駆逐艦雪風の業務日誌 (りふぃ)
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業務日誌設定資料

遅くなってすいませんでした。


注)

 

駆逐艦雪風の業務日誌本編のネタバレが大量に含まれております。

でも先に知っている方が楽しめる部分もあるかもしれません。

ご使用は自己責任でお願いします。

 

 

 

・大雑把な歴史

 

ある日横須賀を始めとして、世界が立て続けに巨大な地震に襲われました。

その地震から10年後、深海棲艦が出現します。

彼女らによってシーレーンが破壊されてから、人間の間隔で数世代が経過しています。

20年程を一世代にするとして、既に100年以上は経過している感じでしょうか。

特に最初の10年、15年は人類やられっぱなしでした。

当時の最新兵器の数々は、深海棲艦に傷一つつけることは出来ませんでした。

深海棲艦は海域を支配し、泊地級の鬼や姫が固定基地を作成すると、人類は衛星を使う事が出来なくなりました。

おかしな妨害電波でもだしており、送受信不可能と言うことに。

人類は追い詰められ、モハヤコレマデか! と言う所で奇跡が起きました。

何処からとも無く現れた一隻の艦娘により、深海棲艦の一部が壊滅します。

さらにその艦娘の出現と同時期に妖精さんが世界各地に存在を確認されるようになります。

その艦娘と妖精によって、深海棲艦に対抗できる艦娘の存在が認知されていきました。

たった一隻で人類を救った艦娘。

彼女が現れてから一年後、世界で始めて妖精さん達の手による艦娘の艦隊が深海棲艦を撃破する事に成功します。

彼女はその勝利を見届ける直前に姿を消しました。

三笠という名を残して。

もう、何十年も前のお話です。

 

 

・世界観とルール

 

――大本営

 

陸海合わせた最高司令部です。

確保した海域に鎮守府を作ったり、資材を供給したり様々なお仕事をしています。

現状ぎりぎりで機能していますが、内部には派閥があり、これもぎりぎりのバランスで成り立っています。

現在では深海棲艦が出現してから数世代が経過し、戦況が一進一退ながらもやや膠着気味な為、保守派の勢力が徐々に力を増しつつあります。

この勢力は戦争を終わらせる事によって特需がなくなる事を嫌がっており、形だけの戦争状態が続くことを願っています。

一方主戦論を主張する派閥もあります。

主張内容の温度差は各派閥内でも様々です。

 

 

 

――鎮守府

 

取りまとめる提督と艦娘が生活する泊地です。

大本営からの深海棲艦討伐のノルマや、指名によって特殊な任務をこなす為に戦力を集めます。

 

 

 

――提督

 

才能のある人間が、専用の施設で訓練を積んだ後に任命されます。

才能とは艦娘や深海棲艦に関する、不可思議な要素を感じる事が出来るかどうかです。

ゲーム内で数値として見れる部分をフィーリングで把握する事が必要になります。

提督の中にもこの感覚の鋭敏、鈍感はぴんきりです。

本編のいもTのように才能があると知られている場合、それ以前の部署と地位にもよりますが、転属を希望すれば提督職に移籍出来る事もあります。

また、この才能は艦娘であればほぼ全員が所持しています。

 

 

 

――艦娘

 

この世界では四種資材と開発資材を妖精さんに委託して、艦娘を建造します。

どんな艦娘が生まれるかは資材のバランスと妖精さんの気まぐれ、そして何より運によります。

妖精さんはその腕によってある程度提督の希望を引き寄せやすく出来ますが、どんな妖精でも建造結果を自由には出来ません。

基本的には航空母艦、戦艦などの大型艦になればなるほど建造率は下がります。

この世界ではオール999建造でも駆逐艦が生まれる可能性があります。

また開発のみならず建造も失敗が存在します。

艦娘は種族艦娘であり、人間とは明確に別のものとして存在しています。

艦娘と人間が恋仲になるような例もありますが、男性の人間とつがいになっても艦娘に人間の子供は産めません。

しかしその一方で、月一の生理機能は存在します。

艦娘に男性個体がおらず繁殖の義務が無い現状、彼女らにとって同性愛という概念や禁忌の意識は余りありません。

また友情や愛情、姉妹愛や僚艦の信頼など、様々な好意の壁が薄いです。

 

 

 

――艦娘の固体差

 

この世界の艦娘は建造によって生み出されますが、その際の性能には固体差があります。

これは同一艦であっても同様です。

また、能力や錬度の成長限界が存在し、個々によってまちまちな成長期もあります。

例えば同じ羽黒さんでも、生まれたときから未改造の近代化改修済み級の強さを持った子(要するに日誌本編の羽黒)もいれば、原作の初期能力程の羽黒さんもいると言う事です。

そのまま改2級のステータスまで伸びていく羽黒さん(要するに以下略)がいれば、未改造の最大値程までしか伸びない羽黒さんもいるでしょう。

勿論他の艦でも同様です。

原作のように、同じ艦なら誰でも同じステータスに届き、誰でも錬度99に届くわけではありません。

とても不公平な世界になっています。

妖精さんの腕の見せ所であり、腕が良いとされている妖精の作は高い性能を持っている事が多いです。

多いですが……あくまで比較的であり、運の要素を完全に排除する事は出来ません。

また、艦娘として生まれる際には言語や様々な基礎知識を持ってきます。

同時にその艦の前世の記憶も持ってきますが、どれだけの事を覚えているかは、やはり個人差があります。

また記録が曖昧になっている部分については艦娘の記憶も曖昧になっており、どんな説を信じるかは個人によってまちまちです。

これも例として上げますと、比叡を沈めたのは自分だと心から信じている雪風がいれば、自分ではないと考えている雪風も存在します。

 

 

 

――開発資材

 

原作ゲームよりはるかに貴重な品になります。

艦娘の核になると言われている素材であり、人工的な生産に成功した例はありません。

また、兵器の開発に用いることも出来ますが、兵器開発はこの資材が無くても成功するときもあります。

妖精はあったほうが性能の良い装備を作りやすいと言い、実際のデータでも示していますが、艦娘自体の数が足らない現状では兵器開発に開発資材を回す余裕はないようです。

この資材がどのように生成されるのかは不明です。

深海棲艦を撃退して確保した海域で、艦娘達が稀に発見する事があります。

発見頻度は確保し続けている海域よりも、深海棲艦と戦って奪い返した直後の海域の方が多いと言われています。

開発資材は大本営が要求する撃破実績に加味する事が出来、討伐するよりも比重が重いです。

半期の決算は開発資材十個も献上すれば終わりますが、その様な大豊作を経験した提督は一人も居ないと言われています。

 

 

 

――四種資材

 

燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトの四種資材は世界的にみて比較的潤沢であり、現状ではおおよそ需要が満たされています。

ある意味で艦娘の総数が少なく、人手が足りていない現状を物語っている側面もあります。

鎮守府によっては艦娘が自前で四種資材を購入して工廠に装備の開発を委託する事も許されています。

いもTの所属する国では、大本営から鎮守府の規模と戦果に応じて四種資材が配給されます。

また大本営にコネさえあれば多目の資材を分捕る事も不可能ではありません。

それ以外でも各鎮守府は燃費の良い艦隊を組み、遠征によって物資の集積地から独自に資材を集めています。

この遠征で得られる各資材は原料であり、一度鎮守府等の専用設備のある所に持ち帰り、妖精さんによって精製されて初めて通常の使用が出来ます。

集積地の資材を艦娘が直接使う事は不可能ではありませんが、精製後の十分の一程の効率しかありません。

 

 

 

 

――固有スキル

 

この世界では多くの艦娘が固有スキルを持って生まれています。

但しこれも大幅な個人差があり、命中+1や回避+5などの目立ちにくいスキルも多く存在します。

また、本編の雪風や時雨の『記憶』のようにバッドステータスを起こすスキルもあります。

それら全てを含めたとき、何のスキルも持っていない艦娘は居ないと言っても良いでしょう。

原作と違い能力をデジタル化して確認するすべが無い関係上、固有スキルを認識して意識的に使っている艦娘は極々一部に限られます。

優れたスキルを持ちながらそれに気づかず、凡庸な性能に埋もれた艦娘も多く居る事でしょう。

スキルの発掘は艦娘にとって死活問題であり、直接戦闘から一歩引いた位置から俯瞰出来る司令官にとっては腕の見せ所と言えるかもしれません。

鎮守府のエースに君臨するような艦娘達は優れたスキルを持ち、その存在を認識して使いこなしているか、常時発動するスキルを持っている場合が多いです。

 

 

 

――艦娘戦力

 

世界各国に登録されている艦娘の数は凡そ二千隻程であり、うち半数は一国に集中しています。

このバランスは妖精の分布と、開発資材が発見される海域がその国の近くが多い為です。

その分守る担当の海域も、当然ながら広いですが。

戦艦、正規空母等の大型艦は、全体の一割程といわれています。

一つの鎮守府は凡そ二十隻から五十隻の艦娘を保有しています。

艦娘は鎮守府同士合意が取れれば移籍することも可能です。

よほど戦力のバランスを崩さない限りは大本営が口を出す事はなく、報告を入れれば追認してくれます。

バランスを崩すような移籍は、そもそも鎮守府同士で合意に至らないことが多いです。

また、大きな鎮守府が小さな鎮守府を相手に無理を通そうとした場合は大本営に直訴出来ます。

この様な時の対応に強い影響力を発揮するため、逆に合意済みの小規模な移籍は黙認されている現状です。

鎮守府としても黙認してくれている間が花ということは、殆どの提督が承知しています。

 

 

 

――深海棲艦戦力

 

各地の海で至る所に泊地級の鬼、または姫が基地を作っています。

また深海棲艦は新たに奪い取った海域にも基地を作ります。

しかし基地作りにはかなりの時間と多くの輸送艦の出入りが必要であり、防衛戦を強いられる彼女らから海を奪い返す事は決して不可能ではありません。

現状艦娘サイドは新たな泊地を作られる事をぎりぎりで阻止し続けています。

泊地級の鬼姫は災害指定の脅威とされ、鎮守府一つで如何にか出来る存在では無いとされています。

近代において深海棲艦の泊地に攻め入った場合、そのキルレシオは凡そ3/1=3.00程。

艦娘一隻に対して深海棲艦は三隻沈める戦果を持って勝利と認められています。

しかし泊地の艦隊を叩くだけでは陥落しない事、またあわよくば泊地その物を叩けたとしても完全に占拠し続けなければ深海側の妖精によって修復されてしまう事を考えると、一局地での勝利以上の結果をあげた提督はおりません。

泊地級の鬼姫達はそれぞれに性格や海域支配の熱意も異なり、人間サイドからは危険度の区分けが行われています。

主に脅威となるのは南北に位置する泊地級であり、高い危険度と戦力を持っています。

此処ではその一部をご紹介いたします。

 

飛行場姫

 

深海サイドからの識別名はリコリス。

人間サイドからの識別名は、南方連合トラック泊地の司令官が命名したマジキチ。

あり方を例えるならば、狂人。

不快な奇声で笑いながら周囲の全ての破壊を望みます。

最初期に誕生したと言われる泊地級の姫です。

発生当時は平均的な能力の姫級だったと言われていますが、当時は提督、艦娘共にその力と対策の情報があまりに少なすぎました。

当時の戦闘でリコリスは壊滅寸前まで破壊されましたが、代償に参戦した艦娘の四割がこの海で沈み、三割以上の鎮守府が戦力を維持できずに瓦解したと言われています。

自身が死滅寸前まで追い詰められた経験と、提督や艦娘の怨念を溜め込んだ飛行場姫は発生当時よりも遥かに強大な力を保有しています。

滑走路は島全体に拡張され、弱点である三式弾対策の為か、縦方向にも壁のように甲板を積み重ね、自身の防御としているようです。

今でも、島の施設が壊されるたびに瘡蓋を被せる様に修復しつつ島全体に侵食を続けていると言われています。

航空母艦には乗せることが出来ない高速戦闘機、長距離攻撃機、高々度爆撃機を用いる上、当人は時間への干渉能力すら持っていると言われています。

強大な力を有し、好戦的でもあるリコリスと彼女が率いる部隊は現在世界でもっとも明確な人類の脅威です。

南方戦線こそ人類と深海棲艦のフロントラインといわれています。

このマジキチの対応のためだけに近辺にラバウル、ショートランド、ブインと立て続けに鎮守府を建立した経緯があります。

 

 

北方棲姫

 

北方AL方面に発生した、比較的新しい天災指定級の姫になります。

深海サイドからの識別名はホッポ。

人間サイドからの識別名は復讐者。

発生当初、自分から外に攻勢を示さない北方棲姫は泊地級の中では比較的危険度が低いと言われていました。

しかしある時、この近海を通った輸送船のいる港が壊滅。

出発地点も到達地点もほぼ同時に襲われました。

北方棲姫の報復対象は戦闘行為のみならず海域侵犯も含まれており、しかも付近を通った船を一度見逃して根拠地ごと襲う為に危険度は上方修正されました。

過去に一度北方棲姫討伐の為に連合が組まれましたが、深海棲艦水上部隊の大艦隊に阻まれ、失敗しています。

その時の報復攻撃は艦娘のみに留まらず、その艦娘が所属していた鎮守府にまで個別に直接攻撃されています。

この執拗な報復攻撃は他の泊地級には見られない行為の為、人間サイドからは復讐者(リベンジャー)と呼ばれるようになりました。

こちらから手を出した時の被害は飛行場姫との戦闘すら上回る事、海域に踏み込まなければ襲ってこない事などを踏まえ、南の戦線を攻略するまでは放置が推奨されています。

しかし北方棲姫の守備範囲がかなりの広域に渡る事、足回りを故障した船が領海に流れ込んだだけでその泊地ごと報復対象にされる事から、早急な対応を求める声も聞かれます。

北方棲姫がどのような手段で敵艦の根拠地を特定しているかは不明です。

余談ですが業務日誌開始時の北方棲姫は深海妖精による修復中でした。

北方棲姫は兄Tの擬似突出による釣り出しと、カウンターに被せる小型艦の奇襲によって深刻な損傷を負っています。

現状北方棲姫の報復攻撃を唯一撃退した例ですが、その戦果は当時作戦に参加した艦娘と妹しか知りません。

 

また、本編に登場した先代戦艦棲姫、戦艦レ級の極秘資料は以下の通りです。

 

No??.先代戦艦棲姫

 

あふれんばかりの才能を持つが、伸ばす方向を盛大に間違えた努力の方向音痴。

空母に弾丸を届かせたいばかりに空間を捻じ曲げ、小型艦をなぎ払う為に落雷を生み出す様は最早水上艦の規格外。

多くの鎮守府から討伐目標にされていたが、圧倒的な装甲と理不尽な大火力によってその全てを返り討ちにしてきた。

陸上基地系の鬼姫達と同様の天災指定。

現在は代替わりしている事が確認されているが、原因は今のところ不明とされている。

 

 

・空間把握

 

機能1.認識できる範囲の物体の距離や速度を正確に把握する事が出来ます。

機能2.砲撃時、弾丸の飛距離を殆どそのまま命中射程にしてしまえます。

機能3.砲撃時、命中に+5の補正が掛かります

機能4.電探や水上機との併用で更に精度が上がります

 

・精密操作

 

機能1.艤装の硬い腕部分の操作技術に優れています。

機能2.回避判定を放棄し、装甲値100%~150%の間のみでダメージを算出出来ます。

 

・弾丸転送射撃

 

機能1.自分の直上、500㍍付近に黒点『あ号』を作成します。

機能2.対象の直上、500㍍付近に黒点『ゐ号』を作成します。

機能3.黒点あ号を通過した戦艦棲姫の砲弾は、黒点ゐ号から真下に降り注ぎます。

機能4.黒点あ号、またはゐ号に艦娘の砲撃、または爆撃が直撃した際、火力120以上であれば黒点を破壊する事が出来ます。

機能5.このスキルは初見属性を持ち、予備知識の無い相手に使った場合命中に大幅な上方修正が入ります。

機能6.夜戦時に黒点の視認はほぼ不可能であり、狙われた対象は回避に下方修正をうけます。

機能7.黒点ゐ号は姫の装備する電探の効果範囲(約250㌔)ならば何処でも作成出来ます。

機能8.対象が50000㍍以内に居る場合、命中関連のペナルティは受けません。

機能9.対象が50000㍍以上離れている場合、電探の反応のみで相手の頭上に黒点ゐ号を作成し、砲撃時の命中が-5されます。

 

