セッ〇スしたら爆発して死ぬ呪い (バリ茶)
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訪れて早々に死ぬ
俺の名前は
どこにでもいるような十七歳の男子高校生だ。
昨日までは何の変哲もないただの学生だったのだが、とある事件を経て俺の環境は一変してしまった。
俺は昨日、友人の男子生徒である
そしてバス停で次の便を待っていたその時。
俺たち二人が立っている場所へ、暴走したバスが突っ込んできたのだ。
当然のごとく俺とインは暴走車両にぶっ飛ばされて粉砕玉砕大喝采。
なんてこった、死んじまった!
ふざけやがって運転手め、未来ある高校生の命をよくも──なんて感情を抱きながら、走馬灯をみつつ意識が薄れてから少し経って。
俺は不思議な空間に立っていた。
周囲が全て真っ白な、マジで意味不明な空間に、1人でポツンと。
訳が分からず狼狽していると、突然目の前にクマのぬいぐるみが。
なにやつ。
警戒しながら質問をすると、クマは自身を悪魔だと名乗った。
『わたしは悪魔だ。……クマだけに。ププッ』
殺意が湧いたのは久しぶりだった。
まぁ、確かに思い返せば牙とか黒い羽根とか、如何にも悪魔っぽい何かが付いてた気がする。
別にそこはどうでもいいけど。
ともかく死んだはずの俺を不思議な空間に召喚したクマは、こんな事を言ってきた。
『君を生き返らせることができるよ』
曰く、クマを含めた悪魔たちは、とあるゲームを開催しているらしい。
死んだ人間にもう一度チャンスを与え、ゲームをクリアすれば報酬としてその人間に蘇生を行うのだそうだ。
ゲームと言っても享楽のためではなく、数年に一度行う神聖な儀式だとか。
死んでもまた生き返れるだけの強い意志を持った人間を、予め見抜いて選んだ悪魔こそが、悪魔界(?)の中で上位の存在になれるらしい。
逆にゲームに失敗するような人間を選んだ悪魔は降格し、社会的地位が奪われる。
つまり、クマは俺を強い人間だと信じてこの話を持ち込んだのだ。
『ゲームをクリアすればわたしは地位を得て、君は生き返れる。
Win-Winというやつだ。悪い話ではないだろう?』
確かに思ってもない魅力的な提案だった。
生き返れるんなら何でも利用するし、努力は惜しまないつもりだ。
あの死を無かったことにできるのなら、それに越したことはない。
だが、それだけでは駄目だ。
自分にとって一番大切な友達で、しかし死に巻き込んでしまった男がいる。
イン。
中学に進学する際、親の都合で引っ越して知り合いのいない土地でオロオロしてた俺に、初めて出来た友達。
ちょっと暗くて卑屈気味な性格してるけど、新しい土地で勝手が分からない転校生の俺をみかねて声をかけてくれるような、そんなお人好しで根が良いやつ。
放課後は家に入り浸って一緒にゲームをしたり、昼休みはいつも一緒に飯食ったり──何でもないようで、でも隣にいるのが当たり前で、俺にとってなくてはならない大切な存在。
そう、親友だ。
俺はそんな大事な親友を差し置いて、一人だけ生き返るチャンスを得ることなんてできない。
もしアイツが普通に死んじまったのなら、俺だってこのまま死を受け入れる。
──と、そういった意志をクマに伝えたところ。
『あぁ、君の言ってるその友達くんね。既に他の悪魔に選ばれてるみたいだよ』
マジか。
『ついてるねぇ二人とも。
まぁ、生き返れるかどうかは君たち次第だけどさ』
そういう事ならがんばるぜ。
『ん、頑張って。──で、ゲームの内容だけど』
親友のインにも生き返るチャンスが与えられていることを知った俺は奮起し、やる気に満ち溢れながらゲームの概要を頭に叩き込んだ。
要約すると、参加者であるプレイヤーはゲームの舞台となる別の世界に転移され、そこでゲームの運営側からランダムに選ばれた特定の条件を達成すれば、晴れてゲームクリアとなるらしい。
『一応ヘルプとして三回までならわたしを呼び出せるよ。
その時に応じた助言をするから、困ったらスマホから電話かけるといい。はいこれ番号ね』
悪魔とかなんとか言ってるわりには現代的な物出してきやがったな──なんてくだらない事を考えている間に準備は完了して。
俺は転移した。
このイカれた世界に。
『エッチ……しよっ♡』
──それがこの世界で初めて耳にした言葉だ。
★
簡単に言うと、俺が転移した世界は抜きゲーだった。
……いや、それだとちょっと語弊があるな。
常識とか倫理観が抜きゲーみたいな世界、と言った方が正しいか。
抜きゲーとは抜く(自慰)ことを主目的として作られた、直接的な性描写がとても多いエロゲーのことだ。
つまり
催眠術やエロアプリ、痴女だの痴漢だのいろんなスケベの種が跋扈しているこの世界では、気を抜いた瞬間即座にヤられる。
……どうしてそれが困るのか。
何故都合よくエロいことが出来るのに、それを厄介だと感じているのか。
それは運営から俺に課せられた、ゲームクリアの内容とゲームオーバーの条件に起因している。
クリアの条件は、基本的に学園には必ず出席し、最終日であるバレンタインデーまで生き残る、というもの。
ゲームオーバーの条件はなんともゲームらしく、残機がゼロになること。
そして【セックスをする】と残機が減る仕様となっている。
具体的に言うと行為に及んだ瞬間、肉体が爆発して木端微塵になって死ぬ。
死に方が惨すぎる。こわい。
俺に用意された残機は三つ。
つまり三回
「……がんばるぞっ」
洗面台の鏡の前で、両手を握ってやる気を出す。ふんすっ。
鏡に映っているのは紛れもなく俺だが、少しだけ前髪が長い。
目が前髪で隠れて見えないのは、恋愛ADVや抜きゲー主人公の特徴とされている。
どうやら俺は抜きゲーの主人公的ポジションにされてしまったようだ。
「いってきまーす」
お決まりのように海外出張で都合よく両親がいない自宅を出た。
一日目である昨日は、発情したいろんなヒロインたちに迫られたものの、終われる時間が短かったおかげで事なきを得た。
しかし何度もそう都合よくはいかないだろう。
早いとこ何か良さげな回避手段を思いつかないと──
『きゃああああぁぁ!!』
親方! 空から女の子がっ!!
「へぶっ!」
俺を巻き込んで地面に衝突した、天使のような恰好をした謎の女の子。
一体どういう原理が働いたのかは分からないが、俺もその少女もほぼ無傷だった。
しかもあろうことか俺がその少女を押し倒す形になっており、手は当然の如く彼女の大きな乳房に添えられている。
どうやらこの世界では、物理法則よりもエロが優先されるらしい。
「なっ、なにをするんですか貴方は!? いきなり人のおっぱいを揉みしだいてッ!」
ひどい言いがかりである。
空から落下してきたそっちにも非があると思う。
当たり所が悪かったら俺死んでたぞ。
「うぅ……本当にこの人がお告げにあった運命の人なの……?」
なにやら聞き捨てならない単語が聞こえたような気がする。
でも俺は聞いてない。
早いとこ学園へ向かわねばならないのだ。
路上で天使っ娘とラブコメしている時間などない。
ので、即座に彼女の上から退いて駆け出した。
「さらばっ!」
「あっ、ま、待って!」
追いかけてこないでください!
ラッキースケベしたのは謝りますから!
「止めるな天使っ娘! お前の運命の相手とやらは俺じゃない! あと胸触ってゴメン!」
「待ってくださいってば! 運命の相手を見極めるためには、あなたの精液を摂取しないといけないんです!
そうでないと確信が持てないんです! だから精液をください!」
抜きゲーでもそんな展開ある!?
もはや四コマ漫画レベルの超速展開じゃねぇか!
ふざけやがって俺は帰らせてもらう──
「えいっ! 身体が動かなくなる魔法!」
「なにっ!? ──ぐぁっ!」
突然肉体が硬直してしまい、走っていた勢いが余って転倒してしまった。
そしてあっという間に俺を組み伏し馬乗りになる天使。
こいつっ、そんな華奢な体のどこにこんな力が……!?
「こんな強引な手段に出やがるとはこの強姦魔めッ! 離れろ!」
「そういうわけにはいきません!
私は神様適正のある運命の人を見つけなければ、天界へ帰れないのです!
……人助けだと思って、お願いします……!」
そう言いながらズボンに手をかけやがってお前それが人にお願いする態度か!
……あっ、やめて! そこ触らないで!
ちょっと本当に!
死んじゃう! 爆発して死んじゃうからぁ!!
「……私、ちゃんと気持ちよくして差し上げますから……委ねてください、ねっ?」
「いーやーっ! 変態鬼畜痴女天使ぃぃぃぃ!!」
ぎゃあ!変な魔法で勃起させられた!?
ちょ、なにパンツ脱いでんだ……!
やめて、やめぇっ、やめろぉぉぉぉ!!
──チュドーン──
★
「はっ!?」
自室のベッドで目が覚めた。スマホを確認する。
【残機×2】
「クッソあぁ゛ッ゛!!」
ゲーム開始二日目にして、俺は早くも敗北してしまったのだった。
※ご指摘を受けたので設定を追加します
作中では説明がありませんが学園に通う日は学園に通わないと爆発して死にます 病気とか風邪で休むならセーフです サボりはダメ
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無表情な女の子はTSした親友
こんな序盤で詰むわけにはいかないので、俺は迷うことなく一回目のヘルプを使った。
結果として出てきた最適解は『落ちてくる天使を打ち返す』というもので、俺は自宅にあったフライパンを使って、落下してくる変態天使を天界へと打ち返してやった。帰れてよかったね。
ここまでで分かった事だが、どうやら爆死して残機を失った場合、その原因となったイベントが発生する前の時間まで遡るらしい。
このゲームの仕様を理解しつつ、その後無事学園に到着した俺だったが、そこには次なる試練が待ち構えていた。
「キミはボクとエッチしたくな~る……その淫乱極太チ〇ポでボクを滅茶苦茶にブチ犯したくな~る……」
椅子に縛り付けられた俺の前では、白衣を着たロリっ娘が紐に括りつけた五円玉を振っている。
これはおそらく催眠術。
目の前で振り子を持っている女は、俺を性奴隷にしようとしているのだ。
許せん。あの天使といいこのロリっ娘といい、相手に同意を取るという考えが浮かばないのだろうか。
「やめるんだロリっ娘!」
「ろっ、ロリじゃないですけど!?」
「どう見てもロリだろうが!
ここは小学生が入っていい学園じゃないぞ!」
「小学生じゃないし! ぼくはキミより上の学年だよ!
言うなれば合法ロリだよ!」
この嘘つきめ、強情な……。
確かに「二十歳なんですけど」とか平気で言う小学生は見た事があるけど、まさかそれに似た事をする小学生に出くわすとは思わなんだ。
なんにしてもヤバイ。
残機の事もあるけど、なにより相手がまずい。
さっきの天使は同年代くらいでおっぱいも大きかったが、目の前のこいつはどう見ても小学校高学年。
甘く見ても中学一年くらいだ。
そんな歳の女の子相手にセックスなんて──
「チックショウ離しやがれぇ!
もし本当にセックスしたらお前は耐えられない!
俺の高校生にしては割と大きめなイチモツを、小学生のお前が受け止めきれるわけがないんだ!
死ぬぞ!! 最初で最後のえっちになるぞ!!」
「だから年上なんだってば!
……ていうか、そんなの心配無用だし」
椅子に縛られている俺の膝上に跨る自称合法ロリ。
な、何をする気だ……!?
「ボク、いろんなおもちゃを使って慣らしてるもん。
きみのでっかい〇ンポだって平気さ」
「そういう問題じゃないでしょ……。
ていうか俺の気持ちも考慮してくださいよ。
俺はセックスなんてしたくないんだ」
ズボンの中央を触ってきやがるロリ先輩。
「そんなこと言って……ここ、大きくなってるよ?」
「アンタが触るからでしょうが! 生理現象だよ!
先輩なら後輩のドスケベしたくない気持ちも汲み取ってください……!」
「……そっか。きみはえっちがしたくないんだね?」
何度もそう言っているだろうに。
というか俺の話、一応はちゃんと聞いてたのか。
もしかすれば説得も可能か……?
「でも、問題ないよ」
ん?
「ほら、この五円玉を見てくれ。ゆーらゆーら……」
「なにっ、を……!」
「きみが今からするのは、ドスケベセックスじゃない。
ボクによる逆レイプでもない……」
頭がクラクラする。
こ、これは一体──!?
「ちっちゃい先輩オナホを使ったオナニーだっ♡
合法ロリオナホで自分勝手に射精するだけ♡
ただの自慰だからセックスじゃない……っ♡♡」
何を馬鹿なこと言ってるんだ?
そんな催眠を掛けようとしたところで俺には効かないし今すぐオナニーするだけだ。
おっ、丁度いいところにオナホが。
セックスしないよう、今のうちにオナニーで性欲を発散しとくか!
「ふふっ。いっぱい使ってね……っ♡」
何を笑ってるんですか先輩。
俺は今からオナニーするんですから、邪魔だけはしないでくださいね。
さーて、じゃあオナニー開始っ! …………あれっ?
★
「──ハッ!?」
気がついたときには保健室のベッドの上。
俺は今まで、一体何を……。
「……ん。起きた」
「えっ?」
声が聞こえた方に首を向ける。そうしてようやく気がつく。
俺の傍らには、椅子に座ってジト目でこちらを見ているいる少女がいた。
黒髪のポニーテールで、目も黒色。
この抜きゲー染みた世界では霞んでしまいそうな程に、キャラクターとしての見た目の個性が薄い。
そんな普通の少女が、ただ無表情で、俺を見ている。
「き、きみは……?」
この世界の女の子は、総じて痴女か変態の属性が付与されている。
本当なら間近に女子がいる時点で、即座に逃げる算段を考えなければならない。
だが、目の前にいる無表情な少女からは、なぜか圧を感じない。
俺をターゲットにした瞬間、獲物を見つけた野獣のような目つきになるこの世界のヒロインたちと違って、主人公っぽくなっている俺を前にしてもこの少女は一切動かない。
「……私はあなたの隣のクラス。
空き教室で倒れていたから、保健室まで連れてきた」
「そっ、そっか……ありがとう。重かったでしょ、俺?」
「……ん」
「ぁ、うん……ごめん……」
本当に重かったらしい。申し訳ない。
……それにしても、彼女はずっと無表情だ。
眠そうな目つきで淡々と話すばかりで、いっさい感情が見えてこない。
だというのに、心の底から感じる、この安心感はいったい何なのだろうか?
まるで──
「じゃあ私、授業に戻るから」
俺の無事を確認して用が無くなったのか、無表情な少女は席を立つ。
礼を言う暇も、名前を聞く間もなく彼女は保健室を去ってしまった。
彼女はいったい何者だったのだろうか。
「……そういえば」
ふと、思い出した。
俺は確か、合法ロリ先輩の手によって催眠されていたはず。
空き教室で俺を見つけたということは、そこには先輩もいたのではないだろうか。
「もしかして……」
カーテンで仕切られている隣のベッドを覗き込むと。
「すぅ……すぅ、んん……ぅ」
あのロリ先輩が眠っていた。
もしかしなくてもあの無表情の女の子が運んでくれたのだろう。
俺と先輩の二人を運んでくれたあの少女には感謝しかない……が。
「二人とも気を失ってたってことは、そうなるくらいまで激しくヤッてたってことになる……けど」
そこまで理解したうえで、スマホを取り出す。
そして残機が表示される画面に目を通すと、そこには驚くべき情報が記されていた。
【残機×2】
「……残機が減ってない」
ぼそりと呟いた声が、窓から吹き抜ける暖かな風にかき消される。
俺と先輩は確かに催眠セックスをしたはずだ。
だが、残機が減っていないということは、つまりセックスをしなかったという証拠でもある……。
行為中の記憶が全くないため、判断が出来ない。
「先輩。先輩っ」
「んぅ……?」
寝ている先輩の肩を揺らして、夢うつつの状態から覚醒させる。
彼女には質問しなければならない。
いま、もっとも俺が必要としている情報を知るために。
「あれ、後輩くん……?」
「先輩おきてください」
「うーん……」
目を覚ましてくれた先輩が上体を起こす。
寝ぼけ眼を擦っていて、どうやらまだおねむのようだ。
しかしそんなことは関係ない。
一刻も早く問いたださなければ。
「俺に催眠を掛けましたよね。
先輩と俺って、あのままえっちしたんですか?」
「んぇ? ……ぅ、うん、そりゃもう、激しく。
本当にボクの事オナホみたいに使ってたよ。
四回くらい出したじゃないかな」
なんてこった! 俺は本当にロリと……!
「ロリじゃないよぅ……」
「うるせえです変態」
「うぐっ……や、ヤバいと思ったけど性欲が抑えられなくて」
「聞いてません。
今度また俺に催眠かけようとしたら、バリカンで髪の毛全部剃りますからね」
デコピンしとこ。
「あだっ。……ご、ごめんね……」
分かってくれたならそれでよい。
それより、これで俺が本当にロリ先輩と『セックスをした』という確証が得られた。
だというのに残機が減っていないということは──何かが起きている。
「バグか? それとも裏ワザ……?」
いくら考えても答えは出てこなかったが、俺の頭の中にはあの無表情な女の子の顔が浮かんでいた。
※催眠状態で本人が自慰だと認識していたのでセーフだった
サブタイトルでもネタバレしていきます
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反撃の始まり
「うおおおおぉぉぉ!!
出しやがれえええぇぇぇッ!!」
俺こと主陣コウは、ただいま『セックスしないと出られない部屋』に閉じ込められていた。
遡ること数時間前。
休日ということでスーパーへ買い物に出ていた俺は、道中クラスメイトの女子集団と遭遇した。
彼女たちに追いかけられて逃げているうちに、俺は何故か眠くなってしまい、意識を失ってしまう。
そして──気がついたらこの部屋にいた。
完全に初見殺しだ。
あまりにもクソゲーすぎる。
「し、主陣くん……落ち着いて、ね?」
固く閉ざされたドアを蹴っていると、後ろから女の子の声が聞こえてきた。
振り返ればそこには青髪でショートカットの少女がいる。
少し怯えたその様子から察するに、どうやら俺は彼女を怖がらせてしまっていたらしい。
ダメだ、焦りすぎて周りが見えていない。
「……悪い、
「ううん、大丈夫。主陣くんが悪いわけじゃないし……」
えへへ、と苦笑いしながらベッドに座る青髪の少女。
彼女の名前は青城。クラスメイトだ。
俺と同じく、街を歩いていたらいつの間にか眠くなって、気がつけばここにいたらしい。
「お互い災難だったな。
まさか、こんなアホみたいな部屋に閉じ込められるとは……」
「あはは……そうだね、ビックリしちゃったよ。
……でも、主陣くんがいてくれてよかった」
そういうこと言いながら微笑むのやめてください。
ほんとそういうの童貞弱いんで。
好きになっちゃいそうになるんで。
……セックスしただろって?
一回目は即座に爆発したし、二回目も全く記憶にないんで実質童貞です。
あんな痴女どもに貞操を捧げてやった覚えはないぜ。
──あれからはや数ヵ月が経過して、今は初夏。
エロイベントを回避しつつも、そこそこ普通に学園生活を送っていれば、青城みたいな普通の友達もそこそこできた。
だからこそ。
普通の友達だからこそ、こういった場面で一緒になってしまった事に対して、ものすっごい罪悪感が……。
くっ。それにしても目のやり場に困る。
俺も青城もいつの間にか着替えさせられていて、お互い下着姿だ。
しかも普通の下着ではなく、妙に凝っている……というより見て分かる通り『そういう用途』に使われるエロ下着だ。
俺は股間の聖剣の形がくっきり出てしまいそうなスパッツで、青城もAVで着せられそうなエロ下着。
あまりにも可哀想で見てられない。
すまない青城。俺が無力なばっかりに……。
「青城、なんとか頑張ってこの部屋を出よう。
二人で力を合わせれば、きっとなんとかなるはずだ」
「……うんっ、がんばろ!」
一緒になったのが青城で助かったぜ。
とても理性的だし、下半身で物事を考えている雰囲気が全く見受けられない。
こういう普通の娘もこの世界にはいたんだなぁ……。
これが知らないヒロインだったり、あのロリ先輩とかだったら大惨事だったに違いない。
「さっ、まずは何からするか──」
「私……がんばるね」
「んっ? ──おわっ!?」
突然、青城が俺をベッドに押し倒した。
ご、ご乱心っ!?
また俺なにかやっちゃいました……?
「あ、青城……っ?」
「悪い思い出にはしないから……主陣くんのこと、ちゃんと気持ちよくさせるから……!」
「おいおいおい!?」
青城のやつ完全に錯乱してる。
彼女もこの世界の住人だし、状況的にも確かに最適解であるセックスを選んでも不思議ではない。
青城には悪いが、ここは無理やりにでも一旦彼女を引きはがして──
「んっ!」
「んむっ!?」
キスしてきやがっ──まて何だこの感触!?
舌に何かが転がってきて、これは飴か?
……いや、まさか!
「んーっ! んんぅーっ!」
「むぐっ。ゃ、やめっんぐぅぅっ!! ──ゴクッ」
青城が口移しで俺の口内ぶち込んできた何かを飲み込んでしまった。
「っっぷは! はぁーっ、はぁ゛ー……!
なにすんだ急に! 何を飲ませた!?」
「……び、媚薬っ」
はっ?
「すっごく発情しちゃう媚薬、飲ませた……」
「何でそんなことを!」
「だ、だって! ようやく回ってきたチャンスなんだもん!」
チャンスだと……?
いったい何の話をしてやがる。
というか何でお前、そんなに顔が赤いんだ。
……まさか、飲んだのか?
俺が扉を蹴っている隙に、お前も媚薬を──
──グッ! 体が熱い……!?
「ねぇ主陣くん分かってる? ちゃんと自覚してる?
あのね、主陣くんって最近たまにすぅっごくいい匂いがするんだよ?
女の子がすぐに発情しちゃうようなフェロモンがプンプンしてるの……!」
体に力が入らない。
媚薬の効果なんて欠片も知らないけど、まさか肉体の自由を奪う効果なんてないはずだ。
何で固まる。どうして動けない。
俺はどうなってるんだ。
「寝てる間に打った注射、ようやく効いてきたみたいだね」
「なっ、に……!」
「力じゃ主陣くんには勝てないから。
あらかじめ特別なお薬を打たせてもらったよ」
その言い草。
まさか──全部お前が仕組んだことだったのか?
この部屋も、この状況も全て。
友達のお前が──!
「ふふっ。お察しの通り。
だってこうでもしないと主陣くん、私とえっちしてくれないでしょ?」
「おれっ、は……! お前っ、の、こと……友達だ、って……!」
「友達でもいい加減我慢の限界なの。
いろんな女の子たちに言い寄られてるのに、それを一蹴する主陣くんがおかしいんだよ。
……ねぇ、ほら。私に委ねて?
ひどいことしようってわけじゃないの。
しっかり主陣くんのこと……気持ちよくしてあげるからっ♡」
「──ッ! うっ、ぐぅ……! グアアアアァァァァッ!!!」
俺は!
俺ってやつは!
なんて無力なんだァァ゛ァァァァ゛ァッッ!!!
──チュドーン──
★
「──ハッ!?」
も、戻った。
だが戻ったってことは、つまり俺が爆死したということ。
くっ。なんて無様な……!
「……って、あれ?」
気がついた。
俺がいる場所……家じゃない。
辺りを見渡して分かったが、ここは近所のスーパーの店内だ。
片手には買い込んだ食料が詰められているレジ袋。
後ろを振り返れば──
「主陣くんだー! みんな捕まえろぉーっ!」
女子集団が迫ってきている。
あれは俺が数時間前に目撃した光景そのものだ。
馬鹿な。そんなバカなことがあるか。
──リスタート地点が近すぎる!
「くっそぉぉぉぉ!!」
雄たけびを挙げながら街中を走る俺。
レジ袋の中がぐしゃぐしゃになろうが構わない。
逃げなきゃ。早くアイツから逃げなければ。
もうイベントは始まってしまっていて、ヘルプの電話をかける暇なんてない。
「私のデカチン〇ォォォォォ!!」
「うるせぇなっ!?」
あの女子集団は十中八九、青城が差し向けた手下どもだ。
おそらく麻酔だか睡眠ガスだかの類を用意した順路に誘導して、俺を眠らせてあのセックスしないと出られない部屋へ連行するに違いない。
「ハッ、はぁっ! クッソついてこないでくれ!」
「待って主陣くぅぅぅんっ! 6Pハーレムえっちしようよぉぉぉっ!!」
「殺す気か!?」
とにかく前回の時間軸では通らなかった道順で進むんだ。
同じルートを辿ったら、青城の思い通りに事が進んで、また同じ悲劇が繰り返されてしまう。
焦ってスマホを確認したが、やはり……!
【残機×1】
さっきの逆レイプで残機が削られちまった。
ロリ先輩の時みたいな、残機が減らない謎の減少は起きてない。
つまり残機が残り1になった今の俺は──セックスしたら誇張なしに
「とにかく家まで逃げ──なにっ!?」
建物の影から現れたのは麻酔銃を持った青城。
目が完全にイッてる。
眼光だけで人を殺せそうだ。
あらかじめどこからか俺を監視していたのか、見事に先回りされていたらしい。
引き返して逃げようにも、後ろにはあの女子集団がいる。
前門の
まさに回避不可能の四面楚歌だ。
「そん、な……」
恐怖のあまり膝が笑っている。
この崖っぷちな状況で、絶望しない方がおかしい。
ここで捕まれば即死亡で、俺は今度こそ天に召される。
もう俺には残機が残されていないから。
変態精液泥棒天使には負けて。
催眠術師のロリ先輩にも負けて。
しまいには信じてたクラスメイトにまで裏切られて、無様に敗北して爆死した。
ロリ先輩のときに、残機が減らない謎の現象が起きていなければ、俺はついさっきのセックスでゲームオーバーになっていたのだ。
実質、俺はもう死んでいる。
この世界に屈してしまっている。
絶対に生き返るとのたまっておきながら、何もできずに負けている。
俺は……どうして。
なぜ、こんなに無力なんだ──
「……は?」
──ふざけるな。
馬鹿を言うな。
俺はこうしてまだ生きている。
なら、それは──まだ負けてないってことだろ。
「さあ主陣くん! 大人しく捕まって負けちゃおうねぇ!」
は? 負けないが?
お前らみたいなメスガキに捧げてやる貞操なんてないんだが?
……あぁ、もう。
いい加減逆レイプされるのも飽きた。
俺は別にマゾでもなければ変態でもない。
俺は生き返るために戦っているんだ。
ただ自分の為に生き返るんじゃなくて。
生き返って──親友のアイツとまた会うために俺は戦ってるんだ。
きっとインだって生き返るために、いまも必死で戦ってるはずだろ。
それなのに俺だけがこんなところで屈服して、簡単に諦めていいわけがない。
「ふぅー……」
無力だ何だと、無意味に嘆いて悲観するのはそろそろやめだ。
俺は抗う。
どれだけ無様でも抗い続けて、自分自身の手で、己の未来を切り拓く。
もうこれ以上、お前らの好きにはさせない。
ここからは俺のターンだ!
「あっ! あんなところに俺の数倍〇ンポがデカい生き別れの弟が!!」
「なんですって!?」
俺が指差した方向、つまり後ろへ振り向く青城。
「隙ありっ!」
「どこ! 主陣くんよりもでっかいチ〇ポどぐわァっ!?」
その隙に青城に襲い掛かり、彼女を押し倒して麻酔銃を強奪。
体勢を立て直して振り返って、正面から青城と女子集団に麻酔銃を構えた。
「俺のマグナムが火を噴くぜっ!」
「きゃっ♡ 主陣くんのえっち♡」
「下ネタじゃねえよ!! くらえ!」
歯向かう女子たちに抜けて、一切躊躇することなく麻酔銃をぶっ放した。
銃身が揺れ、先端から発射された極細の針が、次々と女子たちの首へと襲い掛かる。
「グワーッ!」
「アバーッ!」
女子たちは悲鳴を上げながら、バッタバッタと倒れていく。
どうやら俺は銃の扱いがすごい上手だったらしい(小学生並みの感想)
荒野のガンマンにも引けを取らないワザマエで今回の敵を退けた俺は、額から垂れる汗を腕で拭い、グッと空を見上げた。
この倫理観が世紀末な世界に屈するのはもう終わりだ。
たとえどんなラッキースケベやエロイベントに巻き込まれようが、俺は必ずそれを打破してバレンタインデーまで生き残る。
すべては親友のインと共に生き返る為に。
平和な俺たちの日常を取り戻すために!
「俺が負けてやるボーナスステージは終了だぜ。
ここからは俺のターンだ!」
女の子たちが数人ほどぶっ倒れている路地裏で、俺は一人高らかに宣言したのだった。
次回は多分サキュバスとかいろいろ出てくると思います
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パーティメンバー加入イベント【前編】
どうやら俺からは、無条件で女性を発情させるフェロモンが肉体から発されているらしい。
それもこの世界に来てから数ヵ月が経過したここ最近になって、より濃くより広範囲に広がるという嬉しくない進化を遂げているとのことだった。
完全に死活問題なので二回目のヘルプを使って助言をもらったところ、それは常時発動してるわけではなく、時間経過のランダムであることが判明した。
青城集団に襲われるまでの三ヶ月弱を生き残れたのは、まだフェロモン発生の回数が少なく効果範囲が狭かったおかげだったようだ。
というわけで、発情フェロモン問題をカバーする為の道具を用意した。
座って授業を受けている今の俺が付けている、この腕時計だ。
名前はハツジョーくん。
俺の体から発情フェロモンが発され始めると、この腕時計の時計盤が赤く点滅する仕組みになっている。
これは一回限りの直接的な手助けということで、悪魔のクマからプレゼントされたものだ。
ありがたく使わせてもらおう。
(まだ光ってないな……)
今は4限目。この調子でいけば、なんとかお昼ご飯は平和に食べられそうだ。
昼休みに発情フェロモンが発されてしまえば、俺だけでなく周囲の女子たちにも迷惑をかけてしまう。
二日目に出てきたあの変態天使などと違って、暴走した青城や他のクラスメイトたちは、フェロモンに脳がやられただけであって、好きで発情しているわけじゃない。
あのフェロモンで発情してしまうと自分が抑えられなくなり、その暴走状態に陥っている時の記憶もすべて残らないため、少女たちからすればいつの間にか知らない場所でスゲェ疲弊していたとかいう不可思議現象に巻き込まれている形になってしまう。
これは俺だけじゃなく、彼女たちの為のケアでもあるのだ。
幸いゲームの仕様上、授業中だけは絶対にフェロモンが出ないらしいので、今のうちに逃走経路を頭の中で組み立てておかねば。
「はい、じゃあ今日はここまで。
明日までに42ページの設問終わらせとけよー」
教師が教壇を降りると同時に、教室中にチャイムが鳴り響いた。
各々クラスメイトたちは席を立ったり、弁当箱を広げるなどしている。
そんないつも通りののどかな風景を眺めつつ、チラリと視線を腕時計に落としてみた。
流石に授業が終わった瞬間からフェロモンが出るなんてことは無いだろうが、一応の確認だ。
──あっやべ。
「……ね、ねぇ。なんか主陣くんから良い匂いしない?」
「あれっ、アンタも? 私もなんかそんな気がしてて……」
「本能的にそそられるような……具体的に言うと下腹部の一部がものすっごくうずいちゃう様な、股の間のアレが大洪水起こしちゃって今すぐ襲いたくなるようなそんなえっちな匂いが──」
逃げろーっ!!!
