【完結】Sorge il sole (あきまさ)
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プロローグ 天命

 『それ』は魔界の深淵より生じた。

 流される血。敵への憎悪。生き延びようとする執念。そういったものから立ち昇った暗い生命の力が、『それ』を形成した。

 どれほどの間彷徨っていたのかわからない。

 やがて『それ』は一つの生命体となった。

 黒い霧のような『それ』は住処を探し、入り込んだ。他者の体に宿ったのだ。

 宿主の肉体が滅びるたびに別の器に入る。

 住処を転々とするうちに思考や感情を得た『それ』は、己の体が他者と違うことを知り、戸惑っていた。

 一般的な魔族や魔物とは比べ物にならぬほど長く生きられる。負傷することも滅多にない。食物も不要。強いて挙げるならば、意思ある者ならば必ず持つ暗い感情が『それ』の糧となった。

 滅びから遠い体を、『それ』は何故か誇る気にはなれなかった。

 自分でも理由がわからぬまま、『それ』は生き続けた。

 

 

 『それ』は何度も何度も強い肉体へと移り住むことを繰り返した。血も汗も流さずに、簡単に強くなっていく。

 器の力が高まれば高まるほど、『それ』の気分は沈んでいく。

 気づかざるを得なかったためだ。

 己は乗っ取ることしかできないと。

 魔界の住人にとっては誇らしいはずの強くなる工程に、何の手ごたえも感じられない。どれほど強い戦士となっても、体から抜け出せば消えてしまう幻だからだ。

 いつしか『それ』は自分の体を嫌悪するようになった。

 強い体を得たところで何になるのか。

 己の体を持つならば、戦いの興奮に身を焦がし、勝利の快感に酔うことができる。戦闘よりも飲酒や食事に快楽を見出すかもしれない。別の生きがいを見つけることもあるだろう。

 しかし、実体を持たぬ者にとっては空しいものだ。

 何のために存在するのかという疑問が常に心にあった。今の状態が生きていると言えるのか疑わしい。死んでいないだけではないかと。

 そのような自問も乗っ取る際は封印した。

 思考を停止し、本能に従って、他人が積み上げた力を横から掠めとる。心身を充実させる食事ではなく、ただの作業として。

 感情を殺そうとしても心は疼く。

 侮蔑をぶつけられるたびに精神が濁る。

 魂が、冷えていく。

 幾度も投げつけられた言葉――寄生虫。

 杭のように打ち込まれた単語は、『それ』の心から抜けることはなかった。

 闇から生まれた己の体を見れば見るほど、鍛え強くなれる他者は輝いて見えた。

 

 

 どれほどの年月が流れたのか忘れた果てに、『それ』は出会った。

 数え切れぬほど繰り返してきたように、さらに強い肉体に宿ろうとしていた『それ』は、一人の魔族に刃を向けた。

 彼は額に第三の眼をもち、肌の色は薄い。腰まで届こうかという長い髪も、整った顔立ちも、数多の修羅を目にした後では貧弱に見えるはずだった。

 『それ』はいつものように戦いを挑んだ。もし相手が強いならば、新たな器として手に入れる。それだけだ。

 宿主の剣技と闘気を併用し、攻撃する。

 一蹴された。

 ずば抜けた速度と威力を備えた一撃が軽く返され、放たれた魔法は今までに出会ったどんな戦士よりも強大だった。『それ』はかろうじて回避したものの、防戦一方に追い込まれる。

 相手は余裕があるのがわかる。予想外の健闘を称えるような表情さえしている。

 痛みを感じぬ『それ』は傷ついた肉体を操り攻撃を繰り返すが、全く通じない。

 男は満足そうな笑みとともに、舞のように優雅に構えた。

 片手は天に、もう片方は地に。全身から魔力が陽炎の如く立ち上る。

 不動の構えに対し『それ』は剣で斬りかかったが、高速の掌撃であっさり弾かれ、続いて手刀で深々と体を切り裂かれた。

 『それ』の器は既に絶命してもおかしくない傷を負ったが、無慈悲な追撃が襲い来る。火炎呪文が鳥となって全身を焼いたのだ。

 完全なる敗北であった。

 『それ』は屈辱を感じることもなく、次なる標的へと手を伸ばした。

 命の途絶えた器から抜け出しつつ、新たな器へ潜り込む。黒い影が己の体に入り込むのをどう思ったか、男は避けようとはしなかった。

 

 

 魂の回廊を通過するうちに『それ』は眼に感嘆の色を浮かべるようになっていた。

 極限まで鍛え抜かれた肉体。今まで出会ったどの魔族とも比べものにならぬ魔力。この身体ならば己の特性たる暗黒闘気も存分に振るえる。

 まさしく最高の器だ。

 奥へ奥へと進む『それ』へ周囲から言葉が滲んだ。

「お前は、他者の体を操ることが出来るのか」

『……ああ。どのような身体であろうと、な』

 『それ』が返答するまで間があった。他人とまともに言葉を交わすのは久しぶりだ。

 尊敬すべき強さを持つ相手だけに、常ならば答えぬ質問にも言葉を返した。

 男の声に侮蔑や嘲笑が含まれていないためでもある。今まで乗っ取ってきた者達と違い、罵るつもりはないようだ。

「素晴らしい能力だな」

『素晴らしい? 自らを鍛えることのできない能力が?』

「そうではない」

 男は笑ったようだった。

 初めて聞いた肯定の言葉は『それ』の心に真っ直ぐ飛び込み、突き刺さった。

 新鮮な感情に精神を揺さぶられ、目を細める。別れを心から惜しみながら相手の魂を掴む。

『この体は……丁寧に扱おう』

 標的にとっては挑発にしか聞こえない台詞だが、『それ』はどこまでも真面目に告げた。できることはそれくらいしか見つからなかったのだ。

 『それ』が魂を握り砕こうとした刹那、内側から何かが迸った。

 ただの光でも闇でもない、炎。心に焼き付く鮮烈な輝き。

『これは、まるで――』

 脳裏によぎった単語を、『それ』は直接目にしたことがない。魔界の空には存在しないのだから。

 

 見たこともないものを連想したおかしさに『それ』が気づくことはなかった。

 あらゆるものを焼き焦がさんとする凄まじい熱に全身が呑まれたのだから。

 今までの器は簡単に魂を砕くことができた。失敗したことなど一度もなかった。

 実体を持たぬはずなのに焼かれ、『それ』は消滅を覚悟した。今まで敵は葬るか、道具として使い捨ててきた。自身が敗れた時も同様の扱いを受けるはずだ。

 静かに滅びを受け入れようとする『それ』に、声が響く。

「お前の能力こそが必要だったのだ。余の体を預けるために」

 続いて、厳かな宣告。

「お前は余に仕える天命をもって生まれてきた」

 それは神託だった。

 いつしか『それ』は男から抜け出し、跪いていた。

 知識はあったものの実践したことがない作法に則り、臣下の礼を取る。

 己を打ち負かし、支配を跳ね除けた相手。嫌悪し続けた己の体を認め、必要だと告げた存在に。

「お前はこれより余のために生きる。余の……大魔王バーンの真の姿を覆い隠す霧となれ。ミストよ」

 『それ』――ミストに求めていたものが与えられた瞬間だった。



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第一話 宣告

 マグマがたぎる暗黒の世界で、誰かが声を上げた。

 荒れ果てた大地を踏みしめ、一人の幼い魔族が暗くよどんだ空を見上げている。固く握り締められた拳からは血が滴り落ちている。

「何故だ! 神よ!」

 叫びは血を吐くようだった。表情には怒りと憎しみが満ちていた。

 眼差しには炎のごとき渇望が宿っている。

 少年の手がゆっくりと光無き空へ伸ばされた。

 そこに掴む対象は存在しない。

 天に何を叫ぼうと、祈りも、呪いも、聞き届ける者はいない。

 彼を見下ろすのは分厚く立ち込めた暗雲のみ。

 虚しく手を下ろした彼の口から、軋るような声がした。食いしばった歯の奥から、激情のうねりが漏れる。

「私は世界の姿を変える。奪われたものを取り戻してみせる!」

 彼は前を見据え、力強く歩み始めた。

 

 

 静寂が室内を支配していた。

 白銀の髪に目元が隠れ、大魔王の表情を窺い知ることはできない。

 数千年をかけた遠大な計画。太陽を手にするために地上を破壊するという、神をも恐れぬ所業。

 実現まであと一歩というところにまで迫った野望が潰えたのだ。

 それも、彼が信条としていた力ではなく、信じていなかった絆によって。神の遺産によって起こされた奇跡で。

 一言も発しない大魔王にダイもポップも戸惑ったが、気を引き締める。相手は不屈の精神を持つ男だ。邪魔者を殺し、計画を再度実行しないとは言い切れない。

 おそらく、バーンもそのつもりだったのだろう。

 どこからともなく声が響くまでは。

『大魔王バーンよ』

 聞き覚えのない声にバーンは怪訝そうに周囲に視線を送る。

 その場に立っているのはダイ、ポップ、レオナの三名。後の者は瞳と化し、喋ることもできない。神の涙の効力も消えた今、地上の者達の声を届ける術はない。冥竜王も先ほど通話を打ち切ったばかりだ。

「何者だ」

 バーンのいらえは低い。届いた声は穏やかながらも、不穏な気配が潜んでいる。

『我々は、神』

 答えたのは別の声だ。最初に聞こえたものと比べると重々しく、やや聞き取りづらい。

 瞳化した者も含めその場にいる全員が息を呑んだが、バーンだけは平然としている。魔界の神と呼ばれ、神をも超える力を持つとまで言われた男だ。おそらく、今最も神に近い位置にいる存在だろう。

 神々が一体何を告げるのか。全員が神経を集中させて次の言葉を待った。

 最初に響いた柔らかな声が、再度喋り出す。

『地上を破壊するつもりならば好都合と思って見ていたけれど、失敗に終わったようだね。では僕達が世界を滅ぼすことにするよ』

 空気が凍る。

 バーンもその言葉は予想外だったようで、軽く目を見開いた。

「な……なんでそんなことを!」

 ダイの叫びが部屋にこだました。地上の平和を守るために必死で戦い、ようやく敵の計画を挫くことができた途端に無情な宣告が下されたのだ。今までの戦い全てを否定する仕打ちに混乱している。

『竜の騎士を作ったり、住む世界を分けたり、神の涙を生み出したり、色々やってみたけど上手くいかない。どうしたものかと悩んでいたら、いつの間にやらなかなか愉快な状況になっているじゃないか』

『何が愉快だ。不快の間違いだろうが』

 答えたのは別の人物だ。冷ややかな声の主は、不機嫌さを隠そうともしない。

『大体貴様は――』

『そういうわけで、うんざりしたから全部消してやり直そうかと思ってね』

 凍てつく声を遮って、最初の声は破滅を予告する。どこまでも朗らかに。

 軽い口調で恐ろしいことを言い出した相手にポップ達が食ってかかった。

「ふざけんな馬鹿野郎! 大魔王だろうと神だろうと地上を好き勝手にしていいわけあるかっ!」

「せっかくゴメちゃんが起こした奇跡を……無駄にさせてたまるか!」

 身を震わせる少年達とは対照的に、バーンは冷静そのものだ。穏やかとさえ呼べる表情で神の言葉を聞いている。

「神などに壊されるのは残念だが……好きにすればよかろう。地上を守る義理もない」

 バーンにとって地上破壊は、太陽を手に入れる手段に留まらない。神々への復讐をも叶える方法だった。

 心情面では冷遇の証を吹き飛ばすという意味が込められている。実利においては、世界の均衡を崩すことによって天界に攻め込める。

 一手で幾つものメリットを得られるはずだった。

 今回の宣言で復讐という要素が抜け落ちてしまったため、興ざめだと言いたげな顔をしている。長年力を蓄え計画を進めてきたというのに、自身の手で為せないのは物足りないに違いない。

「人間を優遇してきた連中が随分な変わりようだな?」

 数千年単位の目標が突然消失し、思うところもあるはずだが、バーンは感慨に耽る様子はない。困惑や混乱を抱いているだろうに、表に出さずにいる。優先事項は神々の真意を確かめることだと定め、淡々と言葉を突きつける。

 余裕さえ感じられる表情が、次の瞬間一気に険しくなった。

『破壊するのは魔界もだよ』

 予想外の内容にダイやポップまで絶句した。

 柔らかな口調のまま、残酷な言葉が紡がれる。

『言っただろう、全部消してやり直すって。今回は平等に扱うよ。……君の望み通りにね』

 

 

 ダイとポップが反論しようとした刹那、一気に空気が冷える。二人の視線はバーンに向けられ、縛りつけられたかのように動けない。

 戦い始めた頃は泰然としていた。

 爆発直前には興奮を露にしていた。

 今、面には冷ややかな怒りがみなぎっている。大魔王の本気の眼差しに、神々以外は圧倒されている。

「地上破壊ならば止めようとは思わぬが、魔界をも破壊するというのならば話は別だ。余が阻止する」

 拳を握りしめながら告げたバーンに、三種の声が重なる。

『……全て、夢であればよかったのに』

『見るに堪えんな。何もかも』

『最後のチャンスだ。せいぜい楽しませてもらうよ』

 重い声、冷たい声、穏やかな声。どれも具体的な情報を与えるつもりはないのか、そこで気配が消えた。

 再び沈黙に包まれたが、先ほどまでとは明らかに質が違う。

 半ば祈るような心地でダイ達は大魔王の姿を注視する。

 大魔王は誇りにかけて、神々の蛮行を許しはしないはずだ。少なくとも地上破壊計画は後回しになるだろう。

 固唾を呑んで見守る一同の前で、バーンはようやく口を開いた。

「どうやらこれ以上の争いは、神を利するだけになりそうだな」

 語るバーンの眼にダイ達は映っていない。

 すでに彼の中で戦う対象は天へと移っている。

 ダイとポップは顔を見合わせ、揃って重い息を吐き出した。ダイは表情を曇らせ、ポップは頭を抱えたくなる衝動をこらえるだけで精一杯だ。

「一難去ってまた一難どころじゃねえや……」

 ポップの呟きが虚しく響き、消えていった。

 目前の危機が去り、皆殺しという最悪の事態は避けられた事に喜ぶしかない一行であった。



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第二話 一時休戦

 青白い霞の中で、黒い影が周囲を見回していた。

「ここは……?」

 彼は戸惑ったように己の体を眺めた。実体を持たぬ、黒い霧の集まった姿を。

 暗黒闘気の集合体である彼は、ミストまたはミストバーンと呼ばれていた。

 光の闘気に飲み込まれ消えたはずだったが、かろうじて意識を保っている。

 ミストは己の体を見下ろした。

 元々曖昧な輪郭がさらに薄れていく。このままでは完全に消滅してしまう。

 不確かな体から力が抜け落ちる感覚を味わいながら、影は目元をゆがめた。

(私は、消えるのか)

 消滅に対する恐怖より、主の役に立てない事実が苦かった。

 

 

 ふと、彼の瞳が見開かれた。霞の向こうに何者かが現れたためだ。

 靄を斬りはらうようにして目前に現れた姿。

 それはかつて影が殺そうとした男だった。

 深い緑色の肌に、銀の髪。堂々たる体躯の持ち主は、勇者ダイと伝説の戦いを再現したほどの強者。

「ハ……ハドラー……」

 言葉が上手く出てこない。偉大な主を除けば誰よりも尊敬したと言ってよい男が、静かに佇んでいるのだ。

「お前がここにいるということは、人形などにお前の魂は宿らなかったのだな」

 影の声は知らぬうちに安堵に揺れていた。敬意を抱いた男が金属でできた人形に宿ったなど認めたくはない。

 ハドラーは何も答えず影を眺めるだけだ。

 沈黙が二人を包む。

 最後に顔を合わせたのはハドラーがバーンに挑んだ時。決別が無かったかのような穏やかな空気にミストは疑念を抱いた。

 ハドラーはミストの正体を知らないまま命を落としたのに一切言及しない。侮蔑どころか、問いただす素振りすらない。

(消える間際の幻か)

 そう結論付けたミストは、少し俯いて目を細める。

 あの世が存在するかどうかも不明で、仮にあったとしてもハドラーと同じ領域には辿りつけないだろう。

 一度隔たった道が交わることはない。

 忠誠を優先し、ハドラーを切り捨てたのは、他ならぬ影自身だ。

 

 

 外の世界から声が聞こえたかのように、ハドラーの姿をしている人物は上方を仰ぎ見た。

 薄れゆく黒霧に視線を戻し、ようやく口を開く。

「お前の目にアバンや使徒達はどう映る?」

 幻だと思いながらもミストは率直に答えた。

「バーン様の敵だから倒すべき存在だ。力を身につけ戦おうとする姿勢は好ましいが、容赦する理由にはならん」

 戦う理由は主の敵であるという一点。彼にとってはそれが全てだ。

「敵でなくなれば?」

「バーン様の御意思次第だ」

「大魔王さまのお言葉は全てに優先する、だったな」

 影の生き様を簡潔に表現した言葉であり、何度も口にしてきた台詞だ。

 頷いた影に対し、相手は静かに告げる。

「お前は大魔王以外の存在を道具と見なしていたな」

「……ああ」

 眼前の男を殺そうとした時、駒や道具にすぎなかったのかと尋ねられても、先ほどの言葉をもって答えとした。

 過去の非情な仕打ちを非難しているのかと思ったが、恨みがましい口調ではない。

「己を含める覚悟はあるか?」

「当たり前だ」

 即答だった。

 許可なく封じられた力を使うほど追い詰められた状況でも、肉体の返還を求められればすぐさま従った。主のためならば己の身を危険に晒すのは当然のことだ。

 きっぱりと言い切ったミストに対し、男は低い声で告げる。

「それを証明する方法は……分かっているだろう」

 信念を語りたければ、口を動かすだけでなく、行動で示さねばならない。

 それは影も承知しているが、主のために戦いたくとも力は残されていない。

「オレが認めた者達は、どれほど絶望的な状況でも諦めない、強い心の持ち主ばかりだった。精神が肉体に力を与えたかのように立ち上がり、戦ってきた。……お前はどうだ?」

 彼の言葉がきっかけとなったかのように、深淵に引きずり込まれるような感覚が和らいだ。

 反射的に己の黒い掌を見つめ、ミストは沈黙した。

 戦い続けようとする意思から生まれ、闘気で構成された身体。肉体と精神の両方があって成り立つ生命の中で、後者の割合が非常に大きい特殊な存在。

 闘志を燃やせば、戦うために在るような体は応えようとするのかもしれない。

 尊敬する戦士は真っ直ぐに影を見つめている。

「お前はかつてオレに言ったな。『お前には生死を選ぶ権利もない。死してもなおよみがえり、戦え』と。主である大魔王のために」

 ハドラーを自らの暗黒闘気で復活させた際に告げた言葉だ。

 言葉通り、大魔王の意思に従って蘇生させたことも、始末しようとしたこともある。

「あの時の言葉と行動、そのまま返すぞ」

 男が手をかざすと、ミストの身に黒い炎が流れ込む。消滅寸前で踏みとどまっていた身に少しだけ力が湧いた。

「お前は――」

 起きている出来事が信じられないかのように、ミストは呆然と呟いた。

 男の姿が薄くなっていく。周囲の霧が濃くなり、燃え盛る炎のように揺れる。

 世界に銀色の光が弾け、ミストの身体は浮上する感覚に包まれた。

 

 

 バーンが一行を殺す気を無くしたため、ダイもポップも安堵の溜息を吐いた。

 いくら地上破滅計画を阻止したと言っても、大魔王とこのまま戦えば死んでしまう。

 バーンの額にある第三の眼、鬼眼。魔力の源であるそれが鈍い色に輝くと瞳が砕け、閉じ込められた仲間が姿を現した。

 誰もが疲れ果て、傷つき、消耗している。まともに立てる者はいない。

 バーンはつかつかとヒュンケルに歩み寄った。何をするつもりなのか掴みかね、ダイとポップが止めようとした。クロコダインが盾となるように立ちはだかるが、バーンはそれを軽く退ける。

 彼が鬼眼を光らせると一筋の光線が走り、ヒュンケルの胸を貫いた。若者が眼を見開き、衝撃に膝を折る。

 だが、瞳になるわけでもなければ、流血する様子もない。

「お前にはまだまだ働いてもらわねばならぬ」

 呼びかけに応えるように、黒い煙のようなものがヒュンケルの体内から出てきた。暗黒闘気の集合体、ミストだ。光に飲み込まれたものの、完全に消滅してはいなかった。

 それでも姿を維持するだけで精一杯なのか、かつてのように濃密な影ではない。今にも消えてしまいそうだ。

「バーン様……。お役に立てずに、申し訳ありません」

 発する言葉は役目を果たせなかったことへの謝罪のみ。

 いくら冷酷な大魔王でも、心から謝罪する影を責める気はない。

 幾千年もの間己に尽くし続けてきた、最も信頼できる部下なのだから。

「よい。突然だが今度は神々と戦う」

「はっ?」

 ミストの目が丸くなった。間の抜けた反応にバーンは笑みをもらす。

「右腕たるお前の力が必要なのだ。ミストよ」

「……っ!」

 ミストがますます目を見開く。

 彼は先ほどまで勇者一行と死闘を繰り広げていた。消滅しかけ、ようやく意識を取り戻したと思ったら敵はいつしか神々に変わっている。混乱するのも当然だが、ミストは嬉しそうだ。当惑の色はたちまち消え失せ、実体を持たぬ身で深々と頭を垂れる。

「仰せのままに、バーン様」

 ようやく一行はバーンが部下を復活させたことを知った。いくら大魔王の力が強大でも、手下がいなければ動き辛い。最も忠誠心厚きミストを必要とするのは当然のことだ。

 彼がダイの剣に手を掛けると、刃は抵抗なく抜け、床に落ちた。ダイ達への敵意が無くなった証拠だ。

 

 

 すでに気持ちを神々との戦いに切り替えているバーンに、ダイがおずおずと語りかけた。

「あのさ、バーン」

 バーンは目で続きを促す。

「神様ってのはすごい力を持つんだろ? だったら――」

「協力しろとでも言うつもりか? つい先ほどまで殺し合っていたことを忘れたのか? 神の遺産たる竜の騎士や人間などと手を取り合う気にはなれぬわ」

 鼻で笑うバーンと同じく、ポップもダイの言葉を一蹴する。

「そうだぜ。大勢の人間がこいつのせいで苦しんで、お前だって親父さんを……協力なんて!」

「おれだってバーンのしたことは許せないよ。でもおれたちだけで神さまの計画を、世界の滅亡を止められなかったら……」

「それならば安心するがよい。余が神々を殺して終わりだ」

 ダイは唇を噛んだ。協力や共闘の可能性などはるか彼方だ。

「本当に、それで済むのかな」

 大魔王の力強い言葉を聞いてもダイの表情は曇ったままだ。

 バーンの行いは許されないが、過去のことを一時的に水に流してでも、と思ってしまう。

 協力できないまま地上が破壊されてしまったら、悔やんでも悔やみきれない。

 ダイもいきなり神を討とうと考えているわけではないが、話し合いの通じない相手がいることはよく知っている。己の信じるものが通じず、力で踏みにじってくる相手には、力をもって立ち向かうしかない。

「さらばだ。勇者達よ」

 バーンの口調がこれ以上会話する気はないと雄弁に告げている。

 ダイは言葉を呑み込むしかなかった。



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第三話 襲来

 闇に閉ざされた世界――魔界にバーンは移動していた。

 地上の空に浮かんだバーンパレスは激闘のせいで使い物にならなくなり、一度体勢を立て直す必要もあるため故郷に戻ったのだ。

 腕を組み、空中を眺める様からすると、彼は何者かを待っている。

 それに応えるかのように、扉の向こうから気配がした。

 漆黒の鎧に身を包んだ騎士が絨毯の敷かれた廊下を歩く。兜で頭部が隠れているため表情は見えない。

 騎士は頑丈そうな扉を軽々と押し開いた。主の姿を認め、膝をつく。

「新たな器を手に入れました。剣の技量、肉体の頑強さ、ともに恵まれています」

 騎士――ミストは胸に手を添えながら報告した。

 暗黒闘気の集合体たるミストは宿主がいなければ力を振るえない。だが、体を持たぬからと言って侮っていると、魂を砕かれ人形となり果ててしまう。鍛えられない己の体を嫌悪する彼だが、主のためならばその特性を存分に発揮する。

 バーンは労いの言葉をかけた後、騎士の姿を観察する。正確に力を見極めようとする眼光は鋭い。

「……器に相応しい力はあるのだがな。以前には遠く及ばぬか」

「はっ。残念ながら」

 前の器だったバーンの肉体は最強と呼べる力を誇っていた上に、凍れる時間の秘法のおかげで不死身だった。大魔王の全盛期の身体と一魔族の体を比較すれば、劣っていても仕方がない。ミストの特性たる暗黒闘気も、よほど扱いに長けた者でもない限り十分に振るえない。

 主な攻撃手段は体の持ち主の剣技となってしまうため、今までと比べると格段に力が落ちたことは否定できない。

 それは二人とも分かっているが、再び秘法を用いて体を預ける時が来るまでは、仮の器を使うしかない。

「お前には一つ呪文を覚えてもらう」

「かしこまりました。して、魔界の強者の方は」

「問題が山積みだ」

 いくら大魔王個人の力が強くても、動かせる軍勢がいなければ大規模な戦闘は難しい。地上の魔王軍の強化に意識を向けていたため、勇者一行によって蹴散らされた今、魔界の住人を使うしかない。軍団を編成しているが、軌道に乗るには時間がかかるだろう。

 このままだと神を殺すどころか天界へ行く方法すら見つからない。向こうが攻めてくるのを迎撃する「待ち」の戦法になる。待つこと自体はさほど苦ではないが、己が計画してそうするのと、相手から強いられるのでは精神的な消耗が違う。大魔王にとっては気に入らない状況だ。

 今のうちに軍の編成に力を注ぐべきだと囁く理性と、早く戦いたいという衝動の板挟みに苦笑するバーンだった。

 ミストの方も今後の動きを検討していたが、別のことが頭に浮かんできた。

 己が消滅しかけた時に見えたハドラーの姿が、思考の片隅に引っかかったのだ。

 論理的に説明しようと思えば簡単にできる。消滅に瀕した自らを鼓舞するため、尊敬する戦士の幻を生み出した。存在を維持すべく本能が働いただけだ。

 悪とされる存在に奇跡は起こらないと、よく知っている。

 ハドラーの死は主から情報として聞かされただけで、詳細は知らない。

(叶うことならば……)

 無意識に溜息を吐く。

 全てを懸けた戦いを目にすることができなかったのが、心残りだった。

 

 

 神々の決断は勇者一行によって各国の王に知らされた。

 対策を練るため会議を開いたはいいが、たいした案は出ない。大魔王との戦いでは、光の魔法円を作り、バーンパレスに少数精鋭を送り込むという作戦だったが、今回はそういうわけにもいかない。

 まず天界への行き方がわからない。さらに、大魔王の場合は敵がバーン本人、キルバーン、ミストバーンと明確だったが、天界の戦力は未知数だ。

「それにしても、何故あのタイミングでわざわざ宣告したのでしょう」

 神々がもう少し待てばダイ達かバーンのどちらかが死んでいたはずだ。労せず片方の戦力を削ることができただろう。

「神様のおかげでおれたちは救われたって言えるかもな。実は冗談で、大魔王から助けてあげましたーってオチは……あるわけねえよな」

 自分で言ってがっくりと肩を落とすポップ。ダイは難しい顔で、レオナは険しい表情で、アバンは曇りがちな笑みを浮かべ、言葉を探している。

「唯一の救いはバーンも神々と戦うということですね。彼は神々についての知識を持っているでしょうから、手を組むことができれば心強かったのですが」

 アバンは眼鏡を拭いて溜息を吐いた。バーンと協力関係を結ぶのが無茶な話だということはアバン自身承知している。

「とにかく今は少しでも多くの知識を集め、役に立つ情報を見つけ出すことですね」

 アバンの言葉に皆が頷く。嘆いても仕方がないため、意見を出していく。

「太古より生きる存在……となると古文書を調べる者、各地の遺跡を調査する者など役割を決めておいた方がよいのでは?」

「天の軍勢が攻めてきた時のために避難場所や人員配置も考えんといけませんぞ」

「ダイ君たちには真っ先に戦ってもらうことになるけど」

「おれはもちろん大丈夫。だけど……」

 言葉が途切れたものの、言いたいことは全員に伝わった。

 ダイ、ポップ、マァム、クロコダイン、アバン、それに新しく仲間に加わったヒムやラーハルトは前線で戦える。レオナは直接戦闘よりも人を指示するのに向いているだろう。

 だが、アバンの使徒の頼れる長兄、ヒュンケルは会議に出席していない。無茶を重ねてきたため全身の骨に無数のひびが入り、起き上がることもできないほど弱っている。ロン・ベルクは両腕が使えなくなり、ブロキーナとマトリフは寄る年波には勝てず、体力が続かない。

 神々がもしバーンに近い力を持っていたら。それが複数だったら。

 最悪の結末を予想する一同だった。

「バーンとの戦いの傷も癒えてないんだ。まずは態勢を整えないと」

 少年の言葉に一同が頷く。

 

 

 それまで部屋の片隅で黙っていたメルルが口を開いた。

「み……視えました! 翼を持つ者たちが地上と魔界に降りてきています」

 銀の光が流星の如く大地に迫る、幻想的な光景。終焉を予感させる恐ろしい景色に彼女が身を震わせると、別の色が重なった。

「あ……」

 こちらは今の景色でも未来の光景でもない。しばらく前に起こったことだ。

 陽光を浴び、美しく煌めく白い宮殿。その一角に吸い寄せられるように視線が近づき、中を映し出す。

 バン、と荒々しく円卓を叩く手が見えた。混乱と苛立ちに染まった叫びが心に響き渡る。

「何故地上を破壊するなどと――!」

「地上だけではない、魔界もだよ」

「過ちは正されねばならん、ということか」

 そこから先は霧がかかったようにぼんやりとして、聴くことはできなかった。

 薄れゆく意識の中で、彼女は皆が戦いに駆け出すのを感じた。

 

 

 悲観的な者が見たらこの世の終わりだと嘆きそうな光景だった。

 神との戦いが始まることをまだ知らされていない国民にとっては、悪い夢を見ているような心境だろう。

 暁を背に、銀の翼をもつ無数の天使が舞い降りる。金属質の体は優美な曲線を描き、冷たい輝きを放っている。

 彼らは天使という単語から連想される慈愛溢れる存在ではない。汚れた生命を断ち、裁くために遣わされた兵器だ。

 感情のこもらぬ瞳が人々を睥睨する。

 ギラリと銀光が翻る。

 一斉に抜刀したのだ。

 天使達が突進しつつ一刀を繰り出すが、弾かれる。人々の避難区域を決め、その周囲に結界を張ったのだ。長時間はもたず、実力者であれば簡単に打ち砕ける。

 速やかに撃退しなければ、被害が出てしまう。

 さっそくクロコダインが斧を構え、叫んだ。

「勇者、魔物、大魔王ときて今度は天使との戦いか! 相手が何者であろうと獣王の力を見せるのみ!」

 轟音を上げながら斧が振り回された。烈風が巻き起こり、天使の飛行を妨害する。まるでバーンとの戦いでろくに動けなかったうっぷんを晴らすかのようだ。

「閃華烈光拳は効かない……力で砕くわ!」

 マァムが俊敏に動き、天使の攻撃を回避する。

「うおおぉぉっ! オーラナックル!」

 ヒムが渾身の力を込めて左拳を打ち込んだ。胸を貫かれ、落下した天使は動かなくなる。光の闘気を操る彼の攻撃を受けて無事でいられる者は少ない。

「ハーケンディストール!」

 ラーハルトは槍を振り回し、衝撃波と真空波で敵を真っ二つに切り裂いた。彼の速度に反応できる者など魔族も含めてごく一部だ。

 ダイも危なげなく戦っている。相手が機械だから戦いやすいようだ。

 安定した戦いぶりを見せる一行の中で、ポップは一人慌てていた。

「何で魔法が効かねえんだよっ!?」

 理力の杖による攻撃は敵には届かず、攻撃範囲の広い閃熱呪文や爆裂呪文、火炎呪文は体に弾かれ大した傷をつけることはできない。魔力を攻撃力に変換できるという点ではブラックロッドと同様だが、威力や変形機能の有無で、直接的な攻撃力は落ちてしまう。

「危ねえっ!」

 バランスを崩したポップに向かって突き出された刃をヒムが飛び出して防いだ。ダイが跳躍の勢いをこめて叩き斬る。二人に礼を言うポップに対し、ラーハルトの声は冷たい。

「ダイ様の足手まといにはなるなよ」

「まずいな……魔法が効かないんじゃ大量に攻められるとヤバい」

 メドローアなら効くだろうが、消耗が激しい。そう何度も放てるわけではないので何か策を考えないと戦力外になってしまう。敵も無力な獲物を狙うのか、ポップを優先して襲っている。

(おれは役立たずなのか?)

 相手が人形では挑発して隙を作ることもできない。

 焦りを感じたポップにダイは視線を向け、肩を叩いた。

「おれの力を最高に引き出せるのは……ポップ、おまえだけだよ」

 不覚にも目頭が熱くなったが、そんな場合ではない。

 杖に魔力を込め直し、アバンのしるしを光らせながらポップは天使へと突進した。

 

 

 魔界では一方的な破壊が展開されていた。

 魔族や魔物、知恵を持たぬ竜も、反撃するにはしている。

 だが、彼らと比べものにならぬほどの勢いで、天使をゴミのように駆逐している男達がいた。

 後から後から現れる天使を一睨みしただけで、無数の球体がその場に落ちる。戦う資格のない相手を宝玉に閉じ込める、バーン特有の力だ。

「次々と、まるで虫のようだな。目ざわりだ!」

 高らかに宣言しながら右手に闘気を集中させ、一閃する。地面を抉りつつ衝撃波が巻き起こり、瞳をあっという間に粉砕していく。

「余と戦える者もろくにおらぬのか。興が削がれるわ」

「バーン様に群がるゴミどもめ……砕け散れっ!」

 大魔王から少し離れたところで戦うのは黒い騎士だ。瞳化の範囲外にいる天使に接近し、剣を振るう。

 二人は翼をもつかのように飛び回り、次々と敵を屠っていく。特に大魔王の姿は魔神のようだ。

 バーンの戦いぶりを見ていた魔族達は圧倒されるのみだった。

「さ、さすがバーン様だな」

「オレ一生ついてくよ……」

 乾いた笑い声をもらす彼らは、バーンが現在の姿になった経緯について詳しく知らない。

 だが鬼神のような戦いぶりを見れば、全盛期の強さであることが感じ取れた。大魔王の名に相応しい姿に、彼らは戦いも忘れて見とれていた。

 

 

 怒涛の勢いで攻撃している主従とは違い、周囲を天使に囲まれながらも静かに佇んでいる男がいた。

 黒い装束に身を包む彼の表情は仮面で隠れている。面に張り付いた笑みを向け、早く来いと言わんばかりに手招きする。

 同時に天使が一斉に襲いかかろうとして、止まる。

「まずは、スペードの4」

 言葉に応えるかのように、四本の剣が虚空から生える。滑るような動きで舞い踊り、天使の首をはねる。

「お次はハートの7」

 人が入れそうなほど大きな杯が天使達の頭上に出現した。金色の杯が傾き、紅い液体が降り注ぐ。美しい雫を浴びた天使の体は音を立てて溶けていく。

 数を減らしていく天使のうち一体がかろうじて罠を回避し、接近した。

「うひゃああ!」

 肩に乗った使い魔が叫ぶなか、彼は芝居がかった身振りで避けた。踊るように、相手を馬鹿にするように、ステップを踏みながら繰り出される刃を躱す。

 降参するように両手を上げつつ、彼は呟いた。

「わ、危なっ」

 物言わぬ人形達に躊躇などない。彼らは突進し、そのまま細切れになった。

「だから危ないって言ったのに」

 奇術師を連想させる服装の主は、暗殺を仕事とする死神――キルバーンだ。アバンに首を斬り飛ばされ死んだはずだが、使い魔ピロロの力によって復活したらしい。

 ピロロは無邪気にキルバーンに問いかけた。

「これからどうしよう」

「面白いことになってきたから、まずはヴェルザー様に報告かな」

「……って、あれ?」

「ヴェルザー様?」

 いつもの場所に主の気配が感じられない。石化した状態で封印されている彼が、自力で動くことはないはずなのに。

 キルバーンは天気でも語るようにのんびりと呟いた。

「封印、解けちゃったみたいだね」



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第四話 招待状

 暗い世界の片隅で竜が咆哮した。

 魔界の奥地に封印され石と化していては、不死の魂を持つ彼といえども蘇ることはできない。

 彼は、竜の騎士バランとの闘いに敗れたところを天界の精霊に封じられ、今まで動けなかった。

 自分の身体一つ動かせぬ苛立ちが、大空を飛翔できぬ悔しさが、他の勢力が世界を手にしようとしているのに何もできぬ焦りが、竜の意識を苛んでいる。

 戦いたい。

 力強く翼を動かし、空を翔けたい。

 世界を支配したい。

 荒々しい叫びを上げた竜は、突然戒めが緩んだため戸惑いの声を漏らした。

 動けぬ状態で情勢を窺っていたが、自分の封印が解けるような出来事――大魔王が天界に攻め込むといった事態はまだ起こっていない。

「どういうことだ?」

 困惑を助長するように、身体が軽くなる。

(これは……!)

