国際テロリスト『晴風』 (魔庭鳳凰)
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前日譚 その日、少女は『悪』を知った
死を忘れるなかれ(Memento Mori)


正義なんてもういらないから、

正解が欲しいなんて言わないから、

正答に縋ることなんてしないから、



――――――この石を、あなたが接いで。


 2007年7月20日 午後7時39分 広島県呉市海上 クルーズ船『セブンシーズ・マリーン』 マリーンラウンジにて

 

 

 

 もし地獄があるのだとすれば、今(みさき)明乃(あけの)がいるこの場所こそが地獄なのだろう。

 

「ひぐっ、ぐすっ……、おとーさん、おかーさん……。どこぉ…………」

 

 沈没途中のクルーズ船の中を明乃はたった独りで歩いていた。何が起こったのか、どうすればいいのか、どこに行けばいいのか全く分からなかった。船体が斜めに傾いているせいで幼い明乃では前に進むことすら困難で、クルーズ船の彼方此方(あちこち)が燃え盛っているせいで呼吸さえも危うくて、

 だから、まだ7歳に過ぎない明乃でも分かった。

 このままではきっと、自分は死んでしまうということが。

 

「やだ……やだぁ!おかーさん!おとーさん!!!」

 

 無駄な焦りだけが蓄積していく。どうして、どうしてっ、どうしてっ!そんな無意味な(いきどお)りだけが積み重なっていく。今日は、最高の日になる予定だった。今日は最高の誕生日になるはずだった。

 なのに!

 

「ひぐっ!ぐすっ、おかーさん!どこぉ!!!」

 

 今日は明乃の7歳の誕生日だった。だから、両親は明乃を豪華なクルーズ船に乗せてくれた。明乃は海が好きだった。広くて、大きくて、深い海のことが大好きだった。だから、明乃の両親は船上で明乃の誕生日を祝うことにした。その目論見はとても上手くいき、明乃はとても喜んだ。

 最高に最高で、最上に最上な誕生日だった。

 生涯最高の一日として記憶に刻まれる一日となるはずだった。

 つい30分前までは、そうだった。

 

「ぅ、うぅぅ、ぅぅうあうぁあああああああああん!!!!!」

 

 宛てもなく明乃は炎に包まれた船の中を歩く。涙で視界が(かす)み、疲れ果ててしまった身体はもはやまともに動かない。

 けれど、それでも前に行く。

 死にたくないから。

 生きたいから。

 両親にもう1度会いたいから。

 這ってでも、前へ。

 

「やだ」

 

 理由なんてない。不幸はある日突然降り注ぐ。どれだけの善行を積んだ人間でも、どれだけの資産を持った人間でも、どれだけ優秀な人間でも、唐突に死は訪れる。

 

「や、だぁ」

 

 前兆なんてない。1秒後の生を誰も保障などしていない。ほんのわずかに目を離した隙に子供が消えることも、下らない喧嘩をして飛び出した家族と二度と会えなくなることもざらにある。

 

「やだっ、やだあ!……だれ、か、だれかぁ……たす、け……て……!!!」

 

 突然横転した船に混乱する人々。出口に向かって我先に駆け出す愚か者たち。両親が、固く握った明乃の手を放してしまうのも当然の状況だった。

 

「た……す、……け、……て…………」

 

 徐々に、徐々に息が続かなくなっていく。視界を煙が満たし、どこに行けば甲板に出れるのかも分からなくなっていく。

 それはまさしく、絶望だった。

 明乃の瞳からはもはや涙さえも出なかった。

 

「――――――ぁ、ひゅ」

 

 細く、弱く、貧しく、全てが消えていく。灯が、光が、希望が消え去っていく。

 理不尽。

 不条理。

 災害。

 人がどれだけ頑張っても抗うことのできない天の理。

 

 死。

 

「ぁ、ふ」

 

 だけど、その直前だった。

 明乃の意識が完全に失われるその直前だった。

 

「――――――はぁ、はぁっ!」

「ッ!?」

 

 誰かの息遣いが聞こえた。

 たぶんそれが、明乃にとって最後の希望だった。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

死を忘れるなかれ(Memento Mori)
 ラテン語の警句。 直訳では『死を想え』。『自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな』、『死を忘れるなかれ』と訳されることが多い。



感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!















光が空を満たすなら、闇が地を満たすだろう。

明るい世界を望み、天に手伸ばす悪意の権化。

眩しすぎると目を閉じて、その闇を心地良いと言祝ぐ善意の化身。



――――――あなたは私の、憬れでした。


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行動を伴わない想像力には(Imagination means nothing)何の意味もない(without doing)

 音が、聞こえた。

 誰かの息遣い。たぶん、明乃にとっての最後の希望。

 それがほんの僅か、数メートル離れた場所から聞こえた。

 

「――――――っ!」

 

 助けて、と、そう叫ぼうとした。

 私を助けて、救って、と、そう訴えようとした。

 なのに、声が出なかった。

 

「――――――っ!!!」

 

 (うずくま)ったまま喉を抑える。熱い、暑い、アツい!アツくて喉が焼け(ただ)れ、まともに声が出せない。

 あぁ、どうして?どうしてだろう?

 すぐそこに、たぶん数メートル離れた場所に誰かがいるのに、なのに明乃は声を上げられない。最後のチャンス。これを逃せばもう先はない。明乃は死ぬ。

 だから、

 なのにっ!

 

(ど、……して……っ!)

 

 煙で満たされた船内では向こうが明乃を発見することは望めない。そもそも明乃だって、煙の向こうに誰かがいる確信はないのだ。息遣いがして、物音がして、足音がするから、だからきっと誰かがいるだろうという希望的観測を抱いているだけ。

 

「――――――ュ、て」

 

 何度、何度声を上げようと努力しても口から音が出ていかない。熱くて、痛くて、苦しくて、ただ只管(ひたすら)に呼吸が荒くなっていく。少しずつ、だけど確実に終わりが近づいてくる。死という名の、明確な終わりが。

 

(――――――ぁ、だ)

 

 声を張り上げられないのであれば他の手段で気づいてもらうしかない。まだ、いる。まだ、誰かは明乃のすぐ傍にいる。

 だってまだ、声が聞こえる。

 明乃ではない誰かの声が。

 女性の声が。

 

「っ、どうしてこんなことに……!この事故はまさか、人為的に引き起こされたって言うの……?」

 

 死にたくない。

 死にたくないっ。

 死にたくないっ!

 

「海上安全整備局は、いえ整備局だけでこんな大規模な計画を実行できるとは思えない……。まさか、でも、……国土保全委員会もグル……?これは、国家規模の計画(プロジェクト)だとでも言うの!?とにかくこれを誰かに伝えないと……っ!」

 

 ただそれだけの思いで、明乃は必死に手を伸ばす。

 クルーズ船『セブンシーズ・マリーン』マリーンラウンジ。明乃のいるその場所は端的に言えば食事処だ。事故が起こった時はちょうど夕食の時間だった。だから、テーブルの上にはまだ様々な物がある。ワイングラス、お皿、フォーク、ナイフ。

 

「――――――はぁ、ひ、ぁ……」

 

 1センチ手を前に動かすだけで滝のような汗が流れる。1ミリ身体を前に進めるだけで地獄のような痛みが全身に走る。痛い、痛いっ、痛いっ!ここで死んでしまった方がマシと思えるほどの、凄惨な痛み。筋線維が断裂したかのような、肋骨が肺に刺さっているかのような、血管の中を蛆虫(うじむし)が這いずり回っているかのような痛み。

 

 (いた)み。

 

「ぁ、ぎ、ぃ……ぐ、っ!…………ぅう!」

 

 もしも、

 もしも、今日が明乃の誕生日でなければ、

 もしも、クルーズ船に乗らなければ、

 もしも、あの時明乃がもっと強く両親の手を握っていれば、

 こんな苦しみを体験することはなかったのかもしれない。

 

「はぁ、はっ!ふ、……ぁはぁーっ!はぁ……はぁっ……」

 

 けれど、それは結局空想(if)だ。

 ()に縋ったところで辛い現実は変わらない。

 だから明乃は()頑張っている。

 必死になって、手を伸ばしている。

 誰かの声は、まだ聞こえている。

 

「――――――無線に、ノイズ?……まさか通信妨害(ジャミング)!?冗談でしょう?船内にはまだ取り残されてる人がいるのよ!?」

 

 手を伸ばす。生きるために。

 手を伸ばす。生き残るために。

 手を伸ばす。もう1度、両親に会うために。

 そして、

 そして、

 そして、明乃はついに、クリーム色のテーブルクロスを掴んだ。

 

「くっ!あいつらどこまで腐って」

 

 テーブルクロスを思いっきり引っ張る。

 そして、テーブルの上の物が全て床に落ちた。

 ワイングラス、お皿、フォーク、ナイフ。

 

 ガシャンッ!、と

 

 それらが大きな音を立てて床に落ちた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

行動を伴わない想像力には(Imagination means nothing)何の意味もない(without doing)
 イギリス出身のコメディアン、チャールズ(Charlie)チャップリン(Chaplin)の言葉の1つ。



まさか1話投稿時点でお気に入りを4件、感想を1件、評価を2件もいただけるとは思いませんでした。ありがとうございます!!!

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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災難は滅多にひとつでは来ない(Ein Übel kommt selten allein)

 壁に(もた)れ掛かりながら激しく肩を上下させる。

 胸に手を当てて心臓の鼓動を落ち着かせる。

 過去の全てを回想しながら無限の後悔を(つの)らせる。

 

(どうして、……どうしてこんなことに……)

 

 沈没途中のクルーズ船の中で知名(ちな)あずみは酷く追い詰められていた。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 あずみは個人的な考えでブルーマーメイドを内偵していた。最近の海上安全整備局上層部の動きはどうもおかしいとあずみは思っていた。あずみはブルーマーメイドの中でもそれなりに高い地位にいて、何よりもあずみは10年に1人しか現れないレベルで優秀で有能な人材だ。そんなあずみだからこそ察知できたわずかな違和感。

 海上安全整備局が何らかの生物兵器を開発しようとしているかもしれない、という推測。

 

(ここまでやるなんて……っ!沈めてまで隠蔽しないといけない事実が、この船には眠っているとでも言うの!?)

 

 無論、それは(ただ)の推論に過ぎない。いや、妄想と言ってもいいだろう。あずみの妄想。同僚に話せば鼻で笑われるような、飲み会での話の種にもならないような、ふざけた幻想。

 

 そうであれば、どれだけよかったのか。

 

(とにかく(誰か)にこの情報を伝えないと)

 

 懐から無線を取り出しながらあずみは考える。

 クルーズ船『セブンシーズ・マリーン』。全長216.1メートルのその船で2007年7月20日に海上安全整備局が何らかの実験を行うらしいという情報はあずみは掴んでいた。無論、その情報の確度は高くない。だからこそあずみは誰にも言わず『セブンシーズ・マリーン』に秘密裏に乗り込み、調査を行っていたのだ。

 結果として、その情報は真実だった。

 真実だったからこそ、こんなことになっている。

 

「――――――無線に、ノイズ?……まさか通信妨害(ジャミング)!?冗談でしょう?船内にはまだ取り残されてる人がいるのよ!?」

 

 取り出した無線は役に立たなかった。

 (いきどお)りと共に無線を懐に仕舞うあずみ。

 対策はなされていたのか、あずみの行動は予測されていたのか。

 

「くっ!あいつらどこまで腐って」

 

 途端だった。

 

 ガシャンッ!、と、

 

 何かが砕けたような音があずみの右側から聞こえた。

 

「……………………」

 

 まず、あずみが初めに考えたのは追手の可能性。だがあずみはすぐにその可能性を否定する。追手ならば音を立てるはずがない。むしろ、無音(サイレント)であずみを暗殺しようとするだろう。

 次にあずみが考えたのは船の沈没がさらに進み、船内が傾いた影響で何らかの物が割れたという可能性。だが違和感。あずみの体感では船の沈没具合はまだそれほどではない。後数時間もすれば完全に海の底へ沈んでしまうだろうが、逆を言えばまだ後数時間の猶予がある。大体船体の傾きはあずみの見る限りまだ大した物ではない。

 であれば、

 だとするのならば、

 この音の理由は……。

 

「ッ、誰かいるの!?」

 

 生存者による救難信号(SOS)

 それが、最も高い可能性に思えた。

 

「いるなら返事をして!」

 

 あずみ音の聞こえた方向に慌てて走った。もしもまだ生きている人がいるのだとすれば、必ず救出しなければならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あずみはブルーマーメイドだ。ブルーマーメイドは人を護るための組織だ。目の前で助けを求める人を見捨てて大義を為すことなどできない。

 

「っ!?」

 

 そしてあずみは見つけた。

 テーブルクロスを握りしめ、蒼白な顔で浅く息をする、1人の幼い少女のことを。

 

(テーブルクロスを引っ張って、ワイングラスとかを床に落として音を立てて、私へ合図(SOS)を出した?……こんな、子供が?)

 

 (にわ)かには信じられなかった。こんな極限状況下でその行動をとれるなんて普通ならあり得ない。朦朧とする意識、迫りくる死への恐怖、助けが来ない絶望。ぐちゃぐちゃになる思考の中でそれでも自身が生き残るための行動をとれるなんて。

 それもこんな、年端もいかない子供が。

 

「……ぅ、……ぁ…………すけ、…………て…………」

「っ、大丈夫よ。必ず助けてあげるから」

 

 あずみは明乃を安心させるように微笑み、そして明乃の身体を抱えた。『セブンシーズ・マリーン』の構造は覚えている。現在地もきちんと把握している。脱出のための最短ルートも分かっている。外へ出て救助活動を行っているブルーマーメイドに預ければこの子は無事に助かる。あずみの見た所、一酸化炭素中毒の症状もまだそれほど深くはなさそうだった。

 なのに、

 

「あれ、何処にいくんですか?知名(ちな)二等保安監督官」

 

 ダンっ!、と、

 唐突に、一発の銃声が空間を(つんざ)いた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

災難は滅多にひとつでは来ない(Ein Übel kommt selten allein)
 ドイツのことわざ。日本語にすると『弱り目に祟り目』。



ルーキー日刊ランキングで72位に入ってましたああああ(2020/4/24 22:30時点)!!!!!ありがとうございます!!!感無量です!!!!!
評価かも更に4件もいただいて、感想も2件増えて、お気に入りも4件増えていました。やったー!

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!



知名あずみはオリキャラですが、まぁ察しはつきますよね。


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あなたの知っている誰かが、あなたが(It’s sad when someone you know)知っていた誰かに変わってしまうのは悲しい(becomes someone you knew)

 ここに1つの事実がある。

 それは()()()()()()()()は間違いなく親友であったということだ。共に横須賀女子海洋学校に通い、同じ船で海を渡り、3年間支えあい、ブルーマーメイドとなったあずみと菫。

 ブルーマーメイドとなってからは所属が違うこともあり中々会う機会に恵まれなかったが、それでもあずみは菫のことを親友だと思っていたし、菫もあずみのことを親友だと思っているだろうと思っていた。

 その勝手な期待は、あまりにも呆気なく裏切られた。

 

「が、ぁ……!」

 

 左肩を撃ち抜かれた。致死傷ではないが、致命傷だった。赤い、朱い、紅い滝があずみの左肩から大量に流れ落ち、床を(けが)す。

 (かたむ)く。

 (かぶ)く。

 どうしようもなく力が抜け、あずみの身体が床に倒れ――

 

「っ!!!」

 

 床に倒れる直前、あずみは手をついて持ちこたえた。

 ここで倒れるわけにはいかない。届いた声からして、敵はまだあずみの近くにはいないはずだ。あずみがどこにいるのかを分かっていても、煙に包まれた船内という状況ではあずみの側に近づくにはまだ時間がかかるはずだ。だからまだ、時間はある。

 あずみが倒れたら誰が、一体誰がこの子のことを助けるというのだ。

 たった1人で前に進み、必死に頭を回して助けを求めた幼子の未来を閉ざすわけにはいかない。絶対に、助ける。助けなければいけない。

 あずみの命を犠牲にしても、この子の未来だけは護らないといけない!

 

「ぐ、ぜひゅ、ふ、ぅ、ぅうぅううぅうぅぅぅぅああああああああぁあぁあああああああああ!!!!!」

 

 だが、どうやって?

 どうすれば助けることができる。

 左肩を撃ち抜かれたあずみはもう長距離を動けない。第一、船の外に出るための道には敵がいるはずだ。その道は使えない。

 ならば、どうする?

 

(酷い女……)

 

 吐き気がした。

 こんな状況でも正義を為そうとする自分自身に。

 吐き気がした。

 あくまでも自己中心的な行動をする自分自身に。

 吐き気がした。

 どうやっても救われない自分自身に。

 

「だけどもし、もしも、……もしも、あなたが」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 無茶を言っているのは分かっていた。

 無理を言っているのも分かっていた。

 でも、あずみにはもうこれしか思いつかなかった。

 敵が誰なのか分からない以上、外にいるブルーマーメイドに無作為に助けを求めるわけにはいかない。そんなことをすれば明乃すらも殺される可能性がある。

 だから、この方法しか思いつかなかった。

 (ささや)く。

 

RATt(ラット)。この言葉を覚えておいて。たぶんそれが、この海難事故の真相に繋がる鍵だから」

「ぅ、……ぁっ、……と?」

「ごめんね、ちゃんとあなたを助けてあげられなくて。こんな乱暴な方法しか思いつかなくて」

 

 形だけの謝罪をして、あずみは右腕1本で明乃を抱え、窓に近づく。窓を開けて、そこから外を覗く。

 

(よかった、下は海だ。それに、ブルーマーメイドもいる)

 

 ならば助かるはずだ。

 そう、あずみは思って、

 

「ごめんね、……頑張って」

「………………ぁ」

 

 窓の外に明乃を投げた。

 大きな飛沫が舞って、それを確認したあずみは窓を閉める。これ以上、煙が排出されないように。

 

「…………………………………私にもね、あなたくらいの年の子供がいるのよ?」

 

 下らない戯言だった。たぶん、あずみがもえかに会うことはもう2度とないだろうから。

 

「……さて、と」

 

 左肩を抑えながら壁に寄りかかる。為すべきことは為した。万全は尽くした。満足はしてないが、まぁ、上等な結果だろう。

 そんな強がりで、無理やり笑みを浮かべる。

 

 そして、

 

 カツン、と、

 

 不自然な程に落ち着いた靴音が、炎に包まれた船体の中に響いた。

 

「あら、あらあら!あなたらしくないわね、知名(ちな)二等保安監督官!優秀なブルーマーメイドたるあなたが、こんな、こんなっ!あはっ、あはははははっ!こんな、初歩的なミスを犯すなんてね!!!」

「す、みれ……っ!」

 

 かつて親友だった女。

 (こころざし)を共に、同じ道を歩むと誓った女性。

 なのに、あぁ、一体いつの間に道を違えてしまったのだろうか。

 

 ……一体どうして、こんなことになってしまったのか。

 

 クルーズ船『セブンシーズ・マリーン』のマリーンラウンジで2人の女が向かい合う。明確な殺意と明確な敵意を持って。

 煙に満たされた船内で知名あずみと岸間菫は向かい合う。

 

「っ、どこまで、どこまで堕ちたというの!岸間菫三等保安監督尉!」

知名(ちな)二等保安監督官。世の中にはタブーって物があるのよ。あなたは知ってはならないことを知ろうとした。だったら当然、この末路だって予期できたでしょう」

「海上安全整備局は、いえ、国土保全委員会は、一体何をしようとしているの!?この船には、一体何があるっていうの!?」

「さぁ?私はそれを知る立場にはありませんから。……それに」

 

 煙が邪魔で互いの姿を正確に確認することはできない。けれど、2人とも相手が誰かなんて声を聞くまでもなく分かっていた。

 それくらい、親しい関係だった。

 そう思っていたのは、あずみだけだったのか。

 

「これから死ぬあなたがそれを知っても、もうどうしようもないでしょう?」

「ッ!?」

 

 銃口を向けられたのが気配で分かった。避けることなどもちろんできない。あずみの運命は此処に確定した。

 1人で調べるべきではなかった。誰かに相談するべきだった。自分は優秀だから大丈夫だと根拠のない自信を持つべきじゃなかった。驕っていた。

 分かっていたことだろう。

 どれだけ有能で、優秀で、天才だとしても、個人では組織には敵わない。

 かのガリレオ・ガリレイですら、宗教裁判を前に地動説を放棄せざるを得なかったのだから。

 

「なん、で……」

 

 愕然と、

 驚愕と、

 悲壮と、

 後悔と、

 憤怒と、

 あるいは、

 あるいはあるいは、

 あるいは、あるいは、あるいは、

 

「なんで、そうなっちゃたのよ、……すみ、れ……」

「………………………………」

「私達、……親友じゃ、なかった……の……?」

 

 そう思っていたのは、あずみだけだったのか。

 これこそが、菫にとっての正義なのか。

 

「私は、」

 

 親友だと思っていた。

 親友だと、思っていたんだ。

 

「私は、あなたのことを親友だって思ったことなんて、1度たりともなかったわよ」

「――――――――――――」

 

 煙のせいで顔を見ることはできない。

 2年以上会ってないせいで菫の内心を理解できない。

 しかし、それでも分かってしまった。分かってしまった。

 だって、親友だから。

 あずみと菫は、親友だから。

 

「――――――嘘吐き」

 

 そう、吐き捨てる。

 何があったのだろうか。何が菫を変えたのだろうか。

 

 『私、絶対ブルーマーメイドになる!ブルーマーメイドになって、困ってる人たちを助けてあげるんだ!』

 

 そう、言っていたはずなのに。

 

「菫の、大嘘吐き」

 

 何よりも空虚な言葉だった。

 両の瞳から透明な雫が流れ落ちた。

 傍にいれば、あずみが菫の傍にいれば、菫が変わることなんてなかったのだろうか。

 もし、時間を戻せるとして、もし、もう1度やり直せるとして、もしも、過去に戻れたら、

 

 いや、結局それも詮無きことか。

 

(ごめんね、もえか。お母さんは、ここまでみたい……)

 

 引き金に指がかかる。

 銃口は正確にあずみの心臓を捉えていた。

 1発避けた所ですぐに追撃が来る。誰もあずみを助けになど来ない。

 つまり、詰みだ。

 ゲームオーバーだ。

 

「さようなら、あずみ。――――――せめて、いい夢を」

 

 それが、知名あずみが現世で聞いた、最期の言葉だった。

 弾丸があずみの心の臓を貫き、

 あずみの身体が、崩れ落ちた。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

あなたの知っている誰かが、あなたが(It’s sad when someone you know)知っていた誰かに変わってしまうのは悲しい(becomes someone you knew)
 アメリカの音楽家(ミュージシャン)、ヘンリー・ローリンズの言葉の1つ。



岸間菫はアニメ第7話に出てきたブルーマーメイドの1人です。
さて、さっそく1人死んでしまった。殺したの私だけど。

これにて前日譚は終了。次話に人物設定を投稿後、次次話より現代編に入ります。
欲望と怨嗟、復讐と快楽、絶望と野望が交錯する現代編をどうぞお楽しみあれ。

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!



――――――スターチスの花言葉は『変わらぬ心』。


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登場人物紹介(Material) I

前日譚のネタバレ全開のため、4話までの既読を推奨します。

ネタバレOK、あるいは4話まで既読済みの方は下スクロールをしてください。

前日譚最終話後の人物情報(マテリアル)を記載します。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(みさき) 明乃(あけの)

 性別   :女

 年齢   :7歳(9年前)→15歳(現在)

 誕生日  :2000年7月20日

 所属   :松本市立二子小学校(9年前)→横須賀女子海洋学校(現在)

 役職   :なし(9年前)→陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦長(現在)

 所属科  :航海科

 出身   :長野県松本市

 血液型  :B型Rh-

 星座   :蟹座

 身長   :97センチメートル(9年前)→143センチメートル(現在)

 趣味・特技:読書、ネットサーフィン、海を見ること、スキッパー操作、サバット・ディファンス(我流)、演技

 資格・実績:中等乙種海技士、丙種二級小型水上免許(中型スキッパー免許)、潜水士資格、実用英語技能検定1級、実用フランス語技能検定準1級、中国語検定1級、実用イタリア語検定準1級、第54回全日本少女スキッパーレースA-1カテゴリ準優勝、第23回全国図上演習競技大会5位入賞

 得意科目 :全て

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:すべての不幸は未来への踏み台にすぎない(All unhappiness is only a stepping stone to the future)(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)

 好きな食物:サンドイッチ(短時間かつ片手で食べられるから)、栄養ドリンク、サプリメント、プリン

 苦手な食物:生牡蠣、肉

 好きな色 :海色

 嫌いな色 :赤色

 好きなもの:知名あずみ(故人)、西崎芽依、スターチスをモチーフにしたネックレス

 嫌いなもの:船、炎、拳銃、血液、ブルーマーメイド

 宿痾   :心的外傷後ストレス障害(PTSD)強迫性障害(OCD)(軽度)、メサイアコンプレックス、暗闇恐怖症、赤色恐怖症、血液恐怖症、対人恐怖症、不眠症

 愛称   :岬ちゃん、明乃ちゃん、明乃

 人物   :9年前のクルーズ船『セブンシーズ・マリーン』号沈没事故で両親を失い、知名あずみから未来を託されたことで全てが歪んでしまった少女。いくつもの精神病を抱えているが、対人恐怖症による人間不信から医者にかかることを拒否し、またアカデミー主演女優賞クラスの演技力で常に自分を偽っているため、明乃の病状を知っている人間は西崎芽依しかいない。海を見ることは好きだが、同時に船とブルーマーメイドを強く憎んでいる。暇さえあれば海を見ているのは9年前の出来事から派生した全ての感情を忘れないため。自己肯定感が異常に低く、『完璧でなければ存在する価値がない』、『誰かを護れない自分には生きている価値がない』という強迫観念に常にさらされている。それでいてその感情を決して表に出すことはない。西崎芽依を除いて。知名あずみから託された物を繋ぎ、9年前の『セブンシーズ・マリーン』号沈没事故の真相及びブルーマーメイドの暗部を白日の下にさらすことを至上目的としている。

 

 

 

 

 

 

 

 

知名(ちな) あずみ

 性別   :女

 年齢   :25歳

 誕生日  :1982年6月15日

 没年   :2007年7月20日

 所属   :ブルーマーメイド特殊潜入課 第四特殊潜入班(通称海猫)

 役職   :特殊潜入課第四特殊潜入班(海猫)班長、二等保安監督官

 出身   :長野県松本市

 血液型  :AB型Rh+

 星座   :双子座

 身長   :167センチメートル

 趣味・特技:カヌー、速記

 資格・実績:第1回全国図上演習競技大会優勝、第28回競闘遊戯会MVP、2001年度横須賀女子海洋学校主席卒業、沖ノ鳥島爆破未遂事件解決、2004年度ブルーマーメイド最優秀貢献賞受賞

 得意科目 :なし

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:天才とは永遠の忍耐である(Genius is eternal patience)(ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ)

 好きな食物:ハヤシライス

 苦手な食物:なし

 好きな色 :海色

 嫌いな色 :黒色

 好きなもの:正義、努力

 嫌いなもの:悪、怠惰

 宿痾   :不眠症

 愛称   :あずみ、あず

 人物   :知名もえかの母親。ブルーマーメイド最優秀貢献賞の最年少受賞者。質実剛健、清廉潔白、完璧超人。面倒見が良く、後輩からは慕われ先輩からは頼りにされ民衆からは好かれるというまさにブルーマーメイドの中のブルーマーメイドであった。海上安全整備局及び国土保全委員会が秘密裏に何らかの実験を行っていることを把握、それを調査する過程で同級生であった岸間菫に射殺される。正義感がとても強かったが、それ故に暗部の人間から疎まれていた。『知名の正義は時に暴走する』と言われたこともあったが、それでもあずみは決して止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

岸間(きしま) (すみれ)

 性別   :女

 年齢   :24歳(9年前)→33歳(現在)

 誕生日  :1982年4月11日

 所属   :ブルーマーメイド強制執行課 保安即応艦隊 東部方面第四部隊、秘密組織『ワダツミ』革命派

 役職   :三等保安監督尉(9年前)→一等保安監督正(現在)、『ワダツミ』特攻員

 出身   :神奈川県川崎市

 血液型  :O型Rh+

 星座   :水瓶座

 身長   :158センチメートル

 趣味・特技:ヘアアレンジ

 資格・実績:丙種二級小型水上免許、乙種危険物取扱者、柔道五段

 得意科目 :国語

 苦手科目 :数学

 好きな言葉:長い物には巻かれろ

 好きな食物:カレーライス

 苦手な食物:おでん

 好きな色 :透明

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:ブルーマーメイド、知名あずみ

 嫌いなもの:自分自身、知名あずみ

 愛称   :菫

 人物   :知名あずみの親友であったはずの女性。菫が何を思いあずみを射殺したかは菫にしか分からない。菫はあずみのことをとても好いていて、同時にとても嫌っていた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

登場人物紹介(Material) I
 TYPE-MOON制作のスマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』の設定資料集の名前。



一般的なブルーマーメイドのパラメータは岸間菫相当です。明乃のパラメータは宗谷雪レベルですし、あずみのパラメータは現代のブルーマーメイドとしては五指に入るレベルです。

この2人がおかしいだけです。

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プロローグ-鬼- 国際テロリスト『晴風』誕生~海に出る前にすべきこと~
幼年期の終り(Childhood's End)


ずっと、眼の裏から離れない光景がある。

それはきっと、永遠に忘れられない過去の罪悪。

私を(むしば)み、糾弾(きゅうだん)し、断罪し続ける須臾(しゅゆ)(とが)

だから私は許さない。私は決して赦されない。



――――――天頂に耀(かがや)く星々を、晦冥(かいめい)の中に失墜させる。

私は(ただ)、そのためだけに生きている。


 2016年4月6日 午前7時41分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校前にて

 

 宗谷ましろは不幸な人間である。

 子供の頃母親にもらった帽子はすぐに風に飛ばされて無くなるし、全身に幸運グッズを身に着けても効果は特に無かったし、高校入試では回答を1つずらして記述してしまい落ちこぼれクラスに配属されるし、

 横須賀女子海洋学校に辿り着く前に猫に会うし。

 

「ぅ、ひうぅうぅう!!!」

 

 宗谷ましろは不幸な人間である。

 今日は横須賀女子海洋学校入学の日だ。49分後には入学式が始まるので、一刻も早く会場に辿り着く必要がある。が、ましろは猫が苦手である。非常に苦手である。猫を目の前にすると若干身が(すく)むくらい猫が大嫌いである。

 つまり動けない。

 猫が大嫌いで動けない。

 その情報を、当然『彼女』は知っていた。

 

「あっ、猫だ!」

 

 故に、そんな声がましろの右側から聞こえて

 

 繰り返す、宗谷ましろは不幸な人間である。

 

 ――――――ただし、宗谷ましろの悪運は相当に強い。

 

「うひゃああああああああああ!!!???」

「うわあああああああああああ!!!???」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(お、落ちっ!)

 

 不意打ちだった。というか不意打ち過ぎた。ましろの態勢が崩れ、身体が揺らめき、踏鞴(たたら)を踏んでしまう。数歩後ろに進んでしまい、ましろの足が地面から離れる。

 

(ぁ)

 

 そして、ドボンッ!と大きな水飛沫が2つ舞った。 

 ましろたち2人は一緒に海に落ちた。

 

「ぅ、ぷ!」

「ぇふ!」

 

 無論、急に海に落ちた程度でましろが溺れることはない。ブルーマーメイドを目指す以上泳ぎは最低限の必須事項だ。泳げないわけがない。そしてもちろんましろにぶつかってきた少女もそうだろう。

 海に浮かびながら、剣呑な瞳でぶつかってきた少女――岬明乃を見て、ましろは思う。

 

(入学当日にこんな目にあうなんて……。あぁ、本当に)

 

 呟く。

 呟いた。

 今のましろの本音を。

 

「ついてない」

「ごっ、ごめんね!?大丈夫!?」

 

 これが、陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦長岬明乃と陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦副長宗谷ましろの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その光景を離れた場所から2人の少女が見ていた。

 

「……ふぅん」

 

 興味深そうに、観察するように、知名もえかは海に落ちた明乃とましろを見ていた。

 

「知名艦長?どうかしたんですか?」

「瞳子さん。あの2人のこと、今見てた?」

「えぇと、海に落ちた2人のことですか?随分と間抜けですよね。あんなのが私たちと同じブルーマーメイドを目指すだなんて、笑っちゃいますよ」

「……間抜けじゃないよ。少なくとも、岬さんの方は()()だね」

 

 少しきつめの口調でもえかは断言する。

 それなりの訓練を受けている村野瞳子でさえも欺けるレベルの演技力。

 

「態と……?態と海に落ちたってことですか?」

「うん、視線が最初から海の方に行ってた。たぶん、()()()()()()()()()()()()()()()()を考えてたんじゃないかな」

「…………何のために、ですか?」

「そこまでは分からないけどね」

 

 岬明乃という人物をもえかは知っていた。

 第54回全日本少女スキッパーレースA-1カテゴリ準優勝者にして第23回全国図上演習競技大会5位入賞者。つまり、特別な訓練を受けていない一般人にしてはかなり優秀な存在。

 それが岬明乃。

 

(岬さん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

 もしそうだとするのならば、警戒の必要があるかもしれないともえかは思った。

 態と人にぶつかって海に一緒に落ちる。これはまぁいい。特に問題はない。

 だが、宗谷ましろ()態とぶつかって一緒に海に落ちたのであれば要警戒だともえかは思った。

 それは知っていたということだ。分かっていたということだ。

 彼女が宗谷ましろであると。

 彼女がブルーマーメイドの名家『宗谷家』の三女であることを。

 

(……宗谷さんは中学時代ブルーマーメイド関連の大会にいくつか出てる。そこで顔を知った……?)

 

 『好きの反対は嫌いではなく無関心』という言葉がある。好意は容易く悪意に反転し、悪意は切欠(きっかけ)さえあれば容易く好意に逆転する。明乃はそれを分かっていたのだろうか。

 関りがなければ関係性は生まれない。関係性がなければ絆は育めない。

 明乃のせいで海に落ちたましろが明乃に対して初めに持つ感情は悪感情だろう。だが、それはつまり『ましろと明乃の間に繋がりが生まれた』ということでもある。もし、明乃が狙ってましろにぶつかったのだとすれば……。

 これはもえかの考え過ぎだろうか?

 だが、考え過ぎておいて損はないはずだ。

 あの目、明乃の目。

 あれはもえかと同じ目だった。

 

一寸(ちょっと)、厄介なことになるかもしれないね」

「調べた方がいいですか、知名艦長?」

「そうだね、……『オケアノス計画』に支障が生じるとは思わないけど、調べておくといいかもしれない」

「分かりました。このことは『御前(ごぜん)会議』には?」

「報告の必要はないかな。この程度にも対処ができないって思われるのは(しゃく)だし」

「分かりました、知名艦長」

 

 秘密組織『ワダツミ』革命派強硬組に所属する知名もえかと村野瞳子は、海に落ちた2人を横目で見ながらそんな話をする。

 ここに2つの才能が人知れず邂逅した。

 『天才』と『天災』。

 『悪の敵』と『正義の味方』。

 だが、明乃ももえかもまだ気づいてはいなかった。

 ここから先の因縁を。

 自分たちがどれだけ深い関係に陥るのかを、

 まだ、全く気付いていなかった。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

幼年期の終り(Childhood's End)
 イギリスのSF作家、サー(Sir)アーサー(Arthur)チャールズ(Charles)クラーク(Clarke)の長編小説のタイトル。

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ずっと、(まぶた)の奥から離れない光景がある。

それはきっと、永久(とわ)に忘れられない未来の楽園(ティル・ナ・ノーグ)

私を追いたて、讃歎(さんたん)し、礼拝し続ける不可思議(ふかしぎ)(ばつ)

だから私は許されない。私は決して赦さない。



――――――地獄の底で燃え盛る劫火(ごうか)を、現世(うつしよ)の中に回禄(かいろく)させる。

私は(ただ)、そのためだけに生きている。


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悪いことの後には良いことがある(Há males que vem para o bem)

 2016年4月6日 午前8時13分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校 第4女子シャワー室にて

 

 ましろは横須賀女子海洋学校第4シャワー室でドライヤーを使って不機嫌そうに髪を乾かしていた。

 

(ついてない。……私は本当についてない……)

 

 まさか入学初日に海に落ちるとは思わなかった。バッグもろとも海に落ちたせいでせっかく買った新品の道具たちは海水に濡れて使い物にならなくなってしまったし、洗濯したところで制服の海水臭さはしばらく取れないだろう。早めに登校していたおかげで入学式に間に合いそうなのは九死に一生を得たというところだが、はっきり言ってましろのテンションは下がる一方だった。

 思わず大きくため息をついてしまうほどに。

 

「はぁーーー………………」

「あ、あのー……、ちょ、ちょっといいかな」

 

 シャワー室の扉を遠慮がちに開けて、バツが悪そうに声をかける明乃。一足先に身体を乾かし終わった明乃は、隣部屋のランドリールームに行って海水塗れの2人の制服を洗濯していたところだった。

 最も、明乃も海に落ちたので格好はタオルを身体に巻いて裸身を隠しただけの何とも形容しがたい物だったが。今が入学式直前で、廊下に人の往来がないことは不幸中の幸いだったか。

 

「………………………なんだ」

 

 両手を背中に回した明乃がシャワー室の中に入ってくる。

 ましろは疑問に思う。乾かした制服はどうしたのだろうか。まさか、ランドリールームに忘れたということもなかろうが……。

 そんなましろを見ながら、消え入りそうな声で明乃は言う。

 

「実は、乾燥機に空きがなくて、入学式までに服が乾きそうになくて……」

「はぁ!?」

 

 ガクリ、とましろは項垂(うなだ)れる。

 

「ついてない、……せっかくの入学式なのに、欠席するしかないのか…………」

 

 体操服も私服も全てバッグの中にしまっていたため、乾燥機が空いていないとなればましろが着れる服はない。まさか入学式に水着で参加するわけにもいかないだろう。

 とことんまでついてない。

 晴れ舞台に上がることもできないとは、もはや(わら)えるくらいだ。

 

「それでね、えっと……」

 

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。

 いや、それにしては作為的過ぎるか。

 

「も、もしよかったらっ、この制服を代わりに着たらどうかなって!!!」

「……?」

 

 そう言って、明乃は後ろ手に隠していた新品の制服をましろの前に差し出した。

 少なからず、罪悪感を持っている表情。

 

「さっき購買で買ってきたんだ!ただ、1着しかなかったから……」

「その格好で購買に行ったのか!?お前正気か!?」

「うん。まぁ、恥ずかしかったけどしょうがないし……」

「っ、……お前はどうするんだ?」

「えっと、…………わ、私は大丈夫だよ!それよりもう入学式始まっちゃうし早く着替えて行ったらどうかな!?」

「………………………」

 

 シャワー室の中で裸にタオルを巻いただけの明乃とましろが向かい合っている。

 ましろは思う。大丈夫?そんなわけがない。無事な制服が一着しかないのであれば、入学式に出れるのは1人だけだ。そしてその1人選ばれるべきなのはきっとましろではない。

 ましろではなく、もっと、優しい人が出るべきだ。

 そう、卑屈に思う。

 

「その制服はお前が買った物だろう。だったら、お前が着るのが筋だ。……入学式に出れないのは残念だが、仕方ない。私は乾燥機が空くのを待って」

「ダメだよ!!!」

 

 諦めたように自嘲(わら)いながら立ち上がりランドリールームに行こうとするましろの手を握り、明乃は全力で引き留める。

 ダメだ。それはダメだ。行かせるわけにはいかない。そんな結末は許さない。

 

「そんなのダメだよ……。あなたは私のせいで海に落ちちゃったんだから!大丈夫、私は私で何とかするから!」

「何とかなるわけないだろう!……海に落ちたのは別にお前だけのせいじゃない。私の不注意が原因でもある。だから、その制服はお前が着ていけ」

「ダメ、絶対ダメ!入学式にはあなたが出るべき!!!私は大丈夫だから!!!入学式に出られなくても、後で資料とかはもらえるだろうし……」

「それでいいわけがないだろう!高校の入学式は一生に1度しかないんだぞ!?それを体験できなくていいのか!?」

「それならあなたもそうでしょ!それに、私が1人で海に落ちていれば制服は足りたはずなんだし!あなたは本当は入学式に出られてるはずなんだから、そう、だから、この制服はもともとあなたの物みたいなものだよ!」

「意味の分からない理屈を立てるな!とにかく、その制服はお前が着ていけ!私は入学式に出れなくても問題ない!それに、この程度の不幸、慣れてるからな」

「不幸……?」

「ついてないのは、いつものことなんだ。だからその制服はお前が、……て、どうした!?」

「ぇ?」

 

 ましろは驚愕した。あまりにも急だったからだ。

 明乃は、半笑いで涙を流していた。

 

「あ、あれ……?ごめん、何でもないの……!何でもないからっ!」

「っ、まさかどこか痛めてるのか!?どうして言わなかったんだ!!!今すぐ医務室に……」

「ちがっ、違う……!これはあなたが、……あなたがこの制服を受け取ってくれないから……!!!」

「…………そんなことで?」

 

 拭っても拭っても涙が止まらないようだった。

 それだけ責任を感じているのか。

 それほどまでに罪悪を感じているのか。

 滝のように(なみだ)を流すほどに。

 

「だ、だって……っ、だってぇ……」

「っ、もういい!分かったから!!!」

 

 奪う様に明乃から新品の制服を受け取る。

 そしてティッシュペーパーを何枚か引き抜いて、明乃の涙を拭ってやる。

 

「はぁ……、もう、そんなに泣かなくてもいいだろう……。分かった。この制服はありがたくもらっていく。そして代金は後で払う」

「ひぐっ、……別にお金なんて」

「払わないと私が我慢できないんだ。頼むから受け取ってくれ」

「……うんっ、分かったよ。ほんとっ、ごめんね。ぁ、ぇと」

 

 明乃の口が止まる。

 そういえばまだ自己紹介をしていなかったな、とましろは思った。

 

「ましろだ。宗谷ましろ」

「じゃあシロちゃんだね!私、岬明乃!ミケって呼んで!」

「シ、シロちゃん???」

「私は外に出てるから、ちゃんと着替えて入学式に行ってね!」

 

 そう言って、ルンルンという効果音が付きそうな足取りで明乃はシャワー室を去っていった。ランドリールームに向かったのだろう。

 渡された制服を見ながら、ましろは呟く。

 

「……たまには、ついてることもあるんだな」

 

 否である。

 ましろは根本的に不幸な人間だ。ましろに幸運が訪れることはない。

 故に、だ。

 ましろの知る由もないことだが、購買に制服が1着だけあったなんてのは明乃の吐いた嘘である。そして、空いている乾燥機がないというのも嘘である。そもそも、入学式当日の朝に乾燥機の空きがないだなんてそんな馬鹿げたことあるわけがない。

 そんな偶然は起こりえない。

 大抵の場合、偶然というのは何らかの悪意によって生じる物なのだ。

 だから、この制服は(あらかじ)め用意されたものに過ぎない。明乃は当初の筋書き通り、ましろに予備の制服を渡したに過ぎない。嫌悪は簡単に好意に反転する。真摯に謝り尽くす人間に悪感情を持てる人間は少ない。

 予定通りで計画通り。

 全部全て何もかも明乃の想定通り。

 その作意にまだ、ましろは気付いていなかった。

 そしてこれからもきっと、気づくことはないのだろう。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

悪いことの後には良いことがある(Há males que vem para o bem)
 ポルトガルのことわざ。日本語にすると『禍福(かふく)(あざな)える縄の如し』。
 ちなみに他のサブタイトル候補には『宴戯』がありましたが、まだましろはその領域に至ってないので却下しました。



日刊ランキングで37位!!!(2020/4/30 09:15時点)
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歓喜!
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秘密の作戦(은밀하게 위대하게)

 2016年4月6日 午前8時18分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校 ランドリールームにて

 

 つまるところ、明乃がましろに()()ぶつかって海に落ちたのには2つの理由がある。

 1つはもえかが推察した通り、ましろとの関係性を作るため。

 明乃の目的を達成するためには縁故(コネ)が重要だった。『宗谷家』の三女という立場(ステータス)は明乃が求めるに十分な縁故(コネ)だった。

 明乃は宗谷ましろという人間を知っていた。ましろは中学時代いくつかの大会に出ているから、素性を調べるのは簡単だった。

 ブルーマーメイドの名家『宗谷家』の三女。

 使える、と思った。

 利用できる、と思った。

 『宗谷家』の縁故(コネ)があれば早く出世できる。『宗谷家』と関係性を作れれば昇進に有利になる。ブルーマーメイド上層部の秘密にアクセスできる可能性も、ブルーマーメイドの暗部を知れる可能性も、ずっと高くなる。

 だから明乃はましろに態とぶつかって、一緒に海に落ちた。プラス方向での切欠を作るのは難しくても、マイナス方向での切欠を作るのは容易だ。何よりマイナスの印象は記憶に残りやすい。そして切欠さえ作れれば後はこっちのものだ。人心掌握は得意なのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………行った、かな?」

 

 明乃はランドリールームでそう呟く。乾燥機は回っている。後数分もすれば制服は乾くだろう。

 ここまでは予定通り。怖いくらいに順調。

 宗谷ましろは想像以上に御しやすい人間だった。ひょっとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()単純な人間だった。

 単純な人間は良い。

 思考回路が簡単な人間は読みやすく、操りやすく――信頼しやすい。

 だから、明乃はましろのことが好きになれそうになかった。孤独は人を強くする。独りであればあるほど、明乃は強くなれる。

 大切な友人も、

 大切な家族も、

 大切な個人も、

 いらない。

 必要ない。

 だから、もし明乃が必要とするのならば、それは故人だけだ。

 個人ではなく、故人。

 

 友達は作らない。

 

 『じゃあさ、私と友達になろうよ。明乃!』

 

 友達なんて、もうこれ以上いらない。 

 

「友達を作ると、人間強度が下がるから……」

 

 ポケットの中のネックレスを握りしめる。

 スターチスをモチーフにした(しろがね)のネックレス。

 9年前、沈没寸前の船の中で託された使命。それだけが理由で明乃は生きている。どうして父は死ななければならなかったのか。どうして母は殺されなければならなかったのか。どうして、どうしてあずみは撃たれなければならなかったのか。

 その疑問を晴らすために、明乃は生きている。

 (くら)(ひとみ)を携えて、

 (くろ)(まなこ)(そら)を見て、

 怒りも、

 憎しみも、

 いつの日か感じ無くなっていた。

 

「だから、あなたの遺志は――私が継ぐんだ。あずみさん」 

 

 身に宿るのは星すら滅ぼす絶黒の使命感。

 あずみの遺志を継ぐために明乃は横須賀女子海洋学校に入学したのだ。

 

「――――――行こう」

 

 乾燥機が止まった。

 制服を手に取る。

 ボタンを閉める。

 準備は終わった。

 ランドリールームの扉に手をかける。

 外に出ればもう二度と此処には帰ってこれない。

 平穏、安寧、静寂。

 明乃はそれらの尊さを知っている。

 今ならまだ戻れる。今ならまだ帰ってこられる。

 きっと、誰も望んでいない。あずみですらも、これから明乃がやることを非難するだろう。

 だけど、

 だから、

 それでも、

 

「それでも、私は――――――」

 

 死者は決して蘇らない。

 

 『RATt(ラット)。この言葉を覚えておいて。たぶんそれが、この海難事故の真相に繋がる鍵だから』

 

 (ほとん)どの人間は絶大な脅威を前に諦めて膝を屈する。

 

 『ごめんね、ちゃんとあなたを助けてあげられなくて。こんな乱暴な方法しか思いつかなくて』

 

 だからきっと、明乃もそうするべきなのだ。そうであるべきなのだ。

 

 『ごめんね、……頑張って』

 

 そんな風に諦めることができれば、どれだけ楽だっただろう。

 

「今のうちに校長室に侵入して、欲しい情報を手に入れるんだ」

 

 能面のように無感情に、

 人形のように無表情に、

 死人のように無感動に、

 明乃はそう言った。

 

 それこそが、明乃が態と海に落ちた2つ目の理由。

 

 それこそが、明乃の本質だった。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

秘密の作戦(은밀하게 위대하게)
 韓国のスパイ映画。原作はインターネットポータルサイト『ダウム』に掲載されたウェブ漫画。



明乃の優しさに裏がないわけがないでしょう!
ましろの大嫌いな猫が偶々港にいる……?そんな偶々あるわけねぇだろうが!
ブルーマーメイドを目指すんですから、このレベルの謀略は張り巡らせられないとねぇ……?

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第1作戦(Case1) 舞遊ぶ(Dancy) 陰謀(Conspiracy)

 2016年4月6日 午前8時32分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校 校長室前にて

 

 はっきり言って、横須賀女子海洋学校の警備はザルだった。

 と、断言してしまうのはあまりにも酷だろう。国を支えるエリート(屋台骨)たるブルーマーメイドを育成する学校の警備がザルだなんて、そんなことあり得るわけがない。

 だから、正しく言うのであればこうだ。

 横須賀女子海洋学校の警備は()()()()()()()ザルにも等しいモノだった、と。

 

「――――――クリア、……なんて、ね」

 

 イヤホンから流れる入学式の音声に2割ほど意識を割きながら、明乃はそう呟く。

 監視カメラの位置は去年の学校説明会で把握している。入学式の真っ最中である今、人の往来はない。つまり、この潜入ミッションは非常にイージー難度だった。

 簡単に、誰にもバレないように、明乃は校長室までたどり着く。

 校長室を監視するカメラは、ない。

 

「私が監督室長になったら、まずこの学校の警備体制を刷新しよう……」

 

 生徒を信用するのは教師としては当然ではあるが、権力者としては失格である。横須賀女子海洋学校はただの学校ではなく、ブルーマーメイドと密接な関係を持った学校なのだから。

 

「…………」

 

 右を見て、左を見て、もう1度右を見る。

 誰もいないことを確認し、校長室の扉の前に立つ。

 ドアノブを握り、回す。

 ガチャン、と音がした。

 

「……まぁ、鍵くらいかかってるよね」

 

 当然だろう。

 思考することすら馬鹿らしいと思えるほど当然の対応。

 

 だから、何の問題もない。

 

 それくらい、分かっていた。

 

「真雪校長。あなたは戦闘者(ブルーマーメイド)としては超一流でも、情報管理者(トップ)しては失格だよ」

 

 制服のポケットからピッキングツールを取り出す。校長室のドアにどんなタイプの鍵が使われているのか、明乃は分かっていた。明乃は去年の学校説明会の時、校長室の扉の鍵のタイプを確認している。

 躊躇なく、ピッキングツールを鍵穴に刺す。

 そしてガチャガチャとピッキングツールを適当に操作する。

 レーキング。

 今明乃が実践している手法である。

 

「はい、開いた」

 

 事もなげに、そう言う。

 言うまでもなく、非正規の方法で鍵のかかったドアを開けるのは誰にでもできることである。だが、多くの人がそれをしないのは、要するにそうしようという考えが浮かばない、あるいはその行動に拒絶感があるからだ。

 明乃にはそんなものない。

 禁忌も、禁止も、禁断も、

 明乃にはない。

 

「失礼しまーす」

 

 イヤホンから聞こえる入学式の音声からして、まだ真雪は入学式会場にいるはずだ。万が一、真雪の姿が会場から消えた時はモールス信号でSOS(トントントン・ツーツーツー・トントントン)と打つように言ってある。明乃が聞き逃しさえしなければ、校長室への潜入がバレることはない。

 ちらり、と腕時計を見る。海に落ちることは分かっていたので、今日明乃が付けている腕時計は完全防水の物だった。

 現在時刻は8時36分。入学式の終わりが10時00分なので、後始末の時間も考えると9時50分には用事を済ませる必要がありそうだった。

 

(まぁ、流石に1時間もあれば終わるとは思うんだけど……)

 

 校長室に潜入した明乃は早速お目当ての品を見つける。

 

「無防備すぎるっていうのは、酷なのかな」

 

 明乃のお目当ての品、それはパソコンだ。

 真雪が普段業務で使っているであろうパソコン。その中には莫大な情報が入っているはずだ。生徒では触れることのできない横須賀女子海洋学校の機密情報、政府中枢やその他重要人物との取引に使える秘密情報、そして――ブルーマーメイドの秘匿情報。

 あわよくば、9年前のクルーズ船『セブンシーズ・マリーン』沈没事故の真実も。

 

(そこまでは、望み過ぎだと思うけどね)

 

 パソコンを立ち上げ、ログイン画面に移行する。

 パスワードの入力を求められる。

 

「そうだなぁ……、『mayuki munetani』とか、どう?」

 

 『パスワードが違います。もう1度入力してください』

 

 違ったらしい。

 

「まぁ、そうだろうね」

 

 そもそもパスワードが何桁かも分からない以上、ツールを使って無理やり突破(ログイン)することも難しい。不可能とは言わないが、時間がかかる。高性能なパソコンを使って8桁の大小英数字を含むパスワードの総当たり攻撃を行った場合、解析にかかる時間は約253日だ。

 そんなことを悠長にやっている時間などない。

 

 だから明乃はもっと物理的な方法を使う。

 

「……こっち(PC)のセキュリティはちゃんとしてるなら、物理的な鍵だってもうちょっとどうにかしてほしいんだけどなぁ……」

 

 デスクトップパソコンの本体に手をかける。

 日本電気通信株式会社(Japan Electric Company)のPC-HA980RAA。法人がよく購入するパソコンの1つ。

 予習した通りだった。

 これを使っているだろうな、と思っていた

 だから、

 

「……それじゃあ、やろうかな」

 

 分解することに躊躇いはなかった。

 パソコンを分解し、中にある記憶媒体(SSD)を取り出す。

 

 それを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()S()S()D()()()()()

 

「入学式が終わるまでには終わるといいけど」

 

 パソコンにログインできないならローカルに保存してあるデータの全てをコピーしてしまえばいい。そして、コピーしたデータを後で自分のパソコンでチェックすればいい。スマートで、スイートで、グレートなやり方だ。

 サーバにアクセスできなくたって構わない。ローカルにも十分なデータは保存してあるはずだ。

 だから十分、これで十二分。

 明乃はこれで、欲しいデータを手に入れられる。

 

「――――――――――――」

 

 そして、データを吸出し終わるまでの時間で明乃はもう1つ行動を取る。

 真雪が使っている机の引き出しを開ける。

 

 1段目。

 目ぼしい情報はない。

 

「……」

 

 2段目。

 目ぼしい情報はない。

 

「…………」

 

 3段目。

 目ぼしい情報はない。

 

「………………」

 

 4段目。最後。

 目ぼしい情報は――――――あった。

 

「『革命派に関する報告書』……?これって……?」

 

 報告書を手に取り、読む。

 その報告書の報告主は宗谷真霜であった。つまり、現ブルーマーメイドの最高責任者である宗谷真霜()から横須賀女子海洋学校校長である宗谷真雪()へと当てられた報告書。

 

 『革命派』。

 

 なんとも言い難い響きだった。

 そのネーミングセンスだけで、少なくも宗谷真霜と宗谷真雪がその派閥を敵視していることが分かった。

 

「『革命派』……。こいつらは……、…………これ…………は………………」

 

 思わず絶句した。

 報告書によれば、『革命派』には各界の名だたる人間が参加しているようだった。

 海上安全整備局現副局長、叢雲(むらくも)(つるぎ)

 東京高等裁判所現長官、天涯(てんがい)奈落(ならく)

 世界五大海運会社『呉汽船』現社長、(くれ)(くれない)

 2014年度世界億万長者ランキング第99位、投資家、(あかつき)不沈(しずまず)

 独立宗教法人『楽園教』教祖、鏑城(かぶらぎ)(ねぐら)

 他にも、

 他にも他にも、

 他にも他にも他にも、

 本当に、名だたる面々が、

 そして、

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あいにく、それが誰かまでは調べられていないようだったが。

 

「『革命派』……。革命……。もしかしてこいつらが、あずみさんを……?」

 

 首を振る。

 いや、それは流石に妄想が過ぎるか。

 腕時計を見る。

 現在時刻は9時37分。

 そろそろ部屋の片づけをしなければならない時間だった。

 

「とりあえず、十分な成果は得られたよね……?だったら、後は私が……」

 

 データの吸出し(コピー)も終わったようだった。ケチらず高性能なデータ吸出し用ツールを買ったのが良かったのだろう。協力してくれた芽依には感謝しなくてはいけない。

 パソコンを元に戻し、データ吸出しツールと情報をコピーしたSSDを懐にしまい、指紋を拭き取る。

 『革命派に関する報告書』をコピーすることは流石にできないので、全ページの写真を携帯で撮り画像として保存する。

 報告書を元の位置に戻す。

 

「よし」

 

 それだけで、あぁ、それだけで、全て元通りだった。侵入の痕跡は完全に消えてしまった。髪の毛の1本すらも、皮膚の1欠片すらも、指紋の1つすらも無くなった。

 真雪が校長室に戻ったとしても、侵入者がいたという事実に気づくことはできないだろう。

 それほどまでに完璧で、

 完璧にできるよう、訓練してきた。

 ずっと、ずっと、ずっと。

 訓練してきたのだ。誰も信用できない世界で、それでもあずみの遺志を継ぐために。

 1人で。

 独りで。

 

 今は、2人で。

 

「…………ありがとうだよね、ほんと」

 

 校長室から出て、ドアを閉める。

 レーキングを行い、再びドアの鍵を閉める。

 これで隠蔽完了だ。

 現在時刻は9時58分。

 入学式の終了まで後2分。何とか間に合ったといえるだろう。

 イヤホンから入学式の音声を聞きながら、明乃は無傷で撤退する。

 成果は十分で、結果は上等。

 だから、明乃は思ってもいなかった。

 その出会い、その導き、その巡り合いを、考えもしなかった。

 天才が自分だけだと思っているのか?

 秀才は己だけだと考えているのか?

 愚者は(わたくし)だけだと思いあがっているのか?

 ならば、否定しよう。

 それは違うと。

 異なっていると。

 すぐに気づくことになる。

 明乃はすぐに気づくことになる。

 終生の因縁。永劫の赤糸。無限の闘争。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なぜならば、

 あぁ、なぜならば――――――。

 

 

 

 

 

 2人の天才(天災)が邂逅するまで――――――後、7分。

 




ピッキング(レーキング)描写とクラッキング描写(厳密にはクラッキングじゃないけど)は態とあいまいかつ誤った描写をしています。万が一真似されると困るので。

ちなみに、オリキャラの名前は基本的に現実ではあり得ない名前にしています。同姓同名の人がいると不快感を催すと思うので。



今話のサブタイトル元ネタ解説!

