雪の花はうんこの上で咲く (ቻンቻンቺቻቺቻ)
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雪の上のうんこ

 これは秋原雪花がいつかの過去に体験した出来事だ。

 

「おーい! あきはらー!」

 

 冬の北海道、旭川市。元より寒さの厳しい地域であるが、長くこの地に住まう道産子でさえも今日の寒さは特別に厳しいと白いタメ息を吐き捨てる平日の朝に幼い声が響く。

 

「うわ、朝からげんきじゃん。どしたの?」

 

 名を呼ばれた少女、幼き日の雪花が呼び声に振り向く。その先にいたのは大して仲が良い訳ではないが知らない仲でもない近所に住むクラスメイトの男子、除雪された歩道ではなく雪が降り積もって足場の悪い公園から雪花に向かって大きく手を振っていた。

 

「やべぇ!」

「なにが?」

「なまら*1やべぇ!」

「いや、なにが?」

 

 極寒の空気に脳ミソまでしばれた*2かな? と、会話の噛み合わない男子を哀れむ雪花。その視線は吐息が白く凍る気温よりは僅差でぬくもりがあった。

 

「見ればわかる! ちょっとこれ見て!」

「ええ~~……」

 

 こっちに来てこれをみろ。そう言う男子は雪花の腰近くまで積もった雪を掻き分けて進まねばならない先、女子小学生相応の体格と体力しかない雪花にとって男子のいる場所まで赴くにはかなりの体力を消費する事になるだろう。雪国に産まれ育った雪花はこれまで生きた中の経験によって辿り着いた頃には軽く汗を掻いてるだろうと推測する。

 

「ほら、はやく! 消えちゃうかも!」

「……仕方ないにゃぁ」

 

 汗をかけば濡れる、濡れればその水分がすぐに気温に冷やされて体温を奪う、雪国に生きる者には当たり前過ぎる常識。残る通学路を今よりも寒さに震える事になるのだろうと覚悟しつつ雪を掻き分けて進み出す雪花、年相応の好奇心には勝てなかったのだ。

 

「あんなにはっちゃきこいて*3……何を見付けたのやら」

 

 強く誘われたから渋々、そんな雰囲気を醸し出しつつも内心はワクワク。重い雪の中を進む事に体力を消耗して少しだけ荒くなった吐息、雪花の気管が冷たく乾燥した空気に刺激されて僅かに痛んだ。

 寒さ対策でモコモコに着膨れた雪花がフワフワモコモコに見せかけて実はぎっしりと重たい雪中を進む。進む途中、近くに寄った男子の鼻水を垂らしている間抜けな顔がよく見えてしまった。

 

「ふぅ……疲れた」

「ほら! これ!」

 

 辿り着いた雪花が息をつく暇も無い内に男子がこれを見ろと雪の上に鎮座する物に手袋に包まれた指をさす。

 

「……えぇ」

「なまらわや*4だろ!」

 

 意気揚々と見せられた物に絶句する雪花、少年は雪花のドン引きに気付いてないのかどうだと言わんばかりに胸を張る。

 

「……えんこ*5じゃん…………」

 

 雪花が見せられたのは誰がどう見てもうんこだと断言するほどに見事なうんこ。朝日に照らされて白く輝く雪を陵辱する色の濃いうんこ、湯気を放つそれは明らかに捻り出されたばかりの新鮮さをこれでもかと雪花の眼に主張していた。

 

「よく見て、ただのえんこじゃないんだ!」

「えぇぇ、えんこはえんこじゃん……」

 

 このうんこはただのうんこではないと主張する男子が眼を輝かせる。だが、雪花にとってはうんこはどこまで行ってもただのうんこだ、男子という生き物はうんこ一つでこんなにもはしゃぐ物なのかと性差による文化の違いさえ感じていた。

 

「こんな物を見せるために呼んだの?」

 

 うんこ、言い方を変えれば大便や糞、大阪の方言ではばば、福島の方言ではあっぽ、博多の方言ではあぽ、山形の方言ではばっこ、沖縄県の方言ではくすまい、京都の方言ではうんこさん。

 こんな物を見るために自分は汗までかいていたのかと後悔する雪花。もしも、一度だけ時を巻き戻せる権利を与えられたのならば今すぐに数分前に戻ってこんな寄り道せずにまっすぐ登校するために権利を行使するだろう。

 

「こんなすっげぇえんこなのにわからないの?」

 

 雪花に向けられる純粋な眼差し、雪花が返すのは虚無の眼差し。

 

「このえんこ、光ってるじゃん」

「は?」

 

 光るうんこ。雪花は正しく言葉を聞き取り、しかし、その意味を把握しきれずに間抜けな。脳内に『うんこ!』と『光る』の単語が交互に浮かんでは消えてを繰り返す。

 

「よく見てよ、しっかり見ればわかるから!」

 

 うんこを見ろ。言葉の意味を理解しようと思考にのめり込み過ぎていた雪花が男子の言葉にボンヤリと従ってしまい湯気を放つうんこへと目を向ける。ただ視線をうんこに向けているだけだが第三者からみればうんこを見詰めている女子小学生秋原雪花、遠くない未来に勇者の力に覚醒して人類の希望を担うとは思えない残念な姿。

 ふと、雪花は何故うんこを見詰めなければならないのかと我に帰る。そして、気付いてしまった。

 

「え、あれ? ホントに光ってるし……」

「な! すっげぇべ?」

 

 輝くうんこ。間違いなくうんこは光輝いていた。まるでおとぎ話の妖精が風に踊るかの如くうんこを中心に煌めく光の粒子達。うんこそのもの光ると表現するよりはうんこが光を纏って輝いていると表現するべきかも解らない光景。

 虚無感から驚愕と混乱に跳ね上がる雪花の心理状態。まさかこんな事がありえるのか、ありえていいはずがない、だってうんこじゃん、うんこは光らないはず、だから、この光って臭いのはうんこでは無いのでは? 確認せざるを得ない雪花は公園の植え込みに生える木から枯れ枝を失敬してうんこ(疑惑)を突く。

 

 ねちょ。と、枯れ枝越しに雪花の手に伝わるうんこの感触。間違いなくこれはうんこだった。つまり、うんこは輝いているのだ。

 木の枝にこべりつくうんこ。いずれ多くの人間の命と期待を背負う事になる未来の勇者秋原雪花にうんこを木の棒でつついていたという人生の汚点もこべりつく。

 

「そのえんこついたぼっこ*6どうすんの?」

「どうもしないよ」

 

 男子の純粋な眼差しによって我に帰り、とたんに羞恥をおぼえた雪花がうんこ枝を白い雪に埋めて隠す。それはまるで恥を隠すために行われた行為だが、雪花がうんこをつついた事実は消えない。雪に埋もれたうんこ棒はいずれ雪融けの時期にうんこを雪融け水に流されるだろうが、過ちは決して洗い流せないのである。

 

「で、なんでこのえんこ光ってるの?」

「……さぁ?」

 

 これがうんこなのは認めよう、でも何故光っているのだろうと首を傾ける雪花。男子も光る理由が気になるのも解らないのも同様で同じように首を傾ける。うんこを前に真面目な顔で首を傾ける小学生男女、雪花の人生の過ちはとぐろを巻くうんこのように積み重なっていく。

 

「そもそもこれ、なんのえんこ?」

 

 犬や猫のうんこではないだろう、犬や猫のうんこは光らない。小学生相応の知識量しかない雪花では光るうんこをする生き物に心辺りが無く、それ故に年相応に豊かな想像力によって自分が知らないだけで光るうんこをする生き物がいるのではと頭の悪い夢物語のような結論を導き出す。

 光るうんこ生物がここにうんこをした、もしかしたら、まだこの辺り光るうんこ生物がいるかもしれない、もしかしたら雪男やチュパカブラのようなUMAかもしれない、ちょっと捜してみよう。と、周囲に視線を巡らせる雪花。だが、光るうんこ生物どころか手掛かりになりうる物はなにも見付ける事はできなかった。

 

 足跡さえも、見つからない。

 見つけたのはられたのは雪花自身が今しがた歩いてきた轍のような足跡と、雪花が公園に入ってきた位置とは違う位置から荒っぽく雪を踏んで進んだであろう男子のものらしき足跡だけ。この場二人の足跡しか見つけられなかったのだ。

 

「まさか……」

 

 犬や猫の足跡すら見つけられないという事は、この湯気を放つほどに新鮮なうんこをここに産み落とした何かは雪を踏まずに此処に現れてうんこを置いていったという事で、もしかしたら光るうんこ生物は鳥のように空中を移動できるのかもしれないと推理し、どうかこの推理が正解であって欲しいと願う雪花。

 UMAが存在して欲しいと願うロマンの心でそう願う訳ではない、自分の推理が正しいのだと賢ぶりたい訳でもない。この推理が正解ではないのならば、これはなんのうんこなのかと疑問を口にした瞬間から無言で目を逸らして視線を合わせる事をしなくなった目の前の男子がここで尻を丸出しにして野糞をしたとしか推理できなくなるからだ。

 

 目の前にいる男子が光るうんこ生物というUMAかもしれない状況に眩暈がしそうになる雪花。未知との遭遇という非日常は平日の朝に登校する日常から始まるのだ。

 

「なんのえんこだろうなー」

「ッ!」

 

 目を逸らしながらも棒読みの発音で雪花と同じ疑問を口にする男子。あからさまな態度で知らばっくれる男子だが、それに追及するよりも衝撃的な事実に気付いて息を飲む雪花。

 

 輝く光属性のうんこが有る、しかし、コレが人型の生き物がここに産み出した物だとして、ケツを拭いた紙が無いのだ。どこを見ても雪、雪、雪……雪しかない景色、紙であろうと布であろうとケツを拭いたのならば残るはずであろう残骸がどこにもない。

 仮に目の前の男子が光るうんこ生物だとするならば、この男子はうんこしてからケツを拭かずにパンツを履き直している事になる。つまり、今現在ケツにうんこを挟んだ状態である疑惑が浮上するのだ。その考えに至ってしまった雪花の心がドン引きに染まり、闇に堕ちて闇属性の雪花となる。

 光があるならば影には闇がある、これは世界の真理だ。光のうんこと闇の雪花、ここに世界の真理の縮図があった。うんこと雪花は対なる存在なのである。

 

「……ま、マジかー」

 

 ドン引きしてはいるが男子にケツでうんこ挟んでるだろとは追及しない雪花、闇に堕ちていてもいたずらに相手を辱しめないだけの情けがあった。これこそが、いずれ勇者として覚醒する少女の無垢さと寛容さと器の大きさなのだ。

 そんな雪花の優しさを知ってか知らずか、数秒間の挙動不審を経てから男子が口を開く。

 

「あ! そういえば忘れ物してたんだ、取りに帰らなきゃ!」

 

 唐突で脈絡の無さすぎる発言、そのまま男子が踵を返して自分の足跡を辿って荒々しくも素早く雪を掻き分けていく。

 

「あっ、ちょっ──」

 

 そんなに激しく動いたら挟んでるうんこがケツから落ちてパンツにつくんじゃないの。と、言い掛けて口を閉じる雪花。察してしまったのだ、男子のパンツは既に手遅れで、着替えに帰ろうとしているのだろうと。

 自分は何も気付いていない。そう自分に言い聞かせながら男子を見送る雪花。何も明かさずに去ろうとしているという事は知られたくないのだろう、まだ事実を隠せてると思っているのだろうと、雪花は雪に冷やされて温度を失ったうんこよりはぬくもりを感じさせる眼差しで男子を見送る。

 うんこたれ男子のちっぽけなプライドを刺激しないでおくのはやはり、雪花なりの情けであった。

 

「バレたくないなら見せなければよかったのに」

 

 豆粒のように小さな後ろ姿に呟く雪花。いずれ勇者となる少女はこの日、知らんぷりという行為は悪意ある無視だけではなく、大人の対応という優しさから行われる事もあると知った。

 大人になるという事は汚れを知るという事でもある、光るうんこをきっかけに少しだけ大人になった雪花がその過程でうんこをつついたという人生の汚点を得てしまったのはある種の必然だったのかもしれない。

 雪花はうんこで大人になったのだ。

 

 


 

 

 ダイヤモンドダストという自然現象が存在する。特定条件下において、空気中の水分が氷結して散り、その無数の結晶が光を浴びて輝く現象だ。雪花がこの現象を知った時に思ったのはあの時の光るうんこはうんこの放つ湯気が原因でこの現象が発生していたかもしれないという推測だ。まとめ役達が集まった話し合いの場でこの現象の存在を知ったきっかけは何のテレビ番組だったかと雪花の思考が明後日の方向に逸れたのは、かつての光るうんこ生物もこの話し合いに参加していたからだ。

 かつての鼻タレ面とは違う端正な顔が口を動かす。

 

「───って事で、いつも魚を捕りに行ってる川周辺に熊がウロウロしてるから猟師さん達にどうにかして欲しいっスね」

 

 雪花と歳が変わらない元光るうんこ生物改め、一般的なうんこたれ。この年若いうんこたれは異様な程に野山での食糧確保が上手く、その手腕によって流通の破壊された旭川市周辺の食糧事情を支えるのに大きく貢献している事から多くの人に頼られている。

 皆こいつを一目置いてるけどうんこたれだよ、大丈夫なの? と、雪花は不思議な気持ちになっていた。

 

「あ」

 

 不思議な気持ちでうんこたれを見ていた雪花がとある事に気付いて小さく声を漏らす。自らに力を与えるカムイの一柱であり、狐の姿をしているコシンプ*7がいつの間にかうんこたれの頭に乗っていたのだ。

 

「どうかいたしましたか?」

「いえ、なんでもないです」

 

 え、なに? そいつ気に入ったの? うんこたれだよ? と、カムイが自分以外になんらかの反応を示すのは珍しい事なのでつい反応してしまった雪花。それに対して隣に座る男が怪訝そうに雪花に訊ねてくるが、自分以外に見えてない存在の説明をするのも面倒なので誤魔化した。そんなやり取りをよそに話し合いは続く。

 

「うーむ、そろそろシャケ*8も遡上してくるし熊がいると冬の備蓄に影響が出てしまうな」

「熊は一ヶ所にとどまり続ける訳じゃない、周辺での茸や山菜の収穫にも影響がでる」

「畑も家畜も荒らされる、牛一頭持ってかれるだけで何十人前の食い物が無くなる事か。雌牛をやられたら牛乳も無くなるし仔っこ*9も増えなくなるぞ」

 

 うんこたれによる熊が出没したという報告に空気が硬質を帯びる。怪物によって滅びかけの人類であるが、人類が戦う相手は怪物だけではない。人類は有史以前から飢えや病と戦い、生存域を賭けて獣とも争ってきたのだ。たかが獣の一頭、されど熊、冬には雪に閉ざされて食糧の確保がままならなくなるこの地では肉食獣一頭が原因で残された人類が滅びかねない。人を喰う怪物、人を襲って食糧を荒らす熊、道産子にとってどちらも滅びの原因となる怪獣だった。

 

「一応痕跡を軽く探してみたんスけど、足跡は微妙に小さいから若いってのと、狩りが上手い個体かもしれないから普段よりももっと慎重に対応しないと人死にがでるかもしんないスね」

 

 うんこたれの下手糞な丁寧語による報告の追加によって更に空気が硬くなる。なんでそこまで解るんだろ? っていうかほぼ全員疑いもしないんだ。と、雪花はうんこたれの得ている信頼の強さに感心する。

 

「なぜそこまで解るんだい?」

 

 集まったまとめ役のほとんどが眉間にシワを寄せている中で一人のまとめ役がうんこたれに問い掛ける。話し合い場に居合わせてはいるが、政事に疎いのに下手に発言力が強くなっているのを自覚しているので面倒を避けるために発言するつもりは無かった雪花は同じ疑問を抱えていたので渡りに船の気持ちで耳を傾ける。

 

「あ、あー、うん……」

 

 ややためらいがちな雰囲気で言い淀み、ほんの一瞬だけうんこたれの困ったような目が雪花に向けられた後に意を決したのか堂々と発言した。

 

「えんこッス」

 

 うんこか、ここでうんこなのか。多少なりとも男前な面構えになってもお前はやっぱりうんこなのか。と、戸惑うしかない雪花。

 

「なるほど、えんこか~」

「いやいやいや、えんこって……」

 

 うんうんと頷いて納得する質問者。うんこで何が通じたのか、周りを見ても誰もが疑問を抱いてそうな顔をしてない状況に雪花が激しく困惑する。なんなんだ、男って生き物はうんこで通じ合うのか、うんことは万能言語なのか。

 

「おや? どうやら勇者様にとっては少し説明が足りなかったようですね。説明してやりなさい」

「オイさん……了解ッス」

 

 雪花の困惑に目敏く気付いたまとめ役達を更にまとめる指導者的立場である及川がうんこたれに説明を促し、またも少しだけ困ったような顔を一瞬だけ見せたうんこたれが体育会系の滲み出る返事を返して雪花に向き直る。雪花は今、うんこたれからうんこの説明をされようとしていた。

 

「熊ってのはえんこ見たら何を食べたのか簡単にわかるんスよ」

「へー」

 

 多くの大人が見守る中でうんこたれより施されるうんこ講義、雪花は羞恥心を刺激されながらも自分のために時間を割かせてしまっているのだからと真面目に講義に耳を傾ける。

 

「んで、複数箇所で見付けたえんこはどれも肉ばかりを食べた後に出されるえんこで、それはつまり安定して肉を食えるだけの狩りの上手さが推測できる訳っスね」

「へー!」

 

 講義の内容よりも短くまとめながら要点をおさえた解りやすい説明ができるうんこたれに感心する雪花。話してる内容はうんこだけど真面目にしてたらやっぱりそれなり程度に男前じゃん。と、更に感心する。

 

「そーいやここ最近食糧の調達に行ってそれっきり帰ってこなくなった調達班が何人もいるよな~」

「……やっぱり、そういう事なんスかねぇ」

 

 のんびりとした軽い口調で重たい言葉を投下する男に苦虫を噛み潰したような顔をするうんこたれ。

 

「定期的に肉を食べてる熊、定期的に消える人間、人が減って動物の領域が増えたはずなのにそれでも人里付近に降りてきた熊、拡がった熊の領域に踏み込んでる人間」

「人の味を知ったんだろぉなぁ、鈍足だから狩りやすくてそれなりに量がある肉……その内人里全部が熊にとってのレストランになるな」

 

 山にひそむ熊は通常ならば生涯人の味を知らずに寿命を迎える。しかし、何かのはずみで人と遭遇し、好奇心や防衛本能などで人を殺害した後に血の匂いに食欲を刺激されて人を貪る事がある。そうなってしまえば熊にとって二本脚で歩くよく分からない貧相何かはノロマでロクな反撃もしてこない二本脚の生肉になり、熊にとって餌の確保が難しそうな山の外にある石ばかりの場所が生肉いっぱいの餌場となる。

 

「……至急、その熊を狩らねばなりませんな」

 

 重い息を吐きながら満場一致の意見を改めて告げる及川。旭川市周辺の人々は今、人喰い怪物のみならず人喰いの獣の脅威にも脅かされているのだ。

 

「人間様をを大した事のない存在だと知った熊は狡猾に襲ってくるぞぉ、何人か返り討ちされて喰われるかもわからん」

「手練れの猟師さん達を招集しましょう、鹿を追って食糧をかき集めてる場合ではない」

「はっはっは! 手練れは皆去年の内に死ぬか身体壊すかして使いもんにならんよ、最初の食糧不足に無理をさせたツケだなぁ」

 

 またも軽い調子で重い事実をのたまう男にだれもが閉口する。怪物達が人を襲い出してから最初の冬、混乱冷めやらぬ中でのその時期は食糧不足に全ての人間が喘いでいた、それをどうにかしようと行われたのは猟師頼みによる肉の確保で、狩猟の心得のある者達もそれに応えようと多くが山に籠り続けて獣を人里に供給し続けていたのだ。だが、その中で少なくない人数が人知れず怪物に襲われたり遭難して帰らぬ者となり、帰った者も多くは無理が祟って身体を壊している。

 多くの人のために奮闘し続けた真面目で腕の立つ者達のほとんどは最初の冬を越えれなかった、残ったのは不真面目な者か力足らず山深くに長く籠れない者ばかりだった。

 

「今鹿を追わせてるような鉄砲持たせたばかりの若い奴等を集めても足手まといだなぁ、アイツらは一方的に鹿を撃つ事ができても狡猾な熊との殺し殺されはできんよ。そういう臆病になるように俺が仕込んだからなぁ」

「ぬぅ……」

 

 最初の冬を不真面目故に乗り越えた腕の立つ猟師がせせら笑い、及川が何も言えずに唸る。それを見ていた雪花は自分が思ってたよりもこの一帯の状況が芳しくないという事を察した。

 

「かといって俺一人で事にあたっても狩れる確証は無いしいつまで掛かるかもわからんなぁ」

「どうしたものか……」

 

 重く硬い空気の中、雪花がとある事に思い至る。この話し合いの流れは仕込みで、一般人には対処が大変であろう熊を私に対処させるために、自主的に『私がやりますよ』と言わせるための流れなのではないかと。

 普段はまとめ役達の話し合いに呼ばれる事はなかったのに今回だけは呼ばれて同席する事になったのは、頼み難い事をやらせるための芝居なのかもしれない。と、勇者となってから人の裏側を少しだけ知るようになった雪花が推測する。

 

「えーと、私が倒してきましょうか?」。

 

「なりません勇者様、獣相手とはいえどその手を血に汚すのはよろしくない」

「勇者様はカムイより力を授かっている身です、血や殺生に汚れるのはどんな影響があるか……」

「勇者様が狩るべきは畜生じゃなくて怪物でございます。それ以外に対してはなるべく関わらずに御身を休めるべきですよ」

 

 一変した先は慌ただしい空気、そして、満場一致な反対。え、そういう流れじゃなかったんだ。と、雪花は意外に思いながらも戸惑う。

 

「手強い相手とはいえ勇者様の力が必要なほどの相手ではありませんなぁ。人手貰えるんなら欲しいのはそこにいる及川さんがめんこ*10にしてるぼんず*11が欲しいなぁ」

「え、俺っスか?」

 

 雪花のみならず、この場全ての戸惑いの目が不真面目な猟師とうんこたれに向けられる。

 

「鉄砲の使い方教えちゃるからぼんずが熊を撃ちなぁ」

「なにを、まだ子供ですよ!」

「ぼんずと同い年の勇者様だって子供だぁ、めんこが心配なのは解るが使えそうなのがいるならさっさと使えるように育てた方が後々のためになると思うがねぇ」

 

 不真面目な猟師に声を大きくする及川だが、言われる方は暖簾に腕押しな態度で受け流す。

 

「前の冬にぼんずの働きは見た。山で危険な獣に逢わず、茸や山菜の群生地をいくつも見付け、罠を仕掛けりゃ魚も兎も必ず捕まえる。ぼんずは勇者様とは違う形でカムイの加護を得ているんじゃねぇかな、んなら上手くいくだろうよ」

 

 そんな不真面目な猟師の言葉に、うんこたれの頭上で沈黙を保っていたコシンプが一度だけ大きく尻尾を振った。それを唯一見れる雪花のみならず、子供と言える年齢ながらもまとめ役の話し合いに参加するようになるほどの功績を知っているほぼ全てのまとめ役が奇妙なほどの説得力を感じとる。

 

「そうは言いますがね、勇者様のようにしっかりと加護を得ていると解る訳でもなし、そんなあやふやな事を頼りにする訳には──」

「加護が無いならそれこそぼんずの実力さぁ、実際にぼんずは熊の痕跡を見付けたら深追いしない程度に周囲を探索して重要な情報を持って帰ってこれる判断力と行動力を見せてる。及川さんも男ならそれを否定しなさんなよ」

「ぬぅ……」

 

 唯一納得を示さない及川が尚も反論するも、更なる言葉に反論が止まる。

 

「オイさん、俺やってみるっス。今はなんだってやってみなきゃいけない状況っスから」

「……そうか、わかった。無理の無い範疇でやってみなさい」

 

 危険に晒される本人からもやるべきだと言われ、やや沈黙に考え込んで遂に折れる及川。うんこたれの前向きな姿勢に雪花を含めた及川以外の人間が感心し、その直後にうんこたれの頭から少し離れたコシンプが片足を上げてうんこたれの頭に小便をひっかける姿を見た雪花は激しく不安になった。

 

「ご指導、よろしくお願いするっス」

「おう、任しときなぁ」

 

 体育会系な熱血っぽいノリで猟師に頭を下げるうんこたれ。しかし、その頭には雪花にしかわからない無色無臭の小便がかかっている。

 うんこたれの小便マン。と、雪花は心中で呟いた。

 

 


 

 

「へー、カムイに好かれやすい性質ねぇ……そういうの本当にあるんだ」

 

 雪花がカムイの音無き声を聞きながら夜空を跳躍して移動する。雪花がカムイに聞いていたのは昼の話し合いの場で疑問に思った事で、カムイに聞けば解るかもと思った事だ。

 

「明確に声を聞けるシャーマン的な才は無いけどカムイに好かれるから感覚にカムイが何かを伝えて導かれる、んで、無自覚に導かれた先が安全だったり食べ物がたくさんあったりする訳だ。なるほどにゃあ……」

 

 普段は自分以外に大した反応を示さないのにわざわざ頭にまで乗っかって尻尾を振っていたのはその性質に惹かれたからなのかと納得する雪花。そして、続けざまに浮かんだ疑問をコシンプに問う。

 

「なんで気に入った相手に尿をひっかけてたの?」

 

 先程は犬が縄張りを主張するために電柱へと小便をかけるかのような気軽さでうんこたれの頭に小便をかけていたのは何故か、カムイにとって小便が親愛の表現なのだろうかと雪花は疑問を抱えていたのだ。

 問い掛けに、音無き声が返る。

 

「悪いカムイにも好かれて連れていかれるかもしれないから、悪いカムイが寄ってこないように気配をつけておいた……と」

 

 連れていかれるって、どこに? まぁ、悪いカムイっていうくらいだしコシンプが阻止しようとしてる位だから連れて行かれて嬉しくない場所なんだろうな。と、新しく浮かんだ疑問に仮説を立てつつ質問を切り上げる雪花。着地した先で口を閉じ、物陰に身を隠してとある民家の中の様子を勇者の強化された聴力で探る。

 雪花は今、夜の見回りついでに動向の怪しい者が何を企んでいるのかを探っていた。今探っている対象はまとめ役達の一人で、雪花が勇者として活動を始めた直後から様々な図書施設や神社仏閣から資料を強引にかき集めてカムイについて調べている男だ。

 

「カムイが寵愛を与える対象の多くは無垢である事……無垢とはなんだ、年齢や処女性以外の条件は……勇者は増やせないのか……男は、大人は勇者になれないのか」

 

 雪花の優れた聴力が拾うのは話し合いの場にもいた男が呟きながら幾度も紙を捲って摩れる音。雪花は今までに掴んだ情報でこの男は自身が勇者になるか、身内を勇者にするかをしようとしていた。この男の鬼気迫る調査の姿勢に、いずれ人の道から外れるような事をしでかすのではないかと案じている。

 

「贄、贄か……」

「おばんですー*12、お願いしてた調べ物できてるっスか?」

 

 男が嫌な予感を感じさせる言葉を呟いた直後、雪花が眉をしかめたのと同じタイミングで男の家を訪ねてきた男の声が響く。

 

「おぉっ、君か! もちろんできてるとも、説明もしておきたいから上がってお茶でも飲んでいきなさい」

「あざっス、お邪魔します」

 

 訪ねてきたのは先程話し合いの場にて熊を撃つ事が決まったうんこたれ。迎えた男は歓迎の意を態度全てで表して資料との睨めっこを中断した。

 あのうんこたれ、このいかにも怪しげな男とそんなに親密な仲だったのか。と、雪花は意外に思いながらも更に耳をそばだてる。

 

