップ漁りもできないってゆーかー」

「リネットの敵じゃないけどー、ウザすぎなんだよね(ホントはまだ熟練度低いけど)」

 

 招待客の二人は口々に文句を垂れる。どうやら坑道の奥に先行したパーティーがおり、勝てない相手と直面した一行は、第一層まで逃亡してきたのだとか。

 オープンワールドの弊害もあるのだが、エネミーの追跡能力はプレイヤーの想像を遥かに上回る。結局はパーティーが全滅、下層のエネミーは第一層に留まった。

 他のプレイヤーからすれば迷惑な話だけれど、壊滅したパーティーは生き残ることに必死だったのだろう。唐突なアクシデントもネトゲの醍醐味だ。

 

 そこは否定するつもりはない。が、正直なところ、困ったというのが本音だった。採掘場所を変更するにしても、ユーナは女学生。明日も学校がある。

 時間的な都合もあり、今日は移動で終了と成り兼ねない。キャンプ地も整えたばかり、ここで退くのはもったいない気がしたのだ。

 エネミーの討伐に来たわけじゃない。入手難度の低い「鉄鉱石」の採集だけならば、下層エネミーとの対面を避ければいいだけ。最悪、採掘と撤収を繰り返す手もある。

 

「せめて敵の配置が分かればいいんだけど……」

 

 ユーナが悩みごとを口にする。一方のイヴリンは交渉を持ち掛けるように言う。

 

「実はー、イヴリンちゃんが生体探知の魔術書を持ってるんだよねー」

「それがあれば、敵との接触を避けられるですか!? か、神アイテムです!」

 

 咄嗟に身を乗り出したのがスージーだった。見知らぬプレイヤーに囲まれ、ちょこんと縮こまっていたにしては、電光石火のごとき食いつきよう。

 彼女が手をついたテーブルが揺れ、飛び跳ねたカップが衝突音を鳴らす。飲みかけだった紅茶が波立つが、倒れて中身をぶちまけなかったのでよしとしよう。

 しばし面食らうイヴリンだったが、やがてこれは行けると踏んだのか、熱烈な勧誘を開始したのだった。

 

「イヴリンちゃんはぁ、廃坑の探索クエストを受注中なんだけどぉ」

「第一層の落とし物探索ってやつ? リネットにかかれば楽勝なんだけど、人が多いほうが楽できたりー(廃坑のマップが広くて、二人だけじゃ大変そうで……)」

 

 自分の労力を減らしたいと主張した彼女が、一番働きそうなのは黙っておこう。二人の持ち掛けた相談を、大まかに予想したエリーゼが口を挟む。

 

「生体探知の魔術書を提供する代わりに、探索を手伝ってほしいと」

「ピンポーン、あったりー。物分かりがよくて感心しちゃうー、キャッワーン!」

 

 両手を顎に添えたイヴリンは可愛い子ぶり、上半身をクネクネと動かした。あざとい、ありえないほどにあざとかった。さしものエリーゼも口角がヒクつく。

 黙っていれば美人なキャラクリなのに、すこぶるもったいない気がする。湖畔の乙女が牛耳るキャンプの空気は冷え冷えになるが、それでも我道を貫くのがイヴリンだった。

 なんという胆力、彼女の精神力には感服してしまう。だが、肝心なのは生体探知の魔術だと言いたげに、完全無視を決め込んだのがスージーである。

 

「エネミーの位置が分かるようになれば、危険な場所を避けられます。スーは相談に乗るべきだと思いましたです。背に腹は代えられませんので」

「スーちゃん。死なんために、そこまでするが?」

「ゲームなのに死ぬのが怖いの? あっさり下僕になるし、どれだけ必死なの? スージーよわよわすぎー、ウケるー(気持ちはわかるな、パーティーの人に迷惑かけたくないもん)」

 

 ケタケタ笑ったリネットだが、顔を伏せた彼女は身に詰まる思いを抱いたようだ。だが、そこは負けず嫌いのスージー。彼女は即座に反論した。

 

「スーは必死じゃないです。みんなの安全を優先しただけなので」

「えー、仲間なんてリネットの囮だよねー(うんうん、友達は大事!)」

「スーはコミュ症じゃないので、勇敢に戦います。絶対に死にませんです」

「ウケるー。じゃあさ、リネットの下僕一号にしてあげようか? (スージーちゃん、いい子そうだなー。友達になりたいけど、ダメかな?)」

 

 リネットの心の声とキャラクター性が違いすぎるばかりに、スージーとの会話が噛み合わない。見ている分には面白いけど、ちょっと不憫な二人だった。

 軽薄な冗談ばかりを口にするが、ユーナは空気の読める女である。交友関係を広げるのもまた一興といったところか。たまには助太刀も悪くはないかと考え、

 

「相談に乗ってみようか? 別パーティーの連帯作業になるけど」

「いいんじゃない? こっちも採掘作業中の護衛もしてもらえるし」

「呉越同舟というヤツですわね。ともに高め合いますわ!」

「うん、それは意味違うけどね。あたしたち、別に敵対はしてないし」

 

 ちょっとした指摘も交え、ユーナはイヴリンの要請を受け入れる。お礼に、と彼女が生体探知の魔術書を譲ってくれはしたのだが、

 

「絶望しました、INT値が足りないです……」

 

 魔術書に「INT:3」の縛りがあり、スージーは死んだ眼になったのだ。

 

「キャハハ、ザッコー! あれだけ欲しがってたのに、覚えられないの? ねえ、どんな気持ちー? ねえ?(災難だったね。ド、ドンマイ!)」」

「もういいです、スーは泣いてもいいですか? 夢も希望もなくなりましたので……」

「あっ、ごめん。傷つけるつもりはなくて、あの」

 

 挑発的な態度の目立つリネットが、ふと真顔になって謝る。スージーが泣き笑いをした瞬間に、あわあわと落ち着きのなくなったリネットは、自責の念に駆られたのだった。

 何度も何度もリネットが頭を下げる。真っ白に燃え尽きたスージーは、彼女の謝罪も耳に入らず、放心状態に陥っていたが。

 はてさて、それでも二人とは一緒に行動することになった。問題は第一層にのさばるという下層エネミーである。その正体を聞けば、イヴリンが神妙な面持ちになり、

 

「最悪最低な相手、女の敵。ベットべトのスライムだぞ!」

 

 と警告されたのだった。第一層に進出したエネミーの名を聞き、プスッ、とユーナは笑みを溢した。どんなエネミーの名があがるかと思えば、ただのスライムだという。

 日本製RPGにおける最弱モンスターもいいところじゃないか。心配して損したと脱力したユーナは、げっ、と嫌な顔をした友人にも気付かない。

 

「なんだ、スライムかー。楽勝、楽勝!」

 

 などと甘く見て、ユーナは図に乗るのだった。しかし、少女はまだ知らない。ライトゲーマーの一方的な思い込み。最弱と罵られたスライムが、実は強者だったことを。



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第二一話:コウモリの罠に嵌まりました

 イヴリン・リネットペアを同行者に加えた一同は、ランプを腰に下げ、薄暗い廃坑道を進む。ちょっと息苦しい感覚があるのは、坑道のダンジョンだからなのか。

 空気も砂が混じったような埃っぽい印象がある。壁に吊るされたランプが目に着くが、廃棄された坑道ということで、明かりは灯っていない。

 天井を支える柱が等間隔に設置されているものの、石壁の通路がどこまでも続く。構造が複雑な割に、似たような景色ばかり。道に迷いそうだ。

 

「お姉さんたちは弱っちーみたいだし、リネットが特別にフォローしてア・ゲ・ル(よーし、私も迷惑をかけないように頑張らないと!)」

 

 頬に人指し指をあてたリネットが挑発的な仕草を繰り返す。おマセっ子が、と突っ込みを入れるところだろうが、本音が漏れているせいか、彼女にイラつきはしない。

 気を遣ってはいるらしく、根はしっかりとした子だと思う。負けず嫌いのスージーだけは、弱くないです、と対抗心を燃やしていたが、軽く聞き流しておこう。

 しばらく廃坑に敷かれたレールに沿って歩けば、機能を停止した下降リフトを見つけた。下層に続いているらしい。動きそうにはないけれど。

 

「下に行く場所ってここ? 下層のエネミーは登れそうにないけど」

「マップを見る限りだと、別にありそうっぽい?」

「未探索の場所が把握できるってことは、千里眼のスキルを持ってんの?」

「まあね、イヴリンちゃんのリアルラックが働いたって感じ? キャハ!」

 

 可愛い子ぶりっ子するイヴリンが言う。ゲーム初日に渓谷の探索に出たイヴリンは、そこで発見した宝箱を開け、「千里眼」のスキル書を手に入れたようだ。

 AGE:3が要求される探索系アビリティだったか。「生体探知(サーチ)」の魔術と併用すれば、絶大な効果を発揮するアビリティである。

 が、イヴリンは「生体探知」の魔術を取得していないという。そちらはリネットの担当だとか。試しにユーナが二人の戦闘スタイルを聞こうとすれば、

 

「キキー!」

 

 と一同を威嚇する蝙蝠が現れた。名前に捻りはなく、シンプルに吸血コウモリ。ふくらんだ耳と尖った牙、そして黒い羽根と鋭い爪を持つ。

 グロテスクな姿はしておらず、どちらかと言えば、可愛いエネミーデザインだった。しかも一匹、なんてこともなさそうだ。

 群れとはぐれたのか、これでは仲間も頼りにできないだろう。虚勢を張る姿は、一周回って愛らしく思う。いけない、にやけ面が止まらないではないか。

 松明の火を持って歩み出したユーナは、コウモリに語り掛ける余裕さえあった。

 

「どうしたの? 迷子かな?」

 

 松明の火を近付ける。炎の明かりを嫌がるコウモリは遠ざかった。委縮したコウモリが後方に羽ばたけば、ユーナの悪戯心が刺激されたのだ。

 えい! と松明を突き出せば、怖がったコウモリが飛びさがる。自分のほうが優勢だと確信したユーナは、あっさりと調子の乗ってしまったのだ。

 コウモリの一挙手一投足が可愛い。思わず、撫でまわしたくなる魅力もあった。愛らしいコウモリに蠱惑されたユーナは、途端に口をバッテンにする悲劇に直面する。

 

「ユナ、前を見るです。絶望がそこにあります」

「スージー、怖がり過ぎだよ。コウモリ一匹とか、たいしたことないない!」

「あーいえ、上を見たほうが……」

 

 真顔になったリネットが冷や汗を流す。にっこりと笑ったユーナは天井を見上げれば、一面の闇が広がっていた。松明の明かりを掲げても真っ暗な天井。

 びっしりと天井を覆う黒は、吸血コウモリの群れだった。ユーナの表情がフリーズすると、吸血コウモリはニターッと嫌らしく笑う。

 そう、全ては吸血コウモリの計略だった。最初の一匹が囮役となり、標的を群れの中心まで誘導したのだ。エネミー版のハニートラップ。

 このようにあからさまな罠に引っかかるとは、よほどちょろいユーザーに違いない。情けないことだと首を振り、それが自分自身だったと思い改める。

 

「みんな、先に逝くね!」

 

 もう手遅れだと諦め、投げやりになったユーナは親指を立てた。

 

『死は我々の友である。死を受け入れる用意ができていないものは、何かを心得ているとはいえない』

 

 とはイギリスの哲学者、フランシス・ベーコンの言葉だったか。これも悟りの境地、死を受け入れる用意は整った。さあ、自分の心構えを示そうではないか。

 達観したふうに目を閉じたユーナは、己の結末を予感した。瞬間、坑道の天井から舞い降りた吸血コウモリの群れが少女を襲う。

 吸血コウモリの群れに囲まれたユーナは悲鳴をあげる。コウモリの群れは真っ黒な塊に変貌を遂げ、魚人娘のか細い手だけが伸び出した。

 

 吸血コウモリに肌をかじられ、ところかしこより血が吸われていく。既に青白い肌からはさらに血の気が引き、貧血に陥ったようにも錯覚する。

 目を回したユーナのHPが徐々に溶けていく。ユナー! と自分の名前を呼ぶ少女の泣き声も遠ざかる。コウモリに群がられたせいか、視界もブラックアウトしかけた。

 けれど、目に飛び込むコウモリの姿は、やはり可愛い。ファンシーな生き物だからこそ恐怖も倍増するが、これはこれで役得かと考え直し、穏やかな心で力尽きる。

 

「ユナがやられました。どうするですか!?」

「あれは自業自得でしょ、戦闘態勢に移行するわ」

「あー、完全にデコイ扱いしてしまうのですわね。鬼畜やちゃ」

「この場合は仕方ないでしょ!?」

 

 格ゲー界の鬼畜姫は、ここでも残虐な選択をしたのである。親友を見捨てるとは、どういう了見かと聞きたかった。が、ミオンは自分の残虐性を断固として否定する。

 薄情者め、と悪たれ口を叩くが、正論だとの反論を受ければそれまでだ。とにかく、今はこの状況を脱したかった。

 死亡判定が入り、地べたに這いつくばったユーナは祈る。友人らの活躍により、窮地に陥った自分のアバターが救出されることを。

 

「お姉さん、ザッコー! 仕方ないし、リネットが助けてあげよっか?」

「キャッワーン! イヴリンちゃん、こわーい! どうしよー!」

 

 いやーん、とあざとく怯えたのはイヴリンだった。探索中の護衛をしてくれるのではなかったのか、今はそういうのいいから、というのがユーナの本音だった。

 半目になった面々が冷めた眼差しを彼女に向ける。あれ? と空気を読み間違えたイヴリンが困り顔を浮かべれば、オロオロとしたリネットが仲裁に入る。

 

「お姉ちゃん、やっぱり演技は一旦中止! みんなを困らせないようにしよう!」

「ええ、そうね。そうしましょうか」

 

 コホン、とイヴリンは咳払いする。過剰な演技をやめた彼女は、落ち着いた物腰をした大人の女といった印象だった。絶対に素のほうがいい。

 キャラクターの外見と一致した性格だし、若作りの痛々しさもない。面倒見が良さそうな印象もあるし、頼りがいのある女性といった雰囲気だ。

 そんな彼女は二丁の短銃を抜いた。射撃系統の武器にしては、短銃の射程距離は短い。主に中・近距離が得意となるか。ふと右手の短銃にキスをした彼女はウインクをかまし、

 

「イヴリンちゃんがあなたの心を撃ち抜いちゃうぞ、バーン!」

 

 と、これまた酷い口上を述べ、短銃の弾丸を放つ。彼女の発砲した銃弾は、しかしコウモリの群れを散らすには十分だった。発砲音に驚いたのもあるだろう。

 群がったコウモリが一斉に羽ばたき、地べたに這いつくばるユーナは解放された。次よ! との指示が飛べば、鮮やかなまでの連携を披露したのがリネットだった。

 彼女の振り回した大鎌のようなフォルムの武器は、黒いオーラを発した杖である。乙女の戯れを模すふうにステップを踏む彼女は、可憐なる詠唱を終えた。

 

「コウモリさんたち、リネットと一緒に遊びましょう?」

 

 無駄に凝った演出をしたリネットが発動したのは「獄炎」、真っ黒な炎を発する上級魔術である。何を隠そう、イヴリン・リネットペアはデータコンバート勢だったのだ。

 燃え盛る黒炎はコウモリの群れを焼き払い、ブロック状に変えていく。強いじゃないのよ、とベータテスターのミオンが目を丸くしたほどだった。

 意味不明な予備動作と痛々しい語り口が強烈だったために、あの口上と無駄に凝ったダンスは必要だったのかと、激しい疑念を抱いたのもあるだろうが。

 とにもかくにも、これでユーナの安全は確保されたわけだ。助けて、と地べたに這いつくばったユーナが涙目で懇願すれば、救助隊の二人が駆けつける。

 

「ユナ、復活魔術を使います。傷は浅いので、希望を忘れちゃダメです」

「死亡状態だけどね。土が美味しい、口の中に砂が入るんだよね」

「しっかりしなさいよ、おバカ。すぐに助けるわ」

 

 リネットの魔術を逃れたコウモリの残党は、仲間の敵を取るのだとミオンに突撃する。しかしデータを引き継がなかったとはいえ、彼女のプレイヤースキルは一級品。

 高いAGIを活かし、持ち前のフットワークでコウモリの吸血攻撃を躱せば、ミオンの拳は確実に吸血コウモリの急所に叩き込まれていく。

 一撃でマットに沈められないまでも、コウモリの攻撃を押し返すことはできる。その硬直を見逃さないのが、後方で長銃を構えたエリーゼだった。

 

 長銃のスコープを覗く彼女が引き金を引けば、廃坑道に大きな銃声が響き渡る。銃口より放たれるのは魔術弾、一発おきに空薬莢が排出されるモーションが入る。

 属性弾の用途は多岐にわたる。炎の弾丸を受けたコウモリは延焼し、水の弾丸を受けたコウモリは凍結した。状態異常の使い分けもできるらしい。

 スージーはといえば、右手の盾を前面に押し出し、メイスで迎撃する。腰が引けていたものの、自衛に余念のない少女だった。

 

 イヴリンの援護射撃にも助けられる。ユーナの救出に走るミオンが邪魔されぬよう、彼女の放った弾丸がエネミーを射抜き、次々と吸血コウモリを倒していく。

 リネットの発動した火球の雨も飛び交う。矢を象った炎はコウモリの群れを襲い、翼を折り曲げて後退したかと思えば、絶えずブロック化していくのである。

 弾丸と火矢の連撃。HPの尽きかけた吸血コウモリは、もう限界だと訴えかけるように、坑道の奥に飛び去り、体力回復に努めようと逃げ出した。

 

 敵影も少なくなり、スージーがホッと胸を撫で下ろす。彼女は自分の身を守りつつ、悠々と復活魔術の詠唱し始めたのだった。

 コウモリの群れを掻い潜ったミオンが屈み込み、ユーナをおんぶすると、天使の羽根が舞い降りる。すっかり生き返った気分。

 死亡判定中だったのをいいことに、コウモリもろともリネットの炎に焼かれたわけだが、助かったのでいいとしよう。多少は悲しくもあったけれど、元を辿れば自分のミスである。

 そこは妥協したのだが、自分を騙した吸血コウモリへの復讐心は消えていない。この怒り、晴らさずおくべきか。ユーナは護符を取り出し、

 

「ミオン、いいよ。下ろして、もう手足も動くし」

「まっ、私も軽くなって助かるわ。でも、どうすんの?」

「それはね……」

 

 ククク、と邪気を放ったユーナは、最後の一匹となった吸血コウモリに近づく。ミオンの離脱を支援するついでに、エリーゼが大半の敵を撃ち落としたようだった。

 負けを予感したエネミーから飛び去り、現場に残ったのはユーナを騙したコウモリだけだ。吸血コウモリは冷や汗を流し、キー! と鳴いて可愛い子ぶる。

 だが、もう遅い。どんなに潤んだ瞳を向けたところで、ユーナは騙されない。やっぱり可愛いな、とまた懐柔されそうになるが、二度目はないのである。

 

「天罰!」

 

 と告げたユーナは光属性魔術を――いいや、睡眠魔術で妥協した。倒さないのかと皆には呆れられたけれど、最期の命乞いをするみたいな表情に胸が打たれた。

 ユーナはちょろいのである。昏睡したコウモリを持ちあげ、こいつめ、と顔を引っ張り、上下に揺らしはしたけれど。コウモリの毛並みは少し柔らかかった。

 

「まっ、いいでしょ。目的地も近いみたいだし」

「ええ、鉄鉱石の鉱脈が見えてきましたわ」

 

 吸血コウモリの残党が飛び去った通路。やがてその先に足を踏み込めば、廃坑道の壁際に鉄鉱石の鉱脈が散見し始めるのだった。



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第二二話:鉱石採掘に勤しみます

 トンテンカン、と鉱脈を叩く音が廃坑に響き渡る。黄土色っぽい塊がある岩石、それが鉄の鉱脈だった。つるはしを振り下ろし、鉱脈を叩く。

 地味な作業の積み重ね、軽い疲労を感じてしまう。手を止めたユーナはつるはしを置き、グッと背筋を伸ばし、額を拭って息を吐き出す。

 

「ずっと同じことをやってると飽きちゃうよね?」

 

 「鉄鉱石」は次々と採掘できる。たまに「ルビー」や「琥珀」といった宝石の原石も手に入るし、金策としては申し分ない。

 なのだが、とにかく地味なのだ。一個目の鉄鉱石が手に入った瞬間は嬉しかった。他にも新しい採掘品が目につけば、新鮮味もあったのだ。

 完成した拠点を妄想し、ワクワクもしたのだけれど、それも最初だけ。採掘品のラインナップは一通り網羅し、あとは無心で鉱脈を叩くことになる。

 半端ない作業感だった。何かしらの目標を掲げなければやっていられない。生活プレイの宿命なのかもしれないが、精神的な倦怠感を拭えなくなる。

 

「もう五往復ほどしていますものね、ウラも楽しみを失うたちゃ」

「そこは我慢しなさいよ。序盤の地獄なんだから」

「ゴールドがあれば……ゴールドさえ……」

 

 呪文を唱えるようにユーナは呟く。資金さえあれば、ドラゴニューシリオの市場で調達できたはず。ただひたすらに鉱脈を打ち続けることもなかった。

 アイテム重量が一杯になれば、悲しいことに移動速度が鈍化する。ゆえに仮設キャンプと行き来する必要があり、適度にアイテムボックスへの収納を心掛けなければいけない。

 ゴールドに余裕のあるプレイヤーが妬ましい。拠点の設備が充実すれば、ゴールド稼ぎの手段も増える。資金不足の呪詛を振り撒きたくなっても仕方ない。

 

「頑張れー、イヴリンちゃんは応援してるぞ。キャハ!」

 

 握り拳を作り、両手を顎にひっつけたイヴリンがぶりっ子ポーズをかます。眉間にしわを寄せたミオンが青筋を立て、しかし肩を震わせて怒りを堪える。

 一同が採掘作業を始めるとなり、可愛い子ぶる彼女は両頬に手を添え、

 

『イヴリンちゃんはか弱い乙女、手伝えないんだぞ。プクー!』

 

 と付け足し、頬をふくらませたのだ。彼女とは協力関係にあるだけで、採掘の手伝いを強要する権利はない。ゆえに、そこをとやかく言うつもりはなかった。

 問題なのは、しつこいほどの可愛いアピールなのだ。同性だと苛々しかしない、お腹への弱パンチを連打したい気分である。

 

『お姉さんたち頼りないし、リネットが特別に手を貸してア・ゲ・ル』

 

 なんて生意気を言ったリネットが、真面目に協力してくれているのも大きいか。取れましたよ! と素に戻り、ウキウキと入手数を伝えに来てくれるのだ。

 小悪魔的少女を演じる彼女だが、キャラクターを操作する本人は天使なのではないか。そう錯覚するほどにいい子だった。心労が溜まったユーナは涙を溢しそうになる。

 適材適所というか、イヴリンも採掘の邪魔をしに来たエネミーに対し、二丁拳銃で迎撃してくれてはいるのだが。やはり一言余計なのである。

 

「お姉ちゃん、ふざけすぎだよ。そんなだからお嫁さんに選ばれないんだよ!」

「ぐへっ!? リネット、今は関係ないことじゃないかしら?」

「あるよ! ゲームにログインして婿探し、とか出会い厨みたいなことを」

「やめてー! そこには触れないでちょうだい、お願いだからー!」

 

 地声に戻ったイヴリンは絶叫し、酷く狼狽えた様子で頭を抱える。見兼ねたリネットが口を挟んでくれたのだろうが、なにやら琴線に触れたらしい。

 とんでもなく残念な女性の秘話を小耳に挟むが、目を逸らしたユーナは聞き流す。あざとさを前面に押し出すイヴリン。彼女の真意には触れてはならぬものを感じたからだ。

 もう後に退けない独身女性、そんな危機に直面した大人の必死さが垣間見える。あの無茶なキャラ付けも余裕を失った結果ならば、一周回って応援したくなるユーナだった。

 

「お姉ちゃん、これ! スージーちゃんを見習ってよ」

「ええ、頑張ってみるわ」

 

 つるはしを受け取ったイヴリンは、とほほ、と肩を落として採掘作業を開始する。涙目になって鉱脈を叩く姿は、まさに哀愁漂う切なさだった。

 さて自分も、とつるはしを担ぎ直したリネットはスージーを流し見る。懸命に鉱石採取をする彼女は、これまた猛烈なスピードで岩を打つ。

 

「いっぱい採取すれば、坑道にいる時間が減ります。ダンジョンの滞在時間が減れば、モンスターに襲われるリスクも減るです。頑張らなければいけませんです……」

 

 顔を曇らせたスージーはブツブツと囁く。亡霊に憑かれでもしたのか、恐怖心に突き動かされるまま、ツルハシを打つ姿は居たたまれなかった。

 強がりを言わず、坑道の外で待機してくれればよかったのに。対抗心を燃やしたことで、あとに退けなくなった彼女を哀れむ。リネットからは高評価だったらしく、

 

「スージーちゃん、頑張り屋だなー」

 

 なんて尊敬の眼差しを向けられていたが。見事な勘違いである。

 

「あれ、死にたくないだけよね。たぶん」

「脇目も振らずに鉱脈を叩き続けていますものね、気の毒やちゃ」

「その勘違いはスルーしておこう、空気を読む方向で」

 

 苦笑いを浮かべたユーナは突っ込みを控えるように提案した。スージーは負けたくない子だし、彼女の振り絞った勇気に敬意を払ったのである。

 

「おりゃーです!」

 

 気合いを入れたスージーが最後の一撃を放つ。彼女が叩いた鉱脈が枯渇したことで、このあたり一帯の鉱石は取り尽くしたのだった。

 やり切ったとの表情を浮かべたスージーが満足感に浸る。もう薄暗い廃坑とはさよならだ。そんな開放感に浸った彼女だが、

 

「じゃあ、次はリネットたちのお願いね」

「坑道探索の手伝いには期待しちゃうぞ」

 

 などとイヴリン&リネットペアが表明したことで、絶望のどん底に沈んでいく。カクカクとした動作で首を動かしたスージーは、顔を真っ青にして聞き返すのだ。

 

「まだ、坑道の奥に行くですか……?」

 

 ——と。

 

     *****

 

 ミオンの腕に擦り寄ったスージーが震えあがる。暗い顔をして歩く彼女は俯き、そしてエリーゼまた落ち込みながら歩を進めた。

 というのも、怖がる身内を気遣った彼女が、自分を頼れと自信ありげに宣言したものの、スージーが擦り寄ったのはミオンだったからだ。

 流石は我が親友のイケメン女子、信頼度の違いを見せつけた。ガーン、とショックを受けたエリーゼは放心状態となり、トボトボとユーナの隣を歩く。

 

 坑道に伸びたトロッコのレールを見下ろす。壁にかかった蜘蛛の巣が顔についたというのに、払いのけようともしないエリーゼは重症だった。

 蜘蛛の巣まみれの顔は見栄えが悪い。女の子がする顔じゃないとは思いつつ、ユーナはエリーゼの顔についた蜘蛛の巣を払い落とす。

 勧誘したメンバーの不調が気になったのか、この子たちは大丈夫なのかしら? と悪ふざけをやめたイヴリンは、冷静に同行者の意見を聞き始める。

 

「頼んでおいてなんだけれど、引き返してもいいのよ?」

「スーは怖がってないです」

 

 スージーが発した脈絡のない言葉。イヴリンがきょとんとする。

 

「いいえ、そういうことではなく。ね?」

「スーは怖がっていませんです!」

「わかったわ、そういうことにしておきましょう」

 

 気圧されたイヴリンが黙り込む。自分は弱虫ではない、と頑なに認めないスージーの気迫に押されたか。追及を諦め、イヴリンは引き下がってくれたのだった。

 

「エリーゼ、ウケるー! スージーにフラれちゃったね!」

 

 ぷぷっ、と煽り顔を演じたリネットが挑発する。フラれた、の一言の反応したのか、心ここにあらずといった様子のエリーゼが彼女に振り返った。

 

「もうリネットでもいいちゃ、ウラの妹になられ!」

「ええ!? ごご、ごめんない!」

 

 動転したリネットは即座に頭を下げる。お断り申しあげるということか、完全拒否の意思表示は早かった。両手を広げたエリーゼは、もはや妹分を求める猛獣だった。

 生意気娘を装うリネットだが、彼女が恐怖するのも無理はない。恐らく本心からの拒絶を受け、エリーゼはまた精神的打撃を受けるのである。

 

「もう嫌や、ウラには夢も希望もないんやちゃ」

「そこまでなの!? どど、どうしよう!?」

「放っておけばいいと思うよ、いつものことだから」

「ユーナさんが冷たいですわ! ウラは、ウラは……」

 

 ショックのあまり、足に力が入らなくなったらしく、へなへなとエリーゼが崩れ落ちていく。彼女に寄りかかられ、ユーナは身動きが取りづらくなる。

 エリーゼの体を支えるユーナの耳に、ふと水の流れる音が聞こえた。何事かと音のするほうに足を進めれば、一同の目に跳ね橋が映る。

 中央を区切りに分断され、前後に折り畳まれた橋である。跳ね橋は鎖につながれ、坑道探索者の行く手を阻む。地下水川に架かった橋といったところか。

 

 鉱山労働者が運悪く地中の水脈を掘り当てたのだろう。流れ出る地下水は滝となり、坑道内の川に流れ落ちていく。心なしか、ひんやりとした空気。

 川底までは二十メートルほどの高さがあるか。坑道地下の最下層に地底湖があり、ここに流れる小川が巡り巡って流れつくとのこと。

 ティエラフォール・オンライン、公式サイトに掲載された情報である。日常プレイがメインのユーナには縁遠い話かもしれないけれど。

 

「ちょっと見てみたくはあるよね」

 

 探求心を刺激されるが、優先すべきは依頼達成の協力だ。紆余曲折あったとはいえ、採掘作業の護衛をしてもらったお礼はしたいところ。

 イヴリンによれば、依頼品は一層目のどこかにあるとのこと。ここまでのフロアは探索済み。彼女らの探索目標があるとすれば、つり橋を渡った先だろう。

 

「問題は橋を下ろす方法だけど」

 

 坑道の跳ね橋は折り畳まれたまま、よくあるスイッチを入れるパターンか。周囲を見渡せば、おあつらえ向きにレバーがあるではないか。

 トロッコレールの操作レバーに違いない。吊り橋にもレールは敷かれているし、関連装置なのは明らかだった。しかし待てよ、とユーナは考え直す。

 ダンジョンにはギミックトラップがつきもの。どうしてこんなところに? と必要性を疑うような罠が張り巡らされているものなのだ。

 ユーナは賢しい娘、騙されてやるものかと得意がる。と不意に服の袖を引かれ、ユーナはリネットに振り返るのだった。

 

「ねえねえ、リネットは怪しいレバーを見つけちゃったんだけどー?」

「そうだね、あれは絶対に——」

 

 罠だと言いかけたユーナは、しかし友人らに口を挟まれる。

 

「やってみなければ分からないです。なので、ここはユナに花を持たせてあげます」

「それ、スージーが試したくないだけだよね? あんな分かりやすい仕掛けはないと思うよ? その手には乗らないからね」

 

 また騙されてなるものかユーナは強がる。

 だが、袖を突いたエリーゼに耳打ちされ、

 

「いいえ、本物かもしれませんわよ? ユーナさんの強運ならいけますわ!」

「強運? まあ、あたしにかかれば余裕なのかも」

「レバーを引いちゃうの? キャワーン、ユーナちゃんってばカッコイー」

 

 続けざまに仲間たちのユーナ賛美が続く。ユーナはすごい、と太鼓持ちをされてしまえば、良いところを見せたほうがいいのかな? なんて感情が芽生える。

 

「お、お姉ちゃん!? 安全確認もせずに他人に押しつけるのはダメだよ!」

 

 リネットが姉を窘めるが、しかし学習知能が著しく低下したユーナは止まらなかった。レール沿いのレバーに手をかけ、退避したメンバーに手を振ったのだ。

 はいはい、このパターンね。と、そんなふうに頭を抱えるミオンの姿が目に入ったが、まったく嘆かわしいことだ。親友の強運を信じられないというのか。

 煽てられたユーナは無敵である。恐怖心もなくなり、疑念さえも投げ捨て、己の欲求が赴くままに行動する。坑道だけに——いや、まったく上手くはないが。

 

「大丈夫、あたしは強運少女だからね。いっくよー!」

「あれー、やる気になっちゃってるー!?」

「もう止めないわ。当たって砕けて、そして後悔しなさい」

「玉砕前提!? やめさせないの、ミオンさんは罠探知スキル持ちだったよね!?」

 

 リネットは困惑し、真面目な彼女がオロオロする。一方のミオンは悟りを開き、罠の探知スキルで一応の確認は取ったものの、何も言わずに死んだ眼をした。

 

「よいしょー!」

 

 勢いよくレバーを倒せば、ユーナの頭上より岩石が降り注ぐ。発動したのは落石トラップ、口をバッテンにしたユーナは岩石の下敷きになったのだ。

 生き埋めとなった娘の腕だけが残り、ピクピクと痙攣を繰り返す。重たい、苦しい。岩石に押し潰され、あっけなく戦闘不能に陥った少女は助けを求めた。

 

「ユナが埋もれました。恐ろしいトラップです。もうダンジョン探索は嫌になりました。早く家に帰りたいです、次はスーの番かもしれませんので」

「怪しいレバーを無闇に引くものではありませんわね。注意不足やちゃ」

「キャワーン、コワーイ。スイートなイヴリンちゃんも冷え冷えだぞ!」

 

 体をくねらせたイヴリンも怖がった。みんなを信じた結果なのにあんまりだ。顔をレールに埋めたまま、シクシク、とユーナは垂れ泣きするのだった。

 

「わ、わー! ウ、ウケるー?(あっ、可哀想……)」

「まっ、反応に困るわよね。私も一緒だわ」

 

 ウチの子を実験台にするのはやめなさいよ、とミオンが苦言を呈す。親友が手を叩けば、すぐさまユーナの救助活動が開始される。

 やがて岩石の山に押し潰されたユーナが助け出されたところで、本物のスイッチが見つかり、地下水の川に橋げたがつながった。



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第二三話:スライムは難敵です・前編

 橋を渡った一同は、さらに坑道の奥に進む。イヴリン&リネットペアの探し物は第一層にあるということだが、はてさてどこまで進めばよいのだろう。

 複雑な構造の坑道だし、見落としがあったか。考え込むユーナは、しかし目を閉じたエリーゼに服を引っ張られ、歩き辛そうに眉を下げる。

 

「ユーナちゃん、もう目を開けてもいいけ? ウラは高い場所ちゃ嫌や」

「まあ、大丈夫だと思うよ。橋は渡ったし」

「よかったや、あそこまで高いとは思わなんだちゃ」

 

 こほん、と咳払いしたエリーゼが目を開ける。坑道に架かった橋は思わぬ高さにあったということで、高所恐怖症の彼女は足踏みをすることとなった。

 橋を渡れずに諦めた彼女だったが、ユーナが強引に手を引いたのだ。嫌や! と抵抗するエリーゼに、目を閉じればいいと言い聞かせ、ようやく橋を渡ることができた。

 怖がる彼女に精神的な打撃を与えられたので、トラップの件はチャラにしようと思う。仕返しは果たしたと納得し、ユーナは過去の遺恨を水に流す。

 

「高いところが怖いとか、リネットよりも、お・子・様!」

 

 挑発的な笑みを作ったリネットが片目を閉じた。これは仕方ないことなのだと訴えかけ、エリーゼは姉の威厳を失ったと嘆く。もともと貫録などなかったのだけれど。

 

「キャワーン、目標の落とし物はっけーん!」

 

 左手を頬に当て、イヴリンは右手で指差す。クエストマーカーが反応したらしい。やったー! と両頬に人差し指を押し付け、年甲斐もなく喜びを表現する。

 短い通路の先にある坑道の行き止まり、祭壇のような場所があった。坑道の安全を祈願したか、それとも採掘中の事故で亡くなった鉱員を祀った慰霊碑なのか。

 真意はわからないけれど、燭台と一緒に飾られたモニュメントがある。水の枯れたゴブレットや、宝石の原石などが供えられた碑だった。

 その供え物の一つ、エメラルドをあしらった銀の指輪が回収対象だという。オーバーな女の子走りで碑に駆け寄るイヴリンだが、危機を察したミオンが叫ぶ。

 

「少し待って、そこに魔術的なトラップがあるわよ!」

「えっ!? ギャーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 イヴリンが碑のある通路に足を踏み込んだ瞬間、彼女の姿が視界から消え失せた。足元に魔法陣が出現したかと思えば、大穴が出現したのである。

 これまたベタな落とし穴のトラップ、イヴリンの姿は深い穴の闇中に消えた。下層に落ちてしまったのだろうか、彼女が帰還することはない。

 お姉ちゃーん! とリネットの悲痛な声が響く。口をバッテンにしたユーナは、イヴリンの残した野太い断末魔を聞き届け、冷や汗を流すのだった。

 

「どうしよう、迎えに行ったほうがいいと思う?」

「わかんないわよ。私は忠告したのに、おバカしかいないわけ」

「ごめんなさい、お姉ちゃんが迷惑を。でも大丈夫、復活薬を投げといたから」

 

 イヴリンの容態は同じパーティに属するリネットが把握している。しばらくすれば、勝手に戻ってくるだろうというのが、彼女の見解だった。

 

「恐ろしいトラップですわ、高所恐怖症の人間を殺す気やけ?」

「ダンジョンには危険が多すぎます、帰りたいです……」

 

 顔の青ざめた二人が抱き着きあう。エリーゼは高所からの落下を恐れ、スージーは自分を死に追いやる罠そのものに恐怖しているようだった。

 アンデット族のスージーは既に死人なわけだし、翼人族のエリーゼに至っては飛べるだろうと言いたくなるが、そこに触れるのはご法度である。

 落とし穴のトラップが発動したため、普通に通路を進むのは無理だろう。持ち運び用の建築キットを使い、梯子を架けようかと考える。が、杞憂のようだった。

 

 自分たちの受けたクエストのアイテムだし、リネットが回収に向かうと名乗り出たからだ。竜族は翼人族同様に飛行可能な種族である。

 彼女には高所恐怖症という弱点もない。ゆっくりと腰を屈め、翼をはためかせたリネットは落とし穴を飛び越え、無事に碑の供え物を回収したのだった。

 エメラルドが飾られた銀の指輪を入手し、目標達成だとリネットが宣言する。落とし穴の先にいる彼女を眺め、エリーゼが驚きのあまりに口を開く。

 

「ありえん、人が空を飛んだちゃ」

「いや、あんたもできるでしょうが! 種族特性を生かしなさいよ!」

 

 耳を疑いたくなる発言だったのか、額に手を当てたミオンが頭痛に悩む。翼人の種族選択をしたはずなのに、飛べないエリーゼがおかしいのだ。

 ダチョウなのかと言いたげな表情。まあまあ、と彼女を窘め、リネットの依頼達成をした祝福するユーナなのだった。

 

「よかった、終わったのね……」

「ぎゃー! 誰ですか、お化けが現れました!?」

「こらこら、失礼だぞー」

 

 覇気のない女性の声が聞こえる。坑道の暗がりを眺めれば、第一層に帰還したイヴリンが登場した。それにしてもボロボロに果てた姿である。

 木材の杖をつく彼女は傷だらけ。たった一人、下層で死闘を繰り広げたのか、もはや可愛い子ぶる余裕もなくなり、仕事帰りのオフィスレディを連想する惨状だ。

 遠くから見れば、ゾンビと見間違えてしまうほど。死人のエネミーと勘違いしたのも頷ける。君もアンデットだからね、とスージーには訂正しておくが。

 

「お姉ちゃん、無事だったんだね」

「ええ、見ての通りよ」

「あれ!? まったく大丈夫そうじゃない!?」

 

 衝撃を受けたリネットが目を丸くした。姉が嘔吐感を押し殺すような顔をしたからだ。疲労困憊といった感じか、落とし穴を飛び越えた妹が姉に駆け寄る。

 姉は妹に寄りかかり、もう駄目だと弱音を吐くのだった。とにもかくにも、全員集合と相成った。「鉄鉱石」の採取量も十分、拠点の設備開発に必要な量は揃ったと思う。

 金策に使えそうな品も手に入ったことだし、足りない分は市場調達で構わないはず。探索クエストの手伝いも終わったとなれば、いよいよ長居は無用となったのだ。

 

「ようやく外に出れるですか?」

 

 スージーが仏の顔をした。恐怖の呪縛から解放され、まるで浄化されていくかのようだ。ほわわん、と口元を緩めた彼女は、暗い坑道に幸福の光を散布した。

 

「また橋を渡るのですわね、憂鬱やちゃ」

 

 一方のエリーゼは落胆する。坑道の出口に向かうのであれば、あの地下水の川に架けた橋を渡らなければいけなくなる。きっと乗り気がしなかったのだろう。

 だが、心配は無用だった。探索効率をあげる神アイテム、脱出用ポーションなるものを用意していたからだ。準備に抜かりはないのである。

 

「そういや、例のモンスターには遭わなかったね」

「下層のスライムことね。イヴリンちゃんにも心当たりはないぞ!」

「あれじゃない? 運営が仕事したとか、下層に戻されたのかもしれないわ」

「ランちゃんが仕事したのかもね。ランちゃんが……?」

 

 運営が作り出した管理用AIのはずなのに、どこか抜けた性格をした少女だ。一抹の不安はあり、試すだけ試してみようかと思う。

 

「念のために生体探知の魔術を使うね?」

 

 ユーナは生体探知(サーチ)の魔術を実行する。

 

「よわよわなスライムなんて、リネットにかかればイチコロだったけど」

 

 横ピースをしたリネットが八重歯を見せた。実際に遭遇することもなかったわけで、彼女のキャラ付けもあり、好き放題に言ってしまったのだと思う。

 だが、その雑魚扱いがスライムの怒りを買ったのか、リネットのすぐ後ろにモンスターの反応が迫っていた。まさか、と直感が働き、ユーナは少女の背後を見上げた。

 ブヨブヨとした肉質。グレープゼリーのように揺れ動く紫色の物体。毒と酸液を体内に含有する巨大なゲル状の生物は、坑道の最下層を縄張りとするポイズンスライムだ。

 

 体調は三メートルほどに達するだろう。もっとミニマムな姿を想像していたけれど、予想の斜め上を軽く凌駕した。黒い影に覆われたリネットが振り向く。

 顔のついたファンシーなスライムなどいなかったのだ。のっぺりとした肌には目もなければ口もない。そこにいたのは、ブヨブヨとした捕食者だった。

 空を飛び吸血蝙蝠に触手が伸びれば、体内に取り込んで消化する。スライムに取り込まれた蝙蝠は抗うことさえ許されず、もがき苦しんだ後にブロック化した。

 

「スーもあの蝙蝠のように食べられちゃうですか? 死肉は美味しくないですよ?」

 

 一方的な虐殺シーンの一部始終を眺め、盾を構えたスージーの膝が笑い出す。ファンシーさの欠片もない。のっぺりとスライムの姿に、ユーナのイメージは瓦解した。

 

「うーん、あたしはもっと可愛いスライムを想像してたんだけどな」

「デカいうえにグロすぎますわね、ウラたちは逃げ切れるんやろか?」

「だから言ったじゃないのよ、舐めてると痛い目見るわよって」

 

 流石は坑道の最下層を縄張りとするエネミーといったところ。ぷるん、とゼリー状の肌を震わせたスライムは、縄張り意識を強く刺激されたようだった。

 この階層は自分のテリトリーなのだ、そう宣言するふうに一同を威嚇する。自分の領域を荒らされ、怒り心頭なご様子。坑道の静寂を乱すなということか。

 徘徊する場所を間違えているのはポイズンスライムのほうなのだけれど、話が通じる相手ではない。触手を伸ばすように、スライムの体が揺れ動く。

 

「やる気満々だぞ、イヴリンちゃんも恐怖の予感?」

 

 語尾にハートをつける勢いで陽気に言ったイヴリンは、しかし空元気を発揮したふうでもある。先ほどは余裕との発言をしたリネットだが、彼女の笑顔も凍りつく。

 大きな影に覆われ、かつゲル状生物の蠢く音が耳に入り、最悪な想像とともに彼女の背中に悪寒は走ったのは間違いなかった。

 チロリと八重歯を見せたまま、冷や汗を流したリネットが振り返る。戦意高揚、眼前の羽虫ども始末せんとするスライムは、咆哮のごとき振動派を放った。

 

「リネット、倒せるですか?」

「あー、えっと……リネット的にも、なしよりのなしってゆーか……」

「はっきり言ったほうがいいわ。お姉ちゃんからの忠告だぞ!」

 

 人差し指を立てたイヴリンが、キランと星を飛ばすようにウインクすれば、

 

「ごご、ごめんなさい! 無理です、逃げましょう!」

 

 ベータテスターとはいえ、エンジョイ勢には荷が重かった。弱気になったリネットが叫び声をあげれば、廃坑の逃走劇が幕を開ける。



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第二四話:スライムは難敵です・中編

 狭い坑道を六人は猛然と走り抜ける。背後に迫るのは、ぶよんぶよんと体を揺らす紫色の巨大スライム。振り返ったイヴリンが退き撃ちをする。

 スライムの足止めをするべく、迎撃行動に出たのだ。坑道に反響した発砲音。拳銃より放たれた実弾は空を穿ち、スライムの胴体に着弾した。

 のだが、弾丸はスライムの体に飲み込まれた。物理無効の特性、体内に取り込んだ弾丸を溶かし、スライムはこともなげにレールを這いずる。

 

「キャワーン、イヴリンちゃんの攻撃が利かなかったぞ!」

「このゲームのスライムは、魔法攻撃しか通用しないのよ。あんなネトネトしたエネミー触りたくもないわ。魔術は使えないの!?」

「ごめんなさい、詠唱する余裕がないよ! リネット、超ピンチ!」

 

 鎌状に変化した杖を抱き、時間稼ぎさえできれば、とリネットが嘆く。囮役が欲しいとなり、途端に一同の視線はユーナに注がれた。

 

「ここはクランリーダーの見せ場です、スーは譲ってあげます」

「また、あたし!? なんかもう、お馴染みの流れになってない?」

「それだけ、みんながユーナさんを頼りにしているということですわ!」

「ピンチを超えた先に、本当の絆があるんだぞ!」

 

 よっ、リーダー。と口裏を合わせた仲間たちの声援が届く。ここまで太鼓持ちをさてしまうと、退くに退けなくなったユーナだった。

 相手は物理攻撃無効の強者、しかし魔術専門の自分とは相性がいい。弱点は炎、明確な情報があるのだから、やってやれないことはない。

 踵を返したユーナは勇み、ポイズンスライムと対峙する。胸に底知れぬ不安を抱えたまま、大きく息を吐き、ここが踏ん張りどころかと武器を取る。

 

「これがあたしの本気だよ!」

 

 指に挟んだ護符を上空に放り投げた。無数の護符は火球に変わり、炎の玉を自分の周囲に展開したユーナは、火球の雨をポイズンスライムに放つ。

 火球を受けたスライムは怯み、炎の雨を嫌がった。火球が肌に触れるたびに委縮し、HPも徐々に削り取られていく。効果抜群といったところか。

 下級魔術とはいえ、弱点を突かれるのは痛いようだ。おっと、これはいけるのではなかろうか。これまで良いところなしだったが、今の自分は輝いている。

 

 そう自負したユーナは増長した。優勢だと感じ、図に乗った少女の暴走は加速する。ひょっとすれば倒せるかも、と期待に胸が膨らむ。

 スライムを討伐し、仲間に称賛される自分の絵が脳裏に浮かぶ。なんてこともない相手だったと、下層のエネミー相手に余裕ぶってみたい。

 親友にはおバカな子と言われ続けたが、汚名返上・名誉挽回の大チャンス。降参しないのかな、スライムくん? などと勝ちを確信したユーナは強がった。

 

「まだまだ行くよー!」

 

 このまま倒し切ってしまえ、火球の量を増やしたユーナは猛攻を仕掛ける。だが、炎に変化したはずの護符は一瞬だけ燃えあがり、そして鎮火する。

 魔術が発動せず、溶け落ちた護符の残骸がひらひらと舞い、ムキュ? と意味不明な言語を発し、ユーナは口をバッテンにしてしまう。

 MPの使いすぎだった。調子に乗ったユーナは管理を怠り、魔術を撃ち切ったのである。早急なMP回復が必要だった。ユーナはアイテムポーチを開く。

 

「マナポーションどこだっけ? 早くしないと!」

 

 あれでもない、これでもない。四次元ポケットに入った秘密道具を探すみたいに、ポイポイとアイテムを放り投げ、顔の青ざめたユーナは焦る。

 魔術を継続的に使用しなければ、隙を晒すことにある。スライムに逆転の目を与え、もっとすれば、反撃を受けかねない。ゆえに、攻撃こそ最大の防御なのだ。

 

「よし、あったー!」

 

 マナポーションを握りしめたユーナは薬瓶を掲げる。そこへ、大きな影が忍び寄る。MP回復薬を発見したのはいいものの、スライムはすぐ横まで接近していたのだ。

 スライムの巨体を見上げ、急ぎユーナはポーションを口に入れようとしたけれど、残念なことに遅かった。スライムの胴体がしなる。

 頭突きをするふうに体を伸ばし曲げたスライムは、少女を体内に取り込む。べっとりとした体液が坑道の壁に張り付き、顔を歪めた一同が絶句する。

 

「ユナが食べられました! どうするですか!?」

「ちょっ、あんた! 大丈夫なわけ!?」

 

 ミオンが目を丸くする。意識を失った少女がスライムの体内を漂う。ふと意識が覚醒し、瞼をあげたユーナは、パチンと瞬きを繰り返した。

 意外と悪くないかもしれない。魚人族の特性か、呼吸はできるようだし、スライムの体内を泳ぎ回ることさえできた。新しい感覚だ、なんか楽しい。

 ビリビリチクチクと痺れるような痛みはある。けれど、死を予見するほどの激痛はなく、むしろ電気マッサージを体感した時の心地よさを思い起こした。

 

「結構いい感じかも。泡風呂に入ったみたい、極楽ごくらく~」

 

 未知の感覚を堪能する。スライムの体内を泳ぎ回り、あはは、とユーナは楽しげに笑い、そして笑顔のまま昇天した。ポイズンスライムの毒素にHPを蝕まれたからだ。

 

「ごめん、助けて……」

「このおバカ! 極楽とか言ったそばから、天に召されてんじゃないわよ!」

 

 尻尾を逆立てたミオンが怒鳴る。スライムの体内を漂うユーナは身動きが取れなくなり、いよいよ救出を待つだけとなったのだ。

 

「ユナが死にました! 攻撃魔法はまだですか!?」

「ごめん、あと少し!」

 

 鎌状の杖を構えたリネットの詠唱は終わらない。ユーナ一人では満足に至らなかったのか、次なる標的を求め、スライムは動き出した。

 

「来ますわ、次は誰が行きますの!?」

「イヴリンちゃんはベタベタになりたくないんだぞ!」

「私も一緒よ、格闘家とは相性最悪だわ!」

「もはや死にゲーですわね、詰みや」

 

 次の犠牲者は誰になるのか、激しい議論が飛び交った。詠唱中のリネットが鍵、彼女が倒されるわけにはいかず、もういっそ全員で攻めるかという結論になりかけるが、

 

「スーが行くです、骨は拾ってください」

 

 先陣を切ったのはスージーだった。両手に盾を構え、自分は弱虫ではないのだと言い張った彼女は、スライムへとにじり寄る。

 

「ユナにはたくさん助けられました。今度はスーが助ける番です」

「スージー……」

 

 涙目になったユーナはときめく。盾を持った両手を前に突き出し、腰の引けた少女は不格好だったけれど、どこか頼もしさを感じる。

 スージーの勇士を目に焼きつけ、ユーナは彼女の勇気に感動した。死を覚悟した臆病な少女は、目を閉じたまま、スライムに突進を仕掛ける。

 

「来るなら来いです、返り討ちにしますので。おりゃーです!」

 

 猛進する少女はスライムに盾を押しつける。だが、柔軟な体皮を持つスライムに打撃は通用しない。特に痛みもないというふうに、スライムは困惑する。

 餌が自分から捕食されに来た。飛んで火にいる夏の虫だというふうに、スライムはスージーを捕食しようとした。しかし彼女にも策はあった。

 この瞬間を待っていた。そう宣言するみたいに目を見開いた彼女は、無属性の防御魔術を押しつける。リフレクション、確定ノックバックの障壁だ。

 

 魔術障壁に阻まれたスライムは後退。再侵攻を阻むべく、魔術弾を装填したエリーゼが発砲する。イヴリンもマガジンを入れ替え、二丁の拳銃から炎弾を連射する。

 活躍場のないミオンは自己強化の術を使う。いの一番にユーナを救出し、戦域離脱を画策しているのだと思う。魔術弾の猛攻を受けるスライムが怯む。

 スージーは後衛を守る盾となり、リネットの一撃を待つ。鎌状の杖を持つ少女がくるりと身を翻す。詠唱が完了した合図だった。

 

「今です!」

「うん! リネットのオ・シ・オ・キ、楽しんでね!」

 

 頬に手を添えたリネットが片目を閉じ、鎌状の杖を振りあげる。吸血コウモリにも披露した「獄炎」の魔術、鮮やかな紅蓮の炎がスライムを焼き尽くす。

 重傷を負ったスライムは苦しみ、ペッ、と体内に取り込んだ少女を吐き出した。スライムの体液が付着したユーナは、駆け出したミオンに抱きとめられた。

 ギトギトとした粘液が体を伝う。肌に残る感覚が気持ち悪くはあった。一時の解放感に浸るユーナだったが、しかし自分を救った親友には煙たがられてしまう。

 

「あんた、ちょっとネトネトしてるわよ?」

「仕方ないじゃん、美味しく食べられてたし」

「まあいいわ。ばっちい気はするけど、我慢しとくわね」

「言いかた! 頑張った親友を労う気持ちはないの!?」

 

 ユーナはミオンの頬を小突く。仲間のために囮になったのだ。もっと評価されてもいいと思う。顔を背けた親友には粘液を塗り付けるなと怒られたが。

 

「こらこら、イチャイチャするなー。まだ終わってなーいぞ!」

 

 スライムに銃口を向けたままのイヴリンが言う。満面の笑みを浮かべた彼女だが、声のトーンは低くなり、腹の底に煮えたぎる憎悪が感じ取れた。

 普通に怖い、現実は若い男女なのかもしれないと疑われたようだ。彼女のカップルに抱く殺意は半端なかった。どうすれば、ここまで拗らせてしまうのか。

 気の毒になったユーナだが、それはイヴリンの問題。触れぬが吉だと聞き流し、スライムへと目を向けることに。

 

「まだまだ元気だね、ちょっと厳しいかも」

 

 あれだけの大火力を受け、スライムの体力はようやく半分を下回った程度。同じことを繰り返すにしても、かなりの労力が必要だろう。割に合わない。

 「鉄鉱石」の採掘量は十分だし、イヴリンらの依頼も達成した。坑道の最下層を縄張りとするエネミーに付き合うメリットはない。

 全滅のリスクを考慮すれば、やはり撤退が無難だった。上手く逃げおうせる手はないものか、ユーナは思案する。と、イヴリンの邪気を宿した笑顔が脳裏を掠めた。

 

「気の毒と言えば、さっき落とし穴に——」

 

 はっとしたユーナはひらめく。散々な目に遭った坑道探索だが、それも無駄ではなかったと確信した。スライムを下層に帰す方法を考えついたのだから。

 

「ねえ、少しいい?」

「どうしたの? すぐに逃げたいし、手短に頼むわ」

「うん、一つだけ作戦を思いついてね」

 

 題して「下層エネミーさよなら計画」。安直なネーミングを胸中で囁いたユーナは、ふとミオンに耳落ちをした。勝算があると感じたのか、彼女は即座に頷く。

 

「悪くないわね。いいわ、やってみましょうか!」

 

 光明が見え、乗り気になったミオンがユーナを抱きあげる。そして声を張りあげた彼女は、スライムと交戦する一同に、ある計画を伝えたのだった。



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第二五話:スライムは難敵です・後編

「ユーナさん、見えましたわ! あの跳ね橋や!」

 

 坑道を駆けるエリーゼが指差す。彼女が発見したのは、道中にあった地下水の流れる川にかかった橋。よし、なんとか戻ってくれたようだ。

 跳ね橋を目視にて確認したユーナは頷く。考えた作戦はこうだ。まず巨大スライムを跳ね橋の中央に誘い込み、タイミングよく起動スイッチを作動するという単純なもの。

 橋げたが後退すれば、体の支えを失うも同然だ。巨大スライムは行き場を無くし、二十メートル下の地下水川に落下することになる。

 つまりは疑似的な落とし穴を作るという作戦。地下水川に落ちたスライムは水流に抗えず、第五層の地底湖にご帰還願うことになるだろう。

 

「足止めはスーがやるです、支援をお願いします」

 

 スージーが自信ありげに盾を構える。プロテクションのノックバック攻撃が通用したのもあるか、一度の成功が臆病な少女に勇気を与える。

 

「わたくしたちは橋の中央で待機すればいいのでしたわね」

「スライムさんの誘い込みだっけ? 超ヨユー、リネットにかかればラクショーだしー」

「種族特性を活かすのですわね、ウラも燃えてきたー!」

 

 いつになくやる気を出したエリーゼの瞳に炎が灯る。仲間との共同作戦、強敵の打倒。スポコン魂に火がついたのか、頼もしい女の威厳を見せる、と意気込む彼女は拳を固めた。

 散々に暴落したエリーゼの株、このあたりで回復させたかったのだと思う。過剰なまでの闘志が、そこはかとなく不安を煽る。空回りしないとよいのだが。

 

「やる気出しすぎ、キモー! よわよわなエリーゼは高い場所が苦手な癖にー、ダッサー!」

 

 などと弱点を指摘したリネットだったが、魂の熱に突き動かされるエリーゼには届かない。ガシッと片手を掴まれ、心に火照る魂の叫びを聞かされていた。

 

「さあ、やりますわよ。ウラたちのコンビネーションを見せんにゃね!」

「えっ、あれ!? 高所恐怖症じゃなかったの!?」

 

 既に二人はつり橋の中央に到達していた。それなのに、エリーゼは怖がる様子もない。彼女は感情が高ぶると周りが見えなくなるタイプなのだ。

 使命感に燃えるエリーゼには、もはや怖いものはない。大量のマナポーションをペンライトのように掴む彼女は、橋を渡り切ったユーナに手を振った。

 MP枯渇を防止するため、マナポーションを定期的に使用し、スージーを支援するつもりなのだろう。力のこもった声援は、さながら熱狂的な愛好家のようだったが。

 

「スーちゃん、ウラがついとるさかいねー!」

「エリーがうるさいです。スーは必死なので」

 

 両手に盾を構えたスージーが前線に立つ。橋の前で立ちはだかる少女に、スライムが接近した。巨大スライムの大きな影がスージーを覆う。

 目尻を尖らせたスージーは、しかし途端に弱気になった。間近で見ると、やはり巨大スライムの威圧感は半端なかったようだ。表情もなく、鳴き声もあげない。

 のっぺりとしたゲル状生物は、無機質だからこそプレイヤーの恐怖心を煽る。スージーの頬に冷や汗が流れる。ゆっくりと這いずったスライムの体が揺れ動いた。

 

「来るなら来いです、返り討ちにしますので!」

 

 スージーはプロテクションの魔術を発動する。粘々とした全身を躍動させ、少女にのしかかるスライムは、透明な壁に跳ね返される。

 後方に吹き飛ばされ、それでも体当たりを繰り返す。あまり学習知能は高くないらしい。負けるものかと、スライムはプロテクションの障壁を看破するべく抗う。

 

「スーちゃん、いいよ! その調子や!」

 

 後方に待機したエリーゼの声援がヒートアップする。けれど熱狂する彼女に反し、徐々に追い詰められてゆくスージーには余裕がなくなる。

 MP消費が激しかったからだ。彼女のMPが半分を切ったというのに、エリーゼからの支援がない。応援に集中するあまり、仲間のMP管理を怠ったのだ。

 何のためにサポート役を買って出たというのか、もはや指に挟む薬瓶はお飾りだった。違う、そうじゃない。と、苦言を呈したスージーは死の恐怖に支配された。

 

「エリー、応援はいらないです。支援をください、スーが死んでしまうので」

 

 泣き顔をしたスージーは諦める。MPが尽きかけ、希望の光を見失う。プロテクションの魔術を使い切った彼女は、バイバイです、と悟りの境地に達するのだった。

 だが、同行者のリネットがスージーの異変を感じ取る。応援にばかり注力するエリーゼを横目に見て、スージーの危機を彼女に伝えようとする。

 

「あの、マナポーションを投げてあげたほうが……」

「スーちゃん、輝いとる! 最高やちゃ!」

「違うよ、ピンチなんだよ! エリーゼ、ダメダメ過ぎー!」

 

 痺れを切らしたリネットが鞄を漁る。力の入れる方向を間違えたエリーゼは頼りなく、結局は彼女がマナポーションを消費することに。

 絶望したスージーのMPがみるみると回復していく。後ろを振り返った彼女は、リネットの優しさに感激し、喪失した戦意を取り戻す。

 

「頼りなさすぎだしー。しょーがないから、ザコザコなスージーを助けてア・ゲ・ル」

「なんでもいいです。リネット、ありがとでした。九死に一生を得ましたので」

「あーうん、頑張ってね。私もできる限りの支援はするから……」

 

 誰でもいいから縋りたかった。そんな顔をしたスージーが居たたまれなかったのか、真顔に戻ったリネットが頷く。ノックバックしたスライムが再び飛びかかった。

 間一髪、MP補充の間に合ったスージーは、リフレクションの魔術障壁を再展開する。光の壁がスライムの突進を防ぎ、エリーゼの熱気は最高潮に達した。

 

「スーちゃん、これでまた戦えますわね! 反撃開始や!」

「何もしなかったエリーに言われたくないです」

「ウラはだちかんの!? またやってしもたが!?」

「重罪です、応援だけされても嬉しくなかったので」

 

 死んだ目をしたスージーが吐き捨てる。精神的な打撃を受けたエリーゼは、ガーン、と音が鳴るほどの衝撃を受けた。自業自得の結果である。

 苦笑いを浮かべたリネットも、フォローの言葉が思いつかなかったようだ。ともあれ、十分な時間稼ぎにはなった。橋を渡り切ったユーナは跳ね橋のスイッチに走り寄る。

 壁際にある赤色のボタンが跳ね橋の起動スイッチだ。間違ってもレール沿いのレバーを引いてはいけない。ユーナが痛い目を見た落石トラップが作動するからだ。

 

「イエーイ、起動ボタンの発見だぞ!」

「オッケー、こっちの準備はできたわ!」

「スージー、早く戻って!」

「わかりました、すぐに行くです! 死と隣合わせの戦いは、もう嫌になったので!」

 

 スージーの逃げ足は速かった。ノックバックしたスライムに背を向け、昂然と走り出す。逃走に切り替えたというのに、スージーは誇らしげな顔をした。

 自分はやり切った、もう思い残すことはない。と、まるで勝利の余韻に浸るかのような表情だ。スージーが橋を渡り切り、彼女を追跡するスライムは橋の中央に差しかかる。

 ここからは翼を持つ二人組の活躍場だった。長銃に魔術弾を装填したエリーゼは照準を定め、銃口より炎弾を射出する。スライムに的中した火球が爆発。

 

 燃えあがる爆炎はスライムを延焼状態に追いやった。火傷を負ったスライムの動きが鈍くなる。だが、二人の攻勢は緩まなかった。

 火属性の中級魔術、「業火」が発動する。リネットが詠唱した魔術だ。燃え盛る巨大な火球が隕石のように振り注ぐ。地面に落ちた炎は灼熱の火柱を発生した。

 足止めを食らったスライムが悶え苦しむ。今が好機、翼を動かした二人が上空に飛びあがり、それを合図としたユーナが跳ね橋の起動スイッチを押し込む。

 

「さよならだよ、ちゃんとねぐらに帰ってね!」

 

 橋げたの起動音が響き渡る。伸縮する跳ね橋が後退し始めた。スライムの柔軟な体が仇となる。分断される橋げたの空洞に落ち込み、(つっか)えたスライムは動けない。

 橋げたの間隔が開くにつれ、さらにスライムの体が沈んでいく。滑りやすい体質が災いしたのだろう。つるりと滑ったスライムは、ついに地下水川に落下した。

 着水の音が響き渡る。浮き沈みを繰り返すスライムは、どんぶらこと流れゆく桃のように、地下水川を下る。もはや水流に抗うことも叶わないだろう。

 完全勝利である。歓声をあげた一同は、辛い戦場を生き抜いた。強敵と戦うのはもう御免だというふうに、脱力したユーナは座り込む。

 

「危なかったです。なんとか生き残ることができました」

「ほんとにね。ギリギリだったし、もう戦いたくない」

「キャワーン、イヴリンちゃんも疲れちゃったぞ! ふう、肩が凝ったわ」

 

 年ね、と自嘲したイヴリンは、まだ元気のある少女らを羨む。肩を揉み、腰を擦る彼女は、疲弊した姿を見られぬよう顔を逸らす。

 

「辛い戦いやった。撃退できてよかったですわね」

「スライムさんごときがリネットに勝てるわけなかったしー、当然の結果だよねー(はー、足を引っ張るようなことがなくてよかったよー)」

 

 生意気を言ったリネットは安堵の息を漏らす。コンビネーションの勝利だったと、誇らしげな顔をしたエリーゼが目を閉じた。と、気になることが一つ。

 二人は空中に飛びあがったままなのだが、エリーゼは大丈夫なのだろうか。彼女は地下水川の上空にいるし、水面まではそれなりの高さがあったはずである。

 もしくはスライムとの戦闘がショック療法となり、彼女の高所恐怖症を克服させたのだろうか。だとすればおめでたい、ユーナは彼女に称賛を送った。

 

「エリーゼも飛べたみたいだし、成果のある戦いではあったのかもね」

「翼人族の癖に飛べないのは致命的だったわ、やればできるじゃないのよ」

 

 感心したミオンも言う。けれど、全身に稲妻が走り抜けるような衝撃を受けたエリーゼは、ふと我に返ったのだった。彼女の表情は凍りつき

 

「ウラが飛んだがやけ……?」

 

 恐る恐るといった様子で下に目を向けたエリーゼは、激しい水流の渦巻く地下水川を見下ろした。川底が遠い、無言になった彼女が白目を剥く。

 背中の両翼が動かなくなったかと思えば、逆さまになったエリーゼが水面にダイブした。着水の音が響き、口をバッテンにしたユーナは跳ね橋に走り寄る。

 地下水川を覗き込めば、ぷかぷかと浮かぶエリーゼが流されてゆく。高所恐怖症を簡単に克服できるはずもなく、失神した彼女は川に落ちたのだ。

 

「エリー、どこ行くですかー!」

 

 スージーの悲痛な叫びが廃坑道に反響する。しかし、低所の水面に彼女の伸ばした手は届かない。もう手遅れだと少女の肩を抱き、半目になったミオンが首を振る。

 こうして誰に看取られることもなく、エリーゼは他界《ログアウト》した。次に一同が彼女と再会したのは、リログインした翼人の待つキャンプ場なのだった。



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第二六話:担任教師はお疲れのようです

 探索のお礼に、とイヴリンが差し出したのは虹色の宝石だった。換金専用の課金アイテムである。ゲーム内ショップに赴き、お金に換えてほしいとのこと。

 本当に受け取ってよいものか、恐れ多いことだとユーナは思う。課金アイテムということは、イヴリンのリアルマネーを消費しているわけだ。

 現金を受け取ったような気持ちになってしまう。遠慮しちゃダメだぞ! と人差し指を立てたイヴリンは、やはり一定の収入がある年齢の人なのだろうか。

 

 あざとい仕草は変わらなかったけれど、片目を閉じた彼女には年上の貫録があった。ここは受け取るのが礼儀、ユーナはイヴリンに感謝する。

 廃坑での護衛もしてくれたのに、個人的な報酬まで渡してくれるなんて、ちょっと物怖じしてしまったけれど。また良き出会いに恵まれたようだ。

 フレンド登録の話もあがり、ユーナのフレンド欄にまた新たな名前が追加される。過疎地バンザイ、ゲーム攻略に急かされないのもいいものだ。

 

