艦隊の偶像(アイドル)那珂ちゃんだよー……? (艦隊のアイドル)
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那珂ちゃん様、降臨する

「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー☆ よっろしくー!」

 

 建造ドックから現れた川内型軽巡洋艦三番艦、那珂はいつものようにスマイルを振り撒きながらお決まりの口上を述べた。

 眼前では何やら大淀と長門が自身を見つめたまま硬直している。那珂は内心で首を傾げた。

 

(大型建造で出てきちゃったとかかなー? 2-4-11コースですか?)

 

 ふむ、今回もお約束である解体芸を披露してお役御免だろうか。

 

(燃料弾薬回収ルートだけは勘弁して欲しいかなー?)

 

 呑気にそんな事を考えていたが、しかしこの空気はどうも大型建造大爆死とは違う気がする。大量の資源をぶち込んで出てきた自分が口上を告げた時の悲壮感とか怨念とかが感じられない。はて。

 

「な……那珂さん!? 本当にあの那珂さんですか!?」

「どの那珂さんか知らないけど、那珂ちゃんは那珂ちゃんだよー?」

 

 大淀に返答しつつまたも那珂は内心で首を傾げる。今まで見たことのない反応だ。普通に歓迎される場合を除けば、大抵は自身の顔を見た途端に凄まじく落胆されるか、怒声が響くか、無言で解体場に直行させられるかのどれかなのだが。

 

「「き」」「き?」

「「きたーーーーー!!」」

「ふぁ!?」

 

 突如として大淀と長門がガッツポーズの後にハイタッチをして盛大に喜び合う。那珂はこの反応は知っている。即ち、ずっと欲しかった艦娘を建造で引き当てた者たちの反応だ。それを見てますます那珂は困惑する。

 

 何しろ自分は軽巡艦の中でも特に手に入りやすいコモン艦だ。「解体したい艦娘ランキング」と「改修素材にしたい艦娘ランキング」で両方殿堂入りするような、建造でもドロップでも呆れるほど出てくる、まるで海で自生する海藻の如きタフネスを備えた軽巡。それが那珂という艦娘だ。

 

(それなりに大きい鎮守府(じむしょ)っぽいから、てっきり()()()だと思ってたんだけどなー?)

 

 中堅以上の鎮守府に着任すればその扱いは大抵がデイリー用解体艦か近代化改修素材かの二択だというのに、はてさてこの反応、一体どういうことか。

 

「こうしてはおれん、皆に知らせてこなくては! 彼女を頼むぞ大淀」

「はい、長門さん」

 

 そう言って足早に部屋を出ていく長門だが慌てているのか何度か転びかけている。一方の大淀も、自分の方をチラチラと見ては身体をソワソワと動かして落ち着かない様子だ。何だろうか、これは。まるで憧れのアイドルを目の前にしたファンのような態度だ。

 

「ねー、よどっち?」

「よ、よどっち!? あ、いえ、なんでしょうか那珂さん」

「ながもんのあの慌てぶりはなんなのかなー? どよっちも落ち着かないみたいだし」

「そうですね……那珂さん、聞いてくれますか」

 

 どうやら大淀が何やら語ってくれるらしいので那珂はそれを聞く事にした。

 

「当鎮守府は稼動して一年近くになります。稼動当初から優秀な戦果を挙げ、轟沈した艦娘は一隻も無く、既に艦娘もほとんどが揃っています」

「へー。優秀な鎮守府なんだねー!」

「はい! しかし、そんなこの鎮守府にも、一隻だけ、どうしても来ない艦娘がいました」

 

 ああ、そういうのあるある。妙な穴にでも嵌まったのか欲しいものに限って何やっても手に入らないのだ。あれ大変だよねぇ。

 

「その艦娘とは──」

 

(大和さんかな? むーちゃん(武蔵)? いや、ビスマルクちゃんかも)

 

「川内型軽巡洋艦三番艦です」

「へー、川内型軽巡洋艦三番艦さん……へ?」

 

 聞き間違いだろうか。今、自分のものと全く同じ肩書きが聞こえたような。

 

「そう──那珂さん、あなたこそが我が鎮守府にどうしても来なかった艦娘なんです」

「なんでぇ!?」

 

 聞き間違いではなかったらしい。稼動して一年近くにもなるこの鎮守府がどうしても手に入れられずにいた艦娘とは自分の事らしい。

 いやいや、そんな馬鹿な。先も言ったが自分は建造・ドロップ問わずやたらと出てくる事で有名だ。稼動して一年経っているというなら、むしろ三桁ぐらい解体されていてもおかしくないはず。それがずっと手に入らなかったとはどういうことか。

