風花雪月+FFⅦ【流星光底】 (紫 カナメ)
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序章 ■■■■

 

【希望】とは、こうあって欲しいと願い、望むこと。未来に対しての明るい見通し。

 

【絶望】とは、希望をまったく失うこと。望みがまったく無くなること。

 

【過去】とは、過ぎ去った時。昔。

 

【未来】とは、これから先にくる時。将来。

 

【現在】とは、過去と未来の間。今。

 

【時間】とは、過去・現在・未来と継続して永遠に流れゆくもの。

 

【運命】とは、人の意志ではどうにもならない、幸・不幸の巡り合わせ。

 

【記憶】とは、経験したことを忘れず、心にとどめておくこと。

 

【思い出】とは、過去に経験し、深く心に残っていることを思い浮かべること。過去を思い出すよすがとなるもの。

 

 

 

 

 

希望の先には絶望があり、絶望の先には希望がある。

 

過去に犯した罪を抹消することは出来ない。

 

運命を完全に変えることは出来ない。

 

未来を変えようとしてもその代償はとても重い。

 

運命に抗うのはとても難しく、自滅してしまう者もいる。

 

それでも希望を目指して立ち向かう。

 

生きるために、大切な人を守るために、罪を償うために、

 

絶望を希望に変えるために諦めず戦う者達がいる。

 

彼らは希望を目指して前へ進み、戦い続ける。

 

人々はそんな彼らを『英雄』と称え、名を刻む。

 

彼らの戦いは物語、神話として人々に語り継がれていく。

 

 

 

 

 

 

 

今から約5年前、フォドラ大陸_

 

狂信者を討伐に来たセイロス騎士団が狂信者の本拠地であるものを発見した。

 

それは、古い木箱に封印するように入れられていた『英雄の遺産』だった。

 

だが、その英雄の遺産は通常の英雄の遺産とは違った。

 

刀身は通常の刀剣よりも長く、通常の英雄の遺産とは違って色が黒い。

 

見たことのない紋章の紋章石が窪みにはまっており、今まで発見されたどの紋章とも当てはまらなかった。

 

片翼の形をした紋章が刻まれた紋章石_それは美しく、何処か不気味だった。

 

セイロス教団大司教レアは、その謎の紋章を『片翼の紋章』と名付け、その英雄の遺産を地下に保管した。

 

やがてその英雄の遺産の存在を知る者は少なくなり、現在知っている者は教団内で約数人しか存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶や思い出とはパズルのようなものだ。

忘れてしまった記憶のピースをひとつずつ探し、はめていき思い出す。

だが、記憶を全て失った場合、ピースを見つけるのはとても難しくなる。

ピースが合わなければ、記憶も食い違う。

ピースを見つけられなければ記憶は失われたまま。

 

一人で全てのピースを見つけ出すのは困難…だが、誰かと共に探し、集めればピースはひとつずつはまっていく。

 

記憶を失った絶望から脱け出すために希望を抱いてピースを集める。

 

たとえその記憶がどんなに恐ろしいものだとしても、ピースが全て揃うまで探し続ける。

 

 

 

これは、『絶望』を『希望』に変える物語__

 



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白雲の章
第一節 流星の噂


口調とかおかしかったらごめんなさい…


【ガルグ=マク大修道院】

三大国の中央に位置するセイロス教の総本山。フォドラの信仰の要であり、三大国から集った未来を担う若者たちを育成する士官学校としての側面を持つ。また、精強な騎士団を擁し、フォドラの秩序を乱すものを排除する役割も担う。

 

士官学校は三つの学級に分かれている。

 

黒鷲の学級(アドラークラッセ)

アドラステア帝国出身の生徒の学級。

貴族が多く、そのほとんどが魔道を扱う。

 

青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)

ファーガス神聖王国出身の生徒の学級。

騎士道を重んじ、武術に長ける者が多い。

 

金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)

レスター諸侯同盟出身の生徒の学級。

この地方の伝統として弓を扱う者が多い。

 

 

 

 

 

 

 

帝国歴1180年 4月 大樹の節_

 

元セイロス騎士団騎士団長で傭兵の壊刃ジェラルドの娘ベレス・アイスナーが【金鹿の学級】の教師となった。

彼女は父と同じく傭兵でルミール村近くで盗賊に襲われていた生徒を救ったことからその能力を評価され、ガルグ=マク大修道院の士官学校に教師として招かれた。

ベレスは感情が乏しく、無表情で敵を斬る姿から『灰色の悪魔』と呼ばれていた。

 

父ジェラルドはセイロス騎士団の団長として、娘ベレスは士官学校の教師としてガルグ=マク大修道院での生活が始まった。

 

5月31日 竪琴の節__

 

ベレスは最初の課題として修道院の近くにある赤き谷ザナドにセイロス騎士団が追い込んだ盗賊討伐を任された。その盗賊はルミール村で生徒を襲った盗賊コスタスと彼の仲間だった。

ベレスは生徒と共にザナドへ向かうための準備をしていた。

 

 

 

ガルグ=マク大修道院 士官学校_

 

【金鹿の学級】の教師になったベレスは準備ついでに修道院内の見廻りをしていた。

授業をサボった生徒や自室から出てこない生徒を注意するためだ。

時々、生徒の悩みやお願いを聞いたりもする。

 

「よう、先生」

 

と、後ろから声をかけられ、ベレスは足を止めた。

振り向くとそこには【金鹿の学級】の級長、クロードが立っていた。

 

『クロード=フォン=リーガン』

今年の【金鹿の学級】の級長。

レスター諸侯同盟の盟主・リーガン公爵家の嫡男。

ルミール村でベレスが助けた生徒の一人である。

 

「おはよう、クロード。ザナドに行く準備は出来た?」

 

「あぁ、ばっちり出来ているぜ。そういう先生はどうなんだ?」

 

「全部終わらせて、今は見廻りをしている」

 

「まぁ、そうだよな。……あ、そうだ。さっきヒルダから面白い話を聞いたんだ」

 

「面白い話?」

 

「あぁ、明日行くザナドに関する話だ。

 

昨日の夜に見廻りしていた騎士がザナドがある方角に空から緑色に光る何かが落ちたの見たっていう話だ。

 

その話を聞いた奴らは『女神が舞い降りた』とか『誰かが魔法の実験をしていた』とか『星が落ちてきた』とかちょっと騒ぎになったそうだ。

 

星が落ちてきたとかにわかに信じがたい話だが、気にならないか?」

 

「ザナドに落ちた緑色の光か…確かに気になるね」

 

「だろ?だから盗賊退治が終わったら少し調べてみないか?もしかしたら本当に星が落ちていたりして…」

 

「そうだね、課題が終わったら少し調べてみよう」

 

 

 

 

 

 

 

大修道院 謁見の間_

 

 

「失礼します、大司教。」

 

大修道院の二階にある謁見の間。そこに一人の女性が立っていた。

 

彼女の名は『レア』。

セイロス聖教会の最高指導者である大司教である。

 

「セテス、どうかしたのですか?」

 

「はい、昨晩見廻りをしていた兵から空から緑色に光る何かが落ちたのを見たという報告が…しかも、赤き谷ザナドがある方角に落ちたと」

 

「空から光…ですか?」

 

「それと、同じ時間帯に地下の保管庫の見張りをしていた兵が保管庫にある古い木箱の中にあるものが一瞬だけ光ったのを見たと…しかも光った木箱は、あの英雄の遺産が入っている木箱でした」

 

「ザナドに落ちた光と同じ時間帯に光った英雄の遺産……セテス、ベレス達が課題を終わらせた後ザナドを隈無く調査するように騎士団に伝えてください」

 

「承知しました」

 

「……何か、不吉な予感がします。あの英雄の遺産と空から落ちた光…まさか、あの予言(・・・・)が…?」

 

 



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第二節 赤き谷の迷い人

5月31日_

 

『ザナド』。

修道院近くにある「赤き谷」と呼ばれる谷。

その名に反して外観に赤を連想させるようなものは無く、古い住居跡といった遺跡が残されている。

聖教会においては無暗に立ち入ってはならない神聖な地とされている。

 

セイロス騎士団に追い込まれた盗賊コスタスと彼の仲間はザナドの奥に逃げ、身を潜めていた。

 

ベレスとクロード達は盗賊がいるザナドへ足を踏み入れた。

 

「ここが赤き谷か?別に赤くはないが…まぁ、いいや。さっさと始めようぜ、先生。

賊は谷の奥に追い詰められているようだ。事前の情報どおりで実に面白味がないが。」

 

クロードは落ちていた枝を拾い、地面に谷の構図を書いた。

 

「西側に裏道があるって話だ。何なら西側と正面で二手に分かれるか?上手くすりゃあ、奥にいる敵を二方面から同時に攻撃できるかもしれないぜ?

 

ま、まずは橋を渡っちまわないと。細かい指示は頼んだぜ、先生」

 

 

 

その頃、コスタス達はザナドに来たクロード達に気付き、慌てていた。

 

「クソッ!騎士団の奴らか?こんなところまで追ってきやがって…!」

 

「お頭、もう逃げましょうよぉ!奴ら相手に勝てっこないですよぉ!」

 

「…馬鹿野郎、今更どこへ逃げるってんだ!死ぬのが怖くて盗賊やってられるかよ!」

 

「………?お、お頭。これ見てください」

 

「あ?どうした?」

 

と、仲間の一人が近くにある地面の穴の中に指をさした。

穴の深さは3mぐらいで、底には一人の少年が倒れていた。

 

細身で肌は白く、髪は短い象牙色。

フォドラでは見たことのない服装だった。

 

「なんでこんな所にガキが…?」

 

「見たことねぇ格好だな…近くの村のガキか?おい、念のためこいつを引き上げろ、騎士団の連中がこっちにきた際に人質として利用する」

 

「へい!」

 

コスタスの指示に従い、仲間は穴から少年を引き上げた。

 

「な…なんだこいつ、肌が真っ白だし冷てぇ…まるで死体みたいだ。本当に生きてるのか…?」

 

「おい早くしろ!もうすぐ連中がこっちに来るぞ!」

 

 

 

ベレス達は襲いかかってくる盗賊を倒しながら、頭であるコスタスのもとへ向かって二手に分かれて進軍していた。盗賊達は次々と倒れていき、中には恐怖で逃げ出す者もいた。

 

「てめぇは、まさか…この前の傭兵か!騎士団の連中と手を組んでやがったとはな!

ぶっ殺してやる…生意気なガキどもと一緒になァ!」

 

ベレスの顔を見た瞬間、コスタスは怒り、仲間に指示を出して攻撃してきた。

だがベレスはいとも簡単に仲間を蹴散らし、同時にクロードとリシテアに指示を出して遠距離からも攻撃をしかけた。

 

「苦労も知らねぇ貴族のガキがッ!今度こそ大人しく死にやがれ!」

 

「貴族には貴族の苦労があるんだよ。俺もつい最近知ったんだがな」

 

クロードとベレスは息を合わせ、コスタスと側にいる仲間に攻撃する。

ベレスが振るう剣とクロードが放つ矢は忽ちコスタスを追い詰める。

 

「く…クソッ…こうなったら」

 

と、コスタスは先程穴から引き上げた少年を持ち上げ、首もとに斧を向けた。

 

「これ以上近づくんじゃねえ!このガキがどうなってもいいのか!?」

 

「「!?」」

 

コスタスは気を失っている少年を人質にとり、ベレス達を脅した。

下手に動けば少年が危ない…ベレス達はその場から一歩も動けない状態になってしまった。

 

「それでいい、全員今すぐ武器を置いて手を上げろ。そしたらこいつは解放してやる」

 

「っ…人質だと…なんて卑劣な真似を…!」

 

「落ち着けローレンツ、…わかった。武器を置けばいいんだろ」

 

クロードはコスタスに従い、ゆっくりと弓矢を地面に置いた。

それと同時に、ベレスも武器を置こうと屈んだ。

 

__が、その直後、クロードは転がっていた石を拾い、コスタスが顔面目掛けて投げた。

 

「うがぁ!?」

 

石はコスタスの顔面に直後し、怯んだ瞬間ベレスは走り出した。

コスタスよりも早く少年を彼から引き離し、剣でコスタスを斬った。

 

「ぐああぁっ!?あ…あんな奴の…口車に乗ったのが…間違いだった……がはっ…」

 

コスタスは地面に倒れ、息を引き取った。

 

ベレスはゆっくりと少年を降ろし、剣を鞘に収めた。

クロードはすぐにマリアンヌを呼んで怪我人の治療を始めた。

 

「この谷に逃げ込んじまったのが運の尽き、どうしたってあの連中に勝ち目はなかった。

とはいえ、先生の采配も上出来だったぜ。ま、後は騎士団に任せよう」

 

 

到着した騎士団に残党の始末を任せたベレスとクロードは保護した少年の容態を診ているマリアンヌとヒルダのもとへ向かった。

 

「マリアンヌ、どうだ?」

 

「そうですね…特に外傷はありませんが、かなり弱っています。修道院に戻ってマヌエラ先生に診てもらわないと…」

 

「でも、なんでこんなところに居たんだろう?確かこの谷は普通、立入り禁止って言われているんだよね?クロードくんはどう思う?」

 

「そうだな…ただの迷子じゃなさそうだし、それにこの服…フォドラじゃ見たことないな。」

 

「………ん、」

 

と、突然気を失っていた少年の瞼がゆっくりと開いた。

 

「お、目が覚めたみたいだな。」

 

「…ぁ…ぅぅ…」

 

少年は小さな声で何か言おうとするが聞き取れず、ベレスは少年をゆっくり抱きかかえ、聞き取ろうとした。

 

「大丈夫?」

 

ベレスは少年に声をかけた。すると少年はベレスを見た瞬間、目を見開き、震える手でベレスの手に触れた。

 

「ぁ……かあ…さ…ん…?」

 

「え?」

 

その一言を呟くと、少年はまた気を失った。

 

「……仕方ない、一旦修道院に戻って目が覚めるまで待とう。こいつはラファエルに頼んで運んで貰うとするか」

 

課題を終わらせたベレス達は少年を保護し、修道院へ向かった。

 

 



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第三節 忘却の星

なにもみえない。

 

なにもきこえない。

 

なにもわからない。

 

おちている。

 

ずっとおちている。

 

なんでおちているんだろう。

 

わからない。

 

おもいだせない。

 

こわい。

 

こわいよ。

 

さみしいよ。

 

みんな…どこにいるの。

 

………あれ。

 

 

 

みんなって、だれだっけ。

 

 

 

 

 

 

ガルグ=マク大修道院 医務室__

 

「………ん」

 

医務室のベッドの上で眠っていた少年は重い瞼を開き、ゆっくりと起き上がった。

 

「…ここは何処だ?俺は…」

 

困惑する少年。それと同時に医務室に一人の女性が入ってきた。

 

「あら、目が覚めたみたいね。」

 

女性は少年の側に寄った。

 

「気分はどう?どこか痛いところとかない?」

 