 天界の住人は故意に封印を解こうとしている。

 魂に干渉する力が波のように押し寄せ、彼の自我を消し去ろうとする。眠りにさらわれるかのような心地よい感覚の中で、彼は相手の目的を悟った。

 手駒として利用するつもりだ。

 長い年月を経て蘇るはずの身体が、すでに形成されつつある。相手が復活を促す力を送っているのだろう。

 その代償に、魂に鎖が巻きつき、意識を閉ざしていく。

 身体を縛られただけの状態ならば、封印が解かれると同時に抵抗できた。だが、魂が剥き出しになった無防備な存在では直接力を受けてしまう。相手も竜の置かれた状況を狙って駒にすることを決めたに違いない。

 干渉に抵抗する中で、竜の脳裏に宿敵の顔が浮かんだ。

(奴と戦わせるつもりか……!)

 元は対立する陣営の長同士であり、現在も敵意は消えていない。そこに付け込み利用する意図があるのだろう。敵意を燃やす相手の方が、洗脳された状態でも力を発揮しやすいはずだ。

 意識が消え去る直前、竜は笑った。

「貴様らの思い通りになるものか!」

 自身を指しているのか、宿敵のことか。

 封印を解いた者が確かめるより先に、竜の意識は闇に飲み込まれた。

 

 

 天使の襲撃があったが、被害は予想に反して少なかった。

 魔法は通じにくくても直接破壊できることがわかったため、勇者以外の者でも対抗できる。

 襲撃後、神々の宣告を伝えられ動揺したものの、国民は深く絶望したわけではない。特別な能力を持たない者もそれなりに戦えるのだ。希望的観測に笑みを浮かべる者すらいた。

 現状を憂いている者ももちろんいる。ダイやアバン、ポップらだ。

 あまりにも手ごたえがなさすぎる。あくまで偵察で、本隊はもっと数が多く、強く、行動が複雑なのかもしれない。意思を持たぬ機械仕掛けの人形では、使い捨てにすると言っているようなものだ。

 もう一つ気になったのは、天使の置き土産だ。砕かれた彼らの体には虹色の水晶が埋め込まれていた。握り拳よりも少し小さく、弓の紋様が浮かんでおり、危険を承知で破壊しようと思ってもできないため慎重に研究が続けられている。黒の核晶のように爆発しては大変だ。

 ダイやマァム達は戦闘の準備や遺跡調査に走り回り、ポップはアバンとともに古文書などから情報を収集している。メドローアを除く単純な攻撃呪文が効きにくい場合、他の呪文を覚えておけばダイのサポートができる。天界についての知識が手に入れば、どこかで役に立つかもしれない。

 天界についての記述を見つけたポップは声に出して呟いた。どこまで信用できるかわからないが、無いよりはマシだろう。

「天界の住人は主に精霊と呼ばれる者で、戦う力は弱いが封印など不思議な力に長けている……か」

 その代わりに機械仕掛けの天使を作り、直接的な戦闘にも対応できるようにしているのだろう。

 書物によると、少数とはいえ高い戦闘能力を持つ者もいるらしい。そのような者達は守護天使と呼ばれているようだ。

 神の力が衰えていることも書いてあったため、一同はほっと胸をなでおろした。

 バーンが神をも超える力を持つと言われたのは、彼自身が強いだけでなく神々の弱体化も含まれている。竜の騎士や神の涙が遺産と称されたのも、力が落ちたためだろう。

(それにしても、神様が世界を破滅させようとしているのを精霊はどう思ってるんだか)

 主には絶対服従なのか。愚行を苦々しく思っているのか。それとも、何も知らないまま日々の生活を営んでいるのか。

 もしそうならば納得できない。勝手な行動をとる神々にも、安穏とした生活を送る天界の住人にも。

 そこまで考え、ポップは暗い気持ちになった。魔界で生きる者達もこのような心境かもしれない。

 

 

 頭を悩ませながら読書に没頭していたポップは、突然の大声に思わず机に突っ伏してしまった。

「た、大変です!」

 見張りの兵士の慌てた声に、彼は半ばやけくそになって叫んだ。

「なんだよ、まさか天使の次は神様でも攻めてきたってのか!?」

「……紙です」

「え?」

 兵士達は腕に紙片を山ほど抱えている。全て同じ外見の、華美な封筒だ。

「空から大量に降ってきて……天界からのようです」

 その場にいる全員の顔が困惑にゆがんだ。ポップが試しに一通取り上げ、恐る恐る開けてみる。

「何が書いてあるんだ? えーと」

 

『先日は天使撃退御苦労であった。あの程度で世界を滅ぼそうなどとは思っていないから安心したまえ。

 本日この手紙を差し上げたのは君達を天界にご招待したいからだ。

 招待する相手はこちらで決めさせていただく。あまり大勢来られても満足なもてなしはできまい。

 以下の者はぜひとも天界へ。

 勇者ダイ

 大魔道士ポップ

 兵士ヒム

 陸戦騎ラーハルト

 目立つように天への道を作るから、そこに向かうように。

 それでは、会える事を楽しみにしている。

 皆の太陽 人間の神キアロより』

 

 ポップの朗読に反応はない。冗談としか思えない文面に沈黙するしかない。

 皆の太陽という箇所には打ち消すかのように線が引かれている。それだけでも目立つが、線の数が多い。塗りつぶしそうな勢いで書き殴られている。他が綺麗な文字で綴られているため、そこだけ異彩を放っている。

 さらにポップは紙の隅に小さく書かれている文章を発見して、それも読み上げた。

『無視しないよう大量に送ったのは申し訳ない。内容は全て同じだから、一通でも読めば大丈夫だ』

 気まずい空気が流れる中、ポップは体を震わせながら全力で叫んだ。

「いったい何のつもりなんだよ……嫌がらせかよ!?」

 相手が「はい」と言うまで同じ台詞を延々繰り返すような行為だ。あまりの迷惑さに頭痛を覚え、ポップは悶えた。

 殺される可能性が高いのに指示に従うなど冗談ではない。

 罠に決まってる、と吐き捨てて手紙を握りつぶそうとしたが、それを嘲笑うかのような文章も載っている。

『追伸 門を開けるのは期間限定だよ。滅びたければ無視すればいい』

「選択肢は無いってことか……!」

 ポップはこみ上げる怒りにまかせて、手紙を燃やした。

 

 

 招待に応じるしかないため、ポップは再び古文書含む書物の山に埋没していた。次々と本を引っ張り出しては紙面に顔をうずめるようにして悪戦苦闘している。

「え~と、この呪文役に立ちそうだし、おれにもなんとか使えないかな。……まったく、なーにが皆の太陽、だ。馬鹿にしやがって」

 取り上げた本の表紙にちょうど太陽が描かれていたため、ポップは乱暴に机に叩きつけた。

 アバンが「書物に当たってはいけませんよ」とたしなめつつ取り上げ、ざっと目を通す。

「なかなか興味深いことも書いてあります。防御力を高めたり速度を向上させたりする補助呪文や、その反対呪文が存在するんですね。現在では使われていませんが、使えたら便利でしょうねえ」

 防御を高めるスカラやスクルトに対し、ルカニ、ルカナン。速度を上げるピオリムに対するボミオスなどがあるらしい。

「……先生楽しそうっすね」

 活き活きと語るアバンにつられて、ポップも紙面をのぞき込む。乱雑な扱いから一転、慎重にページをめくろうとしたところでアバンが苦笑する。

「太陽と……補助呪文について書いてありますが、我々が使うのは難しいようです」

「へっ? 補助呪文がもし使えるなら役に立つじゃないですか。何とかして覚えたいですよ」

 アバンの眼鏡がキラリと光った。

「代償や生贄という単語が出てきますからやめておいた方が無難でしょう。使われなくなった理由もそこにあると思いますよ」

 ポップは唾を飲み込み頷いた。便利で強力な呪文が簡単に見つかるはずもない。何のリスクもなければ、現在も使われているはずだ。

「ダイの力になりたいってのに、このままじゃ――」

 拳を握りしめ、机を叩く。

 苛立つポップの姿に、休憩を促しにきたメルルは目を伏せた。

 大切な者の役に立てないもどかしさは彼女も味わっている。常人には見えぬものを見る力を役立てる時だというのに、能力は沈黙している。

 

 

 しばらく続いた平穏は、再度叫び声で破られた。

 本を枕に眠りの世界へ旅立っていたポップは乱暴に現実に引きずり戻され、よだれを拭きつつ叫んだ。

「今度は何だよ!?」

「破邪の洞窟に異変が起こったそうです!」

 光の柱のようなものが立ち上ったという。そこから天界に行けるのだろう。

 招待された者達はアバンとともに破邪の洞窟へ向かった。



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第五話 天界へ

 豪奢な椅子に身を沈め、足を組み、一人の魔族が手紙を読んでいた。

 宛先が大魔王であることを除けば、封筒は地上の人間に送られたものと同じ。文面も、招待する相手を変更しただけだ。

「作法がなっとらんな」

 目を通して真っ先に言い放ったのは、こんな台詞だった。

 手紙の書き方を指導せねばなるまい、と冗談めかして呟いた彼とは反対に、招待状を読み終えた側近は不気味な沈黙を守っている。

 魔界に君臨する王に無礼極まりない手紙を送り付けてくるなど、神であろうと許しがたい。

 握りつぶしたい衝動を堪えながら、ミストは手紙をためつすがめつ眺めた。

「太陽を自称したのは……挑発でしょうか」

 現在ミストは兜を脱いでおり、恐ろしい形相になっている。大魔王が長年抱いてきた渇望に唾を吐く行為に、怒りが爆発寸前だ。

「そう険しい顔をするな」

 大魔王は部下に対して苦笑で応じる。自身が不快感を抱くより先に相手が怒りを煮え滾らせたため、宥め役に回らざるを得ない。

「勢いに任せて書いたように見えるがな。恥ずかしくなったようだが、案外本心かもしれん」

「堂々と掲げるでもなく、完全に消すわけでもなく、中途半端な……未練がましい」

 ミストはまだギラギラと目を光らせている。このままではミストの怒りがおさまらないため、バーンは話題を変えた。

「神を名乗りながら考え方が魔族や人間に近いな」

 友好的な文章だが、額面通りに受け取る者など誰もいない。

 大魔王の力は神さえも上回ると言われている。おびき寄せて罠に陥れるのが一番簡単で確実だ。絶好の機会という餌をぶら下げて、地上と魔界の強者をまとめて葬ってしまいたいのだろう。

 このまま天使を差し向けるだけでは長期戦になり、バーンがさらに力を蓄えるかもしれない。勇者との戦いで手駒を失った内に叩いておこうと誘いこんでいるのだ。

「余の不在に備えて、魔界の状況を整えておかねば」

 天使襲撃の後、バーンは部下に命じて天使の置き土産を持って来させた。地上に残されたものと同じ、虹色の水晶が各地に散らばっているのだ。

 さらに魔界には、地上にはない、矢印のついた球体があちこちに浮遊している。水晶とは異なり、触れようとする者を弾くため、こちらは移動させることすらできない。

 調べてはいるが、どういった効果を持つのか見当もつかず、手の打ちようがない。

「先の戦いでは直接攻撃が効果的だったな」

 軍の編成も練り直さねばならないだろう。

 準備のための時間が必要だが、指定された日時は近い。猶予を与えるつもりはないようだ。

 ならば招待を握りつぶすか。

 否。

 行くに決まっている。

 神に挑む魔族、それがバーンなのだから。

 

 

 招待されたダイ達に加え、アバンも案内人としてついてきていた。招待されていない以上天界には行けないだろうが、途中まででもと志願したのだ。せめて彼らの負担を軽くしたいと望んでの同行だった。

 洞窟に挑む前にアバンは心配そうな表情を一瞬だけ覗かせ、小さな袋を手渡した。入っているのは銀色に光る羽根、シルバーフェザーだ。大魔王との戦いで使用され、残った数はわずかだが、無いよりはましだ。

 洞窟から昇る光は奥深くから放たれているようだ。下層へ降りて行けば光の源に辿りついて天界へ行けるだろう。

 神に挑もうというのにラーハルトやヒムはいつもの表情を決して崩さず、ダイは皆を力づけるような笑みを浮かべている。ただ一人、ポップの表情だけがやや暗い。

「戦闘は私にお任せください、ダイ様。雑魚ごときに手を煩わせるわけにはいきません」

「おっと、オレにも任せてもらうぜ。オレとコイツなら大抵の奴はすぐにぶっ倒せるだろ」

 勝利の鍵となるダイ、メドローアなど強力な呪文を操るポップの余計な消耗を抑えるのは当然の事だ。

 彼らは洞窟へと入っていった。

 単純な攻撃力ならば間違いなく最強の竜の騎士ダイ、攻撃呪文だけでなく回復呪文を使える大魔道士ポップ、常人離れしたスピードで衝撃波を巻き起こすラーハルト、光の闘気を拳に纏わせあらゆるものを打ち砕くヒム。以前アバンが単身挑んだ時に比べればはるかに頼もしい状況だ。

 奥深くまで潜った経験のあるアバンもサポートするため、速やかな進行が可能だ。

 だが、魔物も強力になっていく。場所によっては広い部屋を埋め尽くすなどという時もあり、ダイやポップも戦わねばならなかった。

 何回階段を降り、どれほどの数の魔物を倒したのかわからなくなった頃、光の源たる部屋へたどり着いた。中央には魔法陣が描かれ、天井を突き抜ける五色の光を放っている。部屋の隅にはさらに降りて行くための階段があるが、もう見たくもないのが一同の気持ちだった。

「多分こっから行けるが、まだ下りるか?」

「もしこの魔法陣で行けなかったら降りるしかないけど」

 ダイの顔にも声にもうんざりした気持ちが溢れている。ほぼずっと闘ってきたヒムとラーハルトもさすがに疲れた表情だ。

 結論がすぐに出たため、魔法陣の中へ一同は踏み込んだ。

「行くぜっ!」

 天井が光の帯に消滅させられた。

 恐ろしいほどの速度で、アバンを除く四人の体が上がっていく。あっというまに洞窟を抜け、天空へと飛翔する。さらに加速し、雲をも突き抜け、投げ出された。

 落下しながら彼らは見た。三角の霞がかった島と、その中央の白い宮殿を。

 落ちたのは島へ入る門の前だ。上からトベルーラで入り込もうとしても弾かれたため、ポップは鼻血をぬぐいつつ考える羽目になった。

 目前の門は黒と紫の禍々しい模様が一面に描かれ、天界のものとは思えない。さらに、その門を超えた先にも門があるようだ。

「招待するって言うなら門開けとけよ、バカ野郎」

 力無いポップの声に各自が同意しつつ開けようと試みたが無駄だった。

 一同が途方に暮れたとき、背後から声がした。

 懐かしくも恐ろしい声が。

「お前達も来ていたのか」

 恐る恐る振り返った視線の先には、大魔王その人がいた。マントを羽織り、背後に忠実な騎士を従えている威容は王者のそれ。お茶会にでも招かれたかのような、気負いの感じられない態度だ。

「どうやって来たんだ?」

「招待状を受け取ったのでな」

 魔界にも破邪の洞窟と似た構造の建物がある。上方へ向かうのが最大の違いだ。

 指定された日時になると、そこに変化が生じた。

 中に巣食う者達を軽く蹴散らしながら昇り、魔法陣に足を踏み入れて天界に到達したところ、一行がいたというわけだ。

 天界への道が閉ざされる前に発たねばならなかったため、備えが万全であるとは言い難い。

 それでもバーンの表情には余裕が漂っている。

「ここで戦うつもりはない」

 そう言いつつ、バーンの手に暗黒闘気が込められている。背後に控える黒い騎士も剣に暗黒闘気をまとわせ、斬りかかる体勢だ。

 緊張が走り、解き放たれる。

 二人の攻撃は門に叩きこまれた。

 ゆっくりと扉が開きだす。必要な客がいるかどうかを判別するための門なのだろう。

 次の門には光を思わせる線と拳が描かれていた。

「こいつぁオレの出番ってわけだな」

 ヒムが闘気拳を渾身の力で放つと開いた。

 次は魔術師が矢のような呪文を放っている絵が刻まれている。それに従ってポップがメドローアを放つ。

 最後は竜にまたがり空をかける騎士と、それに従う戦士が描かれている。ダイとラーハルトの同時攻撃によって門が開いた。それ以上門はなく、白い砂の敷かれた道が続いている。

 

 

 宮殿に着くまでに、無数の敵に襲われるのではないか。そんな不吉な予想にポップは顔をしかめたが、敵も罠も出現しない。一本道であるため、罠を仕掛けようと思えばいくらでも仕掛けられるはずだ。大して脅威ではない天使も、数を揃えれば消耗させる役に立つだろう。それなのに、何もない。

 一つ気になるのは、自分の体のことだ。まるで高い山を急に登った時のように力が入らない。天界が上空にあるためかと思い、ポップが気分の悪さを押し殺しつつ歩いていると、ダイが振り返った。

「どうしたんだよポップ。顔色が悪いよ」

「ん、ちょっとふらっとするだけさ」

「お前もか。オレもなーんか体が重くってよ」

 ヒムが拳を数回突き出しつつ言った。十分な速度と威力だが、微かに遅い。光の闘気もやや抑えられているようだ。

 ダイが目で問うとラーハルトも頷く。

「情けない所をお見せしたくないと思い、黙っておりましたが……結界が張られており、力の一部が封じられているようです」

「おれはなんともないのに、何で」

 竜の騎士たるダイには神の加護があるのかもしれない。ポップの脳裏によぎったのはそんな考えだった。

 戦えないほどではないが、全力をぶつけられないとなると不安である。回復魔法やフェザーでは解決できないだけに進むしかなかった。

 ポップがこっそり大魔王を見ると顔色一つ変えていない。そのため大して効いていないのだとポップは判断した。ミナカトールの時も大魔王の魔力を奪うには至らなかった。

(今回もそうだろ、たぶん)

 仮に違っていても、ポップ達に明かすことはしないだろう。

 ポップ達の会話を風か何かのように聞き流して歩き続ける大魔王をもう一度眺め、ポップは心の中で呻いた。敵が襲ってきた方がよほど気が楽だ。

(勇者と大魔王が一緒に歩いているなんてよ……)

 会話はなく、居心地の悪い空気が辺りに漂っている。

 一本道であり、歩く速度にそう違いはない。走るなり呪文を使うなりすれば先に行けるのだが、相手に焦っていると思われたくないのか、妙な意地のはり合いでここまで歩き続けている。

 ヒムは黒い騎士と大魔王に先ほどから視線を送り、ラーハルトはダイに万が一のことがあってはいけないと影のようにつき従い、ダイは不意打ちなど警戒していないかのように自然体で歩き続け、バーンは思索に耽っているのか遠い眼差しで空の太陽を見つめ、黒い騎士は兜のため表情は見えないが、大魔王を守ろうと周囲に神経を張り巡らせているのがわかる。胸の中央部に埋め込まれた宝玉がきらりと光った。

(協力するつもりはないって言ってたけど、もし大魔王が一緒に戦うなら心強いなんてもんじゃねえ)

 すると、ポップの内心を見透かしたかのようにバーンが言葉を発した。

「……どうやら来客をもてなすつもりのようだ。お前達は先に行け」

 同時に天空から黒竜が飛来する。獣のごとき咆哮をこだまさせながら。

 そこらの竜とは比べ物にならぬ誇り高き姿は、まさに神話の生物。

 バーンの目が細くなる。懐かしむように。

「奴とは古よりの縁があるのでな。余が相手をすべきであろう」

「ってことは……」

 ポップの言葉に合わせるようにバーンが呟いた。

「冥竜王ヴェルザー」

 と。



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第六話 門番

 数百年ほど前、魔界を二分する勢力の長同士が会談の場を設けた。

 大魔王バーンと、雷竜ボリクスに打ち勝ち冥竜王の称号を得たヴェルザー。

 元々彼らは魔界で対立する立場だった。単に勢力を争うだけではない。地上への干渉の手段があまりにも違いすぎるためだ。

 冥竜王は地上の侵略を。大魔王は地上の完全なる消滅を目的としていた。

 そのため、話し合うことなど何もないと思われていたのだが、バーンの提案は予想外のものだった。

 敵対することをやめようと言うのだ。

 他の者ならば冗談かと笑って片づけるだろうが、ヴェルザーは即座に却下することはなかった。彼らは争っていても同じ想いを抱いているのだから。

 共通しているのは、神々への憎悪。

 大魔王はチェスの駒を弄んでいる。触れるだけで折れそうな老体だが、鋭い眼光も全身から放たれる圧倒的な威厳も王者に相応しい。

 額の瞳があやしく光った。

「ヴェルザー。賭けをせんか?」

「賭け?」

「各々の戦略を進め、成功した者に従うのだ」

 双方とも相手を完全に叩き潰すのは難しいとわかっている。滅ぼせたとしても、自らの勢力が大きく衰退することになっては元も子もない。賭けに負けた場合の代償は大きいが、相手を従えることができればそれに越したことはない。

「面白い」

 ヴェルザーが牙を剥き、バーンも愉快そうに笑った。

 

 

 木々をバキバキとなぎ倒しながらヴェルザーが着陸した。

 ポップの頬を冷や汗が滴り落ちる。間近で見ると迫力が全く違う。

 ダイ達四人と黒騎士は戦闘態勢に入ったが、それを制したのは大魔王だった。長年会えなかった友人に再会したような笑みを浮かべている。

「聞こえなかったのか? 先に行けと言ったのだが」

「あんた一人に押し付けるのはおかしいだろ」

「たわけ。旧友と直接語り合っていなかったのだ。関係無い者がいては無粋にもほどがある」

 そこまで言って、バーンは挑発するように笑みを浮かべた。

「それとも余がいなければ不安でたまらぬか? ……ミストよ、お前も勇者達と共に進み、出迎える者と戦ってやれ」

 ミストは主の言葉に一瞬ためらいをみせたが、無言で四人を促した。

 その言葉でダイ達はようやく、黒い騎士の正体がミストだと分かった。敵だったというのに、主の命令で共闘しようとしている。

「いいのかよ、オイ」

 ポップがこっそり囁くが、答えは分かり切っている。

「大魔王さまのお言葉はすべてに優先する」

 それ以上留まっていると斬りかかりそうな眼光だ。ダイが頷き、一行は前へと走り出した。

 

 

「ここでは狭いな」

 バーンもヴェルザーも周囲の木々を瞬時に消し飛ばす力は持っているが、目ざわりであることに違いはない。

 ふわりと舞い上がり場所を替えるヴェルザーに従い、バーンも移動する。

 道から外れた所に広場があった。白塗りの椅子や噴水が設けられた憩いの場は、すぐに破壊されることになるだろう。

「お前の封印が解けているとは……神々に復讐しに来たか?」

「貴様はオレと戦うのだ、バーン」

 バーンの顔が失望に曇る。

「神々に封印を解かれ、飼い犬になり下がったか。門番とは冥竜王の名が泣くぞ」

「黙れ」

 ヴェルザーの目に理知の光は感じられない。あるのは虚ろな洞だけだ。

 バーンが鬼眼でヴェルザーを見据えると、全身に光の鎖が巻きついているのがわかる。特に首の周辺には幾重にも巻かれているのがわかった。

 ヴェルザーは操られている。封印を解かれ、無防備になった魂を縛られてしまったのだ。いくら肉体が復活しても本来の姿からは程遠い。

「牙を失った竜など蜥蜴も同然。今のお前では余は殺せぬ」

 もはや返答はない。ヴェルザーは全身を殺意と狂気に染めていく。

 直後、冥竜王と大魔王が激突した。

 

 

 ダイ達の背後から爆音が響く。

 地面が振動するたびに背筋が冷える。

 後ろを振り返る気にもなれず五人は歩を進めていたが、足が止まった。

 四つの人影が行く手を遮っている。その背には、形状や色は違えど、いずれも翼が生えている。

 先頭に立つのは黒い仮面で目を隠し、金髪を風になびかせている天使だ。笑みの浮かぶ口元は人形のように整っている。肌の色は白く、羽根も純白だ。

 二人目は竜の頭に鷲の羽根を備えた厳つい男。

 三人目は幼い少女で竜のように武骨な翼を生やしている。その眼は閉じられていた。可愛らしい服には似合わない、地味な枯木色のボタンがついている。

 四人目は槍を携え、無精ひげを生やしている男だ。背に生えているのは、昆虫を連想させる透明の翅。赤髪に黒の瞳を持つ彼は飄々とした笑みとともに、陽気に手を振った。

「悪ィが、こっから先は勇者と大魔王以外通せないんだ。仲良しさん達を引き裂くなんてこたしたくねえが、ここは心を鬼にして――」

「無駄口を叩くな」

 ぺらぺらと喋る男に叱責を飛ばしたのは仮面をつけた天使だ。

 仮面越しでも伝わるほど無遠慮な視線をダイ達に順番にぶつけていき、いきなりピタリと止まる。

 視線の先にいるのはミストだ。黒騎士を見つめる貌が、笑みを留めたままゆがむ。

「貴様はこの私、オディウルが相手だ。地を這う存在の居場所など天界にはない……下界で滅べ!」

 宣言と同時に魔力が仮面の天使とミストを包み、両者の姿が消えた。言葉通り地上へと赴いたらしい。

「せっかく昇ったのにそりゃねえだろ!」

 貴重な戦力がいきなり失われ、思わずポップは叫んだ。

 この場から連れ出されたミストの方も同じ心境だろう。戦いが終わった後に主の元に馳せ参ずるのが難しいため焦っているはずだ。常ならば簡単に敵の呪文に巻き込まれることはないはずだが、乗っ取って日の浅い肉体、天界の空間が持つ特異性、力を封じる結界など悪条件が重なりすぎている。地上へ戻ることで結界の効果はなくなるとしても、仮面の天使は機械仕掛けの人形とは比べ物にならぬ力を秘めているだろう。

 叱責された男も申し訳なさそうに頬をかき、頭を下げる。

「ごめんなー。アイツ、やっと戦えるから張り切ってんだ」

「そ、そういう問題か?」

 ポップが呆れると、男は同感だと言いたげに頷く。

「頭に血ィ上らせすぎだっての。……相手するヤツも気の毒に」

 空の彼方へ同情の眼差しをたっぷりと送ってから、男は向き直る。

「俺はミランチャってんだけど、どいつと戦えばいいんだい? 個人的には親衛騎団の兵士と戦いたいんだけどな」

 仲間を庇うようにダイが進み出たが、ラーハルトがそれを止める。

「神との戦いの鍵を握るのはあなた様なのです。その力を前座ごときに消耗させるわけにはいきません」

「でも……!」

 ダイは迷っていた。神々の企みを止めるため、危険を知りながらも相手の要求を呑み、指定されたメンバーで来た。一度天界に入ってしまえば要求に従う必要はなくなる。結界がポップ達の力を奪っていることもあり、自分が先に進んでもよいのか判断に苦しむ局面だ。

 たとえ神との戦いの前に消耗しても、仲間の安全には代えられない。そう決意し、剣に手をかけた時だった。

『何をしているんだい? 祈りでも捧げるつもりかな? ……ぐずぐずしたらそれだけ計画は進むんだ』

 この場にいない者の声は、神のもの。後半は声が真剣になったため、事実を告げているのだろう。

「ダイ、行け! 部下に加勢させないから安心しろ!」

 頷き、走り出す。迷っている時間はない。同時に槍を持った男、ミランチャが仲間の攻撃の巻き添えを食らわないようヒムを伴って移動した。竜頭の男と目を閉ざした少女は、ポップとラーハルトを相手と決めたようだ。

 自分に加勢してくれとは思わず、ただ仲間の無事を祈りながらダイは走り続けた。



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第七話 冥約

 天界での大魔王と冥竜王の激突より数千年も前、両者は魔界で向かい合っていた。

 どちらも空を見上げ、険しい顔をしている。

 空には陰鬱な色が広がるばかり。太陽が最も強く輝く時刻のはずなのに、儚い光しかない。

「やはり駄目だったか」

「ああ。本物の太陽でなければ」

 どちらの声もただ苦い。

「我が魔力をもってしても……太陽を作り出すことはできん」

 己の力に絶大な自信を持つ青年にとって、不可能を口にすることは屈辱に違いない。

 だが、声には悔しさだけではなく、感嘆に近い響きが込められている。

 目を細める魔族に対し、竜が獰猛に唸った。

「魔界が豊かな地になるまでどれほどかかると思っている。地上に侵出するのが一番だ」

「それでは魔界に太陽の光はもたらされんままだ。地上を吹き飛ばさねば意味はない」

 地上を征服するという竜と、地上を破壊するという魔族は別々の道を歩くことになった。

 太陽の恩恵を獲得するという目的は同じでも、手段は大きく異なっている。

 そのため両者は対立することとなった。

 やがて神々への憎悪から手を組むことになるのだが、それはまた後の話だ。

「太陽に照らされた魔界の姿を見ることが……我が夢なのだ」

 言葉とともに背を向け、彼は歩き出した。

 

 

 時は現在に戻り、空気が弾ける。

 ヴェルザーが心臓を握りつぶすような雄たけびを上げつつ爪を振るった。

 尋常ならぬ速度の攻撃は空気さえも断ち切り、無数の真空波を発生させる。バーンのマントがズタズタに千切れ、肩当てが弾き飛ばされた。その下の服装は勇者達と戦った時とほぼ同じだが、不思議な光沢を放つ金属質の首飾りが煌いている。眼の紋様が刻まれており、大魔王の装飾品に相応しい精緻さだ。

 鍛え抜かれた肉体には傷一つついていないが、ヴェルザーの攻撃はこれだけではない。近距離から爪、牙、尻尾を使った連続攻撃で小さな的を捕らえようとする。速度や敏捷性ならばバーンの方が上であるため、戦力を測る程度の攻撃だろう。

 攻撃をかいくぐりバーンが手刀をふるうが、竜が翼を猛烈な勢いで羽ばたかせたため弾き飛ばされる。木々にぶつかるようにして踏み止まり、指の先から火炎呪文を放ったが、鱗に直撃し立ち上った炎はすぐにかき消された。

 顔を憤怒にゆがめつつヴェルザーが吠えた。

「その程度の炎でオレを焼こうとは思い上がりも甚だしいわっ!」

 接近戦をやめ、空に飛び上がったヴェルザーは両腕を下方へ突き出した。バーン目掛けて雷が降り注ぐ。

 

 

 彼らの戦いを空中に映し出し、見ている者達がいた。

 人間の姿をしている男と、尖った耳に真紅の眼、青白い肌の、魔族を連想させる者。

「それにしても暇だね、ジェラル。また賭けでもする?」

 楽しそうに語る青年は栗色の髪をゆらし、青い瞳を細めた。人懐っこいと表現したくなる顔には、高貴さや近寄りがたさは微塵も感じさせない。

 問われた男は赤い眼に怒気を滾らせた。

「断る! 相変わらず危機感が足りんな貴様は。もっと真剣に世界を――」

「無駄なことはやめておけ。キアロがふざけようが真面目にやろうが大して変わらん」

 説教を始めようとしたジェラルを、壁際にうずくまっていた竜が制した。竜が備えるのは深緑の鱗に、琥珀色の瞳。

 彼らはそれぞれ人間、魔族、竜の神と呼ばれる存在だった。

 三種族の神々は、ある者は興味深そうに、ある者は忌々しげに、ある者は関心を目に浮かべず、バーンとヴェルザーの戦いを見守っている。

 沈黙を破ったのは魔族の神、ジェラルだった。

「……変わらんな」

「何が?」

 人間の神キアロが話題に食いつき、竜の神は無言で続きを待つ。

 ジェラルは映像の中のバーンとヴェルザーを観察しながら、己に言い聞かせるように語る。

「魔族達を魔界に棲ませてからそれなりに時間が経った。とうに闇の世界に順応していいだろうに」

 生まれ育った故郷が暗黒の世界ならば、それが当然だと受け止めるだろう。光を求めるどころか、忌むようになってもおかしくない。

 実際は、そうならなかった。

 魔界で何千年も生きてきたバーンは太陽へと手を伸ばし、ヴェルザーも地上を得ようとしている。

 一般的な魔族であるハドラーやロン・ベルク、暗黒闘気の集合体であるミストすら、陽光の下で当たり前のように活動していた。

「それだけ太陽が偉大……なんだろうね」

 曖昧な言い方をしたキアロにジェラルは舌打ちした。映像に目を戻したものの、苛立ちを隠そうともせず、視線の先にいるバーンを睨みつける。

 観戦する空気をぶち壊しにされてはたまらないと、キアロが宥め役に回った。

「何故バーンを嫌うんだい」

「決まっているだろう、平穏を求めるくせに地獄を生み出す愚か者だからだ!」

 吐き捨てられた言葉に他の神は顔を見合わせ、そっと目を伏せた。

「……誰のことを、言っているのかな」

 キアロの低い呟きは、誰にも受け止められずに消えた。

 

 

 鏡の中では一方的な展開が続いていた。

 単発で雷を落とすだけでは埒が明かぬと判断したのか、ヴェルザーは網の如く広範囲に無数の雷撃を放った。さすがに回避しきれず食らったため、動きが一瞬とまる。

 ヴェルザーはその隙を逃さず高熱の炎を吐いた。地面をも融かす地獄の業火がバーンを包む。黒こげの姿を確信してヴェルザーは接近したが、その瞳が見開かれた。

 確かにバーンの体は焔に包まれているが、竜の息吹ではない。

 赤熱の体をもつ気高き不死鳥が、主を守るように翼を広げ、炎を寄せ付けないでいる。

 鳥は大きく鳴くかのように嘴を開き、距離を詰めていたヴェルザーに突進した。

 鱗がみるみるうちに焼かれ、黒竜は苦悶の叫びをあげた。

 その耳に響くのは、涼やかな声。

「メラなどでお前を焼こうとした非礼は詫びよう。余のメラゾーマ、カイザーフェニックスを忘れたか?」

 右腕に再び不死鳥が宿り、ヴェルザーへ飛来する。倍以上に巨大化した鳥に先ほどと同じ個所を焼かれ、ヴェルザーは苦痛に呻いた。さらにバーンは両手からイオを連発し、敵の周囲に放った。

 視界を奪われ気配を探るが、探した時間はそう長くなかった。

「余が空を翔けることができるのも忘れているようだな」

 背後からの言葉とともに、激痛が襲いかかる。

 最強の手刀が翼を切り裂いたのだ。

 バランスを崩したところで地面へ叩き落とされる。顔面にカイザーフェニックスが直撃し、顔を背けると同時に首を抉られる。死に物狂いの抵抗も、冷静な反撃に潰されていく。

「ヴェルザーよ、首輪を外してから余と戦うのだな」

 心臓を貫きつつ、バーンが囁く。

 命の炎が尽きていくのに合わせ、ヴェルザーの全身に巻きついていた光の鎖が消えていく。薄れゆく生命と裏腹に、瞳は理性の光を取り戻してゆく。

 武骨な面に苦笑めいたものが浮かんだ。血液とともに、言葉を乱暴に吐き捨てる。

「神々の軛を外すには一度死ななければならんか……忌々しい」

 封印を解かれた直後の隙をつかれ、憎悪する相手に操られたことに忸怩たる思いを隠せない。

 バーンも相手の心境を察しているのか、苦い笑みで応えた。

「お前は粗忽者だからな。自らの勢力圏を消し飛ばすほどの」

「……うるさい」

 ヴェルザーは怒ったように呟くが、声に力が欠けている。

 竜はしばらく眠りに就こうとしている。この状態で息絶えたのならば、そう遠くない未来に復活を果たすだろう。

 バーンが目を細め、誰にともなく呟いた。

「お前の力が落ちていたのは……自ら力を封じたためだろう?」

 ヴェルザーは意思を縛られる直前に己の力も抑え込んでいたのだ。本気で戦う時の力はこんなものではないと、宿敵である本人が一番よく知っている。

 神の手先として戦うことは、長年の間神々を憎悪してきた意地が――冥竜王たる矜持が許さない。大魔王への敵意より、誇りを守ろうとする意志の方が勝ったのだ。

 竜の口が動き、肯定する代わりに相手の名を呼んだ。巨大な爪を動かし牙を剥く。

「次、は……!」

 操られている時にはなかった本物の覇気が眼の中に燃えている。

 バーンはその炎を見つめると黙って頷いた。

 宿敵の命が途絶えるまで待った後、バーンは堂々とした足取りで歩きだした。

 神へ挑むために。



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第八話 持たざる者

 『それ』は無数の思念から生まれた。

 確かな体を持たぬ『それ』は長い間彷徨い続けることとなった。

 消えることのない疑問を心に抱いて。

 ――何故、何のために、私はこの身体をもって生まれてきたのだ。

 

 

 全身に包帯を巻かれている男がベッドに横たわり、窓の外を眺めていた。彼を介抱するのは黒髪の女だ。

 パプニカの城は一部が病室として使われていた。彼が病室に運び込まれてからある程度の日数が経過していたが、身を起こすことさえろくにできない有様だった。

 彼の名はヒュンケル。

 かつて国を滅ぼした罪を償うかのように激闘を繰り返した結果、全身の骨に無数のひびが入り、二度と戦えぬ体と診断されてしまった。

 力が必要な時に剣も握れぬ身が恨めしい。体を無理矢理引きずってでも戦場へ赴きたかったが、現在の自分では弾よけにすらならないだろう。

 今は回復に専念し、自分が貢献できる道を探すしかない。幾度呟いたかわからぬ言葉を唱え、献身的に介護してくれる女性、エイミに礼を言った。

 祖国を滅ぼしたにもかかわらず想いを寄せてくれる。彼女の言葉が自身を救ったこともあり、いくら感謝しても足りないくらいだった。

「オレの体が動けば……!」

 彼がそう言うたびに、彼女は冗談めかして、

「今は体を治すことに専念なさい。いつ飛び出して行ってもいいように、ルーラとトベルーラを覚えて磨きをかけているんだから!」

 と返していた。

 地獄まで彼について行くと言いきった彼女の性格ならば、たとえどこへ行こうと追いかけてくるに違いない。ルーラとトベルーラを使えるようになったのは黒の核晶を停止させる役に立てなかった苦い経験が影響しているはずだが、ヒュンケルを追いかけるという目的も大きいかもしれない。

 

 

(天界との戦いはどうなっている?)