・弾丸相殺射撃

 

機能1.対象の命中判定と自分の命中判定を比べ、勝てば砲撃を中空で撃ち落とします。

機能2.このスキルは自分の艦砲射程の中を対象の弾丸が横切る時にのみ使えます。

機能3.このスキルは陸上基地タイプの味方への攻撃もカット出来ます。

機能4.スキル使用時、砲撃フェイズ一巡目の場合は砲撃順が一番最後に、二順目の場合は砲撃の機会を失います。

 

・渦潮作成

 

機能1.最早天災の領域です。巨大な渦を作成します。

機能2.敵と自分の間に自作した渦を挟む場合、雷装値を無効化します。

機能3.渦の側面を駆け抜ける際、最大速度に凡そ10ノットの上方修正がかかります。

機能4.機能3の距離、また潮に乗って加速出来る方向は限定的です。

 

・赤口

 

機能1.最早天災の領域です。指向性を持った天雷を操ります。

機能2.黒点あ号、及びゐ号を使用し、弾丸転送射撃との併用は出来ません。

機能3.スキル使用時、使用者の耐久最大値から一割のダメージを負います。但し耐久1以下にはなりません。

機能4.火力値100を基準とし、機能3で減少した耐久値分を上乗せします。

機能5.このスキルは陣形、及び接敵状態による火力増減を受け付けません。

機能6.このスキルは初見属性を持ち、予備知識の無い相手に使った場合命中に大幅な上方修正が入ります。

機能7.黒点ゐ号を起点に任意の方向、約5000㍍をスライドし、間にいる対象全てに巻き込み判定を行います。

 

 

 

No??.少女

 

先代戦艦棲姫によって見出された深海の天才。

倦戦気質で面倒臭がりだが、自分の価値観から判断する好き嫌いには非常に忠実である。

基本引き篭もりであり、今までどの鎮守府にも存在が確認されていなかった。

後に戦艦レ級と呼ばれ、鬼姫種とは明確に区別される。

 

 

・才能

 

機能1.艤装のみならず、本体の性能も規格外です。

機能2.認識した戦闘スキルを把握し、大まかに自分のものにします。

機能3.コピーしたスキルを使う場合は行使判定で達成値に-2の補正を受けます。

機能4.スキルをコピーする為には成功判定が存在します。

機能5.成功判定は伝聞で-6、海戦の別戦場で-3、直接戦闘の相手から-1の補正を受け、それが砲撃関連のスキルの場合は+2の補正が掛かります。

 

・技師

 

機能1.戦艦の姫が驚愕した器用さの主原因です。

機能2.一部の特殊な艤装を除いたあらゆる兵器を使いこなします。

機能3.一部艤装を開発、または改修して作りこんでいくことが出来ます。

 

・飛び魚艦爆

 

機能1.自作の艦載機です。

機能2.小型の軽量で小回りが利く上に馬力があるので重いものも運べます。対空、爆撃の両用に高い性能を発揮します。

機能3.対潜攻撃に参加できます。

機能4.この艦載機は水上機です。

 

・多弾頭烏賊魚雷弾

 

機能1.自作の小型魚雷搭載弾です。

機能2.弾丸一つに付き五本の魚雷を搭載出来、16inch三連装砲によって最大15射線の雷撃を行えます。

機能3.弾丸の飛距離は20000㍍程であり、魚雷の泳ぐ距離は5000程です。

機能4.この雷撃は開幕雷撃フェイズに参加できます。

機能5.この雷撃は砲戦後雷撃フェイズに参加できます。

機能6.夜戦時にこの弾丸を直当てする事でダメージに最大45の確定ダメージが入ります。

機能7.夜戦時に雷装値が火力に乗る事はありません。

機能8.このスキル(艤装)は初見属性を持ち、予備知識の無い相手に対して命中に大幅な上方修正がかかります。

 

・防衛機構

 

機能1.多様な艤装を搭載したため、異常なまでに複雑化した防御区画を作りこんでいます。

機能2.このスキルは被クリティカル時に一定確立で発動します。

機能3.次の自分の砲、雷撃フェイズを一手番放棄し、内部機構のダメージコントロールを行います。

機能4.このスキルを発動させた被クリティカルダメージを50%カットします。

 

 

 

――錬度

 

この世界で艦娘は、かつての記憶を経験値として持って建造されます。

そのため、建造当初でもレベル1で生まれてくる事は殆どの場合ありません。

但し、全ての艦娘が同じように高い錬度に至れるとは限りません。

また、早熟の艦娘もいれば晩成の艦娘も居ます。

錬度の向上に比べて能力が伸びやすい、逆に伸びにくい艦娘もいるでしょう。

これら、生まれ持った才能は建造する妖精の腕と、何よりも運に左右されると言われています。

艦娘をどのような戦場に送り出し、どのような経験を積ませるか。

それは鎮守府司令官の運用能力が問われる事でしょう。

一概には言えませんが、元の値からどれだけ成長出来るかはある程度データが取れており、元から強かった艦娘はその上にも比較的至りやすいといわれています。

初期値が低かった艦娘は元から強かった艦の最終能力値や錬度には届かない事が多いですが、中には沈む間際まで伸び続けた艦や、改装で機種を変えて向上を続けた艦の例もあります。

凡その目安と、日誌本編のいもT鎮守府所属艦の現状最終値、及び一部エクストラ艦娘の錬度は以下のとおりです。

 

・Lv.1~40

建造されたばかりの艦娘の殆どがこの中に含まれます。

いわゆる新人時代であり、この領域を卒業するまでに凡そ半数の艦娘は沈むと言われています。

いもT鎮守府に所属する艦娘のうち、此処に該当する艦娘はおりません。

 

――

 

・Lv.40~60

鎮守府内において何れかの艦隊に所属し、任務を受けるレベルです。

鎮守府の規模と艦種にもよりますが、此処での上位者は戦闘部隊である第一艦隊に所属する艦娘もいるでしょう。

いもT鎮守府に所属する艦娘では山城、赤城、大和がこの錬度に該当します。

 

――

 

・Lv.60~70

中堅以上の鎮守府では第一艦隊を構成する艦娘が多く含まれる錬度です。

また、規模の小さい鎮守府では第一艦隊旗艦、兼秘書艦を勤める艦娘がいる事もあります。

一線級と呼ばれる艦娘達の錬度と言えるでしょう。

いもT鎮守府に所属する艦娘では羽黒、夕立、足柄、矢矧がこの錬度に該当します。

また、他所では陸奥、古鷹、加古がこの錬度に該当します。

 

――

 

・Lv.70~80

鎮守府の中でも精強と言われている所では、この錬度に至った艦娘が2~3隻は居ると言われています。

第一艦隊の構成要員や、旗艦、秘書艦を勤めている場合が殆どです。

この領域の艦娘を保有する事は、提督の育成手腕や運営手腕が優れている事の証明であると認識されています。

いもT鎮守府に所属する艦娘では、島風がこの錬度に該当します。

また、他所では長門、金剛がこの錬度に該当します。

 

――

 

・Lv.80~90

上記のLv70~80の艦娘達の中で、長期に渡って第一艦隊構成員を勤め続けるような艦娘は、極稀にこの領域に至っている場合があります。

艦娘として恵まれた才能と、多くの糧となる実戦経験。

その上で決して沈まず生還し続ける運を備えた、一握りの艦娘が足を踏み入れる世界です。

この領域の艦娘が一隻居なくなる事は、新人艦娘百隻に匹敵する損失になると言われています。

艦娘を此処まで育てる為には、司令官もそれ相応の育成管理能力を求められるでしょう。

いもT鎮守府に所属する艦娘では雪風、時雨、五十鈴がこの錬度に該当します。

また他所では比叡、翔鶴がこの錬度に該当します。

比叡、翔鶴の極秘資料は以下の通りです。

 

 

No??.金剛型巡洋戦艦比叡

 

長門達の鎮守府では初めて建造された戦艦。

人間不信、シスコン、自傷癖の三重苦。

実は鎮守府の中で最高錬度の艦娘である。

 

 

・超感覚

 

機能1.常人には見えるはずの無いものを見、聞けるはずの無いものを聞き、知覚出来るはずの無いものを感じる事が出来ます。

機能2.対峙するものの虚実を把握してしまいます。

機能3.砲戦時、自身の回避能力が上昇します。

機能4.機能3の効果は味方艦艇が少ないほど大きくなります。

機能5.コンディション値に常時、-5の補正が掛かります。

機能6.機能5の効果は味方艦艇の人数によって二重まで重複します。ただし、金剛型姉妹の場合に限り疲労の重複は起こりません。

 

・神託

 

機能1.神、またはそれに類する妖しの声を聞き取れます。

機能2.このスキルは超感覚の無いものには効果がありません。

機能3.世界に起こる出来事のうち、知りえる筈の無いものを知覚する事があります。

機能4.砲戦時回避能力が上昇し、またカスダメも無効化します。

機能5.砲撃時の命中判定に大幅な上方修正がかかります。

機能6.敵のスキル使用時、判定に成功すると初見属性を打ち消します。

 

 

 

 

No??.翔鶴型航空母艦翔鶴

 

雪風達の鎮守府の隣に越してきた司令官の相棒。

驚異的な錬度と爆発力を誇る。

一航戦潰し、または一航戦嫌いの悪名を持つ。

 

 

・不屈

 

機能1.どんなに不利な戦況でも諦めず、思考を戦闘行為に回せます。

機能2.中、大破。または同判定時に火力値、回避値が上昇します。

機能3.上昇値は耐久の最大値から現在の値を引いた差分になります。

 

・逆境慣れ

 

機能1.戦場の危地に慣れています。

機能2.中、大破。または同判定時に命中精度が下がりません。

 

・PDC

 

機能1.被弾する事に慣れきったモノの境地です。

機能2.回避失敗時、被弾箇所をほぼ完全に制御出来ます。

機能3.中、大破時も飛行甲板を守り抜き、艦載機の発艦が可能です。

機能4.戦闘時何度でも使用可能ですが、一度使うと戦闘終了時にコンディション値が5下がります。

機能5.機能4の効果は累積しません。

機能6.このスキルを使用して受けた損傷は入渠時間が長引きます。バケツ使用時は影響がありません。

 

・焦燥

 

機能1.言い知れぬ焦りを抱えています。

機能2.接敵した相手に対する命中が上がります。

機能3.艦隊のどの位置にいても敵勢に対する先頭に立とうとします。

機能4.旗艦時、翔鶴を庇った僚艦の回避が減少し、被ダメが最大二倍になります。

機能5.僚艦時、全ての味方に対して庇う判定を行います。

機能6.前世において翔鶴より先に第一航空戦隊に所属し、さらに今世で翔鶴を倒した者の麾下にある場合に限り、上記全ての機能が作用しません。

 

――

 

・Lv.90↑

当代に冠絶する英雄となりうる領域です。

時代によっては一隻も存在しません。

いもT鎮守府に所属する艦娘では加賀がこの錬度に該当します。

本編には登場していませんが、南方連合トラック泊地に三隻、西のブルネイ泊地に一隻、此処に至った艦娘が居る……かもしれません。

 

 

 

・キャラクター

 

第一艦隊

 

――大和

 

鎮守府の代名詞であり表の看板。

錬度は発展途上だが、大和型の艤装は多少の錬度差をものともせずに覆す。

建造当初の錬度は十五相当。

基本臆病で人見知りな性格であり、開き直るまで煮え切らない。

やや依存的であり、司令官には最初に突き放された為に庇ってくれた雪風に懐く事になる。

自分自身でも全貌を把握出来ないほどに底知れない憎悪の火種を抱えている。

最早何が憎いのか、自身でも分からなくなっている。

自分の憎悪に気づく前に雪風への思慕を持てたのは、彼女にとって幸運だった。

補給艦娘に匹敵する料理の腕とレパートリーを誇るが、当人は普段燃料しか口にしていない。

禁欲ではなく、自分ひとりの生命維持に手間をかけるという発想が無い。

好意を持った相手に尽くすことが大好き。

二十一話終了後、南方連合との交換研修で妹の武蔵と出会っている。

 

――赤城

 

嘗て世界最強と謳われた第一航空艦隊所属、一航戦の旗艦。

建造当初の錬度は二十相当。

現世の生みの親であるベネットのお遊びで一部装甲が強化されているが、地味なところで耐久も相応の上乗せが成されている。

実は装甲空母並みの装甲に加え加賀並みの耐久を備えるが、当人が気づいていない。

任務至上主義の戦闘狂だが、敗北の記憶と戦艦達に対する罪悪感も持っている。

自分の旗艦として大和がある限りにおいて、心身両面を支える姉であろうと決めていた。

反面加賀に対する独占欲と甘えからくる容赦の無さは過激な程。

この点では加賀も似たようなものなのでお互い様だが。

 

――足柄

 

繊細で緻密な感情の機微を読み解きながら、豪放な性格で受け止めてくれるバランサー。

建造当初の錬度は三十相当

大和と赤城の心の距離を見ながら五十鈴と友好を持っていた。

身内に対しては自己評価程ドライな対応が出来ない。

羽黒の上司としての雪風を認めているが、その内面に抱えたモノが羽黒を不幸にする可能性には気づいている。

妹の思慕を応援するか、全力で阻止するか迷っているうちに雪風が結論を出してしまった。

羽黒と違い、自ら攻め入って叩き伏せる海戦を非常に好む。

旗艦としてまとめる事も出来るが、何も考えずに砲撃戦がしたい人。

 

――五十鈴

 

艦隊決戦、対空戦闘、対潜戦闘等々、あらゆる分野を得意以上の水準でこなせるオールラウンダー。

建造当初の錬度は三十相当。

感情を持て余す大和や、それをいたわる赤城の甘さを冷めた目で見ている部分があった。

五十鈴自身の意識は艦時代の影響が強く、足柄との交わりで少しずつ人に近い心を持った艦娘になっていった。

夕立との模擬戦を経て水雷屋としての野望と艦娘としての性能に覚醒。

いずれ第三艦隊から矢矧を自分の後任にあて、自分は第二艦隊の鬼畜艦トリオを取り込み、最強の水雷戦隊を作ってみたいと考えていた。

 

 

第二艦隊

 

――雪風

 

いもT鎮守府時代の最初の艦娘。

鎮守府名物鬼畜艦トリオの一角であり、面倒事(旗艦業務)担当。

司令官は最低資材で建造されたと思っているが、現場の妖精によって盛られていた。

建造当初の錬度は六十相当。

後方勤務畑のいもTにとって、前線の指揮と全体の行動方針を提案出来る雪風を最初に得られたのは幸運だった。

立場の向上による権限の強化と責任の増大を面倒と感じるタイプ。

出来れば今すぐにでも優秀な軽巡洋艦の下で水雷屋をやりたいと思っている。

自己評価を書かせれば得意な事は『無し』と書く。

当人の認識としては旗艦業務も苦手。

だがそれにも増して護衛任務に強い苦手意識を持っており、出来れば二度とやりたくない。

嘗ての戦いの中で沈んだ仲間達に対してはある程度振り切っているが、改めて思い出したい記憶ではない。

自分自身の手で砲、雷撃処分した、若しくはしたかもしれない艦達に対する罪悪感は非常に強い。

反面、敵に沈められた味方に対しては冷淡。

あたる場所に突っ立っていた方に責任がある。

基本誰も信頼せず、心を預けるような相手を持つつもりも無かった。

今は多くの仲間に支えられ、そんな自分に嫌悪感を持って変えようとしている。

大和と羽黒に大切に思われておきながら、自分の一番大切な気持ちが分からない現状に長い間苦しんでいた。

 

