ハードモードなリリなの転生モノ(旧代:リリなのテンプレ転生モノ) (振り米)
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1話

 深く、深く目を瞑る。

 

 瞼の裏に鮮明に映るモノは、脳裏に焼き付いた自分の死の直前の映像。

 

 なんてことはない。

 何処にでもあり、誰にでも起こりうる、変哲のない事故死。いつものように、つまらない日常を歩いている時であった。

 何処からともなく聞こえてくる他人事のような悲鳴と、遅れてくる衝撃。

 信号無視をした車に跳ね飛ばされた。

 こうして俺は一瞬でお陀仏となった。

 

 ──はずなのに、現在、どうしてかこのようにして思考を続けられる程度に意識ははっきりしている。意識は失っていると言うのにだ。まったく訳がわからない。

 なんというか、まあ、不幸中の幸いというべきか、死へと移行する束の間に思考する時間だけをこのように得たのだ。

 果たしてここは天国や地獄なのか。どちらにせよ生前に聞いていたものとは全く程遠いな、とどうでもいいことを折角の死亡猶予時間に考える。とはいえ、それもそうだろう。天国も地獄も、死んだことのない生きている人間が勝手に生み出したものなのだから。

 ──そんな下らない思考をする中で、ようやく客観的に見て自分が死んだことを理解する。

 そうか、これが死というものなのか。つまり俺は死んだのか。

 

 後悔はしないつもりでいた。たとえいつ死んでもいいようにと考えているつもりではあった。しかし、いざ死ぬとなると、どうも冷静にはなれないものだ。

 そして、次に来るのは後悔や嘆きの嵐。

 どうして俺が死んだのか、どうして俺が死なねばならなかったのか、どうして、どうして。

 様々な“Why”が気泡のように出現と消滅を繰り返し、頭の中で反芻する。そうして無意味にも見える文字列が頭を必死に刺激する。しかし、ぼやけていく頭では段々とその意味も理解できなくなっていく。

 死というのはこういうものなのだろうか。

 薄れ行く意識の中、もう殆ど思考などできなくなってきた。しかし、最後に、一つだけ理解できた。

 俺という概念はもう根本的に消滅するのだろう。

 

 ああ、何でもいい。

 願うなら、次の人生は、こんな中途半端な死に方をしない程度に、幸せな人生を送りたい──

 

 

 

 ──さて、そう願ったからだろうか。

 あいにく神様など信じていないが、神様からのプレゼントなのだろうか。それとも仏陀が語ったことが真実であったのだろうか。はたまた前の人生はただの前座であったのか。

 答えは知らない。

 知らないが、一つ言える事はある。

 

 俺、大神一縒(いっさ)は新しい生をこの大地に授かったのだ。

 

 ○ ○ ○

 

 おぎゃあおぎゃあと泣いたことに対して、何が悲しくて泣いているのかと疑問に思ったこと以外、生まれた直後の記憶は無い。だが、ぼんやりとした意識の中で「自分が新しく生まれ変わった」と言う事実だけは漠然と理解できた。仏教信者では無いが、輪廻転生の輪にでも組み込まれたのかと思う。それ以外に考え当たる節がない。

 と、こんな考えを持っていたのも幼稚園に入学する直後までであった。

 生まれ変わった、と言う俺の予想は半分正解で半分外れだ。正解としては──

 

「どうした、一縒。緊張してるのか」

 

「うん、ちょっとだけ」

 

「それもそうか。何せ、今日から小学生だもんな」

 

「うんっ」

 

 この世界は、元々俺がいた世界とは別物なのだ。

 今日から俺が通う小学校の名前は聖祥大付属小学校。知る人ぞ知るこの学校の名前は、そう、某魔法少女アニメ、『魔法少女リリカルなのは』の舞台に他ならないのだ。

 つまり、なにが言いたいかと言うと──

 

「転生者……ねぇ」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「ううん、なにも」

 

 あろうことかコテコテのテンプレートな何かに巻き込まれてしまったと言う訳だ。

 右隣にいるのは、俺にとっては二人目となる父親、大神淳一。外資系企業に勤めるバリバリのエリートサラリーマンだ。普段は忙しく、中々家にいる機会はないが、行事ごとや祝い事などは欠かさずに参加してくれるような、理想的な父親だ。

 

「カメラのバッテリーはへーきなの?」

 

 そう言いながら後ろでそわそわしているのはこれまた俺にとっては二人目の母親となる大神美代。こちらは元バリバリのキャリアウーマン。現在は専業主婦をやっている。曰く「優良物件のダンナ捕まえて、昔からの夢だったお嫁さんを全うしている」だそうだ。

 ここまで聞いて分かるであろうが、そこそこ栄えた町のそこそこ広い一軒家で、尚且つ子供に私立小学校を通わせられるくらいには裕福な家庭である。

 

「大丈夫大丈夫、予備のバッテリーも用意してあるしな」

 

 後ろを向いた父は笑顔でサムズアップを決める。

 

「さすがあなたね」

 

 それに合わせて母親もキメ顔でサムズアップ。

 見ての通り、今でもラブラブである。

 ……そもそも入学式にそこまでの準備は必要だろうか。

 まあ、親心というものはそういうものなのだろう。俺にはまだ分からない。生前(転生前)からの合算した数え年で言うと、俺の年齢は20代後半ではあるのだが、思考構造などはわりと肉体年齢に引っ張られている気がする。

 年代と言えば、こちらの世界は生前の世界よりも10年近く前であろう。何故なら、ガラケーが主流だからだ。

 下手に未来の話では無くてよかった。最悪ついていけない可能性もあるのだから。

 

「でも、一縒も本当に大きくなったわね」

 

「本当に、そうだな」

 

 わしゃわしゃと頭の上に手を置く父親。

 ──少しだけ、胸に罪悪感が走る。

 もちろん、悪い事をしたわけでは無いのだが、心の中で二人目の親と考えてしまっている自分がいる。もちろんそれは紛う事なき事実ではあるのだが、彼等にとって俺は唯一の子供であるということもまた紛う事なき事実であり、その二つの事実の距離感に負い目のようなものを感じているというわけだ。

 だが、その借りは真面目に生きる事で返すつもりだ。この二人が自慢できるような、立派な息子にだ。

 幸い、生前から割と努力家であり、元から県内トップの国立大学には入れる程度の頭は持っている。そして知識のアドバンテージもあるのだし、慢心さえしなければ、国内トップレベルの大学にも受かるだろう。本来であれば、それほど二週目の人生というものは有利であるのだから。

 

 とまあ、自慢話は置いておいてだ。

 最も肝心な部分は、転生されたこの世界、魔法少女リリカルなのはの世界でどう生きるか、と言う事なのだが。

 小学校に入学するまでの数年間も考える時間はあったのだ。答えは出ている。

 物語のストーリーに関わる、例えば魔法関連であったりなどは、原則的には接触をしないつもりだ。ひょんな行動から原作の流れがずれてしまったら、もともとハッピーエンドに向かう物語のはずなのに俺のせいでバッドエンドにでもなったら、たまったものではない。

 次に、原作キャラとの接触についてなのだが、これはしても良いと考えている。折角こちらの世界に来たのだから、魔法関連以外でなら、クラスの友人としてなら接触くらいはしても良いだろう。寧ろ、避けるような事をすれば逆に怪しまれたり、マイナスファクターに成りかねない。

 まとめると、原作の流れには不介入、それ以外なら接触OKという事だ。

 ──つまり、自然に、普通に生活をするという事。

 そもそも普通に生きていれば一生の間、魔法とは無縁でいられよう。魔法との接触など、この世界にいる限りでは天文学的な数字の話だ。

 そして、これを徹底すれば物語に異常をきたす事はないだろう。

 

「よし、それじゃあ行くか」

 

「うんっ」

 

 ドアを開ければ、光り輝く小学校生活の始まりであり、また、光り輝くこの物語の始まりである。

 

 ○ ○ ○

 

 それからは、なんの変哲のない日々を送った。果たして二度目の小学校生活が「変哲のない」と修飾していいものなのかは知らないが。

 主要人物、例えば高町なのはや月村すずかなどとは普通のクラスメイトとして十二分に交流は持っている。尤も、一緒に遊んだりする仲では無く、会話程度ならする、仲がいい部類に入る、その程度の関係だ。

 ただアリサだけに関しては先述の2人よりも、深い関係にある。理由としては簡単で、勉強などにおいて張り合いのある相手であり、一方的にライバル視をされているのだ。一方的にというのも当然で、こちらも対抗心をあらわにするだなんて大人気ない真似は流石にできないからだ。

 ──まあこちらから手を抜く気はまったくもって無いが。

 

 そして現在は小学3年生の春。

 俺の記憶が正しければ、おそらく今年が、『魔法少女リリカルなのは』の開始する年、であろう。

 

 前述の通り、俺は物語に関わるつもりはさらさら無い。

 故に、この一年間が勝負の年になるだろう。無印とA's。その2つがこの一年の間で起こることになる。

 そこから先の作品、例えばStrikerSに関していうと、残念ながら未視聴であり、未知の領域である。だが、多少の知識は持っており、物語の舞台がミッドチルダに移ることと、彼女たちが大人になっているという事くらいは知っている。

 

 しかし、大事なのは、俺がStrikerSを知っているかどうかでは無い。

 StrikerSが舞台を地球から移すということだけを知っていたかどうかだ。

 

 つまり、俺が達成すべき目標は、無印とA'sにおける接触を絶対に避けることとなる。

 

 やってやる。二度目の人生だ。しかも他人よりも幾分も有利な条件を持っている。絶対にこの人生こそは後悔せずに生き抜いてみせる。

 

 などと、ぼけっとしながら歩いていたからだろう。学校の廊下の曲がり角で誰かとぶつかったのは。

 女の子の小さな悲鳴と、同時にちょっとした衝撃を感じる。倒れそうにはなったのだが、なんとかその両足に踏ん張りをきかせて耐えてみせる。曲がり角ということもあるのだが、ぶつかってしまったのはぼけっとして前方不注意であった俺に責任がある。

 

「ごめん、大丈夫?」

 

 そう声をかけながら件の少女に右手を差し出す。

 

「うん、大丈夫。ごめんね大神くん」

 

 ──その声を聞くと無意識に体を強張らせてしまう。

 別に因縁があるわけでも、好きな訳でも、ましてや嫌っているでもない。

 

 彼女が、彼女こそがこの物語の本当の主人公であるから。

 

 差し出した右手を握り返されたのを、小学生特有の柔らかい手と、優しい温もりを感じ取る。

 

「よっ、と」

 

 高町が立ち上がるのに合わせるようにつながれた右手を軽く引き上げる。

 

「ありがとう」

 

 起き上がり、スカートを軽くはたいて埃を落とすと、こちらに向き直し屈託のない笑顔を向ける。

 

「いや、ぶつかったのは俺の責任だったから感謝されても困るって」

 

「えへへ、でも、私もちょっと不注意だったからおあいこって事で」

 

 俺の言葉を聞くと表情を崩して優しい笑顔をこぼす。人柄の良さというものがひしひしと伝わってくる。

 事実、『魔法少女リリカルなのは』を見ていても、彼女がどれだけ心が広いか、どれだけ優しいか、どれだけ強いのか、そんなことがはっきりとわかる。それ故に彼女は多くの人を救う事ができるのだろう、これから先に待ち受ける様々な物語の中で。

 

 ──とは言え、こうして見ていると、何処にでもいそうな唯の優しい少女なのだ。

 

「……そ、それじゃあ」

 

「ふぇ?」

 

 俺はそういうとそそくさとその場を立ち去る。

 何時も高町なのはの前ではこうなってしまうのだ。俺のこの人生のモットーとしては、普通に接するくらいの加減を目指すべきなのだが、どうも彼女を前にするとやり切れない気持ちになる。

 これから先、彼女は魔法の力に触れて、多くを救い、まさに英雄になるだろう。

 しかし、もし、彼女が普通の女の子として過ごす“lf”があったとしたならば、魔法に触れない彼女がいるのならば、魔法なんて物は不純物でしかない。

 それだと言うのに、俺はそれを知っているのに、もしかしたらより良い未来を選べるかもしれないのに、それでも俺は自己保身に走る。我が身の大事さに怯えて隠れる。エゴの塊だ。

 

『困っている人がいて、助けられる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけない』

 

 いつだったであろうか、いや、この世界ではこれから起きることであるのだが。

 彼女──高町なのはのセリフ。

 俺の「知識」も立派な力であろう。それなのに、俺はその力を誰かのために振るおうとはしない。出来ない。ビビってる。そして結局は自己中心的なのだ。

 一つ、訂正。彼女のことを「何処にでもいそう」だの、「唯の」などと修飾したが、あれは嘘だ。

 たとえ魔法がなくても、彼女の心は何よりも強く、何よりも真っ直ぐだ。

 

 ──ともあれ、眩しすぎる彼女を直視する事が俺には出来ないのだ。

 

 ○ ○ ○

 

 授業のチャイムが鳴り響くと同時に、こちらに向かって駆けてくる影が1つ。

 

「今日の小テスト、どうだった!?」

 

 ドンと手を机につき、闘志をこちらにむき出しにしている目の前の人物。

 ──そう、アリサ・バニングス。

 ニヤリ、と一笑した後に、俺は自身の丸で埋め尽くされた解答用紙を机の上に叩きつける。

 

「もちろん、満点だよ」

 

 序で、アリサも自身の丸で埋め尽くされた解答用紙を机に叩きつける。

 

「そう。なら今回も引き分けね」

 

 もちろん、アリサの解答用紙には100の文字が。

 お互い100点というわけだ。

 

「これで今シーズンは俺の1勝12引き分けってとこか」

 

「くっ……!」

 

 非常に悔しそうな表情を見せているアリサ。

 ──しかし、悔しがってはいるものの、満点を逃したのは彼女が一回だけということであり、尚且つこの学校の出してくる問題レベルからいえば毎回満点を取っている段階でかなり凄いのだ。

 前世の俺であったら、おそらく、いや、確実に彼女に負けていただろう。

 ……べ、別に張り合ってるわけじゃないんだからね! 

 

 俺はそのテストを自分の机の中にしまおうとする。すると、目の前の少女が何かを言いたそうにしていることに気がつく。

 

「あ、あのさ」

 

 先ほどまでくだらないやり取りをしていたはずのアリサの語調が急に変わる。時たま見せる真面目な時のそれだ。その声に釣られるように彼女の顔を覗くと、真っ直ぐにこちらに向かっている双眸から彼女の真剣さがひしひしと伝わってくる。

 少なくとも三年生のする表情ではないな。

 

「一縒は……なのはのこと嫌いなの?」

 

 ……おいおい急に何事だ。

 いきなりなぜそんな事を聞かれているのだ。

 だが、焦ってはダメだ。あまりに唐突に問いかけられた問いではあるが、努めて冷静に、とりわけ余裕を持って相手をする。

 

「どうして? 別にそんなこと無いと思うけど」

 

 ニコリ、と。得意な作り笑顔を1つ浮かべてみせる。そうして彼女の表情を冷静に観察する。

 

「だってあんたなのはのこと避けてるじゃない」

 

 ……図星である。

 なんとまあ鋭い小学生なのであろう。正直、内心ではかなり驚いている。表に出す気はさらさらないが。

 理由としては先ほど述べた事、彼女が眩しすぎると言うのもあるのだが、それとは別に、ちゃんとした論理的理由もあるのだ。

 それは、実際に俺は高町なのはとの接触を意図的に避けるようにしていると言う事だ。なぜなら、彼女はこの物語の、まさに主役であり、なんとしても干渉を避けなければならない人物だからである。

 しかし、あからさまに彼女を避けているつもりは無かった。そんなことをしてみては、寧ろ本人や周りの人たちに意識されてしまい、接触の可能性のタネを増やしてしまうだけだからだ。

 付かず離れず、だけれどちょっと離れ気味。そんな距離感を意識し、実行してきたはずだ。

 それなのに彼女、アリサ・バニングスは気がついていた。

 俺の行動は、小学生相手だからといって決して手を抜いたわけでもない。二十余年の人生で培ってきたそこそこ自信のある対人スキルを行使してこの有様だ。見事に看破された。

 やはりこの、アリサ・バニングスも並の人間では無い。

 

「まさか、好きになる理由はあっても、嫌いになる理由なんてないだろ」

 

 相手にこちらの気持ちを微塵にも感じ取らせないために、わざと戯けて見せる。そんなこちらの様子を余所に、彼女の内心からは安堵と喜びを感じ取ることができる。

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

 それを聞いた彼女は、やっと嬉しそうな笑みをこぼす。

 気持ちは分かる。

 誰だって自身の友人同士の仲が悪かったら嫌であろう。だから、恐らく彼女は、俺と高町に仲良くしてほしかったのだ。要はそういうことだ。

 良い子だ。良い子すぎる。どうしたらこうも出来た子供になるのだろうか。自分の三年生の頃など遊びとゲームとくだらない下ネタしか頭になかったというのに。

 

「そう! それなら今度4人で遊ばない? すずかとなのはとさ。あんたなら絶対仲良くなれるって」

 

 ここですぐにYESと言えれば楽なのだろう。しかしこちらは考えてから行動をする必要がある。まず前提条件として、高町なのはと仲を深めすぎてはならないという事だ。理由としてはもちろん原作介入を防ぐために。その考えでいくのなら彼女の問いに対して、答えはNOであろう。

 しかし、もし、NOと答えた場合。

 それは明らかに怪しいではないか。先ほど仲が悪くないと言ったばかりだというのに、一瞬にして手のひらを返すようにその評価を覆すのには流石に無理がある。

 さらに楽観的な考えでいくと、たかが俺程度の存在が彼女と一度か二度遊んだだけで、物語に大した影響は与えないかもしれない。

 故に、もう答えは決まっていた。

 

「もちろん。というか、お前は一体俺をなんだと思ってたんだよ。そんなに社交的に見えないか?」

 

「別にそういう訳じゃないわよ。ただ、なのはの時だけ少し態度が違う気がしただけ!」

 

 アリサの表情が何時ものそれに戻る。

 どうやらこの件はこれで一件落着らしい。

 

「次の授業始まりそうだし、そろそろ席に戻れば?」

 

「そうね、それじゃあ約束、絶対に忘れないでよね」

 

 そう言った彼女は自分の席に戻っていく。

 チラリと、件の人物である高町なのはを横目で見る。近くの席の友人と楽しそうに談笑している。

 ──それにしても、本当に、こんな少女が戦いに身を投じるのか。

 少し聡明な、だけれど運動音痴な何処にでもいる普通の少女にしか見えない。そんな彼女が、誰にも砕けぬ不屈の闘志と、魔導師としての希代の才能を持ち合わせているなどとは誰が信じられようか。

 

 しかし、物語が始まる直前のこの時期に。

 今まで近づくことも遠ざかることもなかった、俺と高町なのはの距離が動き出すような事が起こるとは。

 偶然にしてはあまりにも出来すぎているのではないか? 

 

 俺がこの世界に転生した理由。

 あるのだとしたら、多少は気になる。

 そして──俺がこの世界に与える影響。

 もし、そんな事があるとしたら、俺は一体──

 

 いや、考えすぎだろう。

 そんなものあまりに出来すぎている。

 

 暇だからと言って最近読んだSF小説に、少しだけ頭が引っ張られているだけだろう。

 そう結論づけて、俺はこの退屈な授業に耳を傾けた。



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2話

 二度目の子供時代ではあるのだが、わかったことがある。子供の体は本当にはしゃいでも疲れない。

 大人になってから顧みると、どうしてああも電池が切れるまで動き続けることができたのか忘れてしまうものなのだが、実際にやってみることで実感できる。

 個人的な見解では精神的な重圧が減る事と、夜になればあっさり眠ってしまうことも関係があるのでは無いかと推測はしている。

 そしてもう1つ、これも恐らくであるのだが、俺の精神年齢が、肉体年齢に引っ張られているという事だ。意外にも同年代の子供たちを相手にする時でも、うまく溶け込むことができ、先述のような「馬鹿騒ぎしても疲れない」という子供の特権をも得ている。

 ……俺が子供っぽいだけと言われたらそれでおしまいなのだが。

 

「今日もゾウの公園な!」

 

 そう大きな声を出すのはクラスメイトの芦川君である。

 ちなみにゾウの公園とは、本物のゾウさんがいるだとか大層なものではなく、ただそこそこ大きいゾウの遊具が置いてあることから、いつの間にかゾウの公園と呼ばれるようになった。

 

「ボール持ってこいよ」

 

「もちろん! ダッシュで公園だかんな!」

 

「おう」

 

 ダッシュで来い、そう言い放った彼こそが真っ先に走り出して教室を後にする。

 彼らを相手にすると、アリサ達がいかに大人びているか分かる。もう少し年相応な行動があっても微笑ましいのだろうが。

 とはいえ、俺や他の大人達から見ればもちろん全員がなんら変わらぬ子供であり、彼女達にももちろんそういった子供らしい可愛さというものをしっかりと見受けられる。

 

 さて、行くか。約束を破るわけにもいかない。

 そう思った俺は、先ほど教室をかけでた彼ほどの全力疾走とは言えないものの、駆け足で教室を出る。

 まだ騒がしい廊下を走り抜ける。

 階段を一個飛ばしで降りていく。

 下駄箱で上履きを履き替える。

 ──懐かしいな。

 しみじみと感じてしまう。まさかもう一度こんな経験をするだなんて、思ってもみなかった。この、なにもかもが輝いて見える小学生時代を。

 校門を飛び出すと、ランドセルを置きに家へと駆ける。俺の場合、家と学校と公園のどれにも近いため、荷物を一度家に置いていけるのだ。余談だが、先ほど俺を誘った彼も家が近い。そのため彼はほとんどボール係と化している。

 

 閑静な住宅街を駆け抜ける。

 ランドセルを家に置き終え、お気に入りのブルゾンジャケットを取ると、駆け足で公園に向かう。昼間ということもあり、あたりから聞こえて来るのは鳥の声くらいだ。

 ちらりと横に目をやる。走り抜けながら横目に見る車達には、やはりこの地域の所得の高さを感じさせられる。というか、うちの学校、私立の小学校に通っている時点で明らかに裕福ではあるのだが。

 しかし、とりわけアリサと月村はずば抜けてる。アリサの家にはお邪魔した事があるのだが、言うまでもないと言った感じだ。

 などと、誰がどうみても子供が考えないような内容のことを考えているちょうどその時であった。

 

 ──ふと、輝くものが目に入る。

 

「なにもかもが輝いて見える小学生時代」といういつか使った比喩的な表現では無く、物理的な意味でだ。

 突然のそれに、体に緊張が走る。

 

 ──ジュエルシード。

 

 その単語が頭に浮かび上がる。

 それもそのはず、時期的に考えてもそろそろおかしくは無い。

 ジュエルシードとは、言うなればこの『魔法少女リリカルなのは』の一期における舞台装置であり、諸問題の根源でもあるものだ。

「望み」を叶える宝石、だったであろうか。

 しかし、その内包する魔力のあまりの大きさに、大抵の物や者は使いこなすことなどできず、さらに、たとえ願いが善であろうが悪であろうが、意図すらもねじ曲げて並べて等しく叶えてしまう。かなりピーキーな代物だ。

 そしてこの物語は、ある事故によりこの海鳴市に散らばってしまったジュエルシードを回収するところから始まる。

 この魔法が存在しない世界においては、ジュエルシードなどというオーバーパワーな代物は、余りにも過ぎたものだ。事実作中でも願いを曲解させて被害を与えている。

 ジュエルシードに遭遇する、そんな事態を想定していなかった自身の考えの浅さに後悔を隠せない。確かにこうも偶然に出会って仕舞えば対処法もないものであるし、遭遇率の低さを考えれば重要度は主要人物との接触について考慮する方が明らかに効率的な手であるから。

 しかし、出会ってしまったのも事実であり、今俺にできることは冷静になって解決する、ということぐらいだ。

 

 ──なんて考えは杞憂に終わった。

 それもあっさり、実に馬鹿らしく。

 

「ってなんだこれは」

 

 それがジュエルシードではないことを見分けるには、わざわざ目を凝らす必要すら無かった。

 落ちているものはなんらかの金属であり、どう見てもジュエルシードでは無い。

 

 恥ずかしい。

 

 あんなにもシリアスな雰囲気を醸し出しておいて、アホみたいな勘違いで終わっただなんて。

 

 ……今はその事は忘れよう。

 

 現在の立ち位置からその金属が何であるかはわからない。誰かの落し物だろうか。なんとなく興味を持ってしまった。俺はその謎の金属に向かって足を動かす。

 

「すかし、ぼり?」

 

 身を屈めてそれ見る。

 そこにあったのは小判形の金属。丁寧な透し彫りがなされている。

 おそらく安全であることを確信した俺はそれを手に取る。どこか見覚えのあるそれに数秒思考を巡らせる、1つの結論にたどり着く。

 

「刀の、鍔?」

 

 そう、刀の鍔。

 この日本における刀の装飾の一部分。武士の時代から端を発して、全盛期には実用性と芸術性を兼ね備える事になった、あの刀の鍔。

 別段詳しいわけではないのだが、こいつの形状から不思議なくらいにぴったりと思いついた。

 誰かの落し物であろうか。しかし、刀の鍔を落し物にする人物が現代日本にいたら非常に面白い。そもそも刀の鍔など落とすものでもなければ、持ち歩くものでもない。刀狩令よろしく銃砲刀剣類所持等取締法が存在するこのご時世、なかなかお目にかからないはずなのに、その上、刀の鍔だけをピンポイントで落とすなど、ナンセンスな事だ。

 

 それを拾い上げて胸ポケットにしまう。

 

 今度機会があったら交番に持って行ってやるか。

 わざわざ刀の鍔だけを落とすという間抜けもののために交番には行きたくないが、たまたま前を通りでもしたら預けてやろう。

 そんなどうでもいい覚悟も共に、胸ポケットにしまい込む。

 

 とはいえ、魚の小骨が喉に仕えた時のような違和感を感じる。

 何故俺はこんなよくわからないものをジュエルシードと見間違えたのだろうか。チラリとみても全く似ていない。それなのに俺は見間違えた。

 子供は疲れない、などと言っていたが、自分は疲れているのだろうか。なんてことを考える。

 

 それよりも急がなければ。公園でおそらくいつもより登場が遅い俺を、彼らが焦ったがっていることだ。

 

 ○ ○ ○

 

 ──誰か、僕の声を聞いて

 

 ──力を貸して

 

 ──魔法の……力を

 

 ○ ○ ○

 

 翌日の朝は複雑に絡み合う感情から始まった。

 諸悪の根源は今朝自分が見た夢の中にある。果たしてこれを夢と言って良いのかは知らないが。

 黒と赤、それらの色彩はこちらに警鐘を鳴らすようにして広がってゆく。その光景に嫌でも心は警戒をしてしまう。

 視界に映る赤は空の色なのか。

 

 まだ年端もいかぬ少年(現在の自分と同じくらいの年齢)が対峙するにはあまりにも不釣り合いな獰猛さと、身の毛のよだつ恐怖をまとった生命体が戦闘を行っている。

 しかし少年は一歩も引かない。詠唱とともに現れた魔法陣、一直線に突撃を行う魔物。

 軍配はどちらに上がったというわけでは無い。魔物もダメージを負ったのは確かなのだが、蓄積されたダメージなのか、疲労なのか、少年は倒れ込んでしまう。

 最後に、こちらに語りかける声。おそらく少年のもの。

 ──そんな夢。

 

 そんな夢が俺に与えたモノ。

 

 一つは、こんな夢ではあるのだが、自身に魔力の素質があるという事実がわかってしまったこと。

 人間として、自分に特別な能力が隠されていたことを知って、嬉しく無いわけがない。反面、その能力は開花させなければ使えないのみならず、そもそも一般の人として生活する上では全くもって不要であるという点を考慮すると、魔法の素質などクソほど役に立たないものだと思う。さらに、それ以上に危惧すべき点は、物語に関わってしまう可能性のタネがまた一つ増えてしまったというわけだ。

 

 さらにさらに、もう一つは、非常に個人的な理由ではあるのだが。

 ……罪悪感がある、ということだ。

 俺はこの出来事を知っていたのに、これからの出来事を知っているのに、手を出すつもりはない。それは遠巻きに考えれば、“よくなるべき未来”を放棄しているのであり、「終わりよければすべてよし」と言いながら、観客席に踏ん反り返ることである。

 もちろん、俺に何かができるとは思っているわけでもなければ、驕っているわけでも、自身を過大評価しているわけでもない。

 ──しかし、俺の中にある人並みの正義感が責めてくるのだ。糾弾してくるのだ。

 

「お前はそんなんでいいのかよ」と。

 

 ……いいのだ。

 俺のせいで被害が広がるようなことがあれば、それこそ最悪なルートだ。

 

「責任を負うのが怖いんだろう」と。

 

 ……その通りだ。

 だが、何が悪い。誰だってセカイ一つが丸々かかっている責任なんて負いたくはない。ましてや、俺なんてただ人生が2回目であるだけの一般人だ。お断りだ、そんな重圧。

 

 しかしまた、そうやって正当化する自分に嫌悪感を覚える。

 そうして、自己嫌悪の堂々巡りだ。

 

 だが、自意識過剰な思考は、非常に呆気なく、そして馬鹿らしく終わりを迎える。

 

「一縒! 起きてるの! 学校でしょ!」

 

 下の階から聞こえてくる母の声。

 

 ……俺にだってやらければならないことがあるんだ。この両親にも恩返しが、罪滅ぼしができるように、これもやるべきことの一つだろう。故に、前よりより良い人生を送るために、俺には魔法なんかより優先すべきことがあるんだ。

 エゴイストの何が悪い。

 きっと誰だってそうなのだから。

 