第1作戦(Case1) 舞遊ぶ(Dancy) 陰謀(Conspiracy)
 Studio 3Hz、アクタス共同制作のオリジナルテレビアニメメーション作品『プリンセス(Princess)プリンシパル(Principal)』第2話サブタイトル。

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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神域の騙し合い(Joker Game)

 2016年4月6日 午前10時08分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校 校長室前にて

 

 人間は過去から形作られる。

 明乃が9年前の沈没事故を境にどうしようもなく変わってしまったように、

 もえかが9年前の出会いを境にどうしようもなく変わってしまったように、

 過去は、現在の行動原理を構成する重要なファクターなのだ。

 故に、彼女たちは似た者同士の鏡面体。線対称で点対称。唯一無二の運命共同体。

 

 だからこそ、その出会いは必然だった。

 

(分析は船に乗ってからで大丈夫だよね……?船の上なら、『誰か』に見られる危険性もないし、芽依ちゃんとの情報共有もスムーズにできる)

 

 入学式会場に向けて小走りしながら、明乃は今後の行動について考えを巡らせていた。携帯は未だに通話状態にしてある。故に、少しまずい。どうやら10時20分から港で真雪校長の挨拶があり、その後クラス発表があるらしい。クラス発表がどんな方法で行われるのか分からない以上、流石にクラス発表の時その場にいないのはまずい。芽依に何とかフォローしてもらう手もあるが、できればまだ明乃と芽依の関係性は公に晒したくない。

 誰が敵か分からないのだから。

 『革命派』の人間が誰か分からないのだから。

 

「ちょっと、急がないとね……」

 

 故に、明乃は少しだけ焦っていた。

 その焦りがほんの少しだけ明乃から冷静さを失わせた。

 それは本来であれば何ともない誤差であったが、『彼女』を相手にするには致命傷だった。

 

(……上手くやれるといいな。私、()()()()()()())

 

 それは自嘲か、あるいは嘲笑か。

 廊下の角を曲がる。

 港へ行き、予定通り晴風クラスに配属されていることを確認するために。

 

 その瞬間だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()?」

「……………………………………………」

 

 廊下の曲がり角に、誰かがいた。

 

 誰か。

 

 ダークグレーの髪を短くまとめ、

 挑発的な瞳で明乃を見つめ、

 壁に凭れ掛かりつつも足に力を入れ、

 明乃と同じ制服を着ている、

 

 誰か。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()9()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「本当に、驚いたんだよ?まさか、私と同じことを考えてる人がいるなんて」

「……………………………………」

「入学式が終わったら私たちはすぐに二週間の海洋実習に出ることになる。ここに戻ってくるのは最低でも二週間後。つまり、校長室に潜入するタイミングは今が最適。その上、入学式中なら校長室に誰もいないって分かってるしね。当たってるでしょ、岬さん?」

「……………………あなた、何者?」

 

 問いに、

 彼女は、

 嗤いながら、答えた。

 

「大和型超大型直接教育艦『武蔵』()艦長、知名もえか」

「……………………………………………………」

「私の名前だよ?知名もえかって言うんだ、私」

「――――――知名、もえか……」

 

 その名を知っている。

 その名を知っていた。

 その名を知っていて、

 

 だから、分かった。

 

「そっか、……」

 

 だから、分かった。

 

()()()()()()()()()()()()()()

「――――――――――――」

 

 ピキリ、と、一瞬もえかの表情が固まった。

 一瞬、

 一瞬だ。

 その一瞬を明乃は見逃さない。

 間髪入れず畳みかける。

 制服の中に仕舞った記憶媒体(SSD)をチラ見せする。

 

「これ、欲しい?」

「欲しい!……って言ったら、もらえるの?」

 

 誤魔化すことはできた。適当な言い訳をして煙に巻くことは簡単だった。だが、同時にそれが無駄であることも理解していた。もえかは確信している。証拠はなくとも確定させている。明乃が入学式を欠席した理由を知っている。

 そして、それを明乃は理解している。

 

 だからこそ――――――、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 足を前後に開き、戦闘態勢を取りながら、明乃はもえかを挑発する。

 その挑発に答えながら、もえかは壁から背を離す。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 それだけで、あぁ、たったそれだけで2人は互いに互いがどうしようもないということが分かってしまった。

 似ている。どうにもならないほどに。

 似た者同士の鏡面体。

 線対称で点対称。

 故に、どうすればいいのかも分かった。

 

行動を伴わない想像力には(Imagination means nothing)何の意味もない(without doing)

「……いいの?」

「私、この言葉が好きなんだ」

 

 そんな嘘を吐く。

 それだけで、意志の疎通はできてしまった。

 2人は天才だから。

 2人は天災だから。

 

「――――――」

「――――――」

 

 そして、

 

 もえかは胸元のリボンを緩め、左ポケットに手を入れた。

 

 そして、

 

 明乃はボクシングのように両手を前に構えた。

 

「――――――行くよ?」

「――――――いつでもどうぞ」

 

 そして、互いを理解するための戦いが始まった。

 何の意義もない、誰にも必要とされないな戦いが。

 そう、だがそれでいいのだ。

 

 この戦いの言意は明乃ともえかの2人だけが知っていればいいのだから。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

神域の騙し合い(Joker Game)
 日本の推理作家、柳広司のスパイ小説の名前。



知名もえかと岬明乃の実力派ほぼ対等です。
違いがあるとすれば、片方には味方がいて、片方には味方がいないってことくらいです。

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詩集『コブザール』の意味。分かった人はいるかな?


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宴戯(えんぎ)

 先手を取ったのは明乃だった。

 

(速ッ!?)

 

 9年前、全てが終わって狂ったあの日から明乃は己を鍛え続けてきた。

 肉体的にも、

 精神的にも、

 人間関係も、

 そして、知識面も、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――――死ね」

 

 シャッセ・ラテラル。

 所謂、横蹴り。

 それを手加減して放つ。

 

(この程度、避けられるよね?)

 

 初撃は様子見だ。

 避けてもらわなければ困る。

 でないと何も伝わっていないことになる。

 せっかく答えたのに、意味がなくなってしまう。

 

「――――――温い」

 

 一歩、下がる。

 それで十分だった。

 

「――――――」

 

 もえかがたった10センチメートル下がっただけで、腹部を狙った明乃の横蹴り(シャッセ・ラテラル)が空振る。後3センチメートルの所で届かなくなる。

 そうなる様に、明乃は攻撃した。

 そうなる様に、もえかは避けた。

 そしてまた、2人の距離が離れる。互いの距離は1メートル。攻撃を仕掛けるには十分な距離。そして、互いの理解を深めるにも十二分な距離。

 

「サバット」

「正確に言えば、サバット・ディファンスだよッ!」

 

 そう言って、明乃は再びもえかに攻撃を仕掛けた。今度は1撃だけではない。連撃だ。

 回転横蹴り(シャッセ・トゥルナン)からの横蹴り(シャッセ・ラテラル)、そして続けざまに十字ステップ(クロワゼ)を踏み、足払い(クゥ・ドゥ・ピェ・バ・ドゥ・バラヤージュ)

 単純な攻撃で、単純な動作だ。

 だが、本当の達人とは基礎をこそ極める物。

 最も、明乃は達人などでは決してないし、そもそも明乃のサバット・ディファンスは我流なのだが。

 

「ッ、く、っ!?」

「すぅ、はぁああああ!!!」

 

 前蹴り(シャッセ・フロンタル)

 摺り蹴り(クゥ・ドゥ・ピェ・バ)

 フック(クロシェ)

 サイドステップ(デカラージュ)からの回転廻し蹴り(フゥェテ・トゥルナン)

 

(こ、れ……っ!)

 

 明乃の猛攻に徐々に、徐々にもえかは追い込まれていく。その瞳から余裕がなくなっていく。特段速いわけではない。明乃以上の速さをもえかは知っている。特段重いわけでもない。明乃以上の重さをもえかは知っている。特段上手いわけではない。明乃以上の上手さをもえかは知っている。

 特段、強いわけではない。明乃以上の強さをもえかは知っている。

 きっと、もえかの方が強い。それは分かる。

 なのに、

 だから、

 だけど、

 

「疾ッ!」

「っ!?」

 

 けれど、全てが違った。明乃には、もえかが今まで会ってきたどんな人間とも異なった『強さ』があった。

 それはきっと、もえかが抱いているものと同種のモノ。

 弱いが故の強さ。

 弱さを自覚しているが故の強さ。

 孤独であるが故の強さ。

 独りであるが故の強さ。

 敵が強大であることを知っているが故の強さ。

 誰にも頼れず、周りの全てが敵であるが故に育った強さ。

 それが、攻撃を受ける度に伝わる。

 極まっていない。粗い。精練されていない。

 そして何より、『先』を考えている。

 

(…………)

 

 倒れても誰も後を継がないと知っているから。

 自分の遺志を継いでくれる人がいないことを分かっているから。

 目的を達するには、自分自身が死ぬほど頑張らないといけないことを知っているから。

 

 だから、明乃ともえかは同じだ。

 

 2人は同じなのだ。

 

「――――――っ!」

「っ――――――!」

 

 できないことはできないことを知っている。

 努力が成果に結びつかないことを知っている。

 個人が組織に、子供が大人に、秀才が天才に敵わないことを知っている。

 

「ッ!ふ、あああああああああ!!!」

「くっ!ち、ぃ!!!」

 

 ともすれば仮面舞踏会(バル・マスケ)の一幕にすら見えそうなほどに華麗な戦闘(ダンス)

 攻めと護りの調和が完全に取れているが故の美しさ(儚さ)

 

「お、ちろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「ッ、しまっ!?」

 

 現在時刻は10時32分。想定よりも遥かに長い時間、2人は戦っていた。

 だから、明乃の耳元にノイズが混じる。短音と長音と短音が、その順番でそれぞれ3回ずつ響く。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そしてその隙を逃すようなもえかではない!!!

 

(――――――取った!!!)

 

 明乃の得意とするサバットは蹴り技を主体とする武術である。蹴り技を主体とする以上、どうしても一本足で立つことが多くなり、態勢が不安定になる。それを補うための技ももちろんあるのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 故に、もえかは簡単に明乃を押し倒すことができた。

 

「形勢逆転、……だよね?」

 

 もえかは明乃に馬乗りになり、首に手を当てた。完全に生殺与奪の権を握った形だ。明乃がどれだけ武力に優れていたとしても、1人でこの状況を脱することは不可能だ。

 そもそも、単純武力だけで言えばもえかの方が上なのだ。だから、二重の意味で明乃はもえかに敗北した。

 普通の人間ならそう考える。

 

「本当に?」

 

 だが、それでも明乃は余裕だった。

 知っているからだ。

 分かっているからだ。

 助けが来ることが。

 そのための仲間だ。

 そう、その点が明乃ともえかでは異なっている。

 信頼できる仲間がいるかいないか。

 

「――――――」

「――――――」

 

 明乃には、いる。

 もえかには、いない。

 1人である者と、

 独りである者。

 

 その差は小さいようでとても大きいモノだから。

 

「いいの?このままで」

「っ、ブラフに決まって――――――」

 

 もえかが言い切る前に、

 

 明乃のポケットから、スターチスをモチーフにした銀のネックレスが零れ落ちた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

宴戯(えんぎ)
 石田スイの漫画作品『東京喰種(トーキョーグール)』第142話サブタイトル。



まだ、2人とも『素』を全く出していません。心の声すらも。
出せるほどの信がある人間に、まだ会っていないので。

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負けたことがあるということが(Sometimes losing may become)いつか大きな財産になる(a great fortune later)

 視線が、落ちる。

 目線が、ずれる。

 明乃から、明乃のポケットから落ちた物に、もえかの意識が映る。

 だって、

 なぜならば、

 それは、

 その、ネックレスは……、

 

「ダモクレスの、剣……っ!」

「ダモ、クレス……?」

 

 スターチスをモチーフにした銀のネックレスを見て、もえかは驚愕の表情を浮かべながらそう言った。

 ダモクレス。

 ダモクレスの剣、だと?

 それは、

 その言葉は、

 

(あずみさんが私に託したネックレスは、……ただのネックレスじゃ、ない……?)

 

 そんなこと、考えもしなかった。

 9年前にあずみが明乃に託したモノは2つある。

 1つはスターチスをモチーフにした銀のネックレス。2つはRATt(ラット)という言葉。

 RATt(ラット)という言葉については詳しく調べたが、特に情報は得られなかった。明乃の調べ方が悪かったのか、何らかの組織が秘匿している情報なのか、それは定かではないが。

 そして、あずみに託された銀のネックレス。明乃はそれを大切に、肌身離さず持っていたが、それについて詳しく調べたことはない。どう見ても大量生産された市販品で、特別な意味がある物とは考えられなかったからだ。

 だが、違うのか。

 このネックレスには特別な意味があるのか。

 『革命派』の人間が驚愕するほどの、何かが。

 

「……これ、もしかしてあなたたちにとっての銀の弾丸(シルバーブレット)だったりする?」

「…………返して……っ!返せ!!!それは、それは……っ!」

 

 それとも、

 あるいは、

 まさか、

 

「私のお母さんの遺品だッッッ!!!」

「あなたの、お母さんの……?――――――は、はは、ひははっ!!!」

 

 鼻で笑う。

 何を言ってるんだ、この女は。

 何を馬鹿なことを、愚かなことを、屑なことを、

 どうしようもない。

 本当に、どうにもならない。

 

「違うよ。知名もえか」

 

 呼び捨てて、笑う。

 明乃はもえかを嘲笑する(ワラウ)

 

「これは私のだよ。私の、私だけの物」

 

 見せつけるように銀のネックレスを手にして、明乃は呟く。

 単なる事実を。

 非常なる現実を。

 

「あずみさんはね、私に託したんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 挑発するように、言い切る。

 分かっている。分かっている。分かっている。

 合図は出た。時間が来る。どうせ、もえかに明乃は殺せない。

 二重の意味で、絶対に。

 

()()()()()()()()()()()()()()

「っ、あ、ぁぁあぁあぁ、ぁああっぁぁあぁあぁああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 その言葉が決定的だった。

 脳が沸騰する。

 視界が白く染まる。

 思考の隅にそれを止めようとする自分がいるが、それすらも切り捨てる。

 許せない。赦せないっ。ユルセナイっ!

 だけど、本当は分かっている。だからこそ、何も知らない明乃にそれを言われるのが本当に癪で。

 

「こ、ろす……っ!殺す、殺す殺すっ、殺し、てっ、殺して、やる!!!!!」

「が、ぐっ、あギッ!ひ……ヒュッふ…………っ」

 

 首に当てた腕に力が籠もる。強く、強く、強く。何よりも強く。今までのどんな時よりも強く。吹けば飛ぶほどに、強い(儚い)力。

 分かっている。分かっている。分かっている。だからこそ、

 

(うるさい)

 

 愛されていなかった?

 

(うるさいっ)

 

 あずみはもえかを愛してなんていなかった?

 

(うるさいっ!!!)

 

 そんなこと、もえかが一番分かっている!

 

「死ね、死ねっ、死ねっ!!!岬、明乃おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 今のもえかのことをあずみが愛するはずがない。

 今のもえかのことをあずみが抱きしめてくれるはずがない。

 今のもえかのことをあずみが褒めてくれるはずがない。

 

 そんなこと、もえかが一番分かっている!!!!!

 

 だけど、今更止まれるわけがないだろう?

 どれだけの物を犠牲にしてきたと思っている?

 どれだけの者を犠牲にしてきたと思っている?

 100や200じゃ足りないくらい、1000や2000や数えきれない、多くのモノを燃やして先に進んできた。

 全て、『計画』のため、この世の全てに復讐するため。

 

 ――――――地獄の底で燃え盛る劫火(ごうか)を、現世(うつしよ)の中に回禄(かいろく)させる。

 

 もえかは只、そのためだけに生きている

 

 だから、

 だから、

 だから、

 

()()()()()()()!!!()()()()()!!!!!」

 

 声に、

 ギチリ、ともえかの動きが止まった。

 そして、ギチギチと、もえかの首が動く。

 回る。

 視線の先に、彼女がいた。

 彼女。

 横須賀女子海洋学校の校長。

 

「――――――――――――――――――――――――」

 

 瞬間、冷水を浴びせられたかのようにもえかの思考が急速に冷えた。

 なぜ、

 どうして、ここにいる。

 時間は、

 まだ、時間は、

 

「あ、なた………………」

「――――――遅いよ」

 

 明乃がそう囁く。

 時間は、過ぎていた。

 現在時刻は10時40分。

 十分な時間だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「岬、明乃……っ!!!」

「っ、あなた!その子から離れなさい!!!」

 

 やられた、ともえかは思った。

 不自然には思っていた。でも、怒りに飲まれてしまった。そうか、そういうことだったのか。明乃が無駄にもえかを挑発していたのは、首を絞められてもなお最低限の抵抗しかしなかったのは。

 そういうことか。

 そういう、ことか。

 

「ふ、ふふ、あは、あはははあははははははは!!!!!」

 

 全てはこのシーンを真雪に見せるため。もえかが明乃の首を絞めているという事実を真雪に見せつけるため。そうすれば、全ての前提が覆る。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「初めまして、横須賀女子海洋学校校長、宗谷真雪さん」

 

 用意された舞台。

 与えられた役割。

 脚本通りの茶番劇。

 

 それでも従うしかないのは、もえかが弱者だからか。

 

「私の名前は知名もえか。『()()()』の1人です」

「なッ!?」

 

 明乃の首に手を当てたまま、もえかはそう自己紹介した。

 結局、この様か。信用できる人間がいない人間は誰かを頼るという発想ができない。だからこそ、もえかは明乃の手を読めなかった。

 もえかは勘違いをしていた。

 明乃ともえかは同じようで違う。人を信用しない明乃と人を信用できないもえかの間には致命的なまでの差異がある。明乃は人を信じるか否かを自分の意思で選べるが、もえかは人を信じるという選択ができない。

 笑える。

 一体、誰と誰が対等なのか。

 

「取引しませんか」

 

 9年前、全てが終わって狂った。 

 9年前、全てが終わって狂った?

 違う。

 本当は分かっていた。

 本当に分かっている。

 弘法は筆を選ばない。

 だから結局、全てはただの言い訳だ。

 

「私は今、ここで、この少女を殺すことができる」

 

 違う道を選ぶこともできた。なのに、もえかが『革命派』に入ってしまったのは結局もえかが弱かったからだ。

 本当の強者は組織などには決して屈さない。幼さなど言い訳にもならない。

 あずみなら違っただろう。

 その時点で、きっともえかはあずみの娘である資格を喪っていた。

 だって、あずみは正義の人だったから。

 

「そうすれば、『革命派』はこれ幸いとあなたの責任を追及し、あなたを横須賀女子海洋学校校長の席から引きずり下ろすでしょうね。入学初日に生徒同士の諍いによって死亡者が出た。これはブルーマーメイドを輩出する学校にとってとてつもないスキャンダルですから。――――――あなたを表舞台から立ち退かせるには、十分な理由ですよね?」

「っ」

 

 息をのむ音が聞こえる。緊張しているのがもえかにも伝わってくる。

 あぁ、だから、その時点で真雪は失格だ。

 ブルーマーメイドとしては超一流であったとしても、政治屋として二流以下。まだ、真霜の方がマシなくらいだろう。

 この程度であれば、御せる。

 もえかであっても、問題なく。

 

「だから、これは見なかったことにしてください。……どうせ、あなたには何もできないんですから」

 

 明乃には遠く及ばない。

 つむぎとは比べるまでもない。

 『御前会議』の面々からすれば、とてもとても。

 

「いいですよね、宗谷真雪校長」

 

 罪悪感なんて()うの昔に消え果てた。

 拒否感なんてとっくの昔に無くなった。

 後ろめたさも、罪の意識も、心の痛みも、いつの間にか感じなくなっていた。

 望んでそうなったわけではない。理不尽な現実が、残酷な大人たちが、残忍な損得勘定が、もえかをそうさせた。

 そうならないと生き残れなかった。

 虐げる側になる必要があった。

 残飯を喰らい生き延びる日常なんて誰だって嫌だろう?

 消耗品(サンドバッグ)のように暴力を振るわれる日常なんて誰だって嫌だろう?

 喉が渇いて自分の生き血を啜る日常。

 満点(フルスコア)以外は認められない日常。

 他人を踏み台にしなければ生きていけない日常。

 

 そんな風景(当たり前)を、理解できるか?

 

「あなただって、無辜の民を喪いたくないでしょう?」

 

 異常者。そう一言で断ち切ってしまうのは簡単だ。

 あなたは間違っている。そう断言して更生に努めるよう促すのは簡単だ。

 普通の人ならそうする。可哀想だ。哀れだ。哀しい。そう同情して、誰もがもえかを地獄の底から救い出そうとするだろう。

 そして同時に、そう思っている限り絶対にもえかを救うことはできない。

 1度レールを外れてしまえば2度と正規の道には戻れない。

 地獄を味わい、地獄を味わわせてきたもえかにとって当たり前の日常なんて猛毒でしかない。

 幸福を知れば絶望する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、それがもえかにとっての罪と罰なのだ。

 

「ねぇ、宗谷校長?」

 

 誰にも気づかれないように明乃のポケットに1枚の紙を入れながら、もえかはそう言った。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

負けたことがあるということが(Sometimes losing may become)いつか大きな財産になる(a great fortune later)
 井上雄彦の漫画作品『SLAM(スラム) DUNK(ダンク)』第276話作中の台詞(セリフ)



抽象的な表現が多いですか。言うまでもなくわざとです。
矛盾して、滅茶苦茶で、理解できず、意図が分からない。そんなもえかの心を描写したつもりです。

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セリグマンの犬(Seligman's dog)

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 2016年4月6日 午前11時00分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校 武蔵クラスにて

 

 RATt(ラット)とは何か?

 9年前、知名あずみが調査していた謎の単語、RATt(ラット)とは何なのか?

 端的に、結論のみを言ってしまおう。

 

 RATt(ラット)とは20年前に秘密組織『ワダツミ』が発見した未知の生命体のことである。

 

 その生命体は鼠に似た姿をしていたが、鼠とは全く異なった遺伝子構造をしていた。そして何よりもその生命体――RATt(ラット)にはある特徴があった。

 

 RATt(ラット)ウィルス。

 

 後にそう命名されることになるウィルスをRATt(ラット)は保菌、媒介していた。

 RATt(ラット)ウィルスは接触感染によって人に伝播し、潜伏期間無しで発症する類を見ないウィルスであった。そして、RATt(ラット)ウィルスに感染した人間はRATt(ラット)症候群(シンドローム)と呼ばれる感染症を発症する。

 RATt(ラット)症候群(シンドローム)の症状は概ね3つに分けられる。

 1つ、感染者の自発的行動、記憶固着、感情出力の低下、制限。

 2つ、感染者同士による生体電流ネットワーク――通称、『平穏の絆(アドミラルティ・ネットワーク)』の構築。

 3つ、女王感染者(テティス)からの命令に対する絶対服従。

 『ワダツミ』の研究班が調べた結果、これらのことが判明した。

 そして、当然の如く『ワダツミ』の最上層部――通称『御前会議』の面々は思った。『これは使えるのではないか』、と。

 RATt(ラット)症候群(シンドローム)発症者は『平穏の絆(アドミラルティ・ネットワーク)』の管理者たる女王感染者(テティス)の命令に逆らえなくなる。それは便利な人形を無制限に作れることと同義だ。『敵』を簡単に排除できることと同じだ。

 命令に逆らわず、必ず実行し、必要となれば処分できる、便利な捨て駒(消耗品)

 RATt(ラット)を都合の良いように調整できれば、それが現実になる。莫大な費用を用いて孤児院『楽園(ニライカナイ)』を運用する必要もなくなる。

 故に、『御前会議』の意思で『ワダツミ』はRATt(ラット)を研究し、運用し、検証し、それを繰り返し、何度も試行錯誤を重ね、()()()1()()()()()()()()()()()()()()()

 『ワダツミ』の努力はついに、実を結ぼうとしている。

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「『オケアノス計画』、かぁ……」

 

 横須賀女子海洋学校武蔵クラスの教卓の上に座りながら、大和型超大型直接教育艦『武蔵』艦長、村野瞳子はそう小さく呟いた。

 瞳子は秘密組織『ワダツミ』革命派強硬組に所属する女子高生であるが、はっきり言って瞳子本人は『オケアノス計画』などどうでもよかった。所詮、瞳子はいくらでも代えのきく部品に過ぎない。瞳子が壊れてしまえば別の人間がこの役割に宛がわれ、何の不都合もなく『計画』は進んでいくだろう。だからこそ、瞳子は死ぬ気で頑張らなくてはならない。今の立場を護るために。

 瞳子の立場に保証はない。瞳子は代替不可能な存在であるもえかとは違う。

 瞳子は『オケアノス計画』の詳細を知らない。それを知る立場に瞳子はない。瞳子はただもえかの命令を忠実に実行するだけの歯車であり、それ以上の役割は求められていない。

 今だってそうだ。これだってそうだ。

 上からの命令には絶対に逆らえない。そんな思考、抱こうとすることさえも罪深い。瞳子はそういう風に教育を受けている。孤児院『楽園(ニライカナイ)』にいた子供たちは、全員そういう風に育っている。

 だから、罪悪感に押し潰れそうだったとしても、拒否感に吐きそうになったとしても、それでもやるしかなかった。本当は、したくなかったけれども。

 

「……あなたたちも、不運ですよね。武蔵クラスになりさえしなければ洗脳されることもなかったのに…………」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまり、瞳子がもえかから依頼されていたことがそれだった。

 武蔵のクラスメイト達を、もえかを女王感染者(テティス)とした『平穏の絆(アドミラルティ・ネットワーク)』に組み込むこと。それがもえかからの依頼(命令)だった。

 実行しないという選択は端からなかった。

 そんなことをすれば何をされるか分からない。

 最悪の場合、もう1度あの場所(地獄)に戻ることになるかもしれない。

 

「――――――戻りたくない」

 

 秘密組織『ワダツミ』の教育施設、『ワダツミ』にとって都合の良い人間を作るための孤児院、『楽園(ニライカナイ)』。あの場所は本物の地獄だった。全てが敵で、味方なんて当然のようにいなくて、誰も彼もが生き残るために必死になっていた。劣悪な環境を少しでも良くするために他者を蹴落とし、醜悪な現状を少しでも変えるために他人の足を引っ張り、絶悪な状況を少しでも変化させるために八方手を尽くす。倫理観なんて、当たり前のように消えてしまった。

 なんせ、成績優秀者以外は1年ごとに『出荷』されるのだ。

 その言葉の意味することなど、知りたくもない。

 

「……だから、私は謝りません。これは、私が生き残るために必要なことだから」

 

 強いて言うなら、彼女たちは運が悪かったのだ。

 横須賀女子海洋学校に入ったから、武蔵クラスに配属されたから、『オケアノス計画』が実行されるから、ただそれだけの理由で彼女たちは洗脳された。

 

 運が悪かった。

 

 結局のところ、それが全てだ。

 全て、運が悪いのがいけない。ほんの少しの幸運に恵まれればこんなことにはならない。瞳子だってそうだ。親が死ななければ、引き取り手が『ワダツミ』の人間でなければ、もえかのような特別であれば、こんな立場にならなかった。

 運が悪いのがいけない。運命がいけない。運勢がいけない。

 そんな風に目を逸らさなければ、瞳子はとても真面ではいられなかった。

 背負った罪を真正面から見つめるには、瞳子はあまりにも弱すぎた。

 そんな風に瞳子が考えていると、野暮用を済ませたもえかが教室の中に入ってきた。

 

「瞳子さん」

「っ、知名艦長!」

 

 補足しておこう。

 もえかも瞳子も共に横須賀女子海洋学校の大和型超大型直接教育艦『武蔵』クラスに配属されている。そして、もえかは武蔵の副長であり、瞳子が武蔵の艦長である。

 だが、瞳子はもえかのことを副長ではなく艦長と呼んでいる。

 その理由はもちろん、瞳子が理解しているからだ。もえかと瞳子の間にある絶対の上下関係を、この立場が形式上のモノでしかないことを。そして、それで何も問題はないのだ。なにせ、武蔵クラスは全員、既にRATt(ラット)を使い洗脳済みなのだから。

 

「知名艦長、武蔵クラス全員の洗脳は済みました」

「うん、ありがとう。瞳子さん」

 

 もえかはクライメイトたちを一瞥した。無表情で、無感情。もえかが教室に入ってきてもぼーっとして視線すら動かさない。つまり、洗脳は完璧に行われたのだろう。

 だからこそダメなんだ、ともえかは思う。

 

「ところで瞳子さん、岬明乃について調べはついてる?」

「いえ、まだ調べはついていませんけど……、急いだほうがいいですか?」

「うーん、そうだね。……まぁ、もういいかな?だいたいわかっちゃったし」

 

 そんな風に、(ねぎら)う様に微笑みながらもえかは瞳子に近づいて、

 

「分かった、ですか?それは……」

 

 ()()()()()()()()!!!!!、()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ごっ、がっ!!!」

 

 崩れ落ちる身体を抑えられなかった。

 砕ける両足を止められなかった。

 引き攣る顔面を制御できなかった。

 

 ――――――痛い。

 

 肝臓(レバー)を殴られたことが感覚で分かった。

 でも、なぜ殴られたのか、その理由が瞳子には分からなかった。

 

「ねぇ」

 

 底冷えする声だった。

 たったそれだけで、自らの死を覚悟する必要があった。

 

「ぁ、っ」

 

 声を上げられない。それは痛みによってではなく、恐怖によって。

 抵抗は許されない。それは恐怖によってではなく、習慣によって。

 体が震えてしまう。それは習慣によってではなく、痛みによって。

 

「ねぇ、ねぇっ、ねぇっっっ!!!!!」

 

 蹴られ、踏み躙られ、潰される。

 震え、蹲り、ただ耐えることしかできない。

 

「ぎっ、い゛じっ!あ゛、がげッ!?」

 

 つま先で顔面を蹴り上げられ、無理やり顔を上げさせられる。

 そのまま髪を思いっきり掴まれて、もえかの顔面を見ることを強要される。

 

「ぁ、ひ」

 

 もえかは能面のように無表情だった。それが一層、瞳子の恐怖を加速された。

 どうして、なんで、なぜ、そんな疑問が沸いては消える。

 何か失敗をしてしまったのだろうか。もえかは強者であるが理不尽な人間ではない。もえかの行動には全て理由がある。もえかが瞳子に暴力を振るうということは、瞳子がそれに値すことをしてしまったということ他ならない。

 だから悪いのは瞳子だ。

 瞳子が全て悪い。

 悪いのは瞳子だ。

 

「ねぇ、なんであなた、そんなに無能なの???」

 

 そして、審判が下された。

 判決は言うまでもなく、極刑である。

 




()()()()()()()()()()()()()()



今話のサブタイトル元ネタ解説!

セリグマンの犬(Seligman's dog)
 1967年にマーティン・セリグマンとスティーブン・マイヤーが犬に対して条件付けを用いて行った研究の名称。学習性無力感に関する重要な実験の1つ。



うおおおおおお!!!お気に入りが100件を超えたぞ!!!!!ありがとうございます!はいふりでこれだけのお気に入りをいただけるとは!ありがとうございます!!!

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次話は拷問展開(作者の趣味全開)のため閲覧注意。


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無邪気な悪魔(Innocent Devil)

注意! 今話にはハードな暴力描写があります!
耐性の無い方は今話を飛ばしてください!


 1つの事実がある。

 それは、この世はどうしようもないほどに理不尽で、不条理で、非合理だということだ。

 戦争区域のスラムで生まれた人間はどう足掻いても『上』にいけない。

 教育を受けていない人間は効率的に金を稼ぐ方法が分からない。

 暴力に曝されてきた少女はそのうちに抵抗の気力すら失くしてしまう。

 

「ぁ、ぎっ!ぎ、ぁっ、あああぐぎあがががああああああ!!!!!」

 

 学習性無力感。あるいは、学習性絶望感。

 長期間、ストレスの回避困難な環境に置かれた人間は何れその状況から逃れようとする努力すら行わなくなってしまう。

 テストで100点を取っても0点をとっても怒られるのであれば、何れテストの点数に意味を感じなくなってしまう様に。

 10年以上様々な治療を試しても病から回復しなければ、何れ生きる意味を見出せなくなってしまう様に。

 外部に訴えかけても内部から干渉しても状況が変わらなければ、何れ抵抗を諦めてしまう様に。

 全ての抵抗が無意味であると理解してしまったのならば、恐怖から脱出できる状況になっても抵抗をしなくなってしまう。無意味だと分かっているから。どうせ無理だと諦めてしまうから。

 瞳子がそうだった。

 いや、秘密組織『ワダツミ』の運営する孤児院『楽園(ニライカナイ)』の出身者はほとんどそうだろう。

 彼女たちは奴隷だ。都合の良い消耗品だ。

 

 だから瞳子はもえかに何をされても抵抗しない。できない。

 

 そういう風に育てられている。

 

「無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が」

 

 殴られる。

 蹴りつけられる。

 踏まれる。

 引っ張られる。

 押し倒される。

 嬲られる。

 引っかかれる。

 潰される。

 圧される。

 踏みつけられる。

 引っこ抜かれる。

 舐られる。

 そして、見られる。

 あぁ、見られている。

 値踏みされている。

 計られている。

 

(……なん、で)

 

 暴力を振るわれることは怖くない。それは酷い痛みを伴うことではあるが、それに恐怖を感じることはない。こんなの、全然大したことはない。『楽園(ニライカナイ)』で受けた暴力に比べれば、全然大したことなどない。

 だって、瞳子が受けてきた罰はこんなものではない。

 もっとひどい罰を受けた同期もいる。

 それは例えば、全裸に餌を塗られた状態で鶏小屋に丸1日放置されたり、

 それは例えば、野菜を剥くためのピーラーで皮膚を1枚1枚剥かれたり、

 それは例えば、爪の間に長い針を通されたり、

 それは例えば、例えば、例えば……、

 

「ねぇ、瞳子さん。何で、私がっ、こんなにっ!……怒ってるのか分かる???」

 

 未だ敬称をつけられていることが恐怖で仕方がなかった。

 

「ぁ、ひゅー、ぁ、は、……っわ」

「わっ、かる、かなー!?」

「がっ!?」

 

 見下されている。

 仰向けに押し倒されて、首を靴で踏まれている。

 ぐりぐり、

 ぐりぐり、ぐりぐり、

 ぐりぐり、ぐりぐり、ぐりぐり、

 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり。

 

 喉が圧迫されて、呼吸が覚束ない。

 もえかの意思1つで声帯が潰されてしまうという、恐怖(快楽)

 

「ぁ、っ!わ、……わかり、っ、ま゛ぜ、ぜぜぜぜぜぜぜん!!!わたっ、私はっ!!!かんっ、か、かかんぺきっ、完璧に!完璧に!!!ぶっ、艦長のっ、し、しじじいいぃぃぃぃいぃぃいいいぃぃぃぃいいいぃいぃぃぃいい!!!!!?????」

 

 それ以上は聞くに堪えなかったのか、

 それ以上は聞く必要がないと判断されたのか、

 端的に、

 いっそ残酷なほどに平明に、

 もえかはそれを口にした。

 

()()1()()()()()()()()()()()()?」

 

 音が、

 空気が、

 世界が、 

 死んだ。

 そう錯覚してしまうほどに、その声には何の色も込められていなかった。

 

「っ、ひぁ」

 

 本当に、やる。

 もえかは本当にやる。

 だって、瞳子は代替可能なのだ。瞳子の立場を、『ワダツミ』革命派強硬組幹部知名もえか直属の部下という()()()立場(椅子)を狙っている人間は大勢いる。瞳子が蹴落としてきた幾人もの人間が瞳子の立場(居場所)を狙っている。

 躊躇いなどないだろう。

 もえかは瞳子を切り捨てることに躊躇いなんてないだろう。

 役に立たない人形は必要ない。

 邪魔をするだけの部下はいらない。

 無能は、嫌い。

 そう、言われてきたではないか。

 

「ひ……っ!い、ぃやっ、嫌ぁ!!!ごめっ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……、赦してくださいごめんなさいっ!!!」

 

 瞬間、想起されたのは『楽園(ニライカナイ)』での地獄の日々だ。

 嫌だ。いやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだイヤイヤダ否だ嫌だ嫌だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ嫌だイヤイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだイヤイヤダ否だ嫌だ嫌だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ嫌だイヤイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだ!!!!!

 

 あの場所には戻りたくない(アノバショニハモドリタクナイ)

 

 あんな、あんな地獄にもう1度、もう1度?もう1度?????

 

 まともに生きることが許されなかった、真の地獄。

 抵抗する気力さえも奪われた、最悪の煉獄。

 『楽園(ニライカナイ)』は地獄の底だ。そこからせっかく、せっかくだぞ?せっかく脱出できたというのに、こんな下らない失敗で、失敗、失敗?失敗だ?そう、失敗したからこそもえかは怒っているのだ。

 他者を蹴落とすことを覚えさせるために、食事は2日に1回しか与えられなかった。それだって、とても全員が満足して食べられる量ではなかった。だから必然、奪い合いが発生する。その過程で6歳にも満たない幼女たちは暴力を覚える。

 『上』に逆らう気を無くさせるため、気まぐれで電撃を浴びせられる。必死に媚び諂えば、『上』の気分が良ければ見逃された。だからみんな必死になってへらへら笑った。殴られても笑った。『殴っていただきありがとうございます』だなんて、そんなことを自然に言えるようになった。

 そしてもちろん、無能は『出荷』される。その末路の詳細なんて聞いたことはないが、どうせろくでもないに決まっている。殴られ役(サンドバッグ)として消耗されるか、強姦されて捨てられるか、適当に楽しまれるか、……そんな道になんて、絶対に行きたくなかった。

 だから、瞳子は必死に頑張った。毎日必死に頑張った。

 眠る時間を削って勉強して、食べる時間を確保するために暴力を振るい、明日を無事に迎えるために媚び諂い、そうやって手に入れた立場だ。

 

「棄てないでくださいっ!お願いします!がんっ、がんばります!もっと頑張ります!もっとずっと頑張ります!努力します!もっと役に立ちます!頑張ります!だから、だから見捨てないでください!お願いします!棄てないでください!」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 その沈黙が恐ろしくて、もえかの姿を見ることができない。

 顔を上げられない。

 戻りたくない。

 戻りたくないっ。

 戻りたくないっ!

 4年だ。

 決死の努力が認められて、瞳子は4年前に『楽園(ニライカナイ)』を出た。『ワダツミ』の最下層で少しずつ功績を積んで、2か月前にもえか直属の部下になった。

 やっと手に入れた安全な立場。

 理不尽に暴力を振るわれることの無い、安全な立場。

 求められることをただ只管に行えばいいはずだった。奴隷のように忠実に、人形のように機械的に、盲目的に言われたことだけをやって、そうすれば安泰のはずだった。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 耐えられない。もう、あの地獄を耐える自信はない。

 忘れてしまった。

 覚えていない。

 『楽園(ニライカナイ)』での過ごし方などもう分からない。4年も離れていれば得意なゲームだって不得意になるだろう?4年は十分な時間だ。『外』に慣れてしまった瞳子はもう『楽園(ニライカナイ)』で過ごすことはできない。

 だから、

 だからっ、

 だからっ!

 

「ねぇ、罪には罰が必要だって思わない?」

「っ、はい!思います!!!」

「そうだよね。悪いことをしたら償わないといけないよね」

「はい!その通りです!」

「うんうん」

 

 全肯定する。

 全然、全然マシだ。赦してもらえるのであれば、罰を受けるだけで赦してもらえるのであれば、それは全然軽い。何でも、何でもする。できる。やれる。戻りたくない。死にたい。拷問死だけは勘弁だ。二度と、二度と、二度と、あんな場所には行きたくない。赦してくれるのだという。ならば、それを甘んじて受け入れよう。悪いのは瞳子なのだから。もえかは微塵も悪くないのだから。

 そして、告げた。

 そして、告げられた。

 

()()()()()()()()()

「ぁ、……っ!は、はい!剥ぎます!ど、どこの爪をやればいいでしょうか!?」

「瞳子さん、右利きだったよね?この後航海するし、左の小指にしようかな」

「分かりました!……っ、どうぞ!」

 

 そう言って、瞳子は左手を教卓の上に置いた。

 顔は引き攣っているが、手を引っ込めるようなことは決してしない。これ以上もえかの怒りを引き出してはたまらない。

 大丈夫。慣れている。大丈夫。慣れている。痛いだけだ。痛いだけ。死ぬわけでもないし、後遺症が残るわけでもない。爪は2か月もすれば再び生えてくる。痛みなんていくらでも、いくらでも耐えてやる。だって、ここはこれ以上ないくらい安全なのだ。理不尽も、不条理も、非合理もない。頑張っていれば評価される、もえかに認められればさらに与えられる、もえかが上に行けば瞳子も上に行ける。努力が報われるだけで素晴らしい。成果が上げられるだけで恵まれている。

 だから、爪の1枚くらいなんだというのか。

 爪の1枚くらい、何だと。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ぇ、ぁ」

 

 告げられた指示は絶対で、

 瞳子は、赦されるために、それを絶対に遂行しなければならなかった。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

無邪気な悪魔(Innocent Devil)
 原作、中村基、作画、宗一郎による漫画作品『イノセントデビル(INNOCENT-DEVIL)』。



次話、爪剥ぎ。まぁ、ひぐらしの例のシーンを想像していただければいいかと。
自分で爪を剥ぐのと、他人に爪を剥がれるのなら、後者の方が楽だと思いませんか?

……これでも削ったんですよ。本当は拷問描写だけで3万字も書いてしまったので。

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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ビターチョコデコレーション

注意! 今話にはハードな暴力描写があります!
耐性の無い方は今話を飛ばしてください!


 決定的に異なっていたのは、自分でやるか、他人でやるか、ということ。

 致命的に違っていたのは、強制的にやらせられるか、選択の余地があるか、ということ。

 だからこそ、それは、とてつもないまでの恐怖だった。

 だって、痛いに決まっているから。

 だって、居たいに決まっているから。

 

「独り、で……?」

 

 零れ出た言葉があまりにも絶望感に溢れていて滑稽だったのか、もえかは心底から可笑しそうに言った。

 

「だって、これは瞳子さんの責任だよね?」

 

 あぁ、楽しまれている。その眼はきっと、『楽園(ニライカナイ)』で残酷な見せ芝居(グラン・ギニョール)を楽しんでいた大人たちと同じだ。

 虐げて、苛めて、殺して、楽しんでいる。それを楽しめる異常性。

 いつだってそうだ。

 いつだって、そうなんだ。

 上位者は下位者のことなんて、蟻みたいに踏みつぶす。蚊みたいに叩き落とす。何もできないって知っていて、何もできるわけがないって馬鹿にされている。そして、事実その通り。

 何もできない。できるわけが、ない。

 だって怖い。恐ろしい。辛くて寂しくて痛くて、あぁ、だから、それが、例え、不良が捨て犬を拾ったかのような気まぐれの優しさであったとしても、依存してしまう。

 ここが安全?

 この場所が安心?

 そう思っているんじゃない、そう思いたいんだ。

 頑張って手に入れた物が無価値だなんて、思いたくない、から。

 

「は、はい……。わかり、……まし、た…………」

 

 拒否することはできる。可能だ。

 拒否なんてできない。そんなこと不可能だ。

 爪を剥げばいい。たったそれだけのことでもえかは瞳子を赦してくれるのだという。

 爪を剥ぎたくない。そんなことをしてももえかが瞳子を赦してくれる保障などない。

 痛いのは慣れている。この程度、今の立場を護るためなら平気だ。

 痛いのはもう嫌だ。いつまで、いつまでこんなことを続けなければいけないんだ。

 もう諦めたよ。辛いのも、怖いのも、死にたくないのも、全部運が悪かったのがいけないんだ。

 早く普通に生きれるようになりたい。安全と安心が欲しい。贅沢なんて言わないから、せめて平均的な生活をしたい。

 友達なんていらない。味方なんて必要ない。裏切られるくらいなら裏切ってやる。

 友達が欲しい。味方が欲しい。裏切るよりも裏切られる余裕が欲しい。

 逆らえない。反論できない。抵抗できない。

 逆らいたい。反論したい。抵抗したい。

 どれだけの努力をしても、決して届かない頂。クリスマスツリーの天辺に飾られたベツレヘムの星。どうして、その輝きに手が届かないのだろう。あぁ、それはきっと水面に映る不知夜月。なのに、下手にそれが現実にある物だって知っているから、瞳子は無駄な幻想を抱いてしまう。

 頑張れば?

 きっと?

 いつか?

 

 私にも、手が届くのだろうか?

 

 なんて、

 

 なんて、クダラナイ。

 

()()()()()()()()()()()()?」

「ぁ、っ、……は、…………はい、か、艦長の、お役に……立ちます…………」

 

 見限られるわけにはいかない。

 見限られたくない。

 ここはまだマシなのだ。『出荷』された人たちはもっと辛い地獄にいるはずで、『楽園(ニライカナイ)』に比べればここは天国で、

 なのに、

 なのに、

 なのに、どうして???

 

 どうして、こんなにも辛い?

 

「あ、の……」

「どうしたの?」

「あの、……何か、道具」

「ねぇ、どうしたの?――――――()()()()()?」

「ぁ……、は――――――」

 

 言外に告げられている。

 早くやれ、と。

 何も道具など使うな、と。

 これは、罰。

 罪への、罰。

 贖いと償い。

 悪いのは瞳子だ。

 瞳子が悪い。

 悪い。惡い。慝い。

 わるい。わるい。わるい。

 わるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるいわるい。

 悪。

 

 教卓に、左手を、置く。

 

「ぁ、つ゛……、ふ、ふーっ!ふ、ひ、ひひぃーっ、ふーーーっっっ!!!」

 

 教卓に置いた左手を見つめる。左の小指の爪を見つめる。

 これを、剥ぐ?

 道具も何もなしに、自力で?

 

「はぁ、はぁっ!はぁーっ!はーっ!」

 

 ふるえを誤魔化すことすらもできない。

 顔が蒼白になって、唇が吊り上がる。

 へらへら、へらへら、へらへら、

 へらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへら。

 へらへらわらえ。

 

「え、っへへ、えへへへへへへ!!!!!」

 

 できるわけがない。

 できるわけがない。

 できるわけがない。

 

 ()()()()()()()()()()()()!!!

 

「っ、――――――っ!!!」

 

 そうでないと、

 そうでないとそうでないと、

 そうでないとそうでないとそうでないと、

 今度こそ、

 今度こそ今度こそ、

 今度こそ今度こそ今度こそ、

 本当に、

 本当に本当に、

 本当に本当に本当に、

 そうでないと今度こそ本当に、

 

「はぁーっ、は、ははははあはぁーっ!」

 

 言うまでもなく、できる。今、『楽園(ニライカナイ)』にいる他の子どもたちならばこの程度躊躇いなくできる。あの地獄から脱出できるとすれば、爪なんて20まとめて剥ぐだろう。それくらいの覚悟が彼女たちにはある。

 そうだよ。

 そうだっただろう?

 瞳子だって、4年前ならば躊躇いなく剥いだだろう?

 つまり、弱くなっている?

 だから、もえかはこんな指示を出した?

 爪。

 左の小指の、爪。

 たった1つでいい。

 何も不可能なことはない。

 たったそれだけでいい。

 何も困難なことはない。

 

「…………………………………………」

 

 見られている。

 観られている。

 視られている。

 

「げ、現実的に考えれば、て、てててて手で剥ぐのはできないし……」

 

 指で爪を掴んで剥ぐなんてことは絶対にできない。

 道具があればいくらでもやりようはある。

 ペンチ、バール、万力、ボールペン、ナイフ、カッター、何でもいい。てこの原理を使えば爪を剥ぐことぐらいできるだろう。実際、それをやらされた同期もいる。

 だが、できない。

 道具を使ってはならない。

 ならば、ならば、なら、ば……?

 

(爪と皮膚の間に食い込ませることができて、爪を剥ぐまで折れないのは……っ!)

 

 泪が出るようならどれだけよかっただろうか?

 顔が歪むようであればどれだけよかっただろうか?

 ふざけるなっ、と殴り掛かれたらどれだけよかっただろうか?

 痛い。痛い。痛い。居たい。居たい。居たい。遺体。遺体。遺体。異体。異体。異体。生まれが悪い。育ちが悪い。環境が悪い。立場が悪い。そして何よりも、運が悪い。

 教卓の上の左手に顔を近づける。

 手で爪を掴んで無理やり剥がすだなんて、そんなことできるわけがない。

 だからこれが最善。最低だ。

 やりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくない。

 やらなければならない。やらなければならない。やらなければならない。

 死にたい。死ね。死にたくない。まだ死にたい死ねない死にたい死にたい。早く死にたい。

 だから、差し込む。捻りこむ!

 

 深く、

 深くっ、

 深くっ!

 

「っ゛あ゛き゛いぃぃぃぃっ!?」

 

 白い歯を、爪と皮膚の間に差し込む。思いっきり。

 

 思いっきり!!!

 

「がっ、ぶあ!っ、ぎぁぐあいい!はっ、はひぁー!!!ぶ、ふっ!!!」

 

 こんなに痛かったか?

 こんなに、痛かったか!?

 こんなに、こんなに、こんなに、ここまでして居たいか???

 痛い、痛い、痛い。

 なんで、なんで、なんで。

 辛い、やめたい、死にたい。

 いつだって、

 いつだって!!!

 

「ぁ、アァあぁあぁぁぁぁぁあああぁあぁっぁぁぁあアあぁぁぁぁっぁぁあぁあぁぁあアァあぁぁぁぁぁぁああっぁあぁあああぁぁっぁあぁぁぁあああぁぁああぁぁあああぁあぁぁああぁああああっぁあぁぁあっぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁああああぁぁあああぁあぁっぁあぁああ!!!!!」

 

 1センチ?

 1ミリ?

 1マイクロ?

 1ナノ?

 1ピコ?

 1フェムト?

 1アト?

 1ゼプト?

 1ヨクト?

 

 それでもまだ、まだ、まだ足りないの?

 

 奥に奥に奥に、

 先に先に先に、

 深く強く赤く、

 

「い゛」

 

 奥に、深く、痛い!!!

 噛み切るのではなく爪自体を指から外すように、瞳子は歯を更に奥に進めていく。少しずつ、少しずつ、少しず、つ???

 赤く染まる。血が垂れる。あぁ、それはまるでマニキュアのように。指が赤い血で彩られていく。

 臨界点なんてとっくに超えていた。

 理性はもう蒸発していた。

 痛い。

 痛い。

 痛い。

 愛おしいくらいの、痛み(死痛)

 

「あ゛、いだっ、ぎっひ、ぁがっああ゛ぁあああぁあひいぇんあいがいあ゛ぎあいあいあぢあいあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 正気であるならばこんなことはしていない。

 狂気であるならばこんなこと簡単にできる。

 だから、不幸だったのは瞳子が現実的な人間であったこと。

 逃げることもできず、立ち向かうこともできず、流されるだけの人間であったこと。

 ボロボロの顔が歪む。

 ぽろぽろと何かがつたう。

 分かるのだ。これ以上、歯を爪の奥に差し込みたくない。だって、痛い。こんなにも痛い。なのにどうしてこんなことをしなければならない?

 

「ひあーっ、ひぁひゅああぁー!」

 

 呼吸が上手くできない。血で喉が詰まる。気分が高揚して脳内麻薬で痛みが止まってほしいと願いながら、それが決して現実的な作戦でないことも分かっている。

 感覚は鋭敏だ。爪と皮膚の間に針を刺したことはあるか?あるいは長爪を折ってしまったことは?深爪をした経験はあるか?

 比べ物にならない。

 本当に、比べ物にならない。

 

「ふっ、はいひ!ふっ、ふーっ!ふひゆーーー!!!」

 

 意識が飛びそうになる。

 足から力が抜けて、倒れそうになる。

 どれだけ進んだ?何分経った?ここまで苦しんだのだから、流石に赦してもらえるだろう?

 なんて、甘い想像はもちろんあり得ない。

 だからダメだ。ここで指から歯を離したらもう二度と、二度と、二度と、二度と!

 だけどダメだ。ここでやらないといけないんだ。視界が翳んでも、血涙が流れても、五体が砕け散りそうでも!

 

「ぁ、ぎぎあぎぁぎあがぎぁぎあっがいぁがいいあいぃがぎあぎがいがいぃがぎがっがいぁがいががぎぁぎがいがぃががあぎぎぎぎぎぎぎっぎっぎっぎっぎっぎぎっぎぎぎっぎっぎ」

 

 羨ましいって思うのは、罪だったのだろうか?

 妬ましいって思うのは、罪だったのだろうか?

 憧れを抱いてしまうのは、罪だったのだろうか?

 希望を願ってしまうのは、罪だったのだろうか?

 

 あぁ、止まらない。止められない。

 真っ逆さまに転がり落ちていく。底なしの滝底。罪人の在処、奈落の最果て。黒よりも昏い、絶黒の闇の中に。

 それは自分の意思でなのか、あるいは他人に強制されているのか?

 

「ぎぎぁぎがぃぎぎぎっぎっぎぎっぎっぎっぎっぎっぎぎぎぎぎぎぎぎっぎっぎぎぎっぎっぎぎぎぎっぎぎぎ」

 

 一息、大きく、吸う。

 タイミング、1、2、3と、計る。

 もし、もしも、できなかったとしたら。

 理由。

 理由。

 理由。

 生きたい理由とか、死にたくない理由とか、あるか?

 ここが地獄の底だとは思わないけれど、ここまでの痛みを抱えていきたいと思う理由はあるか?

 理由。

 理由。

 理由。

 哭けることは幸せか?

 生きていることは幸福か?

 当たり前は、普通は、いつも通りは、尊いか?

 護りたいと思うか?

 まだ生きたいと思うか?

 それならきっと、やるべきことは1つだけ。

 

 爪を剥がせ。

 

 爪を、剥がせ。

 

 爪を、自らの意思で、剥がせ!!!

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!」

 

 ベギリ、と小さな音が鳴った。

 何かが折れる音。砕ける音。終わる音。

 そして、だから、それが禊だった。

 それが、雪ぎだった。

 

「はぁーっ、は、ははっー!!!はぐ、ぎっい゛い゛い゛がぁ……っ!!!」

 

 終わってしまえば簡単なことだったのかもしれない。

 瞳子はやりきった。左の小指の爪を自分独りで何の道具も使わずに剥がし終えた。

 崩れ落ちそうな全てを必死に抱きかかえて、瞳子はもえかに報告する。

 もえかは、まるで失望したかのような表情を浮かべていた。

 

「ぁ、っ゛!――――――て、ゅぁ、……し゛、……だぁ」

「そう。じゃあ、そろそろ船に乗ろう?瞳子さん。私達は海洋学校生なんだから」

 

 だけど、ここに至ってすらまだ本質的な恨みすらも抱けない瞳子は、

 だからこそもう、根本的に終わっていた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

ビターチョコデコレーション
 syudouさん作詞、作曲のボーカロイド曲。



言葉にできない痛みというのもきっとあると思います。
そういう意味では、これはまだマシなのかな?

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!












 さて、知名もえかってこんな残酷な人間じゃありませんよね?

 何のためのRATt(ラット)だと思いますか?

 黒幕の名前はもう出てますよ?


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登場人物紹介(Material)

『プロローグ-鬼-』のネタバレ全開のため、15話までの既読を推奨します。

ネタバレOK、あるいは15話まで既読済みの方は下スクロールをしてください。

『プロローグ-鬼-』最終話後の人物情報(マテリアル)を記載します。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(みさき) 明乃(あけの)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年7月20日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦長

 所属科  :航海科

 出身   :長野県松本市

 血液型  :B型Rh-

 星座   :蟹座

 身長   :143センチメートル

 趣味・特技:読書、ネットサーフィン、海を見ること、スキッパー操作、サバット・ディファンス(我流)、演技

 資格・実績:中等乙種海技士、丙種二級小型水上免許(中型スキッパー免許)、潜水士資格、実用英語技能検定1級、実用フランス語技能検定準1級、中国語検定1級、実用イタリア語検定準1級、第54回全日本少女スキッパーレースA-1カテゴリ準優勝、第23回全国図上演習競技大会5位入賞

 得意科目 :全て

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:すべての不幸は未来への踏み台にすぎない(All unhappiness is only a stepping stone to the future)(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)

 好きな食物:サンドイッチ(短時間かつ片手で食べられるから)、栄養ドリンク、サプリメント、プリン

 苦手な食物:生牡蠣、肉

 好きな色 :海色

 嫌いな色 :赤色

 好きなもの:知名あずみ(故人)、西崎芽依、スターチスをモチーフにしたネックレス(ダモクレスの剣)

 嫌いなもの:船、炎、拳銃、血液、ブルーマーメイド

 宿痾   :心的外傷後ストレス障害(PTSD)強迫性障害(OCD)(軽度)、メサイアコンプレックス、暗闇恐怖症、赤色恐怖症、血液恐怖症、対人恐怖症、不眠症

 愛称   :岬ちゃん、明乃ちゃん、明乃

 人物   :9年前のクルーズ船『セブンシーズ・マリーン』号沈没事故で両親を失い、知名あずみから未来を託されたことで全てが歪んでしまった少女。横須賀女子海洋学校入学後すぐ、入学式の時間を使い校長室に忍び込み、パソコンの記憶媒体(SSD)をコピー、また机の中から『革命派』についての情報を入手した。その後、クラス発表を見に行く途中に知名もえかと遭遇、戦闘になるも、校長室に帰る途中の宗谷真雪にもえかに襲われている姿を見せることで実質的な勝利を収める。もえかが密かに明乃のポケットに忍ばせたメモについては、当然気付いている。現在軽い発狂状態にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

知名(ちな) もえか

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年7月25日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :大和型超大型直接教育艦『武蔵』副長

 所属科  :航海科

 出身   :長野県松本市

 血液型  :AB型Rh+

 星座   :獅子座

 身長   :158センチメートル

 趣味・特技:カヌー、ラフティング、演技、雑学

 資格・実績:中等甲種海技士、丙種二級小型水上免許(中型スキッパー免許)

 得意科目 :全部

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:あなたは塵だから、塵に帰る(創世記3:19)

 好きな食物:ハヤシライス、ショートケーキ

 苦手な食物:なし

 好きな色 :白

 嫌いな色 :赤

 好きなもの:もえかを『理解』してくれる人

 嫌いなもの:秘密結社『ワダツミ』、暴力、自分自身

 愛称   :もえかさん、艦長、副長、塵

 人物   :知名あずみの1人娘にして秘密結社『ワダツミ』革命派の人間。『御前会議』からの命令で『オケアノス計画』実行のため横須賀女子海洋学校に入学した。本来であれば『武蔵』艦長となれるだけの実力を持っているが、艦長の立場は拘束時間が大きすぎるため入試にて実力を抑え、『武蔵』副長になる。これは純粋にもえかの実力であり、『ワダツミ』からの干渉は一切ない。入学式前、港にて明乃の動きに違和感を覚え、明乃を追跡。明乃が校長室に入ったことを確認した。入学式後、校長室から出てきた明乃と接触、互いの理解を深めるために戦闘を開始する。戦闘自体は明乃の策略により中断したが、その際明乃のポケットに1枚のメモを残した。実は自傷癖がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宗谷(むねたに) ましろ

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年5月27日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦副長

 所属科  :砲雷科

 出身   :神奈川県横須賀市

 血液型  :A型Rh+

 星座   :双子座

 身長   :159センチメートル

 趣味・特技:おまじない、水泳(着衣含む)

 資格・実績:中等乙種海技士、水上交通管制基礎試験合格、第15回ブルーマーメイド物知り大会4位入賞

 得意科目 :全部

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:すべての不幸は未来への踏み台にすぎない(All unhappiness is only a stepping stone to the future)(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)

 好きな食物:ヒラメの刺身、ソフトクッキー

 苦手な食物:カルビ

 好きな色 :赤

 嫌いな色 :紫

 好きなもの:家族、ブルーマーメイド、幸運グッズ

 嫌いなもの:不幸

 愛称   :宗谷さん、シロちゃん

 人物   :ブルーマーメイドの名家『宗谷家』の三女。絶望的に運が悪いが、ある意味では悪運が強いともいえる。中学時代にいくつかの大会に出ていたことで明乃の目に留まり、その出自と能力から利用できる駒として接触する価値を見出された。基本的に善人なため、明乃の嘘には全く気付いていない。むしろ、いい友人ができたとすら思っている。結局入学式に現れなかった明乃のことを『友人』として心配している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村野(むらの) 瞳子(ひとみこ)

 性別   :女

 年齢   :不明(15歳という設定)

 誕生日  :不明(7月7日という設定)

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :大和型超大型直接教育艦『武蔵』艦長

 所属科  :航海科

 出身   :秘密組織『ワダツミ』直轄孤児院『楽園(ニライカナイ)

 血液型  :不明

 星座   :不明(蟹座という設定)

 身長   :156センチメートル

 趣味・特技:なし

 資格・実績:中等乙種海技士、応用情報技術者

 得意科目 :歴史

 苦手科目 :化学

 好きな言葉:禍福は糾える縄の如し

 好きな食物:シュークリーム

 苦手な食物:人肉

 好きな色 :黄金

 嫌いな色 :血色

 好きなもの:日常、平穏な時間、夢を見ること

 嫌いなもの:世界、人間、秘密組織『ワダツミ』

 愛称   :瞳子さん、屑、塵

 人物   :秘密組織『ワダツミ』革命派の人間。『ワダツミ』直轄孤児院『楽園(ニライカナイ)』の出身であり、そこで『ワダツミ』に対する絶対的恐怖を刻まれているため自分より上位の『ワダツミ』メンバーに対して絶対服従している。2か月前にもえかに選ばれて、もえか直属の部下になった。何が気に入らなかったのか、もえかから罰として左小指の爪を自力で剥がされることになった。本作で一番人間らしい人間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宗谷(むねたに) 真雪(まゆき)

 性別   :女

 年齢   :47歳

 誕生日  :1968年10月31日

 所属   :ブルーマーメイド安全整備学校横須賀校

 役職   :校長

 出身   :神奈川県横須賀市

 血液型  :O型Rh+

 星座   :蠍座

 身長   :161センチメートル

 趣味・特技:艦艇指揮

 資格・実績:1979年度横須賀女子海洋学校主席入学、1982年度横須賀女子海洋学校主席卒業、1984年度ブルーマーメイド新人賞受賞、沖ノ鳥島砲撃未遂事件単独解決、第16回世界海洋会議日本代表大使

 得意科目 :全部

 苦手科目 :無し

 好きな言葉:話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず

 好きな食物:まぐろの刺身、きんつば

 苦手な食物:なし

 好きな色 :海色

 嫌いな色 :無し

 好きなもの:家族、ブルーマーメイド、船、海

 嫌いなもの:家族に仇名す者、平和を乱す者

 愛称   :校長、宗谷さん、真雪さん、艦長

 人物   :ブルーマーメイドの名家『宗谷家』の現家長。元ブルーマーメイドであり、9年前は旗艦『大和』の艦長であった。15年前に起きた海賊による沖ノ鳥島砲撃未遂事件を単独で解決した超一流のブルーマーメイドであり、現在でもブルーマーメイドの各方面に多大なる影響力を持っている。娘である宗谷真霜と共に『革命派』と呼ばれる謎の勢力について調査していた。入学式後、もえかが明乃を襲っている様を目撃、すぐさま制止に入るも、もえかに言い負かされ、もえかを見逃す羽目となる。選手としては超一流だが監督しては二流程度の人間であり、陰謀を巡らせ、謀略を見通すことは非常に苦手。

 

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

登場人物紹介(Material)
 TYPE-MOON制作のスマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』の設定資料集の名前。



ちなみに作者はFGOを最近やめました。300連してもディオスクロイ出なかったからね!!!