――島風

 

雪風が拾ったウサギちゃん。

鎮守府名物鬼畜艦トリオの一角であり、回避盾担当。

実はいもTの先任者が最初に建造した艦娘でもある。

いもT鎮守府着任当初の錬度は六十相当。

自分の性格が集団に向かないことを自覚しており、先任の時代からやや周囲との距離があった。

誰よりも早く海を駆ける事が出来ればそれで幸せな子。

任務には非常に忠実であり、旗艦として従わせる事も旗艦に従う事も出来る。

やりがいは感じていても楽しいとは感じ無い艦隊行動に従事する日々を送っていたが、ある事件をきっかけに周囲の感情を理解しようと考えるようになる。

そうして努力した結果、周囲に合わせる煩わしさを再認識するに至った。

更に紆余曲折を経た挙句、現在では性能以外の面では自分より強い雪風を相棒と認め、やっと楽に付き合って行ける仲間を手に入れた。

 

――夕立

 

鎮守府名物鬼畜艦トリオの一角であり、火力担当。

その一撃は戦艦山城が涙目になる程。

建造当初の錬度は二十相当。

ベネットが進水前にかなり手を入れた艦娘であり、艦娘夕立の性質をよく知る彼が、初期錬度を出来るだけ『低く』作ろうとした艦娘である。

そのため、前世の自分が沈む二十日前後の記憶がかなり曖昧になっていた。

現在は錬度の向上と共に少しずつ無くした記憶を取り戻している。

記憶が戻ると共に歪みも抱えるようになった。

嘗て秋月の指示で由良を沈めたように、適うなら秋月に瑞鶴か翔鶴を沈めさせて見たいと思っている。

自分の望みが狂っているという自覚は無い。

夕立は自分がどんな顔をして由良を沈めたのかが知りたいだけであり、その鏡にするなら秋月しかいないと思っている。

秋月に対して個人的に思うものは一切ない。

自分の司令官や仲間達には忠実であり、なつっこい。

誰かを嫌うようなことは少ないが、時雨の底知れなさを不気味には思っている。

雪風指揮下で行動する時、スキルの相乗効果は非常に強力。

 

――羽黒

 

当人を除く第二艦隊全員が満場一致で認める天使。

鬼畜艦トリオの陰に隠れがちで目立たないが、第二艦隊唯一の重巡洋艦にして最大戦力でもある。

雪風達のうち誰が抜けてもその穴を埋められるオールラウンダー。

建造当初の錬度は四十相当。

内向的な性格だが芯は強く、危地にあっても崩れないため土壇場に強い。

開き直った時の戦闘能力は同型の姉である足柄すら上回る。

雪風がいるときは温和な二番目として支え、不在の時は代理として第二艦隊を指揮することが多い。

艦隊旗艦としての能力は並だが僚艦からの支持は厚く、協力体制が非常に強固。

雪風が前世と今生を通じて初の大破を経験する原因となった艦娘であり、それがきっかけで雪風を意識するようになる。

大和の気持ちを知るが故に想いは内に秘めていたが、ふとしたきっかけで雪風に伝わっていた。

 

 

第三艦隊

 

――時雨

 

嘗て雪風と並び賞された武勲艦。

僚艦の矢矧、山城の自爆によって第三艦隊旗艦に任命される。

建造当初の錬度は五十相当。

前世で自分を拾ってくれた山城を崇拝しており、彼女の幸せを第一に考えている。

反面、自分自身の手によって幸せにするという発想は欠片も持っていない。

やりたくないのではなく、出来ると思っていない。

強姦まがいの手段で山城を拘束しようとするのは、全て大切な人を戦場に出したくないという極真っ当な感性によるものだったりする。

同じ白露型である夕立の歪みには気づいているが、同艦隊に来ない限りは手も口も出すつもりが無い。

むしろ夕立の思うとおりにさせて見ても良いのではないかと思っている。

何事にも前向きであり、土壇場に強い白露に対しては唯一の姉という以上の尊敬を向けている。

自分の損傷に関しては命に関わるレベルで無関心だが、それを表に出す事は山城の気苦労を増やす為自重もしている。

自重して、やっとあの有様である。

 

――山城

 

第三艦隊の切り札。

建造当初の錬度は三十相当にして、初期から航空戦艦として改造を受けた。

不幸が口癖の根暗美女。

現世でははじめから時雨が寄り添ってくれた為、本気でどん底には嵌っていない。

扶桑姉様至上主義。

実は家事万能で女子力が高いとは時雨談。

時雨の過激な発想と行為に戸惑うこともあるが、根本的な部分で自分を傷つける事は絶対に無いと信じきっている。

徐々に時雨の真意を理解するにつれ、その根本にある自傷的な投げやりさを何とかしたいと考えるようになった。

低血圧で朝に弱く、僚艦の矢矧に起こされる事がある。

 

――矢矧

 

別の鎮守府から移籍してきた軽巡洋艦。

大和や雪風といった坊ノ岬組みと戦いたいとの思いから移籍を決意。

艦娘としての生活は年単位で過ごしており、現世での戦闘経験は豊富。

着任当初の錬度は五十相当。

前世の自分は活躍出来なかったと考え、今世での戦果を強く望む傾向がある。

その為、やや前のめりになりすぎて周囲が見えなくなる事がある。

また、土壇場で自分に自信が無い。

現世で自分の姉妹に会ったことがない。

阿賀野を介護する能代の噂だけは聞いているが、私生活にだらしない阿賀野の噂をまるっきり信じていない。

 

 

鎮守府

 

――加賀

 

ブラック鎮守府に生まれ、過酷な環境で生き抜いた航空母艦。

あまりに短いサイクルで出撃を繰り返していた為、慢性化した疲労が休息でも抜けきらなくなっていた。

其の状態で尚酷使され続けた結果、多くの艦娘達がぶつかる限界の壁をいつの間にか越えていた。

いもT鎮守府に着任当初の錬度は九十相当。

高錬度であり、しかも強力な空母の艤装を使う為、戦闘能力は非常に高い。

メンタルは決して特別なモノはなく、感情の触れ幅に対応出来ない時はよく吐く。

辛い時は他人の手を借りるよりも自分がもっと頑張れば良いと思っている。

頑張れない、出来ないのは自分が悪いと考えており、自分の中に抱え込む悪癖がある。

やや悪い方面で完璧主義だが、他人に対してそれを求めたり、強制することは無い為軋轢が起こることは少ない。

反面、身内と認めた存在には容赦も遠慮も無い。

赤城曰く、無自覚なドS。瑞鶴曰く、鬼畜チビ。翔鶴(調教済み)曰く、お姉様。

赤城の姉、天城の身体を使って改造された自分の身体には強い違和感がある。

艦娘加賀が持つ初期知識で天城と自分の顔が似ていることを知っている。

赤城を型の繋がらない妹として愛しているが、其の感情の出所が自分自身か、自分の中の天城なのか分からなくなる事がある。

戦闘空母へと改造を受け、航空母艦以前の自分に近づいた事でやっと自意識が安定した。

 

――いもT

 

本名 楠瀬 茜

両親と兄の四人家族だったが、現在兄は行方不明。

大本営では順調な出世街道を歩んでいたが、兄の蒸発と共に自らドロップアウトした。

鎮守府司令官としての素質は兄と共に知られていた。

金勘定と補給計画立案、運用が非常に得意。

大本営で彼女の後任が次々と辞任する事態が起こり、現在では彼女の穴に三人の職員を当てて対応している程。

幼少時代から一部を除いて様々な面で優秀だったが、身近にいた兄が化け物じみた天才であった為、日陰の道を歩むことになった。

兄の存在が煩わしくもあったが、自分を一番買っていたのが兄である事も知っていた。

父親の名は翔。

彼は大本営勤務の将官であり、いもTが無茶する時に毟られるのはたいていこの男。

父親は娘の幼少時代に息子の才能に目がくらんで贔屓した自覚があり、現在では罪悪感を持っている。

母親の名前は黒子。

彼女は豪商の一族であり、当人もやり手。

一家のヒエラルキーのトップはこのママン。

いもTは自他共に認める母親似。

長期に渡って本名不詳だったのは作者が全く考えていなかった為。

其のせいで少し困る事もままあった。

この設定資料公開が遅れた原因の一つ。

楠瀬(くすのせ)とは作者の所属する宿毛サーバーの元。

宿毛湾のある高知県から発した苗字。

名前は適当。

 

――兄T

 

本名 楠瀬 琢磨

軍艦と大戦艦巨砲主義が大好きな子供がそのまま大人になったような男。

イケ面の上性格も良いため昔からよくモテた。

……が、すぐに隣の女より軍艦が好き(超重度)だと気づかれる為、妹の幼馴染を除いて長続きしたことが無い。

礼儀作法のTPOを外す事は無かったが、組織の目上にへつらったりおもねったり出来ない性格。

当人はどれだけ上に睨まれようと提督業が出来れば良かった。

僻地に飛ばされたものの、そこで空前の大戦果を上げてしまう。

上層部としては忌々しく機会があれば排除したかったが、父親が大本営内に一定の派閥を持つ上に若手の妹一派まであったため、強硬手段には出られなかった。

軍艦の魂と記憶を持った艦娘達へはある種の崇拝に近い感情を持って接している。

相対的には十分に優秀だったいもTを自信喪失させる程の天才。

その能力は雪風といもTの得意分野を足し算して二で割らない……より尚高い。

工廠部部長とは魂の兄弟。

よく二人でロマンを追い求めた研究と題した無駄遣いが行われており、霞に尻を蹴飛ばされていた。

海上で敵勢力に襲われ、行方不明となる。

 

――ベネット部長

 

兄T時代から鎮守府の統括妖精を勤めていた大妖精。

兄Tと意気投合し、育んだ絆はソウルブラザーの領域である。

本編開始前からいもTの存在を知っており、兄T失踪後も鎮守府に残り彼女を待っていた。

現場の要求よりも自身の発想や閃きを優先する傾向が強い。

楽しいこと、やりたいことが仕事に優先されるのは彼に限らず、多くの妖精に共通する悪癖である。

いもTや艦娘達からすれば困り者だが、皮肉なことに腕は良い。

既存の兵器開発や艦娘建造の技術は言うに及ばず、新たな艤装を作り出したり、艦娘に独自の改造を施せるほどである。

変態が技術を持ってしまったとはいもT談。

基本自分が作った艦娘に対しては強い愛着がある。

 

 

 

・エンディング。

 

あくまで私が自分なりに艦これの世界観を解釈して、明示されていない設定を捏造した上でシナリオを作っていくとすればになります。

私の妄想と、これまでのようにTRPGのセッションシナリオっぽく考えていくとすればこんな感じのルートが用意してありましたというご紹介です。

また、エンドは決まっても其処にいたる道筋はまるっきり未定です。

以下の条件はあくまでガイドラインであり、艦娘達がこっちの想定を超えた裏道を見つければその限りではありません。

SSとか書いてると、キャラが勝手に動くこが結構あるんで……

 

 

――トゥルーエンドルート

 

条件1.戦艦大和の????が初期段階である事。

条件2.世界の海に散った三笠の欠片を集め、艦娘三笠を呼び出す事。

条件3.先代戦艦棲姫の角を雪風の手でレ級に返す事。

 

大体この辺りを守っていけば登場人物が皆さん、ある程度幸せになれるエンディングに行き着くと思います。

三笠の欠片を手に入れる為には潜水艦が必要になります。

一つはいもT鎮守府近海、正面の危険域に沈んでいます。

ノーマル、バッドルート程味方艦艇の強化が入らない為、道中は非常に苦しい道のりになるでしょう。

勿論エンディングまでたどり着けずに詰む事もありえます。

ラストバトルは艦娘三笠の予定です。

三笠の口から深海棲艦と艦娘、また妖精の正体も明かされるでしょう。

この時大和の????が初期か第二かで得られる情報が変わります。

主要構成メンバー全員に生存の可能性があり、深海棲艦無限増殖も止めることが出来ます。

条件3は未達成でもこのエンドに入れますが、レ級との決戦回避がほぼ不可能になります。

そしてレ級が沈んでいる場合、ある艦娘の生存ルートが非常に厳しいものになるでしょう。

 

 

――ノーマルエンドルート

 

条件1.戦艦大和の????が第二段階に移行している事。

条件2.大和の侵攻深度が進んでいる状態で姫級の深海棲艦を五種類以上沈める事。

条件3.先代戦艦棲姫の角を雪風の手でレ級に返す事。

 

力押しでいけるルートです。

このルートだと三笠と深海棲艦の関連が殆ど出てきません。

大和は????の第二段階でソウルクラッシュのスキルを習得します

その状態で鬼、若しくは姫を沈めた場合に転生を失敗させることが出来るようになります。

また????第二段階の大和は各能力の強化も著しい為、道中は非常に楽になると思われます。

姫種を五種類滅ぼした時、どんな状況で在ろうと大和の侵攻深度は三段階に入ります。

この状態になりますと、最終決戦の相手は三笠から大和に移ります。

この大和を倒せば、深海棲艦の無限増殖を止めることが出来ます。

最終決戦に雪風が向かい、勝利した場合に限り状態瀕死で大和も正気に戻せます。

大和を回収し、急いで入渠施設まで引き返せれば全員生存もありえます。

 

 

――バッドエンドルート

 

条件1.戦艦大和の????が第二段階に移行している事。

条件2.大和の侵攻深度が進んでいる状態で姫級の深海棲艦を五種類以上沈める事。

条件3.先代戦艦棲姫の角をレ級に返していない事。

 

凡そノーマルルートと同じですが、全員生存の可能性が限りなく低いルートになります。

先代戦艦棲姫の角を開発素材にして兵器開発を行った場合、非常に強力な艤装を作ることが出来ます。

大和専用装備であり、装備条件は????の第二段階以降です。

セッションシナリオと言うよりは、むしろ作業のように姫種の元に赴き、沈める事になるでしょう。

それ程道中が楽になります。

このシナリオだといくつかあるポイントの中で戦艦レ級と必ず戦うことになります。

レ級の説得は難しく、沈めた場合は芋づる式にある艦娘の懐柔も困難になるでしょう。

深海棲艦無限増殖阻止の条件戦闘は戦艦大和であり、ノーマルルートと変わりません。

雪風が戦えば正気に戻せる点も同じです。

しかし大和戦後の脱出路で、ある艦娘とのラストバトルが発生します。

その場合、瀕死の大和の入渠が間に合う可能性はほぼありません。

最終戦は該当する艦娘を事前に沈めておくことで回避する事もできます。

 

 

 





後書き

どーも恐縮です。りふぃです。
一言……は、いいか。
大変お待たせいたしました。
駆逐艦雪風の業務日誌、設定資料集をお届けします。
日誌本編の最終話で出すよと言いつつ、既に年度が変わろうとしていますね……
申し訳ない。
正直、脳内にはほぼこの世界の仕組みを作りきっている心算だったので後は出力するだけと甘く見ておりました。
物語を作るわけでもなくただ設定を羅列するだけなんざ楽勝だって……
ちっとも楽じゃなかったorz
正直、これで全ての設定と言うわけではありませんし最初から全部を書き出そうとも思っておりませんでした。
でも此処を書いたらこれも出しておかないと……という芋づる式の設定が結構ありまして、当初の予定の倍近い量になっております。
一番手が止まったのはいもTのフルネームです。
自分はドラクエやTRPGの名前決めには最低半日使う子なのですが、今回は本当にやばかったですね……
あ、あとこの設定資料は後日予告も告知も無く弄ることがあるかもしれませんw
設定は生えるものという事でご了承ください。