「もう起きてるから今行くよ!」

 

 吹っ切れたような大きな声でそう言う。

 

 ──さて、物語は始まっている。

 

 もちろん、俺と言う観客は無視して、だ。

 

 ○ ○ ○

 

「今日の昼休み?」

 

「そう、今日の昼休み」

 

 堂々とした口ぶりと立ち振る舞いでこちらに一方的に告げるアリサ。

 

「一縒も一緒に私達とお昼を食べるのよ」

 

 どうやら昼飯のお誘いらしい。

 いつも仲良し3人組で食べている彼女達であるのだが、先日の話が原因なのだろう。アリサは俺にお誘いをかけてくれたのだ。

 ──それにしても今日であるとは。運命のいたずらが働いているようにしか思えない。

 先ほどの授業の終わりで問われたものは「自分たちの将来」について。

 何が言いたいのかというと、この日は物語が始まる当日なのだ。そして、これから始まる屋上でのランチタイムはもうアニメでも存在するシーンとなってしまう。それに混ざることはつまり、作品に介入してしまうことになる。

 であれば当然断るはずであるのだが。先日のあの会話だ。

 アリサに対して、高町達と一緒に遊ぶとの約束をしてしまったのだ。別にそこまでならばいいのだが、その指定に、いきなりこの日が選ばれてしまったのだ。

 故に断る訳にもいかない。

 今朝気持ちを一新し、新たな覚悟を決めてきたと言うのに、運命とはこちらの事情を理解するつもりがないのか。

 

 状況を天秤にかけよう。

 まずは選択肢として、参加するか参加しないかの二択しか存在しないところからのスタートだ。単純明快でわかりやすい。

 まずは参加しなかった場合。

 おもっくそ怪しまれる。

 おそらく事前に彼女達にも俺が昼ご飯に参加する旨を伝えているだろう。なのに断ればその間に亀裂が生じるということは当然であり、尚且つここから物語が始まるのに、彼女達3人の関係と、高町なのはの中に、俺と言う原作では登場しないはずの要素が根深く残ってしまう可能性がある。

 であれば、参加してみたらどうか。

 こちらの選択肢には考えられる点がマイナス方向とプラス方向にそれぞれ存在する。

 マイナス方向については言わずもがな、これまでとは違い、原作のワンシーンに介入することになるのだそれが与える影響は計り知れず、不確定要素がでかいと言える。

 プラス方向については、あのシーンは明らかに重要度としては他のシーンに劣ると言う点だ。あのシーンに俺がいても、その後の高町が魔法と出会う事実は変えようがない。そして、もっとも影響の少なそうなシーンで、俺という存在がこの世界に与える影響を見ることができる。これによってこちらの行動の指針を変えることができるようになるのだ。

 故にというべきか、すでに答えは決まっている。

 

「もちろん。昨日約束したばっかだしね」

 

 その言葉を聞くと、こちらにもわかるくらいに嬉しそうな顔をする。

 ……そもそも、こんな顔をされるとなると、断れるわけが無いではないか。

 

「それじゃあまた後でね」

 

 それじゃあ、と返答をすると、彼女は自分の席に戻っていく。そして、それと同時に休み時間の終了を告げるチャイムが鳴り響く。

 

 さて、吉と出るか凶と出るか。

 その答えは解りはしない。ただ、いずれにせよ答えが出るのはそう遠くはないはずだ。

 

 ○ ○ ○

 

「将来か〜」

 

 綺麗に整った弁当箱からたこさんウインナーを取り出す。それを口に放り込むとウインナー特有のパキッという気持ちの良い音が響く。

 

「アリサちゃんとすずかちゃんはもう結構決まってるんだよね」

 

 そう話を振るのはこの物語の主人公である高町なのは。

 現在、俺を含めた4人は昼休みの時間に屋上で弁当を食べている。俺が過ごした6、3、3の12年間では、屋上で昼飯などした事はなく、漫画やアニメの中でしか見れなかったそれを行えたことに、こっそりと筆舌に尽くしがたい喜びを感じている。

 ──というかここはそのアニメの世界であるのか。

 

「うちは、お父さんもお母さんも会社経営だし、いっぱい勉強をしてちゃんと跡を継がなきゃ」

 

 そう語るアリサの横顔はどこか嬉しげな表情にも見える。

 ……まあ、「親の跡を継ぐ」という趣旨の発言くらいは小学生がしてもおかしくは無い。

 

「くらいだけど」と言い、チラリと視線を月村にやる。

 

「私は機械系が好きだら……」

 

 そういった月村は少しだけ溜めを作り、口の中にご飯を放り込む。

 

「工学系で専門職がいいな、って思ってるけど」

 

 ダウト。もうこれは小学生では無い。

 確かに子供の夢で「ロボットを作りたい」だの「機械を作りたい」だの、具体的かつ抽象的な将来の夢はよく聞くが、『「機械系」が好きだから「工学系」で「専門職」がいいな』、なんて普通の小学生は言わない。

 

「大神くんは、何か将来の夢あるの?」

 

 のんきに心の中で彼女たちにツッコミを入れていると、当然ではあるが自分の番が回ってくる。

 将来の夢、か。

 前世では普通にサラリーマンをやっていた。と言っても入社一年目で死んだのだが。

 とはいえ2回目のこの人生、折角なら他のことをやってみたい。

 

「宇宙飛行士」

 

「「「宇宙飛行士?」」」

 

 3人とも声を揃えてそう言う。

 そんなに驚くことであろうか。小学生の将来の夢なんて、やれスポーツ選手だの、やれYouTuberだの、そして俺が言った宇宙飛行士など、突拍子のないものばかりだ。

 確かにここが高校で、俺たちが高校生であるならば、驚かれたり笑われたり鼻で笑われたりもするかもしれないが、ここは小学校だ。こうも驚かれるとは思わなかった。

 

「まあ、あんたなら努力すれば行けそうな気がするけどね」

 

「でも大神くんは理系より文系の方が得意なんだよね?」

 

「こいつ文系っていうかオールラウンダーじゃない」

 

「それもそうか」

 

「ええ……」

 

 勝手に話が進んで行く。なんと言うか、彼女らは俺を買いかぶりな気がする。ちょっとした冗談のつもりで言ったのだが……。

 

 いや、彼女たちにしてみれば、将来の夢だなんて、実現可能なものだろう。この歳にしてバイリンガルのオールラウンダーなアリサを見れば、俺と違って実際に宇宙飛行士にだって簡単になれてしまいそうだ。

 

「嘘だよ、本当は小説家」

 

「「「小説家?」」」

 

 3人とも声を揃えて……というかこれデジャブ。

 

「というのも嘘で、本当は会社経営者」

 

「会社経営者なら私と同じね」

 

 ずい、と身を乗り出して話しかけてくるのはアリサ。

 俺のその発言にどこか嬉しそうな表情を浮かべている。

 

「聞きたい事があるならなんでも聞いていいわよ」

 

 得意げな顔、所謂ドヤ顔でこちらに語りかけてくる。

 

「じゃあアリサの会社乗っ取りたいんだけど、とうすれば──」

 

「あんたバカじゃ無いの!」

 

「あ、そうだ」

 

「まったく、今度は何よ……」

 

「アリサと結婚すれば文句無く会社経営者になれるわけだ」

 

 こちらとしては、ちょっとしたからかいのつもりであった。これに対して、きっとアリサはいつも通りにカミナリを落とすであろうし、それで無くても冗談を鼻で笑うかくらいであろう。少なくとも俺はそのどちらかであろうと考えていた。

 いたのだが──

 

「そ、そ、そ、そ、それも、そうね」

 

 見ているこちらまでもが恥ずかしくなってしまうほど、林檎飴のように顔を赤く染め上げるアリサ。

 ……いや、こんな反応されると流石にこっちも恥ずかしくなるだろ。でも、たしかに、アリサと結婚なんて出来ればまさに逆玉の輿であり、なんと言うかまあ、美人な奥さんと、会社の利権と、大量のお金が手に入るのだ。

 ……随分と魅力的では無いか。

 

 いけないいけない。俺は物語の登場人物には付かず離れずの距離を取らなければならないのだ。どんなに魅力的だとしても、流されてはならない。

 

「なーんて、んなわけ無いだろ」

 

「わた、私は別に──え?」

 

「いや、だから。例え結婚したとしてもそんな都合よく会社の経営を一任される訳がないんじゃ無いのかなって」

 

「は、はは、それもそうね」

 

 よし、なんとかうまく誤魔化せたみたいだな。

 

「あー、あと投資家」

 

 俺はそれとなく雑に話を本筋に戻してみせる。

 

「投資家?」

 

 その発言を聞いて苦笑する月村さん。

 よし、なんとか誤魔化せた。

 

「その、投資家さんって何かな?」

 

 その発言を聞いて首をかしげる高町さん。

 

 とはいえ、投資家はガチで有りだろう。

 なぜなら俺は転生したとは言っても時間軸的には俺の時代より前なのだ。アップル社があればiPhone関連前後で株は上がるし、アリババ等の中国企業だって元の世界と同じならアホみたいな速度で成長してくれる。何よりもIoT関連の企業や物流系の企業がこっから先業績を伸ばすというのは明白であり、どこに入れればいいか、もちろん多少吟味する必要性はあるのだが、かなり有利に進められる。

 まあ、小学生には投資できないんだけどね! 

 そして何より、元手となる金も持ってないしね!!

 

「……まあ、ある程度先が読めて、のめり込みすぎると危ない宝くじみたいなもんだよ」

 

「あんたは普通に働いた方が良さそうなのに」

 

 弁当箱の中の唐揚げを頬張りながら、呆れた声でアリサは言う。

 

「そっかぁ……、3人ともすごいよね」

 

 少しだけ寂しそうに高町なのはは口にする。そう言えば先ほどの会話でも、どこか置いてけぼりでも食らったかの様子であった。

 

「でも、なのはは喫茶翠屋の二代目じゃ無いの?」

 

 アリサが優しい声音でそう問いかける。けれども依然としてなのはの表情は晴れない。

 

「うん……、それも将来のビジョンの一つではあるんだけど」

 

 俯き加減のまま、消え入ってしまいそうな声でこんなことを言う。

 

「やりたい事は何かあるような気もするんだけど、まだそれが何なのかハッキリしないんだ。私、特技も取り柄も特に無いし」

 

 自虐的に語る高町。

 が、そんなのを友人達が許すはずも無く。

 

「馬鹿ちん! 自分からそういうこと言うんじゃ無いの!」

 

「そうだよ、なのはちゃんにしかできないこともきっとあるよ」

 

 アリサと月村が立ち上がりながら語気を強めてなのはに言葉を投げかける。言うべき時は躊躇せずに言える、そんな素晴らしい友情関係に、少し羨望の眼差しを向けてしまう。

 おっと、この2人が発言したのなら次は俺に発言権が回るのではないか。何かいいことを言わなくては。

 

「大体、高町はそんなことまだ気にする必要無いって。小3だろ? ここにいるアリサとか月村が異常なだけだって。高町みたいなのが普通なの。恥じる必要はないって」

 

 無責任な発言だなぁ、なんて他人事の様に考える。

 彼女の将来は、今日決まると言うのに。本当に俺な無責任だ。

 

「──ちょっと、あんた」

 

「ん、どうした」

 

 その発言を聞いて、アリサは視線を180°回し、俺と対峙する。

 

「今、私のこと異常って言った?」

 

 あ、やばい。頭にデフォルメされた怒りマークが浮かんで見える気がする。

 

「あ、いや、違うんだ。なんと言うか、お前ら、大人びてるよなって。褒め言葉だよ褒め言葉」

 

 適当な言葉を漁って取り繕おうと試みるも、それらどの言葉もアリサに対しては効果はないようだ。

 

「大体あんた、この私より成績いいじゃ無いの! それでよく自分が異常でないみたいな口ぶり出来るわよね!」

 

 ビシッと、こちらに指をまっすぐ突き立てる。

 ぐうの音も出ない正論ではあるのだが、俺は二週目の人生だから俺TUEEEEが出来るわけであり、一週目は超努力型の平均よりは上程度の一般人だったのだ。

 確実に天才の類ではない。

 そう考えると目の前の3人は全員が全員、天才である。

 アリサや月村は言わずもがな、高町に関しては理系科目はめちゃくちゃ出来るわけだし、さらに言えば魔法の才能がずば抜けている。

 それに比べたら、むしろ俺の方が才能も取り柄も、何もないのかもしれない。

 

「まあ見てろって、10年後にはわかるさ! 勝ち組のお前らと、そうはなれない俺との間に格差が広がってるだろうよ」

 

 わはは、と高笑い。

 ばっ、と手を広げ、大げさに振舞ってみせる。

 

「その発言ポジティブなのかネガティブなのか、どっちなのよ!」

 

 指をさしたまま華麗なツッコミを見せてくれる。流石はアリサ。

 その後も馬鹿みたいなやり取りを俺とアリサで繰り返しては、月村や高町が止めに入ったり、乗ってみたりと、面白おかしく続けてゆく。

 

 ちらり、と横目で高町が笑っているのが目に入る。

 ……まあ、俺が干渉しないぶん、罪滅ぼしとして、少しは心的負担を取り除けたらいいな。

 なんてことを考える。



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3話

「あんた、塾とか行ってないの?」

 

 学校からの帰り道。アリサ達3人娘は塾に向かう道の途中であり、俺は自宅へ向かう道の途中である。どうして一緒に歩いているのか。答えは簡単で、彼女達の塾へと向かう道と俺が自宅へと向かう道が同じだからだ。

 

「うん、特には」

 

 俺は塾には通っていない。というより通う必要がない。知っての通り二週目の人生であり、正直勉強で遅れを取るつもりは無い。高校の勉強も、一応国公立を志していた身であったため、大抵は一度やっていることだ。一度覚えたことを思い出すという行為は、ゼロの知識を埋めていくことよりも何十倍も楽なのである。さらに言えば、小中学校の勉強というものは、流石に高等学校で習うものからすると何段か劣るわけであり、むしろ二週目の人生で勉強に苦戦するようじゃあ恥ずかしくてやっていけない。

 

「大神くん、本当に凄いよね。塾にも行ってないのにいつも1位だし」

 

 こちらに顔を向けると優しい微笑みを浮かべながらそう口にする月村。彼女の凄発言は全く嫌味に聞こえず、素直に嬉しい気持ちにさせられる。

 と言っても俺は人生のチーター(動物でなくチートをする者の意)であり、素直にその言葉を受け止めるにはどうも胸につっかかるものがある。

 

「そんなこと言うけど、運動とかになると月村に全然及ばないよ。今日のドッジボールも一瞬で当てられたし」

 

 俺は運動が好きな方だ。前世でも野球をやっていた時期もあり、運動神経も悪く無い方だと自負しているのだが、当たり前なのだがプロのスポーツ選手になるほどでは無い。これに関しては2度目の人生だからと言ってどうにかなるわけでもなく、目の前の驚異的な身体能力を持った月村には手も足も出ない。

 

「あはは、でも小学校の低学年までは女子の方が力は強いって言うよね」

 

 男として女性に運動能力で負けたことに対して単純に落ち込んでいると、それに気がついたのかどうかはわからないが、慰めの言葉をかけてくれる。

 

「うー、すずかちゃんは運動できるからいいけど私なんて何にも大神くんにかなわないよぉ……」

 

 がくりと肩を落とし、こちらにもわかるくらいに落ち込んで見せる高町なのは。

 彼女は、理数系はもちろんかなり優秀なのだが、残念ながら二週目の人生である俺に敵うはずもなく、文系科目に関してはお察しであり、運動神経に関しては、もはや言うまでもないレベルとなっているのだ。

 だが、俺は知っている。彼女が並外れた魔法の持ち主であることを。

 おそらく俺なんかよりももっと希少で、誰かの役に立つ素晴らしい能力なのだ。

 

「馬鹿ちん、そうやっていつも自虐する」

 

 ネガティブな高町の発言に対して、アリサは腹を立てたのかなのはの方に向かうとその両手で高町の頬をグリグリと引っ張る。

 

「だ、だって〜。私なんの取り柄もないし」

 

 それでもなお自虐を続ける高町。そうしてしまうと尚更アリサはその手を止めるはずもなく、グリグリ攻撃を続行する。

 

「高町にはきっと、高町にしか出来ない何かがあると思うよ」

 

 アリサと高町がじゃれあう光景を見て、ついそんな言葉を発してしまう。

 俺にしてみれば根拠があるわけなのだが、周りから見れば根拠もなくどうにも無責任な発言に思われるかもしれない。

 咄嗟にそんなことを考える。

 

「うん、私もそう思うよ。きっとなのはちゃんにしか出来ないことがあるはずだよ」

 

 しかし、月村もその言葉に同意する。

 

「そうよ、私達のお墨付きなんだからね!」

 

 さらに、アリサも俺たちに続く。

 

 ──彼女、高町なのはには、きっと何か感じさせるものを持っているのだろう。雰囲気、だとか。確かに、非科学的なことかもしれないが。それでも彼女は多くの人を惹きつけるのは事実だ。

 

「おっと、それじゃあ俺はそろそろ家だからこの辺で」

 

 他愛ない話をしていると気がつけば自宅の前に。楽しい時間は早く過ぎるとよく言うが、俺にとってこの時間は楽しい時間であったと言うわけだ。確かに、俺は彼女たちと一緒にいる時間が楽しいのかもしれない。精神年齢は体に引っ張られているものの、やはり他の同級生たちよりも大人びている彼女たちと過ごしている時間の方が好きなようだ。

 

「じゃあね、次のテストは私が勝つから覚えておきなさいよ一縒」

 

 ビシッと指をまっすぐに立ててこちらに向ける。

 

「はは、負けないよ、俺も。それじゃあ」

 

「じゃあね、大神くん」

 

「バイバイ」

 

 歩き去っていく彼女たちの後ろ姿を眺める。こうして見ると、彼女たちは確かに大人びているかもしれないが、普通の小学生だと実感できる。

 ──さて、家に入るか。

 ガチャリとドアを開けると、向こう側に立っていたのは、笑顔で、と言うよりもニヤニヤとした顔で出迎えるお母さん。

 

「一縒、モテモテね。しかも全員可愛い子だったじゃない」

 

「……からかわないでって。前にも話してたじゃないか」

 

「あら、そうだっけか」

 

 わざとらしくおどけて見せる母さん。もう、このやり取りも何度目であろうか。別に彼女たちと帰っているのはウマが合うからと言う理由であり、正直俺は彼女たちとは全く釣り合っていないように感じる。俺は、周りの人から見たら天才かもしれないが、実はただのチーターであり、彼女たちに関しては本物の、純度100%の天才なのだ。どうして俺が及ぶといえよう。

 

「まったく、じゃあ俺は部屋で宿題やってくるから、邪魔しないでよね」

 

「りょーかい」

 

 俺は階段を登ると自分の部屋へと入る。ランドセルをかけて明日の準備へと取り掛かる。ちなみに言うと宿題の話は嘘だ。実際に宿題があるのは事実だが、授業中の内職で終わらせてある。

 ゴロンとベッドに仰向けに寝転がる。

 

 ──さて、話は変わるのだが『魔法少女リリカルなのは』は今日をもって始まりを迎える。

 高町なのはが魔法と出会い、彼女を主人公とした物語。

 その始まりが今日、この夜に始まるのだ。

 ゴクリと息を飲む。俺に直接の関係があるわけでも無いのに妙な緊張感が体を襲う。

 ……今晩は簡単に寝付けそうにない。

 

 その後、夕ご飯を食い、風呂から出た俺はベッドに腰をかけてその瞬間をじっと待っていた。

 

 ○ ○ ○

 

 ──などと思っていたのだが、そんなことは杞憂に終わった。ここ数日は杞憂であってばかりだ。

 まあ、何にせよ。

 物語の始まりは、意外にもあっさりと過ぎ去っていたのだ。

 緊張し、身構えながら迎えた昨夜であったはずなのだが、いつの間にか深い眠りに落ちていたらしい。

 陽光が顔にさし、眩しいと言う感覚ばかりを持ちながら目を覚ます。腰をかけていたはずのベッドに、いつの間にか寝転がっていた。

 確かに昨晩、例の声は聞こえた。

 ユーノ・スクライアが、魔法を使える誰か、今回の場合は偶然にも魔力を有していた、高町なのはに助けを求める声を。

 

 ──いや、俺から言わせてみると「必然」か。

 

 その後は特に何かあるわけでもなく、小学生のこの身にはどうも睡魔というものにはかなわなかったらしい、深い眠りに落ちてしまった。

 しかしどうにも未だ実感がわかない。先日のお昼の物語への微妙な参入がなんら影響を与えなかったことに関してはホッとしているのだが、こうも実感がないとまるで他国の戦争を呑気にニュースで眺めているみたいな気持ちだ。

 そんなことは置いておいてだ。こうして見事に『魔法少女リリカルなのは』は始まった。確かに実感というものは少ないのだが、寧ろそれはプラスであり、俺にとって最高の滑り出しを迎えられたといっても過言ではないだろう。実感がないと言うことは、俺との関わりが薄いと言う事であるのだから。

 ここから先、高町なのはは管理局世界の原則としてもそうであるし、本人自身の巻き込みたくないという強い意志のもと、魔法の存在を隠そうとするわけだ。

 つまりスタートさえ上手くいって仕舞えば、少なくともA'sに入るまでは心配はいらないだろう。そして、そのA'sさえ乗り越えれば、前にも話したのだが、StrikerSでは世界を移すことになるので巻き込まれる可能性はほぼゼロになる。

 とはいえまずは目の前の物事からなんとかしなければならない。

 学校ではとりあえず普通に過ごす。普通にだ。そうしていればきっと巻き込まれまい。

 

 階段を下りて一階に行くと、母親が目玉焼きを焼いている姿が目に入る。自分はいつも同じ時間に起きるため、この姿を見るのは半ば日課のようなものだ。とはいえ、昨日の朝は例の夢のせいで寝坊してしまったのだが。

 テレビをつけて、チャンネルをニュース番組のものに合わせると、ある事件が真っ先に飛び込んでくる。

 

「──昨晩、海鳴市内の動物病院で、トラックの追突事件が──」

 

 ニュースに映るのは、高町なのはとご一行がおそらく昨日、ユーノ・スクライアを預けたであろう動物病院。もちろん昨晩そこで起きたのは訳のわからない事故などではなく、魔法を使った戦闘。ユーノ・スクライアがジュエルシードの思念体である魔物に襲われて、高町なのはがそれを助けた場所だ。さて、これで昨晩の俺に入ってきた念話だけでもなく、こうして事実確認ができた。これでひとまずは安心できる。

 

「あら、そこの動物病院うちの近所じゃない。物騒ねぇ……」

 

 目玉焼きを焼き終えて、お皿に移す。その際にテレビが目に入ったのか、母さんはそんなことを呟く。

 

「一縒も、気をつけてね。事故とかになると一縒に過失が無くても巻き込まれることもあるんだから」

 

 これは事故ではないのだが、なんて事はもちろん言わない。とはいえ、この「事故」には巻き込まれないようにしなければならない。

 

「うん、気をつけるさ」

 

 口を動かしながらも、テキパキと朝の準備をする母親を見て流石だなと思う。キッチンの引き出しから3人分の箸を取り出し、その上の棚から食器を取り出す。大したことではないが、箸やお皿を運ぶことくらいはお手伝いはする。

 

「はい、それじゃあ朝ご飯ね」

 

 お皿に乗った目玉焼きとトースト、そしてトマト。

 前世の朝は「パン」派ではなく「ごはん」派であったのだが、この生活に慣れて見ると朝のパンもありだと思う。

 何よりもコーヒーが進む。

 父さんはまだ起きてこない。俺が普段から早起きなのと、昨晩は帰りが遅かったことが関係しているのだろう。時間に余裕はまだあるのだろうし、ゆっくりと寝かせておくべきだ。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 ○ ○ ○

 

「おはよう!」

 

 がらり、と教室の扉を開けると、こちらに挨拶をしてくれるクラスメイトの姿が。

 

「おはよう」

 

 笑顔でそう返す。

 こうして思うのだが、人間は歳をとるごとに素直に挨拶をする人が少なくなるような気がする。小学生では、もちろん人にもよるのだが、先ほどの彼のようにあいさつをしてくれる子の方が多い。

 そして、もちろん彼女たちも例に漏れずその類であり──

 

「おはよう」

 

「あ、一縒じゃない。おはよう」

 

「おはよう、大神くん」

 

 このように気持ちの良い挨拶を交わしてくれる。

 しかし、今日の彼女たちは何処か心配そうな面持ちで会話をしていた。

 ……なんてことを言ったが、俺はその表情の理由を知っている。

 そう、昨日、彼女たちが保護した動物を預けた動物病院で起こった事故についてだ。今朝のニュースでも見たりして、彼女たちの耳に入ったのだろう。

 しかし俺が「その事情を知っている」ことを彼女たちは知らない。故にここは昨日の事実確認も含めて、彼女達に事情を聞くのが自然であろう。

 

「どうしたの? そんな神妙な顔つきで」

 

 その発言を聞いてずいと身を前にのりだすアリサ。

 

「一縒は今朝のニュース見た?」

 

 うん、と頷いてみせる。それを確認すると彼女は言葉を続ける。

 

「昨日あんたが帰った後に、弱ってたフェレットを拾って動物病院で預けたんだけど、その預けた場所が、今朝ニュースでやってた場所なのよ……」

 

「そうなんだ……大丈夫なのかね」

 

 悲痛そうな面持ちを作り出す、が、内心では喜びの気持ちが大きい。

 決して俺が他人の不幸を喜ぶような最低底辺クズ野郎なわけでは無い。そもそも、俺は今回の事件での死傷者は0人なのを知ってるし、そのフェレットも無事であるのを知っている。

 そして、これで事実の7割は確認できたのだ。

 流れとしてはしっかりと俺の知っている『魔法少女リリカルなのは』に準拠している。

 高町なのはがフェレットの声を聞き、彼女達が病院にフェレットを預ける、そうして物語は始まる。おそらくちゃんとその流れに乗っていたのだろう。

 とはいえ、俺は10割では無く7割と表現した。何故か。それは残りの3割を確認すればすぐにわかる。

 

「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん、大神くん」

 

 ──そう、彼女、高町なのはに関してだ。

 彼女達がフェレットを病院に預けたところまではいいが、その後に、本当に高町は魔法少女になったのか、という肝心な疑問が残されている。

 彼女の挨拶に各々が返事をした後に、アリサがすぐに口を開く。

 

「なのは、昨日の病院で事故があったの知ってる?」

 

「ふぇっ?」

 

 はてなマークを頭の上に掲げている高町に対して、月村は補足説明を加える。

 

「昨日行った病院で、車か何かの事故があったらしくて、壁が壊れちゃったんだって……」

 

 それに続けてもう一度アリサも口を開く。

 

「あのフェレットが無事かどうか心配で……」

 

 言い終わると、本当に不安そうな、沈痛な面持ちをする2人。

 そんな光景に少しだけ困惑したような表情を見せて、高町は口を開く。

 

「……あー、えっとね、その件は、その……、逃げ出してたあのフェレットとたまたま外で歩いてたら出会って、うちで保護することになったの」

 

 ……どこかそわそわした態度であるなのは。アリサとすずかはフェレットが無事で良かったと思う気持ちが強かったのか、違和感を感じる余裕はないみたいだ

 

「そっか、無事になのはの家にいるんだ」

 

「無事で何よりだね」

 

 そうして高町の返事を聞くと、ホッとしたのか、胸を撫で下ろす2人。

 

「たまたま逃げ出したあの子と道でばったり会うなんて」

 

「「ねーっ」」

 

 アリサと月村、2人顔を見合わせて喜びの表情を浮かべる。

 

「あ、あはは……」

 

 対照的に引きつった笑みを浮かべる高町。

 ──これを見て確信した。

 彼女はちゃんとフェレットを保護しているし、魔法少女にもなってもいる。

 まずフェレットを保護していなかったら、嘘をつく必要もないわけであるし、素直に喜べばいい中で中途半端な笑顔で迎え入れるのはやはり隠し事、魔法少女になった事を示している。

 

「あ、それとあの子、うちで預かれることになったよ」

 

 さらに朗報の追加攻撃。

 これを聞いたアリサと月村はより一層の喜びを見せる。

 

「そうなんだ」

 

 と、月村。

 さらに何かを思いついたのだろう。勢いのままに前のめりになりながら高町に質問をぶつける。

 

「名前つけてあげなきゃ、もう決めてる?」

 

「うん、ユーノ君って名前」

 

 その発言に対して、そこはあらかじめ想定していたのか、極めて冷静に返す高町。

 

「ユーノ君?」

 

「うん、ユーノ君」

 

「へ〜」

 

「いいんじゃない」

 

 アリサと月村はその名前が気に入ったのだろうか。特に異論もなさそうに相槌を打つ。

 俺も適当に相槌を打つ。

 

「──あんたはどうなのよ」

 

「え、俺?」

 

「なんか、ぼーっとしてたじゃない」

 

 どう、って、ユーノという名前についての感想を求められているのだろうか。

 

「いいんじゃない? 強そうだし」

 

 突然の質問に対してつい冷静さの欠いた適当な発言をしてしまう。

 それにしてもなんだ、強そうって。自分で言ったセリフではあるのだが、咄嗟に出たのはなんと間抜けなセリフだ。

 もちろんそのような適当な発言をアリサが聞きすごすことなどあるわけがなく。

 

「なーにーよー、その適当な返事。あんた当事者じゃないからって適当に考えて」

 

「いや、待て待て、別に適当に言ったつもりはないって」

 

 嘘である。

 本当は適当に言った。

 