「昼の報告には驚いたよ、まさか熊が出没していたとは……。勇者様に我々一般人も人々を守るために色々とやっていると知って安心して頂くために招いたのだが、余計に心労を掛けさせてしまったかもしれん」

「報告のタイミングをズラした方が良かったっスかね?」

「いや、熊は急いで解決すべき問題だ。君は間違っていない。我々大人が格好つけようとして失敗しただけだ」

 

 お茶の用意をしているらしき男が陶器の擦れる音を鳴らしながら語った言葉にすっかり忘れていた疑問へ答えを時間差で得て納得する雪花。

 

「さて、どこから説明すべきか……、この日本の八百万信仰、つまりはアニミズム的考えは北海道に古くからいたアイヌ達も似た思想を持っていて全ての物は天から降りたカムイがその姿をしてると──」

「巻きでお願いするっス」

「そうか……生け贄の文化は間違いなくアイヌにもあった、イヨマンテ*13なんて学校で習わなかったかい?」

「地域学習で習ったっスね」

 

 なにやら始まってしまったお勉強の時間に平和だった小学生の頃を思い出してほっこりする雪花、直後に光るうんこ事件も思い出してしまって微妙な気分にもなる。

 

「何かをして欲しいから自分も何かをする、ギブアンドテイク、人同士だって持ちつ持たれつで対価を払うのに神に対しては祈りだけで加護を求めるのは虫が良すぎる……なるほど、目から鱗の気分だったよ」

「秋原、あ、いや、勇者様はカムイから力を貰ってる、つまりカムイは絶対にいる。なら後は祈りの捧げ方次第で祈りは届くんじゃないかって思うんスよね」

「そして、それを私は調べた。この地に古くから根差していた儀式、神ではなくてカムイへの祈り、今では廃れてしまったそれらを復活させて勇者様への更なる加護を祈れば勇者の力になるかもしれない。纏めた資料は明日にでも及川さんに提出してみるよ」

 

 お勉強の時間かと思えば突如出てきた自分の名前に雪花は息を飲み、陰ながら自分への一助に奮闘してくれていた存在を知って喜びの気持ちが湧いてくる。同時に、そんな奮闘をしてくれていた人に対して少しでも疑いの目を向けていたことを後ろめたく思った。

 

「もしもこれが上手くいったのならば、人の祈りは今まで想定していたよりももっと直接的にカムイに届くとい事の証明にもなる。もしかしたら、勇者様……秋原様以外の勇者を増員して欲しいという祈りも届くかもしれない」

 

 これ以上盗み聞きしてても何も出ないだろう。そう判断して場を離れようとした雪花だが、更に気になる話題になってしまったので収まりが悪い思いをしながらも耳をそばだて続ける。

 

「調査を始めた頃はちっぽけなヒーロー願望で私が勇者になってやると思ってたし、無垢でなければ勇者になれないと知ってからは娘を勇者に仕立てようと思ってたのだがね……きっとどちらも無理だろう」

「急なカミングアウトっスね」

「もし勇者を増やせるのならば、勇者になるべきは君だ」

 

 え? と、屋内のうんこたれと屋外の雪花の声が重なった。

 

「あの不良猟師も言っていたが、君が人ならざる存在、カムイに導かれていると信じている者は多い、私もその一人だ」

 

 まだまだ幼いと言える年齢の頃から大人でも過酷なはずの山歩きを平気でこなし、どれだけ深く山に入っても迷わず、予め知ってたかのように食糧の多くある場所に辿り着いては多くの人を餓えから救い、時には誰もが帰還を諦めていた遭難者を見付けて連れ帰る。偶然と言うには出来すぎた幸運の持ち主。その他にも根拠として色々な事例を上げて語る男。

 そのうんこたれ、そんなに凄いのか。うんこたれなのに。と、雪花はただ驚くばかりだった。

 

「カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム」

「なんスか、それ」

「アイヌの人達に根差す考え方の一つで、天から役目なしに降ろされた物はひとつもない。という意味を持つ」

 

 生憎と書籍で知った言葉だから発音は適当だが。と、捕捉しつつ男は続ける。

 

「私のような普通の男には普通の役目を、特別な存在の秋原様には勇者という特別な役目を……きっと、誰もが特別だと感じている君にも何か特別な役目があるのかもしれない」

「それが、勇者っスか?」

「勇者じゃなくても、特別な何かが君にはあると私は思っている」

「自分で自分が特別だと感じた事なんて無いんスけどねぇ……」

 

 期待を込めているであろう熱を帯びた口調の男に反し、うんこたれの反応は微妙だった。うんこたれは普通ではないよね。と、雪花は絶妙に納得していた。

 

「君が特別かどうかは今までの君自身が証明している、きっとこれからも証明するだろう。例えば熊の討伐、悪いカムイを倒してみせるだろうね」

「悪いカムイ?」

 

 悪いカムイ。つい先程に良いカムイ筆頭であろうコシンプから聞いたばかりの単語が出てきた事により、そろそろ撤収しようと考えていた雪花の興味をひいて脚を縫い止める。

 万物に神が宿るのではなく、万物が神その物であるとしているアイヌ達。もちろん生きた動物も神であり、その中でも人を殺した動物を悪い神として扱っていたと男は語り、それならば既に人を殺しているであろう件の熊は悪いカムイになっている事になると言い切る男。ほへぇ。と、うんこたれが間抜けなため息で応えた。

 

「神殺しをしろってんスか? なんだか熊一頭で漫画みたいな話になってるっスね」

「訳の解らない怪物が人を滅ぼそうとし、それを勇者という少女が抗っているこの現状が既に漫画みたいだと思うが?」

「たしかに!」

 

 男二人が声を揃えて面白そうに笑う。しかし、世界まるごと笑ってる場合じゃないんだよにゃぁ……。と、雪花は陰で苦笑し、そのまま今度こそ撤収しようと試みる。

 

「あー、そういや誰にも言った事無いっスけど良いのか悪いのかよく解んないカムイなら見た事あるかもしんないっスね」

「なんだと!?」

 

 試みたが、またも強く興味をひかれる話題になってしまったせいでその場にとどまる雪花。盗み聞きを辞めるに辞めれない出歯亀勇者の姿がそこにはあった。

 

「たぶんっスけど、あれはえんこのカムイっスね」

「なん……だと……?」

 

 驚愕の声から瞬時に戸惑いの声に変貌した男の声。雪花の内心も同じようにうつろう。

 困惑ながらも話の先を促す男にしたがってうんこたれが語る。

 

「小学校にあがってから最初の冬にすっごい寒い日があったんスけど、腹が冷えたのか登校中にえんこ我慢できなくなって野糞したんスよ」

 

 おい、待て。ほぼ確信してたけどやっぱりあれはお前のうんこだったのか、別の何かのうんこだったっていう僅かに残っていた可能性を自分で潰すのか。と、雪花が呆れに似た感情を胸中で叫ぶ。

 

「そしたらなんかえんこ光ってたっス」

「えんこが……?」

 

 あー、うんこたれにとってアレは神様だったのかー、うんこはともかく光ってる感じはなんかキラキラしてたもんねー。と、珍獣を見守るような不思議な気持ちが湧いてくる雪花は無自覚の内に菩薩の表情に至る。

 

「見間違いとかじゃ……?」

「いや、勇者様……その時はまだ勇者じゃなかったっスけど見せたら勇者様も光ってるのが見えてたんで見間違いじゃないっスね」

「自分の野糞を女の子に見せた……だと……?」

 

 なんて事だ、とんでもない勇者だ。と、男が呟く。

 なんて事だ、うんこを見せつけられた人生の汚点が第三者に知られた。と、雪花が嘆く。

 

「しかし、うぅむ……特別な存在であろう二人が一緒にカムイを目撃したのか。二人とえんこには何か関連があるのだろうか」

 

 信じちゃうのかー、考察しちゃうのかー、与太話として流して欲しかったなー。と、更に嘆く雪花。

 

「はっ! まさか!?」

「なんか解ったんスか?」

「もしや、勇者様に力を与えているのはえんこのカムイなのではないだろうか」

 

 やめろ馬鹿、ふざけるな。つまり私はうんこの勇者だってか。と、屋内に乗り込んで胸ぐら掴みながら一言文句を言ってやりたい衝動に駆られるも、盗み聞きしていた現状を思い出してなんとか踏みとどまる雪花。気付けばすぐそばに浮いていたコシンプが不服そうに尻尾をピンと立てていた。

 

「私達はえんこを崇めるべきなのだろうか?」

「えぇ~~~……、なんかそれは嫌っスね」

 

 思考の迷走を始めた男と苦い声のうんこたれ。雪花はこれ以上盗み聞きしてても何も無いだろうと今度こそ夜空へと跳躍した。

*1
「なまら」すごく、めっちゃ等の意味

*2
「しばれ」凍る、厳しく冷える等の意味

*3
「はっちゃきこく」張り切る等の意味

*4
「わや」凄い、大変な状況や状態等の意味

*5
「えんこ」うんこ!

*6
「ぼっこ」木の棒、棒状の物等の意味

*7
「コシンプ」人の異性に懸想して憑くもののけ

*8
「シャケ」鮭

*9
「仔っこ」子供などの意味、主に獣や魚卵などに使われる

*10
「めんこ」贔屓になっている子、可愛がられている子等の意味

*11
「ぼんず」子供の意味、主に男の子供に使われる

*12
「おばんです」こんばんはの意味

*13
「イヨマンテ」霊送りの祭、集落で大切にもてなした熊を神々の世界に送り返す儀式。アイヌは動物を神として扱い、動物を殺すのは神々の世界に送り返す事として祈りを捧げていた。「イヨマンテ」は厳密には生け贄とは違うと解釈する場合も多い



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勇ましきうんこたれ

 勇者の力の源はうんこなのでは? と疑惑を掛けられてから数日、男達が熊対策の罠を設置せども捕まえられず、不良猟師とうんこたれが熊を追えども狡猾に逃げられ、越冬のための食糧確保が難航していた時に怪物達が旭川市周辺に襲撃を仕掛けてきた。

 

『勇者様、そこから北に二回くらい大ジャンプすると怪物が三体いるっス。そいつらで最後みたいっスね』

「わかった!」

 

 通信機から聞こえるうんこたれの声に勝利が間近な事を知る雪花。しかし、応答の声は荒く、不機嫌さを隠さない物だった。

 

「たしかに状況をリアルタイムで観測して貰った上で緊急性の高い場所を教えてくれるのは私もやり易いけどさ、本来なら君も避難してなきゃいけないんじゃないの!」

『いや、逃げ遅れちゃったんで……。化物は人の気配が多い場所に向かうし、いっその事誰もいない建物でコソコソしてればなんとかなるんじゃないかって思ったんス』

「で! ついでに屋上から街を見渡してた訳ね! そんな丸見えな場所で気配も何も無いじゃん! 危ないでしょ!」

 

 怪物が人を襲い始めて一年以上、怪物達から襲撃を受けている状況で誰かが身勝手な行動をすると怪物の行動パターンが乱れて勇者による迎撃に余計な手間が増えると言うのは徹底して周知されている。身勝手な行動をした者は当然怪物の標的になって危険であるし、それに対処せざるをえない勇者に負担が掛かる上、それで迎撃のペースが落ちればしっかりと避難している人々に迫る怪物を倒しきれなくなるかもしれない。たった一人の身勝手で生き残りの人類全てに危険が及ぶのだ。身勝手をした者を見捨てればいい、それが最大効率ではあるがそうしないのは、雪花が勇者である高潔で無垢な少女だからだろう。

 故に、雪花は怒る。

 

『サーセンっス! でも逃げ遅れてみんなの足並み乱して守られるべき人達を危険に晒してしまったからにはそれ以上に貢献すべきなんじゃないかって──』

 

 雪花は高潔であるが、もしもに備えて自分一人だけでも生き延びる事ができるように勇者の力を利用して自分専用の避難場所を作る程度には自分を優先するクレバーさもある。だがしかし、雪花はやはり無垢な勇者で、自分がすべき人を助けるという行為に最大限努力する少女だ。

 人を助ける、守る。そのために戦う雪花。なのに、守られるべき人間が、怪物に狙われてしまえば逃げる事さえできない弱い人間が自分と同じ最前線に立つ無茶をする。それが雪花にとって無性に腹立たしかった。

 

「君も守られる対象!」

『ッス! サーセンっス!』

 

 最後の怪物を手に持った槍で貫きつつ怒鳴る雪花。その声量によって通信機のスピーカーから放たれる音が割れ、迫力のあまりにうんこたれが言い訳を中断して元気よく謝罪する。

 

『ゆ、勇者様、本人も深く反省しているようですし……そこまでにしてやって頂けないでしょうか』

 

 雪花とうんこたれの通信に割り込んで雪花をなだめようとする及び腰な声、この声はたしかまとめ役の内の誰かの声だと気付いた雪花、同時にこの通信はまとめ役達が連絡を密にするために持ち歩いている通信機に筒抜けだった事に気付く。

 

『逃げ遅れた理由も避難の遅れた老人や子供を庇うために走り回って囮になっていたからのようですし、酌量してやって頂けたらと』

 

 それは、雪花も知っていた。天に向かってライフル銃を発砲しながら走り回り、群れなす怪物に追い回されていたのを助けたのは雪花だからだ。発砲音と一ヶ所に集まる怪物の群れに気付いた雪花がその場に向かわなければ今頃うんこたれは怪物に喰われて怪物のうんこになっていただろう、それほどまでにギリギリの状況だったのだ。

 それなのに、せっかく拾った命をまた危険に晒す。多勢に対する危険な戦闘をしてまで助けたのはそんな無茶をさせるためではなく、死なせないように避難させるためなのに。と、雪花は怒っているのだ。

 

「戦闘終了、敵影無し。もう安全だから避難指示を解除してください!」

 

 言い捨てて通信機の電源を完全に落とす雪花。

 目立ちたくてこんな行動をした訳ではない、カッコつけようとしてこんな行動をした訳でもない、ましてや虚栄心を見たそうとした訳でもないし名誉を欲しがった訳でもない。うんこたれは純粋に人を助けたくて、必死に戦う勇者に協力したくて危険に飛び込んだのだと雪花は解っている。

 雪花はうんこたれがなにやら凄いらしいと知った翌日から無性にうんこたれの事が気になり、こっそりとうんこたれがどんな人物なのかと調べたのだ。それで知ったのはうんこたれの純朴で博愛的な人柄と多くの人に慕われているという事で、特にこの慕われようは勇者である雪花自身と比べても遜色無いほどに人気者だという事だ。それこそ、多くの人がうんこたれの人助けする姿を見て心の支えにするほどに。

 もしも、そんな人物が人助けの最中に無残な死を迎えてしまったらどうなるか、旭川市周辺に逃げ延びてきた人々の心に大きな傷を遺し、大きな混乱の元になるのは火を見るより明らかだった。

 

 誰だってそうだけど、アンタは特にそう簡単に死んでいい人間じゃない! 自覚してよ!

 

 歯が軋む程に喰い縛り、胸中で怒鳴る雪花。通信機の電源を切断して通信を完全に遮断したのは普段は秘めている素の感情を表に出しているのを聞かれるのを嫌がったからではない。旭川市周辺の人々を守る雪花は人々の命のみならずその心も最大限守ろうとしているからこそ、自分の重さを理解してないうんこたれに解らせてやるために説教するのを邪魔されたくなかったからだ。

 雪花が唇を一文字に引き締めて跳躍し、先程までうんこたれが物見櫓代わりに使ってた廃ビルの屋上に着地する。

 

「あ、勇者様。お疲れ様です! でしゃばってサーセンっしたぁ!」

「いや、君のサポートは実際の所ホントに的確だった。でも、私が怒ってるのはそこじゃない!」

 

 着地した雪花がうんこたれに眼を合わせた直後、腰を綺麗に曲げて深々と頭を下げられる。が、不本意ながら勇者としての立場によって頭を下げられ慣れてしまっていた雪花はそれに勢いを萎えさせる事なく距離を詰めて口を開く。

 

「私は助けた時にちゃんと避難してって言ったはずだよ! 君にもしもの事があったら生き残ってる人達にどれほどの影響があるか解ってるの?!

「えーと、みんなの食い扶持か減るッス」

 

 あぁ、やっぱり解ってない。たしかに君の調達してくる食糧の量は安定して多いけど、それでもたった一人の調達量が減っただけでこの旭川市周辺の幾万の人々が合わさった食糧の供給量と消費量からすれば誤差の範囲だ。と、盛大にため息を吐いてみせる雪花。

 

「こんな事を言われても気分悪いかもだけど、君の事を調べたよ」

「え?」

「君に死なれると多くの人が悲しむし、こんな状況なのに団結できてる人達の和が乱れる」

「え?」

 

 曲げた腰はそのままに顔を上げて雪花を見るうんこたれ、端正な顔を間抜けな表情にしていた。

 こんな間抜けな顔をするくせにこの男は多くの人の心身を救う英雄で、戦えないだけで在り方は間違いなく勇者だ。最悪の場合は自分一人だけでも助かろうと誰からも隠れて避難場所の穴を掘っている私とは違う。と、思考と感性の両方で断じる雪花。

 

 断じたのと同時に、雪花は自覚する。

 勇者でありながら自分を勇者にあまりふさわしいと思ってない雪花は、ヒーローのようなうんこたれの在り方を眩しく思い、同時に少しだけ嫉妬していたのだ。普段は飲み込む事ができていた怒りの感情が飲み込みきれずに表に出て来てしまったのは、小さな嫉妬心に刺激されてうんこたれに対して強く感情を向けてしまったからだった。

 

「……もっと自分の重さを理解して貰わなきゃ皆が困るよ」

 

 理屈で相手を嗜めようとしていたのではなく、ただ気に食わないから苛立ちをぶつける。子供の癇癪のようなそれを自分がしていた事に気付いてばつが悪くなった雪花が声の調子を低くして締めくくる。

 

「ッス、サーセンッス」

 

 むりやりに締めくくったせいで要領を得ているとは言い難い言葉だったのに、それでも素直に頭をもう一度下げるうんこたれ。その素直な姿に雪花はばつが悪い思いを増しながらも毒気を抜かれるような気持ちになっていく。

 うんこたれのくせに、不思議なやつ。いや、うんこたれの時点で大分不思議だけど。と、胸中での呟き。

 

「……でも、自分は勇者様にそこまで買って貰える程の人間じゃ──」

 

 謙遜やへつらいではないであろう本心から言っていると解るうんこたれの真面目な声色に雪花がどうしたものかと唇をへの字に曲げたと同時に、喧騒が戻りきらない街中で人の悲鳴が響く。うんこたれが言葉を切って俊敏に顔を上げて屋上の淵に走り寄って声の元を探し、雪花も同じように悲鳴の元を探す。

 安全確認したつもりだったけど、見落としがあってまだ怪物の生き残りがいたのかもしれない。と、首筋に冷たい物を刺されるような気持ちで眼を凝らす。その最中、隣にいたうんこたれが静かに呟いた。

 

「──やっぱり、来た」

「え?」

 

 怪物を探して高い位置に視線を巡らせていた雪花、悲鳴の元を探して低い位置に眼を凝らしていたうんこたれ、似てるようで違う二人。先に探し物を見つけ方のはうんこたれだ。

 

「どこで何が──」

「秋原! 耳を塞げ!」

 

 先程まで懐にあった癇癪のような怒りもばつの悪さも忘れてうんこたれに問い掛ける雪花の声を吹き飛ばす銃声。発砲したのは担いでいたライフル銃を天に向けたうんこたれ。

 至近距離で火薬の爆発する音に耳鳴りを患いながら、雪花は信じられぬ物を見た。いや、聞いた。

 

 「ウオォォォォォォォッ!!!!」

──ォォォォォォォォォ

 

 銃声のこだまが鳴り止まない街に響くうんこたれの咆哮。それと重なるカムイ達の音鳴き嘶き。雪花とうんこたれのそばに佇むコシンプが、二人を包む大気が、街路樹が、路傍の石が、咆哮の届く全てに宿る全てのカムイが嘶く。

 

 荘厳だ。と、一瞬だけ全てを忘れて雪花は茫然とする。カムイに愛されて、背中を押されている。と、茫然に鈍る思考でただ感じとる。

 

 端正な顔付きを鷹のように研ぎ澄ませたうんこたれがライフル銃を肩に構え、一呼吸の間も無い内に二度目の発砲。火薬の爆発する音に、雪花は危急を思い出してハッとした。

 

「射線から隠れた! くそっ、あの熊銃を理解してる! やっぱりあの熊は狩りに出た人を何度も襲ってたんだ!」

「熊!?」

「秋原! 俺をあそこまで運んでくれ、悠長にビルを降りてたら間に合わない!」

「え、え、あ、わかった!」

 

 勢いに押されたと言えばそれまで。勇者になってから久しく無かった名字での呼び捨てや状況を把握しきれない内に強く言われた指示とカムイ達の肯定的な意思、なによりも自身を射抜く強くて深い純粋な瞳に雪花は考える先にそうするべきだと感じ、うんこたれを抱きかかえて指示の位置へと跳躍。

 着地した先で雪花が見たのは恐怖と苦痛に顔を歪める女性と女性の足を咥えて引き摺る熊、まさに、捕食寸前の光景だった。

 暴虐と暴食、野生の象徴、熊。無機質に人を食い散らかす人類の天敵である怪物とは違う荒々しい暴力。野山に生きる者の剥き出しな本能の眼光が雪花を鋭く刺し貫き、雪花は勇者の力を持ちながらも人としての本能が恐怖を覚え、ありのままの少女としての部分が「ひ」と、引きつった呼吸のような悲鳴を絞り出させる。

 

 「ウオォォォォォォォッ!!!!」

──ォォォォォォォォォ

 

 咆哮、嘶き。雪花から飛び出すように離れたうんこたれがライフル銃を構えながらカムイ達と鼓舞し合う。咆哮に意識を引かれた熊が咥えていた女性を離した。

 

「秋原、隙を見てあの人を連れて離れろ」

「君は……!」

「熊を撃つ!」

 

 そんなの危ない。と、雪花は思った。勇者の力なら、カムイの力宿る槍ならば熊にだって勝てる。と、雪花の残っていた冷静な思考が計算した。

 

「いや、私が──」

「殺しに穢れるな!」

 

 雪花の言葉を遮る強い声、その声量に刺激されたのか熊が太い後肢で立ち上がってうんこたれを睨む。直後、ライフル銃が火を噴いて銃声を響かせる。

 

「お前を殺す武器はここにあるぞ! お前の敵は俺だ!」

 

 ほんの一瞬だけよろめき、熊が殺意を吠えた。二足立ちから四つ這い、熊がうんこたれ目掛けて走る。

 

「秋原! 行け!」

 

 雪花が何故その指示に従ったのかは雪花自身もよく解っていなかった。雪花の槍ならばどれほど強くとも獣を仕留める事など容易いはずなのに、それをせずに雪花は熊を避けるように大回りで走って苦痛に喘ぐ女性へと駆け寄る。

 

「勇者様、お助けください……!」

「うん、ここから離れるから捕まって下さい」

 

 雪花が抱えた女性を一時的に避難させるために目の前の建物の屋根上に向かって跳躍、同時に銃声。反射的に音の方へと振り返った雪花が見たのはうんこたれに肉薄していた熊が悶えるように顔を前肢で掻きむしる姿。

 片目から流血する熊。至近距離から眼を撃って潰したのか。と、雪花は勇者の優れた動体視力で知る。

 

 「ウオォォォォォォォッ!!!!」

──ォォォォォォォォォ

 

 祈るような咆哮、応える嘶き。恐らくは残るもう片方の眼を潰すために放たれた弾丸。しかし、悶える熊に狙いが外れて熊の額をはじいて毛を散らすだけに終わる。頑強な熊の頭骨が弾丸を防いだのだ。

 鉄砲に触れてから日が浅いとは思えない程に手早くライフル銃から弾倉を抜いて新しく弾を装填するうんこたれ。その隙に肉薄していた熊がうんこたれに噛み付こうと生き物を殺して喰らうための顎を開いた。

 

「危ない!」

 

 屋根上から苛烈な死闘を見ていた雪花がこのまま見ている場合ではないと、この旭川市周辺の人々にとって代えの効かないあのうんこたれを死なせるなと、熊を貫くためにカムイの力宿る槍を投げようと構える。が、

 

「手を出すなと言った!」

 

 たった一言、叱責するようなうんこたれの叫びに躊躇が生じて動きが止まる。

 

「カムイ! ヌプル コンルスィ エホマリュェ!」

──ォォォォォォォォォ!

 

 耳慣れない言葉を叫び、うんこたれは熊の開いた顎に銃口を突き入れる。

 

 くぐもった発砲音。熊が暴れ、ライフル銃を握るうんこたれが熊の顔の動きに合わせて振り回される。

 

「アエアトゥイノミ ヤァィ アトゥ タサ!」

──ォォォォォォォォォ!

 

 耳慣れない叫びを繰り返し、振り回され続けるうんこたれがライフルの体内射撃も繰り返す。乱れ動く熊とうんこたれに投げ槍での援護の期を逃した雪花が歯噛みの思いで死闘の行く末を見守る。

 

 「ウオォォォォォォォッ!!!!」

──ォォォォォォォォォォ!!!!