「あ…えっと…はい、大丈夫…です」

 

「そう、よかったわ。…あ、自己紹介がまだだったわね。あたくしはマヌエラ。ガルグ=マク大修道院の士官学校に教師として勤務している医師よ。あなたの名前は?」

 

「俺の名前は…名前…なまえ……あれ?」

 

自分の名前が…思い出せない。

 

「…思い出せない。俺は誰なんだ?なんでここにいるんだ…!?」

 

「お、落ち着いて。」

 

何も思い出せず混乱する少年。マヌエラは彼を落ち着かせようと背中を優しく撫でた。

 

「はぁ…はぁ…っ…ごめんなさい。本当に、何も思い出せないんです…何故ここにいるか…自分の名前すら…」

 

「いいえ、大丈夫よ。今はゆっくり休んで思い出したら教えてちょうだい」

 

「…はい、ありがとうございます。マヌエラさん」

 

 

 

医務室を後にしたマヌエラは、謁見の間に行き、セテスとレア、ベレスに少年の容態を伝えた。

 

「目は覚めたけど…彼、何も覚えていないって。外傷はまったくなかったから恐らく、精神的なものによる重度の記憶喪失ね」

 

「記憶喪失か…何一つ覚えていないとなると身元を割り出すのは難しくなるな…どうしますか?大司教」

 

「そうですね。容態が回復しても記憶が戻らなかった場合、放っておくわけにはいきません。しばらく修道院に保護し、様子を見ましょう。ベレス、もし何かあったらよろしくお願いします」

 

レアの返答にベレスは頷いた。

 

「では、私はマヌエラと共に彼に話をしてきます。」

 

 

 

 

 

医務室_

 

少年はマヌエラから貰ったハーブティーを飲んでいた。

冷えていた体が温まり、だんだん落ち着いてきた。

 

「………俺は、一体…」

 

少年は小さく呟き、ハーブティーを飲み干した。

すると、入り口の扉が開き、セテスとマヌエラが医務室に入ってきた。

 

「良かった、少し顔色がよくなっているわね。具合はどうかしら?」

 

「はい、マヌエラさんが淹れてくれたハーブティーを飲んだら少し元気が出ました。ありがとうございます」

 

「ふふ、どういたしまして♪」

 

「さて、話をはじめようか」

 

と、セテスはベッドの近くに椅子を置き、その上に座った。

 

「まずは、はじめまして、私は大司教補佐のセテスだ。詳しい話はマヌエラから聞いている。先程、大司教と話し合った結果、君の身元がわかるまで保護することにした。

容態が回復した場合、こちらの作業を少し手伝ってもらうことになるが、それでも構わないか?」

 

「はい、助けてくれた皆さんのお役に立てれば、俺はなんでも手伝います」

 

「そうか。では、君の名前について考えよう」

 

「名前…ですか?」

 

「名前を思い出すまで君をどう呼べばいいか考えなくてはな、名前がないままだと呼びづらいだろう?」

 

「そうですね…名前…俺の名前ですか…」

 

「出来れば今日中に…ん?」

 

コンコンッとノックが鳴り、医務室に誰かが入ってきた。

 

「お邪魔しますわ。」

 

医務室に入ってきたのは、可愛らしい緑色の髪の少女、セテスの妹のフレンだった。

 

「まぁ、目を覚ましたのですね良かったですわ。」

 

「フレン、何故ここに…今は大事な話をしているから」

 

「いいえお兄様、お話は把握していますわ。その人のお名前を考えればいいのですね」

 

フレンは少年に近付き、彼の瞳を見た。

 

「え…あ…あの、」

 

「綺麗な瞳ですね、まるでお星さまみたいですわ!」

 

少年の瞳を見たフレンはあることを思い付いた。

 

「お兄様、『ミティア』はどうでしょう?」

 

「「ミティア?」」

 

「はい、異国の言葉で『流れ星』という意味です。この方の瞳がお星さまのように綺麗ですし…」

 

「ミティア…いい名ね。あたくしは良いと思うわ」

 

「流れ星…か。ありがとう、気に入った」

 

「ふふ、良かったですわ。わたくしは、フレンです。これからよろしくお願いしますね、ミティアさん」

 

「あぁ、よろしく。フレン」

 

「……ミティア」

 

と、怒りが混じったような声でセテスは少年_ミティアに声をかけた。

 

「私の妹から貰った名、大事にするんだぞ。いいな?」

 

「え…は、はい…」

 

先程の優しい雰囲気とは違うセテスの威圧に困惑するミティア。

 

「もう、お兄様ったら…ミティアさんが怯えてますわよ」

 

「セテスさんは置いといて…改めてよろしくね、ミティアくん」

 

「よろしくお願いします、マヌエラさん」

 

 

記憶喪失の少年『ミティア』。

彼のガルグ=マクでの生活が幕を開ける。

 

 

 




【プロフィール】

『ミティア』
兵種 平民
使用武器 剣、理学、信仰
年齢 不明
身長 173cm
性別 男性
一人称「俺」
二人称「お前、○○(呼び捨て)、○○さん」
髪型 ショート/象牙色 前髪はエアリスと同じ
目の色 灰青色
趣味 釣り、料理
特技 掃除



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第四節 空の景色

花冠の節 6月1日_

 

ミティアが保護されてから数日後、ベレスはレアに呼び出されて謁見の間に向かった。

謁見の間にはレアとセテスがいた。

 

「ベレス、あなたの学級にまたお願いしたいことができました。」

 

「実は、ロナート卿が我ら聖教会に対して兵を挙げたとの知らせが入ってな」

 

「? ロナート卿とは?」

 

「……ロナート卿は王国の小領主です。かねてから教団に敵意を示していました。」

 

「すでにセイロス騎士団の先遣隊が彼の本拠、ガスパール城に向かっている。ロナート卿の兵力は僅かなものだ。すぐに鎮圧されるだろう。」

 

「あなた達は、後詰めの騎士と共に事後処理を手伝ってもらえますか?」

 

「とはいえ戦場では、何が起こるかわからない。万一のため装備は整えておくことだ。」

 

「失礼します。レア様、アタシをお呼びだとか」

 

と、謁見の間に一人の騎士が入ってきた。

長い金髪に青い瞳。褐色の肌の女騎士だった。

 

「ベレス、彼女が同行する騎士を率いるカトリーヌです」

 

「よろしくな、アンタの噂は聞いてるよ。何かあったら、アタシらを頼ってくれ」

 

「彼女はセイロス騎士団屈指の勇士ですが、他の騎士達も聖栄が揃っています。

この課題で、主に刃を向ける愚かしさを生徒達も学ぶことが出来るでしょう…」

 

 

 

 

一方その頃、

 

ミティアは書庫で一人、フォドラに関する本を読んでいた。容態も回復し、普通に歩けるようになるほど元気になった。

記憶の手懸りを掴むために教団の手伝いを終えた後、彼は書庫に寄るようになっていた。士官学校の生徒の間では見知らぬ美少年が毎日書庫で本を読んでいると噂になっていた。

 

「…うーん。まったく思い出せないな」

 

読み終えた本を閉じ、頭を抱えるミティア。

記憶の手懸りになりそうなものを探っても見つからず途方に暮れていた。

 

「毎日毎日書庫に籠って読書とは、真面目だな」

 

と、後ろから声をかけられた。

振り向くと、そこには金鹿の学級の生徒でありミティアの命の恩人のクロードとヒルダが立っていた。

 

「よう、ミティア…だっけ?こんないい天気なのに書庫に籠りっぱなしはよくないぞ?」

 

「こんにちは、ミティアくん!元気そうでよかったぁ」

 

「えっと…クロードとヒルダ、おはよう。確かに今日はいい天気だな。だけど出来るだけ記憶の手懸りを見つけたいんだ」

 

「へぇ…だけど、本ばっか読んでも手懸りが見つかるかわからないだろ?外の空気を吸えば何か思い出すかもしれないし」

 

「クロードくんの言う通りだよ。それにお日様の光を浴びればもっと元気になるって!」

 

「……確かに、外の空気を吸えば何か思い出すかもしれない」

 

ミティアは席から立ち、本を片付けた。

 

「よし、決まりだな」

 

「うん、行こう!」

 

ヒルダはミティアの手を取り、クロードと一緒にミティアを外へ連れ出した。

 

二人はミティアがまだ行ったことのない場所に案内し、いろんな景色を見せた。

 

途中、クロード達の同級生や他学級の生徒に会って会話もした。

みんなミティアのことが前から気になっていたようで質問攻めされたり、鍛練に誘われたり、綺麗な顔立ちから女と間違えられナンパされたりなどもみくちゃにされたがクロードとヒルダのおかげでなんとか切り抜けられた。

 

士官学校、寮、釣り池、温室、騎士の間、大広間、訓練場。

そして最後に大聖堂に案内した。

 

「ここが大聖堂だ。信者はみんなここで女神にお祈りをするんだ」

 

「へぇ…綺麗だな」

 

「ふふ、実は一番見せたいものがあるんだ」

 

ヒルダに引っ張られ、連れてこられた場所は大聖堂の左にあるエントランスだった。

 

「ちょっと目を瞑っててね」

 

「え?あ…ちょっ…」

 

「大丈夫。とって食ったりとかしないからさ」

 

ヒルダに目を塞がれ、クロードに手を引っ張られてエントランスに連れていかれる。

すると、クロードとヒルダは足を止めた。

 

「じゃあ、手を離すね」

 

ヒルダはミティアの目を塞いでいた手を離し、ミティアはゆっくりと目を開いた。

 

そこにあったのは、絵の具のように広がる美しい青空だった。

その美しさにミティアは目を奪われた。

 

「ここからの眺めは格別だからな、凄く綺麗だろ」

 

「…あぁ、凄く綺麗だ。こんなに綺麗な景色…産まれて初めて見た」

 

「よかった。じゃあ、今度はみんなと一緒に見に行かない?」

 

「? みんな?」

 

「ベレス先生と金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)のみんなとだな。仲間と一緒に景色を眺めながら喋ったり飯を食うのも悪くないぞ」

 

「仲間……」

 

と、その言葉を呟いた瞬間、脳内でノイズが鳴り、同時にとある光景が浮かび上がった。

 

 

 

 

夕焼けに照らされた美しい海。

 

自分の前に立つ二人の男。

 

一人は茶髪に腰に剣を携え、赤い上着を着た青年。

もう一人は黒髪に大きな剣を背負った大柄な青年。

 

その二人を見ていると何処か懐かしく悲しく感じた。

 

 

 

 

……ィア……ミティア!

 

「!」

 

クロードの呼び声でミティアは我に返った。

 

「ミティア、大丈夫か?」

 

「もしかして、また具合が悪くなったとか…」

 

「……いや、大丈夫だ。…一瞬だけ、過去の記憶のようなものが見えた。」

 

「え!?本当に?」

 

「…どんな記憶だったんだ?」

 

「……夕焼けに照らされた海と二人の男…懐かしく、悲しい気持ちになった…」

 

クロードとヒルダに見えた記憶を話すと、ミティアは涙を流した。

後にミティアは思った。

 

もしかして、二人は自分にとってかけがえのない存在だったのではないか。_と、

 

 



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第五節 舞い踊る剣

6月1日 夕方_

 

人気のない教室でクロードは書庫から借りた大量の本ととある資料を見ていた。

 

「…やっぱり気になるな」

 

クロードが見ていたのは、ザナドに落ちたとされる謎の光の噂と過去にあった怪奇なものの目撃情報についての資料だった。

 

「ザナドに落ちた緑色の光…実際行ってみて探してみたが、あったのは何かの衝撃で出来た穴だけ(・・・・・・・・・・・・)

1000年前に空から光が落ちたという話があるが…信憑性は低いな」

 

パタンッと本を閉じ、机の上に広げていた資料を纏めた。

 

「もっとよく調べてみるか。あいつの正体も気になるしな」

 

 

 

 

 

6月中旬 昼間_

 

ミティアは訓練場に居た。

生徒や騎士が使う訓練用の武具を研き、壊れた武具をひとつ丁寧に直していた。

あの時一瞬だけ見えた記憶のことを考えながら手だけを動かしていた。

 

「………俺の、友…。今、何処かにいるのか…」

 

そう呟いた瞬間、突然左手に痛みを感じた。

 

「っ…やってしまった…」

 

見てみると、左手の人差指から血が流れた。

直していた訓練用の弓の弦で切ってしまったようだ。

 

(まぁ、このぐらいの傷…後で消毒すれば大丈夫だろう)

 

ミティアは持っていた手拭いで軽く血を拭き、作業を続けた。

 

「やぁ、ミティア」

 

「元気か?坊主」

 

と、声をかけられ、顔を上げるとミティアの前にはベレスと彼女の父ジェラルドがいた。

 

「ベレス先生、ジェラルドさん。こんにちは、これから訓練ですか?」

 

「まあね。ミティアは作業中?」

 

「いや、今全部終えたところでこの後特に予定はないから散歩でもしようと思って…」

 

「そっか、でもあまり無理しちゃダメだよ。」

 

「もし具合が悪くなったらすぐに言うんだぞ」

 

「はい、気を付けます」

 

ミティアは直した武具を片付け、二人にお辞儀をして訓練場から出ようと出入り口に向かった。

 

「あ、危ないッ!」

 

弓の訓練をしていた一人の生徒が放った矢が的を外れ、ミティアに向かって飛んでいった。

危ないと叫ぶ生徒。それに気付いたベレスがミティアに向かって走り出した。

 

バキンッ

 

それは、一瞬の出来事だった。

矢はミティアに当たらず、真っ二つに折れて地面に落ちた。

飛んできた矢がミティアに当たりそうになった時、ミティアは素早くすぐ側にあった訓練用の剣を取り、剣を振るって矢を弾いた。

 

「…あれ?今、手が勝手に…」

 

はっと我に返ったミティアは困惑した。

訓練場にいた者は皆、彼の瞬発力と剣捌きを見て驚愕していた。

 

「す…すげぇ…」

 

「なんだ?今の動き…」

 

「あいつ確か、最近保護された記憶喪失の…」

 

ざわざわと生徒達が話す中、ベレスとジェラルドはミティアに駆け寄った。

 

「おい、怪我はないか?」

 

「は…はい、大丈夫…ですが」

 

「よく見えなかった…凄い剣捌きだったよ。」

 

「……よくわからないけど、体が勝手に動いて…」

 

握っていた訓練用の剣を起き、頭を抱えた。

彼の姿を見てジェラルドは先程の彼の動きや剣の扱いについてあることを考えた。

 

「なぁ。お前、戦闘の経験はあるか?」

 

「……記憶はないですが…何故か剣の扱い方はよく覚えているんです」

 

「なるほどな。だが、さっきの動きは…もしかしたら記憶喪失になる前のお前は、凄腕の剣士だったかもしれないな。あんな動きが出来る奴は見たことない。ベレス、お前はどう思う?」

 

「私も、あんなに素早く剣を振るう者は見たことない。ジェラルドの言う通りミティアは強い剣士だったのかも」

 