「まあまあ、アリサちゃんも落ち着いて、ね? 大神君も今度うちのユーノ君見に来ない?」

 

 2人の間に入って来たのは高町。別に大したことのない口論であるのに、こうまでしてわざわざ止めに入るのは、嘘をついてしまったやるせなさでもあるのだろう。

 

「そうね、あんたもユーノ君見たら絶対に可愛いって思うわよ」

 

「そこまでいうなら楽しみにしとくよ」

 

 ……まあ、俺はその姿を知っている。さらに言えばそれが男の子であることも知ってるのだが、それは言わないでおこう。



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4話

 騒がしい朝を終えて、現在は休み時間の終わり頃。俺は図書室から教室へと戻る途中である。

 小学校の図書室なんて大したことない。なんてなめていた自分がいたのだが、その認識を改める必要がある。

 ここが私立小学校だからなのかもしれないが、有名どころの小説などはたくさん置いてあるのだ。流石に新書の類はあまり無いのだが、新書では無く小説は驚くほどに収蔵されている。夏目漱石や芥川龍之介、他にも著名な作家たちの本達はもちろん、村上春樹や現代の作家の本なども置いてあるのだ。さらに俺自身、本を読むのには十分すぎる時間を持て余している。さらに、手塚治虫の名漫画、火の鳥も置いてあり、意外にもここの図書室では飽きがくることは無い。

 今は宮沢賢治の詩集を借りて来たところだ。詩集など自身が子供の頃は全く読まなかったのだが、歳をとってから宮沢賢治の詩集を読んでみると、その音の響きと言葉使いには文字とは思えない勢いが詰められており実に素晴らしい。

 

 教室へと向けて階段を登る。春というには少し遅めの柔和な陽光が子供達の行き交う廊下を彩る。一歩一歩階段を登っているというのにどこかから聞こえてくる喧騒によって足音はかき消される。

 以前より小さくなった体を以前より軽快に動かして見せると、転生前後での体の変化に少し困惑を感じてしまう部分もある。

 実際転生したての頃は自分の体に不慣れであったが、この体になってから歳月を重ねていくと、むしろこちらの体に慣れてしまい、昔の感覚も殆んど無くなりつつある。踏みしめるようにして、一歩一歩階段を駆け上がる。

 

「……っ」

 

 ──階段の踊り場に差しかかろうとしたところで、少女の呻き声のようなものが聞こえてきた。

 温かい雰囲気の周りとは対照的に思えるそれは妙に印象に残った。

 

 一瞬の間、呆けてしまう。しかし、そのような呻き声は中々学校で聞かないようなものである。何かあっても後味が悪い。そう思った俺は駆け足で踊り場まで駆け上がる。誰かが怪我でもしているのならば保健室にでも連れて行かなければならない。

 二段飛ばしで残り僅かとなった階段を飛ぶように登る。あっという間に踊り場に差し掛かったのだが、目の前に広がるその光景に、俺は再度困惑の表情をあらわにしてしまう。

 何故なら、どうしてもその光景が信じ難いものであったのだから。

 

「たか、まち?」

 

 壁に寄りかかりながらへたり込んでいたのは、先ほどの呻き声をあげたのは、彼女、高町なのはであった。

 予想などしていなかった、出来るはずもなかった、何故なら高町が怪我をしていたなんて描写は少なくともこの魔法少女になった1,2話の間では存在しなかったのだから。

 

 ──今はそんなこと関係無い。

 

 困惑が先立ってしまい、一瞬だけフリーズを起こした機械のようになってしまう。が、なんとかこの状況を飲み込む。

 倒れている少女を目の前にして自分の都合で思考を優先させるのは違うだろう。とりあえず今俺にやるべきことは彼女に手を貸すことではないのか。

 

「大丈夫か、高町」

 

 彼女の方に駆け寄ると、彼女は一瞬だけ驚いたような表情を見せるも、すぐさまその表情を戻し、大したことはなかったかのように振る舞う。

 

「大丈夫だよ、ちょっと転んじゃって足首挫いちゃっただけ」

 

 彼女はこのように言っているのだが、真偽のほどは定かでは無い。

 本当に今この瞬間に怪我をしていたのだとしたら、このシーンは単純にアニメで映していなかっただけか、はたまたアニメでは起きなかったことが起きてしまった怪我であるのかという二択が考えられる。

 しかし、もう一つの考え方もある。

 

 ──もし、昨日の戦闘で彼女が怪我をしていたら。

 

 昨日、初めて魔法少女になって、初めての戦闘を行なった彼女が怪我をしていたとしたら。

 もちろん、そんな描写はアニメには存在しなかった。

 しかし、今目の前に広がる光景、高町なのはが足首を怪我する光景自体がアニメになかったわけであって、確かめようが無いのだ。

 とはいえ、今はとりあえず彼女の容態を正確に識別することが優先だ。

 

「ちょっと足、見させてもらうぞ」

 

 気丈に振舞ってみせた彼女であったが、その硬い笑顔からは大丈夫であるように到底思えない。

 少しだけあった距離を詰めて、彼女の目の前で屈むと彼女がその手で押さえていた方の足をそっとこちらに引き寄せる。その時にスカートが少しだけはだけてしまいそうになったのだが、俺自身にそんな趣味があるわけでは無いので気にせずに足の様子を見ようとする。

 しかし、彼女にはもちろん抵抗や羞恥心があるわけであって、先ほどまで足首を押さえていた両手で、今度はスカートがめくれないようにと押さえつける。多少だが、申し訳ないことをしてしまった気持ちになる。とはいえ、今はそんなことを言っている暇はないので、少しそれた意識をもう一度足首の方へ向ける。

 

 足首を見ると、くるぶしの上あたりの方に大きく、痛々しい青あざができていた。

 彼女は、やはり嘘をついていたことになる。

 これはどう見ても捻挫ではない。別段怪我に詳しいわけでもない俺でも一見でわかってしまうほどにだ。

 

 足首にあるその痣は、野球の硬式ボールでデッドボールを当てられたそれに似ており、打撲や打ち身の類だろう。もし彼女のいう通り、捻挫だとしたならば、腫れや痛みはもう少し下の方、基本的にはくるぶしより下から足の甲にかけてになるはずだ。

 

「これ、捻挫じゃ無いでしょ」

 

 その問いに対して返事はない。ただ、無言で戸惑う彼女の姿から、それが事実だということはわかる。

 となると、やはりこの怪我は昨日の件であろう。魔法少女としての初戦であった昨日、この怪我をしたのだろう。それ以外ではこんな傷は受けそうに無い。

 ……アニメでは、確かに無かった。

 高町なのはがこのような怪我をするシーンは無かった。

 それが、単純にアニメで描写されていなかっただけなのか、それとも、この世界はアニメの時空からズレてしまっているのか。

 それはわからない。

 

「とりあえず、保健室行こう」

 

 そう言い、俺は彼女に背を向ける。もちろんしゃがんだまま。

 

「ふぇっ?」

 

 後ろから困惑の声が聞こえる。

 わかっていないのかな。

 

「ほら、背中乗せてやるよ」

 

「う、うん……」

 

 恥ずかしいのか、尻すぼみになる声が聞こえる。そして、肩に手をかけると、ついで背中に温もりを感じる。

 

「よし、それじゃあ立つぞ」

 

 ぐっ、と足腰に力を込めて立ち上がる。小学生ということもあり、高町はそんなに重いわけでは無いはずなのだが、かくいう俺も小学生であり筋力は大して無いわけであって、流石に重く感じてしまう。

 

「だ、大丈夫? 重く無い?」

 

 なおも恥ずかしそうにそう質問してくる。

 

「ああ、全然重く無い。大丈夫」

 

 少しだけ強がって見せる。女性に対して重いなど、原則的には言っていいものでは無い。

 その言葉に安心したのか、背中から安堵の息が漏れるのを感じる。

 休み時間も終わりかけの頃なので、教室へ戻ろうとする人達とは完全に逆走をしているのであり、また男子が女子をおんぶするという非日常的な状況に対して、物珍しさからかチラチラと視線を感じる。最初は少し気にしている様子の高町であったが、流石に慣れてきたのか、もう気にはしていないようだ。

 その後は特に会話の無いまま保健室へと向かった。

 

 ○ ○ ○

 

 その休み時間からずっと拭いきれない違和感を感じている。それはやはり高町なのはについてだ。

 彼女の足の怪我、もしあれが本当にアニメに存在しないものであったのなら、俺の持っている特別なアドバンテージ、「情報」が意味を持たなくなってしまう。そうすればこれから先、長い目で見れば『魔法少女リリカルなのは』という物語自体にも影響が出かねないのだ。

 もしそれが魔法世界だけの話であればこちらも、流石に罪悪感はあれど、問題はない。しかし残念ながら、それは、この物語の変容は、最悪の場合にはこの世界の消滅につながる。

 とはいえ、現状でわかることは一つ。

 

 どうしようもない。

 

 残念ながら今のは俺には情報が欠けている。情報の欠落こそ最も恐るべきことであろう。

 故に、俺が次にやるべきことは一つ。

 

 ストーキングだ。

 

 勘違いはしないでもらいたい。俺にそういった趣味があるわけではない。このストーキングは情報収集のために行うものだ。いわば探偵だ。変態ではなく探偵だ。今度からホームズかポアロとでも呼んでくれ。ちなみに俺は推理小説の中ではアガサクリスティーの『予告殺人』が好きだ。初めて読んだ時はミステリーと描写の緻密さに感動したのを今でも覚えている。ちなみに予告殺人の主人公はポアロではなくミス・マープルなのだが。個人的にはポアロシリーズよりマープルシリーズの方が好きである。

 

 ……話が逸れた。

 さて、話の舵を進行方向に切り直そう。

 今回のストーキングに関してなのだが、高町なのはの第2陣である、神社での戦闘を確認するということだ。

 どういうことかというと、この世界はアニメの『魔法少女リリカルなのは』とは違う可能性が存在する。今の所、存在した違いといえば、高町なのはの足の怪我。そしてそれは物語の幹である部分の、魔法少女としての戦闘中に起こっている。単純に考えるなら、次に違いが起こるならば戦闘中だろう。

 

 つまり、俺自身が持っている唯一にして最大であるはずの「情報」というアドバンテージの優位性が損なわれてしまわないかどうか、それを確認しなければならない。

 アニメで描写されていない、またアニメとは異なる事実が存在するならば、その情報を手に入れて損はないだろう。

 

 思い立ったら吉日。というか、偶々であるのだが、まるで狙ったようにちょうど本日戦闘がある。

 ──しかれば、確認すべきだろう。これから先の運命がどう転ぶか。

 鬼が出るか蛇が出るか、パンドラの箱は開けて見なければわからない。最後の最後には「希望」が託されていいるのかもしれない。

 と、かっこよくまとめて見たものの、やはりというべきか、結局やる事はストーキングなのだが。

 

 ○ ○ ○

 

 現在は学校を終え、神社に足を向けている最中であり、なおかつ小学生の身としてはいささか厳しい石段を一歩一歩と登っている最中だ。

 春というには少し暑く感じる昼下りの日差しは、階段をなんとか登る俺に対して容赦無く降り注ぐ。おかげで額には少しずつ汗が滲んでくる。

 俺は現在、高町なのはのストーキングの最中であり、ギリギリ見えるか見えないか程度の位置にいる彼女の背中を追っていた。

 

 目的はもちろん、原作との乖離が起きているかどうかの確認だ。

 

 確かこの戦闘、彼女にとって2個目のジュエルシードとなる、凶暴化した犬との戦いは、階段の最上段、鳥居の真下くらいで行われていたっけか。

 階段を登りきる少し手前、荘厳に佇む鳥居と、その奥に見える境内が、無言の労いをかけてくれた気がする。

 とはいえ、これからやることは不躾で罰当たりなことなのかもしれない。

 

 高町の背中が鳥居の下に見えると、俺は急ぎ足で右手側にあった草の茂みに隠れる。バレたら取り返しのつかないことになるし、さらに言えば、巻き込まれたら自衛手段のない俺などひとたまりもない。

 草木に隠れながら、もう少し上の方まで上り詰め、ちょうど鳥居の真横あたりに到達する。待っていたかのようにちょうどいい大きさの茂みがあったので、そこの背後に入り込む。

 

 ここにいれば、おそらくは安全であろう。

 しゃがみこむと、露がついていた春の草木に蒸される感覚と、先の細長い葉たちのくすぐるようにつついてくる感覚を感じる。そうして俺は茂みの隙間からこっそりと覗く。

 

 

 全てがここから変わるとは、本当の物語はここから始まるとは知らずに。

 

 

 ──戦闘は、まるで俺が隠れることを考慮してくれていたのように、茂みに入るとすぐに始まった。

 

 それはあまりにも唐突に始まり、どうしても現実感が湧かなかった。

 

 凶暴化、肥大化した犬のような魔物が、鋼鉄のように鋭利な爪を立てる。あたふたとした様子の高町が、その近くにいるフェレットもどきに声をかけられ、なんとか魔法少女になってみせる。刹那、離れた位置にいるこちらにまで届くほどの衝撃が迸る。

 

 見えなかった。

 

 一体何があったのかわからなかった。

 俺程度の人間では、今起きた事象を肉眼で追うことなど出来るはずもなかった。

 もしかしたら、彼女は無事ではないのかもしれない、ちらりとそんな嫌な想像が頭をよぎる。原作との乖離が、もうすでに始まってしまったのか、と。

 背筋に汗が流れた。

 それでも、幸運なことにその想像は裏切られた。砂埃から現れた高町なのはは無事であった。

 

 一瞬で大地を駆った魔物は、高町へ向けてその獰猛な爪を振るっていた。しかし、高町は桃色の魔力を円状に展開し、魔物から放たれた、人一人の命を奪うのには十分な威力を誇る斬撃をすんでのところで受け止めている。

 

 目の前で起きていることの異常さに、その一撃に、たったその一撃に、俺は呆然としてしまう。

 

 俺は完全に怖じ気づいていた。足腰はとうに竦み、逃げることさえままならない。

 

 ──情けない。

 だが、知らなかったのだ。命をかけた戦闘がどういうものなのかを。俺は、なんと浅く軽い気持ちでここまで来ていたのだ。そして、彼女はどんな気持ちでこの戦いに身を投じているのか。

 

 魔力壁に攻撃は阻まれ、膠着状態に陥る。ジリ貧なその状況に業を煮やしたのか、魔物は攻撃の手を止めると、バックステップの要領で背後に下がり高町から距離を取る。

 

 だが、俺は違和感を感じていた。

 その魔物の表情が、余裕に満ちていたから。

 

 しかし、それに気がついていないのか、高町は取り敢えずの危機を脱したことに安堵し守りの手を緩める。が、それは恐らくは奴の思う壺であった。それを確認するとほぼノーモーションで魔力の刃がその魔物から放たれた。両手の爪を模したそれは、三本の爪が二対、計六本の魔力刃となり高町に向かう。

 予想外の一撃に対して、もう一度、なんとか咄嗟に防御魔法を展開して見せるが、緊急的に発動したそれには十分な魔力が備え付けられておらず、すべてを受けきった頃には幾重もの亀裂が走り、防御を行なう物としては余りにも脆く弱い姿になっていた。

 

 ──違和感。

 あれ、違う。

 こんなシーンは『魔法少女リリカルなのは』には無い。

 あの魔物は魔力弾のような攻撃は決して放てるような敵ではなかった。

 

 そして、それを見逃す道理など無い。いつの間にか高町の目の前に詰めてきた魔物は爪を横一閃に薙ぐ。既に脆くなっていた防御魔法は、紙のように一瞬で破られ、その斬撃は高町なのはに直撃する。

 

 無い、こんなシーンも無かった。

 彼女が直接ダメージを受けるシーンなんてなかった筈だ。

 

 その攻撃に耐えきれるはずもなく、呆気なく吹き飛ばされると地面を数回跳ね、モノのように転がる。

 ──俺の隠れる茂みの目の前に。

 

 ……無い、無い。このシーンも俺は知らない。

 

 少女が、ボールのように吹き飛ばされた。

 だと言うのに、この期に及んでも俺は声を上げることすらできなかった。

 怖かった。

 手足が震えて力が入らない。情け無い。情け無いのはわかっている。でも動けないのだ。

 俺の心の中にある人並みの正義感など、人並みの良識など、人並みの勇気など、人並みの力など、何にも役に立たない。何が転生者だ、何が他人より有利だ、何がいい大学に入れるだ、何が前世より良い生活が送れるだ。

 結局、俺は凡人なんだ。何回人生をやり直しても凡人なんだ。驚くほどに無力な、笑えるほどに非力な。不愉快なほどに情け無い。

 

 だが、彼女は違った。

 

 彼女は立ち上がった。デバイスを杖にして、立ち上がったのだ。

 その瞳には不屈の闘志が宿っていて、その姿は今の自分とは正反対のモノであった。

 

 俺は彼女のそんな姿に呆然とする他が無かった。俺は、こんな幼い少女と比べ、なんで惨めなんだ。

 

 しかしそれは、高町なのはの立ち上がりは、非情なことに無駄な抵抗であった。

 獣は力を込める。こちらからでも見てとれるほどに足の筋肉が膨張を始める。高町はそれを見てもう一度プロテクションを展開する。

 ──が、おそらく無理だ。素人目に見てもわかる。何度かの衝突で磨耗した高町のプロテクションは余りにも弱々しく、対して未だ平然とした魔物は、今までよりも一段と多くの魔力を溜めているのが目に見て取れる。

 死ぬのか、彼女は。高町なのはは。

 魔物は大地を蹴る。腕を大きく後ろに引くと、勢いのまま前方に鋭く強く突き放つ。

 その凶暴で強力な一撃は、案の定弱々しくなった高町のプロテクションを──

 

「プロテクションッ!!」

 

 破らなかった。轟音を立ててその爪は黄緑色のプロテクションに激しくぶつかっていた。

 そのプロテクションの主は、あのフェレット、いや、ユーノ・スクライアだ。

 

「ぐぅうううううっ!!」

 

 彼もまた、おそらく消耗しきっていた。であると言うのに、その一撃をしかと受け止めていた。それは彼の限界をおそらく超えていた。それだというのに彼は未だ抑え続ける。

 

 ──しかし、抑えることはできても、耐えきることはできない。プロテクションは破られ、彼もまた吹き飛ばされる。

 だが、プロテクションにより、確実に、そして大幅に威力を軽減することは出来たようだ。高町なのはへのダメージは一切無かった。

 しかし、これもたかが一撃を止めたに過ぎなかった。魔物にとってはその一撃を止められたところで、どうということでは無い。

 また再び、攻撃をすればいいだけなのだから。

 

 嘘だ。おかしい。ありえない。信じられない。

 だって、アニメにはこんなシーンは無かったのだから。

 だが、現実は違う。目の前で起きていることは俺の考えが嘘であることを示している。

 でも、いったい何故。何故アニメと違うのだ。こんなにも敵は強く無かった。彼女の怪我を見て感じた俺の心配は、考え得る限り最悪な形で当たってしまったのか。

 何が違うんだ。アニメと何が違ったのか。

 

 わからない。

 

 この、たかが数年ではあるが、俺が過ごした9年間では何も違いなどなかった。何も違いなど見出せなかった。

 何が違うんだ、どうして、どうして──

 

「痛っ」

 

 堂々巡りをし、混乱していた思考が一瞬で現実に呼び戻される。

 草むらに手をかけていた右手の指に鋭い痛みが走る。慌ててみると、ちょっとした傷口があった。草で切ったのだろう、ゆっくりと、ちょっぴりと、しかし確かに血が流れる。

 

 血が肌を這う。

 

 俺の指の上を、俺の血が流れる。

 

 ……あ。

 

 気がついた。気がついてしまった。この世界と、魔法少女リリカルなのは世界の違いを。

 

 ──「俺」だ。

 

 この世界には本来居なかったはずの、この世界に生を受けてしまった、俺という存在。

 このセカイに存在する最初にして唯一の違いは俺なんだ。

 

 では、これは。

 

 目の前に広がるこの光景は。

 

 これから起きてしまうかもしれないバッドエンドは、

 

 今この場で助かることのない高町は、

 

 救済の無いフェイト・テスタロッサは、

 

 止まることなく悲劇を積み重ねる闇の書は、

 

 一人きりの八神はやてと絶望に染まる彼女の騎士達は、

 

 彼女たちに助けられるはずの大勢の人は、

 

 セカイは、この物語は。

 

 どうなってしまうのだ。

 

 誰のせいなのだ? 

 

 ……。

 

 俺のせいだ。

 

 俺の責任だ。

 俺という存在がこのセカイに生まれてきたからだ、生まれてきてしまったからだ。

 

 俺が、このセカイの因果を壊してしまったのだ。

 

 不意に、腹部に痛みを感じる。そして胃から逆流してきた吐瀉物がせり上げてくる。一度は口内で耐え忍んで見たものの、なお奥から続くそれに耐えきることは出来ず地に吐き出す。特有の饐えた臭いが立ち込める。

 耐えられなかった。自分の責任に耐えることが、人並みの正義感しか持ち合わせぬ俺にはできなかった。

 

 視界には腕を振り上げる魔物が映って居た。高町なのはにトドメを刺すためにだ。

 

 だが、混乱した頭とは裏腹に、気がついたら足が動いていた。

 どうしてなのか。

 なぜ、凡庸なただの人間が、この俺が、動くことができたのか。

 

 高町なのはを守るためか? 

 ──条件付き可決。

 残念ながらそのように主人公みたいな格好の良い動機で動けるほどの人間では無い。

 

 正確な答えは「逃げるため」だ。

 

 自分の責任から逃げるためだ。

 耐えられなかった。だから逃げるのだ。だから選ぶのだ。

 死を。

 このセカイの重圧に比べたら、死を選ぶことなど造作ないことであった。

 俺は既に一度死んでいるのだ。もう一度死ぬことはもちろん怖いのだが、もうどうでもいいのだ。

 死ぬことの恐怖より、他人を巻き込むバッドエンドの方が、セカイの重圧の方が余程恐ろしい。

 だから、これは逃げであり言い訳だ。口実を作るのだ。高町なのはを守ったという口実を作るのだ。そうすれば多少は自分への責任が減る気がしたから。

 故に俺は決してヒーローなんかではない。死に慣れただけのモブに過ぎないのだ。

 

 一度目の死は一瞬であり、あまり覚えてはいなかった。だが今回のそれは、はっきりとわかった。死の直前の映像はスローモーションになるとはこの事かと納得できた。

 いつの間にか自身は高町なのはの前に立って居た。楽になれる気がした。

 背後から自身の名を呼ぶ少女の声が耳には入ったが、音が耳に入っただけで聞いてはいなかった。

 

 だから、俺は振り下ろされた腕を呆然と見ていた。

 ぷつりと、ブレーカーが落ちたように、意識は遠くへ向かった。

 



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5話

 高町なのはは目の前で起きたことを理解できなかった。

 魔法少女となりまだ2日だというのに、いきなり死の恐怖を感じさせられただけでなく、目の前に急に現れた同級生が吹き飛ばされる姿を目の当たりにしたのだから当たり前であろう。

 

 しかもそれが、大神一縒であったから。

 

 高町なのはは友達が多い。彼女の明るい性格と、柔和な態度に反感を覚える者は少ないか。それはもちろん大神一縒に対しても変わらないのだが、考えてみると、彼との接点は多そうで少ない。

 

 自身の親友の一人であるアリサと彼の仲は、非常に良い。大抵はアリサの方から絡みに行くのだが、それに対応する大神も何処か楽しそうであるのは明らかだった。

 自分の親友の親友(?)である大神一縒。

 そうであるならば自分も大神と仲が良くてもおかしくはないはずなのに、基本的に交わす言葉は「おはよう」程度だ。

 そんな、近くて遠い存在であった大神一縒が、今、突然目の前に現れ、そして突然のうちに吹き飛ばされたのだ。

 

「お、大神くんっ!!」

 

 やっとの事で口が動く。

 冷や汗が背中を流れる。何故なら、普通の人があの一撃を耐えられるはずがないから。要するに、魔法も使えない一般人があれを喰らえば、百パーセント命を落とすからだ。

 

 そして、叩きつけられた大神は社の方まで吹き飛ばされて、ピクリとも動いて居ない。どうにか彼の安否を確認しなければならない、高町はそう思うのだが、如何せん状況がそうさせない。

 もし、今気を抜いたら高町なのははあの魔物の餌食になる。とはいえ、彼の命を見捨てる真似は絶対にできない。

 

「……レイジングハート、なんとか出来ない?」

 

 縋るように、懇願するように声を紡ぐ。

 しかし、返ってきたのは色よい返事であった。

 

「Yes,my master」

 

「ありがとう……よし、いくよ!」

 

「Ok」

 

 高町なのはは意識をレイジングハートと同化させる。想像するのは動きを止めることのできる拘束具、創造するのは魔力の枷。

 

「バインドッ!」

 

 掛け声とともに魔物の四肢に現れたのは桃色の拘束魔法。魔物は大きな咆哮とともに踠き、抵抗を見せる。四肢の筋肉は膨張し、血管が浮き出る。もちろん魔力も多く込める。

 ──しかし、彼女の強い意志を伴ったそれは圧倒的な堅牢さを誇り、強化された魔物であっても簡単に破ることは出来ない。

 

「大神くん!」

 

 先ほどとは違い、意志のこもった強い声で。動揺もなくしたまっすぐな声で。その言葉とともに大地をかける。

 彼を救うために。誰も傷つけさせないために。

 

「大丈夫!?」

 

 駆け寄ると、倒れ込んでいる大神の横に腰を下ろす。

 だが、分からない。生きているかどうかの判断の仕方が分からない。それもそうであろう。彼女はあくまでも普通の小学生であり、当たり前のことなのだが、目の前で人が死にかけるシーンを直接見たことがあるわけではないのだから。

 

 ──ええと、こういう時って、確か、心臓が動いてるかと、息をしているかと、あと一個なんだっけ。

 保健の授業か、何らかの特別授業か、はたまたテレビで見た知識かは覚えて居ないが、頭の中にある情報を総動員させる。そうはいってもやはり、この状況に動揺は隠せるはずもなく、考えれば考えるほど思考の糸は縺れ絡まり、余計に複雑になる。

 ──なんでも良い、とりあえず今の二つだけでも確認をしないと。

 それでも彼女は冷静であった。まず自分のできることからやる、緊急事態時にその回答に辿り着くことは大人でも容易な事ではない。

 しかし事態はさらに複雑な方向へ向かう。

 高町なのはが大神一縒の胸に手を当てようとした時であった。

 彼のブルゾンジャケットの右側にある胸ポケットから、新緑を思わせるような鮮やかな緑の光が優しく灯っていたのだ。

 光を灯すのは、綺麗な透かし彫りが施された、刀の鍔のようなもの。

 何だ、と彼女は思わなかった。知っていたのだから一瞬で気がついた。

 

 ──魔力。

 

 そう、これは魔法の光。

 この刀の鍔のようなものから、確かな魔力を感じていた。

 ならば、と高町なのはは思う。彼は、大神一縒は無事なのではないかと。

 

「大神くん!」

 

 彼の体を揺らしながら精一杯の声で叫ぶ。希望はまだ潰えてなどいないのだから。もう一度、さらにもう一度、彼の名前を呼ぶ。何回めであっただろうか、彼女は見逃さなかった。彼の身体が少しだけだが動いたことを。

 ──無事だ。

 彼女は安堵の表情を浮かべる。目の前の彼が命を落とさなかった事に。希望は確かにつながっていたことに。

 彼の手を強く握る。

 ──生きていてくれて本当に良かった。

 高町なのはは誰よりも優しい。どんな命でも彼女は失うことを良しとはしない。故に彼女はその一つの命がつながった事が何よりも嬉しく、希望であり──

 

 そしてそれは同時に絶望を孕んでいた。

 

「…………えっ」

 

 高町は、自身の両手足に違和感を感じる。急に身動きが取れなくなったのだ。視線を下におろすと、そこにあったのは先ほど自分が発動したものとそっくりな魔法が。

 ──バインド。そっくりなどではない。完全に同じだ。

 ただ、その色を除いて、の話だが。

 高町なのはの両手足を拘束するバインドは毒々しい紫色。この色は先ほど魔物が放った魔力の斬撃に非常に酷似している。

 

 パリン、と音がする。

 

 首だけ後ろに回すと、そこにはバインドから抜け出した魔物の姿が。

 そうして、自分の手足には、おそらくあの魔物が発動したであろうバインドが。

 魔物はその脚に魔力を込める。

 筋肉は膨張し、魔力は高まり、大地は震え、地はめくれ上がり、その威圧感はこちらにまで届く。

 動くことは出来ない。

 

 精神的にではない。手足のこの魔力の枷が、高町なのはが抵抗することを食い止めるのだ。

 

 魔物は高く跳ぶ。

 その赤く滾る獰猛な双眸を2人に向けて。

 

 ○ ○ ○

 

 二度の死を経験する人など、まず居ないだろう。

 当たり前の話なのだが、既に死んでいる人はもう死ぬ事は出来ないのだから。

 生きているからこそ人は死ぬ事が出来るのであり、死者は生きてなどおらず、それは死ぬ事は出来ないという意味である。死と生は不可逆な関係であり、生から死へはどう頑張っても一方通行なのだ。

 

 であるというのに俺はその例外に当てはまる。

 一度目の死は冷静に取り繕おうと必死であったのだが、今回の死はどうも冷静でいられた。不思議と違和感はなかった。それもそうだろう、死とは俺にとって既にある経験なのだ。

 今更驚くべきことなど特にはない。人間が驚くのは大抵初めてのことであるから。

 とは言え、結局どちらの世界でも俺は何も成せなかったし、何者にもなることはできなかった。

 本来ならばそのことに関してもっと後悔していたかもしれないが、先程の戦闘で、自分の惨めさは十全に見せつけられたため、最早そのような気力も浮かばない。

 所詮俺はこの程度の人間であったのだ。

 

 それで良いのかよ。

 

 きっと自分は特別だ、と信じて止まなかった二度の人生であった。第三者から見ても非常に滑稽であっただろう。俺は舞台を演じる道化師にすらなれない、唯の成り損ないなんだ。

 

 本当に後悔はないのか。

 

 俺がいることで発生した、あの世界、『魔法少女リリカルなのは』の世界で生じたズレは、俺が消えることで解消してくれるのだろうか、そこだけが唯一の気がかりであった。自分の責任で多くの不幸を生んでしまうことだけは考えたくなかったから。

 

 逃げんなよ。

 

 後悔なんてしていないし、逃げることが悪だとは思っていない。

 

 都合が悪くなると正当化か。

 

 正当化して何が悪い。そうでもしないと人間はやっていけない。耐えることができない。耐えられるわけもない。

 

 だからこうして否定をし続けなければならない。だから自分を正当化しなければならないんだ。

 

 葛藤したところでどうなると言うんだ。

 生き返ることができるのか?

