カーマさんとイチャコラしながら人理修復する話   (桜ナメコ)
しおりを挟む

番外・時系列不明
番外 レモネード製作裏話


本編進めるモチベ上げのためのイチャイチャ……というより、ほのぼのでしょうか。
記念すべき短編一本目です。
パールヴァティーの幕間ネタバレが入ってるので気をつけてください。


 

 

 

「……パラケルスス、その栄養剤とって」

「貴方も悪い人ですね」

「……あの頼み方はアサシンがズルイだろ」

「仲がよろしいみたいで何よりです」

「今更すぎるが、ありがとさん」

 

 割と珍しく、パラケルススと二人きりで会話を進める。

 道具作成に関して言えば、スペシャリストである彼の協力を得られたのは大きかった。

 

 

 

ーーーー少し前

 

 

「マスター……お話があるんですけど」

「……ん、どした?」

「その……手伝って欲しいことが、有るんです」

「よし、やろう。今すぐやろう。何すればいい?」

「話が早くて助かります♪」

 

 腕枕を要求してきた彼女が、その状態のまま、満面の笑みで頼み事があると言ってきたので、内容も聞かずに了承してしまった。

 嘘をつけないことを利用するとは……中々やるじゃないか。

 

「で、何やりゃいいの?」

「ちょっと悪戯に協力してもらいたくてですね……」

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 何を頼まれたか、その答えは俺の手元にある。

 それを指で掬いとり、一口味見をした。

 

「悪くないけど……苦味が残るな。健康面を考えると、迂闊に使用できる素材も考えないといけないから……」

「ああ、それなら対ヒュドラ毒用の没案が合うと思いますよ?」

「それ、問題ないやつ?血清とか混ざってない?」

 

 思ったよりもヘビーな薬を候補に挙げられたため、食い気味にツッコミを入れてしまう。

 

「はい……問題ありません。それにしても、貴方を見直しました。カーマさん一人に固執しすぎている、そんな印象を抱いていたのですが……休息日にも関わらず、皆のためを思い、簡単にエネルギー補給のできるドリンクを作ろうとしているとは……」

 

「ハハハハ……ソレホドデモナイサ」

 

(言えない。ラン……パールヴァティーに一泡吹かせるためだけに、アサシンからの依頼で超高カロリーレモネードを作ってるなんて……言えるわけない)

 

 

 引きつった笑いを顔面に貼り付けながら、調合を試していく。

 パラケルススからアドバイスを貰った効果はかなり大きく、味は申し分ないものになってった。

 英霊にとってのカロリーの様なもの、霊体構成・燃焼魔力用のリソースをたっぷり山盛りに詰め込むことで、一杯で十……五食分は下らない、という鬼の様なカロリー量を確保したレモネードが完成したのである。

 

 アサシンからの要求には応えられている一品に仕上がったのだが……それなりに手が込んだ作業だったので、ここまで来ると、さらに美味しいものを目指したくなってきた。

 

 しかし……

 

「……味見で腹が膨れてきたな」

「私が手伝いますか?」

 

 思わず、そう呟くと隣にいたパラケルススが協力を申し出てくれた。

 ……しかし、なんだろう。

 ダ・ヴィンチちゃんにも渡そうと思っていたので、全くの嘘を言っているつもりはないのだが……罪悪感がすごい。

 

「いや、多分……うん。お腹を減らしたサーヴァントなら、幾らでもいるからな……適当に売り捌いてみることにするわ。感想を聞いたら、軽く弄る……これ繰り返して、レポートみたいに纏めてくるから、そんときに力借りると思う」

 

 薬品を載せておいた三段式のワゴンを整理して、一段目に試験薬……いや、レモネード1号を載せ、二段目と三段目には調整に必要そうな薬品をパラケルススに見繕ってもらい、準備は万全だ。

 

「それでは、また」

「おう、行ってくる」

 

 

 俺は適当な奴に声をかけて行こう……そう、軽く考えていたのだ。

 

 

 

「フハハハハ!面白い、よくぞ此処まで無駄な努力ができるものよ!無駄な一手間に全力をかけるその姿、我が好むものではないか!」

 

「……ちょっと、アンタ!?鬼カロリーって……そういうのは先に言いなさいよ、先に!燃やすわよ!?」

「オルタ……今のは、説明する暇も与えず、レモネードを一気飲みした貴方が悪いですよ」

「わかってるわよ!」

 

「の、飲んじゃった……私、何も考えずに、全部飲んじゃったよ!?」

『イリヤさん、気をしっかり!』

「イリヤ、しっかり……よくも、イリヤを!」

「み、美遊!?落ち着きなさいよ!」

『美遊様、落ち着いてください』

 

「……ふむ、手間がかからず高カロリー、そして十分に美味しい。中々、実用的な飲み物ですね!」

「ジャンクフードの類にも似ている、か。結、それを寄越せ」

 

「な!ちょっとこのカロリー量おかしくないですか!?これでは、華奢で可愛い沖田さんはともかく、ただでさえ丸めのチビノブ達の体が!」

「ちょ、待つんじゃ!ワシは飲むつもりはーーー」

「「「ノブノブ!」」」

「ギャァァ!?」

 

 

 愉悦王にWジャンヌにチーム魔法少女、Wトリアと来た後には、ぐだぐだ組まで大集合。

 

「誰が!ここまで!大事にしろと!」

 

『ん……?少し休んでいただけなのに……何してんのよ、結』

 

 馬鹿騒ぎの中心で嘆いていると、昨日の夜から意識封鎖をして睡眠に近い状態だったオルガが話しかけてきた。

 

「知らねぇよ……俺は、悪くない」

『何かした人は、大抵そう言うのよね……』

 

 

◇◆◇

 

 再び時を遡り、少し前。

 

 

「……さてと、誰に声をかけようか」

「……おや?人を探しているのかね、結?」

 

 ポツリこぼれた独り言に、後ろから声をかけてきたのは、エミヤだ。

 どうでもいいのだが、オルガが住み着いたことにより、無自覚独り言症候群が悪化している。

 

「急に後ろから声かけんなよ。ビックリしただろ……ま、料理もできる上に多少雑に扱われても問題なさそうな幸運E……丁度いいか」 

 

「なんだか、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするのだが……それは何だ?」

 

「……試作中のレモネード。味見してくれ、もうちょっと味に拘りたい」

 

「ほう……では、一口」

 

 何も聞かずに、ゴクリと一杯飲み終えたエミヤは、少し考えた後、纏めた意見を口にした。

 

「味は確かに悪くない……ただ、作られた味である、ということが一番の問題かな?もう少し果実らしさを意識してみるといい……」

 

「サンキュー、流石頼りになる」

 

「ああ、完成したら教えてくれ。楽しみにしているよ」

 

 最初からいい味見相手に巡り合えたものだ……そう思った矢先のことだった。

 

 奴が

 

「おっと、コレは!レモネードの無料販売かにゃー?」

「無料の場合は、販売じゃねぇだろ……」

 

 ジャガーマンが現れたのは……

 

 

 

 そして、たったの3分後 

 

 

 つまり、現在。

 

 

『それは……気の毒ね』

「ジャガーはもうジャガーだからジャガーなんだよ……」

『言語能力が著しく低下してるわよ』

 

 廊下を歩いてこちらに向かってきた愉悦王に気を取られていた……つまり、ジャガーマンから少し目を離したときには、時遅し。

 大勢のサーヴァント(今いる方々)が集まってきていた。

 さらに、何人かは、高カロリー摂取手段の実験中である、という事情を説明する間もなくレモネードを飲んでしまっていたのである。

 流石ジャガーマン、歩く騒音の異名は伊達じゃない。

 

「ダイエット……ダイエット……」

 

「その歳で気にする必要はないと思うが……イリヤは今度、アサシンと一緒に運動にでも付き合ってやるから……オルタちゃんは適当に頑張って!」

 

「扱いが雑なのよ!?」

 

 呆然とした様子の魔法少女に声をかけ、オルタちゃんを弄ってから、騒動の原因がいなくなっていることに気付く。

 

「おい、あのジャガーどこ行きやがった!?」

「あれれ〜、一応神様にゃんだけどなー!?」

「逃げるなら、味レポしてからにしろや。この珍獣サーヴァント!」

 

 神への敬意ゼロである俺の怒号に、どこか遠くでジャガーマンが反応する、そんな様子を見ながら、一人のサーヴァントは呟いたのだった。

 

 

「本当に……無駄に真面目なんですから」

 

 

 

◇◆◇

 

 

「お疲れ様です。随分と……窶れましたか?」

「いや、気にしなくても大丈夫。色々聞いてきたよ……といっても、厨房サーヴァントとキンピカ坊ちゃんぐらいしか、真面目に答えてくれなかったけどな」

「十分です、メモは?」

「持ってる」

 

 パラケルススの元へと戻り、最後の仕上げを終わらせる。

 覚悟の上で、ほんの一口飲んだそのレモネードは確かに極上の物に仕上がっていた。

 

「いやぁ、満足……このレシピで量産するとして……うん。今残ってる分だけど、俺が持ち帰ってもいいか?やりたいことがあるんだが」

 

『……はぁ。本当に、アレをやるの?私、よくわからないわよ?』

『問題ないから、安心しろ』

 

 そう許可を取ろうとした俺に、残ったレモネードで、何をしようと考えているか知っているオルガが確認をしてくるが、大丈夫。

 いざとなれば誰かに手伝ってもらう。

 

「ええ、もちろん……それにしても、貴方は調合の才能を持っていますよ。暇があって気が向いたら、また私を訪ねてください」

 

 パラケルススは笑顔で俺に許可を出すと、予想外のことを言ってきた。

 ……飄々とそういうことが言えるのは、少しズルイと思う。

 

「ん。助かった。それと、結構楽しかったよ」

「それは良かった……それでは」

「じゃあな」

『お邪魔したわ』

 

 結がパラケルススの元から離れていく。

 

 

 そして、しばらく経ってから……

 

 

「……?誰か来ましたかね……おや、貴方は」

 

◇◆◇

 

 

 パールヴァティーに、アサシンがレモネードを飲ませることに成功したらしい。

 ……その後、結構滅多打ちにされたらしいが。

 

 その騒動があったその日、俺はアサシンと共に夕食を食堂でとっていた。

 

「……大体、ほんのちょっとカロリーをとっただけで、怒るなんてーー」

 

 

 未だにブツブツと隣で呟き続ける彼女に、軽くお灸を据えてやることは最初に頼みごとをされた際に決めていた。

 そのため、一言断りを入れてから厨房に移動して、冷蔵庫を開く。

 冷え切った飲み物の隣に、置いておいたその物は存在した。

 

 

「……ま、コレでも食って落ち着けって。ゼリー作ってたんだよ、少し前だけどな」

「……むぅ、仕方ないですね」

 

 

 アサシンの前にそれ……作っておいたゼリーを置く。

 少し驚いたような表情を浮かべた彼女だったが、笑顔を浮かべて俺にそう返答してきた。

 ゼリーを口に運び、美味しそうな表情を見せる彼女に言う。

 

「……悪い、ちょっと便所。先に部屋戻ってるわ」

「わかりました。食べ終わったら、私も行きますね」

 

 便所……というのは嘘であり、そんな嘘をついた理由は一つしかない。

 騒がしくなるから、である。

 

 

 

 

 ベッドに腰掛けて、読みかけだった本を開く。カルデアの図書館は結構利用尽くしたと思っていたのだが、最近になって地下図書館というクソデカ神施設があることが判明したので、暇つぶしには困らなそうで安心である。

 因みに読む本はオルガと交代制で決めている。

 

 数分の間、読書を続けているとオルガから連絡が入った。

 

『来たわよ、結』

 

 それを聞いて、本を机に置いた。

 心してその瞬間を待つ。

 

 

「ちょっっと、ますたぁぁぁあ!!?」

 

 

 そして目の前でドガンっと音を立てて、自室のドアが吹き飛んだ。

 その先に、顔を真っ赤に染めたアサシンの姿がある。

 そんな、彼女に俺は言うのだった。

 

「お帰り、アサシン。レモネード五杯分を凝縮させて作ったゼリーは美味しかったか?」

 

「五杯は多過ぎですよ!?何してくれてんですか!……ま、私は問題なーー」

 

 手を打たれる前に、次のステップに進むことにした。

 

「れーじゅを持ってめーずる」

『「……は?」』

「体重戻すまで、姿の変更禁止ね」

「ますたぁぁぁ!!!」

「いや、人にやられて嫌なことはしちゃダメって、身をもって知ってもらおうかと」

『親か、何かかしら……』

 

 

 騒がしく賑やかに、平穏ではないが幸せな日々が過ぎていく。

 これはその、ほんの1ページ分の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談 その一

 

「ちょっと、結君?昨日、令呪一画分の魔力量がポンっと消費されていったんだけど、何か知らないかい?ねぇ?」

 

「いや、ちょっとノリで……ごめんね、ダ・ヴィンチちゃん?」

 

「そこに、正座!!」

 

「あ、代わりにカロリー補給用のレモネードができましたよ?」

 

「もう貰ったよ!」

 

「……仕事が早い」

 

 しばらくダ・ヴィンチ工房でタダ働きしている結の姿があったのだとか。

 

 

 後日談 その二

 

 

「よっ、パラケルスス」

「よっ、です。結……そして、カーマも久しぶりですね」

「……な、何のことですかね」

 

 食堂にやってきたら、偶々パラケルススと同席することになった。

 アレからボチボチの頻度で彼の元を訪れて、調合系統の技術や知識を蓄えさせてもらっている。

 ……オルガの方が筋がいいのは腹立つのだが。

 

 軽く挨拶をしたところで、疑問を持った。

 

「アサシンと話したことはあったのか?」

「…………あぁ、そういう。いえ、全くありませんよ?」

「はぁ、そうか?」

 

 少しアサシンの方向へ目を向けると、何やら顔を真っ赤に染めて首を振っていたので、醜態を晒したことがあるらしい。

 子供サーヴァントと追いかけっこでもして、廊下で転倒したとか?

 

 アサシンに疑問の意を込めた視線を向け続けていると、根負けしたようでため息を吐いた。

 

 

「はぁ……マスターが無駄なことしなければ、もっと前に渡す予定だったんですよ」

 

 

 そして、トコトコと厨房へと歩いていく。

 あっ、待ってエミヤ。その子入れてあげて!?

 厨房前でエミヤとアサシンがわーわー騒いでいるのを見かねて、パラケルススが席を立つ……お前、そんなに面倒見良かったか?

 暫くして、一本の飲み物を持ってアサシンが帰ってきた。

 

 

「…………ん」

『……そういうことね』

 

 そして、何も言わずに彼女はそれを差し出してくる。オルガさんは、なんで今のでわかるんですかね?

 

「ん、って……これは?」

 

「その……偶々、アレです。……その、私だけがカロリー取るのもアレだと思ったので……仕返しに自作したレモネードです!」

 

「仕返しに力入れすぎてません!?」

 

「『……はぁ』」

 

 パラケルススとオルガが同時にため息をつく。アサシンは"やってしまった"とでも言いたげな表情を浮かべた後

 

「ちょっと、適当に走り回ってきます!」

 

 と謎行動に出て、走り去ってしまった。

 渡された飲み物をどうしたものかと眺めていると、パラケルススが話し始める。

 

「ちょっと独り言を呟きたい気分なので……気にしないでくださいね」

 

「……?」

 

「鬼カロリーレモネードを作り終えた日から、三日ほど訪問者がいましたが……その人に調合の才能はありませんね。おっちょこちょいというか、ドジっ子というか。素直じゃないので、わからないことを聞くこともできない……そんな子が居たんですよ」

 

「……」

 

「お礼を言いたいと言ってましたね。誰かはわからないが、自分の悪戯に真剣になってくれる、そんな人のために疲れの取れる美味しいものを作りたい、そう言って頭まで下げてきたのでーーー」

 

 暫く黙っていたが、そこまで聞いてから勢いよく立ち上がり、その飲み物を手に取った。

 

「……どうかしましたか?」

 

 パラケルススの穏やかな表情をした問いに、ニヤッと笑いながら答える。

 

「ちょっと、適当に走り回ってくるわ」

 

 速攻で確保されたアサシンの顔が真っ赤に染まるのだが……それはまた別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外 意地になって目的忘れちゃうことってあるよね

お気に入り5000人達成を祝って……
というわけではありませんが、番外二本目です!
ほのぼの回ですが、楽しんで頂ければと。

文字数多めですのでゆっくりと読んでいってください!


「マスター……マスター!」

 

「あさ、しん?……なんで、お前が」

 

「なんでって……当たり前、じゃないですか……」

 

「……お前、まで」

 

「そんな事はどうでもいいんです!だから、マスター……しっかりしてください!」

 

「……ごめ、んな。なん、だか……すごく……さっきから、眠くて」

 

「マスター……そんな、嘘です……しっかりしてください、マスター!」

 

 

 響き渡るアサシンの叫び声、彼女が握っているその手からは、段々と力が抜けていく。

 その温かさを逃さないように、しっかりと握りしめて、彼女は願い続ける。

 

「……大丈夫、だよ。また……いつか、会える、から」

「マスター!」

 

 彼女の願いに反して、マスターと呼ばれた青年はゆっくりと目を閉じ、幸せそうな表情を浮かべる。

 その手にはもう、力が込められていない。

 

 ああ、私は彼を助けることができなかったのか……

 

 悲嘆に暮れる彼女へと、一人の女性が声をかけるのだった。

 

 

 

 

 

『茶番が長い!この、アホコンビ!』

 

 

「テヘッ♪」

『無駄に可愛い誤魔化し方やめなさい、アサシン』

 

 ウインクしながら、あざと可愛らしくポーズを決めるアサシンへ、オルガがツッコミを入れる。

 

「……テヘッ♪」

『ぶっ飛ばすわよ、アンタ』

「辛辣ぅぅ!?」

 

 同じ動作をした俺に対して、オルガは即座にそう言い放った。

 

 

 簡単に言おう……風邪を引きました。

 

 

◇◆◇

 

「あの看護師(狂)が言うには、ただの過労だそうですよ。全く……もう少し、自分の体調に気を使って下さい」

 

 キュッ、キュッと水で濡らしたタオルの過剰水分を落としながら、アサシンがそう言ってくる。

 普段は、余りに酷い生活を送っているとアサシンのストップが入るのだが……ここ三日間ほど彼女は子供組の保護者などで、忙しかったらしく、俺の面倒まで見てられなかったらしい。

 

 ……この言い方だと、俺と子供が同格みたいでなんか癪だな。

 

「……子供組の子は、マスターなんかよりよっぽど体調管理が出来てますよ。サンタ・リリィとかは特に」

「あれは、コホッ……例外、だろ」

『結、いいからゆっくりしてなさい……というか、私は何度か休むように言ったはずよ』

「心配してくれるなんて……ゴホッ、オルガ様は優しいなぁ」

 

 ぐうの音もでないオルガの言葉をスルーして、軽口を叩く。

 

『馬鹿なこと言ってないで……さっさと寝て』

「そうですよ、マスター……なんなら、子守唄でも歌ってあげましょうか?」

 

 弱った俺にニヤニヤとした笑みを浮かべるアサシン……ばーか、なんて言葉を返そうと思っていたのだが、口から出てきたのは思いもしない別の言葉。

 

「……じゃ……頼むわ」

「ふぇ?」

『え?』

 

 思ったよりも俺は弱っているらしい。

 正直、子守唄でもなんでもいいから、取り敢えずアサシンには近くにいて欲しかったのだ。

 

 暫くの間、赤面。

 そして、沈黙してから自分の冗談が原因であるため、アサシンは渋々と優しい声音で歌を歌い始める。

 落ち着いたリズムで、ゆったりと俺の頭を撫でながら……

 

 目を閉じる。

 いつしかオルガも鼻歌を歌っていて……そこには、気持ちの休まる心地のよい時間が流れていた。

 

 

 頭に温かいアサシンの手が触れることで、寂しさなどは吹き飛んでいき、落ち着いたことで、次第に眠気が襲ってくる。

 

 そして

 

「ちょっと、アンタ!!聴かない声だけど、どこの誰よ!」

「中々やるではないか!む?風邪を引いているのか?どれ、余も一曲歌っていってやろう!」

 

「「『今すぐ、帰れ!!!』」」

 

 乱入してきた音痴コンビに、三人同時に怒鳴り返した。

 

 

 

 

 

 

 少し時間と視点を飛ばして……アサシンside

 

 

 

「……さてと、これからどうしましょうか?」

 

 

 1日オフである今日は、マスターと一緒にのんびりしていよう……なんて思っていたのだが、マスターが風邪でダウンしてしまったため、予定は総崩れだった。

 

「取り敢えず……折角のチャンスですから、私がマスターのお世話を」

 

 たまには普通に役に立って、体調の良くなった暁には、色々ご褒美を貰って……なんてことを考えてながら、食堂へと向かった。

 今日はまだ何も口にしていないはずの可愛そうなマスターに、お粥でも恵んであげることにしよう。

 

「久しぶりですが……腕が鳴りますね♪」

 

 美味しそうに私が作った料理を食べているマスターの姿を想像したら、少しだけ気分が良くなってきた。

 鼻歌を歌いながら、廊下を歩いていく。

 

「カーマ!ここに居たのですね……聞きましたよ、結さんのこと」

 

 そんな気分に水を差すように、あの女の声が聞こえてきた。

 

「……何の用ですか、パールヴァティー」

 

「何の用ですか、じゃないですよ!結さんが体調を崩したと聞いて、急いで看病に……」

 

 本当にコイツは……最近、ちょっとはマシになったのかな?なんて、ほんの少しだけ思ってたのかもしれないのに……どうしてくれようか。

 

「看病なら、全て私がやりますから!貴方には、関係ないことですよ!」

 

 厨房へと移動し、姿を料理をしやすい体格……高校生程のものに変えた。

 どっかの弓兵の黒エプロンを身につけながら、パールヴァティーに返答する。

 エプロン使用の許可?そんなものは知らない。

 

「関係ないなんてことはないですよ。第一、貴方がまともな看病なんてーーー」

 

 いつも通りの言い争い……その中で、パールヴァティーは一つの地雷を踏み抜いた。

 

「……貴方……私をなんだと思ってるんですか?」

 

 癪に触った。

 その発言には、少しばかり許し難いものがある。

 パチパチと、無意識のうちに私から発せられた魔力が電気を帯びるかのように弾ける。

 

「か、カーマ?その、えっと」

 

「私が……私が一番、マスターの心配をしてるんです!貴方に口出しされる理由なんてありませんし……何より、形だけの良妻賢母風色ボケ女神なんかより、私の方が看病できるに決まってるじゃないですか」

 

 一瞬、『あっ、やっちゃった』みたいな表情を浮かべたパールヴァティーに、容赦なく意見をぶつけていく。

 その中には……

 

「ちょ、幾らなんでも、それは聞き捨てなりませんよ、カーマ!」

 

 この女にも譲れないことがあったらしく……

 

「何ですか?何か、間違ったことでもありましたか?この、なんちゃってランサー!少し、贅肉がついたんじゃないですか?」

 

「言いましたね。今、はっきりと!人が何気に気にしてること、言っちゃいましたからね!?」

 

 ストッパー()不在の影響は大きく、ドンドン口論は加速していった。

 

「第一……毎回なんなんですか、貴方?私のマスターに干渉しすぎだと思いますけど?関係ない貴方は引っ込んでいて下さいよ」

 

「関係ないなんてことありませんよ!第一ですね……貴方が結さんに迷惑をかけたから、私は彼と関わりを持ったわけですし……何より、()()からも支えて上げてと頼まれてますから!」

 

「うぐっ……過去ばっかり気にしすぎなんですよ、貴方!」

 

「それは、こちらのセリフです!大体、貴方が私を一方的に嫌っているだけで、私は何度も仲良くしようと試みてるわけでして……」

 

「誰も、貴方と仲良くしたいなんて言ってませんよ〜だ!」

 

「貴方に結さんを任せきれないのは、そういう子供っぽいところがあるからですよ!」

 

「ネチネチと……ホントにめんっどくさい女ですねぇ!」

 

「貴方にだけは、言われたくはありませんよ!」

 

 互いが己の武器を持ち出しかねない……そこまでヒートアップした時のことだった。

 

「君達……一体、さっきから何の騒ぎだね?それと、君は私のエプロンを返したまえ」

 

 正義の味方(エミヤ)がやってきた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「……はぁ。別に、君たち二人で看病をしても良いのでは?喧嘩になるぐらいなら、結の看病程度、私一人でどうにかするが?」

 

「「それはダメです!」」

 

「……はぁ」

 

 事情を聞いた厨房の守護者こと、エミヤは目の前で繰り広げられる悪夢に溜息を吐いていた。

 それこそ周りに人が居ないのならば、いつかの日のように「なんでさ!?」と頭を抱えて、畳の上を転がり回って叫びたくなるレベルである。

 初めてジャガーマンの姿を確認した時ほどではないが……

 

「しかし、延々とこうしている場合でもなかろう?身の回りの世話をアサシンが、軽食をパールヴァティーが作る、ということにしてはどうだね?」

 

 自分から首を突っ込んでなんだが……さっさと妥協案を出し、この場から離れたい……もしくは、この聖域から出て行ってもらいたい、というのがエミヤの本音である。

 

「「…………」」

 

 黙って見つめ合う二人のさく……女神。

 様子を見るに、この妥協案で納得してくれそうである。

 パールヴァティーには、何度か料理を教えているため、彼女の腕は知っている。

 お粥を作るなど、造作もないことだろう。

 

 そんな所に、トラブルメイカーが現れる。

 

「へぇ……アーチャーはパールヴァティーの方が、料理上手に見えるんだ?」

 

 ニマニマ笑いを浮かべて、フワフワと浮遊しながら現れた金星の女神の手によって、妥協案に落ち着きそうだったこの場の空気が完全に崩壊してしまった。

 

「……そうなのですか、アーチャーさん?」

「……そうなんですよね?エミヤ先輩?」

 

 

 嗚呼……もう、好きにしてくれ。

 

 厨房の守護者は、何度目か分からない深い溜息を吐くことになるのだった。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 その頃、結の部屋では

 

 

「フハハハハ!喜べ、雑種。王の中の王である、この我が!わざわざ見舞いに来てやったぞ!喜ぶがいい、フハハハハ!」

 

「Uターン……ゴホッ、して、直帰しやがれ、慢心王!」

 

「断固拒否する!」

 

「うん……ゴホッ、知ってた」

 

 番外二連続登場でご満悦な慢心王に、帰れと言うだけ言っておく。

 この人に何を言っても意味がないのは周知の事実だ。

 

「うるさいのが来たから、私は帰るとするわ……そこに、偶々!ほんっとに偶々、飲み物を置き忘れていくかもしれないから……見つけたら勝手に処理しておいて……ほんっとに偶々だから!」

 

『態々お見舞いありがとう、オルタ』

 

 繰り返し偶々だから!と叫んでから、ベッド近くの椅子に腰掛けていたジャンヌ・オルタが席を立つ。

 去っていく後ろ姿を見送りながら、思わずボヤく。

 

「ヌオルタちゃんは……オルガと雑談するだけして、帰って行きやがるし……」

 

 何故か、本当に何故かオルガとヌオルタちゃんは物凄く気が合うようで、かなりの頻度で女子会……という名の愚痴会を開いているらしい。

 らしい、というのもその会を行う時には、俺は眠っているor意識を刈り取られている、のどちらか状態にあるのだ。なんでも「結に聞かれてたら、女子会じゃないでしょう」とのことだ。

 しかし、今日は本当にただの雑談だったようなので、ここに飲み物を置いていくことが本当の目的だったのだろう。

 

 

「それで、ゴホッ……王様は、何の用事で?……あ、そこら辺に飲み物落ちてると思うので、取ってくれます?」

 

「貴様……我を召使いと勘違いしてないか……まあ、良い。何、ちびっ子共と遊んでやろうと思っていてな……何か興がのる催しはないかと散策中でーー」

 

 慢心王はこちらへスポーツドリンクを投げて渡しながら、そう言った。

 

「お前、もうホント帰れよ」

 

「フハハハハ!断る!王たる王が直々に来てやったのだ……寧ろ歓迎するがいい!」

 

『やりたい放題……本当に酷いわね……賢王との差が』

 

 割と賑やかにワイワイやっていたりした。

 (本人としては不本意だが)

 

ーーーーーーー

 

 

 再び、時間は経過して……視点は立香sideへと。

 

 

「……っ、……っ!……ふぅ。本日のメニュー終了っと!」

 

 いつも通りの筋トレにランニング。

 普段は、オルガと結やキャスターのクーフーリンなどから、魔術について学んだりもしているのだが、今日は結が体調を崩したらしくその予定はない。

 

 あらかたのトレーニングを片付けた後は、日替わりで色々な人に師事して、教わっていない特殊技能についての鍛錬を終える。

 ここ最近はハサン達から受け身と気配遮断についてのことや、ロビンから森でのサバイバル技術について教えて貰っていた。

 ……なんの気紛れか、キングハサンが来てくれた日は流石に驚いたが。

 

「どうしようかな……マシュは、いつもの健診で居ないから……ん?何か食堂が騒がしいような」

 

 シャワーを浴びてから、今日は何をしようか?と廊下を歩いていると、食堂のある方向から人の気配を多数感じた。

 

「気配を感じて動くって…………なんか、段々と私まで結みたいになってるような……」

 

 思わず、戦えるマスターである彼の隣で、拳を振るう自分の姿を頭に思い浮かべてしまってから首を横に振った。

 

「……あんまり考えないようにしよう」

 

 アレにはならない、と小さく心に宣言しながら、食堂へと向かっていく。

 

 そしてその場所に足を踏み入れた瞬間、呟いた。

 

「…………なに、これ?」

 

 

 普段は頼もしい赤の弓兵が蟀谷に手をやり、俯いている。

 

 白髪紅眼の愛の女神様と、うちの自慢の良妻系女神様が膝から崩れ落ちている。

 

 ゲラゲラ笑う青の槍兵に、引きつった笑いを浮かべながらフワフワと宙に浮かぶ金星の女神様。

 

 そして、パクパクと二つの皿を順番に食し、満面の笑みを浮かべると同時に、少し不思議そうな顔をして首を傾げている青のセイバー。

 

 それらの光景を見終わった瞬間、教わった気配遮断のコツを意識して、ゆっくりと食堂から離れていく。

 否、離れていこうとした時に、彼に呼び止められた。

 

「逃げずに助けてくれ、マスター!これは、もう……私の手に負える問題じゃない!」

 

 カルデア屈指の常識人であるエミヤが、そこまで言う問題なんかに、関わりたくないなぁ……そんなことを考えながら、私は渋々と食堂の中へと戻る。

 

 もう少し、気配遮断の鍛錬を重ねよう……そう固く決意しながら。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「それで、結局は料理勝負になったんだね……アルトリアとクー・フーリンは判定役に呼ばれたの?」

 

「はい……経緯はどうあれ、美味しい料理が頂けるのならば、と思って立候補したのですが……」

 

「まぁな……と言っても俺はただの暇つぶしだぞ?珍しく本気で参ってたそこの弓兵を笑いに来てやっただけだ……料理は頂いたが」

 

 いつも通り礼儀正しいアルトリアと、飄々とした態度のクー・フーリンの表情には、何やら少し苦笑いのようなものが見えた。

 

 詳しく聞けば、その二人にイシュタルを合わせた三人で料理勝負の勝敗をつけるつもりだったらしい。

 

 結にどちらが料理を作るかをかけて、料理勝負をしていたらしいのだが……ここまで聞く限り、随分と面倒臭いことをしているなぁ、ぐらいしか思うことはない。

 

「ですが?どうしたの?」

 

「いえ……これは、実際に味わってみた方が早いでしょう。マスター、こちらを」

 

 私の問いかけの答え代わりに、アルトリアは手に持っていた二つの皿と、スプーンを渡してくる。

 

 公平を期すため、どちらが作った物なのかは聞かないで食すことにする。

 

「これは……グラタンかな?……ええと、とりあえず、頂きます」

 

 どちらとは言わないが、料理をしている姿を全く見たことのない女神様お手製の料理である可能性があった。

 恐る恐るスプーンでグラタンを掬い取り、口に運んだ。

 

 しかし、そんな心配は一切必要なかった。

 

 まろやかで優しい味、そして何よりも驚いたのは食感の良さだった。

 

「これ、タケノコ?グラタンに入ってるの、初めて見たかも!」

 

 エミヤの料理に勝るとも劣らない程の素晴らしい料理だ。

 一口、二口と食べてしまってから、食べ比べを行っていたことを思い出す。

 

「……!危ない、危ない。つい美味しくて、もう一つあったの忘れちゃってた……それで、もう一つの方、は……ん?」

 

 もう一皿の中身もグラタン。

 アルトリアほど食事を生きがいにしている者ならば、同じ料理で良し悪しをつけることなど容易いのでは?

 そう考えると、嫌な予感がし始める。

 

 先程同様、もしものことがあってもマズい等と口にしないよう覚悟を決めて、一口食べた。

 そして……現在起こっているその問題の内容を完全に理解した。

 

 

「……これって、全く同じ味付けじゃないの?同じようにタケノコが入ってるし」

 

「はい……私もランサーも……更に言えば、アーチャーすらもが同じ感想を抱きました」

 

 項垂れている二人の女神様に引きつった笑顔を浮かべる私を見て、ランサーのクーフーリンとイシュタルの笑い声だけが響いて行った。

 

 

◇◆◇

 

 

そして……時間は経過し、回り回って視点は戻って結side

 

 

「……で、結局は俺の看病なんてそっちのけで、パールヴァティーと料理勝負を延々と繰り広げていたと?」

 

 

 バツの悪そうな顔で正座をしているアサシンに、蟀谷に右手を当てながら確認を取る。

 そんな俺の左手には、ドサクサに紛れて()()が作ってくれた卵粥の入った器があった。

 

 ……取り敢えずエミヤと立香には、今度会った時にしっかりお礼言わないとな。

 

 

 

 慢心王の暇つぶしに付き合った礼として、原材料不明の"ウルクの霊薬"とやらを受け取り、服用してから一眠り。

 俺の体調はかなり回復しており、咳は収まって熱も下がっている。

 ほんの少し体にダルさが残っていたので、大事をとって休養していたところに、彼女はバツの悪そうな表情を浮かべて帰ってきたのだった。

 

「う、その……はい」

 

 俺の視線に耐えかねて、スッと目を逸らすアサシン。

 少し時間をおいて、コクリとうなずいた彼女の姿に苦笑した後、ポンポンとその頭を撫でてやった。

 

「……?」

 

 アサシンの表情を見る限り、料理対決をしながらも、楽しい時間を過ごしてきたようなので、少し嬉しかったのだ。

 ……端から、看病をして貰えなかったことを咎めるつもりはない。

 

 俺の対応に不思議そうな顔をするアサシンだったが、只今考えていたことを伝えることはしない。

 

 

 

 

『全く戻ってこないから心配したわよ?』

「あ、そう。それ!遊んでくるのはいいから、なるべく連絡入れるように」

 

 オルガの言葉に付け加えるように、これだけは注意しとけよ、と一本指を立てながらそう言っておく。

 説教くさいその言葉に、アサシンは渋面を浮かべてボソッと呟いた。

 

「なんか……子供扱いすぎませんか?」

 

「『実際子供みたいなもんだろ(でしょ)?』」

 

「……今日に限って言えば、否定できないのが悔しいですね」

 

 むむむ……と反論できずに黙ってしまったアサシンにふと思いついたことを聞いてみる。

 

 

「そういや、料理勝負はどうなったんだ?」

 

 

「……!そう!それなんですよ!あのなんちゃってランサーと私の得意料理が尽く被りまくっていまして…………」

 

 

((なんちゃってアサシンなのは、貴女もでしょうが……))

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ブツブツと文句を言い続けているアサシンにジト目を向けた後……俺は、機嫌取りでも何でもなく、本心から一つ頼み事をするのだった。

 

 

「……風邪も治りそうなところで……久しぶりに、アサシンの手料理が食べたいです」

 

「…………ほんっっと、しっかたないマスターですねぇ!」

 

 アサシンは少し黙った後に、にへら、とおよそ他人には見せられない程に表情を崩した笑顔を浮かべて返答する。

 そんな彼女に、更に要望を付け足してみることにした。

 

「愛情たっぷりで、よろしくね?」

 

「……しょうがないですねぇ…………言われなくてもわかってますよ」

 

 

 後半部分はよく聞こえなかったが……俺の言葉に彼女は満面の笑みを浮かべていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外 バレンタイン特別話

 
 息抜き。

 全てカーマさん視点です。おかげで苦戦しました。
 糖度全開、というほどではありませんが、こちらの世界線での彼女のバレンタインの様子です。





2月12日 

 

 あと二日でバレンタインデー……というやつである。

 愛とか恋とか、あーだ、こーだと五月蝿くてたまらない。くだらないにも程がある。

 日本で慣習化された文化だかなんだか知らないが、チョコレートを送ることが愛情表現に繋がるだなんてアホみたいだ。

 かつてはチョコレートを媚薬に利用していたなんて話も聞くが、それを踏まえてこの文化を眺めてみれば、揃いも揃ってお猿さんですか、という話にすらなってくる。

 加えて、ここに"手作りだから愛がこもってる"なんて偏見がついて回るのだから、本当に頭が痛くてしょうがない。

 

「…………でも、結さんは貴女がチョコレートを手作りしたら、泣いて喜ぶと思いますよ?」

 

 ちっこいサンタがなんか言っている。

 

 私は愛の女神ですよ?

 こんなイベントごとに一々振り回されるわけないじゃないですか。

 ハッと鼻で笑って、私は言う。

 

「何当たり前のこと言ってるんですか完璧で完全で最強に無敵なパーフェクトなチョコレートを作るに決まってるじゃないですかぶっ飛ばしますよ」

「凄い早口な上に怒られました!?」

 

 二日後はバレンタインデー。

 

 これは、彼女が最()の彼へとチョコレートを送るまでの波乱の物語である。

 

「あの、別に波乱はいらないんですけ——」

「フォウッ」

「異論は聞かないと言わんばかりのドロップキックをやめなさいこの獣畜生!」

 

 

◇◆◇

 

 

 さてさて、そんなわけで食堂へとやってきたのですが——

 

「密が! 酷い!」

 

 嘘みたいに混み合うキッチンを見て、人生絶叫ランキングの第八位ぐらいにランクインするレベルの叫び声をあげてしまった。

 多い、多すぎる。アリか何かなのだろうか。

 これが全員英霊なのだというのだから、冷静になったらダメ。気にしたら負けというやつだ。

 

「あら、カーマ? 貴女もチョコ作りですか?」

 

 気に障る声——いえ、器が同じな以上、声質に違いはないのですが——の発生源に目を向けるとそこに居たのは、パールヴァ……

 

「牛!?」

「はい! 見てください、このナンディーを!」

「馬鹿じゃないですか!?」

 

 牛が居た。

 速攻で人生絶叫ランキングの第八位が入れ替わった。

 いや、クオリティーは確かに高い。めっちゃ高い。高すぎて燃やしてやろうかと悩んだぐらいに高い。

 でも、それ以上にデカい。

 ふざけてるほどにデカい。

 誰か止めろよと頰を引き攣らせるぐらいにデカい。

 

「…………誰用ですか?」

「え、マスター用ですよ? あ、今から結さん用にも作りますけど、邪魔しないでくださいね。友チョコ、というやつですから」

「…………スケールを13000分の1ぐらいにするのなら、構いませんよ」

「13000ですね? わかりました!」

 

 650万キロカロリーの行方を思い、立香へと合掌してから、話を本題へと戻すことにする。

 

「で、人が多過ぎると思うのですが」

「まあ、マスターに日頃の感謝を伝える良い機会ですからね。こうなってしまうのも仕方がないことかと……」

「感謝で留めておけば文句は無いんですけどね……どうしてそこに好意を上乗せしようとするのかが解せない所です」

「人のこと言える立場なんですかね……」

 

 あー、煩い。やかましい。

 何言ってんのか、全くわかりませんね。

 

「全く、貴女は…………人が多いのが気になるなら、真夜中——になると、逆に夜なべ勢が働き始めますし、夕刻頃にもう一度、こちらを訪れてみたらどうですか?」

「夕刻、ですか。なら、そうします。こうもキラキラキャピキャピと騒がしい場所に居ると吐き気がしてきますし」

「いつも通りでブレませんね、貴女は……」

 

 当然です、と言い返そうとして……

 

「あっ、かまちょ、はっけーんっ! 聞いて聞いて、ちゃんマスを超ハッピーにするチョコ思いついたんよー!」

 

 

「…………ふーん、そうですか。一切興味がないですし、全く意味もありませんが、参考になるかもしれませんし、聞くだけ聞いてあげますよ、早く言ってください、メモを取るので」

「前言撤回です。貴女、相当浮かれてますよね?」

 

 失礼な女神です。

 私のどこを見て、浮かれてるだなんて感想が出てくるんでしょうかね。

 

 

◇◆◇

 

 

 ——夕刻

 

 

「空き時間に材料の確保は終わらせましたし、そろそろ私も作業に入りましょうか……キッチンの様子はどうでしょうか」

 

 レイシフトを強制使用して、色々と狩り尽くすこと三時間ほど。

 『もう少し手加減をしてくれ、時代が壊れるから!』と軟弱な軽薄男に頼み込まれたので、こちらへ帰ってきた私だったが、キッチンの様子は確かに先程よりも随分と空いているように見える。

 

「たまには使える情報を寄越すじゃないですか……」

 

 軽く頷きつつ、予め用意しておいた材料を冷蔵庫へと取りに行ったところで、何やらめちゃくちゃ聞き覚えのある()()()声がキッチンの奥から聞こえてきた。

 

「わかった、わかったから! ちょっと待って。手慣れてねえんだから、手間取るのはしょうがねえだろ!」

『いいから、キビキビ動く! 立香達に最高の友チョコを渡すんだから』

「作ってんのは俺なんですけど、そこんとこについてはどうお考えで?」

『あら、指示は私が出してるじゃない。サーヴァントの功績はマスターの功績でもある……当然よね?』

「使い魔扱い!?」

『いいから、いいから。チョコあげないわよ?』

「俺、自分で作ったチョコをプレゼントされんのか……」

 

 な に し て ん の ?

 

 絶句する。

 人間、本当に驚いたときは声が出なくなるらしい。

 え、本当に何してるんですかね。いえ、話の流れで何やってるのかはわかるんですけど、タイミングの悪さが致命的なんですがどうしましょう。

 

「と、とりあえず、バレないように……」

 

 冷や汗がたらりと流れる。

 まさか、気配遮断を持っていないことが、ここまで悔やまれる日が来るとは思っていなかった。

 そろり、そろり、と移動していると、キッチン全体の様子を見守っていたらしい厨房のアーチャーさんと目があった。

 

「…………」

「何、目を逸らしてグーサインしてるんですか、燃やしますよ?」

「いや、少し面白いことになっているな、と思っただけさ……君も一緒に作っていったらどうだ?」

 

 それは、願ってもない提案である。

 チョコ作り……普通に問題なくこなせるであろう作業だが、目の前のどこを目指しているかわからないレベルの調理スキル持ちを頼れるのは、ありがたいと言うしかない。

 …………だが、それではダメなのだ。

 

「……遠慮しておきます」

「……そうか。確かに、サプライズは大事だな」

「いえ、確かにそれもあるんですが——」

 

 彼らと一緒に作りたくない……というより、作れない理由が、一つあるわけでありまして、と頭の中で言い訳を始めたところで、キッチン奥の会話が耳へと届いてきた。

 

『私が(指示して)作ってあげる、っていう事実と気持ちが大事なのよ……これでも、結構本気で貴方に感謝しているのよ?』

「まあ、それは嬉しいことだけどよ……あ、気持ちが大事、とかアサシンに言うなよ? 一昨日ぐらいにアイツにチョコをねだったら『私、バレンタインデーっていう文化、大っ嫌いですので、今回は何もあげませんからね』ってハッキリ口にされたからな。ガチ泣きしたわ」

『…………まあ、仕方ないわね。あの子、結構拗らせてるし……私と立香の義理チョコで満足しておきなさい』

「え、本命は?」

『あげてもいいけど、アサシンに何されても知らないわよ』

「ごめん、お前の気持ちは嬉しいんだけど、俺には好きな子がいるから——」

『な ん で ! 私がフラれたみたいになってるわけ!?』

 

 わー、楽しそうだなー。

 アーチャーさんからのジト目をサラッとスルーして、現実逃避を行う。

 あ、そこ! 露骨なため息を吐くのやめてください。

 

「……カーマ」

「何も言わないでくださいわかってるんですつまらない意地というか私のスタイルと言いますか原点回帰って大事だよねとか色々考えた結果こうなったんですとか色々建前つけてみたわけですが結局直接本命チョコをあげると言うのが恥ずかしくなって逃げたと言いますかなんというか全面的に私が悪いのはわかるんですけど仕方ないと思いませんかだって私元々めちゃくちゃ拗らせてバレンタインデーの批判とか日常茶飯事に行ってきたのに唐突の手のひら返しとか失笑超えて嘲笑ものですよ本当にもうなんでこうなったんでしょうかね……マスター以外燃え尽きればいいのに」

「…………動揺はわかったが、破壊衝動を抑えてくれ。シヴァの残滓なんて持ち出された日には全員のチョコが溶け落ちてしまう」

 

 表情を引き攣らせるアーチャーさんに、宥められること三十秒ほどで現実へと意識が回帰した。危ない危ない……獣堕ちも悪くないなぁとか考えるところだった。

 

「あ、そういえば……貴女はどうするつもりです?」

「……ん? ああ、あっちの方か」

 

 一瞬、怪訝そうな顔をしたアーチャーさんだったが、私が誰に話しかけたのかを理解したらしい。

 その誰かさん……マーラは、のんびりした口調で意外な回答を返してきた。

 

『そうですねー……渡すときに感謝だけ伝えたいので、そのときに変わってください。チョコ作りは貴女に譲りますよ』

「…………やけに、簡単に身を退くんですね?」

『まあ、私は既に作り終えてますし』

 

 

 沈黙。

 

 

「は?」

 

 

 

『あ、私はしっかり結に渡す約束してますから、貴女は貴女でご自由にどうぞ』

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「信じられない、信じられない! ありえませんよ、貴女最低です! 何勝手にちゃっかり自分だけ良い思いしようとしてるんですか!? 羨ましいにも程があります、私とその役代わりなさい!」

『貴女はただ自爆しただけじゃないですか……』

「うぅぅ…………」

 

 目の前がぼやけてくる。

 信じられない、この女。人の身体で何してくれてんですかね!? と泣きべそをかきそうになりつつも、どうにかダムの決壊を防ぐことに成功する。

 いい加減、私も準備を始めなければ、というところで暇をしてそうな二人が食堂へと入ってきたことに気がつく。

 

「あれ、アサシンさん? ……って、半泣きです!?」

「ホントだ…………あれ、結局、チョコ作りすることにしたんだ

「ましゅにりつか……いえ、べつにないてませんが」

 

 トレーニング後にシャワーを浴びたのだろう。ホカホカと血行の良い立香とマシュは、こちらへ近づいてくると私が用意した材料を一瞥してから、こちらをしげしげと見つめてくる。

 

「……あの、なんかいつもより更にちっちゃくなってませんか?」

「心なしか舌足らずな気もするし……大丈夫? 結、呼ぶ?」

「ぜったいダメです……というか、だれがろりですか…………えいっ! さて、ではチョコ作りを行います。アシスタントは任せました」

「アシスタントですか!?」

「唐突すぎない? 別にいいけどね」

 

 どうやら半泣きメンタルになっている間に、ロリにロリを重ねるようにロリ化していたらしい……ロリにロリを重ねるロリ化ってなんだ。

 

 気合いを入れ直すために、姿を女子高生レベルまで戻して、マーラの権限を勝手に使って異界からエプロンを引き摺り出す。

 

「こうなったら、建前とかメンツとかその他諸々面倒なことを全部忘却するレベルで脳髄惚けさせるチョコというものを作るしかないですね……」

「先輩、気づけば、何やら超がつくほどの高レベルクエストに巻き込まれていたらしいです!」

「リタイア……は、出来なそうだね」

 

 

 久しぶりに本気でいくとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、本気でバレてないと思ってるから可愛いんだだよなぁ」

『人が本命チョコを作ってあげてるのに他の女の話をしないの』

「何、面倒くさい女ムーブしてんのさ」

『因みに宛先はアサシン』

「超納得」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 バレンタインデー 当日

 

 

 

 

 

 

 

「な、難敵、でした」

「そうだね……まさかここまでの強敵だったとは、想定外だったよ……秒速四人のペースで増えるエリちゃん、ティアマトちゃんとの生死を賭けたインディアンポーカー、消えたウルク王と盗まれたミニクーちゃんの謎を解き明かした後、バニ王と一緒にサモさんの授業参観、最後の最後は伝説のカカオの実を巡る30メートル級の神霊●ャガーマンとの大決戦……手に汗を握る冒険の数々だったね」

「流石に、私も巨大ペンギン(リヴァイアサン)に飲み込まれたときには死を覚悟しましたが、なんとか、究極のチョコレートを完成させることができました……マシュ、立香、ありがとうございます」

 

 私はマシュと立香と軽い抱擁を行い、感謝を伝えてから、マスターの姿を探そうとしたのですが……

 

「『待って、何してんのお前ら!?』」

 

「え、チョコ作りですが」

 

 どうやら、向こうの方から、やってきてくれたみたいだった。

 できることなら作りたてホヤホヤのチョコをあげたいところでしたので、好都合ですね!

 

「おや、マスターにオルガ、こんにちは。ハッピーバレンタインです」

「え、チョコ作り? 本当に? オルガ、俺ってもしかしてチョコ作ってなかった?」

『……制作過程がぶっ飛び過ぎていて、アサシンを揶揄うどころじゃなくなったわね』

 

 おや、どうしてそんなに驚いているのかは、わからないですけど、私がバレンタインに参加することについてのツッコミはなさそうですね。

 となれば、特に問題はない。

 チョコはできた。なら、後はただ渡すだけ。

 

 ささっと渡して、愛の言葉でも囁いてやりましょうか!

 

 

「では、マスター……えっと、その……ですね」

 

 

 

 口を開く。

 

 心臓の鼓動が、動悸が、はやい。

 

 あれ、おかしいですね。

 チョコの味は完璧。私の理性が飛びそうになるくらいなんだから、自信を持って渡せばいい。

 

 コクリ、と唾を飲む。

 

 手が震えてきて、視界が狭く。

 深呼吸、深呼吸を繰り返す。

 

 ああ、そうか。

 

 ここで、私は理解した。

 

 

 

 これが、恋かと。

 

 

 

 知っている。

 

 話すときに胸が高鳴ること。

 デートなんかは待ち時間すらもが楽しかったこと。

 手を握れば汗が心配になること。

 抱きしめられたら心臓の鼓動が聞こえてしまうこと。

 

 一緒に居るだけで、幸せになれること。

 

 

 知っているとも。

 

 私が何回、自分の気持ちを知るために、あの戦争の最中に迷い彷徨ったと思っている。

 

 でも、そうか……と腑に落ちた。

 

 恋なんて知っている。

 でも、もう乗り越えた。もう終わった。

 私とマスターの気持ちは通じ合っていて、今更好意を伝えることでどうこうなるとは思っていなかった。

 

 けど、違った。

 

 女の子は、いつだって。

 それこそ、きっと、仮に貴方と私が結婚したとしても。

 

 終わりなんてないんだ。

 この思いが、尽きるまで。

 

 きっと、絶対、永遠に。

 

 

 私は貴方に恋をする。

 

 

「……なーにが、恋の波動です。あの女神の宝具の方が、ずっと楽じゃないですか」

 

 

 これが、恋。

 これも、恋。

 

 たとえ、相手の答えがわかっていても、こんなにも胸が締めつけられるほどに痛くて、辛くて、そして、どことなく甘いのが、恋というやつだ。

 

 

 

 

「私の、作ったチョコレート……受け取って、くれますか?」

 

 

 震える声で、けれども真っ直ぐ彼の灰色の瞳だけを見て、問いかける。

 

 ポンポンと、いつも通りに頭へ置かれる手のひら。

 その手の上に、両手を重ねて瞼を下ろした。

 

 

 

 

「いつまでも、お慕いしていますよ」

 

 

 

 そっと小声で、消えてしまいそうな声音で、小さな小さな宝物を抱きしめるように、愛おしさを込めて。

 

 

「大好きです、マスター」

 

 

 言の葉を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 



 ごめん、やっぱ結構糖度全開だったかも。

 もしよかったら、感想、評価、ここすきでも、なんでも喜ぶのでよろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

lost memory,s
番外 デートinラスベガス!『序』



 番外三本目!

 最近、戦闘描写ばっかで疲れてきたので甘っ甘な彼らの様子をプレゼント。
 ぶっちゃけ構想ゼロから書いた短編なので、続きが出るのが遅くなるかも知れません。


 

 

「マスターちゃん……お金、貸して?……というか、もうぶっちゃけ下さい、多分返せないし……もっと遊びたいのよ、私」

 

『……ついに開き直ったわね……またおけらになって帰ってきたの、オルタ?』

 

 夜。

 

 特異点と化したラスベガス。

 

 その中に存在する小洒落た小さな酒場にて。

 

「根本からギャンブルに向いていないのではないかと、バーテンダーなアラフィフは君に助言をプレゼントするネ」

 

「助言というか、事実だろ……それ」

 

 カウンターに突っ伏して、情けないことを言う水着の黒聖女。

 そして、グラスを磨きながらウインクを決めたバーテンダーに、苦笑いを浮かべながらその言葉に同意する青年がそこにいた。

 

「うっさいわね、あんたら……燃やすわよ?」

 

「「…………」」

 

 余りにも理不尽すぎる言葉に、青年とバーテンダー……俺とモリアーティー教授はジャンヌ・オルタに対してジト目を向ける。

 数秒経ち、責めるような俺たちの視線に耐えきれなくなったオルタちゃんは、バツが悪そうな表情を浮かべ、小さな声で言った。

 

「その目もやめて、私が悪いのはわかってるから……はぁ……なんで勝てないのかしら」

 

「……ふっ」

 

「デュヘイン」

 

「あっつ、あつ!?ちょ、燃やすな!?」

 

 割と普通に火を飛ばしてくるんじゃない。

 痛いじゃん、熱いじゃん!?

 ……ちょっと笑っただけなのにさぁ?

 

「キミって割とチャレンジャーだよネ?幾ら彼女がギャンブルに向いていないからといっても……ふっ」

 

「ぶっころ」

 

「あっつ、熱い……ちょ、結くんの時より長くないカネ!?」

 

『まったく……何やってるのよ、貴方達は……はぁ』

 

 反省しない男共の様子を見て、傍観に徹していたオルガはため息を漏らす。

 その声は慈愛に満ちていて、彼女が今のような普段通りの空気を大切に思っていることが伺えた。

 

 ふと考える。

 

 オルタちゃんも教授も、もちろん俺も今のやり取りがコミュニケーションの一部であることも理解しているし、楽しんでいる。

 他のサーヴァント達と話をする時も同じだ。

 元来持っている性質が悪だろうと善であろうと、彼らの根底には僅かなりとも仲間意識と言うものが存在している。それが無ければ、彼らが文句もなしに共闘することなどあり得なかっただろう。

 また、その中心となるのがオルガと立香という二人のマスターであることを忘れてはいけない。

 ……一応俺もこの枠に入れているのかもしれないが。

 

 彼女らは、自らの先駆者である英雄達と意見をぶつけ合い、そして彼らの掲げる信条を尊重することを当然としている。

 その先に生まれた信頼関係が、今の状況を生み出していったのだろう。

 

 つまり……オルガがこの状況を大切に思っているのは必然的なものであり、この状況こそが俺の守るべきものであると言える。

 

 なるほど、オルガが嬉しそうにするのも確かに頷ける。

 こんな、なんでもない日常こそが、俺が…………

 

 

 こんな風にセンチメンタルになるのは、らしくないか。

 

 

 バーテンダーが先程から自分のためだけに用意していたらしい至福の一杯を、奪い取りグイッと一気飲みする。

 慣れない苦味と、体が中心から熱くなってくるような感覚が脳内を支配していき、先程までの恥ずかしい思考を消してくれる気がした。

 

 情けないアラフィフの叫び声が聞こえる気もするが、そんなものは気にも留めずにまずは、そのグラスを空にした。

 

『ちょっと?貴方、まだ未成年じゃない』

 

「まぁまぁ、お堅いこと言うなって……どうせ、酔わないから安心しろよ」

 

『普通に体に悪いと思ったから注意したんだけど……まぁ、いいとするわ』

 

 何はともあれ、このゆったりとした時間は結構好ましい……なんて、考えていたそのときだった。

 バタンと大きな音を立てて酒場のドアが開かれる。

 

 

 振り向けば……

 

「デート、です!」

 

「ん?」

 

「で・ぇ・と!ですよ!マスター!」

 

『あ、あの……アサシン?』

 

 ぜぇ、ぜぇと息を切らせながら酒場に飛び込んできた我が最愛の女神様の姿があった。

 

「明日、私とデートしましょう!」

「は、はい……?」

 

 全く状況は掴めていないのだが……断る理由も一切ないので、頷きを返しておく。

 

 そして、とりあえず……

 

「ふむ……青春だネ!」

 

 うるせぇ、アラフィフ。

 隠れながら作ってる二杯目も奪うぞ?

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 翌日 午前十時 

 

 ホテル・ギルダレイ 正面広場

 

「デート、か……俺として願ったり叶ったりな状況なわけだが……態々待ち合わせにする意味はあんのかねぇ……」

 

『……そういうものなのよ、アサシンだって女の子なんだから』

 

 

 そこに欠伸を噛み殺しながら疑問の言葉を浮かべるは、アサシンに呼びつけられた青年こと俺がいた。

 普段のカルデア制服やらローブやら何やらは自室の棚にぶち込んできており、現在の俺の姿は、オルガが考えて選んだ服装……要するに、柄にもなくお洒落なんてものをしているのである。

 

 ……ま、お洒落と言っても、俺は元々服のストックなどを余り持たない方であるため、そこまで激変するようなものではない。

 

 すこしダボっとするぐらいの白Tシャツに、黒のロングスカート。

 こんなものつけて何の意味があるのかは分からないが、首元に銀のチェーンのようなものをかけただけのシンプルな格好である。

 

 オルガ曰く

 

 可もなく不可もなく、みたいな見た目をしている俺では、無駄に凝った服装は逆に見苦しくなるのだとか。

 ……どちらかと言えば可の方だと思うけど、なんて小さな声で気を使われた時は、すこし悲しくなったが、それはそれである。

 

 余談だが、いつ何処から湧き出てきたのかわからないBusterと書かれた赤色のシャツは見て見ぬふりをして、適当な所へ放り投げておいた。

 ……いや、ほんと何処から出てきたんだよ、アレ……軽くホラーなんですが。

 

 

「アサシンが魅力的な女の子なのは、周知の事実ですけど……って、オルガ?まだ起きてたのか?」

 

『折角なら、しっかりお洒落したアサシンを一目見てから意識封鎖しようかなって……仲良くやるのよ?』

 

「言われなくてもわかってるよ……親か?」

 

『保護者的な立ち位置のつもりですけど?』

 

「そうでしたね……」

 

 そう。

 本日は、アサシンの希望によりオルガには休憩を取って貰うことになっている。

 ……正真正銘、二人っきりのデートであるということだ。

 

「……にしても、少し遅くないか?確か、待ち合わせは十時だったろ?」

 

『……そうね……直ぐに来るとは思うわよ?男の子なんだから、そのぐらい待ってなさい』

 

「へいへい」

 

 はぁ、とため息を吐きながらそう言ってくるオルガに対して、肩を竦めてやる気なさげに返事をする。

 ……そのすぐ後のことだった。

 

 

「すみません。マスター……お待ちましたよね?」

 

 背後からかけられたのは、聴き慣れている彼女の声。

 

「……いや、全然……俺も今来たところだから」

 

 態々、待ち合わせをするぐらいだ。

 ならば、この返答が正解だろう……そう思いながら振り向いた。

 

 振り向いて、最初に見えたのは麦わら帽子。

 

「………?」

 

 状況がパッと読み込めなかった俺は、多分キョトンとしたようなそんなしまらない表情をしていたんだと思う。

 一秒も経たずに、視界いっぱいに存在していた麦わら帽は姿を消し、代わりに満面の笑みを浮かべる少女が映り込んでくる。

 

「おはようございます、マスター!」

 

「…………」

 

 危ない。

 余りにも尊いアサシンの笑顔に殺される所だった。

 おい、この子可愛いやばい。

 死人でるレベルで可愛いとか、反則すぎないマジで。

 

 

 

「ふふっ……緊張してるんですか?マスター」

 

 

 

 耳元でそんな風に囁いてくる彼女……そんな一つ一つの動作が小悪魔的すぎて、時々本当に女神様なのか疑いたくなるんですけど。

 

「…………なわけあるか、おはようアサシン」

 

「むぅ……あ、そうです!マスター……この服装、どう思いますか?」

 

 ギリギリ平常運転っぽく挨拶を返すと、彼女は、俺の様子に対して不満げに頰を膨らませる……いちいち可愛い行動取らないで、物凄い勢いで理性削られてるから!

 

 そんなアサシンは、何かを思い出したかのようにニヤッと笑いを浮かべると、殆ど抱きついているぐらいである現在の距離から、大きく一歩とほんの少し後ろへ下がり、両手を広げて自らの姿を見せつけた。

 

 そのとき、今日初めて彼女の全身像を確認することができた。

 

 そして、文字通り呼吸を忘れた。

 心臓すらもが止まっていると言われても、全く疑うことをしないであろう……そんなレベルで、心底彼女に身惚れていた。

 

 目に入ったのは普段の少女姿ではなく、俺と同じか少し年下ぐらいの年齢……高校生ぐらいの見た目になった彼女の姿。

 

 そんなアサシンは今エメラルドグリーンのビキニと、パレオを身につけており、つばの広い麦わら帽には、白色の花が添えられていた。

 

 メイヴのように自らのプロポーションをこれでもか、とアピールし、見るもの全てを魅了する……そんな美しさとは別ベクトルの魅力が彼女にはあった。

 

 無人島やらルルハワやらの海遊びで、身につけていた蕩けるような魅力を持つ水着姿とは一味違う。

 

 決して露出度が低いわけではない。

 フレア・ビキニ……フリル状の布で上半身を覆われているタイプのビキニと腰から足元までを隠すパレオを着ているとはいえ、水着は水着である。

 

 ……競泳水着を私服として歩くことのあるお姉ちゃん系サーヴァントも何処かで見かけた気もするが、水着は水着なのである。

 

 露出度の高さ、プロポーションの良さ、そんなものに囚われない美しさを彼女は持っていた。

 壊したくない、触れてはいけない、そんな別次元の魅力がそこにあったのだ。

 

 左足がパレオによって隠されていることが、逆に無防備に晒されている右足の魅力を引き立てる。

 白い柔肌に、鮮やかな色合いの水着は良く映えていて………………

 

 

「あ、あの……マスター?そ、そんなに黙って見られますとね……その、あの……何というか……少しだけ……その、恥ずかしいと言いますか……」

 

 

 ……………………あっぶな、意識飛びかけてたわ。

 

『ゴホッ…………』

 

 脳内で遂に死人が出たし、もう少し手加減してもらいたいものである。

 

 勢いよく感想を求めていた最初とは別人のように、もじもじと顔を赤らめているアサシンの姿に意識を持ってかれかけたが意地で耐えきった。

 なんでも、自信を持ってとっておきの水着姿を見せつけたのに、反応がなくて恥ずかくなってきたのだと……何それ可愛い、アサシンが可愛い過ぎてやばい、話進まない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……さてと、やっと落ち着きましたか、マスター?」

 

「おう、悪いな、面倒かけて」

 

「こっち向いて話してくださいよ……」

 

「無理、可愛過ぎて直視できない……いやほんともう見たい気持ちも山々ですし、なんなら一生見てられる気がするけど、話進まないから、仕方なくこうして顔背けて話をしてるわけですし……」

 

「こっち向いてくれないのは……少し、寂しいんですけど」

 

 

 失敗しました。

 

 全く、この人は本当に……

 

 私が可愛すぎて直視できないから、デート中でも顔を背けて話するってバカなんですかね?

 

 …………少し考えてたら、それはそれで……いや、違います。

 

 別に嘘をつけないマスターが、本気で私のことを可愛いって連呼してるのに気がついて、表情が真っ赤になったりしてませんから……ええ、断じてしてませんとも。

 

 ……あっ、こら!

 今、こっち向くんじゃない!

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 なんか、アサシンの顔がめっちゃ赤くなってるんですが……顔見て話さなかったこと、

そんなに怒ってる?

 

 そうだよな。

 アサシンがわざわざ誘ってくれたデートなのに、勝手な都合でお洒落した姿を見てくれない……なんて最低な行動だよな。

 

 というか、結局アサシンに水着姿の感想伝えてないし……受けに回るから恥ずかしくなるんだよな。

 

 よし、仕返しとお詫び代わりに……この子を褒め殺しにかかるとしますか。

 

 

「……アサシン。そういえば俺、お前に水着の感想言ってなかったよな」

 

「え、あっ、ちょっとマスター?」

 

「折角、アサシンがお洒落してくれたのに……感想の一つもないなんて、最低にも程があると思ってな、反省したよ」

 

「あれ、私まだ褒められてなかったんですかね!?マスター……私のこと可愛いって言ってくれたじゃないですか」

 

「何言ってんだ、アサシンが可愛いのは常識だろ。当たり前のことを言って褒めたことになるわけないだろ?」

 

「この人思ってたより、結構重症ですね!?」

 

 

 アサシンの驚き声を耳に、俺は彼女に水着の感想を伝え始めた。

 

 

 

 ()()()()

 

 

 

「……はぁ……はぁ……はぁ、もう、やめて、ください……マスター。その、本当に、お願いですから……マスターが私のこと、その、か、可愛いって言ってくれたのは、わかりましたからぁ……色々許容オーバーで、その、…………爆ぜます」

 

 うちの女神様は、恥ずかしいが頂点に達すると爆発するらしい。

 

「……仕方ない。まだまだ沢山可愛いとこはあるんだが、全部言ってるとキリがないか……そろそろ、デートに行くとしますか?」

 

「……私、割ともう幸福度は十分なんですけどね……一時間も無駄に……いえ、無駄にはなってませんけど……ほんとに、マスターが暴走なんてするから」

 

「お前が可愛いのが悪い」

 

「私のせいにするんですね……はぁ……息をするように可愛い、なんて言ってると信用無くなりますよ」

 

「嘘つけないのは知ってるくせに」

 

「……ほんとにちょっと黙ってて下さい……あんまり煽ると……問答無用で襲っちゃいますからね?」

 

「きゃー、こわーい」

 

「それ、私の台詞じゃないんですね……」

 

 

 茶番を挟んで、頭を冷やす。

 

 うん。

 褒め殺しに熱が入り過ぎたな……反省してる。後悔はしてない。

 

 一度伸びをして、脳内をスッキリさせる。

 

 そして……

 

 

「それじゃあ、お姫様、お手を拝借……楽しい楽しい街中デートと行こうぜ、アサシン?」

 

「……やっと、普段の調子に戻りましたね……そっちのマスターの方が話が通じるので、好きですよ」

 

「…………ナチュラルに、好きとか。お前、本当に変わったなぁ」

 

「煩いですよ、バカマスター」

 

 

 漸く二人のデートが始まる。




感想でガチャ結果なんかを送ってくれると、運対の対象になるらしいので気をつけて!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章
プロローグ 〜お別れ〜


軽く息抜きに……
こんな感じでやっていきます。


「……あの、マスター。そんな目で見ても、私のクレープはあげませんからね?」

 

「一口だけでいいから……だめ?」

 

「あのですね、マスターはさっき自分の分をムシャムシャ勢いよく食べていたじゃないですか……」

 

「俺は、一口献上してやったというのに……」

 

「貰うものは貰っておくのが私の主義です……私がマスターに与えられるのは、愛だけですよ?」

 

「あ、うん。別に、()()いらないかな」

 

「清々しいまでの即答ですね。ちょっと、傷つきました」

 

「そりゃ、すまん。お詫びにボンタンアメでもいかが?」

 

「なんで態々そんな渋めのチョイスなんですか……頂きますけど」

 

 

 

 ゆったりと会話を続けながら、街を歩く青年と少女の姿がそこにある。

 青年の右手には、赤の紋章が浮かんでいるが、三層構造だと思われるその紋章の二層分は掠れてしまっている。

 今はただ、中心部に赤い模様が見えるだけであった。

 

 暫くの間、青年と少女は雑談をしながら歩いていると、街中から音が消えたことに気がつく。

 

 "人払いの結界"

 

 それが存在することは、裏世界の住人が動きを見せる、ということと同義だ。

 肌がピリつく感覚に、青年は片頬を上げて隣に立つ白髪赤眼の少女へと声をかけた。

 

 

「さてと……残念ながらもぐもぐタイムは終了みたいだ。気張って行くか、アサシン」

 

「……もうひょっほえ、むぐ……食えおふぁるほで、待ってくらはい」

 

「……本当に、締まらないなぁ。そこがいいんだけど……ほら、クリームついてる。取ってやるから、ジッとしてろよ」

 

「子供……扱い、しないでください」

 

「そう言いながらも、大人しくしてくれるあたり優しいよね〜。ほんと、最初に比べて随分、丸くなったな」

 

「煩いですね……愛しますよ?」

 

「新手の脅し方すぎない!?」

 

 緊張感なく、イチャイチャ?し続けている彼らに何処からともなく湧き出てきた竜牙兵が襲いかかる。

 

「待てコラ、落ち着け……"爆ぜろ"」

 

 一言、青年がそう口にすると前方に見えていた竜牙兵の集団が爆散していく。

 その様子を横目に、青年は白髪の少女……アサシンと呼んだ女性の口周りをナプキンのようなもので拭き終えた。

 

「よし……あと、よろしく。援護はするから、やっちゃって?」

 

「はいはい……しょうがないですね」

 

 言葉とは裏腹に、その少女は愉しげな笑みを浮かべながらゆったりと竜牙兵達へと歩み寄り……蹂躙を開始した。

 

「いつも通り聞くけど……アサシンなのに主武器が弓ってどうなの?」

 

「……時々、私自身もアーチャーじゃないことに疑問を持ってるので、返答し辛いんですよね」

 

 サンモーハナと呼ばれる花の弓を使い、彼女が目の前にいる大量の雑魚敵を殲滅し続けること三分。

 

 宝具としての権能を一切使わずに、戦闘を終えた少女の機嫌は割りと良いようで、鼻歌を歌ったりしている。

 本当に、初対面とは大違いだ。

 

『人間なんて大嫌いですし、聖杯にも興味なんてありませんから……私はただ、愛を与えるだけ……え、何?そんな子供っぽい見た目で言われても?ちょ、初対面で、そこにツッコミいれてくる!?』

 

 ……いや、結構簡単にボロ出してたな。

 

 そんな随分と昔に感じる彼女との出会いを思い出していると、先程から竜牙兵を召喚していたであろう十数名の魔術師が青年とアサシンを囲むようにして、攻撃詠唱に入っていた。

 

 

「……撃ち落とせる?」

 

「……余裕です。私を誰だと思っているんですか?」

 

「超可愛い俺の相棒」

 

「そこまで言えとは、言ってませんけど……というか、本当に結構来るものがあるので戦闘中に口説くのやめてくれます?」

 

「そゆとこ、そゆとこ」

 

「口が……減りません、ね!」

 

 引き絞られた弓から分散した状態の魔力が、矢となり放たれる。

 それらは空中で向きを変え、魔術師達の攻撃をミス一つなく叩き落としていく。

 

 暫く観察に徹していた青年は、リーダー格であろう人物を確認した。

 そして、その人物の方へと歩いて向かっていく。

 

「ま、魔力を寄越せ!【ガンド】!」

 

 リーダー格の魔術師が青年に向けて放った魔力弾は

 

「"うるせぇ"」

 

 彼の放った一言により、展開された障壁に受け止められる。

 彼はそのリーダーらしき男の襟元を左手で掴み、引き寄せた。そして、その目を真っ直ぐに見据えてから言う。

 

「……あのなぁ、練度が違うんだよ。死にたくないなら、出直してこい」

 

 ドスの効いた声でそう言い終えると同時に、男を突き飛ばす。

 男が醜態を晒しながら逃げていくと同時に、周りにいた仲間らしき魔術師達も撤退していった。

 

 ……ここまで、格の違いを見せつければ、リベンジマッチに来るやつなどいないはずだ。

 

 そう考えて、一息ついていた青年に彼女は声をかけた。

 

「甘すぎますね……反吐が出そうです」

 

「出すならエチケット袋使えよ?」

 

「……私、最近あなたと真面目な会話をした記憶が一切ないんですけど……気のせいですかね?」

 

 彼女のため息も随分聴き慣れたものだ。

 

 魔術師達が求めていた魔力。

 それは、俺たちが勝ち取った戦いの戦利品のことだろう。

 

 

 あの戦いを聖杯戦争だ、とは言えない。

 

 実際にそれに込められた魔力量を測れば、本物の聖杯の半分にも満たないのだろう。

 

 後に話す機会があるのかはわからないが、気がつけば巻き込まれていた擬似聖杯戦争……形式で言えば、亜種聖杯戦争に近いその戦いを、俺と彼女は生き残り、生存を勝ち取った。

 

 今行っているのは最後の散歩。

 オマケのようなものだ。

 

 願うことなど何一つなかった青年とアサシンには、使う宛のない大量の魔力が残されていた。

 強いて言えば、戦いで負った傷や呪いの類のものを回復するために使用したぐらいである。

 

 青年がアサシンと過ごした時間は、ただ単純に楽しかった。

 残された魔力を使えば、彼女は1、2年ほど現界したまま生活できたのだろう。

 

 俺も、彼女もそれをわかっている。

 

 それでも……彼女が選んだのは消滅の道だった。

 

 あの夜、全ての決着が済んだ後のことだった。

 

『あ、私は多分すぐ消滅すると思いますよ?長くて……二日持てば良い方ですかね〜』

 

『残る気はない?』

 

『…………』

 

『わかってるよ……寂しいけど、止めはしない』

 

 

 それから三日が経過していた。

 

 彼女はもう、いつ消えてもおかしくない状況のはずだ。

 今日が"その日"だ、ということを悟ったのだろう。

 彼女なりに最後は目一杯楽しみたいのか、今日は一日中遊び尽くした。

 聞けば、後悔など一切ないらしい。

 よって、消滅を選んだ彼女の目には、迷いはなかった。

 

 

 

 その夜……彼女の体は光に包まれていた。

 

 

 消滅が始まる、その直前になってから……彼女はポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ始める。

 

 

 

 

「人間なんて大嫌いで」

 

 

 よく知ってる。

 

 

「愛を与えることだけが、私の役割で」

 

 

 何度も聞いた。

 

 

「恋とかに浮かれてキラキラしてる、そんなリア充みたいな存在は大嫌いで」

 

 

 一緒に愚痴ったりもしたね。

 

 

「宝具を使えば、灰にされたトラウマを思い出しますし」

 

 

 ご愁傷様、そればっかりはどうも出来ないな。

 

 

「巡り合ったマスターは変わり者で」

 

 

 そんなつもりは毛頭ないのだけれど?

 

 

「…………初めてでした。マトモにコミュニケーションを取ろうと思ったのは」

 

 

 道理で人見知りを拗らせてたわけだ。

 

 

「あなたの魔術……【代償強化】。私は好きですよ?」

 

 

 そりゃどうも。いきなりどうした?

 

 

「あなたは、私がそう簡単に心を開かないことに気付いてましたよね?」

 

 

 もちろん。だから……

 

 

「だから常に魔術を使ってくれてましたね。【代償強化】代償:嘘をつけない……なんて、さっきも言いましたけど、()()()()()()()()でベタ褒めされるとキツイんですよ?」

 

 

 表情筋コントロールするのが?

 

 

「そうそう……って、気付いてたんですね」

 

 

 顔真っ赤だったからね……可愛くて良いと思うよ?

 

 

「……煩いですよ。バカマスター……あんまり揶揄うと……本気で愛しちゃいますよ?」

 

 

 

 消滅の光が強くなった。

 ああ、もう。

 お別れの時間だ。

 

 

「別に、それはそれでアリなんだけどね?」

 

 軽く仕返し代わりに、ポンコツで性格が悪くてツンデレな最高の相棒へと、予想外であろう返答を送った。

 

「…………へ?……え、あっ、ちょっと!?……それは、卑怯ですよ!?」

 

 彼女の体がゆっくりと、足先から消えていく。

 

 最後に顔を真っ赤に染めて、喚き散らしている彼女を微笑ましく思いながらも、その赤い目を見つめた。

 

 最後に聞きたいことは、決めていた。

 

 

「……それで、二度目の人生は楽しかったかい?愛の神こと、カーマさん?」

 

「……っ、ふふ。……一度目よりはマシでしたよ……ええ、本当にお陰で楽しかったです。マスター」

 

 

 最後にとびきりの笑顔を残して、彼女は空へと消えていった。

 その場に座り込み、暫くボーッと彼女が消えていった空を眺め続ける。

 

 そして

 

 

「……仕事、探すか」

 

 

 呟いた青年の元へ

 

 

『人理継続保障機関 カルデア』

 

 無駄に名前の長い施設から手紙が届くのに、それほど時間はかからなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロローグ 〜寂寥〜

繋ぎ話です。
イチャイチャは我慢。


 

 アサシンと青年が別れてから、二週間程が経過していた。

 

 

「……働きたくねぇ……寂しすぎるんですけど、どうしてくれますかね。あの女神様?」

 

 

 死んでも会えないんだろうなぁ……元は男神のはずだし、なんて独り言を零しながら自宅へと向かう。

 

 そろそろ立ち直らなければいけない。

 それは、分かってはいるのだが……気合いだけでどうにかなる程、人間は単純にできてない。

 時には、気合いだけでどうにかする必要もあるわけだが……

 

 

 

 青年がアサシンを見送ったことによる弊害は、至る所に出ていた。

 

 まず一つ、独り言を呟く癖がついた。

 

 霊体化した彼女と時折、散歩を行っていたからだろう。

 ブツブツ呟きながら30分ほど、散歩する。

 その後、帰宅してから、先ほど口に出来なかった反論や文句、時偶に共感をアサシンが膨れっ面で言ってくる……そんな時間は、心底楽しかった。

 ま、こちらは重要な問題ではない。

 元々、女神様から変わっているとのお墨付きをもらった青年が、変人として認識されるだけである。

 

 

 

 大事なことは、もう一つの方。

 

「味が……しないんだよなぁ」

 

 最近では、視覚にも支障が出てきている気がする。色彩感覚がなくなってきているのだ。

 ふとした瞬間に、世界が灰色に染まって見える。二度、三度と瞬きを繰り返すと、普段通りの光景が戻ってくるのだが……その頻度は日に日に増えてきていると感じる。

 

 青年が原因がわかり切っている悩みについて、考えを巡らせながら歩き続けていると、自宅が見えてくる。

 

 そして、知るのだ。

 

「郵便物に魔術の匂いって……『人理継続保障機関 カルデア』?厄介ごとなら、お断りしたい所なんだが……今の俺、精神状態不安定すぎる」

 

 カルデアが招集した総数48人のマスター適性を持った人物達。

 魔術の名門から30人分。

 そして、数合わせに存在する一般人枠が10人分。

 その10人分の一般枠に、青年が選ばれたということを……

 

 

「マジで?……特に重い期待もかけられずに、住み込みで働けるの?何その良環境、就活面倒だし……ッ」

 

 不純な動機を口にしても、そこにツッコミを入れてくれる彼女の姿はない。

 

「……気張れよ、俺。寂しさで死ぬとか、ウサギかっての」

 

 頬をパンっと両手で叩き、青年は遠出の準備を始めた。

 

 

◇◆◇

 

 

『ー塩基配列 ヒトゲノムと確認

 

 ー霊基属性 善性・混沌と確認

 

 ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。

 ここは人理継続保障機関 カルデア。

 

 指紋認証 声紋認証 遺伝子認証 クリア。

 

 魔術回路の測定……完了しました。

 

 登録名と一致します。

 貴方を霊長類の一員であることを認めます。

 

 はじめまして。

 貴方は本日 最後から一つ手前の来館者です。

 

 どうぞ、善き時間をお過ごしください。

 

 ……申し訳ございません。

 入館手続き完了まであと180秒必要です。

 

 その間、模擬戦闘をお楽しみください。』

 

 

 

 

 ………………まぁ、所々気になることがあった気もするが、気にせずいくか。

 

 

 目隠しされた状態で遠くまで運ばれて、久しぶりに言葉を聞いたと思ったら、模擬戦闘を行うように命じられていた。

 

 目を開かせないように、青年へとかけられていた魔術が消え去る。

 

 目を開けた少年の前には……目元が暗くなっていて表情は判断できないが、たしかに一人のサーヴァントが立っていた。

 サーヴァントの前にはゴーレムが三体。

 青年が動かなければ、状況は変化せずに時間だけが過ぎていく。

 

 ……模擬戦闘、その意味がよくわかった。

 

 そして、嫌な予感がした。

 こんなバカみたいな技術を持った施設なんかにきて、一体何をさせられるのだろうか?

 

 そんなことを考えたからである。

 

 ……少し短絡的だったかな、と今更ながらに選択を後悔しそうになったが、仕方がないと割り切ることにした。

 

 何も指示を出さない青年に、青の衣に身を包むセイバーらしきサーヴァントAIとゴーレムは、気持ち困ったような表情を浮かべた気がしたが、ごめんなさいと手を合わせるだけにしておく。

 

 ……なんだか、後ろから刺されそうな気がしたからだった。

 

 

 青年がここへやってきたのは、職を持っていなかったから。

 それが、表向きの理由。

 

 

 本当の目的は

 

 心にできた穴を無理矢理、埋めるため。

 

 戦い続けることで、痛みを忘れようとしているだけであった。

 

◇◆◇

 

 

 カツリ、カツリと人気のない廊下を歩いていく。

 

 どっかに向かってくれ、との指示を受けたのだが……全く話を聞いていなかったので困った。

 誰か道案内をしてくれる人を探しながら、適当にほっつき歩いている、というわけだ。 

 

 

「……ん、こっちじゃないのか?」

 

 

 どうもおかしい、そう考えて来た道を引き返す。

 すると、そこには……

 

「朝でも夜でもありませんから、起きてください、先輩」

 

「……えぇ」

 

 この数分で何が?

 

 アサシンが見たら、蟀谷に手をあてるであろう想定外の光景が待っていた。

 

 廊下で眠っていた明るい茶髪の女性を、メガネっ子が声をかけ、そしてリスのような謎の白い動物がテシテシと前足で頰をつつくようにして、起こしている。

 

 因みに全員結構可愛い……悪寒がすごいな、風邪でもひいたか?

 

「……あなた、は?」

 

 ポツリと目を擦りながら茶髪の女性が、疑問を口にする。

 メガネっ子は、少し困ったような表情をしてから落ち着いて返答する。

 

「いきなりの難しい質問ですが……名乗るほどのものではないーーとか?」

 

「そんなセリフを直に聞くことが出来るとは、思ってなかったよ」

 

「「え?」」

「フォウ?」

 

 思わずツッコミを入れてしまった。

 そして、例の如くこちらの姿を見て、彼女らは一歩退く。

 

 ……ははは、泣きそう。おいこら、リスまで逃げてるんじゃない。

 

「怪しいものじゃない……といっても信じないだろうけど」

「いや、その……あははは」

「安心してください、先輩。カルデアのセキュリティは万全です」

 

 青年の心が地味に傷ついたことを察したのかもしれない、茶髪の女性は苦笑いを浮かべる。

 メガネっ子は少しズレているような気もするが、両手で小さく拳を作り、意気込んでいる姿は可愛いから、気にしない。

 

 ……大丈夫、だよな?

 

 青年は辺りを見回した後、ホッと息を吐く。青い炎とか、飛んでくる矢とかの姿は見られなかったからだ。 

 

 

 メガネっ子がフォウさん、と名付けたらしいその動物の紹介を終えたところで、カツリカツリとこちらに近づく足音がした。

 それと同時に、フォウさんは何処かへ逃げていってしまう。

 

 

「やぁ、マシュ。ダメだぞ、断りもなく移動してはーーーほう」

 

 その、気配が自然過ぎたため、思わず、余りの気持ちの悪さに、その人物の首元へ左手を向けてしまった。

 

「……ッ!」

 

「おっと、これは失礼。どうか手を下げてもらいたい」

 

 飄々とした態度で、両手を上げたままそう言ってくる緑色のコートと帽子を身につけた男の笑みは崩れない。

 

「……どちら様で?」

 

「私はレフ・ライノール。ここで技師を務めている者だ。君たちは……そうか、一般人枠の適性者たち……ん?君は、魔術の心得があるのでは?」

 

 その紳士らしさも、貼り付けられた笑顔も、何もかもに気持ちの悪さを感じる相手だが、同じ職場のスタッフだというのなら、上手くやることも大事だろう。

 

「魔術?……魔法みたいなものですか?」

 

「いや……よくわかった。今の質問は取り消しにしておくよ」

 

 誤魔化せた。

 魔術と魔法には明確な違いがある。

 それは常識だ。魔術師だと疑われた際によく使う回答だが……かなり便利である。

 ……魔術に深く関わっている者ほど、この回答に腹を立てやすいからだ。

 

「そちらの君は?訓練期間はどのぐらい?」

「え、えっと……訓練なんて、したことはない、です」

 

 矛先が変わったようで、何より……なんて考えていたらトンデモ発言が耳に届いた。

 

「ということは、二人ともが全くの素人……ああ、君たちは数合わせの子たちか。すまない、配慮が欠けていたね。でも、安心してくれ、今回のミッションには全員の協力が不可欠なんだ」

 

 本当は胸ぐらを掴んで、名門だけで事足りる、って正直に言えよ……と文句をつけたいところなのだが、それをすれば俺が魔術師であることもバレてしまう。

 

 わざわざ、多くの魔力を感じ取られないよう細工をしているのに、それはもったいない。

 

 しばらく考え込んでいたら、目的地が決まったようだ。

 青年も彼女らの後へついていく。

 

 

 取り敢えず、道案内は見つかったからいいとする。

 

 

 呑気な考えを浮かべていた青年は、最後までその存在に気付くことができなかった。

 

 レフ・ライノールという悪意の塊の存在に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロローグ 〜開幕〜

前置きラストです。
カーマさん、出番はありませぬ。
(すまない)


 

 

 

「……何やってんだよ。アイツ」

 

 

 青年が辿り着いたのは管制室と呼ばれる場所。

 

 先程からフラフラしていた茶髪の女性、藤丸立香が所長ことオルガマリー・アニムスフィアさんとやらの講義の最中に、寝落ち。

 藤丸は速攻で平手打ちを食らい、共にいたメガネっ子、マシュという女性に連れ添われるようにして管制室から退場していった。

 

 

 にしても、まぁ仕方ないだろうな。

 

 魔術関係の教養ゼロな藤丸に、所長の無駄に長い話を聞き続けろ、というのも酷な話だった。

 青年は考える。

 じゃあ、俺も同じような反応を見せるべきでは?……と。

 

 後に思えば、どうかしてると溜息が出るバカ話だが、結果論で言えばこれが功を奏することになる。

 

「所長、話がわからないので、後で個別に聞いてもいいですか?」

「いいクソ度胸してるわね!?こっち来なさい、一発キツイのお見舞いしてやるわ!」

 

 

 管制室からの退場者が二人に増えた瞬間だった。

 

 

 さっきは女性相手だったので、それなりに手加減していたのだろうが……青年相手に手加減も何もなく、張られた頬がジンジンと痛む。

 

「……あの、どうかしたのですか?」

 

「……?ああ、マシュか。ちょっと所長に怒られちゃって」

 

 どうしたものかと、管制室から出てきた俺に、藤丸を部屋に送ってきた帰りのマシュが声をかけてくれた。

 

「……はぁ、先輩もそうでしたが、あなたもですか?」

 

「そそ。どうするかな〜って、考えてたところ。俺に割り当てられた部屋ってわかる?」

 

「調べれば分かると思うんですけど……すいません、時間が足りないみたいです。召集がかかってしまったので、取り敢えず先輩の部屋へ向かってください。場所はーーーー」

 

「ん、ありがと。もう出るの?」

 

 最後に、そう聞くと彼女は答える。

 

「はい……運が良ければ、またお会いできると思うので……それでは」

 

 笑顔でそう言った彼女は、走って管制室へと向かっていく。

 

「運が良ければ……か。彼女に幸運の加護がありますように、っと」

 

 彼女の行く末に小さく祈ってから、教えられた藤丸の部屋へ向かうことにする。

 

 マシュの伝え方が的確だったのか、それとも奇跡か?

 方向感覚皆無である俺が迷うことなく、その部屋に辿り着きノックをした。

 

 

「藤丸、今いいか?」

 

「ん。いいよ、いいよ」

「立香ちゃん?誰か来たのかい?」

 

 ドアを開く。

 そこには、煎餅を食べている藤丸の姿と何やら軽薄そうな顔と声がしそうなゆるふわ系白衣のお兄さんが存在した。

 

「今君、初対面で僕のこと罵倒しなかった!?」

「気のせいです……というか、どちら様ですか?」

 

 直感的に雑に扱っても問題ないタイプだ、と判断した青年は、白衣の男性にそう尋ねる。

 

「……コホン、そうだね。自己紹介は大切だからね……僕は医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。なぜか皆から、Dr.ロマンって呼ばれてる。気に入ってるから、君も是非そう呼んでくれ」

 

「了解、アーキマン。それで、医療部門トップのお偉いさんが女性の部屋で何してんのさ?」

 

 青年がジト目を向けると面白いぐらいに動揺しながら、弁解する。

 

「了解してないよね!?ま、まあ、そこを突かれると困るんだけど……」

 

 いや、弁解できてなかった。

 

「取り敢えず、通報かな?」

「ちょっと、待って。話せばわかる!」

 

 こちらの肩に手を置き、必死の形相でそう言ってくる彼の姿を見て満足した。

 

「ま、冗談ですよ、Dr.ロマン。気軽にいきましょうよ」

「心臓に悪い冗談はやめてくれよ!?」

「医者だろ?自分で治せ」

「無茶苦茶な……」

 

 この人とは、中々いい関係を築いていけそうだ、と感じた。

 そんな時のことだった。

 

 Dr.ロマンの持っていた通信機から、レフの声が聞こえてくる。

 

「ロマ二、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?精神が安定しないものも少なからずいる。Aチームは安定しているが、一応来てくれ」

 

「オッケー、すぐ行くよ」

 

「医務室から二分もかからないだろ?なるべく、急いでくれ」

 

 

 俺と藤丸がジト目を向けた。

 

「ここ、医務室だっけ?」

「私の部屋ですけど?」

 

 ピクピクと震えながら、現実逃避をし始めたロマンに、藤丸が現実を突きつける。

 

「頑張れ、ロマン。君ならできる」

「無理だよ!?どう考えても、五分はかかるんだ!」

 

 折角こちらが応援してやったというのに、情けない奴め。

 ああ、応援って言葉の影響で、アサシンのことを思い出してしまった。

 フレー、フレーとか無表情、無感情の声でいいながら内心、顔面真っ赤なんだもんなぁ……可愛すぎて泣ける。

 

「……どうして、君が泣きそうになるんだい!?泣きたいのはこっちの方だよ!」

「ロマンうるさい、アサシンの声が聞こえにくいだろ!」

「辛辣!?って、アサシン!?どういうこと?」

 

 賑やかに会話を続ける青年たちを見て、楽しそうに藤丸が煎餅に手を伸ばす。

 

 アイツ、何枚目だ?俺にもよこせ。

 

 そんなことを青年が考えていると、部屋が真っ暗になった。

 

「停電、かな?」

「いや……違う。これは……ロマン!」

 

「……どうしたのかい、もしかして暗いのが怖ーーー」

 

「揺れるぞ!」

 

 俺の警告に一瞬遅れるようにして、轟音と共に床が揺れる。

 暗闇の中、藤丸の気配を感じ取ってその体を支える。

 ロマンには、警告しただけで許してもらいたい。

 

 

 カルデア館内に、警告音が響き渡る。

 

『緊急事態発生 緊急事態発生。

 中央発電所及び中央管制室での発火を確認

 九十秒後、中奥区画の隔壁を封鎖します。

 職員は第二ゲートから退避してください。』

 

 

「中央管制室……」   

 

『運が良ければ、またお会いできると思うので』

 

 巫山戯るなよ。

 

 そんなことが許されていいはずがない。

 

 巫山戯るなよ。

 

 彼女は覚悟を決めていたのだ。

 

「……ふざけるな、戦場に辿り着く前に……何やってんだよ、上の連中は!」

 

 頭に血が上る。

 振動は収まったが、未だに部屋は暗闇に包まれている。

 そんななか、ロマンへ問いただそうとして……

 

 

「……モニター、映してくれ」

 

 彼のそんな、感情を押し殺した声を聞いた。

 映し出されたのは、炎に包まれた管制室。

 生存者の気配はない。

 

 予備電源に切り替わったのか、部屋に光がもどる。

 藤丸の腕を掴んでいたことを思い出し、いきなりごめんね、と声をかけながら手を離す。

 

「僕は……管制室に向かう。君には、立香ちゃんを頼むよ」

 

 ロマンは一言そう言い残し、走っていく。

 

 二人取り残された俺たちの間に、沈黙が生まれた。

 しかし……彼女は強かった。

 

「……ごめん、私……マシュを助けたい!」

 

 真っ直ぐ青年の目を見て、自分の意思を語る立香に青年は笑いかける。

 

「よく言った。背負ってやる……飛ばすから、掴まってろよ」

 

「え、あ……うん」

 

 彼女を背負ってから、久しぶりに魔力を魔術回路に通す。

 パチパチするこの感覚には、いつになっても慣れないものがある。

 

「【代償強化(コストリンク)】解除:魔力六割の封印。【代償強化】脚力強化 代償:左耳の感覚」

 

 まず、今までかけ続けていた【代償強化】を解除する。

 それにより、魔力の封印が解けた。

 正直、代償の方が目的だったので、何を強化してもよかったのだが……今回は毒耐性を底上げしていたはずだ。

 

 そして、次は普通に強化を行う。

 一時的に左耳の感覚を封印して、脚力を強化する。

 

「……へ、え、ん!?」

 

 背負われた彼女は、色々キャパオーバーな様子だが説明している暇もない。

 

「行くぞ」

 

 青色の光を足に纏いながら、廊下へ出て走り始めた。

 途中、ロマンを拾って走り続ける。

 

「……管制室だよな?」

 

「うん……って、ちょ、君!?魔術師だったの!?」

 

「説明めんどかったから」

 

「そこは頑張って欲しかったかなぁ!?」

 

 

◇◆◇

 

 

 一分とかからずに、管制室へと辿り着き、二人を下ろした。

 

 目の前に映る光景は、先ほどモニター越しに見たものと変わらなかった。

 ロマンは地下の発電所を止めるようで、俺たちに危なくなったら、避難するように伝えた後、一人で発電所の操作に向かった。

 

「人為的な破壊工作……気づけなかった俺のミスか」

 

 爆発地点と思われる場所を調べていると、少し離れた場所で藤丸が座り込んでいる。

 

 恐らくマシュが……いや、邪魔しちゃ悪いな。

 藤丸は最後までここに残るつもりだろう。

 彼らと心中するのも悪くはないのだが……

 

『レイシフト 最終段階に移行します。

 座標 西暦2004年 1月30日 日本 冬木』

 

 どうやら、面倒なことになりそうだった。

 

 専門用語を連呼されて、よくわからないのだが、最後の一文だけはしっかりと聞き取れる。

 

『マスターは最終チェックを行ってください』

 

「……レイシフト。人間を霊子化して、過去に送り込む、時間跳躍と並行世界転移のミックスって言ってたけど……わからん」

 

 ああ、こんなことなら所長の話を聞いておくんだった。

 話を聞かなかったから生きてるんだけど!

 

 自棄になりそうだったその時、有り得ないものを見た。

 

「シバの観測するカルデアスが……」

 

 絶句する青年。

 それが意味することを知らぬ立香は、一言だけ呟いた。

 

「燃えてる」

 

 簡単に説明する。

 

 カルデアスと俺が呼んだものは地球のコピーと考えてくれていい。

 シバは、未来を観測できる装置といえば、その光景が何を意味するかわかるだろう。

 

 無慈悲にアナウンスが告げる。

 

 

『近未来百年までの地球において

 人類の痕跡は 発見 できません。

 人類の生存は 確認 できません。』

 

 もう、やめろ。

 

 やめてくれよ。

 

 そう願うのだが、無機質な声はその言葉を口にした。

 

『人類の未来は 保証 できません』と。

 

 呆然とする青年。

 座り込み、命尽きようとする手を握っている女性。

 

 

『マスターの再設定を完了。

 レイシフトまで残り3秒です』

 

 

 そして、

 

 光に包まれた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一章 特異点F 冬木
1話 再会


本編から一人称視点になっていきます。



「知らない天井だ……って言いたかったけど、そもそも天井なんてなかったわ」

 

 気が付くと、俺は地面に仰向け大の字状態で寝っ転がっていた。

 ポツリとこぼれたのは独り言のつもりだったのだが……

 

「あなた……突然現れて何言ってるの?」

 

「……何してんすか、所長?」

 

「ほんと、いいクソ度胸してるわね……」

 

 隣には、体育座りをしているオルガマリー所長の姿があった。

 よっこいせ、と体を起こして辺りを見回してみる。

 依然として周りは炎に囲まれていたが、明らかに場所が変わっている。

 

「これが……レイシフト、なのか?」

「ええ、なんだ……話は聞いていたのね」

「……一応ね」

 

 今のも独り言だったんですけど、なんて野暮なことは言わずに所長との会話を続ける。

 

「……いい機会かしらね。私に聞きたいことって?」

 

 それを言われると辛い。

 素人のフリをしたかった、なんて発言をした瞬間、怒鳴り散らされるのがオチだ。

 

「あれは……大したことじゃない。別件で一つ、聞きたいことができたから……と、その前に!」

 

「……別件でって、えーーー?」

 

 頸あたりがピリピリとしていたので、そろそろ来るとは思っていたが……想定外は続くものだ。

 ソレの接近に気がついて所長の体を引き寄せる……浮気じゃないからな!

 俺が誰に聞かれるまでもなく、そんなことを脳内で叫びながら回避行動を取ると、先程まで所長がいた場所を、弾丸のような速度で剣が通過していった。

 

 

「……矢じゃないってのが、既に面倒なんだよなぁ」

「ちょ、今の何!?」

 

 既に、ヒステリック気味た反応を起こしている彼女を庇いながらでは、勝負にならない。

 

「黙ってろ……死ぬぞ」

 

 威圧感を発するように、あえて声を低くして彼女にそう伝える。

 

「ひっ……」

「そこまで、怖がられると傷つくんだけどなぁ……」

 

 まあ、好都合か。

 恐らく相手はアーチャー。

 下手に飛び出てこられて、守れなくなるよりは何倍もいい。

 

「人の身で、抗うつもりか?」

 

 ゆっくりと黒い弓を片手に歩いてきたのは、白髪の男だった。

 

「お前も元は人間だろうに……クラス、アーチャー。サーヴァントだな」

 

 アサシンや、これまで戦ってきたことのある怪物どもとは違う。

 赤い衣に身を包み、所々を闇に浸食されている様子の男から、神性は感じられなかった。

 確かめるように俺がそう言うと、思わぬ所から否定の言葉が送られてきた。

 

「……違います。あれは、シャドウサーヴァント……敗北した英霊の残留思念が、怨念や願望、後悔など、様々な影響で現世にとどーーー」

 

「話長い、結論!」

 

「本来より格落ち!弱くなってる!」

 

「了解!」

 

 このまま行くと、オルガマリー先生の授業時間が始まりそうだったので、端的に説明してもらう。

 格落ち、そう聞いたアーチャーが自嘲のような笑みを浮かべた。

 ……絶対にコイツ、面倒臭い性格してる。

 

「もういいか。始めるぞ?」

「所長、そこ絶対動くなよ?下手に逃げれば撃たれて死ぬからな」

 

 そう言った俺に、アーチャーは急接近して……

 

「他人の心配とは……随分と舐められたものだ」

 

 直前で弓が消え、次の瞬間には双刀を持ったアーチャーが切りかかってきていた。

 身体強化をする暇もなく、得物も持たない人間が英霊相手に接近戦をするなど、ただの自殺行為だ。

 

 よって俺が生き残れた理由には、相手が弱体化状態だったこと……そして、後衛が優秀だったこと以外に存在しない。

 

「っぶな……お前もクラス詐欺かよ。所長、助かった!」

 

 薄く、カルデア制服の胴体部に切れ跡が残っているのを見るに、本当にギリギリの回避だった。

 所長が俺にかけてくれた身体強化の魔術が無かったら、と思うとゾッとする。

 

「お前も……か。お前に縁のある英霊が呼び出される前に、片付けた方が楽そうだ」

 

 アーチャーはこのまま接近戦で押し切るつもりらしく、双刀を構え直す。

 出し惜しみする余裕はないため、こちらもある程度のリスクは侵さなければならない。

 

「【代償強化(コストリンク)】全能強化 代償:三分後から一時間の行動不能」

 

 全身に青の光が走る。

 かなり重い代償を払った……これで、勝てないならば諦めがつく。

 

「……ハァ!」

 

 アーチャーが地を蹴った、その瞬間にこちらから男の懐に入っていく。

 突然高速移動した俺に、アーチャーは驚きの表情を浮かべながらも、流石の反射神経で双刀を振り払った。

 

 全能強化

 

 文字通り全ての能力を向上させる。

 魔力量のようなどうしようもないものは別だが、戦闘に関係する能力の殆どは大幅に上昇していた。

 

 例えば……動体視力にも、である。

 

 先程に比べれば、かなりゆっくりに見える双刀の腹を、掌底で弾くようにして斬撃の軌道を変えた。

 そして、防御姿勢を取ることのできないアーチャーの腹へと全力で右拳を叩き込む。

 

 かなりの勢いで、アーチャーは吹き飛んでいくが……思っていたより手応えはない。

 受け身の技術が、相当高いのだろう。

 

「…………くっ、いきなりの、超強化だな。舐めていたのは、こちらだったようだ」

 

 それでも、一撃で仕留めるつもりで放った拳のダメージは大きいのか、アーチャーはフラフラと時折倒れそうになっている。

 

「いいじゃない!これなら、あのアーチャーなんて、簡単にーー」

 

「どんだけ弱体化してようが、簡単に英霊が倒せるわけがないだろ!」

 

 所長の言葉に、つい熱くなってしまった。

 なんなら、対英霊戦において最もピンチなのは、相手を追い詰めた時と言っても過言ではないのだ。

 

「よく、わかってるな……全投影(ソードバレル)連続層与(フルオープン)。何、闇に堕ちた今、宝具は撃てないがこれぐらいで十分だろう?」

 

 アーチャーの背後から数十に及ぶ剣が生み出されていく。

 

「……っ」

 

 相手が遠くにいるのが、またいやらしい。

 

 せめて得物があれば……そう思うも魔術礼装は、そもそもカルデアに持ってきてすらいない。

 

 さらに、所長を守りながら戦うには彼女の元を離れられない。

 

 

「その超強化。長くは持たないのでは?」

 

「……っ、性悪」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 そう。

 残された時間は少なかった。

 あと一分半程で、俺は一時間の行動不能に陥ることになる。

 

 この瞬間、俺は自分の手でこいつを仕留めることを諦めた。

 

 すぐさま()()()()()()()()B()へと切り替えようとした俺の耳が……強化された聴覚が、聞き覚えのある声を捉えた。

 

 

「……藤丸?」

 

 

 それは紛れもなく、彼女の助けを呼ぶ声だった。

 ほんの一瞬。

 文字通り、たった一瞬き分の時間だけ。

 俺は注意をアーチャーから外してしまった。

 そして、その瞬間を彼は見逃さなかった。

 

「……気を抜いたな」

 

 飛来する大量の剣。

 回避は間に合わず、所長の前で剣を捌き続けることになる。

 所長も援護魔術はかけてくれるのだが、量が量だ。

 

 次第に、捌き切れなくなった剣が、俺の頬をかすめ、額をかすめ、太腿に刺さり……そして、左肩を貫いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「……嘘」

 

 

 血が飛んだのか、その銀髪の一部を血に染めた所長が、俺の様子を見て呆然と呟いた。

 突き刺さった剣は時間経過で消滅していき、塞いでくれていた物質を失った傷からは、大量の血が溢れ出てくる。

 

 しかし、プランBには好都合。

 これで必要なものが全て揃った。

 

「……はぁ、はぁ……一撃で、仕留めなかったのは……失敗、だったな。アーチャー!」

 

「……?……何を言って」

 

 ボロボロな俺に文句をつけられて、アーチャーは本当に困惑したようで、素の表情を見せた。

 

「所長、魔術ってのは……形式が、大事なんだよ、な?」

「え、ええ。あなた、一体何を」

 

 今も流れる続けている血を指につけ、円を描く。

 

 召喚魔法陣なんて、書くことなどできないけど。

 

 彼女が『お揃いです……別に、他意はありません』と赤面しながら渡してきたアクセサリーを中心に置いた。

 

「まさか……龍脈もないのに、触媒も無しで……そんなの、認められるわけがないでしょ!」

 

 俺が何を考えているのか理解した彼女は、大声でこちらを非難してくる。

 

「魔力は……ある」

 

 懐から取り出したのは……虹色に輝く結晶体。それも円の中央に置いておく。

 これは、俺と彼女が得た、大量の魔力を物質化したものだった。

 聖杯の半分程度の魔力……下手な龍脈なんかより、よっぽど上質で大量の魔力が用意されている。

 

「触媒は!?縁がなければ、魔力なんていくらあってもーー」

「縁は既に結んである……一応、物は置いといた。問題があるのは、魔法陣だけだ」

 

 そこには、円が一つ書いてあるのみ。

 

 だから……

 

「30秒、耐え凌ぐ……全力で、マシな形にしてくれ」

 

 所長に全てを託す。

 

 

 

 

「【代償強化】腕力強化・右 代償:左腕の感覚」

 

 飛んでくる大量の剣、上手くタイミングを合わせて右腕を横に薙ぎ払う。

 重ねて強化され続けている右腕は、それらを纏めて吹き飛ばした。

 

 毎度の強化の際に、魔力回路を酷使しているため、そちらの面でも限界は近付いている。

 お陰で全身には激痛が走り続けていた。

 

 多数の剣による遠距離攻撃は無駄と判断したのか、アーチャーは漸く弓を取り出すと矢の代わりに剣を番える。

 

 

 

 そして、弾丸()が放たれた。

 

 

 

 避ければ、所長に当たるという性悪ショットを、仕方なく右腕で迎え撃とうとして……そこに浮かびあがっていく赤い紋章の存在に気がついた。

 

 

 

 

「本当に、どこまでもバカなのは変わりませんね、マスター。そんなことやったら……腕が爆ぜて、終わりですよ」

 

  

 彼女の放った矢で弾き飛ばされる剣。

 

 本当に……お前、最高。

 マジで愛してる。

 

 そして、体の限界と【代償強化】の影響が同時に来る。

 魔術回路を使用し続けたこともあり、疲労感……そして、彼女の声による安心感で眠気がピークに達した。

 

 倒れる直前まで、なんか色々言っていたが……面倒なので、こちらの指示だけ先に言う。

 

「……とりあえず、早くイチャイチャしたいから、さっさとあのアーチャーやっつけてくれない?」

 

 それを指示と呼んでいいのか?

