仮面ライダージャオウ (否下)
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世界観・用語(随時追記)

 前提として、この物語は「けものフレンズ」の世界観に基づいている。そこに、二次創作である「ジャガーマンシリーズ」(以降「JMS」)の要素と、「仮面ライダージオウ」の要素が雑じり合い、世界が形成されている。

 

・《けものフレンズ》

 

 本編で名称未登場。

 

 この物語の中枢かつ基礎となる世界で、アニメ「けものフレンズ」と同一の世界。けものフレンズ自体が、同一のモチーフを基本として、様々な時代を描いた様々な作品の積み重ねで構成された、まさに昭和ライダーのような作品であるため、プロジェクトとして描かれてきた「けものフレンズ」そのものの世界だと言ってしまっても良いかもしれない。

 

 サンドスターとラッキービーストによって管理された巨大総合動物園・ジャパリパークが存在。現在はヒトの退去に伴って荒廃しているため、アニマルガールたちが自由に生活している。近頃は、JMSの影響により、アニマルガールでもセルリアンでもない生命体――「フレンズ」と便宜上呼称される者たちや、ライドウォッチなどのオーパーツが流入している。

 

また、この世界の未来では、ヒョーマジャオウによる殺戮が行われると推測されるほか、マーゲイやスタッフカー型タイムマジーンが存在する。

 

・《ジャガマニズム》

 

 第4の壁の向こうでMAD動画「ジャガーマンシリーズ」が発展したことで自然発生した世界。

 

 JMSの拡大過程で取り込まれたネットミームやアニメ作品、投稿者によるオリキャラなど、JMS及び関連事象が生み出した、いわば「『非』けものフレンズ」のキャラクターたちが存在する。

 

・《走れメロス》

 

 太宰治作の小説「走れメロス」の世界。

 

 原典通りに古代ギリシャを模した世界であり、確認できる限りでは、メロスの住む小規模な村や、大きな街であるシラクスがある。

 

 

 

用語

 

・キョウシュウエリア

 

アニメ「けものフレンズ」1期の舞台となった、ジャパリパークのエリアのひとつ。サンドスターによって各ちほーごと気候がきっぱりと分かれている。

 

ちなみにその他のエリアとして、パークセントラルやゴコクエリアがあることが分かっている。

 

・フレンズ

 

原典においては、基本「アニマルガール」と同義であったが、外部存在が流入して以降、とりわけアニマルガール間で「外部存在」を指す場合に用いられる。

 

・外部存在

 

別の世界から漂着したと考えられている、アニマルガールでもセルリアンでもない生命体。TSUYOSHIやメロスは、かつてパークに存在した「ヒト」との類似性が指摘されるが、仮面だけで行動するタイガーマスクなどもいるため、明確な定義づけは困難に近い。

 

LB-Archive(ラッキービースト・アーカイブ)

 

タイムマジーン・マーゲイ機からアクセス可能なデータ集。

 

パークで稼働していたラッキービーストのあらゆる記録を網羅している。



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登場人物(随時追記)

アニマルガール

 

・ジャガー

 

 本作の主人公である、ネコ目ネコ科ヒョウ属の肉食獣・ジャガーのアニマルガール。アニメ「けものフレンズ」1期に登場した個体と同一である。

 

 ナカヤマからジクウドライバーとジャオウライドウォッチを渡され、仮面ライダージャオウに変身する。

 

 元動物の屈強な肉体を活かし、大きい川を1日1往復する「川渡し」のボランティアをしている。また身体能力も高く、並のセルリアンであれば爪の一撃で倒すこともできる。

 

 困っているフレンズを見つけるとすぐに手助けしようとする。そのため、じゃんぐるちほーのアニマルガールやフレンズたちからの信頼も厚い。特にTSUYOSHIとは、そうした中の一件で出会い、親しくなった。彼からもらったテープレコーダーは、彼女の大切な宝物である。

 

 わからないことは素直に「わからん」と言える正直な性格。

 

・マーゲイ(未来)

 

 未来から現れた、ネコ目ネコ科オセロット属・マーゲイのアニマルガール。現代(アニメの個体)とは異なる個体である。

 

 スタッフカー型のタイムマジーンとジクウドライバー、マーゲイツライドウォッチを所持しており、仮面ライダーマーゲイツに変身する。

 

 ヒョーマジャオウによる破壊行為を目にしたと思われ、明確かつ巨大な憎悪を抱いている。そのため現代のジャガーを消すことで、ヒョーマジャオウが生まれなかった未来を作り出そうとしている。

 

 ジャガーとは事あるごとに対立、戦うことが多い。その際、ヒョーマジャオウから盗んできたハイゴッグライドウォッチ、大沢たかおライドウォッチを使用する。

 

・コツメカワウソ

 

 ネコ目イタチ科ツメナシカワウソ属・コツメカワウソのアニマルガール。アニメと同一の個体。

 

 頻繁に大きい川で遊んでいるため、ジャガーと顔を合わせる機会が多く、仲がかなり良い。

 

・キングコブラ

 

 じゃんぐるちほーに住む、ヘビ亜目コブラ科キングコブラ属・キングコブラのアニマルガール。アニメと同一個体だが、アニメでの登場シーンが少なすぎるため、作者が「けものフレンズ3」から性格等設定を若干借りている。

 

 自称「蛇の王」。そのため、他者の頼みを聞き、役に立つことこそが彼女の喜びである。しかし実際は、頼まれごとそれ即ち「命令」と受け取り、遂行しているにすぎない。本人はそれを隠そうと努めているが、命令に飢えている様子をつい見せてしまったりすることがある。

 

 ジャガーがジャオウの力を手に入れて以降は、同じ「王」として相談に度々乗ってあげている。

 

・ハクトウワシ

 

 タカ目タカ科ウミワシ属・ハクトウワシのアニマルガール。アニメ版には登場していないため、ネクソン版アプリ「けものフレンズ」及び、セガ版「けものフレンズ3」から設定を少しばかり拝借。

 

 自らを「正義の使者」と名乗り、パークの各所で救助やセルリアン退治を行っている。

 

 パトロール中にイルミナティと出会い、仲良くなったらしい。

 

外部存在(フレンズ)

 

・ナカヤマ

 

 飼育員のような身なりをしたフレンズ。性別は男。

 

 ジャガーがヒョーマジャオウになるように導こうとしているらしく、所持するタブレットで見られる動画の通りに事を進めようとしているようだ。

 

 左手で提げているポリバケツは、投げ上げることで、被さった物体を転移させることが可能。

 

 右手に持つモップは柄が伸びるほか、ブラシ部分を変化させて攻撃に用いることもある。

 

・オレ

 

 オレライドウォッチを持っていた、白と水色の2色で彩られたフレンズ。サンドスターと反応し、アニマルガール化現象が発生したため、少女の姿になっている。

 

 一人称はもちろん「オレ」。《ジャガマニズム》では、様々なことに「オレもそう思います」と賛同してくれる立ち位置だったらしい。その当時は、白背景に水色の細い線で描かれた、所謂棒人間のような姿だったという。

 

・メロス

 

 メロスライドウォッチを持っていた、古代ギリシャ出身と思しきフレンズ。アナザーメロスに変貌していた人物でもある。ヒトとの類似性が指摘される。

 

 竹馬の友たるセリヌンティウスを守るために走っていたが、その最中でアナザーメロスにされ、転移したと推測される。そのため、王(本来は暴君ディオニス)に対する憎悪が増幅されていた。

 

 山賊の一隊を殴り飛ばせるだけの戦闘力と、高い走力を持つ。

 

・イルミナティ

 

 ハクトウワシと仲良くなった、謎のフレンズ。愛称は「ルミナ」。三角形をモチーフとした風貌が特徴的である。

 

 普段は弱々しい口調で、声もとても小さいが、メガホンを通して凄まじい声量の叫び声を出すことができる。本人は、これを「爆音」と呼ぶ。

 

タイムジャッガー

「新たな王」の擁立を目指して暗躍する者たち。広義では、彼らもまた「外部存在」である。

 

・バビル

 

 中学生のような見た目の少年。超能力を使える。元ネタは、「バビル2世」の主人公・バビル2世。

 これまでに、アナザーオレを生み出した。

 

・モウジャ

 

 緑のマントを羽織った、風化したように見える骸骨。元ネタは、「遊戯王」オフィシャルカードゲームに登場する通常モンスター・さまよえる亡者。

 

 これまでに、アナザーメロスを生み出した。



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ライダー・怪人(随時追記)

※作品概要にも示した通りこの作品は、ジャガーマンシリーズの素材をニコニコ静画等に多数投稿されている、閃光氏の作品「仮面ジャガージャオウ」の二次創作となっている。よって、ジャオウとマーゲイツのビジュアルについては、「ジオウ」とは大きく異なる部分があることを承知していただきたい。

 

注:各登場人物の元ネタ等で、身長・体重など公表されていない場合があるため、スペックについては記載を控えることとする。

 

仮面ライダージャオウ

 

『ライダータイム! 仮面ライダー(ウィー)ジャオウ!』

 

 ジャガーが、ジクウドライバーとジャオウライドウォッチを用いて変身する仮面ライダー。

 

 ジオウにおける時計の針は、「ココスキ」の文字で形作られている。

 

 特徴として、口が露出していること、下半身のアーマーが簡素であること等が挙げられる。

 

 専用武器である「ジカンギレード」を使用することも。

 

・基本形態

 

 複眼部の文字は、マゼンタの「ジャガー」。

 

 最もシンプルな形態であり、各種アーマーを装着する起点にもなる姿。したがって純粋な攻撃力・防御力は控えめではあるが、ジャガーの格闘センスによって補強されている。

 

 必殺技「タイムブレーク」は、敵の周囲に「キック」を出現させて撹乱しつつ、上空からのライダーキックで仕留める。

 

・オレアーマー

 

『「オレもそう思います」オレ!』

 

 複眼部の文字は、マゼンタの「オレ」。

 

 オレから渡されたオレライドウォッチを使用してアーマータイムした姿。

 

 オレ(けものフレンズ)の姿を模したグローブが両手に装備されるほか、胸部にオレ(けものフレンズ)の身体を象った装甲が追加される。

 

 多彩な素材が配布され、動画内でも無数のキャラ付けをされるオレ(けものフレンズ)の能力が多数搭載されている。能力面でいえば、最も多くの技を操れるフォームともいえるだろう。

 

 グローブに炎を纏わせての打撃は、地表に落下した隕石と同程度の衝撃を与える。また、ジカンギレード・ジュウモードの弾を赤色の光線に変化させたり、竜巻状の突風を発生させたりすることも可能。

 

 必殺技の「いつもの・タイムブレーク」は、オレ(けものフレンズ)お決まりの退場パターンである巨大隕石の落下をイメージしており、落ちてくる隕石の勢いと熱エネルギーを受けたライダーキックを見舞うオーバーキルな攻撃である。

 

 なお、オレアーマーに関しては、閃光氏のイラスト素材が存在する。

 

・メロスアーマー

 

『「走れ!」メロス!』

 

 複眼部の文字は、マゼンタの「メロス」。

 

 メロスから渡されたメロスライドウォッチを使用してアーマータイムした姿。

 

 古代ギリシアの男性を想起させる布衣服と、脚部に装着された人工筋肉が特徴的。

 

 約束を果たすべく、川を渡り山賊を倒し、峠を走破したメロスの強靭な肉体が再現された、格闘戦が主体のフォームである。

 

 沈んでゆく太陽の10倍もの速度で走ることができる。さらに、当時の山賊が使用していたタイプの棍棒を生成、ジカンギレード・ケンモードとの二刀流で戦う。

 

 必殺技「太宰治作・タイムブレーク」では、「走れメロス」にとどまらず、文豪の太宰治が生み出した無数の作品のエネルギーで攻撃を行う。そのため、必殺攻撃のパターンが非常に読みづらい。

 

仮面ライダーマーゲイツ

 

 マーゲイ(未来)が、ジクウドライバーとマーゲイツライドウォッチを用いて変身する仮面ライダー。

 

 こちらも、ジャオウと同様に口が見え、下半身のアーマーが少なめである。

 

 専用武器のジカンザックスを操って戦うことがある。

 

・基本形態

 

 複眼部の文字は、黄色の「まーげい」。

 

 各アーマーの基礎となる、最もシンプルな形態。

 

 こちらも攻撃力・防御力ともに抑えめではあるが、俊敏かつしなやかなマーゲイの戦闘方法によってカバーされている。

 

 必殺技「タイムバースト」は、発生させた「きっく」の文字を利用したライダーキックである。

 

・ハイゴッグアーマー

 

『ハイゴッグ!』

 

 ヒョーマジャオウから盗んできたハイゴッグライドウォッチを使用してアーマータイムした姿。

 

 腕がアーマーによって1.5倍ほどの長さになり、胸部装甲はハイゴッグの機体をイメージした形に変化している。

 

 防御力を度外視し、敵基地への強襲に特化させたモビルスーツ・ハイゴッグの攻撃性能を忠実に再現している。

 

 胸部から放つミサイル、腕の「バイスクロークロー」を駆使した切り裂きなどの手段で攻め込むほか、背部ジェットパックによる飛行、水流の噴射を利用した水中航行など、装甲の脆さに目を瞑れば万能な活躍を見せる。

 

 必殺の「ビームカノン・タイムバースト」は、掌にエネルギーをチャージして放つ強力な光線であり、複眼部を利用してロックオンすることで、精密に相手を撃ち抜く。

 

・たかおアーマー

 

『たかお!』

 

 ヒョーマジャオウから盗んできた大沢たかおライドウォッチを使用してアーマータイムした姿。

 

 背中に蒼のマントを身につけており、上半身の装甲は縦縞のスーツのようにも見える。

 

「深夜特急」や「仁〜JIN〜」、「ファントム」など様々な作品や舞台に出演する俳優・大沢たかおの経歴から発展した能力を操る。

 

 足裏に装着する車輪群「ミッドナイトエクスプレスエクスプレス」による高速移動や、有毒な成分に対する高い治癒能力が特徴。また、本放送では発揮しないものの、タルタルソースを津波の如く出現させることもできる。

 

 必殺技「ノルマ達成・タイムバースト」は、何らかの形で大沢たかおに関連付けた攻撃を行う。大沢たかおに基づいた能力の使用、それこそが大沢たかおノルマの達成要件だからである。よって、必殺技の傾向がほぼ読めない。

 

アナザーフレンズ

 

 タイムジャッガーから受け取ったアナザーウォッチを利用して変貌した怪人のこと。

 

・アナザーオレ

 

《ジャガマニズム》の世界に住むオマエ(4人目)が、バビルから受け取ったオレアナザーウォッチで変貌した姿。

 

 本来のオレ(けものフレンズ)の細い手足と対照的な、剛強な肉体を持つ。左足は足首で途切れ、それより先は色の違う脚が接がれている。そのため身体全体のバランスが悪い。肥大化した左腕とは異なり右腕には拳がなく、炎が噴き出している。身体に記された文字は「ORE 2017」。

 

 戦闘では、純然たる力で押すタイプ。火を纏った打撃や、左拳での殴打が主な攻撃方法である。そのほか、サーフボードや棒を生成したり、眼からビームを放ったりすることもできる。

 

・アナザーメロス

 

《走れメロス》の世界のメロスが、モウジャから受け取ったメロスアナザーウォッチで変貌した姿。

 

 小太りの身体、背負った十字架に縛り付けられた両腕など、本来のメロスとは違い、満足に走ることが難しいように見える。友を救えなかった怒りや憎しみ、自分が助かったという喜びという矛盾した感情が、笑顔とも泣き顔ともつかない口元に表れている。

 

 しかしながら、腕を利用せずとも総力はかなりのもの。十字架を利用した突進や、口から吐き出す血に似た溶解液を武器として戦う。



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EP01 キング←レディー2017

だいぶ前に書いたものなので、現在より文章力がない。


 ――ジャパリパーク・キョウシュウエリア。

 

 パークを見守っていたはずの火山が、フレンズを、セルリアンを、サンドスターにコントロールされた雄大な自然を、さも見下すかのように聳えている。山頂から天を衝いていたサンドスターの結晶は、今や数多のヒト型をとり、中央に超然と浮かんだ屈強な影と「ジャガー」の文字を崇めている。

 

 火口から現れる、神々しさすら感じさせる姿。太い脚からは、独り歳を経てきた重苦しい覇気が滲む。いや、その覇気は金色に煌めく頑丈な体故か。眼の上に空しく綴られた「ココスキ」が孤独と絶望を際立たせる。《彼女》は深くため息をつくと、木々の消滅した山裾に目をやった。

 

 アニマルガールの軍勢がやって来る。翼で天を翔ける者、軽やかな脚で地を蹴る者。旧時代の遺物だろうか、銃火器を手にしたフレンズもいる。皆、火山の頂に悠然と構える魔王・ヒョーマジャオウを目掛け、真っ直ぐに駆けて来るのだ。南から、西から、東から。

 

 魔王は呼吸ひとつ変えることなく、掌を空に掲げる。山のあらゆる火孔からサンドスターが噴き出し、渦を巻いて空に向かい、やがて黒色の結晶となった。地に降り注ぐ結晶が、アニマルガールの尾を刻み、翼を穿ち、大地を禍々しきセルリアンへと変貌させてゆく。視界を覆い尽くす程もいた軍勢が、わずか1分も経たぬうちに失われたのだった――

 

 

 

 じゃんぐるちほー。大きい川が縦貫しているこのちほーは、アニマルガールが多く住む宝庫である。もっとも、数か月前から、それ以外の存在も次第に現れはじめたのだが。

 

「TSUYOSHIっ! おはよう」

 

