生徒会長・雪ノ下雪乃 奉仕部部長代理・比企谷八幡 (おたふみ)
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1話

「この度、生徒会長に就任した2-Jの雪ノ下雪乃です」

 

私は体育館のステージ上、マイクの前に立っている。ステージ上には、由比ヶ浜さん、一色さん、本牧君、藤沢さん…。

 

比企谷君、貴方はどうして一緒のステージに…、私の隣に居てくれないの…。

 

~~~~~~~~~~~~

 

数日前

 

「雪ノ下、由比ヶ浜、君達が生徒会長に立候補するということでいいんだな?」

 

「はい」

「はい」

 

平塚先生の問いかけに私と由比ヶ浜さんは返事をした。

城廻先輩も一色さんも頷く。

 

「ゆきのん、負けないよ」

 

「挑むところよ、由比ヶ浜さん」

 

「ひとついいか?」

 

比企谷君が声をあげる。

 

「十中八九、雪ノ下が勝つだろう」

 

「そ、そんなのわかんないじゃん!」

 

「まぁ、最後まで聞け」

 

比企谷君が由比ヶ浜さんを制し話を続ける。

 

「現在、立候補の届けが出されているのは、会長候補の3人、副会長候補の本牧、書記の藤沢。会計は立候補者なし、庶務はもとから任命制だ。このままだと、会計も任命になる。そうですよね?城廻先輩」

 

「うん、そうだね~」

 

ふんわりとしたいつもの口調で答える城廻先輩。

 

「そこで、雪ノ下には会計に由比ヶ浜、庶務に一色を指名してほしい。万が一、由比ヶ浜や一色が当選した時も然りだ」

 

私は由比ヶ浜さんと比企谷君を指名するつもりだった。奉仕部の枠組みがなくなっても、また三人で出来ると思っていた。

 

「どうして…」

 

動揺する私に彼は言った。

 

「由比ヶ浜の会計としての能力が高いのは文化祭のクラスでの予算管理で証明されている。一色もこんなキャラを作ってるが頭はキレる」

 

『えへへ』と言っている由比ヶ浜さんと『キャラ作ってないです』と怒ったフリをしている一色さんを他所に平塚先生が私の言いたいことを代弁してくれた。

 

「比企谷、君は生徒会には入らないのかね?それと奉仕部はどうする?」

 

「俺は奉仕部に残ります。悪評だらけの俺が生徒会に入ったらダメでしょ。それに…」

 

「それに…、なんだ比企谷?」

 

「雪ノ下、俺のやり方嫌いなんだろ?」

 

胸が苦しくなった。

 

あの竹林で、彼の嘘の告白を聞いて出てしまった言葉。

あの時、気がついた。自分が彼のこと『比企谷八幡』を好きだということを。彼が他人の為に自らを傷つける姿を見たくなかった。何より、嘘でも自分以外の人に告白する姿を見たくなかった。

でも、吐いた言葉は戻らない。

俯くことしか出来ない…。

 

「何、下向いてるんだよ、雪ノ下」

 

声をかけられ彼の方を向く。

 

「『雪ノ下雪乃』が生徒会長をやろうっていうのに下を向いてどうする。それとも怖いのか?」

 

挑発?いいえ、彼は私を鼓舞している。その顔は、少し挑戦的な笑みを浮かべてはいるが、目は腐ったそれではなく、優しい目だった。彼はまだ私を信じてくれているの?

 

「何を言っているの?目だけでなく頭も腐ってしまったのかしら?私が生徒会長ごときで怖がる訳ないでしょ」

 

「頭は腐ってねぇよ。安心して生徒会長になれ、奉仕部部長は俺が引き継いでやるから」

 

「貴方が残るから、安心出来ないのではないのかしら?それと、部長は任せられないわね。精々部長代理かしら」

 

「ああ、面倒臭ぇ。それでいいよ」

 

普段なら、そんなことはないのだが、この時はお互いに目をみつめあっていた。

 

~~~~~~~~~~~

 

比企谷君が壇上に居ないことを不安に思いながら演説を進めている中、比企谷君と目があった。その目は部室で見た目のと同じだった。

 

いいわ、比企谷君。今は貴方の思惑に乗ってあげる。いずれは私の隣に居させてみせるわ。

 

そして後悔することね、私の心を奪ったことを。

 

 

 

 

 

 




―――――――――――――――


なんとなく思いつきです。好評なら、続けます。

書記ちゃんは300文字で停滞中です。もう少しお待ちください。


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2話

生徒会長に就任した。明日から引き継ぎなどで忙しくなる。今日は早めに自宅に帰って休んでいる。

 

枕の横にあるパンさんのヌイグルミを手に取る。そう、あの時のパンさん。プライズだからかもしれないが目の造形が甘い。でも、それが彼の目に似ているのだ。最近、密かに『ハチマン』と呼んでいる。

 

「ねぇ『ハチマン』。比企谷君は何を考えているのかしらね」

 

何も答えてはくれない。当たり前だ。

 

「彼の考えがわからないわ」

 

思わず『ハチマン』を強く抱きしめてしまう。

 

「比企谷君…」

 

あの時の優しい目はなんだったのかしら…。

 

「八…幡…君…」

 

「雪乃ちゃん?」

 

「ひゃぁ!」

 

突然、声をかけられて変な声を出してしまった。

 

「ね、姉さん…。いつからそこに?」

 

「『ねぇハチマン』あたりから」

 

最初から居たのね…。

 

「もう雪乃ちゃんたら」

 

姉さんがニヤニヤしている。

 

「そ、それで何か用?」

 

「あ、なかったことにしてる。まあいいけど」

 

なかったことにしたいわよ、恥ずかしい。

 

「今日から新生徒会発足でしょ?愛しの比企谷君はどうしてるのかなって」

 

「彼は奉仕部部長代理になったわ。それと『愛しの』っていうのはどういう意味かしら?」

 

「だって『八幡君』なんて。雪乃ちゃんが男の子を名前で呼ぶなんて」

 

「き、気のせいよ!」

 

「それで?雪乃ちゃんはそれでいいのかな?比企谷君と離れ離れになっちゃって」

 

「私は私のやるべきことをやるわ」

 

きっと彼もそれを望んでいるはず…。彼が私を信じて送り出してくれたと思うと、心が温かくなる。

 

「あっ。比企谷君のこと考えてたでしょ?」

 

「え?」

 

「すごい可愛い顔してたよ」

 

「なっ!」

 

顔に出てたなんて…。

 

「まったく、二人とも面倒くさい性格してるよね」

 

「彼と一緒にしないでくれるかしら」

 

ん?二人…とも?

 

「姉さん、何か知ってるの?」

 

「おっと、危ない危ない。これ以上は言えないかな」

 

「知ってるのね?」

 

「お姉ちゃんからのアドバイスです!心の思うままに行動すればいいのよ」

 

「心の…思うままに…」

 

「そう!簡単でしょ?」

 

そこがどうしたらいいのかわからないから悩んでいるのに。

 

「雪乃ちゃんは、誰と一緒にいたいの?」

 

そ、それは…、比企谷君よ。

 

「雪乃ちゃんが一緒に居たい人と離れてしまっているなら、近づけばいいのよ。そうすれば、その相手の考えや思っていることが見えてくるはずだよ」

 

そうはいっても、あの捻れボッチの考えなんて…。比企谷君の考え方…。きっと斜め下なんでしょうね。

 

「あ、また比企谷君のこと考えてた」

 

「なっ!ね、姉さん!」

 

「怒られる前に退散しよう。じゃあね♪」

 

「ちょっと…」

 

まったく、何をしに来たのかしら…。

 

でも、ヒントにはなったわ。ありがとう、姉さん。



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3話

「やあ雪乃ちゃん、生徒会は…」

 

「名前で呼ばないでくれるかしら。何度言ったらわかるの」

 

「ご、ごめん…。何か手伝えることがあったら、言ってくれ」

 

「貴方に手伝ってもらうことはないわ」

 

まったく、なんなのかしら。修学旅行が終わってから、やたらと話しかけてくるのだけど…。こんなところを比企谷君見られたら…。

 

「葉山には、相変わらずの塩対応だな」

 

「ひゃっ!きゅ、急に話しかけないでくれるかしら。…、あら?ゾンビって日本語が喋れるのね」

 

「ゾンビじゃねぇよ。目は腐ってるがな」

 

そんなことないわ。最近の貴方は目が腐ってなくて…、その…か、か…格好…いい…。

 

「順調なのか?」

 

「え?」

 

「生徒会」

 

「えぇ、順調よ」

 

「そうか。じゃあな」

 

「比企谷君!」

 

「ん?」

 

「あの…。なんでもないわ。部活、頑張ってね」

 

「お、おう。雪ノ下も…。いや、ちゃんと周りを頼れよ」

 

「それは貴方もでしょ?」

 

「善処するよ」

 

クラスも違うし、生徒会と奉仕部と別れてしまったから、会えないかと思ってたら…。

 

ん?F組から部室に行くのに、どうしてここを通ったのかしら…。ま、まさか、私に会いに!そんな訳ないわよね、ただの偶然。

 

…でも、もしそうだったら、嬉しい。

 

 

生徒会室に着き、作業を始める。まだ大した作業はないのだが。

 

「ねえねえ、ゆきのん。ヒッキー、一人で大丈夫かな?」

 

「彼なら大丈夫よ、きっと。ボッチを謳歌してるまであるわ」

 

「ゆきのん、言い方がヒッキーっぽい…」

 

はっ!しまった!さっき彼に会ったからかしら。由比ヶ浜さんの視線が痛い。何故か一色さんにまで睨まれてる。

 

夕方、その日の作業を終わらせた。由比ヶ浜さんに疑いの目で見られてはいたけれど…。

 

「少し早いけど、初日だからこれくらいにしましょうか」

 

「うぅ、予算資料って難しいよぉ」

 

「私も疲れましたぁ。結衣先輩、甘いもの食べに行きませんか?」

 

「いいね!いろはちゃん!ゆきのんも行こう!」

 

「そうね…」

 

甘いもの…。あっ!ティーセット!

 

「ごめんなさい、今日は用事があるから」

 

「そっかぁ、じゃあ仕方ないね。いろはちゃん、二人で行く?」

 

「はい♪」

 

「では、私は鍵を返してくるわ」

 

「また明日ね」

 

「また明日」

 

彼女達を見送り、私は奉仕部へ向かう。

 

部室の扉の前に立ちノックをする。気だるそうな返事が聞こえたので、扉を開けて入室した。

 

「こんにちは」

 

「さっきも会っただろうが。もう寂しくなったのか?」

 

「あら?貴方はまともに挨拶も出来ないのかしら?」

 

「こ、コンニチハ」

 

「よろしい」

 

「で、どうしたんだ?依頼か?」

 

依頼?そうだわ。

 

「まぁ、依頼と言えば依頼ね」

 

「なんだそりゃ」

 

「ティーセットを置きっぱなしにしていたから、生徒会室に運ぶのを手伝ってもらえるかしら」

 

「気にはなっていたんだよな。それくらいならいいさ。どうせ依頼もないだろうしな」

 

依頼なんてしなくても、一人で運べる。でも『心の思うまま』に…。

 

彼と一緒に生徒会室へ。

 

「よし。これでいいか?」

 

「ええ」

 

もう一度、『心の思うままに』…。

 

「比企谷君、お礼に紅茶を淹れるわ」

 

「時間遅いけどいいのか?」

 

「それくらいなら、大丈夫よ」

 

場所は変わったけど、いつものように紅茶を淹れる。

 

「どうぞ」

 

「さんきゅ」

 

紙コップをふーふーしなかがら飲む仕草が可愛く見えてしまう。

 

「そ、そんなに見られると飲みにくいんだが…」

 

「ご、こめんなさい」

 

いけない、凝視してしまったわ。

 

「やっぱり雪ノ下が淹れる紅茶は旨いな。これが飲めなくなるのは残念だな」

 

心の思うままに…、心の思うままに。

 

「ひ、比企谷君さえ良ければ、時々来てもいいのよ」

 

「そ、そうか。それなら時々お邪魔させてもらうよ」

 

紅茶を飲み終えて、帰宅しようとする。

 

「では、比企谷君…」

 

「ゆ、雪ノ下…」

 

「なにかしら?」

 

「く、暗くなるのが早くなってきたから、その…、途中まで送るぞ」

 

「え?」

 

比企谷君が!比企谷君が!送ってくれるって!

 

「嫌なら、忘れてくれ。じゃあ、帰…」

 

「待ちなさい!こんな可愛い女の子が一人で歩いていたら、危ないわ。だから、…送りなさい」

 

「なんだそりゃ。まあいい。俺から言ったことだしな」

 

姉さんの言った通りね。ありがとう、姉さん。



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4話

放課後、生徒会室に向かう途中で比企谷君を見つけた。今度はこちらから声をかけてみよう。

 

「ひきが…」

 

「せんぱ~い」

 

「デカイ声で呼ぶなよ、目立つだろうが」

 

一色さんに先を越されてしまった。

 

「先輩は今から部活ですか?」

 

「そうだよ」

 

「でも、こっちって遠回りですよね?」

 

「まあな」

 

「はっ!もしかして私を口説こうとしてるんですか『お前に会うため』とか言うんですか!さすがに狙い過ぎなので無理ですごめんなさい」

 

「息継ぎをしろ。そして違う上に何故フラレた?」

 

「じゃあ、なんですか?」

 

「…運動不足解消の為だよ」

 

「なんですか、その間は。じゃあ、そういうことにしといてあげます」

 

「そうしてくれ」

 

比企谷君、一色さんと話していて楽しそう…。

 

「折角なので生徒会の仕事手伝ってくれてもいいですよ。主に私の」

 

ナイスよ、一色さん!

 

「嫌だよ。働きたくねぇ」

 

…比企谷君らしい返事ね。

 

「責任取ってくださいよ!」

 

せ、責任!ま、まさか比企谷君と一色さんって…。

 

「誤解を招く発言をするな」

 

「事実じゃないですか。私を唆して生徒会役員にして」

 

「『唆す』とか言うな。これが最善案だっただろ」

 

「確かに陰口とか誹謗中傷は減った気はしますけど…」

 

「生徒会の比護下なら、下手なことは出来んからな」

 

一色さんは悪意で生徒会長に立候補させられた…。生徒会長になってもならなくても、依頼の達成としては不完全。

 

私が生徒会長になることで半分、一色さんが役員になることで、もう半分を…。そこまで思いつかなかったわ。

 

私の意思を尊重して生徒会長に押してくれた訳でわないのね…。

 

「でも、いいんですか?雪ノ下先輩と結衣先輩と離れちゃいましたけど」

 

「雪ノ下が高みを目指すなら、それを支えてやりたいからな。それに、由比ヶ浜は雪ノ下の数少ない親友だ」

 

比企谷君…。

 

「今の俺には、こんなやり方しか出来ないけど、いつか胸をはって支えてやりたいと思ってる」

 

「先輩、それって雪ノ下先輩のこと…」

 

「そ、そんなことより、お前は俺なんかと一緒にいるところにを葉山に見られたりしたらマズイだろ。ほら、生徒会室着いたぞ。じゃあな!」

 

「あっ!ちょっと、先輩!」

 

結局、盗み聞きしながら後をつけてしまったわ…。

 

でも、比企谷君がそんな風に思ってくれていたと思うと、心が温かくなるわ。

姉さんが言ってた『面倒くさい性格』って、こういうところなのかしらね。私ももう少し『心の思うままに』してみようかしら…。

私が歩み寄れば比企谷君もきっと…。

 

 

 



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5話

「今日はこれくらいにしましょうか。各々、持ち帰って精査してください」

 

「ゆきのん、手伝って~」

 

「私もあるのだけど…。確かに会計資料は多いわね、仕方ない…」

 

「やった~!ゆきのん、大好き!」

 

「ゆ、由比ヶ浜さん、離れて」

 

「じゃあ、私はサッカー部行きますので、お先です」

 

「じゃあ、藤沢の分は僕が手伝ってあげるよ」

 

「ありがとうございます、副会長」

 

「じゃあ、会長、由比ヶ浜さん、お先に」

 

「お疲れ様でした」

 

「本牧君、藤沢さん、お疲れ様」

 

「バイバ~イ」

 

「ゆきのん、一緒に帰ろ~」

 

「ごめんなさい、平塚先生に用事があるから」

 

「じゃあ、仕方ないね。またね」

 

「ええ、また明日」

 

由比ヶ浜さんと別れ、職員室へ向かう。

 

「厚木先生、平塚先生はとちらに?」

 

「部活の様子を見てくると言ってたな」

 

「そうですか。ありがとうございます。」

 

自分で経過報告をするように言ったのに、席を外すなんで…。でも、比企谷君に会えるかもしれない…。

 

部室の前に来ると、比企谷君と平塚先生の話し声が聞こえてきた。

 

『んで、先生は何をしに来たんですか?サボりじゃないことはわかりますけど』

 

『察しが良くて助かる。雪ノ下と由比ヶ浜とはどうだ?』

 

『どうもこうも、お互いにがんばってるんじゃないですか?しらんけど、たぶん』

 

『雪ノ下はああいう性格だ。また文化祭のようなことがあるかもしれないぞ』

 

『それはないと思いますよ。万が一の為に由比ヶ浜を会計に推したんですから』

 

比企谷君は、そんなことを考えていたのね。

 

『だが、君じゃなきゃダメな時もあるだろうに。近くで支えようとは思わなかったのかね?』

 

そ、そうよ、平塚先生!もっと言って!

 

『…雪ノ下さんに何を言われたんですか?』

 

えっ…、姉さんが…。

 

『はははっ、君は本当に察しがいいな』

 

『本当にそうだったのかよ…』

 

『いや、陽乃からは二人の様子を見て欲しいと言われてるだけだよ』

 

『じゃあ何故…』

 

『陽乃は無意味なことはしないし、させない』

 

『では、なんでそんなこと言うんですか?』

 

『君と雪ノ下のことは私も心配しているんだよ』

 

『贔屓ですか。ウレシイナー』

 

『修学旅行の顛末は陽乃から聞いている』

 

『うぐっ!』

 

『それに関しては、私もすまないと思っている』

 

『先生が気にすることじゃないですよ』

 

『だがな、葉山にここを教えたのは失敗だったよ』

 

そうよ平塚先生!あの男が来るとロクなことにならないんです。

 

『それに、君はまだ何か隠しているんじゃないかね?』

 

『ナ、ナンノコトデショウカ』

 

『陽乃にも口を割らなかったんだ、言いたくないのだろう』

 

比企谷君はまだ何か隠してる…。それは、私にも言えないこと…。

 

『でも、いつかは二人に言うつもりですよ。時が来れば』

 

『それならいい。だが、どちらかが気がつく方が先かもしれないぞ。特に雪ノ下が』

 

『最近のアイツを見てると、そんな気がします』

 

『ほう、雪ノ下のことを見ていると?』

 

『あ、それは言葉の綾と言うかなんというか…』

 

比企谷君が私を見ていてくれる…。

 

『誤魔化さなくてもいい。良いことではないか。他人に興味をしめさなかった君が雪ノ下のことを…』

 

『それ以上は勘弁してください』

 

『雪ノ下で思い出したが、生徒会の書類を持ってくるんだった。その時に君の気持ちを伝えておいてやろうか?』

 

『勘弁してください。それに俺はまだ…』

 

『まぁ冗談だが、次はきっと上手く出来るさ、雪ノ下が認めてくれる方法でな』

 

『そうだといいんですがね』

 

『君なら出来るさ。では、職員室に戻る』

 

『はいはい、お疲れ様です』

 

平塚先生が出てくる。とりあえず、逃げないと…。

廊下を少し戻って、階段までたどり着いたところで平塚先生に見つかってしまった。

 

「雪ノ下、丁度君に…。顔が赤いようだが、大丈夫か?」

 

「は、はい、大丈夫です」

 

平塚先生は何かを察したような表情をした。

 

「ふむ、大丈夫ということにしておいてやろう」

 

「す、すいません。あ、あの…」

 

「あ~、私は何も知らんぞ」

 

「ありがとう…ございます…」

 

「君も比企谷のことを見ている。そうだな?」

 

「…はい」

 

「では、何も言うまい。上手くやりたまえ」

 

「はい」

 

「では、職員室に行こうか」

 

平塚先生、ありがとうございます。なんで、こんなに良い先生が結婚出来ないんだろう…。

 