「俺が…凄腕の剣士?」

 

自分はかつて凄腕の剣士だったかもしれないという記憶の手懸りを掴めたミティアは、しばらく沈黙し、あることを思い付いた。

 

「あの…先生、ジェラルドさん。お願いがあります」

 

「「ん?」」

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして__

 

青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の級長ディミトリは臣下のドゥドゥーと幼馴染みのフェリクス、シルヴァン、イングリットと共に訓練場に向かっていた。

 

「いやー、たまにはみんなで体を動かすのも悪くないな」

 

「そうね。でも、この前みたいに途中でサボらないでね。シルヴァン」

 

「そうだぞ、シルヴァン。もしサボったりしたら罰を受けてもらうからな」

 

「えぇ…休憩ぐらいいいじゃないですか、殿下~…」

 

「……ん?」

 

「? どうした?フェリクス」

 

「…訓練場前に人が群がってないか?」

 

と、訓練場の方を指差すフェリクス。

その先では、訓練場に群がる生徒の姿があった。

 

「? 誰かが手合わせでもしているのかしら?」

 

「見に行ってみよう」

 

ディミトリ達は近寄って生徒達の間から訓練場の中を覗いた。

そこには、二人の男女が手合わせをしていた。

ビシバシと訓練用の剣が激しくぶつかり合う音が訓練場に響き渡る。

 

「あれは…ベレス先生?」

 

「手合わせしてる相手は…ミティアか?」

 

「すげぇ、あいつ戦えたのか」

 

二人の力の差は互角。だが速度はベレスよりミティアの方が速かった。

ぶつかり合いはしばらく続き、さらに激しさを増した。

 

「あれが、ミティアの実力なのか…あの先生と渡り合えるなんて…」

 

「えぇ、殿下。私達でも敵わなかった先生を追い詰めている…」

 

「記憶を失っても、感覚は覚えているみたいだな。…ふ、面白い」

 

「あんな細い体でどうやったらあんなに素早い動きが出来るようになるんだ?」

 

「…………。」

 

そして、ミティアの一撃によってベレスの剣がバキンッと音を立てて折れた。

それを見ていた審判のジェラルドは口を開いた。

 

「そこまで!6対6で引き分けだ」

 

結果は引き分け。二人の手合わせを見ていた生徒達は歓喜の声を上げた。

 

「ありがとうございます、先生。手合わせをしてくださいなんて無理なお願いをしてすみません…」

 

「いや、私も楽しかったし、いい経験になった。まさか油断させて攻撃してくるとは…今後の戦闘で役立つ」

 

ベレスとミティアは握手をし、讃え合った。

 

「それで、何か思い出した?」

 

「はい。はっきりとではありませんが…剣を振るっているうちに、何処か懐かしく感じました。もしかしたら、記憶を失う前の俺はこうして剣を使って戦ってきたかもしれません」

 

「そっか。戦ってきたってことは…君は傭兵とかだったかもしれないね」

 

「傭兵…ですか」

 

もしミティアが傭兵だった場合、つい最近傭兵を雇った所へ聞き込みをすれば身元がわかるかもしれない。

だが、調べあげるのにかなり時間がかかる可能性は高い。

ミティアはとりあえずレアとセテスに相談することにした。

 

 

 

二人の手合わせを見ていたディミトリ達は訓練場から立ち去るミティア達を見送った。

 

「迫力のある手合わせだったなぁ…速すぎてほとんど見えなかったし」

 

「彼のような素早い動きが出来る兵士がいたら無敵になるかもしれませんね、殿下。」

 

「ミティア、か…いつか手合わせをしたいものだ」

 

「…気のせいかもしれないが、あいつの瞳…多くの戦場を行き来し戦い続けた歴戦の戦士のようだった。」

 

「ドゥドゥーもそう見えたか?俺も同じように見えた。ミティア…彼は一体何者なんだ?」

 

 



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第六節 霧中の初陣

ミティアとベレスは、謁見の間にいるレアとセテスに訓練場での出来事を話した。

 

「常人外れの素早い動きと剣捌き…そして剣を振るった時に感じた『ずっと戦ってきた感覚』か…」

 

「もしミティアが傭兵や兵士だったら聞き込みをすれば身元がわかるかもしれない。ここ最近、ザナドの近くにある町や村で傭兵を雇った所を調べてほしい。」

 

「……わかりました。出きる限りのことはしましょう。」

 

ベレスの頼みをレアは頷き、承諾した。

 

「ありがとうございます。先生、セテスさん、レア様」

 

ミティアは三人に礼を言い、頭を下げた。

これでミティアの身元がわかれば失った記憶を取り戻せる…だが、それと同時にガルグ=マクから去ることになる。

ミティアは少し寂しい気持ちになった。

 

「それと、ひとつお願いが…」

 

と、ベレスは再び口を開いた。

 

「これを機に彼を、ミティアを自分の学級の生徒として迎え入れたい。彼の剣捌きは生徒の参考になるし、同年代の彼らと過ごせば少しずつ記憶を思い出すかもしれない。」

 

ベレスの提案を聞いて、その場にいた者は黙りこんだ。

確かに、ミティアの剣捌きは生徒の参考にもなり、同年代の彼らと過ごせば何か思い出すかもしれない。

 

実際、クロードとヒルダと過ごして一瞬だけだったが記憶の一部を思い出した。

 

「それに、書庫番のトマシュから聞いたんだ。ミティアは勉強熱心で毎日修道院の手伝いを終えた後、書庫で本を読んで記憶の手懸かりになりそうなものを探していると。それ以外にもフォドラの歴史についてやセイロス教団について勉強している。

 

トマシュからも、ミティアを生徒として迎え入れたほうが彼のためにもなると言われたんだ」

 

「トマシュさんが…」

 

「「…………」」

 

だが、得体の知れない者を貴族の子供がいる士官学校の生徒として迎え入れるのは好ましくないと誰しもが思うだろう。

ベレスの提案に対し、答えたのはレアだった。

 

「……分かりました。ですが、ひとつ条件があります」

 

「条件?」

 

「今節の課題でミティアも参加させ、無事に課題を達成したら彼の身元が分かるまで貴方の学級の生徒として迎え入れるのを許可します。」

 

今節の課題_ガスパール城主ロナートの反乱の鎮圧。

ミティアにとっては初めての初陣。

下手したら死亡するかもしれない危険な課題だ。

 

この条件を飲むかは、ミティア次第__

 

「……はい、やります。」

 

彼の答えを聞いてベレスは微笑み、セテスは心配そうな表情をした。

 

「言っておくが…課題を達成し、士官学校の生徒になっても引き続き教団の雑務は手伝ってもらう。それでもいいか?」

 

「大丈夫です。俺、みんなに助けられてばかりで…助けてくれたみんなに恩を返すためになんでもします。それに、前からクロードやヒルダ達と同じ士官学校の生徒になりたいと思っていたんです。」

 

「そうか…なら、気を付けて行くんだぞ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

6月30日 マグドレド街道_

 

士官学校の生徒になるための条件としてベレス達と同行したミティア。

セテスからの支給品として鋼の剣と軽い防具、傷薬二個を貰った。

 

進軍する前にベレスとミティアは、クロードとカトリーヌと話し合いをしていた。

 

「泣く子も黙る“雷霆(らいてい)のカトリーヌさん”とご一緒出来るなんて、光栄の至りですね」

 

「雷霆?」

 

「はん、知らないのか?これが“雷霆”……英雄(えいゆう)遺産(いさん)の一つだ。

 

遥か昔、女神より力を授かりし10人の英雄…その子孫に伝わる聖なる武具さ」

 

カトリーヌはベレスとミティアに雷霆を見せた。

 

 

「つっても、今回は雷霆を振るう機会はない。アタシらの任務は事後処理だからね。」

 

「しかし、何でまたロナート卿は無謀な反乱を起こしたんですかね?」

 

「アンタら、『ダスカーの悲劇』は知ってるな?」

 

「聞いたことはある」

 

「はい、騎士団の方から聞きました」

 

「確か四年前、ファーガス神聖王国の国王がダスカー人に殺された事件…ですよね?」

 

「まぁ、簡単に言えばそうだが、王国内にも加担者がいたんだ。その一人がロナート卿の倅、クリストフで彼は教団に突き出されて処刑されている。」

 

「教団が罪人の処刑を…知らなかった」

 

「何故国王が狙われた?」

 

「ランベール国王は、大規模な政治革命を行おうとしてたから、政敵も多かったのさ。

……事件の真相がどうあれ、それ以来、ロナート卿は教団に恨みを抱いてんだろ。

 

いや…正確に恨んでるのは教団と、教団にクリストフを突き出した……」

 

「報告!敵が接近中です!避けられません!敵の兵力が予想以上に多く、霧のせいで騎士団の包囲をすり抜けてきます!」

 

「おっと…ベレス、任務変更だ。総員、戦闘準備にかかれッ!」

 

 

カトリーヌとベレス達はロナート卿がいる草地に足を踏み入れた。辺りは霧に包まれ、視界が悪い状態だった。

 

「こう霧が濃くちゃ、どこにどれだけ敵がいるんだが把握できないね。ミティア、アンタ病み上がりなんだろ?あんまり無理するなよ」

 

「大丈夫です。先生達の足を引っ張らないように気を付けます」

 

「はは、頼もしいねぇ」

 

と、その直後、霧の中から武器を持った反逆軍の兵士が現れた。

 

「霧の中から敵が…囲まれたか?けど、厚く包囲できる兵力はないはずさ。

分散した敵を各個撃破して、包囲を切り崩すよ!」

 

「条件は相手も同じ…と思いたいが、地理に暗い分こっちが不利かもな」

 

皆、武器を構え、緊張が走る。

 

「みんな、不用意に突っ込むなよ?視界に入った敵から確実に潰していくんだ!」

 

カトリーヌの忠告と同時にベレスは生徒に指示を出した。

霧の中から現れる敵に注意しながら、はぐれないように進軍していく。

ふと、ミティアはあることに気付き、近くにいたクロードに耳打ちをした。

 

「……クロード、この霧は偽物だ」

 

「!? どういうことだ?」

 

「あの茂みの方から霧が出ている。恐らく、この霧は魔術によるものだろう。」

 

「…なるほどな、霧を出している奴を討てば、霧は晴れてこっちが有利になる。」

 

二人は指示を出しているベレスにそのことを伝えた。

 

「わかった。じゃあ二人は気付かれないように霧を出している敵に近付いて倒してくれ。自分達は他の敵を引き付ける」

 

「「了解」」

 

ベレスの指示に従い、二人は気付かれないように霧を出している敵に近付いた。

 

「うおおお!領主様を死なせてたまるかああ!」

 

民兵が声をあげてベレス達に襲い掛かる。

兵士以外にも町の住民も反乱軍に加わっているようだ。

 

ベレス達が民兵を相手をしている間に、クロードとミティアは霧を出しているダークマージのもとに辿り着いた。

 

「ロナート様には近付かせぬ!」

 

二人の存在に気付いたダークマージは炎を操る魔法ファイアを使って攻撃してきた。

 

二人は攻撃を避け、クロードがダークマージの周囲にいる敵を引き付け、ミティアはダークマージに攻撃をしかけた。

 

ダークマージの周りにいた兵士達は彼を守ろうとクロードを避け進もうとするが、クロードはそれを防いだ。

 

(ミティアの言う通り、あいつが霧を出しているみたいだな…あいつさえ討てば有利になる)

 

ダークマージは距離を取り、ミティアに向かって再びファイアを放つ。

だが、ミティアはファイアを鋼の剣で振り払い、素早い動きで近付きダークマージを斬った。

 

「があ!?き…貴様……」

 

ダークマージが倒れると同時にゆっくりと霧が晴れていく。

すると、霧の奥に複数人の兵士とその後ろに年老いた老騎士がいた。

老騎士_反乱の起こした張本人、ロナートは先陣をきっていたカトリーヌを見て怒りを露にした。

 

「カサンドラ…雷獄(らいごく)のカサンドラ!我が息子を裏切った狂信者め!」

 

「…はは、アタシの名はカトリーヌだ。女神の僕たるセイロス騎士団の剣…その身で味わいな!」

 

霧が完全に晴れ、ロナートが率いる反乱軍がいる場所が明らかになった。

 

「霧は晴れても、我が息子の無念は晴れぬ!腐った中央教会に主の裁きを…!!」

 

ベレス達はロナートがいる砦に向かって一気に進軍する。

襲い掛かる反乱軍を撃退し、傷付いた仲間を治療しながら草地の奥へと進む。

 

「ロナート様…どうか、生き延びて…おらたちの分まで…」

 

「戦いを起こすのは貴族でも、真っ先に死ぬのは平民ばかり…か。」

 

倒されていく反乱軍の兵士を見て、クロードは何処か悲しげな表情をした。

彼らにとって、ロナートは自分達平民を支えてくれた領主。彼の思いを受け止め、共に戦うと決意した者達だ。

 

「…………」

 

それでもベレスとミティア達は、正義のため、平和のために反乱軍である彼らと戦う。

もし彼らがこのまま大修道院に進軍すれば、大修道院にいる戦えない人々が巻き添えになる可能性が高い。

それを防ぐためには彼らを止めるしか方法はない。

 

しばらくしてベレス達はロナートがいる砦に辿り着いた。ロナートは槍を構え、ベレス達を睨んだ。

 

「お前もあの女狐にたぶらかされているのか……わしが真実を知らしめてやるしかない!」

 

ロナートはベレスに攻撃をしかけた。援護しようと生徒達は動くがロナートの部下である重装兵が立ちはだかる。

 

「中央教会の犬め!ロナート様には一歩も近付かせぬ!」

 

「!? やべっ…」

 

重装兵がクロードの不意を突き、斧を振りかざした。

その直後、ミティアがクロードを掴み、後ろに引っ張った。

 

「邪魔だ!」

 

ミティアは重装兵が身に纏っている鎧の隙間に剣を刺した。

剣は重装兵の急所に刺さり、力尽きた。

 

「はぁ…助かったぜ、ミティア」

 

「…………」

 

礼を言うクロード。だが、ミティアは何も反応しない。

一瞬、ミティアの灰青色の瞳が青緑に変わった。クロードはその瞬間を見逃さなかった。

 

「ミティア?」

 

「……ん?何か言ったか?クロード」

 

「…いや、何でもない。」

 

「そうか。…どうやら、決着がついたみたいだぞ」

 

と、ミティアが指差す方を見てみると、ロナートがベレスによって討たれていた。

 

「あの、女狐、め…あぁ…クリストフ…父を、許せよ……」

 

ロナートの最後の言葉を聞いて、カトリーヌは悲しげな表情を浮かべた。

 

「……ロナート卿との因縁、こんな形で決着を見るとはな。みんな、お疲れさん。各自、兵をまとめておいてくれ」

 

 

 

 

無事に反乱軍を撃破したカトリーヌは指示を出し、後処理を開始した。

そんな中、ミティアは倒れている反乱軍の兵士達の死体を見ていた。

 