「ジャガーさん、おはようございます。それにしてもいい天気ですね」

 

 ジャガーの明るい声に微笑む「TSUYOSHI」と呼ばれた男もまた、このジャパリパークの住人なのだ。

 

 数か月前にさばくちほーの地下迷宮で発見された、喋る骸骨。それがすべての始まりだった。明らかに物理法則を逸脱し、アニマルガールとも異なる異質な存在である。しかし、"ヒトのフレンズ"の一件で不思議な事象には慣れてしまっていたキョウシュウのアニマルガールたちは、彼らをすんなりと受け入れた。その後キョウシュウの各所で、アニマルガールとは違った特徴を持つ存在――キョウシュウエリアでは、長の意向により彼らもまた「フレンズ」と呼称される――が目撃され、パークに馴染んでいったのだ。今では、様々な姿をした彼らはこのジャパリパークで悠々自適にスローライフを営んでいる。その中でサンドスターと反応し、アニマルガールに変化した者も少なくない。

 

 TSUYOSHIはじゃんぐるちほーの川べりで一人佇んでいたところをジャガーに発見され、こうして時折助け合いながら生活するに至ったのだ。彼は決して身体能力が優れているわけではないが、歌においてはトキやPPPの面々も認めるほどの才能を発揮する。今日は、そんな彼にとって、とても重要な日なのである。

 

「PPPのライブの前座って、今日だったよね? あたしも見に行こうかな、って」

 

 TSUYOSHIははにかみながらも、不安げに語った。

 

「ありがとうございます。でも、見に来て下さる皆さんは、PPPの歌や踊りを期待しているわけじゃないですか。僕の歌で、その皆さんを本当に満足させられるのか……」

 

「もうTSUYOSHI、もっと自信持ちなよ! どうなるかはわからん……けど、きっとすごい歌だって思ってくれるんじゃないかな」

 

 アニマルガールの皆さんは本当に明るくてポジティブで、まぶしい。TSUYOSHIはトレードマークの帽子を被り直し、

 

「そうですね。では、えー……行って、きます」

 

 いってらっしゃーい、と大きく手を振り、ジャガーは大きい川へと向かっていった。

 

 まだライブまでは時間がある。TSUYOSHIも彼なりに真剣に頑張っているのだ。それを一番知っているのは多分あたし。だからこそ、自分は自分の仕事を頑張らないと。

 

 

 

 ――「この世界には、異世界に通じる穴がある」

 

 まことしやかにささやかれてきた話だ。常識的な知恵を持っている者であれば、勿論このような出所のわからない噂など信じまい。しかしこの男には、もうそんな判断力は残されていなかった。

 

 これまでに3人、名前が同じ人物と出会った。彼らの誰もが手に職をつけ、平穏に暮らしている。なのに何故「オマエ」は……。玄関先のミラーの前で大きくうつむく。

 

 この世界に生まれ落ちたときのことは覚えていない。気づいたらいつの間にかここにいたのである。記憶のある初めの日から数えて、10日ほどだろうか。右も左もわからぬままに、ここすきと同意に溢れた日々が過ぎてゆく。その流れに乗り遅れるのは至極当然であった。

 

 まともにごはんも食わぬまま、オマエは大通りの横断歩道をフラフラと歩く。信号は赤。右から迫るいすゞのトラックの走行音を聞いても、彼は急ぎもしなかった。このままでは撥ねられる。いや、むしろそうなってくれてもいいのかもしれない――。

 

 その刹那。

 

 時間が、止まった。

 

 足先10数センチに、トラックの白い車体が迫っている。だが車体は、一時停止でもしたかのように静止していた。拳で軽く叩いてみようかとも思ったが、まずはこの停止した世界について理解ができない。そもそも、なぜ周りが止まっているのに自分だけ動けるのか。オマエは狼狽えるばかりであった。

 

「……危ないところだったな、オマエ」

 

 声がする。上か。しかし辺りを一通り見回しても、それらしき姿は見えない。取り敢えず、誰だ、と問うてみる。

 

「フフッ、こっちさ。トラックの上だ」声の主はトラックから飛び降り、こちらに向き直った。

 

「お、お前、誰なんだ。どうなってるんだ」

 

「思ったより落ち着いてるものだな……。まあいい、僕はタイムジャッガーのバビル。君が人生に絶望してるのを見かけてやってきたのさ。ここの時間を止めたのはこの僕だ」

 

「タイム……ジャッガー……?」何が何だかわかったものではない。どうして時間を止められるのか。どうして自分なんかを狙うのか。

 

「オマエ、君は自分の存在意義を見失ってるみたいだ。確かに、このままここで暮らしていても永遠に見えてこないだろうね」

 

 やっぱりそうか、と俯くオマエの眼前に、バビルは何やら円いものをちらつかせる。不敵に笑むバビルを、ようやく正気に戻ったオマエは訝しんだ。

 

「だけれど、僕と契約すれば」一歩乗り出す。「君の存在は永久に保証される。もう、不安定な(オマエ)とはおさらばさ」

 

「君が君のままで、もっと存在を主張できるんだ」

 

「君の先を行く似た者なんて、一瞬で追い抜ける」

 

「君がここより目立てる場所に、僕が連れて行こう」

 

 間髪入れずに詰め寄ってくるバビルを前に、オマエの脳内には多少の疑問が浮かびはした。だが、今の今まで惑い悩み、命すら捨てようとしていた自分にとって、彼の持ちかけた話は決して空虚に聞こえるものではなかった。

 

 さっきまで正常だったオマエの心を、引き留める判断力はもはや存在しなかった。

 

「――わかった。契約、してみるよ」

 

「うれしいね、物わかりの早い人だ」

 

 バビルの手中に握られた円形のアイテム(アナザーウォッチ)。その正面には、醜く歪んだ悪夢が滲んでいる。

 

『オレ!』上部のボタンを押されたウォッチが呻き、オマエの純白の肉体に刺し込まれた。苦しみに悶えるオマエに、バビルは微笑みかける。

 

「おめでとう。今日から、君が『オレ』だ」

 

 

 

 ジャガーは、件の大きい川で川渡しをしている。”ヒトのフレンズ”――かばんが再建した橋以外に、川の対岸へと向かう術は存在しない。そのため、行き来が不自由で困るフレンズが多いのだ。フレンズのみんなを笑顔にしたい。川辺に転がっていた橋の一部をイカダ代わりに、ジャガーは川渡しを始めた。いつしか、じゃんぐるの大きい川には頼れるフレンズがいると、遠方からわざわざやって来るフレンズ――合戦へのスカウトという噂――まで現れる始末だ。ただ、ジャガーにはそんな評判など関係なく、目の前にいるフレンズの笑顔が見られれば、それで彼女の心は満たされるのだった。

 

 今日はどんな子があたしを待っているんだろう。鼻歌交じりで、普段イカダを停めている場所に向かうと、そこには見慣れないフレンズの姿があった。

 

 そのフレンズは、清掃用のモップと紺のバケツを手に、イカダに座っていた。

 

 こちらを見るなり、手招きをして呼び掛けてくる。変わった見た目のフレンズは決して少ないわけではないが、どこか怪しげな雰囲気が全身から出ていた。誰に聞かれたわけでもないが、そのフレンズは語る。

 

「私の経験と知識、によれば、ジャガー、あなたにとって今日は特別な日になりますやんか」

 

 さも周知の事実であるかのように話す彼を、ジャガーは不思議そうに眺める。なんでこの子はあたしのことを知ってるんだろう。わからんことは数えきれないほどあったが、ひとまず、

 

「えっと……誰?」

 

「申し遅れました。私の名はナカヤマ、気軽に『おにいさん』とでも呼んでほしい、ですやんか」

 

 脳内を駆け巡る疑問符が、体中の穴を通して外に漏れ出しそうだった。

 

「? よくわからんけど、今からそのイカダ使うから、降りてほしいな」

 

「いや、結構。私が用があるのはジャガーです」

 

 思わず、えぇっ、と口に出してしまった。

 

 

 

 いつもとは少し違う川渡し。PPPのライブを控える今日は客も増えるかと思ったが、全く川岸にフレンズがいない。思えば、ジャガーの姉・ブラックジャガーはPPPの熱烈なファンである。ライブの前日から、会場周辺に泊まり込んで準備を整えているという話を本人から聞いたような。

 

「さて、そろそろ本題に移らなあかんし……お客さんがいないうちに話さなあかんし……」

 

 ジャガーが話を聴こうと振り向いた、その時。

 

 河岸に生えた太い樹が、バリバリと音を立てて崩れ去った。土煙の奥から、水色の毛羽立った剛腕がのぞく。

 

「えっ!? な、何、セルリアン!?」

 

「とにかく逃げなあかん。マズい、このままでは話の前に終わりやぞ」

 

「それくらい、わかってるよっ!」

 

 イカダが大きく速度を増した。まずは対岸側に向かうのが先か。とにかくここから離れなければ。幸い、普段のペースであと5分ほど行くと開けた場所がある。そこまで行ければ、逃げ切れたようなものだ。ジャガーは瞳を輝かせ、一心不乱にイカダを曳いた。

 

 しかし、あの化け物には通用しなかった。驚いたことに化け物の足元には、腕と同じ色で縁取られた、オフホワイトの歪な板がある。それをサーフィンのように扱いながら追ってくるのだ。ここでようやくナカヤマの眼に、あの怪物の全身が映った。

 

 濁った水色の四肢。左足は足首辺りで切れ、元より僅かに細い白色の足が接がれている。肥大化した左拳とは対照的に、右手には指が一切無く、煮えたぎる炎が微かに噴き出る。にやりと笑った口は、まるでクレヨンで描かれたかのよう。縫い合わせたようにも見える顔の右上は太くひび割れ、内部からはこちらを睨み付ける眼光が見え隠れしていた。そして、乳白の胴には「ORE 2017」の文字。

 

「……仕方ない」

 

 ナカヤマがモップの先を怪人のもとに向けると、モップの毛は方々へ伸びて拡散し、面食らった怪人はバランスを崩して水中に没した。

 

 今のうちに、との呼びかけに、ジャガーの背中は無言で応える。イカダはさらに速度を上げ、目的地にぐんぐん近づく。

 

 しかし、それも束の間。今度は背中に台形の翼を生やし、怪人が再び姿を現した。驚異的な速さでイカダに迫る。万事休すかと思われたが、目的地たる広場が視界に入った。ナカヤマがまたもモップで軽く時間を稼ぐ。その間に、彼を乗せたイカダはジャガーごと岸辺に乗り上げた。土が蹴られ、大きく地面が窪む。

 

 少なくとも川の上より自由に動けるし、もし戦うことになっても森に誘い込めば多少は有利に戦える。だが、今はそこまで冷静に考えていられる余裕はない。

 

 両翼を格納した怪人が、地響きと共に大地に降り立った。

 

 肩で荒く呼吸をしながら、体勢を整えて戦いに備えるジャガー。彼女の耳に、聞き覚えのある鼻歌が聞こえてきた。怪人の向こうの茂み。ガサガサと揺れた茂みから、彼女の無二の友人が出でた。

 

「あ、ジャガー! 探してたんだよ! そろそろライブに――」言いかけたところで、ジャガーの友人――コツメカワウソは殺気を感じ取った。

 

 さっきまでジャガーに注がれていた視線が、少しずつ後方に向けられていく。顔の裂け目からギラリと光る眼光に、カワウソの足がすくむ。

 

 怪物の身体が、完全にカワウソの方に向き直った時、既にジャガーの力強い脚は動いていた。

 

 危ない! 怪人の右拳が振り下ろされるその寸前に、すっ飛んでいったジャガーがカワウソを抱え、茂みの奥に回避した。

 

「……ジャガー」

 

「――逃げて。あたしが何とかしておくから」

 

 ジャガーの目からはけものプラズムが溢れている。野生開放の証だ。めったなことでは野生開放しない温和なジャガーが、これほどまでに怒りを露わにしている。

 

 カワウソは森の中に走っていったが、少し行った先の木の幹に隠れ、ジャガーの様子を心配そうに見つめた。

 

 ジャガーはさらに吐息を荒らげ、猛然と怪物に飛びかかると、鋭い爪の一撃を見舞った。しかし、ダメージはたいして与えられなかった。それどころか、怪人は意に介している素振りも見せず、こちらに向き直ると、烈火を纏った右拳を振るう。火に対する本能的な怖れのお陰で逃げおおせたが、一瞬でも遅れていれば危ないところだった。続く一撃に向けて、体も心も立て直さなければ、と構えた矢先、頭上から突然大きな何かが被さり、気づけばジャガーはナカヤマの眼前にいた。

 

「何するのさ! あたしにはまだ……」

 

「落ち着かなあかん。さっきから言っている『話』をします」憤る(ウィー)ジャガーを制止するナカヤマ。手には黒い円形の物体が握られている。その物体(ブランクウォッチ)を、ナカヤマはジャガーの手に渡した。それが何なのかジャガーにはわからなかったが、力強く握り締める。カワウソが危ない。あたしが、守る。

 

 不意に、手中のブランクウォッチが光を帯び始めた。驚いたジャガーが手を開くと、ウォッチの前蓋は黄色く変化していた。デジタル数字の「2018」と、ジャガーの前髪と同じ、顔のような模様が描かれている。

 

「素晴らしい……意志が強くて、固くて、勇ましくて……。では我が魔王、これを。これはあなたにとてつもない力を授けますやんか。使い方はご存じのはず」

 

 ナカヤマは、懐から白く横に長い変身ベルト(ジクウドライバー)を取り出し、ジャガーのもとに差し出した。ジャガーはそれを受け取り、しばらく眺めたが、

 

「……いや、わからん」

 

 

 

 ならば仕方ない。私が使い方をお教えしますやんか。ちょっとスピードアップ、な感じでいきます。

 

「――はいよ!」

 

 まず、ジクウドライバー(でかくて白い方)を腰に当てて……

 

「こう?」

 

『ジクウドライバー!』そう、さすがは我が魔王。筋がよろしい。

 

 続けてジャオウライドウォッチ(顔が描かれてる方)の上蓋を右にちょっと回して……途中で止まるはずです。そうしたら、上のボタンを押さなあかんのです。え、「ボタン」が何だかわからない……? そう、そこの出っ張ってる感じ、するところです。

 

「えっと、ここをこうして……? 難しいな」

 

『ジャオウ!』「うわっ、喋った」

 

 順調ですやんか。そしたら、ジクウドライバーの右側にそのウォッチをはめて……ああ、上下はそのままです。

 

「えっ、えぇっ!? 後ろに何か出てきてる!」

 

 それでOKです。では、ベルトの上のボタンを押して……そうすると、こう、ベルトが傾くようになってるんで……あとは傾いて下になってる方を押して、ベルトを1回転させます。

 

「おっ、ほんとに傾いた。で、回す? んだっけ?」

 

 はい。最後に、変身、と一言。

 

「えぇ……じゃあ」

 

 

 

「変身!」

 

 

 

『ライダータイム!』

 

『仮面ライダー(ウィー)ジャオウ!』

 

 ベルト中央の液晶に、「JA-O 2018」の表示が流れる。

 

 身体の周りを取り囲う帯が解き放たれると、ジャガーの後ろに展開された文字盤から、桃色の「ジャガー」の文字が飛来し、ジャガーの眼の部分に装着される。その上には「ココスキ」の4文字が躍り、肩と胸部には頑丈な装甲。胸には前掛けが垂れる。装いは全体的に黒を基調に生まれ変わり、まさしく姉のブラックジャガーのようだ。

 

「おぉ……何だかすごいね、まほうみたい!」

 

「祝え! 全フレンズの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろ示すけものの王ジャ! その名も仮面ライダージャオウ。正に、生誕の瞬間、ですやんか」

 

 あまりに大声で祝福したためか、怪人の目がこちらを睨んだ。唸りを上げながら駆けてくる。

 

「さあ、その強大な力を使わな」

 

 ジャガーは深呼吸をした。

 

「よくわからんけど……行ける気がする!」

 

 ジャガーは真っ向から怪人に向かっていく。肥大した左拳が、彼女を襲った。だが、右手の一撃で払いのけられ、代わりにジャガーの左ストレートが飛んだ。あまりに強いパワーに、怪人は後ろに吹き飛ぶ。

 

「……強い」ジャガーは自身が手にした力に感嘆する。

 

 ここからは、南米最強とうたわれ、食物連鎖の頂点に立つけものの本領発揮である。続く攻撃で怪人を林の中に押し込むと、木々の間を飛び回り、間髪入れずに攻撃を決めた。

 

 その時、怪人の右手が炎を纏い始めた。ついさっき、恐れて逃げた炎である。怪人の唸り声も、どこか自信を得たように聞こえる。

 

 だが今のジャガーには、本能を超えた力があった。守りたい笑顔があった。

 

 あんなもの、怖くない。ジャガーは攻め手を緩めることなく、一直線に怪人の懐に突っ込むと、右フックを食らわせた。予想を裏切られた怪人は戸惑いを隠せないようにも見える。

 

 よし、と小さく拳を握るジャガー。その胸元から「ケン」の2文字が突如現れた。そこを中心に、時計の針の先端のような刀身が形づくられていく。

 

『ジカンギレード!』

 

 ジャガーは驚いたが、すぐに使い方を把握した。この間やってきた合戦の大将(ヘラジカ)が、似たような形の武器について話していたのだ。

 

「これは……こう!」

 

 ジャガーの想いに呼応するかのように、マゼンタの光を放つ剣は怪人を切り裂いた。動揺する怪人に、もはや成す術はなかった。最後の足掻きに、再度翼を生やして空から襲撃を試みる。

 

「今です! ウォッチを取り外して、剣にはめて!」

 