「ガタッ」
「まって主陣くん!!」
「もっと匂い嗅がせてぇ!」
即座に教室をダイナミック退室し、床を転がりながら逃げ道を脳内で構築しつつ立ち上がって駆け出す。
校内の外、つまり校庭などに出ると大勢に囲まれて逃げ場が無くなってしまう。
この場合は分かれ道や階層が多い校舎内を逃げるべきだろう。
「すまないクラスメイトたち……!」
発情させてしまって申し訳ない気持ちを抑え込んで前に進む。
謝罪は後だ。今はとにかく逃げなければ。
捕縛されたら最後、オラは本当に死んでしまう。やっべぇぞ。
俺のクラスの教室は三階。
この校舎は四階まであってその上が屋上だ。
まずは上にも下にも道がある二階へ避難しよう。
「なっ、南の階段が封鎖されている! まさか既に他のクラスの女子たちも……!?」
本来降りようと思っていた階段が、まるでゾンビのように溢れかえる女子たちで埋め尽くされていた。
「これマジか……? フェロモンが強化されただけで一気に無理ゲーになりやがった……」
俺のフェロモンの拡散スピードがヤバすぎる。もう今までのようながむしゃらな逃げ方は通用しないかもしれない。
とりあえず階段は降りることなくはそのまま通り過ぎ、廊下の最奥にある非常階段で二階へと向かうことにした。
「非常階段のゴールは女子たちが待ち構えてるのか……やっぱり、校舎に戻るしかない」
階段から身を乗り出して下を見ることで状況を把握し、一気に二階まで駆け下りてから、再び校舎の中へと戻る。
幸いにも二階の廊下は人が少ないようだ。
数少ない男子生徒たちも女子の波に巻き込まれていないし、二階は全体的に落ち着いている。
よし、このまま進んでどこかの空き教室に──
「っ!?」
横から誰かが飛びかかってきた!
「ぉわっ、ぁ──いてっ!」
バランスを崩して仰向けに転倒してしまう俺。
不意打ちとはなんと卑怯な。
いったいどこの誰だ……って!
「青城っ!?」
「つーかまーえたっ♡」
突然不意打ちで押し倒してきた輩の正体は、先日俺をハメた青髪の少女こと青城だった。
馬乗りになって更に手首まで拘束され、身動きが取れなくなってしまう。
「やめてくれ青城! きみは俺の特殊なフェロモンに当てられてるだけなんだ!
ドスケベしたい今の気持ちは、きみの本心じゃない!」
「そんなことよりえっちしよ?」
「ぜんぜん聞いてねぇし……っ!」
傍若無人で目がハートになっている青城を見ていると、彼女に殺された日の事が鮮明にフラッシュバックしてしまう。
セックスを迫られ、死が直前に迫り来て、なにより肉体が爆散するあの感覚を思い出すだけで、胃の中のものを全部吐いてしまいそうだ。
もはや痛みなんて次元を超越した、全身に走る不可思議な感覚。
まるで内蔵が内側からどんどん溶解していって、体の肉が全て裏返しになってしまうような、耐えがたい苦痛と衝撃。
もういやだ。
二度と死にたくない。
そう思った瞬間、体に力が入った。
あまり乱暴はしたくないが、俺だって死ぬわけにはいかないのだ。
青城には悪いけど、ここは思いきり突き飛ばしてでも──
「そこの二人! 主陣くんの腕を押さえて!」
「「了解っ!」」
「っ!?」
青城に掴まれていた腕が上がりかけたと思ったら、彼女を振り払う間もなく増援の二人に手首と関節を拘束されてしまった。
「青城おまえ……!」
「ふふふ、私一人じゃ主陣くんに力で負けちゃうからね。
あらかじ主陣くんのデカマラを餌に二人、私の後を付けさせてたんだ。
ありがと、二人とも♡」
ウィンクをする青城だが、俺を拘束している二人はそんなものには一瞥もくれず、目を血走らせて涎を垂らしながら、今にも俺を喰らわんとしている。
「はぁはぁチンポ!」
「デカチンポ!」
完全に目がイっちゃってるわコレ。こわい……。
「ていうか青城お前、
「うん、そうだよ? 主陣くんが教室を出てから、人を集めて事前に準備してたの。
私はとにかくあなたの最強オス筋肉チンポとバトルがしたいから」
あまりにも用意周到すぎる。孔明もびっくりだよ。
「ていうか女子高生が使うワードじゃないだろそれ……」
「私は女子高生じゃなくて女子学園生だよ」
「何が違うんだよ、それ」
「子供じゃないってこと」
「っ? おまえまだ高2だろ?」
「登場人物は全員18歳以上です」
俺は17歳で未成年なんだよ離せェェェッ!!!
「ううぅ~~っ!」
「暴れないで!」
「うるせえ色情魔っ! 年下犯してマジ犯罪者になるつもりか!?」
「年下って考えたら興奮してきた」
ダメだコイツ!
「ほら、まずはちゅーしましょ。んぢゅううぅ~~~っっっ」
「ぎゃあああぁぁぁぁ!! やめてぇぇぇぇ───」
もう駄目だ、おしまいだぁ……と観念した、その瞬間。
「っ!? なっ、なによこれ!?」
俺たちの周囲に、突然モクモクと煙が発生し始めた。
完全に視界を遮ってしまう濃度の煙幕が辺り一面に充満し、俺どころか青城や他の二人まで煙に翻弄されて咳きこむ。
そのおかげなのか、腕を押さえていた拘束力が落ちた。
「ゲホッげほ! け、けむいぃ……っ!」
(今しかないっ!)
なんだかよく分からないが、とにかくこれは好機。
強く腕を振り払えば、女たちの拘束は拍子抜けするほどにあっさり解けた。
俺はそのまま手を前に突き出し、馬乗りになっていた青城を突き飛ばす。
「きゃっ! お、女の子に手を上げるなんてサイテー!」
さっきまで年下をブチ犯そうとしていた犯罪者予備軍が何か言っているが、そんなものは無視だ。
とにかく今のうちに逃げなければ。
(でも周りが見えない! どっちがどっちだか分かんないし、煙で目ぇ痛いし……!)
俺と戦っていた彼女たちが煙で怯んだということは、つまり俺にも煙の効力は及ぶ。
目尻から涙を浮かばせながら、ともかく前へ踏み出──そうとした瞬間。
「こっち」
「うぉ──っ!?」
何者かに手を引かれ、俺は走りながらその場を離脱した。
されるがままその相手に付いていけば、いつの間にか煙が晴れて、視界が明瞭になっていく。
周囲を確認すると、今いる場所は階段の踊り場。
壁にある階層表示を確認する。
2F-3F とあるので、ここは二階と三階の間の踊り場のようだ。
そして目の前には、俺と手を繋いでいる、ゴーグルをつけた学生服の少女がいる。
状況を鑑みるに、どうやら彼女が俺を助けてくれたらしい。
日本人然とした黒く艶やかな髪のポニーテール。
ゴーグルを首の下にずらしたことで見えた、伏し目がちで瞼が半分しか開いていない、いかにも眠そうな黒色の瞳。
なによりまるでビスクドールのように、造形が整いすぎて人形染みている全く変わらない無表情なその顔に、俺は見覚えがあった。
「きみは……」
「久しぶり」
「あ、あぁ。久しぶり。……というか、助けてくれてありがとう」
「……ん」
とても淡々として、悪く言えば不愛想なその態度を前にして、彼女に対して適切なコミュニケーションが取れているのか不安になってくる。
彼女は以前、気絶した俺と催眠術使いのロリ先輩を保健室まで運んでくれた人だ。
あれ以降滅多に顔を合わせることが出来ず、此方からアプローチを掛けようとすると、毎回エロイベントに邪魔されてしまっていた。
こうして顔を合わせるのは数ヵ月ぶり。
彼女の言う通り、本当に久しぶりだ。
……そういや名前すら知らない。
「了解」
「……へっ?」
「ついてきて」
「えっ、ちょっ」
再び俺の手を握って先行する少女。
向かう先は上の階のようだが。
というか何で俺の事助けてくれるんだ。
あと、どうして俺の間近にいるのに、フェロモンが効いてないんだ?
「あ、あの! 状況がよく分からないんだけど!」
「このまま止まってると、二十秒後に接敵する。
三階は発情女子たちで渋滞してるから、一気に四階まで向かう」
「接敵って……」
少女は少し先の予測や、階層の状況まで把握している。
いったい何者なのか──それは分からないが、少なくとも今は彼女に協力してもらうことに決めた。
このまま闇雲に逃げ回っても、先ほどの青城のように死角からの攻撃をされたら詰む。
それに手を引いてくれているこの少女と違って、俺は階層ごとの状況把握が出来ていないため、逃げた先で集団に出くわしてゲームオーバーになる可能性も否定できない。
ともかくここは彼女を信じる。
青城という、この世界では比較的常識人だと思っていた人間に裏切られたばかりの昨日の今日で、またこの世界の住人に頼るなんて、おかしな話だとは思う。
それでも、俺は人を信じることをやめたくない。
この少女からは、助けるふりをしてどこかに連れ込んで俺を独占しようだとか、そんな邪な感情は見えてこない。
……そもそも無表情すぎて普通の感情すら見えないのだが、それはそれとして俺のフェロモンが効いていないのは一目で解るし、襲われる心配はないと思われる。
「止まって」
廊下を走っていると、少女がいきなり足を止めた。
そのまま彼女につられる形で、空き教室の影に隠れる。
「どうした?」
「前方の理科室で二人待ち伏せしてる」
「マジか……何で分かるんだ?」
俺の質問に、少女は指で自分の耳をつつくことで答えた。
よく見てみれば、彼女の左耳にはインカムであろう片耳イヤホンが装着されている。
「もしかして……誰かから指示を?」
「うん。もう一人味方がいる。
……よいしょっ」
返事をしつつ、彼女はポケットから小型のラジコンを取り出した。
車体の上には奇妙な装置が取り付けられている。
「それは?」
「囮用ラジコンカー、通称オトリくん。
上にくっ付いてる投影装置で、
「そりゃまた便利な──って」
待て待て。
いま、コウって言ったか?
俺はコウ。名前が
この世界に来てからは、皆に苗字でしか呼ばれてなかったし、友達の中でも俺を下の名前で呼んでたやつは、たった一人しかいない。
それに、この少女とは名前で呼ばれるほどの交流関係はなかったはずだ。
「きみ……俺の名前を知ってるのか?」
「詳しいことは後で話す。まずは避難を」
「……わかった」
この際細かいことは後回しだ。
今は無事に逃げ切ることが先決だろう。
「オトリくんを走らせるから、待ち伏せしてる二人がそっちに気を取られた隙に、背後を潜って一気に通り抜ける」
「了解だ。出るときは合図が欲しい」
「じゃあ、カウントダウンをするから。
ゼロで出発」
よし、ゼロで一気に駆け抜けるぞ。
「オトリくん、発進」
少女が手を離すと、小型ラジコンカーが勢いよく廊下を爆走し始めた。
そしてラジコンの上部に設置された投影装置から、走っている俺の姿を模したホログラムが映し出される。
走る映像と車の速度を調整しながら、ラジコンが目の前の教室を通り過ぎると──
「おちんぽだァッ!!」
「そのおチンポは私のものよッ!!」
獲物が釣れたようで、女子二人がラジコンに向かって吶喊していく。
俺は別におちんぽでも何でもないのだが、ともかく全然ホログラムだってバレてない。
煙幕といいラジコンといい、この少女の不思議な道具の数々はどれも優秀だ。
オトリくんが頑張ってる今のうちに行くべきか。
「さん……にぃ……いち」
そんなゆっくりカウントする意味ある?
「──ゼロ。ゼロッ、ぜろっ、ぜろ……っ!」
「なんでそんな連呼するの!?」
「いくよ。早く」
「ちょっ、待って! きみの行動を読めない俺が悪いのか!?」
不思議っ娘であることが確定した少女を追いかけ、廊下を駆け抜ける。
待ち伏せしていた女子たちは、教室の中に入ってグルグルしているラジコンに翻弄されているため、俺たちに気がつくことはないようだ。
「おーい! こっちこっちーっ!」
すると、廊下の一番奥にある小さい準備室の扉が開き、そこから一人の女子が出てきて手を振ってきた。
背丈はかなり低くて、袖が余っていて完全に体のサイズに合っていないブカブカの白衣を着ていて、童顔な顔立ちでめっちゃ目立つピンク色の髪をしたあの少女は──!
「ロリ先輩っ!?」
思わず声に出た。
彼女は以前、俺に催眠術をかけて性行為をさせたその人だ。
あの時は何故か残機は減らなかったが──よく分からないけど今はいい。
「あの人がもう一人の味方なのか!」
「そう……っ。それで、あそこの……ぜぇっ、じゅ、準備室が、秘密基地……はぁっ」
これまでの逃走でかなり体力を消費してしまっていたのか、息も絶え絶えな少女。
明らかに彼女の走るスピードが落ちていたため、俺は少女の手を掴んで、ロリ先輩が手招きしている準備室へと突っ込んだのだった。
後編も多分すぐに上がります
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パーティメンバー加入イベント【後編】
「……お、お前っ、本当にインなのか!?」
「うん」
数十分後。
準備室の中にあった隠し扉を通って、俺たちはいま秘密の部屋で休憩をしている。
普通の教室の半分くらいの広さで、壁にある大きな机には3Dプリンターやらパソコンやら配線がいっぱい繋がってるコンピュータがたくさんだ。
ここはこの学園に元々存在していた部屋らしいが、抜きゲーみたいな世界の学園なので、こういった秘密の部屋があっても不思議ではない……と割り切ることにした。
しかし、割り切れないというか、信じがたい話も同時に抱えてしまっている。
「何で女の子の姿に……」
「ハンデ。残機を一つ多く貰う代わりに、筋力と体力と男の体と表情を持ってかれた」
この、目の前にいる黒髪ポニーテールの美少女が、自分の正体が俺の親友である
端的に言って困っている。
もちろんこの世界で親友と再会できたことは嬉しいが、当の本人が女になっていたら、どんなリアクションをすればいいのか全く分からない。
俺は頭を抱えていた。
「……ゲームをクリアしたら、元の姿に戻れるんだろうな?」
「うん」
「ホッ……」
マジでホッとした。ホッって言っちゃった。
困るだろ。男の友達が女になってたらさぁ。
嫌ってわけじゃないけど、とにかく困る。
朝起きたら美少女になっていた──通称”あさおん”を体験したらどうする? ……なんてくだらない会話をしたことはあったけど、まさか本当に女になってくるとは思わないじゃん。
しかも結構かわいいし。
胸は……そこそこ。無いわけじゃない。
インのやつ、あの話をしてた時は『俺が女になったら胸揉ませてやるよ(笑)』とか言ってたけど、できれば忘れてて欲しいな。
もし女の子の体を使ってからかわれたら、童貞丸出しの反応をして悔しい思いをしそうだから。
「そういえば……インのゲームクリアの条件って何なんだ?
俺はバレンタインデーまで生き残ることだけど、同じなの?」
「……」
黙っちゃったよ。なんでだよ。
「イン?」
「……」
「おーい」
「……ひみつ」
そっすか。
まぁ隠し事の一つや二つ、あったところで問題はない。
親友だからって何もかも詳らかにしていいわけじゃないしな。
これに関しては余計な詮索をするべきじゃないだろ。
クリア条件が親友の俺に言うのも憚られるほど恥ずかしい内容だったとしたら、隠したい気持ちも理解できる。
「とりあえずインのことは分かったけど……」
首を横に向けると、カップに注がれた熱々のコーヒーに苦戦している、幼い少女の姿がある。
「あちち……んっ。ボクは別に幼い少女じゃないですけど」
「心の中を読まないでください」
「読めちゃうからしょうがないでしょ。そういう顔してたし」
どういう顔だよ。何でそれで読めるんだよ。怖いよ。
……俺たちを助けてくれたのは、かつて俺と一戦交えた相手であるロリ先輩だった。
どうやら俺と先輩のひと悶着があった後、いろいろあって先輩がインに協力を申し出たらしい。
俺たちが本当はこの世界の住人ではないことや、悪魔によって開催されているゲームの事は、元からインに聞かされていたようだ。
それから俺のセックスで爆発して死ぬ呪いの事も諸々、この休憩中に全て話した。
信用できる人間だと、そう判断したから。
彼女は既に何回かインを助けていて、今回の逃走用ガジェットも全て彼女の自作とのことだ。
十分信じるに値する。
……もっとも、逆に先輩が俺の話を信じてくれるかは、わからないけれど。
荒唐無稽な話をしている自覚は流石にある。
それにこんな呪いの話をしておきながら、俺と先輩がセックスしたときは、なぜか爆発しなかったのだ。
正気を疑われて当然だろう。
「いや、信じるよ」
「えっ?」
先輩は机の上にコーヒーを置いて、しっかり俺と目を合わせた。
背が低いのに完全に俺と目線が一緒なのは、彼女が椅子の上にクッションを置いているからだろうか。
「事実、こうして学園中が君のフェロモンで大混乱してるし。疑う余地がないよ。きっとボクもイン君も、こうして鼻栓を詰めてなかったら、皆と同じように発情していただろうね」
「は、鼻栓……?」
二人ともそんなのしてないように見えるが。
「奥に詰めてあるんだ。ボクが開発した完全遮断性の高性能ミニ鼻栓さ。
女の子だし、見た目にも気を遣わないとね」
「はぇー……すっごい」
「なんか危険なガスとか使われた場合の対策としてあらかじめ作っておいたんだよ」
それは随分と用意周到だ。しかし、俺の腕時計はついさっき赤い点滅をやめた。
「あっ、先輩、俺もうフェロモンは出ていないみたいです」
「そうなの? じゃあ外そうかな……ふんっ」
ティッシュを鼻に添えてひと吹き。
すぽんっ、と鼻から出てくる粒。きったね。
「うるさいなぁ! これでも頑張って作ったんだぞ!」
「それ、鼻で息できるんですか?」
「できないよ。口でしか呼吸できないから、そのせいでイン君も途中でバテそうになってたし。
まぁでも、そろそろ高性能マスクが完成するんだ。息苦しくなくて、デザインも可愛くて、尚且つ君のフェロモンを遮断する優れものさ。
ボクの技術力にアッと驚くといい」
ふふん、と無い胸を張るロリ先輩。
子供が大人ぶっているようにしか見えなくて微笑ましい。
「こ、こら! その保護者みたいな眼差しやめたまえよ!」
「えらいですねぇ先輩。撫でてあげます」
「うぇ? えへへ……っておい! 弄ぶなぁ!」
遊ばれてる自覚があったらしい。
思っていたよりも彼女は大人だったようだ。
……からかうのはここら辺にして。
表情を切り替え、真面目な雰囲気を戻した。
「でも、先輩はいいんですか? 俺たちと一緒にいると、きっと先輩にも危険が及びます」
「承知の上だよ。なによりアイテムが無いと基本的にクソザコなイン君を放ってはおけないしね」
ズズーっと温かいお茶をすすっているインを一瞥し、再び俺の方を向いた先輩は、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
その表情に少しドキッとしたものの、俺もお茶をすすって誤魔化した。
……インが懐いてる理由が、ちょっとだけ分かったような気がする。
「それに後輩君への罪滅ぼしでもあるんだ。ボクは一度、きみを殺しかけてしまったようだし」
「い、いやっ、それは俺のフェロモンのせいで! それに、先輩とシたときは残機も減らなかったですし、罪滅ぼしなんて……」
「外的要因も確かにあったかもしれないけど、結局性欲に負けてきみを襲ったのは事実だ。それって私の罪だろう?」
「ぅ……」
だからそれはフェロモンのせいで──なんて言ったところで、きっと彼女には通用しないのだろう。
少しだけだが、目の前にいるこの少女のことが、俺にも理解できた。
責任感が強いというか、先ほど言った通り本当に”放っておけない”タイプの人なのかもしれない。
「いいから先輩を頼りたまえよ。これでも年上だぞっ」
椅子を降りて、真っ直ぐ俺に手を伸ばす先輩。
意図を察して俺も椅子から立ち上がって、彼女の手を握った。
「……はい。よろしくお願いします、先輩」
「うんっ! こっちこそよろしくね!」
朗らかに笑ってくれた彼女を前にして、力が抜けてしまったのか、俺も同様に破顔した。
先輩の技術力が折り紙付きなのは今回の逃走で理解したし、なによりここまでの話を信じてくれて、真正面から協力を申し出てくれた先輩を頼りたくなってしまった。
元から親友で同じ世界から来たインとは違って、初めてこの世界で出来た仲間。
その存在を改めて自覚すると、自分でも驚くほどに心から安心感に包まれた。
俺の孤独な戦いは、どうやら今日で終わりらしい。
仲間と安心を与えてくれた先輩だ、そろそろ名乗っておかないと失礼だろう。
「俺は主陣コウです。改めてよろしくです」
「ボクは
「はい。頼りにしてます、式上先輩」
「えへへ~。あっ、イン君もこっちおいで」
照れる先輩と握手を交わしていると、彼女はインを手招きした。
指示通り近づいてきたインは、式上先輩の意図を察して、自分の手を俺たちの手の上に置く。
「ボクとイン君と後輩君、三人寄れば文殊の知恵だ。
なんとか・トラブルから逃げて・リタイアしないようにがんばる──略してNTR!
これがボクたちのチーム名だ!
みんなでがんばろー! おーっ!」
「ぉ、おぉーっ!」
「おー……」
元気いっぱいな式上先輩。
感化されてテンションが上がる俺。
そして変わることなくずっと無表情なインの三人による、なんとか理性的にセックスから逃げるチームこと”NTR”が、いまここに結成されたのだった。
「あぁ、それと」
「……?」
なんですか先輩。
「このチームの目的はもう一つあるんだ」
「初耳」
俺も初耳だ。いったい何だろう。
「この世界の女の子たちを──後輩君の凶悪なイチモツから守ることっ!」
「なるほど」
いやなるほどじゃねぇだろイン。てか急に何言ってんだこのロリは。
俺が女の子たちを襲うとでも思ってるのか……?
「いやいや、この世界は君たちの世界で言うところの”抜きゲー”なるジャンルのゲームと似ているらしいからね。
気を抜けばボクみたいに君を催眠で操る輩とかいっぱい出てくるんだ」
た、例えば?
「サキュバスとか逆レ痴漢魔とか、平気でポンポン出てくるよ。
彼女らに負けて操られると、君は最低最悪のおちんぽ魔王と化してしまうだろう。
そうなったら最後、この世界の女の子たちは後輩くんのイチモツで墜ちてしまい、後輩君のイチモツなしでは生きられない体にされてしまう!」
物騒すぎるだろこの世界。
……ていうか俺の股間の聖剣に、そんな人を屈服させるような大層な力なんて無いと思うのだが。
「あるよ? この世界で唯一、直に体験したボクが言うんだから間違いない」
そういえばこの人とシたことあるんだった。
できれば忘れていたかった。
「あれは凄かったな……本当にボクの事をオナホみたいに使って、ボクが壊れる直前まで腰を振っていたね。咄嗟に催眠を解除してなかったらヤバかった。
あんなでっかくて凶悪なイチモツに襲われたら、普通の女の子はひとたまりもないよぉ……ぷるぷる」
「コウ、やばい。近寄らないで。ぷるぷる」
何でそうなるんだよ!?
ちょっ、二人ともそんな距離を取らないで!
心にクるものがあるから! あからさまに怯えないでくれ!
「えっとねぇ……ゴソゴソ。
ぉ、あった。後輩君にはボクが制作したこの特注オナホをあげるよ。
オカズに困ったら……まぁ自撮り程度なら送ってあげるから、ムラムラしたら使ってね」
「私もパンツの写真くらいなら」
「い゛ら゛ね゛ぇ゛よ゛ッ゛!!!」
謂れのない非難を受け、悲しみの叫び声を上げつつ、俺は受け取ったオナホを地面に叩きつけた。
インのクリア条件はもうちょっとだけ秘密です
メインキャラ一覧
・主陣鋼→しゅじんこう→主人公
・火路胤→ひろいん→ヒロイン
・式上桃彩
式上→しきじょう→じょうしき→常識人枠
桃彩→ももいろ→ピンク髪
次回はたぶんきっとおそらくサキュバス
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前哨戦:淫夢
「……あ?」
気がついたとき、俺は教室で一人佇んでいた。
周囲には誰もいなくて、窓からは暖かい斜陽が差し込んでいる。
黒板の上を見ると、時計の短い針は4を指していて、何故か秒針は止まっている。
「……なに、してたんだっけ」
首を傾げた。いったいどうしてか、記憶があやふやだ。
俺はさっきまで何をしていた?
どうして夕方の教室の中で突っ立っている?
訳の分からないままボーっと突っ立っていると、不意に教室の扉が開かれた。
「コウ」
扉を開いた誰かが俺の名前を読んだ。
「……イン?」
教室に入ってきたのは、黒髪をポニーテールにした、人形のように無表情な少女。
インだ。
俺と一緒に事故で死んでしまい、この世界では女になってしまった、俺の大切な親友だ。
どうしてこの教室に?
たしか、彼女のクラスは隣だったはずだ。
「コウ、何をしているの」
淡々としていて、まるで感情の見えてこない声音で、彼女は問いかけてくる。
俺は質問の答えに詰まった。
自分がいま何をしているのか、自分自身でも分からないのだ。
「……わかんね」
繕うことなく、ただ正直にそう答えると、インは緩慢な足取りで此方に向かって歩き始めた。
無表情で、何を考えているか読めなくて、それでも迷いなく距離を詰めてくるその姿が不気味で、俺は怯む。
立ち竦み、そのまま固まっていれば、いつの間にかインはすぐ目の前に立っていた。
「私を、待っていたの?」
さぁ、どうだっただろうか。
思い出せないが、そうだったかもしれない。
突然死んで、妙な世界に転移して、いつもの日常が奪われて。
数ヵ月もの間インと離れ離れになっていた俺は、確かに
「でも、私は女になった。見た目も、喋り方も変わった。
コウの知ってるインじゃない。私は、
確かにそうだ。人形のようだが、ただ綺麗なばかりで表情に乏しいこの少女を、俺は知らない。
俺の知っているインは、こんな能面のように冷たい顔をした人間ではなかった。
卑屈というか自虐気味で、目の下にはクマがあって。
アニメやゲームの話ばかりしていて、姿勢が悪くていつも猫背で、ふへへっと怪しい笑い方をするような男だ。
しかし意外と聞き上手で、俺が学校を休んだ時はノートを取ってくれたり、校内で見つけた落し物は毎回職員室に届けたりだとか、端的に言ってお人好しな男でもあった。
そんな、一緒にいるといつも笑ってくれていた彼が、今は虚空を見つめる猫のように無表情な少女になっている。
困惑していない、なんて言葉は言えなかった。
それはきっとウソになる。
俺は女になった親友を前にして──動揺していたのだ。
「私は……インじゃない?」
真っ直ぐ俺を見つめながら、透き通るように綺麗な声色でそう問うた。
「……いや、お前はインだ」
「どうしてそう言えるの? なんで信じられるの?」
「お前が自分をインだと言ったから。俺は親友の言葉を疑ったりはしないよ」
そう言って笑いかけてやると、インは目を伏せた。
「……信じて、くれるんだ」
「当たり前だろ? 俺の親友は、嘘だけはつかない」
インがインだと言っているのならば、きっと彼女は本当にインなのだ。
だから女になったところで、俺たちの友情は揺るがない。
俺はインを信じているし、動揺したとしても、拒絶することは絶対にない。
「だから、お前もしっかり自分を信じろ。
女になってもお前はお前だ」
「……」
「うぉっと……」
励ましていたつもりなのだが、突然インが俺を抱きしめてきた。
いったいどうし──あれ?
いつの間にか、背中が床に付いている。
俺がインを見上げている。
インが俺を押し倒している。
どうなってるんだ。何が起こっている。
「嬉しい、コウ」
「イン……?」
停止した機械の如く無表情だった彼女の顔が、小さい微笑に変わっている。
唇の端をわずかに上げて、俺を見下ろしながら怪しく微笑んでいる。
「こんな私でも、受け入れてくれるんだ」
「お、おう……」
「じゃあ、このまま『──くん』私に身を委ねて?」
それはいったいどう意味だ?
「私が助かるには、コウと繋がらないといけない。
最初は受け入れてくれるか不安だったけど『──ぃくん』コウが許してくれるのなら、私も安心」
繋がるって──
「えっち、だよ。ごめんね、嫌だよね。
私は元々男だし、そんな気持ちにはなれないよね。
でも、私がんばるから。ちゃんとコウを気持ちよくさせられるよう、いっぱいご奉仕するから。
だから、このまま私に流されて──」
『後輩くんっ!!』
★
「──ハッ!?」
意識が覚醒した。咄嗟に跳びあがり、周囲を確認する。
ここは……俺の部屋?
「後輩君! あぁ、よかった!」
「……ロリ先輩?」
ベッドに横たわっている俺の手を、式上先輩が小さな両手で握っている。
「ロリじゃないですけど! でもこの際どうでもいいや!