「……条件は果たした。だが、本当にこれで良かったのか?」

 

何か別の方法はなかったのかと考えるミティア。

兵士達の亡骸に手を合わせ、ベレス達のもとへ向かおうと後ろに振り向いた。

 

その瞬間__

 

キィィィンッ

 

「ぐっ…あ…!?」

 

突然、頭痛と目眩に襲われた。頭を抱え、ふらつきながらもなんとか倒れずにすんだ。

意識が朦朧とする中、ミティアの前に誰かが現れた。

 

黒いローブに身を包んだ謎の人物…謎の人物はミティアを見て笑みを浮かべていた。

 

「っ…お、お前は…誰だ…!?」

 

『___思い出せ、本来のお前を思い出せ』

 

そう呟いた瞬間、謎の人物は姿を消した。

頭痛と目眩は収まり、ミティアは辺りを見回し、謎の人物を探した。

 

「……何だったんだ。今の…」

 

ミティアは少し落ち着き、ベレスとクロード達の所へ向かった。

 

 

「ベレス、ミティア、お疲れさん。何とも後味が悪い戦いだったな。

……それよりも二人共。カトリーヌさんの戦いぶり、見たか?」

 

「強かった」

 

「…凄かった」

 

「あぁ。英雄の遺産の力なんて、相当に誇張されたもんかと思ってたが違った。こうなると、あの伝説も…」

 

「「伝説?」」

 

「たいした話じゃないさ。遥か昔、一振りで山を真っ二つにした遺産がある……って噂を、どっかで聞いた気がしてな。ま、雷霆のことじゃなさそうだが。

 

遺産は適合する紋章を持ってれば、凄まじい力を発揮するできるらしいが…違う紋章でも使えるもんは使えるんだろ。

俺も山を斬ってみたいもんだよ」

 

「なになに?遺産の話ー?クロードくんは使えるじゃん、すぐに。」

 

と、偶然三人の話を聞いたヒルダが駆け寄ってきた。

 

「次のリーガン家の当主はクロードくんに決まったんだしさー」

 

「おおい、ヒルダ。すぐに、はないだろ。俺の祖父さんはまだまだ元気だぞ。

 

あぁ、先生とミティアは知らないか。俺が嫡子になったばかりのリーガン家にも、英雄の遺産があるんだ。見たことはないが。」

 

「なったばかり?」

 

「どういうことだ?」

 

「俺がリーガン家に入ったのは去年なんだ。それまでは親父の家で育ったからな。母さんが同盟貴族の娘だと知った時にゃ、驚いて髪の毛が全部抜けるかと…」

 

「お母さんはリーガン公の娘だったってことか。今はどこに住んでいるの?」

 

「それは言えないな。母さんは今や違う世界で生きてて、実家には戻りたくないんだと。」

 

「ふーん…クロードくんって秘密が多いよねー?」

 

「親と約束だからな。好きに想像してくれよ。

 

ま、その代わり俺は自由にしていいって言うんで、実家に顔を出してみたのさ。

そしたら俺に流れてる血の中にゃ、得体の知れない紋章とやらがあるとわかって…」

 

と、話していると暗い顔をした同級生のレオニーとイグナーツが現れた。

 

「先生、クロード。そろそろ撤収みたいだよ。わたしたちも戻ろう…」

 

「勝ったはずなのに、こんな思いをして帰えらなければいけないんですね…」

 

「おいおい、そんなに萎れてどうした?大陽に見捨てられた向日葵みたいだぞ。

 

俺達がやらなきゃ、反乱軍はこの街道を大修道院まで進んでいったんだ。

途中の小さな村々を踏み潰しながら、な。それを防げたんだ、胸を張れよ。

 

それに、無事に課題を達成したからこれではれてミティアが俺達の同級生になるんだ。大修道院に戻ったら歓迎会でも開こうぜ」

 

「…………」

 

確かに、レアから言い渡された条件は無事達成した。

だが、ミティアは本当にこれで良かったのかと思い、あまり嬉しいと感じなかった。

 

「話してるとこ悪い。…今回の事件、意外に根が深いかもな」

 

後処理から戻ってきたカトリーヌはベレス達にあるものを見せた。

 

「ロナート卿の所持品にこんな物があった。…レア様の暗殺を示唆する書簡だ。差出人はわからないし、信憑性も疑わしい。捨て置くには内容が不穏すぎるだろ?

 

帰ってレア様に報告だ。何事もなきゃいいがね…」

 

 



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第七節 金鹿の学級

ガルグ=マク大修道院 謁見の間_

 

課題を達成したベレスはミティアを連れ、レアに報告しに行った。

 

「よく無事に戻りました。これも、主のご加護の賜物…いえ、加護だけではないのでしょう。あなたは私が期待したとおりの逸材です。」

 

「自分だけじゃない、ミティアや生徒達の力だ」

 

「そうでしょうか。生徒の中には民兵と戦うのを躊躇した者もいたそうですね。民といえど、他の信徒に危害を加えかねない罪深き者には、罰を下さねばなりません。

愚かにも天に刃を向けた者の末路…生徒達も理解できたことでしょう。」

 

「…………」

 

レアの言葉を聞いたミティアは一瞬目をそらした。

『民といえど、罰を下す』…ミティアは教団がしていることは正しいことなのか疑問に思っていた。

 

「無事に条件を果たした。おめでとうミティア、今日から君は士官学校の生徒だ。手続きや教材、制服の用意は私がしておこう。」

 

「今回のように、生徒達とふれあい、協力し合えばあなたにとってよい経験になるでしょう。あなたの身元については分かり次第報告します。」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

「さて、問題はカトリーヌから報告のあったロナート卿の密書の件だ。

密書には、女神再誕の儀に合わせて大司教を襲うという許しがたい計画が記されていた。実現性の乏しい計画だと思うが…警戒を万全にしておくに越したことはない。

そこで儀式当日には、生徒諸君にも警備を協力してもらいたいと考えている。」

 

「わかった。最善を尽くす」

 

ベレスの返事を聞いたレアは微笑んだ。

 

「心強い言葉、感謝します」

 

「再誕の儀は、セイロス教の主たる女神の降臨を願う非常に重要な儀式だ。大司教や私は、儀式が始まれば女神の塔に籠もり切りになるだろう。

 

無論、騎士団にも厳戒態勢で臨ませるが、隅々目を光らせるには人手が不足している。

生徒まで動員するのは本意ではないが、背に腹は代えられないというわけだ」

 

「私の身は案ずるには及びませんが、信仰を冒涜する輩を看過することはできません。」

 

「何も起こらなければそれでいい。ただし緊張感を持って臨んでくれ。以上だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青海の節 7月5日_

大修道院 大広間_

 

ベレスはクロード達と共に今節の課題について話し合っていた。

 

「今節の課題は、暗殺阻止に忙しい騎士団に代わっての修道院の警備や見回りだが…

俺はこう思うね。敵の真の狙いは、大司教の暗殺なんかじゃない。」

 

「つまり、他に狙いがあるということか」

 

「あぁ。暗殺計画が記された密書…あれが本物だとは思えない。

重要な密書なんて普通は持ち歩かないだろ。俺達に見つけさせるために仕込んだんだ。」

 

「暗殺計画に注意を向けさせるため…?」

 

「なるほどー、あり得るかも。だけど、本当の狙いは何なの?」

 

イグナーツとヒルダの問いに対し、クロードは眉をひそめながら答えた。

 

「それがわかりゃ苦労しないが、怪しむべきは再誕の儀で警備が手薄になる場所、かね?」

 

「儀式が行われる女神の塔以外は、どこもいつもより手薄になると思いますけど。」

 

「貴族達の寄進で貯め込んだ教団の金が狙いじゃないの?」

 

「オデは食堂が怪しいと思うな。あそこは美味えもんの宝庫だぞ!」

 

敵が狙っている場所について考えるリシテア、レオニー、ラファエル。そんな中、ヒルダはあることを思い付いた。

 

「じゃ、みんなで手分けして調べよー!アタシは広間で情報を整理する係ねー」

 

「待ってるならヒルダは訓練でもしてろよ。敵と戦う可能性は十分あるぞ」

 

「なら、訓練はみんなしなきゃダメでしょ。あたしだけとかおかしくなーい?」

 

クロードの言葉に対し怒るヒルダ。

そんな彼らの前に短髪の女性と黒髪の少年が現れた。

 

「顔を突き合わせて悪巧みか、先生?

おっと、名乗ったことはなかったな。私はシャミアだ」

 

「シャミアさんはセイロス騎士団の一員だな。そんで、こっちのよく働く少年が…」

 

「レアさまの従者で、シャミアさんの弟子のツィリルです」

 

「大司教の従者?」

 

「レアさまの身の回りのお世話をしてます。

ボクもレアさまを守りたくて…だから、シャミアさんの弟子に。」

 

「ツィリルはレアさんが大好きだからな。ま、互いにやれるだけやろう。

…あぁ、あとさっき金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)の教室でお前達を待っている生徒を見かけたぞ。今すぐ教室に戻った方がいい」

 

 

 

 

シャミアに言われた通りに教室に戻ると、そこには士官学校の制服を着たミティアがいた。

ベレス達に気付いたミティアは彼らに駆け寄った。

 

「ベレス先生、おはようございます。今朝、制服と教材が届いたのでみんなに伝えようと教室に来たんですが…誰もいなくて戻ってくるまで待ってました」

 

「すまない、今節の課題について大広間で話し合っていたんだ」

 

「よく似合ってるぜ、ミティア。色は俺達のと違って白黒なんだな」

 

「ありがとう、クロード。こっちの方が俺に似合いそうってマヌエラ先生が選んでくれたんだ」

 

「ミティアくんかっこいいー!まるで物語に出てくる騎士みたい!」

 

「これでミティアもわたし達金鹿の学級の仲間入りか。」

 

「また賑やかになりますね!」

 

「何かわからないことがあったら言ってください。魔導についてなら詳しく教えます。」

 

「よぉし!早速ローレンツくんとマリアンヌさんも呼んで歓迎会を開こう!たくさん美味え肉を食って祝おう!」

 

「そうだな、ラファエル。情報収集の前にまずミティアの歓迎会をしないとな。情報収集は明日にしよう」

 

 

 

 

夕方_

 

ベレスとクロード達はレアから許可を貰い、教室でミティアの歓迎会を開いた。

机の上には食堂で作った料理が並んでいた。

 

「そういえばちゃんと説明してなかったな。

 

金鹿の学級はレスター諸侯同盟出身の生徒の学級で、見ての通りまとまりのない学級だ。

貴族もいれば平民もいるし、本気で学びたい奴も、怠けたい奴もいる。まあ、きっとすぐに慣れるさ。気楽に行こうぜ、ミティア」

 

レスター諸侯同盟出身の生徒の学級、『金鹿の学級』。

生徒の数はクロードとヒルダを合わせて8人。

 

名門貴族であるグロスタール伯爵家の嫡男。

『ローレンツ=ヘルマン=グロスタール』

 

レスターの商家の息子。

『ラファエル=キルステン』

 

商家の次男坊。

『イグナーツ=ヴィクター』

 

レスター諸侯同盟に加盟している貴族コーデリア伯爵家の長女。

『リシテア=フォン=コーデリア』

 

エドマンド辺境伯の養女。

『マリアンヌ=フォン=エドマンド』

 

同盟領サウィン村の猟師の娘。

『レオニー=ピネッリ』

 

レスター諸侯同盟の一角をなすゴネリル公爵家の公女。

『ヒルダ=ヴァレンティン=ゴネリル』

 

そして__

 

レスター諸侯同盟の盟主リーガン公爵家の嫡男。

『クロード=フォン=リーガン』

 

金鹿の学級の担任であり元傭兵。

『ベレス=アイスナー』

 

クロードはまとまりがないと言っていたが、個性豊かで賑やかな学級だ。

と、ミティアは思った。

 

「ミティアくんと先生がいれば、鷲獅子戦(じゅじしせん)も楽勝じゃない?」

 

「鷲獅子戦?」

 

「あぁ、君は知らないのか。鷲獅子戦とは、毎年飛竜の節にグロンダーズ平原で行われる士官学校の伝統行事で、大規模な学級対抗戦だよ。敵を多く倒した学級が勝利する戦略が問われる三つ巴戦だ」

 

ローレンツの分かりやすい説明を聞いてミティアは「なるほど…」と納得した。

 

「確かに、ヒルダの言う通りだな。ミティアと先生がいれば楽勝かもしれない。だが、油断しないほうがいい。エーデルガルトやディミトリは強敵だからな、模擬戦の時みたいに勝てるかもわからない。」

 

「じゃあ、負けないように鍛えねえとな!」

 

「そうだね、ラファエル。鷲獅子戦までたくさん鍛えて頑張ろう」

 

「その前に、今節の課題をみんなで力を合わせて達成しないとね。ね、マリアンヌちゃん」

 

「え…ぁ、は…はい…そうですね」

 

「鷲獅子戦も大事ですが、今わたし達がやるべきことをしてから考えましょう」

 

「そうですね、リシテアさん。」

 

盛り上がるヒルダ達を見て、ミティアは微笑んだ。

 

「…………」

 

「みんなと話をして楽しい?」

 

「はい、先生。クロード達と話していると穏やかな気持ちになるんです」

 

「無理して敬語を使わなくていいよ。その方が気楽で話しやすいから」

 

「いいんですか?…じゃあ、改めてよろしく頼む。ベレス先生」

 

「うん、金鹿の学級にようこそ。ミティア」

 

ミティアは改めて挨拶をし、ベレスと握手をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜_

 

なかなか眠れないミティアは夜風を浴びようと自室を出て修道院内を歩き回った。

 

眠れない理由は、今節の課題のことと、マグドレド街道で現れた謎の人物について考えていたからだ。

 

『思い出せ。本来のお前を思い出せ』

 

謎の人物が呟いた一言。

奴はきっと記憶を失う前の自分を知っている者だとミティアは確信した。

 

「本来の俺…か、」

 

「……あら、ミティアさん?」

 

と、背後から声をかけられた。振り向くと、そこには自分に「ミティア」と名前を与えてくれたフレンがいた。

 

「こんな夜遅くにお散歩ですか?今日はとても冷えますからあまり長居しないほうがいいですわよ」

 

「ちょっと眠れなくて…フレンは何でここに?」

 

「…実は、怖い夢を見て眠れなくなってしまって…」

 

「怖い夢?」

 

「はい…死神のような男の人が、わたくしを闇の中に連れ去ろうと追いかけてくる悪夢を見たんです…眠ったらまた同じ夢を見たらどうしようと…わたくし、怖くて眠れなくなって……」

 

悪夢を思い出して怯えるフレン。

そんな彼女を見てミティアは震えている彼女の手を優しく握った。

 

「…大丈夫。何かあったら、俺が必ず助けに行くから。フレンを傷付ける奴は、絶対に許さない」

 

「ミティアさん…ありがとうございます。…ふふ、あなたの手、とても温かいですね」

 

フレンはミティアの温かい手に包まれて安心し、微笑んだ。ミティアも、フレンの笑顔を見て同じく微笑んだ。

 

 




【ミティアの設定】※ちょっと修正しました

・ミティアが制服に着替えるまで着ていた服は神羅カンパニーの神羅兵の制服
・ミティアの制服はベレトの士官学校制服と同じ(マント、帽子無し)
・ミティアの部屋は寮1階の一番隅にある空き部屋
・ミティアの落とし物
「聖セスリーンのお守り」「使い古した教本」「押し花の栞」
・ミティアが喜ぶ贈り物
「刃物用の鉱石」「薔薇」「木彫りの女神像」
・ミティアの好きな食べ物
「ダフネルシチュー」「満腹野菜炒め」「桃のシャーベット」
・ミティアの好きな茶葉
「ハーブティー」「ミントティー」「ローズティー」



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第八節 敵の狙い

7月6日_

 

 

 

『__思い出せ。本来のお前を思い出せ』

 

お前は誰なんだ?俺のことを知ってるのか?