リアル提督業では無事に冬イベを全ステージ甲突破いたしました。
新キャラである戦艦水鬼!
惚れました。
ビジュアル見て涎が出そうでした……片角で戦艦棲姫の上位互換か……いいなぁ……
そして最後はやはり雪風がきっちり沈めてくれました。
最後何回かかったかな……もう海色は深海棲艦サイドの処刑用BGMにしか聞こえませんorz
そして菱餅もしっかり十個集めましたよ!
熟練見張員とか是非雪風に積みたかったのでイベントの残り資材つぎ込んで頑張りました。
そしてこのタイミングで武蔵発見と建造率アップ!
……運営さん資材貯めさせる心算ないですよね?
とりあえず回してみましたが、燃料と弾薬が無くなるまでやっても武蔵さんはでませんでした……
燃料と弾薬が8万超えた所で其処を切らないようにまた大型やりたいですね。

こんな所かなー。
今後の予定も何も白紙なんですが、ぽつりぽつりと短編を書いていきたいかなって思っています。
長編は疲れただぁ……
ただ、出して上げられなかったでっちーや霞も何かで書けたらなって思います。
一応彼女らの設定は決まってるんですけどね……出力しきれませんでした。
それでは、また何かの後書きでお会いできる事を楽しみに……ひとまず締めさせていただきたいと思います。
どうもありがとうございました。


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着任
艦隊結成


両親や近所のおばちゃん達から神童と呼ばれていた兄と比較されてきた幼少時代。

歳が二つしか離れていない事も手伝って、何かと肩身の狭い思いをしたもんだ。

せめて違う道を歩めれば良かったのだろうが、厳格な軍人であった父……そして祖父の強い希望に逆らえなかった。

幼年学校から、士官学校へ。

そして士官としての栄達の日々。

それは周囲にとっては輝かしい武勲と経歴のはずだったが、当の本人にしてみればあまり価値が見出せない。

その目の前には常に、超えられない背中があったから。

 

「……」

 

自分にとって目の上のたんこぶだった兄。

しかし憧れも存在した。

ずっと高みを駆け上がっていく身内の存在は、確かに誇らしかったのだ。

元々彼女の性格からして図太い事もあり、決定的な関係悪化のきっかけもなかった。

それに何事にも向き不向きがあるように、彼女も人様に誇れる特技を持っていた。

実際に自分を一番評価してくれていたのは、皮肉にもそんな兄だった気がする。

 

――いつか俺が艦隊総司令官に、お前が総参謀長に……

 

偶の休みが重なって飲んだ時には、そんな未来を語っていた。

何を夢のようなことを。

酒が強くも無いくせにぐだぐだに酔っ払った兄の妄想に相槌を打ちながら、適当な所でタクシーに放り込んでいたものだ。

そんな兄が鎮守府から大本営へと呼び出され、その移動中を深海棲艦に襲撃され、行方を絶ったのが一月前。

本当にあっけなく居なくなってしまった、未来の艦隊総司令官様。

そして彼が率いていた多くの艦隊……艦娘達も、それぞれ別の鎮守府に再編成された。

残ったものは働き者の妖精さん達と、放置された施設だけ。

 

「まぁ、こうして来てみると感慨深い所もあり、不安なような気もしなくもあり……」

 

僻地に近いこの鎮守府を見れば分かるように、おそらく兄は上層部からは煙たがられていたのだろう。

妹の自分が其処への転属を希望して、入れられたのもきっと無関係ではない。

不十分な資材と過酷な環境。

しかし責任者として赴任する以上、兄は此処を死守する義務があった。

そしてそれが失敗したとき、その責任を追及する形で本当の左遷をする。

そういうシナリオが出来ていたはずだ。

最も、あの兄がその程度でどうにかなるはずもなく……

軍上層部の思惑を無視して、連戦連勝を重ねた兄。

お偉方もさぞ困ったことだろう。

彼女は後一歩でこの僻地から脱出出来た男に哀悼の意を表すべく、目を閉じて一つ息を吐く。

 

「……」

 

兄が居なくなってから、彼女は一つの望みを持った。

もう居なくなってしまった、追いつけなかった人だけれども。

同じ場所で、同じ海を守ってみたい。

この鎮守府は近海が比較的平和であるが、一歩遠海に出れば戦艦級の深海棲艦が跋扈する、いわば鳥かごに近い立地である。

国としてはそれ程重要な拠点ではなく、一進一退を続ける深海棲艦との戦いの中で、偶々拡張した戦線のついでに確保した場所。

自分の兄は此処から這い上がったのだ。

ならせめて、這い上がることは出来なくても。

妹の自分はこの場所を維持するくらいは望んでも良いのではなかろうか。

 

「お? アンタが新しい司令官かい?」

「ん?」

 

唐突に掛けられた声に振り向くが、視線の先には誰も居ない。

 

「此処だ!」

「あぁ、妖精さんか」

 

工廠部の腕章をつけた妖精さんの一人が、気さくな笑みで声を掛ける。

彼女は後で知ったことだが、この妖精が工廠部の統括妖精をしているらしい。

 

「へぇ、なんか雰囲気が似てんな。兄妹か?」

「妹です。よろしく」

 

彼女は小さな妖精に向かい、座り込んで握手した。

差し出した指を両手で握るという行為が、握手と呼べればの話だが。

 

「工廠部の方に会えるとは運がいい。早速一人お願いします。秘書官を」

「秘書って初任者は本部から派遣されるはずじゃねぇ?」

「艦娘は人手不足ですからね。私自身は初任者ですけど、施設自体は兄が使っていた此処を引き継いでいるので、現地での調達を拝命いたしました」

「あるぇー……此処の資材も艦娘も、別の鎮守府に再配分されてるけど……」

「……えぇ。だから、資材は自費で持ってきました」

「……なんっつぅか、ドンマイ」

「見方によっては、あちらの息がかかった艦娘を寄越されても面倒だったのであまりごねなかったというのもあります」

「ま、俺ぁ資材さえ貰えりゃ仕事はするが……ご予算は?」

「初めは基本ですから。30.30.30.30で十分です」

 

もっとも、着任仕立ての彼女には現状手元に資材が無い。

既に購入して搬送待ちではあるのだが、着工は明日に見送られた。

 

「よぉーし、妹者の門出だ。今日一晩で構想練って、明日機材が届き次第、良いのを作ってやろうじゃねぇの!」

「よろしくお願いします」

「希望は?」

「そうですね、秘書官ですから、事務仕事を苦にしない、デスクワークで助けになる子をお願いします」

「よしきた! まかせときねぃ」

 

勇ましく応えた妖精さんを、頼もしそうに見守る彼女。

彼女はいまだに知らなかった。

妖精とは基本素直であり、人間と艦娘の手助けをする存在。

そして多分にいたずら好きであり、大雑把な性格でもある。

多くの提督達にとって、最後のボスは敵艦隊よりもこいつだったとまで言われる、しかし艦娘達と関わる上では切っても切れない不思議生物。

彼女はその本性を、就任翌日から思い知ることになるのであった。

 

 

 

§

 

 

 

「陽炎型八番艦! 雪風です。しれぇの秘書官になるべく建造されました。どぉぞ、よろしくお願いします!」

「……」

 

翌朝の司令室。

先任だった兄が特に整理が苦手だったわけでもなく、そのまま使える状態を妖精によって維持されていたその部屋に、一人の艦娘が入ってきた。

彼女は元気いっぱいに挨拶する駆逐艦をみやる。

可愛い娘である。

元気娘、いいじゃないか。

しかし自分は、秘書官として有能な人材を希望したはずである。

目の前の子は、この陽炎型……いくつだ?

ン番艦の雪風と名乗ったこの少女が、デスクワークが得意にはとても見えない。

いや、まだ一目あっただけである。

見た目の雰囲気に惑わされ、その本質を見誤っては鎮守府の提督としては落第である。

 

「雪風?」

「はい、しれぇ」

「ふむ……あなた、デスクワークはお得意?」

「いいえ! 書類作成とか物凄い苦手です」

「計算とか、そっちは……」

「手足の指の数からはみ出ると、ちょっと……」

「なるほど、分かりました」

 

司令官の椅子に深く腰掛けた彼女は、苦笑して頬をかきながら報告してくる艦娘を眺める。

彼女には何も罪は無い。

天真爛漫そうな、良い子じゃないか。

初めての駆逐艦。

自分の指揮下に入ってくれる最初の艦娘である。

長い付き合いになるであろうこの少女に、彼女は最初の任務を告げた。

 

「雪風」

「はい」

「工廠部の責任者を、此処へ」

「はい」

 

キリッとした表情で命令を受諾する様は、彼女が一瞬見惚れるほどに決まっていた。

其処にあったのは天然だけではありえない含蓄を備えた、一人の軍人の素が見て取れた。

いかに見た目が幼い少女だったとしても、ベースは彼女が生まれる前から前線で戦ってきた駆逐艦なのである。

雪風が一旦退室すると、彼女は図鑑を取り出した。

 

「えぇと……陽炎型で、八番か。戦歴……はぁ!?」

 

其処に記されていた雪風の戦跡。

大戦の主要海戦に悉く出撃し、ほぼ小破以上の損失を負わずに終戦までを生き抜いた叩き上げ。

終戦後は賠償艦として他国に譲渡されながら、その国の海軍では旗艦を勤めた幸運の船である。

奇跡の船。

しかし運だけで大戦を乗り切れるはずが無かった。

大戦艦巨砲主義から、物量の飽和攻撃主義への転換期であった当時。

戦争末期の帝国艦隊は敗北を重ね、物量はさらに差がつき、多くの命を特攻によって散らしていった時代。

雪風は確かに幸運を持っていたのだろう。

絶対に生存不可能な物量攻撃を、運がよければ生き残れるレベルに持ち込む実力と一緒に。

兄が生きていたら、随分気が合う子だったのではないかと思う。

彼も試行錯誤と努力によって『無理ゲーを運ゲーに持ち込む』のが大好きだったから。

 

「初めの一歩で手に入ってはいけない子のような気がする……でも資材は必要最低値だし、駆逐艦ならありなのか……?」

 

腕組みをして一人ごちる新任提督。

しばしの黙考の末に気にしないことにする。

秘書官はダメでも、最前線での指揮官としてなら雪風の戦闘経験が生かせるのではないか。

よく考えれば、提督は鎮守府の維持経営の任が主であり、艦娘と一緒に前線には立てない。

自分の手が及ばないところの第一人者を得ることが出来たとすれば、秘書官が不意になったとしても差し引き大きな赤字ではないかもしれない。

 

「雪風です。工廠部の部長をお呼びしました」

「入ってください」

「はい」

 

返事とともに一人の艦娘と、昨日の妖精さんが入室してくる。

雪風は妖精を案内して一礼し、席を外そうとしたのだがそれは止めた。

一応、彼女が自分の秘書である。

今後の方針を定める場には居て欲しかった。

 

「よう司令官。どうだいこの子は」

「素晴らしい武勲艦のようですね。私、艦娘には詳しくないんですが」

「かぁーーーーもったいねぇ! 他所の鎮守府の提督に聞けば、最初の一隻が陽炎、しかも八番とか殺してでも奪い取る! ってやつだ」

「私は秘書官として優秀な子を希望したのです。なんというか、この子どう見ても最前線のアタッカーじゃないですか」

「いいえ? 雪風は生き残るのは十八番ですけど、攻め落とすのは苦手ですよ?」

「……もうどうしましょうか」

 

資材は無限ではない。

一応の鎮守府である以上、毎日最低限の資材は大本営から配給される。

しかし本当にほぼゼロからのスタートである以上、優秀な艦娘が必要なのである。

彼女は組織運営は得意だったが、艦娘の造詣は深くない。

そういうのは軍艦マニアだった兄が大好きだった。

最も彼女がそっちを避けたのは、兄が好きだった方面だからという事情もあるのだが。

 

「部長、この鎮守府の生き残っている機能を上げてください」

「艦娘の生産ラインは二本。入渠のためのドッグが四本。艦娘の総数は、百人程が生活できる居住スペースがあるか?」

「ふむ……」

「しれぇ、大型建造プラントも生きていましたよ?」

「大型建造?」

「いや雪ちゃん、新米提督に大型は……」

「なんです? その大型建造とは」

 

大型建造とは大量の資材を投下して、普通の工廠では作りにくい船を作るための設備である。

何が出来るかはあくまで妖精さんの気分しだいだが、大物を狙うなら避けては通れない道のりでもある。

本当は資材が溢れている大物提督達の娯楽に近い設備なのだが、比較的解放条件が緩いこともあり、夢を見る新人提督は後を絶たない。

因みに、夢という文字に人がつくと儚いになる。

念のため。

 

「つまり大型建造すれば、戦艦さんとかが来てくれる期待値が上がると?」

「うん、まぁ可能性は上がるがな」

「しれぇは期待値信者さんですかー?」

「はい。期待値は裏切りません」

 

顔を見合わせる部長と雪風。

確かに大型建造の方が戦艦の出現率は上がるだろう。

しかしそれは同じ回数をまわせればという話である。

大型建造一回にかかる資材は、通常の工廠での戦艦狙いの四~五回分にもなる。

資材を実費で持ってきたというこの新任提督は、その点を理解しているのだろうか?

 

「……もしかして、しれぇは後方勤務専門の方……」

「……雪ちゃんの希少価値も理解してないから、多分いろいろ分かってねぇぞこれ」

 

顔を見合わせて内緒話に興じる妖精さんと駆逐艦。

そんな部下達の不安げな視線を他所に、頭の中で計算式を飛ばす彼女。

実際彼女は大型建造のリスクなど承知しているのだが、多分に男所帯で育ったせいでその価値観が毒されている部分がある。

要するに自称知性派の脳筋であり、期待値を信じているくせにリスクと書いてロマンと読んでしまう思考回路をしているのだ。

 

「まぁ、就任記念に一発派手にかましますか」

「しれぇ、多分その思考はダメ人間のそれですよぉ」

「……資材さえもらえりゃなんでもするが」

 

彼女はそろばんを取り出し、部長は指令のデスクによじ登って相談を開始する。

 

「大型の最低基準が1500.1500.2000.1000だ。炉を回したりなんなりで、どうしてもそれ以上にはおとせねぇ」

「一番の大当たりまでが視野に入る配分は、如何程になります?」

「そうさな……こんなところか?」

「ちょっとぼったくりが過ぎるでしょう? このくらいで……」

「お前さん馬鹿言っちゃいけねぇ。此処はこのくらいは見といてもらわねぇと……」

 

商談に入った上官達を見る雪風。

その耳に波の音が聞こえてくる。

司令室の窓から外を眺めれば、海鳥が渡るのが見えた。

良い天気であるが、少し風が強い。

船の中では珍しい事であるが、雪風は潮風というものが好きではない。

服が湿って透けるし、肌がべとつく。

しかし青空の下、広い海へ繰り出して適当に走るのは悪くない。

 

「しれぇー」

「だからこれは……あ、なんですか?」

「少し海上を流してきてもいいですかー」

「そうですね、あまり遠くへは行かないように」

「はぁーい」

 

一つ大きく伸びをして、司令室を後にする雪風。

去り際に上官に視線を送ると、彼女も自分を見返していた。

 

「晩御飯までには戻ってくださいね」

「はぁーい」

 

満面の笑みで敬礼する雪風に、彼女は小さく笑みを返した。

 

 

§

 

 

世界の海が深海棲艦に閉ざされてから、既に数世代。

各国の物流は寸断され、いくつもの国が干上がったのは最早一昔前である。

海の底から突如あらわれ、それまでの通常兵器では全く傷つかない未知の化け物。

初めは海路が寸断されただけだった。

やつらの使う妨害電波に計器類を使用不能にされはしたものの、人々は既に鉄を空に浮かべる技術を持っていたのだ。

人々は航空機動によって物流を確保していた。

しかしある時を境に、深海棲艦にも空母機能を有する者達が出現する。

海と空を抑えられ、混迷を極めた黎明期。

多くの技術や文化が失われ、人々は望まぬ退化を強いられた。

やがて何処からともなく現れた妖精さんと艦娘によって深海棲艦が初めて撃退され、何とか戦線を膠着状態に持ち込んだのがごく最近の事である。

今は深海棲艦も人類も、互いを確実に滅ぼす決定打を持たずに探り合いが続いていた。

 

「こんなに良い天気の時は、素敵な出会いがあるものです」

 