 

 カムイに愛される者の咆哮、人を愛するカムイ達が嘶く。

 

 射撃、熊が喘ぐ。怯えるように振り回された前肢の爪がうんこたれの額を裂く。

 射撃、熊が倒れる。うんこたれも地に叩きつけられるがライフル銃を握る手は堅く握られている。

 射撃、熊の痙攣の動きすらも止まる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 満身創痍、疲労困憊、それでも勝者がゆっくりと立ち上がって事切れた敗者を見下ろした。

 

「天に還れ、悪いカムイ」

 

 悪いカムイ、人を殺した神。この地に古くから生きていたアイヌにとって死とは神の世界に還るという事。

 うんこたれは人を苦しめる悪い神を痛みで諌め、これを在るべき場所に還らせる神の討伐をしてみせたのだ。

 

 轟く歓声。避難指示が解除されて街に戻ったが熊に気付いて隠れていた人々が、苦痛と恐怖に泣いていた女性が、うんこたれを愛して背中を押していたカムイ達が、死闘を見守っていた全てがうんこたれを讃えて祝福する。

 

「いいふりこき*1過ぎた……なまらおっかねぇ~*2……」

 

 深く息を吐きながらその場にへたりこむうんこたれ。

 頬が引きつり、未だ堅くライフル銃を握っているうんこたれの手が震えているのに雪花は気付く。

 

 恐怖に耐えて戦っていたのか、今も恐怖に震えているのか、それでもあんなに勇敢だったのか。

 勇者じゃないか。と、雪花は思う。

 

 恐怖の上で踏みとどまりながらも勇敢な死闘を制したうんこたれ、額を負傷したうんこたれを手当てしようと四方八方から駆け寄ってくる人々、それらを見ていた雪花はこうも思う。

 

 あのうんこたれはきっとこれからも人のため誰かのために今みたいな無茶をするのだろう、もしかしたらそれが原因で簡単に死んでしまうかもしれない。そうなってしまった場合、これ程うんこたれを慕う人々にどれだけの影響があるか想像したくもない。

 無茶するのを止められるのならそれに越したことはないけど、さっき話した感じや今の捨て身っぷりだとそれも難しいかもしれない。

 あのうんこたれにはよくよく気を配っておかないと騒動の度にひどく心労に苦しめられそうだ。

 

 これから先の精神的な疲労を想像した雪花が、深く深くため息を吐き出した。

 

 


 

 

 心労に苦しまされる、雪花のそんな心配と予感は翌日には現実のものとなった。額を熊に裂かれる重傷を負っていた筈のうんこたれが早朝から大きな荷物を抱えて山に入り、そろそろ日が落ちるという時間帯になっても帰ってないという話を及川から聞いた雪花がげんなりとしながら山でうんこたれを探していた。

 

「え、この川を辿ればいいの?」

 

 どこかで負傷して動けなくなっているのか、実は昨日の熊とは違う熊がいて遭遇してしまったか。と、嫌な想像をしつつ山の向こうに沈む夕陽を追うように跳躍していた雪花にコシンプが道を示す。それを特に疑う理由なんて無い雪花が素直に従って川を辿ると、程なくして山間の薄暗闇を焚き火の灯りで押し退けて何かの作業をしているうんこたれを見付けた。

 

「そろそろ日が暮れちゃうよ、夜の山は危ないから帰らないと」

「あ、勇者様。見回りっすか? お疲れ様っス」

 

 作業に集中していたのか背後に着地しても気付かれなかった雪花がうんこたれの背中に声をかけると、額に大きくガーゼを貼り付けたうんこたれが振り返る。その手にはナイフと何度も撫で削って先端に削り節の房を作った木の棒を携えている。

 箒か神社の神主が持つ大幣に似てる。と、謎の棒を見て雪花は感想を抱き、うんこたれの前に同じような棒を複数本立てている木の枝を組んで作ったワイルドな木棚とそれに乗る新鮮な鮭を見て、不思議なやつが不思議な事やってるなとも感想を抱いた。

 

「見回りっていうか、君が帰ってこないって及川さんから聞いて捜しにきたんだけど」

「うげ、昨日今日とまた心配掛けちまった……昨日もあんなに怒られたのに失敗したなあ」

「へぇ……うん、まぁ、あんだけ無茶して何も言われない方が不思議か」

 

 どうあがいても勝ち目の無い怪物を複数相手に鬼ごっこをして、その直後に野生の熊と取っ組み合いの死闘。まともな神経をしている人間には真似できない行為だし、まともな神経をしている大人なら叱りつけるだけの暴挙だと頷く雪花。

 

「それで、君は頭ぱっくり裂けた翌日に何をやってたの? はたから見ると小学生がする夏休みの自由研究なクオリティで邪教の儀式を準備してるようにしか見えないんだけど」

 

 コシンプがうんこたれの頭に乗った姿を見つつ訊ねる雪花にうんこたれが苦笑しつつ答える。

 

「小学生クオリティってのは否定できないけど、邪教ってところは否定したいっスね」

「儀式なのは否定しないんだ」

「っス」

 

 頷きながらも手に持っていた謎の棒をワイルドな棚に括り付けるうんこたれ。

 

「なにそれ?」

「このぼっこスか?」

「いや、全体的に。その棒もそうだし、その棚も鮭も」

 

 山の向こうに太陽が隠れ、辺りが急速に暗くなる中で焚き火の赤い灯りに照らされながらもうんこたれが雪花に向き直って口を開く。その動きで頭上からずり落ちそうになってコシンプがうんこたれの顔を叩いたが、当然のようにうんこたれは気付いていない。気付くことができない。

 

「棚は祭壇でぼっこは祭壇の一部で、自分なりにアイヌの祭壇を再現したんスよ。鮭はカムイへの捧げ物っスね」

「へー」

 

 なんでそんな物をこんな所で君が? と、視線で訊ねる雪花。

 

「昨日熊と戦った時、カムイに願い事と約束をしたんス」

「願い事? 約束?」

「カムイ ヌプル コンルスィ エホマリュェ。カムイよ、力が欲しいです……って願って。アエアトゥイノミ ヤァィ アトゥ タサ、贄を贈ります……ってな感じで約束したんスよ」

「アイヌ語?」

「っス。物知りな人の家にあった資料で覚えたっス」

 

 文法も発音も適当なんスけど。と、補足するうんこたれ。熊退治そのもののインパクトが強くて忘れていたけど何か叫んでいたな。と思い出す雪花。

 

「力が欲しいって願った時、わや怖かったはずなのに一歩踏み込んで熊の口を塞げるくらいに集中できたんス。あの一瞬だけ怖くなかったって気付いたのは後になってからなんスけどね」

 

 あの叫びの瞬間、カムイ達の嘶きが強くなったと記憶していた雪花がうんこたれの頭上にいるコシンプをチラリと一度だけ見る。誇らしげに鼻をスンと動かしたのが見えた。

 

「んで、こりゃあカムイが願いを聞き入れて何かしてくれたんだなと思ったんで約束通り捧げ物を贈ろうとしてる訳っスよ」

「それでアイヌ風味な祭壇と贄の鮭?」

「土着の方法に近付けた方が土着の神様なカムイに感謝の気持ちが伝わるんじゃないかなーって気がしたんス」

 

 祭壇に指をさして「これ全体がヌササン」と言い、房のある木の棒を指さして「こっちはイナウっス」と何やら楽しそうに説明するうんこたれ、日本文化に初めて触れてはしゃぐ外国人を見るような微笑ましさを覚える雪花。

 ひとしきり説明を終えたうんこたれが祭壇を作るのに余らせていたらしき枝や削り屑を拾い集めて焚き火に放り込んで周囲の掃除を始める。

 

「説明ついでにいくつか聞いていい?」

「自分に答えられる事なら」

 

 図らずして謎言語の真相を知った雪花がそういえばと思い出した疑問を解決するために訊ねる。

 

「熊が出た時、君は『やっぱり』って言ってたじゃん。熊が出る事を予測してたの?」

 

 訊ねられたうんこたれが「あー」と若干ながらばつの悪そうな声を出す。

 

「予測ってほどたしかな物じゃ無かったっス。賢い動物が獲物を狩る時にどうするかって考えて、獲物の群れに気付かれないように隠れて忍び寄って不意打ちするのに避難した直後の街に誰もいない時がやりやすいだろうなって程度の予想っス」

「それで、私への援護ついでにあのビルから熊が街に入ってないか見張ってたって事?」

「くるかもなーって程度の勘だったんスけど、まさか本当に来た上に適当に登った廃ビルのすぐ近くで人を襲ったのは完全に偶然っスね」

 

 へへへ。と、笑ううんこたれ。同時に周囲の茂みで虫がコロコロと鳴き、そのささやかな祭り囃子に吐息のような小さいカムイの声が混ざったのを雪花は感じ取る。

 勘、虫の知らせ。これがきっとカムイが感覚に訴えて導かれたというやつなのだろうかと雪花は思う。

 

「なるほどね、つまり君は私を援護してる体裁を保ちつつ、それによって私に君を認識させて怪物に狙われた時に助けて貰えるように安全を確保して、自分の目的のためにも怪物だけじゃなくて熊も見張ってた訳だ」

「……っス。やっぱりわかっちゃうっスか」

 

 へへへ。と、誤魔化すような笑いをひそめて申し訳なさそうな顔で後頭部を掻くうんこたれ。それを見て雪花が薄く笑う。

 

「逃げ遅れたひとを庇って自分も逃げ遅れたからついでにもっと危険に首を突っ込んだ感じかな?」

「まぁ……そっスね。勇者様はなんでもお見通しっスか」

 

 その判断もカムイに導かれたからなのか、それとも生来の気質故の判断だったのか、雪花は推測する情報が少ないので深く考えるのを辞めておいた。

 

「上手く出しに使われちゃったかぁ。アホっぽい喋り方する癖になかなかやるじゃん」

 

 悪い状況に追い込まれながらも一つの行動で最低限の安全を確保しつつ複数の意味を持つ行動を実行できる大胆な判断力と行動力を称賛する雪花。うんこたれが叱られる寸前の子供のように雪花の顔色を伺いながら口を開く。

 

「……怒ってないんスか?」

「怒ってたけどね、終わってみたらほとんど全部が上手くいって終わっちゃったからなんかもう清々しいよ」

 

 軽いため息混じりにいいながら、真面目な表情を取り繕った雪花が「だけど」と言葉を繋げる。

 

「ほとんど上手くいったけど、君のそのおでこは上手くいかなかった部分もある証明だよ。熊の腕力と爪なら後少しだけ深く当たってたら君の頭はぱっくり割れてたんだから」

「……ス」

 

 うんこたれがガーゼ越しに額の傷を手で触れる。その触れた手を頭上からコシンプが前肢を伸ばして一度だけ撫でて鼻を鳴らした。

 人を殺した獣、悪いカムイ。悪いカムイに連れていかれないように気配を残したコシンプ。もしかして、熊の爪による死を回避した背景に以前コシンプが頭に引っかけた尿が関係しているのだろうかと気付く雪花だが、ひとまずは追及せずに言葉を続ける。

 

「熊を倒した時の歓声と色んな人が君の手当てのために飛び出してきたのは君も見たはず。君がどれだけ自己評価が低くても皆に慕われてるのは事実だよ」

「……」

「ビルの屋上で言った通り、君に何かあった場合多くの人にそれなりの影響があるってのはちゃんと自覚してよね」

 

 少しだけ強めの口調で言い付けた雪花だが、内心では自分はこんな説教臭い事を言うのは柄じゃないし似合ってもいないしそもそも自分もそんな偉い人間でもないのに。と、半ば自嘲気味だった。

 

「……っス」

「わかればよろしい」

 

 腰に手を当てて頷く雪花。やはり、自嘲。

 額から手を離したうんこたれ、同時に前肢を戻したコシンプが頭上で座り直すのを雪花は見た。

 

「あー、もしかしてっスけど、自分の頭になんか付いてるんスか? ちょいちょい視線が頭にいくのを感じるんスけど」

 

 言いながら自分の頭に手を伸ばして乱雑に撫でるうんこたれ、その直前にコシンプが俊敏に頭から肩に乗り移る。

 

「付いてるって言うか、憑いてたって言うか……なついている?」

「なつく?」

「カムイが乗ってた」

「え?」

 

 口を半開きにし、眼を剥くうんこたれ。その間抜けな表情が面白くて雪花が軽く噴き出す。

 

「え? えぇ? ……あっ! もしかして今潰しちゃったんじゃ!?」

「あははっ、肩に飛び移って逃げてるから大丈夫だよ」

 

 血相を変え、慌てて頭から手を離してまじまじと掌を見詰めるうんこたれを笑う雪花。またも間抜けな表情になったうんこたれが自分の肩を見て首をかしげた。その動きに合わせて、うんこたれには見えないコシンプが至近距離で眼を合わせながら同じように首を傾ける。

 

「何も見えないし何も感じないっス……」

「まぁ、そういうものなんじゃない?」

「はへー」

 

 肩の上にいる何かを触ろうとおっかなびっくりに手を伸ばすうんこたれ。手の伸ばし方が控え目過ぎてコシンプから離れた空中を撫でていたが、コシンプが首を伸ばして頭を差し出した事により人とカムイが触れあった。

 コシンプが嬉しそうに眼を細めるが、うんこたれはそれが解らずに空気を何度か撫でて手を引っ込める。

 

「カムイって、今まで自分が思ってたよりももっと身近にいるんスね」

 

 はえー。と、もう一度掌をまじまじと見詰めるうんこたれ。

 

「私が嘘を言ってるかも。とは考えないんだ?」

「……なんていうか、感覚が勇者様の言ってる事に納得しちゃってたんで欠片もうたがってなかったっス」

 

 これはカムイがそう納得させたのか、いや、たぶんこのうんこたれが元々人を疑う質では無いからだろう。と、純朴な瞳に納得する雪花。

 

「話しは変わるけど、祭壇はこれで完成? それならもう日が暮れてるし帰宅をオススメしたいんだけど」

「っス。仕上げがまだっス」

 

 思い出したように祭壇に向き直るうんこたれ。肩に乗っていたコシンプが祭壇へと飛び移る。

 

 「カムイ イヤイライケレ!」

──ゥゥゥゥゥゥゥ……

 

 うんこたれが手を合わせて拝み、それに合わせてコシンプが尾を降って頷いた。そして、木々や石、風や川、あらゆる物が雪花にのみ聞こえる声で優しく唄う。

 うんこたれはそれに気付けない。しかし、満足そうに微笑んだ。

 

「ほんとは歌ったり祝詞上げたり踊ったりと色々あるんだろうけど覚えきれないんで感謝の言葉だけで勘弁っス……ってな訳で捧げ物終了っス」

「今のは?」

「アイヌ語でありがとうって意味っスね」

 

 言いながら荷物を纏めて帰り支度を整えるうんこたれ。その背中に雪花が問い掛ける。

 

「なんでアイヌ語なの?」

「古くからこの地にいたのなら、古い時代から使ってた言葉の方が伝わりやすいんじゃないかなって思ったんス。何かを伝えたいなら、ちゃんと伝える事ができるようにって感じっスね」

「へー」

 

 そういうものなのかな? と、思いつつ捧げ物の鮭を鼻先でつついていたコシンプに眼をを向けて視線で問い掛ける。やや間を置いて視線に気付いたコシンプが雪花へと視線を向けて答えを返した。

 

「別にアイヌ語だろうが大和言葉だろうが現代語だろうが伝えたいって意志があるなら伝わるらしいよ」

「ファッ!?」

 

 荷物を纏める手を止めたうんこたれが激しく首を回して雪花を見る。

 

「私もアイヌ語や大和言葉もわからないけど通じてるし」

「……そうなんスか」

 

 沈黙に虫の鳴く音が染み渡る。ややあって、雪花が追加でコシンプの意思を翻訳した。

 

「真摯に伝えようとする気持ちは評価してくれてるらしいよ?」

「……そっスか」

 

 こいつ、実は面白いやつなのかも知れない。と、雪花はうんこたれの疲れたような表情を見て少しだけ思った

 

*1
「いいふりこく」格好つける等の意味

*2
「おっかない」怖い、恐ろしい等の意味。ひどく疲労した状態を示す意味もある



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モテるうんこたれ

 秋の深まる旭川市周辺。熊という大きな障害を排除した人々は新たに人里に近付いてくる熊を警戒しながらも冬に向けて食糧を備蓄していた。

 

──プゥェ~~~~ゥゥ……

 

 街の外れ、山に近く民家も疎らで土地を余らせていた場所を利用して大量の鮭を天日干しにしている場所にて巨人が景気よく放屁するような音が空気をつんざく。

 

「変な笛、なにそれ? 山で鳴ってるのをたまに聞くけど熊避け?」

 

 放屁音の発生源はうんこたれが両手で包むように持って口に咥えた小さな笛。訝しげな雪花にうんこたれが説明するよりも早く、鮭がカラスや獣に荒らされないように見張る名目で周囲を遊び回っていた幼い子供が得意気に口を開く。

 

「ゆうしゃ様、これ鹿笛っていうんだよ!」

「鹿笛?」

「鹿のなきごえをマネしておびきよせるやつ!」

 

 説明したらそれで満足したのか子供が他の子供達との追いかけっこを再開して離れていく。元気な子供を見送った後に苦笑しつつうんこたれへと視線を向けて真偽を問えば微笑みながらの頷き。

 

──プゥェッ プゥプッ プェーー

 

 うんこたれが吹いてるからなのか、鹿の鳴き声と聞いても放屁の音にしか聞こえないと感じる雪花。きゃいきゃいとはしゃぎ遊ぶ喧騒をよそにうんこたれがしっかりと鮭を見張りながら鹿笛を鳴らし、いつの間にか姿を現していたコシンプがうんこたれの胡座に納まっていた。

 

「で、なんで狩りに出てる訳でもないのに鹿笛を?」

「ただの手慰みっスよ。オイさんに最近働き過ぎだから今日は休めって言われてたんスけど、どうにも暇だから休みつつ見張りとぼんず達の引率してたんス。それでもやっぱり暇だから、って感じっスね」

「手慰みねぇ……」

 

 雪花が納得とは程遠い心情でうんこたれが肩に担いでいるライフル銃を見る。秋の初めの頃にうまく出しに使われた記憶が新しく、雪花はうんこたれの意外な思考の広さを知っている。きっと、万が一に鹿を誘き寄せる事ができたら仕留めて備蓄にするつもりで鹿笛を鳴らしているのだろうな。と、あたりをつけた。

 

「勇者様はなんでここに? ここら辺にはなんにも無いっスよ」

 

 疑問に答えたから次はこちらの番と言わんばかりに問ううんこたれ。雪花はこの答えを与えて貰ってと繰り返すギブアンドテイクに似た問答に何故だか居心地の良さを感じる。

 

「んー、しいて言えば君がいたからかな」

「何か自分に用事でも?」

「いいや、普段は山に川にたまに畑にと歩き回ってるのに珍しく腰を落ち着けていたのを見回り中に見たから興味本位で……って感じ。まぁ、さっきの質問で珍しさの理由も知れたんだけどね」

「そっスかぁ」

 

──プェ プッ プェ ぷぅ プッ

 

 あ、今確実に屁の音が混ざったな。と、思いつつも言及する事なく次の問いに移る雪花。胡座から飛び出して恨めしげにうんこたれを見るコシンプ。

 

「額の傷塞がったんだ、もう大丈夫なの?」

「この通りっス」

「いやいや、見た感じでは迫力有りすぎて大丈夫かどうか解んないんだけど」

 

 熊に裂かれた額、荒い傷痕が白く薄い皮膚として太く長く残っているのを見て問えば満面の笑み。雪花はその自信満々な顔に痛みはもう無いのだろうと納得しておく事にした。

 

「勇者様の方こそ怪物を迎撃するのに怪我とかしてないっスか?」

「戦闘には結構慣れちゃったし、特に危うい場面も怪我も無いかな」

「そいつはなによりっス」

 

 コシンプが鼻をひくつかせ、様子を探りながらまたうんこたれの胡座に納まってたのを見て雪花が間を空けた隣に腰を降ろす。その後、数十秒か数分かをはしゃぎ遊ぶ子供達を眺めてから探るように雪花は訊ねた。

 

「山に入って鹿撃ちしてた人達でひどい喧嘩……死人が出るほどのいざこざがあったんだって? 君も近くにいたらしいじゃん、大丈夫だった?」

 

 隠していた雪花の本来の目的、血みどろの争いの場にいた純朴な同年代を案じて様子を知るという事。ちょっと言葉を交わした程度ではそれほどショックを受けているようには見えなかったが、もしもショックを受けているのを隠しているだけだったら無神経が過ぎる問いだったかもしれないと口にしてから気付いた雪花がハッとする。

 

「まぁ、良かれ悪しかれ人死にには慣れちゃってるっスよ」

「……ちょっと無神経だったね、ゴメン」

 

 眉尻を下げながら淡く微笑むうんこたれ。どうとでも捉える事のできてしまうその表情を見た雪花が謝罪するが、うんこたれは「いや」と一度首を左右に往復させた。

 

「遅かれ早かれ、だったんス」

「え?」

「今回のいさかいで死んだ人達は影で色々と悪い事してた人達で、色んな人から恨みを買ってたんス」

 

 遠くはない位置ではしゃぎ遊ぶ幼い子供達に聞こえないように配慮してか声量を減らして語るうんこたれ、その内容の剣呑さに雪花は少しだけ息を呑んだ。

 

「警察も裁判所もほとんど麻痺で治安はみんなの善意任せ、統治機構は元々は政治家でもない各分野での代表者が集まっての話し合い……。まぁ、悪い事しようって人間にはやりやすい環境だったって訳っス」

「協力し合わなきゃ冬を越えれないようなこの状況でそんな足並み乱すような人が──」

 

 いるのか? と、問おうとしたが、まとめ役達の中でさえ腹に一物抱えている人物が多いと知っている雪花は口をつぐむ。そして、言葉を切った雪花に向けたうんこたれの視線はどこか諦観したものだった。

 

「それで、そんな悪い事ばかりの人達が山奥の誰にも盗み聞きされるはずの無かった場所で次の悪企みを話し合って、偶然遭遇した別の人達に聞き咎められて、悪事の仲間に引き込もうとしたり詰問されたりの果てに撃ち合いになった。ってのが顛末っス」

「……そっか」

 

 短く言葉を返した雪花、短く返すしかできなかった。

 話を聞いた雪花は察してしまったのだ。偶然遭遇したのはこのうんこたれが率いる班で、悪事を働こうとする人達を止めようとしたが上手くいかず、逆上されて争いになってしまったのだろうと。だからこそ、雪花はどんな言葉を掛ければ良いのか解らなくて短い言葉しか返せなかった。

 自分と歳が変わらない少年がその手で人を撃ったかもしれない。そして、それを自分の軽率な質問のせいで思い出させているかもしれない。そんな予想が雪花を曇らせる。

 

「今回の事が無くても、いずれ大きな諍いになっていた。そこに無関係な人……特にあのぼんず達や勇者様が居合わせないで済んだんだから良とするっス」

 

──プゥェ~~~~ゥゥ……

 

 君だって悪事には無関係だったはずじゃん。と、雪花が口を開こうとする前に鹿笛を鳴らすうんこたれ。なんとなく機を逸した雪花は沈黙のままに山へと染み込む音を見送った。

 子供達がはしゃぎ遊ぶ穏やかな喧騒、うんこたれが鹿笛がで彩る。

 

──プゥェ~~~~ゥゥ……

──ぷぅ~~

 

 全身の毛を逆立ててうんこたれの胡座から脱出するコシンプ。

 こいつ、またやりやがった。実はホントにそれほどショックを受けてないんじゃないか? と、雪花はシリアスを放屁で吹っ飛ばしたうんこたれに白い目を向けつつ間を空けて座った過去の自分を褒める。

 

「! 来た」

 

 白い目に気付いているのか気付いてないのか、一度息を呑んだうんこたれが春分に立ち上がった。

 

「なに? またおなら出そうなの?」

「げ、バレてたんスか」

「何故バレないと思ってたのかにゃあ……」

 

 動揺に肩を揺らしたうんこたれに向ける目の白さを増した雪花。誤魔化すような笑みを一度だけ浮かべたうんこたれが担いでいたライフル銃を腕に持つ。

 

「鹿が来たんスよ」

「え、どこ?」

「あそこっス」

 

 誤魔化すような笑みから自信に満ちた笑みへ。うんこたれが方膝立ちにライフル銃を構えて銃口で鹿の位置を示した。

 

「あ、見付けた。茂みに半分隠れてて解りにくいのによく気付けるね」

「カムイ、自分に少しの幸運を」

 

 感心する雪花をそのままに小さく祈りを呟くうんこたれ。逆立てていた毛を戻したコシンプがやれやれと言わんばかりに鼻を鳴らしてライフル銃の照準を覗くうんこたれの肩に乗る。

 

 大きな獲物を仕留める瞬間を目撃した子供達が歓声を上げて喜んだ。

 

 


 

 

 雪花がうんこたれの似合わない険しい顔を見たのは、怪物を迎撃した直後の雪が積もった街中での事だった。

 

 積もった雪が靴の中に入って足が冷たくなるのを嫌った雪花が誰かが残した足跡を再度踏んで歩いていた先、立ち止まっていた足跡の主であるうんこたれの険しい横顔を見付けた。

 

「すごい顔してるけど何かあった?」

 

 背後から声を掛けられるまで雪花に気付いていなかったうんこたれが一度驚いた表情に変わり、「お疲れ様っス」と、今しがたの迎撃の労をねぎらってから問い掛けに答える。

 

「そこで、まとめ役の一人が死んでたんスよ」

「……え」

 

 うんこたれが指をさし示したのはまとめ役達が話し合いの場としても活用している町役場。意識して注意を向ければ建物の中から落ち着きのない気配を感じる事ができる。

 

「避難指示が解除された後、役場の人が階段の下で倒れてるのを見付けたらしいっス」

 

 避難の際に慌てていたのか階段から落ちたのではないか、落ちた勢いが強かったのか打ち所が悪かったのか、発見された時には手遅れだったらしいとうんこたれは説明する。

 その人物は表では北海道を脱出して本土へと向かい、他の生き残りを探してと合流すべきだと強く主張していた男だった。と、雪花は説明を聞きながら思い出す。そして、裏側では雪花をどうにか身内に引き込んで自分の発言力を高めようとしていたとも思い出す。

 

「そっか、ちょっと頑なだったけど真面目な人だったのにね」

「……っスね」

 

 裏側について言及せず、故人の誰もが知る故人の美点のみを言葉にして冥福を祈る雪花、うんこたれもささやかに悲しげな表情で同調する。

 なんとなく、その場に留まっていたくない事を言葉を介さぬまま通じ合った二人が雪を踏んで進み出す。来た方向から向かう先へ、一つで二人分だった足跡が横並びに別たれて二人分、留まっていた場からの続きを描いていく。

 

「……最近調子はどうスか? あの怪物達が一度に襲ってくる数が少しずつ増えてるみたいスけど」

 

 露骨な話題の転換に気付きつつ、暗い話題を長く続けてても気が滅入るだろうからとそれに付き合う雪花。

 

「うーん、まだまだ対処しきれるけどこの調子で増え続けられたらちょっと厳しくなってくかも」

 

 俯瞰的に分析し、客観的な事実のみならば事態が好転に向かう要因は無いと言い切る雪花。クレバーな思考をする雪花はそれをどうしようもない事実だとして把握していた。しかし、意識して強い微笑みを浮かべながら主観的な言葉に繋げる。

 

「でもまぁ、私自身も戦う度に少しずつ戦い上手になってる実感もあるし、そう簡単には追い詰められる事は無いだろうね」

 

 そうなればいいな。と、柄でもない願望一辺倒の言葉。そんな言葉を自信満々に言い切ったのは、なんとなく、なんとなく程度の思いで雪花は事実のみを見て悲観的になる自分をうんこたれに見せたくなかったからだ。

 

「頼もしい限りだ」

 

 険しかった表情を薄く緩めたうんこたれ。その雰囲気に、この男はこんな影のある顔で笑うような男だっただろうかと雪花が違和感を覚える。

 付き合いが深いとは言い切れないが、それでも決して浅いものではない。互いに腹を割って話し合うような仲ではないが短くない期間の付き合いがあり、その間に同じ戦場で協力したり笑う顔も哀しむ顔も見たりしたのだ。

 今雪花が見ているうんこたれの表情は、雪花がこれまでに一度も見た事が無いものだった。

 

「勇者様がこんなに頑張ってるんだから、俺ももっと頑張らなきゃだな」

 

 あ。と、違和感の正体に気付いた雪花が小さく声を漏らす。その声に対して不思議そうに雪花を覗くうんこたれ。

 

「ヘタクソな丁寧語が崩れてるねぇ」

「おっと、サーセンっス」

 

 面白い物を見た気分になった雪花の口角が弓を引くように上がり、うんこたれは気恥ずかしいのか目を逸らした。

 

「ううん、別にいいよ。今の方が素なんでしょ、そっち方が私も話しやすいしね」

「勇者様に対してそんな失礼する訳には──」

「今更じゃん。熊が出たときだって『秋原』って呼び捨てにしてたし」

 

 ありのままの話し方で話そうという提案に渋る様子を見せたうんこたれだが、口角をあげたまま畳み掛ける雪花。

 

「それに、失礼云々言うなら前に排泄物見せつけられてるからホントに今更だよ」

「ヴぇっ!?」

 

 噴き出すような驚愕の声と眼を剥いて硬直する姿。それが雪花にとって今この瞬間までに見たことのある人間の最も滑稽な姿に見え、口角が上がっていただけの口が大きく開いて笑い声を奏でる。

 

「バレてたんスか」

「むしろなんでバレてないと思ってたの?」

 

 そうか、まぁ、そりゃバレるよな。と、呟きながらうんこたれが渋い顔で後頭部を掻く。そんなうんこたれとは対照的な表情の雪花が更に畳み掛けると見せ掛けて一歩譲ったような提案を示す。

 

「体裁が悪そうっていうのが気になるなら他に誰もいない時だけ素で話すっていうのも有りだと思うんだけど?」

 

 大きな要求をした後に動揺を誘う一言で惑わせ、それによって生まれた隙に付け入るような最初の要求よりも飲みやすい小さな要求をする。最終的に自分の要求のみを飲ませて自らは対価を支払わないペテン師や狡いキャバ嬢のような手法。計算高い頭脳を無駄に駆使した雪花の悪戯。

 

「……じゃあ、そうするかな」

 

