お願い! マカリオス (ちみっコぐらし335号(贅肉付き))
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無限の筋繊維 -Unlimited Muscle Works-



 ――――ここに至るまでに、あなたは目にしてきたはずだ。
 香ばしいタイトル、主張の強すぎるあらすじ、荒ぶるタグ。
 あるいは、作者の過去作(やらかしの数々)も知っている人は知っているかもしれない。


 そう……既にお察しの通り、ここから下はネタバレの嵐、乗り越えた先には地雷原。
 つまり、ヤバい・オブ・ヤバい。


 それでも読む覚悟があるならば――――――――いくぞハーメルン、スコップの貯蔵は十分か。



 

 

 多くを犠牲にして、藤丸立香はここまで来た。

 

 ロシア、北欧、中国、インド――――そして、アトランティス。

 異聞帯で育まれてきた沢山の生命があった。掛け替えのない仲間がいた。

 

 その全てを、白紙化された汎人類史を取り戻すために、藤丸立香は踏破してきた。

 

 アトランティスで愛を知らぬ機械仕掛けの神・アルテミスを撃ち落とし、防衛機構となり果てし機神・ポセイドンを打ち破り――――遂にたどり着いたのは星間都市山脈オリュンポス。

 星々を渡りし舟たる機神が築き上げた神代の街だった。

 

 地球を再び汎人類史の物とするためには、異聞帯に存在する『空想樹』を伐採せねばならない。

 しかし、空想樹は剪定されるはずだった異聞帯を地球上につなぎ止める楔のようなもの。楔がなくなれば異聞帯はそこに住まう人々ごと()()()()()()になる。

 故にギリシャ異聞帯――――オリュンポスを治める神々が立香たちカルデアを敵とするのは道理だった。

 

 オリュンポスに君臨する機神は三柱。大地と豊穣の神・デメテル、美と愛の神・アフロディーテ、そして主神にして全能神・ゼウス。

 これに、女神ヘラと同化せしゼウスの妻にして巫女・神妃エウロペと、汎人類史の敵(クリプター・キリシュタリア)のサーヴァント・双神ディオスクロイが加わる。

 

 立香らカルデアとオリュンポスの神々との間には、恐ろしいほどの戦力差があった。いや、戦力差などという生易しい言葉で語れるものではない。文字通り、次元が違う。

 カルデアのサーヴァントはアトランティスでの死闘で疲弊しきっており、かの地で心を通わせた頼れる仲間(サーヴァント)は皆死力を尽くし『座』へと還っていった。

 彼我の差を比べるのも烏滸がましいほどの断絶。更に機神ゼウスの索敵能力はすこぶる優秀だった。

 

 まさか情報収集のために訪れた最初の街で神々と相対することになろうとは――――哀れ、カルデアのマスター。立香が儚くもその命を散らしてしまうことは明白であった――――――――『邪魔が入らなければ』の話だが。

 

 結果として、立香は敵対する神々から逃げ延びた。『破神同盟』とその協力者の手助けがあったのだ。

 

 破神同盟。

 それは汎人類史の英霊の力を結集させ、オリュンポスの神々の打倒を掲げる反抗組織()()()

 いずれ来るカルデアのマスターのため、橋頭堡を築いていた英霊たちは全滅していたのだ。

 同盟に参加したオリュンポス市民らは双神による虐殺に遭い、生き残ったのは双子の姉弟・アデーレとマカリオスのみ。

 

 絶望的な状況だった。

 敵はアトランティスよりも強大、一方で味方となる英霊は既にいないときた。

 

 しかし、立香は諦めなかった。

 仲間となる英霊こそおらずとも、かつて共に戦った宮本武蔵と再会できた。破神同盟が確保した秘密の地下基地もある。オリュンポスの詳細な情報も得た。ナノマシン(クリロノミア)による霊基の強化も受けた。神殺しのために立てた作戦も、秘密兵器も()()()もあるという。

 

 ――――ならばまだ、諦めるには早い。

 

 

『哀しきかな。哀しきかな。

 哀しきは死。哀しきは終わり』

 

 

 超高層ビルの大きさにも比肩する巨大な球体が宙に浮いていた。

 あれこそがデメテル神の真体(アリスィア)。星の海を渡る大船団の生産プラント艦だ。

 