 

答えろ!俺は誰なんだ!?

 

『…今知れば、後悔するぞ』

 

後悔…だと?

何を言って…

 

『くくく…いずれ分かるさ、だが今はまだその時(・・・)ではない。』

 

おい、待て!話はまだ終わってない!

お前は記憶を失う前の俺のことを知ってるのか!?

 

『……知っているさ。よぉーく、な。

 

何故ならお前は、私の______』

 

 

 

 

 

「っ!」

 

ミティアは目を覚まし、起き上がった。

寝間着は汗でぐしょぐしょになっていた。

 

「夢…か?」

 

夢の中で謎の人物が言った言葉を思い出す。

 

「『お前は、私の_』……やっぱりあいつは俺を知っているのか。次現れた時は、捕まえて問い詰めてやる」

 

 

 

 

 

 

敵の狙いを推量するための情報を集めるためにまず、ベレスとミティア達は大修道院の人々に女神再誕の儀で警備が手薄になり、狙われそうな場所について聞き込みをした。

 

食堂_

 

「修道院で狙われそうなもの?いろいろあって一つに絞るのは無理だな。貴重な品なら、ここの厨房にもあるぞ。数百年以上も前に仕込まれた葡萄酒とかな。

だが、味は飲めたもんじゃないって噂さ。わざわざ押し入って盗む奴もいないよ」

 

温室_

 

「温室が狙われたら大変ですわね…ここの植物は大変貴重なものですから。ガルグ=マク995年の歴史に粋がこの温室に詰まっているのです…!

多くの可憐な花、薬にも毒にも変じる草木、あぁ…あたくしの大事な子達…」

 

宝物庫_

 

「おや、この部屋が何かご存じで?教団の宝物庫です。宝物といっても金銀財宝ではありません。ほとんどは武具や遺物の類いですね。盗まれて困るもの…?こんな入りやすい場所には起きませんよ」

 

書庫_

 

「この書庫でしか読めない貴重な書物は、数多くあります。ただしここに来れば読めるので危険を冒してまで盗む者はいないでしょう。たまに、修道院に相応しくない書物をセテス様が廃棄することがあるのですが…ある意味、その手の書物のほうがここでは貴重かもしれませんね」

 

紋章学者の部屋_

 

「まったく、恐ろしい話もあったものだよ。だが、レア様の暗殺が成功するはずもない。なに、他に狙いがある、と…?確かに、この部屋には貴重な器具もあるが我輩以外に扱える者がいるとは思えんな。」

 

大聖堂_

 

「女神の塔には入ったことはあるか?祭儀にも使われる神聖な場所だ。一応、生徒は入ってはいけないことになっているのだが…逆にそれが好奇心を煽るのだろう。こっそり入り込む者もいる。ま、今節に限っては、そんなことは絶対にあり得んがな。何しろ、女神再誕の儀にあたって、いつもの倍以上の見張りが立つのだ。」

 

「儀式当日は修道院が一般開放され、この先の聖廟も皆に公開されることになっています。聖廟には預言者であり聖者であるセイロス様の眠る棺が安置されているのですよ。他に?いえ、特に何もありません。棺を見られるだけですよ。棺には魔法で強力な封印がかけられていますから、開けることも出来ませんし」

 

 

士官学校 金鹿の教室_

 

一通り情報を集めたベレス達は教室にいるクロードに報告した。

 

「なるほど…教団にとって、最も重要といえる物があり…儀式当日、一般公開されることで普段より侵入も容易になる。つまり…」

 

「敵の狙いは聖廟?」

 

「あぁ、俺もそう思う。目的はまだわからないが、敵の狙いは聖廟である可能性が高いな。」

 

話し合って、ベレスとミティア達は聖廟が狙われる可能性が高いと推理し、女神再誕の儀に聖廟を見張り敵を討つ作戦を実行することを決めた。

 

当日の警備の準備をするためにベレスとミティア達は一旦解散した。

 

 

 

書庫_

 

「ミティア君。ちょっといいかね?」

 

書庫でトマシュを手伝いを終わらせたミティアを紋章学者のハンネマンが呼び止めた。

 

「ハンネマン先生、どうしましたか?」

 

「いや、大したことではないんだ。君に紋章があるか確かめさせてほしい」

 

「紋章…?」

 

「む?紋章を知らないのか…少し長くなるが、我輩の部屋で説明をするとしよう。」

 

 

紋章学者の部屋_

 

「さて、まず紋章とは何か、であるな。…紋章とは、力だ。遥か昔、女神より人に授けられたと言われ、人の体に宿り、血によって受け継がれる。紋章を宿した者は、魔道に優れたり、強靭な肉体を有したり等々…それぞれの紋章に対応した人智を超える力を持つのだ。

君の高い身体能力は、もしかしたら紋章によるものではないかと思ってね」

 

「…その紋章が俺に?」

 

「まぁ、調べてみなければわからぬよ。

言った通り、紋章は血によって受け継がれるが…たとえ先祖に紋章を宿した者がいたとて、その子孫が必ず紋章を宿すとは限らない。子孫の中の限られた者だけが、紋章の力を受け継ぐことができるのだ。

君の先祖に紋章を宿した者がいて、たまたま君がそれを受け継いでいれば…ということなのだよ。

それに、どこの家系の紋章を宿しているか分かれば、君の記憶の手懸かりにもなる」

 

「記憶の手懸かり…調べてください。お願いします」

 

「うむ、もちろんだ。すぐにでも調べるとも。

さぁ、この装置の上に手を伸ばしてくれたまえ」

 

ハンネマンに言われた通りにミティアは床にある装置に手を伸ばした。

すると、ミティアの影がぐにゃりと歪み、紋章のようなものが浮かび上がった。

 

「こ、これは…!?見たことのない文様…まさか、ベレス先生と同じ未発見の紋章だというのか?

まだまだ我輩の知らぬ紋章が存在したとは…!」

 

「は…ハンネマン先生?」

 

「…うむ、興奮してしまった。もう出ていってくれて結構だ。我輩はこの紋章について調べねばならん。なんの紋章かわかったらすぐに報告しよう。

 

ふむ、この線…この形…もしや彼女のと同じ紋章の一部で、もっと大きな……」

 

「………………」

 

 



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第九節 聖廟の戦い

7月26日 女神再誕の儀当日_

 

ベレスとミティア達は大聖堂で作戦会議をしていた。

 

「いよいよ女神再誕の儀の幕開けだ。俺達の読みの成否はいかに…」

 

「外れるといいなー。当たったら敵と戦わなきゃなんないんでしょ?」

 

「当たる」

 

「俺も当たると思う」

 

「みんなで知恵を集めて考えたんです。きっと当たりますよ」

 

「いずれにせよ、もう時は動き出してる。今は決めたことを実行に遷すだけさ」

 

作戦について話していると、セテスとフレンが現れた。

 

「君達、緊張感が足りないようだが?間もなく女神再誕の儀が行われるのだぞ。我々が女神の塔に入っている間、警備が薄くなりそうな場所を特に警戒してくれ」

 

「先生、ミティアさん。聞いてくださいます?お兄様ったら酷いのです。心配だからお前は棺桶の中にでも隠れていたらどうか、なんて仰いますのよ?ふふふ。」

 

「そ、それは冗談だと言っただろう、フレン。お前は私の後ろにずっといなさい。

ベレス、君は教師としてしっかり生徒を指揮するように。以上だ」

 

「皆さん、失礼いたします。儀式の後でまたお会いしましょうね」

 

二人はベレス達と別れ、女神の塔に向かった。

 

「いつ見てもセテスさまって、過保護よねー。あたしの兄さんみたい…」

 

「棺桶の中にか…確かに安全そうだが…」

 

「み、ミティアくん?」

 

「ほら、先生、ミティア。早く身を隠して聖廟へ下りる階段を見張ろうぜ。入り込んだ奴がいれば袋の鼠だ。噛みつかれないようにしながら捕まえてやろう。」

 

 

 

聖廟_

 

しばらく見張っていると複数人の兵が階段を下り、聖廟に侵入した。

ベレス達も聖廟へ入り、武器を取り出した。

 

「俺達の推理が当たったみたいだな。見ろ、お客さんが来ているようだぞ」

 

敵は自分達を追ってきたベレス達に気付いた。

 

「もう中央の奴共に気付かれたか…わしが棺の封印を解くまで時間を稼げ!」

 

「ははっ!」

 

指揮を出している魔術師は奥にある棺の封印を解こうとし、部下達は武器を構えた。

 

「敵の狙いは一番奥の棺か。聖人の遺骨でも奪おうってのかねえ。棺を開けられる前に、さっさと奴らを片付けちまいところだが…」

 

クロードは一部だけ色と模様が違う床に指をさした。

 

「気付いたか?この聖廟、一部の床に何か仕掛けが施されているらしい。敵の武器に応じて戦う場所を見極めながら進んだほうがよさそうだな」

 

ベレスは頷き、皆に指示を出し侵入者と戦い始めた。

慌てた魔術師は中心にいる不気味な黒い騎士に声をかけた。

 

死神騎士(しにがみきし)よ!お主は強いのだろう?奴らを蹴散らしてきてくれ!」

 

「貴様らの指図は受けん…惰弱な者の相手など、退屈なだけ…」

 

だが、死神騎士という黒い騎士は魔術師の言うことを聞かないらしい。

 

「いかにも物騒な雰囲気だな…みんな、あの黒い奴には近付くなよ」

 

クロードの忠告を聞き、ベレス達は死神騎士を避けて進軍していった。

横を通りすぎても死神騎士は一歩も動かない。

 

(……どうやら、俺達と戦う気はないみたいだな)

 

ミティアは動かない死神騎士を見て、こちらが攻撃しなければ襲ってこないと察した。

 

ベレス達は侵入者を次々と倒していき、奥へ進んでいった。

棺の封印を解こうとしている魔術師まで後少し。

 

「フン、遅いわ…!封印は間もなく解けよう…」

 

魔術師は封印を解きながらベレス達に向かって魔法で攻撃をしてきた。

ベレス達はその攻撃をかわしながら進んだ。

そして、ベレス達は魔術師の周りを囲み、逃げ道を塞いだ。

だがその直後、棺の蓋がぎぎ…とゆっくりと開いた。

 

「手遅れよ…!封印はすでに解かれた!お主らなど……な!?この剣は…」

 

「はあぁ!」

 

魔術師が棺から剣を取り出した瞬間、ベレスが鋼の剣で魔術師が取り出した剣を弾き飛ばし、受け止めた。

 

慌てた魔術師はベレスに向かってファイアを放った。それを防ごうとベレスは受け止めた剣を振るった。

その瞬間、ファイアは消滅し、剣が赤く光だした。

 

「なに!?」

 

その光を見て怖じ気付く魔術師。逃げようとするが、逃げ道はもうない。

なんとかしてこの場から逃げようと巨大なバリアを展開した。

ベレスは持っていた鋼の剣を捨て、赤く光る剣を構えた。

 

そして、魔術師に向かって剣を振るった。

バチバチと火花が散り、パキパキとバリアにひびがはいりバリンッと音を立てて砕け散った。

魔術師が怯んだ隙にベレスは魔術師を斬り倒した。

 

彼女が剣を振るう姿を見た死神騎士は目を見開いた。

 

「その剣、まさか……逸楽、見つけたり……!」

 

「! 待て!」

 

そう呟いた瞬間、ミティアは何かを察して死神騎士に向かって走り出す。

だが死神騎士は光に包まれ一瞬で姿を消した。

 

「逃げられた…今のは魔法か?後も追わせてくれないらしい。」

 

「っ…クソッ…」

 

「ま、仕方ない。それより今は先生だ。その剣、その輝き、見つけたりまさか…」

 

すると、バタバタと騒ぎを聞き付けたカトリーヌが率いるセイロス騎士団が階段を降りてきた。

 

「侵入者はここか!?……って、あれまあ。だいたい片付いてんな。者共!生き残っている侵入者共を残らずぶん縛れ!」

 

「ははっ!」

 

 

 

 

 

 

その後、生き残った侵入者達はセイロス騎士団に捕らわれ、すぐに身元を洗い出した。

レアとセテスに報告したベレス達は今日のところは一先ず解散した。

ミティアは一人聖廟に残り、セイロス騎士団と共に処理を手伝った。

 

処理を全て終わらせ、聖廟を出るとすっかり日が暮れていた。

 

「…腹が減ったな。食堂に行って何か軽いものでも食べるか」

 

と、ミティアは腹を満たすために食堂に向かい、大聖堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大広間近く___

 

 

「あ、ミティアさん!」

 

と、偶然通りかかったフレンは食堂に向かっているミティアを見つけ、声をかけた。

 

「よう、フレン」

 

「聖廟で侵入者と戦ったと聞きました。大丈夫でしたか?」

 

「なんとかな…フレンこそ女神再誕の儀の方は大丈夫だったか?」

 

「はい、儀式は無事に終わりました。まさか敵の狙いは聖廟だったなんて…思いもしませんでしたわ。聖者セイロスの棺は無事でしたか?」

 

「あぁ、それなんだが…」

 

フレンに聖廟で起きたことを話そうとしたその時__

 

「うぎゃああああああああああっ!!」

 

何処からか悲鳴が聞こえた。

 

「まさか、まだ侵入者が…っ!」

 

「ミティアさん!?待ってください!」

 

まだ侵入者が残っていたと考えたミティアは悲鳴が聞こえた場所へ向かった。

フレンは心配になってミティアに着いていき、二人は悲鳴が聞こえたとされる地下の入り口付近に辿り着いた。

 

入り口の前では、警備していた兵が傷を負って倒れていた。ミティアは倒れていた警備兵をゆっくりと起こし、声をかけた。

 

「おい、大丈夫か!?しっかりしろ!」

 

「が…く、黒い…男が…いきなり…襲い、掛かって…」

 

「黒い男?まさか…」

 

ミティアは先程逃した死神騎士と思った。

危険だと察したミティアはフレンに呼びかけた。

 

「フレン、すぐに先生かカトリーヌさんを呼んできてくれ!侵入者はまだ__」

 

と、言おうとした直後、地下からコツコツと階段を登る音が聞こえた。

 

(まずい…上がってくる…!)