 どう? と、小さく首を傾けながら微笑んだ雪花に対して諦めたような清々しい表情で頷いたうんこたれ。

 間抜けではあるが愚かではない、命懸けの状況でアドリブな知恵働きによって自分を出し抜く広い思考を持っているうんこたれは解っていてペテンに嵌まったのだと、雪花は諦めたの表情の中にある『仕方ない』と言わんばかりな譲歩の気配によって気付いていた。

 

「……フフッ」

 

 溢れる笑みを自覚する雪花。勇者として多くの人々の期待を向けられる重圧や、それなりに慣れてしまったとはいえ一歩間違えば怪我だけでは済まない怪物との戦闘をしなければならない緊張感、それらによって真に心休まる時をしばらく感じていなかった雪花は今、他愛ない悪戯の駆け引きで年齢相応の少女として何も考えずに笑っていた。

 

 そういえば、大口開けて笑ったのもいつぶりだったかな。

 

 十代の少女に似つかわしくない思考で記憶を辿り、思い出したのは怪物が現れて人を襲い始める少し前の記憶。心底から楽しいと思ったのは一年以上も前の事だったと思い出す。

 

「そういや随分と前にオイさんも似たような手口で浄水器買わされてたなぁ」

「え? 意外。あの人そういうのに引っ掛かるんだ」

「……いや、訪問販売のお姉さんの胸ばかり見てたからありゃ色仕掛けに嵌まったのかもしれない」

 

 二人で顔を見合わせて笑う。

 誰かと対等に笑い合う、それさえも雪花にとっては久しぶりの事だった。

 

 こいつ、結構口がうまいじゃん。楽しいぁ……。

 

 ぎこちないヘタクソな丁寧語をやめた口は良く回り、素の口調では冗談を多く交えて盛り上げようとするうんこたれとの会話に雪花は脳裡で何も計算することなく頭を空っぽにしたまま会話を楽しむ。

 なるほどね、善良な人柄で周囲の人の心を支えてユーモアで心を明るくさせる、そりゃ色んな人に慕われない訳がないよ。この人たらしめ。と、雪花は心を納得で綻ばせ、顔では口を開けて笑う。

 

 雪花はうんこたれな人たらしとの対等な会話を楽しんだ。

 

 


 

 

 人たらしとのなんて事ない会話を楽しむようになった雪花は互いの暇が重なった時に人たらしを訪ねては気晴らしに冗談を交わしあうようになった。しかし、雪花は広い旭川市周辺の見回りや怪物の襲撃に対しての迎撃、人たらしは野山に畑にと食糧確保の要、どちらも多忙であるがためにその機会は多くは無い。

 

「前回の襲撃から間が空いたかと思ったらいつもの倍近い数で攻めてくるなんて……。いや~~、さすがに疲れたよ」

 

 安全確認のため街を跳躍して倒し損ねた怪物がいないか探しつつ追従するコシンプに愚痴をこぼす雪花。音無き声が雪花を労る。

 雪花自身に危うい場面は無かったが、怪物の多さに対応をてこずってしまい何度も一般人を危機に晒してしまった事が頭から離れずに雪花は重い息を吐いた。

 

 そういえば今回あの怪物達は南の方から襲撃してきたけど、人たらしも今日は南の山の浅い場所へと子供達を引率して山菜の採り方を教えに行くって言ってたっけ。

 

 ふと気になったのは雪花にとっては数少ない対等の関係である友人の安否。もしかしたら、コシンプならば神としてのなんか凄い力で人たらしの安否を知っているかもしれないと訊ねてみれば、案内してやるから見に行ってみろとどことなく不機嫌な音無き声で返される。

 

「案内してくれるのは嬉しいけど、なんでちょっと機嫌悪そうなの?」

 

 首を傾けつつ安全確認と避難指示を解除させる通信を済ませた雪花はコシンプに行き先を示されるままに南へと大きく跳躍する。その先、山に足を踏み入れた辺りで尋常ならざる異変に遭遇した。

 

「……くっさ…………!!」

 

 異変、異常、異臭。鼻が曲がるだなんてレベルではなく、嗅覚を麻痺させた後にその麻痺を貫いて異臭を感じさせる程の臭み。例えるならば、じっくりコトコト煮詰めたうんこ。

 あまりの臭いに立ち去りたくなった雪花だが気力で耐えてコシンプが誘う先へと歩みを進め、幾らか歩いた先で前触れなく地面が盛り上がるのを目撃した。

 反射的に槍を構えて臨戦態勢へ。

 

「秋原!? クッサ! ヴぉえぇ……」

 

 地面の下から現れたのは何かの汁に濡れていて異臭にえずいている人たらし、耐え難いと全身と顔の筋肉全てで表現している子供達もうんこたれと共に続々と姿を現す。

 

「緊急避難用の避難壕か、無事だったんだ……うっ」

 

 山で食糧調達をする者達が怪物から逃れるために各所に掘った隠れるための穴。怪物に気付かれる前にうまくそれに避難できていのかと雪花が安堵の息を吐き、息を吐いたら吸わねばならないという人体の当たり前によって異臭を多めに吸ってしまった雪花もえずく。

 

「なんなのこの臭い」

「……いやー、わからないっすねー」

 

 嗅覚を破壊しかねない臭いにたまらず悪態をつく雪花に目を逸らしながらの棒読みで応えた人たらし。

 あ、こいつ何か知ってるな。と、ヘタクソな誤魔化しよって雪花は確信する。

 

「うげぇ……にーちゃんのえんこまだ臭い……何たべたらこんなえんこ出るんだよ……」

「──は?」

 

 おえぇ……。と、えずきながら放たれた子供の言葉に驚愕して口があんぐりと開く雪花。直後、激臭に味覚さえもが刺激されてる気がして口を閉じる。雪花にうんこを味わう趣味は無いのだ。

 

「街中だったら毒ガステロで通報されそうなこの臭いが人体の中で生成されたの? 体の中バイオハザードなの?」

 

 驚愕を通り越して感動、からかいや侮蔑ではなく純粋な知的好奇心で質問する雪花。うんこに感動してうんこに好奇心が沸き立っている事実に雪花は気付いてない。

 

「いや、至って健康なはずだけどな。野グソした直後は普通のえんこだったんだけど急にあの時みたいに輝いて臭いが辺りに充満しやがったんだ」

「は? 何言ってんの?」

「えんこのカムイにイタズラされたのかもしれない」

 

 日常会話の中に当たり前のように紛れ込む野グソという単語にちょっと引きつつ野グソ野郎の説明を聞く雪花。

 うんこ臭に全員で苦しんでいたら避難壕から薔薇のような花の香りが漂って来たのでそこに避難し、しばらく待機していたら薔薇の香りが急にうんこ臭に変わったので耐えきれなくなって這い出てきたとの事。

 

「逃げ込んだは良いものの獣なんて中にいなかったのに頭にいきなり小便みたいな液体が降ってくるわで何がどうなっているのやら、多分だけど何か良くない事が起こってるんだろうなとは思うんだけど……」

 

 小便漬け野グソ野郎の言葉にハッとした雪花が傍に佇んでいたコシンプを見る。すると、前々から危険が迫ってたらわかるように仕込んでおいたのにたまたま近くで産まれたうんこのカムイに横槍いれられた、できたてホヤホヤの癖にとんでもない奴だ。と音無き不機嫌な声が返ってきた。

 先に私が好きになったのに。と、好意を抱いていたが恋人では無かった男に別のぽっと出な女がくっついているのを見てしまった女のような気持ち。それこそがコシンプの不機嫌な理由。しかも、そのぽっと出な女は産まれて間もないロリ、まさしく影ながらに男を支えていた大和撫子が想いを寄せていた男にロリビッチがねっとりとキスをしているのを見てしまったかのような図。しかし、実際の図はうんこたれと小便をかけた畜生とできたてホヤホヤのうんこ。

 

「……そこにカムイが?」

 

 会話の途中で何もない所を見詰め始めたように見える雪花へと問うんこたれ。その瞳には解りやすい期待の輝き。

 

「危険が迫ってたから異変を起こして教えてくれてたんだってさ。実際にこの辺りを怪物の群れが通ってたよ」

「マジかよ、全然気付いて無かった」

 

 ぎょっとした表情をした後に雪花が見詰めていた虚空へと向き直るうんこたれ。雪花にはコシンプとうんこたれの視線が絡んでいるように見えた。

 

「ありがとう! うんこのカムイ!」

 

 爽やかな感謝の言葉。しかし、それがコシンプの逆鱗に触れた。

 こんなに好きなのに! あんなに貴方のために頑張ったのに! どうして解ってくれないの! 貴方を守るのはあのアバズレじゃなくて私なのに! そんな悲痛で重たくて少し病んでそうな叫びが聞こえてしまいそうな勢いでうんこたれの頭にしがみついて何度も前肢で顔を叩くコシンプ。しかし、うんこたれは愛に気付けない、悲しいすれ違いが発生してしまう。

 

「うえ~~。せっかく採った山菜がなまらえんこくさい、こんなのたべられないよ」

 

 火曜日のサスペンスな愛憎劇が始まりそうな一人と一匹の背景で子供達が残念そうにダメになってしまった貴重な食糧だったものを破棄した。

 

「……あっ」

 

 あれに干渉するのめんどくさいな。と、考えるのを辞めようとした雪花がとある事に気付いてしまって小さく声を漏らす。うんこたれは暖かくなって山菜が生えてきたこの時期にうんこが輝いたと証言した、輝くうんこの正体は自然現象であるダイヤモンドダストと言い張るにはムリがあるこの時期にだ。人知を越えた神秘、神の御業なのだろう。この濃厚なうんこ臭の通りうんこのカムイは本当に存在しているのだ。

 

 あの冬の日に見た光るうんこはまさか本当にうんこのカムイだった?

 

 雪花とカムイのファーストコンタクトはうんこだったかもしれないのだ。もしも、それが事実ならば雪花の初めてはうんこに奪われている事になる。

 え、それはなんか嫌だ。と、思考をフル回転させてその可能性を否定する理論を考え始める雪花。『貴方を殺して私も死ぬ!』と、今にも言い出しそうだが見た目は愛らしい狐のカムイかうんこのカムイ。ファーストコンタクトがどっちだった方が嬉しいかを考えたら圧倒的に愛らしいヤンデレ狐の方が嬉しい雪花としては絶対にうんこを否定したいのである。が──

 

「……臭いがきついしそろそろ帰るわ」

 

──考えてもうんこ臭によって思考へと没頭できない雪花は考えるのを辞めて家に帰る事にした。

 



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無知とムチムチとムッツリ

 うんこたれが山奥でクオリティの低い祭壇を造り上げてその上に排便、身を隠すように誘導して命を助けてくれたうんこのカムイへの感謝の言葉を唱えた後に『礼を尽くしたのに人としての尊厳を捨てた気がする』と、後悔に似た感情を抱いていたのは数日前。雪花が悲しい偶然によって祭壇を跨いで踏ん張っていたうんこたれを目撃してしまったのも同じく数日前。

 うんこたれにとって不幸中の幸いなのは祭壇への脱糞が変態的な欲求を満たすための行為でも頭がおかしくなってしまっての狂気的な行為でもなく、カムイへの礼のためだと推理して理解できる聡明さが雪花にあったという事。雪花にとって不幸に不幸を重ねたのは父親以外で始めてみた異性のケツが今まさにうんこをひねり出そうと脈動した瞬間だったという事だ。ついでにキンタマ袋の裏も見てしまった雪花、優れた頭脳による優れた記憶力のせいで忘れようにも忘れられない瞬間、脳内をケツとキンタマとうんこに汚された雪花はまた大人になれたのだ。

 余談だが、コシンプはうんこたれに姿を見られないのをいいこと堂々と正面に移動してイチモツを鑑賞し、うんこによるうんこたれ寝取り事件によって傷付いた心を癒した。

 そして更に余談だが、うんこのカムイは滅多に無いうんこへの感謝の儀式にこれ以上無い程に喜び、礼への礼返しに全力を尽くした。祭壇の上のできたてホヤホヤうんこを起点に淡い光を夜天へと昇らせて光の種子を撒き、神の奇跡により瞬時に発芽、成長、華を開かせる。満開な極光の実りで夜天を彩る。つまり、光属性うんこによるオーロラの発生。物理の法則を無視して発生したオーロラは旭川市周辺の人々の目を楽しませて過酷な現状に疲れた心を癒す。うんこたれのうんこは癒しのうんこ。

 純粋な感謝の気持ちでうんこを崇めたうんこたれはその行いによって多くの人が心を癒す結果となったのだ。多くの人に善き影響を与えるうんこたれの在り方はまさしく勇者、うんこたれは勇者である、略して『うたゆ』だ。

 

「見苦しい所とブツを見せて申し訳ありませんでした」

 

 うんこたれは間抜けではあるが愚かではない、非を認めて謝れる男なので例え不本意であってもヘビー級のうんこを見せ付けるヘビー急なセクハラをしてしまった事を謝罪した。

 

「事故だし仕方ないよ……。気にしないで」

 

 雪花も心の広い優しい少女なのでその謝罪を受け入れた。

 誠実に謝罪し、寛容に受け入れる。仮に雪花が何か失敗をしてしまいうんこたれを嫌な気持ちにさせてしまったとして、雪花も誠実に謝罪してうんこたれもそれを誠実に受け入れるだろう。許し合える二人は間違いなく対等な友人関係なのであった。うんこたれと雪花は友人である、略して『うせゆ』だ。

 

 うたゆ、うせゆ、合わせてうたせゆ。つまり、打たせ湯。日々の肉体的な疲れと突然の精神的な疲れに『温泉にはいりたいなぁ』と思った雪花は山奥にて沸き続けている地元民しか知らなあ穴場の温泉に向かった。脈動する穴を目撃してしまった精神的な疲れを穴場で癒そうという目論見だ。

 何十年前の地元民が拵えたのかもわからない男湯と女湯を遮るついたてと脱衣場として建てられたあばら家があるだけの秘湯に着いた雪花。温泉にウキウキしながら脱衣場へと突入しようと崩れかけの戸を開こうとした時にまたも悲しい偶然が発生してしまった。

 

「え……?」

「ふぁ……?」

 

 雪花が開くより先に勢いよく開いた戸、開かれた戸の向こうには全裸で仁王立ちのうんこたれ、思春期男女の出会い頭事故。事故の原因は脱衣場の出入口を男女別にわけずに作った過去のおおざっぱな地元民。

 雪花と同じように色々と疲れてた故に温泉を欲したうんこたれ。まさか、こんな管理もロクにされてない上に来るだけでも大変な山奥の温泉に女性が来ることは無いだろうという思い込みによる油断と温泉まるごと貸切状態だったという解放感による一切合切隠さずの屋外全裸。

 雪花の網膜にうんこたれの股間にぶら下がるライフル銃の威容が焼き付く。雪花が父親の股間の豆鉄砲以外で始めて見た異性の股間はうんこたれのライフル銃、股間が無武装の雪花の羞恥心を刺激の果てに殺すのには容易い威力。恥ずか死。『彼女も股間にライフルを武装していたのなら避けられた死だ』『ライフルで威圧してくる悪い奴を止めるには、良い人間もライフルを持つしかないのです』と、羞恥心の暴走と混乱によって雪花の脳内に全日本股間ライフル協会が発足し、誰もが股間を武装すべきだと訴える。

 

 うわぁ、おとうさんのとぜんぜんちがう

 

 雪花の父は股間に武装しながらも娘の羞恥心を守れなかった。武装していても射程と威力に差があれば誰かが弱い立場になり誰かが強い立場になる、人間全てが武装しても防げない事件事故は発生するのだ。

 事故によって脳内がライフル銃に汚れた雪花。大人になったと見せかけて精神状態は軽く幼児退行していた。

 

 ヤバいヤバいまずいまずい対応一歩間違えたら露出狂いの痴漢扱いされて人生終わる!

 

 そして、ほんの僅かな時間差によって先に脱衣場を利用してしまった事により生じたこの場において最大の悲劇。それは、うんこたれがもう少しだけ遅く来てたら立場が逆転してバスタオル一枚姿な見目麗しい少女を拝めたという事。しかし、思春期男子にとって千載一遇のチャンスを逃したうんこたれはそれに気付かないまま股間のライフル銃を隠すのも忘れて保身のための思考へとのめり込む。

 

「……きっ…………!」

 

 雪花の引きつった声による悲鳴の予兆。同時にうんこたれはこれ以上無い程に素晴らしい気がする名案を思い付いた。

 

「これから温泉に入るんだ! 全裸の何が悪い!!」

 

 うんこたれ容疑者による開き直り、名案な気がするだけでただの暴走。そんなあからさまに血迷った姿を目撃した雪花が冷静さを取り戻し、股間のライフル銃から地面へと視線を逸らした。

 

「悪くはないかもだけどまずは隠そうよ」

 

 年頃の穢れ無き無垢でうぶな少女がやってのけるには非常に難しいはずの大人な対応。ほんの今しがたまで軽度の幼児退行していたのに今この瞬間には余裕のある大人のお姉さんに、子供から大人へ、まさしく急激な成長。雪花はうんこたれのライフル銃、いや、オチンチンで大人になったのだ。

 

「…………っス……」

 

 冷静に諭されて暴走を止めて手拭いでそっとオチンチンを隠すうんこたれ。

 

「……見苦しい所とブツを見せて申し訳ありませんでした」

「……事故だし仕方ないよ……。気にしないで」

 

 しばしの無言の後に誠実な謝罪と寛容な許し。オチンチンを見せた見せられたとしても許し合える素敵な友人関係なのだ。

 

「そのままだと風邪ひいちゃうからはやく温泉に浸かりなよ……」

「……っス」

 

 疲れを癒しに来たのに想定外の出来事で更に疲れる二人。もはや温泉に浸かる以外の事を考えたくないのでうんこたれは足早にその場から離れ、雪花も周囲をしっかり確認してからさっさと脱衣を済ませて温泉に突入した。

 


 

 二人の間で温泉での出来事は発生してない事になった。示し合わせてそう決めた訳ではないが、お互いにそれを蒸し返した所で不利益しか産まないのでどちらも話題にしないようにしている。

 

「いやぁ、壮観だね」

「みんなで頑張って大きくしたからな」

 

 雪花が褒めたのは、うんこたれが大きくしたのはオチンチンではない、旭川市周辺の人々の食糧事情を支える農産物の田畑だ。

 人類を殺す怪物の出現によって人類の比較的安全な生活圏が旭川市周辺のみになり、物流が破壊された上に広大な大地を奪われて第一次産業にも多大な悪影響が及ぶ事になった。元々は食糧自給率がほぼ二○○%と食に困る事はほぼ無いはずだった北海道だが、生活圏が旭川市周辺に限られた上に安全な地を求めて押し寄せてきた多大な避難民による人口の密集により、怪物の出現した年は深刻な食糧不足に陥っていた。

 それを解決するためにまとめ役達主導で行われたのが猟師頼りの肉の確保であったり、休耕地の再生や用途の無い土地を田畑として開発する事だったのだ。

 

「収穫はまだ先だけど、これだけ元気に育ってるならきっと秋にはたくさん収穫できるはず」

──  ……  ……!

 

 力強く背丈を伸ばす稲が風に波打つ水田、多くの人と協力して拡げたこれを見渡して誇らしげに微笑むうんこたれ。

 やわらかく通り抜けて雪花とうんこたれの髪を撫でた風に乗り、畑のそこかしこから雪花にのみ聞こえてきたカムイの音無き声が豊作を予告する。

 

「食べるに困らなくなれば過酷な思いをしてまで鹿撃ちしなくてもよくなるから、少しだけ楽になるじゃん」

「いや、鹿撃ちに行く頻度は落ちるけど辞めはしないさ」

 

 何故? と、視線で問う雪花。

 

「鹿肉好きなんだよ」

「あ~~、独特の弾力と臭すぎない臭み? みたいなのが癖になるよね」

 

 美味しい食べ物を食べたいという理由に納得して頷く雪花。

 

「もう一つ理由があってさ」

 

 どこからか風で運ばれてきて田の畦に落ちていたゴミを拾って持参していたゴミ袋に捨てつつうんこたれが言葉を続ける。

 

「獲ってきた肉を誰かが美味しそうに食べてるのを見るのが好きなんだよ」

「へー」

 

 料理人が自分の作った料理を人に振る舞って美味しいと言って貰えるのが好き。と、いうのと似たような感じなのだろうと再度納得する雪花。

 

「自分のした事で誰かが喜ぶのがうれしいってだけさ」

「なんかヒーローっぽくてカッコいいじゃん」

 

 大袈裟だな。と、笑ううんこたれ。

 

「カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム……。きっと人は皆、多かれ少なかれ誰かのために何かをするために産まれて、だからこそ誰かの喜びを嬉しく感じるんだ」

「急に哲学っぽくなったにゃあ、誰の言葉を引用したの?」

 

 何も答えず、肩をすくめただけのうんこたれ。そろそろ休憩にするからそこの小川で手を洗ってくると言い残してその場を離れる。雪花はその背中を見送り、田んぼにて凪いでいた水面を覗いていたはずのコシンプへと視線を向ける。

 

 全身の毛を逆立て、かつてない怒気を滾らせる姿。

 怒りに荒ぶるカムイの姿がそこにあった。

 

「え……!?」

 

 コシンプの嫉妬狂いの女じみた姿を見たことはあった雪花だが、このような敵意に荒れた姿はいまだかつて見たことは無い。なにか危急が迫っているのだろうかと首筋に冷たいものを感じる雪花をよそに、コシンプがうんこたれが向かった小川の方へと駆け出した。

 

 もしかして、アイツに何かが起きた?

 

 カムイに愛される友人に危険が迫り、それを察知したコシンプが荒ぶっているのかもしれない。と、コシンプの行動で推測した雪花もコシンプを追って走り出す。

 そして、見た。

 

──…… …… ……♥️

「おお、でっけぇ*1ザリガニ……痛ぇっ!!?」

 

「は? ……はぁ?」

 

 小川の淵にてムチムチな全裸で扇情的に踊る女性とそれを意に介さず女性の足元にいるザリガニを捕まえようとして指を挟まれるうんこたれ。突然の変質者とうんこたれの間抜けな姿が同時に視界に収まってしまう訳のわからなさに雪花は硬直して疑問と混乱の息を吐く。

 直後、全裸の女性がうんこたれに抱き付こうと手を拡げ、駆け寄ったコシンプが女性の隙だらけなみぞおちに鋭い体当たりをして小川の中に突き落とした。

 

 アバズレ淫魔め、私のチパパを誑かすな! カムイの世界に還れ!

 

 殺意すれすれな敵意の音無き叫び。ザリガニのハサミに悶えるうんこたれの頭に着地したコシンプが小川に沈む女性を睨む。

 

「あっ、あれって変質者じゃなくてカムイの類いだったんだ」

 

 淫魔。カムイの世界に還る。その叫びに変質者の正体を知り、うんこたれが全裸をスルーしていたのも単純に見えてなかったからなのだと知る雪花。見た目はとても愛らしいコシンプと違ってただの変態にしか見えてなかったのでそれがカムイだと気付くのが遅れたのだ。

 小川を流れていく全裸を睨みながら説明するコシンプが言うには、あれはアイヌにパウチカムイと呼ばれていた淫欲のカムイで普段は全裸で躍りながら魚のシシャモをばら蒔いており、時折人の世界に訪れては人に取り憑いて色狂いにしようとするカムイだとの事。

 

「シシャモ……?」

「このっ! 離せ、茹でて食べちまうぞ!」

 

 ちょっと何言ってるかわからない。と、不思議な世界観に首を傾げる雪花。自分が色狂いになりかけた事を認知できないうんこたれはザリガニとの戦いに夢中で背後に立つ雪花にも気付いていない。

 流れ行く全裸が完全に遠退いて見えなくなった頃、逆立ていた毛を戻したコシンプが前足でザリガニを叩くと戦意を失ったハサミが開かれてザリガニは小川の中へと帰っていった。

 

「なまら痛ぇ」

「熊に勝てるのにザリガニには勝てないんだ」

「! ……かなり恥ずかしい所を見られてた気がする」

 

 ザリガニが逃亡した事による無効試合と終わったが、勝負の内容だけで言うなれば体格差を覆すザリガニの絞め技による一方的な展開。実質的にうんこたれはザリガニに敗北したのだ。熊殺しのうんこたれに勝つザリガニ、ここに熊<うんこたれ<ザリガニのヒエラルキーが完成する。

 

 情けない所を見られた恥ずかしさを愛想笑いの仮面で隠すうんこたれ、リアクションしにくい誤魔化し方に言葉が出ない雪花。そんな微妙な空気の中でコシンプが敗北者を慰めるようにうんこたれの指を舐めた。

 うんこ崇めたり全裸で開き直ったり、挙げ句の果てにザリガニに負ける男を愛して『私の』とまで発言するカムイ。しかも、男はカムイの献身の多くを認知していない。その姿はまさにダメな男に引っかかって夢中になるダメ男好きで男運の無い女のようだった。

 

 危ないところだった、あのままパウチカムイが取り憑いていたらきっとチパパは猛烈に発情して雪花に襲い掛かっていたかも。と、コシンプ音無き声が雪花の耳を打つ。

 

「……えぇ」

 

 間抜けな光景だったのにそんなにきわどい状況だったのかと困惑する雪花。そういえば、『チパパ』とはどういう意味なのかとうっすらと疑問に思っていたが文脈的にうんこたれを指しているのだろうと、困惑ばかりで疲れてきた雪花は適当に解釈して考えるのをやめる。

 

「めちゃくちゃ困惑されてる……」

「うん……困惑しかないわ」

 

 ザリガニに負けた姿に困惑されてると思っているうんこたれ、カムイ達による摩訶不思議を説明するのも疲れで面倒な雪花。解こうが解かまいがどうでもいい誤解なので雪花は何も言わない事にした。

 

「お、勇者様とぼんずじゃねぇか。田んぼの様子でも見にきてたのか?」

 

 微妙としか表現しようのない空気を更に微妙な空気にする不真面目さが滲み出る声。雪花とうんこたれが振り向いた先にはうんこたれに鉄砲の扱いを教えた不真面目な猟師の釣竿とバケツを携えた姿。

 

「そんな所っスね。とっつぁん*2は釣りっスか?」

「そうだな、川下の方で糸垂らしてたんだ。んでもボウズ*3だから帰って"ヘッペ"こくわ」

「ブフッ!」

「……?」

 

 和やかに会話してたかと思えばまたも雪花にとって聞き慣れない単語、うんこたれには意味が通じたのか慌てたように息を噴き出した。

 

「いきなり何言ってんスか」

「あ? ヘッペなんて誰でもするだろうよ」

「……ヘッペ?」

「おっとぉ? 勇者様はヘッペを知らんのか。意外ですね、てっきりぼんずと一緒にヘッペしてる仲だと思ってましたわ。……俺が教えましょうかい?」

 

 にやぁ。と、形容するのが最もふさわしい顔で笑う不良猟師と眼を剥いて言葉を失ううんこたれ。

 

「? そのヘッペ? って言うのは複数人でやることなんですか?」

「一人でも二人でもヘッペですわ。俺は一番多くて六人一緒でヘッペした事がありますよ」

「!!? マジかよ、すげえ。……って、ホントに何言ってんスかとっつぁん。冗談キツいっスよ」

 

 驚愕と感嘆溢れる声色から呆れの声へ、不良猟師がまたもにやぁと笑う。

 

「いやいや、冗談じゃなくて本当だ。いや~、あの頃は若かった」

「そっちじゃなくて!」

「んぉ? あぁ、なるほどな。俺が教えるってのは冗談キツいか、ぼんずが教えてやりゃあいいもんな!」

「そうでもなくて!」

 

 少しばかり声を荒くするうんこたれとのらりくらりと受け流してからかっているような不良猟師。なんとなく話に付いていけない雪花は野郎二人を眺めながら『仲がいいんだなぁ』と胸中で呟いた。

 

「ハッハッハ、ぼんずをからかうのは面白いな。満足したし帰ってヘッペこくわ、釣りしてた最中から無性にこきたくて堪らなくてな」

 

 現れた時と同じく唐突に帰宅を再開する不良猟師。散々にからかわれたうんこたれが後ろ手にヒラヒラと手を振って歩き出した不良猟師の背中に深い溜め息を吐き捨てる。

 

「……とんでもないじっこ*4だな」

 

 こいつも悪態つく事あるんだ。と、珍しい物を見たような気分になる雪花。そして、好奇心で今しがた野郎二人が盛り上がっていた話題について訊ねてみた。

 

「結局ヘッペって何? スポーツ?」

「ブフォッ!」

 

 瞬間、本日二度目の盛大な噴き出し。

 

「誰でもやるような事なんでしょ? 何その反応」

「……健康な人間なら誰だって一度や二度はやるんだろうけどな……スポーツではないよ……いや、スポーツ感覚でヤる人もいるのか……?」

 

 目を逸らし、常では見ないようなハッキリとしない小声のうんこたれ。そんな姿に雪花は更に好奇心がくすぐられる。

 

「健康ならみんなするの? 私はヘッペって始めて聞いたんだけど、私はヘッペした事ないよ」

「ッ! ……ぐぅ……」

 

 苦悩の表情を浮かべるうんこたれ。そんなに説明に困るような難解なものなの、でも誰でもしてる事なんでしょ? と、雪花は訝しむ。

 

「ヘッペ教えて欲しいな」

「ぐああああああ!」

「?」

 

 苦悩の表情、されど赤面。そして、発狂。雪花にとっては不可思議な反応の後にしばしの沈黙。

 

「……ヘッペ、そんなに知りたいのか」

「え、うん。結構気になる」

「…………わかった……後悔するなよ」

 

 ヘッペ。それ即ち性交、あるいは自慰。性的な快楽を得るための行為全般*5。と、激しく赤面しながらしどろもどろな口調で説明するうんこたれ。優れた頭脳故に過不足なく理解してしまった雪花、説明の前半には刺激された羞恥心にうんこたれと同じよう硬直し、後半には自らの過ちに気付いて硬直する。

 

 私ヘッペした事無いよ。とはつまり、私自慰した事無いよ。ヘッペ教えて欲しいな。とはつまり、えっち教えて♥️ と、なる。

 雪花の過去の発言を標準語に変えるととんでもないカミングアウトとスケベな漫画のヒロインみたいな発言になってしまうのだ。

 

「…………ぅぅ……」

 

 こんなの痴女じゃん、逆セクハラじゃん、穴があったら入りたい。そんな思いで頬に熱を集め、眦に涙さえ浮かべる雪花。同じくうんこたれも羞恥に震える。

 無自覚に逆セクハラをやらかし、その解説をするという思春期男女の不幸な事故。原因は雪花の無垢、いや、言語を修める幼少期に性的な言葉を意味も解らず憶えて使ってしまわないように周囲の大人が配慮していたが故にだ。

 

「……なんか、すまん」

「……こっちこそ、ごめん」

 

 互いに言葉が見つからない沈黙の後、いたたまれない気持ちのまま取り敢えず謝り合う思春期男女。セクハラし合っても二人は友人なのである。

 

 ちょっとえっちな言葉を憶えた雪花はまた、少しだけ大人になったのだ。

 

*1
「でっけぇ」大きい、大きな等の意味

*2
「とっつぁん」お父さんを意味する。血縁関係が無くとも中年男性に対して親しみを籠めて使う場合も多い。例:げぇ! 銭形のとっつぁん

*3
「ボウズ」釣り人の釣果が無い状態

*4
「じっこ」ジジイ、オヤジ等の意味。スラング的な意味合いが強い。例:このくされじっこ(クソジジイorクソオヤジ)!