 ヒュンケルが空を眺めると一点が光った。

 急速に光点が落下し、部屋が振動で揺れる。

「ルーラか!? 一体何が――」 

 必死で光を見詰めると、その中心に天使がいることがわかった。仮面をつけ、金色の髪をなびかせながら佇む様は絵画から抜け出したように美しい。袖や裾が広い、ゆったりとしたデザインの装束も、天界の住人に相応しい優美さだ。白地に金糸で刺しゅうが施されている。サーベルにも見事な細工が施されている。

 一方、呪文に巻き込まれて墜ちてきた男は黒い鎧に身を包み、武骨な大剣を握っている。胸の中央に埋め込まれている青い宝玉は血に濡れていた。そこから馴染みのある気配を感じたためヒュンケルは凝視した。

 天使オディウルは光の闘気を刀身に込め、凄まじい速度で剣を振るい、黒い騎士を追い詰めていく。

「どうした。その程度か?」

「ちっ……!」

 防御に回ったミストは城の結界近くまで徐々に後退した。

 オディウルは結界を見ると満足げな形に唇を吊り上げ、サーベルを振るう。結界は軋む音を立てながらも刃を弾いたが、オディウルの背から光を帯びた無数の羽が撃ち出された。

 耳に痛い音を響かせて、結界が粉々に砕け散った。

 天使は、戦う力や敵意の有無に関わらず、目に映る全てを滅ぼそうとしている。

 翼と光の闘気を絡めた攻撃にミストの体が軽々と吹き飛ばされ、壁に激突した。建物を紙のように切り裂きながらオディウルとミストは移動する。悲鳴があちこちから響き、あっという間に城内に混乱の叫びが巻き起こる。

「他の怪我人の避難を! 早く逃げるんだ!」

 ヒュンケルがエイミに叫ぶが、彼女は首を横に振って拒否した。

「あなたは一人じゃ逃げられないじゃない。見捨てていくことなんてできないわ」

「あの天使は人形なんかとは比べ物にならない……殺されるぞ!」

「死ぬのならあなたを守って死にます!」

 エイミはヒュンケルを呪文で連れて逃げたそうにしているが、他の者が避難し終えるまでは絶対に拒むとわかりきっているため実行に移せないでいる。

 彼と共に生き延びるという決意は固いが、それが叶わぬならばせめて最期まで傍にいたい。愛する者を見捨てて命を長らえるなど到底許せなかった。

 ヒュンケルは唇を噛んだ。音は徐々にこちらへ近づいてくる。他の賢者が動ける者を連れて避難してくれていれば、と願いつつ状況を切り拓こうと必死で考える。

 自分の体では戦うことができない。光の闘気を内にため込むことはできるが、それだけだ。

 エイミの顔に恐怖はほとんどない。杖を握りしめ、脅威の方向をただ睨んでいる。彼女の実力では斬り殺されてしまうだろう。自分を庇い、死んでしまうのだ。

 

 

 光を帯びた羽が飛び、ミストの鎧が砕かれた。サーベルが身体を切り裂くたびに血が飛び散る。

 全身を蒼く染めたミストが苛立たしげに歯を食いしばった。

「この身体では……!」

 己の特性たる暗黒闘気を存分に揮うことはできない。主の身体、もしくは自分の力に馴染むよう作り上げた器ならば莫大な暗黒闘気を放つことができるが、この器では不可能だ。

 扉が吹き飛び、光と影が室内に乱入した。あっというまに木製の机や椅子がバラバラに千切れ飛ぶ。鈍い音とともに黒い騎士が床に叩きつけられ、すぐさま起き上がる。

 ヒュンケルは黒い騎士の正体を、中にいる者を悟った。

「ミストバーン……!」

 ミストはヒュンケルの気配にとっくに気づいていたが、反応は示さずにオディウルを見据えている。全身の鎧には無数の傷が付き、破壊された箇所も数多くある。

 対するオディウルはほぼ無傷だ。作り物めいた唇が動き、言葉を吐き出す。

「虚ろなる影よ。主に遠く及ばん貴様は、真に必要とされているのか?」

 オディウルが刻んだ笑みは、憐れみか、嘲りか、傍からは判別できない。質問は相手を嬲るためとも、好奇心を満たすためとも取れる。

「いてもいなくても大差なければ、仕える意味はどこにある」

 優雅な微笑から放たれる言葉がミストの心を抉る。

 預かってきた体を返還し、十分に力を振るえない現在の状況で、本人が何よりも歯がゆく思っていることだ。

「今の貴様は能力すら必要とされていないのに……何故戦う」

 焦れたような問いに、ミストは簡潔に答えた。

「お前には理解できまい」

「……!」

 オディウルの笑みが凍りついた。

 次の行動は、一閃。一瞬遅れて絶叫が空気を震わせる。

「ぐああぁぁっ!」

 オディウルのサーベルが騎士の右腕を斬り落としたのだ。血液が迸り、剣を握りしめた腕が床に転がった。

 普通の攻撃ならば、器がどれほど傷つこうとミストが痛みを感じることはない。オディウルは光の闘気を剣に纏わせて斬りつけたため、中に潜むミストの体をも焼いたのだ。

 恐ろしい光景からヒュンケルは目を逸らさない。逸らせないと言った方が近いかもしれない。オディウルの姿から奇妙な懐かしさを感じ取ったためだ。

 絶叫を聞いてもオディウルの口元は笑みに固定されたままだ。

 続いて奔った光が騎士の両足を薙ぎ払う。腕だけでなく足も斬り、動きを封じたのだ。

 残酷な光景をヒュンケルは直視する。危地を突破するために。

 

 

 立っていることもできず騎士が崩れ落ち、体を震わせた。壁にもたれかかるような体勢の彼へ、疾風のようにサーベルが突き出される。咄嗟に身を動かし心臓は外したものの、胸を貫かれ壁に縫いとめられた。

 光の化身のような容姿の持ち主が、微笑とともに宣告する。

「空しい歩みに終焉を」

 光が炸裂し、何かが焼けるような音が室内に響いた。

「うぐあああッ!」

 耳をふさぎたくなる苦痛の叫びを無視して、オディウルは乱暴にサーベルを抜いた。感情の読み取れない仮面をヒュンケルとエイミに向ける。ミストは闘う力を失ったと判断し、他の獲物が逃げる前に殺そうとしている。

 己を庇って立ちはだかるエイミをそっとどけるようにして、ヒュンケルが進み出た。その眼差しには固い決意が宿っている。

 オディウルは何のためらいもなく斬り殺そうとするだろう。自分だけではなく、エイミをも。避難が間に合わなければ他の人間も殺されてしまう。

 そんなことは許せない。

「ミストバーン!」

 若者が叫ぶ。かつての己の闇の師へ。一度は滅ぼしたはずの相手へ。

「オレの体を使え!」

 苦痛をこらえながらミストが身を起こした。

「……正気か?」

「ダメよ! そんな体で戦ったら死んでしまうわ!」

 両者の声を断ち切るようにヒュンケルは叫ぶ。

「ここで皆殺されるわけにはいかない! 急げ!」

 暗黒闘気をその身に受け入れるのは気が進まないが、自分はもはや戦うことができない。ならばせめて我が身を「道具」として敵の攻撃を食い止める。それが、かつてこの国を滅ぼした彼の決断だった。

 騎士の中にいるミストが、ヒュンケルへ視線を向ける。

 光の闘気に対して暗黒闘気を用いて闘っても不利なはず。それはヒュンケルも承知しているだろうが、表情に迷いはない。刃が届くと確信しているかのように。

 ミスト本体が騎士から抜け出すと、オディウルの笑みが引きつった。

「……醜い。反吐が出る」

 吐き捨てる声は、震えている。

 咄嗟に目を逸らしかけたオディウルだが、弟子の体へ向かうミストを見て踏みとどまった。サーベルの切っ先を突きつける動きに沿って羽根が射出される。

 黒い体が引き裂かれ、腕や胴に穴が開くが、ミストの動きは止まらない。

「そんな姿を見せるなッ!」

 オディウルが叫ぶのと憑依が完了したのはほぼ同時。

 得物を構え直した天使が突進した瞬間、翼が暗黒の網に捕らえられた。

 完全にオディウルの動きが止まる。ミストが軽く手を差し出しているだけだというのに。

「闘魔滅砕陣」

 黒色の網は床だけでなく壁を伝い、天使の全身を締め上げる。骨が砕けそうな圧力にオディウルは混乱した。

 今までの暗黒闘気とは比べ物にならない。標的ではないエイミも余波で動けぬほどだ。

 オディウルは光の闘気で打ち消そうとしたが、武器を握る右腕がさらに強い力で抑え込まれる。腕がありえない方向に音を立てて曲がり、両脚からも破砕音が鳴り響く。

「その程度の光では、魔界の深淵までは照らせぬ」

 ミストの宣告は、地の底から湧くように低い声で下された。

 空間までもが捻じ曲げられるような感覚とともに全ての暗黒闘気が凝集し、固まり、檻を形成していく。ミストは床に転がった騎士の右腕から剣をもぎ取り、暗黒闘気を込めつつ跳躍した。

 そのまま一気に振り下ろす。

 渾身の一撃が無理矢理振り上げられたサーベルを叩き折り、仮面を割り、体を切り裂いた。

 

 

 オディウルは声も出せずに倒れ伏し、騎士の剣の方も砕け散った。

 決着がついたと言える状況だが、ミストは掌に暗黒闘気を集め出す。

 闘魔最終掌。

 最強の金属さえ砕く掌圧は、力なく横たわっている肉体を容易く握り潰すだろう。

 オディウルへととどめの一撃が放たれようとした瞬間、ミストの動きが止まる。

「何の真似だ、ヒュンケル」

「その女は戦う意思も力も失った」

 とどめを刺すのを止めたのは体を貸しているヒュンケルだった。

 彼の言葉にエイミが視線をオディウルの顔に移し、息を呑む。

 仮面の下から現れたのは美しい女性の顔。異様なのはその表情だ。何度も捻じ曲げられた右腕が原形を留めていないのに、顔色は全く変わらない。痛みを感じないかのように。

 彼女を見つめるミストの方が表情を変えた。オディウルの傷口から溢れる、回復魔法のものではない光に気づいたためだ。

 金色に輝く粒子は霧のようで、ミスト本体とよく似ている。

「まさか、光の闘気の集合体か……!?」

 ミストの推測を裏付けるようにオディウルは口を開いた。

「始まりは……大切な者を守るため戦いたい、純粋に決着をつけたいという想いだったのだろうな」

 彼女の口ぶりはまるで他人事のようだ。口元に浮かぶ笑みも、どことなく疲れている。

 彼女は過去を振り返るように両目を閉ざした。

 確かな身体を持たない頃は当てもなく漂っていた。

 大切な相手も、力を競い合う対象もいない。

 戦うために生まれたような身だが肉体が無く戦えないという、向かうべき方向どころか己の立ち位置も掴めぬような状態だった。

「嘆いていた私を、主は拾い上げ、立派な体を作ってくださった……」

 自分の体を預けたのではなく、新たな肉体を作り上げた。実体化させたという表現が適切かもしれない。

 バーンに見出されたミストが忠誠を誓ったように、彼女も力を尽くすつもりだった。主の傍らで、美しい世界を守るために。

 戦える状態になり、出発点に立てた。仕える相手と出会い、力を振るうべき方向が見えた。この体ならば、剣や闘気の腕を磨いていける。

 胸を張って道を歩み始めたが、変わり始めたのはいつの頃だったか。

 魔界と違い、力を身につけても、発揮する機会など無いのが一番だと誰もが言うだろう。争いの無い世界では、戦うために生まれた者の居場所はない。

 それでも主が認めてくれればそれでよかった。

「まるで必要とされなかったがな」

 人格も、能力も。

 彼女がいくら自らを鍛え力を高めようと、何の意味も無い。

 地上へ派遣し戦わせてくれと願っても、竜の騎士がいるからと却下された。

『闘う必要ないんだよ。笑っているだけでいい』

 優しい言葉は、目を合わせずに放たれた。困ったような笑顔とともに言われては、それ以上頼めなかった。

 長い年月の果てに見出した道を失ったゆえに、混迷は以前より深く。希望の後絶望に染まったことで、光は性質を変えていった。

 暗黒闘気で構成されるミストにもどす黒くない感情があるように、光の闘気から生まれた彼女にも暗い想いが芽生えた。

 

 

「ああ、醜い。醜いな……私は」

 オディウルは震える左手を叱咤して、目元を覆う。

 指の隙間から覗く眼にミストは既視感を抱いた。その眼差しはよく知っている。彼が鍛え強くなれる者に対して、敬意へと昇華する前に向けたもの。

 仮面の理由は、隠すため。

 双眸に燻る感情も。他人を見上げる眼つきも。

「隠さないと……」

 オディウルの声が掠れ、目を覆う手に力がこもる。

 仲間と出会っても、渇きは癒えるどころか深まっていった。

 対等な視線を向けてくる相手と、そうでない自分とを比較して、苦痛を感じずにはいられない。暗い思いを抱いてしまう己が醜く思えるのだから。

 主にも、仲間にも、内心を吐露できずにいた。

 黒い感情に囚われた、ちっぽけな存在だと思われたくない。

 贅沢な悩みだと軽蔑されるかもしれない。

 主と出会い、すでに救いは与えられた。高い戦闘力を備え、飢えや病、老いや痛みに悩まされることのない体を持っている。

 救済を求めても得られない者達や、望まぬ戦いを強いられる人々とは比べ物にならぬほど恵まれているはず。これ以上求めるのは強欲だ。

 笑顔で本心を糊塗し、己は幸せだと言い聞かせながらも、衝動は渦巻き続ける。

「道具に、なれれば。闘うことで……お役に――」

 今こそ力を発揮するという表向きの理由の裏にあったのは、光と闇の入り乱れた、混沌とした感情。

 自己嫌悪を通り越し、憎悪に近い感情に蝕まれたオディウルの心は、容易くバランスを崩しかねない状況だった。

 そこに致命の一撃を撃ち込んだのがミストとの邂逅だ。

 目を隠したまま、彼女はミストに呻きをぶつける。

「貴様には……あるのだな。見られたくない姿を晒してでも、戦う理由が」

 似た境遇でありながら己を肯定して戦える彼の存在が、積もり重なった感情を爆発させた。

 闇を御しきれずにいるからこそ、光の闘気と暗黒闘気という相性の差を覆すこととなった。

 彼女の危うさをヒュンケルが見抜くことが出来たのも、彼自身光と闇の双方を抱え、戦いに臨んだ経験があるからだ。 

「主よ。私に与えたものを……今こそお返しいたします」

 宣言と同時にオディウルの全身が輪郭を失った。金の光に仄暗い色が混ざっている霧が、天へと昇っていく。

 闇の師弟は立ちつくしていた。



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第九話 芽生え

――俺、ミランチャって言います。よ、よろしく!

――そんな目で見ないでほしい。

――初対面でそんなこと言われるって……よっぽど変な目つきしてんのか、俺。

――あー、オディウルは誰に対してもこんな反応だから気にするな。ワシはガル。よろしくな。

――ごく普通の対応が沁みるぜ……へへっ。

 

 

――え、新入り? ずっと俺ら三人だったのに珍しいな。

――しかも子供か。ますます接し方が分からん。

――彼女はラファエラという。仲良くしてやってくれ。

――よろしくお願いします。

――よろしくなー。……おいオディウル、笑顔が引きつってて怖ぇんだけど。

 

 

 小鳥が囀り木々が茂る癒しの場に、似つかわしくない男達がいた。

 オリハルコンで作られた鎧は陽光を浴びて美しく輝いている。その鎧の主である槍を持った男はまだしも、全身が金属でできた兵士が表情豊かに立っている光景は現実離れしていた。

 双方に殺気はない。男の方は無精ひげを引っ張りつつ、槍をくるくると回している。

「いい天気だなぁ……絶好の散歩日和だ。あんたらのことが嫌いなわけでもねえし、いっそのんびり雑談していたいところだが――」

 ヒムは黙って拳を構える。ミランチャの全身から放たれる空気が変わったのを感じたのだ。

「そういうわけにも、いかねえよなぁ!」

「ぐっ!」

 鋭い音が響き、ヒムの体に線が生じた。

(速えっ!)

 ヒムは呻きを噛み殺し、刃を見切ろうと目を凝らす。

 必死の形相の彼とは対照的に、ミランチャは気負いのない面で攻撃を繰り出す。身のこなしは緩やかにさえ見えるのに、放たれる攻撃は鋭い。

 閃光のごとき速度で振るわれる槍に切り裂かれ、ヒムの反撃は届かない。接近すれば少しはマシになるだろうが、ミランチャはそれを許さないように立ち回っている。拳に有利な間合いに入らせず、一方的に攻撃してくる。

 まともに戦っていては状況は覆せない。リーチの差もあり、手が出ない。

 ならばどうするか。

 ヒムが思い浮かべたのは、彼が好敵手と認めた相手だ。

(アイツならカウンター狙いだな)

 とどめを刺そうと突進してきた時に拳を叩きこむ。賭けの要素が強く、危険だが、やってみるしかない。

 その場に立ち攻撃を待つヒムに対し、ミランチャは距離をとった。助走をつけ、加速する。高速だがヒムには見切れる自信があった。

 矢のように真っ直ぐ飛び込むミランチャの速度を計算し、反応しようとした瞬間、速さが急激に変わった。背の翅を使い、ミランチャは攻撃のタイミングをずらしたのだ。

 体勢の崩れたヒムにミランチャは槍を突き刺し、斬り裂く。

「ぐあっ!」

 肩からわき腹にかけて裂傷を刻まれた。地面に倒れるが、必死に身を起こす。ミランチャは再び遠距離から加速し、一直線に突っ込んでくる。

(くそっ……どうしたら――)

 カウンターも読まれ、回避される。来るのが分かっていても反撃できない。タイミングに関係なく広範囲に打ち出せる技でなければ、ミランチャは捉えられない。

(ヒュンケル……!)

 最も認めた男の顔が再びヒムの脳裏をよぎった。

 新たに思い出したのは、彼との戦いの中で食らいそうになった技。

 とっさに両腕を体の前で交差させ、光の闘気を練り上げる。

 一点に光が集中し、必殺の一撃を叩きこもうとしたミランチャに解き放たれる。巨大な光の十字が形成され、ミランチャへと伸びた。

「グランドクルス! 見様見真似だけどなっ!」

 ミランチャは咄嗟にかわそうとしたが、速度がついている分回避が遅れた。

 範囲から逃れられないと悟ったミランチャは槍を地に突き立て、翅で体を包んで防ごうとした。

 莫大なエネルギーが叩きつけられ、ミランチャが吹き飛ばされる。槍の穂先が折れ、翅がボロボロにちぎれた。鎧はかろうじて形を保っているが、それらがなければ間違いなくミランチャは死んでいただろう。

 たった一撃でもこれほどの威力を発揮するのだ。ヒュンケルのように技の呼吸を見抜いたわけではないため、ヒム自身も無事では済まない。金属でできた両腕には無数のヒビが入っている。

 

 

 ミランチャはなかなか立ち上がることができない。進むべきか退くべきか迷っているかのように、視線を彷徨わせている。

 ヒムが身を震わせる相手に呟く。

「今度はこっちが言う番だぜ。アンタは真っ向から勝負を挑んできた。もう得物は折れたんだし、闘う必要ないだろ」

 ヒムの言葉に、ミランチャは倒れたまま愉快そうな笑い声を上げた。

「俺も正直そう思う。けどな、ここで退くわけにもいかねぇのよ」

 ミランチャはよろめきながらも立ち上がり、折れた柄を構える。

「仲間が頑張ってるから俺もちったあ踏ん張らねえと……合わせる顔がねえ!」

 柄から光が溢れ、槍の穂先を形成した。おそらくは彼自身の命を削って生み出される力だ。ヒムの主のハドラーが、折れた剣の代わりに生命を燃やし、武器としたのと同じだ。

 根元近くから失われた翅も、己の体から無理やりエネルギーを絞り出して代わりとしている。もはや彼はタイミングをずらすこともしないだろう。一撃の威力を上げるためにのみ使用するつもりだ。

 ヒムは決着がすぐそこまで迫っていることを悟り、呼吸を整えようとする。

(この気迫……!)

 光の闘気はグランドクルスの使用でほとんど尽きた。技の反動で両腕にはヒビが入り、拳の威力が減ってしまう。

 勝ち目は薄いが諦めるわけにはいかない。

「ハドラー様。ヒュンケル。オレに力を!」

 拳に全てを込めてヒムは地を蹴った。ミランチャも槍を繰り出す。

「……ははっ」

 ミランチャの口から鮮血が溢れた。

 一瞬が生死を分かつ勝負だったが、ほんのわずかな差でヒムの拳がミランチャに叩きこまれ、鎧を粉砕したのだ。

 

 

 倒れるミランチャと同様、ヒムも地面に倒れこんだ。両腕は今の衝撃で完全に砕け、生命力をも振り絞ったため立つことすら難しい。

 それでも必死に起き上がり、歩もうとするヒムを、ミランチャが弱々しい声で引きとめた。

「ちょっと待ってくれ。とどめは刺さないのかい?」

 振り返ったヒムは呆れつつ抗議する。

「オレの腕は砕けてんだ。足で踏めとでも言うのか? そんなことしたら気分が悪ィだろ。あんただって、同じ理由で真っ向勝負したんだろ?」

 ミランチャは目を丸くした後、にやりと笑って頷く。

「まあな。あんたとは美味い酒が飲めそうだ」

「悪い、オレこんな体だから酒は飲めねーんだわ」

「そっか。残念だ」

 先ほどまで激闘を繰り広げたとは思えぬ穏やかな会話だ。ヒムは、今はミランチャの言葉に耳を傾けている。

「回復魔法は?」

「俺には槍の腕しかないんでね。使う機会なんぞない方がいいもんだが、お披露目できるとは思わなかったぜ」

 ミランチャはおどけた口調を作ったものの、表情には疲れがにじんでいる。

 それを隠し切れなくなったのか、彼は大きく溜息を吐いてヒムに詫びた。

「……ごめんな。ブン殴ってでもあの(バカ)を止めなきゃならねえのに、できなくてよ」

 ミランチャは自嘲混じりの笑みを浮かべながらも、懐かしむように目を細める。

「あいつらもいるからな」

「仲間のことか」

 ヒムの脳裏に戦友の顔が浮かんでは消えていった。

 シグマ、フェンブレン、ブロック、アルビナス。皆誇れる仲間だった。

 だから、相手の気持ちも理解できた。

 共感をこめてヒムが頷くとミランチャは感謝するように瞼を閉じた。胸が上下し、呼吸を吐き出してから眼を開く。

「これから勇者のところへ行くつもりだろ?」

「ああ。ダイはハドラー様が認めた男だ。死なせたくねえんだよ」

 答えるまでもない質問だが、ヒムは律儀に返答した。存在しない拳を握るつもりで体に力をこめる。

「……あんたは天界から降りた方がいい」

「そう言われても――」

「勇者に加勢するなって言ってるんじゃない。あんたのためにもここに残らない方がいい。虫のいい話だが……信じてくれ。頼む」

 常識的に考えれば一笑に付して終わる言葉だが、ミランチャの目には必死な光があった。血に染まった口元は震え、懇願しているように見える。

 ヒムは迷ったが、相手が嘘をつくような男ではないと信じ、頷いた。

「俺が送る」

 ミランチャの言葉に呼応して、ヒムの体が淡い金の光に包まれる。光はミランチャの手から放たれている。

 ヒムは少しの間黙ったが、口を開いた。

「またな」

 ぶっきらぼうな挨拶にミランチャは嬉しそうに笑った。力を振り絞って小さく手を振って見せる。

 ヒムの体が浮遊感に包まれたのと同時に、ミランチャの呟きが耳に入ってきた。

 それは「さよならだ」と言っているように聞こえた。

 

 

 ヒムの姿が消えた後もミランチャはぐったりと横たわっていた。その口が歪み、血を吐き出す。

 彼は手を顔に当て、自棄になったように叫んだ。

「満足していたはずなのによ……畜生!」

 手が力なく地面に落ち、乾いた笑い声がしばらく響いていた。



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第十話 小さな宝物

――おじいちゃん、これほしいな。

――かまわないが、なぜ?

――カタミがほしくて。

――か、形見?

――うん! ……ところでカタミって何?

 

 

 ポップとラーハルトの行く手を阻むのは二人。屈強な体躯の男と、目を閉ざした幼さの残る少女だった。

 男の、緑の鱗に覆われた頭は竜そのものだが、首から下は人間とほぼ同じだった。斧と槍を組み合わせたような形の武器を握りしめ、少女を庇うように立っている。

 少女の顔立ちは整っているが、翼はゴツゴツしている。柔らかい服には似つかわしくない、大きく無骨なボタンが目立っている。

「退いては……くれないか。勇者の加勢に行くというならば、戦わねばならん」

 厳つい外見とは裏腹に男の声は穏やかだ。ラーハルトは何も答えず、ポップが気になっていたことを尋ねる。

「その女の子は?」

「そう言えば名乗っていなかったな。これは失礼した」

 ガルは丁寧に頭を下げ、手で傍らの少女を指し示した。

「彼女はラファエラという。ワシはガル」

「そうじゃなくて! ……その子も戦うのかよ」

 少女の手足は細く、少し小突いただけで折れてしまいそうだ。戦わせるべきとは思えない。

 ガルも同感なのか、俯いて溜息を吐く。

「戦いに参加させたくないが、どうしてもと言って聞かぬのでな」

 竜の困り顔という珍しいものを披露しつつも、ガルは武器を構え直した。体重を乗せて大地を蹴り、力強く踏み出す。

 勇猛な突進をラーハルトが迎え撃つ。空を断ち割る重い音と風を切り裂く軽い音、甲高い金属音が競い合うように奏でられる。

 ガルは重いはずの得物をちっぽけな棒きれのように振り回している。凄まじい速度を誇るラーハルトの連続攻撃に対処できている。

 がきりと武器が組み合い、膠着状態になった。

 均衡を崩すべくポップがベギラマを放ち、澄んだ音が響き渡った。

「でえっ!?」

 予想外の展開にポップは目を剥いた。ガルは盾や鎧を着けていないのに弾き返したのだ。

 武器はラーハルトが食い止めている。大怪我まではいかずとも、多少は傷を与えられるだろうと踏んでいただけに、完全に弾き返されてポップの頬を冷や汗が流れる。

 地面に転がりこむようにして避ける彼にラーハルトが冷たい眼差しを送るが、それに腹を立てる余裕もない。

 ガルとラファエラをよく見ると、二人の体を赤い光の球体が包んでいる。少女の両手が特に強く輝いているため、彼女が弾いたのだろう。

「おじいちゃんには指一本触れさせない!」

「お、おじいちゃんだってぇ!?」

 竜頭のガルと華奢な少女では受ける印象が違いすぎる。

 ポップの考えを読み取ったように、ガルが重々しく告げた。

「血のつながりはなくとも家族だと思っておるよ。……作られた身で家族を語るのは烏滸がましいかもしれんが」

「そんなことない!」

 ムキになって叫ぶラファエラの面には『家族』を案じる表情が浮かんでいる。自分の能力で敵の攻撃を防ぐという固い決意も。

「……やりづらいな。色んな意味で」

「呪文が通じんなら下がってろ」

 困り果てたポップと違い、ラーハルトは冷静だ。槍を振りかざし、さらに速く突く。

 疾風のような攻撃が斧をかいくぐり、ガルの体へと迫り――弾かれた。

 衝撃に体勢が崩れたところへ斧が振りかざされる。隙をつかれ、ラーハルトは顔をこわばらせ己へと迫る刃を見た。

「……!」

 わずかに斧の軌道が逸れ、ラーハルトの体を掠めるにとどまった。

 ポップが杖を投擲し、斧に当てたのだ。かつてブラックロッドを扱っていた経験が役に立った。

 結界が包んでいるのはガルの体までで、武器を覆ってはいない。武器への攻撃は有効だと踏んだのだ。

「げっ!」

 ポップの奮闘もむなしく、ガルは杖を粉砕し、ラーハルトへと再び襲いかかる。先ほどは不意打ちに近かったから逸らすことができたが、杖が粉砕された今、呪文しか攻撃方法がない。当然呪文に対する警戒をするだろうし、結界に弾かれてしまう。

 

 

 いったん下がったラーハルトがポップに囁く。

「時間を稼ぐ。あれを放て」

 ポップにもすぐに察しがついたため、微かに頷く。

 あれとはメドローアだ。堂々たる体躯でありながら俊敏なガルに直撃させることは難しいだろうが、結界を削り、隙を作り出せるかもしれない。

 戦士達がぶつかりあう中、ポップは集中力を高め、氷と炎の均衡をイメージする。腕に両極の温度が宿り、凝縮させる。

 そのまま光の弓矢を形成しようとしたとき悪寒が走った。ラファエラの手が動き、ポップへと向けられる。

 青い光が彼の身体を包んだ。高められた熱と冷気が己へと襲いかかる。

 少女は別の種類の結界を作り、ポップの攻撃を逆流させたのだ。片腕が焼かれ、片腕が凍りついたためポップは苦痛に顔をゆがめた。

「あなたの呪文は危険だから封じさせてもらったの。威力が大きければ大きいほど、逆流した時危ないでしょ?」

 相手の力を利用し、返す技。

 メドローアを放つ寸前ならばおそらく死んでいただろう。合成する前だったから助かったのだ。それでも両腕が上手く動かない。回復呪文を唱えているが、効果が薄い。

 ポップの呪文が通じず、ラーハルトもたまに食らわせる一撃が弾かれ、打つ手はない。

「くそ……!」

 徐々に疲労が溜まる中で、ポップは相手を観察する。

 相手は膂力、速度ともに恵まれた戦士。単純な実力以上に厄介なのが、結界に頼り切らず、堅実に攻防を組み立てている姿勢だ。

 このままでは勝利は掴めないが、ポップは諦めない。

 今持っている手札では状況を変えるのは難しい。

(だったら――)

 ポップはにやりと笑い、アバンからもらった袋を取り出した。シルバーフェザーを抜き取ってから袋を投げつける。

「これでもくらいやがれっ!」

 相手から見れば道端の石ころを拾って投げつけるのと大差ない行動だが、ガルは油断せず身構える。

 何かが起こるというガルの予感は的中した。

 袋の中身がこぼれ、辺りに広がった。きらきら光る砂に気配が宿り、何かが近づく。

 急速な接近、そして出現。

 もうもうと立ち込める煙の中から聞こえてきたのは、いつものように平静さを失わぬ声だった。

「一応リリルーラが使えるかもしれないと、仕込んでおいて正解でしたね」

 煙が晴れると、そこにはアバンが立っていた。

 

 

 ポップは袋の中の砂に気づいていたため、使うタイミングを見計らっていた。

 今がその時だと判断したのだ。

 現在の手札で状況を覆せないのならば、手札を増やせばいい。

 ラーハルトが戦っている間にポップが短く状況を伝える。結界で防ぐだけではなく、相手の力を利用すると聞いた時、アバンの瞳が光った。

「結界で防ぎきれない攻撃が来そうだと思ったら逆流させるのでしょう。もしかするとそこに突破口があるかもしれません」

 さらなる情報を引き出すために、ラーハルトがいったん距離を取り、構えた。

「おい、待てよ!」

 ハーケンディストールを放つつもりだとわかり、ポップは止めようとした。オリハルコンの兵士を数体まとめて叩き斬れる威力だからこそ、逆用されれば危険だ。

 ラーハルトは止まらない。危険さは覚悟のうえで、相手の手札を暴こうとしている。

 ラファエラの髪が逆立ち、右手から放たれる青い光がラーハルトを包む。ガルの周囲の赤い結界はそのままだ。

 ラーハルトが槍を繰り出そうとした瞬間、彼の鎧が砕けた。血を吐きよろめく彼をガルは武器の柄で殴りつけ、地面に叩きつける。

 ポップとアバンが追撃を防ぐべくガルへと走った。ラーハルトが立ち上がるまで時間を稼ぎ、まだ戦う力が残っているのを見て取ると後退する。

 アバンはポップの耳に口を寄せて囁いた。

「メドローアを放つ準備をしてくれませんか? ふりだけでかまいません」

 ポップもアバンの狙いがわかったため、無言で頷く。

 片手に炎を、片手に氷を思い描き、ポップは魔力を練り上げていく。ラファエラの閉じられた眼がポップの方を向き、右手が伸びる。ポップの体が青い光に包まれ、先ほどと同じ痛みが両腕に走った。

 その隙にアバンが接近し、ラファエラに手をかざした。

「あっ……」

 力を失って倒れかかる小さな体をアバンが支えると同時に、ガルの体から光が消える。

「ラファエラ!」

 動揺を見逃さず、ラーハルトの一撃がガルの得物を折り、体を抉った。

 重い音が響き、地に軽い揺れが走る。

 倒れた竜頭の戦士に三人はほっと息をついた。ガルは命を落としてはいないが、しばらく戦えないだろう。

「ポップ、ふりだけでいいと言ったじゃないですか」

「ただの真似じゃ、見抜かれるかもしれないから……」

 答えながらポップは自分達の推測を振り返った。ラーハルトに逆流の結界をかけた時、彼女の周囲の結界が消えていた。そこから同時に作り出せる結界は二つまでではないかと思ったのだ。

「自分の安全より祖父を優先していたからこそ、彼女を止められたわけですが――」

 アバンの言葉が途切れ、眼が細められる。

 ガルが荒い呼吸を繰り返しながら立ち上がったのだ。口から血がこぼれているが、折られた柄を支えに立っている。

 竜の瞳がぐったりとしているラファエラを映し、悲痛な色が宿る。

 彼は身を震わせ、掠れた声を吐き出した。

「だから、戦うなと……!」

 彼の脳裏を駆け巡ったのは、何度も繰り返したにも関わらず、頑として譲らない少女の声だった。

『おじいちゃんはわたしが守る!』

 自分が言うべき台詞をとられ苦笑した男は、手を伸ばして柔らかな髪を撫でた。

 竜の眼が炎のように燃え、咆哮が喉から絞り出された。

「オオオオオッ!」

 叫びに天が応えたかのように、空が光った。

「何だありゃ……」

 ポップが呆然としたのも無理はない。

 流星が、降り注いだ。

 衝撃が大地を揺らし、砂埃が舞う。彼の涙の代わりに岩石が地を叩く。

「そんなのありかよ!」

 焦るポップの声も轟音にかき消される。

 

 