 




~~~~~~~~~~~~~~~


お家でSSを書く。すていほーむですね。


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6話

生徒会室…。ここの長である私なのだが…。

 

居ずらい…。

 

今日は書類精査なので自由参加ではあったのだが…。

由比ヶ浜さんは三浦さん達と出掛けている。一色さんも自分でやると言って来ていない…。

 

「副会長、これは…」

 

「ここはね…」

 

「ありがとうございます、副会長」

 

本牧君と藤沢さんが甘い空気を作っている…。

 

あれ?私が邪魔なの?

 

…ダメ、もう無理、砂糖吐きそう。

 

「副会長、今日は帰るから鍵はお願いできるかしら?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「では。二人とも、あまり遅くならないように」

 

はぁ、なんなのかしら…。

 

私も比企谷君に会いたいわ。

 

そうだわ!部室で作業させてもらいましょう!これで比企谷君に会う口実が出来たわ。

 

葉山君から声をかけられた気がするけど、きっと気のせいね。

 

 

部室の前に着くと、中から声が…。

 

『先輩、早く手伝ってください』

 

『イヤだよ、生徒会の仕事だろうが』

 

一色さん…。

 

『責任取ってくださいよ!』

 

『またそれかよ…』

 

『これが、早く終われば雪ノ下会長も喜ぶかなぁ…』

 

『雪ノ下は関係ねぇだろうが…。仕方ないな』

 

『先輩、チョロ過ぎです。雪ノ下会長の名前出したら』

 

『うぐっ!』

 

『そんなに好きなんですな?』

 

『お前には関係ない』

 

『そんなことないですよ』

 

『へっ?』

 

『葉山先輩の次ぐらいですかね』

 

『はいはい、ウレシイナー』

 

『もう!返事が適当です!この仕事手伝ってくれたら、私の一番になれるかもしれませんよ』

 

『わかったから、とっとと片付けるぞ』

 

『はっ!なんですか口説いてるんですか俺の方が葉山より出来るとか言うんですかそんなにすぐにはOK出来ませんごめんなさい』

 

『フラレた内容がこの前と違うじゃねぇか。どうでもいいからやるぞ』

 

『もう!』

 

比企谷君も一色さんにはかなわないのね。

 

『そんなに、雪ノ下会長のことが好きなんですか?』

 

『ノーコメント』

 

『…先輩と雪ノ下会長じゃ釣り合わないですよ』

 

一色さん、そんなことないわ!

 

『そうかもな…』

 

比企谷君…。

 

『だったら…』

 

『それでもだ。俺はアイツの近くに…、隣に居たい。アイツを支えたい、力になりたい。…アイツに認められたい…。今は隣に居れないけど、いつか…』

 

『先輩…』

 

『それこそ『好き』とか簡単な感情でまとめたくない』

 

そこまで私のことを…。

 

『負けませんから』

 

『なんのことだ?』

 

『なんでもないです!早く仕事してください!』

 

『なんだよ急に』

 

『知りません!』

 

一色さん、貴方も比企谷君のことを好きなのね…。

 

私も譲る気はないわ。

 

『先輩、これ終わったら頭撫でてください』

 

『あざとい』

 

『あざとくないです!』

 

『まあ、それくらいならいいか』

 

ズルイわ、一色さん!それと比企谷君チョロ過ぎよ!



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7話

今、私は由比ヶ浜さんに用事があって2-Fに来ている。ドキドキするわ。だって比企谷君が居るクラスですもの…。

 

「失礼するわ」

 

「やあ、雪ノ下さん…」

 

「貴方に用はないわ。どいてちょうだい」

 

なんなのかしら、この男は。こんな男と話をしているのを比企谷君に見られたくないわ。

…良かった、寝てるみたい。

 

三浦さん、そんなに睨まなくても、私は比企谷君にしか興味はないわ。

 

「ゆきの~ん」

 

「由比ヶ浜さん、抱きつかないで。話しにくいわ」

 

柔らかいわね、悔しいけど!

 

「今日の生徒会なのだけど…」

 

放課後の生徒会は、本牧君と藤沢さんが来れないので休みのことを伝えてる。

 

「あの二人、デートなのかな?」

 

「どうなのかしらね?」

 

そんな話をしていると、海老名さんに声をかけられた。

 

「結衣!ちょっといい?」

 

「じゃあ、ゆきのん。またね」

 

「由比ヶ浜さん、海老名さんとは仲が良いのね」

 

「うん」

 

何か引っかかる…。

 

由比ヶ浜さんが比企谷君のことを好きなのは海老名さんも知っているはず。比企谷君が海老名さんに告白した…。本来なら海老名さんは由比ヶ浜さんとギクシャクするはず…。

 

「そこに居られると、あーしが通れないんですけど」

 

「あ、ごめんなさい」

 

そうだ!三浦さんなら!

 

「三浦さん、ちょっといいかしら?」

 

「え?なに?」

 

「すぐに終わるわ」

 

三浦さんに廊下の隅に来てもらい、思いついた質問をしてみる。

 

「なんだし!」

 

敵意むき出しね。

 

「海老名さんは、由比ヶ浜さんが比企谷君に好意を持っていることは気がついているわよね?」

 

「あれだけわかりやすければ当然しょ」

 

それはそうよね。

 

「それから三浦さん、仮に私と貴方が友人だとするわね?」

 

「仮に…ね」

 

「三浦さんは葉山君のことが好きで…」

 

「な、な、なにを言って…」

 

「仮によ」

 

バレバレなのよ、三浦さん。

 

「葉山君が私に告白してきて、フッたら、どうおもうかしら?」

 

「そんなことあったの!」

 

「仮によ!仮に!」

 

考えただけで、虫酸が走るわ。

 

「友達としてやっていける?」

 

「そんなの、なってみなきゃわかんないし…」

 

「では、逆だったらどう?私に話し掛けられる?」

 

「話し掛けにくくはなるかな」

 

やっぱり、そういうことね。

 

「ありがとう三浦さん。お陰でスッキリしたわ」

 

「なんかわかんないけど…」

 

これだけは、はっきり伝えないと。

 

「三浦さん、私は葉山君のことは1㎜も好きじゃないから安心して」

 

「…そんなこと…、わかってるし…」

 

「私も好きな人は居るわ。だから、お互いに頑張りましょう」

 

「雪ノ下さんから、そんなこと言われるとは思わなかったし」

 

「話に付き合ってくれたお礼よ」

 

三浦さんと別れクラスに戻った。

 

海老名さんの竹林での表情と今の由比ヶ浜さんへの態度…。比企谷君の取る行動を知っていた。と、いうよりは予想していた?

 

何故?

 

比企谷君に依頼をしていた?

 

依頼といえば、葉山君と戸部君の後に来て、訳のわからない話をして…。

 

まさか、あれが依頼?

 

それを比企谷君だけが理解していた…。

 

「雪ノ下さん、授業終わったよ」

 

クラスメイトに声をかけられ、授業が終わったことに気がついた。

 

「ありがとう」

 

「生徒会、大変なの?」

 

「いえ、ちょっと考え事をしてたのよ」

 

クラスメイトと雑談をして、ノートに目を落とすと、しっかりとノートはとっていた。

 

さすが私。

 

 



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8話

授業が終わり、海老名さんと話すためにもう一度2-Fへ。

 

比企谷君が出るタイミングとあってしまった。

 

「よう。由比ヶ浜か?」

 

「いいえ、海老名さんよ」

 

彼は何かを察したのだろうか。

 

「部室、使うか?」

 

「いいえ、生徒会室を使うから大丈夫よ」

 

「そうか」

 

あっさりと返されたので、意地悪をしてみる。

 

「部室は一色さんと貴方がイチャイチャしているからイヤよ」

 

「んぐっ!知ってたのかよ。イチャイチャしてないからね、コキ使われてるだけだからね」

 

そんな軽口の会話をして、彼は部室へ向かった。去り際に『お手柔らかに頼む』と言っていた。本当に甘いのよね。

 

「あっ、ゆきのん!どうしたの?」

 

「由比ヶ浜さん、抱きつかないで!」

 

あぁ!柔らかい!暑い!柔らかい!

 

「ゆ、由比ヶ浜さん離れて。海老名さんは居るかしら?」

 

「姫菜?居るよ。姫菜~!」

 

由比ヶ浜さんに呼ばれ、海老名さんがやってきた。

 

「何かな?」

 

「海老名さん、少し時間いいかしら?」

 

海老名さんは私の顔を見て何かを察したのだろう。

 

「結衣、優美子と先に行ってて」

 

「姫菜?ゆきのん?」

 

由比ヶ浜さんが心配そうな顔をする。

 

「大丈夫よ、由比ヶ浜さん。大した話じゃないから」

 

「そうだよ結衣。ちょっと雪ノ下さんにBLを布教しようと思ってね。愚腐腐…。結衣もどう?」

 

え?それはお断りしたいわね。

 

「あっ!いや~。じゃあ、先に行ってるね」

 

由比ヶ浜さんが三浦さんの方へ行き、海老名さんがこちらに向き直った。

 

「じゃあ雪ノ下さん、行こうか」

 

こちらに向いた彼女の顔は真剣なモノだった。

 

海老名さんと生徒会室に入る。

 

「少し待ってもらえるかしら?今、お茶を淹れるわ」

 

今回はいつもの紅茶とは違う。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。これは…、ハーブティー?」

 

「そうよ。冷静に話をしたいから。私も貴方もよ」

 

「なるほどね」

 

海老名さんはハーブティーを一口すすり、話し始めた。

 

「雪ノ下さんはどこまで知っているのかな?」

 

「なにも知らないわ」

 

嘘ではない。私の憶測でしかないのだから。

 

「じゃあ、聞き方を変えるね。いつ気がついたのかな?」

 

相変わらず主語がない。

 

「主語がないわよ。言わなくてもわかっているからいいのだけど。気がついたのは、休み時間にそちらのクラスに行った時よ。あまりにも普通に由比ヶ浜さんと話をしていたから」

 

「さすが雪ノ下さんだね」

 

「そんなことはないわ。私はあの時何も知らず何も出来なかったのだから。依頼は奉仕部へ来た時にしていた…ということでいいかしら?内容は告白の阻止及びグループの存続…」

 

「うん、そう。その…、ごめんなさい」

 

「それは、何に対しての謝罪なのかしら?」

 

「私の依頼のせいで奉仕部が…」

 

「確かに、雰囲気が悪くなってギクシャクしたわね」

 

「そうだよね…。実際に生徒会と奉仕部で別れちゃったし」

 

「私は乗り越えられると思っているの。私達三人ならね」

 

「雪ノ下さんは強いね」

 

「そんなことないわ。私は彼の存在があるから頑張れるのよ。普段は『存在感がない』とか言ってるクセに…」

 

「ヒキタ…、比企谷君だよね」

 

「そうね」

 

「雪ノ下さんは、やっぱり比企谷君のことを…」

 

「彼への好意に気がついたのは、あの嘘告白があったからかもしれないわね」

 

「そうなんだね」

 

「今、冷静に話が出来て居るのも、彼のお陰よ」

 

「どうして?」

 

「さっきすれ違う時に『お手柔らかに』って、言われたのよ」

 

「比企谷君らしいね」

 

「私も一人のことが多かったからわかるのだけど、貴方も趣味せいで昔は一人…ボッチだったのではないかしら?」

 

「うん、そうだね」

 

「彼はきっと過去の自分と重なったのでしょう。だから、あんなやり方をしても、貴方の依頼を解消した」

 

「そうだと思う」

 

「戸部君の依頼を受けた由比ヶ浜さんもそう…。自分と重ねたのでしょう」

 

「そうだね」

 

「由比ヶ浜さんは、知ってるの?」

 

「まだ言えてない…」

 

「そう。でも、いつか言ってあげて。友達なのでしょ?」

 

「そうだね。たぶん近いうちに結衣と優美子には言うつもり」

 

「それは?」

 

「たぶんクリスマスに、戸部君に告白されると思う…」

 

「そう…」

 

「その時は、ちゃんと優美子と結衣に話すよ。そして今回のことも謝る」

 

「それがいいわね」

 

「許してもらえないかもしれないけど…」

 

「そんなことないわよ。由比ヶ浜さんは優しいし、三浦さんは比企谷君曰く『オカン』だから」

 

「そんなこと優美子に言ったら怒るよ」

 

「だから、内緒にしてあげて」

 

「わかった」

 

もうひとつ確認をしておかないと。

 

「海老名さん、あとひとつ。グループの誰かには相談しなかったのかしら?」

 

「勿論、相談したよ」

 

由比ヶ浜さん、三浦さんに相談していないということは…。あの男は…。

両方から相談されていて、出来なくなって丸投げしてきたのね…。

 

「ゆ、雪ノ下さん、顔恐いよ」

 

「あっ、ごめんなさい」

 

「その事は…」

 

「大丈夫よ、今は何もしないわ。彼が守ったグループなのだから」

 

「薄っぺらいグループだけどね」

 

「でも、もしあの男がまた…」

 

「その時は仕方ないよ。私は心の中では、見限ってるから」

 

「あら、私と一緒ね」

 

「雪ノ下さんは、ハッキリとだけどね」

 

最後はお互いに笑っていた。

 

海老名さんが帰り、カップの中に残ったハーブティーを飲んでいると、扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

「…うっす」

 

ひ、比企谷君!

 

「あら?誰も居ないのに声がするわね」

 

「ふっ、俺のステルスもそこまで進化したか」

 

「おかしいわね、声と腐敗臭だけするわ」

 

「おい、腐ってないからね。って、臭ってないよね?」

 

「冗談よ。こんにちは、比企谷君」

 

「まったく…」

 

「それで、生徒会室に何か用事?」

 

「いや、紅茶飲みに来ていいって言ってたから…」

 

本当に来てくれたのね。まぁ、海老名さんの件もあるのでしょうけど…。

 

「あれが、只の社交辞令だったら帰るんだが…」

 

「そ、そんなことないわ。す、座って待っていてちょうだい」

 

「お、おう」

 

ハーブティーを淹れ比企谷君の前に。

 

「今日はハーブティーなんだな」

 

「えぇ」

 

比企谷君と一緒にお茶を飲む。すごく幸せな時間。

 

海老名さんとのことは何も聞いてこない。

 

「何も聞かないのね」

 

「ん?聞かんでもいいだろ?」

 

「何故?」

 

「雪ノ下が、すげぇいい顔してるから」

 

「え?」

 

ひ、比企谷君が私の顔を…。

 

「い、いや、すまん。別に凝視してた訳じゃなくてだな。その、雰囲気というかなんというか…」

 

ちょっとだけ意地悪をしたくなってきた。

 

「そ、そう…。私を視姦したのね。通報しなくては」

 

「ま、待て。まず携帯をしまってくれ」

 

「では、罰として私を送りなさい」

 

「へ?」

 

「こ、この前も送ってくれたじゃない…」

 

「いや、視姦とか言った相手に言うことかよ…」

 

ここは一色さんのマネをして。

 

「…ダメ?」

 

「うぐっ!卑怯だぞ雪ノ下。わかったよ」

 

「最初から、素直になりなさい」

 

素直じゃないのは私ね。

 

でも、『心の思うままに』…。

 

 



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9話

「海浜総合とクリスマス合同イベント…ですか」

 

「そうだ。やってみる価値はあると思うが?」

 

平塚先生が生徒会に持ってきた仕事。

 

もうそんな季節なのね。

 

今年は比企谷君と…。

 

「雪ノ下、どうかしたか?」

 

「い、いえ…」

 

いけないわ。最近、色んなことを比企谷君と結びつけてしまうわ。

 

「どうだ?受けてみるか?」

 

みんなの顔を見合わせて確認してみると、多少不安そうな顔ではあるが、否定の声はあがらない。

 

「では、お受けします」

 

「早速ではあるが海浜に挨拶に行きたいのだが、雪ノ下行けるかね?」

 

「今からですか?」

 

今日は姉さんが話があるので、早く帰ってくるように言われている。

 

「すいません、今日は私用があるので」

 

「誰か行けるかね?」

 

「僕は大丈夫です」

 

「由比ヶ浜は行けるかね?」

 

「あはは…。今日はちょっと」

 

「私は行けます」

 

本牧君が行くなら、藤沢さんは行くわね。

 

「一色さんはどうかしら?」

 

「私も行きます」

 

珍しくやる気ね。

 

「サッカー部もサボれるし…」

 

…聞こえなかったことにしましょう。

 

「では、三人は校門へ。車をまわそう」

 

平塚先生の号令で席を立つ。

 

「では由比ヶ浜さん、また…」

 

「ゆきのん…」

 

由比ヶ浜さんが不安そうな顔をする。

 

「どうかしたの?由比ヶ浜さん」

 

「姫菜がね、大事な話があるって…。今から集まるんだけど、ゆきのんが姫菜が話をしたことと関係あるのかなって…」

 

海老名さん話すのね。

 

「大丈夫よ、きっと」

 

「ゆきのんが、そう言うなら」

 

そう言って、由比ヶ浜さんは学校を出ていった。

 

部屋に帰ると、姉さんが待っていた。

 

「おかえり~」

 

「ただいま。先に着替えるわ」

 

「じゃあ、お茶いれとくね」

 

「お願い」

 

着替えてリビングに戻ると、紅茶が準備されていた。

 

「姉さん、話っていうのは?」

 

「隼人のこと」

 

よりにもよって、あの男の話とは…。

 

「雪乃ちゃん、顔が恐いよ」

 

「ごめんなさい。思い出したくもないから」

 

あの男のせいで、私は…。私達は…。

 

「その様子だと、何か思い当たることがあるなのかな?」

 

「ええ。まだ確証がある訳ではないけど」

 

「確証は掴めそう?」

 

「近いうちには」

 

クリスマスに戸部君が海老名さんに告白するとすれば、止めようとするはず。彼には何も出来ないから、また比企谷君に頼るはず。そうはさせないわ。

 

「そう。大丈夫そうだね」

 

「ええ」

 

「じゃあ、この話はおしまい!比企谷君の話をしようか!」

 

「なっ!」

 

急に何を言い出すのかしら。

 

「それで、比企谷君とはどうなの?」

 

「今はそれどころじゃないのよ。クリスマスに海浜総合と合同イベントがあるから」

 

「へ~。比企谷君も参加するの?」

 

「彼は生徒会ではないから、参加しないわよ」

 

「引き込んじゃえばいいのに」

 

「無理に決まってるじゃない」

 

でも、比企谷君に頼んだら受けてくれるかもしれない。でも…。

 

「そういう作業してれば、クリスマスデートに誘うチャンスも増えるのになぁ~」

 

「そ、それは…」

 

「じゃあ、お姉ちゃんが比企谷君を誘っちゃおうかなぁ」

 

「それはダメ!ダメよ!」

 

姉さんは何を言っているのかしら。

 

「私じゃなくても、ガハマちゃんとかが誘うんじゃないかなぁ」

 

痛いところを突いてくるわね。

 

「か、考えてみるわ」

 

「ちゃんと誘わないとダメだよ」

 

「わ、わかってるわよ」

 

「じゃあ、帰るね」

 

「姉さん」

 

「何?」

 

「あの…、色々と…、ありがとう…」

 

「雪乃ちゃんがデレた!」

 

「デレてないわよ!早く帰って!」

 

姉さんの口振り…、葉山君が何かやらかしたのを知ってるみたいね…。

 



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10話

昼休み。

由比ヶ浜さんと生徒会室でお弁当を食べている。

 

お弁当を食べ終わり、俯いていた由比ヶ浜さんがぽつりと言葉を発した。

 

「ゆきのんは、姫菜こと知ってたの?」

 

やはり、昨日はその話だったのね。

 

「この前、初めて聞いたわ。貴方達を見ていて、違和感があったから海老名さんに聞いてみたのよ」

 

「そうなんだね。私、ヒッキーにヒドイこと言っちゃった。姫菜の気持ちを考えてなかったし…。人の気持ちを考えなきゃいけないのは、私だった…」

 

由比ヶ浜さんは今にも泣き出しそうだった。

 

「姫菜に『もう少し現状維持がいい』って言われて表面上は大丈夫なフリをしてるけど、次に何かあったら…」

 

たぶん、葉山君が告白の阻止を比企谷君に依頼するはず。それが露見すれば、あのグループは終わる。

 

「大丈夫よ、由比ヶ浜さん。グループが壊れても、三浦さんや海老名さんは友達なのでしょ?」

 

「うん。それにゆきのんも居るから」

 

「そうね」

 

由比ヶ浜さんに笑顔が少し戻ったわね。

 

「ねぇ、ゆきのん。ヒッキーは謝ったら許してくれるかな?」

 

「大丈夫よ、きっと。私も一緒に謝るわ」

 

そう言って、由比ヶ浜さんを抱きしめた。

 

「ゆきのん…」

 

「何かしら?」

 

「生徒会役員選挙の前にさ、ヒッキーと見つめあってたよね?」

 

え?

 

「もしかして、ヒッキーとゆきのんは…」

 

「ち、違うのよ、由比ヶ浜さん。あれは比企谷君が挑発めいた発言をしたから、睨んでいたのであって決して目と目で会話をしていたとか、そういう類いではないの」

 

そうよ、まだ比企谷君が私のことを好きと決まった訳ではないし…。

 

「ふ~ん。なんか、いい雰囲気だったよね」

 

そんなジト目で見ないで!

 

由比ヶ浜さんの追求を逃れ、放課後に奉仕部へ行くこととなった。

 

 

放課後、生徒会室で待ち合わせをしていたのだが…。

 

「由比ヶ浜さん、どうかしたの?」

 

「あのね、ヒッキーは隼人君とどっか行っちゃったんだ」

 

あの男はやっぱり…。

 

「由比ヶ浜さん、どこへ向かったかわかるかしら?」

 

「え?えっと、たぶん屋上かな?」

 

人気のない屋上となると、ますます怪しいわね。

 

「由比ヶ浜さん、三浦さんと海老名さんと一緒に屋上に来て!私は先に行ってるわ」

 

「え?ちょっと、ゆきのん!」

 

「それと、ごめんなさい。貴方達のグループ、たぶん壊れてしまうわ」

 

「え?」

 

「修学旅行の一件、葉山君が関わっているはずだから」

 

「えっ!」

 

「百聞は一見に如かずよ!」

 

由比ヶ浜さんを残し、屋上へ向かった。

 

由比ヶ浜さん、百聞は一見に如かずって、わかるかしら。

 

 

 



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11話

途中、本牧君に会ったので、生徒会は中止にしたい旨を伝えた。

屋上の入り口に着くと、もう話は始まっていた。

携帯の録音モードをONにする。

 

 

「頼む、比企谷」

 