 

「無論、なんとかしてお迎えしようとこの鎮守府も奮闘していました。海域に行っては不眠不休でドロップを狙い、建造に資源を注ぎ込んでは、空振りして枯渇させる日々」

「えーと、大和さんとかの話かな?」

「いえ、那珂さんです。というか大和さんはうちに三隻います」

「さいですか」

 

 どうやら本当に自分の話らしい。というか自分は最低値レシピでも建造可能なはずだが、それで資源を枯渇させるっていったい何回まわしたらそうなるのだ。

 

「これがただの艦娘なら諦めも着くでしょう。しかし那珂さん、あなたは艦娘の中でも特別でした」

「あー……第三艦隊?」

「そう! そうなんです!」

 

 だんだん興奮してきたのか、大淀が身振りを大きくし始める。

 

「『川内型三姉妹を出撃させよ』それこそが第三艦隊結成の許可が大本営から降りる条件です。つまり! 那珂さんをお迎えするのは我が鎮守府が大本営から一人前と認められる為の絶対条件だったんです!」

 

 そりゃあ歯痒かっただろう。大和を三隻も運用しているだけの実力があるというのに、那珂が手に入らないという理由だけで大本営から認められなかったのだから。

 

「一時はもう永久に来ないのではないかと諦めかけていました。しかし、那珂さんは来てくれました。これで……これでようやく我が鎮守府は本当のスタートラインに立てる気がします」

「よどっち……」

 

 大淀の独白を聞き、那珂はドンと自身の胸を叩いた。

 

「わかりました。そういうことなら那珂ちゃん、鎮守府の為に全力でいかせてもらいます!」

「那珂さん……ありがとうございます!」

 

 感極まったのか、大淀が目を潤ませながら那珂の手を握った。そうこうしているうちに、外から大きな足音が聞こえてきた。

 

「長門さんが戻ってきたみたいですね。みんなも一緒でしょうから、那珂さん、是非顔を見せてあげて下さい」

「オッケーです☆」

 

 大淀に言われるがまま、那珂は部屋を飛び出し、周囲の確認よりも先に言葉を発した。

 

「みんなー! 歓迎ありがとー!! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー☆ よっろしくー!」

 

 そして言い終えてから始めて回りを見た。そこには──軽く100はいるだろう艦娘たちがひしめきあっていた。

 

(ふぁ!?)

 

 内心驚くが、表情は笑顔のまま崩さない。辺りを見回すと、どうやら鎮守府のほとんどの艦娘が集まっているらしい。なるほど確かに、大和に武蔵、ビスマルクやガングートまでいる。

 ふと、この艦娘たちを連れてきた長門と目が合った。

 

「皆、聞いたな! 彼女こそが艦隊のアイドルにして──」

 

 おお、覇気がすごい。さすがは戦艦、歴戦の風格だなとうんうんと内心で頷く。

 

「──我が鎮守府の救世主(メシア)、那珂ちゃん様だ!」

「ふぁ!?」

 

 待て。自分はアイドルであって救世主(メシア)になった覚えはない。あと那珂ちゃん様ってなんだ。那珂がそう言う間もなく、長門の言葉を聞いた艦娘たちが熱狂する。

 と、那珂の傍に見慣れた艦娘がやってきた。

 

「那珂……! ようやく、ようやく会えたわね……!」

「那珂ちゃん……どれほどこの日を待ちわびたでしょうか」

「川内ちゃん、神通ちゃん」

 

 自身の姉妹である川内型の二人が那珂に喜びを溢れさせながら話しかけてきた。

 

「見て、那珂ちゃん。みんな貴女に会える日を夢見ていたのよ」

「これだけの艦娘が、那珂を求めてたのよ。すごいでしょう?」

「うん! 那珂ちゃん、アイドル冥利に尽きるよ!」

 

 笑顔で姉たちにそう返答しながら、しかし那珂は内心で叫んだ。

 

(なんか違くないかな!?)

 

 確かに大衆を熱狂させるのはアイドルの役目だが──この熱狂はなんか違う気がする。

 どちらかというとこれは──そう、絶対視する偶像(アイドル)から声をかけられた事による熱狂──即ち、狂信である。

 

(那珂ちゃん、大変な鎮守府に来ちゃったよ!?)

 

 熱狂する艦娘たちに笑顔を振り撒きながら、那珂は内心で頭を抱えるのであった。



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