 暴走とも呼ぶべき現象は唐突に断ち切られた。アバンが後方からガルの頭を剣の平で叩いたのだ。

 それだけで体力が限界に達していたガルは、表情をゆがませて崩れ落ちる。とどめをさそうとするラーハルトをアバンが止めた。

「見た目は派手ですがこちらに直撃しないようにしていましたし、威力も抑えられていました。……ガルさん、彼女を傷つけてはいませんよ。催眠呪文で眠らせただけです」

 ガルは慌ててラファエラに目を向け、寝息を立てているのを確認して全身から力を抜いた。

「……参った」

 ガルは折れた柄を地面に置き、深く頭を垂れた。

 ラファエラを傷つけず、自分を殺そうともしなかったアバン達に、これ以上刃を向ける気にはなれないのだろう。

 門番との戦いが終わり、ポップは少し口元を緩めた。気を抜くには早いが、話の通じそうな相手と凄惨な殺し合いにならずに済んで安堵したのは事実だ。

「……よし!」

 気持ちを切り替え、歩き出そうとした彼らを金色の光が包んだ。光の中にはラファエラも含まれている。

 どこかへ飛ばされようとしているのを知って逃れようとする彼らに、重い声が届く。

「ラファエラを頼む」

 その言葉を最後に、彼らは地上へと送還された。



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第十一話 失敗作

 神々の住処、白き宮殿に魔族が足を踏み入れた。

 宮殿に入ってすぐの部屋は円形で、面積に比して天井が高い。鏡のように磨き抜かれた床面には挑戦者たる大魔王の姿が映っている。

 バーンを待ち受けていたのは二名。銀色の短い髪を逆立て、黒い衣に身を包み真紅の眼を光らせた魔族と、琥珀色の瞳をした竜であった。

 ただの魔族や竜ではない証拠に空気が震えている。常人ならば戦意喪失するだろうが、バーンは平然と受け止め、跳ね返すように鋭い視線を向けている。

「竜の神と魔族の神か」

「その通りだ。我はファメテルネ。こちらは魔族の神、ジェラル。人間の神キアロは奥で勇者ダイの相手をしておる」

 ファメテルネが好意も敵意も浮かべないまま説明する一方、ジェラルは眉間に皺を寄せている。まるで汚らわしいものを見るような目つきだ。

 針のような視線をぶつけ合う両者に嘆息し、ファメテルネは憂鬱そうにバーンに告げた。

「血が騒いでいるようだが期待に沿えるか分からんぞ。我らは全知でも、無敵でも、万能でもない。ほんの少し力があっただけで、それも昔の話だ」

 消極的な態度のファメテルネに、ジェラルの眉間の皺が深くなった。

「戦いたくなければ下がってろ」

「……いや、関わったからには最後まで付き合おう」

 ゆったりと尾を動かし体勢を変える竜に合わせて、ジェラルも腕を上げてバーンに人差し指を突きつける。

「貴様のような奴がいるから世界が荒れるのだ。ここで滅ぶがいい、咎人よ」

 ジェラルの冷酷な宣告にバーンは微笑で応じた。彼の表情には抑えきれぬ歓喜が溢れている。

 ようやく訪れたのだ。

 願い続けた、神々への復讐の時が。

「かつての愚行をその生命で償え」

 バーンが構え、ジェラルが吼える。

「図に乗るな、失敗作が! ひざまずけ!」

 ジェラルの手に光が灯り、閃熱が走る。迎え撃つのは火の鳥だ。

 光と熱の激突に室内が照らされ、震える。通常では考えられぬ膨大な魔力のぶつかり合いは、神話の戦いと言えた。

 両者の攻撃呪文の威力に大きな差はない。

 だが、この戦いは一対一ではない。

 竜がいる。

 ジェラルとバーンが呪文対決を繰り広げる間にファメテルネが飛び上がり、息を大きく吸い込む。豪炎が吐き出され、バーンの全身を包んだ。ヴェルザーの時と同様にカイザーフェニックスを身に纏わせようとした彼だが、その眼が見開かれる。

 ジェラルは全身を炎で焼かれることを気にも留めずに走りこんでいた。近距離から爆裂呪文を唱える。

 バーンは咄嗟に防御の姿勢を取ったものの、後退した瞬間悪寒が彼の全身を貫いた。

 竜神が重々しく告げる。

「具して来たれ」

 熱風が複数の槍の形状に凝縮され、肩を食い破った。

 ジェラルの接近に神経を向けていたため、ファメテルネが空中で呪文を詠唱していたことに気づくのが遅れた。ただの竜ならば、攻撃は爪、牙、尾、ブレス、巨体を生かした突進などに限られるが、竜の神ともなれば呪文を操ることができる。ジェラルのように即座に威力のある呪文を連発するような真似はできないが、遠距離から予期せぬ攻撃を繰り出してくるのは脅威だ。

 肩口から血を滴らせつつ大魔王は跳躍した。空中を翔け、一気に竜に接近し、顔面に手刀を突き出す。距離を詰めれば小回りの利く彼の方が戦いやすい。

 いかなる武器にも勝る手刀が鱗に叩きこまれる。

 顔面を深々と切り裂かれ体勢を崩す敵の姿を予想したバーンだが、ファメテルネは表情を変えずに爪を振るった。

 鈍い音が響く。

 攻撃後の隙を突かれ、バーンは腹部を裂かれた。

 バランスを崩した彼へジェラルの火炎呪文が放たれる。直撃を避けられぬタイミングだったが、バーンは空中で体勢を立て直し、掌で弾いた。火炎はファメテルネの方へ飛んだが、竜神は避けようともせず滞空しているだけだ。食らっても平然としている。

 地に降り立ち、バーンはファメテルネとジェラルを交互に見た。

「補助呪文か」

「正解だ。扱いが難しいため使う者はほとんどいなくなってしまったが……。あらかじめ防御を高めておいた。そして今、速度と攻撃力を高める」

 二色の光が彼らを包み込み、吸い込まれる。ただでさえ強力な攻撃を繰り出せる両者に補助呪文の力が加わり、さらに強くなった。力が抑えられていては、いくら大魔王でも厳しい戦いになる。

 ファメテルネもジェラルも、相手の傷が癒えていない今が好機と見て攻撃に移った。

 

 

 ファメテルネが低空飛行で突進し、バーンが横っ跳びにかわした瞬間、狙いすまされた尾の一撃が繰り出された。胴を強打され、肺から空気が押し出される。

 呼吸と動きが一瞬止まった彼へ真空の刃が襲いかかる。壁を蹴り、空中へ逃れた彼は、背後で膨れ上がる魔力に弾かれたように振り向いた。

 ジェラルの両手から純白の輝きが放出され、体を凍りつかせる。バーンの右腕が炎に包まれ、己にぶつけるようにして氷を溶かすが、ジェラルから放たれる冷気はさらに強大になっていく。

 部屋中が白銀の光に彩られ、氷が水晶のように煌く様は幻想的だ。無数の氷柱が、巨大な氷塊が、あらゆる方向からバーンへ迫る。

「俺は氷雪系呪文が得意でな。貴様のメラゾーマ同様、俺のマヒャドも独自の形態を持つ」

 雪と氷の乱舞によって雪の結晶を思わせる花がいくつも生み出され、高速で回転する。冷気を吐き出しつつ、ありとあらゆるものを凍りつかせる立花がバーンの周囲から続けざまに打ち込まれる。

 極寒の呪文にバーンは連続でカイザーフェニックスを飛ばし、撃墜していく。蒸気が立ち込め視界がふさがれた。

 いつ果てるともしれない氷と炎の相克をジェラルは冷静に見つめている。

 視界のあちこちで煌めきが弾ける様を見て、ジェラルの表情がわずかに曇った。

 それらはかつて目にした輝きとよく似ている。

 遥か昔、彼の友が地上の力無き生物の苦しみを嘆いて流した涙の色に。

「あの頃は――」

 続く言葉を飲み込み、ジェラルは思考を過去から現在へと引き戻そうとする。

(神の涙は今、どうしている?)

 意思を持ち、わずかながら神の力をその身に秘め、手にした者の願いを叶える存在。それが神の涙だ。

 つい最近まで勇者とともに行動してきたが、力を使い果たし、握り潰された。

 再生には十年以上かかるため、力を取り戻しながら勇者の戦いを見守っているのかもしれない。

 記憶を失っても、再び友となるために。

 そんな考えが浮かんだジェラルの眼に冷気が宿る。

「友……友だと?」

 友情の形に思いを馳せる声は、苛立ちに揺れていた。

 

 

 ジェラルが動き出すより早く、ファメテルネがバーンとの距離を詰める。

 バーンはトベルーラで避けようとしたが、わずかに動きが鈍い。普通に二対一で攻めては回避されるが、ジェラルが最強の呪文をぶつけることで集中を逸らし、完全に凍らせることはできずとも機動力は削いだのだ。

 死の顎が開き、勢い良く閉じられる。

 尖ったものが肉に刺さる音がした。

 頑丈な顎に挟まれ、鋭い牙がバーンの腹部を貫いている。下半身は食物のように口内にある。

 溢れ出る血液で喉を湿しつつファメテルネが体を食いちぎろうとした瞬間、大魔王の両腕が跳ね上がった。目くらまし代わりに爆裂呪文を連発し、噛む力が緩んだところで顎を持ち上げ、無理矢理牙を抜く。

 強引に脱出したバーンは、今度は口の中に上半身を突っ込む勢いで腕を突き出した。

 渾身の力を込めた手刀が口内を突き刺し、斬り裂いた。

 くぐもった叫びが竜の口から吐き出されるが、続いて爆裂呪文を連続して口内で唱えられたため、声も出せずに落下する。舌が千切れるだけでなく顎全体がズタズタに裂け、黒煙が立ち上る。頭部を吹き飛ばされなかっただけでも頑強と言えるだろう。

 荒々しい姿に一瞬、神が呑まれた。

 彼らは今まで何度もバーンの戦いを観察してきたが、このような捨て身の戦いぶりは見たことがない。

 彼が危険な戦い方をした理由は、ただ一つ。

 憎悪。

 数千年かけて研がれた憤怒の牙で、神々の喉笛を食いちぎらんとする気迫。

 その眼差しは猛き竜を思わせ、ファメテルネの意識を過去に導く。

 

 

 かつて神々は、世界を容易く変革できる絶大な力を持っていた。

 この力を上手く使えば、皆が笑って暮らせる日が訪れるだろう。

 争いを完全になくすことはできなくても、時には距離を縮め、時には距離を置き、互いを尊重して付き合えるようになるだろう。

 人間の神、魔族の神、竜の神、皆がそう信じた。

 歯車が狂い始めたのはいつだったのか。

 世界を分けた時か。竜の騎士を作り出した時か。世界を導くと決めた時からか。

 三者が集まって話し合うたびに、何かがゆがんでいく感覚がした。ズレが生じている箇所は、世界か、それとも彼ら自身か、それすら判然としない。

 どこかにある歪みは年月とともに大きくなり、神々は次第に力を失っていった。

「全て、我らの見る……夢のまま、にしておけば――」

 口の損傷のせいで呟きはほとんど聞き取れない。

 視線を彷徨わせながら、竜は墜ちる。

 

 

「貴様!」

 現実を否定するかのようにジェラルが大きく腕を振った。彼は反射的にベギラゴンを放ったものの、バーンの手が光を帯びつつ動く。

 丸い鏡面が出現し、呪文を跳ね返した。

 かろうじてかわしたジェラルはマヒャドを放ったが、威力が落ちている。氷のような面には焦りが浮かんでいた。

 立花が形成される前にバーンは接近し、手で無造作に胸を突き破った。ジェラルの顔が苦痛にゆがみ、体が痙攣した。

「ぐっ……!」

「安寧を貪るうちに堕落したか」

 バーンの声には、失望と、怒りと、嘲りが等しい割合で含まれていた。

 侮蔑の笑みを浴びたジェラルは苦しげに顔を伏せていたが、力を振り絞って面を上げた。口元を蒼く染めながら、呻きを吐き出す。

「俺達を憎むくせに、同じやり方しかできん……貴様も、所詮……!」

 ジェラルの両手が勢いよく上がり、バーンの頭部へと伸ばされる。

 狙いは道連れだ。

 しかし、何も起こらなかった。

 メガンテは発動しなかった。

 ジェラルが指を突き刺すより一瞬速く、バーンが心臓を握り潰したのだ。

 ジェラルの指はバーンの髪に触れる寸前で止まっている。今にも落ちそうな手に力を込め、皮膚に爪を立てようとする。呪いを遺そうとするかのように、執念をにじませて。

「世を乱すだけの……出来損ない――」

 呪詛が途切れ、手が力なく落下する。血に濡れた指がバーンの頬を掠め、青色の線を遺した。

 ジェラルの体がゆっくりと傾ぐ中、バーンはファメテルネの頭を椅子代わりにして腰掛ける。竜の頭部にもたれかかるように倒れ伏したジェラルの頭を踏みつける。

 腕を組みつつ傲然と下された宣告。

「ひれ伏せ。神よ」

 竜の神と魔族の神が、一人の男に屈服した瞬間だった。



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第十二話 天帝

 ある日、世界に大きな変革がもたらされた。

 深緑の鱗を持つ竜と赤い眼の魔族、青い眼の人間。三者は神と呼ばれる存在だった。

 彼らの後ろには精霊達が従っている。その手には不可思議な光沢を帯びた球体が握られており、地を指す矢印が描かれている。

 彼らが手を高く掲げると球体は浮き上がり、世界各地に飛んでいった。

 世界中に散らばったところで神々が呪文を唱えると、球体は眩く発光した。

 直後、凄まじい震動が世界を襲った。

 争いを繰り返してきた種族が引き離され、魔と竜は沈んでいく。

 その様子を見る者がいればただ一言、こう表現しただろう。

 混沌と。

 神々がその名に相応しい力を持っていた、太古の時代の出来事である。

 

 

 緊張に顔を強張らせながらダイは宮殿の奥へ奥へと進んでいた。

 敵は一切出現せず、宮殿内の装飾も美しいが、残してきた仲間や地上の人々のことが頭から離れない。

 嫌な予感に身を竦ませつつ進む。

 ある部屋は無数の書物が広い壁をほぼ覆いつくしていた。ところどころ隙間があるが、読みつくすには膨大な時間を必要とするだろう。アバンが見たら喜ぶだろうと思いながら、ダイは奥へと続く扉を開けた。

 その部屋には天井がなく、空が一望できた。太陽が輝いており、正午が近いことがわかる。辺りには金色の粉が舞っており、空の青と合わさって見とれてしまいそうな美しさだ。

 だだっ広い円形の部屋の中央には一人の男が立っている。濃い栗色の髪に青い瞳。全身の白を基調とした服はバーンのものと似ている。

「ようこそ、ダイ君。僕は人間の神キアロ。歓迎するよ、心から」

 手を広げ、親しげに語りかける相手にダイは戸惑った。

 地上と魔界を破壊すると言っている男が、このように開放的な態度でいいのだろうか。親しげな挨拶は何かの罠ではないのか。疑念が首をもたげるが、罠を仕掛けようと思えばいつでもできたはずだと思い直す。

 冷酷さや残忍さは見えないため、世界を破壊するなどという宣言を翻すのではないか。そんな甘い考えさえ一瞬浮かんだ。

 キアロの腰には一振りの剣が下げられている。黒い鞘には点々と白い模様が付いており、夜空を思わせる。そこには三日月のような曲線も描かれていた。剣は太陽のような柄頭で、抜かれた刀身からはうっすらと金色の光が放たれている。

「これは太陽の剣。こちらは月の鞘。行くよ」

 斬りかかって来たキアロに対し、双竜紋を解き放ち迎え撃つダイ。剣士ならば誰もが見惚れるような剣技の応酬が続く。受け止め、払い、回避し、斬りかかる。二人の力と技が高水準であるため、戦いというより舞いのように見える。

 

 

 剣を振るいながらダイは戸惑いを感じていた。

 キアロは強い。力も技も速度も、間違いなく一流と言えるだろう。

 だが、バーンを相手にした時のような脅威は感じない。相手の力量が下なのか。それとも、彼から殺気や敵意が感じられないためなのか。

 ダイの心中を見抜いたのか、キアロは後退し、剣を一旦納めた。

 彼が手を一振りすると空中に映像が浮かび上がる。大魔王バーンと竜の神、魔族の神が戦っている場面が映し出されている。

「見てごらん。面白いよね」

「面白い?」

「僕は、何が楽しいかも忘れてしまったんだ。でも最近は……久しぶりに胸が高鳴っている」

 キアロは己の胸に手を当て、揚々と言葉を紡ぐ。久々に大舞台に立った役者を思わせる表情と所作だ。

 次の瞬間、ダイは耳を疑った。

「君の父さんを観賞するのは実に興味深かったよ。人間を保護しようとして、勝手に失望して、また希望を抱いて……誰に似たんだろうねぇ?」

 ダイは全身の血が凍る感覚を味わった。

 挑発して冷静さを奪う作戦かとも思ったが、本気だと証明するようにキアロの声には力がこもっている。

 父、バランの最期がダイの脳裏に蘇る。自分を庇うために全ての力を振り絞り、斃れた姿。頼もしくも哀しい背中。キアロはそれを笑ったのだ。

「面白いと言えば、ハドラー君もだ。無力な人間のために涙を流すなんて」

 ダイの顔が強張った。キアロは全てを賭けて戦った相手の尊厳を踏みにじろうとしている。

「……泣いたところで苦しみは終わらない。疲れるだけだろうに」

 俯き加減になったキアロは頭痛を堪えるように額を押さえ、身を震わせる。

 ダイの肩も震えるが、それは怒りのためだ。

 長く生きられる命を捨て、魔王だったというこだわりも捨て、戦ったハドラー。

 死神の罠に閉じ込められ、死を待つだけだった自分とポップを救ったのも彼だった。

 彼を侮辱するのは許せない。

「踏みにじったものの尊さに最後の最後で気づくなんて皮肉な運命だと思わないかい? 二人には感謝したいよ。ありがとう、笑顔をくれて、と」

「……っ!」

 怒りによってダイの力が跳ね上がる。先ほどまで互角の戦いを繰り広げていたが、ダイが上回るようになった。

 

 

 キアロは自分が不利になっても余裕を見せている。ダイの剣が体を掠り、傷を負わせるようになっても、それは変わらない。

 先ほど空中に映し出された映像は消えておらず、バーンがファメテルネとジェラルを倒した事実を伝えてくる。

 残酷な光景を見たキアロの反応は、口笛だった。

「さすがは世界を滅ぼしかけた男だ。見習わないと」

 キアロはそう呟くと太陽の剣を鞘に収め、右手を天空に掲げた。映像の中のファメテルネとジェラルが身を震わせ、直後体が消滅する。緑と青の光の玉がそれぞれのいた空間に浮かんだが、すぐに霞んだ。

 一室の映像が消えると同時に空から二色の光が飛来し、額からキアロの体内に入り込む。

『結末を見届けよう』

 そう呟く二つの声が聞こえた。

 キアロの体が黄金の光に包まれる。髪は陽光のごとき金へ、瞳の青はより深い色へ変化する。

「我々が殺されそうになれば、残された者が他の神の力を吸収し天帝となる。遥か昔の取り決めだが、僕が――私が実行者になるとは感慨深い」

 人間の神改め天帝は微笑を浮かべている。何の憂いも感じていない佇まいに、ダイの心に怒り混じりの疑問が湧き上がる。

「……どうして」

「え?」

「おまえの仲間じゃなかったのか? 竜と魔族の神さまは」

 キアロがバランやハドラーの最期をおかしいと評したのは、単純に怒りをかき立てる行為だった。

 仲間の死までも軽く扱う行為は、ダイにとって怒りを通り越して理解不能の域に達している。

 声も体も震わせる少年に、天帝は眉を下げて殊勝な表情を作った。

「悲しいよ、もちろん。でも今はそれより大事なことがあるだろう? 哀しみに囚われないで前へ進むべきだ」

 言葉こそ前向きであるものの、天帝の目指す「前」とは世界の滅亡だ。

 当然ダイがそんな答えを受け入れられるはずもなく、相手を睨みつける。

 ダイの反応が理解できないのか、天帝は首をかしげる。

「納得できないかな?」

「全然。世界を滅ぼそうとする理由だって……どうして!」

 ダイは天帝の双眸を見据える。相手の心を見透かそうとするかのように。

 真っ直ぐな瞳に映った天帝の唇が綻ぶ。遊び相手を見つけた子供が浮かべるような笑みだった。

「そうか。君は私の声を聞いてくれるのか。はははっ」

 天帝の肩が小さく震え、朗らかな笑い声が上がった。ひとしきり笑ってから、改めて答えようとする。

「私が、望むのは――」

 天帝の言葉がぷつりと途切れ、視線が下を向く。日光を避けるかのように顔を伏せ、わずかな間沈黙が流れる。

 ダイが身を乗り出しかけた刹那、天帝が動いた。

 接近し、太陽の剣で切りつけると同時にベギラマが手から放たれた。ダイはかわそうとしたが肩から胸にかけて斬られ、呪文をまともに食らってしまった。竜闘気を高めていたため致命傷にはならなかったが、痛みが激しく思うように動けない。

 地に膝をついたダイへ呪文を連発しつつ、天帝は高らかに笑う。

「とてもいい子だね、君は! 純真で、善良で、勇敢で……君ならきっと、助けを求める声に応え続けるんだろう」

 ダイの体が壁に激突し、体勢を立て直す間もなく床に叩きつけられる。

「……いけないなあ、私は。バーンみたいに鷹揚に構えられないよ。彼ほど自信が持てないからね」

 自嘲する台詞を吐き出しながら、天帝は胸の前で両手を近づける。掌の間に冷気が凝縮されていく。

「彼が目標の達成を優先していれば、今頃地上は消滅していただろうに。遊び心はほどほどにしないと――」

「鏡が必要なようだな」

 天帝へ冷ややかな言葉が浴びせられた。ダイの声ではない。年を経て悠揚さに満ちた声だ。

 直後、天帝の放った氷嵐が魔力の鏡に反射され、術者本人に直撃した。

 あちこちが凍りついた部屋に足を踏み入れたのは、大魔王その人だ。遊びの一環に過ぎないというように左手で軽く右手首を握り、悠然としている。

「遊びに夢中になりすぎていたようなのでな。少々頭を冷やしてやった」

 悪戯っ子のような笑みを浮かべてみせるバーンと天帝、両者の間で空気が鋭さを増し、肌を刺す。

 天帝と大魔王の戦いが今始まろうとしていた。



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第十三話 協奏から狂騒へ

 ダイは目の前の光景を信じられずにいた。バーンにとってそんなつもりはないとはいえ、共に闘うことになるとは考えもしなかった。

 天帝は驚愕も恐怖も抱いていないのか、来客ににっこりと笑いかける。これ見よがしに空の太陽へと左手を掲げ、口を開く。

「太陽が綺麗だね」

 バーンならばユーモアか毒舌を交えて切り返してもおかしくない台詞だが、返事はない。彼は眉をわずかに動かしただけだ。

 空気が冷えたことに気づいたのか、天帝は軽く視線を彷徨わせる。相手が好みそうな話題を振ってみたら盛大に滑った者の反応だ。

「……じっくり語り合いたいけれど、そうもいかないか」

 彼は落胆したように溜息を吐いてから剣を持ち上げた。

 両手で構え、突進する。

 一閃はバーンの頸ではなく、首飾りの鎖を斬り裂くに留まった。速く鋭い攻撃だったが、バーンはわずかな動きで躱してのけた。

 床に落ちた首飾りを拾い上げたバーンは、鎖の切断面を眺めた。軽く握ったものの、興味を失ったように放り投げる。装飾品は甲高い音を立てて床に落ち、部屋の隅へ転がった。

「オリハルコンとまではいかぬが、この首飾りはかなりの強度の金属で作られている。切り口からすると、その刃は高熱を発しているようだ」

「正解。普通の人間や魔族なら斬られた所から発火して死ぬだろうけど、竜の騎士や大魔王には通じにくいみたいだね」

 バーンがメラゾーマを放つと天帝は月の鞘を掲げた。灼熱の鳥と夜空を思わせる鞘の激突。それを合図に天帝は疾走し、大魔王に斬りかかる。

 ほぼ同時の動きだが、待ち受けていたのは三つの行動を可能とする技。

 大魔王の天地魔闘の構えだ。

 掌で剣を弾き、手刀で体を切り裂き、カイザーフェニックスが食らいつく。

 思わず後退した天帝の眼に何かが閃いたが、すぐに消えた。

 天帝の表情にダイは不吉な予感を覚えた。

 大魔王は強いが、天帝はまだ力を隠している。

 危険を告げる本能に従ってダイは立ち上がり、剣を構える。

「三種の行動をほぼ同時にこなす、か。ならば私も似たような技をお見せしよう」

 右手に剣。左手に鞘。そして額に太陽の形の紋章が出現し、金色の輝きを放つ。

「光陰矢の如し」

 短く呟くや否や瞬時に天帝が接近し、光速の斬撃が放たれる。大魔王がそれを受け止め、月の鞘が唸りをあげて叩きつけられるのをダイが防いだ。

 衝撃に二人が圧された。天地魔闘を使用した直後であるため三段行動はできないが、それでも二対一だ。

 両手は塞がっているため呪文を唱えることはできないはずだが、天帝は笑った。額の紋章から光の矢を思わせる光線が放たれ、二人を焼く。

「月の鞘は普段は防御に使うが、攻撃に使えばこんなこともできるんだ」

 天帝が鞘をふるったため二人は地を蹴って逃れる。鞘から不可視の力が奔り、直撃した壁に大穴があいた。

 『光陰矢の如し』の光は太陽の剣、陰は月の鞘、矢は紋章による攻撃を指すのだろう。

 太陽の剣だけでも脅威なのに、月の鞘まで使われては太刀打ちできない。三種の行動を同時に行うのはバーンも同じだが、バーンはあくまで一人。天帝の方は三種族の神々が合わさった存在であるため、直後に硬直して動けなくなることはない。奥義というより一つの型にすぎない。

 

 

 よろめきつつダイがなおも剣を構えると、それを大魔王が制した。

「手出しは無用。神々への復讐は余が行う」

「でもあいつ、強いんだ。おれも戦わないと」

 ダイの言葉を聞き、天帝が額に手を当てた。子供の自由な発想についていけず困惑する大人のような仕草だ。

「あのねえ……バーンに何をされたか覚えていないのかい?」

「おまえを倒さないと計画は止まらないんだろ? 地上を守るためなら、おれは――」

 倒せる可能性がありながら無視して、個々で戦って敗北しては元も子もない。自分一人の意地で地上を危険に晒すわけにはいかない。

 そう主張するダイを、バーンまで理解できないと言いたげな目で見ている。

「何故そこまでして地上の者達のために戦おうとする」

「バーン。おまえには誰かの都合で奪われたくないものはないのか? 心から望んだものはないのか!?」

 一瞬、バーンの眼に感情の光が揺らめいた。拳を握り、前に進み出る。

「……ならば好きにするがよい。協力し合うのは真っ平だが、攻撃したければ止めはせぬ」

 再び二人の攻撃が開始されたが、やはり天帝は強い。竜の神と魔族の神の力が合わさっている連続攻撃の威力たるや凄まじい。

 バーンは一度距離を取った。その手が優雅に動き、一つの構えを取る。片手は天に、片手は地に向ける。全身にみなぎる魔力。

 大魔王最強の奥義、天地魔闘。

 それに挑むのは、『光陰矢の如し』。

「天!」

「光!」

 最強の手刀と太陽の剣がぶつかり合う。

「地!」

「陰!」

 あらゆる攻撃をはじき返す掌と月の鞘が激突する。

「魔闘!」

「矢の如し!」

 炎の鳥と紋章から放たれた閃光の衝突が爆発的な光を生み出した。

 勝負は互角と思われたが、バーンは奥義を繰り出した直後に隙ができる。ほんのわずかな間だが、天帝にとって十分すぎる時間だった。

 太陽の剣が大魔王の胸の中央を貫き通した。刃が肉を焼くにおいが辺りにたちこめる。

「焼き加減はお好みで調節してあげよう。こんがりか黒こげしかないけどね」

 すでに刀身の半ばまで刺していながら、天帝は剣を回転させて傷口を抉りつつ深く刃を差し込んでいく。心臓が三つある大魔王といえども、急所をまともに貫かれてはただでは済まない。

 バーンの口から血塊が吐き出された。止めようとするかのように刃を掴むが、その手も焼かれる。

 天帝がさらなる攻撃に移ろうとした瞬間、本能が警告を発した。彼は剣を抜こうとしたが、大魔王がしっかりと掴んでいるため果たせない。月の鞘で防御の体制をとるのも一瞬遅れる。

 それは十分すぎる隙だった。

 ダイが剣を逆手にもち、アバンストラッシュを放った。高速で飛んだそれは月の鞘の結界とぶつかり合って儚く散るかと思われたが、ダイは同時に天帝に接近し、上から振り下ろす一撃を加えていた。

 アバンストラッシュX。

 大魔王との決戦に備えて生み出され、ハドラーとの死闘で初めて披露され、大魔王の腕を斬り落とした技だ。

 体勢が整っていない時に打ち込まれた渾身の一撃は結界をも打ち破り、天帝の体を深く切り裂いた。

「大魔王が、まさか捨て石に……?」

 天帝はダイを紋章の力で吹き飛ばしたものの、足元がおぼつかない。

 困惑に塗れた天帝の顔がわずかに引きつった。大魔王の顔に笑みをみとめたためだ。

「捨て石だと? 余は大魔王バーンなり!」

 傷口から煙を立ち昇らせながらバーンは高らかに宣言した。紅蓮の鳥に包まれた右腕がまっすぐ突き出され、隙だらけの天帝の胸を貫いた。

 傷を炎で焼かれ崩れ落ちた天帝を、大魔王は傲然と見下す。

「会心の一撃を人任せにすると思うか」

 バーンは乱暴に剣を引き抜き、投げ捨てた。大量の血が辺りに飛び散り盛大に床を汚すが、まったく気に留めない。

 

 

 勝敗は決したように思われたが、天帝の口から低い声が漏れた。

 ゆらりと亡者の如く立ち上がる間も唇は動き続け、不吉な調べを奏でてゆく。

 二人の攻撃を防御に徹して耐えつつ、唱え終えた彼は微笑んだ。

「遥か昔、私達は世界を分け、竜や魔族を昏い底へ追いやった。今度はそれの反対呪文を唱えた。……どうなると思う?」

 世界が、変わる。

「天使襲撃の際、魔界に種を蒔いていた。矢印のついた丸い球体があっただろう? あれが稼働し、全てを塗り替える」

 天帝の表情が明るいものへと切り替わる。

「さあ、世界破滅計画の始まりだ」



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第十四話 プレイヤー

 ヒュンケルは病室で窓の外を眺めて佇んでいた。室内には黒い騎士の死体が転がっており、鎧の胸元の宝玉も血で汚れている。室内はぐちゃぐちゃに破壊され、心穏やかになれない場所だ。

 オディウルを倒したあともミストはヒュンケルの体に留まり、何かを待っているようだ。エイミは中にいるミストを凄まじい目つきで睨んでいる。もしヒュンケルの体を好きにするつもりならば許さないと、表情筋の全てを駆使して告げている。

「もう戦いは終わった。オレの体から出ていけ」

 ヒュンケルの要求を無視して、ミストは鎧に目を向けている。

 激しい震動が突然起こったため、ヒュンケルがミストを問い詰める。

「何が起こったんだ!? ……これから始まるのか!?」

 必死な問いに答えず、ミストは宝玉に食い入るような目を向け、待っている。

 魔界の住人にも、地上の人々にも、異変は伝わっていた。

 とてつもないことが起ころうとしていることを誰もが悟っていた。

 世界の在り方が変わろうとしている。

 遥か昔に捻じ曲げられた世界の形が、今再び変化する。

 破滅へ向けて。

 

 

「安心したまえ、このまま壊すことはできない。これはあくまで下準備」

 異変の規模に不釣り合いな気軽さで、天帝は事態を説明していく。

 ぶうん、という音とともに、何もない空間に映像が映し出される。

 ダイとバーンは息を呑んだ。

 世界は今や、地図をただちに書き換えねばならない有様になっていた。各所に今まで存在しなかった陸地が見える。急激な変化に魔界の者達のみならず地上の住人も翻弄され、混乱の叫びが聞こえる。

 映像が切り替わる。

 世界各地に無数の虹色の光が輝いている。あるものは真紅。あるものは紺碧。またあるものは深緑。全部で七色のようだ。

 それらは地面から浮き上がり、建物の屋根の辺りに漂っている。光は弓のような形をしていた。

「天使達の置き土産、その二。虹色の水晶があっただろう? 天の弓と言うのだけれど……黒の核晶みたいなものだ」

 黒の核晶という単語にダイがびくりと反応した。

「威力は小さめだけど起動するまでは破壊は不可能。一度起動したら、それぞれの色に対応する魔法や闘気でしか止められない」

 ダイが首を横に振り、必死に反論する。

「地上にも魔界にも魔法を使える人はいる……止めることができる!」

「それをどうやって伝えるのかな? 違った魔法をぶつければ即座に爆発するし、数が多い。……ほら、この通り」

 映像が変わる。変化した世界地図のあらゆる所に七色の点が書き込まれていた。バーンの瞳が険しい光を帯びる。

 調査や研究のために集められた天の弓は一部で、多くは世界に点在している。

「ただでさえ世界が元に戻って混乱しているのに、秩序立った行動なんてできるかな? 時間もあまり残されていない」

 天帝は聞き分けのない子供を説得するような口調でダイを諭す。見ていて腹が立つほど穏やかな表情だ。

「だから皆が一つにまとまりそうな旗印の、勇者と大魔王をおびき寄せたのさ。……君達は特別な場所から観られるよ。よかったね」

 かつての自分と似たような計画を立てたことをどう思っているか、バーンの顔には特別な感情は浮かんでいない。与えられた情報を冷静に分析し、検討しているようだ。

 打開策が思いつかず、ダイが唇を噛みしめる。

 

 

 バーンは顎に手を当てて考えていたが、しばらくして口を開いた。

「どうすれば天の弓を止められる? 対応する魔法を教えてくれないか」

 天帝とダイが信じられないというように大魔王を凝視した。敵に方法を聞くような真似などするはずがない。このような姿勢で何かを問うなどあり得ない。

 よほど元魔界の地を破壊されたくないのか。それほど思い入れのある故郷なのか。

 天帝はおかしくてたまらぬというように笑い出した。あれほど誇り高い大魔王が、なすすべなく自分に助けを求めている。駒となりえぬ存在が屈服したのだ。

 笑顔は親切そのもののまま、残酷な響きをにじませながら答える。

「乞われて『はいどうぞ』と教えては興ざめだろう。もう少ししたらヒントを――」

 台詞の途中で天帝の顔が固まった。バーンの手にはいつの間にか球体が載っている。光魔の杖を使用した時のように虚空から出現させたのか、懐から取り出したのかも分からないほど自然な動作だった。

 赤と青、緑、ほぼ無色、濃い金色の輝きを放つそれらは紛れもなく天の弓だった。

 両手に持ったそれらを天帝に投げつけ、カイザーフェニックスを放つ。水晶に追い付くかと思われた瞬間、天帝の指から次々と魔法が発射され、輝きに直撃する。

 光は消え、水晶は細かい砂となって崩れ去ってしまった。

「青が氷系呪文、緑が回復呪文、無色は真空呪文、金色は爆裂呪文か。赤は火炎呪文で止められるようだな」

 誘爆させるというのもふりだけで、対処法を引き出すつもりだったのだ。

 複数の天の弓が同時に爆発した場合、どれほどの威力になるか不明だ。かなり危険な賭けだった。天帝の対処が遅れればバーンやダイも爆発に巻き込まれて命を落としたかもしれない。

「せっかちだなあ、全く」

「ヒントとやらを大人しく待っていてはお前の思うつぼだろう」

「せっかく対処法を知ってもどうやって伝えるのかな? それにまだ二種類――」

「先ほど魔法と闘気とお前は言ったな。ヒントを与えるためにわかりやすい組み合わせにしているならば、紫は余の部下の暗黒闘気で止められるだろう」

 声の調子が変わった。バーンの視線が部屋の隅に転がっている首飾りへ向けられる。いつの間にか目の紋様が青い光を放っていた。

「ミストよ、聞いた通りだ。色と魔法の組み合わせや設置された場所を魔力を持つ者に伝え、お前は暗黒闘気で紫の天の弓停止にあたれ。白金の天の弓はおそらく光の闘気で止められるだろうから、光の闘気を持つ者にも伝えよ」

 天帝が手を振ると、映像がまたもや切り替わった。

 血にまみれ床に転がっている騎士の鎧。その胸に埋め込まれた青い宝玉によって、こちらの様子が映し出されている。

 ミストは瞬時にヒュンケルの体から抜け出すとエイミの中へ入った。その口が動き、無数の黒い影が彼女の体から放たれる。影は全世界に走り、魔力を持つと思われる者の中へ入っていく。

 

 

 天帝を眺めるバーンの笑みが深くなっていく。

「お前の計画は余のものと似ていたから、対応を取らせてもらったぞ」

 バーンいわく、首飾りは悪魔の目玉を参考にして作られたらしい。首飾りと宝玉を合わせて一組で使い、映像を出力する宝玉の方をミストに持たせていた。

 鎖を切られた時に魔力を込めて準備を整えたため、計画は筒抜けになったのだ。

「ミストにも一つの呪文を教えておいた。多人数に一度に情報を伝達する呪文だ」

 魔族には鏡に文字を映し出す通信呪文などがある。今回使用するのは、ハドラーが使った、魔力で映像を送るものと似ている。こちらは声だけの分、大量かつ広範囲の相手に送れる。