 そんなツッコミは知らない……あ、コレ無理。

 もう倒れて、寝ます。

 

◇◆◇

 

 

「あのですね〜、マスター。私、こう見えても結構怒ってるんですよ……なんでか、わかります?」

 

 理由は理不尽なものだ。

 自分で別れを決めたのに、座に帰ったら寂しくなった……なんて、まるで自分が恋する乙女になったかのようで……自分のことながら反吐が出そうになってしまう。

 

 

 愛の神として、全ての人間を愛してあげる……その考えを特に変えるつもりはなかったが、彼の前でその事を口にすることは少なかった。

 別に、尻軽だと思われるのが嫌だったわけではないです。

 ええ、断じて違いますとも。

 痴女だと思われたくなかったから、そういう発言も減らしてた……なんてことは一切ありません。

 ないったらないです。

 

 ただ時々……具体的に言えば、一日にたった三回程のペースで『あなたを愛してあげましょうか?』と聞いていた程度。

 彼が私に嘘をつけないことは、契約した時から知っていたので、即決で断られた時には少しだけプライドが傷ついたり、寂しかったりもしましたが……それは、それ。

 

 

 最後の最後に、愛をくださいと言ったのだから、彼の負けです。私の勝ちです!(誇張表現)

 

「……とりあえず、早くイチャイチャしたいから、さっさとあのアーチャーやっつけてくれない?」

 

 ほら、マスターもこう言ってますし……相思相愛じゃないですか!

 あ、間違えました、相思ではなかったですね……って、え?

 ええ?ちょ、急に素直になりすぎじゃないですか!?

 デレ期ですかね?

 マスター()離れてて寂しかったんでしょうか?

 

 ……あ、倒れた。

 

 

「なんだ、傷だらけで疲れ切って、いつもの余裕がなかっただけですかぁ……」

 

 ……はぁ、と溜息をついてから漸く心を落ち着けた。

 少しはしゃぎ過ぎたかもしれない。

 私は愛を与える神なのだから、もっとしっかり余裕を見せていかないと……あ、マスターの寝顔を見るのも、久しぶりですね!

 

 完全に眠っていることを確かめてから、屈み込みその頭を撫でてみる。

 

「ゆっくりと休んでくださいね、マスター」

 

 そう呟いた後……

 

 彼女の様子が変貌した。

 

「さて……そこの残りカス(アーチャー)さん。この依代の子と多少なりとも縁があるようですけど……そんなこと、考えられるほど精神的に余裕はないので、さっさと愛します(殺します)ね?」

 

 姿は少女の姿から妖艶な美女へと変化し、髪は腰あたりまで伸び、衣装もその美しい身体を見せつける扇情的なものへと変わっていく。

 身体無き者(アナンガ)、としての属性が強まったその姿の所々は透き通っておりシヴァに焼かれたとされるその身には、かの最高神の残り火が宿っていた。

 

 滅多にマスターへと見せることのないその姿は、彼女が戦闘面で全力を出すという意思表示に他ならない。

 

 ただでさえ、英霊と比べて格が高い神霊。

 その、全力開放にシャドウサーヴァントであるアーチャーが耐え切れる道理はなく。

 

 数秒と経たずに戦闘は終わりを告げる。

 

 仮に並のマスターがこの姿をした彼女を使役すれば、その昂りは簡単には収まらず、彼女が格の高い神霊であるという状況も働き、制御すらもが難しくなっただろう。

 

 しかし奇跡的に彼女は、今のマスターに懐いてしまったのだ。

 

 頭を撫でられただけで、内心ではなんでも許してしまえそうなぐらいのデレっぷりを見せている彼女に、マスターによる行動の制御なんてものは関係なかった。

 

 

「マスター……お隣失礼しますね」

 

 

 姿を少女へと戻した彼女は、眠りこけてるマスターの胸にしがみつくような状態で横になる。

 

 離れていた時間の反動もあり、やけに素直なアサシンは幸せそうな表情でその時間を堪能していた。

 

 

 

 

 身体強化の補助により一人のマスターの命を助け、最短で召喚魔法陣の中枢となる要素だけをかき集めたオリジナルの魔法陣を作り上げ、アサシンが眠りについた後も倒れたマスターへ回復魔術をかけ続けた。

 

 今回のMVPが彼女、オルガマリー・アニムスフィアであったことは、間違いなかった。

 




プロローグに比べて、主人公が弱体化しているのには理由があります。
安心してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 現実

 不思議な人だった。

 

 ふざけているように見えたかと思えば、突然真剣な声で指示を出してきたり、全く魔術なんかに興味なさげにしていた癖に、実はかなり深いところまで関わっていたり。

 

 黒髪黒目のモブ顔。

 声にも特徴は見られない。

 

 頬に平手打ちをする、という滅多に無い……いや、人生で二度しか行ったことのない貴重?な経験をすることになったというのに、印象に残っているのはもう一人の茶髪の女性だけ。

 

 そこまで考えてから、気付く。

 

 自分が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に。

 

 食えない人だ。

 軽い精神干渉の魔術のようなものを使用し続けているのだろう。

 もしかしたら、今見えている姿も操作されたものなのかもしれない。

 

 支援に回復……召喚までやらされたのだ。

 

 身体を張って守ってもらった恩はあるが、名前ぐらいは聞き出してやろう……そんな、小さな誓いを立てながらも、彼女は呟いた。

 

「早く起きなさいよ……どっちでもいいから」

 

 

◇◆◇

 

 

「……目を開けたら、女神が寝てた」

 

「あなた……目覚めた後、いつも訳の分からない事を言ってるの?」

 

「いや、今回は事実」

 

 少なくとも一時間は眠り続けていたようで、体の自由は戻っていた。

 段々、所長との会話にも慣れてきた気がするな〜、なんてことを考えると、これから彼女へと話さなくてはいけない事を思い出して、憂鬱になる。

 

「……え?」

「ん?」

 

 

 胸にしがみついたまま眠っているロリ状態女神様に、刺激を与えないよう身体を起こして、胡座をかく。

 地面に寝させるのもアレだったので、膝を枕に提供しやった。

 そして頭を撫でながら、何やら呆然としている所長に話しかける。

 

「おーい、大丈夫?起きてる?」

 

「え、ええ……聞き間違いかしら?そ、そのサーヴァントって……」

 

「……?歴とした神霊だぞ。真名も知ってるけど、教えてやらん。クラスはアサシンだ……可愛いだろ?」

 

 ドヤ顔でそう言うと、一歩後退りされた。

 解せぬ。

 

 

「ま、それはいいとして……大事な話がある」

 

 雰囲気を切り替えたのが、伝わったらしく……彼女は真っ直ぐとこちらを向いた。

 意外と度胸があるようで、覚悟は決まっているみたいだ。

 

「ここに、俺が来ることになった経緯を、所長は知ってる?」

 

「……知らないわよ。突然、視界が真っ白になったと思ったら、ここに居て……何かあったの?あなたと藤丸立香には、ファーストミッションのメンバーから外れてもらったはずなのだけど……あ、待って。今の言い方はよくない……その、来てもらって感謝はしてるわ」

 

 彼女はどうやらコミュ障らしい。

 どう言ったら相手を傷つけないか、それを探りながら話しているようで、途中なんでもなさそうな所で考え込むなどしている。

 

 そんな、彼女の冷静さを奪うようで悪いのだが……言わなきゃ、始まらないか。

 

 

「……レイシフト直前。地下発電所、中央管制室を巻き込む人為的な破壊工作が行われてた」

 

「……え?」

 

「それにより、Aチーム含む全部隊のメンバーが意識不明以上の影響を受けた。ロマンと俺、藤丸だけがその爆発から身を逃れて、管制室に移動して、生存者の確認を行った結果……その数は0だ」

 

「………」

 

「魔術の名門、アニムスフィア家の名を背負う所長なら……今、現在進行形で起こっている矛盾が何か、わかるよな?」

 

「…………違う、違う!」

 

「おい?」

 

「ちがうちがうチガウチガウ」

 

 俺の言葉に、彼女は頭を抱えて『チガウ』という単語を連呼し始める。

 

「落ち着け。冷静になってくれ」

 

 彼女の肩をポンポンと叩くも、俺の手は振り払われてしまう。

 

「チガウ、ワタしは……わたしは、シンデナイ!」

 

 マズい。

 しくじった。

 俺の読みが甘かった。

 

 今の彼女では……耐えきれなかったか。

 

「そうよね、レフ。ねぇ、私は死んでなんかーー」

 

「……っ、アサシン!」

 

「……はぁ……しっかたないですねぇ!撃ちます。愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)!」

 

 寝息の変化により、10秒ほど前から起きていたのはわかっていた。

 もしかしたら、こうなることを予測していたのかもしれない。

 

 

 アサシン……愛の神カーマの宝具。

 

 愛もてかれるは恋無きなり。

 

 刺さった対象に恋慕の情を呼び起こさせる特殊な矢を放つ。

 これをシヴァに放ち、焼き殺されたという過去を持つため、カーマのトラウマコレクション堂々の1位に輝いている……色々な意味で使い辛い大技だ。

 

 

 威力をほぼゼロに抑えられ、放たれたその一射は、所長の心臓部に突き刺さり、その効果を大いに発揮した……アサシンに向けて、だが。

 

 目をハートにしてカーマへと向かっていく所長の姿を眺めながら(面白いから、しばらくは止めない)どう伝えるか考える。

 もう一段階、この話には続きがある。

 その話をするためには、現実を受け入れる強さを持って貰わなくてはならない。

 

「所長次第、か」

 

 そればかりは、俺がどうこう言える問題ではなかった。

 

 

「ちょ、マスター!助けて、この人意外と肉食系でっ」

 

「……お前に、貞操を大切にする概念があったことに驚いてるわ」

 

「んな!?今世は特別なんですよ〜!?」

 

 初対面の時とか、散々誘惑されては断り続けた記憶がある……令呪一画は、殆ど誘惑行為の封印のため使ったようなものだった。

 ……それは別の話か。

 

 そろそろ、手を出せないため、所長を引き剥がさないで困っている彼女を助けてやることにする。

 

「わかったから……これ、いつまで効果続くの?」

 

 後ろから所長を押さえ込み、拘束する。

 アサシンにそう聞くと……

 

「……さぁ?」

「おい?」

 

 何その笑顔、可愛いかよ。

 

 

 流石というべきか、所長の対魔力性は普通に高かったようで、十分もしない内に魅了状態は解除された。

 魅了中の記憶はないようだったが、その前の記憶はしっかりと残っているとのことだった。

 そのため、少し落ち着いた彼女は……ヒステリック&パニック状態から、頭で理解したけど納得できない状態へと歩みを進め、無言で考え事をし続けている。

 

 いい感じに話も落ち着いた所だったので、藤丸達との合流を果たすことにした。

 

 ……目覚めてからすぐに、聴力強化の魔術をかけたところ、死にかけだったはずのマシュの声と藤丸の会話を耳にすることができた。

 死にかけだったマシュは、一騎のサーヴァントと融合したことで命を繋いだようで、協力者らしき男性の声に、軽薄そうなゆるふわ系っぽい声もしたため、無事なことは確かである。

 それがわかっていたため、特に焦る必要もなく、未だに接触していなかったのだ。

 

 

「さて……それじゃ、行こうか?」

 

「はーい……面倒ですが、仕方がないですね……道に迷われても面倒なので、手を繋いでおきますよ、マスター」

 

「おう……助かる」

 

「…………何、このバカップル」

 

 私、空気なんだけど、といった雰囲気で呟いた所長に対して……

 

「俺、結構頻繁に迷子になるんだよなぁ」

「正直、下心無しでも手は繋ぎますよ……探すの面倒ですから」

 

 二人して同時に返答すると、彼女はかなり困惑した様子を見せていた。  

 

 

◇◆◇

 

 

 右隣を機嫌良さげに手を繋いでままアサシンが歩き、おどおどしながら左後ろに所長がついてくる。

 そんな様子で歩き続けること一時間程。

 竜牙兵やスケルトンやらを、右手一本で金剛杵を操作し、殲滅しているうちの女神様マジ強い。

 ……わざわざ弓から金剛杵へと武器を変えて、遠隔操作で相手を倒した理由は、もちろん手を離したくないから、だった。

 

「お前、突然デレすぎじゃない?」

「何を言ってるのかわかりませんね……数秒間、目を離しただけで迷子になるような人の手を、離すわけないでしょう?」

「逆に安心するな、そういう反応」

 

 あ、また、スケルトンが吹き飛んでった。

 

 ……正直、強化済みの状態で二周目を行なっている気分であるため、多少のズルした感は否めないのだが、力こそ正義である。

 

「……聞きたかったのだけど、貴方たちはどういう関係なの?」

 

「「……マスターとサーヴァント?」」

 

「いえ、そうではなくて……初対面ではないでしょう?」

 

 ハモった俺たちを見て、蟀谷に手を当てながら所長は具体的な質問をする。

 それなら、簡単だ。

 

「……擬似聖杯戦争の勝者だよ」

「まあ、間違ってませんね」

 

「……は?」

 

 再び、思考回路を停止させる彼女。

 ……この人、これ多いな。

 所長にデコピンしてから、歩くのを再開する。強化された聴覚は、藤丸たちがすぐ側に来ていることに気がついていた。

 

「え、ちょっと……それは、どういうーー」

 

 所長の質問を遮るように、彼女たちが近づいてくる。

 そちらに目を向けてから、マシュの姿が大きく変化していることに気がついた。

 ……けしからん。

 

 なんてギリギリな……あ、痛い痛い。右手痛い、潰されるから待って、話し合おう!?

 

「あれは、オルガマリー所長!……と、もう一人の……」

「え、嘘っ!所長!?」

 

 こちらに気付いた彼女らが、走り寄ってくる。

 俺への質問に頭がいっぱいの所長は、それに気付いていないため、頭を掴み無理矢理視線を二人の方向へ向けさせた。

 

「……へ、え?……マシュ、藤丸!」

 

 所長は最初は意味がわからない、といった視線をこちらに向けてきたが、彼女らの姿を見ると、安心したようにその場に座り込んでしまった。

 

 おい、アサシンさんや。

 そんな反吐が出そうな思い合いですね……みたいな顔してやるなよ。

 

「反吐が出ます」

「言っちゃったよ……この子」

「あ、忘れてました。私からの愛はいりますか?」

「いらん。イチャイチャは無事に帰ってからね?」

「はぁ……相変わらずですね」

 

 ついでにどうです?

 みたいなノリでそう言って来たので、あっさりと断る。

 ……コイツも中々断られ慣れしてきたな。

 

『……え!?ちょっと、君?その英霊……いや、そんなバカなことが!?』

 

「久しぶり、ロマン」

 

『ああ、久しぶり。無事で何よりだよ……じゃなくて!?そのサーヴァントは……まさか、神霊なのか?』

 

「マスター、この軽薄そうな男の声は何ですか?控えめに言って不愉快です……ま、どれだけダメな人間でも……いえ、この台詞今世は封印してたんでした」

 

「よしよし、うちのドクターが悪いな……ちょっと、ロマン?もうちょい真剣に話してくれる?」

 

『悪いのは僕なのかい!?』

 

 女性陣が再会を喜び合う中、こちらはこちらで暇つぶしの会話を行う。

 その時に、一つだけ確認すべきことがあったのを思い出した。

 

「それで……所長の身体は?」

 

『……そう、だね……ハッキリさせておいた方がいいか』

 

 一呼吸置いて、彼が言う。

 

 

『所長の身体は見つからない……恐らく、最も爆発地点の近くに居たんだろうね』

 

「じゃあ……やっぱり」

 

 

 

 

『彼女の生存は……確認できない』

 

 

 マシュと藤丸に何やら謝罪しながらも、抱き合っている彼女の姿を眺めた俺は、再び深い溜息をつくことになった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 譲渡

 夜の見張り番。

 先程まではアサシンも一緒に起きていたのだが、彼女は姿に精神年齢が釣られるところがあるため、眠気には勝てなかったようだ。

 胡座をかいている俺の膝の上で丸くなっている彼女は、すやすやと幸せそうな寝顔を見せてくれている。

 その白髪に手を乗せ、優しく撫で始めた。

 久しぶりの撫で心地の良さに感動していると、何やら彼女は寝言を呟く。

 

「……すたー……して、あげます、からね」

 

 何を言っているのか聞き取ることはできなかったが、嫌な夢を見ているわけではないらしい。

 サーヴァントは夢を見ない。

 それが常識らしい……しかし、記憶を思い出すことは、有るのだと。

 せめてそれが良いものであるように、と祈っておく。

 

 

 そして、気持ちを切り替えた。

 目下の問題に目を向けることにしたのだ。

 

 彼女が後悔しないで済む方法は、たった一つしかない。

 

 死ぬことを受け入れた上での……最後の望みを叶えてやる。

 

 

 何気なく向けた視線の先にあったのは、藤丸とマシュ、そして彼女が三人でくっついて眠る光景。

 そんな彼らの姿は、まるで仲の良い姉妹のようで、見ていて心が温まる。

 

 

「アーキマン……聞きたいことができた」

 

 だからこそ、俺は自分にできる最善の行動を取り続けるしかないのだろう。

 

 

 

 

 時間は経過し、数時間後。

 

 何故かついてきていたらしいフォウさんと戯れあっていたり、飽きることのなく心地の良さと温かさを、彼女から感じたりと、有意義な時間を過ごしていると邪魔が入った。

 

「……キャスターか。アサシンを起こさないでくれると嬉しいんだが?」

「悪い悪い、もちろん、そこは気を使いますって……にしても、へぇ……驚いた。お前さん……本職は戦士か?」

 

 背後から近づいて来た彼に、そのまま声をかけると興味深そうな声音でそう問われた。

 

「ノーコメント……少なくとも完全に魔術師ってわけじゃないよ」

「だろうな、どちらかといえば……アンタは()()()()()だ」

「……戦闘中毒者と一緒にされたくない」

 

 彼のクラスはキャスター。

 

 藤丸たちに協力していたサーヴァントであり、その真名は、クーフーリン。

 アイルランドの光の御子、超一流の英雄なのだが……

 

「そっちこそ、なんでランサーじゃないんだよ……」

「幸運はDに上がったんだけどな?」

「それで上がったとは、難儀なもんだな……」

 

 その代名詞ともいえる必殺の槍。

 魔槍ゲイ・ボルグを扱うのであれば、クラスはランサーであるはずなのだ。

 しかし、実際に現界しているのはキャスターの姿……生前に、ルーン魔術というものを叩き込まれたらしく、キャスターとしての適性を持ち合わせていたのが原因なのだと。

 

 俺の隣に座り込んだキャスターは、俺の腕の中で無防備な寝顔を見せるアサシンの姿を見て、ニヤリと笑う。

 

「愛されてるねぇ……坊主」

 

 

 その言葉に、思わず笑ってしまった。

 

 

「そんなこと、言われなくても知ってるよ」

 

 

 ポツリ、ポツリと会話を続ける。

 時々、竜牙兵やらゾンビだかが湧き出て来たが、その殆どはキャスターの使ったルーン魔術により、俺たちに気付くことなく去っていく。

 何かの間違いで、近付いて来てしまった相手はキャスターの手で焼き尽くされた。

 

 見張り番は交代制、なんて藤丸は言っていたが……そんな約束を守るつもりはなかった。

 キャスターも同じ考えだったようで、約束の時間を過ぎようとこの場を離れようとしない。

 

 結局、彼女らが気持ちよく目覚めるその時まで、俺とキャスターは雑談及びこれからの方針について話し続けていた。

 

◇◆◇

 

 

『さて、各自休憩も取れたようだからね……キャスター、これからの方針は決まっているかい?』

 

 ロマンの声に、キャスターが反応する。

 

「もちろん……俺たちがすべきことは、セイバーの撃破。これに限る」

 

「セイバー……何で?」

 

 俺と所長は何となく気がついていたので、藤丸が素直に質問しているのを見ると、なんだか微笑ましいものを見ている気分になる。

 

 

「セイバー以外の英霊は、既に聖杯戦争から退場してるからだ。シャドウサーヴァントになった奴らも、俺がランサー。俺と嬢ちゃんでアサシンとライダーに坊主達が、アーチャーを撃破。残りは動くことのない、バーサーカーだけだから……奴、セイバーの護衛はもういない」

 

 やはり、俺たちがレイシフトしてきたこの時代の冬木市では、聖杯戦争が行われていたのだ。

 ……それが、何かしらの影響を受けて変質した。

 

 よってセイバーを仕留める。

 ……この聖杯戦争を終わらせることで、今冬木に起きている異変は収束する。

 ロマン曰く、時代が安定したものになれば、安全な状態でのレイシフト帰還が可能になるのだとか。

 ついでに聖杯を持ち帰れば、カルデアに帰ってからの助けになること間違いなしである。

 なんてことを藤丸に説明する所長の姿を、キャスターと共に眺めながら、アイコンタクトをとる。

 

「それじゃ、盾の嬢ちゃん、対セイバー用の特訓……宝具使用のために俺と模擬戦をしようか……マスターの嬢ちゃんも手伝えよ?」

 

 そう言って二人を引き摺って行ったキャスターを所長と二人で見送る。

 予め、アサシンには霊体化をしてもらっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらが二人で話したかったことを、彼女は察しているようで、所長は何も言わずにこちらを見る。

 

「……それで、気持ちの整理がついたか?」

 

「……ええ」

 

 小さく、しかし確かな音にして彼女はそう返答する。

 

「んじゃ……聞くよ。お前は、どうしたい?どう生きたい?そして……どう死にたい?」

 

 彼女の最後の願いに、全力で応える。

 それが、ロマンからこれまでの彼女の人生を聞いた時に、俺が決めたことだった。

 

 生存の未来はあり得ない。

 

 なぜなら、彼女は既に死んでいるのだから。

 

 レイシフト適性を持たない彼女が、この冬木にいる理由。

 それは身体を失い、残留思念として残った彼女の精神体だけがこちらに飛ばされてきたからである。

 皮肉にも身体を失ったことにより、彼女はずっと求め続けていたレイシフト適性を得たのだ。

 

 ここに存在している以上、彼女は既に死んでいなくてはならない。

 そこに矛盾が生じることにより、死との結びつきが余計に強まっていた。

 

 

「私は…………私は……まだ、死にたくない」

 

 

 所長が涙を流す。

 その悲痛な叫びに言葉が、出なかった。

 

 

「だけど……」

 

 しかし、『マシュを助けたい』そう言った藤丸と今の彼女は同じ目をしていた。

 

 

 

 彼女にも……

 

 

 名門に生まれ、期待に応えられず……プレッシャーに押しつぶされた。

 挙げ句の果てにレフ・ライノールに依存して、色々拗らせた結果……まともな友人の一人もいなかった。

 

 

 そんな彼女にも……

 

 

「そこはもう、()()()()()

 

 

 意志を貫く強さだけは残っていた。

 

 吹っ切れたのかもしれない、もう次はない。どうせ死ぬならば……そんな考えなのかもしれない。

 それでも……

 

 

「今まで、何も成し遂げられなかった。誰も認めてくれなかった。死に物狂いで努力しても……適性がなくて、責任に押し潰されて自棄になった……それでも、私は……」

 

 

 一人の少女が、自分だけの願いを口にする。

 

「形として、私のいた意味を……存在理由を残したい……今、認められなくても構わない、()()()()()()届くのならば、それでいい」

 

 

 

 だから、と少女は呟いて。

 

 

 

 

「私の持つ全魔術刻印を、あなたに譲渡する。それが、私の願いです」

  

 

 

 そう言った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 隣には魔術師としての能力を大幅に落とした、所長が眠っている。

 魔術刻印の証は、左腕に現れていた。

 しかし、肉眼で見えるものがそれ一つである、というだけで腕を回せば、体が軋むような感覚が全身に走る。

 彼女が俺に移植した魔術刻印の量は、少なくとも、俺の魔力三人分以上はありそうなほどで、しばらく慣れるまで魔術回路に魔力を通さない方が良さそうだった。

 

 慣れた後は、世界が変わるだろうけど。

 

 なんて、思っていたら

 

 

「……反吐が出ます。ただのバカじゃないですか、自分が努力したことを他人に押し付けて……いつか誰かの役に立ちますように、なんて偽善にも程があります。認められたい、家名に囚われず自分個人を見てほしい。そんな、悍しくて傲慢な考え方をする……さぞ、心地いいんでしょうね。そんな快楽主義にマスターが付き合う理由が、私には、わかりません……快楽を与えて堕落させるのが好きな私には、やり切ったような顔をして、満足したような表情で快楽を感じる、なんてものは気持ち悪い以外の何物でもないんですけど」

 

 

「久しぶりのダウナーモードじゃん。原点回帰でもやってんの?」

 

 

 うちの女神様が拗ねてた。

 胡座をかいて、こっちおいでと手招きすると定位置へとやってくる。

 

 

「マスターは、本当にペースを乱さないですよね……あの女の頼みをあっさり了承して、私が契約していたので、無理矢理捻じ込みましたけど……本来のマスターじゃ、耐えきれない量の魔術刻印を押し付けてきましたよ、彼女」

 

 

「もしかして、俺の中に異物が混ざった気がして、機嫌悪いとか?」

 

 

 瞬間、茹で蛸のように彼女の顔が真っ赤に染まった。

 

 

「……………………違います」

 

 

「冗談のつもりだったんだが……図星でしたか」

 

 

「違いますよ!」

 

 

「可愛いなぁ、お前は」

 

 

「ああ、もう!デレ期は昨日で終わりです!どうせ一緒にいられるなら、しばらくは愛の神らしい威厳を……って、撫でないでくださいよ!?」

 

 

「え、やめたほうがいい?」

 

 

「………………やりたいなら、勝手に続けてください」

 

 

「ほんとに可愛いなぁ、お前」

 

 

「うぐ……むぅ…………」

 

 

 文句を言えなくなってしまった彼女に、少し意地悪な質問をしてみることにする。

 

 

「でもさ……カーマ?」

 

 

「はい?」

 

 

「意志の強い女性って、嫌いじゃないでしょ?」

 

 

「…………煩いです」

 

 

 キャスターたちが特訓から帰ってくるまで、全力でイチャイチャしていたのはまた、別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 狂襲

あんまり、イチャイチャはしないかな?
(0とは言ってない)


「話はできたようだな?」

 

「お陰でね……そっちは?」

 

「上出来、上出来、真名開放までは至ってないけどな……今できる最善は尽くしたぜ」

 

「後はじゃあ……」

 

『うん……決戦だけってとこだね。準備は大丈夫かい?』

 

「あったりまえだろ」

 

「三週間程度は魔術を使えないけど、別に大丈夫だな」

 

「「それは大丈夫じゃない!?」」

 

 野郎どもが輪になって、これからの話をしている横には……

 

「マシュ・キリエライト、マスター共々ただいま、帰還しました」

 

「相変わらずアサシンと仲良さげだなぁ、あの人……よしっ!マシュ、私たちもイチャイチャしよう!」 

 

「ええ!?」

 

「ふじま……立香、何バカなこと言ってるのよ。マシュが困ってるじゃない」

 

「「所長がデレた(ました)!?」」

 

「そんなに驚くこと!?」

 

 ゆる百合な空間が立ち込めている。

 

 その誰もが分かっていた……決戦が近づいていることを。

 そして、一部の者たちは知っていた。

 

 彼女に、残された時間は僅かだということを。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、手筈通り行きましょう。キャスター、セイバーは大空洞……大聖杯の前で私たちを待っている……それで間違いない?」

 

「ああ……アイツがあの場所から動くメリットがないからな……にしても、嬢ちゃん。良い顔で笑うようになったじゃねぇか」

 

 所長が柔らかな表情で、指示を出していく。

 最後の最後に吹っ切れることができたのだろう、重圧から開放された彼女からは、今までなかった余裕のようなものを感じられた。

 

「……一応、ありがとうと言っておくわ。マシュ、藤丸二人とも異常はない?ロマニ、二人のバイタルは大丈夫かしら?」

 

「所長が……生き生きとしてますね!」

 

「うん、流石所長って感じ!」

 

『……うん、そうだね。……コホン、異常なし、二人とも体調は良好なはずだ。君もいいね?』

 

「……ふぅ。問題ない」

 

 だからこそ……俺やロマンの心には、確かな痛みが残っているのだろう。

 漸く普通の少女のように、本心からの行動を取れるようになった彼女が、生存できないことを本当に悔しいと感じている。

 

「……もうお疲れ?」

 

 視線を送っていたことに気がついたのか、所長が話しかけてきた。

 アサシンはもちろん引っ込んでいる。

 ……協調性皆無なんだよなぁ、あの子。

 

「……な訳あるかよ。全身筋肉痛ぐらい全身がジンジンしてるだけだ」

 

「……それ、結構辛いわよね」

 

「誰のせいだと思ってる」

 

 所長に軽口を返していると、彼女は楽しそうに笑って小声で言ってきた。

 

「大丈夫……やり残したことは、ないの。そのお陰か、ちょっと心に余裕ができたみたい」

「……そうか」

「だから……気にしないでね」

 

 そう言って、彼女は藤丸たちの元へと戻っていった。

 

 

 気にしないで、か。

 

 

「マスター……大丈夫ですか?」

 

 珍しく、彼女が声をかけてくるぐらいだ。

 俺も、気持ちを切り替えないといけない。

 

「……そんなに大丈夫じゃないけど」

「……?」

「お前が居れば、問題ない」

 

 確信を持って言えることだけを口にする。

 

 ……気にしないで、なんて言われて、気にならないわけないだろ。

 

 街中を抜け、山道を抜け、遂に大空洞の入り口へと到達する。

 

 キャスターに藤丸、マシュ、そして所長のいう順に、その洞窟内に入っていく。

 俺も行くか……そう思い洞窟へと足を踏み入れた瞬間のことだった。

 

 

『後方から、急速な魔力生命体の接近!この魔力量、この前のシャドウサーヴァントの比じゃない!?』

 

「マスター、どいてください!」

 

 いつも通り慌てた様子のロマンと、本当に、珍しく余裕なしのアサシンの声が同時に聞こえて……

 

 轟音。

 

 気づいた時には、目の前に岩で出来たような大剣があって……鈍い痛みと共に、視界が暗転した。

 

◇◆◇

 

 

 少女を守る。

 

 誓いを立てたあの日から……ずっと、その森を徘徊し続ける、怪物がいた。

 

 人が消えても

 

 街が燃えても

 

 黒き聖剣に、その身を滅ぼされようとも

 

 蘇り、蘇り、蘇り、蘇り……

 

 そして、また森を徘徊し続ける。

 

 

 いつしか怪物は、冬木市郊外にある、かつての城跡に立っていた。

 

 

 守るべきものが、既に存在しないと理解した怪物は、初めて怒りの声を上げる。

 

 叫び、狂い、破壊を繰り返した末に一つの目的を見つけた。

 

 森を離れ始める。

 

 

 理性を失い、存在理由すら失った怪物は、

 

 

 自分を殺せる存在に、飢えていたのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 吹き飛ばされたマスターを見て、一瞬血の気が引いた。

 しかし、相手の武器が斬れ味に特化したものではなかったこと、そしてキャスターの存在により彼の命は残っている。

 

 防壁のルーンを展開していたあのキャスターには、一つ借りを作った形になってしまったが……マスターの胴体がプッツンしていないので、いくらでも我慢しよう。

 気に食わないが、あの死人同然の女にマスターを回復させるように頼んでから呟いた。

 

「……はぁ、もう最悪です」

 

 自分のことながら、呆れてしまう。

 マスターだけを連れて、逃げ切ることなど容易だろう。

 なのになぜ……

 

「どこの誰だか分かりませんが……目障りなので、消えてください」

 

 私は態々、面倒な道を選ぼうとしているのだろうか?

 

 正面で大声を上げる巨人の姿を横目に、自嘲の笑みを浮かべながら思考する、

 

 カルデアとかいう彼らへ情が移ったから?

 

 否

 

 マスターのお人好しが感染したから?

 

 否

 

 スリル感満載の戦いに快楽を得られる戦闘中毒者だから?

 

 もちろん否である。

 

 もっと単純で、もっと子供らしい簡単な理由。

 アーチャーを相手取った時には、無理矢理抑え込んだ……その感情の名は怒り。

 ここまで彼に惚れ込んでいるとは、自分でも思っていなかったのだ。

 

 誰だって、好意を寄せている相手を傷つけられれば、多少なりとも怒りの情が湧く。 

 

 要するに……それだけである。

 

「私のマスターに……何、手を出してくれてるんですか?」

 

『ま、待つんだ、アサシンのサーヴァント!いくら、神霊である君でも』

「マスター以外が、私に命令しないで欲しいんですけど?」

『ごめんなさい』

 

「……ドクター」

 

 アサシンの一言で、発言を撤回して謝ってしまう情けないロマンの姿に、藤丸がジト目を向ける。

 その様子を見ながら、勇敢にもマシュはアサシンの隣に立ち、言い放った。

 

「私が攻撃は受け持つので、アサシンさんはーー」

「死にますよ?そんな脆弱な守りでは」

「うぐっ……せ、先輩ぃぃ」

 

 続き様にマシュも撃墜され、彼女は藤丸の元へと駆け戻っていく。

 マシュをよしよし、と宥めながらも藤丸はキャスターへと視線を送ると、傍観していた彼は渋々と言った様子で腰を上げた。

 

「俺は、足手纏いにはならねぇよ」

「……じゃあ、巻き込まれて死なないように気をつけてくださいね?」

「……え?」

 

 身体無き者としての属性を強めた彼女は、蒼の炎をその身に纏い、巨人の前に立ちはだかる。

 

「ちょっとぉ……っぶな!?」

 

 そして、英霊の目にも、完全には捉えらないほどの速さで、金剛杵を操作。

 途中キャスターにぶつけかけたが、ギリギリで避けているので気にしなくて良いだろう。

 不規則な動きで巨人を殴打し続けていれば、巨人はアサシンの方向へと飛びかかってくる。

 

 

「全て()かしつくして、あげます」

「ーーーーー!」

 

 アサシンはそれを待っていた、と言わんばかりに練り上げられた高密度の蒼炎を、巨人へと叩きつける。

 言語能力に問題があるらしく、獣の咆哮じみた雄叫びを上げる巨人は、全身の所々を灰へと変えつつも動きを止めない。

 

 しかし、アサシンに慈悲はなく、既にボロボロの巨人へレーザーやら、金剛杵による連続殴打で追撃を続ける。

 一方的に攻撃を放ち続けたアサシンは、巨人を近寄らせずにダメージを与え続けて……

 

「……チッ、無駄にしぶといですね……」

 

 舌打ちをして、攻撃の手を休めた。

 恐らく相手はバーサーカークラス、得意の魅了はかなり強めの狂化スキルに掻き消されているのか、宝具でも撃たなければ動きを封じられそうになかった。

 

 マスターがダウンしている今、どれだけ相手の装甲を削り続けたとしても、決め手にかける。

 アサシンに隙ができたことに気が付き、その巨人は急加速する。

 

「……はぁ……外さないでくださいね?」

 

 敢えて隙を見せたアサシンがそう呟いたのを聞いて……

 

「抜かせ!このクーフーリンが、キメ技を外すかよ!灼き尽くせ木々の巨人『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』」

 

 キャスターが宝具を展開した。

 それと同時に、巨人が飛びかかっていく先に、巨大な手が生成される。

 アサシンへの攻撃に意識を回していた巨人の防御意識は極めて低下しており、巨人はその手の中に掴み取られた。

 

 そして、細木の枝により構成されたその腕は、巨人を握り潰しながら燃え上がる。

 抵抗し続けるも、アサシンに削られた装甲ではキャスターの宝具を耐え切ることなど出来ずに巨人は消滅していった。

 

 

 

「……なんだ、一回か?つまらねぇな」

 

 

 その後放たれたキャスターの問題発言により、万全の巨人は十二回復活する上に今より強い、その情報を聞いた藤丸たちは、あまりの強さにドン引きすることになる。

 

 

◇◆◇

 

 

「……アサシン、これは?」

 

「何か?」

 

「いや……これ、膝ま」

 

「何か?」

 

「……何でもないです」

 

「あなた達、人が回復してる最中にイチャイチャしないでくれる!?」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 さよならするにはまだ早い

 

 

 

「……頭痛い、吐きそう」

「吐くならエチケット袋、使ってくださいね?」

「ねぇ?それ、ちょっと前の仕返し?」

「何のことでしょうか?」

 

 姿を少し成長させ、高校生ぐらい?

 とにかく……俺より少し年下ぐらいの見た目になったアサシンに肩を貸してもらいながら、大空洞に繋がる洞窟を歩いていく。

 

 藤丸達には、少しだけ先に行っていて貰った。

 ロマンに体調不良を見抜かれることを恐れての、判断だった。

 所長から何度も『絶対に後から来るのよ!』と言われているので、サボるわけにもいかないため、少しペースを落としながらも移動を続けている。

 

「……にしても、マスター」

「どうした?」

「……少し弱体化しすぎではないですか?」

「うぐっ……やっぱ、そう思う?」

「もちろん」

 

 そろそろ咎められるかなぁ、なんて思っていたが、予感は的中した。

 

「そもそも、礼装はどうしたんですか?アレ無しだと、戦闘能力は半減どころじゃ済まないですよね?」

 

 彼女は一番避けたかった話題を、ピンポイントで聞いてきた。

 彼女に嘘はつけないので、渋々自白する。

 

 

「……無くした」

「……は?」

 

 絶句する女神様に、ニッコリと笑いかけながら復唱するのだった。

 

「……無くしたんだって、礼装」

 

「何やってるんですか、あなた!?バカなんじゃないですか!?」

 

 

 久しぶりに素で怒られた。

 

 

 とりあえず、十分ほどは真面目に怒られておく。

 そして、その後は怒っているアサシンも可愛いなぁ、と思い弄ってみることにした。

 

「……普段と違うこの感じも、新鮮でいいね?」

 

「茶化さないでください、マスター」

 

「いやいや、本当だって。怒ってるアサシンも可愛いと思うよ?」

 

「……っ、そ、そんな簡単に怒りを収めるほど、私はーー」

 

「ほれほれ、甘いものでも食べて落ち着きなさい」

 

「あ、ありがとうございます……って、またボンタンアメですか!?……どれだけ、これに拘ってるんですか」

 

「そこは話すと長いぞ?」

 

「手短にどうぞ」

 

「甘くて美味しい」

 

「わかりやすくていいですね……ん?って違います!礼装のことですよ!れ、い、そ、う!」

 

「惜しかったな……おっと、石を拾ったと思ったら、キャラメルだった」

 

「もう、釣られませんから!……って、錬金術!?」

 

「手品だ、手品……現実主義者っぽいのに、こういうの好きだよなぁ、お前」

 

「悪いですか……もう一回お願いします」

 

「いや、全然。可愛くていいじゃん……それっ!」

 

「……ちょっ、どっから出てきたんですか、この鳩!?」

 

 長くなりすぎたので、以後省略

 

◇◆◇

 

 

 やらかした。

 アサシンとイチャイチャし、時間を忘れていたら……少し離れた場所から、かなり大きな魔力反応を感じ取った。

 それこそ……アサシンの第二宝具レベルである。

 

 恥を捨て、最速の移動方法……つまり、アサシンにお姫様抱っこしてもらいながら、大空洞への道を駆け抜ける。

 する方もされる方も顔が真っ赤になる、という貴重な光景だったのだが……記録として残されなかったのが、彼らにとっては救いだろう。

 

 ともかく、最速で辿り着き、地面に降り立った後、俺が見たのは……一人の戦士の姿だった。

 振り下ろされた剣を受け止めているのは、マシュ・キリエライトの掲げた大楯に他ならない。

 

「防ぐか……我が、聖剣を」

 

 そう言葉を発したのは、剣を振り下ろした相手……黒き鎧を纏った金髪の女性サーヴァントだ。

 

 ねぇ?何も言ってないから、足踏むのやめて。

 それと君、いつもより身体大きくしてるんだから……踏むならせめて戻ってからにして?

 

 どうやら、シリアス場面にかち合っているらしく……ロマンも所長に黙らされている。

 ロマンよ、お前それでいいのか?

 人のこと言えないぐらい尻に敷かれてる自覚はあるけど。

 

 ……戦いも終わり頃らしく、魔力を使い果たしたと思われるセイバーに、キャスターが杖を向けていた。

 どうやら、マシュは未完成ながらも宝具の発動を成功させたらしい。

 所長が、苦笑しながらも『擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』という名前をその守りに授けると、マシュが所長に抱きついていく……あ、藤丸も行った。

 

 ゆる百合した空気は、良いもんだなぁ。

 なんて、思っている間にキャスターが決着をつけたようだ。

 

 捻れ拗れた聖杯戦争も終わりを告げ、キャスターも『次呼ぶなら、ランサーで頼む』なんてことを言いながら、強制送還されていく。

 

 残されたのは、黒いセイバーが持っていた聖杯のみ。

 アレを回収すれば、この時代の歪みが修正される。

 

 

 ……だから、彼女と最後に少しだけ話をしておこう。

 

 

◇◆◇

 

 

「終わったな……」

 

「ええ、終わったわね……見てた?あのマシュが、英雄みたいに宝具なんて発動させちゃってさ……立香も、自分の危険なんて考えないで、マシュを支えに行っちゃって……」

 

 眩しそうなものを見るように……いや、実際そうなのだろう。

 眩しくて、輝いていて……どれだけ手を伸ばそうとしても届かない……星に手を伸ばし続けてる。

 きっとそんな気持ちなのだろう。

 

「…………大丈夫って聞くのも……おかしな話か?」

 

「ふふっ……そうね。あの子達は強かった……きっと、この先も大丈夫」

 

 その目は、彼女らを見ているようだが、恐らく違う。

 彼女らの行く末を見つめているのだろう。

 

「ロマンから聞いたか……」

「ええ、シバの観測するカルデアスが真っ赤に染まった……ってね。ふふっ、すごい焦りっぷりだったわ」

「ここで笑えるなんて……随分、変わったな」

 

 ヒステリック全開の彼女は、落ち着きのある存在へと姿を変えていた。

 

「だって、私。もう死んでいるんでしょう?怖いものなんて、あるわけないじゃない?」

 

 本当に変わったな……いや、違うか。

 本来の彼女に戻ったのだろう。

 

「……ねぇ、最後に名前教えなさいよ。所長命令兼、友達命令!」

 

 ああ、本当に……胸の痛みが引いてくれない。

 

「……(むすび)朱雀井(すざくい) (むすび)。今まで、ありがとうございました。所長……いや、()()()

 

「……!ふふっ、ええ。こちらこそ」

 

 この人もこの人で、初対面の印象と今の印象が大分違うんだよな……きっと、良い友達になれた筈だったのに。

 

 

 不貞腐れているアサシン。

 

 イチャイチャしている藤丸とマシュ。

 

 区切りをつけた、俺とオルガ。

 

 そんな、俺達の前に……最後の客が現れた。

 

「やあやあ……まさか、ここまでしぶとかったとは……折角、見逃してあげていたというのに」

 

「……はぁ……オルガ、考えを止めるなよ」

 

 そう言ってから、こちらへ歩いてくる悪趣味な緑のコートを羽織った、悍しき"何か"の前に立ち塞がって、声をかける。

 

 

「こんな所でお散歩ですか?レフ・ライノール」

 

 その悪意(化物)がニヤリと口を歪ませた。

 

◇◆◇

 

 

「ああ、本当に……貴方だけは、ここで仕留めたいんですよ」

「……アサシン、頼んだ」

 

 瞬間、こちらに大量の魔力弾が飛ばされてくる。

 その全ては、彼女の矢により撃ち落とされる。

 彼女が少女スタイルで事足りる、と判断した相手だ……そこまでの強敵ではないだろう。

 

「……レフ!レフ……いえ、違う。貴方は、誰!?」

 

 一瞬、依存対象を見つけた所長が、レフへと近づきそうになったが、俺の忠告が効いたらしい。

 やはり、オルガは聡明な人だ。

 

 その様子をみたレフは何やら楽しげな笑みを浮かべる。

 その手には……

 

「やられた……!」

「マスター、流石に不注意ですよ!」

 

 先程セイバーが残した聖杯が握られていた。

 しかし、仕方がなかったのだ。

 回収をすれば、オルガと話す時間が潰れていた。

 

「オルガ……君はーーー」

「私をオルガと呼ばないで!」

 

 レフの言葉を遮って彼女は、完全な敵意をレフに向けた。

 彼女は分かったのだろう……カルデアで、最も破壊工作を実行した疑いの強い人物は、誰なのかということを。

 

「レフ・ライノール……貴方は!」

「……もう良いよ、君。死人はさっさと消滅してくれ」

 

 所長が思い通りに動かなかったことに苛立ったのか、レフは態度を急変させた。

 突然、放たれた殺気により、傍観するしかなかった藤丸とマシュが座り込んでしまう。

 

 

 聖杯が輝く。

 

 光が収まった先には、カルデアスの姿。

 レフは聖杯に込められた魔力を使用して、時空をカルデアと繋げたのだ。

 

 オルガはレフが何をしようとしているのか、一瞬で理解したらしく、こちらへと駆け寄ってきた。

 左腕にしがみついた彼女を物凄い目でアサシンが見ているのだが、緊急事態のため黙認して貰いたい。

 

「逃げられないよ、オルガマリー。君の()()()()()に触れてくるが良い」

 

 宝物……高密度の情報体であるカルデアスに触れれば、分子レベルで分解されてしまう。

 

「オルガ、絶対離ーーーーえ」

 

 離さないで、そう発音することなく、あまりの驚きに絶句した。

 彼女は助けを求めて、こちらに来たのだと思った……だけど、違ったのだ。

 

「ーーーーーーーー」

 

「詠……唱……?」

 

 隣にいるアサシンすらもが、有り得ないその光景に呆然としている。

 

「ーーーーーーーー、ーーーーーーーー」

 

 長い長い詠唱を彼女は、カルデアスに引き寄せられるのに耐えながら、行い続ける。

 

「何を、今更!」

 

 苛立ったレフが腕を振ると、彼女の姿は俺から徐々に離れていく。

 

「ーーーーーーーーーーーー、ーーー!」

 

 そして、完全に彼女の手がこちらから離れる直前に……彼女から受け取った魔術刻印が光り輝いた。

 そして、彼女の体が宙を舞う。

 

「ははははは、君は何がしたかったんだい?最後の足掻きも、醜い抵抗も、意味を為さずに……君は死ぬ。今の君はどんな気持ちだ?」

 

 嘲り笑うレフに対して、久々に殺意を覚えた。

 拳を握りしめて無理矢理、魔術回路に魔力を流そうとした直前に……彼女が笑った。

 

「ええ……初めて出来た三人の友達に、一人の神様。一度死んだ人間が、そんな豪華なメンバーに死を見送ってもらえて、最高の気分よ!」

 

 それは皮肉か本心か。

 どちらにせよ、レフを最高に苛立たせて……彼女はあっさり消滅していった。

 

「……いい、死に様じゃないですか」

 

 珍しく、隣の彼女も笑っている。

 

「自分の思い通りに殺して、絶望させて、泣き喚く姿が見たかったんですよねぇ?どうですか?格下だと思っていた相手に、それらの期待を全部裏切られ、挙げ句の果てに笑顔なんて見せつけられた気分は?……その顔、最高です。知ってます?私、人が不幸に陥る瞬間が大好きなんですよ」

 

 あ、この子煽ってるだけだ。

 ごめんね?拗らせてるけど、良い子なんだよ?

 

「……チッ、怪物が」

 

 レフはアサシンを見て、一言つぶやいた後に、咳払いをしてから再び紳士のような態度を取り始める。

 あ゛?

 喧嘩なら買うぞ?

 

「まあ、いい……良いことを教えてやろう、Dr.ロマ二。君たちは既に詰んでいるんだ……カルデアは磁場が特殊だから影響を受けていないのだろうが、その他は違う。恐らくこの冬木のように、全世界中が焼却されているだろうな」

 

『外部との連絡がつかなかったのは、そのためか……』

 

「やはり賢しい男だ。最初に殺すべきだったな……しかし、それももう良い」

 

「どういうことだ?」

 

「教えてやる義理もないが……まあ、いいか。お前たちカルデアも、2016年を過ぎた瞬間消え去るのだから、抵抗など無駄だということだ」

 

 簡単に言ってくれるな……

 

「アサシン……仕留めれるか?」

 

 彼女にそう聞くと、少し悔しそうにしながら返答してくる。

 

「すいません、マスター……多分、間に合わないです」

 

 そして……

 

 空間が揺らいだ。

 

「おっと、ここももう限界か……それでは、諸君。私は、次の仕事があるので」

 

 レフはそう言い残し、姿を消していく。

 

「……チッ、最後まで気に食わない奴だ……アサシン、マシュと藤丸を頼む!」

 

 本能が告げていた。

 ここに留まれば命は残らない、ということを。

 

「ドクター、レイシフトで帰らせろ!早くしないと……全滅する!」

 

『分かった。こっちも賭けだが……意地でも帰ってきてくれよ!緊急退避用レイシフトを行う。立香ちゃん、マシュ……意識を強く保ってくれ!』

 

 そして、光と共に行きにも通った穴のようなモノを認識したと思えば……

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 目を開く。

 そして……

 

「知らない天井だ……うん、間違いない」

 

 そう独り言をこぼす。

 

『また、言ってるわね……』

 

 頭の中に響く声。

 

「もう……そんなやりとりも出来ないんだよな」

 

 今は亡き所長に祈りを捧げる。

 

『……?何言ってるの、結』

 

「は?そっちこそ何言ってんだ……あっさり死んでった癖に……ん?」

 

『ええ、死んだらしいわね』

 

 沈黙。

 

 頬を抓った……とても痛い。

 

 そして、

 

「はぁぁぁあああ!?」

 

 絶叫が響き渡る。

 

 そんな彼の左腕……刻まれた魔術刻印が、彼の言葉に呼応するように光り輝いていた。

 

 




ようやく、主人公の名前が出せた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 情報整理
6話 いい加減自己紹介をしましょう


説明回でございます!
イチャイチャ少なめ


 

「はぁぁぁあああ!?」

 

 

 カルデア 結のマイルームにて絶叫が響き渡っていたその頃……

 

 

 

 

『そ、それで……アサシン、でいいんだよね?』

 

「はぁ……他の何に見えるんですか?さっさと……マスターに会わせてもらいたいんですけど……何か、嫌な予感がしてるんですよねぇ」

 

(キレてる!何故かめちゃくちゃ怒ってる!?僕死ぬんじゃないかなぁ、これ!)

 

 カルデアの召喚室へ、繋がれた縁一つだけを頼りに、一騎のサーヴァントが乗り込んできていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「さてと……じゃ、じゃあ話を整理するけど……そこ大丈夫?」

 

 管制室にてロマンがため息を吐きながら、視線を向けた……その先に

 

「これが、大丈夫に見えると思います?」

「マスター……黙ってください」

「はい」

『思ったより、怒ってないわね』

「これが想定内!?」

 

 修羅場が勃発していた。

 所長は軽い魔術なら、刻印を通すことで行使できるらしく、全員に念話のパスを通している……コイツ、実は超ハイスペックだったのでは?

 

「あははは……よかったね、マシュ」

「はい!何はともあれ……所長が生きていたことは喜ばしいことです!」

 

 マシュと藤丸が笑顔を浮かべるも、ゆっくりと近付いてきたもう一人の人物が、彼らの会話を否定した。

 

「いいや、マシュ。それは違うよ……オルガマリー・アニムスフィアは確かに既に死んでいる……そうだろ、所長?」

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチ 

 ルネサンス時代を代表する芸術家にして、後に「万能の天才」とも語られた、英霊の姿がそこにある。

 

 ……といっても「美を追求する」を理想とする彼は、自分の姿すらを自らの理想とした女性『モナ・リザ』そっくりのものへ変え「ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれ」なんて、初対面で言ってくる所謂、ヤバイ奴なのだが。(情報提供 ロマ二・アーキマン)

 

 この後のロマンがどうなったかは想像に任せる。

 

『技術部門トップ……いえ、ダ・ヴィンチちゃんの言う通り、私は既に死んだ身よ。ただ……精神体として生き残っていた私は、魔術の世界において肉体面の影響で()()()()()()()()()()()()使()()()()()()なっていたの……人格付与術式、これを仕上げるのに久しぶりに徹夜したわ。マシュと藤丸が寄りかかってくるから、中々集中出来なくて……成功するかはわからなかったけどね』

 

「……アレ、寝てなかったのか」

 

 足痺れてきたなぁ、と正座したままアサシンを膝に乗っけて呟く。

 アサシンといえば頭やら顎下やらを撫でていたら、大人しくなっていた。

 

『ロマンが人の個人情報をペラペラ話し始めたときは、どうしてやろうかと思ったわ』

 

「うぐっ、そ、そこは流してもらえると……ま、まあ、いい。とりあえず、今の君は厳密には本当の所長ではない、ということかい?」

 

 ロマンが確認に入る……アイツ本当にただの医療部門のトップか?

 冬木探索中にも思ったが、魔術慣れしすぎている気がする。

 

『立香がイメージしやすいもの……そうね。コンピューターの"貼り付け"と植物栽培の"差し木"を合わせた感じかしら?死ぬ直前までの私というデータを、精神の一部と言っていいほど、私に馴染んでいた魔術刻印に貼り付けて、後は勝手に成長しなさい……みたいな感じ』

 

「うん!なんとなくは分かった気がする……多分」

 

「ということは……お前、ずっと俺の中にいる予定か?」

 

『悪いかしら?』

 

 アサシンさん?

 そんな不機嫌にならないでよ……()()()()と会った時レベルじゃないですか、その顔。

 

「アサシンが不機嫌なこと以外は……問題ないか。俺は普通に風呂とかトイレとかいくぞ?」

 

 後々、問題になりそうなことをハッキリさせておくことにした。

 

『そこはしっかり意識封鎖してるわよ……あ、夜中に変なことする時はーー』

「アサシンがいる限り、そんな危ないことはしねぇよ!?」

「マスター……どういう意味ですか?」

 

 アサシンにアレしてるのを見られれば、たちまち貞操の危機である。

 そんな、恐ろしいことができるわけない。

 

 まあ、年頃の女性としての心配はわかるが……実は、特に問題はなかった。

 

 【代償強化】代償:性欲抑制、というものをかけ続けているからだ。

 それがなかったら、とっくの昔にアサシンを押し倒して快楽に溺れている自信がある。

 

 そんな俺の性欲事情を口に出すのも変な話であるため、念話でオルガにだけ事情を伝えておくことにする。

 

 そんな風に所長の現在状況を確認し終えた後、ロマンがパンパンと手を叩いて注目を集めた。

 

 

 

「それじゃあ、本題に入るよ……主に話したいのは二つ。一つ目の方が重いからね……心して聞いてくれ」

 

 そうして彼は話し始める。

 

 崩れ去った未来の生存を証明するために

 俺たちが挑む道を。

 

 

 

 

 人理を守る手がかりは見つかっていた。

 

 今までの人類史を証明し続けてきた過去に異変が起きているというのだ。

 

 レフ側の敵による妨害……恐らく聖杯によって変質した過去及び特異点。

 全7つ存在するというその全ての特異点にて、正しい歴史へと路線を正して、現在を証明し直す。

 

 冠位指定(グランドオーダー) 

 

 それが、最後のマスター……俺と藤丸に与えられた作戦だった。

 

 

 

「と、まあ……重い話はこのぐらいにしておいて、もう一つの話題に行ってみよう」

 

「軽すぎ!?」

『だから、私はこの男を現場から外していたのよ……』

「妥当ですね」

 

 藤丸がツッコミ、オルガがぼやく。

 ダンマリを決め込んでいたアサシンが、口を開くほどに、ロマンは弄られの才能があるらしい。

 

「もう一つの話題……ですか?」

「ああ、マシュ。君だけが僕の味方だよ」

「すいません、私は先輩のサーヴァントなので……」

「バッサリ否定された!?」

 

 話が進まないので、ニヤニヤして皆の様子を見ていた天才に何を話すのか聞いてみる。

 

「……で、まだ何かあるの?」

「ああ……他ならぬ君のことだよ、結くん」

 

 そして、すごい力で肩を掴まれた。

 

「……何してるんですか?」

 

 アサシンから殺気が漏れる。

 だが、それも……

 

「いい加減に、()()()()()()()()()()

「……それは、マスターが悪いですね」

 

 正論で跳ね返されてしまった。

 

◇◆◇

 

 カーマを横に移動させ、立ち上がる。

 あ、両足が痺れて超ジンジンしてる。

 やっぱ正座はダメだって……

 

「仕方ない……【代償強化】解除」

 

 そんなことを愚痴りながら、仕方なくそう呟いた。

 

【代償強化】代償:身体能力低下

 

 強化・付与内容 存在偽装 印象操作

 

 長らく使い続けていた魔術を解除すると、俺の感覚には全く変化はないのだが、周りの目が一気に変わった。

 

「ほぅ……これは、中々」

「……おー!すごいね、マシュ!変身だよ、変身!」

「せ、先輩?なんだか、テンションが少し……」

 

 興味深げに見てくる天才に、純粋な好奇心たっぷりの視線を送ってくる藤丸……やばい、久しぶりに人に見られてる感覚が、少しキツイ。

 

「……マスター、人にコミュ障だの、なんだの言っておいて、その反応はないですよ?」

 

「結くん、君は……いい感じな普通だね!」

 

「普通にいい感じって言って欲しかったかな、ロマン……」

 

 そこにいたのは、先ほどまで立っていた、黒髪黒目のモブ顔青年ではなかった。

 

 黒髪なのは変わらないが、唯一常人とは異なるのは瞳の色だ。

 彼の瞳は透明感のある灰色をしていた。

 ロマン程ではないが男性にしては髪は長めであり、肌は白め……立香程ではないが、顔は悪くない方だと思われる。

 青年は向けられる視線に居心地悪そうに、右手で頸あたりを触っているが、隣のアサシンが己のマスターを誇らしげに見ているのが微笑ましい。

 

 

 

『結の魔術回路、歪な形をしてると思ったけど……そういう使い方をし続けてきたから、なのね』

 

 一人興味深げに脳内でブツブツ言っている方がいるが、話しかけると長そうなので、今は無視しておく。

 

 

「聞かれるのも面倒なんで、大人しく白状しますよ……朱雀井 結。名門とかそういうのじゃないけど……一応、魔術師だ。年は18、アサシンとは前から縁があった」

 

「じゃ、じゃあ、結さんは……」

 

 マシュがこちらに驚愕の表情を浮かべてくる。隠し通せるものでもないので、言うしかないだろう。

 

「ご察しの通り……聖杯戦争の経験者だよ」

 

「『はぁぁ!?』」

 

 ロマンとオルガが頭が痛くなりそうな大声を放つので、耳を塞ぐが片方には意味がなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 暫く自己紹介に時間を使い、落ち着いた頃……俺はダ・ヴィンチちゃんへと話しかけていた。

 

「ダ・ヴィンチちゃんって技術部門のトップなんだよね?」

「ああ、そうだとも。何かあるかい?この、万能の天才に任せたまえ!」

 

 俺は、自信満々、胸に手を当て言い切った彼女?に言うのだった。

 

「作って欲しい、礼装がある」




感想や評価を貰えて驚いてました。
励みになるのでありがたいです!
全ての感想に答えるようにしているので、送ってもらえれば嬉しいです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 洒落にならない英霊召喚

イチャイチャさせていきましょう!


 マシュの盾を召喚サークルの土台とし、そのサークルの前に藤丸……いや、立香(名前で呼んでとうるさかった)が立っている。

 

 

「……人や物との縁を辿り、相応の魔力を消費することで起動……アサシンみたいに、向こうから勝手に来ることもある、か」

 

 守護英霊召喚システム・フェイト

 

 ロマンが言うには、特異点F……俺たちがレイシフトした冬木での戦いの結果、数名のサーヴァントと縁が結ばれてるらしい。

 話を聞いてる最中に、アサシンが無言で腰に抱きついてきたので、契約は立香に任せることを伝えたのだが……

 

 なんか嫌な予感がしてるんだよなぁ。

 

 藤丸が召喚を始める。

 それを横目に、オルガに対して質問をした。

 

「そういや、オルガ……お前の視界って俺と共有状態にあるのか?」

 

『いえ……結の頭上30cmぐらいに視点を飛ばしてるわ……千里眼も使えるから、全方位警戒できる……安心していいわよ?』

 

「何そのチート、怖い」

 

 コイツ、本当にやりたい放題だな。

 呆れていると、クイクイとアサシンに腕を引っ張られる。

 

「……マスター、一緒に逃げませんか?私、凄く嫌な予感がしてきたんですけど」

 

『それで?どうしてそんなことを?』

 

 二人から同時に質問を喰らう。

 奇跡的に、それらに対する答えは一言で返すことができた。

 

「……嫌な予感がしすぎて気絶しそう」

 

 光り輝く召喚サークル。

 

 その先に……

 

 

 見覚えのある紫の髪が見えた気がして……

 

 

◇◆◇

 

 目が覚める。

 

 自室のベッドだ……隣には、白髪の相棒の寝顔がある。

 ああ、よかった。

 

「……夢か」

『どうして貴方たち二人は、同じタイミングで失神してくれてるのよ……無駄に人員は裂けないというのに』

 

 目が覚めると、速攻でオルガからのツッコミが入った。

 ……失神、失神?

 夢じゃ……なかった?

 

「な、なぁ……しょ、召喚はどうなったんだ?」

 

 恐る恐る質問を口にする。

 オルガはアッサリとその質問に答えていった。

 

『三人のサーヴァントが来てくれたわ……やっぱり、人理焼却の影響は大きいわね……本来なら、そんな簡単に召喚に応じてくれはしないのよ?』

「ど、どちら様がお見えで?」

『何でさっきからオドオドしてるのよ……まあ、いいけど……私も真名を知らなかった、冬木のアーチャー、エミヤ。そして、キャスターのクーフーリン』

 

 アサシンが蹂躙した相手と、キャスター……ここは素直に戦力として歓迎しておこう。

 

『後、一人は……多分ーーー』

 

 その時、何かを言いかけたオルガを遮るように、バッとアサシンが身を起こした。

 どうやら俺と違い、記憶がしっかり残っているようで……目覚めると同時に、彼女はこちらの手を取って移動を試みる。

 

「……っ、マスター、急いで移動しましょう!考えたくもない最悪の事態ですよ、恐らくアイツは……」

 

 アサシンに手を引かれるようにして、自室から出ようとする俺たちの前で、そのドアは開かれた。

 

「……はぁ、やっぱり、逃げようとしていたんですね、貴方は……間に合ってよかったです!」

 

 紫色の髪に、青の衣。

 ピンクの花飾り、そして金の髪飾りをつけた女性がにこやかに笑う。

 

「う、煩いですね。早く、消えてくれませんか?私、貴方のことがこの世でーー」

 

 珍しく気が動転しているアサシンが、毒舌も回せず、らしくない文句をつけようとするが、彼女は笑顔でそれを遮る。

 

()()()()()()()()()()♪カーマが迷惑かけていませんか?」

 

()()()()……お前、何で記憶残ってんだよ」

 

 かつて殺し合った、女神。

 

 パールヴァティーがそこに居た。

 

 

◇◆◇

 

 結局自室にUターンして、話をすることに。

 

「……むうぅぅ……大体、来るのが、早過ぎるんですよ……この女!」

「……荒れてるなぁ、落ち着けって」

「無・理・で・すぅぅ!」

「うん、知ってた」

 

 今にも宝具を撃ちたそうにしているアサシンを定位置(胡座の上)に押さえ込みながら、正面で悠々とお茶を飲むパールヴァティーと会話をする。

 

「う〜ん、やっぱり嫌われてますね……」

『慣れすぎじゃない?』

 

 目を瞑り、どうしたものかと首を傾げる彼女の様子に、冷静さ0のアサシンが食ってかかる。お顔真っ赤で可愛い。

 

「そういう、動きが!あざといんですよ、この色ボケ女神!」

 

「『色ボケ女神』」

 

 あまりのパワーワードに、オルガと二人して復唱してしまった。

 

「第一です!貴方とそのバカ夫のせいで、私は焼き殺されてるんですよ!?わかります?あの理不尽三つ目ゴリラのあっつい炎!宇宙燃やす炎ってなんですか、本当!」

 

「『理不尽三つ目ゴリラ』」

 

「いやぁ……夫が褒められてるみたいで、照れちゃいますね」

 

「褒めてないですし、惚気ないでくれます!?」

 

 ここまで元気がいい彼女を見ると、逆に仲が良いのでは、と勘繰りそうになる。

 ……絶対にあり得ないのだが。

 

 そして、事件は起きた。

 

 

 

 

「それで……契約なんですけど」

 

 

 

 パールヴァティーがそう口にした瞬間、空気が凍った。

 オルガも、俺も……呼吸さえ出来ないレベルの殺気が俺の腕の中から溢れ出す。

 

「……契約が、何ですか?」

 

 返答を間違えれば即死亡案件状態のアサシンを前にして、流石のパールヴァティーの笑顔も凍りついた。

 

 沈黙が場を支配する中

 

 コンコンとノックの音がして……

 

「結く〜ん!カルデア男職員、愚痴の会っていうお茶会にーーーーへ?」

 

 緊張感0の呼び声高きロマンが来襲。

 

「煩い」

 

「……ひっ」

 

 一言で黙らされ、退室していったロマンに、今度何かしてやろうと心にメモしつつ、アサシンの気を落ち着かせようとする、

 

「あ、アサシーー」

「マスターは黙っていてください」

 

「……あぅ」

『む、結……気を確かにしなさい』

 

 個人用念話でオルガに話しかけられるも、正直何を言ってきているのか理解できなかった。

 怖い、アサシン怖い。

 

 定位置からスッと抜け出したアサシンが、パールヴァティーの元へ歩いて行き、首元を掴む。

 顔を近づけて、その目を真っ直ぐに見る。

 

 そして、

 

「マスターは……私のマスターですから」

 

 そう断言した。

 数秒間、その状態が続いてから……パールヴァティーがキョトンとした表情を見せる。

 

「え、ええと……立香さんと契約したと、伝えたかったのですが……」

 

「…………へ?」

 

 ボフッと効果音がつきそうな勢いで、アサシンの顔が真っ赤に染まる。

 それを見たパールヴァティーは楽しげな表情を浮かべて、追撃するように、アサシンの耳元で言うのだった、

 

「へぇ、これは…………()()()()()()()()()()()()()()、私は嬉しいですよ?」

「………………!?!!?」

 

 それがトドメとなり、容量オーバーしたアサシンが再び気絶していく。

 正面に倒れたアサシンは、パールヴァティーの胸元へと顔面から落下し、安全に受け止められた。

 

「う〜ん、いつもこうして近付いて来てくれれば、可愛いと思うんですけどね〜」

 

 そんな恐ろしいことを言いながら、パールヴァティーは俺へと気絶したアサシンを運んでくる。

 

「それでは私は、マスターの元に行ってくるので……暇な時にお茶でもしようと言っておいてください!」

 

「断られるに決まってるだろ……」

 

 最後にそう言い残していったパールヴァティーを見送ると、オルガに質問を喰らった。

 

『そういえば、どうして結は彼女を見て気絶したんですか?』

 

「……健康に気を遣えって説教されたことがあるんだよ」

 

 あれは、怖かった。

 目からハイライトが消えていたもの。

 

『保護者なのかしら……?』

 

 深く語らない俺に対して、困惑したようにオルガは疑問を浮かべるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「起きた?」

 

「……はい」

 

 目を覚ますと、私はいつものようにマスターの膝の上にいた。

 段々と記憶が戻ってくると、それに伴い羞恥感が増幅してくる。

 

「……うぅ、その、お恥ずかしいところを、お見せしました」

 

 半分泣き目でそう言った私に、マスターは笑いかけてくる。

 

「大丈夫、大丈夫。オルガには意識封鎖してもらってるよ……それにしても、愛の神様は、随分と独占欲が強いんじゃないですか?」

 

 ニヤニヤしながらそう言うマスターに、ふと純粋な疑問をぶつけてみる。

 

「独占欲……仮にそうだとしたら、どうします?」

 

 嫌われることはないだろうけど、そう思いながら彼の反応を待つ。

 

 マスターはポツリと呟いた私を見て、キョトンとした顔をした。

 ああ、もう。そういうところですよ。

 なんで無駄に可愛いんですかね……

 

「そうだなぁ……アサシンだったらどうされたい?」

 

「質問に質問で返さないでくださいよ……私もやりましたけどーーーん?」

 

 そこまでいつも通り反射で会話を進めた時に思った。

 これ、やって欲しいことを言えば……大抵何でもしてもらえるのでは?ということである。

 

 いや、でも……そんな筈はーー

 

「ほれほれ、なんでも言ってみるさ?」

「な、なんでも……!?」

「うん、なんでも」

 

 完全に、マスターはこちらの反応を楽しんでいる。わかっている、わかってはいるのだが……"何でも"という言葉に、私は顔を赤くしてしまう。

 らしくない、折角貞操を狙えるチャンスなのに……

 

『貴方が恋を楽しめているようで、私は嬉しいですよ?』

 

 その言葉を思い出し、顔が熱くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 この後、茹で蛸のように真っ赤な顔の私がヘタれて、五分間のハグを要望するのだが……ハグしている様子を『夕食の用意ができました〜』と伝えに来たパールヴァティーに見られることになる。

 

 その騒動により、結のマイルームが滅茶苦茶になるのだが……それは、また別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二章 第一特異点 オルレアン
8話 第一特異点


オルレアン編開幕です。


 

 赤の衣に身を包み、その男は立っていた。

 【投影開始(トレース・オン)】……一言発せば、右手に特殊な道具が現れる。

 眼光鋭く、一瞬を見逃さない。

 

 残像が見える速度で右腕が振られ、それが宙を舞い……

 

 

「……おはよう、結。時間がなくてな……簡単なものしか作れなかったが、朝食をとっていくといい」

 

 フライ返しを片手に、エプロンを着たエミヤが厨房に立っていた。

 

「おい、待てエミヤ、それで済ませれると本当に思ってんのかコラ!どう考えても、ホットケーキ焼く動きじゃねぇだろ!?」

 

「得意なのは日本食でな……口に合わなかったら悪いが……」

 

「聞いてねえよ…………憎たらしいほど美味いから安心しろ!」

「……中々…………悪くないです」

 

 朝 6時00 食堂での出来事である。

 

 朝から想定外の疲れを感じていた。

 パールヴァティーがいない隙に、朝食を取れば問題ないだろう……とオルガに気配探知を任せながら厨房までやって来たのだが、想定外のボケ役がいた。

 なんで、アイツが厨房にいても違和感ないんだろ……?

 

 子供と勘違いされたのか、アサシンに用意されたのは、少し大きい一枚のホットケーキだけだった。

 それを美味しそうにペロッと平らげ、ほんの少し物足りなさげにしている彼女に、俺の分のホットケーキ……二枚あった内の一枚を半分に切り、皿を差し出してやる。

 

 勝手に取って食べろ、と意味を込めての行動だったのだが……彼女は皿の前で考え込むようにしてから、目を瞑って小さく口を開いた。

 

「…………アサシンさん?」

「…………」

 

 耳を赤く染めてだんまりを決め込む彼女に、どうしたものかと困っていると、呆れたような声音でオルガが叱咤してきた。

 

『食べさせてあげなさいよ……折角、アサシンが勇気出してアピールしてるんだから』

「……お前、何ポジだよ……はぁ、仕方ない」

 

 半分サイズではまだ大き過ぎるため、八分の一程のサイズまで切ってから、口元に運んでやる。

 

「ほい、どうぞ」

「……んむ…………味が分からなくなりますね、これ」

「じゃ、もう一人で食ってくれ……」

 

 彼女の感想に、俺が思わずため息を吐いた時だった。

 

『……っ!立香たちが来るわよ』

 

 オルガから警告が入り、俺はいつアサシンが暴れても抑え込めるように心構えを作っておく。

 ……いや、別に敵対してるわけじゃないんだけどね?

 俺個人だけで言えば、パールヴァティーは優しくて厳しい姉さんみたいな印象だし……夫は許さんーーーーだったからな。

 

 

「おっはよ〜、アサシンに結とオルガ!それと……エミ、ヤ?……何してるの?」

 

「おはようさん」

「…………ん」

『お、おはよう立香……(友達っぽいやりとり、友達っぽいやりとり!本とかで見たことある!)』

 

 ただの一般人である立香は、極限状態(特異点F)において萎縮し続けていたらしいが、戦えるマスターが残り二人だけ……という絶望的な状況により吹っ切れたらしい。

 元気よく、俺たち全員に挨拶してくる。

 ……アサシン、もうちょっと愛想良くできない?

 オルガはうるさい、頭の中で騒がないで。涙出てきちゃうから。

 

「何をしていると言われてもな……朝食の準備をしているだけなのだが……」

「え?エミヤ、料理できるの!すごい!」

 

 明るい彼女の笑顔は、これから先、きっと多くの人の笑顔を作っていくのだろう……それは、俺やロマン、オルガが絶対に守り通さなければならないものだ。

 

 そんなことを考えていると、食堂に追加の客がやってくる。

 

「先輩、廊下は走らないように……と、っ!皆さんお揃いで……おはようございます!」

 

「おはようございます、皆さん……もうっ、マスター?廊下を走るのは危ないですよ……それと、カーマも……挨拶ぐらいちゃんとしてください」

 

「なんで、私がそんなことを、貴方に命令されなくてはいけないんですか?」

 

 段々と、ここも賑やかになってきたな。

 

「アサシン、ちょっとここで頑張って、友達増やしてこい……俺はダ・ヴィンチちゃんのとこ行ってくる……パールヴァティー、よろしく頼むよ?」

 

「え、ちょっと!?マスター!?」 

 

「……?はい、任されました!」

 

 アサシンの悲鳴を背に食堂を出た。

 ダ・ヴィンチちゃんの元を訪れるのは、本当のことだったが……精神を整えておきたかったのだ。

 

『意識封鎖しておく?黙ってるだけでいいかしら?』

「後者でいいよ……助かる」

 

 気を遣ってくれたオルガにそう返答し、ゆっくりと目を閉じた。

 深く息を吐いてから、スッと瞼を上げる。

 

「……じゃ、ダ・ヴィンチちゃんの工房に行こうか。もう大丈夫だから」

 

 精神を戦闘モードへと切り替えた青年は、そう言うと歩き始めた。

 

 本日 午前8時00分

 

 第一特異点 西暦1431年 フランス

 

 冠位指定 その一つ目。

 

 レイシフトまでの時間は、刻一刻と迫っていたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「それじゃあ……立香ちゃんにマシュ、そして結くん……一応所長も準備はいいかい?」

 

「はい!」

「マシュ・キリエライト、好調です」

「アサシン共々そこそこ元気で〜す」

『一応って、何よ。一応って……そのゆるふわ感どうにかならないの?』

 

「ツッコミたい所がないと言えば嘘になるけど、気にせず行くよ……今回の目的は、以前話したように特異点内のどこかに存在する聖杯の入手、又は破壊だ。そのために、立香ちゃんとマシュはまず霊脈を探して欲しい」

 

「霊脈……龍脈などのような地中を流れる魔力が束のようになっている場所のことですね」

 

「そう。そこでマシュの宝具を使って召喚サークルを展開してくれ……そうすれば、通信が安定する上にこちらから補給物資などを送れるようになる……それで、問題なのは君達なんだけど……」

 

 ロマンがこちらに視線を向けてから、言い淀む。

 

「『どうかした?』」

「…………?」

 

「冬木での戦いで、神霊カーマの力には計り知れないものがあることは理解したよ……ただ、結くん。君は余りにも、怪我をしすぎた……だから、可能な限り、僕たちからの指令に従ってくれるとーーー」

 

「最終判断はマスターが下す……それが最適です。というか、私はマスターの指示以外を聞くつもりなんて毛頭ありませんよ」

 

 ロマンの言葉に、アサシンが反応した。

 しかし……ロマンは真剣な表情でアサシンに問いかける。

 

「それは……()()()()()()()()()()()()()()()()()からくる言葉かい?」

 

『ロマニ、それは!』

 

 俺の実力を信用しきれないのだろう、怪我しか負わずにアサシンに頼り切りだった、俺の行動を見た判断だ……ロマンの言葉も間違っていない。

 半分挑発混じりの言葉に、アサシンは目を見開き…………ポンっと頭を近づいてきていた()()に撫でられた。

 

「…………!なんの、つもりですか……パールヴァティー!」

「ただのスキンシップじゃないですか〜……一度落ち着きなさい、カーマ」

 

 その言葉で、彼女は下を俯き言葉を飲み込む。握りしめられた拳だけが、その怒りを外界に伝えていた。

 

「……ロマンさん。結くんは、強いですよ?今は、ちょっと調子が悪いだけです」

 

「女神パールヴァティー……しかし、それは貴方のーーー」

 

 恐らく、主観によるものでは?と反論しようとしたロマンだったのだが、パールヴァティーの言葉を聞いて絶句する。

 

「何せ、全五騎からなったあの戦い……彼らは神霊を含めた相手全員を撃破して、勝利に至ったんですから。その内一騎は、タイマンで倒したんでしたっけ?」

 

「……まあ、うん。ちょっと昔のことだけどね」

 

 突然話しかけられたので焦ってしまった。

 サラッと答えると、オルガと同時にロマンは思考を停止させたのだった。

 

「『……は?』」

 

 そして、そんな彼らに追い討ちをかけるように、アサシンが自慢げに言うのだった。

 

「特殊条件下においてのみ言えば、火力だけなら私より出ますよ?」 

 

「『はぁぁ!?』」

 

「なんか恥ずかしい……もう、やめてくれ……アサシン。アレ、半分自爆みたいなものだから、簡単には無理」

 

 異常者を見るロマンの視線……よりむしろ、素直な好奇心の視線を向けてくる立香とマシュの目が辛い。

 やめてください、本当に……

 

◇◆◇

 

 

「今回はコフィンを使用してのレイシフトになるから、安全度は増してるはずだ。ただ……向こうに送り届けるのにも、カルデアの電力をかなり消費する。今のカルデアでは、サーヴァントをマシュ以外でカーマしか送り届けられない状況だ。戦闘時の瞬間的な召喚ならば問題ないが……決して万全な訳じゃない。無理だけはしないように……特に結くん」

 

「問題児扱いだなぁ……約束はしないよ。嘘つけないしね」

 

「はぁ……それでいい。心に留めておいてくれ。所長亡き今、カルデアトップとして……君の友人の一人としての願いだ」

 

「…………ああ」

 

『今は亡きって言われるの何か癪ね……男の友情でも何でもいいけど、号令はかけさせてもらうわよ…………これより、冠位指定(グランドオーダー)の第一歩、特異点オルレアンに挑む。全カルデア職員はその攻略にあたる立香、結たちを全力でサポートすること……それと……ええ、本当に今更だけど……あなたたちの働きに、期待してるわ』

 

「「「……っ、はい!」」」

 

「所長がデレた!?……いや、待って号令は僕もーー」

 

 ロマンの言葉が言い終わる前に、所長の号令によるブーストがかかった全職員がレイシフトの仕事を進めていく。

 ……オルガ、お前いい部下持ったよ。

 

『ええ……知ってるわ』

 

 

 最後、彼女の言葉が聞こえて……レイシフトの瞬間が訪れた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 多分その予感は的中する

イチャつきが染みつきすぎて加減がわからなくなってきた。


「……ん、ここはーーーって眩しっ」

 

 目を開く。

 太陽を直視してしまい目がやられた。

 チカチカする目を擦っていると、隣からテンションの高い立香たちの声が聞こえてくる。

 

『どうやら、無事にレイシフトできたようね……取り敢えず、そこは安心するべきところかしら』

 

 脳内オルガさんが呟く中……目元を擦り、パチパチと瞬きを繰り返す。

 そして……それが幻覚ではないことを確認してから言葉を漏らした。

 

「アレ……何?」

 

 空に浮かぶは、巨大な光の輪。

 

 その大きさは、とても肉眼で計測できるものじゃない。

 暫くアサシンを含めた三人そろって、呆然としているとアサシンがポツリと言葉を漏らす。

 

「マスター……私、あなたが以前言った言葉を思い出しました」

「俺、なんか言ったっけ?」

「わからないことは、取り敢えず先送りにしておくのが楽でいい……と」

『……貴方、何教えてるのよ』

「ダメ人間に興味があるみたいだったので……」

 

 少しずつだが、アサシンがオルガに慣れてきたようで嬉しい。

 そのまま雑談を続けていると、ロマンから指示が入る。

 どうやら立香たちが現地人であるフランス兵を発見したらしい。光の輪については、カルデアで解析を進めるとのことだ。

 

 その間にオルガが、アサシンと俺に今の状況について説明を始める。

 マシュがフランス兵たちに英語で話しかけに行ったのだが、大丈夫だろうか?

 

『フランス兵……結は特に調べてもなかっただろうから、知識を補填するわよ?この時代ではフランスとイングランドの戦争、百年戦争が起こっていたわ……1431年、今は戦争の休止期間になっている筈だから……すぐに敵対されることはない筈ーーーー』

 

 

「敵襲ー!敵襲ー!」

 

 

 彼女の言葉を遮るようにして、フランス兵の叫び声が聞こえてきた。

 

「オルガ……フラグ立てるなよ」

「……見事な速度の回収ですね」

『……反論できないのが悲しい』

 

 アサシンとため息を吐きながら、立香たちの方へ向かう。

 どうやら立香とマシュを囲む兵達は、俺たちに気付いていないらしい。

 

「……アサシン、峰打ちな?」

「私の武器は弓なんですけど……」

「接近戦の時に、弓で相手殴ってるの知ってるからな」

「……はぁ。めんどくさいですねぇ」

 

 その背後から接近して、手刀に弓、そして金剛杵によってフランス兵を気絶させていく。

 クラス・アサシンの癖に……と言ったら怒るのだろうがアサシンは気配遮断のスキルを持っていないため、奇襲は得意な方ではないのだが問題なさそうだった。

 背後からの接敵に気がついた彼らを、オルガが適切な威力の魔力弾で迎撃していく。

 

 マシュが『ファイアー!』と叫びながら突貫しているのだが、大丈夫だよね?ね?

 その盾から炎出てくるとか、ちょっとロマンあって惹かれるけど、同時に死人出るからやめてね。

 

 しばらくして、フランス兵全員の無力化を達成する頃には、アサシンが弓での峰打ちのプロになっていた……大事に使って頂きたい。

 取り敢えず満足げにしている彼女の頭に、ポンポンと手を乗せてから辺りの様子を見てみる。

 

 

「……こんなものか、段々と体は動くようになってきたな。俺は魔術を使えないから……オルガ、遠視系の魔術でフランス兵の砦とか探せる?」

『星が出ている時の方が、精度は高いけど……やれないことはないわ。ちょっと待ってて』

 

 

 フランス兵の鎧などから、遠方から移動しているような兵隊達ではないことを予想していたので、そう頼む。

 

『……有った。ここから少し西に向かった場所に砦……にしてはボロボロだけど、大型の建造物を発見、立香たちを呼んで向かいましょう!』

 

「流石、頼りになる」

 

『結も魔術刻印が馴染んだ後は、特訓するわよ?星を降らせましょう!』

 

「ちょっと待って、何の話!?」

 

「星落とし……なんて大規模術式を、マスターが?……ふふっ、面白い冗談ですね」

 

 とんでもない単語が聞こえた気がしたが、聞き間違いだと思い込んで立香たちの元へ向かう。

 アサシンさん?その顔やめなさい。

 魔術師とは言えないような戦い方してる自覚はあるから。

 

 

「助かりました、結さんに所長!それと……アサシンさんも、ありがとうございます」

 

 マシュが笑顔で俺たちに礼を言ってくる。

 気にすんな、と笑顔で応じるも隣のアサシンは素直じゃないようで

 

「…………マスターの指示です。他意はありません」

 

 可愛げなくスタスタと歩いて行ってしまう。

 ……パールヴァティーはともかく、他の子とは仲良くしてほしいんだけどなぁ。

 

「……あっ…………先輩、アサシンさんが行ってしまいました……気難しい方なんでしょうか?」

 

 少し悲しそうな表情を浮かべたマシュが、その様子を見ていた立香にそう聞くが、そういう問題ではないことに、彼女は気付いているのだろう。

 

「……アレ、人見知りなだけじゃないのかなぁ」

「いえ、きっと過去に何かあったんですよ!小説とかでよく読んだことがあります……人間不信とか、なのでしょうか?」

 

 立香、それが真理です。

 マシュはいい子なんだけど、ちょっと天然ズレしてるんだよなぁ。

 

「おーい、アサシン!迷子になるから離れないでよ?……俺が」

「ああ、もう!本当に、空気壊すのが好きですね!?」

『呼ばれて帰ってくる辺り、良い子よね』

「マジそれ」

「何か言いましたか!この、お邪魔虫!」

 

 ゆるゆるとした雰囲気の中、砦へと向かう。

 働く時は全力で働き、それ以外では気を抜いていく……俺たちの中には、そんな良い雰囲気が既に生まれつつあった。

 

◇◆◇

 

 

「『ロマン……その手の饅頭は何?』だってさ」

『うぐ、流石、所長……目ざいとなぁ』

 

 流石のオルガも、時空を超えた通信機越しに念話を行うことはできないようで(当たり前)オルガの言葉は、基本俺が伝えることになる。

 さっきからそれ(通訳)の様子に嫉妬して、不貞腐れているアサシンを横抱き……姫さま抱っこしながら移動しているのだが、少女モードなら苦にもならない。

 じーっと彼女の顔だけを見ていると、自分から要望した姫さま抱っこだったのに、早く下ろしてと駄々をこねられた。

 顔真っ赤にしている彼女の姿は、何度見ても飽きない。

 

「オルガ、ストップ。頭痛くなってくる」

 

 が、その癒し効果も頭の中で説教をし続けているアホ娘がいるのでは半減である。

 ロマンに全力で説教をするのは、余裕のない彼女の八つ当たりではなく、純粋に気に入らないかららしい。

 

『いやぁ、結くんがいて助かったよ!もしゃ、もしゃ……帰ってきたら……もぐもぐ……今度こそ、男子会に誘ってあげるからね!』

 

「ドクター、それは私が作戦後の先輩や結さんの為に用意したもの何ですけど……」

「……へぇー、甘い物を食べながら高みの見物……良いご身分ですね?」

 

 二箇所から放たれる殺気。

 

「お前が生きてたら考えてやるよ……」

「ま、マシュ?程々にね?」

 

 マスター陣がサーヴァントの行動を止める気がなかったため、ロマンに救いはなかった。

 

 そんなこんなで、オルガが見つけてくれた砦へと辿り着く。

 しかし……そこは既にボロボロで、とても戦争休止中の様子とは思えない程、多くの怪我人が警備に回っていた。

 

「……っ、オルガ!軽く」

「マシュは拘束!話聞きたいから、峰打ちはなしで!」

 

「て、敵しーーーむぐ」

 

 こちらを見つけたフランス兵が叫び声を上げようとしたので、加減のできるオルガに指示を出した。

 むっとした顔でアサシンがこちらを見るが、適材適所というやつだ。

 ……最近こういうの多いから、今度甘やかしてやるか。

 

 周りが聞いたら、今は甘やかしてるつもりないんだ!?と総ツッコミされるような考えを浮かべていた結だったのだが、幸運なことにその考えを知るものはいなかった。

 

 

 冷静になったフランス兵に、敵ではないことを伝える。

 そして、話を聞いた。

 

 休戦条約はどうなったのだ?

 

 シャルル7世は既に死んだ。

 

 ……誰の手によって?

 

 蘇った"竜の魔女"ジャンヌ・ダルクの手によって。

 

 その話を聞き流しながら、アサシンがジャンヌ・ダルクという女性についてオルガから説明を受けている。

 

 そして、呟くのだった。

 

「聖女ジャンヌ・ダルク……パールヴァティー並みに、馬が合わない気がします」

 

 その言葉を、アサシンをよく知る俺は全く否定出来なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 マーラ/倶利伽羅

調べれば簡単に真名のわかるキャラが出てきますが、真名が物語中で出るまでは、なるべくクラス名で呼んであげてください。

※ 史上から理由もなく性別変化させることもあると思います。
 (沖田さん等の例もあるのでいいかと)


 アサシンが実に嫌そうな顔を浮かべて、ジャンヌについての話を聞き終える頃のことだった。

 

 

「……来たぞ、奴らだ!総員武器を持て!」

 

 負傷したフランス兵が、怪我など知らないと言わんばかりに立ち上がり、出陣していく。

 向かう先には……大量のスケルトンが迫っていた。

 

「マシュ!」

「はい、先輩!マシュ・キリエライト、フランス兵に加勢します!」

 

 迷う余地なく即断で出陣して行く彼女らの姿を心底綺麗だと感じた。

 同時に、一瞬でも戦力差を考えてから行動しようとした自分に嫌気が差す。

 

 パンッと両手で顔を張ってから、俺たちも移動を開始する。

 

「……行くぞ〜、アサシン?」

「わかってますよ……はぁ、本当に」

 

 しょうがないですね。

 

 そう呟いて、アサシンは戦場へと向かっていった。

 

『結、アサシンの良さって……クセになる感じね』

「……流石オルガ、見る目ある」

 

 段々とオルガの趣味趣向が結に侵略され始めていたのは、きっと気のせいだろう。

 

 

 

 

 

「お疲れ様、アサシン。異常はある?」

 

 アサシンを労いながら、答えのわかり切っている質問をした。

 立香のように、強化などでサポートしてあげれれば良いのだが、それもオルガに任せきりであるので、本当に働いていない。

 強いて言えばスケルトンが放ってきた矢から、怪我をしているフランス兵を守っていた(物理)ぐらいである。

 

 というのもあり、若干の罪悪感があるのは否めない。

 

 ダ・ヴィンチちゃんから補助装備は受け取ってきているのだが、オルガに協力して貰わなければロクに使えないこともあり、使い所はここではないだろうと判断したのだ。

 

「スケルトン相手に遅れを取るわけないですよ……それより、少し甘味が欲しいです」

「ほれ、カリカリ梅」

「だから、何で態々そんな渋ーーって、ボンタンアメじゃないんですか!?」

 

 渡された物へ視線を送ることなく、警戒心ゼロでそれを口にしたアサシンが、驚愕の表情を浮かべる。

 本当にいちいち可愛い奴だ。

 ボンタンアメを渡した後も、不機嫌継続中である彼女の頭に手を乗せたまま、オルガへ言葉を飛ばす。

 

『相手がスケルトンだけにしては、フランス兵の負傷者が多い。周囲の警戒頼めるか?割と連続で魔術行使してるけど』

『問題ないわよ……段々と結の身体に適応してきてるしね。遠視なんて簡単な術、苦にもならない』

 

 言葉通りなのだろう、彼女の言葉から疲労は感じられない。

 流石、名門アニムスフィアの血統……才能だけではなく、死に物狂いの努力もしてきた彼女は魔術師として、俺とは格が違う存在だった。

 

『俺、遠視の魔術はギリギリ使えるレベルなんだけどな……何、お前優秀?』

『ええ、勿論……って、何よ、アレ』

 

 段々と不機嫌な様子を見せているのに、構ってもらえない、という状態に我慢できなくなってきたアサシンが俺の足に体重をかけ始めてくる。

 体が小さいため、ダメージはまだない。

 彼女の様子を微笑ましく思っていると、オルガから鋭い指示が飛んできた。

 

『……っ、今すぐフランス兵を撤退させて!あんなのが、中世ヨーロッパにいて良いはずがない!』

 

「あんなの……?いや、今はいいか。立香、マシュ!フランス兵に避難指示を出してくれ!……アサシン、悪かったから拗ねてないで、働いてくれよ?」

 

「…………後で膝枕を所望します」

 

「了解」

 

 俺のような男性より、美人な女性から誘導を受けた方が心地いいだろう、そう思っての立香達の指示だったのだが……って、脇腹抓らないで!?

 頬を膨らませているアサシンと共に、"あんなの"とやらが来る方向へ移動していく。

 そして、その姿を肉眼で捉えた瞬間、ロマンからの伝令が入った。

 

『……結くん、前方に大型の魔力反応を多数感知した。怪我なく、無茶せず殲滅を頼めるかい?』

「わかってる。アサシンに全部任せるつもりだから、安心しろ。それよりロマン、聞きたいことがあるんだが……多数のワイバーンが目の前を飛んでるって言ったら信じる?」

 

 視界に入ったのは、ドラゴンの亜種であるワイバーンという翼竜。

 

『アハハハ、そんな冗談が言えるならだいじーーーえぇぇ!?』

 

「「『うるさい』」」

 

『君達三人仲良いね!?』

 

 俺達全員の罵倒に、ロマンが騒いでいるとそろそろ戦闘開始可能な距離にワイバーン達は近づいて来ていた。

 ……オルガのツッコミを感じ取ったのは、凄いと思うぞ、ロマン。

 

 そんな時、視界の端で金色の何かが前に出ていくのを捉えた。

 思わずそちらに目を向けると、そこには鎧に身を包み、金色の髪を持つ女性らしき後ろ姿がある。

 最も特徴的なのは、彼女が左手に持つ大きな白い旗。

 

 女性がこちらに顔を向けて、口を開いた。

 

「どなたか存じませんが、すいません。この砦の防衛に手を貸して頂けないでしょうか?」

 

 

◇◆◇

 

 

「やっちゃえ、アサシン!」

「なんか、その言い方……気に触るのでやめて下さい!」

 

 そう言いながら、アサシンはワイバーンの群れの中で蹂躙を続ける。

 本来、アサシンクラスは真正面から戦うようなクラスではない筈なのだが、そもそもアサシンらしさとは?といった逸話を持つ彼女には関係のないことだ。

 気配遮断持ってないの、彼女。

 

「……彼女は、一体」

 

 その様子を見て、旗を持っているサーヴァント(多分)が呆然とした表情で呟く。

 彼女の持つアサシンの常識が崩れていってているのだろう。

 

『アサシン……カーマってこんなに戦闘できる神様だったの?』

「いや、多分そういう神様じゃない……ただ、もう片方は別」

『もう片方…………!"殺すもの(マーラ)"!』

「大正解」

 

 愛の神 カーマ

 その別名はマーラとも言われ、同一視されることがある。

 

 マーラ、掘り下げると長いが仏教において煩悩の化身とされ魔神やら魔王やらと物騒な呼ばれ方をされる悪魔みたいなお方。

 

 能力は違うが、共通していることが『修行を邪魔する者』という位置づけだ。

 カーマは最高神シヴァの修行、そしてマーラは釈迦が悟りを開こうとした所を邪魔したことになっている。

 

 

 そうした逸話や、見方を利用することにより、カーマは自身に含まれるマーラという、ある意味での属性のような物を強めることで、その権能を使用できるようになる。

 

 

 難点といえば……

 

 

 

 

『あははは、良いですよ。それで良いんです。堕落して、快楽に溺れて……』

 

『良いですねぇ、その絶望し切った表情……癖になりそうです。嬉しかったですか?楽しかったですか?勝てると確信した勝負で、苦戦して、ねぇ?』

 

『大丈夫……どれだけ悍しくても、どれだけ醜くても、私はちゃんとすべての人間を愛して、満たして……理性なんて惚かしつくしてあげますから……』

 

 

 行き過ぎると、歯止めが効かなくなることだろう。

 

 

「うぐ、頭が痛む……()()()()に初めて感謝した瞬間を思い出した」

『ちょっと、結?急にどうしたのよ』

「いや、何でもない。ともかく、色々あって今のアサシンは上手く"マーラ"としての側面を()()()()()()()()()()()()。そう簡単に、やられはしない」

 

 見れば、マシュ達の援護もあって戦いは終盤へと近づいていた。

 旗を持ったサーヴァントも戦いに参加しているのだが、どうも動きは芳しくない。

 

『……あのサーヴァント、弱っている……のかしら?印象はかなり高位のサーヴァントだったけど』

「訳ありだろ……多分。戦闘時の指揮は、確実に上手い」

 

 撤退遅れの兵士や戦闘を続けるマシュへの指示や、アサシンの動きを阻害しないよう位置取りを心がけている動き……間違いなく戦場経験のあるサーヴァントの筈だ。

 

 しばらく考察を続けていると、アサシンが帰ってくる。

 殆ど殲滅し終わったので、後は任せます。といった所だろう。

 

「飲まれてないか?」

 

「まあ、問題ないです……本当の、本当に癪ですし、一切感謝するつもりも、赦すつもりも何もかも有りませんが……あの時にコツは掴みましたので」

 

 遠い目をしてボヤき続けるアサシン。

 頭の中には輝きを放つセイバーの剣が延々とリピートされているのだろう。

 

 ()()()()()()

 確かにアレは彼女の天敵だった。

 

 二人して、昔を思い出して精神疲労を蓄積し続けていると、フランス兵達の叫び声が聞こえてきた。

 

「おい、魔女が出たぞ!?焼かれて死にたくない奴は、全員逃げろおぉぉ!」

 

 彼らの視線の先に、旗を持った女性の姿があった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おい、セイバー……いや、◽️◽️◽️◽️!どういうつもりだ」

 

 

 一人、彼女はそこに佇んでいた。

 

 

「アサシン……いや、神霊カーマのマスターか。名乗るといい。お前の目は、私にとって心地良い」

 

 

 目の前の女性は、そう言って俺の首元に剣を向けてくる。

 

 

「……たー、…めです!」

 

 

 女性が放った投げ縄に身を拘束されたアサシンが、息も絶え絶えにこちらの身を案じてくる。

 

 

「安心しろ、我がマスターは、この戦争の正体を知っていてな……抵抗した私は、無様にも令呪によって縛られている。そう簡単に全力は出せないさ」

 

 

 一画は耐えたんだけどなぁ、なんて溢した目の前の女性は笑顔を向けてくる。

 

 

「軽く……手合わせをしよう」

 

 

◇◆◇

 

 

 その女性は、いつもふらっと現れた。

 

 そんな彼女が、真剣な目をして問いかけてきたことがあった。

 

 

 

「私は、俗世の煩悩……それに飲まれた全てをものを救うという()()()()()()。カーマ/マーラとそのマスターよ、相反する存在にして天敵とも言えるこの私を倒す……そのくらいの奇跡を見せてくれ。私に、君たちの可能性を見せてくれ」

 

 

 そんな奇跡すら起こせないのなら

 

 宇宙丸ごと

 

 燃え尽きるぞ?