「リネットの気が向いたら、また構ってア・ゲ・ル(また遊びましょうね!)」

「じゃあ、イヴリンちゃんたちは先にオチちゃうぞ。バビューン!」

 

 一同に手を振った二人がログアウトする。光柱を残し、ゲームを去った二人を見送り、ユーナはパーティーメンバーに集合を呼びかけるのだった。

 

「ちょっと遅くなっちゃったね。建設は明日に回そうか?」

「換金のほうも明日にしたほうがいいわ。明後日は日曜だし、遅くまでやれるでしょ?」

「スーも問題なしです、学校はお休みなので」

「わたくしもスージーと同じですわ。明日も休みやちゃ」」

 

 二人が現実のことを話すのは初めてか。それだけ打ち解けられたということだろう。学校の話題が出たあたり、同世代なのかもしれなかった。

 しかし、土曜休日とは何たるブルジュワジー。いいや、女学院のほうも土曜は午前中四時間、しかも運動部組と進学組でカリキュラム内容が違うのだが。

 進学組と文化部は補習・講義を目的とし、運動部のほうは一日練習。彩桜女子のテニス部やラクロス部あたりは古豪と言われ、他の競技も強豪校という扱いを受ける。

 スポーツ推薦組に配慮した結果とは思うが、ちょっぴり変わった校風の学校だった。午後に帰宅できるだけ、進学組のほうが羨ましがられることが多いけれど。

 

(講義も楽じゃないけどね……)

 

 

 彩桜女子の土曜日は課外活動日とされるが、納得のいかないユーナなのだった。実はミオンも進学組、フリーダムな彼女は運動を趣味と割り切りたいそうだ。

 

「ユナたちも学生だったですか?」

「まあね。二人と違って、明日も授業だけど」

 

 学校名は伏せつつ、大まかな校風を伝える。スージーが感心するふうに頷く。驚愕の声をあげたエリーゼが途端に畏まり、

 

「土曜授業ですわね。エリートやちゃ……」

「どうして土曜登校がエリートの基準になるのよ?」

 

 意味不明な尊敬の眼差しを向けられ、腰に手を当てたミオンが苦笑いを返す。明日が休みという二人はさておき、ログアウトにはいい頃合いだ。

 探索も一区切りついたし、仮拠点のキャンプも回収した。ふわあ、と欠伸をしたユーナは、本格的な拠点開発を楽しみにしつつ、明日に備えて撤退することに。

 明日の授業は午前中だけ、午後からはゲームに入り浸ることができる。焦ることもないし、寝坊による遅刻回避を優先するとしよう。

 

「じゃあ、あたしたちは落ちるね。そっちはどうするの?」

「スーはまだやります。朝に爆睡できますので」

「ウラもスーちゃんに付き合うちゃ。やりたいことがありますもの」

 

 ゲームの残るという二人が笑い合う。ログアウトする二人に手を振り、耳打ちした彼女らは何かを企むふうでもあった。まあ、酷いことはされないだろう。

 二人は迷惑行為をするタイプではない。少し気がかりだったものの、干渉しすぎはよくないな、と思い直し、ユーナはホログラムのログアウトボタンに手を伸ばす。

 

「またね、二人とも。あたしは明日のお昼にインするから」

「休みなのは聞いたけど、夜更かしするんじゃないわよ」

「ミオがまたママ発言をしました。スーたちの心配は無用です」

「誰がママよ、誰が。まだ学生だって言ったでしょーが!」

 

 甚だ遺憾である、とミオンはため息を吐く。親友の肩を叩いたユーナが彼女を慰め、二人はティエラフォール・オンラインをログアウトしたのだった。

 

       *****

 

 目を開ければ、いつもの部屋。VRゴーグルを外し、ベッドから体を起こしたユーナは、大きく背伸びをした。まるで夢から覚めた気分である。

 夢心地なゲームの余韻に浸れば、ふと扉をノックする音が聞こえた。誰か訪ねてきたようだ。時計を見る、午後九時を少し回ったくらいか。

 切りもよかったし、今日は早めにログアウトしたわけだが、この時間の来客となると、粗方の予想はつく。寝室を出て、リビングを通り、テレビをつける。

 

 扉に内蔵された監視カメラの映像に切り替えれば、玄関先に立つ女性の姿があった。ストロベリーブロンド寄りの赤毛に端正な顔立ち。

 スラッとした手足が印象的で、グラビアモデルのような理想のプロポーション。身長は一六七センチ前後、大人のスーツを着こなす女性だった。

 夕食の残り物をタッパーに入れ、お裾分けしに来たらしい彼女こそ、大家の娘にして我が校の担任教師、伊武咲(いぶさき)璃音(りのん)先生なのだった。

 

『夢梨ちゃん、いる? お母さんに夕食の余り物を届けるように言われたのだけど』

「リノちゃん? ちょっと待ってね!」

 

 夢梨はドアノブの指紋認証ボタンを押し込む。オートロックが外れ、玄関の扉を開けた夢梨は、璃音を歓迎する。タッパーを受け取り、彼女を部屋にあげたのだった。

 

「冷蔵庫にまだ私のチューハイがあったわよね。一杯やろうかしら?」

「学校の先生が生徒の部屋に置きチューハイするのもおかしいけどね」

「細かいことは気にしないの——っと、あった。あった!」

 

 冷蔵庫を開けた音彩が缶ビールを取り出す。プルタブを捻り、プシュッと小気味よい音が響けば、アルコールの吹き出したチューハイを口につける。

 クー、とアルコールを堪能した璃音は、リビングのテーブルに座り込む。整頓された食器を横目に、冷蔵庫を開けた夢梨がタッパーを置く。

 カレーの残り物か、明日は朝カレーと洒落込もう。冷蔵庫の中身を整理する。肉や野菜、卵といった食材が並ぶ。牛乳パックや微糖のコーヒーもある。

 

 それだけならば違和感はないが、やはり一ケース分のチューハイが場違い。日頃から璃音先生にはお世話になっているし、このくらいは大目にみよう。

 担任教師が大家さんの娘と知ったのは、つい最近のことだ。大家さんから娘が教師だと聞かされていたけれど、それが璃音先生とは夢にも思わなかった。

 大家さんの名字が伊武咲。夕食の買い出しに出た夢梨は、一階の玄関先で偶然にも担任教師とすれ違い、ようやく彼女が母親との二人暮らしだと知った。

 

 両親が不仲なわけではなく、父親のほうが転勤の多い仕事なのだという。父に寂しい思いをさせたくないとのことで、璃音の真面目な妹が同居しているらしい。

 一方の璃音は勤務先が彩桜女子と決まり、教員住宅に住まうのを断ると、母の管理するアパートに身を寄せたのだとか。もう四年ほど前の出来事である。

 娘の生徒ということで、大家さんも贔屓にしてくれるのだ。そんなこんなで、先生が頻繁に夢梨の部屋を訪問する関係に発展したのだけれど。義理の姉妹みたいなものだろう。

 

「リノちゃん、最近よくあたしの部屋に来るよね」

「らってぇ、お母さんが早く旦那を見つけろ、ってうるしゃいからぁ」

 

 璃音がテーブルに突っ伏す。涙目になった彼女は頬を赤く染めあげた。伊武咲璃音は酒に弱い。アルコール度は低いはずなのに、半分を飲み切ったところで酔っ払ったのだ。

 こうなると少し面倒くさい。彼女には構い酒の悪癖があり、呂律が回らなくなってしまう。夢梨はコーヒーをグラスに注ぎ、担任教師の愚痴を聞くことに。

 

「らによ、らによ! 二六で彼氏なし、いまだに処女なのはおかしいっていうの!? 友達はどんどん結婚するし、ラブラブな家族写真をスマホの待ち受けにするにゃー!」

 

 悔し泣きする璃音がチューハイの缶を強く掴む。テーブルに水滴が飛び散り、夢梨は台拭きを手に取ると、汚れたテーブルを拭きあげる。

 

「リノちゃん、まだ二十代だよね? 大丈夫、ワンチャンあるある!」

「そうやって余裕をかました女から行き遅れににゃるのよ。ピッチピチの女子高生にはわからないわ。今は勉強に集中したいので、にゃんて言った過去の自分が憎らしい」

 

 あの時にこうしていれば、と後悔することもあったのだと思う。独り身の愚痴をこぼす彼女だが、学生時代にモテなかったわけではないと聞いた。大家さんの情報だ。

 璃音の母は外国人と日本人のハーフ、つまり彼女も外国人のクォーター。女子学院生だったが、近所の男子校生徒に声を掛けられることもあったという。

 そのたびに伊達メガネをクイッと持ちあげ、優等生然として断ったのだとか。芸能事務所のスカウトを受けたこともあり、あまりのしつこさに嫌気が差していたらしい。

 髪型をおさげに変更し、ガリ勉の地味子道を貫く。念願叶い、女子大学に合格した彼女は語学部を選択、高校の英語教師の座を手に入れた。

 

 と、ここまではよかったのだ。長年異性を突き放したせいか、大学でも同性の友達と交友を持たなかった。気付けば二十代半ば、仕事一筋の独身女となる。

 まだ大丈夫だと自分に言い聞かせてきたが、友人の結婚ラッシュが重なり、頭が良いという理由で、友人挨拶の筆頭格を担い続けた。

 結婚式会場で友人に祝福を贈り続けた彼女は、徐々に心が荒み始める。そして恋人どもの幸福に憎悪を爆発させた彼女は、カップルを見るだけで怒りを覚えるようになったのだ。

 

「私、去年まではクラスの副担任をしてりゃの。知ってるれしょ?」

「あーうん。それであたしのクラス担任に昇格したんだっけ?」

「私が卒業生につけりゃれたあだ名、教えてあげまひょうか?」

 

 チューハイの缶を握り潰し、璃音が高らかに訴える。

 

「三年B組、婚活先生! なのよ、いい加減にしにゃしゃーい!」

 

 握り拳をテーブルに叩きつけた璃音は、チューハイを一気に飲み干した。水滴が飛び散り、夢梨はハンカチで頬を拭く。璃音先生が負った心の傷は深い。

 彼女の背中を擦った夢梨は、落ち着くように言い聞かせた。酔いがまわり、正常な精神を保つことができなくなったのだろう。今日は泊めてあげるとしよう。

 泣き崩れた璃音に肩を貸し、夢梨は寝室に案内する。酔った先生を手助けすれば、感謝ここに極まれり、といった具合に璃音が告げた。

 

「夢梨ちゃんは優しいわね。もう同性で手を打ひょうかしら?」

「いや、打っちゃダメだよ? それ、危ない思考だからね!」

 

 追い込まれた女がついに暴走を始めたか、夢梨は担任教師を心配する。酔い潰れた彼女を寝室に招待すると、目を見開いた璃音が立ち止まる。

 先生が何を見たのかと思えば、机の設置台に置いたタブレットだった。ホーム画面はティエラフォール・オンラインの文字。電源を切り忘れていたのだ。

 いくら学校の教師とはいえ、私生活までは口を出さないはず。遊びもほどほどに、と注意されるかとも思ったが、璃音先生が発したのは予想外の言葉だった。

 

「夢梨ちゃんもそのゲームをやってりゅのね」

「TFOのこと? もしかして先生も?」

「ええ。父の所に行った妹との交流目的らけど」

 

 酔っぱらいの口は軽かった。妹の声が聞きたくなり、TFOをコミュニケーションツールとして利用し始めたそうだ。美しい姉妹愛といったところか。

 これは面白いことを聞けたかもしれない。ゲーム仲間が増えるチャンス、早口になった夢梨は璃音先生の話題に便乗した。

 

「面白いよね、このゲーム。やれることも多いし!」

「ええ。今日も先生は面白い子たちに会ったりょー」

「あたしも、あたしも。リアルは姉妹っぽい癖の強い人たちなんだけど……」

 

 と夢梨が語り始めた瞬間だった。足に力が入らなくなったのか、バタンと音をあげ、璃音先生が床に倒れ込む。えっ!? と目を丸くした夢梨は口をバッテンにした。

 大丈夫なのかと口に耳を近づけると、すやすや眠る先生の寝息が聞こえる。完全に意識が途切れたらしい。怪我はないようなので、夢梨は一安心しておく。

 話したいことも多かったが、もうやめておくとしよう。夢梨はクローゼットから取り出した布団を敷き、お酒の力で幼児後退した先生を寝かしつける。

 

「璃音先生、今日もお勤めご苦労様です」

 

 入浴の準備を整え、部屋の電気を消した夢梨は、布団に横になった担任教師の寝顔に振り返り、労いの言葉とともに部屋の戸を閉めた。



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第四章:念願のマイホーム
第二七話:お店を開きましょう


 ティエラフォールの大地に降り立ったユーナは、ギルド拠点の変化に驚く。殺風景だった湖の岸辺にボート小屋があったからだ。

 いかだの停泊する桟橋。石造りの小屋が水辺に佇む。石の柱を支えとした高床式の小屋は、ぼこぼことした壁が印象的だった。

 二階建ての小屋に円形のテラスをくっつけたような形状か。ボート小屋のドアを開け、二人の少女が現れた。エリーゼとスージーである。

 

「完成です、なんとか間に合いました」

「重労働やったね。あとはお二人の到着を待つだけですわ」

 

 ボート小屋を見上げたエリーゼが感慨深く言う。ふう、と長い息を吐き出し、額を拭ったスージーは達成感に満ちた表情をする。

 

「やりたいことがあるって、そういうことだったわけね」

「憎らしいことをしてくれたよね。勿論、いい意味で」

 

 水面が揺れ、草が薙ぐ。まるで霊峰の山々を望む安住の地に辿り着いたかのようだ。ボート小屋の加わった湖の景観にユーナは満足する。

 溶鉱炉と作業台といったクラフト設備が小屋の側面に置かれたままなのは、二人がボート小屋の建設作業に勤しんでいた証拠だろう。

 エリーゼがクラフト設備を一時的に回収する。ユーナと目が合うと、大きく手を振ったスージーが、ぴょんぴょんと飛び跳ね、ギルドメンバーの到着を歓迎したのだった。

 

「ユナ、ミオ! 見てください、ボート小屋を造りました」

「素直に驚いたわ、なかなかのいい出来じゃない」

「当然です、スーはちょっぴり本気をだしました」

 

 スージーが胸を張る。ミオンは簡単な称賛を彼女に送った。

 

「本命の到着ですわね。小屋の中を見っけ?」

「見たい、見たい、ぜひともお願いします!」

 

 さて、どんな内装なのだろう。がっついたユーナが催促する。満更でもなさそうなエリーゼは石の階段を登り、ボート小屋の扉を開け放つ。

 ちょっとした休憩場のような内装だった。一階のフロアにテーブルが並び、キッチンの整理もされている。休憩場の窓からは光が差し込み、湖畔を見渡すことができた。

 薬瓶棚の並ぶカウンターもあり、ポーションの販売も視野に入れているのだろうか。一階にある階段を登れば、複数のベッドが置かれる二階のフロアが広がる。

 

 本拠は湖中央の島に建造するということで、仮住まいのような雰囲気もあった。ベッドの家具にはHP・MP回復効果があるし、宿泊所の営業もできそうだ。

 家具アイテムの配置も悪くない。タンスにエンドテーブルも置かれ、鮮やかなカーペットが石造りの床を彩る。石造建築だけにシックな魅力があるか。

 ランプの明かりが暗めの部屋を照らし、上品な印象を漂わすのもベスト。ベッドにダイブしたユーナは、フカフカの布に包まれて眠りに落ちたくなる。

 

「こらこら、寝るんじゃないわよ。おバカ」

「いやでも、気持ちいいよ? もう外に出たくない」

「いきなりやる気を失ってんじゃないわよ。ほら、立ちなさい!」

 

 後頭部にミオンの手刀が放たれる。痛い、休息を許してくれないとは、やはり残虐姫の通り名は伊達じゃない。時間もあるし、ユーナが余裕ぶったのもあるが。

 現実の時刻は午後二時、羽を伸ばすには都合のいい時間だ。けれど、ボート小屋の目玉は他にあると言われ、ユーナは興味を惹かれることに。

 

「円形のテラスを造りましたが、なかなかの絶景ですわよ」

「驚くこと間違いなしです、かなりこだわりました!」

 

 スージーが珍しく熱弁する。これは期待が持てる、ユーナはベッドから飛び起きた。階段を下り、一階のフロアに戻ると、休憩場に隣接した扉を開く。 

 空に輝く太陽の斜光が差し込み、ユーナは瞼を落とす。やがて耳に入ったのは風の音、ひんやりとした水辺の風が肌に触れたのだ。

 胸元までの柵より石柱が伸び、頭上の屋根を支える。テーブルベンチのある円形のテラスは、なんと水面の上に建つ。湖の浅瀬を利用したのだ。 

 手を伸ばせば、水面に手が届く。湖を泳ぐ魚影も見え、柵に寄りかかれば、大山脈の峰が見渡せた。なんという解放感、両手を振りあげたユーナは肺に空気を溜め込んだ。

 

「いいね、ここ! フレンドを誘って、パーティーとかも開けそう」

「位置取りに苦労したです、いい角度が見つけられなかったので」

「土台の位置を何度も変えましたものね。おかげで寝不足や」

 

 ふわあ、とエリーゼが欠伸をする。目を擦ったスージーも寝不足のようだった。徹夜はしなかったと聞く。試行錯誤の結果、就寝は深夜四時を回ったそうだが。

 二人は朝の八時に集合したようだし、朝食の時間も考慮すれば、ざっと睡眠時間は三時間といったところ。ご苦労様でした、と二人を労うユーナなのだった。

 

「立派なボート小屋なのに、乗り物がいかだじゃカッコつかないわね」

「ちゃんとしたボートも買おうか? 資金調達をしに行く?」

「フリーマーケットの開業ですわね。燃えてきた!」

「昨日の採掘品を売るです、いらない物も取れたので」

 

拠点開発に資金は必須。苦行を乗り越え、いよいよ建築作業に乗り出した一同は、ドラゴニューシリオの街に出向き、まずは不用品の販売に取りかかる。

 

     *****

 

 石造りの民家が並ぶドラコニューシリオの街。のんびりとした人々が行き交う大通り。プレイヤーとNPCが混じり合う賑やかな街並み。

 ユーナは一日商店の準備を進める。ティエラフォール・オンラインの商人プレイの方法は二パターンある。都市内でキャンプを開くか、空き家を購入するかだ。

 空き家の購入は保有物件扱いとなり、内装の改造や店の景観を変更できる。物件保有者の住まいという扱いになるため、ただの民家として使用することも可能。

 

 拠点開発に力を入れておらず、しかし道具の保管庫は欲しい。なんて探索プレイを主体とするプレイヤー人気の高い設備だった。

 ドラコニューシリオが過疎地の主要都市ということで、都市内にはまだ空き家が多い印象か。個人拠点を保有するユーナは購入するつもりもないが。

 ゴールド稼ぎに本腰を入れるならば、プレイヤー人口の多い都市へと出稼ぎに行くのが一番だろう。販売拠点としたい都市があれば別だけれど。

 

「こんな感じでいいか。あとはお客さんが来るのを待つだけ」

 

 都市部に設置するキャンプはテントではなく、商品を陳列する屋台型の設備。ショーケースに宝石や鉱石を詰め込み、棚に薬草やキノコといった錬金素材を並べる。

 坑道探索で発見した宝箱の入手アイテムより不用品を出店した。小さな本棚にスキル書を並べ、小さなウェポンラックに武器を飾る。雑貨屋みたいなものか。

 販売屋台は二台、四人が交代で店番をすることに。ユーナの相方はスージーとなった。あとの二人は偵察。他のプレイヤーが開く商店の値段を確認しに向かった。

 商売は戦である。より安く高品質なものを提供する。値段競争という情報戦を展開し、白熱した営業戦略を打ち出すのだ。時にPK戦よりも熱い戦いがここにあった。

 

「スージー、接客は大丈夫そう?」

「よ、余裕です。ユナはスーを舐めているですか? コミュ障ではありませんので」

「あっ、無理そう……」

 

 屋台の準備は完了したものの、そこはかとない不安を抱く。よいしょ、と樽を動かしたスージーが、ギクリと肩を震わせ、ぎこちなく振り返ったからだ。

 冷や汗を流す彼女が虚勢を張る。無駄に強がるあたり、もうダメな予感がした。ふと屋台に近づく足音が聞こえ、怯えた小動物のようになったスージーが目を瞑る。

 

「いらっしゃいやがったです。早急に買うことおすすめします」

 

 足音のほうを指差したスージーは、脱兎のごとくにユーナの背後に隠れる。一方のユーナは苦笑いを浮かべ、屋台に歩み寄る豹耳の少女に手を振った。

 相手の顔を見る余裕さえなくなったスージーは、屋台に接近したのが偵察から帰還したミオンだと気付かなかったのだ。幸先が心配になる滑り出しである。

 

「ミオン、どうだった?」

「だいたい把握したわ。過疎地のせいか、相場よりちょっと高めの値段設定ね」

 

 ミオンが偵察結果を報告する。過疎地ということで、採集活動をメインとするプレイヤーも少なくなり、品薄状態が続いているのだろう。

 聞き覚えのある声が耳に届き、スージーがひょっこりと顔を出す。不満げな彼女はむすっとした顔になり、ミオンに文句を言ったのだった。

 

「ミオだったですか、驚かさないでほしいです」

「いやいや、接客係が逃亡してどうすんのよ? あんた、大丈夫なの?」

「問題ありませんです。スーはちょっと戸惑っただけなので」

 

 絶対に敗北を認めない少女が顔を背ける。しばし沈黙したミオンは、やはり人選ミスだったのではないかと頭を抱えた。

 

「ねえ、今からでも交代したほうがいいんじゃない?」

「まあ、できるだけあたしがフォローするから」

 

 ユーナは強がる少女の肩を持つ。スージーに接客は難しいと断言され、ムキになったのは彼女だった。エリーゼに一泡吹かせてやると意気込み、彼女は接客担当に志願する。

 冷静になって後悔したようだが、見栄を張ったがために、スージーはあとに退けなくなったのだ。顔色を悪くした彼女は、それでも自分の発言に責を持とうとする。

 変なところで頑張り屋な少女だ。なんとなく手助けしてあげたくなってしまう。いずれ慣れるだろうと高をくくり、ユーナは商品販売に集中することに。

 

「欲をかくつもりはないし、商品を減らすことに焦点を置けばいけるかも」

 

 市場だけみれば好機だった。全体的な値段設定が高いということは、相場より僅かに安い値段で勝負すれば、大量購入される見込みもある。

 例えば、ドラッヘの森で採集したタリエステナハーブ。ポーションの原材料となる錬金素材だが、平均相場は472.8ゴールド。

 周囲の店舗が500ゴールドで販売しているところに、450ゴールドで勝負する。採取した素材だし、元手がタダともなれば、十分な売り上げは見込める。

 

「売れ残りは避けたいしね。最安値の店はどこだった?」

「〝放浪の商い人(ラズーノスチク)〟っていう商人ギルドの店ね」

「あー、商人プレイ主体の人がメインって聞くね」

「各都市にギルドメンバーがいて、販売係と調達係の交代制で活動しているみたいね。値段も共通、平均相場よりは少し安め。ラインナップの数で勝負するギルドだわ」

 

 放浪の商い人は最近になって頭角を現してきた商人ギルドだ。メインメンバーが全員生産職という一風変わったスタイルのギルドである。

 早くに各都市の生産職メンバーを集めたギルドマスターは市場を拡大。八大都市のつながりを獲得し、各地にギルド名義のハウズィーラーという店舗を開く。

 まるで起業家にでもなったかのようなプレイスタイルに没頭するギルド。そういった選択肢の多さもティエラフォールの魅力だった。

 

「大手の商人ギルドには客層で勝てないよね」

「そのあたりはいいんじゃない? こっちが出店する品の値段はメモしといたし、これを参考にすればいいわ。とっとと売り払いましょう」

「さっすがミオン! あたしの大親友だ!」

「こら、抱き着くんじゃないわよ! 鬱陶しいっての、おバカ」

 

 両手を広げたユーナが飛びつくが、それを拒絶したミオンがグリグリと頬を押し込む。このツンデレめ。人目を気にしているのか、赤面した顔を背けた親友である。

 

「ミオ、エリーはどうしたですか?」

「あー、あの子は……」

 

 ミオンが冷めた目をした。もう諦めたような親友の瞳に、ユーナの心が警鐘を鳴らすが、残念なことに予感は的中してしまう。

 

「ミオンさん、酷いですわ。置き去りにせんでいいちゃ」

 

 げふっ! と悲鳴をあげたエリーゼは、背負った荷物に押し潰されてしまう。何があったというのか、ユーナは口をバッテンにする。

 すると、もうダメだとお先真っ暗な顔をしたミオンが首を振った。というのも、他店舗を回ったエリーゼは、太っ腹な姉を演出するため、商品を買い漁ったらしく、

 

「お土産だとか言って、いらない物を次々と……」

「エリーがまた余計なことをしたですか」

「ウラはみんなに喜んで欲しかったが! こんなはずじゃのうて」

 

 かんにー、と鼻を啜ったエリーゼが謝罪する。スージーの見放すような瞳がクリティカルヒットしたのだろう。姉貴分の威厳を見せるどころか、彼女の評価は暴落の一途を辿る。

 人のために、と頑張るエリーゼなのだが、とにかく空回りする悪癖のある少女だった。彼女が気の毒になったのか、ミオンがひとまずのフォローを入れる。

 

「まっ、自分のゴールドを使っただけよ? 実害はなかったんだけどね」

「不必要なものまで増えちゃったわけだね。あんまり好きじゃないけど、選別して転売しよっか? 使った分のマイナスは補充できるだろうし」

「ユーナちゃん、あんやとねー」

「大丈夫、大丈夫。エリーゼは頑張ったよ。うん、頑張った」

 

 荷物に押し潰されたまま、動けなくなったエリーゼの頭を撫でる。正直、自分で言って何を頑張ったかはわからなかったが、彼女の優しさは称えておいた。

 毎度のことだが、ちょっと残念なポンコツ少女である。やがてエリーゼの購入した品を選び分けた一同は、いよいよ出展品の販売を開始するのだった。



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第二八話:売れ行きは好調です

「おや、嬢ちゃんたちじゃないかい? 店を開いたんだね」

 

 ふと女性の声が耳に入り、ユーナが振り返る。爽やかに手を挙げた彼女は、以前に薬草回収の依頼を発注した薬屋の店主だった。

 頭の触覚を揺らした女性店主の鋭い眼光は変わらない。友好的な口調とは裏腹に、ガンを飛ばしているのかと疑いたくなる目つきだった。

 ティエラフォールにおける特定のキャラクターには、自己学習知能を搭載したAIを導入している。プレイヤーとの好感度を保存するためだとか。

 

 アップデートを重ね、将来的には全NPCに高性能のAIを導入したいとの考えだ。薬屋の店主は、試験的に導入した高性能AIのモデルケースなのだと思う。

 ティエラフォールは最終的に一つの世界にまで成長するかもしれない。感情と魂に因果関係はなく、感情を知ったところでAIに魂が宿ることはあり得ないが。

 感情は血流を巡る伝達物質によるもので、人工的にコントロールが可能なものだからだ。けれど、AIの学習知能による記憶の保全は、リアル感を演出するには効果的。

 

 NPCとの親密度によって反応が変わるのも、プレイヤー個人がゲーム内における人生の主役だと表現できる画期的な取り組みだと思う。

 ティエラフォールの製作会社は、人工知能の開発をメインとしていた企業らしく、ゲーム会社との連携によって、世界初となる学習型AIを搭載したNPCを採用した。

 この取り組みが反響を呼び、サービスを開始した初週にして、一般ユーザーの課金額が世界一位に輝いたのだとか。まあ、ユーナには縁遠い業界の話だけれど。

 

「あたしは全力で楽しむだけか」

 

 ポツンとユーナは独り言を呟く。どうしたのよ? とミオンには聞かれたが、なんでもない、と首を振っておいた。声に出ていたらしく、ユーナは恥ずかしがる。

 照れ隠しがてらに熱を持った頬をかけば、薬屋の店主が屋台に並ぶ品を眺めた。必要な品があったのか、彼女は感心したふうに告げる。

 

「ケイヴマッシュじゃないかい!」

「あのー、気に入った品があったんですか?」

「まあね、ちょうど切らしてた材料だよ。タリエステナハーブも多いに越したことはないし、値段も相場より安い。あんたらには世話になったし、全部もらおうか?」

 

 太っ腹なことに、薬屋の店主が出展品の買い占めを希望する。450Gのタリエステナハーブが十五個、720Gのケイヴマッシュ十個を購入希望のようだ。

 さあ、売っておくれ。と告げるように、薬屋の店主がスージーを睨む。店主の目を怖がった彼女は、ビクッと全身を震わせる。

 接客担当に志願したはずなのに、青ざめたスージーは石化した。女性店主の目を怖がり、カクカクと動くロボットのような挙動を繰り返す。

 

「どうしたんだい? 早くしな!」

「は、はいです! 急ぎますので、スーを怒らないでほしいです」

 

 女性店主の目力に恐怖したスージーの瞳に涙粒が溜まる。ワタワタと焦る彼女は薬草の袋詰めも満足できず、もはや冷静さを失っていた。

 一方の女性店主は首を傾げる。彼女は普通に言ったつもりだったのだろうが、いや実際に威嚇されたわけでもないのだけれど、目つきの悪い彼女には妙な威圧感があるのだ。

 男勝りの口調と合わさり、それが豆腐メンタルのスージーを追い詰める。これはダメかもしれない。ユーナは怯える少女の肩を叩き、接客役を交代することに。

 

「タリエステナハーブとケイヴマッシュでよかったわよね?」

「キノコのほうも袋詰めしましたわ。ユーナちゃん、頼んだ!」

「うん、ありがとね。こちらが商品になります」

「助かったよ。ほら、もっていきな!」

 

 売上の合計13950Gがユーナの懐に加算される。話術スキルも発動し、1395円の追加金が発生した。追加金のほうはスキルによる取得量アップ。

 支払った側は店頭価格で購入し、話術スキル持ちの販売側にのみ、加算金が上乗せされるシステム。誰も損をしない親切設計なのだった。

 上機嫌になった薬屋の店主が立ち去る。ユーナは初の商品販売に手応えを感じた。のだが、地べたに体育座りをしたスージーは屋台の後ろで丸くなり、

 

「お客さん、怖いです。拠点に帰りたくなりました」

 

 などと呟き、既に心が折れかけていた。ユーナはスージーを慰めようとしたが、それよりも早く客足が伸び始める。薬屋店主との会話を耳にした通行人が興味を持ったのだ。

 店先に並ぶ商品を眺め、必要な品がなかった者は立ち去り、欲しい品を見つけた者はユーナに声をかける。買う、買わないにせよ、来客は多いに越したことはない。

 

「すいませーん、大樹の杖が欲しいんですけど」

「はーい。少し待ってくださいね」

「俺はそこにある剣のアビリティ書を」

「わかりました。ごめん、二人とも手伝って!」

 

 接客に追われたユーナが振り返る。値段を安めに設定したのがよかったのか、噂を聞きつけたプレイヤーが、また別のプレイヤーに呼びかける伝言ゲームの始まりだ。

 友人が友人に声をかけ、これまた次の友人に安値の店が紹介される。一点限りの品を奪い合うバトルまで勃発し、一時現場は騒然となることさえもあった。

 結局はド天然なプレイヤーが割り込み、取り合いをしていた品を横から掠め取られ、泣き寝入りをした二人が肩を抱き合い、屋台から立ち去る場面にも出くわす。

 

「人がいっぱいです、スーはちっぽけな存在だということを思い知りました」

 

 群衆に酔ったスージーが目を回す。人混みが苦手な彼女は屋台の後方に逃亡し、売れた品の合計額を計算する会計係に落ち着く。なかなか接客に慣れない少女なのだった。

 

「あれれ~、ヘッポコなお姉さんたちの店にしては賑わってるしー」

「キャワーン。ユーナちゃん、昨日ぶりだぞ!」

 

 奇遇というか、ぶりっ子ポーズをしたイヴリンが登場する。街の大通りを歩いていたところ、フリーマーケットを開いた一同を見かけたようだ。

 小生意気なリネットがニヤニヤ笑う。ザコザコの癖に、と上から目線の物言いをした彼女は、しかし繁盛するユーナの店を祝福する。

 フリーマーケットに興味を持ったのか、ひょこひょことリネットは屋台の周囲を飛び回る。瞬間、知り合いを見かけたスージーが途端に元気を取り戻す。

 

「いらっしゃいませです、リネットも買いに来たですか?」

「まあねー、よわよわメンタルのスージーがダウンしてたみたいだけどー」

「スーは弱くないです。仕事は完璧にこなしていました。リネットをお店に歓迎したのが証拠です。コミュ症に見えたのは勘違いなので、真に受けちゃダメです」

 

 自分は店の奥に逃げたのではなく、積極的に会計の仕事を果たしたのだと主張する。

 

「スーちゃん、嘘はだちかんよ? 人混みがおとろしいって言うたやちゃ」

「違います、エリーの聞き間違いです。あれは戦略的撤退なので!」

「どこに戦略性があったのよ、私にはわからないわ」

 

 唖然としたミオンが半目になる。対抗心を燃やしたスージーは目尻を尖らせた。

 

「ミオはスーを侮っているですか? ちゃんと計算もできます、やり手の女です」

 

 スージーが売上手帳を取り出す。足し算と引き算の筆算が並ぶ手帳だが、売上数と販売額が一致していない。えっ? と変な声を出したユーナが我が目を疑う。

 一通りの品を売り切り、客足も少なくなってきたということで、ユーナは店の品を確認する。スージーの計算間違いと思いたかったが、どうやら違うらしい。

 接客に追われ、商品管理をミスしてしまったのだろうか。ユーナが悔いると、記憶を辿るように目を閉じたエリーゼが、ポンと手を叩く。

 

「頼まれた品を取りに行ったら、姿の見えなくなった小人族の方がいましたわ。いくつかのポーションを手に持っていたのですが、間違えて持ち帰ったのかもしれませんわね」

 

 自分の記憶力を自慢するふうに、エリーゼがニヘらと笑う。成程ね、と彼女に満面の笑みを返したミオンは、有無を言わさずに頬を引っ張る。

 

「ミオンちゃん、痛いちゃ! なんするが!?」

「それ、盗まれたのよ! 考えたらわかるでしょーが、このダメッ子!!」

「そうやったがやけ!? ウラはまたやっしもたの!?」

 

 ガーン、と口に出し、ショックを受けたエリーゼが膝をつく。ミオンのお仕置きを受けた彼女は、屋台の後方で体育座りをすることになったのだった。

 

「エリーゼ、ダメダメ過ぎだしー。チョーウケるー!」

「その通りやちゃ、ウラはだちかん子やさかい」

「あっ、いや……そこまで自分を責めなくても……」

 

 素に戻ったリネットが傷心中のエリーゼを慰める。一方のイヴリンは屋台を覗き込み、湖畔の乙女が販売する商品を物色していた。

 

「睡眠の魔導書も売っているのね」

「あーうん、あたしは初日に森の宝箱で拾ったから」

 

 屋台の店先に並ぶ品が多いのは、暴走したエリーゼが購入した品の転売品もあったからだ。ともあれ、まったく無駄な出費ということもなかった。

 「混乱(パニック)」や「魅了(チャーム)」といった状態異常を専門とする魔術。「猛毒(ポイズン)」などの無属性攻撃魔術。などなど、実用性のあるものもあった。

 状態異常効果のある魔術は一通り網羅したのではないか。状態異常を武器に付与する護符のアビリティも手に入れたし、得るものはあったと言える。

 転売品は購入価格より安くしており、赤字ではあるのだけれど。実費した分、エリーゼが一人損をしただけだし、感謝こそすれ不満を言うことはない。

 

「短銃もあるし、武器と一緒に買おうかしら?」

「睡眠の魔導書だね。イヴリンさんが使うの?」

「いえ、妹の分よ。初級の魔浄書なのに、なかなか入手できなかったのよね」

 

 レアリティが高くないはずなのに、狙った品が入手できないことはよくあること。リアルラックの低さが話題となるケースだ。ユーナはイヴリンに共感する。

 変なキャラ付けさえやめれば、話やすい女性だった。現実で会ったことがあるかのような親近感を抱く。かくして短銃と余ったスキル書も売り捌けた。

 開店より一時間が経つ。今日のところは撤収しようかと考えれば、ふとイヴリンが片付けに入った一同を引き止めた。

 

「イヴリンちゃんの渡した換金アイテムはどうしたの?」

「まだ手元にあるよ。昨日は夜遅かったからね」

「まっ、人から貰った物は売りにくいわよね」

「そこは使って貰いたいのだけれど。譲った身としては複雑だぞ、プンプン!」

 

 またあざとい語尾をつけ始めたイヴリンだったが、ならばこうしようと人差し指を立て、彼女はユーナに提案する。

 

「時間はあるし、私も同行するわ。それならお金に換えやすいでしょう?」

「イヴリンもスーたちと一緒に買い物するですか?」

「それも悪くないですわね。ウィンドウショッピングの開始や!」

「仕方ないしー、リネットも一緒に行ってア・ゲ・ル。感謝してねー」

 

 横ピースをしたリネットが八重歯をチラ見せする。これも何かの縁だろう、賑やかな買い物になりそうだ。友人を大切にすると誓ったユーナは二人の同行を歓迎する。

 やがて店じまいをした一同は、街中にある商店巡りの旅に出るのだった。



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第二九話:商人ギルドのオーナーは子供好きでした

 ステータスウィンドウを開いたユーナは、ギルド所持金の欄に目を向ける。合計額が350万ゴールドとある。ほぼ文無し状態から大躍進だった。

 質屋で換金アイテムを交換したところ、200万ゴールドの高値がついたからだ。課金欄で検索すると、一万円ほどするアイテムだったことがわかる。

 あげちゃうぞ、とイヴリンには言われたのだけど、本当によかったのだろうか。なんだか申し訳なくなり、感謝するよりも恐縮する感情のほうが表に出てしまう。

 

「なんかごめんね、たくさんお金をもらうことになっちゃって」

「こらこら、そこは感謝するところだぞ。探索のお礼なのだし、受け取っておきなさい」

 

 自分は誰にでも貢ぐ女ではない、そうイヴリンが答えた。クエスト報酬もないのに、ユーナ一行は坑道探索を手伝った。両者にメリットがあるからの協力プレイ。

 一方的に頼るのは忍びなかったと彼女は付け足す。損得勘定を抜きにすれば、なかなか人助けをできるものじゃないとも。

 

「その気持ちは大切にしなさい。将来的にあなたの役に立つと思うぞ」

 

 軽く片目を閉じたイヴリンは、まるで教育者のような発言をする。家族に悟られた気分になったユーナは、了解です、と彼女に冗談交じりに頷くのだった。

 

「イヴはなかなか太っ腹です、スーも見直しました」

「キャワーン、もっとイヴリンちゃんを褒めていいんだぞ?」

 

 称賛カモン! とイヴリンがぶりっ子ポーズを決める。半目になったスージーは顔を背け、褒めたのは失敗だったと思い直す。

 

「やはり前言を撤回します。イヴは鬱陶しいです」

「ガビーン! どこがいけなかったのかしら!?」

「全体的にだと思うよ。お姉ちゃん、狙い過ぎだし」

 

 マジウケない、と少し素を出したリネットが姉に苦言を呈す。妹の本気めな突っ込みを受け、心に大きな矢が刺さったか、胸を押さえるイヴリンだった。

 などと他愛もない雑談を繰り広げ、ようやく一同は目的地に辿り着く。ゲーム内の共通文字にて、ハウズィーラーと書かれた看板を掲げる店だ。

 大規模商人ギルド、放浪の商い人が営む店である。ドーム状の建造物はドラゴニューシリオの街でも目立つ。都市内にある高級物件の一つか。

 

 石造りのドームハウスに、プレイヤーとNPCが出入りを繰り返す。大手のスーパーマーケットを彷彿とする賑わいか。NPCの好感度は客入りに影響する。

 満足のいく買い物ができたならば、NPCの好感度が一定値まで上昇し、常連の客となっていく。顧客の満足度をゲーム的に数値化したといった感じ。

 親密度は「友好的」までしか上昇せず、店員プレイをするプレイヤーが印象の悪い会話をすれば、好感度が低下して客足が遠のいてしまう。

 

 これも学習型AIを導入したゲームならではの特徴か。拠点の開発が進めば、ユーナも別都市への出稼ぎを検討しているし、覚えておいたほうがいいだろう。

 いっそ大規模商人ギルドのやり方を学ぶのもありだ。どんな接客をしているのかだとか、注意深く観察してやろう。今日は買い物に来ただけなのだが。

 などと将来の展望を見据えたユーナは、ハウズィーラーに入店する。木製の扉を開いた先は、色鮮やかな商品が陳列された店内だった。

 

「へえ、かなり凝った店だね」

「でしょ? 私もさっき来たときは驚いたわ」

 

 女性がオーナーなのか、商品の配置にこだわりを感じる。取引カウンターは三つ。薬棚を背にしたカウンターもあれば、装飾品を収納したショーケースを飾った場所もある。

 壁に立てかけられた複数の釣り具。壁際にある家具類も目を引く。武器を飾る保管棚もあり、雑貨屋を生業とした雰囲気の漂う店だった。

 店に陳列された商品もごく一部、カウンターに行けば、もっと多くの選択肢が出るらしい。店員の女性に頭を下げ、NPCの男性がサッサと退散する。

 逆に長話をするプレイヤーの姿もあった。店内を見渡した女性が来訪者に気付き、

 

「貴様はさっきの客だな、また来たのか」

「お金ができたもので。とゆーか、覚えてたのね」

「変な客人のことは忘れない。あたしの記憶力を舐めないことだ」

 

 ふふっ、と不敵な笑みを浮かべた女性が一同に歩み寄る。苦手なタイプなのか、苦笑いを浮かべたミオンは、どうも、と彼女に頭を下げた。

 偵察中に何かあったのだろうか。黒のドレスに身を包んだ長耳族の女性。どこか蠱惑的な雰囲気がある彼女は、魔女と称せるような逆らい辛さを感じる。

 人の心を見透かす眼が印象的か。ミオンが委縮してしまうのも無理はない。

 

「そちらの店はうまくいったのか?」

「そんな気はしたけど、バレてたわけね」

「しつこく値段の話をされれば、誰でも気付ける」

 

 当然のことだとでも言いたげに店員の女性が告げる。落ち着いた物腰が板についた彼女こそ、放浪の商い人を組織したギルドマスター。

 プリステラを名乗るプレイヤーだった。彼女に自分の商売敵になるつもりがあるのかと聞かれ、ミオンは即座に首を振る。

 残念だな、と余裕ぶった態度を崩さないプリステラは、しかしスージーとリネットを視界に入れた途端に豹変する。彼女は瞬きを繰り返し、

 

「待て。貴様の友人に、お子様キャラがいただと……?」

「まっ、一応ね。意識したかどうかは知らないけど、おチビではあるわね」

「プリティー! この際、中身は男でもいい。あたしが養ってあげよう!」

 

 ハート目になったプリステラが、背丈の低い二人に突撃する。第一印象とは凄まじい落差がある。口をバッテンにしたユーナの理解が追いつかない。

 獣のように興奮したプリステラが、見た目の幼い二人に抱き着き、柔らかい肌を堪能するため、激しい頬刷りを重ねた。あり得ないほどの執着。

 涎を垂らす彼女は恍惚とした表情を浮かべる。単刀直入に言おう、ただの変態不審者だ。すうはあ、と髪の匂いを嗅がれ、スージーの顔が青ざめる。

 

「知らない人に抱き着かれました。スーは身の危険を感じます」

「この人、やばすぎだしー! キモー!」

「ああ、最高じゃないか! 生意気な娘の罵倒はご褒美だー!」

「もう無理! 助けて、お姉ちゃーん!」

 

 我慢できなくなったリネットが涙ながらに訴える。妹の危機を感じ取り、姉妹愛を発揮したイヴリンがプリステラの肩を叩く。

 

「こらこら、人の妹にちょっかい出すなー。イヴリンちゃんが相手になるぞ、キャピ!」

 

 イヴリンは持ち前のぶりっ子パワーで妹を救おうとする。けれど、プリステラには冷めた眼差しを送られ、ふん、と嘲笑されてしまう。

 

「すまない、あたしは年増に興味がないんだ」

「年増!? そうよね、いきなり現実を思い知った気分だわ……」

「あっれー!? お姉ちゃん、効きすぎだしー。もう少し頑張ろうよー!」

 

 姉が一撃でマットに沈み、リネットが悲鳴をあげる。

 

「おとろしい人や……」

 

 顔が絶望一色に染まり、床に手をついたイヴリンを眺め、エリーゼが驚愕する。けれど、ここが自分の活躍場だと察した彼女は、友人を救うために動き出す。

 店内を見渡し、鞘に納まった剣を手に取った彼女は、二人の少女を過剰に愛でる女性店主に歩み寄る。それはダメなのでは? と一同の意見が合致した。

 

「お、お客様? 私たちが止めに入るので、どうか店の商品だけは……」

 

 ついにカウンターの女性までもが出動する事態となる。イベントクエストを疑うほどのギャラリーができる。拡散待ったなしの人数だ。

 写真や動画を残そうとする人もいたし、今日はこんな面白いことがあったと、ネットにあげるつもりなのだろう。やめてください、本当にやめてください。

 羞恥心の芽生えたユーナが顔を覆う。しかしエリーゼは止まらなかった。自分が友人を守るのだと、彼女の魂に熱い火がつき、

 

「とめんで、ウラがスーちゃんを助けるがや!」

「いいえ、そういうことではなく。店の商品を無断で使用するのは控えてください!」

 

 店員が声を荒げるが、ぎゅっと目を閉じたエリーゼには届かない。プリステラの背後に立った彼女は剣を振りあげ、

 

「くらわっしゃい、ウラがスーちゃんを守るが!」

 

 そして少女は剣を振り下ろした。のだが——

 

「癖になるもち肌だ、もうサイッコー!」

 

 ぐへへ、と涎を垂らすプリステラがエナジーチャージをするほうが早かった。立ちあがった彼女の後頭部が顔面に直撃し、一撃をもらったエリーゼが後方に倒れ込む。

 

 

「ん? あたしの背後に誰かいたのか?」

 

 プリステラが後頭部を擦れば、キュー、と目を回したエリーゼが気絶する。店の商品が空に舞い、ハウズィーラーの店員が絶句した。諦めた彼女は目を瞑る。

 しかしガラスの割れる音は響かない。危ないところで、ミオンがファインプレーよろしく、エリーゼの投げ離した武器をキャッチしたからだ。

 店員の女性がホッと胸を撫でおろす。鞘に納まった剣を掴み取り、ぜえぜえ、と息を切らすミオンを見ると、集まった野次馬が盛大な拍手を送った。

 

「いや、助かった。幼女を愛でる時間を邪魔されたくはなかったからな」

「店の商品よりも子供優先なのね。褒められてもまったく嬉しくないやつだわ、これ」

 

 どっと疲れたミオンが店員女性に武器を返却する。剣を受け取った獣人の女性店員がにっこり笑うと、彼女はプリステラの前に立つ。

 

「店長、お話があります」

「手短に頼むぞ、あたしはまだ幼女の相手を——」

「しようとしないでくださいね。自覚はないんですか?」

 

 ふふふ、と高圧的な笑みを浮かべた女性店員は、ぴょこぴょこと犬耳を動かすが、目はまったく笑っていなかった。プリステラの頬に冷や汗が伝う。

 素早く手を伸ばした女性店員は彼女の長い耳を抓り、カウンターの後ろに連行した。お説教をしに行ったのだろう。一部始終を見届けた野次馬は興味を失ったらしい。

 ナイスキャッチだとの感想を残し、徐々に立ち去っていく。心労が祟ったのか、ミオンは生気を失った目をしていたけれど。

 

「年増ね、年増……はは……」

「お姉ちゃん、戻って来て! 私はもう助かったよ!」

 

 プロステラから解放されたリネットが、絶望の淵に落ちた姉の肩を揺さぶる。

 

「エリー、どうしてあんな無茶をしたですか!」

 

 瞳に涙を溜めたスージーが嘆く。薄っすらと目を開き、ゆっくりと手を伸ばしたエリーゼは、死にゆく戦士のように彼女の涙を拭うのだ。

 

「スーちゃん、ウラのことは心配せんでいい。これも本望や」

「エリー……店の物を壊したら、ユナたちに迷惑がかかるですよ?」

「あっ、そっちやの。ウラを気遣ってくれたんじゃのうて、もうだちかん……」

 

 ガクッとエリーゼが意識を手放す。

 

「エリー! 目を開けるです、まだお店の人に謝っていませんので!」

 

 スージーがペチペチと気を失った友人の頬を叩くが、エリーゼに精神的なトドメを刺したのは彼女本人である。友達のことは欠片も気遣わない少女なのだった。

 もう見慣れた流れだ。色々とあったが、買い物の続きをするとしよう。ゲーム設定にない天性のスルースキルを発動したユーナはミオンに声をかけ、

 

「さて、何から見ようか。湖の移動に使うボートから確認する?」

「強引に流れを戻してきたわね。流石だわ、あんた」

「いやー、褒められても何も出ないよ。ミオン?」

「褒めてないわよ。皮肉に決まってんでしょ、おバカ」

 

 頭を抱えた親友の突っ込みを受け、ユーナは買い物を再開した。やがて復活した面々も加わり、一同は購入手続きをするため、カウンターに向かうのだった。



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第三十話:拠点開発の準備を整えます

 ドラゴバルド渓流は都市の東西を分断した渓谷の下に流れる川だ。渓流の上空をゴンドラが移動する。谷川の流れは速く、ゴーゴーと水音が鳴り響く。

 渓流の水面は泡立ち、水飛沫が頬に散る。涼しい水辺の間道をユーナ一行が進む。ゴツゴツとした岩の目立つ渓流を眺め、石造りの歩道を歩き続ける。

 ボートの販売所は別にあるということで、イヴリンら姉妹に別れを告げた。もし拠点が完成すれば、ぜひとも招待してほしいと頼まれもしたが。

 

「ねえ、エリーゼは大丈夫なの?」

「厳しいかも。話す元気はないみたいだし」

 

 振り返ったユーナが眉根を下げる。青ざめた顔のエリーゼが、あー、と唸っていたからだ。よろよろと足取りが覚束ない彼女は、まるでゾンビのよう。

 ドラゴバルド渓流に降りる際、梯子の足場を使うことになる。高所恐怖症が祟ったエリーゼは恐怖し、渓流に降り立った今も立ち直れていないというわけだ。

 これも拠点で使用するボートを選ぶため。恐怖に打ち勝つと熱弁したエリーゼは、ユーナに同行する道を選ぶ。結果的に打ち勝てていなかったのだけれど。

 

「まっ、おチビのほうも相当だけどね」

 

 苦笑いを浮かべたミオンが後方を見る。死にかけのエリーゼと並び歩き、慎重に間合いを図るスージーの姿があった。それもそのはず、

 

「やはり子供と一緒のほうがはいいな」

 

 鬱憤を晴らすように呟き、鼻血を垂らすプリステラが一緒なのだ。彼女が販売所までの案内をしてくれることになったのだが、スージーはまったく歓迎していない。

 嬉々とした表情を浮かべ、前を歩くプリステラとは対照的。ぶるぶると震えあがり、怯えた子猫のようになった少女は顔を曇らす。

 

「リネが裏切りました。これではスーだけが標的になってしまうです」

 

 器用に一定距離を保ちつつ移動するスージーは、プリステラが足を止めるたび、ビクッと背中を震わせ、また距離を取ろうとするのである。

 やはり人と目を合わせた猫の姿が重なった。逃げる用意はしつつも、つかず離れずの姿勢を繰り返すあたり、道端ですれ違った小動物そのものだった。

 不謹慎にも可愛いと思い、ちょっと面白がってしまったが、スージーには内緒である。彼女自身は必死なのだから。

 

「見えたな、あそこがボートの販売店だ」

 

 滝壺の近く、色鮮やかな小型のボートを並べる店があった。渓流下りのミニゲームも発生するボート小屋。店主の男性がボート小屋の軒先に立つ。

 背の低い小人族の男性だが、ひげは濃い。ドワーフをイメージした風貌か。金槌で肩を叩く彼は、プリステラに手をあげた。

 

「おう、商人ギルドの姐さんじゃねえか。また渓流下りをしに来たのか?」

「今日は違う。彼女らがボートを買いたいそうだ」

「ボート? 珍しいな、わしもデカい船は扱っておらんし」

 

 ドラゴバルド渓流の販売店は、主にレース用のボートを扱っているのだとか。ティエラフォール・オンラインは乗り物レースのイベントも開催している。

 好成績を残した者には報酬金が出るし、乗り物カスタマイズをメインとするプレイヤーもいるほどだ。ユーナは桟橋につながれたボートに触れる。

 アクセルにブレーキ、トップスピードといった乗り物のステータスが表示される。カスタムの項目もあり、改造をすることでステータス強化ができるのだろう。

 

「海を渡れるほどの船じゃないが、それでもいいのか?」

「はい、拠点で使うものなので。あと釣りとか」

「その程度ならば問題ないか。好きなものを探すといい」

 

 ボート屋の店主が頷く。ギルドメンバーを集めたユーナは、仲間との相談を開始した。競技用ボートを扱う店だけあり、船体フォルムも悪くない。

 最低限、四人の乗りのボートを調達したいところ。ギルドメンバーが増えれば、また台数を増やせばいいだけ。客人用に複数台用意するのもありだろう。

 ユーナは四人乗りボートを探す。一人乗りを専門としたレースボートよりは安い印象か。最安値でも数百万するレース用ボートとは違い、一台あたりの値段は数十万。・

 

 けれど、最安値の品は手漕ぎボートに魔術エンジンを外付けしたようなデザインだ。流石に少しカッコ悪い。ユーナは少し高めの商品に目を向けた。

 競技用ボートの性能を落とし、搭乗人数を増やしたようなデザイン。ハンドルのある運転席も入れれば、五人乗りとなるか。価格はお手頃の25万ゴールド。

 サンプル品は一台だが、複数買いはできるようだ。形がよかったせいか、一同の視線が重なった。これはもう決まりだろう。

 

「みんな、このボートでいい?」

「文句なしです。スーもこれがいいと思いました」

「あと二台ほど欲しいですわね。既に交わした約束もありますわ」

「スペックは標準的だけど、レースに出るわけじゃないから問題ないでしょ」

 

 拠点にある湖の移動用と考えれば悪くない性能だ。トップスピードは落ちるが、ブレーキ性能と旋回性能は悪くない様子。加速力もまずまず。

 それになにより、いかだよりも見栄えはいい。さっそく購入するボートを決めた一同は、指定したボートを三台注文する。

 購入手続きを進め、リスポーン場所を自分の拠点に指定すれば、あとは勝手に三台のボートが拠点に配置されるようだった。

 

「お目が高い嬢ちゃんたちだ。その可愛さに免じて一割引きしようじゃねえか」

「か、可愛い……?」

 

 口の上手い店主に褒め過ぎだと言いつつも、照れたユーナは三つ編みに結ったもみあげに触れる。くるくると指で髪をいじり、満更でもない高揚感を抱く。

 ふと頭を抱えたミオンは、ユーナの後頭部に手刀を振りおろす。痛い、何をするのかと親友に不満げな眼差しを送れば、半目になった彼女が小言を口にする。

 

「だからチョロいっての! 今の、話術スキルが発動しただけよ?」

「そっか。あたしのキャラクリが絶賛されたわけじゃ……」

「ないわね。ちゃんと作り込んだのはわかるけど」

 

 ボソリと呟いたミオンが顔を背ける。ひょっとして褒められたのだろうか。素直に言ってくれればよいものを。やっぱツンデレだ、とユーナは親友をからかうのだった。

 

「ボートの件はこれでいいな。あたしの店に戻ろう、じっくりと話したい」

 

 ニヤついたプリステラの目がスージーを見つめる。悪寒か走ったのか、スージーは全身の毛を逆立てた。コミュニケーションが苦手な彼女には厳しい戦いとなりそうだ。

 良さげなボート三台を合計675000ゴールドで購入した一同は、やがてボート屋の店主に挨拶し、ハウズィーラーの店に戻るのだった。

 

      *****

 

「これがカタログになる」

 

 ハウズィーラーの接客席。丸テーブルの並ぶフロアの一席に、ユーナは腰かける。プリステラの用意した本は、放浪の商い人が扱う家具の雑誌だった。

 テーブルに置かれた本にアクセスすると、豊富な種類の家具が映し出される。目の前に展開されたホログラムをタップすれば、テーブルの頭上に立体的な家具の映像が浮かぶ。

 空中で回転する家具のホログラムは、背面までも細かく再現されていた。細工スキルに家具の生産項目があり、熟練度の高いギルドメンバーが生産したのだとか。

 

 木製や石造、鉄と色々あるが、価格が安く見栄えがいいのは木製の家具だった。家の外壁は耐火性能に優れたレンガを使う予定だが、家具までも同じにすることはないだろう。

 金庫だけは鋼鉄製の物を選びたいところだが、あとはデザインの豊富な木製の家具を選ぶことにした。窓枠を印象づけるため、カーテンの購入も検討する。

 建造してみないことには分からないし、予算が足りる程度に最低限の数を揃えるだけだが。一同の視線がカタログの商品に集中するが、一人だけ落ち着けない少女がいた。

 

「どうしてスーを見つめるですか?」

「気にするな。あたしの趣味だ、そして癒しだ」

「スーはまったく癒されませんです。この人、怖いです」

 

 体を強張らせたスージーが言う。ユーナの接客をしているはずなのに、わざわざスージーの正面に移動したプリステラは、腕組みをして彼女を見つめ続ける。

 怖がったスージーが俯くが、足を組んだ彼女は偉ぶったままだ。垂れ始めた鼻血を瞬時に拭い、何事もなかったかのように幼子の可愛さを堪能する。

 

「スーちゃんはウラが守るが! 近寄らんで!」

「ありがとです。エリーが初めて頼もしく見えました」

 

 藁にも縋る思いだったのだろう。スージーは自分を抱き止めたエリーゼを頼る。初めて? とエリーゼは首を傾げたが、心の消耗した少女に訂正する気力はない。

 言われたい放題だなと首を振ったプリステラは、一つ勘違いをしていると嘆き、自分の信条を吐露したのだった。

 

「あたしは子供好きなだけだ。幼女だけでなく、幼児(ショタ)も守備範囲なのだぞ?」

「えっ? そこ、自慢するところなの?」

「もっと危ない人じゃないのよ。カミングアウトする意味あった?」

 

 プリステラの危険度が上昇する。商人ギルドの先行きが不安になった。今度ともに利用するかは、はてさて疑問が残る印象である。

 

「ユナ、スーもカタログを見ていいですか?」

「大丈夫だよ。好きなもの、ある?」

「一応、確認します。気を紛らわしたいので」

 

 プリステラの視線から逃れるため、スージーは家具のカタログに注目する。目移りするような家具の種類に心を奪われたのか、少女の瞳が輝き始めた。

 自分の完成させた家を妄想したのだろう。空想に囚われた少女は、玩具を与えた子供の姿に癒され、鼻血を噴き出す女性の視線も気にしない。

 パァッと顔を明るくした彼女は、ユーナに気に入った家具を見せるのだ。

 

「ユナ、見てください。このタンスが可愛いです」

「うん、どれどれ?」

 

 妹を大事にする姉のように、ユーナはスージーの指差した家具を見つめる。少女の指差した家具を順に眺め、うんうん、と相槌を打つ。

 店に漂う和やかな空気。話し合う二人を見つめ、店員の女性も微笑みを浮かべる。一方のプリステラも空気を読み、高ぶった感情を抑え込むように息を吐き出す。

 

「これも愛らしい幼女ためか。今回は特別にタダで譲ろう」

 

 などとプリステラは太っ腹なことを言う。もしかしていい人なのだろうか、そう思い改めるふうに、スージーが顔をあげる。

 警戒の緩めた少女を怖がらせぬよう、プリステラは胸に沸き立つ衝動を押し殺す。鼻血を拭き取ったプリステラは頷き、柔らかな表情を作ったが。

 

「店長、勝手なことは言わないように」

 

 店の損失を考慮した女性店員がプリステラの肩を叩く。冷や汗を流した彼女が背後に振り返れば、鬼の形相と化した犬耳の女性店員がいた。

 またもや犬耳をピコピコと動かす女性店員の満面の笑みは、燃え盛る炎のごとき怒りを隠す。けれど、譲れない一線があると主張したプリステラは彼女に反抗する。

 

「待つのだ。幼女の笑顔と店の損失、どちらが大切なのか。考えればわかるだろう!」

「はい、店の損失ですね。さあ、参りましょうか?」

 

 長い耳の先を引っ張り、女性店員がプリステラを連行する。ギルドマスターのお説教に向かう彼女は、優しげな顔で振り返り、

 

「お会計はカウンターでお願いしますね」

 

 と釘を刺すのだった。なんという威圧感、逆らうのは無理だと一同は予感する。もともとお金は払うつもりだったし、ユーナは素直に従った。

 話術スキルの恩恵は受けたけれど。あの人のほうが怖かったです、とスージーが怯え始めたし、必要品を購入して立ち去るとしよう。

 

「いよいよ、拠点に家が作れるね!」

「ええ、そうですわね! 張り切っていきますわよ!」

「スーもやる気を出します。任せてほしいです!」

 

 空元気を発動した一同は、即座に気持ちを切り替える。女性店員の残した圧迫感に耐え兼ね、元気を振り絞るしかなかったのだ。

 

「もうあれね、色々とヤケクソになったわね」

 

 手早く退散しようとミオンが言えば、一同は買い出しを終了した。かくして、湖畔の乙女に属するギルドメンバーによる拠点開発は始動する。

 



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第三一話:夢のマイホームです・前編

 山脈の峰々に囲まれた湖畔にボートが走る。魔術動力炉の軽快な駆動音が響き、水面を泡立てるボートは、青色の湖に航跡(こうせき)を残す。

 肌に吹きつける風が心地いい。スピードは(いかだ)よりも格段に速かった。手漕ぎに勤しむ労力も必要ない。なんとも快適な移動手段だった。

 ボートを運転するミオンが島の外周に沿って旋回する。島の岸辺にボートを寄せると、一同はマイホームの建設予定地に降り立った。

 

 桟橋に二台のボートが停まる小屋が遠くに見える。改めて見ると、島までの距離がそれなりにあることがよくわかる。しかし、まだ湖の中央あたり。

 どれだけ広い湖なのか、それを痛感するユーナだった。自分が購入した拠点なのだから、今更になって驚くのもおかしな気がしたけれど。

 時間はまだある、いよいよ念願のマイホーム製作といこうではないか。島の岸辺にある坂道を駆けあがった一同は、廃墟の残る島に佇んだ。

 

「廃墟跡があるけど、これはどうにかできるの?」

「拠点の持ち主とギルドメンバーなら撤去可能だったはずよ」

「建設の自由度は高そうですわね。残したい設備もありますが」

 

 エリーゼが目を向けたのは、ボロボロの柵が建つ薬草畑だった。ポーション販売でゴールドを稼ぐためにも、錬金術の素材は確保したかったのだろう。

 街の販売店に行けば、薬草の種が売っていたはず。マップで収穫できる植物の種もあり、孤島の古い畑は残す方針となった。

 

「スーは鍛冶小屋が欲しいです。防具を最優先で強化したいので」

「錬金小屋も必須ですわよ。ポーションの大量生産やちゃ」

「エリーもたまにはいいことを言います。回復アイテムがいっぱいあれば、死ににくくなるです。回復薬切れの恐怖に悩まされなくなります」

 

 ポワーッと、スージーが表情を明るくした。一方、何を言っているのかと首を傾げたエリーゼは、ポーション大量生産の意図を語る。

 

「何を言っていますの? スーちゃん、ポーションは売るんだちゃ」

 

 あはは、とエリーゼが笑う。新手のジョークだと思ったのだろう。だが、信じられないと言いたげな顔をしたスージーは、震え声で囁く。

 

「なぜ、ポーションを売ってしまうですか? エリーは正気じゃないです」

「いや、この場合はあんたのほうが正気じゃないけどね」

 

 ミオンが冷静な突っ込みを入れる。拠点を購入した利点を生かすため、今回ばかりはスージーの擁護ができず、困り顔を浮かべるユーナなのだった。

 

「とにかく、本宅と作業小屋は別々に作る感じだね」

「拠点の設備には何度でも手を加えられるわ。深く考えなくてもいいんじゃない?」

 

 拠点に建造した設備は撤去も可能。深く考えず、思いつくままに建設作業に没頭すればいい。というのが、ミオンの意見だった。ユーナも親友に賛成する。

 まずは建設作業に取りかかり、インスピレーションがわいたならば、その都度で建造物を魔改造するとしよう。マイホームの構想は既にある。

 やる気を出したユーナが肩を回せば、役割分担をどうするかという話があがる。やがて本宅はユーナとミオン、作業小屋はエリーゼとスージーが担当する方針で落ち着いた。

 

 拠点の管理人はギルドマスターのユーナ。作業小屋の担当をすると言い出した二人は、自分の顔を立ててくれたのだろう。ありがたいことである。

 是が非でも理想のマイホームを完成させなければいけなくなった。本宅は二階建てにするつもり。一階にリビングや浴室を設けたい。

 二階には私室を複数用意するつもりである。外観は小さな古城をイメージしたい。ユーナはミオンと話し合い、本宅の全体像をイメージする。

 

 一方、作業小屋の建築を担当する二人の決断は早かった。あのお洒落なボート小屋も二人で建造したようだし、昨日の内に話し合っていたのかもしれない。

 アトリエ風味の平屋を建造するつもりなのか。作業小屋担当の二人はテキパキと土台を配置し、建造物の間取りを考えていく。

 ああでもない、こうでもないと、二人は土台の設置と撤去を繰り返す。ユーナの目に映る眩しい笑顔。建造を楽しむ二人を見て、自分も負けてはいられないなと思う。

 

「ミオン、最高の家を建てようね」

「手伝うわよ。どういう家にするつもりなの?」

 

 ユーナの指示を聞いたミオンが、孤島の地面に民家の基礎となるレンガの土台を配置していく。地面には高低差があり、それを土台で均一にするのだ。

 土台で整地をすれば、次は壁張り作業となる。が、正統派の四角形もあれば、六角形の床もある。土台も壁も種類が豊富にあり、目移りしてしまうのが玉に瑕だった。

 土台に壁を貼りつければ、天井に床を張ることができる。それが一階の屋根となり、そして二階の床となるのだ。天井を塞げば、あとは一階フロアを壁で仕切る作業の開始だ。

 家の間取りをミオンと一緒に考え、どこが良いかと試行錯誤する。窓枠付きの壁を位置変更したり、土台を付け替えたりと、それだけで時間が過ぎてゆく。

 

「随分と時間が経ったみたいだね」

 

 ゲーム内時間の夜を迎えると、先に明かりが欲しくなってくる。屋根のない造りかけの家を出たユーナは、島の端に生えた大樹に接近し、巨木の枝にランタンを引っかける。

 気候変動で雨脚も強くなるが、拠点開発に熱中する一同は気にしない。いや、雨粒が少し鬱陶しいか。顔を伝う雨粒を拭い、ユーナは仮設置したランプスタンドに火を灯す。

 ランプスタンドが夜の孤島を照らせば、造りかけの家がぼんやりと光を反射した。畑の柵を作り直すエリーゼの姿がある。スージーも本宅と作業小屋までの道を舗装する。

 

 アトリエのほうは完成間近といったところか。さて再開しよう、ゲーム内でずぶ濡れになったところで風邪は引かない。体を拭こうとはせず、本宅の建造に戻ることに。

 建築作業に没頭すれば、いつしか湖を囲う山脈の峰に日が昇る。雨雲も去り、大樹の葉より雫の滴る孤島に建つ家を朝日が照らし出す。

 六角形の塔が豪邸を彷彿とする。二階に綺麗なテラスのある民家は、楕円形の窓枠より光を溢す。純白に輝くレンガの家は、湖畔の乙女が保有する本宅である。

 

 三角屋根の入り口も目立つ。孤島の拠点は壁に覆われ、正面と右端に鉄柵の門がある。右端の門を潜れば、島に佇む巨木の下に通じる。

 耕された畑も見事なものだ。柔らかい土が隆起し、植物の種を植えつける穴がある。畑のすぐ後ろにあるのが、ユーナたちのアトリエだった。

 壁に植物のツタが這う平屋。両手開きのドアに階段が続き、雨を凌ぐ玄関先の(ひさし)もある。レンガの原色を利用した赤色の壁にも趣があった。

 