 生き返ってどうするんだ。あの魔物を倒すのか?

 どうやって。不可能だ。もう一度犬死するだけだ。

 たから割り切るしかないんだ。出来ないことはできないと。

 人間諦めが肝心とよく言うではないか。

 実にその通りだ。高望みはしてはいけない。

 

 力も無い、勇気も無い。

 

 俺には肝心な要素が欠けているんだ。

 

「つまり、坊主は力があればいいって事だな」

 

 ……今度こそ誰だ、お前は。お前は俺じゃない。先ほどの自問自答とは違う。完全に別の何かだ。

 

「力なら、俺がてめえにくれてやる。あと必要なのは勇気だ。それはてめえでどうにかしろ」

 

 ──何を言っているのだ。力をくれる? 勇気を出せ? 馬鹿げている。

 

「いいか、よく聞け。お前みたいな中途半端に頭のいいバカは変に考えるんじゃねえ。お前はどうしたい。お前は何のために動く。お前は何だ」

 

 ──俺は、何だ。

 

「このままお前がおっ死んだらあの女の子もお陀仏だぜ。たとえお前が死んだところでお前が乱した因果は変わらないし止まらない。それを変えることが出来るのはお前だけなんだよ」

 

 ──無理だ。そんな覚悟、俺には無い。

 

「まだ覚悟がつかないのか、力はくれてやると言ったんだ。あと一歩はてめえで踏み出せ。てめえが勇気を出せ」

 

 勇気。

 俺にだってある。それくらいは。

 お婆ちゃんに席を譲った、委員長に立候補した、チャンスでタイムリーヒットを打った、授業中に率先して発言した、告白もした、ボランティアに行ったし、人助けだってした。色々した。

 だがそれは、ただ人並みの勇気を持っていただけであった。

 今必要なのは人並みはずれた勇気。

 でも、そんなものは俺にはない。

 

 声がする。自分を呼ぶ声。朦朧とした意識の中、高町なのはが必死にこちらに語りかけているのがわかる。しかし体は動かない。

 

 彼女の表情が変わる。彼女の、優しく、強く、魅力的な顔は絶望に染まる。

 

 ああ、そんな顔はしないでくれ。

 

 俺のせいで、俺の責任で。

 

 「ーーーーーーっ」

 

 痛みを感じる。先程切った指か? それとも魔物に吹き飛ばされた時の痛みか?

 違う、痛いのは、もっと体の内側にあるもので、どうしようにも手の届かないところだ。

 

 変わるのか、世界は本当に。

 俺のせいで。

 俺のせいで多くの人の命が失われるのか。

 自惚れていた。死ねば許されると思っていた。でも、俺程度の死でそれらを償いきれるわけが無い。だったら、どうすればいいのだ。

 

 俺には、勇気がない。

 あったとしても人並みの、本当にちっぽけなものだ。

 

 しかし俺には、責任がある。

 

 何よりも大きな責任。このセカイの責任。

 俺は逃げてはならない。全てをもって償わなければならない。

 俺は責任に耐えられないから逃げようとした。

 

 だとしたらこれは償いだ。この責任を一生抱き続けることは俺の償いだ。これから始まる、辛く長い人生を、セカイを背負うのは俺の償いだ。

 

「なあ、あんた」

 

 声をかける。見知らぬ人物に。先程からこちらを責め立てる人物に。

 

「なんだ」

 

「俺は、強くなれるのか」

 

 問う。

 俺には勇気がなかった。しかし代わりに責任があった。

 あと必要なのは強さだ。どうやらそれは彼が提示してくれるらしい。

 

「そりゃ、おめえ次第だ」

 

「なんだ、それ。さっきと言ってることが違うじゃん」

 

 苦笑が溢れる。

 ──もう覚悟はできた。

 

「想像しろ。お前は唯の刀使い。纏うのは洒落っ気も無い袴。手に添えるのは不朽の、お前と同じただの名刀」

 

 何もないはずのこの精神空間で感じたのは、心地よい一陣の風。

 頬を撫でるそれは、何故か懐かしく感じる。

 

「行くぜ、あんた」

 

「おう、坊主」

 

 ──デバイス、起動。

 

 やるべきことは、この刀で因果を断つこと、それだけだ。



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6話

 太刀の振り方など知らない。

 ただ、この手に現れたそれを一歩踏み込んで思い切り上に振り抜くのみ。

 風切り音を上げた刀身はそれでいて風よりも速く、まして音すらも追い抜いて上方へと振り抜かれる。

 一陣の風となったそれは魔物の爪と激しくぶつかる。しかし、それも一瞬のことであった。手に感じたのは絹を手で撫でたような、或いは、清流を手で掬ったような、宛転たる感覚。

 斬りあげる時に、無駄な力など要らなかった。そんな事をしなくても、その魔物の爪は、手は、腕は、見事なまでに両断されていたのだから。

 腕を落とされた魔物は「狩り」の相手からの突然の反撃に全くもって対応することをできずにいた。それでもヒットアンドアウェイの要領で、目の前の魔物は大きく後退する。辺りには奴の体液が飛び散っていた。血か何かだろう。

 

「大神、くん?」

 

 背後からは少女の声が。

 その声音だけでは彼女の心情をわかり得るはずが無いのは確かである。が、彼女の声からは喜びという部分は少なく感じられる。どちらかというと、助かった安堵ではなく、同級生の急変による困惑の色の方が強い気がする。

 

「大神くん、どうして……」

 

「話は後でいいか、高町。今はあいつをどうにかしないと」

 

 刀を体の前に出して、剣先を斜め上に向ける。足は肩幅程度に開き、手と手はしっかりとくっつけて強く握りしめる。

 とまあ、見よう見まねで構えを取る。

 

「おうおう、かっこいいこと言ってるけど、坊主の構え方、初心者感丸出しだぜ」

 

 急に現れた第三者の声。だが俺はこの声を知っている。この声の主は先ほど俺に語りかけてきた何者か。いや、何「物」か。

 この、日本刀の形をしたデバイスだ。

 

 少し前に落ちていたものを拾い、ジュエルシードと勘違いをしたもの。俺の胸ポケットに入れっぱなしにしてあった刀の鍔。理由も因果もわからない。

 分からないが、1つ言えるのは、それがデバイスであったという事実。

 

「お前は、あの時拾った──」

 

「んなこと今はどうでもいいだろ?」

 

「──まあ、そうだな。どうすればいい」

 

 今は恥もプライドもゴミ箱に叩き込んででもこの状況を打破しなければならない。それが俺の責任だから。

 

「まず足を──って避けろ!」

 

 その言葉に上を見上げると、さて何度目か。今一度あの魔物が爪を振り下ろそうとしているでは無いか。

 先ほど奴を切れたのは偶々だ。何故なら俺は剣術など知らぬし、当たり前だが剣など振ったことすらない。先ほどは本当に無我夢中で、ただ体の動くままに剣を振るっただけなのだ。

 だから、今回の奴の攻撃への対処法は全くもって浮かばない。

 上から爪を振り下ろされたらどうすればいいんだ。

 剣で押さえる? いや、日本刀などは横で押さえれば刃こぼれするだろうし最悪折れる可能性もある。

 タイミングを合わせて刀を振り抜く? いや、切れたとしてもその威力までは消し切れないかもしれない。

 ならば、避ける? いや、今の俺の後ろには高町なのはがいる。ここで避けたら彼女に直撃だ。

 なら、どうすれば。

 

「プロテクションっ!」

 

 後ろから叫ぶような大きな声が聞こえると、獣の攻撃は目の前で食い止められる。鋭利な爪を深くつきたて、全力で破ろうとしているのが分かるのだが、その攻撃はプロテクションに止められていた。

 混乱して、何もできなかった俺。おそらくこのままでは何も出来ずに直撃でもしていただろう。

 だが、俺は生きている。後ろから聞こえてきた少女の声によって生かされたのだ。

 情け無い。覚悟はしたのに、身体は思うように動いてはくれない。

 

「大神くんっ、逃げて」

 

 再び後ろの少女から聞こえてきたのは、信じられない言葉だった。

 ──そんな事をしたら、君は死ぬかもしれないんだぞ。どうしてそんな事が言えるのだ。

 

 今一度覚悟を決めろ。

 俺には責任があるんだ。やらなければならない責任が。

 

「し、死んでも嫌だ」

 

 震える声を絞り出して言葉を口から紡ぎ出す。

 

「俺が君を助ける、なんて自意識過剰なことは言わない。だけど、それでも、君を助けなければならない。だから、あいつが何をしても君の前から退かない。死んでもだ」

 

 今度こそ、しっかりとした言葉を口にする。

 強く刀を握りしめる。不安や焦り、他にも様々な悪い感情はここで握りつぶす。

 

「おい、デバイス」

 

「ああ? 何だ。俺には志那都比古剣(シナツヒコノツルギ)っつーおしゃれな名前があるんだ」

 

「シナツヒコ、どうすればいい。この場面」

 

 ──おそらく、このプロテクションも長くは持たない。先ほどから苦悶の表情を浮かべている高町を見ればそれは明らかだ。であれば、このプロテクションが崩壊する前にどうにかしなければならない。

 数秒、沈黙が起こる。

 聞こえてなかったのか、再び声を上げようとしたちょうどその時、このデバイス、シナツヒコは言葉を発する。

 

「そこな嬢ちゃんのデバイスよぉ」

 

「Do you want me?」

 

「このプロテクション、持って後何秒だ」

 

「Maybe.20 seconds」

 

「よし、十分だ。嬢ちゃん、後そんだけ耐えてくれ」

 

「は、はい!」

 

 沈黙を破ると、今度は饒舌に高町とそのデバイス、レイジングハートから状況を聞き出す。

 

「坊主、次はお前だ」

 

「おう」

 

「今からお前に剣術を教える暇はねえ。いいか、下手に剣術の真似っこをするくらいなら、お前が振りやすいと思う形をとれ」

 

「それってどう言う意味──」

 

「いいから!」

 

 俺の発言は途中で遮られる。しかし、時間がないのも事実だ。

 振りやすい形、何でもいい、どんな形でもいい。と、言ったら俺にはあの形しかない。

 敵に対して俺は左の半身だけを見せる。刀は左手を下、右手を上にしてくっつける。刀身は肩の上に少し傾けるように構える。そうして右足に重心を乗せる。

 所謂、バッティングフォーム。

 前世では小中高と野球をやっていたため、振りやすいといえばこの形しかないだろう。

 一か八かだ。これでやってやる。

 覚悟を決めろ。責任があるのだから。

 

「15 seconds」

 

「おい! 坊主! 中途半端に剣の構えをするんじゃねえっつたろうが!」

 

「は? 剣の構え? 何処がだよ。バッティングフォームだよこれは」

 

「どう見たってそれ、八相の構えじゃねーか!」

 

「八相の構えって何だよ!」

 

 見当違いなシナツヒコの言葉に俺は語気を荒げてそう返事をする。すると再びちょっとの沈黙を作ってから口(デバイスには無いのだが)を開く。

 

「お前さん、それ知らねえでやってたのか。……よし、気が変わった。ちょっと口出しさせてくれ」

 

「いきなり何なんだよ」

 

「まず体の重心は片足に寄せず真ん中に!」

 

 いきなりの彼の態度に焦りと動揺と不満はあるものの、今俺にある一筋の希望の糸はここにしか垂れてないので、それに縋るしか無い。

 右足に乗せてた重心を、体の中心に、自然体になるように持っていく。

 

「お次に手! 両手の間は開けるもんだ!」

 

 そういえば、剣道とかって両手を広げていたかもしれない。

 

「んで刀は真上に向けてから、右脇を締めろ!」

 

 言葉だけで言われてみると難しい質問だが、なんとか言われた通りにその形を作って見せる。

 

「それで袈裟懸けだ!」

 

「け、袈裟懸けか」

 

 袈裟懸け、時代劇とかで聞いたことと、そしてちょっとだけなら見たことがある。

 

「まさかおめえ袈裟懸け知らねえとかはねえよな?」

 

「な、なんとなくなら知ってる。右上から左下に切るやつだろ」

 

「おーけー、それで十分だ」

 

「5 seconds」

 

 残された時間は5秒。

 心を落ち着かせろ。このデバイスを信じて、剣を振り抜き、袈裟懸けをするだけだ。

 

「坊主、切るときは頭に浮かんだ技名を言え」

 

「4」

 

「……えっ?」

 

 頭に浮かんだ技名を言う。

 ここでいきなり無理難題をぶち込むなよ。何だよ、頭に浮かぶって。そんな経験ないから分かるはずがない。

 

「3」

 

「頭に浮かぶって何!? 技名は!?」

 

「2」

 

「言ったろ、頭に浮かぶって。まあ、頑張れ」

 

 なんて投げやりな解答だ。こちとら命がかかっているといのに、本当にこいつにかけて良いのだろうか。

 ……どうせそれしか無いのだ。結局のところは。

 

「1」

 

「あああ、もう、どうにでもなれええええええ!!」

 

「0」

 

 ──パリンっ、と言うガラスが割れた時のような鋭い破裂音が響く。

 俺はそれに合わせてバッティングフォームのような構えから袈裟懸けを不恰好に繰り出す。

 技名って何だよ。浮かんでこねえよ。

 刀身は自分でも驚くくらいの速度を出しながら、魔物の凶暴な爪に再びぶつかろうとして──

 

 ああ、頭に浮かぶって、こう言うことか。

 

 言葉を紡ぐ。

 

旋風斬(せんぷうざん)ッッ!!!」

 

 ぎゅうっ、と胸の奥が締め付けられるような感覚がすると、刀身は深緑の色の魔力に染まる。この胸の締まるような感覚は、おそらく、体内の魔力器官が急な発動に驚いてでもいるのだろう。

 刀と爪が触れると、先程に切ることができた時とは違う感覚がそこにはあった。先程は、柔らかく切るような感覚。

 今回は、魔力の、そして風の爆発。

 腕は強くその反発に押される。しかし、負けじと刀を振り抜く。

 何が起きているのかはわからない。わからないが──

 

 刀は振り抜かれていた。

 轟音と、旋風とともに。

 気がついたら敵は離れた位置に倒れている。

 その左腕は、先程の刀傷が。

 そして、今切り裂いた右腕は、完全なまでに消し飛んでいた。

 

 ──これが魔法。

 

 自分でも驚きを隠せないでいる。才能も何も無いと思っていた俺がやったことなのか。妙に現実感の無い事象なのだが、震えるこの手が、倒れているあの魔物が、少しだけ痛むこの胸が、これが現実であることを知らしめる。

 

 倒した、のか? 

 

「坊主、まだ終わってねえぞ。だが、こっからはまだお前には出来ない。嬢ちゃん、封印を頼む!」

 

 そうか、封印。まだそれが残されていた。詳しくは分からないが今の俺には出来ないらしい。確かに、やれと言われてもできる気がしない。

 

「高町、あとは頼んだ!」

 

「──わかった、行くよ、レイジングハートッ!」

 

 しかし、驚いた。

 自身が先程魔法を使えたからこそ、一段とその事実に驚いた。

 

「──リリカルマジカル」

 

 彼女を取り巻く桃色の奔流。

 

「ジュエルシードXVI」

 

 その魔力量の圧倒的な多さに。

 

「封印っ!」

 

 彼女から発せられた魔力の波は、あっという間に魔物を包み込む。封印の合図と共に、強く、そして優しく、桃色の魔力光は解き放たれる。ここにいる俺の肌にもひしひしと伝わる。

 ゆっくりと光が霧散していくと、そこには1匹の犬と、そして諸悪の根源であるジュエルシードがあった。

 ──あんな物なのか。実に呆気がない。命をかけて戦った相手が、そこにいる1匹の犬だったなんて。非常に滑稽な光景だ。

 封印が終わると、ジュエルシードは高町の愛機であるレイジングハートに収納される。

 これで、本当に終わったのか。

 

「おう、坊主。初戦にしては良くやった。まあ及第点だ」

 

 ここ数分で起きた怒涛の連続に、呆然としてしまう。それを察してか、シナツヒコは労いの言葉をかけてくれる。

 

「お疲れさん、取り敢えずお前さんのデビュー戦は終了だ」

 

 終わった、のか。

 ああ、未だ実感が湧かない

 ここに辿り着くまでの9年間、この世界の物語には介入しないと決めていた筈であるのに、そんな数年間の覚悟はものの1日にして、いや、ものの数分にして破られてしまう。

 ここまで建ててきた人生プランも設計図も、何もかもあっものでは無い。しかし、そんな呑気なことは言えない。俺に言う権利はない。

 俺にあるのは、ただ一つ、責任のみだ。この世界の歯車をずらしてしまった責任を取らなければならないのだ。

 

「大神、くん」

 

 今日、何度か聞いた高町の呼びかける声に、再び遠のきかけてた意識が呼び戻される。

 振り返り彼女を見ると、そこにあったのは暗く沈んだ表情のみ。なんとなく察しはつく。大方、巻き込んでしまったことに対する罪悪感であろう。しかし、本来は、俺がこの世界にいなければそんな感情自体が生まれなかったはずだ。つまり、これもまた俺の責任なのである。

 

「大神くん、どうしてここに……」

 

 至極当然の疑問であろう。非日常的な魔法少女としての世界は、もちろん同級生を含んでなどいない。であるというのに、戦闘中に現れたのは俺という想定外のモノ。疑問を持つ理由はあれども、持たぬ道理など無い。

 さて、ここから問題となってくることは、どう誤魔化すかだ。

 俺は転生者で、実は2回目の人生で、この世界はアニメの中の世界で、俺は流れを知っているんだ。なんて言えるはずもない。

 そもそもこんな発言、信じてもらえるはずがない。虚言妄言、もしくはギャグとでも取られるのがオチだ。

 さらに、この発言をしてしまえば、俺自体の信用度も下がる。なぜなら、一度は俺がユーノを無視してしまったという事が分かってしまうのだから。もちろん、事情を説明すれば分かってくれるかもしれないが、それにはリスクが大きすぎる。さらに言えばそれに対するリターンがほぼゼロだ。高町が「大神一縒は転生者である」と知ったところでプラスに傾く要素は何らあり得ない。

 つまるところ、適当かつ程よい言い訳を見つけるのが最優先事項であるということだ。

 

 まあ、何にせよ、こちらも少し混乱しているので、時間が欲しい。

 

「と、とりあえず」

 

 俺はゆっくりと、倒れている女性に指をさす。先程のジュエルシードの暴走の元となった犬の飼い主らしき人物だ。

 

「その人、ベンチの上にでも運んでからにしない?」

 

 ○ ○ ○

 

「つまり」

 

 人差し指を立てて、こちらの事情を理解した高町が確認のために口を開く。

 立てた指の方向にもう太陽はなく、時刻は正確にはわからないが、町は何事もなかったかのようにいつも通りの紅色に染まっている。

 場所は変わらず神社の境内。倒れていた女性が目を覚ますまでは一応介抱的な事をして、目が覚めた彼女から感謝の言葉をいただいて、その背を見送った後だ。

 

「たまたま拾った刀の鍔みたいなものが、たまたまデバイスで、たまたま訪れた神社で、たまたま私が戦ってるのを見て、たまたま魔法の素質があって、たまたま魔法を発動できたって事?」

 

 はい、ご覧の通り。

 まともな言い訳ができませんでした。

 全てを運命のいたずらのせいにして、非現実的な出来事を無理にまとめたというわけだ。

 

「……ははは、信じられないよね」

 

 流石に、信じてもらえないだろう。こんな、巫山戯た話。

 もちろん、この世界は偶然に満ち満ちている。錬金術による科学の発展なんてまさにいい例だ。しかし、流石に今俺が話した内容は、都合のいい、ご都合主義的な流れでしかない。そこに意図が介入していないと言われても、簡単には信じられない。

 

「──信じるよ」

 

「……え」

 

「私、信じるよ」

 

 ハニカミながらそういう彼女。

 

「というか、私もだいたい似たような感じで魔法少女になったわけだし、信じないわけにはいかないと言いますか……」

 

「──ありがとう」

 

 やはり、彼女は並の人なんかではない。命をかけた戦いに、つい先程まで身を投じていたというのに、こうも冷静でいられるだなんて。

 こちとら、魔法少女のことやジュエルシードのことを知っているというのに、今にも頭がパンクしそうだ。

 

「そんな、むしろ助けてもらったんだし、お礼を言うのは私の方だよ」

 

 こちらを向くと、両手を胸の前に持っていきぱたぱたと振る。

 ……違うんだ。そもそも、敵があんなに強かったのは俺のせいなんだ。俺という不純物が入ったせいで、この世界が言わばハードモードになってしまったのは俺のせいなのだ。お礼を言われるような人間では無いのだ。

 だが、そんな事を言い出せるはずもない。だから、俺にできることは1つ。

 この責任を取ることだ。

 

「高町、俺も手伝うよ。ジュエルシード回収」

 

「「えっ!?」」

 

 と、ユーノまでもが高町と一緒に、こちらの予想以上の驚きを見せる。そんなに俺が薄情そうなやつに見えるのか。

 

「で、でも、巻き込むわけにはいかないし」

 

 と、高町。

 

「これ以上巻き込むわけにはいかないよ」

 

 と、ユーノ。

 

 もちろん、俺が手伝う理由は、先程から述べているように、責任があるからだ。

 だが、なんて事は言えず、あらかじめ考えておいた理由を口にする。

 

「戦える人は2人いた方が、絶対にいいだろ。それに、こんな光景を見て、実際に高町に何かあったら、俺は嫌だ」

 

 その言葉に、2人は口をつぐむ。

 本人たちも気がついているのだろう。今みたいな敵の強さのままでは、最悪の事態が訪れる可能性もあることを。俺が仲間になれば、リスクも負担も少なくなるわけであるし、ユーノの目標であるジュエルシード回収もより効率的になる。

 

「それに、ダメだと言われても絶対に手を貸すからな」

 

「……わかった、君が手伝ってくれたら、確かになのはの負担も減らせる。だから、手伝って欲しい」

 

 ユーノは苦虫を噛み潰したような表情をする。

 彼にも葛藤があるのだろう。

 俺の手助けを借りれば、その分新しい人を巻き込んでしまうことになる。しかし、そうでなければ、負担は高町に集中するわけになるし、ここから先、原作よりも強くなっている敵に勝てる見込みもない。

 

「俺なんかが戦力になるかはわからないけど、やらせてくれ」

 

「……巻き込んでしまって、ごめん。そして、手伝うと言ってくれてありがとう」

 

 彼にも、やはり、精神的な負担をかけてしまっている。

 現状だけ見ると、大抵のことは俺の参加によって悪化しているようだ。

 ……胃が痛い。

 だから、何とかしなくては。

 俺は、何とか出来るかもしれない力を辛うじて手に入れたのだから。

 

『困っている人がいて、助けられる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけない』

 

 未来に言うであろう、高町の言葉。

 

 今度こそは、この通りにしなければ。

 俺は迷ってなどはいけない。

 

 ……それが俺の責任であるから。



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7話

 夜の帳が下りる。風呂を上がった俺の子供として残された仕事は、ただ眠ることだけである。

 俺はそっと自室のベッドに腰をかける。

 

「さて、起きてるかシナツヒコ」

 

 机の上に置いている、俺のデバイス。志那都比古剣、もといシナツヒコに声をかける。

 まさか、放課後に拾った刀の鍔がデバイスであったとは。つくづく自分の悪運の強さには笑いがこぼれてしまう。

 あの時に、ジュエルシードと一瞬見間違えたのは、こいつがデバイスであったために魔力を秘めていたからであろう。魔力を判断するほどの経験がない俺は、なんとなく魔力だけを感知して、そしておそらく勘違いをした、そんなところだと推測される。

 

「……なんだ、坊主」

 

 今日は色々なことがあった。

 その中で俺は1つの決意をした。

 いや、決意なんて格好の良いものではない。ただ責任を取らなければいけないだけだ。それに責任を取るといっても、それこそまた格好の良いものではない。所詮は、自分のせいであることが怖いだけだ。俺のせいで多くの人の命が失われたとしたら、そんな責任は取れない。だから俺は、その責任を取らないためにも、世界を変えてしまった責任を取らなければならない。

 そして、そのためには力が必要だ。

 そして、彼は言った。

 力は提示してくれると。

 

「強く、なりたいんだ」

 

「そうかい、で?」

 

「指導してくれ。俺が頼れるのはお前しかいない」

 

 俺が現状で戦闘指導を請えるのは、このデバイスしかいないのだ。魔法のことを誰かに相談することなどできないし、俺が強くなりたいからと言って、戦闘に関してはてんで素人な俺がどう強くなれと言うのだ。

 正直、昨日の勝利はたまたまだ。2回とも運良くあの魔物の不意をつく事が出来ただけであり、決して俺自身の実力ではない。完全に運だ。

 俺は、早急に強くなるためにも、迷う暇も止まる暇もありはしないのだ。

 

「はぁ」

 

「駄目……か?」

 

「アホか。俺はお前のデバイス、お前はマスター。んな弱々しくしてんじゃねーよ。技術指導なら幾らでも、それこそお前が根をあげるまで鍛えてやるよ。それに、お前を強くすると約束もしたしな」

 

 ……ずっと上から目線であったから気づかなかったが、そうか、主従関係では俺の方が上になるのか。

 まあ、なんにせよ、彼は俺をマスターとして認めてくれた。そして、約束通り強くしてくれるのもあった。

 

「──ありがとう」

 

「おう、それじゃあ好きなときにでも言ってくれ。俺様の精神空間ならいついかなる時でもトレーニング可能だからな。凄いだろ」

 

 なんと利便性の高い。

 これなら暇な授業時間はすべてこれに当てられるのではないか。そうすれば、1日に訓練時間は10時間はとれる。なんとなく受験勉強を思い出す。

 

「それじゃあ、今すぐ」

 

「は!?」

 

「え?」

 

「今ってマジ?」

 

「今ってマジ」

 

 はあ、と溜息をつくシナツヒコ。

 

「お前は、今日初めて魔力を使った。それは決して簡単なことじゃねえ。かなり消耗しているはずだ。いいから今日はゆっくり休め」

 

「──それでも、それでも俺は強くならなくちゃ」

 

「うるせぇ」

 

 こちらの言葉を遮るように、被せ気味に喋るシナツヒコ。

 

「どうしてだ、お前は俺を強くしてくれるんじゃないのか」

 

 強くなりたい、ただそれだけなのに。なぜ止めるのだ。俺はこいつのマスターであり、そこは付き合ってもらわなければ困る。俺には、呑気でいる余裕など無い。

 

「アホ」

 

「なっ」

 

「一回落ち着いて、黙って聞け」

 

「なんだよ」

 

 ……確かに、こちらは冷静さを欠いていたかもしれない。しかし、それほどまでに強くなりたいんだということに気がついてもらいたい。

 

「休まない奴は成長なんてしない」

 

「……と言いますと」

 

「いいか、最高のパフォーマンスには最高の休憩が必要だ。筋トレだって毎日やっても意味がないだろ。お前は使いたてホヤホヤのリンカーコアを使ってハードワークをするよりも、しっかり休んで計画的なトレーニングが必要なんだ」

 

「でも、練習は質も前提の上で、量も大事に決まってるだろ」

 

「どうせお前の事だ。授業時間にでもやろうとしてんだろ。だから、休憩の後はお前が根をあげるほどの訓練を用意してやる」

 

 深呼吸をする。冷静になって考えれば、彼のいうことは、正しい。実際に無理なハードワークは決して効率的ではない。

 

「信じて、いいんだな」

 

 どちらにせよ、俺が強くなるためにはシナツヒコを頼る以外に手は無いのだ。戦闘に関しては、明らかに彼の方が先輩。

 ここは、彼を信じよう。

 

「たりめーだろ。むしろお前が俺をもっと信じろよ」

 

 体がふっと軽くなる。どうやら、今日一日の溜まりに溜まった緊張の糸が解けたみたいだ。

 今日は流石に、体だけでなく、心も疲れている。

 確かに、俺は焦りすぎていたかもしれない。焦ればいいというものではない事ぐらいはわかる。まさに急がば回れという奴だろう。

 

「大事なのは効率だ。俺はお前を短期間で効率的に強くしてやるからよ」

 

「……わかった」

 

「まあとりあえず、今日は寝ろ。適度な睡眠はパワーアップに絶対必要だからな」

 

 俺はその言葉が耳に入るのとほぼ同時に、ベッドに倒れこむ。

 色々、考えなければならないことがある。

 でも、今日は少し疲れた。

 瞼が非常に重い。

 寝転がってから寝るまでの時間の新記録が更新できそうだ。

 