 

 

 にっこりと表情を崩さずに彼女は言った。

 

 伝承とは違い、怒りの形相を常に浮かべているわけではない。

 ただ、厳しく。

 そして、人々の世を案じている。

 

 それだけはよく理解できた。

 

 

 

 今思えば、それは彼女なりの優しさだったのかもしれない。

 パールヴァティーいやランサーも"アサシン"を任せた、そう俺に言って死んでいった。

 彼女達は、かの存在に傷をつけたことのあるカーマという神を認めていたのだ。

 

 

 精神をマーラに飲まれたアサシンは、セイバーが剣を振ることで意識を取り返す。

 霊基が壊れそうになる程の痛みを感じながら、アサシンは何度も力を引き出そうとしては、マーラに飲まれていく。

 

 その繰り返し。

 

 幾度となく繰り返したその先に……

 

「及第点か……それでは、頼んだぞ」

 

 サーヴァントとして現界した後に、スパルタ特訓で強化されるという特異な経験をした、アサシンの姿があった。

 

「向こうの権能は、私がしっかり封じておく……だから、キチンと……向こうの私を殺しておくれ」

 

 立ち去るセイバーの後ろ姿を見送って、アサシンは倒れ込む。

 慌てて彼女を受け止めて、視線を先程までセイバーがいた場所へ向けるが、そこにはもうその後ろ姿はない。

 

 俺たちがセイバーの姿を見たのは、これが最後だった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 やっぱりそうだ。

 

 あの戦いを、聖杯戦争だとは言えない。




いつか過去編だけをまとめた物を作るかも。
物語の補完になると思いますけど……欲しいですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 あの言葉の誕生日

本編のイチャイチャ量が減少していく……



 

 ワイバーンどもを追い払った後、ジャンヌ・ダルクがフランス兵達に罵倒され始める。

 助けてくれた相手に、その仕打ちはないだろ……なんて思いながらも事情が事情であるため、仕方ないと割り切ることにする。

 

「お前が、噂の竜の魔女……ってわけじゃなさそうだな」

「……っ、はい。私は裁定者(ルーラー)のサーヴァント、ジャンヌ・ダルクです。詳しいことは私も理解していないのですが……どうやら、この時代には私が二人存在するらしく……」

 

 彼女はフランス兵達から罵倒を受け、少し悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに切り替え、こちらに目を合わせて事情を説明してきた。

 

『……英霊を違う側面から見た際に、同名のサーヴァントが同時召喚されることはごく稀にあるらしいけど……聖女ジャンヌ・ダルクに、暗黒面があるなんて話は聞いたことないわね』

「……今の声は?」

「んー、便利屋さん?……あ、待って脳内で叫ばないで!?ごめん、普通に友達ですって!」

「はぁ……?」

 

 便利屋扱いされたことに、不満を持ったオルガへ謝っていると、ジャンヌから訝しむような視線を向けられる……説明めんどいなぁ。

 後で説明するよ、と伝えると、彼女はパチパチと瞬きをした後、気を取り直したように言った。

 

「……一先ず、この場所を離れましょう。私がいては……きっと、彼らも落ち着けないでしょうから」

 

 そう言ったジャンヌが視線を向けた先には、怒声を浴びせてくるフランス兵たちの姿……その姿すら、慈しむような表情を浮かべる彼女の様子を見て、アサシンが舌打ちをしていたが、気付かなかったことにしておこう。

 

「……マスター、しばらく霊体化してます」

「ん……膝枕は今度な」

「何があっても忘れないので大丈夫です」

 

 アサシンがスッと消えていった後、立香とマシュがこちらへ向かってきた。

 どうやら、対ワイバーン戦終了の報告をロマンにしていたようだった。

 

「それじゃ、移動するか……オルガ、霊脈の位置掴める?」

『本当に便利屋と勘違いしてない?……できるけど』

「流石、オルガ様。頼りになる」

『煽てても何も出てこないわよ?』

 

 一家に一台欲しいレベルで万能なオルガさんに、指示されるがまま移動を開始する。

 念話、索敵、魔力探知と、オルガが行う全ての魔術は、左腕の魔術刻印を通して使用されている……移植された魔術回路がジワジワと自分の中へと入り込んでくるような感覚を抱きながら呟くのだった。

 

「……少し早くなりそう、かな?」

 

 

 

『何か言ったかい、結くん?』

 

「……なんでもない。ロマン、お前左手に饅頭持つな。マジでいい加減にしろ」

 

『冷たいなぁ』

 

 ロマンに話しかけられたが無視だ、無視。

 早くアサシンの機嫌直してやらないとな……

 

◇◆◇

 

 日も落ちて、夜の帳が下りた頃。

 森林の中、一箇所だけ温かな光が灯る場所が存在した。

 

 

「召喚サークル展開しました。ドクター、不備がないかチェックをお願いします」

 

 案内された霊脈ポイントにて、マシュが自身の持つ大楯を触媒として、召喚サークルを展開する。

 どうやら大きな問題はなかったようで通信が安定し、ロマンの持つ饅頭も先程よりも綺麗に見ることができるようになっていた。

 ……お前、何個目だよ。

 

『わかった。ありがとう、マシュ。少し休んでいてくれ……少ししたら補給物資をそっちに送るよ』

 

「了解です」

「お疲れ、マシュ!」

 

 恐らく気分だろうが……一仕事終え、汗を拭うような仕草を見せたマシュに、立香が駆け寄っていく。

 俺はそんな彼女らの様子をジャンヌと共に、焚き火を囲みながら眺めていた。

 

「……あなたは、彼女たちと同じ立場なのですよね?」

「……そうだな。それが?」

「いえ、大したことではないのですが……見守っているような、温かい目をしていたので」

 

 ジャンヌが不思議そうな顔でそう言う。

 その言葉を俺は否定できなかった。

 心のどこかしらで、彼女らを見守ることを自分の役割として認識していたのかもしれない。

 

「……間違ってない。自分で言うのも、本当にアレなんだが……俺は十分がんばったからな!アイツらが強くなるまで、見守るぐらいでいいかな?と」

 

 ジャンヌは既に、俺たちが人理焼却を防ぐための旅をしていることを知っている。

 一瞬、俺の言葉を咎めるような表情をしたのだが……笑いながらも、俺が冗談抜きで話をしているのが伝わったのだろう。

 少し微笑んでから、そうですか、と呟いた。

 

『私は……最後までやり切るつもりよ?』

「……最後まで働くから安心しろって」

 

 オルガが脳内で抗議してきたので、苦笑いしながら言い返しておく。

 少し間が空いてから、ジャンヌがそういえば……というふうに、質問をしてきた。

 

「あなたのサーヴァント……アサシンは、今どこに?」

 

 

 そこに触れて欲しくなかった。

 裁定者権限が殆ど失われている、というジャンヌは真名看破やサーヴァントの探知……令呪の使用権限など、多くの能力を使うことができない。

 そのため、こんな質問をしてきたのだろうが……

 真っ直ぐとこちらを見てくる彼女から、目を逸らして答えた。

 

「…………多分、そこら辺にいるぞ?呼べばくるけど……話したい?」

 

 俺の様子を見て、訳ありですか……と彼女が納得しかけた時だった。

 

「私に何か用ですか?」

「なんで来ちゃったの?」

 

 アサシンが俺のすぐ隣に、姿を現した。

 

 

 

 

「なんでって、なんか言い方酷くないですか?」

「いや、お前機嫌悪かったんじゃないの?」

 

 ぷく〜っと効果音がつきそうな程に、頬を膨らませたアサシンが拗ねたように言ってくる。

 俺がジト目で言い返すと、彼女は胸を張って返事をしてきた。

 

「……少し人間性を観察していただけです!」

「ただのコミュ障かよ」

「……あははは」

 

 思ったよりも元気そうなアサシンにそうツッコミを入れると、ジャンヌが苦笑いを浮かべていた。

 

「本人の前で言うのもなんだが……お前、ジャンヌみたいな聖人タイプ大っ嫌いじゃなかったか?」

「本当に遠慮なしですね!?」

『清々しいほど配慮ゼロね』

 

 俺の言葉に、ジャンヌが驚くような声を上げ、オルガが諦めたような声音でツッコミを入れる。

 オルガさん……諦めの判決には、まだ早いと思います。

 

「まあ、そうですね。わかっていてくれて嬉しいです」

『こっちも平常運転すぎる……』

 

 俺の言葉をサラッと肯定したアサシンは、オルガの言葉など意にも介さず話を続ける。

 

「以前の私なら……多分、視界にも入れたくないようなタイプなんでしょうけど……少し、大人になりましたから」

「どこがだ、どこが」

「マスター、静かに」

「はい」

 

 サーヴァントに黙らされるマスター。

 うん、いつも通りだな。

 

「愛とかなんだとか、聖人とかなんだとか……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、友達が増えないことに、先程気づきまして……」

「成長したなぁ、お前。その配慮を、パールヴァティーにも向けてやれよ」

「死んでも無理です」

「だよね、知ってた」

「た、楽しそうですね……?」

 

 俺たちの会話する様子を見ていたジャンヌが、首を傾げながらそう言ってきた。ごめんね?会話置いてっちゃって……

 

 それはそうと、パールヴァティーには申し訳ないが、アサシンにしてはかなりの進歩だな。

 人間不信+捻くれ者だった彼女が、友人との普段付き合いの方法を考えるまでに成長しているのだ……今日はお赤飯でも食べるべきかもしれない。

 

「ですが、あなたの英霊としての在り方……私の大っ嫌いなタイプのドストライクですので、そこに関する議論は一切無しってことで」

「ここまで真っ直ぐ嫌いと言われたことは、初めてですね……」

 

 やっぱり、もうちょっと本音を隠す生き方を学んで頂きたい。

 

◇◆◇

 

 

 送られてきた補給物資を簡単に物色していると、少し遠くから会話の声が聞こえてきた。

 声から察するに立香とジャンヌ、そしてアサシンの三人……早速、アサシンは偏見ゼロで人に話しかけてみることにしたらしい。

 ……立香のコミュ力は高いので、適度にサポートしてくれるだろう。

 

 どちらかといえば、こちら。

 

「「………………」」

 

 俺とマシュの二人だけしかいない、こちらの方が気まずくて困る。

 ……オルガはさっきから、意識封鎖してる(眠ってる)からな。

 というか、マシュがチラチラとこちらへ視線を送ってくるのが気になる。

 なんだろう、特に悪いことはしてないはずなんだけど?

 

 そんな俺たちの元へ……

 

「フォウ!」

「うわっ、ビックリした!?」

「フォウさん?どうかしましたか?」

 

 描写忘れすぎじゃない?とのツッコミが入るレベルで存在感がゼロだった、フォウさんがやってきていた。

 

 え、何?お前、居たの?

 

 戦闘中はマシュの大楯に収納or立香の肩に乗るなどしていたらしく、俺たちが気付かなかったことも仕方ないらしい。

 

 そんなトラブルのお陰が、少しずつ会話を続けられるようになった。

 殆ど、マシュが知識としては知っているが、見たことはない……という風景や物などについて質問をする。

 俺はそれについての説明、そして感想などを話す、なんてことをしていただけだったけど、彼女が楽しそうだったので良かったとしておく。

 

 話を続けながら折角なので、物資を整理……そして食事用のレーションなどを適当に見繕い、立香たちの元へ向かう。

 

 

「いつか……向こうでも、青空を見られるといいな」

 

 

 風景の話をしていたため、そう言って話を切り上げた。

 そんな、俺に対して彼女は言うのだった。

 

「はい!その時は、先輩もドクターもアサシンさんも!ダ・ヴィンチちゃんに所長……勿論、結さんも一緒に、ですね!」

 

「……ん、そうだな」

 

 

 その笑顔がとても眩しくみえたから……俺は小さく拳を握りしめた。

 

 

◇◆◇

 

 

「意外とイケるもんだな、最近のレーションって」

「ずっとコレだけじゃ、飽きそうだけどね〜」

 

 立香と共にレーションを食す。

 ……軍に入隊した訳でもないのに、レーションを食べる機会があるとは思わなかった。

 よくありがちな、様々な国の代表食をレーション化に押し込んだものである。

 

「……アサシンも食べる?」

 

 俺が差し出したクラッカーのようなものを、アサシンは引き気味に見た。

 どう見ても魅力的な食事にはみえなかったのだろう……それでも何かに気づいたようで、突然顔色を変え、ムシャッと一口食べていった。

 

「……そんなに欲しかった?お腹減ってる?」

「そういう意味じゃないですけど……」

 

 顔を赤色に染めたアサシンがなにを考えていたのか気付くまでに、三分ほどかかった。

 

 

「満足、満足……ちゃちゃっと方針固めて、今日は眠るか?」

「はい……お二人は、サーヴァントではないので、睡眠は不可欠でしょうから……早めに明日の行動は決めておきましょう」

 

 俺に賛同したジャンヌの言葉に、各々その場で姿勢を正す。

 明日の方針を相談しようとした、そんな時だった。

 

『おっと、すまない……周囲に魔力反応有り』

 

 そうロマンは前置きをいれてから、その言葉を放つ。

 

『話の途中だが、ワイバーンだ!』

 




この作品のカーマさんは、愛に関する考えをそこまで拗らせていませんので……ちょっと周囲に優しめだと思います。
大奥カーマとは考えられないチョロインっぷりですから……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 こんにちは、黒聖女

 

 

「……スター……マスター、起きてください」

 

 目を開く。

 辺りは暗い気がするが、それは俺が起きる予定としていた時刻で間違いない。

 

 パチパチと瞬きをすると、ぼやけた視界がハッキリしていき……鮮明に色づいていく。

 

 そして頭を支える温かい感触に気付いた。

 

 覗き込む大きな瞳の色は赤、浮かべられている悪戯な笑みには、ほんのりと赤みが差している。

 

「おはようございます、マスター」

 

 朝から心臓に悪いご褒美だなぁ……

 

 なんて考えを浮かべながら、俺はにっこりと笑顔を浮かべる彼女におはよう、と答えた。

 

 

『早朝から何イチャついてるのよ……』

 

「おはよう、オルガ」

 

「……別にイチャついてませんよ、挨拶ぐらいは普通です」

 

『おはよう、結……って、それが普通なら、独り身の私はなんなのかしらね』

 

「身体持ってない時点で、独り身も何もありませんよね?」

 

身体無き者(アナンガ)の逸話持ってるアサシンに言われたくはなかったわよ……』

 

「お前ら、随分と仲良くなったな……」

 

 オルガは既に起きていたようで、アサシンと気持ちの良いペースで会話を進めていく。

 聞けば、オルガは俺よりもかなり前から起きていたらしく、長いことアサシンの話し相手になってくれていたらしい。

 

 後頭部の心地いい感触を楽しみ続けたい気持ちはあるのだが……多分頼めば、またやってくれるので仕方なく起き上がった。

 

 立香はまだ眠っているようなので、簡単に準備をしておくことにする。

 関節部を回し、簡単にジョギングをして体を温めていく。

 普段なら魔術回路に魔力を通しておく所なのだが、しばらくそれは封印だ。

 

 ジャンヌに挨拶をした後は、アサシンについてきてもらい、少し離れた小川で顔を洗う。

 その頃には、ねぼすけ立香も目覚めてくる頃になっていた。

 

「……戻りますよ、マスター」

「ああ、今行く」

 

 しばらく小川の前で座っていると、アサシンから声をかけられた。

 目を閉じて、深く息をする。

 ほんの少し瞼に力を込めてから、パッと目を開いた。

 

 出発の時間はもう間も無くだ。

 

 目指すは黒ジャンヌ(もう片方のジャンヌ)が虐殺の限りを尽くしたらしいオルレアン。

 相手の情報が不足しているため、付近にある城や砦により、情報収集をしながら向かうことにしていた。

 まずはラ・シャリテと呼ばれる最寄りの都市を目指して、移動を開始する予定である。

 

 

 

 なんとなくだが、直感的に予想していた。

 

 

 

「……アサシン、気合入れとけよ?多分、今日はちょっと大変な日になる」

 

「最終的に、マスターがどうにかするので……心配してませんよ?」 

 

「時々、信頼が重い……」

 

『いざとなったら、魔術回路に無理矢理でも魔力を通しなさい。気合いでねじ伏せるから』 

 

「気合いでどうにかできるのね……」

 

 

 今日は昨日程、楽には過ごせないだろう……ということを。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「街が……燃えてる」

 

 呆然と呟いたのは誰の声だったか……

 

 俺たちが向かっていた街、ラ・シャリテは炎上都市と化していた。

 冬木ほどの火災ではないが、遠距離からでも明らかに、人為的な破壊跡が見られる。

 

「……ロマン、解析!」

 

『……っ!……周囲の情報解析完了!遠距離にサーヴァントらしき反応有り……いや、かなりの高速移動で探知圏内から離れていく!……ごめんよ、追跡は難しそうだ!』

 

 俺の言葉に、ロマンはそう返す。

 間違いない……この惨劇を引き起こしたのは、サーヴァントだ。恐らくは……黒ジャンヌ。

 俺やオルガ、ロマンが思考をそちらに向けそうになる中、立香の声が響き渡る。

 

「早く、行かないと!」

 

「「「…………!」」」

 

 その言葉で現実へと目を向ける。

 立香に続くようにして、ジャンヌが声をかけた。

 

「ええ……その通りです。立ち止まっている暇はありません。至急、街へ向かいましょう」

 

 その言葉を合図に、俺たちは街への移動を開始した。

 

 

 

 

『これは……酷いわね。大丈夫、立香?』

「……うん、なんとか……ゲームだけど、グロ慣れしててよかった……」

「お前、そういうゲームやる人種だったのね……」

 

 街は炎に包まれ、崩壊状態。

 そこら中に死体が転がり、周囲には酷い腐臭が立ち込めている。

 そのような状況下にて、不適切とも思えることを話題とした会話だが、その日常会話の影響もあり、俺はどうにか冷静な思考を失わずに済んでいる。

 しかし……立香やマシュの表情は芳しくない。

 だが、どちらかと言えば……ただの女の子が、この状況下で意識を保てていることを讃えるべきだろう。

 

「一度別れよう。俺とアサシンが先行する……各自でコンディションを管理しながら行動するようにして」

 

『……結君、何度もしつこくてすまないが、無茶はいけないよ』

 

「わかってるよ……頭ではね」

 

 俺の言葉にロマンがそう答えるが、彼も気付いているはずだ。

 現在の彼女らでは、普段の半分も実力が発揮できないだろう、ということを。

 

 ならば、まずは少しでもこの状況に慣れてもらった方がいい。

 その間に俺とオルガ、そしてアサシンで街の探索を進めるのが最高効率のはずだ。

 

「……ジャンヌ、頼んだよ?」

「……任されました」

 

 戦場経験の多いであろうジャンヌに声をかけてから、移動を開始する。

 

 街中を駆け抜けていくと、死体を喰らうワイバーンの姿や、怨念が形を成した怨霊。

 生ける屍(リビングデッド)と呼ばれるようなゾンビ系のモンスター……様々な敵性生物(生物かは知らんが)が進む道を立ち塞がるように現れる。

 

『効率というか、立香達の危険排除をしたいだけでしょ?』

 

「……否定はしない」

 

「ほんと、甘ちゃんマスターですね……」

 

 その様子を見たオルガ達に、先ほどの言動についてそう言われ、少し苦笑する。

 そして、接敵した。

 

「アサシン、距離近いやつからテンポよく行くよ……全部は倒さなくてもいいから、立ち止まらない程度で!」

 

「……了解、です!」

 

 指示を出しながら、隣の頼もしい相棒の返事に、思わず笑みを返す。

 弓持ち竜牙兵のような遠距離タイプは少ないため、警戒が楽でいい。

 時折見かける弓持ちのスケルトンは、優先的に倒すようアサシンにも伝えてある。

 

 撃ち漏らした雑魚どもは、後からくる立香達に任せるとして、精神衛生上的に悪そうな絵面の敵や、こちらに向かってくる相手だけを倒し続けて、街中を走り抜けていく。

 

 移動の度、オルガに生存者を探して貰っているが、良い結果は得られていないようだ。

 

「……手遅れだったか」

 

『いえ、まだ……』

 

 惨たらしい事実に目を背けたくなるが、俺たちは既に街の半分程を回り尽くしている。

 ここまで来て、生存者が確認できないのであれば、手遅れというのも嘘ではない。

 

 すると、突然こちらを見たアサシンが、焦りを感じさせる声音で言った。

 

「……ちょっと、オ……そこの!今すぐ、前方の探知をしてください!」

 

『そこのって……私!?』

 

「いいから、早く!」

 

 アサシン……オルガって名前呼ぶの照れ臭かったんだなぁ、と生温かい目で彼女を見ていると、つま先を踵で踏んできた。痛い。 

 急かされたオルガが探知範囲を前方に絞り、範囲を広げる。

 そして、驚きの声を上げた。

 

『……サーヴァント反応、かなりの速さで、こっちに向かってくる!数は…………嘘、でしょ……』

 

 言葉を止めたオルガを落ち着かせるように、魔術刻印部をポンと叩いてみる。

 意味があったのかは知らないが、少し落ち着いた様子の彼女は、その情報を俺たちに伝えるのだった。

 

『数は……五騎。接敵まで……もう、三十秒もない』

 

 

◇◆◇

 

 

 襲撃まで十数秒。

 オルガの警告を聞き、アサシンの眼光が鋭くなる。

 

「オルガ、簡易礼装使う。起動頼んだ!」

『……念話と索敵は切るわよ!』

「了解」

 

 英霊を同時に五騎相手取るなど、前例がないのでは?

 そう呑気に考えながらも、懐にしまって置いたそれを手に取る。

 

 相手の姿は、すでに視認できている。

 向かってくる五騎の英霊。

 その中でも、断トツの速度を誇る者が一人。

 恐らく、ライダークラスだと思われる相手は、このまま俺たちへと突撃してくるようだ。

 

「マスター……私が迎え撃ちますか?」

 

 その様子を見て、アサシンが弓を引きながら聞いてくる。

 その彼女に首を横に振ってから、俺は礼装を取り出した。

 

「……ライダー相手なら、俺が引き受けるよ。まだ、沢山残ってるみたいだからね……セイバーかランサー辺りをお願いしたいかな〜?」

「……なら、任せますよ?」

「おう」

 

 ロマンが聞いていたら、怒鳴り声を上げそうな会話を進めながらその時を待つ。

 ……存在実証のために、カルデアスタッフの誰かしらが俺たちを見ている筈だから、大目玉は覚悟しておこう。

 

 今、俺が手にしている礼装は、最初にダ・ヴィンチちゃんと会った際に、頼んだ礼装ではない。

 これは完全な礼装ができるまで、繋ぎとしての役割を果たす簡易的な礼装だ。

 見た目はただの警棒。

 自衛のため……というわけかは知らないが、カルデアの倉庫に置いてあったものをダ・ヴィンチちゃんに少し弄ってもらった。

 要するに、普通よりかなり硬く、そして少しだけ長くした警棒もどきである。

 

 警棒を持った俺に、ライダー(仮)が接近してくる。

 その姿を完全に捉えることのできる距離まで、近付いてきた……というか、また美人な女の方ですか。

 アサシンがジト目でこちらを見てくるが、流石に物理干渉はしてこなかった。

 ……場を弁えているようで、よろしい。

 

 ライダーが手に持った十字架のような武器を振り上げる。

 そして……アサシンより少しだけ前に出ていた俺へと、勢いそのままに振り下ろす。

 

 

 衝撃。 

 

 鈍い金属音のような音が、辺りに響く。

 

 

 全身の骨や肉が、ミシミシとギシギシと悲鳴をあげている。

 踏ん張りが足りなかったようで、衝撃の影響により、三歩分ほど足は後退しており、既に片膝は地についていた。

 

 それでも……

 

「……っぶねぇ」

「…………!?」

 

 それでも、その一撃を俺は耐え切った。

 

「アサシン!」

「ガラ空き、です!」

 

 ただの人間に十字架を警棒で受け止められ、驚愕を隠せなかったらしいそのサーヴァントは、動きを完全に止めていた。

 そのサーヴァントへと、アサシンが容赦なく矢を放つ。

 

 三発に分裂し、飛来したその攻撃は一発目で女性の体を吹き飛ばして、二、三発目は彼女の体が宙に存在する間に炸裂した。

 ……俺がいうのも何だけど、結構エグいことするね、君。相手女性だよ?

 

 かなりの距離を吹き飛んでいった女性サーヴァントは、二撃目以降は十字架による防御を行っていたようで、少し衣装を傷つけただけで、すぐに立ち上がった。

 この辺りは、シャドウサーヴァントとは違う……流石というべきか。

 

「……その、武器は?」

 

 しかし、未だに攻撃を防がれたことの動揺は残っているようで、彼女はそんなことを聞いてくる。

 教えてやる義理もないのだが、特に隠すことでもなかったので答えてやることにした。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、そして()()()()()特製の警棒ですよ……ルーン魔術って、知らないか?」

 

 そう、最後の一工夫は、偶々その場にいたキャスター……クーフーリンからの祝福。

 刻まれた"障壁"のルーンは、硬い守り……そして、時に鋭い刃にもなる。

 

 使用にはある程度の魔力を通さないといけないため、オルガがこの作業にかかりきりになってしまうのが欠点だが……暫くは仕方ないだろう。

 

 簡単に説明していると、サーヴァントの後ろから、残りの四騎がやっと到着する頃合いのようだった。

 

 

 目の前に、サーヴァントが五騎並ぶ。

 

 先程、アサシンに吹き飛ばされ、少しボロボロになっているが、どこか神聖な雰囲気を持つ十字架を手にした女性。

 

 仮面をつけ、鎌や拷問器具?のようなものを持っており、上半身は割と危ない格好をしている白髪の女性。

 

 槍を手にし、血が通っているのか心配になりそうな肌の白さをしている歳食った男性。

 

 華々しい衣装に身を包み、細身の剣を構えたどこか男の娘の匂いがする性別不詳の騎士さん。

 

 

 そして……

 

 最後の一人。

 

 黒の鎧に身を包み、手には大きな旗が存在する。

 髪は白く、目の色も違う。

 冷徹な笑みを顔に貼り付け、瞳の奥には、人を見下している心が見え見えであった。

 

「ライダー、次は仕留められるわよね?」

「……ええ」

 

 先程のサーヴァントが、その女性に声をかけられて一歩前へ出る。

 

 声質が同じだろうと、そこに熱はこもっていない。

 

 アサシンと目を合わせ、そして頷いた。

 そして、こちらへ近付いてくるライダーへ、止まるように手を出す。

 

 俺の行動に、怪訝そうな表情を浮かべた旗持ちサーヴァントの瞳を、真っ直ぐと見た。

 

 そして

 

 

「……お前、誰だよ?」

 

 

 黒ジャンヌ……姿は正にそう称するのが適切であろう"何か"に対して、俺はそう問いかけた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 シリアスばっかじゃ、息が詰まると思います。

 

 目の前に立つ黒聖女は、俺の質問を聞き、嘲笑うような表情を浮かべた。

 不機嫌になるアサシンを止めるのが大変なので、挑発はやめて頂きたいです。

 ……この子、意外と直ぐにムキになるからなぁ。

 

「……私が誰か、ですか。そんな事も知らずにーーー」

「因みに、ジャンヌ・ダルクにはもう会ったから、お前の姿がアイツと同じってのはわかってるよ」

 

 話に割って入った俺の言葉を聞いて、彼女はこちらに訝しむような視線を向ける。

 それと同時に、ちらほら見えていた隙が消えた。

 こちらを警戒対象と認識したらしい。

 

「……ならば、先ほどの質問は?」

 

 予想よりも話が通じる相手だ。

 黒聖女が攻撃の指令を出さない限り、周りのサーヴァントも戦闘を行わないようなので、一先ずは安全だろう。

 ロマンに怒られるのも面倒だから、藤丸達の到着を待つことにするか。

 そう考えて、話を長引かせようとした俺の隣に……

 

「貴方とあの聖女は、どう見たって、別物。貴方なんて、贋作にしか見えない……そう言ってるんですよ、マスターは」

 

 子供の喧嘩のように挑発をかます、女神様が立っていた。

 ……お前、最近人間味増しすぎてない?

 胸張ってのドヤ顔、可愛いから許すけどさ。

 

 

◇◆◇

 

 

 side 立香

 

 立ち込める血の匂いに、鼻が曲がりそうだが、それにも段々と慣れてきた。

 あまり慣れたくもない匂いなのだが……人間の体って凄いと思う。

 

 私達は結達と別れ、少し休んだ後、彼らの後を追うようにして街の探索を開始した。

 これから先、何度も悲惨な光景を目にすることになる……それに立ち向かうための覚悟を固めて進んでいく。

 

 ワイバーンだけでなく、生ける屍にも遭遇した時には、隠すことなく表情を歪ませた自信があったが……

 

 しかし、それでも……マシュが頑張っているのである。マスターの私が頑張らなくてどうするというのだ。

 パンッと頬を張ることで、気合いを入れ直した。

 

 私の奇行にマシュとモニター越しのドクターがギョッと目を見開くが、ジャンヌさんだけは、私の表情を見て嬉しそうに微笑んでいる。

 なんだか心の内を覗かれているようで、少し恥ずかしくなった。

 

 

 ジャンヌの案内で少し進んでいくと、大勢の人が居たであろう大通りに出た。

 予想では、何度か人を喰らっている姿を見せていたワイバーン達が多数存在しているのでは、とのことだったが……その予想はあっさりと裏切られる。

 

「……思ったよりも、数が少ないですね」

『きっと、先行組が蹴散らしてくれたんだね……結くんは意外と優しいから』

 

 目の前には、数体のワイバーンがのそのそと歩いているのみだったのだ。

 その様子を見たマシュの呟きにドクターが答えたが、"意外と"は余計だと思う。

 

「……流石、というべきなのですかね?」

「そうかも……所長もついてるし」

 

 ジャンヌの言葉にも肯ける。

 よくわからないが、アサシンと結の連携は、私とマシュのそれと明らかに格が違う。

 素人の私がそう思うのだから、よっぽどだろう。

 

 これなら、向こうは心配することなど、何一つないのかもしれない。

 そんなことを私が考えた瞬間だった。

 

 モニターの向こう側が、ざわざわと騒がしくなる。

 なんだかフラグを立ててしまった気がするので、急いでどうしたのか聞いてみることにする。

 

「ドクター?……ドクター!どうかしたの!?」

『……すまない、立香ちゃん。今、手が離せなくて!』

『というわけで、私の出番だね?』

 

 モニター越しに慌ただしく機械を操作しているロマンと、悠々と紅茶を片手にこちらに話しかけてくるダ・ヴィンチちゃんの姿という対照的な二人の様子が見られた。

 

『ちょ、レオナルド!そんな余裕ぶっこいてる場合じゃーー』

『天才たるもの、常に落ち着いていないとね……それに、救援は今直ぐにでも必要だろう?』

『……うぐ、まぁ……そうだけど!』

 

 何か問題が起きたのはわかるのだが、核心に関する話が出てこない。

 痺れを切らしたマシュが聞く。

 

「ドクター!問題とは?」

『……ああ、もう。どうせ、逃げろと言っても聞かないんだろ!結くん達が、黒ジャンヌを含む、サーヴァント五騎と戦闘を開始した!』

「……っ!」

 

 その言葉を聞いて、ジャンヌが全速力で結さん達の向かった方向へと駆けていく。

 慌てて彼女の姿を追うように、私とマシュも移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼らの様子を見ながら、ロマニ・アーキマンは呟くのだった。

 

『本当に……君たちは……』

 

 溜息を吐きながらも、どこか、嬉しそうな様子で。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 side 結

 

 可愛いから許すと言ったな。

 バカめ、あれは嘘だ。

 ちょっと恨むぞ、この野郎!

 

 黒聖女の一声により、向かってきたセイバーの姿を見て、俺はそんなことを心の中で喚き叫んでいた。

 

 仕方なく、振り下ろされた細身の剣を警棒で受け流す。

 相手が人間ならば、一瞬で決まるとでも考えていたのか、攻撃を無効化された彼?は驚愕の表情を浮かべる。

 攻撃を受け流したと同時に前へ出た。

 掌底を彼女?の腹部へと叩き込み、弾き飛ばす。

 

 一連のカウンターを決めるが、悦に浸る間も無く後方へと宙返りをする。

 そして、先程まで俺がいた空間に光が放たれ爆発した。

 それを行ったのは、先程まで俺が交戦していたライダー……後衛に徹されると本当に厄介極まりない相手だな。

 

 今のはセイバーが俺を侮っていたからどうにかなった。要するに、次はない。

 身体強化の魔術もなしに、セイバーなんかと接近戦をやれば、待ち受けるのは死という運命だけである。

 

 正直、ライダーの攻撃を回避できたのも運任せである。

 行動を読まれれば、それで終わりだ。

 

 

 結論

 どちらか一騎に集中できるなら、時間稼ぎぐらい出来るかもしれないが……同時戦闘など不可能。

 

 うん、逃げよう。

 

「……っ。アサシン、撤退するぞ!」

「っ、もう少し待って下さい。意外と、忙しくて……ですね!」

 

 視線を向けた先には、ランサーとアサシン、そして黒聖女の猛攻を回避しながらも、金剛杵や蒼炎を操り、攻撃を行なっている相棒の姿。

 その姿は少女スタイルから、痴……扇状的なお姉さんスタイルへと変化しており、その真剣な表情を見る限り、今の彼女はかなり全力に近いと思われる。

 

 …………何、あれ凄い。

 

 オルガがこちらの礼装に全力を尽くしているので、アサシンは支援ゼロで戦闘を行なっているのだ。

 にも、関わらず、彼女は現在無傷。

 

 少し表情を歪ませた理由は、マーラとしての面を、飲まれる寸前まで引っ張り出しているからだろう。

 

 

 思わず戦闘に見惚れていたが、我に返って思うのだった。

 そっちが無傷でも、こっちは大丈夫じゃないのですよ……と。

 

 

「……それじゃあ、今度こそ……仕留めさせて貰うよ!」

 

 セイバーがそう宣言して、接近してくる。

 声質で性別がわかるかもしれない……と実は期待していたのだが、その期待は裏切られた。

 

 セイバーが振りかざす剣を弾くこと。

 生存を勝ち取るため、ただその一点へと、集中を最高まで高めていく。

 

 一瞬、俺とセイバーの動きが完全に止まった。

 互いの視線が交差する。

 その瞬間……残像が見えるような速度で、セイバーの剣が振り下ろされる。

 警棒はその一撃を捉える……しかし、先程までとは違い、セイバーの攻撃はまだ始まったに過ぎない。

 弾かれた剣は、息つく間もなく二撃目、三撃目と振り下ろされる。

 

 余りの衝撃に、天才と森の賢者お手製である警棒が悲鳴を上げるようにミシミシと音を立てるが、打てる手などない。

 オルガは、根性のある奴だから大丈夫だろう。

 

「……見事だね。もっと、しっかりと手合わせしたかったけど……残念だよ」

「……?」

 

 数合打ちあった後、セイバーがそう口にする。

 その意味が頭で理解される前に、体が横へと吹き飛んだ。

 ライダーの放った遠距離攻撃は、致命的なダメージとまでは行かないが、それなりに威力は高い。

 

「……ぐっ……!らい、だー、か……」

 

「ええ。決闘に水を刺すようで悪いのだけど……マスターに凶化をかけられていてね。許して、とは言わないわ」

 

「わってるよ……死なねえから、安心、しろ」

 

 この()()()()()()()()()()、セイバーとドンパチやり始めたのだ。

 ライダーの危険性などに脳内のキャパを使っている余裕はなかったので、仕方ない。

 

 

「それは、無理だよ。貴方は、ここで終わりだ……何か言い残すことは、あるかい?」

 

 

 膝立ちになった俺の前で、セイバーが剣を片手にそう言う。

 

 ……絶体絶命。

 そう考えるべき状態だが、アイツが……アサシンが、今の俺の状況を何の理由もなく見過ごしている、何てことは天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 戦闘中のアサシンが、こちらを援護しようとする様子が見られない以上、考えられる可能性はただ一つ。

 

 

「……俺は、正直者なんだ」

「……っ!?」

 

 不敵な笑みを浮かべた俺から、何を感じ取ったのかは知らないが、セイバーが後ずさるようにして俺から一歩離れた。

 

 そして次の瞬間、セイバーが弾き飛ばされる。

 俺は、その後ろ姿を見て安堵の息を吐いた。

 左手に持つは白の大旗。

 銀の鎧に身を包む彼女の持つ金の長髪に目を奪われる。

 

「間に合い、ましたか」

「ん、お疲れ様」

 

 全力疾走したのか、何やら肩で息をしているジャンヌ・ダルクがそこにいた。

 

 

◇◆◇

 

 

「……遅かったですね、じゃ……ルーラー」

 

「名前呼びまで、もうちょっとだな。頑張れ」

 

「アサシン……ゆっくりで、構いませんからね?」

 

「あなたまで、ボケに回るとは思わなかったですよ、このバカ聖女!」

 

「なんか友達みたいですね……えへへ」

「笑うな!」

 

 ジャンヌ様のご到着により、黒ジャンヌは戦闘を中断させた。

 

 戦闘を切り上げてこちらへと帰ってきたアサシンに、俺とジャンヌが可愛いなぁ、と和んでいると彼女は少し嬉しそうに、不機嫌になった。

 ……器用なことをするものである。

 

「……アサシン弄りはここら辺にしといて……怪我とかは大丈夫か、アサシン?」

「勿論ですよ、私を誰だと思ってるんですか」

「コミュ障拗らせた可愛い女神様」

「ま、間違ってませんけど……そ、そういうのは、二人の時に」

 

 真正面から不意打ちで可愛いと言われ、照れたアサシンを指差して、俺はジャンヌに言うのだった。

 

「な?可愛いだろ?」

 

 黒ジャンヌ達が見守る中、俺がアサシンに腹パンを喰らうことになったのは、多分想像に難くないと思う。

 

 

 

 

 結局、一撃も貰わなかった彼女曰く……皆、天敵の理不尽セイバーより遅い、とのことだ。

 化け物レベルの回避能力は、英霊になった後に身についたものだったらしい。

 

 

「……そうだ。オルガ、取り敢えず休んでいいよ。お疲れ様、ありがとう」

『…………ん。そっちこそ、ライダーから貰った一撃は大丈夫?』

「……脇腹に響いただけ……折れてはない、はず」

 

 ジャンヌが来たということは、立香達もこちらに向かっているだろう。

 彼女らが来れば、アサシンへの指示に徹しても問題ない。

 そう思って、オルガに頼んでいた魔術使用を止めて貰う。

 

 ……正直、ライダーから一撃貰ったことは、忘れかけていたので、思い出させて欲しくなかった。

 

 

 

 

「……貴方達、いつまでのんびりしているつもりなのですか?」

「おお、常識枠」

「ちょっと、黙れ」

「熱い!?」

 

 黒ジャンヌの会話にヤジを入れたら、目の前で炎が立ち上った。

 アサシン達に加えて、凶化しているはずのサーヴァント達までこちらに呆れた目を向けている気がするのだが、気のせいだと信じよう。

 

「……コホン、たかだか残り滓みたいに矮小な存在が助けに来ただけで、勢力が優勢になったとでも?」

「思うわけないだろ、何言ってんの?」

「『ちょっと、黙れ』」

「ごめんなさい」

 

 黒ジャンヌに加えて、オルガもツッコミ入れてきやがった。

 ……疑問符つけられたら、返答したくなるのが人間でしょうが。

 

「……貴方は……貴方は、何故こんなことを?」

 

 アサシンにも「空気は読めるのに、なんで態々ボケに持ち込まないと気が済まないのですか!」と説教されていると、隣にいたジャンヌが黒ジャンヌにそう呼びかけていた。

 

「貴方に、それがわからないはずがないでしょう?たとえ属性が違えど、貴方は……私なのだから」

「…………それは、どういう」

「わからない?へぇ、そう……鈍いわね」

 

 黒ジャンヌは嘲笑を浮かべて、ジャンヌを見下した。

 そして話し始める。

 自らの行う残虐の理由を……

 

「なら、教えてあげるわよ、醜い善性(わたし)……私は、この国を恨んでる……国を救った私を裏切った。名誉を汚し、誇りを奪い、心も体も凌辱し尽くしたこの国を……私は憎み、そして恨んでいる。貴方も火刑に処された憎しみを、覚えているはずでしょうに」

 

 その様子を見ながら、俺は頭の中でその言葉を否定していった。

 その内に、思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 ……アサシンも()()()()()()()()()()()()()、同じタイミングで目が合う。

 

 

「わた、しは……そんなことは!」

「だから、壊すのです。殺すのです。貴方(わたし)が救ったフランスは、私によって壊される。何、滅ぶまでの時間が変わっただけでしょう?」

「バカな、ことを!」

 

 ついに聖女様の怒りは沸点に達したようだ。

 黒聖女の真意など、確かめるに値しない。

 そう感じたのか、それとも分かり合えないと結論づけたのかはわからないが……ジャンヌは旗を持ち、戦闘態勢に移行する。

 

 その直後のことだった。

 

「あら、少し間が悪かったかしら?なら、ごめんなさい。こういう場面に遭遇したのは、初めてなのよ私!」

 

 俺たちの前に……一人の女性が現れたのは。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 別にここで終わらせてしまっても以下略

カーマさん無双の時間です。
王妃様含む慣れてないキャラが、難しい……
毎度、プロの方々を尊敬し直す毎日です。


 カツリ、カツリと彼女の靴音だけが、その場に響き渡る。

 そして、彼女は黒ジャンヌの目の前で立ち止まった。

 

「……貴方は?」

「……これは失礼。挨拶もせずに私ったら……今、ちょっと頭の中に沢山の感情が一杯で、緊張してるみたい」

 

 黒ジャンヌは、明らかに殺意を飛ばしながら質問したのだが、対する彼女は堂々と、そして優雅な仕草でそう受け答えする。

 

 その様子を見ていた全員の内、一人を除いた誰もが、呆気に取られていた。

 黒聖女も、白聖女も、いつも小うるさいアサシンでさえ、ポカンとした表情で彼女へと視線を向けている。

 

 しかし、除かれたその一人は女性サーヴァントの顔を見て、あからさまに挙動不審になっていた。

 

「…………セイバー、知っていることを全部吐きなさい」

「………………」

 

 黒聖女の問いかけから逃げるように、その一人……セイバーは称賛に値するスムーズさで目を逸らした。

 アサシンに時々問い詰められる俺としては、指南してもらいたいレベルである。

 

「答えなさい、セイバー」

「…………はぁ」

 

 もう一度、黒聖女が先程よりも強い口調で問い詰めると、ため息を吐いてからセイバーは語り始めた。

 ……渋々感凄いな、この人。

 

「彼女の美しさを、私が見間違えることなどありません……誰よりも民に愛され、そして民によって殺された王妃……ヴェルサイユの華とまで謳われた少女ーーー」

 

 そこまでセイバーが語った所で、オルガは驚きに満ちた声音で辿り着いた事実を口にする。

 

『っ!……彼女はマリー・アントワネット……そしてセイバー、貴方の真名は……シュヴァリエ・デオン!』

 

 その言葉に対して、彼女……マリー・アントワネットは微笑みを浮かべ、対照的にシュヴァリエ・デオンは渋面を浮かべた。

 

 少し間が空いた後、一人の少女の声が沈黙を破る。

 

「ええ、ええ。誰かはわからないけど、私の名前を呼んでくれて、とっても嬉しいわ!」

 

 王妃様はそう言いながら、満面の笑みを浮かべたままこちらに近付いて来た。

 キラキラの擬人化のような明るさの笑顔に、元々超ダウナー系女神なアサシンは不機嫌そうに舌打ちをしている。

 機嫌を損ねられてもなんなので、ポンポンとその頭に手を置いて宥めておくことにした。

 おい、オルガ。

 緊張感ないわね、みたいなため息を吐くんじゃない。

 

 俺の目の前へやってきた彼女は、最後にもう一度ニコリと笑った後、その表情を凛々しいものへと変化させると

 

「その名がある限り、その名を呼んでもらえる限り、私は私の役割を果たします。この愛しい国のため、そして民のためならば、何度でも私は立ち上がりましょう」

 

 そう宣言するのだった。

 

 

 

 思わず、息を呑んだ。

 彼女の小さいはずの後ろ姿が、大きく迫力のあるものに見える。

 

「格好いいよな……ほんと、英霊って」

「……そんなことに、今更気付いたんですか、マスター?」

 

 思わず溢れた本音に、アサシンは少し苦笑しながらそう返した。

 なんだかこちらが子供扱いされているようで癪だったらので、反撃しておく。

 

「お前がカッコいいのは、ずっと前から知ってるけどな?」

「な!?……っ!……あんまり、揶揄わないでくださいよ」

 

 うん。

 本当に、ウチの赤面アサシンは可愛い。

 

 そんな緩々な雰囲気の俺たちと、指示を出されないため居心地の悪そうなサーヴァント達、何やら考え込んでいるジャンヌを置いてきぼりに、黒聖女と王妃様の論争は加速して行く。

 

「……黙りなさい。貴方に、この戦いに口を出す権利はありません。蝶よ花よと愛でられ、命を終えた貴方には、私達の憎しみは理解(わから)ない」

 

「ええ、わからないわ。でも、わからないことはわかるようにする……それが私の流儀なのです」

 

「………………」

 

「だから、今の貴方は見過ごせない。竜の魔女、ジャンヌ・ダルク……貴方はただ、八つ当たりをしているだけ」

 

「……黙りなさい」

 

「理由は不明。真意も不透明。何もかもが消息不明なんて、日曜日に出かける少女のようでしてよ?」

 

「……黙れと言っている!」

 

「ですから私は……そこの何もかもが分かり易いジャンヌ・ダルクと共に、意味不明な貴方の心を、体ごと手に入れます」

 

「「「「『…………は?』」」」」

 

 

 少し聞き流してたから、詳細は知らないけどね、うん。

 こんなシリアス全開な場面で、百合展開は予想外だったかなぁって、俺は思うよ。

 

 

◇◆◇

 

 

 誤解でした。

 貴方を手に入れる=『王妃として私の足元に跪かせてやる』と訳すなんて、学校で教わらなかったので仕方ない。

 

『……時折、発言が物騒になるわね、あの王妃様』

「「……同意」」

 

 その発言にアサシンでさえもが、苦笑いを浮かべる始末である。

 しかし、黒聖女が彼女を完全に敵認定するにあたっては充分すぎる言葉だったようで、こちらを囲んでいたサーヴァント達が、武器を構え直した。

 

「……マリー……王妃、様?でいいのか、わからんが……戦えますか?」

「王妃様だなんて!?なんて、可愛くない呼び方……何か他の呼び方はなくって?」

「………………ああ、もう!めんどくさい!渾名なんて思いつくかっての……呼び捨てでいい?敬語も外すよ?」

 

 ちょっと真面目に考えてみたのだが、さして友達が多いわけでもない俺が、簡単にセンスの有る渾名など思いつくはずがなかった。

 そのため、礼儀も何も無視してそう聞く。

 話した感じ、多分そこまで礼儀に厳しそうには見えなかった、という理由もあるが……

 

「呼び捨て、呼び捨てと言いましたか?それは、素晴らしい!いいわ、とても気に入りました……敬語もなしで構いませんとも!」

 

「……ちっ」

 

「『アサシン!』」

 

「ちょ、お、オルガまで怒らなくてもいいじゃないですかぁ!?」

 

 簡潔に言えばカオスである。

 

 戦闘再開にも関わらず、呼び方やら初名前呼びやら何やらで、感動してたり、喜んでいたり、嫉妬していたりと戦闘態勢に移行しているのは、ジャンヌただ一人という状態。

 

「み、皆さん!今は、そんなことをしてーーーっ!」

 

 注意を呼びかけようとしたジャンヌを黙らせるように、向こう側のアサシンが襲いかかる。

 拷問具を操るそのサーヴァントから、ジャンヌは身を守り続けるも、周りに気を回す余裕は残っていない。

 ただでさえ絶不調なジャンヌは先程、精神的な悩みが生まれたこともあって、その動きは芳しくなかった。

 

「……純粋な少女の血、聖処女とも言われたあなたなら、きっと最高のーー」

 

 狂気に満ちたその赤い瞳に見つめられ、一瞬だけジャンヌの体が硬直する。

 そのサーヴァントの鋭利な爪が伸び、ジャンヌの白雪のような柔肌へと傷をつける……その直前にーー

 

「ちょっと、結……何やってるの!?」

「マシュ・キリエライト、これより……対サーヴァント戦に入ります!」

 

 カオス発生の中心部で、アサシンの成長に涙していた俺へとツッコミを入れながら、真面目な彼女らが突撃してきた。

 

 

◇◆◇

 

 

「やっと来たな……グロ酔い立香」

「その呼び方はやめて!?」

 

 立香達がジャンヌの危機に"間に合う"ことは、オルガによって知らされていた。

 茶番のような泣き真似(泣きたいぐらい嬉しかったのは本当だが)をやめて、俺とアサシンも戦闘に参加することにする。

 

 彼女達が来るまで、戦闘を開始しなかった理由は、こちらが戦闘で優勢になり、黒聖女が逃げる……なんてことが無いようにするためだ。

 つまり、手数を揃えてから各々が局地戦に持ち込むことが目的だった。

 黒聖女の護衛が0になる所にアサシンをぶつければ、逃げられることもなく終わらせられる。

 ……勿論、アサシンが負ける心配など、一切していない。

 

「……マシュと立香はそのまま、拷問姫を抑えてくれ。ジャンヌにはライダーを任せる。ちょっと悪趣味だが、マリーはセイバーを……仕方ねぇから、ランサーは俺が相手する」

『……はぁ……反省しないわね、あなた』

 

 全体に指示を送ってから、警棒を取り出した。

 オルガもため息を吐きながらも、術式の起動に移ってくれる。

 

『ちょっと待て!君は万全な状態じゃないだろう!?』

 

 俺の言葉を聞いたロマンが、俺の安全面について聞いてくるが……これでも悩んで決めたのだ。

 ジャンヌが何かに迷っていたり、黒ジャンヌに少し思う所があったりすることも事実だが、何を置いても優先すべきは特異点の修復と立香の安全だ。

 そう文句を言い返そうとした時、マリーが口を開いた。

 

「一人で相手をする必要はありませんわ……アマデウス、いい加減に働きなさい」

 

「『……アマデウス?』」

 

 俺とロマンの声が重なる。

 アマデウス、有名な方だとモーツァルト。

 マリー・アントワネットとは、ある意味有名な逸話を残した人物なのだが……

 

「仕方ないなぁ……まあ、そろそろ言われると思っていたんだけど……でもね、マリー?僕、戦闘とかからっきしだよ?生憎と、ただの音楽家なんだ」

「それを言ったら、私はただの王妃じゃない。ほら、逃げないの!」

 

 やれやれ、といった風にため息を吐きながらその男性は姿を現した。

 指揮棒を、片手に気怠そうにこちらへ歩いてくる様子は……なるほど、確かにロクでなしと呼び声高いだけある。

 

「まぁ、マリーの命令なら……仕方ないか」

 

 ロクでなしが指揮棒を振った。

 ただ、それだけなのに……体が軽く、そして脳がクリアになっていく。

 さらに、地味に痛みが残っていた脇腹の痺れが治まっていく。

 

「……どこが、ただの音楽家だよ」

 

 常人なら聞こえない音量で呟いたのだが、アマデウスはニヤリと笑ってこちらに手を振ってきた。アイツ、耳良すぎだろ。

 

『と、とりあえず……無茶だけはやめておくれよ?』

「わってるよ!」

 

 予想外のビッグネームにワタワタしていたロマンへ、そう言い返しながら、暇を持て余していたランサーへと歩いていく。

 

「よっ、ランサー……お手合わせ願いたいんだが?」

「……ふっ、よかろう。丁度、血に飢えていた所だったのだ」

 

 声をかけられたランサーは、少し嬉しそうにこちらへ槍を向けて来た……もしかしたら、自分だけ相手がいなくて悲しんでいたのかもしれない。

 ……もしそうなら、孫に構ってもらえない爺さんみたいだな……なんか怖く無くなってきたぞ。

 

 ランサーの構えに隙はない。

 どこかの色ボケ女神のように、武術はからっきしなランサー……なんてことはないだろう。

 正直、アマデウスからのサポート有りでも、勝てるとは思えなかった。

 しかし、俺の役目は時間稼ぎだ。

 勝てなくとも、負けなければ問題ない。

 

「……さっさと頼むぞ……アサシン」

「では……行くぞ!」

 

 出来ることなら、長時間は戦いたくないものだ……そんなことを考えながら、俺はランサーの槍へと警棒を叩きつけた。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「さて……そろそろ、幕引きと行きますか」

 

 

 なんなのだ、コイツは。

 

 

「今のマスターは、弱っちいですから……あんまり、オルガに無理もさせたくないですし……巻きでいきましょう」

 

 

 本当に、なんなのだ。

 この化け物は……

 

 

 竜の魔女、ジャンヌ・ダルクはこのフランスで二度目の生誕を迎えてから、初めて感じる感情に戸惑いを隠せなかった。

 

 たった一人のサーヴァントを相手に、何度も何度も叫び散らし、攻撃を行なっていく。

 

「燃えろ……燃え尽きろ!」

 

 私は聖杯を持っているのだ。

 私の憎しみが、憎悪が……そんな簡単に、打ち砕かれて良いはずがない。

 

 悲鳴を上げるように、そう叫び続け攻撃を行い続ける。

 

 しかし、それでも……

 

 放たれた怨嗟の炎は、より高熱の蒼き炎に掻き消される。

 旗や腰に差した黒剣により、繰り出される攻撃は、弓という近接戦闘には不向きな武器によって、受け流される。

 時々、こちらへ笑みを浮かべてくること……それにより、どうしようもなく己の実力が相手の下であることを実感させられた。

 

「……覚悟は、よろしいですか?」

 

 ついに、アサシンが初めて己の武器に手をかけた。

 先程感じた感情……怒りや憎しみとは違う。

 もっと生物の本能的なものに近い……その感情の名は恐怖。

 

 アサシンの目を見て、その理由が掴めた。

 

 このサーヴァントは、私に対して()()()()()()()()()()()のだ。

 強いて言えば、煩い……程度のことだけなのではないだろうか。

 

 フランスを助けるためではなく。

 私を止めるためではなく。

 この時代の狂いを修正するためですらなく。

 

 ただ、マスターの頼みだから……そんな理由で、私の報復(全て)を止めようとしている。

 

 竜の魔女は、その瞬間……自らの敗北を認めた。

 私だけではなかった。

 相手も、既に狂っていたのだ。

 

「……撃ちます。愛もてかれるは(カーマ・)ーーー」

 

 アサシンが目の前で、宝具を開放する。

 その直前に、黒き聖女は叫ぶのだった。

 

 

 

「来なさい……ファヴニール」

 

 

 

 たとえ試合に負けようと、勝負では勝つ。

 

 こんなところで、私の夢は終わらせない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 ラ・シャリテ攻防戦 終

 

 

 

 ランサー……いや、折角真名が予想できたのだ。ヴラド3世……嫌がらせに吸血公と呼んでやろう。

 

 その吸血公の猛攻を致命傷だけに気を使い、その槍を受け流し続ける。

 その凄まじい槍の速度に、完全に目が慣れるまでは、迂闊にこちらから攻勢に出ることはできない。

 

「……ふっ、人の身でよくやるものだな!」

「お褒めに、預かり……光栄だよ!」

 

 吸血公は一度動きを止めた。

 こちらを見て、血が滾る……なんて呟いているが、さして血色の悪さは変わっていない気がする。

 

「では、そろそろ……血を頂くとしようか」

「…………ふぅ……っ!」

 

 その物騒な宣言に対して、警戒を強めた。

 技の初動を見逃さないよう、深く息を吐き集中を高める。

 

 次の瞬間、吸血公が繰り出してきたのは、彼が出せる最高の速度であろう神速の突き。

 

 シンプル故に生み出される爆発的な急加速は、慣らした筈の目でも残像が見えそうなレベルである。

 バックステップでは、回避しきれない。

 ……といっても、左右への回避は間に合わない。

 

 一瞬で、無傷でいられる可能性がゼロだと判断して、被害を最小限に抑えるための行動を選択する。

 

 今までは警棒で槍の軌道を変え、防御を行なっていたが、次にやろうとしていることはその逆。

 軌道を見切り、ダメージを一点へと集中させる。

 

 内心オルガに謝りながら、警棒を手放した。

 槍の切っ先を素手で迎えにいき、右腕が貫かれたのを確認すると同時に体を捻る。

 槍と吸血公の腕を巻き込むようにして抱え込み、その動きを固定させる。

 

 貫かれた右腕に激痛が走るが、今回は腕の一本で被害が収まった……そう考えるべきだろう。

 

「…………アマデウス!」

 

 武器を固定されて一瞬、驚愕の表情を浮かべた吸血公の顔面に魔力弾が放たれる。

 

「そんなに大きな声で呼ばなくとも、きちんと聞こえているさ」

「…………ぐっ」

 

 身動きできない相手に、容赦なく彼は連続で魔力弾による攻撃を行い続けた。

 一撃一撃は軽いのだろうが、そう何発も無防備な顔面へと攻撃を打ち込まれれば、吸血公もそれなりに疲弊する。

 

『結くん!?君って奴は……本当に!』

 

 なにやら外野の声が煩いが、吸血公の動きを止めること以外に意識を向ける余裕などない。

 このまま仕留められたら楽なんだけどなぁ……なんて思っていたら、吸血公が俺を突き飛ばすようにして距離を取った。

 ……俺の腕に、その槍を突き刺したまま。

 

「……余の一撃を、腕一本で抑えるとは……やはり、面白い」

 

 パッとアマデウスの攻撃で崩れた白髪を整えながら、こちらを見る吸血公の目には、まだまだ余裕が残っている。

 

「こりゃ勝てる気がしないわ……お前には」

 

 しかし、俺の目はその光景を捉えていた。

 アサシンが黒聖女を追い詰めた、その姿を。

 

「別に、勝つ必要もないけどね?」

 

 ニヤッと笑ってそういうと、吸血公は漸く主人の危機に気がついたらしい。

 

「っ、そういうことか!だが……余が加勢すればーーー」

 

 黒聖女の元へと向かおうとした吸血公を止めるつもりなどない。

 なぜなら……

 

「槍を置いて行ったまま、うちの女神様相手に時間稼ぎをできるとは思えないけど?」

「……っ、やってくれたな、貴様」

 

 彼の主武器は、現在俺が手にしているからだ。

 

「さて……これで、詰みだ」

 

 アサシンの宝具解放の光を見て、そう宣言する。

 主人を討てば、コイツらも終わりだろう。

 いやぁ、特異点修復も意外と短時間で終わりそうで、何より。

 帰って暫くは、貫かれた右腕の療養に努めよう……

 

 

◇◆◇

 

 

 なんて、呑気に考えていた時期も有りましたよ、全く。

 

「ごめんなさい、ほんと調子乗ってすいませんでした、この野郎!…………って、ふざけんなゴラ!邪竜従える聖女がどこにいる、クソったれ!」

 

「あんまり泣き言を言わないで下さいよ!段々、私までやる気が無くなってくるじゃないですか!」

 

『二人ともいいから、さっさと逃げるわよ!アレは……現状で私たちがどうにかできる相手じゃない!』

 

 ラ・シャリテの街中を駆け抜けながら、大声でそんなことを言い合っていると、硝子製の馬に乗って、俺たちに並走している王妃様がニコニコと話しかけてくる。

 聞けば、彼女のクラスはライダーだったらしい。

 

「あら、お三人方はとっても仲良しみたいね!」

 

「マリー……僕もその馬に乗せてくれないかい?全力疾走なんて、生前でも滅多にしなかったのに!」

 

「ごめんなさい、アマデウス。残念だけど、この馬は一人乗りなのよ……それに、貴方は偶に運動もした方がいいと思うわ」

 

 ぜぇ、ぜぇと息を切らしながら全力疾走するキャスタークラスの音楽家に……

 

「ま、マシュ?わ、私だけこの運ばれ方は、ちょっと恥ずかしいかな〜、なんて」

 

「申し訳ないです。しかし、先輩の身体能力では、一人置いていかれて後続の飛竜にムシャムシャと食べられてしまうかと!」

 

『マシュ、なんてこと言うんだい!?……立香ちゃん、並走している結くんがおかしいだけだ!君はそのままマシュに抱えられてていいんだよ……』

 

「緊張感が、ないですね……」

 

 赤面しながら、どこか嬉しそうなマシュにお姫様抱っこをされている立香。

 更にその隣には、苦笑いを浮かべているジャンヌがいた。

 

 全員が仲良く一列に大通りを走っていく……その背後には

 

 

「……消し飛ばしなさい。ファヴニール!」

 

 

 邪竜ファヴニール……数多く存在する竜種の中でも、トップクラスの知名度を誇る巨大な黒竜の姿が存在するのだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

『来なさい……ファヴニール』

 

 

 

 あの瞬間、アサシンは表情を変えて宝具解放を止めた。

 目に見えない何かを避けるかのように、その場から後方へと宙返りして、吸血公と向かい合っていた俺の元へ来て、言ってきた。

 

 

『マスター、ちょっと厄介なのが来るので、撤退しましょう』

 

『え、何……インド関係の英霊でも居た?』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 あれから俺は、吸血公へ槍をぶん投げた後、アサシンに手を引かれるがままの状態で、全員に撤退の指示を送った。

 勿論、落とした警棒は回収済みだ。

 

 アサシン優勢に見えた状況での撤退という指示に、怪訝そうな表情を浮かべた者も何人かいたが、こちらの真剣な表情を見ると何も聞かずに頷いてくれた。

 

 詳しい理由も知らされず、全力で逃げ出した俺達の後ろに、空から邪竜ファヴニールが現れたという訳だ。

 

 竜の魔女はその黒竜の背に乗って、俺たちを追撃するように指示を出している。

 アサシンが撤退を推奨する相手に、正面からはぶつかりたくはないのだが……空を飛ぶその黒竜と俺達の距離は段々と詰まってきていた。

 

 

 逃げ始めてから数十秒……ファヴニールは移動を止めてブレスを放つ体勢へと移行する。

 痺れを切らした黒聖女が、街ごと消し飛ばす指示を送ったのだろう。

 

「間に合わないか……」

『マシュ、食い止めなさい!』

 

 呟きを聞き、オルガは俺が指示を送る前に、マシュへとファヴニールの攻撃を一度耐久することを伝えた。

 しかし……その指示を受ける前に、彼女らは体を反転させてファヴニールへ立ち向かう姿勢を見せている。

 

「本当に……心地いいほどの(純粋)さですね」

 

 立香達の行動を見たアサシンが、少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべた。

 なんだかんだ言って、彼女は面倒見が良く、優しい子なのだ……多分。

 

『ファヴニールの生体反応解析が完了した……っ!?なんだ、これは……魔力反応増大、規模は冬木のセイバーが放った宝具に匹敵するぞ!?』

 

「『怖がらせるようなことは、言わなくていいわよ!』……ってオルガがキレてるぞ、ロマン」

 

『それは今、わざわざ通訳してまで伝えることかい!?』

 

 ロマンの言葉にマシュと立香が不安げな表情を浮かべたのを見て、オルガが怒る。

 いつも通りな俺たちの様子を見て、少しは立香達も落ち着いたようだ。

 

 

 ファヴニールの魔力反応の上昇は止まる気配が見られない。

 街一つ消し飛ばす威力の攻撃だ……信用していないわけではないが、未完成なマシュの宝具だけだと少し不安が残る。

 

「私も手を貸しましょう。宝具解放が可能な程度には、魔力も残っていますので」

 

 そんなことを考えた時に、堂々たる態度でジャンヌがマシュの隣に立った。

 

「私も手伝った方が良いのかしら?」

「いや、マリー……それは流石に程が過ぎると思うよ。ただでさえ、僕らは魔力回復に難ありな状況なんだから」

 

 何やら、後ろで少し気になる会話が行われていたが、今は目の前の黒竜である。

 

「主の御業をここに……」

「真名、偽装登録……行けます!」

 

 それぞれ大旗と大楯を掲げ、激突の瞬間を待つ。

 ファヴニールもタメの時間は終了のようで、凄まじい音量の咆哮と同時にその莫大なエネルギーを解放した。

 

 極光が放たれる。

 

 地面を刳り、大気を震わせ迫ってきた破壊の衝撃に、彼女らは真っ向勝負を挑む。

 

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)

 

仮想宝具 擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)

 

 

 光り輝く二重の障壁が、黒龍の一撃と衝突する。

 轟音、そしてのしかかる重圧に二人の表情が歪む。

 

「……そのような守りで、このファヴニールの一撃を凌げると思うな!」

 

 竜の魔女が黒剣を振り下ろす。

 すると、何かしらの強化が行われたのか、衝撃の強さがまた一段上昇した。

 

「……っ、マスター!」

 

 想定外の出力に、アサシンが何とかしてください、という意を込めた視線を向けてきた。

 しかし、残念ながらここで踏ん張るのは俺の役目ではない。

 

「立香!」

「……っ、わかってる!」

 

 障壁にヒビが入り始める。

 大楯を掲げるマシュの腕が、段々と下がり始めた……その時に

 

「令呪を持って命ずる。マシュ、邪竜ファヴニールが放つその一撃を……押し返せ!」

 

 立香の右手から赤き閃光が迸り……視界が光に包まれた。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「…………気に入らないですね。どうして貴方達は、そうも醜く足掻くのでしょうか」

 

 上空の黒聖女様が、不機嫌な様子でそう述べる。

 

 限界まで力を振り絞ったマシュは、片膝をついていて、ジャンヌも肩で呼吸をしているが……それでも彼女らは、無傷で邪竜の一撃を凌ぎきっていた。

 

 

『立香ちゃん、結くん、撤退を!ファヴニールは、恐らくしばらくは動けない!』

 

「でも、こんな状態で……」

 

 ロマンの言う通りだ。

 アレだけの一撃を放ったファヴニールは、暫く動けない。

 撤退できるのは今しかない。

 

 しかし、ジャンヌはともかく、マシュの体力は底を尽きかけている。とてもではないが、敵方のサーヴァントから逃げ延びることなど出来ない。

 

 ……普通なら、だが。

 

 

「アマデウス、貴方の唯一の特技を生かす時が来たわ。機械みたいに、ウィーンってやっちゃいなさい!」

 

「残念だが、その言葉は否定できなさそうだ!……仕方ない、宝具解放といこうか」

 

 王妃の命を受け、音楽家が指揮棒を振る。

 

死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

 

 それは魔曲、彼自身が死の直前に死神から葬送曲を作曲するよう依頼された、という逸話から生まれた宝具。

 曲を聞いた敵のステータスを問答無用で低下させ、行動に制限をかけさせるというものだ。

 

 事実、その効果を受けた敵方のサーヴァントは、その場に留まってこちらを追う様子は見せていない。

 

「り……藤丸立香、こちらに来てください。撤退するので、マシュ・キリエライトの代わりに抱えます」

「フルネーム!?……じゃなかった、あ、ありがとう」

 

 立香をアサシンが横抱きに抱えた。

 暗に彼女は俺に対して「気合入れて走れ」と言っているらしい……どうやら、マスターより、レディファーストの精神を大切にしたようだ。

 

「あらら、オルガは名前呼びできたのに」

『名前呼べただけで、上出来でしょう』

 

 マシュは立香を抱えなければ、多少ペースは落ちても自力で走れるらしいため、これで漸く撤退できる。

 オルガと緊張感なしの会話をしながら、全員の無事を確認した。

 そして、走り始める。

 

『……ナビは僕が行う。最寄りの霊脈まで案内するから、迷わないようにね』

「ですって、マスター?……オルガ、しっかり見張っていてくださいね」

『了解よ』

 

 失礼なことを話しているアサシンに、ジト目を向けると、その腕に抱えられている立香に笑われてしまった。

 

「…………取り敢えず、助かったか」

 

 後ろを見てから、そう呟く。

 竜の魔女が俺たちを追いかけてくる様子は見られない。

 

 三十分ほど走り続けて、森の中へ。

(十分ぐらい全速力で走ってバテたので、ジャンヌに姫様抱っこされてます)

 少し赤くなっているジャンヌを揶揄っていた俺の様子を、ニコニコと笑顔で見ているアサシンの目が笑ってなくて怖い。

 あとでキャラメルあげるから、許して下さい。

 

 

 霊脈に辿り着いてから、今日の野宿の拠点とするためにオルガが簡単な結界を張った。

 その作業に、文字通り体を貸した後に、漸く一息つくことができた。

 

 

「あ゛あ゛ぁぁ……疲れたぁぁ。……右腕、痛ぇ」

 

 木の幹を背に、胡座をかいて脱力する。

 漏れた言葉に1ミリたりとも偽りはない。

 

 王妃様の宝具とオルガに軽く処置はしてもらったので、穴は綺麗に塞がっていているのだが、痛覚は別だ。

 「傷跡が残るよりは、痛みが残った方がいいでしょ?」なんて当然のことのように彼女らは言ってきたのだが、女性はそう感じるのが普通なのだろうか?

 

 何はともあれ、今は睡眠だ。

 

 泥のように眠る。

 途中、アサシンが胡座の上に乗っかってきたが愛でる余裕もないので、軽く抱きしめたまま眠り続ける。

 

 そしてーーー"身に覚えのない"夢を見た。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 空に瞬く星々の姿。

 

 どこか懐かしい香りの本棚に、読み込んだのであろう何冊もの本。

 

 

 少女は空を見つめ、手を伸ばす。

 

 何を掴むこともなく、伸ばされた手からは力が抜けていく。

 

 

 そのとき、たった一筋の流星が視界に入った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 目が覚めた。

 辺りは夜の帳に包まれており、騒がしい様子からは夜襲をかけられているのだと予測できる。

 懐に残った熱を感じながら、体を起こして騒ぎの元へと向かう。

 

 

 ふと、思った。

 

 

 あの銀髪の少女は、星に何を願ったのだろうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話 星空に笑い、炎に願う。

前半 久々の全力イチャイチャ
後半 説明回

後半に関しては、型月設定に反してそうで怖いのですが……
(あまりの情報量で、把握しきれていないため)

お手柔らかに見て頂けると、幸いです。


 

「一応揺らさないよう気を付けたのですけど……起こしてしまいましたか、マスター?」

「……いや、アサシンのせいじゃない。オルガはまだ意識封鎖し(眠っ)てるし……俺も偶々、変わった夢を見て起きただけだから」

 

 騒ぎの元へと歩いていくと、そこには相手側のライダー、戦闘を行う立香達の姿とそれを傍観しているアサシンの姿があった。

 少女姿のアサシンの隣に立ち、彼女と同じように戦闘の様子を見守ることにする。

 

『手助けは……しないつもりかい?』

「……悪いか?」

『いや、結くんがそう判断したのなら構わないけど……君って本当に成人してないんだよね?』

 

 成長の機会を摘みとるつもりなど全くないので、話しかけてきたロマンにそう言い返す。

 俺の意図を理解した彼は、こちらを訝しむような目で見た。

 なんだ、コラ?

 俺が老けてるとでも言いたいのか?

 

「マスター、相手が宝具を撃つようです……一応、援護の準備をしますね?」

 

 モニター越しにガンを飛ばしていたが、アサシンの警告を聞いて、二歩ほど後ろに下がる。

 

「頼んだ……そういえばロマン、相手のライダーの真名の目処はついたのか?」

 

 気を取り直してロマンに尋ねた。

 彼は少しだけ自慢げに笑うと、その名を告げた。

 

『真名はマルタ……悪竜タラスクと対峙し、祈り一つで従えたとされる正真正銘の聖女だ。その後、タラスクは彼女の守護霊のようなものとして存在していたらしいから、恐らく宝具は……』

 

 彼の解説を聞き終わる前に、それは姿を現した。

 マルタが十字架を振り、声を張り上げる。

 

「……さあ、タラスク。太陽に等しく滾る熱を操り、今、ここに。滅びに抗わんとする気高き者に、試練の一撃を与えましょう……!」

 

 宝具展開、詠唱開始と同時に召喚魔法陣を形成し、その悪竜を現界させる。

 巨大な頭部には四本の角、鋭いトゲを生やした亀の甲羅に蠍のような長い尾……数々の勇者を屠った異形の竜種がそこにいた。

 

「……試練、か」

 

 その言葉を聞いて、マルタが夜襲を仕掛けてきた理由が理解できた。

 一瞬だけ、タラスクを召喚したマルタと目が合う。

 そして、彼女は警棒に手をかけていた俺に対して首を横に振った。

 

 立香達を試そうとしているのだ。

 凶化の術に抗い、来訪した俺たちがこの特異点を修復できるかを見極めるために。

 

 警棒から手を離してから、俺に向けられていたもう一つの視線に気付いた。

 そこには俺とマルタのやり取りを見ていたアサシンが、頬を膨らませている。

 

「さてと……アサシンさん?」

「……なんですか」

 

 不機嫌そうに答える彼女の様子が、いつもながらにたまらなく可愛らしかったので、躊躇うことなく言ったのだった。

 

「散歩でもしよっか?」

『え、ちょっ、結くん!?』

 

 今、俺がここに居てもやることはない。

 変に水を差すよりは、うちの女神様のご機嫌取りをした方がよっぽど有意義である。

 

 ロマンの慌てた声を聞きながら、アサシンは表情を緩ませて……

 

「しょうがないから、付き合ってあげますよ……♪」

 

 言葉とは裏腹に「早くして下さい」と言わんばかりに、手を引きながら、そう言った。

 

 

◇◆◇

 

 

 この時代には、電灯やランプといった灯は存在しない。

 現代と比べれば、空気も汚染されておらず、空気は澄み渡っている。

 

 だから……なのだろうか?

 

 宙を見上げれば、無限にも思える星々の姿。

 そこには、現実から逸脱した幻想的な光景が存在していた。

 

 

 

 天体魔術の名門であるオルガには悪いが、星の名前なんて殆ど知らない。

 態々、観測なんてしたこともないし、調べようと思ったこともない。

 

 星なんて遠すぎる存在がどうあろうと、俺には関係のないものにしか思えなかったからだ。

 

 しかし……なんというべきか。

 この光景は、中々に悪くない。

 

 暫く、俺とアサシンの間に会話は生まれなかった。

 生前はどうだか知らないが、神霊であるアサシンから見てもこの星空は合格点を満たしていたらしい。

 ただただ阿呆のように、顔を空へ向ける。

 無数の輝きを記憶の中に焼き付けるように、絶対に忘れたくないものとして保存する。

 

「……マスター、いつまで星を見ているんですか?」

 

 お前もさっきまで、同じように見てただろ。

 久しぶりに聞いた気がするアサシンの声に、そう言い返そうとした。

 しかし、そんな普段通りの軽口なんて、発することができなかった。

 

 繋いでいた手はいつのまにか解かれており、彼女は手を後ろに回して、腰あたりの高さで組んでいる。

 少しあざとく、そして心からの笑みを恥ずかしそうに浮かべた彼女が、こちらに振り向いていた。

 

 

「…………別に、私はこんな景色よりももっと景観のいい場所を知ってますよ。それも、幾つもです」

 

 

 ああ、コレはダメだ。

 多分……今の彼女は、無意識に俺を落としにかかってきている。

 微笑ましい浅知恵を駆使する普段の彼女と違い、この状態の彼女には一生勝てる気がしない。

 

 

 だって

 

 

 

「……貴方と一緒に見る空だから、忘れたくないんです」

 

 

 

 本心からの笑顔も台詞も、反則級だと思うのだ。

 星空が綺麗に見えた一番の理由は、どうやらすぐ側にあったらしい。

 

 

◇◆◇

 

 

『……ん……二人とも、何、してるの?』

 

「……星を見ながら、アサシンを愛でてた」

「……星を見ながら、マスターに愛でられてました」

 

『あ、そう……要するにいつも通りね』

 

 あれから二時間ほど、アサシンと二人で何をすることもなく周り続ける星空を眺め続けていた。

 今は少し姿を成長させたアサシンが定位置へと座わり、俺が彼女の肩に頭を乗っけている状態である。

 最もお互いが落ち着く姿勢のうちの一つだ。

 

 オルガが目覚めたことにより、ほんの少しだけ会話量が増える。

 アサシンがオルガの名前を呼び慣れる程度には雑談を続けた後、ふと思ったことを聞いてみる。

 

「なあ、オルガ……星は好きか?」

 

『……星、ね。私の扱う魔術は天体魔術……どちらかというと愛でるものというより、使うもの……と言った印象が大きいのは確かよ』

 

「……つまらない人ですねぇ」

 

『そこ、面白味の無い回答をした自覚はあるから黙ってなさい……でも……流れ星だけは、何故だかわからないけど、子供の頃から好きだった気がする』

 

 その言葉を聞いて、納得した。

 そして、覚悟を決める。

 

 オルガとアサシンがワイワイ騒いでいるのを横目に、俺は魔術回路に魔力を通した。

 

『え、ちょっと、結?』

「何、バカなことをやってるんですか!?……って、え?」

 

 元から存在したもの、オルガから魔術刻印同様に移植して貰ったもの、その両方に魔力を流していく。

 当然、他人の魔術回路なんかにいきなり全力で魔力を流せばそれなりに反動は来るわけで……オルガとアサシンが焦った様子で声をかけてくるが、問題はなかった。

 

「やっぱり……適合が、完了してる。多分、さっき眠った時、オルガと一瞬だけ記憶の共有が行われたんだと思う。それで……移植済みだった刻印が馴染むための最後のピース……オルガマリー・アニムスフィア、という存在に関する情報が必要量手に入ったんだ」

 

『眠った、時……って、え、待って、待ちなさい……見たの?貴方、私の幼い頃の姿見たの?ねぇ!?』

 

「つまり……どういうことですか?」

 

 オルガが何やら喧しいが、アサシンの為に気にせず状況を整理しようと思う。

 ……事の発端はあの日、炎上都市と化していた冬木での出来事まで遡る。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「私の持つ全魔術刻印を、あなたに譲渡する。それが、私の願いです」

 

 

 俺の目の前で、所長はそう言い放った。

 

 真っ直ぐにこちらを見つめる金の双眸には、寸分の躊躇いも迷いも見られない。

 

 彼女の覚悟は伝わった……ならば、俺はそれに応えるだけだ。

 

「わかった、所長の願いに協力する。普通なら、魔術刻印全部なんて、受け取りきれないだろうけど……そこは俺がなんとかする」

 

 俺の言葉を聞いて、所長は笑顔を浮かべた後に首を傾げた。

 "なんとか"できるものではないことを、魔術師として超一流であるはずの彼女は知っているのだろう。

 

「……まず、それなりの本数の魔術回路を頂くけど……本当にいい?」

「……ええ、もちろん……って、どうやって?」

 

 所長の脳内に疑問符が積み重なっている様子が簡単に想像できるが、説明するより見てもらった方が楽でいい。

 

「……ふぅ、それじゃあ……【代償強化(コストリンク)】」

 

 魔術回路に魔力を回し、その()()()()()()()()()超邪道魔術を行使する。

 

 代償 寿命1年

 内容 魔術回路増強に合わせた肉体改造。

 

「連続詠唱【代償強化】」

 

 代償 寿命1年

 内容 十秒間、触れた対象の同意の下、魔術回路の受け渡しを可能とする。

 

 所長の手を取った。

 許可は貰っているので、時間切れにならない内に魔術回路をさっさと頂くことにする。

 

「…………っ、ふぅ。これで、よし」

 

 所長の持つ魔術回路の本数はメインは45本 そしてサブに60本。

 俺は魔術師一代目にしては多い方と言われたことがあるのだが、それでも30本しか持っていない。

 更に言えば、質も俺なんかとは格が違う代物である。

 

 これからの冬木での戦いを考えると、所長にも戦闘力は残しておいた方がいい……そう判断し、所長に20本魔術回路を残し、それ以外の計85本を頂いた。

 

 いきなり倍以上に増えた魔術回路の影響で、ズキズキと痛みが全身に走るが、まだ軽い方だ。

 魔術回路は俺も所持していたもの……事前に肉体改造を行ったこともあり、拒絶反応も見られない。

 ただ、ここからは別だ。

 魔術刻印という、俺には存在すらしなかったものを移植する……ある意味では、新たな臓器を体内にぶち込むともいえるだろう。

 

 しかし、所長の思いに応えるためならば、多少の痛みなど我慢しなければならない。

 

「それじゃ、最後……行きます【代償ーー」

 

 そう思い、邪道魔術を行使しようとした直前に

 

「ちょっと待って、さっきからその魔術は何!?」

 

 師から「封印指定物だろ、それ……」とまでぼやかれた俺の便利魔術に目をつけられた。

 

 

 

 

 

 

「……俺の魔術属性は炎、空。二属性持ちだけど、魔術の才能があった訳じゃない……ただ、起源だけは普通じゃなかった」

 

「……それは?」

 

「……後天的に変質した起源は"代償"と名付けられたもの。もっと詳しく説明すると、何かを得るためには、何かを失わなければいけない……みたいな方向性を持つ起源なんだと思う」

 

 ここまで言うと、彼女の顔色が"まさか"とでも言いたそうな物へと変わった。

 

「ご察しの通り……逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう因果逆転の術を使えるんだよ……更に言えば失うものと得るものが同価値なら、何でもできる……例を挙げれば、本来より大目に魔力を使えば、術式を組む手間抜きに魔術を使用できたりもする」

 

 自慢げに話す俺を見て、段々と所長がプルプル、ワナワナと体を震わせてくる。

 

「なんなら結界だろうと、隠蔽魔術だろうと、基本は魔力の大量消費で即座に使用できる……な?便利だろ?」

 

 そして……彼女の不満が爆発した。

 

「何、その全魔術師を敵に回すような手抜き魔術は!?」

 

 邪道も邪道、俺の魔術知識が乏しくても結界やら隠蔽やらを使えたのは、全てこの【代償強化】が原因なのである。

 我ながら、本当に強化とは名ばかりの魔術だが、気にせず行こう。

 

 

 実際はそこまで便利でもない……もっと多くの制限は有るし、そもそも俺の魔力量が乏しい。

 だから……本当にどうしようもない時は、先程のように命を削って使用する。

 

 

 ギャーギャーと喚き散らす所長を見てから、少し考えて……三度目の魔術を行使した。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「…………と、こんな具合に肉体改造でオルガに魔術面での能力を寄せてから、刻印を受け取ったんだが……人体の限界は超えられないみたいでな。刻印に、限りなくオルガに似ている別人として認識されてから、住み着いたオルガと一緒に、ゆっくりとそれを体に慣らしてたってわけだ」

 

「道理で、日に日にマスターの体に異物が紛れ込んでいくと思ってましたよ……あんまり、無茶しすぎないでくださいね?」

 

 オルガの魔術属性が空だったのは、かなりの幸運だった。自身の持つ炎属性だけを代償で削り取れば、オルガと俺の魔術属性のカテゴリを、空の一つで揃えることができたのだ。

 幸運だった……というのも、適性のある魔術属性を増やすことや起源の改変は、代償強化では行うことができないことの内の一つであるからだ。

 

『それが、私の大事な大事な幼少期の記憶を盗み見たことで適合しちゃった、と?なんか嬉しいんだか、悲しいんだか複雑なんだけど』

 

「気にすんなって……にしても、これは嬉しい誤算だな。後、二週間程はかかると思ってたが……」

 

『そうね。本格的にアサシンの援護が可能になる上、結もかなり戦えるはず……戦力の大幅な向上は間違いないわよ』

 

「……まあ、マスターが頼りになるのは、私が一番知ってますから」

 

『別に張り合ってないわよ……無駄に可愛いわね、貴方』

 

「アサシンが可愛いのはいつものことだぞ?」

 

『はいはい、そうですね……それじゃ、一区切りついたところで戻りましょうか?どうせ、一人じゃ帰れないでしょう?』

 

 オルガの声を聞くと、集中砲火を食らったアサシンが顔を赤らめたまま俺の右手を握って歩き始める。

 その様子に苦笑しながら、俺も歩き始める。

 

 そうして、二人で歩いていると……

 

 一瞬、左手が温かく柔らかい何かに覆われた気がした。

 急いでそちらへ視線を向けるも、そこには誰もいない。

 感触もすぐに消えてしまったが……

 

 

 左腕の刻印が僅かに光を放っているのを見て、俺は小さく笑みを浮かべた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話 オルレアン特攻作戦

 

 早朝。

 太陽が見え始める少し前程の時間帯。

 

 未だ獣達が眠りにつく暗中、草原を駆け抜けるは二頭の馬。

 前方を中心に、大量のワイバーンがその行手を阻む。

 飛竜達が守るはオルレアン。

 

 

 無謀にも竜の魔女陣営の本陣へと突き進んで行く、その馬の背に……

 

 

 

「速い速い速い速い!?待って、馬超怖い!アサシン様助けて!?」

 

「ちょっ、マスター!?……ん、変なとこっ、触んないで下さい……ひゃっ」

 

 高校生サイズになって馬の手綱を握っているアサシン、そして彼女に抱きつく形で馬に跨っている半泣きのマスター……つまり、俺がいた。

 

『ほんと、いつも賑やかでいいわね。貴方達……』

 

「余り気を抜きすぎるのもどうかとは思いますが……っ!マスター、左方から三体のワイバーンが接近しています。指示を」

 

『……うん。軽く引きつけてから、アサシンが狙いやすいように誘導を頼める?』

 

「お安い御用です」

 

 その様子を見て苦笑したように呟くオルガに、もう片方の馬の手綱を握るジャンヌが戦闘の指示を仰ぐ。

 少し考えてから伝えられた指示に、ジャンヌがニコリと笑って応えた。

 

 

 

 それはたった四人の特攻隊。

 側から見ればそう思われる事間違いなしの進軍だが、その勢いは失速という言葉など知らないと言わんばかりに、飛竜の群れを蹴散らして加速していく。

 

 

「こっちもですか……マスター、今手が離せないので……右お願いします!」

 

「無理です。今アサシンから離れたら落ちちゃいます、僕」

 

「ひゃいっ……ちょっと、マスター?少し私の反応楽しんでますよね?」

 

「……少しだけね。割と怖くて手が離せないのも本音です!」

 

『つべこべ言わずに働きなさい!』

 

「無茶言わないでよ、オルガちゃん」

 

『は・た・ら・けぇぇ!!』

 

「叫ばないでぇぇぇ!?」

 

 暫く悶絶した後、無駄な抵抗を諦めて魔力を回路に通し始める。

 

「……くそぅ……大体、数が多すぎんだよ!"薙ぎ払え!"」

 

 恐る恐るアサシンを抱きしめた状態から、右腕をフリーにして、接近してきていたワイバーンに向けて横薙ぎに腕を振った。

 魔力を代償に使用された【代償強化】により、右方へと広範囲の衝撃波を撃ち放ってから、溜息を吐く。

 

 やっぱ特攻なんてするもんじゃないよなぁ……なんて思いながら、俺は策を練った少し前の夜へと意識をとばすのだった。

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 話は、立香とマシュが聖女マルタの迎撃に成功した直後の頃まで遡る。

 

 

 

 

 

『竜殺し?そんな英霊がなんでまた……いえ、そう……そういうことね…………ライダー、聖女マルタの言葉なら、信用してもいいと思うわ。それに、確かにあの竜が相手ならば竜殺しの存在は必須と言っていい』

 

「何かわかったのですか、所長?」

 

 立香がマルタから与えられた情報を聞いて、オルガが含みのある言い方でそう言う。

 マルタが残した情報とは、竜の魔女によって滅ぼされた都市リヨンには、竜殺しの英霊がいる、というものだった。

 

『いえ、大したことじゃないわ。それより、これからの話をしましょう……私達の目的は聖杯の奪還、又は破壊。そのためには、黒ジャンヌをどうにかする必要がある……ただ、彼女は複数のサーヴァントを従え、数多の竜を操る。現状、最も厄介なのはファヴニールの存在……ここまではいい?』

 

 オルガが簡潔に情報を纏め上げる。

 スラスラと話す彼女の声は非常によく通るものであった。

 その声が伴っている冷静な雰囲気には、いつか見たヒステリックな一面など微塵も感じられない……彼女の精神状態は精神体になってから、常に最高の状態に保たれていた。

 

 そんな彼女の言葉に、全員がコクリと頷きを返すと、講義に似たものを感じたのか興が乗ってきたらしいオルガは、少し上機嫌に話を続ける。

 

『竜種として最高クラスのファヴニールを打倒するためには、竜殺しの英霊が不可欠よ。そのためにはリヨンに行く必要があるわけなのだけど……十中八九、こちらの動きは読まれると思った方がいいわ。今は私の張った結界が隠蔽の役割もこなしているけど、ライダーに気付かれた時点で黒ジャンヌはこちらの位置を、ある程度掴んでいるはず。ジャンヌが使用できないルーラー権限のサーヴァント探知を、向こうが使用できるとなると……』

 

 

 ブツブツと話を続けていたオルガの声音が少し暗いものになった。

 恐らく、この場で打てる最善手を考えた結果、俺が考えている策と同じことを思いついたのだろう。

 その内容をオルガが立香達に話し始める前に、俺は彼女の話に割り込んだ。

 

 

「……陽動作戦、だな。これが最良の手だ」

「マスター……本気ですか?」

 

 そう言った俺の意図を完全に理解したのだろう。

 俺を心配するような顔……ではなく、「また、私を働かせるつもりなんですか?」と言いたそうな顔をしたアサシンが、ボソリとそう呟いた。

 うん。

 自身の負けを考えないその精神、頼もしくていいと思うよ。

 

「ふむ……つまり、囮として僕達の内の誰かが黒聖女を引きつけている隙に、別隊がリヨンへと向かう……そういうことかい?」

 

『…………ええ』

 

「あら?それは、あまりよろしくありません。ジャンヌに愛の神様、マシュに結に立香……アマデウスはちょっと頼りないけど……折角、こちらにもこんなに味方がいるのだもの……皆でリヨンに向かってはいけないのかしら?」

 

 マリーがアマデウスの放った"囮"という言葉を聞き、痛ましそうな表情を浮かべてそう言った。

 気高く、そして優しい彼女が反論してくるであろうことは想定済みである。

 

 だから……同じようにモニター越しで不安そうにしてるロマンさん?