 神々の宣告後、新たな器を手に入れたミストに覚えさせた呪文はこれだった。

 本来は魔力と暗黒闘気、両方をそれなりに扱える魔族用の呪文で、使える人物は稀だ。

 だが、ミストがいれば魔力のみを持つ者に無理矢理使わせることも可能だ。暗黒闘気の方は己が担当することで。自身の体を費やすことによって。

 身を削ってでも職務を遂行しようとする彼だからこそ、使える局面が増える。

 さらにバーンは先ほど天帝が見せた世界地図と各地の点を再現してみせた。すぐに映像は切り替わったというのに、あの一瞬で大半を記憶していたのだ。天帝が得意げに説明している間に意識を集中させ、チェスの棋譜を暗記するような要領で覚えた。

「間に合うのか? いくら魔族が呪文を使えても数が多すぎるよ」

 ダイの疑問にバーンは頷いた。

「魔族だけでは止められまい。ならば人間の力も利用するまで」

 黒の核晶を止めた者だけでなく、魔法を扱えてこういった状況に対処できそうな人物の情報を、バーンはある程度掴んでいた。アバンの使徒だけでなく彼らにもミストは伝えているはずだ。

 天帝は苦笑をにじませ、肩をすくめた。

「いつから、どこまで気づいていたんだい?」

「最初の天使襲来の時から怪しいと思っていた」

 機械仕掛けの特別な体には魔法がほとんど通じず、魔法使いから優先して殺そうとしていた。目的は天の弓を設置するだけでなく、魔法を使う者を潰そうとしたのではないか。そう考えたのだ。そのため、魔界の人材を確認しつつ人間の情報も探っていた。

「時間があれば呪文に応じて部隊を編成することや、天の弓の正確な場所の把握などもできたが……それだけの時間を与えなかった点は評価しておこう、天帝よ」

 いつのまにか立場が逆転している。敵に回したくない、とダイは心の底から思った。

 だが、天帝も負けを認めてはいない。

 いくら情報を伝えたといっても、ようやく対処が開始されたばかりなのだ。人間と魔族が協力しなければ間に合わない。

 天帝が大仰に手を振り上げ、勢いよく地に向ける。映像の中に無数の銀色の光が奔った。

「君の対処は認めよう。でも天使はあれで全部じゃないんだよ。今度は天の弓は入ってないけど攻撃力が高いんだ。止めている間に攻撃してお終いさ」

 ダイは祈るような思いで地上を眺めた。

 先日の天使襲撃は序章に過ぎなかった。

 世界を守るための戦いが、今まさに始まった。



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第十五話 読み合いの勝者

 ガルによって地上に戻されたポップ達は周囲を見回した。

 どちらへ向かえばいいのかわからない。

 異常な事態が起こったことは不気味な鳴動でわかるのだが、情報があまりにも少ない。

 ガルがラファエラまで地上に送ったことも気になる。敵である自分達に託し、頼むと告げた真意もわからない。

「ど……どうしますか、先生」

 明確な目標や敵があるならば勇気を振り絞ることができるが、分からないことだらけの状況で何かに邁進するのは難しい。アバンもさすがに一瞬困った顔をしたが、不安を和らげるように微笑んだ。ラーハルトはダイのことを案じているのか、上空を見上げている。

「気になるのはカラフルな輝きですね。天使によって各地に蒔かれた虹色の水晶と何か関わりが――」

 思索に耽りそうになったアバンを現実に引きずり戻したのは、頭の中に響いた声だった。

『魔法を扱える者に伝達する。各地の天の弓を停止させよ!』

 それから一度に情報が頭の中に流れ込んできた。

 声は聞き覚えのあるものだった。それも当然だろう、アバン達はミスト本体の声を聞いているのだから。

 色と対応する魔法、天の弓の大体の位置などが伝わり、アバンは表情を引き締めた。

「どうやら迷っている時間はないようですね。行きますよ、ポップ」

「よっしゃ!」

 一同は最寄りの天の弓まで移動した。

 

 

 その頃ミストはヒュンケルとエイミ両方の体を使い、呪文で飛び回って各地の紫の天の弓に暗黒闘気を浴びせていた。

 ヒュンケルはミストに体を譲っているが、魂まで明け渡すつもりは無い。乗っ取られそうだと感じたら即座に反撃できるように光の闘気をため込んでいる。

 順調に職務を遂行していると思われたミストだが、口調が苦々しげなものに変わった。

「お前の体を動かしつつ光の闘気を使うことは出来ぬ……」

 暗黒闘気の集合体であるミストには、光の闘気を操ることは不可能だ。

「オレは体をろくに動かせないが、光の闘気を持つ者ならば他にもいる」

「何?」

「覚えていないか? ヒム……金属生命体でお前を追い詰めた男だ。……お前はアイツを嫌っていたな」

 ハドラーの魂を受け継いだと告げたヒムに対し、ミストバーンは怒りを露にしていた。

 同じ人物に敬意を抱く両者だが、姿勢の違いから相容れることはない。

 ミストは不快そうに瞳を明滅させたが、断言した。

「大魔王さまのお言葉はすべてに優先する……!」

 ミストが感覚の網を広げていく。その中で微かな光を感じ、ヒュンケルが合図した。

「その近くには確か白金と紫の天の弓があったな。……人形などと協力するとは」

 声はこれ以上ないほど苦々しい。吐き捨てる、という表現がぴったりの口調だ。

 気が進まないと顔全体で意思表示しながらルーラを用い、飛ぶ。

 

 

 ヒムは体力が回復しておらず、ミランチャと戦った際の傷もそのままで倒れていた。両腕は砕け散り、全身に深い傷が刻まれ、力無く地面に横たわっている。相手の必死に訴えるような眼差しが頭から離れない。

(アイツ……悪い奴にゃ見えなかったな)

 それでも戦ったのは譲れぬ信念があったから。善悪を超え勝負したのはヒムと同じだ。

 その彼が地上に戻るよう説得したのには、何か理由があるはず。頭をひねったが結論が出るはずもなく、動けぬ彼は体力の回復を待つしかなかった。

 突如、頭の中に声が響いた。

『光の闘気を操るお前の力が必要だ』

「おわっ!? 何だってんだ?」

 ビクリと身を震わせたヒムは目を見開いたが、情報を与えられ、顔をしかめる。

「けっ、お前の言葉に従うのは気に食わねーな」

 ヒュンケルの魂を破壊して傀儡にしようとしたミストにヒムは良い感情を抱いていない。ハドラーを評価していたという点がなければ、両者の間に全く共感は無い。

 いくら緊急事態だと言っても、かつての激闘を水に流すのは難しい。闇の衣を取ったミストバーンと直接戦った彼こそ、誰よりも深く脅威を味わっている。

 その時、空の一点が光り、急速に近づいてきた。光の中にはヒュンケルと彼の腕をとり呪文で飛んでくる女性――エイミがいる。その瞳は暗く、本人の意思は一時的に封じ込まれている。

 ヒムの口がぽかんと開き、間の抜けた表情になった。まさかヒュンケルと、ミストに乗っ取られた女性が来るとは思わなかった。

「ヒュ……ヒュンケル! お前動けない体だったろ、それなのに世界中飛び回ってんのか!?」

「暗黒闘気を使って天の弓を止められるからな」

 立てないながらも上体を起こし、ヒムは必死に叫ぶ。

「危ねぇって! そいつがしようとしたこと忘れたのか!? ボロボロになって死ぬかもしれないし、魂を砕かれるかもしれねえんだ!」

「オレはかつて一国を滅ぼした。ここで命を張らなければ意味がない」

 一瞬ヒュンケルの瞳に不思議な色が浮かんだ。己の破滅を覚悟しつつも、それに対する感情を消化したような。

 動けないヒムの傍らにエイミが近寄り、しゃがみこんだ。緊張するヒムだが、彼女は回復呪文でヒムの傷を癒していく。嫌悪するかつての敵を回復するという行為に、中にいるミストを凝視する。

 何も言わないミストに代わり、ヒュンケルがヒムを諭した。

「ミストバーンも通信呪文を使ったせいで消耗している。今は天の弓を止めるために協力してくれ」

「……わーったよ! ミストバーンさんよ、その忠誠心は見上げたもんだぜ」

 体力が回復し元気一杯になったヒムは勢いよく跳ね起きた。拳を打ち合わせ、不敵に笑う。

「さぁて、止めてやろうじゃねぇか天の弓とやらをよっ!」

 

 

 世界各地では未だ混乱は収まらないながらも、人々は天の弓を止めるために奔走していた。ニセ勇者と呼ばれる一行も同様だった。

「ちょっとでろりん! なんか天使みたいなキラキラしたのが飛んで来るよぉ!」

 女僧侶のずるぼんが叫ぶ。それなりの戦闘能力を持つとはいえ、ニセ者を自覚しているのだ。当然大軍を一度に撃退するような強さはない。

「ち……まぞっほ、どうにかなんねぇか!?」

「い、今はこの天の弓を止めるしかない」

 青く輝く天の弓にヒャドをかけつつ、まぞっほが答える。彼らに天使の刃が迫り、折られる。へし折ったのは魔物だ。天使よりも強そうな姿に一行はすくみあがり、動けないでいる。

 ぎょろり、と魔物が眼を動かした。失神しそうになりながらも抵抗しようとした彼らに、相手は淡々と声をかけた。

「魔界の地にも青い天の弓が多く設置されている。協力してくれ。そっちの女僧侶はホイミも使えるだろうから緑も頼みたい」

「そ、そんなこと言われたってぇ」

 いきなり協力しろと言われても簡単に頷けるわけがない。弱い相手を選んだとはいえ、今までの冒険でモンスターを倒してきたのだ。

 反応の鈍い彼らに呆れたような視線を向け、魔物は無色の天の弓を指差した。そちらにもモンスターが向かっている。

「これは取引だ。真空呪文や爆裂呪文を使う者を貸す。その代わりそちらの力も必要だ。でないと止められん」

「よく人間と力を合わせようなんて思ったな」

 でろりんが鼻水を垂らしながら思わず呟いた。

「バーン様からのご命令だ。早くしろ」

 断るわけにもいかず、でろりん達はそれに従った。

 各地で似たようなやり取りが展開されている。

「バギ使える奴、他にいないかぁ!」

「イオを唱えてくれ!」

「誰か援護を! 俺だけじゃ天使から守り切れない」

 アバンやポップも呪文を放ち、魔力が切れそうになると携行していたシルバーフェザーを使用する。他の人間はモンスターから魔力を回復させる薬を分けてもらう者もいた。大魔王の命令で魔力切れに対応できるように配られていたらしい。

 今は魔族に対する偏見を捨て、一致団結すべき時だと人間の誰もがわかっていた。魔族も人間に対する蔑視を棚上げすることに決めていた。

 魔法を使える者も使えぬ者も一つになり、働いている。戦う力を持つ者は魔法使いが呪文を放つ間護衛に徹し、戦えぬ者は結界の中で少しでも戦士の疲労を回復させるべく食事や薬草を準備していた。

 

 

 木々の間にある小屋ではノヴァが天使相手に孤軍奮闘していた。避難が間に合わなかったロン・ベルクを見捨てるわけにもいかず、近くに設置された天の弓を止めていたため逃げられなかった。闘気剣で数体をまとめて叩き斬るが、敵の数が多い。魔力も尽きかけている。

 息が上がり、疲労の色が隠せないがそれでも小屋へ続く扉の前に立ちはだかり、ここは通せないというように睨みつけている。

「ノヴァ……オレのことは気にするな。早く逃げろ」

 両腕に包帯を巻いたロン・ベルクがその後ろに立ったが、ノヴァは首を振って拒否した。

「ここであなたを見捨てて逃げるわけにはいかない! あなたこそ、ボクが足止めしている間に逃げてください! 絶対に傷一つつけさせやしませんから」

 ロン・ベルクは息を吐いた。こうなったらノヴァの意思は何者にも覆せないだろう。おそらく命尽きるまで戦い続ける。少年が命を捨てる覚悟で戦っているのに、自分だけ避難するなどできるわけがない。

「……情けないな」

 動かぬ両腕を眺める。剣が使えればこの程度の敵に殺されなどしない。何十、何百といようが全て斬り伏せる自信がある。

 その時、孤立無援の彼らに声をかけた存在がいた。魔物だ。

「なぁ、何でお前、魔族のために戦ってんだよ」

「魔族のあんただって、人間のガキが何しようと気にする必要ないだろ」

 ノヴァが天使を斬り伏せつつ叫んだ。

「お前らに何がわかる! この方は自分の両腕を犠牲にしてまでボクを、人間を救ってくれたんだ……尊敬する師を人形なんかに殺させてたまるかっ!」

「ノヴァもまだまだ頼りないとはいえ、一応オレの弟子だからな。弟子を見捨てて逃げる師匠なんて格好悪いだろう」

 ためらいなく答えた二人に魔物二匹は顔を見合わせた後、天使に突進する。

「よく分かんねーな」

 と呟きながら。

 

 

 協力する人間や魔族を尻目に、どこまでも我が道を進む男がいた。

 天の弓停止にもまったく関心を示さず、天使の集団に囲まれている彼が纏う装束は黒一色。奇術師を思わせる服装に身を包み、笑みを刻んだ仮面を被っている。

 手にしているのは刃が鋭く光る大きな鎌だ。気楽な体勢をとっているが、敵に襲われれば即座にかわし反撃するだろう。

 彼は退屈そうに肩をすくめ、近くにいる小人に話しかけた。

「機械仕掛けの人形が相手じゃつまんないんだけどね」

 一つ目の小人も、もっともだと言うように深く頷いて同意を示した。

 闘志の薄い相手を見逃すはずもなく、物言わぬ人形が得物を構えた。

 死神は周囲を見回し、魔族達が戦っている様を見てクスリと笑みを漏らした。余裕のない彼らは、とっとと戦えと眼で訴えている。

 相手の内心に気づいていながら死神はのんびりと進み出た。

「余力を残しておくのは大事だよ。……まあ今回は、観客がいるから華やかにいくか」

「わ~い、キルバーン頑張れ~!」

 小人の声援に手を振って応え、キルバーンは指を鳴らした。どこからともなく現れた一枚のトランプを宙に投げ上げる。

「ショータイム」

 一枚だけのはずのカードが、落下して再び手に収まる頃には束になっていた。腕を前に突き出し手を離すと、束は宙に浮かび、その中から五枚のカードが吐き出された。背を天使に向けている。

 普通の大きさだったのに、配られた五枚はあっという間に人間ほどに巨大化し、くるりと反転した。

「ダイヤの10、J、Q、K、A。ロイヤルストレートフラッシュ!」

 色とりどりの光が乱舞し、戦っていた魔族の目を焼いた。天使をあっという間に葬っていく光景に感嘆しかけたのもつかの間、巻きこまれそうになったため慌てて交代する。

 巻き添えにしても詫びるどころか、喜々として一緒に葬りそうだ。

 魔族達はぞっとした様子で距離を置く。血塗られた世界で生きるだけあって、冷酷、残忍というだけで嫌悪することはないが、自分達にまで被害を及ぼしかねない相手に近づきたくはない。遠ざかる魔族を見送り、キルバーンは残念そうな溜息を吐いた。

「仕事にしても単調すぎるとね……。出来の悪い人形ばかりでうんざりだよ」

 要らなくなった玩具を捨てる子供のように、キルバーンは残骸に目もくれず歩を進めた。

 

 

 ヒムが白金の輝きに闘気のこもった拳を叩きつけ、ミストが紫の灯に暗黒闘気を帯びた掌で触れる。金と黒の光が乱舞し、世界各地の天の弓を止めてゆく。時折天使が現れるが、ヒムが銀色の髪をなびかせつつ殴り、蹴り壊していく。

 傷つき疲労しきった兵士にレオナの激励がとび、天使にフローラの鞭が伸びる。クロコダインの斧が唸り、ラーハルトがハーケンディストールで数体を巻き込みつつ吹き飛ばし、完全に破壊する。

 魔族や魔物の中には、天の弓に呪文を唱えた直後に素早く移動し、天使に鋭い爪を叩きこむなど素晴らしい戦いぶりをみせる者もいる。

 ある魔族の女性は傷ついた戦士達に種族を問わず回復呪文をかけ続けていた。

 設置された場所が元魔界であるか否かはもはや関係なかった。呪文を放ち、天使と戦い、傷ついた者を回復させる。

 どれほどの時間が経ったのかわからない。

 気づけば、全て天の弓は停止させられていた。

 天帝は口を掌で覆い、目を大きく大きく見開いて、映し出された光景を食い入るように見つめている。

 映像の中ではようやく一息ついた魔族や魔界の魔物が太陽を指差し、興奮を露わにしている。初めて真の輝きを目にして眩しそうにしながらも、不愉快ではないのか手を広げ、存分に光を浴びている。

 ダイが瞳に強い力を覗かせつつ断言した。

「人間と魔族が協力したから止められたんだ。おれやバーンの戦う力だけじゃ止められなかったかもしれないけど、皆の心が一つになったからできたんだ」

「お前は余と同じ過ちを犯した。人間の力を過小評価し、侮るという過ちをな。人間は窮地に追い込まれるとしぶとい。実に強かだ」

 自らの人生をかけた計画を潰され、思い知らされた事実。それを告げるバーンの口調はどことなく楽しげだ。

「余の計画の二番煎じならば修正すべきだったのだ」

 バーンの手がすいと動き、駒を遊戯盤に叩きつけるような仕草をした。

「手の読み合いは余が一歩上だったようだな」

「おまえなんかに世界は壊されない」

 二人の声が重なった。



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第十六話 神喰

 無数の銀色の光が流星のように下界へ降ったのを見て、尖った耳と美しい髪を持つ天界の住人――精霊は訝しげに眉をひそめた。

 ただならぬ気配を感じたものの、彼らの主は情報をもたらそうとはせず、協力を呼びかけもしないままだ。

 宮殿で激闘が繰り広げられているとも知らず、精霊の大半は日常に戻ったのだった。

 彼らは知らない。

 勇者と大魔王が天界で戦っていることを。

 人間の神が竜の神と魔族の神を吸収し、天帝となったことを。

 地上と魔界の住人が力を合わせて危機を乗り切ったことを。

 

 天の弓を停止させ、ひとまずアバン達とヒム、ヒュンケルはパプニカの城内に集合し、休息していた。

 天の弓を止める間ラファエラはずっと眠っていたが、ようやく呪文の効果が切れたため目を覚ました。頼りのガルがおらず、つい先ほどまで戦っていた地上の者達に囲まれているため怯えている。

 戦闘で結界を張り続けていたため魔力が尽きかけている。どうしたらいいかわからないように空へと視線を向けている。

 緊張と恐怖に震えていた彼女だが、アバンやマァムらが笑顔とともに話しかけると表情が和らいだ。敵意がないことを読み取ったのだろう。

 意思疎通を図れそうだったため、一同は彼女が戦いの場に来た訳を尋ねてみた。

「おじいちゃんも神さまも何も言わなかったけど、大変なことが起こる気がして無理矢理ついてきたの」

 小さな手が服のボタンを握り締める。

 神々の宣告を聞かせると、彼女は信じられないように何度も首を横に振った。

「そんな……。キアロさまは、ほかの世界の人たちの輝きをもっと見たいって言ってたのに」

 世界を滅ぼしては人々の勇姿も見られなくなる。矛盾する言動に混乱しているラファエラに、ポップが質問する。

「精霊はどうなんだ?」

 何気ない疑問にラファエラの顔が曇った。どう説明すればいいか困ったようだ。

 ポツリポツリと語られた彼女の話から推測すると、神々を除く天界の住人は地上や魔界にさほど関心を抱いていない。差別や偏見と呼ぶほど見下してはいないが、尊敬もしない。自分とは関係の無いところで生まれ、いつの間にか死んでいく存在を、強く意識する者は多くない。

 ポップ達が天界に赴いた時、住人の攻撃を受けなかったのも、彼らは何も知らなかっただけだ。

 

 

 白き宮殿最深部の室内を沈黙が支配していた。

 ダイは天帝の表情に既視感を覚えた。地上破壊計画を止められた時の大魔王の表情と同じだ。

 天帝は一旦剣を鞘に納めたが、このままでは終わらせないだろう。嫌な予感がするため、ダイもバーンも警戒を解かず構えている。

「絆の力、見せてあげよう」

 高らかに宣言し、天帝は空いた両手で耳をふさいだ。大きな音に備えるかのように。

「一人は皆のために。皆は一人のために。人身御供呪文(オルファンテ)

 突如、風が荒れ狂う。力の奔流が室内を駆け巡り、天帝に集約される。

 今度現れた映像は地上ではなく天界のものだった。主が戦っているとは思えないほど穏やかに、各々の生活を営む姿が映し出される。力の嵐に合わせて映像がぶれるが、何の変哲もない日常が伝わってくる。

 それが、壊れた。

 精霊達が膝をつき、胸を押さえる。

 彼らの顔が驚愕と恐怖に染まったのも一瞬のことで、輪郭が溶けて光と化した。球体の形状に収束した輝きが、戦いの場へ飛来する。

 無数の煌めきが空いた天井から飛び込み、天帝の額に吸い込まれていく。

 キアロはファメテルネとジェラルの命を取り込み、天帝となった。今度は天界の住人の生命を吸い、強くなろうとしている。

 精霊達は知らなかった。

 天界の主が住人全ての命を喰らうことも考えていたと。

 ダイは映し出された光景を信じられなかった。信じたくなかった。同郷の住人を踏みつけにする行為など。

 室内に金色の霧が舞い降りた。それは一瞬だけ優美な天使の姿を形作り、主の中に溶ける。仮面をつけていた天使、オディウルだ。

 彼女は実体を失っても天界へ戻り、主の力になる時を待っていた。双眸を隠す仮面はなく、目に暗い感情をにじませたまま主へと手を伸ばし、霧のごとく消えていく。

 映像の中ではミランチャが疲れたような表情を浮かべつつ絶命した。その頬には涙の跡が見える。

 同時に緑色の光も天帝の前に降り、竜頭の戦士、ガルの姿を形成する。それもまた天帝の中へ入った。家族の名を呟きながら。

 

 

 天界の住人の在り方に考え込んでいたポップ達は、異変を知らされたため慌てて外に飛び出した。

 空で金色の光がちかちかと瞬いている。天帝が命を吸い集めていることなど地上にいる人々からは想像もつかず、ラファエラだけが愕然としたように空を見上げた。

「何が起こってんだよ?」

「天帝がみんなを吸収して強くなってるの」

「げっ……!」

 ポップが押し潰されたような声で呻いた。竜の騎士の中でもイレギュラーのダイや魔界の神と呼ばれるほどの力を持つバーンを吸収することはできないだろうが、ただでさえ強い者に無数の命の力が集まるなど、考えたくもない事態だ。

 ダイの身を案じて一同は空を見つめるが、どうすることもできない。

 ラファエラに視線を移すと、今にも泣きそうな顔をしている。

「おじいちゃんが……死んじゃった。ミランチャも、オディウルも……!」

「待てよ! あいつらは怪我してたけど、まだ」

 オディウルは別として、ミランチャとガルは死ぬほどの傷ではなかった。彼らはポップ達の強さを認め、主の戦いの邪魔をされぬように地上へ帰したはずだ。

 ラファエラは力なく首を横に振り、ポップ達の考えを否定する。

「他の精霊たちはまだ生きてるけど、わたしたちは契約で……まっさきに消えちゃう」

 幼い彼女の言い回しでは理解しづらいが、命が優先的に消費されると言いたいようだ。彼らは燃料へと完全に変換され、魂も消え、死を迎えた。優先されたのはジェラルとファメテルネ、そして守護天使達だ。

「な……! 捨て駒にしたってのか!?」

 ヒムの顔が驚愕に歪む。ミランチャの訴えるような視線が、痛みをこらえる表情が、頭の中でつながった。あの時点でミランチャは己の死を予感していた。

 彼は知っていたのだ。主が追い詰められ、自分達の命を奪うことを。

 アバンもガルの意図を悟り、唇を噛んだ。ラファエラをアバン達に同行させたのは、彼女だけでも逃そうという気遣いだった。守護天使の一員であるラファエラは、取り込まれれば確実に死ぬ。そうならないよう呪文の範囲外に追い出したのだ。

 今、彼女の閉ざされた眼は、隔たった地の出来事を正確に見通している。

「ならば、彼の遺志を無駄にするわけにはいきません」

「いやだ……おじいちゃんを見捨てて生き延びるなんて!」

 ラファエラは顔を上げ、絶叫した。幼い顔は鬼のような形相になっており、大人である彼の背に冷たいものが走る。

「あなたたちがこなければ、おじいちゃんは死なずに済んだんだ!」

 血を吐くような言葉は筋違いの八つ当たりだ。

 世界を破壊しようとしているのも部下を犠牲にしたのも天帝であり、ポップ達は命を守るため抗ったにすぎない。彼女の言葉に従えば、人間や魔族は大人しく滅ぼされるべきということになる。

 理不尽な言い分に反論しようと思えばいくらでもできるが、使徒達は黙っていた。

 今の彼女に正論をつきつけても無意味だ。やり場の無い怒りをぶつけたくなる気持ちは理解できる。

 唐突に仲間の消滅が確定し、故郷の人々も死へ向かっている相手に、冷静になれとは言えなかった。

 言い返されなかったことで頭が冷えたのか、彼女はハッとしたように口を押さえた。顔が青ざめ、手も震える。何を言ってしまったか自覚したらしい。

「わたし、なんてことを……ごめんなさい。ごめんなさい!」

 涙をボロボロとこぼす彼女にアバンが声をかけようとしたが、首を振って避けられる。彼女は服のボタンをちぎりとり、お守りのように両手で固く握りしめた。

「わたしは、戻る」

「待てよ! 天帝のために死にに行くことはねえじゃねぇかよ。一緒に――」

 ポップが伸ばした手に、ほんの一瞬だけラファエラは動きを鈍らせた。声を出さずに口を動かす。

 何と言われたのか悟ったポップが泣きそうに顔をゆがめる。

 彼女は少しだけ回復した魔力を振り絞って呪文を唱えた。追おうとしたポップだが、アバンから止められる。

「くそ……何でだよ、ちくしょう!」

 彼女が見せた笑みには、大切な者達を喪った悲しみと、他の感情があった。

 彼女はこう言っていた。

 ごめんなさい、ありがとう、と。

 ポップが伸ばした手は届かなかった。

 ラファエラも天帝の中へ還ってしまった。

 天の弓を停止させ、世界平和に貢献した彼らの表情に疲労が満ちていた。

 

 

 ダイは天帝を睨みつけていた。膨れ上がる莫大な力を感じても、退くわけにはいかない。

「どうして怒っているのかな。敵に勝てないから力を合わせる。同じじゃないか、君達と」

「違う。こんなの……!」

 ポップはかつて己を救うためにメガンテを唱えた。バランは爆発を抑えるために竜闘気を使い果たした。ハドラーも崩れる体で懸命に炎を支え続け、ダイを罠から脱出させた。

 冒険の中でポップやマァム、クロコダインらと力を合わせて戦ってきた。地上破壊計画を止めるため、地上にいる者皆が心を一つにして協力した。

 それは天帝と同じなのか。

 そんなはずがない、とダイは首を振る。

 天帝のように、相手の意思を無視して縛り付ける鎖を、絆と呼ぶ気にはなれなかった。

 住人の姿が消えた天界。それが天帝の語る絆の力のためにもたらされた結果だ。

 打ちのめされるダイを眺め、天帝は淡々と言葉を紡いだ。

「何が正しいかなんてどうでもいい。どうせ正解なんて分からないんだ。重要なのは楽しめるかどうかだよ」

 それまで輝いていた青い瞳に冷めた光が宿っている。悄然としているダイに失望したかのように。

 態度の変化を目撃した二人の心に違和感が浮上する。

 魔王軍にも敵をなぶり喜ぶ者はいる。己の全盛期の力をダイに思い知らせようとしたバーン。絶望の表情を好んでいたキルバーンなどがそうだ。

 だが、天帝は何かが違うような気がする。

 二人が奥に潜む感情を見抜く前に、天帝の全身から力が放たれる。

「この絆が偽りと糾すのであれば。真なる絆を謳うのならば、世界を繋いでみせるがいい!」

 勇ましい宣告にバーンの表情が変わる。天帝から放たれる力は、今までとは比べ物にならない。

 空気が一気に緊張を増し、肌を突き刺す。

 二人が意識を集中させた直後、巨大な稲妻が襲った。

「これ、ミナデインと言うんだ。ほら、こんなことも可能になったんだよ」

 空を切り裂いて何かが迫る。天空の彼方から飛来した流星が次々と床に突き刺さり、宮殿を揺らした。衝撃波と無数の瓦礫で二人の皮膚が裂け、血が噴き出す。

 血まみれになった二人を眩しい光が照らした。本能の警告に従って地を蹴り、逃れる。一瞬後に光が床を十字に削り取り、消滅させた。回避する二人に対して天帝は再びミナデインを落とす。

「おおぉっ!」

 バーンが疾走し、手刀で切りつける。接近戦での格闘ならば分があると踏んだのだ。天帝は難なく回避し、両手をバーンに向けた。ジェラルの得意な呪文、マヒャドが放たれる。次々と咲いた氷の花が敵を凍てつかせた。バーンの動きが止まったところに月の鞘を叩きこみ、吹き飛ばす。

 ダイに対してはファメテルネのように風を生み出し、太陽の剣で斬りかかる。ダイは己の剣で受け止めたものの、吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。

「まだあるんだ、世界に破滅をもたらす方法が。皆の力を借りた今だからこそ、ね」

 天帝は、太陽のように晴れやかな笑みを浮かべた。



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第十七話 天岩戸

 それは、勇者と大魔王が天帝と戦っている頃より、遥か昔に遡った光景。

 黒いローブを身にまとった男が草原に佇んでいた。フードをかぶっているため、顔は口元しか見えない。

 彼は頬を撫でる心地よい風や、視界を彩る緑の木々が珍しくてたまらないように周囲を見回している。

 自然溢れる美しい景色を堪能し尽くしたのか、男は果てしなく広がる空へと視線を向けた。

 点在する白い雲。澄み切った青。そして、天の頂点に輝く太陽へ。

 手が素早く動く。ローブを脱いだ彼の髪は白銀であり、角や額にある第三の眼は流れる血が魔族であることを示している。

 彼は太陽の光を浴びるかのように両手を広げ、目を閉じた。

 どれほどの時間そうやっていたのか。

 彼は眼を開け、手を太陽に向けてかざし、掴み取る動作をした。

 先ほどまで顔に浮かんでいた感動や畏敬の念は消え失せ、鋼の決意と炎の覇気が瞳に宿っていた。

 彼は怒りに燃える目で周囲を睨み、その場から立ち去った。

 

 

 天の弓によって引き起こされた騒動で、医者は大忙しだった。

 パプニカの城は怪我人を収容しているため騒がしくなっている。魔力を使い果たして倒れた魔法使いなど珍しくもなく、そこらの床に転がっている。天使と戦って怪我した人間も数えきれない。比較的軽傷の者や、避難して無事だった者が食事に治療に駆けまわっている。

 普段ならばホイミを唱えるだけの傷も、地道に治すしかない。薬草や魔力を回復させる薬も道具屋から姿を消している。

 天の弓停止についてバーンが対処法を暴き、時間に余裕があった状態でもこの有様だ。天帝から情報を引き出せず、ヒントが与えられるのを待つしかなかったならば、被害や消耗は膨れ上がっただろう。犠牲者が大勢発生し、生き残った者の疲弊もより深刻になったはずだ。

 過酷な任務をこなしたポップは床に寝そべり、潰されたスライムのごとくだらりとしていた。傷はともかく、魔力を消費したため疲労が激しい。あちこち傷を負っているラーハルトやクロコダインの顔色の方がマシだ。

「大丈夫? ポップ」

 気遣うマァムに対し、ポップは切れ切れの声で囁いた。

「う~ん、もう駄目……でも膝枕してくれたら治るかも」

「ずっと寝てなさい!」

 でこぴんと呼ぶには痛烈な音を立ててマァムの指がポップの額に刺さった。撃沈した彼に呆れた視線を送るのはラーハルトとヒムだ。部屋の数が不足しているためアバン達はまとめて一室に押し込められている。そんな状況でこんなやり取りを展開されては暑苦しくて仕方がない。

 ヒュンケルは一番ひどい状態であるためベッドを譲られたが、他のメンバーは皆床に雑魚寝である。ミストに憑依され消耗したエイミは毛布にくるまり、硬い床の上で健やかな寝息を立てている。一時的に乗っ取られたとは思えないほど満ち足りた顔をしているのは、ヒュンケルと同じ経験を共有できたためかもしれない。

「緊張感が足りんな。いくら世界の破滅を防いだとはいえ、ダイ様はまだ戦っていらっしゃるのだぞ。より強くなった神を相手にな」

「でもあんだけ大掛かりな計画をぶっ潰されたんだ。天地魔闘を破られたバーンみたいな顔してんじゃねーの? 意外と鼻水垂らしてたりして」

 のんきな答えを返しかけ、慌ててポップは口を閉じた。すぐそばに大魔王の腹心の部下がいるのを忘れていた。

 ミストは本来の姿を現し、鎧から取り外された宝玉を眺めている。

 天の弓を止めた時点で映像は途絶えた。それでも主からの命令に対応できるよう、準備を整えている。

 ポップは冷や汗をかいたが、幸い主を案じる気持ちの方が強いらしく、激昂して襲ってくるような真似はしなかった。

 あるいは、できないのかもしれない。

 ミストの姿はこころなしか薄い。密度が明らかに減っている。

「お前、もしかしてくたびれてるんじゃ――」

「そんなことはない」

 遮ったミストの声は低く、疲労が伝わってくる。ヒュンケルが冷静に事実を告げる。

「世界中に何度も情報を伝えたのだ。必要な暗黒闘気を自らの身で賄ったのだから、当然消耗している」

「ヒュンケル、貴様……余計なことを」

 そう言いながらもミストの眼光には力が無い。今ならば棒立ちで空の技を食らってしまいそうだ。

「ボロボロになってまで大魔王のために働こうってのかよ?」

 わかりきっていることを問われ、ミストは即答した。

「道具として役に立てるならばそれでよい。あの方の望みを果たすためならば……!」

 それを聞いたヒムは痛いところを突かれたように顔をしかめた。

 ハドラーが己の死を予感し、運命を共にするヒム達に詫びた時、自分は何と答えたか。

 ミストが真の姿を現した直後に寄生虫と蔑んだが、その忠誠心や覚悟を知った今、同じことが言えるだろうか。

 単純な性格のヒムは己の言動を振り返って頭を抱えた。

 ヒュンケルも道具という単語に眉を小さく動かしたものの、追及はしなかった。その代わり、重くなった空気を変えようと口を開く。

「ポップ……お前もダイ達の戦いに加わりたいのだろう? ここに留まっているしかない自分に苛立って――」

「ば、バッカ野郎! 人の気持ちを勝手に妄想して喋ってんじゃねーよ、ちったぁ考えろ!」

 図星だったのだろう、ポップの顔は赤く染まっている。明るく振る舞っていたのが演技だったと見抜かれ、泣きそうな顔をしている。

 ヒュンケルは己の言葉がまずい部分に触れてしまったことに気づいた。表に出さないことでかろうじて不安を押し殺していたのに、きっかけが与えられたせいで溢れ出しそうだ。ポップのフォローのつもりが逆効果になってしまった。

 一同の間に沈黙が立ち込める。

「バーン様が共に闘っているのだ。神であろうと負けるものか」

 ミストのきっぱりとした口調に皆が複雑な心境になったが、救われた気持ちになったのも確かだった。

 

 

 地上の様子を知るはずもなく、ダイとバーンは動けずにいた。天帝が次の手を打つより先に仕留めようと地を蹴った瞬間、重力が急激に膨れ上がり、彼らを押しつぶしたのだ。全身の骨が砕けそうな圧力に立っているだけで精一杯だ。