 ……もちろん、旧記録など知らないのだが。

 

 ○ ○ ○

 

 シナツヒコと俺の精神を接続した精神世界。

 それが特訓の場所である。

 いつもの暇な授業時間を使い、稽古をつけてもらう事にしたのだ。ちなみに、接続中は外から俺を見ると、船を漕いでいるように見えるらしい。

 俺の普段の優等生ぶりを考えれば、先生に当てられさえしなければ特に問題はないだろう。

 そして、俺は自身の足りない部分を補うために、授業時間を返上してでもそれを埋める必要がある。

 

 さて、俺に足りないもの。俺が、埋めなければいけないもの。

 そう、それは──

 ありすぎて困る。

 力が足りない、技術が足りない、魔力が足りない、経験が足りない、覚悟も足りない、実力も足りない、本当に何もかもが足りない。

 ──故に、それを即急にかつ効率的に埋めていかなければならない。

 おそらく原作よりも、ハードモードとなってしまったこの世界で生き抜くために。

 いや、ただ生き抜くためではない。俺が狂わせてしまった歯車を可能な限り修正するために。そのために必要なものは幾らでも必要だ。

 

 小学校での一つの授業時間は45分。それを、午前中の昼飯前までに4回で計3時間。

 3時間のトレーニングなんて正直短いと感じる。前世の時の休日の部活動など、朝から晩までやっていたものだし、それに比べれば今回のトレーニングなんて楽勝だ。

 

 ──そう思っていた時期も俺にもありました。

 

「し、しぬ」

 

 4時間目の終わりのチャイムが鳴ると、特訓も一時休憩に入る。シナツヒコに用意してもらった精神空間から退出すると、意識はこちら側に戻ってくる。

 意識を戻して最初に発した言葉がそれだった。

 それもそのはず、精神空間での体感時間は、なんとお得の約2倍。つまり、俺は6時間ぶっ続けで鍛錬を積んでいたことになる。それだけでも十分に辛いのだが、さらにこれは肉体的な疲労を伴わない代わりに、精神的な疲労が半端じゃない。精神空間でのトレーニングとは、やっていることは超リアルな、感覚のあるイメージトレーニングであり、集中力を極限まで研ぎ澄まし、さらにシナツヒコとの同調までしなければならないという、かなりの重労働なのだ。

 だが、そこまでは、別にいい。

 いや、良くはないのだが、なんとかなる。

 問題はその先だ。

 

「坊主、午後は午前中の復習だ。時間は午前かけた分の半分で終わらせてやるから安心しな。ちなみに量は2倍にしてやる。喜べ」

 

 念話で話しかけてくるシナツヒコ。

 

 そう、問題はこのシナツヒコによる、今までの人生で、やった事がないくらいの猛特訓。今回は基礎を固めるだけなのだが、気が遠くなる量の素振りや指導。そしていくらキツくなってもノンストップでぶっ続けさせる鬼指導。イメージトレーニングだけのはずなのだが、今でも身体中に重りでもつけられているかと錯覚するほどの気だるさを感じる。

 こいつ、ドSだ。

 

「一縒、一緒にご飯食べ──ってどうしたの!?」

 

 机に突っ伏していると、横から聞きなれた声が聞こえる。

 

「ああ、ちょっと疲れて」

 

「ちょっとって顔じゃないわよ!」

 

 声の主はアリサだ。昼飯のお誘いのようだ。

 

「どうしたの、アリサちゃん」

 

 横からひょいと顔を覗かせる高町。ツインテールもひょいと動く。

 

「って、大神くん、死にそうな顔してる!?」

 

 高町も俺の顔を見るやいなや、大袈裟なまでの反応を見せる。

 

『大神くん、もしかして、昨日の戦いで──』

 

 そして、そのすぐ後に念話を飛ばしてきた。彼女は非常に心配そうにしており、責任を感じているように見える。

 

『いや、それは関係ない。今朝、賞味期限切れのプリン食べたから、多分それかも』

 

 彼女が責任を感じる必要などない。

 故に俺は嘘をつく。

 例えばここで真実を告げたとしたら、やはり彼女はそれでも責任を感じるだろう。彼がトレーニングをして疲れ切ったのは私のせいだ、と。

 それは避けなければならない。彼女には余計な気苦労をかけるわけにはいかないのだから。

 

『そっか、なら良かった。いや、良くはないか。にゃはは……』

 

 にゃはは。

 改めて聞くと変な笑い方だ。そんなに多用しているわけでもないが、使うところを見るとどうも気になってしまう。

 

「よしっ、それじゃあご飯食べに行こうか!」

 

 疲れた体に鞭を打ち、自身を強く鼓舞して立ちあがる。

 

「あら、元気出せるじゃない。それじゃあ行きましょう」

 

 ○ ○ ○

 

「ねえ、大神くん」

 

「ん、何?」

 

 さて、何日ぶりかの屋上。

 ここ数日、いや、主に昨日の午後と今日の午前中に過ごした時間が余りにも濃い時間であったため、どうもちょっとした懐かしさを感じてしまっている。

 

「友達なんだからさ、名前で呼ばない?」

 

 百点満点の笑顔で高町はそう俺に声をかける。

 高町は、親しい人は大抵名前呼びをする。友達などは大抵そうだ。

 しかし、俺はそうでは無かった。理由はすでに述べたことのあるように、彼女と仲良くならないためだ。だが、今はそうである必要はない。むしろ、積極的にコミュニケーション取る必要がある。

 と言うわけで答えは当然決まっていた。

 

「確かに……そう言えばそうだったな、なのは」

 

 断じて恥ずかしくなどない。相手は小学生なのだ。恥ずかしさなどどこにもない。本当だ。嘘じゃない。

 

「えへへ、一縒くん」

 

 白い歯を見せる彼女の笑顔は、まるで今ちょうど俺たちを照らす太陽のようで、どこまでも明るくて、どこまでも輝いていた。

 少しばかりの恥ずかしさを、ようやく自覚する。

 

「じゃあ、私もそうしよっかな。よろしくね、一縒くん」

 

 今度は月村さん、いや、すずかがそう言う。

 これも断る理由などない。むしろ断りでもしたら、明らかに俺がすずかに対して何らかの特別な感情であると思われるだろうし。

 

「ああ、すずか」

 

 ここだけ見ると、男1人で美少女たちを侍らすハーレムに見えるな。

 嬉しい、わははは。

 

 なんて。

 

 ……嬉しくないわけではないが、小学生女子にモテたところでという部分もあるのだが。

 現在の自分は、遺伝子がうまくいったのか割とイケメンで運動能力も高い。故に、大人びた感じに惹かれる小学生女子にモテるのだ。

 だが、残念ながら、いや、当然ながら、現状は誰かと付き合う気は毛頭もない。当たり前だろう。

 理由は簡単だ。

 

 ──俺はロリコンでは無いから。

 

 いくら精神が肉体に引っ張られるとはいえ、流石にそれは抵抗がある。

 

 と、冗談はさておき。

 

 本当に作中のキャラと何かをする気は無い。

 これこそ簡単だ。

 未来を変えてしまうからだ。

 介入した時点で手遅れなのではと思うかもしれないが、悪手は打たないことに越したことはない。

 

 故に、このハーレムは、ハーレムであってハーレムでない。

 さらに言えば、大人っぽい彼女達とは言え小学3年生。仲の良い友達という認識が関の山。別段俺のことが好きだという素振りを見たこともない。

 

 ……ただ、将来的に彼女達は全員漏れなく美女になると考えると、勿体ない気もしてしまう。ただまあ、俺程度では釣り合わないだろうが。

 

 とは言え、可愛い小学生達と、のほほんと昼食を取るのは悪い気持ちはしない。

 午後の地獄の特訓に向けては、良い羽休めになる。

 

 

 さて、次のジュエルシードについてだ。

 アニメ内で次に起こることは街での戦闘。

 確か、サッカー少年が拾ってしまったジュエルシードをたまたま発動させてしまう、といった感じだ。

 しかし、その前にも戦闘があった。その部分はアニメで収録されていないのだが、1,2戦程度存在していたはずだ。

 それがいつ起こるのか、今日か明日かはたまた明後日か、全くわからない。故に準備は早くしなければならない。早く強くならなければならない。

 原作の知識が無いだけでこうも受け身になってしまうのは良くない。良くないが、それ以上にどうしようもないというのがまた事実である。準備だけは万全にしておかなければ。

 

 そして、次なる問題点。

 この魔法少女リリカルなのはの一期に於ける、もう1人の主人公とも呼べる存在。

 そう、フェイト・テスタロッサ。

 彼女についてだ。

 彼女に関しては、強くなっているかどうか判断することが出来ない。それは、原作においては彼女は味方に加わるメンバーであり、それ故に原作より強くなっていない可能性がある。

 ので、とりあえず一戦目はなのはに任せてみるしかないだろう。

 もし、そこでフェイトが想像以上に強かったら。

 それならば、俺もなんとかしなければならない。

 何としてでもフェイトは、味方にしなければならない。だが、正直な話をすれば、フェイト関連はなのはに任せるしか無いのかもしれない。



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8話

「次の技! 鎌鼬(かまいたち)!」

 

「はあっ!!」

 

 腕を振る。果たして何度目だろうか。

 集中力はとうの昔に限界を迎えているはずなのだが、疲れすぎたせいか、他のことに一切頭が回らないせいで最初よりも集中して行えているのではないかと錯覚するほどだ。

 

「もっと、もっと魔力を一箇所に集めてもう一回!」

 

「はあっっっ!!!!」

 

 腕を振り下ろす。肉体的疲労というものは存在しないはずなのに、腕すらもまともにあげることが困難だ。

 それでも、体に鞭を入れて無理やり動かす。

 

「よし、次の技! 陣風(はやて)突き!」

 

 声は届いている。意味も理解できる。

 それだと言うのに体が、脳が、言うことを聞かない。

 

「聞こえてんのか! 次だよ」

 

「おらっ!!」

 

 そう言ったはずなのに、耳から聞こえてくるのは獣の咆哮のような何か。言葉が言葉にならず、意識も形を失って行く。

 腕を引き、突きを繰り出す。

 すると、同時に体の力が一瞬で抜ける。まるでブレーカーが落ちたみたいだった。意識も感覚もほとんどないまま俺は地面に倒れこみ──

 

 目を覚ます。

 

 ここは教室の中。

 頭の中は未だに、霞でもかかっているかのように不鮮明だ。ひどく頭痛がする。身体中が汗で濡れている。指先まで震えている。

 先生の声がする。黒板とチョークの擦れる音がする。外から体育の時間の生徒の声が聞こえる。どこからかリコーダーの音色も聞こえる。

 

 ああ、ここは学校で、今は授業中で、俺は精神世界で修行をしていたのだった。

 しかし、先ほどまで修行をしていたはずなのに、どうして意識が戻ってしまったのだろうか。

 ……駄目だ。頭がうまく回らない。風邪をひいている時か、あるいはそれ以上の倦怠感が身体を襲う。どうやら本当に不味い。疲労が並では無い。

 

 ──おかしいだろ。

 

 精神世界での修行だと言うのに、高められた集中と精神によって、修行後に実際の体とイメージ内での体のダメージに乖離が生じ、脳がそれを理解できずに全身は麻痺でもしたかのような状態になる。

 そのせいで、現在の俺は脳の疲労と肉体の疲労の二つを感じることになったのだ。

 

『おい、坊主。大丈夫か』

 

 念話で語りかけてきたのは、先ほどまで俺に指導を行っていたシナツヒコ。

 

『すまん、流石にちょっと休ませてくれないか? 体が動きそうになくて』

 

『勿論だ。謝る必要はない。お前はよく頑張ってるよ』

 

 珍しく優しい言葉をかけると、念話はそこで終了する。

 

 それにしても、不味いな。

 いくら授業中であるとは言え、机に突っ伏したまま体を動かすのもままならない。体の痺れがいつ取れるのかもわからないし。

 先生はどうやらこちらの様子には気がついていないようだ。

 身体中が痺れてはいるものの、少しずつではあるのだが体が言うことを聞き始める。

 それにしても頭が非常に痛い。

 時間を見るに、今は3時間目の途中といったところか。ならば、残りの時間は睡眠休憩に当てさせて貰うとしよう。

 そうして、寝やすい位置に顔を動かす。腕との兼ね合いで、横を向きにちょうどいい形を見つける。さて、寝るか。

 そう覚悟したのだが、偶然俺が向いた先には、高町なのはがこちらを心配そうな目で眺めていた。

 

『ど、どうしたの一縒くん』

 

『いや、ちょっと眠くて』

 

 なのははこちらを向いたまま念話を飛ばしてくる。授業中などは本当に便利だ。

 

『そうじゃなくて、顔が真っ赤だよ』

 

『え、マジで?』

 

『熱とか出てるんじゃ』

 

 熱、か。あるかもしれない。

 精神空間でのトレーニングで脳に負荷を与えすぎたのだ。オーバーヒーを起こしていてもおかしくない。さらに、先程から意識は定かではないし、症状も熱の時と似ている。

 

『かもしれない。ちょっと怠い』

 

『わかった、ちょっと待ってて』

 

 待ってて? 

 一体何をだ。

 その言葉をなのはは念話で俺に飛ばすと、すぐさま挙手をしながら立ち上がる。

 

「先生!」

 

「ん、どうしたの、高町さん」

 

「一縒くん、すごく体調悪いみたいなので保健室に連れて行っても良いですか?」

 

 ああ、そういうことか。

 正直それは助かる。保健室ならベットの上で寝たりでもすることができるだろう。

 

「大丈夫? 大神くん」

 

 先生はそう言いながらこちらに近づいてくる。目の前までくると、こちらのおでこに手を当てる。

 

「結構熱いわね……うん、保健室に行った方がいいわ」

 

「はい」

 

 そう言われ、なんとか足腰に力を入れて立ち上がる。よし、大丈夫そうだ。体の痺れも治まってきている。

 先生も多少安心したのか、俺に背を向けて教卓の方へと向かい始める。

 俺もそれに合わせて一歩踏み出そうとしたのだが──

 

「やべっ」

 

 まだ痺れていた足をうまく動かすことができず、ふらついてしまう。まずい、このままでは倒れてしまう。

 世界が斜めになる。いや、俺自身が倒れかけているから、自分が斜めになっているだけか。

 来るであろう衝撃に備えて目を強く閉じてしまう。実戦であったら目を閉じるなど悪手だな、とどうでもいいことを考える。

 が、衝撃はいつまでたっても襲ってこない。代わりに感じたのものは、温もりであった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 耳元からはなのはの大きな声が。

 目をゆっくりと開くと、倒れかけの俺はなのはによって支えられていたのだ。

 

「……すまん、助かった」

 

 突然大きな声をあげた高町に反応したのか、先生もこちらを振り返る。

 

「大丈夫!? 大神くん!?」

 

 こちらの様子を確認すると駆け足で再び近づいてくる。

 

「先生、私が保健室まで一縒くんを連れて行きます」

 

「お願いしていい? 高町さん」

 

「はいっ」

 

 そう言うと彼女はこちらの腕を肩に乗せる。

 

「立てる?」

 

「ああ」

 

「ゆっくり歩こうか」

 

「……ありがとう」

 

 それを聞くと彼女はゆっくりと一歩を踏み出す。合わせて俺も足を動かす。

 先程まで不安定に感じた大地も、彼女の支えによりなんとか安定感を取り戻す。腕から感じる彼女の熱から、落ち着きを感じる。

 そのままゆっくりと教室の外へ向かう。途中アリサやすずかと目があった。ぱっと見でもわかるくらいには心配の表情を見せていた。

 

 廊下に出てから、階段の方へとたどり着く。ここなら声を出しても他の授業の教室には聞こえないであろう事を確認してから口を開く。

 

「その、ごめん、なのは。ありがとう」

 

「にゃはは、二回も助けてくれたお礼だから気にしないで」

 

「それでもだ」

 

 二回とはおそらく、一昨日の午前中に階段で足を抑えて蹲っていた彼女に手を貸したのと、その同日に起きた昼過ぎの神社での戦闘についてだろう。

 階段を降りていくと、まさに昨日なのはが蹲っていた踊り場にたどり着く。そこに差し掛かると、なのはが何かを言いたげな表情でこちらの様子をチラチラと窺ってくる。何かを言おうか言わまいかと思慮しているようだ。そのまま放置しておいても気になるし、問題があっても困るので、俺は声をかけることにした。

 

「どうしたの?」

 

「いや、ええと……」

 

 こちらが声をかけると、少しばかり驚きを見せる。眉をハの字にしながら、もう一巡だけ迷ってみせると今度は何かを決心した様子で口を開く。

 

「一縒くん、昨日はああ言ってたけど、もしかして一昨日の戦いの疲れがまだ残ってるのかなぁ、って」

 

 ──正確に言えばもちろん一昨日の戦闘の疲れが残っているわけでは無い。

 しかし、こうも疲れている様子を露わにしすぎては流石に「賞味期限切れのプリン」で誤魔化すわけにもいかなくなる。

 いつかは彼女も勘付くとは思っていたが、こうも早いとは思っても見なかった。いや、俺がオーバーワークでぶっ倒れたのが原因か。

 どちらにせよ、修行のことを正直に話すべきでは無いと思う。もし彼女がそれを知ってしまえば、彼女も過度な特訓などをしかねないし、そうでなくてもこちらの行為に制止を入れるかジュエルシード回収への参加に制限をかけられかねない。

 だからと言ってあの戦闘での疲れがまだ残っていると言うのも、これまたジュエルシード回収への参加に影響が出るわけである。

 

 ──であれば、上手い感じにブレンドをした答えを出せばいいだけである。

 

「……それもそうなんだけどさ」

 

「……やっぱり。一縒くん、ジュエルシードの回収は私とユーノ君で──」

 

 概ね予想通りの反応だ。

 私とユーノ君でやるから、君は参加しなくてもいいよ、とでも言おうとしているのだろう。だが、それを許すわけにはいかない。正確に言えば、それでは俺が許されない。自身の責任分くらいは行動で示さなくてはならない。

 

「実はさ、戦闘で足手まといにならないためにと思って、ちょっとだけ朝に魔法の練習をしてきたんだよ」

 

「──へ?」

 

「そしたら残ってた疲労のせいでこの有様ってわけ」

 

「そう、なんだ」

 

「流石にアホなことをしたとは思ってるよ。明日からはもっと考えてやるさ」

 

 俺の発言をあまり納得しきっているようには見えないが、なんとか言いくるめる事には成功したようだ。相手に有無を言わせず自己完結させる、最低の技だが仕方がないのだ。俺はそれでも戦わなければ、戦って歪みを正さなければならないのだから。その責任があるのだから。

 

「それならさ」

 

「ん?」

 

 一息に言い終えて、なんとかこの場をやり繕ったことに安堵を感じた、そのすぐ直後であった。

 

「それなら、私と一緒に魔法の練習やらない?」

 

 ──ああ、そう言えば。相手が高町なのはであると言うことを考慮できていなかった。

 彼女は、高町なのははこうなのだ。

 あの程度の言いくるめで言いくるめられるほどの人物では無いのだ。本当に心の優しい子だ。俺にはやはり、眩しすぎる。

 故に、ズキリと胸に痛みが走る。

 この世界を変えてしまったこと、それにより彼女にも影響を及ぼしてしまったこと、それらに対する罪悪感。それはもちろんのことだ。昨日今日の間で、胃が痛くなるほどに何度も何度も感じている。だが、それは責任の一つとして受け入れるしかないのだ。

 しかし、それだけではない。彼女に対して憧れに似た嫉妬を感じているのだ。自分は、こんなに強く優しくはなれないから。兼ね備えた器というべきか、そもそもの規模が違う。

 

「私もね、毎朝ユーノ君に魔法のこと教えてもらったりしてるからさ。一緒にやったら無理したりしないだろうし……」

 

 断る理由は、無い、な。

 

「それじゃあお願いしていいかな?」

 

「うん! もちろんだよ」

 

 ちらりと横に目をやると、彼女もこちらを見るや否や満面の笑みを見せる。

 俺は恥ずかしさのあまり視線を外してしまう。いや、おかしいだろ。なんでドキドキしているんだ。いくら俺の心が体に引っ張られているとはいえ、小学生の女の子に惹かれるなんてありえないだろ。だからこれは、俺の勘違いだ。

 きっと彼女の優しさに感動を覚えているのだ。

 きっと、そうに違いない。



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9話

 平日の公園であるというのに、あたりには人気がない。それもそうだろう、現在の時刻は朝にしても早すぎる、早朝というべき時間なのだから。

 俺は、なのはとともに魔法の朝練を開始した。もちろん、シナツヒコとの精神練習もセーブしながらではあるがこっそり続けている。

 

「そう集中して、心の中にイメージを描いて」

 

「うーん……」

 

 ユーノの言葉をトリガーに、なのはの足元には桃色の魔法陣が展開される。

 

「そのイメージをレイジングハートに渡して」

 

「うん、お願い」

 

「Standby ready」

 

 ……それにしても、なのはは良くあんな抽象的な指導で実践できるな。

 俺なんてシナツヒコによる超理論的な特訓でも魔力の操作はまだ出来ていない。才能の違いというやつだろうか。

 

『やっぱ俺って才能ないのかな』

 

 なのはの姿に劣等感のようなものを抱きながら、嘆くようにシナツヒコに念話で問いかける。

 

『残念ながらおめーは天才だよ』

 

『え?』

 

 しかし、返ってきたのは予想外の返答であった。

 

『当たり前だろ。魔法と出会って数日でお前は実戦レベルまでは辿り着いてるんだ。それを天才と呼ばずしてなんと呼ぶ』

 

 言われてみればそうなのかもしれない。偶々とはいえ、拾ったこいつを実戦で発動して見せて、それに加えて言われるがままにではあるのだが旋風斬などという技まで打ってみせたのだ。悲観的になってばかりなのだが、才能がない人など世の中には腐るほどいる訳であって、俺がそんな態度ばかりとっていては寧ろ失礼なのかもしれない。

 

『だけどよ、お前は残念ながら天才の中では格下、例えば、あのなのはちゃんは超天才だが、それと比較したらお前は凡才。総じて言えば、お前は秀才ってとこだ。お前の実力はそんくらいってわけ、良かったな恵まれててよ』

 

『……その言われ方だと喜べばいいのか悲しめばいいのか分からないんだが』

 

『当たり前だろ、喜んでいい。お前レベルの才能でも全体の5%より少ないんだから』

 

 ……だとしたら、なのはやフェイト達は一体どのくらいの割合しか存在しないのであろうか。

 自分が才能を持てているということはよくわかったのだが、それ故に彼女たちの背中が遠く見えてしまう。

 

「イメージに魔力を込めて、呪文と共に杖の先から一気に発動!」

 

「えーと……捕獲魔法、発動!」

 

 俺のそんな考えをよそに、彼女は魔法の練習を続ける。杖の先を前に向けると、込められた魔力が1つの塊となって放出される。

 

「やった! 成功!?」

 

 桃色の魔弾が杖から繰り出される。手応えを感じたのか、少しだけ気を緩ませる。しかし。

 

「いや、してない!」

 

 それを見て、ユーノは気を引き締めたまま、その魔法が失敗した旨を叫んでまでして伝える。

 

「……え?」

 

 わざわざ叫んだ理由は、こういう事だろう。

 

 俺は、一歩を踏み出して腕を振るいながらデバイスを起動する。

 

「天狗風!」

 

 振り抜きながらデバイスの起動と技の発動を同時に行う。緑色の魔力を纏った横一文字の斬撃は、桃色の魔弾を消失させる。

 

「大丈夫…………そう、だな」

 

「び、びっくりしたぁ。ありがとう一縒くん」

 

 ──なのはが放った捕獲魔法は、杖から放たれると指向性を失い、暴走したように使用者であるなのはへと向かってきた。その魔弾を、俺は昨日習得したばかりの技で、なのはに当たるすんでのところで斬り伏せてみせたという事だ。

 ちなみに今俺が放ったのは「天狗風」という技だ。

 天狗風とは、突然に吹く強い風のこと。それを模したこの技は抜刀術のようなもので、デバイスの発動と共に魔力を纏った刀を横一文字に切り出す技だ。

 まあ、先程言った通りに抜刀術とでも捉えてくれれば問題は無い。

 

「魔法、上手くいかないなぁ。一縒くんすごいよね、いきなりそんな技を使えるなんて」

 

 少しだけ落ち込んだようにそう口にするなのは。

 

「いや、ちょっと違うな」

 

「違う?」

 

「うん。俺の技はさ、魔力の扱いとかは気にしないで、なんとなくシナツヒコに魔力を回しながら型だけは綺麗に刀を振ると、こいつが勝手に発動してくれるって感じなんだ」

 

「ええと……つまり?」

 

「なのはの技と俺の技じゃあ難易度が違うってわけ」

 

 これは慰みなどでは決してなく、ただの事実だ。俺はなのはみたいに魔力弾を操縦するなんて事はすぐには出来ない。出来たとしても彼女の魔法よりも見劣るものとなるだろう。さらに俺が魔弾を習得しようとしたら、なのはの数十倍の練習時間がかかるのだ。

 

「そう、なのかな?」

 

「うん、俺が今のなのはの技を覚えようとしたら一月はかかるね。つか、物によっては覚えられないと思うし」

 

「そうだよ、たった数日でここまで出来るようには、普通はなれないよ」

 

 ユーノも勿論のことながら驚いた表情でそう語る。ユーノも決して凡才などとは言うことの出来ないほどには補助系魔法を中心としたエキスパートなのだ。しかしそれもやはり、彼の努力の裏付けがあってこその話だろう。その彼から見てもなのはの才能は目を見張るものがあるという事だ。

 

 ピピピ、と。

 ユーノの発言が終わると同時に、なのはがベンチの上に置いていた携帯電話のアラームが鳴り響く。

 

「あ、もう朝ごはんの時間だ」

 

「俺も、そろそろ帰らなきゃな」

 

「じゃあ今朝はここまでってことで」

 

 彼女はこの朝練の口実は、ユーノの散歩だと親に説明したそうだ。俺はスタミナをつけるためのランニングだと両親に説明している。トレーニングではあるのであながち間違えでは無いだろう。

 

「ありがとう、レイジングハート。また後でね」

 

「Good by」

 

「一縒くんもありがとうね」

 

「いや、礼を言うのはこっちの方だよ。誘ってくれてありがとう、なのは」

 

 謙遜する気は無かったのだが、彼女の様子につい笑顔になってしまい、さらに自分にしては珍しく心からの素直な言葉が出てしまう。

 

 そんな素直で取り繕っていない様子の俺に、物珍しさと照れ臭さを感じているのか、彼女は少しだけ頬を染めながらはにかむ。

 

「なんか、今の一縒くんの笑った顔、いつもよりもちゃんと笑ってる気がする」

 

「どういうことだよ、それ」

 

「うーん、よく分からないかも」

 

 確かに、そうかもしれない。

 優等生として演じきった小学生をやっているときは、本当に笑いたい時でもどこかしら気にして真っ直ぐ笑えていなかったのかもしれない。

 

「まあ、とりあえず帰ろうぜ」

 

「うん、そうだね……あ」

 

 俺は言葉と共に足を動かし始め、なのはもそれに遅れないようにと足を動かそうとしたところでその動きを止めた。

 

「どうかしたか?」

 

 その様子に俺も足を止めて、後ろを振り返る。

 

「そう言えば、今日みんなでプール行く事になってたんだけど、一縒くんも一緒にどうかなって」

 

 プール、か。アニメではそんなシーンは無かった気がする。

 であればそれは、アニメには映されていないが実際にはあった無関係のシーンか、もしくは、アニメに映されていないもう1つのジュエルシードについてかだろう。

 前者でも後者でも、ついて行くメリットはあってもデメリットは無い、のだが。

 

「ごめん、今日は放課後に保健委員会があって……」

 

 残念ながら今日は保健委員会の校内ポスターを作らなければならないという職務が待っているのだ。

 

「そっか、ならしょうがないね」

 

「うん、またいつか誘って欲しい」

 

 俺がそう言い終えると、なのはも俺も自然と再び歩みを進める。互いの自宅もそれほど遠いわけでも無いので、2人一緒の帰路につく。

 そういえば、俺はなのはとあまり話したことがなかった。というのも以前は少しだけだが彼女を避けていたからだ。だからと言うべきかは分からないが、自然と言葉が出てくる。聞きたいこと、聞いて欲しいこと、他愛ないこと。いろんな話をしながら歩く。彼女と話しているときは、世界の重圧やその責任感なども、どうしてからか多少和らぐのだ。

 

 どうもこの時間は、俺にとって幸福すぎる。

 

 なんて、クサいことまで考えてしまう。

 

 どちらにせよ、この時間は心地好くて、それでいて心苦しくも感じられる時間であったのだ。

 

 ○ ○ ○

 

「ねえ、一縒」

 

「何?」

 

「あ、あんたって泳ぐのは得意?」

 

 2時間目の授業が終わり、休み時間となった教室はどこか解放感に満ちている。俺とて例外ではなく、精神世界でのシナツヒコによるハードなトレーニングに小休止を入れられたと考えると、やはりこの休み時間というものは大変ありがたく感じられる。

 とはいえ、数日前のように特訓のしすぎで疲れてぶっ倒れるというのも良くないので、以前と比べれば余力は残っている。

 

 そんな中、目の前にいる人物アリサ・バニングスは頬を恥ずかしさに少し染めながらこちらに話しかけてくる。

 

「なんで?」

 

「その、私、あんまり……」

 

「あんまり?」

 

「お、泳げないのよ!」

 

「え、マジ?」

 

 一段と顔を赤くしてそう言うアリサ。

 ……それにしても意外であった。俺の中でのアリサ・バニングスという人物は、なんでも出来る完璧超人というイメージであったのだ。そんな彼女が、こうして弱点を持っていただなんて、予想だにしていなかった。