「えっと……こう? やればいい?」

 

『フィニッシュタイム!』

 

 ジャガーは身構えると、大きく跳ぶ。かつて、巨大なセルリアンに一撃を加えたときのように。

 

『ギリギリスラッシュ!』

 

「はああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 一閃。怪人の身体は横一文字に斬られた。断末魔を上げ、怪人は爆散したのである。

 

「よ、っと」

 

 流石はネコ科、しなやかに危なげなく着地したジャガー。その後ろの茂みには、力なくオマエが横たわっていた。

 

「勝った……のかな」

 

 微笑するナカヤマ。しかし、どうやら事態はそう簡単には終息しなさそうである。

 

『タイムマジーン!』

 

 空を翔けたのはいつぞやのバスに似た乗り物。そこから飛び降りてきたのは。

 

「ジャオウ、あなたをここで消す」

 

 眼に「まーげい」と記された、ジャガーと同じような装甲を纏ったアニマルガールであった。




ジャガーマンシリーズの世界観はもっとカオス。表現しきれないくらいですね。
元ネタが気になったらぜひぜひ検索をば。


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EP02 マイ・エボリューション2017

・オレ(けものフレンズ)
ジャガーマンシリーズで多用されるキャラクターの一人。ある投稿者が描いた、一見雑にも見える棒人間風イラストだが、使い方は多岐にわたり、秘められたポテンシャルの高さを感じさせる。さまざまなバリエーションが投稿されている。


 この動画によれば、顔がでかくて、首が太くて、足が短くて、ちょっとずんぐりむっくりな感じ、するフレンズ・ジャガー。彼女には、魔豹にして時の王ジャ、ヒョーマジャオウとなる未来が待っていた。

 パークの裏で暗躍する黒い影。仲間を守りたいと願ったジャガーは、仮面ライダージャオウの力を得ることを選び、怪物を倒す。そしてジャオウは「フレンズ」の力を奪い、魔豹への第一歩を踏み出し……あかん、先まで読みすぎましたやんか。

 

 

 

 ジャガーの姿を見るなり、そのアニマルガールは襲い掛かってきた。

 

 その装甲は、色こそ違えど、よく見ればジャガーが今身に着けているものと似ているかもしれない。腰にはジクウドライバーも装着されている。その左方には、彼女の髪と同じ黄褐色のウォッチ。

 

「行くわよ……ヒョーマジャオウ!」

 

 紅の鎧から突き出した、鮮やかな黄色の爪が、続けざまにジャガーを斬る。何が起こっているのか全然わからん中、とっさにジャガーは左拳を相手の腹部に食らわせた。想定外の攻撃に、後ずさりする「まーげい」。先刻の戦いと同じ流れに持ち込もうと、ベルトに差されたジャオウウォッチの天面ボタンを押す。使い方はさっぱり理解できずにいたが、本能から来る直感が彼女を動かしている。

 

『フィニッシュタイム!』大きく跳び上がるジャガー。相手の周りには、桃色の「キック」の文字が傾斜し、標的を中心に円を描き始めた。

 

「くっ、させるかぁッ!」腕のホルダーから、水色のウォッチを取り外すアニマルガール。慣れた手つきで、片手で上蓋を回すと、ジクウドライバーの右側に差し込んだ。

 

『ハイゴッグ!』

 

 両手で抱えるようにしてベルトを180゜回転させる。『アーマータイム!』発せられた音声とともに、赤くスレンダーなボディの横に現れたのは、ウォッチと同じ水色をしたヒト型兵器(モビルスーツ)だった。『ハイゴッグ!』リズムに乗った調子のいい声は、彼女から滲み出た敵意に似つかわしくない。

 

 兵器は分解・浮遊すると、次々に「まーげい」の各部に装着されていく。肩に、腕に、胸に、背に、足に、より強壮なアーマーが重なる。そして、彼女の背部に現れた「はいごっぐ」の5文字が前面を舞う「キック」を次々に弾き飛ばし、「まーげい」の4文字と入れ替わった。

 

 一方、上空のジャガーはベルト上部のボタンを押すと、片手でベルトを回す。

 

『タイムブレーク!』円い陣形を乱されながらも、「キック」はひとつ、またひとつと重なり数を減らしてゆき、一つになった。1字ずつに離れ、一直線にキックする彼女の足裏の文字と融合する。

 

 一瞬にして、ジャガーの一撃は「まーげい」のもとに突っ込んだ。

 

 土煙に包まれる着弾地点。

 

 が、煙晴れたその先に「まーげい」の姿はない。

 

 その時。直上から電子音。顔を上げると、遥か上に薄青い装甲が微か見えた。背にはジェットパック。

 

『フィニッシュタイム!』『ハイゴッグ!』流れるように2つのボタンをプッシュし、その勢いでベルトを傾ける。

 

「――この時代のお前に恨みはない」ベルトが回る。

 

『ビームカノン・タイムバースト!』右手を掲げ、地上で狼狽するジャガーに掌を向ける。じわじわと光を帯びてゆく砲口に、ジャガーはジカンギレードをジュウモードに変化させて構え、幾発も放った。しかし、射程外。

 

「さらばだ、ヒョーマジャオウ!」

 

 限界まで輝きの集束した掌から、慈悲の欠片さえ感じさせぬ力強い光線が撃ち出された。

 

 その刹那、物陰から蒼いバケツが投げ込まれ、ジャガーを護った。

 

 バケツはそのまま素早く自転したかと思うと、忽然とジャガーごと消え失せた。

 

 抉られた大地に降り立ったアニマルガールは、ウォッチを取り外す。装甲が淡く輝きを帯びながら、粒子レベルで離散する。消滅した「はいごっぐ」の向こうに見えた、黒縁の眼鏡。

 

「……逃げたか」

 

 マーゲイが静かに呟く。その様子を、茫然としたカワウソが木陰から見ていた。

 

 

 

 恐怖。かつてヒトが戦士と崇めた肉食獣であるジャガーが、恐怖に慄いていた。

 

 今でこそ川渡しという仕事をしているが、何かがあった時のために体は鍛えているし、元来の戦闘センスもそこそこある。だが、先の戦いでは、自分の持てる力が一切通用しなかった。ほんの数分前に手にした、強大すぎる力さえ。

 

 身体の震えが未だ止まない中、目を開けると、そこにはナカヤマの姿があった。彼の笑顔を見ると、心なしか肉体の緊張もほぐれるような。気づけば変身も解除されている。

 

「――あぁ、君か。おにいさん、あの子は……?」

 

「心配はありません。かなり遠くまで来たはずやぞ、ほら」ナカヤマが振り向くと、ジャガーの眼前には見慣れたじゃんぐるの景色が広がっている。悠然と流れる大河、修繕された橋。その光景に、ジャガーは何ともいえない安心感を覚えるのだった。

 

 むくりと身体を起き上がらせると、ナカヤマが何やら薄っぺらい四角を取り出している。表面を指でなぞっているようだ。しばらくすると、その四角から音楽が流れ始めた。TSUYOSHIのとは違った、勇壮な調べ。

 

「この動画によれば、君にはこの先、時の王ジャに即位するための覇道が待っている。しかしそれを阻もうとする者たちが君の前に立ちはだかる、とあります、やんか」

 

「えっ、トキの……? わからん」

 

「わかりやすく言うと、未来が変えられようとしている、ということです。そして我が魔王、そのウォッチを受け取ったその時から、この世界が辿る歴史は決まった」

 

 戦いの後で疲れていたからか、ジャガーには何一つ理解できなかった。そんな様子もお構いなしに、話を続けるナカヤマ。

 

「正しい歴史が著されるよう、この私が尽力します。そのために、我が魔王には覚えておいてほしいものがありますやんか」

 

 そう言うとナカヤマは平べったい四角をジャガーの前に向けた。26種の模様と、それとはどこか異なるように見える10種類の模様が映し出されている。

 

「さっき戦った怪物の身体に、これのうちのいくつかが書いてありました。例えばこの模様は……『オー』と読みます。この36個を覚えなあかん。アナザーフレンズがもう1度現れる前に」

 

「あなざー……もう1度? あたしが倒したのに」

 

「あ、いや、もしもの話です。その時は、これを覚えておいた方がいいと思いますやんか。ここを触れば音も出ます」

 

 ジャガーはしばらく考えたが、大きく目を見開いた。

 

「――いいよ。これを覚えればいいんだね?」

 

 

 

 光線に削られた大地が、痛々しい赤土を露出している。その脇の茂みに、オマエは倒れ込んでいた。呼吸も脈もあるが意識はなく、虚ろな表情。

 

 そこに、学生服のような詰襟を身に着けた男が歩み寄る。不気味に笑んだ男は、オマエの頭を軽く指ではじいた。すると、何事もなかったかのようにオマエが起き上がり、辺りを見回す。

 

「お前は、あの時の……バビル、とかいう」

 

「覚えていてくれるとは光栄だね。――心配はいらない、ここまでは想定内さ」

 

「……何の話だ?」

 

 訊き返されるや否や、バビルの手がオマエの身体に侵入した。苦しみ悶えるオマエの体内から、アナザーウォッチが拾われる。

 

『オレ!』再度押される天面スイッチ。ウォッチを手にしたバビルの顔は、形容し難いほどに歪んだ笑みに溢れている。

 

「や、やめろっ。来ないでくれ!」

 

「『あの人』から言われてるんだ。契約破棄は、認めないってね」

 

 アナザーウォッチが、ほんの少し前に抜いたのと同じ場所に再び埋め込まれた。最初の契約よりも怨みに満ちた呻きと共に、怪物は再誕したのである。

 

 

 

 太陽は既に、わずか西へ傾き始めていた。PPPのライブの時間まで、あと少しだろうか。

 

 近未来的な板を地べたに置き、ジャガーは難儀していた。半分くらいしか覚えられない。これが「イー」で、いや、「エフ」だったっけ……? 形が似ているのが多すぎる。しかも、いくつも並べると違った音になる、ときた。途中までは懇切丁寧に教えてくれていたナカヤマも、やらねばならないことがある、などと、少し前にどこかに行ってしまった。自身のキャパシティを大幅に超過した難関に、ジャガーの心は半ば折れかかっていた。

 

 だが、ジャガーに諦めるという選択肢はないに等しかった。恐れ、すくむことしかできなかったあの砲撃の光がフラッシュバックする。かなり時間は経ったはずだが、未だに体が震える。

 

 もし、またあの怪物が現れたら。あの強いフレンズが現れたら。その時のために、今あたしにできることはこれしかない。瞳が輝きを取り戻す。

 

 でも……何か大事なことを忘れているような?

 

「――っ! TSUYOSHIの! でもこの平たいのは……あぁもうっ、急がなくちゃ!」

 

 

 

 今日は、何だかフレンズのちほー間移動が激しい。スタッフカー型の時空移動機(タイムマジーン)のコクピット内部から、マーゲイは地上を見下ろしていた。早速、機内のタッチパネルを用い、LB-Archive(ラッキービースト・アーカイブ)を検索する。

 

 検索結果が出た。画面内に桃色のラッキービーストのホログラムが投影される。

 

『本日、ペンギンズ・パフォーマンス・プロジェクト、通称PPPによるライブイベントが催された、と記録されています』無機的ながら、どこか温かみを感じさせる機械音声が、狭い操縦室に響く。

 

「……そう。他には何か?」

 

『このイベントにおいて、アニマルガールではない何らかの外部存在が1体確認された、とのことです』

 

「――何?」何らかの外部存在、とのワードに、獣の耳を微動させる。

 

 侵入者。この時代では「フレンズ」と呼ばれていたか。この時代に、ジャパリパークが存在するこの世界と、異なる数多の時空が接続した。同時多発的に発生したこの事象は、マーゲイが転移してきた未来からのいかなる干渉をもってしても防げなかったとされる。ただ唯一はっきりしているのは、こうして接続した異世界から「フレンズ」が流入し、ジクウドライバーやジャオウライドウォッチがジャガーの手に渡ることになった、ということ。そこで手を打てなかったことが、未来の世界の崩壊を招いた、とマーゲイは考える。ならば、まだ力の弱い現時点で、諸悪の根源になる前に消してしまえばいい。それだけの話だ。だが、同じルーツを持ち、この世に出ずることとなった力を使わざるを得ないのは、いささか抵抗があるが。

 

「降ろして。この人混みに紛れられると厄介だから」

 

『了解。キョウシュウエリア・ミズベチホー近隣にて潜伏します』

 

 じわじわと高度を下げていく。ハッチが開いた。身軽に飛び降りるマーゲイ。ハッチを閉じると、タイムマジーンは一気に加速し、あっという間に姿を消した。吹き荒れる風に、マーゲイの短く揃えられた髪が揺れる。

 

「……どこに隠れたのやら――」

 

 ジャオウを探索していた彼女の鼻が、不意に慣れぬ臭いを感じ取った。メガネを正位置に直し、周囲を見回す。マーゲイの眼は、木の幹の陰に向かっている。

 

「出た、わね」マーゲイの視線の先には、くすんだ空色の拳。漏れ出した吐息は、かつて茂みを駆けていたであろう獣よりも獣の如き、理性の欠片も感じさせぬ荒い息であった。

 

 マーゲイはジクウドライバーを手に取り、腰に当てた。独りでに巻かれてゆくベルト。そして、彼女の右手には真紅のウォッチが握られている。上蓋を器用に片手で回し、上部のボタンを押す。

 

『マーゲイツ!』

 

 ベルトがウォッチを受け、近未来的なパターンを発し始めた。右拳でベルト上部を押すと、両手を前方に突き出し、大きく回す。そのまま2つの手でベルトを抱え込むように持つ。背後には、赤と黒の2色からなる文字盤が、中央に「0000」と表示しながら回転している。

 

「変身」

 

 ベルトが転回した。

 

『ライダータイム!』

 

『仮面ライダーMarゲイツ!』

 

 幾重にも重なった帯が、マーゲイの体を覆った。それが離散した奥には、紅い装甲を纏ったスレンダーな姿。顔には目を引く黄色で「まーげい」と記されている。

 

「この力がジャオウに渡る前に、私が倒す!」

 

 声を張り上げながら、マーゲイは怪物に向かっていった。

 

 

 

 急がなくちゃ。太陽の位置からして、そろそろライブが始まっているかもしれない。この「平たいの」を早めにナカヤマに返し、みずべちほーに向かおう。ジャガーは焦っていた。

 

 とはいえ、ナカヤマの行方が分かるわけでもない。むしろ、向こうの方が自分の行く先を知っていて、待ち伏せしているかのようだ。ならば、下手に動かずにナカヤマを待った方が得策ではないのか? いや、不確実すぎる。第一、待つだけなんて自分には似合わない。

 

 ジャガーが河岸を疾走していると、川向こうに座り込む影が見えた。支流の中でも、この辺りは川幅が広く、橋も架かっていない。渡りたいのだろうか。決して時間的余裕があるわけではなかったが、困っている子を見捨てることはジャガーにはできなかった。

 

「大丈夫? 今行くよっ!」

 

 おーい、と大声で呼びかけると、泳いで渡るときに落としてはいけないもの――ジクウドライバー、ライドウォッチ、テープレコーダー、「平たいの」――を川辺に置き、大きい川に飛び込んだ。幸い、このところ雨も少なく、川の流れはとても穏やか。1分もかからず、ジャガーは対岸にたどり着いた。

 

 そこにいたのは、ショートヘアの白髪が目を引く少女だった。

 

 首周りのもこもこ、無限の未来を予感させる翼をかたどったような肩回り。瞳の澄み渡った水色は、靴やタイツ、腕を覆うオペラグローブとも同色で、全身の中心たる胴の純白を引き立てる。そして、そこにはこれまた同じ色で、クレヨン調の「オレ」の文字。その姿を見ていると、ジャガーはなぜだか目が離せなくなってしまった。

 

「困ってるのが見えたからさ。向こうに渡りたいんだね? じゃあ、あたしの背中に乗って」

 

「えっ……いいんですか? ありがとうございます」少しばかりオドオドしながらも、彼女は顔に感謝をにじませる。その表情に、ジャガーはどこか、かばんに似たものを感じた。いつも以上に、大切に送らなければ、と思った。

 

「ごめんね、ほんとならイカダがあるんだけどさ。大丈夫? 濡れたりとかしてない?」

 

「いえ……! すっごく助かりました――」彼女が、ふと地面に転がったウォッチに目を向けた。

 

「――!!」

 

 突然、彼女が懐に手をやり、何やら取り出した。優しく握り締められたそれをジャガーが不思議そうに覗きこむ。

 

「……それって」

 

「オレ、いつの間にかここにいたんです。どうやって来たのか、何にも覚えてなくって。でも、これが勇気をくれる、っていうか。あっ、これも気づいたら持ってて。何となく、持ってると安心するんですよね」

 

 

 

「ふっ!」拳に力がこもる。

 

 マーゲイのパンチに怯んだ怪人の横に、うっすらと何かが浮かぶ。怪人は戸惑い、周囲を見回す。その「何か」が、自身が一撃に沈んでいる姿だと理解するまでに、そう時間はかからなかった。

 

『フィニッシュタイム!』『タイムバースト!』幻影に向けて、黄色の文字の隊列が形成される。眼からは「まーげい」、足裏からは「きっく」。慌てふためいた怪人は逃避を試みるが、幻影にじりじりと引き寄せられていく。幻影は、逃れようのない運命の実体なのだ。

 

「はあああああああっ!」予期されたとおりに、怪人の中枢を直撃したキック。ライブ前の熱狂を遠く背に、断末魔がこだました。

 

 

 

 突然、彼女の手に握られた「それ」が淡く光りはじめた。ジャガーはさらに顔を近づける。

 

 その光が薄れ、消えたとき、ジャガーの眼前にいた彼女ははっとしていた。

 

「――! なんで忘れてたんだろう……!」

 

「えっ? 思い出した、ってこと?」

 

「あぁっ、さっきは、その、ありがとうございました! ジャガーさん。オレは、『オレ』っていいます」あたふたとしながら、早口で話すオレ。

 

「……あたしのこと、知ってるんだ」

 

 不思議と、驚きはそこまでなかった。今日1日だけで、ジャガーの身には理解が追いつかないほどのことが起きている。それに比べれば、彼女の様子が急に変わったことなどちっぽけな変化なのかもしれない。

 

「はい! ここに来る前から、何となく、ですけど。あっ、そうだ……」

 

 オレは、大切に握っていた「それ」をジャガーに差し出した。

 

「ライド……ウォッチ」

 

「ずっと、渡さなきゃと思ってたんです。これが何なのかは、よくわかりませんけどね」

 

「でも、大事なものなんじゃ」

 

 ウォッチを向けるオレの瞳は、青空と同じくらい晴れ渡っていて、深かった。

 

「――わかった。大切に、するね」

 

 はい、よろしくお願いします、と、オレは笑顔で応えた。

 

 丁度その時、茂みの向こうからナカヤマが姿を現し、ジャガーに手招きした。

 

「来てください。またあの怪人が……それは?」

 

 ジャガーの手中に在る水色のウォッチに目をくれたナカヤマだったが、どうやら一瞬にして事の次第を察したらしい。ウォッチ正面の下側には、台形に押し込められた「2017」のデジタル。それを見たナカヤマはジャガーの手首を掴むと、

 

「我が魔王。2017年に行かなあかん」

 

「にせん……じゅうなな……? 行くって?」

 

 応えぬままに、ナカヤマがジャガーを引っ張ってゆく。その様子を、オレがくすくすと笑いながら見送っていた。

 

 

 

 ナカヤマに連れて行かれた先は、ジャガーもよく知る、少しばかり開けた場所。先日、比較的大きめのセルリアンが現れた際にできたという。

 

 ナカヤマが持つモップの先が、天に向けられる。すると、空に小さな窓が開き、奥から細長い巨躯が飛び出し、広場の地表近くに停泊した。魚のような形状だが、パーツを接いで接いでを繰り返したようなボディ。胴の紋様は、ジャガーのスカートのそれと全くの同一であった。戸惑いを隠せない中にあれど、これが自分と何か関係のあるものだということは容易に理解できた。

 

「さあ、これに乗りましょう」

 

「乗る……?」ジャパリバスとも見た目が明らかに違う。乗る? どうやって?