「断る」

 

「そんなこと、言わないで頼む」

 

「嫌だね。俺には関係ないだろ」

 

「グループが無くなって、結衣が悲しんでもいいのか」

 

「くっ!…戸部に頼まれたのか?それとも海老名さんか?それとも、今回も二人からか?」

 

「いや、俺の独断だ」

 

「それで?また告白を阻止しろっていうのか?」

 

「…ああ」

 

「…ダメだ、やっぱり断る」

 

「何故だ!」

 

「俺は文化祭の相模の時や、修学旅行みたいなやり方しか思い浮かばない。そんなやり方で俺が傷つく姿を見て傷つく人がいる。それに、そんなやり方じゃアイツの隣には立てない」

 

「君にしか頼めなんだ!戸部の告白を止めてくれ」

 

もう我慢出来ないわ。

 

「随分と都合のいい依頼をするのね、葉山君」

 

「雪の…下さん」

 

「雪ノ下…」

 

「修学旅行の前は戸部君の告白を成功させてほしい。今度は告白の阻止?どういう心変わりかしら。説明してもらえる?」

 

「そ、それは…」

 

「それは?」

 

「…」

 

「黙りなのね。海老名さんから告白の阻止を頼まれて、戸部君からも告白が成功するように頼まれて、何も出来なくて奉仕部に丸投げした。違うかしら?」

 

「…」

 

葉山君は俯き、比企谷君は真剣な表情でこちらを見ていてる。

 

「沈黙は肯定よ。まあいいわ。そして、貴方は今のグループの維持を依頼した」

 

「…」

 

「まだ何も言わないのね。貴方は比企谷君の自身を省みない優しさにつけこんで、実現不可能な依頼をした。そして、奉仕部と生徒会に別れてからは、私にすり寄ってきた」

 

「違う!」

 

「何も違わないわ!意識的にしろ無意識にしろ、貴方は彼を貶めるようなことをしてるのよ!一度ならず二度までも!離れたところを見計らって私に近づくなんて、どういうつもりよ!」

 

「それは…」

 

「これ以上、私の大切な人を傷つけないで!!」

 

「う、うぅ…、俺は、俺は…」

 

「隼人…」

 

「隼人君」

 

「ゆきのん…。隼人君は…」

 

気がついたら、由比ヶ浜さん達が来ていた。

 

「隼人君、もう終わりにしよう」

 

「姫菜…」

 

「じゃあね」

 

海老名さんは、そう告げると校舎の中へ行った。

 

「ゆきのん。私…」

 

「えぇ、海老名さんについていてあげて」

 

由比ヶ浜さんも校舎へ駆けて行った。

 

「後半、俺は空気じゃねぇかよ」

 

「あら?居たの、比企谷君」

 

「あぁ、どっちかといえば、俺がメインのはずなんだかな。俺のステルスも大したもんだ。まあいい、俺も行くわ」

 

比企谷君の耳が赤い…。どうしたのかしら?

 

「葉山君、今の音声は録音してあるわ。姉さんに聞いてもらうから、後で呼び出しがあると思うわ」

 

「くそっ!…俺はどうすれば…」

 

その場に葉山君を残して去ろうとしたが、あと一人残っていた。

 

「三浦さん?」

 

「あーしは…」

 

何かを決意したような顔をした三浦さん。

 

「雪ノ下さん、行って。あーしは隼人と居る」

 

「三浦さん…」

 

「惚れた弱味っていうのかな。あーしも隼人に頼り過ぎてたと思う。もちろん、みんなも。だから隼人だけは責めれない。あーしは隼人と一緒に責めを受けるよ」

 

「そう…。じゃあ、頑張ってね三浦さん」

 

「うん、あんがと」

 

扉から校舎に入ろうとしたら…。

 

「雪ノ下さん、さっき格好良かったよ」

 

「ありがとう」

 

「雪ノ下さんも頑張ってね」

 

そう言ってウインクをした三浦さん。

今の貴方、最高に可愛いわよ。

 

姉さんに音声データを送って、お説教してもらわないとね。

 

 



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12話

屋上での出来事があった夜、姉さんが来た。

 

「いや~、隼人もやらかしてくれたね」

 

「姉さんはどこまで知ってたのかしら?」

 

「え~、何かな~?」

 

「とぼけないで。どうせ比企谷君を脅したんでしょ?」

 

「脅したなんて人聞きの悪い。ちょっとお願いしただけだよ」

 

比企谷君が不憫だわ。

 

「はぁ~、それで葉山君はどうしたの?」

 

「別にどうもしないよ。ちょっとお説教しただけ」

 

その『ちょっとお説教』が恐ろしいのだけど…。

 

「一緒に三浦ちゃんて娘が来たんたけど、あの娘に任せたよ。それで次はないってことでおしまい」

 

「それだけ?」

 

「そうだよ。あの三浦ちゃんて、本当に隼人のことが好きなんだね。隼人の為に泣いてたからね。隼人も隅に置けないなぁ」

 

三浦さん、そこまで葉山君のことを…。

 

「それより!」

 

「な、なによ」

 

「『私の大切な人を傷つけないで』って。大切な人って誰かなぁ?」

 

「そんなこと言ってないわよ」

 

言ってないわよね?

 

………。

 

…。

 

言ったわ。

 

それで比企谷君は耳が赤かったのね…。

 

「そ、それは言葉の綾というかなんというか…。そ、そう!由比ヶ浜さんのことよ」

 

「へ~、あの場面でガハマちゃんてことはないよね~」

 

「うぅ…、い、いいじゃない別に!」

 

「あれを聞いて比企谷君はどう思ったのかなぁ」

 

「やめて、姉さん」

 

明日、比企谷君の顔が見れない…。

 

「でも、これで比企谷君も意識してくれるんじゃない?」

 

「そ、そうかしら?」

 

「あの『理性の化け物』をモノに出来るのは雪乃ちゃんだけだよ」

 

「そ、そうかしら」

 

「あっ、雪乃ちゃん、可愛い顔になった」

 

「もう、姉さん!」

 

そんなやりとりをした次の日の放課後。生徒会室に行くと扉の横に寄りかかる比企谷君が居た。

 

どんな顔すればいいかしら…。

 

「よう」

 

「あら?誰も居ないはずなのに声がしたわね」

 

また、やってしまったわ。

 

「おい」

 

「冗談よ。こんにちは、比企谷君」

 

「由比ヶ浜からも聞くと思うが、俺からも報告だ」

 

「伺うわ」

 

「葉山と三浦が謝ってきた。三浦が側にいて、こういうことがないようにするとさ。何かあったら、雪ノ下さんに報告するそうだ」

 

「そう」

 

「海老名さんは、グループを抜けたみたいだけど、三浦や由比ヶ浜とは話をしていた。海老名さんのフォローを川崎に頼んだよ。あの二人、意外と仲がいいからな」

 

「相変わらず、お人好しなのね」

 

「ほっとけ。あと戸部にも謝られた。いつか自分の力で海老名さんを振り向かせるってさ」

 

「そう」

 

戸部君も本気で海老名さんのことを好きなのね。

 

「まぁ、そんな感じだ。俺としては、雪ノ下に助けられたかな。その…、あ、ありがとな」

 

「私の方こそ、ありがとう」

 

「なんか、雪ノ下にお礼言われることあったか?」

 

「さぁ、何かしらね」

 

「なんだそりゃ。じゃあ、俺は部活行くわ」

 

「そう。では、また明日」

 

「お、おう」

 

比企谷君と会話が出来て浮かれた気持ちで生徒会室に入ったのだが、副会長からの報告でどん底に突き落とされた。

 



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13話

「藤沢さん、もういいわ。止めてちょうだい…」

 

海浜総合に行った時の内容確認の為に録音したボイスレコーダーを再生してもらったのだが…。

 

ヒドイ…。難しそうなビジネス用語を連呼しているが、中身がまるで無い。

 

「会長、とりあえず明日コミュニティセンターで顔合わせと簡単なミーティングがしたいそうです」

 

「はぁ、わかったわ…」

 

「ねぇねぇ、いろはちゃん。この人、何が言いたかったのかな?」

 

「結衣先輩、私に聞かないでください」

 

一色さんが辟易とした顔をしている。本牧君も藤沢さんもだ。

 

「明日のミーティングでも同じなら、対策を考えましょう。とりあえず、通常業務をしましょう」

 

私の号令で各々が作業に取りかかる。

 

「ねぇねぇゆきのん」

 

「どうしたの?由比ヶ浜さん」

 

「会計資料見て思ったんだけど、奉仕部って、部費は学校から出てないんだね」

 

「そうね。別段、お金を使う事柄や設備は必要ないから」

 

「それに、最低部員数に足りてないのに、よく廃部にならなかったね」

 

「それは、平塚先生の尽力のお陰よ」

 

「そうなんだ」

 

納得して由比ヶ浜さんは席に戻ったが、確かによく存続してたわね…。

 

部屋に帰ると、また姉さんが来た。

 

「ひゃっはろ~」

 

「いらっしゃい姉さん。お帰りは、あちらのドアよ」

 

「雪乃ちゃんが冷たい!ヒドイわ、雪乃ちゃん!ヨヨヨ」

 

「今はそれどころじゃないのよ。クリスマスのことで頭がいっぱいなの」

 

「どうやって、比企谷君と過ごすか?」

 

比企谷君とクリスマス…。一緒にディステニーランドへ行って、パレードを見て、その後はクリスマスディナー…。そして、そして…。

 

「雪乃ちゃん!」

 

「はっ!何かしら姉さん。とってもいいところだったのだけど」

 

「妄想してるところ悪いんだけど、比企谷君を誘うところからだよ」

 

「そ、そうよね。それよりも…」

 

「それよりも?どうかしたの?」

 

海浜総合との合同クリスマスイベントと海浜総合へ副会長達が行った時のボイスレコーダーの話をした。

 

「あはははっ!それは大変だ」

 

「姉さん、笑い方が下品よ」

 

「こんな時こそ、比企谷君を頼りなよ」

 

「で、でも、彼は生徒会ではないし、面倒事に彼を巻き込みたくないわ」

 

「でも、比企谷君はどう思ってるかなぁ。もしかしたら、雪乃ちゃんの力になりたいと思ってるかもよ」

 

「そ、そうかしら…」

 

「それに、一緒にイベントの準備してたら、クリスマスデートに誘うチャンスも増えるよ」

 

比企谷君とクリスマスデート…。比企谷君とクリスマスデート…。

 

「姉さん、比企谷君は何色の下着が好みだと思う?」

 

「ゆ、雪乃ちゃん、ぶっ飛び過ぎ!」

 

「ご、ごめんない。はしたないことを言ったわ。まずキスからよね」

 

「ゆ、雪乃ちゃん、まずは恋人同士になってからだよ」

 

「そ、そうよね…。何を言ってるのかしら…」

 

寝る前に『ハチマン』を抱きしめながら妄想していたから、変なことを言ってしまったわ。

 

「雪乃ちゃん、比企谷君のことを好き過ぎだよ」

 

「ううう…」

 

「雪乃ちゃんの想いは伝わるはずだから、雪乃ちゃんは心の思うままにね」

 

「そ、そうね」

 

それで、何回か上手くいってるもの。

 

「とりあえず、比企谷君を生徒会に引き込む算段をするわ」

 

「雪乃ちゃん、いい顔だよ」

 

比企谷君、覚悟しなさい。



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14話

比企谷君をクリスマスデートに誘うのは、イベントの目処がたってからね。

 

生徒会のメンバーでコミュニティセンターに向かう。

 

「校門で待っていて。生徒会室の鍵を返してくるわ」

 

「ゆきのん、待ってるね」

 

鍵を職員室に返し下駄箱に来ると比企谷君が居た。

 

「あら?今日の部活はサボりなのかしら?」

 

「おう、雪ノ下か。小町に買い物頼まれてな」

 

「そう」

 

「雪ノ下はどこか行くのか?生徒会の連中がぞろぞろ出てったけど」

 

「海浜総合と合同クリスマスイベントの打ち合わせよ」

 

「ほ~ん、大変だな」

 

相変わらず、興味が無さそうな返事。

 

「じゃあ、俺は…」

 

「待って!」

 

思わず呼び止めてしまった。

 

「ん?どうした?」

 

たぶん、私の思う通りには行かないと思う。恐らく、難航すると思う…。不安だ。

 

「ひ、比企谷君、手をだしてもらえるかしら?」

 

「手?ああ」

 

差し出された手を握る。

 

「お、おい、雪ノ下…」

 

握った手から、比企谷君の暖かさを感じる。

 

よしっ!

 

「じゃあ、行ってくるわ」

 

手を離し外を向く。

 

「雪ノ下」

 

「何かしら?」

 

「その、なんだ…。キツかったら、頼れよ」

 

『誰』とは言わなかったけど、そういうことよね…。

 

「えぇ、そうするわ」

 

校門で生徒会のメンバーと合流し、コミュニティセンターへ向かう。比企谷君に力をもらったから、やれるはず!

 

「ゆきのん、どうしたの?急にガッツポーズして」

 

「え?」

 

や、やってしまったわ…。

 

「な、なんでもないわ。ちょっと気合いをいれたのよ」

 

「じゃあ、私もがんばらないと」

 

由比ヶ浜さんも力を込めるポーズをした。

…、何かが盛大に揺れた気がするけど、気のせいよ。

 

 

 

「初めまして、海浜総合の生徒会長の玉縄です」

 

「初めまして、総武高の生徒会長、雪ノ下です」

 

「お互いにフレッシュな生徒会だから、コミュニケーションを取ってリスペクトしあえる関係を作っていこうか」

 

「は、はぁ」

 

先制パンチをくらってしまったわ。

 

会議は始まったのだが、ヒドイの一言に尽きる。覚えたてのビジネス用語を羅列するだけで、議論が前進する気配がない。こちらが少し意見すると、すぐに『ブレインストーミング』と言い出す。

 

合いの手のようにね『それある~』とか言ってる女子が居るのだが、何故か見ていてイライラするわね。

 

こんなのは会議じゃない。…もう我慢の限界。

 

言葉を発しようとした時、由比ヶ浜さんが手を握ってきた。

 

「ゆきのん、ダメだよ。我慢して」

 

私を諭すような声色…。

 

「ありがとう、由比ヶ浜さん」

 

静かに挙手をし発言する。

 

「玉縄会長。今日はここまでにして、次の会議までに各校で案を考えましょう」

 

なんとか、会議モドキを打ち切り、解散となる。

 

解散後、サイゼリアで休んでいくことになったのだが、みんなグッタリしている。

 

「わからない言葉だらけだったよぅ」

 

「結衣先輩、私もです」

 

「藤沢、大丈夫か?」

 

「大丈夫です、副会長」

 

なんとか、打開策を考えないといけないわね。

…比企谷君なら、どうするのかしら?

 

「…ヒッキーなら、どうするかな?」

 

「先輩なら、とんでもない方法を持ち出しそうですね」

 

比企谷君…。今回だけ手伝ってもらっても、イベントが終わったら離れ離れ…。

 

「ヒッキー、今からでも生徒会に入ってくれないかなぁ」

 

「私の仕事を押し…手伝ってもらわないと」

 

一色さん、本音が駄々漏れよ。でも、生徒会に入ってくれたら…。

 

「私も会計資料大変だよ」

 

会計資料…、奉仕部…。

 

「そうだわ」

 

「ゆきのん、どうかしたの?」

 

「いえ、なんでもないわ」

 

「雪ノ下先輩が悪い笑い方してる」

 

「なんか、ヒッキーっぽい…」



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15話

翌日放課後。

一旦、生徒会に顔を出し、助っ人を連れてくると言い残して、奉仕部へ向かう。平塚先生には根回し済み。比企谷君、どんな顔をするかしら。

 

部室の扉をノックすると『どうぞ』という比企谷君の声。

中に入ると、比企谷君と平塚先生が居る。

 

「失礼するわ」

 

「よう。今日はどうした?」

 

「ここは奉仕部であっているわよね?」

 

「ど、どうした?雪ノ下」

 

「どうなのかしら?」

 

「そ、そうだが…」

 

「この奉仕部、部活動の要件を満たしてないのだけど」

 

「今さらかよ…」

 

「部員一人で空き教室ひとつ使っているのは、どうなのかしら?」

 

「そんなこと言われてもだな…。雪ノ下だって知ってるだろうが」

 

「これは由々しき事よ」

 

「いや、だからな…」

 

「よって、奉仕部に廃部を言い渡します」

 

「雪ノ下、どういうつもりだ?」

 

そ、そんなに睨まないで。

 

「しかし、活動理念は素晴らしいものね。何だったかしら?『飢えた人に魚を与えるのではなく、捕り方を教えて自立を促す』だったかしら」

 

「確か、そんな感じだ。で、どうするつもりなんだ?」

 

焦らないで。これからが本題だから。

 

「その理念を持った部を、ただ廃部にするのはもったいない。では、どうするのか?」

 

「雪ノ下、まさか…」

 

さすが比企谷君、勘がいいわね。

 

「奉仕部を生徒会へ合併します」

 

「やっぱり…」

 

平塚先生、肩が震えてますよ。そんなに笑わないでください。

 

「くくくっ!さて比企谷。君はどうするのかね?」

 

「平塚先生、雪ノ下とグルだったんですね?」

 

「さぁな。君たちが面倒臭い性格をしているのが悪い」

 

「比企谷君?」

 

「はぁ、やられたよ。生徒会に入るよ」

 

「そう」

 

諦めた比企谷君と生徒会室に向かう。

 

「何なんだよ、あの三文芝居は…」

 

「何の事かしら?」

 

「無かったことにしやがった。素直に『手伝って』と言えないのかよ」

 

「『手伝って』だったら、その場限りじゃない。私は貴方と…」

 

「俺と?」

 

もう!察してよ!

 

「貴方と一緒に居れないじゃない…」

 

は、恥ずかしい!

 

「そ、そうか…」

 

「比企谷、私の前でイチャコラするとはいい度胸だな…」

 

あ、平塚先生、居たのね。

 

「い、イチャコラなんてとんでもないですよ…。て、いうか先生はどちらに?」

 

「私は生徒会の担当教諭だ!」

 

生徒会室に戻ると、『ヒッキーが来た!』と由比ヶ浜さんがピョンピョン跳ねて喜んでいた。

…、由比ヶ浜さん、お願いだから跳ねないで。体の一部が大暴れしてるわよ。

 

「比企谷君、早速だけどこのボイスレコーダを聞いてもらえないかしら?」

 

「これは?」

 

「海浜総合との合同クリスマスイベントの会議よ」

 

「ほ~ん」

 

ボイスレコーダーを聞いていると、みんな渋い顔をしていた。

 

「なんだこれは。まるで中身がない…」

 

比企谷君も眉間にシワを寄せている。

ある一部に差し掛かった時だった。

 

「ん?本牧、海浜側の名簿あるか?」

 

名簿?誰か知り合いでもいるのかしら…。

 

「…なんで居るんだよ」

 

「比企谷君、何か?」

 

「いや、なんでもない」

 

ちょっと辛そうな顔…。

 

一通り聞き終ると、全員グッタリしている。

 

「雪ノ下」

 

「何かしら?」

 

「よくキレないで我慢したな」

 

ひ、比企谷君が誉めてくれた。

 

「え、ええ。由比ヶ浜さんが止めてくれたのよ」

 

「そうか。由比ヶ浜、ありがとな」

 

「えへへ」

 

「さてと」

 

比企谷君がポンと手を叩き、話を始めた。

 

「藤沢、スケジュールを見せてくれ」

 

「はい」

 

「このままだと、無理だな」

 

「えぇ、そうなのよ。どうしたらいいのか…」

 

「なぁ、海浜が居ないとダメなのか?」

 

え?

 

「これは、向こうから提案してきたことよ」

 

「まぁ、そうだな。じゃあ、向こうさんには名目だけ参加してもらって、こっちだけで進めよう」

 

「比企谷君、どういうことなの?」

 

「このまま行けば共倒れだ。と、いうか海浜に道づれにされる。だから、名目は合同だが別々にする」

 

「そ、そんなことが出来るのかしら…」

 

「出来るさ。それには雪ノ下、お前が必要だ」

 

ひ、比企谷君、そんな目で見られたら…。

 

「ひ、ヒッキー!私は?」

 

「もちろん、由比ヶ浜の力も

貸してもらう」

 

「やった~!」

 

「先輩、私は!」

 

「はいはい、あざといぞ~」

 

「あざといことなんて言ってません!」

 

「藤沢、会議の録画って名目でビデオカメラ借りられるか?」

 

「大丈夫だと思います」

 

「本牧、次の会議にはしっかり総武の意見をぶつけたい。各方面の根回しを頼みたい」

 

「わかった」

 

「さて雪ノ下会長、イベントの演目を決めようか。5つぐらいは提案したい。実際に出来るのは2~3だろうがな」

 

「では、みんな、意見はあるかしら」

 

比企谷君はすごい。私には思い浮かばないような発想だ。

それに、私を頼ってくれた。

 

でも、名簿を見てた時の顔…。

 

 

その後の会議は順調に進み、次の合同会議に備え解散となった。

 

帰り際、比企谷君を呼び止める。

 

「比企谷君」

 

「ん?」

 

「あの…、海浜の名簿見ていた時に

…」

 

「あ、あれか…。ちょっとな、同じ中学だったヤツの名前があってな…」

 

「それは、会いたくない人なの?」

 

「まぁ、出来ればな」

 

「ごめんなさい、私知らなくて」

 

「いや、雪ノ下は悪くない。むしろ、黒歴史を払拭するチャンスだよ」

 

「それならいいのだけど…」

 

「それに、上手く転べば利用出来るしな」

 

比企谷君が悪巧みしてる顔をしている。

 

「気持ち悪い笑い方ね」

 

「ほっとけ」

 

いつもの比企谷君の顔に戻った。

 

「なぁ、雪ノ下」

 

「何かしら?」

 

「ちょっと乱暴なやり方になるかもしれない」

 

「ええ」

 

「でも、俺一人じゃ出来ないやり方だ。すまんが、力を貸してくれ」

 

「比企谷君…。私の方こそ、巻き込んでしまって、ごめんなさい」

 

「気にするな。俺は雪ノ下の力になれて嬉しいんだ」

 

もう!比企谷君、なんでそんなこと言うのよ!ズルいわよ!ますます好きになっちゃうじゃない!

 

「どうした?顔が赤いが…」

 

貴方のせいよ!

 

 

 

 

 

 

 

 



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16話

コミュニティセンターに向かう前、比企谷君がみんなを呼び止めた。

 

「昨日は、新参の俺が偉そうなことを言って、すまなかった」

 

深々と頭を下げた。頭を下げたまま続ける。

 

「ああ言ったが、海浜が本当にダメな奴らだったら仕方ないが、協力して出来ればそれにこしたことはない。俺に…、いや、俺を参加させてくれた雪ノ下に、力を貸してくれないか」

 

比企谷君…。

 

「何言ってるの、ヒッキー」

 

「そうですよ、先輩」

 

「由比ヶ浜…。一色…。」

 

「そうだぞ、比企谷。俺は比企谷のやり方を聞いてスカッとしたぞ」

 

「私もです、比企谷先輩」

 

「本牧…。藤沢…」

 

「そういうことよ、比企谷君」

 

「雪ノ下…」

 

「貴方も生徒会の一員なのよ。遠慮はいらないわ」

 

顔を上げた比企谷君はとても嬉しそうな顔をしていた。

 