 

「で、アリサが泳げないのと俺が泳げるかどうかに、どんな関係が?」

 

「今日、なのは達とプールに行くんだけど、その、一縒が泳げるのなら教えてほしいなって……」

 

 ああ、そういう事か。そういえば、なのはも今朝にそんな話をしていたな。

 

 なんにせよ、残念ながら俺は行くことが出来ない。なのはにも説明した通りに、委員会の仕事が存在するのだ。

 

 しかし、何故アリサは俺に泳ぎ方を習おうとしたのだろうか。

 生前では、小学生の頃にスイミングスクールに通っていたため、一通りの泳ぎ方は習得している。なので、泳げない人に教えることくらいは実際に出来るとは思う。が、アリサの友達には、おそらく俺よりも上手く泳ぐことのできる人物がいる。

 そう、月村すずかだ。

 彼女の身体能力は人並みはずれており、水泳もおそらくはその例に漏れないだろう。であれば、アリサは彼女に教えを請うべきであって、何故俺に頼んだのかが全くもってわからない。

 

「泳げるっちゃ泳げるんだけど……」

 

「本当!?」

 

「すまん、今日は行けない」

 

「え、どうして?」

 

「なのはにも誘われたんだけど、今日は委員会があるから」

 

「……そう」

 

 行けないとだけ言ったときは、まだまだこちらが折れるまで誘うという意思が見えたのだが、流石に委員会があると聞いたときには諦めがついたのか、萎れながらも頷いてみせる。

 

「でも、どうして俺に泳ぎ方を教えてくれって頼んだんだ? すずかの方が多分泳げると思うけど」

 

「そ、それは…………その……」

 

「その?」

 

「あんたの事……」

 

「俺の事……?」

 

「ええと……あっ、そうそう、あんたの事を誘うためのいい口実だと思って」

 

「ああ、そういう事か」

 

 なんだ、そういう理由であったのか。

 ……危ない危ない。つい勘違いしてしまうところであった。

 

「って、そういえばあんた今!」

 

「今度は何?」

 

 話は一段落、と思ったのだが、アリサはこちらに人差し指を突きつけると、再び大きな声を出して新しい話題を切り出す。

 

「あんた今、なのはにも誘われたって言ったわよね!?」

 

「……言ったけど、それがどうかした?」

 

「あんた達ってそんなに仲良かったっけ?」

 

 こちらからしてみれば今更と言った感じなのだが、実際はその疑問ももっともであるかもしれない。

 というのも、魔法関連で俺となのはは急接近したわけであり、アリサからすれば、理由も無く突然仲良くなったように見えたのかもしれない。

 魔法の事は伏せながら、良い言い訳を、か。

 まあ、なんとか出来そうだ。

 

「いや、この前アリサに、俺がなのはを避けてるように見えるって指摘されたでしょ?」

 

「したわね」

 

「だから、仲良くしてみようと思ったわけ」

 

「そ、それだけ?」

 

「それだけ」

 

 うーん、と唸ると不服そうな表情を見せて首をかしげるアリサ。

 それも仕方の無いことだ。以前の様子から、アリサは俺がそう簡単に心を開くとは思っていなかったのだろうが、なのはならおかしくは無いとでも思っているのだろう。

 

「……一縒が、そんな急に、いや、でもなのはならありえなくも……」

 

 独り言のようにそう呟くアリサ。

 どうやら俺の考えで正しいようだ。

 

「まあ、何にしても今日は行けないけど、またいつか誘ってくれ」

 

 この会話のまとめのようなことを口にすると、これ以上悩んでも無駄だと悟ったのか、アリサは考えることをやめて、笑顔でこちらを向く。

 

「もちろん! あんたこそ今度はちゃんと予定空けときなさいよ!」

 

 ……今回の件に関しては、当日に誘われたから予定とブッキングしたのであって、俺に非はない気がするのだが。

 

 まあ、いいだろう。

 

「ああ、努力するよ」

 



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10話

前回予約投稿の時間間違えて19:05分が9:05分になっててビックリ。


 絵を描くのは好きだ。

 お世辞にも上手いとは言えないのだが、絵を描いている間は他の作業をしている時よりも一段と集中できている気がするのだ。そして、その感覚がどこか心地よくもある。

 

 だから、この作業は嫌いでは無い。

 

 のだが。

 

「俺1人に任せっぱなしってのはなぁ……」

 

 信頼されているのか、はたまた都合良く扱われているのか。真偽のほどは定かでは無い。どちらかはわからないが、1つ言えるのは厄介な仕事を信頼できる人物に押し付けたということだ。保健室の先生までもが俺1人での作業を喜んで受け入れたのだから。

 ……まあ、確かに一枚の画用紙に絵を描くために多くの人は必要ないと思うのもまた事実なのだが。

 

「こんな感じで、いいかな」

 

 さて、ペンを入れよう。と言っても大層なものではなく、数色分のマッキーペンがあるだけなのだが。

 そう思い縁取りのための黒のマッキーペンを手に取った時であった。

 

「魔力反応──、ってこれはジュエルシードか!」

 

 胸に何かが刺さったような、そんな独特な感覚。

 ここ数日の間で良く感じたものだ。こう何度も何度も経験すれば、魔力反応くらいは分かるようになるのか。

 

「そうだな、坊主。近えぞ、というか多分学校だ」

 

「な!?」

 

 確かに、近いとは感じていた。感じていたのだが、まさかこの学校であるとは思ってもみなかった。

 本来であれば、なのはの近くか、なのはが行く事の出来る範囲で起こるはずだ。

 であればこれは、アニメに収録されていなかった分のジュエルシードか。

 

 とりあえずは、冷静になるんだ。焦っていても良いことはないと二度の人生で嫌という程学んでいる

 

 ──何にせよ、なのはとユーノに連絡をしなくては。アニメに収録されていない分であったとしても、それは彼女達で封印できているはずだ。何ら問題はないだろう。

 

『ユーノ、聞こえるか。俺だ、大神だ』

 

 俺は念話を飛ばすとともに、図書室からも飛び出す。封印ができないとは言え、彼女達が来るまでの間の時間稼ぎや、出来れば敵の無力化など、やれる事はある。

 

『一縒か! 丁度良かった、今どこにいるの!?』

 

『どこって、学校だ。そんな事よりもマズイぞ、学校でジュエルシードが発動した』

 

『え!? そっちでも!?』

 

『そっちでもって、まさか』

 

『まさかのまさか、プールでジュエルシードの発動があったんだよ』

 

 またしても、アニメでは存在しない流れだ。こうも偶然が二度も続くだなんて。いや、ある種必然なのかもしれない。

 俺という不純物の参加による産物による必然、だ。

 もし、実際に学校とプールの2カ所で同時にジュエルシードが発動したら、いくらなのはとユーノでも被害を防ぎきれないだろう。故にこれはまたしても俺の責任となる。

 

 なら、俺に出来る事はこっちの魔物を無力化することくらいだ。

 

『とりあえず、一回切るぞ』

 

『了解、そっちに居てくれて助かったよ』

 

 確かに、俺がプールに行かずにここに残れた事は、今になって考えれば幸運だったのかもしれない。しかし、同時発動などという厄介事を起こした原因は、そもそも俺という存在自体にあるのだ。感謝をされる筋合いなどは決して無い。

 

 ──なんて、そんなマイナス思考は後回しだ。

 

 今は俺に出来る事をやらなくてはならない。格好の良い理由などはない。それが俺に唯一できる責任の取り方なのだから。

 

 念話を切り、全速力で走ると魔力反応があった場所である校舎裏に辿り着く。運のいいことに、木々が学校に沿うように立ち並んでいるため外からの視線を遮ってくれる。校舎から伸びる影に覆われているせいか、午後2時にしては少しだけ暗い。それにしても、発動した場所が校舎裏でよかった。グラウンドで起動していたならば目撃者がいてもおかしく無いのだから。

 

「あいつか」

 

 俺から数十メートル程離れた位置に、魔力の発生源である魔物を視認する。

 見た感じでは、何かを依り代に生まれたものでは無いようだ。アニメでもなのはの初戦の相手となったような敵、単なる思念体だ。

 

「今のお前なら造作もねえ相手だ。が、折角だ、特訓の成果を本番でテストしてみろ」

 

「わかった、と言っても油断する気は無いからな」

 

「良い心がけだ」

 

 ──だが、まず最初にやってみなければならない事がある。

 と言っても見様見真似の、ある種博打のようなものだ。と言っても失敗した時のリスクは少ないのだが。当たって砕けろというやつだ。

 

「行くぞ、シナツヒコ」

 

「おう、坊主」

 

「──起動」

 

  胸ポケットの中のシナツヒコを取り出し、魔力を込める。軽く上に放り投げると刀の鍔からは両側に向けて緑色の魔力が流れる。その片側に右手を伸ばし、強く握る。すると、その手の中には無骨でいて、なおかつ洗練されている柄が。そして、その反対側には刀身が姿を見せる。すると、その魔力に反応したのか、ジュエルシードの思念体はこちらへと体を向ける。

 

「坊主、折角だから技の確認でもしながら優雅に倒すぞ」

 

「ああ行くぞ、シナツヒコ」

 

 鍔のすぐ下のところに右手、拳1個ほど離した場所に左手を添える。

 野球のバッティングフォームのような格好、八相の構えを取る。

 

 敵もこちらの様子に気がついたのか、こちらが構えるとすぐに猛進を始める。

 

 では、早速一発目。

 特訓の成果を発揮させてもらおう。

 

「鎌鼬っ!」

 

 フォームは「旋風斬」と同じ袈裟懸け。八相の構えから斜め下へと鋭く刀を振り下ろす。

 しかし、敵との距離は離れているので、もちろん俺が放った剣戟は空を切る。

 ──そして、刀がなぞった軌跡から緑色の魔力刃が放たれる。

 三日月のような形をした魔力刃は、止まる事なく魔物へ向かい一直線に突き進む。

 そう、これこそが今回お披露目する1つ目の技「鎌鼬」。刀を振り抜く際に、魔力を剣戟に凝縮させ、高密度になったそれを魔力弾の要領で放つというわけだ。刀が主武装の俺にとってはありがたい遠距離攻撃が可能な技だ。

 そして突然現れたその技に、魔物は避けることもできず、なす術なく直撃する。

 轟音と砂埃が舞う。感触はあった、確実に当たってはいるだろう。

 だが、そこには痛手を負いながらも、耐え忍んだ魔物の姿があった。

 

 ──それでいい。

 

 この程度で倒されてしまっては困る。俺のゼロに等しい実戦経験は、こういった場面で培っていかなければならないのだ。

 だが、敵も流石に馬鹿の一つ覚えという訳にもいかない。先ほどの技を恐れてか、敵の動きは直線状では無く時折無意味にも見える動きを混ぜながらこちらとの距離を詰める。

 

 さて、もう一度特訓の成果を見せてやる。

 

 ジグザグに動くと、攻撃の射程圏内に入ったのか。一段と速く鋭い突進を仕掛けてくる。

 

 大丈夫だ。落ち着け。

 目を離さずにしっかりと見極めるんだ。

 

 八相の構えから一太刀の範囲内に奴が入ったのを確認すると、迷わずに袈裟懸けを繰り出す。素振りで固めたフォームは、初心者でありながらもそう悪くは無いのではと自画自賛したくなる。

 が、この手には攻撃が当たった感覚はない。見ると、魔物は突進の勢いそのまま体をひねり、すんでのところで回避をしていたのだ。そして俺の背後にある校舎を上手く利用し、その壁を蹴る。勢いそのままもう一度体当たりが繰り出される。

 もし俺が、ただの剣士であるならばこの攻撃は到底回避できまい。振り切った身体は隙だらけであるし、敵もそれを知った上で狙ってきているのだ。相当な手練れでないと回避は不能だ。

 だが、何度も言うが俺は真っ当な剣士ではない。

 

「魔法も使えるもんでね!」

 

 魔力で生成した風を、刀から思い切り噴出させる。その勢いを使い、自身の体を宙へ吹き飛ばす。俺の体が吹き飛んだのだからもちろん敵の攻撃は外れる訳であり、急ブレーキをかける事が出来ずに地面へと激突する。

 

 次の技を出すのに、ちょうど良い機会だ。

 

 空中にいる俺はもちろん身動きが取れない。飛行魔法などはまだ習っていないし、まず適性もあるかわからないから。

 だが、移動は出来る。

 要は先ほどの応用だ。

 

 敵とは逆の方向に刀を向けると、もう一度風を噴出させる。

 

 今は空中での移動ができなくとも、風の推進力を使えば、飛行魔法に勝るとも劣らない機動力を生み出せる。

 

 二度の高速移動に、敵はついてこれていないようだ。地面に激突したまま隙だらせの背後に高速接近する。

 刀を引く。

 やっとの事で俺が背後にいることに気がついたのか、こちらへと振り返る。が、もう遅い。敵との距離が詰められたのを感じると、弓矢のように刀を引く。限界になるまで目一杯の魔力と力と気合を込めて、全力の突きを繰り出す。

 振り向いた魔物の、両方の目と眉毛の間、まさに眉間を刀は真っ直ぐ貫く。

 十分なダメージはこれで入るだろう。が、これではただの突きだ。大事なのはこの勝負自体ではなく、俺の実戦での技の運用についてなのだ。

 

「陣風突きっ!!」

 

 言葉とともに、魔力を鋭い一陣の風へと変換する。眉間に突き刺さったままの刀からもう一度強い衝撃が放たれる。

 流石にこのオーバーキルは耐えられなかったのだろう。魔物は動きを停止する。

 

 陣風突き。

 それは、その名の通り突きの技。

 通常の突きを繰り出した後、刀を引くと同時に圧縮した鋭い魔力風を第2の太刀として繰り出す技だ。新撰組の沖田総司の伝説の技、上杉謙信が武田信玄を強襲した時の太刀筋、これらのように一瞬で3つの太刀を繰り出すことはできないし、さらに言えば一瞬で2つの太刀も当然のようにできない。

 そんな凡人を助けるための技がこの陣風突きだ。刀での突きと、魔力風での突きで、ほぼ同時に2つの突きを繰り出すこの技は、他の技よりも圧倒的な高火力を出す事ができる。

 

 ……ちなみに、シナツヒコが言うにはこの技の最終形はノータイムの突きを2発と、魔力の突きを2発、計4発の攻撃を同時に行うものであるらしい。現状では、そこまで出来ない。なんなら、できるビジョンすらわかないほどのレベルだ。

 

 何にしても、この勝負は俺の勝ちであり、実戦練習で見事に技も繰り出せた。

 

 ──なんて、格好良く言っているのだが。

 

「……緊張したぁ〜っ」

 

 非常に緊張した。そもそも二度目の実戦だ。格下だから技が試せれば良いとか余裕をぶっこいていたが、あれはただの強がりだ。いまにも手足が震え出しそうであるし、腰が抜けそうだ。

 本番で技を出せる確証もなかったし、なんとか気持ちだけはと強がって見せたが、それが功を奏したようだ。

 

「二度目の実戦で、よく頑張ったんじゃねーの?」

 

 そんな俺の様子など最初からお見通しであったのだろう。シナツヒコも珍しく優しい声をかけてくれる。

 

「あとはなのは達が来るまでこいつを見張ってればいいかな」

 

 突きを食らわせた魔物を見ると、体は原型を留めておらず、もはや魔力も敵意も感じられない程になっていた。

 

「それについてなんだが坊主」

 

「ん?」

 

「封印、やってみねーか?」

 

「ええっ!?」

 

 シナツヒコは軽く言ってのける。それが出来たら苦労などしないというのに、適当なことを言いやがる。

 

「やるだけならタダだろ? 失敗してもお前の魔力が減るだけ、成功したら一歩成長」

 

「まあ、確かにそれもそうだけど……」

 

 彼の言うことは、もちろん理解できる。この戦闘の前に発動した封時結界も、ダメ元で行い、成功したものだから。

 だが、だからこそ、そんな偶然が二度も続くのだろうか。二度も続いた偶然は最早必然と言えよう。

 

「どーせ根拠もなしに言ってるとでも思ってんだろ、坊主」

 

「ま、まさか」

 

 図星である。

 

「まあ、俺を信じろって。今はどうしてか一部機能に制限がかかってて、なんというか、まあロックみたいなのがかかってるから詳しくはわかんねーけど、どうやらそういうのが得意らしいんだ」

 

「ロック? 得意らしいって、どう言うことだ?」

 

「それが、俺もサッパリわかんねえんだ」

 

「……まったく、自分のことくらい覚えとけよシナツヒコ。というか、たかが封印程度でどうしたんだ?」

 

「たかが封印、されど封印だ。と言うか坊主、そんな生意気な言い草できるってことは、もちろん封印もできるよな?」

 

「まあいい、口車に乗ってやるよ」

 

 実際に、彼の言った通りだ。失敗してもリスクがないのなら、やらなきゃ損だ。それに、シナツヒコが言うのだから意味がないと言うことはないだろう。

 

「で、どうすればいいんだ」

 

「プログラム制御は俺がする、お前はそのプログラムに合わせて魔力を込めた決定打を決めればいい」

 

「簡単に言ってくれるな」

 

「たかが封印、だろ?」

 

「……まったく、よく喋るデバイスだな、お前は」

 

 だが、おかげで緊張も気負いもなくなった。シナツヒコといる時は、何も気負わなくて良いのが楽だ。なんて、本人には言えないけど。

 

 ──さて、やるぞ。

 

 シナツヒコから提示されたプログラムを読み込み、魔力を流し込む。

 天まで届くように、高く、刀を構える。

 

「封印っ!」

 

 掛け声をかける必要があるかどうかはわからない。言わば自己暗示のようなものだ。自分に言い聞かせて、強く念じる。

 それと同時に迷いの無いように、一陣の風のように、真っ直ぐに刀を下ろす。

 

「……やっぱりな」

 

 などと、シナツヒコが意味ありげなつぶやきをする。

 

 どうやら、封印は成功したみたいだ。



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11話

 ぶっつけ本番で、いきなり封印を成功させてしまうあたりに自身の才能を感じてしまいたくもなるが、この少女を前にしては俺のような凡才に毛の生えた程度の一般人はひどく霞んでしまう。日中に灯る光は太陽の光に上書きされてしまうように。

 

「そっちも封印終わったんだね、良かったぁ〜」

 

「こっちの敵は対して強くなかったからな」

 

「私は、ちょっと手こずっちゃった」

 

 顔を少しだけ崩しながら、いつも通りの人懐っこい笑顔をこちらに見せる。

 

「アリサちゃん達とプールに行ったらら、更衣室荒らしがジュエルシードを発動させてたみたいで……」

 

 今度は頬を染めながら語気を弱めていく。そんな様子を見ておそらく、何か言いづらいことでもあるだろうと考えられる。

 

「それで、その、出て来たのが、水着を取ってくるやつでして、途中でアリサちゃんとすずかちゃんが巻き込まれそうになったりしちゃって」

 

 ……なんとなく把握はした。

 つまり、俺もプールに行っておくべきだったという事だ。

 

 ○ ○ ○

 

 今日も今日とて日課となった魔法の朝練をなのはと共に勤しむ。早起きは三文の徳と言うが、確かに朝の練習は非常に効果的だ。朝は頭の中がフレッシュであり、色々な情報の濁流に押し流されてしまう夜よりもマルチタスクや魔力の制御などがやり易く感じる。

 隣では、なのはがユーノと共に技の確認や魔力の制御を行っている。ユーノとレイジングハートの指導を真面目な顔で受けていると思うと、時よりツインテールを可愛らしく揺らしながら楽しそうな笑みを浮かべる。

 あの才能を持ってして、真面目に努力も出来て、なおかつそれを苦に思わない。むしろ、たのしんで練習をしているようにも思える。そんなやつが強くなるのは当然なのだろう。決して慢心することも無いだろうし、その向上心からひたすらに強くなり続ける。

 ……果たして俺が、彼女に、彼女たちに遅れずについて行くことが出来るのだろうか。

 

「おい、ボサッとすんなよ」

 

「……っ、おう」

 

 かたや俺は基礎の練習。

 足捌きや素振り、他にも様々な基礎的なモノの反復練習だ。

 疑問を持つ人もいるかも知れない。精神世界でも基礎練習をやっていると言うのに、なぜ朝練でもするのか。

 答えは簡単だ。精神世界での練習と、実際の練習では当たり前だが全く違うからだ。

 体、武器の重さ。自身の体調、肉体的疲労、視界、音、匂い。踏みしめる足から感じる大地に立つ感覚、手から感じるシナツヒコの感触、指の先まで張り巡らせている魔力感覚。それら全てが精神世界でのそれとは全く異なる。

 そして、それら全てをこの身で感じてこそ分かる。

 彼女と俺の圧倒的な才能の差。

 おそらく、なのはは気がついていないだろう。

 それは、精神世界での練習を積んだから俺だからこそ分かる事なのかもしれない。いくら動きをイメージしても、いくら魔力をイメージてしも、一筋縄ではそれを再現する事は出来ない。何回も何回も素振りをして、マメを潰して、努力して、努力して。そこまでしてやっと理想に一歩踏み出せるレベルだ。それを実現するのには何年も何十年も、下手したら一生かけても再現出来ないかもしれない。

 だと言うのに、高町なのは、それをこなしてしまう。

 彼女が努力をしていない、と言うのではない。彼女はもちろんかなりの努力をしている。

 なによりも凄いのは、その吸収力と、成長力だ。

 真水のような吸収力で様々な技術を身につけては、筍の如く成長していく。

 

 ──化け物だ。

 

 彼女について行ける自信なんて無い。

 事実、今は差が小さくても、これから先は着実に、そして確実にその差は広がっていくだろう。

 

 でも、それでも。

 だからこそ俺は努力を止めるわけにはいかない。

 追いつけないから追わない、なんて馬鹿なことを言う気はない。

 

 追いつけなくても、せめて、限界まで努力して、目を凝らしてでも彼女の背中を見失う訳にはいかないのだ。

 

 俺には能力がそれほど無くても、他のアドバンテージはある。それはやはり「情報」だ。そして、その情報アドバンテージは決して弱い物ではない。故に、俺はそれを最大限に生かさなければならない。

 例えば──

 

「そういえば、なのは」

 

「──どうしたの? 大神くん」

 

 200本目の素振りを終えた俺は、同じく何らかのトレーニングに一区切りついたであろう彼女に声をかける。

 

「体調とか、何か問題はない?」

 

「うん、全然問題ないよ!」

 

 例えば、彼女の疲労。

 確か、アニメではここ数日の連戦で慣れない魔法を使った彼女は疲労を感じているはずだ。

 しかし、それに関しては俺に多少の負担が回っており、彼女の疲労が蓄積されるのを回避できていると言うことだ。

 これは、紛れもなく情報アドバンテージからくる恩恵であろう。

 

「一縒くんも大丈夫?」

 

「ん、俺?」

 

「この前、学校で熱出してたでしょ」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

「……本当に?」

 

 所謂、ジト目であろうか。

 懐疑的な視線をこちらにぶつけてくる。

 

「あ、ああ、本当だって」

 

「でも、一縒くん、ちょっと私に似てると思うの。いつも、大丈夫って言って、平気って言って、周りを心配させないようにしてるように見える」

 

 ……確かに、彼女も俺と似たタイプであるかもしれない。

 苦難困難を一人で抱えてしまうのだ。

 でも、俺がそんな事はさせない。そんな事をして良いのは俺だけだ。それが俺の、自己満足としての贖罪なのだ。

 

「……実は、さ」

 

「うん」

 

 いつの間にか目の前に来ているなのは。

 俺は、少しだけ声のトーンを小さくして彼女の集中をこちらに向けさせる。

 

「実は」

 

 呟くような小さい声で。

 なのははそれを聴き逃すまいと顔を近づけてくる。その動きは計算通りとは言え、流石に恥ずかしいではないか。

 赤面しそうになる顔を、なんとか押さえつけ能面のような無表情を心がける。

 

 そして俺は、ゆっくりと右手を彼女の顔の前まで持ち上げて──

 

「ほーんとに大丈夫だって。全く、なのはは心配性だな」

 

 ぱちん、と。

 デコピンを一発お見舞いする。

 

「はうっ!」

 

「変な呻き声だな」

 

「へ、変って!? ……そんなことより、いきなり何するの!?」

 

「スキンシップ」

 

「だからってぇ〜」

 

 涙目になりながら、訴えかけるような視線でこちらを見つめるなのは。多分、いや、絶対に彼女は怒ってなどいないだろう。俺もデコピンをそんなに強くやってはいないのだ。彼女もそれには気がついているだろう。

 

 なんて、下らないやり取り。ただ、こんなやり取りが、好きなのだ。こんな事がずっとしたい。こんなことを、罪悪感なくできるようにするために。

 だから、俺は努力を続ける。

 責任を取るんだ。

 俺はこの世界の不純物として、生じたズレを正すんだ。

 

 才能とか、そんなことに言い訳してられないな。

 

「よし、やる気出た」

 

「うう〜、酷いよ一縒くん、デコピンしてやる気出すなんておかしいよ〜」

 

「はは、ごめん」

 

 ──ああ、どうしてこんなにも心地良いのだろう。楽しいのだろう。

 

 本当は、こんな幸せを享受して良いわけがないのに。

 こんな幸せを享受する権利なんて無いのに。

 

 楽しいからこそ、故に心は酷く痛む。錆びた刀身が、ゆっくりとこの身を刺し貫くように。

 

 ○ ○ ○

 

 さて、目下の問題は、次のジュエルシードである事は言うまでも無い。

 だが、今回の最も重要な問題は、やはりフェイトについてだろう。なのはのライバルにして親友でもある彼女。そして、彼女とその母親を中心として起こる「PT事件」。

 出来れば、可能な限りは、アニメ通りの展開で事を進めたい。なのはがジュエルシードを回収し、フェイトと出会い、時空管理局が現れて、彼らと協力しフェイトを救う。基本的にはこの展開に沿うようにしなければならない。

 しかし、残念ながら、現状これと言った対策ができないのだ。

 例えば、フェイトについて。

 彼女もまた、原作より強くなっているのかどうかという問題が存在する。ただの敵なら、例えばプレシアなどは強くなっている可能性は十分に高い。

 ただし、フェイトの場合は後に味方になるのだ。その時に原作よりも強すぎる状態だと、それこそおかしいのだ。であれば彼女は原作のままの強さなのかもしれない。

 だとしたら、俺が首を突っ込んで良いことでは無い。彼女の問題は、なのはが解決するのだから。

 結局のところ、俺は徹底的に彼女たちの補佐をするしかない。対ジュエルシード戦で、原作より強い敵を、俺も協力して倒す。そうやって物語を進めていこう。

 そして、プレシア・テスタロッサ。原作でも条件付きSSランクの魔導師、いや大魔導師とまで形容されることのある彼女が、さらに強くなっている可能性がある。

 ──が、そこに関しては管理局に任せよう。

 プレシアの目的はアルハザードに到達する事であり、一期のゴールはフェイトを救うことと、次元震を止める事にある。

 プレシアが足りないジュエルシードで無理やりアルハザードに行こうとし、その時に起きた次元震を止める、それが出来れば問題はない。

 

 ……情報アドバンテージがあるというに、結局は後手後手になってしまうのか。

 

 とはいえ後手に回ってしまうのも状況的には仕方ない事でもあるので、ここは割り切って一つ一つ出来ることをやるしかない。

 

「なのは」

 

「んー?」

 

 朝練を終えた俺たちは、当たり前ではあるが学生としての本分を全うしている。つまりここは教室である。

 

「なのはの家って有名なケーキ屋さんなんだっけ」

 

 などと知っている情報を白々しく聞いてみせる。

 

「うん、おかげさまで」

 

 笑顔でそう答えると、今度は小首を傾げながら疑問を口にする。

 

「でも、急にどうしたの?」

 

「今度、母さんの誕生日でさ。折角だから、なのはの家のお店に頼んでみようかなって思って」

 

 もちろんこれは嘘ではない。四月の末に母さんの誕生日があるのは本当だ。付け加えれば、俺がかなりの甘党であり、純粋に彼女の家の甘味をいただきたいというのも理由ではあるのだが。

 もう一つの目的としては高町家の面々と交友を深めることだ。というのも、彼女の家族と仲良くしておいて、これから先の魔法関係のいざこざがあったとしても話を通しやすくなるわけであり、なおかつ、上手く事が進めばなのはの父である高町士郎さんから剣術を学ぶことができるかもしれないのだ。

 

「そうなんだ! もちろん大丈夫だと思うよ! 今度母さんにお話して──あ、そうだ」

 

「どうかしたか?」

 

「一縒くん、今日って午後は空いてる?」

 

「ああ、空いてるよ」

 

 それもそうだろう。少なくともこのJS事件の間は常に修行か事件解決に時間を割くべきなのだから。遊んでいる暇などは無いし、有事の際に時間をさけるようにしておかないと。

 

「それならさ、うちに来ない?」

 

 ──いきなりお家デートだとっ!? 