明乃とましろの好きな言葉が同じなの、気づきましたか?

そしてそろそろ船に乗るぞ!やっと乗るぞ!!!いつまで陸にいるんだ!?

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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プロローグ-症- 国際テロリスト『晴風』誕生~裏切と破滅と後悔だらけの航海へ~
――――――こんにちは。ようこそ、寒々しい絶望の日々へ


10話の暗号の答え合わせがあります。
まだ考えていたいという方は、この話は飛ばしてください。


 2016年4月6日 午前11時00分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校 第7女子トイレにて

 

 酷く、気分が悪かった。

 

「ぅ、げぇっ!う、ぷっ……ひ……ぎぃ……っ!!!」

 

 便器に向かって汚物を吐く。身体を思い切り掻き抱き、肌を爪でひっかく。

 傷が増えていく。過っているのを自覚しているから、悪いことをしていると分かっているから、したくないことをしなければならないから。ストレスが溜まっている。過去が明乃を責め立てる。幻聴が聞こえる。幻覚が見える。幻想に逃げたくなる。

 人に暴力を振るってはいけません。

 人を騙してはいけません。

 人を殺してはいけません。

 法を犯してはいけません。

 他人を尊重しましょう。

 人の役に立ちましょう。

 そんな当たり前の『正義』を護れないから、明乃は自分が大嫌いだった。

 

「あ、はぁーっ、ははっ!はぁーっ、はぁーっ!!!」

 

 呼吸が荒くなる。過呼吸になりそうになる。心臓の鼓動が煩くて、身体の中を蛆虫が這いずり回っているように感じる。全てが汚らわしい、凡てが汚らしい、完全な正義を為せない己が憎い。

 傷つけなければ救えないなんて、

 戦わなければ助けられないなんて、

 殺し合わなければ意思疎通をできないなんて、

 なんて、塵屑(無意味)なのか。

 矛盾。背反。牴触。

 

 正義を為すために悪である必要があるならば、その時点で明乃は正義ではない。

 

「ぇふ……っ、っ――――――それ、でも……行か、ないと」

 

 胃の中のモノを全部吐き出して、口元をトイレットペーパーで拭い、明乃はふらふらと立ち上がった。いつまでもトイレで鬱っているわけにはいかない。全てはまだこれからなのだ。

 明乃はあずみの遺志を継いだのだから。

 

「あずみ、さん……」

 

 暴力は嫌い。

 血液は嫌い。

 赤色は嫌い。

 暗闇は嫌い。

 そして、人は大嫌い。

 何より自分のことが大嫌い。

 この命は、あずみに救われたものだ。

 故に、明乃もまた人を救い続けなければならない。あずみの遺志を継いだ者として、誰かを助け続けなければならない。それが存在価値。それが託された者の使命。

 

 人を救えない自分に価値はない、だなんて。

 

 そんな思い込みが間違っていることなんて、明乃自身が一番分かっている癖に。

 

「っ、酷い……顔だなぁ……」

 

 洗面台の前に立ち、鏡を見る。

 憔悴しきった、とても人間とは思えない顔。とてもクラスメイトには見せられない顔を、それでも何とか整える。

 先ほどのもえかとの戦いはそれほどまでに明乃を消耗させていた。

 だって、本当は戦いたくなんてないのだ。

 そもそも、いくつもの宿痾を抱えながら戦うなんて本当は無茶なのだ。

 それでも戦うのは、明乃が只管に無能だから。戦うことでしか先に進めないから。

 乾いた声で笑う。

 そして、呪いの言葉を吐く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ポケットの中から1枚の紙を取り出す。戦闘の途中にもえかから託された、『#8301-56480321-4710』と書かれた紙を。

 分かっている。

 分かっていた。

 明乃はきちんと理解していた。

 もえかのメッセージの意味を。

 それを分かっているからこそ、もえかも明乃にこの紙を託した。

 

(――――――知名もえかは)

 

 もえかは明乃の前でこれ見よがしにその手に持った詩集『コブザール』を90度傾けながら制服の中に仕舞った。

 あの手の人間は意味のないことを決してしない。だから、もえかの一挙手一投足には必ず意味があるのだ。

 なぜ、もえかは詩集『コブザール』を持っていたのか?

 なぜ、もえかは詩集『コブザール』を90度右に傾けながら制服の中に仕舞ったのか?

 これ見よがしに、

 まるで、明乃に見せつけるかのように。

 

 『本当に、驚いたんだよ?まさか、私と同じことを考えてる人がいるなんて』

 

 同じこと?

 そこにほんの少しだけ違和感を覚えて、だから明乃は思考を飛躍させた。

 知っている。詩集『コブザール』の作者はタラス・シェフチェンコだ。そしてタラス・シェフチェンコは一時期秘密結社『聖キリルと聖メソジウス団(Кирило-Мефодіївське братство)』に関わり、ウクライナの農奴の解放に力を尽くしたと言われている。

 農奴の解放。つまり、体制に対する反逆。

 それを、ウクライナの人間が行った。

 ウクライナの人間。

 ウクライナ。

 それに気づいた瞬間、明乃はウクライナ国旗を脳裏に浮かべていた。

 

ウクライナ国旗

 

 青と黄色の二色で構成されたウクライナ国旗。それはとても、とてもとてもある物に似てはいないだろうか。

 

(裏切者、なんだよね?)

 

 ()()()()()K()()()()()()()()()()()()

 

国際信号旗 K

 

 そして、だとしたら得心がいくのだ。もえかの不自然な態度の全てが。

 

 ウクライナ国旗は右に90度回転させれば国際信号旗Kとほぼ同じ色形になる。

 そして、国際信号旗Kの意味は『I wish to communicate with you』だ。これを日本語に訳すと。

 

(――――――『(知名もえか)あなた(岬明乃)通信(会話)したい』、って意味になる)

 

 だから明乃はこう返したのだ。

 

 『行動を伴わない想像力には(Imagination means nothing)何の意味もない(without doing)』、と。

 

 言うまでもなく、この言葉はチャールズ・チャップリンの名言だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()C()()()()()()()()()()()()()

 

 さらに、国際信号旗Cの意味は『Yes』だ。

 つまり、もえかの『(知名もえか)あなた(岬明乃)通信(会話)したい』という要望に明乃は『YES』と返した。

 だからこそもえかは近距離戦闘を明乃に対して仕掛け、明乃に1枚の紙を託した。

 『#8301-56480321-4710』と書かれた紙を。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………………………」

 

 軽く戦闘して分かったが、もえかの実力はそうとう高い。単純戦闘能力では明乃を遥かに上回っている。だからこそ明乃は怖くてたまらなかった。そんなもえかが初対面の人間に、それも入学式の最中に校長室に侵入していたなんて怪しさ満点の人間に、これほど回りくどいで手段で情報を伝えてくるという事実が恐ろしくてたまらなかった。

 監視されているのだろう。

 監視の目があるのだろう。

 明乃には分からなかったが、もえかはあの時、いやおそらくずっと監視されているのだろう。

 それでももえかはどうにか『革命派』を止めたくて、そのために明乃に接触した。

 そんな考えはあまりにも飛躍しすぎだろうか?

 

「………………………命を賭した、メッセージ……か……」

 

 やはり親子ということなのだろうか。

 もえかは明乃に多くの手掛かりを残してくれた。

 『革命派』のことも、『ダモクレスの剣』についても、宗谷真雪についても。

 だからこそ、明乃は決断しなければならなかった。

 

(この番号に電話を掛ければ、たぶん、色んな謎が解ける……)

 

 『#8301-56480321-4710』。

 伝言ダイヤル。

 そこにはきっと、もえかからのメッセージがあるはずで。

 だが、同時に明乃はこう思うのだ。

 

 こんな都合が良い展開があっていいのか、と。

 

(だって、もし敵が知名もえかや私の想像以上の存在だったら?)

 

 もえかがあれほどまでに警戒している相手。つまり、その仮想敵はもえかをも上回る力を持っているということだ。ひょっとしたら、もえかの策略など全て見透かされているのかもしれない。

 だとしたら、電話を掛けるという判断は正しいのか?

 罠の可能性はないか?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……監視の目は感じないんだけどな)

 

 このトイレに監視の目はないように思う。盗聴器も監視カメラも仕掛けられていないと思う。けれど、それを言えばもえかと戦った時だってそうなのだ。なのに、もえかは監視がある前提で動いていたように思える。

 何かあるのかもしれない。明乃の知らない、知ることのできない何か、が。

 

「………………………………………」

 

 だとしたらきっと、正しい選択は。

 

(――――――初対面の私を『信用』してくれた相手の努力の全てを)

 

 だから明乃は、もえかから渡された(メッセージ)を躊躇なく破り捨てた。

 

「それでも裏切る、か」

 

 もはや原型をとどめないほどにビリビリに破られた紙をそのまま洗面台の排水溝に流す。これで、これ以上明乃以外の人間がこの番号を知ることは無くなった。

 

「でも、私は謝らないよ。知名もえか。だって、」

 

 冷酷で冷徹。

 残酷で酷薄。

 非情で強情。

 正しくない。誤っている。違っている。

 でも、仕方がないじゃないか。誰かを信じるって言うのは、そんな簡単なことじゃないんだから。

 

「私なんかを信じた、あなたが悪いんだから」

 

 もえかは明乃を信じた。

 明乃はもえかを信じ切れなかった。

 だから結局これは、それだけのお話だ。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

――――――こんにちは。ようこそ、寒々しい絶望の日々へ
 東出祐一郎のライトノベル、『ケモノガリ』第1巻カラーページより抜粋。



この無理やりな暗号、気づけた人間がいたら天才中の天才です。

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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無知な友人ほど危険なものはない(Rien n'est si dangereux qu'un ignorant ami)

 2016年4月6日 午前10時52分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校 晴風クラスにて

 

 ましろは落ち着かない様子で辺りを見回していた。

 その原因はただ1つ、後8分でホームルームが始まるというのに明乃の姿が教室のどこにも無いからだ。

 

(何をしているんだ岬さんは……っ!もう少しでホームルームが始まるんだぞ……!)

 

 結局、明乃は入学式には現れなかった。いや、それどころか宗谷校長の訓辞の時もクラス発表の時もましろは明乃の姿を見つけることができなかった。どれだけ見回してもいないのだ。どれだけ探しても見つけられないのだ。明乃もましろと同じ横須賀女子海洋学校生徒のはずなのに。

 

「2週間の海洋実習かー、どんなのになるのかな?」

「一緒のクラスでよかったね!」

「飲灰洗胃……」

「ま、間に合った……」

 

 教室のあちこちでクラスメイトの話し声が聞こえる。

 だから、不安だけが募っていった。クラス発表の掲示板には晴風クラスの所に明乃の名前もあったのだ。なのに、この教室の中には未だに明乃がいない。それがましろにとても嫌な想像をさせる。

 制服はとっくに乾いているはずだ。ましろたちが海に落ちてからもう3時間近くたっている。まさか、まだ乾燥機の空きがないなんてそんな馬鹿なことはないだろう。

 だったらどうして明乃はいない。

 明乃はいったい何をしている?

 

(……迎えにいくべき、なのか……?)

 

 教室の位置が分かっていない?

 そもそもクラスを確認できていない?

 いや、そんなことはないはずだ。入学式が行われる場所は知っているはずだし、近くの教官に事情を説明すれば協力してもらえるはずだ。だから、明乃がこの晴風クラスに辿り着けないなんて、そんなことはないはずなのに。

 なのに、どうして明乃はいない!?

 時間だけが過ぎていく。

 無常に。

 

「っ……!」

 

 だから思わず、ましろは立ち上がろうとした。

 明乃には恩がある。明乃はましろに入学式出席の権利を譲ってくれた。明乃だって入学式に出たかったはずなのに。

 

 『も、もしよかったらっ、この制服を代わりに着たらどうかなって!!!』

 

 無理やりに作った笑顔で明乃はそう笑ったのだ。

 恩には報いねばならない。

 ましろは晴風の副長で、航洋直接教育艦『晴風』の中心的存在の1人ではあるが、それでもましろは友人を見捨てるようなことはしたくなかった。

 もしかしたら明乃はまだあのランドリールームで1人寂しそうに制服が乾くのを待っているのかもしれない。

 もしかしたら明乃はこの広い横須賀女子海洋学校の中で迷子になってしまっているのかもしれない。

 そう考えると、いてもたってもいられなかった。

 

 『じゃあシロちゃんだね!私、岬明乃!ミケって呼んで!』

 

 人懐っこい人だと思う。妙に近いパーソナルスペースと、それでいて一足飛びに距離を詰めることの無い態度。その全てが作られたモノだと気づけないが故に、ましろは明乃に好意を持っていた。

 それこそ、海に落とされたことを許してしまうほどに。

 だからましろは明乃を探しに教室の外に出ようとして、

 

「晴風クラス、30人全員揃っているか?」

 

 立ち上がる直前、ベージュの教官服を着た女性が教室に入ってきた。

 

「ッ!」

 

 慌てて腰を下ろすましろ。

 いつの間にかクラスは静まり返っていて、クラスメイト全員がしっかりと前を向いていた。

 女性――晴風クラスの指導を担当する古庄薫教官が晴風クラス1人1人の顔を確認する。30人全員がちゃんと席に座っていることを確認する。

 

(……とりあえず、岬さんのことは後で確認しよう)

 

 心配ではあるが、授業はもう始まってしまった。まさか教官がいる前で突然教室の外に走り出すわけにもいくまい。教官からの挨拶が終わってから、改めて明乃を探しに行けばいい。ましろはそう考えた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()西()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あのー、晴風クラスって全員で31人だよね?1人足りないような気がするんだけど……?」

 

 『不合格』。

 その判定を芽依は下した。

 明乃は随分とましろに好意を抱いていたようだが、それだけでは足りないのだ。

 よく、『友達に資格はいらない』だとか『友情は恐怖を凌駕する』とか言われるが、言うまでもなくそんなのは嘘だ。刺客の疑いを晴らし、死角を消すためにも友達に資格は必要だし、拷問の痛みは友情なんて曖昧模糊な物を容易く崩壊させる。

 芽依は明乃に言われてましろをはかったが、ましろは芽依の試験に合格できなかった。

 友情よりも規律を優先するようでは、

 恩義よりも保身を重視するようでは、

 危険よりも安全を嗜好するようでは、

 とてもとても相応しくない。

 

 芽依ならば違ったのだから。

 

「あれ、そういえば……?」

「1人足りないぞなー」

「どうしたのかな?」

 

 俄かに、教室が騒がしくなる。皆が周囲を見渡す。誰かがいない。1人足りない。それはなぜなのか?

 さぼり?

 遅刻?

 それとも先に船に乗ってる?

 

 いいや、そのどれもが違う。

 

「……そのことで皆さんに1つ伝えなければなりません」

 

 パンパンと大きく手を叩き、皆を静かにして注目を集めてから、古庄教官はわずかに瞳を曇らせて言った。

 明乃がいない、その理由を。

 

「晴風クラス委員長――つまり晴風航洋艦長の岬明乃さんですが」

 

 嫌な予感がした。

 心臓の鼓動が不自然にうるさく感じられた。

 足りない1人が誰なのかましろは知っている。

 古庄教官の表情はどこか沈痛気だった。

 それがましろの不安を加速させた。

 

「彼女は現在保健室で治療を受けているため、艦への合流が遅れるそうです」

「なッ!?」

「え?」

「治療……?」

 

 告げられた予想外の言葉に教室の喧騒が一層激しくなり、

 

(――――――私の、せいだ)

 

 その中で1人、ましろだけが顔を青くして身体を震わせていた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

無知な友人ほど危険なものはない(Rien n'est si dangereux qu'un ignorant ami)
 フランスの詩人、ジャン(Jean)(de)(la)フォンテーヌ(Fontaine)の言葉の1つ。



勝手にはかって勝手に失望して、いったい何様のつもりなんでしょうね?

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平穏から破滅へ続く道筋(Battle of Collapse)

次話からローレライの乙女たちが関わってきます。

無線と伝声管の使い分け方が全く分からない。船に詳しい人がいたら教えてください……。どういう場面で伝声管を使って、どういう場面で無線を使うんだ……。


 2016年4月6日 午後1時10分 神奈川県横須賀市 横須賀港 航洋直接教育艦『晴風』艦橋にて

 

 艦橋の雰囲気はわずかに重かった。

 それはもちろん、艦橋にいるべき人がいないからだ。

 

「艦長、来ないね……」

「うぃ……」

 

 自らの持ち場に付いたまま、芽依と立石志摩の2人は寂しげに、不安げに呟いた。

 現在時刻は午後1時10分。本来であればとっくに出航していなければおかしい時間だった。

 

「……納沙さん、学校から連絡は?」

「……特にありませんね。ホームルームで古庄教官から指示があった通り、艦長が来るまで私たちはこの場で待機になりそうです」

「そうか……」

 

 ましろは小さくため息をついて、首を振った。

 艦長になりたいとは思っていたが、だからと言って艦長代理として船員に指示を出したいわけではない。ましろは自分の立場にそれなりの誇りを持っている。副長はあくまでも艦長を支える立場であり、間違っても艦長に成り代わっていい立場ではないのだ。

 艦長から艦を託された時を除いて。

 それに何よりも、ましろは艦長――明乃のことが心配だった。

 加えて言えば、ましろは罪悪感を持っていた。

 ましろは、明乃の体調が悪いことに気づけなかったから。

 

「艦長、どうしたんだろ……、大丈夫なのかな……?」

 

 知床鈴が心底心配げに呟く。『晴風』船員31人は()()()ましろ以外明乃に会ったことがない。まだみんな、明乃がどんな人物なのか知らないのだ。だからこそ心配だった。古庄教官はホームルームで明乃が合流した後に『晴風』を出航させるように指示しただけで、明乃の具合の大小には触れなかったのだ。

 『晴風』に合流できるということはそれほど大きく体調が崩れているということではないようだが、それでもみんな明乃を心配していた。

 

横須賀(ここ)から西之島新島(集合場所)まで想定航路で18時間、……こうなると遅刻はもう免れないか」

「直線航路を最大戦速で進めば15時間で着きはしますけど、『晴風』でそんなことしたらあっというまに故障しちゃいますからね……」

 

 ぼやきながら今後の予定について軽く話し合うましろと納沙幸子。そもそもからして『晴風』は高圧缶式機関を採用しているのだ。デリケートに扱わなければ機関が故障して、最悪の場合海上で立ち往生してしまう。それを考えれば、とてもとても直線航路を最大戦速で進む選択など取れやしない。

 

「はぁ……。納沙さん、一応八木さんに集合時間に遅れる旨を猿島に伝えるよう言っておいてもらえるか?」

「分かりました!副長!」

 

 ビシッ!、と海軍式敬礼をして、無線を手に取ろうとする幸子。

 しかし、そこで待ったがかかった。

 

「その必要はないよ。シロちゃん、ココちゃん」

 

 艦橋の後ろ、入り口の方からカリスマ溢れる少女の声が聞こえてきた。

 その声を聞いて、思わず幸子は動きを止めた。

 その声を聞いて、思わず鈴は背筋を正した。

 その声を聞いて、思わず志摩は眠たげな表情を直した。

 その声を聞いて、思わずましろは安心感と緊張感を同時に覚えた。

 その声を聞いて、芽依は万事が予定通りに進んでいることを確認した。

 

 そして、全員が声の聞こえた方向を見て、

 

「っ、やっと来たんですね。艦ちょ」

 

 全員が、明乃の姿を確認した。

 

「っ……!」

 

 だからこそ、幸子は言葉が出なかった。

 

「ぇ……」

 

 だからこそ、鈴は言葉が続かなかった。

 

「うぃ……」

 

 だからこそ、志摩は言葉を紡げなかった。

 

「マジ、で?」

 

 だからこそ、芽依はそれ以上何も言わなかった。

 それが明乃の選択だというのならば、芽依は全力でそれを支えるだけだ。

 それが、取引。

 

「……っ」

 

 そして、だからこそ、ましろは、

 

「岬、さん?」

 

 呆然と、

 震えた声で、

 ましろは顔を強張らせて、

 言った。

 

「それ、は」

「初めまして、『晴風』艦長の岬明乃です!遅れてごめんね……、それと、これから3年間よろしく!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが、『晴風』艦橋要員である5人と、明乃の出会いだった。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

平穏から破滅へ続く道筋(Battle of Collapse)
 鎌池和馬のライトノベル、『とある魔術の禁書目録(インデックス)』第16巻サブタイトル。



以下、完全に余談。

『晴風』が横須賀を4月6日午後0時00分に出発したとすると、集合時刻は4月7日午前6時00分なので、約18時間で西之島新島に到着することになる。
横須賀から西之島新島までの距離は約900キロメートル(現実基準)なので、この時の『晴風』は平均時速50キロメートル=第四戦速以上を出し続けることになる。

……そりゃエンジンも停止するよ。常に第四戦速以上って、それも戦闘中じゃん。

後、基本的に本物語は意識して1話を短く書くようにしています。文章を短くまとめる練習も兼ねているので。

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平和を手に入れるより(It is far easier to make)戦争を始める方がはるかに易しい(war than to make peace)

今話はローレライの乙女たち既読前提の話になります。

なお、今話の会話は全て英語で行われています。イギリスの話なので。


 2016年4月6日 午後3時25分(日本標準時) イギリス イングランド南西部ダートマス ダートマス女子海洋学校 校長室にて

 

 世界三大女子海洋学校の1つ、イギリスのダートマス女子海洋学校の校長室で1人の女性と2人の少女が秘密裏の会談を行っていた。今後の世界の様相を決める、陰謀に満ちた会談を。

 

「――――――ふうん。なら、万事順調に進んでいる、ということで子細無いのかな?ブリジット嬢?」

 

 イギリスブルーマーメイド元帥(Admiral of the Fleet)、ジェイミー・リンクス・ビーティーはキャリー・ピアレットからの2時間30分に渡る現状説明を受け、一言そう答えた。

 それだけ聞けば、ともすれば聞き流していると思われかねないほどに投げやりな言葉だったが、この場にいる2人はもちろんそんなことがないことを分かっている。これはジェイミーなりの信頼の表れだ。ジェイミーはブリジットたちを信頼している。だからこそ、一見投げやりにも思える言葉で答えるのだ。

 

「はい、ジェイミー元帥閣下。閣下の考案して下さった『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』は万事問題なく、全て順調に進んでおりますわ」

「まぁ、ならばよし、だな。こちらも全ての準備は完了している。忌々しき『和平派』の重鎮共の説得(根回し)もつい先週終わったところだ。これでようやく我々を覆う霧は晴れた、といったところか」

幸運は備えをした心を好む(Chance favors the prepared mind)、と仰いますもの。この日のために閣下が八方手を尽くして下さったおかげですわ。閣下の権力がなければ、とてもとてもここまでこぎつけることは不可能だったでしょう。改めて、感謝いたしますわ」

「世事はよせ、ブリジット嬢。私こそ、君には大きく感謝しているところだ。所詮私の権力などお飾りにすぎんからな。議会の『和平派』共が説得(根回し)に屈したのは君の資金援助があったからだ」

「お飾りなんて、謙虚も過ぎれば傲慢となりますわ、閣下。私の資金援助なんて些細な物です。『開戦派』筆頭であらせられる閣下の説得(根回し)に『和平派』が応じたのは、閣下の人徳あってのものでしょう」

「ふふっ、そうであればいいんだろうけどね」

 

 和やかに、

 とても和やかに、ジェイミーとブリジット・シンクレアは穏やかではない話をする。

 説得(根回し)という名の脅しでいったいどれだけの『和平派』議員が辞職したことか。あるいは、不幸な事故にあったことか。更には、病気療養していることか。

 5年だ。

 5年の歳月をかけて、彼女たちは議会と世論を自分色に染め上げた。

 

「とはいえ、私が君に大きく感謝しているのは本当だ。何せ、『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』の原案立案者は君なのだからね。5年前君が、伯爵家としての権力を使って私に会いに来た時は何事かと思ったが、しかし結果的には本当に君に会ってよかった。全く、5年前の自分の選択を褒めたい気分だよ」

 

 ジェイミー・リンクス・ビーティー。

 現イギリスブルーマーメイドの最高指揮官(トップ)、イギリスブルーマーメイド元帥(Admiral of the Fleet)にしてイギリス国粋主義派閥『開戦派』筆頭の1人。『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』主導者の1人にして、イギリス全国民の人気者。

 ジェイミーは年甲斐もなくワクワクしていた。これから世界は大きく変わることになる。『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』によって約100年間維持されてきた平和は破棄される。

 そして、今度こそイギリスが覇権国家となる。

 欧州動乱で先祖が味わった屈辱を返す。特に、無制限潜水艦作戦によってルシタニア号事件を起こしたドイツは絶対に許さない。

 これは正当な報復だ。そのための『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』だ。

 

「私も閣下には大きく感謝していますわ。私のような小娘の戯言を聞き届け、そればかりか『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』を実行段階まで移して下さったのですから」

 

 ブリジット・シンクレア()()

 第15代シンクレア伯爵にして、世界三大女子海洋学校の1つ、ダートマス女子海洋学校が誇る『本物の天才』。ダートマス女子海洋学校教頭であるサシャ・エバンスをして『最高の指揮官』と言わしめた才能の持ち主。総合事業会社『Sinclair Estate』の経営者にしてイギリス社交界の華。天が二物どころか無数の才能を与えたイギリス歴史上最高最上の英傑。シンクレア伯爵家の潤沢な――約9000億の資産を以て『開戦派』を支援し、『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』の実行を誘導した鬼才。

 彼女の才を知る多くの軍人に『ブリジットがいれば欧州動乱はイギリスの勝利で終わっていた』とすら言わせたほどの俊豪。

 通称、『遅すぎた天才(Too late a genius)』。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』、か。初めて聞いた時は夢物語と思っていたけれど、まさか本当に実行までこぎつけるなんてねぇ……」

「夢物語では終わらせませんわ。そのための5年ですもの」

「……初めてあった時、君はまだ10歳だったかな。まさか、たかが10歳の子供が本気でこの国を憂いているだなんて、誰が思ったことか」

「閣下ならば私の言葉を真剣に受け止めて下さると思っておりましたわ。最前線で本物の戦争を体験したことのある数少ない人間であらせられる、閣下であれば」

「分かっているとも、そのための『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』だ。……近年の欧州各国の国際社会における発言力低下は本当に酷いモノだ。このままいけば、後20年もしないうちに我が国はただ搾取されるだけの豚に成り下がるだろう」

「それを回避するための『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』ですわ。世界に誇る海洋強国、日本から技術を盗むのも限界があります。それに、我が国が技術を盗めるということは他国も同じように技術を盗めるということ。さらに言えば、日本は本当の中核技術を決して盗ませはしないでしょう」

「分かっているとも、だからこその『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』だ。多少の無理をしてでも、我が国は世界に覇を唱える必要がある」

 

 そう、2人とも分かっていた。このままではイギリスの国力は低下していくだけであると。今はまだいい。今はまだ、イギリスは世界に無視されていない。けれど、いつ致命的な事態が起きるかは分からない。そして致命的な事態が起きてからでは遅い。

 確かに、世界的に見れば海洋国家たる日英米三ヵ国の発言力は高いのだろう。だが、イギリス政治に関わっている誰もが知っている。実体が違うことを。

 イギリスは所詮欧州の一国に過ぎないのだ。欧州動乱という汚点からはどうやっても逃れられないし、いつか、それを理由に兵器開発を制限されるかもしれない。それは漠然とした不安ではなく、当たり前の事実としていつもそこにあった。

 だから、行動を起こす必要があると思った。強硬手段を取ってでも、本当の意味でイギリスの発言力を強化する必要があった。

 そのための『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』。

 そのための、

 そのための、

 

()()()()

()()()()

 

 そう、世界規模の大戦(World War)を起こし、1度世界の勢力図をリセットする。海洋強国も海洋弱国も関係ない。欧州動乱もブルーマーメイドも関係ない。全ての国を巻き込んだ大戦を起こし、そこで勝ってイギリスを本当の意味での強国にする。

 

「キャビアちゃん、資料を」

「はい、ブリジット様」

 

 ブリジットのすぐ後ろにたって控えていたキャリーがすぐさま数枚の紙資料を差し出す。キャリーは代々シンクレア家に仕える従者の一族だ。ブリジットとキャリーの呼吸はまさに阿吽で、2人が仲たがいすることなど絶対にあり得ないだろう。

 キャリーはブリジットを本物の意味で理解している。

 ブリジットの狂気を、キャリーだけが理解している。

 だから、ブリジットもキャリーを信頼しているのだ。本当の意味で。

 資料を見ながらジェイミーとブリジットは話を続ける。

 

「確か、やられ役として日本に派遣されたのはフッドだったかな?」

「はい、閣下。日本には遠洋実習を理由にグレニア・リオンを艦長とした超大型巡洋直接教育艦『フッド』を派遣しています。『フッド』が沈めば、開戦の理由としては十分ですから」

「ふむ……、しかし、確かグレニア嬢は……」

 

 少し言い澱むジェイミー。

 グレニアは確かブリジットを敵視していたはずだ。無論、ダートマス女子海洋学校に入学できている以上グレニアの思想面に問題はないのだろう。しかしブリジットを敵視しているということは予想外の行動を取る可能性があるということで、当然それをブリジットが理解していないはずもなく。

 

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ふふっ、君もつくづく、人が悪い」

「いえいえ、閣下には劣りますわ」

 

 邪悪な談笑は続く。

 明乃の知らない場所で、世界大戦へのカウントダウンは確実に起こっていた。

 

 イギリスの『開戦派』による『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』。

 日本の秘密組織『ワダツミ』革命派強硬組による『オケアノス計画』。

 そして、もう1つの組織による最後の『計画』。

 この3つが交わった時、本物の戦争が起こるのだ。

 世界を巻き込んだ、最悪の乱戦(バトルロイヤル)が。

 

 ただ、一方でブリジットは期待していた。

 

(さて、と)

 

 長い年月をかけ丁寧に整えた盤面が、それでも打ち崩されることを、

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 密かに期待していた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

平和を手に入れるより(It is far easier to make)戦争を始める方がはるかに易しい(war than to make peace)
 フランスの政治家、ジョルジュ・クレマンソーの言葉の1つ。



ブリジット・シンクレアははいふり世界観で作者が一番好きなキャラだったりします。
自分より立場が上の人間との会話なので、ローレライの乙女たちのブリジットの口調とは少し違います。

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海は幅広く(Es schäumt das)無限に広がって流れ出すもの(Meer in breiten Flüssen)

マロンちゃんの口調難しすぎる……。


 2016年4月6日 午後1時15分 神奈川県横須賀市 横須賀港 航洋直接教育艦『晴風』艦橋にて

 

 人間であれば、よほどの悲観主義者でない限り自分に自信を持っている。己こそが優れた人間であるという自負がある。テストで100点を取れなくても、大会で優勝できなくても、何かの賞を取れなかったとしても、よほど鬱屈した人間でもない限り何かに自信を持っている。

 例えばそれは、海洋医大始まって以来の天才、鏑木美波が自らの医学知識に対して自信を持っているように。

 例えばそれは、明乃と秘密裏に協力関係を築いている狂乱射撃少女(トリガーハッピーガール)、西崎芽依が自らの射撃の腕に自信を持っているように。

 例えばそれは、ブルーマーメイド名家『宗谷家』の三女、宗谷ましろが自らの才能に自信を持っているように。

 

「うん、まぁ、これで大丈夫かな……?」

 

 もはや、すぐ隣に居るはずの明乃の呟きすらもましろの耳には届いていなかった。

 

 ()()

 

 言うまでもなく、ましろもまたその他の有象無象と同じように下らない(勘違いした)誇りを持っていた。

 宗谷家という名家に生まれ、難関である横須賀女子海洋学校に入学し、『晴風』の副長になったという誇り。

 弛まぬ努力してきたという自負、溢れんばかりの才能があるという自負、恵まれた環境にあるという自負。

 表にこそ出さないでいて、ましろもまた明確にその自覚があるわけではなく、それ故に卑屈な態度をとることもあったが、少なくとも深層心理ではましろはそう思っていた。

 2人の姉に比べれば無能でも、同年代では自分こそが最優だ、なんてことを思っていた。

 

 そんな思いは明乃が『晴風』に乗船して僅か5分で粉々に砕かれた。

 

「ココちゃん、今言った航路をベースにサトちゃんと航路を再検討してくれる?一応、猿島には宗谷校長先生経由で遅刻の連絡を入れてもらってるけど、遅刻しないに越したことはないからね」

「分かりました!艦長!」

 

 完璧だった。

 ドタドタと、慌てながら幸子が艦橋から走り去っていく。そこまでして急ぐ理由は明乃に()てられたからか、はたまた独特の緊張感に溢れるこの艦橋から一刻も早く逃げたいからか。知床鈴が今にも泣きそうになる程にピリッとした雰囲気で満ちる、この環境から。

 

「マロンちゃん、『晴風』の機関って最大船速で何時間持つかな?」

『……『晴風』は高圧缶だからな。最大船速なんか出し続けちまったら、3時間も持たねぇってんだい!』

「1時間最大船速、2時間第四船速で3時間ローテを組めば16時間半の航行に耐えられるかな?」

『西之島着いた時にゃ釡ぶっ壊れちまってると思うぞ』

「できるんだね?」

『……あー!やってやろうってんでい!』

「ありがとう、マロンちゃん!」

 

 完璧だった。

 伝声管を使って機関室と会話をしている明乃を尻目に、ましろは幸子が艦橋から走り去った理由を考える。ぼぉっと。

 ……理由は前者だろうな、とましろは思った。たった数時間程度の付き合いでしかないが、それでもましろは幸子が逃げを理由に急ぐほど薄情な人間でないことを知っているつもりだ。だからきっと理由は前者。幸子は明乃の雰囲気に中てられて、艦橋から全速力で海図室に向かったのだろう。

 

「リンちゃん、航海中は機関室と常に連絡を取って、機関の様子を気にかけておいて。機関の様子がおかしそうだったらリンちゃんの一存で速度緩めていいから。ただし、私とシロちゃんへの事後報告はだけは忘れないように」

「わ、分かりました!艦長!」

 

 完璧だった。

 泣きそうになりながら鈴がそう返事をする。無理もないことだろう。気の弱い鈴からすれば、今の明乃は怖くて仕方がないのだから。

 ……こんな話を知っているだろうか。

 キュビスムの創始者、パブロ・ピカソの父親はピカソが13歳の頃に描いた鳩の描写力に驚き、筆を折ったらしい。絶対的な実力差を感じてしまえば、人間の誇りなどいとも簡単に砕け散る。特に、自分に自信を持っていた人間ほど明確に。

 

「タマちゃん、メイちゃん。航行中に撃つ機会はないと思うけど、たぶん西之島についたら演習で撃つことになると思うから、担当各員との連携確認をお願い。必要なら空いてる人の手を借りてもいいから」

「うぃ!」

「任されたよ、艦長!」

 

 完璧だった。

 

 才能(天性のカリスマ)

 

 努力では埋められない、絶対的な才能の差。

 

 天才。

 

「…………ん」

 

 そう、まさしく岬明乃という少女は天才だった。ましろなど足元にも及ばない天才だった。少なくとも、ましろでは不可能だ。明乃は乗船して僅か1分で艦橋メンバーの心を掴み、その後2分でましろたちが1時間かけて考えた航路を把握、さらに2分かけて航路に完璧な修正を掛けてみせた。

 常人にできることではない。化物で、怪物だ。常軌を逸している。

 

「………………ちゃん」

 

 ましろは自分には才能があると思っていた。確かにましろは落ちこぼれクラスの『晴風』に配属されたが、それは入学試験時にテストの回答欄を一つずつずらして回答したからで、本来ならばましろは『武蔵』にでも配属されていたはずなのだ。

 だから、ましろは自分こそが『晴風』で一番優れた人材だと思っていて、

 それが思い込みであると今知った。

 

「……………………シロちゃん」

 

 努力が足りなかったとは思わない。ましろは毎日弛まゆ努力をしてきた。

 環境が悪かったとは思えない。ましろの環境は『晴風』どころか横須賀女子海洋学校の誰よりも恵まれていた。

 それでも明乃とこれほどの差があるのは、やはり才能が違うからか。

 

『も、もしよかったらっ、この制服を代わりに着たらどうかなって!!!』

 

 優しくて、他者を気遣えて、才能に溢れる少女。

 なるほどな、とましろは1人納得した。確かに、明乃と比べればましろなんて無能だろう。どう考えても艦長に相応しいのは明乃で、ましろは副長の座がお似合いだ。

 けれど、とましろは疑問にも思った。

 

 これほど有能な明乃が落ちこぼれクラスの『晴風』に配属された理由は何なのだろうか?

 

 明乃ならばきっと、『武蔵』の艦長にだってなれたはずなのに。

 

「もう、シロちゃん!聞こえてるでしょ!!!」

 

 唐突に、と言ってもいいのか。

 いきなり明乃が大声でましろの名前を呼んだ。

 

「ッ!?」

 

 それで、ようやく明乃が自分のことを呼んでいたという事実に気づいた。そのことに気づけないほどに、ましろは自分の世界に引き籠ってしまっていた。

 それぐらいショックだったのか。

 ハッとしてましろは己の頬を叩く。

 そうだ。今はそんなことを考えている時ではない。今はもっとやるべきことがある。

 

「――――――シロちゃん?」

「す、すみません。艦長。少しぼーっとしていました……」

「ぼーっと?シロちゃんが?」

「はい、すみません。……それで、何の用でしょうか、艦長?」

 

 気落ちするのは後でもできる。後悔するのはもっと後でいい。今はそれよりも、初めての航海を成功させるために艦長(明乃)の指示を聞くべきだ。

 副長の仕事は艦長を支えること。それさえもできないのであれば、いよいよましろの存在に意義はない。

 

「うん、ちょっとこれを預かっててほしいんだ」

 

 そう言って、明乃は被っていた艦長帽をましろに差し出した。

 当然、その意味を理解できないほどましろは無知ではなく、

 だからこそ

 

「は?艦長が艦橋を離れるつもりですか!?」

「その、私もできればこのまま艦橋で指揮を取りたいんだけど」

 

 ばつが悪そうに、明乃は言う。

 それが100パーセントの演技であることをましろは見抜けない。

 いや、見抜ける方がおかしいのだ。だって、明乃は昔からずっと、こういう場面を想定してきたのだから。

 

「1度衛生長のみなみさんにこの腕を見てもらうように先生に言われててね」

「っ!」

 

 ギプスをはめた左腕を示して、明乃はそう言った。

 だからこそ、芽依は呆れていた。

 

(ほんと、よくやるよ。明乃は)

 

 まぁ、そういうところも含めて、芽依は明乃を好いているのだが。

 

「す、すみません!失言でした……」

「ううん、今のは私の言い方も悪かったよ。ごめんね、シロちゃん。勘違いさせるようなこと言って」

「っ、いえ……。分かりました。そう言うことであれば、指揮権をお預かりします」

 

 憧れていた艦長帽を手に取る。

 だけど、なぜかましろはそれを心の底から被りたいとは思えなかった。

 それは、

 その理由は、きっと。

 

「たぶん1時間くらいで戻ってくるから、それまでお願いね!あっ、私が帰ってくるのは待たなくていいからね!航路の選定が終わったら、シロちゃんの合図で出航していいから!」

「はい。承知しました、艦長」

 

 明乃が艦橋から去ったのを確認し、ましろは艦長帽を被った。

 それが義務であり、責任だから。

 

 ――――――憧れていた艦長帽の感触は、とても苦く、重いものだった。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

海は幅広く(Es schäumt das)無限に広がって流れ出すもの(Meer in breiten Flüssen)
 light社制作のエロゲ―、Dies iraeに登場する詠唱の一文。



多人数を動かすのが苦手だからこそはいふりの二次に挑んだんですが、さっそく苦戦しています。

さて、明乃はどういう意図をもって艦橋から離れたんですかね?
一応言っておきますが、まだ2人の繋がりは維持されていますよ?

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希望的観測(Life Game)

BLACK LAGOONみたいな洒落たセリフを書きたいと思いつつ、自分にそんな技術がないことに絶望しています。


 2016年4月6日 午後4時30分(日本標準時) 西之島新島より南南西200キロメートル付近 クイーン・エリザベス級広域殲滅艦『ウォースパイト』艦長室にて

 

 スーザン・レジェスは自分の人生を不幸だとは思わない――と断言できてしまうほどスーザンの心は強くはない。

 強くはないが、しかし一方でスーザンは自分の人生が最低最悪のモノだとは思っていなかった。自分はまだ恵まれていると、そう思っていた。

 

 不幸(アンラッキー)

 

 スーザンよりも不幸(アンラッキー)な人間など、この世にはいくらでもいるだろうから。

 

「――――――世界大戦(World War)、ね」

 

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 ブリジットは言っていた。人類は2017年を迎えることなく終末に至り、世界は本物の大戦の果てに終滅を迎える、と。

 

 終滅(ラスト・ジャッジメント)

 

 終末(エスカトロジー)

 

 そしてその終焉の果てに、本物の平和が訪れると。

 

 平和(ピース)

 

 世界平和(ワールド・ピース)

 

 下らないと思った。

 終末だとか、平和だとか、本当に下らない。

 心底どうでもよかった。

 スーザンはそんなの、本当にどうでもよかった。

 

「勝手にやってればいいんだよ、そんなの。スーには関係ないんだから」

 

 未来を考える余裕なんてスーザンにはない。スーザンの毎日はいつだって、いつだって死と隣り合わせだ。

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 思い出す。

 思い出すのだ。

 あの時の、1年前のブリジットの言葉を。そう、今でも正確に覚えている。一字一句思い出せるほどに、鮮烈に。

 1年前の7月27日、スーザンたちはアゾレス諸島サンミゲル島北西2000キロメートル付近で一隻の戦艦に出会った。

 超大型直接教育艦『キング・ジョージ5世』。

 世界三大女子海洋学校の1つ、ダートマス女子海洋学校が運用しているはずの艦艇に。

 誰もが、思った。

 鴨が葱と肉と鍋を背負ってやってきた、と。

 

『ボス、相手は所詮イギリス海洋学校の(ブラート)共です。それも、何を勘違いしてるんだか相手はたった1隻しかいない上に応援を呼ぶ気配もない。さっさと沈めて強奪してやりましょう。何ならいけ好かないブルーマーメイド(マザー・ファッカー)共を脅す材料にしたっていい。使い方は選り取り見取りです、ボス』

『ニックの言う通りでさあ!ボス!こっちは5隻、あっちはたった1隻だ!ぶちかまして売り飛ばしてやりましょうぜ!イギリス海洋学校の餓鬼(ブラート)ならお貴族様(ブルー・ブラッド)も大量なはずでさあ!裏で好事家共に高く売れますぜ!』

『アイザック、テメェ焦り過ぎだ!いくら相手が餓鬼(キッド)っつってもこんな所に1隻で来る訳ねぇだろうが!……ボス、ここは撤退すべきだ。鴨が葱に加えて鍋と肉まで背負って来るなんて、そんな都合の良いことあるわけねぇんだ』

『ジョンテメェこの野郎!!!慎重論(イエロー・シグナル)もいい加減にしろってんだ!馬鹿やろ俺たちはなぁ、()()()()()()っ!まとも(シャンゼリゼ)歩いてどうすんだよ!?道踏み外した大馬鹿(コメディアン)パン喰い競争し(トムジェリっ)てんだから、真っ先に喰いつかなきゃあ獲物(ロジャー・ラビット)にも馬鹿にされちまうぜ!』

『アイザック、命あっての物種だろう?テメェの抱えてる黄金だって、テメェが死んだら売り飛ばされるだけだ』

『はっ!命あっての物種?命あっての物種だって!?ええおい、ジョン?そんなに命が大事なら塀の中にでも入ったらどうだ?ジャック・シェパードもお気に入りだったらしいぜ?』

『アイザック、俺はブタ箱(ダストボックス)に入るぐらいならタイタニック号(RMS)を引き上げることを選ぶよ』

 

 そんな喧騒を酷く懐かしく思う。

 あの時の仲間(船員)たちの多くはもう死んでしまった。スーザンが殺したのだ。

 どうしようもない屑どもだった。生きる価値が一変たりとも存在しない、最低最悪の塵共だった。いなくなった方が世界のためになる、消えてしまっても誰もが悲しまない、いやそれどころか多くの人が諸手を挙げて喝采するほどの塵屑ども。

 けれど、それでも、彼らは、彼女たちは、スーザンの仲間(家族)だった。

 この広い、とてつもなく広い7つの海の上で命を預けられる家族(仲間)だった。

 海の仲間で、家族だった。

 なのに、喪った。

 喪ったモノは、二度と戻らない。

 割れた卵(ハンプティ・ダンプティ)と同じように。

 

『しゃあっ、流石ボスだぜ!おい砲塔(ターレット)回せ回せ!勘違いした小娘(トゥワーク・ダンサー)共の尻に火ぃつけてやんだよ!』

グリーン・ベレー(ルイージ)、こちらジョンだ!最高速(トップスピード)で左に移動して餓鬼(ブラート)をつつけ!俺たち(ジョリー・ロジャー)の恐ろしさを思い知らせてやれ!』

『サギック!いつでも魚雷撃てるように準備しとけっつんだ!』

『ボス。どうやら餓鬼共(ブラート)はまだこっちへの対応に迷っているようです。わずかに速度が増しましたが、砲が回る様子が見られない。……無線打って青人魚(ブルーマーメイド)に連絡しようとしても、この距離なら無線妨害で無効化できる。こいつは楽勝ですな』

 

 結局、スーザンは『キング・ジョージ5世』を襲撃することにした。

 ジョン・アーサー・クレマンシーの意見も一理あるが、しかしリスクを負わなければとてもとても海賊などやっていけない。目の前にあるのは極上の餌(ブルーマーメイドの卵)だ。捕まえることができればスーザンたちは多大な利益を得ることができる。

 

『――――――撃ち方始め(フォイア)!』

 

 だから、あの時のスーザンは攻撃許可を出すことに何の躊躇いもなかった。

 だいたい、負けるわけがないのだ。

 いくらスーザンたちの乗ってる艦艇が裏ルートで流れてきた退役艦と言っても、まだまだ現役で活躍できるだけの能力はある。限界を迎えているような部分は取り換えてるし、そもそもが5隻対1隻だ。さらに言えばスーザンたちはプロの海賊で、相手は青人魚(ブルーマーメイド)の卵。つまりは雑魚だ。

 負けるわけがない。

 負ける方がおかしい。

 

『っ、ボス!魚雷全弾回避されたっ!』

『なんっ!?奴ら空中で砲弾撃ち落としやがった!!!』

 

 誰だって、

 誰だって、スーザンたちの方が勝つと言うはずだ。

 何せ、5隻対1隻。

 スーザンたち海賊団『リヴァイアサン』の総合戦力が『キング・ジョージ5世』単艦の戦力を上回っていることなど当たり前の事実。

 なのに、

 そのはずなのに、

 

『嘘だろ?5隻の艦隊による一斉攻撃だぞ?何で1発も当たんねぇんだ!?』

『クソッ、ボス!逃げるべきだ!こんなの想定外にもほどがあるっ!』

 

 繰り返す、誰であろうと、例えブルーマーメイド本部統括であろうとスーザンたちが勝つと言うはずだ。

 

 ()()()()()()

 

 言い訳のしようがないほどに大敗北した。

 

『初めまして、()()さん。イギリスのダートマス校から来ました。ブリジット・シンクレアと申します。本日は、皆様にお願いがあってきましたの』

 

 そして彼女たちは、スーザンの艦艇に乗り込んできた。

 1人は笑顔を浮かべて、1人は無表情で。

 5隻の艦隊は僅か2時間で1隻になった。

 『キング・ジョージ5世』が撃った砲弾はわずかに12発。その12発はスーザンが乗っていた艦艇以外に3発ずつ直撃し、スーザンが乗っていた船以外は全て沈んだ。

 海の藻屑に成り果てた。

 

『はっ、随分と態度がでけぇ嬢ちゃんじゃね』

 

 軽い、

 軽い発砲音が艦橋に響いた。

 そしてゆっくりとアイザック・スワプマンの身体が倒れた。

 それだけだった。

 それだけのことを、ブリジットの隣に立っている少女――キャリー・ピアレットはやってみせた。

 無表情に、無感情に、普段と何の変りもないように。

 それが、日常であるかのように。

 

『アイザック!?っ、この餓鬼』

『っ、やめろジョ』

 

 更に2発、凶弾が放たれた。

 そして死体が2つ増えた。

 

『もう1度言いますわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 逆らえるはずなどなかったのだ。

 そしてその日から、スーザンたち『リヴァイアサン』はブリジットの奴隷になった。

 足を舐めろと言われれば舐めるしかない、奴隷に。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

希望的観測(Life Game)
 榎宮祐のライトノベル、『ノーゲーム(NO GAME)ノーライフ(NO LIFE)』第9巻サブタイトル。



今章の最後に例によって登場人物の能力値(ステータス)のレーダーチャートを載せますが、ブリジット・シンクレア伯爵の能力値(ステータス)はぶち抜けてます。まぁ、ラスボスの1人なので当然ですが。
英国史史上最高最強の万能天才は伊達ではないのです。

スーザンの性格が原作と大きく異なっているのは、歩んできた道のりが全く違うからです。
とはいえ、根本は……。

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壁に耳あり障子に目あり(Walls have ears)

ちょっと短いですが、許してください。


 2016年4月6日 午後2時20分 横須賀港より南西50キロメートル付近 航洋直接教育艦『晴風』教室にて

 

 芽依は明乃を天才だとは思わない。

 確かに、明乃は優れている。異常なほどに逸脱していて、異質なほどに破損している。ゲームで言えば能力値(ステータス)はオールSで、テストで言えば100点満点で、レベルで言えばカンストしているのだろう。

 ブルーマーメイドに関する知識は盤石で、実技面も申し分なく、艦長に相応しいだけのカリスマも持っている。

 策士としても超一流で、高い直接的戦闘能力を保有し、誰とでもすぐに仲良くなれる社交能力がある。

 全能でこそないものの限りなく万能に近く、全知でこそないものの限りない英知を持っている。それが明乃という人間だ。

 だから、皆が勘違いしても当然なのだ。

 何でもできると、何でも知っていると、明乃に任せておけば間違いないと、そう思って当然なのだ。

 なにせ、明乃本人が皆がそう思うように誘導しているのだから。

 

(でも、本当は違う)

 

 そう、本当は違う。

 明乃は皆が思っているほど強くはないし、

 明乃は皆が思っているほど天才ではない。

 芽依は、芽依だけはそれを知っている。

 

 だって、芽依は明乃の()()だから。

 

 『……負けてなんて、やるもんか』

 

 あの日、

 あの時、

 あの場所で、

 芽依は、本当に偶然、明乃の弱さを知った。知ってしまった。

 それはきっと、明乃が見せたほんの少しの弱み。誰にも知られてはならないはずの弱さ。それを知って、知ることができたのは幸運だったのか、否か。

 

 『――――――岬さん』

 

 強い、

 強い人だって思っていた。

 あの時の芽依は、別に明乃と深く関わっていたわけではない。けれど、ほんのわずかな関りしかなくても芽依は明乃を強い人だと思ってしまった。そう思い込まされてしまった。

 だから、本当に衝撃的だったのだ。

 路地裏で必死に耐えて、それでも耐えきれなかったかのように涙を流す明乃を見た時は。

 

 『っ!……西崎、さん』

 

 その時に思ったのだ。

 助けてあげたい、と。

 あの時の芽依は明乃が何を背負っているか知らなかったし、明乃がどうして泣いているのかも分からなかったけれども。明乃が路地裏でしか泣くことができないほどに追い詰められていることは分かったから。

 だから、

 だから芽依は、せめて自分くらいは明乃のことを全力で支えてあげようと、そう思ったのだ。

 

 『じゃあさ、私と友達になろうよ。明乃!』

 

 だから、芽依は明乃にそう言ったのだ。そして紆余曲折あって、本当に様々な出来事(障害)があって、二人は友達――親友になった。

 明乃の唯一の親友が芽依。明乃が利害関係の一切を排除して、本当に純粋な意味での友情を感じているのは芽依だけだ。

 だから、こういう場が用意された。

 教室の扉が開かれる。 

 

「遅かったですね、ミケちゃん」

 

 幸子の口調と声色を真似て、芽依はそう言った。

 扉を開いたのは明乃だった。

 

「まぁね、ココちゃん」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()()

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

壁に耳あり障子に目あり(Walls have ears)
 日本及びアメリカのことわざ。



さてさて、誰が盗聴器を仕掛けたのかな?

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他人が真実を隠蔽することに対して(Il ne faut pas s'offenser que les)我々は怒るべきでない(autres nous cachent la vérité)

 彼女は聞いていた。

 

『遅かったですね、ミケちゃん』

 

 彼女は聞いていた。

 

『まぁね、ココちゃん』

 

 彼女は聞いていた。

 

『どうしてこんなに遅れたんですか?ミケちゃんらしくもない』

 

 彼女は聞いていた。

 

『みなみちゃんの説得にちょっと手間取っちゃってね。まぁ、無事説得できたからいいんだけど』

 

 彼女は聞いていた。

 

『説得?……あぁ、ならやっぱりその左腕って』

 

 彼女は聞いていた。

 

『もちろん、大嘘だよ』

 

 彼女は聞いていた。

 

『……ほんとよくやりますね、ミケちゃんは。何の意味があるんですか、それ?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『んー、まぁ、念のための対策かな』

 

 彼女は聞いていた。

 

『念のため、ですか?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『そう。念のため、だよ。『革命派』に対しての、ね』

 

 彼女は聞いていた。

 

『……まぁ、詳細を言うつもりが無いならいいですけど』

 

 彼女は聞いていた。

 

『あはは、そう拗ねないでよ、ココちゃん。ココちゃんのことは信頼してるけど、だからこそ、ね』

 

 彼女は聞いていた。

 

『むぅ……』

 

 彼女は聞いていた。

 

『……情報は、共有することで有利になる場合もあれば、共有しないことで有利になる場合もある。『知らない』っていうのはある種のアドバンテージなんだよ。知名もえかもまだ、私達の関係性は知らないはずだから、余計にね』

 

 彼女は聞いていた。

 

『……ミケちゃんは、私が話すと思っているんですか?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『まさか!そんなこと思ってないよ。あの人の下で一緒に育ってきたココちゃんを私が信用してない訳ないでしょ?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『どーでしょう?ミケちゃん、そこら辺はとっっってもクールじゃないですか。あの時だって、結局ミケちゃんはサンちゃんたちを見捨てましたし』

 

 彼女は聞いていた。

 

『あの人の脅威になる種は、芽が出る前に排除しないといけないでしょ?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『そういう所がクールだって言ってるんですよ。サンちゃんたちだって、あそこで一緒に育った仲間なのに。あの人のためにって免罪符があれば簡単に切り捨てられるところが』

 

 彼女は聞いていた。

 

『そういう世界で、そういう戦いだよ。そうでしょ、ココちゃん?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『はぁ、もういいです。『同じ杯で酒を飲んだ仲じゃけぇ』って感じですからね』

 

 彼女は聞いていた。

 

『ココちゃんのそういう割り切りの良いところ、好きだよ』

 

 彼女は聞いていた。

 

『おべっかはいいです。それで、態々こんな所に呼び出して、何の用なんですか?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『そう、だから、情報を共有しておこうと思ってね』

 

 彼女は聞いていた。

 

『情報を共有?さっき、しないって言ってたじゃないですか』

 

 彼女は聞いていた。

 

『それとは別件だよ』

 

 彼女は聞いていた。

 

『別件?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『そう、『晴風』に乗る前に『神世七代(かみよのななや)』の使者、いや使徒かな?とにかく使徒が私に接触してきてね、ちょっと情報を教えてくれたんだ』

 

 彼女は聞いていた。

 

『『神世七代』が私達みたいな木っ端の消耗品に接触を?ちょっと、俄かには信じがたいですけど』

 

 彼女は聞いていた。

 

『偽物ってことはないと思うよ?そもそもよほど深いところにいたとしても、『神世七代』なんて名前すら知らないはずだし。『神世七代』はあの人が勝手につけた名称に過ぎないからね』

 

 彼女は聞いていた。

 

『それで、何て?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『『革命派』に気を付けろってさ。近いうちに『計画』が動き出すはずだから、だって』

 

 彼女は聞いていた。

 

『それだけですか?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『ううん、後もう1つ。『()()()()()()()』を護り通して見せろ、だってさ』

 

 彼女は聞いていた。

 

『『ダモクレスの剣』って、確か』

 

 彼女は聞いていた。

 

『そう、9年前のクルーズ船『セブンシーズ・マリーン』号沈没事故であずみさんが私に託したスターチスをモチーフにしたネックレスのことだよ』

 

 彼女は聞いていた。

 

『そのネックレスってそんなに重要な物だったんですか?ミケちゃんが大切にしてることは知ってましたけど、ミケちゃんはそれを普通につけてたと思ってたんですが』

 

 彼女は聞いていた。

 

『うん、普通につけてたよ。だって、そうじゃないと釣れないでしょ?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『あぁ、なるほど。そう言う意味での餌だったってことなんですね』

 

 彼女は聞いていた。

 

『そう、そういう意味での餌。これ見よがしに身に着けてれば馬鹿が寄ってくるし、価値が分かってないように振舞えばそれなりの能力を持っている人も釣れるでしょ?だから、そういう風に扱ってたんだ』

 

 彼女は聞いていた。

 

『で、結局それは何なんですか?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『鍵、かな』

 

 彼女は聞いていた。

 

『鍵?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『もしくは、遺志』

 

 彼女は聞いていた。

 

『……どちらにせよ、まともに話すつもりはない、と』

 

 彼女は聞いていた。

 

『まだ話すべき時じゃないだけだよ。あの人にも、私達にも、敵は多いからね』

 

 彼女は聞いていた。

 

『じゃあ本当に、何で態々こんな場を作ったんですか……。話す気が無いなら呼ばなくていいでしょう?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『あはは、私だって久しぶりにココちゃんに会いたかったんだよ?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『ダウトです!ミケちゃんはそんな甘い人じゃないはずです!』

 

 彼女は聞いていた。

 

『心外だなぁ。いや本当に。……私だって、久しぶりに『親友』と長話をしたいって感傷くらいはあるんだよ?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『本当ですか?それ?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『さぁ、どうかな?でもまぁ、どのみちここから忙しくなるよ』

 

 彼女は聞いていた。

 

『それは、どういう意味で?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『それはもちろん』

 

 彼女は聞いていた。

 

『もちろん?』

 

 彼女は聞いていた。

 

『私たちが世界を掌握するって意味でね!』

 

 彼女は聞いていた。

 

 彼女は、

 

 秘密結社『ワダツミ』に雇われたスパイである彼女は、

 

 晴風の教室に仕掛けた盗聴器で、聞いていた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

他人が真実を隠蔽することに対して(Il ne faut pas s'offenser que les)我々は怒るべきでない(autres nous cachent la vérité)
 フランスの貴族兼文学者、フランソワ・ド・ラ・ロシュフコーが著書『考察あるいは教訓的格言・箴言(Réflexions ou Sentences et Maximes morales)』に記載した言葉の1つ。



さてさて、裏切者(スパイ)は誰かな?