「ゆきのん、顔が緩んでるよ…」

 

えっ?

 

「最近、雪ノ下先輩緩んだ顔しますよね」

 

えっ?

 

「会長、時々ありますよ」

 

えっ?

 

「雪ノ下会長も相貌を崩すことがあるんですね」

 

えっ?

 

「何やってんだよ、雪ノ下」

 

誰のせいよ!

 

みんなにいじられながらコミュニティセンターに到着した。

 

「じゃあ、手筈通り頼む」

 

「ええ」

 

「ヒッキー、任せて」

 

会議室にはすでに海浜の生徒会が来ていた。

 

「こんにちは、玉縄会長」

 

「やあ、雪ノ下会長。そちらのフレッシュな顔は、ルーキーかい?」

 

「うぐっ。今日から参加させてくれたさせてもらう比企谷だ、よろしく頼む」

 

比企谷君も早速ジャブをもらったわね。

 

「議事録と後学の為にビデオで撮ってもいいか?」

 

「オフコース!もちろんいいさ」

 

「藤沢、カメラを準備してくれ」

 

前半は様子見…。比企谷君、玉縄節に圧されてるみたいだけど、本番はこれからよ。

 

会議が始まり、比企谷君の顔が青くなってくのがわかった。

 

前半が終わり、何も決まらないまま休憩の時間になった。

 

「雪ノ下、自販機でマッカン飲んでくるわ…」

 

「大丈夫?」

 

「あれはヒドイわ。糖分補給が必要だ」

 

比企谷君が会議室を出た後、『それある~』『うけるwww』を連呼していた海浜の女子が一人出ていった。

 

まさか同じ中学だった人って、あの女子なのかしら…。

気になる、気になるわ。

邪魔になったいけないし…。でも、比企谷君のトラウマの原因なら手を貸してあげたいし…。

 

「副会長、私もお茶を飲んでくるので、少し外すわね」

 

本牧君に一言伝えて席を離れた。

 

自販機の前で比企谷君と例の女子が話をしている。…肩をバンバン叩かれてるわね…。

 

「比企谷君…」

 

「雪ノ下…。ちょうど良かったよ。紹介する、同じ中学だった…」

 

「元カノです」

 

なんですって!

 

「違ぇだろ!」

 

「冗談です。比企谷と同じ中学だった折本かおりです」

 

「まぁ、後で話すが中学の時に色々あってな…。でも、それも解消した」

 

「あはは…」

 

折本さんが乾いた笑い方をする。

 

「おい、雪ノ下。折本を睨むなよ」

 

い、いけないわ。

 

「に、睨んでないわよ」

 

「それでだ。折本も玉縄たちには辟易してるらしい」

 

「…協力してくれるということでいいかしら?」

 

「あ、うん、玉縄君も悪い人じゃないんだけどね…。あれじゃあ」

 

「だとさ。だから、後半の攻めに折本のことも一言添えるが大丈夫か?」

 

「ええ、大丈夫よ。それから、折本さん」

 

「何かな?」

 

「今回のイベント、当てにさせてもらってもいいかしら?」

 

「もちろん、大丈夫だよ」

 

「では、よろしくお願いするわね」

 

「こちらこそ」

 

「じゃあ、戻りますかね」

 

会議室に戻る途中、後ろで比企谷君と折本さんが内緒話をしているのが聞こえた。

 

「ねぇ、比企谷の好きな人って…」

 

「バッカ、言うな。聞こえるだろうが」

 

わ、私のことよね?

 



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17話

会議室に戻り、会議の後半が始まる。

ここから比企谷君は仕掛けると言っていたのだけど…。

 

「じゃあ、まずブレインストーミングの続きを…」

 

「おい、ブレインストーミングってなんだ」

 

始まったわ。

 

「ブレインストーミングっていうのは…」

 

「意味を聞いてるんじゃない。この会議にそんな横文字は必要か?」

 

「会議をスムーズに進めるために…」

 

「会議になってねぇじゃねぇか」

 

「そんなことは…」

 

「そもそも、この会議の先はなんだ?」

 

「地域のみなさんとのコミュニケーションを…」

 

「そうだな。老人ホームや幼稚園や小学校に声をかけている」

 

「そうだね」

 

「年配の方や子供にそんな言葉、通じるのか?」

 

「それは…」

 

「どうなんだ?玉縄会長」

 

比企谷君、格好いい…。

 

「…通じないだろう。だけど、伝える時には…」

 

「無理だな」

 

「どうしてだい?」

 

「会議で使われてる言葉が議事録として残り、資料作りにそのまま使われる。イチイチ翻訳なんかしていられるか」

 

「…」

 

「大方、そこの折本に格好いいとこ見せたいだけかもしれんがな」

 

「なっ!そ、そんなことは…」

 

みんなの視線が折本さんに集まる。

 

「何それ、ウケないんですけど…」

 

玉縄会長、御愁傷様。

 

「俺たち総武はいくつか案を作ってきた。本牧、頼む」

 

「総武は、小学生による劇、小学校には連絡済み。園児によるお年寄りへのケーキ配り、これも了承済み。あとブラスバンドもしくは軽音楽、こちらは顧問と相談中です。あとは有志による合唱、以上です」

 

「ありがとう。海浜は何か決めてきたのか?」

 

「そ、それは今から…」

 

「それじゃあ遅いんだよ」

 

「…」

 

「海浜の校長に『これ以上、協力体制は無理だ』と直談判してもいいんだぞ。前回の会議のボイスレコーダーと今録画しているビデオがあるからな。玉縄会長に分かりやすく言えば『エビデンス』だ」

 

「…」

 

海浜側が黙ってしまった。比企谷君が私に目配せをした。私の出番ね。

 

「比企谷君、言い過ぎよ。玉縄会長、うちの比企谷が失礼なことを言いました」

 

「い、いや…」

 

「私も彼と近い感想を持っていまして。一言言わしてもらいますが…」

 

「え?」

 

「ごっこ遊びがしたければ余所でやってもらえるかしら 。ずいぶんと中身のないことばかり言っているけれど、覚えたての言葉を使って議論の真似をするお仕事ごっこがそんなに楽しい? これ以上私達の時間を奪わないでもらえるかしら」

 

思わず、口元が緩んでしまう。

 

「な、な…」

 

玉縄会長、口をパクパクさせて鯉みたいですよ。

 

「何で二人ともああいうこと言っちゃいますかね~。雰囲気最悪ですよ~!」

 

え?一色さん?

 

由比ヶ浜さんと目配せをしている。

…そういうことね。乗るわよ、比企谷君。

 

「私は間違ったことを言ったつもりはないけれど」

 

「正論かもしれないですけど、もっと空気を読むっていうか色々あるじゃないですか!」

 

「その男に空気を読むことを期待するなら無駄よ。部室でも文字列しか読んでいないんだから」

 

「残念だったな。俺クラスの読書家ともなると行間までちゃんと読んでる。ていうか、今怒られてたのお前じゃないの?」

 

「一色さんは今、正論だと認めたじゃない。だったら、怒られる謂れがないわ」

 

「あぁ、それそれ、そういうところを怒られてんだよ、話聞け話」

 

「あの、私の話聞いてますか?ふ・た・りに言ってるんですよ」

 

「いろはちゃん、ストップ!ゆきのんとヒッキーも!」

 

いいタイミングよ、由比ヶ浜さん。

 

「お二人が夫婦漫才始めるからいけないんです」

 

もう、一色さん。め、夫婦だなんで…。

 

「と、とにかく、海浜のみなさんは、次回までに案をまとめて来てください。今日はここまでにしましょう!ねっ?ねっ?」

 

上手よ由比ヶ浜さん。

 

「そうね。玉縄会長、それでよろしいかしら?」

 

「あ、ああ、そうしてもらえると助かる…」

 

意気消沈ね。

 

「では、失礼するわね」

 

スッキリした気分でコミュニティセンターを出た。

 

「一色さんには驚いたわね」

 

「まったくだ」

 

やっぱり、比企谷君も知らなかったのね。

 

「先輩と雪ノ下先輩が席を外した時に由比ヶ浜先輩と話をしてまして~」

 

「そうそう、いろはちゃんも参加したいって」

 

「ね~」

「ね~」

 

そんな話をしていると…。

 

「比企谷~!」

 

あれは…、折本さん。

 

「悪い、先に帰ってくれ」

 

何もないとは思うけど…。

とても比企谷君と親しそうだったし…。

 

「雪ノ下、そんな顔すんな」

 

え?

 

「ちゃんと説明するから」

 

「…そう」

 

比企谷君を信じる。あの時とは違う。

 

「比企谷君、待ってるわ」

 

「すまん」

 

「いいのよ。また明日」

 

「じゃあな」

 

 



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18話

翌日、普通に授業を受けていたが、心の中は比企谷君と折本さんのことでいっぱいだった。

最初の授業を終えて、教科書を片付けていると、クラスメイトに呼ばれた。

 

「雪ノ下さん、あそこの男子が呼んでほしいって」

 

扉の方を向くと比企谷君が軽く手を挙げた。

 

彼に呼ばれた嬉しさを隠しながら、扉に向かう。

 

「何の用かしら?ストーキング谷君?」

 

「違ぇよ。ほら、あれだ、折本との話だよ」

 

「え、ええ、そうね」

 

「昼休みと放課後、どっちがいい?」

 

一刻でも早く聞きたい私は、昼休みと答えた。

 

「わかった。部室でいいか?」

 

「ええ、いいわ」

 

「悪かったな、急に来て」

 

「いえ、大丈夫よ」

 

そう言って席に戻ると、数名のぐらいはメイトに囲まれた。

 

「雪ノ下さん、もしかして彼氏?」

 

「いえ、まだ違うわよ」

 

「『まだ』ってことは…」

 

しまった!

 

「ち、違うのよ、ただの言葉の綾というか…、そうよ、ただの言い間違いよ」

 

「へ~」

 

「ふ~ん」

 

チャイムが鳴り、その場はなんとかなったが、あとが怖いわ。

 

昼休みは急いで教室を出て部室へ向かう。休み時間に由比ヶ浜さんには連絡済み。

 

部室はまだ鍵がかかっていたが、すぐに比企谷君が来た。

 

「早いな」

 

「私を呼んでおいて、私より遅いのはどうなのかしら?」

 

「うっ!わ、悪ぃ」

 

クラスメイトの追及を逃れる為にダッシュで来たのだけど、それは言えない。

 

「先にメシ食おうぜ」

 

「そうね」

 

比企谷君と二人で昼食。次の機会は私の手作りのお弁当で…。

 

「ごちそうさま」

 

え?もう食べ終わったの?

 

「早いわね」

 

「まぁ、菓子パンだけだからな。それにしても、キレイな弁当だな。それにうまそうだ」

 

「た、食べてみる?」

 

な、何を言ってるのよ私!

 

「い、いいのか?」

 

ええい!ままよ!

 

「ど、どれがいいかしら?」

 

「では、玉子焼きをもらえるか」

 

箸で一口大に切って…。

 

「はい」

 

「い、いや、手の上に置いてくれれば…」

 

わ、私は何を…。も、もしかして『あ~ん』をしようとしていたの…。ここまできたら!

 

「あ、貴方は手に比企谷菌がついてるでしょ、だから…」

 

「俺自身比企谷なんだが…」

 

「い、いいから、早く食べなさい」

 

「わ、わかったよ」

 

ひ、比企谷君が私の箸から玉子焼きを…。

 

「ど、どうかしら?」

 

「ん?ダシを入れてるのか?旨いな」

 

「そ、そうよ。砂糖ではなくダシで甘味を入れているのよ」

 

「さすが雪ノ下だな。旦那になるヤツが羨ましい」

 

「あ、貴方さえよければ…」

 

「ん?」

 

な、何を言っているのよ私!

 

「な、なんでもないわ」

 

比企谷君は平気なのかしら…。

 

「そっか、本読んでるから、食べ終わったら言ってくれ」

 

「ええ、わかったわ」

 

ど、どうしましょう。この箸を使ったら、比企谷君と間接…き、キス。

 

ああ、もう!えい!

 

…お弁当の味がわからないわ。

 

なんとか、食べ終わったわ。

 

「比企谷君、お待たせ」

 

「あ、おう」

 

比企谷君がこちらに向き直り、話し始めた。

 

「えっとだな、折本は中学の時に告白してフラレた相手だ」

 

「…そう」

 

「それで、告白した次の日にはクラス中がそれを知ってた」

 

なんてことなの!

 

「まぁ、あとは想像の通り、陰湿なイジメになった訳だ」

 

「そ、それは折本さんがバラしたの?」

 

「昨日まではそう思ってた。折本は誰にも話してないらしい」

 

「では、どうして?」

 

「偶々目撃者が居てな。そいつも折本のことが好きだったらしい。それであることないこと言いふらしてな」

 

「折本さんは止めなかったの?」

 

「『止められなくて、ごめん』て言われたよ。あの時のクラスの状態はもう止めるのは無理だったと思うしな」

 

「折本さんは、その言いふらした相手をいつ知ったのかしら?」

 

「高校入ってからだってよ。告白してきて、その話になったんだと。まあビンタしたって言ってたけどな」

 

「そう…なのね。それで比企谷君は…」

 

「俺の中では終わってたことなんだが、ああやって言ってもらって黒歴史もただの思い出に昇華したって訳だ」

 

「あ、あの比企谷君…」

 

「なんだ?」

 

これは聞かないと後悔する。…よし!

 

「お、折本さんのことは今でも…」

 

「言っただろ、俺の中で終わったことだって」

 

「そ、そう…」

 

昨日、私の後ろで好きな人の話をしていたけど、心配だった。比企谷君から聞けて安心した。

 

「それでだ、雪ノ下に頼みがある」

 

「な、何かしら」

 

「折本の頼みとはいえ、昨日あんなこと言っちまったからな。もし折本が海浜の連中の折り合いが悪そうなら、こっちに引き込んでもいいか?」

 

比企谷君が折本さんに気持ちがないなら、かまわないのだけど…。

 

「やっぱダメだよな…」

 

そ、そんな顔しないで、比企谷君。

 

「は~、仕方ないわね」

 

「本当か!さすが雪ノ下。ありがとな!」

 

そ、そんな、比企谷君、手を握られだら…。

 

「あ、悪い…」

 

え?もう終わりなの?

 

「い、嫌だったよな」

 

「そ、そんなことないわ。むしろ、もう少し…」

 

「え?」

 

もう!この難聴系主人公!!

 

 

クラスに戻ってから大変だった。『あの人、彼氏なの?』とか『あのイケメン誰?』とか『どこのクラス?』とか…。



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19話

合同会議が海浜側から翌日に延ばして欲しいとの連絡があったで、こちらで出来る作業をする。

 

生徒会で予算配分や関係各所へ連絡をしていると、扉がノックされた。入ってきたのは比企谷君達と同じクラスの川崎さんだった。

 

「アンタ達、クリスマスにイベントやんの?」

 

「ええ、そうよ。それが何か?」

 

「うちの妹の幼稚園も参加するらしくてさ…」

 

「あら、そうなの」

 

「それでさ…、あのさ、なんか手伝えることがあったら、参加させてほしいんだけど…」

 

川崎さん、なんで比企谷君の方をチラチラ見ているのかしら?

 

「ん?いいんじゃねぇの。準備が本格的に始まったら人手は欲しいしな。なあ」

 

「サキサキ、裁縫とか得意だよね?」

 

「まあ、出来るけど…」

 

「ゆきのん、子供の衣装とかやってもらおうよ!」

 

はぁ、ライバルを懐に入れるカタチになってしまうわね。

 

「では川崎さん、お願いするわ。細かいことは由比ヶ浜さんから伝えてもらうようにするわ」

 

「ありがとな、川崎。助かる」

 

「まぁ、別に…」

 

比企谷君、なんなのその笑顔は!川崎さんも赤くならないで!

 

川崎さんが妹さんを迎えに行くというので、挨拶も兼ねて同行させてもらった。勿論、比企谷君も一緒に。比企谷君に仕事を割り振らなくてよかったわ。

 

幼稚園に着くと妹さんらしき娘が駆け寄ってきた。

 

「さーちゃん!」

 

「けーちゃん、走ったら危ないでしょ」

 

「は~い」

 

そういうと、川崎さんの後ろに隠れてしまった。

 

「このひとたちだれ?」

 

「ん?さーちゃんのお友達だよ。ご挨拶は?」

 

「…こんにちは」

 

小さな声で挨拶をしてきた。怖いのかしら?

そう思っていると、比企谷君がしゃがみ妹さんと目線をあわせる。

 

「こんにちは。お兄ちゃんは比企谷八幡っていうんだ」

 

「ひきがやはちまん?」

 

「そう、八幡。お名前教えてくれるかな?」

 

「かわさきけいかです」

 

「よろしくね、けーちゃん」

 

「うん!はーちゃん」

 

とてとてと比企谷君の前に行く。

 

「はーちゃんか」

 

「はちまんだからはーちゃん」

 

「そっかぁ」

 

比企谷君はそう言って京華ちゃんの頭を撫でた。京華ちゃんも嬉しそうにしている。

 

「こっちのお姉ちゃんは雪ノ下雪乃だ」

 

「こんにちは、京華さん」

 

「う~んとね…、こんにちは、ゆきちゃん」

 

「ゆきちゃん?」

 

「うん、ゆきちゃん!」

 

「そ、そう…」

 

ま、まあ、悪くないわね。

 

「けーちゃん、はーちゃんとさーちゃんとゆきちゃんは先生とお話してくるから、もう少し待てるかな?」

 

「うん!まってる」

 

「けーちゃんはいい娘だね」

 

また比企谷君は京華さんの頭を撫でた。う、羨ましくなんか…。

 

「いいなぁ…」

 

川崎さん?

 

「川崎、なんか言ったか?」

 

「な、なんでもない!早く行くよ!」

 

「へいへい」

 

幼稚園の先生方と軽く打ち合わせをして幼稚園を出た。

 

京華さんは比企谷君が気に入ったのか、手を繋いで前を歩いている。

 

しばらく歩くと川崎さんが声をかけてきた。

 

「なぁ雪ノ下。比企谷って、あんな感じだったか?」

 

「質問の意味がよくわからないのだけど」

 

「な、なんか、格好よくなってないか?」

 

「そ、そうかしら…」

 

確かに格好よくなったかもしれないわね。保育士さん達が比企谷君を見ていた気がするし…。

 

「さーちゃん、ゆきちゃん、早くしないと置いてくぞ」

 

「さーちゃん、ゆきちゃん、はやく~」

 

まったく、こっちの気も知らないで…。

 

 

 

 

 



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20話

今日は延期されていた海浜との会議だ。

川崎さんは海老名さんを連れて幼稚園に行くと言っていた。川崎さん曰く『海老名は園児とふれあって浄化された方がいい』と言っていたが、比企谷君は『海老名さんの罪ほろぼしの機会を作ってやったんだろ。詳しいことはわかってないみたいだが、海老名さんが俺達に負い目を感じてたのをわかってたみたいだしな』と言っていた。

 

コミュニティセンターに着くと小学生達がすでに引率の先生と共に来ていた。今回から飾り付け作りを手伝ってもらうのだ。

先生に挨拶をして戻ると、比企谷君が声をかけてきた。

 

「なぁ、俺は会議出なくてもいいか?」

 

「何を言っているかしら?サボリ谷君」

 

「サボリじゃねぇよ」

 

「じゃあ、何なのかしら?」

 

「小学生の中に『鶴見留美』が居た」

 

鶴見留美。千葉村で強引な方法でイジメを解消した娘。比企谷君は気になっているのだろう。私もその後が心配ではある。

 

「比企谷君、お願い出来るかしら?」

 

「こっちから頼んだことだ。その代わり、会議が上手くいかなかったら、すぐに呼んでくれ」

 

「わかったわ」

 

「それと…」

 

「まだなにか?」

 

「今日の会議、雪ノ下は睨みを効かせるだけでいい。メインは本牧と…、一色にやらせてみろ」

 

「それはどういうことなのかしら?」

 

「おそらく前回の会議で玉縄あたりは萎縮しているはず。それで、雪ノ下が前面に出たら、また進まなくなる」

 

「なるほど」

 

「本牧なら能力的に問題ないし、一色を緩衝材にすることで、雰囲気が柔らかくなるはずだ。それと…」

 

「一色の能力査定をしてくれ」

 

本牧君の能力は十分。さらにいえば藤沢さんと組ませたら更に上がる。由比ヶ浜さんは会計としての能力は十分、ほかはアレだけど…。確かに一色さんの能力は未知数な部分は多いわね。

 

「承ったわ」

 

「俺の見立てだと、気が早いが次期会長に十分な器だ。ここで経験積ませるのはデカイと思っている」

 

そ、そこまで…。

 

「随分と一色さんを買っているのね?」

 

「買ってる…。かもな」

 

ちょっと妬けるわね…。

 

「…そう」

 

「あれだ、小町が入学しても俺は一年で卒業しちまうからな。その後もいい学校であって欲しい。それだけだ…」

 

「シスコン?」

 

「違ぇよ。じゃあ、そっちは…」

 

比企谷君が立ち去ろうとした時に、彼の制服の裾を掴んでしまった。

 

「雪ノ下?」

 

慌てて手を離した。

 

「ご、ごめんなさい」

 

すると、彼はイタズラっぽい笑顔をした。

 

「ヤキモチか?」

 

「ち、違…」

 

違わない…。一色さんや小町さんにヤキモチをやいている。

 

「あ~、雪ノ下」

 

顔をあげると比企谷君が照れくさそうに頬をかく。

 

「雪ノ下が居るから、安心して小学生を見に行けるんだよ」

 

比企谷君は私のことを…。

 

「頼んだぞ」

 

「誰に言っているのかしら?」

 

「へいへい」

 

きっと彼は私を信頼してくらている。私もそれに答えなければ。

 

 



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21話

会議は順調な滑り出しだ。本牧君はしっかりと場を仕切り、一色さんが補足をしていた。藤沢さんが嫉妬の目で見ているが…。大丈夫よ、藤沢さん。本牧君は貴方一筋だから。

海浜側もカタカナ英語は鳴りを潜め、しっかりとした案を出してきた。これなら本当に見ているだけで大丈夫そうね。

 

小休止の時、比企谷君の様子を見に伺う。鶴見さんの隣に座り一緒に折り紙を切っていた。比企谷君がこちらに気がついて、歩いてきた。

 

「そっちはどうだ?」

 

いつものように、ぶっきらぼうに聞いてきた。

 

「順調よ。何故かしら?そういえば、ひとり居ない気がするから、そのお陰かしら」

 

「おい」

 

「冗談よ。そちらはどう?」

 

「ん?まぁ、ルミルミも話が出来るヤツは出来たみたいだな。友達かどうかは不明だそうだ」

 

「そう」

 

『ルミルミ』という呼び方は気になったけど、まぁいいわ。鶴見さんがこちらを見ていたので会釈をすると、向こうも会釈を返してくれた。何故こちらを睨んでいるのかしら…。

 

会議室に戻ると、由比ヶ浜さん、一色さん、折本さんが楽しそうに話をしている。

 

「あ、ゆきのんおかえり」

 

「『ゆきのん』なの!ウケるwww」

 

「ですよね~」

 