 今から話す作戦を、しっかりと聞いていなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の話を聞いてから、ロマンは暫く目を閉じて思考に耽っていた。

 二秒、三秒と時間が経過していき……二桁に乗る少し前になって、漸く口を開いた。

 

 

『危険なことには変わりはない。カルデアスタッフのトップとして、本来なら僕はその作戦を止めなくてはいけない…………だけど、ね』

 

「だけど?」

 

『それしかないなら……それが結果的に全員の生存率を高めると言うのなら、そうするしかない。苦渋の判断になるけど、君の策に乗ろう……頼んだよ。その作戦で最も重要な役割を果たすのは、所長だ』

 

 渋面を浮かべながらも、俺の策が最善であることを認めて彼は話を続けた。

 ロマンに声をかけられたオルガは、当然と言わんばかりにフンッと鼻を鳴らす。

 

「『わかってるわよ……私に、任せておきなさい』だとさ」

 

『不安だなぁ……』

 

 ロマンの気持ちもわかるが、問題はない……と思う。

 作戦の要となる()()()()は、こちらの持つ()()()()()()()()()予定をしているからだ。

 

 

 

 

 

 

「それでは……これより、我が身は貴女と共に……っと、こんな感じですかね?」

 

『ふふっ、中々に様になってるわよ?……まぁ、改めてよろしくね……ジャンヌ』

 

 それっぽい感じを出しながらオルガ(俺)の前で跪いた後、直ぐに表情を崩して笑顔を浮かべたジャンヌに、オルガは明るい声で返答した。

 

 陽動隊に参加するのは、俺とアサシンに加えてジャンヌを入れた三人+オルガの四人。

 ただでさえこちらの最高戦力であったアサシンは、俺が復活したことによって更に大きく戦闘能力を向上させた。

 

 俺が復活したこと、アサシンが強化されたこと。

 その二つに加えて、弱体化状態にあったジャンヌが強化されたことも大きかった。

 彼女は、()()()()()()()()()()()()()によって魔力供給の手段を得たのである。

 

 といっても、ジャンヌとオルガのサーヴァント契約……それは飽く迄も精神的なものだけに限ったものである。

 

 令呪の使用権は俺にあるし、魔力のパスを通しているのも俺だ。

 しかし、ジャンヌはオルガのサーヴァントとして扱うことにする。

 

 これは、俺が他のサーヴァントと契約することをよく思わないアサシンが、俺に課した最大の譲歩の結果だった。

 

「未だにルーラーとしては活躍できそうにありませんが……私は、私の持つ力を全て使って貴女の力になりましょう」

 

 少しは強くなったんですよ〜、なんて言って無邪気に力こぶを作った脳筋聖女様に対して、アサシンが引き気味な表情を向けていたのが印象的だったが……それはいいとして。

 

 

 

 

 こうして、俺たち四人は、ラ・シャリテへ寄って馬を拾った後、全速力でオルレアンへの突撃を開始したのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

『二人とも、そろそろ馬を止めてくれるかしら?』

 

 

 オルガの声にアサシンとジャンヌは素早く反応し、その場に馬を止めた。

 途端、全方位をワイバーンに囲まれてしまうが、その規模は想定の範囲内である。

 

 

「地面が揺れないって最高だな…………コホンッ、気を取り直して……各自、ワイバーンの殲滅よろしく!オルガ、指示と観測は任せた!」

 

『了解よ』

 

 馬から降りて戦闘開始の合図を示すと同時に、アサシンが弓を引き絞り、最小限の動きで次々と戦果を上げ始める。

 ジャンヌは、全方位から向かってくる大量のワイバーンをギリギリまで引きつけると……鎧袖一触、鋭い大旗の一振りで尽くの意識を刈り取ると、待ちの姿勢を見せていた先程とは一転して正面から次の群れへと突貫した。

 

 数十秒戦いの様子を眺め、異常が見られないことを確認する。

 それから俺は、警棒へと魔力を流した。

 

「俺もやるとするか……【代償強化(コストリンク)】!」

 

 代償 現戦闘における左腕の神経封印

 効果 警棒による攻撃への斬撃属性の付与

 

「連続詠唱【代償強化】」

 

 代償 現戦闘における右目の能力封印

 効果 身体能力向上

 

 オルガから受け継いだ魔力回路に魔力が流れ込む。

 そしてその瞬間、余りの質の良さに恐怖を覚えた。

 これまで俺が使ってきたものはなんだったのだろか、と頭が痛くなってきそうな程の違いがあったのだが、何にせよ恩恵を得ている形であるため文句はない。

 

 それがどれくらいの違いであるか、というのは同じ作業を以前の魔力回路で行ったと仮定して比べると、消費魔力は五分の一程にまで軽減されている、という参考例が一つ挙げられる。

 

 見えぬ右目と動かぬ左腕は放っておいて、最寄りのワイバーンへと気配を消して接近。滑り込むようにして後方へと回り込み、すぐさま跳躍。

 遠心力をフルに利用し、警棒を首筋へと叩き込んだ。

 【代償強化】により、鋭利さにボーナスを得ていた警棒による一撃は、ストンとワイバーンの首を落とす、という結果に終わる。

 

「……ちょっと待て、そこまで強化するつもりはなかった」

 

 予想外の威力に、顔を青くしてボソッと呟く。

 魔術回路の質の向上は、魔力消費効率だけでなく強化結果にも多大な影響を及ぼしているらしかった。

 

 

「ま、マスターが……普通に強くなっていて少し複雑なんですけど……」

「そこは喜んでくれよ……なに?お前、ダメ人間の方が好きなの?」

「………………」

「否定しないのか!?」

 

 

 その様子を目を丸くして見ていたアサシンが、妙なことを言ってきたので軽口を叩いたところ、新たな事実が発覚した。

 

「い、いえ……そんなことはないですよ?ええ、はい。全く持ってダメ人間がタイプなんてことありませんとも」

 

「…………」

 

「なんですか、その目は……アレですよ。アレ。タイプとかそう言う話じゃなくてですね?快楽や愛なんてものに溺れて、堕落していく人間の無様な姿がたまらなく滑稽で、愚か(いとお)しい……みたいな、そういう意味でのことなんで!……って、違います!私そんな性格悪そうなこと考えてませんから!」

 

「どっちだよ」

 

 ジト目を向ける俺(ワイバーンの首を落としながら)に対して、あわあわと顔を赤に染めてアサシン(四匹のワイバーンの脳天を同時に矢で射抜きながら)は弁解する。

 

 そんな俺たちに対してジャンヌ(大旗の一撃でワイバーンの頭蓋骨を粉砕しながら)は言うのだった。

 

「二人とも、少し緊張感が足りませんよ?それと、アサシン。人それぞれ好みはあると思いますが……ダメ人間フェチというのは、いかがなものかと……相談があったらいつでも聞きますからね?」

 

「フェチとか言わないでくださいよ!?貴女、お固そうに見えて実は頭のネジゆるっゆるなタイプの聖人ですよね……って、さっきから、ガチ心配するような優しげな表情向けてくるの止めなさい!」

 

 

 オルガが一人、ワイバーンに対して謝るような素振りを見せたのは、多分気のせいではないと思う……姿見えないし。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話 乱戦・開幕

イチャイチャはなし。
文字数も少なめです。


 

「……殲滅完了。オルガ、様子は?」

 

『第二波のワイバーンに紛れて、複数のサーヴァント反応があるわ。こちらに辿り着くまで五分というところかしら……作戦の第一段階は成功ね』

 

 オルガの返答を聞き、ニヤリと自分の片頬が上がったことを自覚できた。

 作戦の肝となるのはここから先。

 俺達……いや、俺がどこまで化け物どもの相手を出来るかにかかっている。

 

 

「【代償強化(コストリンク)】解除……んで、もっかい【代償強化】」

 

 効果 身体能力 向上

 代償 適当量の魔力

 

「重ねて……」

 

 効果 脚力 向上

 代償 左腕感覚封印

 

「これで、最後」

 

 効果 聴覚能力、視覚能力 向上

 代償 効果時間内の()()使()()()()

 

 

 体に浮かび上がった魔術回路から、パチパチと青白い閃光が迸り、淡い光が全身を包みこんでいく。

 三つ合わせての『対英霊戦闘専用強化』。

 ここまで身体強化を行うことで、漸く対英霊戦闘の土俵入りが許されたのである。

 

「久々に、勝ちに行く戦闘だからな……ちょっと真剣になるわ」

『そんなこと言って……また泣き言溢さないでよ?』

 

 そう言いながら、肩を回してボキボキと音を立てていると、オルガからジト目つきであろう言葉がかけられる。

 それに対して、俺ではなくアサシンが答えた。

 

「大丈夫ですよ、オルガ。なんだかんだ言って、その人。私が認めた相手ですから……ね?マスター?」

 

 ……時々、信頼が重い。

 

「お、おう。任せとけって……多分」

 

 しら〜っと目を逸らして返答した俺の様子に、オルガはため息をついたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 オルレアン郊外の草原にて、次々と青年が行使していく【代償強化】に、私は目を見開いていた。

 驚愕した理由は最後の一つ……令呪の使用を自ら封印する、という代償にある。

 それはマスターの判断として、正気の沙汰ではないものだったからだ。

 

 通常の聖杯戦争では、サーヴァントへの抑止力として一画分の令呪は残すべきものと考えられている。

 滅多に起こるはずもないが、サーヴァントによるマスターへの反逆を防ぐためには、令呪の存在が必須であるからである。

 

「マスター、無茶はいけませんからね?」

「わってるよ。ロマンにも約束しちまったしな」

 

 

 彼らの様子を、その尊ぶべき信頼関係を目の前にすると、私は彼女との会話を思い出しそうになる。

 

『接敵まで、カウント10秒前……4、3、2、1……』

 

「……ッ!」

 

 思考の海に呑まれそうになっていた私の耳に、マスターの声が届いた。

 慌てて意識を外界へ向けると、視認できる距離に敵影は存在している。

 

 全部で四人のサーヴァントと、数えるのがバカらしくなる程のワイバーン。

 そのうちの一人、黒き鎧に身を包んだサーヴァントが、かなりの速度でこちらへと飛びかかってきていて……

 

「A r r r r r r r r!」

「……ッ!」

 

 

 激突。

 

 衝突により生じた轟音が、開戦を告げる合図となった。

 

 

 

 

 

 

『ジャンヌ!?』

 

 黒きサーヴァントの突撃を受け、後方へと吹き飛んでいったジャンヌへと、オルガが焦ったように声を飛ばす。

 

「もん、だい……ありません!……ハァッ!」

 

 振り向けば、ギリギリで大旗の防御を完成させていたらしく、膝をつきながらも相手サーヴァントの攻撃を凌いでいるジャンヌの姿が目に入った。

 

『よかった……』

「マスター、伏せて!」

 

 視線を前に戻す……前に、アサシンから飛んできた警告に従い、その場で伏せる。

 次の瞬間、俺の頭上を三本の矢が掠めていった。

 それらの姿を見送ると同時に、矢が飛んできた方向へと突貫を開始して、警棒を抜き放つ。

 

「また、アーチャーかよ!」

「殺す……殺してやるっ!!」

 

 正気は失われ、その瞳に残るのはドロドロとした悍しい殺意のみ。

 

 本来ならば緑の髪を持つ美しき女性なのであろう、そのアーチャーと視線が交錯して……

 

「殺す!」

「……っ、やれるもんなら……やってみろよ!」

 

 次々と撃ち込まれる高速の矢を、強化された動体視力で捉え、警棒で弾き落とした。

 

 そのまま接近……ガトリングガンのような勢いで叩き込まれる矢を次々と受け流し、警棒による一撃を叩き込める距離へと近づいていく。

 しかし、誘い込まれたのはこちらだった。

 ある程度接近し、矢を防いだ次の瞬間、完璧なタイミングで放たれた彼女の膝蹴りを、腹部にもらってしまう。

 

 膝蹴りの衝撃で体が吹き飛ばされる。

 

 そんな俺へと、間髪入れずに大量の矢が放たれていき……

 

「……っ!"吹き荒れろ"!」

 

 瞬間的な判断で、魔力と引き換えに生み出した暴風が放たれた矢から、俺の身を守る。

 

 幸い蹴りそのものの威力は、そこまで高くなかったようで、体に支障はきたしていない。

 体勢を立て直す……それと同時に、警棒をアーチャーへ向けて全力投球した。球体じゃねぇけど。

 

「【代償強化】」

 

 効果 瞬間強化 脚力

 代償 3秒後 2秒間の行動不能

 

 さらに、姿勢を低くして【代償強化】を使用。

 地面を全力で踏み込んだ。

 瞬間、爆発的な加速力が生みだされる。

 

「……っ!?」

「まず、一本!」

 

 投げられた警棒を、矢で撃ち落とした直後だったアーチャーの懐へと潜り込み、全力で掌底をガラ空きな腹部に叩き込む。

 

 全体重、そして加速分のエネルギーを乗せたその一撃は、英霊である彼女の体を簡単に吹き飛ばした。

 

 アーチャーが、少しよろめきながらも体勢を整える。

 その頃には、先程の代償による行動不能状態は解けていた。

 

 

「……っ、殺して……やる」

「もういいから……さっさと楽にしてやるよ」

 

 加速する攻防。

 

 痛ましいものを見るような表情を浮かべた青年が、アーチャーに向けて走り出したのを見て、オルガは考える。

 

(これが、結の本来の戦闘力……流石、擬似的なものとはいえ聖杯戦争を勝ち抜くだけのことはあるわね……)

 

 

 そんな彼女は現在、魔力探知用の魔術を、超広範囲で展開し続けているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人……ですか。私も随分と、舐められたものですね」

 

 戦闘中とは思えない程、気怠そうな様子でアサシンはそう呟いた。

 その言葉通り彼女を挟み撃ちにする形で、相手側のサーヴァントである二人の男性は立っていた。

 

 

「……余裕、だな?」

 

「舐められているのは、私達の方ですか……」

 

 そんなアサシンの態度に対して、槍を片手に正面に立った老人は苦笑いを浮かべた。

 アサシンの実力を知るランサーとは違い、今が初対面である白髪の青年は、顔を顰めながら手にした大ぶりの剣を彼女に向ける。

 

 大勢のワイバーン共は、周りを大きく囲むようにして留まっているため、逃がさないつもり……彼らがここでアサシンを討とうとしていることがよくわかった。

 

 

「……はぁ……いいですよ、いつでもどうぞ……私には、敵わないでしょうけど」

 

「……ふっ……それが本当か、この身をもって確かめさせて貰おう」

 

「……苦痛なく、逝かせてあげましょう」

 

 

 ため息を吐いた後、ニコリ笑って挑発をかましたアサシンに、二人の英霊が襲い掛かった。

 

 

 

 アサシンは攻撃を回避し続ける。

 

 背後からの大剣による一撃を、首を傾けるだけで、前方から絶妙なタイミングで放たれた神速の突きをヒラリと体を半身にするようにして、それぞれを完璧に避ける。

 

 全てが紙一重の超高度な回避技術。

 

 紙一重……その一枚分の距離がとてつもなく遠い。

 

 繰り返される攻防に、ランサーと白髪の青年の息が上がってくる。

 対するアサシンの表情には、微笑を浮かべる余裕まで存在していた。

 全力の攻撃を仕掛け続ける竜の魔女陣営の英霊二人に対して、最小限の動きで回避行動を続けるアサシン。

 

 どちらの体力が先に尽きるかなど、明白なことであった。

 

 今、彼女の姿は幼女のそれであった。

 マーラを引き摺り出すまでもない。

 彼女はそう判断して戦闘を行なっている。

 

 猛攻を仕掛け続けるランサー達。

 防御に回り続けているアサシン。

 

 戦闘の光景とは裏腹に、その戦いは既にワンサイドゲームと化していた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 その頃 竜の魔女こと、黒聖女。

 つまり、もう一人のジャンヌ・ダルクは、結達の戦闘を、側近であるジル・ド・レェの魔術を通して観察していた。

 

 

「……何、あれ。本当に人間なの……?……コホン、もう一人の善性にマスターがついたのは予想の範疇ね。あの人外アサシンは足止めだけでいいとして…………ファヴニールをぶつけるべきかしら?ねぇ、ジル?ジルはどう思うのかしら?」

 

 ブツブツ呟き、対策を練る黒聖女の姿からは、嗜虐の心を垣間見ることができて、その表情はどこか人間味の強さを感じさせる。

 

 そんな黒聖女が声をかけた先には、大柄な一人の男性が立っていて……

 

 

 

「ええ、ジャンヌ。全て、貴方の思うがままに」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

『……やっとよ。やっと!全く、待ちくたびれたわ!』

 

 

 

 嬉しそうに、一人の女性がそう言った。

 

 

 

『ファヴニールが動く!各自、オルレアンに突入して市街戦に持ち込んで!』

 

 

 

 

 彼女の言葉を聞いて、青年は呟いた。

 

 

 

「頼んだぜ、軍師オルガマリー殿?」

 

 

 

 完全決着まで 約一日。




ここから決着までイチャイチャ少なめです。
書きたくなったら番外を書くので、そちらで補給できればと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話 局地戦 

 

 

 オルレアンの街中を駆け抜ける。

 入り組んだ路地を、民家の屋根を。

 

 駆けて、駆けて、駆けて……

 

 背後からの矢が頬を掠めた。

 

『結、気張りなさい!』

「……くそったれ。足早くないか、あいつ!」

 

 一つ間違えていたら死んでいた、そのことを実感し、冷や汗が背中を伝う。

 愚痴を漏らしながらも、疾走を続ける。

 オルガから受け取った魔術回路をフルに使って全身に魔力を送り続ける。

 

 魔術回路の性能が上昇しているため、今のところ魔力残量には問題はない。

 しかし、肉体は別だ。

 

「……っ、はぁ……」

 

 走る最中、右脚に電流を通したような痺れにも似た痛みが俺を襲った。

 その激痛に顔を顰める。

 蹲りたくなるのを我慢し、スピードを落とさず走り続ける。

 

 原因に心当たりはあった。

 オルガの保有していた魔術回路の質が良過ぎたことである。

 恐らく、長時間行われている"過度な"強化により、肉体面に障害が出始めているのだろう。

 

 ……暫くは強化状態に体を慣らすことを目標として、鍛錬を行った方がいいかもしれない。

 

『……こんな状況だと、応援しかできないのがもどかしいわね……頑張りなさい、結。所長権限で有給増やしてあげるから!』

 

「いやいや、役に立ってるから安心しろよ……っ、またか!」

 

 呼吸は乱れ、全身にはかなり疲労が蓄積されている。

 そんな状態で走り続け、時折撃ち込まれるアーチャーの攻撃を凌ぎ続ける。

 逃走劇を続けること早十数分……俺の受ける傷は次第に数を増していった。

 

 

「振り切れない、どころか……追い詰められてる……狩の名手ってとこか?」

『流石に情報が少な過ぎるわね……でも、強制的に凶化が施されているというなら、やりようはあるわ……きっと』

 

「不安だなぁ……」

 

 だが、それでも……

 

『……勝つわよ、結?』 

 

「わってるよ、言われなくてもそのつもりだ!」

 

 

 この勝負、負けるわけにはいかないのだから。

 

 

 

 自らを焚きつけるようにオルガへ叫び返した直後、鼻先にピリッとした嫌な匂いを感じ取る。

 自身の直感力を信じて、体勢を全力で低くする……と同時に頭上を三本の矢が掠めていった。

 

『……嘘でしょ……あのアーチャー、こんだけの速度で走りながら街中で弓を引いて、結の頭の高さドンピシャで矢を曲げてきたってこと!?』

 

 オルガの言葉を聞いて、嘆息を溢す。

 

 今までにない攻撃パターン。

 仮に相手が、狩の達人であるのならば……こちらを仕留める算段がついたのかもしれない。

 

 そう考えて、俺も行動パターンを変える。

 

 低くした体勢から、右足を前方へと投げ出し、ブレーキ掛けるようにして滑り込む。

 加えて警棒を地面に突き立てるようにして減速……数秒経たずしての急停止に成功する。

 

 

 完璧な減速行動……予想外の攻撃にビビり、状況を整理するために選んだ急停止というアクションは……

 

 

 失敗に終わることになる。

 

 

 

 

「殺す、殺す殺す殺す殺す……殺、す!」

 

 

 矢による強襲だけに意識が向けられていたからだろう。

 振り向き様確認した光景に、俺の思考はほんの僅かな間だが、完全に停止したのだ。

 

 眼前に迫る一つの拳。

 それを首を傾げて回避して……その姿を見てしまったのだ。

 

 

「……っ!やっば、やらかし……っ、ぐふっ」

 

 

 全体的に緑色の装いであったアーチャーの体の一部が黒色へと変化していた……だけならまだいい。

 若干清楚系からアマゾネス感ある姿に変化してる気もするし、ちょっと眺めてみたい気持ちもあるがまあ、それもいいとしておこう。

 

 思考が乱された原因は、彼女がこちらを呑みこむレベルの殺意を発しながらも……涙を浮かべていたことにあった。

 

 

 

 足払い、膝蹴り……接近してきたアーチャーに乱打を打ち込まれ、警棒を蹴り飛ばされ、手ぶらになった俺の身体が宙に浮く。

 

 攻撃の手を緩めることなく、アーチャーは俺の喉元を掴み、そのまま地面へと叩きつけた。

 

「おま、え……自我、が……」

 

「ころ、す。ころ、す」

 

 首が締め上げられていく。

 徐々にアーチャーの姿は変化しているようだが、このままでは、彼女の全身が変化する前に俺の息が止まってしまう。

 

『結!しっかりしなさい!……結!』

「…………っ、あ、……っ!がぁ!……ぁ」

 

 ミシミシと、首から絶対に鳴ってはいけない音が聞こえる。

 暴れ、もがいてほんの少しでも拘束が緩くなる瞬間を探るが、アーチャーにそのような隙はない。

 

 上半身を起こそうとするも、馬乗りになるようにしてアーチャーはこちらの自由を奪ってくる。

  

 次第に抵抗はできなくなっていき、息がもたなくなってくる。

 

 チカチカと視界が点滅し、次第に目の前が真っ白に染まっていく……

 

 

 苦しい、痛い、しくじった、情けない。

 

 やばい、まずった、死ぬかも、まずい。

 

 

 いくつもの感情が、思考が、俺の頭の中を埋め尽くす。

 

 ぷつり。

 

 思考が途切れるその前に……

 

 

 

「ころ…………し、て」

 

 

 俺の頬に落ちる二粒の滴と、彼女の一言で俺の意識は現実へと浮上した。

 

 俺が動けないのなら……彼女に動いてもらうしかないだろう。

 

 彼女の眼前に弱々しく右手を突き出す。

 

 そして……

 

『っ、そこ!どきなさい!』

 

 魔術刻印が光を放ち、アーチャーへと【ガンド】が撃ち込まれる。

 

 超低威力のその攻撃には、殺傷能力は期待できないが……それでも、超至近距離から天才オルガマリーが放ったその一撃は、アーチャーの身体を後方へと吹き飛ばす。

 

 気道確保を確認。

 

 余力はない。

 

 ならば、これがラストチャンスだ。

 ここで決着をつけなければ、二度と俺の攻撃は届かない。

 

 そのとき、奇しくも俺とアーチャーの体勢は全く同じ状況……仰向けで倒れ込んでいる状態にあった。

 

 パッと飛び起き、正面を向けば完全に黒化したアーチャーの姿が視界に映った。

 

『仕留めなさい、結!』 

 

「ああああああああああああ!!!!」

 

「……【代償強化(コストリンク)】!」

 

 代償 令呪一画

 効果 超・瞬間強化 脚力・右腕筋力

 

 

 切迫した声でオルガが言い、アーチャーが吠える。

 

 そして

 

 

 

 一歩。

 

 

 

 瞬間移動が如くの速度で、アーチャーに接近。

 

「ああああああああ!!!」

 

 黒に染まったアーチャーは、狂ったように絶叫し、先程とは別人のような速度で右腕を振り抜いた。

 その一撃は、寸分違わず接近した俺の頭部へと向かう。

 

 一度、超加速を見せたこともあり、理性ではなく本能で、彼女は俺の行動を読んでいたのだろう。

 それは、考えられる中で完璧な対応だった。

 

 しかし、令呪を代償に行われた超強化は、その完璧をも、凌駕する。

 

 

「おせぇぇぇぇ!!!」

 

 絶叫しながら接近し、アーチャーの懐へと飛び込んだ俺は、勢いそのままに右腕を突き出して……

 

 

 ぶすり。

 

 

 生々しい音を立て、右腕を深々とアーチャーの胸に突き刺した。

 

 右腕に伝わる嫌な温かさが精神面を削ってくる。

 

 感触が、匂いが、温もりが……そのどれもがリアルな死を伝えてくる。

 思わず、顔を顰めたその時だった。

 

 

「……あり……と、う。すま、ない、な」

 

 

 抱き合っているような距離にいるアーチャーの囁き声が耳に届いた。

 恐ろしい程に単純だが、ただそれだけで救われた気がした。

 

「……気にしなくて、いい……手加減してくれて、ありがとな」

 

「……ふふ、ばれて……いた、か」

 

 消滅の光がアーチャーを包んだ。

 消えていく最中、死して凶化が解かれたのであろうアーチャーの微笑みを見て、俺は一先ずの戦闘終了を実感したのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……さてと、むさっ苦しい野郎二人の遺言なんて、聞いたところで仕方ないので……さっさと終わらせますね?」

 

「……っ、ばけ……もの、め!」

 

「これは、敵わんな……」

 

 

 地に伏す二人の男性の目の前で、嗜虐的な笑みを浮かべる一人の少女。

 圧倒的強者としてのオーラを隠すことなく、寧ろ見せつけるかのように発しているアサシンのその姿は、魔王か何かか……

 

 そんな敵に対し、ヴラド3世は自らの持つ槍を杖のようにして、どうにか立ち上がる。

 その表情は血を求め続ける哀れな吸血鬼から、自身の役目を全うするべく立ち上がった戦士のそれへと変貌していた。

 

 

「……余の命、ここで貴様にくれてやろう。例え凶戦士と化し、血を啜る怪物へと身を落とそうとも余は……」

 

「あ、そういうのいいんで、やるならさっさとしてください」

 

「「………………」」

 

 

((これは、酷い))

 

 モニター越しのカルデア技術部門トップと医療部門トップの心の声がシンクロする。

 漸くヨロヨロと立ち上がった相手方のアサシンまでもが、遠い目をしていた。

 

 勿論、一番精神的な影響を受けているのはプルプルと槍を握る手を震わせているランサーさんだろう。

 

 

「血に、濡れた、我が人生をここに捧げよう……!」

 

 

 ヴラドは静かに、しかし確かな言葉を発して、アサシンへと鋭い視線を向けた。

 

 ゾクリと背を走る悪寒に、アサシンは体を蒼炎で包み込み、一瞬で姿を痴女モード(そう言われるのは不本意)へと変化させる。

 

 出力最大……憎き主神の蒼炎を持って敵を迎え撃つ。

 

血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!」

 

「…………!」

 

 その瞬間、吸血公の体が……爆ぜた。

 

 血塗れ王鬼

 

 かつてヴラド三世がメフメト二世に見せつけた串刺し兵の伝説を元となった宝具。

 

 骨、肉、影、髪……射程圏内に存在する物質を取り込み、体内で杭として生成。

 そして、それらを射出し対象を串刺しにする。

 

 まさに一瞬き分。

 一瞬でアサシンの視界を埋め尽くすような量の"杭"が高速で撃ち込まれていく。

 

 怒涛の連射にアサシンは蒼炎と金剛杵を全力で操作し対応、しかし拮抗したのも僅かな間だけであった。

 自身の負傷などには目もくれず、全力で杭を生成し射出していくヴラド三世に対して、アサシンの手数が足りなくなっていく。

 

 最初は全ての杭を弾き落としていたアサシンだったが、想定以上の手数に正面衝突は分が悪いと判断を下す。

 その場から離脱を図ろうとするも、彼女の背後には敵方のアサシンが回り込んでいる。

 

 

「……ごふっ、ふはは……ふははは!余の宝具を正面から凌ぐ、か…………あまり舐めてくれるな!愛の女神!!」

 

「……真名は知られていましたか……情報源は、恐らく……レフ何某ですかね?」

 

『ちょ、アサシン!?今、そんな状況じゃ!』

 

「しゃらっぷ」

 

『あははは!嫌われてるねぇ、ロマニ』

 

 

 怒声を上げるヴラド三世。

 その目は、気怠げそうにしているアサシンの姿をしかと捉えていた。

 

「……気を抜いたな……余の命をくれてやる。遠慮なく、逝け!」

 

 その言葉を言い切ると同時に、ヴラド三世が全てをかけて放った杭がアサシンへと迫る。

 

 それを一瞥すると、アサシンは無造作に右腕を振りはらった。

 杭はアサシンが操作した高密度の蒼炎と激突し……それを貫通した。

 

「……え?」

 

 予想外の結果だったのか、ポツリとアサシンが唖然としたような声を漏らす。

 

 蒼き炎の守りを突破した杭は、続けて金剛杵すらもを弾き返して、彼女の胸元へと接近する。

 

 激突の瞬間、重音が辺りに響き渡り……杭に込められたエネルギーが爆発。

 その場に土煙が立ち込めた。

 

「殺った……か」

 

 ふっ、と誇らしげに笑うヴラド三世は、身体を半分程失っており、消滅の光に身を包んでいた。

 手応えはあった、必ず命中した。

 その自信があったからこその満足感……彼は静かに消滅の時を待った。

 

 そして……

 

 

「……はい、おしまい。楽しかったですか、逆転ヒーローごっこは?」

 

 

 口元をニヤリと歪ませて、本当に楽しそうな笑みを浮かべながら彼女は土煙の中から、姿を現した。

 その身には傷一つなく、欠伸を噛み殺すような仕草さえ見せているその姿からは、僅かな疲労も感じ取れない。

 

 

「き、貴様……余の攻撃は、確かに届いた筈では……」

 

「届かせてあげた、が正解ですよ?ああ、もしかして"本気で"勝てると思ってたんですか、吸血公さん?嫌ですねぇ、そんなのある訳ないじゃないですか……ここがあなたの領地ならともかく、異国の地で私相手に勝利ですか?…………そっちこそ、あんまり私を舐めないでくれます?」

 

「……き、さまぁ!!」

 

「それじゃ、今度こそさようならです。特に恨みもないですが、マスターのために死んでください」

 

 慈悲もなく、弓の一射でヴラド三世に止めを刺したアサシンは、一言ポツリと呟いた。

 

 

「ほんっと、全く生前に見覚えはないんですけど……便利なんですよねぇ、これ」

 

 

 足元から発生させた黒き帯のようなものを、眺めながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話 オルガとジャンヌ

 

 

 

「……おや?……もう一人のアサシンは、逃げましたか……追って仕留めるのも苦ではないですが…………」

 

 ぼんやりと荒地とかしたあたり一面の様子を見ながら、アサシンは呟いた。

 

「……どうやら、しっかりと釣れたようですね」

 

 そして、数秒後。

 彼女の目の前に……

 破壊という概念を実体化したかのような、圧倒的な存在感を持つ黒竜が舞い降りた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、そろそろ……動くか。オルガ、戦況はどうなってる?」

 

『えっと……ちょっと待ってて。さっきの援護のために、一回アサシン達とのリンクを外したのよ』

 

「まじか……悪いな」

 

『……元はといえば、英霊に対して貴方を戦力として扱わざるを得ない状況になった私の責任よ……本当に、よくやってくれてるから、謝らないで』

 

「……ああ」

 

 

 オルガさん本当に精神的に成長してるなぁ……なんて、考えながら返事をする。

 それと同時に体を休めるため、寝っ転がっていた状態から飛び起きた。

 

 瞬間、既に酷使されている全身が、悲鳴を上げる。

 忘れてたぁぁ……なんて脳内で絶叫しながらも、無言で痛みを凌ぎきる。

 

 体をほぐそうと肩を回すが、二度ほど回してみたところ、肩を回す作業そのものが苦痛となってきたのでやめた。

 

 バカなことをしていないで、脳内を戦闘モードに切り替えよう。

 

 先程オルガが言った単語、リンク……それはつまり、念話やら位置確認やら生存確認その他諸々を、遠距離把握できるようにオルガは幾つかの魔術を維持し続けてた状態のことを指している。

 

 アーチャーに襲われた俺の身を守るために【ガンド】を使用したオルガだったが、現在の彼女は魔術の使用にかなりの制限がかけられている。

 そのときまで繋ぎ続けていたリンクを切断しなければ【ガンド】を撃ち込む余裕はなかったのだ。

 

 "陽動"作戦の要となる状況確認の手段……それを解除するという状況に陥るのは、俺達にとって誤算であった。

 それが、完全に裏目に出ることになる。

 

 

『……っ、結……先に謝っておくわ、ごめんなさい』

 

「……状況は?」

 

『もう一戦だけ……手伝って。ジャンヌが、危ない……かなり、押されてる』

 

 警棒を握りしめた。

 パチパチと、全身に魔力を流す。

 青白い光が、魔力回路を光らせる。

 

「【代償強化(コストリンク)】……っ、てぇな……」

 

 代償 適当量の魔力

 効果 身体能力強化

 

 幾度と使ってきた自慢の魔術を使用する。

 痛みに一瞬だけ表情が歪んだが、そこは気合でねじ伏せた。

 

 どこかの天才様のおかげだろう。

 魔力効率が上昇したことにより残り魔力はまだまだ余っている。

 問題は痛みだけ……なら、実質問題なんてないと同義だ。

 

 懐からボンタンアメを取り出して、口に放り込む。

 集中力を高めながら、一言呟いた。

 

「場所を教えろ……すぐに向かう」

 

 

 

 

 状況は刻一刻と変化する。

 

 

 対峙する邪竜と女神。

 

 聖女の危機に、青年が立ち上がる。

 

 そして……

 

 遠方の同じ空の下。

 

 

「……マスター、こちらです。酷く衰弱しているようですが、この方が聖女マルタの言葉にあった竜殺しのサーヴァントかと」

 

「……次、から次へと!」

 

「ま、待って、私達は貴方の敵じゃ……」

 

 

 一人の剣士と少女達が出会う。

 

 

 決着へ繋がるピースは少しずつ、しかし確かに埋まりつつあった。

 

 

 

◇◆◇

 

 side 立香

 

 

 

 リヨンの町に到着した私達は、当然の如く湧いて出た生ける屍(リビングデッド)と大量のワイバーン達を蹴散らして、竜殺しの捜索に当たっていた。

 

 気配を消すなどもせずに、捜索に当たれているのは、結達がファヴニールを引き止め続けてくれている、という安心感があるからでもある。

 

 

 町の西側を私とマシュ。

 東側をマリーさんとアマデウスと役割を決めて捜索に当たること十数分。

 

 思っていたよりも早く彼を見つけることができたのは、幸か不幸か……ワイバーンの死体の散らばり方に偏りが見られたからであった。

 

 ……うーん、この惨状を直視できるようになってきたけど……あんまり慣れたくないなぁ。

 私、一応普通の女子ですし!

 

 

 それから、状況は勢いよく変わり始めた。

 

 竜殺しのサーヴァントは、銀の長髪を持つ大柄な男性で、その真名をジークフリートと名乗った。

 ……名前は聞いたこともある……と思う。多分、うん。

 

 クラスは、最優のサーヴァントととも呼ばれるセイバークラスなのだとか。

 彼の体は傷だらけで、動くのもやっと……という具合だった。

 合流したマリーさんが宝具を使って治療を行ってくれたけど、あまり効果は見られなかった。

 なんでも、酷い呪いがかけられているらしい。

 

 さっきから、らしい……とか、なのだとか……なんて言い回ししかできていないが、仕方ない。

 ……正直、魔術に関しては私は無力といっても過言ではないからである。

 この特異点から帰ることができたら、正式に結の弟子にしてもらおう。

 

 呪いを解く方法については、管制室に寄っていたキャスターのクー・フーリンが"洗礼詠唱"という方法を提示してくれた。

 そのためにはジャンヌとの合流に加えて、もう一人……聖人として名を馳せた英霊の存在が必要だという。

 

 ……可愛さとか癒され感で言ったら、うちのマシュも聖人級だと思うけど……話をしてると浄化されそうになることが割とあるし。

 

 

 聖人を探す。

 

 そんな新たな目的を掲げたまさにそのときであった。

 

 

 

「……っ!」

 

 

 ぐったりとした様子で、アマデウスに肩を借りていたジークフリートが、突然私の方向へと剣を振り上げた。

 私の動きが固まる。

 マシュが驚愕の表情を向け、マリーさんもその様子に目を見開いた。

 

 そして、その大剣は私の髪を掠めるような軌道を描いて、後ろに立っていた一人の男へと激突した。

 

 

『……っ、サーヴァントだって!?そんな、バカな!モニターで魔力反応は逐次確認していたのに!』

 

『恐らく、かなり高い気配遮断のスキルを持っているんだろうね……だとすると、クラスはアサシンかな?』

 

 ドクターが何か喚いているが、正直腰を抜かしそうで余裕はなく、全く聞き取ることができなかった。

 なんとか持ち堪えたることができたのは、ジークフリートが私に向けて一切の殺意を放っていなかったからだろう。

 

 ジークフリートの攻撃により、私の背後にいたそのサーヴァントは後方へと飛び退いた。

 その姿を目にして、背筋に悪寒が走った。

 

 一言で表すのならば 異形 である。

 長大な鉤爪を持ち、顔半分は骸骨仮面によって覆われている。

 

 

 

「ああ……勿体ない。あと少しで、君は楽になれたのに……」

 

「っ!なに、ものだ、お前は」

 

 

 

 それは、美しい声であった。

 それは、異常なまでに……本当に美しい声で、だからこそ……その言葉を怖く思った。 

 

 

 

 息を切らせたジークフリートの質問に、男は答える。

 

「人は皆、私のことを……オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)と呼ぶ」

 

『ファントム・オブ・ジ・オペラ……愛に狂い、最後は殺人にまで至った怪人、か。気をつけたまえ、立香ちゃん。その相手を、普通のサーヴァントだと思ってはいけないよ』

 

 

 

 相対して分かった。

 私は今、かつてない程に恐怖を感じていると。

 このサーヴァント……ファントムに、先程の距離まで接近された。

 その事実を認識すると同時に、恐怖心と安堵感が一気に押し寄せてくる。

 

 

 結果、思考は停止して隙が生まれた。

 

 

 

 ファントムが振り下ろした鉤爪を、私の前に立ったジークフリートはあっさりと弾き返した。

 そして、彼は勢いそのまま敵を撃とうと足を踏み込んで……意識を失い、その場に倒れた。

 

 

 私達の間に動揺が走るが、考えてみれば、それは当然の結果であった。

 

 生きているのが不思議である、とまでクー・フーリンが称した呪いを受けたまま、何度も戦闘を行うことなど出来るはずがない。

 

 しかし、ジークフリートが倒れる様子を見たことで、漸く意識は現実へと浮上する。

 

 

「……っ、ごめん、みんな!集中できてなかった。マリーさんは、ジークフリートの避難を!マシュは前衛、サポートはアマデウスに任せるよ!」

 

 

 ここには、結も、アサシンもいない。

 今は、私が頑張るときなのだ……そう奮起して、私は指示を送り始めた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「Arrrr!!!」

 

「っ!くっ……はぁぁ!」

 

 

 黒き鎧戦士が放った一撃を、旗による防御で受け止める。

 何度目かもわからない衝撃に、手は麻痺したかのように痙攣していて……ついに、私はその旗を地に落とした。

 

 その隙を見逃す鎧戦士ではなく、相手は回し蹴りを私の腹部に叩き込んだ。

 ミシッと、痛な音がしたのが分かった。

 十中八九……いや、感覚からして確実に肋骨の何本かにヒビがはいったことだろう。

 折れていないことを祈るしかない……そんなことを考える。

 

 ()()()()()()

 

 相手サーヴァントは、私へと嵐のような勢いで攻撃を叩き込み続けた。

 腕が、足が、腹が、胸が……全身に殴打を叩き込まれて意識が飛びかける。

 

 何故かはわからないが、このサーヴァントは私に対しての殺意が異様に高かった。

 それが、戦闘をやりにくくした原因の一つだった。

 

 しかし、それは最もたる原因ではない。

 

 相手は宝具のような武器を手にしているのではなく、どう見ても持っているのは兵士たちが使うような鈍らであった。

 

 それにも関わらず、私がここまで押されているのは……

 単に相手の戦闘技術が高かったことが原因であった。

 

 

 段々と意識がぼんやりとしてくる。

 もう、痛みを感じ取ることができない。

 体と精神の繋がりが希薄になっていく。

 

 

 これで、こんなに呆気ない幕切れで、本当にいいのか?

 

 その問いかけの答えを出す……その前に、無意識に腕が動いた。

 

 

 無意識に、と言ったことに矛盾するかもしれないが、それは多分……本当に、ただの気まぐれだったのだと思う。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……アサシンさん……可愛い方ですね。見た目もそうですが、性格も……です」

 

 

 結さんの懐で丸くなり、共に眠りについている彼女の姿を見てそう呟いた。

 

 そんな私の呟きをマスター、そのときはまだ、オルガさんでしたか……が拾ってくれた。

 

 

『……そうかしら?……まだ、ほんの少しの間しか話してないから、内面に関して断言は出来ないけど……少なくとも見た目で引け目を感じることはないんじゃない?』

 

 

「…………」

 

 

『照れたわね……顔真っ赤にしちゃって……今、内面も可愛いことが証明されたわよ?』

 

 

「……し、知りません……コホン、早めに寝た方がいいと思いますよ、オルガさん」

 

 

『もう少しだけ話したら、ね?』

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 彼女に可愛いと言われたことを嬉しく思う自分がいたのは確かなのだろう。

 しかし、それが出来たのは自分が可愛さを求めているから……そんな理由ではない。

 

 彼女が可愛いと言ってくれたものを、汚したくなかったから……その腕は無意識に動いたんだと思う。

 

 

「……っ、……ぁぁ、はぁああ!」

 

 

 無抵抗で殴られっぱなしであった私は、顔への攻撃を腕を交差して受け止めた。

 相手サーヴァントが驚いたように見えたのは、恐らく気のせいではないだろう。

 

 獣の如き叫びを上げながら、交差した腕へと力を込めて相手の持つ剣を弾き飛ばした。

 

 勢いそのままに、仕留められるか?

 そんなことが頭に浮かぶが、すぐにそれは甘すぎる考えだと気付く。

 

「Ar……thur……!!!」

 

 

 その叫びに比例するかのように、向けられる圧力が、殺意が増大する。

 腕の一振りで吹き飛ばされたが、耐久力には自信がある。

 むしろ距離が確保できたと喜んでおこう。

 

 

 

「アーサー……王?……っ、貴方は、貴方の真名は、ランスロットですか……」

 

 

 聞こえたアーサー、という単語と鈍らを宝具クラスまで高めて使用するその能力、戦闘の技量から、黒騎士の真名を導き出した。

 

 黒騎士……ランスロットは、絶叫を続けたまま私の方向へと突撃し、腕を振り下ろしてくる。

 

 先の抵抗で体力を使い果たした私は、その一撃をただただ傍観することしかできない。

 

 でも……やっぱり……

 

 

『それ以上、私のサーヴァントに!手を出すなぁぁああ!!』

 

「ちょ、オルガ!?流石にうるさい、ちょっと黙ってろぉぉ!!」

 

 

 

 信じてましたよ。

 

 マスター、結さん。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話 逃げるが勝ちって聞くけど、具体的にいつまで逃げればいいんだろ

祝・大奥復刻
皆さんがアサシン様を手に入れられるよう祈ってます。
大奥カーマさんと比べると、今作カーマさんのチョロイン感が倍増しますね……

いつもより短めで、中々話が進みませんがゆっくり付き合ってくれるとありがたいです。



 圧倒的なまでのステータス差に加え、擦り傷だらけの身体、既に息が上がっている様子を見るに、体力もかなり消耗しているだろうということは容易に想像できた。

 

 しかし、それでも

 

「……さてと、どうしたもんか。この●っくろくろすけ」

 

 悠々と、飄々と、私とランスロットの間に割って入った青年は余裕ぶった普段の調子でニヤッと笑う。

 

『伏字にする意味あるのかしら、それ……気を取り直して、手筈通り行くわよ?』

 

「アイアイ()()

 

『一応、女性として扱ってもらえない!?』

 

「Arrr!!」

 

 

 

 

 余りにも普段通りの彼らの姿に、どこか安心する私が居た。

 

 彼らなら、きっと……

 円卓最強と謳われたランスロットが相手であろうと、きっと勝利を……

 

 

 そんな希望を抱いた私に、彼らは言ったのです。

 

 

 

「んじゃ、早速……」

 

 

 

 

「『撤収!!!』」

 

 

 

「へ?」

 

 

 その瞬間、信じられないぐらい間の抜けた声が、私の口からこぼれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………数分程前

 

 

 

 

「……ジャンヌが正面から勝てない相手が居たのは、完全に誤算だったな……さて、どうしたもんか」

 

『現場に急行したところで、勝機はあると思う?』

 

「……完全に回復した状態ならともかく……既に【代償強化(コストリンク)】による魔術回路の負担は無視できないレベルになってるからな。ぶっちゃけ、勝ちの目は見えない」

 

 

 オルレアンの街中を疾走しながら、オルガとの状況確認を行う。

 ジャンヌの危機を知ったのが、五分ほど前……手遅れになる前に間に合わせることが絶対条件であるのは変わりないのだが、このまま無策で突っ込んでいったところで、犠牲者が増えるだけである。

 

 

「罠か、奇襲か……アサシンになすりつけるのも一つの手だな……」

 

『いくらアサシンの戦闘経験が通常のサーヴァントより豊富だといっても、ファヴニールとジャンヌ以上の戦闘能力を持つサーヴァントを同時に相手取るのは厳しいと思うわよ……一撃で仕留められるなら、奇襲が最も現実的じゃないかしら?』

 

 オルガの下した判断が、本当に最適解なのだろうか?

 

 考える。

 

 思考は力だ。

 

 戦力差、全体の状況、これまでの策。

 

 様々な要素を頭の中で転がし続け、そして深く何度も考える。

 状況を打破するために必要な情報を脳内の記憶を探り続けていき……

 

 

「そうか……サーヴァント、か」

 

『結?』

 

「……うん、思いついた。オルガ、アサシンに念話繋げるのと、最大範囲でサーヴァント探知を頼んでもいいか?」

 

『ええ、了解よ……どういうつもり?』

 

 

 俺の意図が読めないのか訝しむような声音でオルガはそう問いかけてくる。

 走るの疲れてきたなぁ、なんて考えながら彼女に対して一言呟いた。

 

 

「ちょいと小旅行と洒落込むとするか」

 

『……はぁ?』

 

「わお、久しぶりにガチ不機嫌っぽいため息」

 

『そこまでキレてないわよ!?……まあ、いいでしょう、信じます……ほら、アサシンとリンクを繋ぎ直したわよ』

 

「絶対、今ジト目でこっち見てるだろ、お前」

 

『気のせいよ』

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「よっ、と……はぁ!」

 

 

 目の前の邪竜が放つブレスを後方に宙返りすることで避け、一発だけ矢を放って反撃しておく。

 しかし、喉元へと直行していったその一撃は、邪竜に衝撃を与える直前に霧散しているようにも見える。

 

 

「……なんというか、根本的にダメージが通ってる気がしないんですよねぇ……どうしましょうか」

 

 

 幼女姿のまま戦闘を行なっている女神様ことアサシン、カーマは目の前のファヴニールに対して頬を引きつらせながら、そうボヤいた。

 

 戦闘を始めて十数分。

 

 この様子なら、負けることはなさそうですね……なんて思っていたアサシンは、それと同時に一人では簡単には勝てそうでもないことに薄々気がついていた。

 

「私一人なら、前回見せた超強ブレスも避けることができますし……それにしても、本当に……どう倒しましょうか?」

 

 金剛杵による乱打、弓の連射、蒼炎を使った爆撃……最も効果が高かったのは蒼炎を用いた攻撃であり、外皮が硬すぎるのか金剛杵ではダメージを与えられそうにないことはデータとして得ることができている。

 

「……魅了、できれば……支配権を奪い取れますかね……?」

 

 宝具を打ち込みたい気持ちもあるのだが、現在進行形でマスターの残存魔力量は減少しつづけているので、大技を避けておきたいというのも事実。

 むむむ、と悩みながら鬱陶しい邪竜のブレスを()()()()()()()防御していると、オルガから念話が繋げられた……ちょっとそこの邪竜、何をそんな異常人を見た時みたいな視線を向けてるんですか。

 

 誠に心外なんですけど。

 

 

『……あー、テステス、アサシンさん聞こえます?』

 

「……っ!?!?ひゃい、聞こえてましゅ」

 

『めっちゃ噛むじゃん、どしたよ?』

 

 そりゃ、耳元でいきなり声をかけられたら驚くに決まってるじゃないですか!?

 ばかですか、ばかですね。知ってますし、全然嫌じゃないですけど、やる前に声かけてくれません?

 オルガが話すと思って油断してましたよ、こんちくしょう。

 

「……コホン、いえ、なんでもないですよ。それより、どうかしたんですか?頼み事なら大体何でも引き受けますけど」

 

 顔が熱くなるのを自覚しながら、平常心を心がけてマスターにそう言い返す。

 …………我ながらちょっと甘過ぎますかね。

 

『せめて内容聞いてから引き受けなさいよ……無茶振りが来ても知らないわよ?』

 

「マスターが、私を無駄に困らせるわけないじゃないですか……というかオルガも聞いていたんですね」

 

『むすっとするのやめなさい。無駄に可愛いわね、ほんと……って、違う、さっさと本題に移りなさい、結』

 

 

 最近、オルガまでもがマスターのように私を愛でてくるのはどうしてなのでしょうか?

 ……まあ、深くは考えなくてもいいことですね。

 

 

『そうだな、んじゃ簡潔に言うわ』

 

「……?」

 

『ちょっくら隣街まで散歩してくる』

 

 

◇◆◇

 

 

 そして今。

 

 

 

 

「『撤収!!!』」

 

 

 二人してそう叫ぶと同時に、恐らく本日最後であろう【代償強化】を使用する。

 

 効果 瞬発力・脚力 強化

 代償 残存魔力 七割

 

 激痛に歯を食い縛って耐える。

 強化完了と同時に、行動を開始する。

 

『路地に入るわよ、案内するからしっかりついてきて!』

 

「おう」

 

 傷だらけのジャンヌを素早く横抱きに抱え上げ、黒騎士へ背を向けてオルガの指示通りに通りを走りはじめた。

 

 

「む、結さん!?わ、私は……」

「うっせぇ、格好つけてんだから黙って抱えられとけ!」

 

 途中ジャンヌが自分で走れます、と強がりにも程がある発言をしたので、ピシャリと叱り付けてそのまま走り続ける。

 それに……彼女の出番はまだ先だ。

 

 ぶっちゃけてしまえば、別にここで俺が力を使い果たそうとも、そこから先のプランに支障はないのである。

 

 

 

 暫く走り続け、息も絶え絶えになってきた頃。

 

 チラッと背後を確認すると、10メートルほど離れた距離に黒騎士の姿があった。

 全部出し切るつもりで使った【代償強化】による速度上昇の効果は高く、ジャンヌを抱えた状態でも、追いつかれることはなさそうだ。

 

「Arrrrr!!!」

 

 殺気がすげぇ。

 怖いんだけど、何あいつ。

 

 俺が視線を向けていることに気がついたのか、憎悪の念を際限なく雄叫びと共に伝えてくるその様子は鬼か何かか。

 

 距離はあるが、体の底から湧き上がってきた嫌な予感を信じて回避行動を取った。

 

 ……と、同時に視界の隅を弾丸めいた速度で瓦礫がすっ飛んでいった。

 

「……っ、投擲!?……オルガ!」

 

『わかってる!その路地抜けたら、目的地まで一直線だから、そのまま走り続けて!左手だけ、後ろに向けてくれれば投擲は私が押さえるから』

 

 想定外の荒技に対し、オルガがナビゲートを中断して放たれる瓦礫を【ガンド】を使い叩き落とす。

 ……こいつ高性能すぎて時々怖い。

 

 

 そのとき、お姫さま抱っこから右手一本を支えてする俵運びのような担ぎ方に持ち方を変えられていたジャンヌが、肩にしがみつきながら疑問の声を上げた。

 

「……目的地、ですか?」

 

「もう着くぞ、残念ながらここからはお前が頼りだからな」

 

 

 そこにあったのは……

 

 

「馬、小屋……ですか?」

 

 

 ジャンヌがなんとも言えなさそうな顔を浮かべるのを見て、ほんの少し笑ってしまったのはしょうがないことだと思う。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「…………ワイバーンの勢いが弱まりましたか。心なしか個体数も減少している気もしますね……」

 

 

 鎧を纏った長髪の騎士がそこには居た。

 

 マスターもなく、理由もわからず召喚されたその男は、自分の良識に従って行動し、現在では街を大量の飛龍から守る守護者となっていた。

 

 

 聖人と名高く、ありとあらゆる存在を守り、そして罪なきものに向けられる暴力に対して躊躇いなく剣を抜く高潔なる騎士。

 

 その名はゲオルギウス。

 

 ガチャリ、ガチャリ、と鎧の音を立てながら冷静に周囲の警戒を行う彼の元へ……

 

 

「……よっしゃ、逃げ切ったぁあ!!」

 

『もう、しばらく馬には乗りたくないわね』

 

「私も、ここまで速度を上げたのは、久しぶりです……」

 

「Arrr……!!」

 

 

 

 賑やかな逃走劇を繰り広げる青年と聖女が現れるまで、あと十数分。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話 聖剣・禁じ手・決着

バサスロット戦がここまで長引くとは……
話の進みはゆっくりですが、付き合ってもらえると幸いです。


 

「……はぁ、はぁ……はぁ……っ、勝った、んだよ、ね?」

 

「……はい。文句なしの勝利です……先輩?お体の具合は大丈夫ですか?」

 

「う、うん……ちょっと、安心して力が抜けちゃって……」

 

 

 リヨンにて、怪人ファントムとの戦いを繰り広げること十分程。

 なんとか勝利を掴み取ることができた私達だったのだが……額からは玉粒のような汗が流れ続けており、息も絶え絶えという、とてもじゃないが、余裕の勝利とは言えない状態であった。

 

 状況が目まぐるしく変化するサーヴァント戦を行なっていると、時間感覚がおかしくなる。

 随分と長い間、戦闘を行なっていた気もするし、気がついたら決着がついていたような感覚もあり、なんというか不思議な感じだ。

 

 少なくとも、結の戦闘能力が常人離れしていることは再確認できたかな……

 

 アマデウスの奏でる心を落ち着ける旋律、とやらを聞きながら、深呼吸をしているとドクターから連絡が入った。

 

 

『大丈夫かい、立香ちゃん?……まともに休憩も挟めなくてすまないが、予定通りオルレアンへと向かって貰いたい』

 

「うん、わかってる。結とかの方が、私達よりも大変な状況にいると思うし……でも、ドクター……ジークフリートの呪いを解くには、もう一人聖人を探さないといけない……って話じゃなかった?」

 

『それに関しては問題ないよ。今、結君たちの方で聖人と呼ばれるに相応しいサーヴァントと合流することができたみたいだからね……彼らと合流できれば、全ての準備が整う……最終決戦ももう直ぐさ』

 

 

 ドクターの言葉に、マシュと顔を見合わせた後、二人して笑顔をつくった。

 それは吉報だった。 

 アマデウスも、マリーさんも、グッタリとしていて状況もあまり読み込めていないはずのジークフリートまでもが、私達に釣られるようにして笑顔を浮かべた。

 

 初めて自分達だけで本格的なサーヴァント戦を乗り越えることができたから……そんなことも私たちが状況を楽観視してしまった原因の一つだったのかもしれない。

 

 私達は、気づかなかった。

 

 ドクターが、もう一つのモニターに険しい表情で目を向けていたことに。

 ……カルデア職員達の多くが、祈っているかのような様子でその光景を見守っていたことに。

 

 何度、地に伏そうとも、歯を食い縛りながら立ち上がる……同時刻、一人の魔術師がそんな限界ギリギリの戦闘を行なっていたことに。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「っ、がぁぁあ!!!」

「Arrrrr!!」

 

 ぶつかり合う警棒と鈍らが、鈍い金属音を街中に響き渡らせる。

 一度や二度ではなく、幾度となくその音は発生し続ける。

 

 想定外だった。

 

 オルガに最寄りのはぐれサーヴァントを探してもらい、そのサーヴァントと共に黒騎士を倒す……そんな博打要素満載の作戦に出た俺は、出会ったサーヴァントがゲオルギウスという名を持つ聖人であったことを知り、この戦いを勝ったと半ば確信していた。

 

 しかし、現状はどうだ。

 

 八度目の激突で、俺の手から警棒が吹き飛ばされる。

 勢いのまま突っ込んできた黒騎士……真名はランスロットだったらしい、を割って入ったゲオルギウスが大楯を使い受け止めた。

 

 連撃を防ぎ続け、一瞬ランスロットの重心がぶれた所を見逃さずに、背後から接近したジャンヌが大旗を振り下ろす。

 その一撃に合わせるように、拾った警棒を全力で投擲してランスロットを仕留めにかかる。

 

 正面のゲオルギウス、後方からジャンヌ。

 そして警棒投擲による側面からの攻撃。

 

 完璧なタイミングで放たれた三方向からの攻撃を、ランスロットは当然のように躱しきってしまう。

 

 偶然による回避ならば、運がなかったで済まされる。

 しかし、そうではないのだ。

 俺達は今と同じような光景を、既に四度ほど目撃している。

 

(((……攻めきれない!!)))

 

 前衛防御役をゲオルギウス、前衛攻撃役を俺、サポートをジャンヌという三人組で戦っている俺たちの心の声が重なる。

 

 予想に反して、状況は拮抗していた。

 

 ゲオルギウスという優秀な壁役を協力者として引き込んだことにより、守りの面での不安要素はかなり減ったが、問題は攻撃面だ。

 

 今でこそなんとか攻撃の形にはなっているが、よりによってこの局面にて、俺の魔力が底をつき始めてきたのである。

 

 巧くて、疾い。

 要するに、強い。

 

 ランスロットの戦闘能力は、それこそかつて強制的に稽古をつけてもらうことになったアサシンの天敵であるセイバーにも匹敵するものであったのだ。

 

 ただ一つ、この黒騎士に問題点があるとするならば……圧倒的なまでの魔力効率の悪さ……燃費の悪さが挙げられるだろう。

 

 

 これはオルガの分析によって得られた推測である。

 自らの宝具ではなく、そこら辺に落ちていたような鈍ら剣を使っているのは、敢えての行動ではなく、ただの妥協案なのではと推測したのである。

 

 マスターが聖杯を持つ黒聖女だとしても、聖杯でも補えないほど魔力消費の激しいサーヴァントなのでは、と考えれば異常なまでの戦闘力も頷ける。

 

 だが、まあ、わかると思うが……それは、ランスロットの欠点であり、弱点とはなり得ない。

 

 妥協案使用状態のランスロットに勝利するために、何が正解なのか……その答えを導きだすのは、中々に難しいことであった。

 

 いっそ勝ち目がなかったなら、それはそれで幸せだったのかもしれない。

 諦めて、立香達と合流するまで耐え凌げばよかったのだから……

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……どれだけやりたくなかろうとも、この禁じ手を使わない、なんて判断は下せなかったのだ。

 

 

 

「……オルガ、ちょっと意識閉じてろ。今からすること、あんまり見られたくないから」

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

「……やはり、強い!!」

 

 

 遂に限界が来たのか、膝をついてしまった結さんを横目に気合を入れ直した。

 ゲオルギウスさんと私が防御だけに集中すれば、耐え忍ぶことはそれほど苦にはならないはずである。

 

 それでも、ジリ貧なのは間違いないのだが……一つ手がないこともない。

 

 宝具・紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)

 

 あれを使えば、大抵の相手ならば消滅させることができる筈だ。

 ……見事なまでの、自爆技なのだが。

 

 

 本来ならば、黒聖女との問答を行わなければならない。

 彼女の発言から予想できることだが、恐らく、彼女のバックにいるであろうジルに対して一言物申さなければ気が済まない。

 

 しかし、今この状況で最も守らなくてはならないのは彼の命だ。

 

 問答無用で竜の魔女を滅ぼせば、この特異点は消滅するだろうし、アサシンが本気を出せば今すぐにでも、それは可能であろう。

 彼女と話がしたいというのは、ただ単に私のわがままであるところが大きいのだ。

 

 

「……やるしか、ないですかね」

 

 

 剣へと手をかける。

 集中し、魔力を練り上げようとするその直前のことだった。

 

 

 

 ゾクリ、と鳥肌が立つ感覚がした。

 

 

 

 

 最近でいえば、ファヴニールが街一つを消し飛ばそうとブレスを放った時に感じた重圧によく似ている。

 

 それを感じ取ったのは、もちろん私だけではないようで……ゲオルギウスさんもランスロットでさえもが行動を一瞬止めて、重圧の発生源……膝をつき下を向いている結さんの方向へと視線を向けた。 

 

 

 パチッ、パチッと帯電するかのように全身の魔術回路へと魔力が巡り、その光は段々と強くなっていく。

 

 

「……あの、魔力は……一体、どこから」

 

 ポツリと溢れた私の呟きに、返答する相手など存在しない。

 

 高められた魔力が発する淡い青色の光は、輝きの強さを増していくに連れて変色し、血のような重い紅色へとその姿を変えていく。

 

 

 眼前に生じた理解不能な光景から、いち早く立ち直ったのはランスロットであった。

 

 

 ランスロットは手にした鈍らを投擲し、膝立ちの結さんを攻撃した。

 当然、その行動を黙って受け入れる私達ではない。

 

 私がその剣を旗で弾き飛ばし、ゲオルギウスさんがランスロットの正面へと立ち塞がる。

 何を行なっているのかはわからないが、恐らく、今の結さんは奥の手を使うための溜めの段階にいる。

 その邪魔をさせるわけにはいかなかった。

 

 

 そうこうしている間にも、背後から感じ取れる魔力は高まり続けていく。

 結さんの奥の手が放たれれば、確実にランスロットを仕留められる。

 そう感じさせる程に、魔力は練り上げられていき……

 

 

「………………!?」

 

 再び、ゾクリと鳥肌が立つ嫌な感覚がした。

 

 その気配がする方向は結さん……ではなく、前方のランスロットからである。

 

 

「A r r r……!」

 

 

 ゲオルギウスさんが向き合っているランスロットが纏っていた黒いもやのようなものが、薄れていく。

 

 叫び声を上げる彼の手には、いつのまにか禍々しい黒の長剣が握られていて……

 

 

「A rrrrr!!!!!!!!!」

 

 

 一閃。

 

 

「しまった……!」

 

 

 ゲオルギウスさんの構えた長剣を一撃で弾き飛ばし、間髪入れずに回し蹴りを叩き込む。

 先までとは段違いの動きのキレに、対応しきれずゲオルギウスさんの姿が一瞬で後方へと消えてしまった。

 

 

 その驚愕の光景に一瞬だけ、私の体が硬直する。

 

 致命的なまでの隙を見逃さず、ランスロットは私に接近し、通り抜け様に胴へと鋭い斬撃を叩き込んだ。

 

 

「ぐっ……っ!」

 

 

 

 傷は深く、当然のことながら、胸から脇腹にかけて作られた傷痕からは血が溢れて、止まる気配が見えない。

 激痛による悲鳴は、唇を噛むことで押さえ込み、地に伏したくなるのを膝をつくだけに留める。

 

 

 切れ味が違う。

 

 存在感が違う。

 

 危険度が違う。

 

 何よりもまず、そんじょそこらの名刀なんかとは、格が違う。

 

 

 あの剣は

 

 ランスロットが手にしたあの剣こそが……彼の本来持つ剣にして、宝具。

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

 幾つ言い訳を述べても、もう遅い。

 少なくとも、未だ完全な状態とは言えない今の私では相手にならない。

 

 聖剣を開放したランスロットを相手に、時間稼ぎもロクにできず、ゲオルギウスさんと私が作っていた防衛ラインは突破されてしまったのだ。

 

 

「……っ」

 

(すみません……マス、ター、結さん)

 

 

 体を動かすことも出来ず、ただ視線を後方へ向けることしかできない。

 ゲオルギウスさんは遠く離れた場所で、体勢を崩している。

 

 誰の助力も得られない。

 

 そんな絶望的状況に置かれた結さんが……

 

 

 

 

 ニヤリと片頬を上げ、不敵に笑った。

 

 

 

 

 その目は真っ直ぐと、自らへ高速で接近するランスロットを捉えていて……両の瞳から、焦りの感情は見られない。

 

 

 黒き凶刃が、結さんを襲う。

 その少し前に、結さんは漸く"溜め"の段階を終わらせた。

 

 少し離れた距離から、ランスロットが剣を振り上げ、地を蹴った。

 それと同時に結さんは立ち上がる。

 

 鎧を纏っているとは思えないような身軽さで、接近したランスロットは、躊躇いなく聖剣を振り下ろす。

 

 神速の斬撃が繰り出される。

 

 

 そんな、ランスロットの動きに対して、結さんが聞き取れないほどの音量で何やら一言呟いた。

 

 

 

「…………!」

 

「Arrrrrr!!!!」

 

 

 次の瞬間、結さんの纏っていた禍々しい赤の光が、彼の左手へと凝縮されていく。

 その輝きを握りしめると同時に、彼は右足を大きく前へ踏み出し、左手を後ろへと持っていった。

 丁度、野球の投手のような構えのまま、空中にて剣を振りかぶっているランスロットへと狙いをつけるようにして…………

 

 

 そして

 

 

「……ぶっとべ!『偽・羅刹を穿つ不滅(イマージュ・ブラフマーストラ)』」

 

 

 まさに一瞬の出来事であった。

 

 

 紅き輝きは結の左手の中にて金色の輝きへと姿を変えた。

 振り下ろされる剣よりも一瞬早く、結の左手からその輝きは放たれる。

 

 その一撃はランスロットの腹部へと突き刺さると同時に爆発し、黒鎧を貫通し体に大穴をぶち抜いた。

 ランスロットの体が後方へと吹き飛び、二度程地面にバウンドし、転がっていき……その動きが止まったと同時に、音もなく消滅していく。

 

 

 

 

 その光景に、目を見開いた。

 

 ゲオルギウスさんと私を圧倒したランスロットを一撃で倒す、そんな異常な光景を見た。

 

 

 しかし、本当に印象に残ったのは……

 

 

 あれだけ苦戦した黒騎士を瞬殺したにも関わらず、苦虫を噛み潰したような表情で溜息を吐いている……そんな、今の結さんの姿だった。

 

 その姿を見て、何故だかは分からないが、彼は何か取り返しのつかない選択をしてしまったのではないか……と、私は思ってしまうのだった。

 

 

 

 

「悪いな……()()()()()……」

 

 

 

 ポツリと溢れた青年の掠れ声は、誰の耳にも届くことなく空へと消えていく。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話 最後の休息



 状況確認回

 第一特異点クライマックスまであと少し
 久々にアサシンさんとオリ主が直接絡みます。

 復刻大奥、相変わらず重かった……


 

「……ふむ……ロマニ、少し調べたいデータを見つけたんだけど、今いいかな?」

 

「……?アサシンを除けば、戦闘も落ち着いたところだし、構わないけど……何か気になることでも?」

 

「いや、何……少し()()()()()()()()()()()と思っているだけさ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが一言呟いた。

 

 カルデアにて、戦闘を終了した二人のマスターのバイタルチェックを行いながら、ロマニは彼女の言葉に対し、キョトンとした表情を浮かべる。

 

 そして……

 

「足りないって……何が?」

 

 

 疑問を浮かべたロマニに対して、ニコリと微笑みを浮かべながら、ダ・ヴィンチは言うのだった。

 

 

「魔力♪」

「…………はい?」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 マスターが私を放置し、隣町へと出かけて行ったのが一時間ほど前のこと。

 ……いい加減、少しは連絡があってもいいんじゃないですかね。

 

 なんて考えながら、ファヴニールで遊んでいると、オルガからリンクが繋げられたのがわかった。

 

 なんというか……

 タイミングがあざといと言いますか……

 ズルイですよね、ほんと。

 

 声が聞きたい……そう思った時に、連絡をとってくれるなんて……こんなの、嬉しくないわけないじゃないですか。

 

「……はいはい。こちら、あなたの愛しのアサシンさんですよ〜」

 

『悪いわね、結じゃなくて』

 

「………………っ!?!?こ、交互に出てくるのは、卑怯じゃないですか?」

 

 瞬間、顔から火が出るような感覚を覚えた。

 余りの恥ずかしさに一瞬だけ行動不能に陥ってしまい、隙を作ってしまった結果、ファヴニールの尾で数十メートル程吹き飛ばされてしまったぐらいである。

 

 割と痛くて重いんですが……この蜥蜴、そろそろ見飽きて来ましたし、本気でぶちのめしてあげましょうか。

 

 

『貴方が勝手に間違えたんでしょう……まあ、ドジっ子っぽくて可愛いと思うわよ?』

 

「うっさいです!……というか貴方、結構私に対して遠慮なくなってきましたね!?別に、いいですけども」

 

 吹き飛ばされた拍子についてしまった、土汚れや埃をパタパタと音を立てながら両手で落とし、そのついでに顔に風を送るようにして熱を冷ました。

 コホン、と気持ちを切り替えるようにして咳払いをした後、先程のお返しで蒼炎を球体へと凝縮させた凶器を四つほどファヴニールの方向へと飛ばしておく。

 

 少しずつ装甲を突破しつつあるのか、呻き声を上げている邪竜を冷ややかな目で眺めながら、アサシンは問いかけた。

 

「それで……次は何の用ですか?」

 

『え、えっと……その、今までずっとファヴニールを引き留めてくれてたアサシンには、悪いんだけど……』

 

 何故だか、オルガは言いにくいことを口にするかのように、気まずそうな雰囲気でそう前置きを入れてくる。

 

「…………?はっきり、言ったらどうですか?別に、ちょっとやそっとで怒る私じゃないですよ?」

 

 ため息をつきながら、先を促した私に対して、彼女は意を決したように言うのだった。

 

『…………だって』

 

「…………?」

 

『だから、その……撤退、だって』

 

「へ?」

 

 

 "撤退"

 

 その言葉の意味を脳が理解し、硬直する。

 そんな私に対して、ファヴニールは再びその長く重い尾を叩きつけたのだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 深い傷を負っていたジャンヌの治療を行い(オルガが)付近の霊脈を探知して(オルガが)移動してから、アサシンと立香へと連絡を取った。(オルガが)

 

 ……頼りすぎてる自覚はあるので、後でしっかり労おうとは思ってます。

 

 ゲオルギウスに周囲の見回りを任せて、俺はカルデアから送られて来た茶葉を使い、紅茶を飲んでいた。

 ……ロマンさん、中々良い茶葉を溜め込んでたみたいですね。

 

 本人は必要ないと強がっていたが、ジャンヌには無理矢理、療養に勤めさせている。

 

 お茶請け?と呼んで良いのか分からんが、一緒に飛ばされてきたどら焼きを片手に、一息付いていたときだった。

 

「ちょっと、ますたぁぁあ!!」

 

「おや、久しぶりだね。アサシンくん」

 

「久しぶりだね、アサシンくん……じゃないですよ!?撤退って何ですか、撤退って!?」

 

 アサシンが、どどど、と効果音がつきそうな勢いでこちらに疾走してきた。

 落ち着かせるように、頭をポンポンと撫でてみると、少し目を細めて嬉しそうに笑う。

 

「……っ、マスター……そうやって、頭を撫でておけば、私が大人しくなるとでも思ってるんじゃないですよね」

 

「割と思ってたわ……やめた方がーー」

 

「いえ、続けてください」

 

『すごい、食い気味に返事したわね……』

 

 

 効果覿面、とまではいかないが、大人しく話を聞いてくれるぐらいまでは、落ち着いてくれたようなので、よしとしておこう。

 

 ……あぁ、相変わらず撫で心地のいい頭してるなぁ、お前は。

 髪の感触とか、もうサラサラで柔らかくて極上なんですけど。ぶっちゃけ、これだけで惚れるまである。

 

『ニヤニヤするのやめなさい。絵面が犯罪ギリギリだから』

 

 オルガのツッコミで意識を現実へと戻し、コホンと一つ咳払い。

 ……真面目モードへ精神を入れ替え、アサシンへと事情説明を開始した。

 

 

「まず、一つ最初に言っておくぞ?陽動作戦……に見せかけた、二方向同時攻略作戦が失敗に終わった」

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 時間軸は、聖女マルタを迎撃した頃。

 

 

 

「……陽動作戦、だな。これが最良の手だ」

 

 

 

 俺が、オルレアン攻めの作戦を提案した所まで遡る。

 

 陽動作戦、その言葉を聞いてマリーとロマニの表情が硬くなったのがよくわかった。

 

 出来ることなら、誰にも傷ついて欲しくない……その思いは確かに大切で尊いものだが、理想を現実に求めて失敗するのは愚行である。

 まぁ、俺も基本的にはそっち側の思想の人間ですし……ほんの少しの自己犠牲と偽善が混ざってる分、俺の方が性質が悪い気もするので、彼らの信条を否定することなどできないのだが。

 

 

「まぁ、待て……一番有効で、わかりやすいのが陽動作戦ってだけだ……何も、特攻するわけじゃない」

 

「……でも陽動、ってことは誰かが囮にならないといけないよね?」

 

 

 俺の言葉に、立香が疑問を浮かべる。

 議論の中心になるポイントは、正にそこである。

 囮が、隠さず言えば"捨て駒"が存在することになるため、マリーもロマニもこの作戦に反対するのだ。

 

 

「……だからさ……()()()()()()()()()()()()()()()()()問題なんてないと思わないか?」

 

 その言葉を聞いて、全員の視線が一人の少女の元へと……俺の胡座の上でウトウトしていたアサシンの元へと集中した。

 ……緊張感ないなぁ。

 

 視線に気付いてキョトンとした後、パチパチと瞬きをしている彼女を見ていると、本当に癒される。

 

 

『……つまり、アサシン一人を、オルレアンに向かわせるつもりかい?』

 

 

 ロマンの極端な言葉に、苦笑いを浮かべながら返答する。

 

「まさか、流石にそこまで鬼じゃない……頑張れば出来そうな気がして怖いけど……」

 

「では、もしかして……」

 

 マシュの言葉に割り込むようにして、告げる。

 

「ああ、俺とアサシン……それにジャンヌ。この三人で、オルレアンへと向かう」

 

「……私、ですか?」

 

 自分を指差して、首を傾げたのはジャンヌ。

 全ステータスの低下、ルーラー権限の喪失、更に言えば黒聖女との邂逅以降は精神面の乱れも大きい……そんな自分が、どうして陽動部隊に選ばれたのだろうか。

 

 そんなことを伝えようとした彼女だったが、結はそれすらもを予想していたかのように話を続けた。

 

「ああ、弱体化の対抗策も有るにはある。純粋なステータスだけを見れば、戦闘能力は抜群だろ?」

 

「…………そこまで言われると、少し照れますが」

 

「チッ」

 

「痛い痛い、アサシンさん太腿抓るのやめて」

 

 

 陽動部隊のメンバーを確認した後、俺はこの作戦の肝を伝える。

 

 

「……陽動作戦、最初にそう言ったけど、実際は違う。陽動部隊は言わば先行部隊と見てもらっていい」

 

『…………っ!そういうことか……』

 

 漸くロマニが、俺が何を言いたいのか理解したようだ。

 驚きの声を上げると同時に、うーんと頭を抱えて、作戦決行を許可するかどうかを悩み始める。

 

「ファヴニールを引き摺り出して、竜殺しの英霊を捜索する時間を作る……これは、飽く迄も副産物。俺とアサシン、ジャンヌの目的は……敵戦力を削ぐこと、つまり対サーヴァント戦で敵サーヴァントを消滅させること」

 

「ふむ……英霊でもない君が、かい?」

 

「……そんなの、今更だろ」

 

 アマデウスのニヤッと笑いながらの問いかけに、肩を竦めて答える。

 いい性格してるな、こいつ。

 

「俺たちが掻き乱し、消耗させたところで……立香達が竜殺しを連れてオルレアンへ侵入する。タイミングを合わせて俺とジャンヌ、アサシンが合流してボスの居場所へ殴り込みをかけ始める…………つまり、相手の手駒を減らしてから、多数で囲んで磨り潰す」

 

 

 気がつかないうちに、威圧感でも放ってしまっていたのだろうか。

 マシュに、少し怖がられている気がする。

 おい、立香「鬼畜だ……!」ってキラキラした目でこっち見てくるんじゃない。

 ジャンヌも、なるほど……みたいな感じに頷きながらこっち見てくるんじゃない!

 

 

「はぁ、要するに……二面同時攻略。それが、この作戦の最終目的だ」

 

 彼女らの視線から逃げるように、俺は顔を背けてため息を吐きながら、話を締めくくったのだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 作戦が破綻したのは、主に二つ想定外が重なったことが原因であった。

 一つは、相手サーヴァントの内の一体……ランスロットが強過ぎたことである。

 一人一騎(アサシンは二騎)の英霊を討ち取る想定だったのだが、あの怪物バーサーカーが紛れ込んでいたのはイレギュラーである。

 

 もう一つは、ジークフリートの呪いだ。

 洗礼詠唱、聖人二人の協力が必要だというクソ面倒な方法でしか解くことのできない呪いなど、予測できるはずがない。

 恐らく、解呪を行うだけで良いならば、俺一人でも対処できたのだろうが……代償で命の一つや二つは持ってかれる可能性があるため、それは本当に最終手段である。

 

 ランスロットとの戦闘直後に、ロマンから立香達の状況や、呪いについて話を聞いた俺は、オルガにジャンヌの治療を任せる間、思考をフル回転させて状況確認を行った。

 

 こちらの状況を各戦場ごとのメンバーで、纏めてみたところ……

 

 

 俺       暫く戦闘不可

 ジャンヌ    重傷

 ゲオルギウス  脇腹痛い

 

 アサシン    恐らく無傷

 

 立香      軽度の疲労

 マシュ     軽度の疲労

 マリー     軽傷

 アマデウス   無傷らしい

 ジークフリート 死人同然

 

 

 圧倒的に俺の陣営がボロボロであることがわかる。

 だが、立香達にも目に見える弱点はある。

 近接攻撃を得意とするサーヴァントが少ないのである。

 もう居ないと信じたいが、立香達の方へとランスロットのようなサーヴァントが現れたら、あっという間に壊滅してしまうだろう。

 

 つまるところ、万全なのは我らがアサシン様しか居ないわけで……

 

 さして悩むこともなく、一度撤退し、ジークフリートの復活を最優先とすることを決めたのだった。

 

 

「……と、まぁ、こんな感じ?納得頂けましたか、アサシンさん」

 

「……むぅ……理解はしましたけど……なんか、私があの黒蜥蜴にやられっぱなしで帰ってきたみたいじゃないですか……」

 

『サーヴァント一騎を倒して、邪竜の足止めをするなんて、結構な大役だったと思うけど』

 

「気分の問題ですよ、気分の」

 

 

 ぷくっと頰を膨らませながら、不満そうにしているアサシンとオルガが、話を続ける。

 彼らの話を聞き流しながら、そろそろかな、と周囲に目を向けると、立香達がゲオルギウスの案内の元、こちらへやって来たのがわかった。

 

 際どい格好の後輩系シールダーに、キラキラ光る麗しの王妃様、ロクでなし天才音楽家に、銀の長髪を持ち体格の良い剣士のサーヴァント。

 地雷臭満載のピンク髪アイドル系サーヴァントに加えて、火吹き芸をしている着物姿のサーヴァントまで、全員無事みたいで何よりだ。

 

 

『何よりだ、じゃないわよ!?なんか、増えてるじゃない!?』

 

「心読むなよ、おい」

 

 

 遠い目をしながら、全力でスルーするつもりだった俺だが、脳内同居人がその光景にツッコミを入れてしまったので、仕方なく現実を受け入れることにする。

 ああ……やだなぁ、特にピンク髪の方。

 なんか、物凄く面倒な拾い物のような気がする。

 

 

「久しぶり、立香……で、誰?」

「あははは……なんか、増えちゃって……」

 

 

 頰を引きつらせながら質問した俺に対して、こちらも苦笑いを浮かべながら立香はそう返答するしかなかったみたいである。

 

 …………まあ、対応は立香に全部任せておこう。

 拾ってきたペットは、拾い主さんが責任持って面倒みないといけないからね!

 

 

 

『一応、戦力増強ってことでいいのよね?自己紹介は後にして、とりあえず洗礼詠唱の準備を整えましょうか?』

 

 

 オルガが意識を切り替え、シャキッとした声で指示を出し始める。

 未だに少し不貞腐れている様子のアサシンを横目に、俺は一言呟いた。

 

 

 

「さてと……最終ラウンドと、行きますか」

 

 

 

 

 

 

 





 誇り 因縁 妄執 願い

 彼らが持つそれら全てが入り乱れていき……
 オルレアンは、その姿を変貌させる。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話 終節 邪竜欲望魔境都市 オルレアン(1)

 一捻りの調整が難しかったこと、リアルが忙しかったことでかなり間が空きました。まずは、単純にすいません。

 なるべく各章ごと、オリジナル展開は入れていきたいと考えているので、その点はご了承下さい。ただ辿るだけでは、飽きてしまうと思うので。


 

 

 ……私が目覚めたとき、その声は聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

 私を導く神の声。

 

 

 

 

 啓示、これまで私を聖女たらしめてきたその声が聞こえなくなっていた。

 

 

 さて、神が与えたのは束縛からの解放か。

 

 

 

 否、恐ろしい程に否である。

 

 

 

 神の声など聞こえない。

 

 

 神に見捨てられたこの国など、救う価値もない。

 

 

 

 

 

 熱を覚えていた。

 

 

 

 

 

 痛みを覚えていた。

 

 

 

 

 

 つい先程、本当に火刑を受けたかのような……そんな苦痛も屈辱も何もかもを覚えていた。

 

 

 

 

 

 ならば、どうする?

 

 

 

 

 

 

 

 壊してしまいましょう。

 

 

 

 

 

 燃やしてしまいましょう。

 

 

 

 

 

 全ては、自分の思うがままに。

 全ては、私の復讐のために。

 

 そうでなくては報われない。

 

 

 フランスを救った私は、報われ()()()()()()()()

 

 

 

 

 燃やせ、壊せ、と令を与える。

 

 覚悟も力も、何もかもを伴った復讐の凱旋を今、ここに。

 

 

 壊れてしまえばいい。

 燃え尽きてしまえばいい。

 

 塵、芥を握り潰すかのように、消し去ってしまえばいい。

 

 間違いなく、それが私の意思であり、それが私の存在理由だ。

 

 

 

 

 神の声など聞こえない。

 フランスを滅ぼすことだけが、今の私の全てである。

 

 

 わかっている、理解している。

 

 

 ああ、なのに。

 

 そうだというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当にそれは、貴方の意志なのですか?』

 

 

 

 煩い

 

 

 

 

『貴方が選び、貴方が掴みたい未来なのですか?』

 

 

 

 黙れ

 

 

 

 

『貴女の望みは、本当に復讐なのですか?』

 

 

 

 

 覚悟は決めたはずなのに……

 

 

 どうして、声は聞こえるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「だ か ら!相手方のアサシンだけは、私に任せておけばいいのよ!この小ジカ!」

 

「え、えぇ……?」

 

「あらあら、これだから野蛮な蜥蜴は……それよりも、ますたぁ?わたくしとデートでも」

 

「え、えぇ……?」

 

「な、なっ、で、デート!?清姫さん、それはダメです!先輩は、先輩は……」

 

 

 

 新入りのサーヴァント、ピンク髪のアイドル系(ただし尻尾つき)とお淑やかな雰囲気な着物の少女(ただし角つき)の真名がそれぞれ、エリザベート=バートリー、清姫だったことが判明し、クラスもランサーとバーサーカーだと教えてもらった。

 

 ジークフリートにかけられていた呪いの解呪のため、洗礼詠唱を行い、戦力が揃ったところで作戦会議を開始したわけだが……

 

 

『絶望的なまでに話が進まないわね……』

 

「……これまた、面倒くさい奴ら拾ってきたなぁ」

 

「すまない、面倒をかけてすまない」

 

「お前じゃねぇよ!?いや、確かに面倒な解呪法だったけど!」

 

「すまない、早とちりしてしまいすまない」

 

「やっぱ、めんどくせぇ!?」

 

 

 キャラが濃いのが増えたお陰か、全く話が進まない。

 ジークフリートとやらは、クソみたいに強そうな気配を周りに撒き散らしながら、ペコペコと頭を下げてくるし……大丈夫か、色々。

 アサシンに至っては、「やることが決まったら起こしてください」と俺の膝で眠り始める始末である……あ、膝枕の約束してたな。

 

 

「これは……もう少し時間がかかりそうね?それじゃあジャンヌ、私とガールズトークでもしないかしら?」

 

「が、ガールズトーク、ですか。話のネタがあればいいのですが……」

 

「大丈夫よ♪きっと。あ、そうだったわ。アマデウス、こちらの話は聞かないように……」

 

「なんてことだ!僕から耳の良さを取ったら、性格の悪さと怠け癖ぐらいしか残らないじゃないか?」

 

「それを、自分で言うのですか……ふむ、暇だと言うのならば、私は近場のワイバーンでも狩ってきましょうか……」

 

 

 ジャンヌとマリーがイチャコラしているのを、アサシンのサラサラとした髪を撫でながら眺めていると、暇を持て余したゲオルギウスが、物凄い軽いノリでワイバーン狩りに出陣する。

 うん、協調性皆無の奴らばっかだね!

 

 

『……しりとりでもするかしら?』

 

「いいね、縛りはどうする?」

 

『六文字、濁音なしで』

 

「了解」

 

 

 後、三十分ぐらいはかかると見ていいかなぁ……アサシンでも愛でて時間潰そう。

 

 

 

 

 

 

 

 で、その後。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、班分けの確認な……といっても、前回と同じような感じだけど」

 

 

 正面突破班 

 

 メンバー 立香

      マシュ

      エリちゃん

      清姫

      ジークフリート 

 

 遊撃班

 

 メンバー ゲオルギウス

      マリー

      アマデウス

 

 特殊班

 

 メンバー アサシン(俺セット)

      ジャンヌ

 

 

 

 

「正面突破班には文字通り、工夫ゼロで特攻してもらう。最重要目的は、ファヴニールの撃破……エリザだけは、向こうのアサシンだけど」

 

 

 俺の確認に、拳を胸の前でギュッと握ってやる気を表すマシュには、これからも健やかに純粋に育ってもらいたいものである。

 サラッと立香の腕に抱きついている清姫をスルーしながら、そんなことを考えた後、立香と目があった。

 

『任せて』

 

『頼んだ』

 

 声に出さずとも、何を伝えたいのかは理解できた。

 簡単にアイコンタクトを交わした後、次の三人に目を向ける。

 

 

「遊撃班はその援護、突破班とフォローし合える一定の距離を保ちつつ、不測の事態に気を遣ってくれ」

 

「ええ、任されたわ!」

 

 

 俺の言葉に、ニコリと笑ってウインクを決めるマリー。

 ゲオルギウスとアマデウスがSPのように、サイドを固めているため、何処ぞのスターのように見える……いや、間違ってないわ。

 可愛いし、眼福だけど、寝起きで少し不機嫌なアサシン様が脇腹を抓ってくるのでやめて欲しい。

 

 

「で、だ。特殊班のことなんだが……俺たちの動きは考えなくていい……ぶっちゃけ、向こうの反応を見てからどう動くか考える。それで、いいよな?」

 

「……ええ、恐らく。考えなしに飛び込むよりは、その方が危険性は少ないと思いますが…………本当に、いいんでしょうか?」

 

 

 最後に視線をジャンヌに向けると、少し申し訳なさそうな顔をした彼女が、不安げにポツリと呟いた。

 

 

『大丈夫よ、ジャンヌ。あなたは私のサーヴァントなんだから、胸張ってついてきなさい!』

 

「オルガの言う通りですよ……大体、私が負ける訳ないじゃないですか?」

 

 

 オルガ、アサシンの言葉を聞いてジャンヌの表情が柔らかくなる。

 彼女がこちらに遠慮するのも当然かもしれない。

 特殊班の目的は、彼女の()()()()を叶えることだけなのだから。

 

 

 …………それにしても、オルガさんとアサシンさん頼もしすぎじゃないですか?

 俺よりも主人公してる気がして悲しい。

 

 

 アホなことを考えながら、一人遠くを眺めていると、カルデア司令部から連絡が入る。

 一応、常に通信だけは繋いでいたのだが、存在実証やら何やらでスタッフの人手が足りていないらしく、ロマンもダ・ヴィンチちゃんも働き詰めで動けなかったらしい。

 ……案外、向こうの方がブラックだったりするんじゃないだろうか。

 

 

『話がひと段落ついたところみたいだね?戦力も当初と比べれば、かなり増強できているみたいだし、もちろん作戦に反論はないよ。むしろ、ここまでの状況に持ってこれたことを誇っていいと思う……帰ってきたら、立香ちゃん達には、僕秘蔵の高級和菓子を進呈しよう』

 

「まだ隠し持ってたのかよ……」

 

 

 緊張を和らげるように話しかけてきたロマンに対して、俺は思わず苦笑いを浮かべた。

 内心では、空気を読めるのに読まないタイプの同類だな、と共感したりなどもしているのだが、ロマンを称賛するのはなんとなく癪なので黙っておく。

 

 

「ドクターさん、私の分も確保しといて下さいね」

 

『君が初めてまともに会話してくれたのが、和菓子絡みの内容で、僕は少しだけ悲しみを覚えているよ……』

 

『相変わらず、軟弱なメンタルしてるわね』

 

「お前が言うな……」

 

『……どうかしたかい?』

 

「いや、なんでも。お嬢がお前に文句つけてただけだ」

 

『相変わらず、僕は所長に嫌われているみたいだね……』

 

 

 和菓子という単語に対するアサシンの食いつきっぷりに、ロマンは複雑そうな声音で返答する。

 オルガの発言はブーメラン過ぎるので、流石に見過ごせなかった……いや、今は大分マシになったんだろうけどさ。

 

 

『別に嫌ってないわよ!?ただ、その……あれよ、あれ。貴方が私に話しかけてくるタイミングが、尽くイライラしてる時に集中してたから……』

 

「訳すの面倒だなぁ……ま、よかったな、ロマン。別に嫌われてないとさ」

 

 

 いつかオルガがモニター越しにでも念話を届けられますように、なんてことを考えながら適当に雑談を続けていると、ロマンの隣から、コホンッとわかりやすく注目を集めるように咳払いする天才の姿が、モニターに表示された。

 

 

 

『あー、ちょっといいかい?ロマニに代わって本題を話そう……皆に、ほんの僅かな可能性だがあり得る最悪の想定外について話をしたくてね……』

 

 

「最悪の……?」

 

 

 ダ・ヴィンチちゃんの物騒な言葉にポツリと立香が一言溢し、恐らく偶然なのだろうが、興味深げにアサシンがその後を続けたのだった。

 

 

「想定外……ですか」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 早朝から始まった特攻作戦の疲労を少しでも抜いてから決戦に臨むため、仮眠をとること4時間半ほど。

 睡眠は1時間半周期で取る量を調整するのが効率的である、と何処かで聞いた覚えがあったので、その通りにしてみたが、効果があったのかはいまいちわからなかった。

 

 まあ、少なくとも……

 

 

『……ん〜、よく寝たわね。お陰様で、絶好調よ』

 

「4時間半睡眠で、"よく寝た"とは……お前、どんな生活送ってきたんだよ?」

 

『夢見が悪いのよ……最近は、そうでもないけど』

 

「オルガにも睡眠は必要なんですね……」

 

『ギリギリで人間扱いしてもらえるかしら』  

 

 

 脳内万能者さんは、元気充分みたいでなによりである。

 今は、時間帯で言えば夕方と言えるだろう。

 ワイバーン共に普通の生物の法則が通じるのかはわからないが、夜中頃に相手本陣へ乗り込みたいところであるため、そろそろ俺たち以外の出発時だ。

 

 

「……じゃ、行ってくるね」

「マシュ・キリエライト、出陣します!」

 

『ええ、二人とも……無理はダメよ?必ず、五体満足の状態で帰ってきなさい!』

 

「「うん!(はい!)」」

 

 

 オルガが真剣な眼差しで(姿は見えないのだが)彼女らの気を引き締める。

 というか五体満足って言い方……それで良いのか?

 

 

「それじゃあ、ジャンヌ。今度会うときは、全部が終わった後ね♪」

「マリー……世間一般では、それをフラグと呼ぶそうだよ」

「互いにご武運を」

 

「ええ、必ず……皆の無事を願っていますよ。それとアマデウス、余り不吉なことは言わないように」

 

 

 ジャンヌがニコリと微笑んだあと、冗談めかしてアマデウスに説教をする。

 

 

「…………」

 

「ま、そう固くなるなよ、大英雄…………立香を任せた」

 

「……この命を賭して」

 

「死んだら、許さん」

 

「ふっ……了解した」

 

 

 邪竜への切り札たる最優のセイバーの肩をコツリと叩いて、思いを託した。

 

 彼ら彼女らが出陣していくその背中に……

 

 

「……死なない程度に、頑張ればいいんじゃないですか……知りませんけど」

 

 

 顔を赤に染めながら、彼女がボソッと呟いたのを聞いてしまい思わず頬が緩む。

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 先手を打って、勝負を決める。

 

 今夜、日を跨ぐ頃には決着がつく。

 

 そんな、想定をしていた。

 

 

 そんな、楽観的な考えを未だに持ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………魔力反応急増中、これは……!ファヴニールが放ったブレスを格段に上回る数値です!』

 

『マスター藤丸との通信ロスト、存在実証不可……っ!位置情報、バイタルデータともにロスト……完全にこちらとの繋がりが途絶えました!』

 

 

 カルデア司令部がざわめき、悲鳴にも似た異常事態報告の伝令があちらこちらへと飛び交う。

 その様子を耳で感じ取ると同時に、視覚でも異常事態を確認していた。

 

 

 

 立香たちが出陣してから一時間ほど。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()オルレアンに侵入した彼らを、オルガの遠視魔術で見守りながら、突入の機会を伺っているときに、その事件は起きた。

 

 外壁は、黒く澱んだ黒曜の砦へと姿を変えた。

 門は硬く閉ざされ、街中の道は入り組み、変化し所々に存在する庭園には()()()()()()()()大量の飛龍が闊歩する。

 

 それはもはや、オルレアンという都市の原型を留めることのない異形の巨城への変化。

 都市全体を一つの建造物として取り込んだ()のホームグラウンドにして、絶対の結界領域。

 

 竜の魔女陣営、その最終兵器が遂にその姿を現したのだ。

 

 

 

 

 邪竜欲望魔境都市 オルレアン

 

 

 

 

 

『やはり……持っていたか』

 

 

 

 ダ・ヴィンチちゃんが苦々しげにそう口にする。

 俺とアサシンは、その圧倒的なまでの世界干渉力を持つ一つの兵器の存在を既に知っていた。

 

 つい先程ダ・ヴィンチちゃんによって、示唆された僅かな可能性。

 

 

 掠れた声で、その存在を明言する。

 

 

 

 

「二つ目の聖杯……!」

 

 

 

 

 その最悪が現実へと形をなし、俺たちの前に立ち塞がる。

 

 

 

 




 それでは、やりたい放題行ってみよう!

 ……加減が難しいんです、すまぬ。
 オリジナル展開って、マジで難しい……
 矛盾点があったら、早々に教えてくださると嬉しい……というより、本当に助かります。

 何気に今回の"しりとり"は鬼難易度だったりするかも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話 終節 邪竜欲望魔境都市 オルレアン(2)



 また、投稿間隔が随分と離れました。
 夏休みが終わり、うまく時間を作れていないのが原因ですね。
 エタるつもりはないので、見守って頂けたらと思っています。
 
 感想や評価を送ってくれる方には感謝で一杯でございます。
 

 追記
 アサシン様の幕間やべぇ……尊い。
 Box皆で頑張っていきましょう!




 

 

 

 

 25話   「因縁」

 

 

 

 

 

「……二つ目の聖杯、か。ダ・ヴィンチちゃんの懸念が見事に的中したな」

 

 

 頸あたりを右手で摩りながら、青年はポツリとそう呟く。

 

 アサシンは、その仕草は青年が思考に耽る際に無意識に行うちょっとした癖であることを、知っているので、少しの間、大人しく待つことを決めたようである。

 

 

 彼らの眼前に映るは、漆黒の巨城。

 都市オルレアンを丸ごと城として取り込んだその城の姿は、何よりも先ず禍々しく、それが放つ重圧は、ズシリとこちらの精神に負担をかけ続けているかのようだった。

 

 

 

『……最悪の事態として考えていたとはいえ……まずいわね。結、思考中で悪いけど、まずは、立香達と合流しましょう……正直、カルデアからの存在実証が行えない、なんて状態が長時間続いたら、それだけで詰みよ』

 

 

 青年こと朱雀井結に声をかけたのは、勿論我らが所長、オルガ様である。

 先程まで、ジャンヌを通してカルデア本部のロマンと連絡を取っていたのだが、これからの方針が決まったらしい。

 

 

「存在実証……ですか。私、正直言って、そこら辺の仕組みがどうなってるのか、いまいち理解してないんですよね……」

 

 コテンと首を傾げながら、純粋に疑問を抱くアサシン。

 素が一番可愛いとかお前神かよ、神だよ、神じゃねーか(錯乱)

 

『まあ、アサシンがそこらへんの知識を持っていないのも、無理はないわ。結に立香も同様。その二人ともが、私にビンタされて説明会から退出しているもの』

 

「そのお陰で今生きてんだから、難儀なもんだよなぁ」

 

 

 頰を張られたジンジンとする痛みを、しみじみと思い出していると、同じ光景を思い出したのか、オルガも俺と似た声音で同意の言葉をぼやく。

 

『ほんとよね……って、そうじゃなかったわ。えっと……存在実証についての話だっけ?……とりあえず、レイシフトの仕組みはなんとなく理解しているわよね?』

 

「ああ」

 

「私もですけど」

 

「…………?」

 

 

 二人が頷き、一人が顔を逸らした。

 

 

『あ、えっと……ジャンヌは、分からなくても全然大丈夫だから……その、一人だけ分からなくて悲しそうな顔するのやめなさい……』

 

「むぅ……なんて、冗談ですよ。私の理解の範疇を超えた話であることは、わかっていますから……」

 

 

 拗ねたような雰囲気から一転して、ニコリと笑うジャンヌ……やっぱ、こいつ素は結構おてんばだろ。

 仄々とした雰囲気も良いが、状況が状況だ。

 オルガは、コホンと咳払いをした後、先ほどとは違い真剣な声音で概要を伝え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイシフト

 

 

 これまで幾度となく使ってきた用語だが、詳細を記したことは少なかったように思う。

 

 簡単にその一連の流れについて説明してみる。

 

 通常、レイシフトには専用のコフィンを使用する。

 緊急事態の不可抗力的なものであったため、仕方のないことであったが、特異点F……つまり、冬木へのレイシフトを行った際には、コフィンは使われなかった。

 後に聞いたところ、その成功率は格段に低下していたとのことだ。

 

 レイシフトの原理について説明する際に、大切なのはコフィンに入る、入らないという話ではないので、その話は、ここらで一度終えるとする。

 

 

 さて、話は戻るがレイシフトについてだ。

 

 

 コフィンに入った人間を擬似霊子化、要するにデータ化して、任意の時間軸、空間に放り込む。

 

 これが第一段階である。

 

 所長が持っていなかったレイシフト適正、それはつまり、擬似霊子化を行うことのできる体質ではなかったことを示す。

 肉体を失ったことで、データ化が容易になったため、冬木へとレイシフトできていたのだ。

 

 

 

 そして、問題の第二段階。

 

 

 

 擬似霊子化を行い、目標点へと対象を送り込んだ時……レイシフト先の人間、及びコフィンの中の人間は、それぞれで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どちらにも存在しているようで、どちらにも存在していないようにも思われる、そんなあやふやな状態におかれた人間を、レイシフト先で観測し続ける。そうすることで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ができるのである。

 

 これが所謂、存在実証という奴なのだ。

 

 

 と、殆ど全てオルガの受け売りなのだが、何が言いたいのかは理解できた。

 

 まあ、そうだ。

 端的に、結論だけを述べるのであれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香達が危ない。 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「……っ、マシュ、前方からまた一匹来る!まだやれる?」

 

「はい!問題ありません、マスター!」

 

「エリザベートは、清姫と協力して後方の対応をお願い。ジークフリートは自由に行動しちゃって!できることなら、数を減らしてくれると嬉しいかな」

 

「了解よ、子ジカ」

 

「任された、期待に応えられるよう頑張るとしよう」

 

 

 巨城内部にて、次々と新米マスターによる指示が飛ぶ。

 槍が、炎が、大楯が、それに呼応し、多方向から押し寄せるワイバーンを薙ぎ払う。

 

 息を切らしながらも、その少女は苛立ちを隠さずに一言叫んだ。

 

 

「……っ、数、多すぎ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちがオルレアンへと足を踏み入れてから、数十秒と経たないうちに、その異常事態は発生した。

 足元が激しく揺れ、空が()()()()()()かと思えば、それまで繋がっていたカルデアとの通信や、オルガが繋げていたリンクが途絶えてしまったのである。

 

 驚き、不安になった私は、オルレアンからの脱出を図ったのだが、先ほど足元が揺れた際に地形が変化したらしい。

 都市の入り口が存在するはずの後方は、城壁のようなものに変化しており、空でも飛ばない限りは脱出などできそうにない。

 

 

 仕方ない、と割り切った私たちは変貌を遂げたオルレアンの探索を行い始めたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、ふぅ。ワイバーンの数が多い上に……一匹一匹が弱くない……しっかり、気張らないと」

 

 

 サーヴァント達が飛竜を撃退する様子を見ながら、額を流れる汗を拭い、思わず私はそう呟いた。

 オルレアンに突入してから、何度もワイバーンと交戦しているが、その強さは格段に外で出会ったそれらの上をいく。

 理性を失っているようにも見えるので、結達が度々口にしていた『凶化』状態になっているのかもしれない。

 

 仮に、今ここに私とマシュだけしか居なかったら、五、六体のワイバーンに囲まれただけでも、速攻で窮地に落ち入ってしまうだろう。

 ……たらればの話をしても仕方ないか。

 

 

「……皆、疲労は大丈夫?」

 

「はい!」

「勿論」

 

 戦闘を終え、近くへと戻ってきた彼らに一声かけると、マシュが多少息を切らせながらも笑顔で返答し、エリザベートがふんっと鼻を鳴らしながら、同意を示した。

 

 ジークフリートに至っては、物足りなげに肩を鳴らしている始末……対竜系の戦闘においてこれほど頼りになる人も少ないだろう。

 

 

「……ますたぁも、体調は問題ありませんか?」

 

「……!?っ、き、清姫……びっくりしたぁ……勿論、大丈夫。まだまだいけるよ」

 

「ふふっ、気軽にきよひーと呼んでくれていいんですよ?」

 

「あ、あははは…………うん、善処する」

 

 

 気配ゼロで耳元に話しかけてこられると、心臓に悪いです。

 ……アサシンより、アサシンやってるんじゃないかな、この子。

 

 

「一先ずは、順調……といってもいいのでしょうか?」

 

「……いや、カルデア本部との連絡が途絶えているのが痛手だろう。後続の遊撃部隊と逸れてしまっていることも考えると、状況はそれ程、芳しくない…………個人的な見解で、すまないが」

 

 

 マシュの疑問に、ジークフリートが鋭い眼光のまま答える。

 この人もこの人なんだよなぁ……謝り癖が凄いというか、なんというか。

 

 しかし、それはともかく、確かにジークフリートの言う通りである。

 私達は、現在マリーさん達と行動を共にしていない。

 突入に時差があったからかもしれないが、先程の地形変化の際に合流できないよう引き剥がされた可能性もある。

 

 

「……でも、一番に最初に考えないといけないのは、死なないこと。油断せずに進もう!」

 

「はい、マスター!」

 

 

 

 話が落ち着いたところで、探索を再開しようとした。

 それは、その、直前のことだった。

 

 

 

 

 横から受けた衝撃により、私の体が宙へと浮かび上がる。

 

 

 コンマ数秒後、それまで私が存在していた空間は

 

 

 黒く、鋭く、凶々しい三本の爪により、

 

 

 ギタギタに切り裂かれていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は嫌悪(歓喜)した。

 

 

 

 

 

 

 女は憎悪(歓喜)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、やっとだ。

 

 

 

 

 

 

 

 やっと、()()を殺せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリザベート・バートリー/カーミラ

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「……さて、と……立香ちゃん、そして結君とも逸れてしまった僕たちなんだけど……これから、どう動こうか?」

 

「どちらかと合流できれば、状況は格段に良くなると思うのですが……」

 

 

 

 

 片やロクでなし天才音楽家。

 片や重っくるしい頑強な鎧をまとった守護騎士

 

 そんな、男二人のため息が重なる。

 

 

 遊撃部隊として行動していた彼らは、サーヴァントのみで構成されたチームであったため、立香や結との連絡手段をオルガとのリンクの他に所持していなかった。

 

 

 

 遊撃部隊、とサポート担当のメンバーを纏めてしまったことが、ここに来て最悪の一手と化した。

 立香達をサポートすることはおろか、仮に何らかのトラブルで対ファヴニールの構図となってしまった場合は、全滅の可能性すら余裕であり得てしまうだろう。

 

 

 次の一手がどれだけの意味を持つのか、それを踏まえて考え込んでいた彼ら二人の様子を見て、彼女が動く。

 

 ひどくむさっ苦しい絵面に対し、中和剤としての役目を果たす一人の少女が、眩しい笑顔を浮かべて言ったのだ。

 

 

 

「やるべきことは、変わらないでしょう?時代が違えど、私が愛したこのフランスを守り抜く……そのために、ここまで来たのだもの……」

 

 

 

 

 姿こそ、華奢で可憐な美少女であるとは言え、その輝きはどうであろうと変わらない。

 

 

 

 誰よりも国に愛され、誰よりも国を愛したその王妃の本質は変わるはずなどないのである。

 

 

 

「前を向きなさい、二人とも……そして、皆を迎えに行きましょう?」

 

 

 

 凛々しく、それでいていつも通りの微笑みを浮かべて彼女は、二人の仲間の背中を支える。

 

 

「……本当に、君は…………」

 

 

 

 嬉しそうに、やれやれといった風にため息をついたアマデウスは、次の瞬間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………逃げろ、マリー!!!!」

 

 

 

 

「『死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)』」

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを見て、絶叫した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……本当に、こんな術式があり得るのかしら……いえ、実際に目にしているわけなのだから、あり得てしまったのが事実なのだろうけど……』

 

 

 

 黒き城壁を触れた俺の体を通して、オルガが巨城内部全体を覆うようにして張られた結界の解析を行うと、その異様な性質を聞いたアサシンとジャンヌは、珍しく同じような感想を抱いたようで、二人して顔を顰めていた。

 

 

「まあ、理解したくなくなる現実を、あっさりと押しつけてくるのが聖杯だからな……理不尽の塊みたいなもんだ…………と、それにしても、そうか……」

 

 

「マスター……どうかしたんですか?」

 

 

 

 俺の呟きを拾ったアサシンが、心配するようにこちらの顔を覗き込んできた。

 ……現在、少女姿のアサシンがそういう仕草をやると、あざとさのかけらもなくて、本当にただただ可愛いだけだからずるいと思う。

 

 彼女からの質問に対して、答えを誤魔化すついでに、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でてみた。

 

 

「あっ、ちょっと、いきなりなんですか?……髪が崩れるじゃないですか」

 

 

 嬉しそうに、それでも不満そうに頬を膨らませるという器用な表情を作る彼女の表情筋に少しばかりの尊敬を抱きながら、彼女を愛で続けていると、揺らいだ心の平穏が戻ってきた。

 

 

「……ん、何でもない。ただちょっと、()()()()()()()

 

 

 

 

 青年がボソッと呟いた独り言は、誰の耳にも届くことはなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 情報を読み解き、策を練った。

 

 準備完了、覚悟も決めた。

 

 二つの聖杯……不安材料はまだまだあるが、そこに関しては適宜対処していくほかないだろう。

 ぶっちゃけ、現状では対策のしようがない。

 

 

 

 そんな俺たちは今、唯一存在していた巨城の入り口前に立っていた。

 

 

 

『タイムリミットは、長くても後一時間。存在実証ができない今、立香の存在はこの時代において曖昧なものになってるからーー』

 

「不測の事態が起きた際、何が起こるかわからない、でしたよね?」

 

『ええ……ロマニ達も、色々試してはいるみたいだけど、モニター越しに時折聞こえる叫び声からして、期待はできそうにないわね』

 

 

 現在進行形で立香達に迫る危機、その最もたるものは、今オルガ達が話していたように存在実証が不可能であることだ。

 

 その結果が、この世界からの強制退去……だけで済めばいいのだが、何が起こるかは、万能の天才たるダ・ヴィンチちゃんでも予測できないらしい。

 

 

 この状況を打破する方法はただ一つ。

 

 巨城全体に張られた結界の()()()として、認識阻害系の魔術の存在が確認できた。

 さらに、結界の表面を覆い、それを黒く染め上げている膜のようなものが原因であることも、オルガが単独で解析した……マジでこいつなんなの?ウチの所長のどこに、欠点があるというのだろう。

 

 

 ……まあ、結論をいえば、その膜さえ打ち破ることができれば、大至急で解決しなくてはならない問題は解決できると判明したのである。

 

 

 

 

「それでは、今度こそ……参りましょうか。皆さん、サポートお願いします!」

 

 

 

 にこやかに、堂々と、不安など感じさせぬ笑顔を浮かべて、そう言い切った聖女の旗の下、俺達は入り口へと足を進める。

 

 

「おう、大船に乗ったつもりで任せとけ……基本、頑張るのはアサシンなんだが」

 

 

『ほんと、貴方が居ると締まらないわね……ロマニと同じよ?……しっかり、気張りなさい』

 

 

「それは、やだ……ま、適当に頼むわ、アサシン」

 

 

 いつもの様にため息を吐く頼れる所長が、青年を鼓舞し、やる気なさげな()()()()()()()その青年は、隣を歩く少女の頭にポンと手を置く。

 

 

「勿論、です。それじゃあ、マスター……まずは、手筈通りに行きますよ?」

 

 

 

 珍しく、獰猛な笑みを浮かべてから、その少女は自らの身を妖艶な美女へと変化させ、蒼炎を全身に纏わせた。

 

 

 

 そして、()()は、入場と同時に行われた。

 

 

 侵入者を感知し、現れた十数匹のワイバーン。

 逃げ場をなくす様に閉じられた背後の城門。

 竜の魔女陣営が仕掛けた罠、弄した策の数々を……

 

 

 

「やったれ、アサシン」

 

 

 

 

 

 紅の輝きを以ってして放たれる、その一撃で粉砕する。

 

 

 

 

「はい、やっちゃいます♪……()()()()()()()恋もて焦がすは愛ゆえなり(サンサーラ・カーマ)』」

 

 

 次の瞬間

 

 破壊神の蒼炎が、天高く放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話 終節 邪竜欲望魔境都市 オルレアン(3)


 相変わらず話はスローペースですが、丁寧に行きたいと思います。
 感想、評価、ありがとうございます!励みになります。


 

 26話 「突入/激突」

 

 

 

 

 

 

「令呪を以って、汝がマスター、朱雀井結が命じる……全力でぶちかませ、カーマ!」

 

 

 

 

 雰囲気を大切に、久々の切り札使用で少々高揚しながら、俺はそう叫ぶ。

 

 かつて、宝具使用を渋った彼女はもういない。

 ニヤリと片頬を上げ、空へと手を伸ばす彼女の表情に曇りはない。

 

 

 忌むべき過去を払拭し、ボロボロになり、迷い、傷付け合いながらも、振り返ることなく駆け抜けたあの戦いがあったから、今の俺たちがいるのだ、と。

 

 その証明を真正面から叩きつけるように、誇りを持ってこの一撃を撃ち放つ。

 

 

 全て()かしてしまいましょう。

 全て魅了(うば)ってしまいましょう。

 

 それは、愛を与えるもの。

 それは、全てに快楽を与えるもの。

 

 それは、全てを満たす情欲の矢。

 

 

 

 『恋もて焦がすは愛ゆえなり(サンサーラ・カーマ)

 

 

 

 それは、遥か昔のこと。

 

 宇宙を焼く、と言われたシヴァの炎に彼女が焼かれた痛みの果てーーー肢体を失い、身体を持たぬ真の愛情をあらわす存在へと成り代わった彼女の逸話を元にした『第二宝具』。

 

 

 第一宝具『愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)』とは異なり、この宝具では彼女の代名詞とも言える情欲の矢を放つことがない。

 シヴァの炎によって失われた身体=愛そのもの、といった解釈により、彼女自身を愛の矢として見立て、自身の体の一部である蒼炎を用いて攻撃を行うのである。

 

 故に……

 

 

 その蒼炎は触れるもの全てを魅了し、その身体を容易く消し炭と変貌させるのだ。

 

 

 

「これが、アサシンの第二宝具ですか……」

 

 

『……すごい、綺麗……!』

 

「……子供みたいな歓声を上げないでくださいよ、オルガ…………滅多に撃たないので、しっかり見ていてくださいね」

 

 

 近寄るワイバーンを一掃し、空へと立ち昇った蒼き光は、巨城を覆う結界内部へ激突し、結界を覆う黒の"膜"を剥ぎ取っていく。

 

 その美しい光景に、嘆息するもの、歓声を上げたもの……そして、感慨深さを覚えたもの、三者三様の反応を見せた俺たちに、微笑んだアサシンだったが、時間が経つにつれて彼女の顔は険しいものになってくる。

 

 それも、そのはず、この宝具には二つの問題点があるのだ。

 

 この宝具は、彼女の持つ最大火力の攻撃手段の一つであり、その消費魔力量の多さから、実際に第二宝具を解放したことは、本当に数えるほどしかない。

 令呪を使わなければ、全力での発動は厳しいと、彼女に伝えられたことがあり、問題点の一つはそこである。

 

 

 そして、もう一つ……

 

 

 天を蒼炎で穿ち続けていたアサシンの紅の瞳が、一瞬怪しげな光を灯した。

 それと同時に、彼女は表情を歪めながら、その苦痛の原因を口にする。

 

「……っ、あな、たは……引っ込んでなさい、マーラ!」

 

『……殺す者(マーラ)……ねぇ、結。今のアサシンって……』

 

「お察しの通り……限界まで、マーラとしての権能を引き出してる状態だ……アサシン、無理しなくて良いからな!」

 

「わかってますって…………任せて下さいよ、マスター!」

 

 

 俺の声に、彼女は気丈にも応える。

 ならば、俺はそれを信じるほか無いだろう。

 

 本格的にその膜を削り始めると、先程までとは段違いの量のワイバーン達が(※決して、先程までが少なかったわけでは無い)こちらへと群がってきた。

 

 アサシンの注意が一瞬だけそちらの方へと向くが、彼女も俺を信じている。

 

 当然、これも想定内だ。

 

 

 

「……ジャンヌ、オルガ!仕事の時間だ、蹴散らすぞ!」

 

「はい!」

『了解よ、装填にコンマ二秒。四連射までなら、合わせるわ。合図は任せる』

 

 

 返事とともに、前方より襲来するワイバーンと俺の間へ躍り出たのは救国の聖女ことジャンヌ・ダルク、その人。

 

 傷跡こそ消えたとは言え、ランスロット戦で彼女が受けた霊核へのダメージはそこそこ大きい。

 しかし、それを全くと言って良いほど悟らせない動きで、ジャンヌはワイバーンを食い止め、叩き落としていく。

 

 ……聖剣アロンダイトにザッパリ斬られたはずの彼女が戦線に復帰していること自体が、割とおかしいことなのだが、そこにツッコミは入れないで置いてあげよう。

 決して、流石、脳筋タイプ!……なんて思ってないから安心して欲しい。

 

 

 

 ジャンヌは、薙ぎ払いから振り下ろし、又は突きへと滑らかな動きで連続攻撃を仕掛け続け、大量の翼竜のタゲを取ると……地面に大旗を突き立て、棒高跳びの要領で空中へ身を踊らせた。