 

 なんて。

 相手は女子小学生で、お家に誘うのになんら他意はないだろう。

 むしろ、これは良い機会なのではないだろうか。高町家の面々には顔を合わせておいて損はないだろうし、あわよくば彼らから剣術を教えてもらいたい。シナツヒコに満足していないとかではなく、リアルな剣術を直接習いたいのだ。朝の練習と同じように、精神世界でのトレーニングとはまた話が違う。

 

「行ってみたいな」

 

「じゃあ決まりだね!」

 

「おう」

 

 ぐっ、となのはは目の前で小さくガッツポーズをしてみせる。

 ……くっ、なんか恥ずかしい。

 

 ○ ○ ○

 

「う、美味すぎる……」

 

「でしょ!」

 

 場所は変わってなのはの家──ではなく、高町家が営む町の人気のお店「喫茶翠屋」。

 

「あらあら、嬉しいわねぇ」

 

「こんなに美味いの、今まで食べたことないくらいですよ」

 

 前世から甘党であった俺は、多くの洋菓子を口にしてきた経緯を持っている。持っているのだが、それら全ての洋菓子よりも、目の前の高町桃子が作ったこのシュークリームの方が美味いと言い切れる程だ。

 

「そんなに褒めてもお菓子しか出さないわよ」

 

 そう言いながら微笑む姿は、どうにも人妻には見えない。

 何を隠そう、この美人さんは高町なのはの姉などでは無く、れっきとした母親なのだ。

 しかし、間近で見ると本当に30代には見えない。

 

 辺りを見渡すと、半分ほどの座席が埋まっていた。平日かつ時刻は4時ごろと言うことを考えると、かなりの客入りであろう。そんな中、わざわざ厨房から抜け出してこちらに顔を出したのは、娘が「男」友達を連れてきたからだろうか。

 

「なのはのお母さん、お願いしたい事があるんですけど」

 

「桃子で良いわよ」

 

「それじゃあ、桃子さん」

 

「なーに」

 

「四月の二十六日が、俺の母さんの誕生日なんです。それで、翠屋のケーキをぜひ注文させていただきたいんです」

 

 それを聞くと、桃子さんは改めて満面の笑みを浮かべる。

 その笑顔は、確かになのはに似ていた。

 

「もちろんよ! お母さんにちゃんと誕生日ケーキを用意してあげるのね! なんて良い子なの〜」

 

「ありがとうございます!」

 

 喜びの表情とともにこちらをぎゅっと抱き締めてくる桃子さん。

 む、胸が当たって、というか、で、デカイ。

 ──なんというか、まあ。

 美人さんに抱きついてもらえるなんて、子供って素晴らしい!! 

 

 と言う感情は可能な限り隠しているつもりでいた。いたのだが、少し顔に出ていたのかもしれない。

 

 なのはと目が合う。

 ……あれ、目のハイライト、消えてる? 

 能面よりも無表情を貫き、魔王さながらの威圧感を発する。

 た、確かに自分の母親にデレデレする同級生など見たくは無い。とはいえそこまでの表情を普通するか? 

 

 さて、そんな俺たちの様子に気がついたのか。桃子さんは俺を解放する。

 

「で、一縒くんはなのはのボーイフレンドって事でいいの?」

 

 ……まったく、この人は可愛い娘をからかいたいだけなのでは無いか。もちろん、俺もからかわれているのだろうが。

 

「ち、ち、ち、違うよお母さん! 一縒くんは、決してそんなんじゃ──」

 

 ああ、うん。否定されるとは思っていたし、分かってはいた。けれども、こうも正面からここまで言われてしまったら流石に傷つくでは無いか。

 

「そうですよ、なのはは大事な友達です」

 

「そ、そうだよぉ……」

 

 そう言いながら複雑そうな表情をするなのは。

 

「……大事、は嬉しいけど」

 

 蚊の鳴くような弱い声でそう呟く。

 

 そんなこちらの様子を桃子さんはニヤニヤと見つめている。

 あー、もう。ひどい。恥ずかしい。

 

 ──そんな時であった。

 

 パリンっと、陶器の割れる音がして店内を反響する。この場にいるものは全てその音に警戒し、視線を向ける。俺とて同じだ。

 だが、その光景は決して危ないものではなかった。俺以外にとっては、だが。

 

「な、のは。誰だ、そこの、男は」

 

 整った顔立ちと、服の上から見てもわかる理想的な体つき。黒く澄んだ前髪は、どことなくなのはに似ている。

 この人物は確か、なのはの兄。高町恭也さんだったっけか。

 

「あ、なのはのお兄さんですか。俺は大神一縒で──」

 

「俺は認めんぞ!!」

 

「何をですか!?!?」

 

「なのはにはまだ早い!!」

 

「いやだから何がですか!?!?」

 

「俺は認めんからな──っ」

 

 そう言い残した恭也さんは、落とした皿に目を向けることもなく、どこかへと走り去ってしまった。

 

「にゃはは……」

 

 絞り出したかのように乾いた笑みをこぼすなのは。

 

「まったく、恭ちゃんったら。なのはの事になるとてんで駄目なんだから」

 

 やれやれ、と言った様子で肩を揺らす。

 続いて店の奥から出てきたのは、なのはの姉である高町美由希さんだ。

 

「初めまして、なのはさんの友達の大神一縒です」

 

 先ほどのような現象が、果たして起こるのかはわからないが、起こらないかもしれないそれを回避すべく、自己紹介の先制攻撃を行う。

 

「ご丁寧にどうも、一縒くんの話はなのはからよく聞いてるよ。私は高町美由希、よろしくね」

 

「よろしくお願いします。ところで、俺の話をよく聞くってどう言う事ですか?」

 

「そりゃあ、決まってるじゃない。例えば──」

 

「ストップ、ストップ! お姉ちゃんストップ!」

 

「ありゃ、どうしたのなのは」

 

「お姉ちゃんダメだから、喋ったらダメだからね!」

 

「わかってるよ、ただの冗談」

 

 ……一体俺は高町家でどのように話されているのだろうか。気にならないといえば嘘になる。

 

「なのはと仲良くしてやってね」

 

「はい、もちろんです」

 

 美由紀さんはその返答に満足すると恭弥さんが走り去って行った方へと歩みを進める。ため息をわざとらしくついてはいたが、その表情は嬉しそうでもあった。

 

「それじゃあ私はキッチンに戻るから、ゆっくりしていってね、一縒くん」

 

「ありがとうございます」

 

 しかしまあ、予想はしていたのだが。

 

「なのはの家族って、個性的だね」

 

「にゃはは……」

 

 でも。

 

「いい家族、だね」

 

「うん、もちろん!」

 

 皆一様に楽しそうであった。

 それはもちろん、目の前の彼女を含めてだ。



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12話

「おお、君があの噂の大神一縒くんか」

 

 20代にも見える端正な顔立ち。ジャージを着ている翠屋JFCのコーチ兼オーナー。そして何より高町なのはの父親である高町士郎は嬉しそうにしながらこちらに声をかけに来た。

 

「たしかに大神一縒ですけど、噂の人って一体……」

 

「君の話は家族から聞いたよ。この前、うちの店に来てくれたんだってな、どうもありがとう」

 

「あ、ケーキ凄く美味しかったです」

 

「それはどうも」

 

 グラウンドの方に視線をやると、少年たちが縦横無尽に走り回っている。

 今日は、この士郎さんがオーナーをする翠屋JFCの試合の日である。なぜ俺がこの場にいるのか、というと──

 

「「おはようございます!」」

 

「うん、おはよう」

 

 この場にいるいつもの三人娘に誘われたからである。三人娘とは、言うまでも無いと思うのだが一応説明すると、左から順になのは、アリサ、すずかの事だ。

 もちろんただ誘われたから来たと言うわけでは無い。おそらく、今日はジュエルシードが発動する日。であれば、なのはと行動をした方がいいに決まっている。

 

「あれ、一縒じゃん」

 

「あ、純」

 

 一縒に声をかけたのは、彼の同級生であり友達でもある西浦純だ。休み時間には一緒に校庭でサッカーをする中であり、同学年の中ではずば抜けて上手かった。そういえば、彼は翠屋JFCに所属しているとか話をしていたっけか。

 

「どうしたの、こんなところで」

 

 なぜお前がこんなところに、怪訝な表情からはそう読み取れる。

 

「サッカー観戦」

 

「マジ?」

 

「大マジ」

 

「俺、スタメンだから応援してくれよな」

 

「もちろん」

 

 というか、彼はスタメンなのか。上級生が混ざる中で三年生にしてスタメンを掴み取るだなんて、やはり彼は相当上手いのだろう。

 

「なんだなんだ、純と一縒くんは友達なのか?」

 

 士郎さんはこちらの様子に気がつくと、快活な笑みを浮かべながら一縒と純の肩に手をおく。

 

「あ、コーチ。一縒は休み時間にサッカーをする友達です」

 

 ほう、と士郎さんは顎に手を当てながら返事をする。すると、鋭い視線をこちらの方に向け、

 

「一縒くんは、サッカー好きなのかい?」

 

「ええ、まあ人並みには」

 

「コーチ、こいつこんな事言ってますけど、普通に上手いですよ」

 

 士郎さんの視線は百獣の王のようにより一層鋭くなる。

 

「本当かい?」

 

「いや、そんなに上手く無いですって」

 

「嘘つけ」

 

 がばり、と士郎さんはこちらに振り向くと、力強くその両手を俺の両肩に乗せる。見上げると、その強い意志のこもっている目線が、一縒の目線とかちあう。

 

「一縒くん、ぜひ翠屋JFCの入らないかい?」

 

 やはり、そうくるだろうとは思っていた。お誘い頂けるのは非常にありがたく、光栄ではあるのだが──

 

「ごめんなさい、嬉しいんですけど、他にやることがありまして……」

 

「そうか、残念だ」

 

 残念だ、と口にしながらも表情はいたって柔和な笑みであり、大人としての器の大きさのようなものを感じさせられる。

 

「まあ、なんにせよ今日はぜひ試合を見ていってくれ」

 

「はい、士郎さん」

 

「それじゃあ、また後で」

 

 士郎さんは歩き出すと、背面をこちらに向けたままこれでもかというくらい自然にひらひらと手を振る。

 その後ろ姿は屈強な男そのものであり、男としてつい羨望の眼差しを向けてしまう。

 

「うちのお父さん、なんか変なこと言ったりしなかった?」

 

 先程まで小動物のようにそわそわした様子で、遠巻きにこちらを眺めていたなのはは、会話が終わったのを確認してから駆け足でこちらに接近する。

 

「変なことは何も──いや、そう言えば、なんか俺が高町家で噂になってるみたいな事は言ってたっけか」

 

「──っ、ち、違うからね! 別にそう言うのとかでは無くて、その──」

 

「え、もしかして悪口とか?」

 

「悪口なんて言わないよ! なんて言うか、その、何でもないよ!」

 

 沸騰直前のような真っ赤な顔になるなのは。まったく、これだから弄りがいがあると言うものだ。

 

「はい一縒、なのはをいじるの終わりにしないさい」

 

 そんな様子を見かねたアリサが、いつものように仲介に入る。

 

「了解です」

 

「もう、2人とも〜っ」

 

「まあまあみんな落ち着いて、そろそろ試合始まりそうだし、ベンチの方に移動しよう?」

 

「そうだな」

 

 ○ ○ ○

 

 試合観戦も終えると、お次にやって来るのはジュエルシードの時間だ。

 次の敵は、おそらく今までのように上手くは行かないだろう。ただ強くなっているというだけではあるのだが、それ故に侮ることはできない。犬っころですらあそこまで強くなっているのだから、今回の発動に関しては言わずもがなだ。

 

「どうしたの、真面目な顔して」

 

「いや、なんでも」

 

 フォークとお皿の触れる音が耳に反芻する。

 右隣のアリサは、考え事をしていた俺の横顔を不思議そうに見つめている。

 

「あんた最近、そういう顔多いわよ」

 

 いつもより数個分低くなっている声のトーンで不機嫌さを露わにさせているが、それ故にこちらの事を心配しているのだということがわかってしまう。

 

「悩み事とかあったら、あたし達に相談しなさいよね」

 

「ふん」とそっぽを向きながらも、照れたように頬は染めている。不器用ではあるのだが、暖かい。

 なのはもまた、俺と同じように一瞬だけ注意を別の方向に向けると、考え込むような素振りを一瞬だけ見せる。

 ──おそらく、ジュエルシードを見つけたのだろう。

 確か、アニメでは試合後に翠屋でケーキを食べている際に、先程のゲームに出ていたキャプテンがマネージャーの子もデートをしているシーンが映るのだ。そしてそのシーンで、サッカー少年はジュエルシードを取り出す。それをチラリとだけ、なのはは見ているのだが、気のせいであるとか勘違いであるとか、どちらにせよそのような答えを出してしまうのだ。

 そしてそれが、彼女を本気にさせる一つ目のキッカケになる。

 この後に起こるジュエルシードは、そこそこ大きい規模を誇る。ゆえに「自分のせいで」となのはは自分を責めるのだ。そして、俺はそれを止めてはならない。彼女の決意を邪魔してはならないからだ。

 もちろん罪悪感だって人並みにはある。俺は気がついているのに、見て見ぬ振りをするのだ。そして、わざとなのはに罪悪感を持たせるようにするのだ。わかっているのに、知っているのに、それでも俺はやらない。リスクのある最高手より、リスクのない最善手を選ぶのだ。

 ……それでもやはり、胸が蝕まれるように痛い。

 彼女達を救うために、彼女達を巻き込むというのは、どうにもおかしい気がしてならないから。

 それでも俺は、やるしか無いのだ。

 

「あ、もうこんな時間」

 

 アリサはすずかの発言につられるように時計に目をやる。

 

「そろそろ私たち行かなきゃ」

 

「習い事だっけ」

 

「……最近習い事がいっぱいあって、ちょっと大変なのよね」

 

 アリサもすずかも良いとこ育ちのお嬢様なのだ。そんな彼女たちは実際に多くの習い事を受けている。金持ちのお子さんは習い事が多いという話は、前世の俺にしてみれば都市伝説のようなものだった。まさか本当のことであると、二度目の人生になって初めて知ることになるとは思ってもみなかった。

 

「なのは達と遊ぶ時間も減っちゃうしさ。

 ──まあ、習い事も楽しいちゃ楽しいんだけどね!」

 

 金持ちのお子さんにも、彼らなりの面倒事もあるわけだ。一概に何が良いとは言えないものだ。

 

「無理しすぎないようにな」

 

「まったく、あんた達にそれを言われたくないわよ」

 

 ため息とともに見せるのは、少しだけ呆れたような表情。こちらの言葉を振り払うように、右の手をひらひらと振る。

 

「アリサちゃん、すずかちゃん、バイバイ!」

 

「じゃーね、なのはと一縒」

 

「またね、2人とも」

 

 なのはも手を振るが、こちらは「さようなら」の意味だ。

 

 さて、この後はジュエルシードの魔物との戦闘だ。俺にしてみれば、来るとわかっているので準備万端だ。だが、なのはの方はそういう訳にもいかない。戦闘が始まれば、先ほどの自身のジュエルシードを見逃してしまった自分を悔いるはずだ。もちろんその程度で集中が切れる人物では無いことくらい承知しているのだが、それ以上に今回の敵が強くなっているかもしれないのだ。

 俺がこの世界来てしまった事で起きてる唯一の利点である「なのはの負担を減らす」は現状では上手くいっている。おかげで、アニメの時よりは疲労が少ないはずだ。

 アニメ通りの流れであれば、この後になのはは家に帰って仮眠を取るはず。

 そこで俺には2つの選択肢がある。

 1つは、なのはともう少しだけ遊ぶという事だ。

 ジュエルシードの発動まで、まだ時間はあるのだが、2人で行動した時の方が迅速に対応する事が出来るだろう。

 2つは、このまま帰らせるという選択肢だ。

 この選択肢を選べば、多少とは言えなのはに休息を取ってもらえる。だが、ジュエルシードの発動時に、1つ目の選択肢ほど速く動く事は出来ない。

 

「一縒くん、この後どうする?」

 

 であれば俺は──

 

「この後は暇だし、今日は折角の息抜きなんだから遊ぼうよ」

 

 ──俺は1つ目の選択肢を選ぶ。

 というのも、なのはの疲労は殆ど無いに等しいため、2つ目の選択肢を選ぶ利点があまり無いのだ。消去法的な選択になってしまうが、可能な限り最善を選ぶのであれば仕方がない。

 

「うん、もちろん!」

 

 とは言え、何をすれば良いのやら。

 小学生が異性の女の子と2人きりで遊ぶ時は、一体何をすれば良いのか。そんな事覚えてはいない。

 仕方ない。こちらの出来るようにだけやってみるか。

 ジュエルシードは街中で発動するので、それならば街の方に出かけた方が迅速に対応できる。なら、街でデートと洒落込もう。

 

「うーん、それなら駅の方にでも行きますか」

 

 ○ ○ ○

 

 高町なのはにとって、大神一縒は憧れの人だ。

 きっかけとなったのは私がやられそうになった時、前に立ち、助けてくれたあの日から。ユーノくんを助けたいという一心で手伝うことを決めたのだが、それは軽い気持ちだった。

 だから、実際に命の危機が迫った時に、足がすくんで動けなくなってしまった。本当に怖かった。

 ──だから、突然草の陰から出て着た彼を見たときは幻なのではないかと思ったほどだ。私のようにバリアジャケットを纏うわけでも、魔法を使った守りを使うわけでも、物理的な防御を用意していたわけでもなかった。

 だというのに、生身の体で、魔物の前に立ちはだかり、文字通り身を呈して魔物の攻撃から私を守ってくれだのだ。

 もちろん、その時の私は驚きと狼狽に脳の大半が支配されていた。

 しかし、それでも感じたのだ。

 

 ──凄い。

 

 私に同じことが出来るであろうか。人を守れる力があるのならば、私はそれを躊躇なく行使できる自信はある。

 でも、何もない状態で、死ぬかもしれない状態で、あんなにも躊躇を見せずに命を捨てる覚悟ができるのだろうか。だからこそ行動に起こして見せた彼を尊敬と、少しの畏怖を持つのは当然であろう。

 

 だが、高町なのはが大神一縒に憧れを抱いたのはつい最近の話というわけではない。

 

 彼は、思う限りでは理想的な人間であったのだ。

 

 彼はいつでも完璧だった。

 勉強にしても、運動にしても。もちろんそれだけではない。クラスのみんなや先生にも好かれていて、自分1人でなんでもやってしまうし、だからと言って他人を蔑ろにするわけでもない。

 自分も彼のようになれてたら、なんてことを考えたりするのはそう少なくなかった。

 私も、友人や家族に愛されている自覚はもちろんある。

 しかし、複雑な家庭関係から小学校に上がる前の父親の事故をきっかけに少しだけ疎外感のようなものを感じたこともあった。それは血の繋がっていなかった家族に対して「良い子」になりきれなかったから。

 

 だから、自分が頑張れば、努力をすれば、そうやって誰かのためになって、誰かを助けられれば──

 

 そういう思いを胸に潜めていた高町なのはにとって、それを実際に、目の前で実行してみせた大神一縒は憧れを持つに足る人物であるのだ。

 

「……どうしたんだ、なのは。そんなにぼーっとして」

 

「んっ!? いや、なんでもないよ」

 

 少し前まで接点が少なかったその少年と、今こうして魔法のことも関係なしに出かけているのだ。

 

(なんか、少し緊張してる……?)

 

 胸に手をそっと当てると、理由はよくわからないのに心臓の脈が早まっているのが感じられる。落ち着いて、深呼吸。

 ちらり、と彼の横顔を盗み見ると、ふたたび心拍数が上昇する。

 

(あれ、いつもはこんな風にならないのに)

 

「あ、もしかしてたい焼き、そんな好きじゃなかった? 確認し忘れてた……ごめん……俺、この店好きだからついオススメしたくて」

 

「違うよ! たい焼き、普通に好きだし、ちょっと考え事してただけだから」

 

 落ち込んだ表情を見せる一縒に慌てて訂正をするなのは。

 

(しゅんとしてる一縒くん、初めて見たなぁ。……ちょっと可愛いかも)

 

 ショッピングセンターのベンチに腰をかけながら一縒のオススメだというたい焼きを食べていた。

 

「やっぱここのクロワッサンたい焼きは絶品だ……!」

 

 先程からコロコロと表情を変える一縒。なのははそんな彼の姿を物珍しげな表情で見つめる。学校にいるときの彼はいつも凛とした顔つきや表情で、笑うにしても何か考えているのか、全力の笑顔をあまり見ないし、表情が少ないという訳ではないのだが、ここまでコロコロ変えるのは珍しい。

 

(でも、それって私が一縒くんと学校であまり話してこなかったからかなぁ……)

 

 だとしたら、親友であるアリサちゃんは私の知らないような彼の表情をいっぱい知っているのだろうか。アリサちゃんと一縒は、去年の段階ではもう仲良くなっていたはずだ。誰か1人特別仲のいい人を作らなかった一縒が、アリサだけはその一歩を踏み入れさせたのだ。

 そう考えると、自分でも理解できない遣る瀬無さとアリサに対する羨望を感じてしまう。

 

「……一縒くんって、アリサちゃんと凄く仲良いよね」

 

「ん? そうかもな、あいつも中々無遠慮に踏み込んでくるタイプだからな──まあ、そんなところが好きというか、仲良くなった原因だとは思うんだけどね」

 

 再びの笑みでそう話す一縒。

 ズキリ、となのはの心が痛む。

 もやもやした感情が広がっていくように感じる。

 

(あれ、どうしてだろう)

 

 そんなことを考えていたなのはの目前に、たい焼きが差し出された。

 

「なのは、俺の買ったイチゴカスタード味の方も食べる? 美味しいよ」

 

「うん! ありがとう」

 

 差し出されたたい焼きを一口頬張る。

 ……美味しい。

 

「美味しいだろ、これ。期間限定なんだけど結構好きでさー」

 

(あれ)

 

 気がついた時には、なのはの心の中にかかっていた霧は晴れていた。

 美味しいたい焼きを食べたからだろうか、きっとそうだ。

 

(それ以外の理由……無いよね?)

 

 今度は自分の買ったふつうのクロワッサンたい焼きを食べる。

 とても美味しい、美味しいのだが。

 先程一縒からたい焼きをもらった時に感じた何かは感じられない。

 イチゴカスタード味の方が好きなのかもしれない。なのははそう結論づけた。



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13話

(さて、そろそろかな)

 

 少しだけ与えられた休み時間もそろそろ終わりだ。午前中に士郎さんがコーチを務める近所のサッカーチームを観戦した後、翠屋でなのはがジュエルシードらしきものを見たが気のせいだろうと終わらせる。

 この後、サッカーチームのキャプテンとそのマネージャーを媒体として巨大な樹木の魔物な姿を見せるのだ。

 そしてこれは、ユーノを手伝うためという理由から、この街の人を守る為に自発的にジュエルシードを封印しようと思うきっかけとなる。原作とは少しずつ乖離を始めているこの世界だが、節々でなぞれる部分が多いのならばそれに越した事は無いし、精神的な影響というものは非常に大きく、原作と乖離させるわけにはいかない。

 

「!? ……一縒くん、ユーノくん、この感じ……」

 

「ああ、ジュエルシードだ……!」

 

 予想通りのタイミングで発動するジュエルシード。まったく、こんな白々しい対応ばかりしている自分に腹がたつ。

 

「それにしても今回の敵、結構デカくね……?」

 

 事前の知識として今回のジュエルシードの暴走体である樹木のことは知っていたが、実際にその魔力を肌で感じてみると大きさを実感できる。俺の少ない経験の中でも、そのサイズには驚かされる。

 

「こんなに広いとどこにジュエルシードがあるか分からないよ……」

 

 心配そうにつぶやくユーノ。

 とはいえ、実際にはこの馬鹿でかい魔力と範囲を持つ相手に対して、今の俺の力ではどうすることもできない。アニメ通りになのはがジュエルシードの位置をサーチして、遠距離から砲撃魔法。

 そのやり方でしか敵を倒すことができない。さらに、なのはの代名詞とも言える砲撃魔法を習得し、初めて披露する回でもあるのだ。

 

「とりあえず屋上に行って発動場所と様子を確認しよう」

 

 そして、危惧すべき事態は今回もやはり敵の強さがどれほど上がっているかだ。

 敵が人であったり動物であったりすれば、単純に考えてその実力が強くなったり魔力量が上がっていたりと考えればいいのだが、今回はそうもいかない。

 一体どういう風に強くなっているのか。

 そこが問題になってくる。

 兎にも角にも、やってみなければ分からない。原作との違いは、俺という異物を持って補完する、それしかないのだから。

 

 あらかじめ上の階にいた俺たちは屋上へ向け急いで階段を駆け上る。

 それほど時間をかけることもなく登り切り屋上に出ると、目前にはわかりやすいほどにジュエルシードに操られている樹木が映り込む。

 

「敵はあいつなんだろうけど」

 

「やっぱり、広すぎてどこにジュエルシードがあるのかわからない……」

 

 その巨大さに驚くと、ユーノとともに少しだけ弱気になってしまう。

 

「まあ、とりあえずアイツをどうにかしなきゃなんだけど」

 

「うん、でもどうすれば……」

 

 俺もユーノも、その規模の大きさに頭を抱えてしまう。正直な話、俺たちだけではこの状況を打破することはできない。

 だが、彼女は違う。

 

「大丈夫、私に任せて!」

 

 俺とユーノの会話を聞いていたなのはが一歩前に踏み出す。

 

「レイジングハート、行ける?」

 

 そう問いかけるとレイジングハートは肯定を示すように桜色に輝いた。

 レイジングハートを構えると、多数の魔力弾を生成する。

 

「探して、災厄の根元を」

 

 そう言い、サーチャーである魔力弾を辺りに飛ばす。構えを解かずに集中する様子のなのは。

 

 ──さて今回は、そう言うことか。

 

「陣風突きッッ!」

 

 今度は俺はなのはの前に出ると、魔力を込めた強烈な突きを繰り出す。

 敵さんは、もうすでにこちらの位置を把握しているようだ。それは相手にとっても攻撃の射程圏内であることを示す。

 

 俺が先ほど切り裂いたのは、樹木の蔓。

 つまりだ。サーチ中、無防備になったなのはを狙い相手が攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

「一縒くん、ありがとう!」

 

「なんてことないさ、なのはは集中してて!」

 

 一本の蔓が切られそれだけでは足りないと相手は気がついたのか、今度は数十本の蔓がこちらに向かって伸びてくる。

 俺たちを囲うように360°にムラなく並び、獲物を狩る肉食獣の爪のような鋭利な形となった蔓をこちらに向けて突き立てる。

 

「さーて、坊主はどうするよこの場面。現状俺がお前にただ教えただけの技をそのまま使おうとしたら、確実に突破されちまうぜ?」

 

 シナツヒコはそう俺に発破をかけてくる。

 

「まったく、お前は俺にそんなやわな修行をやってたわけじゃないだろ?」

 

「ほう、言うじゃねえか」

 

 10を聞いて10を学ぶのなら、それは悪くないことだろう。ただ、この世には1を聞いて10学ぶ奴がいるのもまた事実。残念ながら俺にはそんな真似は出来ない。

 ただ、3を聞いて5を学ぶことくらいなら。そのくらいなら俺だってやってみせる。

 ──さて、修行の成果を見せる時だ。

 

「うぉぉぉぉっらぁ!」

 

 俺はその場に立ちながら、刀身に全力の魔力を込めて無造作に様々な角度や形で素振りを始める。

 空中には、斬撃で切り裂かれた場所に魔力の軌跡が描かれる。

 

「鎌鼬ッ!」

 

 言葉とともに空中に待機させていた魔力刃を四方へと飛ばし、俺たちを囲っていた蔓を微塵に切り落とすように斬撃波は繰り出される。攻撃体制であった蔓を抵抗するまもなく無残に斬り伏せた。

 

「どうした、こんなもんか!」

 

 この攻撃方法では魔力の消費は結構多いのだが、一体多数で手数が上回る相手の攻撃を凌ぐには最適解であろう。なのはのように操作できる魔力弾とかが撃てるのならば、こんな苦労はしなくていいのだろうに。まったく、自分の不器用さには呆れるばかりだ。

 

「──見つけたよ! 一縒くん」

 

 俺が相手の攻撃を迎撃しているうちになのははジュエルシードの位置を見事に突き止めたようだ。

 

「でも、結構距離がある。あそこまでいかなければならいないし、このままじゃ埒があかない」

 

 しかし、ユーノの言う通りにその位置はここからは少し遠い場所にあった。しかし、なのはの顔には少しばかりの自信が浮かんでいた。

 

「大丈夫だよね、レイジングハート」

 

「Shooting mode」

 

 なのはの頼れる愛機は、返事の代わりにその姿形を変えて応える。

 ここからなのはの魔“砲”少女として悪を怯え上がらせる戦闘スタイルが確立されていくのか。そう考えると頼もしさと恐ろしさを覚える一方、少しだけ申し訳なさを感じた。

 

「周りの雑音は俺が処理するか、あとは任せた!」

 

「うん!」

 

 俺はなのはが砲撃を無事に、堂々とぶち込めるようにサポートをするだけだ。こちらに攻撃をしてくる蔓を切って切って切って斬り伏せるのみ。

 

「なのはには蔓一本も触れさせないぜ!!」

 

「な、なんか恥ずかしいねそのセリフ」

 

 確かに、娘が連れてきた彼氏に対して言う頑固お父さんやどこぞのイケメンハーレム主人公がヒロインを落とすときに言うようなセリフだ。反省せねばならない。戦闘中は自分を奮い立たせるためにアドレナリンが分泌されてしまうのだ。それにより、言葉や動きがオーバーになってしまう。

 

「──行くよ!!」

 

「まさか──砲撃魔法!?!?」

 

 なのはは姿を変えた愛機を構え、ユーノは驚きを露わにする。それもそうだろう。教えているはずもなく、難易度の高いとされる砲撃魔法をいきなり目の前でぶっ放そうとしているのだから。

 ──それでも、やはりなのはの代名詞といえば、この砲撃魔法だろう。

 

「ディバイン──」

 

 敵の攻撃を捌きながらちらりとなのはの横顔を覗き見る。

 

 ああ、かっこいいなぁ。

 

 強くて、気高くて、美しい。

 羨ましくて、ひどく遠く感じる。

 そんな姿を見るだけで、鳥肌は立つし心は酷く震える。本当にカッコイイったらありゃしない。

 そして、今一度自分自身の使命を再確認する。俺なんかがこんなセリフを言うのもおこがましいのだが、やはり俺はこの世界を、この少女を守らなければならないのだ。

 この可憐な、気高く咲く花のような彼女を汚してはいけない。彼女は綺麗に、真っ直ぐに、強く咲き続ける資格があり、誰もがそれを望んでいるのだ。

 

「バスターァァァッ!!」

 

 ゴウッ、と桜色の魔力の光は一つの束となって真っ直ぐにジュエルシードへと降り注ぐ。

 俺たちを狙っていた蔓も、自身の身の危険を感じたのか、その砲撃を遮るように守りに入るが、全てが無駄だ。圧倒的な魔力に飲み込まれ、一瞬のうちに消えてゆく。

 

 あっという間にジュエルシードとその魔物は魔力に包まれる。封印完了だ。

 

 まったく、なんという強さを持っているのだ、この少女は。俺が地道にシナツヒコとバカみたいな努力をしている間に、彼女との差は少しずつ開いていく。

 

 ……もっと、頑張らなきゃだな。

 

 ○ ○ ○

 

「私、ジュエルシードに気がついてたかもしれなかったの」

 

 いつのまにか日は落ち始め、綺麗な夕焼けに街は照らされている。橙色の炎を優しく燃えているみたいだ。

 

「気のせいだって思わないで、ちゃんと確認しておけば、被害は出なかったのに」

 

「……少なくとも、なのはのせいじゃないさ」

 

 なのはの独白と、固められる決意と覚悟。アニメ通りの展開だろう。

 今俺が言ったように今回の件でなのはは負い目を感じるのだが、正直俺には理解できない。彼女は人に褒められることをしたのだ。それでも自分を責めるほどの責任感、それは凄くもあるしカッコよくもあるが、歪にも感じられた。

 

「どこかに被害が出ても、誰かが悪いなんて、そんな事が存在しない時だっていっぱいある。ただ言えるのは、なのはは人に褒められる凄いことをしたんだよ」

 

「うん、ありがと」

 

 照れたように微笑むと、こちらに顔を向ける。

 

「だから、私は私にできることを続けるよ」

 

 いつものような力強い、そして温かい笑顔をなのはは俺に向ける。その笑顔はとても綺麗で、俺の心も溶かされるように安心してしまいそうになる、が。

 

 ──少し、おかしい。

 なのははこの件を通じて、「ユーノの手伝い」から「この街を私が守るために」へとシフトするはずだ。だというのに、なのはのこの表情、この発言。今このタイミングで決意をしたわけではないように思われる。なんなら、決意はすでに固まっていたというのか? 