「えぇ!可愛いじゃん。ね、ゆきのん」

 

「な、なんなの…」

 

「かおりんにヒッキーの中学の頃の話を聞いてたんだ」

 

中学の時の話…。

折本さんが耳打ちをしてきた。

 

「大丈夫。あの話はしてない」

 

「そう」

 

「ヒッキーって、中学の時もボッチで捻れた性格してたみたい」

 

「さすが先輩。ブレてないですね、悪い意味で」

 

「今もそうなの?ウケるwww」

 

「さ、さあ、会議に戻るわよ」

 

会議後半も順調そのもの。後半の進行は玉縄会長だ。やれば出来るじゃない。

 

小学生が帰る時間になったので、許可をもらい挨拶の為に離席する。

 

小学生達の所へ行くと驚くべき光景が…。

 

比企谷君が鶴見さんや他の女の子達に囲まれていた。『頭撫でて』とか『握手して』とか…。何をしたの、比企谷君。

 

「あら、シスコンからロリコンにジョブチェンジかしら?」

 

「シスコンは仕事じゃねぇよ。雪ノ下、助けてくれ」

 

「助ける?随分と楽しそうだから助かる必要はないと思うのだけど」

 

「楽しんでないからね」

 

「はぁ、これはどういう状況なのかしら?」

 

「いや、留美の頭撫でてやったら、『鶴見さんだけズルイ』とか『私も』とかになってだな…」

 

比企谷君は女児にもフラグを立てるのね。

 

「今日はみなさん、ありがとうございました。また後日よろしくお願いします」

 

私が挨拶すると、小学生達は名残惜しそうに帰って行った。女子は比企谷君に手を振り、男子は睨んでいた。

 

比企谷君が女性の引率の先生から話掛けられている。何か渡された?

 

困り顔の比企谷君が戻ってきた。

 

「どうしたのかしら?」

 

「いや、さっき先生と話してたただろ?」

 

「ええ」

 

「LINEのID渡された」

 

なんですって!!

 

「俺、LINEやってないんだけどな」

 

比企谷君、なんでこんなにモテるのよ。確かに目の濁りが薄くなって、い、…イケメンになってきたけど…。

 

 

 

 

 

 

 



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22話

「ねぇ、ゆきのん。クリパやろうよ!」

 

「くりぱ?」

 

「うん!クリスマスパーティー!」

 

イベントの作業中に由比ヶ浜さんが言ってきた。

 

「イベントの打ち上げも兼ねて」

 

「そうねぇ…」

 

クリスマスは比企谷君をデートに誘うつもりなのに…。

 

「結衣先輩、いいですね。イブなんてどうですか?」

 

「25日は優美子達とパーティーするからダメだけど、イブは空いてるよ。ゆきのん、やろうよ~」

 

「ひ、比企谷君はどうなのかしら?」

 

「クリスマスイブだろ?ふっ、残念だが俺にはやらなければならないことがある」

 

ま、まさか、誰かとデートとか…。

 

「えぇ!ヒッキーに予定があるの!」

 

「先輩、その予定って…」

 

「赤い服を着た白髭のクリスマスにしか働かないジジイを狩る」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…僕と藤沢は大丈夫だぞ」

 

「もっくんとさわちゃんはOKと。それで、ヒッキーは暇なの?」

 

もっくんとさわちゃん!!さすが由比ヶ浜さん、斬新ね。

 

「スルーするなよ。だから、俺はサンタ狩りをだな…」

 

「何を言ってるんですか、先輩は!」

 

「バッカ、プレゼントを貰えなかった子供の為にだな…」

 

「比企谷君…」

 

「…24日、親も帰りが早いはずだから空いてる」

 

「最初からそう言いなさい」

 

私をドキドキさせないでよ…。

 

「ちなみに、ヒッキーは25日は…」

 

「ん?両親がクリスマスデートで帰らないからな。小町と二人でチキンとケーキだ。さすがに2日続けて夜に家を空けて、しかも小町を一人にする訳にはいかないからな」

 

「そうなんだ」

 

じゃ、じゃあ、比企谷君とクリスマスデートは出来ないのね…。

 

「雪ノ下先輩、どうかしましたか?」

 

「い、いえ、なんでもないわ」

 

イベントもあるし、みんなでクリスマスパーティーをやるのだから…。

 

「雪ノ下、大丈夫か?顔色悪いようだが…」

 

「な、なんでもないの。大丈夫よ」

 

比企谷君に心配させてはいけないわ。

 

「貴方に心配されるなんて、私も堕ちたわね」

 

「おい…」

 

「冗談よ。大丈夫だから、心配しないで」

 

「それならいいんだが」

 

作業を終えて部屋に帰ると姉さんが来た。最近、来る頻度が多くないかしら…。

 

「どうしたの雪乃ちゃん、元気ないけど。比企谷君と何かあった?」

 

「何故、比企谷君限定なのかしら?」

 

間違ってないけど。

 

「もしかして、比企谷君はクリスマスに予定があったとか?」

 

うっ!鋭いわね。

 

「当たらずしも遠からずって顔してるね」

 

「はぁ、姉さんには敵わないわね。イブはみんなでパーティー、25日は比企谷君は家を空けれないそうよ」

 

「ふ~ん、デートに誘えなかったと?」

 

「誘う以前の問題だったわ」

 

「でも、家には居るんだよね?」

 

「小町さんと二人でチキンとケーキだそうよ」

 

「ふ~ん」

 

姉さんが悪い顔をしたわ。

 

「お姉ちゃんに任せなさい!」

 

「な、何をするつもりなの?」

 

「とりあえず、雪乃ちゃんは25日はここに居てね。大丈夫、悪いようにはしないから」

 

不安しかないわね。



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23話

クリスマスイベント当日。

 

…順調の一言に尽きる。

 

全体の進行を見ている私はもちろん、裏方の比企谷君や本牧君も素晴らしい。進行役の由比ヶ浜さんと折本さんはテンポ良く進めてくれているし、小学生や園児達もいうことを聞いてくれている。

 

…由比ヶ浜さんを進行役にしたのは、調理室へ近づけない為なのは内緒。

 

「雪ノ下先輩、ケーキの準備OKです」

 

「一色さん、お疲れ様。少し休んで」

 

「そうさせてもらいまふ…」

 

一色さんもスイーツ作りが出来るとはいえ、この数は大変だったみたいね。

 

「一色、お疲れ。雪ノ下、どうだ?」

 

比企谷君が様子を見に来た。

 

「順調よ。あの会議はが嘘みたいね」

 

「そうだな」

 

「先輩~、疲れました~」

 

一色さんが甘ったるい声を出した。

 

「あざとい」

 

「あざとくないです!頑張った後輩を労ってください」

 

「へいへい」

 

そう言いながら、比企谷君は一色さんの頭を撫でた。

 

「えへへ~」

 

嬉しそうね、一色さん。羨ましいわ。

 

「ん?雪ノ下もしてほしいのか?」

 

「わ、私は別に…」

 

「先輩、撫でるの上手ですよ。雪ノ下先輩もどうですか?」

 

「結構よ」

 

はぁ、比企谷君に頭を撫でられたい…。

 

比企谷君が私にしか聞こえないように言ってきた。

 

「後でな」

 

!!!

 

「雪ノ下先輩、どうしたんですか?」

 

「な、なんでもないわ」

 

「じゃあ、俺は戻るわ」

 

比企谷君は持ち場に戻ったのだが…。

 

「なんか、先輩と雪ノ下先輩ていい雰囲気ですよね…」

 

一色さんがこちらを見て言ってきた。これが『ジト目』なのね。

 

「そ、そんなことないわよ」

 

「へぇ~、ふ~ん」

 

な、なによ、いいじゃない。

 

 

 

その後も順調に進み、大成功で合同イベントを終えた。比企谷君が出番を終えた京華さんや留美さんの頭を撫でていたのを見て、またしても羨ましく思った以外は…。

 

残すは片付けのみとなり、各々が飾り付けを外したりゴミをまとめたりしている。

 

体力のない私は小休止をしている。

 

「お疲れさん」

 

比企谷君がペットボトルの紅茶を差し出してきた。

 

「お疲れ様」

 

「生徒会長としての初仕事はどうだった?」

 

「そうね、一時はダメかと思ったけど、なんとか無事に出来てホッとしているわ」

 

「そうか」

 

「その…、ごめんなさい」

 

「はっ?どうした?」

 

「その…、貴方を巻き込んでしまって…」

 

比企谷君が背中を押してくれて生徒会長になったのに…。

 

「何言ってんのお前」

 

え?

 

「俺は、雪ノ下が頼ってくれて嬉しかったんだ」

 

比企谷君…。

 

「俺の方こそ、すまなかったな」

 

「生きていて?」

 

思わず茶化してしまった。

 

「違ぇよ。その…、イベントを壊しかねないような提案をして」

 

「私も嬉しかったわ。私を…、みんなを頼ってくれて」

 

「俺は…成長出来てるのかな…」

 

彼はそう言った。

 

「出来てると思うわ。貴方も私も…ね」

 

「…そうか。ありがとな、雪ノ下」

 

彼は私の頭を撫でた。

 

「ひ、比企谷君」

 

「さっき言っただろ?嫌だったか?」

 

「しょんなことにゃいわ」

 

やったわ!比企谷君に撫でてもらったわ!

 

 

その後の片付けは、普段以上の能力が出た気がした。

 

 

 

 

 

 



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24話

「これより、生徒会クリスマスパーティーを開催します!」

 

一色さんの号令で盛り上がる面々。約一名げんなりした顔が…。

 

「先輩!なんで、そんな顔してるんですか!はっ!私と二人っきりでイブをすごしたかったとか狙いすぎです来年はぜひお願いしますごめんなさい」

 

「マイクを通してフルな。泣いちゃうよ」

 

今のはフッているのかしら?

 

カラオケボックスに集まった生徒会メンバー+1名。

 

「比企谷、いきなりフられてるし、うけるwww」

 

「うけねぇよ」

 

何故か折本さん。

 

「かおりん、何歌う?」

 

「何がいいかな?」

 

由比ヶ浜さんと一色さんと意気投合した折本さん。今日は特別参加らしい。

 

「なんで俺まで…」

 

相変わらず、つまらなそうな顔をしている。

 

「一応、生徒会メンバーなのだから、一応」

 

「なんで二回言ったの?」

 

「ほら、本牧君も歌ってるんだから、貴方も歌いなさい」

 

「俺にプリキュア歌えっていうのか?全部歌えるけど」

 

「何故、女児向けアニメの曲を歌えるのかしら…」

 

「お前、プリキュアバカにするなよ」

 

「せんぱ~い、デュエットしましょうよ」

 

一色さんが比企谷君の腕にくっついてきた。

 

「あざとい。腕を離せ。『銀恋』でいいか?」

 

「は?なんですか?それ」

 

お父さんのパーティーで誰か歌ってた気がする。

 

「『ルパパト』歌いましょうよ」

 

「なに、お前歌えるの?」

 

「先輩の為に可愛い後輩が覚えてきましたよ」

 

「そのあざといのはいらんが、歌うぞ」

 

何、その曲?

 

比企谷君と一色さんが楽しそうに歌ってる。所謂『特撮』ソングね。

 

比企谷君、楽しそう…。私ではダメなのかしら…。

 

「雪ノ下さん、暗い顔してどうしたの?」

 

「お、折本さん!」

 

「さっきから比企谷のこと見てるよね」

 

「そ、そんな…」

 

「心配しなくても大丈夫だと思うよ」

 

「それは…」

 

「比企谷、だぶん雪ノ下さんのこと好きだから」

 

「なっ!」

 

「私のせいで、あんなになっちゃったけど、比企谷から好きな人が出来たって聞いた時は嬉しかった…。それに悔しかった」

 

「折本さん…」

 

「逃がした魚はってヤツかな。ウケるwww」

 

おどけたように笑っているけど、どこか寂しそうだ。

 

「比企谷のこと、よろしくね」

 

そう言って由比ヶ浜さんのところへ戻った。

 

 

ワイワイと騒がしい時間はあっという間に終わりをむかえた。

 

ここで比企谷君に声をかけないと明日はもちろんのこと、冬休み中会えなくなってしまう。

 

「比企谷く…」

 

「せんぱ~い。送ってください。こんなに可愛い後輩を送れるなんて役得ですよ」

 

一色さんに遮られてしまった。

 

「い、いや、一色。俺はだな…」

 

比企谷君も抵抗しているんだけど…。

 

「さぁ、行きますよ」

 

彼に近づこうとすると…。

 

「ゆきのん、一緒に帰ろう」

 

由比ヶ浜さんに捕まった。

 

「由比ヶ浜さん、私は…」

 

「ゆきのん…」

 

由比ヶ浜さんが私の腕を掴む力が少し強くなった。

 

「わかったわ、由比ヶ浜さん」

 

終始無言のまま、由比ヶ浜さんと帰路についた。

 

 

 

 

 



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25話

25日…、クリスマス当日。

昨日はあまり眠れなかった。あの由比ヶ浜さんと一色さんを思い出して。

 

「ねぇハチマン、この不安はなんなのかしらね」

 

何も答えてくれないパンさんの『ハチマン』。

 

机に向かっても勉強に集中出来ない。気がつくと外は薄暗くなっていた。

 

「ひゃっはろ~」

 

そういえば、姉さんが来ると言ってたわね。

 

「どうしたの雪乃ちゃん、暗い顔して」

 

「なんでもないわ。それで、どうするのかしら?」

 

「まずはこれに着替えて」

 

差し出された紙袋を受け取り自室へ。

 

な、ななななな、なんなのこの衣装は!

 

「姉さん!!」

 

「着替えた?って、まだじゃん。早く早く!時間ないよ」

 

こうなったら、姉さんは私の言うことを聞いてくれない。着替えましょう。

 

「着替えたわよ」

 

部屋を出た途端にシャッター音か!

 

「いいよ雪乃ちゃん!可愛い!」

 

「や、やめて!」

 

「さぁ、出かけるよ」

 

「この格好で?」

 

「とりあえず、コートだけ貸してあげる」

 

コートを着させられてマンションの外へ。そのまま車に放り込まれた。

 

「都築、お願い」

 

「姉さん、どこへ行くのかしら」

 

こんな格好で不安しかない。

 

「ふふふっ。着いてからのお楽しみ」

 

車はスモークガラスになっているから、外からは見えないが、万が一見えたと思うと恥ずかしい。

 

下を向いていると、どうやら目的地に着いたらしい。

 

「さぁ、降りて」

 

着いたのは住宅街の中にある家。表札には『比企谷』の文字。

 

「姉さん、ここは…」

 

「うん、比企谷君の家」

 

待って、待ってください。この格好を比企谷君に見られるのは恥ずかし過ぎる。

 

「ほら、もたもたしないの」

 

玄関の前に引っ張られる。すると姉さんは私のコートを剥ぎとり、呼鈴を押すと私を置いて車へ行ってしまった。

 

「じゃあね」

 

「ちょ、ちょっと姉さん!」

 

私の声を聞かずに車に乗り行ってしまった。

 

玄関の中から「は~い」という声。

 

扉が開き比企谷君が顔を出した。

 

「こ、こんばんは、比企谷君」

 

「…コンバンハ」

 

「どうして片言なのかしら?」

 

「いや、その格好…なに?」

 

「比企谷君、中に入れて頂けるとありがたいのだけど。寒いし、は、恥ずかしいから…」

 

「うおっ!すまん!」

 

こんなカタチではあるが、念願の比企谷君の家に入ることが出来た。

 

「とりあえず、ソファーにでも座っててくれ。今、コーヒー淹れるところだったから、雪ノ下も飲むか?」

 

「ありがとう、いただくわ」

 

「んで。何なんだよ、その格好は…」

 

「み、ミニスカ・サンタ…」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「見りゃわかる。理由を聞いてるんだよ」

 

「姉さんに着替えさせられて、気がついたら比企谷君の家に連れてこられたのよ…」

 

「あの車の音はそれか…」

 

「よ、よかったじゃない」

 

「何がだよ」

 

「サンタ狩り。有言実行出来たじゃない」

 

「俺が思ってたサンタ狩りと違い過ぎる」

 

「そういえば、小町さんは?」

 

「友達の家だとよ。そろそろ帰ってくるはずなんだが…」

 

「そう…」

 

クリスマスに少しだけでも比企谷君と二人っきりになれたのだから、姉さんには感謝しないと…。

 

ん?私の携帯が鳴ってる。目線で比企谷君に確認をする。

 

「出ていいぞ」

 

「もしもし」

 

『ひゃっはろ~!』

 

「ね、姉さん!」

 

『雪乃ちゃん、お姉ちゃんからのクリスマスプレゼントは堪能してくれてるかな?』

 

「も、もう!」

 

『ここで雪乃ちゃんにもつひとつプレゼントが出来ました』

 

「悪い予感しかないわね…」

 

『スピーカー通話にしてくれるかな』

 

「わかったわ」

 

通話を切り替えてテーブルに携帯を置く。

 

『ひゃっはろ~!比企谷君居る?』

 

「げっ!雪ノ下さん」

 

『失礼だなぁ。お義姉さんにそんなこと言っていいのかな?』

 

「どういうことですか?」

 

『オニイチャンタスケテー』

 

「その声は小町か!」

 

『ふふふっ、小町ちゃんは私が預かったわ』

 

『オニイチャンタスケテー』

 

「そのカタコトやめろ」

 

『てへっ♪』

 

「姉さん、どういうことかしら?」

 

『小町ちゃんを無事に返してほしかったら、今夜は二人ですごしなさい』

 

「なん…だと…」

 

「姉さん!!」

 

『いやぁ、帰る時に小町ちゃん見つけて話をしたら利害が一致しちゃってね』

 

「お兄ちゃんのことお願いしますね、雪乃お義姉ちゃん』

 

お、お義姉ちゃん…。

 

「クッソ!小町が人質に…。雪ノ下、どうすればいい?」

 

比企谷君は小町さんのことで冷静さを欠いてるわね…。相変わらずのシスコンね。

 

『あ、ちなみにマンションの鍵は私が持ってるからね』

 

もう詰んでるじゃない。

 

「ひ、比企谷君」

 

「なんだよ。それどころじゃねぇよ!小町が小町が…」

 

「誠に遺憾だけど、一晩泊めてもらえるかしら?」

 

「いや、しかしだな…」

 

「小町さんの為よ」

 

「そ、そうか…。わかった」

 

『話はまとまったね。明日の朝には迎えに行くから。じゃあね、メリークリスマス♪』

 

姉さんがそういうと通話は切れた。

 

今夜は、比企谷君と二人っきり…。

 

下着は可愛いモノ…のはず。後で確認しましょう。

 



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26話

はぁ~、赤だった…。クリスマスだからって、何となく赤にしただけだったのに…。比企谷君は、派手な下着を着けるふしだらな女だと思わないかしら…。

 

お手洗いからリビングに戻りソファーに座る。

 

「そろそろ、飯にするか?」

 

「そうね」

 

立ち上がろうとすると…。

 

「ゆ、雪ノ下は座っていてくれ」

 

「手伝うわよ」

 

「い、いいから」

 

比企谷君の顔が赤い。

 

「どうしたの?」

 

「いや、あの…だな…あまり動かれると…その…」

 

歯切れが悪い。

 

「ハッキリ言いなさい」

 

「その…スカートが短くて、目のやり場に困る…」

 

スカートを確認すると、かなり上がっている。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「い、いや、むしろご馳走さま…って、何言ってんだ俺!すまん!み、見てないから」

 

それはそれで、悲しいわね。

 

「み、見てないの?」

 

「み、見てないでふ」

 

「み、見たい?」

 

「見たいとか見たくないとかじゃなくて、脚キレイだなぁとか…じゃなくてだな。何言ってんだ!ちくしょう!」

 

「比企谷君…」

 

「はひっ!」

 

「わ、私の脚ってキレイなの?」

 

「…はい」

 

「…そう」

 

比企谷君に惚れられるのって、こんなに嬉しいのね。

 

「あ、脚が見えてしまうのは仕方ないわ。一緒にご飯の支度をしましょう」

 

「お、おう…。そんなに手間はかからないんだがな」

 

買ってあったチキンやピザを温めてテーブルへ。些細な共同作業だが楽しく感じる。

 

「悪いな、チープ感じで」

 

「そんなことないわ。こういう日は『何を食べるか』ではなく『誰と食べるか』が重要なのだから」

 

「そ、そうか…」

 

自分で言っておきながら、凄いことを言ってしまった。

 

「い、いただきましょう」

 

「そうだな」

 

パーティーっぽい料理を食べ終わると、カマクラさんがやってきた。

カマクラさんを抱えながらソファーに座っていると、比企谷君が紅茶を淹れてくれた。

 

「ケーキは入るか?」

 

「ちょっと無理ね」

 

「そうか。DVD観るつもりだったんだが、観るか?」

 

「ええ」

 

「ダ○ハードどホームア○ーンどっちがいい?」

 

「ホー○アローンで」

 

「はいよ」

 

クリスマス定番のコメディ映画を二人て並んで観ている。何気ないことだけど、とても幸せに感じる。

 

エンドロールが流れる頃に比企谷君が席を立ち、すぐに戻ってきた。

 

「風呂準備出来てるけど…、替えの下着とか無いのか…」

 

「そうね…。どうしようかしら」

 

そんな話をしていると、携帯がメールを受信した。

 

『ひゃっはろ~!クリスマス楽しんでるかな?替えの下着は玄関に置いてあるからね。服は明日の朝持っていくからね。雪乃ちゃん、頑張ってね(^^)v』

 

顔文字がムカつくわね。

 

「比企谷君、玄関の扉の前に荷物があるから取ってもらえないかしら。この格好では…」

 

「はいよ」

 

玄関から紙袋を持って比企谷君が戻ってきたのだが…。

 

「この中身って…」

 

「開けちゃダメ!!」

 

「あっ…」

 

…遅かった。

 

「…スケベ」

 

「すいませんでした」

 

しかも黒…。

 

「ひ、比企谷君!」

 

「ひゃい!」

 

「わ、私に似合うかしら…」

 

な、何を聞いているのよ!

 

「いや、あの、その…、素敵だと思いましゅ」

 

「そう」

 

気まずい沈黙が流れる…。

 

「ふ、風呂入っていいぞ」

 

「いえ、私は…」

 

「雪ノ下はお客さんだ。先に入ってくれ」

 

「わかったわ」

 

先にお風呂をいただいた。

 

「ありがとう。いいお湯だったわ」

 

「んじゃ、俺も」

 

「飲んではダメよ」

 

「飲まねぇよ」

 

比企谷君が出てくるまで、カマクラさんをモフる。

 

あぁ、素敵よカマクラさん。モフモフモフ…。

 

………。

……。

…。

 

「おい、雪ノ下」

 