とにかく戻ってきてくれて安心したよぉ……!」
「コウ、よかった。起きてくれた」
よく見ればインまでいる。
なんだなんだ、こりゃ一体どういうことだ。
「すいません、なんかボーっとしてて……これ、どういう状況です?」
「お、覚えてないのかい? ぐぬぬ、あいつめ、なんて強力な催眠を……」
えっ? え?
「コウは学校の帰り道でサキュバスに襲われた。
それでそのサキュバスに眠らされて、さっきまでうなされてた」
「え──あっ」
そこまで聞いてようやく、完全に俺の頭の中が目覚めた。
たしか数日前から近所でサキュバスの目撃情報が出回っていて、うちの学校の男子たちも被害に遭っていたんだったか。
具体的に言うとサキュバスに『淫夢』を見せられて、夢の中で搾精されまくって、意識が昏倒した状態になってしまうだとかなんとか。
放っておくと俺にも魔の手が及びかねないため、逆にサキュバスをおびき寄せてやっつけてやろう、と考えたのが一昨日の話で。
そしてサキュバスが俺に干渉したら淫夢を送っている魔力を逆探知して、最終的にヤツの居場所を突き止める機能を搭載した腕輪を付けたのが、今日のお昼のNLSの定例会議のときだ。
まぁ、まさか式上先輩特製のサキュバス逆探知リングを身に着け、帰り道に「今夜は決戦だぜ……っ!」と意気込んでいたところを直接襲われるとは、夢にも思ってなかったが。
不意打ちだったことと、サキュバスが直に俺へ淫夢の魔力を叩き込んだことが関係して、夢の中では記憶を忘却してしまい、さらにインに扮した淫魔に襲われかけたが……式上先輩の声で何とか目覚めることが出来たって感じだろうか。
「安心したまえ後輩君。直接叩き込まれた魔力だけど、しっかりサキュバスと繋がってたみたいだから、彼奴の居場所は逆探知できた!」
改めて思うけど、このロリの技術力は一体どうなってるんだろう。
「ふふん。科学部の部長だからね!」
科学部ってすげぇ。
……それにしてもあのサキュバス女、まさかインの姿で俺を篭絡しようとしてくるとは。
露骨な誘惑には絶対負けないが、あんな風に自然を装う形で襲われたら流されてしまうのが、どうやら俺の弱点のようだ。
今回は二人が俺を起こしてくれたから助かったが、これは俺の驕りが招いた失敗だ。
もう一度気合を入れ直して、この世界との戦いに臨むことにしよう。
「コウ、だいじょうぶ?」
「あぁ……むしろ悪夢から解放されて絶好調なくらいだ。
今すぐにでも出発しよう」
心機一転の足掛かりとして、まずは見境なしのあの淫魔野郎をぶっ潰す。
インの姿でエロいことしようとしやがったアイツには、必要以上にお灸をすえてやらねばなるまい。
「サキュバスはどうやって倒すの」
「フライパンでぶん殴る」
天使にも有効だったし、たぶん一発頭をぶん殴ったりでもすれば勝てるだろう。
覚悟しろよサキュバス女。
今度はこっちのターンだぜ!
「NTR、出動だ!」
「おーっ!」
「おー……」
次回は直接対決(意味深)
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ムチッ♡ムチッ♡(効果音)
「やってきたぜ」
時刻は夜。NTRは街はずれの怪しい二階建てのビルの前にやってきてました。
既に建物からは、いかにも危険そうな紫色のオーラがブワァーって出てます。
ここがサキュバスの本拠地であることは明白ですね。
「準備はいいかい、二人とも」
式上先輩の言葉に、俺とインは頷いた。
今回のサキュバス討伐作戦は以下の通りだ。
まずは三人でビルに侵入し、サキュバスの居場所を突き止め、強襲する。
次に式上先輩の発明ガジェットである煙幕玉やオトリくんを使って淫魔を撹乱。
そしてその隙に、青城からパクった麻酔銃をインが使って、サキュバスの動きを鈍らせる。
最後に俺がフライパンで後頭部をぶっ叩いて気絶させれば、見事に俺たちの勝利というわけだ。
サキュバスを捕まえた後は、縄で縛って警察に連行する手はずになっている。
最初から警察を頼らないのは……まず警察がサキュバスなんて存在を信じてくれないので、仕方がない。
式上先輩はこの世界ではエロモンスターがポンポン出ると言っていたが、それらはあまりに表沙汰にはなっていないようだ。
煙幕を防ぐゴーグルに記録カメラを搭載しておいたから、これで証拠映像と共にサキュバス本人を連行すれば、さすがにお巡りさんも信じてくれるだろう。
「俺が先行します。二人はカバーを」
「んっ」
「了解!」
家から持ってきたフライパンを片手に、ビルの扉を開けて顔を覗き込ませ、周囲の状況を窺う。
建物自体が古いのか、ところどころ照明が明滅しているが、基本的には明るいため視界は良好だ。
「誰もいない……か?」
見たところ無人だ。とりあえずは侵入しても問題なさそう。
よし、突入──
「……ぁ?」
突入しよう、と後ろの二人に声を掛けようと思ったのだが、頭がフラついた。
思わず手で額を押さえると、今度は強烈な睡魔が俺を襲ってきた。
「なんっ、だ……!?」
体のバランスが取れなくて、視界がぼやけて瞼が重い。
──まずい。これは何かしらの罠だ。
突然の異常事態に頭の回転が鈍り、今すぐにでも後ろの二人に『逃げろ』と言わねばならないのに、それが出来ず床に膝をついてしまった。
「コウっ」
「後輩くん! どうしたの!?」
二人が駆け寄ってくる。
ダメだ、こっちに来ちゃ──
「あらら。ボウヤだけかと思ったら、かわいい女の子が二人も釣れたわね」(ムチッ♡)
廊下の奥から響いてくる、若い女の声。
次第に暗がりから姿を明らかにしてきたその人物は、紅色の髪を腰まで伸ばしていて、全身の肌の色が薄紫色で、その肢体を黒色が基準の異常に布面積が少ない服で覆いつくしている。
頭には羊の様な歪曲した角。
そして腰回りにチラつく謎のヒモを尻尾だと理解した頃、既にその女は俺たちの目の前に立っていた。
その人間離れした姿と、なにより肉付きが良く、歩くたびに『ムチッ♡ムチッ♡』と意味不明な効果音が鳴っている様子から、俺は彼女をサキュバスだと判断した。
「ふふ……(ムチッ♡)入り口に催眠ガス撒き散らしといて正解だったわぁ。
まさかこんなにもあっさり引っかかるなんてね」(ムチッ♡ ムチチッ♡)
「きっ、さま……っ!」
ムチムチうるせぇなコイツ。
というか、まさか俺たちの襲撃を予期していたのか?
まずい、このままじゃ……!
「ぁ、れ? ぼく……なん、かっ、ねむ……ぃ……」
「先輩!」
入り口から入ったことで俺同様に催眠ガスを吸ってしまっていたのか、式上先輩が倒れてしまう。
インも若干ふらついていて、眠るのは時間の問題かもしれない。
──そんな。
まさか、こんなところで終わるのか?
こんなにもあっさり全滅して、俺はこのサキュバスに殺されてしまうのか?
クソ、ちくしょう、こんなはずじゃ。
初見殺しみたいな安直な罠に引っかかって終わるなんて、そんな馬鹿な話があるか。
どうすればいい。
この状況を打破するために、俺はどうしたらいいんだ。
「……っ、コウっ」
「イン……っ?」
催眠ガスで墜ちる寸前のインが、地面を這いずりながら俺に近づいてきた。
そして彼女は俺の顔に両手を添えると──
「んっ──」
「んむっ!?」
そのやわらかい唇を、俺の唇に重ね合わせた。
こ、こんな時に何を──
──チュドーン──
★
「──ハッ!?」
気がついたとき、俺たちはあの怪しい二階建てのビルの前に立っていた。
「準備はいいかい、二人とも」
隣にいる式上先輩が、少し前に聞いたことがあるセリフと、一言一句違わず同じ言葉を発した。
ガジェットを詰めたリュックを背負い、やる気満々で吶喊しようとするその光景には、とても見覚えがある。
「……だ、だめですっ」
つい、反射的にそう言ってしまった。
ふぇ? と式上先輩が首を傾げる。
しかしそう言わなければならなかった。
俺はいま激しく混乱しているから。
「いっ、イン……?」
後ろを振り返ると、そこにいたインは無表情ながらも、どこかやつれているようにも見受けられた。
「お前、まさか──」
「……うん」
一言で言えば、インは自殺することで強制的に時間を巻き戻した。
てっきり残機が減る条件は俺と同じだと思って、本人には聞いていなかったのだが、インは俺と違って『キスをすると爆発して死ぬ呪い』を抱えているらしかった。
俺よりも行為のレベルが低い分、この世界では簡単に発生する可能性が高い、非常に危険な呪いだ。
そんな呪いを逆手にとって、彼女は咄嗟に俺とキスをすることで、詰んだ状況をリセットしてくれた。
俺も爆発に巻き込まれて死んだと思ったのだが、どうやらインが先に死んでその時点で巻き戻ったからセーフだった、ということらしい。
……にしても、あのサキュバスにはしてやられたな。
事前に俺たちの動きを察知している、という考え方をしていないのが迂闊だった。
流石、世界で一番有名なエロモンスターというだけのことはある。
一筋縄ではいかないらしい。
今回ばかりはもっと対策が必要、ということになった結果、俺たちは一時的に撤退した。
そして翌日。
遂に完成した式上先輩お手製最強マスクを身に着け、俺たちは再びサキュバスの本拠地に訪れたのだった。
俺の発情フェロモンすら弾く高性能マスクの前では、やつの催眠ガスなど塵に等しい。
うちのロリっ子の技術力は世界一だ。
「今度こそ。準備はいいかい二人とも」
「はい先輩、バッチリです」
「私も大丈夫」
今日は一日中戦闘訓練をしまくって、三人で気合を入れ直してきた。
そしてサキュバスメタの最強装備でここに来たため、もはやあのムチムチ女に負ける道理はない。
「突入ーっ!!」
堂々と入り口から三人で吶喊し、武器を構えて廊下を駆け抜けていく。
サキュバスはビルに何者かが侵入すると自ら赴くことが判明しているため、わざわざ探さなくても──ほら来た。
「ぁ、あれっ!?(ムチッ♡)入口には催眠ガスがあったはず……!(ムチィッッッ♡)」
「フッ。そんなもの、ジーニアスな式上先輩の発明品の前では無力もいいところだぜ」
褒められた~♪ と喜んでクネクネしている先輩はさておき、自らの力が通用しなかったことにサキュバスは困惑している。
いい気味だ。その顔が見たかった。俺たちに恐怖するその顔がぁ……ウッヒッヒ。
「コウ、悪い顔してる」
目の前にはもっと悪い奴がいるから問題ない。
よし、じゃあ本格的に討伐開始だ!
「ぐぬぬぅ……!(ムーチムチッ♡)学園生風情が生意気なっ!
こうなったら(ムチッ♡)わた(ムッチム♡)やっつけ(チムチムっッチムチ♡)」
効果音がムチムチうるさすぎてサキュバスの声が聞こえてこない。
ナイスバディなのも考え物だな。
その点こっちのチームは優秀だ。
二人とも別におっぱいはそこまで大きくないし、なんたって片方はロリだからな!
ムチムチのムの字もないぜ!
「後輩君いま失礼なこと考えてないかい?」
「気のせいです! ほらサキュバスが来ますよ!」
「かくごし(ムチムチっ♡)こ(ムチッ♡)(ムチチィ♡)(ムッチムチムチィムッチムチッッッ♡♡♡)」
あああぁぁぁムチムチうるせぇ!!!
ムチッ♡
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エロゲ主人公ムーブ
『トドメだぁぁぁぁァァァッ!!』
おれの フライパンこうげき!
かいしんの いちげき!!
サキュバスに 99999ポイントの
ダメージを あたえた!
サキュバスを たおした!
『むちぃ……あ、アタシが負けるなんてムチ……』
パタリ。
『わーい勝ったー!』
『やりましたねーっ!』
喜ぶロリ。
彼女を抱っこして高い高いする俺。
そんな俺たち二人を見つめる無表情な少女。
なにより、床に突っ伏して動かなくなったムチムチ女。
そう。
激しい死闘の末、俺たちは無傷でサキュバスに勝利したのだった。
はい、回想終わり。
★
といった感じで、サキュバスとの戦いは割とあっさり終結し、あれから既に数週間が経過している。
現在は七月の中旬。あと数回登校をすれば、学園は夏季の長期休暇に入るといったところだ。
ゲームクリアのバレンタインデーまではまだ半年以上あるが、サキュバスの件を通してまた一回り成長したNLSの面々ならば、サキュバス事件初日のあのようなヘマをやらかすことはないだろう。
一度窮地を乗り越えたからこそ、俺たちの絆はより一層強いモノへと進化しているのだ。
「よーし、寝るか」
時刻は零時を回り、心地よい眠気で瞼も重くなってきた。
部屋の冷房をリモコンで設定しつつ、俺は布団の中へ入った。
明日と明後日の二日間の学園生活を終えれば、その翌日からは夏休みだ。
無論、いままで生きていた元の世界のように、平和で暇なだけの夏休みというわけにはいかないだろう。
この世界は抜きゲー染みている。
たとえ夏休み中であろうが、理不尽なエロイベントがたくさん襲ってくるに違いない。
よって、長期休暇中もNTRの活動は継続する方針だ。
俺とインの為に、せっかくの夏休みだというのに協力してくれる式上先輩には、もう頭が上がらない。
「足向けて寝られねぇなあ……」
そんなことを呟きながら布団でゴロゴロしていれば、次第に意識が明滅し始めてきた。
このままジッとしていれば眠りに落ちて、気持ちよく朝を迎えることが出来そうだ。
「……すぅ」
微睡みの中で、全身の力が抜けていく。
そして、このまま、意識が落ち──
「みつけたーっ!!」
眠りに入るその直前。
何者かが甲高い声と共に体の上にのしかかってきて、俺の意識は強制的に現実へと戻された。
「っ、……ッ!?」
突然の事で心臓が飛び跳ね、訳が分からず目を開く。
そうして視界に映り込んできたのは、薄紫色の肌が特徴的な、どこか見覚えのある女だった。
「さっ、サキュバス……っ!?」
「ようやく見つけたわよ! 主陣コウ!」
なにやら怒った表情で俺に跨っているその女は──いや
彼女はなぜか肉体が縮んでおり、インと同じスレンダーな少し背が低い少女の姿へと変貌している。
むしろインよりも胸が無く、太ももだってかなり細くて、もはやあのムチムチうるさかったナイスバディなスケベ女の面影は残っていない。
顔つきがそっくりだったから判別ができたものの、体だけで言えばもう別人だ。
しかし、どうして俺の家に。
彼女は数週間前、しっかりと警察に引き渡したはずだ。
「頑張って逃げてきたのよ……。おかげで魔力を使いすぎて、こんな姿になっちゃったけどね」
いや頑張れば警察から逃げられるのやばいだろ。
俺が知らなかっただけでこのサキュバス、かなりスペックが高い方だったのか。
──って、そんなことより。
「……何しにきやがった。言っておくが、もうオマエの催眠ガスとかは効かないぞ」
このサキュバスの目的は一体何なのか。
一応今は式上先輩が作った特殊な腕輪をつけているため、エロモンスターたちのエロ攻撃や催眠には耐性がある。
ベッドの下にも麻酔銃とフライパンを仕込んであるし、襲う素振りを見せたら即座に反撃するつもりだ。
「そんなんじゃないし。ただ警告しに来ただけ」
「警告……?」
「アンタたち、前に戦ったときにアタシの体に直接触れたでしょ」
そりゃあ戦ったわけだし。ロープで縛るときもバッチリ触りましたね。
「サキュバスの肉体に触れるとね、こっちの意思とかに関係なく催淫の呪いが掛かるの」
えっなにそれは。
「発動されるのは付与されてから三週間後。つまりアンタらは明日からってワケ。
呪いが起動すると性欲が通常の五倍になるから、性欲発散するなり運動して誤魔化すなりして頂戴」
「ちょっ、まてまて。いきなりすぎてワケわかんねぇんだが」
「言葉通りの意味よ……。あぁ、あと呪いは起動してから二週間で消えるから」
唐突にとんでもないことを暴露してきやがった。
触れるだけで呪いが付与されるなんて、予想以上にサキュバスとは危険な存在だったらしい。
戦闘する中で俺たちNTRは全員サキュバスに触れてたから、みんな明日から性欲が五倍になってしまうではないか。ヤバイわよ。
「……ていうか、なんで敵のお前がそんなこと、俺に教えるんだよ?」
俺が怪訝な表情でそう質問すると、サキュバスはプイッと顔を背けてしまった。
「アンタたちが呪いで発情して、それでまたアタシのせいだって八つ当たりされたら溜ったもんじゃないもの。
いい? とにかくその呪いはアタシの意思じゃないから。
もうこの地域からは出ていくから、追ってきてまた捕まえるなんてことはしないでよね!」
そう言って立ち上がるサキュバス。
部屋の窓を開け、背中から黒い羽根を出現させた。
「お、おい! ちょっと待て!」
「……何よ」
呪いの件は……まぁ抜きゲーみたいな世界だし、そもそもサキュバスなんて存在が実在しているのだから、そういうものなのだと納得することにした。
でも、このまま見逃すわけにはいかない。
せっかくまた会えたのだから、彼女には言っておきたいことがある。
「お前も生きるためなんだろうけど……今回みたいに無辜の人々を襲うのは、なるべく控えてほしい。
できれば、悪い奴とか性欲が凄いやつとか、そういう人間を対象にしてくれないか?
もし普通の人を選ぶのだとしても、搾精する量を減らすとかさ」
「……そんなの、保証できないわよ」
「なるべくでいいんだ。搾精し尽して意識混濁の状態にするのは、やりすぎだと思うから」
サキュバスの生活事情は詳しく知らないが、きっとやりようはあると思う。
それにこいつは極悪人というわけではないと思う。
わざわざ俺の所へ警告に来なくても、黙って遠くへ逃げてしまえば済む話だったのに、呪いの事を俺に教えてくれた。
彼女ならきっとできると、そう信じたい。
「……」
ジッと俺を見つめるサキュバス。
そのまま固まっていると、彼女は小さくため息を吐いた。
「……ハァ。アタシを見逃せないなら、さっさと捕まえるか通報するかすればいいのに。
馬鹿というかお人好しというか……」
「ばっ、馬鹿ってなんだよ。そういうこと言うと本当に通報するぞ」
「ふふっ。あー、こわいこわい。早く逃げなきゃ」
サキュバスは両翼をはためかせ、部屋の外へ出た。
そして空中で浮遊をしながら俺の方を向いて、仕方なさそうに笑った。
「まっ、アンタの言った通り人は選ぶし加減もするわ。……なるべく、ね」
「そうしてくれ。またオマエと戦う、なんて機会が訪れないことを祈るよ」
「あっそ」
フンっ、と鼻を鳴らしたサキュバスは、空を上昇していく。どうやら今夜のうちに、この街から離れるらしい。
……あっ、そうだ。
「サキュバスーっ!」
「なによー」
「最後に名前を教えてくれないかー!?」
窓から身を乗り出してそう叫ぶと、サキュバスは顎に手を添えて考える素振りを見せ──小さく頷き、返事をしてくれた。
「ムチ子」
その名前マジか?
「名前なんてもともと無いの。でもアンタがムチムチうるさいって言ってたから、とりあえずそう名乗っておくわ」
皮肉ってわけかよ。自分の名前にも無頓着だなんて、やっぱりサキュバスはよく分からないな。
まぁいいや。そっちがそれでいいなら、俺もその名前で認識するぜ。
「またなムチ子ーっ!」
「二度と来ないわよ、ばーか」
俺が手を振ると、ムチ子はどうでもよさそうに小さく手を振って、そのまま飛んで真夜中の闇へと溶けていった。
サキュバスを逃がしてしまったのは、もしかしたらとんでもなくヤバイことなのかもしれない。
だけど、ムチ子の言った『なるべく』というセリフは、約束を守る人間の声色だったように思う。人間ではないけど。
とにかく、彼女はなんだかんだ言って約束は守ってくれると、俺はそう信じている。
勝手に。都合よく、一方的に。
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発情学園ADV:その1
今回も最後にアンケあるのでよかったらご参加くださひ
翌日の朝。俺はベッドの上で静かに深呼吸をしつつ、まるで富士山の如く立派に聳え立つズボンの中央を静かに見つめていた。
うん、大丈夫だ。朝勃ちするのはいつものことだし、昨晩のムチ子の説明のおかげで、普段よりも二回りくらい大きくなっている自分のイチモツを目撃しても冷静でいられている。
今日から俺は二週間の間、普段の五倍以上の性欲を抱えて生活することになるのだ。
この程度で驚いていては先が思いやられる。
……さて。起床して起立もしているが、まずは何からしようか。
1:トイレに駆け込む。
2:大人のおもちゃとティッシュを用意する。
3:NTRのメンバーに連絡する。
4:筋トレをする。
ざっとこんなもんか。
今日から二週間の間は、性欲に流されて妙な行動を取ったりしないようにするために、こうして選択肢を出して思考を単純化することに決めた。
自分の中で決めた行動にだけ集中し、その間は他のものには絶対に関心を向けない。
そしてその行動が終わり次第、再び選択肢を出してそれにだけ集中することで、性欲を刺激するような他の事象への意識を強制的にシャットダウンするのだ。
つまりは選択肢の奴隷。
俺はここから二週間、選択肢の奴隷となり、その中から決めた行動にしか従わないつもりだ。
選択という強制力を以って、俺は自らの性欲を封じ込める。
よし、今回の選択はとりあえず1にしておこう。
朝勃ちってのは性欲に起因しない健康の証だ。
別に性欲を発散しなくたって、このスタンドアップした息子は時間経過で寝てくれるはず。
トイレして口ゆすいで顔洗って、朝飯食ってパパっと制服に着替えたあたりで勃起も治まってるだろう。
「洗濯物は……夜でいいか」
ちょっと衣服が溜まってきた洗濯籠を一瞥して、洗面所を出て居間へ。
サクッとトーストを食って歯磨きして、部屋に戻ってクローゼットを開けて制服に着替える。
カバンに必要なものを詰め込んでさぁ出発──の前に縦長の鏡で全身の身だしなみチェックだ。
寝ぐせなし。シャツの襟も曲がってない。あれから三十分経過してるし、当然朝勃ちも治ってない。
……ん?
「あれ?」
鏡を見てみれば、俺の制服のズボンの中央が盛り上がっている。おかしい。
「な、なぜ……」
そして無性にムラムラする。意味が分からない。
いつもならもう朝勃ちなんて治まってるはずなのに、俺の股間のテントは設営されたままだ。
しかも脳の片隅で変な欲望が顔を出していて、手がズボンの膨らみに引き寄せられてしまう。
スマホでえっちな何かを観ようとする煩悩まで湧いてきた。
──待て。まてまて。
こういう時こそ選択肢だ。
その場その時の気分や欲で混乱しないために、選択肢を用意したんじゃないか。
……よ、よーし。
【あと十分しかない。急いで抜く】
【あと十分しかない。勃起を隠して登校する】
【あと十分しかない。筋トレをする】
やはり、この勃起を隠し通して登校するのは難しい。
式上先輩の言っていた通り俺のマスターソードはわりとデカくて、しかも今回はそれがもう二回りも成長してしまっているのだ。
もはやズボンの中に銃でも隠してるんじゃないかってレベルで大きいコイツを隠したまま、無事に登校できるビジョンなんて見えてきやしない。
そうなると──抜くしかない。
迅速かつ丁寧に……いや丁寧じゃなくてもいい。
とにかく確実に、素早くこの槍のごとく屹立した息子を鎮めなければ──!
★
数十分後。俺は無事に登校が完了し、席について授業を受けていた。
うむ。短くまとまった音声作品は良い。
たった十分でメスガキを分からせて勝利することができた。
おかげで股間のメスガキ""
やはり『ざこ♡ ざーこ♡♡ ちっちゃい女の子に負けちゃえっ♡♡』と囁かれながら出すのは気持ちい──は? いや、別に負けてないが。
「主陣くん。顔がうるさいですよ」
数学担当の女先生に怒られた。
顔がうるさかったらしい。ごめんなさい。
──あっ。チャイム鳴った。
「今日はここまで。次回は53ページから……なんかいい匂いがする?」
女教師が意味深な事を言った瞬間右手の腕時計を見てみると、ハツジョーくんが赤くなっていた。どうやらフェロモンが出始めてしまったらしい。
さて、どうしたものかな。
【NTRの基地に避難する】
【一人で校舎を逃げ回る】
【筋肉トレーニングをする】
発情フェロモンの噴出している間は逃げなければならない。
しかし大量の女子生徒や教師に数で押されるとキツイため、一時間も一人で逃げるのは得策ではない。
ゆえにここはいつも通りNTRの基地へ逃げ込むべき……なのだが少し問題がある。
俺のフェロモンが発生すると、この学園は女子が荒れ狂って大混乱してしまい、フェロモンが効かない男子生徒やNTRの二人なども被害を被ってしまう。
そのため普通に教室で過ごすことが出来ず、フェロモン発生中はみんなに安全な場所へ避難してもらってる。
当然NTRの二人は秘密基地へ逃げるわけで、先ほどハツジョーくんが赤くなったことをメールで伝えたので、二人は既に基地の中へ避難している──のだが、それが問題なのだ。
俺たちNTRの三人は、サキュバスの呪いで性欲が五倍に跳ね上がっている。
たとえフェロモンを防いだとしても、彼女らはそれを補って余りある性欲を抱えているのだ。
当たり前だが、俺も例外ではない。
実はもう既にムラムラしているし、勃起はしていないがへその下が熱い。
まるで睾丸が沸騰しているかのようだ。
もしこのまま基地へ逃げたとして、発情期の動物以上の性欲を抱えた男女が、あのそこまで広くない密閉空間に集まって、果たして本当に間違いを犯さずに過ごすことが出来るのか──
分からないけど、捕まってレイプで殺されるわけにはいかない俺は、ほぼ反射的に教室から逃げてNTRの秘密基地まで訪れてしまっていた。
とりあえず中へ入る。
「ぉ、お疲れ様です」
「んっ? ──おや、後輩君。今日も無事に逃げ切れたようだね、お疲れ様。コーヒー飲むかい?」
「…………」
おずおずと入室すると、コーヒーポットで紙コップに黒い液体を注いでいる式上先輩と、椅子に座って真っ直ぐ虚空を見つめたまま固まっているインが目に入った。今日は特製マスクではなく見えない鼻栓を詰めているらしい。
見た限りでは、先輩もインもいつも通りの雰囲気だ。
朝に抜いたはずなのにもうムラムラが復活して挙動不審になっている俺と違って、彼女たちの顔は赤くもないし不審な行動だって見当たらない。
ただ普段通りに、先輩は湯気の立つ紙コップを両手で持って、熱々のコーヒーに苦戦していて、インもパッと見た限りでは普通。
無口なのも、無表情でボーっとしてるのも、女になった親友のいつも通りの特徴だ。
そんな変わらない二人の姿にホッとしつつ俺も椅子に腰かけると、先輩がコーヒーを注いだ紙コップを目の前に置いてくれた。
「いやー、それにしても大変だったね。
まさか後輩君の家にサキュバスが現れるとは」
「実害はありませんでしたよ。話せば分かる良いやつでした」
「おいおい実害は受けてるだろう? ボクたちみーんな呪いに掛かっちゃってるじゃないか」
おどけたように先輩がそう言ったように、この二人も既に昨晩の事と呪いの件は把握している。
把握している……はずなのだが。
「驚きました。二人とも平気そうで……俺なんか朝は大変でしたよ──ぁっ」
やべっ。いまのセクハラか?
「大変だったねぇ。まぁボクは大丈夫だから、襲われる心配とかはしないでくれていいよ」
普段通り笑って対応してくれる式上先輩を見るに、セーフだったらしい。
……今のがセーフなら、質問しておきたいことがある。
とても大事な質問だ。
「あの、先輩はどうやって呪いの影響を抑えてるんですか?
なにか方法があるなら……俺にも教えてほしくて」
努めて冷静な顔で振舞っている俺だが、ぶっちゃけるとクッソムラムラしてて机の下ではイチモツが甘勃起してしまっている。
何かきっかけがあればこの半勃ち状態から一気にデストロイモードへ変身しかねないし、先ほどからスカートからチラチラ見えてくる式上先輩やインの太ももや足をほぼ無意識に目で追ってしまっていて、実はかなりヤバイ状態だ。
これを抑制する術があるのならば一刻も早く教えてもらいたい。
よく動く式上先輩のスカートはヒラヒラしていて、体が小さいわりに肉付きのいい彼女の魅惑的な太ももは目に毒。
人形みたいに無表情で固まっているインは、俺が下半身を凝視しても意に介さずボーっとしているため、その肢体を眺め続けていいのだと邪な感情が増幅されてしまう。
そもそもこの抜きゲーみたいな世界観のせいで、この学園の制服のスカートは元から丈が短すぎて色々とアウトなのだ。
スカート丈をいじっていないインや先輩ですらも、まるでエロゲのキャラクターのように、しっかりと膝から上の太ももが見えてしまっている。
「くっ……」
目をそらしても、ほんの数秒で視線が戻ってしまう。
「……っ!」
「ん……コウ?」
ちょ、こっち見ないで美少女。
顔がいい。まってコイツかわいくない……?
インのそのやわらかそうな頬っぺた触りた──うああぁぁァァッ!!
やばい。つらい。きつい。
そんな弱音が口から漏れそうで油断ならない。
実はもうバレてるんじゃないかって程に二人の下半身を凝視している自分に嫌気が差すものの、彼女たちの身体を眺めることで心の中が充足感で満たされているのもまた事実であった。
端的に言って、性欲がヤバイ。
喉の奥が乾いて仕方がない。
心臓が激しく鼓動していて、彼女たちの身体に触れたいと渇望してしまっている。
……サキュバスの呪いヤバくねえか!?
あの、先輩。早くこのとんでもない色欲をどうにかしている方法を教えてください。
自分マジでちょっとかなりヤバイんで。
「どうにかって……お家でたくさんオナニーしてきただけだよ?」
うぇっ?
「それで学校来た後も、ムラムラしたらすぐにこの基地かトイレに行って、自慰に耽っているんだ。
些か回数が多くて……流石にちょっと疲れてきたけどね」
「先輩そんなシンプルな方法だけで……?」
「他に方法ないだろう」
「じっ、じゃあインはっ!?」
焦って首を横に向けると、インは小さい声で呟く。
「女の自慰のやりかた、知らない」
なん……だと……?