 岸辺の坂道は階段に変わり、湖の岸辺にボートを停める桟橋が伸びる。まるで孤島に佇む儚い城のような雰囲気がある。ファンタジー世界に迷い込んだ気分も味わえよう。

 ティエラフォールの世界観が、近世・近代の欧米を反映しているのだが。とにもかくにも、ユーナの理想とする拠点が完成したのではなかろうか。

 自分たちの完成させた拠点の外観を見渡し、達成感に浸る一同である。やり切ったな、と感慨を抱き、ユーナはグーッと背伸びをする。

 

「こだわりはしたつもりだけど、どう?」

「ユーナちゃん……最高やちゃ、ウラも感動してまう!」

「そんなに!? いやー、頑張った甲斐があったと言いますか」

 

 天狗になったユーナがどや顔をした。また調子に乗って、と親友には呆れられたが、自分は単純なのである。褒められたのだから、素直に喜んでもいいはずだ。

 エリーゼがユーナの手を掴み取り、本拠を完成させた達成感を分かち合う。幸せそうな二人を眺め、ミオンも口を出す気がなくなったようだ。

 幸せは伝播するもの。見えざる脅威より解放されたような至福の表情をしたスージーは、ポケーッと孤島に佇む本拠を眺めるのだ。

 

「スーたちの家が完成しました。もう冒険はおしまいです」

「えっ? これから始まるとこでしょ、普通は」

「外は危険がいっぱいです。ダンジョンには潜りたくなくなりました。家の中にずっといれば、スーの安全はずっと保障されます」

「大胆な引きこもり宣言が来たわね。胸を張って言うことじゃないでしょ」

 

 やはり自分の周りにはおバカしかいないのか、そう嘆くミオンが頭を抱える。かくいうスージーに前言撤回するつもりはなく、彼女は夢見心地なままだった。

 拠点の完成が裏目に出たか。生産プレイを主体にするにしても、採取限定の素材があるはずなのに。幸福値が限界突破したスージーに水は差せない。

 素材採取は必要だよ? と心の中で期待を裏切られた少女を同情する。冒険はまだ終わらない、まだまだ未開拓地が多くあるのだから。

 

「開拓民の第一歩か」

 

 この世界の冒険者は開拓の民と呼ばれる。言い得て妙とはこのことか。未開拓地を踏破するプレイヤーは、確かに開拓者と表現できなくはないのだ。

 

「これで最後ね」

 

 本拠の門前に立ったミオンが、空魔術を反映した台座を設置する。また拠点に夜が来れば明かりが灯り、台座の光は本拠の入り口を照らすことになるだろう。

 

「拠点が完成したからには、やることは一つだね」

「ええ、勿論ですわ」

「家の中を見て回るです。スーも頑張りましたので」

「まっ、今日の締めにはいいわよね。行きましょうか?」

 

 ミオンが頷き、おー! と一同が腕を振りあげる。仕上げ作業といった具合か。かくして完成した拠点の散策が始まるのだった。



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第三二話:夢のマイホームです・後編

 まずはスージーとエリーゼが完成させた工房の中を見て回る。平屋には空瓶が並び、空っぽの薬草棚は、目の前の畑に植えた植物の保管場所となるだろう。

 机の上には本が平積みされている。よく見ると、ポーション生産に使う錬金台のほかに、符呪台も部屋の隅に置かれていた。まるで研究室みたいな工房だ。

 植物のツタが這う工房の窓より光が差し込む。壁際に並ぶガラス瓶が日光を反射する。なかなか雰囲気のある工房に仕上がっていると思う。

 

「アンティークショップみたいな空気感があるね。いい感じだよ」

「わたくしのセンスが輝きましたわ。もっと褒められー」

 

 気分を良くしたエリーゼが鼻を高くする。会心の出来だと胸を張る彼女は調子をよくした。ユーナの称賛が胸に響いたのだろう。

 しかし、気になる点も一つ。工房の出来映えはいいのだけれど、武具の鍛造部屋が見当たらないのだ。武具の精錬場と調合施設を一緒にすると言っていたはずなのに。

 戦闘不能に陥りたくないスージーが妥協したとは思えない。鍛造場はどこなのかとユーナが聞けば、とてとてと勿体ぶったスージーが走り出す。

 

「武器の製作場はここにあります。いい場所を見つけました」

 

 しゃがみ込んだスージーがタップしたのは、工房の床だった。そこにだけ留め具があり、鉄枠に覆われた床に取手がある。スージーが鉄の輪を持ちあげた。

 地下に続く扉のようだ。扉の内側には梯子があり、赤々とした明かりが灯る。島に残された廃墟跡を利用し、二人は工房を建造した。

 実は島の廃墟跡に地下室が残されていたようなのだ。地下室を発見した二人は、使わないのも勿体ないということで、工房の地下を鍛造場に改造したらしい。

 

「厳しい戦いだったです、スーは死んでしまうかと思いました」

 

 自分の完成させた鍛造場を覗き込み、スージーは顔を曇らせる。ありがちなことだが、廃墟の地下室はエネミーの住処になっていたようだ。

 ユーナが自宅造りに熱中するなか、廃墟の地下に降り立った二人は、数匹の大蜘蛛に襲われることになったのだとか。蜘蛛の糸がトラウマだとスージーが言う。

 スージーがエネミーのヘイトを集め、エリーゼが後方射撃。大蜘蛛は殲滅したそうだが、恐ろしいほどの連撃に受けたスージーは、蜘蛛のモンスターが嫌いになったそうだ。

 

「苦労したんだね」

「はいです、拠点にモンスターは繁殖しないでほしいです。スーに心の休まる場所はなしですか。このゲーム、怖すぎます」

 

 ぶるぶるとスージーが震えあがる。居たたまれなくなったユーナは、よしよし、と彼女の頭を撫で、恐怖心が薄れるように慰めたのだった。

 

「私らを呼んでくれてもよかったのよ? 無茶したわね」

 

 度胸があるのか、それともないのか。はっきりとしないスージーだった。ミオンは肩を落とし、よくわからない子ね、と少女の無鉄砲さに呆れてしまう。

 工房の梯子を下れば、熱気を帯びた鍛冶場が広がる。無臭の地下室だったが、溶鉱炉が燃え盛る様は、鉄臭さを連想しないこともない。

 試しに鉄を打ったのか、武器の壁掛け棚に鉄の剣が飾られていた。防具を仮装着するためのマネキンもある。金槌と金敷が熱を放つ溶鉱炉の近くにある。

 

 鉄製品を作るための作業台も完備。鍛造場の隅には樽が置かれ、金属のインゴットが積み重なる。爽やかな調合場とは裏腹に、汗臭さのある地下室だった。

 ともあれ、蜘蛛がいなければ落ち着く場所だとスージーは発言する。日の届かぬ地下室は石壁に覆われ、湿っぽい感じもするが、確かに守りは堅い。

 エネミーに襲われたくないならば、引き籠るには最適な場所だろう。怯え過ぎなのではないかと、ユーナはスージーのことが心配になったけれど。

 

「スーはここに布団を置きます」

「うん、寝る場所は家のほうにしようね」

 

 せっかく家を建てたのだし、使われないのは寂しいものだ。飾り気のない地下室で寝泊まりするのも、どうなのかと思ったわけだが。

 

「あとは本宅のほうを見て回るだけですわね」

「ユナたちの建てた家、スーも楽しみです」

「あんまり期待するんじゃないわよ?」

「ともかく行こっか? それなりに住みやすい家のはずだから」

 

 梯子を登り、調合場を通り抜け、工房の外に出た一同は畑を見る。あれだけボロボロだった畑は、エリーゼの尽力によって復活を遂げる。

 山形に小分けした畑は土の色もいい。畑を囲む木製の柵も新調され、農作業に勤しみたくもなる。まだ芽の生やした薬草はないが、近日中に植物の種を収穫しよう。

 マップ探索が捗る。ポーションの原材料を探しつつ、気ままな旅ができればいい。生産拠点の拡張を視野に入れつつ、ユーナは整地した石畳の通路を歩く。

 

 ギルド「湖畔の乙女」の本拠となる家の扉を開け、ついに念願のマイホームに足を踏み入れた。西洋建設をイメージした高級感ある洋館を再現。

 広い洋館の玄関口に、柄物のマットが敷かれる。富豪の別荘を彷彿とする内装だ。正面の部屋がキッチン付きのダイニング。右手にあるのが浴室だ。

 浴室とダイニングルームの中間スペースを埋めるため、花摘み場(トイレ)を差し込んでみたものの、ゲーム内に排泄機能はなく、使うかは微妙なところである。

 

 左手の部屋は多目的ホール。来客があった時の寝泊まりに使ったり、イベント対策の会議室に使ったり、今は家具のない質素な部屋としてある。

 柱の建つ玄関の突き当たりを左に曲がったところで、六角形の塔を利用した螺旋階段がある。全員の寝室は二階にあるということで、一同は螺旋階段を登る。

 大広間の多かった一階とは違い、小分けした部屋の並ぶ廊下だった。左右で合計八つの部屋があり、その奥に二階のテラスへと続く扉がある。

 

「スーの部屋はどこですか?」

「そのあたりは好きに決めていいよ。中はまだ空っぽだし」

「じゃあ、ここにします。真ん中あたりがいいです」

 

 四つの部屋が並ぶ右手側、階段から二番目の部屋をスージーが開く。湖の岸辺側になるか、楕円形の窓枠がある部屋に彼女が駆けこんだ。

 一人で使うには十分な広さがあるだろう。マットだけが敷かれた部屋は、引っ越して来たばかりのアパートを思い出す。本宅の家具は共有スペースに使う物しか調達していない。

 自室は個人で家具を調達する方針である。そのほうが愛着も沸くだろうし、何よりも個性が出ていいと思う。うーん、とスージーは軽く背伸びをし、

 

「なかなかいい部屋です。スーのお気に入りにエントリーします」

 

 との高評価をいただけた。気に入ってくれたようで何よりだ。本宅の建造に力を入れた甲斐があったというもの。スージーの部屋も決まり、各々が自分の部屋を決める。

 ウラはスーちゃんの隣がいいちゃ、と宣言したエリーゼは螺旋階段の正面にある部屋に移動する。ミオンはスージーの指定した部屋の正面に。

 彼女の指定した部屋が山手側にある一番端の部屋となるか。残るはユーナだけ。わざわざ距離を開ける必要もないということで、親友の選んだ部屋の隣を自室とした。

 階段から見れば、山手側二番目の部屋となるか。各々が自室の構想を練る時間を設け、ユーナは自室の奥に進み、楕円形の窓ガラスを開く。

 

「冷たー、というか涼しい? とにかく、いい風だなー」

 

 湖面を揺らし、吹き抜けた風が部屋に入り込む。窓ガラスのカーテンがなびく。優雅なお嬢様ライフを満喫する気分だ。水辺の風を肌に感じたユーナは、湖を囲う山脈の峰を眺める。

 どこまでも連なる岩石の山。ユーナは窓から身を乗り出し、湖を見渡した。正直なところ、山手側の部屋を取られなくてよかったと安心する。

 山手側の窓から見える景色を気に入っていたからだ。目を閉じたユーナは、そよ風に揺れた白い髪をかきあげ、ふう、と達成感を噛みしめるように息を吐き出す。

 

 振り返ったユーナは自室を見る。個室のワンルームが十畳ほどある本宅は、少し大きめに造り過ぎたかと反省するが、色々とお洒落に飾れるのでよしとしよう。

 大は小を兼ねるというし、狭いよりはずっといい。床の絨毯に寝転がったユーナは、自室の天井を見上げる。垂れ下がるペンダントライト。

 廊下のほうにはブラケットライトも設置したのだったか。ハウズィーラーの女性店員に半ば強引に売りつけられた品だが、雰囲気もよく、いい買い物をしたなと思い直す。

 

「さて、そろそろか」

 

 高貴なお嬢様気分を味わうのもここまでとしよう。湖畔の孤島に浮かぶ拠点の目玉は、お洒落な洋館風の建物のほかにある。

 飛び起きたユーナはギルドメンバーを呼びに行くことに。他の三人に徴集をかけ、全員が集まったのを契機に、一同は洋館のテラスに出るのだった。

 テラスに続く扉を開け、屋根付きの通路を通り抜ければ、小さな噴水のある二階のテラスに辿り着く。洋館一階にある浴場の上あたりとなるか。

 

 広めに拡張してしまい、宙に浮いた床には地面に突き刺さる柱を設置しておいた。床の下を空洞にもできるのだが、そこは外観的なこだわりだと言っておこう。

 解放感のあるテラスに、ガラス張りの休憩室がある。木製のプランターを並べ、観葉植物が花を咲かす。湖一帯を望め、孤島の大樹も目に入る。

 絶景かな、などと風情を語ることもできる眺めだろう。感心したふうに頷くスージーは、これでもかとユーナを褒め称えた。

 

「ユナもなかなかやります。スーも、ちょっとびっくりです」

「いいセンスですわね。ユーナちゃん、やんねー」

「そこまでじゃないけどね」

 

 謙遜を口にしつつも、ふふーん、と鼻歌を口ずさみ、ユーナは喜びを隠せない。またチョロ娘だと親友に言われそうだが、自分は褒められて伸びるタイプなのだ。

 などとユーナが自己肯定感に浸れば、またこの子は、とミオンが頭を抱え、

 

「まっ、設計したのは私だけどね」

 

 という見事なオチをつけにきたのだが。凄かったのは我が親友である。サバサバとした性格の割に、ミオンはロマンチストなところがある。オシャレにも詳しかったりする。

 まさしく、こだわりを持つカリスマ女子。悪戯のばれた子供のように、チロリと舌を出したユーナが種を明かせば、まったくもう、と少し照れたミオンが頬をかく。

 一同の称賛が直接届いたにも等しい。ユーナとは違った意味で称賛に弱いミオンは、きっと居心地が悪かったのだろう。彼女の照れ顔は女の子っぽくもあるのだが。

 

「と・に・か・く、現実のほうはもう夕方でしょう? まだ夕食を摂ってないだろうし、一旦落ちたほうがいいんじゃない?」

「あー、誤魔化した。ツンデレかー?」

「うっさい、違うわよ! 人のキャラ設定を勝手にいじらないでくれる?」

 

 この話は終わりよ、と捲し立てたミオンが黙りこくる。赤らめた頬を隠し切れていないのだが、ここは親友の顔を立てておくとしよう。

 お腹も減ってきた頃合いか。一度、ログアウトするという意見には賛成だった。ユーナが一同に呼びかけ、夕食に移ろうとした矢先のことだ。

 拠点にアラーム音が鳴り響き、緊急クエストが発令する。拠点防衛任務の依頼表記。それはそう、おおよそ二時間後に魔物の襲撃があるという警告だった。



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第三三話:魔物襲撃イベントが発生しました

 夕食を摂るために一旦離籍し、再集結した一同は魔物の襲撃に備える。接岸したボートを降り、桟橋を渡ると、一同は森を見つめる。

 クエスト開始まであと三十分。絶対に壊されてなるものか、拠点が完成した当日に建物の修理をするはめになるなど、ユーナとしても願い下げなのだ。

 ボート小屋を振り返り、ユーナは深呼吸した。岸辺に生えた草の葉が揺れれば、唐突に光の柱が現れ、二人のプレイヤーが姿を見せる。

 

「メッセージは受け取ったわ。イヴリンちゃんが助太刀しちゃうぞ!」

「協力要請とかダサいよねー! 仕方ないから、よわよわなユーナたちの力になってア・ゲ・ル。リネットに感謝してよね。完成した家は絶対に守るから!」

 

 軸足を中心にくるりと一回転、スカートの裾をなびかせたリネットは、装備中だった鎌型の杖をしまう。イヴリンも拳銃を腰のガンホルダーに差し直す。

 拠点の防衛任務は多人数参加型のミッション。クエスト範囲内に到着すれば、強制的に依頼を受諾することになる。ともあれ、他人の保有する拠点の防衛任務。

 見知った相手でもなければ、手助けをしようとするプレイヤーも少ないだろう。人手が欲しかったユーナは友人に連絡、そして二人が加勢してくれることになったわけだ。

 

「完成した拠点が見たいとは言ったけど、予想外の呼び出しだったわね」

「ごめんね。フレンド欄を見たら、たまたま二人がログイン中だったみたいで」

「別にー、暇潰しにはちょうどよかったしー。拠点の見学も楽しみだったもんね」

 

 リネットがキラキラとした瞳でボート小屋を見る。好奇心に負けた無邪気なお子様のようだ。生意気キャラが崩壊しつつあったが、そこには触れないでおこう。

 ユーナが姉妹の到着を歓迎すると、涙目になったスージーが歩み寄る。彼女に詰め寄られたリネットは驚愕し、何がどうしたのかと混乱する。

 

「拠点が魔物に襲われるなんて聞いていませんです。スーの聖域は破壊され、戦いを強制されるですか? 世界の終わりです。このゲーム、鬼畜すぎます」

「あっれー、ただのイベントクエストじゃなかったの!?」

 

 首を傾げたリネットが絶句する。スージーが狼狽(ろうばい)するあまり、只事ではなかったのかと錯覚したようだ。気持ちはわからなくはないのだ。

 ギルドメンバーで力を合わせ、汗水垂らしながらも完成させた拠点。住居が出来上がり、これからの幸せな生活を予感させた瞬間の警報だった。

 ダンジョンに徘徊するエネミーを怖がるスージーは、せめてギルドホームだけは安息の地であってほしかったのだろう。願い叶わず、彼女はパニックに陥ってしまったが。

 

「襲撃時間を指定してくれる親切設計だけどね」

「まっ、おチビはいつものことよ。いざとなったら戦うでしょ」

「変なところで勇気がある子だからね。ちょっと可哀相だけど」

 

 苦笑いを浮かべたユーナが言う。忙しない子よね、とミオンは同意した。

 

「ところで、私たちはどこを守ればいいの?」

 

 襲撃まで残り十分、時間の進みは早い。なんやかんやと雑談に花を咲かせていると、クエスト開始時間が刻一刻と迫っていた。これはいけない。

 人数が増えたとしても、連携が取れなければ意味がないということで、役割分担を決めることに。イヴリンの主力武器は短銃、リネットのほうは魔術だったか。

 両者ともに上空の敵に対する攻撃が有効な武器だ。チーム分けを考えたユーナは、援軍に駆けつけた二人に後方支援を頼むことにした。

 

「じゃあ、島のほうをお願いできる? 湖を渡れるのは鳥型の魔物だけだろうし」

「わかったわ。ユーナちゃんたちは陸地で迎撃をするのね」

「岸辺のほうが激戦区になるわ。私らのギルド拠点だし、人数の多いほうが厄介な敵を請け負うのが妥当でしょ。招待客に頼り切るのもどうかと思うし」

「了解したわ。あの素敵な拠点はイヴリンちゃんに任せるといいぞ、キャハ!」

 

 あざとく人差し指を立てたイヴリンがウインクをかます。思わず背筋が凍りかけたユーナだったが、救援に駆けつけてくれた彼女に失礼かと思い直す。

 せっかく援軍に来てくれたのだし、感謝は忘れないようにしよう。ユーナは後方の防衛をイヴリンに託す。あとは撃ち漏らしを少なくするだけか。

 こればかりは岸辺に残る自分たちの采配にかかっているだろう。イヴリンが妹の名を呼び、姉妹は桟橋につながれたボートに乗り込む。

 

「位置取りは任せてもらいましょうか」

「特別にリネットも手を抜かないであげる。綺麗な拠点なのに、壊れるところなんて見たくないよね——うん、頑張ろう」

 

 グッと拳を固めたリネットが己に責務を課す。生意気なキャラ付けとのギャップが激しい。友人のためだと意気込む彼女は、やはり生真面目な少女だった。

 

「じゃあ、ボートを出すわね。しゅっぱーつ、キラッ!」

 

 意味もなく横ピースをしたイヴリンは、また片目を閉じて船を出す。彼女のなりの決意表明だったのだろうか。年齢不相応というか、少しキツめの言動だったが。

 姉妹を乗せたボートが湖面を進む。一同が二人を見送れば、襲撃クエスト開始の三分前になっていた。いよいよ気を引き締めなければいけない。

 どれほどの数が来るとか、敵の種類だとか、そういった情報は皆無である。生徒発表会で檀上に立つ前の感覚に似た緊張感を抱く。

 心臓の鼓動が早くなる。人の字を飲めばいい、なんて友人に言われてしまいそうだ。本番ともなれば、一気に緊張が薄れてしまうものだけれど。

 

「待ち時間が一番長いんだよね、実際」

「ユーナさん、もしかして緊張していますの?」

「ちょっとね。これまで本格的な戦闘に発展したことなかったから」

「そういう時は深呼吸しますのよ。落ち着けるさかいね」

 

 お手本だというふうにエリーゼが深呼吸すると、彼女は瞳の奥に燃え盛る炎を灯す。スポコン精神が旺盛なのか、戦いを前にした彼女は熱血娘と化す。

 やる気が空回りしないかと心配だ。しかし彼女の気分を害さぬよう、ユーナは悪ノリすることに。一緒に守り切るぞー! と二人が片手を振りあげる。

 だが、ふとスージーを一瞥した瞬間に笑顔が凍りついた。彼女だけ明らかに空気感が違う。どんよりとした負のオーラが漂い、ユーナは口をバッテンにしてしまう。

 

「もうすぐ敵がいっぱい来るです。スーの日常は崩壊しました。希望はありませんです」

「ちょっと大丈夫なの? 一人だけバットエンド直行しそうな空気なんだけど!?」

 

 スージーの視線に映るよう、ミオンが手を振ったのだが、彼女は絶望に囚われたままだ。これはいけない、ユーナは彼女のフォローに回ることに。

 

「スージー、大丈夫だよ。あたしたちがついてるからね」

「そうやちゃ! スーちゃん、ウラたちを頼らっしゃい!」

 

 エリーゼがスージーの背中に抱き着く。絶望する彼女が元気を取り戻しかけたところで、ユーナは臆病な少女の頭を撫でる。すると、頬を染めたスージーがはにかんだ。

 元気が出たならば何よりだ。照れ顔をした彼女の目に希望の光が灯り始める。二人を見上げたスージーは、心地の良い温かさに包まれるように目を閉じた。

 自分を抱きしめたエリーゼに体重を預け、清らかな表情を浮かべる。心を包み込む闇が晴れたのだろう。スージーは二人に感謝する。

 

「ユナ、エリー。そうだったです、スーには頼もしい仲間がいました」

「当然やちゃ、ウラたちを忘れんで」

「うん。ミオンもいるしね」

 

 ユーナが手招きをする。ミオンも参加しようと促したのだ。しかし恥じらった彼女は顔を背け、自分は混ざり込むようなキャラではないと一線を引く。

 まったく、ツンデレを隠す親友にも困ったものだ。これだからミオンは、とユーナが苦言を呈せば、違うわよ! と彼女は激しく首を振る。

 

「なんで私が変な奴扱いされるの? あんたら、自分の武器を——」

 

 ミオンが言いかけた途端、森の木々が揺れ動く。スージーを励ましている間に、魔物の襲撃時間となったのだろう。頭上にクエスト発生の文字と達成条件。

 「エネミーの討伐数0/50」との表記が現れた。五十体討伐すれば終わりということか、容易い条件だ。仲間の絆が最高潮に達したユーナに敵はいない。

 森を駆け抜ける狼型の魔物が湖に突入する。生い茂る岸辺の草を踏みしめ、大地を駆る魔物が一同に迫った。昆虫型の魔物もいる。

 ドラッヘの森を訪れた時に対峙したキラービーと同種のエネミーか。ロックバードが森の枝葉を揺らし、拠点の上空に飛来する。敵の数は多い。

 

 けれど、退けない戦いがここにある。ユーナはギルドメンバーに号令をかけた。一同の頭上を通過したロックバードが孤島に迫る。と、激しい炎が怪鳥を焼いた。

 無数に放たれた弾丸がロックバードの腹を射抜く。後方待機した二人がボートを動かし、上空の敵を迎撃してくれたようなのだ。

 客人には負けられない。ボート小屋に到達させぬよう、地上の敵を蹴散らすことを優先することに。言葉を濁したミオンが拳を構える。

 ユーナは護符を指の間に挟み、長銃を構えたエリーゼが照準を合わせる。そして二人がバックステップを踏んだところで、ようやくスージーは悟るのだ。

 

「思い出しました。スーが前衛だったですね」

 

 にっこりと笑った少女は諦めを知る。そう、後衛担当の二人がどんなに友情を誇張しようとも、敵を引き付けるタンク役はスージーになってしまうのだ。

 

「安心してね。回復は忘れないから!」

「スーちゃんの背中ちゃウラが守る! 心配せんで(たたこ)うてね!」

「二人は遠距離職だったです。もうスーが行くしかないですか……」

 

 役割分担を考えれば、妥当な配置。どうせ敵の猛攻を受けることになるのだと覚悟したスージーは、ヤケクソになって両手に持った盾を突き出す。

 涙を流しながらも魔物の群れに突撃し、おりゃーです! と勇ましい掛け声とともに、自らが先陣を切ったのだった。いざとなれば、やはり勇気のある少女である。

 敵陣に斬り込むスージーを眺め、

 

「だから言ったじゃないのよ……」

 

 と頭を抱えたミオンは、自暴自棄になった少女を哀れむのだった。



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第三四話:最終防衛線といきましょう・前編

 スージーの盾が狼の牙を受け止める。リフレクションの魔術を使った彼女は、自分の正面に光の障壁を展開。突き出した盾が残像を作り、防御範囲を大幅に拡張した。

 体当たりしては跳ね返される魔物。空中で体勢を立て直し、鮮やかな着地を決めた狼は腰を屈め、仲間とともに横移動を繰り返す。隙を窺っているのだろうか。

 左右に散った狼の群れは、スージーを取り囲もうと知恵を働かせる。攻撃方面の決定打に欠ける少女は、狼に群がられた恐怖に耐えるしかなかった。

 

「く、来るですか? スーは食べてもおいしくないですよ?」

 

 狼の説得を試みたスージーだったが、諦めてくれないだろうかとねだる。しかし狼型の魔物に彼女の願いが届くはずもない。群れのボスらしき狼が吠える。

 仲間に号令をかけたのだろう。複数体による同時攻撃。たまらず盾の持ち手を握りしめたスージーは目を瞑るが、群れが彼女に到達するよりも先に護符が上空に展開された。

 ユーナが詠唱を終えたのだ。複数枚の護符を操作し、通常攻撃の雨を降らす。青白い球体が霰のように降り注ぎ、狼の全身を強打していく。

 

 怯んだ狼が足を止めれば、魔物に光が集まった。フォトン、集まった光が弾け、狼の魔物を吹き飛ばす。初級魔術の特徴は短い間隔で魔術を放てること。

 護符を左右に展開したユーナは、即座に時属性魔術に切り替える。フリスビーのように回転する黒い円盤が旋回し、狼の胴体に直撃した。

 HPの尽きた魔物からブロック化し、群れは数を減らしていく。ほっと胸を撫でおろしたスージーが振り返れば、頼もしい笑みを作ったユーナが彼女に頷く。

 

「だから言ったよ、スージーは守るって」

 

 約束は反故にしない。火球に氷柱、石の杭に風の刃。短い間隔で複数属性の魔術を使用するユーナは魔物の群れを牽制した。ともすれば、後衛排除に動くのは当然のこと。

 標的をスージーからユーナに切り替え、魔物の群れは動きを変えた。狼よりも素早く動けるキラービー。オオスズメバチのような巨大昆虫が羽を小刻みに動かした。

 キラービーはスージーの横を通過する。ユーナに危機を知らせるべく、キラービーを逃した少女が叫ぶが、後衛の対策は万全だった。

 

 長銃のスコープを覗き込んだエリーゼが引き金を引く。銃口より射出された炎弾は、スージーの防衛線を突破した魔物から焼き払った。

 それだけではない。一匹目のキラービーに続いた仲間には凍結弾が直撃し、凍りついた魔物が地面に落ちる。凍結した魔物は長銃の通常弾で撃ち抜かれた。

 粉砕によるダメージ上昇。エネミーの急所を狙ったダメージ倍率に、粉砕と会心の倍率ダメージが上乗せされ、キラービーは一撃の下に沈む。

 

 凍結した魔物は砕け散り、氷片がブロック化して消え失せた。続けざまに撃たれた石化弾、着弾した魔物は彫像のように固まり、身動きと取れなくなった。

 石化したキラービーを蹴り飛ばしたミオン。彼女の回し蹴りが石化したキラービーを砕き、石片にまみれた彼女は狼の群れに特攻する。

 風の補助弾がミオンに着弾する。風の加護によって移動力と攻撃速度、そして回避力が大幅に向上する。ユーナによる身体強化の補助魔術も加わった。

 

 ぶちかますといい、親友のプレイヤースキルを信じよう。格闘家特有の身体強化術まで使用し、ミオンの基礎ステータスはマシマシになる。

 クイックムーブの魔術を使い、瞬時にエネミーとの距離を詰めたミオンは、まさしく武神のごとき活躍を披露する。一騎当千と表現しても差し支えない。

 回復魔術による援護は怠らないが、ユーナが攻撃魔術で敵を蹴散らすよりも、エリーゼが長銃で魔獣を撃ち抜くよりも、ミオンの討伐速度が群を抜いていた。

 

「大活躍だね、流石はミオン……」

「圧倒的ですわよね。ウラの活躍場はあるんけ?」

「ミオが凄すぎます。戦闘狂の残虐姫です」

「こら、聞こえてるわよ! 人を暴力女みたいに言わないでくれる!?」

 

 お淑やかな扱いがいい、とミオンが主張する。しかし、まったく女の子らしさのない絵面だった。ミオンの拳が狼の顔面を殴りつけ、足はキラービーを蹴り飛ばす。

 魔物のキルレートが急上昇していく。キラービーの反撃により毒を浴びたり、狼の反撃を受けたり、ノーダメージでやり過ごせてはいないけれど。

 ダメージを受けようとも、相応の討伐数を稼げればいいというスタンスか。ユーナの回復魔術をあてにしたミオンは、それこそ狂戦士を称せる活躍を見せたのだった。

 

「ミオン、MP管理は万全だよ!」

「ええ、サッサと決めるわ!」

 

 残る敵はキラービーが一体、空中に羽ばたくロックバードが一体。そして群れを統率していたリーダー格の狼が残った。通常フィールドのエネミーには縄張り意識がある。

 協力する姿はなかなか見られないのだが、イベント戦ということで貴重な組み合わせを拝むことができた。しかし、今は拠点を守ることが先決。

 魔物の援軍が来ることもなく、いよいよ戦いも大詰めとなったか。まず仕掛けたのは狼の魔物だった。短い遠吠えをしたあと、狼は駆け出した。

 

 殲滅した狼の群れのなかでも、一回り大きな個体だった。群れのボスとしての特殊アビリティがあったのか、赤いオーラを発生した狼が牙をむく。

 攻撃力と敏捷性を自己強化したようだ。闘争心を剥き出しにした獣は眼光を鋭くし、拳を構えたミオンに飛びかかる。応戦しようとしたミオンは、ハッと目を開く。

 タイミングが悪いことに、彼女の使った強化スキルの効果時間が終わったのだ。標準値に戻ったステータス、咄嗟にミオンは回避行動に移った。

 

 けれど、狼のほうが速い。ミオンが大ダメージを覚悟した矢先、勇敢にも走り出した少女がいた。あれだけエネミーの襲撃を怖がっていたスージーである。

 仲間の危機は見過ごせぬと、盾を突き出した少女が狼の牙を受け止める。リフレクションの魔術を発動する。障壁に阻まれた狼は、衝撃波によって後方に吹き飛ばされることに。

 狼の失敗を見届けたロックバードが追撃する。滑空した怪鳥がスージーの頭上を取った。リフレクションは前方に障壁を張るスキル、回り込み攻撃には弱いのだ。

 

「上から来るのは狡いです。スーも自分を守り切れませんので!」

 

 翼を使うのは反則だとスージーが文句を垂れる。いや、相手の専売特許を否定してどうするのかと思ったが、卑怯な魔物だと言い切る彼女には通用しない。

 被ダメを覚悟したスージーが歯を食い縛る。すると、即座に銃声が響き渡るのだった。銃口を向けたエリーゼが、ロックバードに狙いを定める。

 射出された弾丸は飛行経路を読み切り、ロックバードの頭を撃ち抜く。恐ろしい狙撃テクニック、熱血少女と化したエリーゼは集中力をも向上するというのか。

 

「討ち取りましたわよ!」

 

 瞳に真っ赤な炎を灯したエリーゼが宣言する。これが自分の実力だと胸を張った彼女は、また後輩を守った先輩のような態度を振りまき、偽姉ぶりを加速させるのだった。

 急所狙いの会心ダメージを受け、弾丸の前に倒れたロックバードがブロック化し、キラービーが浮足出す。次は自分の番かと警戒したのだろう。

 風魔術の詠唱を始めるが、魔術の撃ち合いに敗れるつもりはない。一足先に詠唱を始め、発動タイミングを見極めたユーナは、させるものかと魔術を発動する。

 

 放り投げた護符がキラービーの左右に展開。武器アビリティにある二重詠唱を活かし、水と風の魔術を同時使用する。つむじ風が氷晶を巻きあげる。

 氷の結晶を含む風巻(しま)きがキラービーを覆い、魔物の周囲に冷気を撒き散らす。詠唱を終える前に倒すのは一般的な戦術。

 全身を凍結したキラービーが地面に落ちれば、土魔術を発動したユーナが岩石を落とす。岩石の杭は氷像となった魔物を押し潰し、砕け散った氷片がブロック化していく。

 

「助かったわ、あとはあの狼を倒すだけね」

「はいです、ようやく拠点に平穏を取り戻せます」

 

 やってやれ、とスージーがミオンに歓声を送る。マナポーションに手をつけたミオンは、再び自己強化スキルと発動し、激しく首を振った狼に特攻を仕掛ける。

 態勢を立て直した狼に放たれた渾身のサマーソルトキック。狼の全身が宙に浮けば、あとはミオンのターンだった。落下しかけた狼に膝蹴りを放つ。

 短い間隔でアッパーカットを挟み、狼の体が地面に落ちることを許さない。コンボによるダメージ上昇効果もあり、狼は無残にもHPを削られだけとなる。

 

 フィニッシュだと宣言するみたく、地面を蹴り込んだミオンが飛翔。空中で一回転したミオンは、高く打ちあげた狼に踵落としを放つ。

 痛々しい打撃音が響く。頭部に強烈な打撃を受けた狼は地面に叩きつけられ、大きく弾んだ後に動かなくなる。ミオンが華麗に着地すると、狼の全身がブロック化していく。

 完全勝利というやつか、ユーナは立ちあがったミオンの背中に抱きついた。前のめりに倒れかけたミオンは厚かましそうにしながらも、どこか照れるように赤面した。

 

「ちょっ、重いわよ! いきなり抱きつかないでくれる?」

「ごめんね。っと、重いは失礼だよね?」

「動きづらくなってやりにくいのよ。また太ったんじゃない?」

「ゲームだから現実の体重は反映しないよね?」

 

 最近、甘い物を食べ過ぎた自覚はある。照れ隠しにしても酷い言われようだ。ユーナは自分の運動不足を懸念し、現実の話を持ち出すな、とミオンの頭を叩くのだった。

 

「本当に仲がいいのね、爆撃したくなるわ」

「お姉ちゃーん、素が出てるよ?」

 

 苦笑いを浮かべたリネットが姉を諭す。コンプレックスを刺激されたのか、イヴリンは面白くなさそうな顔をしたのだった。

 湖の孤島に浮かぶ拠点には傷一つなく、二人が打ち漏らした敵を一掃してくれたのが分かる。ボート小屋には多少の損傷があるが、材料があれば修理も容易だ。

 修復材料の集めやすい石造建設。自分の見立てに間違いはなかったとユーナは誇る。ボートを桟橋に接岸した姉妹が帰還し、一同は快く迎え入れるのだった。

 

「二人も戻ったですか、スーは協力に感謝します」

「ええ、助かりましたわ。あんやとねー」

 

 姉妹に感謝したエリーゼが目を輝かせる。友情の勝利だと言いたいのか、ヒートアップした彼女は、しかし疑問があったらしく、クエスト案内に目を通す。

 

「それにしても、討伐数が49/50から動きませんわね」

 

 管理の甘い運営や、とエリーゼが管理者の不手際を批難する。一方、彼女に目を向けた一同は、えっ? と声を重ねたのだった。

 

「なんなん? ほんなに見つめられると、ウラも照れてまう!」

 

 キャー、とエリーゼが頬に手を当てる。褒められたと勘違いし、盛大に恥ずかしがる彼女だったが、一同の脳裏に過ったのは別の心配だった。

 勝利にムードに酔っている場合ではない。討伐数が足りないのは、つまり最後の難関が控えていたということ。嫌な予感がする、スージーの目も泳ぎ始めた。

 

「まだ戦いが残っていたですか?」

 

 森の木々がざわめく。枝葉は風に揺れ、森に棲む小鳥たちが飛び去った。大きな足音とともに大地が揺れる。ビクン、と肩を震わせたユーナの背筋が凍りつく。

 拠点の岸が巨大な影に覆われれば、その魔物が姿を現した。ベインウッド・トレント、いつか薬屋の主人に忠告された木の巨人が拠点に姿を現したのだった。



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第三五話:最終防衛線といきましょう・後編

 ベインウッド・トレントは樹木型の巨人である。無数の根を束ねて脚を作り、木の枝を腕のように動かす。幹の部分に顔があり、厳つい表情を作る。

 頭に茂った青葉が揺れる。ベインウッドが高らかに吠えると、最終決戦の火ぶたが切られた。叫び声をあげたベインウッドが大地を震わすと、魔物のHPバーが表示される。

 無駄に凝った登場演出を挟むあたり、ボス戦形式といったところか。間髪入れず、ベインウッドは先制攻撃に出る。魔術詠唱に入る挙動が早い。

 盛りあがった地面から岩石が飛び出した。隆起した岩石に弾き飛ばされぬよう、一同が飛び退く。と、一同が回避に気を取られた隙を突き、ベインウッドは追撃をかける。

 

「させませんわ!」

 

 突き出した岩石を蹴ったエリーゼは、横跳びしつつ魔物の本体を狙う。放たれた弾丸は、しかし吹き荒れた木の葉の壁に阻まれる。

 地中から伸び出した蔦がエリーゼの足を掴み、彼女を地面に叩きつけようとする。高く持ちあげられた彼女は、高所恐怖症も相まって絶叫した。

 

「高いっちゃー! だっか助けられー!」

「エリー! まずいです、このままじゃやられてしまいます!」

「大丈夫、イヴリンちゃんがなんとかしてあげるぞ!」

 

 イヴリンが両手に持った拳銃を連射する。直進する炎の弾丸はエリーゼの足に巻きついた蔦を焼き、放り出された少女は頭から地面に落下した。

 泣き喚く彼女を受け止めたのはユーナだった。落下の衝撃が合わさり、エリーゼの体に押し潰され、カッコよくはいかなかったけれど。

 

「ユーナちゃん、あんやとねー。大丈夫やけ?」

「なんとかね……」

 

 仰向けに倒れたユーナの笑顔が引き攣る。泣きベソをかいたエリーゼは、命の恩人だとユーナに縋りつく。が、そろそろ立ちあがってほしいものだ。

 エリーゼにのしかかられ、ユーナは身動きが取れないのである。ようやく思い至ったのか、はっとしたエリーゼが起きあがる。

 彼女が身なりを整えると、ユーナもまたゆっくりと立ちあがるのだった。

 

「ちょっとあんたら、のんびりしてる場合じゃないわよ!」

 

 ミオンの警告が飛べば、ベインウッドを包み込む風が木の葉を巻きあげる。風に乗った木の葉は鋭い刃となり、一同に襲いかかる。

 

「あと一体でこの悪夢も終わります、スーの全力を見せてやります」

 

 戦いを怖がる少女は、いっそのこと敵を倒してしまえば、死の恐怖より解放されるとの極論に至る。死地を逃れんとする心がスージーの闘志に火を受けた。

 本末転倒のような気もするが、吹っ切れたか彼女は止まらない。魔法耐性の高いほうの盾を突き出し、リフレクションの魔術を展開する。

 三六五度を覆うプロテクションのダメージ軽減の保険を張り、資材調達の際にエリーゼが調達した魔術、タフネスの魔術で耐久力(HP)を上昇する。

 

 さらに一定時間内におけるHP回復効果のあるリジェネを発動。HP回復効果のある種族特性も合わさり、スージーはまさしくゾンビと称せるほどの生命力を手に入れる。

 倒せるものならば倒してみろ。そうベインウッドを挑発する彼女は、風に舞う木の葉を盾の障壁で受け止めるのだった。跳ね返った木の葉が散る。

 ひらひらと空中に木の葉が舞い、途端に風の刃がベインウッドに迫る。一定確率による魔術攻撃の反射、「大樹の盾」が持つ符呪が発動したのだった。

 

「この盾、頼もしいです。自分を守りながら攻撃もできるですか?」

 

 パァッと顔を明るくしたスージーが感動する。跳ね返った風の刃はベインウッドを傷つけた。魔物の体力が削れ、魔法攻撃は弾き続けると少女は意気込んだ。

 凝りもせず、ベインウッドは詠唱を開始する。学習知能の低いエネミーだと強気になり、スージーが再び攻撃をいなそうと盾を突き出す。

 が、ベインウッドが使ったのは攻撃魔術ではなかった。樹木の巨人が魔術を発動すれば、失った体力がみるみる回復していく。

 

 そう、ベインウッドは回復魔術持ちのエネミーだったのだ。厄介な魔物だ、反射ダメージもなんのその、瞬時に回復すれば痛手にならない。

 自分の繰り出した反射ダメージの価値はなくなり、それは卑怯だとスージーが絶望する。彼女も自動回復のバフを持っているわけだし、どの口がいうのかと思ったけれど。

 とにもかくにも、イベント戦にしては攻略難度が高くないかと思う。高火力によって押し切るしかないというのか、唇を噛んだユーナは悩む。

 

「もし総攻撃をかけたとして、倒し切れるかどうか……」

 

 拠点を壊されたくはない。しかし武器や熟練度レベルの不足を感じる。高火力持ちなのはテスト版のデータ持ち越したリネットになるか。

 だが、彼女は魔術職。魔術の連射はできず、突破口を開くには足りなかった。詠唱を中断させつつ戦うのがセオリーか、ユーナはミオンに頼み込む。

 

「ミオン、詠唱妨害はできる?」

「やってみるわ、近づくから援護をお願い!」

 

 ミオンが地を駆ける。短く詠唱を切りあげたベインウッドは、接近する獣人娘に石粒を放った。地属性の初級魔術を使ったか。

 落石はミオンにだけではなく、後方待機するメンバーの上空にも降り注ぐ。光栄の危機を悟ったスージーが動く。走り出した彼女は振動波を放つ盾を構える。

 落石の雨を受け止め、彼女はユーナとリネットを守るのだ。軽快な足取りで――いや、少し足腰がきつそうなステップを踏み、呼吸を荒げたイヴリンが石粒を避ける。

 一方、石雨の中を駆け巡るエリーゼは叫び声をあげるのだった。

 

「痛いっちゃー、HPが削られてまうー!」

「エリー、何しているですか! 早くこっちに来るです!」

 

 自分は動けない、とスージーが主張する。飛来する石ころから頭を庇うエリーゼは、まるでにわか雨の被害に遭ったかのように、障壁の背後に回り込むのだった。

 見た目は地味だが、ダメージはそれなりに高かったらしい。HPの半分を失ったエリーゼに治癒魔術を使い、ユーナはベインウッドへと立ち向かうミオンを見た。

 流石のフットワークというか、身軽な彼女は機敏な身のこなしで石ころを叩き割り、もしくは蹴り飛ばし、ミオンはベインウッドの懐に接近する。

 

 しかし進行を阻む攻撃を押しのけているだけで、ダメージ判定はしっかりと記録されていた。ミオンが力尽きぬよう、ユーナは回復魔術を絶やさない。

 癒しの光に包まれたミオンは被ダメを許容する。魔術弾の援護を受けた彼女は、火炎弾の爆発に乗じ、詠唱を続けるベインウッドに殴りかかる。

 飛翔した彼女の拳が魔物の顔面に叩き込まれ、詠唱中断のノックバックが発生するかと期待したが。打ち出したミオンの拳はベインウッドを怯ますことはない。

 

「嘘っ!? スパアマ持ちは反則でしょ!?」

 

 詠唱中のベインウッドは地面に根を張り、ノックバック無効の恩恵を得ていたのだ。詠唱を終えたベインウッドの反撃が予想された。

 蘇生魔術の準備をユーナに頼んだミオンは、しかし一命を取りとめることになる。魔物が自己回復の魔術を優先したからだった。

 運がよかった。木の幹を蹴り、後方に飛び退いたミオンは華麗なバク転を披露する。着地したミオンが魔物の巨体を見上げれば、ベインウッドは延焼の状態異常に苦しむ。

 

 回復したにも関わらず、ボスエネミーのHP減少が止まらない。ベインウッドがまとった木の葉の風壁も弱体化しているように見える。

 と、ここでユーナが攻略法を閃く。プレイヤーが接近したにも関わらず、ベインウッドが回復を優先したのは、ダメージ量に応じて回復魔術を優先する設定があるのではないか。

 回復持ちの敵に状態異常を重ねるのも効果的だ。護符を取り出したユーナは、毒魔術による攻撃を試みた。

 

「ノックバック無効だったとしても、持続ダメージは防げないよね?」

 

 ユーナの発動したのは「ポイズン」の魔術。紫色の毒霧がベインウッドを包み込み、霧が晴れたと同時に、猛毒の状態異常を追加する。

 青葉の枯れた演出が入る。効果はあったとみるべきだ。巨人の枝から枯れ葉が舞い落ちる。弱体化したベインウッドは、延焼と猛毒ダメージに蝕まれる。

 魔物が状態異常の重複に悩まされたところで、ここが好機と見るや、ユーナが一同に声をかけた。おー! と威勢がよい声が響く。

 

「いくよ!」

 

 とそう宣言したユーナは炎のエンチャントを発動する。物理攻撃には属性が付与し、該当属性のダメージ倍率が向上する。まず手を打ったのがミオンだ。

 ベインウッドの足を駆けあがり、仕切り直しだと魔物に殴りかかる。植物の蔦がミオンを捕縛しようとするが、それを握り締めたミオンは逆に利用する。

 しなった蔦で遠心力をつけ、彼女は魔物の顔を蹴り込んだ。小爆発が付与し、顔面を踏みつけられたベインウッドは怯む。瞬間、ミオンは魔物との距離を離す。

 

 枯れ葉を風に乗せた樹木の魔物は反撃に出る。突風が吹き荒れ、上空に出現した巨大な岩石が後衛部隊を押し潰そうと降り注ぐ。

 最期の大技と見るべきだろう。突風に吹き飛ばされたミオンが地面を転がれば、負けないうです、と勇気を振り絞ったスージーが岩石を受け止める。

 魔術障壁と盾の衝撃波がぶつかり合い、一進一退の攻防を繰り返す。大技を発動したからか、一時的に疲弊したベインウッドの動きが鈍くなる。

 

 その隙を身逃さないのが射撃部隊だった。体がこたえるけれど、と世話焼きなイヴリンが覚悟を決め、アクロバティックな動きで二丁拳銃を連射する。

 横転(ロール)をするように飛び跳ね、蔦の攻撃を躱したイヴリンは、両手に持った短銃より火炎弾を連射する。長銃のスコープを覗くエリーゼもまたトリガーを引く。

 炎の弾丸を受けた樹木の巨人は延焼状態が継続する。リネットの炎魔術による追撃も炸裂、燃え盛る炎に包まれたベインウッドは大ダメージを受ける。

 

「キャワーン、まだ足りないぞ! お姉さん、困っちゃうー!」

「ああもう、ウザ過ぎー! まだ倒せないのかな!?」

「あと少しですわね、そうなんやけど!」

 

 一歩及ばず、ベインウッドが回復魔術を発動してしまう。状態異常も回復し、いよいよ反撃かと魔物が攻勢に転じようとすれば、ユーナは水流の雨を降らす。

 ベインウッドの幹がしっとりと潤う。体が湿気を帯び、樹木の巨人が困惑した。その刹那、ユーナの発動した氷の魔術が巨人に降り注ぐ。

 地面に落ちた氷柱が砕け、冷気の結晶がベインウッドの周囲に漂い、徐々に魔物の全身を凍結し始めた。やがて樹木の巨人は霜柱に包まれた氷像と化す。

 

「炎攻撃ばかり警戒すると、こうなっちゃうよってね」

 

 凍結の状態異常が入れば、回復魔術を使うこともできなくなるはずだ。多少の回復は許したが、まだ討伐圏内のHPである。ユーナはリネットに呼びかけ、

 

「今だよ、トドメ!」

「命令されなくても知ってるしー! ユーナさん、ありがとうございます!」

 

 生意気な態度を取りつつも、リネットは素直に感謝する。二人の同時攻撃といこう。リネットは黒い球体を出現させ、ユーナは二枚の護符を投擲する。

 勝利を確信したミオンは撤退。自分は守り切ったのだと、そう安堵したスージーが盾を抱く。銃器を下ろした二人がベインウッドの最期を見届けた。

 やがて交じり合った黒と白の閃光は、凍結した樹木の魔物を粉砕するのだった。



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第一部終章:ありふれた日常
第一部最終話:打ち上げをしましょう


 孤島の庭にバーベキューキットが並ぶ。招待客の二人を案内し、拠点を一通り紹介して回ったところで、打ち上げをしようという話になったのだ。

 食材はドラゴニューシリオの市場で買い揃えた。人通りの多い通りに調理食材の露天商がおり、全員でゴールドを出し合って購入したものだ。

 来客の訪問も期待し、バーベキューキットも用意していたが、こんなにも早く使うことになるとは思わなかった。嬉しい誤算と言っていい。

 

 ベインウッド・トレントとの戦闘は熾烈を極めるものだった。岸辺のボート小屋には多少の修理箇所があったけれど、拠点への被害は最小限に食い止めたとみていい。

 ボート小屋の修理アイテムは、収納ボックスに備蓄した分で十分だったし、援軍の助力が大きかったのか、孤島の本宅には魔物どもに指一本として触れされていない。

 発生率も低いイベントだし、しばらくは安全な生活が保障されるだろう。初勝利の余韻に浸りつつ、ユーナはバーベキューを楽しむ友人らを見守るのだった。

 

「祝杯です、スーはやり遂げました」

「おー! お姉さんもノリノリだぞー!」

「あれ? お姉ちゃん、テンション高すぎない?」

 

 焼いた肉を皿に取ったリネットが驚愕する。ジュースを飲み干したイヴリンが顔を赤くし、ほろ酔い気分でグラスを掲げていたからである。

 雰囲気に酔ってしまったのか。酒類のアイテムもあるにはあるが、ステータス上昇アイテムなので、プレイヤーが酔っ払うはずもないのだが。

 

「いい飲みっぷりやちゃ。その意気ですわよ、わたくしが応援しますわ」

「まだまだいきます! これがスーのイケイケモードです!」

 

 コップを両手で包み込み、スージーが仙桃のジュースを口につける。食事の手を止めたエリーゼが拍手を送った。仙桃はドラゴニューシリオの高山に群生する果物。

 それを原材料とし、仙桃のジュースは完成した。死亡状態に陥った仲間を復活させる効果が料理アイテムだ。調理したアイテムには回復効果を持つ品が多い。

 けれど、VRゴーグルの発達もあり、最近は料理の味の再現にも成功している。回復目的の使用でなくとも、純粋な食事を目的とした使い方ができるのはいいことだ。

 失敗料理はそれなりの味をしており、一長一短な側面もあるのだが。ふと食事中のミオンと目が合った。箸を置いた彼女は大樹に歩み寄り、

 

「あんたはもういいの?」

「ちょっと休憩、見てて飽きないし」

 

 ゲーム内で食事を済ませたとして、空腹が満たされるわけではない。束の間の満腹感を錯覚できはするけれど、どちらかと言えば、雰囲気を楽しむ趣が強い。

 バーベキュー会場から香ばしいタレの匂いが漂ってくる。現実のほうで夕食を済ませていなければ、きっと腹の虫が鳴っていたことだろう。

 友人らの談笑が耳に届く。肉の焼ける音がリズムを奏でた。賑わう拠点の喧騒に包まれ、ふとユーナは大樹の幹に背中を預ける。

 涼しげな水辺の風が心地よい。ざわざわと大樹の枝葉が凪ぐ。木陰に座ったユーナは目を閉じ、拠点完成までの道のりを振り返るのだった。

 

「やっぱりいいね、こういうの。あたしの望むエンジョイライフ!」

「はいはい、よかったわね」

 

 太ももを叩いたミオンが腰を下ろす。地べたに座り込んだ彼女は、ユーナと肩を並べる。完成した拠点を眺め、息を吐き出した二人は達成感を分かち合う。

 

「ねえ、あんたはこのクエストの達成条件は何だと思う?」

 

 ふとクエストウィンドウを開いたミオンは、「朽ちた領地の大樹を復活せよ」との表記がある専用クエストを指差した。ギルドメンバーの共有クエストか。

 ユーナも強制受注することになったクエストだが、達成率50%と勝手に進行していたのだった。拠点の開発が進み、進行度があがったということか。

 それとも魔獣襲撃イベントをクリアし、ポイントが加算されたのだろうか。まったくの謎である。この調子ならば、気付かぬ内に達成することになりそうだが。

 

「特に制限もないし、放置でいいんじゃない?」

「あんたは昔から適当よね。達成報償がハテナマークなのが気になるんだけど」

 

 ミオンも運営に問い合わせはしたようだが、

 

『企業秘密です。ランちゃんが安全を保障しますので、ユーザーさんはお楽しみにー』

 

 と、回答はぼかされたとのこと。管理AIのランちゃんが把握しているようだし、問題はないと思うが、しかし気になる言い回しだ。

 ユーザーを焦らすのが上手い。そのあたりは有能AIだと思う。リーク情報がないかと期待したけれど、拠点保有したユーザーの大半が疑問を抱くに止まっているらしい。

 第一回の大型アップデートが示唆されているが、どれも憶測の域を出ていないという。これはまた楽しみが増えたかもしれない。気長に待つとしよう。

 

 リーク情報を真に受け、あれやこれやと考察するのもゲーマーの楽しみだとは思う。そちらは攻略勢の方々に任せ、ユーナはスローライフを満喫するだけだ。

 それはそうと、クエストウィンドウに集中するミオンは隙だらけだ。これは悪戯のチャンスだろう。親友よ、油断した自分を呪うがいい。

 地面についたミオンの片手が無防備だということで、ユーナの悪戯心に火がついた。不意に親友と手を重ね、ユーナはニヤニヤと笑うのだ。

 

「ちょっ!? いきなり何してんのよ!」

「いやね、ミオンが驚くかと思って。なんか子供の頃を思い出すよねー」

「うぐっ、まだ私らは子供でしょ? 未成年だし」

 

 もう……、と照れ隠しをするミオンが目を逸らす。昔を思い出したのか、頬を染めた彼女が黙り込む。不意打ちは成功したとみていいだろう。

 可愛い反応だと煽れば、殊更に恥ずかしがるミオンが呻くのだった。そういえば、初めてオフ会を開き、公園で遊んだ日もこうだったか。

 騒ぎ過ぎたばかりに疲れ果て、公園にあった木の下で休憩したのだ。子供には敵わない、とお互いの両親がため息をついた情景が蘇る。

 まだ小学校低学年の時だったし、ミオンとは長い付き合いだ。これからも良き親友であったほしい、そうユーナは願うのだった。

 

「ミオン、ありがとね」

「はっ? きゅ、急にどうしたのよ?」

「いやね、突発的に言いたくなったといいますか」

 

 ミオンが誘ってくれなければ、このゲームを始めることはなかっただろう。スージーやエリーゼとも出会うことはなかったわけだ。

 ユーナのゲーム仲間が増えたのは、間違いなく親友のおかげである。たまには素直に感謝しよう。きっと罰が当たることもないはずだ。

 

「いきなりしおらしくなられると調子狂うわね。私も、その……」

 

 小さく口を開きかけ、また言い淀んでは口を閉ざす。珍妙な行動を繰り返す彼女は、次第に顔を真っ赤に染め始める。ユーナはよく知っていた。

 これはミオンが素直になれない時の反応だ。サバサバとした性格で、普段は男勝りに振舞っているせいか、少女らしく振舞うのが苦手なのだ。

 ユーナは彼女の返答を待つが、それより先にエリーゼが手を振った。

 

「お二人とも、何をしていますの? デザートにするよー!」

「二人が食べないなら、スーが貰います。甘い物は好きなので」

「スイーツパーティの開幕だぞー!」

「早く来ないと残らないかもねー、リネットが食べちゃうしー。ええと、お皿は六枚で良かったよね? タルトとかの切り分けも考えて……」

 

 全部食べると主張したはずなのに、リネットは丁寧に人数分の皿を用意する。バーベキューキットを片付け、アウトドアテーブルにデザート類が並べられていく。

 甘い物は別腹理論の発動だ。スイーツの甘い匂い、それが孤島の庭に蔓延する。バーベキュー会場を離れたユーナも、デザートを逃がすわけにはいかなくなった。

 

「まっ、そういうことよ。私、あっちに戻るから!」

 

 これ幸いにと、話を暈したミオンが逃亡を図る。彼女が逃げたと直感したユーナは、このヘタレめ、と親友に苦言を呈す。

 

「やっぱツンデレだよね、間違いない」

 

 ユーナが確信めいたふうに言えば、ピクリと反応したミオンが足を止める。そして振り返った彼女は頬を赤く染めあげ、しかし断固として反論するのだ。

 

「違うわよ、いつも言ってんでしょ!? 勝手にツンデレ扱いすんなー!」

 

 と。ちょっとばかり幼さの残る親友の反抗に満足し、ユーナはゆっくりと歩き出す。このゲームで出会い、一時の安らぎを共有するようになった仲間のもとに。

 孤島に茂る大樹の葉が揺れる。山の峰々に囲まれた青き湖畔の小波(さざなみ)が、今日も少女たちのありふれた戯れを祝福するのだった。




 第一部読了、ありがとうございます。次章までの流れは考えているので、またのんびり更新を続けます。区切りも良いので、第二部終了後に一時完結とするつもりです。
 次章は「朽ちた領地の大樹を復活せよ」、このクエストに関する内容となっています。メインメンバー四人に、新キャラクターも二名ほど追加する予定です。
 よろしければ、第二部完結までお付き合いいただければと思います。


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第二部前篇
第一話:謎の少女が現れました・前編


 朝日の日差しが部屋に差し込む。眠りから覚めたような感覚を抱くが、しかしそれは夢の世界に入り込んだ証だった。女学校から帰宅し、最近話題のゲームにログインしたのだ。

 ティエラフォール・オンライン、NPCに最新鋭の人工知能を活用した次世代型VRMMORPG。私立彩桜女学院の生徒、想本夢莉は今日もゲームに熱中する。

 ゲーム内アバターのユーナとなり、ゲーム内に建設した自宅で起床した。森の先にある湖の拠点は、静かな朝の訪れを少女に伝えるのだ。

 

 さあ、念願のゲームライフが始まった。授業中の苦痛に耐え抜き、自宅課題という試練を乗り越えて、ようやく趣味の時間に突入したというわけだ。

 今日は何をしよう。体を起こし、グーッと背伸びをしたユーナは、自室を見渡した。家具も買い揃え、生活の溢れる部屋になったとも思う。

 質感のいいクローゼット。ふかふかの高級ベッド。錬金術や符術に関する書物が並ぶ本棚。燭台にある机に置かれた羽ペンやインク。新調した魔術服も畳み置く。

 

 拠点の本宅が完成してしばらく、拠点内の設備も充実してきた。初期装備からも卒業し、見栄えもよく、レアリティの高い魔術服も手に入れた。

 聖魔女のドレス、オフショルダーのドレス衣装だ。スカートの丈は短く、脚部装備にはニーソが反映される。ケープ付きのドレスは露出も控えめ。

 魔術襲撃イベントの戦利品である。ドロップ確率0・2%のユニーク報酬を手に入れた。我ながらに引きが強かったと思う。

 

「見た目がいいだけで、効果は普通なんだけどね」

 

 ユニーク装備とはいえ、特別な効果があるわけではない。そもそもユニーク品はネタ装備の意味合いが強く、最強装備なんてことはない。

 防御力の初期値は高めだが、まだ強化途中の装備である。実は防衛線に参加したメンバー全員、奇跡的に低ドロップ品を入手した。

 装備交換も含め、全員にユニーク装備が行き渡る。しかし、これはおかしいと疑ったところで、イベント戦に不具合があったと、管理用AIのランちゃんに報告されたというオチがつく。

 

 イベント戦のドロップ確率にバグがあったらしい。運営の手違いだったということもあり、お詫び品として、そのまま一同が受け取る運びとなったわけだ。

 そういう意味でも運がいい。装備のスロット数は共通だし、特殊な装備スキルも実装されていないため、譲渡しても問題ないと判断したのだろう。

 確率バグは公言しないよう、ランちゃんのとの裏取引があったことは黙っておく。防衛戦は大変だったけれど、真っ先に拠点購入してよかったと思った瞬間だった。

 

「サービス開始時の不具合はよくあるからね」

 

 情報が出回るよりも運営の対処が早かった。もともと拠点襲撃イベントの発生が稀だし、一二組ほどのギルドに被害が出ただけに留まったようだ。

 まあ、被害というよりは幸運が訪れただけなのだけれど。武器・防具種ごとに最大値は固定。強化したい防具が決まったことだし、今度とも愛用していこうと思う。

 装備の更新に縛られず、見た目を優先した装備選択の自由ができるのも、このゲームにおける魅力の一つだろう。強化素材の入手に苦戦する点には目を瞑るとして。

 

「いつまでも寝間着じゃダメだよね。みんなと合流しよっか?」

 

 ユーナのテンションが高い理由は一つ、本日が第一回大型アップデートの当日だからだ。どんな変化があるのか、期待せずにはいられない。

 薄手の寝間着を見下ろし、いざ立ちあがろうとした矢先のことだ。ふと足にのしかかる重みを感じ、ユーナは小首を傾げてしまう。

 実を言うと、先程から足が痺れるような感覚はあった。心なしか、布団も膨れあがっているような気がした。一瞬、太ってしまったのかと戦慄する。

 だが、キャラクターの容姿が変わるはずもない。即座に思い直したユーナは、足が重くなった元凶を探るため、布団の中を覗き込む。

 

「えっ?」

 

 口をバッテンにしたユーナは、途端に目を丸くした。少女がいた。スヤスヤと寝息を立てる薄緑色の髪をした謎の少女。身長は一二〇センチ未満になるか。

 耳は長く、草の冠を身につける。薄着の少女が身にまとう衣装は、草の葉をモチーフにしたワンピースか。ユーナを抱き枕のように使う少女が微かに目を開く。

 寝ぼけ眼を擦った少女は、ボーッとユーナの顔を見つめ、

 

「…………」

 

 と無言を貫き、ユーナに微笑みかけたのだ。神秘的な雰囲気のある少女。いいや、そもそも光の粒子をまとっていないだろうか。少女と見つめ合うユーナの感想は一つ。

 

「誰……?」

 

 最大限の疑問を表す単語、その一言に尽きた。

 

       ******

 

 ゲーム内の時間が午後三時だったということで、ダイニングルームに集合した一同は、おやつの時間とした。料理スキルを活かしたミオンの手作りお菓子が並ぶ。

 マカロンにチョコタルト。クッキー類は勿論のこと、パンケーキも一通りの種類がある。カロリーを気にせず、甘い物を食べられるのはいいことだ。

 肉付きが良くなる心配もないし、おやつの時間は至福の一時である。まったりとした時間が心地よい。口につけた紅茶の香りは、ほんのりと甘かった。

 

「なんかもう、ただのお茶会ね」

 

 追加のカップケーキをテーブルに置いたミオンが言う。探索に出るでもなく、ダラダラと過ごす一同を眺め、気抜けした彼女が肩を落とす。

 拠点を襲撃したベインウッド・トレントとの激戦を境に、ギルド「湖畔の乙女(ダーム・デュ・ラック)」の活動範囲は縮小した。拠点の設備が充実したのもあるだろう。

 畑の薬草栽培に生産アイテムの売却、たまに遠征に行く程度か。小さな養鳥場も作り、プラーマという鶏を飼い、卵なんかも調達しているのだ。

 

 喫茶店でいいのでは? と言われれば、その通りだとは思う。平和ね、と呑気な感想を述べたミオンも、まったりとしたスローライフを満喫しているようだけれど。

 場の空気に当てられ、和むような息を吐き出した彼女は、ノースリーブの闘衣を着用する。夜叉姫の宵衣だったか、クールで大人っぽい印象を受ける衣装だった。

 これも襲撃イベントの戦利品である。確かエリーゼとの交換品だったはずだ。可愛いというよりは、カッコいい顔立ちをしたミオンのキャラクターにはよく似合う。

 

「敵に襲われないのは良いことです。スーも死に怯える必要がありません」

 

 クッキーを頬張り、むふん、とスージーが胸を張る。火力をとるよりも、瀕死状態になることを極端に恐れる彼女は、平穏な日々を過ごせる幸福感に浸る。

 戦乙女の鎧装束、と仰々しい名前の装備を身に着けている割には、心の底から戦闘を嫌う娘である。いや、名前に反するのは衣装も同じか。

 装甲部分が少なく、布地の薄い戦闘衣。とてもではないが、重装備に見えないのだが。完全な見栄え重視の装備、運営に女剣士好きな人のかも、と疑いたくなるこだわりようだ。

 

「まあまあ、女子会みたいで楽しいじゃありませんの。いい息抜きになるちゃ」

 

 勉強疲れを振り払うように、楽しげに笑ったエリーゼが手を叩く。肩甲骨の形がくっきりと見える背中だしの衣装を着た彼女は、翼人の羽を折りたたむ。

 精霊王の法衣、エリーゼがミオンと交換したローブドレスである。ローブドレスがまとう高貴なオーラを、エリーゼが気に入ったのだとか。

 背中出しとは大胆な衣装だと思ったが、羽が邪魔となる翼人には着用しやすい装備とのこと。こうしてミオンとエリーゼの利害が一致し、装備交換となったわけだ。

 装備品の見た目だけならば、精鋭揃いのギルドになったな、とユーナは自負する。蓋を開けば、装備の強化値も低く、攻略を放棄した怠け者集団なのだけれど。

 

「まあ、符呪だけは一級品だけどね。それで誤魔化そう」

 

 生産プレイに明け暮れる最中、ユーナは細工符呪のレベルだけを集中的にあげた。現在は練度50、上級符呪が扱える最低ラインの練度までは上昇した。

 スージーには耐性強化とHP上昇スキルを盛ったし、エリーゼには会心率強化とMP回転効率をあげるダメージ量に対する一定MPの回復効果を付与した。

 ミオンにはAGI値に相当する回避性能の向上と、ダメージ効率をあげる打撃強化スキルをマシマシにする。倍率ゲーの符呪師を舐めてもらっては困る。

 自分自身にはMP自動回復スキルや、魔術と回復術の強化スキル。消費MP軽減などなど、魔術服の符呪スロットの多さを活かしたスキル構成とする。

 ただし、紙装甲。倒される前に倒さなければ、またユーナは地べたを這いかねない。もっと言えば、ご立派なのは防具だけ。武器はドロップ品の使い回しなのだった。

 

「あたしたち、見栄えはよくなったよね? 火力はあれだけど」

「問題なしです。この姿で敵を威圧します」

「低ドロップのレア防具に敵は恐れ慄くのですわ。オーホッホッホ!」

 

 悪役令嬢よろしく、口元に手を添えたエリーゼが高笑いをした。死ににくさに磨きがかかったと、誇らしげな顔をしたスージーが強気に出る。

 三下にしか見えないわ、とミオンの冷静な突っ込みが炸裂したけれど、ユーナはノリと勢いで親友の言及を避ける。しかし、ついに彼女も痺れを切らしたらしく、

 

「ねえ、一ついい?」

 