 

 キレの鋭い踵落としで地に翼竜を沈めると同時に、更に推進力を得た彼女は、空中で回し蹴りを決め着地……の、間にも最も近い翼竜の首を素手で掴み、そのまま地面へと叩きつけた。

 

 

「……なんか、あいつ強くなってない?」

『……気のせい、よ?多分…………多分』

 

 

 そんな様子を後方から眺めながら、オルガと会話しつつも集中力を高める。

 現在、俺の左手は、子供が遊びで使うように、鉄砲の形に組まれていた。

 

 時折、伸ばされたその指先からはパチパチと赤黒い光が弾けていて、その様子が()()()()()()()と知らさせてくる。

 

 

「んじゃ、まあ適当に……実験がてらに行ってみようか!……Eins(アインス)!」

 

 

 ドイツ語で1を示すその言葉に応じて……

 

 一筋の閃光が駆け抜けた。

 

 

 貫くはワイバーンの頭部、刺し穿ったのは赤黒い光を放つ()

 一撃で翼竜を落とした様子を横目で確認しながらも、動きは止めず、狙いを次の的へと移して……

 

 

Zwei(ツヴァイ)!……Drei(ドライ)!」

 

 

 再び、閃光が空を駆け抜けた。

 

 放たれた二本の槍は、片方は、こちらへ向かってきていた翼竜を撃ち抜いたが、もう一本の方は直前で回避されてしまった。

 

 

「っ、狙いが甘いか……とりま、ラスト!Vier(フィーア)!」

 

 

 撃ち漏らしたワイバーンを今度こそ仕留めた所で、ワイバーン襲来の波が一旦途絶えた。

 ふぅ……と一息つき、集中状態を軽く解く。

 こちらへと近づいて来たジャンヌが、少し引き気味に一つだけ聞いて来たのだった。

 

 

「……結さん、今のは?」

 

 返答は決まっている。

 もとより、俺もなんでそうなったのかは理解できていないのだから、そう言うしかないのだ。

 

 

「……魔改造ガンド、ですが何か?」

「はい?」

 

 

 ……あの槍が、元ガンドとか誰が信じると言うのだろうか。やっぱオルガ様天才だわ。有能すぎて時々怖いまである。

 そんなことを考えながら、俺は小さな声で呟いた。

 

 

「おつかれ、オルガ。次もよろしく」

『…………ええ、任せなさい』

 

 

 

 

 使い慣れない言語で、俺が合図を送った相手は勿論、オルガである。

 これが、俺が【代償強化】の過剰使用により、満足に魔術を使えない状態へ陥った時のために打ち合わせておいた遠距離戦法。

 

 相手の動きを読み、()()()()()()()()、音声を条件とした条件起動式の魔術を利用し、()()()()()()()()()()()穿()()

 

 その高速使用を、俺たちは行っているのだ。

 

 オルガが魔力刻印を通し、俺の体に住み着いたことの利点として大きかったこと。

 その一つが、マルチタスクの常時発動を可能にしたことだ。

 

 ガンドは護身用魔術として、使用されることがあり、比較的発動が容易である魔術の一つだ。(ガンドの原型が残っているか、と問われたならば、間違いなく否であるのだが)

 

 しかし、手間のかかる条件式起動魔術という型に当てはめた場合では、戦闘の片手間に作業を行うことなど不可能に近い。

 

 しかし、今の俺たちならば……

 

 その複雑な作業を、戦闘と魔術……二つのサイドに役割を切り分けて行える。

 

 魔術単体に、天才たる彼女が集中できるのならばどうだろうか。

 肉体を持たず、自身の意識が魔術回路と直接結びついている……その影響か、魔力操作の精度が生前よりも()()()()()()()()()そんな彼女なら、どうだろうか。

 

 

 答えは、今。

 

 俺の目の前に存在している

 

 脳天を穿たれ、地に落ちた翼竜達の姿が告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 空が晴れる。

 

 

 

 

 

 観測者達は、希望の星をその目に捉えた。

 

 

 

 

 

 観測者達は、悍しい妄執をその目に捉えた。

 

 

 

 

 

 観測者達は、伝説の再来をその目に捉えた。

 

 

 

 

 

 そして、観測者達は……

 

 

 

 

 

 

 一人の少女の夢を、その目に焼き付けるのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……子ジカ、アンタ先行きなさい」

 

「え……」

 

 

 横から私を突き飛ばし、その右腕に深い切り傷を負った彼女は、迷うことなくそう言った。

 先を見据える眼光は鋭く、傷を負ったことさえもが些事であるかのように、表情も変えず、ある一点を睨み続けていた。

 

 

 

 

 

「…………ああ、本当に……憎たらしい」

 

 

 

「忌々しい」

 

 

 

「悍しい」

 

 

 

「煩わしい」

 

 

 

「汚らわしい」

 

 

 そんな中、庭園に一人の女性の声だけが響いていく。

 

 

 

「貴方もそうでしょう?…………互いが憎くて、絶対にわかり合うことなどできない。互いに忌み嫌い、永遠に認め合うことなどできない…………やっと、殺しあえる。その一点においては、あのいけすかない魔女にも感謝できるかしら……ねぇ、エリザベート=バートリー」

 

 

 

 その爪の先には、エリちゃんから抉り取った血が滴り、もう片方の手には体と変わらないほどの大きさを持つ大鎌が存在していた。

 

 敵方のサーヴァント。

 バーサク・アサシン……反英霊カーミラがゆったりとした歩みで現れたのだ。

 

 

 

「ええ、そうね……私はアンタが大っ嫌い。だから……」

 

 

 彼女はカーミラに対して、そう言うと一度言葉を止めた。

 そして……

 

 

「……死ね!!」

 

 

 次の瞬間、彼女はカーミラの目の前へと接近しており……手に持った槍を躊躇いなく振り下ろした。

 

 

「……っ!エリちゃん!」

「マスター……あまり、前へ出ないで下さい!」

 

 

 衝撃による風圧が、離れていた私達の元まで届き、突撃の瞬間を視認できない。

 思わず、その場へ駆け寄ってしまいそうになったのを、マシュに止められてしまった。

 

 そのとき、一人の大英雄が、ジークフリートがその結果を口にする。

 

 

「今の一撃は、確実にあのサーヴァントへ命中した……ギリギリまで防御行動を取る気配すら見えなかった……」

 

「なら……!」

 

「だからこそ、()()()()()()()

 

 

 それは、彼が私の言葉を遮り、そう告げたのと同時だった。

 二人が激突した方向から、何かがこちらへと吹き飛んできて……

 

 

「……っ、はっ!」

 

 

 私に衝突する直前で、それをジークフリートが受け止める。

 彼の腕の中を覗き込んで、私の呼吸が誇張抜きで一瞬止まった。

 

 額から血を流し、意識を失っている。

 

 そんな彼女の、エリちゃんの姿を見て、動悸が早くなる。

 

 

「おかしい……とは?どういうことでしょうか、ジークフリート殿」

 

 

 何やら、尋常ではない雰囲気を感じ取ったのか、真剣な眼差しの清姫がそう問うと……ジークフリートがその根拠を述べる。

 

 

「防御行動を取らない理由は、そんなものが必要ないから、だろう……さて、マスター……サーヴァントの全力を以て、傷一つすらつけられない防御力………まず、そのカラクリを解かないことには、勝負の舞台にすら上がれなさそうだ」

 

 

 エリちゃんの攻撃は確かに直撃した。

 その上で、カーミラは傷一つ負わなかったというのだ。

 その防御力を持ちながら、一撃でエリちゃんの意識を刈り取ったというのだ。

 

 

「…………ああ、くそぅ……最初っから、ハードモードすぎると思うんだけどな!」

 

 

 足は震える。

 

 声が掠れる。

 

 正直、怖い。

 

 

 それでも…………戦え。

 

 私を守ってくれた、彼女の為にも。

 

 

 

「……行くよ、皆。力を貸して!!!」

 

 

 

 vsカーミラ。

 

 

 巨城オルレアン

 

 その初戦の幕が、今上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話 終節 邪竜欲望魔境都市 オルレアン(4)

 

 

 

 

 

 

「…………人類最後のマスターに、そのサーヴァント……一度だけ、言いますよ」

 

 

 カツリ、カツリと死が迫る。

 剥き出しの殺意に、体が震えて心が凍るような戦慄を覚えた。

 それほどまでにバーサーク・アサシン……サーヴァント、カーミラの存在感は圧倒的であった。

 

 戦いに関しては、『ニーベルンゲンの歌』に語られる大英雄ジークフリートが味方にいるこちらの方が有利であるはずだ。

 ……本来ならば、であるが。

 

 エリザベート=バードリーの渾身の一撃を、防御体制すら取らずに受け止め、返す一撃で、サーヴァント一騎の意識を沈めたカーミラの戦闘能力は、異常の一言に尽きる。

 

 思考を巡らせる。

 そして、恐怖に毒される。

 

 その毒は全身に巡り、身体は完全に硬直していた。

 

 ああ、だから。

 彼女の言葉を聞いて、()()()()

 

 

「その娘を置いていくのならば、貴方達は見逃しましょう」

 

 

 恐怖に顔を引きつらせながらも、不敵に笑え。虚勢と共に意地を張れ。

 

 そして、エリちゃんを抱える両の腕へと力を込めて、私は叫び返すのだ。

 

 

 

「うっさい、ばーか!!!」

 

 

 

 …………三秒ほど、場を沈黙が支配して。

 

 

「……残念、貴方は殺します」

 

「ジークフリート!弾いて!」

「了解!」

 

 

 一瞬で振り下ろされたカーミラの爪を、ジークフリートが弾き飛ばす。

 その鈍い音が、この戦闘の始まりを告げた。

 

 爪による連打を大剣で受け流し、カーミラの攻撃のリズムが乱れた所を見逃さず、ジークフリートは攻勢に出る。

 元々、カーミラの攻撃手段は多い方ではない。

 小回りが効きにくい大鎌に、鋭く伸びる両の爪……接近戦で注意するべきことは、それだけだろうと踏んだジークフリートに隙はなく、実際のところ、その読みは大きく外れてはいなかった。

 

 どれだけお化けなステータスをしているとはいえ、懐に飛び込めば()()()()

 連打に次ぐ連打。

 ジークフリートの攻撃に、終始カーミラは翻弄されっぱなしのままであり、その光景を少し離れたところから見ていた立香の頭に、『このまま、押し切れるのではないか』などという考えが浮かぶ。

 

 ……しかし、その次の瞬間

 

 

「……っ、鬱陶しい、わね!」

 

 

 カーミラが大鎌による薙ぎ払いを放つ。

 それを完璧なタイミングで受け止めたジークフリートが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 その一撃は、立香の想定を遥かに凌駕しており、必死に考えていた策の幾つもを根底からひっくり返してきた。

 

 

「……っ!?」

 

 

「タゲは引き受けますわ……!ますたぁを任せます!」

「は、はい!お気をつけて」

 

 躊躇いなくカバーに入ったのは清姫。

 ジークフリートへと追撃を入れようとしたカーミラの行手を阻むように炎の壁を展開し、カーミラの正面へ躍り出る。

 立香は、清姫の無事を祈りながらもジークフリートへ容体を確認するが、受け身は取っていたようで問題はないらしい。

 

 

「ますたぁには、指一本たりとも触れさせません」

「あら、そう……ならば、貴方が先に逝きなさい」

 

 

 扇に炎を纏い、凛とした表情でカーミラを堂々と相手取る清姫だが、立香は知っている。

 彼女の戦闘スタイルは、決して接近戦向きではないということを。更に言えば、ジークフリートの一撃ですら傷つかないその身体には、彼女の爆炎も有効打にはならないだろうということを。

 

 しかし、もう一つ……足りない能力は仲間を信じて補う他ないということも、立香はこれまでの戦いで知っていた。

 

 

「大人しく、死になさい!」

「丁重にお断り、しますわ……!」

 

 

 何層にも張り巡らされた炎の弾幕を掻い潜り、接近したカーミラの爪が、清姫の持つ扇子を叩き落とす。

 連続で振われたその爪牙が、清姫のもつ白き柔肌を切り刻む……その直前に、

 

「そこ、です!」

 

 ()()()()()()()()()()()、カーミラの死角から現れ、そして、その大楯を脳天目掛けて振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加えられた衝撃に、流石のカーミラも膝をつく。とはいえ、外傷は見当たらないため、軽い脳震盪のようなもので、一時的に行動不能となっただけであろう。

 要約すれば、永遠に無敵状態の相手に、1ターン分のスタンを入れたようなものであった。

 

 

 

「ますたぁ!?何を考えて!」

「清姫さん、マスターからの指示です。私と、貴方とカーミラさん……その全員を囲む炎の檻を作ってください!」

 

 

 マシュに主人の安全を託してきた清姫が、困惑に陥るが、立香もそれを承知の上でマシュを送り込んでいた。

 これは、彼女が弄したたった一つの策。

 守りの要を、自ら手放したその真意はただ一つ。

 

 

 

 

 

「……っ、まさか」

「ここで、暫く引きつけます!」

 

 

 一人で無理なら、二人組で対処に当たる。

 しかし、策を行動へ移そうと、大きく円を描くように炎を広げたその瞬間……

 

 

「今すぐ逃げてください、ますたぁ!!」

 

 子供でも思いつくような単純に見える主人の一手に、清姫は致命的なまでの欠陥を見つけ出してしまい、絶叫した。

 

 

 恐らくマシュですら突破できる炎の壁など、今のカーミラには意味をなさない。

 前提条件に取り返しのつかないほどの、見落としが存在した。

 慣れない戦闘の指揮だ。

 仕方ないといえば、仕方ないのだが……それで済むほど、戦いの世界は甘くない。

 

 守りが薄くなり、一番の獲物を抱えた最弱の彼女を、暗殺者の位を冠するカーミラが狙わない筈がないのである。

 

 

 絶叫から一秒後。

 

 カーミラが笑みを浮かべ、清姫へと背を向けた。

 

 二秒後。

 

 清姫の伸ばした手は届かず、カーミラはエリザベートの魔力を手がかりに、加速を開始する。

 

 三秒後。

 

 先回りをしたマシュの大楯と、大鎌が激突し、マシュの姿が掻き消える。

 

 

 

 

 

 

 そして、五秒後。

 目を逸らしたくなる気持ちを抑え、清姫は運命の瞬間を見届けようと目を凝らす。

 

 炎を突き抜け、大鎌を振り上げたカーミラが見たのは……

 

 

 

 

 

 

「そう来ると……読んでたよ!」

 

 

 

 

 

 恐怖で頰を引きつらせながらも、気丈に笑みを浮かべてみせた少女の抵抗であった。

 彼女は見る。

 藤丸立香が掲げた()()()()()()()()その左手を。

 

 

「……っ、ぶっとばせ!ジークフリート!!!」

 

 

 マスターからサーヴァントへ。

 

 その身を囮として作り出した好機に、御膳立てはバッチリと言わんばかりの令呪一画。

 背中を押されない筈がない。

 気合が入らない筈がない。

 

 願いを叶える英霊とも謳われるその剣士が

 

 彼女の想いに応えないはずが、ないのである。

 

 

 

「宝具解放……その願いに応えよう。空を穿て!」

 

 大剣の柄に嵌め込まれた青の宝玉が、光を放ち真エーテルの放出を開始する。

 蒼銀の焔は大剣へと収束し、その輝きは悪を焼き尽くす裁きの一撃と至るのだ。

 

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!!」

 

 

 その一撃は、カーミラが立香の元へと辿り着くコンマ数秒前に放たれ……

 

 次の瞬間

 

 青き光が、世界を埋め尽くした。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 よく知っている。

 これは……夢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る。奔る。疾る。

 

 息を切らして、血反吐を吐いて

 

 呼吸なんか知らないと、苦痛なんて知らないと

 

 ただ今は、前へと足を運んでいく。

 

 進んだ先に何が待ち受けているかなど、知っている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことも、端から知っている。

 それでも前へと進むのだ。

 

 いつ、どこで終わりを迎えても

 

 辿り着く場所が定められていたとしても

 

 

 

 

 

 現実という名の未来から逃げる。

 滑稽な程無様に、愚かしい程ひたすらに

 

 気を抜けば飲み込まれ

 

 必死に走り続けたとしても

 

 いつかどこかで追い抜かれることなど分かっているのだ。

 

 

 それでも走る。

 

 ひたすらに、ただひたすらに。

 

 惰性なのかもしれない。

 とうの昔に心なんてものは折れているのかもしれない。

 

 それでも、逃げ続けているのはきっと……

 

 それだけが、私の存在証明だったから

 

 この必死にもがいて、もがき続けたこの時間のみが、私が私でいられるじかんであるのだから。

 

 

 愚かな夢を 諦めることが できなかったから

 

 

 だから、もう一度立ちあがろう。

 

 せっかくの好機だ。

 

 叶うことなら最期まで、

 

 

 私は私で在り続けよう。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 華やかな庭園など、見る影もなく。

 ボロボロの荒野のように成り果てたその土地に()()()()()()()()()()、一人の少女が膝をつき、その光景を眺めていた。

 

 銀の閃光が乱れ飛ぶ。

 鈍い金属音が響き重なり、衝撃の余波が風圧となって、彼女の元へと辿り着く。

 

 左を見れば、大楯を杖のようにして立ちあがろうとする後輩の姿。

 腕の中には、未だ目を覚さないピンク髪の少女が存在する。

 

 衝撃の発生源でぶつかりあうのは、ジークフリートとカーミラ。

 ()()()()()()()()()()()()()()カーミラに対し、ジークフリートは清姫と連携を取ることで対応し……その上で、カーミラの優勢は崩れない。

 

 ありったけの勇気を振り絞り、全力を込めた先の一撃。

 セイバー・ジークフリートによる全力の宝具『幻想大剣・天魔失墜』。それをもってしても……カーミラは未だ無傷。

 

 

 無理だ、と理性が望みを捨てる。

 策を巡らせ、力でゴリ押し……やれることは全てやり切った。

 それでいて敗北するのならば、仕方がない。

 もう……諦めてしまっても構わない筈だ。

 

 

 それでも……

 

 

 

「…………っ、まだ……立てる、から……!」

 

 

 それでも、意地でも涙は溢さなかった。

 

 

 唇を噛み、こぼしを握り……必死になって思考を回す。

 その息は荒く、意識が飛びそうになるのを何度も抑えて、諦めたくなる絶望感に抗って。

 

 体力を、魔力を、気力を、

 

 死力を尽くして徹底抗戦を続けた立香へと

 

 

 

 

『……っ!やっと繋がった!立香ちゃん、マシュ!聞こえているなら返事をしてくれ!二人とも無事かい!?』

 

「…………どく、たー?」

 

 

 

 最後の転機が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は、結率いる遊撃部隊がオルレアンへと突入を開始する少し前まで遡る。

 オルガにより、オルレアン全体を囲むように張られた結界の解析が終わり、結はその結界の持つ()()()()を聞き、表情を隠すことなく歪めていた。

 

 

『結界内に存在する竜の魔女陣営のサーヴァントに対するもう一段階上の【凶化】。己の欲望に応じた全能強化……こんなのっ、こんなのって!』

 

 

 オルガの叫びに、青年は応える。

 

「ああ……サーヴァントを駒としか考えてない最悪の術式。全能強化……それも俺のとは比べ物にならない程強力な効果。そんなもの、()()()()()()()()()()

 

 

 自らの問いに

 

 

「聖杯の魔力か?」

 

 淡々と

 

「竜の魔女の令呪か?」

 

 淡々と

 

「黒幕さんの、サポートか?」

 

 感情の籠らぬその声で返答し

 

「否だ、それのどれもが恐ろしいほどに否だ」

 

 最後に否を叩きつける。

 

 

 聞いているオルガが、寒気を感じそうになるほどの冷え冷えとした声音に、アサシンは少し驚きながら、自らのマスターの裾を引っ張った。

 

 

 

「……マスター、ちょっと怖いですよ」

 

「………っ、ああ、すまん。少しキレそうだったから……冷静になる」

 

 

 結は暫く黙り続けたが、他でもない結界の情報解析を行った彼女だけは、知っていた。

 その強化の副作用のことを。

 過ぎた力は身を滅ぼす、まさにその通り。

 ()()()()()()()()()()()()()()などという代償の強化を、他でもない結が受け入れられるはずがない。

 

 起源は代償。

 その言葉の意味を、誰よりも知るその青年が憤りを感じたのは仕方のないことで……

 

 

「絶対、ぶっ壊す」

『「当然!」』

 

 

 気合を入れ直した青年達の姿を見ながら、白聖女ことジャンヌ・ダルクは、カルデア本部へとその情報の報告に当たっていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「……要するに、カーミラの強化は対エリちゃん戦特攻ってこと?」

 

『正確に言えば、エリザベートを倒すまでの強化、無敵状態だね……つまり…………』

 

「全滅か、エリちゃん一人の犠牲で進軍するか……って、こと、なの……」

 

 

 抱える少女に、視線を落としながら立香は呆然とした様子で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 27話 「選択」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話 終節 邪竜欲望魔境都市 オルレアン(5)

 

 

 

 

 

 

『立香ちゃん……辛いと思うけど、今は……』

 

「先輩……」

 

「ますたぁ!」

 

 

 ドクターが、マシュが、清姫が、私の名前を呼ぶ。

 状況は切迫していて、世界を背負う私には選択肢なんて有って無いようなもので……

 

 鼓動が大きくなる。

 鈍い痛みが胸の奥から、全身に響き渡る。

 視界が歪み、思考が遅行する。

 

 鼓動が大きくなる。

 息が詰まりそうだ。

 呼吸の仕方を忘れたように、ぜぇ、ぜぇと息荒く酸素を求めて口を開いた。

 

 鼓動が大きくなる。

 もう、誰の声も聞こえない。

 抱える彼女の顔を見つめ続ける。

 今まで我慢し続けていた涙が、頬をつたっていく。

 

 

 その雫が溢れ、彼女の頬を濡らす……その前に

 

 

 

 

『やっほー、立香?聞こえてる?』

 

 

 優しい優しい、誰かの声が聞こえた気がした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 そのとき、各局面で勃発していた激闘の中でも、最も混沌的状況に叩き落とされていたのは、カルデア司令部に他ならないだろう。

 

 アサシンの活躍により、存在実証こそ可能にはなったが、それはスタート地点でありゴールじゃない。

 直ちに、立香及び結の存在実証を行った後、オルレアン全体の様子を解析し、立香と連絡を取った。

 その間にも魔力探知による索敵を行い、現在、立香達、マリー達がそれぞれ戦闘中であること。

 オルガから受け取った特殊結界について、さらに詳しい情報を調べ上げることなどを徹底し、各マスターのバイタルケアも行った。

 

 かつてない仕事量に疲弊するカルデアスタッフ達は、立香の危機に若干の精神崩壊を起こしつつも彼女の無事に祈りを捧げ始め、誰もが深夜テンション、ストッパー0のその空間は、端的に言って混沌を極めている。

 

 

 よって……

 

 

『おい、ロマン!さっさと立香に繋げ、そっちの面倒は俺が見る!』

 

 

 ボロ絹をローブのように纏い、オルレアンの街を駆け抜ける()()()()()()()()()()()、その声の主に返事を返すのだった。

 

 

『ねぇ、結君……労るって言葉知ってるかい!?なるはやでやるけどさ!?』

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……っ、Eins(アインス)Zwei(ツヴァイ)!っと。キリがないな、この蜥蜴ども……」

『同意ね……こちらの魔力も無限じゃないのに』

 

 

 走ってばっかだな、ここ最近……なんて愚痴を呟きながら、せっせと足を前へと進める。

 脳内アサシンさんに、「がんばれ、がんばれ、ま・す・た・ぁ!」なんて言わせてみるが、正直言って応援の様子より、応援後照れて顔真っ赤にするアサシンの姿の方が目の保養になりそうだな……まあ、想像なんですけどね?

 やばい、待って。本当に尊くない?こんなの現実でやられたら、死ぬよ、俺。

 

 

 

『……今のあなた、結構危ない人よ』

「おっと、すまない。つい涎が……」

『……キモい』

「傷つくなぁ……正直でいいと思うぜ?」

『貴方のメンタル、ほんと無駄にタフね?』

「それが取り柄です!……っと、Eins!」

 

 

 俺の言葉に応じて放たれた紅の閃光が、奇襲のつもりか、一気に空から飛来した一頭のワイバーンを撃ち落とす。

 その間も、俺たちは足を止めることなく進み続けており、時間のロスはゼロに等しい。

 

「段々と、慣れてきたな……残量は?」

『まだ、七割は残ってるけど?』

「節約上手で助かるよ……」

 

 

 マルチタスクに加えて、魔術の精度も魔力効率も超一線級の魔術師……やっぱ現状のオルガは既に、頭一つ飛び抜けたチート性能を誇るな。

 お陰様で、礼装を完備し、アサシン、オルガにサポート頼んでの全力解放…………その全ての条件が整えば、最終決戦時の()()と張り合える可能性すら見えてきた。

 

 ……まぁ、そんなことせずに済むことが一番であるのだが、今その話は関係ないか。

 

 

 

『準備が整った、今ならいつでも立香ちゃんと通話可能だ。状況は……こちらの騒ぎを聞いていた君ならわかっているね?』

「勿論、万事お兄さんに任せなさい」

『『不安だなぁ……』』

「うわ、お前ら超失礼……」

 

 

 簡単にボケをかましながら、俺は遠く離れた一人の少女へと語りかける。

 尊い光を持つ君に、今はまだか弱い君に。

 

 勇気を託す、そのために。

 

 

 

…………

 

 

 

 

『おい、こら……バカ弟子。前を向け』

 

 

 

 

…………

 

 

 

『やっほー、立香?聞こえてる?……』

 

 

 

 遠いいつか、道に迷い泣いた弱虫小僧の背を押した、あの人のように……

 

 

 

『取り敢えず、まずは……前を向こうか?』

 

 今度は、俺がお前の背中を押そう。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『まずは……前を向こうか?お前にはそこに、何が見えてる?』

 

 俯いた私の視界の隅に、ホログラムによって青年の姿が映し出される。

 それは、言うまでもなく、カルデア司令部を通して行われた結からの激励であった。

 

 

「……前を、向く……」

 

『そう、俯くな。泣くなとも、負けんなとも言わない。でもね、目を逸らしちゃダメなんだ……自分の立ち向かう相手を、しっかりと見据えて、そんで次は仲間の顔を見ろ』

 

 

 相手は、無敵で冷酷な仮面の妖女

 

 それだけしか、頭になかった。

 ただひたすらにそれだけに集中して、あの強敵を打ち倒す策をひたすら練った。

 だから、そう。

 

 

「せん……ぱい……?」

「ますたぁ……何を見て……」

 

 

 この戦いの最中、本当に彼女らの顔を見たのはこれが初だった。

 

 戦線に残るのはジークフリートのみ。

 清姫のサポートが間に合わないほどの高速戦闘に、マシュも迂闊に手を出すことが出来ず、万が一のサポートに気を遣っていたようだ。

 

 額に幾つもの汗をたらし、頬を土埃で汚して、その肢体には幾つもの擦り傷が浮かんでいる。

 それでも、彼女らの瞳は澄んでいて、まっすぐこちらを見据えていた。

 

 私の様子が変わったことに、疑問符を浮かべる二人に、問題ないと首を振って、結の言葉を噛み締めるように、思考に身体に染み渡らせる。

 

 

 声を聞き、顔色を見て、能力を考え……彼女らのことを考えていた……つもりだったけど……そういうことじゃない。

 

 

『サーヴァント戦ってやつで、最も重要なことを教えとく……相手との能力差、相性、コンディション、目的、制限時間、リスクに勝率……そんなことを考える前に必要なのは』

 

「……信頼……?」

 

 

 脳裏を過ったのは、あの先駆者達の背中(結とアサシンの姿)

 

 無意識のうちに、唇から溢れ落ちたのはたった二文字、たった四音であらわせる余りにも単純な真理。

 

 

『ビンゴ、わかってんじゃねえか……ま、ピンチなのはそれが原因って訳じゃ無さそうだけどね……』

 

 のんびりとした口調で話す結は、ひどく優しく……しかし、矛盾するようだが同様に厳しかった。

 今を見て、現実を見て、そこから逃げずに、戦えと暗に突きつけている。

 いや、違う……別に逃げてもいい。

 ただ、それに仲間と共に向き合えと伝えているのだ。

 

「ねぇ……私……」

 

 どうしたらいい?

 

 なんて甘えた言葉を口にしそうになって、唇を噛んだ。

 呼吸は落ち着き、頭は冷静になった。

 問題は何も解決していないが、それでも再び戦いのスタートに戻ってきた。

 

 考えよう、今はただひたすらに……

 途切れた集中を、それこそ気合で繋ぎ直して、思考を回し始めるその前に。

 

 

『最後にヒント……オルレアンでの戦いの本質は、意志にある。抽象的なこととして言ってる訳じゃない……文字通り、これは意志の戦いだ』

 

 

「何を……言って……?」

 

 

『……なあ、立香。この戦い、ぶっちゃけると……お前ら()()()()()()()()()()?』

 

「は?」

 

 なんか、とんでもないことを言い始めた暫定師匠候補の声を聞いて、加速しかけた私の思考が停止したーーーーーのを気にも止めずに言葉は続く。

 

 

『断つべきは、霊核ではなくーー』

 

 

「……ああ、納得。そういうことね……アンタ、中々使えるじゃない?」

 

「……え?」

 

 

 よって、返答したのは……返答できたのは、思考を止めた私ではなく、胸の中に居た彼女だった。

 

 

『……お褒めに預かり光栄だよ。漸く、おはようか?切り札さん(JOKER)

 

「寝たくて寝たんじゃないわよ!……全く、幸運に思いなさい、子ジカ。アンタついてるわよ?」

 

 

 そしてニヤリと勝気に笑い、立ち上がる。

 

 

「アイツは、私に対して絶対的な優位性を持ってる……気に食わないけど、そこの子イノシシに言われて気付いたわ」

 

『それもう、ウリボーで良いんじゃないのかなぁ?』

「しゃらっぷ、黙りなさい。今いいところなんだから」

『はい』

 

 

 右手に持った槍をクルクルと玩びながら、小ボケを挟む青年をピシャリと叱りつけ、彼女は……エリザベート=バートリーは、座り込んでいた私の前へと左手を差し出した。

 

 

「その上で……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そんな、余りにも道理の合わない結論を口にしながら。

 

 

 

◇◆◇

 

 

『ねぇ、結……私も貴方達の暴論についていけてないのだけど?』

「ん?まっさかぁ……天才オルガ様が、こんな簡単なことにも気がつかないなんてこと、あり得るはずがないじゃないですかぁぁ?」

『三日間ぐらい、朝から晩までギャン泣きしてあげましょうか?』

「待って、死ぬからやめて。ギャン泣きとか、超似合わねぇ……」

『で、どうなのよ?』

 

 

 反撃の策を練る立香とエリザの姿を眺めながら、オルガの問いに回りくどく答えてやることにする。

 

 

「オルガは、何かに憧れたことってあるか?」

『それは、勿論あるけど……というか、質問を質問で返さないでくれる?』

 

 彼女の抗議を意に介さず、質問を続ける。

 

「じゃあ逆にーーーーーーーーーって、ある?」

 

『それこそ、愚問…………って、あ……!』

 

 

 何かに気づいた彼女の間の抜けた声を合図に、ホログラムが映し出す先の戦場で、最後の勝負が始まろうとしていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「……策も何も要らないわよ。アンタはただ……」

 

「エリちゃんを信じればいい、だよね?」

 

「ええ。仮とは言え、それでこそ私のマスターに相応しいわ」

 

 

 タイミングは、一瞬。

 清姫に、マシュに、何も伝えることなどできていない。

 休みなく戦闘を一手に請け負うジークフリートなど、現在、この世で最も余裕という言葉から最も遠い人物と言っても過言じゃないだろう。

 

 だけど……信じる。

 全面的な信頼、悪く言えば丸投げ。

 責任の押し付けとも言えるその行為、言葉にするのは簡単で、実行にはありったけの勇気が必要な……そんな、愚行。

 

 

 幾度交わったか数えることなど、不可能なほどぶつかり合う大剣と大鎌が、最も触れ合う瞬間を見逃さない。

 

 号令は、単純明快。

 

 深呼吸して、目を閉じて……ゆっくり瞼を上げる。

 そして、その瞬間はやってきた。

 

 振り下ろされた大鎌をジークフリートが大剣で受け止めて、一歩前に足を踏み出した。

 そのタイミングで、声を上げる。

 

「マシュ、清姫……今すぐ離れて!」

 

 鍔迫り合い、確実にカーミラの動きが阻害される……その瞬間に合わせて私達は行動を開始する。

 戸惑いはあるだろう、躊躇いもあるだろう。

 それでも彼女らは、一瞬のラグすらなくその場からパッと離脱した。

 

 完璧な1on1……サポートもいなくなった、その戦況を、さらに掻き乱す。

 

 

「ジークフリート!弾いて、()()()()!!!」

 

 

 その言葉を聞き、清姫とマシュがギョッとしたような視線をこちらに向けてくる。

 ホログラムから、青年の爆笑が聞こえてくるが、こちらとしては一切ふざけているつもりは無いので、ぜひとも黙って頂きたいものである。なんなら、黙れ。

 

 オルガに叱られたのか、黙りこくった青年のことを脳内の隅の方へと追いやり、最後の指示を彼女へと伝える。

 

 一気に自由になったカーミラは、状況確認のために、コンマ数秒動きが固まる。

 そこが狙い目、ここで決まり手。

 

 ()()()()()()()使()()()()

 

 彼女が、彼女の力のみで相対することが、勝利の条件であるのだから、使えない。

 

 マシュ達の離脱開始直後から、行動を始めていた彼女は、カーミラの正面へと躍り出るとその槍を地面へと突き刺した。

 

 稼いだコンマ数秒は、エリザベート=バートリーが宝具を解放するに当たって、最高のアシストとなり……

 

 

「……エリザ、ベート!!!死ねぇぇええ!!!」

 

 殺意に飲まれ、正気も失いつつあるカーミラが大鎌を投げ捨て、両の爪を振り上げて襲いかかるが……

 

「……っ!よしっ、間に合う!」

 

 エリザベートには届かない。

 

 エリザベートの持つ槍は、彼女の居住していた監獄城チェイテを武器化したもの……内包されたその要塞とも言える巨城を今、彼女だけのステージとして、開放する。

 

 

 

 

「宝具展開……」

 

 

 しかし、それでも……

 

 

 

 カーミラに与えられたのは、身体強化ではなく全能強化。

 乃ちそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まして、相手が相手だ。

 聖杯から与えられたその力は、時に奇跡をもたらし、不可能を可能にする。

 

 

 結論をいえば、宝具を先に放ったのは、カーミラの方であった。

 

 

幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)!!!!!」

 

 

 絶叫と共に、エリザベートを閉じ込めるようにして現れた拷問器具『鉄の処女』が、閉じられる。

 致命的なその一撃に、一人を除いてその場にいた全員の背筋が凍りつく。

 

 

「……そうよね。アンタが私なら、当然……躊躇いなく、それを撃つでしょうね!」

 

 

 右腕、一本くれてやる。

 

 閉じられたその鉄塊に、右肩から先を全て飲み込まれたまま、カーミラを見つめる少女は、その状態のまま自らの宝具を解放する。

 

 

「……私の夢を、私の声を!」

 

 

 一呼吸置いて、声を張り上げ少女は叫ぶ。

 

 

「私の、歌を!聞け!!!……鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)!」

 

 

 その怒号は、光の奔流となりカーミラの身体を飲み込んだ。

 彼女の身体に、傷一つつけることなく。

 

 

「「「………………っ!?」」」

 

 

 固唾を飲んでその瞬間を見守っていた全員の間に動揺がはしる。

 

 

 輝きが消え、その場に立っていた人影は二つ。

 

 片や肩先を食いちぎられ、死人同然。

 片や無傷。

 

 しかし、それでいて……

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 場を沈黙が支配する。

 そして、その沈黙は……少女がその場に崩れ落ちたドサッという音によって破られた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 オルガマリー・アニムスフィアは、その光景を見て、呆然と呟いた。

 

 

 

『……憧れが、願望に勝てるはずがない……だからこその、勝利』

 

 

 その独り言に、青年は同意する。

 

 

「ああ……だから、俺はオルレアンでの戦いを"意志の戦い"って称したんだ……相手を正しいと、相手の願いを肯定してしまったら、押し負ける……」

 

 

 一拍置いて

 

 

「だから、アンタに負けられない。アンタにだけは、負けてやらない」

 

 

「己の思いに、嘘をついてでも忠義を果たす。そんな、今の貴方に俺は負けたくない」

 

 

「……なぁ?シュヴァリエ・デオン。結界も、凶化も、命令も関係なく……とことん、やろうぜ?」

 

 

 いつも通りに、不敵に笑え。

 

 

 vs白百合の騎士

 

 

 こっちはこっちで、忙しそうだな……なんて呑気にぼやきながら、その闘いの幕が上がる。

 

 

 

 

 28話 「死んでもマイクは手放すな」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話 終節 邪竜欲望魔境都市 オルレアン(6)



難産過ぎて困ってました。
戦闘シーンの描写が辛い……イチャイチャさせたい。

お待たせしすぎで、すみません




 

「言葉を交わすつもりはない。君が僕のことを罵ろうが、嘲笑おうが返す言葉があるわけでもないからね……けれど、手加減をするつもりもないし、キミをここから先へと通す道理もない」

 

 セイバーの持つ細身の刃が、明るくなった空に浮かぶ月光を反射し、眩く輝いた。

 語り終えると同時に、ゾッとするほどの殺気をこちらへと向けてくる彼……彼女?の姿は、セイバー自身の持つ誇りのようなものを感じさせる。

 

 凶化されてなお、その忠義を果たそうとするその精神には心の底から称賛し、敬愛するべきものがあるのだが、敵を褒め称える暇も余裕もあるはずがない。

 

 唯一の救いは、その精神の強さが仇となり、この結界の影響を受けている様子が見られないことだろうか。

 

 それでも、対英霊戦闘。

 こちらの札は、警棒とガンド(笑)……要するにオルガのみ。

 代償強化はまともに使えない上に、令呪も残り一画まで追い込まれたこの状況下に加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 息を吸い、吐く。

 目を閉じて、開いて……もう一度ゆっくりと瞼を下ろした。

 

 どのような状況に置かれても、やるべきことは変わらない。

 相手サーヴァントの撃退、そして何より戦場からの生還だ。

 そのことだけに意識を集中させる。

 精神の準備は整った。

 右手に持った警棒へと魔力を流す。

 

 最後に一度、深く深く息を吐いてから

 

「んじゃ、まぁ……行くわ」

 

 瞼を上げ、真っ直ぐと相対するその騎士の目を見てそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指先や足先、身体の先端部まで意識を伸ばし、限界まで精細な身体操作を行わなくては英霊の身体能力から繰り出される攻撃には対応できない。

 

 己が行動の全てから、無駄を削ぎ落とせ。

 瞬間的に、反射的に……押し寄せる選択の数々をたった一度でも誤れば、命はない。

 加速する思考、湧き上がる高揚感に身を任せた。

 先のことは何一つ考えることなく、目の前の戦いへと没頭していった。

 

 

 打ち合い、転がり、飛び込み、弾かれ、転がり、また立ち上がって打ち込む。

 何度も何度も、幾度も幾度も、致命傷だけを回避して、そのたびにこちらの体に汚れが、傷が増えていく。

 鋭く、そして何よりも凄まじい速さを伴った突きを連続で繰り出し、舞い踊る。

 そんな優雅さすら感じさせる剣士に対して、傷だらけで土埃に塗れながらも、必死になって抗い続ける不恰好な人間が俺だ。

 

 自嘲か、恐怖か、高揚か、絶望か。

 それともただ単に、頭のネジがぶっ飛んでいるのか。

 

「……あははっ」

 

 恐らくそれら全てを理由に含んだ笑い声が無意識のうちに溢れ出る。

 硬い。

 硬すぎる。

 鉄壁の守りだ。この守りを崩す為に、いったい俺はどれだけのリスクを背負えば良いのだろうか。

 細身の剣を自由に操ることで敵の接近を許さず、また軽やかに攻撃を往なすその剣技には驚嘆を通り越して、称賛の言葉を送りたくなる。まあ、そんな余裕はないので黙っているのだが。

 

 

 合理的に、機械的に……何度も何度も数えきれない程の正答を叩き込み続けることで、セイバーとの戦いは漸く拮抗という一応の形を取っていた。

 だが、それも偽物の拮抗。

 こちらがほぼほぼ全開で飛ばしているのに対して、セイバーは慌てる素振りすら見せていない。このままでは、体力が尽きたのちに瞬殺されるのは目に見えていた。

 

 だから

 

「……いく、ぞっ!」

 

 覚悟を固めて、死神の元へと踏み出した。

 集中し、思考回路のギアを上げろ。

 大事なのは初撃への対処だ。

 

 最も危険でありながら、勝利を求めるならば、必ずどこかしらで越えなければならない生と死の別れ道。  

 

 頭の中でスイッチがカチリと切り替わる。一秒が引き伸ばされていく感覚が俺の中へと生まれていく。

 

 

 

 

 見る

 

 

 

 セイバーの体勢、剣の鋒の位置を

 

 己の体勢、己の位置を

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 観る

 

 

 周囲の状況を

 

 セイバーの視線を

 

 相手の力みを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視る

 

 

 相手の表情を

 

 相手の狙いを

 

 相手の心を

 

 

 

 

 

 

 

 ()る。

 

 

 全身全霊、全感覚で

 

 ()て、()て、()て、()

 

 

 

 そして 予知()た。

 

 

 

 

 

「把握、完了」

「早まったな、異邦のマスター……終わりだ」

 

 

 次の瞬間、俺の無謀な切り込みに己の勝利を確信したセイバーの突きが放たれる。

 絶妙なタイミング、距離感は完璧で、起りを見てから回避に移るにはあまりに近く、そして疾すぎるその一撃に合わせて、俺は舞踊(まわ)った。

 

 紙一重、他に表現の仕様がないほどに完璧な回避に加えて、溜めをつくった。

 ただ単に面を減らす為に身体を回したのではない。突撃の勢いを最大限に利用して、()()()()()()()()()()()加速する。

 

『え……』

「——は?」

 

 驚愕の色に染まるオルガ、そしてセイバーの思考を置き去りにして、俺は華奢なその身体の胴体部、つまりは相手の気管支あたりへと肘鉄を叩き込んだ。

 全力のカウンターを受け、流石のセイバーも苦悶の表情を浮かべる。

 叩き込んだ場所が場所だ。

 一瞬、呼吸困難に陥ったセイバーへと容赦なく追撃を開始する。

 

「しっかり、ついてこいよ……Eins(アインス)!」

『っ、ええ!』

 

 叫びながらも、前方への疾走を止めることはない。イメージのほんの僅かなラグの後に放たれた紅の閃光を追いかけた。

 相手との距離は意地でも離さない。

 先程の動きを警戒するセイバーに再び接近できる、そんな甘過ぎる考えを浮かべるほど、俺はバカじゃない。

 今が全てなのだ。

 見えぬ勝機を強引に引き摺りだし、光明を見出した今が最高で最大の好機であるのだ。

 

 魔改造ガンドの着弾。

 そのコンマ数秒遅れで、立ち込める砂埃へと飛び込んだ。

 接近の勢い全てを乗せ、体勢を崩したままのセイバー目掛けて警棒を振り下ろす。

 

 

「……まるで、嵐のようだね」

「今のを飄々と止められると、正直困るんですけどねぇ?」

 

 

 脳天をカチ割る勢いで躊躇なく警棒を叩き込んだ。

 しかし、流石と言うべきか。

 視線の先には膝立ちの上、()()()()()俺の全力攻撃を防いだセイバーの姿が存在していた。

 純粋に感心したように笑う彼女?に、軽口を返してから呼吸を繰り返した。

 

 ほんの数秒、硬直する俺とセイバーに流れた時間だ。互いの視線がぶつかり合う。

 この均衡が崩れるのは間も無くだろう。

 

 集中する。

 再びギアを叩き上げる。

 思考回路を酷使し、スイッチをもう一度入れ直す。

 

 

 

 状況、把握。

 状態、確認。

 

 気合を入れ、覚悟を固め直す。

 

 そして、深く息を吐き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

『甘い、甘過ぎるぞ、結。これで千五百七十八回目』

 

『……っ、かはっ、はぁ……はぁ……っ!……ふぅ、次、頼む!』

 

『気力は充分とな……よい、次だ』

 

 

 襲いくる刃。

 切り落とされる腕。

 貫かれた胴体部。

 

 潰された視界、途切れた太腿、途絶えた幾百もの生命。

 死んで、死んで、死んで、死んで……そして、死んだ。

 

 目の前に立つ和服姿の凛々しい女性は汗の一つもかくことなく、悠然とした態度でこちらへと剣を向ける。

 頰が引き攣るのがわかった。

 痛みから来る恐怖心などとうに乗り越えたと思っていたのだが、無意識のうちに体が硬くなってしまう。

 

 両の手に握る双剣を構え直して、向き合った。

 交錯する視線。

 お互いの瞳にお互いの姿を写すこと数秒、俺が踏み込むと同時に目の前の女性も飛び出していて、一瞬の内に鍔迫り合いへと持ち込まれる。

 

『少しは、いい反応をする様になったが……』

 

『っ、この、ばか、ぢか、ら、がぁぁぁあああ!!!』

 

 絶叫と共に全力を振り絞る。

 切り結んでいた彼女の長剣を弾き飛ばしてから、懐へと潜り込もうと接近して……

 

『ほれ、千五百七十九回目。あまり、雑にするな……それではただの、死に損だ』

 

 

 一刀両断。

 脳天からケツまでを、まるでバターを切るかのように切断されて、意識が飛んだ。

 

 

…………

 

 

 

 

『力で負けているのは大前提、耐久も脆く魔力も低い、俊敏さも運も何もかもが相手の方が上……それでどう勝つ、お前の持つ小細工が悉く通用しない。そんな相手を前にして、お前は何を望む?』

 

 

 地べたに這いつくばり、血反吐を撒き散らし、痛覚なんてものはとうの昔に失っていて、自分が生きていることを忘れそうになりながらも、粗い呼吸を重ね続けた。

 弱々しくも鼓動を鳴らし、全身へと血を巡らせて、思考を回す。

 

 文字通り、幾度の死を重ねて。

 地べたに転がる数多の屍を踏み越えて。

 命を燃やして望む、その願いは変わらない。

 間違いなく不相応な夢を見ていた。

 どうしようもないほどに我儘で、非現実的で、愚かで滑稽で、自己満足的なその夢は……

 

 

『……愛する女の笑顔が見たい』

 

『よく吠えた。何度でも挑みかかってくるが良い!』

 

 

 繰り返す。

 何度も何度も、何度も何度も繰り返す。

 

 人の身でありながら神へと挑む、その為に。

 

 

『ぶっ殺す!』

 

『ふっ、らしくなってきたではないか……これで、四千二百九十四回目!』

 

 その青年は、無数の終わりを重ね続けた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 カツリ、カツリと自分の足音だけが廊下へ響いていく。

 その静けさだけは好ましく思うが、悪趣味な装飾のなされたその廊下は、正直言って……

 

「私の趣味じゃないんですよね……無駄に長いので、移動に時間もかかりますし」

 

 不機嫌そうに呟いた彼女はしばらくの間てくてくと歩き、やがて一つのドアの前で立ち止まる。

 コンコンコンと礼儀正しくノックをしてから、ドアを蹴破って部屋の中へと侵入し、部屋の中央にて水晶玉を覗きこんでいた一人の大男に笑いかける。

 

 

「どーも、こんにちは。あっ、こんばんはでしたかね?まあ、そんなことは置いておいて、死ね」

「んなっ!?」

 

 そして、一本だけ矢を放った。

 雑に撃ったその矢は大男の胴体から少しだけ逸れて、彼の右肩を深く抉った。

 

「がぁぁっ、ぐふっ……な、何者か!?」

「それ、答える義理がありますかね?ま、いいですけど……」

 

 いつもと同じだ。

 面倒臭いとぼやき、ぶつぶつとダウナー調にやさぐれて独りごちる。

 不機嫌な態度を隠すことなく、全てのものに興味などないかのような冷たい瞳を携えて、彼女はそこに立っていた。

 

 

「あなたを暗殺しに来た、しがないアサシンさんですよ……ええ、本当に。"なんちゃって"なんて言わせませんから」

「な、何を、言っ——」

「というわけで、二度目です。さっさと死んでください」

 

 

 二本目。

 放たれた矢は大男の脳天へ一直線で向かった。しかし、本当に運の良いことに、タイミング良くよろめいたその男は、再び彼女の攻撃を回避する。

 

 

「無駄に、しぶとい……って、あれ?」

 

 間髪入れずに三本目。

 そう考え、実際に行動へと移しかけていた彼女だが、その美しい紅の瞳があるものを見つけた。

 

「マスター?」

 

 水晶玉だ。

 その中にはセイバーと彼女が愛するそのマスターが剣を交える様子が映し出されていたのである。

 

 

 動きを硬直させた彼女の思考は爆発的に加速する。

 

 ……あっ、これ、やばいです。

 土や返り血やら何やらで汚れた戦闘衣、流れる汗に真剣な表情。

 唆ります、滾ります、やばいです。

 まずいです、本当に狂おしいほど愛おしい。

 簡単にご飯三杯はいけるレベルです。

 視界に彼の戦闘風景を捉えてしまってから、その水晶玉から目が離せない。というか、カメラアングルがなってません。ベストポジションが他にあるでしょうが、これだから全く無能なキャスターは!

 ああ、流石マイ・フェイバリット・マスターです。普段のダメ人間っぷりからの差がこれまたいい……

 

 

 といった具合だ。

 もうコイツダメだ、とオルガに諦められてしまいそうな表情をだらしなく全開で晒したその少女、アサシンに放置されていた大男が激昂する。

 

 

「貴方、一方的に攻撃をしておきながら、今度は無視とは……いったい何のつもりか!?」

「うっさいです、黙ってて下さい。後で相手してあげるので、しゃらっぷ」

 

 こ れ は ひ ど い 。

 

 結、オルガやロマニ、適切なツッコミ要員がこの場に居たのならば、アサシンの暴虐を嗜められたのかも知れないが、そんなifなど考えたところで意味をなさない。

 

「んん!なんて、傲慢な……」

 

 秒で黙らされた大男ことキャスター、ジル・ド・レェは、アサシンへの対話を諦めた。

 自身の頭がイカれていることには気がつかないくせに、アサシンの内に眠る狂気を察し、話し合いが意味をなさないことを理解したのだろう。

 しかし、相手の力量差は推し量れていたようで、温存も何も考えずに不意打ち上等で彼は己の宝具を展開した。

 

 

「さぁ、恐怖しなさい!絶望なさい!その、傲慢の果てに身を滅ぼすが良い!」

 

 大仰な仕草で手に持った分厚い本を開いて、魔力を解き放つ。

 

 

 

 

「宝具・螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)!」

 

「あっ、ちょっと!? まだいいところなので、後にして下さ———は?」

 

 

 そんなキャスターの行動によって久々に、本当に久々に、ランサーの宝具ですら笑って受け止めたアサシンの表情が固まった。

 

 

「何ですか、この気色悪いヒトデダコは!? 何処のエロゲです!?てか、多い!本当多い!何考えてんですか、貴方!」

 

 恐らく結もびっくりの怒鳴り声である。

 もし聞いていたら、ダウナーな性格は何処にいったと問いただしてやりたいぐらいの感嘆符であった。

 

 

「……海魔です。私の順従なるしもべよ、名もなき異形の魍魎よ! その娘を押し潰し、汚し尽くせ」

 

 現れたのは、五十にも迫ろうかという数の怪物達。

 ジル・ド・レェの宝具『螺湮城教本』によって召喚された無数の海魔。

 それらによる数の暴力が、アサシンに全方位から襲いかかった。

 

 

 

 

 あのね、別にビジュアルが本気でダメなわけじゃないんですよ。

 たかだか雑魚が数十匹ならいくらでも相手ぐらいしてやるので構いませんし、ぶっちゃけ余裕なんで問題ないのです。

 ですけどね、そうなんですけどね?

 

 そんなことをぶつぶつと脳内で愚痴りながら、イライラを隠さずに矢を放つ。

 

「ああ、もう! 対軍宝具を使うほど、余裕はないんですよ!」

 

 再び矢を構え、心の底から絶叫する。

 彼女の願いは一つだけ。

 

「さっさと、失せろ! マスターの戦闘観戦の邪魔をしないでください!」

 

 物量作戦すんなら後にしろや、コラ。

 そんなことを考えながら、彼女は全力を解放する。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 数々の策を弄した。

 

 

 数々の犠牲の末、漸くこの場へ辿り着いた。

 

 

 多くの覚悟と因縁と争いを踏み越えて、何人もの勇敢なる戦士達に背中を押されてここに来た。

 

 

 さあ、対話のときだ。

 

 己の我儘を押し通した最終決算だ。

 

 

「このときを待っていました。随分と苦労しましたよ、ここまで来るのは」

 

「ええ、本当に長らく待ったわ。このときを」

 

 

 オルレアン城 最上部

 

 相対する聖女と魔女。

 

 

 

 

 

「全てを終わらせにきました」

 

「ええ、これが真の決別ね。これで私は、全てを新しく始められる」 

 

 

 沈黙を

 

 

「貴方を」

 

「お前を」

 

 

「止めます」

「殺す」

 

 

 ぶち壊し

 

 

 

「貴方にだけは、絶対に負けません!」

「お前にだけは、絶対に負けるものか!」

 

 

 

 二人の聖女が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 29話 「そして終焉へ」

 

 

 

 

 

 




 

 感想、評価 作者のモチベに直結するのでいつでも受け付けております(露骨なアピール)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話 終節 邪竜欲望魔境都市 オルレアン(7)

まさかの連投に我ながらビックリ。
褒められついでに感想と評価が欲しいです(←調子乗んな)

冗談はさておき、
感想 評価 誤字脱字報告 助かります。
毎度ながらありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

「あ、私ってば頭いいですね。迎撃しなければ脊髄反射だけでやり過ごせそうなので、攻撃しなければ、マスターの応援に集中できそうです!」

 

「貴方、何言ってるんですかねぇ!?」

 

 

 ギョロ目の大男、ジル・ド・レェもびっくりの暴論を披露したアサシンは体を普段の少女姿から、高校生ほどのものへと変化させて、水晶玉を愛おしそうに抱き上げた。

 因みにジルの私物であり、戦闘風景を映し出しているのはジルの魔術である。

 

 ただし、賢明にも男は理解していた。

 今その魔術を切れば目の前で鼻歌を歌いながら、群がる海魔達の攻撃を全て回避しているこの化け物に秒殺されるだろうと。

 

 しかし、このまま目の前の女を放置するわけにもいかない。

 聖杯の恩恵をバックに受けているとはいえ、宝具を永遠に使用していられるわけではないからだ。

 よって、賢いキャスターことジルくんは、笑顔で彼女に笑いかける。

 

「貴方、私と賭けをしませんか?」

 

 恐怖は表情に出さず、不気味な笑顔で誘いをかける。

 絶対的脅威をこの場で討つために。

 

「貴方のマスターが勝つか、そこのセイバーが勝つか……その貴方の大好きなマスターが、もし仮にそこで負けたら——」

 

 本来なら馬鹿馬鹿しいその挑発に、問答無用でキャスターを滅ぼせばいいだけのアサシンが乗るはずがない。

 そう、本来なら。

 彼女が冷静で、冷酷で、隙のない暗殺者だったのならば。

 

 

「ふっ、私のマスターが負けるわけないじゃないですか!」

 

 

 そんな、馬鹿げた挑発なんかに乗るわけがないのだ。

 

 

「負けたら、なんでも言うことを聞いてやりますよ!」

 

 乗るわけが……ないのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 セイバーことシュヴァリエ・デオンは、驚愕に目を開いていた。

 そして、同時に強い感動を覚えていた。

 

 どれだけの修行を積んだのだろう。

 どれだけの死線を超えてきたのだろう。

 

 ああ、この人は……

 

「良いね、久々に……純粋に、滾る!」

「お褒めに預かり恐悦至極……さっさと、逝って貰って構わないんですけどね!」

 

 一体どれほどのものを犠牲にして、これ程の強さを得たのだろう。   

 

 

 

 迷いのない滑らかな剣筋は美しく、鋭い。

 瞬間的な判断力や反応速度は英霊であるセイバーを上回り、素の身体能力の差を埋めていく。

 そして理解した。

 反応速度が、判断力が、最も重要となる戦型は何か。

 決まっている。

 

「だからこその、超接近戦か!」

「わかっても、離されはしねぇよ!意地でも喰らいついてやる!」

 

 超接近戦。

 近接戦闘用の武器であるセイバーのレイピアすら、()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな、抱きついているかのような距離感で進行する戦いのことだ。

 

 並大抵の精神力ではない。

 全ての判断が死へと直結するその状況下で行われるその戦闘は、短期決戦を前提としたものである。

 体力はこちらに分があると見込んで、彼の戦型に引き摺り込まれるのを良しとしたセイバーだったが、その想定は大きく外れていた。

 

 結が神業とも言える絶技を披露し、渾身の突きを回避兼懐への侵入を成功させたのが十数分前のこと。

 それからセイバーは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 退けば詰め寄り、押せば往なされ、突き技を効果的に使うには距離感が近すぎる。

 結果的にこちらの強みを全て消されてしまい、そこからは泥試合だ。

 

 斬り返し、打ち合う。

 ときに凶弾を躱して、ときに首を刈り取らんばかりの豪剣を放つ。

 

 ミスった方が先に死ぬ。

 ただし残機はこちらが多い。

 それも、圧倒的にだ。

 

 全くフェアじゃない。騎士道に反するにも程があったが、青年もそれを承知の上なのだろう。

 英霊に挑む。

 それが、そんな理不尽と真正面からぶつかり合うことと同義だと、知っていながら戦っているのだろう。

 

 ならば——

 

「こちらも、全力を以って君を倒そう」

 

  "自己暗示"発動。肉体限界を拡張。

 ()()()A()()()()()

 

 異邦のマスター、君に最大級の敬意を。

 

「君に、私の全てを見せるとしよう」

 

 

 青年の持つ警棒をセイバーの剣が徐々に押し始めた。

 それまでは切り結び、どういう理屈か拮抗していた力の関係が崩れ始める。

 恐らく重心のかけ方やら何だの技術なのだろうが、これも青年の異常さの一つだ。

 ある程度は身体能力を強化しているのかもしれないが、それにしてもおかしい。

 純粋な力比べでサーヴァント相手に拮抗状態を作れる人間など、もはやそれは人をやめているに近しい存在である。

 

 まあ、それは良い。

 肝心なのは今、その何らかによって保たれていた拮抗が、セイバーの全力解放によって崩れ始めたことだった。

 

 

「……くっっそ、まじ、かよ!?」

「これで、君の負けだ!」

 

 馬鹿力。

 

 筋力Aとは、神話上の大英雄が届きうる限界領域。

 決して人が小細工や浅知恵の一つや二つでどうにかできるほどの力じゃない。

 そんなものを真正面から捻じ曲げ、握り潰せるほどの力、それが筋力Aランクというもの。

 

 

 見た目に似合わない暴力的なその筋力に、漸く青年とセイバーの間に距離が開いた。

 

 それは、事実上のチェックメイト。

 致命傷となる一撃が入ったわけではない。

 ただ単に距離が離れてしまっただけだが、青年にとっては絶望的だろう。

 

 元々、鋭く速くリーチの長い突き技を多用するセイバーとの距離をどう縮めるかがポイントであったその戦闘は、終わりを告げた。

 青年はこれから、警戒心の上がったセイバーを相手に、再び接近しなければならない。

 さらに加えて、セイバーの一撃を全て往なすか回避しなければ、そもそもまともに戦えないのである。

 

 しかし、まだだ。

 

「私は、全力で君の相手をする……そう言ったね」

 

 まだまだ、こんなものでは終わらない。

 

 さながら演舞を踊るように、剣を振るう。

 美しく、柔らかく、優しく、華やかに。

 

 その舞に合わせて、白百合の花びらがセイバーの周りへと現れていく。

 

 

「"百合の花散る剣の舞踊(フルール・ド・リス)"」

 

 

 解放された宝具。

 圧倒的な絶望感に打ちひしがれて、心が折れないだろうか?

 

 そんな考えを脳裏に浮かべたそのときに、自らの愚かさをこれでもかと痛感した。

 

 

『……宝具、ね。イケる?』

「愚問だ、ばーか。次で決まるから、関係ない」

 

 

 青年の瞳に迷いなどなく。

 次の瞬間、セイバーの剣と青年の警棒が衝突した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ずっと、ずぅっと……あの馬鹿みたいな理不尽セイバーと戦い続けてきたんですものね」

 

「何度も何度も死を体感して、何度も何度も苦しくて叫んで泣いて」

 

「それでも、やっぱり立ち上がって力を求めて抗って」

 

 

 海魔が周りを囲っている。

 キャスターが下卑た笑みを携えて、その結末を待っている。

 

 あっさりと賭けに乗ったその少女は、本当に本当に幸せそうな微笑みを見せながら、恍惚と呟いた。

 

「やっぱり貴方は、私の最高のマスターです」

 

 幸せそうに断言するのだ。

 

 

「見て下さいよ、この人……私のために強くなってくれたんです。この人が、私の誇りなんです」

 

 

「だから、やっぱり……私のマスターはダメダメで、それでもやっぱり……誰よりも強くて格好いい、最強のヒーローなんですよ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 飛び出す。

 

 カンは戻っていた。

 

 振り下ろされた剣を警棒で迎えにいく。

 

 激突の瞬間、いやそのコンマ二秒ほど前に

 

 俺は警棒を持つ右腕から力を抜いた。

 

 セイバーがアホみたいな筋力を得た。

 

 ああ、本当にやってられない。

 

 そんな化け物と真っ向勝負なんてしていられない。

 

 だが、今回だけ

 

 セイバーが筋力を増強した直後だけ

 

 相手の心に隙が生まれる。

 

 普段は連撃を繰り出すところを

 

 重撃一つで留めてしまう。

 

 筋力×速度による突き技の連撃ならば

 

 勝ち目なんて万に一つもなかっただろう。

 

 能力強化に戦闘スタイルを見失った

 

 それがセイバーの致命的なミス。

 

 そして

 

 もう一つ。

 

 セイバーの宝具効果は恐らく魅了が含まれる。

 

 大事なことはただ一つ。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 多大なる幸運と

 

 少しのミスの果てに

 

 俺はもう一度

 

 相手の懐へと無傷で飛び込んだ。

 

 警棒は囮で弾かれた。

 

 武装はない。

 

 時間もない。

 

 今の俺には何ができる。

 

 残念ながら何にも出来ない。

 

 だから仕方ない。

 

 きっと、どうにかしてくれる。

 

 後のことは

 

 大体全部お前に任せるわ。

 

 絶叫する。

 

 激痛が全身を走り抜ける。

 

 想定内だ、問題はない。

 

 足を踏み込み

 

 左手を前へと突き出した。

 

 セクハラとか言うなよ?

 

 そんなことを呑気に考えてから

 

 呟いた。

 

 

 

 

 

 

「持ってけ、魔力(全部だ)!……代償強化(コストリンク)

 

 

 

「——え?」

 

 

 

 胸に当てた左手。

 

 呟きと共にその左手が輝いて

 

 セイバーの鼓動を

 

 その振動の限界を壊す

 

 華奢で可憐なその身体を

 

 この一撃を以って

 

 破壊する。

 

 

 

 

 

(……殺った)

 

 

 次の瞬間。

 ぐしゃりという嫌な音がして

 目の前の騎士が吐血する。

 手応え有りの一撃に、右手をぎゅっと握りしめた。

 全身が焼けるように痛む。

 今回の旅ではもう使うつもりはなかったし、なんなら使うなと念を押されていたため、仕方がないが些か痛すぎる。

 やばい、泣きそう……そんな弱音を吐きたくなるが我慢した。

 

 せめて倒れるのならばセイバーの後に……そんなことを思って、その相手の顔を見る。

 そして、思わず笑いが溢れた。

 

 

「はは……お前、凄いな」

 

「……ほう、ぐ……かいほう」

 

 もう動けない、お互いに。

 

「王、けの、ゆり……えい、えん、な、れ……」

 

 地面が近づいてくる、その光景で倒れていることを理解する。

 ボロボロのまま、宝具を開帳することなく目の前の騎士が光の粒となり、消えていった。

 その姿を記憶にしっかりと刻みつけながら、ため息と共につぶやくのだ。

 

 

「……やっぱり、英霊はかっこいいよなぁ」

 

 落ちていく。

 意識はゆっくりと、深い深い眠りへと落ちていく。

 

「あと、たのむわ」

 

 最後に一言、そう誰かに未来を託して。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ええ、頼まれました……サーヴァント・アサシン、真名をカーマ。マスターの令ですから、そろそろ全力で行かせてもらいます」

 

 燃やす。

 周りに群がる全ての海魔を、ただの一撃の下に焼き尽くす。

 先の真名披露に意味はない。

 ただ己を鼓舞するための、気合入れ。

 

 ああ、だがその光景はとても美しい。

 蒼の炎をその身に灯し、妖艶に扇情的に、蠱惑的に彼女は笑う。

 

「賭け、私の勝ちですよね?」

 

「ぐ、ぬぬぅぅ……!」

 

「ま、正直どうでもいいですけど……覚悟、してくださいね?」

 

「…………!この、小娘がぁぁああ」

 

 絶叫と共に魔力を高めたジル・ド・レェの宝具を少し興味深そうに見ながらも、アサシンの表情に焦りはない。

 腐っても宝具……いや、腐っているのは使用者の性根だけであるのだが、その性能は折り紙つきだ。

 数秒も経たない内に大量生産されていくヒトデダコに、少しばかり感嘆の念を送りつつ、アサシンはすぐさま殲滅行動に移った。

 

 圧倒的な召喚速度、それすらもを追い越して、蒼炎に金剛杵、正体不明の黒帯、今現在アサシンが持つ全てを総動員して真正面から宝具を迎え撃ち、乗り越える。

 有象無象を消し飛ばしたアサシンが、ふふふ、とやはり表情を崩しながら上機嫌そうに言う。

 

「今の私、ちょっと意味のわからないぐらいに強いと思いますよ?負ける気がしないので」

 

 そして、次の瞬間。

 圧倒的な戦力差を前にして

 

「ぐ、ぬぬぬぅ……ここは、退くとしましょうか。海魔よ、足止めをするのです!」

「え、あっ、ちょっと!?」

 

 大量の海魔を引っ張り出しながら、ジルくんは脱兎の如く逃げ出した。

 

「それでも、男ですかぁ!」

「弱いものいじめをしていたのは、どちらなんですかねぇ……!」

 

 画して、幼気な(?)少女一人に向かって、化け物ダコを大量に差し向けたことを棚に上げ、そのようなことを言ってのけた大男と、マスターがかっこよすぎてテンション爆上がりな元ダウナー少女の、仁義なき追いかけっこが始まった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「…………ねぇ、デカ過ぎじゃない?」

 

「…………大きい、ですね……」

 

「いや、このぐらいだろう。正直言って、俺がこの邪竜を討伐したときの記憶の詳細は残っていないが、サイズ的にはこの程度だった筈だ。間違えていたら、すまない」

 

 

 引き攣った笑顔を浮かべたまま、藤丸立香は()()を目にしていた。

 鱗は漆黒の闇色で、威圧感は冬木で見たバーサーカーにも匹敵する。

 城かと見間違えるほどの巨体に息を飲む。

 

「……ジークフリート、やれる?」

「無論だ」

 

 余りにも巨大なその生命を前にして、ほんの少しだけ不安を覚えた。

 それでも、彼女は教わっていた。

 自信なんてなくてもいい、恐怖を感じても構わない。

 

「……信じてる。セイバー・ジークフリートに命ずる。必ず、勝って!」

「ああ。任せておけ、マスター……」

 

 

 立香の声に応じ、ジークフリートが数歩前に出る。

 相対するは邪竜ファヴニール。

 一度は破ったその余りにも強大な障害を前にして、その剣士は勇猛にも宣告する。

 

「邪竜ファヴニールよ、再びお前が俺の前に立つと言うのならば……」

 

 邪竜が視界にその宿敵の姿を捉えて、咆哮する。

 その勢いに気圧されることなく、張り合うように彼は叫んだ。

 

「その悉くを凌駕して、貴様を討とう……」

 

 一拍置いて

 

「真名:解放」

 

 青色の、真エーテルの輝きを以って放たれる。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 そして、光に包まれた。

 

 

 

 

 

 30話「原点」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話 終節 邪竜欲望魔境都市 オルレアン(8)

バレンタイン、そんなものは知らん。
本編じゃぁ!ということで、遅れましたすみません(定期)

時系列やら何やらを整えるのがすごく大変。

視点やらをバラバラにした諸悪の根源。


感想 評価 誤字脱字報告 毎度ありがとうございます!

超励みになります!






 

 

 

「あぁぁあ゛あ゛あ゛!!!!どこ行きやがりました、あのタコ男!」

 

 そこには、最早化けの皮が剥がれ、ポンコツ感を隠すことなく怒鳴りながらオルレアン城を走り回るアサシンさんの姿があった。

 何というか、その光景には一周回って微笑ましいものがあったのだが、それはまあ置いておく。

 

 状況が大きく変化したのはその数分後であった。

 大量の海魔の処理に追われ、まんまとジル・ドレェに逃亡を許してしまった彼女が城内庭園へと足を踏み入れた。

 

 

 開けた視界に映り込む水晶の宮殿。

 

 

「——は?」

 

 

 

 そして、その美しき宮殿を削っていく闇色の"何か"。

 

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」

 

 

 その正体は肉体を失い、殺意そのものへと身を堕とした元英霊シャルル=アンリ・サンソンその人であった。

 

 

「アマデウス、しっかりなさい!アマデウス!」

「……ああ、マリー……そんなに揺らさないでくれよ。別に、致命傷って訳ではないんだから」

「……しかし、戦線復帰は望めない程の負傷であるのは間違い無いでしょう。霊基を保てているのが不思議なぐらいですから」

 

 

 仰向けに倒れている天才作曲家に、彼の出血を食い止めようとしているのが、狂気の原因たる王妃。

 二人の側で、鋭い目つきのまま警戒状態を保ち続けているのが竜殺しの聖人。

 

 彼ら三人を守るようにして水晶の宮殿が展開されているが、あれは王妃ことライダー、マリー・アントワネットの持つ宝具だろう。

 彼女自身のように、キラキラと美しく輝くその宮殿は"何か"に侵略されつつも、時間稼ぎにはなっている。

 最も、物理的な破壊が先か、マリーの魔力切れが先かを考えたのならば、明らかに後者である可能性が大きい訳であるのだが。

 

 

 

 何やら面倒な場所にやって来ましたね……

 

 それが、ぱっと見の状況分析を終えて遠い目をしたアサシンさんの感想であった。

 なんとも正直で緊張感のない発言である。主従揃って空気を読まない彼らに、これから先もオルガが引き続き苦労するのだが、それはそれとしておく。

 

 その後たっぷり三秒ほど、人生ってままならないものですね……としみじみ感じ入ってから、ようやくアサシンの意識が現実へと帰還した。

 抜き足差し足忍び足、なんてゆっくりと城内庭園の出口へ向かってはみるものの、当然ながら警戒レベルを引き上げているゲオルギウスと目があってしまう。

 

 

「……あ」

「……はぁ」

 

 次の展開を予想しつつ、ため息を吐いた彼女へとゲオルギウスからのヘルプ要請が入った。

 

「アサシン……これが神の導きでしょうか……!」

「いえ、私が神ですが何か?」

 

「「…………」」

 

 秒で沈黙が場を支配する。

 それと同時に

 

「…………っ、ぁぁぁあああああ!!!」

「……結局、私がタゲ取りですか!?そうですか、くそぅ……」

 

 マスター成分が切れ始めたのに加えて、なんか色々散々過ぎて考えることが面倒になり、ヤケクソになったアサシンへと闇色の"何か"が襲いかかった。

 

 

 

 一度はアサシンと交戦したシャルル=アンリ・サンソンが、なぜその姿を変貌させたのか。

 遡ること小一時間。

 戦いの幕は()の宝具解放によって切って落とされた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「逃げろ、マリー!!!!」

 

死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)

 

 

 姿を見せない奇襲。

 当然ながら予備動作なんてものを感じる取ることはできない。

 何の細工か、魔力の高まりによる宝具解放の予兆すらもが存在しなかった完璧な初見殺し。

 

 しかし、何というべきだろうか……

 

 シャルル=アンリ・サンソンはただただ単純に、運がなかったのだろう。

 簡潔に言えば、()()()()()()()

 

 マリーの首を切り落とすように出現したギロチン。

 そこから放たれた致死へと至るその一撃を迎え撃ったのは守護騎士の長剣であった。

 

 

 

「させん!」

「……邪魔を、するな!」

 

 

 こと守護ることだけに関しては圧倒的な実力を誇るゲオルギウスに、生半可な攻撃は通用しない。

 持ち前のタフネスさ、巧さを発揮して死神の鎌とも見間違うかのギロチンの刃を、完璧に受け流してみせたゲオルギウスは、ついでと言わんばかりに姿を見せたサンソンへと突貫する。

 

 本来、アサシンクラスというのは真正面からの戦闘では、どのクラスのサーヴァントに対しても敗北する可能性の方が高いと考えられる程にステータスは高くない。

 

 乗り物を失ったライダー。

 剣を折られたセイバー。

 魔術を使えないキャスター。

 

 さすがに上記の例は過剰であるが、要するに……暗殺に失敗し、能力の露見したアサシンなど恐るるに足らない存在であると言えるのだ。

 もちろん、我らがアサシン様は言うまでもなく例外であるのだが。

 

 

 宝具解放と同時に姿を現したサンソンは、自身の宝具を当然のように受け切って見せたゲオルギウスの姿に目を見開いた。

 動揺おさまらぬ彼に向かってゲオルギウスは猛攻する。

 

 互いに得物はロングソード。

 筋力に大きな差はなく、勝敗を決めたのは実戦経験の差であった。

 

 処刑人と守護聖人

 そのどちらが"実戦"を、死線を多く潜り抜けてきたのか。

 

 そんなことは、考えるまでもなく

 

 

 

「……っ、ぁあああ!!!」

「甘いっ!」

 

 

 

 暫しの攻防。

 やがて、理性を失いつつあるサンソンが硬すぎる守りに攻め切れず、そのもどかしさが苛立ちの限界を迎えて激昂した。

 感情任せで振り下ろしたサンソンの長剣を、憎たらしいほどの冷静さでゲオルギウスは受け切った。

 そして、彼はそのまま隙だらけとなったサンソンの首をあっさりと刈り取った。

 

 

「…………ふぅ、どうにかなりましたか」

「僕としては珍しく、これは本心からの言葉なんだけど……君がいてくれてよかった、ゲオルウオス。マリーと僕だけだったら、確実にやられていた。なんといっても、そいつは僕らとの……特にマリーとの縁が()()()()

 

 首を落とされ、血に伏したサンソンの身体へと視線を落としたアマデウスが神妙な顔で感謝の言葉をゲオルギウスへと伝えた。

 その言葉に含まれていたのは、少しの後悔と安心だろう。

 

 シャルル=アンリ・サンソン

 

 アマデウスが彼へと向ける印象をたった一言で現したとしたのならば、その答えは簡単である。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ただそれだけだった。

 

 

「処刑具ギロチン、確かに流石の貴方も、アレに何も感じることがないとは言い難いものがある、ということですか」

「当然だろ……?あと、アレだ。多分彼、本質的に僕と馬が合わないのさ。きっと」

 

 息を吐き、肩に入った強張りをほぐすためか、冗談げにそう笑うアマデウスだったが、数秒後にその笑みが硬直する。

 

「…………おいおい、冗談だろ?」

 

 視線の先には、

 

「………………」

 

 首を落としたまま、立ち上がった処刑人の姿があったのだ。

 

 

 本来ならば、霊核を失った英霊の身体は存在を保てず、彼らは座へと帰還する。

 ならば何故、サンソンの身体は消滅しないのか。

 その場にいた誰もが疑問を抱いた。

 思考が固まり、隙が生まれる。

 

 次の瞬間。

 ゆらりと亡霊、亡者のごとく体を揺らしたその首無しの男の姿が変貌した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体はなく。

 魔力はなく。

 知能はなく。

 

 ただその場には

 

 一つの意志(殺意)だけが残された。

 

 その対象は定まらず、理由すらもが存在しない。

 ただ命ある者全てを死へと連れ去る……そんな()()()()()()()()()()()()哀れな処刑人。

 

 身体を闇に落とし、人としての原型は保てずに膨張した異形の怪物。

 それがシャルル=アンリ・サンソンの成れの果てであった。

 

 その姿を目にしたとき、アマデウスの中で一つのスイッチがカチリと切り替わったのがわかった。

 

 

「……ははっ、僕達全員を殺すまで死なないつもりかい! 全く、筋金の入ったストーカーだな、処刑人!」

「…………!」

 

 やめろ、煽るな。

 こいつは危険だ、と理性が言う。

 

 だが、逆に。

 こいつを許さずにはいられない、許してしまってはいけないと、本能が言うのだ。

 

 タクトを構え、そして振る。

 所詮はただの音楽家。

 生涯を音楽に捧げて、死の深淵に触れた程度だと、そう笑った一人の青年が絶叫する。

 

 

 ああ、どうして今となってしまったのだろうか。

 やはり、この対面は。

 どうしようも無いほどに遅すぎた。

 

 

 

 

 

「ふざけるなよ、君の哲学はそんなにも軽いものだったのか?」

 

 

 問いかける。

 目の前の人ならざる()()へと。

 

 

「彼女の首を落としたのか? その程度の矜持すら張れずに!」

 

 

 答えはない。

 闇は深く、絶望を現世へと映し出す。

 

 

「その程度の覚悟で、マリー・アントワネットの首を落としたのかと、聞いているんだ! シャルル=アンリ・サンソン!」

 

 

 絶叫のその先に。

 

「……す…………ろす、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」

 

 

 

 光などなく。

 闇がアマデウスの腹部を貫いて……

 

「それ以上は、私が許さない!」

 

愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)!」

 

 

 光り輝く水晶の宮殿が"闇"と王妃達を隔てるように展開された。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「要するに、貴方が煽り散らかしたってことじゃないですか……責任取って詫びたらどうです? 特に言えば、私とかに」

「あはははっ、土下座で赦してくれるのだとしても願い下げだね」

「アマデウス、静かになさい。傷が開くでしょう」

 

 ゲオルギウスからの状況説明に、ご立腹のアサシンさんだったが、ぶっちゃけマズイが本音であった。

 不規則にこちらを飲み込まんと暴走し続ける闇は、アサシンの反応速度ギリギリの速さで蠢き続けている。

 

 中途半端に人型をとっていることが、余計に攻撃の初動をわかりにくくさせている。

 剣を持つなら、その剣を使って攻撃してこいという話だ。

 どうして顔面やら、腕やらから触手みたいなのを生やしてこちらへ飛ばしてくるのだろうか。

 

 

「はぁ……まあ、別になんでもいいですけど」

 

 アマデウスへ向けた、殆ど口癖のような言葉とため息が、ブレた思考と集中を目の前の"何か"へと切り替えさせる。

 

 何がマズイと言えば、物理的手段の行使で相手を止められる気が全くしないということだ。そもそものところ、宝具を考えない場合、現状のアサシンの最大火力は例の如くあのクソッたれの残滓である蒼炎なのだ。

、現状のアサシンの最大火力は例の如くあのクソッたれの残滓である蒼炎なのだ。

 

「これで、どうですか!」

 

 圧倒的熱量の炎を金剛杵に纏わせ、殴打。

 左手の指先だけで金剛杵を完全に制御して、乱打を行うアサシンがその顔を歪ませた。

 

「………………殺す」

 

 攻撃の初動を見極めて"起こり"の全てを封じ込んでいたアサシンだったが、『殺意』の学習能力は異常であった。

 叩き込まれた金剛杵を飲み込むように闇が侵食、咄嗟の判断でアサシンが火力を引き上げて制御権を奪取し返すも、流石に追撃の手が止まる。

 

 アサシンの追撃が止まったところが、攻守交代の潮目となった。

 

 多方向から押し寄せる『殺意』という概念。

 飲み込まれたならば、相当の精神力、耐性がなければ、あの世行きだろう。

 チラッと背後の王妃へ視線を向けてから、退くわけにはいかないとアサシンはその場で立ち止まる。

 そして……

 

「……っ、はぁ!」

 

 限界まで引き寄せた触手全てを弾き返すように、黒帯状に練られた魔力の壁を発生させて防御した。

 紙一重で全てを回避した後に矢を放つ。

 さながらそれは散弾銃のごとく、至近距離で放たれた五つの弾丸はダメージこと与えられている感覚はないが、衝撃は伝わるようで"闇"が十数メートル後ずさる。

 

 そして、暫くの睨み合いが続いた。

 恐ろしいほどの連続攻撃、そして包囲攻撃に互いが互いを脅威と認めた証拠であった。

 

 アサシンが冷や汗を流しながらも、質問する。

 

「あの、仮に私がこの戦線から離脱した場合ですが……幾らもちます?」

 

「限界まで頑張れば、十五分ほどかしら?」

「私一人ならば、二十分は」

 

 それぞれマリーとゲオルギウスの言葉。

 あの音楽家には期待していなかった。

 

 考える。

 思考を回す。

 残存魔力、マスターの限界。

 残された令呪、途絶えた連絡手段。

 立香、そして聖女の状況。

 

 考えて、考えて、考えた。

 

 その結論を口にする。

 

 

「なら、一時間もたせてください。勝手に消えることも許しません」

 

 

 暴論だと、その場に居た誰もが頰を引きつらせた。

 しかしだ。

 話を聞けと、反論しようとしたその誰もが彼女の顔を見て閉口した。

 

 

「仕方ないので最後の手段です……時間も手間もかかりますし、疲れるわ、回りくどいわ、いいことなんて碌に無い。その上、私を使い潰すんですから……せめて、生き残るぐらいの努力はしなさいと言っているんですよ」

 

 その紅眼に余裕の無さが現れていたからだ。

 

「最後の手段、ですか? それに使い潰すとは?」

 

 ゲオルギウスの問いかけに、微笑を返して即答する。

 

「別に大したことはしませんよ、ただちょっと……格の違いを見せつけてやろうと思っただけですから」

 

 

 これから彼女の取ったその行動に最も驚いたのは、マスターである結だっただろう。

 

 だってそれは、全てを諦めて投げやりになっていたいつかの彼女からは、考えられない程に優しい()()()()()()()()()()()()()ものだったのだから。

 情けだろうが、同情だろうが、憐れみだろうが、なんだろうが。

 他人の感情に触れたことで、アサシンが影響を受けたことには間違いないのだから。

 

 優しさに期待することを嫌がって、自分一人の世界に閉じこもっていた彼女の姿は、もうそこにはなかったのだから。

 

 だから、彼女は口にする。

 

 

「私がどうにかするので、貴方達は凌ぎ続けてください」

 

 その理不尽を終わらせるために。

 

「これは……そうですね。ただ貴方達が私と、私のマスターを信じていればいいだけの話なんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後数話でオルレアン編完結です。
なるべく早めに仕上げます……… 多分。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32話 聖女ジャンヌ・ダルク

 
 例の如く連続投稿
 31話目も同日投稿したので、見てない方はそちらからどうぞ!

 感想 評価 お待ちしてます!



 

 

 

 

 ぶつかり合う大旗。

 至近距離で交差する視線。

 互いの息遣い迄もが聞こえるその距離で。

 

 

「貴方に聞かなければならないことがあったのを、思い出しました」

「あら、そう。奇遇ね、私もよ?」

 

 二人の聖女が殺し合っていた。

 

 話し合いを推奨し合うその言葉とは裏腹に、互いの大旗はミシミシと軋み続け、力の拮抗状態を示し続ける。

 

「「…………」」

 

 沈黙。

 

「いい加減に、力を緩めてみてはどうかと?」

「それは、こちらの言葉ですが」

 

 ニコリと微笑み合ってから、再び戦闘はペースアップする。

 

 黒剣の攻撃を往なし、大旗を一閃。

 白聖女の攻撃を体勢を低くして避けた黒聖女は、そのコンマ数秒後に自らの失策を呪う。

 黒聖女が回避することを前提としていた白聖女は、完璧なタイミングで右足を蹴り上げた。

 

「…………っ!」

「そこ、です!」

 

 黒聖女の顎を捉えたその一撃は重く、彼女は宙へと跳ね飛ばされる。そこを逃すほど、白聖女では甘くない。

 

 重撃。

 

 白聖女の全筋力、全気力を以ってして放たれた大旗の振り下ろしが黒聖女を襲う。

 

 

「…………まだ、まだっ!」

「舐めんなぁ!!」

 

 追撃は終わらせない。

 ここで決めに行くと言わんばかりの、突貫に待ったをかけたのは当然ながら黒聖女。

 

「燃え尽きろ!」

「……っ!」

 

 黒剣を一振り。

 黒聖女が生み出した地獄の業火が白聖女を襲い、追撃を行うその足を止まらせる…………そのはずだった。

 

「その、程度で……」

「——は?」

 

 視界に映ったのは()()()()()()()()()()()()、突貫をやめぬ白聖女の姿。

 想定外に思考が固まって。

 

「私は、止まらない!」

 

 再び、大旗が横一線に振われる。

 この一撃は、黒聖女の腹部へ直撃して彼女の身体を十数メートルは軽く吹き飛ばした。

 

 スペックは同等か、それ以上。

 聖杯を持ち、本物である私がどうして押し負ける。

 

 黒聖女の脳裏に影がチラつく。

 

 

「…………な、わけない」

 

 

 炎に包まれた最上階。

 目の前には誰よりも憎んだ愚かな自分。

 眩しいほどの金色の髪が、澄み渡った紫色の双眸が、迷いを膨らませ、そして突き詰める。

 追い詰めていたのは、私の方だ。

 決別をするのは、私の方だ。

 

 そのはず、だ。

 そうでなくては、いけないはずだ。

 

 だって、あの人は。

 私をジャンヌ・ダルクと呼んだ、あの人は。

 

 

「…………っ!?」

「考え事ですか、余裕ですね」

 

 

 動揺が白聖女の接近を許した。

 あまりにも初歩的な、そして致命的なその隙を白聖女は見逃さない。

 反射的に炎で視界を塞ごうと考え、そして

 

「——っ」

 

 黒聖女の視界全体を潰すようにして投げつけられた、彼女の大旗が邪魔をした。

 腕で身を庇ってしまったところで、すぐさまその場から離れなかったことを悔やんだ。

 己の武器を捨て、黒聖女の動きを封じ込んだ。

 次に取る白聖女の行動は何だ?

 そんなことは決まっていた。

 

 もとより、彼女に……細やかな技術が勝敗を分けるような"試合"は似合わない。

 

 腰に受けた衝撃。

 それと同時に視界が回る。

 背中から地面へとぶつかって呼吸が止まった。

 腕は抑えられ、上体を起こせず、抵抗はできない。

 

 

「…………っ」

「捕まえましたよ、黒聖女」

 

 

 どうしてだろうか。

 本当に、どうしてなのだろうか。

 

 憎悪の対象であった目の前の白聖女は

 

「何故……泣いているのですか」

 

「何故でしょうかね……私にも、わからないです」

 

 疲れたような泣き笑いを浮かべて、そう言ったのだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「…………さい!…………なさい!」

 

 

 頭の奥がズキズキと痛む。

 全身が焼けるような感覚に加えて、耳鳴りまで聞こえてきた。

 相当な無茶をやらかしたから仕方がないと言えば、仕方ないのだが、やっぱり痛いものは痛かった。

 だが、まぁ……俺のすべきことは終わっただろう。

 残る相手は、敵方のアサシンと邪竜、黒聖女に黒幕さん。

 こちらにはジークフリートにアサシン様、そしてジャンヌという主力メンバーが軽損傷ほどで生き残っており、立香の下にもマシュと清姫が無傷でいるため問題はないはずだ。 

 誰か忘れているような気もするが、俺はゆっくりと休んで身体を労ることに専念させてもらおう。きっと、今回ばかりはオルガも許してくれるはずだ。

 あー、そうだ。

 ロマンにどうやって言い訳しようか、考えねぇと。

 セイバーとやり合ったのは、正直言って無謀だった気がしなくも無いからな……かと言って、お説教を受けたいわけでも無いわけでありまして———

 

「起きなさい、ウリボー!!!」

「うっさいわ、アホ!?」

 

 そんなわけで起床した私こと、結です。いぇい。

 どうやら耳鳴りは気のせいではなく、声で殴る系アイドルことエリザちゃんが原因だったらしい。何そのアイドル怖い。

 

 

「……何だ、エリザか。おはよう、そしておやすみ」

「え、あっ、おはよう……じゃない!寝るなっ、つってんの!」

 

 

 素敵な笑顔で挨拶までしたのに、サボタージュは認められなかったみたいです。

 律儀に挨拶し返すあたり可愛くていいと思う。アイドル活動頑張ってね、そして、できることなら寝させてください。

 

「……はぁ、アンタ何こんなところでぶっ倒れてるのよ、軽く心臓止まったわよ?」

「そりゃ失礼したな。ただ無茶しすぎで、体動かしたく無いだけだ」

 

 俺の返答に軽く首を傾げてから、まぁいっかと表情を切り替え、彼女はこちらに質問を投げかけた。

 

「ウリボー、アンタ今どうなってるか把握してる?」

「呼び方はそれで固定なのね……聞かれてるぞ、オルガ」

『一応はね。貴方が倒れてから十分も立っていないわよ。調子はどう?』

「問題なく全身が痛いわ」

「『それは、問題じゃないの!?』」

「わぁ、息ぴったり」

 

 何というか、流石オルガとしか言いようのない抜かりのなさである。

 広範囲の魔力探知により、マリー、ゲオルギウス、アマデウスが高魔力生命体と激突中、同じく立香達が邪竜と激突、アサシンさんは自由闊歩しており、ジャンヌが単独で黒聖女とぶつかり合っていること、基本的に大体全部が把握完了である。

 

 カルデアからの魔力供給によって魔改造ガンド程度を数発程度ならば、発動できそうになった上、右腕以外はピンピンしているエリザというボディーガードもゲットした。

 そろそろ動き出しても良い頃合いだろうと判断して、立ち上がる。

 

 

「痛っ……くそぅ。それで、エリザはどこに行きたい?」

 

 ひどい筋肉痛のような感覚に顔を顰めてから、問いかけたその言葉に、彼女は不敵に笑って答えてみせる。

 

「……一番、目立つ奴んとこ!」

「いいね、アイドルらしいじゃん」

 

 肩をバキバキミシミシと鳴らしながら、回してほぐした。

 両脚、両腕、腰に首。

 ある程度の強張りを崩してから、三度ほど大きくその場でジャンプして準備運動を終わらせた。

 

「んじゃ、行くか!」

『まさか……本気?』

「本気も本気、超本気……一番、想定外が起こる可能性があんのは、多分そこだろ?」

『まあ、そうだけど』

 

 少し困ったような声音で、こちらを気遣うオルガに少し悪いと感じながらも、足を止めずに進んでいく。

 

 目指すその先は

 

「……ふーん、てっぺんね!中々いいセンスしてるじゃない!」

 

 聖女同士がぶつかり合う決別の戦場であった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 命を大切にしなさいと、言われたことがある。

 

 貴方はもう戦わなくていいと、諭されたことがある。

 

 十分に頑張ったと、認めてもらったことがある。

 

 気づけば周りには沢山の人がいた。

 

 守るべき沢山の人がいて

 救うべき沢山の人がいて

 倒すべき沢山の人がいて

 愛すべき沢山の人がいた。

 

 違うのだ。

 そうではないのだ。

 私は別に、聖女なんてものではないのだ。

 己を聖人だと考えたことなどない。

 己が特別に優秀なのだと考えたことなどない。

 

 救国の聖女。

 その名に恥じぬ誰かになることなんて、到底できやしなかった。

 

 

 黒の貴方。

 

 貴方を初めてみたとき、私は酷く動揺した。

 怒りはあった。当然だ。

 しかしだ。

 しかし、同時にそこに驚きとほんの少しの極小の喜びが私の中で生まれていたことを、私は認めなくてはならないだろう。

 

 だって、それは。

 その『憎しみ』という名の感情は。

 

 私が人であることの証明だったのだから。

 私が決して聖女なんてものではなかった根拠となったのだから。

 

 自身でも感じ取れなかった()()()()()()()()()()()()()()()を、己の目で確認できたことが……自身の異常性をほんの少し否定してくれた気がしたのだ。

 不謹慎ながらも、喜びの想いをきっとどこかしらで薄々感じていたのだ。

 

 けれど、違った。

 それは、ただの勘違いだった。

 

 私は、私が思うように……私が思いたいようにしか、彼女を見ていなかったのだ。

 

 

 

 勘違いの魔法が解けた後はただ、哀れみの念だけが彼女に向けられていた。

 作られた生命。

 作られた虚構。

 偽物の感情を、偽物と疑うことすらすることのない哀れな()()()()()()

 いや、違うか。

 誰か、なんて抽象的な言葉ではなく、もっと明確に明瞭に彼女のことを示すのならば……

 

 キャスター ジル・ド・レェが望んだ私。

 

 ということなのだろう。

 

 

 

 しかし、それでも……彼女の行った残虐非道なその行動は、決して許されることではなかった。

 沢山の命を奪い、その営みの悉くを破壊し尽くした。

 

 だから私が、元凶たるこの私が、彼らを止めなくてはならなかったのだ。

 

 結さんに立香さん、アサシンにマスター。

 多くの人に助けられてここまでやってこられた。

 

 黒聖女との一騎討ち。

 

 彼女の自由を奪い取り、勝利した。

 後はただ、その命を終わらせるだけ。

 余りにも短かった彼女の人生を、ほんの少しの同情と共に断ち切るのみ。

 

 ああ、だが……しかし。

 なんて、虚しい心持ちだろうか。

 

 彼女からの問いかけに、私は答えることができなかった。

 貴方が作られた存在だった、なんてことを伝えることなどできるはずがなかった。

 

 目を閉じた黒聖女。

 白銀の剣を剣帯から引き抜き、鋒を彼女の胸にあてがう。

 

 ふと、そのとき妙な感覚が私を包んだ。

 

 同調と呼べばいいのだろうか。

 目の前のジャンヌと触覚がリンクしたかのような、そんな感覚。

 

 腕が震える。

 鋒が揺れる。

 

 涙が溢れて止まらない。

 これ以上はダメだ。

 

 感覚的に、本能的に理解した。

 これ以上、時間をかければ殺せなくなる。

 

 感情を殺して、両腕に力を込めた。

 

 ズブリと、嫌でも慣れたその感覚が脳に伝わったそのときに。

 

 

「……もう少し、だけ」

 

 

 掠れた声が、耳に届いた。

 弱々しいその声がくっきりと、耳に届いてしまったのだ。

 

 

「……生きて、いたかった……」

 

 

 その言葉を聞き取ったと同時に、電源が切れたかのように私の意識は途絶えてしまう。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 偽物だったのかもしれない。

 

 理想は理想で

 

 本物の彼女ではなかったのかもしれない。

 

 ああ、ならば——

 

 本物に為ればよいだと。

 

 狂いに狂ったその愚者は

 

 ついに禁忌へ手を出した。

 

 その身体のほぼ全ては聖杯から生み出された者だった。

 

 存在しないものは復活できない。

 

 聖女ジャンヌダルクには、祖国フランスを憎む復讐心など微塵もない。

 

 だから創り出した。

 

 復讐に、憎悪に満ちた理想の魔女を。

 

 聖杯と()()()()()()()()()()()を使用して。

 火刑に処された聖女の()を利用して。

 

 結果として、ほんの僅かだけ……()()のみに聖女の魂を宿した黒聖女がこの世に生み落とされた。

 

 それはジル・ド・レェのただの自己満足。

 

 そう……ここに、偶然を超えて最早運命的とも言える奇跡の術式が噛み合ったことで、最後の悲劇は開幕を告げたのだ。

 

 

 対象:聖女ジャンヌ・ダルク

 

 欲望認証:『永遠の生存』

 

 

 もう一つの聖杯によって施された、この砦最大の魔術が行使された。

 

 一人の少女が当然の如く抱いていたその思い。

 憎しみでもなく。

 復讐心でもなく。

 懺悔でもなく。

 後悔でもない。

 

 ただの生存願望により、その術式は起動する。

 

 

 今、ここに。

 

 二人の聖女を呑み込んで。

 

 第一特異点 オルレアン

 その最後の敵が目を覚ましたのであった。

 

 

 

 

 

 




 さあ、クライマックス

 第一特異点 最終決戦です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話 絶望降臨

 



 一ヶ月に一回は更新したい……!