 機神デメテルの思考は単純明快。

 破神同盟の巣の位置がわからないなら全てを壊してしまえばいい。

 建築物を打ち壊し、地下を抉る。悉くを破壊し尽くせば、都市のどこかに潜伏している敵を必ず殺せる。

 オリュンポスの損害など気にする必要はない。何もかも更地になったところで、都市も人も()せるのだから。

 

 

『砕け散りなさい』

 

 

 耳を(つんざ)く叫び声がオリュンポスの都市区画を粉砕する。

 

 『汝、星を鋤く豊穣(スクリーム・エレウシス)』。

 それは、機神デメテルの権能に紐付いた力。

 地下ごと掘り返す女神の絶叫は、確かにこのまま破神同盟の地下基地をも抉り出すだろう。由々しき事態だ。

 だが、それだけではない。炎上する都市のあちこちから、オリュンポスの民の悲鳴が上がっている。それは神への祈り、許しを乞う声。

 オリュンポスの人々は不死だ。神の加護によって、決して終わることのない生を謳歌している。

 けれど、後で蘇生するとしても、痛みはある。

 身体が潰れる感触、引き裂かれる痛み、弾け飛ぶ恐怖。それらが、ただその区画にいるというだけで、何の罪もないオリュンポスの民に押し付けられていく。

 ああ、肉体が再生したとして、心までもが健やかでいられると誰が断言できようか。

 

 立香は唇を噛み締めた。

 

 空想樹は異聞帯の王と結びついている。

 つまりカルデアとしては、ギリシャ異聞帯の王である全能神ゼウス以外の機神を倒す必要はないのだ。

 

 しかし、どうしてデメテルの蛮行を見逃せようか。

 『敵の戦力を削る以上の意味はない』? ――――上等。目の前の悲劇を終わらせ、敵の戦力も削れるならば万々歳だ。

 

 神殺しのための破神作戦。同盟の秘密兵器である『七重連英霊砲』を打ち込み外装を破壊、露出した神核(コア)を叩く。

 そのために、砲撃が最も効力を発揮する地点(ポイント)まで、機神デメテルを誘導しようとしているのだが――――

 

「駄目です。デメテル神、進路変更しません!」

「護衛をこんなに倒してるのに!?」

「恐らく、指揮系統が別なのだろう! こちらに注意を向けさせるための、別のアプローチが必要だ!」

 

 デメテル神の巨躯は悠然と浮遊したまま、思い通りに動いてはくれない。

 

『くそっ、ポイントα(アルファ)β(ベータ)を破棄する! このままポイントγ(ガンマ)に――――』

 

 ぴぴぴ、と。マカリオスの声を遮り、気の抜ける電子音が通信機から聞こえた。

 

「え、今の音は…………?」

 

 何だろう。立香は首を傾げた。

 しかし、その直後のマカリオスの発言に皆が仰天することになる。

 

『――――いや、機神デメテルの誘導は()()()()! それまでの間、護衛戦力を引きつけておいてくれ!』

「マカリオスさんが!? 無茶です! クリロノミアで強化されたサーヴァントでも困難なのに――――」

『大丈夫だ! ()()()が間に合ったからな!!』

「切り札? そういえば秘密兵器の他にもあるとか何とか言っていたような…………?」

「でもそれ、未完成とか言ってなかった?」

『そうだ。だが、この土壇場で完成した!』

 

 マカリオスの声色は自信に溢れており、嘘を吐いているようには思えない。

 投げやりになっているのでもなく、痩せ我慢でもない。立香はそう判断した。

 

「…………わかった!」

「マスター!?」

「でも絶対に無理はしないこと! 約束!」

『ああ、約束だ!』

 

 マカリオスとの通信は切れた。

 彼が何をするつもりなのかはわからない。その切り札の正体も。

 

 けれど、今は信じる。信じて戦う。

 

「――――行こう、マシュ。デメテルから護衛機群を引っ剥がす!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 燃え盛るオリュンポスの都市区画南部、高層建築物の屋上にて。

 

 破神同盟の双子の片割れ・アデーレはデメテル神の真体(アリスィア)に『七重連英霊砲』の照準を合わせていた。目標地点まではまだ遠い。

 アデーレは溜め息を吐き、腕を組み縁に佇む弟へと戸惑いがちに問い掛けた。

 