「ひゃあ!」

 

「おう、悪い」

 

「急に声をかけないでくれるかしら。妊娠してしまうわ」

 

「しねぇよ。今夜は俺の部屋で寝てくれ」

 

それってもしかして、一緒に…。

 

「俺はリビングで寝るから」

 

違うのね…。

 

「なんだよ、その顔は。ちゃんと布団にファブ○ーズしたから、臭いとかは大丈夫だ」

 

比企谷君の臭いもないのね…。それなら、私がリビングで。

 

「間違っても、リビングで寝るとか言うなよ。そんなことしたら、小町に何を言われるかわからん」

 

先に言われてしまったわ。

 

「では、比企谷君の部屋を借りるわ」

 

「んじゃ、案内する」

 

比企谷君の部屋はキレイに整頓されていた。

 

「あんまりジロジロ見るなよ」

 

「いかがわしい本がないか確認よ」

 

「さいですか」

 

ん?机の上にラッピングされた箱が…。

 

「比企谷君、これは…」

 

「あっ!しまった!違うんだ!」

 

「何が違うのかしら?」

 

由比ヶ浜さんか一色さんへのプレゼントなのかしら…。

 

「あのだな…。買い物してる時にだな…、雪ノ下に似合いそうだなぁと思って買ったんだけど、ネックレスとか重いだろ?それに、俺からのプレゼントなんて…。だから、返品しよかと…」

 

私に…。プレゼント…。比企谷君が選んでくれた…。

 

「嬉しい…」

 

「え?お、おい」

 

気がついたら、比企谷君に抱きついていた。

 

「比企谷君が私に似合うと思って選んでくれたんでしょ?」

 

「あ、ああ。貰ってくれるのか?」

 

「はい」

 

それは、雪の結晶の形をしたネックレスだった。

 

「比企谷君、着けてもらってもいいかしら」

 

「あ、おう、わかった」

 

髪を上げると、比企谷君が着けてくれた。

 

「綺麗…。似合う…かしら」

 

「すげぇ、似合ってる」

 

「ありがとう。でも、何も返すモノを今は持っていないわ」

 

「俺は…、雪ノ下が居てくれるだけで充分だ」

 

「…ばか」

 

私だって、比企谷君が居てくれるだけで、充分なのに。

 

「もう、寝ろよ」

 

恥ずかしくなったのか、比企谷君は寝させようとする。

 

「比企谷君、やっぱり一緒に…」

 

「いや、ダメだろ」

 

「どうしてかしら?」

 

「何か間違いがあったら、困るだろ」

 

「…別にいいのに」

 

「何か言ったか?」

 

もう!難聴系主人公!

 

「ほら、電気消すぞ」

 

「おやすみなさい。は、八幡…」

 

「うぐっ!…おやすみ、雪…乃…」

 

逃げるように比企谷君はリビングへ行ってしまった。

 

「八幡…ふふふっ」

 

今夜は良い夢が見れそうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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27話

翌朝。シャッターの音と話し声で目が覚めた。

 

「雪乃さん、可愛いですね」

 

「でしょ!自慢の妹だからね」

 

「ん…。うるさいわよ、姉さん」

 

「雪乃さん、おはようございます」

 

「おはよう、雪乃ちゃん」

 

「…おはよう」

 

「いや~、二人が一緒に寝てるなんて、小町的にポイント高いです♪」

 

え?

 

「雪乃ちゃんもやるわね」

 

え?え?

 

場所はリビング、隣には比企谷君。何故?

 

「ど、どどどど、どういうことかしら?」

 

「うるせぇなぁ。…なんで雪ノ下が隣に居るんだ?え?俺、なんかやらかしたか?」

 

思い出すのよ雪乃。比企谷君の部屋で寝ていて、お手洗いに起きて、比企谷君の様子を見にリビングに来て、そのまま比企谷君の隣に…。

 

「あ、ああああ!」

 

「ど、どうした!」

 

「ごめんなさい…。私が勝手に…比企谷君の隣に…」

 

起きて三人に事情を説明する。

 

「ふ~ん」

 

「へ~」

 

ニヤニヤする姉さんと小町さん。

 

「それで雪乃ちゃん」

 

「何かしら」

 

「そのネックレス、昨日までしてなかったよね?」

 

「こ、これは、比企谷君が…」

 

「えっ!このゴミぃちゃんが!」

 

「おい小町。俺だってプレゼントくらい…」

 

「お兄ちゃん、ず~っと『雪ノ下にプレゼントしても大丈夫かな?』って言ってたじゃん」

 

「うぐっ!言ってたかもね」

 

姉さんが時計をチラリと見た。

 

「さて、そろそらかな」

 

「何かしら、姉さん」

 

「雪乃ちゃん、携帯はどこかな?」

 

「テーブルの上に…」

 

言い終わる前に着信を知らせる音が鳴った。ディスプレイを見るとお母さんの名前が…。

 

「雪乃ちゃん、でなくていいなかな?」

 

「で、でるわ」

 

一呼吸して、通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

 

『おはよう、雪乃』

 

「おはようございます、お母さん」

 

『陽乃から写真が送られて来たのですが、一緒に写っている男性はどなたですか?』

 

姉さんは余計なことを!!なんかニヤニヤしてる!!

 

「ひ、比企谷君です。い、一緒に生徒会をやっています」

 

「そうですか。お付き合いされてるんですか?」

 

「い、いいえ、まだ…」

 

『『まだ』ということは、お付き合いすることになるんですね?』

 

「そ、それは…、比企谷君次第というか…」

 

『まぁ、いいでしょう。貴方の誕生日に彼をここに連れてきなさい』

 

「そ、それは…」

 

『いいですね』

 

「…はい」

 

有無を言わせぬお母さんの物言いに了承してしまった。

 

「ひ、比企谷君!」

 

「おう、どうした?」

 

「1月3日は私の誕生日なの」

 

「そうか」

 

「その日に、お母さんに会って欲しいの…」

 

「え?普通にイヤなんですけど。ましてや、付き合ってもねぇし」

 

「え?お兄ちゃんと雪乃さん、付き合ってないの?一緒に寝てたのに?」

 

「あれは事故みたいなモンだし、それにまだ…」

 

比企谷君がシドロモドロになっている。

 

「ジャジャーン!ここでお義姉さんからプレゼントです!」

 

「何ですか急に」

 

「そうよ姉さん」

 

「ここにディステニーランドの入場券があります。雪乃ちゃんは年パス持ってるよね。今から二人でデートしてきてください」

 

「な、何を急に言いだすんですか」

 

「そ、そうよ姉さん」

 

比企谷君とディステニーでデート。

 

「雪乃ちゃん、顔が緩んでるよ」

 

はっ!いけないわ。

 

「二人とも、面倒臭すぎ。心の思うままに楽しんできてごらん。帰る頃には答えが出るはずだから」

 

「そうなんですかね」

 

「じゃあ、雪乃ちゃんは支度があるから、舞浜駅前で待ち合わせね」

 

「は~。わかりましたよ」

 

「わかったわ」

 

比企谷君とデート…。クリスマスは過ぎてしまったけど、嬉しいわ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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28話

舞浜駅に着き比企谷君を探す。壁に寄り掛かる彼を見つけて駆け寄る。

 

「ごめんなさい、待たせてしまって」

 

「いや、俺も来たばっかりだ」

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「あの、雪ノ下…」

 

「何かしら?」

 

「その、なんだ、その服似合ってるな。すげぇ可愛いぞ」

 

「くすっ。小町さんに言えって言われたのかしら?」

 

「確かに言われたけど、本心でそう思う」

 

「そう、ありがとう」

 

やった。比企谷君が誉めてくれた。

 

「何をガッツポーズしてるんだ?」

 

やってしまったわ。

 

「コホン。さぁ、改めて行くわよ」

 

「…方向が逆だ」

 

 

 

ゲートを入ると園内は新年を迎える装飾になっている。

 

…!!比企谷君が手を握ってきた!!

 

「…はぐれたら困るだろ。それに、きょ、今日はデートだし…な」

 

一生懸命に言葉を出してくれてるのがわかる。

 

「一番は、そのだな、俺が雪ノ下と…、手を繋いでいたいんだ…」

 

恥ずかしそうにソッポを向いてしまった。

 

「嫌だったら、離してくれ」

 

彼のその言葉を聞いて、私は少しだけ強く握りかえした。彼は驚いたような顔をしている。きっと彼は心が思うままに言ってくれた。私も心が思うままに返そう。

 

「私も比企谷君と手を繋いでいたいから」

 

「そうか」

 

短く返事をする彼は恥ずかしそうだけど、とても嬉しそう。

 

「どっから行く?」

 

「パンさんのバンブーファイトね。最低3回は乗るわよ」

 

「マジかよ」

 

ディステニーランドは元々好きだった。何回も来ている。だけど、今日が一番楽しいかもしれない。好きな人と一緒に居るって、こんなにいいものなのね。

 

 

楽しい時間は、あっという間に過ぎ、パレードの時間になった。近くで見てもいいのだが、ベンチに座り遠くで光が流れて行くのを見ている。座っていても繋がれている手…。

 

彼が前を見ながら話しかけてきた。

 

「なぁ、雪ノ下」

 

「何かしら」

 

「捻れたのも面倒なのも変化球もなしだ」

 

こちらを向いた彼と目が合う。

 

「雪ノ下、好きだ」

 

「えっと…あの…」

 

シドロモドロになっていると、彼が私を抱きしめてきた。

 

「俺と…付き合ってくれ」

 

「比企谷君…」

 

「NOなら突き飛ばしてくれ、YESなら…、抱きしめてくれないか…」

 

そ、そんなの、決まってるじゃない。

 

「比企谷君…」

 

「…おう」

 

「私は、それに対しての答えはYESしか持ち合わせていないわ」

 

彼の背中に手をまわす。

 

「私を比企谷君の彼女にしてください」

 

「ありがとう、雪ノ下。大好きだ」

 

「私も大好きよ、比企谷君」

 

 

………拍手が聞こえる。

『おめでとう』とか『お幸せに』とか言われてる。周りを見ると、大勢の人がこちらを見ている。は、恥ずかしい!!

 

「雪ノ下」

 

「え?」

 

「逃げるぞ」

 

「ええ」

 

比企谷君に手を握られてゲートに向かう。

 

「比企谷君」

 

「なんだ?」

 

「手…、離さないでね」

 

「当たり前だ。絶対に離さないからな」

 

 



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29話

比企谷君に送ってもらいマンションの下まで来た。

 

「じゃあ、またな」

 

ここで勇気を出さないと。

 

「比企谷君」

 

「ん?」

 

「その…、ウチでご飯食べていかない?」

 

「遅いけど、悪くないか?」

 

「大丈夫よ」

 

彼は少し考えると、携帯を取りだしてポチポチと操作をした。

 

「小町にメールした。ご馳走になるよ」

 

「ありがとう」

 

「俺がご馳走になるのに、なんで雪ノ下がお礼を言うんだ?」

 

「だって、私の料理を比企谷君に食べて欲しかったから」

 

「そ、そうか…」

 

二人で赤い顔をしながらマンションに入る。

 

鍵を回してドアを開けると…。

 

「雪乃ちゃん、おっかえり~」

 

…思わず閉めてしまった。

 

「おい、今雪ノ下さんの声がしなかったか?」

 

「た、たぶん、気のせいよ」

 

「そ、それなら、俺が見てみる」

 

そう言って比企谷君がドアを開けると。

 

「お兄ちゃん、何やってるの!」

 

凄い勢いでドアを閉めた。

 

「比企谷君、今小町さんの声が…」

 

「き、きっと幻だ。俺は小町大好きだから、幻まで見るようになったのかな?」

 

「比企谷君、二人で見てみましょう」

 

「おう」

 

そ~っとドアを開けて、二人で覗くと。

 

「ゆきのん、早く~」

 

「先輩、何をやってるんですか!早くしてください!」

 

由比ヶ浜さんと一色さんが…。

 

「雪乃ちゃん、比企谷君、ドアをバタバタやってると近所迷惑だから、早く入って」

 

「そうだよ、雪乃さん、ゴミぃちゃん」

 

私も比企谷君も状況が飲み込めない。

二人に手を引かれ部屋に入ると料理が並んでいた。

 

「こ、これは、何なのかしら…」

 

「ゆきのんとヒッキーの為のパーティーだよ。ふたりは付き合い始めたんだよね?」

 

「な、なんでそれを…」

 

「あそこまで、お膳立てして付き合ってなかったら、お姉さんガッカリしちゃうよ」

 

「そうだよ、ゴミぃちゃん」

 

「そうだよヒッキー」

 

「わたしと結衣先輩をフッて、雪ノ下先輩と付き合ってなかったら、殴るところでしたよ」

 

え?比企谷君が由比ヶ浜さんと一色さんを…。

 

「どういうことかしら?比企谷君」

 

「ちゃんと話す」

 

「…そう」

 

「それは、今夜お泊まりして、ゆっくり話す予定だから」

 

そう言って由比ヶ浜さんはバッグを持ち上げた。

 

「先輩のヘタレっぷりを雪ノ下先輩に教えてあげますから」

 

一色さんも同じようにバッグを見せてきた。

 

「それは小町も是非とも聞きたいですね」

 

小町さんもニシシと笑いながら、同じようにする。

 

「当然、お姉さんもね。比企谷君はご飯食べたら帰ってね」

 

に、逃げられないわね。

本当は、比企谷君に泊まっていってほしかったのだけど…。

 

「あっ!ゆきのん、今ヒッキーのこと考えた」

 

「えっ!」

 

「雪ノ下先輩、意外と顔に出てますよ」

 

「えっ!えっ!」

 

「お前ら、あんまり雪ノ下をイジメるなよ」

 

「あぁ~、ヒッキーが彼氏っぽいこと言ってる~」

 

「そりゃそうだろ。か、彼氏なんだから…」

 

「そこで、言いよどむ所が先輩なんですよねぇ」

 

「し、仕方ねぇだろ。今まで彼女なんて居たことねぇし、ついさっき彼氏彼女になったばっかりなんだから」

 

「その辺りは、ご飯を食べながらゆっくり聞きましょう。ね、雪乃お義姉ちゃん」

 

お、お義姉ちゃん!!

 

「小町も手加減してくれ」

 

「は~い、お姉さんお手製の料理だよ」

 

食事をしながら、今日のデートの内容や告白などを根掘り葉掘り聞かれた。

 

「じゃあ、俺はそろそろ帰る。あとは女子会?パジャマパーティー?…まぁ、ほどほどにしてくれ。雪ノ下もいっぱいいっぱいだから」

 

「…比企谷君、外まで送るわ」

 

「『八幡、行かないで!』」

 

「『そんなこと言うなよ雪乃。帰りにくいだろ』」

 

「雪ノ下さん、小町、やめてください」

 

「そ、そうよ。まだ名前でなんて…」

 

「え~、ゆきのん、ヒッキーのこと名前で呼ばないの?」

 

「じゃあ、私が先輩のこと名前で呼んでいいですか?」

 

「だから、雪ノ下をイジメるな」

 

「これくらいサービスしてよ」

 

「い、行くわよ、は、は、八幡」

 

は、恥ずかしい!!

 

「お前も無理すんなよ」

 

比企谷君が私の頭を撫でてくれてる。はぅ、これは気持ちいいわね。

 

「もう、見せつけてくれるね」

 

「お兄ちゃん、雪乃さんのこと大好き過ぎ」

 

「いろはちゃん、コーヒー飲みたいね」

 

「そうですね。雰囲気甘過ぎなんでブラックですね」

 

うぅ…。

 

「ほら、雪ノ下。送ってくれるんだろ?行くぞ」

 

「え、ええ」

 

玄関で彼を見送る。

 

「今日は楽しかったよ」

 

「私もよ」

 

「そうだっ!」

 

「どうしたの?」

 

「連絡先!」

 

「ごめんなさい、携帯を置いてきてしまったわ」

 

「じゃあ、頼む」

 

相変わらず、無用心に携帯を渡してくる。

 

「恋人にもこの対応なのね」

 

「うぐっ!すまん」

 

「まぁ、いいわ」

 

彼から携帯を受け取り入力する。少しだけ、イタズラをしてみる。

 

「はい、どうぞ」

 

「さんきゅ。後でメールでも…。おい」

 

「何かしら?」

 

「名前に(恋人)って…」

 

「事実じゃない。変えたらダメよ」

 

「そうだけど…。顔真っ赤にして、恥ずかしいならやるなよ」

 

「いいじゃない」

 

「じゃあ、俺のもそう登録しろよ」

 

「わかったわ」

 

「んじゃ、帰るわ」

 

「待って」

 

ここは、奥手な比企谷君の為に、私が…。

 

えいっ!

 

…チュ

 

「ゆ、雪ノ下、今なにを…」

 

「い、今は頬が精一杯…。次は貴方から…ね」

 

「やられっぱなしだな」

 

「貴方が私に勝てるとでも?」

 

「無理だな」

 

「そこは頑張りなさい」

 

「善処します」

 

「気をつけてね」

 

「ああ、おやすみ…、ゆ、雪乃」

 

ひ、比企谷君が名前で呼んでくれた!!

 

「お、おやすみなさい、は、八幡」

 

扉が閉まり、リビングに戻る。

 

「お帰り、雪乃ちゃん」

 

「ずいぶんと時間がかかりましたね」

 

「ヒッキーとおやすみのチューとかしてたの?」

 

「結衣先輩、先輩と雪ノ下先輩ですよ、それはまだですよ」

 

まだ女子会があったわね…。

 

 

 



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30話

比企谷君が帰った後、いろんな話をした。

私が比企谷君を好きだと認識した時のこと。生徒会長選挙のこと。折本さんのこと。そして、初デートと告白された時のこと。

一色さんと由比ヶ浜さんが比企谷君に告白してフラれたこと。でも、比企谷君の背中を押してくれたこと。

小町さんからは、比企谷君の黒歴史やトラウマ…。ここ最近の比企谷君の家での様子など。姉さんはうんうんと頷きながら、聞き役にまわっていた。

 

お風呂のタイミングになり、誰と誰が一緒になるかジャンケンで決めることになった。私は由比ヶ浜さんと、姉さんと小町さん。一色さんは一人…。一色さんは『雪ノ下先輩の美肌も結衣先輩の巨乳も拝めないなんて』とガッカリしていた。

 

小町さんと姉さんの後に私と由比ヶ浜さんが入ったのだが…。由比ヶ浜さんのソレは凶器だった。私だって遺伝的には…。

 

寝る時は、またジャンケンになったが、私と姉さんが一緒になった。

 

「雪乃ちゃん、起きてる」

 

「ええ」

 

「みんな、良い娘たちだね」

 

「そうね」

 

「私、安心した。雪乃ちゃん、周りを寄せ付けないようにしてたから心配だったんだ。でも、雪乃ちゃんは、比企谷君やガハマちゃん、一色ちゃんに会って変わった」

 

「そう…かしら…」

 

「うん、そうだよ。比企谷君が入部したばっかりのころに『人ごと世界を変える』って言ってたらしいじゃない」

 

…比企谷君、お説教ね。

 

「比企谷君言ってた。『雪ノ下が変える世界の第一歩は俺だと思った。大それたことは出来ないけど、俺は雪ノ下が変えた世界のひとつとして、アイツの力になってやりたい』って」

 

「…そう」

 

比企谷君、そんな風に…。

 

「修学旅行までは、そう思ってたけど、今は違うみたい」

 

「え?」

 

「『力になりたい』じゃなくて、『一緒に変えたい。隣に居たい』だって。雪乃ちゃんはどう?」

 

「世界…。そうね、力強い味方が沢山出来たから、変えられるかもしれないわね。特に私の隣に居てくれる彼には期待するわ」

 

「そっかそっか~」

 

「勿論、姉さんもよ」

 

「私も?私は私のやり方で世界を変えちゃう…。違うな。比企谷君風に言うと、私は魔王だから世界制服しちゃうかもよ」

 

「姉さんらしいわ。でも、利害が一致したら協力してね」

 

「もちろん!可愛い妹様だもの」

 

「なんか楽しそうな話してるね」

 

由比ヶ浜さんが入ってきた。

 

「私達も混ぜてください」

 

一色さんも来た。

 

「雪乃さんの『力強い味方』の中には小町も入ってますか?」

 

小町さんまで。

 

「勿論よ」

 

今夜はまだまだ眠れないそうにない。



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31話

「おはよう、比企谷君」

 

「…」

 

「おはよう、比企谷君。遂に耳まで腐ってしまって聞こえないのかしら?」

 

「いや、腐ってるのは目だけだから。この状況に驚いて声が出なかっただけだからね。おはよう、雪ノ下」

 

「よろしい」

 

「んで、なんで俺の布団の中に雪ノ下が居るか説明してもらえるか?」

 

「可愛い彼女が横に寝てるのが不満?」

 

「不満な訳ねぇだろ。寧ろ大満足だ。満足し過ぎて昇天しかけたまである」

 

「そう。朝食の準備が出来てるからリビングに来てもらえるかしら」

 

「了解。朝飯食いながら、色々聞きますかね」

 

比企谷君への寝起きドッキリが成功したわ。あの驚いた顔は良かったわね。なにより、寝顔が可愛いかった。何枚も携帯で撮ってしまった。なかなか起きないので頬にキスまでしてしまったわ。もう遠慮しなくていいのよね。

 

 

 

「すげぇ豪華な朝飯だな」

 

「そう?」

 

豪華なはずよ。張りきり過ぎて、予想以上の品数を作ってしまったのだから。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

「そういえば、ウチの家族は?」

 

「お義父さまとお義母さまは仕事へ行かれたわ。義妹(いもうと)の小町さんは友達と受験勉強だそうよ」

 

「今、家族の呼び方に『義』って文字が見えた気がするが…」

 

「そう?」

 

そのつもりで言ってるのだから。

 

「雪ノ下はなんで、俺ん家に居るんだ?」

 

「貴方に買い物に付き合ってもらおうかと思ったのよ。どうせ暇でしょ?」

 

「い、いや、録り貯めたアニメとかラノベをだな…」

 

「彼女が年末の買い物で重い物を持って歩いているのに、貴方はコタツでアニメ三昧なの?」

 

「慎んで、お供させていただきます」

 

彼に甘えて、こんな言い方をしてしまう。素直にならなくては…。

 

「ごめんなさい。本当は、貴方とその…、デートがしたいの…」

 

「よし!さっさと支度するぞ」

 

「ど、どうしたの、急に」

 

「彼女がモジモジしながら『デートしたい』とか言ったら行くしかないだろ」

 

「そ、そう…」

 

「おっと、違った」

 

「?」

 

「『可愛い彼女の雪ノ下が』だった」

 

「は、早く支度しなさい!」

 

そうやって不意討ちをするんだから…。

 

 

 

「んで、どこに行くんだ?」

 

「まずは、時計屋さんよ」

 

「時計屋?目覚ましでも壊れたか?」

 