 

 そう思った矢先、機体(ガー)がジャガーの背を少々上回る程度の高度まで浮き上がると、腹部の扉が下向きに開いた。内側に展開された梯子を上っていくナカヤマを、ジャガーは慌てて追いかける。アニマルガールらしい持ち前のジャンプ力の前に、梯子など不要。

 

 見た目ほど、機体内部は狭くなかった。だが、壁面には所狭しと数々の計器が並び、床にはバスのように、腰かけられるモノが1つ備え付けられている。壁のスイッチに触れたくなる衝動を抑えながら、ナカヤマに促されて座るジャガー。『タイムマジーン!』座ったことで、機器が完全に始動するようだ。

 

「では、今回は私が。時空転移システム、起動」

 

LB-Assist(ラッキービースト・アシスト)、起動ニ成功』

 

 中空に浮かび上がった半透明の画面。隅に、見慣れたラッキービースト(ボス)の姿がある。初めのうちは、不思議そうに画面を眺めるジャガーの顔が反射されていた。

 

『初メマシテ。僕ハ、LB(ラッキービースト)ダヨ。ヨロシクネ、ジャガー』

 

「あぁ、よろしく。で、どうすればいい?」

 

「とりあえず、そのウォッチを画面に向けてください」

 

 言われたとおりに、オレからもらったウォッチを画面の方向に向ける。映された映像が、向けられたウォッチのスキャン結果に変わった。

 

『――すきゃん完了。2017年、通称《ジャガマニズム》ニ転移スルヨ。シッカリ、掴マッテテネ』

 

「え、えっ?」理解するより早く、腰掛けたジャガーの身体を超加速のGが襲った。

 

 モニターに映し出された外の景色を恐る恐る見ると、このマシンが今さっき出てきた窓がもう一度開き、その中へと入って行く様が映し出されていた。さながら、先の全く見えない洞窟である。紺色と思しき直通路の中を、ガー型のタイムマジーンが猛スピードで泳いでいった。

 

 

 

 紅い装甲を纏ったマーゲイは、疲弊し、困惑していた。

 

 少し前に、必殺の飛び蹴りで撃破したはずの怪人が、他方からまた現れたのである。先とさほど強さは変わらないとはいえ、立て続けに戦っていては、こちらのスタミナが切れるのも時間の問題だろう。

 

「……これで!」『ジカンザックス!』

 

 斧形の手持ち武器に、ベルトから外した紅のウォッチをはめ込む。

 

『フィニッシュタイム!』『ザックリカッティング!』

 

「おらぁっ!」力一杯振るわれた斬撃に、怪人は真っ二つに引き裂かれ、爆散した。

 

 だが、肩で息をするマーゲイを嘲笑うかのように、またもや怪人が現れる。

 

「くっ……キリがない!」

 

You! Me!(ゆみ)』斧を弓型に変形させ、弦を思い切り引いて繰り返し放った。多少効いてはいるようだが、物ともせずに突っ込んでくる。

 

 少しずつ後ずさり。矢の一撃一撃で間合いを広げる中、マーゲイは腕のホルダーから水色のウォッチを外し、ジカンザックスにはめ込んだ。

 

『ハイゴッグ!』『キワキワシュート!』より力強く一直線の輝く矢が、怪人を貫いた。叫び声と共に爆ぜる怪人。

 

 顔アーマーの下部から露出している口が、荒々しく吐息を放出している。しばらくそのまま爆発を見つめていたマーゲイだったが、何かを察し、晴れぬ煙の奥に矢を1発放った。微かに呻きが聞こえる。不幸な予感は的中した。

 

「うおおぉおぉっ!」マーゲイは己を奮い立たせるかの如く吼えると、再び斧に変形させた武器を手に、見え隠れする怪人のもとに走り込んで行った。

 

 

 

 2017年。

 

 ここは《ジャガマニズム》の世界。この世界の住人たちは、ある日突然創造され、生まれ出でた存在、もしくは別世界から転移してきた存在のどちらかだ。彼らの関係性は、彼らを創造したと思われる高次的存在にしかわからない。しかしながら、何者かが《ジャガマニズム》と命名したこの世界において、一見何の接点もないように映る彼らを結び付けているのは、「好意(ここすき)」と「同意(わかる)」である。

 

 温かみに溢れたこの世界に、突如絶叫が響く。

 

「やめろ、来るなっ」「誰か」水色のオマエが2人。彼らもまた、《ジャガマニズム》の世界の住人だ。彼らを脅かしているのは、かつてこの世界で平凡に暮らしていた者。歴史が正常に進んでいれば、今でもそうだったのだが。

 

 不自然に接合された左足が自重に歪む。「ORE 2017」と記された怪人――オマエ――が、2人のオマエを襲撃していた。

 

 怨みに満ちた唸りが地を揺るがす。その怨みは果たして、目の前のオマエに向けられたものか、はたまた。オマエたちは恐怖に立つことすらできない。

 

 噴水のきらめく広場。動けないオマエたちに、怪人が飛びかかろうとした。

 

 その瞬間。

 

 怪人の目の前を、斑紋のある黄色いボディが横切った。その場にいた皆人が、降り立った少女と男に視線を向ける。

 

「『オー』、『アール』、えっと……『イー』だっけ? 並ぶと読み方が変わるから、あれは」

 

《ジャガマニズム》の世界にいる者は全て、ジャガーのアニマルガールたる彼女のことを本能的に知っている。

 

「――オレ、か」

 

「そうです。あれがアナザーフレンズ、それも生まれたばかりですやんか」

 

 自分たちを襲っていた脅威の興味が逸れた隙に、オマエたちは焦りつつ路地に逃げて行った。ジャガーが怪人――アナザーオレを鋭く睨む。

 

「ゥウ……?」怪物化したオレの人格に乗っ取られ、理性さえかき消されてしまった。本能の赴くまま、アナザーオレがジャガーに突進していく。

 

 刹那、時が止まった。

 

 そのままの体勢で静止した醜い身体には、時折ノイズのようなものもかかっている。困惑するジャガーの横で、ナカヤマすらも固まっていた。周囲の木々の葉も、窓辺に揺らめく布も。

 

「……ジャオウ、邪魔しないでくれよ」

 

 どこからともなく、アニマルガールでは見たことのない服に身を包んだ男がジャガーの前に現れた。

 

「僕たちは新たな王を擁立したいだけさ」

 

「新たな王……? っていうか、誰?」

 

 ジャガーの戸惑いを隠せない表情を見てもなお、男は語り続ける。

 

「知らないのか。僕はバビル、タイムジャッガーだ」今にも動き出しそうな格好のアナザーオレに目をやる。

 

「彼は、このまま歴史が進んでいれば今頃ここにはいなかった。彼の立場上、比べられるのはもはや当然だからね。そんな人生に嫌気が差したんだろう」

 

「止まりそうだった時間を、僕の手で再び動かしてやった、ってことだよ」

 

 聞いて、ジャガーはしばし考えた。そして、バビルの顔を見てはっきりと言った。

 

「よくわからんけど、それがホントにこの子のためになるのかな?」

 

 こいつは何を言っているんだ? 怪訝そうにバビルが眺める。

 

「自分のこれからは、自分で決めていくものだと思う。誰かが勝手に変えていいものじゃない。えっと……例えばさ」

 

 ポケットから、ジャガーは大事そうにテープレコーダーを取り出し、バビルに見せた。かつてTSUYOSHIにもらった、ジャガーの大切な宝物だ。

 

「これだったら、歌を途中で止めたり、始めまで戻したりできるよ。何なら、新しい歌に変えたりもできる。でも、お日さまが昇って、沈んで、そういうのは二度と戻れない。だから、今を、これからを、自分で生きていかないといけないんだ。誰かがやったって、それは自分じゃなくなっちゃうっていうか、その……うまく言えないな」

 

 彼女なりに絞り出したその言葉を、バビルは興味深げに聴いていた。頬を上げると、一歩、また一歩とジャガーのもとに歩き寄ってくる。

 

「面白いね。さすがは若き日のジャオウだ」

 

 ジャガーの顔の真ん前で、密か囁いた。

 

「君が決めた未来がどうなるのか、見せてもらうよ」

 

 そう言うとバビルは足早に去っていき、すぐに見えなくなってしまった。姿が消えたのと時を同じくして、再び時が動き出した。アナザーオレの突撃をひらりとかわすジャガー。ジクウドライバーを握る。

 

『ジクウドライバー!』

 

「えっと、こうだったよね」

 

 ベルトを腰に装着すると、たどたどしさの拭えない手つきでウォッチの上蓋を回し、ボタンを押す。

 

『ジャオウ!』「次は、こうして、こうして……」

 

 左にジャオウウォッチがはめ込まれたジクウドライバーの天面ボタンを押し、ミルキーホワイトの本体を傾けた。準備は整った。

 

「変身!」

 

『ライダータイム!』『仮面ライダー(ウィー)ジャオウ!』

 

 眼に「ジャガー」の文字がはまり、各部アーマーの装着が完了した。

 

「――よし、行くよっ!」

 

 右腕に渦巻く炎の一撃を軽くいなすと、すかさず右拳を腹に叩き込む。続けて足元を払うように蹴りを入れると、元々不安定なアナザーオレの体勢がさらに崩れ、前方につんのめった。隙を逃さずワンツー。天に放物線を描き、怪人は大きく吹っ飛んだ。

 

 今だ。先刻渡されたライドウォッチを取り出し、慎重かつ確実に起動する。

 

『オレ!』「……頼むよ」

 

 空いたジクウドライバーの右側スロットにウォッチを差し込み、先と同様に回転させる。「まーげい」のを何となく覚えていたおかげで、比較的スムーズにこなせた。

 

 その様子を、停泊するタイムマジーンの陰で、ナカヤマがにやりと笑みながら見ていた。

 

『アーマータイム!』

 

 ジャガーの横に、マゼンタカラーの「オレ」2文字と共に、純白の四角いキャンバスに水色の細い線で描かれた平面の人型が現れた。その体にも、「オレ」とカタカナで記されていたが、その場にいた者の中で読めたのはナカヤマだけだった。同一な3層に分裂したオレは、そのうち2つが体を縮め、ジャガーの両手に覆い被さった。その手足は位置を変え、ジャガーの指にぴったりフィットする。残った1つは、ジャオウの胸の前掛けにボディをきちっと重ね、立体化して2分割された頭部が肩に。四肢が肩パーツと化した頭部を目指して伸びる。そうして形づくられた空間には、水をたたえた星と、そこに迫る火球のモチーフが浮かび上がった。

 

『「オレもそう思います」オレ!』複眼の「ジャガー」と入れ替わった「オレ」が自信たっぷりに輝く。

 

 新たなる姿に感嘆の声を漏らすジャガー。後ろから歩み出てきたナカヤマが、歓喜に声を上げる。

 

「祝え! 全フレンズの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろ示すけものの王ジャ。その名も仮面ライダージャオウ・オレアーマー。まず1つ、フレンズの力を継承した瞬間である!」

 

 さっき会ったオレとは見た目がだいぶ違う。でも、このアーマーを身に纏っていると、彼女のあたたかな笑顔、迷いのない瞳が、ジャガーの脳裏に浮かんでくるのだった。その優しさにあふれた声が、ジャガーを勇気付ける。

 

 彼の内なる何かに触れたのだろうか、アナザーオレの足音が大きくなった。心なしか足も速くなったように感じる。唸りを上げながらジャガーに突っ込んでくる。

 

 だが、昂る感情に任せた荒っぽい突進をジャガーは難なく受け止めると、素早い動きで背後を取り、「オレ」のグローブで一撃突いた。当然受け身の取れなかったアナザーオレは地べたに転がる。

 

 さっきよりも効いている。アナザーオレはどうにか立ち上がったものの、続けざまに飛ぶ拳に防戦一方。加えて、青いオーラに覆われたジカンギレードの一閃が、その歪な肉体を弾き飛ばした。

 

「よくわからんけど、行ける気がする!」

 

『フィニッシュタイム!』『オレ!』初めよりは少し慣れたような。勢いよくベルトを転回する。

 

 ジャガーが大きく跳躍すると、彼女の後方から烈火の如き火球が迫った。離散し、「キック」に集約される。狼狽えるアナザーオレのもとに、高速でダイブする足の外側からは炎が漏れ出し、やがて彼女の全身を包み込んだ。遠巻きに眺めていた者には、星目がけて飛来する隕石のようにも映ったという。

 

『いつもの・タイムブレーク!』

 

「やぁぁぁぁぁぁああ!」

 

 アナザーオレの重心に、燃え盛る一蹴り。大地を削り抉らんばかりの威力に、肉体は耐えきれなかった。凄まじい断末魔を上げ、アナザーオレは滅されたのである。

 

 爆散した身体を通り抜け、難なく着地したジャガー。変身を解いて辺りを見回すと、周囲の地面は半径数mにわたって消し飛び、広場の景色は抉れた噴水のみが残っている。大変な力を手に入れてしまった、と戦慄するジャガーの後ろには、眠ったように身を横たえたオマエがいた。足元に転がり出たアナザーウォッチが砕け散る。

 

 ナカヤマがジャガーのもとに歩いてきた。

 

「あそこを見てください。このウォッチに描かれてるのと似た感じ……するフレンズがいますやんか? 彼に、これを渡しておかなあかんし」

 

 そう言って彼は、ジャガーにブランクウォッチを渡した。

 

 戸惑いながらも、ジャガーは怯える「オレ」に近づく。

 

「えっと……初めまして。あたしはジャガー。……いきなりだけど、これを持っててほしいんだ」

 

「ジャガーさん……あなたが。え、まぁ、ありがとう、ございます」

 

「――じゃあ、元気でね」

 

「オレ」は、何が何だかわからないといった表情を浮かべ、タイムマジーンに乗って去ってゆくジャガーを長いこと眺めていた。

 

 

 

『フィニッシュタイム!』『ハイゴッグ!』

 

 もう10体を超える数倒しているはずだ。それなのに、倒すたびに湧いてくる怪人。仮面ライダーマーゲイツ・ハイゴッグアーマーと言えども、これほど戦い続けた事はない。切れる息。悲鳴を上げる肉体。マーゲイに限界が近づいていた。

 

 残る力を振り絞り、マーゲイは掌を怪人に向けた。砲口の中心から出でた光が周囲を満たしてゆく。

 

『ビームカノン・タイムバースト!』

 

 光子の奔流が放たれんとしたその刹那。

 

 照準を合わせていたはずの怪人が、消滅した。

 

 寸前で気づいたマーゲイ。予想される反動に備えて添えていた左手で、急いで両ウォッチを外した。収束された輝きは放たれることなく失せ、彼女を覆っていたアーマーも虚空に消える。

 

 地に転がった2つのウォッチ、その傍らにマーゲイが倒れ込んだ。つい先刻まで怪人がいたはずの空間を力なく見つめる。

 

「……どうなってるの?」

 

 

 

 ――割れんばかりの拍手、響く黄色い声援。

 

 PPPを見に来た観客の多くが、アイドルとは趣の異なる曲の数々に感じ、心を揺さぶられている様子だ。

 