 呪文を歌うように唱え、天帝が空に手をかざす。

「親愛なる闇よ、世界を包み明日を閉ざせ。常闇呪文(マノワール)!」

 異変に気づいたのはバーンが先だった。弾かれたように空を見上げる。

 視線の先にあるのは、太陽。

 その姿が次第に隠れていく。速度は決して速くないが、日食のように闇が光を侵食していく。しかし、次の皆既日食までは数百年あるはずだ。

「日食に似ているが、もたらされるものは違う。全ては完全なる闇に閉ざされ、二度と光を取り戻すことはない」

 天帝は注意を促すように指を立ててみせる。

 世界を闇に閉ざすための魔法によって、空に暗黒が広がっていく。時間が流れても消えることのない、光無き深淵が万物を飲み込もうとしている。

「太陽が隠れ終わる前に私を滅ぼさないといけないよ。時間も空間も歪めてしまうから生命力そのものを使うけど、せっかく多くの命を取り込んだんだ。使わなければ勿体無い」

 他人事のように語る天帝の瞳は寒々としている。取り込まれた者達に対する口ぶりは、使い捨ての道具を語るかのようだ。

「太陽が影に蝕まれるほど発動者である私の力は高まり、隠れきってしまえば永遠に留まる……最強の補助呪文だ」

 ダイは徐々に暗くなる空を見上げ、歯を食いしばった。活路を見出すように周囲に視線を動かし、息を呑む。

 バーンの表情は石化したように固まっていた。

 彼は失われつつある太陽を凝視し、殺意を込めて天帝を睨む。

「太陽を……奪うと言うのか」

 感情を湛えたバーンの呟きに、天帝は胸を押さえて俯いた。

「その通りだとも。希望の象徴が喪われるなんて、さぞかし辛いことだろう」

 同情と嘆きを込めた声が、耳障りなほど朗々と響き渡る。バーンの憎悪に満ちた眼差しが突き刺さっても天帝は動じない。

「憎まれるのは辛いけれど、無限に等しい怨嗟と呪詛を浴びてきたんだ。多少増えようと誤差にすぎない。バラン君やハドラー君も――」

 天帝の声が途切れ、視線とともに沈んだ。

「私を憎んでいるはずだ。散々手を汚した後で慈しみに目覚め、己の罪業を突きつけられ、どうすることもできず命を喪い……中途半端な救いを与えて苦しめたと誹るだろう。満足して死んでいくなど、どう考えてもおかしい」

 床を見つめながら呟く天帝の眼は誰も映していない。己の内部だけを見て、一人で思考を進めている。

 彼は顔を上げ、誇らしげに手を差し伸べた。

「安心しておくれ。私が世界を作り直したら、太陽となって照らしてあげよう。その資格がある者だけを」

「おかしいだろ、そんなの……資格があるから照らすなんて!」

 竜の紋章を光らせつつダイが叫ぶ。

 父、バランの過去が脳裏に蘇る。ある人間の女性にバランは太陽を見た。他者を照らす存在はいるだろう。

 だが、天帝が太陽であるはずがない。世界に破滅をもたらそうとする彼が。

 バーンはちらりとダイに視線を送ったが、すぐに天帝へと戻し、言葉を吐き出す。

「貴様ごときが太陽になるだと?」

 声には紛れもない怒りがあった。世界を滅ぼすと聞いた時に浮かべたのは冷たい怒りだったが、今は灼熱のそれだ。

 

 

 バーンの憤怒に呼応するかのように、ダイも剣を逆手に構え腰を低く落とした。切っ先が床に触れるほど下げ、勢いよく振り上げる。アバンストラッシュアローに似ているが、放たれたのは飛来する斬撃ではなかった。

 闘気が噴き上がる壁となり、地を抉りながら前進する。大魔王のカラミティウォールに酷似した技だ。

「闘いの遺伝子か……!」

 技の性質をすぐさま理解し、対処法を編み出せる竜の騎士の特性。戦闘における天賦の才の持ち主がその力を発揮したのだ。

 天帝は掌を伸ばし破ろうとした。ストラッシュXを警戒したが、ダイはブレイクを繰り出す様子はない。この威力ならば止められると判断したのだ。

 壁が接触する寸前、天帝は目を見開いた。急速に接近する気配を感じたためだ。

 バーンが手刀に暗黒闘気を集中させ、飛びこんできた。ダイの放った闘気の壁と大魔王の手刀が一点で交差し、威力を跳ね上げる。

「カラミティエンド!」

 敵の悲惨なる最期を約束する技が繰り出され、天帝の肩を抉った。

 アバンストラッシュXを応用した攻撃は、一切打ち合わせをしなかったにも関わらず息が合っている。過去に戦ったという事実が連携を完璧なものにしたのだろう。ダイだけではなく、バーンもまた戦いの中で進化していく。

 天帝に傷を負わせた大魔王は挑発するように手招きをした。

 挑発に乗った天帝はバーンに向けて手を振り下ろした。その動きに呼応して雷が落ちたが、大魔王は防御に集中して被害を抑える。

「その程度か?」

 刺すような眼光とともにバーンは床を蹴り、天帝に肉薄した。

 剣と手刀で斬り合う中で、バーンは何かを悟ったように目を細める。

 グランドクルスやミナデインなどの特技を何回も繰り出すことができるのは、確かに脅威だ。だが、一度放てば、再度発動させるまで溜めが必要であるらしい。

 戦況を観察する冷徹な眼差しをどう思ったか、天帝は距離を取って手を掲げた。巨大な火球が形成され、みるみるうちに膨れ上がっていく。

 生命を吸い、莫大な力を得た神が放つ最大級の火炎呪文。

「灰の中から蘇ってみせろ」

 哄笑を響かせる天帝に対し、大魔王の眼が刃のように鋭くなった。手から魔力が陽炎となって立ち上る。

 バーンの手から不死鳥が放たれると同時に天帝が手を突き出し、火球を叩きつける。

 天帝と大魔王のメラゾーマがぶつかり合い、膨大な熱の激突に室内の温度が急激に上昇した。

 真紅の揺らめく壁を見、天帝が息を呑む。

 燃え盛る火炎を突き抜け、突進してくるのは勇者。逆手に握られた剣は紫電を纏っている。

「ギガストラッシュ!」

 会心の一撃が天帝に叩き込まれた。

 大魔王が挑発したのもミナデインを使わせるため。ダイはそれにまぎれてライデインを唱え、剣に落とした。バーンが戦っている間鞘に納めて呪文を増幅させ、ギガデインにして放ったのである。

 彼一人では戦闘中に使うことはできないが、時間を作り出す相手がいるからこそ、食らわせることができた。

 

 

 歴代のどの竜の騎士をも超える、最強の一撃に天帝がよろめいた。

 ダイがとどめをくらわせようとした瞬間、声が弾けた。

『神々が憎い!』

『どうして私がこんな目に――』

『助けてっ!』

『死にたく、ない』

『何故助けてくださらないんですか?』

『こんなに苦しんでいるのに!』

『あいつらばかり贔屓しやがって』

『どうか、我々に救いの手を……!』

 無数の声の正体は定かではない。取り込まれた者達とは無関係かもしれない。

 頭で分かっていても、ダイは一瞬躊躇した。

 天帝の中でまだ生きている者達が、盾にされた可能性がよぎったのだ。

 様々な感情で塗り潰された声、声、声。津波のごとく押し寄せる叫びは少年の思考と動作を鈍らせるのに十分だった。

 隙を見せたダイに天帝が斬りつけ、至近距離からイオナズンを叩きこむ。吹き飛ばされたダイを見つめる顔は楽しげだ。

「大丈夫。彼らは私の中で生きている」

 天帝は己の胸を指差し、温かな声で告げた。ダイは苦しい中で何とか顔を上げ、食い入るように天帝の面を見つめる。

「とどめを刺すことになる……なんて心配は無用だ。喰い尽くす前に私を殺せば解放されるよ。その後どうなるかは保証しないが――」

 丁寧に説明していた天帝が台詞を打ち切り、素早く振り向く。視線の先には手に暗黒闘気を集中させ、攻撃を加えんとする大魔王。ダイと違い、彼の顔には動揺も義憤も浮かんでいない。力が高まる前に仕留めることのみ考えている。

 天帝が手を広げると額の紋章が輝き、大魔王を壁に叩きつけた。

「光あれ」

 命令と同時に虚空から光の鎖が出現した。まばゆい輝きを放ちながら伸びたそれらがバーンの全身を縛り上げ、動きを封じる。鎖には無数の棘が付いており、皮膚が破れて血に染まった。

 続いて杭の形をした光が疾駆し、獲物の両腕を壁に、両足の甲を床に縫いとめる。

「これが絆。これが奇跡。君の得られぬ力だ」

「妙だな。貴様が見せた力に、人間どもが発揮した不可解な要素は無いが」

 大魔王は激痛に襲われながらも取り乱すことはない。書物の解釈の違いについて論じているような口調だ。

 平静を保っている相手に、天帝は真摯に、縋るようにさえ聞こえる声音で訴える。

「では違いを見せてくれ。神にならんと嘯くならば、奇跡の一つでも起こしてみせろ!」

 高らかに叫んだ天帝が手を振りかぶり、勢いよく突き出す。光を放ちながら飛んだ太陽の剣が槍のごとくバーンの胸を貫通し、壁に突き刺さった。

 バーンの眼が見開かれ、吐息とともに口から血塊がこぼれた。胸元にかけておびただしい血で汚され、元の色がわからぬほどに服が変色している。

 惨たらしい姿にも天帝は眉一つ動かさず、空を見上げる。

「もうすぐ太陽がなくなってしまう……。君達に勝つためとはいえ心が痛むよ」

 苦しげに胸を押さえる彼に静かな声が届いた。

「違うな」

 声を上げたのは、磔にされている大魔王だ。理解できないように瞬きをした天帝に、彼は真実を突きつける。

「貴様は、太陽を憎んでいるだろう」

「……!」

 初めて天帝の顔が凍りついた。仮面の隙間から素顔が覗いたかのように、紺碧の瞳に狼狽が宿る。

 天帝の、太陽を語る声。空へ向ける視線。それらの奥に潜む感情に気づいたのは、バーンが陽光を望んでやまないからだ。演技に込められた熱の違いが、本音を雄弁に語りかけてきた。

 初めて天帝と顔を合わせた時、太陽の話題を振られた時点で違和感を覚えた。

 天帝が太陽に向ける感情がダイの記憶を刺激し、手紙の映像を呼び起こす。

 皆の太陽という言葉と、そこに引かれた大量の線を。

 おそらくそこには、どす黒い感情が漏れ出していた。

 先ほどの太陽になるという宣言も、純粋な憧れではないのだろう。

 天帝の眼はまだ揺れている。笑みの仮面を被り直そうとするが、口元はゆがんだままだ。

「……ああ、あれは……見たくないものを照らし出す」

 声も震えている。ダイ達が初めて聞く口調だ。

 本心を見抜かれたことを否定したいのか、天帝は気分を切り替えるように手を叩いた。ことさらに明るい声と表情を作ってみせる。

「だからこうやって、思い描いた通りに世界の姿を変えようとしているんじゃないか。憎悪や絶望に染まった眼差しを堪能してからリセットして――」

「嘘だ」

 遮ったのはダイだ。バーンに続き、相手の虚飾を剥ぎ取っていく。

「見たいのはおれたちの絶望する姿じゃないだろ。世界の姿だって、『こんな風にしたい』って望みがおまえにあるとは思えない」

 天帝が相手を侮辱するような台詞を吐く時、確かに力がこもっていた。活き活きとした表情は楽しみを味わっているように見えた。

 だが、相手が打ちのめされ、諦める姿を求めたわけではない。バーンやキルバーンとは異なる印象を抱いたのはそのためだ。

 ダイにも演技を見破られ、天帝の笑顔はいびつに崩れている。

「……そうさ。やり直してどんな世界を構築するか……描くことができない」

 天帝は敵を踏みにじるだけで喜ぶのではなく、相手の怒りを掻き立てて満足せず、力に換えてぶつけてくることを期待している。

 彼の興味の対象は、舞台上の人物が魂を燃やし苦難に立ち向かう姿だ。それによって己の心がどれほど動くかが重要なのであって、世界を破壊するのも整えるのも彼にとっては大差ない。

 世界が無くなれば勇姿を見ることもできなくなるが、一時の輝きを優先している。

「先のことを考えても仕方ない。今が楽しければそれでいい」

 天帝の目に躍る、玩具で遊ぶ子供のような光。その輝きがかき消え、濁りが溢れる。

「世界など何をしても駄目。しなくても駄目。やり直したところで見たくもない有様になるだろうが、もしかしたらマシになるかもしれない。……その程度だ」

 最初に滅亡を宣言した時に語った、世界に嫌気がさしたから作り直すという言葉も嘘ではない。

 ただし、リセットした「先」に希望を抱いてはいない。こんな世界を作りたいという明確な展望も、作ってみせるという確固たる自信もない。

 世界の破滅は、彼にとって目的ではなく手段だ。

 輝きを見出すための。

 

 

 ダイは歯を食いしばり、声を絞り出す。

「そんなことのために、皆を……太陽をっ……!」

 太陽という単語が引き金となり、天帝が叫ぶ。笑顔で覆い隠してきた感情を剥き出しにして。

「あんなもの、永遠に喪われてしまえばいい!」

 その言葉を聞いた途端、バーンの眼に凄まじい炎が燃え上がった。ダイもよろめきながら立ち上がり、バーンの方へ歩いていく。

 天帝は手出しをせずに眺めている。何をするのか気になるようだ。

 ダイはバーンの心臓を貫いている太陽の剣に手を伸ばした。触れた瞬間拒絶するかのように閃光が弾け、少年の表情が歪む。

 苦痛をこらえながら剣を抜こうとするダイを見て、バーンは難解な問題を突き付けられたような表情を浮かべた。

 戦力になる相手を利用しようとする行動は理解できる。だが、戒めから解放しようとする動きはごく自然だ。まるで刃を交えた過去が存在しないかのように。

 逆転の可能性に賭けて動こうとする彼らへ、朗らかな笑い声が響いた。

「皆に感謝しなければ。彼らのおかげで君達と同じ舞台に立てるのだから。ミナデイン!」

 雷鳴が轟き、雷を受けた両者の口から苦痛の声がこぼれた。

 大魔王に正面から唱えても効果は薄い。だが、貫かれた四肢と心臓から直接体内に流し込まれては、威力は比べ物にならない。

 天帝は相手の立ち向かう姿を望みながらも、加減して生かそうなどという気はない。世界が滅ぼうとかまわないと言い放つだけあって、刹那の輝きを求めた結果相手の命が尽きようと重要ではない。

 表情がゆがんだ大魔王に向かって天帝が語りかける。

「どうやら私も、破滅をもたらす方が得意らしい。平穏を求めたはずなのに」

 太陽が陰るにつれて、苛烈だった大魔王の眼光から少しずつ力が抜け落ちていく。ダイの表情に絶望の色が増していく。

 その様を見て天帝は優しい笑みを浮かべて両腕を広げた。傷ついた者を抱擁するかのように。

「さようなら、愛しい生命(いのち)。君達が私を憎んでいても、私はずっと愛している」

 バーンは心臓を潰され、磔にされて動けない。ダイは床に倒れたまま立ち上がれない。

 厳かな口調のまま、天帝は名残惜しげに告げる。

「夢、潰えたり」

 太陽が隠れてしまうまであとわずかだった。



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第十八話 流星みた月虹

 天帝が常闇呪文を唱えた時から再び首飾りが働き、ポップ達に室内の会話を伝えていた。

 即座に空を見上げると太陽が徐々に影に喰われている。異変に他の者も気づいたが、天の弓と違ってどうすることもできない。

 天の弓の場合は有効な呪文や位置が明確だった。今回は防ぐ手立てがあるかどうかすらわからない。

 仮に防ぐ手段があったとしても、精霊達の命を消費しながら使用する呪文に抵抗できるのか。

 絶望という言葉に相応しい沈鬱な空気が室内を支配した。

 元魔界の地の者も、目にしたばかりの優しい光が失われていく様に呆然としている。

 彼らは太陽がもたらす恵みについて、正確な知識は持っていない。

 それでも感覚で理解している。とても大切なものが失われようとしていることを。失われてしまえば二度と戻らないことも。

 太陽に照らされてからのわずかな時間で、生命の源だと悟ったのだ。

「ちくしょう……ダイや大魔王が戦って、オレ達も天の弓止めるために飛び回って、その結果がこれかよ」

 うなだれるヒムに反論できる者はいない。このまま太陽が奪われ、世界が闇に覆われたらどうなるのか。その後絶大な力を得た天帝が攻撃してくるのだ。

「何か手はあるはずです。まだ、何か」

「考えろ……考えるんだ、止める方法を」

 諦めていないアバンとポップだが、笑みを浮かべる余裕はない。ラーハルトは唇を噛みしめ忌々しそうに己の槍を見つめ、マァムは涙ぐみ太陽を眺めている。

 その時、嘆きの声が上がった。声の主は大魔王の部下。

「何がバーン様の部下だっ! 肝心な時に役に立てぬ私など、道具ですらない……!」

 ミストからすればこの状況は苦痛以外の何物でもない。

 彼の身をちぎるような叫びが、ポップの記憶の片隅に引っかかった。

「待てよ……。役に、立つ……呪文!」

 本の山に埋もれた日々。

 先ほどの天帝の言葉。

 それらがかちりと重なる。

「あいつ言ってた、常闇呪文は補助呪文だって! 補助呪文には対になってるものがあるから、もしかして――」

「しかし、どんな呪文なのかわからないと唱えようがありません。何か手がかりがないと膨大な量の本から見つけだすことはできませんよ」

 二人は記憶の畑を高速で掘り返し、必死で脳に力を込める。太陽と言う単語に絞って意識を集中させる。

「……あっ!」

『なーにが皆の太陽、だ。馬鹿にしやがって』

『太陽と……補助呪文について書いてありますが、我々が使うのは難しいようです』

 アバンとポップは同時に顔を見合わせた。ポップが乱暴に扱った太陽の表紙の書物に、常闇呪文を防ぐ反対呪文が載っているかもしれない。

 

 

 全員は図書館に直行し、書物の山に挑みかかった。

 目当ての本を見つけ出し、読み進めていく。生命力を糧に発動し、発動者に絶対的力を与える常闇呪文と、対となる、影の進行を止める呪文。

 膨大な量の無関係の文章の中から発見し、震える指で辿る。

 通常、魔法を使うには儀式と契約が必要だが、天照呪文は常闇呪文に対抗するための呪文だ。常闇呪文が発動しているこの状況そのものが儀式の役割を果たす。

「太陽に向かって唱えりゃ、たぶん大丈夫」

「でもどうやってあれだけの力に対抗するの? 相手は天界の住人の命を使ってるのよ」

「それは妖怪ジジイの魔法を真似る! マホプラウスを応用して皆の力を集めれば食い止められるかもしれねえだろ?」

 マホプラウスとは魔法を自分に向かって撃たせて、全員分の力を合わせて相手を討つ集束魔法だ。

 ゆらりと影が立ち上る。呪文の書かれた文面を食い入るように眺め、心に刻み込んでいるのはミストだ。

「私が、伝える」

「お前……」

 通信呪文を使い続けたミストはすでに消耗している。これ以上体を削っては、存在を維持できなくなる危険性がある。

 ミストは躊躇わず手負いの獣のように咆えた。

「バーン様の悲願、神などに穢させてたまるものかっ!」

 ポップが頷くと、ミストが体内に潜り込む。

 暗黒闘気に載せて通信呪文が放たれた。まずは通信呪文を使える魔族達に届けつつ、さらに網を広げていく。

 協力を呼び掛ける声が全世界を駆け巡った。

「魔力を持つ持たないは関係ない、みんな力を貸してくれぇっ!」

 世界に伝わった希望はあらゆる者を動かしていた。人間だけではない。元魔界の地の者達も、顔を見合せ、覚悟を決めたかのように頷き合う。

 ポップへ向け、反対呪文が幾度も幾度も繰り返し唱えられる。ポップ自身もそれを唱えつつ、マホプラウスで増幅させ掌を太陽へ向けた。すでにほとんどが闇に覆われ、隠れる寸前だ。

「曙光よ、憂き世を遍く照らせ。天照呪文(ライザール)!」

 祈るような思いで皆が太陽を見守っていた。

 

 

 天帝は湧き上がる力に酔いしれたように眼を閉じていたが、眼を開いて太陽を注視した。

 影の侵食する速度が鈍っている。

「誰かが反対呪文を唱えたようだね」

 ダイは目を見開いた。隠れるのが一時的にでも止まれば、その間に天帝を倒せるかもしれない。

 一体誰が状況を切り開くことに成功したのか。

 全身が砕けそうな痛みの中、彼の体にほんの少しだけ力が蘇る。

 同時に力強い声が響く。勇者を幾度も力づけ、背を押してきた相棒の声が。

『立てよぉっ! ダイ!』

「ポップ!」

 ダイの眼に輝きが宿り、開かれていた手を握り締める。

『神様は強いかもしれねえが、諦めるな。常闇呪文の完成はおれたちが絶対に食い止める! 任せとけ!』

 突如届いた声に天帝も驚いたのか、圧力が弱まった。その隙に立ち上がり、剣を構える。

 続いて聞こえたのは、大魔王にどこまでも忠実な影の声。

『バーン様。対となる呪文を世界中に伝達し、唱えています。太陽を奪われぬように』

 力を振り絞る部下の名を、大魔王が呆然と呟く。

「ミスト……」

 彼は状況を察した。

 部下がかつての敵と力を合わせていることを。

 

 

 ダイ達に言葉を伝える直前、天照呪文を行使しながらポップは己の中のミストに語りかけていた。

 ミストの声だけでなく自分の声も届けられないかと。

『やってみたことはないが……何をする、つもりだ?』

 途切れがちなミストの声には、いぶかしげな響きが含まれている。それに対し、ポップは迷いなく答える。

「ダイに活を入れる。アイツにまだ希望は残されてるって伝えれば立ち上がるさ。アイツはおれたちに勇気をくれた、勇気が武器の勇者様なんだから」

 地上にいる者達が呪文を食い止める間に、天帝を倒す。それしか道はない。

『バーン様のために、する価値のあることか?』

 ポップは確信に満ちた表情で頷いた。

「バーンは魂の力や絆を否定してるけど、今それが必要なんだ。心を一つにすれば呪文最大の力が発揮できるし、立ち上がるきっかけになる」

 まだ疑いの消えていないミストへ、想いを叩きつける。

「あんただって大魔王の右腕だろ。遠く離れてたって、力になれるはずだ!」

『……やってみたことはないと言ったが、成功させる』

 ミストは力を振り絞り、ポップの魂の奥深くへと入り込んでゆく。魂の回廊を通過する間、記憶の断片が無数に連なり、周囲で再生される。あるものは白い宮庭での彼との戦闘を映し、あるものは大魔王を挑発した場面であり、万華鏡のようにめまぐるしく変わっていった。

 その中には彼の切望した光景があった。

 尊敬する戦士の闘いと、最期が。

『ハ……』

 彼の死は情報として与えられはしたが、詳しいことは分からずじまいだった。彼が勇者に最後の戦いを挑む間、ミストは地上で人間と戦っていたのだから。

 予期せぬところで願いが叶えられ、湧き上がる感情に身を震わせる。

 残りわずかな生命で待ち望んだ決闘に挑む姿。勇者との激突によって再現された伝説の闘い。新たな必殺技を食らっても立ち上がる闘志。仲間の想いを背負い、生命を燃やし剣とする覚悟。全身全霊の攻撃が破られ、倒れながら浮かべたどこか満足げな表情。

 ダイの手に触れようとした瞬間に立ち上る炎。諦めかけた少年達を叱咤し、勇気づけた言葉。ダイを逃した後のポップとの会話。

 断片的であって、完全に把握できたわけではない。それでもなお、ポップの目から見た男は輝いていた。

 燃え尽きる直前の流星のように。

 閃光のように。

『ハドラー……!』

 魂に刻まれた名を呟く。

 道は隔たったが、想いが薄れたわけではない。

 彼が高みへ上るため、全てを捨てることを決意した時からずっと抱いてきた。

 今もそれは変わらない。

 これから先も消えることはない。

 永遠に。

 

 

 ミストもまた諦めない。不屈の闘志を目に宿し、力を振り絞る。

 ただの呪文ならば天界の結界に阻まれるだろうが、今ならば常闇呪文の影響で時空が歪んでいるから通じるかもしれない。

 その結果、ポップの言葉をミストの呪文が運び、勇者に届いたのだ。

 立ち上がったダイの心に、さらなる言葉が飛び込む。

『ハドラーも言ってたじゃねえか』

 記憶の欠片をミストがそのまま再生して送った。

『最後の最後まで絶望しない強い心こそが、アバンの使徒の最大の武器ではなかったのかっ!!』

 燃え盛る炎の中、諦めそうになった自分達を叱咤した言葉。誰よりも認めていたからこその激励。

 呼び起こされたポップの勇気がダイの心に流れ込む。

 激励はまだ終わらない。

『大魔王さんよ、あんたの部下が命削って働いてるのにもう諦めるのかい? 数千年望み続けたくせにその程度なんて……お天道サマから笑われらあ!』

 ダイには励ますような口調だったのが、大魔王相手になると一転した。天地魔闘を破ると宣言した時のように不敵なものへと。

 少年からの挑発に、大魔王の眼に剣呑な光が宿った。人間風情と馬鹿にしてきた相手に幾度も煮え湯を飲まされたのだ。苦い体験を思い出し、頬がやや引きつっている。己の強さに絶対の自信を抱く大魔王だからこそ、挑発は極めて有効だ。

『大魔王様に無礼な言動は許さんぞ! 神の次はこの男の首を刎ねるべきです、バーン様』 

 己の勝利のみを信じる部下の言葉に、バーンは常の自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。

 勇者達と違い、大魔王と部下は情で結ばれているわけではない。

 魔界の頂点に君臨する男に力を与えるのは、優しさや温かさなどではない。

「この大魔王バーンをなめるでないわ!」

 彼が歩んできたのは血塗られた道。彼を駆り立てるのは自身の名。部下はそれを突き付けただけだ。

 誇りにかけて、負けるわけにはいかない。

 長年仕えてきた部下が力を尽くしているのだから。

 偽りの夜に心までもが覆われそうな中、届いた言葉は月虹のように道を照らした。

 バーンは魔力を解き放ち、全身を縛る鎖を弾き飛ばす。杭に縫いとめられている右腕を動かし、傷口が広がるにも関わらず乱暴に抜く。千切れかけている腕で左腕と両脚の戒めも引き抜き、最後に刺さった剣を掴む。激痛が走るのも無視し、心臓から抜いた剣を床に突き立てる。 

 

 

 力を取り戻した二人と天帝の最後の激突が始まった。



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第十九話 Lacrima Grave

 天界が震えていた。

 戦いの衝撃だけではない。常闇呪文と天照呪文のぶつかり合いが、時空の歪みをも引き起こしている。

 ダイと拘束から解放されたバーン、二人の攻撃は天帝に傷を負わせていた。

 ダイは直感に近い本能でバーンの動きを捉え、バーンはダイの目線や呼吸から行動を読む。二人は言葉を交わさぬまま連携し、流れるように攻防を組み立てる。

 それでも天帝を倒すには至らず、ダイの心を焦りが蝕む。

 常闇呪文を食い止めていると言っても、取り込んだ命そのものを捧げている天帝側と違い、こちらは疲れ果てた中で力を振り絞っているのだ。いつまでももつわけではない。

 このままでは勝てない。

 ダイは地上にいる人々の顔を思い浮かべた。ポップ、アバン、ヒュンケル、マァム、レオナ、クロコダイン。ラーハルトやヒム、ブラス。

 彼らのいる世界を守らなければならない。どんな手段を使ってでも。

 次に思い浮かんだのは父の顔。双竜紋が存在を主張するように光を放った。

「これしか、ない」

 ダイの呟きに天帝は興味深そうに目を細めた。戦いの手を止めないまま、少年に言葉を投げかける。

「怪物に成り果ててもいいのかい?」

「おまえを倒して皆を守るためなら、どんな姿になろうとかまわない! ……ここにいるのはおまえとバーンだけだ。皆に見られなくてすむ」

 悪魔の目玉を模した首飾りも戦いに巻き込まれ、すでに砕け散っている。

 心置きなく危険な力を解放することができる。

 化物に、なれる。

 

 

 双竜紋が額で合わさり一つになると、大魔王と天帝が一瞬動きを止めた。凄まじい力と殺気が膨れ上がり、弾けたためだ。

 黒い髪が逆立ち、目に凶暴な光が浮かぶ。ダイになく、父バランにあった殺気。絶対に相手を滅ぼすという強い決意がみなぎっている。

 攻撃に転じる寸前に天帝はダイの手から剣を弾き飛ばした。砕け散った冠を踏み砕き、剣すらも忘れ、ダイは突進した。

 天帝も光陰矢の如しで迎撃する。ダイの手刀が太陽の剣と、拳が月の鞘と激突する。互いの紋章から光が奔り、激突の衝撃で部屋の壁が崩壊していく。

 ダイは防御や後退など考えていないかのような動きで天帝に飛びかかり、拳を叩きつけた。獣さながらの俊敏な動作に天帝も応じ、凄まじい力がぶつかり合う。

 ダイの放ったドルオーラと天帝のグランドクルスが宮殿の一部を消し飛ばし、空へ吸い込まれていった。

 いったん後退したバーンは再び太陽の光が食われつつあるのを目撃した。もう下界の者達も限界だろう。天使と戦い、天の弓を止めるために奔走していたのだ。今まで常闇呪文を防ぎ続けているだけでも驚嘆に値する。

 殺意を研ぎ澄ましつつ、バーンの眼は冷静に戦況を分析していた。

 今までの姿からは想像もできないレベルでダイの全身から殺気が迸っている。少しでも敵意を向ければ、即座に相手を八つ裂きにしかねないほどの。

 それでもなお人として意識をとどめているのは、人間の血のなせる業か、心ゆえか。

 彼は全てを捨てる覚悟で戦っている。地上の平和を望み、それを守るために元に戻れない可能性を承知の上で。

「……捨てる、か」

 たった一つの譲れぬもののために。

 これ以上時間が経てば、常闇呪文が完成し、何者だろうと絶対に敵わぬ力を天帝が手に入れることとなる。

 それは敗北と同義だ。

 彼にとって許せぬのは自身の、大魔王バーンの名を汚すこと。今まで掲げてきた正義にかけて、培われた信念と力にかけて、負けるわけにはいかない。

 何を犠牲にしようと、己の誇りを守らねばならない。そう結論付けた彼の中で、かすかに何か引っかかった。

 心の棘に引きずられたかのようにバーンの視線が天空に注がれる。彼は、弱々しい光を心に焼き付けるように目を細める。

 それから覚悟を両眼にみなぎらせ、額の鬼眼に手を伸ばした。

 鬼眼に触れ力が解放される刹那、天帝の額の紋章から青い光が疾走し、鬼眼にぶつかった。禍々しい閃光が辺りを照らし、消失する。

「君まで化物になるなどお断りだよ。君ではただの怪物になってしまう」

 解放しかけた力が暴発し、バーンの額の眼から血涙が滴り落ちた。

 脳の奥で激痛が弾け、視界が暗くなる。

「……ッ!」

 体が揺れ、膝をつく。倒れ伏すのはこらえたものの、傷だらけの体にこの衝撃は無慈悲だった。眼光は鋭く戦意も衰えていないが、限界に近い。

 天帝は、オディウルのように光の闘気を、ガルのように流星を呼ぶ能力を、ミランチャのように武器を操る高い技能と敏捷性を、ラファエラのように相手の力を利用する術を持つ。彼らの命を吸った天帝だからこそ可能だ。

 天帝は、吸い込んだ精霊の命の一部を己の力として使い、一部は常闇呪文に捧げ、更なる力を得ようとしている。捧げたものが大きければ大きいほど常闇呪文で手に入る力も大きい。

 完成してしまえば、失われた神の力が取り戻されるだろう。

 太古の時代、生命を生み出し、世界を変革した全盛期の力が。

 竜魔人と化したダイも徐々に押されている。

 大魔王は激痛に塗り潰される意識を繋ぎとめながら機を窺う。残り少ない力を蓄えるかのように、拳を握って。

 戦闘の衝撃で宮殿は崩壊が始まり、首飾りも攻撃に巻き込まれ砕け散っていた。地上にいる者達はこの状況を知ることはできない。

 次第に周囲が暗く染まる中、ひたすら獣のような攻撃を繰り返すダイと、残された力を静かに高めるバーン、猛攻を受け流し、高みから見下す天帝。三者の姿も闇に飲まれようとしている。

 

 

 暗くなる世界の姿にポップは焦っていた。天照呪文の力が弱まっており、世界は闇に染まりつつある。天界があるはずの空は考えられないほど暗い。もう長くは呪文を抑えられない。

 ヒムは天照呪文を唱えながら生命エネルギーと言える光の闘気を放った。反動で全身がヒビ割れているが、光の闘気をポップに向け、少しでも呪文の力を高めようとしている。

「ここで諦めちまったらハドラー様に叱られるぜ!」

 ヒムの言葉に勇気づけられたかのように他の者も残りわずかな力を振り絞っているが、限界だ。

「くそっ、ダイに声を送ってんのにさっきから弾かれちまう……!」

 ポップの言葉がダイの力を呼び起こすと天帝も悟ったため、声を遮断している。苦しい状況の相棒を力づけることができない苛立ちに、ポップは歯をくいしばっている。

 魔力を集め放ち続けるポップの姿に、メルルは自問していた。

 何か自分にできることはないのか。天使襲来以後、一度も視えていない。ポップの苦しみは手に取るように伝わってくるが、今最も知りたいのはダイ達の状況とそれを好転させるための手段だ。

 ポップ達が駆け回る間、ほとんど何もできなかった。今も天照呪文を唱えているが大して役に立っていないかもしれない。

 自分の存在などいてもいなくても同じなのではないか。

 暗い疑念が頭をかすめかけ、慌てて首を振る。

 大切な人から諦めない強い心を学んだはずだった。今、それを教えてくれた相手が苦しんでいる。

(どうか力を……!)

 やがて、彼女の想いに応えたかのように光景が見えた。

 解放しかけた力を叩き返された大魔王と、勝利のためだけに獣と化したダイの両者が、天帝に破れそうになっている。

 メルルは目を閉ざし、己の内なる眼を研ぎ澄ました。

 力になりたいという一心で、ひたすら深い深い祈りを捧げる。

 すると、一筋の光が視えた。天帝が今までにない威力の雷を叩きつけようとしている。

 それを薙ぎ払うは、下方から飛来した陰りを帯びた光。

 暗黒に塗りつぶされそうな彼らを救うには、闇を切り裂く光の矢が必要なのだと知った。

「視えました! ああ、でも――」

 言葉にしようとするが上手く説明できない。そこでミストが彼女の中に入り込み、光景を知った。ポップに潜り込んで情報を直接届けるが、ミストの思念は絶望に染まりつつある。全身に傷を負い、血まみれになった大魔王を見てしまったためだ。

『バーン、様……』

 時の凍ったミストバーンとして戦えるならば、どれほど苛烈な攻撃だろうとその身で防ぐ盾となる。いかなる干渉も受け付けぬ肉体で、最強の拳を振るえる。

 主のために戦うことは今の彼には不可能だ。

 全てを飲み込む闇がダイとバーンを侵食していく。

 太陽の剣を持ち、自身が太陽となると宣言しながらも天帝の最大の呪文は相手を闇に閉ざすものだ。ポップ達からすれば世界が暗くなり周りの空気が歪んでいるという感覚しかないが、直接戦っているダイにとっては闇が形を持ち、自分を押しつぶすような恐ろしさを味わっているはずだ。

『私が、こんな体でなければ!』

 ヒムが力をほぼ使い果たしながらも光の闘気を注いでいるというのに、暗黒が形を成したミストは天照呪文に力を捧げることはできない。

『私だけがッ……!』

 他の者達は立ち向かうことができるのに、彼は力になれない。自分では選べぬ生まれのせいで。

 主の危機に何も出来ず、己の体を恨むしかないミストの嘆きがポップの心を震わせた。地に突っ伏して涙を流した日の、雨の冷たさを思い出したためだ。

 方法があるならば生命でも何でもくれてやるという、ミストの叫びが伝わってくる。

 単に強敵と戦い、敗れるならば、ここまで嘆きはしない。力こそ全てという信念があるため、大魔王も、ミストも、そこまで動揺はしないだろう。

 戦うことすらできず、主の夢が失われる様を見ていることしかできないからこそ、ミストは血を吐くような叫びを絞り出すのだ。

 大魔王も、求めてきたものに唾を吐かれ、目の前で壊されるのは耐えがたいに違いない。

 

 

 ポップは何かを思い出したような表情になった。やがて意を決したように語りかける。

「あんたに一つ提案がある。危険だけどな」

 ポップの中のミストが弾かれたように顔を上げた。

「おれが天照呪文とマホプラウスを同時に使ってることは知っているな? おれ一人だと同時に二つの呪文を使うことしかできない。でも限界以上に能力を引き出すあんたがいれば、さらにもう一つおれの呪文が使えるかもしれない」

 メルルの視た闇を切り裂く光の矢。それはメドローアだ。

 天照呪文とマホプラウスを止めることはできない。さらにメドローアを放つ必要がある。存在を足すことで、同時に使う呪文の数を増やそうと言うのだ。

 寿命が縮もうと危険だろうとやらなければいけない。

 ダイは元の体に戻れないかもしれないのに竜魔人となって戦っている。今度はポップが勝利のために命を懸けるつもりなのだ。

「幾つもの呪文を同時に使うなんて無茶だし、下手すりゃ暴発して一緒に死んじまう。それでもやるか?」

 魂を消して乗っ取るのではなく、互いの意識を残しつつ難しい呪文を操らなければならない。ミストにとってこのような試みは初めてだろう。ただでさえ消耗しているのに、これ以上無茶な力の使い方をすれば消えてしまうかもしれない。

『あの御方には返しきれぬ恩がある。少しは報いなければ、死んでも死に切れん……!』

 ミストは黒い手を掲げ、叫んだ。

『バーン様の大望の花は、汚させぬ!』

「そうこなくっちゃ!」

 

 

 双方が力を振り絞る中、ミストの視界にハドラーの面影がよぎった。

(ハドラー……。お前は涙したのだな。この男のために)

 ハドラーの落涙は以前目にしたことがあった。

 胸に黒の核晶を埋め込まれていたと知った時だ。

 主君が肯定し、称賛したはずの覚悟と闘いは、無惨に踏みにじられた。

 戦闘の最中、敵の前で弱さをさらけ出すなど愚かだと嘲笑する者もいるだろうが、ミストはそうする気にはなれなかった。

 彼には、自分の体を捨てて挑んだ闘いを穢された苦痛を正確に知る日は来ない。想像することしかできない。

 そんな彼にも、水滴に込められた感情が軽くないことは理解できた。見ていただけの彼の精神まで沈み込んだのだから。

 今回、それを上回る衝撃がミストの心を襲った。

 魔王と呼ばれ人間を家畜扱いした魔族の男が、人間の少年のために涙を流す。

 その雫の重みは計り知れない。

 戦いを穢された男泣きはミストの心を冷やしたが、今は違う。正反対の温度が魂に宿る。

 かつては自分のため。

 最後は誰かのため。

 涙を流した男は、満ち足りた笑みを浮かべて退場した。

(お前は変わり続けた。最期の瞬間まで……!)