「その…………マカリオス、本当にやるの?」

「大丈夫だ、姉さん。何も問題はない。切り札は()()()()()()()!」

 

 マカリオスは服の下に装着していた太いベルト状の物を外し、姉に預けた。

 

「砲撃は任せた――――!!」

 

 跳躍。ビル屋上より躍り出た少年の小さな身体は、吹き荒れる熱風に煽られることなく突き進む。

 

 眼前には憎き神の姿。英霊を(みなごろし)にした(ソラ)を往く(かみ)

 

 だが、もはや恐れはない。この身には破神同盟の切り札がある。

 エジソンやテスラら同盟の英霊によって見出されるも、前回の襲撃には間に合わなかった最高の力だ。

 

 さあ、今こそ再誕の時。

 切り札に力を込めれば産声が上がる。躍動する生命の息吹がマカリオスの衣服の大半を吹き飛ばした。

 轟々と唸る炎に照らされ、輝く様はまるで雄大な山脈のよう。

 凝縮された力の塊からは絶えず蒸気が上がり、空間を歪めているようにさえ見えた。

 

 ――――刮目せよ、機神デメテル! これこそが破神同盟、その切り札!

 悠久の時を統べる(ソラ)大船団(かみがみ)終焉(おわり)を導くものである!

 

 それは、いつ如何なる時であっても敵を討つ矛となり、己を守る盾となるもの。

 小さな人の肉体に宿りし貴き幻想(ノウブル・ファンタズム)

 

 すなわち――――――――筋肉である。

 

「ぅオオオオおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 一喝。野獣の如き雄叫びと共に、マカリオスは握り締めた拳を振るう。

 

 蟻と象ほども体格の異なる相手だ。そも、神々に素手で挑みかかるなぞ正気の沙汰とは思えない。

 しかし、マカリオスの右フックは一味も二味も違った。

 

 見よ! 彼の上腕を!

 美しき流線形を描く上腕二頭筋!

 周囲の肉に埋もれることなくきっちりと盛り上がった上腕三頭筋!

 

 拳を捻り、抉るように繰り出されたマカリオス渾身の一撃は、確かにデメテル神の真体(アリスィア)を捉えた――――!

 

 ぐわん、と機神デメテルの巨体が揺れる。打撃を受けた神の外装には傷一つない。

 だが、デメテルの真体(アリスィア)は確かに揺らいだのだ。

 

 目標地点までは未だ遠くとも、活路はここにある。

 一度で足りぬなら二度、二度で足りぬなら三度。進路を誘導できぬならば――――力で押し出すまで!

 

『見たか! あれが直流交流式プロテインで成長を促し――――』

『交流直流式EMSで方向性を導いた至高の筋肉! ははは! まさに鬼神も斯くやの仕上がりっぷり!』

 

 同盟英霊の置き土産の人工知能が何やら騒いでいるが、立香たちはそれどころではなかった。

 

「せ、先輩…………その、私の見間違いでしょうか……? マカリオスさんが、その……ビルから飛び降りたかと思ったら」

「殴ったね、神を。しかも素手。痛くないのかな?」

「いやいや! というか美少年顔がムッキムキマッチョボディの上に乗っかってるとか! 何あれ!? 解釈違いもいいとこなんですけど!?」

「テメェ怒る所そこかよ!? つか想像以上にヤバいな、カルデアのクソ野郎ども!」

 

 喧々囂々となるカルデア一行を笑い飛ばしたのはランサー・神霊カイニスだ。

 彼、あるいは彼女は元々キリシュタリア(クリプター側)のサーヴァント。先だってのアトランティスでも立香たちと死闘を繰り広げた、端的に言って敵である。

 しかし現在は故あって、カルデアとは一時的な共闘関係を結んでいた。

 

 彼/彼女の戦闘能力はピカイチ。おまけにデメテル神の再生の権能を中和し、敵の復活を阻止できるときた。

 敵であれば恐ろしいが、味方となればこれほど頼もしい存在もいない。

 

「あの筋肉達磨、下手すりゃヘラクレス以上じゃねぇか! こりゃ傑作だ!」

 