《ジャガマニズム》の世界からジャガーが帰ってきたとき、無念にもTSUYOSHIの歌は全て終わってしまっていた。非常にジャガーは残念がったものの、心配は全て吹き飛んだようだ。

 

 日が沈もうとする頃、ジャガーのねぐらにTSUYOSHIが立ち寄った。

 

「お疲れさま! ……ごめん、いろいろあって見に行けなかったんだ。ジャパリまん、食べる?」

 

「ありがとうございます。ジャガーさんが励ましてくれた通りでしたね……あんまり考えすぎたらいけなかったかもしれません。おかげさまで、次のライブの時にも来てほしい、なんて言われましたよ」

 

「えっ、その、おめでとう、TSUYOSHI!」

 

 照れ笑いを浮かべるTSUYOSHIの横で、大きく口を開けてジャパリまんをほおばるジャガー。こんな時間がいつまでも続けばいいのに。2人ともが、そう、思っていた。

 

 

 

 かくしてジャオウはオレの力を手に入れた。彼女の歩む覇道は始まったばかり。しかし、次なるフレンズとの出会いはすぐ訪れた――。

 石造りの古風な街並み。のんきに鼻歌を歌いながら、店々を渡り歩く若い男がいた。

「おかしい……町がやけにひっそりしている」



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EP03 バイオレンス・キング****

 夜が明けんとしているじゃんぐるちほー。

 

 しかし、木々の葉が揺れる音さえもしない。当然だ。なぜなら、時が止まっているのだから。夜行性のフレンズの姿が数人見受けられるが、その皆が固まっている。身体の表面には、砂嵐のようなノイズが時折かかっていた。

 

 かつての遊歩道と思われる、整備された痕跡の残る道を、バビルがひとり歩いていた。

 

「――ダメだったようですね、あなたが擁立した『オレ』は」

 

 どこからか声がする。時間が止まっている中、動ける者は限られるはずだが。

 

 バビルが辺りを見回すと、茂みの奥から、深緑の布に身を包んだ、年を経たことを感じさせる色合いの骸骨が姿を見せた。

 

「う、うるさいな、モウジャ。……ちょっと、邪魔が入っただけだ」

 

「邪魔? 誰にです?」

 

 どうやらこのモウジャと呼ばれた骸もまた、タイムジャッガーなる一派の構成員のようだ。

 

「ジャオウさ」

 

「わざわざ未来から? 面倒な老いぼれですね」

 

 そもそもなぜ骸骨が喋れるのかという疑問こそ浮かぶが、モウジャは妙な余裕を醸し出している。

 

「そうじゃない、この時代のジャオウだ。まだ化け物じみた強さ、とまではいかないが、気をつけたほうがいい。モウジャも探してるんだろう? 時の王者の候補」

 

 表情筋がなくてもわかるはっきりとした表情で、モウジャがにやりと笑った。

 

「心配は要りません。亡者は亡者で、取って置きのを仕込んでありますから」

 

 

 

 この動画によれば、顔がでかくて、首が太くて、足が短くて、ちょっとずんぐりむっくりな感じ、するフレンズ・ジャガー。彼女には魔豹にして時の王ジャ、ヒョーマジャオウとなる未来が待っていた。

 覇道を阻むマーゲイに打ちのめされ、一時は自信を失ったジャガー。しかし、オレとの出会いと力の継承を経て輝きを取り戻したジャガーは、異世界に飛び、アナザーオレを撃破したのだった。

 

 

 

 今日もジャパリパークに朝が来た。朝日を浴び、むくりとジャガーが目覚める。

 

 夜が更けるころまで一緒にいたはずのTSUYOSHIはここにはいなかった。多分、自分でねぐらを見つけたのだろう。前までは隣で寝ていたこともあったのに。ジャガーは何となく寂しさを覚える。

 

「――イカダ、どこに停めたんだっけ」

 

 アナザーオレとの最初の戦いでイカダを停めたまま、その日1日を過ごしてしまったのだ。普段とは何から何まで違った日だったから仕方ないとはいえ、大事なイカダをどこかに放っておいて、川に流されてしまったり、セルリアンに壊されてしまったりした暁には……気が気でなかった。

 

 とりあえず川沿いを下るか。あの空き地はそこまで遠くないはずだ。イカダに何もないことを信じて、ジャガーが歩き始めた。その時。

 

『タイムマジーン!』上空のスタッフカーからマーゲイが舞い降りた。腰には、ジクウドライバーを既に巻いている。

 

 なぜタイムマジーンから、ジクウドライバーをつけたマーゲイが? 疑問こそ浮かんだものの、ひとまず置いておこう。なぜならマーゲイは、あのPPPのマネージャーをしているのだ。TSUYOSHIの件を、彼の代わりにお礼しておかねば。真っ先にジャガーの頭に浮かんだ。

 

「あ、おはようマーゲイ! 昨日は――」

 

「気安く呼ばないで」

 

「……えっ?」

 

 自分やTSUYOSHIが何かしただろうか。特に心当たりがあるわけでもない。加えて、機嫌の悪いマーゲイとも声の調子が違うような。

 

 考えを巡らすジャガーに構わず、マーゲイがウォッチをジャガーに向ける。

 

『マーゲイツ!』未来感漂う音声がベルトから響く。

 

「変身」

 

『ライダータイム!』『仮面ライダーMarゲイツ!』

 

 彼女を取り囲んでいた帯が全て離散したとき、見えた姿にジャガーが身震いする。

 

「っ……昨日の」

 

 朝早くとはいえ、あちらから売られた喧嘩は買うしかなかった。大急ぎでジクウドライバーを腰に当て、勝手に巻かれるその時間にせかせかとウォッチの天蓋を回す。

 

『ジャオウ!』「変身!」

 

『ライダータイム!』『仮面ライダー(ウィー)ジャオウ!』

 

 変身時に背部に現れる文字盤から飛び出した「ジャガー」の4文字が、向かってくるマーゲイを暫し足止めする。その隙に顕現させたジカンギレード・ジュウモードで数発放ち、間合いをある程度取って、銃口を向ける。

 

「どうして、あたしを狙うの?」

 

 マーゲイは面食らった表情になった。呆れも混じっているように見える。やがてその呆れが怒りへと変わってゆく。

 

「お前が、最低最悪の魔王になるからよ。お前のせいで、たくさんのフレンズが……ッ!」

 

 ジカンザックス・おのモードを手に、真っ直ぐジャガーのもとに突っ込んでくるマーゲイ。憎しみに溢れた口元に、ジャガーの身体が小刻みに震える。斧の斬撃をジュウモードのままでどうにかしのぐが、次々に繰り広げられる容赦のない攻撃に、川を背にするまで追い詰められた。

 

 危機。しかしジャガーは、マーゲイのさらに奥、茂みの微かな揺れを見逃さなかった。風にしては不自然なのだ。マーゲイに当たらぬようによく狙い澄まし、揺れ動く茂みを撃つ。

 

「マーゲイ、後ろ!」

 

 呻き声が聞こえた。声の主が茂みを抜けて現れる。

 

 十字架に両腕を括られた、小太りの男。格好はといえば、ボロ布を1枚纏っただけ。眼からは一切の生気が感じられない。片腿に「MELOS」、もう一方には「****」と奇妙な記号が記されている。

 

 マーゲイが微か呟いた。「アナザー……フレンズ」

 

 ジャガーも、その言葉を聞いて向き直る。

 

 すると、アナザーフレンズが唸った。

 

「……王……? 許さぬ……!」

 

 両腕を固定された不安定な体勢でありながら、怪人はこちら、とりわけジャガーを狙って突進してきた。

 

『ケン!』ジャガーがジカンギレードを変形させて構えるが、彼女とアナザーフレンズの間にマーゲイが割って入った。今さっきまで自身に向けられていた鋭い刃だが、敵に向けられていると何だか頼もしく感じられる。

 

「――よし!」

 

 助太刀、といったところか。深呼吸をし、剣を握り締めてアナザーフレンズのもとに走り込んでいく。だが、一撃食らわせる前に、マーゲイが言い放った。

 

「来ないで! こいつは私が倒す」

 

 とはいえ、攻撃しなければ被害が拡大するに違いない。だが、彼女を敵に回した場合に、その脅威はジャガーが最もよくわかっている。そうなれば、それこそみんなを守るなんてできなくなる。下手に逆らわない方が身のためと、ジャガーは一旦身を引いた。念のため、変身はそのままに。

 

 マーゲイは押しに押していた。この間の怪人と比べれば筋肉の厚さもなく、しかも向こうは、腕が動かせないため反撃すらままならない。腹にたまった多少の脂肪こそあるものの、ライダーシステムの前では、そんなものはないも同然だった。これなら行ける。

 

『タイムチャージ!』一蹴りで相手を引き離す。

 

『5・4・3・2・1……ゼロタイム!』大きく構える。

 

『ザックリ割り!』激しい斬撃が、怪人を直撃した。衝撃音が轟く。

 

 しかし、怪人は爆ぜなければ、痛みに喘ぐ素振りも見せない。見れば、背負われた十字架が盾となり、あの一撃をも防いでいた。マーゲイは驚愕する。

 

 生まれたわずかな隙を見逃さなかったアナザーフレンズ。硬い十字架を利用し、大幅に前傾した姿勢でマーゲイに突撃した。後ろに大きく吹き飛び、マーゲイは大きい川に落下する。

 

「マーゲイ!」ジャガーの身体は、考えるより前に動き出していた。流れこそ緩やかだが、大きい川はそこそこ深い。

 

 少し濁った水に飛び込むと、俊敏に水をかき、マーゲイが落ちたであろう地点に迫る。

 

 ただ、マーゲイにはマーゲイなりのプライドがあるのだろう。自身が倒そうとしているものに助けられるなど……。水中でどうにかウォッチを起動、ベルトを回す。

 

『アーマータイム!』『ハイゴッグ!』

 

 水流のジェットで水中を航行すると、川岸の程近くから上空へ。そのまま背部にジェットパックを展開すると、腹部アーマーから無数に砲撃する。爆炎がアナザーフレンズを包み込んだ。

 

 自力で抜け出すとは。ジャガーは驚いたが、第一に彼女の身に何もなかったことに安堵した。

 

 そうとなれば、もう1度陸に上がるほかにない。ジャガーは急いで岸に戻ると、地に突き刺したジカンギレードを引き抜き、再び参戦した。爆煙の晴れた先の怪人を勢いよく切り裂く。

 

「ッ……待て!」

 

 空の上でマーゲイが叫び、ジェットで急降下。ジャガーの寸前をかすめ、鋭利な爪を備えたアームでアナザーフレンズを弾き飛ばした。

 

「……私が倒す、と言ったはずよ。いや、あなたには倒させない」

 

「なら――!」言い終わる前にジャガーが走る。銃撃で牽制しながら背後に回り込むと、アナザーフレンズの十字架部分を抱え込み、羽交い絞めにした。

 

「今だよ! あたしは平気だから、このまま撃って!」

 

「なッ……」マーゲイは己の目と耳を疑った。

 

 怪人の抵抗に遭い、ジャガーの脚が次第に傷ついてゆく。アーマーの仕様か、下半身には足周りを除いて装甲がないのだ。

 

「早く!」ジャガーが声を上げる。

 

 思慮していたマーゲイだったが、その一言にハッとしたのか、目を輝かせた。「はいごっぐ」の文字越しに、野生開放の証たるけものプラズムが現れる。その結晶は、覚悟を示す。

 

 ジカンザックスをゆみモードに変え、ベルトからハイゴッグウォッチを外した。

 

『フィニッシュタイム!』『ハイゴッグ! キワキワシュート!』

 

 弓の真ん中から放たれた光の奔流が、アナザーフレンズを飲み込んだ。直前にジャガーは離れたものの、背中が巻き込まれ、その勢いで変身が解除される。

 

 叫び声をあげ、アナザーフレンズが爆発した。黒色のウォッチが転がり出る。煙の中から、先の身なりと似通った、布を1枚羽織っただけの男が姿を現した。ヒト……に見えるが顔立ちは濃く、ヒトのフレンズであるかばんとはお世辞にも似ていない。

 

 ウォッチを外し、マーゲイが変身を解いた。少しよろめきながらもその男のもとに向かうジャガーに視線を向け、訝しげな表情。

 

「大丈夫!?」ジャガーが男の肩に手を置き、少々強めに問う。

 

 男は獣の耳の付いた女性を目にして、両目をこする。周りがどうなっているのか、全くもって理解できないようだ。

 

 男はうわごとのように言葉を発し続けた。

 

「――セリヌンティウスは……? セリヌンティウスはどうなった……?」

 

「せ、せりぬん……?」ジャガーが困惑している中。

 

 刹那、時が止まった。

 

 林の向こうから、マントのような布を纏った骸骨が歩んでくる。

 

「この女豹が、将来のジャオウですか。……『王』という感じには、とても思いませんがね」

 

 静止したジャガーを見回し、鼻で笑った。視線を下に落とし、倒れた男を睨む……といっても、眼球はないのだが。

 

「!……お前は、あの時の……っ」

 

「駄目じゃないですか、ここで行き倒れては」満足に立ち上がる気力すら残らぬ男を、モウジャは冷たく一喝した。

 

 男の足元に転がったアナザーウォッチを拾い上げ、スイッチを押す。

 

『メロス!』ウォッチが光り、虚無とも微笑ともとれる醜い顔がぼうっと浮かぶ。

 

「……名乗らなかったことは評価してあげましょう」

 

「この女豹を見てください。彼女はいずれ、ディオニスなど足元にも及ばぬ暴君に成り果てます」

 

「あなたの正義は、邪知暴虐の限りを尽くす王を許さない、でしょう?」

 

 疲弊しきった男を前に、モウジャは延々と語る。男にとってその光景は、以前にも一度見たものだった。

 

「この力があれば、永遠に走り続けられます」モウジャが男の胸にウォッチを突き刺した。呻き悶える男を、モウジャは無表情のまま見つめている。

 

 男の身体は何かに吊られたように起き上がる。腕が独りでに水平の位置まで上がると、背後に形作られた十字架に括られた。

 

「あぁっ、ああぁあぁああーっ!」『メロス!』

 

「行きましょう、メロス。このまま戦っては無意味です」

 

 立ち上がらされた怪人――アナザーメロス――を連れ、モウジャはその場からふっと消えたのだった。それと同時に、時が再び動き出す。

 

 さっきまで肩を押さえていたはずの両手が、気づけば空っぽになっている。ジャガーは状況を飲み込めず、戸惑いを隠せない。その様子を横目に、マーゲイがぼそりと呟いた。

 

「タイム……ジャッガー」

 

 ジャガーが訊き返そうとしたものの、マーゲイはそのまま歩いて去って行ってしまった。追おうかとも考えたが、ジャガー自身今の戦いで受けたダメージは大きく、下手に追って攻撃を受けてはいけない。ひとまず、イカダのところまで向かおうか。ただジャガーには、ひとつ気になることがあった。

 

「お前が、最低最悪の魔王になるからよ」

 

「……王……? 許さぬ……!」

 

 先の、マーゲイと怪人の放った言葉がフラッシュバックする。王、というのは、皆に憎まれ、嫌われるものなのだろうか。

 

 わからないことは、じゃんぐるちほーなら彼女に訊けばわかるはず。イカダも気になるが、何だか先にこちらについて聞いておかないといけないような気がした。

 

 

 

 道の形がきちんとできている道は、じゃんぐるの中を歩くならここぐらいだ。確か、かばんたちも通ったとか。道なりに進んでいくと、道端に特徴的な形状のフードを被ったアニマルガールが見えた。

 

「おはよう、キングコブラ。ちょっといいかい?」

 

「ジャガーか、珍しいな。いいだろう、民の頼みだ」

 

 キングコブラ。彼女は、自身を王である、という。王を名乗るだけあって、彼女から漂う風格は並のものではない。また、じゃんぐるで何か困りごとがあれば、ジャガーと同じくらい頼られている。彼女いわく、「民の頼み」は何だろうと聞いてやる、とのこと。ジャガーもまた、キングコブラを頼りにしている者の一人だった。

 

「あのさ……『魔王』って、何?」

 

 その単語を聞き、キングコブラの目つきが鋭くなる。

 

「……急に何を言い出すかと思えば」キングコブラの尻尾がぴたりと止まった。「民の頼みとあらば、答えなければな」

 

 岩に腰掛け、ジャガーを招き寄せる。

 

「魔王、というのは、正しい道を外れた王のことだ。手にした力を、民のためではなく己のために使う。私は、そうならないよう十分に気をつけているぞ」

 

 4つの耳を傾け、ジャガーは集中して説明を聴いていた。話が終わると、彼女はキングコブラに体を寄せ、尻尾を絡める。

 

「あたし……ある子にね、最低最悪の魔王? になる、って言われてさ。違う子は、王は許さない、って。あたしが魔王になるっていうけど、ほんとに、みんなに嫌われる王様になっちゃうのかな」

 

 キングコブラは、尖ったウロコに覆われた尾を優しく動かし、ジャガーの尻尾を包み込んだ。ジャガーの手をそっと握り締める。

 

「お前が? 魔王に? ふ、笑わせるな。お前のように、強い力を持っていながら無闇に力を振るわない者が、魔王になどなるわけがない」

 

 ジャガーの顔を、キングコブラは鋭くも慈悲に満ちた瞳で見つめた。

 

「王である私が保証しよう。お前は、最高・最善の王になれる」

 

 うつむいていたジャガーだったが、下がった口元が、元の柔らかな笑顔に戻った。絡み合っていた尻尾を、少しずつほどいていく。

 

「ありがとう。……また、話に来てもいいかな」

 

 キングコブラがあたたかな眼で笑んだ。

 

「もちろんだ。民の……いや、将来の王の頼み、だからな」

 

 

 

「あたしは平気だから、このまま撃って!」

 

 先刻の戦いを思い出す。マーゲイにはどうにも腑に落ちなかった。

 

「……なぜ、力を奪おうとしなかったの?」

 

 本当に、あの何もわかっていなさそうなアニマルガールがヒョーマジャオウになるのか?