「それなら何でそんな平気そうに……」
「おや。きみ、本当にイン君が平気そうに見えるのかい? しっかり見てごらんよ」
先輩に言われて、改めてインを頭の上からつま先までじっくりと見まわす。
じっくり、じっくり、ねっとりと舐め回すように──
「──あっ」
視姦するかのごとく彼女をしっかり観察したことで、ようやく違和感に気がついた。
インの白皙な頬はほんのりと赤みを帯びていて、首元には少し汗が浮かんでいる。
ジッと固まっているように見えていたがそれは違い、スカートの上に添えられた両手は震えていて、腰から下──太ももや膝を身じろぎさせていて、落ち着かない様子だ。
「い、インお前っ、大丈夫か……?」
「わからない。女の体になってから、興奮したことなんて無かったから」
「それって大丈夫じゃないやつ!」
「っそう、かも──」
フラフラと小さく体を揺らしているインは、俺の言葉で自身の容態を自覚した瞬間、椅子から落ちて倒れてしまった。
「インっ!?」
急いで駆け寄って抱き上げるが、インは虚ろな瞳で、苦しそうな呼吸を続けている。
ど、どうすればいい。
こんな時だってのにインの柔らかい体を触ってる事実を嫌でも自覚してしまって、思考が思い通りに纏まらない。
腕時計は赤い点滅をしていないから、俺のフェロモン噴出は終わっている。呼吸の妨げになっている鼻栓は外させたほうがいいか?
ティッシュを用意し、彼女の鼻に添えた。
「イン! 鼻かめ!」
「ん……」
とりあえず詰めてあった鼻栓を出させて、鼻と口の両方で息をできるようにしたが、ここからどうするか。
ロリ先輩たすけて! どうしよう!?
「どうもなにも、性欲を発散させるしかないよね。この様子だと十回以上は絶頂させないと治まらないかも」
なるほどっ! で、性欲の発散ってどうすれば!?
「それは……まぁ、イン君が決めるべきだけど……本人がその状態だしね。
ここは彼女の親友であるきみが決めたまえよ」
うええぇっ!?
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発情学園ADV:その2
今回は視点がイン→コウとなります 淫行
昔、道端で困っている少年を見かけた。
ズボンのポケットに封筒を突っ込んで、両手で紙の地図を広げながら、若干涙目で周囲を見回していた姿を覚えている。
自分が住んでいるこの地域は都市部の中心だし、道もかなり入り組んでいるから、彼のように迷子になる子供も少なくない。
だから、きっとそのうち大人が助けて、彼は目的地にたどり着けるだろうと思って、オレはそのまま彼の後ろを通り過ぎようと思った。
『……ぁ、あの。だいじょうぶ?』
通り過ぎようと。
無視してしまおうと、そう思っていたのに、オレはいつの間にか彼に声をかけていた。
半泣きで迷子になっている彼を目の当たりにして見過ごせなくなったのか、それとも何となく人助けがしたいという偽善的な考えからそうしたのかは、今でも分からない。
でも、理由が何であれ、オレは彼に声をかけて。
郵便局を探して彷徨っていた少年は、オレに頼って。
それで──友達になった。
暗い性格で、明るく振舞うことができなくて、同級生たちには嫌われてもいないが相手にもされてない、まるで影のような存在のオレに、初めて友達が出来た。
同じ中学に通って、一緒の部活に入って、いつも二人で登下校する。
そんな、当たり前のように隣で歩いてくれる彼は、オレにとってまさしく太陽にも等しい存在だった。
……でも、彼はオレとは違って、
気がつけば彼の周りには人がたくさんいて、その中の誰一人をも彼は蔑ろにしていなかった。
好かれて当然の人間だったのだ。他に付き合うべき人間が沢山いた。
それでも、彼はオレを一番に考えてくれて、オレのために他の人の誘いを断ることもあって。
その度にオレは彼と共にいられる優越感と、それを遥かに上回る罪悪感に苛まれた。
昔から一緒だったオレのせいで彼は縛られて自由になれないのだと、そう悟ってしまったのだ。
親友なんかじゃない。
自分はただ、彼の邪魔にしかなっていない。
オレには彼しかいないけれど、彼にオレは必要ない。
──だから。
バス停に暴走車両が突っ込んできたとき、これは好機だと思った。
このまま動かずに撥ねられてしまえば、彼はオレから解放される。
自分で彼から離れられるほど強い意志は持っていなかったから、外的要因によって仕方なく彼から引き剥がされる機会は、思ってもみないチャンスだった。
故に彼を安全な方に突き飛ばして、オレはその場で立ち往生した。
死にたかったワケじゃない。
死ぬは怖い。
でも彼を助けて死ねるのなら、それ以上に良い死に方なんて無いと思ったからそうした。
ついでに彼の前から邪魔者である自分が消えるのだから、一石二鳥だと。
『──インッ!!』
でも、彼はそれを許さなかった。
突き飛ばされたにもかかわらず、オレを助けるためにバスの前に飛び出した。
当然回避なんて間に合わず、彼は自分と一緒に死んでしまった。
巻き込んでしまった。
死なせてしまった。
誰よりも大切にしたかった親友を、あろうことか自分が原因で殺してしまったのだ。
だから悪魔に生き返れると唆されても、オレは首を横に振った。
コウがいない世界で生き返ったって、何の意味もない。
彼を殺した自分が生き返るなんて、許されるはずもない。
だからこのまま死なせてほしいと願ったのだが、悪魔の「コウもゲームに参加する」という言葉を聞いて、気が変わった。
オレもゲームに参加して、コウを手助けしよう。
殺してしまったのだから、せめて生き返る手助けをしよう。
そう思って悪魔の口車に乗り、改めて聞かされたオレのゲームクリアの条件は、端的に言って──狂っていた。
【残機が1の状態の主陣コウと性行為をすること】
コウの残機が減る条件を教えたうえで、悪魔はオレにそう告げた。
そんなこと、できるわけがない。
彼が生き返ってくれるならそれ以上に望むことなんてない。
だからオレ自身が生き返れる条件なんてどうでもいい。
自分はただ、コウを助けるだけでいい──そう思っていたのに。
彼が天使に襲われた時も、催眠術を使う科学部の部長に捕まったときも、オレはそれを傍観してしまっていた。
無意識に心の中で”生き返りたい”という感情を抱いてしまい、彼が犯される様をただ遠くから眺めていた。
コウの残機が1になれば、ゲームクリアの条件が整う──なんて最低な事をオレは考えていたのだ。
気がつけば自分の気持ちが分からなくなっていて。
生き返る為には彼を性行為で殺さなければならないのに、式上先輩の手を借りて彼を助けている現状は矛盾していて。
どうあってもオレとコウが一緒に生き返ることはできなくて。
彼のクリアがバレンタインデーだから、それを理由に問題を先送りにしているだけで。
オレは──なにがしたいんだ?
『ふぅ……よし。イン、家に着いたぞ。とりあえずベッドで休もう』
あぁ、コウ。
わからない。
『汗すごいな……。タオルと飲み物もってくるから、ちょっと待っててくれ』
オレはどうしたらいい?
生き返るつもりなんてなかったのに、また死ぬことが怖いんだ。
でもコウを殺したくない。できることなら二人で一緒に生き返りたいのに、それができないんだ。
『はっ、はぁ……ふぅ……──あっ、いや、何でもないぞ!
お前に比べれば、俺の性欲なんて大したことないって!
朝に一発抜いたしな! は、ハハッ……!』
そんな苦しそうな顔を見るために、このゲームに参加したわけじゃないのに。
オレはただ、コウの事を助けたくて──
「……ぁ」
──そうだ。
目の前でコウが苦しんでいるじゃないか。
オレが……私が、助けなきゃ。
「こ、ぅ……」
なのに困った事に体がうまく動かせない。発情しているのに一度も性欲を発散しなかったせいだって式上先輩は言っていたけど、女の体の事なんてよく分からないし、こればかりは仕方ない。
でも、男の体のことならわかる。
男が性欲がヤバい時にどうすればそれが治まるかなんて、元々男だったのだから理解があって当然だ。
だからいま、コウをどうすれば助けられるのかも知っている。
「わたしを……使って」
都合のいい事に、今の私の体は女だ。
コウが性欲をぶつけられる肉体になっている。
「うご、けない……けど、抵抗も……しないから」
だから、私の身体を使って、好きに性欲を発散して。
本番はコウが死んじゃうからダメだけど、それ以外ならきっと大丈夫だから。
コウの制服のズボン、凄いことになってるし。
なによりコウの苦しそうな顔を、これ以上見ていたくはないから。
「私で性欲処理、していいから……」
コウを助けられないと、悪魔の囁きに耳を貸した意味がなくなってしまう。
「おねがいだから……しなないで……」
こんな無機質な声で言ったところで、きっと私の気持ちなんて伝わらないだろうけど。
私は──コウを助けたいのだ。
★
学校の問題は先輩に任せて、とりあえず俺の家に連れ帰ったインが、ベッドで横たわりながらとんでもねぇことを言ってきやがった。
どっ、どどっどどどどうすればいいんだ!?
確かに俺も性欲ヤバいけど……っ!
こんな……えっ? いいの? ダメでしょ?
だぁぁぁ゛っ! 発情で頭回んなくて全然わかんねぇぇぇッ!!
選択肢ィ!! 何かいい方法あるだろ選択肢!!
【親友の性欲を発散させつつ、めちゃくちゃムラムラするのでインの肢体を使って自分の性欲も発散する】
【インの性欲は発散させるが、自分は自慰でなんとかできそうにないのでやはりインの体を使う】
……あれ?
【インかわいい。性欲がヤバい。襲う】
【使っていいらしいから使う。許可が下りてるので合法】
【さっきから太ももチラつかせやがって誘ってんのか?】
【スカートからパンツ見えそうなんだよ何でそんな丈短いんだよ】
【キンタマめちゃくちゃ沸騰してるし勃起しすぎてズボン突き破りそう。インのやわらかそうな手とかちっちゃいお口とかすべすべな太ももとかに視線奪われてるどうしよう手が震えてきた】
選択肢にまで思考汚染が……っ!?
これがサキュバスの呪い、性欲が五倍になった俺の思考だってのか……!
ちっ、違う! 違う!!
インは俺の親友だ! 大切な友達なんだ! 元々が男なんだし俺に何かされたらトラウマが残る可能性だってあるだろ!
しっかりしろ俺ぇ……っ! ちゃんと意味のある選択肢をだせぇ!
うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ───ッッ!!!
【インの好意に甘える】
【彼女の性欲は何とかして自分は自慰で対処する】
【性欲の発散など不要。人間は筋肉を鍛えることで己を律することができる。インにも筋トレさせる】
もう限界だ! この中から選ぶしかねぇっ!!
ハァイ、サイドチェスト!!
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発情学園ADV:その3
青空に茜色が混じり始めた頃、本日の授業を終えた
片手でスマホをいじって、科学部の面々に「今日は休み」といった文面のメッセージを送りつつ、バスへと乗り込む。
目指す先は後輩君──主陣コウ君の自宅だ。
サキュバスの呪いによって発情した彼と、自慰のやり方を知らなかったがために性欲を溜め込んでしまったイン君の二人を、昼休み前に早退させたのだがアレから一向に連絡が来ない。
もし二人が理性を忘れてえっちをして、それで死んでしまっていたら、なんて考えると──手が震えてきた。
悪い展開を考えるのはやめておこう。きっと二人とも大丈夫だ。
「……あっ、降りなきゃ」
以前教えてもらった住所の近くに差し掛かったため、バスを停めて下車した。
彼の家は一軒家で、住宅街の一角にあるとの事だ。
スマホの地図アプリとにらめっこをしながら、入り組んだ住宅街を散策していく。
コウ君とイン君は、ボクにとって特別な存在だ。
ボク自身の科学力を以って助けた人間というのは、彼らが初めてだった。
コウ君……後輩君とのファーストコンタクトは、ボクが性欲に負けて逆レイプしかけるという控えめにいって最悪の出会い方だったものの、なんとか汚名返上をしようと頑張っていれば、後輩君は割とあっさりと許してくれた。
なんというか、彼はお人好しだ。
セックスすれば爆発して死ぬ、なんて致命的な呪いを抱えていて、それを知らず結果的に彼を殺そうとしてしまっていたボクを許してしまった。
正直最初に協力することになった時は、もっと嫌われているか、殺しかけた弱みを利用してコキ使われるかとも思っていたのに、ふたを開けてみれば後輩君は口々に『仲間』と言う。
彼にとって、ボクはもう仲間であるらしかった。
彼を殺しかけたボクが、だ。
……そんな事を言われたら、死んでも守りたくなるに決まってるじゃないか。
こんなことで罪滅ぼしになるとは思わないけれど、彼と彼が大切にしているあの少女だけは、何があってもボクが守りきる。
外へ出歩けば三分でエロイベントに遭遇するのがこの世界だ。
発情フェロモンやサキュバスの呪い以外にも問題はたくさんあるだろうが、出来る限り全力であの二人をサポートしよう。
それがボクにできる唯一の贖罪だ。
彼らの為なら何だってやる。
──そう決めた時から、ボクの思考はスケベ一色ではなくなった。
彼らの話を聞く限り、この世界の住人は少なからず頭のネジが飛んでいるらしいが、まともなあの二人と接することでボクは少しだけネジを締めることが出来たのかもしれない。
彼らの言う『元の世界』の人間に比べたら、まだまだスケベ脳な頭のおかしい奴かもしれないけれど、この世界の基準に則って考えればボクも多少はまともな人間のはずだ。
そう信じて、彼らと接している。
胸の内に秘めた大きな色情をひた隠しにしながら、頼れる先輩として。
「……ここかな?」
地図と標識を確認する限り、目の前にある二階建ての一軒家が後輩君の自宅のはずだ。
チャイムを押してみる。
「……でない」
二、三回と繰り返し押してみたけれど、反応がない。
試しにドアノブを引いてみると──開いている。
鍵もかけずに不用心な後輩だな、なんて思いつつ中の様子を窺ってみると、玄関には脱ぎ散らかされた学園指定の革靴とローファーが置かれていた。
靴があるということは、後輩君もイン君もこの家にいるはずなのだが……。
「後輩くーん? イン君も、いるのかーい?」
声を掛けつつ中へお邪魔したが、一階の居間に彼らの姿はない。
それに。
「何の音だ……?」
天井から何やら妙な音が聞こえてきている。
それを不審に思って二階へと昇り、変な音楽が聞こえてくるドアの前に立つと、後輩君の声が僅かに聞こえた。
何を言っているが分からないけど、とりあえず生きていることが分かってホッと胸をなでおろした。
よかった。けど、何をしているんだろう。
そっと部屋のドアを開けて、恐る恐る中の様子を覗いてみると──
「うぅぐぐグっ!! ああ゛ぁっ腹筋いてぇ!!」
「コウ、姿勢が崩れてきてる。頭をさげちゃダメ、ちゃんと胸も張って」
──イン君を背中に乗せて、後輩君がプッシュアップしている。
ちなみに彼に乗っているイン君も片手にダンベルを持っていて、その異様な光景にボクは一瞬目が眩んだ。
……何してんだ。
「ぐああぁぁっ! も、もう駄目だぁ……」
「……私も、腕うごかなくなってきた」
突然ぶっ倒れる二人。ダンベルが床に着弾して大きな鈍い音が響き渡り、一瞬ビビった。
「ふ、二人とも……?」
声を掛けようとすると、後輩君が汗だくになりながら床に手をついて、ぷるぷる震えつつ立ち上がろうとしている。
「まだだ……っ、ぐっ、性欲を何とかするためには、筋肉を──ッ!」
「馬鹿かキミは」
「式上先輩!? 邪魔しないでくださいッ!」
完全に錯乱状態じゃないか。そんなハードワークな筋肉トレーニングを素人がやったところで、体が悲鳴を上げるだけだろうに。
何があったのかは知らないが、結局二人ともえっちな事はしないで、筋トレをすることで誤魔化す方向に舵を切ったらしい。アホか。
筋トレって別に体に負荷をかけ続ければいいってもんじゃないと思うんだけどな……。
とりあえず、無茶を続けようとするおバカ二人を鎮めるべく、ボクはポケットから紐を括りつけた五円玉を取り出した。
「し、式上先輩っ? なにを──」
「オラッ催眠!!」
「──ぐぅ……」
とりあえず催眠で二人とも眠らせた。
一旦眠って脳を回復させないと、冷静な状態には戻れないだろう。
「……はぁ。目を離したらこれって、先が思いやられるなぁ」
額に手を当ててため息をついた。
インのことは俺に任せてください、なんて言って学校を飛び出したと思ったらこの状況だ。
性欲に駆り立てられてイン君を襲わなかったのは……まぁよく理性を保ったとは思うけど、別の意味で理性が飛んでちゃ意味がない。
あのまま無謀な筋トレを続けていたら、きっと体を壊していたことだろう。間に合って本当に良かった。
「親友に手を出したくない、ってのは……分かるけどね」
彼が悩みに悩んだ結果がこれだという事は理解できる。
男の子から女の子に変わってしまった親友に対して、おいそれとスケベな事ができるような人間ではないのだ、彼は。
まぁ流石に自慰で治めるとか、それくらいはすると思っていたのだけれど、自分以上に発情で苦しんでいるイン君を目の当たりにして錯乱してしまっていたんだろ。
フェロモンで何度も人を発情させてきた彼だが、自分が発情するのは今回が初めてだったわけだし、あんまりお小言を言うのも可哀想か。
さて。
つい眠らせてしまった二人だけど、これからどうしようか。
「とりあえずタオルで体を拭いてあげて、それから──ん?」
頭の中でこれからの予定を組み立てていると、不意に窓の方からガラスを軽く叩くような音が聞こえた。
音の鳴る方へ首を向けると──
「あけなさーい」
「……サキュバス?」
いかにも淫魔染みたえっちな格好に身を包んだ少女が、べったりと窓に張り付いていた。
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親友>>(超えられない壁)>>むちむちサキュバス
無理やりですいません ご指摘ありがとうございました
「……?」
ふと目を覚ますと、自分はベッドの上で横たわっていて、傍らには先日別れを告げたはずの、赤髪で紫肌の少女──ムチ子が座っていた。
よく見れば前回よりももう少し縮んでいる。間違ってもムチムチなんて効果音はなりそうにない姿だ。
「……ムチ子?」
「おはよう。おバカさん」
口調は以前と同じく強いままだったが、ムチ子はどこかバツの悪そうな顔をしていて。
「……その、ごめん」
妙に取り繕うこともなく、彼女は俺に向かって頭を下げた。
なぜムチ子がここにいるのか、どうして彼女に謝られているのか、皆目見当のつかない俺は首を傾げるしかなく。
そんな混乱状態の俺に、ムチ子は順を追って事態を説明していった。
まず、俺とインは発情で混乱して意味不明な過激筋肉トレーニングをしていたらしく、それを見かねた式上先輩が俺たちを催眠術で眠らせてくれたのが、いまから二時間前の出来事で。
ちょうど同じタイミングでムチ子がこの家に訪れ、彼女が今の状況を式上先輩と話し合った結果、俺とインを別々の部屋で分けることになったそうだ。
まだ眠りから覚めた直後だからか、不思議とムラムラはしていない。
そして、なぜムチ子が帰ってきて、俺に謝ったのか。
「長年この地域だけを一人で縄張りにしていたから……アタシ、他の地域のサキュバスの事情を知らなくてね。
話を聞く限りサキュバスって種族自体がかなり衰退してたみたいで、よそ者を受け入れる余裕も義理もない~って突っぱねられて、ついでに魔力も奪われちゃって……」
一拍置いて、ムチ子は一回り声を小さくしてから再開する。
「呪いの大本であるアタシの体調とか魔力の流れがおかしくなったせいで……あの、呪いも……暴走しちゃって……ごめんっ」
そんな謝られたところで、まだいまいちよく分かっていない。
呪いの暴走とはどういうことだろう。
「せ、性欲が五倍になるって言ったけど、本当にただ性欲が増えるだけなの!
あんなっ、狂ったように筋トレしかしなくなるほど思考能力を奪う作用は……本来、この呪いにはないって話……。
だからアンタたちがおかしくなったのは、サキュバスの現状もロクに調べずに街を出てったアタシの責任。
ホント、浅慮だった。下手したら筋トレよりヤバイことしてたかもしれないし……ごめんなさい」
ムチ子に割と本気で謝られて、俺は狼狽えてしまった。
コイツってこんな奴だったか? 人間を捕食してそれを止めに来た俺たちに呪いが付与されても、それは自分を触ったお前たちが悪い、なんて言ってたやつだぞ。
……裏があると、俺は考える。
「ムチ子」
「な、なに……?」
「お前──媚びてるだろ」
俺がそう言った瞬間、ムチ子の肩がビクっと跳ねた。結構失礼な物言いをしたのだが、どうやら図星らしい。
呪いの事を全て俺たちに責任転嫁してきたあの悪魔っ子が、まさか呪いの暴走程度でこんな風に謝るはずがない。
彼女は今、俺に対して謝り倒すことで同情を誘おうとしているのだ。多分。
「……えぇそうよ」
認めんのはやいな……。
「だ、だってアタシが住める地域ここしかないんだもの!
またここの人間から精気を吸わないといけないの! 生きるために! 悪いっ!?」
「逆ギレすんなって。悪いなんて言ってないだろ」
「ねーえーっ! 謝るから見逃して!
淫夢とかアタシの魔力を察知しても見て見ぬフリして!
通報しないで捕まえないでぇ!」
いや、通報されるレベルの淫夢って、まさかまた意識が昏倒する程の量の精気を吸い取ろうとしてたのか?
前に交わした俺との約束は──あぁ、確かに『保証できない』とは言ってたな。
俺結構お前の事信じてたんだけどなぁ……。
「しょうがないじゃないお腹ペコペコなんだから!
魔力奪われるわ警察に追われるわで体は縮むし、あっちもこっちも他のサキュバスがいて精気吸えなくてずっと何も食べてないのよ!
体が縮んだ分もっとたくさん精気を吸って回復しなきゃいけないのにっ!」
「……その、精気じゃないと駄目なのか? 他のものでお腹膨れたりしない?」
「精液なら大歓迎だけど」
聞いた俺が悪かった。
そうだよな。抜きゲーみたいな世界のサキュバスだもんな。
「むしろ夢で精気吸うより精液を直接摂取する方が好きな──」
「まて、わかった、わかった……それ以上は口にしなくていい。言われなくても何となくわかるから」
ムチ子の声を遮って頭を抱えた。
殊勝な態度の裏に我が身可愛さの見逃して宣言があったものの、ムチ子の意見も分からなくはない。
精気を吸うことは俺たちが食事をすることと同義であり、彼女はいま食料に飢えて苦しんでいる。
彼女も今は耐えられているが、飢餓状態が長く続けば正真正銘の搾精モンスターと化してしまうだろう。最悪死人が出る可能性すらある。
一体どうしたものか。
「なぁ、ムチ子」
「何よ」
「さっきは遮って悪かった。精気と精液の具体的な違いについて教えてほしい」
「言われなくても分かるって言ったくせに……」
まぁいいわ、教えてあげる。
そう言ってムチ子は両手を開いた。
「簡単に言えば濃さと量の違いって感じ。
濃度も精液の方が高くてお腹も膨れるけど、単純に精液は搾精するのが面倒ね。
いちいち対象の雄を絶頂させなきゃいけないし、食事をする分には精気で事足りる」
ムチ子先生からとても分かりやすい解説を頂いた。たすかる。
いろいろと話を聞く限り、過程が面倒くさいものの精気と違って精液の摂取の場合は単純に回数と量が少なくていいという事が判明した。
精液を絞る場合は別段相手が気絶するまで絞る必要もない……と。
それで精液を絞ることに関して別段嫌悪感がないのなら、じゃあ欲求不満な男性の相手をしてあげればお互いwin-winなんじゃないか、と提案してみると。
「精気と違って精液は味の当たり外れが大きいの。
食べなきゃ分かんないしそれをいちいちやるのも面倒。
美味しい
結論は『面倒くさい』であった。こいつ面倒くせぇな。
ていうかさっきから精液精液連呼してて自分でも辛くなってきた。地獄みたいな会話だ。
「スンスン……あー、でもアンタからは美味しそうなご飯の匂いするなぁ」
「え? おい、ちょっと待て。もし俺を襲おうとしたらフライパンでぶん殴って警察に叩きだすぞ」
「べっ、別に襲うつもりなんてないし。殴るなんて怖いこと言わないでよ……なっ、殴らない、わよね……?」
ムチ子がプルプルと震えだして、なんだか俺が脅してるみたいな雰囲気になってる。
ただの牽制のつもりだったのだが、予想以上に怯えられてこっちまで罪悪感が出てきた。
小さい少女が怯えて俺が威圧感を放っている光景は、傍から見れば完全に事案だ。
「……悪かった」
一応怖がらせてしまったのは事実なので謝っておく。
するとムチ子はまだ若干怯えつつも、俺の様子を窺うかのように顔を覗き込んできた。
「……あ、あのさ」
「何だ?」
「えっと……よ、良ければ、呪いがある二週間は……アタシが抜いてあげよっか?」
何でそうなるんだ。
「ほらっ、アタシが抜いたらアンタは五倍になった性欲を発散できるし、アタシはお腹を満たすことが出来る。これってアンタが言った通りウィンウィンってやつじゃない?」
「俺はセックスすると別の呪いで死んじまうんだ。無理だよ」
「うぇっ? …………ぁ、いや、でもっ、えっち以外にも抜く方法あるでしょ! 手とか口とかさ!」
話し方というか、額に汗を浮かべながら説得する今のムチ子からは、かなり必死な感情が伝わってくる。
俺の事情はともかくとして、彼女からすればいま言っている方法が一番丸いし、それが実現できればしばらくは安泰だから必死になる気持ちもよく分かる。
本番以外ならセーフ、というのも恐らく事実だ。
──しかし。
それよりも先に決めなければいけない、やらなければならないことが俺にはある。
俺はベッドから降りて、部屋のドアノブに手をかけた。
「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ?」
「インと話をしてくる。お前との話も後でしっかりするから、悪いけどここで待っててくれ」
「えぇ……? でも、そのインって娘、今はあのロリっ娘に自慰の手ほどきを受けてるんじゃ──あ、ちょっと!」
彼女の言葉を最後まで聞かず、俺は自室を後にした。
この家の二階で布団が用意されている部屋は他に一つしかないため、インと先輩の場所もそこだと見当がついている。
……インを家に連れ帰ってアイツをベッドに寝かせた時、彼女は『自分の体を使え』と言った。
そんなとんでもない言葉を口走った時の彼女は、無表情だけど顔が真っ赤で、なにより”涙”を目尻に浮かべていたのだ。
俺も余裕があるわけではないが、きっとインは俺以上にこの状況で精神が疲弊してしまっている。
心が壊れてしまう直前まで──追い詰められている。
だから話さなければならない。
早急に聞き出さなければならない。
彼女のゲームクリアの条件を、俺は知り得なくてはいけない。
……もし、クリア条件が時間経過の俺と違って、やろうと思えば達成できるようなものだったら。
俺は今すぐにでも
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秘密の告白
廊下の最奥にある、インと先輩がいるであろう部屋のドアノブに手をかけ、開ける前に一旦深呼吸をすることで心を落ち着けた。
大丈夫、頭の中は冷静だ。これからインを前にしても、取り乱したり発情したりすることはない。
一度眠って脳内を整理したことでとりあえずは性欲も落ち着いてくれている。
「……よしっ」
気を引き締め、ドアノブを引いた。
「イン、ちょっと話が──」
そして声を掛けながら部屋の中へ入った、その瞬間。
「さてイン君、そろそろパンツを脱がせるけど……イン君? ちゃんと自分で触れるかい?」
「っ……♡ ッ♡ っぅぁ……♡♡」
「軽く胸を触っただけでこれかぁ……。手間が掛からないのはいいけど、感じやす過ぎるのも考えもの──ん?」
……そんな。
う、嘘だ、そんな馬鹿な事があるか。
あの、この世界で誰よりも頼れる式上先輩が、まさかそんな。
「インを……襲って……」
「あっ、後輩君。意識戻ったんだ、よかった」
「そんなっ、先輩……! 俺はあなたを信じてたのに……っ!」
「え? ……あっ、いや、これには理由があってだね。というか、部屋に入る前はノックくらい──うわぁ!?」
違う、先輩は悪くない。
彼女は俺のヤバイフェロモンを吸ったりしない限り、体は小さいが良識ある大人なのだ。
先輩がこうなるまで性欲を抱え続けていた事実に気がつかなった俺が悪いんだ。
「ちょっ、ちょちょっと後輩君!? なんで急に押し倒してきて……っ!?」
「すみません先輩! 抱えすぎた性欲を発散したいその気持ちは痛いほどわかりますっ! でもこれ以上インを傷つけさせるわけにはいかないんだ……ッ!」
「ごっ、誤解だよ! だいたいこれはイン君の方から頼まれて!」
これは紛うことなき俺の責任。
だから、今ここで、この俺が彼女を止めなければならないんだ──!
「俺が──俺が先輩の性欲をなんとかします……! 俺が気持ちよくさせますっ! だから正気に戻ってください!!」
「正気に戻るべきはキミのほうだろ!? ボクは別に性欲なんか溜まってはいな──ヒャッ!? ちょっ、そんな乱暴に胸をさわらにゃあぁっ!?」
「俺も一緒にあなたの罪を背負います……」
「んひぃぃッ♡ ま、まって、かんちがいして……ひゃうぅっ♡♡ こ、後輩くっ、そんなとこさわっちゃらめっ、やめへぇぇ……♡」
俺が先輩を鎮めるんだ……ッ!
うおおおおぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!
「…………何してんのよ変態」
「──ッ!?」
背後に気配! まさかムチ子!?