 笑いながらもカイニスの槍は止まらない。その鋭い穂先は群がるオリュンポス兵を貫いた。このペースならば、敵の増援も片付くだろう。

 

『ふむ、モニター越しにもわかる。人知を超えた圧倒的暴力の嵐。なるほど、彼が先行上陸した英霊かね?』

「いえ所長! 彼は現地協力者、ただの一般人です!」

『マジで!?』

 

 カイニスの運んだ中継器のおかげで、途切れていたストーム・ボーダーとの通信網も復旧した。

 復活したばかりのモニターに映し出されているのは、間抜け顔で口をあんぐり開けている小太りの男。

 彼の名はゴルドルフ・ムジーク。これでもカルデアの所長である。

 威厳もへったくれもないが、通信が回復して早々にこれでは無理もない。

 

『え、でもあの巨大物体、ポセイドンとかと同じ機神だよね? それを連続パンチで動かしている彼がここでは極々フツーの一般人? ………………オリュンポスってどれだけ人外魔境なわけ!?』

「いや、アレがスタンダードはないと思うけど――――――うわっ!?」

 

 旋風が巻き起こったかと思うと、筋繊維の鎧を纏ったマカリオスが立香の傍らに着地していた。異常に発達した筋肉のせいで一回りも二回りも大きくなったように見える。

 『男子三日合わざれば刮目して見よ』などと言うが、この変化はさすがに予想外なのではなかろうか。

 

「悪い、滞空時間が足りなかった! すぐ誘導作業に戻る! 護衛機(そこ)の奴ら、使わせてもらうぞ!」

「あ、うん……」

 

 敵機をどう使うのだろう。

 頭の片隅でそう感じながらも、立香は反射的に頷いた。

 

 マカリオスの筋骨隆々の肉体は人体の極致にある。一種の芸術と言っても過言ではない。

 しかし、鍛え抜かれた身体にちょこんと載った少年の頭部というアンバランスさに、クソコラを想起せずにはいられなかった。

 

 舗装路を陥没させ、掻き消えるように移動したマカリオスは、再生能力を打ち消されガラクタとなった機械をむんずと掴んだ。

 そして、大きく振りかぶり――――投擲。衝撃波が周囲一帯を掻き乱した。

 ゴォン、と大きな音と共に巨体が僅かに傾く。

 

 汎人類史の賢者(シャーロック・ホームズ)も言っていたではないか。『とりあえず力いっぱい殴る』と。

 ――――ああ、実に理に適っている。

 

 デメテルの護衛戦力として出ていた広域殲滅機械や鋼体魔獣の群れを千切っては投げ、千切っては投げ、真体(アリスィア)にぶつけていく。辺り一面に反響する衝突音。

 

 目標地点まで、あと少し。

 

 ついに叶うのだ。

 久遠の揺籃に阻まれ続けてきた願望(のぞみ)への第一歩が。

 

 一万年以上も昔のこと。

 神の加護として神の果実(アンブロシア)が与えられてから、オリュンポスの人々は不老不死となった。

 

 飢えも、老いも、病もなくなる神の加護によって、例えバラバラに引き裂かれようとも、神以外には殺されることのない疑似的な不死者。

 それがオリュンポスの民だ。

 

 アデーレとマカリオスにはそれが不満だった。

 

 老いないということは成長しないということだ。

 昨日と同じ今日が永遠に続くということだ。

 

 事実として双子はいつまでも子供のまま、周囲の大人たちも双子を子供として扱い続けた。

 

 双子は気付いた。これは停滞だ、と。

 故に選択した。異聞帯の存在でありながら、神を――――自らの世界を壊す、と。

 

 代わり映えのない日々ではなく、未知なる明日が見てみたい。

 ただ、それだけのために、双子は自らの故郷を裏切った。

 

 停滞を良しとしないオリュンポス人は双子以外にも沢山いた。

 だが、破神同盟の仲間たちは双神に殺された。

 汎人類史より集いし七人の英霊たちは機神の前に呆気なく瓦解した。

 

 生き残ったのは、双子だけだった。

 

 それでも諦めきれず(筋肉)を研ぎ続けていたが、カルデアを見てダメかもしれないと思った。

 ああ、なんて頼りない。そう落胆さえした。

 