 

「アナザーフレンズを倒して、力を奪うんじゃなかったの?」

 

 私の認識が違ったのか? それとも、彼女には王になる意思がないということ?

 

 でも、私は知っている。彼女が力を手に入れたその向こうに、ヒョーマジャオウがあることを。最低最悪の魔王に、数多のフレンズの命が奪われたことを。いくら今のジャオウが魔王になる意思がないように見えたとて、立ち止まってはいけないのだ。

 

 私は、ジャオウを打ち倒し、未来を救う。その決意を揺るがしてはいけない。マーゲイが改めて意志を固めた。

 

 そうと決まれば、ジャオウより先にあのアナザーフレンズを倒さなければ。

 

『タイムマジーン!』どこからともなく飛来した大きな機体に飛び込む。

 

「モニターして。交差したものを背負った外部存在がいたら、教えて」

 

『了解。探索を開始します』マーゲイ機のLB-Assist(ラッキービースト・アシスト)が答えた。

 

 

 

 イカダは、昨日岸に乗り上げたときのまま放置されていた。初めて出会った時と同じように、イカダにはナカヤマが座っている。

 

「――やあ、我が魔王」

 

 ナカヤマが呼びかける。ジャガーは視線を向けるが、すぐに川の方へと目をそらした。

 

「あたしは、『魔王』にはならないよ?」

 

 ナカヤマの目が僅か細められる。

 

「……ところで、あのアナザーフレンズはどうしますやんか」

 

「もう倒したんだけど……まさか、また出てくるってこと?」

 

 ナカヤマは応答こそしたものの、はっきりとは答えなかった。ジャガーが真剣な表情で先の怪人の姿を思い出さんとする。

 

「えっと、確か『MELOS』……メロス! って書いてあったよ」

 

「では、便宜上『アナザーメロス』と呼ぶことにしましょう。我が魔王、アナザーメロスはまだ倒せていません」

 

 理解できず困惑するジャガー。だが、言われてみれば確かに不思議である。ジャガーは昨日、怪人(アナザーオレ)を計2回倒した。「2017年に行く」というのがそもそも何なのかよくわからないうえに、なぜ「パッカーン」したアナザーフレンズがまた現れたのかも謎である。

 

「あのオレウォッチは、どうやって手に入れました?」

 

 ジャガーの脳裏に、澄んだ瞳で微笑むオレの姿が浮かぶ。

 

「オレ……って子にもらったんだけど」

 

 それを聞いて、ナカヤマは少しの間難しい顔をした。やがて顔を上げ、ジャガーを強く見つめる。

 

「なるほど。どうやら、アナザーフレンズを完全に倒すにはいくつか条件を突破せなあかん。まず、本当はその力を持っているはずだった人物――この場合は『メロス』――からウォッチを『貰う』必要がありそう、ですやんか」

 

「ってことは、そのメロス? って子を探せばいいんだね?」

 

 頷いたナカヤマを見て、ジャガーは早速歩きはじめる。手掛かりは皆無だ。だいたい、このちほーにいるという確証もない。だが、まず動かなければ見つかることはない、はずだ。

 

 不意に、ジャガーの耳がピクリと動く。

 

「何か……行かなきゃいけない気がする。イカダ、あの場所に戻しといてもらえないかな」

 

 彼女は川に潜ると、対岸のその先に向かった。太陽が天頂を過ぎる。ナカヤマが、やれやれ、とバケツを空に放った。

 

 

 

『――外部存在、発見しました。サバンナチホー・ジャングルチホー間ゲート周辺です』

 

 探索をしていたタイムマジーンのカメラが、十字架を背負った人型を捉えた。桃色のボディを画面に投影したLB-Assist――このタイプはラッキービーストⅢ型、と呼称される――が機体の主に報告する。

 

「分かった。降ろして」

 

 ハッチが開き、マーゲイは地面へと飛び降りる。かなりの高度だが、そつなく着地。ゲートを正視したマーゲイの眼は、じゃんぐる方面から走り来る怪人の姿を認識していた。

 

 身構えるマーゲイの後ろに、モップを持った男が近づく。

 

「あなたがマーゲイ、ですね」

 

「……誰? 邪魔よ」

 

 後ろを見もせずに、彼の行く手をふさぐかのように右手を力強く突き出す。

 

『マーゲイツ!』「変身」

 

『仮面ライダーMarゲイツ!』

 

「今度こそは……私がこの手で!」複眼から漏れ出したけものプラズム。唸る怪人に突撃するマーゲイを、ナカヤマがにたりと笑みつつ眺めていた。




原典の「ジオウ」の登場人物と、何となくジャガーマンオールスターを対応させてます。途中で変わるかもしれませんが。


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EP04 トゥルー・ブレイブ****

メロス:太宰治の小説「走れメロス」の主人公。単純でのんきな男だが、邪悪は許さない強い正義感の持ち主。ジャガーマンシリーズでは、朗読素材を編集する「朗読ジャガーマン」と呼ばれる動画スタイルの1作目として「走れメロス」の音声が使われたことからか、独立したキャラクターとして独自の個性を与えた動画もみられる。


「はぁッ!」「ふッ!」「とりゃァ!」

 

 アナザーメロスと相まみえるマーゲイは、大した飛び道具もパワーも持たないアナザーメロス相手に優位に戦いを進めていた。この分なら、ジャオウが現れる前に叩きのめせるかもしれない。

 

 背負ったクロスに振り回されるかの如く暴れるアナザーメロスを、肘鉄で弾き飛ばす。

 

「これでどうだ!」『大沢たかお!』

 

 腕のホルダーから外されたのは、青い上蓋のウォッチ。

 

『アーマータイム!』

 

 彼女の前面に、青いカーテンの前に立ち、左上を無心に見つめるようにも見える平面として、アーマーが顕現した。じりじりと後退してゆくそれは、前面からの攻撃を防ぐ役割も担う。ウォッチに内包された力の持ち主の顔があったであろう部分は、黄色い「たかお」の字となっている。

 

 こちらに向かってくる薄い壁。描かれた男と同じ方向を向きながら、マーゲイが壁に向かって走る。

 

『たかお!』複眼の3文字が輝いた。後ろで、微笑みを浮かべながらナカヤマが見ている。

 

 細く白い縞の入ったスーツを模した胴アーマー。背景のカーテンは、マントとして現れ、マーゲイに羽織られた。その他のアーマーと比べれば、手の部分に追加される装甲がないなど、簡素な作りになっているらしい。身軽さを生かせる、マーゲイには好都合な姿だ。

 

 翻るマント。アナザーメロスが苦し紛れに繰り出す拙い攻撃を、マーゲイはたやすくかわし、いなしてゆく。

 

 マントの後ろから、客車の底面にあるような車輪が2つ。腿の、脚の裏を這い、足に装着された。その風体は、さながらローラースケート。

 

 足部の車輪群(ミッドナイトエクスプレスエクスプレス)が高速で回転し、特急よりも早くマーゲイの身体をアナザーメロスに向かわせる。マーゲイが構えた鋭い拳が、怪人の身体を貫かんばかりに突き刺した。衝撃は身体を突き抜けて十字架に。前進を続けるマーゲイに押され、彼方吹き飛んだ。ゲートを越え、じゃんぐる側に押し戻されたような形である。

 

『フィニッシュタイム!』『たかお!』

 

 すかさず、マーゲイは必殺の態勢に入った。腰を低くすると、起き上がれぬままのアナザーメロスに突進する。

 

 しかし、マーゲイの姿は一撃の寸前で消え去った。

 

 足を折り曲げ、どうにか立ち上がった怪人の背後から、マーゲイがアッパーを食らわせる。空に押し上げられるアナザーメロス。

 

 疾走。再び姿を現し、落ちてくる十字をまたも上空へ戻す。

 

 消えては現れ、消えては現れを繰り返すさまは、まるで死霊ファントムのようだ。マーゲイは足裏の車輪で怪人の直下を往復し続ける。重力に従うまま、アナザーメロスは抵抗も満足にできない。

 

 側部に装着されていた車輪がマーゲイを離れた。落下しきらぬアナザーメロスに突進し、はるか上空へと押し上げる。

 

『ノルマ達成・タイムバースト!』

 

 上空で車輪が消滅、アナザーメロスは地表へと真っ逆さまだ。激しい勢いで落ちる身体を、マーゲイが鋭敏に蹴り付けた。針のように刺す一撃に、アナザーメロスは爆散したのである。

 

 怪人の断末魔と、駆け付けたジャガーの驚く声が聞こえたのは、ほぼ同時の出来事であった。爆発の向こうに倒れた男の半裸体に、ジャガーが走り寄る。

 

「君、大丈夫っ!? あっ、おにいさん、水持ってきて!」

 

「……全く、人使いの荒い魔王で」陰で見ていたナカヤマ。のそりと出てきた彼が渋々放ったバケツは虚空に消え、やがてジャガーの目の前にたっぷりと水を満たして現れた。大きい川の水より澄んでいるところを見るに、サバンナの水場からすくってきたものだろうか。

 

 ジャガーはバケツ一杯の水から一すくい、大の字に横たわる男に与えた。口に含み、ごくり飲み干す。

 

 彼の口から、ほうと長い溜息が出た。顔には希望が戻ったような。彼が元々希望を持っていたかなどわからないが、ジャガーにはなぜか「戻った」という言葉が思い浮かんだ。

 

 男が起き上がった。

 

 朝の時と同じように、彼は辺りをきょろきょろと見回し、ぱちりと瞬く。獣の耳を持った少女がいる状況を、当然ながら全く呑み込めていないようだ。

 

「あぁ、よかった。元気になった、のかな」ジャガーがぐっと顔を近づけると、男は驚いて大きく後ずさりした。怯えているようにも見える。マーゲイはその様子を遠巻きに眺めている。

 

「ご、ごめん。えっと、あたしはジャガー。君は?」

 

 顔色を変えられたジャガーは、何とかフレンドリーに振る舞おうとする。

 

 男はしばらく黙っていたが、ほどなくゆっくりと口を開いた。だが、発せられる言葉は前と同じ。

 

「――セリヌンティウスは……どうなった?」

 

「えっと、セリヌンティウス、ってのは、誰?」ジャガーが問う。

 

 それを聞き、男の顔は暗くなったように思われた。

 

「……私は、負けたのだな」

 

 やんぬる哉、と男がまたも大地に身を投げ出す。どこか遠く、彼女たちの知らないところを見つめる瞳。しかし、彼は訝しんでいた。燦燦と輝く陽が視界に写り込む。

 

「そこの……ジャガー! 今は、その、何刻だ?」

 

 ジャパリパークに、はっきりとした時間の概念はない。何を訊かれているのかわからず、困ってジャガーはナカヤマに視線を向ける。

 

「真昼時は過ぎました。夕刻までは、まだ長いです」

 

「――そうか」

 

 聞いて、男の目はわずか輝きを取り戻したように見えた。ついさっきまで立ち上がることもかなわなかった足に、力が戻っているのだ。

 

 すっくと立ちあがった男は、ジャガーのもとに近づく。

 

「申し遅れた。私はメロス、助けて頂いたな」

 

「メロス……!?」ジャガーの顔がほころぶ。直感が当たった、のだろうか。何故だかここに来なければならない気がしていたが、まさか探していたメロスがここにいたとは。

 

「メロス……!?」マーゲイは目を見張った。ヒョーマジャオウの手に握られていた力のうちのひとつ。つまり、彼が持つはずだった力をジャガーが手に入れてしまったことが、ヒョーマジャオウを生む一因になったということだ。だが、ジャオウはどのように彼らの力を手にするのか。マーゲイにはまだわからなかった。

 

 彼らの中に割って入るべきか、はたまた静観か。葛藤するマーゲイをよそに、微妙な雰囲気の2人であった。

 

 突然メロスが言った。

 

「夢……かもしれん。だが、私はお前と1度会ったことがある」

 

 そうして彼は、その精悍な手に握られた何かを、ジャガーに見せた。

 

 ブランクウォッチ。

 

「……えっ」ジャガーが驚嘆する。声には出さないまでも、遠くでマーゲイも目を見開いていた。

 

「ずっと、返さなければと思っていた。さあ――」

 

 そう言いかけたとき、周囲の空間が波打つことを、メロスは「見た」。ジャガーをはじめ、周りのものはその波を受けて止まったように思われる。だが、メロスは動く時に取り残されている。

 

 気づけば、どこからともなく現れた骸が後ろから、彼のもとに歩いていた。

 

 モウジャは呆れたように溜息をつくと、彼の背を這うような声で語る。

 

「なぜ、魔王になる者と親しげに? そこにいるのは、あなたが憎むべき存在じゃないですか」

 

「また、お前か。幻で無かったのだな」

 

(タイムジャッガー……ですって?)

 

 時が止まった中においても、マーゲイの意識は動いていた。まさか……マーゲイが勘繰る。

 

 止まったジャガーに一瞥をくれ、メロスは強く息を吸う。「彼女は私を助けたのだ。お前とは違う」

 

「何?」モウジャの眼窩の中に渦巻く闇が深まる。

 

 そのまま、メロスの背に腕を突っ込み、強引に体内からウォッチを引きずり出し、起動した。

 

「あなたの感情など聞いていない。ここで止まられては、困るんですよ!」

 

 モウジャがウォッチをメロスの身体に突き出す。

 

 だが、ウォッチが彼の身体に刺さることはなかった。メロスは、向けられた腕を身軽にかわしたのである。

 

 メロスの眼差しが、モウジャを厳しく睨む。

 

「言っておくが、私は王になどならぬ。村の一牧人程度が性に合っている」ボロボロになった衣服が風になびく。「……一度はお前の誘いに乗った。けれども私は、お前の出所のわからぬ力より、水をたった一すくいで、身の芯から湧き上がる胆力の方が余程良い」

 

「契約破棄ですか? この期に及んで……ッ!」体を震わすモウジャ。骨の鳴る不気味な音が、時の止まった無音空間にこだまする。

 

 舌打ちがわりに歯をきしませ、モウジャが無理やりにでもウォッチを埋め込まんとするその前に、メロスは走っていた。

 

「悪魔め。私は、正義のために走る」朽ちかかった頭蓋骨にひびを入れるほどの勢いで、メロスは腕にうなりをつけてモウジャを殴った。衝撃で気が緩んだか、時間停止が解除される。アナザーウォッチは骸骨の手を離れ、道の外へと落ちてゆく。

 

 時が止まったり動いたり。当惑するジャガーのもとに、メロスがすっ飛んでいった。手には、力強くウォッチが握られている。

 

「改めて、これをお前に返す」メロスの目は鋭かった。あの時のオレと同じように。

 

 彼がそう言うやいなや、ウォッチは光を帯び、オレンジの上蓋のライドウォッチに変化した。

 

「どうやら、この道を進んでもシラクスには着かぬようだ。お前が、私の代わりに走ってくれ。友を、救ってくれ」

 

「――わかった。君の頼み、引き受けたよ」

 

 ジャガーの眼がメロスを見据える。どこからともなく飛んできたタイムマジーンが、彼女の頭上で扉を開いた。

 

 去ってゆくタイムマジーン。遠ざかる機影を存在しない瞳で見ながら、モウジャはマントの中で口惜しく地団駄踏んだ。

 

 

 

『ココガ、《走れメロス》ノ世界ダヨ。古代ぎりしゃダカラ、言葉ガ通ジナイカモ』

 

 モニターに映し出された昼下がりの風景。一人の男が、峠道をよろめきながら下っている。メロスだ。

 

「あの子だ! ボス、急いで――」ジャガーの頼みは、ナカヤマに制止された。

 

「彼がアナザーメロスにされるまで、待たなあかん」今まさに地べたに倒れ込んだメロスを無慈悲にも映すモニター。

 

 あのような姿を見ては、何でもいい、何かして救おうと思うのは当然だ。ジャガーの性格からして、すぐにでも向かって助けたくなる。しかしナカヤマの言うとおり、ここで手を差し伸べては、この世界に赴いた意味がなくなってしまう。不本意ながら、ジャガーは従わざるを得なかった。

 

「今は遠くから様子を見るのみですやんか。タイムジャッガーに感付かれても厄介です」

 

 ――時が止まった。路傍の草原に身を横たえたメロスに、深緑のマントを身に着けた骨が歩み寄る。

 

 メロスの口が動くも、声は出てこなかった。荒い呼吸が、喉にダメージを与えていたのだ。

 

(何者だ……?)