「はぁ……まず人の話を聞きなさいって」
「邪魔しないでくれ! これは俺たちNTRのもんだヘブッ!!」
一瞬で距離を詰めたムチ子の特大ビンタが頬に直撃し、ぶっ飛ばされた俺は部屋の壁に叩きつけられ、沈黙した。
★
ややあって。
「……じゃあ、ボクとムチ子君は別室で待ってるから」
「はい……すいませんでした先輩……」
複雑に交差し絡み合った誤解は解けた。冗談抜きで全部俺が悪かった。
式上先輩は女子のオナニーのやり方を知らないインにいろいろとレクチャーしていただけで、全ては俺の勘違いだったのだ。本当に申し訳ない。
一旦落ち着いて先輩に土下座したりお説教をくらったりしつつ、俺がインと二人だけで話がしたいと伝えたことで、ムチ子と先輩が部屋を退室しようとしている現在に繋がる。
「あ、あの、先輩っ」
「なに?」
廊下に出ようとした先輩を呼び止めると、彼女はジト目で俺の方を向いた。
まったくの遠慮なしに身体をまさぐってしまったせいか、式上先輩は今も若干プンプンしている。
そんなぷんすか状態の先輩を呼び止めたのには理由がある。
どうしても今、彼女に伝えておかなければならないことがあるのだ。
「──俺とインの暴走を止めてくれて、本当にありがとうございました」
「……っ」
もちろん後で改めてしっかりと礼を伝えるつもりではあるが、彼女にこれを言わないままインと大切な話をすることは出来ない。
いま俺とインが無事なのは、紛れもなく式上先輩のおかげだ。
彼女がいなければ今頃は過労で倒れ、病院送りになっていた可能性もあるし、最悪の場合は──本当に感謝してもしきれない。
「……まっ、先輩だからね。後輩を助けるのは当然の責務というものさ」
「先輩……」
俺はさっきとんでもない事をしでかしたというのに、彼女は俺に笑いかけてくれる。
それがどれほど俺にとって救いになるのか、先輩は分かっているのだろうか。
割と冗談抜きで先輩には足を向けて寝れない。今度家の方角を聞いておこう。
「だから僕たちの事は気にしないで、二人でしっかりと話し合うといい。
今の君たちにとっては……きっとそれが一番大切なことだ」
微笑を浮かべ、軽く手を振った先輩は部屋を後にしていった。
「……じゃ」
空気を読んでくれたのか、ムチ子もそれだけ言って先輩のあとを追っていく。
勘違いして混乱していた俺を止めてくれたのはムチ子だし、彼女にも後できちんと礼をしなきゃだな。
「……イン」
ロリ先輩とサキュバス少女が退室したことで、部屋の中は俺とインだけになった。
お互い正面から向き合いながら床に座っている。
「コウ、話って?」
「……お前に聞いておかなきゃならないことがある」
俺の言葉を受けて、インは一瞬だけ肩がビクついた。
彼女にもある程度の察しはついているのかもしれないが、ここは俺からしっかりと言葉にして伝えさせてもらう。
でなければ意味がない。
きっと俺が直に聞き出さないと、
「お前の──このゲームのクリア条件を教えてくれ」
「…………っ」
その言葉を放った瞬間、無表情だった彼女の口元が僅かに強張った。
インの内心を気遣っていままで聞かないでいたが、もうそんなことを言っていられる状況ではなくなっている。
このまま秘密をひた隠しにして自分の心を傷つけ続ける彼女を放っておくことはできない。
「わたし、は……」
当然言い淀むだろう。親友である俺にも隠し続けるということは、相当条件が厳しいクリア条件なはずだから。
それでも俺は彼女に向ける真剣な眼差しを逸らしはしない。
一歩も引こうとしない俺の態度からして、秘密を話さない限りこの状況が永遠に続くということは、彼女にも当然理解できているはずだ。
「イン」
「っ!」
「頼む」
辛いことをさせているのは重々承知しているが、それでも俺はインを急かす。
教えてくれるまでは譲らない。
「……はぁーっ……ふぅ」
インは自分の胸元を掴み、加速する呼吸をなんとか抑え込もうとしている。
いつもなら心配してすぐにでも駆け寄る状況だが、爪が食い込むほどに強く拳を握って自分を押さえつけた。
ムチ子や式上先輩にまで協力してもらってこの状況を作ったのに、ここで台無しにするわけにはいかないから。
「……イン」
酷な事だと分かっていながら、俺はもう一度彼女を急かした。
苦しむインの姿に心を締め付けられるが、今は我慢の時だ。
全てを話し終わった後は、ちゃんと彼女に謝ろう。
「……わたしの、は」
流石に腹を決めたらしいインは胸元から手を離し、顔を上げて俺と目を合わせた。
傍から見れば無表情なその顔はひどく歪んでいるように感じられて、まるで泣き出す直前の子供のようにも見える。
それでもインは強張った口を開いて、俺に秘密を告げようとしている。
今すぐにでも逃げ出したい感情を必死に抑制しながら、この場に留まってくれている。
もうそれだけでも十分なほどに感謝したいくらい──だが何も言わずに俺は待つ。
インの言葉を待ち続ける。
「わたしのクリア条件は……」
マラソンを走り切った後のような過呼吸になりながらも。
ついに親友は答えてくれた。
「コウを……殺す、こと」
ネタバレすると催眠合法ロリを味方にした時点でゲームは攻略可能になっているので暗い展開にはなりません
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気がついたぜ……このゲームの『裏ワザ』によォーッ!
静寂が支配する部屋の中で、少女の荒い呼吸だけが木霊していた。
苦しそうに肩を上下させながら、彼女は親にすがる子供のように俺の服を掴んでいる。
カタカタと身震いする彼女の艶やかな黒髪はその毛先までが揺れていて、今のインが『怯えている』という事実を否が応でも認識させられてしまう。
「コウ、ごめん……」
ゲームをクリアするためには、残機が残り一つとなった俺とセックスをするしかない。
それを告白したインは自分の放ったその言葉で、自らがやらなければいけない事を改めて再認識してしまったらしく、こうして泣き喚く直前まで追い詰められてしまった。
俺はセックスをすると爆発して死ぬ。
インは俺とセックスをしなければ生き返れない。
生き残れるのはどちらか片方のみ──なんて、いかにも悪魔たちが考えそうなことだった。
「オレ……コウのこと、ころしたくないんだ……」
感情が昂った影響なのか、インは元の男口調に戻りかけている。
強制的に付与された少女としての人格が霞むほどに、元のインが顔を出しているのだ。
それは”こんな状況”にでもならない限り、あの無表情な鉄仮面は剥がれないということであり、またそんな強固な呪いが剥がれるほどに今の
「……イン」
「な、慰めようと……しないで。オレはお前が殺されるのを傍観してたんだ。事故に巻き込んだから、ちゃんとコウの手助けだけするって決めてたのに、死にたくなくてお前の残機が減るのをただ見てた……」
オレが全部悪いんだ。
オレに生き返る権利はない。
コウの仲間でいる資格だって存在しない。
こうして近くにいるだけでも烏滸がましい人間なんだ。
そう自分を卑下し、俺に懺悔し続けるインの姿は、とても痛々しくて目を背けたくなる光景だった。
姿形こそ女にはなっているが、彼は変わらず俺の親友だ。
でも、大切な親友が自分に罪を独白し、涙を流しながら俺に謝り続ける姿なんて見たくはなかった。
そんなことは……させたくなかった。
「ごめんコウ……本当に、ごめんなさい……」
──俺に、いったい何ができる?
どうすればこの状況を打破できる? 何をすればこの詰んだ状況を瓦解させることができる?
親友を生き返らせ、彼を悲しませないために、俺自身も死なずに済む方法はないのか?
「イン、俺は……」
「っ! じ、自分の事はいいから生き返れとか、そんなこと言うつもりじゃないだろうな……」
やはり親友にはお見通しらしい。
けど、これ以外に何かあるだろうか。正解ではないが最善ではあるはずだ。
「嫌だ、ぜったいやだ……オレはバレンタインデーまでコウを守る。絶対コウを殺したりなんかしない……」
インは頑なに譲らない。俺のクリア条件であるバレンタインデーまでの生存を優先して、自分の命を諦めてしまっている。
「なぁイン、俺だってお前を見殺しにしたくはないんだ。
だいたいこうなったのは暴走したバスからお前を助けられなかった俺の責任で……」
「ちがっ、あれはオレが──」
あぁダメだ。このままじゃきっとお互い譲らない。
俺はインに生き返ってほしいが、きっとインは俺に生き返ってほしいと思っているんだ。
自惚れなんかじゃない。目の前の親友を見ていればそんなことはすぐに分かる。
コイツを納得させて、更に俺自身も納得させるには、二人とも生き返る道を探し出すしかない。
でもインに俺を殺させるようなクリア条件を与えるような悪魔どもが主催のこのゲームに、そんな残機を減らさずにセックスをするような裏ワザなんて……。
「……ここで少し待っててくれ」
「こ、コウ? なにを……」
「電話で悪魔と話してくる。すぐ戻るから」
そう言ってインを部屋に取り残し、俺は一旦家を出た。
『はぁ~? そんな都合のいい方法なんてあるわけないじゃん!』
家のすぐ外にて。
困った時は悪魔に電話をして助言を聞けばいい──なんて話だったが、スマホから返ってきた声はひどく腹の立つ声音とセリフであった。
こいつぶん殴りたい……。
『これだから人間はワガママでやだなぁ。きみは一介のプレイヤーに過ぎないんだから、指定されたことをやればそれでいいんだよ』
「っ……あのさ、聞いておきたいことがあるんだが」
『なに?』
なかなかムカつく野郎だが、怒りはまだ腹のうちに隠しておいて。
この世界のこと、このゲームの事、いろいろとまだ知らないことがあるのだ。
流石にすべてを質問するのは面倒くさいので、知っておかなければならないことだけ質問しようと思う。
「そもそもこの世界ってどういう場所なんだ。お前たちが作った仮想世界とかなのか?」
『違うよ? そこは君たちが元居た世界と何ら変わらない現実だ。
ただ特別な点で言えば、そこはわたし達がゲームの舞台に選んだ平行世界。君たちの世界とはちょーっとばかし常識が違くて、エロイベントが多いってだけ』
「……なら、お前たち悪魔はこの世界には干渉できないのか?」
『まぁ好きに弄ることはできないって感じかな。前みたいにアイテムを届けたりするくらいがせいぜいだよ』
つまり極端な話、悪魔たちは本当にただ観戦しているだけ、ということか。
ならもしゲームの仕様の穴をついた攻略をしても、奴らが止めに入ることはないかもしれない。
……それともう一つ。
「俺たちはいつまでこの世界にいられる?」
『あっ……もしかして二人で生き返れないから、親友くんとこのままこの世界で暮らそう、とか考えてる?
ふふふ、無駄無駄。君たちの命のタイムリミットは次のバレンタインデーの翌日までだ。
期限を過ぎたらわたし達が与えたその体は消滅して、今度こそきみたち死ぬよ~ウッヒッヒ』
悔しいことに考えを読まれてしまっていたらしい。
どうせ元の世界に生き返ることが出来ないのならこのまま……なんて甘い考えは通用しないようだ。
確かにこれはゲームなのだから、タイムリミットがあって当然ではある。
『アッヒャッヒャ!』
「おい、うるせえから少し黙ってろ」
『うっ。……む、むぅ』
……くそ、八方塞がりだ。これ以上何を聞いたところで、面白がってゲームを楽しんでいる悪魔は助言なんてしないに決まってる。
このゲームを神聖な儀式だとかなんとか言っていたが、真実としてはきっとただの娯楽なのだろう。
自分の地位が掛かっているとは言っていたけど、多分感覚としては競馬とかそういう賭けの類なんだ。
俺に対しての態度からして、儀式の遂行ではなく遊びを楽しんでいることは明白だ。
『ほ、ほら、迷ってないで親友くんなんか見捨てちゃいなYO!
アイツきみの為なら死ぬ気満々だし、利用するだけ利用して捨てちゃお!
仲間も増えたしあとは消化試合! これで
……わたしたちの、じゃないんだな。
やっぱり協力者でも何でもなくて、悪魔からすれば俺はただ賭け馬なんだろう。
生き返れるならそれでいいだろと思っている。
誘導すれば俺がインを見捨てるのだと、本気でそう思っている。
文字通り自分の”命”がかかっているのだから、自らを優先して当然だ、と。
──ふざけんなバカ。
確かに自分の命は大事だが、それは親友を見捨てていい理由にはならない。
俺はインと一緒に二人で生き返りたいんだ。
あいつは俺の親友で、なくてはならない半身なんだよ。
一人で生き返ったとしても意味がない。俺が生き返っても、俺がインだけを生き返らせても、そんなことに意味なんてないってことは、さっきの親友とのやり取りで十二分に理解した。
だから、俺は──
【ほら、この五円玉を見てくれ。ゆーらゆーら……】
──ハッ、とした。
【きみが今からするのは、ドスケベセックスじゃない。ボクによる逆レイプでもない……】
そ、そういえば……。
【ちっちゃい先輩オナホを使ったオナニーだっ♡合法ロリオナホで自分勝手に射精するだけ♡
あれは。
あのときは。
【先輩と俺って、あのままえっちしたんですか?】
【ぅ、うん、そりゃもう、激しく】
俺は先輩とドスケベセックスをした。
フェロモンに当てられて発情した式上先輩が俺に催眠を掛けて、確かに事実として
それなのに残機が減らなかったのは──性行為を『自慰』だと思い込んでいたから、じゃあないのか?
……そうか、分かったぞ。
これは間違いないッ。
俺の呪いは性行為という事実そのものではなく、俺の『性行為をした』という認識があって初めて発動するタイプの呪いなんだ。
「……ふ、ふふ」
あぁ、笑いを抑えることが出来ない。
ここで遂に気がついてしまったのだ。
俺たちの”仲間”になった『あの人』がいれば、この状況を打開できるってことに。
このゲームをインと二人でクリアできる──裏ワザってやつに。
「ふふふふっ、クックック……」
『な、なんだ……?』
お前ら悪魔は知らなかっただろうがな。
この世界にはめちゃんこヤベ~合法ロリがいるんだぜ。
”セックス”という事実を『オナニー』という認識にすり替えることが出来る、激ヤバな『式上桃彩』って人間がな。
「ふっふふふ……フハハハハハッ!! はーっはっはっははッ!!」
『何を急に笑っている!?』
「あぁ──いいぜ。勝たせてやる。俺は生き返ってテメーを勝たせてやるよ。……だがな」
『なんだ……!?』
心して聞きやがれ!
「お前らの見たかった展開は見せてやらねぇ! 俺には”親友”と二人で『一緒に生き返る』算段があるんだよォ!!」
『なっ、なにィーッ!!? …………えっ、マジで?』
うん。
「マジマジ」
「なにそれヤバ……」
ここで補足しておくと合法ロリ先輩は有能ですが万能ではありません
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チームNLSの始まり
勝利宣言と共に勢いよく悪魔との通話をブチ切り、一旦家の中へと帰還して。
二階にいるインのもとへ向かい、彼女に諸々の事情を説明すると、インは焦って俺を押し倒してきた。
『まさかいま催眠を掛けようとしてるんじゃ』なんて言っていたし、相当焦っていたのだろう。
もし式上先輩の催眠術を使って今すぐにクリアできるのだとしても、インは『今はクリアしない』と言って譲らなかった。
どうやら俺の親友は、クリア条件であるバレンタインデーまで俺をサポートし続けるつもりらしい。
そんな彼女の好意を笑顔で受け取りつつ、俺たちは一階の居間へと向かった。
そこにいる式上先輩に聞かなきゃいけないことが山積みだからだ。
リビングへ到着すると、先輩はムチ子と並んでソファに座ってお茶を飲んでいた。二人ともマスコットみたいでかわいい。
とりあえず俺たちもお茶を貰いつつ、事の顛末を全て先輩に話した。
そして期待を胸に待っていた式上先輩からの第一声は──
「……ごめん、無理」
──まるで予想していなかった返答であった。
簡潔にまとめると、式上先輩の催眠術は『相手から見た対象が式上先輩本人である場合にのみ発動する催眠』という限定的なものだった。
つまり合法ロリ先輩が俺にオナホだと認識させることが出来る人間は、彼女本人しかいないという事だったのだ。
催眠の基本である『相手を眠らせること』以外の彼女の催眠は、使う状況が限られているものばかり。
俺が期待していた、インと性行為そのものをせずに俺とセックスしたと思い込ませるような催眠、なんてのは夢のまた夢で。
それどころか俺にインをオナホだと思い込ませることすらできない事実が発覚し、俺とインは押し黙ってしまった。
「ふっ、二人ともごめんね!」
「……いえ、先輩が謝るようなことじゃ……うぐぐ」
しかし、やはり悔しい。あれだけ悪魔に啖呵を切ってクリアすると嘯いておきながら、状況は手詰まりだ。
これは……そうだな。都合よく式上先輩にだけ頼ろうとした俺への罰だ。
彼女はここまで発明ガジェットやら催眠やらで、何度も何度も俺たちを救ってくれた。
見返りを求めることなくずっと真摯に俺たちを助け続けてきてくれた先輩に、最後の最後まで頼り切りではいけないんだ。
あくまで先輩がしてくれるのはサポート。
そこから先は──俺自身が道を切り拓くべきだ。
「式上先輩、頼みがあります」
「え? ……んんっ。──うん、聞こう」
咳払いを一つ。先輩は真剣な表情に切り替わる。
「俺に……催眠術を教えてくださいっ!」
★
話によると、式上先輩の催眠術はほぼ独学とのことだった。
この世界では激やばな催眠術こそ横行しているものの、催眠術師たちがそれぞれ手の内を明かそうとしないため、技術の共有はほとんどされていないらしい。
必要以上に利益を求めず、自らの性の欲望の為だけに術を使う──それが催眠術師だと先輩は語る。
先輩にも一応催眠術の師に当たる人物がいたらしく、その人物が残したノートと過去の催眠術の文献を合わせて研究した結果生み出したのが、先輩の五円玉を使った『
他の催眠術に比べて即効性が高く、また効果も術者が操作しない限り解除されない優れもの。
そんな桃彩式催眠術を習得してゲームをクリアするため、彼女に弟子入りを志願したあの日から、俺の壮絶な修行の日々が幕を開けたのであった。
目指す催眠術は『行為をせずにインに俺とセックスしたと思い込ませる』というものだ。
桃彩式催眠術は相手から見た場合の対象が自分である必要があるため、俺がインに催眠を掛けなければいけない。
故に先輩と催眠術のグレードアップを研究しつつ、俺自身も催眠術を覚える必要があるため、催眠術習得の修行に日々明け暮れるのであった。
「ゆーらゆーら」
「うっぐ……ぐぬぬぬ……っ」
「今日からボクは君のママだよ~。ほら甘えておいで~」
「うううぅぅぅぅっぐぉぉぉぉ……っ!」
まずは催眠に耐える特訓から。
催眠は五円玉に自分の意思を乗せ続けなければならないため、相手に見せる五円玉からも目を離してはいけない。
そのため基本としてはまず自分の催眠に掛からないようにしなければいけないのだ。
時刻は夕方。場所は学園内にあるNTRの基地だ。
弟子入りしてから一週間が経過しているため今は夏休み中だが、式上先輩が所属している科学部の顧問を通じて校内使用の許可を貰い。
今はまだ催眠術そのものが使えないため、式上先輩の威力が低めな催眠術で耐性を付ける特訓をしている最中である
「赤ちゃんに戻っていいんだよ~。ボクのおっぱいちゅーちゅーしようね~」
「こっ、このママガキ……ッ! 俺はそんな安い催眠には負けママァ~♪」
「わわっ!」
あれ?
「おっぱい吸われるぅ~! ムチ子くんヘルプ!」
「はいはい──っと」
「ブベッ!」
情けないことに式上先輩の催眠に掛かってしまった俺を、人間の姿に変装してるムチ子がビンタをすることで正気に戻す。
これを何度か繰り返しているのだが、如何せんムチ子のビンタの威力が強すぎて、催眠に耐える以前に意識が朦朧としてきた。
赤髪の少女の姿になったはいいものの、力は相変わらずの魔物級だ。アゴ外れちゃう……。
「む、ムチ子ぉ……もうちょい手加減できねぇ……?」
「手加減したら催眠が解けないじゃない。殴られたくなかったら、頑張って催眠に耐えなさいよ。私だって殴りたくないし」
スパルタだよぅ……つらいよぅ……。
「コウ、大丈夫?」
「あっ……イン」
頬の痛みでフラフラしていると、黒髪ポニーテールの無表情っ娘が、タオルとスポーツドリンクを手渡してくれた。
タオルはお湯に浸してから絞ったのか、顔を拭くとじんわりとした温かさを感じられて、心地よい安心感を覚えた。
あれから感情が落ち着いたインはまた人形のごとく表情がなくなってしまったのだが、以前にも増して調子が良くなったように思える。
具体的に言うと身振り手振りなどのボディランゲージが積極的になった。
これからはちゃんと感情を読み取ってもらえるように努力する……とのことらしい。
無表情のまま必死に体を動かす姿を見ていると、なんだか此方まで元気になってくる。
「ありがとな、イン」
「ううん、私にできることがあったら何でも言って」
心強い味方だ。今も俺が頑張れているのは、ひとえにインの存在があってこそだろうと実感する。
特訓中は先輩もムチ子も厳しめだからか、優しく介抱してくれるインの優しさが体全体に染み渡るぜ。
「今なんでもするって言った?」
「そこまでは言ってない」
言ってなかったかぁ。
「……後輩君の集中力が落ちてきてるね。今日はここまでにしとこうか」
目に見えて疲弊している俺の様子を見かねた式上先輩の一言で、とりあえず今日の催眠術の特訓は終了した。
弟子入りしてから一週間が経過しているが、今のところはまだ成果が見られない。
まぁバレンタインデーまではまだ半年以上あるし、焦りは禁物だ。努力こそすれ、無茶はしない。
家に引きこもってたら頼んでもないおっぱいデリバリーが来たり、コンビニで飯を買ったら『お弁当のついでにおちんちんも温めますか?』とか聞かれるこの抜きゲーみたいな世界では、体力や体調を一定以上保っていないと危険なのだ。ここでの基本戦略は逃走だから。
「さて、このあとはアレだね」
基地の中で帰り支度を始めている途中で先輩がそんなこと言い、俺の肩がビクンと跳ねた。
動揺を隠すように唾を飲み込む俺とは正反対に、ムチ子とインは当たり前のように先輩の言葉に頷く。
アレ……アレかぁ。今日もやるのか……。
心の中で嘆息を吐きつつ、俺は先行する女子三人にしぶしぶ付いていくのだった。
★
時刻は夜。場所は俺の家で俺の部屋。
四人で過ごすには聊か狭い部屋のベッドの上で、俺は三人の人間に囲まれていた。
右腕を抱いているのはイン。左肩に纏わりついているのはムチ子。
そして胡坐をかいている俺の膝の上には、この中で一番体重が軽くて体の小さい式上先輩が乗っていた。
まさに四面楚歌。後ろは壁で、左右と前をNLSのメンバーに塞がれた俺は、まるで身動きが取れなくなっていた。
「……ぁ、あの、みんな……」
耐えきれずに俺が弱々しい声を漏らすと、正面に跨って先輩が首を傾げた。
「何だい?」
「ほ、本当にこれ、やる意味あるんです……?」
この
「コウが勝利宣言をしたせいで、それをよく思わない悪魔たちが力ずくでこの世界に干渉してきた」
「うぐっ」
「えっちなイベントは前より多くなったし、それらは逃げればいいけど、前よりも強力な淫夢を見せてくるようになったサキュバスたちに対しては、コウが夢の中で抗って自ら覚醒して起きるしか手立てがない」
そうなのだ。俺が調子に乗って悪魔にデカい口を聞いた影響で、思い通りに事が進まないことに憤慨した悪魔たちが余計な茶々を入れ始めてきやがったのだ。
以前俺にハツジョーくんを送った要領で、やつらはこの世界の住人──特にサキュバスに対してパワーアップするようなアイテムを渡した。
そして強くなったサキュバスたちはムチ子が弱っていることを知るや否や、この街を拠点にしようと次々と流れ込んできたのだ。
力が増したサキュバスの淫夢はあまりにも絶大な魔力が込められており、それを見せられている間は外から肉体に何をされても起きることが出来ない。
奴らの夢ワールドから脱して現実へと帰還するためには、サキュバスたちが仕掛けてくる誘惑に俺自身が打ち勝たなくてはいけない。
しかし夢の世界はある程度サキュバスが自由に弄れて、おまけに夢を見せられている状態の俺は脳を直接魔力で攻撃されているため、普段の状態よりも意志と心が弱っているときた。
というわけで、俺に目の前の性欲に対しての耐性を付ける、ないし耐性を必要以上に強くするために、NTRの三人はとんでもない作戦を立案した。
……女子三人で俺を誘惑し、数時間の間それを耐久させる、という作戦を。
「後輩君。これはどうしても必要な処置なんだよ。女の子にすり寄られて体を擦りつけられる誘惑に耐えられるようになれば、君はきっと淫魔に打ち勝つことが出来る。
逆に言えば……これに耐えられるようにならないと君は夢の中で誘惑に負けて死んでしまう」
いや、分かってはいるんですけどもね。
なんというか、抜きゲーみたいな世界に抗うためとはいえ、逆にエロゲみたいなシチュになってるのは本末転倒な気がしてならないというか、あの、その……。
「今はムチ子くんの呪いも付与されてて性欲MAXだろう? いまの性欲マシマシ状態で誘惑に耐えられるようになれば、呪いがなくなった後のキミは無敵だよ」
そうか……? そうかなぁ……。
「コウ、がんばって。コウならできるって……信じてる……ふふっ」
ちょっと笑ってんじゃねーかテメェ!? 面白半分で参加してるだろインお前オイッ!!
「アンタはいいから大人しくしてなさいってば……」
「おい耳元で囁かないで」
お前にいたっては本物のサキュバスなんだからもう少し手加減して……。
「いいこと? アンタはこれから二時間、絶対に動いちゃダメ。動いていいのは……誘惑に負けてアタシたちの身体を触るときだけよ」
「と、トイレとか……!」
「さっき済ませてきたでしょ。緊急用に尿瓶とティッシュも用意したから心配しないで」
尿瓶とか勘弁してくれ。介護じゃないんだぞ。
「うっさいわね、介護みたいなものでしょ。……ほらロリっ子、さっさと始めちゃって」
「ロリじゃないですけど! ……コホン」
「あ、あの、先輩やっぱり考え直しませんか」
「だーめ。じゃあ後輩君──始めるよ」
その一言が開始の合図となり。
右のインと左のムチ子が俺の頬にそっとキスをして、二時間の性欲我慢耐久特訓が開始された。
彼女らの体から香る甘い匂いが鼻孔を通って脳を刺激し、更にマシュマロのように柔らかく反発する寝間着越しの乳房を腕に押し付けられ、心臓は俺の下半身へ次々と血液を充填させていく。
我慢は強いられているが、興奮は制限されていない。
インに耳を甘噛みされ、魔力を操作して少し大きくした胸の果実をムチ子に押し付けられ、正面から式上先輩に顔を近づけられる。
先輩はキスはしない。誘惑を我慢させる、という目標の通り、彼女は唇が接触する直前で止まってしまう。
誘惑に負けてキスをしたらゲームオーバーということなのだろう。
どいつもこいつも体のあちこちを触ったり、唇以外にキスをしたり舐めたり甘噛みしたりするのに、確実に俺の性器だけには触れないことで、完璧な生殺しの状況が成立してしまっている。
太ももの内側やへその下を撫でられるが、それは快感に直結せず、脳内の悪魔が俺に『触れ』『襲え』『我慢をやめろ』と甘美な言葉をささやいてくる。
ギリギリR18なことはしてこないこの状況を、あと二時間。
もしかしたら俺は死ぬかもしれない。
「ねぇ、コウ」
ふと、隣に座っているインが声をかけてくる。
歯を食いしばって我慢をしている俺は返事を返せないが、構わず彼女は言葉をつづけた。
「これが終わったら……ちゃんと自分で性欲処理してね」
耳元で囁く透き通るような声に肩をビクつかせるが、少女はそれを見ても止めようとはしない。
「溜めすぎたらダメ。それだと夢の中で暴走しちゃうから、我慢できたらご褒美があるって考えて」
ご褒美とは。今まさに地獄を体験しているのだが、これが終わったら何が与えられるというのか。
「私たちがコウのオカズになってあげる。命令してくれたら、目の前でスカートをたくし上げてパンツを見せるし、えっちな衣装だって着るし、おっぱいや太もも、お尻だって好きに触っていい」
え、いいの?
──いや待てッ!!
インのこれは耐久作戦中の囁き攻撃だ! 本気にしちゃダメだ! 俺は負けねぇぞッ!!
……あれ。でも今のって、耐久作戦が終わった後の話だよな? てことはご褒美は本気にしていいのか?
わ、分かんなくなってきた。
これが先輩の立案した性欲耐久作戦の威力だっていうのか……!?
強敵だ、ここまで判断能力が揺さぶられるなんてッ!
うおおおぉぉわああぁぁぁっ!! 負けねぇええぇぇぇっ!!
「セックスはダメだけど、それ以外のことなら三人で何でもしてあげる。コウが頑張れるように、私たちが性欲処理係になってあげる」
やめろーっ!! ヤメロォォーッ!!!
「……だから、私たち以外で射精をしちゃダメだよ」
囁くなぁぁぁ゛ぁぁァァ゛ァァッ゛ッ!!!!
「我慢できたら、私たちが気持ちよくしてあげるから──
──だからがんばってね、親友」
コウ:は? そんな甘い言葉には騙されないんだが? という気持ち
イン:ストレスを溜めさせたくないのでわりと本気で言ってる
ムチ子との約束や協力することになった理由は次回ですわよ
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みんなで食べればおいしいよ
俺はいま、夢を見ている。
『あんっ♡ 後輩君ってば……がっつきすぎ♡』
いや、夢というよりは記憶の再起だ。
これは俺が忘却したと思い込んでいた記憶なのだ。
『そう、そこ……ボクのことをオナホだと思って……あっ、え? ちょっとま──』
目の前の光景から目を逸らしたくて、でも不思議と身動きを取れない俺は、ただ瞼を閉じることでしか抵抗できない。
眼前で繰り広げられているであろうソレが俺の記憶という事は、間違いなくこの俺自身が犯してしまった過去の過ちであり、否定しようのない事実でしかなくて。
この体を動かしている自分自身に『止まれ』『やめろ』と命令したところで、変えようのない事実をただ淡々と再現する夢の中の俺は行為をやめてはくれなかった。
目を開けることは出来ない。
いまここで瞼を開けてしまったら、間違いなく思考がR18に染まってしまう。
俺は彼女を──式上先輩をそんな目で見るつもりなんてないんだ。
『まっ、まっへぇっ、やめ、ぼくっ死んじゃう──』
──覚めろ。
起きろ俺。
早く目覚めろ。
R18になってしまう前に、はやく──!