 前髪で顔を隠したミオンが拳を震わせる。もう我慢はしなくてもよいのかと、ユーナに尋ね聞く。いったい何に耐え忍んでいたというのか。

 小さいことを気にする友人だ。やれやれ、と呑気なユーナが首を振れば、頭上に人差し指を掲げたミオンが、ハムハムとカップケーキに齧りつく少女を指差した。

 

「誰よ、その子! 何をシレッと混じってるわけ!?」

「…………!?」

 

 きょとんとした少女が食事の手を止めた。長い薄緑髪をした少女だ。パン屑を頬につけた彼女は小首を傾げる。見知らぬ少女の登場に、ようやくミオンが口を挟んだのだ。

 見知らぬ少女が布団の中にいた。そう皆に相談しようとしたのだが、ダイニングに揃ったメンバーの反応が薄く、こんなものかと流していた。

 どうやらユーナにだけ見える幽霊の類ではなかったらしい。軽く安堵した反面、やはりそうなりますか、と悟りを開く。

 

「ユナの妹じゃなかったですか?」

「違うよ? あたし、一人っ子だし」

「わたくしは攫われ子かと思い、スルーしていましたわ」

「うん、余計な気遣いはやめよっか? あたし、どういうイメージなの?」

 

 ログインしたばかりだというのに、どうやって見知らぬ少女を自宅に連れ込むというのか。自分は人畜無害なのだと断言しておく。

 一同の視線が集まり、気恥ずかしさを覚えたのか、赤面した少女がユーナの背に隠れる。人になれていない妖精を思い浮かべる。

 ミオンが恥じらう少女を覗き込めば、あっ、と閃いた彼女が口を開く。

 

「この子、プレイヤーネームはないわね」

「ということはNPC? どういうこと?」

 

 疑念を抱いたユーナが呟く。すると、ダイニングの天井付近に眩い光が弾ける。

 

『ドッキリ成功のようですね。ここは有能AIのランちゃんが解説しましょう!』

 

 お茶会の場に乱入した魔導書の妖精、管理用AIのランちゃんが勿体ぶった。フッフッフ、と含み笑いを浮かべた彼女は、やがて打ち明けることになる。

 ギルド「湖畔の乙女」が拡張した拠点に現れた、謎の少女の正体を――



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第二話:謎の少女が現れました・後編

 湖の孤島に吹き抜けた風に薬草畑の葉が揺れる。植物の蔦が這う使い慣れた工房を脇目に、一同はランちゃんの説明を受けることになった。

 いい拠点ですね、とお茶を濁したランちゃんが本宅の外に向かい、ユーナ一行は不振がりつつも、彼女に同行したのである。

 

「この子は拠点保有者のサポートNPCってこと?」

「そうです、第一回大型アップデートにおける目玉の一つです」

 

 第一回大型アップデートの目玉イベントに召喚獣の追加があった。魔導書限定の特殊アビリティである。魔法武器の差別化を図る試みだったらしい。

 最大火力の魔法攻撃がしたいならば杖が推奨され、補助魔術の強化や符呪練度に関する性能、手数で押す魔法職を目指すとなると、護符が推奨武器となる。

 以前のバージョンでは魔導書の運用価値が少なかったとのことだ。そこで召喚獣システムを導入することになり、ゲーム内に特殊なNPCを導入するに至った。

 

 召喚契約を可能とする獣や人型のNPC。しかし、召喚獣以外の運用価値はないものかと運営の代表者が言い始め、拠点にサポートNPCを追加する運びになったそうだ。

 サポートNPCの追加条件は拠点開発の進行度。アップデート前に導入されていたクエスト、「朽ちた領地の大樹を復活せよ」に関するイベントキャラクターだった。

 クエストの達成報酬がサポートキャラの追加、そしてギルドメンバーに対する加護の付与だった。加護の付与は開放するにはクエストの完全クリアが条件のようだ。

 

「拠点の開発度を100%までもっていけば、サポートキャラクターの加護効果が受けられるわけね。しかもギルドに所属するだけで」

「そうなりますね、ミオンさんは物分かりが早くて助かります」

 

 拠点に配布されたサポートキャラクターは連れ回すことも可能だとか。フィールド探索に同行させ、支援を受けることはできる。

 各拠点に配備されるサポートキャラクターは一体までのようだが。今後、拡張する可能性もなくはないが、過度な期待はせぬよう、ランちゃんは念押しをする。

 

「ユーナさんたちのサポートキャラは人型だったわけですねー」

「珍しかったたりするの?」

「そればかりは何とも言えませんね、ビジュアルがいいとだけ」

 

 拠点格差を無くすため、プレイヤー加護に強弱はないという。練度上昇効率があがったり、マップ上の採集場所を表示したり、あとは多少のステータス強化スキルか。

 湖畔の乙女が保有する拠点に現れた少女の固有スキルは「生命の癒し」。マップ移動中にHP及びMPの自動回復効果が追加・または強化されるというもの。

 探索には有用なスキルだ。しかも戦闘要員として活躍してくれるという。薬草畑に走り出した彼女は、期待してくれ、と言い張るように胸を張る。

 

「神です、神が降臨しました」

 

 心洗われるような表情をしたスージーが少女に抱きつく。一生大事にする、と言いたげな彼女が頬摺りをすれば、少女は満更でもなさそうだった。

 無言の少女がスージーの頭を撫でる。仲良くなって行けそうで何よりだ。固有スキルにHP回復効果がつくということで、スージーは泣いて喜んだのだろうけれど。

 

「喜んでるとこ悪いけど、まだクエストを完全達成はしてないわよ?」

「スーちゃんは気が早すぎや。クエストをクリアしませんと、サポートキャラクターの加護は発動しませんのよ? まだ不完全ですわ」

 

 エリーゼの表示したクエストの達成度は80%とある。拠点開発度を100%としなければ、「生命の癒し」は発動しないのだった。

 

「ならば、すぐにクリアするです。どこに行けばいいですか?」

「おー、スージーが珍しくやる気になったね」

「ユナは失礼です。スーはいつも全力投球なので」

「悪いけど、あんたは引きこもり宣言してる印象のほうが強いんだけど」

 

 活発的な時があったのかと、ミオンが疑問を投げかける。ムッとした表情を作ったスージーは、勝手なイメージがついて心外だと言いたそうだったけれど。

 変なところで負けず嫌いなのはいつものことか。そこが可愛らしくあるのだけれど。険悪ムードの二人を眺め、草冠をした少女が右往左往する。

 心配はいらない、些細な戯れなのだ。少女の頭を撫でたユーナは、ああやって好きなことを言い合える間だからこそ、仲良くやっていけるのだと言い聞かせた。

 喧嘩するほど仲が良いとは、よく言ったものである。

 

「それで、この子の設定なんだけど……」

「はいはい、スペシャルな有能AIのランちゃんがお答えしましょう。この島の大樹、生命の木に宿る巫女という設定です」

「あれは生命の木でしたの? 予想外の設定やちゃ!?」

 

 いきなりぶっこんで来たな、とエリーゼが驚く。同感だ、普通の老木にしか見えなかった。根っこに座ったこともあったし、奇妙な罪悪感を抱いてしまう。

 謝ろうかと少女を見たが、笑顔を浮かべた彼女はそんなに気にしていなかったようだ。安堵すると同時に、次からは島の大樹に対する扱いを考え直そうと思う。

 さて、彼女が大樹の巫女を名乗る精霊だったとして、いつまでも少女(・・)と呼ぶわけにはいかない。そろそろ草冠をつけた少女の名前を聞くとしよう。

 

「この子の呼び方だけど、運営のほうではどうなってるの?」

「あーいえ、それはですね……」

 

 モジモジと指を擦り合わせたランちゃんが罰の悪そうな顔をする。これは……、と予感したユーナは、呼び出す必要もなく、ランちゃんが登場した経緯を振り返る。

 怪しい、この上なく怪しかった。まさか、と疑いの眼差しを向けたユーナは、ポンコツAIの真意を見抜く。そう、それは――

 

「この子の名前、まだ決めてなかったとか言わないよね?」

「ギクッ!? そんなはずないじゃないですか、この有能AIのランちゃんが」

「じゃあ、答えてくれてもいいよね? ラ・ン・ちゃ・ん、素直になろっか?」

 

 ユーナが脅すように言えば、ダラダラとランちゃんが冷や汗を流す。無言の圧力を継続、ランちゃんが白状するまで沈黙を貫けば、ついに折れた彼女が語り出す。

 

「仕方なかったんですよ! 開発班がサポートキャラクターのビジュアルばかりにこだわって、細かい設定を後回しにした結果なのです!」

「あー、だから無口なのですわね。キャラ付けかと思うたちゃ」

「キャラクターの設定処理が遅れ、一体だけ間に合わなかったキャラクターが出ました。どーせ、どーせ、ランちゃんは開発管理もできない無能AIですよー」

 

 ふーんだ、といじけたランちゃんがやけっぱちになる。管理用AIの面倒くさい悪癖が出た。グチグチとした自虐口調になり、ユーナが困り顔を浮かべる。

 落ち込んだランちゃんを同情したのか、草冠をした少女が泣きベソをかく彼女の背中を擦る。それがまた情けなさを煽り、ランちゃんはうな垂れてしまうのだった。

 

「妹分に慰めされるとは、先に作られた人工知能の名折れです」

「妹分? どういうこと?」

 

 気になる発言があり、ユーナはランちゃんの言葉を復唱した。すると、顔をあげた彼女がせめて説明義務だけは果たさなければと、草冠をつけた少女を紹介する。

 

「拠点のサポートAIにも学習機能を持つ最新鋭の人工知能を導入しました。プレイヤーと触れ合うことで、どう変化するのか、それを調べる目論見もあります」

「へえ、そうなんだ。とゆーか、一般プレイヤーに伝えてよかったの、それ?」

 

 守秘義務とかはなかったのだろうか、心の折れたランちゃんの口は軽かった。非人道的な実験をするつもりはないようだし、ここは聞かなかったことにしよう。

 ゲームがより楽しくなるならば、願ったり叶ったりだ。ゲーム内NPCと友人のような付き合いができる。そうやって、プラス思考に考えてもいいと思う。

 

「名前がないと、やっぱり不便だよね?」

「そうですわね、これから長い付き合いになるのでしょうし」

 

 妙案は浮かばないものかと、エリーゼがこめかみをつつく。

 すると、

 

「難しく考えすぎじゃないの? あんたが名前を付けらればいいじゃない?」

 

 なんてミオンが口を挟むのだ。スージーもまた彼女に頷く。しかし勝手に決めてよいものか、ユーナはランちゃんの確認を取る。

 

「ミオンはああ言ってるけど、どうなの?」

「そうですね、いいんじゃないですかー。ポンコツAIのランちゃんが決めるよりは」

「まだ言ってるよ……けど、了承は得たからね」

 

 管理用AIが許可を下したのだ、前言撤回はさせない。深く考え込むユーナは、大樹の巫女を体現するよい名前はないものかと、自分の持つ知識を絞り出す。

 旧約聖書において、エデンの園に植えられた木がある。人はそれを生命の木と呼んだか。セフィロトの樹、広く一般に知られた神秘思想の創造論に登場する樹木の名だ。

 大まかな設定は完成しているようだし、それにあやかるのはどうだろうか。

 

「セフィーはどう? 悪くないと思うけど」

「…………」

 

 無口な少女が万歳をする。気に入ってくれたということか。草冠をつけた少女改め、セフィーが飛び跳ね、彼女は正式に拠点のサポートキャラクターに抜擢される。

 

「登録は終わりました。今後、サポートNPCのセフィーが皆さんを支援しますねー」

「あとは拠点の開発度をあげるだけだよね? でも――」

 

 どうすればよいというのか、拠点開発度の進め方がわからない。そのあたりのアドバイスがないかと問えば、落ち込むランちゃんの顔色が変わる。

 頼られたことが嬉しかったのか、熱意を取り戻した彼女は流暢に話し出したのだ。

 

「やはり、ランちゃんがいないとダメなようですね。有能AIの底力を見せましょう」

「よろしくね、あたしたちも手詰まりだったから」

「仕方ないですねー、ユーザーサポートもランちゃんのお仕事です!」

 

 ふふーん、と鼻を高くしたランちゃんが調子を取り戻す。セフィーの持つ固有加護は絶対に手に入れたい。期待の高まったスージーの瞳が輝く。

 他の面々も拍手を送り、ランちゃんの気をよくさせるのだ。有能AIを名乗る少女に軽いシンパシーを感じたが、それは胸の内に秘めておくとしよう。

 そして管理用AIのランちゃんがクエストの攻略法を語る。

 

「サポートNPCが出現する進行度に到達したならば、あとはイベントアイテムを回収するだけですねー。それを拠点の大樹に供えれば完了です」

「そのアイテムはどこにあるの? 探さないといけないんだよね?」

「そうですねー、イベントアイテムの入手場所はユグドラシルの樹海。虫人の都市、イーセクトゥムルのある大陸、ヴァルトフォレスタにあります」

 

 ランちゃんの助言により、一同の行き先が決まる。生産作業に明け暮れ、貯蓄したゴールドも十分。セフィーと出会ったこの日、ギルド湖畔の乙女の大冒険は幕を開けたのだ。



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第三話:船旅の準備をします

「なるほど、大陸を渡るアドバイスが欲しいということか」

 

 ドラゴニューシリオにある商人ギルドの店、ハウズウィーラーを訪れた一同は、オーナー兼ギルドマスターを務めるプリステラにアドバイスを求める。

 大陸各地にギルド支部を持つ「放浪の商い人(ラズーノスチク)」。大陸移動も日常茶飯事かと思い、プリステラの意見が聞きたかったのだ。

 拠点で生産活動を始め、彼女は良き取引先となってくれた。店の薬棚に並ぶ回復薬の一部は、湖畔の乙女が生産した錬金薬である。

 オーナーのプリステラに聞けば、売れ行きもいいとのこと。自分たちの生産したアイテムが、他プレイヤーに使われているというのは、嬉しくもあり、こそばゆくもあった。

 今度とも頼む、と力強く頷いたプリステラは頼もしい。ある一点の欠点を除けば。

 

「しかし、また幼女が増えたようだな。これは、眼福だ」

 

 フフッ、とカッコよく笑った彼女は鼻血を垂らす。店内を動き回るセフィーを眺め、さりげなくティッシュで鼻血を拭い取る。そう、彼女は行き過ぎた子供好きなのだ。

 背筋の悪寒が走ったのか、セフィーを抱き締めたスージーが彼女を睨む。セフィー本人はどうしたのかと困惑し、無言で小首を傾げていたが。

 

「プリステラさん、そのあたりに……」

「ああ、すまない。やはり子供はいいものだと思ってな」

「他の人ならまだしも、この人が言うと犯罪のニオイがするわね」

 

 怪訝な目つきをしたミオンが言う。ユーナもプリステラを庇うことはできず、親友の発言に同調し、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「さて、海を渡る方法だったな」

 

 コホン、と咳払いしたプリステラが本題に入る。幼子の戯れを堪能し、気分を良くした彼女は、気持ちばかりのお礼だとユーナの質問に答えるのだった。

 

「海路と空路があるが、どちらが好みだ?」

「節約がしたいし、安いほうがいいかも」

「ならば海路だな、そちらを利用する方向で話を進めよう」

 

 大陸を渡る手段は二つある。空港に停泊した飛空艇を利用するか、港町に渡来する定期船を利用するかだ。移動手段としては定期船のほうが安価らしい。

 商人ギルドの所持金は膨大な額だ。運搬用の船も、移動用の飛空艇も個人所有しているようだが、それは一部のブルジュワジーな上位ギルドの特権。

 湖畔の乙女みたいな小規模ギルドに、乗り物を個人所有する余裕はまだない。いつかはきっと手に入れる。遠い未来の決意を胸に、ユーナはプリステラの助言に耳を傾けた。

 

「目的地はイーセクトゥムルだったな?」

「うん、ヴァルトフォレスタの大都市だね」

「ならば、大陸北部のファルゲン港がいいかもな」

 

 虫人が統治する世界樹の大陸、ヴァルトフォレスタはモンテベルク大陸の北東に位置する。北港のファルゲン港に移動し、定期船を利用するのが最安値のようだった。

 船旅は六時間、現実時間の一時間に相当するらしい。定期船に乗るならば、日を改めたほうが良さそうだ。今日は拠点に帰り、武器の調整や錬金薬の製作をするとしよう。

 

「イーセクトゥルムかー、どんな街だろう?」

「そうだな。一言で言えば、巨大樹の中に住居を構えた都市だ」

「一つの木が都市になっていますの?」

「ああ、大樹海の中心にある泉の街だ。森を抜けるには注意を怠らないことだな」

 

 まだ見ぬ都市の情報、期待に胸が膨らむ。大都市を作れるほどの大樹とは、どれだけ大きいのだろう。好奇心が刺激され、探索好きのユーナはエリーゼに共感してしまう。

 ただし、樹海は湿地帯が多く、道に迷いやすいとの忠告も受けた。底無し沼や植物に擬態した魔物など、大自然のトラップが目白押しだとのこと。

 ヴァルトフォレスタのほうの港町で宿をとり、樹海に挑む準備を整えよう。

 

「世界樹の街に滞在するなら、空き屋を一時的に借りるのもいいだろう」

「都市内の無人住居かー、空きがあるといいけどね」

「そのあたりは問題ないはずだ。空き家の住人は入れ替わりが激しいからな」

 

 都市内の住居は一時拠点に使うプレイヤーが多い。空き家の売却機能もあり、引っ越しを決めたユーザーの大半は、今後の活動資金を得るために売り払うのだ。

 同時接続するプレイヤー人数が多いだけあり、空き屋の数も十分にある。どこかに人の保有していない空き家があるはずだ、とはプリステラの見解だった。

 

「樹海移動は大変っぽいし、仮拠点を作るのはありね」

「どうせならお店にしよっか? せっかく生産関連のアビリティをあげたんだし」

 

 拠点クエストのクリアを目指しつつ、お金稼ぎができるのはいいことだ。寝泊まりする場所も欲しく、二階立ての空き家が望ましい。

 条件に合う空き屋があるといいかも、などと冒険の始まりに予感させる空気に、ゲーム好きの血が騒ぐ。目新しい場所というのは、それだけで新鮮な気持ちになるものだ。

 

「あの娘はどうする? サポートキャラクターなのだろう?」

「連れて行くつもりだよ。一緒に戦えるっぽいし」

 

 第一回大型アップデートにより、パーティ画面に新たな機能が追加された。サポーター枠というものだ。パーティリーダーが任意の召喚獣を選べるらしい。

 召喚魔術を扱えるのは魔導書だけだが、それ以外の武器を扱うプレイヤーも契約した召喚獣より、ステータスアップのバフが受けられるようだ。

 パーティの連動機能というものも追加され、別パーティとの経験値共有も可能になった。手を組みたい相手の承認が必要となるが。

 また、連動パーティでは召喚獣のバフ効果が共有されることもない。召喚獣の効果は個別に発動し、手に入る恩恵もまた違ってくるのだ。

 恐らくはソロプレイヤーへの配慮だと思う。自分に優位なバフ効果を受けたければ、友人同士でも個別にパーティを組み、連動効果で経験値共有だけすることも可能だが。

 

「まだ契約した召喚獣はいないし……」

「サポート枠にはセフィーを起用するね、パーティはこのままで。あたしのサポート枠はずっとセフィーになると思うけど」

 

 あれだけ懐かれれば、妹のように可愛がりたくなるというもの。ユーナは一人っ子、ゆえに兄弟が欲しいと思ったこともある。

 ちょこちょこと動き回るセフィーを見れば、これが妹ちゃんか、などと姉になったような気分を味わう。溺愛してしまいそうで、少し困ったけれど。

 

「ユーナさんも、ついに姉心に目覚めたのですわね」

 

 エリーゼが姉の良さについて熱く語り出す。妹が見過ごせんなるちゃ、と砕けた言い方をした彼女は、ともに姉の協定を結ぼうと熱弁する。

 

「あんたの場合、スージーを振り回してるだけに見えるけどね」

 

 どっちが姉なのか、とミオンが肩を落とす。そんなことはないはずだとエリーゼが言い張るが、彼女に同意を求められたユーナもまた視線を逸らしてしまった。

 ガーン、と口に出したエリーゼがショックを受ける。いつものことだ、見慣れた光景に親友と笑い合う。だが、顎に手を添えたプリステラが頬を染めあげ、

 

「あの娘のことだが、無理に連れ回さずに済む方法もあるのだぞ? 長期間の不在だ、彼女を私に預けるという手段も……」

「あっ、それだけはないです。すいません」

「何故だ!? 私の発言のどこに不備があった!?」

「不備しかないわよ! 自分の胸に手を当てたらどうですか?」

 

 幼子の姿を見つめ、鼻血を垂れ流す女。普通に危ない人である。自分の提案が受け入れられる自信は、どこから湧いて出たのだろう。

 じっとりとした目つきになったミオンが首を振る。自分の留守中に、プリステラの毒牙にかけるわけにはいかない。ユーナの庇護欲は、むしろ強化されたのだった。

 

「セフィーはどうしたですか?」

 

 不意にきょとんとしたスージーが言う。

 

「…………」

 

 袖を引かれて振り返ると、無言の少女が佇む。店内に飽きてしまったのだろうか。帰りたいの? とユーナが聞けば、しかしセフィーは首を横に振る。

 少し気になり席を立つと、彼女がユーナの手を引いた。誘われるままに腰を屈め、セフィーについて歩けば、彼女は武器の立てかけ棚に指を差す。

 彼女が指差したのは両手斧だった。言葉を発しない少女が素振りをする。両手斧を使い、自分の戦うと宣言しているのか。

 

「えっ? これ?」

「…………」

 

 コクコクとセフィーは二度頷く。いや、無理があるだろう。大樹の巫女という設定の精霊だし、魔術主体の戦いが専門ではないのか。

 あちらにしないかと魔導杖を指差すと、セフィーは激しく首を振った。ならば剣だ、片手剣にしよう。魔術補正のある剣もあった気がする。

 

「両手斧は重いよ? 片手武器にしない?」

「…………」

 

 プクーッと頬を膨らませたセフィーが不機嫌な顔をした。どうしても両手斧が使いたいらしい。子供体系だというのに、思い切った武器選択だった。

 斧を持ちあげ、押し潰される映像しか浮かばない。セフィーは意外と強情だ。こういう時はどうすればよいのか、ユーナは対応に困ってしまう。

 

「斧の攻撃力は高そうですけれど、使えなければ意味がありませんのよ?」

 

 ふとセフィーに歩み寄ったエリーゼが膝を折る。優しげに語る彼女には、姉の風格が垣間見える。意外だ、これまでドジを踏む姿しか見なかったから余計に。

 穏やかなエリーゼの声に説得されたのか、セフィーが眉根を下げる。我儘だったと反省したらしく、少女の瞳が潤み始める。

 

「セフィーはいい子ですわね。お姉ちゃんが撫でてあげますわ」

 

 キラキラとした雰囲気が漂い、エリーゼがセフィーの頭に手を伸ばす。くすぐったそうに目を細め、それでも未練があるかのように、セフィーは両手斧を見つめるのだった。

 

「仕方ありませんわね、一度だけ持たせてあげませんこと? ウラも手伝うちゃ」

「危なくなったら支えるんだね? でも、お店の商品だし」

 

 ユーナはプリステラに目を向ける。すると、彼女は自然に親指を立てた。即決だった、子供の頼みは断れないということか。白い歯を見せたいい笑顔までくれた。

 重い物を持つ少女の姿を思い描き、彼女は勝手に悶絶したようだ。ジワーッと垂れた鼻血を拭い取り、いい絵が見られそうだと彼女は興奮する。

 

「店長はあとでお説教ですね。とはいえ、彼女は」

 

 子供に甘いのは誰もが同じか。カウンターの立つ女性店員も目を瞑り、セフィーの持ちあげた両手斧を支えるため、商品棚の近くに待機する。

 そう、誰もがセフィーの失敗を確信していたのだ。これも勉強、失敗をして学ぶのも必要だと、養育者ぶったユーナが無謀な少女の姉を気取る。それなのに、

 

「…………」

 

 セフィーは両手斧を軽々しく持ちあげてしまったのだ。武器の重量を感じさせぬほどに容易く、少女は両手斧をがっちりと握り締める。

 満足げなセフィーがにっこり笑う。口をバッテンにしたまま、ユーナの表情が固まった。大樹の巫女? どこがなのか。もはや大樹の狂戦士である。

 清楚感たっぷりの見た目なのに、使用武器が血生臭さすぎるのではないだろうか。怪力少女に蹂躙されるのも、とプリステラは新たな扉を見出したようだったが。

 無邪気なセフィーに踏みつけられる自分を妄想したのだろう。変人の彼女は置いておくとして、誰もが言葉を失ったのは当然の流れ。

 

「セフィー、力持ちです」

 

 と、スージーが現実逃避するように感想を述べたのが精一杯か。やがて姉ぶったユーナが羞恥心に殺されそうになり、穴があったら入りたくなったのは言うまでもない。



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第四話:冒険前夜です

虫人大陸の名を変更。ヴァルトフォレスタとしました(以降、変更なしです)


 拠点の工房。調合本やスキル書の原本が並ぶ本棚があった。月明かりの差し込む窓際に、大型の錬金台と素材アイテムの散らばったテーブル。

 空の薬瓶の刺さった瓶立てもある。調合アイテムを保管したガラス棚を開け、ガサゴソとユーナは調合素材を漁っていた。

 明日は土曜日。学校帰りに集合し、ヴァルトフォレスタ大陸に渡る約束となった。本日は大陸渡りの前準備、必要となりそうな錬金薬を補充することにしたのだ。

 

 何事も備えは肝心だ。スージーは工房地下の鍛冶場に籠り、全員分の装備を調整中。魔術服の調整には細工技術が必要とのことで、エリーゼも一緒だ。

 ミオンは外の薬草畑で素材回収。分かり易く言えば、畑仕事に没頭中なのだった。足元の戸棚も開き、ガサゴソという音が聞こえた。

 材料棚にセフィーが首を突っ込み、目的のアイテムを探してくれているのだ。高性能の人工知能とはよく言ったもので、ューナの指定した素材を一発で理解した。

 

 ゲーム内キャラクターということで、基本的なデータをインプットされているのかもしれないが。ことこのゲームにおいては、セフィーのほうが詳しいまであるのだ。

 

「ちょっと情けないかも」

 

 姉の威厳というか、産まれたばかりの少女の頼り切るのは忍びない。比喩的な意味ではなく、セフィーは第一回大型アップデートで実装されたばかりなのだから。

 

「でも、こうしてみると人と変わらないよね」

 

 いつからか、機械と人間の区別がつかなくなるだろうとは言われてきた。絵空事のような話だったけれど、現実味を帯びてきたのでさえないかと思う。

 明確には感情をトレースしただけで魂のない機械。されどセフィーが酷い目に合えば、きっとユーナは同情する。いわゆるキャラクター愛に近い感情か。

 それとも……。余計なことを考えるのはやめ、今はセフィーといる時間を大切にしよう。ユーナに新しい友人ができた。それは疑いようのない真実なのだから。

 

「ポーション系のアイテムは数を揃えておきたいよね」

 

 調合レシピに目を通す。魔法液と薬草を材料とするのは、下級の回復ポーションである。入手難度も低く、量産が可能な回復アイテム。

 HPの回復効果は30%程度だが、数を確保しておくに越したことはないだろう。治癒魔術の詠唱が間に合わない時もある。保険はかけておきたいところだ。

 

「問題は魔法液の量なんだけど」

 

 ポーションの製作にはただの水は使えない。タリエステナハーブのような浄化作用のある素材を使い、錬金術に必要な専用液を確保する必要がある。

 浄化作用があるならば、鉱石類との調合も可能。魔法液の製作パターンはいくつかあり、入手難度自体は高くないのだが、どうにも消費量がおかしいのである。

 ユーナが材料棚を漁るのは魔法液が見つからないからだ。金策に走り過ぎたゆえに、魔法液の残量確保を怠ったか。とほほ、とユーナは肩を落とす。

 

「肝心な時にないんだよね、普段はたくさんあるのに」

 

 魔法液の確保は生産プレイの日課みたいなものだった。普段は十分にストックしていたのだが、いざ行動を起こすとなった時に不足するのだから悩ましい。

 魔法液が見つからず、脱力したユーナがため息を吐く。すると、不意に袖を引かれてしまう。何事かと振り向けば、セフィーが綺麗な鉱石を手のひらに乗せていた。

 

「…………」

 

 鉱石を差し出したセフィーが自己主張を繰り返す。水晶の細石だった。それを魔法液の原料にしようというのか。まだ、ユーナが未開拓のレシピだった。

 物は試しに、とユーナは水晶の細石を受け取る。何に使うのかと疑いつつ、念のために、と保管していた素材。使用用途が増えることはいいことだ。

 細石は鉱物発掘のおまけに入手できる素材だし、このあたりで使用用途をはっきりさせたいところ。ユーナはセフィーを信じ、水晶の細石を調合に使うことに。

 

「水はあそこにあったよね?」

 

 テーブルの上に置かれた瓶を見る。透明な液体の入った瓶だ。照明の明かりを反射する瓶に満たされているのは、何の変哲もないただの水。

 魔法液の素材に、と庭の井戸から水を汲み上げ、工房のテーブルに置いていたのだ。周辺が湖という孤島の拠点だし、井戸の水は湖のものと同じ。

 ユーナはまず錬金台の下に薬瓶を固定した。円形の窪みから井戸の水を流し込み、錬金台の下に固定した薬瓶に水を満たす。

 

 次に投下したのが水晶の細石だ。錬金台に手を触れ、調合術式を起動すれば、薬瓶の底に落ちた細石が泡を噴き出す。鬼が出るか蛇が出るか。

 レシピが正しくなければ、調合失敗という結果もあり得る。調合実行者のユーナも少し身構えるが、錬金術は想像以上に上手くいった。

 泡立った水晶が溶け、井戸の水が青色に変色する。魔法液の完成だ。驚いたユーナが目を丸くすると、どうだと言わんばかりにセフィーが胸を張る。

 

 サポートキャラクターの真価を発揮したということか。よくやった、とユーナがセフィーの頭を撫でれば、喜ぶ彼女ははにかむように笑ったのだった。

 

「どうしたのよ、随分とはしゃいでるわね」

 

 採取した薬草を手に工房へと帰還したミオンが、呆れたふうに腕組みをする。まさに狙ったようなタイミング。さては扉の前で待機していたのではなかろうか。

 要らぬ嫌疑を親友に向けたユーナは、狙いすぎだと彼女に訴える。きょとんとしたミオンは瞬きを繰り返し、ユーナの言動に頭を抱えていたけれど。

 

「魔法液はあったの?」

「うん、今作ったところ。セフィーが新たな道を開拓してくれてね!」

「あー、それで舞いあがってたわけね」

「そうそう! セフィーはできる子ー!」

 

 妹を自慢する姉のように、ユーナはセフィーに頬摺りをする。

 

「もうダメね、あんた。完全な姉バカじゃない」

 

 やっぱチョロすぎるわ、とユーナを再評価したミオンは首を振る。しかしユーナは聞く耳を持たない。もっと可愛がりたい、とセフィーに懐柔されてしまう。

 ユーナに称賛されたセフィーは、しかしまだ足りないようだ。ユーナに解放されるや否や、今度はミオンに近づき、両手を振りあげてバンザイする。

 キラキラとした瞳がミオンを射抜く。あざとい子供だ。自分は騙されないと顔を背けたミオンだったけれど、セフィーが眉根を下げたことで罪悪感に苛まれる。

 

「まっ、よくやったほうじゃないの? ここにも馴染んできたみたいだし」

「…………」

 

 にっこり笑ったセフィーが首を縦に振る。赤面したミオンは黙りこくった。捨て猫を見つけたが、構ってはいけないと自制する通行人のような親友だった。

 面倒くさいツンデレ娘なのか。二人きりになれば、赤ちゃん言葉を使い始め、とびっきり可愛がりそうなオーラさえある。

 

「ミオンがデレた! チョロいなー、もう!」

「それ、あんたにだけは言われたくないわよ!」

 

 一世一代の屈辱だと言い放つみたいに、ミオンはユーナに抗議する。やがて拠点の工房には笑い声が漏れ出し、二人はセフィーのギルド加入を正式に受け入れたのだった。

 

 

      *****

 

 

 ポーションの確保も十分にできたということで、ユーナはセフィーとともに自室に戻る。セフィーの部屋を、との意見もあったが、それは彼女の希望で却下される。

 起きた時に布団にいたし、ユーナの部屋を気に入ったのだろうか。別の部屋に行こうとすれば、セフィーが立ち止まって激しく首を振っただけではあるが。

 仕方なく、ハウズィーラーで調達したベッドはユーナの部屋に置くことになった。自分のベッドとは一回り小さい。寝息を立てるセフィーを眺め、姉妹の日常を思い起こす。

 

 ユーナに妹がいたならば、こんなふうに遊ぶこともあったのだろうか。もしもの可能性を夢見て、貴重な体験をしたと笑みを溢す。

 ベッドの縁に腰をかけ、セフィーのおでこを撫でてみた。擽ったそうに息を漏らした彼女は、しかし心地良さそうな笑みを作るのだった。

 なんとも可愛らしい寝顔である。ユーナの庇護欲が刺激されたが、ずっとゲームの中に籠るわけにもいかない。線引きは必要だ、どんなに居心地がよかったとしても。

 

「あたしが落ちたあと、セフィーはどうなるんだろう?」

 

 それが少し気掛かりだった。ユーナが学校の授業を受けている間も、ゲーム内の時間は進行する。一人になったセフィーが寂しい思いをしないだろうか。

 いや、考えすぎなのだろう。管理用AIのランちゃんがいるし、暇な時は彼女が対応するはずだ。セフィーもユーナを引き止めるようなことはしなかった。

 たまに会う友人と全力で遊びを楽しむ。こういう感覚でいいと思う。スージーやエリーゼとだって、毎日一緒というわけではないのだ。

 気ままに行こう、それがユーナのゲームライフである。もう一度、ユーナがセフィーの寝顔を振り返れば、コンコンと自室のドアがノックされた。

 

「ユーナさん、入りますわよ?」

「お邪魔するです、セフィーはどうですか?」

 

 もうじきユーナのログアウト時間ということで、鍛冶作業を終えた二人が帰還した。二人を同行させたであろうミオンは、軽く肩を上下する。

 

「この子らもセフィーが気になったみたいでね」

「セフィーはスーの友達です。知らない人を相手にするよりも楽しいので」

「それ、スーちゃんが普通の人と関わり慣れとらんだけやちゃ」

「違います、スーはコミュ障じゃないです」

 

 断固として否定したスージーは、セフィーとは上手くやれたのだと訴える。そもそもNPC相手なのだが、彼女的には違うようだった。

 ひとまず報告として装備の強化はいい具合だと二人は言う。ユーナは強化を終えた装備を受け取り、明日の船出に遅れぬよう、準備は整えておく。

 

「こうして見ると、セフィーさんも普通の女の子ですわね」

「気持ち良さそうです、スーも眠くなりました」

 

 瞼を擦ったスージーが欠伸を一つ。エリーゼは疲れ果てて眠るセフィーの姿に癒されていた。二人目のお姉ちゃんですわ、と言い兼ねない表情である。

 セフィーの保護者の座を譲るつもりはないけれど。新たな出会いを歓迎した一同は、明日からの冒険は賑やかになると確信するのだった。

 

「セフィーのことは二人にお願いするね」

「任されましたわ。お姉ちゃんの力を見せて差しあげますの」

「明日はユナたちが来るまでセフィーを死守します。危ない人もいますので」

「プリステラさんのことよね? 流石にあの人もそこまで暴走しないと思うわよ?」

 

 完全否定できないのが、プリステラの怖さだった。行き過ぎた子供好きの女性には注意が必要だ。セフィーを会わせてよかったのか、ちょっと不安になる。

 

「とにかく明日のことよ。約束には遅れないようにしましょう」

「出港の時間もあるみたいだしね、注意しとく」

「…………」

 

 寝返りを打ったセフィーが素振りをする。彼女の振り下ろした手が脇腹に直撃し、いたた、とユーナは苦笑いを浮かべてしまう。魔物と戦う夢でも見たか。

 セフィーが明日の冒険を楽しみにしているのがよくわかる。暗くなった部屋に小さな笑い声が漏れ、おやすみの挨拶を交わしたユーナは、静かにログアウトするのだった。



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第一章:漫遊航路
第五話:船出の時間です


 翌日。ユーナ一行は大陸北部の港町に訪れた。街を行き交うプレイヤーの姿も目についた。落ち合う約束をしていたのか、二人の男性キャラが手を挙げる。

 三人で行動する女性キャラの一団も見かけた。港町には多くのNPCも集まり、まるで異世界の日常を再現するかのごとく、屋台店員の声が活気のある港町を演出する。

 モンテベルク大陸の北部、ファルゲン港に帆を張った動力船が並ぶ。船の機関部に魔術動力炉があり、そこから放出された魔力が船を動かすのだという。

 

 現実にも蒸気エンジンを搭載した帆船は存在した。大西洋を横断した最初の蒸気船とされるサヴァンナもそうか。アメリカ合衆国で建造された船だ。

 近世・近代をベースとしたゲームだけに、そのあたりを参考にしたのだろう。しかし、明確には蒸気船ではないため、船に煙突はないけれど。

 そこは見た目を重視した設計だったのだと思う。船体は金属製、風を受けたマストが大きく帆を広げた頑強そうな大型船だった。

 

「ヴァルトフォレスタ行きの定期船はありますか?」

「はい。四名様でよろしいでしょうか?」

「あれ? セフィーのほうは……」

「使役精霊は契約者と一緒にカウントされることになっています」

 

 カウンターに立つ長耳族の女性が懇切丁寧に解説してくれる。定期船のチケット販売する建物は、港に降りる階段の手間にあった。

 建物に入る必要はなく、外のカウンターに待機するNPCに話しかければいいようだ。チケット代金は48000ゴールド、一人頭は12000ゴールドである。

 船代は50000ゴールドあればよい、そうプリステラには言われていた。彼女の助言通りの金額、的確なアドバイスには感謝したい。

 

 受付の女性に指定額を支払うと、定期船の片道チケットがアイテム欄に追加される。ユーナは一人一人にチケットを渡し、港への階段を降りてゆく。

 見渡すかぎりの大海原はどこまでも青い。空と海の交じり合う水平線。水面は鏡のように雲の漂う青空を映す。海に浮かび小さな島も視界に入った。

 上空に飛び交うカモメのような生き物の鳴き声が響く。海原より運ばれた磯の香りが鼻をついた。船旅の準備を進める船員もまた、忙しなく動き回っている。

 

「ヴァルトフォレスタ行きの船はあれだね」

「チケットにはトラヴィス号って書いてあるし、間違いなさそうね」

 

 船の船体側面に文字が彫り込まれる。船の名前なのだろう。タラップを伸ばした船が出港時刻を待つ。黒いフードを被った少女が船員に話しかける。

 頭上に名前表記のある少女はプレイヤーだろう。彼女もイーセクトゥムルに向かうつもりなのか。チケットを確認した船員が頷き、少女はトラヴィス号に乗り込んだ。

 

「私たちも行こっか?」

「あの人にチケットを見せればいいのよね? おチビ、大丈夫?」

「どうしてスーに聞くですか? ミオは失礼です」

 

 自分はコミュ障ではない。ムッとした顔になったスージーは、毎度おなじみの負けん気が発動、ミオンの煽り文句に反抗心を燃やす。

 船員は大柄の昆虫族。甲殻虫のような見た目には迫力があり、小さな子供ならば泣き出しかねない容姿だ。船員を一目見たスージーは、ノーモーションで踵を返した。

 彼女は逞しく胸を張り、ユーナの背後に回った。それなのに、決して怯えたのではなく、ギルドマスターに花を持たせるためだと言い張る。

 見苦しい言い訳だった。ミオンはスージーを怪しむ。目を背けた臆病な少女は、しかしミオンに言い返すべく、セフィーを指差すのだった。

 

「スーはもう子供じゃないです。セフィーのほうお子様なので」

「まっ、確かにおチビ二号ね。面倒くさいし、あんたのことはおチビ、あっちはチビッ子って呼ぶことにするわ。これでいいでしょ?」

「そういう問題じゃないと思うけど。意味は変わんないし」

 

 親友のネーミングセンスに疑いを向ける。一方のセフィーはご機嫌な様子。両手斧を担いだ少女はエリーゼと手をつなぎ、彼女の歌う鼻歌に合わせて飛び跳ねた。

 馬が合ったのか、妙に仲の良い二人組だった。ちょっとだけジェラシー。妹を取られた感覚というか、自分にべったりだった少女の成長に寂しさを覚えたのだ。

 セフィーの友人が増えることはいいこと。グッと拳を握りしめたユーナは歯を食い縛る。すると、ユーナに振り返った少女が走り出す。

 

「…………」

 

 セフィーは助走をつけ、ユーナに抱きつく。唐突で驚いたが、かなり嬉しかった。嫉妬心はどこに行ったか、ユーナは即座に破顔する。

 やはりあたしか、と優越感に浸るまであった。歩み寄ったエリーゼが息を吐く。首を左右に振ったミオンは、よかったわね、と投げやりに答えるのだった。

 

「やっぱり、ユナはチョロいです」

「いつものことよ。もう慣れたわ」

「そんなことないよ! 普通、普通!」

 

 でへへ、と笑ったユーナの言葉に説得力はない。顔絵を見合わせた三人が肩を落とし、トラヴィス号に振り返る。どこにおかしなところがあったのだろう。

 セフィーを抱き締め、精一杯に彼女を可愛がるユーナは、不当な扱いだと抗議する。セフィーと離れ、一日が経過したのだ。義妹ロスの時間は長かった。

 久しぶりの再会を祝ってもよいではないか。まだ一日だとの反論を受ければ、もうどうしようもないのだけれど。

 

「茶番はそこまでにしなさい、そろそろ時間よ」

「本当ですわ。急がんにゃね!」

 

 エリーゼがゲームのホーム画面を開く。あと一時間ほどでチケットの出航時刻になる。ゲーム内時刻は現実の時間よりも進むスピードが速い。

 手早く行動するに越したことはない。船の甲板に待機すれば、最悪でも乗り過ごすことはなくなるはずだ。セフィーの手を引き、ユーナは駆け出す。

 尻込みするスージーを待てなくなったらしく、ミオンが船員に声をかける。チケットを見た船員は頷き、自分に同行するよう指示を出す。

 

「其方もヴァルトフェレスタに行くつもりか?」

「はい。何か問題があるんでしょうか?」

「容姿を見ればわかると思うが、イーセクトゥムルは俺の故郷でな。最近、蔦植物が増殖しているという噂を聞いたのさ」

「蔦植物? それって魔物じゃないの?」

 

 案内役を申し出た船員によれば、ユグドラシルの森にある植物が活性化しているという。森に覆う熱帯雨林の木々は魔物ではないが、湿地帯の移動障害に成りえるとのことだ。

 

「ヴァルトフォレスタに渡るんだ。当然、世界樹の旧都には行くつもりだろう?」

「イーセクトゥムルことね。ええ、そのつもりよ」

「だとすれば、「除草剤」は必要だな」

 

 虫人族の船員が仲間に手を振った。受付の交代を頼んだのだろう。出航準備中だった長耳族の船員が波止場に降る。一同はトラヴィス号のタラップで彼とすれ違った。

 波止場に立った船員に一度だけ振り返り、ユーナは船の甲板に登る。実際に乗船してみると、動力船のスケールに驚愕する。下から見上げるよりも広い船だ。

 上部の旗を広げた極太マスト。双眼鏡を覗き込む船員の声も響く。樽を動かす作業員が忙しなく動き回る。出航時刻を待つプレイヤー団体もいた。

 

 鳥のような召喚獣に語り掛けるプレイヤーは、最新アップデートで追加された召喚術の使い手だろう。黒いローブ姿の男と燃え盛る火鳥のコンビだ。

 他にも動物型の召喚獣を連れたプレイヤーが目立つ。最新版の目玉だけあり、召喚士のアビリティを取得した魔導書使いが多いのだ。

 それでも戦士職よりは少ないようだったが。案内役の船員が扉の前で立ち止まる。すると、タイミングを見計らったかのように、船長服を着た眼帯男が現れた。

 

「キャプテン、お客様をお連れしました」

「ご苦労、客室は船内にあります。移動中は自由に船内を散策いただいてもよいのですが、船室はチケットにて指定された部屋をお使いください」

 

 よい旅を、と一礼を済ませた竜族の男は立ち去る。筋骨隆々の厳つい男性だったが、第一印象よりは紳士的な老人だった。

 オジサマと呼びたくなる貫録があったというか、頼りがいのある船長といった風貌である。彼が動力船の舵を取るならば、初航海の心配はなくなりそうだ。

 

「危ない人かと思ったですが、船長はいい人だったみたいです」

「海賊を名乗ってもおかしくなかったわよね、あの見た目だと」

「人は見かけによらないってことだね」

「…………」

 

 セフィーが二度頷く。

 

「海賊も悪くはありませんわよ? 海ちゃロマンに溢れとる!」

 

 海賊という言葉に反応したエリーゼは、熱い! と夢を追う大冒険家のロマンを語る。お淑やかな女性を目指す、とはどの口が言ったのか。

 エリーゼは情熱的な女性を演じたほうがいいような気がする。いいや、男性よりの趣味が多いからこそ、礼節を弁えた淑女に憧れたのかもしれないが。

 

「いよいよ出発ね、船酔いするんじゃないわよ?」

「ゲームだし、そこは問題ないと思うけど」

 

 鐘の音が聞こえる。トラヴィス号の出航時刻となったのだ。新しい大陸、新しい発見。そしてまだ見ぬ人との出会い。旅立ちというのは、こういう感覚なのだろうか。

 ユーナの探検家魂に火がついた。未知なる大陸での冒険に胸が躍る。タラップをあげた船が港を離れ、甲板の端に駆け出す。

 青い海に白い雲。水面に空を映す広大な海に、動力船は鳥とともに旅立った。海風を肌に浴びたユーナは肺に空気を流し込み、

 

「新大陸、待ってろよー!」

 

 と大海原に叫ぶ。顔を赤くしたミオンが目を逸らす。自分は関係ないです、とでもいいたいのか。その気持ちはよくわかる。

 実行したのはいいものの、甲板に集まった人々の視線を浴びてしまい、ユーナも次第に恥ずかしくなっていく。我ながらに思い切ったことをしてしまった。

 けれど、自分の気持ちを言葉に変えたかったというのは理解してほしい。高い山に登り、やっほー! と大声を発したくなるのと同じ感覚なのだ。

 

「…………!!」

 

 ユーナの真似をしたのか、セフィーが叫び声をあげるふりをした。自分もこの旅を心待ちにしていたのだと訴えかけるように。セフィーが柔和な笑みを浮かべる。

 ユーナは彼女に笑い返した。きっといい旅になる、それを確信した瞬間だった。旅人を乗せた船はゆく。長い長い水平線の先にある大陸、ヴォルトフォレスタに向け。



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第六話:運命を司る隠者(自称)に出会いました・前編

 トラヴィス号の船室には過ごしやすい環境が整っていた。木目を真似た壁紙の雰囲気もいい。船室中央の丸テーブルにランプが置かれる。

 机は一つだけ。コンパクト型の錬金台、または符呪台を設置するスペースが机の横にある。渡航中は暇な時間が多い。アイテムの確保はいい時間潰しになるだろう。

 長旅になるとのことで、拠点で旅の準備を固めた一同が作業者用の机を使うことはないが。渡航中に合成作業を進められるならば、旅支度に力を入れる必要もなかったか。

 

「初旅だから身構えちゃったね」

 

 たはは、とユーナは照れ笑い。軽く反省、次は航路の途中に回復アイテムを確保することにしよう。今は船室の窓から波の立つ青海を見るしかない。

 

「スーは何もない平和な時間が好きです。もう危ない場所には行きたくないので」

 

 枕を抱き締めたスージーが、ふわふわのベッドに頬摺りをする。マイペースな彼女は設備の整った船室を気に入り、それなりに船旅を満喫しているようだ。

 どこが違うの? と尋ねるのはご法度か。拠点の部屋に閉じこもるのと変わらないような気もしたが、スージー自身はご満悦な様子なのだ。

 自分が口を挟むこともないだろう。ユーナは腰かけたベッドに触れる。船室のベッドには体重を包み込む柔軟性があり、拠点の家具より上等な品なのがよくわかる。

 束の間のブルジュワ感覚に身を委ねるのもいいだろう。初の船旅に胸が高鳴る一同、けれどユーナの冒険心に水を差すメンバーが一人だけ。

 

「ユーナちゃん、ウラのことは気にせんで」

 

 死にゆく者の空気を醸し出したエリーゼが囁く。顔を真っ青にした彼女は、船室のベッドで横になり、ウッ! と逆流しかけた胃液を押さえ込むのだ。

 完全に予想外だった。まさかゲームで船酔いをする人がいようとは。嘔吐するとすれば、現実の肉体のほうだ。エリーゼの寝転がるベッドが大惨事にならなければよいのだが。

 

「エリーゼは私が見とくわ。あんたは船の中でも見て回ったら?」

 

 好きでしょ? とミオンが尋ねる。ユーナの回答は「イエス」だった。自分には散策癖がある。大きな船に乗れば、船内を歩き回りたくなるというもの。

 ウズウズしているのか、妙に体がこそばゆい。親友に嘘は吐けないかと諦め、ユーナは友人のお言葉に甘えることとする。

 

「じゃあ、お願いしよっかな? セフィーも暇みたいだし」

「…………?」

 

 やることがないのか、退屈を持て余したセフィーはベッドに座ったままだ。リズムを取るみたいに肩を上下し、バタバタと足を動かす。

 せっかくの旅が期待ハズレとなっては困る。思い出を作るためには足を動かせ。自分から行動してこそ新たな発見につながるとは、ユーナの持論だった。

 少し船内を探検しようかと聞けば、セフィーが前方にジャンプし、新体操選手のような着地を披露した。言葉を持たぬ少女が喜びを表現したと解釈しておこう。

 

「ユナは除草薬を作らないですか?」

「材料がね。ヴァルトフォレスタの薬屋で調達するしかなくて」

「調合レシピもないわよね? 無難だと思うわ」

 

 船員の男性によれば、ヴァルトフォレスタの港町に除草薬のレシピを販売する薬屋があるという。必要な材料もそこで調達できるとか。

 海を渡らなければ、どのみち対策の打ちようがないということだ。今は純粋に船旅を楽しむのが吉。そう説明すると、納得したふうにスージーが立ちあがる。

 

「ならば、スーもユナと一緒に行きます。まだ到着まで時間がかかりそうなので」

「いいんじゃない? せっかくの船旅よ、楽しんだほうがいいわ」

「スーちゃん、気をつけっしゃい。ウラも戦うちゃ……」

「もうあんたは黙りなさいよ。船酔いで死にかけてんだから」

 

 ミオンが起きあがろうとしたエリーゼの肩を掴む。安静にするのが一番だと指摘され、青白い顔色をした彼女は、布団に包まって唸り声をあげる。

 脱力するふうに肩を竦め、ミオンが外出する三人に手を振った。ダウンしたエリーゼの世話を彼女に任せると、ユーナは船室の外に出る。

 船の側面にある小窓に海の景色が映る。広い青海の水面は近く、白く泡立つ波が目立つ。船内に響く白波の音を聞きつつ、ユーナ一行は船内通路を進む。

 

 番号の記載された扉の並ぶ船は、ホテル付きの豪華客船のよう。それもこれもプレイヤー人口が多く、乗客が部屋を間違わないようにするための配慮だろう。

 楽しげに語らう乗客の声が耳に届く。ボスエネミーの攻略会議をしているふうでもあった。あるいはメイン武器を使いこなすための相談会か。

 よくある話、けれどそういう関係も大事なのだと思う。きっかけがゲームだったとしても、交友の幅が広がるのはよいことだと思ったからだ。

 

「どこに行こっか? やっぱり甲板?」

「海風を浴びるのも悪くないです。スーはユナに従います、ただの暇潰しなので」

「…………!!」

 

 セフィーの目がキラキラと輝く。どこへなりとも付き添います、と言いたげな顔だ。スージーにも要望なし。ただし、それはそれで困るのだけれど。

 思い付きで外出したものの、明確に何がしたというわけでもなかった。だらだらと船内をぶらつき、特に目的もなく散策する。それがユーナのスタイルなのだ。

 自分一人ならば構わないが、二人は退屈なのではなかろうか。ユーナが迷った時は、ミオンが率先して舵取りしてくれた。などと思い出を振り返ってみる。

 いなくなって初めて、彼女の存在の大きさを思い知った気分だ。いいや、ミオンもまだ存命中ではあるのだけれど。勝手に故人扱いしたことは謝ろう。

 

「何か面白いことはないかな?」

 

 ひとまずは甲板を目指しつつ、目を引きそうなものを探す。NPCのランダム発生イベントも期待したが、航海は順調なようだった。

 それはそれでよいことではあるのだが。ゲームサイトに船旅中のイベント情報は記載されていたため、今回ばかりは自分に運が回らなかったのだと諦める。

 その矢先、足を止めたスージーに袖を引かれてしまう。何事かと彼女の指差す方向を見れば、派手な装飾を施した扉があった。ドアに垂れ下がる安物のネームプレート。

 

『占星術師の館』と可愛らしい手書きの文字が描かれる。部屋番号があるあたり、乗客用の部屋なのだろう。明らかに人為的な工作されたものだと分かる。

 不必要に貼られたシールの山。船室を私物化した人間がいるようだ。クエストも発生せず、プレイヤー側の独断だということもよくわかった。

 ユーナの直感が告げた。関わり合いになってはいけない気がする、と。死んだ眼をしたユーナは無我の境地に達し、思考を放棄する。

 

「行こう。これは見ちゃダメなやつだと思う」

 

 感情の籠らない言葉を紡ぐ。察したのか、スージーも目を逸らす。船室の扉をデコレーションした罪、運営からの注意勧告を受けていただこう。

 二人は歩き出すが、ボーッとネームプレートを見上げる少女が一人――セフィーだ。物珍しかったのか、彼女は船室のドアノブに手を伸ばす。

 ダメだ、早まってはいけない。スージーは驚愕し、ユーナは駆け出す。けれど、ガチャリと扉が開く音が聞こえ、セフィーが室内に潜入してしまったのだ。

 

 彼女の体を抱き止めるが、時すでに遅し。わざわざ船室の壁に黒のカーテンを張りつけ、水晶玉の置かれた机に手をつく怪しげな占い師がいた。

 フードの隙間より見える長い耳。影のかかった顔の奥に光るのは、エメラルドとルビー色のオッドアイ。ユーナは確信した、この人は拗らせている、と。

 闇の一族を従えたように笑い、手を差し伸べた少女が言う。

 

「我が深淵の領地によく来たわ」

 

 ニヤリと口元を歪め、少女の薄い蒼色の髪が肩を滑る。

 

「我は運命を司る隠者、ようこそ……」

 

 と意味深に告げた少女は、しかし言葉に詰まる。冷や汗を流した彼女の姿に首を傾げ、船室を覗き込んだスージーが追い打ちをかける。

 

「この人はどうしたですか? 急に黙りました」

「…………?」

 

 チンプンカンプンだったらしく、セフィーさえも変な人だと怪訝な顔つきになった。これは辛い、自分の世界に酔っていた彼女は、途端に現実へと引き戻されるのだ。

少女の視線が偉大な占い師を装う少女に集まる。ついに堪えられなくなったのか、プルプルと震え出した彼女は、謎の日記帳を取り出したのである。

ジャパニカ学習帖、そんな表紙のついたノートだった。占い師ふうの少女は高速でページをめくり、ようやく目的のページを見つけたのか、一同に訴えかける。

 

「もう一回、最初から頼むばい! ウチが台詞ば忘れたけん!」

「あー、うん。お邪魔しましたー!」

 

 丁寧なお辞儀を一つ、ユーナは綺麗に扉を閉めた。何も見なかったことにしよう。そんな感情が芽生えたのである。キャラ作りするにしても穴が多い。

 どうすれば自分で用意した台詞を忘れてしまうのか。あまりに可哀想だったので、もはや何もなかったと記憶を忘却の彼方に追いやったほうがいいとさえ思った。

 それなのに、船室の少女は締め切った扉を叩きつける。自分を見捨てないでほしいと切望し、ユーナに縋りつくみたいに。

 

「初めてんお客様と、帰らんでくれん!?」

 

 福岡方面の方言だろうか。運命を司る者だと偽った少女は、既に素の自分を前面に押し出していた。ここまで懇願されてしまうと放っておけなくなる。

 ミオンが同行していれば、またチョロ娘扱いされてしまうのだろうか。それも仕方ないと割り切り、ユーナはノック音の響く扉を振り返る。

 

「ユナ、あの人はどうするですか?」

「放置するのも気の毒だし、話だけでも聞いてあげようか?」

「…………!」

 

 コクコクとセフィーが頷く。そうすると思ったと言いたげな表情だ。義妹のような少女の期待は裏切れない。ユーナは決断し、自称「運命を司る隠者」とコンタクトを取る。



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第七話:運命を司る隠者(自称)に出会いました・後編

「ふふ、ようこそ迷い子。我が魔宴によく来たわ」

 

 水晶玉の置いた椅子に座り直し、ルビー色の瞳に手をかざす。しかし彼女の片手は台詞を書きとどめたらしきノートを握ったままだ。

 カッコつけたポージングはしたものの、まったく締まらないのである。隠者を名乗った少女は勝手に気持ちよくなっているが、ユーナの苦笑いは消えない。

 

「あー、それ。言い直すんだ……」

「スーもびっくりです。厨二病キャラの作り込みが甘すぎます」

「だよね、どうしよっか?」

 

 変に気を遣ってしまう。黒い魔女服を装備しているあたり、本人は偉大なる占い師設定を貫きたいのだろうか。入り口の表札は安っぽかったけれど。

 クロスを敷いたテーブルも手作り感がある。頑張って前準備をしたのだろう。そう考えると、彼女の努力に報いてあげたくなった。

 

「ええと、無理に演技しなくていいよ? 手間がかかったのはわかるけど」

「よくなかばい、入りは重要やけん!」

「形から入るタイプなんだね。わかったよ、どうぞどうぞ」

 

 続きを促すふうにユーナが片手を差し出す。ふふ、とまた意味深な笑みを作った少女は、世界の影に潜む隠者を装うみたいに、自分の世界へとのめり込む。

 

「高天を見通す我が目は、この運命もまた悟っていたのよ」

「うん。あたしたちが戻って来ただけどね」

「さあ、迷い子らよ。ソナタの悩みを我に打ち明けるがいい」

「特にないです。スーは席を外していいですか?」

 

 初対面の相手を警戒したのだろう。入り口付近まで後退したスージーが、ユーナと少女のやり取りを眺める。自分は無関係だといいたげに。

 スージーから遠巻きに見られ、黒ローブの少女は不安になったのだと思う。机から身を乗り出し、彼女はユーナに耳打ちするのだった。

 

「ウチ、何かしたとやろうか?」

「いや、あの子はコミュ障なだけだから」

 

 ユーナが口を挟む。自分を遠巻きに眺める彼女には、スーはコミュ障じゃないです、と言いたげな顔をされたが、それはそれとしておこう。

 が、顔の曇った少女のテンションは低い。嫌な思い出が蘇ったのか、深いため息を吐いた彼女は、自嘲気味に囁くのだ。

 

「いっつもそう、ウチは人に認識してもらえんで……」

「えっ? 地雷踏んだ!? この世の終わりみたいな顔してるよ?」

 

 口をバッテンにしたユーナが驚愕する。すると少女は自分語りを始めたのだ。彼女には友人がいないという。まあそうだろう、こう思ったことは内緒だ。

 現実の彼女は地味娘であり、店で知り合いとすれ違ったとしても、声さえかけてもらえないのだとか。それどころか、自分から行こうとして避けられる。

 こんにちは、と声をかけたはずなのに、友人同士で盛りあがる知人は横を素通りする。お辛い過去語りだった。きっと彼女の知人に悪気はなかったのだろう。

 

 ただ彼女を顔見知りだと思わなかっただけで。まさしく空気(ステルス)娘、フードの少女は自分をそう称した。ゆえに隠者なのだと彼女は言う。

 厨二病設定がまさかの自虐ネタである。少し可哀相になってきた。厄介なプレイヤーならばあしらおうと思ったが、あまり悪い子には見えない。

 第一印象はあれだったが、きっと彼女のなりに人と関わろうと頑張った結果なのだ。ユーナは彼女のプレイヤーネームを見る。

 

「フォンセ、って読むのかな?」

 

 それが彼女のプレイヤーネームだった。ユーナが彼女の名前を呟いた瞬間、まるで覚醒するかのように、カッとフォンセが目を見開いた。

 

「今、ウチの名前ば呼んでくれたと?」

「えっ? うん、あってた?」

「初めてや、初めてこんゲームで他の人に名前ば呼んでもらえたっちゃん!」

 

 うう、と鼻を啜ったフォンセが涙を流す。しかしユーナはまた口をバッテンにする。いや、おかしくはないだろうか。彼女はこれまで誰とも会話できなかったことになる。

 フォンセが泣き出してしまい、どうしようかと部屋を見渡したユーナは、ふと察することがあった。黒のカーテンに覆われた部屋。

 決死のアピールをしたものの、誰も寄り付かなかったとフォンセは言う。無理もないか、とユーナは納得してしまう。マイルドに言えば個性が強すぎたのだ。

 

「あの、フォンセさん。どうしてこんな部屋を作ったの?」

「現実のウチはキャラが薄かけん、目立とうとしたとー」

「それでこの有様に……」

 

 まったくの逆効果だとユーナは思う。不思議ちゃんを通り越し、危ないオーラを発しているし、誰も近寄りたいとは思わなかったはずだ。

 地味娘を称するフォンセだが、別に悪い子だとは思わない。普通にしていればよかったと思うのだが、それでは彼女のコンプレックスが解消されなかったのだと思う。

 

「でも君んおかげで自信がついたばい。こんキャラに間違いはなかったんやね!」

「あーいや、厨二病キャラ路線はやめたほうが……」

 

 唖然としたユーナが引き止めたものの、フォンセの勢いは止まらない。

 

「さあ、運命の選択者よ! 我に名を教えるがいい!」

「あたし? あたしはユーナって名前だけど?」

「ユーナか。ふふ、我が記憶のメモリアルに刻み込んだわ」

「迷い子から選択者にランクアップしたね。ありがとう」

 

 想本夢梨(ユーナ)は空気を読む女。フォンセの気分を害さぬよう、ひとまずバンザイしておくことにした。何故かセフィーも自分の真似をしていたけれど。

 

「して、運命の俯瞰する我に何用だ?」

「ごめん、それは私が聞きたい。勝手に連れ込まれたわけだし」

「あっ、展開違うばい!」

 

 ノートに書かれた台詞をそのまま読んでいたのだろう。自分が頼みごとをする場合の台詞を求め、高速度でノートのページをめくっていく。

 

「あったとよ、こればい!」

 

 ようやく台詞を見つけたのか、ノートを開いたフォンセは、コホンと咳払いをする。気を取り直して、といった具合か。彼女は片手を前に突き出し、

 

「汝らに問う、我の望みを聞き届けよ!」

 

 と。彼女の言葉に耳を傾けると、どうやら協力者が欲しかったらしい。イーセクトゥルムに向かうため、大森林を越える仲間が。

 

    *****

 

 友人を紹介するということで、ユーナはフォンセを紹介することにした。ようやく船酔いがマシになったのか、エリーゼが上半身を起こす。

 うー、と唸る彼女の体調が悪そうなのは変わらないが、しかしフォンセの頼みは聞き届けると約束した。フォンセはイーセクトゥルムに向かう依頼を受けたのだとか。

 イベントはあちらで発生するため、攻略メンバーが欲しかったらしい。クエスト内容は古代遺跡の攻略、樹のダンジョンという話だった。

 

 こんな偶然があるだろうか。拠点クエストの目標も樹のダンジョン。最下層に眠る宝箱より、クエスト達成アイテムである「天の雫」が入手できるという情報。

 クエスト完了アイテムを使えば、孤島の大樹が成長し、フィールド内の自然回復というセフィーの能力が解放されることになる。

 他に知り合いはいないのかと聞いたところ、フォンセはある悲劇を打ち明けた。ギルド勧誘の多い場所に待機したはずなのに、一切声をかけられなかったというのだ。

 

「あれは辛かったばい……」

「まっ、気持ちはわからないでもないわ」

 

 ミオンが苦笑いを浮かべる。声をかける努力はしたようだが、タイミングが悪いというか、勧誘役のプレイヤーが別の人に駆け寄ったらしい。

 また別のギルドにコンタクトを取ろうとすれば、先に現れたカップルらしき二人組に割り込まれる。お次は必要人数が集まったからというお断りだ。

 心が折れそうになったという。三日ほど粘り、我を引き抜かぬか、と盛大にアピールをかませば、不審がった勧誘者たちが遠ざかっていったとか。

 彼女を変人だと囁く声も聞こえただろう。かなりの屈辱を味わい、ついにフォンセはギルドの勧誘場所に足を運ばなくなったとのことだった。

 

「甲板で話しとー姿ば見たと」

「ああ、船員の人と。それであたしに目をつけたわけだ」

「運命だとは思わない? 深淵の声が我に囁いたのよ」

「いや、普通に偶然でしょ?」

 

 ねえ? とミオンが同意を求める。三珠は親友に頷く。あの部屋に足を踏み入れるつもりはなかった。セフィーが突入さえしなければ、関係を持たなかっただろう。

 それも運命だった言われればそれまでだが。便利な言葉だ、運命は。仲間に相談を持ち掛けたわけだし、もう退くことはできないだろう。

 

「いいんじゃありませんこと? これも人助けやちゃ!」

「目的地は一緒です。スーも異論はなしです」

 

 言葉を交わすにつれ、最初の警戒心が薄れたのだろうか。聞くによれば、フォンセも女学生だったらしい。スージーも多少は心を開いたということか。

 まだ微妙な距離感はあったけれど。そのうちなれていくだろう。なかなか人に懐かない猫のような性格の少女だと思う。

 

「…………!」

 

 一方、グッと拳を固めたセフィーは頷く。満場一致と見ていいか。一人、二人増えようと一緒だとミオンは言う。あとはユーナが結論を出すだけだ。

 断られたくなかったのか。尊大に振舞うフォルセは、プライドの高い隠者の演技を続けつつ、しかし言葉とは裏腹に謙遜する。

 

「我を引き抜くならば、最大の褒美を用意するわ」

「えっと、何をくれるの?」

「除草薬のレシピよ。こればあげるけん、お願いするばい!」

「よし、採用!」

 

 ユーナは即座に決断する。ヴァルトフォレスタ側の港で除草薬のレシピを購入する必要がなくなる。自分は単純なのだ、アイテムで釣られれば一発だった。

 親友にため息を吐かれたが気にしない。必要コストの削減は喜ばしいことだ。気分を良くしたユーナは、しかしフォルセの発言で重要な見落としがあったことに気付く。

 

「ウチはどっちのパーティに入ればよかと?」

 

 フォルセがニコニコと笑う。しかし一同の口から洩れたのは、彼女を失意のドン底に落とす言葉だった。そう、パーティに空きがなかったのである。

 

「あっ! 枠、ないかも」

 

 罪悪感が募り、ユーナは苦笑いを浮かべる。部屋の中を見渡したフォルセは、召喚獣のセフィーを除外し、湖畔の乙女に所属するメンバーを数える。

 

「四人やね……」

「うん、四人だね」

 

 フォルセの顔が曇る。愕然とした彼女は口調だけを強め、

 

「我は運命を司りし隠者。これもまた宿命だと悟っていたわ……」

 

 そう自分を鼓舞するふうに呟く。やがて一同は話し合い、パーティを二つに分けた後、最新アップデートにより追加した経験値連動のシステムを使うのだった。



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第八話:森の大陸に到着しました

 入港を伝える汽笛が鳴った。海風の吹く甲板に顔を出せば、ヴァルトフォレスタ大陸の漁港が目に映る。海に出る小型船舶とすれ違う。

 ギルドエンブレムの刻まれた小船は、海魚を釣りに向かうプレイヤーの一団なのだろう。ティエラフォール・オンラインの金策は無数に存在する。

 魚を市場に卸すのもまた小遣い稼ぎにはちょうどよいのだ。小規模ギルドの船を見送り、海鳥の出迎えを受けた船舶は、大陸南東部のウルド港に入港する。

 