*5
文脈で意味が変わる。例文1:我様は彼女いない歴=年齢のヘッペ(自慰)マスターぞ? 貴様等、頭が高い! 跪け! 例文2:ねぇ奥さん、旦那さんとはご無沙汰なんでしょ? 絶対後悔させないからさ、ヘッペ(性交)しましょうよ……一回だけなら浮気じゃなくてただの火遊び……二人だけの秘密にすれば大丈夫……だから……ね? いいでしょ……奥さぁん……














夢を見るんだ、幸せな夢なんだ。

この小説は面白くなって、何よりも面白くなって、勇者であるシリーズを知ってる人も知らない人も楽しませることができるんだ。

それで、この小説を読んだ誰もが他の勇者であるシリーズの小説を読んでも雪花が登場したら『あっ、うんこのヒロインじゃん』なんて連想してしまうくらいにこの小説を強く印象つけたいんだ。

たくさんの人が『うんこのヒロイン』を知って欲しい。

そのためにはまずランキングに載らなくちゃ……。

って事で評価くれ。



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うんこの旗印に集え

 目の覚めるような美女。と、そう形容すべき存在を雪花は見た。

 心地好い陽射しの中、青々と葉を拡げる芋畑に屈んで雑草を毟るうんこたれの丸めた背中を慈愛深い微笑みで見守る美女。風に靡く髪はその一本一本が黒曜石の如く輝き、微笑みを形作る唇の艶やかさは穢れ知らぬ白い肌に桃色の華を咲かせる。まさしく、美という概念を人の形の器に注ぎ込んでできあがった美そのもの。

 わや! なまらめんこい! なして*1ごしょいも*2畑にあんなめんこい人が!? と、方言ってお洒落ではないよねという若者思考で思春期が始まった頃から方言をあまり使っていなかった雪花にしては珍しく全文方言な思考で美女に見惚れる雪花。

 呼吸すら忘れるほどに見惚れて立ち尽くすだけの雪花に美女が気付き、慈愛の微笑みを深めて夜空のような瞳で雪花へと小さく会釈。目が合ったから軽く挨拶した、ただそれだけの行動でさえもが美と気品に溢れ、魅力によって雪花の精神を酩酊させる。

 

「…………はふぅ」

 

 雪花が挨拶を返す事も忘れて見惚れたまま恍惚の息を吐きこぼす。

 

 すごいなぁ、この辺りにこんな美人がいたなんて知らなかった、こんなに美人なら噂くらい聞いててもおかしくないのになぁ、後光が差しているみたいに輝かしくて綺麗……おかしいな、本当に後光が差してる。よく見たら着てる服も現代人が着るような洋服じゃなくて貫頭衣着てるじゃん、ファッションセンスが古墳時代……あぁ、うん、あれは神様だわ。コシンプとかのカムイとは違う内地*3の神様かな?

 

 それならば、うんこたれが全裸で踊る女性のカムイに無反応だったのと同じように美という概念を濃縮したような女性にも無反応なのも納得できる。だって、うんこたれはカムイの類いを見るどころか感じる事もできないのんだし。と、雪花はひとりでに納得しながらコシンプに確認すると肯定の頷きが帰ってきた。

 

「へー、やっぱりそうなんだ。なんの神様?」

 

 雪花が人の世では他に見る事はできないであろう美しさを眼に焼き付けながらコシンプに訊ねる。

 

「はにやまひめ? 何々の神様みたいに何かの顕現とかじゃなくて名前のある神様なんだ」

 

 ハニワの埴に山の姫で埴山姫(はにやまひめ)。国生みのイザナミより生まれた娘だと事も無げに言いのけるコシンプ。

 

「イザナミ……なんか聞いたことある。有名人の娘さん的なポジションの神様なんだ」

 

 日本神話とかあんまりわからないけど、私でも聞き覚えのある名前だからきっとすごい神様と関係があるのかな。と、日本列島とある意味兄妹関係な女神の美しさに夢中で思考している暇の無い雪花は適当な理解をする。雪花の向ける視線の先、女神は毟った雑草の根に絡んで現れたミミズを指で摘まんで土に帰すうんこたれを幼い子供を見守る母親のような瞳で見守っていた。

 

「で、なんの神様? 美人の神様?」

 

 あれだけ美しいのだから美に関する何かの神様なのだろうかと予測しながら訊ねる雪花。しかし、コシンプの答えはそれを真っ向から否定する。

 

 半死人だったイザナミが垂れ流したうんこから生まれた便所の神。桃から生まれれば桃太郎ならばあの女は糞から沸いた糞子ちゃんだ。と、忌々し気に吐き捨てるコシンプ。

 

「え」

 

 またうんこか。あれだけ美人な女神様なのにうんこなのか、うんこたれに関わる存在はうんこ関係ばっかりなのか。と、恍惚の眼差しから遠い目へと瞬時に変貌する雪花。そんな有り様な雪花に気付いているのかいないのか、コシンプは苦々しい感情を隠さないままに音無き声を連ねる。

 

 埴とは土の意、土を肥やす糞より出でたアレは豊穣の神でもある。今に至るまで人の滅びを傍観していた天の系譜なのに、なんの気まぐれなのかチパパに寄り添うと決めたらしい。アレの気が変わらないのならばチパパが携わる田畑は他の神々のイタズラや人の悪意に晒されない限り不作を忘れる事になる。

 

「へー、なんかすごいんだねー」

 

 綺麗なうんこさんってそんなに凄い神様なのかぁ。と、美という概念をうんこに汚された衝撃で理解する気を失った雪花が適当に頷く。

 

 あれはチパパを直接どうこうするつもりは無いようだし、味方として傍に在るのならば頼もしい存在だ。何処でも排便できるチパパにとって世界すべては便所、便所の女神との相性は眼を見張るものがある。でも、いきなり顕れてチパパの保護者面してるのが気にくわない。

 

「何処でも排便……まぁ、祭壇の上で丸だしになる位だもんね」

 

 遠い目から虚無の瞳へ。思い出してしまった放出寸前のケツの穴とキンタマの裏の光景に心が汚れて雪花はセルフで大人になる。

 思考を放り捨てた虚無の雪花はただ曖昧な表情で立ち尽くす。その姿は第三者から見ると畑仕事に精を出すうんこたれをこっそりと見詰めている奥ゆかしき恋する少女のように見えなくもなかった。

 


 

「迷子の花子ちゃんのお母さんいますかー?」

 

 翌日、怪物の迎撃を済ませた雪花が廃ビルの上に腰を降ろして一息ついていた時、地上より聞こえてきた聞き慣れた声に見下ろすとに避難の騒ぎで母親とはぐれたらしき女の子の手を引いているうんこたれの姿を見付けた。

 

「えー、美人が増えてる……あれも神様なんだろうにゃぁ」

 

 周囲に声を掛けながら歩くうんこたれ、縋るようにうんこたれの手を握る幼い女の子、その後ろに連れ添って二人を見守る女神、そして、その女神の横に見慣れない装束を纏う人間離れした美貌の女性。なんとなくの感覚程度でしかないが、雪花にはその新たな女性の顔立ちが日本人の平均とは微妙に離れているとも感じ取る。

 

「なんだろう、映画で見た昔の中国みたいな服っぽいかも」

 

 もしかして、あちらの女神様は異国からわざわざやって来た旅のお方かにゃ? と、音の鳴っていない歯ぎしりをしているコシンプに問えば肯定の頷き。

 

 あれは紫姑神(しこしん)。便所で殺された女が亡霊に成り果てて便所に引きこもっていたのが祀られて神に成り上がった存在。神になって尚、便所に引きこもっていた地縛霊ならく地縛神、便所の住人。と、コシンプが淡々と雪花に解説する。

 

「また便所かーい」

 

 うんこたれに関連するもので便所やうんこ等の下ネタ系列ではないほうが珍しいとさえ思うようになってきた雪花は、新たに出現した美しい女神がまたも便所神だということに驚きすらせずに溜め息を吐く。

 

「山田さんちの花子ちゃんのお母さんの行方を誰か知りませんかー?」

 

 一生懸命に声を上げて女の子の母親を探すうんこたれ。この周辺では見付けられないかもと判断したのか探す場所を変えるために女の子を連れて一歩を踏み出したのと同時に、紫姑神がそっとうんこたれに耳打ちするような仕草をする。そして、うんこたれは二歩目で足を止めてその場に留まった。

 

「おっとぉ、あれは?」

 

 あの便所の住人は未来の吉凶を予言する女神でもあるから、チパパの感覚に吉となる未来を囁いてよりよい未来へと導ける。便所の住人がチパパの傍に在るのならば、チパパの直感と幸運は今まで以上に冴え渡るはず。それと、あれは射的を得意とする存在でもあるからチパパが向上心を忘れない限り猟の腕前もどこまでも上達できるようになる。

 

「凄いんだろうけど……凄いんだろうけどさぁ……。凄いはずなのに便所の住人って称号が酷すぎない?」

 

 あれは本来便所から出られない存在。でも、チパパは世界全てを便所として認識できるからチパパと一緒なら何処へでも行けるだけ。チパパが野グソや脱糞を躊躇うようになったらまた便所に縛られる程度の便所女。束の間の自由な外出に浮かれてチパパを導くのは自分だと勘違いしているのを私には赦す度量がある……あるんだ……あるん……だ……!

 

「……うわぁ」

 

 なにやら自分に言い聞かせて自身を落ち着かせようとしているコシンプの荒々しい雰囲気に怖じける雪花。いや、怖じけると表現するよりはドン引きの感情の方が強いのかもしれない。

 些細なきっかけで自制心が破裂してうんこの女神達に噛み付きに行きそうなコシンプ。雪花はうんことは言え美しい女神達の肌に万が一にでも噛み傷でもついてしまったら勿体無いとの思いでコシンプの荒れた感情をほぐすために何か別の話題を振ろうと思考する。そして、思考の中でとある事に気付いてしまった。

 

 コシンプはさっきアイツが野グソや脱糞を躊躇うようになったらって言ってたけど、アイツって野グソはともかく脱糞までしてたの? と、雪花は気付きたくなかった疑惑に気付いてしまったのだ。

 コシンプが言うにはうんこたれにとって世界全てが便所判定。つまり、うんこたれにとってパンツの中でもうんこを排出*4しているのかもしれない。その可能性をコシンプに訊ねて確かめるか否か、雪花は激しく葛藤する。もしかしたら、雪花にとって数少ない対等な友人が普段なに食わぬ顔で日常会話しながらパンツにうんこを付けているかもしれないのだ。もしも、その可能性を肯定されてしまったら、雪花はこれからうんこたれと何気無い日常会話をしていてもパンツの安否が気になって仕方なくなってしまうだろう。

 可能性を否定して欲しいが、肯定されてしまっては今後まともに会話ができる気がしない。雪花はうんこパンツの可能性に激しく葛藤しているのだ。

 

「あっ! ママー!!」

 

 葛藤の最中にいた雪花の耳を打つ女の子の喜びの声。意識を思考の中から視線の先に戻せば喜びに抱き合う母子と満足そうに微笑みながらその場を去るうんこたれ。

 うんこたれだろうがうんこ漏らしだろうがアイツが誰かのヒーローなのは変わらないし、私の数少ない友人だというのも変わらない。そういう事でムリヤリ納得しておけばいいか。と、雪花はもはや慣れてしまってきた思考の放棄をする事を決めた。

 


 

 うんこたれに寄り添うアイヌ神話とは違う神話体系の神々。埴山姫を皮切りにうんこたれに寄り添うと決めたそれらは時が経つにつれて数を増やしていった。日毎に、数時間の内に、時には瞬きの瞬間にいつの間にかうんこたれの背後に出現するなどして増える神々。たった一人の人間に古今東西の神々が寄り添う光景はまさに異様で異彩で超常的だった。

 

「あ……また増えてる。またうんこ系の神様かな?」

 

 背丈高く伸びたトウモロコシの畑の横で休みながら神々に囲まれているうんこたれを見付けた雪花が呟く。昨日まではいなかった琉装の美しい女神や眼を濁らせた盲目であろうアイヌ装束のカムイに雪花は気付いたのだ。

 

「えーと、沖縄っぽい美人がフールヤヌカンで人の視線を嫌ってアイツの背中にくっついて隠れた気になってるのがミンダルカムイね……うん、憶えた」

 

 どちらも便所の神で、フールヤヌカンは人の願いを叶えるための強い力を持つ。ミンダルカムイはただの恥ずかしがりや。と、コシンプが淡々と解説する。最初はうんこたれに寄り添う存在が増える度に不機嫌さを顕していたコシンプだが、増え続ける神々に諦めたのか慣れてしまったのか最近は目立った反応を示さなくなってきた。

 うんこたれ本人は風にそよぐトウモロコシの葉が擦れる音を聴きつつ畑を眺めているのんびりとした休憩なのかもしれないが、周囲の神々はうんこたれの頬を指でつついたり神々同士で賑やかにお喋りしたり口から大量のホトトギスを吐き出す一発芸を披露したりと宴会のような様相だった。

 

 すごい賑やかだけど本人は神様を感じ取れないから静かに休めてるってのが実にシュールだにゃあ。と、もしも自分がうんこたれの立場だったならばきっとゆっくり休める時なんてなかったのだろうと考える雪花。神々の一団に一度礼をして宴会のような一団の中を横切り、周囲を気にしないようにしつつうんこたれへと歩み寄る。

 

「おっす、畑いじりの休憩? それとも今日は休み?」

「おっすおっす、休みだったんだけと暇だからのんびりしつつ見張りしてたんだ。トウキビ*5が収穫間際だから鹿や熊に荒らされないように案山子役って感じさ」

「働き者だねぇ」

 

 暇だから、他にやることも無いから、どうせ寝てるだけなら畑を見ながら寝ていただけだ。と、働いてる訳じゃないと事も無げに言ううんこたれ。しかし、雪花にはうんこたれはたまの休日さえも誰かのために時間を使っているとしか思えなかった。

 

「いつもなんだかんだ理由を付けて何かやってるけど、ちゃんと休めてるの?」

「この通り、のんびりさせて貰ってるよ」

「のんびり……ねぇ……」

 

 雪花が周囲を見渡せば後光を放つ程の美人に始まりうんこたれの尻を撫で回しているオッサンや口からホトトギスを吐いていたかと思えばいきなり頭が落ちるオッサン等の個性の濃い一団、何も音を立てて無くとも雰囲気が既にうるさい。神を感じれないとは言えこの中でのんびりできるうんこたれにある種の尊敬を抱きそうになる雪花。

 

「お、秋原が何も無いところを見た。ってことはそこら辺にカムイがいるのか?」

「いるよ、今君のお尻を撫で回している」

「へぇ……おしりをね。……おしり?」

 

 噂の逆セクハラってやつか? などとのたまううんこたれ。撫で回しているのはオッサンだとは言わないでおく良心が雪花にはあった。

 

 うわ、やめろ、なにをする! 私にそのケは無い! 私にはチパパが──ぬわーー!

 

 唐突な音無き悲鳴に視線をうんこたれから背後に向ける雪花。その先で楽しげな美しい女神二柱に毛皮をモフモフと揉まれているコシンプの姿。楽しそうな女神の邪魔をするのも不敬かと考えた雪花は救いを求めるコシンプの視線を無視してうんこたれへと向き直る。そして、驚きに硬直する。

 

「視線が忙しいな。カムイ達が何かしているのか?」

 

 ほんの一瞬前まではいなかったはずの新しく姿を顕した女神。顔立ち、装束、雰囲気、全てがこれまでに姿を顕していた他の神々とは異なる雰囲気を持つ女神が何かを咀嚼しながら至近距離でうんこたれの顔を覗き込んでいたのだ。

 

 え、怖……。何かめっちゃ噛んでるし、外国っぽい顔が真っ黒に塗られてるのはまぁ、そういう文化圏の神様なんだろうけど、なにその装束、人の皮着てるの? こっわ。

 

 口の周りに刺青をする文化はアイヌにもある。だが、人の皮を剥いで着る文化を雪花は知らない。怪物と闘う中で力及ばずに助けきれなかった人の亡骸を幾度も見て記憶に焼き付けてしまっている雪花は突如顕れた女神の装束が人由来の材料で作られた物だと看過してしまい、驚愕と困惑で眼を剥く。

 

「おーい? 秋原?」

 

 硬直する雪花を訝しむうんこたれが顔を寄せて雪花の眼を覗き込む。寄ってきたうんこたれの顔と連動して正体不明の女神の顔も雪花に寄る。

 

「……ひん」

 

 え、ちょ、こわいこわい。ヤバいって、絶対その女神ってヤバい感じの女神だって。人の皮着てるもん。と、思考がパニックに寄っていく雪花が言葉を放とうにも喉が引きつって声にならずに肺が震えるだけに終わる。

 間近に迫った何かを咀嚼する女神からなんとか眼を逸らした雪花がコシンプに、ひいては周囲の神々に助けを求める視線を送る。

 

 神は死んだ、助けが無かったからね。とは、美人の女神に抱えられながらぐったりとしているコシンプの音無き声。コシンプは女神二柱によって散々にモフモフと揉まれて臍を曲げていた。他の神々も新たに顕れた怪しい女神に何か行動を起こす様子もなく思い思いに神同士での交流を続けている。

 

「おい……? どうした、なんか様子がおかしいぞ」

 

 目に見えるの異変は気付けるが神々を認識できないうんこたれが雪花の逸らした視線の先へと回り込んで再度顔を覗き込む。うんこたれと共に雪花の視界に納まった怪しい女神は雪花にも興味を抱いたのか、同じく雪花の顔を至近距離から覗き込んで品定めするように視線を突き刺す。

 おかしいのは君に憑いてる女神です。とは、言いたくても言えない雪花。カムイの力にて戦う雪花は神性の力の強大さを過不足なく知っており、自分の発言で神の怒りを買えば何か良くない事をされてしまうのではと推測できてしまい言葉を放つ事ができずに黙り込む。現に、臍を曲げてしまったコシンプが助言さえもくれない現状故の判断だった。

 

 くすくす。と、硬直の中で上品に笑う音無き声を雪花は聞いた。

 

 怪しい女神の顔が至近距離から離れ、ゆらりと振り向いた先で美しい女神からコシンプの小さな体躯を受けとる怪しい女神。ぬぐわーー! と、コシンプが再び悲鳴を上げた。

 

 くっさ! うんこ喰ったまま触るな! せめて飲み込んでからにしろ! と、悲痛で必死な懇願。怪しい女神に抱かれるコシンプが叫び悶える。その叫びを耳にした雪花がこれまでとは別の意味で硬直した。

 

「え? うんこ喰ってんの?」

「!? ……秋原、お前突然何言ってんだ? うんこは食べ物じゃない*6ぞ?」

 

 訝しむような顔から激しく困惑する顔へと変わるうんこたれ。その表情にはどこか雪花を案じているかのような色も見えた。

 

「改めて言われなくてもわかってるよ……。なんかよくわからないけど突然出てきた外国っぽい神様がうんこ食べてたらしくて驚いただけ」

「うんこ食べてる外国の神様?」

 

 雪花の言葉に顎へと手を当てて考え込む仕草を取るうんこたれ。やや思考の間を空けた後に探るように雪花へと問う。

 

「外国でうんこ食べてる……アジアっぽいような、仏教的な感じ?」

「いや、どっちかって言うと西洋っぽい」

「うーん、烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)*7様ではなさそうだな」

 

 こいつ、熊の時もそうだったけどうんこの事になると急に博識になるな。と、思いつつ雪花は怪しい女神の正体が気になるので特徴を伝えてうんこたれの推理を手伝う。

 

「たぶん、アステカのトラソルテオトル神かもしれない」

「アステカ?」

「メキシコの辺り」

「メキシコ!」

 

 なんでそんな遠い所からわざわざ極東の島国にまで来たのか。という疑問よりも先に人の皮を着てうんこを喰っているサイコパス風味な女神は危険な存在ではないのかどうかを問う雪花。

 

「トラソルテオトル神は人の罪をうんこと一緒に食べて浄化してくれる女神様で、不浄や穢れと豊穣の地母神様だよ」

「へー、詳しいね」

「人の罪を清める愛の女神だけどトウキビの母でもあるから、なんとなくこのトウキビ畑が気になってここにきたのかも」

 

 トウキビ畑なんて世界各地何処にでもあるじゃん、なんでここに。と、思考した雪花だが、目の前のうんこたれのうんこな部分に不浄も司る女神が興味を持ったのかもしれないと思考する。

 

「……もしかしたら、この周辺以外のトウキビ畑はもう無いのかもな」

「え?」

「人を殺す怪物、連絡の取れない各地」

「……なるほどね」

 

 世界で最後のトウキビ畑、うんこ関連の神々に特に興味をもたれているうんこたれ、遠い異国から不浄とトウキビの女神がここに訪れてもおかしくはないか。と、納得する雪花。世界はもう、どうしようもないほどに終わりかけているのかもしれない。とも納得する。

 

「それにしてもあれだね、なんでそんなにうんこに詳しいのかね?」

 

 確信を持ててしまう嫌な推測から話題を逸らすように話を変える雪花。うんこたれもそれまでの話題を続けても気分が良くなる事は無いだろうと話に乗る。

 

「あー、ほら、ずっと前にうんこ光っただろ? 光るうんこの正体が知りたくてうんこについて色々と調べたんだ」

 

 野生動物のうんこ、うんこの成分、うんこの逸話、うんこの信仰等光るうんこの正体に迫るために結構頑張った。と、照れ臭そうに言ううんこたれ。

 何かに一生懸命になれるのはそれだけで才能かもしれないし凄いことだが、よりによってうんこなのか。と、どうにも釈然としない気持ちになる雪花。

 

「結局たくさん調べてた時は正体を確信できなかったけど、今になってはやっぱりうんこのカムイだったんだろうなって思ってるよ」

 

 大切な思い出を語るようなしみじみとした声色と表情。しかし、その内容はうんこだ。うんこの思い出に浸るうんこたれの頭にトウモロコシうんこの女神がコシンプをのせる。トウモロコシうんこの女神はどこか満足気な表情をしていて、コシンプはこれ以上ない程にぐったりとしていた。

 

 全身くまなく揉まれた……もうお嫁にいけない……。わたしはもう汚れてしまった……。

 

 その揉んだ張本人が汚れを浄化する神様らしいから清めて貰えば? とは、雪花は口に出さずに胸にしまっておいた。

 


 

 市街地から離れた山奥、雪花は入口を隠蔽した人口の洞窟の奥で勇者の力を存分に活用した穴堀りをしていた。

 

「かなり深くて広くなったにゃあ。……地震とかで崩れたりしないよね?」

 

 自信の掘った洞窟の広さに耐久性の不安を覚えた雪花が補強のためにはどのような手段が必要なのかを思考しながら事務的に穴堀りを続ける。やっぱり炭鉱みたいに壁と天井を丸太で支えるのがいいのかな? 丸太はどうやって確保しよう。と、思考が纏まりかけた時に雪花の穴堀りを見守っていたコシンプが音無き声をかけた。

 

 他の人にこの洞窟を教えてあげないの?