 だが、違った。

 彼らは強大な敵を前にしても諦めなかった。足掻き続けることのできる心の強さがあった。この(筋肉)を捧げるに足る鋼の意思が。

 

「これで――――どうだッ!!」

 

 握り拳が真体(アリスィア)を打つ。

 

 ああ、あの時、船体(かみ)にも比肩しうるこの力があれば、同盟の仲間たちがその命を散らすことはなかっただろう。

 英霊たちが消えることはなかっただろう。

 

 わかっている。無い物ねだりをしても仕方ない、と。

 あの時はまだ、()()()()()()()()だけの時間が足りなかったのだ。

 

 一万年余り、オリュンポスの民は停滞し続けていた。

 気の遠くなるような時間、同じ生活を続けてきた。

 

 では、果たしてそれは『不変』であったのか。

 ――――否! 真に『不変』であるならば、生命維持に関わる活動は全て不要であるはずだ。

 生命維持活動があるということは必ず生じていたはずだ。微細な電気信号、すなわち()()()()()()()

 

 汎人類史より訪れた二人の電気博士はそこに目を付けた。

 

 一万年間、与えられ続けてきた刺激はどこに行ったのか。消えてしまったのか。

 ――――いいや、筋肉は裏切らない。筋肉は決して嘘を吐かない。

 

 運動すれば運動した分、筋肉は応えてくれる。

 それは神であろうと決して動かせぬこの世の道理なのだ。

 

 ただ、神の加護によって『なかったこと』にされていただけだ。永久に変わらぬ毎日のために隠されていたに過ぎない。

 

 故に、神の加護という名のヴェールを捲れば、そこには無数の(刺激)が蓄積されている。

 この分断されていた電流を筋肉に与えてやればいい。――――少しずつ、されど多少の無理をさせて。

 

 七重連英霊砲の開発の傍ら、二人の英霊(エジソンとテスラ)はEMSベルトやプロテインの作成に勤しんだ。

 そして、今までの筋肉経験を隆起、一万年分の研鑽を凝縮して身につけさせるための埒外の発明を成した。

 汎人類史の人間であれば死んでしまう――――しかし、不老不死たるオリュンポス人であればギリギリ耐えられるような。

 そんな狂気にも似た発明品をマカリオスは嬉々として受領し、同盟の仲間たちと肩を並べてこれまで以上に筋トレに励んだ。

 

 異聞帯の人間が積み重ねてきた時間と、汎人類史からもたらされた技術(EMS)栄養(プロテイン)

 相容れぬ二つの歴史が合わさり、生まれるのは至高の筋肉。武装に頼らない唯一の切り札だ。

 

 仲間たちは肉体を完成させる前に逝ってしまった。

 アデーレは「成長したいけどムキムキになるのはちょっと……」と言って、エジソンとテスラの提案を断ってしまった。

 

 だから、破神を成すための道を肉体(筋肉)で切り拓けるのはマカリオスしかいない。

 

 振り抜いた拳がゆっくりとデメテルの真体(アリスィア)から離れた。

 

 揺らぐ揺らぐ、機神が揺らぐ。

 緩慢な動きで振り戻った機神デメテルは――――γ地点(狙撃ポイント)に入った。

 

 

 さあ、ここから全てを始めるのだ。

 

 

「――――例え破滅しかないのだとしても! 俺は、俺たちは!」

 

 

 昨日と違う明日(みらい)が欲しい――――!!

 

 

「撃てぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!」

 

 マカリオスは吼えた。七重連英霊砲を構えるアデーレに届くように。

 

 間髪置かず、巨大な魔力光がデメテルに直撃した。

 

 

『ああああああああああああ』

 

 

 デメテルの悲鳴に、パキパキと何かがひび割れる音が混じる。

 

 砲撃が命中した真体(アリスィア)に亀裂が入った。

 あれほどの堅牢性を誇った機神の外殻が割れたのだ。

 

 だが、『まだ終わっていない』という人工知能からの警告が耳朶を打つ。

 ――――言われるまでもなく、わかっている。

 

 機神はまだ泣いている。真体(アリスィア)はまだ動いて(生きて)いる。

 カイニスの槍によって封じられたはずの大地の権能を用いて、外殻の再生を試みようとしていた。

 