 ヴァルドフォレスタ大陸は大陸の八割が湿林地帯だという。いわゆる熱帯雨林、ジャングルに覆われた大陸なのだ。首都は世界樹の街イーセクトゥムル。

 ユグドラシルの樹海を抜けた先、大陸中央部に位置する。ウルド港から樹海に入り、そのまま林道を進むのがよさそうだ。長い船旅も終了。

 船が港に停泊するのを待つ間、ユーナはウルド港の街並みに目を向ける。レンガ造りの民家が多い印象か。海辺の森を開拓し、人が住めるよう手を加えたのだろう。

 

 整地された港町のすぐ後ろに、青々とした木々が生い茂る熱帯雨林がある。船員に聞いた話によれば、時折、集中豪雨に見舞われることもあるのだとか。

 気候は温暖。熱すぎず、寒すぎもしない。過ごしやすい気候なのはいいが、ジメジメと肌にまとわりつく湿気が鬱陶しいか。自然と肌の保湿ができそうである。

 ユーナが選択したのは魚人族、種族の個性として常に肌が潤っているわけだが。余談はさておいて、まずは新たな大陸に踏み込むとしよう。

 

「着いたみたいだね、降りよっか?」

「新天地の望むは、我が宿願に等しき……」

「あー、はいはい。サッサと降りるわよ」

「待ってくれん? ウチの台詞がまだおわっとらんのに!」

 

 波止場に到着した船の甲板に長居するべきではない。足を止め、意味深な決めポーズをしようとしたフォンセの背中を押し、一同はタラップを降りていく。

 移動中にフォンセとのフレンドを終えた。彼女は魔導書使い、新規追加された武器特性。召喚術のアビリティを取得した魔術師のようだった。

 詳しい話を聞こうとしたが、それよりも先に船がウルド港に到着する。続きは移動中にしよう、ということで、一同はヴァルトフォレスタの地に足をつける。

 

 ファルゲン港よりも虫人が多い印象か。甲殻虫のような大柄の男性とすれ違い、少し気後れしてしまう。虫人の背丈に合わせ、港町の民家も大きなイメージがある。

 魚港を出れば、屋台の並ぶ坂道があった。アイスクリームの路上販売。魚肉のハンバーグ。串に刺した肉を売る店まであるではないか。香ばしい匂いが鼻をつく。

 これはいけない、いきなりお腹の虫が鳴りそうだった。すると、好奇心旺盛なセフィーが駆け出し、屋台を見回り始める。

 

「…………」

 

 人指し指を唇に添えたセフィーの瞳が、食べてみたいな、と輝きを放つのがわかった。どうしたものか、わかりやすくおねだりされている気分になる。

 遠くにいかないよう声をかけ、友人らに確認を取ろうとしたところ、ブルブルと震えあがるスージーの姿が目についた。途端にユーナは口をバッテンにしてしまう。

 顔面蒼白になった彼女はブツブツと呟き、港町の活気に毒されていたのだった。

 

「知らない人がいっぱいです。ここは怖すぎます」

「スーちゃん、大丈夫ですわよ? おとろしいことは何もないさかい」

「エリーの言葉は信用できませんです。ここには大きな人が多すぎます」

 

 虫人の男性が苦手なのか。チラリと目を向けられるだけで、エリーゼを生贄に差し出すみたいに彼女の背中を押すのだ。彼女にはハードルが高かったのだろうか。

 見知らぬ地に怯えたスージーは、早くもホームシックにかかるのだった。元気付けたほうがいいのだろうか。ユーナは困り顔を浮かべてしまう。

 一方、ビクつく少女を気にかけたのがセフィーだった。スージーの頭を撫でた彼女は、怖い物よりも美味しい物を見るよう、屋台に指を差す。

 

「あれが永久の契り!? ウチにはなかったもんや」

 

 仲間を思いやる友情の輝き。それを目の当たりにしたフォンセは、自分の過去と照らし合わせ、曇り切った表情で呟く。闇の隠者には友情の光は眩しすぎたというのか。

 目頭を熱くした彼女は、慰め合う二人に拍手を送る。そこに感動するのか、この子は。とユーナは言葉を失ってしまったわけだけれど。

 そんなフォンセだが、パーティはユーナと一緒だ。船室で話し合い、ミオンと自分が彼女とチームを組むことになった。セフィーはエリーゼの側に。

 

 フォンセが魔力と攻撃力強化の召喚獣持ちとのことで、残る二人にセフィーを預けたのだ。妹を取られたような気分だが、そこは我慢しておこう。

 フォンセにパーティ招待の通信を送った時、真顔になった彼女に、どうすれば契約が果たせるのか、と本気で尋ねられ、少し焦ってしまった。

 どうやら彼女が永遠のソロプレイヤーだったのは事実らしい。嬉しかー、と涙まで流され、どう対処するべきなのか、ほとほと困惑したものだ。

 

「…………」

 

 セフィーに袖を引かれる。スージーの手を引く彼女が、アイスクリームの露天を指差したのだ。スージーの気分転換も兼ね、美味しいものでも食べようというのだろう。

 

「まあいっか、みんなも食べる?」

「ええ、構いませんわよ。息抜きも必要やちゃ」

「食べ歩きしましょっか? 除草薬の確保もしたいとこだし」

「戯れの晩餐ね、受けてあげるわ。ウチの憧れたゲームライフばい」

 

 空気女では叶わなかった休日ライフ。隠者に日の光が差したと喜ぶフォンセは、ぜひともガールズトークとやらに混ざりたいと願うのだ。

 恋バナ、ファッション、日常トーク。必死に勉強した彼女だが、遊びに誘われなければ意味がないのだ。ようやく努力が実ったと語った彼女が、ちょっと可哀想になる。

 では早速ということで、一同はアイスクリーム屋の店主に声をかける。アイスクリーム屋の店主は、気のよいオバサンといった雰囲気のある長耳族の女性だった。

 

「すいません、アイスクリーム六つ欲しいのですが?」

「あいよ、お嬢ちゃんたちは旅行者かい?」

「まっ、そんなとこね。おかしいとこでもあったの?」

「いやいや、ただ悪い時期に来ちまったねと思ってさ」

 

 店主が口にしたのは、やはり蔦の異常増殖の話だった。ヴァルトフォレスタ出身という船員の男性も言っていたが、この時期は樹海を通り抜けにくいという。

 

「無駄話が過ぎたね。余計なお節介というやつさ」

 

 仕事を優先しなちゃね、と告げた店主の女性が注文を取る。ユーナはストロベリー味を頼み、ミオンはスカイサワー味という品を注文する。

 青色のアイスクリームだ。単純にソーダ味なのだと思う。スージーはグレープ味を注文し、エリーゼはチョコバナナ味。セフィーはメロン味を注文する。

 フォンセはシンプルにバニラ味だった。闇の隠者を語る少女は、純白の甘いアイスを口にする。チョイスが普通なあたり、地味な性格が出ているような気さえする。

 

「…………!」

 

 初めての食べ歩きにご満悦といったところか。メロン味のアイスをペロリと平らげたセフィーは、次の屋台に狙いを定める。ワッフルの販売店だ。

 店主は厳つい小人の男性。彼を直視したスージーは尻込みする。けれど恐れを知らぬセフィーは店主の男性にコンタクトを取った。言葉を発せないのだけが欠点である。

 ワッフルが欲しいと全身でアピールするセフィーだったが、無邪気な彼女の行動に店主の男性は困惑するばかりだった。

 

「あの、ウチの子がすいません。ワッフルが食べたいみたいで」

「そうだったのか? ワシの店に目をつけるとは目利きのいい小娘だ」

 

 カカッ、と笑った男性の強面が崩れる。職人気質な堅物の印象があるだけで、実は友好的な男性のようだった。自分の店が選ばれたのが嬉しかったのだろう。

 店主の好感度が上昇したのか、金額を落としてくれるまで話が進む。焼きたてのワッフルを受け取ったセフィーは、袋をユーナに手渡す。

 ちゃっかりとワッフルを掴み取り、少女はリスのように頬張るのだ。生地の食べカスを口のまわりにつけ、セフィーは港町の観光を満喫する。

 

 徐々に目的から遠ざかっているような気もしたが、彼女の幸せに満ちた表情を見れば、些細なことだと思える。何のために大陸を渡ったというのか。

 ユーナの記憶が抜け落ちる。まだ食べ足りないと、少女の潤んだ瞳が訴えかけ、もう仕方ないな、と財布の紐を緩めたユーナは洗脳されかけていた。

 可愛い妹のために、とユーナは不要な食費に必要経費を割こうとする。のだが、ついに痺れを切らした親友に肩を掴まれた。

 

「待ちなさい。まだ使うつもりなの?」

「いや、だってセフィーが楽しそうだし」

「こらこら、思考放棄してんじゃないわよ!」

 

 ギュッとミオンがユーナの頬を摘まむ。だが、遊び感覚に陥ったのは自分だけではなく、

 

「セフィー、次はどこ行くですか?」

「わたくしもご一緒しますわ。お金はあるちゃ」

「楽園の誘いは我を友の元に導いたのね」

 

 魔性の屋台坂はお祭り気分に浸った人間の思考を麻痺させる。拠点クエスト達成の目的も忘れ、一同は本当にただの観光客に落ちぶれていた。

 スージーに怯える様子もなくなり、それはそれでよい気分転換にはなったのだろうが、はしゃぎ過ぎだというのが親友の見解だった。

 

「ノリ悪いよ! ミオンもアイスを食べたよね?」

「少しはいいと言ったけど、お金を使い切れとは言ってないでしょ?」

 

 ニコニコと笑うミオンの笑顔が怖かった。家計簿を切り詰める母親のごとき気迫。親友に威圧されたユーナは、少し落ち着こうか? と一同に呼びかける。

 危ないところだった。モンテベルク大陸に帰還するための船代がなくなれば、しばらくヴァルトフォレスタ大陸に拠点を移すことになるではないか。

 仲間の援助を受けたギルド拠点、それを放置するわけにはいかない。クールダウンしたユーナはセフィーを呼び、おふざけ禁止、と念を押すのである。

 しかし彼女が落ち込むことはない。旅自体が楽しいのか、セフィーは素直に従い、じゃあやめる、とユーナに頷くのだった。

 

「やっと次に行けそうね。除草薬のことだけど」

「それならケミー婆のとこに行くのはどうだい?」

「ケミー婆? 店主さんの知り合いなの?」

「まあね。坂の突きあたり、そこに婆やの薬屋があるのさ」

 

 口を挟んだアイスクリーム屋の店主が坂の上を指差す。

 

「あの婆さんなら工房を貸してくれるかもしれんぞ

 

 と、同意したのはワッフル屋の主人だった。どうも有名な薬師がウルド港にはいたらしい。次の目的地は決まったようなものだ。

 二人の店主に礼を言えば、商品を買ってくれたお礼だと返された。ユーナの話術アビリティが上手く作用し、新たな情報を開示してくれる条件が整ったようなのだ。

 

「せっかく情報をもらったわけだし」

「ええ、行ってみませんこと? その方のお店に」

「未知との遭遇というわけね。我に囁く声に従いましょう」

「囁くも何も、思いっきり教えてもらっただけじゃない」

 

 行くわよ、とミオンが号令をかけ、一同は港町の坂を登る。しかし目を閉じていたせいか、決めポーズをしたフォンセだけが出遅れた。

彼女は通りがかった子供に指差され、

 

「ママー、変な人がいるよー!」

「見ちゃダメよ。さあ行きましょう」

 

 ついにNPCの親子にまでおかしな目で見られてしまう。無邪気な子供の言葉は残酷だ。必死に考えたポーズと台詞を否定され、彼女に鋭い言葉のナイフが突き刺さる。

 やがて耐え切れなくなったフォンセは涙目になり、

 

「置いてかんで、ウチも耐えられんとー!」

 

 などと救いを求めるみたいに、ユーナ一行の背を追うのだった。



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第九話:薬屋に入ります

 屋台の店主らが言った薬屋は、幅の狭い脇道の先にあった。大通りを行く動力車のエンジン音を聞きつつ、小路を進んだ一同は立ち止まる。

 レンガ造りのレトロなデザインをした建物だ。薬瓶に似たデザインの看板が垂れ下がり、造花のインテリアが入り口を飾る。

 プランターに植えられたツタ植物が、窓枠の前方にあるネットに絡みつく。腰の曲がった老婆が入り口を開け、店の外に歩き出す。

 日課なのか、バケツを手にした彼女は柄杓に汲んだ水を撒く。しわの目立つ顔をした老婆だが、優しげに微笑む彼女はとても温厚そうな印象だった。

 

「おや、珍しいこともあるもんだ。随分と若い子たちだね、道に迷ったのかい?」

「いや、あたしたちはケミーお婆さんの薬屋を探してて」

「そうかい、そうかい。ん? それはばあやのことだね」

 

 カカッ、と笑った老婆が手を叩く。マイペースな老人だった。のほほんとした雰囲気があり、ちょっとだけ不安になってしまう。

 

「ねえ、大丈夫なの? 結構なお年寄りよ?」

「屋台の人たちの紹介だし、間違いはないと思うけど」

「彼の者には深淵を覗きし者の貫録があるわ。我が(まなこ)の捉えし姿が……えっと、次の台詞にどうつなぐったいっけ? コホン、我が眼に……」

「もういいわ、あんたも良く分かってないんでしょ?」

 

 ミオンの突っ込みが入り、フォンセが黙りこくってしまう。そうばい、と素直に打ち明けた隠者は、シュンと縮こまってしまうのだった。

 

「スーに質問があります。お店はやっているですか?」

「あー、開店中だよ。ケミーばあやの薬屋は大繁盛さ」

 

 冗談なのか、天然なのか。それはどうあれ、好々爺ならぬ好々婆な彼女が、店主らの紹介にあったケミーお婆ちゃんで間違いないようだった。

 話やすそうな人で良かったと思う。頑固一徹の老人だったならばどうしよう、などという懸念も杞憂に終わる。にこやかに笑うケミー婆がスージーに頷く。

 と、我が子の成長を喜ぶ母親のように、オロロと涙を流すエリーゼが感激する。

 

「スーちゃんが、スーちゃんが怖がらんで人と話しとる」

「ちょっと待ちなさいよ、なんでエリーゼが泣いてんの?」

「無垢の旅立ち。人は成長するっちゃん」

「もらい泣き!? フォンセ、あんたは今日出会ったばっかりでしょーが!」

 

 何を知ったかぶりしているのかと、ミオンはフォンセの泣き顔に衝撃を受ける。シクシクと啜り泣く二人の姿。無心の境地に至ったユーナは笑顔を作る。

 

「目的地は見つかったんだし、お邪魔させてもらおうよ。ねっ!」

「最大級のスルースキル発揮したわね、あんた」

 

 我が親友ながらに図太い精神だと、ミオンが呆れ顔をした。何を申すか、自分は感動する二人をそっとしておこうと考えただけである。

 突っ込み疲れるとか、関わるのが面倒だとか。そんな薄情なことは思っていない。断じて違う、ちょっとノリについていけないな、とそう思っただけなのだ。

 ケミー婆は大らかな性格らしい。それゆえ人見知りするスージーも話やすかったのだろう。どうだと言わんばかりの表情になり、スージーが一同を振り返る。

 自分はコミュ障ではない、なんて訴えかけるような目だ。半信半疑のミオンが怪訝な目をしたが、まあまあ、とユーナは親友を窘めるのだった。

 

「…………!」

 

 我慢できなくなったのか、セフィーがユーナの袖を引く。早くケミー婆の店に入りたいということか。涎を拭った彼女は、店内に美味しい物があると勘違いしたのかもしれない。

 ポーションは美味しい物と言ってよいものか。回復薬を飲んだことがあるが、子供用のお薬みたいな味だった気がする。飲みやすくはあった。

 けれど、ジュース感覚で飲むものではなかったはずだ。違うんだけどな、とユーナが苦笑いを浮かべれば、ドアノブに手をかけたケミー婆が手招きをする。

 

 待たせるのも悪い、一同はケミー婆の招待に応じることに。薬屋の店内は駄菓子屋のような馴染み深さがある。年老いた老婆が個人経営しているからだろう。

 小締まりとした店構えだが、壁棚には色とりどりの薬品が置かれていた。仄かに香るハーブの香りは、乾燥させた薬草の匂いだと思う。

 カウンターの横に材料棚らしき置物がある。無数の引き戸がある棚には番号が割り当てられ、それが商品番号なのだということはすぐわかった。

 

「久々に来た可愛いお客様だ。ばあやは歓迎するよ」

「か、可愛いですか? 可愛い……」

 ちょっと照れてしまう。褒められるのは心地よい。気にしていないふうを装い、しかしユーナの感情が仕草に出た。三つ編みにしたもみあげの毛先をいじる。

 

「…………?」

 

 首を傾げたセフィーは何かの合図と勘違いしたらしく、ユーナの真似をするみたいに髪をいじる。真似っこしてくれるとは可愛い義妹だ。

 癒されたユーナの心は軽くなり、ふへへ、と顔が蕩けていく。しかし愛想を尽かしたのが親友のミオンである。彼女はユーナの頬を引っ張り、

 

「はいはい、社交辞令よ。デレデレするな、チョロ娘」

「ひひゃい、ひゃめて。わかっひゃ、わかっひゃから」

「まったく。チビ助も真似しなくていいわよ?」

「…………?」

 

 そうだったのか、と納得したふうに、セフィーが手を止める。赤くなった頬を擦り、うう、と唸ったユーナは、容赦のない親友に文句をつける。

 しかしミオンは首を振るばかり。面白い子たちだね、と微笑むケミー婆は、何が欲しいんだい? と尋ねるふうに、カウンターに入っていく。

 カウンターに置かれたカタログにアクセスすると、ケミー婆の扱う商品が掲示された。材料費は二桁の値段がデフォルトか。除草薬の項目もある。

 

 錬金術を使う手間が省けた。ユーナは除草薬の購入を検討する。しかし値段を見たことで愕然とした。一個あたり7500G、それが複数個必要なのだ。

 ぼったくりではないかと疑う。が、ケミー婆は公式の設定したNPCなので、除草薬の相場が7500Gということだ。手が出なかった。

 弱小ギルドを舐めないでほしい。資金が無限に調達できるわけではないのである。正直に言えば、屋台で買い食いをし過ぎたのが原因なのだけれど。

 

 言い訳を並べるならば、あれは必要経費だったと叫ぶくらいか。屋台で買い食いをしたおかげで、ウルド港にある薬屋を紹介してもらえた。

 探し歩く時間を短縮できたのだし、一長一短の成果というほかない。頭を抱えたユーナは、ふと「錬金術トレーナー」の文字が目に留まる。

 たまに見かける熟練度上昇サポートをしてくれるNPC。その一人がケミー婆だったのである。これはいい情報を得た。話術スキルを使い、交渉を仕掛けるとしよう。

 

「あのケミーお婆さん、錬金術の訓練はしてるの?」

「たまに見ているよ。錬金術に興味があるのかい?」

「ちょっとね。あたしたち、生活プレイが基本だから」

「そうなのかい。それはいい、ばあやが奥の錬金部屋に案内しようかね」

 

 歓迎ムード全開のケミー婆が奥の部屋に移動する。交渉成功、悪知恵を働かせたユーナはガッツポーズをかます。熟練度教練に必要なのは訓練代のみ。

 材料は教官側が提供してくれる。訓練課題は複数あるが、本日の課題は「除草薬」というのも把握済みだ。薬のレシピはフォンセに提供してもらった。

 レシピ不足による教練拒否も受けずに済んだということだ。計画通り、錬金術教練に託け、「除草薬」のストックを大量確保しようではないか。

 

「ユナが悪い顔をしています」

「堕天使の囁きに導かれたというの? その穢れた比翼は――」

「あれですわね。練度訓練をダシに目的の物を手に入れようとしているのですわ!」

 

 なんて恐ろしい子、とエリーゼが少女漫画特有の演出をする。もっと褒めるがいい、驚愕する仲間の声が心地よかった。我ながらに計算高い策。

 自分は稀代の策士にも匹敵する女なのだと、ユーナは自意識過剰になった。調子に乗った自分を舐めないでもらおう。あくどい策を貫こうではないか。

 ふっふっふ、とユーナは得意げな笑みを作る。セフィーは気取ったユーナに拍手を送った。しかし先行きが不安になったのか、ミオンだけが眉根を下げる。

 

「いつものあれね。裏目に出ないといいけど」

「…………?」

 

 自信たっぷりなユーナのどこがいけないのか、首を傾げたセフィーが困惑する。彼女に見つめられ、頬をかいたミオンが顔を背けるのだった。

 

「じゃあ、奥の部屋に行こっか?」

 

 悠々と胸を張り、ユーナがカウンターの奥にあるドアを開く。錬金台の置かれた研究室。本棚に並ぶのは錬金術の参考資料だろう。

 お待たせしました、とお気楽に告げたユーナは、途端に顔面蒼白になってしまう。研究室にいたのは竹刀を地面に叩きつける老婆の姿。

 反射眼鏡は老眼鏡か。背筋も伸び、俄かに若返った様子さえある。口をバッテンにしたユーナは立ち尽くす。すると、カッと目を見開いた老婆が吼えたのだ。

 

「何をやっておるかー! 本気で錬金術を習うつもりはあるのかのー!!」

「えっ? いや、キャラ違っ……」

 

 あの優しそうな老婆はどこにいったのか、目の前にいるのは火を吹きかねない鬼婆である。ユーナが振り返る。すると、友人らは一斉に後退る。

 

「鬼です、鬼がでました。あのお婆さんは怖い人だったですか?」

「…………!」

 

 さしものセフィーも震えあがる。好奇心旺盛で天真爛漫な彼女すら恐れる気迫がケミー婆にはあったというのか。スージーの瞳は死んでいた。

 もはや何も信じられないと悟り、人間は怖いです、と疑心暗鬼に囚われるのだ。二人には頼れない。ならば、と他の面子に目配せを送るが。

 

「暗黒の協奏曲が彼女を狂わせたというの!? 深淵の使徒が心を蝕み、穢れし者の内に眠る欲望を呼び覚ます――ああもう、普通にえずかー!」

「相手にしないほうがいいですわよね、おとろしい」

 

 エリーゼの顔が相手をしたくないと物語る。頭をかきむしったフォンセは、友人を助けるべきか否か、究極の選択肢を迫られているみたいだった。

 

「頑張んなさい。あんたが招いた種よ?」

「ええっ!? ミオン、薄情すぎない?」

「頑張れ、稀代の名策士!」

 

 じゃね! と親友を労わる素振りも見せず、親指を立てたミオンが扉を閉めた。竹刀で床を叩きつける音が響き、汗だくになったユーナの背中がビクンと跳ねた。

 振り返れば、鬼の形相となった老婆が一人。まだ始めないのかと非難するみたいに、彼女の反射眼鏡がユーナを射抜くのだった。

 

「ごちゃごちゃと最近の若いもんはなっとらん! 弟子入り志願者に容赦はせぬわー! まずは材料準備、三秒で行えー!」

「は、はいー!」

 

 ピンと背筋を伸ばしたユーナは声を張り、忙しく駆け出した。ケミー婆の指示に従い、材料の保管棚を開け回り、やがてユーナの頬には一筋の涙が伝う。

 



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第十話:習った錬金術を試しましょう

 地獄のような教練だった。真っ白に燃え尽きたユーナが床に座り込む。自分の成長に満足したのか、ケミー婆は大らかな表情で言う。

 

「ばあやも久々に指導したねえ。工房は好きに使うといいさ」

「はい、ありがとうございました」

 

 死にそうな顔になりつつも、ユーナはお礼を言う。ほっほ、と高笑いをしたケミー婆は腰を曲げ、薬屋の工房を出て行くのである。

 師弟関係を結び、親密度が上昇したか。錬金術工房の使用許可がおり、除草薬の量産環境は整った。薬草はケミー婆から安価で提供される。

 話術スキルと好感度ボーナスの影響だ。己の身を犠牲にした成果はあったけれど、もう二度と教わりたくないと思うユーナであった。

 

「ユナ、大丈夫だったですか?」

「見ての通りだよ、死にそう……」

「ご苦労様ですわ、厳しい戦いやったね」

 

 薬屋の工房に入室したエリーゼが、力尽きたユーナの背中を擦る。鬼の形相をしたケミー婆が戻ってこないかと心配し、スージーは何度も入り口を振り返る。

 ユーナの教練が終わり、仲間にも工房の使用許可が下りたらしかった。ユーナの犠牲は無駄ではなかったということだ。あはは、と薄ら笑いが漏れる。

 策士策に溺れたとはいえ、自分を気の毒には思ったらしく、ミオンが慰めを口にする。

 

「よくやったと思うわよ、あんたは」

「同胞よ、運命の贄となりし覚悟。我が叡智の眼がしかと見届けたわ。えっと、大変やったねって意味やからね。傷つくるつもりはなかけん!」

「わざわざ自己解説ありがとう。ちょっと魂抜けかけただけだから」

「それ、全然だいじょばんばい!? 死にかけとーよ!?」

 

 目を見開いたフォンセが肩を揺さぶる。なんだろう、とてつもない解放感がある。束縛から解き放たれたユーナは、まるで天に昇るかのような高揚感を抱く。

 

「…………!」

 

 ユーナが気を失いかければ、バタバタと両手を動かすセフィーの姿。戻ってこーい! とそう訴えかけていたのだろう。そして両頬を挟まれた。

 セフィーの手が頬を捏ね回し、ようやくユーナは我に返る。危ない、危ない。意識のほうがログアウトしかけるところだった。

 小さな手が可愛い。義妹のような召喚精霊に癒されつつ、ユーナはグッと持ち堪える。ケミー婆の錬金工房を自由に使えるようになったのだ。

 このまま何もせずに滞在するわけにはいかない。早速、「除草薬」の量産環境を整えよう。ユーナは仲間に呼びかけ、錬金作業に取りかかる。

 

「散々な目にあったけど、もう手際は完璧に覚えたからね」

「ユナが頼もしく見えます。心なしか、オーラが違うです!」

「そうでしょ? 生まれ変わったあたしを見せてあげるよ!」

 

 空元気を振り絞る。錬金台と向き合うユーナは、水に満たしたガラスに水晶の細石を流し込む。まずは魔法液の準備、ここに必要な材料を追加していく。

 

「まずは「胞子キノコ」と「デスディアの花」だったね。在庫ある?」

「あー、この棚にあるわね。取ったら勝手にゴールドが消費されたわ」

「購入判定になるわけですわね。ユーナちゃん、どうぞ」

 

 棚を調べたエリーゼが「デスディアの花」を掴み取る。一回の使用個数は二個、「胞子キノコ」のほうは一個だ。ミオンが錬金台の隅にキノコを置く。

 ぶつぶつのある傘が特徴的なキノコである。見るからに派手な色合い、食用ではなく有毒性のあるキノコだった。デスディアの花は紫色。

 百合に似た花弁、垂れ下がるふうに開いた花である。錬金道具のすり鉢に材料を入れ、ゴシゴシとすり棒を回し、素材を粉末状にしていく。

 粉末加工は別々にしたほうがいい。フォンセに声をかけ、デスディアの花は彼女に擦ってもらった。しかしまだまだ材料は必要なのだ。

 

「次は「カムリナの根」だね」

「任せてくださいませ、微塵切りにして差し上げますわ!」

「私も協力するわ。どのくらい必要なの?」

 

 ミオンが作業量を尋ねる。薬を作るだけならば一個で済むが、ヴァルトフォレスタ大陸の首都、イーセクトゥムルに向かう道のりも考えよう。

 教練中に作った在庫が五個あるとはいえ、樹海は植物のツタで荒れ放題だという。樹海を通り抜けるのに、果たして足りるのだろうか。

 

「一個だけど、予備が欲しいしね。多いに越したことはないと思う。イーセクトゥムルで仮拠点の民家を借りるつもりだし、帰りの分はまた補充するにしても……」

 

 備えあれば憂いなし、ストックは確保したいところだ。あと十個ほど作ってみるとしよう。ユーナが目標数を指定すれば、重労働ね、とミオンが返す。

 だが、親友にも面倒がっている様子はない。料理好きの友人だ、錬金術の材料作りも調理に通じるものがあるのだろう。

 

「我が前に立ちはだかる試練、深淵の意志が乗り越えろと囁くのよ」

 

 友人との共同作業、まだまだ頑張るぞとフォンセが意気込む。やる気に満ち溢れた彼女は、本当に初の協力プレイなのだなと思わせるだけの勢いがある。

 それが少し悲しくもなり、空回りしないかとの不安も抱く。ともあれ、彼女が協力的なのは嬉しいことなのだが。色々な発見があるな、とユーナは呑気に感慨に耽る。

 

「ユナ、手が止まっているです。スーたちのやることはなしですか?」

「…………!!」

 

 グッと両手を握り締めたセフィーが、何でも言ってくれ、と決意に満ちた表情をする。瞳をキラキラと輝かせる彼女は、手伝いたいことが山ほどあるようだった。

 負けず嫌いなスージーも競り合う。他のメンバーが仕事をしているのに、自分だけが置き去りにされていることが納得いかなかったのだろう。

 安心してほしい、やることはあるのだ。完成に必要な材料が不足している。ユーナは手の空いた二人に声をかけ、素材の調達を頼むのだった。

 

「最後に「塩」と「蝶の鱗粉」が必要だね。それを二人にお願いするよ」

「わかったです、取ってきますので!」

「…………!!」

 

 やるぞー! と万歳したセフィーが駆け出す。背伸びをしたスージーは、材料棚の標識を確認すると、目的の材料を探し始めた。

 低い身長設定が仇となったか、高い場所は見にくそうだったけれど。スージーが使用キャラクターの身長を低くしたのは、当たり判定が減少するからだとか。

 倒されたくない症候群が限界を極めたのである。それはさておき、足元に置かれた梯子台を使えばいいのに、とは思ったが。彼女も見えない敵と戦っているということか。

ここは見なかったことにしておこう。やがて作業が進み、

 

「ユナ、塩を持ってきたです!」

「…………!!」

 

 自分も、と訴えかけるふうに、セフィーが蝶の鱗粉の納まった袋を掲げる。噴きあがった鱗粉が輝く。舞い散る粉は魔法で生み出された粒子のようだった。

 それもそのはず、ティアラフォールの昆虫は体内に魔力機関を宿すという。蝶の羽は魔力で構築されており、撒き散らす鱗粉もまた錬金術の材料となるのだ。

 スージーの調達した塩は大きな器に盛られていた。正真正銘、調味料の塩と同じものだが、錬金術における塩の役割は清めの効果に相当する。

 反発し合う素材を中和する緩衝剤、そういった意図があるのだと思う。調合を間違えれば、塩を入れても爆発することはあるにはあるが。

 

「じゃあ始めよっか?」

 

 長話をしていても始まらない。早々にユーナは「除草薬」の調合に移ることに。鬼コーチのケミー婆に鍛えられた。ユーナの手並みは鮮やかだ。

 青緑色の魔法液にキノコの粉と花弁の粉を流し込む。魔法液に取り込まれた素材はじんわりと溶け、火を起こしていないはずなのに、ブクブクと泡立ち始める。

 

「これ、素材ば間違えとらんと?」

「ケミーお婆ちゃんによれば、錬金術の魔素反応みたいだよ?」

「へえ、面白いわね」

 

 ミオンが錬金台に装着したガラス瓶を覗き込む。錬金台に刻まれた魔方陣が輝けば、青色の液体は徐々に薄紫色に変化した。順調だ、爆発オチは避けたいところ。

 ユーナはカムリナの根の粉末を流し込む。混ぜ棒で素材の溶け込んだ魔法液をかき混ぜ、湯気が立ち始めたところで、仕上げの鱗粉と塩を流し込む。

 魔法液を混ぜつつ、しばらく観察をしていれば、錬金台の魔方陣が点滅し始めた。完成は近い。魔法陣が光を失ったかと思うと、ついに除草薬が完成したのだ。

 ユーナはガラス瓶を取り外す。あと九回、同じ行動を繰り返すだけ。ユーナが次の作業に取りかかると、完成品を受け取ったミオンが薬液を覗き込む。

 

「色が毒毒しいわね。ポーション系はもっと綺麗なのに」

「服用薬じゃないしね。どちらかと言えば、攻撃ポーションに近いかも」

「雷撃薬とかですわよね。一定値の属性ダメージを発生させるっていう」

 

 ポーションにも複数のタイプがある。回復を目的とした物、自己強化の特性がある物。攻撃用の使い捨て。除草薬は使い捨てタイプ。

 薬瓶の表記にパーセンテージがあるあたり、複数回使用できるようだが。樹海に侵入してすぐ、そのあたりは確かめてみるとしよう。

 

「あと九回、ジャンジャン回すよ!」

「未知の探究はまだ続くのね」

 

 錬金台の傍に佇むフォンセが決めポーズを取る。

 

「薬はもう作ったです。未知ではないはずですが?」

「……コホン。じゃあ、どげな表現がよか?」

「それ、私に聞かれても困るんだけど」

 

 ミオンが真顔の突っ込みを返す。エリーゼは口を挟まず、苦笑いを浮かべるばかりだった。賑やかだなあ、としみじみ思う。けれど、ギスギスするよりはずっといい。

 穏やかな空気を堪能しつつ、ユーナは薬品作りを続行する。楽しげな話し声につられたのか、工房を覗き込む老婆の姿があり、

 

「若いのはええのう。途中で挫折せぬよう厳しくしたが、ばあやも応援しとるよ」

 

 爽やかに戯れる少女らの樹海越えを願い、彼女は優しげに呟くのだった。

 



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第二章:ユグドラシルの樹海
第一一話:試練の森が続きます


 鬱蒼とした木々の茂る熱帯雨林の入り口に立つ。陽光を遮る分厚い葉に覆われた樹海は暗い。特徴的な形状をした樹木が不気味さを際立たせる。

 少女らを出迎えるように待ち構える森の入り口は、二の足を踏みなくなるほどの威圧感があった。だが、除草薬を苦労して作ったのだ。

 使わずして帰るのは本意ではない。港町に振り返り、見送りに来たケミー婆に手を振った一同は、いざ大森林の踏破に挑む。

 

「魔の森に続く門は開かれた。我らを誘うは闇の囁き、運命の扉は開かれたのね」

「ねえ、あんたさ。カッコつけた割に一歩も動かないのはどういうこと?」

「失楽の業が我を阻み、彼方への歩みを拒むのよ」

「難しいことを言って誤魔化してるですが、フォンは怖がってるだけです」

 

 情けの無い奴だと強がるが、既に盾を持ち出しているのは何故だろう。エネミーの姿もないのに、スージーは両手に持った盾を引っ込めない。

 それでも前に進む意志があるだけよいほうか。影に潜む者を名乗ったはずなのに、膝が笑い続け、足を踏み出せないフォンセよりはマシだった。

 

「サッサと行くわよ、幽霊が出るわけでもなし。いてもゲームのエネミーよ」

「……デテ……イケ……」

 

 吹き抜けた風が人の声になったふうに聞こえた。口をバッテンにしたユーナが振り向けば、冷や汗を流したミオンの目が泳ぐ。

 

「あのー、ミオンさん。今、変な声が聞こえなかった?」

「まっ、気のせいでしょ? 怖がってないわよ、ぜんっぜん余裕」

 

 強がるミオンが先頭を歩く。吹き抜けた風に森の木々がざわめいた。ヒュゴー、と恐怖を冗長するように音は強まる。途端にミオンは倒れかけた。

 なんとか踏み止まった彼女は、何かに足を掴まれたと怯え、ユーナに抱きつく。周囲を警戒した彼女は何もなかったことに安堵し、そして友人に疑いの眼差しを向けるのだ。

 

「ちょっとあんた、変な魔術使ってないわよね?」

「いや、あたしもそんな悪戯はしないよ」

「絶対? 絶対よね、嘘だったら承知しないわよ!?」

「信用なくない!? あと早口、めちゃくちゃ怖がってるよね?」

 

 しがみついた腕を離し、コホンと咳払いをする。何もなかったふうを装い、赤面した親友は腕組みをした。白々しい、ユーナは不満げな表情を作り、

 

「…………!!」

 

 ふと袖を引いたセフィーが地面を指差す。盛りあがった木の根がある。それも一カ所ではなく、湿林全体が悪路のようだった。駆け出したエリーゼが地面を調べる。

 地面に生え出した木の根っこは湿っぽく、張りついた苔はぬるぬるとした肌触りだったという。絶対にこれだ、そうユーナは直感した。

 ミオンは木の根っこに足を取られ、転倒しそうになっただけなのである。

 

「道が悪いですわね、皆さんも気を付けてくださいませ」

「足元は警戒したほうがいいかもね。ねえ、ミオン?」

「うっ! 悪かったわね、私のミスよ!」

 

 いじけたミオンが自分の非を認めた。むくれ顔をした彼女が、むき出しになった木の根を蹴った。八つ当たりだ、こちらに飛び火しなかっただけ可愛げはあったけれど。

 ユーナがニヤニヤ笑えば、頬を赤くした親友が目を逸らす。まずは一勝、誰に勝負をふっかけられたわけでもなく、勝手に勝ち誇ってみる。

 また森に風が吹き抜けるが、変な音は聞こえない。やはり気のせいだったかと思い改め、ユーナの号令の下、一同は森の奥を目指す。

 

「同じ景色が続くね。道に迷わないようにしないと」

「常にマップはオープン状態にしたほうがいいですわね。注意して進みますわよ」

 

 エリーゼが手を横に滑らすと、森の全体マップが表示される。赤い矢印が自分たちの現在地だ。イーセクトゥムルまで林道は続くらしい。

 舗装されていない土道は体力の消耗が激しそうだった。現実世界だと歩きたくはないが、目的がある分、まだ頑張れる気がする。

 

「この道を真っ直ぐ進めばいいっぽいね」

「整備はされてるけど、木の根っこが鬱陶しいわね」

「スーは限界を感じました。置き去りにされたくはないですが」

 

 引き籠り癖が祟ったか、悪路にスージーの心がやられていた。猫背になった彼女は両手に持った盾を垂れ下げ、今にも前のめりに倒れ込みそうである。

 歩きにくいならば、盾をしまえばいいのに。ユーナは提案してみたが、襲われたらどうするのかと訴えた彼女は、抱き締めた盾を手放そうとしなかった。

 仕方ない、ユーナは臆病な娘のメンタル管理を優先することに。両手を広げ、ルンルンと林道を進むセフィーとは真逆のタイプか。

スージーは好奇心旺盛な彼女の無邪気さを見習ったほうがいいかもしれない。快活すぎるのもまた、面倒を見る人間の体力を奪いはするが。

 

「元気は分けてもらえるからね」

 

 不気味な樹海ではあるが、一同が前進し続けられるのは、物怖じしないセフィーのおかげである。楽しげな彼女を瞳に映すと、恐怖心を抱かずに済む。

 にこやかに林道を駆けるセフィーだけれど、途端に彼女の歩みが止まった。ネットのように絡み合うツタの壁に阻まれたからだ。

 ツタの壁にぶつかったセフィーがダメージを負う。尻餅をついた彼女は、痛い、と嘆くふうに、自分を跳ね返したツタの壁を睨みつけるのだった。

 

「…………!」

 

 怒ったぞ! とむくれたセフィーは林道を引き返す。ユーナの手を掴み、復讐をねだるふうに、彼女はツタの壁を指差したのだった。

 ツタというよりは棘といったほうがよいか。それが林道を遮るように生え、捻じ曲がって絡み合う。セフィーの頬に切り傷があった。

 棘と接触した時に怪我をしたのだろう。まずは治療が先、腰を屈めたユーナは少女の頬を伝う虹色に輝く血を拭き取り、回復ポーションを取り出す。

 潰した薬草と魔法液を足し合わせ、簡単に作れる低位のポーションだ。中級ポーションも持参したが、ダメージ量的に低級ポーションで全回復するはずである。

 

「…………?」

 

 薬瓶を受け取ったセフィーが首を傾げる。自分の怪我に気付いていないのだろうか。アイテムバックに仕舞った手鏡を見せ、頬の傷口を映す。

 

「…………!!」

 

 頬の傷口に触れたセフィーは顔をしかめ、ユーナの差し出した薬瓶を受け取った。ありがとう、と頭を下げ、少女はグビグビと青色のポーションを飲み干す。

 プハー、と息を吹き返したセフィーの姿にある人物の面影を見る。伊武咲璃音、ユーナの担任教師である。チューハイを飲み干した彼女によく似ていた。

 ポーションは魔力の塊だという設定もあるし、召喚精霊の好物と成り得たのだろうか。なんて考察していると、元気一杯だとセフィーが両腕の力こぶを作る。

 

 残念なことに、筋肉が盛りあがることはなかったけれど。いいや、これでよかったのだと思う。フィジカル全振りのムキムキ幼女など見たくはない。

 筋骨隆々のセフィーを創造し、それはないなとユーナは首を振る。小さな体で両手斧を振り回す少女だし、現実にいれば、そうなるのかもしれないが。

 とにかく、かわええ子なのは間違いない。自分を心配させぬよう振舞うセフィーに癒され、ユーナの庇護欲と母性が刺激されたのだった。

 

「孫が帰ってきたお婆ちゃんって、こんな気持ちなのかなー?」

「あんた、急に老けたわね。何十年後の話をしてんのよ」

「ユーナちゃん、ウチは分かるちゃ。えらい可愛い」

「エリーもおかしくなったです。顔がふやけています」

 

 じっとりとした目になったスージーが言う。

 

「魔性の蠱惑、我が抱擁に是非もないわ。抱きついてよか?」

「はいはい、あんたもやめときなさい。サッサとツタを取り除くわよ?」

 

 ミオンがフォンセの耳たぶを引っ張る。隠者設定はどこにいったのか、普通の女学生でしかなくなった少女が痛がる。おバカがまた増えた。

 そう落胆したミオンは肩を落とし、早く除草薬を使えとユーナを急かすのだ。ずっとしおらしければよかったのに、親友が普段の調子を取り戻したのが残念だ。

 などと思いはしたものの、このままでは目的地に辿り着けそうにないのもまた事実。まだ時間はあるけれど、一旦解散する前にイーセクトゥムルに到着したいところだ。

 

「せっかく作ったんだし、効果は知りたいしね」

 

 薬瓶の蓋を開けたユーナは歩き出す。自分が持つのは綺麗な色をした回復ポーションではない。赤紫色の植物を殺す毒薬だ。

 除草薬を一個消費し、棘の壁に毒液を垂らす。即効性はかなりのものだった。除草薬の液体がかかった瞬間に棘は枯れ、茶色に変色した枯れ茎が地面に落ちてゆく。

 空の薬瓶をバックに仕舞えば、移動を拒む植物の壁はなくなった。

 

「ギミック処理は探索の鉄則だよね」

「確かに気持ちいいわよね、努力が実ったわけだし」

「皆のおかげだよ、まだまだ除草薬のストックはあるからね」

 

 自分だけの力ではない。枯れ散る棘を眺め、ポーション作りの作業を振り返る。ケミー婆には扱かれたけれど、楽しくはあったな、と仲間と笑い合う風景を思い描く。

 エンジョイプレイには相応しい生活ライフ。ツタの処理一つで盛りあがれば、ふと一同の顔色を窺ったフォンセが問う。

 

「あんしゃ、ウチも混じゃっとーんやるか?」

「ん? フォンは何を言ってるですか?」

「いや、少し気になってしもうて」

「当たり前のことを聞かないでくださいませ。こっちゃウラらの勝利や!」

 

 友情の力だと語り、熱い精神を宿すエリーゼが力説する。フレンド登録までしたのだ、仲間外れのわけがない。確認を取ったフォンセの表情に光が灯り、

 

「くだらぬ詭弁だったわ。我が眷属らが運命の楔に従うのは当然のこと、次に行こう!」

 

 と片手を振りあげ、棘の壁の向こう側に走り出す。隠者の門出、新たなスタートに立った少女の煌めきは永遠に続くかと思われた。のだが、栄光は長く続かない。

 棘の道の先を眺め、彼女の表情に影が差したのだ。和気藹々とした雰囲気の急降下、何があったのかと彼女に続けば、ユーナの笑顔を引き攣った。

 見渡す限りの棘道。魔女の館に続くかのごとく、刺々しい荒道が眼前に広がった。鬱蒼とした棘の森は、来る者を拒むように立ちはだかる。

 

「ねえ、今どこあたり?」

「地図で見る限り、まだ半分ですわね」

「足りるといいけどね、除草薬……」

 

 棘の迷宮は広大だった。森のツタが繁殖中だと忠告はされたが、ここまで酷いとは思わなかった。除草薬が切れれば逆戻り、それだけは避けたい。

 除草薬のストック管理には注意しよう。先行きが不安だ。足取りの重くなった一同はため息を吐き、棘の森を進みゆく。



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第一二話:大蜘蛛に襲われました・前編

「なんとか足りそうだね」

 

 道を阻む棘が枯れ落ちる。樹海に茂る棘の道を越えた先は緑の濃い林道だった。デコボコ道も平坦になりつつあり、もうじきイーセクトゥムルの都市に到着しそうだ。

 エリーゼが地図を確認する。ウルド港から世界樹の都までの距離、その約八割を踏破したあたりか。ゴールが近付き、一同の足取りも軽くなる。

 

「ようやく森を抜けられるですか?」

「早く街に着きたいわよね、森の湿っぽい雰囲気にも飽きたわ」

「似たような景色が続くしね、地図がなかったら危なかったよ」

 

 適度にマップを確認しながら歩いたのは正解だ。ヴァルトフォレスタ大陸の大半は樹海、道に迷い、遭難する危険性もあった。

 樹海の不気味な雰囲気は消えないが、一安心といったところ。最初の警戒心はどこに行ったのか、スタスタと足早なミオンが先頭を歩く。

 

「流石にもう怖がってないみたいだね、ミオンも」

「茶化すのはやめなさい。どっちかと言えば、私は幽霊とか信じてない派よ?」

「ホラーゲームも結構やるしね、お互い」

 

 初回プレイ時は恐怖感もあるが、次第にゲームの雰囲気には慣れてくるものだ。特にゾンビを相手にするホラーゲームは、弾数が増えるにつれて恐怖心が薄れる。

 最終的にゾンビ討伐ガンシューティングゲームになりがちだ。終始怖かったのは廃洋館を探索するアドベンチャータイプのゲーム。

 幽霊に対する対抗手段がなく、エンカウントすると鼓動が速まった。体感型ゲームだと特にびっくりする。その驚きが癖になったりするのだけれど。

 つまり、怖いのは最初だけと言いたいのだ。樹海の陰鬱とした空気にも耐性がついてきた。不気味な声のように聞こえる風音も右から左に聞き流す。

 

「スーもホラーゲームをやります。二人と一緒です」

「平気なふりしとっけど、スーちゃんは腰が引け取らん?」

「これはもしもの時の備えです。スーは怖がっていませんので」

「亡者の正体など我が真理の瞳が見通すわ。運命に朽ちた者の嘆きをね」

 

 決め台詞を発したフォンセは、しかし盾を構えたスージーに寄り添う。余裕綽々だと表現する割には、恐怖心を押し殺すために支え合う二人組だった。

 と、何かが頭上より降ってきた。冷たくねっとりとした感触のある生物がフォンセの肩に乗り、彼女の顔が蒼ざめる。蠢く生物がフォンセの背筋に悪寒を届け、

 

「きゃああ! なにと、なにと!?」

「フォン、急にどうしたですか!? 敵、敵が来たですか!?」

 

 落ち着きのなくなった二人が右往左往する。膝を折ったフォンセは頭を抱えて縮こまり、盾を振り回すスージーが敵はどこかと暴れ回る。

 取り乱してはいけない。盛大に怖がる二人を眺め、深呼吸したユーナは平常心を保ち、ゆっくりと空を見上げた。青空を隠す鬱蒼とした森の青葉。

 特に目を引くものはない、ユーナが首を傾ける。と、フォンセの肩に手を伸ばしたのがセフィーだった。彼女の肩に乗った生物を掴み取り、一同に披露する。

 

「あー、ただの芋虫ですわね。大したことないちゃ」

「ほんとだ。いやー、可愛いね」

「…………!」

 

 手のひらを這う芋虫を眺め、セフィーが優しく頷いた。自分を見下ろす人間の顔を見上げた芋虫は、恥ずかしげに身を捩るのだ。

 

「フォンは大げさすぎます、スーもびっくりしたです」

「ふ、ふふ。これも闇の調、我が眷属らの度胸を試す隠者の試練」

「難しいことを言っても誤魔化せないです。嘘は通用しませんので」

「ごめん、普通に怖がったばい……」

 

 素直に謝ったフォンセが肩を落とす。一方のスージーは強気になる。自分の命を脅かす敵でなければ問題ない。人差し指を伸ばした彼女は芋虫の体を突く。

 

「スージーって虫は大丈夫な子なんだね」

「余裕です。むしろ芋虫は好きなほうなので」

「小学校の研究課題は芋虫の成長観察でしたわよね」

「芋虫は成虫になるまでノロノロと頑張っています。スーも応援したくなったです」

 

 芋虫は頑張り屋なのだとスージーは力説する。共感を抱いたのか、彼女は芋虫の成長を見守るのは楽しかったと語った。美しい羽を伸ばして羽ばたく蝶。

 蛾になった芋虫もいたようだが、それはそれで頑張った成果だと彼女は満足したようだ。全員がスージーの思いを聞かされた矢先のことだ。

 ダラダラと冷や汗を流し、笑顔の消えた少女が一人。芋虫を捕獲したセフィーを囲む一同より距離を取ったミオンである。ユーナは思い出す。

 幽霊も慣れれば平気だと語った親友がもっとも恐れる存在。それは虫なのだ。六足の昆虫には物怖じしないが、多足系には弱いミオンである。

 

「…………?」

 

 どうして見ないのかと首を傾げ、セフィーはミオンと見つめ合う。まさかこっちに来るつもりなのだろうか、そう警戒した親友の顔が引き攣った。

 

「ミオはどうしたですか?」

「あー、実はミオンにも弱点が――って、セフィー!?」

「…………!」

 

 ニコニコと笑う無邪気な悪魔がミオンに忍び寄る。見てみて、と虫取りに来た子供のように主張する彼女は、芋虫をミオンの眼前に差し出したのだ。

 途端に彼女の顔が真っ青になる。森の入り口で陰湿な空気に飲まれた時も見せなかった表情。顔面蒼白になったミオンは、絶叫をあげて近くに樹木に抱きついた。

 

「ちょっ!? 来んな、来んな! そんなもん見せんじゃないわよ!」

「…………!」

「無理無理無理無理無理無理無理! 私、足多い系は無理なのよ!」

 

 首を激しく振り回し、あの勝気なミオンが涙を流す。だが、意固地になったセフィーは退かない。スージーが大絶賛した昆虫の幼体。

 ミオンが受け入れられないはずがないと思ったのだろう。存外に頑固な精霊だった。セフィーはめげずに挑み、木の幹に抱きついたミオンが悶絶してしまう。

 

「やめなさいよ! やーめーてー、こっちくんなー!」

「…………!」

「嫌ああああああああ!」

 

 ミオンに強気な性格を維持する気力はなくなっていた。しおらしくなって蹲り、せめて芋虫を視界に入れぬよう、下を向いて怯えるばかり。

 助け舟を出してあげよう、ミオンが可哀相になってきた。ユーナはセフィーの肩を叩き、近くの木を指差すのだ。芋虫は自然に返してあげよう。

 そう耳打ちすると、素直に頷いたセフィーが近場の木に駆け出す。木の幹に張りついた芋虫は、ありがとう、というふうに頭部を下げ、高い木に登っていく。

 一つ良いことをした。ユーナが満足げな表情をすれば、蹲ったミオンが問いかける。

 

「もういなくなったわよね、芋虫?」

「大丈夫、森に帰したから」

「死ぬかと思ったわ」

 

 疲れ切った顔をしたミオンが安堵する。ご苦労様、とユーナはミオンを労う。

 

「ミオは芋虫が嫌いだったですか。ちょっと残念です」

「蝶とか蛾は平気なんだけどね。もう突っ込むのはやめてあげて」

「昔は大丈夫だったのよ? 昔はね……」

 

 ミオンが多足系の昆虫を苦手になったのは幼少期のことだ。男勝りだった彼女は虫取りに出かけ、木を蹴って昆虫を落とすという方法を試したらしい。

 すると、上空より飛来したのは大量の芋虫や蜘蛛、そしてムカデの襲撃。多足の生物が顔の周りを這いずり回り、あまりの気持ち悪さにトラウマを覚えたとか。

 以降は多足の生物が苦手になり、虫取りにも行かなくなったと聞かされた。恐怖の過去を呼び覚ましたのか、肩を抱いたミオンが震えあがる。

 ユーナは親友の肩を擦り、もう大丈夫だと囁くのだった。

 

「ミオンさんにも意外な弱点がありましたのね」

「堕落の刻印は誰しも持つものよ。隠者の目はそれをも見通すわ」

「うん。ミオンの虫嫌いは今知ったと思うけどね」

 

 再起不能に陥りかけたミオンに代わり、ひとまずユーナは突っ込みを入れておく。

 

「まあ、多足系のエネミーが来なければ大丈夫だよ。そんなに都合よく合わないって」

「あーいや、後ろば見たほうが……」

 

 ふとフォンセが呼び止めた。しかし陽気に笑ったユーナは仲間に振り返り、早く先に進もうと呼びかける。その矢先のことだ、粘々とした糸が頬に張りつく。

 何事かと顔を動かすが、しかし首が動かない。粘着性の糸が絡みつき、ユーナを逃がしてはくれなかった。嫌な予感がする、いつものパターンだ。

 ユーナを見つめる友人らの表情が固まった。カサカサを蠢く足音。目だけを動かせば、森の中に巣食う蜘蛛の糸がそこかしこに散見したのだ。

 

 言った傍からこうなりました。自分は一級フラグ建築士の才があるなと確信する。樹木の根元にあった卵がポコポコと割れ、森に巣食う子蜘蛛の群れが這い出す。

 世界樹の首都に続く道を阻む大蜘蛛の複眼がユーナを捉えた。毛むくじゃらの八本足が動く。リアルさを追求した蜘蛛の質感は気味が悪かった。

 芋虫は大丈夫だったが、真横に現れた大蜘蛛はユーナにも厳しいかもしれない。大蜘蛛の触角と牙が動き、糸の罠に囚われたユーナは絶句する。

 

「スーも大きな蜘蛛は嫌いです。食べられてしまうので」

「肉食の獣が我らを贄に……それ、最悪ばい!」

「応戦するしかありませんわね。ユーナちゃん、すぐに助けるちゃ!」

 

 長銃を構えたエリーゼが臨戦態勢に移行する。両手の盾を前面に突き出したスージーは蜘蛛の群れの動きを警戒する。魔導書を取り出したフォンセが詠唱を始めた。

 ユーナを守ると鼻息を荒くしたセフィーは両手斧を持つ。腰を沈めた彼女は、蜘蛛の群れを両断するつもりのようだった。

 

「あの、ミオンさん。その……」

「分かってるわよ、おバカ。もう泣きそう、あんたが調子に乗るとすぐこれなんだから!」

「言い訳しようもございません。みんな、ごめんなさああああああああああい!」

 

 ユーナの悲痛な謝罪とともに、ヴァルトフォレスタ大陸における初戦闘が開幕する。



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第一三話:大蜘蛛に襲われました・後編

 ミオンの突き出した拳が子蜘蛛の顔面をねじ込まれる。ノックバックした子蜘蛛はひっくり返り、バタバタと八本の足を動かす。

 やがてHPの尽きた子蜘蛛は足を折り畳み、ブロック化して消滅する。死に際にもがく子蜘蛛を直視し、ミオンの顔が引き攣った。

 格闘戦が好きな彼女には珍しく、攻撃のキレが悪い。背筋に悪寒が走ったかのように身震いすると、拳を突き出したまま、瞳を潤ませるのだ。

 

「足を動かすんじゃないわよ! もう嫌、最悪!」

 

 泣き言を呟いたミオンが目を閉じる。これまでは前衛で大活躍する親友に救われていた面が強かった。エースアタッカーの不調、ユーナ一行は窮地に立つ。

 

「蜘蛛の数が減らないです、このままじゃ食べられてしまいます」

 

 蜘蛛の猛攻に怯えるスージーは自衛がやっとな様子だった。飛びかかってくる子蜘蛛を両手の盾で弾き返し、なんとかタンク役の役割を果たしているくらいか。

 怖くないと強がる彼女は、子蜘蛛の連携攻撃にも対処する。敵の攻撃に合わせ、的確に盾を向けるあたり、護身術の才能が光るスージーだった。

 

「埒があきませんわね。ですが、苦境は乗り越えてこそなのですわー!」

 

 エリーゼの瞳に背水の陣を敷く武士の魂が宿る。腰を沈め、長銃のスコープを覗き込む彼女は、的確に子蜘蛛の複眼を射抜くのだ。

 しかし、迂回した子蜘蛛がエリーゼの背後を取る。フィールドは大森林、太く育った大樹に囲まれた場所は、やはり森に棲む蜘蛛の領域と言っていい。

 樹木の枝に糸を吐きつけ、縦横無尽に空中を駆る蜘蛛が、狙撃手にターゲットを絞ったのである。背後に迫る殺気に振り返った少女が驚愕する。

 

 視野が狭まるのは長銃使いの弱点か。ダメージを受ける覚悟を決め、エリーゼが目を閉じた矢先のことだ。弧月を描くように斧を振るう少女がいた。

 サポート役のセフィーである。小柄な体系に似合わぬ両手斧を軽々と振り回し、小さなバーサーカーはエリーゼを襲う子蜘蛛を両断する。

 ブロック化した蜘蛛が消えると、着地したセフィーがブイサインをする。近接役が不足気味のパーティーには心強い味方だ。安堵の息を漏らしたエリーゼは再び銃を構え、

 

「いけませんわね、このままじゃユーナちゃんを助けられんちゃ」

「あーうん、お構いなく」

 

 必死に戦う仲間を眺め、蜘蛛の巣に捕まったユーナは苦笑いを浮かべる。囚われのお姫様になった気分だ、などと現実逃避するユーナの頬に冷や汗が伝う。

 刻一刻と自分に迫る足音を耳にした。身の毛のよだつ足音は子蜘蛛の母が発したものだ。触肢を揺らし、挟角を鳴らす女王蜘蛛が歩み寄る。

 仲間の支援は期待できない。万事休すかと思わせ、しかしユーナにも策はあった。まだ片腕が動く。ならば、自力の脱走も可能なのだ。

 

 仲間の手を煩わせる足手まといとは呼ばせない。腰の護符袋より札を取り出し、ユーナは火炎の魔術を発動する。それは女王蜘蛛への攻撃ではない。

 大蜘蛛の眼前に移動した札は弾け、魔術の使用者自身に炎を吹きつけた。燃え盛る火炎が蜘蛛の巣を焼き切る。ユーナ自身も火傷のダメージを負う。

 けれど、それも些細なことだ。蜘蛛の巣より解放され、即座に治癒魔術を使用する。状態異常を癒し、延焼ダメージを回復した後、大蜘蛛に護符を投げつけた。

 

「やられっぱなしじゃ終わらないからね!」

 

 ユーナの投擲した護符は尖った石片に変化し、大蜘蛛の複眼に命中する。尖った岩石が大蜘蛛の視界を奪う。怯んだ大蜘蛛は首を振る。

 女王蜘蛛が悲鳴をあげれば、子蜘蛛の動きが変化する。母の危険を察知したのか、一斉に女王蜘蛛を傷付けたユーナにヘイトを向けたのだ。

 

「ユナ、子蜘蛛がそっちにいったです!」

「えっ! 嘘!?」

 

 振り返ったユーナが目の当たりにしたのは、猛スピードで接近する子蜘蛛の群れ。カサカサと動く八本の足は、ミオンでなくてもトラウマになりそうだ。

 

「狙いはしますが、全員倒すのは厳しいですわ!」

「…………!!」

 

 両手斧を持ったセフィーが助けに走る。けれど、歩行速度は子蜘蛛軍団のほうが速い。間に合いそうもなく、斧を掲げた少女が唇を噛みしめる。

 疾走する彼女の横を長銃の弾丸が突き進む。弾丸は子蜘蛛も足を射抜き、動きを止めはしたものの、狙撃手の連射速度にも限界がある。

 一発おきに再装填していては埒が明かない。弾丸の命中した蜘蛛は倒れるが、数が多いゆえに討伐速度が追い付かないのだ。

 

 狙撃を受けた後方の蜘蛛が弾け飛ぶが、前方に位置する子蜘蛛は臆さずに突進する。どこまで凌げるかはわからないが、ユーナは自衛に徹するしかなかった。

 ありったけの護符を展開し、複数の魔術を同時使用する。護符スキルの熟練度があがり、多重詠唱のアビリティも強化された。三重詠唱まで実行可能だ。

 飛びかかる子蜘蛛を火球が燃やし、氷柱は特攻する蜘蛛軍団の足元を凍結する。岩石の雨が子蜘蛛の胴体を潰し、体力の尽きた個体より消滅する。

 

「なんとかなってるけど、やっぱり厳しいかも」

 

 わっ! と悲鳴をあげたユーナはしゃがみ込む。子蜘蛛軍団の攻撃を捌き切れず、いよいよ窮地に立たされる。子蜘蛛の接近を許し、回避だけで手一杯となったのだ。

 

「詠唱時間さえあれば! 誰か助けてー!