雪風が鎮守府を出て一時間。

真っ直ぐに沖を目指したところで、待っていましたとばかりに深海棲艦の水雷戦隊と遭遇していた。

囲まれて機銃の掃射を受ければ危険と判断し、距離を取りながらの牽制戦。

一刻近い交戦の末に周囲を囲まれはしたものの、雪風は未だに機銃の射程に相手を寄せ付けないでいた。

 

「しれぇが心配しますから、そろそろ終わりにしましょうかー」

 

深海棲艦の魚雷を鼻歌交じりに避けて見せる雪風。

お返しに背後から忍び寄る駆逐艦にノールックで魚雷を打ち込み、綻びた敵陣をすり抜けて包囲網を突破する。

すり抜けざまに機銃を打ち込んで手近な一隻を大破させ、包囲網の奥に居る遠い軽巡に魚雷を一閃。

雪風の魚雷は距離を頼みに小さな油断を見せていた軽巡の機関部に正確に命中した。

三隻をほぼ戦闘不能に追い込んだ雪風は、最早半壊した敵艦隊には目もくれずに離脱する。

深海棲艦は追いすがろうとしたようだが、機関部を半壊させた軽巡と装甲を大破した駆逐艦が追いつけるはずも無い。

逆探知されないように真っ直ぐに鎮守府方面へ走らず、近海を遠回りした雪風。

視覚と気配の双方が敵に存在を認識できなくなったとき、初めて肩越しに振り向いた。

 

「まだまだ、このくらいで幸運なんか使っていられないのです」

 

自分が運の良い船であることは十分承知している雪風。

いわば切り札である以上、それを切るのは最後の最後。

彼女はいつもそうやって生き延びてきたのである。

悠々と岸辺にそって海上を流す。

そうやって三回目の羅針盤妖精に仕事をさせた時、彼女の無線に救難信号が入ってきた。

 

「救難……? こんな辺鄙なところで……」

 

雪風が首を傾げたのは、此処が通常航路からかなり外れた地域だからである。

自分自身も敵と遭遇して居なければこんな海域には来ていない。

 

「ふーむ、これは幸運の女神のキッスかもしれませんね!」

 

敵の罠である可能性も考えないではなかったが、そうなったら逃げれば良いと楽観する駆逐艦娘。

入り江に分け入って救難信号の出所を追尾すると、自分と同じ艦娘が一人。

見たところ足を破損しており、急な轟沈は無いにしても早い入渠が必要だと思われた。

負傷した艦娘が雪風の姿を確認すると、右手を挙げて声を掛ける。

 

「うー!」

「うー! です」

 

言語的に意味は不明でも意図は通じたらしい二人の艦娘。

雪風は相手が上げた右手を取ると、緩やかに立たせる。

立ち上がる際にややふらついた相手の状態は、雪風が思うより悪いのかもしれない。

立たせると同時に自分はしゃがみ、背を向ける。

そんな雪風を見た艦娘は、やや首を傾げながらも大人しく背負われてくれた。

 

「とりあえずうちの鎮守府にご案内しますよー」

「うー!」

「しれぇに良いお土産が出来ましたー」

「ぅ?」

 

やっぱり、こんな良い天気の日には良い出会いがある。

先ほどからうーうー言っているこの艦娘は、自分と同じ駆逐艦らしい。

あわよくばこのまま僚艦になってもらおうと、雪風は鎮守府への海路を辿るのであった。

 

 

§

 

 

「しれぇ! ウサギちゃん拾いました」

「御免なさい。私にはそれがウサギに見えない」

「うー?」

 

損傷した艦娘を曳航し、帰路に着いた雪風。

その途上で一度、軽巡二隻と駆逐艦三隻からなる深海棲艦部隊と遭遇していたのだが、こちらは最初から逃げの一手で振り切ったのだ。

背中に張り付いて遅い遅い言うこの少女を、何度か敵陣に放り込んで捨てて行きたいとは思ったが。

 

「とりあえず、いらっしゃい。この鎮守府の司令官です」

「うー」

「先ずは損傷を癒して、お話はそれからにしましょう。ドッグの場所は分かりますか?」

「ん。知ってる」

「雪風が案内しますよ?」

「貴女は先ず、事情を説明していただきませんと……」

 

そういって息をつく提督。

こっそりと手元の図鑑を見れば、雪風が拾ってきた艦娘の正体も乗っている。

駆逐艦、島風型一番艦、島風。

なんという子を拾ってきたのだろうか、この幸運艦は。

島風と雪風。

この二人を編入して水雷戦隊を作れれば、それはどんなに強力な部隊になるか分からない。

少なくとも、新任の提督である自分がいきなり手に入れてはいけない子であることは間違いない。

彼女は自分が運の良い人間とは思っておらず、過剰な幸運はやがて、何らかの形でツケを請求に来るものだと考えているのである。

妖精に伴われてドッグに向かう島風に注ぐ視線は複雑なものになった。

司令室に二人きりになると、早速報告が行われる。

 

「しれぇ。あの子さっき、ドックの場所知ってるって言いました?」

「ですね……先任者の時に来たことがあるのか……というか、先ず此処に至る経緯をお願いします」

 

雪風は困ったように頬をかき、これ以外言いようが無いほど簡潔に告げる。

 

「外を流していたら救難信号がありまして、出所を探りましたら彼女を発見。損傷が見られましたので、回収して曳航し、帰還しました」

「彼女の所属や、損傷させた相手の情報はありますか?」

「近海に深海棲艦の水雷戦隊を確認しておりましたので、現場での聞き取りよりも確保と撤収を優先しました」

「なるほど、お疲れ様でした」

「はい、しれぇ」

「貴女自身に傷は無いようだけれど、装備が随分減っていますね。補給に向かってください」

「はい」

「戦闘結果は、後で業務日誌を提出してくださいね」

「えぇ~?」

「お返事は?」

「……はいです」

 

しょんぼりと肩を落とす雪風。

その愛らしい仕草につい手心を加えたくなるが、これも雪風のためと我慢する。

彼女の中ではこの先、雪風には何らかの艦隊の旗艦を勤めてもらうことを決めている。

つまり一個艦隊の長として書き物の仕事が多く求められる事は、ほぼ確定していたのであった。

先ずは簡単な日誌から徐々に慣れていって欲しいと思うのだ。

 

「そういえば、大型建造の資材量って決まったんですか?」

「えぇ、2500.2500.3000.1500で手を打ちました」

「大盤振る舞い! と見せて大型建造にしては、しけってませんかぁ?」

「むぅ、ちょっと気にしていた事を……」

「あぁ、すいませんしれぇ……」

「いいえ、いいのです。実は生産ライン二本を使い切るために、通常の建造も同時にやっていたのです。そっちにも資材を積んだので大型は控えめになりました」

「なるほど」

「戦艦さんが来てくださるといいんですが……雪風には、誰か希望する方はいらっしゃいます?」

「んー、そうですねぇ……」

 

雪風は駆逐艦であり、その本職は雷撃戦と夜戦である。

日中は索敵に留め、闇に乗じて敵機を沈める仕事を得意としていた。

よって日中の砲戦を得意とし、なるべく昼間に長く戦おうとする『戦艦』とは、基本相性がよろしくない。

きっとこの司令官は、その辺りの編成は分かっていない。

雪風が最初に感じた通り、後方勤務に専門の提督なのだろう。

それでも、願うなら、適うなら……

 

「比叡さんとは、もう一度……組ませてもらいたいなって思います」

「戦艦比叡……えぇと……金剛型、二番艦の方ですか……なるほど」

 

かつて雪風が護衛し、しかし守りきれなかった戦艦。

機関室全滅の誤報によって、他ならぬ雪風自身の手によって雷撃処分してしまった船である。

実際に雪風が沈めたという確証は無いのだが、それが雪風にとっての真実だった。

 

「最も、先方が組んでくださるかは、分からない……です。もう比叡さんは、雪風の顔も見たくないかもしれません」

「……そうなったら、素直に別の艦隊に編成させていただきますよ」

「謝りたいのに、会うのも怖い。かといって逃げていれば、いつかもっと後悔するんです。分かっている、分かっている事なのですが……」

 

苦痛表情で雪風が俯いた時、司令室にノックが掛かる。

 

「どうぞ」

「し、失礼します」

 

提督が声を掛けると、一人の艦娘が入室してきた。

おどおどとして腰が引けており、今にも泣き出すか逃げ出してしまいそうな雰囲気。

とても戦う事など出来そうも無い艦娘だが、装備している兵装は相当の重量感を感じさせた。

 

「み、妙高型重巡洋艦、四番艦、羽黒と申します。精一杯……その……がんば……」

「あぁ、しれぇの顔が怖いから泣いているのです」

「え、えぇ~?」

 

赤面から半泣きになっている羽黒に寄り添い、雪風が背中を擦ってやる。

言われるままに深呼吸し、その際一度むせ返りながらも決意を秘めた眼差しを上官に注ぐ。

 

「よ、よろしくお願いしますっ」

「あ、はい。よろしくお願いします羽黒さん」

 

彼女は手元の図鑑に目を落とす。

妙高型重巡洋艦、四番艦羽黒。

武勲。

ずらり。

 

「あの……」

「な、なんでしょうか、司令官さん」

「貴女、あの羽黒さんですか?」

「えぇと……『あの』とは……」

「あぁ、こちらへ。この図鑑のですね……」

「……あぁ! 懐かしいです」

「本物……か」

 

歴戦の重巡洋艦。

幸運の羽黒。

当時としてもやや旧型艦ながら、危険海域の曳航から強行輸送、艦隊決戦とあらゆる場面に活躍した、帝国海軍屈指の武勲艦である。

目の前の内気な少女からは想像も出来ないが。

 

「羽黒さんが一緒って心強いですー」

「雪風ちゃんもいたんだね。よ、よろしく……」

「お二人は、仲がよろしかったのです?」

「あ、しれぇ。あー……特別にという訳ではなかったんですけど、羽黒さんと一緒だったら……」

「ん?」

「いいえ、なんでもありません!」

 

雪風の表情に苦笑に近い影が過ぎるが、それはあまりにも一瞬であり提督に看破は出来なかった。

見取ったのは傍にいた羽黒であり、雪風に寄ると耳元で優しくささやいた。

 

「私は、沈まないから」

「……はいです」

 

多くの戦場に参加し、武勲を立てて生き残ってもあくまで敗軍。

彼女らの武勲の影では多くの戦没者をだしている。

沈んだ船から退去して生き残った人々は、唯一隻沈まない雪風を幸運と言う一方で、味方殺しの死神とも呼んで忌み嫌うようになっていた。

その幸運は雪風の乗員達ですら、僚艦が変わりに犠牲になっているのではと疑心暗鬼になったほどなのだから深刻である。

 

「羽黒さんは、どちらの工廠で目覚めたのです?」

「わ、私は一般工廠で建造されたようです」

「ふむ……では、雪風、羽黒さん」

「はい、しれぇ」

「は、はいっ」

「羽黒さんで空いた工廠に行って、最低資材30でもう一隻発注してください」

「承知いたしました」

 

雪風と羽黒が敬礼する。

敬礼するときの声だけは、羽黒も全く震えていない。

その様子に満足した提督は一つ頷き、決定を告げる。

 

「軽巡洋艦が居ないので羽黒さんを軸に、雪風さんを旗艦に水雷戦隊を構成します」

「はい」

「お待ちください、しれぇ!」

 

不穏な一言を聞き逃さず、雪風が待ったを掛ける。

 

「なんで羽黒さんが居るのに雪風が旗艦なんですかっ。水雷戦隊の旗艦は軽巡で、代わりに羽黒さんが入る変則艦隊とおっしゃるなら旗艦だって羽黒さんが当たるべきで……」

「え!? わ、私旗艦なんて無理ですっ」

「嘘です! 羽黒さんは巡洋艦隊第五部隊の中心で旗艦……あっ」

「旗艦経験って少なかったらしいんですよね、羽黒さんは。第五部隊の中核だったらしいですけど」

「そ、その通りです。それに雪風ちゃんは確かあれだよね、総旗艦!」

「ち、ちがっ! いや違いませんけどっ、あれはもう何でそうなったのか雪風にも分からないと言いますか……」

「期待してるよ雪風ちゃん」

「雪風ならやってくれるでしょう」

「えぅー……」

 

これ以上ごねても覆らないと悟った雪風は、やるせなく肩を落とす。

権限が増えるという事は負うべき責任も増えるということである。

お給料も増えるかもしれないが、代わりに預かるのが仲間の命であるこの職場では、割が合わないと思う雪風だった。

 

「部隊は雪風さん、羽黒さん、そして先ほどの島風さんが残ってくだされば彼女。そして次に新たに建造される艦娘を持って当たっていただきます。なにか、質問は?」

「しれぇ」

「はい?」

「最低資材でも妖精さんが本気だしたら、稀に潜水艦とか出来ちゃいますがそれでも?」

「え……うん……うーん……ま、まさか出ないでしょう」

「せ、潜水艦には、また独特の使い道があります、出来てから考えても……その……」

「そ、そうですね。大型建造で出来る娘の事もありますし、出来てから考えるとしましょうか」

 

その後工廠で建造されたのは駆逐艦夕立であり、島風もこの鎮守府に居座る構えを見せたため、無事に雪風の第一水雷戦隊が結成された。

結成にあたり、雪風は羽黒に旗艦の役を譲渡したい旨を今一度上申したが、司令官はこれを却下。

雪風は泣く泣く多くの艦隊日誌と格闘する日々を送ることになるのであった。

 

 

 

――雪風の業務日誌

 

うみをながしていたら、うさぎちゃんひろいました。

かえりみちでしんかいせいかんにいっぱいおいかけられました。

にげました。

こわかったです。

 

 

――提督評価

 

うさぎちゃんとは島風さんの事でしょうか?