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友人のハニカムさんに本作の表紙絵を描いていただきました!
めっちゃいい……完璧にイメージ通り……。


【挿絵表示】




ハニカムさんのpixivページ
https://www.pixiv.net/users/8420561


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誰も彼もが、正義の名のもとに(from dawn till dusk)

 2016年4月6日 午後5時21分(日本標準時) アメリカ合衆国ワシントンD.C. ペンシルベニア通り(Pennsylvania Avenue)1600番地 ホワイトハウス エグゼクティヴ・レジデンス ライブラリーにて

 

 世界を支配するためには3つの力が必要だと言われている。

 暴力。

 財力。

 権力。

 この3つの力を持つ人間こそが世界の支配者に相応しい。

 そして、この3つの力を全て高水準で保持する人間こそが、世界最強国家アメリカ合衆国の大統領である。

 

「……すいません、大統領。もう一回言っていただいてもよろしいですかねぇ?いやさぁ、聞き間違いだと思うんですわ。まさか、世界最強国家たるアメリカ合衆国の大統領が、そんな馬鹿げたこと、言いませんよねぇ?」

「ふっ、何度も言わせるな、テンペスト。()()()()()()()()()()()()()()、と言ったんだ」

 

 アメリカ合衆国第47代大統領、ジョージ・F・C・K・カルナヴァルは世界最大最強の民間軍事会社(PMC)武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)』社長、テンペスト・G・ニコライと話をしていた。

 とても物騒な話を。

 

「……大統領、俺たちは所詮民間軍事会社(PMC)でさぁ。そりゃ、十分な報酬をもらえさえすればたいていことは二つ返事でやりますさ」

「十分な報酬は提示しているだろう?前払いで5億ドル、後払いで10億ドル。振り込みが不安だというのならキャッシュで払おうじゃないか。あるいは貴金属、宝石の類で払ってもいい」

「大統領。分かってるでしょアンタ。……コイツは金の問題じゃあ、ない」

「ほぉ、では何の問題だ?この俺の、世界最強国家たるアメリカ合衆国の大統領たるこの俺の依頼を、一民間軍事会社(PMC)の社長に過ぎないお前が、どんな理由で『受けない』と言うんだ?なぁ?」

「脅しですかい……?」

 

 そもそも今、たかが世界最大最強の民間軍事会社(PMC)武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)』の社長に過ぎないニコライがホワイトハウスの中枢にいることがおかしいのだ。言うまでもなく、ホワイトハウスとはアメリカ合衆国大統領の自宅である。そこに入ることができるのは世界の重鎮やアメリカ合衆国運営に関わる人間のみで、間違っても暴力を売買する会社の社長如きが出入りできる場所じゃない。

 それでもニコライが今ホワイトハウスにいるのは、カルナヴァルが秘密裏に招いたからだ。

 カルナヴァルはそれだけニコライを信用しているし、ニコライにできるだけ誠意ある対応をしたいと考えていた。

 

「脅し?お前、何か勘違いしているようだな?……俺は世界最強国家たるアメリカ合衆国の大統領で、お前は世界最大最強の民間軍事会社(PMC)の社長だ。当然、俺にお前に対する命令権はないし、お前が俺の()()()()()()を断るという選択肢を取ったとしても大統領としてお前を罰することはできない」

「そいつは物騒な話だ。……大統領としては、ね」

 

 つまり、一個人としては罰することができる、と言っているのだ。

 そして言うまでもなく、アメリカ合衆国大統領であるカルナヴァルが一個人として動かせる暴力、財力、権力はニコライを圧倒する。

 ニコライの経営する会社をも圧倒する。

 

「……分からないか、テンペスト。俺はお前を勝者の側に入れてやる、と言ってるんだ」

「……大統領。アンタ、自分が何を言ってるか分かったんですかい?俺は、アンタが気を違ったとしか思えねぇんですよ」

「テンペスト」

「そりゃ、俺たちは民間軍事会社(PMC)だ。今更殺しを躊躇うことはないし、社員共は1人残らず頭のおかしい戦争依存症(ウォーモンガー)だ。アンタの提案にゃ一も二もなく飛びつくでしょうよ」

「テンペスト」

「だが、アンタの企てる『絶対なる終末論(アブソリュート・エスカトロジー)』が成功すれば、本当に、本当の意味で世界が終わっちまう。……俺は、――――――大統領。……俺は、大統領」

「テンペスト!」

「大統領、俺は……どうしても、どうしてもそいつを許容できない」

「――――――」

「大統領。大統領は家族を愛していますかい?」

「当然だ。1度どん底まで堕ちた俺を、妻は変わらず愛してくれたからな」

「俺も、家族のことを愛してるんでぇ。……俺は確かに人殺しで、どうしようもねぇ悪党だが、戦争を起こす側には回りたくねぇですよ。……そこまでは堕ちたくねぇんですよ」

「…………………………………」

 

 戦争を止めるために暴力を振るうことを正義だというつもりはない。そもそも、人を殺している時点で正義を語るなんて滑稽極まりないのだから。

 だが、そんなニコライにも譲れない一線というのは存在する。

 ニコライは昔も今も確かに、世界に溢れる悲劇を少なくするために暴力を揮っているつもりだ。

 例えそれが、独りよがりの勘違いだったとしても。

 

「テンペスト、軍時代、お前には多大な世話になった。俺は今だってお前に対する感謝を忘れたことはない。俺が大統領になれたのも、テンペスト、お前の支持があってこそだ」

「……………ジョージ」

「もう1度だけ言うぞ、テンペスト。()()()()()()()()()()()()()。この世界を支配する側に入れてやる。こちら側に来い、テンペスト。俺と共に世界を変えようじゃないか、お前ならばそれができる。お前はそれに相応しい存在だ。お前は、テンペスト、お前はたかが民間軍事会社(PMC)の社長如きの椅子で収まる器じゃない」

「……………………」

「社員も、家族も、何だったらお前の知り合い全てを勝者の側に入れてやってもいい。――――――俺の手を取れ、テンペスト・G・ニコライ!」

 

 そう言って、アメリカ合衆国第47代大統領、ジョージ・F・C・K・カルナヴァルは頭を下げて右手を前に出した。

 一国の頂点(トップ)、それも世界に君臨するアメリカ合衆国の大統領がたかが民間軍事会社(PMC)の社長如きに頭を下げるという異常事態。それを見て、あぁ、それを見るだけでニコライはカルナヴァルがどれだけ本気か察する。

 だから、それを察したうえで、それでも。

 それでも。

 

「ジョージ、お前の評価は素直に嬉しいと思う。……だが、俺は家族を裏切れない。娘は、……笑えることにな、俺を、俺のことをまだ『正義の味方(スーパーヒーロー)』だと思ってくれているんだ。俺を、こんな俺に、まだ、『すべての戦争を終わらせるための戦争(The war to end all wars)』をしていると言ってくれるんだ」

「……………………テンペスト」

「ジョージ。お前の言っていることも分かる。頭のいいお前のことだ。きっと、お前は正しいことを言っているんだろう。……だが、俺は、家族を裏切れない」

「………………………………」

「すまない、ジョージ」

「そうか、……そうか…………………」

 

 ニコライはカルナヴァルの手を取らなかった。

 否、取れなかった、というべきだろう。

 生来からの正義感がニコライにそれをさせなかった。

 だから、ニコライの人生はここで終わりだった。

 カルナヴァルが顔を上げる。

 カルナヴァルは酷く残念そうな表情をしていた。

 

「テンペスト、実を言うとな……、何となく、お前はそう言うんじゃないかと思っていた」

「本当にすまない、……ジョージ」

()()()()()()()()()()()()()()()

「何?」

()()()()()()()()()()()()G()()()()()

 

 瞬間、ニコライは自分の身体の自由が利かなくなったことを自覚した。

 

(……は?……何だ、これは!?)

 

 身体がピクリとも動かない。心臓は動いているし、呼吸は問題なくできる。血液も回っているし、思考することはできる。生命維持活動に必要な全ての行為は問題なく続行されている。だが、それ以外の活動が全くできない。

 四肢を動かせない。口を開けない。筋肉に力を込めることも、瞬きをすることもできない。

 何だ、これは?

 これはいったい、どういうことだ!?

 

RATt(ラット)……、と言っても分からないか。テンペスト、お前ここに来るまでに鼠を触らなかったか?」

 

 鼠?鼠だと?

 確かに、触った。

 大統領でペットで逃げ出したから捕まえてくれとメイドに言われ、ここに来る前に捕獲してメイドに渡した。

 だが、だから何だ?それが何だというのだ?

 

「あれは日本の天才児(ギフテッド)()()()()が作り上げた人間を洗脳する生物兵器でな。触れた人間を女王感染者(テティス)――いや、俺は男だから皇帝感染者(ポセイドン)か。とにかく、触れた人間を上位感染者の操り人形にするウィルスを持っているんだ。お前はそれに触った」

 

 二の句を告げなかった。

 

(な、ん……!?)

 

 ニコライはそんな兵器が開発されたとは噂レベルでも聞いたことがなかった。世界最大最強の民間軍事会社(PMC)武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)』社長であるニコライの情報網は深く、広い。そんなニコライですらも気付けないレベルで情報の隠匿はなされていた。

 

「だから残念だよ、テンペスト。お前を支配しなくてはならないとはな」

 

 身体が動かない。

 鼓膜を破ってカルナヴァルの声を聞かないようにすることも、拳でカルナヴァルを黙らせることもできない。

 つまり、詰みだった。

 この場に、カルナヴァルのホームグラウンドに来た時点でニコライの敗北は決まっていた。

 

「そのまま眠れ、もう、お前と会うことはないだろう」

 

 そして、ニコライの意識は落ちた。

 ニコライが目を覚ますことは、もう2度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2016年4月6日 午後5時30分(日本標準時) 横須賀港より南南西80キロメートル付近 航洋直接教育艦『時津風』艦橋にて

 

 陽炎型航洋直接教育艦『時津風』航洋艦長にして秘密結社『ワダツミ』革命派首魁、榊原(さかきばら)つむぎは小さく呟いた。

 

「それじゃあ、『オケアノス計画』を始めましょう、……ふぅ」

 

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

誰も彼もが、正義の名のもとに(from dawn till dusk)
 枯野瑛による日本のライトノベル、『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』のアニメ版第5話サブタイトル。



さてさて、これで『プロローグ-症-』は終わりです。次話にいつも通り『登場人物紹介(Material) Ⅲ』を挟み、『プロローグ-顛-』に入ります。
『プロローグ-顛-』はガントリーキャッチャー編です。『いんたーばるっ』の第1巻を読了しておくことを勧めます。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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登場人物紹介(Material)

『プロローグ-症-』のネタバレ全開のため、25話までの既読を推奨します。

ネタバレOK、あるいは25話まで既読済みの方は下スクロールをしてください。

『プロローグ-症-』最終話後の人物情報(マテリアル)を記載します。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本国

 横須賀女子海洋学校

  陽炎型航洋直接教育艦『晴風』

   艦橋要員

   機関科

  陽炎型航洋直接教育艦『時津風』

  教員

 秘密結社『ワダツミ』

  革命派

 

イギリス

 ダートマス女子海洋学校

  キング・ジョージ5世級超大型直接教育艦『キング・ジョージ5世』

 イギリスブルーマーメイド

 

アメリカ合衆国

 

民間軍事会社(PMC)

  武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)

 

海賊

 リヴァイアサン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『晴風』艦橋要員

 

(みさき) 明乃(あけの)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年7月20日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦長

 所属科  :航海科

 出身   :長野県松本市

 血液型  :B型Rh-

 星座   :蟹座

 身長   :143センチメートル

 状態   :左手骨折(偽装)、軽度精神摩耗

 趣味・特技:読書、ネットサーフィン、海を見ること、スキッパー操作、サバット・ディファンス(我流)、演技

 資格・実績:中等乙種海技士、丙種二級小型水上免許(中型スキッパー免許)、潜水士資格、実用英語技能検定1級、実用フランス語技能検定準1級、中国語検定1級、実用イタリア語検定準1級、第54回全日本少女スキッパーレースA-1カテゴリ準優勝、第23回全国図上演習競技大会5位入賞

 得意科目 :全て

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:すべての不幸は未来への踏み台にすぎない(All unhappiness is only a stepping stone to the future)(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)

 好きな食物:サンドイッチ(短時間かつ片手で食べられるから)、栄養ドリンク、サプリメント、プリン

 苦手な食物:生牡蠣、肉

 好きな色 :海色

 嫌いな色 :赤色

 好きなもの:知名あずみ(故人)、西崎芽依、スターチスをモチーフにしたネックレス(ダモクレスの剣)

 嫌いなもの:船、炎、拳銃、血液、ブルーマーメイド、革命派

 宿痾   :心的外傷後ストレス障害(PTSD)強迫性障害(OCD)(軽度)、メサイアコンプレックス、暗闇恐怖症、赤色恐怖症、血液恐怖症、対人恐怖症、不眠症

 愛称   :岬ちゃん、明乃ちゃん、明乃、艦長、艦長さん

 人物   :9年前のクルーズ船『セブンシーズ・マリーン』号沈没事故で両親を失い、知名あずみから未来を託されたことで全てが歪んでしまった少女。知名もえかとの交戦時、もえかの真の意思に気づくも『信用しきれない』という理由によりもえかから密かに渡されたメモを処分した。ホームルームを欠席し、『晴風』にはわざと遅れて乗艦した。また、左腕にギプスをしているが、芽依との問答で分かる様にこのギプスは偽装であり、本当は怪我などしていない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宗谷(むねたに) ましろ

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年5月27日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦副長

 所属科  :砲雷科

 出身   :神奈川県横須賀市

 血液型  :A型Rh+

 星座   :双子座

 身長   :159センチメートル

 趣味・特技:おまじない、水泳(着衣含む)

 資格・実績:中等乙種海技士、水上交通管制基礎試験合格、第15回ブルーマーメイド物知り大会4位入賞

 得意科目 :全部

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:すべての不幸は未来への踏み台にすぎない(All unhappiness is only a stepping stone to the future)(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)

 好きな食物:ヒラメの刺身、ソフトクッキー

 苦手な食物:カルビ

 好きな色 :赤

 嫌いな色 :紫

 好きなもの:家族、ブルーマーメイド、幸運グッズ

 嫌いなもの:不幸

 愛称   :宗谷さん、シロちゃん、副長、副長さん

 人物   :ブルーマーメイドの名家『宗谷家』の三女。絶望的に運が悪いが、ある意味では悪運が強いともいえる。ホームルームを欠席し、『晴風』に左腕にギプスをした状態で乗艦してきた明乃のことを友人としてとても心配している。同時に艦長として非凡な才能を持っている明乃に酷く嫉妬している。芽依からは明乃の『友人』になるには『不合格』であると判断されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西崎(いりざき) 芽依(めい)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2001年1月28日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦水雷長

 所属科  :砲雷科

 出身   :神奈川県川崎沖リチウム精製プラント

 血液型  :AB型Rh-

 星座   :水瓶座

 身長   :146センチメートル

 趣味・特技:将棋、木工、魚雷戦ゲーム、エアガンでの射撃、明乃の感情を読むこと

 資格・実績:中等丁種海技士、甲種危険物取扱者、乙種火薬類製造保安責任者資格、乙種火薬類取扱保安責任者資格、数学検定1級、将棋アマチュア2段、第41回全日本魚雷射撃大会優勝、第12回世界魚雷射撃大会3位、第42回全日本魚雷射撃大会優勝、第13回世界魚雷射撃大会3位、第23回関東図上演習競技大会ベスト8

 得意科目 :日本史

 苦手科目 :体育

 好きな言葉:鳴かぬなら殺してしまえホトトギス(松浦静山)

 好きな食物:うな重

 苦手な食物:ざる蕎麦

 好きな色 :紫色

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:魚雷、岬明乃、魚雷、魚雷戦、魚雷戦ゲーム、魚雷

 嫌いなもの:明乃を苦しめる奴ら

 宿痾   :トリガーハッピー

 愛称   :メイちゃん、メイ、水雷長、西崎さん

 人物   :岬明乃の唯一無二の『親友』。明乃の過去と目的を詳しく知っている世界唯一の人間であり、明乃が無条件に信頼している唯一の人物。芽依が裏切った場合、明乃は即座に自殺してしまうほどにショックを受けるだろう。生来からのトリガーハッピーガールであり、魚雷を撃つことを生きがいにしている。魚雷さえ撃てればいいので、敵艦が沈もうが敵に死傷者が出ようがあんまり気にしない。そんなある意味ではドライな部分を含めて、明乃は芽依に全幅の信頼を置いている。中学時代の演習等、今のところ、態と外した場合を除けば魚雷の命中率は100%である。教室での明乃との秘密会話時、盗聴器の存在から納沙幸子を演じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立石(たていし) 志摩(しま)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年8月5日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦砲術長

 所属科  :砲雷科

 出身   :千葉県館山市市営スポーツセンター船

 血液型  :A型Rh+

 星座   :獅子座

 身長   :147センチメートル

 趣味・特技:スポーツ観戦、ソフトボール

 資格・実績:中等丁種海技士

 得意科目 :体育

 苦手科目 :理科

 好きな言葉:沈黙は金

 好きな食物:カレー、チキンソテー、ロールケーキ

 苦手な食物:雑炊、おかゆ

 好きな色 :オレンジ色

 嫌いな色 :黒色

 好きなもの:砲弾、バッティング、「うい」で意思を理解してくれる人

 嫌いなもの:コミュニケーション

 愛称   :タマちゃん、タマ、砲術長、立石さん

 人物   :『晴風』の砲術長。砲術においては完璧な腕を持ち、その点では明乃からも信頼されることになる。しかし、コミュニケーションが異常に苦手なため、人の意思を読み取ることが苦手な明乃との相性はそれほど良くなかったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

納沙(のさ) 幸子(こうこ)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年5月28日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』記録員

 所属科  :主計科

 出身   :東京都品川区

 血液型  :O型Rh+

 星座   :双子座

 身長   :155センチメートル

 趣味・特技:読書、映画鑑賞、タブレットでの撮影

 資格・実績:中等丙種海技士、データベーススペシャリスト、応用情報技術者、基本情報技術者、ITパスポート、映画検定2級、歴史能力検定1級

 得意科目 :世界史

 苦手科目 :美術

 好きな言葉:ゆりかごの中で覚えたことは墓場まで忘れない

 好きな食物:豆腐、くずもち

 苦手な食物:鍋料理

 好きな色 :緑色

 嫌いな色 :橙色

 好きなもの:映画『仁義のない』シリーズ、オーバーな一人芝居、データ収集

 嫌いなもの:なし

 愛称   :ココちゃん、ココ、納沙さん

 人物   :『晴風』の記録員。高度情報処理技術者試験の1つであるデータベーススペシャリストを保有するデータ収集のスペシャリスト。明乃をしのぐ記憶力と非の打ち所の無い伝達能力でほしい情報を確実に伝えてくれる晴風の大黒柱。一方で、明乃によって芽依との会話の際の偽装先に選ばれるなど、所々で不運だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知床(しれとこ) (りん)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年10月29日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦航海長

 所属科  :航海科

 出身   :島根県日御碕沖海上神社

 血液型  :O型Rh+

 星座   :蠍座

 身長   :148センチメートル

 趣味・特技:海生哺乳類鑑賞、逃げ足が速い

 資格・実績:神職階位直階、中等丙種海技士

 得意科目 :生物、美術

 苦手科目 :社会

 好きな言葉:三十六計逃げるにしかず(王敬則伝)

 好きな食物:シーフードパスタ、キャラメル

 苦手な食物:サンドイッチ

 好きな色 :薄水色

 嫌いな色 :紫色、白色

 好きなもの:平穏、平和

 嫌いなもの:戦い、平穏じゃないこと

 愛称   :リンちゃん、知床さん、航海長

 人物   :『晴風』の航海長。気が弱く心配性であり、逃げ癖が抜けない。が、それ故に『どこに逃げればいいか』、『どう逃げれば安全か』を無意識レベルで確実に判断することができる能力を持つ。明乃に対しても厳しそうな人、という印象を抱いているため、ちょっと気後れしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『晴風』機関科

 

柳原(やなぎはら) 麻侖(まろん)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年8月8日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』機関長

 所属科  :機関科

 出身   :千葉県銚子港所属 統合漁業船

 血液型  :A型Rh+

 星座   :獅子座

 身長   :146センチメートル

 趣味・特技:魚料理、機関整備

 資格・実績:中等甲種海技士(機関)、幼年特級ボイラー技士、丙種危険物取扱者

 得意科目 :数学、技術

 苦手科目 :英語

 好きな言葉:汝の隣人を愛せよ(マタイによる福音書 22章39節)

 好きな食物:焼き肉

 苦手な食物:刺身

 好きな色 :黄色

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:機関をいじること、祭り

 嫌いなもの:じっとしていること

 愛称   :マロンちゃん、機関長

 人物   :『晴風』の機関長。高圧缶の晴風が曲がりなりにも問題なく航海できているのは彼女の腕あってこそ。ブルーマーメイドの現場においても第一線級で働けるだけの技術力を既に保有している。明乃とは別方向での天才。出航早々無茶を言ってきた明乃に若干呆れているが、それでも明乃を艦長として認めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『時津風』艦橋要員

 

榊原(さかきばら) つむぎ

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年11月11日

 所属   :横須賀女子海洋学校、秘密結社『ワダツミ』

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『時津風』航洋艦長、革命派首魁

 所属科  :航海科

 出身   :埼玉県所沢市

 血液型  :A型Rh-

 星座   :蠍座

 身長   :147センチメートル

 趣味・特技:刺繍・編み物

 資格・実績:中等甲種海技士、丙種二級小型水上免許(中型スキッパー免許)、潜水士資格

 得意科目 :なし

 苦手科目 :全て

 好きな言葉:無事これ名馬(岡田光一郎)

 好きな食物:しらたき

 苦手な食物:珍味全般

 好きな色 :白色

 嫌いな色 :黄金

 好きなもの:平穏、平和、平静

 嫌いなもの:騒乱、闘い、謀略

 愛称   :つーちゃん

 人物   :人類史史上最低最凶の悪意にして宇宙史史上最高最強の天才。秘密結社『ワダツミ』革命派首魁であり『オケアノス計画』の主導者その人。ブリジットを上回る才能、明乃を凌駕する運、カルナヴァルに匹敵する財力、暴力、権力を持つ、地球(セカイ)に生まれ落ちた根源悪。彼女に大局的な意味で勝利するというのは大陸をロープ1本で動かすに等しい偉業である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀女子海洋学校教員

 

古庄(ふるしょう) (かおる)

 性別   :女

 年齢   :30歳

 誕生日  :1985年8月15日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :教員、二等保安監督

 出身   :神奈川県横須賀市

 血液型  :AB型Rh+

 星座   :獅子座

 身長   :164センチメートル

 趣味・特技:数独

 資格・実績:中等甲種海技士、甲種一級大型水上免許(超大型スキッパー免許)、ブルーマーメイド教員免許

 得意科目 :世界史

 苦手科目 :物理、化学

 好きな言葉:大海の中の一滴一滴に価値がある(Every drop in the ocean counts)(オノ・ヨーコ)

 好きな食物:クリームソーダ、コカ・コーラ

 苦手な食物:茄子

 好きな色 :海色

 嫌いな色 :赤色

 好きなもの:ブルーマーメイド、宗谷真雪

 嫌いなもの:海賊

 愛称   :古庄教官、古庄、薫

 人物   :横須賀女子海洋学校教員の1人。『晴風』クラス担当。『晴風』クラスは問題児、一芸特化の集まりなので、正しく導けるか密かに不安に思っている。早速明乃がホームルームを欠席してしまったので、滅茶苦茶胃が痛い。彼女の受難はこれからも続く。

 

 

 

 

 

 

 

秘密結社『ワダツミ』革命派

 

榊原(さかきばら) つむぎ

 『時津風』艦橋要員を参照

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キング・ジョージ5世』艦橋要員

 

ブリジット・シンクレア

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年7月11日

 所属   :シンクレア伯爵家、総合事業会社『Sinclair Estate』、ダートマス女子海洋学校、イギリス国粋主義派閥『開戦派』

 役職   :シンクレア伯爵家第15代当主、総合事業会社『Sinclair Estate』CEO兼筆頭株主、キング・ジョージ5世級超大型直接教育艦『キング・ジョージ5世』艦長

 所属科  :航海科

 出身   :スコットランド グラスゴー

 血液型  :AB型Rh+

 星座   :蟹座

 身長   :151センチメートル

 趣味・特技:会社経営、株式操作、脅迫、戦艦指揮、艦隊指揮、謀略、策略、図上演習、兵棋演習

 資格・実績:第12回世界図上演習競技大会準優勝、第13回世界図上演習競技大会4位入賞、2016年度ダートマス女子海洋学校主席入学、シッスル勲章、メリット勲章等

 得意科目 :全て

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:奴隷とは誰かが自分を解放しに(A slave is one who waits for)来るのを待っているだけの者だ(someone to come and free him)(エズラ・ウェストン・ルーミス・パウンド)

 好きな食物:キャビアちゃんの作ってくれたもの

 苦手な食物:キャビアちゃんの作ってくれたもの以外全て

 好きな色 :なし

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:キャビアちゃん、自分と対等な才能の持ち主

 嫌いなもの:愚者、無能、キャビアちゃんを馬鹿にする奴

 宿痾   :黒白(モノクロ)症候群(シンドローム)(架空病)

 愛称   :伯爵、ブリジット様

 人物   :第15代シンクレア伯爵にして総合事業会社『Sinclair Estate』CEO兼筆頭株主、現代最高峰の才能を持つ『本物の天才』。それでいて自らの才能をひけらかすことはなく、無能であるように演技することも可能であるという埒外の狂人。ジェイミー元帥に『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』を提案し、世界大戦を巻き起こす様誘導した張本人。その目的はいまだ不明。どうやら岬明乃に執着しているようだが……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャリー・ビアレット

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年5月1日

 所属   :シンクレア伯爵家当主直属部隊、ダートマス女子海洋学校

 役職   :シンクレア伯爵家第15代当主付きメイド長、キング・ジョージ5世級超大型直接教育艦『キング・ジョージ5世』副長

 所属科  :航海科

 出身   :スコットランド グラスゴー

 血液型  :B型Rh+

 星座   :牡牛座

 身長   :156センチメートル

 趣味・特技:ブリジット様の補佐

 資格・実績:ブリジット様を補佐するのに必要な資格は全て取得済み、2016年度ダートマス女子海洋学校次席入学

 得意科目 :数学

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:人は天才に生まれるのではない(One is not born a genius,)天才になるのだ。(one becomes a genius)(シモーヌ・ド・ボーヴォワール)

 好きな食物:ブリジット様の好きな物

 苦手な食物:なし

 好きな色 :アッシュブロンド(ブリジット様の髪色)

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:ブリジット様

 嫌いなもの:無能、愚図、ブリジット様の邪魔をする奴

 愛称   :キャビアちゃん、メイド長、キャリー

 人物   :代々シンクレア家に仕えてきたビアレット家の長女。幼いころからブリジットに仕えてきたため、ブリジットのことをこの世の誰よりも理解している。ブリジットの唯一無二の理解者であり、ブリジットの『計画』には欠かせない人材。ブリジットの最終目的を聞かされている唯一の人間。ブリジットとキャリーの関係を例えるのであれば、明乃と芽依の関係性の究極形である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イギリスブルーマーメイド

 

ジェイミー・リンクス・ビーティー

 性別   :女

 年齢   :58歳

 誕生日  :1959年11月6日

 所属   :イギリスブルーマーメイド、イギリス国粋主義派閥『開戦派』

 役職   :元帥(Admiral of the Fleet)

 出身   :イングランド リヴァプール

 血液型  :O型Rh+

 星座   :蠍座

 身長   :168センチメートル

 趣味・特技:図上演習、兵棋演習、軍隊指揮、政略

 資格・実績:ロイヤル・ヴィクトリア勲章ナイト・グランド・クロス、メリット勲章、大海賊『クラーケン』討伐指揮、テロ組織『暁に沈む金星』逮捕、イギリスクーデター主犯ディリス・B・ジットケンル殺害等

 得意科目 :全部

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:昨日倒れたのなら、今日立ち上がれ(If you fell down yesterday, stand up today)(ハーバート・ジョージ・ウェルズ)

 好きな食物:フィッシュ・アンド・チップス

 苦手な食物:ボルシチ

 好きな色 :黄金

 嫌いな色 :鈍色

 好きなもの:勝利

 嫌いなもの:敗北

 愛称   :ジェイミー元帥閣下

 人物   :イギリスブルーマーメイド元帥(Admiral of the Fleet)にしてイギリス国粋主義派閥『開戦派』筆頭の1人。『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』主導者。イギリスという国の価値を上げるため世界大戦を起こすことを決意した愛国主義者。哀れなことに、ジェイミーはブリジットと己を対等な立場だと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ合衆国政府

 

 

ジョージ・F・C・K・カルナヴァル

 性別   :男

 年齢   :72歳

 誕生日  :1945年12月28日

 所属   :アメリカ合衆国連邦政府行政府

 役職   :大統領

 出身   :アメリカ合衆国 ニューヨーク

 血液型  :A型Rh+

 星座   :山羊座

 身長   :179センチメートル

 趣味・特技:乗馬、ゴルフ、ボウリング、悪だくみ

 資格・実績:第58代ニューヨーク州知事、連邦下院議員(3期)、第46代副大統領、第47代大統領等

 得意科目 :政治学、法学、心理学

 苦手科目 :数学

 好きな言葉:戦わずして勝て(Win your battles before they've even been fought)(ハーヴィ・スペクター(Suits))

 好きな食物:安物のハンバーガー

 苦手な食物:無意味にクソ高いモノ全部

 好きな色 :銀色

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:勝利

 嫌いなもの:敗北

 愛称   :大統領、ジョージ

 人物   :世界最強国家アメリカ合衆国の現大統領。元軍属にして元敏腕弁護士の政治家であり、その実直さと功績から就任2年目現在でも支持率は80%を超えている。何らかの目的のため、日本やイギリスと協力して世界大戦を巻き起こそうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)

 

 

テンペスト・G・ニコライ

 性別   :男

 年齢   :71歳

 誕生日  :1946年9月19日

 所属   :武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)

 役職   :社長

 出身   :アメリカ合衆国パターソン

 血液型  :AB型Rh+

 星座   :乙女座

 身長   :184センチメートル

 趣味・特技:サーフィン、スカイダイビング、仲間とのバカ騒ぎ、超遠距離狙撃、超接近格闘戦、銃の早撃ち(クイック・ドロウ)

 資格・実績:元アメリカ陸軍特殊部隊群(グリーンベレー)、抹消作戦No.110参加、幽霊(ゴースト)計画実行等

 得意科目 :世界史

 苦手科目 :国語

 好きな言葉:唯一安らかなる日は、過ぎ去った昨日のみ(The only easyday was yesterday)(Navy SEALs)

 好きな食物:ステーキ、コカ・コーラ

 苦手な食物:緑黄色野菜

 好きな色 :なし

 嫌いな色 :血色

 好きなもの:平和、銃

 嫌いなもの:戦争

 備考   :軍時代の経歴は抹消済み

 愛称   :テンペスト、ホワイトベアード、ボス

 人物   :世界最大最強の民間軍事会社(PMC)、『武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)』の社長(トップ)。元アメリカ陸軍特殊部隊群(グリーンベレー)第5特殊部隊隊長であり、数々の極秘作戦に参加してきた生え抜きの戦士。そんな彼でも、苦楽を共にしてきた友人ぐらいは信じたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海賊

 

 

スーザン・レジェス

 性別   :女

 年齢   :不明

 誕生日  :不明

 所属   :大海賊団『リヴァイアサン』

 役職   :提督

 出身   :不明

 血液型  :不明

 星座   :不明

 身長   :約145センチメートル(正確な値は不明)

 趣味・特技:そんなものはない

 資格・実績:そんなものはない

 得意科目 :そんなものはない

 苦手科目 :そんなものはない

 好きな言葉:禍福は糾える縄の如し(Sadness and gladness succeed each other)

 好きな食物:そんなものはない

 苦手な食物:そんなものはない

 好きな色 :そんなものはない

 嫌いな色 :そんなものはない

 好きなもの:そんなものはない

 嫌いなもの:スーザン・レジェス

 愛称   :ボス、提督、嬢ちゃん

 人物   :太平洋を支配する大海賊団『リヴァイアサン』の提督(トップ)。常軌を逸するほどに凄惨な人生を歩んできたせいで全てに対して希望を喪っている。悲観的な思考も、荒んだ口調も、これ以上希望を抱かないようにするための戒めである。部下からの人望は厚く、指揮官としても有能ではあるが、いかんせんまともな教育を受けてきていないためどうしても『まともな教育を受けてきた努力する天才』達には勝てない。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

登場人物紹介(Material)
 TYPE-MOON制作のスマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』の設定資料集の名前。



ブリジット、カルナヴァル、つむぎの3人が本作におけるラスボスです。
イギリスが誇る万能才人、世界最強国家アメリカ合衆国大統領、宇宙史史上最高最強の天才。この3人をどうにかしないと世界は、まぁ、滅びますよね。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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プロローグ-顛- 国際テロリスト『晴風』誕生~正義の為に殺せるか?~
霧の境界線(Fog Bound)


そして、終わる。
全てが、始まる。


 2016年4月7日 午前1時5分 横須賀港より南南西620キロメートル付近 航洋直接教育艦『晴風』艦橋にて

 

 横須賀港から出港して約12時間、『晴風』は極めて順調な航海をしていた。

 

「ココちゃん、一緒に夜間当直をやってもらってごめんね?眠くないかな?」

「いえいえ、全然ですよ艦長!」

 

 そもそも、何か非常事態でも起きない限り船員というのは基本的に暇である。もちろん見張員であったり給養員であったり機関員であったり、平時でもそれなりに忙しい立場(ポジション)は存在するが、そんな彼女たちであったとしても疲弊するほど忙しいわけではない。

 無論、広い海原を航海するにあたって油断や慢心、ルールを破るのは厳禁だ。そういう意味では、船員は常に緊張感をもって各業務に取り組まなければならないだろう。

 そしてもちろん、それは夜間当直についている二人も承知している。

 

「それに、艦長にはいろいろと聞きたいこともありましたし、実は二人きりになれてラッキーだって思ってたり!」

「そう言ってくれるとありがたいかな。結局、当直の順番も私の独断で決めちゃったしね。……実は、ココちゃんの夜間当直を勝手に決めちゃって怒ってないかなぁ、とか思ってたんだ」

「怒ってるだなんて、そんな!むしろ、艦長がパッパパッ!、と色々なことを決めてくれたおかげで助かっちゃいました!この調子なら、時間までに西之島新島に着けそうですし!」

「まぁ、その代わり機関には相当無茶させちゃってるんだけどね……。後でマロンちゃんたちには謝りにいかないと」

「でも、艦長だって無茶、してますよね?」

 

 含むような、探るような、そして手を伸ばすような、言い方。

 幸子だって、薄々感づいている。意識的ではなく無意識レベルで感じている。いや、艦橋メンバーの誰もが感じている。

 雰囲気。

 プレッシャー。

 感じ。

 言い方は様々で、感想は個々で違うだろう。だが、確かに皆こう思っている。

 

 ()()()()()()、と。

 

「……この左腕のこと、だよね?」

 

 それを悟らせてしまったことは明乃のミスだ。

 明乃の最大のミスだ。

 『ズレ』を悟られれば、『普通』とは見られなくなる。

 『普通』と見られなくなれば、『特別』になる。

 『特別』になれば、注目され注視され気づかれる。

 

 敵に。

 

「恥ずかしいから本当はあんまり言いたくないんだけどね、これ、私の不注意が原因だし」

「不注意、ですか?」

「そう、……海にね、落ちちゃったんだ……。大海に……ね…………」

 

 言外にそれ以上言いたくないという態度を取って、明乃は幸子から視線を逸らし、海を見る。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「――――――――――――」

 

 迷っているような、戸惑っているような、抑えているような、そんな態度(感じ)

 

(これは、どっちかな……?)

 

 もし、幸子が『革命派』の一員であるのだとしたら、明乃の言動が嘘だと分かるはずだ。

 なぜか?それはもえかが『革命派』の一員だからだ。

 もえかは知っている。明乃の左腕が、もえかとの戦闘時は無傷だったという事実を。つまり、明乃が左腕に傷を負った時間は明乃がもえかと戦闘した後になる。時間的に言えば10時40分から13時10分の2時間半の間に明乃は傷を負ったことになる。

 そしてその事実をもえかが『上』に報告していないことは考えづらく、同時にその事実が『上』から周知されていないことも考えづらい。

 だとすれば、気づくはずだ。少し考察すれば分かる。校医に質問するだけでバレる。明乃の左腕の怪我が大嘘であることなど。

 つまり、『革命派』の人間は全員知っているはずだ。

 だから幸子が『革命派』の人間ならば分かるはずだ。明乃が嘘を吐いているという事実に。

 そしてだとすれば、その『気づき』は態度に出るだろう?

 幸子がスパイであるのならば、不自然さが生じて然るべきだろう?

 だから、

 なのに、

 

「あっ!」

 

 何かに気づいた幸子が()()()()()()()()()()()()()()

 

「霧が出てきましたね、艦長!霧中信号を出した方がよろしいでしょうか?」

 

 それは果たして、誤魔化しか善意か。

 それは果たして、偽装なのか本心か。

 幸子は果たして、敵なのか味方なのか。

 

(同じ船に乗った一蓮托生の仲間を相手に、初手で疑うことしかできないなんて。……ほんと、終わってるよね。……私は)

 

 思考が最終的な運命を作るのだとしたら、明乃の生き方(10年)が正しかったのか否かはこの後分かるのだろう。

 この『晴風』での航海を通して、後悔の有無が決まるのだろう。

 

「うん、そうだね。……霧が出て、…………霧?」

 

 答え、そして答え終わる前に気づく。

 

(霧……?この海域で……?)

 

 わずかに目を細めて、明乃は思案する。

 想定される最悪の事態を考える。

 

(霧……、霧の発生条件、……確か、ブルーマーメイドが……数か月前の記事で見たような。……でも、いや、……まさか、……だけど、もしそれがあり得るんだとしたら。……可能性。そう、……あくまで可能性の話をすると、……この霧は…………)

 

 それはもしかしたら行き過ぎた妄想で、誰もが一笑するような妄言で、逃げ水のような幻想で、

 もちろん、その可能性の方が高いことは明乃だって分かっていた。

 だけど、いや、だからこそ万が一を考えておかなければならない。

 だって、明乃の推測が正しければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「一応、備えておいた方がいいかな……」

「……?何か言いましたか、艦長?」

「いや、うん……。ちょっと、考え事をね」

 

 あり得ないことはあり得ない。

 絶対になんてことは絶対に存在しない。

 だとすれば、やはり今回もそれを前提に動くべきだ。

 備えすぎておいて無駄なことは何一つとしてないのだから。

 今の明乃はみんなの命を預かる艦長なのだから。

 

「サトちゃん、探照灯照らして!ココちゃん、霧中信号お願い!私は伝声管を使って皆に状況を知らせるから」

『了解ぞな』

「分かりました、艦長!」

「あっ、後ココちゃんにもう1つお願いしたいことがあるんだ」

 

 霧中信号を鳴らそうとする幸子を呼び止めて、明乃はもう1つ指示を出す。

 ある意味では、こちらの方が重要で、

 そして場合によっては、霧中信号は鳴らさない方がいいのかもしれなかった。

 

「気象庁と学校のネットワークを使って天気図とこの海域の水温を調べておいてくれる?」

「……、何のためにですか?はっ、まさか!?この霧は謎の組織の陰謀!?霧に紛れてこの『晴風』を襲おうとしてるってことですね!」

「あはは、そうだね」

 

 声のトーンを1つ落とし、なるべく真剣さを出して言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()

「えっ、と」

 

 思わず、幸子は言い澱んでしまった。

 まさか明乃がそんな返答をするとは、幸子の言ったことを全肯定するかのような返答をするとは欠片も予想していなかった。

 だから、ちょっと躊躇いがちに言う。

 

「今言ったことは冗談なんですが……」

「――――――ココちゃん、とにかく今言った二つのことをお願いするね。これ、学校側からの抜き打ちテストの可能性もあるし」

 

 嘘も方便である。

 可能性をちらつかせるだけで、案外人は信じるものだ。なにせ、多くの人が求めているのは筋の通った説明ではなく納得できるだけの理由なのだから。

 

「っ!分かりました、艦長!すぐに!」

 

 忙しなくタブレットを操作し始める幸子を尻目に、明乃は大海を見ながら思う。

 一つの可能性を考える。

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

霧の境界線(Fog Bound)
 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』サウンドトラックより。



さぁ、誰が信用できる?誰が味方だ!?誰が敵だっ!?

スパイは誰だ???

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巨影、生命の海より出ずる(アイラーヴァタ・キングサイズ)

作者は天気について詳しくないので、作中描写が間違っていることに気づいた場合は指摘してくださるとありがたいです。


 備えあれば憂いなしとは言うが、一番良いのは備えをしなくて憂いがないことである。

 異常事態なんて起こらない方がいいし、

 異常事態への備えなんてしない方がいいに決まってる。

 平穏無事が一番で、多事多難なんて無い方がいい。

 だけど、現実はなかなかそうはいかない。

 現実は厳しく、賢しく、想像を容易く超える。

 あり得ないことはあり得ない。

 この現実世界では、時に予想だにしないことが起きる。

 例えば、今明乃が直面している事態がそうだ。

 

「…………………………」

「あの、艦長……?」

「ごめんココちゃん90秒でいいから黙ってて操舵に集中して」

「っ」

 

 酷くきつい言い方になってしまったが、はっきり言って今の明乃は幸子に構っている暇がなかった。信頼関係構築のために気を使うことも、後の展開のために布石を打つことすらも放棄していた。

 はっきり言って、余裕がない。時間がない。猶予がない。

 そして何よりも、この場所が安全だという確信を持てない。

 

(海水温15.8度、気温18.5度、上空1500メートルの気温が12.7度。風速北西に0.3メートル。つまりほぼ無風。……海水温と気温の差は2.7度……)

 

 そう、明乃は今全力で考えている。

 この海域で霧が発生した理由を、全力で考えている。

 

(霧の種類は主な物で7種類。移流霧、蒸発霧、前線霧、放射霧、滑昇霧、混合霧、逆転霧)

 

 だって、あり得ないはずなのだ。この海域で、この時期に霧が発生することは本来ないはずなのだ。なのに今、『晴風』は霧に覆われている。視界はおそらく1000メートルもないはずで、見張員のマチコの目を以てしても至近距離になるまで他の船を捕捉することはできないだろう。

 つまり、危険な状況だ。

 万が一この状況下で敵船がやってきたとしたら、『晴風』はまともな反撃もできず終わる。

 

(放射霧は海上では発生しない。前線霧はその名の通り前線に伴って発生する物。そして、ココちゃんに調べてもらった天気図を見るに、この場所に前線はない。だから、前線霧は発生しえない)

 

 明乃は操舵手を幸子に代わってもらっていた。幸子に集めてもらった情報を分析するのに全力を賭している明乃には操舵までやる余裕はなかった。明乃は確かに優秀で、有能で、精良だ。その明乃が全リソースを以てして対応しなければならない事態が今、起きていた。

 無論、それはひょっとしたらただの考えすぎかもしれないが。

 

(滑昇霧は山頂付近で発生する霧だし、混合霧は気温が違う二つの空気によってできる物だからこれもまた違うはず)

 

 1つ1つ、可能性を潰す。

 少しずつ、真実へ近づいていく。

 きっと、嗤っている。

 仕掛け人である『彼女』は、それを期待している。

 

(逆転霧。……ううん、今は春で、ほぼ無風で、付近に前線もないのに逆転層なんて発生しないよね?)

 

 例えばの話だが。

 この場所に明乃と同レベルの知識を持った人間――もえかやブリジットがいれば、明乃は躊躇いなく現状に対する議論を始めただろう。

 明乃は1人で物事を判断することの危険さを知っているし、何より多くの事柄は『有能な複数人』で議論した方が正しい解が出やすい。

 だが、この『晴風』に明乃と同レベルの知能を持った人間は存在しなくて、

 だから明乃は艦長として1人で考えていた。

 

(蒸発霧、……極地でもないのに発生する?だいたい、気温18.5度じゃ蒸発霧の発生条件は満たさない)

 

 無論、幸子に明乃の考えを話すというのも1つの手ではある。幸子は明乃より無能な人間だが、だからこそ明乃とは違う意見が出やすい。そしてその異なる意見を明乃ならば汲み取り、さらに高レベルの意見へと発展させることができる。

 何よりも、『相談してくれた』という事実は信頼感を得やすい。

 平時であればそうしただろう。

 

(なら、移流霧は?移流霧は温かくて湿った空気が冷たい海上を移動する時に発生する物。でも、この霧が太平洋上の、横須賀-西之島新島間の海上で発生する可能性は低い。だいたい気温差2.7度で移流霧が発生するなら今頃世界中は霧で満たされてる)

 

 だが今は時間がない。幸子と冗長的な議論をしている暇はない。

 非常事態で、緊急事態で、急を要するかもしれないのだ。

 時間は、ない。

 

(……あはは……困ったなぁ。……この海域で霧が発生する理由、無くなっちゃった)

 

 だとしたらなぜ、この海域で霧が発生しているのか?

 

 霧が発生するはずのない場所で霧が発生している理由。

 

 それはきっと、

 

 きっと、

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 明乃の沈黙が続く。

 その沈黙が幸子には酷く痛かった。

 話しかけても拒絶されたから、ではない。

 拒絶されたことにショックを受けたとしても、それを『痛い』とは思わない。

 だから『痛い』と思った理由は別にある。

 別。

 そう、単純な話だ。

 だって、

 

(私は、頼られませんでしたね)

 

 だって、明乃は幸子に何も言わなかった。ただ『邪魔だから黙っていろ』と、そうとしか言わなかった。

 2人で考えるよりも1人で考える方がいいと思われた。

 2人で悩むよりも1人で悩む方が効率がいいと思われた。

 2人で話し合うよりも1人で結論を出す方が正解だと思われた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………やっぱり、あり得ない」

 

 小さな呟きが、

 

「あり、得ない」

 

 大きく艦橋に響いた。

 

「この条件下じゃ、海霧は発生しない!」

 

 結論は出た。

 最悪の結論が出てしまった。

 だから明乃は幸子に向かって叫んだ。

 

「ココちゃん、今すぐ皆を起こしてきて。操舵は私が変わるから!」

「えっ、……」

「早くっ!時間がないの間に合わなくなってからじゃ遅」

 

 その通りである。

 全く持って、明乃の言うとおりである。

 

 そしてだからこそ、もう既に終わっていた。

 

『艦長っ!』

 

 伝声管からマチコの叫び声が聞こえた。

 

『上く』

 

 たったそれだけで、

 

「総員」

 

 見張員であるマチコのその叫びだけで、

 

『う、右10度に』

 

 明乃は分かってしまった。

 

「対」

 

 そして、だからこそ同時に理解してしまった。

 

『詳細不』

 

 もう、手遅れであるという事実に。

 

「ショック」

 

 ここからの逆転は、ほぼ不可能であるという事実を。

 

『明の巨』

 

 そう、

 

「体勢!!!」

 

 彼女たちは遅すぎたのだ。

 

『影があ――ッッッ!!!???』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 大きな衝撃音と共に、『晴風』が揺れる。

 

「っ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 そして、

 そして、

 そして、

 

 『晴風』最初の、命懸けの闘いが始まった。

 

 敵の名は、『リヴァイアサン』。 

 

 太平洋を支配する大海賊団、『リヴァイアサン』である。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

巨影、生命の海より出ずる(アイラーヴァタ・キングサイズ)
 TYPE-MOON制作のスマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』の登場キャラクター、キングプロテアの宝具(ノウブル・ファンタズム)



さて、何人生き残れるかな?

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無法の世界(Won't Get Fooled Again)

さぁ、死ね。


 息が、

 思考が、

 心臓が、

 一瞬確実に停止した。

 

(な、にが)

 

 明乃を以てして、何が起きているのか即座に把握しきれなかった。

 そりゃあ、確かに、この霧が人工的に作られた物である可能性は高いと思ったし、だからこの海域に何らかの『敵』が存在する可能性はあると考えた。

 だが、それは結局のところ可能性であり、決して現実味のあるものではない。矛盾するようではあるが、明乃はそんな矛盾を常に抱えて生きてきた。

 だって、考えられるか?

 ()()()()人工的に霧を発生させる装置を持った存在がいて、()()()()その存在が『晴風』の航行ルートで霧を発生させ、()()()()『晴風』の存在に気づき、()()()()『晴風』を襲撃するなんて、

 そんなこと、考えられるか?

 

 『艦長っ!上空、右10度に詳細不明の巨影があ――ッッッ!!!???』

 

 だからきっと、マチコの叫びに誰よりも驚いていたのは明乃自身だった。己の、いっそ妄想染みた指示が現実のものになるだなんて、初めての航海でこんな物語染みた襲撃にあうだなんて、そんなこと全く考えられない。

 現実感がない。

 戯画的ですらある。

 

(いったい何が!?)

 

 それでも、此処は確かに現実だ。此処こそが現実だ。

 だから今はコンマ一秒でも無駄にできない。

 故にこそ、明乃は即座に動かなければならない。艦内の被害状況を確認し、寝ている船員を叩き起こし、『敵』の襲撃に備えなければならない。

 なのに、

 なのにっ!

 

「ぁ、っ!」

 

 なのに、言葉が出ない。

 違うのだ。

 異なっている。

 お遊びじゃない。

 想像の空想の妄想ではない。

 だから、重い。

 それを今更になって自覚する。

 今までとは違う。

 今までは二人の命を背負えばよかった。

 だけどもう違う。

 明乃は今、背負わなければならないのだ。

 責任がある。

 今の明乃には責任がある。

 

 『晴風』メンバー30人全員を無事に港に帰す、という責任が。

 

 想像はしていた。

 だけど、現実はそれ以上だった。

 明乃の指示一つで容易く血が舞い、命が消える。

 その覚悟をしていた。

 つもりだった。

 していただけだった。

 だから、隔たっている。

 ()()()()()()()()()()()()()ということと、()()()()()()()()ということの間には天地よりも深い溝があることを、明乃はようやく知った。

 だから、

 故に、

 

「っ、艦長!」

「ッ!」

 

 幸子の叫び声によって、明乃は一気に現実に引き戻される。

 そうだ、呆然としている暇などない。もし、これが『敵』の攻撃だとするならばもはや一刻の猶予もない。

 そして、これが『敵』の攻撃であることはほぼ間違いないのだ。

 貴重な、希少すぎる3秒は失われた。もう返ってこない。

 

「各員被害状況知らせ!」

 

 伝声管に向かって叫ぶ。

 最悪なのは、今が深夜であり起きている(すぐに動ける)人間が少ないということ。

 そして『敵』の攻撃はもう始まっているということ。

 返答は即座にあった。

 

『機関室柳原麻侖無事でえ!機関も異常なしでえ!』

『見張り台野間マチコ無事です!また艦橋前方のデッキに大きな不審物を確認!』

『医務室鏑木美波問題ない。怪我人がいるようなら医務室に寄越してくれ』

『烹炊所伊良子美甘大丈夫です!でも、仕込み中の朝食がダメになっちゃたよ~!』

『水側室万里小路楓問題ありませんわ。また、水中異常音はなしですわ』

 

 一斉に返答があった。本来であれば順々に声を返すべきだが、この緊急時に限ってはこの対応が正しい。

 

「今当直に入ってるのは!?」

「今返答があったので全員です!」

 

 ここまでで18秒。

 ()()()()、と言っていいだろう。

 

「まりこうじさん今すぐツグちゃんとメグちゃん起こしてきてツグちゃんにブルマーへ救難信号出すように言ってっ!マロンちゃんは機関全速いっぱいお願いできる!?みかんちゃん!みんなを起こしてきて!優先度は攻撃担当艦橋メンバー機関科それ以外で、急いでお願い!野間さん少しでも変化があったらすぐ教えて。みなみさんは念のため治療準備を」

 

 瞬間、再び、衝撃。

 見れば艦橋の窓の外にある巨影が縦横無尽に動き出していた。

 ぶつかっている。ぶつかっているっ。ぶつかっているっ!

 巨影が『晴風』のあちこちにぶつかり、そのたびに『晴風』が大きく揺れ、『晴風』が損傷する。

 

「っ!?」

「いッ!?」

 

 間違えた。

 

(な、)

 

 誤った。

 

(にをしているの私はッ!)

 

 失敗した。

 その事実を自覚した。

 

(『敵』の襲撃を受けてるんだから、始めにすべきはっ!何にもましてっ!船の進路を変えることだったっ!!!襲撃時と同じ方向に進み続ける船なんて良い(まと)でしかないのに!)

 

 想定はしていたつもりだった。何度もシミュレーションして、練習してきたはずだった。

 でも、これは実践だった。

 ()()()()、実践だった。

 だから、焦った。間違えた。失敗した。

 明乃は、

 天才ではないから。

 

「なっ!?」

 

 そして、舵を握っていた幸子が気付く。

 窓の外の影の正体。マチコが見た巨影の正体に。

 

「艦長ッ!ガントリークレーンです!!!」

「ガッ!?」

 

 誰が考える?

 誰が想像する?

 その攻撃方法は想像を絶していた。

 故に天才。

 この襲撃の仕掛け人(黒幕)は、常軌を逸していた。

 

「主舵いっぱい!!!」

「っ、主舵いっぱ」

 

 遅すぎる指示だった。

 亀だってもう少し早く動くだろう。

 だから、間に合わなかった。

 

(ぁ)

 

 巨影――ガントリークレーンのスプレッダーが艦橋に迫りくる。

 それを見て、だから、

 

「っ、かんちょっ!」

「伏せて!ココちゃん!!!」

 

 明乃が幸子に覆いかぶさり、幸子を無理やり伏せさせた次の瞬間、艦橋の窓ガラスにガントリークレーンのスプレッダーが衝突した。

 

「きゃああああああああああああっっっ!!!!!」

「ちィっ!!!」

 

 ガシャアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!、という爆音と共に窓ガラスの全てが割れる。ガラス片が艦橋内に降り注ぎ、『晴風』の中に霧が侵入する。

 

「機関出力全開!全速でこの海域をりだ」

 

 立ち上がり、外を見て、

 瞬間、明乃は割れた窓の外の霧中に光を見た。

 

「ッ!?」

 

 その光を知っている。

 9年前に1度見たことがある。

 そう言えば、あの時も今と同じだった。

 煙の中にその光を見て、次の瞬間あずみの身体から血が流れた。

 だから知っている。

 明乃はその光を知っている。

 だって、その光はだって、

 

 ()()()()()()()()()()

 

「ココちゃ――――――」

 

 そして、

 そして、

 そして、

 

 明乃と幸子が次のアクションを起こす前に、

 

 弾丸が、めり込んだ。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

無法の世界(Won't Get Fooled Again)
 イギリスのロックバンド、ザ・フーの楽曲の1つ。




さて、救えるか?