★
「──ハッ!?」
飛び跳ねるように覚醒する。
気がついたとき、俺は自室のベッドの上だった。
「はっ、ハッ、はっ」
心臓がまるで車のエンジンのように激しく鼓動している。
軋むように肺が痛み、新鮮な空気を欲して呼吸が乱れている。
「はぁっ、うっ……ふぅ、はぁ……っ」
胸元を強く掴みながら呼吸を繰り返していれば、次第に心は落ち着きを取り戻してくれた。
先ほどの光景は間違いなく過去に起きた現実ではあったが、今現在の俺がソレをしていない事実に安堵する。
最悪の目覚めだ。
こんなにも気分が悪い朝は今まで経験したことがない。
……それもこれも、昨晩決めた『えっちな夢を克服しよう大作戦』のせいだが。
「あっ、起きたのね。おはよ」
「……ムチ子、か」
俺の下半身を覆っている掛け布団の中からもぞもぞと顔を出したのは、すっかり普通の人間の姿が板についたムチ子だった。
窓から差す朝日が彼女の深紅の髪を照らし、反射した光が俺の目を攻撃してくる。
「ぬわああぁぁぁ……」
「あっ、ごめん」
サキュバスという種族だからなのか、ムチ子の髪はキューティクルがやばい。
光を完全に反射する程の艶やかな赤髪はもはや鏡にも等しいのだ。お手入れ大変そう。
「……で、主陣コウ。アタシの夢には勝てた?」
朝日で目潰しされて狼狽えていると、ムチ子が朝勃ちした俺のズボンの一部を揉みながら質問してきた。やめろバカ。
「……目ぇ逸らしちまった。とてもじゃないけど、あの光景を直視するのは厳しいよ。
あと股間を揉むのやめて」
「まだ悪夢に対しての耐性が付いてないみたいね。もっと特訓しないと駄目よ、主陣コウ。
あとサキュバスの前で勃起するアンタが悪い」
あの記憶はムチ子の力で無理やり見せられた記憶なのだが、残念なことに予想通り俺は悪夢とは対峙できずに逃げてしまった。情けない事この上ない。
あと、朝勃ちは興奮とか関係なくただの健康の証だぞ。それに俺の意思じゃねぇ。
「……はむっ」
「っ!? やめろアホっ!?」
「いだっ! だ、だってめちゃくちゃ勃起してるのよ!? サキュバスならこんな美味しそうなのズボン越しだろうと食べたくなるというか……!」
「自重しろ元ムチムチ女っ!!」
──と、まぁそんな朝の一幕があって。
本日も特訓漬けの一日が始まったのであった。
まず朝は体力づくりの為のランニングをして。
次は式上先輩お手製の逃走用ガジェットの使用練習や、それを使った作戦行動の訓練。
それが終わったら昼食を済ませて小休憩を挟み、今度は催眠術の特訓を開始する。
夕方頃には特訓を終わらせて、エロイベントを警戒しつつ家の中でまったり過ごし。
夜はあの強制ハーレム性欲耐久訓練をやって──というのが、最近の一日の流れだ。
今朝俺が体験していた『えっちな夢を克服しよう大作戦』は、昨日から始めた新しい特訓である。
ムチ子の力で強制的に
結果は散々だったが収穫もあった。
あの調子で夢の中での行動をしていけば、次第に夢ワールドでの対応にも慣れてくるだろう。
「いくよ、コウ」
「ばっちこい!」
現在は近所の空き地を利用したガジェット訓練の最中だ。
インが球出しマシンやエアガンを使って俺を攻撃し、俺は先輩の作った収納型シールドを使ってそれらを防ぐというものである。
腕に取り付けたブレスレットを操作すると、収納されていた丸型のシールドが出現した。
これは飛び道具を使う敵の攻撃をいなすための装備で、逃走用という事もあってか軽くて扱いやすい。
しかし実戦で体が動くかは別の話だ。
気合を入れて訓練に取り組まなければ。
「よーい、スタート」
「どっからでもきやがブベッ!!」
先は長い。
──それから少し経って。
今はNTR全員で俺の家に集まり、昼食を作っている最中だ。
料理が上手い式上先輩とインが台所を占領しており、料理が下手で役立たずな俺と足手まといな(そもそも料理経験が皆無な)ムチ子は、ソファに座って二人並んで大人しくしている。
「……ねぇ」
やることもないので適当にテレビを流してボーっとしていると、隣に座っている赤髪の少女が声をかけてきた。
そちらを向いてみて分かったが、やはりムチ子はあまり魔力が回復していない。
今も中学生くらいの体型で、ロリっ子な式上先輩とスレンダーな高校生サイズのインのちょうど中間くらいだ。ムチムチの面影もない。
「どしたムチ子」
「料理ってやつさ、アタシも待つ必要ある? アタシはサキュバスだし、精気か精液が摂取できればそれでいいんだけど」
確かに言われてみればそうだ。えっちな夢を克服しよう大作戦のために付きっ切りで俺に夢を見せていて、そのせいで今朝の朝勃ちを目撃してしまって少しばかり興奮しているムチ子は、プカプカと宙に浮かびながら俺たちを観察しているいつもとは違い、今日はずっと俺の傍にいる。精気のいい匂いがするらしい。
なのでごく自然に食事の席に同伴したのだが、今になって冷静になったらしく、席を立とうとしている。
「ちょっと待ってくれ」
「……なに?」
「せっかくだから一緒に昼飯食べないか? 今日だけでもいいからさ」
ここ最近は眠っている俺から
だから少しでもお腹が膨れるよう、彼女にも人間の食事をしてほしいと俺は思っていた。
俺たちに協力する代わりに、定期的に俺の精気を吸う──というのが、ムチ子と結んだ契約の内容で。
少なくともこの地域に訪れた他のサキュバスたちを追い払うまでは、俺たちに協力してくれるという話になっている。
つまり俺はゲームクリアの他に、『この街に来るサキュバスたちを追い返して、ムチ子の居場所を作る』という、もう一つこの世界でやるべきことがあるのだ。
「もしかして……俺たち人間の食事だと全然栄養にならない感じなのか?」
「別にそんなことはないと思う。……ただ、アタシたちサキュバスの食事は、人間の男の精気。生まれた時からずっとそうして生きてきたから、それが普通なの。他の食事の方法なんて考えたことも無かったわ」
精気を吸うことでしか食事をしてこなかった……という割には使っていないはずの歯も退化してないし、抜きゲーみたいな世界だからなのかどんな生き方をしていても外見は人間に似たままだ。
それならむしろ好都合。食べ方さえ教えてあげれば、彼女にも人間の食事ができるはずだ。
「いらないのか?」
「いらない」
「でもお腹すいてるだろ」
「アンタが精液を提供してくれたら満腹になれるんだけどね?」
「うぐっ……」
申し訳ないがそれはできない。俺はエロゲの主人公なんかじゃないし、むやみやたらに女の子と肉体関係を持ちたくはないのだ。
聞けばサキュバスの精液摂取は肉体的接触が必要不可欠とのことなので、俺が自慰で吐精した精液を与えられない以上、彼女に精液を与えることは出来ない。
そもそも女の子の体の良さを体験してしまったら、俺は夢の中でサキュバスに負けかねない。
インには我慢すればご褒美があると言われたものの、もしそのご褒美を受け取ってしまったら、サキュバスでもそのご褒美と同じ気持ちよさを体感できると思い込んでしまう。
ゆえに俺は今のところ、全ての性欲をオナニーで発散している。
サキュバスに打ち勝つためには、女体の気持ちよさを知らない今のままの状態であることが必須であり、誇り高き童貞でいることが勝利への鍵なのだ。
……式上先輩とはヤッたが、事故なのでアレはノーカンだ。そもそも行為そのものの記憶はともかく、気持ちよさ自体は覚えていないので問題ない。
話がずれた。閑話休題。
ともかくムチ子には抜きゲー的処置ができないので、その代わりにご飯を食べてほしい、というわけなのだ。
「騙されたと思ってさ、とりあえず食べてみてくれよ。今日はカレーだぞ」
「かれぇ……?」
料理の名前すら知らないムチ子が首を傾げるが、まぁまぁと彼女を宥めながらリビングのテーブルへと案内し、半強制的に椅子へ座らせた。
俺も隣に座ると、お盆に皿を乗っけたロリっ子と無表情娘がテーブルにやって来た。
どうやらちょうど料理ができあがったらしい。
「二人ともおまたせ~。美味しいのができたよ!」
「コウはこれ。ムチ子のはこっち」
二人がテーブルにカレーを置いていき、彼女らが座った事でNTRが集合した。
よし、ではここはリーダーたる俺が先行して。
「じゃ、みんな手を合わせて」
「……?」
見様見真似でムチ子も手を合わせている。えらい。
「いただきます」
俺の合図にあわせて他の二人も同様の言葉を放ち、数秒遅れてムチ子も「い、いただきます」と言って慣れない手つきでスプーンを手に取った。
「これが、かれぇ……」
恐る恐るスプーンでカレーをすくい上げ、まじまじとそれを観察するムチ子。
「ど、どんな味がするわけ?」
「まずは口に運んでみな」
「…………あむっ」
諭すように俺が言うと、ムチ子は目を閉じて勢いよくスプーンを頬張った。
スプーンを離し、カレーをモグモグと咀嚼して──
「……うまい。……かも」
驚いたような表情をした後、少しだけ頬を緩めてそう言ってくれた。
どうやらカレーは彼女の口に合ってくれたらしい。
それに気がついたインと先輩も、顔を見合わせて少し笑った。
「それはよかった」
「ふふ、頑張って作った甲斐があったってものだね」
二人の言葉を耳にして、ムチ子は少しだけ照れ臭そうにしつつも、またカレーを食べ始めた。
俺も、他の二人も、カレーを頬張るそんなサキュバスに癒されつつ、昼食を食べ進める。
この世界に来てからは何かと騒がしかったけど、こんな平和な日もあるんだなと実感して、俺は少しだけ嬉しくなったのだった。
実は終わりが近いです
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性のクリスマス 遠慮しときます
夏場は本当にいろいろな事があった。
悪魔たちが介入してきた影響もあるのだろうが、いつにも増して頭の悪いエロイベントが多かった気がする。
捕まったら即レイプの『リアル
季節は移り変わって冬。
光陰矢の如しとはよく言ったもので、忙しい毎日を送っていたらいつの間にかクリスマスイブになっていた。
この世界での生活にも慣れてきた頃だが、それはそれとして油断はできない。
今日も今日とて、スケベな刺客から逃走中だ。
「ムチ子! 先輩を頼む!」
「はいはい!」
昼の住宅街を駆け抜けながら、抱っこしていた式上先輩を、サキュバスの翼で空を滑空しているムチ子にパスした。
「うわわぁっ!」
「──っと。ロリっ子は軽くて助かるわね」
「ロリじゃないってば! ていうかこのラグビーの球みたいな扱いなんなんだよぅ!」
確かにボールみたいな扱いをしちゃってる気はするけど、俺たちを追ってきてるのがパンツ一丁のロリコン種付けおじさんなので仕方がない。
本人曰く式上先輩は立派なレディとのことだが、見た目は完全にロリなのだ。優先的に守らなければ。
「ボール扱いされながら過ごすクリスマスイブは初めてだ……」
「いちいちうっさいわね、アレ見てみなさいよ」
ムチ子に言われて振り返る先輩。
そこには脂ぎった汗だくのおデブなおじさんが五人ほど、下着一枚の姿で鼻息荒く俺たちを追う姿があった。
「締りよさそうなぷにあな孕ませるぅぅぅっ!!」
「その淫乱ピンク髪のロリをおいていけええぇぇぇっ!!」
「桃彩ちゃんお嫁さんに欲しいっ♡ いつでも精子コキ捨てられるお手軽オナホ生意気淫乱天才合法ロリ渡してくださいっ♡♡ 一生大事にするね? 孕めッ!!」
かなり恐怖を感じた。
先輩もめちゃくちゃ顔が引きつっておられる。
「おとなしくボールになってます……」
「んっ、よろしい。──イン! 今よ!」
ムチ子の合図と共に、先行して先の曲がり角に身を潜めていたインが、此方に向けて煙幕玉とフラッシュバンを投げた。
俺とムチ子と先輩がゴーグルとマスクを装着すると同時に煙と閃光が炸裂し、種付けおじさんたちは悲鳴を挙げて狼狽える。
どうやら完全に足が止まったようだ。
奴らは野外セックスしかないというポリシーがあるため家の中までは追って来れないし、このまま俺の自宅へ逃げ込めば勝ちである。
「みんな、こっち」
住宅街を直進していくと、大量の買い物袋を抱えたインが俺の自宅の玄関前で待機している姿が見えた。
先輩を抱えたムチ子と俺がそのままなだれ込むように家へ突っ込み、追手がいないことを確認したインが玄関のドアを施錠したことで逃走は終了。
本日もNTR全員で、安全に帰宅することが叶ったのだった。
★
俺たちがわざわざ外出したのには、当然理由がある。
家に突入する前にインが大量の買い物袋を抱えていたことからも分かる通り、俺たちは買い出しに出ていたのだ。
俺とインがこの世界で過ごす最初で最後のクリスマスなのだから、普段の健闘を称えることも兼ねてクリスマスパーティをしよう、といった式上先輩の提案からこうなった。
当たり前だが外出をすれば刺客と出くわす機会も増える──けど、俺個人としてもせっかくのクリスマスはNTRのみんなで過ごしたいと思っていたので、種付けおじさんたちのような敵から逃げることも想定して買い出しの提案に乗ったのだ。
逃走に慣れた今ならきっと大丈夫、しかし油断せずに買い物をしよう、という気持ちで臨んで……まぁおじさんたちには見つかってしまったが、こうして無事に買い物を済ませることが出来たので結果オーライだ。
「イン、アンタ……ろーすとちきん? なんて作れるの……?」
「うん。そこまで難しくないからムチ子も手伝って」
現在は夕方。
リビングでは料理上手なインがムチ子にいろいろ教えつつ、夜に食べる用のチキンなどの下準備をしている。
ケーキ以外は全部手作りにするらしい。インは料理上手というより、単に料理をするのが好きなのだろう。
男の時もよく手料理を振舞ってくれてたっけな。
「後輩くーん。その部品とって」
「あ、はい」
ちなみに俺はテーブルで逃走用ガジェットの調整をしている先輩の手伝いをしている。
……といっても技術面はさっぱりで、使ってみた感想や部品の手渡しくらいしかできていないが。
若干の手持無沙汰で落ち着かない。
先輩は眼鏡をかけてドライバーやらなにやらでカチャカチャ弄り回しているが、これは何をやっているのだろうか。
「先輩、それって……確か囮用のラジコンですよね。改造ですか?」
「まあね。最近は発情状態でも囮のホログラムに引っかからない子たちが増えてるから、いっそのこと武器として使おうかなって思って」
武器……? ラジコンがどうやったら武器になるんだ?
「爆薬を詰めて吶喊させるとか」
「死人が出ますよっ!?」
「あはは、冗談冗談。拘束用のネットを射出させたりとか、イン君が常備してるスモーク弾やスタングレネードなんかを数発搭載させようかなって。きっと凄いのが出来上がるぞ~……フフッ」
怪しく笑いながらラジコンに手を加えるその姿は、なんともマッドサイエンティスト染みていて、式上先輩本来の姿が垣間見えたような気がした。
今更になって実感したけど、合法ロリで発明の天才で催眠術も使えるとか、うちのロリっ子はちょっと属性過多というか個性が強すぎる気がするな。
「ロリじゃないよ?」
さらっと心を読まないで……。
「そういう顔してたし」
「どういう顔?」
「伊達に君より生きてないぞ。ボクはこの人生の中で『あっ、ロリだ』って考えてる人の顔が分かるようになったんだ」
「さすが合法ロリ先輩ですね」
「合法って付ければ許されるわけじゃないからね!?」
後輩君のバカ。
そういって式上先輩は顔を逸らしてしまった。
どうやら過度なロリ弄りで彼女を怒らせてしまったらしい。ぷんすかしている。ほっぺが膨らんでてかわいいね。
「こら! だからその子供を眺めるような生温かい眼差しをやめたまえよ! ボク先輩だぞ!?」
「すみません先輩。怒らせるつもりは……フッ」
「笑うなぁーっ!」
しょうがないでしょ。こんなかわいい怒り方する年上なんて他に知らないし。
「ばぁか……」
あまりにも意地悪な俺に愛想を尽かした先輩は今度こそ視線を外し、ガジェット調整に意識を切り替えてしまった。
流石にやりすぎたかな。後が怖いし今のうちに謝っておいた方がよさそうだ。
「ごめんなさい、式上先輩。怒らせるつもりはなかったんです」
「……つーん」
口でツーンっていう人初めて見た。
この人本当に年上か……?
「本当にすいません、許してください。何でもします」
「……ほんと?」
失言だったかもしれない。
まぁ、でも先輩が機嫌を直してくれるならある程度のことはやって然るべきだろう。
いつもお礼をしてもし足りないくらい世話になっているのだ。この機会にワガママを言ってもらう方がこちらとしてもありがたい。
「……じゃあ、質問に答えて」
「なんなりと」
「ボクってそんなに子供にみえる?」
「っ……」
いきなり答えづらい質問ぶち込んできたな。思わず黙ってしまった。
しかしここはしっかりと答えねばなるまい。
俺は断じて先輩をロリだと馬鹿にしているわけではないということを、この場で証明しなければ。
「……確かに先輩は体こそ小さいかもしれませんけど、この場にいる誰よりも大人な人間です。年齢とかの話じゃなくて」
「ふーん……?」
「困ってる俺とインに手を差し伸べてくれたし、見返りを求めず俺たちに協力してくれているあなたは、もはや聖女か何かの類だ」
後輩君って褒め方が下手だね──と言われてしまった。
うるさいです。これでも頑張って褒めてるんだからちゃんと聞いてください。
「先輩が子供なワケないじゃないですか。俺たちが一番頼りにしている大人こそが、式上先輩なんです……!」
正座をしながら真摯な眼差しでそう告げた。
今述べたすべての言葉に嘘偽りは存在しない。
これは紛れもなく俺の本心であり、彼女に伝えるべき感謝の意でもあるのだ。
とどけ、俺の想い──っ!
「…………うん、ありがと」
あ、あれ。
反応が薄い……。
「せ、先輩は大人ですよ? 本当ですよ?」
「そんな必死にならなくてもいいよ。……別に、もう怒ってないから」
そう言いながら、先輩は仕方なさそうな柔らかい笑みを浮かべた。
よ、よかった。俺の想いはちゃんと届いてくれたようだ。
「ふふっ。まぁ、きみを
「はぁ……」
ん? 大人にした……とは?
「きみってえっちすると爆発して時間が巻き戻るだろう。そうなるとキミと本当にえっちした経験がある人間って──ボクだけでしょ」
「なっ!?」
なんてこと言いだすんだこの人は。
あれは事故だし、そもそもお互い忘れたいはずの忌まわしき過去の記憶のはず。
掘り返さないでくれ……! 俺は体の小さい女の子をオナホ扱いして犯したことなんて……!
「えへへ、ボクと一緒に大人の階段上っちゃったねぇ、後輩君?」
「ち、違う、ちがうぅ……! 俺はまだ童貞を捨ててはいないんだぁ!」
「往生際が悪いなぁ後輩君。きみはボクのこと振り回して四回も
「ぐああああぁぁぁっ! やめろおおおおぉぉぉぉッ!!」
なんだ! 何だこれ!?
ロリってからかいすぎた俺が悪いのか!?
これが式上先輩なりの報復なのかァ! こんなエグい精神攻撃をしてきやがるのかこの人はぁぁ!
「──式上先輩。あんまりコウのこといじってないで、そろそろ手伝って」
「ロリっ子ーっ! フライパンが燃えてるんだけどぉーっ!? 助けてぇぇ!!」
そんな折、俺に助け舟を出したのはインとムチ子。……いや、ムチ子はアレ勝手に事故ってるだけだな。
「はいはい、調整も終わったし今いくよー」
肩をすくめた式上先輩はガジェットをトランクケースにしまい込み、座椅子から立ち上がった。
よかった、助かった。あんまりにも強すぎる精神攻撃で死ぬかと思った。
──と、そんな風にホッと胸を撫で下ろしていると。
式上先輩はリビングへ赴く前に、俺の耳元へ顔を近づけた。
「せっ、先輩……?」
先輩は、なぜか怪しく笑っていて。
「──今夜は三人で、サンタのコスプレをしてキミの部屋にお邪魔するね」
「……ふぇ」
とんでもない爆弾発言に脳天をぶった叩かれて放心する俺をよそに、小悪魔先輩はフフっと笑ってリビングへと向かっていったのだった。
……なんというか。
ほんとうに、読めない人だ。
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俺が巻き込んでしまったヒト
戦いは唐突に始まった。
俺のクリア条件であるバレンタインデーを明日に控えたその日、俺たちNTRを取り囲む周囲の状況が一変したのだ。
最初はテレビのニュース番組だった。
”犯罪者”、”テロリスト”──聞いたことはあるが間違いなく身近なものではなかったその単語を、真剣な表情をしたニュースキャスターが読み上げていたのを覚えている。
画面には三つの顔写真が映し出されていた。
この世界に来てから無駄に前髪が長くなった俺の顔。
黒髪黒目でこれといった特徴的な要素はないが、その人形のように冷たい表情が印象的なインの顔。
そして桃彩髪の童顔な少女──式上桃彩先輩の顔が。
住所も学校も名前も、およそ世間に公表していい個人情報の範囲を明らかに逸脱した全てが詳らかにされ、俺たちNTRはこの世界での居場所を一瞬にして奪われてしまった。
故に昨日から逃走している。
この世界の全てから、俺たち四人は身を隠しながら逃げているのだ。
警察や外出すれば襲ってくるいつもの変態たちはもちろん、報道された情報を信じて疑わない
「……こっちだ」
周囲に人影がないことを確認して俺が手招きをすると、式上先輩を背負ったインが此方に駆け足で移動してくる。
ムチ子は顔が割れていないため、空を飛んで周囲を警戒してくれている。
場所は人気のないビルの裏路地。時刻は夜の九時。
今日はバレンタインデーで、俺たちが逃走を始めてからもう四十時間余りが経過している。
「先輩、だいじょうぶ?」
「う……うん。ありがとね、イン君」
走って逃げている途中、追手の罠で転倒してしまい、式上先輩は片足を捻挫してしまった。
そのためインが彼女を背負って移動し、機動力の高い俺が先行して道を作りながら、どうにかこうにか逃げ続けている……というのが状況だ。
いつものようにガジェットを使った派手な立ち回りはできないため、こうしてコソコソと隠れ続けるしか方法はない。
なにより俺たちにはもう、帰るべき安全な場所は何処にもないのだ。
「……すみません、先輩」
とりあえずは休憩できそうな路地裏に到着し、俺はビルに背を預けて腰を下ろしながら、痛む片足を押さえる式上先輩に向けて、弱々しい声音の謝罪を口にした。
「コラ、そんな顔しないっ」
「いてっ」
そんな目に見えて士気がダダ下がりしている俺を前にして、式上先輩は仕方なさそうに笑って俺にデコピンをしてきた。
こんな時にまで彼女に気を遣わせて……俺は本当にどうしようもない奴だ。
「俺の、せいで……」
「やめてってば。流石にこのレベルは予想外の出来事ではあったけど、ボクはこういう事態に陥ることも承知で君たちに協力してきたんだよ? ボクの事を気遣うなら謝罪はやめてくれ」
「……はい」
優しいとかそういう以前に、この人は責任感が強すぎる。
罪滅ぼしだとか先輩の意地だとか、俺たちに気負わせないような理由を付けて協力してくれていたとはいえ、こんな状況なら文句の一つだって言ってくれてもいいだろうに。
気にしないでくれ、とは言わないのが彼女なりの気遣いなのだろうか。
自分自身の今の気持ちを鑑みるに、厚意に甘えて気にしない、なんて無神経な事は俺には出来ない。
昨日、最終通達といって悪魔が電話を寄越してきた。
内容は『当初より予定していたイベントの開始』というもので。
せっかくバレンタインデーという期日を設けたのだから、最終日は盛大に盛り上げてやる──そう言って、奴らは俺たちNTRの三人を指名手配犯を鼻で笑えるレベルの大犯罪者に仕立て上げたのだ。
テレビやラジオの報道だけではない。
奴らはSNSやあらゆる手を尽くして、あることない事をこの世界の人間に吹き込み、大勢の人間たちが俺たちを捕まえるように仕向けた。
聞けば法外な賞金や何かまで掛けられているらしく、街は血眼になって俺たちを探す人々で溢れかえっている。
介入なんてほとんど出来ない、なんて言葉は嘘だったのだろう。
奴らがその気になれば、こんな風に世界を動かす事さえ容易いのだ。
許せない。
本当に許せない。
こんなことを平気でやってのける悪魔たちと、なによりそんな醜悪な連中の口車に乗せられてゲームに参加した俺自身が、どうしても許せなかった。
俺がこのゲームに参加しなければ、式上先輩を巻き込むことはなかった。
彼女から社会的な立場や財産も何もかもを一瞬にして奪い去ることなんてなかった。
たとえ抜きゲーのような世界だったとしても、ここはひとつの世界として成り立っている現実なのに。
そんな現実でずっと生きてきた式上先輩から俺は──居場所を奪ってしまったのだ。
今までは俺自身はどれほど汚名を着せられようが構わないと思っていたが、それは違った。
このゲームをクリアしてしまえば俺とインはこの世界からいなくなるが、式上先輩には俺たちと関わった事実がそのまま残ってしまう。
彼女は俺たちの共犯者として、一生追われ続ける運命が付き纏うのだ。
俺はあまりにも浅慮だった。
厚意に対して甘えることしかできず、拒絶をしなかった。
全部……俺が招いてしまった結果だ。
「──こう! 主陣コウっ!」
「っ!」
上空を飛んでいるムチ子から送られてくる声が、耳に着けた通信機から響いて我に返った。
「十一時の方向の路地から警官が四人、まだ気づかれてはいないわ」
「了解した。オトリくんを二台走らせた後、後ろの商店街方向に移動する。ムチ子は先にそっちまで飛んでくれ。イン、先輩を頼む」
「わかった。式上先輩、乗って」
「うぅ、足手まといでゴメンね……」
何を馬鹿な事を。足手まといなものか。
それに今だって先輩にしかできないことがあるだろう。
「オトリくんのラジコン操作は先輩の専売特許です。うまくアイツらを欺いちゃってください」
俺が背負っているバックパックから囮用ラジコンカーのリモコンを取り出して先輩に手渡すと、彼女はハッと気がついたような表情をして、深呼吸の後に眦を決した。
「よ、よーし……! 囮役はまかせてね! ついでに改造した武装で迎撃もしちゃうから!」
「お願いします。イン、行くぞ」
「うん」
先行して道を作る俺と先輩を背負うインにラジコンの操作はできない。
先輩だって走って逃げながらの操縦は難しいはずなので、足を怪我していることでインに背負われている今の状況は、移動をインに任せて落ち着いて操縦できる分むしろ不幸中の幸いだった。
そっと路地裏を進みながら、ふと腕時計に視線を落とす。
クリアまで残り三時間を切っていた。
「……っ」
すべてが終わった後の事が脳内を過る。
──今はただ、とりあえず逃げることだけを考えよう。
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無力な主人公
完結までもう少しあります
何十時間も逃げ続けて、身体中の筋肉が悲鳴を挙げている中、やっとの思いで俺たちが逃げ込んだのは廃ビルの屋上だった。
息も絶え絶えに鉄柵へ背を預けて座り込み、腕時計に目を通してようやく今の状況が把握できた。
残り五分。
ゲームクリアまで五分。
俺がこの世界を退去するまで──あと五分。
「式上先輩、包帯を巻くね」
「ありがとイン君……」
隣では汗だくのインが式上先輩を解放しており、長時間の飛行と索敵で疲弊したムチ子も今は俺の隣に座って息を整えていた。
俺たちは実質二日間、四十時間以上の間この街を駆けずり回って逃げている。
途中途中でなんとか水だけは確保して水分補給はしていたものの、ほぼ飲まず食わずで逃走を続けていたせいか、もうNTRの面々は疲労困憊で限界寸前だ。
「コウ。クリアまであとどれくらい?」
「……あと五分だ」
式上先輩の足に包帯を巻き終わったインにそう答えると、彼女も疲れたようにため息を吐きながら鉄作に体重を預けて座り込んだ。
「なら、ここにいればあとは大丈夫そう……かな」
「……っ」
インの言葉に俺は頷けない。
口が裂けても『だいじょうぶ』なんて言葉は口にできなかった。
確かに追手の影は見えないし、あと五分で俺たちはこの世界から解放されるが、やはりそれは俺とインにしか当てはまらない話であって。
ムチ子と式上先輩は、俺たちがいなくなった後もこの世界で、賞金を懸けられた大犯罪者として追われ続ける。
それの何が大丈夫なのか。
安心できる要素なんて何一つない。
自分が生き返って元の世界に戻れるのだから、それ以外の事はどうでもいい──なんて考えられるほど楽観的にはなれないのだ。
「……主陣コウ」
「ムチ子?」
どうしようもない目の前の現実に歯痒い思いを感じて頭を抱えていると、隣のムチ子から声が掛かった。
「人間のオスの匂いが沢山近づいてきてる。多分もうこの廃ビルの中に入ってきてるわ」
「くっそ……みんな、立てるか?」
俺の声に反応したメンバーの様子を、一人ひとり注意深く見ていって気がついたことがある。
ムチ子はまだ大丈夫そうだ。
比較的すぐに立ち上がったし、先ほどのように周囲の敵を察知する程度の余力はまだ残されている。
先輩も足は怪我しているものの、途中からはインに背負われていたため、体力の消耗は少ない。
足首の痛みも少しは引いてきたのか、鉄柵を支えにして一人で立ち上がってくれた。
……しかし、インは。
「ちょっと、待って……大丈夫だから」
どこをどう見ても体調不良で、倒れてしまう一歩手前だ。
立ち上がろうとしても膝が笑っているし、頭もフラつかせていて焦点が合っているかも怪しい。
首や額からは滝のように汗を流していて、呼吸だって定まっていない。
インがここまで消耗しているのは当然だ。
ただでさえ過酷な長時間の逃走を続けているのに、途中からは式上先輩を背負って移動していたのだから、いまさら余裕なんてものが残っているはずなどない。
むしろ体を女にされて体力を削られたのに、ここまで付いてきてくれた彼には敬意を表するべきだ。
「……イン。ここまで付き合ってくれてありがとな」
「こ、コウ?」
こんな状態の彼女にこれ以上の逃走を強いるわけにはいかない。
もうインは十分すぎるくらい頑張ってくれたのだ。
「今からお前を催眠してクリアさせる。そのまま座っててくれ」
「え……? ま、まってよコウっ」
これまで修行してきた催眠術でインに『主陣コウと性行為をした』と思い込ませてゲームをクリアさせ、彼女を先にこの世界から解放する。
インは以前の宣言通りこうして時間ギリギリまで俺を助け続けてくれたし、ここらが潮時だろう。
「わ、わたし足手まといにはならないから……だから、まだ手伝わせて……っ」
「心配すんなって。あとたった五分だぞ? それくらいならお前がいなくても頑張れるさ」
「でも……」
「あと少しでここに追手が来るし、タイミング的にも今しかないんだ。先輩は俺が背負ってくから心配すんなって。……ほれ、コレを見ろ」
インを諭しながら、ポケットに入れていた紐付きの五円玉を取り出し、彼女の顔の前にソレを垂らした。
この数ヵ月間で俺は桃彩式催眠術を完全にマスターし、インに催眠術を掛けることも可能になった。
性行為を誤認させる催眠術は何度もムチ子で練習してあるので、今更失敗することもない。
「コウ……」
「流石に残り五分弱でしくじるほどヤワじゃねえよ。信じてくれ」
「……わかった」
半ば強制的に彼女を納得させ、インを眼前の五円玉に集中させた。
紐をつまんで五円玉を揺らしながら、俺は催眠の言葉を彼女に聞かせていく。
──インに催眠を掛けながらも、俺は別の事を考えていた。
無事にゲームをクリアして生き返った後のこと……ではない。
インと戻るべきあの現実ではなく、俺が破壊してしまった式上先輩の未来のことだけが、ずっと俺の頭の中を支配している。
俺がいなくなって、インもいなくなって、そうして残されるNTRのメンバーは彼女を除けばムチ子だけだ。
現状では式上先輩の味方をしてくれる存在はたった一人だけしかいない。
そんな四面楚歌な状況で彼女たちは本当に生きていけるのだろうか?