出来れば万人に通じる表現を用いてください。

ウサギと書いて島風と読む人間を、私は兄しか知りません。

貴女で二人目です。

日誌には適切な漢字を使っていただけると読みやすくて助かります。

もう少し頑張りましょう。

 

 

 

 




始めまして、新任提督のりふぃです。
艦これとっても面白くて、妄想がはかどった挙句に下手なSSなど書かせていただきました。
主人公の雪風は、うちの鎮守府のエースです。
1-4で行き詰っているときに空母狙いで建造された、個人的奇跡の子です。
彼女を旗艦に据えてお遊びで出撃をした時、本当に1-4をあっさり攻略してくれた為、戦術巧者なイメージが強い子です。
その辺りは次話で……
島風さんは2-4でレベル上げしている間に来てくれた子。
夕立さんは1-1で来てくれた子です。
羽黒さんは1-4で行き詰ってる時に来てくれた方だったと思います。
本当はメインで使っている艦娘さんは皆出したいのですが、作者の力量だと無理がある……


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赤字経営の始まり

大型建造。

それは多くの提督達の憧れであり、夢だった。

大量の資材をつぎ込み、普通の工廠では建造不可能な大型船を作り出す。

鎮守府の提督になったなら、何時かは此処で大和や武蔵を手に入れたい。

そう夢見た提督達が、今日も資材を投げ打って妖精さんに祈りを捧げる。

妖精と人間。

どちらが上でどちらが下という事は無いが、その姿を見れば立場の上下など言わずもがなである。

出る人は一発で作れてしまうし、出ない人は数百回回しても出ない。

一部では艦娘の絵姿を描けば妖精が微笑む、などというデマまで流行る始末だった。

 

「どうでぇ! 新任のお嬢にゃ、もったいねぇ一品だぜ?」

「……」

「大和型一番艦、戦艦大和、着任いたしました」

「……」

 

水雷戦隊結成の翌日。

長い長い建造時間を終え、その艦娘がお出まししたのが今しがたのことである。

この子を見届けてから眠ろうと不眠で仕事を続けていた彼女にとって、最良の結果を迎えられたといっても過言ではない。

……ある一点に目を瞑ればだが。

 

「……なんぞこれぇ」

 

祈る様に指を組み、その上に額を当てて呟く提督さん。

その痛ましい姿に、秘書官たる雪風はそっと目頭を抑えずには居られなかった。

 

「あの……司令官?」

 

挨拶を沈黙で返されるのは、大和にとっても愉快ではない。

しかしその相手が上官であり、しかも泣きそうな表情で俯いたなら如何すればいいというのだろう。

大和は助けを求めるように周囲を見渡し、唯一の顔見知りである雪風に目を留めた。

 

「あー……大和さん、お久しぶりですー」

「あ、はい。お久しぶりですね雪風」

「しれぇは多分、しばらく戻って来られないと思いますので、再起動するまで居室で待機を……」

「ど、如何なさったのでしょうか、彼女は?」

「雪風にそれを言えとおっしゃいますかっ」

 

というより、自分で気づいていないのかと喚き散らしたくなる雪風だった。

だって誰が見てもおかしいじゃないか。

戦艦大和といえば、代名詞ともいえるのがその主砲。

46㌢砲という規格外というか、もう頭がおかしいのではないかという程の超大型砲である。

誰が見ても一目で分かるそれが、見間違うはずの無いその兵装が……

 

「部長さん」

「なんでぇ雪ちゃん」

「なんで大和さん。主砲、つけて無いんですか?」

 

無かった。

何処にもなかった。

というか、建造された大和はあらゆる武装を積んでいなかった。

こんなはずではなかった。

提督の嘆きも尤もだろう。

 

「いやー、提督が大型建造に、2000.2000.3000.1500までしか出せねぇって言うしよぉ。しかしこっちとしても作る以上は、大物作って喜ばせてやりてぇって思うじゃん? 其処で、この大和って訳よ。武装の開発を最初から放棄する代わりに、超低コストで艦娘の本体だけは確保したっつぅ一品よ! いやぁ俺、凄くね? これノーベル賞とか貰えちゃう発明じゃね? 兵装いらないけど艦娘たんぺろぺろしたいっていう世の提督の八割方の需要はコレで満たせるという――」

「兵装の無い大和さんがどうやって深海棲艦と戦うんですか! っていうか丸腰の大和さんとか普通にホテルじゃないですか! 豪華客船ですよこれぇ!」

「ひ、酷いっ」

 

身長160cmに満たない雪風に、190cm近い大和が泣かされるという奇妙な光景が展開される。

そんな様子を微笑ましく見守りながら、シャッターを切る部長。

彼は紳士な妖精であり、こういう光景こそが燃料であった。

もちろん彼の部下達も同様である。

雪風も大和も普段なら注意したのだろうが、自分の事が手一杯な今の状態では無理だった。

 

「泣いて済んだら憲兵さんは要らないんですよ! 大和さん、浮き砲台にもなれないとか大戦中よか尚悪く……」

「――お待ちなさい」

 

言えと言うなら、言いたい事は全て言おうと大和と部長に詰め寄る雪風。

そんな部下に待ったを掛けたのは、真っ白になって固まっていた提督だった。

 

「……先ほどは失礼いたしました。私がこの鎮守府を預かる提督です。戦艦大和。我々は貴女を歓迎します」

「はっ!」

 

雪風に泣かされていた和風美女は、その声に反応してすぐに敬礼を返す。

その敬礼を受け、一つ頷いた彼女は静かに告げる。

 

「我々には戦力が不足しています。求めていたのは即戦力となる戦艦です」

「はい。艦隊決戦でしたら、お任せください」

「頼もしい。わたくしは事務屋ですので、正直艦娘の性能や戦歴には詳しくありません。雪風、具体的に兵装無しで深海棲艦と戦えるものなのですか?」

「無理に決まっているじゃないですか」

 

やる気満々の大和だが、雪風は頭痛を堪える表情で否定する。

戦艦同士の砲撃戦は30000㍍前後から撃ち合う事も可能だし、大和の主砲に至っては自称射程距離は42000㍍もある。

しかし実際の砲戦は命中精度の兼ね合いから15000から20000強が中距離と呼ばれる射程距離である。

つまり最低20000前後。

出来ることなら25000㍍を確実に狙える攻撃手段がなければ、艦隊決戦に持ち込む前に一方的に打ち込まれるのだ。

雪風の説明を聞くうちに、提督の頬が引きつっていく。

大和もしょんぼりと俯いたところを見るに、反論はなさそうだった。

 

「しかも低速な上に艦型も大きい大和さんですよ? 遠距離から支援砲撃も出来ない現状、ただの標的艦ですよコレ」

「み、皆さんの盾くらいは……」

「大和ちゃんの装甲、鉄鋼大量に圧縮して特殊な加工してっから、小破しようものなら修理に三桁。中破なら四桁、大破でもしようモンなら最悪五桁の鋼材つかうぞ?」

「……おぃ」

「ひぅっ」

 

地の底から響くような提督のうなりに、涙目の大和が震え上がる。

要するに、どういうことだ?

自分の信頼する秘書官と、工廠部長の発言を整理するとこうなる。

この戦艦は、役に立たないポンコツであると。

信じたくなかった。

だって、新任の彼女に四桁の資材投下は冒険だったのだ。

別に大和型なんて来なくてもよかった。

ちゃんと戦える戦艦だったら、伊勢でも長門でも金剛でも扶桑でも……

速力はあっても火力と装甲の薄い雪風を、しっかり守ってくれる艦娘が欲しかったのだ。

戦場では、自分は傍にいられないから。

彼女は大きく息をつき、気持ちを整理して一同を見渡した。

視線が合った全員が、地獄で閻魔にでも遭遇したような表情で震えていたのはきっと気のせいに違いない。

 

「雪風」

「はいっ、しれぇ!」

「大和さんをご案内してさしあげて」

「あ、はい……では居住区へ……」

「違います」

「ふぇ?」

「工廠です。近代化改修の素材でしたら、きっと雪風の役に立てますよね彼女も」

「ひぅうううううううううっ」

「えっ? しれぇ、ちょっ……まっ――」

「事務屋としましては、今の大和さんに任せられるお仕事がコレしか思いつきません。何か、他にございますか?」

 

雪風は助けを求めるように周囲を見渡すが、そんな都合の良い存在はいない。

部長は提督に睨まれた瞬間に逃げおおせていたし、大和自身は当事者である。

せめて羽黒が居てくれればと思ったが、彼女は現在夕立、島風を率いて近海の警備に出ていたのだ。

しかし雪風としては、このまま大和をスクラップにする事だけは絶対に認められない。

ホテルだ豪華客船だと散々に言った雪風だが、今一度戦艦大和と肩を並べるというのは、艦娘としての夢でもあった。

 

「しれぇ! お願いします。や、大和さんにお慈悲をっ」

「えー……?」

「今は兵装がない唯のホテルですけど、逆に言えば兵装さえあればその戦力はビッグセブンすら凌ぐ規格外です。この機会を逃して今、大和さんを失ったら、もう二度とめぐり合うことは出来ないかもしれません! また、いざその時にかかる資材がどれ程の量に上る事か……」

「……それは維持費と相殺じゃないですかぁ?」

「維持費は雪風が稼ぎますっ。へ、兵装にかかる素材だってきっと集めて見せますから!」

「ふむぅ……」

 

彼女は腕組みをして黙考する。

雪風の大和に対する入れ込みようは十分に伝わった。

コレを強行に素材行きにした場合、雪風のモチベーションに甚大な悪影響が出ることくらいは事務屋にも理解出来る。

大和の素材行きは、もう出来ない。

そうなると大和を維持しつつ現状の赤字を将来のための投資に変えて、黒字に持っていかなくてはならない。

中々の難事業だった。

彼女は小さくなって俯いている艦娘を見る。

下を向いているから見えるのは旋毛だが、思えば大和も哀れである。

工廠部によって丸腰で生み出されてしまったのは、彼女自身のせいではないのだから。

その辺りの機微にまで気が回らない辺り、自分はあくまで補佐であり、事務屋なんだろうなと苦笑する新任提督。

だからこそ、彼女には雪風のような補佐が必要なのだろう。

果たして、大和にそれを期待してもいいものか……

 

「雪風」

「はい」

「貴女の第一艦隊旗艦、兼秘書官の任を解きます」

「っ……はい」

「変わって、貴女に命じます。第二艦隊旗艦兼、第二水雷戦隊の指揮官へ就任してください。第二水雷戦隊は、それまでの貴女の艦隊をそのまま当てます」

「は、はいっ」

 

敬礼しつつ命令を受諾する雪風。

司令官の命令が自分にとって吉となるか凶とでるか、未だにわからない緊張がその声を硬くする。

しかし次の上司の命令は雪風と、そして大和の心に暖かい風を吹き込んだ。

 

「第一艦隊旗艦、兼秘書官の後任は、大和さんを持ってその任に当たって頂きます」

「拝命いたしました」

「雪風は羽黒さんが帰還し、補給が済み次第素材収集に遠征せよ」

「了解いたしました」

「他になにか?」

 

雪風と大和は互いに視線を交わすが、お互いにこれ以上の質問はない。

最上に近い形で要求が通った雪風は内心で安堵と疲労を感じていた。

最も、それは生まれてそのまま素材にされかけた大和のほうが上だったろうが。

 

「羽黒さんが戻るまで、大和さんと施設を回ってもいいですかー?」

「そうですね。私が案内しようかと思いましたが、そういうことでしたらお願いします」

「では大和さん、参りましょう!」

「ひ、引っ張らないでください」

 

仲の良い姉妹というか、散歩中の犬に引き摺られる飼い主というか……

大和と連れ立って退出した雪風に、苦笑して肩を竦めた彼女だった。

 

 

§

 

 

「と、言うわけでして、私達の名称の変更及び主な任務が決定いたしましたー」

「いぇーい……っぽい?」

「うー」

「わ、わかりましたぁ」

 

帰還した羽黒達と合流した雪風は、補給を受ける傍らに朝のやり取りを説明した。

幸いなことに第一艦隊に拘るプライドの高い艦は居ないようであり、遠征補給任務への就任も拒否はなかった。

雪風としては島風がごねると思っていただけに、やや意外な印象ではある。

 

「他の二人はともかく、島風は嫌がると思ってましたー」

「うー……はっきり言うわね。まぁ思うところもあるけどさ」

「ふむ……この際言っちゃってもいいですよ? 正直大和さん贔屓してうちの艦隊に割り食わせたなーって自覚があったので、愚痴くらいは聞いちゃいます!」

「ふん。殊勝な事ね。でもいいの。大方あんたと一緒だから」

「一緒というと……?」

「……30ノットも出せないノロマだけど、やっぱり連合艦隊旗艦と共に戦うって、私達にとって夢じゃない」

「……ですよね。ありがとうございます」

 

島風も雪風もそれ以上は語らず、互いの胸のうちにある共通の想いを感じあった。

この二人が意見を同じくするのなら、基本方針は固まるのがこの艦隊である。

 

「それで、何処に遠征して補給するっぽい?」

「一応、数箇所の物資集積地を確認してありますけど……」

 

物資の集積地には殆どの場合、深海棲艦が回遊している。

深海棲艦に物資は必要ではない為、何のために居座っているのかは分かっていない。

一説によれば、物資欲しさにつられた人間や艦娘と戦う為だと言われているが、確証と呼べるものは提出されていなかった。

ともかく今重要なのは、遠征によって物資を補充する必要が出来たこと。

そして其処に向かう為には、深海棲艦との遭遇が必至であるということだ。

 

「索敵が心もとないっぽい?」」

「私、零式水上偵察機つめますけど……」

「是非お願いします羽黒さん。それと島風は基本、遊撃と敵の遅延攻撃担当。私と夕立が荷物運びで行きましょう」

「うー」

「羅針盤は艦隊の先頭にいる人が担当してください。先頭から海戦に入ったら、二列目がその役を引き継ぐということで」

「分かりました」

 

基本方針を定めた第二艦隊。

今だ結成してからの日は浅いが、そのベースとなっているのはかつての連合艦隊である。

同じ旗の元、共に戦った記憶と感性は互いの性格や連携を大きく補助してくれる。

ふと雪風が仲間に視線を滑らすと、注目を集めているのが理解できた。

艦隊旗艦として、出撃前の大事な仕事を要求されているのである。

頬をかき、やや緊張しながら雪風は一同に宣言した。

 

「私達の任務は、補給線の維持と拡張です。補給というと、戦果としては地味な印象を受けがちですが、補給を断たれた船がどれほど惨めな思いをするか、皆さんはもう、お分かりだと思います」

 

雪風が一堂を見渡すと、それぞれが神妙な顔で頷いた。

当時と今では事情が全く異なるが、戦場における補給の重要性は全く変わっていない。

精神論で覆せる局面は限られており、それすらも戦線としては微々たる物でしかないのである。

 

「今この鎮守府には、かつての旗艦大和があります。彼女が率いる艦隊を、そして彼女らが撃つ弾薬を、私達が調達するのです! 第一艦隊の勝利こそ、私達の勝利です」

「うー!」

「っぽい」

「はい」

 

熱っぽい演説をしながら、雪風は正直逃げ出したかった。

艦隊旗艦として、士気を鼓舞するための演説。

なんと自分には似合わない事だろう。

雪風だって本当なら、率いられるほうに回りたかった。

 

「まぁ、そんな大和さんですが……今は撃つべき砲台も、艦載機も持ってない、普通の豪華客船に成り下がってます。ダメダメな旗艦です。だけど全てが終わったとき、そんな事もあったねって、皆で笑えるように頑張りましょう」

 

そう締めくくった雪風に、羽黒が優しく微笑んだ。

 

「素敵ですね」

「おぅ、行くか」

「さっさと終わらせて、ゆっくり休みたいっぽい?」

「皆さんは連続出撃になりますからねー。申し訳ないです」

 

こうして結成二日目の混成艦隊は、初めての補給任務に臨む事になる。

雪風自身が語ったように、第一艦隊が今後活動し得るか否かは、この第二艦隊にかかっている。

奇しくも第一艦隊の財布の紐を握った雪風達は、陽光煌く海に繰り出していくのだった。

 

 

§

 

 

自陣の鎮守府からの距離と、集められる物資の最大効率を求められる地点まで片道三日。

現地での積み込み作業に要する時間が半日。

もう半日を休息に当て、帰還にまた三日。

計七日を予想される補給作戦が展開された。

行き道は深海棲艦の襲撃もなく、穏やかな航海が続いている。

しかし歴戦の殊勲艦達はその事実に、嫌な予感を抱かせた。

 

「襲撃はないっぽい?」

「物資の集積地は分かっている訳ですから、敵としては其処を基点に監視しているだけで、こちらの動向をかなり正確に把握出来てしまいます……」

「その上で襲ってこないって事は、狙ってるんでしょうよ。積み込みの最中か、もしくは重い荷物で足が鈍った帰り道か」

「見敵必殺の脳筋さんばっかりだったらまだ楽だったんですけどねー。羽黒さん、偵察機の展開、お願いします」

「了解しました。飛ばします」

 

羽黒の艦載機が先行して目的地付近を捜索する。

すると此方の前進に併せるように、所属不明の艦船が遠ざかっていくのが発見された。

嫌な予感しかしない。

 

「怪しいわね。雪風、あんたちょっと見てきなさいよ」

「きっと漁船ですよぉ」

「おい馬鹿、止めろ」

「雪ちゃんが言うと私達の死亡フラグっぽい?」

「冗談です。しかしきっちり待たれてますねぇ。現地で休憩考えてましたけど急いで帰るべきでしょうか……」

「と、言いますか……私なら休息以前に積み込み作業中に湾を艦隊で封鎖して、対地攻撃で押しつぶす戦術を取りますけど……」

「うー……容赦ないわ羽黒」

「鬼っぽい」

「私達に何か恨みでもあるのですかー?」

「あぅ……御免なさい」

 