「そうしたいのは山々だけど、足がダメなのよ! 足が!」

 

 一歩前に踏み出そうとし、子蜘蛛の群れを視界に入れたミオンは足を戻す。顔面蒼白になった彼女の膝が笑う。本当に多足系の虫が天敵な親友だった。

 

「…………!」

 

 動けないミオンの代わりに、とセフィーが地面を蹴る。前傾姿勢になった彼女は加速し、ユーナの救助に飛び込むが、敵の接近を察知したのが、後続の子蜘蛛軍団だった。

 足を止め、ユーナを襲う家族を守るふうに反転する。家族の絆なのか、子蜘蛛の群れは連携を強め、セフィーに対する相乗攻撃を開始したのだ。

 勇敢に立ち向かう子蜘蛛は、大斧の一撃を受けて撃沈する。だが、仲間の死を無駄にせぬよう、大量の糸を吐く子蜘蛛の一団が、セフィーの行動を制限する。

 

 降りかかる蜘蛛の糸を華麗に躱す少女だが、足止めされているのは間違いなかった。ユーナは護符を手に持つが、子蜘蛛の振り下ろした足が札を引き裂く。

 背後に威圧感を感じれば、痛みの癒えた女王蜘蛛が吼える。憤怒の雄叫びだったのだろう。怒り狂う女王蜘蛛は、自分を傷つけたユーナに復讐心をぶつける。

 打つ手がない、危機に瀕したユーナが冷や汗を流す。女王蜘蛛が太い前足を振りあげ、またお陀仏か、とスージーの復活魔術を期待したユーナは目を閉じる。

 

「ふん! どうやら我の真価を見せる時が来たようだな」

 

 と、これまで影の薄かった少女が存在感を醸し出す。ヒーローは遅れてやってくる、そんな演出をする娘だった。彼女、フォンセは眩い光の粒子を身に纏う。

 樹木の木陰より歩み出し、大物感を出す彼女は空属性の魔術を使用する。オッドアイの片目が発光したふうに見えるよう、フォンセは片目の左右を指で挟む。

 彼女のまとうただならぬ気配に蜘蛛軍団の動きが止まる。救世主が登場しかのごとく、ユーナは息を飲むが、真顔になったスージーが彼女の演出を台無しにする。

 

「あーいや、違うばい。詠唱にひまんいっただけで」

「安全圏待機は狡いです! スーも逃げたかったので!」

「そげんダメなことやったと? ウチはまた失敗ばしたばい……」

 

  せっかく友人ができたのに、と戦意喪失したフォンセが落ち込む。これはまずい、窮地を打開する手立てが消えてしまう。慌てたユーナは取り繕う。

  女王蜘蛛の前足攻撃を飛び避け、子蜘蛛軍団から逃げ惑うユーナは、君の助けが必要だとフォンセに訴える。

 

「フォンセ、今だよ! 隠者の力を解放しよう、さあ早く!」

「ユーナちゃん!? ウチに、ウチに期待してくれると?」

「うん、勿論! フォンセしかいない、さあ頑張って!」

「ふふ、いいだろう。楽園を追われ、祝福の囁きさえ届かなくなった。我に残った物は悲しき鎮魂歌。されどここに、失われたティルナローグの門を開かこう」

 

 事前に用意した口上を読みあげたフォンセは、強者を演出するみたいに魔導書を前に出す。前置き長い、とかは突っ込まないでおこう。

 ユーナに近付く死の足音、時は一刻を争うのだ。フォンセが詠唱を溜めた召喚魔術を起動する。が、何故か彼女が取り出したのは例の学習帖だった。

 きっとあれだ、ユーナの直感が働く。召喚術一つ一つに台詞を用意していたものの、それを彼女は忘れてしまったのだ。仕方ないことだとユーナは頷く。 

 子蜘蛛の粘々な糸攻撃を受け、白糸まみれになりつつ、ユーナは涙を流す。お願いします、そう懇願するユーナには、フォンセの一撃のみが心の寄りどころである。

 

「極寒の大地に眠りし息吹。氷土の風は生命を芽吹き、閉塞の地に運命は巡る。クランディニーリの鐘の音が我が眷属を呼ぶだろう。さあ、隠者の呼声に答えるがよい!」

 

 台詞を読み終えて満足したのか、魔導書を転換した左手の脇に学習帖を挟み込み、左手を振りあげたフォンセが指を鳴らす。なんとも仰々しい台詞だ。

 召喚演出も華々しく、これは大迫力の精霊が登場するに違いない。確信を持ったユーナはフォンセが召喚する精霊に期待したが、途端に目を点にする結果となった。

 

『ニャーオ』

 

 召喚獣の第一声はそれだった。誇らしげに笑うフォンセの肩に乗り、白い猫が瞳を輝かせる。なんというか、演出の割に地味だった。

 フォンセが決まったと言わんばかりの表情をする。いや、精霊自体は強いのかもしれないが、ユーナの期待した臨場感というものがないのだ。

 クランディニーリの鐘の音はどこ行った状態である。雹を降らす妖精だったはず。なのに、召喚されたのは猫なのだが。あと、ちょっと可愛い。

 

 ホントに大丈夫? と不安に思い出したユーナだが、フォンセの召喚した白猫は想像以上に強かった。空中に大量の雹が出現すると、吹雪のように吹き荒ぶ。

 森に冷気が漂い、親蜘蛛ともども氷像と化す。盾を仕舞ったスージーが子蜘蛛の氷像を突く。すると、瞬く間に氷像は崩れ去ったのだった。

 なんという広範囲殲滅魔術、詠唱時間が長いのも納得だ。親蜘蛛のHPは僅かに残るが、対エネミー戦限定の強制凍結状態付与が強い。

 

「足が多くても動かなければこっちのもんね。現実の蜘蛛が益虫なのはわかるわ。けどね、苦手なのはどうしようもないのよ!」

 

 怒りをぶつけるふうに、大蜘蛛氷像の前に立ったミオンが拳を引く。

 

「ゲームの蜘蛛は食人生物、罪悪感もクソもないわ。くたばりなさーい!」

 

 もう見たくはないのだと訴えかけ、ミオンは大蜘蛛の氷像を打ち砕く。八つ当たりのような気もしたが、イーセクトゥムルまでの道のりを阻まれたのは事実なのだ。

 凍結状態が解除されても厄介だし、親友の決断は正しかったと思う。格闘家の拳を受けた大蜘蛛の氷像が砕け散り、ユーナ一行は勝利を収める。

 今回のMVPは召喚魔術を使ったフォンセと評してもいいだろう。猫の召喚獣が弱そうだと思ったことを謝罪しなければいけない。一同は拍手を送り、

 

「これも運命の神託ね。闇に飲まれ、とこしえに朽ち果てるがいいわ」

 

 と決めポーズをしたフォンセを称えるが、巣に戻った彼女は解説する。

 

「あっ! お疲れ様って意味やけんね、間違わんで」

「もうわかったわよ、早く行きましょう。ここにいると背中がムズムズするのよ」

 

 多足系の虫に対する拒絶反応だと思う。子蜘蛛の氷像を眺め、身震いしたミオンが歩き出す。一刻も早く地獄から解放されたかったのだろう。

 仕方ないな、とユーナは移動速度を上げるよう友人らに頼み込む。両肩を擦るミオンを気遣い、一同は足早に林道を進む。行く手を阻む強敵を退けた。

 気分を良くしたセフィーが手を振りあげ、ヴァルトフォレスタ大陸の首都を想像する。

 

「…………!!」

 

 目的地のイーセクトゥムルはすぐそこ、大樹海を抜けた先にある。

 



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第一四話:世界樹の街に到着しました・前編

 一面の泉に根を這わす巨大樹の街。日差しを遮る枝葉が空を覆う。周囲の養分を吸い尽くしているのか、巨大樹の周辺に背の高い草木はない。

 巨大樹の根を利用した橋が架かる。世界樹が泉の水を吸いあげたのか、水面が低い印象だった。橋の両脇より滝のように水が流れ落ちる。

 摩訶不思議な光景だ。世界樹が吸収した水分を泉に返却しているかのよう。水を放出する根の橋を進む一同は、橋の中央で両手を広げたエリーゼの姿に困惑する。

 

 広い橋なのに、まるで綱渡りをしているみたい。高所恐怖症も大変だ。ユーナは橋の下を見下ろす。泉の上に這い出した根が水面までの道を作る。

 複雑に絡み合う巨木の根に民家も立ち並び、世界樹の迷宮と称したくなりほどには複雑な地形だった。独特な景観の都市だな、と思う。

 イーセクトゥルムには妖精女王を崇め、自然に敬愛を捧げるという独特な信仰があるらしい。妖精女王の家系が虫人なだけで、巨樹の街に住む種族は多種多様だけれど。

 

「ようこそ巨大樹の街へ、旅行者かい?」

 

 一同の声をかけたのは見張りの男だった。屈強な甲殻を持つ虫人の男性。イーセクトゥムルの治安は、妖精女王に仕える武装神官が守っているとのことだ。

 彼もまた武装神官の一人なのだろう。怪訝な目をした彼だったが、怯えたスージーがエリーゼの背後に隠れたことで、罰が悪そうに頭をかく。

 

「あーいや、脅かす気はなかった。職業柄、訪問者は警戒しちまうんだ」

 

 やっぱり顔が悪いのか? と自分の顔に触れた男が眉根を下げる。がっしりとした甲殻虫のような見た目に騙されかけたが、悪い人ではないようだ。

 そもそも悪役指定されていないNPCが、プレイヤーを害することはないのだが。感情表現がリアルなだけに、プレイヤーと錯覚しやすいのかもしれない。

 ともあれ、都市の住人とコンタクトが取れたのは好都合。聞き込みをする手間が省けるため、イーセクトゥムルの内情を聞くとしよう。

 

「あのー、少しいいですか?」

「ん? ああ、俺に分かることなら答えよう」

「ふふ、いい心がけね。ソナタに聞くわ、我が深淵の領土は何処にあるのかしら?」

「深淵の領土? ここは妖精女王の街だが?」

 

 そんな地名はあっただろうかと、虫人の男性が頭を抱えてしまう。意味不明な独創言語を使うべきではない。あんたは少し黙りなさい、と告げたミオンが手刀を落とす。

 後頭部を小突かれたフォンセがしゃがみ込む。涙目になった彼女は可哀想だったが、これも話を進めるためだとユーナは苦笑いを溢す。

 

「ようは滞在場所が欲しいのよ、この街に」

「数日間は宿泊予定ですものね」

「そういうことか、何かと思ったよ。そうだね……」

 

 記憶を辿るふうに、虫人の男性が顎に手を添える。まず彼が候補にあげたのは「蜜月荘」という宿屋名だった。旅行者の宿泊先として使われることも多いらしい。

 食堂付きの宿屋らしく、支配人はイーセクトゥムルの内情に詳しいとのことだ。宿屋に宿泊するのもいいが、しかし仮拠点も欲しいところ。

 悩むユーナは、まず「蜜月荘」を訪れることにする。人の多い場所で地道な聞き込みをするのは散策の鉄板だ。人の集まる宿屋は外せない。

 

「宿屋のほうに行ってみよっか? いい情報が手に入るかもしれないし」

「蜜月荘への移動は街の昇降機を使うといい。枝の上にある旅館だからね」

 

 虫人男性が頭上を指差す。一同が空を覆う枝木を見上げると、上下移動する昇降機が無数にあった。木の枝を居住区としているのだろう。

 青々と茂った世界樹の葉で見にくくはあるが、巨木の枝に造られた建造物はある。巨木の枝上に商店を開いた人間も多いということだろう。

 

「ただ、中央の寺院は立ち入り禁止だ。関係者に認められた者しか入れない」

「街の行政区画ってわけだね。宗教関連の制約があるとは聞いたけど」

 

 ユーナは世界樹の根元に目を向けた。巨木の幹に包み込まれるように、凛々しく佇む寺院が妖精女王の住まう神殿なのだろう。興味はあるが、好奇心を押し殺す。

 と、見張り役の男性が呟き、

 

「寺院の関係者に捕まりたくなければ、注意しておくことだね」

「厄介事に巻き込まれたくはないわよね。あんたは心に止めておきなさいよ?」

「何で名指しなの? なんとなく理由はわかるけど」

 

 心を見透かされたようで辛い。自分も下手なことをするつもりはないのだ。納得いかずにユーナが拗ねると、手間のかかる友人だと言いたげに、ミオンが肩を落とすのだった。

 親友の目もあるし、友人を巻き込むわけにもいかない。己の欲望を律し、ここは街の掟に従うとしよう。ユーナも独房に放り込まれたくはない。

 実は神殿関係者との友好度もあるらしく、一定数の好感度を得たプレイヤーは立ち入り許可が下りるようだが。そこは深く考えなくてもいいと思う。

 ユーナのメイン拠点はモンテベルク大陸にある。仮初の滞在をするだけなので、イーセクトゥムルの内情に首を突っ込む必要はないはずだ。

 

「蜜月荘の昇降機はあのあたりにあるはずだ。気をつけなよ」

「…………!」

 

 ありがとう、と感謝するように、セフィーが虫人の男性に手を振った。無邪気な彼女に癒されたのか、虫人の男性は優しげにユーナ一行を送り出す。

 地道な積み重ねだが、情報収集をするに越したことはない。イーセクトゥムルの街を練り歩き、ユーナは都市の特徴を掴んでいく。

 石造建設の建物が目に着くが、どの民家にも苔や蔦が這っている印象か。根の上に商店が建っていたり、街の凹凸に合わせて階段が設けられていたり。

 

 なかなか複雑な構造の街と言ってよい。世界樹の街というのは伊達ではなかった。ちょっとした青臭さも、大自然と一体化した街には相応しいのかもしれない。

 ただ空気が新鮮なのは、他の都市にない魅力だろうか。陽光を浴びた世界樹の葉が澄んだ空気を生み出し、街全体に神秘的な雰囲気を漂わせているのだろう。

 街の全方位から世界樹の寺院が映るのもまた、都市の魅力と神聖さを格段に底上げしているか。魔物の徘徊する大樹海の中心とは思えない。

 

「穏やかな雰囲気、苦労したのも忘れちゃうね」

「魔境の果てに在りし楽園(エデン)。この地に住む者の囁きが聞こえるわ」

「それは滑車の音です。ガシャン、ガシャンと聞こえます」

 

 都市の通路を進むたびに世界樹の枝に登る昇降機が目につく。車両で森を抜けるのが厳しいのか、歩行者天国のような大通りだ。

 移動しにくいというプレイヤーズサイトの評価は正しかった。ふと昇降機を降りたプレイヤーの団体とすれ違う。雑談を交わすプレイヤーの表情も穏やかだった。

 急かされていないというか、いい意味で街の雰囲気に毒されたのだと思う。それだけ清潔感と落ち着きの備わった都市なのだ。

 

「見つけたわよ、これね」

 

 いくつかの昇降機を見流し、やがてミオン立ち止まる。「蜜月荘」着と書かれた看板を掲げた昇降機を見つけたからだ。

 見張りの男性に教えられた通りに移動し、街中を探索すること数分、ようやくお目当ての昇降機を発見するに至った。まだ昇降機は降りてこない。

 滑車の回る音を聞き、頭上を見上げた一同は待機する。そこまでスピードは速くないか、昇降機が止まるのを待ち、ユーナが乗り込もうとした矢先のことだった。

 

「皆さんは聞き込みをお願いしますわ。ウラは待っとるちゃ」

 

 ハハッ、と陽気に笑い、一歩も動こうとしない少女がいた。高所恐怖症のエリーゼだ。昇降機にも柵はあるが、上昇中に外を眺められるような構造だ。

 足元には網目があり、真下を見ることも可能だろう。そうともなれば、高所恐怖症のエリーゼが怯まないはずがない。これに乗るのかと言いたげに、彼女の膝が笑う。

 無理強いはよくないかと思う。ユーナは彼女の願いを聞き入れようとしたのが、容赦ないのが、エリーゼと付き合いの長いスージーである。

 

「エリーはだらしないです、みんな一緒に行くのがマナーなので」

「スーちゃん、なんするが!?」

 

 昇降機に押し込まれたエリーゼが腰を抜かしかける。スージーが両手に持った盾で彼女の背中を突き飛ばし、無理矢理昇降機に乗せたからだ。

 

「エリーに対する試練です、スーは心を鬼にしました」

「試練? ウラは姉力を試されとるが?」

「違うですが、そうです。エリーの雄姿に期待します」

「スーちゃんに良い所を見せるチャンス!? ウラも苦手なことに立ちむかわんにゃ、みんなに迷惑がかかる! わかりましたわ、わたくしも恐ろしさを跳ね除け——ッ!!」

 

 熱血魂が火を吹いたのか、エリーゼが決意表明をした瞬間だった。滑車の起動音が鳴り響き、一同が乗り込むよりも早く、エリーゼを乗せた昇降機が上昇する。

 前座が長すぎたのだ。あっ! とスージーが声を漏らした時には、既に昇降機が宙に浮いていた。一同を取り残し、エリーゼを乗せた昇降機が天に昇ってゆく。

 高いっちゃー! という悲鳴が世界樹の都に轟き、口を開けた一同は唖然とする。

 

「エリーゼが先に逝きました。大失敗です、スーたちも乗るつもりだったですが」

「昇降機にも上昇間隔があるわよね、当たり前だけど」

「まあ、あたしたちは次を待とっか?」

「…………!」

 

 待っててね、とセフィーが上昇する昇降機に手を振る。こういう時もある、妥協が肝心だ。エリーゼの犠牲は無駄にせず、次の便を待つと決めたユーナである。

 

「皆、冷たかよ。どうしようもなかとは思うばってんしゃ」

 

 フォンセは苦笑いを浮かべ、犠牲になった少女を同情する。やがて再降下してきた昇降機に乗り込み、一同は街の景色を堪能する。

 上昇中に眺めた世界樹の街は美しく、根の凹凸が目立つ街並みが特色を強める。上空から見た泉の水も驚くほどに透明感があり、都市の雄大さを伝える。

 

「いい街だね」

 

 昇降機の柵に手をかけたユーナの瞳が輝く。青々とした大樹海に目を奪われ、現実を直視することをやめた少女は感嘆の息を漏らす。そう背面に横たわり、

 

「…………?」

 

 ニコニコと笑うセフィーに頬を突かれ、白目を剥いたエリーゼの亡骸に目もくれず。



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第一五話:世界樹の街に到着しました・後編

書き直しにつき、少し更新が遅れました


 宿屋の食堂に料理が並ぶ。複数のキノコを使用したのど越しの良いスープ。新鮮な野菜サラダは瑞々しく、箸休めにちょうどよい。

 そして何より、コロコロとしたサイコロステーキが絶品だった。肉厚と表現しても余りある。普通のステーキとは違う食感が味わえるのだ。

 蜜月荘が用意した特製ソースの甘味が主食のパンによく合う。相当に上質な肉を使ったに違いない。ステーキの材料に興味を惹かれつつ、ユーナは舌鼓を打つ。

 

「これ、美味しいね」

「門番の人のおすすめだけあります。スーは感激しました」

「苦労した甲斐がありましたわ。ええ、本当に」

 

 酷い悪夢を見たかのように、暗い顔をしたエリーゼが息を吐く。気絶した彼女をスージーが叩き起こし、ようやく目的地の宿屋に到着した。

 疲労困憊という顔をしたエリーゼは、大枝の移動中も怯え続けた。ユーナの服を摘み、目を瞑った彼女は、まだつかんの? と数歩毎に尋ねる。

 エリーゼが風の吹くたびに驚くため、一同は苦笑いを浮かべるしかなかった。高所恐怖症の娘に無理をさせたのだし、不満を言える立場にはないのだけれど。

 

「エリーはだらしなかったです。もっと早くつけたはなので」

「スーちゃん、厳しいこと言わんで。ウラは死にそうやったがやちゃ!」

 

 自称姉を語るエリーゼが救いを求める。ジト目になったスージーは冷たくあしらう。妹分が素っ気ないと嘆くエリーゼは、しかしへこたれてはいなかった。

 二人は同じ学校に通う幼馴染らしい。腐れ縁が続けば、扱いも雑になるか。自分とミオンの関係にそっくりだと思いつつ、ユーナは幼馴染の戯れを眺める。

 

「二人は仲がよかないなあ」

「子供のころからの付き合いみたいだよ。学校も一緒みたいだし」

「現実の友達は実在したと!? ふふ、我は孤独を愛する隠者ゆえに……」

「えっ? 急にどうしたの? あたし、地雷踏んだ!?」

 

 冷や汗を流したユーナは瞬きを繰り返す。虚勢を張ったフォンセの顔が曇る。絶望した彼女を慰めるふうに、背伸びをしたセフィーが頭を撫でるのだった。

 

「セフィーちゃん、ありがとね」

「…………!」

 

 おう、元気出せよ! などと励ますふうに、セフィーがサイコロステーキを差し出す。フォークに刺さったステーキにかぶりつき、フォンセは彼女の優しさに胸を打たれる。

 いいや、同じ料理を注文していたのだけれど。通じ合った二人に水を差すのも悪い。突っ込みを控えたユーナは、さて情報収集に移行する。

 がやがやと騒ぐプレイヤーの声が聞こえる。あるクエスト内容について語る女性キャラクターが仲間に耳打ちをするのだった。

 

「神殿の貢献度報酬の話を聞いたことあるか?」

「いや、まだ貢献度稼ぎはしてないしな。妖精女王の姿は見たいが」

「絶対に美人NPCだよな? ご尊顔を拝みたいもんだが、狩りのほうが好きだしな」

 

 生産プレイが面倒くさいと語り、女性キャラクターがため息を吐く。会話内容的にプレイヤーは男性かと思うが、肝心なのはそこではない。

 性転換プレイの経験はあるし、キャラクリが可愛いあたり、プレイヤーの熱量も感じる。ゲームを楽しむのはいいことだ。けれど、神殿依頼の話は気掛かりだった。

 どうも貢献度クエストというものがあり、神殿に生産品を納品することで、妖精女王の好感度を稼ぎ、世界樹の神殿に立ち入り許可が下りるというのだ。

 

 一定値の好感度に達すれば、妖精女王より特別な報償を受け取れるのだとか。セフィーに直接関係あるかは怪しいが、拠点クエストのヒントを得られないか。

 大樹の巫女という設定の契約精霊だけに、世界樹の関係者であれば、詳しい情報が手に入るのではないか。期待せずにはいられなかった。 

 食事を終えたらしく、プレイヤーの一団が店を出る。もう少し情報を仕入れたかったのだが。ユーナが考え込めば、親友も同じ考えに至ったらしく、

 

「ねえ、ユーナ。今の聞いた?」

「神殿依頼の話だよね?」

「そうそう。ちょっと聞いてみましょうか?」

 

 ミオンが片手を挙げ、店員の女性に声をかける。ピクン、と耳を動かした妖精族の女性店員が振り向き、追加注文があるのだろうかと首を傾げる。

 仕事の邪魔になっただろうか。申し訳ない気持ちが芽生えるが、一つでも多く手がかりを得るため、ここはギルドの目的を優先しようと思う。

 

「あの、さっきの人たちの話なんですが……」

「神殿の件ですか? 入信希望の方で?」

「いや、違うんだけど。私ら、妖精女王に尋ねたいことがあって」

「それは難しいかもしれませんね。女王様は恩義ある者の前にしか顔を出しません」

 

 一般人が神殿に入るのは、まず困難だと店員女性は言う。神殿の警備は厳重らしく、忍び込もうものならば、即座に牢獄行きだと話した。

 性向(カルマ)値も大きく低下するらしく、健全な生活プレイをするユーナには厳しいデメリット。まあ、正当なペナルティではあると思ったけれど。

 もともと正攻法でいくつもりだった。ユーナは店員の忠告を聞き入れつつ、どうすれば立ち入り許可が得られるか、それを問うことにしたのだった。

 

「女王様に会いたいならば、神殿への入信を希望するか。そうですね、あとは商人として契約を交わすのがいいかもしれません。神殿は支援者も募集していますので」

「商人契約か、そっちのほうがいいかも」

 

 神殿への好感度稼ぎは二パターンある。世界樹の信徒となり、魔術や錬金符呪を極める神官となるか。納品依頼をこなし、商人として友好な関係を結ぶか、だ。

 神官に志願するのは、ヴァルトフォレスタ大陸を拠点とするプレイヤーが多いだろう。モンテベルク大陸に生産拠点のあるユーナには向かない。

 ならば消去法、商人としての貢献度稼ぎが現実的だった。運のいいことに話術スキルを習得しており、交渉の成功率や好感度稼ぎにバフがかかる。

 

 トップクラスの商人ギルド、放浪の商い人を束ねるギルドマスターとも知り合いだ。ポーションを納品した経験もあり、商人プレイの基礎は網羅している。

 仮の生産拠点さえ手に入れれば、貢献度稼ぎに力を入れられる自信はあった。納品クエストの手順は、まず必要個数の商品を用意する。

 それを納入品としてまとめ上げ、神殿の入り口に立つ門番に届けるというもの。素材集めの手間はかかるが、生活プレイ主体の人間には日常的なことだ。

 

「商人取引主体にするとして、問題は生産拠点よね?」

「街にいい空き家があるといいですが」

 

 むむ、とスージーが考え込む。と、話を聞きつけた宿屋の店主が顔を出す。小太りの気さくな女将といった風貌の女性だった。

 手が空いたのか、長耳族の中年女性が助言に来てくれたのだ。彼女は店員女性を送り出し、ユーナ一行に前に立つ。

 

「あっ、すいません。お仕事の邪魔でしたか?」

「いや、構わないよ。可愛いお嬢ちゃんたちが困ってたみたいだからさ、ちょいとあたしが手を貸してやろうと思ってね。年長者のお節介さ」

「か、可愛い……?」

 

 いい人だと確信したユーナは、もみあげの毛先をいじる。親友にはまたかと言いたげな顔をされたが、褒めてくれたのだから素直に受け取っただけのこと。

 別に自分が御しやすいわけではない、違うのだ。などと御託を並べたが、友人は誰一人として信じてくれなかった。哀しいことだ。

 それはさておき、厨房は夫に任せたと語った女性は、鬼嫁気質の女房なのだろうか。旦那さんも大変だな、と同情しつつ、ユーナは女将の好意に甘えることに。

 

「見たとこ、お嬢ちゃんたちは開拓民なんだろう? この辺じゃ見ない顔だし、神殿に納品したなら空き家が欲しいんじゃないかい?」

「その通りですけど、心あたりがあるんですか?」

「まあね、仕事柄そういうのには詳しいのさ。聞いた話じゃ、最近売り払われた家があるみたいなんだ。ちょいと地図を開けるかい?」

「分かりましたわ。少しお待ちくださいませ」

 

 エリーゼがマップアイコンを開けば、宿屋の女将が空き家にマーカーを打ってくれる。計五ヵ所、まだ入居者希望のない家があるようだった。

 ただ好条件の立地にある家は少ないか。全部で百カ所近くあるはずなのに、ほとんどが売却済みである。ワースト第二位の大陸とはいったいなんだったのだろう。

 同時接続人数の多さに驚愕してしまう。人気都市はもう満室なのではないか。そんな恐怖さえ覚えるユーナなのだった。

 

「我が居城となる地よ、良き導きを——」

「フォンセ、どこがいいと思う?」

「えっ? ウチの意見も聞いてくれると?」

「まあね、全員の仮拠点だし。広いほうがいいと思うけど」

 

 ユーナが地図を注視すれば、フォンセの瞳に涙が浮かぶ。

 

「えっ? あんた、どうしたのよ?」

「ウチ、ウチ……こげんふうに友達と相談しあったことのうて」

「フォンは重症患者だったですか? スーも驚きを隠せませんです」

 

 驚愕したスージーが目を丸くした。ミオンの表情は凍りつき、この子は本当に大丈夫なのかと、フォンセの私生活を心配するのである。

 そうとも知らず、感動したフォンセが指を差す。彼女が指定したのは都市外周に位置する空き家だった。世界樹の根元にある家か。

 枝木位置にある空き家は、高所恐怖症のエリーゼが厳しいと思う。商売をするにも昇降機を使わないといけないということで、客入りの期待値が低い。

 都市部にある空き家は二カ所。絞り込みをした一同は、フォンセの願いも考慮しつつ、仮拠点の新設を視野に入れてゆく。

 

「だいたい意見は揃ったね。この二カ所を見て回ろう」

「異論はないわ。フォンセが希望した家を後回しにしましょう」

「景観が良ければ即買いですわね、それがいいと思いますわ」

「堕天した我らに住まう運命の地へ。天上の目が届かぬ秘境を目指すのね」

 

 ここぞとばかりに台詞帖を取り出したフォンセは、片目を輝かせるふうにポージングを決めた。いつものヤツだと肩を落としつつ、ふとユーナが女将に問いかけた。

 

「そういえば、お肉美味しかったです! どんな素材を使ったんですか?」

「おお、ウチの看板メニューに目をつけるとは良い目利きだね」

「料理スキルもあげてるし、私もレシピが欲しいとこだわ」

「そうなのかい? そこまで持ちあげられちゃ、教えないわけにはいかないよ」

 

 秘伝ソースのレシピは無理だが、と告げた女将は材料と料理手順だけは教えてくれた。得意げに語る女将の料理道に耳を傾けた一同だったが、

 

「その肉の正体ははね、なんと森に棲む巨大蛾の子供。つまりは芋虫の肉さ!」

 

 とのネタバレを食らい、顔面蒼白になるほどの衝撃を受けたのだった。



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第一六話:仮拠点の下見をします

 一件目の物件を下見したユーナ一行は、フォンセの希望にあった二件目の視察に行く。一件目の空き家は立地こそよかったが、狭い平屋だったのがマイナス点。

 六人分の寝室を確保するとなると、部屋数に物足りない印象があった。最低でも二階建ての民家が望ましい。一階を販売兼製造工房としたいからだ。

 家具の符呪台と錬金装置、鍛冶設備は場所を取る。配置場所を考えなければならず、販売所の内装を整えると、それだけで一階フロアを使い切りそうなのだ。

 

「立地は良かったけど、あと少し広さが欲しかったよね?」

「そうですわね。店に使うだけならば、問題なかったと思いますが」

「隠者が潜む地とは成り得なかったわけね。魅惑の果実が眠る楽園が遠いわ」

 

 吐き捨てるように笑い、フォンセは決めポーズを取る。が、不安も隠せなかったのだろう。自分が指定した空き家が、一件目と変わらぬ外観だったらどうしよう。

 彼の地に誘いの囁きを感じる、などと発言してしまったがゆえに、もし一件目と同じような平屋ならば、きっと彼女は恥に耐え兼ねて悶絶することになるだろう。

 外観や内装のよい空き家は、ハウジングの候補にあがりやすい。立地的に大通りを少し外れた場所にあるというのが救いになるだろうか。

 虚勢を張ったフォンセの気持ちを察することはできたけれど、変に明るく振舞うユーナが苦笑いを浮かべたのは、また別の理由だった。

 

「…………?」

 

 行進するように腕を大きく振り、元気に歩くセフィーが後方を窺う。どうしたのかと首を傾げれば、彼女の視線が俯く二人組に向けられた。

 この世の終わりみたいな顔をした二人は、しかし真逆の発言を繰り返す。一歩踏み出す度に、ブツブツと絶望的な過去を振り返るのだ。

 

「スーは芋虫を食べちゃったですか? あの頑張り屋な芋虫を……」

 

 綺麗に成長することを夢に見た芋虫の希望を奪う。スージーからすれば、それは耐え難い蛮行のようだった。彼女は成虫になるため、頑張る芋虫が好きだと告げた。

 頑張り屋な幼虫の未来を奪い、あまつさえ美味しいと食べてしまったこと。自分の無慈悲な行いを悔い、肩を落とした彼女は嘆くのだった。

 ところ変わり、死んだような目をしたミオンは口元を覆い隠し、

 

「芋虫だったの、あれ。芋虫……やばっ、吐きそう」

 

 ウッ、と顔を歪めた彼女は嘔吐感に襲われ続ける。調子が悪いのか、ずっとお腹を擦ってばかりである。まあ、ミオンの反応が正常なのだと思う。

 蜜月荘の女将が放った爆弾発言を思い返せば、ユーナも胃もたれしかける。けれど、諦めが肝心かと開き直った。料理自体は美味しかったのだ。

 食材があれだが、プロの料理に間違いはあるまい。などと弁明を繰り返し、考えないようにするのが一番だと、仮拠点の下見に力を入れることにしたのである。

 

「二人とも、そろそろ切り替えよう。もう終わったことだよ」

 

 立ち止まったユーナが大声で呼びかける。大通りの脇にあった小路を通り抜け、ようやくフォンセの希望した空き家の前に到着したからだ。

 苔のついた石階段を登った先、大樹の根に包まれた民家があった。世界樹の根に生えた巨大キノコの傘が、民家の上部に寄りかかる。

 小さな芽が蕾をつけ、瑞々しい青葉が風になぐ。大樹の根を削り取った庭を歩き、「売家」という看板が立つ場所に二階建ての民家がある。

 

 石造りの民家か、レンガのような壁も悪くはない。民家に張り付いた緑苔も特徴的で、どこか優しさのある佇まいだった。売れ残りなのが不思議なほどの好物件。

 購入価格は470000G、都市部の一件屋にしては高めの値段設定か。もっと立地がよく、値段が安めな民家が大通り周辺にあるし、その影響もあるかもしれない。

 いいや、そもそも売りに出されたのが最近という話だったか。耳の早い蜜月荘の女将によれば、前の住人が別の大陸に移住したそうだ。

 

 ちょうど入れ違いだったということ。人気はあるようだし、ここは早めに購入しておくべきかと思う。看板にアクセスし、売却契約を結べば、内装の下見も可能。

 仮契約金が発生するが、取り消せば全額返済という点は、このゲームの親切設定だと思う。購入予約中は他プレイヤーのアクセスは拒否される。

 当然、470000Gは財布から消えるし、残高が足りなければ購入予約さえできないのだけれど。商人ギルドの長に助言を求めて正解だったと思う。

 

「余分にお金を用意したのは、プリステラさんのおかげだったりするしね」

 

 子供を前にした時の性格に難がある人だが、こういう的確なアドバイスをしてくれるあたり、頼り甲斐のある人なのは間違いない。

 子供に対する奇行の数々には目を瞑るとして。はてさて外観の悪くない空き家だ。まずは見学ということで、ユーナは仲間に許可を取り、空き屋を購入することに。

 

「二階建てなのは希望通りだね。あとは内側の広さだけど……」

「お願い、広うあって!」

 

 両手を突き合わしたフォンセが願う。大樹の根元に位置する感じが、なんともメルヘンチックである。外観もよく、隠者を名乗る少女の好みと一致しそうだ。

 実際、望み通りの結果を得たフォンセは気に入ったようだった。俯く二人が前を見てくれないが、そこは彼女らの抱く心の傷が癒えるのを待つしかない。

 仲間を引き連れたユーナは、売約済みの民家に踏み込む。すると、終始暗い顔をしたままだった二人が顔をあげ、内装の良さに声をあげた。

 

「これ、悪くないかもね」

「はいです、さっきよりは広々としています」

 

 グッと拳を握りしめ、スージーが首を縦に振る。

 

「見るには見てくれてたんだ」

 

 蜜月荘の芋虫事件以来、浮かない表情を貫く二人だったけれど、仮住まいの調査というお題目は覚えていたらしい。気分転換するふうに、二人が空き家を見て回る。

 自分も続くか、そう思ったユーナも内装の確認を開始した。豪華な二枚扉を開けた先、広い玄関口は商品の販売場所に使えそうだ。玄関口のすぐ左に二階へと続く階段がある。

 傾斜はキツいが、大樹の根元という地形を考慮すれば、妥協すべき難点だろう。都市部に残った空き家の数が少ないのだし、こだわり過ぎるのもよくない。

 

 それに一階がフロア分けされているのは大きかった。玄関口の奥に小部屋があったのだ。大樹の根を掘ったのだろうか、木の壁が特徴的な流線型を描く。

 小部屋と表現したが、十分な広さもある様子だ。製造用の作業台を固めるにはちょうどよい。小部屋の見回り、次は右奥の部屋に。

 細長い長方形の一室だった。右側に扉が二つあり、片方は小部屋に。もう片方は玄関口に通じているようだった。食事をするにはいい場所かもしれない。

 

 来客があれば、すぐに玄関先へと顔を出せる。キッチン設備を配置するにしても、十分な広さが確保されているか。一階フロアだけで利便性に特化している。

 もう購入確定だろうと決断しても良かったが、念のために二階を見ておくことに。スージーの手を引くセフィーが通り過ぎてゆく。子供二人は新居の探検に夢中らしい。

 セフィーは元気があり過ぎます、と嘆くスージーのほうが振り回されているふうでもあったが。何にせよ、微笑ましい光景だった。

 

「我の秘蔵たる魔具をここに召喚する」

「悪くないですわね。わたくしもその配置がいいと思いますわ」

 

 手を翳したフォンセが家具を仮設営し、エリーゼの意見を求めていた。仮拠点候補として申し分ないということか。二人の意見は聞かずともよさそうである。

 仲間の賑わう玄関先を通り抜け、ユーナは階段を登り切る。すると、外観とは異なる広さの一間があった。石の壁と木の壁が交じり合う大広間だった。

 民家と世界樹の根の境目だろう。樹木の根に包まれた民家は、大樹の内部につながっていたのだ。面白い構造だなと思えば、そこに親友が立っていた。

 彼女は二階フロアを見渡し、納得したふうに頷く。軽く驚かしてみるとしよう。親友の背後に忍び寄り、ワッ! とユーナは彼女の背中を叩くのだった。

 

「ひゃあ!」

 

 ミオンの尻尾が逆立ち、背筋を伸ばした彼女が飛び跳ねる。ちょっと面白い。ドッキリ成功だと笑えば、彼女は恨めしそうな目をして振り返るのだった。

 

「やっぱ、あんただったのね。この、おバカが!」

「いひゃい! ごみぇん、ごみぇんってば!」

 

 苛立ったミオンに頬を抓られる。ビヨヨンと頬肉を引っ張られ、ユーナは懲らしめられた。少し驚かしただけなのにあんまりだ。涙目になったユーナが頬を擦る。

 やれやれ、と肩を落とし、腕組みをした親友はため息を吐く。頬の痛みの引いてきたところで、ふとミオンが話しかけてくる。

 

「いい場所を見つけたわね。あんた、運だけはいいわ」

 

 ドラッヘの森で迷った時もそうだ。偶然、眺めのいい拠点候補地を発見した。縁にも恵まれ、エリーゼやスージーといった友人と出会うこともできた。

 その業運だけは感心すると告げ、仮拠点はここにしようと頷いたのだ。他のメンバーも好感触のようだったし、もう決定でいいかとも思う。

 

「あたしもここがいいと思ったしね。二階は区切ったほうがいいかな?」

「壁を使うのね。二階は遮蔽物もないし、それがいいかもしれないわ」

 

 空き家の二階には一階のような壁がなかった。ハウジングをする際、部屋わけをするために配置するのがいいかもしれない。質素な大広間に生活感を出そう。

 浴室や花摘み場の設営は、二階のほうがいいだろうとも考える。神殿の貢献度稼ぎも視野に入れれば、活動拠点の開発も忙しくなりそうである。

 生産活動への意欲が含まると同時に、ふと気になることがあった。胸を張ったミオンの肩に乗っかる蜘蛛を見たのである。天井にある蜘蛛の巣から落ちてきたのだろう

 ペットにしたのかな? とユーナは悪戯っぽく笑い、ミオンの肩に指を差す。何事かとユーナの指先を見た親友は、触肢を動かす蜘蛛と目を合わせたのだ。

 こんにちは! と蜘蛛が這いずれば、背筋が凍ったのか、彼女は尻尾の毛を逆立たせ、

 

「ぎゃあああああああああ!! 蜘蛛おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 と真っ青になったまま、新拠点周辺に轟くほどの絶叫をあげたのである。



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第一七話:改装工事の時間です・前編

 空き家の購入手続きを済ませ、一同は本格的なハウジングを決行すると相成った。世界樹の都市に滞在するための仮拠点、家具は購入品にしようとの意見で合致した。

 自作するには材料集めが必須。こだわりたいところだったけれど、都市を離れる時に売り払うことを視野に入れれば、些か勿体ない気がしたのだ。

 使わなくなった拠点を購入放置するのは、他プレイヤーの迷惑になる。ネットゲームのプレイエチケットは心がけていこう。

 

 などとお利巧な詭弁を並べてみたが、購入費の八割が売却額として還元されるシステム。出費したゴールドが惜しいというのが、ユーナの本音だったりする。

 いずれ離れる家の内装に力を入れ過ぎるのはどうかと思う。客入りも考え、それなりの装飾を整えつつ、オリジナリティある商店を目指していこう。

 都市の家具屋に足を運び、一通りの家具を揃えたところで、いよいよ家具の配置作業を開始する。まずは玄関口をお店っぽく着飾っていくとしよう。

 

「カウンターはどこにすんの? やっぱ壁際?」

「うん、入り口とは被らないほうがいいかな? あーでも、カウンターの後ろに工房の入り口があるっていう構図も悪くないかも」

「じゃあ、ここいらへんがよかかもね。我が呼声に応え、顕現せよ!」

 

 バッとフォンセが片腕を突き出せば、玄関後方扉の前にカウンターが設置された。ショーケースを付属した長方形の販売所。販売品を飾れる仕様である。

 玄関右側の扉を塞がぬよう、商品棚も並べていく。ここで重要なのが、主な販売品を決めることだ。プレイヤーの店は雑貨店になりやすい傾向にある。

 ドロップ品や採取アイテム、武具に強化素材の販売もするため、雑貨屋路線が商人プレイの王道と言ってもいい。実際、ユーナも雑貨販売に力を注ぐつもりだった。

 

 けれど、やはり目玉商品は必要である。錬金薬の販売は基本として、符呪作業の兼任や鍛造作業の実行、各種サービスが充実していたほうがいい。

 熟練度上げに力を入れた符呪スキルも活かせそうだ。動機は自分が死にたくないという邪念まみれだったとしても、鍛造が得意なスージーもいる。

 少しでも常連客を増やすため、強化・符呪も受け付けます、との看板を外に掲げようとの意見もあがる。まあ、それは仕上げになるだろうけれど。

 

「ちょっと並べてみようか?」

「分かりましたわ。まずはポーションにしますわね」

「スーは本棚を飾ります。余ったアビリティ書もあるので」

 

 都市の販売店に行けば、〝無字の書物〟なるアイテムが入手できる。それを原材料とし、複数の宝石や樹木の液といった素材を符呪台にて合成する。

 そうすると、特定のアビリティ書が生産できるのだ。熟練度あげをするついでに色々と試したが、ユーナの努力が実を結ぶ時が来たようだった。

 使用頻度が高いにも関わらず、入手困難な復活魔術のアビリティ書もある。自分の作ったアビリティ書の売れ行きにも期待したいところだ。

 

 魔法陣の刻まれたアビリティ書を、スージーが本棚に陳列していく。色とりどりの薬瓶が並ぶ陳列棚を眺め、エリーゼが一つ頷くのだった。

 ポーションの鮮やかな色合いが店を賑わす。スージーが鍛えた武器をウェポンサックに飾り、防具はカウンター横のマネキンに装着する。

 統一感こそない店内だが、人の目には印象深く映るのではなかろうか。左側の階段手前に立ち入り禁止のポールを立て、一同は販売所裏の工房に足を運ぶ。

 

「…………!」

 

 両手を振りあげたスージーが胸を張る。既に生産設備を並べ終えた部屋だった。鍛造設備は庭のほうに配置したため、錬金器具と符呪台が並ぶフロアとなった。

 部屋の隅に本を積み重ねたテーブルもあり、調合素材を収納するタンスと錬金レシピを並べた本棚もある。どちらかといえば、錬金術師の研究室みたいになったか。

 素材の加工台も設置し、粉末化した水晶の欠片を盛った器もある。素材店で購入した〝白紙のスクロール〟を持ちあげ、ユーナは符呪台の前に立つ。

 

「転移のスクロールとかも売れそうだよね?」

 

 開いた白紙のスクロールを符呪台に乗せ、ユーナは緑色の結晶を散りばめてゆく。緑葉結晶という硬化した樹液の塊を砕いたものだ。

 ヴァルトフォレスト大陸全域にある樹木を斧で叩けば、一定確率入手できる素材。それを触媒とし、符呪を実行すれば、転移のスクロール(ヴァルトフォレスト)が完成する。

 大陸内の発見済み都市に瞬時に移動できるアイテム。ファストラベルに必須なスクロールである。モンテベルクのほうにも同様のアイテムがある。

 

 転移のスクロール(モンテベルク)は竜麟結晶という鉱石が必要だった。ツルハシで鉱脈を叩けば、一定確率で入手できる素材だ。

 カッコ内に記された通り、特定大陸でしか効果が及ばない。転移のスクロール(モンテベルク)を別大陸で使用したところで、効果がないとのアナウンスが流れる。

 初回にアクセスした大陸の転移スクロールは、運営より十個ほど支給された。けれど、海を渡った先にある大陸は別なのだ。自給自足が必要不可欠。

 

 自分たちの素材集めにも活用でき、エネミー狩りを主体とするプレイヤーの需要はあとを絶たない。作るに越したことはないということで、試しに符呪を実行する。

 符呪台に魔力を注ぎ込めば、魔方陣が発光し始める。緑葉結晶の欠片は砕け散り、緑色の粒子と化した魔素がスクロールに注ぎ込まれた。

 白紙の紙に魔方陣は浮かびあがり、転移のスクロール(ヴァルトフォレスト)が完成する。成果は上々、ユーナは確かな手応えを感じるのだった。

 

「レシピに間違いはなかったみたいだね。あとは量産するだけか」

「未踏の地に渡る門、我らの道を開く密書が完成したのね」

「いや、発見した場所にしか行けないでしょ? 転移のスクロールは」

 

 突っ込むのは野暮かと思い直したらしく、ミオンは深く言及するのをやめた。自作の台詞に満足するフォンセは置いておくとして、ユーナはスクロールをバックに加える。

 ひとまずは自分用、本格的に樹海の伐採作業を開始した時に量産するとしよう。木材は家具製造の材料にもなるし、単売りでも需要はあるのだから。

 錬金符呪の工房はこんなところか。家具の配置に異論はなく、一同は食堂のほうに足を運ぶことに。エリーゼが右側の扉を開き、

 

「一階はこの部屋をどうするかですわね。まだ家具を置いとらんちゃ」

 

 殺風景な一室に一同は足を踏み入れた。玄関先と工房両方に続く扉のある部屋。仮拠点一階では、一番広い部屋と言って差し支えない。

 蔦の這った窓枠からは木漏れ日が差し込む。ゆったりとした部屋は客人の待合室と、そして仮拠点に住む一同が寛ぐ憩いの場となるだろう。

 店に来た人が小休憩を取れる間取りを想定し、ユーナは友人らと家具の配置を相談する。部屋の中央に長テーブルを置き、四隅にソファを置くのはどうかという話になった。

 

 玄関先に続く扉の近くにあたる壁際にソファを並べ、少し間隔を空けた部屋の中心部に長テーブルを配置してみる——なかなか悪くない。

 木製の長テーブルに白いテーブルクロスを敷けば、ちょっと豪華な食堂を彷彿とする。家具屋で購入した椅子を並べ、背凭れに手をかける。

 調子に乗ったセフィーがテーブルの上に立ったが、お行儀が悪いと軽く叱った。しょんぼりした少女が床に降り、入れ替わるみたいにスージーが花瓶を飾ってゆく。

 

「さっきのはあんたが悪いわよ、ガキンチョが!」

「…………!」

 

 あうっ! と悲鳴をあげるふうに、デコピンされたセフィーが首を仰け反る。彼女が赤くなった額を擦れば、やれやれ、とミオンが脱力するのだった。

一方のセフィーは、お仕置きなんのその、と楽しげに笑っていたが。彼女からすれば、仲間と一緒に家を飾ること自体が、幸せな日常なのかもしれなかった。

 

「セフィーは元気があり過ぎます。スーには真似できませんです」

「スーちゃんは無気力系女子やもんね」

「エリーがまた失礼なことを言いました。スーは無気力なわけじゃないです。無用な疲労を溜めなくないだけなので。省エネ思考なだけです」

 

 どこに不満があったのか、スージーの意地っ張りは健在だった。知らない人との関わりを避けるのもまた、疲労が蓄積するからだという。

 決してコミュニケーションが苦手なわけではなく、適材適所を心がけているのだと主張した。ならば、とエリーゼが彼女に試練を突きつける。

 

「それなら開店したあとの店番も、スーちゃんに任せて大丈夫やね!」

「よ、余裕過ぎます……スーを舐めないでほしいです……」

 

 強がるスージーだったが、しかし言葉に覇気がない。顔を背けた彼女は冷や汗をかきつつ、前回のリベンジだと意気込みだけは一人前なのだった。

 またお目付け役が必要なのかもしれない。幸先が悪いのでは? とユーナが一抹の不安を感じていると、もう一人の問題児が自己主張する。

 

「凡人の相手など容易きこと。我が瞳に魅了されし者は……次の台詞、なんやっけ?」

 

 と、フォンセは台詞帖を覗き込むのである。彼女の台本練習が活かせるときはくるのだろうか。なんというか、店に来た客が回れ右しそうな気配しかない。

 暖炉型の料理器具も設置。お茶菓子を提供できるよう、石造りのオーブンも追加した。料理練度をあげた親友がいる。これでおもてなしも完璧だろう。

 煌々と燃える暖炉の火が未来を照らすが、さて本当にうまくいくのだろうか。休憩室兼食堂の家具を整えたユーナは、複雑な笑みを浮かべるのだった。

 

「私、ちょっと不安になってきたんだけど。あんたはどうなの?」

「言わないで。大丈夫、大丈夫! きっと、たぶん、恐らくは……」

 

 声色が衰えつつも、ユーナは初の商店開業を願う。生活プレイの醍醐味なのだ、ここで挫けていても始まらない。気持ちだけでも前向きに、その精神が大事である。

 

「よし、次は二階だね、行こっか?」

 

 不安を紛らわすふうに、ユーナは声を張りあげる。本当に大丈夫なのかと首を傾げつつ、渋々ながらにミオンは首を縦に振ったのだった。

 

「…………!」

 

 えい、えい、おー! と片手を振りあげ、気合い満点のセフィーだけがノリノリである。能天気な彼女に連れられるふうに、販売所となる自宅の玄関口に戻る。

 二階に続く階段を塞ぐポールをどけ、一同は傾斜のある階段を登り切った。そして仮拠点の更なる改装に乗り出すのだ。自分たちの住む住居を完成に導くために。



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第一八話:改装工事の時間です・後編

「こんな感じでいい?」

 

 天井と床の空白を埋めるふうに、ミオンが壁を配置する。家具屋で購入した材料の木材を消費し、木目の綺麗な壁が部屋を区切ってゆく。

 四分円のフロアは奥に向かって狭くなる。特殊な形状をした家にも関わらず、ぴったりと合う壁があったのは驚きだった。よく計算された設計だと思う。

 階段の降口付近はまず廊下とした。壁は配置せず、三人が並んで歩ける程度のスペースを確保する。等間隔になるよう三部屋を準備。

 

 部屋を区切り終えれば、あとはドア枠付きの壁を重ねるだけ。部屋の入り口を壁で塞ぎ、最後にドア枠を設置すると完成だ。少し宿舎っぽい造りとなったか。

 仮拠点と考えれば、順当な完成度かと妥協する。拠点クエストを達成した後は、モンテベルク大陸にあるギルド拠点に帰還するつもりだ。

 入れ込み過ぎは厳禁、売却する時に躊躇してしまう。まずまずといったデキに満足し、腕組したユーナは横並びする部屋を眺める。

 

「こっちも終わりましたわ」

「あとは家具を置くだけです」

「我らの根城が隠者の潜む未踏の地となるのよ」

 

 色違いの片目を隠したフォンセが言う。しばらく滞在する家が形になってきたね、とかそういう意味だろう。彼女の性格を加味した憶測だけれど。

 とにかく深い意味はないということだ。ユーナはエリーゼが顔を出した廊下の突き当りに出向く。仮拠点の二階はL字路の廊下とした。

 階段を登ってすぐ右手に花摘み場を作り、その奥に広めの浴室を用意する。三つの寝室は階段の左手側に並ぶ間取りとした。仲間と話し合った見取り図通りの構図だ。

 

 実際に使わない設備もあるけれど、そのあたりは生活感を出したいとの要望を反映した。寝室の家具を整え終わったらしく、セフィーを連れたミオンが廊下に戻る。

 振り返ったユーナが手招きすると、両手を振りあげたセフィーが駆け出す。お腹にタックルを受け、うっ! とユーナは顔をしかめる。

 お転婆娘にも困ったものだ。危なっかしい子供だとミオンはため息を漏らす。一方のユーナは自分に抱きつく少女の頭を撫でたのだった。

 

「お風呂ば見らんと?」

「あーうん、すぐ行く」

 

 セフィーの手を引き、ユーナは浴室に足を運ぶ。服置き棚の並ぶ脱衣所を通り抜け、引き戸を開けた先に正方形のヒノキ風呂がある。

 まだお湯を張っていないが、天井に年輪の刻まれた場所がある浴室には、和やかな雰囲気が漂う。浴室に充満した木の香りにはリラックス効果がありそうだ。

 これも世界樹の根に埋まるふうに建造された民家の特徴か。フロアが四分円だっただけに奥のほうが少し狭いが、粗相をしなければ頭をぶつけることもないだろう。

 浴室の造りはユーナの満足度を越えたものとなり、設計者のエリーゼに親指を立てる。すると頬を染めた彼女は、照れますわ、と冗談を返すのだった。

 

「スーも設計に関わりました。功労者の一人です」

「うん、ありがとう。これで息抜きできそうだよ」

 

 入浴には回復効果がある。自宅を完成させるうえで、あれば嬉しい設備なのだった。お湯の肌温度も感じられるし、実際に入浴するような心地良さもある。

 お風呂は乙女の天国などと豪語し、肩まで浸かった時の癒し効果を思い出す。髪が長いとまとめるのが面倒だとか、利点ばかりではないのだけれど。

 浴室の壁にはシャワー設備が並ぶ。起動ボタンを押すことで、水と炎の魔術が発動し、温水を作り出すとかいう設定だったか。

 都合のいい解釈だと思うが、細かいことは気にしないでおこう。ゲームなのだし、充足した生活が送れるに越したことはないのだから。

 

「ユナ、これを見るです!」

 

 ひょこひょこと駆け出したスージーが、浴槽の縁にあるボタンに触れる。すると、浴槽の底にお湯が噴き出した。よく見れば、風呂の底に複数の穴がある。

 イーセクトゥムルの名物、お湯出し風呂とのことだ。二種類のボタンがあり、赤色のボタンを押せば放水、青色のボタンを押せば吸水に切り変わるという。

 浴室に湯気が立ち込めたと思えば、まだ入浴の時間ではないということで、スージーが吸水ボタンを押す。浴槽が泡立てば、スクリュー回転をするふうに渦巻く。

 

 お湯はあっという間に吸収され、浴槽を流れ落ちる水滴と湯気だけが浴室に残された。水と火と風の魔術を利用した混合風呂らしい。

 面白いなと思う反面、どんな仕組みかと突っ込みを入れたくなる。不可思議な浴槽に苦笑いを浮かべつつ、新居での生活を実感するユーナだった。

 花摘み場は生活感を出すための設備であり、特にこれといった恩恵もない。下見する必要もないだろうとのことで、廊下に戻った一同は寝室のほうに足を運ぶ。

 

「だいたいはこんな感じね。あとは各々で調整する感じで」

 

 最低限の家具を置いた寝室は、どれも同じ外観である。寝室の手前にベッドが二つ、寝室の奥には低いタンスを並べる形となった。

 部屋が四分円のため、部屋の奥は天井が低いからだ。大樹の根を削り掘り、部屋を拡張した民家だけに、窓がないのが珠に瑕か。少し辛気臭いのは我慢しよう。

 怖がりのスージーは外敵の侵入経路が少ないと喜んでいたけれど。そういう見方もあるのか、ユーナは独特な感性を持つ少女に驚かされた。

 

「まあ、こんなところだね」

「最低限の物は揃いましたものね。あとは部屋割りだけですわ」

「スーは誰でも構いません。ウェルカムフレンドリーなので」

 

 部屋数が少ないため、ペアで就寝することになる。特に希望はないとスージーが語れば、すぐさま挙手したのがエリーゼである。

 

「わたくしはスージーと一緒の部屋にしますわ。今度こそお姉ちゃん力のアピールを!」

「スーのペアはエリーになるですか? 前言撤回したくなったです……」

「スーちゃん、薄情や! ウラのどこがダメなん?」

「エリーはちょっと鬱陶しいです。けど、仕方ないかもしれませんです」

 

 エリーゼを誰かに押しつけるのは、とスージーが良心の呵責に苛まれる。毎度のことだが、リア友に対するゾンザイな扱いは変わらないようだった。

 二人のやり取りを微笑ましく見守り、こちらもリア友で組もうかとユーナは自然な流れで切り出す。何度もお泊り会をした仲だ、ミオンにも異論はないらしい。

 決まりかと頷きかけたところで、ふとフォンセのことを思い出す。身内のノリで進めてしまい、はっとした時には既に遅かった。

 

「ふふ、構わないわ。我は孤高の隠者、孤独を愛する者よ。孤独の……」

 

 気を遣ってくれたのだと思う。強がるフォンセが疎外感を隠し通す。彼女の必死さが居たたまれない。訂正しようと呼びかけたところで、駆け寄ったのがセフィーだった。

 

「…………!」

 

 おう、私が一緒にいてやるぜ。などと男前な発言をするふうに、自己主張をしたセフィーが手招きをする。首を傾げたフォンセが屈み込む。

 すると、セフィーは孤独に泣きかけた少女の頭を優しく撫でた。ジンときたのだろう、目尻を拭ったフォンセは鼻を啜り、自分にも最高の友人がいたのだと感動する。

 生まれたばかりのAI少女に相手にそれでいいのだろうか。改めて話し合おうとしたけれど、セフィーの優しさに触れたフォンセの眼差しに決意が灯り、

 

「ウチ、セフィーと一緒の部屋にするばい!」

 

 と彼女が宣言したため、部屋割りが確定した。まだ話し合ってもよかったのだけれど、両手を握り合った二人が仲良くしていたために、なんとも言い出しにくい空気となった。

 フォンセが納得したならば、話をかき乱す必要もないだろう。ユーナは頬をかき、まいっか、と持ち味の前向きさで乗り切ることに。

 

「…………!」

 

 仲良くやろうぜ、相棒。そう発言するみたいに、セフィーが片手を振りあげる。フォンセは彼女とハイタッチを交わし、AI少女との友情を誓ったのだった。

 

「部屋割りは決まったし、あとで外に集合しようか?」

「そうですわね、まずは自分の部屋を整理することにしますわ」

「エリーは変なものを置かないように頼むです」

 

 友人の奇行を懸念したスージーが念を押す。表情変化の乏しい淡々とした少女に手を引かれ、エリーゼは別の部屋に連行されてゆく。

 ユーナに手を振った彼女は、背中の翼を壁にぶつけ、あいたた、と悲鳴をあげつつ、スージーに引き摺られていくのだった。

 

「魔を蓄えし楽園の城に帰還するわ。我が同胞よ、共に逝きましょう?」

「…………!」

 

 フォンセの決めポーズを真似ると、セフィーはユーナに手を振った。意外と相性の良いコンビだったのかもしれない。AI少女とは思えぬノリの良さだった。

 今のよか! と二人で息を合わせる喜びを知ったフォンセが感激の言葉を残し、意気揚々と部屋を出る。どうやらユーナとミオンの寝室は決まってしまったらしい。

 

「どの部屋を誰が使うかはまだ決めてなかったんだけどね」

「いいんじゃないの? どこも一緒よ」

 

 最低限の準備を進めたのはミオンなのだ。寝室の家具配置はどこも一緒なのだろう。床に敷かれた赤い絨毯。並べられた机は子供の勉強部屋を彷彿とする。

 クローゼットを開け、中身が空っぽなのも確認した。装備品などを収容すれば、自然と中身も変化していくだろう。収容量はゲーム基準、見た目以上の収納が可能なのだ。

 

「金庫は棚の上に置いとくわね。アイテムボックスはそっちの壁際に」

「はいはーい、了解だよ!」

 

 ミオンに指示された通り、本棚の横にアイテムボックスを設置する。フィールド採取した材料の収納場所にしよう。ユーナは机の上に簡易錬金装置と小型符呪台を置く。

 自主トレーニング用、開店時間までの暇潰しや就寝前の熟練度あげに使うとしよう。自分の机はこっちだと伝え、二人は私物の整理を進める。

 

「いよいよ雑貨屋の新装オープンになりそうだね」

「神殿納品のついでなんでしょ? そこは忘れないようにしなさいよ」

「部屋の整理が終わったら、世界樹の神殿まで納品アイテムの確認に行くつもり」

 

 ところで、と話を変えたユーナは親友に尋ねる。

 

「店の開店時間はどうしよっか? 人がいないとダメだよね?」

「リアル時間を表記したほうがいいんじゃない? 夜の19時から22時まで、とか? 休日の営業時間を延ばす、みたいな? とゆーか、早速心配になったんだけど」

「ん? 何が?」

 

 ユーナが惚け顔をすると、親友が頭を抱えてしまう。ちゃんと納品依頼のことは考えてある。それよりも店の営業が楽しみとか、そういう感情は一切ない。

 自分の脳内にはどの商品をどのくらいの価格で売却しようか、というふうな悩みがぐるぐると巡っているだけなのだ。実に健全なエンジョイ勢である。

 

「ホント、頼むわよ?」

 

 他愛もない雑談に花を咲かせ、仮拠点の寝室を整理した二人は、やがて待ち合わせ場所の玄関先に向かう。



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第一九話:納品リストを受け取りました

 大樹の根にめり込んだ民家を振り返る。しばらくはここが我が家となるか。ユーナは感慨深く頷き、新生活のスタートを感じ取った。民家の隣には扉の解放された倉庫がある。

 家を購入した後に建設した設備。コンクリート製の土台を設置し、トタンの壁を貼り付けた簡易倉庫である。造りは荒いが、泥臭い雰囲気が逆に良い。

 というのも、民家の庭にも家具の設置スペースがあったため、素材加工をする作業場も用意しようという話になり、追加建築した倉庫だからだ。

 

 鍛冶設備や作業台が並ぶ倉庫に、お洒落な雰囲気と優雅さは必要ないだろう。質素なのが丁度よい、汚れ仕事をする場所なのだから。ふと槌打ちの音が耳に届く。

 ユーナは庭の倉庫に足を運んだ。煌々と燃える溶鉱炉を背に、金床に設置した短剣を打つアンデット族の少女がいる。新たな作業場の感覚を掴むためか。

 真っ赤に染まったナイフの刃先が熱を発する。額に浮かぶ汗を拭い、スージーは高音の大剣を水に浸す。沸騰した冷水が泡を噴き、作業場に水蒸気が散った。

 

 作業台の椅子に座り、宝石細工をする少女もいる。腕輪の表面を専用の道具で削り取り、穴のサイズにあった宝石を埋め込む。かなり繊細な作業だ。

 拡張レンズを嵌めた片眼鏡が印象的か。片眼鏡を外したエリーゼは眉間を摘み、目の疲れる作業だったと揉みほぐし、宝石の輝く腕輪を見上げたのだった。

 黄土色に輝く宝石はトパーズだろう。サンクリット語で「火」を表す宝石は、炎属性にまつわる効果が豊富だ。ただし、限定的な効果のある装飾品は不人気商品。

 

 彼女も細工スキルの熟練度上げついでに、店売りを目的とした装飾品を作ったのだと思う。刃先を柄に嵌め込み、完成した短剣を見つめるスージーの目的も同様。

 新たな作業場の使用感も掴めたか、納得したふうに二人は頷き合う。パチパチと小さな拍手が倉庫に響く。椅子に座ったセフィーが二人の作業を見学していたようだ。

 彼女と肩を並べたフォンセも感心する。部屋の整理に戸惑い、友人らを待たせてしまったか。倉庫の入り口に立ったミオンが一同に声をかける。

 

「精が出るわね、新しい作業場はどう?」

「ごめんね、待たせちゃったみたいで」

 

 たはは、と苦笑いを浮かべたユーナが言う。すると一同は首を振り、気まぐれの暇潰しだと訴えかけるのだった。

 

「問題ありませんわ、こちらも確認しておきたかったので」

「通った人に丸見えなのが嫌ですが、スーは我慢します。大人なので」

「遅れし罪人の到着ね。もう行くと?」

 

 椅子から立ちあがったフォンセが尋ねる。

 

「そうだね、神殿の警備員に聞けばいいんだっけ?」

「古代樹の中央に続く橋ね、そこに担当者がいるみたいよ?」

「じゃあ行こっか? 献上品のラインナップもわからないし」

「…………!」

 

 レッツゴー、と椅子に飛び乗ったセフィーが拳を突きあげる。無邪気なものだ。セフィーはお子チャマです、とスージーは呆れ顔をしたけれど。

 きっとお姉さんぶりたい年頃なのだろう。これまでは自分が最年少っぽく見られていただけに、その反動が表に出た感じである。

 可愛いなー、と達観した感情を抱きつつ、ユーナは仲間を引き連れ、イーセクトゥムルの神殿を目指す。

 

    *****

 

「急にびっくりしたです」

 

 猫のように背中を丸め、スージーはセフィーの背中に隠れる。世界樹の神殿に至る道に到着した一同だったが、敵意を剥き出しにした門番に呼び止められたのだ。

 神殿の貢献度が足りないということか、門番の態度は冷たく棘がある。屈強な虫人の門番二人が槍をクロスし、一行の歩みを止めた。

 神殿警護を任された高位の武装神官なのだろう。イーセクトゥムルの入り口にいた兵士とは空気が違う。妖精女王の神殿を守るため、圧倒的な威圧感を放つ。

 

 長身虫人二人が神殿の門を塞ぎ、ユーナの顔も引き攣ってしまう。交渉に応じてもらえるのだろうか、なんとなく不安が脳裏を過ったのだ。

 しかし門番の二人に攻撃の意志はないようだった。あくまでも彼らは見張り、不審な人物が神殿に入り込まないか、それを警戒しているだけなのである。

 聞けば、神殿に忍び込むルートもあるという。盗賊プレイを生業とする人々に向けたサービスだが、盗賊ビルド用の潜伏クエストのあるのだとか。

 

「貴様達は何者だ、神聖なこの地で粗相は許さんぞ」

「最近、盗賊ギルドを名乗る連中が闊歩している。怪しい者には容赦せん」

「あー、そういうことか」

 

 やけに警戒心が強いと思ったが、数日前に盗賊プレイを堪能するプレイヤー団体が神殿に潜入、金目の品を盗み出したばかりのようだった。

 潜伏クエスト達成後、数日間は厳重態勢状態になる仕様だ。警戒状態はサーバー共有のため、先着優先という状況は変わらない。

 捕まれば都市の独房に放り込まれ、しばらくは囚人プレイを余儀なくされる。そのスリルがいいそうなのだが、善人プレイをすると誓ったユーナの心情には反する。

 

 警戒態勢中はほぼ達成不可能な難易度となり、盗賊プレイ用の潜伏クエストを受注するプレイヤーは激減するけれど。一時期、掲示板の囚人画像が話題を呼んだのだったか。

 囚人状態は熟練度・所持金減少のデメリット効果がある。運悪く収容期間の長くなった人は熟練度80から20まで大幅減少し、ゴールドの消費は1億という大損害だったとか。

 その分、潜伏クエストの収入は膨大。成功すれば億万長者になることもでき、ギャンブル感覚でのめり込む人も多かったりする。

 

 余談はさておき、警戒態勢期間は全プレイヤーに対する神殿の信頼度が大幅減少する。これだけ見ればいい迷惑だが、好感度稼ぎをするには絶好の期間なのだ。

 警戒態勢中は該当施設が物資不足に陥る。おのずと納品アイテムの量も増え、貢献度上昇値にブーストがかかる。商人プレイの狙い目、商人ギルドの長に習った小技だ。

 話術スキルも交渉難度を下げる。ユーナは自分の持つアビリティの効果を信じ、いざ神殿との商談を開始することに。

 

「あたしたちは近日、街はずれの民家で商店を開くことにした〝湖畔の乙女〟という旅の商団です。この様子から察するに、困りごとがあるのではありませんか?」

「神殿との契約を求める商人だったか……おい、まずは武器を下げよう」

 

 虫人の男が仲間に呼びかけ、門番の二人は槍を下ろした。話術スキルの発動を察知する。だが、厳戒態勢中の交渉難度は高い。

 門番NPCの頭上に浮かぶ感情マークは、真っ赤な怒り状態から黄色の警戒状態に移行しただけ。紫色の感情マークも灯り、門番の疑念を窺い知ることができる。

 掴みはまずまずか、ここからの問答が鍵だ。門番の機嫌を損ねれば交渉が破談する。慎重に言葉を選び、話を進める必要があるだろう。

 

「ユーナ、任せるわ。私には話術スキルがないし」

「エリーもお願いします。スーはセフィーを見張っていますので」

「分かりましたわ。お姉ちゃんの力を見せんにゃね!」

 

 ガッツポーズをしたエリーゼが頷く。ミオンはフォンセの肩を叩き、一歩下がる。

 

「…………?」

 

 ピリピリとした空気感を感じ取ったのか、ファイトー! と声援を送るふうに、セフィーが両手を前に出し、グッと拳に握り締めて肘を曲げる。

 仲間の期待は受け取った。ユーナはエリーゼと目配せを交わす。頷き合った二人は上手く立ち回るよう結託し、門番の言葉を待った。

 

「まず聞きたい。何故、神殿との契約を?」

「それは妖精女王に——」

「ユーナちゃん、ここはまず様子見せんにゃ」

 

 先走りかけたユーナを引き止め、エリーゼが前に出る。普段は空回りしっぱなしな彼女だが、大柄の男相手に冷静な態度を貫く姿はどこか頼もしさがある。

 返答が遅く、門番の男が怪訝な顔をした。一方のユーナはエリーゼに託し、一度口を閉ざすことに。やがて深呼吸したエリーゼが口を開き、

 

「大樹の雫というアイテムに心当たりはありませんの?」

「ふむ、聞いたことはないな? だが、巫女様ならばあるいは……」

「そうなんですのよ、わたくしたち商団員の求める品を妖精女王ならば知っていると聞きましたの。亡き団長が追い求めた至宝の名ですわ」

「ええっ!? 急に話が重くなってない? まだ私は生きて……」

 

 勝手に殺さないで! とユーナは口に出しかけたけれど、片目を閉じたエリーゼが口元に人指し指を当てる。交渉にはブラフを刺すのが常識だと彼女は言う。

 確かにアイテム入手が目的なのは本当だ。妖精女王に会いたいというだけならば、下心があると思われ兼ねない。あくまでも助言を求める形にしたかったのだろう。

 まあ実際、ゲーム開始初日にデス判定をくらったことがある。亡き団長が初日に死亡状態になったユーナのことならば、完全な嘘でもないのかもしれない。

 間違いなく詭弁ではあるのだけれど。が、門番の一人の受けは悪くなかった。話術スキルが功を奏したか、はたまた涙脆い設定だったのか、彼の瞳に涙が浮かぶ。

 

「亡き団長の夢を追いに来たということか」

「ええ、わたくしたちの恩人に等しい方ですわ」

「そうか、そうか。団長思いのいい商団だったんだなー」

「うっわー、すっごい盛られちゃったよ」

 

 エリーゼの演技は完璧だった。遠い日の姿を追うような瞳が眩しい。少し背中がむず痒い、本人がここにいます、と恥ずかしながらに手を挙げてしまいそうだ。

 

「先輩、いいじゃないですか! 神殿に害を与えるつもりはないようですし、盗人に受けた被害もカバーできます。彼女たちの夢に手を貸してあげませんか?」

「あーいや、確かに神殿としても商団の支援は助かるが……」

「ですよねー! 巫女様も彼女たちの慈愛に答えてくれるはずです!」

「お、おう……お前がそこまで言うなら考えてみるか」

 

 半ば押し切られるみたいに、もう一人も門番が頷く。あざッス、と頭を下げた後輩らしき門番は、甲殻虫のような見た目の割に熱血漢な印象である。

 熱い心に胸打たれたふうな青年門番が涙を拭い、しかしこれも仕事だと私情を殺す。支援の許可は出したが、納入品の完成度が低ければ意味はない。

 どういう仕事ができるのか、それを要求するのは自然な流れだった。

 

「さて気持ちは受け取ったが、こちらも仕事だ。納入品のサンプルはあるかな?」

「ええ、問題ありませんわ。品質は保証致しますわよ」

 

 そう断言したエリーゼが取り出したのは、彼女が作業場で作ったトパーズの腕輪だった。待っていましたと言わんばかりの表情、このために作っていたのか。

 ユーナは下準備に抜かりの無いエリーゼに感心する。一方の彼女はスージーから受け取った短剣も手渡し、門番の感想を待つ。

 

「これは、なかなか悪くない品だ」

「ああ、納入品の検査係も満足するんじゃないか? それに……」

 

 門番の男が振り返る。途端に世界樹を囲う泉より光の粒子が舞った。世界樹の根元に座す神秘的な神殿を囲うふうに、小さな球体が光り輝く。

 青色の篝火が灯る神殿の大橋が光に包まれ、大樹の根が沈む透明度の高い泉水が、ホタル火のような輝きを反射したのだった。門番に聞けば、〝精霊の囁き〟という現象らしい。

 事実はどうあれ、心の清き者を歓迎するために、世界樹に宿る精霊らが光を放つという。この現象が起きたならば、少なくとも人間性は信じられるというのだ。

 

「これが検査班からの要請書だ。細工品や武具以外に作れる物は?」

「ポーションを少々、あとは符呪品とかですね」

「それはいい。納入品は包装箱に納めるように頼む」

 

 門番二人の感情マークがオレンジ色の笑顔に変わる。神殿との関係が友好的になった証だ。あとは神殿の期待に応えられるよう、高品質のアイテムを納品するだけ。

 門番が左右に分かれれば、神殿に続く門が開かれた。検査係らしき神官女性が頭を下げると、彼女は商団を代表するユーナに石板を手渡す。

 終始無言を貫いた神官女性は再び一礼し、自動的に閉じる門とともに立ち去った。門の奥に進みたければ、しっかりと貢献度を稼げということか。

 

「よし、滑り出しは順調だね。喫茶店とかで確認しよっか?」

「…………!」

 

 おー! と手を振りあげた友人らの歓声を聞き、ユーナは神殿の管理区画を離れる。依頼品リストの記された石板を握り締め、生産活動が本格化してゆく波を感じ取りながら。



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第三章:泉のニンフ
第二十話:カフェの悲劇が起きました


 依頼品リストの乗った石板を入手したユーナは、イーセクトゥムルの都市内にあるカフェテリアに足を運ぶ。外観はファンタジックな石造建築だったが、内装は現代的だ。

 ユーナは食事場をテラスと決め、温かなカフェラテを口につける。現実世界の時刻は夕刻となり、各自夕食を済ませて再集合する運びとなった。

 食後のデザート代わりに、注文したチーズケーキをつまむ。酸味のある濃厚なチーズの後味が口に残る。これだけ美味しいのにカロリーゼロだ。

 