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彼こそが海賊(He's a Pirate)

もし、あなたがそれを絶望と呼ぶのなら


 2016年4月7日 午前1時15分 横須賀港より南南西630キロメートル付近 偽装アミューズメント船にて

 

 そもそも一般人は皆勘違いしている。

 海賊は無法者であっても謀叛者ではない。

 海賊は、海賊だからこそ、力関係に敏感だ。彼ら彼女らは知っている。自分たちでは絶対に国家という名の戦力に敵わないことを。

 故に、真面な、本物の海賊は絶対に一線を超えない。

 だが逆説、すなわちそうでない海賊は、真面でなく、本物でなく、もはや海賊を名乗ることすらも烏滸がましい海賊崩れは容易く一線を超える。

 あるいは、それを自覚してなお一線を超える海賊もまた、いるが。

 

船長(ボス)(やっこ)さん動きやせんね」

「そうねぇ……」

 

 霧の中、アミューズメント船に偽装した海賊船『黒の方舟(ブラック・アーク)』の艦橋で2人は『晴風』を睥睨しながら話していた。

 

「……もう少し突いてみやすか?」

 

 (あずま)五十土(いかづち)。34歳。元日本国東舞鶴男子海洋学校五席(成績優秀者)にしてと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。東舞鶴男子海洋学校からその記録すらも抹消された、同校においては語ることすら禁忌とされる人間。

 

「んー、今すぐ動かせるのは何人だったっけ?」

 

 カラム・Q・D・グラッド。25歳。元ノルウェー王国ラクセヴォグ女子海洋学校三席(成績優秀者)にして強い意志を基に同校を退学した異端者。そして同校を退学後、テロ組織『暁に沈む金星(Evening star)』に所属し、イギリスに対して大規模テロを起こした、当時何度もニュースで名前が報じられた犯罪者。

 

「4人でっさ」

 

 カラムがテロを起こした真意は、カラムしか知らないし、

 五十土が事件を起こした真意は、五十土しか知らない。

 知る必要も、ない。

 

「ラクシ、ベテル、ノーザ、テラウス、後自由に動けるのは()()()ぐらいでっさね」

「お客様を動かすことなんてできないでしょう?」

 

 日本の()()()()()()()()()()()()()』から乗船した『お客様』。彼女の立場はカラムよりも上だ。そも、たかが太平洋を支配する海賊団の一船長に過ぎないカラムが日本の裏世界の中でも上位の立場にある彼女に逆らえるわけがない。

 

「ふん、……『326Bによる73番目の開演曲』のための攪乱に使われるとか、アタシたちも安くなったよねぇ」

「提督の指示でさぁ。そして、おそらくは()()()()の」

「レジェスちゃんも若いのに苦労人よねぇ。まぁ、そういう所がアタシたちみたいなロクデナシを引き付けるんだろうけど」

「……後悔してるんすか、船長(ボス)は」

 

 ロクデナシ、と己を自嘲するカラム。

 カラムと五十土は似ている。その境遇も、出自も、意思も、正義感も、酷く似ている。

 秘められた悪意に対抗するために、全てを捨てて闇の底まで堕ちた。

 味方もなく、家族を捨て、悪党に成り下がった。

 

「後悔はしてないんだよねぇ、これが。私は、あの時点の私に取れる最高の行動を取った。海賊になるしかなかったことは後悔してるけど、海賊に至るまでの道も、海賊になった後の道も、後悔はしてないねぇ。副長だって、そうでしょう?」

「まっ、俺っちも後悔はしてないでっさ。……それは、今まで犠牲にしてきた全てに対する侮辱でっさね」

 

 嘘だ。

 カラムも五十土も口だけだ。本当は、ずっと後悔している。

 海賊なんて間違った道に進んだ輩はほとんどがそうだ。スーザンでさえ、後悔を抱えて生きている。

 もっと上手くできたのではないか。もっと少ない犠牲でいけたのではないか。もっと良い手段があったのではないか。

 沖ノ鳥島襲撃を主導しなくても、

 テロ組織『暁に沈む金星(Evening star)』に入らなくても、

 仲間を裏切らなくても、

 強ければ、頼っていれば、信頼できていれば……、

 もしかしたら、と。

 

「しっかし、動かないでっさねぇ」

「相手が素人なら、それこそ蜂の巣をつついたみたいな騒ぎになってるはずなんだけどねぇ」

 

 最初の攻撃から、『晴風』にガントリークレーンのスプレッダーをぶつけ艦橋の窓ガラスを割り尽くしてから、もう10分はたった。

 なのに、『晴風』に大きな動きは見られなかった。

 言うまでもなく、『晴風』は学生艦であり、『晴風』に乗っているのは全員が学生だ。つまり、『晴風』の船員は全員、己の手で本格的に船を動かすのは初めてであり、当然海賊に襲われた時に適切な対処を取れるわけがない。

 混乱して然るべしだし、紛糾して当然だし、何かの動きがあるべきだ。

 相手は学生の31人。顔を合わせて1日もたっていない現状、統制なんて取れるわけがない。

 

「確かに、銃を1発撃ったにしては静かすぎますやなぁ」

「艦橋には誰かがいた。であれば、それ相応の騒ぎが起きなければおかしいはずなのだけれどねぇ」

 

 なのに、動きがみられない。

 スキッパーを使って脱出しようとする人間も、手あたり次第に砲弾や魚雷を撃とうとする人間も、狂乱して海に飛び込んだりする人間もいない。

 無茶苦茶な舵を取ることも、船速が乱れることも、甲板に誰かが上がっている様子もない。

 はっきり言おう。

 これは極めて不自然だ。

 端的に言って、学生(素人)を相手にしている気がしない。

 

「素人じゃない、と?」

「……そう、ねぇ。もともと、レジェスちゃんの『上』が依頼するほどの案件だし、まぁそれなりの裏があるとは思うけど」

 

 そう、カラムたちは依頼を受けていた。

 依頼の内容は『霧の中、偽装アミューズメント船で『晴風』を襲え。『晴風』の船員を()()()にしろ』というモノだ。

 罪悪感を感じないわけではない。何の罪もない『晴風』の学生たちを皆殺しにすることに抵抗感が無い訳ではない。

 それでも、カラムたちは海賊で、イギリスブルーマーメイドに非公式で雇われていて、だからもちろん、その依頼に逆らうことなんてできない。

 責任がある。

 明乃が『晴風』船員30人の命を背負っているように、カラムもこの偽装アミューズメント船に乗っている海賊10人の命を背負っている。

 失敗は、イコールで死。

 依頼を果たせなければどうなるか分からない。ともすれば、イギリスブルーマーメイドが総力をあげて『リヴァイアサン』を殲滅することになるかもしれない。

 大海賊団『リヴァイアサン』。その構成人数1000人にのぼる。

 カラムの失敗で1000人が死ぬ。

 だから、

 

「んー、3人。突入させよっか」

「ならラクシ、ベテル、ノーザあたりですかね?テラウスは例の侵入者のとこにいるはずですし」

「そうだねぇ。その3人なら、戦闘経験も豊富だろうし、よほどの使い手でもいない限り大丈夫かな」

「装備は?」

「出し惜しみの必要はなし!A級武装でよろしく!鹵獲されても、それはそれ。指紋認証式の武器を使うことはあっちにはできないでしょう?」

 

 容赦はない。

 謝りもしない。

 それが誠意で、正義だ。

 哭きながらせめて娘だけは助けてくれと命乞いをする母親を銃殺したことすらある2人には、もはや禁忌などなかった。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

彼こそが海賊(He's a Pirate)
 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』サウンドトラックより。



第一部最大のキーワード、『326Bによる73番目の開演曲』の登場。
これの正体は、一応現段階でも推測可能です。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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大いなる幻影(La Grande Illusion)

 2016年4月7日午前1時30分現在、横須賀女子海洋学校の配属艦、陽炎型航洋直接教育艦『晴風』の艦橋を、太平洋を支配する大海賊団『リヴァイアサン』のメンバー3人が完全占拠していた。

 

「たくっ、うちのリーダーも何つーか、余計なことしてくれたよな。窓を破壊したせいで船内に霧が入り込んでやがる。これじゃー前が見えねぇじゃねーか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()

 

 ラクシ・ソーモン。性別、男。海賊歴、10年。

 

「それには同意ね。私ならそんなこと、思いついたとしてもやろうとはしない。費用も時間も馬鹿にならないし、何よりバレない様にやるのが非現実的すぎる。まぁ、だからこそ彼女は私達みたいな非合法集団(アウトロー)にやらせたんだろうけど」

 

 ノーザ・N・シュタイン。性別、女。海賊歴、2年。

 

「まぁ、この霧については問題ありませんよ。だからこそ、僕が潜入メンバーとして選ばれたんでしょ?僕なら霧で視界が効かなくても『視』えますから。それこそ、ヘビみたいに」

 

 ベテルギウス・ノヴァ。性別、男。海賊歴、23年。

 

「あぁ、そう意味じゃー頼りにしてるぜー、ベテル?テメーの『眼』には、な。テメーが先行してくれなきゃ、待ち伏せ(アンブッシュ)してる餓鬼に不意打ちされるかもしれねぇからなー?そいつは勘弁だぜ、全く」

 

 ガントリークレーンのスプレッターで破壊した窓から『晴風』艦橋に潜入した3人は己の装備を確認し、周囲を警戒しながらそんな軽口を叩いて、いつも通りに緊張感を(ほぐ)す。

 誰もいない『晴風』艦橋で、それでも3人は決して警戒を怠らない。

 3人はプロの海賊だ。一瞬の油断が死に直結することを分かりすぎるくらい分かっている。そうやって、仲間たちも死んでいった。

 現状、人の理が『リヴァイアサン』側にあったとしても、地の理は『晴風』側にあるのだから。

 そして何より、天の理がどちらにあるかはまだ分からない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まっ、餓鬼ども相手に俺たち3人なんて、超過剰戦力だとは思うがな」

「……餓鬼共、ね」

 

 銃ではなくナイフを構えながらノーザが呟く。

 ノーザにしては珍しく、少し含みがある言葉だった。

 

「あー、んだよノーザ。含みがあるじゃねぇか」

「まぁ、ね。……いいのかな、と思ってさ」

「なーにがだよ?まさか、未来ある餓鬼どもを(みなごろし)にするのに抵抗感があるとかか?おいおい今更だろ?テメーだって今まで何人も殺してきたじゃねーか。年齢が下がっただけだ。むしろ、女の餓鬼は動きが鈍くて殺しやすいぜ」

「いや、そうじゃなくて」

「あぁ、あれですかノーザ?青人魚(ブルーマーメイド)の卵を殺すのに躊躇いがあるのですか?そういえばノーザ、あなたの母親は確か、オーストラリアの青人魚(ブルーマーメイド)だったんですよね?」

「いや、違くって」

「オイオイオイオイオイオイオイオイオイ!!!頼むぜノーザさんよー!母親が青人魚(ブルーマーメイド)だった?初めて聞いたぜそんなこと!で、だから殺したくないってかー!勘弁してくれよ、俺はよー、仲間を撃ちたくはないんだぜー!」

「だから違うって!そうじゃな……っ!」

 

 揶揄いに僅かに大きな声を出して反論してしまったノーザは、それに気づいて慌てて口を閉ざす。それを揶揄う様な、見極めるような眼で見ていたラクシ。

 そんなラクシをベテルギウスは溜息を吐きながら注意する。

 

「ラクシ、やり過ぎです。あなたの悪い癖ですよ?」

「ほいほーい、悪かったっつの。まぁでも、現場じゃなきゃ鍛えられねぇ感性ってのもあるだろ?そういう意味じゃ、俺はテメーは過保護すぎると思うがな、ベテル」

「ノーザ、それで、あなたは何を言いたいのですか?」

 

 ラクシの指摘には答えず、ベテルギウスはノーザに話をふった。

 もちろん、今、この時だってラクシ達3人は微塵も油断をしていない。3人で3方向を見て、奇襲を受けないよう、トラップに掛からないよう警戒している。

 

「だから、……私が問題にしてるのはっ、気になってるのは、この船に乗ってる餓鬼は本当にただの餓鬼なのかってことよ」

「て、言うと?」

「雇い主が態々私達に(みなごろし)を依頼したのよ?いつもように積み荷を強奪したり、船員を裏オークションに出品したり、工作活動をしたりじゃなくて、(みなごろし)よ?……こんな依頼、初めてじゃない。裏があると思わない方が不自然でしょ」

 

 ノーザたちはプロの海賊だ。海賊行為で生計を立てている。だから、一線を超えることは絶対にやってこなかった。人を殺せば国が動く、ブルーマーメイドの卵を殺せば世界が動く。だから、船を沈めても、物資を奪っても、人質を取っても、殺しだけは絶対にしなかった。

 その禁忌が、撤廃された。

 大海賊団『リヴァイアサン』の提督(トップ)、スーザンはその禁忌を今回に限り破棄した。

 なぜだ?

 『晴風』の船員31人を(みなごろし)にすれば、世界のブルーマーメイドが『リヴァイアサン』の本格的な排除に動くであろうに。

 それでも『晴風』の船員を(みなごろし)にしなければならない理由は?

 

「だからいつも以上に警戒した方が良いって?」

「えぇ、そうよ。船長たちも警戒してたでしょ?だから私たちも、いつも以上に慎重に行動した方が良いんじゃないかって。どうせ、青人魚(ブルーマーメイド)は『晴風』の餓鬼どもを()()()()()()()。餓鬼どもに逃げる場所なんて、ないんだから」

「それは違いますね、ノーザ」

 

 ベテルギウスが明確にノーザの意見を否定する。

 海賊歴23年の彼からすれば、ノーザの意見は愚の骨頂だった。

 

「餓鬼どもに逃げる場所がないのは同意ですが、いつも以上に慎重に行動するなんて、そんな無駄なことはしなくていいんです」

「無駄って」

「無駄なんですよ、ノーザ」

 

 強く、きつく、言い含めるように断言する。

 ノーザはまだ海賊歴2年と経験が浅く、何よりも若い。だから知らないことも多くあり、経験していないことも多くある。だからそれを教えるのも、ベテルギウスやラクシの役目だ。

 

「いいですか、ノーザ。海賊歴が短いあなたに1ついいことを教えてあげます。いつも通りの動きをしない、できないということは、その時点で緊張してるという証明です。僕らは海賊だ。いつ死んだっておかしくはない。だからこそ、求めるべきは訓練の、鍛え上げた成果を確実に発揮することで、現場で特別な動きをすることじゃない」

 

 クラウチングスタートで走り出す練習をしてきた陸上選手が本番でスタンディングスタートを採用するか?

 右手で銃を撃つ練習をしてきた軍人が戦場で左手を使って銃を撃とうとするか?

 砲術長が急に水雷長の役割を全うできるか?

 同じだ。本番で練習以上の成果は出せない。だからこそ、目指すべきは練習の姿。練習でやってきた『いつも通りの自分』なのだ。

 

「いつも通りにやればいいんです。いつも通りの動きが一番最適化されているんです。いつも通りの動きが一番経験値が溜まってるんです。特別な行動をとるだなんて、その時点で負けフラグだ」

「まっ、そういうこったな。心配する気持ちは分からねーでもねーが、なーに大丈夫だっつの。なんせ、俺もベテルもいるんだからな。――――――第一、お上の言うことには逆らっちゃならねぇー。俺達みてぇな海賊(無法者)は、特にな。だから疑問を持つだけ無駄で無為だ。俺たちはただ、『晴風』の奴らを(みなごろし)にすればいーんだよ」

 

 海賊として生きるのは酷く厳しい。国家も企業も個人も敵で、同業者も味方ではなく、仲間にすら裏切られる危険性がある。それが海賊だ。

 だからこそ、海賊は絶対的な縦社会だ。マフィアやヤクザ、コーサ・ノストラと同程度には。

 命令に疑義を抱くことはいい。だが、命令を反故にすることは許されない。それは、組織に対する反逆だ。

 

「っ、ラクシ。ちょっと来てください」

 

 と、そこで周囲を警戒し、見渡していたベテルギウスがラクシを呼んだ。

 

「どーしたよ、ベテル」

「見て下さい、ラクシ」

 

 屈み、床を指で撫で、ベテルギウスは立ち上がって床を撫でた指をラクシの目の前に持っていき『それ』を見せた。

 

()()()()

 

 その指先に、乾ききった紅があった。

 

「へぇ…………」

 

 ラクシとノーザには見えなかったその血痕。いや、そもそも見えなくて当然なのだ。霧に満たされた艦橋で床に落ちている血痕を発見することは酷く困難だ。霧が邪魔で視覚で捉えることは難しく、だからと言って嗅覚や聴覚で捉えることなど不可能に近い。

 にも拘わらず、その血痕を発見できたのはベテルギウスの『眼』が特別性だからだろう。

 ()()()()()()()()()()。当たり前のことだ。

 

「はっ、つーことはあれか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……相変わらず、化物みたいな腕ね、副長。私達の船と『晴風』、2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまるところ、大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊隊長補佐、偽装アミューズメント船『黒の方舟(ブラック・アーク)』副長、雷五十土もまた、特別な才能の持ち主ではあったのだ。ただし、その才能の絶対値はスーザンにもブリジットにも届かず、つむぎの足元にも及ばないものであるというだけだ。

 才能の差は残酷だ。生まれ持った絶対値の差は決して埋まることがないのだから。

 

「続いているようですね、血痕」

「あん、逃げる前に止血してねぇのか?いや、餓鬼が相手ならそれが当然か?」

「どうですかね、案外、罠かもしれません。あるいは単に、この霧で血痕を見つけられるわけがないと驕ったのか」

 

 もしも驕ったのだとすれば、それは海賊という職業を甘く見過ぎだ。ベテルギウスならば、態々凝視する必要もなく床に落ちている血痕を捕捉できる。ベテルギウスの『眼』はそれを可能とするだけの力を持っている。

 

「まぁ、どのみち僕の『眼』からは逃れられません。このまま進みましょう」

「ほいよベテル。後ろは任せときな。何ならノーザ、テメーのフォローもしてやるぜぇー?」

「余計なお世話よ、ラクシ。自分の尻くらい自分で拭けるわ」

 

 話すべきことは話した。艦橋には誰もいなかった。である以上、ここにはもう用はない。血痕を追えば、自然と『晴風』の船員を見つけることができるだろう。

 だからラクシ達は艦橋を出ようと歩を進め、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――――――――――――」

「な」

 

 ダンッ!、と大きな音を響かせ、明乃が床に着地する。

 そこからの行動は早かった。

 ラクシ、ベテルギウス、ノーザの3人が動き出すよりも前に。

 

「にィ!?」

「らぁッッッ!!!!!」

 

 明乃の回転横蹴り(シャッセ・トゥルナン)が、ラクシの延髄を直撃した。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

大いなる幻影(La Grande Illusion)
 ジャン・ルノワール監督のフランス映画。



不意打ちは戦闘の基礎だ!

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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主導権を決して手放してはいけない(Never relinquish the initiative)

個人的には天才は二種類に分けられると思っています。

理解できる『普通』の天才と、

理解できない『本物』の天才に。

明乃はどちらでしょうか?


 先手を取った。奇襲は成功した。優位に立った。

 それでも、戦況は明乃が不利だった。

 なぜならば敵は3人で、明乃は1人だからだ。

 

「ごっ、っ!?」

 

 確認しておこう。

 横須賀女子海洋学校所属艦、陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦長岬明乃は強い。

 それはもう、隔絶しているほどに強い。

 知識、技術、戦闘力、人心掌握術、カリスマ、交渉術、他にも多数の事柄を高レベルで修めており、それを十全に発揮できるだけの精神力を兼ね備えている。本心を見せず、表情を偽り、敵に容赦をしない明乃は確かにブリジットが期待するだけの『器』ではある。

 だが、明乃が優れているのはあくまでも同年代と比べれば、である。

 如何に明乃が天才でも、大の男相手に勝てるわけがない。

 

(っ、な!?)

 

 柔道やレスリング、ボクシングなどのスポーツが階級で分けられているのはなぜだ?

 U-18や小学生の部、中学生の部などのくくりがあるのはなぜだ?

 男女でリーグが分けられるのはなぜだ?

 決まっている。勝てないからだ。

 同年代で、同世代で、同性でなければフェアではないからだ。

 子供と大人が戦えばほとんどの場合大人が勝つ。

 筋力を男と女が競えば十中八九男が勝つ。

 それはそういうもので、そういうもの以外の何物でもない。

 故にこそ、この事態は当然だった。

 明乃の驚愕は必然だった。

 

(これ)

 

 事実のみを告げるのであれば、明乃の左足による回転横蹴り(シャッセ・トゥルナン)は確かにラクシの延髄を直撃した。

 直撃しただけだったが。

 

(人体の感触じゃ、ないッ!?)

 

 左足を通じて伝わる感触は人体特有の柔らかさではなかった。もっと硬く、堅く、固いモノだった。鉄のようにかたい何かを明乃は蹴ってしまった。だから当然ダメージは明乃に返る。電柱を殴れば拳を痛めるように、明乃の足に反射ダメージが通る。

 少し考えてみれば当たり前の話ではあった。

 相手はプロの海賊だ。まさか、何の防具もなく『晴風』を侵攻してくるわけがない。当然、防具を着込んでくるだろう。弱所は特に護るだろう。

 首。

 首は当然、人体の弱所であり、であれば当然敵はそこを最も護るだろう。

 それはもちろん、想定できない事柄ではなく、

 それを想定できていない時点で、明乃はまだ彼女たちの領域には届いていなかった。

 それが経験の差。

 それが才能の差。

 

「痛っ、て゛ぇじゃねえか!あ゛ぁッ!?」

 

 霧に満たされた『晴風』艦橋にラクシのどす声が響く。身体が芯から震え上がるような低い、低い声。

 そしてラクシが明乃に向かって拳を振るう。深い霧の中でも雰囲気や気配で、そして何よりも攻撃手段と攻撃位置によって明乃の居場所を割り出すことはできる。

 

「っ゛!」

 

 失敗した。

 否、全てが予定通りに進んだのに、その上で上回られた。

 

(っ、く、そ)

 

 次はない。

 これ以上は存在しない。

 策は尽きた。

 だから、明乃は諦めた。簡単に、勝つことを諦めてしまった。

 だって、逆転の目はもう皆無なのだから。

 そして、

 

「おっ、らあ!!!」

「がッ!」

 

 ラクシの拳が、明乃の顔面に突き刺さった。

 

「あ゛あ゛あ゛ああああああっ、ぎばっ!ひ、ヒューっ!ふ、ぐ……っぁぐっッッ!!!!!」

 

 艦橋の端、無線機がある場所付近まで殴り飛ばされ、明乃は思わず悲鳴を上げた。

 身体が壁に叩きつけられ、その痛みに逆らうこともできず頭を垂れて蹲る。

 信じられなかった。

 確かに、理論上はこの深い霧の中でも明乃の居場所を探知することは可能だ。気配、雰囲気、攻撃手段や攻撃位置。そういう情報を使えば明乃が何処にいるか割り出すことはできる。

 だが、それはあくまで理論上の話だ。

 ラクシは明乃を知らない。身長も、体重も、足の長さも、胴の長さも知らない。だから、不可能なはずなのだ。明乃が何処にいるかを正確に割り出し、明乃の顔面を正確に殴るなんて所業。

 だけど、ラクシはそれをやった。

 できた。

 

(これが、『本物』の、海賊……!)

 

 戦力差は歴然で、何よりも絶望的だった。

 強い、強い、強すぎる。

 勝ち目が見えない。ない。

 

「っ、ごぼッ!」

「テメーが誰かなんて俺は知らねぇ。興味もねぇ。だがそうだな、例えばテメーがこの船に乗ってる他の奴ら全員を此処に連れてくるってんだったら、テメーだけを見逃してやらねぇこともねぇぜぇ?」

「っ、…………」

 

 酷い冗談だった。

 明乃がそれに応じるとは微塵も思っていないからこその、その発言。

 本当に、悪夢のような冗談だった。

 

「はぁっ、はぁーっ!」

 

 荒く息をする。

 痛い、痛い、痛い。泣きそうなほどに、痛い。

 

「さぁ、どうするよ?餓鬼ィ!」

「は、はぎっ、は……、わたし、はァ!」

 

 目がチカチカする。

 身体がふらつく。

 足がガクガク震える。

 それでも、言い切る。

 

「例え、死んっ、でも!仲間を、売るような真似はしないっ!!!」

「そうか……」

 

 強い宣言だった。

 それ故に、ラクシは酷く嫌悪した。

 これだけ若く、いっそ幼い少女がそう言えるのに、どうしてこうも違うのか。

 『仲間を売るような真似はしない』。

 それはもちろん、ラクシだってそうだ。

 ラクシだって、例え拷問されたって『黒の方舟(ブラック・アーク)』の仲間を売るような真似は絶対にしない。

 なのに、なぜこう違うのか。

 同じ言葉なのに違う意味。

 全く同じ言葉なのに、正反対の意味合い。

 だから嫌いだ。

 もはや絶対に届かない栄光を見せられているようで、たまらなくなる。

 

「じゃあテメーはここで終わりだなァ!」

「っ!」

 

 手加減する義理はない。

 もとより『晴風』に乗っている船員は(みなごろし)にしろという命令を受けている。

 今までそうしてきたように、明乃のことも殺すだけだ。

 

「まだッ!」

 

 痛みを訴える身体を無視し、明乃は生存のための行動を取る。

 つまり、闘争ではなく逃走を図る。

 

「待ちやがれッ!」

 

 待てと言われて待つ奴はいない。

 だから、明乃はラクシには目もくれず艦橋後部に向かって走り、

 

「えぇ、あなたならこちらに逃げると思っていましたよ」

「な」

 

 いつの間にか、ベテルギウスが明乃の逃走ルートに先回りしていた。 

 

(読ま、れ)

 

 逃げる先を読まれた。

 いいや、逃げることを読まれていた。

 霧の中だから敵は明乃を捕捉できない。そんな当たり前は、もう妄信できない。ラクシは明乃を完璧に捕捉した。である以上、その仲間がそれをできないなんて考えられない。

 そして実際、明乃の想像は当たっていた。

 ベテルギウスはラクシよりも正確に明乃のことを捕捉していた。

 なにせ、ベテルギウスには特別な『眼』があるのだから。

 

「ぁ」

「死になさい!」

 

 全力で走っていたのだから、急には止まれない。

 車に空走距離と制動距離があるように、人間にだって空走距離と制動距離はある。

 止まろうと思ってから実際に止まられるまでにはタイムラグがある。

 だから、

 

(そう来ると) 

 

 だからこそ、明乃は、

 

(思ってたよ!)

 

 ベテルギウスの拳が届くその直前でブレーキを踏み、反転する!

 

「なん!?」

 

 避けられた。

 『視』えているラクシは、まずそのことに驚愕した。

 だって、『視』えていた彼女の足は熱く、頬に熱が籠り、呼吸すら荒かった。

 だから、艦橋後部から他の場所に逃げるつもりだと思った。

 でも違った。そうではなかった。最初から明乃にその気はなかった。

 だって敵は優秀だ。優秀であれば当然明乃の逃走先に先回りする。だったらそれを加味した上で動かなければならない。

 だが、どこへ行く?

 『視』て、『視』て、明乃がなぜか反転して、ラクシたちの隣を駆け抜けようとしているのを『視』て、

 そして気づいた。

 

「ラクシ、窓です!!!」

「っ、そういうことかよ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

(最低限の目的は果たした、もうここに用はない!)

 

 敵の数も、その戦闘能力も、大まかにだが把握した。

 絶望的だ。絶望的で、破滅的だ。例えばこれが新米海賊であれば違った。例えばこれが海賊崩れであれば違った。だけど、この敵は『本物』の――つまり、ベテランの海賊だった。

 驕っていない。

 怒っていない。

 冷静で冷淡で、なのに熱血で闘志に溢れるプロの海賊。

 明らかな格上。ここで戦っても絶対に勝てない強敵。

 明乃は少女で、敵は男の大人。真正面から戦ったところで勝率は絶無。

 故に、明乃は逃走に一切の躊躇いが無かった。

 というかそもそも、元々そういう計画だったのだ。

 

「逃がすと思ってんのか餓鬼ィっ!」

 

 無線機の傍にいるラクシが明乃を追って走ってくる。

 分かっていた。

 分かっていた。

 そう来るだろうことも想定していた。

 だから、

 

「あは」

 

 小声で嗤い、明乃はパチン、と1回拍手をした。

 大きく。

 ちゃんと届くように。

 それが合図で、

 それでラクシはもう終わり。

 そのはずだった。

 

「ラクシ下がってッ!」

「ッ!?」

 

 ベテルギウスの声にラクシが反応できたのは奇跡ではなく日頃の訓練の賜物だろう。

 ラクシは全力で己の足にブレーキをかけた。

 

 瞬間、ドンッッッ!!!、と艦橋の天蓋から冷蔵庫が落ちてきた。

 

(は?)

 

 落ちてきた冷蔵庫の重量は約10キログラム。落下の速度もあいまって、頭蓋を直撃すれば無事では済まないだけの威力が生じる。

 もし足を止めなければ、上から落ちてきた冷蔵庫がラクシの脳天を直撃していた。

 

(どうして、)

 

 避けられた。

 避けられた。

 避けられた!

 

(コイツどうして、)

 

 ラクシの頬に冷や汗が流れた。

 読めなかった。

 ここまでとは思わなかった。

 

 『だから、……私が問題にしてるのはっ、気になってるのは、この船に乗ってる餓鬼は本当にただの餓鬼なのかってことよ』

 

 単純な疑問が沸いた?

 この『敵』は何だ?どこの所属だ?まさか、ラクシたちは嵌められたのか?切り捨てられたのか?

 提督は、ラクシたちを裏切ったのか?

 

(どうして、上から冷蔵庫が落ちてくることが分かったの!?)

 

 確かに合図は送った。拍手をした。だけど、それだけで明乃がどんな策を練っているかわかるわけがない。天蓋から冷蔵庫を落とそうとしていることなんて予測できるわけがない。

 それなのにどうしてベテルギウスはラクシに制止できた?

 

(っ、ダメだ。情報が少なすぎる。今のままじゃ分からない)

 

 分からないなら分からないままでいい。まだ、謎を解くのに注力する時間じゃない。

 それは後でもできることだ。おそらくまだ時間はある。猶予はあるはずだ。

 彼らが直接乗り込んできた時点でその推測は確信に変わった。

 魚雷を撃てばもっと簡単に『晴風』を沈められたはずなのに、

 砲弾を放てばもっと簡単に『晴風』を沈められたはずなのに、

 それをしなかった。否、できなかったのか?

 分からない。分からないことは多く、その中でも分かっていることはある。

 まだ、チャンスはあるということが。

 

アウフ・ヴィーダーセーエン(Auf Wiedersehen)!」

「ちっ!」

 

 舌打ちを背景に明乃は艦橋の窓から飛び降りた。

 甲板までの距離は約8メートル。ビルの高さ3階分よりわずかに低いくらいか。

 無論、それだけの高さから飛び降りてただで済むはずはない。

 何の準備もしていなければ、だが。

 

「ふッ!」

 

 爪先が甲板に触れた瞬間、明乃は間髪入れず体を丸めて甲板を転がり着地の衝撃を全身に分散させた。 

 五接地転回法。

 日本のブルーマーメイド特殊潜入課第四特殊潜入班(海猫)において習得必須とされている技術の1つである。

 最も、それを霧が深く真面に甲板が見えないこの状況下で成功させた明乃は間違いなく天才的ではあった。

 けれど、ベテルギウスは明乃以上に特別だった。

 特別な『眼』があった。

 

「これでしばらくは」

 

 甲板に着地し、一息ついたその瞬間、

 

 明乃の左肩を、1発の銃弾が貫いた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

主導権を決して手放してはいけない(Never relinquish the initiative)
 フランス第18代大統領、シャルル・ド・ゴールの名言の1つ。



大丈夫、コイツら雑魚だから雑魚。(なお相対評価)

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混沌の中に(SEEKING THE PAST, SEEKING THE FUTURE)

覚悟はいい?

死ぬ覚悟は。


 『晴風』艦橋の窓から身を乗り出し、右手に持った銃を真下の甲板に向けていたベテルギウスは苛立たし気に呟いた。

 

「当たりましたが、仕留めきれませんでしたね」

 

 ベテルギウスの持つ銃――『H&K-SFP9-M』からは硝煙が上っている。つまり、撃ったということだ。銃弾を放ったということだ。

 そしてその銃弾は間違いなく明乃に当たった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 見えてはいないが、しかし『視』えてはいるから。

 

「追うか、ベテル?」

 

 回転横蹴り(シャッセ・トゥルナン)を叩きこまれた首元を撫で擦りながら、ラクシがベテルに話しかける。

 

(ちっ、まさかこの俺があんな餓鬼相手に一撃もらうとはな)

 

 油断はしていなかった。慢心もしていなかった。だからこれは、単に敵がラクシを上回っていたというだけの話だ。予想外だった。まさかこの艦橋の上に潜んでいる人間がいただなんて、想像もしていなかった。

 今思えば、床に落ちていた血痕は二重の意味で囮だったのだろう。

 おそらくあの敵はどちらでもよかったのだ。

 ラクシたちが血痕を偽装と考え慎重に歩を進めることを選んでも、ラクシたちが血痕を偽装でないと考え急いで追うことを選んでも。

 血痕に意識を傾かせ、通路の先に意識を逸らし、上に意識を向かせないことこそがあの少女の目的だった。

 その罠に、ラクシたちは見事にかかった。

 常人にできることではない。敵は相当に有能だ。

 今はまだラクシたちの方が上だが、しかし後10年、否、3年もすればおそらく…………。

 

「いえ、…………止めておきましょう」

 

 ベテルギウスには『視』えていた。『()』を撒き散らした敵の少女が船内に消えていくのが。

 甲板で戦うのならばともかく、船内で戦うのはまずい。いくら銃弾が当たったとは言え、この船にいる人間は彼女だけではないのだ。

 罠がある可能性。仲間が潜んでいる可能性。更に他の可能性。

 地の利はあちら側にある。であれば、安易に追えば手痛い反撃を受けることになるだろう。

 あれほど有能な敵だ。ベテルギウスたちも1度、態勢を整えなおす必要がある。

 

「どうやらあなたの言ったことが正しかったようですね、ノーザ。僕達は、甘く見ていたようだ」

 

 艦橋の上に潜み、冷蔵庫を落としてあの少女を支援した人間はもうとっくに船内に撤退しているだろう。全く、本当に見事なものだ。あきれ果て、ため息が出るほどに。

 普通の人間なら大多数で奇襲を掛けようとする。だが、この船の人間はそうしなかった。まずベテルギウスたちの能力を計り、次手でラクシを殺しにかかった。

 待つことのできる人間。

 焦らず、機会を待つことのできる人間。

 こういう手合いは酷く厄介だということをベテルギウスは経験から知っていた。

 強い。

 彼女たちは、強い。

 

「この船の、船員を」

「だから言ったでしょ。――――――いつも以上に警戒した方が、良いって」

「はっ、今回ばかりはテメーが正しかったか。ノーザ」

 

 ラクシがコキリ、と首を鳴らす。

 首元の違和感はようやく引いてきた。

 『黒の方舟(ブラック・アーク)』副長である五十土と同じく『黒の方舟(ブラック・アーク)』船長であるカラムの指示に従ってA級武装を身に着けていなければ、おそらくラクシは戦闘不能になっていた。

 それほどまでに、あの少女の蹴りは力強かった。

 故にこそ、慎重論だ。

 『いつも通り』はもはや消失した。

 

「ちっ、めんどくせぇが1回戻った方がいいだろうな。初手で『これ』だ。ただの餓鬼じゃねぇ」

「えぇ、その方が良いんでしょうね。……ただ、全員が戻る必要はないと思いますが」

 

 そう言って、ベテルギウスは窓の外を見た。

 熱は、ない。

 赤くは、ない。

 つまり、人はいない。

 『視』えている。

 

「ベテル、私とノーザはここに残ります。あれが極限だとは思えない。あそこまでの策を巡らせられる人間を放置はしておけないでしょう」

「つーことは、戻るのは俺だけか。たく、ボスになんて言やあいいんだ」

「普通に逃げ帰ってきたって言えばいいんじゃないの?」

「はっ!そうカッカすんなよノーザ。テメーのアドバイスを軽視したのは悪かったつの」

 

 左手をひらひらと振り、ラクシは心の籠っていない声で謝罪する。そんなラクシの態度にノーザは少しだけイラつく。ラクシがそういう人間だということは分かっているが、やはりそういう態度はイラつくのだ。

 

「にしてもさっきは助かったぜ、ベテル。つーかよく分かったな、こんなデカブツが落ちて来るなんてよ」

 

 床に転がっている船舶用の冷蔵庫の方に視線をやりながら、ラクシはそう嘯く。

 ラクシには見えなかった。感じ取ることもできなかった。ベテルギウスの声がなければラクシは上から落ちてきた冷蔵庫に潰されて、それで終わっていただろう。

 

「単なる幸運ですよ。幸か不幸か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なるほどな、相変わらず便利な『眼』だ」

 

 それがベテルギウスの特別性だ。この世界で活躍できる人間は程度の差はあれ何らかの特別性を持っている。もえかであれば『(行動)(感情)の完全なる切り離し』、あずみであれば『悪に対する異常なまでの嗅覚』、芽依であれば『魚雷の必中』。

 そして、ベテルギウスの特別性はその『眼』だ。

 ベテルギウスの『眼』は常人では『視』えないモノを見ることができる。

 だからこそベテルギウスは霧の中でも、8メートル下にいる明乃に銃弾を当てることができた。

 赤かったから。

 

「15分で戻る。その間テメーらはどうする」

「揺さぶりをかけてみます。協力してもらいますよ、ノーザ」

 

 懐からナイフを取り出し、それを手で玩びながらベテルギウスが言う。

 彼女たちには明確な弱点がある。

 青人魚(ブルーマーメイド)の卵である、という弱点が。

 

「また、『あれ』をやるの?私『あれ』、嫌いなんだけどな」

「ですが有効ですよ。特にブルーマーメイド(青人魚)には。……まぁ、」

 

 最もそれは、

 

「彼女たちが本当にブルーマーメイド(青人魚)を目指しているのかは、定かではありませんがね」

 

 この船の船員が、本当にブルーマーメイド(青人魚)を目指していればの話だが。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

混沌の中に(SEEKING THE PAST, SEEKING THE FUTURE)
 助野嘉昭による日本の漫画作品、『双星の陰陽師』テレビアニメ版第32話サブタイトル。



そろそろベテルギウスに何が『視』えているのか分かりましたかね?

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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死刑台のエレベーター(Ascenseur pour l'échafaud)

遅いんだよ、塵。


 すべての不幸は未来への踏み台にすぎない(All unhappiness is only a stepping stone to the future)

 これはアメリカの作家、ヘンリー・デイヴィッド・ソローの名言の1つだ。

 素晴らしい言葉だと思っている。ともすればマイナス要素でしかない『不幸』という単語を幸福への踏み台だと定義したこの言葉はまさしくましろの人生に希望を与える言葉だ。

 この言葉を胸に、ましろは前に進んできた。

 

「…………………………状況を、整理しよう」

 

 一言で表すならば、ましろの人生は不幸そのものだった。

 お気に入りの玩具は買ってすぐに無くすし、母親に被せてもらったブルーマーメイドの帽子は風に飛ばされてどこかへ行くし、ブルーマーメイドフェスタ(BMF)で乗りたかった武蔵には乗れなかったし、全身を幸運グッズで固めても何も変わらないし。

 だけど、今思えば、今曝されているこの状況に比べれば、今までの不幸なんて本当に塵のようなモノだった。

 大したことなどなかった。

 

「っ、そんな時間は」

 

 悠長に状況整理をしようとしているましろを前に、思わず幸子は声を張り上げた。そんな時間はない。ただでさえ時間がないのに、貴重な時間をそんな無駄な行為に割けるわけがない。

 第一、状況整理と状況共有は既に終わっているはずだ。何のために5分もの時間をかけて幸子が現状を説明したと思っているのだ。

 だから、声が荒くなる。

 掴みかかりたくなってしまうほどに、感情が高ぶる。

 だって、今幸子たちがこんな平和を享受している間にも、明乃たちは――――――。

 だが、

 

「時間がないのなんて分かってる!……それでも、私達が冷静になるためにはっ、現状の整理は必要だ!!!――――――これは、演習(偽物)じゃない!失敗はできないんだ!!!――――――絶対に」

 

 だけど、そんなことましろも分かっていた。

 寝ている中叩き起こされて、地獄を見たかのような顔で『助けてください』と言われれば、その場に立ち会わなかったとしても最悪を想像できる。

 あり得ないことが起こっていて、

 どうしてもないことが起こっていて、

 それでも、それに立ち向かわなければならない。

 その現実を前に心が折れそうになる。

 凡人は秀才に勝てない。秀才は天才に勝てない。天才は『本物の天才』に勝てない。『本物の天才』は怪物に勝てない。

 ましろたちは幼く、弱く、若く、未熟で、

 まだ、子供(学生)だった。

 

「…………1つ、『晴風』は現在、正体不明の海賊から襲撃を受けている。海賊側の武装も、人数も、目的も、私達には分からない」

 

 黒板を背にし、教卓に手をつき、できるだけ冷静に語る。

 その隣で幸子が教卓を背にし、チョークを右手に取って黒板に文字を書き連ねる。

 ましろたちは現在『晴風』の教室に集まっていた。黒板があり、チョークがあり、椅子があり、スペースがあり、何よりも艦橋から離れていて医務室も近いこの場所は落ち着いて話をするのに最も適していると明乃が判断したからだ。

 そう、明乃は海賊が『晴風』に乗り込んでくる前に当直の船員全員に向かって指示を出していた。

 『寝ている仲間たちを全員起こして、教室に集まって海賊を撃退するための作戦を考えるように』、と。

 『私達もすぐに行くから』、と。

 

「…………2つ、海賊はガントリークレーンを運用し、『晴風』を攻撃している」

 

 教室に集まったのは28人。

 海賊の足止めのために艦橋に残った明乃、マチコ、美甘を除いた28人だ。

 彼女たちは、生涯最高の緊張感をもってましろの言葉を聞いていた。

 どうしてこんな事態になっているのかなんて欠片も分からなかったし、これからどうすればいいのかなんて全く想像できなかった。

 それでも、そうだとしても彼女たちは全員が全員こう思っていた。

 ――――――どうにかしなければならない、と。

 

「…………3つ、現在艦長と野間さんと伊良子さんの3人はこれから『晴風』に乗り込んでくるであろう海賊に対して、……遅滞行動を取っている」

 

 無論、恐怖はある。怖くて恐ろしくて今にも泣きだしてしまいそうだ。逃げられるのならば逃げたいし、敗けることが許されるのならば敗けてしまいたい。

 だけど、それを言うことはできない。

 その空気がある。空気感がある。

 説明を受けた。覚悟はもう示されていた。だからこそだった。

 死ぬ公算が大きいと分かっていてもなお艦橋残り遅滞行動を取ることを選んだ3人と、

 自傷した幸子によって。

 

「…………4つ、艦長の推測だと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……だから、この霧が晴れることは絶対にない。私達が負けるか、……海賊を殲滅するその時まで」

 

 そう、自傷。

 美波によって応急処置こそなされているが、幸子の左腕(利き手とは逆の腕)には大きな裂傷があった。

 その裂傷は自傷してできたモノだった。

 必要だったから、幸子はそれをした。明乃に必要だと言われたから、恐怖と痛みを堪えてそれをした。

 敵に勝つために、

 敵を騙すために、

 『晴風』の皆を護るために必要だと言われたから。

 あんな必死な、決死な、泣きたくなるほどに壊れた顔をされれば、協力せざるを得ない。

 だから、斬った。

 私がやるからと言ってくれたけれど、それをさせたくなかった。

 責任。

 人を切り裂く、という感覚。

 それを、明乃に背負わせたくなかった。

 今にも死にそうな顔で、それでも必死に抗おうとしている明乃を、これ以上傷つけたくなくて、

 だから幸子は自傷した。

 割れた窓ガラスの破片を使って、己の左腕を切り裂いた。

 激痛。それを感じ、しかしそれでもその時に幸子が感じたのは安堵だった。

 だって、今まさに左腕を切り裂いた幸子を見て、明乃は幸子以上に悲痛な表情を浮かべていたから。

 だから、それをさせなくてよかった、と思った。

 そして、明乃は一言感謝を述べて、幸子の左腕から流れる血を床に、壁に擦り付けた。

 それこそが、ラクシたち海賊を騙した明乃と幸子による渾身の偽装()だった。 

 

「…………5つ、これは電信員の八木さんが確認したことだが、おそらく海賊によって『晴風』に通信妨害(COMJAM)が仕掛けられている。……ブルーマーメイドに救援要請を出すのは、……不可能だと思った方が良い」

 

 つまり、完全なる孤立。

 孤高でもなければ孤独でもなく、孤立。

 孤立無援。

 味方は増えない。

 敵の総数は分からない。

 助けはこない。

 助けを呼べない。

 学生31人で海賊に立ち向かわなければならない。

 そういう絶望。

 

「……情報を整理すれば、こんなものか」

「ですから、問題は」

 

 足りない頭を回しながら整理した状況は酷く絶望的で、希望の一欠けらも見当たらなかった。

 だから3人を除いた25人はもはや乾いた表情しか浮かべられなかった。

 3人。

 つまり、明乃の協力者である芽依と、

 この『晴風』に乗っている秘密結社『ワダツミ』『革命派』のスパイと、

 ()()()()()()R()A()T()t()()()()()()()()()()()()

 この3人を除いた、25人。

 

「――――――ここからどうするか、ってことだよね」

 

 挑むように、芽依が声を出す。

 そう、つまる所全てはそこに帰結する。

 現状はわかった。なるほど、今すぐ自殺した方がマシと思えるほどに破滅的だ。

 だからどうする?ここからどう動く?どう動くのが正解だ?

 さしもの芽依も、少しだけ焦っていた。なんせ、この場には明乃がいない。明乃さえいればこの程度の危機、どうにでもなっただろうが。

 明乃がいれば芽依たちの安全は保証されているのに。

 

「敵はプロの海賊で、私達は落ちこぼれ(『晴風』)学生(素人)。普通にやったって、勝てるわけないし」

「……それは、……………」

 

 当たり前といえば当たり前の事実確認に誰かの口から嗚咽が漏れる。

 『プロ』の海賊。

 ブルーマーメイドの卵(海洋学校生)だからこそ、その言葉の現実性がわかる。

 

「に、逃げる、……とか…………」

 

 今にも死にそうな、惨憺たる表情で鈴が小さく呟く。

 それは本当に小さな声だったが、この静寂に満たされた教室には大きく響き、それに気づいた鈴は更に死にそうな表情を浮かべた。

 その選択が論外なことなど分かっている。だけど、それでも言わずにはいられなかったのは鈴が『弱い』からか。

 それとも、別の理由があるのか。 

 

「確かに、逃げられればそれが一番いいんですが」

 

 予想外の同意があった。

 驚いたことに幸子が鈴の意見、逃走という選択肢に同意したのだ。

 もちろん、含みはあったが。

 

「私も、逃走は1つの選択肢として上げられる思っている。……だが、それを実行に移す場合、問題が3つ」

 

 そして更に、ましろもまた鈴の意見に同意した。

 逃走。

 その選択は決して悪いモノではないとましろも幸子も思っていた。勝てない敵とは戦うべきではない。命は大事だ。『晴風』の31人の誰かが死ぬことなんてあってはならない。

 だけど、それを選んぶのならば、問題が3つほどある。

 

「1つ、おそらく離艦の際、海賊の邪魔が入るであろうということ」

「…………うぃ」

 

 離艦のために救難艇に乗り込むのだって時間がかかる。その間に海賊側が何のアクションも起こさないのかと言えば、そんなことはないだろう。

 ましろたちを逃がせばそこからブルーマーメイドに連絡が行く可能性がある。であれば、海賊側はできる限りましろたちを逃がさないようにするはずだ。

 

「2つ、逃走を選んだ場合、おそらく艦長たちを回収する時間はないということ」

「狡兎良狗。……命懸けで足止めしてくれている者を、それでも見捨てる、か……」

 

 ぽつり、と美波が呟く。

 それは誰かを責めるというよりは単なる事実を言っているだけというニュアンスであった。

 しかしそれでも、いやそうだからこそ歪む。

 命を懸けて遅滞行動を取ってくれている3人を、そうと分かっていて切り捨てる。

 例えばこれが傭兵組織『武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)』社長、テンペスト・G・ニコライであれば苦悩はあれど切り捨てただろう。彼は、戦いの残酷さを知っているから。

 しかし、ましろたちにはできない。

 ましろたちは、ただの学生だから。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――――。

 

「そして3つ、私達が逃走した場合、海賊がこの船を占拠することになる。日本の最新鋭技術が使われた、この船を」

『っ!』

 

 その末路が想像できないほど、彼女たちは愚かではなかった。

愚かではなかったが、しかしであれば賢かったのかと言えばそうではない。

それに、この場には少なくとも3人、議論を自分の思う方向へ進めたい人間がいる。

 

「で、でもっ!それじゃあ戦うってこと!?相手はプロの海賊だよ!?」

「……ブルーマーメイドの卵(海洋学校生)としては、この狼藉は見過ごせませんわ」

「……負け戦は、ごめんぞな」

「どうすればいいんスかね……」

 

 教室は混乱を極めていた。当たり前だろう。あまりにも急すぎる。覚悟なんてできているはずがない。初めての航海がイコールで死地だなんて、そんなの酷すぎる。

 こういう事態は本来ブルーマーメイドの管轄だ。ただのブルーマーメイドの卵(海洋学校生)が担当する管轄じゃない。

 死ぬかもしれない。

 否、死ぬ公算が大きい。

 その事実は、否が応でも彼女たちを狂乱の渦に叩き込む。

 

「落ち着け!」

 

 だから、ましろはダンッ!!!と強く、強く、強く教卓を叩いた。

 その音に驚いて、教室が水を打ったように静まる。

 ……怖いのはましろだって同じだ。

 恐ろしいのはましろだって同じだ。

 だけど、

 けれど、

 それでも、

 

「納沙さん、……仮に、仮にだ。……私たちが全員で、全身全霊で海賊と戦ったとして、……勝てると思うか?」

「………………………………それは」

 

 意味のない質問だった。

 答えることすら下らない疑問だった。

 そんなの、決まってる。

 皆、分かってる。

 

「っ、データ的に言えば、無理です。……だって、『晴風』には制圧用の銃は置いてありませんから。……敵船の位置も分からない現状じゃ、勝ちようがありません」

「……………………………………だったら、離艦…………準備、………………を」

「そんな!では副長は艦長を見捨てるとっ!」

「副長っ!」

 

 叫び声を上げたのは楓と幸子だった。

 そもそもが酷な話ではあったのだろう。ただの学生ごときに結論を出せというのは。

 故に、意見の衝突は確定的な話ではあったのだろう。

 助けるか、見殺すか。

 逃げるか、戦うか。

 賢く生きるか、愚かに生きるか。

 だが、ここではっきりと言っておこう。

 何にもまして正しいのはましろだ。

 明乃とマチコと美甘の3人を置き去りにし、一刻も早く『晴風』から離艦する。それが、現在のましろたちが取れる最適解。

 もちろん、この教室に明乃がいれば別の解が最適解になる。

 だが、今この教室に明乃はいない。

 ましろでは、あまりにも力不足だった。

 

「私はっ、艦長たちを、この『晴風』のことを、諦めたくありません!それにこの船が海賊に運用されたらいったいどれだけ犠牲者が出るかっ」

「そんなことは私も分かってる!だが、現実問題どうする!?どう勝つ!?無策で挑んでも勝てるわけがないだろう!それならっ!だったらせめて脱出して一刻も早く本職のブルーマーメイドに連絡を」

「そんな時間がどこにあるんですか!?艦長たちは今も懸命に戦ってるんですよ!そんな艦長を、()()をっ、副長は見捨てると!?」

「そうは言っていないだろう!通信妨害(COMJAM)の範囲内から出れば携帯で連絡を取れる!私は宗谷家の三女だ!姉さんにっ、日本国ブルーマーメイド安全監督室情報調査室長である宗谷真雪に連絡を取ることができる!」

「それじゃあ遅いって言ってるんです!今『晴風』がいる場所は横須賀港から650キロも離れてるんですよ!?ブルーマーメイドの主力が来るのにどれだけの時間がかかると思ってるんですか!!!」

「西之島新島には横須賀女子海洋学校の教員艦がいるはずだ!横須賀港から増援がくるより速くこの場に」

「間に合わない!一杯でも何時間かかると思ってるんですか!?そんな悠長な時間なんて何処に」

「じゃあお前は私達に死ねというのかッッッ!!!!!」

 

 ヒートアップする議論の中、ましろは思わず禁断の言葉を言ってしまった。

 誰もが、

 この教室内の誰もが、その単語だけは避けていたというのに。

 『死』、という単語を。

 

「っ」

「敵は!」

 

 誰もが必死だった。

 絶対的正解が存在しない世界で、それでも『正しい』選択をしようと抗っていた。

 だから、

 

「敵はっ、私達なんて及びもつかない本物のっ」

 

 だけど、

 

『あー、あー!言い争ってるところ申し訳ありませんが、少し口を挟んでもいいですかね?』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………………………………ぁ?」

「…………………………………ぇ?」

 

 比喩でなく、心臓が止まったかと思った。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………誰、だ……」

 

 長い沈黙の末に、

 絞り出すように、

 滲み出すように、

 問いかける。

 そんなましろの声に、

 その声は、答えた。

 

『察しはついているんじゃないですか?』

 

 最悪の想像が頭をよぎる。

 そんなわけがないという思いが脳を駆け巡る、

 だって、もしそうだとすればどうすればいい?何ができる?

 こんな、ただの学生にすぎない有象無象で、いったい何ができる?

 だから、どうかお願いしますと、そう無駄な希望を希って。 

 

『僕は』

 

 だけど、それは必然、

 

『あなたたちの船に潜入した』

 

 裏切られる。

 

『海賊ですよ』

 

 それが、タイムリミットだった。

 ましろたちには、悠長に話し合っている時間など、

 なかったのだ。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

死刑台のエレベーター(Ascenseur pour l'échafaud)
 ルイ・マル監督によるフランスのホラー映画



ましろはリーダーシップが足りない。
この場面で必要なのは話し合いではなく独裁です。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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どうしたってどうにもならないことは(Sometimes bad things happen,and there's)時々起こるんだ(nothing you can do about it)

人間的であれ、非人間的であれ、
誰よりも人を護れ、誰よりも人を殺せ、
罪を贖い罰を受けろ、絆を紡ぎ星を繋げ、
友情よりも愛情を選べ、信条よりも言条を選べ、
憎い、悪い、難い、醜い憎しみに、
痛い、遺体、異体、謂いたい痛みが、





――――――嘘吐きめ。


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………かい、ぞ…………………く?」

 

『えぇ、海賊ですよ。この船に潜入した。『悪い』海賊です』

 

「……………………その、海賊が、…………何の、……用だ」

 

『交渉と、取引をしたいと思いまして。この船の人間を相手に』

 

「……交渉と、取引、……だと……。それは…………」

 

『ははっ、何というかまぁ随分とあれですね。……あなたは、僕を恐れているようだ』

 

「っ、そんなことは!…………………そんなことは、ない…………」

 

『隠さなくてもいいでしょう。恐れて当然だ。何せあなたたちは所詮学生。僕たちのような『本物』の海賊と戦う覚悟なんてできているわけがない。それに、準備もできていないでしょうし』

 

「…………なんの……話だ……?」

 

『はっ、声、聞こえてましたよ。ははっ、この緊急事態に仲間割れとは、あなたたちは随分とあれですね。……愚かだ』

 

「っ、………………お前がっ、…………くっ」

 

『たかだか30人程度の人間すら引っ張れない人間にリーダーの資格はないと思いませんか?ねぇ、……()()()()()

 

「っ!?な、どうし」

 

『『私は宗谷家の三女だ!』でしたっけ?随分とまぁ、勇ましい。そして愚かしい。()()()()()()()()()()()()()()()。これは、経験論ですがね』

 

「っ、………………………………わた、し、は……」

 

『ははっ、ふふっ、…………はーーー、なるほど、だいたい分かりました』

 

「何、が……だ?」

 

『ふー、何ですかね。僕も、買いかぶり過ぎていたというか。いえ、まぁあなたたちが普通なんでしょうが』

 

「……………………………………」

 

『……どうも、よろしくないですね。……予想外というか、予定外というか。もう少し、話が通じる(厄介だ)と思っていたのですが……』

 

「……………………なに、……を……」

 

『海賊団『クラーケン』、秘密結社『ワダツミ』、観測機関『ベツレヘム』、破滅主義者『アジ・ダハーカ』、絶滅研究所『グレイ・グー』、天球儀会『パンテオン』、海上裏カジノ『ライフ・オア・マネー(LoM)』。……僕はあなたたちをそのあたりの組織の人間と考えていました』

 

「……………………………………………………」

 

『が、違うようですね。となれば、ははっ、……特別なのは、彼女1人ということですか』

 

「かの、じょ………………?」

 

『先ほど、僕達を襲ってきた少女のことですよ。いやはや、彼女は強かった。2()()1()で負けるかもしれないと思ったのは久しぶりです』

 

「っ、みっ、…………無事、なのか……っ!?」

 

『はっ、なぜあなたがそれを気にするんですか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ、ちが」

 

『否定は肯定ですよ、ブルーマーメイドの卵(ブルー・スクランブル・エッグ)。まぁ、そういう意味ではですね。僕はあなたを支援しようと思っているんですよ』

 

「……し………し、え、…………ん、……………だと?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………な」

 

『驚く必要はありません。勘違いしている人は多いですが、海賊は無法者であっても謀叛者ではない。殺人は、海賊最大の禁忌でもあるのですよ』

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

『僕たちはあなたたちを殺したくない。傷つけたくない。なにせ、あなたたちはブルーマーメイドの卵(ブルー・スクランブル・エッグ)だ。あなたたちに手を出せば、本物が、本気で動き出しますからね』

 

「もう、……手遅れだろう……っ!」

 

『いえいえ、実はそうでもないんですよねこれが。こういう事態は数年に1度程度は起きましてね、青人魚(ブルーマーメイド)にはこの手の緊急事態に対するテンプレがあるんですよ』

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

『特に、日本のブルーマーメイドは人命最優先の傾向が高い。高すぎる。僕らからすればありがたすぎるくらいには。……だから、あなたたちが無傷なら、彼女たちはある程度までなら僕たちのことを見逃す。……この船を、裏取引で売るくらいのことはね?』

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

『そう、そういう意味でもあなたたちの懸念事項の1つは晴れたでしょう?ロシア、アメリカ、オーストラリア、中国、ははっ、海洋強国たるこの国の最新鋭艦艇を欲しがる国はいくらでもあります。――――――高く売れる。10億ドルは下らないっ!』

 

「………………金、…………か」

 

『そう、世の中金ですよ。……僕たちがこの船を運用することはない。だから、この船が誰かを傷つけることもまた、ない』

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

『さて、ご返答は?』

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………保障は?」

 

『何ですか?』

 

「お前たちが、…………私たちを、……無事に逃がすという保証は、……あるのか?」

 

『へぇ、……僕たちの提案を呑むと?』

 

「…………お前たちの手に、……この船が渡ったとしても…………、本職(姉さんたち)がどうにかしてくれる。――――――絶対に」

 

『ははっ!他力本願此処に極まりですね!いやいや、僕としてはありがたいんですがね。……それで、保証ですか、……まぁ、そうですね。でしたら』

 

「……ざけないで」

 

『ん?』

 

「ふざけないでください!!!」

 

『―――――――――――――――――――――』

 

「さっきから黙って聞いていればふざけたことをっ!副長は、副長はァ!恥ずかしくないんですかっ!!!???」

 

『おいおい』

 

「命惜しさに()から逃げて、他国に売り渡されると分かって海賊に船を譲ってっ!それでもっ、それでも副長はっ!」

 

「――――――ていろ」

 

「それでも副長はブルーマーメイ」

 

()()()()()()()()()()()()!!!!!()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!!!!!!」

 

「っ!」

 

『ははっ、くっ、ははははははは!!!全く、聞いてられないですね、本当に』

 

「何がっ、何がおかしいんですか!この海賊がッ!」

 

『ははっ、叶いもしない夢を見て戯言をほざいているあなたのことを嗤っているんですよ。『恥ずかしくないんですかっ!!!???』ですって?、『命惜しさに()から逃げて、他国に売り渡されると分かって海賊に船を譲ってっ!』ですって?……いやはや、宗谷さん、馬鹿な部下がいるとあなたも大変ですね』

 

「なっ!」

 

()()()()()()()

 

「っ!?」

 

『もう1度言いましょうか?いつでも、殺せるんですよ』

 

「…………………やめろ」

 

『あなたたちを殺すなんて、赤子の手をひねるよりも遥かに容易い。5秒で殺せる。これは、厳然たる事実です』

 

「…………もういい」

 

『魚雷1発で、砲弾1撃で、直接あなたたちのいる艦後方に乗り込んで、……それだけで、殺せる』

 

「っ、どうし」

 

『どうして自分たちのいる場所がバレたのか、ですか?ははっ、この伝声管を通した返答の速度で、だいたいの場所の健闘はつきますよ』

 

「もういいって言ってるだろ!!!」

 

『…………なるほど、あなたもあなたで限界でしたか。これは、申し訳ないことをしましたね』

 

「………………離艦、……する。………………………死にたく、ないんだ。…………………………見逃してくれ………………………………」

 

『ははっ、もちろん。先にも言いましたが、僕たちはあなたたちを殺すことに全くメリットを感じていない。商売の邪魔さえしなければ、あなたたち程度、路傍の石よりも気にならない』

 

「それで、……………………………………………………保障は?」

 

『そう、保障でしたね。もちろんありますよ。えぇありますとも。()()()()()()()()()()()

 

「な、……………………に……………………?」

 

『この霧は僕たちが生み出したモノです。消すこともまた、容易い。霧が晴れれば僕たちの船の位置を確認することもできるでしょう?つまり、僕たちもリスクを晒すということ。これは保障になるでしょう?』

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

『さて、離艦、してくれますよね。……皆さんで、ね』

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………総員、……………………………………………離艦………………………だ」

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

どうしたってどうにもならないことは(Sometimes bad things happen, and there's )時々起こるんだ(nothing you can do about it)
 1994年6月24日に公開されたディズニーによる長編アニメーション映画『ライオン・キング』に登場するプライド・ランドの王、ムファサ(Mufasa)の台詞。



違和感、あるでしょ?

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!











愛していると宣って、
恋していると謀って、
大好きなんて囁いて、



――――――何も、気づいてない癖に。


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隣り合わせの恐怖(When the Dead Come Knocking)

恨まれるのはいい。

恐ろしいのは、恨むことさえできないことだから。


 怖い。

 

『そう、保障でしたね。もちろんありますよ。えぇありますとも。この霧を、晴らしましょう』

 

 怖い。

 

『この霧は僕たちが生み出したモノです。消すこともまた、容易い。霧が晴れれば僕たちの船の位置を確認することもできるでしょう?つまり、僕たちもリスクを晒すということ。これは保障になるでしょう?』

 

 怖い。

 

『さて、離艦、してくれますよね。……皆さんで、ね』

 

 怖くて、頭がおかしくなりそうだった。

 こんな事態想定していない。想像すらしていない。初めての航海だったのに、簡単な航海だったはずなのに、どうしてこんなことになったのか、こんな目にあわなければいけないのか。

 本当は、今すぐにでも逃げ出したい。『晴風』からではない。全ての責任からだ。人の命を背負う覚悟なんてあるわけない。1年、2年と経験を積んだ後ならともかく、臨検訓練や艦隊模擬戦を行った後ならともかく、今、そんな覚悟なんて持っているわけがない。

 如何にブルーマーメイドの名家出身でも、

 如何に成績が優秀だとしても、

 ましろはまだ、入学したての高校生だ。

 そんな覚悟なんて、あるわけがない。

 

「……本気ですか、……副長は」

 

 睨みつけながら、

 ましろのことを咎めるように睨め付けながら、幸子は言った。

 今にも掴みかからんばかりの雰囲気だった。

 

「何がだ…………、……………書記程度が」

 

 だから、吐き捨てる。切り捨てる。拒絶する。

 恨まれるのは自分だけでいい。間違っているのは自分だけでいい。失敗したのは自分だけでいい。

 精一杯の暴言を口に出して、ましろは油断してしまえば弛んでしまいそうになる涙腺を引き締める。

 涙を流すわけにはいかない。涙を流せば、同情される。

 それはダメだ。

 敵役はましろ1人でいいのだから。

 

「っ、本気で離艦するつもりですか!?艦長たちを見捨てて!?」

「なら、」

 

 ましろだって、

 

 『も、もしよかったらっ、この制服を代わりに着たらどうかなって!!!』

 

 ましろだってっ、

 

 『初めまして、『晴風』艦長の岬明乃です!遅れてごめんね……、それと、これから3年間よろしく!』

 

 ましろだってっ!