掛け合い等しつつ、四隻はそれぞれの頭で戦術展開を考えている。

正直なところ、遠距離からの砲撃支援や航空戦力による制空権の確保もなく、敵の只中から物資搬入作業というのも無謀な作戦だと思う。

しかし出来たばかりの鎮守府で万全な体制など臨みようも無い。

その上で維持費のかかる超大型戦艦など養おうとしているのだから、多少の不利など覆して見せねばならないだろう。

事務屋とは言え、提督は雪風ならそれが出来ると信じて送り出した筈である。

此処は見事使命を完遂し、この艦隊の力を示さねばなるまい。

その上で、今度は軽空母か水上機母艦を作ってもらおう。

 

「羽黒さん。あれが敵影だと仮定して、数と航空戦力の有無を教えてください」

「船影は二隻。速度からして軽巡クラスだと思います。敵艦載機は見受けられません。私の艦載機も全機、攻撃を受けずに帰還しています」

「あれが敵の哨戒だとしてぇ……あの近海に戦力を隠せて、半日以内に現地に展開出来て、さらに湾を封鎖してしまえる戦力というと……主力は重巡部隊になりますかねぇ?」

「敵の前衛はそれっぽい。最悪、戦艦とか空母が後着して、頭越しにいろいろ撃ってくるっぽい?」

「敵の布陣が完成した段階からの逆転は無理よ? こっちの利点って小回りしかないんだし」

「ふむ……分かりました」

 

状況を整理した雪風が作戦を告げる。

島風自身が言ったように、こちらの利点は小回り。

それを最大限に生かして、相手の仕掛けるタイミングを外す。

 

「私と羽黒さんと夕立は、燃料の四分の一を島風に渡して進路を転換。物資集積地のやや北側にある島群に潜んで待機。此処で休憩します」

「了解っぽい」

「島風は今から私達を置いて、最大船速で目的地へ急行。艦隊ならともかく貴女一隻が全力で向かえば、当初の予定より相当に早く到着できます。この時差を利用して搬入を行い、離脱。敵が包囲を完成させるまでに、何とか逃げおおせて下さい」

「おぅ」

「敵の展開が早まるようなら、物資の集積は切り上げても構いません。というか、最悪物資など捨てて逃げてください。その時は私達が譲渡した燃料を使い、元来た航路とは別の航路を使って振り切って、帰ってきてください」

「ん」

「羽黒さんは私達と同道していただきますが、道中は艦載機を使って島風を援護してください。物資搬入中の索敵がこの作戦の生命線です」

「わ、分かりました」

 

此処で雪風が一堂を見渡すと、緊張した面持ちの中に一人だけ不敵に笑う駆逐艦が居た。

一番こき使われるというのに、その速度を最大限に買われた島風である。

ある意味でとても分かりやすく、雪風としては使いやすい。

もっとも、状況によっては融通が利かない一面に苦労もするのだろうが。

 

「島風が無事、物資を運んで合流した場合ですが、その時は荷物を夕立と私に積みなおして撤退です。追撃を受けることも予想されますが、どんな戦力に追われるかによって対処も変わってきますから、後はその場で考えましょう」

「了解っぽい」

「うー」

「分かりました」

 

方針を決めた第二艦隊は、分散して行動を開始した。

雪風率いる本体は丸一日の航海の末、敵の遭遇や索敵にあうことなく目的地へたどり着く。

 

「……けっこう疲れたっぽい」

「連続出撃ですからねー。少し休んでいてください」

「そうするー。ごはんーごはんー」

 

そう言って携帯燃料をかじる夕立。

連続出撃という点では羽黒も同様だが、重巡洋艦と駆逐艦だとスタミナも違う。

羽黒も疲労が無いではないが、この先は自分の仕事に島風の安全がかかっているのだ。

いい具合に張り詰めた緊張が、一時的に疲労を凌駕していた。

 

「艦載機より連絡。島風さんは既に現地に到着し、物資の集積作業に従事しているとの事です」

「早っ!? どれだけ急いだんですか彼女……」

「自分の速度が切り札に使われたのが嬉しかったんだと思いますよ」

「島ちゃんはあれで、寂しがり屋っぽいから頼られると弱いと思うの」

「尖がった性能をしているだけに、はまり込んだ時の戦果は凄まじいものがありますから、其処を評価しての起用ですよぅ」

 

性格に付け込んだわけじゃないと苦笑する雪風。

初対面から妙に島風から意識されているのは、気づいているだけに複雑だったが。

雪風が到着してから七時間。

島風が搬入作業を始めてから八時間。

羽黒が飛ばす偵察機が、島風の作業する海域の遠方に船影を捉える。

ほぼ同時に偵察機からの通信が途絶え、撃墜されたらしい事が伺えた。

 

「南から、約二百㌔地点です」

「はぁーい」

 

雪風は羽黒からの情報を元に島風に通信を飛ばす。

羽黒から直接送ってもらってもいいのだが、その場合島風とのやり取りが又聞きになるため、それはそれでやり辛くなるのである。

雪風としては、パーティーチャットとかあればいいのになと思わずには居られない。

 

『あー、あー……此方雪風。島風に通信。南方向、距離二百㌔付近に敵影発見。直ちに物資収集を中止し、撤収せよ……です』

『こちら島風。状況は了解した。収集物資は当初の目標の八割弱。これより現地を離脱する』

『重巡部隊と仮定しますと、最悪三十五ノットです。二百㌔とか三時間で追いついてきますけど、逃げ切れます?』

『なめんな……と言いたい所だけど、この荷物だと私でも三十ノットがせいぜいだわ。敵ひっぱって合流することになると思う』

『了解しました。最悪でも夕立に積み替える時間だけでも確保したいです。貴女の四十ノットは遊撃に使いたいので』

『判ったわ。急ぐ』

『こっちも合流に向かいますので海上で落ち合いましょう』

『ん』

 

雪風は通信を終えると、この場の仲間に声を掛ける。

 

「島風は重い荷物を牽引してきますので、三十ノットがやっとだそうです。コレだと重巡を振り切れませんから、此方からも出向いて距離と時間を稼ぎましょう」

「判った」

「急ぎましょう」

「ほぼ間違いなく撤退戦になります。支援無しで撤退戦とか正気の沙汰じゃありませんが、そんな無謀はコレが最後と信じて、皆で帰りましょう」

「今回持ち帰った機材があれば、きっと援護艦を作っても貰えるっぽい?」

「作ってもらえますよ、きっと」

 

穏やかな微笑で羽黒がまとめ、三隻が群島を飛び出した。

先頭の夕立が羅針盤妖精を回しながら、島風の位置を大雑把に割り出してゆく。

深海棲艦の出現以降、電子的な計器類の殆どが使用不能になり、航路には妖精さん頼みになってしまった。

こんなときまで奴らのご機嫌しだいという現状が、一行の心を重くするのであった。

 

 

§

 

 

雪風と羽黒。

二隻の幸運艦を擁するご利益かどうかは知らないが、第二艦隊主力部隊は無事、島風との合流を果たしていた。

互いに無傷なのは喜ばしい。

しかし島風の背後からは、既に目視出来る距離に船影が見えていた。

お互いが近海に揃っていながら、正確な位置の特定には目視と気配に頼らなくてはならない為にやや時間をロスしたのが響いている。

 

「おっそーい!」

「ご、ごめんなさいっ」

「島風! 羽黒さんを苛めない! うちの部隊の天使なんですから!」

「う……ごめん」

「とりあえずあたしが引っ張るっぽい? 早く早く」

 

雪風達は島風の腰に巻きつけた牽引用のロープを剥ぎ取る。

急ぎの作業のためにやや手荒くなってしまったのは致し方ない。

ついでに雪風が誤って、島風のパンツのゴムを切ってしまったのも致し方ない事だろう。

 

「なぁにすんのあんたはぁっ!?」

「あざとい格好してる島風が悪いのですっ。雪風は無実です!」

「あ、あざとっ!? お互い様でしょうが、スカートはきなよ変態が!」

「ワンピースです! それに履けば良いって訳じゃな――」

「雪風ちゃん、島風ちゃん」

「ひぃ!」

「止めよう? ね?」

「あ、はい」

 

急に大人しくなった雪島コンビ。

肩に置かれた手から伝わる波動のような何かが、絶対に逆らってはいけないと警告していた。

 

「ぐっ……重いっぽい」

「安全域に逃げ切ったら変わります。今は逃げましょ――」

 

雪風は最後まで言えなかった。

大きくて硬いものが高速で海面に落ちたのだ。

余波だけで凄まじい水しぶきを撒き散らし、瞬時にずぶ濡れになる一同。

四隻の真横に着弾したのは、敵艦砲の主砲であった。

わき目も振らずに離脱を開始する雪風艦隊。

発砲音と着弾までの時間からおよそ20000㍍で、戦艦主砲の射程内である。

戦艦の前方を固めるのは、深海棲艦の重巡洋艦三隻と軽巡洋艦二隻、そして駆逐艦が二隻。

最初の一発を皮切りに、二度、三度と立て続けに海面に爆音と衝撃が走る。

内心で舌打ちした雪風は、自分を中心にした広域の通信で呼びかけた。

 

『装甲の厚い羽黒さんを後衛に! 無秩序に転進したら唯のマトです。夕立を先頭にして単縦陣、島風は二番に入ってください!』

『此方夕立。船速は二十八ノットが限界っぽい』

『此方島風。陣形は了解。夕立、少し後ろから押してやるからもう少し頑張って』

『うーん……三十一まで上げてみる?』

『お願いします。とりあえず重巡は振り切れなくても、三十ノットを維持出来れば戦艦からは逃げられます。羽黒さん、堪えてくださいっ』

『了解です。皆さんの背中は、私が守ります』

 

一列になった事で敵から直接狙いやすいのは羽黒だけになる。

当然砲火も集中するが、来ると分かっている砲撃である。

羽黒は的確な着弾予想と位置取りで回避を続け、後衛を維持し続けた。

しかし時間の経過と火線の集中は比例していく。

深海棲艦も、徐々に羽黒の回避行動に慣れていった。

一時20000㍍を切りかけた敵戦艦との距離を何とか25000㍍まで広げたとき、ついに敵重巡洋艦の砲撃が羽黒を小破に追い詰めた。

 

『羽黒さん!?』

『まだ、まだ大丈夫です』

『むぅ……』

 

現状はまだ、雪風の経験の中では最悪からは程遠い。

しかし好転する手を打てないままに時間が過ぎれば、事態は悪化の一途を辿るだろう。

雪風は想定していた最悪のケースより、一つだけ現状で有利な要素を思い出す。

それは敵の重巡洋艦の速度が、想定していた三十五ノットより遅いことだ。

先ほどから酸素魚雷と10㌢砲で駆逐艦と軽巡からなる先頭集団を潰しながらの撤退戦だが、その間で思ったほど重巡とこちらの距離が詰まっていない。

無論少しずつは追いつかれているのだが、このまま何とか敵戦艦から30000㍍離れるまで重巡に取り付かれなければ、逃げ切れる公算が高いのだ。

 

『島風ぇ!』

『う?』

『進行方向から見て右方向に展開して、一翼を形成してください!』

『了解。位置は?』

『三番の私と四番の羽黒さんを基点に、正三角形になる等距離で。それで羽黒さんに集中する火線を分散させます。死ぬ気で避けて下さいね!』

『了解。そういうの、十八番だわ』

 

輸送船を押していた島風が抜けたことで、艦隊の速度が二十八ノットまで低下する。

雪風が代わりに押せればいいのだが、撤退戦の指揮を続ける以上此処から離れられない。

此処までの戦闘だが、相手の戦艦の攻撃性能は高いとは感じない。

最早25000㍍を超える遠距離とはいえ、今だ一発も砲撃を的中させていないのだ。

問題は回避力であり、おかしなソナーでも積んでいるのかと思うほどに魚雷が全く当たらない。

この時雪風、羽黒は手持ちの魚雷を使いきっており、代償として敵軽巡と駆逐艦は航行不能に陥っていた。

追いかけてくるのは戦艦一隻と重巡洋艦三隻のみ。

 

『各員、損害を報告してください』

『こちら駆逐艦夕立、損失なしっぽい』

『此方重巡洋艦羽黒。主砲三基損傷』

『……こちら駆逐艦島風、連装砲ちゃんが二基小破』

 

雪風の位置で見ていると分かるのだが、右翼を作った島風には敵の攻撃が羽黒より多く降り注いでいる。

敵からすれば、最後の決戦戦力に見えるのだろう。

この艦を落とせば、最早反撃の戦力はない。

それは全くの正解であったから、この短時間で島風の攻撃能力を多少でも削られたことは痛かった。

報告してきた時の島風の声も、その事を悔しそうに滲ませていた。

どこまで行っても、駆逐艦は駆逐艦。

他の船なら問題にならないようなカス当たりでも、深刻な被害になるのである。

むしろ戦艦に率いられた重、軽巡と駆逐艦部隊に追撃を受け、なお誰も沈んでいないだけでも十分に奮戦していると言えたろう。

じりじりと敵重巡から包囲網を絞られ、しかし逆に戦艦を引き離しながらの逃避行。

距離と時間の天秤は危ういバランスで傾き続け、しかし雪風達はギリギリの所で幸運の女神のキスを勝ち取った。

重巡洋艦三隻が包囲網を完成させた時、雪風達は戦艦との距離を32000㍍まで稼ぎ出したのだ。

 

『夕立はそのまま撤退してください! 雪風、島風、羽黒さんは、このまま迎撃戦に入ります』

『うー!』

『了解しました』

『……』

 

最悪三隻沈むかもしれないが、このまま夕立さえ逃がせれば雪風達の勝ちである。

夕立が不満そうにしていたのが気になるが、とりあえず真っ直ぐ逃げてくれているのでよしとする。

島風、雪風、羽黒の三隻は申し合わせたように夕立に一番近い敵重巡に集中砲火を浴びせ、中破状態に追い込んだ。

コレで夕立に追いつくには、自分達三人を倒していかなければならない。

しかし返礼も苛烈を極め、8inch砲の至近弾を回避しきれず雪風、羽黒が中破。

島風本体は辛うじて小破で被害を食い止めたが、連装砲ちゃんは三基とも大破するという甚大な被害を受けてしまう。

続く雷撃戦では敵重巡部隊の魚雷を全員が回避し、島風の放った魚雷が最初に中破させた一隻を轟沈に追い込んだ。

被害は大きい。

だがもっと深刻なのは弾数であり、撤退戦で消耗していた分が災いし、雪風達の攻撃手段はつき掛けていた。

 

「此処までですね、離脱します」

「うー」

「はい」

 

砲撃戦が出来る距離から逃げ切るのは難しい。

全員で戻ることが出来るかは分からない。

しかし雪風はあくまでなんでもない様にそういうと、再び発砲された8inch砲をかいくぐる。

島風、羽黒もそれぞれの方向に離脱を開始し、敵重巡との距離を開けつつあった。

その瞬間、雪風の背中に冷たい汗が浮かび上がる。

知性や理性よりも感性が仕事をして雪風に濃密な轟沈のイメージが浮かび上がる。

 

「……」

 

死ぬ。

殺される。

沈む。

目の前の重巡の攻撃か?

違う。

奴らにこんな殺気は出せない。

圧倒的に有利な状態で目の前に居る敵を見ても、尚雪風はそう思う。

この殺意の出所は……遠い……?

 

「止まってください!」

「え?」

「はいっ!?」

 

戦域に響く雪風の声に、思わず従った僚艦たち。

撤退を開始し、それが成功しつつあるこのタイミングで止まれというのは死ねというのに等しかった。

だけど雪風はまだマシだと思うのだ。

今自分が感じている殺気に比べれば、目の前の8inch砲の真正面で踊っていた方が安全だと断言出来る。

そんな事を考えながらなんとなく、夕立が去った方角を見る。

それ程遠くには行っていない。

まだ小さく姿が見える。

夕日を背に肩越しに振り向いていた。

その瞳が真紅に煌いていた気がする。

夕日のせいか?