 私事ですが、今年から受験生になりました。
 更新頻度はかなり落ちると思います……
 これまでも学業優先のため何度もおまたせしていましたが、何卒宜しくお願い致しまする。

 …………息抜きで、やるかもだからっ!
     そんときに楽しんでもらえたらと。





 

 

 

 

「…………あ?」

「…………ん?」

『…………は?』

 

 

 三人が揃って間の抜けた声を発した。

 それと同時に、切羽詰まったロマンの忠告が耳に飛び込んでくる。

 

『結君! 前方に異常な程の高魔力反応有りだ! アサシンがいないなら、正直話にならないレベルだ! 撤退をいそ——』

 

 このとき、俺たちの現在地はオルレアン城最上階へと続く階段の中間地点であり、その魔力反応との距離は数字にして100メートルもない。

 俺はともかく、サーヴァントのエリザや万能超人であるオルガが高まった魔力の気配を感じ取れないわけがなかった。

 

「もうやってる!」

「ウリボー、そこ動かないで!」

 

 切迫したその状況下において、称賛すべきは間違いなくエリザの行動だっただろう。

 数秒も躊躇うことなく壁を破壊し、彼女は俺を抱えて空中へと飛び出した。やだこの子力強い。

 

 瞬間遅れて、轟音が鳴り響く。

 肌へと空気の振動が伝わるビリビリとした感覚に、懐かしさを覚えて苦笑した。

 

『何笑ってるのよ?』

「いや、久々だなぁ……と思っただけ」

『意味がわからない……』

「深い意味はないよ」

 

 あの最終決戦より数百倍はマシだと、心の内で付け足しつつ振り向いた。

 そして頰が引き攣った。

 見れば、巨城オルレアン(俺達が先程までいた階段を含めて)その上部が完全に焼け消えていたのだ……数百倍は言いすぎたか? いや、そうでもねぇな。

 

 

「おぉ、死にかけた……前置きもなく、遺言も残せず燃え尽きるところだった……」

「ほんとよ、ほんと! 冗談抜きでドラゴンステーキになっちゃうとこだったじゃない」

『エリザベートが飛行可能なサーヴァントで助かったわね……』

「そうそう! 感謝しなさいよ、ウリボー!」

「してるしてる……それはさておき、原因はアレか」

 

 

 

 熱の発生源は、爆発点の中央に鎮座する一人の女性だ。ふわりと背中に生やした黒翼で滞空し、結んでいた髪は解けている。

 背丈は少し低く、その目は虚に染まっていた。

 

 しかしだ。

 それだけだった。見紛うはずもない。

 純黒のドレスをその身に纏う彼女の名前を、俺は、俺達は知っていた。

 

 

「……というか、なに、やってんだ! お前ぇぇええええ!!!!!」

 

 絶叫。

 疑問が脳の大部分を占める中、虚な目のまま彼女がこちらへ手を向けたことに気がついて、声を上げる。

 

「エリザ、降りて!」

「へ?」

「早く、しろぉ!」

「お、怒らないでよ!?」

 

 別に怒ってない、と言い返す余裕はなかった。

 魔術なんてものとは縁がないはずの、彼女のかざす手の前に黒色の大魔法陣が浮かび上がる。

 

『…………』

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! それは、死ぬ!」

「なんなら落ちろ! どうにか避けろ、悪いが頑張れ!」

「頑張っ、てる、わよ!!!」

「知ってるけど、なんかもう頑張れ!」

 

 

 沈黙するオルガさん……気絶してないといいけど。

 わちゃわちゃと言い争いながらもエリザは、俺を抱えたまま最高速度で急降下を行い続けた。

 

 だが、間に合わない。

 

 

 "万物融解"

 

 次の瞬間、灼熱が。

 アサシンの第二宝具に勝るとも劣らぬ超高熱の獄炎が生み出された。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「さてと、私は私の仕事をしないといけませんね」

 

 よっと、一伸び。

 関節をポキポキと鳴らしながら、ゆっくりのんびり堂々と少女は歩き始める。

 襲いくる全ての翼竜を一撃で叩きのめし、全ての罠を正面から突破する。

 そんな理不尽とも言えるほどの強者である彼女、アサシンはあるものを捜していた。

 

「全く見つかりそうにないですし、正直クソ面倒になってきたんですが、どうしましょうか」

 

 手がかりもなく、闇雲に歩き続けて十数分。若干気が早いアサシンはすでに、イライラを蓄積しつつある。

 しかし、諦めるという選択肢はない。

 面倒なのでやめました、なんて言葉を吐くのは彼女の美学に反する上に、マスターへ向ける顔がないためである。

 

「かと言って、このまま歩き続けるのも癪に障りますし、どうしましょうか……あっ」

 

 不機嫌オーラを全身に振り撒くアサシンに絡みに行く愚者は流石に居なかった。

 いなかったのだが……

 

「おお! ジャンヌゥゥウ——ん?」

 

 絡まれる相手は存在した。

 こうして、不運にもその男は再び彼女と遭遇することになったのだ。

 

「…………」

「手がかり、発見です」

 

 逃す間もなく首元を掴み、地面へとその男、ジル・ド・レェの顔面が叩きつけられる。

 呻く男の背後を取り、慈悲なく関節を決めたアサシンはニコリと微笑み、ドスの利いた問いかけた。

 

 

「このクソッたれじみた結界の『核』が何処にあるか、教えてくれませんか?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「っ! クソっ、代償——」

『ダメっ!』

「あっ、こら! オルガ、何魔力堰き止めてやがる!?」

 

 障壁展開でも、と無理矢理魔術を行使しようとして失敗した。

 というか、オルガに失敗させられた。

 

『次はない、死にたいの!?』

「退くも進むも地獄なんですが、どうしろと?」

 

 背後から迫る炎。

 気がつけば、地表がすぐそこまで近づいていた。それが指し示すことはただ一つ。

 

「ウリボー、ウリボー!」

「何だよ! エリザ!?」

「逃げ場、無い!」

「知るか、アホ!」

 

 ここで、ゲームオーバーなのだろうか? 出来ることならアサシンの腕の中で死にたかった。

 そんな思考が割と本気で脳裏を過ったとき。

 

 

『右方へ向かって!』

「——ッ!」

 

 

 オルガが何かに気がつき、指示を出す。

 意図を問う時間はなく、エリザが反射的に飛行方向を切り替えた。

 無茶苦茶な軌道修正に目が回り、視覚が封じられる。

 よって、その存在を認識できたのは聴覚のみ。しかし、それだけで十分であった。

 

 

 

 

「……マシュ!」

 

 

「真名——偽装登録、完了 宝具、展開します!」

 

 

 

 頼もしい後輩たちの声が聞こえ、俺たちを取り込むようにしてその輝きは放たれる。

 

 

 

 

疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!」

 

 

 

 

 張られたのは、少女の意志を形に表した守護の障壁。

 光を放つその結界は荒ぶる灼熱を受け止め、そして押し返した。

 

 

 

 無理矢理な飛行を行ったエリザが、一応俺を庇いつつ墜落してから十秒ほど。

 目を瞑り、思考を落ち着かせるついでに視界のブレを収まらせる。

 周囲の様子を伺ってみれば隣に寝転ぶエリザベート、少し離れた位置にマシュと立香、そして清姫がいて。

 

「……こっちだ、結!」

「あ? なんでお前まで……」

「話は後だ。一度、下がるぞ」

 

 銀髪の大男が、座り込んでいた俺へと手を差し出して立っている。

 大男、ジークフリートが俺共々エリザを抱え上げて、立香の元へと向かう。地面へ下ろされるまでの数秒の内に思考を巡らせ、状況を整理してから、口を開く。

 

「援護助かったよ……それで、()()()()()()()()()()、間違いないか?」

「……っ! うん、間違いないよ。アサシンは?」

「わからん。会えなくて寂しい」

「それは聞いてないから……」

『一々ツッコミ入れなくていいわよ、立香……ありがとう、さっきは助かったわ』

「えへへ、どういたしまして。まぁ、頑張ったのは、マシュなんだけどね」

 

 ジト目でため息を吐く立香に、優しく声をかける所長……俺にも優しくしてほしい。

 再会に喜ぶ二人の様子を微笑ましく思う。

 だが、しかし……

 

『そろそろいいかい? 結君は把握しているかもしれないが、少々マズイ事態になった』

 

 ロマニの言う通りだ。

 余裕はない。

 立香達との合流によって、戦力は整ったように思われる。普通ならば問題はない。

 

 三騎のサーヴァント、一騎のデミ・サーヴァントに、二人のマスターと守護霊(オルガ)が一匹。

 しかし、これだけの戦力を以ってしても、相手が悪いと言うしかなかった。

 

「状況の説明を……っ! ますたぁ、下がってくだ——」

「上だ!」

『嘘だろッ! 回避を——』

 

 

 清姫、ジークフリートの警告に数瞬遅れて空を見る。

 

 そして……

 

 

 "万物融解"

 

 

 天より再び放たれるは灼熱の炎。

 表情が歪む。これが——聖杯による暴力的なまでの理不尽か。

 

 

「マシュ!!!」

 

 息切れは収まらず、魔力も不足している。

 精神的な疲労は膨大に蓄積しているだろう。

 そんな事は、理解している。

 

 吠えるようにして、その少女は言い放つ。

 

「護れ!」

「はい!」

 

 紅の輝きが世界を照らす。

 最後の令呪が、マシュの力へと変わっていく。

 

 

「……宝具、再展開します。真名偽装登録……完了!」

 

 迫る炎に怯える事なく、尻込む事なく、立ちはだかる。

 

「疑似展開/人理の礎!」

 

 先程の光景の焼き直しにさせるわけにはいかない。

 マシュの宝具が展開されると同時に声を発した。

 

 

「ジークフリート!」

「……どうする?」

 

 少し考え、簡潔に一言。

 

「——落とせ!」

「頼まれた」

 

 結界が消え、炎も消滅する。

 視界がクリアになった瞬間を見逃さずに、ジークフリートが空へと飛び出していき……

 

 

「ハアァァッ!」

「……っ!?」

 

 大剣による一撃で、宙へ浮かんでいた襲撃者を地上へと叩き落とした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「貴方の手を借りるのは、非常に癪なんですが」

 

『ええ、でも? 頼むしかないですよねぇ?』

 

「やっぱ、私一人でどうにかします」

 

『またまた、だって——邪魔でしょう?』

 

「…………はぁ、そうですね。こっちは、私がやるので」

 

『向こうを手伝え? まさか、対価がないとは言わせませんよ?』

 

「…………っ」

 

『まぁ、今回ばかりは見逃してあげますよ』

 

「……は? 頭でも打ちましたか?」

 

『失礼すぎません? 簡単なことですよ、だって会うのは久しぶりでしょう? 十分対価に値しますから』

 

「そういう……では、任せます」

 

『素直になりましたねぇ……絆されすぎでは?』

 

「どの口が言うんですかねぇ……?」

 

『それもそうですか……じゃ、任されましたので、さようなら』

 

「…………」

 

『それでは…………結を襲ってきます!』

 

「こうなると思ってたから、閉じ込めてたんですよ!? 待ちなさい、バカマーラ!」

 

『貴方は仕事に追われてますから、そんな余裕ありませんよね? 私だけ楽しんでくるので、お仕事頑張ってください、バカーマ』

 

「その略し方をやめなさい!」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「前衛正面にマシュ、防御だけ考えとけ! エリザとジークフリートは、連携とって左右から抉れ! 清姫、全体のサポートを頼む! マシュ以外は、立香のことを考えなくていい!」

 

 矢継ぎ早に指示を出しながら、荒い呼吸を繰り返している立香を右肩に担いだ。

 

 カルデアからの支援を受け、徐々に回復している魔力を使用してオルガが身体強化を行なっていく。

 代償強化は魔術回路に大きな負担をかける荒技だ。先程、止められたようにボロボロになった現在の状態では、使用に大きな負担がかかる。

 そのため、頼りにできるのはオルガのサポートだけだ。正しい魔術で実戦レベルに使えるものを俺は持っていない。

 苦手を放置しておくと碌なことがないな。

 

 

「え、えっと? む、結!?」

「ちょ、そこの! 私のますたぁに、なに手を出して——」

「うっさい! 集中しろ、バカ!」

 

 ワタワタと慌てた声を上げる立香だが、担いだ状態では表情はわからない。まあ、一々気にする余裕もないのだから、どうということはないのだが。

 ピシャリと清姫へと言い返し、正面へと向き直った。

 落下の衝撃により舞い上がった土埃が、次の瞬間に掻き消える。

 

 そこに、()()はいた。

 

 

『前方生命体の魔力反応。ファヴニールを大きく上回り、尚も増大中……嘘だろ、コレは——』

「弱音吐いたら、ぶっ飛ばす」

『……ッ! うん、ごめんよ。君に励まされていちゃ、まだまだだね』

「貶してる?」

『まさか…………勝算は?』

 

 

 声を震わせ、恐怖に耐え、ロマニはそう口にする。目の前に立つ存在は、それほどの脅威であった。

 

 

 

 背中には邪竜の両翼。

 黒のドレスに汚れはなく。

 無造作に解けた金髪、煤だらけの素足。

 虚な瞳に、光が宿る。

 ニヤリと気味悪く口元を歪ませて、彼女は笑う。

 

 

 ジャンヌ・ダルク。

 

 聖杯の力、結界の力、邪竜の力。

 そして対なる彼女の力。

 

 その全てを取り込み、特異点そのものと言えるほどにまで歪み切った一人の聖女。

 

 

 

 

 

「——————ある」

 

 

 

 真っ直ぐと、その現実(ぜつぼう)を見据えて俺は断言した。

 

 

 

 

 

 

 




 次回 「魔王」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34話 魔王

 

 

 

 灼熱が肌を焼く。

 

 何度目になるのだろうか?

 既に数えることすら、億劫になってきた。

 

 疲労は溜まり、身体は重い。

 思考をやめて、全てを投げ出したくなる。

 

 

 

 けれども……止まる事は許されない。

 

 

 "万物融解"

 

 

「——ッ! 右だ!」

『回避ッ!』

 

 

「……よっ、と! ……はぁ、はぁ、キツぅ……」

 

 ジークフリートとオルガの警告に合わせて、左足を強く踏み抜いた。

 強化された身体能力をフルに活用しての横っ飛びに、肩へとしがみつく立香が音なき悲鳴を上げた。立香を気にかける余裕はなく、先ほどまで俺たちがいた空間を、容赦なく爆炎が焼き払っていく。

 

 絶望的な力だった。

 目の前に立つ元聖女は、聖杯の恩恵を受けることで超高火力の宝具をポンポンと連打してきた。

 それら全てを真正面から受けることなど当然できない。俺達は足を止めることなく、エリザとジークフリートが撹乱を続けることで、なんとか全ての攻撃を回避し続けていた。

 勿論、それは俺の力ではない。

 この荒技を成立させているのは、ひとえに彼女の献身があったからである。

 

 

「……ぅ、ぁぁあああッ!」

 

 

 何度も足を止めたくなった。

 身体が言うことを聞かなくなった。

 

 それでも

 

 今、俺が動けているのは——

 

 目の前に立つ彼女が、マシュ・キリエライトの後ろ姿が。

 大楯を扱い、必死に爆炎を捌き続けるその献身が俺や立香の心を叱咤するからだ。

 

『結、そろそろ……』

「わかってる!」

 

 限界が近い、その言葉を遮って叫びが思わずこぼれてしまう。

 苛立ちをぶつけてしまう自分の未熟さに、更なる苛立ちを覚えたが深呼吸して、努めて冷静を偽り出した。

 

 

「……悪い」

『気にしないで……それよりも、本当に打つ手は有るの?』

 

 随分と確信をついた質問だった。

 嫌な役を押し付けてしまったと少し申し訳なく思いながら、返答した。

 

「……有る」

『…………他言しない。だから、()()()()()()()()()

「…………」

『はぁ……私も考えるわ。文字通り、運命共同体なんだしね?』

 

 悪い、助かる——そんなことを伝えようとしたときだった。

 

「……結!」

「ウリボー!?」

 

 二色の絶叫に顔を上げて、失態を悟る。

 問答の間に警告を聞き落としたのだろう。

 見れば、すぐそこまで爆炎は迫っていて……

 

 

 

「……エリザぁぁあ!」

 

 

 被害を少しでも減らすために、後ろへと倒れていく。殆ど変わらないかもしれないが、やらないよりはマシだろう。考えとしては、そんなところだった。

 

 エリザベートへと声をかける。

 と、同時に。

 

 

 

「歯ぁ、食いしばれ! 舌噛むぞ!」

「へっ、え? ——っ!?!?」

 

 

 

 上空目掛けて、立香を全力で打ち出した。

 全力を出したので、爆炎からは逃れられたはず……あとは、エリザのキャッチに期待するほかないか。

 

『障壁をッ!』

 

 

 流石のオルガのサポートも間に合わず、全身が炎に呑み込まれる。

 

 一瞬、前に。

 

 

 

「…………全く、なんで死にかけているんですか? いつから私より弱くなったんです、結?」

 

 

 

 聞き覚えのある声と共に、巨大な岩の柱が六本生み出された。それらは俺を閉じ込めるように出現し俺の身を守った。

 

 閉鎖空間に放り込まれ、俺は尻もちをついたまま暗闇の中にいた。

 声のした方へと目を向ける。

 そこには一人の女性の姿があり、彼女はこの空間を照らす輝きを指先に灯していた。

 

 

 

 その髪は白銀に染まり

 

 その腕には金の腕輪が一つ。

 

 纏う装具は扇状的な戦闘装束。

 

 瞳は血のような暗紅色に満ちていて

 

 艶やかで豊満な肢体が惜しげもなく晒され

 

 その胸元には青白く淡い輝きを放つサンモーハナの首飾りがかけられている。

 

 

 

「な、んで……お前が」

『……カーマ、じゃない……のよね?』

 

 

 動揺激しい俺たちの前で、ニヤリと笑って彼女は言った。

 

 

「サーヴァント・クラス:()()()()……マーラ、ここに推参しました」

 

 

 沈黙が場を支配して。

 

 

「出たぁぁぁあああ!? 襲われるぅぅぅ!!!」

「あっ、ちょっと!? 逃げないでくださいよぉ!」

『え、えぇ……』

 

 脱兎の如く、逃げ出す俺と困惑するオルガ。

 

『色々気になるけど戦闘中だよ、結君!?』

「ロマニ、助けて!」

「うるさい羽虫ですねぇ」

『羽虫!? ひど——』

 

 天からの助けは、無常にもブツリと音を立てて途絶えてしまう。

 

「………………おい、通信切っただろ?」

「何のことでしょう♪」

「無駄に器用なことすんな、あほぉ!」

『ま、マーラ? そんなことが、ありえるの!?』

 

 しばし、事態の収集に時間がかかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「コホンッ……あの、結?」

「……ナンデスカ?」

「そこまで、露骨に怯えないで貰いたいんですけど」

「……だってお前、すぐに夜這いかけてくるし。ここ暗いから、トラウマがフラッシュバックしまして」

「ぐぬぅ……自業自得ですか」

「てか、何でいんの? アサシンは?」

「もう少し優しくしてくださいよ……」

 

 そっぽを向き、半べそをかいている目の前の絶世の美女の名はマーラ。

 史実上で言えば、彼女とアサシン……つまりはカーマは同一人物である。

 

 ただ、ウチのアサシン様は色々と普通ではないのだ。

 今の彼女はイレギュラーの塊とも言える存在であり、先の亜種聖杯戦争を乗り越える過程で、カーマとマーラの二つの人格への完全な分離を果たしていた。

 

 カーマとマーラ、彼女らが同一体である時にマーラが主導権を握ると、それはそれは悲惨なことが起きる。

 獣の幼体としての資格を得ることになるのだが……まぁ、詳しいことは置いておこう。

 

 そもそも、いつかも言ったがカーマという神は決して戦いに適している存在ではない。

 現在のアサシンの実力の裏付けは、殆ど『殺すもの』であるマーラによる恩恵が大きいのだ。

 まぁ、反射神経やら、シヴァの残滓やらはカーマが保持している能力であるのだが。

 

 人格が分離していた事は知っていたが、まさか自力で霊基を得ることができるようになっているとは思わなかっ——いや、流石に無理だろ。

 

 

「待て。お前、その霊基は? どっから湧いてきた?」

「ん? 半分は、カーマから奪ったものですが? 後は、この悪趣味〜な結界を利用しただけです。犯……襲うなら、肉体は必要ですし」

「……令呪を以って」

「待って、ごめんなさい。冗談じゃないけど、冗談です。ヤらないから、やめてください!?」

 

 

 などと頭の悪い会話をマイペースに行なっていたとき、おずおずと話しかけてきたのはオルガさんである。

 君コミュ障だもんね、話しかけれて偉い。

 

『あの……そろそろ質問いいかしら?』

「ん? どうした、オルガ」

「何この女?」

「こっわ。おっも……」

『話! 続けるわよ!』

「「どーぞ」」

 

 今更だが、散々迷惑をかけられたので、マーラに対しては結構辛辣だったりする。

 カーマの方が数倍可愛いし、いい子だと思う。嫌いじゃないけど、若干トラウマがあるしな。

 

『主に聴きたいのは二つのこと。一つ目、マーラに質問するわ。先ずは、貴方がここに居る理由を知りたい』

 

「はぁ……理由ですか。もう一つは?」

 

『打開策……結、彼女が来た事で、状況は多少なりとも好転したのよね? どうにかなるか、話し合いたい』

 

「正直、二つ目はわからん。マーラ、カーマからの伝言とかないか?」

「……有りますけど、冷たい結には教えたくないです」

「クソめんどくせぇ……」

 

 ふいっと顔を背けるマーラ。

 その頰を引っ張り、顔をこちらに向き直させた。

 

「ひはぁい」

「……一日くれてやる」

「ふぇ?」

『は?』

 

 コテンと首を傾げたマーラに、もう一度だけ明確にその条件を言う。

 

「お前に、俺の時間を一日分くれてやるって言ってんだよ……満足なら、伝言教えろ」

「ふ、ふふっ……荒っぽい結も、そそりますねぇ……」

「あ゛?」

「ごめんなさい、冗談です。それで! その条件でお願いします!」

『……これが、魔王とまで言われたマーラ?』

「……昔はもうちょっと威厳があったんだけどなぁ」

 

 うへへと、だらしなく頰を緩めるマーラを見て呟いたオルガにしみじみと同意する。

 何でこうなってしまったのだろうか……カーマ含めて。

 

「それで、伝言でしたっけ?」

 

 マーラが表情を真剣なものに切り替え、その小さな口を開いた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「ま た せ た な !」

 

『「「「待たせすぎだ!」」」』

 

 

『当然よね……』

「視線が痛えな……」

 

 岩籠での作戦会議を終え、外界へと飛び出た俺を待っていたのは罵倒の言葉でした。

 欠けたメンバーがいないことにまずは安心した。引きこもっていたのは、時間にして五分ほどだろうが、戦闘中の五分間が死ぬほど長く感じることは、嫌というほど知っていた。

 

 

「まあ、落ち着けよ。血圧上がるぞ?」

「アンタのせいよ!? アンタの!」

「あ、エリザっちナイスキャッチ」

「それは、どうも!」

 

 

 立香を抱えて、空中を動き回っているエリザに、ひらひらと手を振るとキレ気味の返事を送り付けられた。マジギレしてないあたり、見かけによらず冷静だなぁと感心しそうになる。

 むすっとした目で睨みつけてくる立香には、後で土下座でもしておくか。

 

 数分見ない間に、辺りの光景は悲惨なものになっていた。

 大地は抉れ、建造物は荒地の塵へと姿を変えた。世界は火の色に包まれている……なんて環境に悪い存在だろうか。

 

「ロマニ、戦況は? 戦闘記録があるなら映像を見たい」

『……正直、現状はジークフリートのワンマン体制になりつつあるからね。時間の問題ってやつだ。映像を送るよ』

「サンキュー……うん、成程」

 

 ロマニから送られてきた映像に目を通して、確信した。

 次に取る行動を即決する。

 

『結君?』

「だいたいわかった」

『——は?』

 

 呆けた声を上げたロマニをスルーして、声を張り上げた。

 

「はーい、こっち! 全員、注目! ただいまより、特異点オルレアンで最後になるかもしれない作戦を伝えちゃうぞ〜」

『緊張感ないわね!? ……いつも通りでむしろ安心するわ』

 

 オルガのツッコミに負けずに、大きな声でその内容を伝えていく。

 

「コホンッ……立香、エリザ、清姫、マシュの四名は直ちにこの場を離れて、サーヴァント:ジル・ド・レェの撃破に向かえ! ジークフリートと俺、マーラで元ジャンヌ……仮称ジャンヌ・ダルク・()()()()()に対して最長一時間の耐久戦闘を行う!」

「凛々しい結……うへっ」

『カーマの系譜を感じるわね』

「アレより酷いだろ……」

 

 涎垂らすな、アホ。

 

『耐久? 何か当てがあるのかい?』

「あるから言ってんだろ……ロマニ、立香を任せた」

『……任されたよ』

 

 言外に余裕がないことを伝えつつ、視線を向ければ、強い意志のこもった双眸を携えたロマニが噛み締めるように言う。

 頼りになるようで何より、と思考を切り替えたときに不安そうな顔をしている奴を見つけた。

 

「結……私は——」

「大丈夫だよ、立香。一人なんかじゃない」

 

 その言葉に、マシュが小さくけれども確かに頷きを返した。

 清姫もエリザもいる。

 何一つ、気負うことはない。

 

『責任は、私が持つ』

「じゃ、犠牲は俺が払うとするわ」

 

 パチクリと瞬きを二度繰り返し、くしゃっとした笑顔を浮かべる。

 そして、頰を両の手で張り、彼女は動き出した。

 

「…………それじゃ、二人の負担が大きすぎでしょ! 行こう、皆!」

「はい! マスター」

「お供しますよ〜、ますたぁ」

「ウリボー、無茶するんじゃないわよ!」

 

 エリザさんの俺的株が爆上がり中なんですが、何が狙いでしょうか? 歌なら聞かねぇぞ?

 

 

 

 

 ここまでで、漸く後一人。

 俺達が今、悠長に時間を使えていたこの現状を生み出しているたった一人の立役者が、少し遠くで吠えていた。

 

「……ハアァァッ!」

「…………⬛︎⬛︎⬛︎ッ!」

 

 振り下ろされる大剣。

 それを、片手で受け止めて煉獄をのし返す。

 往なし、切り払い、吹き飛ばし、押し返す。

 正面突破を馬鹿正直に繰り返し、体を焦がして他の者を守り続ける一人の竜殺しがそこにいる。

 

 

「さぁ………………やるぞ」

「——————はい。マスター、指示を」

 

 

 選手交代の時間だ、と呟いて左手を掲げた。

 タイミングを見計らい……

 

「ごー、だ」

「ッ! 全開で、行きます!」

 

 

 その手を振り下ろすと同時に、マーラがニヤリと表情を歪めて戦場へと飛び出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 やっぱり、彼は優しいと思う。

 

 

 心が折れかけたときには道を示してくれた。

 

 

 不安にならないように何度も声をかけてくれた。

 

 

 言えなかった。

 怖かったから動けないわけじゃない。

 

 彼が当然のように自分を使い潰す様子を見て、隣で支えたいと感じたのだ。

 

 守られている……そう感じるのが嫌だったのだ。

 

 そうだ。

 

 多分、私は

 

 彼に認めて貰いたいのだ。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「お邪魔しますっと!」

「……!?」

「◽️◽️ッ!」

 

 

 閃光が走る。

 その正体は、一本の剣だ。

 ジークフリートとジャンヌ・ナイトメアの間へと、マーラの生み出した剣が突き刺さっていた。

 衝撃の余波により、双方が退く。

 ふわりと重力を感じさせない動きで、マーラが地は突き刺さった剣の上へと降り立ち、慈母の如きの微笑みを浮かべた。

 そして言う。

 

 

「ぶっ殺します♪」

『見惚れてた私がバカだったわ』

「そーだな。教訓にしとけ。インド関係の奴らは、大概ロクでもねぇのばっかだぞ」

 

 

 そんな彼女を炎が襲う。

 動揺なんて概念からは程遠い存在であるナイトメアはマーラの殺気をものともせずに、攻撃を開始する。

 

 

 

 

 マーラは戦闘に滅法強いサーヴァントではあるが、彼女が持つ最も危険な能力は戦闘センスや武器などと言ったわかりやすいものではない。

 カーマが身体無き者としての能力を持つように、マーラは殺す者としての能力を持っている。

 即ち、彼女は死そのものと同義の概念を常に纏っていると言えるのだ。

 

 結達が知る由もないが、それは奇しくもシャルル=アンリ・サンソンがその身を闇へと落として手に入れた殺意の力と酷似したものである。

 相違点はわかりやすい。

 殺意を、死を……御するか、呑まれるか。この、一点に尽きたのであった。

 

 よって、その結果は結の想像の上を行っていたことになる。

 

 

 

 

 

「…………ハァッ! ってアレ? 思ったよりも効いてな——っぶな!?」

「ぁぁぁ!!」

 

 

 互いが互いを喰らい尽くすかのような、殴り合い。

 ノーカードで殴り合っても、ある程度の相手なら問題のないマーラが、押されていた。

 スペックで負けているようには見えない。

 叩き込んだ攻撃の数も、重さも何もかもがマーラが数段上を行く。

 

 しかし……

 

 

「……結、正直コイツを殺せる気がしないのですが」

「お前ができなきゃ、誰が出来んだよ……と言いたいところだが、確かに妙だな」

 

 

 まるで、不死身のようではないか。

 どっかの拷問娘と違い、傷は受けているため無敵というわけではなさそうだが……ん?

 待て。今、俺なんて言った?

 

 

「…………もしかして」

 

『結?』

 

 

 溢れた呟きに、オルガが反応する。

 小さくかぶりを振ってから、少し離れた場所で休息をとっているジークフリートの元へと駆け寄った。

 

 

「なぁ、ジークフリート。アイツ、なんか言ってなかったか?」

「何か、とは? すまない、もう少し具体的に——」

「何かというか、えっと……意味のある言葉? って言えばいいのか? 叫びとか、呻き声じゃなくて」

「あぁ、そういう……言っていたよ。ただ、一言だけ。意味を理解して言っているのかはわからないが確かに彼女は何度も、同じ言葉を繰り返していた」

 

 

 『生きたい』と。

 

 

 早る鼓動を押さえつけ、その現実を受け止める。

 

 

 

 

 

 仮称:ジャンヌ・ダルク・ナイトメア。

 

 

 

 未来に己の死を確定させたことで、不死身の身体を手に入れた。

 矛盾しているにも程がある。

 ふざけているにも程がある。

 

「キレていいかな?」

『しょうもないこと言わないの……結、来るわよ!』

「はいはい、了解っと」

 

 やはり、突破口となりうるのはカーマさんの策だけか……

 

 地面を裂くようにして、生み出された黒槍をバックステップで回避した。

 

 前を向けば、ナイトメアが気味の悪い笑顔を浮かべている。

 準備運動は終わりだと言わんばかりに、ナイトメアは絶叫し、その翼を広げて天高く舞い上がった。

 

 幾度となく放たれた爆炎を、マーラが岩壁を生み出して弾き飛ばす。

 分が悪いと判断したのか、ナイトメアの動きが変わった。

 

 それが生み出すは、先の黒槍。

 問題であったのはその攻撃範囲。

 

 夜闇に紛れるようにして、数千を容易く超える槍を天に構え、そして高速で射出した。

 

  

 ()()()()()()()()()

 

 

「——は?」

 

 

 岩壁を、貫通して、視界に入り込む無数の黒槍。

 肌で感じ取った死角からの致死なる一撃。

 圧倒的な情報量を処理しきれずに、鮮血が宙へと溢れ落ちる。

 

 倒れ込む。

 

 気持ちの悪い温かさと、ぬめりとした感触。

 血に染まった右手を見て、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……あれ、少し……ドジ、しましたか」

 

 

 抱き合う距離から、吐息の音が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 ぷつりと、

 

 

 なにか が きれた 。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35話 限界領域

 オルレアン編完結まで、あと数話。
 現実も佳境を迎えているので、ちまちまいきます。
 
 (一年以上オルレアン編にかけてる作品って他にあるのだろうか……)

 それはそうと、誤字脱字報告感謝です。
 感想、評価もバシバシ気軽に送ってください。





 

 

 

 

 

「——っ、はぁ……はぁ、ぐぬぬぬっ!」

 

 

 巨城オルレアン。

 その地下に、一人の美少女がいた。

 

 彼女の前に存在するのは、宙に浮かぶ大きな魔力の結晶体。

 複雑に組み込まれた膨大な術式と、その術式を防護する分厚い障壁へと、果敢にも少女は手を伸ばし続ける。

 

 その柔らかで白雪のような少女の右腕が、今では見るも無惨な傷まみれのものに変わっていた。

 魔力が弾け、防壁が築かれ、侵入者への迎撃が行われる。

 電撃を受けたような衝撃が、幾度となく右腕に走った。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 一歩ずつ、それでも少女は前へと足を運んでいく。

 少しずつ、その細腕を伸ばしていく。

 

 腕の痛覚など、とうに失っている。

 気の遠くなるような疲労の中、彼女の身体を尚も動かし続けたのは、ただ一つの意志だけだった。

 

 

「——あ、と……少し、ですから」

 

 

 ポタリと汗が床へと落ちた。

 

 

「…………っ!」

 

 

 少女の腕が障壁を突き破り、結晶体——オルレアン城の全域を覆う結界の『核』を。

 

 

 

「後で、ご褒美くださいね? マスター」

 

 

 

 今、握った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 ——約三十分前

 

 

 

「……タコ?」

「です、かね?」

『うーん、私はコレをタコだとは認めたくないかなぁ? 油断しないでくれよ、それらも立派な敵生命体だ』

 

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉に、コクリと頷き前を向く。

 見据える先には、大量のタコもどき。

 トゲトゲでネチョネチョで、グニャグニャとした醜い触手を持つその異形の姿を見て、薄い本に出てきそうだよなぁ、と一瞬だけ思ってしまった私を誰が責められるだろうか。

 

 

「そういうのが、お好みですか?」

「いえ、全く!?」

 

 きよひー、怖い。

 もう一度だけ言うが、断じて私の趣味ではない。純愛でちょっと強引なぐらいが——いや、なんでもない。

 

「……気を取り直して、行くよ」

 

 より敵の密度が高い方へ。

 その先に、このタコもどきの親玉はいる。

 

「正面にマシュ。清姫は左、エリザベートは右に。マシュが相手の勢いを殺したら、両翼から抉って………………ッ! 違う。最善は……私が取るべき行動は——」

『……立香ちゃん?』

 

 思考する。

 周りの音が遠くなる。

 そして、三人の仲間の顔を見て……

 

「……………………清姫」

「はい。あなたの、きよひーですよぉ」

 

 覚悟が決まる。

 

「私と、貴方で…………この敵、潰すよ」

『立香ちゃん? どういう——』

「ドクター」

 

 戸惑うドクターの言葉を遮り、一言頼む。

 

「魔力、まわして」

 

 マシュの身体は限界だ。

 魔力的にも、体力的にも、そして精神的にも。宝具を二連続発動し、その後も神経の擦り切れるような攻防を繰り返してきた。その代償は小さくない。

 

 そして、マシュよりも酷いのがエリザベートだった。

 表面上では、もがれた右腕に布で巻き付けて応急処置をしているようには見える。

 動きに支障はなく、結との避難に加えてナイトメアを相手に撹乱も任せていた。

 それを見て、サーヴァントはここまで頑丈なのか、なんて検討違いも甚だしい愚かな考えを持っていた。

 

 

「……たくないわけ、ないよね」

「子ジカ?」

「先輩?」

 

 

 二人の身体は限界だ。

 辛くない筈がない。苦しくない筈がない。

 痛くない、わけがないのだ。

 

 

「マシュ、エリちゃん……後衛をお願い。左右からの不意打ちに気を遣って」

「え?」

「……何のつもりよ?」

 

 困惑するマシュ、不可解だと視線を投げて寄越すエリザベート。

 その二人へとニヤリと笑う。

 精一杯の虚勢を張って私は告げる。

 

 

「二人ともサポートよろしく……ぶちかますよ、清姫!」

「はい、貴方様のご命令の通りに」

 

 

 恐らく、この戦いが最後なんかじゃない。

 だから、それまでの間は少しでも彼女達を休ませたい。

 

 どこか確信めいたその直感を信じて、私は清姫に指示を出す。

 

 

 

「焼き払え!」

 

 

 号令と共に放たれた爆炎が……紅蓮の炎が、視界いっぱいを焦がし尽くした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ——約十五分前

 

 

 

「…………ッ」

『……まって、止まって! 結!』

 

 大丈夫。わかってる。

 マーラがこの程度でくたばるほど柔じゃないことは、俺が一番知っている。

 

 けれどッ——それが、何だ。

 だから、何だ。

 

 止まれないだろ。

 退けないだろ。

 退くわけには、いかないだろ。

 

 戦友として、仲間として、主として。

 そして——何より男として。

 

 

 

 

 加速させる。

 身体を、思考を。

 

 ありとあらゆる無駄を削ぐ。

 行動から、判断から。

 

 

 やがて、集中がある一線を超える。

 懐かしい感覚を伴って、世界から色が抜け落ちた。

 

 

 理解する。

 

 ああ、本当に久しぶりだ。

 ここまで『きた』のは。

 

 視界から色が消える。

 意識から音が消える。

 身体から熱が消える。

 

 やがて、全ての感覚が消えた。

 

 完璧な肉体制御と理性による瞬間的判断能力の正確さを武器とする普段の戦闘とは、真逆中の真逆だ。

 正反対ともいえる極限状態。

 後天的に身につけた技量ではなく、俺が生まれ持ったただ一つの武器。

 

 

 本人こそ、知る由もないが……

 

 限定解除:直感 EX

 

 朱雀井結という男は、紛れもなく天才であったのだ。かの聖杯戦争を乗り越えたことこそが何よりの証拠。

 度重なる幸運と血の滲む努力、そして光るその才能が男を生かした。

 

 

 

「言ったな、マーラ」

 

 

 一言零して。

 

 襲いくる全ての凶刃を掻い潜り、ナイトメアの懐へと飛び込んだ。

 

 激昂するナイトメア。

 両腕が、脆弱な俺を叩き潰しにかかる。

 致死へと誘うそのハグを後方へと倒れることで回避し、同時にナイトメアの顎を蹴り上げた。

 

「…………誰が、弱くなったって?」

 

 そのまま、一度大きく後方宙返りをして距離を取る。

 状態を立て直す前に、黒槍が迫る。

 その槍を、一度たりとも視認することなく体を捻って透かす。

 と、同時に驟雨のように降り注ぐ黒槍。

 狙いなどつけることなく放たれるその連打を()()()()()の一言で回避し、打ち払い、切り抜ける。

 

 

 それが、何分間続いたかなどわからない。

 もしかしたら数十秒にも満たないのかもしれない。

 そのとき、時は止まって見えた。

 世界はスローモーションで進んでいた。

 

 避ける。

 弾く。

 逸らす。

 流す。

 透かして、躱す。

 掴んで捻って跳ね返す。

 

 限界のその先へ。

 集中が高みへと引き上げられていく感覚。

 本能が剥き出しになり、野生が研ぎ澄まされていく感覚。

 

 

 そして、そのときはやってきた。

 

 

 魔力を膨大に持つナイトメアであろうが、それを全てを同時に使用できるわけではない。

 最大魔力放出量が絶望的に多い訳ではないのならば、相手取ることも不可能ではない。

 

 それは、単に技量の問題だろう。

 母体とするジャンヌ・ダルクという英霊は、決して魔力操作に優れたサーヴァントではないのだから。

 

 よって、連続攻撃の合間にほんの僅かな……けれど確かな隙が生じた。

 

 

 ……このように思考し、その結論に辿り着いたわけではない。

 のちに分析したのなら、自らが攻勢へと転じることのできた理由はわかったのだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 あ、なんか 行ける気がする。

 

 

 そう、思っただけ。

 ただそれだけを根拠として、俺は躊躇なく右足を強く踏み込んだ。

 

 

「ぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」 

「…………るせぇッ」

 

 

 瞬間、遅れて降り注ぐ黒の雨を潜り抜け、再びナイトメアとの距離を詰める。

 

 右方向、嫌な感覚。

 後方、同様。

 左方——

 

「……問題なしッ!」

 

 ナイトメアの左脚が地を踏みしめる。

 その地点がひび割れた。

 黒の光が発されて、四方八方へと拡散する。

 

 ジュワッと音を立て、光に触れた戦闘衣の右襟が焼け落ちた。

 完全な初見殺し、それすらもを凌駕して

 

「はぁぁっ!」

 

 無傷で右腕を振り抜いた。

 右手に握った警棒による殴打が、ナイトメアの左側頭部を襲う。

 

 衝撃。

 鈍い音が響き、そして消えた。

 しばしの硬直を挟んで、両者は相対する。

 渾身の一撃を受けて、数センチたりとも揺らぐことのなかったナイトメアがニタリと笑う。

 

「…………ぁぁ」

「まだ、まだ……これから」

 

 

 何か忘れている……?

 そんなことをふと思い、頭を振る。

 雑念を追い出し、意識を消して、本能に身を委ねた。

 

 

「——————ァァアアッ!」

 

 

 至近距離で振り下ろされた左腕を、身体を半身にして避ける。

 流れるような動きでナイトメアは俺の胴体部へと右腕を突き出していて……

 

 

「……ッ! 殺った」

 

 

 身体を回す。

 シュヴァリエ・デオン戦で見せた超回避。

 遠心力を最大限に利用して、無防備に晒されたナイトメアの首へと警棒を滑らせる。

 

 

「——————零華(れいか)ぁぁぁぁあああ!!」

 

 

 そして合図のため、叫び、気がついた。

 

 そういや、もうアイツ居ないわ。

 どうしよう。

 

 ……詰んだくね?

 

 

◇◆◇

 

 

 迫る。

 集中があっさり切れた俺の首へと、ナイトメアの腕が迫る。

 その手が俺の首をポッキリと折る、その前に……

 

 

「……割り込み失礼しますっと!」

「さんきゅー、女神さま!」

「魔王様とお呼びなさい」

『マーラ!? 貴方、身体は……』

「擦り傷です……と言えるほど軽傷でも無いですが、まあ問題ありません。唾つけて寝ときゃ治ります」

 

 剣が空から降り注ぐ。

 腕を引っ込め、飛び退いたナイトメアを横目にマーラは俺を抱え上げ、その場から離脱した。

 

「ということで、結。ペロリと一舐めしちゃってください。ほら、確かここら辺に先程貫かれた腹部が」

「黙れ、変態」

「うへへ…………あ、胸の方が良かったですか?」

「頭、沸いてんじゃねぇの?」

「……ッ!? やっぱりこの罵倒、悪くないでしゅね……ぐへへ」

『さて、何処からツッコミましょうか……とりあえず、結は暫く晩御飯抜きで』

「嘘だと言ってよ、ママン」

『死ね』

 

 飛び交う暴言の嵐。槍を嵐の様な勢いと物量で操作するナイトメアさえもが、ビックリの罵り合いである……まぁ、表情筋に動きはないため、冗談であるのだが。

 離脱した俺たちを横目に、選手交代と言わんばかりの勢いでジークフリートがナイトメアへと向かっていく。

 

 

『結君、厳重注意だよ』

「あははは……悪い、ちょっとプッツンしたわ」

『……まあ、いいか。あれが、君の本気かい?』

「現状じゃ、そうなるのか? 多分」

『まだ、引き出しはあるってことだね……はぁ、規格外にも程があるだろ……』

「お褒めに預かり、光栄だ」

『何はともあれ、無茶はやめてくれよ』

「あいよ」

 

 当然怒られるよなぁ……と肩を落としていると、未だに俺を抱え続けているマーラが俺の顔を覗き込むようにして微笑んだ。

 

「でも、カッコ良かったですよ? 惚れ直しました……あの女の名前を呼ぶまでは」

「こっわ……別にお前ら仲悪くなかっただろ」

『それと、零華って誰よ? ねぇ? 誰なのかしら?』

「怖いんだけど? え、何、お前俺のこと好きなの?」

『…………別に』

 

 え、何その沈黙。

 

「貴方、結構可愛いですね……」

「脈ありじゃん。やったね」

『……コホンッ、後でしっかり説明してもらうから、そのつもりで」

「了解」

 

 オルガの様子に目をパチクリさせるマーラに渋々地面へと下ろして貰ってから、経過時間を確認する。

 

「後、十ってとこか……マーラ、身体は?」

「限界三歩手前ぐらいですかね?」

「んじゃ、まだまだ行けるな。力貸せ……次いでに一本剣寄越せ」

 

 

 

 無言の頷き。

 目の前に現れ、そしてフワフワと浮かんでいる長剣の柄を左手に握る。

 右手に持った警棒へ魔力を流した。

 深く息を吐き……目を閉じる。

 

 

「先、行きますね?」

 

 

 かけられた声に無言で頷いてから、もう一度だけ深く呼吸を入れる。

 

 そして、瞼を上げて前を見た。

 

 集中する。

 集中、する。

 集中…………?

 

 何かが、おかしい。

 いつも俺が常日頃から思考の切り替えに使っている行動。

 ルーティンとも言えるそれによるスイッチが作用しない。

 

 思ったより、疲労してんのか……?

 そう考えたときには、もう遅かった。

 

 

「——ッ、結!?」

『バカ!』

 

 

 フラリと揺れる視界。

 ぼやけた思考。

 生じた隙は余りにも致命的だった。

 

 ナイトメアが腕を振る。

 

 生み出された黒槍が射出された。

 先の鬱憤を晴らすと言わんばかりに、眉間を目掛けてその槍が加速する。

 

 身体が動かない。

 いや、動いてはいる。

 

 ただ、その動きは余りにも遅鈍で稚拙だった。

 

 左手に光が灯った。

 俺の思考に反して廻る頭脳が足掻く。

 

 地面へと暗紅色の魔弾が放たれ、不意打ちの衝撃によって身体がブレた。

 槍が鼻先を掠る。

 ゾクリと鳥肌が立つ感覚が、その恐怖が、疲弊した思考を縛りつけた。

 

 

 身体は、まだ動かない。

 

 

 それは、驟雨の如き連打であった。

 たった一度攻撃から身を守った程度で諦めてくれる相手ではないのは、実体験から知っていた。

 

 二度目となるオルガのサポートは間に合わず、近距離戦を行っていたジークフリートとマーラのフォローは間に合わない。

 

 

 

 視界に無数の槍が映り込み……

 

 

「……あっぶないわね!?」

「——え?」

 

 

 さらに加えて、自己主張の激しいピンクが割り込んできたことに気がついた瞬間、自分が命拾いしたことを理解する。

 

 

「えり、ざ?」

「何よ、ウリボー。その死人を見たかのような、失礼な顔は」

 

 どうして、こっちに……なんて質問をしようとした数秒前に、()()は現れた。

 

「ま、助けてあげたんだから、()()()()()

「……は?」

 

 巨大な触手。

 余りの気色の悪さに、形容し難い冒涜的な"何か"とでも言いたくなるそれは、強いて言えばタコに近いだろうか。

 

「アレ、連れてきちゃった」

 

 前方に ナイトメア。

 後方に 巨大ダコ。

 

 そんな状況に追い込まれたのだと、あっけらかんと笑って言ったエリザに、一言だけ述べてみる。

 

 

「ねぇ、待って。

 

 

 

 

 

 

 

 

                何してんの?」

 

 

 

 

 

 アサシンのお仕事完了まで、あと五分。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36話 閃刻の狂想曲

 
 受験関係が大分落ち着いてきたのとスマホ復活、生存の報告ついでの一話ですね。
 二次試験、気を抜かずにがんばろーと思いますので、本復活ではありません。
 活動報告の方へとコメントしていただいた方々には感謝の思いでいっぱいです。ありがとうございました。

 多分おそらくきっと絶対、話を忘れていると思うので二、三話前から読んでいただくことを推奨いたします。




 

 

 

 

『……うわぁ』

「なぁに、アレ。キモいんだけど」

 

 何とも比較し難いほどに嫌悪感を覚える巨大ヒトデダコを前にして、きっちり三秒ほど思考が固まった。

 どこか理解を諦めたかのようなニュアンスのため息がオルガの呆れ声に混じっていたのは、決して勘違いではないだろう。俺だって現実逃避したくなるぐらいには、目の前の光景を受け止めきれていないのだから。

 

「ウリボー、ボサッとしてないで下がってなさい! アンタもう限界でしょッ!?」

 

 ぼうっと呆けていた俺の思考を現実へと引き摺り上げたのはすぐ近くにいたエリザだ。自身の体も既にボロボロであるのにも関わらず、気丈に振る舞い続けるその姿勢には尊敬しかない。

 

『エリザベートの言う通りよ。さっきのは、本当に危なかった……次はない』

 

 戦況は先程と比べて絶対的に悪くなったと言える。

 その主な原因は二つ。

 警戒対象の増加。

 そして、足手纏いの追加。

 その両方が、嫌でも戦闘に対して向ける注意を散乱させる。特に後者はもう一つ大きな意味を持つ。

 

 守るべき相手が居る。

 それは時に実力以上の能力を引き出すトリガーともなり得るが、現実的な話をすれば弱点の増加に直結することになる。

 

 思えば、カルデアに来てから何度も同じ過ちを犯してきた。

 冬木では格落ちアーチャーに敗北寸前まで追い込まれ、ラ・シャリテでの戦いでは吸血公を抑え込めず、バーサーク・アーチャー戦で肉体は限界を迎えた。

 ランスロット相手に使う予定のなかった切り札を切らされる羽目になり、不調を抱えたまま要塞と化したオルレアンへと乗り込んだ。当然のように、シュヴァリエ・デオンとの対決で肉体だけでなく、精神的疲労がピークに到達。

 

 

 そうして、巡り巡って溜まったツケが

 

 

 

 

 マーラの負傷に繋がった。

 

 

 

 情けない。

 本当に、情けない話だ。

 いつまで経っても現在の自身の力量を見極められず、変に身についたプライドと自惚れと責任感に振り回されてこのザマだ。

 今も尚、過去に縛られ続けている。

 心のどこかで、この程度の相手なら負ける気はしないのだと…………

 

 

「…………クソだせぇにも程があんだろ」

『え——』

「いや、なんでもない。立香と合流する。護衛対象は固まってた方が何かと都合が良い」

『……了解よ』

 

 思考を切り替える。

 情けなさも屈辱も、後悔も反省も、全部ひっくるめて思考の海へと投げ捨てる。

 完全集中状態から数段階抑えた警戒態勢を築く。

 前者よりも精神的疲労度を軽減することで、戦闘可能時間を延長。指示を行える程度には、戦闘に関われるようにしなくてはならない。

 意識的に呼吸を深くして、精神状態を落ち着かせる。

 移動を開始するする前に、立香の位置は……と確認をしようとしたところでオルガから情報が伝えられた。

 

『立香なら、左方よ。マシュが近くで防御態勢をとってるから、そこまで行けば安全は確保されるはず……それより、戦況を確認するわ。後方の大ダコに清姫、エリザベートが対応中、ただ相手がかなり厄介ね。再生能力の高さが尋常じゃない上に巨体なのがよく効いてるわ。点を穿つ槍は当然として、清姫の炎でさえ表面をコンガリ焦がす程度にしか効果なし。正直、ジークフリートを当てたいところだけど……邪竜ファヴニールを取り込んでいるナイトメアに対してジークフリートは外せない。だから次点で——』

「私が働けば、万事解決ってことですね」

 

 思考を垂れ流しにするようにスラスラと状況確認を行うオルガに頼もしさを覚えつつ、ゾクッと武者震いにも似た感覚が俺の中に生まれた。

 一体コイツは()()()()()()()()()()()()()()()という期待感が湧き上がる。恐ろしいほどの才能の片鱗に触れて、思わず片頬が上がってしまった。

 知識量、情報収集力、分析力、魔術精度、リーダーシップに精神力、その全てがハイレベルであるオルガだが、何よりも成長率がエグい。このまま能力を高めていけば、いつか()()()にも届く日が来るのかもしれない。

 そんな未来はともかく、今は——

 

「何ぬぼーっとしてるんですか、結。話聞いてました?」

「お前が進んで過労死寸前まで身体を痛めつけるって話だろ?」

「いえ、そこまでは言ってないです」

 

 ふわりと宙へ浮かびながら、俺の頬をツンツンと突っつく魔王様に助けて貰うとする。

 急いで、こちらへと向かってきたらしい彼女の瞳に心配の色が見えるのは気のせいではないだろう。無駄に心配をかけたことについては、また今度謝らなきゃだな。

 

「んじゃ、指示な。清姫と連携して、タコの動きを封じろ」

「はぁ……私一人で十分だと思いますが」

「ぶっちゃけ、()()()()()()()()()()がどんな能力持ちなのか詳しくは知らねえんだよ。自分でやれそうなら、後は任せる」

「かしこまでーす」

『緩いわね……』

 

 かなり気まぐれなマーラがそこそこやる気を出してくれているため、幸い打つ手はある。こと戦闘面において基本的にオールマイティーなマーラがカーマに劣る数少ないポイント、それは炎熱系統の攻撃手段の有無だろう。

 雷ぐらいなら落とせるんですけどねぇ〜、なんて言っていた気もするが、シヴァの残滓である蒼炎を操るカーマには流石に敵わない。

 今回のような相手の場合、広範囲における凍結或いは燃焼が可能なサーヴァントがいると勝手が随分と楽になる。

 

『マーラが触手を断ち切る。そして再生が始まる前に、清姫が切断面の細胞を炭化させる……そういうこと?』

「そゆこと」

「仕方ないので、指示を聞いてあげますよ……あ、やっぱり、もう少しキツめの口調で命令っぽく言ってくれません?」

「ぶっとばすぞ」

「ケチんぼですね」

『言い方が無駄に可愛いのはカーマと似てるのね』

「……ま、可愛げがないわけでもねーしな」

「結……突然デレられると、心臓に悪いので罵倒するなら、しっかり罵倒しきってくれませんかね」

「マジで何言ってんの、お前」

「照れてるとこ見られたくないんですよ、察してくださいおバカさん」

「そっちこそ、急に可愛げ出してくんじゃねえよ。襲われかけたことは忘れないからな?」

「くそぅです」

 

 唇をとがらせ、不満げにつぶやくマーラは今もなおふわふわと俺の肩あたりの高さを体育座りの姿勢で漂っている。

 ピニクックの道中のような和やかさを伴う雰囲気の俺たちであるのだが、当然現在地は激戦地のど真ん中だ。こちらの手が足りているわけでなく、余裕はもちろんない。

 よって。

 

『お言葉が汚いわよ、マーラ。それと——』

「お前が言うのもな……んじゃ」

 

 

『「右方、よろしく」』

 

「言われなくとも」

 

 次の瞬間、ズドンッ、という重音が空気を揺らし、頰をピリピリと麻痺させた。

 立ち込める砂煙。

 数秒後、晴れる視界。

 横薙ぎで迫って来ていた巨大な触手をマーラが片手で受け止め、嗤っていた。

 

「では、少々嬲らせて頂きます」

 

 意外と重たかったですよ、とつぶやいて、マーラは何も存在しない空中から多数の剣を生み出して放出する。

 無造作に、闇雲に物量に任せて攻撃しているように見えて、高速で舞う全ての刃に意味があり、無駄がない。

 恐ろしいほどの切れ味を持つ剣の舞で、マーラが片腕で受け止めていた触手を十六等分ほどにして引き剥がすと……

 

「そこっ、避難なら……早くしてくださいっ!」

 

 飛び込んできた清姫が即座に爆炎を叩き込むことで、再生の間を与えることなく触手を全て焼き払う。

 両者やるべきことは理解しているようなので、清姫の言葉に従いさっさと立香の元へと退避するとする。チラリとナイトメアがいた方へと視線を向けてみれば、相も変わらずジークフリートが真正面から殴り合っていた。タフだなぁ、アイツ。

 

「タゲ取り問題なし。立香のとこまで移動するぞ」

『了解よ』

 

 幸いなことに大ダコが庭園へと来てからは、ナイトメアが無差別攻撃を控えるようになったため、身の安全はそこそこ保証されているはずだ。

 マーラが俺の危険を二度も見過ごすとは考えられないので、万が一があっても恐らくどうにかなるだろう。一応、時間をかけずに移動しないとな。

 

 そんなことを考えつつ、俺は警戒態勢を保ちつつ移動を開始した。

 

 

◆◇◆

 

 

「さてさて、無事に合流できたようなので、そろそろ私も自由にやらせてもらいますか……そこ、巻き込まれたくないのなら、少し下がっていてくださいよ」

「……援護は不要でしょうか?」

「ええ、十分助かりました」

 

 ……残り三分、ギリギリ足りますかね。

 心の内で少し不安気につぶやいた。

 そして、清姫が視界の隅である程度後退したことを確認してからマーラはパチンと指を鳴らした。

 

 瞬間、岩石を押し固めて作られた巨大な"棘"が、地表を突き破るようにして出現し、大ダコを串刺しにしていく。 

 完全に動きを封じ込めてから、空へと武器を展開。

 まるで指揮棒を操るかのように腕を振るマーラの動きに合わせて、数百本にも至る剣が、槍が、円刃が大ダコに降り注ぐ。

 マーラは衝撃によって舞い上がる火の粉を気にも留めずに、悠々と怪物に近づいていく。

 

 異形の怪物が発する狂気的な叫び、苦悶の声に薄ら笑いを浮かべてみせる彼女の姿は確かに魔王の名に相応しいといえるだろう、

 

「……さてさて、図体がデカイだけで愚鈍な貴方のような怪物はこうなると無力ですよねぇ……どうやら貴方には不死の呪いはかかっていないみたいですし」

 

 ゆっくりと、殊更にゆっくりと絶望が迫る。

 

「精々、死なずに良い声で鳴いてくださいね♪ 私、あの子と違って優しくないので……」

 

 冷たく微笑って、呟いた。

 

「手加減、間違えたらごめんなさいね?」

 

 次の瞬間、彼女の周囲が黒霧に包まれた。生み出された黒霧——禍々しい瘴気にも似た魔術による霧がマーラを覆い、巨大ダコを覆い、そして後方の清姫を巻き込んだところで滞留する。

 まるで、誰かから姿を隠すように生み出されたその霧の中で、マーラの姿が変貌する。

 

 ()()()()を最も近くで、そして唯一見ていた清姫は後に語る。

 あれは、手に負えない存在——人智の理解を遥かに超えた先にある何かだと。

 

 

 死を司る天魔。

 逸話と異なりそこに愛はなく

 故に獣性はなく

 削ぎ落とされ、選り抜き続け

 

 

 最後に残った彼女の力は——

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「え、何あの霧!?」

「あの野郎、何しやがった」

『野郎じゃないけど……本当にやってくれたわね』

「えっと……何が起こっているのでしょうか?」

 

 

 黒霧が巨大ダコを覆った様子を見て、スッと遠い目をしたくなったが耐えた。隣で立香が目を丸くして居るが、彼女の前で俺が動揺しすぎるのも良くないと判断したからである。

 それはそれとして。

 本当に何やってくれてるんでしょうか、あの子。

 オルガも俺と同様にその霧の異常性に気がついたのだろう。こめかみに手を当ててため息を吐く彼女の姿を幻視した気がした。

 

『む、結くん、立香ちゃん、二人とも無事かい!?』

「無事だけど、どうした?」

「私も大丈夫だよ。マシュも無事!」

 

 戦況を確認し続けているはずのロマニから、突然の生存確認を受けてマーラが碌でもないことをしていると確信する。

 恐らくだが、あの霧にはオルレアンに張られていた結界に近しい観測遮断の効果がある。

 マーラが全力を出す為に観測遮断或いは存在隠蔽などのサポートが必要だということは、薄々勘づいていたのだが、まさか自前で用意しているのは想定外だった。

 

『動揺してすまない。君たちの近くで突然、広範囲のデータが完全にロストした。同時に清姫とマーラの魔力反応も消えているんだけど……うん。結君の顔からして、君達が原因か……さっきのマーラの妨害での通信不良も完全に回復したわけではないからね。無事ならそれでよかった。現場判断を最優先で頼むよ』

「いや、今回のもさっきのもマーラの独断なんだが」

『無駄よ。日頃の行いを省みてから抗議しなさい』

「そこまで言われるほどのことしたか?」

『所長の声が届かないのは、会話を進めるのに少々面倒かもしれないね』

「少なくとも、今は大したこと言ってないから大丈夫」

 

 対策を考えなきゃかな、と言葉をこぼしてからロマニが伝える。

 

『あと一分……本当に大丈夫なんだね?』

 

 同じことを聞きたかったのだろう。立香がわかりやすく視線をこちらへと向けてくるのに、ほんのり和みそうになったが抑え、不敵に笑ってみせる。

 

「俺のアサシンを信じてろよ」

 

 彼女ができると言ったのだ。

 ならば、問題なんて一つもない。恐れることなど何もない。

 

 左方にジークフリートとナイトメアの怪獣大決戦、右方に禍々しい黒霧の塊。

 その戦況を眺めること数秒間。

 完全に硬直状態となった二つの戦場は、耐久戦を仕掛けた俺たちの勝利を確定させようとしていた。

 

「問題、なさそうですね、先輩」

「うん。結を信じるなら、あと少しで……」

 

 お前ら、それフラグッ!? なんて、言うことは出来なかった。

 なぜなら——

 

 

 

 

「ちょっと、アマデウス! 何消えそうになっているの? シャキッとしてくださいな」

「ま、マリー、僕もう割と本気で死に体なんだから、多少消え去るぐらい許してくれないかい? 多分きっと、僕という天才を失うことに悲しみを覚える人達もいると思うが、それ以上に僕という糞野郎が消えることで幸せを感じる糞共だって沢山いると思うのさ!」

「糞野郎が死んで糞共が喜ぶのですか。どうあっても、糞が存在するとは全く難儀な世界ですね」

「そこっ! 僕の糞野郎発言をサラッと肯定しないで欲しい。いや、糞野郎に変わりはないんだけどね!」

 

 クソクソうるせえよ、クソ野郎。

 クソがクソなことはクソでもわかるクソみてぇなもんじゃねえか、クソ過ぎてゲシュタルト崩壊も起こさねえぞ、クソが。

 

「ァァァアアアアアア!!!」

 

「君、本当にしつこいな!? 逆に僕のこと好きすぎはしないか!?」

 

「ガァァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「アマデウス! あんまりサンソンを怒らせないの!」

「君はまだアレをサンソンだというのかい!? どう見たって、人の原型を留めていない何かじゃないか!?」

 

 

 

 なんか、きた。

 

 

 スッとオルガと二人で遠い目をしつつ、立香とマシュに第二級フラグ建築士としての資格を与えることを決めた。

 え、第一級? 俺だけど何か?

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「残り三十。ラスト耐え凌ぐよ、マシュ!」

「はい。マシュ・キリエライト、前に出ま——」

「——ッ、二人とも下がれ!」

 

 不意を突かれた形になったが、立香の対応に遅れはない。戦意は十分。集中も出来ている。賞賛すべき対応力だが、今回の相手は何かおかしい。

 直感に任せて警告をして、俺自身も後方へと下がる。

 

 黒く悍ましい何か。

 巨大ダコとは違い、意味のある形をとっているわけでない異形の存在。

 液体と個体の中間のような質感の肢体。所々から生えた触手に、置いてあった物を手に取って、適当に身に着けたかようなメチャクチャな人体構造。

 曲がらない角度へと曲がった関節に、捻れた頭。

 闇が蠢き、動きの度に形が崩れる。

 すると、その何かはヒトの形へと戻ろうと凝縮していくのだが、時間が経つとノイズが走ったかのように身体を震わせる。結果的に再びその形は崩れ落ちることになるという繰り返し。

 

 その様子を直視してしまった立香とマシュの顔色が一気に悪くなる。

 精神衛生的に悪い目の前の怪物がどこから湧いてきたのかなど分からないが、どうせ碌でもないことなのだろう。知りたいとすら思いはしない。

 

 怪物の前方、その集団の最前列を走るはガラス製のウマに乗るお姫様。

 腕から血がドバドバ溢れていて痛々しいのだが、その後ろに仰向けで載せられているクズの方が、王妃様と比べるのがアホらしいほどに酷かった。

 胸にある拳大程の穴。くり抜かれたようなその傷を筆頭に裂傷が多数。魔力も尽きかけ、霊核にもダメージが入っているらしく、左腕の先端は光の粒へと変わりつつある。何でアイツ生きてられんの、マジで。

 そして、最後尾。

 殿を務めるは鉄壁の聖人。

 流石というべきか、致命傷が一つもない。代わりに致命傷以外が大量発生。コス○コも目ではない程の擦り傷のバーゲンセールを起こしているのはご愛嬌だろうか。ふざけんな、ご愛嬌であってたまるか。タフガイすぎるだろ。

 

「オルガ、カウントダウン頼む!」

『え、うん。わかった——二十四、二十三』

 

 満身創痍の彼らを前にして、身体が動いた。

 勝算……そんなことを考える余裕もなかった。

 叫んでから、走る。立香の近くにいたマシュの元へと辿り着いてから、警棒を取り出して様子を伺う。

 

 恐らく、体内時計は正確な方だ。

 俺にとって、代償強化の使い手にとって、制限時間をあえて設けるということは代償強化の効果を引き上げる手段の内の一つだったからである。

 それでも、敢えてオルガにカウントを任せたのは、そこに割くキャパすらもが邪魔だったからだ。

 

 息を吐く。

 

 ——あと二十秒、凌ぎ切る。

 

 そして、爆発的に思考を加速させた。

 限界ギリギリまで、倒れるほんの一歩手前まで。

 休んだこの数分間で回復——はしてねえ……温存した気力を全て注ぎ込んで加速させる。

 

 近接戦闘は仕掛けない。というか、仕掛けられない。普通なら何の耐性もなく触れていい相手とは思えない……が、俺ならいけるか。手元には警棒のみ。その他は何もない。最後の令呪は使えない。今切れる札は全部使い切った。体力もない。気力は言わずもがな、魔力はほんの少しだけ残っている。オルガにガンドを頼むか? 攻撃手段としてはそれぐらいしかない。けどガンドごときで止まる相手ならゲオルギウスがいいようにされるとは思えない。注意を引くのは前提条件だ。これ以上三人に負担はかけられない。いや、本当にそうか? ゲオルギウスだけなら戦えないこともない。マシュも加えたら防御性能が高い近接タンクが二人。耐久戦にはもってこいの布陣になる。時間はもう後少しだけ。倒せなくていいなら、それで良いのか。ゲオルギウスとマシュを2枚並べてブロックを組ませて、オルガがサポートに入る。最善手は本当にソレか? 残り時間程度ならその方法で耐えきれんのか? けれど、だったら、どうして——

 

 

 

 俺の本能はマシュを後退させた?

 

 

 こと、俺が行う未来予測に於いて、理由もなき本能の結論は推察によって研ぎ澄まされた理性の判断を正確性で絶対的に上回る。

 

 もしかして、何か特別なことを仕掛けてくる?

 その思考と同時に、本能が警鐘を鳴らした。

 感覚が、死の匂いを思い出す。

 走馬灯のように、彼女が、マーラが操る概念攻撃が脳裏に浮かんだ。

 

 

『——二十一』

 

「立香、マシュのすぐ後ろにくっつけ! 絶対離れるな!」

「……?」

「早くしろ! マシュ、絶対その盾離すなよ!」

「結さん!?」

 

 崩れ落ちる肉塊。

 顔もないのに、ヒトですらないのに。

 ソレが笑った気がした。

 

 死が膨らむ。

 殺意が爆ぜる。

 周囲全ての生者に彼の本能が、存在を賭けて牙を剥く。

 

『十八、十七——』

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!!」

 

 脳内に響くカウントダウンを掻き消すほどの絶叫が、魂を傷つけるかのような痛みを伴う嘆きの声が、その戦場に響き渡る。

 堪らず、耳を塞いでしまった時にゲオルギウスと目が合った。

 

「…………!」

『十四——、結?』

 

 余りの絶叫に、遠く離れていたジークフリートそしてナイトメアの動きまでもが止まる。

 たった二人を除いた全ての存在の注意を引きつけた後に、怪物が魔力を高めていく。

 

 そして、その怪物はナイトメアが城の上部を消し飛ばした時と同様かそれ以上の魔力を蓄えてから、満を辞してとでも言うかのように()()()

 

 それはもう、盛大に。

 周囲にいた全員を軽く吹き飛ばす程度には勢いよく、ダイナマイトのように。

 

 ただ、爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 吹き荒れる殺意の風。

 大地が廃れ、植物は枯れ、炎は絶え、人が死ぬ。

 死の概念が波動として伝わり、直接各々の身体を蝕んでいく。

 常人が受ければ即死であろうその一撃に立香が膝をつく。

 それでも即死とまではいかなかったのは、結んでいた縁に助けられたからだ。

 あらゆる厄災から主を守るシールダーとの契約が、殺意の奔流から自我を守っていた。

 

 膝をついた立香は胸を押さえつけるようにして、呼吸を荒くしていた。青ざめた顔が、普段は太陽のように眩しく無邪気な笑顔を浮かべるその表情が、苦痛で歪む。

 

 立香だけではない。満身創痍だったマリーも、アマデウスも、そして精神疲労の激しいマシュもが意識を保つことで精一杯になり、戦線の崩壊は間近となる。

 

 けれど、まだそれで終わりではなかった。

 

 なんとか顔を上げたマシュの視線の先には、再び魔力を高めていく怪物の姿があった。

 

「——ぁ」

 

 これは、()()()()()だ。

 マシュの少ない戦闘経験が、けれども確かに少しずつ積み上げてきたその経験が言う。

 

「……めて、……さい」

 

 涙がこぼれる。

 傷つくことではなく、失うことに対しての恐怖がマシュの身体を雁字搦めに縛り付けた。

 

 やめて、ください……と音にならずに宙へと消えた彼女の懇願を背負って——

 

「ご安心を。私がいる限り、貴方達の命は奪わせません——守護騎士の誇りに懸けて」

 

 竜殺しの聖人が立ち上がる。

 その赤銅の鎧が赤い輝きを放ったかと思えば、ゲオルギウスの魔力反応が増大する。

 

 何かしらのスキル、英霊としての能力を解放したのだろう。シュヴァリエ・デオンが筋力を引き上げた"自己暗示"もその一種。

 ゲオルギウスはスキルの恩恵により、頑強さに磨きがかかるのだが、今回に関してはそれは副産物のような物。本当に必要だと考えた効果はもう一つの方だった。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎ッ! ⬛︎⬛︎ァァ⬛︎ァア⬛︎アアア!!」

 

 デコイ。

 この場に於いては要するに、自己犠牲であった。

 

 魔力を溜め込み、無差別に死を撒き散らした先程の自爆擬きとは違った。

 皮肉にも意思すら失った虚の身体であるサンソンの中に、意図してある対象を必ず殺すのだという矛盾にも似た怒りが宿る。

 

 目の前の男を殺すのだと。

 その破綻した願いを以て、再び死の波動が放たれる。

 対象が一人になった分だけ、先程よりも圧倒的に密度の濃い死の力をゲオルギウスは寸分たりとも表情を崩さずにその身一つで受け止める。

 

 一秒、二秒、三秒と耐えた所で膝をつく。

 

 

 

 その様子を見て嘲笑でもしたかったのか、崩れた身体を震わせる怪物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その肩らしき場所へと()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⬛︎⬛︎⬛︎?」

 

 

 

「『——ゼロ』」

 

 

 背後に回った俺の右腕が、

 

 その手に残る最後の令呪が、

 

 放たれた紅の輝きを以って、逆襲、或いは決着の刻を告げていた。

 

 




 
 次回 決着



 三日間 同時刻に連投します。
 気が向いた方はどうぞよろしくおねがいします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37話 ご褒美

 
 
 ひさしぶりのイチャつきを書けて満足。
 カーマさんに尊みを感じた人は是非とも感想と評価をお願いいたします。

 誤字脱字報告感謝です。



 

 

 

 

 死へと誘う魔の暴風。

 その影響を俺が殆ど受けなかったのは、契約している魔王様の加護によるものだろう。

 

 殺す者 マーラ。

 愛の神 カーマ。

 

 彼女らとの契約により、俺の身体は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのため、俺は目の前の怪物の広範囲攻撃を目眩しとして利用して、全速力でその場から一時離脱した。

 マシュ達が耐え切れるかどうかは少々怪しい部分もあったが、一瞥して少なくとも生きてはいることを確認できたので、すぐさま思考から心配の念を除外する。

 

『九——』

 

 大きく弧を描くように距離を取りつつ、死角へと回り込む。警戒……いや、本能のままに周囲へと死を撒き散らすあの怪物に、そのような意識などないのかもしれないが、相手の知覚可能範囲を抜けたところで足を止めた。

 

『七——』

 

 先程、好機を作ると視線で宣言してきたゲオルギウスに対して動揺の方法で合図を送り返す。

 同時に俺は怪物の方向へと真っ直ぐに歩き始めた。

 気配を消して、魔力を隠して、不自然に自然にならないようにゆったりと歩く。

 

『五——、四——』

 

 再び死の波動を放とうとする怪物の前に、意図した通りの光景があった。

 ゲオルギウスのスキルにより、彼へと被害は集中して致命的な損失は免れる。

 

 彼の稼いだ三秒間。

 それを笑った目の前の"何か"を許すつもりは微塵もない。

 

 

「『——ゼロ』」

 

 

 光り輝くは、最後の令呪。

 

「全力を許可する。好きにやれ……()()()

 

 この瞬間、俺達の勝利は確定した。

 

 

◆◇◆

 

 

 紅く鮮烈な令呪の輝きはいつからか、眩く温かな金色の光に変わっていた。オルレアン城跡全域を覆うほどの範囲に広がった輝きは次第に強さを増していき、戦場で争いを繰り広げていた全ての者達を平等に照らす。

 幾度となく鳴り響いていた金属音は消え、砂塵が地へ還り、猛火が収まり、黒霧は晴れる。

 

 優しい光が弱まって、戦闘を再開する——その前に。

 

 

「お久しぶりです、マスターさん。私が居なくて寂しくはなかったですか?」

 

 

 忽然として現れた一人の少女に目を奪われた。

 その姿は普段の装いから大きく変化していた。

 夜を溶かした黒紫のベース部分は汚れなき眩しい純白へ、金の装飾具はそのままに一回り大きくなったサンモーハナの首飾りが燐光を放つ。

 胴部に浮かぶ花弁の模様は色合いを透き通った青に染めており、手に持っているのは純白と黄金に飾られた花の大弓。

 第一段階での素朴さが目を引く弓でもなく、第二段階で扱う紫と金の弓よりもさらに一回り大きな彼女の持つ本来の宝具。

 

 どこかのバカとの因果関係を引きちぎって善悪がどうこうなどという制約をぶち壊し、どこぞの変態と人格を完全に分離して霊基を与えることで自身の体から追い出した。さらに、結界に用いられていた聖杯の魔力、そして其々の願望を飲み込んだ。

 

 条件成立、過去最大の燃料充填完了——故に。

 

「アーチャー、カーマここに参上しましたよっと。どうです? 私もこれなら清純路線で勝負できそうだと思いません?」

 

 今だけは、彼女は擬似サーヴァントですらない。

 それでも依代の少女の姿として存在しているのは、結の好みとして擬似サーヴァントであったアサシンの姿が当たるからだろう。

 その魔力は計測不能域を優に超えて、神格は地上に顕れ得る最高域に達した。

 本来、様々な制約を受けるはずの神霊降臨をデメリットなしで行ったカーマの強さは正直言って、比較対象が()()()()()()()()見つからない程度にはエグい。 

 

 簡潔に言えば、彼女は今現在この瞬間においてのみ、純然たる神そのものであったのだ。

 

「初心なのは前から知ってるぞ?」

「いえ、そういうことではなくてですね……その——」

「似合ってる。可愛いよ」

「あぅ…………えへへ」

『疲れが吹っ飛ぶって、こういうことを指すのね』

 

 褒めてもらいたかったが、それを直接言うには恥ずかしかったらしいカーマが茶化したようにアピールをしてきたので直球で賞賛してみた。

 次の瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まる。そしてパタパタと手で風を送って目線を逸らすこと三秒ほど。やっぱ無理です、顔が緩みますと両手で顔を覆ってしまう。

 

「やばい、軽く死ねるわ。マジ天使」

『同意よ。後でロマニに動画データを送ってもらいましょう』

「天才か!」

『褒め称えなさい』

「貴方達、結束高まり過ぎですよね!? 私のせいですか、これ!?」

 

 アサシン関連になった瞬間にポンコツ化するオルガは置いておいて、流石にそろそろ俺たちの騒ぎに気を取られていたサーヴァント達が我を取り戻し始めた。

 

 ナイトメアが、黒霧から解放されたボロボロの大ダコが、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()目の前の怪物が激昂する。

 灼熱が、有毒の粘液が、殺意の渦が。

 その全ての攻撃がカーマが指を鳴らしただけで掻き消える。

 

 上機嫌に鼻唄を歌いながら、パチンともう一度彼女が指を鳴らした。

 

 ただ、それだけで——

 

『コレは……』

「うん。やっぱり、()()()()()()()()()()

 

 温かな光がカーマの指先から溢れ出し、この場に居た全ての戦士達の身体を包み込んだ。

 そしてその光は、ありとあらゆる傷を癒し、疲労を和らげ、魔力を満たしていく。

 ジークフリートの負った裂傷が、マシュにかかっていたストレスが、立香の削られた体力が、エリザの右腕に重症患者のアマデウス、死に飲み込まれかけたゲオルギウスまでもが完全回復へと向かう。当然、中身がぼろぼろの俺も同様だ。

 

 誰かが声をかける間すら空けずに、カーマは俺を見て微笑んだ。

 それは自慢げに成長した姿を見せる子供のような笑みであり、見守っていた者達に感謝を告げる慈愛の笑みにも見えた。

 

 そして——

 

「コレで、仕上げです♪」

 

 光に包まれた怪物の姿が変貌する。

 光に包まれた大ダコが絶叫する。

 光に包まれたナイトメアが涙を流した。

 

 眩しさに目を背けてから、数秒後。

 俺の目の前には、穏やかな表情で寝息を立てる白髪の青年が横たわっている姿があった。

 

「敵方のアサシン……ってことは!」

『ジャンヌ!』

 

 呪いからの解放。

 聖杯を以って行われていた外道魔術がカーマの手によって解かれたのだろう。先程まで、ジャンヌ・オルタ・ナイトメアが立っていた場所へと目を向ける。ジャンヌを取り戻せるか、と期待したがそこまで簡単には行かないようだ。

 平然としたような無表情のナイトメアを見てから、カーマに疑問の意を目で送る。

 

「私が解いたのは、張られていた結界に関する呪いだけですからね……別に、一瞬で引き剥がしても問題ないですけど、マスターなら()()()()()を御所望すると思ったので」

「成程ね。それじゃ……やりたいようにしてくる」

「はい。私はあのエロゲ生命体製造機に用があるので、少しお話してきますね」

 

 そう言うとカーマは巨大ダコ状態から狂信者へと戻った大男の元へと歩いていく。近くにクスクス笑うマーラも居るので、視覚的天国にいる大男には嫉妬しそうになった。後でそっちに行こうと誓ってから、歩みをナイトメアの方へと向ける。

 

『どうするつもり?』

「んー、最終的に引き剥がすのは変わらないぞ。見てりゃ、わかる」

 

 魔術回路に魔力を通す。

 

 全身に走る電気の流れたような刺激にビクッと身体を震わせて、それでも痛みが走らないことに感謝する。

 警戒態勢を崩すことのないジークフリートに少し退いてもらうと、もう目の前に彼女が立っていた。

 アサシンの放った光に包まれてからは、戦意を見せることなくぼうっと呆けっぱなしのナイトメアの頭へと左手を載せた。

 

 やることは決まっていた。

 高めて、分けて、落とし込む。

 ちょっと魔力が尋常じゃないぐらいに必要で、ちょっと頭のおかしいぐらいの権限を持たなきゃできないだけの、そんな簡単なお仕事。

 

 

 代償:必要量の魔力——転嫁対象・カーマ

 

 

 存在接続。

 カーマを通して、全身に膨大な魔力が流れ込む。

 使っても使っても無くならない程の膨大な魔力の奔流を全力で繊細に操作し、惜しむことなく次々と使っていく。

 

 

 

「君の願いを俺が認める」

 

 概念強化(願)

 

 

 

「君の役割を俺が認める」

 

 存在分離(心)

 

 

 

「君の生誕を俺が認める」

 

 英雄作成(偽)

 

 

 

 ここからだ。

 カーマには、後で目一杯叱られるとしよう。

 

「無窮の誓いの下、我が盟友——()()()()()()()()()()()()、ここに宣言する」

 

 リミット解除。

 人の身にして、神の御業をここで成す。

 その為に、あの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の力を借りる。

 

 

 

 代償強化・概念補強——制限共有対象・シヴァ

 

 

 

 

 

「君()が、ジャンヌ・ダルクだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ドッと身体に倦怠感が押し寄せる。

 抵抗することすら許されずに、思考が闇へと落ちていく。

 

 最後に——

 

 

「……のつもりよ…………って、あぶなっ! 勝手に生み出して、何倒れ——」

 

 

 誰かと同じ声、けれども誰とも違った意志を持つ彼女の声が聞こえてきたため、安心した。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 陽だまりの中で目を覚ます。

 

「……おや、お目覚めですか? マスターさん」

 

 優しく甘いささやき声とふんわりと心を包み込むように髪を撫でる手つき、心地の良い柔らかさの腿。控えめに言って、天国がここにあった。

 

「……ん。もーちょい、休むわ。流石に体が重てえ」

「それは、仕方ないですねえ〜。仕方ないので、存分に私の膝枕を堪能してください」

「さんきゅー、カーマ」

『ま、今だけはそのイチャつきも不問にするわ。お疲れ様、結。それと助かったわ。ありがとう、カーマ』

「おう、そっちもな」

「……ま、まぁ……ついでです。マスターを助けるついでに偶然、全員助かったってだけですし……いえ、だからといってご褒美がいらないわけではないのでその手に持ったボンタンアメの箱を仕舞おうとするのはやめてくださいマスター」

「照れんなっての。ほれ」

「…………むぐ……ん……甘い、です」

『私、結局食べたことないのよね。それ』

「日本人でも食ったことあるやつの方が少ないんじゃねーの? 知らんけど。いつか機会があれば食わせてやるよ」

『そうね。いつか……ね』

 

 しみじみとした雰囲気が流れてしまったので、気分を変えようと話を変える。

 

「で、今どういう状態?」

「そうですね……大体全部終わっちゃいましたよ」

『カーマのおかげで敵戦力は完全に無力化。こちらは全回復、寧ろここまでお膳立てされて失敗する方が難しいわよ…………結局、マーラに伝えられた通りになったわね』

「アイツもコイツも俺を害するような行動は絶対取らねえからな。そこに関しちゃ疑ってなかったよ」

「…………」

『信頼されていて嬉しいのはわかるけど、そこまでわかりやすく照れなくてもいいんじゃないかしら?』

「しゃらっぷ」

『はいはい』

「はいは一回です」

『はーい』

「返事は伸ばさない! ……って、子供ですか!? 私、お母さんか何かですか!?」

「パパって呼んでもいいぞ?」

『ぶち殺すわよ、パパ』

「そこっ! 散々イジってスルーは酷くないですかね!?」

 

 わいわいがやがやと賑やかそうにしているオルガとカーマを微笑ましく思いつつ、俺は意識をあのときへと向ける。

 

 

——————場面はマーラが戦場へと現れた頃まで遡る。

 

 

『それで、伝言でしたっけ?』

『おう。わざわざ戦力分散させてんだ。カーマは何を見つけた?』

『簡単に言ってしまえば、核、ですね。この結界を生み出している術式……つまりは——』

『……二つ目の聖杯、かしら?』

『へぇ……正解です。現在、彼女はこの城の地下深くに存在していた聖杯のそばに居ます。目的は、()()()()()()()。ぶっちゃければ、ハッキングです』

『……カーマには悪いけど、キャスターですらないのにそれはいくら何でも不可能よ?』

『——そう思いますか、結?』

『…………普通なら、な。だが、カーマが言うなら…………ああ、そうか。そういうことか! 欲望操作……確かに、そこ限定なら……うん、だから! ……だから、お前は——こっちに来る()()()()()()()()

『完璧です』

『……どういうこと?』

『つまり、マーラは余分だった、必要じゃなかった、邪魔だった、居てはならなかった』

『あの、泣きますよ? 私、本気で泣きますからね!?』

『冗談。居なきゃ困る。死んだら泣くぞ? 俺が一番好きなのは、カーマでもマーラでもなくアサシンだからな』

『……泣いていいですか?』

『結局泣くのね……って、違う、そうじゃない。マーラが邪魔だった——つまり、カーマはカーマだけでなくてはいけなかった?』

『そう。なぁ、オルガ。カーマって元々何の神様だったか知ってるか?』

 

 

——————

 

 

『リグ・ヴェーダ。古代インドにおける最古の聖典では、確かにカーマは宇宙創造の原動力とも言われているね。原初の存在——ありとあらゆる存在が持つ意志、即ち欲望の原点そのもの。その観点から見ると今回の結界に関して言えば、根本的な能力の所有権は本来、カーマの下にあるものだった。キャスターとして格の低いジル・ド・レェが、カーマ本来の土俵の上で真っ向勝負をしたとすれば、か。カーマは結界に用いられた術式に介入し、その制御権を奪い返すことが比較的容易にできた……そういうことで良いのかい?』

「大体合ってますね。制御権さえ取り戻してしまえば、もうここは私の領域です。神だろうが何だろうが、この結界内で私に敵うものはインド関連の奴ら以外に居ませんよ。私の世界——やりたい放題やっても咎められないので、とりあえず私自身の存在を神に近づけてみました……改めてどうです? 結にも初めて見せますよね。この姿は」

「神。天使。小悪魔。無理……尊い」

「限界オタクやめてください」

「可愛いよ」

「……直球過ぎるのもダメです。その……心臓が、保ちません」

「中々の無茶振りだな」 

 

 茶化しちゃだめ、直球だめ、でも褒めてとのこと。そんなところすら可愛く思えて仕方がない。

 

「コホンッ、補足があるとしたら、マーラとこの逸話は被っていないので邪魔でしたから追い出した、ということぐらいでしょうか?」

「ハッキングの所要時間が、一時間弱。それが終わっちまえば、チェックメイト。指を鳴らせば傷は癒えるし、柏手を打てば瞬間転移。生かすも殺すもコイツ次第。ま、流石に魔力に限界はあるだろうけどな」

 

 ロマニと情報を交換しつつ、今回の戦闘の全容を確かめていく。

 結果だけを見れば、こちらはサーヴァントを含めて全員が生存したまま戦闘を終えた。完全勝利と言いたいところだが……当然ながら、反省点は幾つもあるので、カルデアに帰ってからもう一度鍛え直さなくてはならない。

 

「あ、そういえば、マスターさんにはお土産があるんでした」

「はい? 土産?」

 

 名残惜しくも膝枕から離れてロマニとの会話を進めていた俺の脇腹をカーマがツンツンと突く。そうやって俺の注意を引いてから、忘れてましたと前置きを入れて軽い雰囲気のまま言った。

 

「はい、どーぞ。()()です」

「おう、さんきゅー……聖杯……せいはい? What?」

「ハッキングついでに盗んできました。要りますよね?」

「いや、要るか要らないかで言われたら要るけどさぁ……お前さぁ……うん。まあ、いいか。ありがとう」

「因みに、あのクソゴリラの力を借りた件については、後でまたお話があるので覚悟していてくださいね?」

「ヒェッ」

『『ちょっと待て』』

 

 時空を超えて、二人のツッコミがシンクロした。拍手でもしてやろうか……怒られるのは目に見えてるけど。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「で、いい加減そろそろ話でもするか?」

「……ええ、そうね」

 

 カーマを何やら騒いで笑顔を見せていた立香達の下へと向かわせてから、少し離れた場所で黄昏ていた一人の女性に声をかけた。

 

「……アンタ、私に何したの」

「直球だな。ワンクッション挟んだ方がまろやかになるぞ。人間関係、そういうのって結構大事。具体的に言えば、それほど親しくない友達の友達と話す時とか」

「はぐらかさないで……いい加減、私だってわかってる。あの女に暗黒面なんてない。狂ってるとしか思えないけど、アイツは一切自分を殺した祖国のことを恨んでない! じゃあ、私は何? 過去の記憶もない。姿形だけが同じの空っぽな人形? そんな人形に同情でもしたのかしら……殺すわよ?」

「無理だな、それはできない。わかってるくせによく言うよ……同情? ()()()()()()()()()()? 俺は偽善者で、独善者だ。『君の立場になったことがないから、同情なんて軽々しくしないよ』……善人じゃねーんだ、そんな()()()()()()()()。俺は俺が守りたいものだけ守れれば、それ以外はどうでもいい。やりたいことをやるだけだ。全てを救えるなんて思ってもねぇし、救いたいとも思わない」

 

 けどな、と一拍置いて、勢いそのままに本音をぶつけていく。

 

「最初にお前に会ったときに決めてたんだよ。お前は絶対に……余計な世話だと言われても、お節介だと言われても、自己満だろうってわかってても、お前は救うって決めてたんだ」

「どうし——」

「こちとら気分良く、特異点の散策——新婚旅行の真っ最中だってのに、殴ったところで気分が悪くなるばっかの信念捻じ曲げられた相手しか出てこない。気に食わねえ、ウザったいにも程がある」

「何を、意味わからないことを——」

「お前は何がしたかったんだよ?」

「え……」

 

 沈黙が場を埋める。

 少しして、躊躇いながら彼女は口を開く。

 

「私は、私の願いはこのフランスを——」

 

 その言葉を待っていた。

 ニヤリと片頬を上げて、心底愉しげに笑って言ってやる。

 

「ダウトだ、黒聖女」

 

 目の前の女性——竜の魔女、ジャンヌ・ダルクの動きが固まる。

 

「あの結界、悪趣味にも程があるクソみたいな性能だったが、一つだけ今なら感謝できるものがある」

 

 ジル・ド・レェの願いは、フランスに恨みを抱いたジャンヌ・ダルクをこの世に産み落とすこと。

 そして、二つ目の聖杯によって組み上げた結界の術式によって、彼はジャンヌ・ダルク(黒い方)を暴走させるつもりだったのだろう。

 具代的に言えば、フランスを滅ぼすまでの超強化、とかだろうか。

 けれど、そこに誤算が生じた。

 ジル・ド・レェがジャンヌ・ダルク(白い方)の異常性を見誤ったのだろう。

 恐らく彼は、彼の望むジャンヌ・ダルクを創るために聖女の骨か灰などの遺物を利用したのではないだろうか。少しでも、身体のほんの数%だけでも本物の聖女の身体が含まれているのならば、本物の魂が宿る——そんな願望、救いを求めて魔術の行使をしたのならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 たったほんの僅か数%に宿った残留思念が、刻まれた想いが、薄れ薄れて本流から遠く離れた末端に残る一つの感情が……けれど、それでも、キャスターの悍ましいほどに強い執着なんかより、遥かに強かったのなら。

 ありえない。馬鹿げた話だ。

 キャスターの様子を見れば、誰しもがそう思うだろう。アレの執着は確かに異常だ。

 だけど、考えてもみろ。

 聖女を信仰していた者が、裏切られた聖女のことを思って道を踏み外す……なんとも、筋書きに納得のいく話だと思わないか?

 自分を殺した祖国を、恩を仇で返した相手を全く憎まずに、なおもその相手を見返りなしに救おうとする……なんとも、理解しがたい話だとは思わないか?

 

 どちらが、異常か? なんて言うまでもない。

 

 ツラツラとそんな話を前置きとして続ける俺に向かって、黒ジャンヌはだから何? とでも言いたげな顔を向ける。

 

「お前は生きたいと願ったんだろ」

 

 術式に、嘘はつけない。

 

「決めつけられた復讐の意志ではなく、祖国への恨みですらなく、お前が最も望んだ本当の願いは——」

「だから何が言いたいのよ! ええ、認めるわよ。生きたいと願った。私だけでなく、あの聖女さえもが、まだ生きていたかったとそう感じていた! 存在理由? 確かに、アンタが言ったようにジャンヌ・ダルクという概念の一側面として生存願望はあったわ。お陰様で、存在しないはずだった私の霊基は英雄の座に刻まれたでしょうね! 私が聞いてるのは、その先の話よ」

 

 癇癪を起こした子供のように喚き、どこかの誰かのように髪を掻きむしり、ヒステリック気味に叫ぶ黒聖女。

 その頬には透明な筋が通っていて、俺は素直にその姿を美しいものだと思った。

 

「何で、私を助けたのよ…………」

「同情心?」

「ふっざけんなッ!」

「じゃあ、親近感」

「は——?」

「罪悪感に罪滅ぼし。運命ってやつへの反抗心、そんなところか」

「何、言って……」

「お前によく似てる奴を、俺は助けられなかった。自分の本当の願いに気づけなくて、当てはめられた役割をこなして。時折、メンタルが崩壊してはヒステリックになりかけて情緒不安定。気づいたときには手遅れだった。何をしても、死人を生き返らせることなんてできない。俺が死んでも……多分、足りねえ。何をやりたいか、それがわかった時にはもう遅い……こんな短期間に、二度も見てたまるかっての。俺も女神も、魔王だろうが、そればっかは譲らねえよ」

「…………わけ、わかんない」

「あー、喋りすぎた。要するに自己満だ。というか、理由なんてどうでもいいだろ。俺達勝った。お前ら負けた。じゃあ、言うこと聞けって話だ。帰ったら意地でも呼び出してやるから、それから死ぬほど恨んでくれ……以上だ。じゃーな」

 

 恥ずかしいことしたなあ、と頬に熱が溜まるのを感じながら強引に話を切り上げ、背を向ける。

 

『ありがとね』

 

 

「……何がだよ、ばーか」

 

 後頭部をガシガシとかき乱す。

 そっと呟くように、いつもより柔らかい雰囲気の誰かさんの声が聞こえた気がした。

 

 

 

◆◇◆

 

 

「たでーまーっと。どういう状況?」

「あ、結さん。お疲れ様です。只今、ジャンヌさんが黒幕だったジル・ド・レェさんにお説教をしているところですね」

「何それ超見たいんだけど」

『私も気になるわね』 

「といっても、ぶっちゃけ鉄拳制裁って感じだよー」

『立香もお疲れ様』

「オルガもね! 結もお疲れ様」

 

 黒聖女を放置したまま、お疲れ様会的な雰囲気になっている集団の下へ向かうとマシュと目があった。

 慰労ついでに状況を聞くと、なかなか平和的に黒幕退治をしていることを伝えられた。俺とマシュが話していると明るく声をかけてきたのは、彼女のマスターである立香だった。

 

「おう。慣れないことだらけだったが、大丈夫か?」

「うん、マシュ達が守ってくれたからね」

「そりゃ、心強いわな」

「あ、アサシンさんに比べたら、私なんて」

『マシュ、あの子と比べること自体が間違いなのよ』

「オルガの言う通りだ」

 

 だから、マシュ? 焦らないでね? 

 

「失礼なことを言いますね。こんなにか弱い愛の女神を戦闘民族のように扱うなんて」

「か弱い、とは?」

「マスター」

「そっすね。か弱い可愛い愛の女神でしたねー」

 

 未だにシヴァの件で棘のあるカーマさん。

 それはそれで可愛いから許す。うちのサーヴァントは何しても可愛いなぁ。

 

『恋は盲目ね』

「え、可愛くない?」

『否定はしないわ』

「むぅ……仲良いですね」

 

 頬を膨らませるカーマ。

 自分を除け者にして仲良くしている俺とオルガに絡みたいところだが、自分が折れるのは何か違うと複雑そうにしている。

 

『激かわね』

「……マスターさん、オルガの洗脳をやめません?」

「ここまで悪化するのは、想定外だった……というか、元々お前が可愛いのが悪い。もっとやれ」

「はぁ……イチャイチャするなら、帰ってからですよ」

「楽しみにしてる」

『節度は守りなさいよ?』

「初心だから関係ないな」

「襲ってもいいんですよ?」

 

 自分の姿を子供の状態から高校一年生ほどのものにして、笑みを浮かべるカーマ。流石というべきか、彼女はその気にさせる表情というものを熟知しているようだった。

 まあ、性欲抑制かけているので問題はないのだが。

 

 偶には、良いよな?

 誰に言うでもなく、そう言い訳のように考えてから右手でカーマの頭をポンポンと撫でた。

 脳内住居人が「あーあ、私どうなっても知らないわよ」なんてボヤいたのを華麗にスルーしてから、再び右手を動かしてわしゃわしゃと髪の毛を掻き乱す。

 

「わっ、あぅ、ぅう……髪の毛乱さないでくださ——」

 

 嬉しそうにしながらも、口では不満げな態度を表すカーマが慌てて髪を整えていく。こちらへの注意がそれた隙に、その額へと軽く、優しくそっと唇を落とした。

 時間にして一秒未満。

 ぼうっとしていたら、夢か現実かすら怪しくなりそうなほどに短い一瞬の口付け。

 

「きゃっ」

「わおっ……大胆!」

「——————ぇ?」

 

 周りの反応を気にすることなく、スタスタとカーマを放置して歩き始める。伸びをしながら、後輩どもに声をかけた。

 

「そんじゃ、他の奴らのどこも寄って行こうぜ? 労ってやんなきゃ、礼に欠けるってもんだ」

「そ、そうですね!」

「りょーかいっ! ジークフリートに沢山お礼言わないとなぁ……」

 

 頬を染めているマシュ。いつも通りに元気な立香の姿を見てから、硬直したままのカーマへと目を向ける。

 呆然としながら、額へと両手を当てて……

 

「ぇ……? ……いまの…………きす? …………ぁぅ」

 

 うん。

 もし、口にしたら死ぬんじゃないかな? あの子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38話 邪竜欲望魔境都市 オルレアン 終

 
 めちゃんこ短いので、人物紹介(ネタバレあり)を30分後に投下しますね。

 


 戦いは終わった。

 驚く間もないほど呆気なく、唐突に。

 最後に意識に残っているのは、アイツが私を組み伏せね馬乗りになった状態で涙を流している姿。

 なぜ、泣いていたのだろうか。聞いたらきっと教えてくれるのだろうが、私からアイツへ話しかけることなどできるはずがない。

 

 静かだな、と思った。

 中庭には焚き火の光が灯っていて、未だに人の話し声が聞こえて来る。

 ああ、これは……

 

「静か、じゃなくて……孤独なのね」

「誰が、ですか?」

「——————ッ!?」

 

 誇張抜きで、心臓が止まるかと思った。

 振り向けば、そこには当然のようにアイツが立っていた。ニコニコと微笑むその間抜け面からは、何を考えているのかなど推し量れない。

 

「何か、用?」

「ええ、貴女とお話をしようと思いまして」

「……そう。何かしら?」

「えっ!?」

 

 争う気も起きなかった上に、聞きたいことはこちらにも幾つかあったのでそう聞き返すと、失礼なことにアイツは驚愕の表情でこちらを見てくる。

 

「何よ、そんなに可笑しいかしら?」

「いえ……いえっ! 少し嬉しくて、つい驚いてしまいました」

「……チッ、能天気な奴ね」

「残念ながら、よく言われます……さて、貴女のことを何と呼びましょうか?」

 

 アイツは少し照れ臭そうに、恥ずかしいところを見つかった子供のように苦笑してから、表情を真剣なものに戻してそう聞いてくる。

 

「…………別に、なんでもいいわ。そんなことより、本題に入りなさい」

「そんなこと、ではないですよ。貴女と私は一度その身を同じにした。だから……隠し事なんて、できるわけない……貴女は名を持つべきです。他ならぬ、自分の意思で()()()()()()()()()()()()()()()()()証明するために」

「…………」

「それが、貴女の悩みでもあったはずです」

「——厄介ね。相手に自分のことの何もかもを知られているなんて……呪いか何かとしか思えないわ」

 

 顔を背ける。

 不思議と怒りはなかった。

 ……いや、違う。

 怒りなんて、元々、私は——ジャンヌ・ダルクは、決して。

 

「私、貴女が嫌いよ」

「そうですか? 私は結構好きですよ」

「うっさいわよ」

「てへかくひにほほをつれならいでほひいんれすけろ?」

「不細工な顔ね」

「そういうの、特大ブーメランって言うらしいですよ」

「喧しい」

 

 ああ、どうしてだろうか。

 身体の奥が、底冷えしていた芯が——温かいと思うのは、きっと。

 

 

 

「……私の代わりに生を叫んでくれませんか?」

 

 

 

 

「——嫌よ。私は、アンタなんかの代わりじゃなくて」

 

 

 

 

 この思いはきっと。この願いはきっと。

 

 

 

 

「私が、ジャンヌ・ダルクが生きたいと感じたから、生きるわ。アンタはアンタで勝手に善人やってなさい」

 

 

 

 

 私だけのモノなのだ。

 私が選んだ道なのだ。

 だから、きっと……

 

 

 

——————

 

 

 月が沈みゆく空の下、二人の聖女が語り合う。

 復讐の旗は地に伏した。

 哀れな報復と憎悪の竜の魔女は死に絶え、生を渇望せし無様な愚者が生誕する。

 

「じゃ、アンタがオルタね。つまり別側面、私が本流」

「ちょ、いくら何でもそれは見過ごせませんよ。話し合いを希望します!」

「あら、随分と心の狭い聖女様ね」

「私はその呼ばれ方認めてませんから! 貴女も聖女ってことになりますからね!?」

「ゔぇ、それは……ちょっと」

「ジャンケン! ジャンケンしましょう!」

「その勝負乗ったわ。二本先取よ」

「え、一本勝負にしません?」

「「………………ジャンケンで決めましょうか」」

 

 役割の終わった戦地にて、人々は語らい、ゆったりと時は過ぎていく。

 

「ますたぁ……もう、夜も遅いのですから……ほら、こちらへ、きよひーの胸はいつでもますたぁのために」

「ダメです! ダメですからね、清姫さん!」

「まあまあ、落ち着いてよ。二人とも、一緒に固まって寝よう? 少し肌寒いから、くっつけば皆あったかいと思うな?」

「…………子ジカ、対応うまいわね」

「モテモテですね〜。では、私もそろそろ結の方へ夜這——コホンッ、夜這いしに行ってくるとしますか」

「せめて、言い直しなさいよ!?」

 

 空へ浮かぶ光輪。

 道は果てなく、旅路は未だ始まったばかり。

 

「四人とも、肉が焼けましたぞ」

「すまない。何から何まで、任せきりにしてしまったな」

「サンキュー、ワイバーンのお肉。上手い部位は喉元って情報が本当か知りたかったんだよね、何かの本で見たんだけど」

『一応、コレってゲテモノ枠に入るんじゃないかしら?』

「そこのタコ使いの使い魔よりはマシだろ」

「海魔ですねぇ……!」

『ゲテモノにも限度があるでしょうが……はぁ、まあいいわ。毒はないのよね、そのワイバーン』

「簡易的な治療なら僕に任せてください。食あたり程度なら、僕でも診れるはずですから」

「なるほど、そりゃ、心強い…………ん? この音は」

『…………優しい、音』

 

 風にのって特異点オルレアン全域へと天才の音色が広がっていく。優しく、懐かしく、そして温かい心に染み入るようなピアノソナタ。

 

「あら、上機嫌なのね? 女神様」

「……いえ、別に普段通りですが」

「私、貴女の鼻歌は初めて聞いたわ♪」

「ボクの演奏を気に入ってくれたようで、何よりだよ」

「自惚れないでください、変態音楽家」

「天才音楽家?」

「その耳、腐ってますよ。今すぐに音楽家やめた方がいいですね」

「僕から音楽を取ったら、それこそ世界最悪の糞野郎の誕生じゃないかな」

「ふふっ……でも、いつもより饒舌じゃないかしら?」

「そう……かもしれないですね。少し……良いことがあったのは、確かなので」

「結くんも罪な男だねぇ〜」

「貴方ほどじゃないと思いますが」

「それはそうだ。ボクってばクズだし」

「さっきから思っていたのだけれど、自分で言うのは違うのではないかしら?」

 

 夜が過ぎていく。

 やがて、日は昇り朝が来る。

 

 

——————

 

 うたたかの夢は覚めた。

 失ったのは、憎悪と復讐に塗れた過去への妄執。

 手に残ったのは、限りない未来の可能性。

 どう足掻いても消えゆく定めだった私を勝手に救った大馬鹿者がいる。

 

「…………ここからですよ、オルタ」

「…………」

「全部全部、ここからです。一緒に頑張りましょう?」

 

 面倒くさい姉を持ったものだと。

 我ながら絆されるには早すぎるが、悪くない。

 そう思えるのも全て……

 

「ええ、当然よ。サーヴァント・クラス()()()()()ジャンヌ・ダルク・オルタ、今ここに、高らかにその存在を宣言するわ!」

 

 だから、きっと……間違いじゃない。

 間違いなんて言わせない。

 私の物語はここからなのだ。

 この選択を後悔なんてさせてやらない。

 

 この物語の結末をもって、私はアイツにその証明を叩きつけてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 神の手による()()()()()()()

 その困難を、その犠牲を、その代償を。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、アサシン……俺は間違ってなかったよな?」

「ええ、絶対に。いつまでも、何があっても、貴方は私の誇りです」

「……ありがとう」

「どういたしまして、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 邪竜欲望魔境都市 オルレアン 

 

             生誕の凱旋歌  了

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外 キャラ紹介 (ネタバレあり)

 
 ——オルレアン攻略までの情報を解禁。

 ネタバレと裏設定をぼちぼち含むので見るも見ないもご自由にどうぞ。


朱雀井 結 (男) 十八歳

 

身長172cm

体重61kg

血液型O

誕生日11月3日

 

好きなもの アサシン 家族 仲間 甘味

嫌いなもの アサシンを脅かす全ての存在 蜘蛛

特技 マジック 賭博 

 

ステータス

 

筋力 D+++

耐久 D+++

敏捷 D+++

魔力 E(C)

幸運 C

宝具 -(EX)

 

男性にしては少し長めの黒髪。

瞳の色が透き通った灰色であること以外はそこそこ顔のいい普通の青年。

トレーニングはしているものの、ガッチリしてるというよりは引き締まっているといった印象の方が強い。

 

アサシン:カーマ/マーラのマスター

過去に亜種聖杯戦争を経験したことがあり、カーマ/マーラとは再契約の形を取っている。

 

起源・代償という特殊な性質から、代償強化(コストリンク)と名付けられた邪道魔術を多用して戦闘を行う。

幾多の死線を超え、修練を積んだことで我流ながらも近接戦闘の能力はかなり高い。

カルデアへ来てからは不調続きで失敗を重ねているが、アサシンからの信頼は絶対的であり、一切揺らいでいない。

彼女曰く「マスターは最低あと三段階ほどは変身を残していますから」とのこと。◯ルゴデミーラか◯リーザ様か何かなのだろうか。

因みに、素で幸運Cという人間にしては頭のおかしい運の良さを誇るのだが、因果とか背景とかは特にない。ただ純粋に運がいいだけ。

魔力については、本人のみで言えば滅茶苦茶甘く見た上で妥協した結果のEランク。ありとあらゆるサポートを詰むとCまで押し上がる。

 

代償強化は細かく分けると次の三種類の型となる。

 

・永続発動型

・瞬間発動型

・時制発動型

 

 

・永続発動型

主に感覚遮断や魔力の封印、寿命の短縮などの呪いを自身に付与することで、付与期間中は半永続的に恩恵を受けることができるというもの。

対サーヴァント戦を行うために、結は常にある一定の魔力封印と味覚劣化、性欲抑制やアサシンに対する嘘の禁止などの状態付与を行うことで自らの身体能力やその他耐性を底上げしている。

具体的に言えば、魔力、幸運以外のステータスがD+++ぐらいはあったりする。

この+++については次に記述する瞬間発動型、時制発動型の代償強化による爆発的な強化によるものであり、アサシンが瞬間火力だけなら結の方が上と明言したのはこれが原因。

要するに、常に基本ステータスはオールDまで押し上げられているため、そのまんま生身の人間というわけではないってことが言いたいのである。

 

・瞬間発動型

最も使い勝手が良く、最も奥が深い小技全般のこと。

魔力の即時払いによって大体何でもできる。

本来の結の戦闘スタイルはこの型の代償強化をもっと多用し、変幻自在の攻防を見せるというものなのだが、オルガの魔術刻印が未だに身体に馴染みきっていないため、現時点では使用頻度を抑えている。 

二章から本領発揮の予定。

永続発動型の魔力の封印だけではなく、消費をすることで、当然ながら身体能力の向上にも使用可能。

魔力製物質生成や気配遮断、透明化に空中浮遊なんてこともできるので、本当に邪道を極めている。

 

・時制発動型

最も使い勝手が悪く、最も効果の高い強化。

自身に何らかのタイムリミットを制限することで短時間の強化を行う。

また、比較的長時間の制限設定をすることで長期的に高性能になることも可能であり、恐らくアサシン曰くの第二段階がこちらの姿。

十五秒間〜六時間ほどが有効的な使用可能範囲。

それ以下だと人間の限界を超えて廃人になり、それ以上だと効果がほぼないのと変わらなくなってしまう。

時制発動型の亜種のようなものだが、条件発動型という特殊強化も存在する。しかし、時制強化がお手軽に思えるほどのピーキーさを誇るため滅多に使用されることはない。

 

 

・おまけ 複合強化型

使用する型を問わずある目的を達成するために、ありとあらゆる代償強化を注ぎ込んだ状態をゴールと定めて、一発の代償強化でそのゴールへと直行する裏技。

対神霊用、対空戦用、対防御用、砲撃態勢……のような戦型を記録しておくことで、即座に戦況に対応することができるのだが……負担がかなり大きいため、オルガの補助を考えた上で、現状では一回使用するだけですぐにダウンするであろう大技。

 

 

 

 

⬛︎⬛︎強化

詳細不明・奥の手その1

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

詳細不明・奥の手その2(現在使用不可)

 

⬛︎⬛︎・解錠

詳細不明・奥の手その3

 

 

 

()()()()

 

其は⬛︎⬛︎を⬛︎む常永久の⬛︎⬛︎たれ

詳細不明(現在使用不可)

 

 

 保有スキル

 

・愛神の加護

 魅了耐性を得る。

 

・魔王の加護

 即死耐性を得る。

 

・??の加護

 現在使用不可

 

・??の加護

 現在使用不可

 

・限定解除:直感EX

 自身に関与する全ての行動の結果のみを肌で感じ取る。本人が制御して扱っている能力では無いため、受動的な行為にしか予知は働かず、能動的に探ることはできない。

 効果が精神状態に依存して、余りにもその振れ幅が大きいため、ランク付けが不可能なのだが、E〜Cあたりを前後しているのではというのがオルガによる予想。

 

・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(⬛︎)⬛︎

 詳細不明

 

 その他、状況に応じて取得可能。

 

 

 

 

 

 

 本人の性格は飄々としたお兄さんといったところ。

 緊張をほぐすためにボケに走ったり、空気の読めない発言をしたりとふざけているように見えて目が笑っていない——そんなタイプの超がつくほどの身内贔屓。

 要するに、怒らせちゃいけない人。

 アサシンから全幅の信頼を向けられており、本人もまたアサシンを誰よりも信じている。つまり、バカップルの片割れ。

 マシュ、立香に対しては極めて保護者然とした立場で見守ろうとしており、若いなあ、なんて呟くことも。因みに、このアホ、人理修復の旅にハネムーンとルビを振ろうとしたことがある猛者である。アサシンも満更ではない辺り、どうにかして欲しい。

 オルガとは一心かは知らんが、少なくとも同体。

 彼女とアサシンの仲が良好であることに、実はめちゃくちゃ安堵している。

 

 現在までの戦闘時、レイシフト時の服装はカルデア制服を動きやすいように簡易改良しただけのもの。

 専用の礼装が無いわけではないのだが、本人曰く"無くした"とのこと。カーマに向けて放った発言のため、嘘では無いのだろうが真相は未だ不明。礼装無しで戦力は半減以上もするというのはカーマの談だ。

 ダ・ヴィンチちゃんに何らかの礼装の作成を依頼しており、その完成までは簡易礼装である警棒を使用している。

 どうでもいいが、高校中退。

 勉強は可もなく不可もなくといったところ。

 意外ではないかもしれないが、過去は重く、複雑な家庭事情を持っている。

 

 余談だが、過去に契約したことのあるサーヴァントはアサシンだけではないのだとか。

 

 

「アサシンさんや、その膨れっ面は何ですかい? 浮気? あのときはお前も一応納得して……え? そういう問題じゃない、ですか? …………ああなったのは、元々お前が原因だった気が済んだけど、俺の気のせいか……?」

 

 

 

アサシン(カーマ/マーラ)

 

説明不要のメインヒロインにしてチョロイン。

マスターに溺愛され、マスターを溺愛している。

過去の亜種聖杯戦争時のある事情により、カーマとマーラの人格が完全に分離している。

また、その際に反射神経や体術などの素の力を磨いており、サーヴァントとして現界してから戦闘力が引き上げられているという極めて稀な存在でもある。

ぶっちゃけ、既に結ばれているため彼女の目的は既に果たし終わっているといえる。後はイチャイチャするだけ。

 

「別に怒ってませんとも! いえ、本当に! マスターが私以外の誰かと契約したことなんて一切気にしてないですし! …………そこ、何笑ってるんですか、愛しますよ?」

 

 

 

アーチャー(カーマ)

 

オルレアンにて限定的に顕現したほぼガチ女神様。

普通のサーヴァントとは比べることすらもが烏滸がましい程の力を有している。

カーマ/マーラという側面よりも、原初の欲望として存在という側面の方が強いため、厳密に言えば愛神カーマとも呼べないのかもしれない。

同上、この状態では『リグ・ヴェーダ』に記されたように原初の存在としての性質から、誰よりも早く生まれたカーマは誰よりも偉大であるが故に、必ず相対する存在よりも勝る存在として世界に認識される、といったチート能力に近しいもの……ぶっちゃけただのチート能力を持つ。

つまり、割と本気で三つ目クソゴリラでも来ない限りは最強無敵のカーマさんである。

 

 

ライダー(マーラ)

 

これまたオルレアンにて限定的に顕現した魔王様。

だが、上記のチート的存在とは違って、こちらは霊基獲得用の魔力やら建前やらさえ調達できれば顕現はそこまで難しい話ではない。

この状態のマーラは単純なステータスだけで言えば、アサシンより一回り上の能力を持つ。

炎の渦、雷、剣の舞、岩石封じになんでもござれ、タイプ不一致も関係なし、といったようにオールマイティーなマーラだが、最も恐ろしいのは全ての近接攻撃に概念的『死』を載せることができることである。

因みに宝具もカーマとは別で有しており、宝具開帳の機会があれば、彼女がライダーを名乗る所以を目にすることになるだろう。

性格面での話であれば、彼女は結が残念美人と称するほどには残念な性格をしている。

度し難い変態の領域に片足を突っ込みかけている彼女を嫌っていないのは、なんだかんだ言って対応が甘いので確かなのだが。

 

「一日分、私にくれたこと、忘れないでくださいね? えっ、何で顔逸らしたんですか!? 嘘ですよね? 私、結構本気で楽しみにしてるんですけど、嘘ですよね? 私泣きますよ? ねぇ、結? 結ってば!? 何で黙ってるんですかああ!?」

 

 

 

ぱーふぇくとオルガさん 性別不明 年齢不詳

 

結の脳内同居人にして苦労人、また(今はまだ)ギリギリで希少な常識人枠。あのアサシン相手に何気に裏ヒロインとしての地位を確立しつつある猛者。

卓越した魔力操作と豊富な知識で結達を全面的にサポートしている。

魔改造ガンドを含む様々な魔術を、結の体に刻まれた魔術刻印を通して自由に行使することができる。

その精度は身体を失い、魔術回路との精神的、肉体的面での親和性が圧倒的に高まったことでさらにメキメキと上昇中。

魔術回路を結へと与えたこと、そして上記の状態になり、燃費がめちゃくちゃ良くなったことにより、結の魔力量は実質的に5〜10倍近くまで膨れあがってみえる。

なお、過去の亜種聖杯戦争では似たような役割を果たしていた超優秀なお姉さんが居たのだとか。

 

「私の性別って不明なのかしら? 別にいいけど……それと、最後の一文についてゆっくりじっくり懇切丁寧にお話して欲しいんだけど……結、時間取れるわよね?」

 

 

 

 

おまけ。

 

 

第零部からいつか登場予定

 

零華(女?)