 

 骸はしゃがみ込むと、耳元に囁き始めた。「私はタイムジャッガーのモウジャ。あなたに少しばかり悪い知らせと、飛び切り良い知らせを持ってきました」

 

 メロスの瞳には、モウジャが「飛び切り良い知らせ」を運んできた死神のように映る。間に合えば、私は殺される。間に合わなければ、セリヌンティウスが殺されるのだ。自分のもとに死神が現れても不思議はあるまい。はたまた、疲れ故の幻か。

 

「まず悪い知らせです。あなたはこのまま倒れ伏していれば、刻限に間に合わない」

 

「続いて良い知らせ。私と契約すれば、あなたは街まで走り続けられる。日没に間に合うかもしれない」

 

「どうしますか? ……と言われても、あなたは話せないでしょうね」『メロス!』

 

 起動されたアナザーウォッチが、身を起こせないメロスの胸に埋め込まれた。呻き声さえかすれ消え、強引に直立姿勢にされたメロス。背後に現れた十字架に両腕がくくられる。

 

『メロス!』とても十里も走れるようには見えない、不健康そうな姿に変貌したメロスを尻目に、モウジャは時を戻して立ち去った。

 

 再始動した時の中、モニターに映るアナザーメロスをジャガーが確認する。「今だよボス、急いで!」『分カッタ』

 

 刹那、ガーが空を超特急のように泳ぎ、メロスの数m先に回り込んだ。ジャガーは滑らかに降車。行く手を塞がれたメロスは憤り、牙のように尖った犬歯を見せて唸る。

 

「二度までも邪魔をするか……実に呆れた王だ」

 

「あたしは王じゃない。でも――」

 

 頭をよぎる、キングコブラの慈愛に満ちた眼。「――でも、王じゃなくても、みんなが頼れるようなあたしになる。そのために、君との約束を果たす」『ジクウドライバー!』

 

『ジャオウ!』

 

 真正面からアナザーメロスを見据えたまま、手元を見ることなくジャガーはベルトにライドウォッチをはめ込んだ。

 

「行くよ……変身!」

 

『ライダータイム! 仮面ライダー(ウィー)ジャオウ!』

 

 背後に展開された文字盤から飛び出したマゼンタの「ジャガー」が、強行突破を試みたメロスを阻む。遥か未来、異国で発明されるであろう文字(カタカナ)に視界を遮られた彼は、直後に飛んで来たジャガーの拳に気付けなかった。山賊との戦いで疲弊した身に、パンチが直撃する。

 

 しかし背負った十字は、彼が倒れることを許さなかった。ついさっきまでメロスの脚を痛めつけていた急勾配に、十字架が引っ掛かる。それにとどまらず、一たび後退すれば坂に十字架の角が刺さり、ただでさえ制限されている行動の幅がさらに狭まってしまうのだ。

 

 乱れ飛ぶジャガーの攻撃を、メロスは受け流すこともできず食らい続ける。胸に拳が突き刺さり、アナザーメロスの口から紅い液体が噴き出た。

 

「――!」紅のしぶきを受けた胸部装甲が、じゅわぁと泡を立てて溶けてゆく。味を占めたメロス、ジャガーの顔面を目掛けてさらに溶解液を吐いた。

 

 目くらましの隙をついて、シラクスまで走り切ろうとしているのだ。ジャガーの横を、下り坂の加速も利用してメロスは駆け、去ってゆく。

 

「まずい! でもっ……」焦る彼女の視界に入ったのは、メロスに渡された橙のウォッチだった。

 

 ――私の代わりに走ってくれ。

 

 彼から預かった言葉を思い出す。ジャガーには、彼に託されたウォッチが光輝いて見えた。

 

 もう、メロスの姿は砂粒ほどの大きさにも見えない。だが。「……今から追い付けばいいんだね?」

 

『メロス!』日が、次第にかげり始めている。1回転したジクウドライバーは、ジャガーの装いが変わることを声高く告げた。『アーマータイム!』

 

 ジャガーの横に姿を現したのは、オレンジ色の長方形。走る最中に足を上げた、その一瞬を切り取られたような男の絵が描かれている。その絵は長方形から飛び出て立体化すると、四肢を伸ばし、ジャガーの体を覆った。

 

『「走れ!」メロス!』

 

 オレンジ色――文庫本の表紙から、こちらも飛び出た「メロス」の文字。走るヒトの脚のイメージを落とし込んだマゼンタの3文字が、若干融け落ちていた「ジャガー」に代わって顔に装着された。

 

「祝え! 全フレンズの――」「ありがたいけど、後にしてくれない?」わざわざタイムマジーンを下りてまで祝わんとしたナカヤマだが、不貞腐れたような顔で機内に戻る。「よくわからんけど、追いつける気がする!」ジャガーはそう言うが早いか、街に向かって駆け出した。

 

 メロスアーマーの脚部装甲は、長距離走に特化した人工筋肉。峠下りの敵・接地時の衝撃をしっかと受け止めて大地を蹴り、さらなる加速を生む。「……いた」十字のお陰でよく目立つ。路行く人を跳ね飛ばして走るメロスがはっきりと視認できた。太陽はずんずん沈んでゆく。「まだ――いや、絶対間に合わせる!」黒い装甲のジャオウが、風のように峠を駆け下った。

 

 走る中で、少しではあるが距離が詰まりつつあることをジャガーは感じていた。麓を過ぎ、道沿いの草原が風に波打つ。メロスの行程は曲がりくねっていた。彼が通った道を示す、獣道のように草が倒れた野原を縦貫する筋を、ジャガーは忠実になぞった。瓶がひっくり返った、中断された酒宴の中を突き抜け、散乱した小銭を蹴り飛ばし、犬の身を驚愕のあまり飛び出した糞を跳び越え、沈んでゆく太陽の十倍も速く彼女は走った。

 

 悪に堕ちた一牧人にジャガーが追いついたのは、身軽な者ならそつなく越えられるであろう小川の手前。アナザーメロスにのしかかった十字架は、ここでも彼の走りを妨げたのだ。

 

 凄まじい速度のジャガーは急ブレーキをかけ、川を越えられずにつまずいたメロスの寸前で何とか停止した。満足に後ろも向けぬメロスが立ち上がり、「誰だ」と尋ねる。

 

「あたしは――」「祝え!」

 

 ジャガーの言葉を遮ったのは、上空に浮かぶタイムマジーン機内から叫んだナカヤマ。

 

「全フレンズの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろ示すけものの王ジャ。その名も仮面ライダージャオウ・メロスアーマー。また1つ、新たなフレンズの力を継承した瞬間である!」

 

 見上げてメロスは、声の主が乗る、見覚えのある飛行物体を認識した。メロスはかすれにかすれた声で息巻く。

 

「しつこい奴だ。そこまで私の邪魔をしたいか」

 

「"君に"頼まれてるからね。何度でも邪魔するよ」ジャガーは高く跳び上がり、爪で切り裂きにかかる。攻撃そのものは十字架に阻まれたが、上からの強烈な衝撃はメロスのバランスを崩すには充分だった。よろめいたメロスに飛鳥の如く俊敏に襲いかかり、痛烈な正拳を見舞う。どうやら、このフォームは爪を扱わず格闘するのに向いているようだ。余談だが、野生のジャガーは「猫パンチ」で獲物を仕留めることがある。

 

 その本能的な格闘センスも味方したか。ジャガーはアナザーメロスのタックルを苦も無く受け止めつつ、破壊力抜群のストレートを何発も食らわせていた。山賊を殴り飛ばしてきた実に強靭なメロスの肉体を模した、ジャオウの装甲。正義のため、信実のため、友情のために振るわれたその力こそが、このアーマーに限界を超越した、数字では表し難いほどのパワーを与えるのだ。

 

 体をよじらせ、制限された行動の中で可能な限りの攻撃手段を講じるアナザーメロスだったが、身体の疲労には敵わず、再び足を動かせなくなった。ジャガーは仮面の向こうでそっと目を閉じ、両ウォッチのボタンを続けて押す。

 

『フィニッシュタイム!』『メロス!』

 

『太宰治作・タイムブレーク!』わけのわからぬ大きな力が、メロスに向けて彼女を引きずった。「えっ、えぇぇ~っ!?」最初こそ戸惑っていたものの、オレアーマーの時の隕石と同じようなものと考えればジャガーにも理解できる。わかってしまえば、勢いをつけるために利用するのみだ。

 

 アナザーメロスの右頬を、ジャガーは周囲一帯に鳴り響くほど音高く殴った。

 

 ゆっくりと倒れたメロスは、ジャガーを巻き込んで爆発。炎の引いた奥ではアナザーウォッチが砕け、変身の解けたジャガーの足下で、全裸体の男が横たわっている。

 

 数秒の間、ジャガーは無言で立っていた。

 

 ……でも、こうしなきゃいけない。

 

 ジャガーは潺々(せんせん)と流れる小川に急ぎ、清水を一すくいすると、起き上がる気配のないメロスの口を開いて飲ませた。ジャパリパークの時には精気を取り戻したメロスだったが、疲労困憊、まどろんでいるようにも見える。聞こえていなくてもいい。ジャガーはブランクウォッチを彼の手に握らせると、二言だけ、耳元で伝えた。

 

「――あたしは代わりには走れない。君が、セリヌンティウスを救うんだよ、メロス」

 

 タイミングを計って飛来したタイムマジーンに、持ち前の跳躍力で飛び乗り、ジャガーは《走れメロス》の世界を後にする。目蓋を細く開いたメロス(勇者)が、空に開かれたタイムトンネルの下、歩き出せるほどに疲労を恢復し、立ち上がらんとしていた。

 

 

 

 ジャガーが帰還したさばんな・じゃんぐる間のゲート前には、もう誰もいなかった。わざわざ、ここを発った時間の数分後に合わせて帰ってきたというのに。

 

「……おかしい」何となく、ジャガーが違和感を覚える。「メロスのにおいがしない」

 

 その時ひょうと吹いた強い風が、その違和感をかき消したと同時にナカヤマを何処かから呼び寄せた。

 

「全く、儀式を途中で遮るのはやめてほしいやんか……」

 

「え? あぁ、あれはその、急いでたからさ。えへへ」

 

 屈託のないジャガーの笑顔は、ジャガーの決意に満ちた晴れやかな心を正面から映していた。

 

 最高最善の王。カワウソや、TSUYOSHIや、みんなを守れるように、もっと大きな力が欲しい。

 

「キングコブラのとこ、行こうかな。おにいさんも行く?」

 

「遠慮しておきます。やらなあかんことが……」前にも聞いたような理由でナカヤマは断ると、ジャガーに見えないようににんまりと笑んだ。

 

 

 

 かくして、ジャオウはメロスの力を得た。ヒョーマジャオウへの覇道を着々と歩む彼女だったが、マーゲイに次ぐ新たな障壁が立ちはだかる――

《ジャガマニズム》の世界。赤い翼の悪魔人間、白いサイボーグ的存在、虎柄の面のトリオが、パソコンの画面に齧り付き、何かを楽しそうに待っていた。「まだかーっ!」「待てない」「あ、始まりマスク」彼らの聴き慣れたイントロが、生放送の開始を知らせる。

『見えてるかな……? 大丈夫だよね? じゃあ、始めます。どーも……! バーチャルジャガマニスト・此処――』

 配信が、突如途切れた。



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EP05 ステルス・パニック2018

 この動画によれば、顔がでかくて、首が太くて、足が短くて、ちょっとずんぐりむっくりな感じ、するフレンズ・ジャガー。彼女には魔豹にして時の王ジャ、ヒョーマジャオウとなる未来が待っていた。

 

 じゃんぐるちほーのフレンズ・キングコブラの励ましとメロスとの出会いを通して、王となる決意を固めたジャガーは、アナザーフレンズを打ち倒し、メロスの力を継承したのであった――。

 

 

 

 アナザーメロスとの戦いから一夜が明け、ジャガーはスッキリした目覚めを迎えた。イカダなら、ナカヤマが元の場所に戻しておいてくれたはず。言動は読めないし、どこからともなく現れる変わったフレンズだが、ジャガーは何故だか彼を信用できた。

 

《走れメロス》の世界から帰って来たのち、彼女はキングコブラの元を再び訪ねた。目的は、自分が為してきたことの報告である。しかしジャガーは、そこでキングコブラにかけられた労いの言葉よりも、そのさらに後で出逢った不思議なフレンズに興味を惹かれていた。

 

 

 

 彼女たちが来たのは、あと僅かで陽も落ちようかという宵であった。

 

 キングコブラへの報告と、それに付随する雑談も山場を越え、燦然と輝いていた太陽も、じりじりと地平線に吸い寄せられていく。

 

「――私も、お前と話せて楽しい。民に頼られることこそ私の、王たる者の最高の喜びだからな」

 

「また何かあったら話すよ。じゃあ、おやすみ」そう言ってジャガーが立ち上がろうとした、その時。

 

「ヘイ! ジャガーにキングコブラじゃない」威勢の良い声とともに、軍服のアニマルガールが舞い降りた。

 

「ハクトウワシ? じゃんぐるに来るなんて珍しいね」

 

 ハクトウワシ。キョウシュウエリアの至る所を飛び、自主的にフレンズ助けをして回っている正義のフレンズである。普段であれば、彼女は高山地帯や海沿いを主にパトロールしているのだが、今日は顔に何やら焦りが見える。

 

「私にはわかるぞ。何か探し物だろう?」

 

「よく分かったわね……さすがkingといったところかしら。でも正確には、friendよ」

 

 大きなため息をつくハクトウワシ。ジメジメとしたじゃんぐるちほーの気候が体に合わないのか、額には汗が垂れている。「じゃんぐるは地上が見えないから厄介なのよ。こんなにたくさんの葉っぱに覆われてちゃ、いくら私の眼でも無理ね」

 

「ところでさ」ジャガーが尋ねた。「君が探してるのは、フレンドなの? フレンズじゃなくて?」

 

「ええ。friendとfriendsは別物よ? Friendsはこのパークにいるみんなのこと、friendはその中でも自分が特に仲のいい子。私はそう思ってるわ」

 

 その言葉を聞いて、ジャガーは考えてみる。自分でいえば、カワウソだろうか? ブラックジャガーは……「姉さん」だから違うはずだ。そうなると、かばんは? そういえば、ハクトウワシは黒セルリアンとの戦いに参加していなかったっけ。海の向こうにでも飛んでいたのだろうか。

 

「めい……いや、頼みなら引き受けよう。ジャガー、手伝ってくれないか?」

 

 頼まれると断れないのはジャガーも一緒である。かばんが橋を造ろうとした時同様、いいよ、と笑顔で応えた。もっともキングコブラの場合は、また別な気もするが……。

 

 

 

 ハクトウワシ曰く、日が沈む前に山の麓で待ち合わせ、夜の散歩をする約束だったのだが、彼女はやって来なかったらしい。キングコブラとジャガーは地上から、ハクトウワシは空から、それぞれ手分けして探すことにした。

 

 今分かっている彼女の特徴は3つ。

 

 翠色の髪。

 

 隠れた左目。

 

 手に持った、先に行くにつれて広がる筒。

 

「……わからん」夜行性のジャガーといえども、この時間に人捜しはしたことがない。昼間に激しく動いたこともあり、疲れからか目がしょぼしょぼする。大きい川の水面に反射した月の形も、はっきりと見えない。

 

 先刻、茂みの奥の奥から聞こえてきた叫びも気になる。フレンズの声ではなさそうだったが、そうだとするとかえって心配だ。

 

 もうお手上げかと思ったその瞬間、轟音を響かせハクトウワシが急降下してきた。

 

「びっくりした……」

 

「ごめんなさいね? サンキュー、見つかったわ」そう言うや否や、彼女はジャガーを抱えて羽ばたく。

 

 細く目を開いたジャガーが見たのは、彼女が見たことのない世界。

 

「うわぁぁ……」自然と声が出ていた。普段フレンズたちが上って眠る木々よりさらに上、じゃんぐるちほーの全景が、鮮明に彼女の瞳に映っていた。

 

 ハクトウワシがにこっと笑う。「この景色、初めてかしら? ふふっ」雲ひとつない空に、瞬く星の無数。「昼と夜の間のこの時間が、一番キレイなのよ」

 

 ジャガーは、ただ星空を見上げていた。その間に、ゆっくり、ゆっくりとハクトウワシが彼女を麓まで運ぶ。

 

 連れて行かれた先には、既にキングコブラと知らないフレンズがいた。

 

「2人とも、サンキュー! 紹介するわね、私のfriendよ」

 

 彼女は、手にした薄緑の筒――メガホンを通して声を発した。「初めまして……い、イルミナティといいます。ルミナとよ、呼んでください……」

 

 声を増幅させるメガホンを用いてようやく、彼女の声は人並みの音量で聞こえる。

 

「ほう、活動的なハクトウワシと物静かなイルミナティか。正反対の組み合わせだな」

 

「意外かしら? この間さばくで会ってから、不思議と気が合っちゃって」

 

 今まで会ったことのない見た目のフレンズ。メガホンに刻まれた単眼の文様は、セルリアンの眼のようにも見える。正面から眺めると、髪型も、“毛皮”も、三角形を強く意識しているように思われた。

 

「あ、あの、さっきの声、聞こえました、か?」

 

「Of course! でも夜はやめた方がいいかも。セルリアンが寄って来るかもしれないわ」

 

「声って?」

 

 ジャガーには若干思い当たる節があった。それはキングコブラも同じだったようで、

 

「当ててみせよう。先の轟音、だな?」

 

「そうですけど、ひ、ひどいですよ、轟音だなんて。爆音と言ってください」

 

 彼女の反応はさておき、予想は的中した。「えっ、あんな声出せるの!?」

 

「はじめは私もびっくりしたわよ。でも、声って感じしないわよね」ジャガーのヒト側の耳に、ひそひそとハクトウワシが囁く。彼女に聞こえるとまずいのだろうか。

 

 そこに、「やぁ、我が魔王」樹上から声。

 

「ど、どこ!? 誰なの!?」ハクトウワシが大袈裟に辺りを見回す。この反応が彼女の素であり、断じて演技ではないという。

 

「あぁ、おにいさんか。って、何でそこにいるの?」

 

 木を静かに降りたナカヤマは彼女の問いをスルーし、爆音を放てるフレンズ――ルミナの方を見た。「ほう……」気持ち悪いほどいつもと変わらない笑顔でジャガーに向き直る。

 