 そして、遥かな高みへと駆け上った。

 その変貌は、誰も予想しえなかっただろう。

 本人も。神さえも。

(この男も、そうなのか?)

 誰よりも尊敬する戦士が涙を流し、生存を望んだ少年。ハドラーの生き様に大きな影響を与え、また、ハドラーから勇気を与えられた男。覆せぬはずの状況を逆転させ、主の計画を挫く鍵となった大魔道士。

 

 

 内なる者の激情に押されたかのように、ポップの片目から涙が落ちる。

 ほんの少し前までは、役に立つから手を組むだけだった。

 今、彼らの魂が共鳴し、心が一つになる。

 仲間になったわけではない。わだかまりが消えたわけでもない。過去の争いや反発より優先すべきものがあるだけだ。

 大切な誰かの力になりたい。二人はただそれのみを願う。

 体の奥から呼び起こされる力によって全身が熱くなる。

 熱と冷気が腕に集中し、一つに合わさる。

 引き絞られた弓から真っ直ぐに矢が放たれる。天空へ向けて。

 

 

 天帝が究極の雷を呼び寄せようとした時だった。

 闇に閉ざされようとしていた空間を閃光が走り抜け、天空へと伸びた。

 放たれる寸前だった雷に突き刺さり、完全に消し飛ばす。

 闇を切り裂く一条の光に、ダイは相棒の姿を見た。

 ダイは剣を拾い上げ、天空へとかざした。その切っ先は太陽のわずかな輝きを指している。

 彼の全身から爆発的な光が放たれる。天帝のように冷たい輝きではない、暖かな光が。

 その姿を見た天帝は咄嗟に目を背け、バーンは凝視した。

 天帝の表情が曇り、バーンの面から憎悪が霧消する。

 バーンの右腕が導かれるように上がる。何かを掴もうとするかのように手が伸ばされ、指がピンと張り詰める。

 彼の五指に順に炎が灯り、全ての力を託したカイザーフェニックスが放たれた。

 ダイへ。彼の剣へ。

 気高き鳥は、止まり木に止まるように優雅に剣に舞い降り、刀身に宿った。

 赤熱する輝きを放ちながらダイが走り出す。突進の勢いはそのままに、途中で剣を逆手に持ちかえる。

 眩しい光を放出しながら走るダイに天帝は剣を振りかざし、額の紋章から衝撃波を放った。光に圧され、勇者の剣先が地面すれすれにまで下がる。そのまま攻撃が止まるかと思われた瞬間、先ほどの閃光が心を照らす。

 心に蘇るは、友の言葉。どんな苦境にも諦めぬ相棒の姿。

『一瞬……! だけど……閃光のように……!』

 下がった剣先を上方へ振りぬく。渾身の力を込めて。

 昇る一撃は振り下ろされる太陽の剣を砕き、天帝の体を切り裂いた。

 ダイの背中に何を見たのか、大魔王は敗れた天帝にもダイにも言葉をかけようとはしなかった。

 天帝の口が動き、聞き取れないほどの小さな声で何かを呟く。ダイがハッとしたように天帝を凝視した瞬間、彼の体は光り輝く砂となり崩れていった。

 微かに曲がった天帝の口元は、勝者のようにも、敗者のようにも見えた。

 

 

 太陽を覆っていた闇が完全に消え去り、激震が宮殿を揺らす。天帝の命が潰えたため天界は存在を許されなくなった。

 天帝から解放された無数の命が光と化して周囲を漂う。少しずつ落下していく彼らが地上に降り立ってどうなるかは確定していない。そのまま霧散する者もいれば、姿や力を取り戻す者もいるかもしれない。

 ダイは最後の一撃に全力を込めたためか、竜魔人化の反動か、意識を失っている。

 天井が無いため瓦礫に生き埋めになる心配はなかったが、天界そのものが崩壊している。逃げなければ危ない。

 常闇呪文から解放され、時空の歪みは一層激しくなっているようだ。

 力の奔流に傷だらけのダイの体は虚空に投げ出された。

 バーンがそれに追いつき、咄嗟に腕をつかんだ。ゆっくりと降下するなか、彼の理性が囁く。

 殺せ、と。

 竜魔人となったダイは己よりも強いと先程の戦いで分かった。今にも魔力が尽きてしまいそうなほどバーンも消耗しているが、ダイは無防備だ。ほんの少し、力を込めて首を斬りつけるだけで簡単に殺せる。

 人間を滅ぼすのに最大の障害となる勇者。葬るならば今が最大の好機だ。

 全身に深い傷を負い、意識を失っているダイを見つめる大魔王。その手に光が宿る。

 室内に漂っていた金色の粉が両者の姿を包み隠し、二つの影はゆっくり下方へ降りて行った。



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第二十話 願い、一つ

 金粉が太陽の光によって輝きながら舞い落ちる。

 消耗していながらも、動ける者は全て外に出て太陽の光を存分に浴びていた。魔族や魔物の中には荒れ果てた地面に寝そべって日光浴をする者もいた。

 メルルが誇らしげにポップを見つめ、微笑む。魔獣と化したダイ達が闇に閉ざされそうになっているのを視たのはメルルだった。それをミストから伝えられたポップが、ダイを助けるためにメドローアを放った。

「メルルとあんたのおかげだ。ありがとよ、ミスト」

 ポップは彼の体内に留まっているミストに礼を言った。力を使い果たしているのか返事は無い。

 疲れ切っているのはポップも同様だ。マホプラウスと天照呪文を同時に行使することは、消耗が激しいとはいえども元々できる。通信呪文もミストに魔力を分けるだけだからそこまで負担はない。

 しかし、メドローアを放つためには魔力を割き、神経を集中させる必要がある。二人分の意識があったからこそできたのだ。それがダイを力づけたのだとメルルから知らされ、ポップはひそかに胸を張っていた。

 反動で死人のような顔色になっているポップをマァムが気遣う。

「ポップ、寝てないと駄目よ」

「ダイが帰ってくるのに寝てられるわけないだろ? まだ常闇呪文の影響が残ってんのか、変な感じがするけどな」

 ポップは今回は膝枕も要求せず、空を眺めている。太陽の光をこれほど眩しく感じたのは初めてだ。パプニカの城もあちこちが破壊されているが、光に照らされる様は美しいと思える。

 

 

 金粉に包まれて影が降りてきた。

 ダイを迎えようとよろめきながらも飛び出したポップの口がぽかんと開いた。大魔王も一緒だ。それどころか、意識を失っているダイを抱えている。手を貸すことはないと思い込んでいたため予想外だった。

 大魔王の方もポップに気づき、ダイを落とした。慌てて抱きとめるがポップ自身もボロボロである。体重を支えきれずに倒れこんでしまった少年とは対照的に、バーンは優雅に降り立った。

「うぬごとき脆弱な小僧が、よくもあのような口をきけたものだ」

 ポップの背を冷や汗が伝う。希望を失いかけた二人に活を入れようとダイには励ましを、バーンには挑発を叩きつけたが、覚えているとは思わなかった。

 バーンは戦うつもりはないようだ。自身も酷く傷ついている。元は高級だったであろう服はズタズタに引き裂かれてボロ布以下になっており、大半は血液で染まっている。皮膚の至る所に傷があり、四肢と胸には武器が貫通した跡があった。特に胸の傷がひどく、傷口は焼かれた状態から再生していない。全身血まみれの凄絶な姿だ。

 大魔王にこれほど傷を負わせる相手とダイが戦っていたと知って、ポップの顔色がいっそう蒼くなった。完全に尽きた魔力を振り絞ってベホマを唱えようとしたが、予想に反して傷はそれほど深くないことに気づき、安堵のため息を漏らす。

 ダイの名を呼び、起こす。眼がゆっくりと開かれただけでポップの眼から涙があふれ出した。

「ここは……」

「地上だよ。お前が世界を守ったんだ。さすが勇者様だ!」

 乱暴に頭を撫で、こみ上げる感情のまま抱きしめる。

「おれが闇に飲み込まれそうになった時、ポップのメドローアで力が湧いたんだ。……ありがとう」

 ポップの顔面に滝のような勢いで涙と鼻水が流れ落ちた。マァムやクロコダインはすでにもらい泣きし、アバンはどこからともなくハンカチを取り出し、二人に渡している。ラーハルトは今すぐダイを手当したいという衝動と主の希望を優先しようという思いの間で葛藤しており、ヒムは戦友を思い出したのか温かく見守っている。

「おれ、あちこち怪我したはずなんだけど治ってる。ポップが治してくれたのか? 意識が薄れていく中で光に包まれて……誰かが傷を回復させたみたいだった」

「いや、おれの魔力はとっくに空っぽだ。竜の騎士だから治りが速いんじゃないか?」

 そう思ったが、強靭な肉体を持つ大魔王の傷は癒えていない。一体誰が、と頭をひねりかけたところで友情の場面に水を差したのは大魔王の言葉だった。

「ミストよ、そこにいるのだろう」

 それに応じ、ポップの体内から一筋の黒い煙が出てきた。ポップは思わず息を止めた。ミストの姿は腕一本分ほどに小さく縮み、薄れ、今にも消えてしまいそうだ。

「バーン様……共に戦えず、申し訳ありません」

 声もかすれ、囁くような大きさだ。存在を維持するだけで精一杯なのだろう。

 恐縮し、震えるミストへとバーンは手を伸ばした。

「お前は余に仕える天命をもって生まれてきたのだ。お前に生死を決める権限はない」

 声は思いのほか優しいものだった。

「しばらくは余の中で休むがよい。今は回復に専念せよ」

 厳しい主の労うような言葉に、ミストの眼が輝いた。水が砂にしみこむように、影は掌の中に溶けていった。

 

 

 部下を取り戻し、大魔王は一行に向き直った。

 皆の間に緊張が走る。勇者が帰還したとの報を受けて集まりつつある人々も、大魔王その人がいることを知って凍りついている。

 いくら傷ついているとはいえ、地上を消滅させようとした、魔界の神とまで呼ばれる男なのだ。

 視線の中には好奇心も交じっている。絶対悪、諸悪の根源と思われていた存在が角と額の目を除けばほとんど人間と変わらない姿をしているためだ。ヒトの生き血を啜る化物のように考えていた人間も多いだろうが、理性的に見える。

 ダイがよろめきながらも立ち上がり、バーンと向かい合う。

「地上を消滅させようって気はもう無いだろ」

「まあな。今更地上を吹き飛ばそうとしても、一つとなった世界では不可能だ。予期せぬ形であったとはいえ太陽を手に入れ、神々への復讐も果たした」

 だったら戦う必要はない――ダイはそう言おうとしたが、バーンの口調や視線から棘が消えていない。

「だが、世界が一つになったところで人間は異種族の存在を許すまい。天の弓停止も天照呪文も危機に陥ったから仕方なく力を合わせたまで。所詮変わらぬ」

 刃のような言葉に、ダイは首を横に振った。

「嫌々協力してたんじゃ天の弓も常闇呪文も止められなかったはずだ。防ぐことができたのは、心を一つにしたから――」

「ダイよ……お前もやがて人間から疎まれる。誰のために戦ったのかも忘れてな」

 強大な敵が現れたから、世界の危機に直面したから、協力しただけ。異種族への恐怖や嫌悪も一時的に棚上げしたにすぎない。

 それらの言葉は否定できない。

「力が全てという余の考えは変わらんし、人間の気取った理屈も気に食わぬ」

 冷たい光がバーンの眼に宿っている。かつて太陽を手にすると宣言した時のように。

「力だけじゃ止められなかったはずだ」

 おそらくそれはバーンもわかっている。

 だが、認められないのだろう。力によって太陽を奪われ、不毛の地に押し込められた。ならば力によって太陽を奪い返す。厳しい環境では力が全てを支配する。

 ただそれだけの単純な理屈で何千年も生きてきた。

 地上破壊計画の阻止、天の弓停止と天照呪文の行使と、力ではない何かを実感する機会はあったが、考えを変えるには至らない。

「人間を滅ぼすなら、邪魔なおれを殺しておけばよかったじゃないか」

 そう反論され、バーンは黙り込んだ。

 ダイはもどかしさに拳を握り締める。負傷や疲労を除いても大魔王はきっと戦わないはず。あとわずかな距離だ。

(何か……何か、きっかけがあれば)

 

 

 その時風が吹き、漂っていた金粉がダイの周囲に集まった。懐かしい声が蘇る。

『何か……かなえたい願いは、無い?』

 幼少からの友の最後の声。

 砕かれた神の涙は再生まで十年以上かかるが、天帝は言っていた。常闇呪文は時間も空間をもゆがめると。

 過去と未来が現在で交差する。

 願いは、地上破壊計画を阻止した時と同じ。

「世界中の人々の心をひとつにできたら……!」

 金色の光がバーンとダイを繋いだ。

 ダイの心に膨大な映像が流れ込む。

 見渡す限りの不毛の地。マグマがたぎる光無き世界。

 生命が絶え果ててしまいそうな世界が一転、光に包まれる。地上の光景だ。

 『彼』は風に揺れる草原に立ち、自然溢れる景色を眺めている。常ならぬ感情の動きが湧き起こり、空へと視線が移った時にそれは激しくなった。

 どこまでも広がる空と白い雲、太陽の光が目に焼きつく。『彼』はやがて黒いローブを脱ぎ、両手をゆっくりと広げた。全身がぬくもりに包まれる。幸福を噛みしめるように瞼を閉ざし、時間を忘れ光に照らされていた。

 同時にバーンにもダイの記憶が流れ込んでいた。閃光のようにめまぐるしく移り変わるが、一つ一つが確かに心に刻まれる。地上で仲間と過ごした、短いけれど何物にも代えがたい日々が。

『たしかに人間はたまにひどいことをするよ。勝手なことをしたり、いじめたり、仲間はずれにしたり……。でも中にはそうじゃない人間もいるんだ!』

『おれはみんなが……人間たちが好きだっ! おれを育ててくれたこの地上の生き物すべてが好きだっ!』

『おまえを倒して……! この地上を去る……!』

 さらに天帝との戦いが映る。親友から勇気を与えられ、あらゆるものを照らす光に包まれた勇者。彼の剣に宿り輝きを与えた不死鳥と、それを放った大魔王。

 両者の共闘が金の光に彩られつつ再生される。

 

 

 その瞬間、世界が輝いた。

 

 

 光の網が広がり世界を覆う。

 人も、魔族も、知性を持たぬと言われる怪物も、天界から降りてきた住人の魂さえもつながれていく。

 映像の奔流が収まったあと誰も口を開かなかった。

 誰もがダイとバーンに注目している。

 バーンが言葉を発したが、その内容は予想外のものだった。

「少し時間が欲しい。今の内に行きたい場所があるのでな」

 ダイは意表を突かれ判断に迷ったが、今さら地上を破壊するつもりもあるまいと思い、頷いた。バーンは呪文で移動しようとしたが、アバンが止める。その手には小さい袋が握られていた。

「そんな状態じゃ観光もできませんよ。お弁当作ってる時間はないので、それで勘弁してくださいね」

 遠足に行く子供を送り出すような態度で、茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせる。

 バーンは確認こそしなかったものの中身を察したようだ。無言で受け取り、空の彼方へと飛ぶ。残されたポップがアバンに詰め寄る。

「先生、何を渡したんですか!?」

 一同の視線が集まる中アバンの手が素早く動き、効果音をつけつつ懐から奇妙なデザインの眼鏡を取り出して装着した。ミエールの眼鏡と呼ばれあらゆる罠を見抜く効能があるのだが、見た目が悪いため誰も使いたがらない道具である。

「せ、先生……」

 何とも言えない空気が漂う中でアバンは咳払いしつつ眼鏡をはずし、再び効果音をつけつつ手をかざした。

 銀色の羽根がきらりと輝き、ポップの眉間に突き刺さった。生き返ったような表情になったのもつかの間、アバンに猛烈な勢いで食ってかかる。

「痛っ! って、なんでシルバーフェザーが!?」

 ポップ達が携行した分は、天の弓停止に奔走した時に使い果たしていた。

 これがあれば常闇呪文の阻止も楽になったのに――そんな思いを込めて羽根を見つめる彼を、アバンが宥める。

「まあまあ落ち着いて。先ほど新しいものがようやく完成したんですよ」

 フェザーは誰にでも作れるようなものではなく、大量生産はできない。他の活動の合間を縫って少しずつ作るため、完成も一度にまとめてとはいかなかった。

 バーンの行動に不安を隠せない一同に、アバンはあえてゆっくりと告げる。

「敵意が無いならいいじゃないですか。彼はもう人間を攻撃する意思はないはずです。それならば真っ先に勇者を葬るでしょう」

「でも――」

「天帝と戦って傷だらけのダイが無事に降りて来た……それだけで十分です。先ほどの神の涙の働きもありますから。今から寄ってたかって痛めつけるわけにもいかないでしょう?」

 そんな真似をすればどれほど犠牲が出るかわかったものではない。どれほど弱っていても、戦いを挑まれれば矜持にかけて大魔王は全力で立ち向かうだろう。

「これからのことは彼が戻ってからじっくり話し合うべきです。力に力で返していたら今までと変わりませんよ」

 張りつめた空気がほんの少し和らぐ中、アバンはニンマリ笑って腕を組んだ。

「私は一足先に失礼します。皆さんお疲れでしょうから、厨房をお借りして腕によりをかけてごちそうを作りますよ」

 そのままアバンは駆け足で走り去ってしまった。

 一同はあっけにとられたが、自分の調子に巻き込むのがアバンの特技だ。そう言ったからには大丈夫なのだろう。

 

 

 しばらくして大魔王が戻ってきた。シルバーフェザーである程度回復したはずなのに顔色が悪い。呼吸も乱れている。それでも眼光にはいささかの衰えもない。

 彼の言葉を待っている人々へ大魔王は宣言した。

「今ここで争うと復興が遅れる」

 ひとまず人間への攻撃はないと確定したため、安堵の空気が広がった。

 人間は大魔王や天界との戦いで受けた痛手から、魔族をはじめとする魔界の住人は魔界浮上の際の混乱から回復しきっていない。そんな状態で戦端を開いても混乱が広がり、互いの状況が悪化するだけだ。

 彼は冷酷であっても血を求めるだけの暴君ではなく、ましてや破壊衝動の塊などではない。

 攻撃する意思がなくなったとはいえ、まだ完全に歩み寄ったわけではない。

 ようやく手にした平和を一時的なものにしないことを心に誓いつつ、さらなる困難を覚悟の上で、ダイは新たな目標を定めた。

 地上の者と魔界の者の共存を。

 彼は心の中でそっと呟いた。

(ありがとう。ゴメちゃん)

 友の力があったからこそ、状況を変えることができた。

 新たな一歩を踏み出した彼らを、太陽が優しく照らしていた。



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第二十一話 新たなる時代へ

 ひとまず手を取り合うことへこぎつけはしたものの、それからが大変だった。目の回るような忙しさとはこのことを言うのだろう。厨房に閉じこもっていたアバン以外、勇者一行は一斉に取り囲まれ、もみくちゃにされた。

 多くの人間がダイとバーンについて知りたがった。神の涙のおかげで人にあらざる二人の想いが伝わったのだ。人間より強い力を持つ者が必ずしも狂気に満ちた獣ではないと知らされた彼らは、事実を確かめるべく殺到した。

 バーンに遠慮ない質問を浴びせかけるような命知らずはさすがにいなかったが、話しかけたそうにしている好奇心旺盛な者はいた。

 大魔王は元・魔界の宮殿へ帰ろうとしたが、レオナがひとまず城で休息し、宿泊もするように勧めた。表にこそ出さないものの、損耗が深刻であるため、彼は渋い顔で承諾した。

 監視と護衛をかねてヒム、ラーハルト、クロコダインが一室に配置され、何ともいえない表情を交わし合っている。

 扉の前に立つ三人にも握手を求める人間や質問をぶつける者がいたが、クロコダインの方はバダックなどある程度人間との付き合いがあるためうまく受け答えしていた。反対に、ヒムやラーハルトは顔を見合せ憂鬱そうだ。

「こんな時どうすりゃいいんだ?」

「さあな。バラン様にもこういった事態の対処法は教わらなかった。正直、敵と戦う方が気楽がだ」

 どこからまぎれこんだのか、少年達が輝く目と荒い鼻息で情熱をぶつける。

「すげー! 兄ちゃんの体キラキラでツルツルじゃん! なんかやべー!」

「鎧の兄ちゃんも強そうだって! 勇者様と一緒に戦ったんでしょ? 聞かせて聞かせて!」

 すげーすげーと連呼する子供を相手に、地上でも並ぶ者がいないほどの強さを誇る二人は圧されていた。

 質問攻めから救おうと、レオナがダイとポップを羽根でつついて回復させながら一室で話をさせた。そのため幾らか勢いは減じたが、そんなことをしているうちにあっという間に夜になった。

 

 

 宣言通りアバンの手料理が振舞われる。テーブルに並べられた豪勢な料理を、体力を取り戻したダイとポップが平らげていく。次々と空になる皿の勢いは王宮のそれではなく、まるで一般家庭の食卓のようだった。

 食事の場にはベンガーナ王やフローラ、ロモス王など各国の要人も緊急事態ということで招かれていたが目を白黒させて若人の食欲に驚嘆している。

「しかし、驚きましたな。まさかあの大魔王が和平交渉に応じるとは」

 王達の表情は複雑だ。手放しに喜んでいるとは言い難い。

「彼の扱いはどうなさるおつもりか? 降伏したわけではないため罰して罪を償わせるわけにはいきませんが、彼の爆撃で世界数か所が消し飛び、地上そのものも無くなるところでした。幾つもの国を滅ぼすよう命じたのは彼なのですぞ。その罪は消えるものではない」

「神々が魔界に押し込めなければよかったのですが……」

 魔界の映像が蘇る。ほんの一部の限られた者以外、あの地で平穏な生活を送ることは困難だ。魔族の価値観が殺伐としているのは、生まれ持った性質だけが原因ではない。日の射さぬ世界では形成される価値観も違ってくる。

 自分達も魔界に生まれればおそらく太陽の恩恵を欲しただろう。彼の場合、地上征服ではなく地上消滅というあまりに過激な手段だったが。

「話をわかりやすくするならば、凄まじく環境の悪い国が侵略してきたというところですかね。原因は遥か昔にあって、力ずくで住まわされたと」

「我々の生活も彼らの境遇を知らずに築かれていたものだったわけです。無論、罪のない人々を殺していい理由にはなりませんが」

「人間の基準に最初から当てはめようとするのは無茶です」

 身体的特徴も形成された価値観も大きく異なっている。全てを合わせて考えようとするのは無理な話だ。

「戦闘の結果双方被害が大きいため停戦、という形にするのがよいでしょう。処罰だ処刑だと言っては争いの種をまくことになります」

「被害者はそんなものでは満足しませんぞ」

 国益と国民感情はそう簡単に一致しない。そちらの方が望ましいと理屈でわかっていても、受け入れるのは難しい。

「しかし、歩み寄りの姿勢を見せたのに死んで詫びろというのは……向こうも聞き入れますまい。もし今戦闘が再開されれば、互いに壊滅的な被害を受けることになります。まずは国力を回復させねば何も始まりません」

 食事の味が消し飛びそうな白熱した議論が戦わされる。ダイとポップは場違いな思いを噛みしめつつお代わりしたスープをすすっていたが、ふと疑問に思ったため問いかけた。

「バーンを呼んで話し合うわけにはいかないの?」

「鉄は熱いうちに打てと言いますし、早速会議を開きますか」

 鍋つかみを手にはめ、頭に三角巾をかぶったままアバンが提案した。フローラが頭痛を堪えるような表情で彼の姿を眺めまわす。

「あ・な・た・も出席してくださいね」

「……はい」

 鞭のような声音に、素直にアバンは従った。

 

 

 それから各国の王と要人、アバンらが会議室に招集された。あの大魔王が人間の会議に参加するのかという疑問があったが、レオナがあっさり首肯した。

「泊まる代わりに和平会議に出なさいっていったのよ。こんなに早く開くとは思わなかったけど。あいつもプライド高いから一度約束したことは守るでしょ」

 大魔王相手に取引を持ちかけるとは、度胸があるのか恐怖心が鈍いのか。ダイとポップはひきつった笑いを浮かべた。さすが大魔王にナイフで斬りかかって屈辱を味わわせた少女だ。

 時計の秒針の音が響く中、彼らは待った。

 やがてズタズタになった布の代わりに黒と薄い青の衣を身にまとったバーンが入ってきた。

 アバンの眼が細められる。ダイとポップも異変に気づき顔をこわばらせた。すでに天帝との戦いでの傷は回復しつつあるが、新たに全身に傷が刻まれている。傷はふさがっているため血は流れていないが、まだ斬られたばかりのようだ。

 もしや大魔王に恨みを持つ者の仕業か。和平に応じた矢先に人間が襲いかかってくればただでは済ませないだろう。

 一同の顔が蒼くなり、冷や汗が流れる。

 一体誰がこのようなことを。

 声にならない叫びを読んだのか、バーンは気にするなと言うように手を振った。

「キルバーンが暗殺を仕掛けただけだ」

 さらりとと語るバーンに、王達はどう返答すべきか迷ったように視線を彷徨わせた。散歩してきたような軽い口調で語られても反応に困る。

「ミエールの眼鏡で城内に怪しげな気配を感じたのですが……やはりあの男の仕業だったんですね。首をはねられて死んだはずなのに」

「何故キルバーンが? 奴の主はあなたのはずでは」

「元々隙あらば余を殺すつもりで従っていた。余の力が弱まった今、最大の好機と見て本来の仕事に戻ったのだ」

 人々がキルバーンの話題から離れようとしないので、バーンは仕方なく話し始めた。

 

 

 扉の前のヒム達が質問攻めにされ、一応怪我人と言えなくもない大魔王の神経に障るといけないため人々を移動させようとした一瞬の隙に、それはやってきた。

 バーンの部屋はアバン達が押し込められていた一室よりははるかに広く、椅子やベッドも豪華なものであったが、魔界の頂点に立つバーン自身にはむしろ貧弱なものとして映っただろう。

 彼は文句も言わずに椅子に座り、腕を組んで思索にふけっていた。眠っているかのように目を閉ざしたまま身動き一つしない。

 突如背後の空間が歪み、鎌が振りかざされた。心臓を狙って襲いかかる刃先を指二本で挟んで止め、バーンは眼を開けた。

「何の用だ、死神」

 謁見している時と全く変わらぬ声に応える死神も、同じく飄々とした口調だ。

「今が最高のチャンスだと思いまして」

「近辺に仕掛けた罠は潰されたようだが」

「そうなんですよー、あのムカつくアバン君にね。チェッ」

 忌々しげな口調は演技ではないのか、舌打ちには力がこもっている。

 気分を切り替えるように一息ついて、彼はバーンを指さした。

「でも今なら……ミストは手出しできない」

 キルバーンの見立ては正確で、表に出られないほどミストの消耗は激しい。人間に例えるならば、いつ深い眠りから目覚めるか分からない状態だ。

「彼が知る前に。何も知らないまま。終わらせます」

 標的にとって冷酷な宣言は、優しげに紡がれた。

 

 

 不敵な発言にバーンは怒りを見せなかった。面白がるように口元を緩め、己の胸に手を添える。

「あやつは『知らなかったから仕方ない』では済ませぬと、理解しておらんのか?」

「ちゃんと分かってますよ、後で大変なことになることくらい。でもやっぱり知られない方がやりやすいので……仕事も含めて、ね」

「よかろう」

 指で挟んだ刃をへし折り、彼はゆっくり立ち上がる。そこへ無数のトランプが襲いかかるが、カイザーフェニックスが全て焼き尽くした。

 止まらず飛来する火の鳥に向けてキルバーンは掌を向け、翻す。

 上方から落下した黒い布が炎の体に被さり、かき消してしまった。やはり威力が低下している。

 キルバーンはトランプを懐から取り出し、扇のように広げて余裕たっぷりにあおぐ。

 挑発じみた仕草に大魔王は床を蹴り――鮮血が滴った。

 全身に見えない刃が食い込み、斬り裂いたのだ。素早く周囲に視線を走らせるが、凶器は見つからない。

「不可視の刃の檻の中で死んでください。バーン様」

 刃先を折られたとはいえ十分な殺傷力を持つ鎌を死神が構えた。

 動けぬ獲物をいたぶりながら殺す快感。それが死神の仕事の何よりの楽しみなのだ。喉を鳴らしながら葬ろうとした死神の眼が見開かれる。

 バーンはためらいなく突進した。腹部を、両腕を、足を切り裂かれても気に留めずに前進する。

 死神は一瞬呑まれたものの、すぐに反応する。

 彼は残っていた仕掛けを発動させるべく腕を上げ、指を鳴らそうとした。

 その瞬間動きが鈍った。

「なッ!?」

 腕に、黒い何かがまとわりついている。今にもちぎれそうな帯が指のように伸びている。凝視すれば、帯が暗黒闘気で構成されていると分かっただろう。

 闇色の手が死神の指に絡み、押さえた。

「『知らなかった』で済ませるわけがなかろう」

 にじむ声の主は、主か部下か。

 手刀の一閃で死神の首が飛んだ。

 首を刎ねられる直前、彼の視界に映ったのは、周辺の空間に伸びた数本の影の糸だった。それらは役目を果たしたように儚く消える。

 バーンは身を裂かれることは覚悟の上で攻撃を選んだ。ファントムレイザーで斬られた際におおよその位置を把握し、残りの刃は暗黒闘気の糸が知らせた。糸を編んだ者が万全ならば細かく張り巡らせて精確に割り出し、もっと傷を浅くできただろうが、そこまでは至らなかった。

 

 

 落ちてくる頭部を受け止めた大魔王は握りつぶす真似はしなかった。

 首の切断面を観察し、人形であることを確認した後、呪文を唱える。

 慌てたように物陰から現れた使い魔が、おどおどしながら大魔王の様子を窺っている。

「滅ぼされたくなければ余の元で働いてもらうぞ。真のキルバーンよ」

 キルバーンと呼ばれていた男が人形であるならば、本体は共にいたピロロしかいない。

 頭部を投げられ、受け止めたピロロはどうしたらいいかわからぬというように抱えた。指がそろそろと動くが、続く言葉に止まる。

「黒の核晶を使用しても無駄だ。まだ擬似的な皆既日食の影響下にあるのでな、凍れる時間の秘法をかけさせてもらった」

 彼の魔力が回復していないのも、世界各地の核晶を回収し、秘法で時を止めていたためだ。

 通常の皆既日食と同じではないから完全とは言い難いが、悪用される可能性は少なくなる。ヒャドで一度止められたが、下手に扱うと危険であるため、より安全な凍れる時間の秘法を使ったのだ。

 ピロロは奥の手を見抜かれたため凍りついている。

「何故分かったんです? 仮面の下は、見ていないのに」

「奴の手下が人形に仕込みそうなものとくれば、見当はつく」

 ピロロは「なるほど」と小さく呟きながら肩をすくめる。

「ミストを休ませる……と見せかけて、備えてもいたんですか? こういう事態を想定して」

 バーンは沈黙で答えた。人の悪い笑みが、両方だと告げている。

 護衛不在という隙を晒せば命を狙う輩も出てくる。危険分子を焙り出すつもりだったが、バーンの予想は一部が当たり、一部が外れた。

 バーンは死神以外にも覇気のある魔族が首を獲りに来る可能性を想定したが、彼らはそれどころではない。

 世界の激変に馴染む間もなく滅亡の危機に直面し、死力を尽くしてかろうじて回避したのだ。強者だと自負する者こそ、力を示さねばならぬ局面だった。

「はあ……ミストも苦労するなぁ。働きすぎて燃え尽きないか心配ですよ」

「奴にとってはこちらの方が楽だろう」

「確かに精神的な負担は少ないでしょうけど」

 彼の性格を考えれば、主の危機に行動できないことを気に病むはずだ。自分が消耗せずに済むとしても、何もせずにいることを望まないだろう。

 大魔王は人形の頭部を再び手に取り、仮面を外す。胴体と合わせて確認し、精巧な出来栄えに感嘆したように笑みを浮かべる。

「驚いたな。人形に凝らされている技術もさることながら、胆力や演技力も見事だ」

「お褒めいただき光栄ですが、薄々察していたでしょう? ミストの方は全然気づいてませんでしたけどね」

「今も気づいておらん。再び眠っているようだ」

「といっても、正確に知ったからには伝えるでしょう。貴方は」

 バーンは無言で、当然だと言うように頷く。

 ピロロは虚空を見上げ、深々と溜息を吐いた。

「あーあ。ミストに嫌われたらツラいなァ」

 人形を嫌うミストからすれば、友情を感じ語り合ってきた相手が腹話術の人形という事実は衝撃的だろう。

 関係の終焉を憂いて肩を落とす小人の姿は、わざとらしいとも本心ともとれる。

「ヴェルザーの様子はどうだ?」

「意識を失っていて、世界の変化に気づいていませんよ。封印解かれて復活したと思ったら操られて、あの方も大変ですね。じきに復活するでしょう」

 バーンは満足そうに含み笑いを漏らした。

「驚く顔が目に浮かぶわ。お前は世界の変化から奴の気をそらし、復活まで情報を与えぬようにせよ。最大限に驚かせるのもまた一興……そう思わぬか?」

「ははあ、サプライズって訳ですか。面白そうなんでいいですよ。で、ボクは他に何をすればいいんです?」

 ピロロは正体を見抜かれたため演技をやめている。小人にぞんざいな口のきき方をされても、バーンは気にせずに答える。

「余の決断に異を唱える者も多いはずだ。ハドラーのように正面から力をもって挑むならば喜んで受けて立つが、小賢しいやり方をする奴らを監視し、報告せよ」

 監視と報告と言うものの、死神に命じるからにはそれだけで済ませるつもりはないだろう。

「人間に化けて扇動したり、魔族の悪印象振り撒いたり、対立煽って付け込むような連中ですか?」

「今までならともかく、世界の姿が変わったのでな。そのやり方でこられると面倒だ」

「分かりました。それにしても……いいんですか?」

 自分を暗殺しようとした相手をあっさり受け入れる彼へ、ピロロは呆れたような目を向けた。本人はよくても、主を命に代えても守り抜こうとする側近がいるのだ。

「あやつが余の決定に異議を申し立てると思うか?」

「……いえ」

 答えを一瞬で悟ったピロロは小さく首を横に振る。

 大魔王はもう会話する意思はないと示すように頷いた。

 人形の体を抱え消え去ったピロロに視線を向けず、再び大魔王は椅子に腰を下ろし、瞼を閉ざした。床に血が飛び散っていることを除けば異変は何も感じられない。

 そのまま会議に来たというわけだ。

 

 

「彼が機械仕掛けの人形だったなんて……どうやって作ったんでしょう?」

 アバンが好奇心を刺激されたように身を乗り出した。地上の技術ではいかに精巧な人形を作ろうとしても遠く及ばない。

「詳しいことは本人に訊いてくれ」

 バーンの口調がやや投げやりになったため彼らは話題の転換を図った。

 領土や交易など話し合うべきことはいくらでもある。広げられた世界地図を新たなものに書き換えつつ、バーンが領土の確認をする。天の弓停止のための指示を出し、黒の核晶を改めて止めるため世界を飛んだ彼が最も正確に地形を把握しているだろう。

 海が広がるばかりで何もなかった場所に元魔界の地は出現しているが、一部は地上の陸地と接している。

「しばらくは魔界の者達は元魔界の地で暮らす。互いに侵入は不可。もちろん攻撃もだ。一部の者はすでに人間と知り合い親しくなっているようだが、例外にとどめていた方がよいだろう」