 

 最悪の場合には一人ででも生き残ろうとしている雪花に対して嫌味でもなく、軽蔑するのでもなく、ただこの洞窟を一人で使おうとしているのは何故なのかとに疑問に思っているのであろう純粋な声。それに対して雪花は洞窟の補強案を脳内で纏めながら答える。

 

「んー……。あのお人好しはたぶん、たくさんの人を見捨てて自分が生き残るのを良しとしないだろうからね」

 

 あのうんこたれにこの洞窟を教えたところで生き残れるかもしれない手段を知りつつそれを実行できないジレンマと、自分じゃない誰かをこの洞窟に送るべきなんじゃないかって悩んで苦しみそうだから。だから、私一人で使うんだよ。と、思考に意識を強く向けた半分上の空な返答。

 

 教えるとしたらチパパだったんだ

 

「え?」

 

 私はチパパには教えないの? とは聞いて無いのにチパパに教えない理由が返ってきた。

 

 からかいの雰囲気は無く、ただ納得したかのような雰囲気でうんうんと頷くコシンプ。雪花はそこでようやく半分上の空だったが故に犯してしまった失言に気付く。

 

「……まぁ、私にとってはほぼ唯一みたいな友達だし、幾ら洞窟を広く作れてても何人もここで生活するには狭いしね。選択肢は限られてるよ」

 

 だから、他意は無いよ。と、奇妙な程に熱を帯びる頰を知らないフリして補足する雪花。

 

「ところでさ、ずっと気になってたんたけどそのチパパってのはどんな意味の言葉なの? 文脈的にアイツを指してるってのはわかるんだけど」

 

 思い付いたように話題を変える雪花。洞窟を掘り進める手は休めず、背後から雪花に視線を送り続けるコシンプを一瞥すらしないまま硬い土を崩す。

 

 チパパは勇気ある者の意味、アイヌが戦士を讃える言葉。

 

 勇気ある戦士、つまりは勇者。なるほど、恐怖を堪えながら熊と戦ったアイツはやっぱり勇者だったんだ。カムイ達もそれを認めているんだ。と、何故だか嬉しくなる雪花。

 誇らしい気持ちで土にスコップを刺して土を崩し、掘った先から人の頭が出現して雪花は絶叫した。

 

「!??!?! な!? え!? なんで!!? なんで土から頭!!?」

 

 戦いの中で助けられなかった人の亡骸を多く見た雪花は死体に慣れてしまっているが、さすがに不意をついて訳のわからない場所から出現する生首には慣れてない。さすがの雪花も年頃の少女らしく混乱して狼狽える。

 そんな雪花の狂乱などどこ吹く風かと真顔の生首、鼻の高さや瞳の色からして西洋的な顔立ちのそれはもぞもぞと動きながら雪花が今しがた崩した穴から這い出してゆっくりと肩から胸へ、胸から腰へと全身を顕にしていく。穴がでてくるその姿はまさに肛門からひねり出されるうんこを連想するようなどこか下品な動きで、しかし、洗練された高貴な動きにも見えた。

 

「生首じゃなかった、穴からローマっぽい人……いや、神様が出てきちゃったよ……」

 

 混乱の極致ともいえる精神状態ではあったが、それでも優れた頭脳を持つ雪花は人間離れし過ぎた登場の仕方をした相手を神性の類いだと辛うじて見抜き、うんこっぽい動きをしていた事からどうせまたうんこたれ関連でここに顕れた神様なのだろうとも予測を立てる。

 

 ツヨイ チカラ サガシタ チパパ ナルモノ ミニキタ

 

「えっと、アイツを探して強い力を感じる場所に来たって事かな?」

 

 目の前の異国の神からなんとなく感じられる音無き声は耳慣れない言語だが、それでもカタコトな日本語のように意味のみは感じ取れた雪花。これが以前コシンプが言っていた伝えようとする意志があるなら伝わるという事かと実感し、少しだけ面白い気持ちになる。

 

 チパパ オサナイ ウンコ カワイガル オサナイ ウンコ ソラニ ウンコ ノ ヒカリ ワレ ヒカリ ミタ

 

「うーん、この解読するのを躊躇うような単語の並び……」

 

 チパパ ニ ツドウ ウンコ! ステルクティウス チパパ シリタイ!

 

「……オーケー。たぶんわかった」

 

 いつの日かうんこたれが祭壇にうんこを乗せて崇めた日、夜空に大規模なオーロラが発生した事がある。それを感知した排泄物にゆかりのある神々がうんこたれに何らかの興味をもって集っている。そして、自分を指差してステルクティウスと名乗ったこのローマ風味な神もうんこたれに会いに来たという事なのだろう。と、雪花は解釈した。

 

「住宅街の方にいけばいるはずですよ。アイツの近くにはたくさんの神様達がたむろしてるからすぐにわかるはず」

 

 洞窟の壁の向こうにある住宅街の方へと指を向ける雪花。うんこたれのいる場所にはうんこの神々が行列をなしてうんこの集いをしているから細かい場所の説明はいらないだろうと考えて省略する。それには、このローマ風味の神様の出現方法にひどく驚いて疲れたからさっさと消えて欲しいという願いも籠められていた。

 

 カンシャ ト シュクフク スル

 

 そう言うや否や、雪花の指先を辿って真っ直ぐ進んで洞窟の壁へと沈んでいったステルクティウスなる神。その背中を送った雪花は疲労に重い息を吐いた。

 

「ステルクティウス、だっけ? あれは何の神様なの?」

 

 うんこと連呼していたし、うんこが集う場所にむかってるとも言っていたから、どうせあの神様もうんこの神様なのだろうと思いつつコシンプに訪ねる雪花。

 

 あれは、うんこを出したい気持ちを司る神

 

「は?」

 

 うんこ出したい欲の神

 

「……豪速球の変化球だにゃあ」

 

 結局はうんこ。しかし、絶妙なうんこ。疲労に疲労を重ねた雪花はうんこ出したい神の祝福とはなんなのかと考えたくも無いので今日の穴堀りを切り上げてさっさと寝てしまう事にした。

*1
「なして」なんで? の北海道訛り

*2
「ごしょいも」じゃがいもを示す単語

*3
「内地」北海道では本州の事をこう呼ぶ。ついでに、函館の人は札幌の事を"奥地"って呼ぶという豆知識も記しておく。

*4
狙撃手とは過酷な環境で何十時間と身動きせずに照準を覗きながら待機して必中の好機を待たねばならないこともある、当然ながらその間にうんこしたくなったらそのまま脱糞する事もある。しかし、鹿猟にそこまでするのは何か間違えている。

*5
「トウキビ」トウモロコシの意味

*6
「うんこは食べ物じゃない」うんこはケツから出すもの、口に入れるものではない。

*7
「烏枢沙摩明王」うんちのお城に閉じ込められた仏様を助けるためにうんちをお腹いっぱい食べたすごい奴。




支援絵もらったよ!
pixivとかで活動してる碑文つかささんが描いてくれた!
自慢したいから貼るよ!

▼微妙なモノを見た雪花ちゃん

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▼ロクでもないモノを見た雪花ちゃん

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▼とんでもないモノを見た雪花ちゃん

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うんこの城

 正体不明の人を喰らう怪物、世界各地どころか日本国内ですら断絶した情報、過酷な環境によって先細りしていく人々の前向きな意思。カムイの勇者である雪花が人の命を守ろうとも、人の勇者であるうんこたれが人の心をささえようとも、誤魔化しきれない破滅の予感に旭川市周辺を纏める仮初めの為政者達は焦りを募らせる一方だった。

 

「会議も三時間になりましたが……纏まりませんな」

「やはり、話し合うだけではなく何かしらの行動を起こして状況を動かさなければ突破口の手掛かりさえも掴めないのでは?」

「何をするにしても不確定な要素が多すぎる、こうも情報が足りなくては何に手を付ければいいのやら」

「結局、身動きの取れない理由ばかりが見えて何もできず……か……」

 

 堂々巡りに混迷する会議室。それを例のごとく夜回りにてひっそりと壁越し聞く雪花が夜空を見上げた。怪物の襲撃に著しく機能を低下させたライフライン、激減した街の明かりのせいか夜空の星々の明るさは目に刺さる程だった。

 

「寒いなぁ……」

 

 勇者の力によって体に感じる寒さはかなりやわらいでいるはずなのにこぼれる呟き。今回も会議に進展は無さそうだし、もう少し様子を見て何も無ければ今日はもう引き上げようかと考えながらも雪花は耳をそば立て続ける。

 

「この地を脱出して移動するにも、この地に籠城する地盤をもっと固めるにも、体力が無く生産も少なく消費が嵩む老人達が足手まといか」

「及川さん……」

「先の襲撃で避難しきれず、怪物どもの行動パターンを乱して勇者様の邪魔となり、挙げ句に救助に向かった若者を巻き添えに勇者様の目の前で喰われたのも老人だった……邪魔としか言えない」

「及川さん、あまりそう言った発言は……」

 

 行き詰まりの会議の果てに及川より落とされた冷たい発言。状況故に血迷ったのでもなく、会議に違う視点を与えるために露悪を演じたのでもなく、ハッキリとした口調から紛れもなく本音だと察してしまうような言葉。諌めようとした他のまとめ役も心中では否定しきれないのか、その言葉に覇気は無かった。

 

「……寒い…………」

 

 雪花の脳裏に過るのは恐怖に歪んだ老人の顔と悔しさと恐怖に絶叫する若者の声。後少し、ほんの少しの差で助けられなかった命が助けを求めて雪花へと手を伸ばす光景が心を蝕む。

 

「勇者様は戦えるとはいえ十代半ばの少女でもある、あんな死に方をされては勇者様の心に悪影響を及ぼして今後に支障をきたしかねない。せめて、死ぬにしても勇者様の知覚しないところで死んで欲しいものだ」

 

 不謹慎だと謗られてもおかしくない及川の発言だが、この場に集まったまとめ役達全員にとっては少なからず同意してしまう心情があったのか反論も諌める発言も無かった。事実、戦闘終了を報せる通信にて雪花の声が深く沈んでしまっているのをまとめ役達は耳にしており、実際に良くない影響を及ぼしてしまっているとだれもが察してしまっているのだ。

 旭川市周辺の人間を守れるのは雪花一人、人は精神状態によって働きが大きく左右される、まとめ役達は雪花の悪影響が長く続けばそれ相応に人の被害が増える事を確信している。

 

「二次災害で命を落とした若者も甥の親しい友人で、怪物に破壊された住居の復旧作業に精を出す真面目な青年だったと聞いている。たった一人の邪魔者が逃げ送れたせいで勇者様にも復旧作業にも悪影響を及ぼしてしまった」

 

 誰もが強く制止しないからか、及川の冷たい言葉は止まらない。そんか会議を盗み聞いてても気が滅入る一方だと判断した雪花はその場を去ろうと重い腰をゆっくりと持ち上げた。

 

「今までのように真面目な人間や勇気ある若者ばかりが犠牲になっていては仮に怪物の襲撃が無くなった未来があるとして、生き残るのは役立たずの老人や我等のような人を切り捨てる思考ばかりの人間となる、そんな有り様で復興などできるはずがない」

「姥捨山、か……」

 

 誰か呟いた古い日本の極一部あった悲しい風習。老化によって働き口として衰え、日々に消費する糧を自身で購えなくなった老人を衰えた足腰では降りられぬ山に置き去りにする口減らし。それが去り際の雪花の耳へと川底のヘドロのようにへばりついた。

 


 

 食糧の分配が滞るようになった、老人のみの家庭に分配される食糧が少なくなったなどの噂が雪花の耳に届くようになってしばらく、街全体の雰囲気が肌で感じる程度には悪くなってしまったが、うんこたれはそんな事より労働だと言わんばかりに休暇返上で元気に人助けをしていた。

 

「なんとかと煙は高い所が好きって言うけど、絶妙に馬鹿とは言い難い君はなんでこんな所にいるのかな?」

 

 町外れにある古民家の屋根に着地した雪花がうんこたれに問う。着地した際に屋根のトタン張りを少し凹ませてしまったが、この家の主は昨年に病で逝去しているので特に気にする事無く雪花は神々の一団へと一礼しつつうんこたれの横に腰を降ろした。

 

「紅葉狩りだよ。ほら、秋原も見てみろよ。なんま*1良い眺めだとは思わないか?」

 

 街外れ、故に山との境目。間近に堂々と鎮座する山を見上げた雪花の目に映るのは木枯らしに吹かれて木々を赤や黄色に染めて化粧した雄々しくも華々しい大自然。

 

「……ふーん」

 

 なるほど、普段から街中より遠目にも見ているはずなのに、改めて見上げてみれば心に染み入る鮮やかさかも。と、荘厳な眺めに心を和ませる雪花。

 

「生まれ育ったこの地がこんなにも美しいだなんて、実に誇らしいとは思わないか?」

「じっこクサイこと言ってんねぇ……でもまぁ、わりと同意だね」

 

 カムイに寄り添われる花と神に愛される勇ましきうんこたれが顔を見合わせて小さく笑い合う。

 

「茶請けに鮭とば*2くらいしかないけど、茶でもどうだ? 静岡の良い茶葉が上手く保存されてたんた」

「へぇ! ……消費期限大丈夫なの? ってかそんなのどこにあったの?」

 

 年単位で本州とは通信さえできていないのにそんな上等な茶葉が現存していた事に驚いた雪花だが、ほんの少しだけ冷静に考えてそれを口にしても大丈夫なのか、そもそも出所はどこなのかと訝しむ。

 雪花の問いに、うんこたれは水筒から湯呑みに注いだお茶を手渡した後に真下へと指差した。

 

「ここの権蔵爺さんが亡くなる前に『俺が死んだらこの家含めて有る物全部ぼんずが好きに使え』って言ってたんだ。そんで、最近になって台所の床下収納から消費期限ギリギリの茶葉を見つけた」

「なるほどね」

 

 生前の権蔵爺さんとやらとうんこたれのは大層仲が良かったのだろう、それこそ血縁関係なしに財産の全てを相続させるほどに。と、推測する雪花。

 

「えーと……。屋根へこませちゃった、ごめん」

「なーに、権蔵爺さんなんて寝タバコで畳のそこかしこに小火の跡を残してるからな、それに比べりゃ大したことないって。」

 

 和室の障子も半分焼けてるしな。と、笑って言いのけるうんこたれ。雪花は権蔵爺さんとやらの生前の危うすぎるうっかりに困惑し、反応に困ったので手渡されたお茶を飲んで沈黙を誤魔化す。

 

「へぇ、美味しいじゃん」

「口に合って良かった」

 

 にやりと笑むうんこたれ。

 

「話を戻すんだけどさ」

「なんだ?」

「今度はなんの企みがあって屋根の上に陣取って山を見張ってたのか気になるんだけど」

 

 避難する人達のために囮になりつつ熊退治のために山を見張った事しかり、子供の引率しつつ干した魚を見張りながら鹿を誘き寄せていた事にしかり、うんこたれは腰を落ち着けている時は何か目的を待ちながらそうする事を雪花は知っている。今回の紅葉狩りと称した屋根上待機も何か企みがあっての事だろうと訊ねてみれば苦笑いが返された。

 

「おいおい、まるで俺が四六時中何か企んでるみたいな言い方に聞こえるんだが?」

「ただの紅葉狩りにそのライフル銃は必要ないでしょうに」

「……あー、うん……」

 

 雪花が無造作にうんこたれの傍らに置かれたライフル銃を指摘すれば言葉に詰まるうんこたれ。やや沈黙した後、観念したように「これは保険程度なんだけど」と、前置きしてから白状する。

 

「山からたくさん食糧を採ってきてるからな。特に、こっちの方面の山に入ってた人達はかなり頑張っていたから、人が山を食いあさった分野生動物の食糧が不足してるかもしれない」

「ははーん。飢えた獣が、特に熊が餌を探して街に降りてくるかもしれないから見張ってたって事ね」

「熊が来なけりゃただの紅葉狩り、来るなら一発脅かして追い払えばいいってだけの話さ」

 

 獣との生存競争にて石橋を叩いていたと笑ううんこたれ。これも神々に囁かれて導かれたが故の行動なのかと周囲の神々に視線を巡らせた雪花だが、どの神も微笑みながら首を左右に振るだけだった。どうやら、休暇ついでの労働は完全にうんこたれの意思と推測によるものらしい。

 

「カムイか?」

「みんなニコニコしてるよ」

 

 雪花が何もない所を見るならばそこにカムイがいると知っているうんこたれが短く問い、知られている事を知っている雪花も短く答えて茶請けの鮭とばを齧る。

 

「いい塩梅の固さと塩気だね、美味しい」

「んだべ*3

 

 満足そうに頷くうんこたれに、この鮭とばを拵えたのはうんこたれなのだろうと察する雪花。

 

 何を語るでもなく色とりどりの赤や黄色を目で楽しみ、そよ風のような木枯らしに乗って耳に触れるカムイの穏やかな囁きに包まれる。北から吹き抜けていく風は冷たいはずなのに、雪花は肌を僅かに冷たく感じるだけで寒さそのものを忘れていた。

 

「なぁ」

 

 少しだけ引き締まったようなうんこたれの声。

 

「最近のオイさん達、どう思う?」

「……どうって?」

「わかるだろ。食糧の分配とか、壊れた住居の修繕とか、あからさまに年寄り達を蔑ろにしてるのに気付いてないって事はないだろ」

 

 雪花は問い掛けの真意にほぼ気付いてはいたが、繊細な話題だろうと察し、それならばしっかりと言葉にさせて正確に認識を擦り合わせてから話すべきだと判断して問い返す。すると、渋い表情のうんこたれから予想通りの言葉が返された。

 

「怪我の手当てとか、調子が悪いかもって人の診察だって年寄り達は後回しだ」

 

 うんこたれの言葉に雪花が思い出すのは誰かが言った姥捨山という悲しい風習。

 

「私達はいよいよそこまで追い詰められてるのか。って、考えちゃうね」

 

 全てに手が回らないから手が回る範囲におさめるために余剰を放棄する、その余剰に老人達が選ばれた。と、意識して自分の思考を冷たいものに切り替えた雪花は無表情を繕う。

 どうしてか、たった今まで気にならなかった空気の冷たさが煩わしく感じる雪花。

 

「先行き見えなくて不安なのはわかるさ。でも、だからって人が人を選んで少しずつ死に追いやるなんて悲し過ぎる」

 

 でも、そうしなければ老いも若きも共に倒れるかもしれない。とは、雪花は言葉にしなかった。したくなかった。

 

「人は老いる、仕方ない事だ。でも、老いて体がおぼつかなくなったからって何もできない訳じゃない。何もできないってのがダメって言うのならば赤ん坊だってそうなってしまうじゃないか」

 

 純粋に憂い、義憤に震え、人を思うまっすぐなうんこたれに冷静なだけの言葉をきかせたくなかったのだ。

 

「さっきの鮭とば、権蔵爺さんが作り方を教えてくれたんだ」

「そうなんだ」

「俺の鉄砲の使い方だってアイヌの言葉や風習も先人に教えて貰ったものだ」

「そっか」

 

 山菜の採り方、魚の捕まえ方、畑の管理方法、なんだって先人に教えて貰ったからこそ知る事ができた。と、強く言いきるうんこたれ。

 

「世界中の神々の伝承、それだって誰か先人が書に遺したり言い伝えてくれたから俺は知ることができた。知恵と知識は先人から伝承されるんだ。先人を、老人達を蔑ろにしたらその人達が伝承されて培ってきた物を失ってしまう」

 

 真摯で、実感に満ち溢れた言葉で力説するうんこたれ。その姿にまとめ役達の最近の指針に対して少しの納得もしていない事がありありと表現されていた。

 

「……ってのは、俺の感情にムリヤリに理屈をこねたものでさ」

「え?」

 

 唐突に拍子をずらした言葉に聞き返す疑問符を口からこぼす雪花

 

「気に食わない、どうにも気に食わない、とにかく気に食わない、腹が立つ」

「……えぇ」

 

 ムスー。と、鼻息を強く長く鳴らしたうんこたれと立派な前置きのわりに最終的には単純な感情論だった事に力が抜ける雪花。

 

「だからさ」

 

 言葉を続けるうんこたれ。それに対してまだ続きがあるのかと表情で訴えながらも耳を傾ける雪花。

 

「オイさんに直接文句言ってきた」

「うーん、行動的だにゃあ」

「それで喧嘩になったから家出した」

「おっとぉ、終末的な情勢での思春期イベント」

「家出先はここだ」

「権蔵爺さんとやらもまさか家出先に使われるとは思わなかっただろうね」

「家出先っていうかもう俺ここに住むわ、新生活ってやつだな」

「唐突な独立宣言」

「ここが俺の城だ」

「家事とかできんの?」

「…………」

「助けを求める目で私を見るな」

「鮭を干すか肉を焼くかしかできねんだわ、助けて」

「声に出して助けを求められても困るんだけど」

「お願いします!」

「土下座するな!」

 

 こいつ、頭の回転は悪くない癖に考えなしで行動してるな。と、トタン屋根におでこをつけるうんこたれを見て呆れる雪花。

 

「そもそも助けてって言われてもどうしろってのさ」

「毎日白いご飯食べれるくらいの生活くらいはしたい。ご飯の炊き方を教えてください……」

 

 別に自分が教えなくてもなんだかんだ人たらしなうんこたれを慕う誰かが教えるだろう。むしろ、多くの人が教えたがって寄ってきては色々と世話を焼き始めるだろうと雪花は情けない姿なうんこたれの後頭部を見つつ考える。それならば、自分は避難用の穴を拡張する作業していた方が互いに有意義なのではとも考える。しかし──

 

「頼む、このままだったら野垂れ死ぬ未来しかないんだ」

「……え~」

 

──周囲から向けられる神々の期待に満ちた視線が雪花から断るという選択肢を奪おうと圧力をかける。

 

「……しかたないにゃあ」

「! 助かる!」

 

 圧力に抗ったところで多くの神々が臍を曲げてしまったらロクな事にもならなさそうだ。と、圧力に負けた雪花が渋々と了承すれば無邪気に喜ぶうんこたれ。しかし、神々からの期待の視線という圧力は途切れずに雪花へと集中し続ける。

 え、なに? うんこたれの食事事情について手助けしてやって欲しいから拒否不可能な期待で押し潰そうとしてたんじゃなくて他の目的があるの? と、雪花は無邪気に喜ぶうんこたれを尻目に眺めつつなんとも言えない曖昧な表情で考える。

 右を見てうんこの神様、左を見て便所の神様、ちょっと離れた場所にもうんこの神様、うんこたれの背後に便所の美女神、そこかしこにうんこと便所。うんこ、うんこ、うんこ、うんこ、うんこがたくさん。山盛りのうんこが雪花とうんこたれを包囲する。

 

「あ」

「どうした?」

 

 うんこと便所、これらの多くはその名の通り便所に宿る。主な活動範囲は本来ならばうんこたれの背後ではなくて便所なのだ。つまり、便所こそがホーム。それに思い至った雪花が確かめるように呟く。

 

「トイレ、掃除……?」

「トイレ掃除?」

 

 誰だって自室に限らず収納場所や仕事場などの自分の領域が綺麗な方が善しと考える。一部例外な人はいるかもしれないが清潔な方が喜ばしいのは常識で、神々もそうなのかもしれない。そして、ここにいるうんこと便所達は生活力の低そうなうんこたれの独り暮らしに憑いていくにあたって自分達の領域である便所の清潔が保たれるのかと不安に感じていたのかもしれない。と、推測した雪花の呟きに対して激しく頷くうんこと便所。

 

「そっかー……」

「トイレの何を納得したんだ?」

「……神々の御告げで君にトイレ掃除を教える事になったわ」

 

 音無き歓声。うんこが飛び跳ねてよろこび、便所が大袈裟に万歳と手を上げ、うんこの美女神と便所の美女神が笑顔でハイタッチ。雪花の内心は何が悲しくて同年代男子の便所掃除まで面倒見てやらなければいけないのかと猛烈にげんなり。

 

「トイレ掃除かー、水タンクにのせる洗剤とかスプレー噴霧して流すだけのアレで済ますんじゃダメなのか?」

 

 男性ってのは立って用を足す際に細かな飛沫で床を汚す事を『面倒だから大も小も座ってしてよ 』と、母に言われて面倒くさそうにしていた父を見ていたので知っている雪花。お祝いムードから一転してまたも雪花へと縋るような視線を集め出した神々に辟易しつつ言葉を連ねる。

 

「駄目らしいよ、床までしっかり掃除しろってさ」

「神様は厳しいな」

「普段面倒見て貰ってるんだから、それぐらい面倒くさがらずにやっときなよ」

「……死んだ母ちゃんもよく『面倒くさがらずに部屋の掃除くらいなさい』って言ってたっけ」

 

 しみじみと呟きながら雪花を見るうんこたれ。

 

「死んだ母親を思いながら私を見るな、凄く微妙な気分になる」

「……母ちゃん」

「私を母ちゃんと呼ぶな!」

 

 誰がお前の母ちゃんか、うんこたれの息子なんていないししいらない、そもそも子を産むような年齢でもない。と、ツッコミの疲れによって雪花の気分だけが激しく老け込む。

 

 後日、生活力が底辺の友人が家の中で野宿しているかのような生活っぷりが見ていられなくなったので、雪花はなんだかんだご飯を焚く以外の料理を教えたりその他細々とした生活の知恵を授けるはめになった。

*1
「なんま」"なまら"を更に訛らせた言葉、意味は"なまら"と変わらない。

*2
「鮭とば」鮭冬葉とも書く。鮭の身を干した物。おやつにもおつまみにも美味しい。日本酒にもビールにも合う。とても美味しい。すごく美味しい。なんま美味しい。そのまま食べてよし、軽く炙って食べてよし。わや美味しい。美味しいからみんな食べて。近場に売ってない?目の前にあるスマホかPCにはオンラインで買い物できる機能があるじゃろ?