 喉に通したケーキはデータの塊に過ぎず、実際に食したわけではない。体感型ゲームの利点というか、ダイエットに励む女子の拠り所になってくれる。

 まあ、自分は減量中でないのだけれど。カフェのデザートはそれなりの値段がするし、ゲームマネーで食欲を満たせるのはお得だった。

 カチャカチャと食器を叩く音が聞こえる。バニラアイスを乗せたドーナッツを頬張るセフィーがいた。ゲームから出られない彼女と一足先に合流したのだ。

 

 メープルシロップの垂れたアイスと、温かいドーナッツのコンビネーション。溶けたアイスがドーナッツに染み込み、冷暖の入り乱れた独特の味わいを醸し出すか。

 リスのように頬を膨らませたセフィーは、幸せそうにデザートを食す。ナイフで切ったドーナッツをフォークで刺し、モグモグと口を動かすのである。

 溶けたアイスが彼女の口周りを汚す。穏やかな気分になったユーナは紙ナプキンを取り、セフィーの唇を優しく拭う。

 

「…………!!」

 

 ありがとうと答えるふうに、セフィーはにっこり笑う。そしてまたドーナッツを咥え込み、口周りを汚してしまうのだった。埒が明かないなと思う。

 けれど、楽しげな彼女を眺めると不思議なことに心が洗われる気がした。静かに流れる時間が心地よい。カフェのテラスから空を見れば、青葉の隙間より星が見える。

 そう再ログインすれば、ゲーム時刻は夜になっていた。これから現実時刻の一時間ほどが夜間である。夜はエネミーが活性化し、ステータス強化される時間帯だ。

 

「まずは探索の準備をしたほうがいいかも。家でゆっくり夜明けを待って、明日の朝に出発かな? ああいや、ゲームのほうの時間でだけど」

 

 ブツブツと独り言を囁き、ユーナは友人らの到着を待つ。人通りも少なく、水晶玉が仄かに灯る街灯を眺め、夜のしんみりとした空気に身を委ねる。

 刹那、地面より浮き出す光の粒子が見えた。粒子の数は徐々に増え、イーセクトゥムルの街を照らし始める。思わず息を飲む。

 幻想的な輝きが一種の神秘性をかきたて、ユーナの心を魅了したのだ。なんて綺麗なのだろう、そう吐息を漏らせば、店の店員が語りかけてきた。

 

「今日は精霊様の機嫌が良いようですね。滅多にないんですよ、この街でも」

「精霊の囁き? 寺院の人に聞いたけど」

「あら? ご存じだったのですね、たまに精霊様の光が街全体を覆うのです」

 

 一ヶ月に数度見られればいいほうだと告げた店員は、街を覆う光の粒子に視線を注ぐ。精霊様に感謝を、と合掌した彼女は、幸福な一時だと大樹の恵みに感謝する。

 宗教都市だけに、独自の風習があるのだろう。ユーナが精霊の囁く街全体を見渡せば、カフェテリアに近付く数人の影を見つけた。

 

「随分と賑やかね、ログインした時には驚いたわ」

「ホタル祭りみたいですわよね、綺麗やちゃ」

「スーは騒がしいのが苦手ですが、この光景は嫌いじゃないです。静かで安らぎます」

「星々の下に輝く精霊らの瞬きが我の来訪を歓迎しているようだわ」

 

 片目に触れたフォンセが囁く。精霊の放った命の息吹ともいえる光は、到着した友人らの肌をすり抜け、あるいはかき消されて夜空に昇る。

 テラスの入り口を潜り抜けた一同は、ユーナの待つテーブルに腰を落ち着けたのだった。六人用の丸テーブルを二人で占領するのは心苦しかったところだ。

 大きなテーブルをたった二人で占領していたものだから、欲深い人間だと思われないだろうかと不安だった。きっと自分の思い過ごしなのだろうけれど。

 

「人数が集まると安心するね、色々と」

「どうしたのよ、急に? 変な子ね、おバカなのはいつものことだけど」

「さりげに酷くない? いやさ、他のお客さんの迷惑になったんじゃないかと」

「気にし過ぎじゃありませんこと? 誰も気にしとらんちゃ」

 

 エリーゼが周囲を見渡す。カフェの閉店間際ということもあり、客足は疎らだった。紅茶を啜るNPCのカップルもいれば、夜食のデザートを楽しむプレイヤー団体もいる。

 狩りの成果などを語る声も聞こえた。強化素材集めでもしていたのだろう。仲間内で盛りあがり、パーソナルスペースは守り抜く。

 ユーナが自意識過剰だったと言えば、そうなのだと思う。手を挙げたミオンが店内に戻ろうとした女性を呼び止め、追加の注文はできないのかと尋ねる。

 

「えっと、まだ時間はある?」

「閉店にはまだ早いですが、ラストオーダーは三十分後となります」

「ありゃりゃ、急がないとマズイわね」

 

 体感型ゲームの特性上、接続したVRゴーグルが脳の処理速度を補佐している。現実よりも一秒の体感速度が長いわけだ。しかし、やはり三十分は短い。

 注文書が取り下げられるよりも早く、ミオンは手早く注文を済ませた。仲間の要望を聞く手際も見事、彼女の勢いにつられるままに一同の注文が殺到する。

 オーダー表に注文を手書きした店員は、かしこまりました、と頭を下げた。店内に去る彼女の背中を見送り、きょとんとしたのはスージーである。

 

「行ってしまいました、スーはまだ何も頼んでいなかったです」

「大丈夫ですわ。こんなこともあろうかと、同じものを二つ頼みましたわ!」

「エリー、有り難かったのですが、ブラックコーヒーはやめてほしかったです」

 

 苦い物は苦手なのだとスージーの顔が曇る。店員に注文を迫られた彼女は、あわあわと動揺しまくり、結局はデザートを頼むことができなかった。

 彼女の対人恐怖症にも困ったものである。やがて注文した品がテーブルに並び、ガムシロップとクリープを大量投入したスージーの行動には目を瞑ろう。

 お子様だなと思ったけれど、彼女に忠告すれば、ブラックのまま飲み干しそうだったからだ。瞳に涙を浮かべつつ、無理にコーヒーを飲み干す少女の姿が思い浮かぶ。

 

「ユナはスーに言いたいことがあるですか?」

「いやいや、何も。目が合っただけ、例の話もしたいし」

「天の御使いより授かった忌まわしき書を開くのね。この隠者の眼には——」

「神殿の依頼書でしょ? どんな感じ?」

 

 ミオンが神官から預かった石板を起動するように言った。台詞を阻まれたフォンセがしゅんと縮こまったが、長くなりそうだったので我慢してもらう。

 

「あー、MP消費あるんだ」

「起動するのに魔力が必要ってこと?」

「そうみたい、MP消費5は安いけど」

「イベント開始の合図みたいなものですわね、やりますわよ!」

 

 グッと拳を固めたエリーゼが燃え上がる。彼女のやる気がまた空回りしなければ良いのだが。それはそれとして、ユーナはテーブルに置いた石板に手を翳す。

 瞬間、石板の文字が光輝き、小さなホログラムが表示された。教団からの支援要請と記述されたホログラムに必要製品の記述されていた。内容は以下の通りだ。

 

・ポーション箱:同種類のポーション30個セット、等級はグレードにより変化

・宝石・金属箱:宝石・金属類のインゴットを20個、同じ種類のみ箱詰め可能

・装備品箱:武具や装飾品の10個セット、等級はグレードにより変化

・神殿料理箱:ヴァルトフォレスタ大陸の料理各種、同一商品を10個

・家具納品:自主製作した家具・神殿装飾を一種

・本・スクロール束の納品:各種アビリティ書、またはスクロール5個の献上

 

 と、生活コンテンツを反映したような内容だった。符呪付きの装備品ならば、神殿の評価上昇が見込めるらしい。装備品箱の内容は自由。

 複数個の商品を組み合わせてもよいようだ。精巧な武器を鍛冶職人が作り、きめ細かな装飾品を細工職人が作る。職人アビリティ持ちの共同作業となるか。

 ポーション類は錬金術師の仕事、より高い効果のある商品を箱詰めすれば、高評価を受けられるということだ。

 

「わたくしとスージーは装備品箱を担当したほうが良さそうですわね」

「はいです、素材さえあれば作りますので」

「あたしは……どうしよう、ポーション箱でもいいけど……」

 

 ユーナは悩む。符呪スキルも伸ばしているため、アビリティ書の製作も捨てがたかった。すると、フォンセが盛大な自己主張をした。

 

「フフ、我の触れし叡智の理を披露する時が来たようだな。あーえと、ウチも錬金術のスキルと符呪スキルはもっとーばい。協力しきるかも……」

「じゃあ、手分けしてやれるかもね。あたしはフォンセと一緒かな?」

「全部作るのもあれだし、家具納品はやめてきましょうか。私は料理を作るわ。簡単な作業はできるだろうし、チビ助を助っ人にもらうわね」

「…………!!」

 

 任せてとけ、とセフィーが自分の胸を叩く。やる気満々といった様子だ。自信たっぷりなのが逆に不安だった。迷惑にならなければ良いのだが。

 そんなことを考えてしまうのは、ユーナが過保護だからなのかもしれない。まあ、子守りの相手がミオンならば大丈夫か。性格の割に面倒見のいい母親気質の親友である。

 やることが決まったとなれば行動開始。一度自宅に帰還し、製作する商品を決めるとしよう。錬金術のレシピ書も本拠点のほうから持ってきたはずである。

 滞在中に熟練度あげのトレーニングをしようと用意したものだが、思わぬ形で役に立ってくれたものだ。薬草図鑑もあり、大まかな採取場所も分かるはず。

 

「みんなが食べ終わったら家に戻ろうか、朝が来た後のことも話したいし」

「そうですわね、ところで……」

 

 ふと気になったのか、エリーゼがフォンセの注文した商品の目を向ける。隠者を名乗る少女の(グラス)に注がれたのは、赫々たる光を放つ謎の液体が滲むドリンク。

 オーダー表を確認すれば、「運命に堕つる星」というドリンク名がある。説明文よれば、当店自慢のレインボードリンク。日によって変わる絶妙な味を堪能下さい、とのこと。

 見るからに地雷ドリンクである。注文書の下にある注意書きをよく読み、

 

「なお、このドリングを服用した後に起こる異変に関し、当店は一切の責任を負いません」

 

 との文字をなぞる。一定時間のパラメーターアップ効果を有するドリンクのようだが、ロシアンドリンクの類であることは明らかだった。

 商品名に引かれたのか、グラスを持ちあげたフォンセが水面を揺らす。まるでワインを嗜む貴婦人のように、彼女は笑みを絶やさず告げるのだった。

 

「穢れの淀みを感じるわ。血の晩餐に相応しい飲み物よ」

「まっ、最後の晩餐にならないといいけどね。私は責任持たないわよ?」

「是非もないわ、深淵のカタストロフィが我に求めよと語るのよ!」

 

 意を決し、目を見開いたフォンセがドリンクを口につけた矢先のことだった。白目を剥いた彼女の顔は青ざめ、椅子とともに後方へと倒れ逝く。

 さながら毒殺現場のようだった。苦しむ間もなく命を吸われ、グラスを手放したフォンセのHPが削り取られたのだ。床に倒れた彼女の頭上にはDEADの文字。

 なんということか、森林の都市には思わぬ殺人ドリンクが隠されていた。空に旅立ったフォンセを眺め、ガクガクと体を震わせたスージーが語る。

 

「スーもびっくりです、まさかのPKシステムだったですか!?」

 

 殺人ドリンクから距離を離し、スージーはセフィーに抱きつく。状況を把握していなかったのか、ニコニコと笑う無口な少女は怯える友人の頭を撫でる。

 フォンセの手放した殺人ドリンクはエリーゼの手に。テーブルに投げ捨てられたグラスを掴み取り、なんとかドリンクをぶちまけずに済んだのだ。

 虹色に輝くドリンクを覗き込み、そこまで酷い味だったのかと、エリーゼが怪しむ。もう誰も殺人ドリンクを信用しない。溢したほうがよかったのでは? とも思う

 覚悟を決め、スージーがエリーゼに囁くが、

 

「エリー、それはもう捨てたほうがいいです。呪いのアイテムなので」

「ほうけ? 飲まんにゃわからんちゃ」

 

 などと呟いた勇敢な少女は残ったドリンクを喉に通したのだ。フォンセが気絶した量よりも遥かに多い。ユーナは第二の犠牲者が誕生してしまったと目を閉じる。

 だが、ケロッとしたエリーゼは頬に手を添え、

 

「なんだが栄養満点な感じのする味ですわね。フォンセはどうして気絶したが?」

 

 と味の感想まで述べたのだ。虹色の液体を唇から垂らしたフォンセの手足は痙攣するが、ひょっとすれば彼女の味覚に合わなかっただけかもしれないと思えてくる。

 

「皆もどうけ?」

 

 味見を進めるみたいに、エリーゼが余ったジュースを差し出す。ユーナは半信半疑となり受け取りかけたが、全力疾走したスージーが仲裁に入るのだった。

 

「ユナ、信じてはいけないです。エリーの味覚は壊れています。味の破壊者です」

 

 目の色をかえたスージーが俯き、フォンセを見るのだと指差した。今にも死にそうなほどに呻き、いいやもう死亡判定が下ったのだが、彼女の声は完全に亡者の嘆きに等しい。

 誘惑されかけたユーナだが、フォンセの死体を見て思いとどまる。エリーはミオンにも薦めたが、セフィーを庇うふうに身を固めた彼女は首を振るのだった。

 残念だと言いたげに、エリーゼは悪魔のドリンクを飲み干す。殺人ドリンクの被害者となった少女がゾンビのような声をあげれば、ふう、と一息吐いたエリーゼが微笑む。

 

「とっても独創的で素敵なお味でしたわー」

 

 ——と。



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第二一話:深夜の来客です・前編

 体の芯まで温まり、ホクホクとした入浴の余韻が残る。乾ききっていない髪に巻いたタオルを取り、部屋着に着替えたユーナは作業場に顔を出す。

 夜はまだ長い。神殿の納品依頼を遂行するためにも、素材アイテムの在庫をチェックしようと考えたのだ。お風呂に入る順番はジャンケンで決めた。

 女王決定戦を制し、ユーナは晴れて一番風呂を頂くことになる。まだ交代入浴中の友人らに先駆け、ギルドマスターらしいことをしておこう。

 

「覚悟はしてたけど、やっぱりこうなるよね」

 

 たはは、とユーナは苦笑い。完璧な素材不足だったからだ。新たな大陸に渡るともなれば、アイテム重量には注意を払わなければいけない。

 収納用の便利アイテムや符呪装備を使いはしたが、やはり所持上限の壁は厚かった。運搬する素材も厳選しなければならず、痒い所に手が届かなかったという心境だ。

 重量オーバー時の移動力低下は、長距離移動をするには致命的なデメリット。それを避けるために所持品は控えめにした。そのツケが回ってきたということだ。

 

「どうしよう、このあたりの地理にはまだ詳しくなんだよね」

 

 喫茶店の店員に質問しておけばよかった。今更になって後悔する。ヴァルトフォレスタの全体マップを展開すれば、樹海内に複数のダンジョンがあることはわかった。

 けれど、手当たり次第に回るのは非効率的。特に神殿評価の高いらしい上位のマナポーションを量産するには、「黎明華」という薬草が必須である。

 スクロールやアビリティ書の製作には「霊晶石」という水晶石を使う。霊力の濃い場所で入手可能という触れ込みだが、表現が抽象的なために断言しづらい。

 

「図鑑に詳しく書いてるといいんだけど」

 

 錬金術のレシピが並ぶ本棚に手をかける。ページをめくり、「黎明華」と「霊晶石」の分布を調べた。本によれば、ヴァルトフォレスタ全域の大樹海で手に入るらしい。

 けれど、詳しい入手場所までは記述されていなかった。初心者に優しくない図鑑である。ふとユーナが眉間を摘まんだ瞬間、足音とともに作業室の扉が開く。

 

「ウチはなして気ば失うとったと?」

 

 重たくなった頭を支え、首を振る少女はフォンセだった。青のタオルワンピースを着用した彼女は、記憶が混濁したままなのか、空白の時間を振り返るふうに眉を下げる。

 殺人ドリンクの後遺症が残っているようだった。どれだけ衝撃的な味だったのだろう。死亡判定の入った彼女は、強制ログアウトさせられていたのだとか。

 ドリンクを飲むまでの記憶はあるが、それ以降のことは覚えていないという。脳が拒否反応を起こしたか。フォンセが記憶と辿ろうとすると、強烈な頭痛に苛まれるらしい。

 

「覚えてないっことは、思い出さなくていいことなんじゃないかな?」

「そうなんやろうか? すっきりしぇんばい」

 

 フォンセが肩を落とす。納得いかないといった様子だ。けれども、ユーナは確信する。時に覚えていないほうが幸せなことはあるのだと。

 悪魔のドリンクを口につけたフォンセの惨状を振り返り、あれは教えないほうがいいよね、と胸の奥底に仕舞い込むユーナなのだった。

 

「ユーナちゃんはなんしよったと?」

「あー、これ? 必要素材の確認と在庫チェック」

 

 気持ちの良い音をあげ、図鑑を閉じたユーナが言う。素材棚を開けたフォンセは水晶の破片を手に取り、コロコロと転がしながらも聞き返す。

 

「やっぱり足らんの?」

「街を目指すのに夢中になって、素材採集の手を抜いちゃったからね」

 

 商人プレイを始めようにも、先立つものがない状況である。ギルド商店開業までの道のりは険しい。新装オープンの宣伝をするにはまだ早いのだろう。

 理想に現実が追い付かず、ユーナは大きなため息を吐く。いいや、ここも仮想現実の内部ではあるのだけれど。何事も積み重ねが大事か、コツコツと地道に行くとしよう。

 

「我が盟友よ、安心するといい。運命の隠者が未来の福音を啓示しよう」

「励ましてくれてありがとね、まずは聞き込みからだよね」

「あはは、伝わってよかったばい。ウチも協力するけんね」

 

 照れ笑いをしたフォンセが頬をかく。グッと拳を固めた彼女に励まされ、ユーナが表情を崩した。その矢先、助け舟の到着を知らせるような呼び鈴が仮拠点に響き渡る。

 

 

      *****

 

「キャルーン、イヴリンちゃん参上ー!」

 

 両頬に握り拳をひっつけ、盛大な自己アピールをしたのは、虫人族の女性だった。竜族の妹を引き連れた彼女、イヴリンが仮拠点の呼び鈴を鳴らしたのだ。

 唐突な来客に驚いたものの、顔見知りの姉妹だったため、ユーナは快く二人を招き入れることにした。仮拠点に住む友人らにはフォンセが徴集をかけてくれた。

 客室のテーブルには紅茶が並ぶ。風呂あがりのミオンがお茶菓子を用意し、真夜中のお茶会が始まったというわけだ。

 

「突然のお客さんにびっくりしたでしょ、ウケるー!」

 

 挑発的な笑みを浮かべたリネットが言う。姉妹の強烈なキャラに圧倒されたフォンセはしおらしくなり、ちょこんと姿勢を正して椅子に座る。

 初対面の相手に緊張したか、出方を窺うように息を潜め、迂闊な厨二病発言をしないよう、彼女は口を閉ざす。友人の友人に対する接し方としては妥当か。

 

「…………!」

 

 ちょろちょろと姉妹の周囲を動き回り、イヴリンの真似をした無口な少女の好奇心が異常なのだ。客人を珍しがるふうに瞳を輝かせ、セフィーがリネットの顔を覗き込む。

 八重歯を見せ、小生意気に笑った彼女も次第に困惑していく。生意気少女のメッキが剥がれ、小悪魔的な笑みを苦笑いに変えたリネットが聞くのだった。

 

「ええと、この子は?」

「拠点の契約精霊だよ、自由奔放なのがウチの子の売り!」

 

我が偽妹のアピールタイムといこう。ユーナが力強く親指を立てる。

 

「すごい自信たっぷりな顔! けど、自由過ぎない!?」

「…………!」

 

 嬢ちゃん、私の驕りだ。などと、ダンディさ溢れる初老の男性を彷彿とするような決め顔をしたセフィーは、指の間に挟み込んだクッキーを差し出す。

 ありがとう? と首を傾げたリネットはクッキーを受け取り、まったく言葉を発しない少女の行動に翻弄されるのだった。

 満面の笑みを浮かべたセフィーが頷く。クッキーを摘まんだリネットは唇に触れ、美味しい、と小さく呟いたのである。

 

「それ、ミオンの手作りなんだよ? このゲーム、料理のアレンジレシピとかあってさ。熱心に研究してたんだよね。いやー、我が親友ながら女子力高いよねー」

「私を持ちあげてもいいことないわよ? ただの趣味だし」

「そんなことないです——あっ、リネットがお姉さんを褒めてあげてもいいよ?」

「はいはい、ありがとうございます」

 

 投げやりに答えたミオンは、しかし目を逸らして頬をかく。横顔が少しだけ赤面していたか。これは嬉しかったな、とユーナの直感が囁く。

 

「アップデートの恩恵が早々に現れたみたいね、お姉さんも羨ましいわ」

「イヴのところは恩恵なしですか? 召喚獣を連れている様子がなしです」

「イヴちゃんはラブリーキュートだからいいの、私自身が神々しく輝くわ!」

「お姉ちゃん、強がりはやめようよ。リネットの下僕を探しに来たんだしー」

 

 ツンとした仕草をしたものの、根が真面目なリネットが一通りの事情は語る。仲良し姉妹がヴァルトフォレスタ大陸に渡ったのは、リネットの召喚獣を探すためだという。

 泉の精霊というクエストが発生すると聞きつけ、大陸を渡るに至ったようだ。けれど収穫はなく、まだクエスト発生条件を模索中なのだとか。

 ギルド拠点を持たない姉妹、アップデートの新要素には縁遠いのだと肩を落とす。採取ポイントのチェックなど、樹海探索の成果が皆無だったわけではないようだが。

 

「クタクタなイヴちゃんは「蜜月荘」に帰ったんだけど……」

「お姉ちゃんが女将のオバサンと常連さんの話を聞いて」

「わたくしたちが空き家を買ったことを知ったのですわね。すごい偶然や」

 

 奇妙なこともあるものだとエリーゼが納得する。実は夕方にも一度訪ねてきたようだが、一同が神殿に出向いていたため、入れ違いになったようだった。

 「湖畔の乙女」保有物件というアナウンスが流れ、姉妹は知り合いの仮拠点だと確信するに至ったようだが。

 

「リネット的にはノーだったんだけど、お姉ちゃんが脅かそうとか言い出しして」

「キャルルーンなドッキリよ! イヴちゃん、アターック!」

 

 手でハートを作ったイヴリンが両手を前に突き出す。客室の空気は凍りついたけれど、彼女が今日も絶好調に飛ばしていることはわかった。

 人が増えて嬉しかったのか、セフィーだけは物真似をする。しかし不快感はない、見た目の違いが出た瞬間である。真似しなくてもよいと言いたくはなったが。

 下手な突っ込みは入れないでおこう。仮拠点の客室は一層に賑やかになり、ふと空気に飲まれかけたフォンセが耳打ちをする。

 

「ユーナちゃん、なんか変わった人ばいね」

「間違いはないけど、それをフォンセが言っていいの?」

「どげな意味と?」

 

 両目を見開いたフォンセが聞き返す。自覚がなかったのだろうか、この子は。厨二演技に徹するフォンセの姿を思い出し、ユーナは仏の顔になるのだった。

 

「まだ挨拶を済ませてない子もいたわよね、あなたは?」

「ウチんことと? どげんす、どげんす」

 

 起立したフォンセは背筋を伸ばし、頭を抱えたまま右往左往する。余裕のある大人の顔を見せたイヴリンに名指しされ、条件反射で立ちあがってしまったのだろう。

 

「自己紹介せないかんと? インパクトがおるよね?」

 

 切羽詰まったフォンセは、ついに運命の書を召喚した。例の暗黒台詞を記した学習帖だ。高速でページをめくり、闇の力を宿したフォンセが片手を突き出す。

 オッドアイを際立たせるように立ち振る舞い、威厳を誇示するための咳払いを済ませた彼女は、深呼吸をした後に声を張りあげる。

 

「よくぞ問うた、麗姿たる淑女よ! 我が名はフォルトゥーナ・アンブラ・ゲヌス、運命を俯瞰する隠者である。我の姿を瞳に灯したならば、悠久の彼方を……彼方を……」

 

 見通すだろう、と小声になったフォンセが学習帖を朗読する。新発見だ、プレイヤーネームのフォンセは愛称であり、実名設定が別にあったらしい。

 英語変換で検索してみたけれど、見事な文字数オーバーだった。どうだった? とフォンセは感想を求めるような表情になり、周りを見回したリネットが気を遣う。

 

「名前、長すぎだしー。超ウケるー、ウケるー……?

 

 何が言いたかったのだろう。なんて疑問を抱くような表情をしたけれど、姉の性格が個性的なだけあり、変人の扱いには手慣れたリネットだった。

 印象には残ったかと、フォンセは胸を撫で下ろす。だが、若作りした女性と接戦を繰り広げるほどの冷たい空気。唖然としたイヴリンは口を開き、

 

「随分と変わったお友達ね」

 

 と反応に困るふうな笑みを浮かべたのである。だが、それが彼女の発言とは思えず、ティーポットを落としかけたミオンが突っ込む。

 

「それ、あんたが言っちゃうのね」

 

 全会一致の見解、耳を疑ったのは我が親友だけではない。真顔になった彼女の溢した言葉は、「湖畔の乙女」に属するギルドメンバーの総意であった。

 



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第二二話:深夜の来客です・後編

「黎明華と霊晶石が欲しいのね。それなら覚えがなくもないわ」

 

 素材図鑑のページをめくったイヴリンが言う。精霊契約に関わるランダムクエストの発生を期待し、大樹海を探索中の途中、彼女は黎明華の群生ポイントを見つけたとか。

 綺麗な瑠璃色の花が並び、閑散とした獣道を賑やかせていたらしい。地図で現在地を確認したところ、「アルセイデスの森」と表記された区画だったとのことだ。

 オープンワールドの広大な大森林、細かく地名分けされているのも当たり前か。発光する植物が群生した摩訶不思議なエリアだったとも彼女は語った。

 

 大森林に複数カ所はあるという霊脈の地なのかもしれない。アルセイデスと言えば、ギリシャ神話に登場する森の妖精《ニンフ》を代表する名前ではなかったか。

 精霊契約のクエストを探すイヴリンも、名前の由来が気になって足を運んだらしい。結界的に何もなく、成果はエネミー狩りのクエスト報酬と素材。

 森にあった宝箱から高レアリティの武器を見つけたくらいだという。ただし武器種は大盾。どちらの愛用武器にも該当せず、姉妹は売却品かと嘆くのだった。

 

「待ってほしいです、森で拾ったのは大盾だったですか?」

「まあね、リネット的にはアンハッピー」

 

 リネットが落胆するふうに首を振る。だが、ピクリと耳を動かしたのがスージーだった。聞き捨てならないと言いたげに、大盾を外れ扱いした姉妹に詰め寄る。

 

「盾は最高です、怪我をする心配がなくなります。二人は常識なしですか!?」

「いや、あんた限定の常識を押し付けるのはやめなさいよ」

「ミオは何も分かっていませんです。攻撃が当たると痛いです」

「痛覚再現機能もあるからね。商標登録時の規制はあったはずだけど」

 

 現実のような緊張感を味わいたい。そう主張したゲームマニアの夢を叶えたのが、体感型VRゲームなのだ。現実に影響がないレベルの痛みも再現された。

 体に走る痛みも蚊に刺された程度のものだけれど。しかし死体蹴りというか、死亡判定の下ったプレイヤーに対する痛覚継続バクが発覚したゲームもある。

 死亡中に他プレイヤーに踏まれるたび、背中や後頭部に地味な痛みが走ったとか。悶絶するほどの痛みでもなく、死亡プレイヤーが苦痛を味わうこともなかったそうだが、

 

「屈辱です、屈辱が胸を襲います」

 

 経験者は語ると言った具合に、スージーの目が死んでいく。彼女が死亡判定へのトラウマが芽生えたゲームこそ、痛覚バクの発生したゲームだったのだ。

 友人に置き去りにされるだけならばともかく、先を急ぐ他のプレイヤーにまで足蹴りにされた。その悲しみはといえば、破壊知れぬものがあっただろう。

 お気の毒に、という言葉しか浮かばない。クッキーをかじるスージーの背中が縮こまり、さしものリネットもからかえなくなったようだった。

 

「あーえと、元気出してね。スージーちゃん、私たちが拾った大盾見る?」

「スーが買ってもいいですか? リネに感謝です」

 

 シクシクとすすり泣き、スージーは潤んだ瞳に溜まった涙を拭う。過去を思い出したのか、自分語りで自滅した少女の背中を擦り、リネットが姉に手招きをしたのだった。

 

「ほら、お姉ちゃん早く! スージーちゃんが泣いちゃうよ!」

「わかったわ、これよね?」

 

 クッキーの乗った皿を寄せたテーブルに大盾が出現する。角の生えた悪魔を象ったような紋様が刻まれた大盾だった。光輝く二つの宝石が盾の瞳に見えなくもない。

 悪魔の顔は竜のよう、黒一色の大盾である。武器名は「アスタロトの盾鏡(たてかがみ)」、DEF236に対し、MND254の防御値があるようだ。

 初期値的には魔法防御型の盾だろうか。盾にも二種類あり、物理防御型と魔法防御型が存在する。最終ステータスも物理防御型はDEF、魔法防御型はMNDが高い。

 

 ステータス値から計測するに、初期装備の強化値20に相当するか。最終数値のDEF800・MND1000は変わらないが、初期装備よりも強化回数は減らせる。

 MND型の盾はDEF型よりも符呪スロットが一つ多い。その分、物理防御型のステータス、DEF1200・MND800の総合値には負けるのだが。

 ただし補助型タンクというビルド構成にはよく使われる。デザインは少し禍々しいけれど、盾愛好家となったスージーのお眼鏡に適ったらしく、

 

「初期符呪に魔術吸収があります。神がかった性能です」

 

 身を乗り出した彼女は、漆黒の盾を見下ろして瞳を輝かせる。大盾の符呪スロットを一つ埋めたスキルは、直撃した魔術攻撃の一部をMPに置換するというもの。

 対人戦、特に集団戦に優れた魔術職にメタを張るための符呪。盾職における環境スキルの一つだが、武器で受け切った攻撃に限定されるため、背後からの狙撃には弱い。

 ほんの数日前、ギルド戦に踏み切った上位プレイヤーからの情報だ。サービス開始して日の浅いゲーム、対人戦もまだ手探りといった状況なのだろう。

 

「弱小ギルドには遠い世界の話です」

「ユーナちゃん、どげんしたと?」

「あー、ごめん。ちょっとした独り言」

「…………?」

 

 具合が悪いのかと心配になったらしく、セフィーが眉根を下げる。気が緩みすぎか、知人ばかりの空気感にすっかり毒されていたらしい。

 この空気感にも馴染んできたな、としみじみ思う。客間の部屋時計を見れば、もうじき夜明けの時刻になろうとしていた。夜更かしを許されるのもゲームの中だけか。

 現実だと翌日に響くため、こういう夜会のようなパーティはなかなか楽しめないものだ。はてさて、そろそろ行動を開始する頃合いだろう。

 夜明けを迎え、エネミーの強化時間も去った。不意に立ちあがったユーナは背伸びを一つ、まずは客人の姉妹に尋ねることにした。

 

「情報も貰ったし、そろそろ動かないとね。二人はどうする?」

「人数に枠はあるわよね。4×4の二チーム編成でいけるけど」

「アルセイデスの森に行くのね。キャワーン、どうしましょう」

 

 ぶりっ子モードを取り入れたイヴリンだが、先日よりも歯切れが悪い。予定があったのだろうか。無理強いはしたくない、ユーナは彼女の返答を待つことにした。

 

「ごめんなさい。お誘いは嬉しいけど、イヴリンちゃんはいなくなっちゃうゾ!」

「何よ。狙ってここに来る時間はあったのに、暇じゃなかったわけ?」

「お姉ちゃん、驚かすのが目的みたいなところあったからね」

 

 困った姉だとリネットが肩を落とす。

 

「こらこら、イヴちゃんディスは許さないゾー」

 

 妹の苦言を右から左に聞き流し、イヴリンはログアウト宣言をしたのだった。悪戯好きな彼女に弄ばれた感じはしたけれど、有益な情報を得たのもまた事実。

 課金アイテムの件といい、彼女には助けられっぱなしだ。どこの誰とも知らないが、ユーナは恩を忘れるような女ではない。

 

「あの、イヴリンさん! 情報、ありがとうございました!」

 

 勢いよく頭を下げると、唇に手を触れた彼女が投げキッスを飛ばす。ちょっと古臭い激励の仕方だったけれど、笑顔を返したユーナは頷く。

 手を振ったイヴリンのアバターは光に包まれ、妹のリネットとともにログアウトしたのだった。姉妹が消え去った場所に目を向け、ユーナは両手を背中に回す。

 

「アルセイデスの森に行くには、湿地帯を通ることになりそうですわね」

「また足多い虫がいないといいけど。あと爬虫類全般も」

「ミオンって意外と苦手な生き物多いよね、昔からだけど」

「境地に至った者も敗北は知るものだわ、ヨグ=ソトースの門も我に告げる。外なる神は未来にあり、空虚の果てを見渡すの」

 

 フフ、と笑い、含みある発言をしたフォンセは、色違いの片目に手を添えた。言葉の意味は分からないが、何を言いたいかはなんとなく伝わる。

 誰にでも苦手なものはある、とそう言いたいのだろう。苦笑いを浮かべたユーナは、よく他人を気遣う子だなー、と深くは触れず、頭を空っぽにするのだった。

 

「…………?」

 

 ふと首を傾げ、視線を逸らす少女がいた。彼女、セフィーが目をつけたのは、壁に立てかけた大盾を見上げるスージーの姿である。結局、彼女は購入したのだろうか。

 気になったユーナが視線を追うと、スージーは欲望を押し殺すみたいな顔をする。伸ばした腕の手首を掴み、大盾の放つ魅了の効果に抗うふうに歯を食い縛る。

 

「スージー、ちょっといい?」

「何ですか? スーは今、激戦の中にいます」

「いやね、その盾はどうしたのかと」

 

 引き攣り顔のユーナが聞けば、スージーは床に蹲る。

 

「出世払いになりました。まだ預かっただけです」

「あー、最低指定額に足りなかったんだね」

「はいです、スーは生殺しを受けました。希望はナシですか?」

 

 購入予約は入れたものの、他人の所有物は装備不可だ。正式な支払いが終わるまでは、スージーの手元に来ないのである。彼女は絶望し、酷く落ち込む。

 せめて彼女の心に刻まれた傷を癒すべく、ユーナの発した言葉は一つ、

 

「素材集めてお店さえ開けばワンチャンあるよ。頑張ろっか?」

 

 という未来の希望を示唆する慰めだった。

 



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第二三話:森の素材回収です

 光輝く樹木の葉が獣道を照らす。足場は悪く、歩を進める度に呼吸が乱れる。疲労を回復するため、大きなキノコの傘に腰を下ろす。

舞い散った胞子は綿毛のように噴きあがり、木の葉の合間を縫って空に消える。注意を一巡する。光の粒子が舞う森は精霊の住処と言われても遜色のないほどだ。

 イヴリンの情報を元に地図を辿ったユーナ一行は、アルセイデスの森というエリアに到着したのだった。該当エリアに近付くにつれ、特徴的な植物も目につき始める。

 徐々に周囲も暗くなり、やがて夜のような静けさが森を包みこむ。ゲーム内の時間表記は日中のはずだが、光の差し込まない森の中は常に夜中といった感じだった。

 

「エネミーの強化対象時間外なんだよね、これでも」

 

 樹木の葉とキノコの胞子が照らす光。あとは明滅する霊子が暗き森の導き手と言えるだろうか。幻想的な雰囲気は霊脈の名を冠するに十分だと思う。

 

「ふひゃあ! 集まんなー!」

 

 巨大キノコの傘にちょこんと飛び乗り、すぐ傍の幹に寄りかかるミオンの姿がある。彼女の足元には体長ニ十センチほどのトカゲが群がり、長い舌を伸び出す。

 最初は一匹だったのだが、森を訪れた人間が珍しかったのか、歩くたびに追従する数が増え、トカゲの群れは大所帯となった——なかなかしつこい。

 このトカゲの奇妙なところは、体皮が発光している点だ。光輝くトカゲは、森を賑わす生物の一種だ。鱗粉を輝かせる蝶が、ユーナの目に留まる。

 

 手を伸ばして掴み取れば、「蝶の羽」というアイテムが追加された。錬金素材の一つ、ユーナの手に触れた蝶は光の粒子となり、儚く消えゆく。

 少し可哀相な気もしたけれど、別の場所に光る羽を持つ蝶がリスポーンするのを目撃し、ホッと胸を撫で下ろす。罪悪感が和らいだからだ。

 トカゲの群れに興味を持ったらしく、恐れを知らぬセフィーが突撃する。両手で一匹ずつ掴みあげ、獲物を確保したと自慢するふうに、トカゲの尻尾を握りしめる。

 

「…………!!」

「ちょっと待ちなさいよ! なんで私のとこに持ってくんの!?」

「…………!!」

「わかった、わかったから! 自慢しなくていい。こっちくんなー、やーめーてー!」

 

 蒼ざめたミオンは、今にでも泣き出しそうな顔をする。イヤイヤ、と首を振る親友には切羽詰まった心境が窺える。絶対に面白がっている、とユーナの直感が告げた。

 無邪気なセフィーは相手をしてもらいたいのだろう。ミオンのオーバーリアクションが彼女に満足感を与えるのだ。子供に好かれたがゆえの末路。

 ボトン、とセフィーの捕獲した発光トカゲが急に落下した。身の危険を感じたトカゲが尻尾を切ったのだ。着地した二匹のトカゲは、目にも止まらぬ速さで逃亡する。

 

「…………?」

 

 きょとんとしたセフィーが首を傾げる。彼女の握ったトカゲの尻尾にはまだ意志があり、うねうねと左右に揺れ動く。遠巻きに見ても心地が悪い。

 追い打ちを受けたのか、ミオンの顔色は悪くなる一方だった。泡を噴いて失神しそうな勢い。ユーナは親友を哀れみ、トカゲの尻尾を引っ込めるよう言い聞かせる。

 所持品に「トカゲの尻尾」が追加された。これも調合アイテムである。からかうのをやめたセフィーが発光キノコの傘を叩けば、「キノコの胞子」という素材も手に入る。

 錬金素材の調達に事欠かない場所だ。かなり良い素材調達スポットを見つけたのではなかろうか。ユーナが頷くと、素材探索に出た他の面々か帰還する。

 

「素材調達のついでに様子を見てきましたわ」

「収穫はあったです、スーも苦労しましたので」

「隠者の眼から逃れられる供物はないわ」

 

 決め顔をしたフォンセが、摘み取った植物を収納した薬草鞄を取り出す。キノコや植物の根、薬草や花類といった調合素材の入手個数がズラリと並ぶ。

 素材は多いに越したことはないということで、手当たり次第に回収してくれたようだ。鉱石類のラインナップもある。付近の川辺に採掘場があったのだとか。

 「霊樹の樹液」というのは、この周辺にある葉っぱの光る大木から抽出したのだろう。抽出器を大量消費したと語ったのはスージーである。

 

 アルセイデスの森の木は光の魔素を消費し、光合成を行うという。森のダンジョンが薄暗いのもまた、「セルドの木」という樹木の群生地になっているからだとか。

 他にも「アルス草」という発光植物が生えており、森の植物が光の魔素を大気中から奪い取った結果、アルセイデスの森は暗闇に覆われやすい地形になったらしい。

 魔素を内包する植物だけに、錬金素材としての効力も高いと聞く。上級ポーションの効果を高めるため、独自の調合ブレンドに組み込むのもいいかもしれない。

 

「みんな、ご苦労様。こっちの収穫も悪くはないよ」

「他に気になったことは?」

「植物に擬態した魔物がいましたわね。注意が必要かもしれませんわ」

 

 顎に手を添えたエリーゼが、探索道中を振り返るように話す。

 

「スーも騙し討ちを受けました。この森は魔境です」

「一回だけやけどね、害んなか生き物のほうが多かったよかねしゃんな……」

「温厚な見た目に騙されちゃダメです。野獣の本能を隠しているかもしれないので」

 

 ガクブルと震えあがったスージーは、盾が手放せないと訴える。彼女の心配性はいつものことだが、あまりの怖がりように苦笑いを返すしかないフォンセだった。

 

「次はあたしが偵察に行こっか?」

「必要なしです、スーは怖がっていませんので」

「いや、そこまで無理しなくても……」

「無理じゃないです、スーは警戒を促しただけなので」

 

 キリッと目尻をつりあげたスージーが訂正する。仇となることを知りつつ、虚勢を張ってしまうのが彼女の悪癖か。負けず嫌いな性格が怖がり少女を自滅に誘う。

 そこも可愛らしい所なのかと好意的に解釈し、ユーナは肩を落とすのだった。勇ましい表情の割に足の震えが止まらない少女にセフィーが寄り添う。

 心配することはねえ、私が一緒だからな! とでも言うふうに、大樹の巫女を名乗る精霊が胸を張る。大斧を取り出した彼女は、やはり姉御肌の狂戦士みたいだった。

 

「仲が良くて何よりだわ」

「同胞との享楽に魂が共鳴したのでしょうね。あーえと、これは……」

「大丈夫、だいたい言いたいことはわかるよ。ミオンに同意見ってことだよね」

「ユーナちゃん、ついにウチの心が通じたと?」

 

 感激も一入(ひとしお)だというふうにフォンセの瞳が潤む。

 

「そこまで感動することなの?」

「私さ、この子の日常が本気で心配になってきたわ」

 

 普段、どれだけ寂しい思いをしている子なのだろう。想像するだけで哀しくなり、言及を避ける二人なのだった。一方、エリーゼはミオンの顔色を窺い、

「何かありましたの? ミオンちゃんの顔色が悪いような……」

「私のことは気にしなくていいわ。ちょっと嫌なことがあっただけだから」

 

 切り落とされたトカゲの尻尾を思い出したのか、ミオンの顔が引き攣る。怪しいです、とスージーに言及されるが、赤面した我が親友は頑なに口を閉ざす。

 

「そのあたりにしてあげて、二人とも。本当に大したことじゃないからね」

 

 見かねたユーナが助け舟を出す。と、思い出したふうにフォンセが手を叩く。

 

「二人とも、忘れとらん? 一緒に見つけた怪しか道のことば」

「そうでしたわね。ミオンちゃんに見てほしかったがやちゃ」

「私に? 何を見つけたのよ?」

「百聞は一見にしかずです! スーが案内しますので」

 

 ミオンの手を引いたスージーが走り出す。セフィーと顔を合わせたユーナは、他の面々に同行することに。しばらく道なりに進むと、不思議なツタに覆われた場所に辿り着く。

 絡み合うツタの葉に覆われた場所だ。しかし抉られた地面がツタ壁の向こう側に続く。火の球が灯る背の低い柱があり、まるで人工物のような面影さえもあった。

 盗賊系の探索スキルをあげたミオンに調査して欲しかったのだと思う。エリーゼが発見した時の状況を彼女に説明し、スージーが期待の籠った眼差しを向けた。

 ミオンがトラップサーチ系のアビリティを使用する。光輝く彼女の眼は、幻に隠された真実を暴く。振り返った親友がユーナに呼びかけ、

 

「ねえユーナ、状態異常を解除する魔術は使えたわよね?」

「リカバリーのこと? 何に使うの?」

「試せばわかるわ、皆に使ってくれない?」

「誰も状態異常になってないのに? やるだけやってはみるけど、意味あるかな?」

 

 半信半疑のまま、ユーナは護符を構える。展開した護符が宙に舞い、頭上に展開された魔方陣が光の雨を降らす。瞬間、周囲の景色が歪んだのである。

 突然のことに目を擦ると、ツタの壁が縮小していく。いいや、そもそもツタの壁などなかったといったほうが正しいか。見れば、柱に灯る火の球が消えていた。

 

「幻覚系のトラップね。このエリアに足を踏み入れた時点で、全員が魅了状態になってたのよ。この先に何かあるのかもしれないわ」

「森の隠れ家かな? ちょっとワクワクしてきたかも」

「あんたも好きよね、こういうの。何があるかもわからないのに」

「大丈夫、大丈夫。行けば分かるよ!」

 

 隠し要素の探索はRPGの花だ。どんなことが起こるのかと、好奇心を抑えられなくなったユーナは止まらない。引き返すという選択があろうものか。

 後先考えずに突入するユーナは、またか、と親友に呆れられてしまうのだった。トラブルメーカー扱いはあんまりではなかろうか、少し不服なユーナである。

 ミオンの探究心もユーナに負けず劣らない。自分も興味ある癖に、と素直じゃない親友に講義する。そして幻惑の向こう側に足を矢先のことだ。

 

「デテ……イケ……」

 

 吹き抜けた風とともに不気味な声が響き渡る。覚えのある声だった。港町から樹海に足を踏み入れた時か、まったく同じ幻聴を耳にした記憶がある。

 勇ましく歩み出そうとしたユーナだったが、途端に委縮したのは言うまでもない。口をバッテンにしたまま振り返ると、表情を曇らせたスージーが聞き返す。

 

「ユナ、ホントに行くですか? スーは悪い予感しかしないですが」

「きっと気のせいだよ、ねっ?」

「幻惑の囁きなど恐れるに足らないわ。我が深淵の力に敵うはずもないもの」

 

 フッと微笑み、景気づけに発言したフォンセだったが、しかし彼女は動かない。それどころか、膝が笑うばかりだった。硬直したまま、誰も動こうとしない。

 決断を一任されたようだが、この状況で頼られても困る。冷や汗をダラダラと流し、思考を手放したユーナは現実から目を背けることにした。

 

「今日は素材採取が目的だったよね、続きしよっか?」

「はいです、スーはユーナに賛成します」

「恐れではないわ。これも運命の導きというだけよね」

 

 カッコをつけたはずなのに、フォンセはあっさりと便乗する。スージーは力強く二度も頷き、リーダーの意見を尊重したのだった。だが、無慈悲な効果音が鳴り響き、

 

「もう諦めなさい。隠し系のランダムクエストが発生したのよ?」

「破棄するのも勿体ないですわよね。どうするがやちゃ?」

「うん、やろっか。あたしが言い出したことだしね」

 

 もう逃がさないと宣言するふうに、退去不可のエリア障害が発生する。心霊現象でも再現したかったのか、厄介なクエストもあったものだ。

 ログアウトは可能だが、クエストを達成しない限り、ログイン場所がアルセイデスの森に固定されてしまうようだ。LV調整クエストとも書かれていた。

 クリア可能な難易度に調整されているか。PTリーダーの熟練度を基準にしているとのこと。退路を断たれたユーナは覚悟を決め、

 

「ハイ、ガンバリマス。皆も、よろしくね」

「…………!」

 

 やるぞー、とセフィーが手を振りあげ、一同はクエスト攻略に乗り出す。「森の廃墟に潜む影」という内容が想像しやすいクエストの――



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第二四話:廃墟の親玉・前編

 森の隠し通路を進めば、崩落した民家の立ち並ぶエリアに到着する。ダンジョンマップは消失し、「忘却の里」というエリア名が表示された。

 屋根に穴が空いているものの、比較的原型をとどめた平屋を見つけ、ユーナ一行は身を潜めることにした。キャンプを設営し、リスポーン地点を確保する。

 安全圏と化した平屋は、しかし地面の土がむき出しの状態だ。肌に触れた草の葉がこそばゆい。外れた窓枠の下に身を隠し、一同は里全体を覗き込む。

 

「案の上というか、ありがちなシチュエーションだね」

「村に幽霊がいっぱいです。アンデットは成仏するべきだと思います」

「それ、アンデット族を選んだ子が言っても説得力ないわよ?」

 

 死人の種族なのに幽霊が怖いのか、とミオンは呆れるふうに言う。抗議的な目をしたスージーは、それとこれとは別なのだと小声で囁く。

 苦笑いを浮かべたユーナは、しかし八方塞がりなのは事実だった。無数の発光体が揺らめく獣道を進み、調査対象エリアと思わしき集落跡地に足を踏み入れた矢先のことだ。

 村に蠢く亡霊の多さに愕然とし、すぐさま避難場所を探すことになった。半透明の浮遊霊軍団に見つかり、追いかけ回されたのも記憶に新しい。

 

 防御魔術を展開した平屋に逃げ込みはしたけれど、敵の数が減ったわけではない。魔術の強襲を受け、減少したHPを回復したばかり。

 ようやく一心地つけたと胸を撫で下ろし、窓枠の外を見て、一同は再び絶望するのである。鎌を持ったフードの亡霊が空を漂う。

 武装したスケルトンが村を徘徊し、侵入者は何処に行ったのかと警戒する。腐った皮膚を露出し、ボロボロの布切れをまとった動く死体には、男性型と女性型の二種類がいた。

 

 泥のような肉塊が地面を這いずる。溶けた人体の印象をつけたかったのか、ブヨブヨと動く肉塊はブロブスライムと名付けられたようだった。

 ダンジョン製作した担当者も趣味が悪い。浮遊発光する頭骸骨など、可愛い造形のエネミーは存在せず、圧倒的なダークファンタジーへと様変わりした。

 霊的な場をイメージしたかったのか、村全体に光輝く球体(オーブ)が湧き出す。そのおかげか、闇中にある村は想像よりも明るい印象だけれど。

 

「まあ、村が明るくても雰囲気が暗いから一緒なんだけどね」

 

 たはは、と空笑いをしたユーナがため息を吐く。一方、エネミー情報を読み取ったらしきエリーゼは声を潜め、平屋に身を隠す一同に伝達する。

 

「アナライズの魔術を使いましたわ。全体的に物理無効、もしくは半減の耐性があるようですわね。亡霊型のエネミーと考えれば、妥当なところですわね」

「坑道のスライムといい、物理攻撃が不遇過ぎない? まっ、私らの運が悪いだけかもしんないけど。それにしても、格闘職を泣かせにきてるわよね」

「この地は冥府、運命の螺旋が亡者を呼び込むのよ」

 

 気丈に振舞うフォンセの声は震えていた。よくわからないことを呟いたのも、自分の恐怖心を紛らわすためだったのかもしれない。だが、彼女に尻込みされては困る。

 聞けば、魔術耐性の低いエネミーが多いという。弱点は炎や空属性だが、時属性以外には強力な耐性を持たないそうだ。広範囲攻撃が可能な召喚士は即戦力。

 亡霊たちには凍結耐性もないらしく、フォンセが契約した猫の召喚獣を使えば、一時的な足止めにもなるだろう。あとは属性付与魔術による牽制くらいか。

 

「物理がダメなら、あたしの符呪魔術で属性攻撃にすればいいかな?」

「それしかないでしょうね。上位属性はまだなんだっけ?」

「空属性付与は無理だよ。けど、弱点はもう一つあるからね」

「火属性付与ですわね。ウラもいけるて思うちゃ」

 

 窮地に陥ろうとも、困難を乗り越えた先に掴み取れるものがある。闘志を呼び覚ましたエリーゼは、瞳に灯した炎を燃えあがらせる。熱血根性の勇ましい友人だった。

 ともあれ、動かなければクエストクリアが遠のくだけだ。隠れ続けてばかりもいられず、行くしかないもんね、とユーナは諦めを交えつつ、エリーゼに賛同した。

 

「やっぱり行くですか? スーは動きたくないですが」

「ここに閉じ込められたままになっちゃうからね。それとも、スージーはこのまま幽霊と一緒に生活したいの?」

「それは断固拒否します。恐くはないですが、このままは嫌なので」

「まっ、そういうことにしておきましょう。問題はあれよね、クエスト達成条件」

 

 雑魚敵を相手にし続けても埒が明かない。熟練度あげの目的はないのだし、元凶を叩くのが手っ取り早いと彼女は言う。ボスエネミーのことだろう。

 クエストの達成条件は廃墟の里を支配した亡霊の討伐だ。平屋の窓より確認した限り、廃墟の立ち並ぶ集落にボスエネミーの影はない。

 だとすれば村の奥、最深部が怪しいということになるだろう。お誂え向きに村の奥に続く道が目に入る。軽い傾斜があるか、そこが目的に辿り着くルートとなるはずだ。

 

「安全圏を抜ければ戦闘になると思う。みんな、準備はいいね?」

「仕方なしです、スーも覚悟を決めました」

「運命の岐路、彷徨える魂に導きを授けるわ――あっ、ウチを置き去りにしぇんでね? 人の目には止まれんばってん、幽霊と仲良うしたくはなかけん」

「大丈夫、友達を見捨てたりしないよ? というか、その自虐は哀しくなるからやめよう」

 

 少し胸が痛くなる。現実のトラウマに打ちひしがれるフォンセを励まし、出撃のタイミングを見計らうユーナは、ふと違和感を覚える。

 人数が足りないような気がしたのだ。廃墟の入り口に佇み、壁のない平屋全体を見渡す。

無口ながらも元気一杯に動き回る少女の姿が見当たらなかったのだ。

 彼女、セフィーはどこに行ってしまったのか。ふとした予感がユーナの脳裏を駆け巡る。心当たりがないか、仲間たちに聞き込むべく口を開き、

 

「セフィーがいないみたいだけど、誰か――」

 

 と質問を投げかけるより早く、言葉を失ったミオンの顔が視界に入る。親友の彼女だけではない。パーティメンバー全員の表情が固まった。

 まさか! と仲間の視線を追ったユーナは、途端に口をバッテンにしてしまう。大量の亡霊を前に、威風堂々と歩を進める幼子の姿があった。

 巨大な両手斧の柄を地面に打ち付け、偉ぶった狂戦士は蛮勇に臨む。負けないぞ、と意気込む彼女は亡霊の集団を指差し、あろうことか勝負を吹っかけたのだった。

 

「あのチビッ子は何やってんの!?」

「セフィーが強気すぎます。ちょっとカッコイイですが、無謀にしか見えません」

「困りましたわね。始まる前から詰んでしもた」

「呑気に言いよー場合やなかばい! 早う助けな!」

 

 焦るフォンセの視線がユーナに向く。もはや選択の余地はなくなった。強行突破、足踏みする時間もない。刹那の思考に沈黙したユーナは、勢い任せに叫ぶのだ。

 

「みんな、行くよ! 全力ダッシュ!」

 

 計算も策も弄しない。飛び交う火の粉に突っ込んだ一同は、セフィーの回収を優先する。火属性のエンチャントは忘れず、亡者の魔術はスージーが受け止めた。

 闇の刃は退魔の盾に阻まれ、隙を突いたミオンが少女を担ぐ。脇に抱えられたセフィーは首を傾げ、自慢の両手斧を落とすのだった。

 両手斧は消失し、自動的にアイテムバック送りとなる。てんやわんやと騒ぐ一同は、スケルトンの剣を躱し、ゾンビに抱きつかれるのを避け、集落を疾走する。

 

 踏みつけたスライムの気色悪い感触を脚に残し、けれど腕を振ることはやめなかった。走りながら召喚詠唱をしたフォンセが、使い魔の猫を召喚する。

 事前準備した台詞を詠唱する余裕もなかったようだ。真っ白な猫を廃墟の村に現れ、冷気を伴った吹雪が荒ぶ。道を塞いだ亡者は、炎を帯びた拳に殴られる。

 突撃スナイパーを彷彿とする射撃。エリーゼの放った弾丸もまた亡者の頭を射抜き、一時的な行動不能に追い込むのだ。前方に両手の盾を構えたタックル。

 

 村の深部続く道を守る骸骨の門番を押しのけ、集落を抜けた一同は逃走を続けた。後方のからの魔術攻撃を受けつつ、一心不乱に足を動かす。

 ユーナの使用した防御強化の魔術による庇護を受けた一同は、胸が張り裂けそうなほど懸命に走り、やがて息切れすると、膝に手をついて呼吸を整える。

 気付けば、一同を追跡する幽霊の気配もなくなった。少しヤンチャが過ぎたのではないか。ここは厳しく、と心に決め、ユーナはセフィーにお説教しようとしたのだが――

 

「ねえ、ここ……」

 

 ミオンが自分の肩を叩いたことで、身構えたセフィーに近付くのをやめた。村の深部に到着したらしい。周囲の景観がユーナの怒りを沈めたのだ。

 幹も枝も、茂った葉っぱさえも光輝く大樹があった。青白い光を放つ大樹の圧倒的な存在感。建造された慰霊碑の後ろには透明度の高い泉が湧く。

 泉の周辺に咲き誇るのは黎明華。青白く光る花弁は哀悼花のごとく儚げだ。樹の根元に張り付く無数の六角水晶は、霊晶石に他ならないだろう。

 目的の採集素材が集まった集落の奥地は、幻想的な秘境と称するには十分だ。神秘的な空気に魅入りかけたユーナは、しかし忘れてはいけないと首を振った。

 

「目的の物は見つけたのはいいけど。セフィー、ホッとしたダメだよ?」

「…………」

 

 しゅんと縮こまったセフィーが反省する。自分が勝手に行動したのがいけなかったのだと気付いたようだ。丁寧に頭を下げた彼女は、ごめんなさい、とユーナに謝った。

 素直なのはいいことだ。自分はあまり根に持たない主義、このくらいにしておこう。次は気を付けるように言い聞かせ、切り替えの早いユーナの関心は泉の採集物に移る。

 よくもまあ、こう都合よく集まったものである。こればかりは運が良かったかな? と不幸中の幸いに喜び、ユーナは泉に生えた黎明華に手を伸ばした。のだが――

 

「こらこら、チビッ子に注意した人間が気を抜いてんじゃないわよ! 上、上を見なさい!」

 

 親友からの警告が届き、はっとしたユーナは邪悪な気配の接近を感じた。綺麗だった大樹の葉が赤黒く発光し始め、泉を取り巻く雰囲気が変わったのである。

 

「ユナ、説得力なしです。自分が罠に嵌まったので」

 

 じっとりとしたスージーの視線が胸に痛い。自分もまだまだか、とくたびれるふうに肩を落としたユーナは、謎の空間より現れたソレに目を向けたのである。

 亡霊さん、こんにちは。泉に集まった黒霧が具現化した存在。巨大な女性霊を模したソレが、クエスト討伐対象のボスエネミーだったのだ。



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第二五話:廃墟の親玉・後編

 純白のドレスをまとう女性霊の髪がなびく。体は半透明、長く前髪が顔を隠し、亡霊の表情を読み解くことは叶わない。空中を漂う亡霊の姿形は不気味である。

 が、恐怖と切なさが入り乱れたような儚げな印象も受けるのだった。忘却の彼方に沈んだ精霊、あるいは下級女神と表現すればよいか。

 悲恋に泣く花嫁のごとく、亡霊の悲痛な叫びが廃墟の里に響き渡る。ゲーム的な演出なのだろう。しかし、真に迫った演出の迫力に、同情心が湧くユーナなのだった。

 

「葬られた花嫁」というエネミー名が出現し、亡霊の上部にHPバーが展開された。初回の表示は緑色、次に黄色から赤色へと変化していくらしい。

 三形態を持つボスエネミーということだ。このタイプのエネミーは第一形態が小手調べ、単調な攻撃が多いイメージである。相手の出方を窺い、攻撃パターンを見極める。

 失態のツケは戦闘の活躍と取り戻せばいい。悠長に構えたユーナが余裕の表情を見せれば、これは期待できると予感したのか、スージーの声援が飛ぶ。

 

「ユナがいつになく頼もしいです。これはいけるかもしれません」

「あーいや、あの子には期待しないほうが……」

 

 口籠ったミオンが複雑な表情を作る。スージーは応援してくれたというのに、親友に対する信用がなさすぎないか。ユーナはミオンに抗議的な感情を抱く。

 だが、親友のよくない期待に応えてしまうのがユーナなのだ。様子見を豪語していると、亡霊が巨大な門を出現させたのである。時属性の上位魔術「アンフェール」。

 60%の即死付与の効果を持つ魔術だ。状態異常防止のアクセサリーによる無効化は可能だが、ランダム発生クエストの仕様により事前準備などしているはずもない。

 餓者髑髏の手が門より這い出し、地獄の門はゆっくりと開きゆく。魔術演出が普通に怖い。ユーナの顔は青ざめ、バッテンにした口は開きそうもなかった。

 

「いきなり高位魔術使うの!? 初見殺し反対、反則だよ!」

「ユーナさん、抗議しても意味はありませんわ。今は詠唱妨害するだけちゃ!」

 

 長銃のスコープを覗き込んだエリーゼが言う。上位魔術の発動には時間がかかる。一見、魔術が発動したような演出だが、まだ予兆の段階である。

 地獄の門が開ききり、髑髏の頭部が表に出る瞬間が詠唱完了の合図。詠唱中の亡霊は動けず、狙撃手からすれば、格好の的に他ならない。

 引き金を引き、撃つ。エリーゼの放った魔銃の弾丸が亡霊の頭部を射抜く。HPバーの緑ゲージは微減し、黄色の部分が顔を出すが、しかし亡霊の詠唱は止まらない。

 

「当たったよね!? どうして止まらないの!?」

「急所が頭部じゃないのかもしれませんわ。もう一発、お見舞いしてやりますわよ!」

 

 銃口の角度を変えたエリーゼが、今度は心臓の位置に狙いを定める。そして再び撃つ、魔術の弾丸は吸い込まれるように亡霊の胸を射抜き、頭部より多くのHPを削った。

 亡霊の弱点は心臓の部位でいいらしい。だが、問題なのは亡霊が怯まなかったことだ。スコープを覗き込むエリーゼが下唇を噛む。亡霊の詠唱は順調に進み、門の扉がさらに開く。

 骸骨の顔半分が門の外を眺め、カタカタと顎を鳴らして笑い始める。まるで死のカウントダウン、門の前に佇む一同は魔術発動を待つのみだ。

 

 ここで終わりたくはない、目を閉じたユーナは全滅を覚悟する。が、諦めずに立ち向かう勇敢な少女がいた。仲間を虐めるな、と言いたげに、大斧を担ぐ彼女が地を駆ける。

 斧を大上段まで振りあげた彼女、セフィーが亡霊に飛びかかる。ここに勇者が馳せ参じた、少女の雄姿に誰もが感動した。しかし現実は非情である。

 亡霊を両断するべく迫った斧刃は空を切り、スッテンコロリンと回転したセフィーは、地べたに顔面を擦りつけ、表彰もののヘッドスライリングをかましたのだった。

 

「セフィーがズッコケました!」

「物理無効の影響みたいね、意味なくすり抜けただけだわ」

「セフィーちゃん、気ん毒やなー」

「…………っ!?」

 

 鼻を赤くし、瞳に涙を溜めたセフィーが顔をあげる。悔しさを堪えきれない様子の彼女は大斧を手放し、バタバタと両手両足を動かした。

 

「相手の特徴は知っておくべきね。エリーゼ、わかる?」

「既に分析は終えましたわ、厄介な相手やちゃ」

 

 スコープを覗き込むエリーゼの瞳が青白く輝く。「アナライズ」、エネミーの情報解析をするアビリティを使用したのだ。彼女によれば、魔術特化のボスエネミーらしい。

 下位四属性には効果半減の耐性があり、時魔術と物理攻撃は無効。状態異常は延焼や毒、睡眠と麻痺、魅了や混乱に至るまで八割減の耐性がある模様。

 呪縛や暗闇、凍結と石化に関しては完全無効。ボスエネミー特有の即死不可を完備。有効なのは、MP減少及び魔術封じ効果のある沈黙状態だけのようだった。

 

「あとはテンプレートな空属性弱点だけですわね」

「どうしよう。あたし、まだ空属性付与使えないんだけど」

「沈黙も、でしょ? 他は詠唱中のスーパーアーマーあたり?」

「間違いないと思いますわ。スパアマの特性はシークレット情報なのが痛いですわよね。魔術特化のエネミーにつけるのは嫌がらせやちゃ」

 

 銃身を下げたエリーゼが眉をひそめる。ボスエネミーに迫力が欲しいのかもしれないが、詠唱妨害不可なのは狡い。後日、管理AIのランちゃんに抗議するとしよう。

 現実逃避したユーナは、もはや諦めの境地に達した。沈黙で対策できますよ、などと言われようとも、魔術未取得者が不利だろう。ユーナは憤りを感じた。

 いいや、直面した理不尽を非難することで目を背けただけだ。地獄の門より出でし餓者髑髏、地獄への案内人を押し止める術はなくなったのだから。

 

「うん、詰みだね!」

 

 ユーナの見極めは早い。自分は諦めるべきタイミングを弁えた女なのだ。などと誇らしげな顔をしたユーナは、餓者髑髏の登場する門の前に仁王立ちした。

 大ダメージを受けることになるだろうが、ユーナの魔術防御値は高い。即死効果も100%ではないのだ。四割の確率で生き残ることができる――恐れることがあろうものか。

 物事は捉え方次第だとユーナは思う。まあ、半分以上の確率で死の扉を開くことになるのだけれど。強がりはしたものの、即死率が高い事実は変わらない。

 徐々に疑念が募り、気丈に振舞ったユーナの心が折れてゆく。開門の時を迎え、自暴自棄になったユーナは悲鳴にも似た声をあげ、

 

「フォトーン!」

 

 と命乞いがよろしく、空属性の下級魔術を発動する。閃光が花開き、亡霊の花嫁に直撃する。苦しげな声をあげた彼女は怯み、魔術詠唱を中断する。

 なけなしの一撃が功を奏した。突破口を見つけたかもしれない。ニヤリと笑ったユーナは自分の優位を確信したが、しかし地獄の門が消滅していないことに気付く。

 ほんの僅かな誤差、亡霊の花嫁は怯むより早く詠唱を完了していたのだった。門の内部に風が吹き込み、顔を出した餓者髑髏が口を開ける。

 首が伸び出し、頭蓋骨は前に進み、ユーナの眼前に迫るのだった。巨大な頭蓋骨に口に飲み込まれかけ、唖然としたユーナは口を結ぶ。

 

「えっ? ウッソーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 驚愕したユーナが絶叫する。と、小柄な影がすぐ隣を駆け抜ける。ユーナの視界に入ったのは、恐怖を克服するふうに勇み、友人を守ろうとするスージーの背中だった。

 

「スーはユナを死なせません。亡霊女はサッサと成仏しやがれです!」

 

 片手持ちの魔法盾を突き出したスージーが、餓者髑髏の頭蓋骨を受け止める。

 

「ぐぬぬ。なかなかやるですが、スーも負けませんので! おりゃーです!」

 

 奮起したスージーの声とともに、眩い光の障壁が彼女を包みこむ。プロテクション、ダメージ軽減の自己強化魔術が彼女の抵抗力を強化したのだ。

 しかし、即死効果までは対策できないはず。俯く顔をあげたユーナの瞳に、時属性の上級魔術に飲み込まれるスージーの背中が映る。

 ユーナが彼女の名を呼べば、振り返った少女は優しく微笑み、

 

「ユナ、ダイジョブですか? 安心してください、スーは死にませんので」

 

 と死亡フラグのような発言をして消えたのだ。ユーナは膝をつき、友人の死を嘆くふうに土を握りしめる。あれだけ死亡判定を嫌っていた少女が自分のために。

 何もできなかった。ユーナは己の無力を呪い、散華した友人を思い嘆く。悔しさを込めた拳を握り締め、地面を叩きつけた瞬間だった。

 

「スーを勝手に殺さないでほしいです。ユナにお願いしたはずなので」

「あーそっか、前に頼まれたことがあったっけ」

 

 ポン、とユーナは手を叩く。清々しいほどの手のひら返しだった。本当に悲しんでくれていたのか、とスージーに疑いの眼差しを向けられてしまう。

 ひとまず取り繕っておこう、ユーナは愛想笑いで答えておく。スージーがじっとりとした目つきになる。よそ見をしたユーナは、記憶を辿るふうにこめかみを突く。

 思い越すこと数時間前、お風呂あがりに仲間から頼まれた符呪を済ませたのだったか。状態異常への対策は、デス判定を警戒するスージーからのお願いだった。

 例の殺人ドリンクに伏したフォンセより、死亡対策不足のヒントを得たのだったか。

 

「とにかく、だよ。これで突破口が見えてきたね!」

 

 自分の不利を察したユーナは話を切り替える。

 

「あんた、完全に誤魔化したわね?」

「ユーナちゃん、開き直りが早かー」

「…………」

 

 やれやれだぜ、と気分に任せたセフィーが首を振る。彼女まで結託するとは思わなかった。ユーナの立場は危うくなるが、ここは友人らが正しいので素直に謝っておこう。

 