 いきなり垣根を取り払ってもすぐに互いを受け入れるのは難しい。少しずつ慣れていかなければならない。まずは戦の終結による復興や地形の変化への対応を考えねばならない。

「地上に比べると魔界の地は実りが少ないのではありませんか。少しずつ豊かな土地にしなければ」

 土地からもたらされる物に差がありすぎるようでは、すぐさま戦乱へと発展しかねない。隣国が豊か過ぎても困るが、あまりに貧しくても悩みの種となる。

「交易という形で魔界にある鉱物と地上の植物を交換すればよいのでは」

「そもそも土地がやせているわけですから大地そのものの変革が必要ですな。肥料などを使って……」

「マグマがたぎる地だったようですのでどの程度効果があるのか甚だ疑問です」

 農業談義で盛り上がりそうな者達をアバンが制した。

「そういったことに関しては次回で良いでしょう。肝心なのは――」

「余の扱いではないか?」

 電流に打たれたかのように鋭い空気が一同の肌を刺した。

「口にこそ出さぬが、余の処遇に頭を悩ませているであろうことはわかっていた。投降したわけではないから捕えて処罰や処刑も出来ぬし、国を滅ぼしピラァで各地を空爆した余の行いを許すことも出来ぬ。うかつに余を糾弾して戦端が開かれれば壊滅的な打撃を受ける、とな」

(悪魔の目玉でも仕掛けてたのかよ)

 ポップは背に冷たいものが走るのを感じた。晩餐での会話を聞いていたような言い草だ。

 強大な力を持つため力押しで戦う印象が強いが、思考力も侮れない。絶対の自信ゆえに策を弄することは少なかったが、もし存分に策謀を駆使していれば地上はとっくに滅んでいたかもしれない。

「大切なものを理不尽に奪った相手に復讐したい気持ちは余にも理解できる……が、大人しく殺されてやるほど殊勝でもない。お前ならどうする? 勇者ダイ」

 ダイは迷うように唇を噛んだ。

 誇り高い戦士へと変わった部下ごと黒の核晶で邪魔者を吹き飛ばそうとし、そのせいで父が死んだ。他にも無数の人々が目の前の男一人のせいで苦しめられた。今も苦しみは続いている。終わることはないだろう。

「おれは、父さんを奪ったおまえを許せない。それは変わらない」

 レオナが顔を伏せる。大人達は自分の半分の年月も生きてない少年を穴があくほど見つめ、言葉を待っている。

「でも、おれが仇を討とうとして、そのせいでまたたくさんの人が傷つくなら……我慢する。おまえに命を救われたのも事実だ」

 大人びた表情で言葉を紡ぐ彼は、青空のように澄み切った目でバーンを見ている。

 大魔王がいなければ天帝との戦いに勝つことができなかったのも事実だ。今頃世界は天帝の手によって滅ぼされていただろう。それに、神の涙が伝えた想いには共感する部分があった。

 バーンはレオナに視線を向けた。

「そなたはどうかな。レオナ姫」

「個人的な感情で言うなら、あんたにはいろいろ恨みがあるからたっぷりビンタをお見舞いしてやりたいところだけど……ダイ君もああ言ってるからね」

 滅ぼされたリンガイアのバウスン将軍や、カールの女王フローラも頷く。

「被害を受けた民はおさまらぬと思うが?」

 皆ぐっと言葉に詰まる。いくらレオナ達が復讐をよしとしなくても、それでおさまらないのが感情というものだ。人々が呑み込まれ、暴走したら、止めるのは難しい。「国」というものにダイの両親は翻弄された。一度火がつけば、いくら冷静な者が説いて聞かせても無駄だろう。

 重くなった空気を吹き飛ばすかのようにアバンが口を開いた。

「今は復讐どころではありませんよ。世界中に二人の共闘が伝わりましたし、世界の危機が頻発したため厭戦気分が高まっています」

 朗らかな口調も眼鏡の下の穏やかな瞳も、静かな確信に満ちている。

「あなたが復讐で殺されると困ります。あなたを無理に殺して魔界の住人をバラバラに行動させるのと、まとめてもらって危険を減らすのと、どちらが面倒が少ないか……言うまでもなく統制してもらった方が楽です」

 滑らかな説明に大魔王は言葉を挟まずにいる。返答の代わりに笑みが深まっている。彼にとっては現実的な利点について述べられる方が、よほど実感が湧くだろう。

 バーンの反応を確かめたアバンの眼鏡がキラリと光り、続きを述べる。

「条約を結めば、それを反故にするような部下の勝手な行動は許さないでしょう? ……大魔王の沽券に関わりますからね」

 大魔王の名を守ろうとする性格を見透かしての発言に、バーンもにやりと笑ってみせる。

「要するに、下手に刺激するよりは魔界の者達――特に凶暴な連中を抑える枷になってもらう方が都合がよいということか。お前達と余の当面の目標は同じ……民の暴走を抑えつつ国力を回復させることになりそうだ」

「そういうことです。分かってもらえたようで何より」

 大魔王相手にいつもの調子を崩さないアバンに王達は尊敬の眼差しを向けている。それはレオナやダイにも当てはまる。大魔王を「おまえ」だの「あんた」だの呼べる人間はそういない。

 目標が明確になったことで張り詰めていた空気が和らいだ。

 一足飛びに人と魔の共存というわけにはいかないが、これまでの敵対するだけの関係からすると上出来だ。しばらくは魔界の住人は元魔界の地で暮らすだろうが、さらに歩み寄る日がいずれ来るだろう。

 来させてみせる、とダイは拳を握り締めた。

 きっとこれが竜と魔と人、全ての要素を合わせて生まれた自分の果たすべきことなのだ。

 条文が具体的に決められるのを聞きながらポップは胸が高鳴るのを感じていた。

(おれは……新しい歴史の幕開けに立ち会っているのかもな)

 特別な血を持たぬ自分がこの光景に貢献できたのが誇らしく、嬉しかった。



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第二十二話 黄昏

 各々が寝室に引き上げたのは夜遅くになってからだった。

 昼の喧騒が嘘のように、城内は静かな闇に満たされている。天空には月が煌き、青白い光が差し込んでいた。

 バーンが己の部屋に向かうと、ヒムが腕を組み、壁にもたれて立っていた。ラーハルトとクロコダインはすでに隣室でぐっすり眠っている。大魔王が何も言わずに通り過ぎようとするのを引き留める。

「お前らがいなけりゃダイは死んでた。礼の一つでも言っときたくてよ」

「余はダイを助けるつもりなどなかった。神を倒すという目的が一致しただけのこと」

 仲良く手を取り合うにはほど遠い。現在共闘したこともあってダイを対等の相手と認めているが、馴れ合いとは無縁だ。己の強さに絶大な自信を持つ大魔王だからこそ譲れぬことも多い。

 必要とあれば、どれほどダイが強くても戦うだろう。それはヒムも理解している。

「それから、ミストバーンさんにどうしても言わなきゃならないことがあるんだ」

 ミストは大人しく主の体から出てきた。単に回復したためか、真剣な眼差しに応じる気になったのか、読み取ることは難しい。

 続きを待つ彼に、ヒムは頭を下げる。

「寄生虫とか言って、悪かった!」

 予想しなかった言葉にわずかに目を見開いた相手に、ヒムは訥々と語る。

「オレ、あんたのこと誤解してた。正体だけで冷たくて陰険な奴だって決めつけたけど、間違いだった」

 ヒムの言葉に裏は無い。結果的にダイの力になったことをありがたいと思ったからバーンに礼を言い、ミストの忠誠心を見て己の言動を反省したから謝っただけだ。

 体質を理由に内面まで決めつけ蔑む行為はミスト側もヒムにしたのだが、そこを追及する様子はない。自分の発言に問題があったから謝る以外のことは考えていないのだろう。

「助けてくれて、ありがとう」

 率直な言葉に圧されたようにミストの視線がヒムの髪に流れ、そのまま逸らされる。

 バーンは部下の心情に言及せず、扉を閉めた。

「ふー……」

 心の重りを下ろしたヒムは腰をおろして休息の姿勢を取った。神との戦いや今の状況を見れば、亡き主と仲間達はどう思うだろうか。

『あんたとは美味い酒が飲めそうだ』

 ミランチャの言葉を思い出し、今ならその気持ちがわかる気がした。一度戦っただけの相手だがヒムの心に刻まれている。

 ヒムは廊下の窓から外を見た。天界があった方向――天空に輝く月を見上げ、杯を差し出す仕草をした。

 

 

 ダイとポップは毛布にくるまっていたが眠れなかった。

 窓から月の光が差し込む中、二人とも天井を何も言わず見つめている。互いに起きていることは気づいていたが、会話もないまま時間だけが流れていく。

 ダイが口を開くのをポップは辛抱強く待っている。

 やがてダイが言葉を発した。

「あのさ……消える直前に天帝が言ったんだ。『賭けは、私の勝ちだ』って」

「賭けだって? バーンみたいにか」

「その後こうも言った。『だが……負けたよ』って」

「どういうことだ?」

 反射的に訊き返した後、ポップは首をかしげた。

「そういや結局わかんなかったな。何で神があんなタイミングで計画を知らせたのか」

「おれにはわかった。神さまたちの記憶が流れ込んできたから」

 

 

 人の神キアロが最初に世界破滅を唱え、それに魔族の神ジェラルが食ってかかった。地上だけではなく魔界もだと訂正したキアロに竜の神ファメテルネも疑念を露にしたが、彼は疑問に答えずダイ達に宣戦布告した。

 まともに説明せず強行したキアロに対し、通信を切った後で他の二名が真意を問いただした。

 ジェラルの怒気は凄まじく、キアロの胸ぐらをつかんでつるし上げ、至近距離で睨みつける。

「いきなり何を言い出すかと思えば……頭がおかしくなったか? 元からか」

「ごめんごめん。あそこで宣言しないと役者が減ってしまうからさ」

 キアロは降参するように両手を挙げ、助けを求めてファメテルネに視線を送る。

 蒼白い肌を怒りで紅く染めるジェラルと違い、ファメテルネは冷静さを保っている。

 ジェラルの頭を冷やすため、ファメテルネはあえてゆっくりと尋ねた。

「何のために、あんなことを?」

「団結して健闘した人々に感動して、さらなる輝きが見たくなった。試してみたくなったんだよ」

 キアロの言動についていけず、他の神は言いたいことをこらえて続きを促す。

「異なる種族が、協力して困難に立ち向かえるか。思想も力も隔たっている者達が、心を一つにできるのか。魔界も含めてね」

「今更期待するのか? そいつらが敗れたらどうする」

「滅ぶに決まってるだろ」

 当然のように言い放ったキアロにジェラルは毒気を抜かれた。手から力が抜け、解放されたキアロは安堵した様子で喉元をさする。

 ジェラルはしばし沈黙した後、かろうじて質問を探し出した。

「……相手はどこから調達するつもりだ」

「僕だよ。彼らと同じ舞台に立って演じたい!」

 はしゃぐキアロに頭痛を感じ、ジェラルは眉間を押さえる。ファメテルネは黙ったままだが、賛成とは言い難い様子だ。

「ずっと疑問に思っていたんだ。僕らが世界と種族を分けた結果、どんな結末を迎えるのか。で、今回ようやく分かった。数千年後に今度こそ地上が消し飛ぶかもしれない」

 喋るうちにますます興奮したのか、キアロは早口でまくし立てる。

「せっかく彼らが素晴らしい輝きを見せてくれたのにそんな結末耐えられない。じゃあ別の道はどうだろう? 異なる結末に至れるかな? もしそうならばどんな内容になるだろう」

 唾を飛ばしそうな勢いで喋られ、ジェラルは反射的に顔を離した。

「それを確かめるというのか? 貴様の命で」

「過ちは正されねばならん、ということか」

 ようやく口を開いたファメテルネの声も苦々しい。

 反応が芳しくないにも関わらず、キアロは嬉々として提案する。

「賭けようか? 僕が勝つか、大魔王が力でねじ伏せるか、勇者達と力を合わせるか。僕は力を合わせて打ち破るに一票」

「我は大魔王が力でねじ伏せると思う」

「貴様の勝ちに賭けておく……が、俺も戦うぞ。貴様一人にあの時の判断の正否を任せるのは気に食わん」

 キアロの行為のせいで多くの者が巻き込まれ、傷つく。それでも彼が実行するのは、はるか昔の決断の是非を問うためだとジェラルとファメテルネは解釈した。

 神々が力を合わせた者達に滅ぼされるなら、その可能性を遠ざけた隔離は間違いだったということになる。

 キアロはそれを確かめたいのではないか。最大の理由は輝きを見たいためだが、心の奥には世界のあり方を見つめ直す気持ちが残っているのかもしれない。

 二人はそう推測したのだ。

 ジェラル達の考えが合っているかどうか、キアロの表情からは読み取れない。仮に当たっているとしても、やろうとしていることを正当化する理由にはならない。

 仏頂面のジェラルに代わってファメテルネがキアロに問いかける。

「しかし急な話だな。今から準備を始める気か?」

「元々備えはあっただろう。本来の用途とは異なるけれど」

 住む世界を分けた際、戻す仕組みも同時に作り、残していた。魔界浮上はそれを使えばいい。

 天界が侵攻された時などに備えて強力な補助呪文の数々も伝わっている。

 秩序維持や滅亡阻止のために作られたものを転用する。

「どんな方法を用いるにせよ、向こうが何もできずに終わっては意味がないのだろう? 相手側に対抗手段が無い可能性を考えているのか?」

「いざとなればヒントをあげるよ」

「待て、全部その場で喋るのか? 必要な情報を仕込んでおくなど準備が必要だろう」

 ジェラルも口を開き、議論に加わった。

「精霊達はどうする。貴様が死ねば天界も滅ぶのだぞ」

「人身御供呪文で取り込もうかな。一旦吸収した後どうなるかは……迎える結末次第だ」

 三者の表情はそれぞれ異なるが、皆熱心に考えている。

 

 

 地上と魔界に天使が派遣された後、オディウル、ミランチャ、ガルと数名の精霊――ヴェルザーの封印に力を貸した者達だ――が三神の元を訪れた。

 彼らは何かが起ころうとするのを察したのだ。

 事の次第を説明され、オディウルの口元が歓喜とも悲嘆ともつかぬ形にゆがんだ。

 彼女が口を開こうとした刹那、キアロは優しく微笑んだ。

「来てくれたから教えてあげたけど、付き合う必要ないよ。地上に避難すれば、契約していても人身御供呪文から逃れられる」

 穏やかな口調だが、オディウルは鞭で打たれたかのように身を震わせた。彼女は仮面の上から目を覆い、俯く。

 オディウルとは対照的に、ミランチャは気楽な姿勢で槍にもたれるようにして立っている。彼は不精ひげだらけのあごをぽりぽりかきながら呑気に呟いた。

「俺もお供しますよ。アナタが死んでも化けて出ないようにあの世で見張らねぇと」

 ミランチャは床に視線を落とし、溜息を吐く。

「俺はもう十分生きたし、主を一人で死なせちゃ酒が不味くなるもんな。他の連中は酒飲まないからいいでしょ」

 それを聞いたガルは心外だと言うように目を見開き、斧の柄を軽く床に叩きつけた。家族がこの場にいないことに感謝しながら息を吐き出す。

「失敬な。ワシも同じ気持ちだというのに。……望むものはラファエラの生存くらいだ」

 彼らが選択したのは戦いだった。戦う力を持たぬ精霊も最後まで見守るつもりのようだ。

「気持ちはありがたいけどさ、自分が演じることに夢中になると思うよ。他人に気を配る余裕なんて――」

 言葉は苦しげな呻きでかき消された。キアロの襟首をジェラルが掴み、つるし上げたためだ。

「これまで目を逸らしてきた奴が何を言う! 結局踏みにじるくせに取り繕うな……!」

 ジェラルの説教を浴び、キアロは意外そうに目を瞬かせた。

「よく見ているねぇ」

 茶化すような口調には、鋭い舌鋒に心を抉られた様子はない。

 舌打ちで応じ、ジェラルは乱暴に手を離した。

 

 

 天使達が退室してから、キアロはジェラルとファメテルネに軽く拳を突き出した。

「公演の日は近い。彼らの力を引き出すために、ベストを尽くそう」

 今回の計画は今までの試みの中でおそらく最も刺激的だろう。最強と呼ばれる大魔王バーンと、彼をも追い詰める勇者ダイ。その二人を相手に、力を合わせる必要を感じさせるほど追いつめねばならないのだ。天界の全てをもって立ち向かわねば不可能だ。

「我々は出来損ないの神だから気合いを入れないと」

 さらりと出てきた単語にジェラルが目を見開いた。冗談で流すことができない口ぶりだった。

「……そんな風に、思っていたのか」

「彼らが失敗作なのは、不出来な我々が生み出したからだろう」

 普段の陽気な口調からは考えられぬほど、キアロの声は冷えていた。

 濁った光を湛えているキアロの眼を凝視し、ジェラルとファメテルネは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 平穏をもたらそうとして世界が荒れ、悩み、迷走してまた世が乱れる悪循環。

 そこから抜け出そうともがいていた男はいつしかあがくのをやめ、虚ろな笑みを顔に貼りつけるようになっていた。

 全盛期のキアロは年を取った、鬚を蓄えた堂々たる容貌だったが、今の彼は若返ってしまっている。それは彼の力が衰えただけでなく、苦悩ごと感情の一部を抑え込んだことを示していた。

 ファメテルネは溜息を吐き、哀れみを含む目で遠くを見つめた。

「下界に一切手出しせずにいれば、こんな風にならなかったのだろうか。生きる世界が違う相手との関わり方を間違えたのか……?」

 遠く隔たっているのは場所だけではない。価値観や一生の時間、目の届く範囲。受け止める声の数。様々なものがかけ離れている。

 互いに助け合い穏やかな日々を送る人々がいても、キアロにとって十分な成果だと感じられなかった。踏みにじられる者達の姿や、彼らの救いを求める声に意識が引きずられてしまったのだ。

 思考が後ろ向きになれば、負の側面ばかり目に付くようになる。そしてまたネガティブに考える。その繰り返しだ。

 手ごたえを味わえずにいるうちに、何が成功か分からなくなり、何もかもが失敗だと映るようになった。

 彼の認識通り、世界が失敗だらけで本当に駄目になったならば、彼の好む輝きも生まれないはずだ。しかし、捉え方が偏ってしまった彼は、それに気づかない。

 最初に描いた理想との距離が縮まっていると信じられず、目標の光景は薄れていく。彼は見えなくなったゴールを目指し、道に迷ってしまった。

「我らの見る、ただの夢で済ませておけば……」

 三名の中で最も人々に肩入れし、最も歪んでしまったのがキアロだ。

 最初から所詮別世界の住人だと割り切っていれば。一時の、安らかな夢や荒んだ悪夢にすぎないと受け止めていれば。

 血みどろの戦いが繰り返され、神に助けを求める声や神を呪う言葉を浴び続けても、精神は摩耗しなかったかもしれない。

 ジェラルも嘆息し、短い髪を掻く。

「とにかく、失敗作を生み出してしまったのは俺達だからな。捨てることで責任を果たそう」

「それを捨てるなんてとんでもない! 有効活用するんだよ、間違えないでくれ」

「……変わったな、貴様は」

 キアロを見つめるジェラルの眼には、悲痛な光が瞬いている。

 キアロは、英雄達の敵を演じられれば、結末がどうなるにせよ満足して退場するだろう。一瞬の輝きを目にするためならば、心が痛むと嘆きながらも他者を犠牲にするだろう。

「『皆に希望を与える太陽になる』と言ったのは誰だった?」

 ジェラルの問いにキアロは盛大に顔をしかめた。目を逸らし、俯き加減で吐き捨てる。

「……大昔の話だ」

「フン、未練たらたらで引きずっているくせに。中途半端な」

 馬鹿にしたように鼻を鳴らすジェラルに、キアロは大げさに手を振って否定する。

「太陽なんて嫌いになったよ。世界を照らして失敗だらけだと突きつけてくる」

 彼にとって太陽は希望の象徴ではなくなった。それどころか、無慈悲で残酷な存在かもしれない。

 かつて抱いた夢を思い出させ、現実との落差を浮き彫りにするのだから。

 過去を掘り起こされて恥ずかしいのか、躍起になって否定するキアロにジェラルはますます苦い顔をした。

 キアロは太陽を嫌いになったと言いながらも憧れを捨てきれずにいる。遠い日の夢の残骸を抱えて、憎い存在になりたがっている。

 彼は世界の姿だけでなく、自分の心さえもまともに認識できていない。

 二人をとりなすべくファメテルネが口を開いた。

「恥じる必要はないだろう。皆に希望を与え、見守りたいと願うのも。力無き者のために涙を流したのも」

 遥か昔神々は、間違っていたかもしれないとはいえ、世界の在り方をよりよい方向へ変えようとした。

 特に人間の神は、力無い者達の苦しみに涙し、力を持つ者が弱い者を守る姿に心を震わせた。

 争いの続く世界に胸を痛めつつも、必死に生きる者達を愛する。それが在りし日の姿だった。

「もう疲れた。泣くことも、希望を抱くことも」

 返答するキアロの声は乾いている。

 長い年月を経て、キアロは心を震わせる存在に魅せられながらも、それが生まれる土壌を尊重することはなくなった。

 世界全体に目を向ければ――未来を築こうとすれば、苦しみを味わうのだから。

「随分と偏った見方だな」

 ジェラルの声にはうんざりした響きが宿っている。後ろ向きな思考に凝り固まった姿は、見ていて気持ちのいいものではない。

 思ったことをそのまま口に出した彼に、キアロは意地の悪い笑みを浮かべた。

「そう言う君は、魔族達とまともに向き合ってきたのかい?」

 ジェラルの表情が痛いところを突かれたようにこわばった。

 軽い口調で問いかけたキアロは一旦口を閉ざした。整った相貌から笑みが消え、感情のこもらない声が吐き出される。

「早々に見切りをつけ、目を背けていたのだろう。どうせ魔界の住人はいつまで経っても変わらないと」

 言葉に毒が塗り込められていたかのように、ジェラルの体が震える。

 立ち尽くすジェラルを励ますようにキアロは肩を叩いた。

「それもいいさ。昔の僕みたいに勝手に期待して失望するよりは賢いよ」

 キアロの声には感情が戻ったものの、笑みの仮面は外れたままだ。青年は目に不気味な火を燻らせながら問いをぶつける。

「君が僕に苛立つのは、鏡を見ているようだから。……違うかな? 僕以外にもそんな相手がいるかもしれないね」

 常にそうであるわけではないが、ふとした拍子に自身の欠点を克明に映し出す。

 ジェラルがぶつける怒りと言葉をそのまま跳ね返す。

 ジェラルにとってキアロは、そんな存在の一つだ。

 他人事のように呟いたキアロは、ファメテルネにも視線を送りつつ厳かに告げる。

「君は、君達は、魔界の住人を愛しているか?」

 重力を倍加させる沈黙が場を包む。

 先に口を開いたのは魔族の神。

「……分からん」

 肯定でも否定でもない言葉は、ただの誤魔化しにしては真剣だった。苛立ちと戸惑いを孕んでいた。

 竜の神は仲間の曖昧な返答を咎めるでもなく、続いて答える。

「愛し方が、分からなかった」

 竜の瞳が翳ったのも一瞬のことで、すぐに暗い光は消え去った。

 キアロは彼らの返答に反応を見せなかった。感情を読ませない眼差しのまま、彼はジェラルに向き直る。

「改めて訊くよ。何故僕に付き合うの?」

「……俺が命をかけるのは、友だった者への責任を果たすためだ」

「友……? 初めて知ったよ。そんな相手がいたなんて」

 キアロはうっすらと微笑を浮かべた。中身が空洞の人形が笑ったような感覚にジェラルの背が凍る。

 ジェラルはようやく理解した。世界も自身の心もまともに見えなくなっている男は、仲間に対しても同じであることを。

 

 

 ダイが語り終えるとポップは憤りに満ちた口調で言葉を吐き出した。

「ってことは、皆が一つになるかどうか賭けで試したのか? 天界の奴らも巻き込んで、俺達は駒のように操られてたってことなのか!? 心が一つになったのも全部掌の上かよ……!」

 自分達が懸命に奔走した結果、迷惑な男の身勝手な願いを叶えただけだったのか。身を震わせるポップに対し、ダイは静かに否定した。

「違うと思う。それなら消える時、別のことを言っただろうから」

 本来は、望みを叶えてくれたことに対する感謝の言葉、もしくは健闘への称賛を告げて、満足げに笑いながら死んでいくはずだった。

 元々、台本の結末の部分は白紙だった。

 天帝が勝ったりバーン一人で倒したりする可能性の方が高かっただろう。キアロは皆が力を合わせることに賭けたものの、心から信じてそうしたわけではない。

 結果だけ見れば彼の予想通りだが、最期の表情には悔しそうな色があった。

 今まで通りならば、結末が勝利であれ敗北であれ、満足して戦いを終えるはずだった。

 そうならなかったのは、執着が芽生えたのかもしれない。

 心が一つになった者達の紡ぐ物語を見てみたいと。

 最後の最後で、今を楽しめれば世界や未来がどうなろうとかまわないという思考に亀裂が生じた。

 そしてようやく気づいたのだ。踏みにじったものの重さと、それを見失っていた己の愚かさ。さらなる輝きが生まれる可能性と、それらを助け、見守ることができない末路に。

 暗部ばかり捉えていた目がようやく光を映すようになった途端、時間切れで退場だ。

 どうでもよくなったはずの「先」を見たいという希望。それがかなわぬ絶望。両方を叩きつけられ、舞台から追い出された。

 

 

 再び二人の間に沈黙が流れた。

「これからが大変だな」

「うん。魔族たちとの共存って言う前におれが疎まれるかもしれない」

 ポップは一瞬息を止め、荒々しく上体を起こした。

「んなことさせねーよ! 分からず屋ばっかじゃないって」

「……だったらいいな」

 ダイの希望に胸を痛めつつ、ポップは再び布団をかぶった。そう言われると返す言葉もない。苦いものが心の中に広がるのを感じつつ、おやすみ、と告げて瞼を閉ざす。

 やがて疲労が彼らを心地よい眠りへと誘った。



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最終話 太陽は昇る~Sorge il sole~

 ヒムとの会話の後、部屋に入ったバーンはすぐには就寝せず、椅子に座った。

 灯りをつけないまま傍らのテーブルに置かれた酒瓶を取り、グラスに中身を注ぐ。液体をじっと眺めてから、口に運ぶ。

 極上の美酒を散々呑んできただろうが、それらに劣らぬ品のようにじっくりと味わっている。

 長年の間、豪華な宮殿に住まい、大勢の侍女にかしずかれてきた。贅を尽くした料理を味わい、給仕も任せてきた。こうやって一人で静かに酒を飲むのも久しぶりである。

 何かできることはないか探そうとするミストを止め、バーンは紙に書かれている文章を読み上げるような調子で呟く。

「キルバーンについて、伝えておく」

「はっ……」

「正体は機械仕掛けの人形だ」

「ッ!?」

 驚愕のあまり言葉も出ない部下にかまわず、バーンは続ける。

「頭部には黒の核晶が埋め込まれていた。本体は使い魔を装っていた、あの小人だ」

 凍りついているミストに、バーンは無感情に告げた。

「あやつにはこれからも働いてもらう」

 だからこそ、次にキルバーンが命を狙った時にミストが対処できるよう明かしたのだ。

「キ……キルが……」

 呆然と呟くミストに、バーンは何も言わない。

 真実を知ってどのような態度をとるかはミスト次第だ。彼らの友情を引き裂くことも、補強することも、バーンはしない。

 死神の力が役立つ仕事はいくらでもある。忠誠心厚いとは言い難く、己の命を狙う相手だが、手放すには惜しい。

 使える部下はこれからも使う。バーンにとってはそれだけの話だ。

 しばらくグラスを傾けていた彼は、窓から星々の瞬く夜空を見上げた。

 短くない時間が流れ、ようやく部下が多少は平静さを取り戻したため、口を開く。

「余がお前に与えるものは無い」

 命を削ってまで尽くした部下に告げるには無情な言葉だ。

 ミストは当然だと言いたげに頷いた。報酬を与えられればもちろん喜ぶが、見返りを求めて働いているわけではない。

 だが、と続けられ、ミストは緊張したように続く言葉を待ち受けた。

「余の傍らで見せてやろう」

 望んだ光景を。遥か昔に奪われ、取り戻したものを。

 誰よりも己に近い場所で。

 それが部下の最大の喜びでもあるのだから。

「はい……はい、バーン様」

 ミストは感激したように身を震わせ、頷いた。

 

 

 翌日、パプニカの城門前にベンガーナから来たという集団が訪れ、ダイとの面会を願った。

 邪な目的で訪れたわけではないと判断され、すぐに許可が下りた。一人の少女を先頭に、ダイと向かい合う。ダイには彼らの顔に見覚えがあったが、思い出せない。忌まわしい記憶と結びついている嫌な感覚が胸の中に生じる。

 彼らの顔に野次馬根性は見当たらない。皆真剣な表情だ。何かを決意したかのようにきっと口を結び、拳を握りしめている。

 ダイが先頭の子供に目線を合わせるようにのぞきこむと、少女の顔がくしゃくしゃに歪んだ。彼女はこらえきれずに涙をこぼす。

「お兄ちゃん、ごめんなさい! 私たちを守るためにいっぱい戦ったのに、怖いなんて言って……ごめんなさい!」

「あ……君は」

 かつてベンガーナを襲った竜を倒した際、人間離れしたダイの力に人々は恐怖を覚え、白眼視した。異質な存在への嫌悪と畏怖はダイの心に深い傷を刻み、今も癒えていない。

 子供からも怯えられたのが、何よりも辛かった。

 あの時ダイを疎んじた人間が、こうしてわざわざやってきている。

「金色の光が輝いた時、大魔王の記憶とダイさんの地上に対する想いが頭の中に流れ込んできたんです。お二人の闘う様子も」

「本当に……すまなかった。地上を守るために命がけで戦ってきた勇者にあんな態度をとるなんて」

「あんたの力がとんでもないのは事実だ。でも俺達に向けたりしないだろ? それを勝手に……悪かった!」

「いいよ。おれが人間じゃないのはその通りなんだから」

 次々頭を下げる大人達と泣きやまぬ少女に、ダイは複雑な表情だ。人々の態度が改められたことに安堵しながらも、いつまで続くかと案じている。

 大魔王の言葉は間違ってはいない。今は平和を手に入れた直後だから感謝するだろうが、穏やかな日常に慣れればいつ邪魔だと考え出すかわからない。

 ポップが両者の間に入り言葉を探す。言いたいことが上手く伝えられるかどうかわからず、もどかしい。今なら人々も共感してくれるはずだから、確かめるように言葉を吐き出す。

「こいつは誰よりも地上が好きなのに、大魔王に地上を去るとまで言ったんだぜ? でも、そんなのおかしいじゃねぇか。平和のために戦ったダイが平和を味わえないなんてよ。凄い力を持ってたってダイはダイだ。どんな相手にも偏見を持たずに接する、おれたちのダイなんだよ!」

 いつしかポップの眼には涙が浮かんでいた。地上から親友の居場所を奪われるわけにはいかない。

 ダイも考えながら言葉を紡ぐ。

「魔界の人たちだって悪い奴ばっかりじゃないと思う。人間の中にだって、いい人がいたり悪人がいたりするからさ。違う種族ってだけで攻撃したり仲間はずれにしたりするのは間違ってるよ」

 今だからこそ、根強い異種族への偏見を変えねばならない。それは人間だけでなく魔界側にも当てはまる。

 差別や迫害はそのまま争いへとつながる。地上と魔界が隔たっていたころならばともかく、今ならば小さな火種でもあっという間に世界を焼き尽くしてしまうだろう。

 ダイやラーハルトは世界を回りつつ両者をつなぐ橋となる決意を固めていた。ヒュンケルはまだ体が癒えていないが、動ける程度まで回復したら同じことをするだろう。レオナやアバンも人々の意識を変えるための策を考えている。

 気になるのはバーンだが、魔物を凶暴にさせる波動を抑えているため立場を異にするつもりはないようだ。今争うようなことになれば国力を充実させるどころではなくなるという冷徹な判断に基づいての姿勢だろう。

 謝罪した人々は、魔界や違う種族という単語に戸惑ったようだが、ダイの言葉を反芻している。人間ではないという理由で疎まれながらも、ダイは地上のために全力で戦った。彼の想いに応えることはできないか、そう言いたげに。

 彼らは顔を見合わせ、うんうん唸りながら意見を出している。

「……普通に接するって難しいことなんだな。意識しないようにって考える時点で意識してる」

「でも前のままじゃいけないってのは確かだ」

「追い出そうとするのは駄目だけど、何も考えず近づけばいいってもんでもないし……」

「相手の力がすごいとか体質が違うって事実を考えるのは差別じゃないよな? 難しいなあ」

 彼らの様子にポップは胸をなでおろした。

 しばらく前ならば、彼らは疑問も持たずに拒絶して終わりだった。真剣に考えているだけでも、新たな道を模索し始めた証だろう。

 きっと変わる。変えることができる。

 

 

 パプニカの城の一室で、整った顔立ちの魔族が寝台に腰掛け、窓から差し込む朝日を浴びていた。額の眼と角を除けばほぼ人間と変わらぬ姿の持ち主は勿論大魔王だ。

 一晩の休息で傷はほぼ癒えている。

 瞼を閉ざしたまま動こうとしない彼は、部屋に接近する複数の気配を感じ取っていた。

 相手が扉の向こうに来た瞬間、入るよう促す。察知されたことに驚きを隠せぬまま、ダイ、ポップ、レオナが入ってきた。それぞれが手に盆を持っている。柔らかい食べ物や新鮮な果物など、体に負担をかけない料理と飲物が載せられている。

「あんた昨日から何も食べていないでしょ? お腹減ってると思って」

「つっても大魔王さんの口には合わないかもしれないけどな」

 バーンは盆には手を付けず、誰にともなく呟く。

「……神々への復讐」

 穏やかな空気を打ち砕く単語にレオナやポップは反射的に身構えたが、バーンは血なまぐさい方向に話を持っていくつもりはないようだ。

「力こそが全てという信念は変わらん。だが、奴らの想定した通りに動くつもりもない」

 バーンにも、ダイが見た神々の記憶が伝わっていた。

 魔族の神と戦った時、最期に何を言われたかも忘れていない。

 争いを繰り返し地獄のような光景を生んでは、下界やその住人に失望し、失敗作とみなした神の見方が正しいことになってしまう。

「奴らが果たせなかったことを成し遂げてこそ復讐になるやもしれぬ」

 彼らを上回る結果を出し、辿り着けなかった光景を実現させる。

 そうすることで、神を超えたと証明できる。

 神々の理想と挫折が、神を憎み続け、神にならんと欲する男の闘志に火を点けた。

 冷静な面持ちのまま、バーンは思考を遠大な復讐から目の前の課題に切り替える。

「環境の急激な変化についての調査、元魔界の地を豊かにするための研究もせねばならん。冥竜王ヴェルザーは復活すればなおさら世界を欲するだろうし、和平条約に不満を持つ者も多い。しばらくは忙しくなるな」

「こっちだって問題はたくさんあるけど、変われるって信じてるぜ。問題児だったおれだって何とか胸を張れるようになったんだからな」

「今でも問題児じゃないの? スケベなところとか」

「だああっ、今その話は無しにしてくれよ!」

 茶化したレオナにポップが抗議する。かしましい者達に構わず、バーンは用意されたマントを羽織り、扉に向かって歩き出す。

「寿命の数百年分を使うのだ。楽しませてもらうぞ」

 食事はしないのかと問う三人を振り返りつつ答える。

「早く太陽に照らされた魔界の地を踏みたいのでな」

 彼の面に浮かんだ笑みは、ダイ達が今までで見た中で一番穏やかで優しいもの。嘲笑や冷笑ではなく満ち足りたそれは、宝物を手に入れた少年のようだった。

「バーン!」

 呼びかけたダイも晴れやかな表情だ。

「おまえなら――」

 続きを言うには早すぎるため言葉を飲み込み、ダイは降り注ぐ陽光に視線を投げかけた。おそらく答えは太陽が出してくれるだろう。

 バーンは部屋をあとにした。

 ただ一言、

「ありがとう」

 と呟いて。

 

 

 体力の回復とともに空腹を覚えているはずだが、それも些細なことだと言うように彼は故郷へと急ぐ。

 やがて故郷にたどり着き、彼は空を見上げた。その口元には微笑が浮かんでいる。

 その傍らには寄り添うように影が佇んでいる。主が求め焦がれた光景を目にして、同じ想いを抱いている。

 主の夢が叶ったことを目にした彼こそ、今この瞬間、世界で最も幸せを噛み締めていたかもしれない。

 魔界の地に立つ者達を光が包んでいる。

 太陽は、今は人間だろうと魔族だろうと分け隔てなく照らしている。

 

 

 太陽は昇る。一つとなった世界を照らすために。

 

 

 完




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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