 

ミティアは警備兵を降ろし、剣を構えた。

 

「フレン、早く!」

 

「で…ですが、ミティアさんが…」

 

「俺が敵を引き付ける。フレンは早く先生達を呼んできてくれ!」

 

足音が近くなっていく。フレンと怪我をした警備兵を逃がそうと剣を構える。

 

コツ…コツ…コツ…コツンッ

 

「……え?」

 

現れた敵の姿を見て、ミティアは目を見開いた。

地下から現れたのは死神騎士ではなく、あの黒い服を来た謎の人物だった。

謎の人物の手には、古い布に包まれた黒い『何か』があった。

 

『…お前に贈り物をやろう』

 

と、呟いた謎の人物は、笑みを浮かべた。

その瞬間、謎の人物は一瞬でミティアの前に移動し、布を外した『それ』をミティアの胸に刺した。

 

「かっ…」

 

それは一瞬の出来事でミティアはかわすことが出来なかった。

 

『大切に使え…これはお前の一部でもあるのだからな』

 

謎の人物は『それ』から手を離し、姿を消した。

強烈な痛みに耐えられず、ミティアは床に倒れこんだ。

 

「い…いやあああっ!!ミティアさん!ミティアさん!!」

 

悲鳴をあげたフレンはミティアに駆け寄った。

ミティアの胸に深く刺さった黒い『それ』は、ドクンドクンと脈を打っていた。

 

「ぐっ…が、ぁ…な、なんだよ…これ…」

 

脈打つ『それ』を見てミティアは青ざめた。

それはまるで、生き物のように動いていたのだ。

 

「いや…ミティアさん…すぐに治療しないと…!」

 

少しパニックになっているフレンはミティアの傷を治そうと回復魔法をかけた。

それに反応して『それ』の動きが激しくなりミティアは激痛に襲われた。

 

「あがっ…ぐぅ…あぁ!」

 

「ご、ごめんなさい!どうしたら…このままじゃ、ミティアさんが…!」

 

「っ……フレン。俺は…大丈夫、だから…こんなもの…っ…」

 

ミティアは痛みに耐えながら『それ』の持ち手を掴み、引き抜こうと力を入れた。

 

「ダメです!無理に引き抜けば血が…!」

 

フレンは止めようとするが、それでもミティアは『それ』を引き抜こうと腕に力を込め引き続けた。

 

すると、『それ』にある窪みにはめられた宝石のようなものが緑色の光を放った。

同時に、ミティアは胸に刺さっていた『それ』をずるりと引き抜いた。

 

引き抜いた瞬間、『それ』の光は大きくなり、パリンッと何かが砕けるような音が鳴った瞬間、光は消えた。

 

「はぁ…はぁ……追わないと…奴を…追わな…い…と……」

 

激痛に耐えながら力を振り絞ったミティアは力尽きてその場で気を失った。

 

「ミティアさん!ミティアさん!!」

 

気を失う直前にミティアが目にしたのは、涙を流しながら必死に自分の名前を呼ぶフレンの姿だった。

 

 

 



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第十節 堕天の剣

まただ。

 

またこの夢だ。

 

闇の中で落ち続ける夢。

 

何も見えないし、何も聞こえない。

 

体の中に、水のように何かが流れる感じがする。

 

………頭の中で、誰かの声が聞こえる。

 

『___我こそ古代種の血を引きし者』

 

この声は…一体……

 

『この星の正統なる後継者__』

 

何を言っている?

 

古代種?

 

星の後継者?

 

お前は…誰だ?

 

 

 

 

 

『___母さん、一緒にこの星を取り戻そうよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ、ん?」

 

目が覚めると、見覚えのある天井が目に入った。

ここは…俺の部屋か。

 

ゆっくりと起き上がると、胸に包帯が巻いてあるのに気付いた。

そうだ俺、あの黒い奴に胸を刺されて、刺さったものを引き抜いて気を失ったんだ。

 

あの時、視界がぼやけていたから何が刺さったかよく見えなかったが、形状や大きさは剣と同じだった。

 

「目が覚めたようだな」

 

と、黒い大きな箱を持ったセテスさんが部屋に入ってきた。

 

「……俺はどのくらい寝ていましたか?」

 

「一週間だ。あの後、フレンの悲鳴を聞いて駆けつけたシャミアとツェリルが君を医務室まで運びマヌエラが手当てをした。君を刺した犯人は捜索中だ。」

 

「……すみません、みんなに迷惑をかけてしまって…」

 

「いや、こちらの警備が甘かったせいだ。まさか侵入者が残っていたとは…」

 

「……あの、負傷した警備兵は?」

 

「彼なら無事だ。今は自室で安静にしている」

 

「よかった…」

 

「…それと、君の怪我についてなのだが。まず、これを見て欲しい」

 

セテスさんは持ってきた箱の蓋を開け、中身を俺に見せた。

 

それは、英雄の遺産に似た黒い剣だった。

形状はキルソードに似ていて全体的に黒く、鍔の辺りにある窪みに紋章のようなものが刻まれた緑色の石が嵌め込まれていた。

 

俺はそれを一目見てすぐに自分の胸に刺さったものだと察した。

 

「この剣は、五年前にある村で回収された英雄の遺産に似た武器だ。製作者は不明であまりにも危険なためずっと教団の地下倉庫に保管されていた物だ。」

 

「危険…?」

 

「あぁ、この剣には、紋章を持たない者が触れると精神が崩壊し、廃人と化す呪術の類いがかかっていた。紋章を持つ者は触れても何も起きないが、紋章石は反応せず、ただの武器になる」

 

「そんな危険なものが…」

 

「だが、君が医務室に運ばれた後、この剣を箱に戻そうとした時に一人の兵が誤って触れてしまったんだ。しかし、彼には何も起こらず、調べてみたところ剣にかかっていた呪術が解かれていたんだ。」

 

そう言うとセテスさんは箱の中から剣を取り出した。

 

「持ってみてくれ」

 

と、言われ剣を差し出された。俺は少し戸惑ったが、落とさないようにゆっくりと剣を受け取った。

すると突然、緑色の紋章石が光り、その光は剣を包んだ。

 

「凄い…光った」

 

「やはりか…嵌め込まれている紋章石をよく見てくれ」

 

嵌め込まれている紋章石を見てみると、翼のような紋章が刻まれていた。

 

「ハンネマンに君の紋章と石に刻まれている紋章を調べてもらった。その結果、君の紋章はこの紋章の一部ということが判明した。

君の中にある紋章は大きすぎるため、通常の機具では全体を写せなかったとハンネマンは言っていた。」

 

「俺の中にある紋章がこの紋章…?」

 

「そうだ。しかもその紋章は、五年前に発見し、何処の貴族の紋章かまったくわからなかった謎が多いものだ。大司教は、この紋章を『片翼(かたよく)の紋章』と名付けた。」

 

「片翼…」

 

これが俺の紋章…記憶の手懸りになると思ったが、まだよくわからないものだったなんて…

 

「大司教は、この剣を君に託すと決めた。私は反対したのだが、君にしか使えない代物だからと考えを改めなかった…」

 

「レア様が…これを俺に?」

 

普通は倉庫に戻した方がいい。だが、レア様はこの剣を俺に託すと言った。

片翼の紋章を持つ俺ならこの剣を上手く使いこなせると考えたのか?

 

「あの、この剣に名前とかはあるんですか?」

 

「あぁ、箱の内側に剣の名前が刻まれている。」

 

俺は剣が入っていた箱の中を覗いた。

セテスさんの言う通り、箱の内側に剣の名前が刻まれていた。

 

「『堕天(だてん)(つるぎ)』…」

 

…カトリーヌさんの雷霆みたいな名前かと思ったが『堕天』って、物騒な名前だな。

 

「剣の鞘はこれを使うといい。もう使われなくなった剣の鞘だが、サイズを調整した。傷の方はあと三日も経てば完治するだろう。次の課題については後に伝える」

 

「はい、ありがとうございます。セテスさん」

 

「あぁ。…それと、フレンを…妹を守ってくれてありがとう。」

 

と、言い残してセテスさんは部屋を後にした。

 

「フレン…完治したら謝りに行こう」

 

俺は堕天の剣を鞘に戻し、ベッドの横に立て掛けた。

 



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第十一節 仮面の教師

翌日_

ミティアが目を覚ましたと聞いてベレス、クロード、ヒルダ、フレンが見舞いに来た。

 

「よかった…ミティアさんが無事でよかったです…」

 

「心配をかけてすまない、フレン。お前も無事でよかった」

 

「はい、これ。見舞いに来れなかったみんなから」

 

ヒルダは用事で来れなかったイグナーツ達からの見舞い品が入った籠をミティアに渡した。

 

籠の中には美しい切り花、美味しい焼き菓子、木彫りの女神像、訓練用の重し、紅茶の茶葉、燻製肉が入っていた。

 

「それと、これは俺達から。食べ物は早めに食べた方がいい」

 

と、クロードから小さい籠を受け取った。

中には盤面遊戯、おしゃれな髪飾り、黄金のリンゴが入っていた。

 

「髪飾り…?」

 

「ミティアくんに似合いそうだから買ったの。元気になったらつけてね♪」

 

「…ありがとう、ヒルダ。」

 

クロード達から見舞い品をたくさん貰い、微笑んだ。

しばらく談話し、ミティアはセイロス騎士団に捕らえられた侵入者についてクロード達に聞いた。

 

「侵入者の正体は、西方教会の関係者だった。王国領主の煽動、大修道院への侵入、大司教の暗殺未遂、聖廟の襲撃…全部、西方教会の企みだったみたいだ。捕らえた奴らは全員処刑、騎士団は西方教会上層部の討伐に乗り出すらしい。俺達にも任務の手伝いをする機会があるかもしれない」

 

「討伐…そういえば、セイロスの棺に入っていたあの剣は?」

 

「あの剣?…あぁ、『天帝の剣』のことか。」

 

「天帝の剣?」

 

「天帝の剣は、英雄の遺産のひとつであって教団の所蔵品の中でも最も貴重な品らしい。かつて解放王ネメシスが使った武器だ。剣はベレス先生が預かることになった」

 

「先生が…?」

 

「はい、レア様は一度も使われなかった天帝の剣を使えた先生に預けると仰いました。先生ならネメシスのように邪悪に落ちないと信じて…」

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ベレス達はミティアの部屋を後にし、持ち場に戻った。

 

『むぅ…やはり気になる…』

 

と、ベレスの頭の中から少女の声が聞こえた。

少女の名はソティス。ベレスにしか姿が見えず声も聞こえない謎の少女だ。

 

『あの小童から妙な気配を感じた。いや、正確には気配が大きくなっていた(・・・・・・・・・・・)じゃな』

 

「どういうこと?」

 

『以前から、あやつからうっすらと妙な気配を感じていた。だが、その気配がはっきりと感じるようになっておった。まるで養分を得て成長した植物のようにな…それに、寝床の横にあったあの剣…』

 

「……………」

 

『おぬし、気を付けよ。あの小童…得たいの知れぬ力を持っているかもしれぬ』

 

 

 

 

 

翌日_

 

具合も良くなってきたミティアは訛った体を鍛えるため、誰もいない訓練場に足を踏み入れた。

 

「ふっ、はぁ!」

 

素早い動きで訓練用の剣を振るう。

鍛練をしているうちに、ミティアはあることに気付いた。

 

「?…前より体が軽い」

 

以前とは違い、体は軽くなり、動きが更に速くなっていた。

剣筋も以前より上がっている。

ミティアは疑問に思いながらも鍛練に集中した。

 

「……見事だ」

 

と、出入り口の方から声が聞こえた。

手を止め、目線を向けるとそこに仮面をつけた一人の男が立っていた。

男はミティアがよく知る人物だった。

 

「イエリッツァ先生、こんにちは」

 

「…あぁ、」

 

彼の名はイエリッツァ=フォン=フリュム

セイロス聖教会の士官学校で主に鍛錬を担当している武術師範だ。

 

「傷は癒えたのか?」

 

「はい、明後日には復帰できます。」

 

「…そうか、よかったな。だが無理な鍛練は傷に障る…気を付けろ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

ミティアはイエリッツァに礼を言い、鍛練の続きを始めた。

ふと、イエリッツァの眼を見てミティアはあることを思った。

 

(…そういえば、イエリッツァ先生の瞳、誰かに似ているな…)

 

 

 

 





10日以上投稿が遅れてごめんなさい…
次回は外伝ストーリーです。
追加コンテンツのネタバレがたくさん出てきます。
これからも『流星光底』をよろしくお願いします。



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外伝 暗闇の灰狼(前編)

追加コンテンツ『煤闇の章』のネタバレがたくさん出てきます。


これは、聖廟襲撃からしばらく経った後の話_

 

完治したミティアは復帰し、授業を受けていた。

昼休みになり、クロードと一緒に食堂に入り、食事係から今日の料理のメニューを見せてもらった。

 

「今日は豊漁祭だから魚料理がたくさんあるな」

 

「フィッシュサンドに魚と豆のスープ、ニシンと木の実のタルト…どれも旨そうだから迷うよなぁ。ミティアはどれにするか決めたか?」

 

「俺はニシンと木の実のタルトに決めた。この前ローレンツからおすすめだって聞いたんだ」

 

「そっか、じゃあ俺はフィッシュサンドにしよう。」

 

二人は注文した料理を受け取り、空いている席に座った。

 

「おぉ、うまそうだ。いただきます!」

 

「いただきます」

 

温かい出来立ての料理を食べる二人。

ミティアが注文したニシンと木の実のタルトは帝都アンヴァルの名物でニシンとノアの実を煮込んだ具を生地に混ぜて焼き上げたタルトだ。

 

「もぐもぐ…このタルトうまいな。タルトは甘いのが普通だと思っていたがこういうものもあるのか…」

 

「わかるぜ、俺も昔はタルトはデザートが当たり前って思っていた。この料理を考えた奴は凄いぜ」

 

と、クロードと会話をしていると、近くに座っていた教団の関係者の会話が耳に入った。

 

「ったく、アビスの連中め…最近大人しくしていると思ったらまた問題を起こしたらしいな」

 

「例の生徒を襲った盗賊の残党が住み始めたって聞いたぞ」

 

「はぁ…怖い怖い…」

 

関係者の会話を聞いて、ミティアは『アビス』という言葉を聞いて首を傾げた。

 

「……アビス?」

 

「ん?どうした?」

 

「あ、いや…なんでもない。」

 

ミティアは目線を戻し、次の授業の鐘が鳴る前にクロードと食事をした。

 

 

 

 

 

今日の授業が全て終わり、生徒達が自由に過ごしている中、ミティアは教科書と書庫から借りた本を持って日当たりのいい場所を探して外を歩き回っていた。

 