世界中が敵になったいま、一介の学生に過ぎない式上先輩と、まだ魔力が回復しきっていないサキュバスのムチ子だけで、この世界に太刀打ちできるのか?
無茶だ。
そんなの無理に決まっている。
大体ムチ子だって本当ならもう協力する理由なんてないんだ。
彼女が義理堅い……というより仲間想いなおかげで、式上先輩は辛うじて孤独にはなっていないものの、女性である式上先輩はムチ子に精気を与えることができないし、追われる身である先輩を庇いながら生きていくのは、いくら人間社会に縛られない存在であるサキュバスのムチ子でもやはり困難だろう。
せめて俺がいれば──いや。
彼女たち二人を、平和な俺たちの世界に招き入れることが出来れば──
「……うぅっ、ぁっ♡ こ、ぅ……っ♡」
──我に返った。
「ちょ、ちょっと後輩君! 催眠の強度が高すぎるよ!」
「あっ……ご、ごめん!」
無意識に振り続けていた五円玉をしまい込み、催眠をやめた。
「わっ、私ぃっ♡ コウとこんな……ひうぅぅっ♡♡」
「インッ!」
瞳にハートマークを浮かばせて、体をビクビクさせているインのもとへ駆け寄ると、彼女の体が
「これは……っ」
焦って彼女の胸ポケットからスマホを取り出すと、そこには【ゲームクリア】の文字列が表示されていた。
視線をインに戻してみれば、彼女の体全体が半透明になりかけている。
「あぇ……わ、私……っ?」
「……イン」
催眠による誤認性行為が終わって我に返ったインが自分の体の異常に驚いているなか、俺は彼女の肩に手を置いて目を見合わせた。
「先にあっちで待っててくれ」
俺がその言葉を口にすると同時に、インの体は眩く光り、足元から徐々に消滅──もとい転送され始めた。
「こ、コウ……」
「心配すんなって。俺もすぐに行く」
「そうじゃなくてっ」
向こうの世界へ転送されることの不安や、俺のゲームクリアの心配ではなく。
「ムチ子と、式上先輩のこ──」
俺に伝えたかった言葉を言いかけたその瞬間、彼女の体は完全に消え去り、元の世界へと帰還してしまった。
一瞬の静寂。
インが消え去っていく様子を傍観していた後ろの二人は、何も言わない。
「……イン」
彼女が言いかけた言葉の全てを想像することは出来ない。
ただ分かったのは、彼女が最後に考えたのは自分の事でも俺のことでもなく、この世界でずっと共に過ごしてきた仲間のことだった、という事だけだ。
「……行きましょう、追手が来る」
「……う、うん」
「とりあえず隣接してるビルに飛び移ります。……ムチ子」
「はいはい。ほらロリっ子、飛ぶから捕まって」
彼女にとっても大切な人たちだったこの二人と、俺はあと三分半しか一緒にいられない。
そんな短い時間しか、俺は彼女たちの味方でいることができない。
日付が移り変わったその瞬間、俺はこの世界から消え去ってしまうから。
「……後輩、くん」
「大丈夫です。
ずっと一緒にいる。
何があっても自分が守り”続ける”。
そんな事すら口にできず、相も変わらず悪魔たちの手のひらの上で躍らされている自分が、どうしようもなく情けなかった。
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オレは生き返った。
あの世界で親友の催眠術によって脳を騙され、女の体で彼と性行為に耽ったと思い込まされて、気がつけば自分が死んだ場所であるバス停の間反対の歩道に立っていた。
暴走車両による事故が無かったことになるわけじゃなく、オレだけが無事だった。
狂ったスピードでバス停に突っ込むバスを、事故に巻き込まれて怪我をするバス内の人々を、ただ俺は呆然と立ち尽くしながら眺めていた。
約一年ぶりの、懐かしい男の肉体で。
あの非道で卑怯で最低な悪魔たちでも、一応は約束を守るんだな、なんて一瞬感心して。
それからポケットのスマホを取り出して、すぐさまストップウォッチ機能で五分のカウントを始めた。
あと五分で、自分の隣にあの親友が戻ってくる。
あと五分で──オレたちの生活は元通りになる。
そう考えてジッと時計を見つめて待ち続ける五分間はとても長くて。
まるで一分が一時間に感じられるほど、時間の切り替わりを遅く感じていた。
もしかしたら帰ってこないんじゃないか、なんて悪い想像が頭を過っては消してを繰り返し、一人道端で不安を募らせながら待ち続けていると、ある事に気がついた。
隣に誰かがいる。
いつの間にか、何者かが自分の隣に立っている。
焦ってそちらを振り向いてみると、そこには見覚えのある顔の少年がいた。
『…………ぁ』
オレの隣に現れたその少年は、まるで目の前で家族を失ったかのように、口を半開きにしたまま茫然自失の状態で。
少年はたった一人。
あの小さな体の少女も、羽根を生やした女の子も、そこには誰一人いなくて。
虚空へ手を伸ばしたまま立ち尽くしている彼の頬には──涙の痕があった。
★
結果だけ言えば、オレたちは元の生活に戻ることが出来た。
オレはあの無表情のビスクドールみたいな少女から男の姿に戻り、オレの親友もまた元の姿でこの世界に戻ってきた。
いつも通り。
これまで通り。
家に引きこもるなんてことも、不登校になるなんてこともなく、オレたち二人は普通に学園へ通っている。
生き返ってから一週間が経過したが、あれ以降悪魔たちから接触されるなんてこともなく。
数週間後に文化祭を控え、高揚する他の生徒たちに混じってオレたちも放課後は学校に残って、放課後を準備や話し合いなどで楽しんだ。
……少なくとも、表面上は。
「おーい主陣!」
「んっ?」
今日も今日とて文化祭の諸々で生徒たちが忙しない放課後。
オレと共に廊下を歩いて小物を運んでいる親友──主陣コウのもとに、クラスメイトの男子が資料の紙を持って駆け寄ってきた。
「おぉ、海夜。どした」
「主陣お前、たしか実行委員だろ? なんか出し物の項目で再度通達あるらしくて、生徒会の奴らが実行委員集めてるらしいんだ」
「あー……そっか。場所は?」
「二階の会議室だって。……あっ、その荷物は俺が預かるよ」
「サンキュ。インと一緒にそれ教室までよろしくな」
手に持っていた荷物を、クラスメイトが持ってきた資料と交換すると、コウは軽く笑いながら曲がり角の階段へと向かっていった。
すると彼の荷物を預かったクラスメイトの海夜がコウの背に声をかける。
「あっ、主陣! 教室においてあるお前のチョコ俺も食っていい?」
「いいぞー。ぜんぶ食ったら殺すかんなー」
「こえ~っ」
語尾に(笑)とか付いてそうな海夜の声にクスッと笑って、コウはそのまま階段を降りていった。
こうして見ていれば、いたって普段通りの彼だ。
一週間前の、この世界に戻って来たばかりの茫然自失だったあの姿は、今の彼からはとても想像できない。
普通の男子高校生、主陣コウ。
あの異世界で主人公として奔走していた必死な彼は、もうどこにもいない。
「……っ」
「んっ、火路? どした」
「……あぁ、いや、何でもない。早くこれ運んでコウのチョコ全部食っちゃおうぜ」
「おまえ主陣に対しては容赦ないよな……」
苦笑いする海夜。オレもそう思う。
でもわざわざ遠慮をする必要などないのだ。
お菓子を教室に放置するアイツがわるい。
「あっはは。主陣のやつ泣くぞ」
「アメちゃんでもあげれば機嫌治るよ。海夜なんか持ってる?」
「んー……さっきコンビニで買ってきたゆで卵ならある」
「他には?」
「ねえな」
コンビニ行ってゆで卵だけ買って帰って来たのか……。
「なんか急に食べたくなっちゃってさ」
「そっか……じゃあそのゆで卵を対価にしてコウのチョコたべよう」
「主陣のチョコに対しての執着心ヤベェな。いやまぁいいけどさ」
とりとめのない会話だ。ただ一緒に荷物を運ぶことになったから、適当に話をしているだけに過ぎない。
自分でも自覚してるくらい卑屈で陰気でボッチなオレだけど、コウと親しいおかげで彼の友達のクラスメイト相手ならそこそこ普通の会話ができる。
海夜は気の良いヤツなので話の話題も合わせてくれるし、きっとコウがいなくても普通に話せる程度にはなっていたとは思うけど。
そんな、普通のふるまいをしながらも、オレの心は不安と小さな憤りで埋め尽くされていた。
そうだ。オレもコウも普通に過ごしている。
あれから何も変な事は起きてないし、あるべき日常を取り戻したオレたちにそんなものが起きるはずもない。
不安な要素だってあるはずがない。
オレたちは全てを取り戻したのだから。
元の形を、最初にあったそのままの全てを取り戻して、ただの高校生に戻ったはずなんだ。
それなのに、胸がざわつく。
クラスメイト達やオレに対してはいつも通り笑顔で振舞っているコウが、一人でいるときは悔しそうに顔を歪めながら壁を殴ったり過呼吸に陥っているその姿に、怒りを覚えてしまう。
『先輩…………っ』
どうして、そんな悲劇の主人公みたいにしている?
悲しみに染まった顔に、ひどく傷ついた心に笑顔の仮面を張りつけて、無理やり自分を誤魔化している?
なんでオレに何も言ってくれないんだ。
オレは親友なんじゃなかったのか。
お前はいつもオレを親友だと言っていたじゃないか。
なぜ自分だけで抱え込む。
どうしてあの異世界での、オレがいなかったあの残り五分の間にあった出来事を話してくれないんだ。
足りないのか。
この日常では足りないのか。
一度死んであの異世界に飛ばされて主人公になったお前にとって、あの二人がいなければお前は元には戻れないのか。
あの桃色髪の少女が──お前のヒロインなのか?
彼女は悲劇のヒロインか?
いずれ道を違えることを知っていながら仲間になったのに、その運命を変えることなく彼女を置いていったオレたちが悪いのか?
違うだろ。オレたちは生き返らせるというエゴの為だけにあのゲームに参加したんだろ。
俺はお前を。
お前は俺を。
お互いがお互いを生き返らせるために悪魔の口車にわざわざ乗って、それで当初の目的通り二人でちゃんと生き返った。
それなのにダメなのか。
ただの普通のバカな男子高校生じゃ足りないのか。
主人公という立場を知ってしまったお前は、ヒロインであるあの人がいないと元には戻れないのか。
ヒロインを救えなかった主人公として、お前はそうやって陰で嘆き続けるつもりなのか。
「あぁ、イン。もう帰るところか? 俺も一緒に」
──ふざけるな。
ふざけるな、ふざけるなふざけるな。
馬鹿が。お前は馬鹿だ。
お前は主人公なんかじゃない。あの人はヒロインなんかじゃない。
「いやー、準備大変だな。毎日こんな遅くなっちまって」
コウはただゲームに参加してあの世界に訪れただけの人間で、式上先輩はあの世界で暮らしてた普通の人間だ。
出会いは偶然でも別れは必然だったんだ。
分かりきっていたことだろ。
何でそんな──偽物の笑顔でオレに笑いかけるんだお前は?
「い、イン? 信号、青だぞ?」
「……なぁ、コウ」
そんなにあの人が大切なのか。
『NLS』が無いとお前は立ち直れないのか。
ずっと自分一人で思い詰めて、悲劇の主人公みたいに傷ついたまま生きるつもりなのかよ。
「……式上先輩とムチ子に、また会えたらお前……嬉しいか?」
「えっ? ど、どうしたんだよ急に」
うるさい。答えろ。
「……そりゃあ、ずっと仲間だったわけだし。また会えるなら……
──そうか。
「じゃあオレがなんとかしてやるよ」
「……は?」
悪魔があの世界で連絡するように教えてくれていた番号はまだ覚えてる。
手掛かりはそれだけだが、きっとあの悪魔たちの事だ。
面白がって手を貸してくれることだろう。
何を代償にされるかは知った事じゃないが、コウがこのままだといい加減鬱陶しくてウザい。
「大人しく待ってろ」
「ちょっ、おい! イン!? どこ行くんだよ!」
いいから黙って待ってろ。クソ主人公。
三分半の間にあった出来事は主人公視点で次回
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TSしやがった
その光景は目に焼き付いている。
大勢の人間たちに周囲を取り囲まれ、もはや逃げ場のない公園のど真ん中で、日付が変わって俺の体が消えていく様を見届けるムチ子と式上先輩の顔が、どうしても頭から離れない。
二人とも笑っていた。
ムチ子は悟ったように、先輩は儚げな微笑みで。
ロリっ子のことはアタシに任せておけだとか、二人でなんとか頑張っていくよだとか、とにかく俺を安心させようとするセリフばかりを口にしていた。
安心できるわけがない。
確かに俺がいなくなればムチ子は先輩ごと空へ逃げられるだろうが、囲まれているその状況で空へ逃走したところで、敵の飛び道具の雨にさらされるに決まっている。
逃げ場なんてない。
それなのに彼女たちは俺の事ばかり気に掛ける。
心配をかけさせまいと空元気で立ち上がってみせる。
その姿は気高く強く、なにより鮮烈で──同時に俺に不安を覚えさせた。
『──っ。……ふふっ。キミの呪い、キスしたら爆発するとか、そういう類のものじゃなくて……本当によかった』
その唇の感触も、俺には別れの恐怖とこの二人への強い執着しか与えてはくれなくて。
『さよなら、後輩くん』
彼女へ手を伸ばした時には、もう遅かった。
★
「──先輩っ!」
思わず飛び上がった。
しかし視界がぼやけて周囲が見えない。
咄嗟に手の甲で瞼を擦って目を開くと、そこは学校の教室の中だった。
「…………ぁぇ?」
「おう主陣。いい夢見れたか? ちなみに今は授業中なワケだが」
「……ぁっ」
すぐ傍には教科書を丸めて今にも俺に天誅を下さんとする男性教師の姿が。
教室中のクラスメイト達みんなが俺の方を向いてクスクス笑っている。
そして──その中にインの顔はなかった。
「主陣~。帰り本屋寄らん?」
放課後。本日の授業を全て終え、早々に帰宅の準備を整えていると、クラスメイトの海夜に声をかけられた。
今日は学校側や職員たちの都合で部活や文化祭の準備をすることが出来ないため、みんなも各々下校に勤しんでいる。
「あー、悪い。帰りはインの家に寄ろうと思ってて」
「そっか。そいやアイツ今日休みだったな。風邪とか?」
「俺も聞いてないんだ。心配だからちょっと様子見に行くつもり」
昨日の夜は俺に意味深な質問をしたあとに『大人しく待ってろ』と言ってどこかへ消えてしまったイン。
今朝も家に行って一緒の登校を誘ったのだが、全く反応がなかった為一人で学校まで来てしまった。
先に行ったのか、もしくは後から到着するのかと軽く身構えていても、インは一向に現れず。
結局今日は登校してこなかった──ので、これから家に向かって様子を窺おうと思う。
もし何か妙なことをやろうとしていたら、俺が直接止めないと。
「ほぇー……なぁ主陣、俺も付いていっていい?」
「いいけど……気になることでもあんのか?」
「なんか昨日の火路ってば怖い顔してたからさ。悩みがあるなら聞いてやりたいなって。一応クラスメイトだし」
「……お前、良いやつだな」
お人好しというか、真っ直ぐというか。
昨日は俺のチョコを全部食いやがったわけだが、アレはたぶんインの嫌がらせに巻き込まれただけだろうし、謝りながら代わりのゆで卵を献上してくれたのでこいつは良いヤツだ。
インの事も気にかけてくれてるようだし、わざわざ家に上がるわけでもないから連れていっても問題はないだろう。
というわけで数十分後。
俺たちは火路宅の前に到着した。
既に何度かインターホンを押してはいるものの、一向に誰かが出てくる気配はない。
車庫に車がないので彼の親は出かけているのだろうが、自転車は置いてあるのでイン本人はいてもおかしくない。
なにより二階の窓から明かりが漏れている。
あそこはインの部屋だし、そこの電気がついているということは家の中にいるという事だ。
「火路のやつ出ないぞ? 帰る?」
「……いや」
海夜の提案を却下し、玄関のドアへ手をかけた。鍵は開いている。
「おいおい主陣!?」
分かっている。このまま家の中に入ったら、いくら何でも学友とはいえ不法侵入者になってしまうだろう。
だが、昨晩のインの様子は普通じゃなかった。
アレは初対面の時に俺へ催眠術を掛けようとしていた式上先輩と同じく、
「海夜はここで待っててくれ。何かあったら連絡する」
「お、おいってば……! やばいってぇ……!」
正面からダイナミック不法侵入をする俺を止めようとする海夜だが、彼の声を意に介さず俺は火路宅の中へと足を踏み入れていく。
もはや迷っている時間などない。
またNTRのあの二人に会えたら嬉しいか、なんて質問をしてきたのだ。
インが何も考えずにそんな質問をするとは思えない。
あれは恐らく俺の意思確認と、自分の行動を決定するための問答だったんだ。
「……」
一階には誰もいない。余計な物色をしているところを彼の家族に見つかったら泥棒扱いで警察に叩きだされてしまうため、そそくさと彼の部屋のある二階へと移動した。
「イン? いるのか?」
彼の部屋のドアををノックしても返事は戻ってこない。
一拍おいて深呼吸をして、覚悟を決めてドアを開けると──
「あ、コウ」
──そこでは黒い悪魔の様な翼を生やしたウサギのぬいぐるみと、見覚えのある
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バカ親友がTSしつつ異世界に突っ込みやがったので俺はフライパン片手にそのバカを助けに向かう
「イン……?」
扉を開いた先にいたのは、まるで能面のような無表情を湛えた黒髪でポニーテールの少女。
それはあの抜きゲーみたいな世界で共に戦っていた、女体化した親友の姿そのものだった。
「……ど、どうしてその姿に」
「コウ」
俺が言いかけた言葉を遮って、彼女は冷たい瞳で此方を見つめた。
「不法侵入だよ。なに考えてるの」
ぐうの音も出ない正論だが今はそれどころじゃない。
妙な事を口にしていた親友の様子を見に来てみれば本人がTSしていて、しかもその傍らには悪魔もいるとなれば、不法侵入云々での押し問答などしている場合ではないんだ。
「おまえ何をするつもりだ……? どうして悪魔と一緒にいるんだ」
怒声の混じった俺の問いを聞いても、黒髪の少女は微動だにしない。
あの世界でもそうであったように、取り澄ましたような表情のまま、眉ひとつすらピクリとも動かしやしない。
憤る俺に無感動な少女は背を向け、ウサギのぬいぐるみの姿をした悪魔と向き合った。
「オレが──私がNTRの二人を助けに行く」
「……は?」
何を言ってるんだコイツは。
「コウはここで待ってて。一応言っておくけど、助けなんていらないから」
「なにいって──おいっ!?」
彼女の言葉に狼狽えている間に、インは傍らの悪魔と手を繋ぎ──その姿を消してしまった。
★
一つ。インは悪魔と契約して、クリアすれば式上桃彩とサキュバスのムチ子を此方の世界に連れてくることが出来るゲームを用意させ、それに参加した。
二つ。平行世界の人間を俺たちのいるこの世界に転移させる事の代償として、インは男の肉体を悪魔に差し出し、異世界で使っていた入れ物の女の肉体になってしまった。
三つ。彼女に協力したウサギの悪魔は、数いる悪魔たちの中でも特に卑劣な部類に入るヤツだということ。
以上の三つが、以前俺をゲームに参加させたクマの悪魔から聞き出した、今回の騒動の真相だ。
現在はインがいなくなった部屋の床に座り、電話をかけて呼び出したクマ悪魔と対面しながら話をしている。
ちなみに海夜には先に帰ってもらった。
「──以上が火路インについての情報だけど、他に質問ある?」
クマのぬいぐるみの様な見た目の悪魔はフワフワと宙に浮かびながら、俺に淡々と事実だけを述べた。
彼から聞かされた情報に頭を抱えつつ、俺は顔を上げてクマ悪魔に質問をした。
「……なんでゲームなんだ」
「と言うと?」
「あのバカ、わざわざ肉体まで差し出したんだろ。それなのにどうしてゲームをクリアしないと連れて来られない、なんて条件付けたんだ。もう代償は支払ってるんだろ?」
あろうことかインは既に男の肉体を失ってしまっている。わざわざ苦労して元通りに生き返ったというのに、アイツはまた感情の起伏が顔に出ない無表情っ娘な女の子になってしまったのだ。
到底信じたくはない……が、タチの悪いことにその事実を既にこの目で目の当たりにしてしまっている。
認める他ない。最近ずっとウジウジしていた俺にアイツがキレて女体化までしてしまった、という目の前の現実を。
しかし、それにしたって何でゲームなんか?
「あー、それね。実は悪魔と人間の取引ってさ、面倒くさいんだけど基本的にはゲームとか儀式とかを通すことで初めて成立すんの。
だから代償として肉体を渡したからといって、物々交換みたいにその場ではい終わりって感じにはできないんだよね。
火路インが肉体を差し出したのは……まぁ、いわゆる参加資格ってやつだよ。
わたしだったらウサギみたいに代償の先払いなんてセコい真似はしないけど」
「先払い……どういうことだ?」
「ウサギは卑劣な部類に入るズルいやつだって言ったろ? アイツは先に火路インに男の体を支払わせたみたいだけど、普通はゲームをクリアしたその時に代償とクリア賞品を交換するワケ」
……つまり、インは騙されたってことか?
「遅かれ早かれクリアすれば男の肉体は失ってたわけだし、騙されたってのはちょっと違うかな。
まあ、火路インがゲームに失敗して途中で死んだ場合は、ウサギには彼の肉体が渡らないはずだったから……ちょっとウサギが一方的に得してるってのは事実かも」
あのウサギのぬいぐるみの悪魔、なかなか悪魔らしく小賢しい真似をしやがったわけか。
インがもし失敗したとしても、既に彼の男の体を得ているウサギ野郎には損失がないってことだ。
「つまりウサギにとっては、火路インがクリアしようが死のうがどうでもいい。……むしろこのゲームを過酷なものに仕立て上げて、苦しむ火路インの姿を悪魔界に生放送でもすればウサギの懐は潤いまくる。憎たらしい奴だね、まったく」
「……ちょっと待て。おいクマ、いまその生放送ってやつの枠が出来てるのか確認することは出来るか?」
俺に言われてどこからともなくスマホを取り出したクマ悪魔は、画面を起動させてポチポチと操作すると──軽く笑った。
「アハハっ。すごいな、よく分かったね。本当に生放送の枠できちゃってるよ。タイトルは【TS少女が死亡確定の無理ゲーに挑んだ結果
ウサギのやつ、火路インのことクリアさせないで殺す気満々だな」
……いまさら驚きはしない。何せ相手はあの悪魔だ。介入しないとか言っておいて最終日には介入しまくって俺たちを苦しめたあの悪魔たちが何をしようと不思議ではない。
しかし、驚きはなくとも怒りはある。
まさしく腸が煮えくり返る程の憤りを。
せっかく生き返ったのに俺に黙って男の肉体を捨てて死地へ飛び込んだアホ親友と、そんな彼を利用して愉悦に浸っていやがるクソ悪魔に対して、だ。
「……いや、違うな」
思い出してみろ。
元を辿れば今回の騒動は、いつまでも先輩とムチ子の事を引きずっていた俺のせいだ。
俺が仲間を失った悲しみに打ちひしがれていたせいで、インはこんな暴挙に出たのだ。
分かりやすい空元気なんかしないで辛さをインと共有するべきだった。彼と話すべきだった。そうすれば少なくともインが俺に怒りを覚えるなんてことは無かったはずだ。
でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ。だからこの話はここでお終いだ。
前を見て、現実を見て、今この状況を打破する策を講じるべきだろう。
後悔して悩んでる暇なんてないのだ。
俺はとにかくまずインを助けだして、それから彼をハメたクソ野郎ことウサギ悪魔も一発ぶん殴らなければ気が済まない。
「……クマ悪魔、力を貸せ」
「いいの? こっちは別に構わないけれど……親友を助けるためとはいえ、わたしの力を借りたら本末転倒じゃない?」
「他に方法がねぇんだよ。……で、お前は何が欲しい」
腹を決めて悪魔の手を借りることにした俺の言葉を受けて、悪魔は手を顎に添えて一考する。
まさか命とか言われたら厳しいが、アイツを助けられて尚且つこの世界で生きられるんなら、視力とか多少の寿命くらいならくれてやるつもりだ。
「……決めた」
「聞かせてみてくれ」
「んっふふ。──代償、なしでいいよ」
「……はっ?」
クマの言葉に一瞬動揺したが、首を振って我に返る。
こいつはあのウサギと同じ悪魔だ。甘い言葉に乗せられてはいけない。
「どういうつもりだよ、お前」
「参加の代償は無しでいいよって言ったんだ。おまえはしっかりゲームをクリアして生き返って、わたしに地位を与えてくれたからね。人間の言葉で言う……リップサービスってやつ?」
「そんな都合のいい話があるか。じゃあなにか? お前は無償で俺の頼みを聞いてくれるって?」
そうではないよ、と悪魔は俺の言葉を一蹴する。
ならどういうことだ。
「無償じゃあない。おまえには火路インのゲーム参加の資格を与える代わりに、ウサギの企画をぶっ壊してもらう。それに失敗したらわたしはお前の魂を貰うよ」
「……具体的に何をさせたいんだ」
「簡単だよ。ほれっ」
クマのぬいぐるみが俺に手渡してきたのは、インカム付きのヘッドカメラだった。
「それ付けてゲームに参加して、わたしの生放送の主役になってくれ。ウサギがご丁寧に用意してくださった仕掛けを余すことなく全部攻略して、尚且つ火路インをクリアに導いてもらう」
「いいのか? そんな俺にとって都合のいいような条件で?」
「ふふっ……いいことを教えてあげよう。悪魔ってのは人間の失敗より、同族が落ちぶれる姿のほうが好きなんだ。人間を陥れようとしているウサギの生放送より、それをぶっ壊してヤツを嘲笑うわたしの放送の方がきっと盛り上がるに決まってる。わたしは別に誰が生きようが死のうがどうでもいいけど、それを利用できるなら何でも使うってだけの話さ。
……それに、失敗したら魂をもらうって言ったろ? おまえにも相応のリスクはある」
こいつもまた例外ではない、というわけか。
同族を利用して愉悦に浸ろうとするその姿は、まさしく悪魔そのものだ。
実はコイツの方があのウサギよりヤバイやつなんじゃなかろうか。
──まぁいい。俺だってインを助けるためなら、使えるものは何でも使うつもりだ。
それが悪魔に利用されることだろうと、親友を取り戻すためだったら喜んで引き受けてやろうじゃないか。
「せいぜい期待に応えられるよう頑張るよ。ちゃんと応援しててくれよな」
「はぁ? に、人間の応援なんかするかっての」
「おっ、ツンデレか? お前もかわいいところあるな、クマ」
「……はいはい勝手に言ってな。──そらっ、時間ないから転送始めるよ」
悪魔に言われて足元へ視線を落としてみれば、段々と俺の体が透明になっているのが分かった。
「あとコレ靴。武器もいる?」
「武器はなにがある?」
「フライパンしかないけど」
ならそれを使わせてもらおう。あっちの世界でも空から降ってくる変態天使をフライパンで打ち返したので、この武器はそこそこ使えるほうだ。
「じゃあ行ってらっしゃい、主陣コウ」
「おう。ありがとな、クマ」
「……別に? せいぜい死なないように頑張りな~」
まったく素直じゃない悪魔に見送られつつ──俺はこの世界から転送された。
もうちょっとで最終回です
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助けに来たぞ!