 

 『たぶん1時間くらいで戻ってくるから、それまでお願いね!あっ、私が帰ってくるのは待たなくていいからね!航路の選定が終わったら、シロちゃんの合図で出航していいから!』

 

 本当はましろだってっ!

 

「なら、聞かせてくれ。――――――どうすればいいんだ?」

「な」

 

 泣きたくなる。

 哭きたくなる。

 亡きたくなる。

 

 ――――――己の弱さに、なきたくなる。

 

「なぁ、教えてくれ、納沙さん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!???」

 

 助けたいに決まってる。

 戦いたいに決まってる。

 抗いたいに決まってる。

 それでも、それを選択しない、できないのは、分かっているからだ。

 明乃たちを助けるために動いてもいい。

 海賊たちと戦うために動いてもいい。

 この現実に抗うために動いてもいい。

 

 だけど、その果てに待つのは全滅の未来だけだ。

 

 ましろの指揮では絶対に海賊たちに勝てない。それが分からないほどましろは愚かではなく、驕ってもいない。

 

「敵は『プロ』の海賊でっ!」

 

 惨めったらしく叫ぶ。

 弱くてごめんなさい。

 だから、待ってる。

 

「こっちにはまともな武器1つもない!」

 

 ダンッ!と黒板を拳の側面で殴る。

 まるで罰のように全身に鈍く傷みが伝わる。

 だから、待ってる。

 

「あっちはこっちの位置が分かっていて!」

 

 これは、ましろの運の悪さが引き寄せた事態だろうか。

 だとすれば、その咎はましろ1人で受ければいいのではないか。

 だから、あなたを待っている。

 

「なのにこっちはあっちの位置も分からない!」

 

 信じている。

 信じている。

 信じている。

 だから、叫ぶ、怒る、責め立てる。

 わざとらしくてもいい。不自然でも構わない。馬鹿だけど、足りないけど、弱いけどっ!それでも分かることはある。信頼を失っても、信用を無くしても、皆が生きていさえいてくれれば、ましろは――――――。

 

「……私たちはもう、…………………敗けてるんだ」

 

 冗長的に話せ。

 沈黙の時間を長くしろ。

 相手から言葉を引き出せ。

 

「私たちは、最初から、――――――負けてるんだっ!」

 

 時間を稼げば、きっと、

 きっと……。

 あぁ、なんて他人頼み。

 

「…………なぁ、生きたいって思うのはそんなに責められるべきことか?」

 

 言うべきことはそうじゃないはずだ。

 それでも言葉が止まらないのは、つまるところましろが弱いから。

 誤った選択肢をそれでも選ばなければならないという事実に圧し潰されそうになるからか。

 

「皆と逃げたいって思うのは、……そんなに、……………………そんなに、間違ってるのか?」

「っ、……ふく、………ちょう」

 

 肯定してほしくて、

 正しいと言ってほしくて、

 ただ、認めてほしくて、

 

 ――――――なんて、無様。

 

「納沙さんだって分かるだろう?勝てない、敵わない、届かない。…………だから、だったら、…………せめて、………………………」

 

 もう少しだけ馬鹿だったら、

 もう少しだけ愚かだったら、

 もう少しだけ塵屑だったら、

 

「……分かってる。間違ってる。正しくない。誤ってる。……………私だって本当は、…………本当はっ!」

 

 if(もしも)を想像する。

 『晴風』に乗らなければ、

 横須賀女子海洋学校に入学しなければ、

 副長なんて立場でさえなければ、

 もっと気楽に生きることができたのか。

 もっと正しく生きることができたのか。

 

「……………………………………………ごめん、………………でも、……………………………皆を、…………………………死なせたく、……………………ないんだ」

 

 もっと強ければ、

 もっともっと強ければ、

 海賊なんて簡単に下せるほどに強ければ、離艦なんてしなくてよかったのだろうか。

 

「っ、……………………わかり、ました」

 

 もっと強ければ、

 例えばこの場にいるのがましろでなかったら、

 明乃(艦長)だったらきっと、

 きっと……、

 だから、

 だから、

 伝声管に向かって、声をかける。

 届くように。

 伝わらないように。

 

「15、…いや、10分だけ時間をくれないか」

『なぜですか?』

「…………自室から、……各々の持ち込み物を持ち出す猶予が、…………ほしい」

 

 まだ、

 まだまだ、

 まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ、

 

 まだ、気づかれてはいないはずだ。

 

「私たちはまだ入学して2日目なんだ。……思い出の品も、持ち込んでる。………………私だったら、……お守り代わりの、祖父母の遺品を……………頼む、……………」

『――――――いいでしょう』

「っ、……それは」

『あなたの意見を尊重しましょう。――――――10分と言わず20分の時間をあげましょう』

「っ!?」

 

 その返答はあまりにも予想外だった。

 だから、だからふるえる。

 気づかれた?バレた?そうだとしたらもうもたない。

 だって、ましろは弱いから。

 

『そして宗谷ましろ、更にあなたの意見を尊重してこう言っておきましょうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 気絶しそうなほどに、頭痛が酷い。

 

『彼女は、あなたたちを生かすために全ての汚名を被る覚悟を示した。……海賊に船を明け渡すだなんて、宗谷家そのものが潰れかねないスキャンダルだ。彼女自身、今後ブルーマーメイドになれない可能性は非常に高い。ブルーマーメイドの名家出身で、幼少のころからブルーマーメイドに焦がれていた人間がその道を己の意志で捨てた。これは、あなたたちが思っているよりも遥かに覚悟がいることですよ?』

「っ」

『彼女は、彼女の家族よりも出会って1週間もたっていないクラスメイトの命を救うことを選んだ。褒められこそすれ、恨まれることはないと僕は思いますがね』

「………………………………………違う」

 

 それは、正しくなかった。

 海賊の言うことは、何1つとして正しくなかった。

 なぜならば、ましろは、

 ましろは――――――、

 

「――――――私は結局、…………ただの」

 

 だって、ましろの言ったことは全て本心だ。

 死にたくないから逃げたい。

 艦長を見捨ててでも生きたい。

 怖い、恐ろしい、辛い、痛い。

 自分本位。自分勝手。自己中心的。

 あぁ、ならばきっと、ましろの本性は嗤えるほどに。

 

「クズでしか」

()()()

 

 ()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()

「ぁ」

 

 声が、聞こえた。

 聞き覚えのある、声。

 彼女の、声。

 

「……すみません、艦長。……あと、任せてもよろしいでしょうか」

 

 振り返らずに、応える。

 顔を見ることなんて、できるわけがなかった。

 

「うん、受け継ぐよ。……ありがとう、()()()()()()()

「ぁ」

 

 だから、ましろの期待は正しかったのだ。

 彼女は確かに海賊から逃げ延びていたし、その足で合流地点である教室へ走っていた。

 信じていた。無事だと思っていた。だから、時間を稼いでいた。

 冗長的に話したのは、

 沈黙の時間を長くしたのは、

 態と幸子や海賊から言葉を引き出していたのは、

 つまり、そういうことだったのだ。

 

「はいッ!」

 

 その策は見事に嵌った。

 陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦長岬明乃は、

 ようやく教室に辿り着いた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

隣り合わせの恐怖(When the Dead Come Knocking)
 アメリカ合衆国のテレビドラマ『ウォーキング・デッド(The Walking Dead)』シーズン3、第7話サブタイトル。



疑問――――――(ましろは)正義の為に(今までの己の全てを)殺せるか?

解答――――――Yes。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!



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嵐になるまで(Before the War)

覚悟が無いならもういいよ。

あなたの価値(勝ち)は、『帰依』去った。


 挨拶はなかった。

 明乃は荒々しく、無造作に、教室の中に入った。その後ろに明らかに消耗した様子の美甘と額に汗をかいているマチコが続く。

 誰も、何も言えなかった。

 それほどまでにおそろしかった。

 恐ろしく、怖ろしく、おどろおどろしく。

 

「――――――――――――ふぅ」

 

 溜息。

 それ1つで、心臓が竦みあがった。

 明乃は当然、昼間の内に『晴風』全員と顔を合わせている。だから『晴風』の船員は皆、明乃を知っている。

 優しそうな、頼りになる、リーダーシップの高い艦長。

 その仮面を、今の明乃は脱ぎ捨てていた。

 歩く。

 

「よくもまぁ、」

 

 声に、色は無く。

 表情は、死んでいて。

 何よりも圧が、酷かった。

 

「私のいない間に、私の船で、私の部下を、」

 

 へたり込んだましろの頭を軽く撫で、明乃は伝声管の前に立った。

 そして、その向こうにいる『敵』に話しかける。

 

「随分と玩んでくれたね、海賊風情が」

 

『…………随分と早いお着きですね。……速すぎるくらいに』

 

「はっ、あははっ!早い、速い、それとも(はや)いって?……逆だよ」

 

『逆?』

 

「あなたが、遅かったんだ。……ほんと、シロちゃんはいい仕事をしてくれたよ」

 

『……どういう、意味でしょうか?』

 

()()()()()()()()()()()()()()()1()5()()()()()()()

 

『な、に……?そんなはず………………、っ、いやまさか!?』

 

「どんな手段(テクニック)を使ったかなんて知らないけど、どんな覚悟(ポリシー)があったかなんて分からないけど、……だけど、あなたは引っかかった。シロちゃんは、私が間に合う様に、時間を稼いでくれた……っ!」

 

『っ、……………………………………』

 

「シロちゃんのことを舐めたね、海賊如きが」

 

『……『特別』なのはあなただけだと思っていました。……ですが、違ったようですね。僕たちの『経験』よりも、あなたたちの『覚悟』の方が上だったようだ』

 

「今さら気づいたの?……理想すら叶えられず勝手に挫折して諦めて堕落した敗残兵ごときに、私達は負けない」

 

『なるほど、であればもはや交渉も取引も不要ですか』

 

「要求は?」

 

『鏖』

 

「返り討ちだ、落伍者」

 

『舐めないでほしいですね、狂った鈍間牛(BSE)。……僕たちの地獄()を、舐めるな』

 

「あなたたちこそ、……私たちの覚悟()を、舐めるな」

 

 それで終わりだった。

 それだけで、それだけでも十分だった。

 明乃とベテルギウスの間の意思疎通は、それでもう十二分だった。

 

「…………艦長」

「――――――――――――」

 

 顔を上げることすらできないましろが、それでも明乃に声をかける。返答はなく、無言の回答があった。

 たぶん、明乃とベテルギウスの会話内容を理解できた人間はこの教室内にはほとんどいないだろう。 

 それでも、分かることがある。内容は分からずとも、分かることがある。

 つまり、逃げ道がなくなったということを。

 だから、立ち向かうしかないということを。

 

「……かん、ちょう……?」

「――――――――――――」

 

 様子が可笑しかった。

 幸子の呼びかけに明乃は答えなかった。

 応えなかった。

 

「あはっ、」

 

 そして、その声は、顔は、圧は、

 まるで、

 まるで、狂ったように、

 まるで、壊れたように、

 まるで、歪み続けているように、教室を蝕んでいく。

 傷。

 傷み。

 それは常に、明乃を蝕んでいて。

 その絶望()を抱えたまま、その悲哀(傷み)に冒されたまま、明乃は教卓の前に立った。

 

「あはははははははは!!!!!――――――なんていうかさ、ほんと、……嗤っちゃうよね」

 

 空気が軋んだ。

 意識が撓んだ。

 世界が死んだ。

 それほどまでに、明乃の全ては終わっていた。

 声も、顔も、圧も、

 これ以上ないほどに、終わっていた。

 

「総員傾聴っ!!!」

 

 ドンッ!と、明乃は思い切り黒板を叩いた。その音に、思わず背筋が凍る。

 声が、

 こえ、が、脳を、

 そのこえにのうがおかされる。

 だからだろうか。

 だからなのだろうか。

 その横顔から、目が離せない。

 あるいはそれが感傷か、もしくはこれが代償か。

 ましろには、もう分からなかった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 余りにも突然な、その問いかけ。

 主語も述語もない、意図の伝わらない問いかけ。

 ただの学生に過ぎない彼女たちにはあまりにも酷な問いかけ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それも、複数人。

 

「5人、か。……1人も手をあげないと、思ってたんだけどね」

 

 嘘だ。

 5人も手を上げるとは思っていなかったが、同時に1人も手をあげないとも考えていなかった。

 だって、最低でも芽依は手を挙げてくれるだろうから。

 

「まぁ、魚雷を撃つチャンスがありそうだしね?」

 

 西崎芽依。

 横須賀女子海洋学校所属艦陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦水雷長にして、明乃の唯一無二の共犯者。

 そして、狂乱天才射撃少女(グレイノイズ・トリガーハッピーガール)

 

「此度の所業は、到底赦していいものではありませんわ」

 

 万里小路楓。

 横須賀女子海洋学校所属艦陽炎型航洋直接教育艦『晴風』水測員にして、世界に誇る大企業『万里小路重工』の社長令嬢。

 そして、万里小路流薙刀術の免許皆伝者。

 

「虚仮にされたまま大人しく身を引くってのは、粋じゃねぇんでい!」

 

 柳原麻侖。

 横須賀女子海洋学校所属艦陽炎型航洋直接教育艦『晴風』機関長にして、明乃も驚嘆するレベルの技術力を持つ規格外の天才。

 そして、事情は分からずとも1度担ぐと決めた艦長に最期までついていく覚悟を持つ勇気ある少女。

 

「愁苦辛勤。まだ、私には為すべきことがある」

 

 鏑木美波。

 横須賀女子海洋学校所属艦陽炎型航洋直接教育艦『晴風』衛生長にして、明乃の真実の一端を知る人間の1人。

 そして、元絶滅研究所『グレイ・グー』第四開発室第五席研究員にして生体洗脳兵器RATt(ラット)の開発者。

 

「この蛮行を止める。止めてみせる……っ!」

 

 野間マチコ。

 横須賀女子海洋学校所属艦陽炎型航洋直接教育艦『晴風』見張員にして、十数分前に明乃と協力し海賊を足止めした『強き』人間。

 そして、アクロバティックな動きにより敵を翻弄する格闘少女。

 

「ちょ、マロンっ!?」

「マ、マッチ?」

「みんな…………」

「マジ、すか」

 

 教室がざわつく。戸惑いの声で溢れる。それはどうしてか?覚悟がないからだ。

 覚悟さえあれば、この程度で揺れることなどない。ブルーマーメイドとして当然の覚悟があるならば。

 明乃を含めた6人は覚悟ができていた。

 正義(誰か)のために殺す(死ぬ)覚悟が。

 

「っ、艦長、私も……っ!」

「ッ、マッチが行くなら私も!」

 

 テンテンポ遅れ、幸子と美海が声を上げる。

 

 ()()()2()()()()()()()()

 

「――――――必要ないよ」

「ぇ?」

 

 酷く酷薄に、いっそのこと冷たいほどに冷徹に、明乃は2人の協力要請を断った。

 いらない。

 必要ない。

 むしろ邪魔だ。

 中途半端な人間は、ちゃんとした人間の邪魔にしかならない。

 

「ココちゃん、ミミちゃん、聞こえなかったかな?……必要ないって、言ったんだけど」

「な、なんでですか!?私だって……っ!」

 

 余裕なんてなかった。

 取り繕う猶予なんてなかった。

 焦っていたし、怖がっていたし、狂っていたし、

 だから、明乃は正直に告げた。

 自分の、思いを。

 

「……厳しいことを言うけどね、ココちゃん、現状じゃ、イノベーター(革新者)以外は求められてないよ」

「っ!」

「他人に追随することでしか生きられない寄生虫が勝てるほど、『プロ』の海賊は弱くない。――――――今必要なのは戦力じゃない。精神力だから」

「………………、っ……く」

 

 誰かがやるから自分もやる。

 皆がやるなら私もやる。

 そんな主体性の無い奴が、実戦で役に立つわけがない。

 だから容赦なく切り捨てる。気を使ってる暇など、ない。

 いくつか仕掛けを施しはしたが、それでも40分もすれば海賊たちはこの教室にやってくるだろうから。

 

「シロちゃん、立てる?」

「すみません、厳しいです。……膝が、笑ってしまって…………」

「なら、肩を貸すよ。独りじゃ立てなくても、2人なら立てるでしょ?」

 

 蹲って消沈しているましろに手を伸ばす。

 ましろは、とても頑張ってくれた。明乃の予想を超えるほどに頑張ってくれた。まさか、ましろが海賊相手に時間稼ぎをしてくれるだなんて、明乃には想像すらできなかった。

 そんなに『強い』子だとは思えなかった。

 けれど、間違っていた。そうだ。ましろはあの宗谷家の三女なのだ。そんな人間が『弱い』わけがない。

 

「……優しいですね、…………艦長は」

 

 手を掴み、ましろはゆっくりと立ち上がった。

 独りでは立てなくても、2人なら立てる。

 きっと、断てるはずだ。

 この危機さえも、きっと。

 

「――――――別に、私は――――――優しくなんてないよ」

 

 今だって、他者を利用することしか考えていない。

 いつだって、自分のためにしか生きていない。

 そんな塵が優しいわけがないんだ。

 

「それで艦長。……私は、何をすれば?」

「――――――この船を沈める準備を」

「…………………………………………」

 

 真剣に、断ち切られそうなほどに真剣に、明乃は言った。

 それが最善手。

 そうすれば、『もしも』が起きてもきっと大丈夫。

 

「……………………………………………………死なば諸共、ということですか」

 

 皮肉気に、否、悲壮気か。

 油断すれば弛みそうになる涙腺を決死の覚悟で固く締め、ましろは辛そうに唇を歪めた。

 こんなことになるのならば、もっと家族と過ごしておくべきだった。

 こんなことになるのならば、もっと家族と話すべきだった。

 こんなことになるのならば、もっと、もっともっと家族と触れ合っていたかった。

 

「この船は、死んでも海賊に渡さない。……これ以上の私のせいで人を殺させるわけにはいかない」

「――――――分かりました、艦長。……………………あなたの遺志を、尊重します」

 

 でも、そんな機会はもう来ないだろう。

 だったらせめて、迷惑を掛けないように死んでみせよう。

 地獄の底で『頑張らないよりはマシだったんじゃないの?』なんて、そんな戯言を壊れた笑顔で交わせるように。

 

「ねぇ、皆」

 

 重く、

 深く、

 強く、

 響く。

 

正義(より良き未来)のために、死んで?」

 

 何よりも辛く、明乃の声が教室を劈いた。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

嵐になるまで(Before the War)
 A-1 Pictures・TROYCA共同制作による日本のオリジナルテレビアニメ作品、アルドノア・ゼロ(ALDNOAH.ZERO)、第10話サブタイトル。



疑問――――――(誰が)正義の為に(敵も自分も)殺せるか?

解答――――――岬明乃、西崎芽依、万里小路楓、柳原麻侖、鏑木美波、野間マチコ。以上6名、異常也。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!
















「どうしてですか五十土先輩!?どうして、あなたがっ!?」
「久しぶりでっさねぇ、……あずみィ!」

「正義の為に、あなたを殺すっ!殺してみせるッッッ!!!」
「正義なんて曖昧なモノじゃ、誰も救えないんでっさよっ!!!」

「あずみ――――――俺っちの(あと)を、つぐでっさ」
「次は、私の番?」

「ダモクレスの剣は、私が受け継ぎます」
「……あぁ、それなら、俺っちも…………」



次話、『国際テロリスト『晴風』』前作、『最後の悪意は気高く儚い』第1部第13章第66話、『消えるように(perdendosi)』。

受け継がれる『ダモクレスの剣(マクガフィン)』が、最悪の呪いを継承させる。


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消えるように(perdendosi)

 『国際テロリスト『晴風』』前作
 『最後の悪意は気高く儚い』
 第1部第13章第66話
 『消えるように(perdendosi)

 ――――――これは、知名あずみが破滅するまでの物語。


 2001年11月18日 午前3時29分 東京都小笠原村沖ノ鳥島 沖ノ鳥島灯台にて

 

 才能があった。

 おそらく、五十土には誰よりも、――――――1999年に東舞鶴男子海洋学校に入学した他の誰よりも才能があった。

 五十土は人の好かれるための術を知っていたし、五十土は勉強ができたし、五十土は教官からの受けもよかったし、五十土は実技も高レベルで熟せたし、何よりも五十土には天賦のカリスマがあった。

 まさに五十土は1つの時代に選ばれた、そう称されるべき才能を持っていた。

 だから、だからこそだろう。

 五十土は決して気づいてはならない『闇』に気づいてしまった。

 

 否、()()()()()()、というべきか。

 

 あの、『魔女』に。

 

「先輩!」

「はっ!久しぶりでっさねぇ、……後輩(あずみィ)!」

 

 東京都小笠原村沖ノ鳥島『沖ノ鳥島灯台』の上で、共に天才と呼ばれていた2人が遂に対峙をはたした。

 物理的に荒れ狂った、砲弾と魚雷が飛び交う海原を越え、あずみはようやく五十土の下に辿り着いた。

 

(……、結局俺っちはまだ、『魔女』の掌の上でっさか)

 

 五十土は、左手で軽く、首からかけたスターチスをモチーフにしたネックレスに触れる。

 このネックレスはつい半年前に五十土が日本のブルーマーメイド特殊潜入課第四特殊潜入班(海猫)の班員から受け継いだものだ。いくつもの風穴を開けられた身体で、それでも伝えるべきことを伝えるために歩き続けた彼女は、海に打ち上げられ、五十土と出会った。

 今思えばその出会いさえも、『魔女』に仕組まれたものでしかなかったのであろうが。

 

「……っ、止めてください」

「ははっ、何をでっさか?いったい何を!?」

「全部です、先輩。今ならまだ間に合うっ!まだ戻れるっ!!!」

「ははははははっ!相変わらずのお気楽でっさね、後輩!間に合う?戻れる?――――――遅い、遅すぎるんでっさよ、もう!!!」

 

 五十土とあずみの関係性は知り合い以上で恋人未満といったところだろうか。

 共に優秀で、有能で、正義感に溢れていた2人が出会ったのは必然であり、ある程度の仲に発展したのは当然ではあったのか。

 ならばなぜ、今2人はこうして日本の最南端で対立しているのか。

 本土から1700キロメートル以上離れた、この沖ノ鳥島で。

 

「先輩はこんなことをする人じゃなかったはずです。ホワイトドルフィンになるって、皆を助けるってっ、……あの時の言葉は嘘だったんですか!?」

「嘘じゃあ、ないでっさよ。……俺っちは『正義』を為すために、この島を爆破するんでっさ」

「なっ、爆破!?」

「ははっ、最初から俺っちはたかが海賊ごときの砲撃でこの島を沈められるとは思ってないでっさよ。外の海賊は、ただの駒でっさ」

 

 嗤いながら、嘲笑いながら、五十土は語る。

 己の目的を。

 哭き乍ら。

 

「ブルーマーメイドの塵共も、ホワイトドルフィンの無能共も、上手く引き付けたと思ってたでっさがね、……やっぱり、『本物』レベルは釣れないでっさか」

「っ、外の海賊は囮!?」

「苦労したでっさよ、大西洋を支配する大海賊団『クラーケン』とインド洋を支配する大海賊団『カリュブディス』に協力を取り付けるのは。まぁ、ホワイトドルフィンの内情はあっちとしても喉から手が出るほどほしかったようでっさけどね」

「なっ、日本のホワイトドルフィンの情報を売ったんですか!?」

「俺っちにはもう、必要ないでっさからね」

「ふっ、ふざけるな!!!必要ない!?そんな理由でっ!?それが、それがどれだけっ、いったいどれだけの人が積み上げてきたモノか、先輩は分かってるはずでしょうがァ!!!」

 

 痛いな、と五十土は思った。

 五十土もそう思っていた。五十土だってそう思っていた。自分こそが正しくて、自分こそが『正義』、自分こそがヒーローなのだと。

 そう思っていた。

 与えられる情報を鵜呑みにして。

 手に入れた情報だけを信じて。

 仲間や教官たちを信用して。

 そう生きてきた。

 それが誤りだったことに、気づいた。

 

「青いでっさね、後輩。――――――気づいたでっさよ。俺っちは」

「何に!?」

「その積み上げが、偽りってことにでっさよ」

 

 ブルーマーメイドもホワイトドルフィンも、『正義』などではなかった。

 全てはあの『魔女』が作った舞台装置だった。

 用意された舞台。

 与えられた役割。

 脚本通りの茶番劇。

 

 ()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いくら後輩でも、その邪魔だけはさせないでっさよ」

「ふざ、けないでください」

 

 何も知らない、知ろうともしていないあずみのことを憐れみながら、残酷に告げる五十土。

 もちろん、五十土は気付いていない。

 この展開すらも、結局過去の焼き直しに過ぎないという事実に。

 

「沖ノ鳥島の排他的経済水域(EEZ)は日本の国土よりも広いんですよ!?この島が無くなれば、日本の経済活動可能域は大幅に減少する!舞鶴に所属していた先輩にその意味が分からないわけがないでしょう!?」

「関係ないでっさよ、そんなことは」

「な、ん」

「どれだけの人間の迷惑が掛かろうと、…………俺っちはこの島を壊す。ここには、それをしなくちゃいけない理由があるでっさよ」

「どうしてですか五十土先輩!?どうして、あなたがっ!?いったい何が、」

 

 ここに至っても信じられない。そう言うように、あずみは必死に言葉を投げかける。

 だって、あり得ないだろう。

 あれほど誠実で、純真で、努力家で、才能に溢れていた五十土が、

 あずみですらも『この人になら従ってもいい』と思えたほどの才の持ち主が、

 なぜ、こんな暴挙に。

 どうして、海賊と協力して沖ノ鳥島を爆破しようなどと。

 

「何があなたをそこまで変えたんですか!?先輩はっ、先輩はそんなことを言う人じゃなかった!!!」

「ははははっ!この島を破壊すればきっと俺っちを殺すための『ワダツミ』の『御前会議』が動き出すでっさ!影すら掴めない奴らを表舞台に引きずり出すためなら、一般人の千人や万人、どうってことないでっさ」

「っ、説明してください!理由がっ、先輩がこんなことをするのは、何か理由があるんでしょう!?」

「――――――そうでっさね、まぁ、……後輩になら伝えてもいいでっさか」

 

 『魔女』の掌の上から飛び出す。

 『魔女』のシナリオの外に出る。

 『魔女』の思惑を外してみせる。

 そして、万が一の時の『後継者』を作る。

 五十土が『正義』を為せなかった時に、それを受け継げる人間を造る。

 『魔女』を、殺すために。

 

「この島は、鼠の養殖場なんでっさよ」

「鼠……?」

「そう、鼠でっさ。女王感染者(テティス)を生み出し、平穏の絆(アドミラルティ・ネットワーク)を構築する」

 

 だからおそらくこの時、この瞬間、この場所で、

 

「鼠でっさよ」

 

 五十土は世界の真実に最も近い場所にいたのだ。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

消えるように(perdendosi)
 音楽における発想記号の1つ。



少しだけ言及していた沖ノ鳥島爆破未遂事件と沖ノ鳥島砲撃未遂事件の真相を、ほんの少しだけ明かしましたが、いかがでしたでしょうか。

これにて『プロローグ-顛-』は終了です。
いつも通り登場人物紹介(Material)を挟み、次話から『プロローグ-欠- 国際テロリスト『晴風』誕生~そして、全てが終わった日~』に移ります。
明乃は大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊との決戦の果てに何を掴み何を喪うのか。どうぞ、お楽しみに。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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登場人物紹介(Material)

『プロローグ-顛-』のネタバレ全開のため、38話までの既読を推奨します。

ネタバレOK、あるいは38話まで既読済みの方は下スクロールをしてください。

『プロローグ-顛-』最終話後の人物情報(マテリアル)を記載します。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本国

 横須賀女子海洋学校

  陽炎型航洋直接教育艦『晴風』

   艦橋要員

   機関科

   砲雷科

   航海科

   主計科

 

 ブルーマーメイド

  任務部門

   航路管理課

    第三部隊

 

海賊

 リヴァイアサン

  第十五部隊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『晴風』艦橋要員

 

(みさき) 明乃(あけの)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年7月20日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦長

 所属科  :航海科

 出身   :長野県松本市

 血液型  :B型Rh-

 星座   :蟹座

 身長   :143センチメートル

 状態   :左手骨折(偽装)、左肩弾丸貫通(無理やり止血)、重度精神摩耗、軽度発狂

 趣味・特技:読書、ネットサーフィン、海を見ること、スキッパー操作、サバット・ディファンス(我流)、演技

 資格・実績:中等乙種海技士、丙種二級小型水上免許(中型スキッパー免許)、潜水士資格、実用英語技能検定1級、実用フランス語技能検定準1級、中国語検定1級、実用イタリア語検定準1級、第54回全日本少女スキッパーレースA-1カテゴリ準優勝、第23回全国図上演習競技大会5位入賞

 得意科目 :全て

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:すべての不幸は未来への踏み台にすぎない(All unhappiness is only a stepping stone to the future)(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)

 好きな食物:サンドイッチ(短時間かつ片手で食べられるから)、栄養ドリンク、サプリメント、プリン

 苦手な食物:生牡蠣、肉

 好きな色 :海色

 嫌いな色 :赤色

 好きなもの:知名あずみ(故人)、西崎芽依、スターチスをモチーフにしたネックレス(ダモクレスの剣)

 嫌いなもの:船、炎、拳銃、血液、ブルーマーメイド、革命派、海賊、スパイ

 宿痾   :心的外傷後ストレス障害(PTSD)強迫性障害(OCD)(軽度)、メサイアコンプレックス、暗闇恐怖症、赤色恐怖症、血液恐怖症、対人恐怖症、不眠症

 愛称   :岬ちゃん、明乃ちゃん、明乃、艦長、艦長さん

 人物   :9年前のクルーズ船『セブンシーズ・マリーン』号沈没事故で両親を失い、知名あずみから未来を託されたことで全てが歪んでしまった少女。不自然な霧により海賊の襲来を予期したが、対応に動く前に襲撃を受ける羽目になってしまった。その後、幸子の協力により血痕を床に残し撤退を偽装、艦橋上部に潜み、襲来した海賊に対抗した。奇策により海賊の力量を測るも、割れた艦橋の窓から飛び降り撤退を図った際、霧中で視界が効かないはずの状態でありながら海賊の銃撃により左肩を負傷する。その後、いくつかの仕掛けを施した後、船後部の教室へ撤退、交渉に見せかけた脅迫行為を仕掛ける海賊を口八丁で追い込み、『晴風』メンバーに向かって戦う覚悟を問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

宗谷(むねたに) ましろ

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年5月27日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦副長

 所属科  :砲雷科

 出身   :神奈川県横須賀市

 血液型  :A型Rh+

 星座   :双子座

 身長   :159センチメートル

 状態   :重度精神摩耗

 趣味・特技:おまじない、水泳(着衣含む)

 資格・実績:中等乙種海技士、水上交通管制基礎試験合格、第15回ブルーマーメイド物知り大会4位入賞

 得意科目 :全部

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:すべての不幸は未来への踏み台にすぎない(All unhappiness is only a stepping stone to the future)(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)

 好きな食物:ヒラメの刺身、ソフトクッキー

 苦手な食物:カルビ

 好きな色 :赤

 嫌いな色 :紫

 好きなもの:家族、ブルーマーメイド、幸運グッズ

 嫌いなもの:不幸

 愛称   :宗谷さん、シロちゃん、副長、副長さん

 人物   :ブルーマーメイドの名家『宗谷家』の三女。絶望的に運が悪いが、ある意味では悪運が強いともいえる。海賊襲来に伴い幸子によって無理やり起こされ、即座に現状を把握、混乱しながらも明乃の指示通りに船後部の教室へ『晴風』メンバーを集合させた。その後、教室内で現状を整理、絶望的状況と判断し離艦を指示する。が、そこに伝声管を使って海賊から話しかけられる。海賊との会話を装った脅迫を受けながらも、遅滞行動を取った明乃たちの話題が一切でないことから、明乃たちが海賊から逃げきったと判断、即座に話を引き延ばす方向へ方針転換する。明乃が教室に辿り着いた時、安心のあまり腰が抜ける。海賊との話が終わった後、明乃から『晴風』を沈める準備をするよう言われ、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

西崎(いりざき) 芽依(めい)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2001年1月28日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦水雷長

 所属科  :砲雷科

 出身   :神奈川県川崎沖リチウム精製プラント

 血液型  :AB型Rh-

 星座   :水瓶座

 身長   :146センチメートル

 状態   :軽度精神高揚

 趣味・特技:将棋、木工、魚雷戦ゲーム、エアガンでの射撃、明乃の感情を読むこと

 資格・実績:中等丁種海技士、甲種危険物取扱者、乙種火薬類製造保安責任者資格、乙種火薬類取扱保安責任者資格、数学検定1級、将棋アマチュア2段、第41回全日本魚雷射撃大会優勝、第12回世界魚雷射撃大会3位、第42回全日本魚雷射撃大会優勝、第13回世界魚雷射撃大会3位、第23回関東図上演習競技大会ベスト8

 得意科目 :日本史

 苦手科目 :体育

 好きな言葉:鳴かぬなら殺してしまえホトトギス(松浦静山)

 好きな食物:うな重

 苦手な食物:ざる蕎麦

 好きな色 :紫色

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:魚雷、岬明乃、魚雷、魚雷戦、魚雷戦ゲーム、魚雷

 嫌いなもの:明乃を苦しめる奴ら

 宿痾   :トリガーハッピー

 愛称   :メイちゃん、メイ、水雷長、西崎さん

 人物   :岬明乃の唯一無二の『親友』にして狂乱天才射撃少女(グレイノイズ・トリガーハッピーガール)。当然の如く、明乃が海賊と戦う覚悟を問うた際には真っ先に手を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立石(たていし) 志摩(しま)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年8月5日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦砲術長

 所属科  :砲雷科

 出身   :千葉県館山市市営スポーツセンター船

 血液型  :A型Rh+

 星座   :獅子座

 身長   :147センチメートル

 趣味・特技:スポーツ観戦、ソフトボール

 資格・実績:中等丁種海技士

 得意科目 :体育

 苦手科目 :理科

 好きな言葉:沈黙は金

 好きな食物:カレー、チキンソテー、ロールケーキ

 苦手な食物:雑炊、おかゆ

 好きな色 :オレンジ色

 嫌いな色 :黒色

 好きなもの:砲弾、バッティング、「うい」で意思を理解してくれる人

 嫌いなもの:コミュニケーション

 愛称   :タマちゃん、タマ、砲術長、立石さん

 人物   :『晴風』の砲術長。砲術においては完璧な腕を持ち、その点では明乃からも信頼されることになる。意志の主張を激しくできないため、多数派に流される気質がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

納沙(のさ) 幸子(こうこ)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年5月28日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』記録員

 所属科  :主計科

 出身   :東京都品川区

 血液型  :O型Rh+

 星座   :双子座

 身長   :155センチメートル

 状態   :ショック状態

 趣味・特技:読書、映画鑑賞、タブレットでの撮影

 資格・実績:中等丙種海技士、データベーススペシャリスト、応用情報技術者、基本情報技術者、ITパスポート、映画検定2級、歴史能力検定1級

 得意科目 :世界史

 苦手科目 :美術

 好きな言葉:ゆりかごの中で覚えたことは墓場まで忘れない

 好きな食物:豆腐、くずもち

 苦手な食物:鍋料理

 好きな色 :緑色

 嫌いな色 :橙色

 好きなもの:映画『仁義のない』シリーズ、オーバーな一人芝居、データ収集

 嫌いなもの:人の死

 愛称   :ココちゃん、ココ、納沙さん

 人物   :『晴風』の記録員。高度情報処理技術者試験の1つであるデータベーススペシャリストを保有するデータ収集のスペシャリスト。仕方がないとはいえ『感情論』で動く気質があり、そのため離艦指示を出したましろと激しく対立した。それでも、本心ではましろの方が正しいことは理解している。……納得し、従えるかは完全に別問題だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知床(しれとこ) (りん)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年10月29日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦航海長

 所属科  :航海科

 出身   :島根県日御碕沖海上神社

 血液型  :O型Rh+

 星座   :蠍座

 身長   :148センチメートル

 趣味・特技:海生哺乳類鑑賞、逃げ足が速い

 資格・実績:神職階位直階、中等丙種海技士

 得意科目 :生物、美術

 苦手科目 :社会

 好きな言葉:三十六計逃げるにしかず(王敬則伝)

 好きな食物:シーフードパスタ、キャラメル

 苦手な食物:サンドイッチ

 好きな色 :薄水色

 嫌いな色 :紫色、白色

 好きなもの:平穏、平和

 嫌いなもの:戦い、平穏じゃないこと

 愛称   :リンちゃん、知床さん、航海長

 人物   :『晴風』の航海長。気が弱く心配性であり、逃げ癖が抜けない。が、それ故に『どこに逃げればいいか』、『どう逃げれば安全か』を無意識レベルで確実に判断することができる能力を持つ。海賊襲撃において真っ先に逃走を提案したが、これは鈴が特別情けないわけではなく、学生として不自然なまでに自然な怯えである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『晴風』機関科

 

柳原(やなぎはら) 麻侖(まろん)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年8月8日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』機関長

 所属科  :機関科

 出身   :千葉県銚子港所属 統合漁業船

 血液型  :A型Rh+

 星座   :獅子座

 身長   :146センチメートル

 趣味・特技:魚料理、機関整備

 資格・実績:中等甲種海技士(機関)、幼年特級ボイラー技士、丙種危険物取扱者

 得意科目 :数学、技術

 苦手科目 :英語

 好きな言葉:汝の隣人を愛せよ(マタイによる福音書 22章39節)

 好きな食物:焼き肉

 苦手な食物:刺身

 好きな色 :黄色

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:機関をいじること、祭り

 嫌いなもの:じっとしていること

 愛称   :マロンちゃん、機関長

 人物   :『晴風』の機関長。高圧缶の晴風が曲がりなりにも問題なく航海できているのは彼女の腕あってこそ。明乃の覚悟に応え、手を挙げた5人の内の1人。海賊という悪に憤り、『正義』の為に立ち上がった江戸っ子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒木(くろき) 洋美(ひろみ)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年11月1日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』機関助手

 所属科  :機関科

 出身   :千葉県銚子市

 血液型  :O型Rh+

 星座   :蠍座

 身長   :169センチメートル

 趣味・特技:醤油作り

 資格・実績:銚子市女子相撲大会個人中学生の部優勝、中等乙種海技士(機関)、幼年一級ボイラー技士、煙火消費保安手帳、乙種危険物取扱者2~4級

 得意科目 :化学

 苦手科目 :国語

 好きな言葉:愛は惜しみなく与う(コリント人への第二の手紙)

 好きな食物:シナモントースト、パンケーキ

 苦手な食物:ピーマン

 好きな色 :クリーム色

 嫌いな色 :鼠色

 好きなもの:宗谷ましろ、柳原麻侖

 嫌いなもの:岬明乃

 愛称   :クロちゃん

 人物   :『晴風』の機関助手の1人。柳原麻侖とは幼馴染であり、抜群の連携を見せる。宗谷ましろとはブルーマーメイドフェスティバルで出会い、ある出来事を通して強烈な憧れを抱く。良くも悪くも『常識人』であるため、非常時における積極的対応はそう望めない。ただし、岬明乃(艦長)に強い反感を抱いているため、そういう意味では明乃は洋美を買っている。

 

 

 

 

 

 

 

青木(あおき) 百々(もも)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年6月1日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』応急員

 所属科  :機関科

 出身   :神奈川県横須賀港所属服飾船『テーラー青木』

 血液型  :B型Rh+

 星座   :双子座

 身長   :154センチメートル

 趣味・特技:漫画(読む描く両方)、木工、部屋の掃除

 資格・実績:第二種電気工事士、潜水士資格、中等クレーン・デリック運転士免許、第20回飛山社漫画賞『期待賞』

 得意科目 :技術(工作)、美術、家庭科(被服)

 苦手科目 :英語

 好きな言葉:あらゆるものは磨けば光る

 好きな食物:卵料理全般、卵かけごはん、ミルフィーユ

 苦手な食物:いわし

 好きな色 :焦げ茶色

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:漫画、裁縫、ブルーマーメイド

 嫌いなもの:なし

 愛称   :モモちゃん

 人物   :『晴風』応急員の1人。好奇心旺盛で物怖じもしない、メンタル的にはかなり安定している人間。海賊襲来においても恐怖を感じてはいるが、同時に『どう動けばいいか』ということを自分なりに全力で考えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

『晴風』砲雷科

 

 

万里小路(まりこうじ) (かえで)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年3月3日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』水測員兼ラッパ手

 所属科  :砲雷科

 出身   :愛知県名古屋市

 血液型  :A型Rh+

 星座   :魚座

 身長   :158センチメートル

 趣味・特技:楽器演奏(管楽器以外)、薙刀(万里小路流薙刀術)

 資格・実績:1級音響技術者、万里小路流薙刀術免許皆伝

 得意科目 :音楽

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:旅をしない音楽家は不幸だ(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)

 好きな食物:きしめん

 苦手な食物:そうめん

 好きな色 :鳶色

 嫌いな色 :朱鷺色

 好きなもの:名曲、楽器演奏

 嫌いなもの:騒音、バラバラな音

 愛称   :まりこうじさん、まりこー

 人物   :『晴風』水測員兼ラッパ手にして日本が世界に誇る大会社『万里小路重工』の社長令嬢。完全防音室での会話内容を15センチメートルの壁越しに完全把握することができる化物染みた聴覚を持つ天才。社長令嬢という立場だったからか、海賊襲来という非常事態の中でも比較的落ち着いている。明乃の覚悟に応え、手を挙げた5人の内の1人。万里小路流薙刀術の免許皆伝者であり、『晴風』内でもトップクラスの戦闘力を持つ。また、『人を攻撃すること』に対する忌避感も薄いため、戦闘要員としては一級品である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『晴風』航海科

 

勝田(かつた) 聡子(さとこ)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年10月1日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航海員

 所属科  :航海科

 出身   :愛媛県松山市

 血液型  :O型Rh+

 星座   :天秤座

 身長   :160センチメートル

 趣味・特技:ロシア文化

 資格・実績:中等丙種海技士、丙種二級小型水上免許(中型スキッパー免許)

 得意科目 :政治経済

 苦手科目 :化学

 好きな言葉:約束は鉄のごとし

 好きな食物:ピロシキ

 苦手な食物:さつまいも

 好きな色 :シルバー

 嫌いな色 :鉛色

 好きなもの:ロシア、船、貿易関係

 嫌いなもの:なし

 愛称   :サトちゃん、勝田さん

 人物   :『晴風』の航海員。基本、海図室で航路選定などを行っているが、鈴が舵を取れない際(食事時など)は代わりに舵を取ることもある。マチコの代わりに見張台に立つこともある。明乃の指示で探照灯を照らしたが、逆にそれが海賊側へ『晴風』の正確な位置を知らせることとなった。最も、これは明乃の責任であって聡子の責任ではないが。語尾は『~ぞな』。

 

 

 

 

 

 

 

 

野間(のま) マチコ

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年7月19日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』見張員

 所属科  :航海科

 出身   :群馬県渋峠天文台

 血液型  :O型Rh+

 星座   :蟹座

 身長   :165センチメートル

 趣味・特技:天体観測、夜目が利く、優れた運動神経

 資格・実績:星空宇宙展門検定1級

 得意科目 :理科(天文)

 苦手科目 :国語

 好きな言葉:天には星、大地には花、人には愛(武者小路実篤)

 好きな食物:ブルーベリー

 苦手な食物:栗

 好きな色 :深緑色

 嫌いな色 :黒色

 好きなもの:空、遠くを見ること

 嫌いなもの:星の見えない夜

 愛称   :マッチ、野間さん

 人物   :『晴風』の見張員。明乃の覚悟に応え、手を挙げた5人の内の1人。異常発達した視力により、見張り台に立てば20キロメートル離れた場所にいる船すら正確に見分けることのできる優秀な能力を持つ。また、非常に高い戦闘能力を持ち、正面戦闘であれば明乃に善戦することすら可能である。バランス感覚も良いため、高い場所にも平気で直立することができる。視界の利かない霧の中で巨大物体の落下を目視し、伝声管を通してそれを艦橋へと知らせたが、その知らせはあまりにも遅かった。

 

 

 

 

 

『晴風』主計科

 

 

等松(とうまつ) 美海(みみ)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年10月23日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』主計長

 所属科  :主計科

 出身   :東京都兜町金融船団

 血液型  :A型Rh+

 星座   :天秤座

 身長   :155センチメートル

 趣味・特技:株式為替動向チェック

 資格・実績:簿記検定1級、珠算1級、第三種冷凍機械責任者

 得意科目 :数学

 苦手科目 :美術

 好きな言葉:見切り千両()

 好きな食物:サンドイッチ、板チョコ

 苦手な食物:蟹

 好きな色 :赤色

 嫌いな色 :黄色

 好きなもの:マチコ

 嫌いなもの:損切

 愛称   :等松さん、ミミちゃん

 人物   :『晴風』の金庫番。金銭に関するスペシャリストであり、金融と物流の申し子。艦内を円滑に動かすための雑務処理が主な仕事であり、戦闘には基本的に関わらない。最も、『晴風』は自動化の影響で常に人手不足なので、仕事を抱え過ぎてしまうこともあるが。マチコに一目惚れしており、マチコの写真も大量に保持している。マチコが海賊相手に戦うと手を上げたため、追随したが、明乃に『遅すぎる』と切り捨てられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

伊良子(いらこ) 美甘(みかん)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年2月14日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』給養員兼砲水雷運用員

 所属科  :主計科

 出身   :千葉県袖ケ浦市

 血液型  :O型Rh+

 星座   :水瓶座

 身長   :151センチメートル

 趣味・特技:写真撮影、ドラマ鑑賞、料理

 資格・実績:中等船舶料理士、中等船舶衛生管理者

 得意科目 :家庭科(調理、栄養)

 苦手科目 :国語

 好きな言葉:憧れは忘れなければ現実になる

 好きな食物:イタリアン、懐石料理、クレームブリュレ、ひよこまんじゅう

 苦手な食物:カップラーメン

 好きな色 :ピンク色

 嫌いな色 :こげ茶色

 好きなもの:自分の作った料理で誰かを笑顔にできること

 嫌いなもの:食べ残し、料理を粗末にする人

 愛称   :ミカンちゃん

 人物   :『晴風』の給養員の1人。チャレンジ精神豊富であり、知らない料理でも求められれば挑戦する生粋の料理人。夜間当直に入っていたため、海賊襲撃の報を真っ先に知ることとなった。その後、明乃の指示で『晴風』メンバーを起こしに行った。そもそもが戦闘要員ではないため、今の状況をどこか非現実的に思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鏑木(かぶらぎ) 美波(みなみ)

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年9月4日

 所属   :横須賀女子海洋学校

 役職   :陽炎型航洋直接教育艦『晴風』衛生長

 所属科  :主計科

 出身   :独立宗教法人『楽園教』本拠地『常若之国(ティル・ナ・ノーグ)』地下区画『永遠の間(E/D/E/N)

 血液型  :O型Rh+

 星座   :乙女座

 身長   :143センチメートル

 趣味・特技:医療行為、裁縫、薬品実験

 資格・実績:合衆国医師免許、船舶衛生管理者

 得意科目 :理科全般

 苦手科目 :社会全般

 好きな言葉:失敗は成功の母

 好きな食物:肉じゃが、ゼリー

 苦手な食物:麻婆豆腐など辛いもの全般

 好きな色 :白色

 嫌いな色 :赤色

 好きなもの:血液、人体実験、新薬開発、実験

 嫌いなもの:人体実験、自分の才能、鏑木という名前、血液、暴力

 愛称   :衛生長、みなみさん、天才児(ギフテッド)、後継者ゼロ、鏑木を継ぐ女

 人物   :現『晴風』衛生長にして元絶滅研究所『グレイ・グー』第四開発室第五席研究員。そして、生体洗脳兵器RATt(ラット)の開発者。明乃の覚悟に応え、手を挙げた5人の内の1人だが、手を挙げた理由は純粋な善意からではない。『晴風』において3()()()に大きな『秘密』を抱えている人間であり、1つの時代に名を残すことができる『本物』の天才の1人。今回の海賊襲撃の『裏』にある思惑についても、ある程度察しがついている。

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルーマーメイド特殊潜入課第四特殊潜入班(海猫)

 

 

知名(ちな) あずみ(2001年11月18日時点)

 性別   :女

 年齢   :19歳

 誕生日  :1982年6月15日

 所属   :ブルーマーメイド任務部門航路管理課第三部隊

 役職   :二等保安監督尉

 出身   :長野県松本市

 血液型  :AB型Rh+

 星座   :双子座

 身長   :167センチメートル

 趣味・特技:カヌー、速記

 資格・実績:第1回全国図上演習競技大会優勝、第28回競闘遊戯会MVP、2001年度横須賀女子海洋学校主席卒業

 得意科目 :なし

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:天才とは永遠の忍耐である(Genius is eternal patience)(ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ)

 好きな食物:ハヤシライス

 苦手な食物:なし

 好きな色 :海色

 嫌いな色 :黒色

 好きなもの:正義、努力、雷五十土

 嫌いなもの:悪、怠惰

 愛称   :あずみ、あず、後輩

 人物   :知名もえかの母親。質実剛健、清廉潔白、完璧超人。面倒見が良く、後輩からは慕われ先輩からは頼りにされるというまさにブルーマーメイドの中のブルーマーメイドである。ブルーマーメイド配属後、僅か3か月で階級を1つ上げた異端の天才。沖ノ鳥島襲撃に際し、襲撃のやり方から五十土の戦闘スタイルを想起。上司に無理な打診をして事件解決部隊に無理やり編制してもらった。その後、所属艦隊の隙をついてスキッパーで沖ノ鳥島に単独で乗り込み、五十土と望まぬ再会をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊

 

カラム・Q(クアッド)D(デー)・グラッド

 性別   :女

 年齢   :25歳

 誕生日  :1991年1月23日

 所属   :大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊

 役職   :偽装アミューズメント船『黒の方舟(ブラック・アーク)』艦長

 出身   :ノルウェー王国トロンハイム

 血液型  :AB型Rh+

 星座   :水瓶座

 身長   :162センチメートル

 趣味・特技:近距離銃撃格闘術(ガン・カタ)、ギャンブル(特にポーカー)

 資格・実績:元ノルウェー王国ラクセヴォグ女子海洋学校三席、アイアンブリッジ峡谷(イギリス世界遺産)爆破テロ実行犯補佐、第十二次裏太平洋海戦北西部方面予備指揮官補佐等

 得意科目 :国語、歴史

 苦手科目 :数学

 好きな言葉:罪人に選ぶ権利はないのよ(A sinner has no right of choice)(キャサリン(Catherine)ワード(Ward)(殺戮の天使))

 好きな食物:なし(味覚障害のためあらゆる食物に味を感じない)

 苦手な食物:なし(味覚障害のためあらゆる食物に味を感じない)

 好きな色 :なし

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:大物喰らい(ジャイアントキリング)

 嫌いなもの:天才、才能、正義、約束

 宿痾   :味覚障害

 愛称   :船長(ボス)

 人物   :現大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊隊長にして元テロ組織『暁に沈む金星(Evening star)』の幹部格メンバー。イギリスブルーマーメイド元帥(Admiral of the Fleet

)ジェイミー・リンクス・ビーティーによる『暁に沈む金星(Evening star)』一斉逮捕の際、上手く逃れ、大海賊団『リヴァイアサン』に入った。16歳の時に旗艦副長として参加した国際海洋学校海上実戦戦闘大会にてブリジット・シンクレアと邂逅。ノルウェー王国を護るためイギリスという国を破壊することを決意し、テロ組織『暁に沈む金星(Evening star)』に入る。

 

 

 

 

(あずま) 五十土(いかづち)

 性別   :男

 年齢   :34歳

 誕生日  :1981年9月1日

 所属   :大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊

 役職   :偽装アミューズメント船『黒の方舟(ブラック・アーク)』副長

 出身   :京都府京都市左京区

 血液型  :AB型Rh+

 星座   :乙女座

 身長   :179センチメートル

 趣味・特技:円周率暗唱、合気道

 資格・実績:元日本国東舞鶴男子海洋学校五席、第47代米国大統領戦妨害工作、第十二次裏太平洋海戦南部方面指揮官補佐等

 得意科目 :数学

 苦手科目 :古文

 好きな言葉:夢想家は自分自身に嘘をつくが(The visionary lies to himself,)嘘つきは他人にだけ嘘をつく(the liar only to others)(フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ)

 好きな食物:なし

 苦手な食物:人肉(特に少女)、生魚

 好きな色 :桜色

 嫌いな色 :なし

 好きなもの:正義、知名あずみ、努力

 嫌いなもの:『魔女』、魔法、奇蹟、屈した人間

 愛称   :五十土を愛称で呼んでいい人間はもう存在しない

 人物   :現大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊副長にして沖ノ鳥島爆破未遂事件主犯、沖ノ鳥島砲撃未遂事件扇動犯。かつての知名あずみの先輩であり、明乃の持つスターチスをモチーフにしたネックレス(ダモクレスの剣)の前々保有者。沖ノ鳥島襲撃の半年前、『魔女』の策略によりブルーマーメイド特殊潜入課第四特殊潜入班(海猫)メンバーと出会い、スターチスをモチーフにしたネックレス(ダモクレスの剣)を受け継ぎ、世界の真実の一部を知ることとなり、その結果として沖ノ鳥島襲撃を実行した。『魔女』の掌の上から逃れようと必死にもがいているが、同時にそれが不可能であることも知っている。『晴風』襲撃の裏側にある思惑もある程度察してはいるが、同時にそれに逆らおうとも思っていない。

 

 

 

 

 

ラクシ・ソーモン

 性別   :男

 年齢   :32歳

 誕生日  :1983年11月12日

 所属   :大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊

 役職   :偽装アミューズメント船『黒の方舟(ブラック・アーク)』メンバー

 出身   :イタリア共和国トレント

 血液型  :B型Rh-

 星座   :蠍座

 身長   :178センチメートル

 趣味・特技:チェス、バックギャモン、弾道計算、弱点看破

 資格・実績:特出すべきモノはなし

 得意科目 :なし

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:世界なんて、終わっちまってもいいだろ?(アリエス・J・バッドラック(大海賊団『リヴァイアサン』提督補佐))

 好きな食物:ステーキ、シャトー・ラトゥール(1985年)

 苦手な食物:ロゼワイン、日本酒

 好きな色 :赤色

 嫌いな色 :琥珀色

 好きなもの:人間を殴打する感覚、拷問、獲物を追い詰める感覚

 嫌いなもの:暴力を揮われること、支配されること

 愛称   :ラクシ、いみじく嘲笑す4番目の絶対悪意(Eschatology No.4)

 人物   :海賊歴10年を誇る『プロ』の海賊の1人。近距離、中距離、遠距離において非常に高い戦闘能力を保有し、また策略にも長けるという才人。その内に秘めた悪意は想像を絶し、人間を殴ることこそが生きがいとさえ断言するほどに悪意的な人間。明乃に一杯食わされ奇襲を受けるが、実力の差から対応しきる。人を揶揄う癖があり、また己の性質故か悪意の気配にも敏感。

 

 

 

 

 

 

 

ノーザ・N・シュタイン

 性別   :女

 年齢   :15歳

 誕生日  :2000年7月29日

 所属   :大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊

 役職   :偽装アミューズメント船『黒の方舟(ブラック・アーク)』メンバー

 出身   :ルーマニア ブカレスト

 血液型  :A型Rh+(元B型Rh+)

 星座   :獅子座

 身長   :139センチメートル

 趣味・特技:水平パズル、運動全般

 資格・実績:特出すべきモノはなし

 得意科目 :なし(教育を受けていない)

 苦手科目 :なし(教育を受けていない)

 好きな言葉:あなたは生まれ変わったんだよ(スーザン・レジェス)

 好きな食物:オレンジジュース

 苦手な食物:病院食

 好きな色 :空色

 嫌いな色 :血色

 好きなもの:スーザン・レジェス、『リヴァイアサン』の仲間たち、平等

 嫌いなもの:格差、病気、病院、政府、お金持ち

 愛称   :ノーザ、嬢ちゃん

 人物   :両親は不明。元々はルーマニアのマンホールチルドレンであったが、マンホール内を支配するボスによって薬物試験の人体実験対象者として政府に売られ、そこでStage4の再生不良性貧血を発症した。その後、様々な経緯があってスーザンによって救い出され、骨髄移植手術を受ける。その影響で血液型が変化した。スーザンとしては普通の生活に戻ってほしかったのだが、ノーザ本人は『リヴァイアサン』のメンバーに加わる道を選んだ。戦闘力や思考力は並み程度であるが、その若さを活かした不意打ちを以て『リヴァイアサン』に貢献している。

 

 

 

 

 

 

 

ベテルギウス・ノヴァ

 性別   :男

 年齢   :38歳

 誕生日  :1978年3月18日

 所属   :大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊

 役職   :偽装アミューズメント船『黒の方舟(ブラック・アーク)』メンバー

 出身   :ポーランド共和国グディニャ

 血液型  :A型Rh+

 星座   :魚座

 身長   :180センチメートル

 趣味・特技:ボビナム、棒術、ブラックジャック、筋トレ

 資格・実績:第十次裏太平洋海戦北部方面指揮官、オーストラリアブルーマーメイド管轄海上要塞『グノウェー』攻略戦参加、米賊大戦補給担当等

 得意科目 :英語、中国語、イタリア語、ラテン語、ゲール語、化学

 苦手科目 :なし

 好きな言葉:私は自分のための新しい世界を創造する(I shall create a new world for myself)(フレデリック・フランソワ・ショパン)

 好きな食物:なし

 苦手な食物:なし

 好きな色 :翠色

 嫌いな色 :緋色

 好きなもの:勝利

 嫌いなもの:敗北

 愛称   :ベテル、ベテルギウス、先生

 人物   :海賊歴23年を誇る『プロ』の海賊の1人。15歳の頃のありふれた、非常に下らない出来事によりブルーマーメイドとホワイトドルフィンに失望し、衝動的に海賊の道に走った。霧の中でも人の動きが分かるような『特異性』を保有しており、その『特異性』を以て明乃の左肩に銃弾を当てて見せた。大海賊団『リヴァイアサン』の中ではかなりの古株であり、元々は第八部隊の隊長であった。今は齢を重ねた影響で全盛期よりも遥かに劣った力しか出せない。

 

 

 

 

 

 

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

登場人物紹介(Material)
 TYPE-MOON制作のスマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』の設定資料集の名前。



Why(なぜ)

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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プロローグ-欠- 国際テロリスト『晴風』誕生~そして、全てが終わった日~
誰も知らないあなたの顔(WHAT COLOR?)


予告

 前哨戦はもう終わった。
 故にこれから始まるのは『黒の方舟(ブラック・アーク)』と『晴風』の全面戦争。

「…………助けて」
「っ、卑怯者がァ!!!」

 策と策のぶつかり合い。

「万里小路流薙刀術――」
「これでも僕は、『プロ』の海賊なんですよ!!!」

 暴力と暴力のぶつかり合い。

「明乃は、いつか頂点に立つ女なんだよ!!!」
「そっか、だったら私は、もうとっくの昔に……」

 覚悟と覚悟のぶつかり合い。

 そして、

「そうでっさか……、お前が――――――知名あずみを継ぐ者でっさか」
「っ、なんで、あなたがあずみさんの名前を……っ!?」

 過去と過去が交錯する時、仕組まれた運命が暴かれる。



国際テロリスト『晴風』

プロローグ-欠- 

国際テロリスト『晴風』誕生~そして、全てが終わった日~

開幕



――――――あなたの正義に、価値はあるか?