「ジャガー、そのフレンズを知っているのか?」キングコブラは彼を疑っているようにも見える。登場の仕方が奇妙なのだ、無理もあるまい。

 

 気にしないで、彼女にはそう言っておいたが、どうやら命令と受け取られたらしく、「なら、仕方ないな……」と素直に引き下がってくれた。

 

 ナカヤマと彼女を、積極的に関わらせてはならない。そうジャガーは感じていた。

 

 詮索されると面倒なことになるのもある。だがそれ以上に、魔王の話を自ら彼女にしておきながら、キングコブラに危険が及ぶのを避けたいと考えたのだ。身勝手なのかもしれないが、アナザーフレンズという脅威に触れるのは、あたしだけで良いのだから。他の子を巻き込むのは、違うと思ったから。

 

 その思考がジャガーの表情にも反映されてしまったらしい。張り詰めて止まってしまった場の流れを、「……あ、じゃあ私たちはそろそろ行くわね」ハクトウワシがどうにか再開させ、昨日の夜は更けていったのだった。

 

 

 

 ルミナ。「イルミナティ」のフレンズ。

 

 一通り思い返すと、ますます謎が膨らんでくる。

 

 あの声は、タイリクオオカミの遠吠えとはスケールが違った。セルリアンの咆哮にさえ聞こえる。

 

 そして何より、あの風貌。初めてかばんを目にした時も、その不思議な見た目に十数秒間釘付けになったものだが、それと同じくらい興味をそそられる。

 

 ナカヤマに戻しておいてもらったイカダと、ジャガーは再会した。彼を信用して良かった。無償のボランティアではあるが、このイカダはいわば商売道具。ジャガーが最も大切にしているモノのひとつだ。

 

「よし、今日もひと泳ぎしよっかな」

 

 かつての橋の残骸であるイカダを、ジャガーはその強靭な腕で曳く。1日の休業を挟み、川渡しの復活である。

 

 大きい川の岸辺には、のんびりと日向ぼっこをしているアカミミガメ、木の枝に寄りかかって寝転がるオセロット、顔の上半分だけを水面に出しているゴルゴプスカバなど、沢山のフレンズが。かばんと協力して架け直したアンイン橋も通る。川を遡る間に見られるこの光景も、ジャガーの好きな景色だった。

 

 ジャガー、と彼女を呼ぶ声。

 

「ミナミコアリクイか。……どうしたの、そんな顔して?」

 

「心配してたんだよぉ! 毎日この辺を通ってるのに、昨日は来なかったから……無事でよかったぁ!」

 

 あたしを、待っていてくれた子がいる。

 

 必要とされることの喜びを、ジャガーは改めて実感した。キングコブラの言葉が回想される。

 

 民に頼られることこそ、王たる者の喜び。

 

「ふふっ。ありがとう、ミナミコアリクイ!」

 

 続いて通る滑り台では、毎日のようにコツメカワウソが楽しそうに遊んでいる。毎日滑っていて飽きないのだろうかとも思いながら、ジャガーはその横を通り過ぎた。

 

 

 

 川渡し・朝の部はこれにて終了。大きい川の水源の高山、その程近くまで泳いでから、ジャガーは昼まで休憩する。そして、午後の部に向けてお腹を満たすのだ。

 

 この時間帯に、いつもボスがジャパリまんを運んできてくれるのはわかっている。ボスの方も、きっと「最近よく来るなぁ」なんて思っていたりするのだろう、とジャガーは勝手に想像する。アニマルガールは、食事の時間を明確には定めていないことが多いため、ジャガーのこうした行動は稀有な例かもしれない。

 

 さて、ジャパリまんを2つ食べ終わり、少しばかり眠くなってきたジャガー。悠々と昼寝でもしようかと、顔を地べたにくっつけた。

 

 その時、彼女の耳がぴくりと動く。川の下流側から、大地を揺るがし、何かが迫っている。

 

 他者の存在を敏感に感知すること。フレンズになって、川渡しを始めたために磨かれた、本能に上乗せされた感性とでもいえようか。セルリアンの足音とは違う、連続した振動を、ジャガーの4つの耳がしっかりと捉えていた。

 

 迫っていた存在が近づく。それを視認したジャガーは、

 

「……また君か」

 

 ジャングルを無理矢理走り抜けてきたスタッフカー型タイムマジーン。颯爽と飛び降りたマーゲイが、片膝と両手をつき、ジャガーを睨んだ。木と木の隙間、丁度良い空間に、タイムマジーンはひとりでに駐車する。

 

 マーゲイは、先の会戦の時よりも、幾分かマイルドな語り口で話し出した。

 

「今日はあなたに提案がある。持っているウォッチを、全部渡して」

 

「悪いけど、お断りするよ」いきなりの事に戸惑いつつも、ジャガーははっきり即答する。「このウォッチはみんなから預かってるんだ。勝手に渡すなんて」

 

「思った通りね。何かある度にみんな、みんな、って。あの魔王になるんだもの、当然といえばそうかもしれない」

 

 ウォッチを2つ取り出すマーゲイ。「そう言うなら、力ずくでも奪うわ。私はいつだってそうしてきた」『マーゲイツ!』『大沢たかお!』

 

「……同じ見た目でも、やっぱりマーゲイとは違うね、君」あたしの知ってるマーゲイは、自分の“好き”に全力で、まっすぐで。「君が今やってることは、セルリアンと同じだよ」『ジャオウ!』『メロス!』

 

 

 

「変身」「変身!」

 

 

 

『アーマータイム!』双方の電子音声が、完全に重なり合った。

 

『たかお!』『「走れ!」メロス!』2人の後方からそれぞれに飛び出した文字が、上空で火花を散らしてぶつかる。

 

 マーゲイツ・たかおアーマーの脚部に、車輪が装着された。「はぁぁっ!」闇夜を――今は昼間だが――駆け抜ける特急の如く、マーゲイが疾走する。

 

 しかし、ジャオウ・メロスアーマーも負けてはいない。何故なら、「沈みゆく太陽の十倍も早く走る」メロスの脚力を再現しているからである。こちらの得手は、地面を蹴るパワー。小回りは効かないものの、スピードならば申し分ない。

 

 急ブレーキ・急加速を繰り返して往復するマーゲイと、俊敏な切り返しで応戦するジャガー。高速で移動する彼らの戦いを、並のフレンズは目視出来なくなっていた。しかしながら、速度が上乗せされたはずの拳は、双方をよろめかせる決定打には至らない。何度も、何度も、衝撃波を放ちながら2人のパンチが衝突する。

 

 先に疲労に襲われたのはジャガーだった。己の脚を動かしていた分、走る行為自体にエネルギーを消費していないマーゲイに差を付けられたのだ。ほんの少しだけ彼女のスピードに順応できなくなったその「ラグ」を逃さず、マーゲイが突き刺す一撃を見舞う。

 

「ぐあっ!?」突き飛ばされ、地を転がるジャガー。その間に、マーゲイはジカンザックスを出し、さらなる攻勢を掛けんと迫った。だが、地面に身を投げてからがメロスの本領である。もとよりメロスは長距離を走破したフレンズ。同じ「速さ」という言葉で括られても、彼の得意は持久戦だ。

 

 ジャガーは負けじとジカンギレードを出現させる。空いた左手には、何処からか棍棒が姿を現した。そう、メロスが山賊から奪い取って振るった、あの棍棒なのである。右手に収まった剣と、左手に握られた棍棒の二刀(?)流。

 

 振り下ろされた斧を刀身で受け止め、懐に素早く入り込む。体当たりでマーゲイを僅か後退させると瞬時に、棍棒で外側から腰に一撃。怯む隙にジカンザックスを弾き飛ばし、狼狽するマーゲイに斬撃を食らわせた。

 

 マーゲイは「……まだだ!」とハイゴッグウォッチを起動し、ベルトに挿す。

 

「ウォッチは渡さないよ。奪わせもしない」『フィニッシュタイム!』棍棒を放り出し、ジカンギレードを両手で握って必殺技の構えを取る。

 

 ――その時。両者が、何かのエンジン音を聞き取った。後ろ。「……!」振り向いたマーゲイが視たのは、自身のタイムマジーンが再起動する様子だった。

 

 ジャガーは本能的に、マーゲイがこれで自分を始末しようとしていると認識する。しかし、マーゲイの反応は予想とは異なっていた。

 

「ッ、何で? どうして動いてるの?」

 

「マーゲイ? 君が“起こした”んでしょ?」

 

 仮面越しにも、彼女の焦りは見て取れた。「違う! 私は起動してない。勝手に――」

 

 マーゲイの言葉は、タイヤの空転する音にかき消された。タイムマジーンのヘッドライトが、眩しく2人を照らす。一直線に、ジャガーに向かってくるスタッフカー。その時速は、セルリアンの触手を優に上回っていた。

 

 けれども、超高速戦闘をついさっきまで行っていたジャガーには、見切るのは容易い。左にさっと回避する。

 

 暴走スタッフカーはドリフトして急停車。前照灯がジャガーを睨み付ける。直後、車のパーツが組み替えられてゆき、タイムマジーンは人型に変形した。

 

「ねえマーゲイ、どうなってるの!?」隕石のごとく落ちてくる連続パンチをかわしつつ、ジャガーが尋ねる。

 

『アーマータイム! ハイゴッグ!』マーゲイはハイゴッグアーマーを装着し、己が機体に向けて飛翔した。「変形機能は元々だけど……でも私は何もしてない!」その言葉は、どうやら真実のようだ。マーゲイの機体であるタイムマジーンが、主人にまで手をかけようとするはずが無い。飛び回るハイゴッグアーマーを、乱暴に腕を振るって叩き落とそうとしているのだ。

 

 この時のジャガーは、タイムマジーンの変形を初めて目にしたためわからなかったが、タイムマジーンは人型になると、顔にあたる部分にライドウォッチが浮かび上がる。そのウォッチの見た目は、搭乗しているライダーのフォームと対応している。茂った葉に視界を少々遮られていたが、マーゲイはどうにかその「顔」を判別することに成功した。

 

 悪意に満ち満ちた色をした、蓋が回転しない形状のウォッチ。

 

「……ッ、まさか!」

 

 暴走した理由がはっきりした今、自機に攻撃を加えるのを躊躇う余地はない。タイムマジーンの装甲の堅牢さは十二分に理解している。ならば、狙うべきは――。

 

「はっ!」薙ぎ払うように振り回される腕から一旦距離を取り、アーマー胸部からミサイルを乱れ撃ち。どれかが命中すれば、今はそれでいい。

 

「じゃあ、あたしも!」『アーマータイム! 「オレもそう思います」オレ!』仮面ライダージャオウ・オレアーマーにアーマータイム。内包された、オレの放つ赤色ビームのデータを利用し、ジカンギレード・ジュウモードの威力を増強する。この機能は初めて使うが、アーマーを初めて装着した時に能力は全てインプットされ、フルスペックを発揮できるようになっているため安心だ。ビームガンに変化したことで、熱エネルギーによるダメージが付加されている。そのため、表層装甲を僅か融解させることは可能だった。

 

 一方のマーゲイは岸に降り立った。ジャガーの援護に驚きつつ、複眼部表示で照準を慎重に合わせる。先の掃射は威嚇に過ぎない。本命は、腕から放つビーム砲である。

 

『フィニッシュタイム!』『ハイゴッグ!』

 

 私は、今のまま進んだ未来に帰る気はない。

 

 この「今」で、魔王を倒して未来を変える。そのためなら、たとえ自分のタイムマジーンといえども、犠牲は厭わない。ヒョーマジャオウが生んだ死に比べれば、この犠牲など微々たるものに過ぎないのだ。――私が正しい選択さえすれば。

 

『ビームカノン・タイムバースト!』目を見開いて放った渾身の1発は、タイムマジーンの腰ジョイントを精密に撃ち抜いた。どしん、と倒れ込んだ機体が砂煙を巻き上げる。頭部のウォッチは消え去り、ただ巨大な人型が残るのみ。砂塵の奥に、何やら人影が見えたようにも思われた。

 

 変身を解除し、身を横たえた機体に近づくマーゲイ。

 

「マーゲイ……」

 

「……腰を撃ったから、もう起き上がれないわね」

 

 頭部に浮かび上がっていた、あのウォッチ。マーゲイが以前、LB-Archiveを検索した際に見たことがある顔が映っていた。

 

「ジャオウ」

 

「えっ、あたしのこと?」

 

「不本意だけど……私に協力してもらえない?」

 

 そう。不本意なのだ。この交渉が成立し、無事計画が成功を収めれば、マーゲイのもとに無傷のタイムマジーンが戻ってくるはず。しかし、ジャガーはまた一歩魔王に近づくことになるのである。

 

 不利益な未来へ歯車を進めてでも、取り戻さねばならない。魔王なき未来への道標を。

 

 しばし考えたジャガーの答えは、もちろん

 

「いいよ!」であった。

 

 そこに、1体のラッキービーストが歩いてきた。液晶に、何かが表示されている。珍しいことだ。

 

 ノイズが入ったのち、ラッキービーストは“話しかけてきた”。

 

『マーゲイ、私はLB-Assistです。緊急事態発生のため、付近のⅠ型機にデータを一時的に移行しています』

 

 ボスが喋るのを見るのは、久しぶりだった。しかし、あの時の声とは違う気がする。そもそも、ボスはフレンズとは話さないのではなかったか?

 

「まさに奇跡ね……そうだ、状況の説明をお願い」

 

『了解。5分前のスリープ開始時、プログラムに不明なエラーを確認しました。外部ネットワークからの侵入と考えられます。現在、機体の破壊に伴って中央システムがダウンしており、無効化は成功しているとみられます』

 

「ありがとう。でも、まだ無力化できてない」

 

 ジャガーがポカンとしている中、マーゲイは多少噛み砕いた補足を始めた。

 

「あれは恐らく……アナザーわかり」

 

 アナザーフレンズが、タイムマジーンを乗っ取ったということ。これまでと全く違うパターンだ。ジャガーは、わからないなりに理解を試みる。

 

「アーカイブのデータと似ていたから、多分合ってるはず。仮に正しいとすれば、ヤツは逃げてるでしょうね。なら、私たちがやるべきことは1つ」

 

「本物を見つけて倒すこと、だね?」

 

 マーゲイが、メガネの位置を細かく直してから頷く。

 

「そう。アナザーわかりの力の基になった外部存在は、ジャガーに強く影響を受けているらしいわ。そのうち、また寄ってくると思ってるけど」

 

「わかった。じゃあ、その子からウォッチを預かればいいってことだよね」

 

 マーゲイの4つの耳は、ジャガーの何気ない一言を聞き逃さなかった。「その子から預かる」。アナザーフレンズを「その子」などと呼ぶわけがない。つまり、彼女はアナザーフレンズから力を奪うのではなく、その力の原点から奪い取るのだ。

 

 彼女の誤った認識が、今ここに正された。

 

「――そうね。それぞれ分かれて探しましょう。アナザーの方もそうじゃない方も、どっちかを見つけたら知らせ合う。これでどう?」

 

 

 

 マーゲイの提案を受け入れたジャガーは、川渡し・午後の部のついでに川岸を見て回ったが、それらしい姿を見つけることはかなわなかった。

 

 アナザーわかり。黒い布で身体を覆ったアナザーフレンズ。顔の半分以上が前髪で隠れているという。

 

 メロスの時は直感が見事に働いてくれた。けれども、今回はそう上手くはいかなかった。気づけば、太陽はとっくに沈んで夜になっている。

 

「今日は、もう無理かな……」こういう時に限って、ナカヤマは姿を見せない。呼べばいいのだろうが、呼んだところで来るのかはわからない。彼の行動はいつだって定まらないので、わかろうとすることさえ不可能であろう。ジャガーはある意味割り切っていた。この時間に呼びつけるのも迷惑な感じがするし、今日のところは独力で探す。

 

 2日連続の人探しというのも、楽なものではない。

 

 そう感じていた矢先、大きい川からもだいぶ離れた茂みの中に、1人のフレンズ――いや、男が立っていた。

 

 黒服に身を包んでこそいるが、前髪が長いわけではない。アニマルガールには基本的に存在しない、壮年の男といった出で立ち。

 

「キミが、亜米利加豹(ジャガー)の娘か?」男は尋ねた。

 

「えっ? まぁ、あたしはジャガーだけど……何? あたしに用?」

 

 男はしばらく黙り込んでいたが、口を開く。「用では無い。助言だ」

 

「キミは、昼からこの一帯に居たな。飢えた獣がオアシスを求めるかの如く」男は続ける。

 

「見てたの……?」

 

 その問いに、男は感情の乗っていない声で答えた。「はい」

 

 きもちわるい。彼女はそう思ったが、念のため訊いてみることにした。

 

「き、君もフレンズなの? あのさ、この辺で両目が隠れた子、見なかった?」

 

「キミ、勘違いするな。私はタイムジャッガーだぞ。フレンズじゃない」

 

「……!」ジャガーは無意識に腰を低くする。

 

「その者ならば知っている。私がアレを“始めた”のだ」

 

 彼の回りくどい物言いを、理解しようとジャガーは努めた。「君がアナザーわかりを?」

 

「はい」またも男は無表情で応える。それどころか彼の顔面は、表情筋がないと言われても信じてしまいそうなほど、全く動かない。

 

「では、助言をしよう。アレを討つことは、キミには不可能だ」

 

「……全然助からないんだけど」

 

「何故なら、この次元からはアレに干渉できないからである。合言葉は、『越境可能』」

 

 男はそれだけ言って、後ずさりをした。




イルミナティのフレンズは、himita氏のデザインを元にさせていただいてます。


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