*3
「だべ」基本的には『○○だべ?』と使用して疑問を呈するときに使用される。例:これはえんこだべ?→(標準語に変換)→これはうんこですか?と、なる。しかし、今回のように相手の発言の後に『?』が語尾につかないイントネーションで言い切るように使用すると相手の発言を強調する意味になる。例:『なんまおいしい』『んだべ』→(標準語に変換)→『ヤベェくらい美味い』『だろ?これめっちゃ美味いんだよ』──ぶっちゃけ「だべ」の活用方は幅広いので説明するのしんどい、「べ」「べや」「べさ」「べか」等々ある。興味が有って正確に知りたいならこんな所読んでないでググれ、もしくは道民に聞け



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うんこの祈り

 雪花が怪物を迎撃して命を守り、うんこたれが前向きな姿勢で人々の心を支える。過酷ではあるが決して絶望ではない日々の片隅でうんこたれが焦げだらけのご飯を貪ったり、雪花が神々に泣きつかれて便所掃除をサボるうんこたれの尻を蹴っ飛ばしたりしていた。

 人々は絶望していない。しかし、それでもどうしようもなく過酷な冬の日々をおくっていた。

 

「──また襲撃、たった今殲滅したばかりなのに……!」

 

 頻度を増した怪物達の襲撃に対して苛立ちを覚える雪花が舌打ちし、迎撃後の安全確認を済ませたと報せるために使用した通信機に向かって再度避難するようにと呼び掛けつつ雪花は高所へと陣取って迫り来る怪物の群れを睨む。

 

「うっわ、さっきの倍はいるし……。さすがにこれはゆるくない*1ね」

 

 これは自分で対応できる量の限界を越えてそうだ、避難解除と再度避難の混乱も相まって少なくない被害がでてしまうかもしれない。と、雪花の冷静な部分が計算する。しかし、それでも雪花の気力は折れず、一度肩を回してカムイの力宿る槍を構える。

 

「もしもの時は逃げるかもしんないけどさ……それはまだ、今じゃない。私はまだやれる」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、大群目掛けて槍の投擲。怪物の一匹を貫き、二匹目に深々と突き刺さる。

 

「まだ、誰も生きる事を諦めてないんだもん。だったら、私ももうちょい頑張ってみせるよ」

 

 言いながらたった今投擲して遠くの怪物を仕留めたばかりの槍を手に出現させる。そして、再度の投擲で怪物を仕留め、押し寄せてくる怪物の大群に対して幾度も繰り返して少しずつ数を減らしていく。

 

 増え続ける怪物、頻度を増す襲撃、消耗する一方の人類、事実のみで冷たく計算すれば人類の限界は近いと誰もが理解している。

 しかし、そうだとしてもまだ死にたくない、もっと生きたい、まだ人類は滅びていない。と、極寒の地を熱い思いで生きる人類は誰も諦めてはいなかった。

 カムイの勇者もまた、諦めとは程遠い思いで槍を振るう。

 

 私ってこんなに熱血だったっけ? と、ついに接敵した怪物達相手に大立ち回りを演じながら自身の知らなかった一面に少しだけ違和感を覚える雪花。

 

 ふと、どこか遠くで鳴り響く銃声を聞いた気がした。

 

「あー、あいつか」

 

 きっと、間抜けな癖に馬鹿とは言い切れないお人好しの前向きさに影響されてしまっているんだろう。と、避難の遅れた人々を狙って街中へと散り始めた怪物を追いながら雪花は熱い息を吐く。

 逃げ惑う人、人を追う怪物、怪物追い散らす雪花。全力で戦えども雪花の知覚できる範囲でも少なくない被害が発生してしまっている中で銃声が鳴り響いた。

 

「!? さっきの銃声、気のせいじゃなかった!」

 

 あいつ、また無茶してる。そんな思いで銃声の発生した方角へと振り向いた雪花が見たのは不自然に一ヶ所に集まって何かを追うように動く一群。まず間違いなくうんこたれがあの一群に追われているのだろう。

 

「例え無茶ばかりの半馬鹿でも、助けられそうなら助けてみせます……よっと!」

 

 追われている人物がここに雪花がいると気付いて救助を求めるために向かって来ているのそれとも偶然か、雪花のいる場所へと徐々に近付いてきている一群に目掛けて雪花も跳躍しながら槍の投擲。滑空しながら二度怪物を貫き、着地する直前に吉凶を予言する美女神に寄り添われて囁かれながらも必死に走るうんこたれの姿を一瞬だけ確認する。

 

「逃げ方上手い、まるで兎じゃん」

 

 うんこたれが怪物の巨体では侵入できない細い路地裏に身を滑り込ませ、それを追おうとした怪物が建物を砕きながらも巨体を渋滞させる。

 密集する巨体、貫通する事に優れた雪花の槍にとっては恰好の的にしかならなかった。

 

「おっすヒーロー、まだ生きてるよね? 無事?」

「秋原! サンキュー、助かった!」

 

 三度連続した全力の投擲でうんこたれに群がる一群の内の八を貫き、最後に接近して薙いだ槍にて余った怪物の二を倒した雪花の軽口にうんこたれが礼を叫ぶ。

 

「いーや、まだ助かったとは言い切れないよ。早くどっかの地下なりなんなりに逃げて身を隠してよね」

「あっ、待ってくれ!」

 

 再避難の混乱があったからまた誰かを庇って無茶していたのだろう。行動の善し悪しは別として今その無茶を咎める暇は無い。なので、早く避難するようにとだけ告げた雪花が別の場所にいる怪物を倒すために跳躍しようとするが、うんこたれが雪花の腕を掴んで止める。

 

「なに? この通り忙しいんだけど!」

「俺を利用しろ」

「はぁ?!」

「あの化物どもは誰か他の人を喰う直前だったとしても俺に気付いたら何よりも優先して俺を追い掛けてくるんだ」

「なにそれ!」

 

 今の一群も最初は一匹だったのに街を走っていたら誘蛾灯に寄る虫のように集まってきてあんな数にまで増えていた、これを利用すれば避難の遅れた人達から怪物の注意を引き剥がして被害を減らせる。と、断言するうんこたれ。

 

「利用方法を聞いたんじゃない! そんなの聞かなくても……!」

 

 解る。雪花の優れた頭脳のどこかにある冷静な部分はうんこたれの証言を聞いたと同時に答えを得ていたが、思考とは別にある情と誇りは唯一と言って良いほどの友人をこれ以上の危険を冒させる事を否定していた。

 

「俺に怪物が寄ってくるってのは疑わないのな」

「茶化さない!」

 

 理由や理屈はどうでもいい、うんこたれが嘘をつくような人間ではない事は知っている、そもそも神にこれでもかと愛されているうんこたれの不思議っぷりに今更もう一つ不思議が増えた所で誤差でしかない。

 

「最大効率で怪物どもを倒したいならやるべき事はわかるよな? 悪いが秋原が迷ってたとしても俺は行くぞ」

「あっ、ちょっ……!」

 

 ニヤリと笑って宣言したうんこたれが担いでいたライフル銃を天に向けて発砲して雪花の制止に聞く耳を持たないままに走り出し、うんこたれの背後に憑いていた吉凶を予言する美女神が不憫な物を見るような瞳で雪花を見た。

 

「怪物どもーー! 俺はここにいるぞーー!!」

 

 呆気にとられて出遅れる雪花。この無茶も神に囁かれて導かれたからなのかと考えるも、うんこたれに寄り添っていた美女神はただそこにいただけなのを雪花は見ていた。つまり、一から十までうんこたれ自身の思考で無茶を通そうとしているのだと気付く。

 

「でもあの女神もあいつを止めようとしてなかったし……って、ぼんやりしてる場合じゃなかった!」

 

 うんこたれの走る先、建物の影から姿を現した怪物目掛けて槍の投擲。貫かれて光の塵に消える怪物の下をうんこたれが躊躇う事なく走り抜けていく。

 

「秋原ぁー! ナイスショット!」

「待って、ちょっ、ホントに待て! 待て……待てぇ!!」

 

 一度だけ後ろ手に親指を立てたうんこたれ。焦りや困惑、迷いすらも忘れた雪花がうんこたれの奔放で無茶な疾走に軽く怒りながら追い掛ける。

 勇者の力で強化された脚力で追走、美女神に囁かれたうんこたれがが唐突な方向転換で細い路地に滑り込んだかと思えば反対側の建物を粉砕して怪物が出現してうんこたれを追い、うんこたれに追い付きかけた雪花がそれを貫いて薙ぎ払う。

 うんこたれにとっては直感と感覚に任せた疾走、美女神にとってはうんこたれに凶となる未来が訪れないように口の閉じる暇のない囁き、怪物にとっては獲物を発見したかと思えば唯一敵となりうる勇者に横っ面を貫かれる罠、雪花にとっては一撃で死にうる護衛対象が先行する怪物迎撃RTA。人も人外も全てがたった一人のうんこたれに振り回されていた。

 

「追いつけそうで追いつけない!」

 

 単純な競争ならばうんこたれは勇者である雪花に勝ち目など無い。しかし、追いつけそうになっても次々と現れる怪物への対処に時間を取られるせいか雪花はうんこたれを付かず離れずの距離で追い掛けてばかりだった。

 

「あー、もう! なんでこんなに寄ってくるかな!」

 

 新たに現れた怪物に槍を叩き付けて倒した雪花がぼやく。すると、いつの間にか雪花の肩に乗っていたコシンプが溜め息を吐くような音無き声をこぼした。

 

 神性がチパパに集まり過ぎた、チパパに神性の気配が濃く強く染み付いている。ああなってしまったらチパパは歩く神社みたいなもの。

 

「いやホントになにそれ! 増えた不思議っぷりが特大過ぎるんだけど!」

 

 怪物は人を襲う以外にも特定の神社仏閣も破壊する習性が確認されている。今のうんこたれは人間でありながら神々の集う神域のような存在、怪物にとっては人を二~三人襲うよりもよっぽど優先して"破壊"したくなる存在なのだろうというコシンプの説明。

 うんこたれといううんこの素養が高い人間に古今東西うんこの神々が寄り集う、まさにうんこにうんこを混ぜて合わせた特大のうんこ*2。怪物が特大うんこへと積極的に向かう姿は蝿かウジ虫のようであった。

 

「かなり無茶してるって所に目を瞑ればかなり効率良く倒せてたってのが無性に腹立つなぁ! ……捕まえた!」

「ぐえ」

 

 全力疾走を続けて動きの精彩を欠いたうんこたれにとうとう雪花が追い付き、襟首を掴んで捕まえればほどよく首が絞まって蛙のような声を放つうんこたれ。うんこの神域と化したうんこたれを掴む雪花、概念的な話をするならば雪花は今うんこを鷲掴みにしていた。

 

「そんなに息を切らしちゃまともに走れないでしょ、鬼ごっこはおしまい。さっさと避難して!」

「……いや、もうちょい、走れ、る」

 

 息を切らしながらも強がるうんこたれの言葉に対して雪花が無言のまま足下にあるマンホールの蓋を踏み砕いて豪快な音を鳴らす。

 

「へ? 皿みたいに割れ、え? 割れるのそれ? 鋼鉄だよな?」

「この中に放り込まれるか自分で降りるか、選んでいいよ」

「っス! 自分で降りるっス!」

 

 雪花がおしとやかな淑女のように選択を迫れば紳士的に即決したうんこたれが機敏に行動を開始。マンホールの奥は汚水の流れる下水道、うんこたれが自らすすんで下水道へと降りていくさまは特大のうんことして自然な姿だったのかもしれない。だが、たとえ特大のうんこであってもうんこたれは歴とした人間でもある、自分の意思で下水道に降りようとしたのならば、自分の意思でそれをやめる事もある。

 

「悲鳴! 近いぞ!」

「あっ! 私が行くから大人しく避難し──わっ?!」

 

 何処かから聞こえてきた泣き声のような悲鳴に反応したうんこたれが腰まで突っ込んでいたマンホールから飛び出して周囲を見回し、雪花はそんなうんこたれの両肩をおさえて避難を促す。

 直後、雪花は全身に浮遊感を覚えて驚きの声を放つ。腹部に軽い圧迫感と小さな衝撃、同時に視界が揺れ動いて腰にも手で押さられる圧迫感。

 

「百歩譲ってセクハラ紛いの俵担ぎはいいとして、君が駆け付けても一緒に逃げるしかできなくない?」

「つい」

「つい、で、死地にむかっちゃうか~」

「でもたった今名案を思い付いた」

「え?」

 

 浮遊感の正体は勇者の力で強化された雪花の手から逃れられないと瞬時に悟ったうんこたれが両手の拘束ごと雪花を肩に担いで駆け出した事によるものだった。どれだけの力を得ていようとも雪花の肉体は健康的な中学生女子そのもの、日常的に野山を練り歩いて農作業にも精を出すうんこたれの鍛えられた男子の肉体にとっては大して負荷にならない過重でしかなかった。

 

「悪いな秋原、利用する」

「え?」

 

 担がれていた雪花が困惑ばかりで肩の上に乗せられたままなのをいいことにうんこたれは少しだけ悪びれるフリをして荒々しく大口で空気を吸う。

 

「ここに勇者がいるぞーー!! 逃げ遅れてるならここに来い!!」

「なるほどね、私頼りでどうにかしようって訳ね。元から助けに向かうつもりだったから探しに行く手間が省けるかも」

 

 よいしょ。と、身を翻して走るうんこたれの肩から降りた雪花が危なげ無く着地する。そのままうんこたれの走る先、悲鳴を上げた人物がいるであろう方向へと視線を向け直した時に視界に収まったうんこたれの背中の向こうの建物の影から一つの人影とそれを追う怪物の一体が飛び出したのを目撃した。

 

「オイさん!」

 

 怪物に追われていたのは幼子を胸に抱えて走る及川だった。驚きにうんこたれが声を荒らげ、雪花は及川に噛み付く寸前の怪物に槍を投擲するために迅速に構える。

 

「この子をっ!」

 

 緊迫した状況に血迷ったのかそれとも雪花の投擲が間に合わず逃げ切れないと判断したのか、及川が走る勢い全てを乗せて胸に抱えていた幼子をうんこたれへと投げ渡す。悲鳴をあげながらの泣き顔で空中を滑る幼子が雪花の槍を投擲しようとした射線を遮り、とっさの判断で振りかぶった腕を止めた雪花がつんのめった。

 

「ぐわぁぁぁ!」

「オイさん!!」

 

 ほんの一瞬、たった少しだけの遅れ、それによって雪花の槍は間に合わず及川は怪物にその身を大きく噛み付かれて絶叫し、飛び付くように幼子を受け止めたうんこたれが悲痛な叫びをあげる。刹那の後に、雪花の投擲しなおされた槍が怪物を貫いて塵へと変えた。

 

「オイさん! 意識はある?! 今医者まで連れて行くから……!」

 

 致命傷だった。うんこたれの叫びと及川の絶叫に釣られたのか周囲から続々と集まり始めた怪物を迎撃しながらもかすかに見えた有り様は素人目に見てもわかる程の重傷、即死していないのが奇跡と言えるほどだった。

 

「……いや、いい……間に合わ、ない」

「そんな事言わないでくれ!」

「その子を……親とはぐれた、らしい……慣れぬ事をして、このざまか……」

 

 吐血混じりのたえだえな声、うんこたれが幼い子供のように叫ぶ。

 

「私は、死ぬ……すぐにできなくても、いい……これから人、を、まとめるのは、お前だ、若いお前、達だ……」

「ふざけんな! そんな難しい事は大人が、オイさん達がやれよ!」

 

 泣き叫ぶ怒鳴り声を放ちながらも及川の流す血を止めようと自らの上着やライフル銃のスリングすらも利用して緊縛するうんこたれ。しかし、その程度で止血できるほどに及川の傷は浅くなかった。

 

「誰もみすてない、その理想のじゃまになる、あしでまとい、は、私が減ら、した……じゃまになる、私も、いま死ぬ」

 

 北から二、西から一、南東から一、距離を潰される前に投擲で貫く。幼い泣き声が二つ、雪花の耳を苛む。

 

「お前と、勇者様は、人のきぼう、だ……」

「ちょっと噛まれたからって死んだ気になるなよ! 生きろよ!」

「ゆうしゃ様、供逸(きょういつ)を、甥を頼みま、す、このとうり、甘いやつ……ですが、かならず……役に、立つ」

「できうる限り、生かしますよ!」

 

 うわごとのような言葉に雪花は本心からの言葉を叫びつつ迫る怪物を貫く。

 

「人を復興させるヒーローになりたいって言ってたじゃん! 諦めないでくれよ!」

「……ヒーロー……なりた、かった……わたしも……供逸の、ような……ヒー……ロー……」

「オイさん*3!!」

 

 うんこたれを見上げる及川の表情は悔しさに歪みながらも眩しいものを見るような瞳。しかし、瞳孔は開き切って呼吸も絶えていた。事切れてしまった。と、雪花は知る。そして、過酷な生活や狩猟で生き死にに多く触れているうんこたれ(及川 供逸)もそれが解ってしまった。

 

「移動するよ! ここじゃ遮蔽物が多くて不利!」

「……くっ」

 

 迫る怪物の数が増えている中で叫ぶ雪花。目の前で身内の死を目撃してしまった相手に対してすぐに立ち上がれと言うのは酷だと解っているが、状況がその場に留まる事を許してはいなかった。

 

「その子を頼まれたんでしょ! 私も君の事を頼まれちゃったんだから、泣いてる場合じゃない!」

「……わかってる、移動しよう」

 

 幼子を抱えて立ち上がるうんこたれ(供逸)のまなじりに大粒の涙。脳裏には自分が先ほどの鬼ごっこで追い付かれていなければ雪花と共に及川の元へと迅速に駆け付けてを助けることができたのではないかという自責。そして、雪花もまた情や誇りよりも効率を優先していたのならば、もしくは最初からうんこたれ(供逸)をマンホールにでも叩き込んで単独行動をしていたのならば助ける事ができたのかもしれないという後悔を抱えていた。

 

「走ってたんじゃすぐに囲まれる……跳ぶよ!」

 

 いち早くこの場から離脱すべきだと判断した雪花が返事を待たずに幼子を抱えるうんこたれ(供逸)を乱雑に抱えて跳躍、家を飛び越え、電柱を踏み、周囲の建物よりも少し背の高いビルへと着地。怪物の包囲からの脱出を滞りなく成し遂げる。そして、うんこたれ(供逸)と幼子を避難させるためはどこに一旦隠れるべきかと街を迅速に見回して確認、先程雪花達を包囲していた怪物達が追ってくるのと街中に疎らな散り方をしていた少数の怪物を視認した。

 

「秋原!」

 

 身をよじって雪花の腕から降りたうんこたれ(供逸)が雪花に乾かぬ瞳で強く訴える。

 

「この数とこの距離なら、いける!」

 

 できるか? との問いは無かった。そもそも、何も言葉を介さなかった。しかし、似た後悔を抱えていた二人は状況を把握したと同時に最も効率の良い戦い方を共に思い付いていた。それを絡んだ視線で確認しあった二人は一切の齟齬無く行動に移る。

 

「全部ここで迎え撃つよ!」

 

 追ってくる怪物達を次々と槍の投擲で仕留めていく雪花の横でうんこたれ(供逸)が生涯かつて無いほどに大きく息を吸う。

 

 「ウオォォォォォォォッ!!!!」

──ォォォォォォォォォォ!!!!

 

 カムイと神々に愛されるチパパによる祈りの咆哮。これ以上の悲しみはいらない、怪物達に報いを、友である勇者に勝利を、勝利を! 今までも常々と抱いていた思いだが、心を鬼にして人々の未来のために奮闘していた尊敬すべき叔父の死をきっかけに確固たる祈りに昇華した心のままに吠えたてる。

 チパパを愛するカムイ達が嘶き、人に寄り添う神々が鬨を発する。悲しむチパパを慰めるように、奮い立つ人の背を押すように、友の勝利を祈るチパパに寄り添い、勇者の勝利を祈る人を愛する。

 

「……すっごい、怪物以外の全部が味方じゃん」

 

 空気のカムイが震え、風のカムイが押し流し、石のカムイが共鳴し、街の隅々までうんこたれ(供逸)の声が届く。それに、全ての怪物が反応して見晴らしのいい高所にいる雪花達に気付いた。

 

「あとは、たのむぞ」

「……任せて、今の私はちょっと凄いよ」

 

 全身全霊の叫びに息を切らせるうんこたれ(供逸)に親指を立てた雪花が槍の一擲で怪物を貫き威力の余波で四散させる。

 ちょっと凄い。その言葉は強がりでも見栄でも無くただの事実だった。『友である勇者に勝利を』の祈りに真っ正面から応えようと沸き立つカムイと神々が雪花に今まで以上の加護を与え、直感と感覚で勇者の力が増幅されているのに雪花は気付いたのだ。

 

「おぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ──」

 

 怪物が迫りくる中で雪花は勝利を確信。今まで以上の迅速さと正確さによる槍の投擲、今まで以上の槍の威力で確信を事実に変える。

 人の祈りがカムイと神々に届き、勇者は更なる力を得て勝利を手にした。

 

 人類が滅びに向かう中で何度目かの過酷な冬。効率を求め続けた指導者の死の後、この街が滅びる時までカムイの勇者である雪花の槍と人の勇者のであるうんこたれ(供逸)祈りが合わさり続けて怪物による人の殺傷は皆無であり続けた。

*1
「ゆるくない」大変、きつい等の意味。逆に"ゆるい"と表現して大変ではない、きつくない等の意味を持たせる事は無い。

*2
うんこ+うんこ=うんこ

*3
「おいさん」叔父にあたる人物に対しての親しみをこめた呼び方。本来は関西周辺の方言だが北海道でもたまに使う




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次回

うんこたれ 死す

    


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雪の花はうんこの上で咲く

「われながら随分と住み心地の良さそうな洞窟を掘っちゃったもんだわ」

 

 過酷な冬の日々に頻度を増した苛烈な襲撃、その間に時間を見つけて拡張を続けた雪花専用の避難場所の仕上がりを確認して独り言つ雪花。年単位で食い繋げそうな備蓄や日用品、睡眠のためのハンモック、ある程度の着替え、今からでもここで長く生活できるであろう洞窟は秘密基地風の住居と言い張っても通用しうる状態だった。

 

「ここを使わざるを得ない状況にならなければ尚良しなんだけどね……日の当たらない洞窟生活なんてカビ臭そうだし」

 

 誰が聞くでもない冗談──傍で佇んでいたコシンプが頷いてはいた──が硬質な壁にささやかに反響して消え、なんとなくの虚しさを覚えた雪花がそれを振り払うように穴掘りに用いるのスコップを持ち上げる。

 

「最初に掘り始めた頃に想定していたよりも立派なのができたけど拡張は続けますよっと……備えあれば憂い無し、よりよい物を作っといて損はしないでしょ」

 

 鼻唄混じりに居住空間の奥にある硬質な土へとスコップを刺す。使う事にならなければ良いのにと願いながらも使う事を想定して作業に勤しむ雪花の姿には、希望を願う無垢な少女でありながらも石橋を叩く慎重さと最悪を想定して対策を講じるクレバーさを併せ持つ気質がよく表れていた。

 

「! ……また来た、日中にもやっつけてやったのにしつこいなぁ」

 

 スコップ一刺し分の作業しか進んでないのにカムイ達より襲撃を報されて嘆息した雪花が土にスコップを刺したまま慌てず急いで地上へと走る。万が一にでも怪物に侵入されないように、侵入されたとしても渋滞させて迎撃を容易にするために蛇行させた細い通路の先、偽装を施した出入口から飛び出した雪花は見えてしまった光景に理解が及ばず身を硬直させた。

 

「…………なに、あれ……?」

 

 太陽隠れる北国の厚い雲の下、日暮れ時も相まって灰色と化した世界を悠然と街へと向かって進行する異様な巨体。その大きさは雪花が百人並んでようやく端から端まで届くかというほどで、その姿は光輪を背負う肉食獣の顎。

 

「怪物の親玉? いや、いつもの奴等が合体してる……!」

 

 勇者の力によって強化された視界が捉えるのは悠然と進行しながらも通常サイズの怪物が寄り集っては合わさり、形を変えてはまた離れ、合体と分離を繰り返して常に巨体の表面を蠢かせて形を変え続ける姿。その有り様はまるで幼い子供が粘土で遊びながら新しい玩具の形を試行錯誤しているかのようだった。

 

「そんな奥の手みたいなの今まで見せなかった癖に。今までの隠してたならこれからもずっと隠しておいて欲しかったわぁ……」

 

 巨体の体表がおぞましく蠢く有り様に嫌悪感を覚えながらも槍を握り締めて駆け出す雪花。あれほどの巨体になるまで怪物が合体するのにどれ程の数が集まったのか、あれが合体した数だけ強くなってしまっているのならどれ程の強敵なのか、分離するのも可能ならば巨体全てが分離したらどれ程の大群に膨れ上がるのか、嫌な予感しか感じない光景に怖じ気ている場合ではないと自らを叱咤する。

 

 大きく跳躍して背後へと流れていく街の光景に一瞬だけ視線を向ける。漁や猟、建造物の修繕、極寒の一日を今日も必死に生き延びた無辜の人々は空が暗がり始めたのを合図に誰もが家路についていたのであろうが、巨大な怪物の襲撃に驚き慌てながらも街中に設けられた避難場所へと向かっていくのが確認できた。

 

「さっさと逃げ出したくなるような相手だけど、一当てしない内に逃げるのは無しでしょ……そーれっ!」

 

 接近しながらの投擲。勇者の怪力でも放物線を描かなければ届かない距離を飛翔したカムイの力宿る槍は狙いを違えずに獣の顎のような部位の中心に命中し、不気味に蠢く体表に浅く突き刺さる。

 

「刺さってもほとんどノーダメージって感じじゃん。サイズ差がありすぎる……!」

 

 巨大な怪物が象だとするならば雪花の槍は裁縫針。巨象の皮膚に対して裁縫針が上手く刺さったとして、多少なりとも痛みはあれども生命活動になんら支障は無い。ましてや合体と分離を繰り返して流動する体表の小さな刺し傷など瞬時に塞がってしまう。

 

「槍一本でダメなら山程の槍なら……!」

 

 街を置き去りに前進を続けた雪花が巨大な怪物の進行を遮るように街との間に立ち、戦意によって両手それぞれに顕現させた槍を連続で投擲する。うんこたれ(供逸)が雪花の勝利のために更なる力をと祈った日より増したままの力、槍の一本一擲が通常の怪物にとって確実な死そのもの、それらが密度の高い槍衾を形成しながら巨大な怪物の中心部に殺到する。

 

「まぁ、そうなるだろうなとは思ってたけど!」

 

 数十と投げて数十と突き刺さり、その全てが体表の流動に流され抜け落ちて刺さった痕跡もすぐに消えた。

 

「大物を直接倒せないなら……!」

 

 合体と分離を繰り返す怪物達、分離して巨体より離れた通常の怪物目掛けて雪花が槍を投擲して貫く。ダメージを与えられているかもわからない巨体に槍を刺すよりも確実に倒す事のできる個体を地道に倒すべきだと判断したのだ。

 巨体の表面を少しずつ削るように攻撃を繰り返す雪花。途方もない時間が掛かりそうだがこの戦法ならばいずれ削りきって倒せる、街に接近されてもカムイと神々の更なる加護で強化されている自分ならば敵を引き付けながら対応するのも不可能ではないと勝機を見出だす。見出だしたが、すぐにその見通しはひっくり返された。

 

「なに……それ……」

 

 ()()を見た雪花は自分の見た光景を理解するのを本能が拒んだ。

 ()()は人の力が決して及ばないもの、地上に降りてはならないもの。

 

 体表蠢く巨大な怪物の大地を抉り喰らうような大顎、大きく脈動したと同時に虚空に光を産み熱を灯して破壊の気配を膨張させる。

 

 ()()は太陽。本来ならば天の遥か高みより大地を見下ろす絶対の存在。

 

 世界を灰色に沈める分厚い雲の下、そこに顕れてはならない太陽の赤い光が地上を覆う白い雪を蒸発させて木々を黒く焦がす。

 雪花の耳に太陽の光で焼き払われる万物に宿っていたカムイ達の音無き悲鳴がこだまする。

 

「ひ」

 

 空気さえも焼け爛れる熱量、幾重にも響く生々しい悲鳴、唐突すぎる出現をした絶対の存在、抗いようのない死の気配、それらが雪花の恐怖心という本能を著しく刺激する。強張る体が引き攣り針金を全身に巻き付けたように動きを硬直させ、降臨した太陽こそが自分の死だと理解してしまった雪花の思考も停止する。

 

 逃げて! 走って! このままだと雪花が死んでしまう!

 

 強張りすぎて震える雪花へと必死に吠えるコシンプ。逃げなければならない、このまま棒立ちでは確実に死ぬ。優れた頭脳故にそれを理解してしまえる雪花だからこそ濃密な死の気配を過剰なほどに感知してしまい、恐怖に恐怖を重ねて身動きの仕方を思い出せずに震えるだけだった。

 

──秋原……!