 2016年4月7日 午前2時03分 横須賀港より南南西640キロメートル付近 航洋直接教育艦『晴風』教室にて

 

 短い宣言があった。

 何よりも絶望的な、まだブルーマーメイドの卵(学生)に過ぎない彼女たちにとってはあまりにも酷な宣言。

 宣告。

 

「勝てない」

 

 初めに確認すべきことは、現実。

 誤魔化してはならない。この現実という世界に満たされた事実を確実に認識して、初めてスタートラインに立てる。

 

「私達じゃ『プロ』の海賊には絶対に勝てない。これをまず、私達は認めなきゃいけない」

 

 教卓に立ち、明乃は『晴風』の船員30人に向かってまずそう言い放った。

 繰り返す。誤魔化してはならない。事実は事実として認めなければならない。それが大前提。実力差も分からずぶつかるのはただの馬鹿だ。現実から目を逸らして逃げに走るのはただの愚者だ。

 明乃はそうではなく、

 そして、この『晴風』に乗っている皆もそうだと、明乃は信じている。

 故の断定口調。

 反論は認めない。まだ。

 今必要なのは強硬論。強引なまでのリーダーシップ。

 

「じゃあどうすればいいのか?勝てないなら、私達はどうするべきか。……リンちゃん、どう思う」

「ひぇ!?わ、私ですかぁ!?」

「そう、リンちゃん。()()()()()()()()()()()?」

 

 無論、

 言うまでもないことではあるが、

 明乃が鈴に問いかけたのには理由がある。

 理由(ワケ)

 それは、鈴が、この『晴風』に乗っている船員の中で1番臆病だからだ。

 臆病なのは悪いことではない。無論、中途半端な臆病性は弱所でしかないが、極まりきった臆病性は長所となり得る。臆病であるということは、生存本能が強いということ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「わ、私、なら……?」

「リンちゃんなら?」

「に……」

 

 明乃は、信じていた。

 鈴ならば必ず、必ずだ。

 必ず、明乃が望む答えを返してくれると。

 

「に?」

 

 それは、ひょっとしたら、いや、ひょっとしなくても、とても、とてもとても酷い心理誘導だったのだろう。

 『それ』を明乃がいってしまえば強制になりかねない。艦長という立場は船員の上位でしかない。『上』の立場の人間が言った意見はどうしたって強制力を持ってしまう。

 簡単に言えば、それが正論であれ愚論であれ、『上』の意見に『下』は少なくない反発心を持ってしまう。

 出会って2日も経っていない上司の意見であれば、それはもちろん当然に。

 だから、鈴なのだ。

 同じ立場の人間から出た意見は、受け入れやすい。

 安い、ミスディレクション。

 

「逃げたい、…………………です」

「うん、そうだよね。私もそう思う。私だって、初案は『どう逃走するか?』だった」

 

 そしてそれは全員がそう思っていたはずだ。

 感情論で徹底抗戦を叫ぼうが、

 明乃たちを見捨てることに罪悪感を覚えていようが、

 『晴風』が悪用されることに危機感を持っていようが、

 そんなのとは無関係に生存本能は逃走を願っているはずだ。

 だからここまでは共通認識。

 ここまでが共有思考。

 であるが故に、だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――――待ってください、それは」

 

 傍らで、()()()()()()()()()()()ましろが思わず声を上げる。

 それは致命傷だ。

 それでは、最初から『晴風』が取れる選択肢なんて1つしかないじゃないか。

 

「逃走手段はいくつくらいあるかな?例えば、どんなのが考えられると思う、副長?」

「救難艇はどうですか、艦長」

 

 涅槃寂静(10のマイナス24乗)の沈黙すらも無かった。

 まさしく当意即妙に、ましろは明乃が望むことを返した。

 救難艇に乗り込んで離艦してはどうか、と。

 

「そうだね。この深い霧の中で転覆せず、砲撃されず、完璧な運転で陸まで辿り着ける自信があるなら乗ってもいいだろうね」

 

 答えは不正解(ノ・エス・エサクト)

 それをさせないために、海賊は霧を発生させた。

 

「スキッパーはどうでい?……乗れるのは2機合わせて6人ってぇことだが、さっきの副長が言った『助けを呼ぶ』ってぇことができそうでぇ!」

 

 次に答えたのは麻侖。

 なるほど確かに、その案は次善策として採用できるだろう。

 明乃もそう思っていた。

 

「うん、マロンちゃんの案をできれば私も採用したかった。リミッターを解除できれば、『晴風』に搭載されてるスキッパーの速度なら20%くらいの確率で海賊に捕捉されずにこの海域を脱出できる」

「…………した()()()?」

 

 場当たり的な対応じゃ全然足りない。

 1手や2手先を読む程度でもまだ足りない。

 裏をかき、先をとり、相手を誘導する。これはそういう戦い。

 故に、不利なのは当然『晴風』だった。

 海賊たちは準備してきたのだ。

 なぜ、海賊が『晴風』を襲撃できたのかよく考えろ。

 『晴風』は、

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「RDXとDDNPを使ったIEDが仕掛けられてた……。しかもご丁寧にサーモグラフィを使った熱源探知式センサーとMEMS加速度センサーまで使って」

 

 専門用語を使った、分かりにくい解説。

 これに反応する奴はいないか?

 いたとしたらそいつが敵だ。

 

(っ、もしいればっ!)

 

 ソイツが『晴風』に潜り込み海賊に情報を流したスパイだ!!!

 

「トリメチレンニトロアミンとジアゾジニトロフェノールで作られた即席爆発装置がスキッパーに仕掛けられてたってことでい?」

「……そういうこと。だから、スキッパーに乗り込んだ途端、ドッカーン!!!」

 

 特異な反応は、無かった。

 動揺と、混乱と、絶望。

 皆の反応はそれだけだった。

 

(流石に、この程度じゃ尻尾は出さないか)

 

 そもそも、その程度の実力であればスパイには選ばれていないだろう。だから明乃も大きく期待したわけではない。分かればいいなという、宝くじに当たるかのような小さな期待を持っていたにすぎない。

 けれど、明乃はここで大きなミスをした。

 反応が無かったのは、スパイがその正体を隠せるほどに優秀だったからではない。

 可能性はもう1つ存在しているのに。

 

「海に飛び込んだって死あるのみ、説得なんてもちろんできない。あっちの目的は私達の鏖だから、降伏したって無意味極まりない」

 

 前門の虎に後門の狼。

 最初から詰んでいた物語。

 それでも、

 それでもっ!

 

「だからまぁ、どうしようもないことにこれで脱出の手段は失われちゃった。……だから、私達は別の行動を取らないといけない。……逃げられないなら、私達がとれる手段は2つ」

 

 もう1度、今度はゆっくりと教室を見渡す。

 1人1人と確かに目を合わせる。

 

「運命を悲観して大人しく死ぬか」

 

 艦橋メンバー5人。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』副長、宗谷ましろ。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』水雷長、西崎芽依。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』砲術長、立石志摩。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航海長、知床鈴。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』記録員、納沙幸子。

 

「確率0パーセントの奇蹟のために全身全霊で抗うか」

 

 砲雷科メンバー6人。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』主砲照準担当、小笠原光。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』主砲旋回担当、武田美千留。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』主砲発射担当、日置順子。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』一番発射管担当、松永理都子。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』二番発射菅担当、姫路果代子。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』水測員兼ラッパ手、万里小路楓。

 

「私達はそのどちらかを選択し、――――――選擇しなくちゃいけない」

 

 航海科メンバー6人。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航海員、勝田聡子。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』左舷航海管制員、山下秀子。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』右舷航海管制員、内田まゆみ。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』電信員、八木鶫。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』電測員、宇田慧。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』見張員、野間マチコ。

 

「それでも、あいにくだけど私は、少なくとも私を含めた6人は、『運が悪かったんだ』なんてクソみたいな嘆きの果てに哭きながら死ぬなんて我慢できないし、まだ(すべ)があるのに全てを諦めるだなんて馬鹿みたいなことをするつもりもない」

 

 機関科メンバー8人。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』機関長、柳原麻侖。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』機関助手、黒木洋美。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』機関員、若狭麗緒。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』機関員、伊勢桜良。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』機関員、駿河留奈。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』機関員、広田空。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』応急長、和住媛萌。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』応急員、青木百々。

 

「だから、少なくとも私達は戦うつもりだけど、だからといってあなたたちもそれに順ずる――――――殉ずる必要はない。……従わなくてもい。勝手に行動して、勝手に自分自身の考える最善策を実行して、勝手に死んで、生きて、嘆いて、裏切って……それもまた、構わない」

 

 主計科メンバー5人。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』主計長、等松美海。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』炊事委員、伊良子美甘。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』炊事委員、杵崎ほまれ。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』炊事委員、杵崎あかね。

 横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』衛生長、鏑木美波。

 

「その上でもう1度、断言しようか。――――――勝てない、って。私達じゃ絶対に、海賊には敵わないって」

 

 加えて1人、横須賀女子海洋学校所属陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦長、岬明乃。

 

「それでも1つ、艦長として誓えることはある」

 

 以上31名が『晴風』の乗組員であり、

 芽依を除いた29人の中の誰がスパイなのかはいまだ分からない。

 

「後悔はさせない、絶対に」

 

 何も為せずに、苦しまずに死ぬか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。必ず、一矢報いてみせる」

 

 無駄に足掻いて、苦しんで死ぬか。

 

「だから私に協力してほしい。戦う必要はない。というよりも戦っていい人間はもう選別した。だから、他の人たちを戦わせるつもりはないし、何よりも足手まといは戦わせない。……協力してほしいのは、後詰め、後方支援、それと敗戦処理」

 

 もし、人の生が(のち)に続く誰かに(あと)を継がせるためにあり、

 

「私達が負けた後に、」

 

 もし、人間という種が誰かの跡を辿りながら歴史を紡いできた生命体であるのならば、

 

「この船が沈むように、準備してほしい」

 

 取るべき選択は始めから定まっていた。

 その死を以て、意味を作る。

 そのための覚悟は、もうできているはずだ。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

誰も知らないあなたの顔(WHAT COLOR?)
 Production I.G制作のオリジナルテレビアニメメーション作品『PSYCHO-PASS(サイコパス)』第1期第5話、第2期第11話サブタイトル。



はじまりのおわり。
おわりのはじまり。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!















 そして始まる、もう1つの戦い。

「いひっ!貴女がここまでの力を持っていたとは思いませんでしたわ」

「……誓ったんだよ、皆に。あの万能天才(ブリジット)の思い通りにはさせねぇってな!!!」

 『黒の方舟(ブラック・アーク)』の中で起きた、諍う者と従う者の闘い。

「だからまずはてめえだ。てめえのことをぶっ潰す!このグレニア・リオンがなァッ!!!」

「できるものならどうぞご自由に。貴女に、この鈴木セリカを倒せるのならばねぇ!!!」


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包囲された希望の残影(サラウンド・フェントホープ)

 23人。

 それが、明乃に協力を申し出た人間の数だった。

 それを多いと見るべきか少ないと見るべきかは個人によって見解が分かれるだろうが、少なくとも明乃は23人という数を少ないと、そう捉えていた。

 いや、少ないどころではない。

 明乃は『晴風』船員全員が一丸となって海賊に立ち向かうことを期待していた。

 7人もの人間が消極的協力すら否定したのは、予定外だった。

 

(……でも、責めることはできない。いくら『それらしい』雰囲気を作ったっていっても、むしろ協力しない方が当然なんだ)

 

 誰だって、戦うことは怖い。

 ましてや明乃たちはただの学生。戦闘訓練を積んでいる訳でも、特殊な環境に生まれた訳でも、特異な経験を重ねている訳でもない。

 ()()()()()()()()()

 

「副長、さっき手を挙げた5人以外を指揮して『晴風』を沈没させる準備をして。……手段は、問わないから」

「……沈没させるのは、……分かりました。学校の船を勝手に沈没させるのはどうかと思いますが、それでも、私も……海賊の手に『晴風』が渡るよりはマシだと思います。……ですが、」

 

 愛着がないと言えば嘘になる。何せ、『晴風』はこれから3年間、一緒に海を渡るはずの船だったから。

 恐怖がないと言えば偽りになる。何せ、『晴風』を沈めるということは、自殺をするのと同義だから。

 だけど、その本心を態々曝け出すようなことはしない。

 怖いのは『誰だって』だ。

 それはましろだけでなく、明乃だけでなく。

 しかし、2人だけは絶対に、それを表に出しては、面に出してはならない。

 

 人の上に立つとは、そういうことだ。

 

「何時、沈没させればいいんですか、艦長?」

「そうだね、……」

 

 感情と理性を切り離す。

 情動を理屈で抑えつける。

 生命を数字としてトラエル。

 『上』に立つ人間はそうであらなければならない。

 可哀想とか、許せないとか、気になるとか、そういう感情で動いてはならない。

 ()()()()()()()()()()()という事実は重く受け止めなければならない。

 今、明乃は預かっている。ましろも預かっている。

 『晴風』の皆の、命を。

 

「2時間。……2時間をリミットにしよう」

「……短く、ないでしょうか……?それくらいの時間なら」

「いいや、むしろ長いくらいだよ。……私達が、2時間も持つとは思えないしね」

 

 皮肉気に、笑う。

 死を覚悟している、のではない。

 そんな程度の覚悟では、闘おうなどとは思えない。

 

「2時間経っても何もなかったら、それは私達が負けた――敗けたってこと。だから2時間、2時間後に……この『晴風』を沈める」

「…………残り、………………7200秒の命、…………ですか」

 

 悲壮気な、微笑み。

 もっとやりたいことがたくさんあった。

 もっと過ごしたい人がたくさんいた。

 もっと遺したいモノがたくさんあった。

 もっと、もっと、もっと、

 何かをできるはずだったのに。

 それが、こんな理不尽に途切れるだなんて。

 

()()()()()()()()()、行くんだよ」

 

 だけど、明乃はましろの言葉を真正面から否定した。

 そりゃ確かに負ける公算が高い戦いで、だからこそ明乃はましろたちに敗戦処理をさせようとしている訳だが、だからといって最初から敗北前提でいることはよくない。

 悲観主義はいいが、悲壮である必要はない。

 悲嘆に浸っても構わないが、卑屈になり過ぎる必要はない。

 

「まぁともかく、沈没の準備は任せたよ。手段は問わない。バランス崩して横転させても、適当な障害物に激突させても、艦内で魚雷を爆発させてもいい。この船が、海賊の手に渡らないなら、ね」

「…………はは、…………努力はしますよ、艦長」

 

 震える。

 無論、猛りではなく恐怖によって。

 それでも、最善を尽くさなければならない。この船が奪われれば、何千人が死ぬことになるか分からない。

 まだマシな未来を目指すために、今、できる限りのことをしなければ。

 10分前とは180度違う思考。

 

「それじゃ、さっき手を挙げてくれた人は私についてきて。準備をしないと。此処には使える武器も、防具も、何もないからね」

「そんなに悠長に過ごしていていいのか?敵はおそらく今、全速力で此処に向かっているぞ」

 

 美波が声を上げる。

 絶滅研究所『グレイ・グー』が生み出した最高傑作である美波はこの場で3番目に正確に現状を理解していた。

 3番目。

 『晴風』にいるスパイと、海賊側にいるスパイを除いた意味での3番目。

 あるいは、その事実さえ知っていれば、少なくとももっとマシな『終わり』を迎えることができたかもしれないが。

 

「あはは、大丈夫。少なくとも後10分くらいは、彼らも此処にはたどり着けないはず。……罠を、仕掛けておいたからね」

「罠、ですか?」

「歩きながら説明するよ。時間を作ったって言っても、それがどこまで海賊に効果的なのかは私もつかみ切れてないしね」

 

 海賊たちの実力派明乃の想定を、想像を遥かに上回っていた。

 完全な奇襲をものともしなかった男と、

 霧で阻まれた視界においても正確に明乃を銃撃した男。

 彼らに対抗するのは、並ではない。

 

「彼らは、――――――『優秀』みたいだから」

 

 本当に、疑問ばかりが浮かび、消える。

 Why(なぜ)

 どうして『晴風』は襲われている?

 Why(なぜ)

 どうして海賊たちは『晴風』を襲うことができた?

 Why(なぜ)

 突如として発生した霧の理屈は?

 Why(なぜ)

 『ダモクレスの剣』とは、何だ?

 Why(なぜ)

 Why(なぜ)

 Why(なぜ)

 

 そんなこと、明乃が1番知りたい。

 

 だけど、死ぬのだろう。

 分からないままに、答えを得られないままに、死ぬのだろう。

 何も為せず、何もできず、何も遺せず死ぬのだろう。

 人事を尽くしても天命は来ない。

 努力は才能を決して上回らない。

 凡人が天才に勝つなんて夢物語。

 フィクションであれば、ここから始まるのは大反撃。

 まかれた伏線を回収するための大逆襲。

 だけど、此処じゃそれが不可能であることを明乃は知っていた。

 『やりたい』と『できる』は違う。

 違うのだと。

 

「それなら先に医務室に寄ってくれないか?人事不省……薬も、あった方がいいだろうからな」

「…………いいよ、なら先に医務室に行こう。私を――――――」

 

 返答が遅れたのは、気づかれたことに気づいたからだ。

 やはり、『プロ』の目から見れば違和があるのだろう。必死に誤魔化したはずだが、それでもまぁ、気づいて当然か。

 だからこそ、

 

「ううん、そうじゃない、かな…………」

 

 ぼそり、と呟く。

 美波の方をちらりと見て、必死に、『弱さ』を見せないように気張る。

 弱いリーダーなんて、卑屈なトップになって、誰も従わない、望まない。

 だからこれでいい。だからこれがいい。

 明乃は1人で――独りで、いい。

 褒められたいから、慰められたいから頑張ってるんじゃ、ない。

 

「じゃあね、副長。頼りにしてるよ、…………してたよ」

 

 振り返りはしない。

 顔を見れば、戻りたくなるから。

 

「どうかご無事に、艦長。…………どちらにしても案外、再会は近いような気がしますが」

 

 負けたとしたら、地獄で。

 勝ったとしてら、現実で。

 どちらにしても再会は2時間後だという、そういうニュアンス。

 

「あはは、行こうか、皆。『勝つ』ために」

 

 その声を合図に5人が立ち上がる。先ほど手を挙げてくれた勇気ある5人。芽依、楓、麻侖、美波、マチコの5人。

 皆が皆、壮絶な覚悟を固めていた。ここで死んでも後悔はない、そのくらいの強い覚悟を。

 そして、

 

「……それにしても、初めての航海でこんなことになるなんてね」

 

 そんなことを言いながら、警戒も何もせず、芽依が教室の扉を開け、外に出た。

 芽依が1番手で教室を出たのに深い意味はない。ただ、教室における芽依の席が、海賊と戦うことを決めた6人の中では扉と1番近かったという、ただそれだけの話でしかない。

 さらに言えば、芽依は明乃を信じている。いや、2人の繋がりはそんな言葉ではまるで足りないほどに強い。芽依と明乃はまさしく一心同体の関係である。であるからこそ、芽依は無条件に明乃の言葉を信じ、教室の外に1歩出て、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぁ?」

「――――――」

 

 ゆっくりと、

 ゆっくりと、芽依が崩れ落ちる。

 痛みに歪む表情と、

 信じられないとでも言うように見開かれた両の(まなこ)

 

「そ」

 

 瞬間、明乃は一足飛びに教室から飛び出し、

 

「とに出るなあああああ!!!!!!!!!」

 

 絶叫しながら扉を閉めた。

 

「っ、どうして!?」

 

 そして見た。

 確かに、『晴風』の全長は118.5メートル。艦橋から全力で走ればこの教室には1分足らずで辿り着ける。

 だが、それは『晴風』の艦内構造を完全に把握していればの話で、だいたい襲撃してきた海賊たちは明乃たちが教室にいることすら知らないは

 いや違う!

 

(ッ!馬鹿なの私は!)

 

 そのためのスパイだったのか。

 そう、そうだ。考えてみれば当たり前の話。

 海賊が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、『晴風』に乗っているはずのスパイがそれを伝えたから?

 いやだがっ、だけど可笑しい!それでも説明がつかない!

 『晴風』が航路を変更したのは僅かに14時間前。たった14時間で船を『晴風』を襲えるような位置に移動させることは不可能なはずで、

 いや、それすらも違うのか。この海賊たちは別に『晴風』を襲うつもりはなかったのか?襲う船自体は何でもよく、ただ横須賀女子海洋学校の船を襲えればよかった?

 昨日、明乃はもえかと戦い、自らに何らかの裏が――――――後ろ盾(サポート)があることを暗に告げた。もえかを監視している誰かがそれを『革命派』の上層部に告げ、結果として『晴風』が海賊に襲われる運びになった?

 そんな馬鹿なことがあるのか!?

 たった、たった14時間だぞ?

 巨大な裏組織程鶴の一声で動かないのは自明の理。恐怖が、権力が、欲望が、全ての動きを遅くする。

 だからあり得ない。いやでも、ひょっとしたら違うのか?『革命派』というのは明乃の想像以上に一枚岩で、

 

「くッ!!!」

 

 思考がまとまらない。

 何が正しくて、何が間違っているのか分からない。

 真実は何処にあるんだ!?

 

「1つ、あなたの過ちを教えてあげましょう。――――――言ったはずですよ」

 

 そして、

 そして、

 そして、

 

僕たち(海賊)を、舐めるなと!」

 

 薄い、霧の中から、

 狂気的な笑みを浮かべたベテルギウスが現れた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

包囲された希望の残影(サラウンド・フェントホープ)
 f4samurai開発のスマートフォンゲーム、『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』第1部第9章サブタイトル。



大人と、
大人になりたがっている、子供。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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終わりへの予兆(THE END OF THE WORLD)

さようなら、人殺し。

29人を見殺した、大罪人。


 はっきり言っておこう。

 これは明乃の失策だ。大失策だ。

 明乃は勝つことができた、戦いを避けることができた、海賊の襲撃を受けないよう動くことができた。

 明乃は生存のための努力を怠った。明乃は自らの能力を過信した。明乃は敵を見抜くチャンスを逃した。

 だから、こんなことになっている。

 

(ダメだ、詰んだ)

 

 それを、どうしようもなく理解した。

 普段の明乃であればこんなに簡単に諦めない。不断の努力を以てして最期まで懸命に足掻く。己の命すらも駒にして。

 けれど今、明乃の精神(ココロ)は折れていた。

 

「――――――」

 

 0.01秒未満の沈黙の果てに、否、思考の果てに選択する。

 自覚はある。『これ』は愚策だ。あずみを継ぐ、次ぐ者なら、そうありたいと願うであれば、『これ』は、『それ』だけはしてはならない。

 だがしかし、自覚があるのだ。

 届かない。

 敵わない。

 追いつけない。

 全てが不足していた。最初から最後まで、全てが。

 才能も、覚悟も、運命も、何もかも。

 それでも、戦うことを決めた。不断の努力を重ね、絶死の行動を以て。信じられる仲間だって、できた。

 だが、今、その仲間は、

 

「――ゕ、ひ、……ぁ………………」

 

 視線を前方から逸らすことなどできない。それをすれば、明乃は刹那の間に死ぬ。今明乃の前にいるのは、芽依を銃撃したのは、敵は、そういうレベルの存在。

 だから明乃は撃たれた芽依の様子を伺うことなどできなかったが、 

 それでも、

 それでも……、

 それでも、芽依が…………、

 

「――――――ふ」

 

 そして、芽依を銃撃したベテルギウスは小さな声で哂った。

 考えるまでもない。明乃は今、失敗した。考えればわかることだ。明乃は教室の外に出て来るべきじゃなかった。ベテルギウスは明乃が教室の外に出て来るとは思わなかった。

 そう、ベテルギウスだって芽依との邂逅は想定外だったのだ。

 

(僕にも、運が向いてきたということですかね?)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、言うまでもなく、明乃たちの正確な居場所など分かるはずがない。

 艦の後方にいるらしいということは推測できたが、それだけだ。明乃たちが集まっている位置までは特定できなかった。

 だから、芽依を撃ったのは、撃ってしまったのは、ベテルギウスの想定外の出来事(失敗)だった。

 芽依が教室から急に飛び出したから、ベテルギウスは思わず撃ってしまった。

 芽依を撃った瞬間、ベテルギウスは己のミスに気付いた。

 ベテルギウスの任務は『晴風』に乗っている人間を鏖にすることだ。1人でも逃せば、その時点で任務は失敗である。

 消音器(サプレッサー)を付けているとはいえ、銃声は響く。そして、悲鳴はもっと響く。気づかれ、逃げられれば、それで終わりだった。

 

(おそらくは、残りの船員は彼女が出てきた部屋の中に……)

 

 ミスをしたのは明乃だけではない。ベテルギウスもだ。2人とも、多くのミスをしている。明乃は芽依が撃たれたからといって慌てて教室の外に出るべきではなかったし、ベテルギウスは芽依が飛び出してきたことに動揺し銃を撃つべきではなかった。

 撃てば怯えられ、逃げられる。だから撃つべきではなかった。

 だけど、ベテルギウスの予想に反し、明乃は教室から飛び出してきた。しかもご丁寧に、他の船員に教室から出ないように言い含めたうえで。

 それはミスだ。彼女たちは一斉に逃げるべきだった。そうすれば、何人かは殺されたとしても、何十人かは逃げきれたのに。

 

(僕が撃った少女は、彼女にとってそこまで大切な人だった、ということでしょう)

 

 その通りである。芽依が撃たれて、動揺して、飛び出すべきではなかったのに、明乃は芽依を助けようと慌てて飛び出してしまった。他の船員が1人でも殺されることを恐れ、教室に閉じ込めてしまった。

 武器もない。防具もない。強くない。後方支援(バックアップ)もない。そんな状況で真正面から相対して、勝てる訳もないのに。

 

(っ、チャンスがあるとすれば……!)

 

 だけどまだ、終わったわけでは、

 ない!

 

(――――――これで)

(――――――これで)

 

 そして、

 ベテルギウスが、

 銃を、

 明乃に向かって、

 構え、

 

 その前に明乃は真横に右手を掲げて、言った。

 

「ダモクレスの剣」

「……………………」

 

 右手を開く。

 だらり、とスターチスをモチーフにしたネックレスが垂れ下がった。

 

「あなたたちの目的はこれだよね?」

 

 あずみから受け継いだ、あずみの遺志そのもの。

 

「疑問はあった。どうして、撃たないんだろうって。目的が鏖?ならどうして砲弾も魚雷も撃たないのかって。……この船ごと沈没させれば、それで済むはずなのに」

 

 気づいているのか?

 自らの異常に、その支離滅裂さに。

 もはや2分前の思考とさえ、今の思考が合致していないというその事実に。

 

「失われたら困るからでしょ?……私の持ってる、この」

 

 (しろがね)のチェーン、

 ピンク色の飾り、

 スターチスの花言葉は『永久不変』。

 

「このスターチスをモチーフにしたネックレス(ダモクレスの剣)が!」

「――――――だとしたら?」

「………………………」

 

 銃を下げず、ベテルギウスは答えた。

 しかし、その銃口は揺れている。

 揺れているのだ。

 

(乗ってきた!)

 

 通じるかもわからなかった切り札が通じた。

 だとすればまだ、一縷の望みはある!

 

「渡すから私達を見逃してくれ、とでも?」

「……そこまで、傲慢なことは言わない。……5人、5人だけでいい。5人だけ、逃がしてくれれば」

 

 芽依を殺した敵にこんなお願いをするなんて馬鹿げてる。

 第一、戦うことを選択したのは明乃なのに、それをいの一番に翻すだなんて可笑しい。

 そう可笑しい。狂ってる。

 だが当然だ。当たり前だ。誰も気付いていなくても、明乃はとっくに限界だった。

 

「この船に乗ってるのは、私以外皆一般なの!皆は関係ない!無関係!だから、だからっ!」

「あなたを殺して奪う、という手もありますが」

「っ」

 

 血液恐怖症。

 暗闇恐怖症。

 不眠症。

 対人恐怖症。

 赤色恐怖症。

 軽度強迫性障害(OCD)

 救世主症候群(メサイアコンプレックス)

 心的外傷後ストレス障害(PTSD)

 明乃はこの8つの宿痾を抱えている。

 これだけの宿痾を抱えて、こんな理不尽な状況に放り込まれて、しかも艦長として動かなくてはならなくて、真面でいられるわけがない。

 ましろだって幸子に八つ当たりしてしまうほどに限界だったのだ。

 肩を撃たれた明乃は、もっと重症だった。

 明乃の精神(ココロ)は、もう限界を超えていた。

 

「それを私がさせないことは、あなたも分かってる」

 

 だから矛盾していたのだ。唯一の親友が撃たれたのを見て、明乃の精神は振り切ってしまった。1分前に自分が何を考えていたかも、今自分がどう動くべきかも、分からないほどに。

 

「…………いいでしょう、確かにあなたの言う通り。僕にとっては、それを回収できないことの方がまずい。それは、粛清に値する失敗なのですよ」

「…………交渉成立ってことでいい?なら、銃を」

「無論、無論ですとも。下げます、そしてホルスターに入れた上でホールドアップしましょう。だからあなたも、生かすべき5人とやらを選んだらどうですか?あなた自身の、意思(エゴ)で」

「っ……」

 

 どの口で、

 どの口で、言えばいいのか。

 つい5分前に『みんなで一緒に戦おう』なんて、ふざけたことを言ったばかりなのに、

 いったい、どの口で?

 

(それでも、……っ!私が、もっとっ)

 

 それでも、全滅はさせない。させたくない。いいよ。だったらその罪は明乃が、明乃だけで背負う。明乃だけが地獄に落ちればいい。それで5人が助かるなら、せめて5人だけでも助けられるなら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――――――ぇ」

 

 思考が止まった。

 

「…………がッは、っ!?」

 

 扉越しに、そんな悲鳴が聞こえた。

 

「っ、嘘!?」

 

 扉越しに、そんな悲嘆が聞こえた。

 

「鏑木さんっ!」

 

 扉越しに、そんな焦燥が聞こえた。

 

「っ、離れろ!」

 

 銃が1つだなんて、誰か言ったか?

 

「万里小路さんッッッ!?」

 

 その手にあるのは世界最高威力の自動式拳銃(オートマチック・ピストル)デザート・イーグル(砂漠の鷲)』。

 

「いやあああああああああああああ!!!!!」

 

 デザート・イーグル(砂漠の鷲)で使用される弾薬『.50 Action Express』は薄い鉄扉くらいであれば容易く貫ける。

 

「海賊の言うことを」

 

 そして、ベテルギウスの早撃ち(クイック・ドロウ)は、

 

「ぁ」

 

 0.05秒で、行われる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

()()()()鹿()()()()()()()()()?」

 

 瞬間、轟音と共に『晴風』が大きく傾いた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

終わりへの予兆(THE END OF THE WORLD)
 畑健二郎氏著の漫画作品『ハヤテのごとく!』第182話サブタイトル。



運命は誰を選ぶのか?

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激化(Escalation)

 戦いが発生する以上、そこには当然、勝者と敗者が生まれる。

 勝つ者と、

 負ける者。

 得るモノと、

 喪うモノ。

 強者が勝ち、弱者が負ける。

 ライオンに鼠が勝つことはない。絶対に。

 それが自然の摂理。それが世界の法則。この『絶対』は崩れない。

 つまるところ、不可能なのだ。最初から。

 子供は大人には勝てない。経験を積んだ大人に、素人未満の子供が勝てることなど『絶対』にない。『プロ』のスポーツ選手とエンジョイ勢の部活仲間。競えばどちらが勝つかなんて論じる必要もなく分かってしまう。

 故に、だった。

 この結末はきっと、必然的な――――――、

 

(なっ)

 

 いや、

 いいや、

 だからこそここで否定を入れよう。例外はある。どんな事象にでも必ず例外は存在する。

 時に、子供が大人に勝つことはある。

 甲子園の決勝投手が投げるストレートを野球経験のない一般人が打ち取れるか?

 インターハイ決勝戦に出場するような陸上選手相手に鍛えてもいない一般人が走力で勝るか?

 数学オリンピックで金メダルを取るような学生相手に一般人が計算力で勝てるのか?

 答え(アンサー)(ノー)

 同じように、論ずるに値しない。

 若くとも多くの経験を積んでいるのであれば大人にだって勝てる。

 最も、そういう意味で言ったとしても、明乃がベテルギウスに勝てる道理はなかったが。

 

(――――――馬鹿、な)

 

 だが、ここでもう1度否定を入れよう。

 例えばポーカー、あるいは麻雀でもいいだろう。

 初手でロイヤルストレートフラッシュが揃っていたとしたら?第1ツモをした時点で地和が確定したとしたら?

 努力、才能、経験。それらを全てを一瞬で上回る絶対解は存在する。

 

 『努力も、経験も、覚悟も、絆も、能力も、そういう小賢しいモノを全てを超越して『勝利』を手にできる人間はいるよ。そういう人間を、ベテルギウス、スーたちは、』

 

 思い出す。

 (かぶ)く。

 なぜだ?

 傾いていく。

 想い出す。

 天秤が歪む。その針が右から左に移動する。

 なぜだ!?

 

 『『神の寵児(ヒーロー)』って呼ぶんだよ』

 

「――――――っ!」 

 

 固く閉ざされた教室のドアが、開くのが見えた。

 運命論。

 選ばれしモノ。

 勇者。

 

 『神の寵児』。

 

 格差を踏破し、

 準備を足蹴に、

 拘束を打破する。

 

 『勝利を約束された存在』。

 

 ――――――『主人公(ヒーロー)』。

 

「艦長ッ!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(狙っていたとでも、言うのですか……!?)

 

 純粋な、疑問。それに付随する、根源の恐怖。

 だが偶然というにはあまりにもできすぎていた。

 霧に満ちた海域で、舵を取ることもせずに、ベテルギウスが明乃を追い詰めたこのタイミングで、偶々船が『何か』に衝突した?

 馬鹿な!あり得ない、不可能だ!そんな偶然、起こりえない!

 第一この海域に航行を邪魔する障害物が存在しないことをベテルギウスは確認している。でなければ危なっかしくてとても霧など出せない。

 だが、だとしたらなんだ?これはなんだ?『何が』起こった?『何に』ぶつかった?『なぜ』船が傾いた!?

 どうして『今』なんだ!?

 

(っ、なんとか体勢を)

 

 衝撃によって船が(かぶ)いた影響で、ベテルギウスは無様に左手を床に着いてしまった。つまり、隙だらけだ。今追撃が来れば、まず反撃できない。

 

(銃をっ!)

 

 ベテルギウスが銃を構えるよりも早く、マチコが教室から飛び出してきた。

 

「あああああああっ!!!」

「ッ!?」

 

 速い。そして早い。なんという判断力だ。どうなっているんだこの船は。艦長も副長も化物染みた判断力で、その上一般船員の行動力も常軌を逸している。

 本当にどういうことだ?

 いくら何でも異常すぎないか?なぜ、ここまで精鋭が集まっている?まさか全員がそうなのか?この船は、『晴風』は……、

 

(罠に掛けられたのは、……僕の方?)

 

 本当はどちらでもよかったのではないか?

 ベテルギウスたちが勝ったとしても、敗けたとしても、どちらでもよかったのではないか?

 そう、どうしてだ?どうしてラクシは戻ってこない?あれからもう20分は立っているのに。『晴風』のメンバーに倒されたのかと思ったが、この反応からして違う公算が高いとするのならば、

 ならば、

 

(提督は僕らを、…………使い捨て(消費し)た?)

 

 仮にスーザンの思惑がそうでなかったとしても、その『上』――つまりイギリスブルーマーメイドは……、

 

 『スーは皆のことを、――――――家族みたいに思ってるよ』

 

 いいや!

 

(っ、そんなわけがありません!)

 

 ベテルギウスもスーザンとの付き合いは長い。スーザンのことは、少なからず理解しているつもりだ。スーザンは、例え意味があったとしても『家族』を無言で犠牲にするような人間ではない。

 犠牲にするのならば一声あるはずだ。である以上、この展開はおそらくスーザンも予想していなかった、

 イギリスブルーマーメイドだけが知っていた、情報。

 

(これなら届くっ、いや、絶対に届かせるッ!)

 

 一方で、『晴風』が大きく揺れたその数瞬後、誰よりも早く行動を起こしたマチコは確信していた。届く。教室の掃除用具入れにあったモップから替糸を取り外しそのハンドルだけを手にしたマチコは、それを棒のように振るいながらベテルギウスに向かって走る。届く。首に向けて一撃を放てば、意識を刈り取ることが、仮にそれができなくても呼吸を詰まらせることができるはずだ。届く。元々数では勝っているのだ。銃さえ封じれば、戦闘能力さえ奪えば、犠牲の恐怖を自制できれば、勝利は確実なのだ。届く。艦長ができないのであれば、副長が指示を出さないのであれば、誰も動けないのであれば、マチコが動くしかない。届く。

 ここで、

 目の前の敵を、

 確実に、

 戦闘不能にす、

 

 届く!

 

(――――――あぁ、まさかこんなところで)

 

 それでも、ベテルギウスはほくそ笑んだ。

 確かに今の状況は危機的だ。銃を撃つことはできず、拳を振るうことも難しい。

 けれど、それでも、後方に退避することぐらいはできる。

 そして、ベテルギウスは決して、

 

(『これ』を使わされるとはッ!)

 

 独りで『晴風』に乗り込んできたわけではない!!!

 ダンッ、と床を蹴って、ベテルギウスは後方に下がり、

 そして、その腕を、首に回した。

 見せつけるように。

 

「なッ!?」

「は、ははっ!……お優しいことで、狂った鈍間牛(BSE)ッ!!!」

 

 マチコの足が止まる。

 その光景が、マチコに足を止めさせた。

 いや、それきっと、誰でもそうなるはずだ。

 明乃であったとしても、きっと。

 だって、そこにいたのは、

 

「…………ぁ、助けて」

「っ、卑怯者がァ!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()4()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 端的に言って、人質。

 そうだから、彼女たちがブルーマーメイドを目指している以上絶対に足を止めざるを得ない。

 ブルーマーメイドの仕事は、民間人を守ることだから。

 

「これで形成逆転ですねぇ!」

 

 つまるところ、それこそがベテルギウスたちの常套句。

 彼女たちは知らない。見破れない。なぜならばベテルギウスは本気だから。ノーザも演技じゃないから。

 いざとなれば、ベテルギウスは本気で、

 ノーザを殺すつもりであるのだから。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

激化(Escalation)
 川原礫氏著のライトノベル作品『アクセル・ワールド』、アニメ版第9話サブタイトル。



幸運、という名の絶望。

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俺が生きる意味(レゾンデートル)

覚悟の種類を間違えるな。

それは、正義の対義語であるが故に。


 状況は逆転した。たった1つの奇手によって、『晴風』は追い詰められることになった。

 もしも(if)の話をしてみよう。

 例えば、マチコがもう少しだけ冷酷であれば人質など無視してベテルギウスに一撃を叩きこみ、『晴風』を救うことができただろう。

 例えば、美波がもう少しだけ誰かを信じることができていれば『黒の方舟(ブラック・アーク)』の面々なんて一瞬の下に屠ることができただろう。

 例えば、例えば明乃がもう少しだけ、後ほんの少しだけ強ければ、本当にちょっとだけ強ければ、それだけでこんな木っ端の海賊なんかにここまで追いつめられることはなかっただろう。

 だが、現実はそうはならなかった。

 数が多くても烏合。全員が全員少しずつ『何か』が足りなくて、だから今『晴風』はチェック(王手)されていた。

 

「い、ひっ!流石はブルーマーメイドの卵(ブルー・スクランブル・エッグ)ッ!()()だったらこうはいきませんでしたよぉ?」

「く、っ!」

 

 マチコは躊躇った。人に向かって武器を振るうことを、ではない。民間人かもしれない少女を巻き込んでしまうかもしれないことを。

 民間人。そう、民間人だ。海賊が拘束しているその少女は幼く、怯えていて、マチコは見覚えがなかった。だから民間人に見えた。

 だが、だとすれば、

 

「ち、がうっ、野間さんソイツは民間人なんかじゃない!!!この場で、この船に、私たちと『海賊』以外が乗ってるわけないでしょ!?」

「っ、ですがっ」

「やって、早く!!!」

 

 そう、だから明乃は当たり前のように否定する。

 海賊が人質に取った少女が実は海賊の仲間である可能性。

 明乃にはその確信があった。

 だって、コイツは誰だ?言うまでもなく『晴風』の仲間ではない。今この『晴風』にいるのは明乃たち『晴風』の船員か侵入してきた海賊だけのはずだ。少女が前者でない以上、少女の素性は後者しかあり得ない。

 まさか、本当に紛れ込んでしまった一般人だなんてそんなことはないはずだ。

 

「面倒ですね」

 

 だが、

 なのに、

 その答えが否定される。

 よりにもよって、海賊であるベテルギウスによって。

 

「が」

 

 ダンッ!、と。

 轟音が艦内を反響し、ノーザ(人質)の右太腿を漆黒の弾丸が貫いた。

 

「あっ、ああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!?????」

 

 絶叫が木霊する。

 大量の血が床を汚す。

 霧は、まだ此処には満ちてはいない。まだ、この空間の霧は薄い。視界はまだ、十分に晴れている。

 

「なッ!?」

「やめッ!!!」

「動くなあッッッ!!!!!」

 

 咄嗟に前に出ようとしたマチコをベテルギウスが大声で、銃口を下げて牽制する。

 撃った?

 馬鹿な?

 仲間のはずだろう?

 それなのに?

 これも演出?

 偽装?

 

(でも、だったらなんで足を)

 

 足を撃ってしまえば歩けない。足を撃たれればまともに戦えない。この男と少女が仲間ならばよりにもよって足なんかを撃つか?

 でも、だったら、だとしたら、まさかこの少女は本当に、

 本当に?

 

「違う、そんなはずない!模擬弾と血糊を組み合わせて偽装してるだけに決まって」

()()()()()()()()()()?仮にも船のトップ足るものが思ってもないことを言うべきではないのでは?」

「ッ、ぐ」

 

 ()()()()()()ことは、明乃が一番分かっている。そう、この血は本物だ。ベテルギウスは本当にノーザを撃った。血糊などによる偽装は一切ない。流れた血は本当に本物だ。

 つまり、これがベテルギウスたちの策。

 子供というのはそれだけで庇護対象だ。どうしたって見方は歪む。

 もう思いもしないだろう。ベテルギウスとノーザが本当は仲間だなんて。

 

「ストック、ですよ。僕たちは海賊です。そして僕たちが敵対するのは青人魚(ブルーマーメイド)だ。彼女たちはそう簡単には民間人を見捨てられない。だから、僕たちレベルの海賊であればこの手のストック(人質)はいつも、何人かは確保しているんです」

「っ」

「それに、こうすれば彼女たちの面目も潰れない。『民間人の安全を優先したから海賊を逃がしてしまった』なんて方便もたちますしね」

「ぃ、ぁ、いぁあぁああぁあ、い……ッ!いいい゛い゛い゛」

「五月蠅いですよ、人質風情が」

 

 一切の躊躇は無かった。仮にも仲間であるというのに。

 なぜかといえば、これは作戦の一つだから。

 これも作戦の一つだから。

 

 『また、『あれ』をやるの?私『あれ』、嫌いなんだけどな』

 『ですが有効ですよ。特にブルーマーメイド青人魚には』

 

 十数分前に艦橋で話した『あれ』とはこのことだ。

 ノーザの『民間人に見えるくらいの平凡さ』を存分に活かした策。

 それは、見事に明乃たちに嵌った。

 

「さて、」

 

 悠々と、いっそ清々しいほどに見下して、

 

「これでチェックメイトです」

 

 ベテルギウスは勝利宣言をした。

 

「あなたたちが素直に死ぬのならば、この人質くらいは逃がしてあげてもいいですよ?」

 

 そんなことを、嘯いて。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

俺が生きる意味(レゾンデートル)
 ガガガ文庫出版、赤月カケヤ氏著のライトノベル作品。



勝者となるために為すべきことは何か?

決まっている。

『総て』だ。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!





すっごく久しぶりの更新になってしまってごめんなさい。
忘れてたわけじゃないんです。後回しにしていただけなんです……。
ごめんなさい。



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裏設定とか雑談とかをたまに流してるので。よかったらフォローください。やる気が出ます。


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私の使命(Harmony of)あなたの未来(One's Heart)

躊躇いは、死。

戸惑いは、死。

振向きは、死。


 選択肢など最初から無かったのだ。

 ダブル・バインド。提示された選択肢の先にある結末は全て『死』。こっちへ歩いてもあっちへ走ってもどっちへ進んでも行き止まり、生き止まり。

 

「ぃ、ぎたィ、ぁ゛っ゛、お、ねぇ、ぢゃ」

「っ!」

 

 トラウマが、蘇る。

 あの時の明乃と同じ立場。銃で撃たれた子供。庇護対象。

 分かっている。正しい選択は見捨てることだ。ここでこの子供を助けるということは『晴風』船員を全員見捨て、その上でこの最新鋭の航洋直接教育艦『晴風』を海賊に明け渡すということ。

 そんなこと承服できるわけがない!

 

(だけど、でもっ!)

 

 理性は見捨てるべきだと言っている。

 だが、本能と感情がそれを許容できない。

 かつて、明乃はあずみに救われた。あずみは命を懸けて明乃を救ってくれた。なのに、明乃はそれをしないのか。自分可愛さにそれをしないのか?

 天秤に掛けられたのは一人の少女の命と世界に対する脅威。海賊が『晴風』を手に入れれば最悪首都東京が火の海になる。そうなれば数十万単位で命が散る。

 分かっている。

 分かっている、のに!

 

「ぐっ、はぁーっ、はぁーっ!」

「艦長っ!」

 

 頭が痛い。

 呼吸ができない。

 視界が翳む。

 マチコに返答することもできない。

 何か言わなければならない。絶対に動かなければならない。今此処で呆然として何の指示も出さずに動こうともしないのは明らかな失策だ。敵は待ってくれない。ベテルギウスは明乃の事情なんて知らないし考慮しない。

 なのに、

 

「あなたたちはよく頑張った。子供の分際で本当に良く頑張った」

 

 銃口が、僅かに上がる。

 引き金に指が掛かる。

 躊躇は、

 欠片も、

 無い。

 

「だからもう、いい加減に、」

 

 そして、

 そして、

 そして、

 

「──────楽になりなさい」

 

 全ての終局を告げるための銃弾が放たれ、

 

Sierra(シエラ)!!!!」

 

 その直前、横腹に銃弾を叩きこまれて倒れ伏し呻いていた芽依が叫んだ。

 

「っ!?」

「ッ!?」

 

 その叫びに二人が瞬間的に反応し後退することができたのは決して奇蹟ではなく、どちらかというと日頃の努力の賜物だった。

 『Sierra(シエラ)』。それはスペイン語で山脈を意味する言葉だが、こと船の上でそれを叫ぶということには異なる意味が込められる。

 『Sierra(シエラ)』とはフォネティックコードにおける『S』を表す単語。すなわち国際信号旗における『S』を表す言葉。

 そして、国際信号機『S』の意味は、

 

「っな、逃が」

 

 『本船は機関を後進にかけている。(I am operating astern propulsion.)』である。

 

 ベテルギウスの反応が、遅れた。

 ここでノーザを人質に取ったことが、腕の中にノーザを抱えていたことが裏目に出た。ワンテンポ、銃口が二人を捉えるのが遅れる。

 故に、

 

()()()()()()()()()()()()()!?」

「なッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

(っ、一人外に残って!)

 

 動揺。

 いったいどこから?

 まさか、あえて一人外に残していた?

 そこまでの計略を描ける学生がいた?

 馬鹿な、そんな!?

 だとすればあの船長の動揺はいったいなんだというのか!

 

「ッ!」

 

 腕の中のノーザを乱暴に床に投げ、全力で横っ飛びをする。どんな攻撃が来るかは分からないがただ突っ立っているだけなんて良い的でしかない。

 そしてベテルギウスの想定は正しかった。

 先ほどまでベテルギウスがいた場所に、『何か』が投げ込まれた。

 

「艦長ッ!」

「拾って野間さん!!!」

「ッ、逃がすか!」

 

 超速の反応を以てベテルギウスはまず、目線をやらずに明乃たちのいた方向へ二発、弾を撃った。当たればヨシ、当たらなくても牽制くらいにはなる。そうやって少しでも時間を稼いで、すぐにでも追いかけに行けばいい。

 と、そういう風に考えることは美波にも読めていた。

 なにせ、美波は()()、人類根絶を目的として巨悪組織、絶滅研究所『グレイ・グー』の元研究員なのだから。

 

(甘いな、『リヴァイアサン』)

 

 既に撤退を始めた美波はそう思考する。

 瞬間、ベテルギウスの()()()()()()()()()()()()()

 

「なんッ!?」

 

 そのことにベテルギウスは今までで最大の動揺を見せる。

 思わず、どちらをも追いかけることを躊躇ってしまうくらいには。

 

(馬鹿な、煙幕(スモーク)!?だがっ、)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。見えなくても二つ目の視界で標的を捉えることができる。その能力を持つからこそベテルギウスは海賊でありながら今まで生きてこれたのだ。

 なのに、その前提を覆された。

 視界を覆った煙は冷たく、ベテルギウスの眼を無効化した。

 見えない。

 『視』えない。

 そして、煙幕が晴れる。

 この場に残っているのはベテルギウスと足を撃たれて戦闘不能になったノーザだけだ。

 

「してやられましたね…………」

 

 壁に背を預け僅かに嘆息するベテルギウス。完全に裏をかかれた形だった。

 床に捨てられた『それ』を手に持ち、ベテルギウスは脳裏に再度、敵の優秀さを刻む。

 

(ドライアイスを利用した煙幕、……これでは僕の特異性は活かせない)

 

 気化したドライアイスは極低温だ。ベテルギウスの眼を欺くことができる。だが、問題はそれではない。言ってしまえばベテルギウスの眼が無効化されたことはそんなに問題ではない。

 最大の問題は。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その秘密は、出会ったばかりの少女たちが知るはずもないことのはずだから。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

私の使命(Harmony of)あなたの未来-(One's Heart)
 WIT STUDIO制作によるテレビアニメ作品『Vivy -Fluorite Eye's Song-』第9話サブタイトル。


キーパーソン、鏑木美波。
その暗躍第一幕。





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次なる導き(Further Instructions)

振向くな。

走り続けろ。

躊躇えば、死ぬ。


 大海賊団『リヴァイアサン』に所属するベテルギウス・ノヴァは一枚手札を切ってしまった。それはもちろんここで札を切るのが最善と判断したからではあったが、しかし今考えればベテルギウスは手札を切るタイミングを間違えた、と言う他ないだろう。

 なにせ、これでノーザ・N・シュタインは実質的に戦闘不能になってしまったのだから。

「立てますか、ノーザ?」

「なんとか、ねッ……!」

 ノーザの右足を撃ち抜き、ブルーマーメイドの卵たちを釘付けにし、ノーザの救出を餌に犠牲を迫る。それは本職のブルーマーメイドにはまず通用しない取引ではあったが、三流の卵であれば十分に通用するはずの戦法であった。

 結果的にノーザは傷つくが、しかしたかが足を撃たれた程度で死にはしない。それは九か月療養すればまた前線に出れるであろう怪我でしかない。だからこれはローリスクハイリターンの取引。

 のはずだったのだが。

「でも、言っとくけど私はもう帰るからねっ。……真面目に、これ以上ここに居ても足手まといにしかならない、しっ!」

「そうですね……、それに、気になることもありますから」

 後方に配置されていた一人によって全てが狂わされた。

 それが偶然なのか必然なのか、彼女たちが張った罠なのか偶々一人だけ逃げ遅れただけなのか、ベテルギウスは確信が持てなかった。故に同時に、ベテルギウスは『晴風』に対する警戒度を更に二つ上げた。

 『晴風』は脅威である。

 それは始めから分かっていたことではあるが、しかし予想以上に。

 それに、不確定要素もある。

「気になること?」

「ラクシが戻ってこない」

「…………………………」

「十五分で戻るとラクシは言いました。ラクシは性格の終わった屑ですが、有能だ。十五分で戻ると言ったのならば必ず十五分で戻ってくる。援軍やら援護を引き連れて」

「でも」

「そう、それが無いということは……何か、予想外のことがあったのか」

「それは、例えば?」

「例えばそれは…………」

 楽な任務のはずだった。本職の青人魚(ブルーマーメイド)や対抗勢力の家族たちと戦うのよりも遥かに楽な任務のはずだった。ただの卵を鏖にするだけの任務。コロンブスのように地面に叩きつければそれだけで割れるはずの卵。

 なのに、卵の強度はベテルギウスの想像よりももっと高くて、

 そして今、あり得ないことに卵から食当たりのような反撃を受けている。

 彼女達はただの、狂った鈍間牛(ブルー・スクランブル・エッグ)だったはずなのに。

「……僕たちはガントリークレーンのスプレッダーを伝ってこの船に降り立ちました。ラクシも当然スプレッダーを伝って戻ろうとするでしょう。『黒の方舟(ブラック・アーク)』とこの船は接舷していない。敵がそれに気づいていれば、もしも僕達の誰かが何らかの要因で元の船に戻ることを想定していれば、その帰りのルートは想定できる。……このレベルで有能な敵ならば、そう考えることもできる」

「それって、……ラクシはもう」

「そうは思いたくありませんが…………」

 ラクシは近距離中距離長距離での戦いおよび武器を使用した戦いにおいて非常に高い練度を誇るが、それでも武器性能差や地の利、不意打ちを決められた状況では絶対に勝てるとまでは言えない。

 飛躍した考えにはなるが例えば人工細菌、高威力指向性爆弾、音響兵器、そういったモノを使われればおそらく負ける。それは人間として仕方がないことで、そんなモノを前にすればベテルギウスとて負ける。

 不意打ちもABC兵器も未知の薬品も歯牙にもかけずに勝てるのなんて、ほんの一握りの『本物』達だけだ。

 例えば、かつて会ったブリジット・シンクレアのような。

「ノーザ、あなたは船に戻ってください」

「……どうすればいいわけ? スプレッダーは敵が待ち構えてるかもしれないんでしょ?」

「えぇ、だから別のルートを使います。……スキッパー、この船にも何台かあったはずです。それを借用しましょう。ノーザ、運転は大丈夫ですよね」

「当たり前、これくらいの傷、運転に支障が出る程じゃないっての。……じゃあ、私は向かうわ。船長への報告も必要だろうし、……ラクシが本当にやられたって言うんなら」

「そこまでは信じたくはありませんね…………あの男がこんなに簡単にやられるとは、ね」

 そこまで深い付き合いでもなかったが、ベテルギウスにとってラクシ・ソーモンという海賊は間違いなく『仲間』だった。性格は合わないし話せば罵倒の言葉しか出てこないし戦闘の相性が必ずしも良とは言えなかったが、それでも同じ船にいる『家族』だった。

 それを喪ったのだとすれば、憤るしかないだろう。

 例えば自分たちの方が圧倒的な悪人だったとしても。

「じゃあね!」

「えぇ、ここは僕が」

 もしかしたらこれが生涯の別れになるかもしれないという予感を抱えながら、二人は別々の道を歩む。それは各々が『悪人』で、今まで何度も命懸けの修羅場を潜りぬけてきた猛者だから。ここで、私が、僕が、死んでも、終わりじゃない……という名の信頼関係。

 故にこそ彼らは大海賊団『リヴァイアサン』なのだ、と。

「ふぅ…………行きますか…………」

 霧に満ちた視界、けれどドライアイスから発生した霧はもう常温になった。である以上『眼』は機能する。『視』える。とはいえ流石に扉一枚隔てた部屋の仲間では見通せないが。ベテルギウスは透視能力者ではないのだ。

「…………………………」

 銃を構え、いつでも撃てる体勢に。

 この扉から出てきた人間は三人。しかし伝声管から聞いた声から察するにこの部屋にはこの船の乗組員全員がいるはずだ。

 青い人魚の卵たち、狩るべき狂った鈍間牛(BSE)が。

「……………………………」

 けれど一方、卵だからといって一切の油断はできない。その卵たちに今、ベテルギウスは手痛い反撃を受けているのだ。である以上、油断など、慢心などできるわけもない。

 けれどさらに客観的な事実として、ベテルギウスは鍛え続けてきた大人で『プロ』の海賊。一方青人魚の卵たちはそれがどれだけで特殊な血筋で特異な生まれで特別な環境で育ってきた『天才』だとしても、まだ実戦経験もほとんどない青い卵たちだ。

 客観的に考えればベテルギウスが負ける謂われはない。

 だがしかしけれど三重否定。

 世の中には『例外』がいることも知っている。ベテルギウスは知っている。

 例えば大海賊団『リヴァイアサン』提督スーザン・レジェス、二回りは幼い彼女はしかしベテルギウスを凌駕する怪物だ。

 例えばイギリス、シンクレア伯爵家第十五代当主ブリジット・シンクレア。魚雷を魚雷で迎撃できる彼女はベテルギウスとは比べるまでも無い『本物』の天才だ。

 そういう『例外』がまだ、この船に潜んでいないとは限らない。

 それを考えると額から汗が流れ、自然身体が強張る。

 故に、こそ。

「ふぅー…………っ!」

 息をゆっくりと吐き、吸って、そして、

 ダンッ! と 、

 一息で教室の中に入り、ベテルギウスは引き金を――――――、

「……な、に?」

 けれど、なのに、

 そこに、ベテルギウスの目の前に広がっているこの光景は、

 

「なぜ、……誰もいない?」

 

 いくつもの机が配置された教室には、

 人っ子一人、いなかった。

 

 ――――――岬明乃は、読んでいた。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

次なる導き(Further Instructions)
 米国のテレビドラマ、『LOST 第3シーズン』第3話サブタイトル。



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大いなる成就(Greatness Achieved)

結論は一つ、勝て!