「なんにせよ、ボスを懲らしめるのが先ですわ! スーちゃん、ウラも応援するちゃ!」

「エリーは頼りにならないですが、ここはスーが囮役を買うしか無しですね。ちょっと嫌ですが、スーが怖がりじゃないことを証明します。どんと来やがれです!」

 

 スージーは片手盾を両手で支え、体の前に突き出す。仰け反った亡霊は態勢を立て直し、再び敵対者を威嚇するふうに叫喚する。戦術は固まった。

 ターゲットを取ったスージーを軸に連携し、ユーナと空魔術でダメージを稼ぐ。空属性の弾丸を魔銃に装填したエリーゼも主戦力だ。

 物理無効のため、近接組は炎エンチャントの攻撃で対処する。ダメージは低下するが、亡霊の妨害とターゲット分散を図ることで、主戦力となる二人の支援は可能と判断した。

 

「ウチも援護するばい!」

 

 主な攻撃は召喚魔術だが、フォンセも無属性魔術を扱えるという。敵に耐性のない魔術攻撃、弱点属性には及ばないものの、有効打にはなるだろう。

 魔導書を浮かしたフォンセがページをめくる。指の間に挟んだ護符をユーナが空中に展開した。炎をまとった拳を構え、ミオンが亡霊の正面に突っ込む。

 亡霊の背後には炎を灯す斧を振りあげた幼子(セフィー)がいる。反撃開始、亡霊の花嫁を挟み撃ちする近接役二人が地を蹴り、ボスエネミー討伐は熱をあげた。



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第二六話:亡霊攻略戦です・前編

 閃光が弾け、悲鳴をあげた亡霊が仰け反る。ひとまず、第一段階突破といったところか。HPゲージの緑ラインが消え、赤ラインの一部が見え始める。

 黄色のラインが大多数を占め、亡霊討伐の滑り出しは好調と言えた。最初こそ遅れを取ったものの、行動パターンを把握さえすれば、あとは立ち回りに気をつけるだけだ。

 盾役のスージーがヘイトを集め、武器に炎属性を付与したミオンとセフィーが横槍を入れる。半減属性のためダメージは稼げないが、ターゲットは分散する。

 

 不規則に動く近接組に翻弄された亡霊は、後方からの射撃にも邪魔される。動きの止まった者に攻撃を仕掛けようとした瞬間、光輝く弾丸が頭を射抜く。

 腰を屈め、スコープを覗き込むエリーゼの狙撃は精密だ。彼女が魔術弾のから薬莢を排出すると、光の爆発と水晶の刃が亡霊を襲う。

 護符を展開したユーナ。そして魔導書を開くフォンセからの追撃だった。地面に落ちた亡霊は俯き、酷く消耗した様子を見せる。こちらが優勢か、ユーナは手応えを感じ、

 

「いい感じなんじゃないかな?」

「スーに挑んだのが運の尽きです。ザマァみやがれ、なので」

 

 眼光を鋭くしたスージーが威張る。とはいえ、ガッシリと両手で盾を握り締めており、少し偉ぶってみたところで、彼女に強者の威厳はなかったのだけれど。

 

「連携がうまくいっただけで、あんたが圧倒したわけじゃないけどね」

「ミオは恐怖に打ち勝ったスーの努力を認めないですか? 心外です」

「盾の後ろに隠れて身を守っただけでしょ? どこから湧き出したのよ、その自信」

 

 亡霊の魔術攻撃を受け止める度に悲鳴をあげ、顔色が悪くなっていたスージーの姿が脳裏を過る。ミオンの突っ込みはもっともなのだ。

 が、負けず嫌いのスージーは認めない。いつも通りだな、とユーナは苦笑い。瞬間、驚異の再来を予感したのか、斧を振りかぶったスージーが目尻を尖らす。

 まだ前半戦が終了したばかり。戦闘の第二ラウンドが幕を開ける。再び空中に浮上した亡霊は瞳を赤黒く発光させ、大気を震わすほどの甲高い叫び声をあげた。

 鼓膜が破けそうなほどの高音だ。ユーナは耳を塞ぐ。寂れた森に響き渡る亡霊の叫び、音量が下げられるだけ、イヤホンのほうがマシだと思う。

 

「音量の調節ミスってわけじゃないよね?」

「演出でしょ? かなり五月蠅(ウルサ)いけど」

「耳が痛かー。文字通り、亡者の嘆きね」

「冗談もほどほどにしたほうがいいですわ。なんか来るちゃ!」

 

 地面が盛りあがり、骸骨の腕が伸び出す。蘇った亡者は地中より這い出し、頭蓋骨を左右に揺らす。亡者の群れは武器を手に、ユーナ一行を包囲した。

 

「敵が増えました。ガイコツの行列さんです。もはや退路はなしですか?」

「いや、さっきまでの威勢はどこに行ったのよ。諦めるの早すぎない?」

「スーも数の暴力で訴えてくるとは思わなかったので。生前はロクな村じゃなかったのかもしれません。未練を残した人間が多すぎます、トットと成仏しやがったとけです」

「ここ、そういう設定の場所だよね? ゲーム仕様に文句を言っても仕方ないんじゃないかな? 相手はやる気満々だし」

 

 愛想笑いをしたユーナは、骸骨の群れを指差す。骸骨の一体が肩を回すような素振りをする。昼夜問わず暗闇に包まれた森に、骸骨どもの赤い目が怪しく光った。

 首を仰け反り、骸骨の群れはカタカタ笑う。背中を逸らし過ぎたのか、首の骨が外れてしまい、自分の頭蓋骨でお手玉をする個体もいたけれど。

 不気味な外見だが、チャーミングな一面もあったものだ。緊張の和らぐ光景だったが、それも束の間の安らぎに過ぎない。亡霊の花嫁が行動を開始したからだ。

 兵士に守られる姫君のように、後方へと飛び退いた骸骨の群れに指示を出す。彼女の命令に従い、骸骨の従者らが一斉に襲い来る。

 

「争いは望みません、スーは平和主義なので」

「このおチビ、急に平和交渉し出したわ。意味ないでしょ?」

「煉獄に堕ちた者どもが我を強襲するか。ふふ、早う応戦しぇな袋叩きにしゃるー!!」

 

 フォンセの決め顔崩壊は最速記録を更新した。骸骨の群れに背面を突かれ、目を瞑った彼女はヤケクソ気味に無属性魔術をぶっ放す。水晶の刃に貫かれた骸骨が弾け飛ぶ。

 魔導書を胸元に抱え込んだフォンセは、自分の身を守るのがやっといった様子だ。亡者の軍団に護符を投げつけたユーナも、露払い程度の活躍しかできない。

 亡霊の本体は安全地帯に退避し、悠々と魔術詠唱に精を出す。羨ましいことだ、国民に庇護されるお姫様にでもなったつもりか。

 自分にも大量の兵士を召喚する権利があれば楽ができるのに。嫉妬の炎が燃えあがる。ぐぬぬ、と憤慨の心を噛み潰せば、

 

「スーにも兵隊を寄越しやがれです! 自分だけ逃げるのはズルなので!」

 

 と、スージーが亡霊の花嫁に異議を唱える。自分よりも激しい不平不満を抱いた少女がいたらしい。死に物狂いで剣を受け流した彼女が泣きベソをかく。

 骸骨集団の猛攻は止まず、スージーは防戦一方だった。受ける、弾く。振る、躱す。一撃目の剣を盾で弾き、二撃目の槍を華麗に躱す。よもや護身の天才か。

 フットワークも軽く、敵の攻撃を読み切る洞察力も本物。背の低さを活かし、ちょこまかと動き回るスージーは、奇跡的に被ダメを負っていない。

 拍手を送りたいほどの手並みである。スージーの自衛力に感心するユーナだったが、それ所ではないと親友からの忠告が飛ぶのだった。

 

「ボケッとしてんじゃないわよ! 何とか本体に攻撃できないの!?」

「ちょっと厳しいかも。無限湧きっぽいし」

 

 ユーナの放った閃光が弾け、骸骨の体が飛散する。倒した骸骨は青い炎に包まれ、消滅こそするのだが、すぐに次の骸骨が地面から顔を出す。

 まるで永久ループする植物繁殖のよう。近接攻撃はもっと悲惨だ。殴りつけた骸骨の体は散らばるが、死者の残骸が自律的に動き、再び体を組み直す。

 やはり死霊使いの本体を攻撃するしか攻略の糸口がないのかもしれない。ユーナは亡霊の花嫁を横目に見る。蘇った骸骨の集団は彼女が操作しているのだろう。

 近付けさえすれば、と拳を構えたミオンが舌打ちする。ユーナは親友に背中を預け、中級魔術の詠唱を試みるが、やはり敵の数が多すぎるための中断回避を余儀なくされる。

 

「なるだけ予備動作の少ない属性攻撃を使うしかないかも。骸骨の再生が早いし」

 

 詠唱時間の短い下級魔術を選択する。護符アビリティの同時詠唱を活かし、前方の敵を蹴散らした後、背面はミオンに任せて亡霊本体を狙う。

 だが、召喚者を守護する勇敢な骸骨戦士に邪魔された。自分の体を犠牲にユーナの魔術を受け止め、青い炎に包まれた後、次の個体に花嫁の守りを託す。

 

「埒が明かないね。本体は動けないみたいだけど」

 

 戦闘中の情報から推察するに、亡霊の本体は骸骨軍団を維持するため、詠唱を続ける必要がありそうだ。亡霊の第二形態は手下任せの戦闘が主体か。

 そう考察すると、名乗りをあげたのがエリーゼだった。長銃のスコープを覗き込む彼女は、亡霊の本体に照準を定める。

 

「動かん的は楽やちゃ。援護、頼みますわよ!」

「…………!」

 

 目尻を尖らせたセフィーが大斧を横薙ぎする。巨大な得物になぎ倒された骸骨軍団の体は、たちまち解体されてしまう。骨の欠片が地面に砕け散る。

 骨を吹き飛ばすような勢いがあったか。巻き込んだ人数が多いだけに、陣形を組み直すまでに時間がかかるだろう。今が好機、孤軍奮闘していた仲間が集まる。

 長銃を構えたエリーゼを中心に、各方面の敵に対処する。もっとも敵の多い場所をスージーが担当する。彼女の防衛能力は高い、骸骨集団の注意を引き付けるには十分だ。

 

 怖がりながらも自衛する少女をセフィーが援護する。体形に似合わぬ大振りの斧を振り回す彼女は、幼き狂戦士と呼べるほどの殲滅力を見せた。

 二人が打ち漏らした相手にはミオンの拳が炸裂する。素早く、キレのよいジャブ。骸骨の兵士は地面に転がり落ちた自分の頭蓋骨を追いかけた。

 深い呼吸とともに突き出した左ストレートも一級品。拳が胴体を吹き飛ばし、残った頭蓋骨がミオンの腕に乗るのだった。

 

「怖ッ! あっち行きなさいよ!」

 

 しかし当の本人からは不評である。勝手に顎を鳴らした頭蓋骨が気持ち悪かったらしく、地面に乗った骸骨の頭を蹴り飛ばす。

 綺麗な放物線は描いた頭蓋骨は、まるでサッカーボールのよう。頭蓋骨の穴が木の枝に引っ掛かり、再生した胴体が自分の頭部を取り返そうと、小ジャンプを繰り返した。

 

「一世一代の大仕事ですわー! 行きますわよー!」

 

 心の炎が瞳に灯る。胸に秘めた熱血魂を呼び覚ましたエリーゼが引き金を引く。飛び出した空薬莢を見送り、再装填した彼女の視線が亡霊の花嫁を射抜く。

 お姫様気分もここまでだ。彼女を守る骸骨の騎士は、氷弾と衝撃波に吹き飛ばされた。ユーナとフォンセの魔術攻撃である。亡霊本体は耐性特盛だが、子分の骸骨は違う。

 凍結した骸骨の氷像は霜柱を立たせ、亡者の動きを封じた。隊列が安定すれば、こちらのものだ。今そこ反撃の時、狙撃手と二人の魔術師による攻撃の連鎖が止まらない。

 エリーゼの初撃で態勢を崩した亡霊は、絶え間ない魔術攻撃に晒されることになった。骸骨騎士の再生も間に合わず、次から次へと魔術攻撃が刺さった。

 

「第二形態もお手上げかな?」

 

 

 ふふん、と鼻を鳴らしたユーナが調子に乗る。気付けば、亡霊の黄色ゲージもあとわずか。水晶の剣が胸を射抜き、遂にゲージも赤色に変化した。

 瞬間、骸骨集団が霧のように消え失せる。亡霊に囚われた魂が解放されたのか、光輝く粒子となった骸骨の群れが天に昇る。と見せかけ、亡霊の花嫁に吸収された。

 下位四属性の宝玉が亡霊の背後に浮きあがり、時計回りに回転し始める。亡霊の長い髪が逆立ち、ミイラ化した老婆のような顔が晒された。醜悪な容姿をした花嫁を見上げ、

 

「わー、なんか強そう……」

 

 亡霊に睨まれたユーナの顔が凍りつく。ユーナちゃんが挑発したけんばい、と珍しくフォンセの突っ込みを受けたのは、実に貴重な体験だった。



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第二七話:亡霊攻略戦です・後編

「ここは地獄ですか……?」

 

 両手の盾で身を守り、スージーは浮遊する亡霊を見上げた。老婆のごとき顔は、醜悪にして禍々しい。逆立った長い髪は、憎悪に染まった怨念の果てを表現するかのようだ。

 亡霊が吐息を漏らすと、寒々しい風が吹き抜ける。顔の蒼ざめたスージーが周りを見回せば、かつて仲間だった者達の屍が転がっていた。

 魔王に挑むも壊滅した勇者一行を彷彿とするような惨状だ。容赦なく表示される「DEAD」のマーク、パーティメンバーの表示は真っ赤な点滅を繰り返す。

 

 ことの発端は数分前、変貌した亡霊が自分の召喚した骸骨の軍勢を吸収してからだ。魂の融合か、敵が一体になったのは楽だね、などとユーナは告げた。

 油断するのは大概にしたほうがいい。彼女は敵を侮り過ぎた。骸骨の軍勢を生贄に捧げ、亡霊の発動した大魔術。形態変化に伴う一撃は、敵対者の確殺能力があった。

 黄泉への誘い。地面に展開された広範囲の黒霧に巻き込まれ、闇の渦より這い出した死者の腕が少女らの手足を掴み、地獄に引き摺り込んだ。

 

 演出の迫力は圧巻だった。プレイヤーの残像が地中に飲み込まれたかと思えば、あとに残ったものは魂を失った屍のみ。阿鼻叫喚の悲鳴が耳に残る。

 実際、大魔術に巻き込まれたスージーも顔面蒼白となったほどだ。彼女が生き残れたのは状態異常無効の符呪があったからだろう。

 死者の手は少女の手足を掴むが、白い稲妻に弾き返され、とうとう彼女を死に誘うことはできなかった。スージーは過去を振り返り、

 

「あれはこの世の悪夢だったです」

 

 と表情を曇らせてしまう。この悪夢に果てはない。眼前の脅威は未だ健在。背に浮かぶ六つの球体が発光させ、亡霊は次の一手に乗り出す。

 このままでは集中砲火を受けてしまう。早急に仲間を復活させなければならない。死にたくはなかった。少女の抱く恐怖心こそが原動力となる。

 亡霊の放出した青白い炎を盾で受け止め、スージーは復活魔術を詠唱する。笑う膝に構ってはいられない。まずは回復の標的をユーナに絞る。

 防御ステータスに特化したスージーは、「回復広域化」のアビリティを所持していない。MND値は足りたが、INT値が足りなかったのだ。

 

 プレイヤーは勿論、サポート役のセフィーも戦闘不能。自慢の大斧を手放し、大の字で倒れ込み、地面にキスまでしている。少し可哀相な恰好だ。

 パーティ全滅の危機にある以上、回復役の増員は急務である。高い防御力とHP自動回復の恩恵を受け、亡霊の炎に耐えたスージーは復活魔術を発動した。

 天使の翼がユーナの上空にはためく。失った体力の六割を取り戻し、ゆっくりと体を起こす。死ぬかと思った――いいや、死亡判定を受けていたのだけれど。

 視界はブラックアウトしたままだったが、意識はあった。長い眠りから覚めた気分。ふう、と一呼吸おき、ユーナは友人に感謝する。

 

「幽霊系のエネミーだけあって、即死攻撃多いね」

「言い訳はいいです、早く皆を起こしてほしいので」

「了解。仕切り直しといこっか」

 

 ユーナは復活魔術の詠唱を始め。瞬間、発光した亡霊の目が術者を捉える。詠唱中のヘイト上昇効果により、亡霊の標的が切り変わったのだ。

 嫌な予感がする。リスポーンキルの悲劇が頭を過る。ユーナは瞬きを繰り返す。妨害の手段はない。前衛役のメンバーが戦闘不能のままだからだ。

 詠唱速度の競い合い。ならば、魔術師として受けてたとう。意気揚々と勝負に出たユーナだが、嫌がらせのつもりか、亡霊が選び取ったのは下級魔術だった。

 

 回復魔術よりも下位の攻撃魔術のほうが詠唱も早い。爪を模した漆黒の刃が素早く発生し、ユーナの詠唱妨害をするべく襲いかかる。

 卑劣な、後だしジャンケンのようなものではないか。ズルい! とユーナは叫びたくなったが、小賢しい亡霊はケタケタと笑うばかり。カチンときた。

 幸いにも付加効果のない時属性の下級魔術だ。絶対に報復してやると心に誓い、ユーナは甘んじてダメージを受ける――つもりだった。

 が、神速のごときスピードでスージーが動く。死を恐れる少女の生存本能が彼女を突き動かしたのか。両手の盾を亡霊に向け、スージーが叫ぶ。

 

「ユナは殺させませんです! スーがまた一人になってしまうので!」

 

 カッコよく宣言した少女は、その実、自分が集中砲火を受ける恐怖からの開放を願う。彼女がユーナを守ったのは、窮地を脱するための足掛かりだったからだ。

 良くも悪くもブレない少女だった。スージーの懇願するような視線を受け、苦笑いを浮かべたユーナは復活魔術を行使する。周囲一帯に光の粒子が降り注ぐ。

 広域化と回復量上昇スキルの恩恵を受けた回復魔術。巨大な翼が真っ暗な空を照らし、HPの全開した友人らが復活する。

 

 

「永久の眠りより覚醒()める時が来たのね。酷か目にあったばい」

「即死系の全体魔術はやめてほしいですわ。避けようがないちゃ」

「次は気をつけないといけないわね。対策できたらいいけど」

 

 復活したミオンの言い分はもっともだ。一度あったことが二度ないとも限らない。全体即死魔術を回避する方法はなく、再度使用されれば大ピンチである。

 死と再生の無限ループに突入しかねない。MP回復アイテムにも制限があるため、戦闘が長期化すればジリ貧だ。打開策を練り出さなければいけない。

 

「…………」

 

 戦闘不能ループを想像したのか、大斧を持ちあげたセフィーがしょんぼりする。気持ちよく大斧を振るえないのが嫌なのだろう。せめて装飾品があれば、とユーナは思う。

 

「せっかく献上品の素材もあるのに……」

 

 クエスト破棄の選択肢はない。神殿納品アイテムの素材が目と鼻の先にあるのだ。邪魔なボスエネミーをどかしたい。そのために、

 

「倒すしか、ないよね? けど、納品アイテムか——あっ!」

 

 天啓のような閃きが下った。神殿の門番を説得するため、エリーゼが装飾品を量産していたことを思い出したのだ。対策がないのならば作ればいい。

 戦闘エリア外に行けば、キャンプ設営は可能だ。幸い、簡易符呪台を持ち運ぶことにしている。空いた時間に熟練度あげをするためだったが、役に立ってくれそうだ。

 ボスエリアまでの道のりを思い出す。廃村からの道中に敵の姿はなかったはず。ステータスウィンドウを開き、ユーナはパーティ離脱に指先を触れる。

 

「ミオン、ごめん。ちょっとだけ時間稼ぎできる?」

「いいけど、どうすんのよ?」

「作ってくるよ、即死無効の装飾品。指輪とかペンダントはあったよね?」

「わたくしが作った装飾品ですわね。差し上げますわ!」

 

 エリーゼが指輪を投擲する。それを掴み取ると、「銀の指輪×5」という表記がユーナの所持品欄に追加された。準備完了、ユーナは素早く戦域離脱を計る。

 亡霊は走り去るユーナを狙うが、エリーゼの撃った弾丸が邪魔をした。退路確保、安全圏に到達するまでひたすら走る。視界の上に「戦域を離脱しました」の文字。

 野良のパーティで行ったならば迷惑行為。だが、知人だからこそ許される。自分を信じて送り出してくれた友人らの期待に応えよう。

 背後に響く戦闘音を聞きつつ、一人になったユーナはキャンプを設営する。用意するのは魔水晶。安全区域内に符呪台を設置し、「銀の指輪」を台座に置く。

 

「即死無効は……と、あった! 水晶の消費量も状態異常無効よりは少ないね」

 

 下位ランクの符呪だけに手持ちは足りそうだ。贅沢をする必要はない。特殊効果のない、ありふれた装飾品への符呪だ。空きスロットも一つ、ここに即死無効の効果を足そう。

 

「即席だとこんなところかな?」

 

 魔水晶が砕け散り、銀の指輪を蒼色のオーラが包みこむ。符呪スロットに効果が付け足された証拠だ。魔水晶の砕け散る音が耳に残る。

 目を閉じたユーナは符呪台に意識を集中した。あと四回、符呪台に設置した指輪に魔力を流し込む作業を繰り返す。最後の一つ、符呪作業を完遂したユーナは目を開けた。

 軽い倦怠感が残る。符呪作業にMPを消費したからだろう。マナポーションを一本取り出し、グビッとユーナは飲み干す。作業終了、仲間の元に戻るとしよう。

 

 自作の指輪を中指に差し込み、残り四つの指輪を手にしたユーナは駆け出す。そこまで時間はかけていないが、戦況は気になる。ユーナは親友にパーティ申請を送った。

 返答がなければ、ミオンは倒されたということ。親友の無事を願うように息を切らすと、即座に回答があった。HPゲージは赤色だが、瀕死一歩手前といった状態。

 即死攻撃は受けていないようだ。ともあれ、物理無効の相手。エンチャントの補助を受けられないため、防戦一方だったのは予想に容易い。

 

「エリーゼとフォンセが頑張ってくれたのかな? とにかく急ごっか!」

 

 手を振る速度をあげる。ボスエリアに続く坂道を登り切ると、HPバーが半分になった亡霊と対峙する友人らの姿があった。亡霊は長い詠唱状態に移行したようだ。

 来る、ユーナの直感が二度目の大魔術発動を予見した。魔術弾を連射し、エリーゼが応戦するが、ボスエネミーの耐久力を突破することは叶わない。

 フォンセが放った水晶の剣もまた、詠唱中のダメージ減少効果に悩まされているようだった。もうじき全体即死魔術が発動する。その前にユーナの声が響き渡った。

 

「皆、受け取って!」

 

 投擲された四つの指輪。振り返ったエリーゼが銃弾で弾き、投擲の勢いを殺して掴み取る。ヨタヨタと動き回るフォンセは、野球のフライを取る外野選手のよう。

 両手で指輪を掴み取った彼女は、ホッと胸を撫で下ろす。セフィーはといえば、指輪が地面に落ちるのを待って拾いあげた。呑気な少女である。

 感動的な受け取り方を期待したのだが、存外に確実性を重視する我が使い魔だ。ちょっと残念、効率重視なセフィーの姿に肩を落としたくなった。

 

 ユーナの期待に応えたのは、唯一無二の大親友である。地面より這い出した腕の拘束を掻い潜り、ミオンはアクロバティックな跳躍を披露した。

 指輪を装着した彼女は、そのまま亡霊の本体に拳を叩き込むつもりか。援護をするとしよう。符呪魔術を発動したユーナは、親友の拳に炎を灯す。

 即死効果さえ受け付けなければ、こちらのものだ。地面より這い出した黒い腕を弾き飛ばし、空属性の魔術を発動する。

 

「形勢逆転ってとこね。一気に畳みかけるわよ!」

「最大火力、いっきますわよー!」

「断罪に処す。隠者の告げし運命の楔に嘆くがいいわ!」

 

 カッコいいポーズを決めたフォンセが片手を突き出す。ミオンの拳を受け、仰け反った亡霊に降り注ぐ魔術の嵐。数多の閃光を受け止めた亡霊に、最後の一振りが見舞われた。

 体を軸に大回転し、炎を円弧を描く大斧の一薙ぎ。トドメの一撃を受けた亡霊は、絶叫とともに拡散した。完全勝利、胸を張ったセフィーのVサインが輝く。

 やがて討伐した亡霊の消えゆく姿を見上げ、

 

「やっと解放されました。ダンジョンは怖すぎます、早く家に帰りたいです」

 

 と嘆くスージーの言葉が、勝利の余韻を台無しにするのだった。



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第二八話:召喚契約をするようです

 クエストの達成報告とともに、廃村を覆う霧が晴れてゆく。充満した妖気をイメージしたような靄が消え、周辺の視界もクリアになった。

 集落の跡地を徘徊する亡霊の群れも天に召され、残留した霊魂が飛び去った村は、瓦礫を残すだけの物寂しい場所となった。クエスト再発生の待機時間に入ったか。

 これより一週間ないし、定期メンテナンスの日までは受注不可だ。どちらにせよ、クリア済みのユーナ一行には関係ないが。クエスト籠り中だったプレイヤーには申し訳ない。

 先着優先のクエスト達成報告はゲーム掲示板に告知されるため、今まさに多くのプレイヤーが落胆の声を漏らしたことだろう。ユーナは密かな達成感を抱きつつ、

 

「こればかりは諦めてもらうしかないかな? 譲ってあげられるものでもないし」

 

 と苦笑いを浮かべたのだった。とにもかくにも安全確保は完了した。さっそく、お目当ての素材回収といこう。透明度の高い泉に近付き、ユーナは黎明草を採取する。

 艶やかな葉と白に近い水色の花が特徴の薬草だ。花弁は百合のよう。ポキリと根元を折れば、漏れ出した草汁が手に付着する。けれど、現実にある草花のような不快感はない。

 アルコールの消毒液を塗ったかのようだ。スーッと肌に染み渡る感覚が心地よい。現実と比べ、手が汚れないのはいいな、とユーナはゲームの恩恵に肖った。

 

「…………!」

 

 機嫌を良くしたセフィーが六角水晶に歩み寄る。両手開きで走る姿からは、勝利の美酒に酔いしれる少女の心が窺えた。それだけ過酷な戦いだったということだ。

 対策を練らず、行き当たりばったりのまま、クエストを完走することになったが、この際、そこには目を瞑ろうと思う。結果良ければすべてよし、反省点は心の隅に追いやった。

 

「安寧の地、ようやく我が心は安らぎに満たされるのね——えと、これでよか?」

「あるだけ取っときましょ、材料が多いに越したことはないわ」

「苦労が報われましたわね」

 

 長銃を仕舞ったエリーゼが屈み込む。手分けした一同は、泉付近の採集物を獲得していく。しかし動かない少女が一人いた。力を出し尽くしたスージーだ。

 安息の時に身を委ね、半ば抜け殻のように放心する。きっと彼女の心が限界を迎えたのだ。よく頑張ったと思う。最大の功労者を称え、そっとしておくことにした。

 のだが、それも束の間。森の泉より泡が噴き出し、唐突に浮上した水滴が辺りを覆う。新たな敵の出現か。一同は戦慄し、スージーの顔は青ざめる。

 

 泉に浮上した水滴は一所に集まり、柔らかな粘土のように捏ね繰り返す。蠢く水の塊に恐怖したのか、遮二無二になったスージーが突進を開始した。

 両手に構えた盾を前方に。水の塊に突撃する少女は目を閉じる。仲間の制止に意味はない。亡霊戦の悪夢に支配され、ヤケクソになった少女が止まるものか。

 やがて集まった水滴は女性の姿を象った。泉を守護する精霊、艶やかなドレスを身に纏い、優しげに微笑む彼女には神秘的な魅力さえもあった。それなのに、

 

『ありがとうございます、開拓者の皆様。この地に漂う邪気は払われ——』

「おりゃーです! 覚悟しやがれ、なので!」

「ほえ? ひぴゃー!?」

 

 美しい容姿にもかかわらず、可愛らしい悲鳴をあげた女性が突進の餌食になる。盾は彼女の全身を殴打し、大きく後方に吹き飛ばしたのだった。

 

「ざまぁみやがれです! スーは負けませんので!」

 

 突進の勢いに任せたまま、スージーが怒鳴る。水面に横たわる女性は、うう……、と苦しそうに息を漏らし、惨めに横たわる。彼女の放った神秘的なオーラが台無しだ。

 口をバッテンにしたユーナは唖然とし、ふと親友に耳打ちする。一方のミオンは水面に倒れ込んだ女性を眺め、そこは浮くのね、なんて呑気な感想を述べたのだった。

 一方の女性はしくしくとすすり泣き、

 

『私、精霊なのに。お礼を言いに来ただけなのに……』

 

 それはもう、あまりの理不尽さに絶望したふうな言葉を残すのだった。彼女の全身が霞んでゆく。水滴の集合体に戻るつもりなのだろうか。

 これはまずい、ユーナの直感が危機を訴える。憶測だが、彼女は亡霊退治のクエストに関わる重要キャラだ。彼女が退散すれば、強敵との死闘に意味がなくなってしまう。

 いいや、死闘と称するには行き当たりばったりだった気もするけれど。とにかく、タダ働きみたいなオチは御免被る。慌てて口を挟もうとしたユーナだが、

 

「まだやるですか? スーはもう、お化けには屈しませんです!」

 

 とうのスージーはやる気満々なご様子だった。少し冷静になっていただきたい。ユーナの頬に嫌な汗が伝う。瞬間、ヒートアップした少女を制したのはエリーゼだった。

 

「スーちゃん、状況判断が甘々やちゃ。反省せっしゃい」

「エリー、何するですか? スーは恐怖と戦うです、弱虫ではないので!」

 

 止めてくれるな、とスージーが主張する。聞き分けのない少女に痺れを切らしたのか、友人の言葉を遮るように、エリーゼがムニュッと彼女の頬を抓る。

 くぐもった声を漏らすスージー。彼女が幾分かの落ち着きを取り戻したところで、状況説明をするべく、フォンセが口を挟む。

 

「あの人、そもそも敵やなかと思うばい」

「確かに攻撃された覚えはなしですが、でも水に浮くのは不自然です」

 

 赤く腫らした頬を擦り、スージーが水面に倒れ込んだ女性を見る。疑念が尽きないのか、まだ半信半疑といった様子だった。警戒心の強い臆病娘である。

 消えかけた女性がコクコクと頷く。ようやく納得していただけたか、一安心したユーナが肩を落とせば、自分の勘違いを恥じた少女が肩幅を狭めた。

 

「…………」

 

 やれやれだぜ、とセフィーが首を振る。気分に任せたという雰囲気であり、きっと彼女自身は何も分かっていないのだろうけれど——まあ、それはそれとしておこう。

 大事なのは彼女が現れた目的である。話がまとまったところで、一同の顔色を窺うふうに尋ね、消滅を思いとどまった女性が仕切り直す。

 

『あの、話を続けてもよいでしょうか?』

「あー、うん。どうぞ、どうぞ。何か言おうとしたよね」

『はい、それでは……』

 

 コホン、と咳払いした女性が名乗りをあげる。ウンディーネ、あるいはオンディーヌ。言わずと知れた水を司る精霊の名である。語源の意味は波。

 アリストテレスの提唱した四大元素を下敷きに、錬金術師パルケルススが『妖精の書』に記した元素霊の一柱。と、ありがちな元ネタを披露しておこう。

 自然霊に出会ったこともなければ、高度な科学技術が進歩した現代。そういったオカルト的な物語を信じることはなくなったが、夢を見るのはいいことだと思う。

 

 自分とは違う自分。たとえ作り物だったとしても、そこに未知への憧れがないならば、ユーナとて、ゲームという空想の世界に入り浸りはしない。

 創作にありふれた題材だと論じたところで、この胸の高鳴りは消えないのだから。沸き立つ探究心は、精霊との邂逅により最高潮に達した。

 新要素の追加に、ここまで感謝したことはない。ティエラフォールの大地を股にかける開拓民、いよいよ冒険者の自分を体験する感情が極まったという印象だ。

 

「それっぽくなってきたね、頑張った甲斐があったかな」

「はいはい、あんたは落ち着きなさい。偶然が重なっただけでけでしょ?」

 

 まったくもう、とミオンが肩を落とす。我が親友ながらに感動が少ない。ここは喜ぶところだろうに。そう胸を張ってやれば、どこか呆れたふうに笑う彼女だった。

 しかし不快感はない。優しげに顔を綻ばせた親友の温かさが伝わってきたからだ。そこでふと、ユーナは知り合いの言葉を思いだす。

 精霊契約用のクエストがある、と情報提供をしてくれたのはイヴリンだったか。もしやと思い、ユーナはウンディーネに問いかける。

 

「このクエストの達成報酬だけど……」

『そうです、そうです! 私です、このお姉さんです!』

「急に食いついたわね。自分でお姉さんとか言っちゃってるし」

『仕方ないじゃないですか! いきなり攻撃されたんですよ、あの子に!』

 

 声を荒げたウンディーネが盾持ち少女を指差す。スージー本人はといえば、過去の失敗を掘り返されたくなかったのか、視線を逸らすのだった。

 

「スーちゃん、そこは謝らんならんちゃ」

「エリーはうるさいです、スーも分かっていますので」

 

 ごめんなさいです、とスージーはいじけたふうに謝る。満面の笑みを作ったエリーゼは拍手を送り、ようできました、と友人を称えた。

 仲のよろしいことで。子供のようにじゃれ合う二人を眺め、ついつい気が抜けてしまうユーナなのだった。遥か後方に位置取り、

 

「これが友だちなんか……」

 

 と拗らせた少女が囁くが、ユーナは聞かなかったことにした。強く生きよう、フォンセに対するささやかな声援はこれに尽きる。

 

『精霊契約の件ですけど、召喚術師の方はいますか?』

「召喚アビリティが必要なんだっけ?」

『そうです、そうです。該当者がいないと、私はこのまま立ち去ることに……』

「出て来た意味がなくなるわけね——ってか、営業サービスみたいになってない?」

 

 既視感があったのか、困り顔になったミオンが告げる。随分と親しみやすい性格の精霊だった。彼女にも高度なAIが使用されているのだろうか。

 あまりにも会話がしやすいため、最初にあった神々しいオーラは薄れてしまったけれど。ともあれ、該当者が一人いたのは幸いだったと思う。

 

「召喚アビリティなら、ウチが持っとーよ?」

『では、お姉さんと契約を結びましょうか? 他の方に異論はありませんか?』

「お構いなく。あたしの本職は符呪師だから」

『畏まりました。契約成立となりますが、よろしいですね?』

「よかばい、ウチも使える召喚術が増え——ッ!!」

 

 ハッとしたフォンセが口籠る。何事かと首を傾げれば、ふと思い出したかのように片目を隠し、フフッ、とまたカッコをつけた含み笑いを浮かべるのだった。

 

「運命の隠者たるフォルティーヌ・べゼ・ノルンリーセが命じる。悲恋に溺れし水の乙女よ、我が眷属となり、ソナタの宿す情念を振り撒くがよい!」

『はい、これで契約完了となります。いつでもお姉さんを頼ってくださいね』

「わかったばい、これからよろしゅうねー」

 

 一瞬で仮面の剥がれ落ちたフォンセがお辞儀を一つ。用事は終わったとばかりに、ウンディーネは森の泉に還ってゆく。ユーナは一連の流れを見届け、

 

「設定名、変わってないかな? それに無視されてたよね?」

「いいんじゃないの、もともとエセ厨二病の子だし。本人も満足してるわよ?」

 

 白い目を向けたミオンが言う。一方のフォンセは両手で魔導書を握り締め、

 

「これでまたウチの友人が増えたっちゃん」

 

 と感動するのだった。それでいいの、フォンセは? と問いかけたくなったけれど、ここは我慢。交友に飢えた少女を慰める。

 何はともあれ、調合素材も確保完了。フォンセの戦力は増強した。上々の成果ではなかろうか。気分よく、ユーナ一行は森の廃墟を後にする。

 次の課題は妖精女王への謁見、イーセクトゥムルにある神殿への貢献度稼ぎである。



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間章:商店準備
第二九話:諸々の準備を進めましょう


「ようやく至福の楽園に舞い戻ったです」

 

 まるで極楽浄土に召されるような顔をしたスージーが告げた。廃村での死闘を終えた一行は、多くの戦果を得て、仮拠点に帰還したのである。

 精霊契約を済ませたフォンセの戦力強化。錬金素材の大量調達と、至れり尽くせりの冒険だった。アイテム欄の重量も満杯、心置きなく生産活動に励めるというもの。

 発汗してはいないけれど、ついつい額を拭ってしまう。それだけ疲労感を伴う調達作業だったということだ。望まぬボス戦、集中力を使い果たしてしまったかもしれない。

 

「明日休みだし、まだ時間はあるわよね? あんたはどうすんの?」

「うーん、ボス戦で疲れちゃったのはあるけど」

 

 ユーナは友人らの顔色を窺う。我が親友の指摘を参考にするならば、今日はお開きにしてもいいかもしれない。高難度クエストの達成、一区切りつけるにはいい頃合いだ。

 が、明日は日曜日。国の定めた一般的な休養日は、オンラインゲームにおける戦日と化す。もっともユーザーアクセスの伸びが良い日に出遅れたくはない。

 開業するつもりならば商機を逃すな、とは大規模商人ギルドの代表取締役(マスター)、プリステラの助言である。成功者の言葉には重みがある。

 

 スージーが大盾購入の予約済み、元手は多いに越したことはないだろう。知人の姉妹が約束を破るとは思えないけれど、ずっと取り置きしてもらうのも忍びない。

 今日中に開店準備を済ませておくのが理想形か。ただ店を開くだけで、客入りが良くなれば苦労はしない。大言壮語を吐くつもりはないが、営業戦略は必要か。

 しかし、それも個人の都合。友人らに無理強いはしたくない。大親友様には付き合ってもらうとして、他のメンバーには尋ねておくべきだ。

 

「あたしとミオンは残るけど、みんなはどうする?」

「ちょっと待ちなさい。なんで私が手伝うのは確定なのよ」

「ミオンだし、いいかなって」

「どういう信頼よ! まっ、付き合ってあげなくもないけど」

 

 呆れたふうに言ったミオンだけど、なんやかんやと手を貸してくれるあたり、世話焼きな親友なのだった。照れ隠しなのだと思う。

 

「素直じゃないなー、困ったツンデレさんだ」

「ツンデレ言うな! 自由気ままなおバカがほっとけないだけよ」

「うんうん。分かった、わかった」

「あんた、人の話を聞くつもりないでしょ?」

 

 まったく、とミオンはため息を吐く。ひとまず親友の了承は得た。他の子は? とユーナが首を傾げると、目を合わせた一同が頷き合う。

 

「わたくしは問題ありませんわ。お二人に付き合いますわよ」

「スーもダイジュブです。これも乗りかかった船なので」

「…………!!」

 

 やるぞー! とセフィーが片手を振りあげる。NPCの彼女は言わずもがなといった感じか。一同がゲーム内にいる限り、最大限の助力をしてくれるらしい。

 まだまだ未発達のAI、行動が子供過ぎる点は避けようがないけれど。まあ、それもセフィーの愛嬌と言えなくもないか。妹を甘やかす姉になった気分だった。

 

「我が運命の協奏曲が友との賛美を……あーえと、ウチもよかよ?」

 

 途中まで意味深に語り、しかし素に戻ったフォンセは頷く。また台詞を忘れたのだろう。運命の隠者を気取るのも限界が来たように思う。

 本性の隠しきれていない真面目娘。彼女に友人が少ないのは、内向的な性格と奇抜な見た目が原因のような気もする。いいや、現実では地味目な少女という話だったか。

 きっと同世代の友人と話すのが苦手なのだろう。性格のいい子だし、もっと勇気を出せれば、彼女の環境も変わるのではなかろうか。ともあれ、

 

「あたしが口を出すことじゃないか」

 

 というのが真理だろう。こればかりは本人の気持ち次第、下手な助言は悪手になることがある。今はただ、彼女の友人として接するだけのこと。

 それがユーナの偽りない感情なのだから。どげんしたと? とフォンセが首を傾げる。ユーナは首を振り、何でもない、と彼女に答えたのだった。

 

「最初の課題はお店の知名度かな?」

「わたくし達も商人ギルドとして名を知られているわけではありませんものね」

「無名の店舗が開店したところで、って感じよね」

「お客さんが来な意味なかもんね」

 

 フォンセがアイテム販売所を見渡す。他プレイヤーがとっつきやすいよう、RPGの販売店を模したデザインをイメージした。馴染み深い印象を与えるための工夫だ

 来客用のマットが敷かれた玄関口に靴箱はない。綺麗に並べた商品箱には試し置きしたポーションが並ぶ。追加も検討するべきか。調合素材の置き場所も映えそうだ。

 採集品の入手量にもムラがある。薬草やキノコ、鉱石類を種類分けして配置することで、錬金術師が経営する雑貨屋の印象を強くする狙いだった。

 

 アビリティ書が並ぶ本棚だが、空きスペースもまだ多い。高騰中の人気商品は把握しておくべきだろう。サポートAIのランちゃんを呼べば、生産職用の商品リストを確認可能。

 書物だけでなく、需要の高い薬品・武器に至るまで把握できる。明日は同接人口が急増する日曜日。販売店を営むならば、もっとも稼ぎ時の瞬間と言えよう。

 しかし落とし穴もある。大手商人ギルドの代表様の知恵を借りるならば、人気商品は価格の変動が激しいのだとか。理由は単純、競争相手が多いからだ。

 

「生産職プレイヤーは少ないけど、誰もいないわけじゃないしね」

 

 ふう、と考え込むように息を吐く。当然、高騰中の商品は売りたい人間も多いということだ。フリーマーケットが増える点にも注意が必要。

 狩り主体のプレイヤーとて、副次的な収入を得ようとする。休日の商人プレイは熾烈な戦いを極める。回復系ポーションといった消費型アイテムの売り上げは安定するが。

 

「損をしにくいのはポーション系なんだけど」

「装飾品も増やしたいわよね。利益率はあっちのほうが上だし」

「わたくしの特技も活かせますわ。任せてくださいませ」

 

 強気なエリーゼが拳を固める。彼女の悪癖が出て、空回りしないかは心配だ。ふとユーナは装飾品箱を見る。エリーゼが作ったアクセサリーを飾るために用意したもの。

 ここはポジティブシンキングでいくとしよう。失敗した時のことは考えない。後ろ向きに考えると、何にも挑戦できなくなる。

 せっかくの販売チャレンジ、不意にするにはもったいない。これもユーナの目指すエンジョイライフ、その一環なのだから。

 

「鍛冶師にも期待してるよ。スージーも頑張ってね!」

「やむなしです。スーは静かなほうがいいですが、あの盾のため、修羅の道を進まなければいけません。平穏を壊されたくなかったので、苦渋の決断となりました」

「おチビはどれだけ心配症なのよ。一人だけ命賭けてない?」

 

 苦笑いを浮かべたミオンが言う。よくも悪くもブレない少女だった。人が集まる雑貨屋を想像したのか、スージーは身震いを繰り返すが、彼女の瞳に強い意志を垣間見る。

 少女の熱意に宿るのは克服心ではなく、ダンジョン内における生存への執着だったけれど。まあ、本人のモチベーションになっているし、突っ込みは控えよう。

 

「否よ。我らは影なる者、運命に響く武名が無ければ意味がないわ」

「スージーの不安も店が流行ってからだよね」

「それもそうね——ってか、自然に翻訳しだしたわね」

「なんとなく言いたいことはわかるからね」

 

 目配せをするユーナ。すると、フォンセが瞳を輝かせ、

 

「魂の共鳴!? ウチにもできたが?」

 

 今生の奇跡を祝うふうに、彼女は天に祈りを捧げたのだった。大げさ過ぎないだろうか。ユーナは困惑するが、目の前の課題ほどではないかと思い直す。

 さあ、どうしたものか。期間限定という縛りもある。開店アピールの方法を模索し、ユーナが首を捻る。と、何を思ったのか、セフィーが白紙のスクロールを手に取った。

 陳列棚に並べた販売予定の一枚である。ユーナは天真爛漫な彼女を注意しようとしたけれど、指先に集めた魔力で絵を描く彼女に魅入られた。

 

 鮮やかな粒子が宙を舞う。浮遊するスクロールが揺らめき、クレヨンで書いたような人物画が完成していく。絵の完成度は高くない。それこそ幼稚園児のお絵描きだ。

 しかし、無垢な少女が誰を描いたのかはよく分かる。〝湖畔の乙女〟のメンバーと協力者の姿だった。自分を含む六人は笑い、店の前で手をつなぐ。

 大事そうに一枚絵を抱えた彼女は、壁に未熟な絵画を張りつけたのだ。何かを訴えかけるように、少女は一枚絵を二度叩く。そこでふと、ユーナは閃いた。

 

「そっか、宣伝ポスター?」

「…………!!」

 

 コクコクと無口な少女が頷く。ここはオンラインゲームの世界、大胆な発想だが、運営の許可なく実行できるのだろうか。いいや、セフィーの可能性を考える。

 彼女はゲーム内NPC、利用規約にも詳しいはずだ。その彼女が一つの手段として提案した。ならば、規約違反にはならない行為ということではなかろうか。

 

「プレイヤーに可能性を委託したゲーム。やらずに諦めるのは違うのかな?」

「本気? 私的な宣伝とかはダメな気がするわよ?」

「でも、スージーは分かるよね? あの船で見たこと」

「フォンの自己アピールですか? 確かにお咎めなしだったです」

「何のことやの? ウラには分からんちゃ」

 

 エリーゼの視線がフォンセに注がれる。思い当たる節があったのだろう。目線を逸らした彼女が惚ける。船室の魔改造、彼女が運命の出会いと称する記憶だ。

 

「我が胸中にある忘却の記憶……その、試してみる価値はあるんやなかと?」

 

 恥ずかし気に人差し指を突き合せたフォンセが言う。可能性の芽はある、運営に問い合わせあるのみ、か。ユーナは質問版にアクセスし、管理AIのランちゃんを呼ぶ。



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第三十話:献上品を試作します

 色々と身構えていたけれど、呼ばれて飛び出たランちゃんからの返答は、ご自由にー、という拍子抜けするほど、あっさりしたものだった。

 気を遣った自分がバカらしい。しばらく閉口し、唖然とすることになったが、運営の許可が下りたことは、素直に喜ぼうと思う。

 変に真面目な方々ですね、と言い残したランちゃんの言葉が耳に痛い。それもそのはず、利用規約のほうに掲示板の使用に関する注意書きがあったからだ。

 

 センシティブな内容を含まない限り、宿屋の掲示板などは自由に使ってよいのだとか。友人とのプレイに熱中するあまり、ソロプレイヤーの存在を忘れていた。

 プレイヤーの共有する掲示板がなければ、パーティ募集をどこでやればいいというのか。無念である、自分の短慮さが嘆かわしい。

 ともあれ、各自の行動プランが固まったのはいいことだ。絵心に自信あり、と告げたフォンセがポスター作りを担当。発案者のセフィーは彼女のサポートに回る。

 

 下書きは荒くとも、塗り絵だけなら難しくはないだろう。子守りのついでにミオンが同席しているし、ポスターの完成度が落ちることもないはずだ。

 大陸移動中の船内で見た、フォンセの自己主張ポスター。運命の隠者を名乗る彼女が描きあげた絵は、確かにクオリティが高かった。

 適材適所、より上手な人間に得意分野を任せたほうがいい。自分も絵が描けないわけではない。が、腕の立つ友人がいるのだし、出しゃばる必要はないかと思う。

 

「頼れることは頼る、友人付き合いの鉄則かな?」

 

 わざわざ仮拠点の外に出張するのだ。ポスター張りだけ出向くのもアレだし、手始めに献上品のサンプルを提出するのはどうか、という話になった。

 生産職を担当するプレイヤーの腕が試される。まずはポーション箱の製作に取り掛かる。調合台に設置したガラス瓶に半透明の魔法液を溜め、蝶の鱗粉を垂らしてゆく。

 さらさらと砂のように流れる粉が、魔法液の水面に光輝いた。森で採取した蝶の羽より削り取った粉だ。魔法液の効果を高める性質がある。

 

 触媒的なものと表現するのがよいか。虹色に輝く粉は魔法液に浸透し、水に溶かされるみたいに消えてゆく。お次は「霊樹の樹脂」と「アルス草」の出番。

 「アルス草」の葉っぱを受け皿に使い、樹脂と一緒に流し込む。錬金台の反応は悪くない。使用者の錬金Lvに応じた効果を発揮する。

 制作物の品質には四段階あり、「粗悪品」・「普通」・「良品」・「最高級品」の順に製品効果が上昇する。製作品の回復ポーションを例にあげてみよう。

 

 通常の効果はHPの60%を回復するというものだ。それが「粗悪品」ともなれば、30%まで減少する。「普通」は基準値、「良品」は80%となる。

 「最高級品」はHPの完全回復、名前も「ハイポーション」に変換される。基礎レシピには「薬草類」や「虫素材」といったふうに、抽象的な指定があるだけだ。

 調合の組み合わせはプレイヤー次第、自由度の高い選択制になっている。アレンジを間違えると、「失敗作」という灰の山が完成してしまうが。

 

「あたしは何度か試したし、調合ルートは把握したけどね」

 

 でも、と調合中のユーナは口ごもる。まだ錬金Lvが足りないのか、「良品」までのルートしか開拓していないのだ。ここからは未知の領域。

 花弁を千切った「黎明華」と砕いた「霊晶石」を並べる。茎を失ってなお、青白く輝く花弁の美しさは健在。ゴロゴロと転がる水晶の欠片も神秘的だ。

 霊気を放つ二つの素材を仕上げに使えば、ポーションの性質が変わるはず。新たな冒険ではあるが、根拠がないわけではない。商人ギルド代表者の入れ知恵もあるからだ。

 

「プリステラさんによれば、「神秘素材」の追加がマナポーション化の秘訣だったよね? 特殊ダンジョンの調達品だし、純度は問題ないと思うけど」

 

 胸の高鳴りが止まらない。失敗リスクがあるということは、素材調達の時間が無駄に終わる可能性もあるということだ。いざ、尋常に勝負。

 ユーナは一呼吸おき、両手に持った素材をガラス瓶に落とし込む。グツグツと煮えたぎる水面が気がかりだ。心なしか、奇妙な臭気が立ち込めたかのようだ。

 激しい湯気が不安を煽る。調合成功を祈るように手を組み、ユーナは目を閉じた。瞬間、緑色だった魔法液は深い青色に変色し、調合反応が落ち着いていく。

 

 成功か!? 錬金装置を停止すれば、魔法陣の光が薄れる。フラスコ型のガラス瓶を手に取り、期待に胸を膨らませたユーナは、しかし落胆する結果となった。

 ポーションの品質が「良品」止まりだったからである。調合成功率の上昇値と品質強化のアビリティが上手く作用しなかったか。よくあることだ。

 無論、アビリティの発動がかみ合う時もある。ただし熟練度不足のため、安定性に欠けるのが難点だ。修行不足、まるで調合職人になった気分である。

 

「リアリティがあるのはいいんだけどね」

 

 疑似的な職場体験、そんな感覚に陥ってしまう。仕事だなー、と生産職の苦悩を味わう。この時間が楽しくもあるのだけれど。

 

「また再挑戦いたします……」

 

 とユーナは肩を落とし、液体を薬瓶に移し変えてゆく。一回の調合で薬瓶五個分が完成したとなると、生産数増加のアビリティは発動したか。

 ことさらに口惜しい。品質「最高級品」の時に発動さえすれば、圧倒的なプラス収支だったはずなのに。生産職の悩みに直面するユーナなのだった。

 

「マナポーションに変化はしたわけだし、収穫はあったかな?」

 

 完成した薬瓶を箱詰めする。神殿献上用のマナポーションを集めた箱だ。この調子で調合を繰り返し、規定値を目指すとしよう。

 ユーナが次の作業に取り掛かろうとした矢先のことだ。工房の扉が開き、二人の来訪者が顔を出す。スージーとエリーゼのコンビである。

 仮拠点の外に増設した作業場で装備品の製作にあたっていた二人だ。スージーは儀式用の短剣を持ち、エリーゼは宝石箱を抱えていた。

 

「ユナ、仕事は順調だったですか?」

「まずまずかな? そっちは?」

「悪くありませんわ。見てみる?」

 

 そう告げたエリーゼが宝石箱の蓋を開く。外装の良い小箱の中に指輪が一つ。作りの良いアクセサリーは、細工熟練度の高い彼女が手掛けた品だ。

 淡い緑色に輝くエメラルド。「霊晶石」を採掘する際、副次的に入手したエメラルド原石を加工したのだろう。艶もよく、カットも正確。

 品質は「一級品」とある。装備品のほうも品質は四段階。「素人品」・「玄人品」・「一級品」・「匠の品」という階級わけ。品質は装備品の基礎性能に反映される。

 

 「玄人品」の1.0倍を基準に、「素人品」が0.8倍の効果減少。「一級品」が1.2倍、「匠の品」が1.5倍の性能上昇値を誇る。

 装飾品の種類は複数あるが、一般的にDEFとRESの固定値に影響することが多いか。AGIの強化品などもあるし、増減パラメーターは装飾品の性質にもよるが。

 スージーの短剣も「一級品」の品質。武器のほうはダメージの下限値に影響。防具は被ダメージの上限値に影響する。

 

 品質が高ければ、ダメージの下振れや上振れを抑制できるということだ。職人プレイを目指すならば、二人ともそれなりの客が取れそうではある。

 「素人品」は厳しいが、なにも最高品質の装備品しか需要がないわけではない。「匠の品」は性能も高いが、価格も高騰するからである。

 

「そのあたりは錬金術も一緒だけどね」

 

 価格と効果に釣り合いが取れているのか、プレイヤーには「良品」が人気な傾向にある。「粗悪品」や「普通」の品も低価格のため、まとめ買いされる場合があるとか。

 品質=価格の仕様が功を奏したのだろう。ともあれ、生産職に没頭する者からすれば、やはり品質にはこだわりたいものだ。貢献度稼ぎに商品価格は関係ないのだから。

 

「品質は悪くないみたいだね。けど、あれかな?」

「ええ、貢献度稼ぎには今一つですわ」

「必殺、符呪でマシマシ大作戦です。ユナにお願いします」

「符呪で貢献度ポイントを稼ぎわけだね。わかった、ちょっと待って」

 

 ユーナは献上品リストを検索する。符呪一覧の項目を眺め、貢献度上昇値の高いものを検索する。祝福系の符呪が良さそうだ。

 HPや回復魔術に関する符呪。アンデット特攻や空属性関係の符呪も該当する。妖精女王を巫女と崇める神殿らしく、神秘寄りの符呪を求めているらしい。

 ユーナは一つ頷き、符呪台に移動する。巻物作りはまた今度、手っ取り早く装備品に対する効果付与を実行しよう。手順は即死無効を付与した時と同じ。

 二人から受け取った装備品を符呪台に乗せ、スロットを選択して効果を選ぶ。効果の大きさは魔水晶のサイズと符呪師に比例する。

 

「『浄化の光』か、短剣にはこれが良さそう」

 

 アンデットに対する攻撃力増加、それと追加ダメージが発生する符呪。魔水晶の要求値も少なく、特攻符呪のためか、ユーナの熟練度でも効果を上昇させやすい。

 

「指輪は……今日の悪夢を振り返ろうかな?」

 

 よくも悪くも印象に残ったのか、「即死無効」の符呪が目につく。あれは酷い戦いだった。戦争を終えた兵士のごとく、忌まわしき過去を脳裏に描き出す。

 極限状態の戦いを突破したおかげか、もはや符呪も手慣れたものだった。「浄化の光」を付与した短剣は白く輝き、見栄えも聖なる短剣といった具合だ。

 指輪の放つオーラは見慣れたもの。どうもお世話になりました、と感謝するふうに、ユーナは符呪を施した指輪をエリーゼに返却するのだった。

 

「これでいいかな? あとは……」

 

 マナポーションを規定値まで増やすだけか。工房に戻った二人にも協力を要請し、ユーナはマナポーションの製作数を増やしていくことに。

 やがて三箱目を完成させた直後のことだ。待たせたわね、と入室したミオンが片手をあげ、ポスターの完成を報告しに来たのだった。

 



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前編最終話:世界樹の先に思いを馳せます

 滑車の音が響く世界樹の広い枝木道。宿屋・蜜月荘の店内に向け、ユーナが頭を下げる。の女将さんに見送りされ、友人のもとに駆け寄る。

 宿屋の表にある掲示板の使用許可をもらっていたのだ。結果は良好。律儀な子だね、と感心した女将さんは、二言返事で了承してくれた。

 交渉がスムーズに進行したのは幸いだ。人当たりのよい店主でよかったと思う。料理に芋虫を使う奇抜な人ではあるのだけれど。

 

「どうだった? ちゃんと話し合いできたんでしょうね?」

「バッチリ。勝手に募集記事を張る人も多いとか、愚痴は聞かされることになったけど」

「まっ、NPCに気を遣う私らのほうが変なのよ」

「だよね? 警察に捕まるわけでもないし」

 

 あくまでもフィクション、ゲーム内の犯罪が現実に反映されるわけではない。色々と配慮が足りなくなってしまうのが自然だろう。

 けれど、最新鋭のAI技術を惜しみなく活用しているせいか、一部のNPCは受け答えがごく自然なものなのだ。愛着を感じてしまうのも仕方ないだろう。

 他のプレイヤーと会話している感覚に陥り、敬語になってしまうのも日常茶飯事だ。芋虫料理の件もあり、ミオンは宿屋の女将さんに複雑な視線を向けていたが。

 

「次に来た時は、料理の原材料に注意しないといけないわね」

「まだ根に持ってたんだ。味はよかったと思うけど」

「味の問題じゃないわ。気持ちの問題よ」

「わからなくはないけどね」

 

 あはは、と頬をかき、ユーナは苦笑いを浮かべた。憤る親友は拳を固め、感情を押し殺すふうに歯噛みし、苦い思い出を振り返る。

 

「ミオに同意します。スーは犠牲になった芋虫の無念を感じました」

「あーいや、その感覚は近いようで遠いんじゃないかな?」

 

 芋虫好きと芋虫嫌いの板挟みにされた気分、なんとも言い難い心境だ。過ぎたことをクドクドと語っても仕方ない。この話は終わりにしよう。

 自慢のスルースキルを遺憾なく発揮する。前提を間違ってはいけない。優先すべきはお店に宣伝活動なのだ。ユーナは掲示板と睨めっこし、

 

「二人とも、肝心なことを忘れてないかな? 用事を済ませちゃうよ」

「ついに我が魅了の術を披露する時が来たようだな。ムーサを呼び覚ます我が一筆、この絵画を目にした者は、運命の誘いに導かれることになるだろう」

「すごい自信だね。色んな人が見ることにはなるけど、それなら大丈夫かな」

「色んな人……?」

 

 復唱したフォンセの顔が青ざめてゆく。気合十分な大言壮語を吐いたものの、ユーナの一言で現実に立ち返ったのだろう。宣伝ポスターを再確認。

 ユーナが一歩踏み出せば、フォンセもまた一歩後ろに下がる。何度やっても距離が縮まらない。完璧なソーシャルディスタンス、二人の間に壁があるかのようだ。

 

「ポスター、張るんだよね?」

「うん、そん予定やったけんね!」

 

 コクコクと二度頷き、フォンセが宣伝ポスターを差し出す。ギュッと目を閉じた彼女は、恐る恐るといったふうでもあった。ユーナの指がポスターに触れる。

 しかし受け取れない。反対側を握り締めたフォンセが手を離さないのだ。硬直が続く、二人の空笑いが交錯した。物凄く気まずい空気感である。

 

「あのー、このままじゃポスター貼れないよ?」

「そうばいね、貼れんねー」

 

 満面の笑みを浮かべた矢先、ブワッと涙目になったフォンセが言う。

 

「やっぱり恥ずかしかー、やめにせん!?」

「だよね、そうだと思った。どうしよう……」

 

 羞恥心に悶える友人に無理強いはしたくない。ミオンも手伝いはしたようだが、宣伝ポスターの構図はフォンセが描きあげたものだ。

 ポスターを描きあげた彼女にこそ所有権がある。製作者本人が弱腰になってしまった以上、勝手に採用するのはマナー違反なのだった。

 

「仕方ない、エリーゼ達と合流してから考えよっか?」

「よかと? でも、みんなで考えたことなんに」

 

 フォンセが宣伝ポスターの表紙に目を向ける。完成度の高いイラストだった。操作キャラクターの特徴を捉え、見事に自分の絵に落とし込んでいる。

 しかも全員分だ。『新装開店』の文字は大きく、お店の外観を再現。各所に配置されたギルドメンバーの操作キャラは、イキイキした表情で描かれる。

 右上の余白に鍛造中の刃を眺めるスージーの姿。逆側には手の平に乗せた首飾りを見せるエリーゼが上半身だけ描かれる。

 

お店の横には鍋を持ったミオンが歩き、彼女の隣で飛び跳ねるセフィーがバンザイする。遠近感を持たせるためか、二人のイラストは小さめだ。

 そしてポスターの中央下部、主人公張りに目立つのが、手を差し伸べる自分だった。ウェルカムの文字を際立たせる存在。自分の少し後ろに薬瓶を持つフォンセが描かれる。

 彼女は来客を歓迎するみたいに、イラストの外に微笑みかける。ユーナとしても気恥ずかしい構図だが、製作者曰く、通いやすい雑貨屋をイメージしたのだとか。

 

 ミオンの持つお鍋だけは謎だが、全体的にアットホームな雰囲気の絵だ。親友の場違い感が保護者を連想させ、温かみのあるイラストに見えるのかもしれないが。

 せっかく良い絵なのに、もったいないなとは思う。けれど、喜ばしいファンアートだったと考え改め、「湖畔の乙女」の家宝としておく。

 滑車が苦手なエリーゼが、積み荷の見張りをしてくれている。待たせるのも悪い、ということで、ユーナ一行は宿屋を後にしようとしたのだが、

 

「ウチも覚悟を決めたばい! ユーナちゃん、深淵の誘いを!」

 

 とフォンセが思い直したことで、宣伝活動は続行されることになる。

 

******

 

「結局、ポスターを張ることになりましたのね」

 

 一連の出来事を語り聞かされれば、クスッとエリーゼが笑みを溢す。フォンセははにかみ、変に思われないだろうかと、ポスターの評判を気にする。

 反響はまだないが、やるだけのことはやったと思う。話題沸騰のオンラインゲームということもあり、掲示板の利用人数も計り知れない。

 弱小ギルドの店起こしだ。即座に話題となるはずもない。ギルド仲間の募集や攻略班のクエスト達成報告など、人の目につく項目は山の数ほどある。

 自分達の影響力不足に愕然とするが、このモブキャラ感も気楽でいいものだ。急かされることなく、自分達なりのペースで一喜一憂していこう。

 

「到着だね。いよいよかな?」

「いい得点がもらえるといいですわね」

「…………!!」

 

 荷車の後ろに座り、セフィーが両手を振りあげる。彼女も荷車の見張り役だった。一同の製作した献上品を守るため、ものすごく張り切ってくれていたのだとか。

 通行人の邪魔にならぬよう、待機してもらっていたのだが、セフィーは悪者が寄り付くことを警戒していたらしい。ご苦労様だ。

 立ちっぱなしの見張りに疲れたようで、荷台は彼女の特等席と化したみたいだが。初回納品ということもあり、積み荷は少なめだ。

 

 格安だった人力の荷車を購入したため、積載量が多くないのもあるか。荷車を押す役は交代で担当したが、最終的に水で再現した馬に任せることになった。

 全員の腕が限界を迎えたところで、フォンセがウンディーネを召喚したのだ。水分補給のために召喚したはずが、彼女は水の馬を作れると言い出した。

 便利な水筒として扱われたのが屈辱的だったらしい。水の縄が取手に巻き付き、荷車を押し進めてくれるのだ。ウンディーネは便利なお手伝いさんにランクアップした。

 

『これが精霊の力よ。お姉さんを見直してくれたかしら?』

 

 水馬より脳内に声が届く。テレパシーというやつか、随分と誇らしげな声である。魔導書を広げたフォンセはご満悦だが、どうにも歯切れが悪いのがミオンである。

 

「助かりはしたけどね。あんたはそれでいいの?」

 

 能力の無駄遣いなのは間違いない。頭痛を覚えたのか、ミオンが落胆の声を漏らす。彼女から言わせれば、お花畑の子が多すぎるとのこと。

 失礼極まりない発言だと思う。親友に愛想を尽かされるような失態はしていないはず。迷惑をかけたことは、幾度となくあった気もするけれど。

 反省しておこう、弁解の余地はなかったからだ。心労に苛まれる親友はさておいて、神殿門番がユーナ一行を見る目は彼女と対極のものだった。

 

「君達は先日来た商団の関係者だったかな?」

「はい、ご無沙汰しています。神殿への献上品を届けに来ました」

「助かる。今は猫の手も借りたいくらいだからね」

 

 交渉が成功した恩恵か、前回より門番の男性は友好的だった。急に槍を突きつけられることもなく、攻撃的な言動が目立つわけでもない。

 歓迎ムードなのはいいことだ。自覚なく身構えていたのか、ホッと胸を撫でおろす。献上品の箱を開けた神官は、ふと荷車を押す水馬を視界に入れた。

 

「しかし驚いたな。君達が高位の精霊と契約してくるなんて」

「えっ? そんなにすごいの?」

「当たり前じゃないか、ウンディーネ様だろう? かれこれ数百年前か、ある村が反巫女派の祭壇に使われてね。それ以来、姿をお隠しになられていたんだ」

 

 感激のあまりに声もでないと、神官の男性は饒舌に語る。精霊信仰が根強い大陸だ、地方宗教を手広く受け入れていたのだという。精霊信仰は自然崇拝に等しい。

 八百万の神を崇めるのが、イーセクトゥムルの伝統だという。世界樹は数多の精霊を生み出した大地の母、それがこの大陸の教えである。

 

『どう? お姉さんがビックなのは理解したかしら?』

「わかったけど、なんか釈然としないわ」

 

 納得しかねるというふうに、ミオンはじっとりとした目つきになる。一方の神官二人は積み荷の確認を終え、予想以上の成果に感嘆を漏らすのだった。

 

「符呪付きの武器まであるじゃないか、驚いたな」

「品質も悪くない。先輩、いいんじゃないですか?」

「ああ。君達を正式に客商として迎え入れよう。この調子で納品してくれれば、近い内に巫女様からの招待を受けられるはずだ。引き続きよろしく頼むよ」

 

 積み荷は門前に放置しておけばいいとのことだ。連絡を受けた神殿の審査官が派遣され、積み荷を運んでくれるのだという。初回納品としては上々か。

 貢献度上昇の最高値を叩き出したのは、対アンデット用の符呪をした短剣だった。符呪製品は時間経過により上昇値が変化する。需要と供給が嚙み合った結果だ。

 安定はポーション系、良質な品でも高得点を狙えるのがわかった。今後の教訓としよう。しばらくすれば、世界樹の泉を渡った大勢の神官が現れる。

 

 献上品を取りに来たのだろう。箱を持ち上げる前に合掌し、神官の一団が献上品を神殿に運びこんでゆく。聞けば、慈悲深い協力者に感謝しているのだとか。

 たとえNPCとはいえ、誰かに感謝されるのはいいものだ。少し照れくさく、そして誇らしかった。悪い癖が出たのか、顔に出ていると親友に指摘されたが。

 

「スー達の作戦勝ちです。いっぱい貢献度が稼げました」

「符呪してなかった場合、ここまでの評価はもらえなかっただろうしね」

「この調子でジャンジャン作りますわよー!

 

 掴みは悪くない。一同は作戦成功だとハイタッチを交わし合う。各々が達成感を分かち合った後、ユーナは一人、巨大樹の神殿に振り返り、

 

「巫女様への謁見か。どんな人なんだろう、楽しみ」

 

 などと期待に胸を弾ませ、枝葉の生い茂る世界樹を見上げたのだった。

 



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