「いいえ、違うわ」

 

「じゃあ、なんだ?」

 

「行けばわかるわ」

 

「さいですか」

 

彼と時計屋さんに入り、従業員に声をかける。

 

「雪ノ下ですが、注文した物は来てますか?」

 

「はい、少々お待ちください」

 

小さな紙袋を受け取り店を出る。

 

「終わりか?」

 

「えぇ、受け取りだけだったから」

 

「ほ~ん」

 

「中身、気になる?」

 

「それなりにな」

 

「あとで…ね」

 

「おう。で、次は?」

 

「ショッピングモールでも行きましょうか」

 

「はいよ」

 

洋服屋さんや雑貨屋さんを見てまわっていると、比企谷君の手が落ち着かない。…手を繋ぎたいのかしら?

 

「ゆ、雪ノ下…」

 

「何かしら?」

 

「その…手を…繋いでもでも…」

 

「ダメよ」

 

「そ、そうか…」

 

ガッカリした比企谷君の顔…。悪くないわね。次は驚いた顔になるかしら…。えいっ!

 

「なっ!なにを…」

 

「今日は手じゃなくて、腕を組みたいの」

 

「そ、そうか」

 

ガッカリしたり、驚いたり、恥ずかしそうだったり、百面相ね。

 

アクセサリーショップの前に来ると、ばつが悪るそうな顔になった。

 

「どうしたの?」

 

「は、早く行こうぜ」

 

そう言っていると、ニッコニコの店員が駆け寄ってきた。

 

「先日はありがとうございました」

 

「い、いや、あの、その、こちらこそ、どうも…」

 

比企谷君がシドロモドロになっている。

 

「上手く渡せたみたいでなによりです」

 

「あ、はい…」

 

「また、可愛い彼女さんとお立ち寄りください」

 

「その時は、またお願いします」

 

「彼女さんも、お似合いですよ」

 

お、おおおおおおお似合い!

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「で、では、失礼します」

 

「はい」

 

 

 

「比企谷君」

 

「はい」

 

「あのお店でこのネックレスを買ったの?」

 

「はい」

 

「そう…。今度は一緒に見てくれる?」

 

「もちろん」

 

その後も、色んなお店を見てまわる。

 

「雪ノ下、本屋寄ってもいいか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

「じゃあ、俺はラノベを見てくるから、後で入り口で…」

 

今日はデートなのに!

 

「イテテテテッ!間接をきめるな」

 

「今日はデートなのよ」

 

「じゃあ、一緒に見るか」

 

「よろしい」

 

比企谷君はライトノベルを手に取り物色している。

…表紙の女の子の胸が大きいのは気のせいかしら…。

 

ん?比企谷君が参考書のコーナーを見ている。

 

「参考書、買うの?」

 

「ん?いや、今日はやめとく。折角のデートの時に数式とか見たくないからな」

 

「数式?貴方、数学は捨てたんじゃないの?」

 

「あっ、いや、…それも含めて話をしたいことがあるんだが…」

 

「そう。では、今夜はウチに来なさい」

 

「…わかった」

 

ナチュラルに誘えたわ。食材も買い揃えてあるし、…男物の着替えも姉さんが置いていってくれたから大丈夫ね。

 

 

 

 

 

 

 

 



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32話

「ご馳走さま。すげぇ旨かった」

 

「お粗末様でした」

 

比企谷君に私の手料理を振る舞う。朝もだったけど、この部屋で食べてもらえたのが嬉しい。

 

「さすが雪ノ下だな。いいお嫁さんになる」

 

お、おおおおおおおお嫁さん!!

 

「ひ、比企谷君…」

 

「いや、違う。そうなれるってことで、俺と結婚とじゃ…でも、雪ノ下と結婚とか…」

 

「わ、私は比企谷君のお嫁さんになりたいわ」

 

「え?お、そ、そうか…」

 

な、何を言ってるのよ、私!!

 

「お、俺だって、ここまで好きになった雪ノ下が嫁さんになってくれたらと…思う」

 

「こ、紅茶、淹れるわね」

 

比企谷君が私を…。嬉しい。

 

まずは、比企谷君の話を聞かなくては。由比ヶ浜さんや一色さん、それに数学の話も…。

 

「どうぞ」

 

「さんきゅ」

 

「あ、あの、雪ノ下」

 

「何かしら?」

 

「ち、近いんですけど…」

 

彼の隣に座り、肩に頭を置いている。

 

「ダメ?」

 

「うぐっ!ダメじゃないです」

 

「そう」

 

「ちょっと真面目な話をするから、少しだけ離れてくれるとありがたいです」

 

「仕方ないわね」

 

肩から頭を離し、比企谷君の方を向く。

 

「えっと、だな…」

 

比企谷君の話を聞こう。ここに至った経緯を…。

 

「雪ノ下のことは、たぶん前々から好きだったと思う。いつからかって聞かれるとわからないが…。出会った時には、心惹かれてたのかもな」

 

「そうね、私もそうかもしれないわ」

 

「確信したのは修学旅行だ。皮肉なもんだよな」

 

そう…。彼は好きでもない人に告白をしてフラれた。何も知らなかった私と由比ヶ浜さんの為に。

 

「文化祭の後に平塚先生に言われたんだ『君が傷つくのを見て、痛ましく思う人間もいる事にそろそろ気付くべき』ってな。俺は知らず知らずのうちに雪ノ下や由比ヶ浜を傷つけていた」

 

平塚先生、そんなことを言っていたのね。

 

「海老名さんに告白した時に、雪ノ下の顔が浮かんだんだ。その時確信したよ、俺は雪ノ下が好きなんだと。そして、好きな人の前で何てことをしてしまったんだと」

 

「私もそうよ。なんで比企谷君の前に居るのは、私じゃないのって。比企谷君に告白されてるのは、どうして私じゃないのって」

 

「すまん…」

 

「ごめんなさい、そういうつもりで言ったのではないの。私もあの時に比企谷君が好きって確信に変わったのよ」

 

「…そうか。それで、あんな言葉を…」

 

そう、比企谷君のやり方を否定してしまった…。

 

「でもな、雪ノ下は俺のやり方を否定してくれたんだ」

 

え?

 

「俺自身を俺を否定しているんじゃないって思ったんだ。都合のいい解釈かもしれないがな」

 

「確かに、あのやり方は嫌いだったわ。あの時はあれしかなかったかもしれないけど…」

 

「だったら、雪ノ下が認めてくれる男になりたいと思ったんだ」

 

「…そうなのね。私は一色さんの依頼の時、環境を変えて生徒会で一緒に出来れば、貴方が自分を犠牲にしようとすることも減るだろうし、近くで止められると思ったのよ」

 

「そんな風に思ってくれてたんだな」

 

タイマーの音が鳴り、話が止まった。

 

「ん?何のタイマーだ?」

 

「お風呂よ。入るでしょ?」

 

「は?」

 

比企谷君が口をポカーンと開けている。

 

「お風呂、入らないの?」

 

「いや、帰るけど…」

 

ふっ、甘いわね。

 

「比企谷君、メール確認してみたら」

 

「何をした…」

 

メールを確認して、目をおおっている。

 

「何かメールが来てたかしら?」

 

「小町に根回しとかするなよ。『今夜は帰ってくるな』って…」

 

「あら大変。ウチに泊まる?」

 

「白々しいぞ」

 

「だって、素直に言っても泊まってくれるか不安だったから」

 

「も、モジモジするな、可愛いな俺の彼女!…はぁ、泊まるよ」

 

ふっ、チョロいわね。

 

「夜は長いのだし、ゆっくり話しましょう」

 

「あいよ」

 

 

 

 

 

 



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33話

おかしいわ。一緒にお風呂に入ろうと提案したはずなのに、何故か別々…。上手く丸め込まれた気がするわ。比企谷君風に言ってみよう。

 

「解せぬ」

 

「なんか言ったか?」

 

「ひぁ!な、なんでもないわ」

 

お風呂から出てきた比企谷君に声をかけられて、驚いてしまった。

 

「いいお湯だったよ」

 

「そう。では、私も入ってくるわ」

 

「おう」

 

「の、覗いてもいいのよ…」

 

「の、覗かねぇよ」

 

「見たくないの?」

 

「そ、そこ問題じゃなくてだな…」

 

「ふふっ、いつか、ね」

 

「ああ」

 

お風呂に入り、リビングに戻る。

 

「さてと、どこまで話したかな?」

 

「生徒会長選挙までね。思ったのだけど、貴方は選挙前に姉さんに会ったのかしら?」

 

「会ったよ。洗いざらいはかされた。修学旅行の件も生徒会長選挙のことも…。口には出してないけど、雪ノ下のことが好きだってこともバレてたと思う」

 

やっぱり…。

 

「ごめんなさい、姉さんが…」

 

「いや、いいんだ。雪ノ下さんは、雪ノ下のことをサポートしてくれたんだろ?」

 

「そうね、助言をくれたわ」

 

「やっぱり、あの人シスコンだわ」

 

「貴方がそれを言うのね…」

 

「話を戻すぞ。あの時、本当は別の方法も思いついたんだが、俺の脳内会議で即却下になった」

 

「貴方のことだから、応援演説でヘイトを集めるとか考えたのでしょ?」

 

「正解。だが、さっきも言ったがそれをやめた。どうするかと考えていた、雪ノ下が生徒会長に立候補すると言い出した。俺もサポートしたいが、悪評だらけだし力不足だと思った」

 

「だから、奉仕部に残ったのね」

 

「そうだ。少しでも力をつけてから、雪ノ下の隣に行きたかった」

 

「そうだったのね…」

 

「そうしたら、雪ノ下が思いの外グイグイ来たから…」

 

「あれは姉さんからの助言よ。二人とも面倒臭い性格だから、心の思うままにってね」

 

「なるほどな。雪ノ下さんの思惑通りか。やっぱりシスコンじゃねぇか」

 

「それで、数学に関してはなんなのかしら?」

 

「…言わないとダメですか?」

 

「ええ。言わないと、手を繋いであげないわよ」

 

「うぐっ!言うよ」

 

「よろしい」

 

「ゆ、雪ノ下と同じ大学に行きたくなったから…」

 

え?

 

「子供じみてる考えかもしれない。けど、同じ大学へ行って同じ景色を見たいんだよ」

 

「比企谷君!」

 

気がついたら、彼に抱きついていた。

 

「比企谷君、嬉しいわ」

 

「そ、そんなに喜んでくれるとは思わなかった」

 

「私だって、貴方と同じ大学にしようかと思ったのよ」

 

「そうか。でも、俺が雪ノ下の目標まで行く」

 

「でも、数学は大丈夫なの?」

 

「…鋭意勉強中です」

 

「私が見てあげるわ」

 

「それは心強い」

 

…比企谷君と話が出来て安心したら、眠…く…なって…

 

「雪ノ下、寝るか?」

 

「そうね」

 

「じゃあ、俺はこのソファーで…」

 

「比企谷君…」

 

「なんだよ、両手伸ばして」

 

「抱っこ」

 

我ながら、子供っぽいのはわかっている。けど、彼に甘えたい。

 

「いや…」

 

「早くして」

 

「仕方ねぇな」

 

比企谷君、お姫様抱っこしてくれている…。最高の気分ね。

 

そのまま寝室へ。

 

「じゃあ、俺はソファーへ…」

 

「何を言ってるの?早く布団に入って」

 

「いやいやいや」

 

「ダメ?」

 

必殺の上目遣いよ!

 

「…わかったよ」

 

チョロいわね。

 

 

 

眠いわ…。もうひとつだけ甘えたい。

 

「八…幡……、おやすみの…キスを…して…」

 

『おやすみ、雪乃』という比企谷君の声とおでこへのキスの感触を最後に眠りについた。



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34話

目が覚めたら比企谷君の腕の中に居た。…幸せ。

いつまでもこうしていたいけど、朝食の準備をしないといけない。

起きようとしたら、彼が起きてしまった。

 

「ん…。おはよ」

 

「おはよう、比企谷君。ごめんなさい、起こしてしまって」

 

「いや…大丈夫だ…」

 

まだ眠そうね。どうせ、手を出そうか悩んで眠れなかったのでしょう。結局何もされなかったけど…。

 

「もう少し寝ていても大丈夫よ。朝食が出来たら、起こしに来るわ」

 

そう言って彼の頬にキスをして寝室を出る。

 

…ちょっと、やり過ぎかしら。

 

朝食の準備をしていると彼が起きてきた。

 

「なんか手伝う…」

 

少しトロンとした表情の比企谷君もいいわ。

 

「もう出来るから、顔を洗ってきたら?」

 

「そうさせてもらうわ」

 

テーブルにトーストやサラダを並べていると彼が戻ってきた。

 

「お、うまそうだな」

 

「そうかしら?」

 

「雪ノ下が作ったってだけで、旨いのは確定なんだがな」

 

「そ、そう。いただきましょう」

 

「ああ」

 

朝食を食べ終えて一息つく。ずっとこうしていたいけど…。

 

「そろそろ帰るわ」

 

「そうね」

 

これを彼に渡さなければ。

 

「比企谷君、これを受け取ってもらえないかしら」

 

「これ…、時計屋でもらってた…」

 

「本当はクリスマスに渡すつもりだったのだけど、遅くなってしまって、ごめんなさい」

 

「い、いいのか?」

 

「勿論よ」

 

その場合で包みを開けてもらう。

 

「腕時計…か」

 

「あの…、女性から男性に時計を贈るのって重いと思ったのだけど…、貴方と一緒に時を刻みたいと…」

 

自分がしている腕時計を見せる。彼に渡しのは、私がしている腕時計のメンズタイプ。我ながらお揃いとか子供っぽいと思ったが、彼との繋がりが欲しかった。

 

「すげぇ嬉しいよ、ありがとうな」

 

「よかったわ、喜んでもらえて」

 

彼を玄関まで送ると…。

 

「そうだ、初詣!元旦って空いてるか?」

 

彼が初詣に誘ってくれている。嬉しい。

 

「家族で新年の挨拶して、午後は空いてるわ」

 

「じゃあ、みんなで…」

 

えっ…。二人でじゃないのね…。

 

「本当は二人でと思ったんだがな。由比ヶ浜や一色も大切な…

あ~、その、と、友達…だろ?雪ノ下か俺と付き合いはじめて疎遠になったなんてイヤだからな」

 

比企谷君はやっぱり優しい。そういうことも考えていてくれる。

 

「じゃあ、みんなで行きましょうか」

 

「おう、そうだな」

 

初詣の約束をして、彼は帰っていった。

 

 

 

 

 

「なんで、雪ノ下が俺ん家の台所で昼飯作ってるんだ?」

 

「数学の勉強するって約束したでしょ」

 

してやったりね。

 

 

 

 



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35話

大晦日から実家に戻り、今日は元旦。着物を着て午前中は家族で過ごす。午後は比企谷君とみんなで初詣に行く。そんな話をしたら父が車で送ってくれると言ったのだが、初詣の道路規制で近くまで行けないので断った。そんな話を聞いていた母から、出かける時に『比企谷君によろしく』と言われた時はゾクッとした。比企谷君が来るのは明後日だ…。楽しい気持ちが一転して暗くなってしまった。

 

待ち合わせの場所に着くと、もう比企谷君が待っていてくれた。まだ30分も前なのに。

 

「ごめんなさい、待たせてしまって。明けましておめでとうございます」

 

「おめでとさん。俺も着いたばかりだ」

 

彼の手を握ると冷たい。

 

「嘘つき」

 

「うぐっ。30分ぐらい待ちました」

 

「そんなに早く来なくてもよかったのに」

 

「そりゃ、まあ、色々と…」

 

「色々って、何?」

 

「ゆ、雪ノ下に早く会いたかったし、雪ノ下を一人にしたらナンパとかされそうで…」

 

もう!この人は…。

 

「私も、早く会いたかったわ」

 

「そ、そうか」

 

相変わらず、攻めに弱い。

 

「ゆ、由比ヶ浜達は、ま、まだかな?」

 

彼の隣に立ち手を握る。

 

「お、おい、アイツ来たら…」

 

「…来るまで…ね、お願い…」

 

「わかったよ」

 

ほぼ時間通りに由比ヶ浜さんと一色さんが来た。

 

「ヒッキー、ゆきのん、あけおめ~!」

 

「おめでとうございます、先輩、雪ノ下先輩」

 

「あけましておめでとう」

 

「おめでとさん。じゃあ、行くか」

 

「ヒッキー」

 

「なんだ?」

 

「私達が来たからって、あわてて手を離さなくてもいいんだよ」

 

「あっ、いや、それは…」

 

「はいはい、ラブラブですね、お二人は」

 

由比ヶ浜さんも一色さんも目ざといわね。

 

お参りを済ませて時間を確認する。まだ帰るには時間が早い。

 

「この後はどうしましょうか?」

 

「あん?そうだな…」

 

比企谷君が時間を見ると。

 

「あー!ヒッキーとゆきのん、時計がお揃いだ!」

 

「本当です!いつの間に…」

 

「あっ、いや、それは、ほら…」

 

いつもながら、シドロモドロになる比企谷君、可愛いわ。

 

「これは話を聞かない訳にはいかないね」

 

「そうですね、結衣先輩」

 

「はぁ、わかったよ。俺ん家でいいか?」

 

「ほえ!ヒッキーがあっさりしてる」

 

「先輩なら、もっとゴネルと思ってました」

 

確かにそうね。

 

「小町もお前らが来ると喜ぶたろうしな」

 

「やっぱりシスコンだ」

 

「シスコン先輩」

 

「シスコン谷君」

 

「くっ!なんとでも言え」

 

「私、一回帰って着替えるね」

 

「そうなのか?」

 

「着物って、胸が苦しくて」

 

「結衣先輩、私もです。雪ノ下先輩…ヒッ!」

 

「一色さん…」

 

「な、なんでもないです」

 

わ、私だって、比企谷君に触ってもらうようになれば…。

 

「と、とりあえず、先にヒッキーの家行ってて」

 

「で、では、後程…」

 

逃げたわね…。

 

「雪ノ下は着替えなくていいのか?」

 

「ひ、比企谷君まで、そういうことを言うの…」

 

「ち、違う、雪ノ下はスレンダーで俺好みであって、決して揶揄した訳ではない。俺は着物が似合う雪ノ下が大好きだぞ…あ」

 

も、もう!

 

「私のこと、好き?」

 

「だ、大好きです…はい」

 

「俺たち、道の真ん中で何やってんだ!」

 

はっ!周りに人が…。恥ずかしい。

 

「ひ、比企谷君、早く行くわよ」

 

「お、おう。だが、雪ノ下も着替えることをオススメするぞ」

 

さっきは『着物が似合う雪ノ下が大好き』って言ってたのに…。

 

「ほら、カマクラが…。猫の毛を気にしてモフれないぞ」

 

「そ、そうね」

 

一旦着替えて、比企谷君の家に集まった。小町さんも友達との初詣を終えて帰って来ていた。ご両親は親戚の家で飲んでるので、帰宅は夜になるとのこと。みんなでマリパー?をしたり、お菓子を食べたりして楽しい時間を過ごした。腕時計のことも根掘り葉掘り聞かれたわ…。

 

帰る前に由比ヶ浜さんが、『来年はヒッキーと二人で初詣行ってね』と言ってくれた。ありがとう、由比ヶ浜さん。

 

帰りは比企谷君が駅まで送ってくれる。

 

「なぁ、雪ノ下」

 

「何かしら? 」

 

「明後日なんだがな…」

 

「ええ」

 

「…認めてもらおうな」

 

「…勿論よ」

 

私はこの先、比企谷君と共に前に進みたい。だから、明後日はなんとしても認めてもらわないと。

 



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36話

1月3日…。今までで一番気分の重い誕生日になってしまった。

 

午後から彼を迎えに行き、実家の玄関前に立つ。

 

「着いた…。着いてしまった…」

 

「比企谷君、大丈夫?顔色が悪いわよ…。ごめんなさい、いつもだったわね」

 

「おい、ゾンビじゃねぇからな」

 

いつも通りの受け答え。少しは気持ちがほぐれてかしら?

 

「ありがとな、雪ノ下」

 

「いつも通りの貴方で大丈夫よ」

 

「本当かよ…」

 

「でも、自己犠牲はダメよ」

 

「わかってるよ。俺は雪ノ下と前に進むって決めたんだから」

 

彼が手を握ってくれる。それが何より心強い。

 

「ひゃっはろ~、お二人さん」

 

「姉さん」

 

「お母さんはお待ちかねだよ」

 

「わかってるわ」

 

「私は同席出来ないけど、大丈夫?」

 

姉さんが苦しそうな顔をしている。

 

「だ、大丈夫よ」

 

「雪ノ下」

 

「何かしら?」

 

「手、痛いんですけど…」

 

「ごめんなさい!」

 

緊張で手を強く握り過ぎてしまったわ。

 

「大丈夫だよ。たぶん、知らんけど…」

 

「こんな時くらい、言い切りなさい」

 

「それだけ言えれば大丈夫だ」

 

「そうね」

 

「じゃあ、行くか」

 

「ええ」

 

応接室まで来ると、姉さんが扉をノックする。中から『どうぞ』と言う母さんの声が聞こえた。

 

「私はここまで。二人とも、がんばってね」

 

姉さんが苦い顔をする。

 

…比企谷君が何か思案しているみたい。

 

「比企谷君?」

 

「なんでもない」

 

応接室に入ると、母さんが待ちかまえていた。

 

「比企谷さん、その節は大変なご迷惑をお掛けしました。お加減はいかがですか?」

 

「いえいえ、もう済んだことなので、お気になさらないでください。ケガもこの通りになんともありません」

 

「では、今回の話は事故とは無関係としてよろしいですか?」

 

威圧感を与えるような声色…。

 

「構いません」

 

比企谷君も、家の前で不安そうにしていた時とは一変して、引き締まった顔をしている。普段から、こうしていれば、さぞかしモテるでしょうね。

 

ソファーに座り、母さんが紅茶を一口。そして話はじめた。

 

「まず、二人はお付き合いをしているという認識でかまわないのかしら?」

 

「はい」

「はい」

 

「まず、雪乃」

 

凄い威圧感…。

 

「はい」

 

「陽乃から送られてきた写真。あれは何ですか?」

 

「あ、あれは…」

 

「はっきり言いなさい」

 

「比企谷君のお宅に泊めていただいた時に寝ぼけて比企谷君の布団へはいってしまいました…」

 

「嘘はないですね?」

 

「はい」

 

「まあ、仕方ないでしょう」

 

追及してこない?何故?

 

「比企谷さん」

 

「はい」

 

「貴方は雪ノ下の娘と付き合うという認識はありますか?」

 

「認識とは?」

 

ひ、比企谷君…、もっと聞き方があるでしょ。

 

「うちは、建設会社で主人は県議会議員をしています」

 

「そうですね」

 

「貴方のお宅はいかがですか?」

 

「うちは、普通の中流家庭だと思いますよ」

 