「試験も近いし、しっかりと覚えておかないとな…それに、記憶についても調べないと」

 

先日、セテスから調査の結果を聞いた。

ミティアの記憶に繋がりそうな情報は得られなかったという。調査範囲を広げるとセテスはミティアに伝えた。

 

「……みんなに助けられてばかりだな、俺…」

 

はぁ…と溜め息を吐くミティア。

聖廟の件も、自分がもっと強かったらあの謎の人物を捕まえることが出来たかもしれない。

 

「本当、情けないな……」

 

と、とぼとぼと歩いていると_

 

バキッ

 

「…………え?」

 

板張りされている床に足を踏み入れた瞬間、板が大きな音を立てて壊れ、ミティアはその下にある穴に落ちた。

 

「う、うわあああああああああっ!!?」

 

 

 

ドスンッ

 

穴に落ちたミティアは地面にぶつかった。

穴の中は深く、薄暗かった。

 

「いてて…な、なんだ?ここは…」

 

キョロキョロと辺りを見回していると、何処からかボロボロの鎧を纏った男が現れた。

 

「物凄い音が聞こえたから来てみたら……あんた、大丈夫か?」

 

「え、あ…はい、なんとか」

 

鎧の男が差し伸べた手を握り、ミティアはゆっくりと立ち上がった。

 

「おい、今の叫び声は誰だ?」

 

と、次に現れたのは女性と見間違えるほどの美しい顔立ちの青年だった。

青年の服装は士官学校の制服に似ており、腰に剣をさしていた。

 

「あぁ、ユーリスか。」

 

「ん?…誰だ?そいつ。その服装…士官学校の生徒か?どっから入ってきたんだ?」

 

「どうやら、あそこから落ちてきたみたいだ。」

 

鎧の男は手を上げ、ミティアが落ちた穴へ指を差した。

穴を見たユーリスは眉間にシワを寄せて頭を抱えた。

 

「あー…ありゃ、コンスタンツェが魔術の実験で空けた穴だな…ちゃんと板で直したんだが…」

 

青年_ユーリスは穴を塞いでいた板の木片を拾い上げた。

 

「あちゃー…腐ってやがる。また貼り変えないとな」

 

ユーリスは立ち上り、ミティアに目線を向けた。

 

「悪いな、俺の確認不足せいで…怪我とかしてねぇか?」

 

「あ、あぁ。なんとか…」

 

「そうか、ならよかった。俺はユーリス、よろしくな」

 

「ミティアだ。よろしく」

 

ミティアはユーリスと握手をした。ふと、ユーリスはミティアの名前を聞いてあることに気付いた。

 

「待て、ミティア?…まさか、教団が保護した記憶喪失の?」

 

「あぁ、今は金鹿の学級の生徒として教団の手伝いをしている」

 

「へぇ、あんたがミティアか。まさかこんな細身の若い男だったとは…あんたについての噂を知らない奴はほとんどいないぜ」

 

「そうなのか?」

 

「『赤き谷で教団に保護された記憶喪失の凄腕剣士』。『記憶喪失の銀髪の剣士』。中にはあんたのことを『銀髪の天使』って呼ぶ奴もいる」

 

「俺、そんな風に呼ばれているのか…」

 

まぁ、よく考えてみれば教団の関係者や他学級の生徒達からじろじろ見られたり俺についての変な噂が流れていたな。

 

「さて、出口まで案内するよ。ついて来い」

 

「あ、待ってくれ。まずここは何処か教えてくれないか?ガルグ=マグの地下にこんな広い場所があるなんて知らなかったから」

 

ミティアがそう言うと、ユーリスと鎧の男は顔を合わせて考え込んだ。

ユーリスは笑みを浮かべ、再びミティアへ目線を向けた。

 

「…いいぜ、ついて来い。」

 

 

 

 

ミティアはユーリスと鎧の男の後を着いて行き、薄暗い通路を歩き続けた。

通路は長く、至るところに火がついた蝋燭が置いてあった。

 

「なぁ、腰に差しているその黒い剣、英雄の遺産か?」

 

「? これのことか?見た目は似ているがこの剣は英雄の遺産じゃない。」

 

「ふーん、そうなのか…なかなか良い趣味してんだな」

 

「い…いや、俺の趣味で選んだ剣じゃなくて、貰い物なんだ。」

 

「貰い物…ねぇ、」

 

ユーリスはミティアの腰に差している堕天の剣を見て何か考えていた。

しばらくすると、ユーリスと鎧の男は通路の出口の前で足を止めた。

ミティアは出口の外を見て驚愕した。

 

そこには、巨大な地下都市が広がっていた。

 

「ようこそ、ガルグ=マグの地下【アビス】へ」

 

「な…こ、ここが、アビス…!?」

 

昼食の時、教団の関係者が話していた『アビス』を思い出したミティア。

アビスとは、ガルグ=マグ大修道院の地下都市のことだったのだ。

 

「ガルグ=マグの地下に町があるなんて…知らなかった」

 

「だろうな。地上の連中でアビスを知っている奴は少ないし、何より修道院が存在を隠しているからな」

 

「隠している?何故だ?」

 

「アビスは日の光の下で暮らせない奴らの居場所。煤に塗れたガルグ=マグの闇と呼ばれている。

 

家も仕事もねえ老人に、親を失った子供。捨てられた女や貴族にはめられた商人と、いろんな事情で地上に暮らせなくなった奴らが此処に住んでいる。

 

そのせいか、教団には『汚え地下街なんか浄化しちまえ』なんて言っている連中が多いらしくてな…」

 

「ガルグ=マグの闇…地上に暮らせなくなった者達の居場所…か。」

 

ミティアは食堂で聞いた教団の関係者の言葉を理解した。

教団が隠したい闇…行き場を失った者達が暮らしている地下街を見て、ミティアは少し悲しそうな表情を浮かべた。

 

「…さてと、出口に向かう前に少し寄り道でもするか。」

 

「寄り道?何処に行くんだ?」

 

ミティアの質問に対し、ユーリスは笑みを浮かべて答えた。

 

「俺達の学級、『灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)』の教室だ」

 

 




二ヶ月も投稿が遅れてごめんなさい!!
今後なるべく速めに投稿するように気を付けます。


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外伝 煤闇の灰狼【後編】

予期せぬ事故で地下の空間に落ちたミティア。

そこはガルグ=マグの闇と呼ばれている地下街アビスだった。

ミティアはそこで出会った青年ユーリスに案内され、彼が所属している学級の教室へ向かった。

 

 

灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)、教室__

 

薄暗い部屋の中はボロボロだが、黒板や机と椅子が置いてあった。

教室には、ユーリスと同じ色の制服を着た三人の男女がいた。

 

「お、丁度いい。全員揃ってるみたいだな」

 

「よう、ユーリス!随分と遅かったじゃねぇか」

 

「もう!待ちくたびれましたわよ!!」

 

「…あれ?ユーリス、その後ろにいる人は誰?」

 

「この前コンスタンツェが実験であけた穴から落ちた士官学校の生徒だ。名前はミティア、噂の記憶喪失の奴だ」

 

「は、はじめまして…ミティアです」

 

ミティアの名前を聞いた瞬間、三人は驚いた。

 

「へぇ、お前が噂の記憶喪失の剣士か」

 

「ハピも噂を聞いていたけど…まさかこんな綺麗な顔の人が…」

 

「わ…わたくしがあけた穴から…」

 

「ミティア、こいつらはオレの仲間でオレと同じ灰狼の学級の生徒だ。」

 

ユーリスはミティアに灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)の生徒を一人ずつ紹介した。

 

「一番体がデカイのがバルタザール。金髪でちょっとうるさいがコンスタンツェ、一番小さいのがハピだ。みんな訳あってアビスに来た奴らだ」

 

「さっき言っていた灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)の生徒っていうことか…」

 

軽く自己紹介をすると三人はミティアに話しかけた。

 

「記憶喪失だが反乱軍も恐れる無敵の剣士っていう噂を聞いて馬鹿デカイ大男だと思っていたが…意外と小柄なんだな」

 

「うん、ハピも怖そうな人だと思っていたけどハピと同じぐらいの大きさでとても綺麗な人でビックリした」

 

「女性のような華奢な体にその美貌、そして美しく輝く銀髪…教団の者から天使と呼ばれるのも理解できますわ。まぁ、この世で一番美しいのはこの私だけですけど、おーっほっほっほっほっほっ!」

 

「あ…ありがとう…?」

 

ミティアは灰狼の学級の生徒達と和気藹々と会話した。

記憶を取り戻すまで雑用を手伝いながら生活していること士官学級に通っていることなど話した。

そしてミティアはバルタザール達についての話も聞いていた。

 

「へぇ…バルタザールはアビスに来る前はレスター諸侯同盟に居たのか。それにレスターの格闘王か…かっこいいな」

 

「おう!まぁ…賞金稼ぎとかに追われているうちにアビスにたどり着いたわけで…」

 

会話は弾み、ミティアとユーリス達は互いの話を聞いて笑いあった。

 

「コンスタンツェはヌーヴェル家の再興を目指しているのか…天井を吹き飛ばすほどの魔術といい…いろいろ凄いな」

 

「えぇ、私の夢はヌーヴェル家を復興させ貴族の地位を取り戻すこと…必ず成し遂げて見せますわ!」

 

自身の目標を語り合い、称え合った。

 

「ため息をするだけで魔物が寄ってくる?」

 

「うん、冗談に聞こえるけどハピがため息をすると魔物が飛んで来るんだ。そのせいでため息をすることが出来なくてちょっと辛いんだ」

 

「た…大変だな…」

 

 

しばらく経った後、バルタザール達と別れてユーリスと共に地上への道へ向かった。

最初にあった鎧の男(どうやらアビスの門番らしい)にも別れを告げ、ミティアは出口へ向かった。

 

「このまま真っ直ぐ進めば地上への出入り口に繋がる。お前が落ちた穴は後で頑丈に閉じておくから心配するな」

 

「ありがとう、ユーリス。迷惑をかけてすまない…」

 

「気にすんな。ただ、教団の連中にアビスに落ちたことは言うなよ。後々面倒なことになりそうだからな」

 

「あぁ、約束する」

 

「ん。」

 

ミティアはユーリスが案内した道を進んた。

だが数歩目で足を止め、ユーリスの方に振り向いた。

 

「な…なぁ、ユーリス。またここ(アビス)灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)のみんなと話をしに来てもいいか?」

 

ミティアの問いを聞いたユーリスはぽかんとした。

 

「お前やバルタザールにコンスタンツェ、ハピ…それとアビスの人達に会えて本当によかった。だから、みんなと話をしにまた来てもいいか?」

 

「……あぁ、いつでも来い。楽しみに待っているからな」

 

「!…ありがとう。じゃあ、また!」

 

「おう!また穴とかに落ちるなよ」

 

ミティアはユーリスに別れを告げて地上への道を真っ直ぐ進んだ。

その後、泥まみれで帰ってきたミティアを見てヒルダやフレン達に心配され、セテスにこっぴどく説教されるのは、また別の話。



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第十二節 破滅の魔物

8月31日__

 

聖廟襲撃からしばらく経ち、ベレス達は次の任務に向けて準備を進めていた。

今節の課題は王国領に赴き、ファーガス貴族のゴーティエ家に廃嫡されたマイクランに奪われたゴーティエ家の英雄の遺産『破裂の槍』の回収することだった。

 

西方教会の背教者を粛清すべくセイロス騎士団の主戦力は修道院を離れているため、英雄の遺産に対抗しうる天帝の剣を持つベレスが適任と考えたという。

 

準備を終えたベレス率いる金鹿の学級の生徒達はマイクランが根城にしているコナン塔へ向かった。

 

「…………」

 

傷が完治し、復帰したミティアは久々の戦闘に緊張するがすぐに落ち着きを取り戻し、ベルトに堕天の剣を差してベレスとクロード達と共に出発した。

 

 

 

王国領・コナン塔の近く_

 

雨が降る中、 ミティアとベレス達はコナン塔の近くに到着した。

 

「さて、先生、ミティア。ここが件の塔らしいぞ。塔って割には、随分とでかいな……」

 

「要塞みたいだ」

 

「あぁ、攻めにくそうだな」

 

「かつての戦争の名残ってやつだな。賊の癖にまあご立派なねぐらを見つけたもんだ。

……いや、頭目のマイクランは元貴族か。知っててもおかしくないのかもな」

 

クロードと話していると、オレンジ色の髪の男性が話しかけてきた。

 

「数百年前、この辺りは攻め寄せる北方の民を迎え撃つ、要所の一つだった。

この塔は当時、監視と防衛のため建てられたもの。攻略には骨が折れるだろうな」

 

「ええと…ギルベルトさん、でしたっけ。流石王国出身、お詳しい。……あ、そうだ。折角だし、質問してもいいですか?」

 

「あぁ…構わない。私に答えられることであればな。」

 

ギルベルトが返事をすると、クロードは破裂の槍について質問した。

 

「ギルベルトさんは、破裂の槍ってのを見たことがあるんですか?」

 

「……かつて、現物を見たことがある。立派だが、どこか禍々しい槍だった。ゴーティエ辺伯爵によれば、マイクランはその槍で多数の追手を返り討ちにしたと…」

 

「紋章がない奴でも使えるんですか?聞いてた話と違うな……一方で先生以外じゃ紋章を持ってても使えない天帝の剣と、紋章を持っていない奴が触れたら精神が崩壊するミティアの堕天の剣もあるし…

 

……二人が特別なのかもしれないな。この戦いも、期待してるぜ」

 

「あぁ、任せてくれ」

 

「俺も全力でやるよ」

 

「ははっ、強気に出たな。良いことだ。俺も頑張ってみるとするよ。

 

おっと、雨が強くなってきた。さっさと片付けちまおう」

 

 

 

コナン塔、内部__

 

ミティアとベレス達は武器を構え、マイクランの手下である賊を倒しながらコナン塔内部へ侵入した。塔の中には多人数の賊がいた。

 

「賊の気配が濃くなってきた。そろそろ最上階なのだろう」

 

「こんだけ登ると、戦う前にバテそうだぜ。……ま、大雨の中で戦うよりはマシか」

 

そしてミティア達はマイクランを討つために最上階を目指して進軍した。

ベレスとヒルダが前方にいる賊を倒し、道を切り開いた。

 

その直後、後ろの階段から数人の賊が登ってきた。

それに気付いたのはギルベルトだった。

 

「む…階下から新手の敵か?背後にも気を配らねばならんな……」

 

次々に襲いかかってくる賊を倒していくミティア達。

ふと、クロードはチラッとミティアの堕天の剣を見た。

 

(……今のところ特に異常はないな。ガスパール城の時みたいな威圧感もないし、堕天の剣も何も起きていない。

……だけど、なにか嫌な予感がするな)

 

と、クロードが考えている間にベレス達は曲がり角を通った。その瞬間、隠れていた賊が飛び出してきた。

 

「出るぞ!あいつらを挟み撃ちにしてやれ!」

 

「なんと…隠し部屋に潜んでいたか…!」

 