詳細不明

「あら、()()()()()()()()()()()()()()()()、いつからそこまで偉くなったんでしょうか、あの駄犬は」

 

??? ??(?)

◯◯◯◯のマスター

「…………んぅ……ぃさん…………むにゃむにゃ…………すぴー……zzz」

 

 

 

 

 




 
 連投はここまで。

 しばらく、試験勉強モードへ移行します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強化クエスト『1』
39話 強化クエスト 結・オルガ(1)




 やっと受験終わったああああ!!!!
 後期? 多分、前期で決着ついたでしょう。うん、知らん。
 
 ボチボチペースで更新再開しますので、気長に見守ってください。

 誤字脱字感想評価ありがとうございます!


 



 

 

 

 

 オルレアン攻略を終えてから、二日後の昼下がり。

 

 

「よっす、元気してるか?」

「…………」

「ひっっでぇ渋面……ポテチ食う?」

「ポテチ片手に召喚してんじゃないわよ!?」

 

 とりあえず黒聖女を召喚して、契約を交わすことにした。

 

 アサシンに土下座かまして、撫で撫でしまくって、甘味捧げて、膝枕して、腕枕して、添い寝までしたところで、黒聖女をオルガのサーヴァントとして迎える許可を貰ったのだが、俺としては役得でしかなかった。言うまでもないが、このフルコースには脳内オルガさんもご満悦であったりする。

 

 因みに、黒聖女より一足先に召喚されていたオルレアン組だが、白聖女を除いた全員が立香との主従契約を結ぶことに落ち着いたらしい。

 具体的に言えば、マリーにアマデウス、ゲオルギウスとジークフリート、清姫は呼ばずとも来たとして、意外にも縁を辿って訪れてくれたのがサンソン、最後に白聖女…………なんかうるせえピンク頭が、居ない気もするけど大体全員揃ったな。

 団体様ご一行のお出迎えに、電力的問題が深刻みを帯びているらしいが、俺にできることはないので、頑張ってとしか言いようがない。

 

 白聖女については、アサシンが既にオルガのサーヴァントだと認めていたらしいので特に問題なく、俺(オルガ)との再契約を交わし終えている。

 

「で、何その紙?」

「契約書です」

「あら、お可愛らしい字ですこと」

「ぶち殺すわよ」

「殺意高過ぎません?」

 

 ピラピラこちらへ向けてきていた契約書とやらに目を通している間に、黒聖女はぼりぼりと俺が持っていたうすしおポテチを摘み始める。食べたいなら、食べたいって素直に言えばいいのにな。

 

『字、練習したのね』

「健気だなぁ……」

「アンタらの為じゃないわよ!?」

「『え、違うの?』」

「仲良しか!?」

 

 バレたか。

 24時間どこでも一緒が当たり前になった結果、最近の会話量はアサシンよりもオルガの方が多かったりするんだよね。

 

「オルガばっかズルいですよ!」

『貴女はこの前、散々甘やかされていたでしょうに……』

「お前はいつでも可愛いなぁ……」

 

 オルガに対抗しようとするアサシンのむすっと頬を膨らませている顔が、とんでもなく可愛らしくて、思考の全てが吹っ飛んだ。

 というか、四六時中一緒のオルガと会話量で勝負になってる時点でこの子もこの子なんですけどね。

 まあ、それはそれ。話を戻そう。

 

「サバイバー……ね、体に不調はないか? その霊基、俺が弄ったようなもんだからな。異常があったら直ぐに言えよ?」

「…………ええ」

「真面目にしてみたら、それはそれで気持ち悪いわね、の顔するんじゃない」

「勝手に心読まないでくれるかしら!?」

「表情読んだって言ってんだろうが……で、だ。本題はそこじゃねえ」

 

 表情、雰囲気を真面目モードに変更。

 にこりと微笑み、口にする。

 

「お前、武器は?」

「…………ステゴロ」

 

 沈黙を挟む。

 凄女違いだ、アホ。殴ルーラーはお呼びじゃねえ。

 さしものアサシンですら、頬を引き攣らせて目の前の黒聖女を眺めていた。

 

「……………………バカなの?」

 

「しょうがないじゃない!? なんか何も持ってなかったの! アンタこそ私の旗と剣返しなさいよぉぉ!?」

 

 ガクガクと俺の肩を()()()握り、前後に揺さぶる黒聖女にもう一つの現状を叩きつける。

 

「で、なんだけど」

「はぁ……はぁ…………何よ?」

 

 契約書をぴらりと提示し、再びにこりと微笑んだ。

 

 

クラス:サバイバー

真名:ジャンヌ・オルタ

 

ステータス

 

筋力E

耐久EX

敏捷D

魔力E

幸運E

 

 

「舐めんな」

「私だって知らないわよ、こんなステータスッ!?」

 

 

 黒聖女——邪ンヌちゃんの絶叫が、カルデア中に響き渡った。

 

 

 

——————十分後。

 

 

「あらあら……大丈夫ですか、オルタ?」

「うぐっ……ぅぅ…………」

『抵抗なく姉からの慰めを受け取っている時点で、相当きてるわね』

「…………誰が、妹よ」

「ツッコミのキレすら、失せるとは……惜しい人材を亡くした」

「アンタ、私のことツッコミ担当で呼んだの!?」

「あわよくば、戦闘の役にも立って貰おうかな的な?」

「うわぁぁぁん……!」

 

 ギャン泣きしてんじゃねえか。冗談だよ、おバカ。

 抱きつかれてるジャンヌの顔が幸せ一色に染まってるんだけど、それでいいのか白聖女。

 

『私のサーヴァントにあんまり悪戯しないの』

「そうですよ、弄るならもっと私に構う感じでお願いします」

 

 ……ここで、性的に? って聞き返したら、面白いことになりそうなんだけど。

 

『邪な気配を感じたわ』

『ボンタンアメ二箱で手を打とう』

『私食べられないんだけど…………』

 

 個人用念話でオルガの口封じをしていると、ようやく邪ンヌちゃんがジャンヌの胸から顔を上げた…………なんで残念そうにしてんだよ、白い方。

 

「……とりあえず、邪ンヌちゃんに関しては、模擬戦でもしてみてから考えるか。ジャンヌも色々と協力してもらうぞ」

「はい、是非とも協力させて頂きます!」

「……何も出来なくても、ガッカリするんじゃないわよ? 意味のないため息とかもするじゃないわよ? 絶対だからね!?」

 

 出会って早々に貶されたからか、思考が卑屈っぽくなってる邪ンヌちゃんに苦笑する。

 

「今の『じゃ』ってどうやって使い分けたんですかね……」

『意味が通るのがおかしいのよね……』

 

 「俺が弄った霊基なんだから、責任ぐらいは取るよ」なんて口にしていたら、この子達に滅多撃ちにされそうだからやめといた。

 

 

 それにしても、このステータスでステゴロ、クラスもコイツ限定っぽいサバイバー……肉壁要員かなぁ」

 

「口に出てるんですけどぉぉぉおお!?」

 

 何にせよ、しばらくは模擬戦用のシミュレーターにお世話になることが増えそうだ。

 

 自分自身の鍛え直しも、行っていかないとだからな。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「朱雀井家、ね……アーカイブに情報はなし。代償強化に似た魔術形式を持つ名家は幾つかあったけど、どれもこれもが大掛かりな儀式系の魔術だね。その研究の終点も、戦闘用なんかじゃなくて、根源を目指す系の理想追求用の魔術。おまけに、全ての計画は失敗してるときた…………何者なんだろうね、彼?」

 

 そう言って、万能の天才は湯気の踊るコーヒーカップを片手に、近くに居た男性へと愉しげな笑みを向けた。

 男性の手元のホログラムには、彼がカルデアへと招かれた際に作られた出身地や経歴をまとめたデータが映されていた。

 

 朱雀井結

 三人姉弟の真ん中で、上と下に姉と妹を持つごく普通の一般家庭で生まれた少年。

 高校中退であることを除けば、一般人と異なっているのは、両親と姉を小学生時代に火災で失っていることだろうか。

 しかし、それ以外は至って普通の一般人。

 魔術なんてものとの関わりは一切見られないただの青年である。

 

 何度見ても、不幸な一般人としか言えないその経歴が記されたデータを前にして、男性——ロマニ・アーキマンは複雑そうな表情をしてみせる。

 

「少なくとも、僕たちに味方してくれているのは確かだけどね……まあ、こっち側にアサシンがいる限り、とも言えるかもしれないけど」

「アサシンに何かあった場合、なんてことは余り考えたくはないね」

「同感だよ……まあ、あのアサシンがどうこうなる未来なんてものがあるのなら、それ自体が僕たちにとっては最大の危機そのものになるんだろうけどね」

 

 朱雀井結——カルデアに残された二人の希望、その片割れ。

 類稀なる固有魔術に、高精度の瞬発的な判断能力。

 戦闘能力はサーヴァント戦についていける程度にはあり(それが、既に人外領域のど真ん中であるのだが)後輩のメンタルケアを行う視野の広さと()()、人間性をもつ、聖杯戦争の経験者である魔術師。

 正直言って、どこから湧いてきたコイツ、というレベルの人材である。

 アサシンとパールヴァティーの話を聞くに、コレでもまだまだ全力解放には程遠いというのだから、本来の実力を発揮できたのなら、Aチームとして抜擢されていてもおかしくない……というか、確実に抜擢されていただろう。

 

「全く、困らせてくれるよ。助かっているのは確かなんだけどね……僕の心臓に悪い」

「胃薬ならあるよー」

「知ってるさ……というか、僕、一応医療部門のトップなんだけど」

「まあまあ、細かいことは気にしない……ハゲるぜ?」

「キメ顔でそんな悲しいことを言わないでくれるかなあ!?」

 

 結局、カルデアのデータベースからは特に収穫はなく、仕方ないので彼のデータ欄へとオルレアンで得た補足の情報をチマチマ追加するとする。そのときに、ふと思い出した。

 

「そういえば……あのときの、一撃は何だったんだ?」

 

 思い返すのは、バーサク・バーサーカー……では、わかりにくいが、黒騎士ことランスロットとの戦いで彼が見せた宝具級の一撃。

 傍目には、というより、その後の動きを見る限り、大きな代償を払ったようには見えなかったが、あれほどの魔術を行使しておいて、ノーリスクなんていう旨い話は正直信じられない。

 

 考え込んだところで何も新しい情報は得られそうになかったので、理解を放棄することにする。

 やっぱ、色々とあの青年はイレギュラーの塊だよな、と溜息を吐いたところで、少し管制室の入り口の方が騒がしくなってきた。

 

 ……何にせよ、彼やアサシンの行動が窮地を救ったことが一度や二度ではないことは確かだ。

 大人として、所長なき現カルデアのトップとして、注意勧告はしなくてはならないにせよ、言い過ぎもストレスの素となるだけだろう。

 こちらとしても、功労者に対してとやかく言うのも、気分が良いものではないわけだし。

 なるべく、穏便に。のんびりと、彼のこれからを見守るぐらいの気持ちでいいのかもしれない。

 

 思考にある程度の結論をつけたロマニは、伸びをした状態から背もたれに全力で寄りかかるようにして、ドア付近へと視線を投げる。

 

 そこには噂の青年と、紫色の髪を持つ女性がいて……

 

「よっす、ロマン。ちょっとシミュレーター借りるぞ?」

「…………なんで?」

「パールヴァティーと殺り合ってくる」

 

 やっぱ、もうちょっと大人しくしていてほしいものだなぁ……なんて思考を引き攣った笑顔の上に示すのだった。

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

『なんで、いきなり模擬戦なのよ?』

「見た方が早いからってのが、一つ。それと、単純に俺が戦闘のカンを取り戻したいってのがある」

 

 シミュレーターの構築した市街地フィールドにて、身体をほぐしつつ、オルガからの質問に答える。

 服装は今まで通り、カルデア制服を少々改造しただけのものだが、腰元には警棒のかわりのものが吊り下がっている。

 

 オルガには言っていないが、コレは今の俺の全力でどこまでやれるかというチェックでもあった。

 過去の栄光も失態も、全部リセットして、今を見る。

 それが出来ていなかったから、オルレアンでは何度もピンチに陥った。

 

 そろそろ、自分自身の現状を正確に捉えなければならない。曖昧にしておくには、余りにも事故率が高すぎる。

 これは、いい機会でもあったのだ。

 

 

 オルレアンの一件を終えた現在、俺の魔術回路は完全に治癒され、オルガから受け取った魔術刻印も完全適合を果たして、絶好調。

 先程少しだけ触れた礼装……ダ・ヴィンチちゃんに頼んでいたそれらは既に完成していたらしく、腰元には二十センチとちょっとぐらいの短刀と六十センチ程度の棒きれがある。

 見覚えと使い覚えが凄まじいほどにある二本の礼装からスッと目を逸らして、前を向いた。

 

 目の前には、廊下でとっ捕まえたランサーことパールヴァティーさん。

 最近暇そうにしていたので「カロリー消費できてる?」の一言でバッチリ誘いに乗ってきてくれた良妻賢母系の神霊サーヴァントである。チョロいな。

 

 何度も手合わせをしたことがあるという点でも、今の実力を測るにはちょうどいい相手ではあった。

 

『勝算は?』

「ガチでやり合えって言われたら、普通に無い……だけど、宝具は禁止にしてもらうって約束をしてもらったからな。先に五回攻撃を当てた方が勝ちっていうルールの上なら、多分負けねえよ」

『…………彼女、宝具全振りタイプなのかしら?』

「まあ、うん。そこは探ってやるな」

 

 そう、パールヴァティーが我らがなんちゃってアサシンから、なんちゃってランサーと呼ばれる所以はそこにある。

 彼女はクーフーリンなんかとは違って、自分自身が槍の勇士である、なんてことはなく、たまたまシヴァに与えられた武器が三叉槍だったからランサー扱いになったってだけだからな。

 

「そこまで勝ちを断言されると、一泡吹かせてみたくなるのですが……一応、私も訓練は積んでいるわけですし」

「うん、知ってる。お前は最初が酷すぎたんだよ」

「そこまで言われるほど…………いえ、そうでしたね。なら、こちらは胸を借りるつもりでいかせてもらいましょうか」

 

 カーマ同様、前回の亜種聖杯戦争擬きの記憶を持っているパールヴァティーは、その際に簡単な武術を()()()()から教えらているため、少々厄介だったりする。

 少なくともガチのなんちゃってランサーだった初期時代よりは、確実に手強くなっていることを、実体験から知っていた。

 

 

 

「そんじゃ…………やるか?」

「ですね」

 

 

 

 手品道具のコインをポケットから取り出し、弾く。

 

 

 お互いに、戦意も何もないような朗らかさを雰囲気の中に保ち、まとっていた。

 

 

 チャリンっと乾いた音が

 

 

 ——ズドン、という衝撃音に掻き消される、その瞬間までは。

 

 

 

『…………は?』

 

 

 

 右足を強く踏み込み、身体を捻るようにして宙へと浮かせると、先程まで俺がいた空間を紫電が突き抜けていくのが見えた。

 

「小手調べ、ですよ?」

「言われなくてもって奴だな」

「流石ですね」

 

 では、今度はこちらから……そんな含み笑いに彼女は、獰猛な笑みで答えてみせた。

 

 

 

 

「……代償強化」

 

 ——全能強化

 ——耐性獲得(雷)

 ——速度補正・強

 

 代償・相当量の魔力 

 

 

 身体中に、魔力の蒼光が奔る。

 グーパー、グーパーと右手を動かしてから、問題なしと小さく頷いた。

 

 

 相対するパールヴァティーは手に持った三叉槍へと魔力を込めていくと、そこに集められた超高エネルギーが紫電の輝きとなって空間を揺らしはじめる。

 

 

 

 命を賭けているわけではない。

 世界の命運が懸かっているわけではない。

 お互いに表情に緊迫の色はなく、けれども確かな真剣さを孕んだ瞳をもって……

 

 

 

 

「そんじゃあ…………ぶっ飛ばしますか」

 

「ええ、全力で……撃ち抜きます!」

 

 

 

 いつかの日のように、俺とランサーが激突した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40話 強化クエスト 結・オルガ(2)

 

 

 

 

 

 パールヴァティーが打ち出した雷光を、強化した身体能力を駆使して紙一重で躱す。

 

 この雷撃だけは、まともに受けてはならない。

 シヴ——間違えた、クソゴリラからの借り物である三叉槍……正確に言えばトリシューラという名のその槍から放たれる一撃は、シヴァが使う場合の本来の威力よりかなり弱められているという前提の上で、軽く俺の意識を吹き飛ばす程度の威力は持っている。

 

 なんとかして雷撃を躱し、懐へと飛び込む。

 それがパールヴァティーに勝利するための最低条件だ。

 つまり、考えるべきは回避の方向。

 上は論外。左、右、或いは。

 

「下、ですよね!」

 

 倒れるぐらいの前傾姿勢を取り、直線上の雷撃を回避していた俺の行動を読んでいたのだろう。

 パールヴァティーは間髪入れずに、地面を縫うような軌道の雷光を前方広範囲へとばら撒いた。

 目先へと迫るその超高エネルギー体に手をかざし、反射的に俺は魔術を行使する。

 

「ま、がれっ!」

 

 代償強化——空間歪曲

 

 代償:魔力

 

 かざした手を宙を掴むようにして握り、捻る。

 紫白に輝いていた目先の空間、そこを半径1メートル程の球体として切り取り、歪め潰す。

 どこかで聞いた話の中には、ある魔眼の所持者が、橋一本丸ごとを捻り割ったという馬鹿げたスケールのものがあったが、俺に出来るのは精々このぐらいだ。

 

 紫電は霧散し、視界は良好。

 パールヴァティーが驚きで目を身開いた姿がよく見えた。

 

「まだ、まだ……ここから」

 

 息を入れ、魔術を使う。

 

 代償強化——瞬間強化・脚

 代償強化——物質形成・魔力線

 

 代償:魔力

 

 

 

 一歩踏み込み、縮地もどき……に、合わせて追加。

 

 

 

 代償強化——認識遮断(瞬)

 

 代償:魔力

 

『……っ!?』

 

 

 存在がブレる。

 意識が現実を離脱するような感覚が俺を襲う。

 この一瞬だけは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 感覚が気持ち悪い上に、短時間で多用しすぎると本当に存在自体を世界から抹消されかねないため、時々しか使わないのだが、戦闘時にはかなり便利な技の一つだった。

 

 パールヴァティーの懐へ飛び込んだ。

 速度の緩急、そして俺の気配が一瞬間、無になったことに戸惑う彼女だったが、状況を立て直すために地面へと槍を突き立て、火力に物を言わせた全方位攻撃でこちらに応じる。

 

 ——が、しかし、それは俺の読みの範疇に収まる対応だ。

 

 パールヴァティーの右腕を、四本の線が絡めとる。

 身動きを阻害した彼女と俺の間に距離はなく、後でアサシンに叱られることが確定した。やっちまったぜ。

 

「これ、は?」

『……魔力の糸?』

「大正解……っと!」

 

 棒切れで塞がっている右手ではなく、左手の指先から生み出した四本の魔力線をトリシューラを操作するパールヴァティーの腕へと巻きつけて、ぐいと引き寄せ、彼女のバランスを崩す。

 同時に、右手に構えた棒切れが——正確に言えば、その刀身に刻まれた魔術刻印が——輝きを放った。

 

 "損害転換・魂"

 

 薄紅色の光を纏った礼装を一瞥して、パールヴァティーが頰を引き攣らせた。

 

「……な、懐かしい武器ですね?」

「久しぶりに、食らっとけよ」

「全力で! ご遠慮させて、頂きますッ!」

 

 どこか焦ったような気配が滲む大振りの一撃をスルリと回避して、礼装を振り抜いた。

 サクリ、と拍子抜けする程の手応えと同時にその棒切れは、パールヴァティーの身体を切り裂いた。

 

「……ぅんッ!?!?」

『——え?』

 

 彼女の反応に、戦闘が止まる。

 数秒後、先程、悲鳴と()()の間のような声を押し殺したパールヴァティーが、自分の肩を抱きながらジト目を向けてこちらを見ていた。

 

「……どうして、青の方を使わないんですか?」

「……女性を痛がらせる趣味はないものでありまして」

『どういうことかしら?』

 

 ……あっれれ〜、おっかしぃ〜ぞ〜? みたいな?

 

 まだ何の説明もしてねえのに、心なしか、オルガの声音が冷たい気がする。

 冷たくするのは説明してからにしてください。

 

「礼装の効果の話だ……まあ、これもメインアームって訳じゃないけどな。俺が聖杯戦争時に、ガチで戦うって決めてから最初に作った礼装がコイツらなんだが……えっと、うん。ちょっと色々と酷い部分がありまして」

『端的に』

「……エロゲにありそうな性能?」

『ギルティ』

 

 まあ、そうだよね。

 本来の使い方してねえし。

 

「パールヴァティー……ちょっとタンマな。オルガに叱られてくる」

「…………」

「そんな涙目で見るな、罪悪感増すだろ」

 

 

 

 魔術礼装:臆病者の現実逃避(プライド・オブ・チキン)

 

 とある毒舌メイドに皮肉でつけられたその正式名称に対するツッコミは置いといて、効果の説明と参ろう。

 まず、純粋に硬い。めっちゃ硬い。ぶっちゃけただの鈍器。

 そして、特殊効果なのだが、ある程度の魔力を流してコイツは起動する。

 起動後の能力はただ一つ。

 

 この礼装は相手の肉体を無視する。

 

 ただ、これだけだ。

 

 もう少しわかりやすく言えば、痛みだけを与える刃、ということになるだろう。

 傷つけたくない、殺したくない……でも、倒さなきゃいけない、斬らなくてはいけない。

 

 大事なものを守り抜くために、殺さなくてはいけない。

 

 で、結局、殺す勇気が持てなかったチキンな俺が作り上げた失笑ものの逃げ道。

 死ぬレベルのダメージが入った場合、強制的に失神するように魔術がかけられている『絶対に相手を殺さない剣』というわけだ。

 

 うん、あのメイドさんってば、俺のことよくわかってらっしゃる……もしかして、俺のこと好きだったのかもしれない。

 

 ……ここ最近で一番の悪寒がしたから、話を戻すわ。

 

 本来なら、攻撃の全エネルギーが痛みへと変わる礼装なのだが……この礼装をアサシンが弄ったことがあるのだ。

 その頃のアサシンといえば、愛とかなんとかに迷走に迷走を重ねて丁度煩悩が暴発していた時期である。そんな彼女が取り付けたのが、現在問題となっている機能だった。

 完全に余談だが、その時期の彼女に夜這いされたことが、俺が性欲抑制の制限をかけたきっかけだったする。そろそろ解除してもいい気がしてきたな…………と思ったが、男の子な事情でオルガに気を遣わせるのは、物凄い心苦しいので、解除は見送ろう。

 

 あの懐かしの日々から、時間は飛んで、つい先日。

 ダ・ヴィンチちゃんに性能を変えることなく、製作を依頼していた現在の礼装を受け取ったのだが、その際に、アサシンさんが何やらゴソゴソと礼装を弄り……

 

『これも思い出じゃないですか』

『使う予定はないけどな……』

 

 みたいな会話をした記憶があったのだが、やはりその機能……攻撃の全エネルギーを()()へと変換するという頭の悪い魔術は、バッチリ発動しているようだった。

 

『馬鹿じゃないの?』

「俺もそう思う」

『何で使ったのよ……』

「うちの女神様曰く、パールヴァティーへの嫌がらせ五回で、自分を除け者扱いして、模擬戦をすることを許してくれるらしいので、仕方ない」

『あの子、本当にパールヴァティーのこと嫌いなのね』

「別にガチで嫌ってるわけじゃないと思うけどな…………多分」

 

 さて、切り替えるか、とため息を吐いてから、薄紅の光を放つ礼装を構え直す。

 痛みを与える場合が、この光が青色だったりするのだが、まあ今は関係ないだろう。

 

 

「そんじゃあ……あと四回分、いってみようか」

「……ッ、本当に恨みますからね、カーマ!?」

 

 

 パールヴァティーの絶叫が、第二ラウンドの開幕を告げた。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 黙秘(乙女の尊厳に関わるため)

 

 で、結果。

 

「…………こ、こう、ひゃん……れふ」

 

 パールヴァティーを倒した。

 

 記録的に言えば、俺が三回攻撃を受けて、向こうが五回攻撃を受けた形となったが、思いの外苦戦した。

 

 とはいえ、反撃を受けた理由の中には幾つか実験を挟んだから、ということもある。

 時間を追えば追うほど、こちらの精度は高まっていったので、戦った甲斐はあっただろう。

 

「尊い犠牲だった」

『後でアサシンには説教ね』

「それは、同感」

 

 腕を組み、しみじみ呟くと呆れ声でオルガがアサシンへの叛逆を宣言した。

 ちゃっかりそこに便乗しつつ、ちょいとばかり真面目な声音で彼女に問う。

 

「……参考にはなったか?」

『ええ、とても……有意義な時間だったわ』

「ならよかった……パールヴァティーが無駄死にならずに済んだ」

「べ、別に、し、死んではないですよ……」

 

 足腰をプルプルさせて、トリシューラを杖代わりにしているパールさんが、なんとかそう言い返す。

 

 ……頬が真っ赤で、息が荒くて、涙目のお姉さん。

 

「えっっっっ」

『っっっろいわね』

「誰のせいですか、誰の!?」

「『アサシン』」

「…………何も、言い返せないんですけど」

 

 性欲抑制かけといてよかった。

 一瞬でもパールに欲情でもしてたら、ちょん切られても文句は言えねえ。

 あと、焼かれる(妬かれるではない)かもしれない。あのゴリラに。

 

『そういえば、結局もう片方の礼装の効果を教えてもらってないんだけど?』

「一発ネタみたいなもんだからな……大事な時まで取っておくよ」

「…………セイバーさんの度肝を抜いたアレですか」

『セイバー……聖杯戦争のときの話かしら?』

「そそ、詳しく話してもいいんだけど——」

 

 ここまで話したところで、カルデア管制室から連絡が入る。

 

『二人とも、戦闘が終わったなら、こちらへ戻すよ? 残念だけど、あまり電力に余裕がないんだ。反省会はこっちのミーティングルームでも使ってくれ』

「そうだったな……いつでもいいぞ」

「はい。私も、ようやく落ちついたところです」

 

 セイバーのことについて話すのは、また別の機会になりそうだ。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「…………ふぅ、サッパリした」

 

 自室のシャワーを浴びてから、適当なジャージに着替え、ドライヤーで髪を乾かしていく。

 辺りに人の気配はなく、オルガも現在は意識をとざしている。

 ごーごー、という熱風の音だけが存在するこの空間は、俺の心に静穏を与えてくれる。

 

 鏡に映る自身の姿をぼんやり眺める。

 

 一瞬、その姿がぐにゃりと歪んだことに気がついて、ドライヤーのスイッチを切った。

 

「…………()()()()()()

 

 こちらの呟きに応じるようにして二度、三度と鏡の中の俺の姿がノイズが走ったように震える。

 

 そして

 

『わかったわ。貴方も気をつけなさい』

 

 懐かしい声が聞こえたところで、コンコンとノック音が聞こえ、意識は現実に回帰する。

 

 パチパチと瞬きを繰り返すと、目の前の鏡には、幾度となく見たパッとしない青年の姿が映っているだけであった。

 思考を切り替えて、努めて明るい声音をつくり、来客に応じることにする。

 

「はいはい、ただいま。ちょいと待ってろ」

 

 策はある。

 いざというときに、彼女らの力を借りることを躊躇ってはいけない。

 叶うことなら、もう二度と……()()に剣を握らせたくはなかったのだが。

 背に腹は、というやつだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドアを開け、パチクリと瞬きをした。

 

 

 そこには、緊張したように肩を震わせる一人の少女が立っていた。

 真っ直ぐにこちらの瞳の奥底を貫くぐらいに透き通った目を向け、彼女は口にする。

 

 

「私を、弟子にしてください」

 

「…………そうきましたか、立香さん」

 

 

 拝啓、天国にいらっしゃるであろうお師匠様。

 

 

 弟子入りを断る方法を教えてください。

 

 

 

 

 

 

 

 …………アンタ、天国行けたんだよな?

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

『なんで、起床直後に土下座を見なきゃいけないのよ…………しかも、二つ』

 

 呆れ声が脳内に響く。

 魔術師としては圧倒的に俺より格上である彼女なら、この行き詰まった現状を打開できるはずだ、と待ち望んでいたオルガの復活だったが、届けられたのは冷たい声音だった。

 

「綺麗に出来てるだろ?」

「私の方が綺麗だよね?」

『バカじゃないの?』

 

 「因みに結の方が綺麗」とつぶやいてから、オルガは俺たちに状況説明を要求する。やったぜ。こちとら、土下座なんて日常茶飯だからな。熟練度が違うんだよ。

 それにしても、状況説明なんて一言で済むのだが、見てわからんのか、コイツは。

 

「まず、私が弟子入りしたい! って言ったんだよ」

「んで、俺がお断りします! って即答したんだ」

「そのあとに、立香がどうしてダメなのって聞いてだな」

「次に結が考えが甘いって反対してきたの」

 

『貴方達、わざと分かりにくく説明してるわよね?』

 

「「バレた?」」

 

『仲良しか』

 

 この流れ、結構最近に別のやつとやったな。

 もしかして、俺、友達増えたのでは?

 

『なんで、貴方は土下座しながらガッツポーズしてるのよ。怖いんだけど』

「面を上げろって言われてないので」

『急に湧いたのね、その身分差』

 

 いい加減、オルガがゲンナリしてきたので姿勢を普段通りの胡座に戻す。

 立香は正座を崩して女の子座りってやつになったみたいだが、身体柔らかぇのな、お前。

 

 

 オルガに事情を説明して、程よく場が和んだところで、改めて論争を引っ張り出す。

 

 

 

「別に魔術師を目指すことが悪だとは言わない。こんな状況下で、何の武力も持たずに危険へ突っ込めって言われる方が酷なのもわかってる」

「だったら——」

 

 オルガが目覚めるまでに何度もした会話。

 

 彼女は俺とオルガに魔術を教わりたい。力をつけて、みんなの役に立ちたい。

 俺は、これ以上彼女を魔術に触れさせたくない……もっといえば、彼女に力を持って欲しくない。

 

 互いに譲らぬ主張は平行線で、交わる気配は微塵も感じられない。

 

 だから、俺の言い分に納得してくれというのは、ただこちらの意見の押し付けでしかない。

 お互いに、やってることは変わらないのだから、正当性なんてものはどちらにもない。

 

「でも、お前は強いから……お前は、多分()()()()()()()()。だから、魔術は教えられない」

「…………でも、私は!」

 

 立香も理解はしているはずだ。

 戦える人間だからこそ、戦える力を持ってはいけない。ましてや、立香はマスターなのだ。

 自分の身の危険をいの一番に考えなくてはならないはずの彼女に、そもそも、戦うという選択肢を与えることは、愚行でしかない。

 

 それを理解した上で、それでも納得ができないのは、やはり——

 

『貴方の存在、そういうことね』

 

 俺が、彼女に守らせるべきルールから、逸脱した存在であるということが大きいのだろうから。

 

 

 沈黙が流れる。

 その、直後のことだった。

 

 バンッ、と大きな音を立て、ドアが開く。

 

 

「やぁ、諸君、お困りのようだね。この万能の天才、ダ・ヴィンチちゃんが、力を貸してあげようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41話 強化クエスト 立香(1)

 

 

 

 

 

「…………で、決闘ですか。随分と過激派地味た発想ですね」

「それな、マジそれ。ほんとそれ。ガチヤバでパナイわ」

「……知能指数の低い高校生擬きレベルの発言は慎んでください」

「なんで、そんなイラついてんですかねえ、お前は」

 

 どこをほっつき歩いていたのか知らないが、ダ・ヴィンチちゃんと立香が立ち去った直後に、部屋へと帰ってきたアサシンは、事情を聞くと面倒だなぁという気持ちを隠すことなく表情に示した。

 

『まあ、この結論になるのも仕方ないと言えば、仕方ないとは思うわ。今回の話し合いじゃ、真っ向から意見が食い違い過ぎていて、落とし所も見当たらないのだし、変に迷いを抱えたまま次の特異点攻略へ向かうぐらいなら、白黒ハッキリつけた方が良いに決まってるもの』

「…………そういうものですか」

『そういうものなの』

「まあ、私に実害がなければ、何でもいいんですけど——って、もろに有りますよね? 私とマスターのイチャイチャタイムが潰されたってことですよね? 瞬殺しましょう!」

「お前は、レギュレーション違反に決まってんだろ」

「またハブられるんですか、私!?」

 

 しょうがないじゃん、お前強いもん。

 今のお前、ラノベとか漫画とかで兄貴分の強キャラやお師匠様が、何らかの制約受けて毎回全力出せなかったり、戦場に居なかったりするのと同じ立ち位置なんだから。人類はそろそろあの法則に名前をつけた方がいいと思う…………あ、ご都合主義か。

 

 

 ダ・ヴィンチちゃんが告げたことは、ただ一つ。

 

 戦り合って、決めなさい。どうせ、話し合いじゃ決まらないんだし!(当然だけど、アサシンは禁止ね♪)

 

 とのことだった。

 

 具体的なルールは自分達で決めろとのことだったが、何を企んでいるんだか……天才の行動を凡人が理解しようとすること自体が意味のないことなのかもしれない。

 ダ・ヴィンチちゃんの意図は置いといて、とりま、ルールでも考えようかな。

 

 

◆◇◆

 

 

 

「決闘……結と、私が?」

 

 自分でも驚くぐらいに弱々しい声が、私の口からこぼれた。

 こんな調子じゃダメだと、頭では理解している。けれど、脳裏にチラつく翳りが中々消えてくれない。

 想起するのは、オルレアンでかけられた幾つもの励ましの言葉と、緊張をほぐそうとする気遣いの軽口。

 

 ——勝ち目は、あるのか。

 

 その思考がどうしても、頭の中から追い出せない。

 

 結の意見はわかる。

 人類に残された最後のマスター、その価値は多分、私なんかじゃ理解できない程に大きい。

 そして、私は戦いの心得なんてものを微塵も持っていない素人だ。

 

 他のみんなが傷つく姿を、無傷のまま、守られるがままに見ることしかできない……それが()()()()だと分かっていてもなお、彼のように戦いの場に身を置きたいと願うのは——ただの、逃避だ。

 

 

 

 

 

 けどさ。

 だけど、それでも私は——

 

 

 

 

 

「先輩?」

「……ん、どうかした、マシュ?」

「いえ、表情が少し……なんというか、先輩らしくない、ような気がして」

 

 この子は鋭いなぁ、という苦笑をしてから、不安の色を浮かべていた可愛い後輩の頭を撫でつける。

 ププーッ、という高い機械音が鳴る。

 視線をやれば、手元に浮かべたホログラムに、決闘要項という名がつけられたファイルが映し出されていた。

 

 

 

 決闘要項

 

 

・制限時間は1時間 明日の午前10時に戦闘開始

 

・メンバーは無作為に集めたサーヴァント四騎を順に選んで決める。(ただし、両陣営アサシンとパールヴァティーは選択不可とし、藤丸陣営には初期からマシュ・キリエライトが味方するものとする)

 

・攻撃性の高い宝具は禁止とする。(主に充電的な問題と安全性を考えた結果)

 

・令呪は一画のみ使用可能とする。(これまた充電的問題ね)

 

・マシュを除いた全てのサーヴァントは頭と腰にタオルを身につけ、そのどちらかが外れた時点でリタイアとみなす。(尻尾取りやろーぜー)

 

・マスターが気絶、または降伏宣言をした時点で決着とする。

 

・あとその他各自適宜良識に沿って臨機応変によろ。

 

 

「…………尻尾取り、ですか」

「……まあ、ガチ戦闘になったらジークフリートとか選べちゃった方が有利だもんね」

「確かにそうですね……では、やはり問題になるのは()()でしょうか?」

 

 マシュが指差すその先の一文に書かれた敗北条件。

 

 それは、つまり……

 

「結を倒さなきゃ、私達の勝利はない」

「…………ですね」

 

 彼が、本気だということを示していた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「やあ、結、こんな時間に珍しいな」

「……エミヤか」

 

 真夜中ちょい前の23時頃。

 

 考え事をしながら、意味もなく食堂に足を運んだところで、食堂の守護者に声をかけられた。

 この時間帯は、既に子供姿のアサシンは眠りについており、オルガも意識を閉じていることが多いため、俺が一人の時間を過ごせる貴重な時間でもあるのだが、目の前のコイツは何をしているのだろうか。

 

「そう訝しむな……ただ、少し明日の料理の仕込みにこだわり過ぎてしまっただけだとも。君の方こそ、何か用事が有ったのかい?」

「別に、何の用事もねぇよ。散歩だ、散歩」

「そうか、散歩か…………君も、あの女神に似て素直ではないな」

「余計なお世話だ……」

 

 揶揄うような含み笑いでこちらを見るエミヤは「ちょっと待ってろ」と言って、台所の奥の方へと引っ込むと、熱湯の入ったポットとカップ麺を持って帰ってきた。

 

「…………らしくねえな」

「自覚はしているとも……まあ、偶に食べるぐらいが丁度いいだろう?」

「全面的に同意だよ」

 

 蓋を開け、かやく、粉末スープを入れてから、熱湯を線まで注ぎ込む。

 さて、五分の待機時間となるわけなのだが、と考えたところで視線を感じた。

 

「……お悩み相談室ってか? お節介にも程があるぞ」

「語るに落ちる、というものだな。私は決して一度も君が悩んでいるだなんて口にしていないぞ」

 

 ニヤニヤすんな、ぶん殴るぞ。

 

「…………はぁ、色々考えてんだよ。こう見えてな」

「そうか……マスターのことかね」

「他に何がある?」

 

 藤丸立香。

 俺と同じ人類最後のマスターとして、特異点攻略に臨む()()()()()()()

 

「……アイツも、わかってるはず、なんだけどなぁ」

「だろうな。彼女は、君が思っているように、若しくはそれ以上に、聡明で勇気のある少女だ……ただ、君もわかっているのだろう? そういう理屈の話では無いのだよ、これは」

 

 ああ、そうだとも。

 それも、わかっているのだ。

 

 だから、決闘という形を取るしかなかった。

 

「なあ、エミヤ……お前だったら、どうしたよ?」

「……………………ああ、そうだな。私だったら、か…………それは……それは、とても悩ましい質問だな」

「そうかい……俺はてっきり、お前は断然こっち側だと思ってたわ」

 

 素直に驚いた。

 目の前の男は、限りないほどの現実主義者だと思っていたからだ。

 

「……では、何故、自分が剣を取ったのか……他でもない、君に問おう。結、始まりの理由はなんだったのだ?」

 

 やっぱり、そういう話になるよな、と思わず苦笑する。

 違う。

 立香と俺じゃ、そこは決定的に違うんだ。

 目を閉じて、思い返す。

 自分が聖杯戦争擬きに巻き込まれた、あの日のことを。

 

「やるしかなかった。願望なんかじゃない、俺が剣を取ったのは、成り行きでしかなかった」

「…………」

「そうじゃなきゃ、守りたいものが守れなかった……」

 

 一拍おいて、淡い水色を思い出した。

 あの人の、小さくて、けれど大きな、そんな背中を思い出した。

 

「……絶対に倒さなきゃいけねえやつがいた。殺さなきゃいけないやつがいた。そのとき、俺の隣にサーヴァントは居なくて、それでもあの戦いへ飛び込まなきゃいけなくて」

 

 綴る。

 言葉を、思いを、長い長い愚痴のように。

 懐郷の思いにも似た少し重たい気持ちを抱いたまま、独り言ちる。

 

「だから、違うんだ。立香と俺じゃ、あまりにも状況が違い過ぎる……俺にはアイツの意図がサッパリわからん」

 

 他人の考えを、意図を、その全てを理解しようとするのは、傲慢な考えなのかもしれない。

 そんなことは、わかっている。

 でも、それでも、知りたいと思うのだ。

 

「お前が、教えてくれんのなら……それはそれで、面白えけど」

 

 彼女が何を思って、死地へと赴かんとするのかを。

 

「麺、伸びるぞ」

「そりゃ、大罪ものだ。急がねば」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 翌日 午前10時

 

 俺の隣には、邪とカメラマン(ゲオルギウス)

 立香の隣には、お母さん(エミヤ)とマシュとすまないさん。

 

「負けたな」

「早いわよ!? というか、今アンタ私のこと『邪』って言った!?」

「邪な考え、の『よこしま』の部分だな」

『今その情報を伝えることには、悪意しか感じられないわね』

 

 悪意しかないもの。

 まあ、相手にとって不足なし、ということにしておこう。

 

「……ジークフリートを取られたのが痛い」

「本音が漏れてますぞ」

『最低ね』

「オルガさん、今日不機嫌? あの日だったりしたらごめ——」

『攝無礙大悲心大陀羅尼経計一法中出無量義南方満願補陀洛海会五部諸尊等弘誓力方位及威儀形色執持三摩耶慓幟曼陀羅儀軌、攝無礙大悲心大陀羅尼経計一法中出無量義南方満願補陀洛海会五部諸尊等弘誓力方位及威儀形色執持三摩耶慓幟曼陀羅儀軌』

「ごめん、なんて?」

『世界で一番長いお経のタイトル、三日間音読の刑に処すわ』

「地獄じゃねえか。鬼だろお前」

 

 頭の片隅で戦いの策を考えつつ、そんな雑談をしていると、審判員兼妹の授業参観感覚のジャンヌがこちらを向いて咳払いをした。

 

「では、シミュレーターの準備が整ったそうなので……お二人方、準備はよろしいでしょうか?」

 

 補足となるが、サーヴァントの皆さん、というかゲオルギウスだけなんだけど、には今だけ、俺との仮サーヴァント契約を交わしてもらっているため、条件的にどちらが不利ということはない。

 

「おう、いつでも」

「……うん。私も」

 

 片頬を上げた。

 余裕を(つく)る。

 彼女の前で、不恰好な姿は見せられない。

 

 覚悟たっぷり、気合十分……見るからに、とてもとても厄介そうな隣の少女に目を向けて。

 

「全力で、行くから」

「……うん、全力でこい」

 

 シミュレーターが、起動した。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42話 強化クエスト 立香(2)

 

 

 

 

『フィールドは森林、現在地より半径1キロに魔力反応なし』

「了解…………どうしたもんかねぇ、あの怪物すまないさん」

『無理案件ね』

「言ってくれんな……無理案件だろうが、どうにかしなきゃならんことは、どうにかしなきゃなんねーの」

 

 ……博打みたいな案なら、ないこともないけれど。

 思考もそこそに、辺りを見渡して状況整理。

 オルガは森林と言ったが、日本の森林というよりは、ジャングルに近い見通しと足下の悪い鬱陶しさ全開の場所にみえる。

 取り回しの悪い武器……大剣やら大楯やらを扱う彼らを相手取る場合は、こちらに有利に働くフィールドではあるな。なんせ、こちとら一人はステゴロ確定なわけだし。

 

「何よ、その文句ありげな目は……姉に泣きつくわよ」

「それでいいのか、黒聖女」

『お姉ちゃんですよ?』

「入ってくんな、実況」

 

 お供のもう一人。

 ゲオルギウスさんといえば、このアングルは中々壮大ですな——と大木を見上げ、腕を組み、何度か頷きを繰り返していた。

 

「カメラ、そんなに気に入ったのか」

「ええ、カメラというものは、中々奥が深いもので……今、手元にないことが悔やまれます」

「また今度、アサシンでも連れて、ピクニックにでも行くか」

『大賛成です!』

「だから、実況入ってくんな、可愛すぎて死ねる」

「…………これ、決闘中じゃなかった?」

 

 邪んぬさんに、嗜められるのは想定外だったぜ。あ、なんか『んぬ』をひらがなにすると、可愛い気がする。

 

「ま、そろそろ、真面目にやるか……」

 

 一度、大きく伸びをしてから、笑顔を作る。

 

「じゃあ、邪んぬちゃん、犠牲になってくださいな」

 

 

◇◆◇

 

 

「うわぁ……嫌なフィールドを引いたなぁ」

「ですね。視覚に頼らない斥候としての能力が高いオルガさんに、機動力の高い結さん……結さんの代償強化は、適応力だけで言えば恐らく誰とも比較できないレベルに有りますから」

 

 私の弱音を聞いて、マシュが同じように表情を少し暗くした。

 まあ、多少の不利は、ジークフリートという基本スペック差で押し潰せると割り切ろう。

 ……だが、適応力といえば、この人も相当だろう。

 向けた視線に反応して、彼は不敵に笑ってみせた。

 

「そう不安げな顔をするな。かけられた期待には応えてみせよう……料理ばかりしていて、本業を疎かにしても情けないしな」

 

 アーチャーのサーヴァント、エミヤ。

 何故かクー・フーリンと仲がよろしいみたいだけど、正直なところ全く名前を聞いたことのない英霊だ。

 本人曰く「少し特殊な事情があってね、マスターが気にするほどのことではないとも」とのことだったので、深くは考えていないのだが、戦闘をする姿を見たことが少ないのも事実だ。

 オルレアンへと向かう前の少しの間だけ、戦闘時の指示について教鞭をとって頂いたぐらいである。

 

「ジークフリートも問題はない?」

「ああ、任せてくれ……結と戦う、というのも、考えてみれば中々ない機会だからな」

「ん、そうだね……それじゃ、普通に行こう」

 

 作戦は単純。

 普通に戦って勝つ。

 元々、こちらには数の有利があり、何度でも言うが、ジークフリートが居る。

 特別なことをする必要はないのだ。

 

「だからこそ、多分、結の方から仕掛けてくる…………はず」

「当たりだ、マスター……九時の方向、来たぞ!」

 

 自分の考えを口に出した数秒後、エミヤの指示で告げられた方向へと目を向けた。

 そして、絶句する。

 

「アイツ、本当に覚えてなさいよおおお!」

 

 纏うは黒の鎧。

 握られた拳。

 見る限り、他に武装はないままで……

 

「は、半泣きのジャンヌ・オルタさんが、無防備に突貫してきました!?」

 

 あの人の作戦、予測不可能だと思う。

 ……仕方ない。流石に何もしないわけにはいかないだろう。

 

「エミヤ、オルタの対応を——」

 

 一瞬。

 文字通り、瞬き一つ分。

 ジャンヌ・オルタから視線を外した。

 

 それが、致命的な隙となる。

 

 目の前に、黒が広がって。

 視界いっぱいが、黒で埋め尽くされていて。

 

「つかまえたああああ!!!」

 

「やら、せるかッ!」

 

 

 

 時間が引き延ばされるような感覚。

 

 私の身体が、彼女の——瞬間転移をして、目の前に現れたジャンヌ・オルタの腕により、拘束される。

 

 否。

 

 彼女の腕が私の身体へ回されて、抱きしめられるその直前に、エミヤがジャンヌ・オルタの腹部へと蹴りを叩き込んだ。

 

 エミヤの攻撃がジャンヌ・オルタに直撃したその直後、時が正常に流れ始めて……次の瞬間、視界の中からジャンヌ・オルタの姿が横方向へと吹っ飛んでいった。

 

 バキバキ、メキメキ、ボサボサ、ドサリ。

 

 枝やらなんやらにぶつかりながら、吹き飛んだ彼女への心配の念が一瞬だけ頭を過ぎったが、遠くの方で「くっっそ、痛いんですけど!?」と元気そうな声が聞こえたので、思考回路から、心配の気持ちを追い出した。

 

「……今のは瞬間移動、ですか?」

「さてな、少なくとも、オルタの力ではあるまい……結が何をしたのか気になるところだが、そうは言っていられない状況だな」

 

 マシュが、自分で言って信じていなそうな発言をすると、エミヤは苦笑しながら、手元に双剣を作り出す。アーチャーとはなんなのだろうか。

 

「マシュ、距離感を少し詰めよう。あんなの、何回もやられたらひとたまりもない!」

「了解です……私の後ろから、離れないようにお願いします!」

 

 ここで、周囲の様子を伺っていたジークフリートが、突然、その大剣を自身の前方へと振り抜いた。

 

「あっぶな——!?」

「結、だったか…………」

 

 何も存在しなかった空間が歪み、そこから、黒髪の青年の姿が現れる。

 

「「え?」」

 

 マシュと二人して、思考が固まった。

 

 そこを。

 

 

 

 見逃すほど——

 

 

 空気の揺れ。

 先程同様、誰かが目の前へと突然、現れるような違和感。

 

「おや、気付かれていましたか……」

「……ッ! 二度、同じ過ちを繰り返すつもりは、ありませんので!」

 

 マシュの大楯が、振り下ろされたゲオルギウスの剣を寸でのところで受け止めていた。

 だが、その体勢は限りなく悪い。

 私を守りながら、後方からの奇襲を防ぐ……そのために無理矢理身体を反転させたのだろう。

 片膝をつき、片腕のみで盾を支えるマシュの表情は険しかった。

 

 思考の中に焦りが生じる。

 全てで後手を踏んでいる上に、処理をしなくてはならない情報が多すぎる。

 まず、そもそも目の前で行われた瞬間移動に、思考のキャパを大分持っていかれた。

 息をつかせる間もなく、目の前に大将首が現れるや否や、二度目の奇襲。

 

 待って——今、ジャンヌ・オルタは。

 

 兎にも角にも、状況確認を——そんな思考を嘲笑うかのように、彼の声が耳へと届いた。

 

「……代償強化!」

「させ、ない!」

 

 ジークフリートが連続攻撃を繰り出そうとするも、結はその衝撃を上手く利用して距離を取り続ける。

 そして、淡い青色の輝きが彼の腕から迸った。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「代償強化」

 

 ——透明化・気配遮断

 

 を

 

『繋げるわ!』

 

 オルガがリンクを通して、味方全員にもう一度付与。

 攻撃行動によって解かれてしまう、という条件をつけることによって発動魔力を大分軽減しているので、一対一では使いにくいが、集団戦闘……特にゲリラ戦なんかでは重宝する。

 

「まだまだ、こっから……」

 

 代償強化——虚像召還

 

 お次は言うなれば、分身の術。

 俺を対象にしたシャドウサーヴァントのような影を、時間制限つきで四体ほど召還。因みにコイツらちょっと叩くと消える。

 

 魔力を結構使うが、まだまだ元気。

 オルガ産魔術回路の性能が高過ぎた玄白してて怖い。解体新書書けちゃうぐらいすごい。あれ? あの人、翻訳したんだっけ?

 

「もういっちょ、持ってけ」

 

 代償強化——魔力線生成

 

 イメージするのは俺の大嫌いな『蜘蛛の巣』

 

 パールとやり合ったときのように、手から糸を生成するのではなく、最初に糸玉を宙へと生成した。

 そこから自動的に糸が敵の捕縛へと向かう仕組み……嫌がらせには、もってこいの一品だ。

 

 ここまで派手にやっているのは、流石に目に余ったらしい。

 こちらへジークフリートが猛突進。

 さらに、その後方に居たエミヤが二振の刃を投擲し、援護を行う。

 

「ゲオルギウス!」

「承りました!」

 

 因みに透明化なんだが、俺もアイツらの姿が見えないという至極当然の弱点がある。

 名前を呼んだだけで、エミヤからの援護を弾け、という指示が伝わったのか正直不安だが、信じるほかない。

 

 そして、目の前の怪物については()()()()()()()()()

 

 

 透明化と気配遮断をやってるくせに、居場所が割れているのは、おそらく音と空気の揺れ、直感などが原因なのだろうが、流石に体勢のどうこうまでバレているとは思えない……というな、思いたくない。

 横薙ぎの一撃を後方へ宙返りすることで避け、同時に腰元に吊り下げていたチキン剣を引き抜く。

 

 状況確認。

 エミヤ、マシュ、立香は遠く、パスを通して伝わる彼女の気配は、目標のすぐ近くまで移動済みだ。

 キィィンッという金属音が直ぐ側で聞こえる。ゲオルギウスが防御を成功させたのだろう。

 

 スッと息を吐く。

 集中段階をさらに一段ぶち上げる。

 

 

 ここ、だ。

 

 

『今よ!』

 

「……ッ! どっせいっ!」

 

 代償強化——瞬間強化・腕

 代償:魔力

 

 重なり合う大剣とチキン剣。

 その一瞬だけは、僅かに俺の攻撃が彼の力を上回り、ジークフリートが後方へと退いた。

 

 その右足と左腕を、魔力の糸が絡めとる。

 

「くっ……!」

『そこ、逃がさないで!』

 

 一秒もない間に、魔力線は引きちぎられる。

 だがその間に、生み出していた影の内の二体が襲いかかった。

 

 

 

 機は熟した。

 こっからはお前の出番だと、俺は最後のお膳立てに入る。

 

 

 

 

 ……確かに、ジークフリートを倒すには、彼の頭と腰に取り付けられているタオルを取るのが一番楽なように思える。

 思える……のだが、それはおそらく不可能だ。

 ジークフリートの背中やアキレウスの踵などが当てはまるのだが、何かしらの弱点を抱えている英雄の危機察知能力は異常だ。

 

 だから、多分無理。

 こいつのタオルは獲れない。

 

 じゃあ、どうする?

 決まっている。

 

 

 

 代償強化・条件発動型

 

 

 

 ——結界生成

 

 代償:魔力

    ジャンヌ・オルタの能力低下

 

 解除条件:ジャンヌ・オルタの意識喪失

 

 

 

 試合から退場してもらう。

 要するに、邪ンヌと一緒に結界内へ閉じ込める。

 

 

「邪ンヌちゃん! あと、よろ!」

「……ええ! 任せなさい!」 

 

 サバイバー:ジャンヌ・オルタ

 

 その耐久力に賭ける。

 

 

 さあ、ここからは、時間との勝負だ。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「嘘……」

「味方ごと隔離……いや、彼女に賭けたということか。中々、やってくれる……な!」

 

 エミヤが悪態をつきながら、牽制のために放たれたであろう影の二体を切り捨てる。

 気がつけば、という表現が適切だろう。

 私は未だに何もさせて貰えないまま、ジークフリートという最大戦力を失っていた。

 

 大丈夫。

 落ち着け、まだ戦える。

 マシュとエミヤが一緒に居るんだ。

 

「マスター……宝具開帳の許可を貰えるだろうか」

「エミヤが必要だと感じたのなら……うん、いいよ」

 

 厄介なのは、やはり透明化だった。

 エミヤ、ジークフリートにとっては、小細工なのかもしれない。

 けれど、私にとっては致命的と言えるほどに効果的な小細工だった。

 見えない敵、それも複数の精鋭相手。

 そんなの相手に、指示なんて出せるはずがないのだ。

 

 そして、現在。

 

 姿を現した結とゲオルギウスはここからが、本番とでも言うようにこちらを向いて、待ちの姿勢を貫いている。

 

 ……なんか、腹が立ってきた。

 正々堂々、真正面から勝負してくれるのかと思ってたのに!

 ……ズルいことばっか、するし。

 

「……エミヤ、遠慮なくやっちゃって」

 

 ここからが、勝負というのなら……こっちの方こそ受けて立つ。

 

「了解した……透明化、気配遮断、実に勝ちにこだわる戦法、流石だと賞賛させて貰おう…………だが、ここまでだ」

 

 パチパチと音を立て、弾けるほどの魔力。

 エミヤの行動の危険性に気がついたのか、結が顔色を変えて飛び込んできたが、今度こそマシュがその一撃を完全に受け止める。

 

 

 詠唱が終わる。

 

 

 そういえば、と今更ながらに気がついた。

 

 

無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)

 

 

 エミヤの宝具ってどういうものなんだろう。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43話 強化クエスト 立香(3)

 

 

 

「なんじゃ、こりゃぁあああ!?」

『うっさいわね…………これは、固有結界、かしら? 滅多に見ない魔術だから、正直確信はないけれど』

「辺り一面の荒野、残された剣はさながら剣士達の墓のようにも見てとれますが…………カメラ」

「『諦めろ』」

 

 ゲオルギウスにカメラを与えたのは失敗だったかもしれない。

 まさか、たった数日でこうなるとは思わなんだ。

 いつも通りを装う俺たちの前に、この空間の支配者であろう厨房のアーチャーが現れた。

 

「君たちは、結構余裕があるみたいだな?」

「……さあ? 余裕があるように見えてんなら、余裕があるんじゃねえの?」

『さっきまで、なんじゃ、こりゃぁあああ!? って叫んでた人とは思えない発言ね』

『だまらっしゃい』

 

 個人用念話にログ機能とかつけたら、多分真面目な会話を殆どしてないのがバレる気がする。

 

『解除は?』

『無理』

 

 即答っすか。

 しゃーねえ、出たとこ勝負かな。

 

「りょーかい……気合いでタオル奪りますかね……ゲオルギウス、タンク頼んだ」

「任されました」

 

「さて、準備はできたかね?」

「大変お待たせして、申し訳ありませんってか? 慢心は身を滅ぼすぜ、エミヤさんよ」

「どこかの金ピカに聞かせてやりたいセリフだな…………では、全力で来い、結」

 

 おそらく、現在、俺の顔面には獰猛な笑みが浮かんでいるのだろう。決して戦闘狂なつもりはないのだが、無意識に笑みが出てしまう辺り、否定できないのかもしれない。

 俺とゲオルギウスが同時に突撃を仕掛けようとする……直前に、背後へ左手を向ける。

 

『とか言って、奇襲しようとするつもりの腹でしょう? 立香』

「……ッ!?」

 

 放たれた紅の閃光が宙を駆け抜け、背後から接近していたマシュの大楯に激突した。

 

「立香ちゃんってば、善良なマシュをワルの道に引き摺り込むとは……俺でも良心の呵責的なアレで出来なかったのに」

『卑怯上等、勝てば官軍の貴方が何言ってるのよ……』

「そこまで言う?」

 

 まったく、油断も隙もあったもんじゃないね……せっかく背後を取ったんなら、もっとやる気を隠さないと。

 

 アドバイスがあるとすれば、そうだな。

 

 スッて背後取って、スルッと近づいて、シュタッて首元を一閃するのがおすすめ(メイド調べ)なのだとか。うん、わからん。

 シュタッて突っ込んで、ズバッて切り込んで、ズギャンッて防御丸ごと叩っ切るのもおすすめ(理不尽セイバー調べ)なのだとか。うん、わからん。

 

 

 ……使えねえな、俺の知り合い。

 

 

 

『来るわよ!』

「あいよ!」

 

 

 オルガの叫びで、意識を戻した。

 視界の中に、鈍色の輝きを幾つか捉えた瞬間、戦闘スイッチを集中全開へと切り替える。

 

 六つの剣と二つの槍。

 チキン剣をタイミングよく、射線へと滑らせる。

 

 代償強化——衝撃緩和 5回分っ!

 

「いち、にっ、さん! しっ——ゲオルッ」

 

 駆けながら、速度を落とすことなく、向けられた武器の尽くを逸らして突き進む。

 

「任され、ました!」

 

 前後スイッチ。

 前へ出ていた俺が宙へと跳んだタイミングに合わせて、ゲオルギウスが後方から突っ込んでくる。

 

 宙に居る間に、先ほどまで立香たちがいた場所へと目を向けた。

 

「ばらまけ!」

『任せなさい!』

 

 左手の人差し指から魔改造ガンドの5連射。

 砂塵が巻き起こる。

 その中で、マシュたちが足を止めたことを見逃しはしない。

 

 牽制、完了。

 

「まずは——」

 

 

 

 

「『まずは、エミヤを片付ける』なんて、口にするつもりだったのか?」

 

 

 

 

 首筋に衝撃。

 

 

 

 脳が揺れ、視界が歪む。

 

 やらかした、という失態を責める気持ちと、なぜ? という疑念で脳内が埋まる。

 

 と、同時に、意識の喪失を根性で耐える。

 

「——ッ、ぁ、がぁあ!」

「ほう? 今のを耐えるか……ならば——」

『させないわよ!』

 

 俺の頸へと踵落としを叩き込んだエミヤに対して、オルガが障壁を展開した。

 ——が、その、障壁の裏を抜けるように弧を描き、十数本の剣が迫り来る。

 

 視認し、思考速度を爆発的に加速させる。

 

 着弾までの時間。

 距離、角度、体勢、体力、身体は動くか?

 手足に力が入らない。

 じゃあ、ゲオルギウスは、という思考が脳裏を過——————ちょっと、待て。

 

 

 

 お前は、今まで、誰かの助けを期待する生き方をしてきたか?

 

 それは、信頼とはまた別の思考。

 自身の諦めを、失態の尻拭いを、他人へと任せる責任放棄。

 頼れる相手が増えたからって、テメェがやらなきゃならねえ仕事は、減るわけないだろうが。

 

「す、と……リン、ク!」

 

 空間歪曲

 

 次々に向けられた刃の隊列を、触れることなくばらまきにして、息を入れた。

 まだやれる。

 追い詰められた環境でしか全力を出すのは難しい……確かにそれは、ある。

 今ある全てを超えなきゃならないときは、超えるしかないのだから、こちらの力は引き出されやすい。

 でも違う。

 それだけに任せるのは、努力の放棄だ。

 

 まだまだやれただろ。

 あのときは、もっともっと粘れただろ。

 まだまだこれから、常に全力を超えていけ。

 

 改めて状況確認。

 すぐに、ゲオルギウスが援護に回れなかった理由に気がついた。

 

 空を舞う白い線。

 切り離されたのは、腰元のタオル。

 

 

「……せーかく、わりぃな?」

「お互い様だろう」

 

 

 ゲオルギウス 脱落。 

 

 無数の剣による連打の中で、不意を突くことに成功したみたいだった。

 

 

 

 

 

 そのとき、あまりにも絶望的なこの状況を見て、唯一笑みを浮かべた者がいた。

 

 

『これは、久しぶりに見れそうですね……マスターの第二段階!』

 

 

 それが誰かなど、言わずもがな過ぎるだろうが。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「申し訳ない、結殿……」

「気にしなさんな、十分助かったっての……こっからは、俺の番だ」

 

 ゲオルギウスが遅れをとったのは、単に相性の問題だ。

 尻尾取りのルールを取り入れた今回の戦いだが、どう考えても身軽な奴の方が有利である。

 もっと言えば、身体を張って守る系男子に優しくないルールであるのだ。

 そう考えれば仕方がない。

 邪ンヌちゃんに至っては、武器すら持たない近接戦闘しか出来なさそうだったので、結界解除条件を意識喪失にすることで尻尾取り対策をしていたのだが……ゲオルギウスには何もサポート出来なかったしな。

 

 

『どうするつもり?』

「まあ、真正面からやり合うしかないわな……」

 

 パキパキと指の骨を鳴らして、プラプラと腕を揺らし、クルクルと頭を回して、二、三度ジャンプ。

 お優しいことに、俺の準備運動を待っていてくれたらしい。

 

「さてさて、そろそろこの結界も時間切れだったりしないのかな?」

「……とのことだが、どうするマスター? 残る相手は結のみ、こちらには英霊が2騎揃っているが」

 

 己のマスターを試すかのような問い。

 エミヤが彼女に、お前はそれで満足なのか? と、問いかける。

 その問いに、立香は即答で返してみせた。

 

「当然、全力で倒す。魔力もまだ残ってる……宝具は維持したまま、決着をつけて」

「……ふむ、英断だな。了解した」

 

 やっぱ、強い。

 立香の心は、強い。

 こと、精神面においては俺を上回っている可能性だって十二分に考えられる。

 

「……だから、気になるんだよな」

『……何か、あったの?』

「いや、なんでもねえよ」

 

 風が吹き抜ける。

 沈黙を挟んだ。

 

 向き合った立香の瞳に迷いはない。

 その瞳を見て、こちらも最後の覚悟を決めた。

 

 

「…………じゃあ、やるか」

 

 

 見せてくれ、立香。

 お前が胸張って、その道を志すと言うのならば、この壁を越えて見せろ。

 

 魔力を練る。

 身体に残った全部の魔力を掻き集め、搾り取り、残り滓が消え去るぐらいにまで使って、たった一つの魔術を行使する。

 

 これが、現時点での俺の全力。正真正銘、後遺症なしでぶっぱなせる最後の切り札だ。

 

 集中しろ。

 限界を壊せ。

 追いつけ、ブチ抜け、駆け抜けろ。

 あの過去を、越えていけ。

 

 

 

「天秤は傾いた。これより扉は開かれる」

 

 代償強化(コストリンク)過剰絶倒(オーバーエフェクト)

 

 詠唱と呼ぶには、余りに短すぎる言の葉を前置いて。

 

 

「汝が望むは——刹那なる傲慢なり」

 

 

 

 —— 紅焔蒼炉 ——

 

 

 

 その切り札は放たれた。

 

 

 

 

 

 

 これは言ってしまえば、対・神霊戦闘用の強化術式である。

 代償強化・複合強化型——ありとあらゆる代償強化を使用した後の完成系を一つのゴールと定め、そこまでを一度の代償強化ですっ飛ばす裏技によるもの。

 そんな数ある複合強化型による戦闘形態の中で、選んだそれは()()()()()

 

 

 

 紅焔蒼炉

 

 

 灰色の瞳が紅に染まる。

 身につけているのはカルデア制服ではなく緋色と白を基調とした着物に、黒袴という和風の戦装束。

 左腕の魔術刻印からは蒼の焔のようなベールが生み出され、その腕を覆う。

 

 刀こそ、()()ないものの、その姿は武士そのものであり、なによりも——

 

 

『魔力反応がアサシンに、迫る勢いで上昇し続けてる…………なに、これ』

 

 

 これまでとは、強さの格が違う。

 

 

 

 

「三分間だけ、本気出す」

 

 

 次の瞬間、蒼炎が大地を焦がし尽くした。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 小手先の技術で誤魔化し続けて戦い続けていたこれまでの結とは違い、真正面からサーヴァントと殴り合えるほどの身体的スペックを保持したその姿は、英霊であるエミヤから見ても、畏怖の対象となり得るものであった。

 

 警戒心が最大限に高められていた、それ故に——幾多の経験と直感が、迫る危機を察知し、本能は回避行動を促した。

 

 

「——ッ!?」

 

 

 地を這うように広範囲に放たれた蒼炎。

 跳躍し、炎の攻撃範囲から脱したエミヤは、すぐさま背後へと双剣を振り下ろした。

 

 響く金属音。

 結のチキン剣を、干将・莫耶を交差して受け止める……のを、視認したときには、次の攻撃が顔面へと飛んでくる。

 

「マジで? これ、止めんのお前」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()の回し蹴りを、遠隔操作した剣で防ぎ——

 

「んじゃ、もういっちょ!」

 

 ()()()()

 

 エミヤの後方上空へ移動した結が放った踵落としを。

 

「させ、ませんッ!」

 

 飛び込んできたマシュの大楯が、防いだ。

 そこで、ようやく連撃が止まる。

 

 

「……化け物が」

「失礼だぞ、お前」

 

 

 悪態をつきたいところだが、その余裕すらない。ヘラヘラと笑う目の前の青年のコレは、ただの身体強化じゃない。

 

 エミヤはここで自分の読みが外れていたことに気がついた。

 この男の身体的スペックは、決して自分を凌駕しているわけではないのだ。

 あくまでも、殴り合うにはギリギリ足りているぐらいのスペックを保持しているだけである。恐らくは、全ステータスがCぐらいに収まるのではないだろうか。

 

 だが、そこではない。

 この強化の真髄は、洗練された我流の戦闘術。その、最大開放を可能にするところにあったのだ。

 

 先程、結は当然のように、()()()()()()。当然のように、()()()()を行った。

 近接戦闘戦、そのプロフェッショナルたる結が、その戦いを勝利するために、選び抜いた特殊能力を結集させたもの。

 恐らくは、選んだ能力の全てを一定時間の間、無制限に使用することのできる能力。

 

 なるほど、確かに……

 

 

「……気を抜いたな」

「——ッ!」

 

 透明な線のようなものが視界に入る。

 次の瞬間、自らの失策を悟った。

 

「冬木での借り、返したぜ」

 

 ——物質生成・魔力線(透明) 

 

 初手だ。

 あのときしか、考えられない。

 

「蒼炎に、忍ばせていたのか」

 

 シュルリ、と解けたタオルを見て、完敗だなと苦笑する。

 さて、ここからどうなるものかね、とマスターの表情を伺って、喫驚する。

 

 そして、同時に理解した。

 

 ああ、そうか。

 君は、だから結と戦っているのか。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 一瞬、視界が真っ白に染まる。

 瞬きの後、そこには懐かしの森林が存在した。いや、別に懐かしくねえか。

 

「……さてさて、残りは二分ぴったり」

『もう、ツッコミ疲れたわよ、私』

「気にしない、気にしない」

 

 先程までの変態軌道に対して大声でツッコミを入れ続けていたオルガさんは、休暇をご所望のようである。

 あと少ししたら強制的にぶっ倒れるわけだかは、もうちょい頑張って。

 

「それで? 降参の予定とかある?」

 

 ニヤッと笑って、俯いてしまった立香の前に立つ。

 不安げにマシュが立香の表情を伺った。

 

「え——?」

 

 そして、硬直する。

 

『……ほんと、罪深い男の子なんだから』

「オルガさん? それ、どういう意——」

 

 唐突に、ボヤいたオルガに、言葉の意図を問い質そうとした瞬間、彼女が笑った。

 

「……ふふ、あははは…………あー、強い! 超強い! ほんっと、ズルい…………ほんと、心の中、めちゃくちゃにしてくれるよね…………」

 

「立香さーん? もしかして壊れた?」

「壊れてない……あ、やっぱ、少し昔に壊されてたのかもしれない」

 

 誰に? なんて、聞こうとして。

 

 

「結は多分……いつも、最後は一人でどうにかしちゃって来たんだよね」

 

 

 立香は笑って、そう言った。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44話 強化クエスト 立香(4)

 
 箱イベと人生で一番暇な春休みを満喫してました。
 あと、純粋に難産だったりしましたね。すみません。

 感想評価誤字脱字 毎度のことですが、ありがとうございます。






 

 

 

 

 

 ソレは、暗闇の中でニヤリと不気味に口元を歪めていた。

 

 並行世界への干渉。

 どこぞの怪物爺には敵わないが、とボヤきつつ、ソレは黒髪の青年を想う。

 

「さあ、楽しませてくれよ、結クン。そのために、わざわざ種子を撒いたのだから」

 

 

 

 

 

 

————————————————————————

 

 

 

 

 ずっと、考えていたことがあった。

 私は、なんで戦っているんだろうってこと。

 

 人類史の危機だから。

 最後のマスターだから。

 マシュの先輩だから。

 

 やるしかないから、やっている。

 

 確かに、始まりはそうだったかもしれない。

 けれど、未だにそう思われているのなら、それは少し癪だ。

 

 自分本位になって、責任を彼らへ押しつけて、私は一般人なんだと引きこもることを、責める人は居ないだろう。私、献血って騙されて、このカルデアまで連行されたわけだし。

 けど同時に、そんなことが許されるはずがない、お前が逃げたら彼が大変になる、世界を救えるのはお前たちだけなんだ、そんな幻聴がいつだって聞こえて来る。

 結局、私一人で、こんなクソったれ染みた現実から逃げ出すなんてこと、出来るわけないのだ。

 

 あるよ。

 戦いへの恐怖も、理不尽への怒りも、命のやりとりへの忌避感も——あるに決まってる。

 

 死体なんて見たくない。

 人が食われる瞬間なんて見たくない。

 擦り傷だって痛いんだよ、身体に穴? 想像なんてしたくもない。

 魔力不足は苦しい。令呪なんて柄じゃない。

 戦況判断なんか、いつだって自分の背負う責任の重さに押し潰されそうだった。

 

 これだけ苦しんで、攻略できたのは、七つある特異点の内のたった一つだけ。

 

 ぶっちゃけ、辛い。

 

 心なんて、とうの昔に折れている——————あの、青年が居なかったのなら。

 

 

 

 朱雀井結。

 

 私の前でヘラヘラと笑う同国の友人。

 そして、私と同じ最後のマスター。

 

 

 彼の献身がなければ、私も所長も無事では居られなかった。

 

「……憧れた。貴方の姿に、貴方の在り方に、心の底から尊敬と憧れを抱いた」

 

 

 でもね、と心の内で付け足す。

 

 

 最近、一つの夢を見るのだ。

 ()()に結やアサシンさんは居なくて、所長も死んで、カルデアに残されている最後の戦力が私だけ、なんていう絶望的な状況。

 その茶髪の少女は、気丈に振る舞い、絶望に抗い、必死になって死地を駆け抜けていく。

 

 敵わない。

 あそこまでできるか、今の私に。

 夢うつつな思考状態のまま、それでも一瞬たりとも迷うことなく断言してみせる。

 

 ——無理だ。

 

 何か一つ変わっていれば、それこそ、このカルデアに結が居なかったのなら、あの夢は現実のものになっていた。

 まるで、誰かからそのことを教えて貰っているような……そんな、妙な確信があった。

 

 ……ああ、それで。

 カルデアに結が居なかったとして。

 そのIFがわかったとして、私はどうすればいいのだろう?

 

 あー、良かった。結がここに居てくれて!

 

 ——それで、終わるわけがないだろう。終われるわけがないだろう。

 

 あの茶髪の少女に、負けないぐらいの覚悟が欲しい。

 これ以上、彼の強さに甘えることを、許してはいけない。

 彼が居たから、私が弱くなった。

 そんな事実をいつまで経っても容認できるはずがないのだ。

 

 

 

 そして、あと一つ。

 最大の理由が残っている。

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

「立香さーん? もしかして壊れた?」

 

 

 その一言で意識が現実へと回帰した。

 隣のマシュは唐突に笑い始めた私に、ついていけないようで、あわあわと驚きを隠せていない。うん、かわいい。

 

「結は多分……いつも、最後は一人でどうにかしちゃって来たんだよね」

 

 そう言うと、彼は虚をつかれたかのように、目を丸くした。

 どうせ、本人はそんなことないって思っているんだろうけど、なんて考えを頭に浮かべつつ、私は笑顔で言い放つ。

 

「だから——きっと、どこかで、私は貴方を止めなきゃいけなくなる」

 

 その背中に憧れた。

 自らの怠慢を許せなかった。

 

 そして、なにより、他でもない目の前の青年の危うさをずっとどこかで感じていた。

 

 なんでもできてしまう。

 自身が見捨てる選択をしない限り、誰かを助ける選択ができてしまえる能力。

 そんなもの、いったい呪いと何が違うのだろう。

 

 だから、まず()()()()()私は彼と対等な関係を目指すのだ。

 

 そのために、力が欲しい。

 たとえ、それが愚行だろうと後悔だけはしたくない。

 全ては、貴方に向ける最大級の憧れと、尊敬と、戒心のために。

 

「貴方を支えるのはオルガの役目。貴方を抱きしめるのはアサシンの役目。だから——」

 

 目が合った。

 覚悟は、とっくに決まってる。

 脳裏を巡るあの少女の姿を掻き消して、右手から紅の輝きを放ち、叫んだ。

 

「貴方を止めるのは私の役目だ! 守られるだけじゃ、ダメなの。私は、貴方と遠慮も心配も何もない混じりけのない戦友でありたい」

 

 お願い。来て、ジークフリート。

 

 何にもできない私だけど、この戦いだけは絶対に負けられない。

 

 その願いに、竜殺しの英雄は青白い真エーテルの輝きで応えてみせた。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「さて、結には悪いが、決着とさせて貰おう」

 

 目の前で剣を構える最大警戒対象者。

 たらりと冷や汗が流れるのがわかる。

 

「……くっそ、忘れてた。令呪使えば、結界抜けられんのか」

『時間もないわよ。どうするつもり?』

「気合いと根性と勢いでぶっ飛ばす!」

『つまり無策ね、上等じゃないッ!』

 

 邪んぬちゃんとのパスは通ったままであるので、なんだかんだいって彼女はジークフリートとのタイマン勝負で負けはしなかったらしい。普通にすげぇ、どうやったんだろ。

 

 一応、ほんの足しにはなるかなと、邪んぬちゃんを閉じ込めていた結界を遠隔で解除して、魔力を回収。

 代償強化の条件発動型は、分類で言えば永続発動型に含まれるため、術式の解除をしておくことで、若干楽になるのだ。

 あわよくば、結界から解放された彼女が加勢してくれれば尚良い。

 

「そんじゃ、巻きで行くぞ」

 

 意識を爪先へと向ける。

 ジークフリートの重心が、僅かに揺らいだその瞬間、右足を踏み込んだ。

 

 ——瞬間強化・脚

 

 体勢を低くし、電光石火の速さでジークフリートの懐へ飛び込もうとして——彼の間合いの限界ギリギリで完璧に止まる。

 制動距離がゼロという物理的にありえない動きを前にして、流石のジークフリートも身体を僅かに硬直させた。

 

 ——摩擦強化

 

 俺にとって、想像力とは力だ。

 どのような理不尽にも柔軟に対応し、相手に未知を押しつけて翻弄する。

 それこそが代償強化の強みであり、真骨頂。

 

 まだ、まだ、これから。

 

「攻め手は、譲らねえよ……」

 

 地を蹴り、空を蹴る。

 背後に回る——と、同時に次元を越える。

 

 ジークフリートの背中に回る? 

 なんだその無謀、死ねるわ。

 

 凄まじいほどの反応速度と直感で、ジークフリートは背後へと大剣を振り下ろす。

 

 その一撃を、身体に染み付いた防衛本能による光速の一撃を、見逃さない。

 

 戦闘センス、判断能力、そして剣技の腕。

 どれを取っても、目の前のコイツには敵わない……勝負ぐらいにはなるかもしれないが。

 

 だから、この一手だけを読んでいた。

 

——次元跳躍(瞬)

 

 地面を蹴ると同時に、世界から、ほんの一瞬だけ姿を消す。

 大剣が俺の身体のあるはずだった空間を通過した直後、世界へ回帰する。

 

 大剣の上へと降り立った。

 目の前の大英雄が、目を見開くのを視界に捉えつつ、高速で腕を振り抜き——

 

「……クソッ」

 

 その腕が、仰け反ったジークフリートの頭のタオルを掠めた。

 生まれた俺の隙をついたのは後方から飛び出してきたマシュだ。

 

 躊躇いなく脇腹直行コースへと盾を振るった彼女の勇気は称賛ものだが、それを易々と通すわけにはいかない。

 

 ——魔力放出・蒼

 

 エミヤへと牽制のために向けた際とは異なり、ある程度の密度を重視して、薄刃を型作った蒼炎を飛ばす。

 

 が。

 

「……ッ! ハァアアアッッ!」

 

 その一撃を身体で受け止め、マシュは前進を続けた。

 そして、注意の比重が彼女へと傾いた瞬間、俺が踏みつけていた大剣から手を離したジークフリートが、拳を突き出してくる。

 

『——まか、せて!』

 

 張られた障壁が、半瞬間ほどジークフリートの拳を止めた。

 

 その僅かな時間で。

 

 先程、結界の解除により、回収した魔力を使って、計算外の代償強化を追加で行使する。

 

 ——閃光弾

 

 世界が真っ白に染まる。

 

 直後、怯むことなく振り抜かれたジークフリートの拳を、肌感で躱す。

 

「そ、こだぁああああああッッッ!!!」

 

 二度目の交錯。

 視覚の潰れたその世界で、伸ばした腕は届かない。

 

 

 ——もしも、マシュ・キリエライトが、閃光に怯んでいたのなら。

 

 

 背中に衝撃。

 そして、世界が加速する。

 

 数瞬後、掌に収まったヒラリと踊る白色の帯を見て、気を緩めることなく、魔力を奮わせる。

 

 

「時間は!?」

『あと、40!』

 

 

 身体が重い。

 エミヤからの一撃が原因か、頭が揺れている感覚は未だに残っている。

 

 それでも、動く。

 身体は動く。

 

 あとはただ、我慢比べをするだけだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「——強すぎ、でしょ。バカじゃないの……」

 

 大英雄をも下してみせた青年の姿を視界に捉えて、思わず表情が歪む。

 これでも、まだ届かないのか。

 諦めが脳を侵していく——けど、負けてたまるか。

 まだ、やれる。

 勝たなきゃ、いけない。

 絶対、勝つんだ。

 

 そんな、私の決意を嘲笑うかのように、結の魔力が爆発的に膨らんでいった。

 

 ——()()がくる。

 

 そう分かったのは、直感か。

 

「マシュッ! 全部、守って!」

 

 隣に立つ少女にも同じことが言えるだろう。

 私の指示に動揺することなく、マシュは一度深く呼吸をしてから、真っ直ぐに目の前に立つ青年を見た。

 

「真名、偽装登録……完了しました!」

 

 大楯が白い輝きを放ち、青年に呼応するかのように、マシュの魔力が高まっていく。

 

 そのとき、風にのって、彼の声が聞こえてきた。

 

「——、——。この一撃は—————を染める——の調べである」

 

 ゾクリと、背筋に悪寒が走る。

 

「全ては、譲れない——の為に」

 

 一瞬、結の灰の瞳が、金色に輝いているように見えた。

 彼は右手を高く空へと掲げていて、その右手へと、緋色に輝く幾つもの粒子が集められていく。

 

「マシュ、全開でお願い!」

「——はい! 障壁、展開しますッ!」

 

 叫ぶように、吠えるように。

 勇気と魔力と気力の全てを注ぎ込んで、マシュはその障壁を展開した。

 

「仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)

 

 それに対して笑みすらもを浮かべてみせるのが、結という男である。

 

「本物にゃ、随分と劣るが支障なし……はぁ、食いしばれ、後輩ども」

 

其は⬛︎⬛︎を⬛︎む常永久の⬛︎⬛︎たれ(ロード・オブ・◼️◼️◼️◼️◼️◼️)

 

 直後、視界の全てを緋色が埋め尽くす。

 

 そして、これまでにないほどの早さで、障壁へとヒビが入った。

 ファヴニールの力を呑み込んだナイトメアの超火力すら受け止めきったマシュの守りが、たった一人の人間の攻撃により、破れようとしている。

 

「………………ッ!」

「それ、で——限界か、マシュ・キリエライト!」

 

 マシュの足が土を抉るようにして、僅かに後方へと下がり始める。

 玉のような汗を流して、大楯を支える彼女の表情に翳りが生まれる。

 

 それをみて、無力を想う。

 けど、それでも——私はマシュを信じているから。

 

「お願いしか、出来ないけどさ……背中を押すぐらいしか、出来ないけど。ねえ、マシュ、酷いこと言うよ…………私は、貴女なら、まだもっと、どこまでだって、出来ると思ってる」

 

 だから。

 

「勝て、マシュ・キリエライト!」

 

 彼女は、私の言葉に俯いた。

 

 

 世界が緋色に染まる。

 

 全てが、緋色に——否。

 世界を埋め尽くさんとする勢いで押し寄せる緋色の嵐に、青の輝きが、マシュの大楯が放つ信念の輝きが、押し負けぬように放たれていく。

 

 ——貴女が、信じてくれるのなら。

 

 そんな言葉が、聞こえた気がした。

 

 

「ハァァァアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 雄叫びをあげて、彼女は再び立ち上がる。

 

 やがて、その輝きは、マシュの身体を覆う黒の鎧全体に満ちていき、ある瞬間を境に、障壁の質が明確に変わった。

 輝きはより強く、青の色は濃いものへと変化していき、魔力すらもが向上していく。

 

 余力がある——そんな姿には見えなかった。

 

 じゃあ、これはなんだ。

 特に時間をかけることなく、思い当たる。

 

 それは、荒療治の大好きなケルト人こと、冬木のキャスターが教えてくれたことが、ヒントになっていた。

 

 単純な話だ。

 

 霊基の()()()()()()()()()()出力が向上したのだ。

 要するに、マシュへと力を貸しているサーヴァントが、彼女のことをより強く認めたということになるのだろう。

 

 気がつけば、身につけている鎧は頑強さを増していて、所々の防御機能が向上しており、わかりやすいものでは、新たに黒のグリーブが追加されている。

 

 覚醒とも言えそうなマシュの変貌に、鳥肌が立った。

 表情は凛々しさを増し、その守りに綻びは見られない。

 

 

 宝具の衝突は、詰まる所、互いの信念のぶつかり合いであった。

 それは、長い間続いていたが、終わりは唐突に訪れる。

 

 時間感覚も狂いそうになった頃に、プツリと前方からの攻撃が途絶えたのだ。

 

 それと同時に、マシュの宝具も限界を迎えて、障壁が解かれる。

 

 土埃が収まり、視界が開ける。

 

 そこに、大楯を杖のようにして、なんとか立っているマシュと、離れた場所にて、仰向けで大の字になっている青年の姿を見つけて、私は思わず拳を握って小さくガッツポーズをした。

 

 

「……これで、結に——」

 

 

 思わず、溢れた呟きに。

 

 

 

 

 

 

「勝ったとか、言わないでしょうね」

 

 

 

 

 

 黒の聖女が微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 追記。

 過去編執筆開始しました。
 連載開始 未定。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45話 誓い



 一人暮らしが、大変すぎで禿げる。
 環境変化が凄いので、生活が落ち着くまでは投稿遅くなりそう。
 あと、純粋にプロットなしで書いてるのが原因。
 更新少なくてごめんよ。

 感想評価誤字脱字 毎度のことですがありがとう。




 

 

 

 

 

「〜♪ 〜〜♪」

「……上機嫌ですね、カーマ」

「——ん? 何か用ですか、パールヴァティー?」

「いえ、特に用事があるというわけではないのですが……貴女が鼻歌混じりにスキップをしていたら、誰だって違和感を抱くのでは?」

 

 こいつ、私のことをなんだと思っているのだろうか。いえ、確かに私も浮かれている自覚はありましたけど。

 

「用事がないなら、行きますよ? オルガもダウンしていますので、割と忙しいんです」

「……手伝いましょうか?」

「必要ないです。慣れてますから」

 

 あの人、すぐに無茶してダウンするので。

 なんて言葉を頭の中で付け加えてから、私は冷たい水の入ったタライとタオルを両手に抱えて、マスターのいる部屋へと急ぐ。

 

「何かあったら、遠慮せずに言ってくださいね」

「喧しいです」

 

 鬱陶しいぐらいに心配症ですね、こいつ。

 後ろから投げられた言葉に、雑な対応を返してから私はボソリと呟いた。

 

「……なんにもできないマスターさんたちの面倒を見るのは、私の役目なんですから」

 

 

 

◇◆◇

 

 

「ただいま戻りましたよー」

 

 鼓膜が揺れる。

 脳が言葉の意味を理解する前に、視界の中へとアサシンの姿がとびこんできた。

 目一杯に愛でて、撫でて、ストレスの解消へと取り組みたいところなのだが……

 

「ううぇぇ……」

『ぁぁぁ……』

 

「見事なまでのくるくるぱーになってますね……」

 

 俺とオルガの二人は現在、放心状態から自力で抜け出すことのできない身体になっていた。

 

 立香との決闘。

 その戦闘において俺が使った切り札。

 

 代償強化・過剰絶倒

 

 その対価。

 これから三日間の魔術の行使を禁止。そして、一時的な知性、身体能力の低下。

 更に言えば、魔術回路を酷使した反動による筋肉痛もどき。

 

 結果、ベットの上から動けない肉塊に成り下がったのである。

 

「では、マスターさん、お服を脱ぎましょうね」

 

 満面の笑みで、上半身だけを起こした俺へとにじり寄って来るアサシン。

 「お服を脱ぎましょうね」の意味を理解するまでに、かなりの時間を使ってしまい……

 

「ぅぇ、えゃぃ……」(いや、自分でやれますけど?)

「ほら、両手を上げて。バンザイしてください、バンザイ!」

 

 気づけば、逃げ出せないように両足を、彼女の出した黒帯によって縛り付けられてしまっていた。

 

 彼女の言葉の意味を知り、バンザイなんて、しねぇよ、なんて思考が頭をよぎる頃には、アサシンは俺の服をひん剥いた後である。

 何で従ってるんですかね、俺の身体。

 多分、本能レベルでアサシンの癒しを求めているからに違いない。

 

「素直ですね……可愛いですよ、マスター」

『ぁぇぇ』(貴女、やりたい放題ね)

「すいません。何を言ってるか、流石にわかりませんよ、オルガ」

 

 上半身を丁寧にふきふきするアサシンを愛おしく思い、鉛のような自分の体に「頭を撫でろ」のコマンドを出した。あ、ダメだわ。動かん。

 というか、オルガにまでアホ化の影響が出てるのはなぜ?

 

「ぇぅぁぁ」(念話って思考を繋げてんじゃないっけ?)

『ぅぇ』(なんか上手く繋がらないのよ)

「二人とも、もしかして今、会話してます?」

 

 可愛い笑顔を引き攣らせながら、呆れの成分を多量に含んだジト目を向けるアサシンだったが、俺の背中側に回るとその声音が一気に変わる。

 

「あのですね、マスターさん」

「ぅ?」(どしたん?)

「一度、思いっきり、ぎゅうしてもいいですか?」

「『ぅぃ』」(どうぞ!)

「今のは、私でもわかりましたねー」

 

 それでは遠慮なく、と彼女の細い腕が優しく回されて、背中に心地の良い温もりを感じる。

 段々と回された腕には力が込めらていき、少し苦しいぐらいになったところで、止まる。

 

「おっきな、背中になりましたね……」

「…………」

 

 瞼を下ろして、コツンと額を背中へ当てたアサシンは、しばらくの間、そのまま無言で俺を抱きしめ続けていた。

 

「……さて、今だけは、反撃は怖くないですし、私が目一杯に褒めて甘やかして、どろっどろに蕩してあげましょうか?」

 

 燃料補給が終わったのだろうか。

 腕の力を緩めたアサシンは、艶やかな声音で囁いてから、ふぅっと俺の耳に息を吹きかける。

 

 それも悪くないなぁ、と甘美な誘いに理性が負けを認めかけたそのときに。

 

「やぁ、結君。調子は重畳かね?」

「せめてノックはしてください」

 

 万能の天才が、空気を壊して乱入した。

 

 

◇◆◇

 

 

「いやぁ、すまないすまない。まさか、看病という名目でよろしくやってるとは思わなくてね」

「よろしくやってないです、残念ながら」

「ぅぇぇ」(今からやっちゃう?)