今回のゲームの内容は実にシンプルだ。
転送して訪れたこの懐かしき抜きゲーみたいな世界で、NTRのメンバーこと式上桃彩先輩とサキュバスのムチ子を連れた状態で刺客たちから逃走し、最終的には学園の中にあるNTRの基地に辿り着ければゲームクリア、というのがこのゲームの大まかな流れである。
しかし、それはあくまでもインに課せられたクリア課題。
俺はそこからさらにイン本人を保護しつつ、ウサギ悪魔の放つ刺客全員を”撃破”してからゴールの基地に足を踏み入れなければならないのだ。
そう、逃走ではなく闘争。
この闇のゲームをクリアするのではなく破壊するのが俺の役目だ。
決して臆さず、クマの望み通り全てをぶっ壊してみせよう。
NTRの二人を俺の世界に招き入れ、何より悪魔にハメられてしまった親友を守るために。
そのためなら俺はどんな敵とだって戦えるし、何者にも後れを取ることはない。
「っ! あそこにいるのは……っ!」
転送された場所は、意地の悪いことに学園から遠く離れた駅だった。
そこから出発して街の道路を駆け走っていると、目と鼻の先にいる人々の集団が目に入った。
そしてその集団の中央には、見覚えのある人影ある。
「退けェーいっ!」
中心にいる人物が集団に囲まれてリンチされる寸前だという状況を理解した瞬間、俺は背中に装着してあるフライパンを手に取り、
「おいっ、大丈夫か!」
フライパンで周囲の敵を牽制しつつ、両膝をついて痛む右肩を押さえているその少女に手を差し伸べる。
「しっかりしろムチ子っ!」
俺が彼女の名前を口にした瞬間、少女は顔を上げて俺の姿を視認し、目を丸くしながら口を開いた。
「あっ……アンタ、どうして……っ!?」
驚くのも無理はないが、敵に囲まれているこの状況では悠長に話をする暇などありはしない。
とにかく一旦戦線離脱をしなければ。
「いいからまず逃げるぞ! フライパン・ショット!」
フライパンを正面にぶん投げて敵を吹っ飛ばすと、その人物が倒れ込んできた影響で後続の人間たちも巻き込まれて転倒していく。まるでドミノ倒しだ。
急いでフライパンを回収して背中に装着し、負傷していて動けないムチ子を横抱きする。
「ひゃっ! なっ、なんでお姫さま抱っこなのよ!?」
「うるせぇ文句いうな! ちゃんと掴まってろッ!」
訳が分からず狼狽しっぱなしのムチ子を半ば強引に黙らせ、俺はその場を駆け出した。
★
悪魔のゲームで鍛えられた俺の健脚に追いつけるものなど存在せず、ムチ子を抱えたままでも逃走は余裕だった。
今はとあるビルの裏手に隠れ、ムチ子を下ろして座らせたところだ。
「大丈夫か、ムチ子」
「えぇ……まぁ。おかげさまでね」
壁に背を預けて腰を下ろしたムチ子はよく見れば傷だらけだ。
体の至るところに擦り傷や打撲の跡が散見される。
余程辛い状態での逃走を続けていたのだと思うと、自分がゲームクリアをして目の前から消えた事実を思い出してやるせなくなる。
「本当にすまない。お前たちを置いて……この世界を去ってしまって」
「そんなの気にしてないわよ。アタシたちも納得してたことだし……ていうか、またわざわざこの世界に戻ってきた事のほうが驚きなんですけど」
ムチ子には道中走りながら事情を簡潔に説明した。
そして逆にムチ子たちの今の状況も詳しく聞かせてもらっている。
俺が彼女らの前から姿を消したその後、二人はなんとか命からがらその場から離脱することが出来て。
それから一週間の間は息をひそめてひっそりと生活していたのだが、インのゲームが始まった影響でこの世界の”式上先輩の敵”である人たちの動きが活発化してしまい、二人は再び往来に逃げ回らなければならなくなってしまったらしい。
そしてムチ子と式上先輩は途中で追い詰められてしまい、この困ったサキュバスちゃんは先輩を守るために敢えて自分が囮になりやがったのだ。
危険を顧みず仲間を庇える強さがある一方で、自らの安全を思考の外に置いている一種の危うさもあるため、ムチ子がこれ以上の無茶をする前に助け出せて本当に良かった。
逃げてる途中に水と包帯と絆創膏は確保したので、とりあえずムチ子を介抱しよう。
腕や膝の擦り傷は放ってはおけないし、他の箇所も応急処置を──
「……ぉ?」
ボロボロなサキュバスの服を脱がせてムチ子の背中を濡らしたハンカチで拭いていると、そこには二つの黒い羽根があった。
一つは傷だらけでボロボロな羽根。
そしてもう一つは──根元から千切れている。
「むっムチ子ぉっ!?」
「うわビックリした……なに、どうかした?」
「いやっ、えっ……おまっ、はねっ! 羽、ちぎれてぇ……ッ!?」
動揺しながらも制服の上着を脱いでそれをムチ子に着せた。
これで多少は目のやり場に困らない──ってそんなことより。
ムチ子の羽が千切られている。傷口は塞がっててグロいことにはなってなかったけど、サキュバスにとって大切な部位である羽根がもがれていた。
何だヤバイなにがあったどんなに野蛮で乱暴な事をされたんだお前ムチ子おまえ。
「どっどど、どどどどういう!? だいじょぶなのか!? いたくないのかっ!?」
「大袈裟ね……。心配しなくても平気よ。だいたい魔力が回復すれば羽根だって元通りになるし」
あっ、治るのか……。よかった……。
「……アンタの魔力が吸えれば、羽根とか他のある程度の怪我も治るけど」
「本当か! よし、では吸うがよい。お腹いっぱいになるまで吸え」
「へ? ……ぃ、いや、冗談よ、冗談。前にも教えたけど、魔力を吸うってことはその源である精巣の中のアレを吸い出して経口摂取するってことよ? アンタはそんなえっちな行為嫌いでしょうが」
何を言うか。もちろん女の子と爛れた関係を築いたり、恋人でもないのにえっちな事をするのは良くないことだが、現実に仲間の怪我を治すためだったら喜んで引き受けるに決まっているだろう。
NTRのメンバーの為だったら俺は何でもできるぞ。
「ムチ子を治すためだったら俺は構わない」
「えっ……」
「だいたい爆発する呪いとかもう無いし。というか精液吸い出すだけであの怪我が治るんなら喜んで──」
「ちょっ、ちょっとまって!? アンタなんか吹っ切れすぎてない!?」
何でお前が顔を赤くして怖気づいてんだよ。
本当にサキュバスかお前。
いいかムチ子。俺は並の覚悟で助けに来たわけじゃない。
俺がこれからやるのはNTR全員の救出と凶悪な敵たちの撃破だ。
それらを成し遂げるためだったら、いまさら恥ずかしい事だろうが何だろうが悉くやってやるって話しなんだよ。
「俺の精液が必要なんだろ! 逃げるなっ!」
「ひえぇ……! ちょ、いい! 別にいいって! 自然にちょっとずつ回復するから!」
「んなまどろっこしい事してる場合か! 俺のを飲めば回復するんだろ! 飲めッ!!」
「ぎゃあ! ちょっ、なにズボンに手ぇかけてんのよ!? やめっ、チャックおろさないで!!」
まさかこの世界で童貞ムーブかましまくってた俺のせいで、ムチ子まで生娘になってしまったのか?
くっ、俺はなんという過ちを……ッ!
「遠慮するなムチ子! ちゃんと目を開けろ! 顔から手をどかせ! ホラッ!!」
「やーめーてぇ!! ……あっ、ばかっ、手を掴むな! ナニ触らせようとしてんのよ!? やめっ、やめろぉー!!」
「お前を治すためだろうが!!!」
「そんなのいらないわよバカぁっ!!」
「ブベっ!!?」
この感じめっちゃ懐かしい!
「ぁっ……ご、ごめん」
「……いや、ナイスパンチだったぜ」
「マゾなの?」
「断じてちげぇよ!」
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みんな揃ってNLS!
なんやかんやあってムチ子はそのままの状態で行動することになり、極力彼女を走らせないため俺がムチ子を背負って行動することになった。
催眠おじさん大量発生の時なんか、インと先輩とムチ子の三人を抱えて逃げてたくらいだし、いまさらムチ子一人を背負ったくらいで逃走の足が緩まることはない。
健脚で追手から逃げつつ、奇襲に近い形で各地の敵を各個撃破していくと、次第に学園の付近まで近づくことが出来た。
そして、その学園近くのコンビニの裏手で見つけたのが──
「ご゛う゛は゛い゛ぐう゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ん゛っ゛!!!」
グズグズに泣きじゃくって抱きついてきた合法ロリと。
「どう……して……」
目に見えて動揺している、額に脂汗を浮かばせた無表情っ娘であった。
……
…………
………………
とりあえず人気の無さそうな公園に移動して、丸いドーム型の遊具の中に身を隠した俺たち……だったが。
「馬鹿コウ。バカ。ばか。しね」
「いっ
インの『大人しく待っていろ』という言いつけを破ってこの世界に飛び込んできたせいで本人の逆鱗に触れてしまったらしく、俺は彼女に思いっきり頬を引っ張られていた。
彼女はこの世界にきてからすぐに式上先輩を保護し、彼女が所持していた逃走用ガジェット一式が詰め込まれているバッグを背負って立ち回っていたらしい。
どうやら覚悟を決めたインの能力は凄まじかったようで、彼女が本気を出して保護していたおかげか、式上先輩は傷一つ負っていない。あったとしてもインが来る前に負っていた軽傷程度だ。
式上先輩を無事に守り、さぁ次はムチ子だ──といったところで彼女らの前に現れたのが俺だったわけで。
わざわざ自分を追って命の危険があるゲームへ再び飛び込んできた俺に、インはぷんすか状態だ。
ほっぺをつねる手は離してくれたものの、眉を顰めて俺を睨みつけている。
「何で追ってきたの、馬鹿なの」
「いてて……ぃ、いや何でって、お前ひとりじゃ不安だからに決まってんだろ」
「は? コウは私のこと信じてくれないの?」
「信じる信じない以前の問題だろうが。相手はあの悪魔どもだぞ?」
「……問題なんてないよ、なにも」
視線を逸らすイン。どうやら自分の力不足は実感していたらしい。これは明らかに強がりだ。
式上先輩一人ならなんとかなったかもしれないが、そこに負傷したムチ子も加わるとなれば厳しい部分もあったのだろう。
加えて驚くことに、なんとインは自分がウサギ悪魔に利用されていることも自覚していた。
「だって、こうでもしないとそもそもNTRの二人を助けるチャンスを得られない。……それに勘違いしないでほしいんだけど、私別にコウの為だけにこんなことしてるワケじゃないよ」
お、ツンデレかな?
「私は式上先輩とムチ子を助けるためにこのゲームに参加した。それだけなら何とかなったかもしれないのに、コウがわざわざ介入してきたから算段が崩れた。どう責任取ってくれるの?」
「言っとくが俺は謝らねぇぞ。断言するけどお前ひとりじゃぜっっったいに失敗してたね。インが思ってる以上にこのゲームは無理ゲーになってるんだから」
「はぁ? 放課後はひとりでウジウジしながら悲劇の主人公に浸ってた中二病にナニができるって?」
「うるさ! は? おまえうるさ……。女の体で自分がしてたこと思い出して独り言ブツブツ呟きながら一人で赤面してたヤツがよ」
「なんだって?」
「やんのかコラ」
取っ組み合いが始まった。
せっかく助けに来てやったのにこの態度じゃこっちだってムカっ腹が立つってものだろう。
「この馬鹿コウっ」
「いてっ! テメぇッ、ついに殺してやる!」
「んぎゃっ……!」
ボカスカ。ぺちぺち。
「あわわ……後輩君たちがケンカしてるの初めて見るよぉ……!」
「いやアレ戯れてるだけでしょ。ロリっ子も見てないで早くとめなさいよ」
「ロリっ子じゃありませんが!?」
「……こいつらめんどくさい……」
ややあって。
「──じゃあ、行くよみんなっ! NTR出発!」
俺と再会した時は『う゛ぇ゛~゛』と年甲斐もなく泣いていた式上先輩もすっかり立ち直り、彼女の合図で俺たちは一斉に公園から飛び出した。
一時的に俺が仮眠を取って夢を見ることで、そこから微量の精気を吸ってムチ子も少し回復し、万全とは言えないがとりあえず動けるようにはなったので一安心だ。
インが前衛でガジェットを駆使した斥候。
次に先輩がラジコンやドローンで周囲の索敵。
そしてムチ子は精気を吸って復活した翼で空を飛び、全体の状況を把握しながらそれぞれのメンバーのカバー。
最後に残った俺は、もちろん主に戦闘を担当する。
フライパンで暴れまわるだけでは厳しい部分もあるだろうが、そこにNTRのメンバーの力が合わされば無敵だ。
「おらぁぁぁぁぁっぁぁ!!!!」
道行く敵をバッサバッサと薙ぎ倒し、ウサギがインに課せた難題を全員で乗り越えていく。
肉体に触れたら強制的にこちらが絶頂してイキ死ぬ怪物を、式上先輩特製のスーパーラジコンカーで撹乱しつつ俺の催眠術で眠らせることで倒し。
リベンジということで再び俺を狙い、仲間を連れて舞い降りてきたあの変態天使たちを全員フライパンで天界へ吹っ飛ばして帰宅させ。
次々と襲い掛かってくる強敵たちを撃破していき──ついに俺たちは学園への一路を切り拓くことが出来たのだった。
「いくぞ!」
全員で学園の中へ突入していき、一心不乱に前へ突き進む。
そこでは外以上に多くの敵たちが待ち構えており、だがそれでもそれら全てを倒して俺たちは進む。
賞金に目が眩んで事の真意を測ることなく、式上先輩を裏切った科学部の部員たちを。
天使たちと同じくリベンジマッチを目論んでパワーアップして再び挑んできた元クラスメイトの青城を。
大勢の痴女や種付けおじさん、催眠術師や白ハゲマッチョ、果ては巨根生意気ショタやら時間停止能力持ち目隠れ竿役やら触手モンスター服だけ溶かすスライム下品なゴブリン諸々すべてを、先輩のガジェットと俺のフライパンで亡き者として、着々とゴールへと近づいていった。
──そんな俺たちの前に現れた最後の敵は。
「い、行かせないぞ! 生放送の題名は【死亡確定の無理ゲー】なんだ! お前ら全員ここで死んでもらうからなぁッ!」
旧約聖書にでも載ってそうな、いかにも『悪魔』といった風貌へ様変わりしたウサギ悪魔本人だった。
とても分かりやすい。この生放送の締めくくりは、全ての事の発端であるウサギというラスボスを撃破すること、という事なのだろう。
「……いくぞ。イン、先輩、ムチ子!」
俺の声に三人が頷く。
これから挑むラストバトルには、NTRの総力を結集して立ち向かわなければ勝機はないだろう。
だが、俺たち四人が力を合わせれば、そこに不可能は存在しない。
そうだ、NTRならできる。
「うおおォォーッ!!」
俺たちの戦いは──これからだ。
★
まだ、少し眠い。
後頭部をボリボリと指でかきながら、机に立てかけられている時計を一瞥する。
今は早朝の七時半前後だ。流石に二度寝をする時間ではない。
昨晩寝た時間が夜中の三時過ぎだったせいか、嗽や洗顔まで終わらせても、未だ眠気が取れてくれないのが、少し悩ましいところではある。
鉛のように重い寝ぼけまなこに力を入れ、なんとか眦を決して寝起き気分を切り替え、俺は制服に着替えてから洗面所を出た。
向かう先は二階。俺の部屋の隣だ。
「もしもーし。起きてますかー」
軽くドアをノックしたが、返事はない。
ハァ、と軽くため息を吐いた。
いつもの事というか、最近は毎日行っている
変わらぬ調子で部屋のドアを開けたが、これで彼女がもし普通に起きていたら、俺はきっと声を上げて驚くことだろう。
それほどまでに、この行為が日常的になっていた。
「スピー……ぐぅぐぅ……」
「いまどき鼻提灯ふくらませて寝る人なんているのかよ……」
ベッドの上で漫画のキャラのように分かりやすく眠ってますよアピールしている
部屋で起こそうとしても無駄なのだ。もし起きたとしても彼女は二度寝するか、ノソノソと亀の如きスロースピードで階段を降りてくるため、時間の短縮と無駄の排除という点も兼ねて、こうして運ぶのが一番手っ取り早い。
「ほい、コップ。ちゃんと嗽してくださいね」
「んぅー……?」
洗面台の前に立たせてコップを持たせたものの、少女は未だにポケーっとしている。
面倒くさいなこの人。
もう最終手段を使ってしまおう。
「早くしてください、このロリちんまい幼女センパイ」
「ロリちんまい幼女じゃないのですがっ!?」
起きた。
どういう条件反射なんだこれ。
「あれ? ……ぁ、後輩くん。おはよぉ」
「おはようございます、式上先輩。早くしないと置いてきますよ」
「わわっ、まってぇ。ガラガラ……」
俺に急かされて急いで水を口に含み、音を立てて嗽をするその姿は、まさに年長者に世話をされる子供そのものだ。
「
「ちょっ、口に含んだまま喋らないで! はねるっ!」
そんな一幕があって、ようやく俺の一日がスタートするのだった。
光陰矢の如しとはよく言ったもので、NTRの二人を救うためのゲームに飛び込んだあの日から、すでに一ヵ月が経過している。
ゲームのラスボスとして立ちはだかったウサギは俺たちの手によって戦闘不能にされ、その後は直接的に人間へ危害を加えたという罪で、悪魔たちの中でも下位の存在に降格されたらしい。
反対に、そんなウサギの悪行を摘発したクマはさらに昇進したようで、いまや悪魔界ではかなり上位の存在に位置付けられているとのことだ。
ちなみにクマの連絡先であるあの電話番号は今でも繋ぐことができて……というか、それ以前に連絡しなくてもクマのやつは頻繫にウチへ遊びに来るようになった。
いったいどういう風の吹き回しなのかは分からない。
クマは何故か美少女に擬人化して俺の家に入り浸るし、放課後はクラスメイト達の前で俺に抱きついて周囲をからかっていやがるので、正直いってクソ迷惑だ。インをだまそうとしたウサギよりタチが悪い。
……ちなみにクラスメイト達から呼ばれている俺の最近のあだ名は『ラノベ主人公くん』だ。
NTRのメンバーたちと交流する姿がよく見られていたせいもあるだろうが、確実にこのあだ名になった決定打はあのクマ公のせいだろう。
全くもって不本意である。
「準備できたよ、いこっ!」
「……はい」
制服に着替えたロリと一緒に家を出ると、この季節特有の肌寒い風が頬を撫でた。
先輩も『さむい~!』とプルプル震えながらマフラーを巻きなおしている。
まぁ、見た目がロリとはいえ式上先輩も容姿が優れている方だし、学生としてウチの高校に通うようになった『赤髪美少女サキュバス』ことムチ子もツンツンしつつよく俺に突っかかってくるので、状況だけ考えれば確かにラノベ主人公とか言われてもしょうがないとは思う。
むしろエロゲ主人公とかじゃなくてホッとしたくらいだ。
「ねっ、そういえば後輩くん。家にムチ子君がいなかったけど?」
「あぁー……アイツ風紀委員だから、今日は校門前で持ち物検査するって言ってましたね。だから早めに出たのかも」
「げげっ。ガジェットの部品、没収されちゃうかな……?」
どうしようどうしようとワタワタしながら、バッグの中の部品を胸ポケットやらワイシャツの中にやら隠すピンク色のロリ。
そう、彼女との会話からも分かる通り、式上先輩とムチ子はこの世界に来て以降、俺の住まう主陣家で生活をしているのだ。
全国民に狙われるレベルの指名手配犯になっていたあの世界から、ゲームクリアの報酬で此方の世界に逃げ込んできたはいいものの、彼女たちはこっちにはそもそも存在しない人間(あとサキュバス)。
というわけで戸籍やら諸々の問題を片づけた結果、ウチの親の判断でとりあえずしばらくは主陣家で引き取ることに決定して。
もちろん俺はラノベやエロゲの主人公なんかじゃないので、当然両親は二人とも家で生活している──のだが、何を思ったのか二人は『若い子たちのお邪魔にならないように』などとニヤニヤしながら意味不明な事を口にして、祖父母の家に泊まったり休日は旅行に行ったりと、よく家を空けるようになってしまった。
「ハァ……」
「おや? 朝からため息なんてよくないぞ後輩。アメちゃんいるかい?」
「これはどうも……」
常に飴を持ち歩いているロリっ子から一粒受け取り、それを口の中に放り込みつつ、心の中でもう一度嘆息をついた。
別に空気とか読まないでくれてよかったんだけどな、あの両親……。
おかげで俺はあの平行世界で鍛えられた一人暮らしスキルを(料理以外)遺憾なく発揮するハメになったし、今朝のように朝弱い式上先輩をお世話したりするのも日課になってしまった。
まぁ料理に関しては先輩の独壇場だったり、めちゃくちゃ吸収力が高くてすぐに高校までの学習内容を網羅してしまったムチ子に勉強を見てもらったりとかもしてるので、実際は持ちつ持たれつかもしれない。
「おはようございまーす。持ち物検査実施中なのでカバンを開いて並んでくださいーい」
先輩と並んで歩いていると、いつの間にか高校の校門前に到着していた。
数多の生徒たちの持ち物検査を素早い手際でこなしながら、周囲に声をかけているムチ子の姿が目に入った。
「よぉ、おつかれ」
「ん? ……あぁ、主陣くん。おはよう」
すっかり制服姿が様になっているムチ子に声をかけたものの、彼女の対応は素っ気ない。
この世界に来てからはほとんど人間として生活している彼女は模範的な常識人になり、俺の呼び方もフルネームではなく苗字だけになってしまった。
なんだか特別感が薄れて少し寂しいような気もする。
「な、なによ。検査おわったんだから早く行きなさいって」
「もうあの呼び方はしてくれないのか? ムチ子ォ」
「ちょっ!? こっ、こんなところでその名前呼ばないでよ!」
ムチ子は戸籍云々のアレで一応日本人名が与えられ、学校でもその名前で通っている。
たしか……何だっけ。
田中花子?
「
あー、そうだった。確か『サキュバス』から文字ったらしいけど、大概へんな名前だな。
友達からのあだ名はスッキーだったか?
「アンタはそれで呼ばないでよ? ムチ子もダメだから」
「さ、寂しいぜそれは……! 俺からエネルギー(意味深)を絞ろうとしてた距離感近いお前はどこ行っちゃったんだよッ!」
「やめなさいってば!?」
「いでっ!」
頭を引っ叩かれた。
そんな……俺たちの関係性はここまで冷え切ったものになってしまったのか……?
「……い、家じゃ普段通り呼んでるでしょうが……」
「──」
「なによそのキモい笑顔!? 馬鹿にしてんの!?」
いつも通りツンデレてくれるムチ子に安心感を覚えて笑顔になってしまったのだな。
「おーい。朝からイチャイチャを見せつけんの勘弁してくれー」
「ん? ……おっ、海夜。おはよ」
後ろから男子の声が聞こえたと思って振り返ってみれば、そこにはクラスメイトの海夜蓮斗がいた。
どうやら傍目には俺たちがイチャついているように見えていたらしい。反省せねば。
「一緒に教室までいこうぜ、主陣」
「おう。じゃあムチ……佐遊馬さん、先輩、また」
「はいはい」
「また昼休みにねー、後輩くーん」
お昼にまた一緒に集まって飯を喰らう約束をしつつ、俺は海夜と並んでその場を後にした。
そのまま昇降口でスリッパに履き替えて進むと──
そこにいたセミロングの女子と会話をしている、黒髪ポニーテールの少女が目に入った。
「えへへ、それでですね! お兄ちゃんはビックリしてベッドから転げ落ちたんですよ! もうドッキリ大成功も大成功でっ!」
「そう。よかったね。ちなみに小春ちゃん、その話これで三度目だけど──あっ」
そのポニーテールの、まるで虚空を見つめる猫のように無表情な少女と、俺の目があった。
「…………」
「…………」
両者の間に沈黙が流れる。
気まずい、というよりなんて声を掛けたらいいのかわからず、俺たちはお互いに黙ってしまった。
「おぉ、小春」
「あっお兄ちゃん!」
そんな静寂を破ったのは、彼女の隣にいた少女と、俺の隣にいた少年だった。
確か海夜と小春と呼ばれたこの少女は、二人で兄妹なんだったか。
おそらく重度のシスコンなのか、海夜は聞いてもいないのによく妹の小春ちゃんの話をしている。
「小春おまえ、今日も
「うん。インちゃん先輩おもしろいから!」
俺と無表情な少女──火路インを置いて、海夜兄妹は二人で会話をしながら昇降口を去っていく。
そしてその場に残されたのは、互いにまだ一言も会話をしていない俺とインのみだった。
……そういえば、あの小春ちゃんって女の子は一つ下の後輩で、インと同じコンビニでバイトをしているんだったっけ。
あのゲームが終わって以来、女の体になってしまったインだったが、先ほどの小春ちゃんのように交友関係自体は以前よりも増えたように思える。
女と化したことで異性になった俺とは少し距離が離れ、それが幸いしたのかは分からないが、彼女は端的に言って『ぼっち』を卒業した。
性別が変わった事に関しては未知の奇病ということで片づき、あれから一ヵ月が経過しているという事もあり、クラスメイトたちもインにはだいぶ慣れた感じだ。
無表情なのも一種の個性になっていて、彼女は美少女無表情っ娘ということで、密かに人気者になっているらしい。
また元男ということもあって男子とは無意識に距離感が近くなっており、クラスメイトの中には肩が触れたり顔を近づけられたりしてガチ恋しちゃった男の子もいるとかいないとか。イン曰く一応告白とかはまだされてないらしいが。
まぁ、そんなこんなで、とりあえずは丸く収まっている。
彼女との接し方が少し変わってしまい悪戦苦闘している俺以外は。
「……コウ」
「ひゃいっ!」
「……おはよ」
「ぉっ、おぉ。おはよう……」
何だこりゃ。こんなはずでは……。
いや、なんというか、元々親友でめちゃくちゃ距離感が近かったせいか、逆にいろいろと意識してしまうというか、普段通りにしようとしてカラ回っちゃうというか。
「ほら、教室いこ」
「お、おう」
ギクシャクしつつ、二人並んで廊下を歩いていく。
「……」
「……っ」
会話がない。俺たちってこんなんだったか?
くそっ、いつまでもこれじゃあダメだ。
お互いに中身は男だが、ここは外側も男のままな俺から何とかするべきだろう。
よし話しかけるぞ。とりあえず天気の話でも──
「ねぇ、コウ」
──俺が口を開く前に彼女が喋り、喉まで出かかった言葉を自然と飲み込んでしまった。
気がつけば俺たちは、人気のない廊下の隅っこに立っていた。
どうやら会話の内容を考えるあまり前が見えなくなって、ただインの後ろを付いていってたらしい。
そして彼女が立ち止まった事で、俺もその場で立ち往生してしまう。
「ど、どうした?」
俺が聞き返すと、インは自分の服の胸元をギュウと握り込んで、上目遣いで此方を見つめた。
昇降口の時のように、再び視線が交錯している。
──チャイムが鳴り響いた。
俺たちは時間内に登校できたにもかかわらず、現時点をもって遅刻者となってしまった。
しかしそんなことは気にも留めず、俺はインを、インは俺の瞳を注視している。
そしてついに、インはその口を開く。
「私のこと、女として……みれる?」
──言葉に詰まった。
彼女の言っている言葉を、一瞬で理解することが出来なかった。
たしかに氷の様な無表情なのに、その白皙の頬をわずかに赤らめて、彼女が俺にそう問うたのだ。
「っ……」
すぐに返事ができない。
だがインは急かさず、なにより俺から目を離さずジッとそのまま待っている。
答えは急がせないが、答えなければ解放しない──そういう事なのかもしれない。
今一度、よく考えてみなければいけないのか。
インと共にこの世界へ戻ってきてから、ずっと無意識に考えないようにしていたことを、ここで言葉にしなければならないのか。
いま目の前にいる親友は、以前と違う体になっていて、もはや『彼』が『彼女』になってしまった事実を否定することは出来ない。
正真正銘、インは女だ。十数年間男の親友だった彼は、女になってしまったのだ。
性別が変わった事に関しては否定しようのない事実──だが、インが聞きたいことは、きっとそんなことじゃない。
俺がどう見ているのか。
インをどういう目で見ているのか。
彼女を元男の親友ではなく、一人の女の子として認めることが出来るのか。
……そんなこと言われたってわかんねぇよ。
インは何て言ってほしいんだ。どんな答えを求めてんだ。
昔のように、昔のまま、ただ男の親友として見ていて欲しいのか。
それとも変わった自分を、そのまま俺に受け入れてほしいのか。
分からない。
彼女の求める答えを、寸分の狂いなく与えることは、きっと今の俺にはできないのだろう。
だから、面倒くさいことを考えるのはここまでにして。
俺はただ、自分の心に従い、ただ正直に答えることにした。
「えっと……み、見れる」
ただの親友ではなく、一人の女の子として見れる、と。
そんな自信なさげな、それでも自分の心を偽らないで答えた俺の言葉を聞いて、インは一瞬目を見開いて。
一歩詰め寄って。
俺との
「ほんと?」
「ぉ、おう。ほんとだ」
「ほんとにほんと?」
「くどいぞ。二言はない」
「…………ふーん」
納得したようにそう呟いたインは一歩離れ、無表情だったはずの表情をほんの少し、よく見なければ分からないくらい──ほんの僅かに崩して笑った。
「それなら、いい」
……。
ん?
それならいい、ってどういうことだ?
「コウの周りには、かわいい子がいっぱいいるよね」
「そ……そう、だな? そうかな……?」
しどろもどろになりながら、自信なさげにそう言うと。
「だったら、今はそれだけ聞ければ十分」
「十分って……それでいいのか?」
「うん。それでいい。
一人納得した様子のインは、俺の横を通って教室へと向かっていく。
何がなんだか分からないがとりあえずインは満足してくれたらしいので、俺もこれ以上考えるのはやめよう。
……いや、うん。
まさか、な。
「待てよイン! お互い遅刻してんだから一緒にさぁ!」
「やだ。後からコウが入ってくれば、それより早かった私の方があんまり怒られない」
「そうか!? ソレたぶん変わんないんじゃ──おい置いてくなって!」
自分が何かとんでもない事を言ったような気がしつつも、それを気のせいだと飲み込んで。
今はまだ
同じ遅刻者のくせに抜け駆けしようとする親友を道連れにするべく、俺は先を走る少女を必死になって追いかけるのだった。
これにて完結です。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
書いてて楽しい作品でした。
また作者名でバリ茶を見かけましたら、そのときもまたよろしくお願いします まる
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