過程は二つ、殺すか殺さない。

対象は三つ、己か、仲間か、敵の命か。


 絶望的な状況からの脱出は必ずしも希望的な状況へとつながるわけではない。むしろ、より深く、重い状況を招くこともある。地獄から逃れた先が更なる地獄であることも、天国だと思っていた場所が本当は冥獄であるということも容易にあり得る。

「野間さん、追手は……ぐぅっ!」

「馬鹿っ、安静にしていろ水雷長! 防弾チョッキを付けていたとはいえ撃たれているんだっ!」

「メイちゃんは治療に専念して、余計なことは考えなくていいから。それで野間さん、どう?」

「追手はない。だがいつ来てもおかしくないな」

「……だろうね。さて、どうするか……」

 ベテルギウス、そしてノーザの二人から辛くも逃れた四人――明乃、芽依、マチコ、美波の四人は『晴風』の一室で休息を取りつつ今後のことを話しあっていた。

「狡兎三窟……、銃声も聞こえない。他のみんなも逃げきれたと思うぞ、艦長」

「……うん、私もそう思う。副長――シロちゃんならきっと他のみんなを率いてこの船を沈める準備をしてくれてるはずだし、私たちは当初の予定通り反撃を実行に移そう……。といっても、あはは……最初から躓いちゃったけどね」

「戮力協心……、機関長と万里小路がこの場にいないのは残念極まるが私たちでもできることはある」

「もちろん、まだまだできることはあるよ、みなみさん。……()()()()()()()()()()()()、上手くいってよかった、時間との勝負だったけど」

「はは、尻に火が付いたんでしょ、みんな……ぃつ゛!」

「だから安静にしていろと言っているだろう水雷長!」

 明乃が予め話していたもしもの時の対策、即ち教室の換気口から逃走する案は万事上手くいっていた。ベテルギウスがあんなにも早く明乃達の居場所を特定したのは予想外にも程があったが、しかしプランビーだ。あの教室が袋小路であることなど明乃は百も承知だった。だからこその第二逃走経路。換気口から外に出る案は時間も多くかかるしあまりにも不安定で確実性の無い案だったが、マチコや美波と協力してベテルギウスを外にひきつけることができた影響もありどうやら死傷者はでなかったようだった。

 それだけでも深い溜息が出そうになる。

 当然、もう『血』など見たくもないから。

「よしっ!」

 パンッ! と大きく一度明乃は手を叩いた。リセットするかのように。場の空気を。

 適度に弛緩していた雰囲気が引き締まる。皆が皆、表情を固く、真剣にする。

 和やかな時間は終わりだ。ただでさえ時間の無い今、必要十分量以上の時間を確保することは許されない。今この瞬間ですら、もしかしたらましろ達は全滅しているのかもしれないのだから。

「もうみんな落ち着いたよね。じゃあ反撃の策を練ろうか」

「了解」

 答えるマチコ。

「はいはい」

 応える芽依。

「…………」

 無言の首肯は美波が。

「さて、と」

 三人の顔を順繰りに見て、明乃は思考を深める。この場にいる全員、『覚悟』を持った『強者』だ。それだけで木偶でないと分かる。口先だけの奴らよりもどれほど役に立つか。

 そして同時に、忘れてはならない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 無論、芽依のことは除外するとして、だ。

「敵の目的は私達『晴風』乗員の(みなごろし)、およびその後の『晴風』強奪。私達の目的は敵の排除、つまり『晴風』に乗り込んできた三人――たぶん今は二人と、ガントリークレーンのある敵船乗員全員の排除、最悪の場合は()()、最低でも行動不能にしないといけない。仮想敵である敵船乗員は最大でも二十名を見積もり、敵船武装はおそらく無い。私達を鏖にするには砲弾か魚雷を撃つのが一番早いのにそれを未だにしないってことはそもそもその手の武装を乗せていない可能性が高い」

「つまり、さ。格闘戦か何かで敵全員を制圧できればそれで私達の勝ちってことだよね?」

「簡単に言ってくれるな水雷長、それができれば苦労はしないぞ」

「私は相当、たぶんこの船の誰よりも鍛えてる自負があるけど海賊の一人に有効打を与えることはできなかった。たぶん、真正面からの戦いじゃ勝てない。そこまでは断言してもいいと思う」

「ただでさえ大人と子供、そこに『プロ』と『見習い』の差まである。私も徒手空拳で勝てるとは思わないな」

「武闘派な野間さんでもそうなら余計にそうなんだろうね。……なら、武器があれば?」

 痛みに呻きながら芽依が言う。

「武器さえあれば、どう? ここからなら烹炊所は目と鼻の先だし、適当な包丁を箒とかモップの先に括りつければ」

「悪くはない案だけど即席武器は使う方にも危険があると思うんだ。甘い組み立てだと箒の先につけた包丁が戦闘途中で落ちてこっちが不利になりかねない」

「確かに、敵に武器を補充されかねないな」

「だが枝先に行かねば熟柿は食えないぞ艦長、……今私達に必要なのはハイリスク・ローリターンでも必要な策だと思うが」

「みなみさん……………………」

「ここにいる皆、覚悟を決めているぞ艦長。……後はあなただ、艦長。あなたが私達を()()()使()()()必ず勝てる。……ここにいるのはただの学生ではない。皆が皆、『覚悟』を固めたブルーマーメイドの卵なのだから。私に至っては飛び級だしな」

「…………」

 思考する。より深く、より重く、より強く。

 戦力差を考え、実現可能な方法論を模索する。そも、明乃と航洋直接教育艦『晴風』船員の付き合いはまだ二日にも満たない。それぞれの得意分野、苦手分野、性格、好み、言動、行動根拠、全てを確信を持って知り得てなどいない。『理解しきっている』と思えるのは芽依のことくらいで、それは海賊に関しても同じ。大海賊団『リヴァイアサン』。明乃は彼らのことなど何も知らない。能力値、行動理由、関係性、裏の思惑、それら全てが不明瞭でしかない。

 その中で最適の選択肢を選ぶことなどほぼ不可能に近い。なにせ、何も分かってなどいないのだから。

 けれどそれでも、明乃は選ばなければならない。航洋直接教育艦『晴風』のみんなを救うために、この船の艦長として明乃は。

 真正面からの戦いは論外。一対四でも勝てない公算が高い。

 武器を入手するのはありか? それを敵に逆用されないためには?

 戦闘をブラフとして逃走を選ぶ道は? 脱出手段はあるか?

 敵のバックアップはどれだけいる? それを突破する手段を用意できるか?

 だがここで一つ、明乃勘違いと悪癖を正しておこう。

「それに烹炊所は私も別用がある」

「別用……?」

 その過去からして仕方がないことではあるが、明乃は基本的に他人に頼ろうとしない。それは本人には無自覚の性質。無意識に他者を自らから遠ざける悪癖。巻き込みたくない、傷つけたくない――――――そういう想いがあることは否定しない。

 けれど、別。

 明乃の中にはこんな想いもある。つまり、

 

 ()()()()()()()()()()()、と。

 

 それはほとんどの場合その通りだ。明乃は優秀で、有能で、精良だ。明乃よりも優れたる人間なんてほとんど存在しないし、同レベルの頭脳を持つ存在すらもほぼいない。だから結論、ほとんどの場合、明乃が一人で考えた方が早いし、良いのだ。

 しかしそれは今回に限って、この『晴風』内に限っては適用外である。

 なぜならばこの『晴風』には鏑木美波がいる。

 医学分野に限っては明乃よりも遥かに優れたる鏑木美波が。

「ドライアイスの昇華であの御仁の銃撃を妨害できたことからもわかった。このままでは私たちは十中八九海賊には勝てない」

「……それは、どうして?」

 鏑木美波。

 彼女の素性を明乃は知らない。

 彼女が、元凶の一人であるということを知らない。

「水雷長を撃ったあの御仁、あの海賊、……おそらくはシナスタジアーーーーーー熱を色で『視』る能力者だぞ」

 鏑木美波。

 横須賀女子海洋学校陽炎型航洋直接教育艦『晴風』主計科所属衛生長。

 その出身は独立宗教法人『楽園教』本拠地『常若之国(ティル・ナ・ノーグ)』地下区画『永遠の間(E/D/E/N)』。

 元絶滅研究所『グレイ・グー』第四開発室第五席研究員にして生体洗脳兵器RATt(ラット)の開発者。

 独立宗教法人『楽園教』教祖、鏑城塒の、

 実の娘だ。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

大いなる成就(Greatness Achieved)
 米国のテレビドラマ、『プリズン・ブレイク 第4シーズン』第9話サブタイトル。



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完全被甲弾(Full Metal Jacket)

壊れた精神で自殺のために突き進む少女達。

若いから? それは理由にはならない。

死ぬために生きて、生きるために死ね。

青い人魚に陸は似合わない。


 明乃達四人がベテルギウスと戦うための準備をし、ベテルギウスが明乃達を殺すための準備をしている一方で、教室の換気口から脱出を果たしたましろ達は大きく二つのグループに分かれて行動を開始していた。即ち、陽炎型航洋直接教育艦『晴風』を沈めるために動くましろを頂点とした二十人と、怯え部屋に閉じ籠ることや何とか脱出をしようと画策する七人に。

 そして、その中でもましろ達二十人は大きく二つのグループに分かれて、細かくは六つのグループに分かれて行動をしていた。

「霧が濃いな…………」

 作戦上仕方がないこととは言え、現在ましろは単独行動をしていた。目的は『晴風』外周に搭載されている艦載艇『MYS-C180XR(中型スキッパー)』に設置されている即席爆発装置の回収だ。それを回収できればおそらくはスキッパーを使えるようになり『晴風』脱出手段が一つ増えることになる。

 といっても爆発装置を回収する意図はそれが主目的ではない。もっと別の目的がましろにはあった。

「『晴風』を沈める、か。それもたったの二時間後に……全く、艦長も無茶を言ってくれる」

 軽口を叩き悪態を吐きながらそれでもましろは一歩ずつ確実に前に、艦載艇(スキッパー)のある方に向かっている。それだけでもうとても褒められるべき行動だ。この絶体絶命危機的状況で単独行動をできる。そんな人間がどれほどいるか。誇っていい、例え明乃に及ばなかったとしてもましろは十二分に『強い』のだと。

 手足の震えは止まらない。深い霧で視界が閉ざされていても一秒ごとに後方を確認しなければ気が済まない。風の音に、自分の足音に、怯えてしまう。ここにいるのはごく普通の少女で、明乃のような覚悟も、美波のような特異性も、芽依のような特殊性も持っていない。どこにでもいる普通の高校生でしかない。

 それでも、ましろは五メートル先も見えないような霧の中を進む。敵は銃を持っていて、人を撃つことに躊躇いなんてない。もう明乃達は殺されているかもしれないし別れた他の仲間達も(みなごろし)にされているかもしれない。もう生き残っているのはましろだけで、今からましろがしようとしていることは完全な無駄である可能性も当然ある。否定できない。

 思い浮かぶのはネガティブな妄想ばかり、口から出るのは下らない出まかせばかり。

 だけど、

 それでも、

「運が悪いにも限度があるだろう……」

 どこまで意味があるかも分からない周囲への警戒を怠らずましろは甲板へと出た。

 深い霧の中で、それでも大きな存在感がある『それ』。

 『晴風』の甲板に突き刺さっているガントリークレーンのスプレッダー。

 それが全ての発端だった。

「艦長はここから海賊が侵入してきたと言っていたが、……まさか接舷もせずに船に乗り込んでくるとはな……」

 常軌を逸した行動だった。砲弾や魚雷が積まれていなかったとしても態々接舷して『晴風』に乗り込んでくるとは。それも少人数で。しかもガントリークレーンなんてものを使って。ガントリークレーンは一般的に港でコンテナを運ぶために用いられる大型機械でありそれを船に積んで攻撃用途で運用しようだなんて頭がおかしいとしか思えない。そんなニュースは聞いたこともないし、ましろの母や姉からも聞いたことはなかった。

 ただ、だけど、

「………………」

 指で、鉄を、なぞる。

 冷たい感触。

 血の一粒だって付着していない綺麗な鋼鉄が重く『晴風』に鎮座していて、それを見るだけでましろの気分は鉛のように沈む。沈んでしまう。こんなことになるだなんて、ましろ達は今日が初航海の学生に過ぎず、素人未満の三流でしかないというのに。

 自然、考える。

 五秒の逡巡。

 勝てるのか?

 生き残れるのか?

 それは正しいのか?

 改めるまでもなく、今からましろ達がしようとしていることは保険でありプランビー、正しい道はブルーマーメイドの卵として海賊を殲滅しみんなで生き残ること。同時にそれが限りなく不可能に近く夢物語のような妄想だと皆が分かっている。だからこそ、明乃はましろに託した。

 プランビー。

 つまり、この陽炎型航洋直接教育艦『晴風』を沈め海賊たちに渡さないようにする道。

 つまり、――――――『晴風』と共に皆で心中する道を。

「……………………艦長」

 理屈は分かる。この『晴風』が海賊の手に渡ればどれだけの被害が出るか分からない。そもそも海賊がましろ達を鏖にしようとしているのであればここで『晴風』と心中しても死という末路は同じということだ。であれば当然、敵に益を与える必要はない。

 だが、

 だけど、

 ましろ達はまだ二十にも満たない年齢で、何れブルーマーメイドになることを楽しみにしていた未来ある学生で、

 だけど、分かっている。分かっているのだ。

 そんなことはもはや、今、この船の上においては何の意味も無いのだと。

 だから、

 だからっ!

(これは、……本当に『正しい』道なのか?)

 躊躇いは戸惑いを招き、戸惑いは死を招き、死は敵利を招く。

 だがしかし、二重否定。

 『正しすぎる』ということは時に過ちを招き、『絶対的正義』は容易に悪に反転し、神的カリスマは簡単に誤りを導く。明乃は即決即断即行動ができる正真正銘の天才だ。明乃は正しい。間違ったことをしない。それが必要なことなのであれば血反吐を吐きながら仲間を犠牲にできるだろう。

 明乃は踏みとどまらない。誰もが彼女に屈して彼女を祭り上げる。

 だから、必要なのだ。

 逆位置の天使が。

 間違っていると言える存在ではない。『それしか道は本当にないのか?』と踏みとどまることを問いかけられる人材が。それは芽依には絶対にできない役割。それがましろにしかできない役割。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それもまた明乃のどうしようもなさの表れだった。

 

「……そろそろ行くか」

 心は整った。それが過ちか正解かは分からない。けれど、今は進もう。戻って仲間達と話し合う道だってきっとあるはずだ。そもそも明乃達が海賊を倒す可能性もまだ消えてはいないのだから。

 そうだ。

 悲観的になる必要は無い。楽観論で動けばいい。もしも(if)の想定は想定外のことが起きた時の対処法。そも、海賊達が艦載艇(スキッパー)付近に現れることはまずない。爆弾は彼らが仕掛けたモノなのだろう? であれば海賊達は『晴風』船員が艦載艇(スキッパー)を使おうとするのは万々歳なはずだ。

 だって、殺す手間が省けるのだから。

「……………………」

 息を殺し、足音を殺し、少しずつ艦載艇(スキッパー)に近づく。視界は僅かに五メートル。ましろは知る由もないが、シナスタジアであるベテルギウスにとって霧などあってないようなモノだ。アドバンテージは圧倒的に相手側にある。

 けれど、実はここで明乃にもましろにもベテルギウスにも予定外の事実があった。

 それは、つまり、実は、……。

 ましろの視界に艦載艇(スキッパー)が入る。周囲に人は、いない。それを見て、けれど絶対に警戒は怠らずましろは艦載艇(スキッパー)に更に近づこうとし。

「ッ⁉」

 その足を、止めた。

(……誰か、いる?)

 艦載艇(スキッパー)の中に影が見えた。

(誰だ?)

 艦載艇(スキッパー)の中で影が動いていた。

(何をしている?)

 艦載艇(スキッパー)を、

 誰かが、

 その影は『晴風』船員のシルエットではなく、

 そもそも即席爆破装置(IED)があったと明乃から報告を受けている『晴風』船員が艦載艇(スキッパー)を動かそうとするわけもなく、

 つまり、

 だから、

 その影は、

「待ッ⁉」

 思わず、ましろはその影に声を掛けた。

 だがそれは一瞬遅いタイミングで、

「ぇ?」

 そして、

 そして、

 そして、

 耳を劈く様な爆音と共に、甲板を秒速二十五メートルの強風が駆け抜けた。

 

 ――――――大海賊団『リヴァイアサン』第十五部隊隊員ノーザ・N・シュタイン。

 

 ――――――2016年4月7日 午前2時51分 横須賀港より南南西640キロメートル付近 航洋直接教育艦『晴風』甲板にて、……死亡。

 

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

完全被甲弾(Full Metal Jacket)
 スタンリー・キューブリック監督のアメリカ・イギリス合作映画。



裏に潜む『悪』は誰にも知られず暗躍する。



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夜に駆ける(Into The Night)

独り、脱落。


 そして、ノーザ・N・シュタインの爆死より五分後、ようやくと言っていいだろう。ようやく、彼女は、宗谷ましろは甲板で目を覚ました。

「ぅ……あ…………ぁ…………」

 眩暈と頭痛、全身を襲う酷い鈍痛。三半規管は攪拌され、真っ直ぐ立ち上がることすらできない。気合を入れなければ一秒後には倒れてしまいそうなほどの『痛み』を抱え、それでもましろはなんとか立ち上がろうと床に手を付く。

「ぐっ、ぅ……っ!」

 転んだ。

 足に力が入らない。

 なんて無様だ。こんなのが『晴風』の副長だなんて、お笑い草だ。

「っ、いつッ……‼」

 頭痛が酷い。頭が痛い。考えが纏まらない。

 何が起きた。

 何が、起きた?

(状況を、整理しろ……宗谷ましろ……)

 口を開くことさえも億劫。なんとか立ち上がろうと深い霧の中藻掻き、ガントリークレーンへと這って近づく。支えがあればきっと今よりも遥かに立ちやがりやすくなるはずだから、と。

 自分の現状にさえも気付かないままで、それでもましろは必死だった。

 『痛み』とは異常を知らせるシグナル。もはやましろの身体は『それ』が正常に機能していない。そう、美波が診れば愕然としただろう。今のましろは、本人の自覚なく、重傷となっているのだから。

(爆発……、爆発だ、私が巻き込まれたのは。……だが、なぜだ? ……どうして爆発が起こった?)

 肺が焼けるように痛い。鼻呼吸ができず、かといって口呼吸すら辛い。視界がぼやけ、脳の中に鈍い痛みが奔っている。静寂が周囲を満たし、視界が煌いているようだ。

「っ……っぐぁ」

 足が止まる。左半身が動かない。意識が落ちる。呼吸が苦しい。手足が痺れている。記憶が曖昧だ。自分は誰で、ここはどこで、何をしようとしていたのか。それすらも分からなくなりそうで、

 だけど、

 それでも、

(はっ、ひっ、ひーっ! はぁーっ!)

 それでも、前に進め、立て、伝えろ!

 独りでよかったと思う。なんとなくだ。あの爆発巻き込まれたのがましろ一人でよかったと。大丈夫だ。この船には、『晴風』には、ましろよりも優秀で、有能で、有用な人がたくさんいる。

 明乃のリーダーシップがあればきっと負けない。

 麻侖の技術力があればきっと『晴風』を海賊なんかに渡すことにはならない。

 芽依の思い切りがあればきっとみんなを引っ張っていける。

 幸子の理論力で最適解を導くことができるはずだ。

 鈴の臆病癖だって使いどころさえ間違えなければ役に立つ。

 志摩もこと砲撃分野に限ればましろよりも遥かに優秀な人だ。

 だから、きっと、ましろがいなくても、

 仮に、ましろが、ここで死んだとしてもきっと、

 きっと、大丈夫だ。

 大丈夫。

 大丈夫。

(ごめんなさい、艦長)

 そして、ましろの身体はもうほとんど動かせなくなった。ましろは気付いていないが近距離で爆発に巻き込まれたましろは頭部に酷い裂傷を負っている。ド素人が見ても一発で救急車を呼ぶほどの重傷だった。それに加えて重度の気道熱傷に外傷性鼓膜穿孔。グラスゴー・コーマ・スケールでも試せば八点以下を取ることは確実だった。

 ついに、立ち上がることすらできずましろの歩みは止まる。

 正しかったのか、

 間違いだったのか、

 どうすればよかったのか。

 その結論は出せないで、ましろは終わる。

(……私は、ここまでみたいです………………)

 短い間だったが、それでも楽しかったと言える。地獄のような時間だったが、それでも一生懸命だったと言える。

 『うわあああああああああああ!!!???』

 登校の途中に明乃がぶつかってきて海に落ちたことも、

 『晴風クラス、三十人全員揃っているか?』

 はじめての教室で教官と会ったことも、

 『……特にありませんね。ホームルームで古庄教官から指示があった通り、艦長が来るまで私たちはこの場で待機になりそうです』

 艦橋の皆と明乃のことを待ったことも、

 『ココちゃん、今言った航路をベースにサトちゃんと航路を再検討してくれる? 一応、猿島には宗谷校長先生経由で遅刻の連絡を入れてもらってるけど、遅刻しないに越したことはないからね』

 明乃の優秀さに驚いたことも、

 『ふー、何ですかね。僕も、買いかぶり過ぎていたというか。いえ、まぁあなたたちが普通なんでしょうが』

 海賊との会話で必死に時間を稼ぎながら明乃を待ったことも、

 『うん、受け継ぐよ。……ありがとう、待っててくれて』

 明乃の信頼も、

 『ぇ?』

 とんでもないことに巻き込まれてしまったが、結局ましろはブルーマーメイドにはなれなかったが、それでも、後悔はない。やりきった。自分自身の全力で、全てを賭けて、

(姉さん、……母さん、……わたしは、ここまでみたいだ……)

 意識が落ちる。

 真っ暗な闇の中に堕ちる。

 それをもう、止めることができない。

 でも、

 だけど、

 まだ、

 最期に、

 ましろにはやることがある。

(…………信じて、ますから。……ぜったい、つたわる………って……)

 最期のメッセージ。あの爆発を間近で受けたましろだからこそ気づけた『真実』。

 そもそもおかしいだろうが。あの時、艦載艇(スキッパー)の中にいたのは『晴風』の船員ではなかった。であるとすれば誰がいたのか? 答えは一つに絞られる。

 海賊だ。

 海賊が艦載艇(スキッパー)に乗り込んで『晴風』から脱出しようとしていたのだ。

 それはなぜだ?

 決まっている。

 逃げなければいけない理由があったから。

 それは誰だ?

 敵が。

 つまり、だから、それは、

 当たり前のこととして、海賊自らが仕掛けた爆弾で自爆することなんてあり得ない。だって彼女は何の躊躇いもなく艦載艇(スキッパー)に載ったのだから。自爆の意味なんてない。

 彼女は、知らなかった。艦載艇(スキッパー)に爆弾が仕掛けられていることを知らなかった。

 明乃の想定は外れていたのだ。あれは、あの爆弾は、海賊が仕掛けたモノではない。もちろん『晴風』船員が仕掛けたモノでもない。

 つまり、

 だから、

 いるはずなんだ。

 この船に。

(あとは、おねがい……します…………)

 『晴風』でも海賊でもない、第三の勢力が。

 『本当の敵』が。

 

 いるんだ。

 

 右の人差し指を鉤型に曲げる。

 きっと、明乃なら、これで…………。

「シロちゃんッッッ‼‼⁉」

 その声は幻聴だったのかもしれない。

 だけど、最期に明乃の声を聞いたましろは、

 

 安心して、目を閉じた。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

夜に駆ける(Into The Night)
 音楽ユニット『YOASOBI』の配信楽曲。



正義と悪意と裏切りと寝返り。
あなたの隣で笑う誰かを、
本当に信用できますか?

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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青信号(Code Blue)

海上で満足な治療はできない。

戦場に(よろず)の治療法は存在しない。

それでも、救え。

過去との完全な訣別を(のたま)うのであれば。


 その『患者』を見た瞬間に美波が思ったことは――――――『間に合わない』の六文字であった。

 美波は国内最悪の独立宗教法人『楽園教』の宗主(トップ)の子供である。『革命派』の中心人物の一人である彼は己を崇め奉る信者を利用して数々の実験を行っていた。――――――絶滅研究所『グレイ・グー』、かつて美波が所属していた『裏』の研究機関。()()()()()()()()()を目的とした世界最悪の研究組織。

 人体実験を当然のように行い、化学兵器の研究をし、世界大戦の誘発をすらしようとしていた『最』『悪』の組織。そこで美波は父から直接認められるほどに莫大な貢献をしていた。

 それを当たり前だと思っていた。

 RATt(ラット)を造ったことも、疑問には思わなかった。

 

 『彼女』に出会う前は。

 

「シロちゃんッッッ‼‼⁉」

 

 海賊との決戦準備を進める傍ら、唐突に響いた爆発音。それは船内の空気をも揺るがす勢いで『晴風』を駆け抜けた。爆風で服を羽搏かせた明乃は数瞬の沈黙を経てすぐさま決断した。即ち、甲板に出ることを。

 その爆発の原因が艦載艇(スキッパー)に設置された即席爆発装置(IED)であることは容易に想像がついた。つまり、誰かが艦載艇(スキッパー)で『晴風』からの脱出を図ったのだ。

 誰か。

 それは誰だ?

(口では残酷で冷酷なことを言いつつも胸の奥の『甘さ』は捨てきれていない。……艦長が『何か』を抱えているのは間違いないが、……人為淘汰、いざとなればどうとでもなる、……か)

 無論、その『誰か』とは重要人物ではない誰かに違いない。明乃は『晴風』船員全員の前で艦載艇(スキッパー)即席爆発装置(IED)が仕掛けられている旨を伝えている。即席爆発装置(IED)は海賊が仕掛けたモノのはずだから、『晴風』船員を船から脱出させないために仕掛けたモノだから、海賊がそれを消費するなんてことはあり得ないはずだ。

 つまり、即席爆発装置(IED)を起爆させたのは混乱の果てに『晴風』からの脱出を図った無能な『晴風』船員……なはずで。

 言うまでもなく、そんな奴のために明乃達が動く理由は無い。

 海賊の討伐計画を練っている今、そんな余裕は無い。

 なのに、明乃は行くことを選択した。

 『優秀な海賊が自分の仕掛けた爆弾の結末を見に行くはずがない。だから今、甲板は逆にセーフゾーンなはず』

 そんな無茶苦茶な理論武装をして。

 様子を見に行きたい、仲間が心配だから、そんな当然の心遣いすらも歪な理論武装をしなければ出力できない。そういう明乃(艦長)を美波は愛おしく思った。心の奥底の『甘さ』を隠せていない、こんな過酷な状況でもなお『誰か』を心配することができる。そういう奴こそが、そういう奴だけが、リーダーに相応しいと美波は思っている。

 彼もそうだったように。

 リーダーに必要なのは善あるいは悪に突出したリーダーシップだ。リーダーが全能である必要などない。

 明乃はそういう意味で、とても素晴らしいリーダーシップを持っている。

 下位の人間には『この人についていけば間違いない』と思わせるリーダーシップを。

 上位の人間には『この人を助けてあげたい』と思わせるリーダーシップを。

「……ぅ」

「シロちゃんッ‼ シロちゃんっ⁉ 副長ッッッ‼‼‼」

「下手に動かすな艦長ッ‼ 殺したいのかッ⁉」

 ガントリークレーンのすぐ傍でうつ伏せに倒れ伏したましろに駆け寄り、思わずと言った形でましろの身体を揺さぶりかける明乃を怒鳴りつけた。

 この濃い霧の中では近寄って詳しく観察をしてみなければわからないが、倒れ伏している人間を揺さぶるなんて愚の骨頂だ。医療知識を持っていない人間が伏した人間にしていいことは一つだけ。強く呼びかけ続けることだけだ。

「退け、艦長ッ!」

 呆然とする明乃の腕を掴、

 美波の動作が、止まる。

(……蕁麻疹に痙攣動作?)

 バッ、と美波は明乃の顔を見る。

 長年の感が、幾人モノ『患者』を扱ってきた『人間のスペシャリスト』としての感が、青信号(コード・ブルー)を発していた。

 瞳が交錯する。

 その中にある、深い……闇。

「ッ⁉」

 それは、典型的な心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状で、

「ぁ、あぁ、ぁああぁああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっ‼‼‼‼‼」

「明乃ッ、私の目を見てっ‼」

 『失敗した』、その後悔が美波の胸を渦巻く前に多少は動けるようになった芽依が動いた。芽依は明乃がこういう風になるのを何度か見ている。幼き頃、両親を喪ったトラウマ。そこから生じたいくつもの精神の病、人間不信。落ち着かせられるのは芽依くらいなものだ。

 美波の瞳を見て訴えかける。

 禁忌肢は『殺したいのかッ⁉』という言葉。

 それは平素であれば何の問題も無い言葉だったけれど、この追い詰められた状況では禁忌の言葉だった。

 だって、表には出していなくても明乃はとっくに限界を超えているのだから。

「明乃ッ!」

「っ」

 両頬を手で挟んで無理矢理顔を上げさせる。瞳をしっかりと見つめて勝機を取り戻させる。それは慣れた行い。二人の付き合いの深さ。

「明乃、落ち着いて……ゆっくり呼吸をして…………、そう……大丈夫……まだ()()()()()()()()()

「はっ、はぁーっ! はぁっーっ、はっ、ひひっ!」

 過呼吸気味な明乃を落ち着けさせようと動く。それは真に『友人』である芽依だからこその動作。過去は、決して変わらない。未来は、決して望みどおりに紡げない。それでも、……求めたモノがたった一つの理想であるのならば、

 それでも、

 『私を――――――殺して』

 それでも、

 芽依は。

「みなみさん! 副長はっ!」

「大丈夫だ! 死んではいない!」

「ねっ、明乃……だから大丈夫。ゆっくり、落ち着いて呼吸して、……明乃ならできるよね」

「っ、芽っ、……依…………っ」

 僅かな逡巡の末、美波は明乃ではなくましろの診察を先にすることにした。瞬間識別救急(トリアージ)の結果だ。明乃のよりもましろの方がより優先度が高いと判断したのだ。

 その判断は正常だった。

 少なくとも、一面的には。

 ましろの身体の極至近距離まで顔を近づける。

「呼吸音正常、意識無し、脈拍低下、瞳孔左右差無し、対光反射あり……至近距離で爆発を受けたことによる意識喪失。……野間、背中と首下に腕を通してゆっくりと副長を仰向けに起き上がらせてくれ」

「分かった」

 迅速に、しかし確実に診察を続ける。場合によっては残酷な判断をしなくてはならないかもしれないから。それを……艦長に言わせるのはあまりにも酷かもしれないから。

 口を開け、携帯している小型ライトで喉奥を照らす。右側頭部からの出血あり。なお失血死には至らない程度。耳の中をライトで照らす。

「……気道熱傷及び外傷性鼓膜穿孔。……この程度なら死にはいたらない」

 軽く頭部の出血部分を触診する。

 血流が停滞している感覚は……無い。

「頭部の挫傷と裂傷は見られるが軽度、……急性硬膜下血腫の可能性……、コンピュータ断層撮影(CT)が使えない以上断定はできないが触診感覚して硬膜下血腫は無い。血栓も無い……かな。……毛細血管再充満時間(CRT)……1秒弱……問題なし。……直ちに生命に関わる状態ではないが早期の治療が必要な状態だ」

「ぅ、……っ」

「艦長、判断できるか?」

「……大丈夫だよ、衛生長。……だいぶ、おちツいたから」

 芽依に肩を貸してもらいながらもなんとか落ち着いた様子の明乃に美波は判断を仰ぐ。どれだけ消耗し、憔悴していようが明乃は『艦長』だ。当然、直上に判断を仰ぐ必要はある。

 無論、間違った意見が出たならば反論はするが。

「衛生長としては副長を船内の適当な一室に寝かせておくことを提案する。甲板に放置しては外に放りり出される危険性もある上に気温低下による凍傷の危険性もある。できるならばどこかのベッドに寝かせておきたい」

「確認するけど、直近で命の危険はないんだよね」

「無い。脈拍、呼吸、瞳孔反応に異常はなく、触診でも重篤な結果は見られなかった。西之島新島まで十分にもつ……無論、私達が海賊に勝てる前提で、だが」

「…………衛生長の進言を受け入れます。副長は艦内の一室に退避させます。……野間さん、背負える?」

「問題ない。……っと」

 ファイヤーマンズキャリーでましろを背負い、マチコは船内に進む。扉を開けてすぐの場所に部屋が一つある。ましろはそこに寝かせればいいだろう。

 そのマチコの服を、明乃がつまんだ。

「……艦長?」

 マチコに呼びかけに明乃は答えない。ただ、一点をじっと見つめている。

 一点。

 ましろの、指。

 人差し指。

 一刺し――指。

「人差し指を――曲げている?」

 笑みが零れた。

 笑えて仕方がなかった。

 鉤型の人差し指。

 それが意味するモノはたった一つ。

「……『窃盗』…………っ、はは、……最高すぎるでしょ、副長……っ!」

 なんてご褒美だ。

 なんて遺言だ。

 もちろん、明乃はましろを『下』に見ていた。客観的に見ても明乃とましろではましろの方が上だ。それは事実。

 だけど、ましろは遺した。

 最後のメッセージ。

 最高のメッセージ。

「海上で窃盗を意味するメッセージを残すってことは、それが意味することは一つしかない」

 一つ。

 繋がる。

 青い、闇が。

「私が、間違ってた」

 呟きのボルテージが上がる。

 誤解が解ける。

 なぜ?

 その謎が、解明される。

「私が、間違ってたんだ……っ!」

 深い、濃い、霧の中で、

 独りの少女が一つの答えを導き出した。

 あまりにも遅すぎる、応えを。

即席爆発装置(IED)を仕掛けたのは、海賊じゃなかったんだ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、会敵。

 故に、決戦。

「終わらせよう、みんな」

「どうやら僕もまた、真実を知らない愚者のようだ」

 深い、深い霧の中。

 対峙するは少女達と歴戦の兵士。

 刻一刻と迫る決着の時を前に、

 

 第三の悪意はただ、嗤っていた。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

青信号(Code Blue)
 病院において容態が急変した患者が発生した際に使用される隠語。



宗谷ましろはここで脱落です。
ですが彼女は最後に最高のメッセージを残しました。
それを活かせるかどうかは、明乃次第。

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死ぬのは奴らだ(Live And Let Die)

情報は武器だ。

だからといって逆説は成り立たないが。


 言うまでもなく、明乃は有能である。

 語るまでもなく、ベテルギウスは優秀である。

 故に二人はまず、戦闘行動ではなく対話行動を取った。

 それほどに二人は現状を把握したかった。

 もはや、何もかもがイレギュラーすぎるが故に。

「情報を提供しましょう。死んだのは、僕の仲間だ。……あなたの予想通り、僕が人質に取っていた少女は『リヴァイアサン』の一員。……足を負傷した彼女はもはや戦力にはならない。だから僕は彼女を避難させようとした。船にならば必ず積まれている艦載艇(スキッパー)をもって。そして即席爆発装置(IED)を仕掛けたのは僕達じゃない。当然ですよね? 仮に僕達が仕掛けたモノならば僕の仲間がそれに引っかかるわけがないのだから」

 その反例を上げることは可能だ。つまり、ベテルギウスが『リヴァイアサン』を裏切っている可能性。

 だがそれを口に出すことに意味はない。

 故に心の内にしまう。今は話を進めるべきだ。

艦載艇(スキッパー)即席爆発装置(IED)を仕掛けたのは私達でもないよ。私達が艦載艇(スキッパー)即席爆発装置(IED)を仕掛ける意義なんてない。私達は一人でも多く、少しでも早くこの海域から脱出したいんだ。自らの手で脱出手段を封じるだなんてあり得ない」

 その反例を上げることは可能だ。つまり、『晴風』船員が諸共死のうとしている可能性。

 だがそれを口に出すことに意味はない。

 故に心の内にしまう。今は話を進めるべきだ。

「であれば、誰が? という問いかけに当然なるでしょう……。先ほどあなたはこう言いましたね。『人差し指を――曲げている?』……と。確か、日本において人差し指(palec)を曲げる行為は『窃盗』を意味するスラングでしたよね。海上で、『窃盗』を意味する行為。……僕の日本語になまりがあることは彼女も分かっているはず。だから、彼女はあなた達に……日本人にだけ通じるメッセージを残した」

 『窃盗』という隠語。

 海上という状況。

 爆発に巻き込まれたましろがそれを残したという意味。

 日本人。

 敵対者。

 それら全てを混ぜ合わせて、故に辿り着ける解答。

 『あとは、おねがい……します…………』。

 言葉無きメッセージは優秀で有能な二人には伝わった。

 本当の敵の存在を。

()()()()……でしたっけ? 利益を掠め取っていく第三者を意味する日本の諺は」

「私達海洋高校の生徒でも、貴方達のような海賊でもない、第三者。……私達も貴女達も双方を鏖にしようとしている共通項の敵。……私達には心当たりはないけど、貴方達には?」

 霧の中で互いの表情は見えない。

 いいや、正確に言えばベテルギウスには『視』えている。

 共感覚(シナスタジア)――その中でも他に類を見ないほど稀な『感覚』である熱知覚、即ち視覚に天然のサーモグラフィーを搭載しているベテルギウスはこのような視界の効かない状況においては非常に有利だ。気温と体温の間には大きな温度差がある。ベテルギウスの『眼』はその差を正確に捉え、見逃さない。決して。

 ベテルギウスには『視』えている。

 明乃、ましろ、芽依、美波、野間、五人の姿を捉えている。

 その『熱』を。

「どうでしょうね……。これでも一端の海賊ですし、方々で恨みを買っているのは事実ですからね。それは当然、商売敵からも同業者からも」

「……少しだけ考えた。第三者――裏切者がいるとして、それは誰で、何の目的があるのかって」

 僅かな時間で巡らせた思考。

 仮に、

 仮に『それ』がましろの勘違いではなく本当に『第三者』が『晴風』と『黒の方舟(ブラック・アーク)』の共倒れを狙っているだとしたら。その『第三者』は酷く限られる。

海洋学校(こちら側)に裏切者がいると仮定して、私達がこの航路を進んでいることを知っているのは『晴風』船員三十人と海洋学校教職員だけ。『晴風』船員が裏切者である可能性は低い。絶対的に生き残れる確信が持てるならともかく、船ごと沈められたらお陀仏なこの状況下で海賊の襲撃を誘発してあまつさえ自分で脱出手段を封じるだなんて馬鹿げてるとしか思えないから」

「ならば、海洋学校教職員は? あそこは永田町にすら匹敵する伏魔殿、海上安全整備局の実質的な傘下。『ダモクレスの剣』を持つあなたや海賊である我々を共に抹殺しようとしても不思議ではない」

 頭脳レベルだけを比較すれば明乃とベテルギウスは同レベルだ。故に対等な会話が成立する。知能指数(IQ)に二十以上の差があれば会話が成立しにくくなるという俗説。それを超えた場所に二人とも位置しているが故に。

 優秀で有能な二人による同レベルの議論。それは二人を『とある結論』へと導いていた。

「可能性は否定できない。個人的には……まぁ過大評価だけど私レベルの人間なら殺すよりも自派閥に取り込むような動きを見せると思うけど。……前哨戦も見せてきたし」

「ふむ、とすれば我々側に裏切者がいる可能性ですかね? ……まぁ『上』が我々共々あなた達を抹殺しようとしている……否定はできませんが。しかしながらそれは少々非効率的だ……。そう、結局のところ理解できないんですよ、第三者の思惑が」

 改める必要すらもないが、殺人という行為は酷く労力がかかる。一般的に『人を殺す』という行為は悪だ。法律で禁止されている。死体が出れば警察が捜査するし、行方不明の届け出が出れば警察が捜査する。海賊はともかく『晴風』船員が全員死亡あるいは行方不明ということになればどれだけ隠蔽を施したとしても必ずその結果は誰かの耳に届く。『第三者』にだって敵対している『誰か』がいるはずなのだから。

 それでも共倒れを狙っているのだとすれば、それは『害』を上回る『利』がある時だけだ。

 あるいは、『第三者』が明乃やベテルギウスの想定よりも遥かに『上』の人間であるか。

 ……流石にそれはないと、二人とも思っているが。

「私達『黒の方舟(ブラック・アーク)』の船員を鏖にするというだけならば理解できる。あなた達ブルーマーメイドの卵(狂った鈍間牛)を鏖にするというだけならば理解できる。ですが、理解できないんですよ。私達とあなた達を共に、今、此処で、鏖にしなければならない理由が」

 太平洋を支配する大海賊団『リヴァイアサン』と日本ブルーマーメイドそのものを同時に敵に回す行為。平たく言って、常軌を逸している。

 『リヴァイアサン』の『上』――イギリスブルーマーメイドが黒幕だとしても、

 『晴風』の『上』――海上安全整備局が黒幕だとしても。

「『ダモクレスの剣』、『リヴァイアサン』、『万里小路重工の一人娘』、『宗谷家の三女』……、それらが狙いだとしても、飲み込めない、……か」

 あるいは、と二人は考える。

 最悪の可能性。

 つまり、

 だから、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、あり得なくもない気がした。

「……これ以上の話し合いは無用ですか、私もあなたもこれ以上の情報は持っていなさそうだ」

「海上安全整備局の上層部が何か企んでいるのか、貴方達の『上』とやらが――()()()()()()()()()()()()が何か企んでいるのか……生き残った方が探ればいいよね」

「……なるほど、そこまで分かられますか」

 ウェブリー・リボルバー。

 ベテルギウスが使っている銃はイギリスブルーマーメイドが現在も使っているモノであるが故に。

 明乃は鎌をかけた。

「ふぅーーー」

 息を吐く。

 長く、大きく、深く。

 そして、吸う。

()るよ、皆」

 声を掛ける。

 短く、小さく、強く。

 そして、戦闘態勢を取る。

 

 そして、濃霧に満ちた視界の中、互いの生存を掛けた最終闘争が始まった。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

死ぬのは奴らだ(Live And Let Die)
 イアン・ランカスター・フレミング氏によるスパイ小説、『007 死ぬのは奴らだ(Live And Let Die)』より。



ちなみに言うまでもなく、直接的戦闘能力ではベテルギウスが数段上手です。

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本気の失敗には価値がある(Then an earnest failure is valuable)

神よ、憐れみたまえ(Κύριε ἐλέησον)


 太平洋を支配する大海賊団『リヴァイアサン』、その第十五部隊偽装アミューズメント船『黒の方舟(ブラック・アーク)』のメンバーであるベテルギウス・ノヴァ。

 彼の人の身の上(ステータス)を今一度羅列してみよう。

 海賊歴は二十三年。文句なしに『プロ』と言っていいだろう。

 第十次裏太平洋海戦北部方面指揮官を務めた経験あり。『上』に立つ人間として十二分。

 オーストラリアブルーマーメイド管轄海上要塞『グノウェー』攻略作戦への参加経験あり。戦闘経験も豊富にして過分。

 米賊大戦補給担当者。後方担当者(サポーター)としても戦える。

 英語、中国語、イタリア語、ラテン語、ゲール語を十二分に操る多言語話者(マルチリンガル)。日本語、ドイツ語、エスペラント語等の言語も日常会話レベルであれば習得している。

 『リヴァイアサン』の『上』――イギリスブルーマーメイドとの直接的交流経験もある『リヴァイアサン』の中でも古株。当然、スーザン・レジェス提督との会話経験もある。

 つまり結論、ベテルギウスは文句なしに『強者』なのだ。

 経験があり、才能があり、努力もしていて、齢を重ねており、何よりも敵を侮っていない。

 別解なく『強敵』だ。

 だから明乃達は一切の油断をしていなかった。

「……………………」

「ふふっ、確かにそれが正答でしょうね」

 四人でベテルギウスを円形に取り囲む。

 北に明乃、西に芽依、南に美波、東に野間。四人で四方を囲み、四方からベテルギウスに攻撃を仕掛けられる体制を取る。実力差は把握している。その上での陣形。

 いくらベテルギウスの『眼』が特別性であろうが人間の視野は最大でも二百度、後方にいる人間の動きを『視』ることはできない。常に誰かがベテルギウスの『眼』に映らないように動く。それが明乃達が出した解であった。

(……まぁ、まだ甘いんですがね)

 野間マチコ。

 『晴風』が誇る見張員。

 その視力はニ十キロメートル離れた場所を航行する船すらも正確に見分けることができるほど。また、戦闘力も『晴風』においては五指に入る程高く、対ベテルギウス戦において明乃が最も期待している人員でもある。

 負傷は無し。

 鏑木美波。

 『晴風』の衛生長。

 明乃はまだ把握していないことだが、元絶滅研究所『グレイ・グー』第四開発室第五席研究員にして生体洗脳兵器RATt(ラット)の開発者。そして『人類の絶滅』を目的とする『グレイ・グー』からの脱走者。美波の医療に関する造詣は世界でもトップレベルで深い。また、人体構造を完全に熟知している美波はどこを、どう、どのように動かせばどこが、どのくらい、どう動くのかということを完全に把握している。戦闘経験こそ多く積んでいないモノの『医療』という『技』を駆使して戦う美波は決して甘く見てはいけない『強者』の一人である。

 負傷は無し。

 西崎芽依。

 『晴風』が誇る水雷長。

 世界でも五指の魚雷制御能力を持つ狂乱天才射撃少女(グレイノイズ・トリガーハッピーガール)。直接的戦闘能力はそれほど高くはないが低くもない。特別な訓練を受けていない同年代の少女を相手にした場合八割は勝てるであろう実力だ。明乃が唯一『本音』を話すことのできる『親友』でもあり、そして明乃が唯一『家族』だと思っている少女でもある。

 負傷部位は肋骨。防弾チョッキ越しに胸を撃たれたことで肋骨に罅が入っている。

 岬明乃。

 名実ともに『晴風』の艦長(トップ)

 紛れもなく『晴風』最強の少女。現世界においては同年代という枠組みで括れば間違いなく十指に入る優秀な少女。思考力、戦闘力、カリスマ性、指揮能力、努力、才能……。自分自身に一切の妥協をしてこなかったこそ得られた『強さ』。いくつもの精神病を抱えて、一種の離人症のような状態になりつつも、いつも、いつだって『哭』いていても、それでも前に進むことを選んだ、それ()()できなかった可哀想な少女。

 負傷部位は左肩、そして重度の精神摩耗、軽度の発狂。

 

 少なくとも形の上では四対一。

 

 けれど、それが何の有利にも繋がらないことは全員が自覚していた。ただでさえ大人と子供、加えることにプロと素人。数値に表れない数値も考えれば見かけの有利不利など簡単に覆る。

 故に、こそ。

「まず、一人殺す」

 パキリ、と首を鳴らす。

 それはあえて聞こえるように放たれた余命宣告。

 僅かに、ベテルギウスは膝を曲げる。走り出す一歩手前まで。

 細工は必要ない。

 策謀は必要ない。

 予測は必要ない。

 ただ、順当な実力を発揮すればいい。それだけ勝てる、終わる、殺せる。

 無意識刷り込まれたイメージは覆らない。

 破裂寸前の風船のような緊張感がデッキを満たす。一秒、三秒、十秒、三十秒。沈黙は長期に及び、誰一人として行動を起こせない。気付いている人間は二人。明乃と美波はベテルギウスがこの緊張感を話図と維持していることに気付いている。だからといって、いいやだからこそ動けない。僅かでも動作すればそれを呼び水に野間か芽依が動いてしまう。そうすれば後の先(カウンター)を取られる。多対一で一が行う必定手は一対一を繰り返す構図に持っていくこと。

 そう言った意味ではこの甲板が戦場となったことは明乃達に必ずしも利を齎すことではなかった。なぜならば甲板は広い。広いということは距離を取ることができるということ。つまり一対一の構図を作りやすく、ベテルギウスが勝ちやすくなるということ。

 故に、明乃達は勝ちを目指すのであれば一斉に攻撃しなければならない。だがこの空気感がそれを止める。誰も動けない緊張感。それを一瞬にして作り出したベテルギウス。これでは一斉攻撃など、息を合わせることなどできようがない。

 ……緊張を長時間維持することなど並みの人間にできることではない。少なくともこの生死がかかった状況で『相手が動くまで動かない』という行動を取れる人間がどれほどいるか。

 訓練を受けたベテルギウスには可能でも、

 覚悟の決まっている明乃には可能でも、

 生まれからして特殊な美波には可能でも、

 少し人よりも優れたるだけの野間マチコには無理だった。

「っ!」

 空気が動く。霧が乱れる。

 緊張感に耐えかねて誰よりも先に動いたのはマチコであった。

 袖口から肩にかけての服の中に忍ばせていた箒の柄を腕を伸縮させることで取り出し、ベテルギウスに向かって駆ける。マチコの視界は霧に覆われベテルギウスの姿を捉えることはできないが、しかし明乃とベテルギウスの会話からベテルギウスのおおよその位置を把握することは可能だった。

 故に、『そこ』を目指して足を進め、箒の柄を振るう。

 ブンッ‼ と大きな風切り音が全員の耳に届いた。

(『視』えている)

 三歩左に移動してその『棒』を回避する圧倒的なアドバンテージ。視界の効かない四人と『視』えている一人。同士討ちのリスクを考えざるを得ない四人は必然、攻撃動作が鈍くなる。故に弱い、勝てる、敗ける要素がない。

 優勢なのはベテルギウス。優越なのはベテルギウス。

(……だと、思っているだろう?)

 心の内で美波はほくそ笑む。この状況下、絶対的不利、分かっていた。分かっていたことだ。

 だから、烹炊所に寄りたかった。

 欲しかったモノは三つ。

 漂白剤。

 レモン。

 そして、消臭剤。

 別に真正面から敵を倒す必要なんてない。戦力差を覆す策なんて一瞬で二十は思いつく。強い、だから? 頭がいい、あぁだから? 経験がある、それが何だ?

 そんなもの、何の意味もない。意味もないことを知っている。

 ベテルギウスは知らない。『鏑木美波』という人造人間(デザイナーチャイルド)の出自を知らない。美波がRATs(ラット)の開発者であることを、RATs(ラット)()()()()()()()()()()ことを知らない。

 だから勝てる。だから勝てる。だから勝てる。

 優位は美波にある。有利は美波にある。

 

 権謀術数入り乱れる甲板での決戦。

 仮に勝敗が勝負の始まる前に決まりきっているというモノであるのならば、

 互いの『知らない』ことこそが勝ちと負けの分岐点だった。





今話のサブタイトル元ネタ解説!

本気の失敗には価値がある(Then an earnest failure is valuable)
 小山宙哉氏による漫画作品、『宇宙兄弟』の台詞より。



感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!


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見えない死(DEADLY ACTIVE)

真の強者は自分の敗北を考えない。

真の弱者は自分の敗北すら計算に入れる。


 結論から言えば、

 決着は、一分でついた。

 それほどまでに彼らの間には実力差があったのだ。

 

 まず、始めに野間マチコが沈んだ。

 

「拙すぎますね、棒術の腕前が」

 自身の右側にある棒を右腕で掴み、軽く引っ張る。たったそれだけでマチコはバランスを崩した。

 棒術。

 そのメリットは長物であれば全て武器になり得るという『道具の選ばなさ』だ。

 道端に転がっている木の棒でさえ『一流』からすれば立派な武器になり得る。弘法筆を選ばずというように、彼らは何でも武器にできる。

 故にこそ、マチコのそれも立派に武器であった。

 拙かったのは、足りなかったのは、だから腕前だ。

 彼女は『一流』ではなかった。

 武器としていた棒を引っ張られ、体勢が崩れる。前に、(かぶ)く。

「ッ⁉」

 ベテルギウスとマチコの距離が縮まる。温度視認眼(サーモグラフィー・アイ)によってマチコが『視』えているベテルギウスと違い、マチコにはベテルギウスの姿など見えていない。

 だから、逃げられない。どこに逃げればいいか、分からない。この深い霧の中では。前も後ろも左も右も見えない。

「はぁッ⁉」

「がッ‼‼⁉」

 掌底がマチコの顎に当たる。

 ()()()()()()()()()()

 だから、マチコは立っていることすらもできなかった。いいや、意識を保つことすらもできなかった。

「っ、ぁ」

 小さな呻き声と共に倒れる。当然、脳震盪を狙って起こすなど極めて高度な技術だ。だがベテルギウスはそれを為す。彼は『プロ』で、経験もあり、何よりも『強い』から。

 これで残りは三人。

 瞬間、バックステップ‼

「なっ⁉」

 視界外から行ったはずの明乃の攻撃が空ぶる。追跡は、しない。

 これは囮。

(読めている)

 攻撃を行った『後』というのは必ず隙が生じるモノだ。無論、それが連続攻撃としての一動作であれば次の攻撃に動作を繋げることができるが、それでもやはり連続『攻撃』『後』には必ず隙が生じる。攻撃からの停止。それは誰しもが逃れられない絶対にプロセスゆえに。

 けれど、だ。

 その『隙』を故にこそ回避に繋げることなどベテルギウスほどの強者からすれば余裕であった。

 温度視認眼(サーモグラフィー・アイ)で視認するまでもなく彼女達の行動など手に取るように分かる。

 優れたる者は優れたる者を知る。

 だから、簡単に騙せる。引っかかる。天才を騙すことなどより上位の天才にとっては容易いモノだ。むしろ逆に、彼らのような天才からすれば馬鹿を騙すことの方がより難解なのだから。 

(まだ、だが)

 後十年、いいや五年。それだけの時間があれば立場は逆転していたと断言できる。

 ベテルギウスに才能は無い。無論、『普通』を超えたレベルの才能はあるがそれだけだ。スーザンのように成人未満の年齢で大海賊団『リヴァイアサン』を引き入れるだけの才能も、ブリジットのように齢十五歳でイギリスの実質的に支配者になれるだけの才能も、あるいはあの魔女のような才能も、無い。

 それでも積み重ねてきた歳月は『並』の天才であれば凌駕できる。

 だからまだ、マチコはベテルギウスには勝てなかった。

(まず一人)

 瞬間、ベテルギウスは首を横に振る。

「ッ⁉」

 一瞬前までベテルギウスの首があった場所を芽依の手にしているカッターナイフの刃が空ぶった。

(避けられたッ⁉ 冗談でしょ⁉)

 完全に隙をついていたはずなのに、避けられた。後方、つまりは二重の意味での『視界外』からの必殺の一撃。当然足音や息遣いなどは殺していて、もちろん気配も最小限にしていた。なのに、なぜ?

(直前の艦長の一撃がなければ、あるいは僕を殺せたかもしれませんけどね)

 そう、あの明乃の一撃。あれがあまりにもあからさますぎた。防がれることが分かっていたような、避けられること前提としていたような、そんな攻撃。それは『感』で察せられる。戦闘者としての年月が違う。ベテルギウスほどの経験者からすれば『攻撃前』の『臭い』というモノはだいたい察せられるモノだ。

 囮だと断言できるほどに。

 故に、二人目は芽依だった。

(やばっ、逃げな)

「遅い」

 『棒』と『カッターナイフ』では長さが違う。安全を期すならば芽依も長物を使うべきだった。最も、そんな時間的余裕も武器もなかったであろうが。

「ちっくしょ」

 最後まで言い切ることすらできず芽依の脇腹に拳が突き刺さる。

 重く、深く、強い一撃。

 その拳は芽依の肝臓(レバー)を揺らし、彼女に虚血を齎した。

 崩れ落ちる芽依の身体。

 肝臓は人体の急所の一つである。内臓の中で最も重たい臓器が肝臓であり、多くの血管を持つ肝臓を揺らすということは脳への酸素供給を滞らせることにも繋がる。だから、芽依は立っていることができなくなった。

「これで二人」

「っ」

 唇を噛む明乃。たった二十秒で戦力が半減した。残っているのは左肩を負傷している明乃と戦闘要員ではない美波だけだ。

 勝てる見込みは、無い。

 完全なる零だ。

 当然、逃げた方がいい。

 立ち向かって死ぬよりは生存の芽が薄くても海に飛び込むべきだ。その方が生きられる。

 だけど、それはできない。

 したくない。

 考慮にすらも上がらない。

 ずっとリフレインしている脳裏の映像。

 それが明乃を赦さないから。

(確実に急所を狙いに来ている……、狙いはいい。躊躇も無い。……本当に。僕が相手でなければあるいは終わっていたかもしれないと思えるほどに)

 感心と共に、けれど、哀しいかな。

 ベテルギウスには経験があった。

 こんな状況下でベテルギウスは何度も戦ってきたから。

 多対一など当たり前だ。

 相手の方が当然性能の良い武器を持っていた。

 地の利は相手にあり、数の利だった相手にあった。

 だから彼は油断しない。

 いつだって怖いのは牙を磨くライオンではなく群れる蟻の方だから。

 自分を弱いと知っている人間は強い。

(……後十秒)

 ゆっくりと、美波はカウントする。

 戦闘開始より三十五秒経過、彼女の『策』は順調に浸透していた。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

見えない死(DEADLY ACTIVE)
 貴家悠氏原作、橘賢一氏作画による日本の漫画作品、『
テラフォーマーズ』第二部第七十話のサブタイトル。



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悪には悪を(Repay evil with evil)

役者交代。

主役降板。

敗北者二名。


 前提条件を確認しておこう。

 時間は明乃の味方をしない。

 そも二時間後、この『晴風』は沈むことになっている。

 そしてその話をしてからもう三十分以上の時間が経っている。

 当然、明乃とて『死』を望んでいるわけではない。むざむざ海賊如きにこの船と『ダモクレスの剣』を奪われるくらいなら諸共沈めてしまった方が良いと思っただけで、死にたいわけではない。故に生存のための努力を重ねている。まぁ、実る兆しは全くと言っていいほどないのだが。

(っ、どう動けばいい?)

 考える。思考する。頭を回す。

 ここでベテルギウスを倒せないのならばこの『晴風』は明乃達諸共沈む。明乃はあずみの遺志を果たすことなく終わってしまう。まだ、やり残したことがたくさんある。まだ、したいことがたくさんある。まだ、心の残りがたくさんある。

 だから、ここで、終わる、わけには、いかない。

 のに、

(……勝利の光景(ビジョン)が、見えないっ!)

 純粋に、どうすれば勝てるのかが分からない。『勝ち』のイメージが湧かない。想像すらもできない。明乃は海賊ラクシ・ソーモン相手に完璧な不意打ちを決めたのにも関わらず彼は平気の平左で立ち上がって反撃してきた。艦橋で盗み聞きした会話内容からしてこの男がリーダー格、つまり概算、明乃が不意を打った海賊よりも格上。

 不意打ちでも傷一つ負わせることができた。

 多人数で囲んでも全く有利を取れなかった。

 そんな怪物相手にどう動く? どう動けば……?

「惜しい、と思いますよ。後五年あれば負けていたのは確実に僕の方だった。貴方は頭がよく、カリスマ性があり、決断力も高く、躊躇いも無く、自己犠牲精神に溢れている、……稀人、それが貴方だ。だから……最期に一度だけ、もう一度だけ問いかけましょう」

 伝声管伝いにましろを揺さぶった時のように、砂糖菓子のように甘い声色で、ベテルギウスは言った。

 その言葉は間違いなく本心だった。

「こちら側に来る気はありませんか? 貴女ならあるいは、提督の右腕にさえもなれるかもしれない」

「はっ」

 吐き捨てる。

 大海賊団『リヴァイアサン』。大西洋を支配する『クラーケン』と双璧を為すブルーマーメイドですらも容易に手出しできない最『悪』の海賊達。その一員に、明乃がなる?

 考える必要すらもない。

 例え、例えどんなになったとしても、

 明乃は絶対に、『悪』には『闇』には『黒』にはおちない。

 だから一顧だにせず、明乃は大きな声で返答した。

「お断りだよ、バーカッ‼‼‼」

 海賊の手を取るくらいなら舌を噛み千切って死んだ方がマシだ!!!!!

「残念です」

 疾走してくる明乃を迎え撃とうとする準備するベテルギウス。

 明乃に勝ち目はない。それでも、立ち向かわないといけないときはある。絶対に。

 声から位置を測定し、手足を全力で振り抜いてたった一撃を見舞ってみせる。この後に及んで偽装はいらない。全身全霊の一撃を叩きこむ。例えそれが『死』に繋がるのだとしても、此処でやらなければ何時やるのか。

 後悔は、ある。

 たくさん、ある。

 結局あずみの遺志は継げなかったし、もえかに協力することもできなかった。『晴風』襲撃の『裏』だって分からないままで、何よりも『晴風』船員の皆を死なせてしまう。

 無駄死にではないにしても皆の人生を絶望で終わらせてしまう。

 それが後悔だった。

 命を背負っているが故の後悔。

(本当に、残念だ)

 走ってくる明乃を『視』ながら、心中でそう吐露するベテルギウス。本心だった。

 本当に残念だった。

 若い芽を摘むというのはいつだって残念なことだ。

 特に、『正しい芽』を摘む行いは。

「はあああああああああああああああああああああああッ‼‼‼」

 特攻。愚かな行為だ。敗北確定の愚行。意味もなく価値もない突撃。何も遺せず、何も得られない。無駄、無為、無謀。

 明乃は無意味に命を散らして、明乃は無意義に魂を散らして、明乃は無価値に終わる。

 その運命が確定付けられる。

 

 その、直前だった。

 

「下がれ、艦長‼」

「っ⁉」

 掛け声一つ。

 それで明乃の身体は急停止する。

「みなみさん……?」

「時間稼ぎありがとう、艦長。ここからは私に任せてくれ」

 そして、主役は交代する。

 役どころが変わる。

 本物の『裏』を知る美波が舞台を乗っ取る。

「一分、……経ったからな」

「ほぉ……、では次はあなたが相手をしてくれる、と?」

 『表』と『裏』の戦いが終われば、次は『裏』と『裏』の戦いだ。

 どちらの方がより深い場所にいるか。

 潜水距離を競うための闘いが始まった。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

悪には悪を(Repay evil with evil)
 A-1 Pictures社制作、アサウラ氏原案による日本のオリジナルアニメーション作品、『リコリス・リコイル』第十話サブタイトル。



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