 

 祈るような、絞り出すような、勝利と無事を願う声。幻聴ではなく、思い込みでもなく、ここではない何処かにいる友人の小さくも強い声がカムイに運ばれて雪花の耳を打ち、生きるために思考を回すのに必要な理性を刺激した。

 

「っ!」

 

 瞬間、疾走、跳躍。向かう先は顕現した太陽の死角どある巨大な化物の背後。熱に焼かれながら太陽の真下くぐり抜け、動きの鈍い巨体の下も迅速に突破して怪物の背後にある太陽の熱と光の届かない位置へと身を逃す。

 

「死角に回り続けて削り続ければ──」

 

 まだ勝機はあるはず。はずだった。素早さでは勝っている雪花ならばそれが可能なはずだった。

 

 閃光、轟音。衝撃波が雪花の体勢を崩して眼鏡のレンズに亀裂を走らせる。

 だだそこに在るだけで死を振り撒いていた太陽が高速で射出され、ほんの一瞬前まで雪花が棒立ちになっていた場所を通り過ぎて街の中心部に衝突、爆炎と衝撃で街の全てを蒸発させる。

 

「──ぇ…………?」

 

 回転を取り戻しはじめた雪花の思考が再び停止した。

 

 灰色の空へと繋がるキノコ雲、その根元には街の残骸すらない窪んだ荒地、それらを中心に放射線を描くように薙ぎ倒された木々と申し訳程度に転がる元々は何だったのかもわからない瓦礫。

 思考が停止してても理解できてしまう程に滅びの光景だった。

 

 ほんの一瞬の出来事、太陽が大地に触れただけで雪花の守る旭川市は滅んでいた。

 

 


 

 

 なにかとても、とてもたいせつな夢を見た気がした、そんな朝だった。

 心の何処かが焦燥感を抱いていた、祈りに尽くせと心がざわめいている朝だった。

 目覚めの時には忘れてしまっていたが夢の中で誰かに会っていた気がする。その誰か、いや、もしかしたら誰か達に何かたいせつな事を教えてもらった気がする。でも、そのなにもかもを忘れていた朝だった。

 

 いつものように目覚めて、いつものように静かな朝。

 自分にも他人にも厳しくて、不器用な叔父と二人で暮らしていた時は毎朝どちらが早く起床して朝食を拵える権利を競い合っていた。叔父は手先も不器用だから火を使えば生焼けか焦がす料理を作るので、叔父が言うには俺の味付けは塩気と油が強くて中年が朝から食べるには重いらしいから、互いに自分が満足する朝食のために早起きを競っていた。

 今はもう早起きを競う叔父はいない、怪物に肉も骨も内臓も噛み潰されて殺された。だけど、習慣になってしまった早起きはそのままで、俺が朝食の支度をしてても後から起きてきた叔父の悔しがる声の無い静かな朝だけが続いている。

 そんな静かすぎる朝にはもう慣れてしまった。

 

『供逸と酒を酌み交わせるようになる頃までには先詰まりのこの状況を変えていたいものだ』

 

 元々政治家でもなんでもない普通の中年だった癖に、怪物が人を襲いはじめた直後の混乱激しい時期に自分にも他人にも厳しい性格のまま周囲を叱咤し続けていたらいつの間にかまとめ役になっていただけの癖に、数少ない趣味である飲酒を楽しんでいた時にそんな事をポツリと呟いていた。

 こんな事を思い出したのは、叔父が死んでからまた戻ってきたこの家の戸棚に上等そうな酒瓶が何種類も貯蔵されているのが食卓からもよく見えるからだろう。

 

『今飲み相手したら明日にでも状況が好転するかな?』

『そうなればどれほど良い事か』

『試してみる? 下戸だけど付き合うよ』

『未成年だろう……下戸? 何故わかる』

『冬山で身体を暖めるにはって猟師のじっこに飲まされたから』

『あの不良猟師め』

『味は嫌いじゃなかったけどすぐに眠くなって雪の中で眠りかけた、身体を暖めるどころか永遠に冷たくなるところだったよ』

『あの不良猟師め!』

 

 ひとつ思い出せば繋がる出来事をふたつみっつと思い出す。翌日には叔父が猟と鉄砲の師に保護者として文句を言っていたがいつものようにのらりくらりと躱されていたのも思い出し、思い出に没頭するとキリが無くなるので朝食の最後の一口と共に思考を切り上げる。

 

 起床からしばらく経つのに、夢を見たかさえも定かではないのに、焦燥感が晴れない。感覚が、心にささやくなにかが、祈りに尽くせとざわめき続ける。

 

 心が理性では解せない動きをしていても、人は生きている限り腹を空かせる。今日を生きて、明日も生き続けるためには食事をする必要がある。秋までに溜め込んだ備蓄はあるが、街全体で消費し続ければすぐに誰もが飢える事になる。

 だから、今日も今日とて野山からの恵みを授かりに行く。生きるために。

 

 いつもの雪の白と裸の木々の黒い景色、いつものライフル銃、いつもの背嚢といつもの装備、そして家の戸棚からくすねた酒瓶。飲む気は無い、無いが、何故か心がこれを持ち歩けと叫んでいたので邪魔になりにくそうな小さな酒瓶を持ってきてしまった。

 

「静かだ……」

 

 雪は音を吸い込む、冬の野山は夏よりも静寂に満ちていて当然だ。しかし、今日ほど静かで生き物の気配が薄いのは初めてだった。獣の糞、足跡、樹皮を剥いだ痕、たしかにこの周囲に獣がいたはずなのに一切姿を見ることができず、痕跡を追っても煙に巻かれたかのように見失う。

 

「こんちわっス」

「やぁ及川くん。調子はどうだい?」

「だめだめっスね」

「おや? 珍しいね」

 

 一度川に降りて罠で魚を捕っている人達に話を聞いてみたが、漁をしている人達は普段と変わらない成果を得ているらしい。しかし、世間話ついでで漁の手伝いをして俺が回収した罠では全てに小魚一匹さえの成果を得ることができなかった。

 

「? ……不思議な事もあるものだね」

 

 普段ならば山を歩けばまるで獲物の方からが寄ってくるかのように獣に出くわし、川に罠を沈めればどれもこれも成果を得る。多くの人が『幸運だ』と口々に言うくらいには()()()いた今までが嘘だったかのような不漁ぶりに首を傾げられる。

 今までが上手くいき過ぎていただけ、こんな日が有って当然。むしろ、今までの方がよっぽどおかしい。そう思いながら漁をしていた人達と別れて野山へと戻る。

 

 心のどこか、感覚と言うには薄すぎる何かがこれでいいと諾なう。

 

 野山の雪を掻き分けて進み、獣の痕跡を見つけて追い掛けてはふわりと見失う。一度も引金を引かないまま、命を奪わぬままに時が過ぎ、そろそろ山を降り始めなければ陽がある内の下山が難しくなる時間となる。たった今見つけたこの痕跡を追って駄目ならば今日は諦めようと考えながら雪の斜面を踏み登る。

 

 どんな山でも頂きには神がいるもんだ。山の神ってのは大抵女神でな、山にいる時に小便したくなったら山頂にちんこを向けて勢いよく飛ばしてやれば山に居続けて男に逢う事が少ない女神がご無沙汰なちんこに喜んで幸運を授けてくれるってな。

 

 唐突に思い出したのは猟と鉄砲の師である男の言葉。きっと、痕跡を追い掛けて進む先に小さな山頂があることや、普段よりも幸運を感じない現状に先人より伝え聞いた伝承に頼ってみたくなったのだろう。

 山頂に向かってちんこをさらけ出し、ひどく凍てつく空気に一瞬でキンタマが縮み上がる。特に何かが変わった気はしないが、もしかしたら少しだけ幸運が戻ったかもしれないと期待しつつ縮んだキンタマとちんこをしまう。

 ちんこを出して冷やして戻しただけだが、これで万事良い結果になるならば安いものだ。

 

 痕跡を途中で見失い、一人でちんこを露出しただけに終わった。そんな事をしてる場合ではないと心がざわめき続ける。

 

 成果無しに身軽なままの下山、数年間歩き続けて慣れ親しんだ過酷な領域の雪を踏み締めながら進む。普段と違って獲物を載せた橇を引いてる訳でもないのに、いつもより体力を残しているのに、街に戻るための一歩一歩が尋常ではないほどに重たく感じる。

 成果が無いから気落ちしてそう感じているという訳ではない、街全体の備蓄はまだまだあるのでたった一人が一日不調だったからってどうにかなる訳ではない。事実、自分でも『まぁこんな日もあるだろう』と、楽観的に考えていた。

 それなのに、見えない何かがまとわりつくかのように、不可視の力で行く手を阻まれているかのように、大恩ある誰かに行くなとせがまれているかのように脚と心が重たい。

 

 なにもかもが重たくて、ついには歩みを止めてしまった。

 このまま陽が落ちきって山中で夜を迎えてしまえば危険なのに、心の何処かがそれでいいと諾なっていた。

 

 遠く厚い雲の向こう、急激に落ちていく太陽に世界が明度を落とす。ほのぐらい灰色の世界、訳がわからないまま立ち尽くして小さく光を灯し始めた街を遠目に見下ろす。

 街から出て食糧を調達していた皆はとっくのとうに家路についているだろう。自分の安全を確保できない危険に対して鈍い人間は皆、この数年間のうちに淘汰されている。

 

 この感じ、何も理由がわからないまま感覚に訴えかけられて自分でも理解しがたい行動をとる事に覚えがある。例えば自分で帰れる保証のない山奥に食糧が山ほどある気がして進んだら遭難者を見つけたとか、街に人喰いの熊が降りてくる日時と場所を確信してたとか、最近では化物から逃げるためにどこへ向かって走れば逃げやすいかというのがあった。

 きっと、この山中に留まる選択も何かしらの意味があるのだろう。と、漠然と思考していた時に雲の向こうにあるはずの太陽を背景に雲上から巨大な怪物が降りてくるのを目撃した。

 

 天より降りる、光輪携えし獣の顎。

 人々住まう街を傲慢に見下ろし、されど傲慢がその化物にとって正しき有り様だと言わんばかりに悠然と前進する。

 どれほどの強さを秘めた怪物だなんて力の無い矮小な人間でしかないから解らないが、かつて無いほどに圧倒的な存在感だけを感じ取れた。

 

「もしかして、あれが山に留まる事になった理由なのか……?」

 

 だとすれば何故山に留まる必要があったのか、俺が街にいると何か不都合があったのだろうか、なにも解らないが祈る。──迎撃に出る勇者の、かけがえの無い友人である秋原雪花の無事と勝利を。

 

 不可思議な静謐を保っていた世界の全てが存在感を増取り戻す。空気が澄み、風が吹き、地吹雪がうねり、木々が揺れ、枝に残っていた枯れ葉が踊り、氷柱が煌めき、雪に隠れた大地が世界を見上げる。

 

 なにか、なにかとても大事な事を理解しかけた気がした。

 直後に巨大な怪物の端部が削れるのが辛うじて見えた。もしかしなくとも秋原の攻撃によるものだろう。

 

 勇者、秋原雪花。小学校に入学した頃から知る相手で、仲が悪いなんて事は無いが親しいとも言い難かった同い年の女子。

 世界が一変してしまってからいつの間にやら胸を張って友人と呼べる仲になれた、理知的で洒落ている女子らしい女子。

 この地に生きる全ての人々の命を華奢な身に背負う、きっとこの世界で唯一特別な女子。

 

 多くの人が言うように自分が特別だったのなら、本当に俺が特別な何かだったのならば、あの華奢な女子を守りたかった。それができなくともせめて、友人の隣に立って助けたかった。

 

 なにか、感覚が、なにかを叫んでいた。

 俺の自意識はどうにも鈍くて、それがどうしても聞こえなかった。

 

 灰色の世界を赤に染める太陽の顕現。圧倒的で、超常的で、絶望的な光景。

 そんな光景を目の当たりにしていても、俺にはただ友人の女子を祈る事しかできない。

 

「秋原……!」

 

 無事であって欲しいと、俺達をどうか助けて欲しいと、勝利してくれと祈る思いが口からこぼれる。これ程強く祈っても、無責任に一人の女子に頼る事しかできない自分が情けなくとも、あの場に駆け付けてなにもかもを解決してみせる英雄になりたいと焦がれても、どうしようもなく俺はただのちっぽけな人間だった。

 

 ちっぽけな人間だから、滅びの瞬間を見ていてもなにもできなかった。いや、見ていたと表現するのには語弊がある。気付けば終わっていたからだ。

 

 ほんの一瞬だけ気絶していたのだろう。何か衝撃を感じた直後には仰向けに倒れていて、俺の身に覆い被さるように──しかし、決して潰さないように──倒れている幾本かの常緑樹の下にいた。

 突然な状況の変化に混乱しながら常緑樹の下から這い出して目撃したのは灰色の空へと繋がるキノコ雲、その根元には街の残骸すらない窪んだ荒地、それらを中心に放射線を描くように薙ぎ倒された木々と申し訳程度に転がる元々は何だったのかもわからない瓦礫。

 俺の産まれ育った街がほんの一瞬でそこに住む大勢の人々と共に消失していた。

 

「嘘だろ、なにも残ってねぇじゃん……」

 

 街があった事さえ嘘だったかのようになにも残ってない光景に現実感が沸かず、驚愕ばかりで感情が麻痺したのか本来感じるはずの怒りも悲しみも伽藍堂だった。

 

「みんな……みんな消えた……」

 

 あの街の住人で生き残ったのは偶然山に留まっていた俺だけ。いや、街を消滅させた攻撃に巻き込まれていなければ秋原も生き残っているのだろう。それ以外はそこに人がいたという痕跡すら遺さずに消滅した。今まで毎日を一生懸命に生きて、これからも生きていくはずだったのに消えてしまった。

 

「みんな消えたのに……なんで俺だけが残って……」

 

 俺が生き残ったのは偶然だ。たまたま山にいて、何故か帰ろとしたらなにもかもが重くなって歩けなくなって、それで爆炎が届く範囲の外にいることができた。木々を薙ぎ倒す衝撃波もたまたま衝撃をやわらげる事ができるくらいに葉を茂らせた常緑樹が何本も盾になったからだ。

 

 ここまで考えてようやく少しだけ、ほんの少しだけ理解できた。

 

 俺は何かに導かれて守られたのだ。何かがおかしいと感じながらもいつものように野山を歩き回り続けたのも、帰ろうとすればなにもかもが重くなって歩くどころではなくなってしまったのも街に帰らないようにしてあの破滅に巻き込ませないためだったのだろう。街を中心に放射状に倒れているはずの木々なのに、俺の近くの木々だけが衝撃波から俺を守るように倒れているのがそう確信させる。

 

 何かとは何なのか。

 

『ぼんずは勇者様とは違う形でカムイの加護を得ているんじゃねぇか』

『君が人ならざる存在、カムイに導かれていると信じている者は多い』

『付いてるって言うか、憑いてたって言うか……なついている?』

 

 今までのなんとなくの行動で起きた偶然の幸運は後から多少強引にでも理由を付けて自分の考えと意思でそう判断したと言える。だが、今日この瞬間の滅びはどう考えても予見できる判断材料が無いのに俺は山に留まっていた。

 

 否定する材料なんて無いほどの偶然による奇跡。

 俺はカムイ達に導かれて守られた。

 

 何故だ、何故カムイ達は俺を守って今も生かしている。

 

「……秋原……まだそこで戦っているのか?」

 

 偽物の太陽で街を滅ぼした巨大な怪物がその場で旋回を始め、同時にその巨体の端部が削れるのが辛うじて見て取れた。

 街が滅んでも勇者である秋原は戦っていた。きっと、秋原も街の滅びに気付いているはずなのに、逃げたとしても責める誰かなんていないのに、それでも戦いを辞めて逃げ出していなかった。

 

 この北海道で最後の人間だろう秋原と俺。この状況になにか理由があるのだろうか、端部がほんの少しずつ削れていく巨大な怪物を見ながら考える。

 俺が今ここでこうして生かされている以上その意味があるはず、カムイ達はそのために俺を生かしたはずだ。

 

 巨大な怪物の端部がまた削れる、いや、削れたかのように見えたが巨体から分離した一部が街に襲撃してくるいつもの大きさの怪物達に変わっただけだった。その怪物達が何かを追い掛けるように巨大な怪物の真下に殺到する。そこに秋原がいるのだろう、殺到するそばから弾けるように討ち倒されていた。

 

 何かをしなければならない、その何かとは何なのかと気付かなければならない。と、俺の中にある感覚が焦燥感を煽り、俺の自意識はその焦燥感のままに感覚に答えをせがむ。

 理由の見えない焦燥感に俺を導いたカムイ達は俺に急いで何かをさせたいのだろうと察する。それが余計に焦燥感を募らせる。

 

 理由の見えない感覚による判断。それこそが導きだとたった今新たに気付いた。

 

「これも、カムイ達がそう導いたから持ってきたんだよな?」

 

 背嚢から取り出した上等そうな酒瓶を見詰める。だが、何故酒なのか、これでどうしろと言うのかがまるでわからない。

 答えがわからず、答えに届くための手掛かりさえも掴めない。それでも焦燥感のまま必死に思考を巡らせる。

 

 巨大な怪物の体表から噴き出すように続々といつもの怪物が飛び出し始め、地上で逃げ回りつつ怪物を倒している秋原に殺到していく。遠くて小さすぎる秋原の姿を見ることはできないが、殺到する位置が激しく動きまわっている事から秋原はまだ無事だと知ることができた。

 街を守り続けた勇者はその華奢な背中の後ろに庇うものが無ければあんなにも素早く動いて激しく戦えるらしい。でも、どれだけ強くても多勢に無勢が過ぎる。敵を倒すペースよりも新しく噴き出る怪物の方が多いからあのままでは押しきられてしまうかもしれない。

 

 焦燥感が募る。はやくしなければ秋原が死んでしまうと心が叫ぶ。

 

 何をしなければいけないと言うのか。俺にはもう祈る事しかできないのに。

 

──祈り、願い、乞う。

 

「あー、なるほど。ようやくわかった」

 

 俺は願うために生かされた。この身はカムイに祈りを捧げて勇者に更なる加護を乞うために在る。

 カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム、天から役目なしに降ろされた物はひとつもない。この地に生きた先人達が遺した教え。俺はこの瞬間に役目を果たすために今までカムイ達に守られて生きてきた。

 

 今日という日に限って獣を見つけられず銃弾の一発さえ放つ機会が無かったのも川に設置した罠をどれだけ回収しても小魚一匹さえ捕まえれなかったのもこの身に殺生の返り血を浴びて汚れないため、血に汚れた物は捧げ物に相応しくない。

 

「これが俺の役目か」

 

 納得に小さく頷きながら上衣も肌着も脱ぎ捨てて凍てつく夕刻の空気に肌を晒す。不思議と痛いほどに感じるはずの寒さは無かった。その不思議さが、俺の感覚による決断が間違ったものではないと後押しする。

 

「俺は今ここで死ぬために産まれたんだ」

 

 持ち歩かなければならなかったこの酒はカムイに捧ぐ贄を清め洗うための物。捧ぐ贄とはつまり俺自身、頭から酒を浴びて身を清める。

 

 すでに焦燥感は無く、心に在るのは祈りのみ。

 

「間違ってる気がしないけど、間違ってたとしても滅んだ街を馬鹿が追い掛けただけってか」

 

 神に祈り、願いを乞うために古来より人類が繰り返してきた儀式。生け贄。その贄に自分がなってこれから死ぬというのに心が妙に軽かった。

 俺が祈るのはこれから独りになってしまう友の事。

 

 この命を捧げて乞う願いはただの友人のため、家族や恋人でもないただの友人のため。それでも、かけがえの無い友人で、この命を捧げても惜しくは無いと思えるほどに特別な感情を向けていた友人だ。

 いつからこの感情が光輝いていたのかなんてわからないしなんでこの感情を向けるようになってたのかさえもわからない。それでも、この命を捧げてでも生きて欲しいと、何処かで誰かや何かに救われて欲しいと願う程に特別な友人だ。

 

 たぶん、これが惚れてるってやつだったのだろう。

 

 ライフル銃の銃身を抱き、銃口を脳天目掛けて顎の下に当てる。

 再び偽物の太陽に照らされる中、願いを唱えてカムイに乞い。祈りながら引金を──

 

 

 

──雪の上に祈りの赤い華が咲いて散った。

 

 


 

 

 雪花はなにもかもを守れなかったと悟り、深い悲しみに涙を流した。

 大勢の人達が住んでいた自身の産まれ育った街。勇者としての自分を慕ってくれる人、応援してくれる人、自分にもなにか手伝える事は無いかと気を遣ってくれる人、皆で生き残ろうと力と知恵を振り絞る人、顔も名前も知らない人、友人、色んな人が住んでいる自分の故郷の消滅が悲しくて涙を流した。

 

 雪花は戦える力を持ちながらも守りきれなかった自分が腹立たしくて、自分の弱さが悔しくて更に涙を流した。

 なぜ自分がカムイ達に勇者として選ばれたのかはわからない。カムイに訊ねても答えは貰えずにいた。しかし、事実として雪花は選ばれ、雪花も自分しかいなければ自分がやるしかないと受け入れて戦ってきた。

 雪花は自分で戦いを望んだ訳ではない。しかし、それでもやれるところまではやってみせるつもりでずっと戦ってきて、まだ全部出し切って無いはずなのにあっさりと全てが消えた。

 

「私は勇者なのに……」

 

 自分はまだ戦えるのに、まだ負けてなかったはずなのに、勝ち筋は見えていたはずなのに、なにも守れなかった。

 それが雪花には悔しくて悔しくてたまらなかった。

 

 過酷な世界、それでも多くの人が笑って泣いて力を合わせて生きていた街。状況は先細って窮まりつつあったがそれでも皆決して不幸に俯いてはいなかった。皆が必死に生きていた。しかし、無情に全てが踏みにじられた。

 

 感情の昂りに体が震え、更に更に涙を溢れさせる。雪花は憎悪と言い換えれる程に激怒していた。

 

 生きたい。生きていたい。死にたくない。人として当たり前の願い。その全てを無惨に焼き払った怪物の無慈悲な残酷さが雪花には許せなかったからだ。

 

「みんな、必死だったのに、一生懸命だったのに……!」

 

 雪花が溢れる涙越しに緩慢な旋回をする巨体を睨む。

 

「毎日頑張ってる人がいた……! 励まし合ってる人達がいた……! 辛くても毎日笑ってた人がいた……! 悪名を被ってでも人間っていう生き物全てのために行動してた人がいた……!」

 

 乱暴に涙を拭い、カムイの力宿る槍を大きく振りかぶる。

 

「助けれるなら全部助けたいって必死に足掻いて真っ直ぐ生きてた奴もいた! お前が全部台無しにした! 許さない!!」

 

 大地に立つ雪花が放つ怒りの投擲、天より見下ろす怪物に深くめり込んで体表が大きく剥がれる。剥がれた体表が散らばりながら怪物の群れに姿を変えて雪花へと迫る。

 その背より後ろに守るものを無くした雪花、守るのは自分の命のみ。勇者しての身体能力を十全に生かした疾走しながらの投擲により怪物達は雪花に近付く事さえできずに散らされる。

 

 どうせ今から避難場所として用意した穴に逃げ込んだって山ごと吹き飛ばされるだけ、それならば無理を通してでも街の仇を討ってみせると雪花は腹を決めて逃走の選択肢を捨てていた。

 

 疾走、投擲、獅子奮迅。巨大な怪物が自壊しながら大量に噴き出した怪物に隙間無く包囲されても雪花の戦意は衰えること無く滾り続ける。

 

 怪物を一○○、二○○と貫き、三○○を散らして四○○を薙ぎ払う。そして、倒した怪物が五○○を超えようとした頃に雪花の頭上高くに小さく太陽が発生した。

 

「……ここまでかぁ…………」

 

 これまで猛っていた雪花から一転した諦めに似た冷静な呟き。

 巨大な怪物がこれから行おうとしているのは街一つを消滅させる広範囲な攻撃、身を守る盾も隠れる場所も無く、一度大きく退避しようにも隙間無い包囲に走り抜けれる穴は無い。今はまだ小さい太陽が大きく膨らみきればそのまま大地に落ちてきて雪花を一瞬で消滅させてしまうだろう。

 雪花は打つ手無しの詰みまで追い込まれていた。しつこく雪花に攻撃を繰り返していた怪物達が攻撃を辞めて雪花をせせら笑うように包囲を更に密にする。

 

 おねがい、諦めないで。と、雪花に寄り添い続けたコシンプが音無く囁く。

 

「諦めるもなにも、あれを切り抜ける手段がなにも無いよ」

 

 手段はある、これから雪花はそれを授かる。と、コシンプが音の無い泣き声で囁いた。

 

 

──カムイ エホマリュェ(カムイよ お願いします)

 

「──え?」

 

 肌で感じる事も難しいようなそよ風に乗って雪花の耳に届く既に死んだと思っていた友人の声。

 

──ヌプル ヤァィ アトゥ タサ (力を 授けてください)ピリカ マッカチ(あの愛らしい少女へと)

 

「生きてたの!? 何処にいるの?!!」

 

 周囲全てに視線を向けて友人を探すも姿は無く、せせら笑うような怪物達が自身を囲む光景のみ。しかし、それでも雪花の耳に力強くて信頼に満ちた声がたしかに届いていた。

 

──アエアトゥイノミ(贄として) シサム ラマッ(私の肉と魂を贈ります)

 

「っ! 何を言って──」

 

 雪花の頭上に輝く偽物の太陽が大きく膨らみきり、今にも落ちてきそうな中で雪花はかけがえの無い友人の遺言を耳にする。

 雪花はアイヌ語を識らない。しかし、なぜか友人の稚拙なアイヌ語の意味を解して戸惑う。風のカムイが介して届けた言葉、伝えたい思いと伝えたいという意志ががあったからこそ伝わる友人の遺言。

 

──秋原っていう勇者がいたんだ、きっと何処かに他の勇者が守る地もあるだろうさ。生き延びて辿り着いてくれ、そこで救われてくれ。いつかきっと、背中を預け合える仲間に恵まれてくれ。

 

 どこからか届く澄み渡る銃声。

 かつて無いほどに雪花に力が漲る。

 

「──ぁ……」

 

 今度こそ、友人の死を悟る。

 

 雪花、生きて、戦って。あの偽物の太陽を貫いて。と、コシンプが哭く。

 

 ただの人間が身命を捧げただけではこれほどの力にはならない。しかし、贄となったのはうんこたれ(供逸)というカムイ達や神々に愛されて一種の神域と化した特別。

 そして、うんこたれ(供逸)という特別を愛した神々もまた特別だった。人の罪と穢れを浄化する地母神が生きるために生かすために沢山の殺生を繰り返したうんこたれ(供逸)の不浄を清めて贄として最上にさせ、射的を得意とする吉兆の女神が必中の加護を織り込み、日本列島と近しい天の系譜が雪花と日の本の大地との繋がりを更に強める。

 さらに、うんこたれ(供逸)に寄り添った神々の多くは糞の神性。古来より糞とは大地を肥やす強い存在と知られていて、すなわち糞の神とは大地の力を強める神であり大地の神そのものでもある。

 

 大地の神性、カムイより力を授かる雪花。

 大地の力を強める神々。

 大地と雪花の繋がりを強める天の系譜。

 全ての要素がうんこたれ(供逸)という供物としての逸材が身命を捧げた(散華)事によって昇華する。

 

 

「ぅ、ぁ……あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

 

 

 故郷と人々の仇への憎しみも、救われる事を願われた重みも、今度こそ独りになってしまった悲しみも、頼んでないのに勝手に悟ったような声で遺言を残してさっさと自害した馬鹿への怒りも、なにもかも全てを籠めた乾坤一擲。雪花のがむしゃらな叫びが木霊する。

 

 束ねられた大地の力を宿した神秘の槍。大地の力そのものとも言える槍が墜落してきた偽物の太陽を貫いて掻き消し、不遜にも大地を見下ろす天の使者を貫く。その威力は凄まじく、巨体を瞬時に爆散させて余波ですら雪花を包囲する怪物を全滅させる程だった。

 

 雪花の勝利。後に残ったのは消滅した街の跡と雪花の中で減衰して燻る大地の力のみ。

 失った物が多すぎた戦いの果て、雪花はその場に崩れ落ちて雲の向こうにある本物の太陽が落ちきるまで泣き続けた。

 

 


 

 

 埋葬は終わった。赤い華を咲き散らした骸を冬の冷たい空に晒していたうんこたれ(供逸)はコシンプに先導されて骸を見付けた雪花の手によって街があった場所に埋められた。 季節が巡って暖かい春が訪れれば活性化した土に抱かれて完全に大地と一つになるだろう。

 

 これからどうするの? と、コシンプが切なげにうんこたれ(供逸)の眠る大地を見詰めながら雪花に訊ねる。

 

「南に行く。青函トンネルを抜けて、各地を巡ってみる」

 

 人を、他の勇者を探すの?

 

「うん。他にやることも無し、それなら友人の最期の頼みでも叶えてやろうかなって」

 

 

 

 勇者、秋原雪花はやがて諏訪へと辿り着く。そして、そこで自分以外の勇者と出会う。二人となった勇者はその地の無辜の人々を守りながらやがて勇者集う四国への移住を成功させて更に仲間を増やす。増える仲間、南西の諸島より撤退を成功させた海神の加護を授かる勇者とも合流し、団結を強めるだろう。

 

 背中を預け合う八人の勇者、世界を支える大地の神々、地上と天の狭間の八百万、星を包む海神。全てと力を合わせて天へと抗う日々。

 雪花は友人の遺言を叶える。

 
























この小説の総文字数は83472文字
「うんこ」という単語は614回使われている
うんこは3文字、614×3=1842
うんこだけで1842文字ある
83742の内1842がうんこ
つまりこの小説の2.2%がうんこ
ビールのアルコール度数が5%
うん、こ れはほろ酔いにもならないですね!

つまりこの小説は健全でお上品。





うんこ 雪花
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