隠れていた賊は近くにいたリシテアに襲いかかった

 

「まずい…リシテア!」

 

「! きゃっ…!?」

 

賊の剣がリシテアに向かって振り落とされそうになった瞬間、かなり離れた場所にいたはずのミティアが常人とは思えないスピードでリシテアの前に移動し、賊の剣を弾き、堕天の剣で賊を斬り倒した。

 

「み…ミティアさん?」

 

「ふぅ…リシテア、怪我はないか?」

 

「は、はい。大丈夫です…」

 

「……よかった。」

 

「リシテア、ミティア!」

 

リシテアの悲鳴を聞いたクロードが二人に駆け寄った。

 

「クロード、伏兵は俺が片付ける。クロード達は最上階に向かってくれ。」

 

「え?でも、お前一人で大丈夫なのか?」

 

「病み上がりだが、この数なら俺一人で片付けられる。それに、ギルベルトさんもいるから後ろは任せてくれ」

 

「……わかった。気を付けろよ」

 

クロードはミティアの言葉を信じてリシテア達と共に先へ進んだ。そしてミティアは後から来たギルベルトと合流し、隠し部屋から現れる伏兵と階段から現れる賊の前に立った。

 

「本当に大丈夫か?セテス殿から君は病み上がりだと聞いていたが…」

 

「はい、大丈夫です。もう傷も治りましたし、こいつらを放っておけばみんながマイクランのもとに辿り着けない。だから…俺がここで奴らを止める」

 

ミティアは深呼吸をして堕天の剣を持ち直し、突きの構えをした。

一瞬だけ堕天の剣の紋章石が光り、同時にミティアの瞳が灰青色から青緑色に光った。

 

 

『___さぁ、お前の力を見せてみろ。』

 

 

あの男の声が聞こえたが、ミティアは反応せず賊に向かって走り出した。

彼の目はまるで、獲物の首もとを正確に狙う猛獣のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最上階に辿り着いたベレスとクロード達は破裂の槍を持ったマイクランと対峙した。

シルヴァンと同じ髪色に顔に大きな傷があった。

 

「貴様らも、俺から槍を奪おうってのか…殺してやる……全員、ぶっ殺してやるッ!」

 

マイクランは怒りを露にし、ベレス達に向けて破裂の槍を振るった。

破裂の槍の威力は強く、当たれば重傷を負うとベレスとクロードは確信した。

 

ベレス達はマイクランから距離を取りながら攻撃する作戦を実行した。

リシテアとクロード、イグナーツが援護し、ベレスとローレンツ、ヒルダがマイクランに攻める。

残りのメンバーは残っている賊の足止めをした。

 

そしてベレス達はマイクランを追い詰めた。

体力をかなり消耗したマイクランは汗を流し、息を荒げている。

 

「ガキの分際で、やるじゃあないか……」

 

と、苦笑いを浮かべるマイクラン。

その時、破裂の槍の紋章石が赤く光り、うぞうぞと赤黒いものが溢れ出した。

赤黒いものはマイクランの体に纏わりついていった。

 

「う…うわっ…」

 

マイクランは悲鳴を上げ、振り払おうとしたが赤黒いものは止まらず、彼は完全に飲み込まれた。

マイクランを飲み込んだ赤黒いものは膨張し、やがて不気味で巨大な黒い魔獣の姿になった。

赤い目を光らせた魔獣はマイクランの手下である賊を襲い、雄叫びを上げた。

 

「ギィィヤァァァ!!」

 

魔獣になったマイクランを見て驚愕するベレス。

それと同時に頭の中でソティスの声が聞こえた。

 

『!? あの姿は……。

……おぬし、そやつのような相手と戦うのは初めてじゃな?わしの話を心して聞け。』

 

暴れ狂う黒い魔獣。その姿を見てクロードは息を飲んだ。

 

「何てこった……英雄の遺産ってやつには、あんな物騒な力も秘められてるのか……。

 

もう敵も味方もわからなくなってやがる。可哀想だが……早く終わらせてやろう」

 

そして、魔獣と化したマイクランを止めるためにベレス達は再び動き出した。

巨大な体に反して動きが速い魔獣。

力が強いラファエルとレオニーが攻撃しようと近付くが振り払われてしまう。

リシテアとイグナーツが遠距離から攻撃しても弾かれ、今までの敵と違って間合いに入りにくい。

 

「くっ…攻撃が当たっても固い皮膚で弾かれちまう。奴の弱点を探らないと…!」

 

弱点を探りながら攻撃するベレス達、傷薬で回復しながら魔獣を攻める。

だがその時、魔獣はマリアンヌと負傷したローレンツに狙いを定め、突進した。

 

「マリアンヌ!ローレンツ!!」

 

ベレスとヒルダが救助しに走り出すが間に合わない。

魔獣の鋭い爪が二人を襲う。

 

 

 

一瞬、クロード達の前に緑色の閃光が走った。

 

二人を襲おうとした魔獣の手は斬り落とされ、魔獣は悲鳴を上げる。

 

「ギィャァァアアアッ!!」

 

閃光が放たれた方からコツコツと足音が聞こえる。

緑色に輝く堕天の剣を持ったミティアだった。

 

だが、どこか様子がおかしい。

表情は虚ろで目は灰青色ではなく青緑になっていた。

 

「ミティア…だよな?」

 

クロードが声をかけるが反応はない。

ミティアはクロード達を無視して魔獣がいるほうへ歩く。

 

「ミティアくん!近付いたら危な__きゃっ!?」

 

ヒルダは彼を止めようとするが何かに弾かれた。

ミティアは魔獣の前で足を止め、堕天の剣を構えた。

 

『さぁ…やるんだ、ミティア。本来のお前の力を解き放て。この魔獣を八つ裂きにしろ。』

 

ミティアの中であの男の声が響く、その声はベレスの中にいるソティスにも聞こえていた。

 

『! おぬし!今すぐ奴を止めるのじゃ!あの小童を止めなければ取り返しのつかないことになる!!』

 

何かを察したソティスはベレスにミティアを止めるように言った。ベレスは頷き、ミティアに向かって走り出す。

 

「ガアアァァァァッ!!」

 

ミティアに威嚇する魔獣。だがミティアは動じず堕天の剣を構えた。それを止めようとベレスは天帝の剣に力を込めるが__

 

 

「…………【八刀一閃】。」

 

 

それは一瞬の出来事だった。

八つの斬撃が魔獣の体を斬り刻んだ。

 

魔獣は悲鳴を上げることもなく絶命、崩れた肉体から破裂の槍とマイクランが出てきた。

 

『よくやった。これでお前は本来の姿にまた一歩近付いた。あと少し…あと少しでお前は完全になる。』

 

「くくく」と笑う男の声が聞こえる。

同時に魔獣を倒した瞬間、堕天の剣の輝きは消え、ミティアは気を失って倒れた。

 

ベレスは彼を抱きかかえ、容態を見た。

クロード達はミティアを心配して駆け寄った。

 

「先生!ミティアは!?」

 

「……気を失っている…だけど顔色が悪い。槍を回収したらすぐに戻ろう」

 

「「はい!」」

 

 

 

 

 

 

その後、破裂の槍は教団に回収され、首謀者マイクランの死亡も確認された。

後にベレス達は合流したギルベルトから話を聞いた。

 

伏兵の足止めをしている時、突然ミティアの堕天の剣が光り、それに同調するかのようにミティアの様子も変わり、伏兵を羽虫を払うかの如く蹴散らしたという。

 

伏兵を倒した後、魔獣の雄叫びが聞こえた瞬間、目を離している間にミティアの姿が消えた。

つまり、ミティアはギルベルトといた場所から瞬間移動したということになる。

 

この話を聞いたセテスは再び堕天の剣について調査すると決めた。

そしてミティアの身元についての情報は未だにわからないと報告された。

 

このままではミティアを不信に思う者が増えるだろうとセテスはベレスに告げた。

もしミティアが教団や他国にとって危険な存在と認識されたら最悪の場合___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく経った後__

 

ミティアは借りていた本を返しに書庫にいた。

彼はコナン塔で起きたことを一切覚えていなかった。

ベレスとクロード達から話を聞いたが思い出せなかった。

それと同時に、あれからミティアの体にある異変が起こっていた。

 

「う…んん……」

 

「おや?どうかしましたか?」

 

「あぁ…こんにちは、トマシュさん。実は最近足が痛くて…特に怪我はしていないのですが…何故か朝や夜に足が痛くなるんです」

 

「ふむ…おそらくそれは成長痛ですな。」

 

「成長痛?」

 

「成長期に起こる身体の痛みのことです。もしかしたら背が伸びる前兆かもしれませんな」

 

「背が伸びる前兆か…」

 

今の身長より大きくなると聞いたミティアは少し嬉しそうだった。

と、トマシュと話していると慌てた様子のセテスが走ってきた。

 

「失礼する!ミティアはいるか!?」

 

「おや?セテス殿」

 

「セテスさん?どうかしましたか?」

 

息を荒げながらセテスはミティアに伝えた。

 

「フレンが…フレンが何処にもいないんだ…!!」

 

 

「………え?」

 

セテスのその言葉を聞いた瞬間、ミティアの中でピシッと亀裂が入る音が響いた。

 

 

 

 



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第十三節 ミティアと若き獅子

 

フレンが行方不明になった。

今のところ、ガルグ=マクを出た形跡がないことだけは確認されている。

 

セテスによると、フレンは行き先も告げないまま一人で勝手にどこかへ行くような子ではないという。

 

だが、大修道院の内部をいくら探っても見つからず、騎士団を動員して街の捜索も開始している。

 

それと同時に、このところ夜な夜な街を徘徊して人を襲う者がいるという噂がある。

騎士団の調査では、遺体が見つかるなどといったことは起こっていない。

 

『死神騎士が、その鎌で命を刈りに来る』などと騒ぎ立てる者も出ているという。

 

今節の課題は「フレンの捜索」。

街は騎士団が、ベレスとクロード達は大修道院の捜索に注力するようにとレアは告げた。

 

 

 

セテスから話を聞いたミティアは誰よりも必死にフレンを探していた。

 

先日、レアとセテスからフレンの行方について何か知らないか質問されたが正直に答え、ベレスとクロード達がミティアが犯人ではない証拠を二人に報告したため、ミティアの容疑は晴れた。

 

(フレン…!フレン…!!)

 

修道院中を駆け回り、その場にいた者から話を聞き、体力を消耗し、息を荒げながらもミティアはフレンを探した。

 

だが、修道院の至るところを探っても、フレンの姿は何処にもない。

 

何時間も走り続けて体力が尽きたミティアは足を止め、膝をついた。

ミティアはフレンと交わした約束を思い出す。

 

 

『…大丈夫。何かあったら、俺が必ず助けに行くから。フレンを傷付ける奴は、絶対に許さない』

 

『ミティアさん…ありがとうございます。…ふふ、あなたの手、とても温かいですね』

 

 

(あの時…約束したのに…必ず助けに行くからって…それなのに…何処を探しても見つからない……)

 

「……もっと、隈無く探さないと…!」

 

力を振り絞って立ち上がり、再びフレンの捜索を始めた。

 

もし、コナン塔の時、自分が大修道院に残っていれば、フレンを守れたんじゃないかと彼は考えた。

 

もし、コナン塔で気を失わなければ、フレンを___

 

頭の中で柔らかい笑顔を浮かべるフレンの姿が思い浮かぶ。

 

記憶を失い、名前すら思い出せない自分に『ミティア』という名前を与えてくれた。

 

震える自分の手を優しく握ってくれた。

 

彼女の笑顔を見ると、心が温かく感じた。

 

今、ミティアはフレンがいなくなってとても不安な気持ちになっていた。

 

(フレン…必ず…必ず助けに行くから…!)

 

ドンッ

 

と、ミティアは曲がり角で人にぶつかり、尻餅をついた。

 

「うわっ!?」

 

「すまない、怪我はしてないか?」

 

ミティアがぶつかった人物は、ファーガス神聖王国の第一王子であり青獅子の学級(ルーヴェン・クラッセ)の級長ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドだった。

 

「ディミトリ…殿下。すみません、怪我はしてないです」

 

「ミティアか、こちらこそぶつかってすまない。立てるか?」

 

ディミトリが伸ばした手を握り立ち上がるミティア。

 

「顔色が悪いぞ?大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫です。ディミトリ殿下はお怪我はございませんか?」

 

「大丈夫だ。あと、敬語は使わなくていい。俺とお前は同じ士官学校の生徒だろう?気軽に呼んでくれ」

 

「わ…わかった。じゃあ、急いでいるから…また…」

 

フレンの捜索を続けようと再び走り出そうとした時、ミティアはガクッとよろめいて膝をついた。

 

「ミティア!?」

 

ディミトリが駆け寄る。ミティアはフレンの捜索に必死すぎて疲労により息切れと貧血を起こしていた。

加えて何も食べずに走り回ったため空腹が襲う。

 

「はぁ、はぁ…だ、大丈夫だから…それよりも、フレンを……」

 

「! お前まさか…休まずにずっと走り回っていたのか?」

 

はぁ、はぁと息を切らすミティア。

だが、それでも彼は立ち上がろうとする。

 

(ここで休んでいる暇は無い、一刻も早くフレンを見つけないと…)

 

「……すまないミティア、担がせてもらうぞ」

 

疲労困憊のミティアを見て、ディミトリは彼を担ぎ、ある場所へ向かって走り出した。

 

「え!?ちょっ…ディミトリ!?俺は大丈夫だから!」

 

「そんな状態でまた走り回ったら余計体調を崩すぞ。フレンを助けたい気持ちはわかる…だが、今の状態で見つけ出した時に死にそうなお前をフレンが見たら悲しむぞ。」

 

「!」

 

「とにかく、今は少しでもいいから休んだほうがいい。」

 

 

 

食堂____

 

ディミトリに担がれて食堂に連れてこられたミティアは彼がミティアのために注文したパンと温かいスープを食べた。

 

「……ありがとう、ディミトリ。少し落ち着いたよ」

 

「そうか、それはよかった。だが、今日は休んだほうがいい。ベレス先生とクロードには俺が伝えておく。」

 

「すまない、迷惑をかけて…」

 

「気にするな。たとえ違う学級でも俺達は仲間だ。もしまた何かあったら手を貸そう。

 

……ミティア、大切な人を助けたい気持ちは俺もわかる。俺も、ドゥドゥーや青獅子の学級(ルーヴェン・クラッセ)のみんなが大切で失いたくない。もう、何も失ないたくない…」

 

「ディミトリ……」

 

「…さて、俺はそろそろ戻らないと。ミティアは大丈夫か?良ければ教室まで送るが…」

 

「いや、大丈夫だよ。ごちそうさま、ディミトリ」

 

ミティアは改めてディミトリに礼を言って席を立ち、ディミトリは「そうか」と言って教室に戻る彼を見送った。

 

「…大切な人を失いたくない_か。」

 

その言葉を呟くとディミトリは食堂から去った。

 



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