 足りないのは、ほんの一手。

 

 鍛え上げた筋肉では、強固な外殻に歯が立たなかった。

 七重連英霊砲の一撃では、神核(コア)に至らなかった。

 

 それでも諦めるわけにはいかない。

 いくつもの幸運と奇跡を積み重ねてもなお足りず、神核(コア)に届かぬというならば――――。

 

 マカリオスは手を伸ばし、尾を引くように消え去る間際の眩い魔力光を掴み取った。

 

「マカリオス!? 一体何を!?」

「ッ――――決まってるだろ!」

 

 一つで足りないのならば、二つを同時に。

 砲撃(秘密兵器)筋肉(切り札)を合わせ、殴るのだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『…………うむ。神霊カイニスに持たせた霊基外骨骼(オルテナウス)の追加機構・ブラックバレル。アトラス院の七大兵器。世界すら容易に破壊すると噂される悪名高き概念武装だが――――』

「その…………機神デメテル、完全に沈黙しています。魔力反応もありません」

「最終兵器、使わずに終わっちゃったね…………」

 

 未だ火の手が上がるオリュンポスの都市区画南部。

 墜落した機神デメテルの真体(アリスィア)を、立香らは呆然と見上げていた。

 

 七重連英霊砲が直撃しても健在であった機神デメテル。

 しかし、砲撃を掴んだマカリオスが魔力でピカピカ光る右手で殴りかかった結果、見事にその神核(コア)を破壊せしめた。

 

 不可能かに思えた神殺しを、誰一人欠けることなく成し遂げたのだ。

 

 それにも関わらず、機神の残骸を眺める一行に喜びの色は薄い。むしろ戸惑いの方が強かった。一部のメンバーは釈然としない様子でさえあった。

 

「おい、ボーッとしている余裕はないぞ。ここにいたら正規兵やら何やらが押し寄せてくる」

 

 と、そこに筋肉の膨張で衣服が弾け飛んだマカリオスが近づいてきた。魔力光に触れた際に受けた熱傷はほぼ完治しているらしい。

 

 ありとあらゆる筋肉をカリカチュアしたようにも見える筋肉量に、一瞬立香の目が眩む。

 何というか、あまりにも目の毒だった。

後輩(マシュ)の教育に悪い。肌面積に対して圧倒的に布地が不足している。

 急所は辛うじて隠れているものの、ぼろ布一枚分だ。ふとした拍子に『ほぼ全裸』が『全裸』に進化してしまうのではないか、と立香は気が気ではなかった。

 

「マカリオス、お願いだから替えの服を着て」

「ああ、ありがとう、姉さん」

 

 マカリオスが合流したアデーレから衣服を受け取ると、行き過ぎたギリシャ彫像めいた肉体は空気が抜けるように萎んでいき、後には見慣れた、しかし肌色が多すぎる少年の姿があった。

 

「えっ、何その劇的メタモルフォーゼ」

「筋肉に力を入れれば盛り上がり、力を抜けば萎む。当たり前だろ?」

「そんな当たり前、知らないし!」

 

 目標であった破神の一つを完遂したためか、マカリオスは実に良い笑みを浮かべている。心の底から滲み出る、快晴のような笑顔だ。

 そんな晴れ晴れとした顔を見ていたら、筋肉モリモリマッチョへの変身も霊基再臨で見た目が変わるようなものかな――――なんて、大した問題でもないように思えてきたのであった。

 

 

 

「あ、そうだ。次は姉さんもこのEMSベルトとプロテインを使って一緒に筋トレを――――」

「それは絶対に嫌!」

 

 

 






 さあ、今こそレッツマッスル!

 みんな一緒にお家で筋トレしようぜ!









 ……ちなみにこの後には、

◆筋肉パワーで精神攻撃を跳ね返して物理で無双するアフロディーテ戦

◆マッチョマカリオス、略してマチョリオスがタイマンステゴロで下剋上アヴェンジするディオスクロイ戦

◆次元の壁をも打ち壊すマッスルでカオスを退け、武蔵ちゃん同伴の下でキリシュタリアと筋トレ談義

 などの展開が待っていますが、私が満足してしまったので続きません。フリじゃないよ、本当に続かないよ。




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