「そう。そこまでわかっているなら、これ以上言わせないでいただけるかしら?」

 

つまり、付き合うなと、別れろってこと…。

 

「それは、別れろってことですか?」

 

「比企谷さんが、そう捉えるのら、そうなのでしょう」

 

「お断りします」

 

ひ、比企谷君!

 

「雪乃、わかるわね」

 

比企谷君は覚悟を決めている。私だって、比企谷君と一緒に居たい。

 

「母さん、私は比企谷君と別れるつもりはありません」

 

「何故ですか?貴方には名のある家から、それこそ隼人君のようは人と雪ノ下の一翼を担ってもらわなければなりません」

 

「比企谷君は、私を『雪ノ下家の次女』でも『雪ノ下陽乃の妹』でもなく、『雪ノ下雪乃』を見て好いてくれているんです。今まででそんな人はいなかった。たぶん、これからも…」

 

「それだけですか?」

 

母さんの威圧感が更に増した気がする…。比企谷君を見ると口角が上がってる…。

 

「いえ、違いますよ」

 

比企谷君の一言を聞いて母さんの口角も上がった…。何が起こるの…。

 

 

 



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37話

「ここまで発展した会社経営をしていて、そんな前時代的な思考をしている方とは思えません。それに…」

 

「それに?」

 

「雪ノ下…、雪乃さんとソックリな和風美人な顔立ちなのに、今は何かを企んでる雪ノ下さん…、陽乃さんみたいな仮面をしている…。まるで、俺たちを試しているような」

 

え?娘の私でもそんな感じは受けないのに…。

 

「さすがですね、比企谷さん。よくわかりましたね」

 

えっ!

 

「どうも。大方、陽乃さんの悪巧みでしょうかね」

 

「どうして、そう思われるのですか?」

 

「あの人、相当なシスコンですからね。俺たちへの最終試験といったところでしょうか」

 

母さんがひとつ間を置いた。

 

「雪乃」

 

母さんがこちらに微笑みかけてきた。

 

「はい」

 

「良い人を見つけましたね。そして、良い人に見つけてもらいましたね」

 

「母さん…」

 

「さて、ざっくばらんに話しましょうか」

 

「え?」

「え?」

 

私も比企谷君も間抜けな声を出してしまった。

 

「葉山さんの息子の隼人君がクリスマスの前に彼女を連れて来たって奥様から聞いてね。陽乃は大丈夫かもしれないけど、雪乃はこんな性格だから、彼氏とか出来なかったら最終手段は隼人君にお願いしようと思っていたから困ってしまって…。そしたら陽乃が雪乃にも良い人が居るって言って。あの写真が送られてきた時は嬉しくて…」

 

か、母さんが止まらない!

 

「か、母さん!」

 

「何かしら?今、いいところなんですから」

 

「いえいえ、どうしたんですか!?」

 

「どうもしませんよ。貴方が(義理の)息子候補を連れて来たのが嬉しいのよ」

 

「な、なんか小町っぽい」

 

「妹の小町さんね。よく出来た可愛い妹さんね」

 

「こ、小町を知ってるんですか!」

 

「ええ。クリスマスに陽乃が連れて来たので。兄思いの妹さんでしたよ。ええと、こういう時は…『お母さん的にポイント高い』でいいかしら?うふふ」

 

比企谷君が 呆然としている。私がしっかりしないと!

 

「ど、どういう心変わりなんですか?」

 

「心変わりではありません。自分で言うのもおかしいですが、昔は天真爛漫・おてんば娘でした」

 

「か、母さんが?」

 

「私は県議会議員の妻として、雪ノ下建設を取り仕切るモノとして、娘二人を育てる母として、自分にも家族にも厳しくしてきました。そんな仮面をつけていれば誤解が生じても仕方ありません」

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

「雪乃が家を出てから悩みました。厳しくし過ぎたのではないかと…。主人に言われました。『娘を嫁に出すの辛いが、彼氏も出来ずに独身でいられるのはもっと辛い。そんなんじゃ陽乃も雪乃も彼氏を連れてこれない』と…」

 

「確かに、比企谷君を連れて来るのは戸惑いました」

 

「陽乃は高校卒業する頃に、この仮面に気がつきました。すると、のらりくらりとしている感じを装い、言葉の裏や背景を読んで行動するようになりました」

 

確かに、今のようによう振る舞いは大学生になったころに顕著になったわ。

 

「雪乃は今でも真面目過ぎて、言葉を額面通りに受け取ってしまいます」

 

「確かに、俺もそう思います」

 

「陽乃のようになれるとは思ってはいません。ならなくてもいいのです。例え姉妹でも別の人間なんですから」

 

母さんは、そんなふうに思ってくれていたのね。

 

「聞けば比企谷さんは、物事へのアプローチがかなり斜めだとか」

 

「うぐっ。そ、それは否定出来ません」

 

「雪乃のような正攻法では、上手くいかない場合も多くあります。だからといって、比企谷さんのような搦め手ばかりでもダメです」

 

「はい」

「はい」

 

「二人で力を合わせるのですよ」

 

「母さん…」

 

「二人の交際に異論はありません。比企谷さん、雪乃のことよろしくお願いします」

 

「はい」

 

力が抜けるのがわかる。

 

「お茶、いただきます。喉カラカラで」

 

「あら、緊張していのですね」

 

「それはしますよ」

 

比企谷君も力が抜けたようだ。

 

「ところで、孫はいつですか?」

 

「げほっげほっ!」

 

「か、母さん!!」

 

「冗談ですよ」

 

何、『してやったり』みたいな顔をしているんですか!

 

「比企谷君、大丈夫?」

 

「ビックリした…」

 

「孫は楽しみにしていますが、学生のウチは節度をもってくださいね」

 

「は、はぁ、肝に命じておきます」

 

「しかし、親子というのは、こんなところも似るんですね。ウチの人の若いころにソックリ」

 

「父さんも目が腐ってたんですか?」

 

「おい、目の腐りかよ」

 

「ええ。若い頃は世の中を斜めからしか見てなかったですからね。ある意味、政治家向きだったのでしょう」

 

「俺は清廉潔白なイメージがあるんですけど…」

 

「政治の世界は魑魅魍魎だらけなんですから、そういう部分がないと務まらないですよ。比企谷さんんは政治家向きかもしれませんね。ウチの人が引退したら地盤を継ぎますか?」

 

「か、考えておきまふ」

 

「ふふふっ、冗談ですよ」

 

「雪ノ下、どこまでが冗談かわからなくなってきた」

 

「わ、私もよ」

 

 

 




う~ん、書き直しするかも…


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38話

「さて、二人の交際に関しては問題ない…。いえ、望ましいことなのですが、二人とも進路はどうするんですか?」

 

確かに、高校二年の冬にもなれば避けて通れない話題。

 

「私は国立理系に」

 

「俺もです」

 

「はて?比企谷さんは専業主夫希望では?」

 

何故、母さんが知っているの!!

 

「陽乃から聞きました」

 

「心を読まないでください。雪ノ下家はエスパーだらけかよ」

 

「比企谷さんが顔に出やすいからですよ」

 

「そうですかね…」

 

比企谷君が微妙な顔をしていると扉をノックする音がした。

 

「ひゃっはろ~♪紅茶のおかわり持ってきたよ」

 

「陽乃、ご苦労様です。貴方もそこに座りなさい」

 

「は~い」

 

姉さんも座り、改めて母さんが話を始めた。

 

「これは、お父さんからの意見です」

 

また緊張してきたわ。

 

「二人にも、二人のパートナーとなる男性にも政治家は強要しないそうです」

 

「え!」

「え!」

「え!」

 

どういうこと…。姉さんか私が議員になるものだとばっかり…。

 

「この御時世に、建設会社の人間が議員をやっていると世間的によくないし、何よりもこんな苦労はさせたくないそうよ」

 

初めて知った…。父さんがそんなふうに考えていたなんて…。

 

「それと、会社も継がなくてもいいです。貴方たちがやりたいことをやりなさい」

 

「ちょ、ちょっと、お母さんどういうこと!?」

 

姉さんが狼狽している。私だって混乱しているのだから。

 

「私とお父さんで相談したんだけど、私もお父さんも議員や会社に縛られていて、娘達に同じ道を歩ませるのはどうかと思ってね」

 

「わ、私はどうすれば…」

 

姉さんが途方にくれている。私も目標を失ってしまった。

 

「別にダメとは言っていませんよ。議員になりたい、会社を継ぎたいというのであれば、そうしなさい。協力もしますよ」

 

「わ、私は…、議員になるつもりでいたから…」

 

姉さんが力なく言葉を発した。

 

「陽乃、まだ時間はあります。陽乃のやりことをやりなさい」

 

「はい」

 

「雪乃はどうですか?」

 

「わ、私は会社を継がされると思っていたので…」

 

会社の…、『雪ノ下』の駒にされると思っていた…。

 

「そう…。でも、貴方の好きなようにしていいのですよ」

 

「…はい」

 

やらされてる、そうするしかないと思っていたけれど、目標ではあった。目標を失った私はどうすれば…。

 

「何、下向いてんだよ、雪ノ下」

 

え?

 

「『雪ノ下雪乃』がそんなことでどうする」

 

あの時と同じように私を鼓舞してくれている。いいえ、あの時とは違うとても優しい顔。

比企谷君が私の手に手を重ねてきた。

 

「えっと、なんだ、ほら、その…、今は俺も居るし…」

 

赤い顔をしながら私に伝えてくれている。

 

「そうね、今は貴方が居てくれる…」

 

重ねてくれた手を握り返す。今の彼の目は『腐ってる』とか『濁っている』とか言われてるものとは違う、とてもキレイな目だ…。

 

「二人とも、私とお母さんが居るしことを忘れてない?」

 

はっ!いけないわ!

 

「ふふふっ。比企谷さんと、ゆっくり考えなさい」

 

「…はい」

 

は、恥ずかしい!!

 

 

 

 

 



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39話

「あ~あ、雪乃ちゃんと比企谷君のせいで深く考えるのがバカバカしくなっちゃった」

 

軽く伸びをしながら。姉さんが続ける。

 

「お母さん、私もゆっくり考えさせてもらうよ」

 

「そうしなさい」

 

部屋の空気が軽くなったところで、母さんがポンと手を叩いた。

 

「さて、夕食の支度をしましょうか。比企谷さんも食べていかれるでしょ?」

 

「あ、いや、家で小町も待ってますし…」

 

「あら、そう?」

 

そんなやりとりをすると、携帯電話を取りだし「失礼します」と一言言うと、何処かへかけている。

 

「もしもし、小町さん?先日はどうも。今ね、貴方のお兄さん、そう八幡さんが来ているのだけど、…そうね、うふふ。それで夕食を食べていってほしいって言ったら貴方が心配みたいで…。そんなこと言ってはダメよ、いいお兄さんじゃない。…あら、じゃあ小町さんもどうかしら?…そう、じゃあ陽乃を迎えに行かせますから。はい、失礼します」

 

え?小町さんと電話番号を交換していたの?

 

「比企谷さん、小町さんもこちらに来るので遠慮なく食べていってください」

 

比企谷君が呆然としているわ。

 

「陽乃も聞いていましたね?」

 

「じゃあ、小町ちゃん迎えに行ってくるね~」

 

姉さんが部屋を出ると、比企谷君が再起動した。

 

「す、すいません、妹まで…」

 

母さんが、とても優しい顔になった。

 

「大事な家族なのでしょ?」

 

「はい、俺には勿体無いぐらい出来た妹です」

 

比企谷君もなんだか嬉しそう。

 

「では、料理の支度をしましょうか」

 

「では、私もお手伝いを…」

 

「雪乃、貴方は比企谷さんのお相手を。比企谷さんを一人にするつもりですか?」

 

比企谷君を見ると、目が『一人にしないでくれ』言っているようだったので。

 

「わかりました。では、部屋で待たせていただきます」

 

「できたら呼びに伺います。夕食にはあの人も帰るでしょうからね」

 

父さんも帰ってくるのね。

 

「ゆ、雪ノ下、もしかして、お、お父さんにも会うのか?」

 

「そうなるわね」

 

比企谷君の顔がみるみる青くなる。

 

「大丈夫よ、父さんは私に甘いから」

 

「そ、そうか」

 

少し安心したかしら。

 

「それに、私が文句を言わせませんから」

 

か、母さん…。

 

 

部屋に入りベッドに腰掛けると力が抜ける…。

 

「あ、あの、雪ノ下?」

 

比企谷が所在無さげにキョロキョロしている。

 

「あら、女の子の部屋を舐めまわすように見て。通報するわよ」

 

「いや、見てないからね。あれ?親公認の彼氏じゃないの…」

 

いつものようなやりとりをして、ベッドの私の隣をポンポンと叩くと、すこしそわそわした感じで座った。

 

「どうしたの?挙動不審よ。やっぱり通報した方が…」

 

「やめてください、お願いします」

 

軽く頭を下げたあと、ポリポリと頬をかいて明後日の方を向いてしまった。

 

「どうしたの?」

 

「いや、小町以外の女の子の部屋って入ったことないから…」

 

そんな言い方されると、嬉しくなってしまう。

 

「そう、私の部屋が初めてなのね」

 

「そりゃそうだ。ボッチ舐めんな」

 

「今はもうボッチではないでしょ?」

 

彼の手を握る…。すごく安心する。

 

「そうだな。俺も雪ノ下もボッチじゃねぇな」

 

また名字で呼んだ。

 

「『雪乃』って呼んでくれないの?」

 

ここは上目遣いで。

 

「うぐっ!ゆ、雪乃…」

 

「良くできました、八幡」

 

彼の肩に頭をのせる。ちょっとビックリしたみたいだけど、すぐに私の頭を撫で始めた。

 

八幡の鼓動の音と秒針の音しか聞こえない。静かに時間が過ぎていく…。

 

不意に八幡が声をかけてきた。

 

「なんか、すげぇ誕生日になっちまったな」

 

「母さんと話を始めるまでは、最悪の誕生日だと思っていたけど…」

 

「今は?」

 

「最高の誕生日よ」

 

「そうか」

 

もう、何も遠慮はいらない…。心の思うままに…。

 

「ねぇ、八幡」

 

「ん?なんだ?」

 

「私、誕生日プレゼントに欲しいモノがあるの…」

 

「え?あんまり高いモンは勘弁してくれ。っていうか買っちまったぞ」

 

「お金はかからないわ。でも、貴方からしか貰えないモノよ」

 

そう言って、彼の方を向き目を閉じた。

 

「お、おい…」

 

「本当なら、貴方からしてほしかったのだけど…」

 

「そ、それはだな…」

 

「私に恥をかかせる気かしら?」

 

「…わたかった」

 

彼の唇と私の唇が触れる。こんなにも満たされるものなのね

 

「雪乃ちゃ~ん!比企谷君!ご飯が…出来…た…よ」

「雪乃さん!お兄ちゃん!呼びに来た…よ」

 

 

 

 



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40話

ファーストキスを姉と義妹(予定)に見られるという、この上ない恥ずかしい体験の後、食堂に向かっている。隣で「死にたい…」って言ってる八幡には、キスのやり直しを要求しましょう。

 

食堂に入ると配膳はほぼ終わって、父さんは席に座って待っていた。私たちが来たことに気がつくとこちらへ来た。

 

「雪乃、お誕生日おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

「比企谷君も、よく来てくれたね」

 

「ひ、比企谷八幡です。ほ、本日はお招きいただき、ありがとうございます。それに妹まで呼んでいただいて…」

 

「妹の小町です」

 

二人とも緊張している…。

 

「いやいや、気にすることはない。こういう日は賑やかな方がいい」

 

「そ、そう言っていただけると助かります」

 

奥から母さんが声をかけてくる。

 

「そんなところで立ち話なんていてないで、座ってもらってください」

 

「おお、そうだな。比企谷君は飲めるのかね?」

 

「い、いえ、未成年なので…」

 

「そうか、残念だな。二十歳になったら、相手をしてくれるかね?」

 

「俺で、良ければ」

 

「是非頼む。娘を晩酌に付き合わせる訳にはいかないからな」

 

父さんは、本当に反対していないのね。むしろ、歓迎しているくらい。

 

「雪乃、誕生日おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

「では、乾杯!」

 

「「「「乾杯!!」」」」」

 

父さんの合図で乾杯し、食事が始まった。

 

…何故か八幡が父さんに捕まっている。どうやら千葉について語っているらしい。

 

「比企谷君、君の千葉愛は素晴らしい!私の地盤を継いで議員をやらんかね?」

 

「アナタ!」

 

「おお、そうだった。すまんな」

 

「い、いえ、大丈夫でふ」

 

「なら、ウチの会社はどうだ?」

 

「アナタ!」

 

「いや、これは強要ではなく選択肢のひとつとして考えてほしい。どうかね?」

 

「わかりました。考えておきます」

 

すると、姉さんが。

 

「お父さん、比企谷君をそろそろ雪乃ちゃんに返してあげて。寂しそうだよ」

 

「わ、私は別に…」

 

「そんなこと言わないの。ね、雪乃ちゃん」

 

そ、そうよね。もう恥ずかしがることはない。

 

「は、八幡…と、隣に…」

 

「お、おう」

 

姉さんと小町さんがニヤニヤしているわ…。

 

「それから、雪乃。帰ってきませんか?」

 

母さん…。今なら帰っても…。

 

「ダメだよ、お母さん。せっかく比企谷君と付き合い始めたのに、イチャイチャできないじゃん」

 

い、イチャイチャ!八幡とイチャイチャ!そ、それは、いいわ。

 

はっ!八幡以外が私を見てニヤニヤしてる…。八幡は…、真っ赤になって俯いてる。

 

 

 

 



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最終話

晴れて、両親公認の交際となった私の誕生日も終わり、冬休みは順調に過ぎていった。

主に比企…、こほん。八幡の数学に費やした冬休みだったが、好きな人と過ごす時間はあっという間だった。

 

冬休みが終わり三学期が始まった。始業式とHRが終わり、私は2-Fへ向かった。そう、八幡のクラスだ。だか、八幡に用事があるわけではない。そ、それは、少しでも早く顔は見たいけど…。

 

2-Fに着くと、そそくさと逃げるように教室を出ようとする八幡とドアの前で出くわした。

 

「よ、よう…」

 

「こんにちは、八幡」

 

「はち、いや、名前呼び…は…」

 

「あら、彼女に名前呼びされて、どうして動揺しているのかしら?」

 

2-Fがざわついている。

 

「ほら、目立っちゃうだろ」

 

「まぁ、いいわ。貴方に用があるわけではないから」

 

「そ、そうか…」

 

明らかに、しゅんとしている八幡、可愛いわ。そっと耳打ちをする。

 

「部室で待っていて」

 

「お、おう…」

 

八幡と交代するように、由比ヶ浜さんが来た。

 

「ゆきのん!」

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

「ヒッキーに会いに来たの?」

 

ニヤニヤしながら由比ヶ浜さんが言ってきたが

 

「残念ながら違うわ。三浦さんを呼んでもらえるかしら?それと、今日は生徒会はないわ」

 

「わかった。優美子ね、ちょっと待ってて」

 

由比ヶ浜さんに三浦さんを呼んでもらい廊下へ。

 

「なんだし」

 

「聞いたわよ、葉山君とお付き合いを始めたのね」

 

「な、なななな!」

 

顔が真っ赤よ、三浦さん。

 

「ウチの母から聞いたわ。葉山のおば様がウチの母に『息子に彼女が出来た』って自慢したらしいわよ」

 

「そ、そうなんだ…」

 

「私も正式に八幡…、比企谷君とお付き合いしているわ」

 

「よかったじゃん」

 

「それは、お互い様よ」

 

「ふふふっ。そだね」

 

「三浦さんとは、少し仲良く出来そうな気がしてきたわ」

 

「ん、あーしも」

 

二人で笑いあい、その場を後にした。川崎さんが落ち込んでたわね。でも、八幡は譲らないわ。

 

部室に向かう。

 

「ごめんなさい、待たせてしまって」

 

「ん?気にするな。問題集やってたから」

 

今日、ここで二人っきりになったのは、話したいことがあったのだ。

 

「ねぇ、八幡」

 

「どうした、改まって」

 

「私ね、なりたかったモノを思い出したの」

 

彼は問題集を閉じてこちらに向いた。

 

「小さい頃、親戚の結婚式でとても綺麗な花嫁さんを見たの。その時、花嫁さんに花束を渡したんだけど、その時に『私も花嫁さんになれる?』って聞いたの。そしたら『雪乃ちゃんなら、きっと素敵な彼が素敵な花嫁さんにしてくれるわ』って…」

 

八幡は黙って聞いてくれている。

 

「八幡、私を素敵な花嫁さんにしてくれる?」

 

彼は恥ずかしそうに頬をかきながら

 

「俺…、雪ノ下のお父さんが『ウチの会社に』って言ってくれただろ?その話、受けてみようと思うんだ」

 

目線を泳がせながら、彼は続けた。

 

「たぶん、就職したら『雪ノ下の次女の男だから』とか言われると思う。だけど、それをねじ伏せて、胸張って雪乃に改めてプロポーズしようと思う」

 

今度は私の目をしっかりと見て、言ってくれた。

 

「そして俺は雪乃を誰もが羨む、そしてみんなが祝福してくれる花嫁さんにしてやる」

 

「八幡!!」

 

私は彼の胸に飛び込んでいた。

 

「約束よ」

 

「あぁ、約束だ」

 

「ふふっ」

 

思わず、笑ってしまった。

 

「んだよ」

 

「以前の貴方なら、『そんな先の約束はできねぇ』とか言いそうだから」

 

「確かにな。でも、今なら、今だから、言えるんだよ。大好きだ、雪乃」

 

「私も大好きよ、八幡」

 

 

このまま彼と生涯を共にするのだろう、漠然とそう思う。

 

何故だろう、私に似た娘を甘やかす彼の姿が目に浮かぶ。本当に何故だろう。

 

未来なんてわからない。でも、あの時に思った、『彼を私の隣に立たせる』ということは出来た、でも、今は私が彼の隣に立ち寄り添いたいと思っている。

 

ここまで私を想わせたんだから、幸せしてね、八幡。

 

 

 

 

 









~~~~~~~~~~~

着地点も模索してましたが、これで完結です。
お付き合い、ありがとうございました。


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