『ぉぁ』(まごうことないセクハラね)

「そっち二人は、まだまだ回復には程遠いみたいだね……」

 

 呆れと心配とが混ざった苦笑を見せてから、闖入者ことダ・ヴィンチちゃんは俺に向かって本題を切り出した。

 

「どうするつもりだい?」

「…………」

 

 なんのこと、とは思わなかった。

 

「君ならやりかねない、そう思ってはいたけれど——最初から、引き分け狙いだったのかな?」

 

 そう、立香との決闘は引き分けで終わった。 

 

 時間切れ。

 俺はそうなった場合というものを、ルールに書いていない。

 一番わかりやすい残りサーヴァント数で、決める……ということでも、マシュと邪ンヌの一人ずつ、という最終結果となっている。

 

 ダ・ヴィンチちゃんからすれば、俺が勝敗を有耶無耶にして、結論を先送りにしたとも見れるだろう。

 

 だが、違う。

 本当に、本気で、俺はアイツらに勝つ予定だった。

 

 そして、それを彼女はわかっていた。

 

「本気でしたよ」

「…………アサシン、それはどういう——」

「マスターは、ずっと本気でしたよ」

 

 淡々と、彼女は述べる。

 話すことのできない間抜けな主人の思いを、違うことなく、次々と、言葉を連ねていく。

 

「初手から詰ますために、立香に余裕を与えないために、邪ンヌへと令呪を使った。それによる瞬間移動と代償強化による透明化で状況の撹乱に成功。あのカメラマンの一撃で立香を落とすはずが、マシュの防御がマスターの想定を上回りました。ここで、マスターは標的を立香からジークフリートへと変更し、邪ンヌを囮として隔離します。次に…………」

 

 オルガとダ・ヴィンチちゃんが、唖然とした様子でアサシンを見ていた。

 恐ろしいくらいの分析と思考量がそこにはあった。アサシン……カーマ/マーラというサーヴァントが誇る実力の所以がそこにはあった。

 

 彼女らの驚きに、平然とアサシンは肩をすくめる。

 

「——マスターのことなら、なんだってわかります。わかってみせます。だから、断言しましょう……今回の戦闘で、マスターは全く手を抜いていません」

 

 暗紅色の瞳の奥に、揺れることのない輝きが灯っている。

 どこか、何かを決心したかのような覚悟が、そこにあるような気がした。

 

 コホン、と一度咳払いを挟んで、固くなってしまった空気を解してから、アサシンはその可愛らしいお顔の隣に、人差し指を立てる。

 

「……ということで、立香達が頑張ったご褒美に私から一つ提案があるのですが、聞きますか?」

 

 

◇◆◇

 

 

 三日後。

 シミュレーター 訓練場。

 

 

「あのですね、結? 最近、私のことを便利屋か何かと勘違いしてはないですかね?」

「してないしてない……多分きっと恐らくメイビー」

「扱いが雑すぎませんかッ!?」

 

 知性の回復した俺は、隣でふわふわと浮かんでいる魔王様のご機嫌取りをしているところだった。

 

「今回に限って言えば、俺じゃなくてカーマが悪いだろ。安請け合いしたのはアイツの方だ」

「いや、そうなんでしょうけど…………はぁ、仕方ないですねぇ」

 

 すたり、と地面へと降り立ってから、若干納得しきれていない様子の魔王様は、()()()の方へと歩いていった。

 

「さてはて、これが吉と出るか、それとも凶と出るか……」

 

 視線の先に、二人の少女がいた。

 

 降り注ぐ幾多の刃。

 振り撒くは殺意の雨霰。

 死地へと放り込まれた彼女らは、目を閉じたまま、動くことなく、その場に立っている。

 

 カーマさん曰く。

 アレが訓練なのだと。

 

『……死を司るマーラがありったけ殺意を込めた刃を受け続ける、ね。中々なことしてるわよ』

「攻撃自体は当ててはねえけどな…………本気の殺意ってやつは、向けられただけでゾクってくるもんだ。慣れてねえやつなら、一秒や二秒、思考に乱れが出てもおかしくない……そして、それは戦場において余りにも致命的だ」

『だから、()()()、殺意に慣れる……そういうこと?』

「多分な」

 

 立香の頬を掠めるようにして、槍の穂先が通り過ぎる。

 マシュの玉肌を撫でるようにして、曲刀が空を滑る。

 目を閉じたままの立香とマシュの額には玉粒の汗が浮かんでいて、時間が経つにつれて呼吸が乱れていく。

 

 やがて、五分もしない内に立香の身体がグラリと揺れた瞬間、向けられていた凶刃の全てが空中で停止した。

 

「はぁ…………はぁ…………っ、はぁ……」

「だい、じょうぶ……ですか、せん、ぱい?」

 

 殺意を向けられたことによる緊張からの解放により、立香はその場に座り込んだ。

 恐らく、思うように身体に力が入らないのだろうと予想をつけて、彼女の元へと向かう。

 

「立香さんは、ここまで。マシュさんは残りなさい」

「……はぁ、はぁ…………り、がとう、ございました…………ッ!?」

 

 立香は、ペコリと一礼して、マーラへお礼を言った。

 それから、邪魔にならないようにと移動しようとして、バランスを崩す。

 

「はい、確保」

『お疲れ様、立香』

 

 そこをキャッチして、お米さん抱っこへと移行。

 威厳たっぷりに冷酷な教師感を出していたマーラが、キラキラした瞳でこちらを見てきたが、お前を抱っこする予定はない。

 

「……あせ、ついちゃうよ」

「集めて売ったりしないから安心しとけ」

『その発想がセクハラよ。超弩級のセクハラだから』

「冗談に決まってるだろ」

「結の汗ッ!?」

「頼むから冗談だと言ってくれ」

 

 マーラを適当にあしらってから、離れた場所で立香を下ろした。

 

 彼女の息が整うまでは、訓練の続きを続けるマシュの訓練の様子を眺め続ける。

 

 ……うん。強えわ、あいつ。

 

 決闘の終盤に、俺はアイツの勇気を利用してジークフリートの鉢巻を奪い取ったわけなのだが、一か八かの賭けなんかではなかったのかもしれない。

 少なくとも、今なら、彼女が滅多なことでは怯まないことを信じられそうだった。

 

「…………あのさ、結はこれでよかったの?」

 

 ポツリと立香が、そう問いた。

 

「————よくない。この選択が原因でお前が死んだのなら、絶対に俺は俺を許せない」

 

 立香に対してアサシンが示した妥協案。

 それが、()()()()()()()()()()()()()()、であった。

 気配遮断、魔力探知、擬似直感、受け身の技術、魔術の知識、などなど様々エトセトラな、()()()()を高めるために必要な技術の習得を、アサシンは補助するつもりらしい。

 魔術の知識に関しては、俺の代償強化を利用して、立香が攻撃をできないように調整するとのこと。

 代わりに、何かの能力を上げるって言ってたが、なんだったかな。

 

「アサシンは、お前を鍛えるつもりだ。何が理由かはわからんが、お前に何かしらの共感でも持ったんだろうな……」

「……共感」

 

 あのとき、立香が叫んだ思いを忘れはしない。

 彼女は『俺を止めるために』と、そう言った。

 

「————なあ、立香。いざってときに、お前は、俺を殺せるか?」

「……………………殺してでも、救ってみせる」

「なるほどね……頼りになる後輩だな」

 

 グイッとその場で伸びをする。

 立香には、伝えていないのだが、アサシンは、目論見とする生存能力を底上げするための能力強化——だけで、立香達の特訓を終わらせるつもりはない。

 

 ある程度、強くなって。

 ある程度、穢れに向き合って。

 ある程度、地獄にその身を置いたのちに。

 

 それでも、彼女らの意志が揺らいでいないのであれば、状況によっては『戦闘能力』の向上へと移行するとのこと。

 

 痛み分け。そう評するには、ちょいとばかり、向こうの要求が通り過ぎている気がしなくもないのだが、とりあえず、立香の弟子入りに関する騒動に収拾はつきそうだ。

 

「つまり、お前らはアサシンに弟子入りしたってことで良き?」

「え、アサシンの上司が結なんだから、結に弟子入りって形になるらしいよ? アサシン曰く」

「……聞いてねぇな」

「ではでは、これからよろしくお願いしますね、お師匠様」

 

 ニコッと微笑み、上目遣いで俺を見る立香さんの目には、どこか温かく眩いものがあって、思わず顔を逸らす。

 

『あら、浮気の気配かしら?』

『ハッ、寝言は寝て言え。俺ほど一途な男は中々いねえぞ』

『冗談に決まってるでしょうが。言われなくても知ってるわよ』

 

 個人用の念話で揶揄ってきたオルガへと、心の底からの本音でピシャリと返答する。

 

「……? どうかした?」

「いーや、なんでもねえ…………よし、そろそろ飯にするぞ。あいつら引っ張って、風呂でも行ってこい」

 

 はーい、と元気な返事とともに、立香は二人の元へと走っていく。

 

 

◇◆◇

 

 

 その小さな背中を、青年は見ていた。

 

 ——選択を、間違えたのかもしれない。

 そんな思考が頭の片隅にこびりついて離れなかった。

 

 けれども。

 

「守り抜く。何があっても、絶対に」

 

 ただ、それだけだ。

 誓いは、今も昔も何一つとして変わらない。

 

 

「家族を守る——例え、世界を壊しても」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()その青年は、シミュレータによる仮初の空を見上げて、そう独り言るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46話 愚者の道

 強化クエスト編 もう少しで終わります。
 セプテム編 何も思いついてないので滅茶苦茶時間かかります。
 
 ぐだぐだ行きますが、ご許しください。

 感想評価誤字脱字 毎度ありがとうございます。
 前回、評価が多くて嬉しかったので少し早めの投稿です。





 

 

 人理継続保障機関 フィニス・カルデア

 

 その所長にして、実動部隊の一人でもあるオルガマリーの一日は、二人の友人を起こすところから始まる。

 

『……朝よ、起きなさい』

「…………ん、あと、5分…………を3セット」

『それ、15分一回じゃダメなのかしら……?』

 

 呆れたような声。

 それでも、確かな優しさがその声には込められている。

 

『あと、アサシンは起きてるのバレてるから。寝ぼけたフリして、結の胸元にしがみつくのはやめなさい』

「……………………なんのことですかね」

『耳、真っ赤よ?』

 

 友人にして恩人にして戦友の愛しき相棒達。

 穏やかに頬を緩めて——身体なんてものはないのだが——ベッドの上で、ゴロゴロとする二人を見るオルガだったが、二度寝を見過ごすかどうかはまた別の話だ。

 

『はい、起きる。さっさとしないと脳内で百物語始めるわよ』

「新手の脅しだな」

「……よく考えると、マスターって常時オルガに弱みを握られてますよね」

「まあ、気にしてないけどね……そんじゃ、とりあえず——」

 

 寝癖でぴょこんと立ったアホ毛をペタペタと抑えるアサシンが。

 上半身を起こし、大きく伸びをしてから、欠伸を噛み殺した結が。

 

  「「おはよう、オルガ」」

 

 揃って挨拶をするこの瞬間を、とんでもないぐらいの幸せだとオルガは思うのだ。

 

『ええ、おはよう、二人とも』

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 自分が死んだあの日のことを、今でも時々思い出す。

 結果論で言えば、オルガマリー・アニムスフィアという少女は、あの事件で()()()()

 立場による責任、どうしようもない劣等感、存在しないレイシフト適性、ロードの一角としての自覚——呪縛ともいえるだろう。

 少女の思考はいつだって過剰なストレスに押し潰されて、その意志は縛られて、だからこそ、たどり着いた結論が決断の放棄だった。

 

 レフ・ライノール。

 

 あの悪魔のような男に、依存した。

 そう簡単に絆されるような少女ではなかった。

 少女が、本来の冷静さを持っていたのなら、あそこまで良い様に翻弄されることはなかった。

 

 その『たら、れば』に意味はない。

 

 

 確かなことがある。

 あの日、オルガマリー・アニムスフィアという名の魔術師は、死んだのだ。

 

 

 あの日。

 

 ()()、アニムスフィアの名を捨てた。

 

 残されたのは「オルガマリー」という名前と「オルガ」という愛称だけ。

 ただ、それだけでいい。

 ただ、それだけがいいのだ。

 

 失敗ばかりだったあのときを、その過去を、振り返りたくないと思うのは、自分の弱さが故なのだろうか。

 

 ふとした瞬間に、懐かしい過去を思い出す。

 

 その事実に、何かしらの意味があるというのなら——私は、その過去に未練でも持っていると言うのだろうか。

 

 わからない。

 わからない、けれど。

 

 星の形。宙の形。神の形。◼️の形。

 

 魂に刻まれたと言っても過言ではないほどに、繰り返したその言葉が思考の中で残響している。

 

 さて、立香は足を踏み出した。

 その先に待つのが絶望か希望か、そんなことは誰だってわからないだろうけど、それでも前へと歩みを進めた。

 

 では、問おう。

 お前はどうする、オルガマリー。

 

 

◇◆◇

 

 

『魔術講義をするわ』

「——はい?」

 

 

 肉体の疲労を取りつつ、軽めの肉体トレーニングを行う。

 最近では、立香やマシュも俺とトレーニングのタイミングが一緒になることが多く、必然的に構われる時間の減ったアサシンさんが、若干拗ね気味だったりする。

 

 オルガが唐突にそう告げたのは、シャワーを浴びて、汗を流し、本格的にアサシンへと構ってやろうとした矢先のことだった。

 

「ちょ、待ってくださいよ、オルガ! ここに来てお預けはないですってば!」

『いつもベタベタしてるでしょうが。焦らしプレイってことで我慢しなさい』

「それが好きなのは、私じゃなくてバカの方です!」

『結が脱いだ服なら、洗濯機に入ってるわよ』

「………………ごくり」

「アサシンさん!?」

 

 ナニをする気なんですかねぇ。

 いや、別にナニしてもいいんだけどさ。洗濯しろよ?

 

「まあ、それはそれとして、急にどうした?」

『……別に、理由はないわよ。思いついたことがあるから、検証に付き合って欲しいだけ』

「ほーん」

「へー」

『……もしかして、私、嘘つくの下手?』

「「下手」」

 

 というより、これだけ短期間で膨大な会話を行なっていれば、互いの癖ぐらい秒でわかる。

 魔術講義をしたい、ということは本当らしいので、隠したいのは動機の方か。

 そっちの方なら、わざわざ聞く必要はないか。

 隠し事ゼロを目指しましょう! なんて、やってられるか馬鹿野郎って話だ。

 ただでさえ、体を共有しているのだ。変なところで、ストレスを溜め込んでほしくない。

 

「んじゃ、図書館でも行くか。アサシンは今日は腕枕して寝てやるから、機嫌直してくれ」

「むぅ…………」

『むくれないの。相談しなくて悪かったわね』

「別に、いいですけど……」

 

 アサシンは図書館へと歩き出した俺の隣へとトテトテと慌ててやってくると、手のひらを重ねてきた。

 

「今は、こっちで我慢してあげます」

「おう。さんきゅ、愛してるぜぃ」

「ふにゃっ!?」

『不意打ちすぎない?』

 

 最近、我慢させすぎてる……ということは、俺も我慢しすぎている、のと同義であることを忘れてはいけない。

 無意識のうちに溢れた『愛してる』に、アサシンがノックアウトされる様子を見て、ふぅ……と息を零す。

 

「初心だなぁ」

『一応言っておくけど、相手は愛の女神よ?』

「ついで言えば、煩悩の化身でもあるな」

『なんで初心なのよ、この子。可愛すぎでしょ』

「ズルいよなぁ。惚れる」

『わかりみが深い』

 

「あの、二人とも、そろそろやめてください」

 

 手を繋いだまま、俯いたアサシンの表情は見えないが、サラサラとした髪の間から覗く真っ赤になった耳を見て、口角が緩む。

 にぎにぎ、と恋人なソレへと力を伝えてみれば、ピクリと彼女の肩が揺れ、やがて同様の力加減で返事がくる。

 

『…………なんで、この距離感で接してるのに、少し構われないだけで拗ねるのかしら』

「そりゃ、人理の危機じゃなきゃ、年がら年中、一日中でもイチャコラしてるからに決まってるだろ」

「マスターと永遠にイチャイチャ……」

『はいそこトリップしない』

 

 

 なんて会話を続けて移動すること十分弱。

 

 

『さて、早速だけど本題に移りましょうか』

 

 人気のない図書館へとやってくるやいなや、俺たちの興味が陳列された多種多様な本の数々へと移る前に、オルガはそう言った。

 

「さっきから聞きたかったが、授業ってのはなんだ? 俺は代償強化以外の魔術は戦闘じゃ使わねえぞ?」

『そんなの、言われなくてもわかってるわよ。その邪道魔術についての話よ』

「……マスターの魔術について、ですか」

 

 首を傾ぐアサシン。

 ちょいちょいと、その髪を掻き梳きながら、オルガの言葉を待つ。

 

『使い方に関して口を挟むことはないわ。その魔術は、下地が一切なしの状態から、次々と適応していった末に生まれたものなのだろうし……』

「まあ、そうだな。代償強化は、人から教えられた魔術って言うよりは、実戦で鍛え上げた技術って表した方が適する」

『ええ、だから使い方に文句はない。ちょっとばかし、危なっかしい気はするけどね』

 

 彼女が苦笑したのがわかった。

 アサシンもそうだが、オルガも俺の行動を見て「しょうがないなぁ」と、笑って背中を蹴り飛ばしてくれる人なのだと、強く実感する。

 

『だから、私が考えたのは、代償強化の効率化と多種化。歴史とか、外聞とか、今更どうだっていいの』

 

 一息置いてから、オルガは断言する。

 

『——ねえ、結、貴方まだまだ強くなれるわよ?』

 

 

 邪道と王道が、ここに融合する。

 誰かが言った。

 革命とは、価値観の境界にて起こるものなのだと。

 

 ゾクリと、鳥肌が立った。

 

『まずは、効率化について。ロード直々の授業だから、死に物狂いで着いてきなさい』

 

 

◇◆◇

 

 

 数時間後、図書館の机に俺は突っ伏していた。微笑みながら、アサシンが俺の髪を撫でていく。

 これが、幸せだな。

 

 

「鬼すぎる……」

「何語だったんでしょうかねぇ……」

『そういえば、貴方ってビンタ組だったわね』

「該当者が二人しかいないんだが」

 

 

 オルガが行った授業なのだが、その概要と言えば、代償強化による魔術が本来どのようにして行使されるのか、を知るためのものであった。

 これまで、ブラックボックスとして放置してきた魔術の過程について、とことん掘り下げていったのである。

 

 なんのためにそんなことを、なんて考えが当然ながら頭に浮かんだので、聞いてみると簡潔に返答された。

 なんでも「過程を知ることで代償強化の消費魔力量が減少する」とのこと。

 考えてみれば、当然だ。

 

 代償強化で消費される魔力量は、随時()()によって変化する。

 過程を知る、ということは、その()()を大きく変化させるのだ。

 具体的に述べてしまうのなら、知っている魔術を使うか、知らない魔術を使うか。

 

 王道による魔術の練習をして、実際にその魔術を実戦へとぶち込めるレベルまで育て上げろ——そんなことを言われているわけではない。

 

 ただ構造を知れ、と。

 それだけで、道を探るための魔力は、代償から消える。

 

 ぶっちゃければ、基礎の鍛え直しというわけだ。

 これまでのツケ払い、とも言えるかもしれない。

 

 ゆっくり、地道に、一つずつ。

 全ての努力は、明日の生存のために。

 

 まあ、そうは言っても。

 

「わからねえもんは、わからねぇですけどね!?」

 

 キレたくなるのが、お勉強というものだ。

 

 正論ばっかに従って生きていられるのなら、受験生は誰も苦労しない。

 

『圧倒的に基礎知識が足りてないわ……貴方、よくこれで魔術師を名乗ってたわね』

「個人的には、魔術使いの気分だったがな……まあ、これでも歴とした魔術師の弟子なので」

『どんな師匠に師事をこいたのかしら……』

「えーっと、なんて言ってたかな……ゼルレッチの爺が、どうのこうのっていつも言ってたけど」

『超重要人物じゃないッ!?』

「いや、そんな大層な人じゃないぞ。生活力皆無だし。知り合いの人形師には借金してたらしいし」

『とんだパンドラ箱じゃない!? 聞きたくない! 私、もうその人の話聞きたくないから!』

 

 大袈裟だなぁ。

 ただのしがない魔術師だって、本人が言ってたんだから、間違いない。

 

「オルガ、本当に聞かない方がいいですよ。正直に言って、ただの化け物ですから。その人のお師匠様」

『そうよね。そこまでの大物だと、私会ったことあるかもしれないし……深堀はしない方向で行くわ』

 

 なんか、コソコソとオルガとアサシンが会話をしているみたいだけど、何をそんなに恐れているのか、わからん。

 

「気になるなら、データベースでも行ってみるか? 自称“伝説の魔術師”さん、らしいからな。名前でも打てば出てくるかも」

『……………………やめときましょう』

「なら、いいけど」

 

 師匠、か。

 あんな風に、俺はなれるのだろうか。

 思い浮かんだのは、立香のことだった。

 

「——さて、そんじゃ、帰るか」

『はいはい、私は少し休んでいるわ』

「お気遣いあんがとよ」

「…………?」

 

 立ち上がり、アサシンの手を握る。

 まだ、何の話か理解していなさそうなアサシンの手を引いてから、一気に抱え上げる。

 

「……ぇ? あれ? なん、ですかね?」

 

 腕の中に収まった小さなお姫様への体温を、心地良く感じながら、自室へと歩き始める。

 

「目一杯、イチャつくとしようか? 流石に、久々の座学は精神に来るわ」

 

 ニッと笑って、顔を覗き込んでみれば、首へと細腕が回されて、グイッと体が引き寄せられる。

 彼女の左頬と俺の右頬がくっついて、吐息に耳元をくすぐられる。

 

「……痛いぐらいの抱擁の所望します」

「おう、喜んで」

 

 

 

 

 

 






 初めてアンケートを設置しました。
 特に大きな意味はありませんが、この小説でアンケート機能を利用した場合、どれくらいの人数が票を入れてくれるのか、ということを知りたいだけですので、暇なら投票をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47話 頭突きとケーキ

 
 アンケートの試験運転、ご協力感謝です。
 どんなもんなのか、なんとなく把握できました。
 
 感想評価誤字脱字 毎度の如く感謝です。


 

 

 

 

「ハァッ! セイッ! おらァァアア!」

「よっ、とっ、ほい。はしたないですわよ、邪んぬちゃん」

「だ、ま、れえええええええっっ!!!」

「うん、5点」

「ふぎゃる」

 

 感情任せの大ぶりの一撃を絡め取り、後方へと投げつつの固め技。

 完全に身動きを封じられた目の前の女性——ジャンヌ・オルタは悔しさを隠そうともせずに、こちらを睨みつけてきた。

 

「あんた、徒手だと強すぎない!?」

「まーね、年季が違えわ、小童」

「小童!?」

 

 こちとら最低でも10万回は、死んでんだよ。

 そこから数えるのやめて、時間を忘れて死にまくったから、総合計死亡回数は分からんが。

 むしろそこからが本番だった気もするぐらいだ。

 

 時間と才能の都合で、剣、双剣、徒手の三つしか鍛えてもらえなかったが、実戦経験の時間の合計ならば、相手が英霊だろうが負ける気はしない。

 普通に考えてみて、英雄様のようなセンスの塊達に対して、俺みたいな凡人が対抗するには、より時間を費やすほかないのである。

 

 そう考えると、じつは精神年齢がそろそろ中年だったりするのか、俺?

 

「なんで勝手に落ち込んでるわけ……?」

『そっとしておきなさい。勝手に復活するわ』

「オルガさんってば、辛辣」

 

 さて、今更だが、現状確認といこうか。

 俺達——俺とオルガと邪ンヌちゃんの三人は、現在、組手を行なっているところである。

 場所は、流石にこの短期間で何度もシミュレーションを使うわけにはいかないそうなので、カルデア基地内にあったトレーニングルームを利用していた。

 

 邪ンヌちゃんを解放してから、そのまま胡座をかいて呼吸を整える。

 彼女は隣で横になったまま、目一杯に両手両足を伸ばして、天井を見つめていた。

 

「それにしても弱いな、お前」

「ぐぬぅぅ…………しょうがないじゃない、格闘術を習ったことがあるわけでもないし」

「だろうけどよ……なんというか、センスが感じられねえ」

「気合いと根性でどうにかならないかしら?」

「それは最終手段だ、あほ」

 

 組手の意図は、単純に邪ンヌちゃんの戦力強化である。

 武器の一つも持たずに、今回の召喚へ応じた邪ンヌちゃん。

 彼女は唯一無二のクラスゆえのとある特殊能力は持っていたのだが、それだけでは、これから先、早い段階で手詰まりになることは明白であった。

 

 筋力ランクがEとはいえ、人間と比較してみれば、邪ンヌの身体能力には化け物じみたものがある。

 うまく身体を動かすことができれば、デフォルト状態の俺ぐらいなら簡単に遇らうことができるはずなのだ。

 

「さて、何回でもやるぞ」

「……ええ、望むところよ」

 

 起き上がり、七歩分の距離を取る。

 向かい合い、目が合った。

 

 ——()()()()、行くぜ。

 

 視線をやってから、拳を放つ。

 

「……ッ!? ——こ、のッ」

「防ぎ方が、甘え! 一度の回避で完結すんな! 次で終わるぞ!」

「…………くぅぅっ!」

 

 次、俺がどこに打つか。

 それを読め、ジャンヌ・オルタ。

 ただそれだけが、弱者に許された勝ち筋なのだから。

 

 

 先読み。

 

 そのために必要となるのは「直感」だ。

 正確にいえば、擬似「直感」。

 理性的判断を自分自身ですら分からないほどの極小の時間で行い、感覚では思考を通さずに身体を動かしているかのような状態を作り出すこと。

 瞬間的な情報処理能力を高める、とも言い換えることができるそれは、つまるところの俺の理性側の全力解放の状態と同一だ。

 

 近接戦闘以外の選択肢を持たない邪ンヌさんには、是非ともこれを最優先で身につけてもらいたい。

 

 だから、やっている特訓の内容は必然的に特殊なものになる。

 具体的に言えば、俺が直前で攻撃する場所へと目線をやり、それを邪ンヌちゃんが防ぐ(できるのなら反撃してくれても結構)というものだ。

 この特訓を攻守を入れ替えて、交互に行う。

 邪ンヌに攻め手もやらせているのは、彼女の攻め勘を養いたいという意図からだった。

 役割を考えると、彼女にとって攻めの力はそこまで重要ではないのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()には、鍛えておく必要があった。

 

 

 何十と、何百と。

 組み手を繰り返していくうちに、その身には傷が増えていく。

 

 そして、それは——唐突に起こる。

 

 

 

 "餌"として、上段へと左から右に左腕を薙ぎ払った。

 明らかに隙の大きな一撃に、邪ンヌちゃんは半瞬間ほどの戸惑いを見せてから、ヤケクソになって飛び込んできた。

 

 懐へと入られる。

 

 その直前に、殺気を"そこ"に飛ばす。

 

 

「……しまッ——」

「よーく、気づいた。褒めてやる」

 

 

 腕を薙いだ際に、俺は重心を無理やり後ろへと傾けていた。

 本当はこの時点で俺の意図に気がついて、その小細工を食い破るべく、躊躇いなく全速力で突っ込んでくれるのがベストだが、その対応を今の彼女に求めるのは少々、苦だろう。

 

 こちらの本命は、右足。

 

 減速はかなわず、ゆえに回避は許されない。

 放たれる膝蹴りを前に、邪ンヌは咄嗟に腕でブロックを作る。

 

 ミシッと音がして、邪ンヌの体が後方へと飛ぶ——が、決め手にはならない。

 完全には衝撃を伝えられていなかった。

 かなり上手に受け身を取られたな。

 

 さて、肉体的にダウンってことはなさそうだけど……そろそろ、精神的には限界を迎える頃じゃないか?

 これまで延々とこの修行を続けていた俺ですら、多少の疲労は感じている。

 受け身を取ってから、動きを見せない邪ンヌに対して「今日はこれぐらいにしておこうか」なんて口を開こうとして。

 ようやく、離れた場所で膝をついた邪ンヌさんの様子がおかしいことに気がついた。

 彼女は顔を俯かせて、何やらぶつぶつと小声で言葉を溢している。

 

 ちょっと、追い詰めすぎたか? そんな一抹の不安が脳裏を過ぎた直後のことだった。

 

「……次、行くわよ」

「——ッ!!」

 

 殺気が、溢れ出る。

 

 全身に鳥肌が立つぐらいに。

 武者震いと同時に、思わず俺の片頬が上がってしまうぐらいに。

 

 濃密な『凄み』が、彼女の全身から迸る。

 

「——いいね。最高だわ、お前」

「ぶち殺すッ!」

 

 理性が揺らいだ。

 それでも、戦意は薄れない。

 

 ああ、本当に最高だ。

 この負けん気の強さは、じゃじゃ馬根性は。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぁああああああああああッッッ!!!」

『……これ、は——』

 

 ジャンヌ・オルタの本能が、覚醒する。

 

 策も何もない突撃。

 だが、低い。

 これまでで、一番の低さと()()を保って加速する彼女の目には、強烈な意志の光が宿っている。

 

 接触の直前。

 更に下へと飛び込み、死角へと姿を消し、直後、跳ね上がって、勢いそのままに拳を振り抜く。

 

 緩急をつけて、俺の意識を刈り取りにきたジャンヌ・オルタに、花丸を献上しながらも——紙一重で拳を躱して、完璧なカウンターを叩き込む。

 

 スタンッと芯を撃ち抜いた確かな感触があった。

 これは、殺った。

 誰にでもそう思わせるような一撃が入った。

 

「か、は——」

 

 カクッと彼女の膝から力が抜け落ちて、身体がブレる。

 床へと倒れる前に、その身体を抱き止めようと腕を回したところで、目を見開いた。

 

「よっと。大丈夫か、邪ン——っ!?」

 

 確実に、意識を飛ばしたはずだった。

 虚ろになったその瞳を視認したはずだったのだ。

 

 直後——ジャンヌ・オルタの瞳に光が甦る。

 

「…………!?」

「な、めん、なぁあああ!!」

 

 頭突き。

 至近距離にいた俺の頭に躊躇いなく、自分の石頭をぶつけてみせたその度胸には、多量の呆れを混ぜた賞賛を送りたい。

 

 目の前がチカチカと眩む感覚に、思わず膝をつく。

 そんな俺の目の前で、ジャンヌ・オルタは仁王立ちをして…………

 

『オルタ、ストップ。今のは反省』

「…………ごめんなさい。めちゃくちゃ失礼なことしたわ」

「……ほんとだよ、助けようとした俺がバカみてぇじゃねえか、アホ」

 

 自身の主人に嗜められて、土下座をした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 邪ンヌちゃん曰く「殴れなさ過ぎてストレスが爆発した」とのことだったので、今度、ダ・ヴィンチちゃんに頼んでサーヴァント対応用のパンチングマシーンでも作ってもらうことにした。

 

 自室へと戻って、シャワーを浴びてから、ベッドへと寝そべり、邪ンヌとの組み手のことを思い返す。

 

 それにしても、最後の粘りは素直に驚いた。

 流石、ステータスが耐久全振りなだけあるしぶとさである。

 ジークフリートとタイマンで戦って、意識喪失をしなかったことにも納得だ。

 

 サバイバー:ジャンヌ・オルタ

 

 その最大の特殊能力が『生を渇望することを条件とした不死性の獲得』というものだ。

 

 ()()()()()()()()は使ったものの、この能力によって、現在の邪ンヌちゃんは我らがアサシンですら「えぇ……めんど…………」と殺害を拒否したくなるほどの生命力を獲得している。

 

「それにしたって、アレ耐えるのか……」

『認識外の一手で意識を刈れば、オルタの能力も関係ない…………その考えは間違ってないとは思うわ。私もカウンターがモロに入ったのを見て警戒を解いてたから、少し焦ったわ』

 

 反省、反省と呟くオルガに同意しつつ、少しの間、思考の海に身を沈めてみる。

 

 考えなければいけないことが、幾つもある。

 整理しなければならないことが、幾つもある。

 

 すぅ、と息を吐いて。

 瞼を下ろす。

 

 ジャンヌ・オルタの成長は、冠位指定の遂行に多大な影響を及ぼす。

 それこそ、立香の修行の有無と重要度は大して変わらない。

 

 ——どう育てるべきだ?

 

 先程、最強になりかねないと考えたのは純然たる事実だ。

 潜在能力だけで言えば、ジャンヌ・オルタという英霊はアサシンすらもを上回っている可能性がある。

 ……いや、本業が戦闘ではない女神様が、ここまで強いことも謎ではあるのだが、今はそれはそれとしておこう。

 

 そのポテンシャルの高さを証明するのは簡単だ。

 擬似的なものとはいえ、不死身の英霊。

 代わりに、火力が乏しい? 

 いいや、そんなことはない。

 彼女の宝具は、凄まじいの一言に尽きるのだから。

 

 

「————ああ、クソッ。柄じゃねえんだけどな、こういうのは」

 

 

 無意識の内に、愚痴のような言葉が口からこぼれた。

 

 人を導く。

 そんな高尚な人間になった覚えなどない。

 誰かに何かを与えられるほど、出来た人間なつもりなどない。

 

 そんな余裕があるわけがない。

 

 最近、こんなことを考えてばかりいる。

 

 

 面倒なら、辞めちまえ。

 そんな思考が浮かび上がる。

 

 だけどさ、と思考が続く。

 

 助けたのは、お前だろ。

 責任は、お前以外の誰が持つんだ?

 

 心の中でそう問いかけて、溢れそうになる弱音を建前という名の鈍器で叩き潰した。

 

 

 ——間違っていない。間違えていない。

 

 

「……師匠は、凄えな」

 

 

 虚勢を張れ。

 余裕を被れ。

 不敵に、不遜に、笑みを浮かべろ。

 

 

『大丈夫?』

「……例え、大丈夫じゃなくても、大丈夫でも、俺は大丈夫って応えるしかねえんだよ」

『——ごめんなさい、よりも、ありがとうの方がいいのかしら』

「ま、そっちの方が元気は出るな」

『なら、ありがとう。あまりカッコつけ過ぎるのはどうかと思うけど』

「カッコいい男ってのは、誰だってカッコよくなりたくて、目一杯の背伸びをし続けてるから、カッコいいんだよ」

『それは、初めて知ったわね。なら、今の貴方はカッコいいと思うわよ』

「……アサシンに聞かれたら、浮気を疑われそうなことを言うんじゃない」

『あの子なら、私に便乗して貴方のことを褒め称え始めると思うんだけど』

「それは………………割とありえそうだな」

 

 軽く雑談を挟んでいると、ドアからドンッとなかなか重めなノック音が聞こえた。

 その後「私です」との簡潔すぎる身分紹介が続く。

 

『上機嫌みたいね?』

 

 誰が訪れたのか、なんて愚問はしない。

 たった五音の言葉から、その気分すらもが予想できてしまう誰かさんのために、ドアを開けに行ってやるとする。

 

「エミヤに甘味でも作ってもらったに一票」

『じゃあ、私はパールヴァティーがドジをして醜態を晒したに一票で』

 

 中々に、性格の悪いオルガの物言いに苦笑を返しつつ、ドアを開けると、そこには表情筋をゆるゆるにした女神様の姿があった。

 その手には、イチゴのショートケーキが半ホール乗ったお皿が収まっている。

 

「……パールヴァティーとの争いの戦利品です! あのアーチャーさん特製ケーキですよ、マスターさん!」

『私の負けかしら』

「今回は俺の勝ちだな。当たらずともなんたら、って気はするけど」

「あの、何の話です?」

 

 テンション最高潮! って感じのアサシンは、俺の前でコテンと可愛らしく首を傾げたが、特に深掘りすることもなく、ケーキを机の上へと置きにスタスタと部屋の中へと入っていった。

 ケーキ切りますね、と一緒に持ってきたナイフを構えたアサシンを横目に、紅茶の用意をする。

 両手が塞がってたみたいだけど、ノックは? なんてオルガが尋ねてみれば、頭突きですけど何か? なんて返事をアサシンは送る。

 

 つい、どこぞのアホに頭突きを叩き込まれたほんの少し前のことを思い出してしまった。

 

 

 

 

 

『……美味しそう』

「まあ、そうだな」

『……別に、変に気を遣う必要はないわよ? ただ、ちょっとだけ羨ましくなっただけだから』

 

 3ピースに切られたショートケーキを前にして、オルガが何気なく呟いた『美味しそう』の言葉が、やけに頭の中で引っかかる。

 

 アサシンがわざわざ3ピースなんかで切り分けたのが、原因なのかもしれないが。

 

 あれ、わざわざ、3ピースで?

 

「………………………………ん?」

「私は、できると思いますよ」

 

 思考が止まる。

 アサシンは動きを止めた俺を見て、ジト目でぼやく。

 

「できると思ったから、こう切ったんです。まあ、その可能性について気づいたのは、ついさっきのことなんですけどね…………それと、そうじゃなきゃ、流石の私もケーキ一つでここまで浮かれませんよ」

 

 どうして、これまで思いつかなかったのだろうか。

 

「同調、接続、リンク、言い方はなんでもいいですけど————オルガとマスターの二人でやれないなんて道理はないですよね?」

 

 ニコッと極上の微笑みを湛えて、アサシンは言った。

 

 

「五感共有、してみたらどうですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 500000UA達成いたしました。
 皆様のお陰でございます。
 
 カーマさんの過去編についての情報を、活動報告にあげておきましたので、興味の持たれた方は軽く見ていってくださいねー。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三章 第二特異点 セプテム
48話 第二特異点




  
  新章 突入 
  結局、脳死で書き始めたので多分絶対ぐだります。
  精一杯、書くのでよろです。

  感想評価誤字脱字 毎度ありがとうございます。





 

 

 

 

 朝が来た。

 上半身を起こして、大きく伸びをする。

 目覚めはいい。

 不自然なぐらいにスッキリとした意識の覚醒に、小さく首を傾げてから、まあ、いいかと疑問を適当に放り投げる。

 すぐ隣には、こちらに体重を預けてすやすやと眠りこける少女の姿。

 サラサラの髪を撫でると、無意識ながらに、すりすりと掌へと頬を擦り付けてくる彼女の姿に、頬が緩む。

 

 すべすべ、もちもち、ふにゅふにゅ。

 撫でて、つまんで、つついて。

 

 その度に心地よさげに、俺の身体へとしがみつく力を強める少女。

 

 どうやら、彼女も意識の方がハッキリしてきたみたいだ。

 

「…………どうしましたか、ますたーさん」

「どうもしてねえよ。ただ、まぁ、そうだな」

 

 寝ぼけ眼の瞳を擦りながら、すぐ隣に座り直したアサシンを見て、しみじみと幸せだなぁ……と感じながらも、口には出さずに穏やかに笑う。

 

「おはようさん」

「……はい、おはようございます」

 

 

 

 本日 午前八時。

 第二特異点 西暦60年 古代ローマ帝国

 冠位指定 その二つ目。

 

 

 戦いの刻は、近い。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「よっす、立香。体調はどうだ?」

「あ、結! おはよー……体調は、そうだね。筋肉痛が永遠になくならないぐらいかなぁ……?」

「あー、うん。ほどほどにな」

 

 食堂にて、エミヤ特製朝食プレートを食べていた立香と合流する。

 マシュは? と聞けば、いつものメディカルチェックとの答えが返ってきた。

 

 唯一のデミ・サーヴァントという存在であるマシュ・キリエライトには、いくつかの特殊な事情があるらしく、ロマンはかなりの高頻度でマシュのメディカルチェックを行なっている。

 一度、オルガに聞いてみたところ、かなり個人の深い事情に関わることである上に、オルガ自身も思うところがあるらしく、その事情とやらを教えてはくれなかった。

 

 各々に秘密があることなど、当たり前の話だ。無理に聞き出そうとは思わないし、生半可な覚悟で向き合うのは侮辱に値する。

 本当に危機的な状況であったのなら、話は変わってくるのだが、現状に問題がないと言うのならば、傍観の体勢を続けていく方針で良いだろう。

 

 昨日の夜から、エミヤに仕込んで貰っていたフレンチトーストを口へと運ぶ。

 メープルシロップ、イチゴを筆頭としたジャム、粉砂糖、蜂蜜にバニラアイス……合わせの品のバラエティーが富んでいるのは素晴らしいことなのだが、あまり多すぎても迷って困る。

 

 それは隣のアサシンも同じだったらしい。

 むむむ、と眉を顰めながら、フレンチトーストを凝視する彼女の姿をもう少しだけ見ていてもよかったのだが、生憎と時間に余裕があるわけでもない。

 

「別の味にして、シェアしようぜ」

「ちょうど、その提案をしようと思っていたところです」

 

 速攻で了承のグーサインが返ってきたので、二切れあるフレンチトーストを半分に切って、まずは粉砂糖と蜂蜜のオーソドックスな組み合わせを頂く。

 フォークを突き刺し、一口分だけ齧る。

 ふわっとした食感と口の中で広がるくどすぎない甘さに、思わず至福のため息が溢れそうになる。

 その様子をキラキラとした目で見ていたアサシンに、一口齧ったそのフレンチトーストを差し出すと、待ってましたと言わんばかりの勢いで彼女はフレンチトーストに食いついた。

 

「〜〜ッ! 口の中が、幸せです」

「だよなぁ……」

「二人とも、甘いもの好きだよねー」

「「何を当然のことを」」

 

 声を揃えて、立香の言葉を肯定する俺たちに、彼女は苦笑気味だった。

 

『……ん、ああ、もう起きていたのね』

「お、ようやく起床か?」

「今日はお寝坊さんでしたね、オルガ」

『少し、最近のアレの疲労が抜けきらなくてね……時間が経てば本調子を取り戻すわよ』

 

 と、そんなタイミングで、これまで意識封鎖をしていたオルガが目を覚ます。

 

『食事中だったのね……これまた、食欲を唆るものを……』

「我慢しなさいな」

『わかってるわよ』

「今日から特異点攻略ですしね。帰ってきたら、アーチャーさんに甘味を頼みましょうか」

『秒で終わらせるわよ』

「貴方までボケに回らないでください、オルガさんや」

 

 もぐもぐと、アイスを乗せた一切れを頬張っていたアサシンと、それを見て羨ましそうにため息を吐いたオルガの会話を聞いて、じんわりと胸の奥が温かくなる。

 平和だなぁ……と、素直にそうぼんやり感じ入っていると、気がついたときには、お皿の上のフレンチトーストが一切れ姿を消していた。

 

「アサシンさん?」

「あむ、ん……ん? なんですか、マスター?」

『冤罪よ、結』

 

 咄嗟に、容疑者最有力候補へと目を向けるが、彼女が特に何かをした様子は見られない。

 頬を膨らませたまま、首を傾げるアサシンを見ながら、犯人が誰なのかをようやく理解して、こめかみに手を当てた。

 

「……まじか、すげぇ悔しいんだけど」

「〜〜! 美味しい。今度、私も頼もうかな」

 

 気配遮断——と呼ぶにはいささか、未熟だろう。

 けれど、確かにその片鱗が垣間見える。

 才能か、或いは努力か。

 どちらかだと一辺倒に割り切って考えることはできないが、なんであろうと関係ない。

 

 どれだけ気が緩んでいようとも、俺が今、藤丸立香の気配に気がつけなかったのは事実なのだから。

 

「どやぁ……」

「いらぁ……」

「イラァ……」

『結はともかく、なんで、アサシンまでイラついてるのよ』

「いえ、私の食べる分が減ったのでつい」

『理解』

 

 勝利報酬として、持って行かれたフレンチトーストについては見逃してやることにする。

 アサシンも冗談一つで立香の行動を許容しているあたり、なんだかんだで信頼関係の構築は順調に行われていると考えてもよさそうだった。

 

 それから立香は準備のために離席し、誰も居なくなったことを良いことに、仲睦まじく食べさせ合うこと十数分。

 オルガに関してはコーヒーが飲みたい……とどこか疲れ気味だったので、今度マックスコーヒーでも奢ってあげようと思う。

 

「ごちそうさんでした」

「ご馳走様でした」

 

 両手を合わせて、声を揃えて、そう言って、食器を片付ける。

 大事そうに両手でお皿を抱えるアサシンを、丁度、厨房の方から顔を見せたエミヤが、穏やかな笑みを浮かべて見ていた。

 

「…………」

「どうした、結?」

「いや、なんでも。美味かったわ」

「それは何よりだ…………気をつけて行ってこい」

「おう、宴会の準備でもして待ってろ」

 

 適当に言葉を放り投げて、その場を後にする。  

 

 

 

 

 自室に向かう廊下の途中で、アサシンが、ぎゅっと手を握ってきた。

 

「少し緊張気味ですか、マスターさん?」

「ん、まあ、それなりにな。大丈夫だ、()()()してねえよ」

 

 お前がいるからな、なんて態々、今更言わなくても伝わるだろう。

 

 部屋に戻ってから、特別に何かをしなければならないわけではない。

 淡々と、粛々と。

 感情は揺らさずに、緊張の糸は程良くハリがあるぐらいが丁度いい。

 

 俺用に改造してもらったカルデア制服とチキン剣、短刀を身につけて、最後に一度瞼を下ろした。

 

 吐いて、吸って。

 吐いて、吸って。

 

 ゆっくりと、息を吐く。

 

 大丈夫だ。

 コンディションは絶好調。

 体力、気力、魔力は十分。

 

 瞼を、上げる。

 いつも通りのルーティン。

 スイッチが切り替わる。

 

 

「さて、そんじゃあ、行くか」

「はい!」

『ええ!』

 

 

 管制室へと足を向ける。

 臨戦体勢は、既に整っていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「さて、それじゃ、第二特異点攻略に向けての最終確認を始めようか……とは言っても、向こうについてみないことには、話は始まらないからね。準備不足がないかの確認時間かな」

 

 苦笑しながら、ロマンは第二特異点へと乗り込むメンバー全員の顔を見渡した。

 

 具体的に言えば、俺とアサシン、立香にマシュ。

 そして——

 

「大丈夫ですか、ますたぁ」

「ふん、無駄に緊張してないでしょうね?」

 

 とある事情によってリソース問題の影響を受けにくい邪ンヌちゃんと、有無を言わさせずに同行を宣言した清姫の二人。

 どこぞの良妻賢母系善性サーヴァントの方は、呼ばれてかなりの時間が経つくせに、未だに特異点へと出向くつもりがないらしい。

 

「心配してくれるとは随分と優しいじゃねえか、邪ンヌちゃん。お父さん嬉しい」

「お母さんも嬉しいです」

「今すぐ叩きのめすから、アンタら、そこに直りなさい」

 

 え、お母さん?

 夫婦……夫婦かぁ……いいね。

 

「やはり、呼び方は『あなた』一択でしょう」

「異論なし」

「ねえ、マスターちゃん? 手綱ちゃんと握ってるのよね?」

『私は名前呼びの方がしっくりくると思うわ』

「救いが潰れたわ。もう、終わりね」

 

 おい、邪。

 オルガはどちらかといえば、こっち側の人間だぞ? 俺たちが染め上げました。なお、反省はしていない。

 

「また『邪』って言われた……ああ、助けて、お姉ちゃん」

「お前もシスコン悪化してんじゃねえか」

「なんで、ちゃっかり、自分だけは正常です、みたいな顔してるんですかねぇ……」

 

 項垂れる邪ンヌちゃんに、ジト目を向けるアサシンが可愛い。

 あと、あんまりシスコンチックな発言は慎んでいただきたい。妹オーラ的なものを察知したジャンヌが、管制室の入口で『呼んだ?』と●フロスキーよろしく顔を出してるんだよ。

 

「お姉ちゃんですよ?」

「帰れ」

「泣きました」

 

 いい加減、話に収拾がつかなくなってくるので、貴方の参戦は拒否します。

 まあ、意図してかは知らないが、邪ンヌちゃんのお陰で身体へと無駄に入っていた力みは解れた気がする。

 

 集中は解かず、身体の負担は最小限に。

 ただし、前回の特異点——最終決戦時に集中がプツリと途切れたあの醜態を省みることは忘れない。

 

「さて、では話を戻そうか。これから僕たちが臨むのは、一世紀のヨーロッパ。具体的に言えば、古代ローマ帝国だね。イタリア半島から始まり、地中海を制した大帝国。時期的に言えば、カリギュラ帝やクラウディウス帝、ネロ帝が国を統治した頃の話かな」

 

 カリギュラ、ネロ……これまた大物の予感。

 まあ、散々、英霊に会っておいて、今更なんだと言う話でもあるのだが、現地人となると感慨深さはまた別物になってくるのは、きっと俺だけではないはず。

 

「また、これは、同時に古代ローマ帝国が最盛期を迎えている時代でもある。古代ローマの繁栄と滅亡は、人類史において大きな意味を持つ。それこそ、古代ローマの存在なくして人類史は成り立たないと言えるほどにね……確かに、特異点となるには十分過ぎるぐらいだ」

 

 要するに、そのローマに何かしらの異常が起きている、というわけだ。

 ターニングポイント。

 そこから、異変の原因であろう聖杯を取り除く。そして、可能であれば黒幕一味の仲間であるレフとの対峙。

 それが今回、俺たちが請け負う使命だ。

 

「……そういや、今回は聖杯の数はわかってるのか?」

「ああ、そうだった。正直に言うとね——わからない」

「……魔力反応はどうなってる?」

()()なんだ。聖杯の魔力反応が追いにくい原因がある。それが、今回の特異点で注意してほしいことの一つ……空気中の魔力濃度が妙に高い。礼装を身につけている君たちの行動に支障をきたすほどではないと思うけど、何があるかはわからないから、気をつけてほしい」

 

 空気中に魔力反応あり、と。

 現地に行ってみないことには、わからないことがあるのだろうか。

 

『普段よりも、周辺探知に意識を割くわ。各自、不自然なことがあったときは報告を怠らないようにすること。特に結とアサシンは、ね』

「信用がねえなぁ……」

「心配性ですねぇ……」

『 わ か っ た ? 』

「「はい」」

 

 あらやだ怖い。

 ばちこり手綱握られてるじゃねえですか。

 

「僕たちの目的は、聖杯回収による特異点の解消だ。だけど、最優先事項は君たち自身の命であることを、忘れないでほしい。死んでしまったら、本当にそこで終わりだ。どうか、生きて君たちがここに帰還することを、心から願っている」

「……うん、わかってる。任せてよ、ドクター」

 

 ロマンの言葉に、立香は微笑んだ。

 

『さて、それじゃあ、行きましょうか』

 

 話が落ち着いたところで、オルガが覇気のこもった声音で、管制室内に居る全員へと呼びかけた。

 

『目標、一世紀の古代ローマ帝国、その首都ローマ。オーダーは、聖杯の破壊又は回収による特異点修復』

 

 呼吸を入れる。

 

『疲労が溜まっているのはわかる。復旧作業と並行に行わなくてはならず、万全とは程遠い状態でのレイシフトになることを、申し訳ないと思う。けれど、それでも——だからこそ、貴方たちの力が必要です』

 

 真摯に、そして激情を猛らせて。

 

『人類の存亡は今ここにいる全ての者の双肩にかかっているのだと、魂に刻み込み、そして発奮せよ。貴方たちの健闘に、私たちは必ず応えてみせます』

 

 魂を震わせるぐらいに、心の熱を伝えて、彼女は告げるのだ。

 

『これより、第二特異点攻略を開始する。さあ、気張って行きましょう!』

 

 目には見えないけれど、その声を、その姿を、眩しく思った。

 眩く、尊く、美しいものだと感じた。

 

「「「「了解ッ!!!」」」」

 

 揃った返事。

 管制室の中に確かな熱が宿る。

 

 ポッドに入り、目を閉じた。

 

 機械音声のアナウンスが、聞こえる。

 

『 アンサモンプログラム スタート 』

 

『霊視変換を開始します』

 

『レイシフト開始まで あと3、2、1……』

 

 

 そして。

 

『全行程 完了

 グランドオーダー 実証を 開始 します』

 

 

 光に包まれる

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星なき暗闇の空。

 

 

 

 

 円環は空を焼く。

 

 

 

 

 夢に揺蕩う哀れな凶王。

 

 

 

 

 復讐に焦がれる緋色の女王。

 

 

 

 

 失われた夜。

 

 

 

 

 堕ちた女神と薄れた神秘。

 

 

 

 

 魔神は嘲笑う。

 

 

 

 

 救世主が笑う。 

 

 

 

 

 求めたのは「永遠の繁栄」

 

 

 

 

 降されるは「滅びの肯定」

 

 

 

 

 

 杯が二つ。担い手は二つ。

 

 

 

 

 

 

 ————そして、銀星は瞬いた。

 

 

 

 

 

 

 

   狂宴神託乖影国 セプテム 開幕。

 

 

 

 

 

 

 

 





  
  前日譚です。
  不定期連載始めました。
  https://syosetu.org/novel/286124/


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49話 女神

 

 

 

 

 

 

 潮風の匂い。

 照りつける太陽。

 瞼を上げれば、そこには一面の海が広がっていた。

 

「海?」

「海ね」

「海です」

『海よね……』

 

 なるほど、これが地中海か。

 

「…………おい、これのどこがローマ都市部だ?」

『座標軸、結構ズレたわね……レイシフト適性の影響かしら?』

 

 周囲を見渡すが、そこにはアサシンと邪んぬちゃんの姿しか確認できない。

 どうやら、立香たちとはレイシフト時に逸れてしまったようだ。

 

「折角ですし、少しぐらい遊んでいきます?」

『流石に却下よ。余裕ができたら、今度また海水浴にでも来ましょう』

「遊ぶな、とは言わないのね……」

「アサシンの水着姿を見るチャンスを潰してたまるか」

「あんたの私情は聞いてないわよ……」

 

 はぁ……とため息を吐く邪んぬちゃんは、どこかやつれ気味である。

 ストレスでも溜まっているのだろうか?(すっとぼけ)

 

「カルデアとの連絡は……うん、繋がらねえな」

『通信阻害、かしら? 特異点全体に仕掛けられているのなら、かなり厄介だと思うけど』

 

 ザザッ——と音を立て、砂嵐状態を示すモニターを見て、オルガがため息を吐く。

 その嘆息を聞き流しながら、確か、大気中に魔力が含まれている、なんて話を出発前にしていたことを思い出した。

 とりあえず、まずは周囲の様子を確認してから、立香達との合流手段を考えようか。

 

「アサシン、邪ンヌ、周囲の警戒を——」

「あら、こんな場所に人間とサーヴァントの集団だなんて、少し驚きましたわ」

 

 

『ぇ……ッ!? 結、すぐ近くに、サーヴァント反応がッ!』

 

 オルガに言われるよりも早く、既に身体は動き始めていた。

 声が聞こえた瞬間、いや、相手が声を発しようと意志を発現した瞬間に、突如現れた背後の気配から、飛び退くようにして距離を取る。

 

 代償強化——身体強化

 代償:魔力

 

 魔力を全身に走らせて、腰元にぶら下げていたチキン剣を引き抜く。

 

 俺が飛び退くと同時に、アサシンは即断で弓を弾き絞り、邪ンヌが俺と現れたサーヴァントの間へと飛び込み、臨戦態勢を整えた。

 

「まあ、物騒。そんなに怖い顔をしないでくださいませ、人間の勇者様」

 

 紫の髪は星屑を散らばらせたように輝き、妖艶を孕む菫の瞳が悪戯に笑う。

 鈴の音のような声をコロコロと転がして、彼女はそこに立っていた。

 

「ご機嫌よう、私はステンノ。ゴルゴン三姉妹のその一柱、女神ステンノよ」

『…………女神ステンノ、ね。古代ギリシャの神。本来なら、神の降臨なんて有り得ない事象ではあるけれど、ウチにも二人ばかりいるもの——スケールダウンの制限をかけられたことを条件とした限定召喚の神霊、といったところかしら』

「姿の見えない魔術師様は博識ね。是非とも、そのお顔を一眼見て見たいところなのですが」

『……残念ながら、そうしたい気持ちは山々ですけれど——』

「……ええ、許しましょう。その意思を汲めるほどの器は持ち合わせているつもりです」

 

 悠々と、余裕たっぷりに、ステンノと名乗った少女は微笑んだ。

 オルガの話を聞く限り、目の前に立つこの少女はアサシンやパールの擬似召喚とは違う本当の神霊……()()()()()()()()()と同じか。

 

「……それで、その女神様とやらが何の用なわけ?」

「ふふっ……面白いわね、貴女。英霊でも人間でもない紛い物——それなのに、酷く美しい」

 

 邪ンヌが一歩だけ前進すると、ステンノは邪ンヌの元へと無遠慮に歩んでいく。

 そして、邪ンヌの頬をツーっと撫で——

 

「そこまで、です」

 

 スパッと空気の塊を割く音がした。

 放たれた矢は、ステンノと邪ンヌの間を絶妙に通り抜けて、牽制の意をコレでもないほどに指し示した。

 

「…………売女が、マスターのものに近づかないでくれますかね」

「あらあら、あらあら……随分と卑小な神も居るものね? 綺麗なものを綺麗だと、美しいものを美しいと、私はただ認めているだけよ?」

 

 こっっっわ。

 なにこれ、こっっっわ。

 

「……マスターちゃん、マスターちゃん、私ってそんなに()()()()()なのかしら?」

『食べちゃいたいぐらい可愛いわよ』

「冗談よね??」

 

 君たち仲良いね?

 脳内でそんなツッコミを入れながらも、どうやら目の前に立つ紫髪の女神は敵ではないようなので、警戒態勢を解く。

 

「オルガ、周囲の警戒だけ頼む」

『了解よ』

「アサシンは殺気抑えなさい。はしたないですわよ」

「むぅ……マスターがそう言うなら、仕方ないですね」

 

 渋々といった様子で弓を下へと向けたアサシンを見て、ステンノの口元が弧を描く。

 

「へぇ……そう、そうなのね…………」

 

 それは、新しい玩具を見つけた悪女のような笑みであり、ブルッと背筋に悪寒が走る。

 無意識のうちに、一歩後ろへと退いてしまうと、ステンノは殊更に傷ついたような表情を浮かべてこちらへと近づいてきた。

 

「酷いわ……そんなに怯えなくても、取って食べたりしないのよ?」

「顔面に、愉悦の二文字が浮かんでるが、自覚してるか?」

「ええ、してるわ」

「尚更タチが悪い……!?」

 

 少しずつ、距離が詰まる。

 が、それを易々と許すほど、()()女神は大人じゃない。

 

「それ以上、近づいたのなら、問答無用で撃ちます」

「まあ、怖い……本気ね、貴女」

 

 うーん、相性の問題か?

 この二人が仲良くしている未来が見えない。

 あと、俺、何も悪いことはしてないので、そんなに強い力で腕掴まないでください、アサシン様。え、何? 独占欲? なら、仕方ねえ。

 

「わかったわ。遊びはこれぐらいにしておいてあげます……それで、貴方達はどうしてこんな辺鄙な場所へと?」

『ええと、意図してここに来たというのは、間違いと言うか…………少しだけ、説明の時間を貰えるかしら?』

 

 

◇◆◇

 

 

「……ああ、そう。貴方達のことだったのね」

「何のことだ?」

「いえ、似た話を最近聞いたのよ。確か、この時間帯は……」

 

 人理焼却、カルデアの役目などと、現在の状況をステンノに伝える。

 彼女は、ある程度の情報を現界した際に得ていたらしく、特に悩むこともなく、海辺とは明後日の方向にある洞窟の方を指差した。

 

「あちらに、貴方達の助けになる…………かもしれない、サーヴァントが居るわ」

「……かも?」

「かもよ」

「力強い返答をありがとう」

 

 そこはかとなく不安な気配がしなくもないが、情報提供はありがたい。

 俺が少々の間、次の行動に悩んでいると、邪ンヌが疑問に思っていたらしき質問をステンノへとぶつけていた。

 

「女神っていうぐらいだし、魔力量も多いんだから、貴女が手伝ってくれればいいんじゃないの?」

「……私はか弱き者、可憐で繊細で、誰かに守られなくては生きていけない者、またはそのように在れと願われた偶像——神とは言え、何ができるわけでもなく、何をするつもりも有りません」

 

 偶像か。

 言い得て妙だな。

 連鎖召喚でも引き起こして、三女の方でも出て来なければ、ステンノが戦闘力を持つことはないのかもしれない。

 

「…………情報提供、サンキュー。少なくとも、俺たちに害がねえなら、文句はない」

「ええ、ですから、精々抗うと良いでしょう。その様を、私達は見ていますので」

 

 では、さようなら。

 そう笑って、手を振る女神に、アサシンは舌を突き出して応える。

 ステンノの薄ら笑いに怖気を感じたので、挑発はやめてほしい。

 

『…………結、行くわよ』

「おう。アサシン、喧嘩売ってないで行くぞ」

「わかってますよ……そこの黒犬も行きますよ」

「何で伝言ゲームしてるのよ!? 聞こえてるから、一回で! あと、黒犬って何!?」 

 

 ……名前、呼ぶの恥ずかしかったんだね。

 

『姉と同じ道を通ってるわね』

「それはお前もだろうが……通過儀礼だな」

 

 名前を呼ぶ、という動作のハードルがここまで高いとは、うちの子のコミュ力が心配。

 まあ、今更な気がしなくもないが。

 

「……うっさいです。文句ありますか?」

「ほっぺ膨らませてるの可愛いよ」

「なにゅ……っ! なに、急にぶっ込んでくるですか!?」

「ごめん、フィルターが仕事しなかった」

「常日頃から思ってることが、漏れちゃいましたって? とんだ、脳内お花畑ね」

『ツンケンしてても可愛いわよ、オルタ』

「マスターちゃん、そろそろ暴走やめて」

 

 邪ンヌ一人が増えただけというのに、騒がしさは倍増って感じだな。

 追加戦力……ステンノが言っていたサーヴァントは、大人しく無口or無害なお淑やかな人だと嬉しいんだけど。

 

「マスターさん、フラグの立った音が聞こえました」

「そんなもん、へし折ってしまえ」

 

 俺も思ったけどね?

 気づかないフリをしてれば、スルーできると信じていたのに。

 雑談を挟みながら、警戒は怠らずに洞窟へと足を進める。

 

『異常なし……何か気づいたことは?』

「特になし、問題なさそうだな」

 

 敵生命体との遭遇はなく、ジメジメとした洞窟の目の前へとやってくることができた。

 オルガの魔力探知と、その他三人による気配察知による周辺警戒。

 これを掻い潜られてはもうどうしようもない、というレベルの警戒網を敷きつつ、洞窟へと足を踏み入れる。

 そういや、サラッとステンノはこの警戒網を突き破って接触してきてんだよな。

 高位の気配遮断でも持っているのだろうか? うちのなんちゃってアサシンは持ってすらないけど。

 

「何か?」

「いいえ、何も?」 

 

 お前は気配の消し方を自前で覚えてるから必要ないんですよね……なにそれ、強い。

 

「…………うぅ、気持ち悪っ」

『頑張って、オルタ。警戒は私に任せていいから』

「この空気感を味わわなくてもいいってのは、羨ましい気もするな」

 

 ジメジメとした妙に温かい空気。

 薄暗い洞窟の中、というのも相まって、気味の悪さは相当なものである。

 しばらく、無言のまま洞窟を進んでいったところで、突然アサシンが立ち止まった。

 

「止まってください。それと、オルガ……魔力濃度、上がってませんか?」

『え……本当ね。全く気がつかなかった』

「……嫌な気配もします。皆さん、そろそろ何か来ますよ」

 

 アサシンがそう警告の言葉を発した直後のことだった。

 

 ——————あ、これ、マズイ。

 

 第六感が、危機を告げた。

 アサシンの自力での回避を信じ、隣にいた邪ンヌを脇に抱えて後ろへと飛び退く。

 

 直後、先程まで俺が立っていた場所へと、光弾が飛来し、その地を穿った。

 

「な——っ、によ、これ!」

「わからん、とりあえず敵襲!」

『視界照らすわ! 直視しないでね!』

 

 オルガの宣言通りに、数秒と経たずして洞窟内部が照らし出される。

 

 そこに、いたのは。

 

「GRAAAA——!!!」

 

 獅子の頭。

 山羊の胴体。

 蛇の尾。

 

 それ、即ち——

 

「……キマイラ!」

『どうして、こんな場所に——ッ!?』

 

 ギリシア神話の怪物……いや、流石にオリジナルほどの性能はないだろうが、それなりの戦闘能力は有していそうな圧を、全身に感じる。

 

 が。

 

「まあ、驚いた……けど、驚いた()()だ。やれ、アサシン!」

 

 もう遅い。

 灯りによって、世界が照らされたあの瞬間よりも前から、彼女は怪物の懐へと滑り込んでいた。

 

 下腹部から、背筋へと。

 一直線に、蒼の閃光が貫いた。

 そして、ダメ押しと言わんばかりの蒼炎が、キマイラの全身を覆う。

 

 数秒後、半身が灰へと変わったキマイラの亡骸を蹴り飛ばして、アサシンがその下から姿を見せる。

 

「…………うぇ、ちょっと返り血つきました……」

「うわぁ、ドンマイ……ちょっとこい、タオルで拭いてやるから」

「はーい」

 

 顔を顰めたアサシンの機嫌を取りつつ、丁寧に彼女から汚れを取り除いていく。

 軽い毒性があったようで「少しヒリッとします……」とご立腹のアサシン様だったのだが、そんな俺たち二人の様子を、邪ンヌが筆舌にしがたい顔で見ていた。

 

「……ねえ、マスターちゃん? あれ普通?」

『ごめん、慣れて』

「あ、うん。わかったわ」

 

 アサシンの身支度を整え、一応、念入りにキマイラの焼却処分を行ってもらってから、洞窟の奥へと進む。

 キマイラの他に敵生命体は見られず、程なくして、俺たちは洞窟の最奥へとやってきていた。

 

 

 

 おい、ステンノ、情報嘘じゃねえか。

 なんて言葉を口にしてやりたかったところだったのだが、目の前の光景がそれを許さない。

 

 ため息を一つ。

 オルガが『諦めなさい』と告げ、邪ンヌが天井を仰ぎ始め、アサシンが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる中、一人考える。

 

 

 

「ちょ、コラッ! 狭い、狭いから! 何でアンタまで入ってきてんのよ!?」

「むふふ、細かいことを気にするでないワン。キャットなタマモな私の毛並みは最&高、つまりは無問題。む、もう少し詰めるがよい、トカゲな少女よ」

「意味がわからないし、トカゲ言うな!?」

 

 

 

 この揺れ動いてる巨大な宝箱、放置して帰っていいかな?

 

 

 

 

 







 タマモキャットとかいう混沌を扱いきれる気がしない……
 プロット空っぽなので、亀更新。(定期)
 過去編の方が筆の進みが良いので、よければ、そちらで暇を潰してくださいな。

 https://syosetu.org/novel/286124/



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50話 助言




 すいません。
 一次創作の長編を一本仕上げてみたのですが、気がつけば、こちらの小説の書き方を完全に忘れてしまいました。
 圧倒的、スランプ。
 変になってないといいのですが……

 亀速度ですが(亀に失礼)、生存報告代わりにどうぞ。



 

 

 

 

落ちる。

 

落ちる。

 

落ちる。

 

するりするりと、身体がほどけて。

 

ぴし、ぱしと、四肢にヒビが広がっていく。

 

そのなかで、確かに感じるこの引力はなんなのだろうか。

 

沼底へと引き摺り込まれるような感覚に、争うこともできずにただどこかへと落ちていく。

 

暗く、暗く、暗く、暗く。

 

落ちて落ちて落ちて落ちて。

 

身体が溶けていく。

 

意識が薄れていく。

 

零して、溢して、こぼして。

 

ゆっくりと、ゆっくりと。

 

ただひたすらに、天が遠ざかっていく。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️」

 

ああ、陽が眩しい。

 

身体が焼けてしまうかのような輝きに、どこまでも澄み渡る蒼穹に、手を伸ばす。

 

愛しき誰かのことを想起しようとして、その名前が思い出せないことに気がついて、思考が硬直する。

 

「……ぁ、れ?」

 

わからない。

わからない。

わからない。

わからない。

わからない。

わからない。

 

あの子の顔が、あの子の声が、あの子の名前が。

 

何一つ、わからない。

 

「……ぁ、ぇ…………っ?」

 

薄れていく意識の中にノイズが走る。

 

軋む記憶。

 

鈍痛の響く頭を押さえたまま。

 

落ちて、落ちて、落ちきって。

 

とす、と小さな音を立て、大地へと背をつける。

 

やがて、夜を溶かしたような黒の長髪の少女は呆然と口を開いた。

 

 

 

 

「わたし、は……だれ、だっけ?」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「あら、ウリボーじゃない。こんな所で何してるのよ」

「こっちのセリフだ、アホ。姿見せねえと思ったら、こんな所で何してんだ、お前」

「おや、知り合いか、蜥蜴娘。こんな所で再会など、にゃんとも奇遇な縁ではないか」

 

 宝箱の中から覗く四つの目。

 オルガの魔術で洞窟内の明るさを上げてもらい、その姿を確認する。

 そこに居たのは、オルレアンで共闘したエリザことエリザベート・バートリーと、見知らぬケモミミの女性であった。

 

 ほら、引き起こしなさいよ、とどこか上からな物言いでこちらへ手を伸ばすエリザに、アサシンが殺意を向けていたが、そういうのではないので、気にせずに引き上げる。

 エリザに感じているのはペットのような愛嬌なので、めくじらを立てるなら、オルガにしときなさい。

 

『何で私に飛び火?』

「むぅ……」

『何もしてないわよ!?』

 

 わたわたと慌てるオルガのことは放っておいて、エリザともう一人の方へと意識を向ける。

 色々と聞きたいことはあったのだが、エリザが一緒にいるのであれば、敵というわけではないだろう。

 まずは洞窟を出て、話はそれからか。

 

「んじゃ、帰るぞ。邪ンヌちゃん、先頭よろしくー」

「肉壁要員ね、わかったわ」

「指示出しづらくなるから、直球やめて?」

 

 まあ、容赦なく出すけどね。

  

 

 

 そんなこんなで浜辺へと帰還。

 こちらを一瞥した女神ステンノは、無傷の俺たちを見てつまらなさそうにため息をついた。

 ため息を吐きたいのはこちらの方なんですが、そこんところ、どうお考えで?

 

「あら、顔が怖いわよ、勇者様」

「マジで全く悪びれもしてねえじゃねか。ここまで来ると逆に好感持てるな」

「ふふ、そんなに褒めても何も……追加のキマイラぐらいなら——」

 

「「『いらない』」」

 

 全員揃って、うんざりとした顔をすれば、ステンノはその美しい紫の髪を風に靡かせて、コロコロと鈴の音を鳴らすような笑い声を上げた。

 ほんと、いい性格した女神様だこと。

 

 くい、と袖を引く小さな力を感じて、視線を落とすと、姿を幼女状態へと戻したアサシンがそっぽを向いたまま、俺の左腕を抱えるようして立っていた。

 

「どーしたよ?」

「どうも、してないです」

 

 何こいつ可愛い。

 やっぱ、お前しか勝たんわ。

 

 アサシンに気を取られているうちに、会話の題材は改めて、この特異点に関する情報交換というものになっていたようで、オルガが幾つかの質問をエリザにしているところだった。

 

 一度じっくりと優先順位を考えて、それから、彼女らの会話を耳からシャットアウトし、アサシンの目線の高さに合わせるようにしゃがみ込む。

 

「ほい、どうしたんですかい、お姉さんや」

「なーんーでーもー! なーいーでーすー!」

 

 むぅ、と頬を膨らませたまま、それでも袖を離すことのないアサシンに苦笑しながら、わしゃわしゃとその髪を撫でつけていると、すぐ隣に人の気配。

 

「…………?」

「むははははっ! そこな仲麗しい夫婦よ、二人でイチャコラするには、まだまだ陽が高いと我は思うのだワン」

 

 立派なケモミミ。

(なぜか)メイド服。

(なぜか)語尾がワンで、好物はニンジン。

 俺がこれまで出会ったサーヴァントの中で最も理解し難い彼女の名は確か——

 

「タマモキャット……だったか」

「キャットでいいぞ!」

「語尾は?」

「ワンなのだな……ワン」

 

 うーん、この圧倒的混沌っぷりについていける自信がない。

 なんなんだ、コイツ。

 

「チェンジで」

「却下だなっ!」

 

 うん、知ってた。

 まあ、別にいいか。今まで関わってきた多くの変人たちの誰とも違う新種だと思って接しよう。

 

 ……というか、君はいつまでそうしてるつもりなのかしら?

 

「夫婦、夫婦…………ふふっ」

 

『はいはい、真面目な話してるところなんだから、ちゃんと参加しなさい色ボケども』

 

 ニマニマと緩みっぱなしの頬を押さえていた我らが女神様は、その内、癌の特効薬になると思います。

 

 

◇◆◇

 

 

 どうやら、エリザ、キャットの両名はステンノが現界する際に引っ張り出してきた言わば護衛のようなものだったらしく、戦力の借り受けは断られてしまった。

 キャットの戦力は未知数なのでなんとも言えないのだが、オルレアンの際の活躍を考えると、出来ることならエリザを一匹ほど確保しておきたかったというのが本音だ。

 

 洞窟攻略にかけた時間もあり、疲労もそこそこ溜まっているだろうと結論づけて、今日の野宿はこの島で行うことにする。

 ステンノ曰く、島から北西へと向かえばローマへと辿り着けるとのことだったので、明日の早朝に出発することにした。

 

「……さて、んじゃ食事だけど——」

「あはははは! 我に任せよ。何と言っても我の趣味は喫茶店経営なのだからな、ワン!」

「キャラがブレ過ぎて残像が見えるぞ」

「キャラがブレないところをブラさないのが、キャットクオリティーなのだぞ」

「傍迷惑極まりませんね……」

 

 アサシンのため息もなんのその。

 

 キャットの本気、見せるとき! などと叫び、むふふと笑いながら俺の腕を掴んできたタマモキャットは、ピッカーンッと自身の口で叫びながらその姿をメイド服から裸エプロンへと変化させ——

 

「テイッ」

「目が痛いっ!?」

『……良くやったわ、アサシン』

 

 おかしくない?

 お前らが仲良くてお兄さんは嬉しいです。

 

 アサシンに潰された目を擦っていると、隣から邪んぬちゃんからのドン引いた視線を感じ取る。

 

「アンタ、何で今の流れでニヤついてるのよ」

「それは確かにドン引きしていいな」

 

 俺でも心配になるもん。

 目潰しされてニヤついてるとかドMの領域を超えて、人外に足を踏み入れているとしか思えん。

 

「む? どうした、ご主人? 目が真っ赤だぞ……そんな血走った目で我の全身を眺めたいとは、いやはやご主人も中々」

「喧しいわ」

 

 ……腕掴まれたときに思ったんだけど、コイツ、肉球つきの掌で料理するのだろうか?

 

 

 相も変わらず、カルデアとの連絡は取れないので、俺たちの手元には持ち込みの携帯食以外に食料がなかった。

 そう話した数秒後に、キャットが洞窟から馬鹿みたいにデカい肉を運び出してきたので、食糧難に陥ることは無さそうだった。

 

「……多分恐らく絶対に、アレ、キマイラの肉ですけどね」

「『毒抜きも完璧だワン』って言ってたからな。蛇引きちぎってたし」

「マスターちゃんの為にもアンタは普通の食事を取った方がいいんじゃない?」

「…………やっぱ、そう思うよねぇ」

 

 鼻歌混じりに調理を始めていらっしゃるキャットを横目に、アサシンと邪んぬちゃんがそんなことを言ってくる。

 仮に毒抜きが完璧だったとしても、食いたいかどうかは怪しいラインの肉なのだが、どうするべきか。

 というか、だ。

 

「その論で行くと、擬似サーヴァントのアサシンと霊基が異常塗れの邪んぬちゃんも食わない方がいいと思うぞ」

「あのアイドル蜥蜴娘と澄ました顔した女神に押しつけましょうか」

「無差別に喧嘩売るのやめて?」

 

 ああだ、こうだと騒いでいる内に、キャットの鼻歌が止まる。

 タイムアップの文字が全員の頭の中に浮かび、調理現場へと視線が集中する。

 

 そして。

 

「これが、キャット特製スペシャル人参オムライスなのだな! あはははっ! 人参たっぷりで美味だぞ、ご主人!」

 

「「「『肉何処行ったぁぁぁぁ!?』」」

 

 

 因みに、オムライスは滅茶苦茶美味かった。

 納得がいかねぇ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「あら、もう旅立つのね、人間の勇者様」

「ステンノ……見送りか? 中々な気遣い上手だが、俺はただの散歩中だぞ」

「ふふっ、その不遜な物言いは好きよ。可愛がってあげたくなるから」

「超怖えぇ」

 

 早朝。

 自然と目が覚めた俺が浜辺を散歩していると、気配もなく彼女は俺の背後に現れた。

 少なくともアサシンよりアサシンしてるアサシンだなぁ、とそんな感想を抱きながら、雑談を交わす。

 思考の起き具合が察せられる感想だな。

 

 オルガとアサシン、邪ンヌに見張りとして名乗り出てくれたキャットの全員が睡眠を取っていることは確認できており(おい最後)、この浜辺には俺とステンノの二人しかいない。

 

 ああ、ならば、()()()()

 

「…………カルデアとの連絡はまだ取れない」

「あら、そう。大変ね」

「ピクリともしねえのな、その表情筋」

「ふふっ、驚いてはいるのよ? それこそ、本当に興味が出てきそうで心配になるぐらいには」

 

 先日の夜、オルガに頼んで、この島のことを調べてもらった。

 

「…………大層な結界だな。アサシンすら、張られていることに気づけなかったぐらいだ。何があったら、こんなもんを準備する必要がある?」

「……………………」

「直球で聞いた方がいいか? お前はこの特異点の何をそんなに恐れている?」

 

 その言葉に、ステンノは一瞬間だけ目を丸くしたように見えた。

 

「…………恐れている、と。そう見えるのね」

「……違うのか?」

「……いえ、そうね。恐れている……遠いようで、強ち間違いでもないのかしら」

 

 海の奥。

 空が触れる境界のその奥を見るように視線を投げたステンノは、やがて、どこか心ここに在らずといった様子のまま、ポツリと口にした。

 

「受け入れがたい……許容できないモノ……ああ、そうだわ。あってはならないことが、起きている」

「それは————」

 

 言葉の次を追おうとして、フルフルと首を横に振った彼女の姿を視界に捉えて、口を閉じる。

 初めて見る表情だと、そう思った。

 真剣そうに、物事に真っ直ぐ向き合おうとしている彼女の姿は恐らくとんでもなく貴重なモノのような気がして、少し得した気分になる。

 

 のちに、彼女が零した一言の意味を知ったとき、俺は彼女の真意を理解することになるのだが……

 

 ——真紅の夜に気をつけなさい。

 

 朝日差し込む浜辺にてそう告げた女神の姿は、一枚絵のような美しさを纏っていて、不本意にも一瞬、意識を取られて悔しくなった。

 

「やっと人間らしい所を見せてくれたわね?」

「うっさい。やめろ、ニヤニヤすんな」

 

 ステンノが、ぱぁっ! と表情を明るくしたのを見て、面倒臭いことになったとこめかみを抑える。

 

 やけに嬉しそうにこちらへ突っかかってくる女神さんとの追いかけっこは、十数分後に過去最高近くまで機嫌を悪くしたアサシンの乱入によって終わりを告げるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 アサシンと呼ばれていた少女。

 ぷんすかと怒り心頭といった様子であったその女神が、あの手この手であの青年に懐柔されていくのをぼんやりと眺めて、ほうと息を吐く。

 ……何故か、少々のつまらなさを覚えたが、それを認めてやるのも癪である。

 現界時に引っ張り出してきたエリザベート、キャットまでからも、それなりの好感を得ているあたり、あの青年は中々な人たらし……英雄たらしの気があるのかもしれない。

 

 ……まあ、面白くないことはない人間だったと思う。

 今度、妹達に話してあげてもいいぐらいには。

 

 そんなことをぼうっと考えながら、飽くまで、傍観者としての立場を崩すことなく、私は彼らを見送るのだ。

 

 

 ……………………いえ、別に過度に心配するつもりはないのだけど。

 

 その、ワニさんボートとサメ型フロートで地中海超えをするのは、無理があるのではないかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 
 祝50話とか言えるテンションじゃねーです。
 改めて、小説って書くのムズイですねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51話 暗雲


 リハビリ兼生存報告
 二部七章でもう得られないと思ってたあの子の絡みを見れたモチベからの執筆投稿。
 
 文字数そんなだけど許してください。


 

 

 

 

 

 ——真紅の夜に気をつけなさい。

 

 そんな忠告を頭の中で転がしながら、いつも通りの星空をぼうっと見上げていた。

 光の円環は変わらず天に浮かび続けている。

 あの輝きで幾つもの星屑の姿が見えなくなってしまっていることを思い、さっさと消えて貰いたいものだと一つ息を吐いた。

 

「どうかしましたか、マスター?」

「いや、特に何もないよ」

『本当かしらね……隠し事は極力なしよ?』

「隠し事ってほどでもない……ちょいと思うことがあっただけで、もう少し考えがまとまったら話すよ」

 

 パチパチと音を鳴らした焚き火の火の粉が、宙へと弾けて地に落ちる。

 適度に乾燥した木の枝を焚べていると、近くの茂みからガサゴソと音がした。

 

「……はぁ、疲れた。今、戻ったわよ」

「にゃはははっ! 異常なしなのだな、ご主人!」

「サンキュー、邪んぬちゃん。一応、キャットもね」

 

 周囲の偵察へと出向いていた邪ンヌとタマモキャットに労いの声をかけながら、焚き火の中からアルミホイルに包まれた塊を三つほど取り出す。

 

「さて、いい具合に出来てると良いけど」

「呑気に焼き芋なんか作ってたのね」

「食料セットに入ってたもので」

 

 ジト目の邪んぬちゃんだったが、それはそれとして焼き芋は頂くつもりらしい。

 アルミホイルから美しい黄金色が顔を覗かせるのを今か今かと待ち侘びていたので、邪んぬちゃんとアサシンの目の前で芋を割ってやる。

 

「…………へぇ」

「……! いい感じに出来てますね!」

「おぅ、ご主人はまさかの料理男子なのか? 我のアイデンティティーの一つが崩壊してしまうので、我的にそれは好ましくないのだが」

「お前は十二分に個性強いから大丈夫だぞ」

 

 アイデンティティーの一つ、って言ってる時点で自己を複数の観点で観測してんだよな、こいつ。

 

 そろそろ補足を入れたいのだが、ナチュラルに俺たちと共にいるこの犬猫謎サーヴァントについてだ。

 彼女が今ここにいるのは、ぶっちゃけ俺たちにとっても誤算である。

 ステンノのいた島からアサシンの神器(仮)を利用して大陸に移動した俺たちだったが、気づけばコイツは側にいた。

 なんなら、知らないうちにサーヴァント契約を結ばれていたので唖然という他にない。

 

 わぁい、同行者が増えたよー(脳死)

 

 みたいなノリでアサシンすらもがツッコミを放棄したので、スルーしていこう。

 俺のせいではないと思うのでステンノには許してもらいたい。

 

 

 大陸へと移動した後は、オルガの指示に従って最寄りの霊脈へと向かっている。

 兎にも角にも、今俺たちがするべきなのは立香達との合流及びカルデアとの通信回復だ。

 いざとなれば代償強化を使用して、立香たちの元へと強制転移なんてこともできなくはないだろうが、流石に代償が大きすぎる。

 どれだけ距離があるのかすらわからないので、今は正攻法のターミナル設立を行う予定である。

 

「ん、甘っ。結構、美味しく出来たな」

「……まあ、悪くないわね」

「ええ、悪くないです」

『……二人とも、素直じゃないわね』

 

 誰よりも勢いよく焼き芋を食べている邪んぬちゃん、頬をゆるゆるにしているアサシンを見て、オルガがボヤく。

 そこがまた良い所だとこちらも笑顔になりながら、まだホカホカの焼き芋を再び口に含んだ。

 

 さて、そろそろ本格的に野宿の準備でもするかな。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 ——同時刻。

 

 霊脈エトナ火山 山頂 

 そこには地獄のような光景が広がっていた。

 

 赤い。紅い。真紅い。

 

 視界全部が、真紅に染め上げられたような。

 そんな、異常極まりない世界。

 

 

「……ッ、ぁぁ」

 

 

 頭が割れるように痛む。

 

 やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。

 私の中に、入ってくるな。

 

 理性が薄れていくような感覚。

 コレはヤバいと本能が察知したが、時既に遅し。

 膝をつく。

 呼吸が苦しい。

 えずき、むせかえりそうになるほどの◼️の匂いを覚えた。

 

 赤い、紅い、真紅の世界。

 

 思考にノイズが走る。

 直後、自身の脳が()()()()ことを理解する。

 

「——ッ、……!」

 

 

 迷わずに、剣を握った。

 間に合うだろうか。

 否、間に合わせるのだと。

 

 自身の首へと走らせたその刃を、何者かが受け止める。

 

「……なるほど。君はそうするのか、面白い」

 

 誰かの声が聞こえた。

 やられた。

 間に合わなかった。

 意識に靄がかかる中、後悔と絶望、そして恐怖の感情が自身の中に湧き上がる。

 

「でも、それじゃあ、つまらない。全くもって面白くない。輝きを見るためには、それ相応の絶望が必要だとは思わないか?」

 

 パチン、とソレが指を鳴らした。

 

 そして、流れ込んできた。

 

 

         最悪の過去。

 

 

 

       絶望を 

 

 殺意を   

 

     あかい

 

             怨念を

  

   鉄の匂い

 

        妄執を

 

 

 怨嗟の声が

 

 

            死ね

 

 

  殺してやる

 

 

 叫びが

 

 

  死ね

 

 

      泣き声が

 

 死ね

 

 

   失意を   

   

 

       死ね

 

 

          憎悪を

 

  絶対に——

 

 

 

「うん、これで堕ちたかな」

 

 

 

 

       殺してやる

 

 

 

 

「さぁ、それじゃあルールを決めようか。ブリタニアの女王よ」

 

 

 悪意は踊る。

 愉しげに、朧げに。

 

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

 

 

「あれ、ここで良いんだよね、マシュ」

「はい。お疲れ様です、先輩。私はターミナルポイントの設立に移りますので、少しの間、休息をとっていてください」

「わかったよ。ありがとね、マシュ」

「いえいえ、こちらこそです」

「ますたぁ、ご休憩なさるのなら、膝枕などどうでしょうか?」

「大丈夫だよ。きよひーもしっかり休まないと」

「……そうですか」

「なんでそんなに残念そうなの……って、あれ? あそこに見えるのって、女の人?」

「え、本当です! ど、どうしましょうか、先輩?」

「いや、どうするも何も……」

 

 

 

「とりあえず、怪我とかないかを確認しよう……えっと、その、大丈夫ですか? あの、()()()()()()()? もしもーし?」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「……ふわぁ、んぅ……ん? もう朝ですか」

「お、起きたな、アサシン」

「……おはようございます、ますたー」

「おはよう、今日もお前は可愛いなぁ」

 

 寝ぼけ眼での上目遣い。

 破壊力が凄まじいな。

 若干、呂律が回っていないところから感じられるあどけなさもポイントが高い。

 

『……わしゃわしゃ、ってしたくなるわね』

「母性というか父性というか、まあ、庇護欲掻き立てられはするよな」

「なんの話です?」

 

 段々と頭に血が回り始めたアサシンの疑問に、大したことではないと返答してから、空を見上げる。

 

「……快晴、か」

『…………そうね』

 

 まあ、雨に降られるよりかはマシだな。

 

「キャット、朝食の準備はどうだ?」

「当然、下準備は完璧なのだな。もっと感謝しても良いのだぞ、ご主人」

「お前のご主人になった覚えは本当に無いんだけどな。とりあえず、ありがとうとは言っておくけど」

 

 このやけに便利な混沌、どうしてくれようか。

 いや、害はないから良いんだけどさ。

 

「…………ふん」

「邪んぬちゃんもお手伝い、ありがとな」

「別に何もしてないわよ……ほとんど、そのバーサーカーが一人で終わらせたようなものだもの」

『ふふ、今度、一緒に料理の練習でもしましょう?』

「…………マスターちゃんが言うなら、考えとくわ」

 

 不器用なりにキャットの手伝いをしていた邪んぬちゃんは自分の不出来さに少々苛立っているようだが、本当にクソ真面目だなこの子。

 

「そんじゃ、全員起きたということで、飯にするか」

 

 各々、適当な返事をしつつ、俺たちはキャットの用意してくれた朝食へと手をつける。

 現地調達の影響か、はたまた作り手の問題か、若干の野生味溢れる料理の数々はそれでも美味と思えるものばかりで、食事を進めるにつれてキャットの株が上がっていく。

 

 文句のつけようのない食事を終えようとしたそのときだった。

 

 

 ザッ————ザザ、————

 

 砂嵐のノイズのような掠れた音の後に、ピーという電子音が鳴った。

 やがて、聞き覚えのある軽薄そうな男の声が聞こえてくる。

 

 

『…………える、かい? ——び、くん!』

「……ロマニ?」

 

 ロマニ・アーキマン。

 医療部門トップにして現カルデアの実質的な代表ともいえる彼の声だ。

 

『……ああ、良かった。ようやく繋がった……僕の声が聞こえるかい、結君?』

「おう、通信良好だぞ」

『なら、よかった……しばらく連絡が取れていない上に、立香ちゃんたちとはレイシフトのポイントがズレていたからね……アサシンがいるとはいえ、心配していたよ』

 

 ロマニの声音からして、緊急事態というわけではなさそうだ。

 となると、恐らくは立香たちが当初の予定にあった霊脈へのターミナル設置に成功したのだろう。

 

「こっちに問題はないよ。ええと、まあ、サーヴァントが一騎増えて、神霊とエリちゃんに会ったりはしたけど、全員無事だ」

『…………後で、詳しく聞くことにするよ』

「おう、まずは立香たちとの合流だよな? あいつら、今どこにいる?」

『そうだ。立香ちゃんたちの方にも動きがあってね、今回の特異点の原因となった大元の正体にも見当がついている』

 

 仕事が早えな、立香さん。

 そういう星の下に生まれてきたのか、師匠風に言うのであれば『彼女は運命力が強い』のだろう。

 

『それで、私たちはどこに行けばいいのかしらね?』

「まあ、細かいことは合流してからだよな。なあ、ロマニ、俺たちはどこに向かえばいい?」

『……そうだね。今、立香ちゃんたちが向かっているのは戦地ガリア。ピレネー山脈とライン川に挟まれたケルト人たちの居住地だった場所だよ』

「…………オルガ、位置情報は大丈夫か」

『ロマニに詳細を伝えて貰いたいところね。多分、大丈夫だとは思うけれど――ッ! 待って、全員臨戦体制!』

 

 突如として声を上げたオルガにいち早く動いたのは、やはり彼女だった。

 直後、周囲の体感温度がぐいと上がる。

 

 第二段階。

 姿を少女から高校生ほどへと変えたアサシンが、俺の目の前へと現れて蒼炎を纏った金剛杵を携える。

 

「…………マスター」

「わかってる。割とヤバめな雰囲気はするな」

 

 チキン剣を構える。

 こちらのメンバーは気配察知には長けた構成ではあったはず。

 アサシン、オルガの探知。

 俺の直感。

 そして、今に至ってはカルデアからの支援もあった。

 

 その全てを潜り抜けて接近してきた相手だ。

 ただものではないのは道理と言えるだろう。

 

「…………ふむ、やはりこの辺りが限界か」

「十分だよ、先生。これだけ近くに来れたのなら、対話をするに問題はないさ」

 

 そんな会話をしながら、彼らは姿を現した。

 

 そこに居たのは、まだどこかあどけなさを面影に残した紅色の少年とこの場には似つかわしいとは言えない黒髪スーツの男。

 

 少年から発される異様な圧迫感に、頬がひきつるのがわかる。

 肌感の判断で彼の魔力は高いことはわかった。けれど、()()()()でもない。

 この否定は、決して目の前の少年を軽く見ているからではない。寧ろ、その逆だ。

 

 今まで出会ってきたサーヴァントの中でも高水準と言える魔力量を以てして、少年の持つ圧倒的なまでのオーラ、風格、器の大きさに魔力量が見合っていない。

 

『対話、ね……なら聞きたいのだけれど――その手に握った剣で何をするつもりなのかしら?』

 

 オルガの放ったその言葉に、少年は獰猛な笑みを浮かべた。

 

「当然、死合い(対話)に決まってるよね?」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52話 雷光

 

 

 

 

 

 

 静寂は一瞬だった。

 

「――ハァッッ!」

「んな、っ!」

 

 目の前に立つ赤毛の少年の体がほんの少しだけ揺らいだと思えば、次の瞬間にはこちらの首筋へと長剣が迫っていた。

 その挙動に目を剥いたアサシンだが咄嗟の判断にて、その細い綺麗な指を振り、金剛杵による迎撃を行う。

 

 彼女の注意、その比重が僅かに傾いた。

 そのタイミングに合わせて、少年の後方から閃光が放たれる。

 緩やかに弧を描き、アサシンの防御範囲をギリギリで避けて俺へと向かう一撃を――

 

「甘いわね!」

 

 飛び込んできた邪ンヌが受け止める。

 

「いや、それは君の方だ」

「は?」

 

 彼女の煽り文句にそう答えたのは凶弾の射出者。

 スーツ姿の青年が手にした扇を軽く振るうと、邪ンヌの足元に起動済みの魔術紋が浮かび上がる。

 

 直後、爆発。

 

 チュドーン、という音と共に邪ンヌの身体が遠くの茂みへと吹き飛んでいく。

 うわぁ……あれは絶対痛い。

 

『設置式の魔術罠!? なんて、古典的な原始人トラップよ!?』

「――ん、その声は――いや、関係ないか」

 

 スーツの男は一度困惑のような表情を浮かべたのだが、小さく首を横に振ってから再びその扇をこちらへ向ける。

 

「私個人に恨みがあるというわけではないのだがね……これも、仕事のようなものだ」

「仕事ね……人類滅亡計画ってか? 冗談じゃねえよ」

「…………?」

 

 見た目だけではただの現代人としか思えないその男だったが、今の一瞬の攻防だけで油断できない相手であることはわかった。

 単純な魔力の質だけで言えば、あの赤毛の少年よりもこいつの方が圧倒的に高い。

 なんなら、俺が出会ってきた相手の中でもトップクラスなんじゃねえのか。

 さらに加えて、相手はどう見ても卑怯上等、搦手万歳の手合いと見える。

 

 理性側じゃ、相性が悪いと見るべきか。

 というか、そもそも俺とコイツの相性自体が悪い気もする。

 

『結君、交戦状況の簡易解析が完了した。君たちの前に立っている内の一騎は、アサシンと同じ擬似サーヴァントだ。神性は感じられないから、神霊サーヴァントではないことは確かだけど、どんなイレギュラーがあるかわからない! 注意して応戦してくれ!』

 

 それを聞いて、少し安心する。

 まだマシか、なんて思考が過った所を――モノの見事に狙われた。

 

 迅雷一閃。

 俺の顔のすぐ横を貫いたのは雷の槍か。

 

「おや、凄いね……うん、それは予想外だ」

 

 パチパチと、空気の震えが音を鳴らす。

 現状を把握した瞬間から、冷や汗が止まらなくなった。

 

「まさか、自力で避けるだなんて……君、ほんとに人間?」

 

 咄嗟に背筋に走った悪寒が、無意識下にて俺の首を僅かに傾けさせていた。

 髪をかすめたのかチリチリと、空気の焼けた嫌な匂いを感じ取った。

 

 

 

 そして――

 

 

 

「――代償強化(コストリンク)ッ!」

 

 

 

 迷わずに、その札を切った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 代償:魔力

 効果:対雷耐性

   :認識強化

   :身体強化・中

 

 

 魔力を回す。

 痺れにも似た感覚だ。

 魔力の奔流を回路に循環させる。

 青の光を全身に奔らせてから、集中力を一段階引き上げた。

 

 とは言え『過剰絶倒(オーバーエフェクト)』は使わない。

 というより、こんな序盤の応戦じゃ使えない。

 

「アサシン、逆頼んだ」

「あの猫ワンコ借りますね」

「あいよ」

 

 互いに示し合わせていたかのようなスムーズさで立ち位置を入れ替える。

 そして弾けるように二人して、その場から飛び出した。

 

 最速最短、小細工抜きの直線突破。

 その先に立つは赤毛の少年。

 

 感覚を、研ぎ澄ませろ。

 

 雷を扱う英雄。

 ただそれだけの情報を頼りに、少年の真名を明かすことは難しい。

 

 だから、残念ながらの出たとこ勝負。 

 

 要するに――いつも通りだ。

 

「さあ、ぶっとべ、英雄!」

「そうだね……少し気掛かりなことがあったから、様子を見に来たんだけど――」

 

 代償強化――瞬間強化

 

 チキン剣と少年の剣が交錯し、ほんの少しだけ彼の身体が浮き上がった。

 

 ――ここ、だろ。

 

 代償強化――烈風生成

 

 その華奢な身体の重心を動かしてやろうと姑息な小細工をぶつけた俺を見て、彼はギラギラと目を輝かせて笑っていた。

 

「もう少し、楽しんでもいいよね!」

 

 俺の生み出した風に翻弄されることなどなく、あまつさえそれを利用して少年は空へと駆け上がる。

 舞を踊るが如き軽やかさを見せながら、天へと翳した長剣へと雷を纏う。

 

 振り下ろされたソレは、もはや雷霆そのもののようだった。

 

「……ゼウスよ、ここに」

「――ッ」

 

 ()()()()()()()()

 

 そう肌感で理解する。

 

 だから、こそ。

 そんな一撃だからこそ、攻めに転じるタイミングとしては今が最適なのだ。

 

『領域、構築完了――間に合わせたわよ!』

 

 オルガが裏で組み上げていた術式は、俺の代償強化を支えるためだけの魔術領域を構築するためのもの。

 自然界、地脈、歴史的背景、地域伝承その他諸々込み込みetcを含んだ一定範囲領域の白紙化。

 

 それ即ち、因果律の平定。

 

 

「墜ちろ」

 

 

 少年が吼える。

 その叫びに追随するかのようにこの身に迫る雷光を、猛き天の怒りを――嘲笑え。

 

 土台の用意をされたからには、それを巧く使うのが俺の役割。

 アホほどコストの高い転移とは違い、それなりにお安く尚且つ隙の生まれぬ移動法。

 

 確か何と言っていただろうか。

 オーダーチェンジ、だったか?

 

 コレは、もっと疾い。

 

 

 代償強化――戦域改編(エリア)・廻

 

 

 他者との位置座標の交換。

 どこぞの外科医よろしく入れ替わったのは、一度は遠くへ吹き飛ばされた頑丈な彼女。

 

「む、ちゃ、ぶりして、くれるわね!?」

「――ハハッ、全く……勉強になるなぁ」

 

 気配を消して裏を取っていた彼女と位置を入れ替わると同時に、オルガが速攻で起動した魔術に一手間加えて、構えを取る。

 

「ぶちぬけ」

『ぶっとびなさい!』

 

 代償強化×魔改造ガンド――威力300%

 

 両手で作った拳銃より放たれたその赤雷は、雷撃を受け止めきった邪ンヌを巻き込み、少年へと直撃した。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「……痛た……中々、効くものだね」

「なんで私まで巻き込むのよ!? 無事だから良いけどね!?」

 

 衝撃により、舞い上がった土煙が晴れるころには、少年は僅かに顔を顰めながら立ち上がる所だった。

 

「で、まだやんのか?」

 

 思っていたほどのダメージはないが、こちらにもまだまだ余裕は残っている。

 これ以上やるのなら、とことん付き合ってやらぁ、と言った心持ちである。

 ……ごめん嘘、できることならもう戦いはしたくないです。

 さらっとスルーしていたけど、あの子、()()()とか言う禁句発してたもの。

 主神格はまずいっての。

 もう二度とやり合いたくないし、やり合うつもりもない。

 

「…………うん、その顔を見るに、やっぱり僕たちが本気で殺し合いをしに来たわけじゃないことは伝わっているみたいだね」

「…………ま、対話って言ってたしな」

 

 少年が長剣を下げたところで、俺も起動していた代償強化を解除した。

 そう言えば、とアサシンたちの戦闘がどうなっていたのかを確認してみれば――

 

「にゃははははっ!」

「……何なんだ、コイツ。戦略性に知性すら微塵も感じ取れない動きを繰り返して――く、面倒な」

 

「あ、終わりましたかー、マスターさん?」

 

 ふわふわと空中で膝を抱えてのんびりしている女神天使様と、苛立ちが抑えきれていないスーツさん、満面の笑みでわちゃわちゃしているキャットの姿が見えた。

 

 これが茶番と見抜いたアサシンは相性が最悪だったらしいキャットを相手にぶつけることで休憩時間を作っていたらしい。

 

 おサボり上手なようで何よりです。

 そんな所も可愛く思えて仕方のない今日この頃……そろそろ末期か?

 

『今更よね』

「だよねー」

 

 知 っ て た 。

 

 オルガと二人でアサシンを眺めていると視線に気がついた彼女は、ぷかぷかと宙へと浮かんだままコテンと首を傾げる。

 

『鼻血出そう』

「俺の身体だからやめてね?」

 

 アホなこと言ってないで、そろそろ真面目な話に移るとしましょうかね。

 

「んじゃ、仕事の時間だぞロマニ。コイツらとの情報交換ついでに立香たちの様子も聞きたい。茶菓子食ってんなよ?」

『流石の僕も君が戦っている最中にお菓子を貪るほどの度胸はないからね!?』

「にゃは!? お菓子、お菓子とな!? ご主人ご主人――」

「これでも食って、大人しくしてなさい」

「ありがとうなのだな!」

「あ、私のボンタンアメ!?」

 

 上機嫌な猫とアサシンの悲痛の滲む声。

 思ったよりも仲が良好な二人を視界に捉えながらも、意識は赤毛の少年とスーツの男へと向ける。

 

「さてはて、どっから話そうか……やっぱり、まずは自己紹介からいっとく?」

 

 警戒は緩めない。

 意識の片隅に最悪のイメージを置き続けることをやめることはない。

 

「…………ふむ、これで十分か?」

「うん、ありがとう先生。面白いことがわかったよ……とりあえずは、自己紹介だったね」

 

 赤毛の少年はそう言って無邪気に笑う。

 何やら、含みのある言い方をされた気はしたが、そんな細かなことにまで気を遣っている余裕はない。

 

 そして、彼はこちらへと手を差し出した。

 

 

「うん、そうだね……僕の名はアレキサンダー、アレキサンダー三世だ。好きなように呼んでくれ」

『…………頭痛が痛い』

「現実逃避やめなさい」

 

 オルガさんってば、最近フランクになりすぎじゃないかしら。今更だったな。

 

「それで、彼は先生――」

「ロード・エルメロイII世。ただのはぐれだ。まっとうな英霊ではない。故に、私の名など忘れてもらって構わないとも……まあ、まっとうと言える存在の方が少ないこの場に適した自己紹介ではないかもしれないがな」

 

 スーツ姿の男はアサシン、邪んぬちゃん、俺(オルガさん)、そしてキャットと視線を送り、ため息を吐く。

 

 野生で捕まえた癖に、奇天烈さで俺たちと肩を並べているキャットさんが、怖いを通り越してもはや面白くなってきた。マジでなんなんだ、コイツ。

 

『………………』

「どうした、オルガ?」

『……なんでもないわ。ええ、そういうこともあるのでしょう』

 

 世界は広いわね。

 なんて呟く彼女を放っておくとして、こちらも自己紹介をしていく。

 こら、アサシン。駄々こねてないで、挨拶しなさい。

 

 

 

 

「……それで人理修復、か。凡そはアレキサンダーから聞いていた通りだな」

「こっちの事情は今話したの全部だ。可能なら、助力を願いたい」

 

 適当な岩に腰掛けて、膝の上にアサシンを乗せた状態で会話を進める。

 僅かに眉を顰めたエルメロイと笑顔のアレキサンダーの反応が対照的だったが、俺が日本人であること知った瞬間、エルメロイは悩みを放棄したらしい。なんでも、考えても意味のないことについて思考するのは愚行なのだとか。

 

『アレキサンダーから聞いていたってことは――』

「想像の通りだと思うよ。君たちからすれば、僕は人理焼却側の存在によって召喚されたサーヴァントだ……まあ、どうにも馬が合わなかったから、今はもう連絡を取っていないけどね」

 

 それを聞いて、満面の笑みで俺の懐にて丸くなっていたアサシンが薄らと瞼を持ち上げた。

 その頭を優しく撫でつけて、アレキサンダーの方を見る。

 

「そんなに警戒する必要はないよ。君たちのことは理解した。今、僕の興味は別のことに向いている」

「……ナチュラルに我欲的だな、お前」

「まさか、僕はただ知りたいだけさ。自分がどのような道を辿るのか……それを知った上でもね」

 

 やれやれ、といった風に嘆息したのはエルメロイだった。

 ここで、事情説明の後は引っ込んでいたロマンが口を開いた。

 

『アレキサンダー王、単刀直入に聞いてもいいかな』

「……王と呼ばれることに違和感はあるけれど何かな?」

『君たちがこれから先、僕たちカルデアと敵対することはあるのかい?』

 

 おっと、Dr.チキンの癖にいきなり物事の核心を突くとは、少し予想外。

 多分、勇気を振り絞って質問したんだろうなぁ。

 

『何か言われようのない非難を受けた気がするのは気のせいかな!?』

「キンキンとうっさいわね」

『君もそっち側なんだな、ジャンヌ・オルタ! 知ってたけど! 知ってたけどさ!?』

「やかましいですよ」

『ちょっと黙っててくれないかなぁ!?』

 

 いつの日か、アサシンがロマンに心を開く日は来るのだろうか。

 その日が来たら、絶対に記念撮影を忘れないようにしなければ。

 

『脳内メモリの準備はバッチリよ』

「でかした、相棒」

『何話しているかは知らないけど、しっかりしろ保護者!』

 

 

 

 

 ……さてはて、真面目な話に戻ろうか。

 

 

 結論から言って、彼らが俺たちと敵対することは“基本的には”有り得ないとのことだった。

 ここでポイントとなるのは、二つ。

 まずは基本的にという条件がついた理由だ。

 これについての説明は、非常にわかりやすい。

 この特異点における人理焼却陣営側の命令などによる不本意な敵対の可能性がゼロではない、ということだ。

 そして、少し面倒なのが二つ目の方。

 

「カルデアには君以外にもマスターがいるみたいだけど、場合によってはその子と対峙する可能性はあるね……特に、そのマスターが現ローマ皇帝陣営に居るのなら尚更だ」

「…………ローマと敵対したいわけでもなさそうだけど、なんでまたそんなことを?」

「さっきも言った通りだ。君たちと会う前から決めていた。僕は現ローマ皇帝とちょっとした問答を行いたくてね…………少しばかり、“ちょっかい”をかける予定だ」

 

 コイツ、爽やかな笑みを浮かべてさえいれば、何でも許されるとか思ってないよね?

 

 ……後に征服王とか言われる相手だったな。その片鱗が見え隠れしていてもおかしくないか。

 

「……マスターさん、こういう手合いに説得は無駄ですよ」

「俺もそう思ったとこだよ…………わかった。一応、理解はした。どうせ手加減をするような人種じゃねえのも知ってる。そこは、立香を信じることにする」

 

 そろそろ、頭が痛くなってきたな。

 元々、こうやって思考を回すのは柄ではないのだ。

 陰謀とか策略とか、どちらかと言えば、俺は念入りに練られたそれらを被る側の人間である。

 代償強化とか実質「その場しのぎ」と言い換えてもいいような魔術だし。

 

「いい加減、そろそろ終わりにするか。最後にお前らの陣営についての情報をよこしやがれくださいな」

「……君、よくブレない人だって言われない?」

「言われないけど。むしろその逆。ヘラヘラ、へにょへにょと生き続けていることに、定評があるぐらい」

 

 ソースは毒舌メイド。

 アサシンや邪ンヌちゃんからの目が怖いけど、気がついていないことにしておく。

 なんか文句でもある? とか聞くと、凄い勢いで反論が来そうなので無視一択だ。

 

「情報だね、構わないよ……けれど、そちらが一方的に得をするというのも面白くない」

 

 面白くないと口では言っておきながら、露ほども不満げな様子を見せずにアレキサンダーは言葉を続ける。

 

「一つ、取引をしよう。アレを託しても良い相手か……それを判断するために、僕は君たちと戦ったのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。