 

「私にはユーノくんを手伝う力も、みんなを守る力もきっとある。だから、その力を使うよ!」

 

「……そうだね」

 

 なのはの決意はここで固まったわけではないが結果オーライか? どちらにせよ、なのはは自分が力を持つことを自覚していて、それを自分の意思で使おうとしているのだから。

 

「……ちょっと、言うの恥ずかしいんだけどさ、一縒くんのおかげなんだ」

 

「えっ?」

 

 突然のことに変な声を出してしまう。

 俺、なんかしたか? なのはの決意を決めるようなこと、何かした覚えは──

 

「神社で一縒くんがさ、私の前に出てきてくれた時、すごいなぁって思ったんだ」

 

「いや、まあ、あれはそんな大層なことじゃないよ」

 

 あの一件は、なのはの決意に影響を与えたというのか。

 だが、俺はあの時自分の意思で、かっこいい理由で動いたのではなく、自分の責任に耐えきれず、ただこの世界から逃げるためだけというダサい原因で動いた、それだけなのだから。

 決してなのはが考えるような理由ではない。

 

「私ね、誰かを守れる力があるのなら、それを使いたいの。でも、一縒くんはあの時、その力がなくても助けてくれた。だから、私もそんな風になりたいんだ」

 

 ゾクリ、と。背筋に気持ちの悪い、異物感のような何かを感じる。

 

「この力で誰かを救える、それなら、私自身を許せる気がするの」

 

 口から紡がれるその言葉は、純粋無垢なその表情は、美しく、綺麗で、それでいて、決定的に壊れている。

 だが彼女は綺麗すぎて、まるで俺みたいな普通の人間が間違っていて歪んでいるかのように見える。それほどまでに、彼女は壊れた真っ直ぐさを持っていた。

 

 そしてそれは、ある意味では今の俺の自己嫌悪にも似ていた。

 

 自分のせいだといつも己を責めてる俺は、この力で誰かを救うことで、自分を許そうとしているのだ。

 

 斜陽に照らされる彼女は、まるでSF映画に出てくる終末を迎えた世界に咲く一輪の花のように見えた。それは、壊れているからこそ、他の何者とも異なっていて、はかない美しさを秘めている。

 

 故に、俺は彼女に、今まで以上の畏怖と尊敬を持った。

 

 俺も、彼女のように、強い人間になりたい。

 

「だからね、私頑張るよ」

 

 こちらを振り向くと、いつものような──いや、いつも以上に全力全開の笑顔でそう口にする。

 

 綺麗な夕焼け空をバックに、春の夕暮れの陽射しを受け、美しく気高く咲く満開の花のような笑顔。

 

 なんだか、映画や漫画みたいなそのワンシーンが。とても綺麗な一枚の絵画のようなその絵が。不意を突かれた俺の瞳に焼きつく。

 

「一縒くん、顔真っ赤」

 

「ぅえ?」

 

 ばっ、と自分の顔を触る。

 ……熱い。

 あれ、どうした俺。なんでこんなにドキドキしてるんだ。いや、まさかな。そんなはずが無いよな。俺はロリコンなんかじゃ無いからな。

 

「早く帰るぞ」

 

「一縒くん、すごい、耳まで真っ赤だよ」

 

 咄嗟に俺は両手を耳に当てて隠す。

 おかしい。一体俺はどうしたんだと言うのだ。

 

「あーうるさいうるさい、とっとと帰るぞ!」

 

「あれ、なんか一縒くんがそんなに照れてるのってレア……?」

 

 レアってなんだレアって。生焼けの肉が俺は。別に照れることぐらい普通にあると言うのに。希少価値は高くないし、俺の照れなどステータスにもなりやしないと言うのだ。

 

「帰る!」

 

「あ、待って、もう一回だけ顔見せてよ〜」

 

「死んでも断るっ!」

 

 俺は、この日この瞬間に彼女に憧れた。

 

 ──そして、彼女のために生きると決めた。



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14話

書き溜めというか、昔書いていた分が全て終わった……
ここからは昔考えた構成の記憶を頼りに書き進めますのでペースが落ちるかもしれませんが、ごゆるりとお付き合いください。


 この前の戦いから数日。1週間が経っていない程度の日にちが過ぎた。朧げな原作の記憶を、手繰るようにして引き出すのだが、正直な話を言えば詳しい日時など覚えていない。そもそも、アニメ内では明確に日にちなどは説明されていないのだ。故に、前後に起きたイベントを頼りに、起こる事態と起こる日時を類推していくしかない。

 だとするのなら、これは、分かりやすくてありがたい。

 

「へー、明後日すずかの家でお茶会あるのか」

 

 始めた日から、一度も欠いた事のない魔法の朝練を終えた俺たちは、帰路に着く。学校はもちろんこの後にある。大変だと思わなくもないが、この程度で根を上げているようでは到底ダメだろう。

 

「うん、そうなの」

 

 なのは達が、月村家でお茶会をする日。その日は、魔法少女リリカルなのは一期における、ひとつの転換ポイントでもある。

 多くの重要なポイントが存在するとはいえ、今回に関しては頭一つ抜きん出ていると言えるだろう。物語構成で言うなら、魔法との出会いが「起」ならば、起承転結の「承」の部分に当たる。それは、彼女にとってライバルであり、最高の親友でもあるフェイト・テスタロッサとの出会いのシーンだ。

 

「そこで──」

 

「俺もどうかっていうお誘いだな」

 

「えへへ、そういう事」

 

 正直に言えば、こうやって誘ってもらえるのは非常に嬉しいし、彼女達との信頼関係が築けていると思うと悪い気はしない。実際に最近は、彼女との距離感が一層縮まったように感じるのだ。ちょっとした表情が柔らかくなっていたり、冗談も気にせずに言ってくれるようになったし、物理的にも距離感は近くなった。

 今になってもなお、原作通りにことが運んでいれば彼女とここまで仲良くなる事は無かったのにな、と自嘲気味に思う。そして、それは事実だと思う。だが、だからこそ俺は、自分の責任を見つめ直して、自分がするべき行動を考えなければならない。

 

「うーん、ごめん。俺はやめとくよ」

 

「ええー、どうして? 一縒くん、何か用事でもあるの?」

 

 こてん、と可愛らしく小首を傾げる。その動きについていくように、彼女のツインテールもぴょこりと跳ねた。

 俺が行かない理由は簡単だ。

 その日は、なのはとフェイトが相対しなければならないのだ。現状では、フェイト・テスタロッサも強くなっている可能性は高いだろう。今までの敵もそうであったし、強さに関して上振れに警戒する分は問題もない。

 しかし、今回に関しては、なのはは負けていいのだ。原作において、このシーンは負けイベントなのだ。

 今のなのはは、おそらく原作よりも強くなっている。というのも、純粋に、今まで戦ってきた敵が原作より強くなっているからだ。大半は俺と共闘したとはいえ、俺が学校で戦闘をしている間に、彼女もプールにてジュエルシードを封印していた。原作よりも敵が強くなっているはずの敵を、怪我もなく封印していたのだ。まず間違えなく彼女は成長したと言っていい。

 故に、フェイトが強くなっていることに関しては問題がない。

 なのはが多少強くなっている分、バランスが取れることになるから。

 

 そして、それらが俺の立ち振る舞いにも関係する。

 俺は、なのはとフェイトの戦闘を邪魔してはいけない。具体的にどうすればいいのかと言うと、保険としてなのはのサポートにギリギリ回れるくらいの距離感から見守るしか無いのだ。本当にヤバイ時だけ手助けに入る。そうする事によって、少しでも原作と似たような流れへと誘導できる筈だ。

 しかし、それをなのはに説明する訳にもいかないので、今は、それと無い理由をつけて適当にごまかそう。

 

「用事とかは無いんだけど、もしその時間にでもジュエルシードが発動して、俺たち2人がすずかの家に居たとするとなかなか現場に向かえないからさ。前回から数日経ってるし、いつジュエルシードが発動してもおかしく無いと思うし」

 

「う〜〜〜ん、たしかに。でも、一縒くんだけ遊べないのは、ちょっと寂しいし、申し訳ないと言うか……」

 

 本当に、高町なのはは心の優しい少女だ。分け隔てない、真っ直ぐな優しさは、眩しすぎて胸に刺さるほどだ。

 

「いや、大丈夫だよ。俺だって誰かと遊ぶ時くらいあるからさ、その時には、今回と同じようになのはがメインで対処してくれるように頼むかもしれないだろ?」

 

 口ではそう言っているが、そんな機会は無いだろう。俺は、無意味に楽しむ暇があったら、修行をするか対策を講じるかでもしなければならない。今は、幸せな時間を享受する暇も余裕も理由も無いのだ。

 

「……わかった。一縒くんも、遠慮なく私のこと頼ってね! 絶対だよ!」

 

「ああ、もちろん」

 

 ──もちろん、頼らなければいけないし、頼るわけにはいかない。

 彼女は、この物語の主人公であるのだから、彼女自身の活躍に関しては、間違えなく彼女のことに頼りっぱなしになるだろう。

 

 だから、彼女が安全に確実にその道を辿れるように。俺は、その道を作って、邪魔なものを退かすために、彼女のことを頼るわけにはいかないのだ。不必要な負担は、彼女が背負って良いものでは無い。背負わなければいけないのは、この俺自身だ。

 故に、俺が彼女を頼るような真似だけは決してしちゃダメなんだ。

 

 ○ ○ ○

 

 ──などと格好つけてみたのだが。

 

 残念ながら俺は、一回も月村家なんて行ったことなかった。そして今日は、なのはが月村家でお茶会をし、フェイトと出会うはずの日の前日。

 何が言いたいかと言えば、俺は月村家の位置の確認を兼ねて、現場の下見をしにきたのだ。

 

「それにしても」

 

 なんと大きな家だ。

 アリサ宅には行ったことがあるのだが、相変わらず彼女たちのスケールは一回りも二回りも違う。自分の家だってちょっとした庭付きの一軒家であり、世間的に見ても決して小さいとは言えないと思うが、これを見てしまうとダメだ。

 そして家が大きいだけならまだしも、すごいのはその敷地面積だろう。森だか山だか林だかよくわからないところまでもが、この家の敷地であるのだ。この中で戦闘が起きていたとなると、場所を見つけるのも駆けつけるのもそう簡単じゃないな。

 

「フェイトとの戦闘は、あっちの木が生えてる方だったよな」

 

 俺はその屋敷に圧倒されながらも、彼女の家をぐるりと大回りして後方にある林の近くまで歩いてゆく。明らかにそこまでの道のりは長く、目的地まで1,2分は歩かされた。自分の家の敷地内で1,2分も歩くことなんて、想像もできない。端から端まで歩けばほんの十数秒とかからないだろう。

 

「このへん、かな」

 

 俺は木々の生い茂る場所へと目を向ける。しかし残念なことに、どこで戦闘が起きたのか正確には知らない。目印もなければ、朧げな記憶を頼りにそれっぽい場所に目星をつけるだけなのだから。

 まあ、何にせよ。木々が生い茂る中、少しだけ開けているこの辺りで戦闘が起きたことはまず間違えなさそうだ。

 

 作戦としてはこうだ。

 なのはがアニメ通りにジュエルシードの発動を感じて、アニメ通りにフェイトとの戦闘をする。原作より強くなっているであろうフェイトとなのはの戦闘が始まったら、俺は有事の際を除いて見守る事に徹していればいい。フェイト自身が強くなっていようが、なのはに大怪我をさせるようなことは彼女の性格からあり得ないだろう。気を失わせるくらいならするかも知れないが、優しい子なんだ。おそらく大丈夫であろう。それよりも、これは負けイベであり、2人が出会う大事なイベントだ。可能な限り俺の参加は避けたい。

 それに、なのはも原作よりは少し強くなっているのだ。このペースならば、きっと問題は無いだろう、ら

 

 そうして俺は近くの木にもたれかかりながら、明日のことを想定する。

 大丈夫。今回は上手くいくだろう。そもそも、俺が変に格好つけて介入さえしなければイレギュラーが起こり辛い内容なのだ。あくまでも原作の流れに沿ってサポートできればそれで良い。

 

 さて、そろそろ帰るか。

 

 そう思い、俺は木から背を離した時だ。

 

「──魔力反応」

 

 しかも、近く。

 

「くそっ、なんで今日なんだよ!」

 

 そして、それは知っている魔力反応だった。

 そう、ジュエルシード。

 

 想定と外れる事が、今まさに起きようとは。正直なところ、この事態は予想だにしていなかった。今まで敵が原作より強くなっいるというイレギュラーは存在したが、それ以外のイレギュラーは無かったはず。

 

 ──いや、イレギュラーなら、あった。

 

 1週間ほど前の戦闘。

 なのはがプールで戦闘を行った時、俺がたまたま居た学校でもジュエルシードが発動していた。これは、明らかにイレギュラーの事態だ。

 

 つまり、この世界に起きてる不測の事態は「敵が強くなっている」という点と「ジュエルシードの発動がバラバラになっている」という点なのか。

 

 本当に、そうなのか? 

 

 違和感だ。強い違和感を覚える。

 

 何かが違う。

 そもそも、その2つは別で考えていいものなのか。もし、その二つに関連性があるとすれば。その可能性を捨て切って良いのだろうか。この世界におけるイレギュラーとして、全てを曲げてしまった元凶は、本当に俺の存在だけなのか。俺の存在で世界のバランスが崩れて敵が強くなっている、それなら話は早いし理解できる。

 だが、ジュエルシードの発動タイミングがズレるのは、それに関係するのだろうか。そもそも、本当にたかが俺程度の存在で、この世界のバランスは崩れ得るのであろうか。

 

 だとしたら、一つの推測ができる。

 しかし、今それを証明するのには、あと一つピースが足りない。

 

 それに、今はそれどころではない。発動したジュエルシードを封印する事、それこそが優先すべき事態だ。

 俺は無駄に働く頭を一旦止めて、気合を入れるために顔を2、3回両手で挟むようにして叩いた。

 

「シナツヒコ、行くぞ」

 

「おうよ」

 

 俺はすぐにシナツヒコを起動し、バリアジャケットを生成する。そのまま魔力源へと足を動かす。何にせよとりあえずは、連絡をしなければ。

 

『なのは、ユーノ、ジュエルシードが俺の近くで発動した』

 

『──今、感じたよ! どこら辺なの?』

 

 なのははすぐに念話に出た。

 

『すずかの家の近くだ、とりあえずは様子を見る』

 

『分かった、出来るだけ早く行くね!』

 

 本当に困ったイレギュラーだ。ジュエルシードが起動して、それを封印するだけなら問題は無いのだが、今回に関しては、魔法少女リリカルなのはの一期における重要人物「フェイト・テスタロッサ」の初登場シーンに影響を与えてしまっている。この場面を後に修正していくのは、不可能では無いかもしれないが作戦を練り直さなければならない。

 

「にゃお〜〜ん」

 

「……ああ、くそ。こっちはこんなに悩んで、考えてるっていうのに。お前は呑気そうで可愛いな」

 

 ジュエルシードを発動させていたのは、アニメと同じ子猫だった。「大きくなりたい」という純粋な願いを、ある意味その通りに叶えてしまった結果だ。ここに関してはアニメ通りだ。

 

「猫派だから、なるべく痛くならないようにするさ」

 

 俺はシナツヒコを構える。

 流石にイレギュラーな事態とはいえ、このまま放って置いたら巨大猫として世間を騒がすだけでなく、ジュエルシードの暴走で何が起こるかわからない。

 ……ちょっとだけもふもふしてからでいいかな。

 

 ……いや、フェイトも来る気配がないしささっと封印して終わらせよう。

 そうして、封印術式を込めた一撃を放とうとした丁度その時だ。

 

「フォトンランサー」

 

「──っ!?」

 

 黄色い稲妻の魔弾が奔る。

 俺の後ろ、少し上空あたりから、声と魔法が。

 黄色い魔力光の魔法は巨大猫に直撃する。

 

 ──おいおい、マジかよ。本当に最悪なタイミングで現れやがった。

 

「──あなたは、魔導師ですね」

 

 先程と同じ位置から、澄んだ声が聞こえてきた。

 当然彼女にバレてるし、俺はすでにバリアジャケットを展開していた。ここから言い逃れは出来ないだろう。

 まずい。非常にまずい。

 この展開だと、俺は高町なのはとフェイト・テスタロッサの出会いのシーンを書き換えてしまうことになる。

 俺は振り返り、上を見上げる。

 

「ああ、そう言う君こそ──」

 

 凛々しい表情と、哀しそうな瞳。

 黒を基調としたバリアジャケットと、稲妻のような黄色の魔力。

 

 フェイト・テスタロッサは、木の上からこちらを見下ろしていた。

 

「ロストロギア、ジュエルシード。申し訳ないけど頂いていきます」



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15話

おひさしぶり!
もし仮に投稿を待ってた人でもいたらごめんね!!


「ロストロギア、ジュエルシード。申し訳ないけど頂いていきます」

 

「──っ!」

 

 その迫力に、咄嗟に身構えた。

 

 なんとこれは俺にとって、実戦においては初めての対人戦なのだ。対人戦用の訓練も積んできたが、流石に未経験の領域へと初めて踏み入れることになる。しかもその相手が、フェイトときた。そう簡単には上手くいかないだろう。

 

 だが、そんな経験が浅い俺でも間違いなく一つだけ言えることがあるある。

 彼女は強い。

 正直ビビってしまっている。なんと言えばいいのだろうか、勝てるビジョンが浮かばないとでも言えばいいのか。自分が彼女に勝つ姿を想像できないのだ。そんなことを考えしまうだなんて、戦う前から負けているも同然だ。

 

「バルディッシュ」

 

 彼女は自身の愛機に声をかける。すると、それに反応したデバイスは死神の鎌のような形へと変形する。

 

「アークセイバー」

 

 デバイスを上段に構えると、その場で技名と共に電光の刃を強く薙ぐ。その刃が空を切ると雷の魔力弾がこちらに向かって放たれた。

 魔力弾は俺の命を狩るようにして空を駆ける。

 

「平和的な解決はする気はないのな!」

 

 ビビる自分に喝を入れる。

 弱気な相手ほど簡単な物はない。自信なさげにバッターボックスに立つ打者ほど、投手にとっては楽に感じるのと同じだ。ここで弱気を彼女に見せて仕舞えば少しはあるかもしれない勝機を逃してしまうことになるから。

 

 カウンターにと刀を振り抜き、ここ最近はお世話になっている自身唯一の遠距離技を放つ。

 

「鎌鼬!」

 

 新緑の魔力刃は風切音を上げながら彼女の黄色い閃光に向かう。

 ぶつかり合い、小さな爆発が起きて、俺は八相の構えを取る。彼女の魅力はなんと言ってもその素早さにあるのだ。今の攻撃はあくまでも牽制に違いない。

 爆発の煙の中でも、決して彼女から目は離さない。少しでも多くの情報を読み取って、次の動き、次の一手を防がなければならない。

 暫時、煙に視界を奪われる。

 

「坊主、目だけで敵を追うな。五感を、お前の肌で感じる感覚を信じろ」

 

「……ああ」

 

 俺は自身の肌で周りの風を感じ取り──違和感の方向に目を向ける。煙の不自然な揺らぎを視界の端に捉えた。俺は武器とっさに構えると、予想の通りにそこから彼女が高速で接近してくる。

 勢いのままに戦斧を彼女は振り下ろすが、すかさず刀身で受け止めた。実戦の慣れというものを少しずつだが実感した。

 

「君は、誰なんだ」

 

 もちろん正体は知っている。フェイト・テスタロッサ。リリカルなのはに出てくる2人目の魔法少女であり、この物語の重要人物だ。

 だが彼女からしてみれば、こちらとは初接触であるため形式的に聞いておく必要がある。

 

「答える理由はありません」

 

「ごもっともで」

 

 刀と戦斧で競り合いながら軽口を叩く。このままでは埒があかないので、今一度魔力と力を瞬間的に刀に込める。彼女もそれに対応するように力を込めると、お互いに押し飛ばされる形となる。再び距離ができてから、体勢を立て直し間合いをはかる。お互いが近接戦闘を得意とするタイプであるが、武器の特性や速さの面から彼女の方が総合的なリーチが広い。戦斧と刀では攻撃範囲は前者に軍配が上がる。遠距離攻撃に関しても、俺にはミドルレンジ程度にしかならない鎌鼬のみだが、彼女はアークセイバーの他にもいくつかの遠距離技を持っているに違いない。

 俺が有利に立ち回るにはかなり距離を詰めた接近戦に持ち込むしかない。

 だが、当然彼女もそれを理解していた。

 高速で移動をしながら魔力弾を飛ばしつつヒットアンドアウェイの要領で攻撃を仕掛けてくる。

 

 アークセイバーを切り弾くとその隙に高速で接近され、彼女に有利な間合いから凪いでくる。避けながら接近を試みるも、速度では相手に軍配が上がるためこちらの間合いにすることができない。

 防戦一方の状況に陥り、このままでは防御や回避を一度でもミスしたら圧倒的に不利な状況になるだろう。実力の差というものを感じさせられる。

 

 だが、ここで一つ気がついたこともある。

 ──彼女は、強すぎない。

 

 当然のことだが、俺よりフェイト・テスタロッサの方が実力的にも上であるし現時点でのなのはよりも確実に上だ。だが、ジュエルシードの魔力による今までの敵たちは原作から大幅な強化がなされたのに対して、彼女に関しては想像通りの強さなのだ。

 それは彼女がのちに仲間になるから? 

 

 いや。そもそも、なぜ俺はこの世界をハードモードと判断しているのか。

 簡単に問題を解決したいがために、何か問題を見落としていないか。

 一つの仮説が頭の中に浮かぶが、やはり現状では手がかりが足りない。

 

「ってあぶな!」

 

 余計なことを考えながら戦っていると彼女の攻撃が顔の真横を掠めた。そんなに余裕を持って戦える相手では当然ないというのに。

 

 とりあえず、現状俺にできることはこれでいい。状況をなんとか膠着させることが第一だ。このまま俺がすぐに負けても、あり得ないとしても彼女を倒してしまっても、どちらも原作に大きな影響を与えかねない。彼女はなのはと出会わなければいけないのだ。

 

 だからこそ、俺はなのはが合流して彼女と刃を交える状況を演出するまでは、勝つわけにも負けるわけにも行くない。

 

 しかし、膠着状態をずっと保つのも簡単ではない。当然俺の魔力や体力は摩耗させられるのであり、痺れを切らした彼女も別の攻撃に移る。

 

「フォトンランサー!」

 

 デバイスを斧のような形状にすると、今度は直射型の射撃魔法を連射する。先ほどよりも手数が増えたその魔力弾をいちいち弾くのは一方的に消耗してしまうだけだと悟った俺は左右に動き攻撃を躱す。

 

「だったら……連射!」

 

 難なく避けるこちらの様子に業を煮やし、フォトンランサーの一斉射撃をさらに強める。

 

「──加速魔法、疾風!」

 

 俺は足りない機動力を補うために、魔力を風に変換させて自身の高速移動のブーストにする。それこそがこの技、疾風。完璧とは言わないものの上空での移動や高速移動に使える汎用性の高い技だ。

 魔力弾の隙間を縫うように動き、次の攻撃はと彼女に目をやる、が。

 

「いないっ……!?」

 

 上空に彼女の姿は既になかった。

 

「目だけで追うなっつたろ、坊主」

 

 シナツヒコの声。

 戦闘中なのに余計なことを──

 

 空気の流れだ。自身の背後の空気の流れが先ほどとは違う。

 

「……遅い」

 

「それはどうかなぁぁ!!」

 

 背後をとり攻撃体制に入っているであろう彼女に向けて、俺は刃を振り抜く。状況の維持、戦況の拮抗を貫くことが目的とは言え倒す気持ちで挑まないと確実に負けてしまう。

 

 刀の進行方向と逆の方向に風を噴出。その反作用の力を用いて彼女が武器を振り抜くより先にこちらの攻撃通す。

 

 ふっ、と。雑音もなく振り抜かれた刀の先には、しかし彼女はいなかった。

 

「それは、どうですか」

 

 背後から声。

 

 背後を取られそちらにギリギリ対応し振り向いた俺の、さらに背後を取られた。

 

「くっ」

 

「ごめんなさい……サイズスラッシュ!」

 

 俺は防御の構えをなんとか取ろうとするも、間に合わないなと頭の片隅に浮かぶ。

 

 魔力の斧が思い切り叩き込まれた。

 

 防御は薄くノーガードだった俺は思い切り吹き飛ばされて──そこで意識が途切れた。

 

 ・

 

「────ー」

 

 魔力を感じユーノと急いで現場に向かった高町なのは。もう1人の魔法少女と、吹き飛ばされる友人の姿が視界に入った。

 

「一縒くん!!」

 

 急がなければと吹き飛ばされた彼の元に駆け出す。しかし、この場にはもう1人の魔法少女の存在もあった。

 

「あなたは、彼の仲間?」

 

「……っ! あなたは誰なの!?」

 

「悪いけど、構ってる暇はないから」

 

「待って!」

 

 悲しい目をしている。高町なのははそう感じた。

 目の前のもう1人の魔法少女、自身の友人に危害を加えた存在。

 ──であると言うのにも関わらず、なのはは彼女に対して敵愾心を向けることはできなかった。

 

「……」

 

 フェイトはなのはを一瞥すると、その場を去ろうとする。

 

「待って! あなたの名前を教えて!!」

 

「彼と同じことを言うんだね」

 

 吐き捨てるようそう言うと、フェイトはその場を後にする。

 残されたなのはも、倒れた一縒を置いて彼女を追いかけることはできない。

 

「なのは、それより一縒を!」

 

「う、うん!」

 

 なのはは一縒に目を向ける。気絶はしているが、目立った外傷はないし心臓も動いている。バリアジャケットを介していたことと、おそらく先ほどの悲しい瞳をした彼女も殺意があるわけではなかったこともあり、ひとまず無事であることに安堵する。

 

 ──彼が無事で本当に良かった。高町なのは気絶する彼の様子を伺いながら息を撫で下ろす。

 もし私が遅れてしまったことが原因で、彼を傷つけてしまうとしたら。それは巻き込んでしまった私の責任なのでは無いか。彼の無事に対する安堵と同時に自責の念を募らせた。

 

 それにしても、と。

 高町なのはは先ほどのもう1人の魔法少女のことも思い出す。

 大切な人である一縒を傷つけた人物。そして、彼よりも強い魔道士である事実。

 だのに、彼女を恨むことはできなかった。敵として切って捨てることはできなかった。

 

 突然現れたもう1人の魔法少女。

 彼女もまたジュエルシードを求めていた。

 彼女が誰かを傷つけてまでジュエルシードを探す目的はいったい何なのであろうか。そもそも、彼女は何者なのだろうか。

 彼女はどうして、あんなにも悲しい瞳をしているのだろうか。

 

 なのはは先ほどの出来事に思考を巡らせながら、目の前の彼の目覚めを待つことにした。



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