確認する暇は貰えなかった。

次の瞬間雪風達の真横、ギリギリの位置を酸素魚雷が複数駆け抜け、二隻の重巡洋艦を大破、轟沈させていた。

 

「……え?」

 

誰が何をしたのか正確に理解したものは、三隻の中には居ない。

しかし歴戦の武勲艦達はこの好機を逃さず今度こそ本当に逃げ去り、半死半生で先行する夕立を追いかけるのだった。

 

 

§

 

 

鎮守府に帰港した雪風達は、あらゆる兵装を放り出してドックに向かう。

本来なら報告に向かいたいところだが、貴重な戦力である艦娘は、損傷が激しい場合は何よりも先ず入渠することが許されている。

どちらかというと入居中に提督が報告を聞きにくるのが一般的な光景であることのほうが多いのだ。

提督が男性の場合は、此処で大きな一悶着があるのは言うまでもない。

 

「あうぅー。死ぬかと思いました」

「何よ雪? もうへたばったの?」

「疲れもしますよ……指揮とか久しぶりなんですから」

「お、お疲れ様です」

 

損傷を受けた三隻が、修復培養液たっぷりのドックに浸かっている。

これに浸かっているだけで傷が癒えるという代物で、亡国の技術者が自国のアニメに影響されて作り出したモノである。

因みにその科学者は、本当は傷を癒すたびに強くなるという機能も作り出したかったようだが、志半ばで倒れていた。

 

「まぁ、皆無事でよかったっぽい?」

 

そう言ってドックの外で固形燃料を齧っているのは、唯一無傷だった夕立である。

雪風はぼんやりとその瞳を覗き込むが、いつもの翡翠の色だった。

 

「気のせい……かなぁ」

「雪ちゃんどうかしたー?」

「いいえ、夕立。最後の援護は助かりましたー」

「いいのいいの。あいつら、荷物抱えてるってだけで一番弾数残ってるあたしを無視しちゃってたっぽいから、隙だらけだったんだよねー」

「そういえばそうでした……雪風自身其処に気がつきませんでしたよぉ」

「私も先ず夕立は逃がすって頭しかなかったわ……」

 

そうしてしばらく浸かっていると、来訪を告げるベルが鳴る。

誰かは分かっていたが、念のために振り向いて確認する雪風。

 

「あ、しれぇとホテルさ……大和さんじゃないですかぁ」

「雪風!? 今ホテルといいました? 言いましたよね言ったわよね絶対言った!」

「そんな訳ないじゃないですかー。雪風は大和さんの事を本当に尊敬してるんですよー」

「そ、そうですか? 例えばその……何処を……」

「その『格好いい主砲』とか、『実はレアな水上観測機』とか、『高性能な副砲』とかぁ……あれ? そういえば見当たりませんねぇ」

「あうぅうううううううう」

 

崩れ落ちる大和。

その背中を夕立が擦り、慰めの言葉を掛けている。

駆逐艦に同情される戦艦というのも情けないものがあるが、開発初日で改修素材に回されかけた大和の心はボロボロだった。

 

「お帰りなさい雪風。随分とその……厳しい役目を申し付けてしまったようですね」

「そんな事はありません、しれぇ! 内容自体は普通の補給任務でした。しかしもう少し改善出来ると楽になるかなぁと思う部分も見えてきました」

「ふむ、教えてください」

「今回補給物資の搬入から撤退までの間、こちらの頭ががら空きだったのです。深海棲艦も空母を出してこなかったので生きて戻って来れましたが、出来れば空母が欲しいです」

「なるほど。今回の成果によっては、優先的に建造資材を回しましょう」

「燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトがそれぞれ2400.1600.2400.2000程の収穫になります」

「予定の八割程の収穫ですか」

「作戦を完璧に成功させることが出来なかった事を、お詫びするしだいです」

「とんでもない。貴女達の修理や補給にかかる鋼材を差し引いたとしても十分な黒字です。お疲れ様でした」

「はい。ありがとうございます、しれぇ」

 

口頭での報告が済み、叱責がなかったことに安堵する雪風。

しかし後で詳細を業務日誌にまとめる事を要求されると、涙目になって崩れ落ちた。

 

「そういうのはもう大和さんがやってくださいよ、秘書なんですから」

「何を言っているの雪風。行った艦隊の旗艦が報告書を上げないで如何するのよ」

「その通りですけどぉ……」

「所で、皆さん何かお勧めの空母ってありません? 私そういうの詳しくなくて……」

 

上司の発言に、艦娘達はお互いを見合って相談する。

この鎮守府に迎える初の空母。

それぞれに思い入れのある仲間と組みたいと思うのは無理からぬ事だろう。

 

「此処はやはり、最大保有艦載機数を誇る加賀さんをお迎えするべきかと」

「馬鹿言っちゃ行けませんよ大和さん。正規空母を養う当てが何処にあるんですか? 此処はお財布に優しいみんなのお母さん、鳳翔さんに決まりです」

「雪風も寝言言うの止めなさいよ。今だって速度差で私が割り食ってるのに、さらに低速空母入れたら足並み揃わないじゃない。瑞鶴、翔鶴の足に期待したいわ」

「水上機母艦がいいっぽい?」

「夕立ちゃん渋いです……」

「羽黒さんは、何かご希望ってないんですかー?」

「あ……それじゃあ、大鳳さんで」

「「「「装甲空母!?」」」」

 

活発な議論を聞きながら、しかし口は挟まずに図鑑のページをせわしなく捲る提督さん。

艦娘達が艦名を挙げるとほぼ同時にページに付箋を貼っていく。

一通り出揃ったところで一同を見たが、誰もこちらを見ていなかった。

格好を付けてみただけに少し寂しい思いもしたが、とりあえず目的は達したので我慢した。

 

「非常に参考になりました。ありがとうございます」

「しれぇ……まとまりませんでした……」

「構いませんよ。どうせあの資材泥棒共のご機嫌しだいなんですから。寧ろどの娘が来てくれても、誰かの需要は満たせそうではありませんか」

「そう考えればお徳ですねー」

 

にっこりと笑う雪風の頭を反射的に撫でる提督。

二つ三つぽんぽんとやったところで、工廠に向かうと踵を返す。

大和もそれに続いていった。

去り際に扉の前で、ゆっくり休んでくださいねと告げると、提督はそのまま去っていった。

 

 

 

 

――雪風の業務日誌

 

ぶっしをあつめにいきました。

なんとまちぶせをうけました。

てきがいっぱいおいかけてきました。

みんなでぎょらいをまいてにげました。

とってもとってもこわかったです。

でもゆうだちがいちばんこわいとおもいました。

 

 

 

――提督評価

 

お疲れ様でした。

皆さんの様子から、きっと激しい撤退戦を繰り広げていたのでしょうね。

もう少しその様子を詳しく書いてくださると助かります。

貴女達の実績を、この業務日誌を忠実に再現して私が上に提出する報告書を作成すると、

フィクション小説にならざるを得ない現状があります。

夕立さんとは喧嘩でもしてしまったのでしょうか?

貴女のことですから深刻な心配はしていませんが、長引くようでしたら相談してくださいね。

 

 




少し書き溜めてから出そうかなともおもったのですが、妄想は熱い内が一番美味しいので投稿させていただきました。
後今日、ついにうちに加賀さんが実装されましたので、何かしらの行動でお祝いしたかったという作者の事情もありますw。
因みにこのSSは思い切り不定期更新です。
妄想ははかどれど、書き起こす作業中に力尽きることが多いのでどんどんペースは落ちていくと思われます><


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初陣前夜

雪風達が入手した物資を元に、空母建造と大和の兵装開発に着工した工廠部。

情熱が技術の方向性を捻じ曲げているこの部署は、珍しく真面目に成果を挙げる。

三日後には41㌢連装砲と、15.2㌢単装砲の二つの砲台を作り上げたのだ。

コレには大和も大喜びしたのだが、実際には半死半生で素材集めに向かった第二艦隊のテンションが上がりすぎ、大和は一人置いていかれていた。

ともあれ、これで戦える。

鎮守府は初の戦艦の起動に沸きかえり、提督は方々に調整を掛けて大和のための演習戦を組み込んだ。

これは近海の鎮守府同士で代表を出し合い、練習弾を用いて実戦を行う訓練である。

どうやら提督は最初に聞かされた修理費用が、どうしても頭を離れないらしい。

先ずは演習で様子を見ようと考えるのは、多くの提督が辿る通過儀礼というものだろう。

演習相手は長門型の戦艦姉妹。

初陣の相手としてはあまりにも豪華な顔ぶれだが、これにはいささか事情があった。

 

「どうせ上様方の嫌がらせに決まっています」

「しれぇ、そうなのですか?」

「間違いありません。なぜか提督レベル一桁の演習相手が戦艦だの空母だのをずらりと並べていたり、資料の時点では駆逐艦部隊だったのが突然の整備不良を起して当日になって戦艦部隊に差し替えられていたりするのです」

「うわぁ……」

 

悲しいことに彼女が邪推する事例というのも、少しは……いや、稀に良くある悲劇ではある。

しかし今回に限って言えば事情は違う。

当人達は全く理解していなかったが、この周辺で戦艦大和を保有しているのはこの鎮守府しかなかった。

この施設では初めての戦艦であったが、他所の鎮守府としても大和の相手など前例がなかったのである。

その戦力は尾びれ背びれがついて噂だけが一人歩きし、結果として長門姉妹くらいしか相手をしたがらなかったのだ。

 

「大和か、久しぶりだな」

「お久しぶりです。長門さん、お元気そうでよかった」

 

演習海域では陸奥が長門陣営の後衛に布陣しており、海域中央付近では長戸と大和が開幕の挨拶と握手を交わしている。

鎮守府のモニターで見守っている雪風にとっては、目頭が熱くなる光景だった。

出来ることなら自分もあの場に並んで戦列を組みたいが、今は駆逐艦が大和の初陣を妨げるわけには行かない。

決して巷で、雪風幸運伝説最大の被害者が大和型とか言われているためではない。

念のため。

 

「随分と兵装が軽いな。そんな装備で、大丈夫か?」

「む……確かに、私の手に馴染んだものでは在りません。錬度が未熟とおっしゃるならば甘んじてお受けいたしますが――」

「……」

 

静かに俯き、そう言った大和から視認できそうな程の戦意の揺らめきを感じる。

長門から見れば代名詞とも言える46㌢砲を、なぜか持ち出してこなかった大和である。

あるいは舐められているのかと疑ったのだが、相手の様子を見るにこの戦闘の本気の姿勢が伺えた。

握られた手から心地よい緊張の汗を感じながら、長門は続きを待つ。

 

「この装備は、中抜きされて素材に回され掛けた私を救ってくれた雪風が、傷つきながら集めてくれたモノ。私の宝物です。以前の力に届かぬと言われるのなら、私自身の成長を持ってかつての私すら超えて見せましょう」

「面白い。私とて帝国艦隊の旗艦を勤めた身。お前の大言が口だけではないか、ビッグセブンの力を持って試させてもらおう」

 

大和と長門。

かつて同じ軍に在って旗艦を勤めた二隻が、今はそれぞれの陣営に分かれて戦う。

新任提督と雪風。

そして長門姉妹側の熟練提督と関係者が見守る中、ついに二隻は互いに背を向ける。

長門と大和が自陣に進み、定位置についたのはほぼ同時。

彼我の距離は凡そ30000㍍。

41㌢砲の射程ギリギリであり、此処から撃ち合っても命中は望めないだろう。

互いに旋回しつつ徐々に距離をつめ、砲撃戦に入るのがオーソドックスな流れといえた。

 

「大和さん……」

 

長門姉妹は既に大和の姿を視界に納めている。

しかし大和は背を向けたまま振り返らない。

大和の視線は、モニターのカメラに注がれている。

穏やかな、本当に満ち足りたような、幸せそうな微笑を浮かべながら。

モニター室ではそれぞれの関係者が小さく囁きあっているが、雪風にはどうでも良かった。

今、大和は自分に微笑んでいるのだと知っていたから。

演習開始の合図は、長門姉妹の提督が行う手はずになっている。

彼は新任提督に一言確認を入れていた。

彼女が雪風に視線をやると、雪風は躊躇いなく頷いた。

新任提督がそれを受け、開戦宣言を申し込んだ。

 

「それでは、演習を開始する。3、2、1――」

 

雪風がモニターを見つめる。

大和の口が小さく動くのが映る。

 

「見……敵……」

 

――開始!

 

「必殺っ!」

 

その場から一歩も進まず、開幕から振り向きざまに、戦艦大和の主砲が火を噴いた。

 

 

§

 

 

演習が終了し、大和と雪風は自分の鎮守府へ向かう海路を併走していた。

 

「う……うぅ、ひっく……あうぅ~」

「……」

 

練習弾の為に直撃しても装甲に傷一つ入らない。

事実大和の装甲は全くの無傷なのだが、心に負った傷は早々埋まらないらしい。

 

「雪風ぇ……わた、ふぐぅ……私ぃ……」

「もう良いじゃないですか、勝ったんですから。凄かったですよ。開幕先制? 陸奥さんマジ泣きしてたじゃないですか。狙ったんですか? あの距離から、正確に三番砲塔を」

「ちがっ……違うの、あ……当てられるとは思っていたけどまさかあそこに当たるなんて……泣かせるつもりは……こわかったよぅ、こわが……うえぇ~……」

「あぁ、もう……」

 

メソメソと泣く大和の背中を擦りながら、深い息をつく雪風。

大和が放った弾丸は、30000㍍をものともせずに戦艦陸奥に着弾した。

しかもトラウマの第三砲塔に。

まさかの被弾と突然のフラッシュバックにパニック障害を起してマジ泣きする陸奥に、完全にぶちきれたシスコン戦艦長門。

回避行動込みの旋回すらせずに一直線に大和に襲い掛かった。

最初は大和も冷静に砲撃して着弾を重ねて行ったのだが、相手の形相を視認出来る距離になった時凄まじい恐怖に囚われた。

練習弾とはいえ至近弾を浴び続け、苦痛と怒りに歪むその形相は悪鬼羅刹が可愛く見えるほどのモノだったらしい。

実際にモニターで見た長門姉妹の提督は泡を吹いていた。

うちの提督は首を傾げながら愛用の図鑑に目を落とし、長門のページを確認していたが。

ともあれ演習では第三次ソロモン海戦の、霧島VSサウスダコタも真っ青の戦艦同士の殴り合いが展開され、最終的には装甲とそれ以前の被弾の差で大和が辛くも押し切ったのだ。

雪風としては自分の名前を叫び、半泣きで助けを求めながら戦う大和が、情けないやら恥ずかしいやらで複雑だったが。

 

「とりあえず、初戦の勝利おめでとうございます」

「あ、ありがとう……」

「でもこれで、多分誰も演習してくれなくなりますね」

「……え?」

「陸奥さんのトラウマを容赦なくえぐる卑劣な攻撃! 怒り狂った長門さんの猛攻に耐える装甲! 誰が戦いたいと思います? 雪風が司令官なら潜水艦部隊しかだしませんよ」

「あうぅ……うぅ~……」

 

大和の手を引きながら帰路を行く雪風。

肩越しに振り返ると、まださめざめと泣いている戦艦様。

雪風が思い出すのは、開幕で陸奥を沈めたあの射撃。

狙って撃ったとすれば素晴らしい射撃能力である。

当人は当てられると思ったと言っていた。

これは本当なのだろうか……

 

「あぁ、そうか……」

 

考えながら、雪風はある可能性に思い至った。

長門は41㌢連装砲を、中間距離で打ち合うことを想定して訓練してきた船である。

大和とて中間距離での砲撃戦の想定は同じだが、彼女の主砲は46㌢砲であり、その射程は42000㍍とも言われるものだった。

最大射程30000㍍の主砲を使ってきた長門と、42000㍍の主砲を撃って来た経験の差が出たのかもしれない。

同じ30000㍍でもそれが最長射程だった長門と、最長射程より10000㍍以上も近い距離だった大和では距離感の鍛え方が違ったのだろう。

何時までも泣いていないで、その能力を誇ってくれればいいのに。

自分自身の成長によってかつての自分を超えると言った大和。

当時でもどうせ当たらないといわれていた46㌢砲を撃って来た成果は、今日多くの人の目に焼き付けてくれた。

長門にもきっと、伝わったはずである。

 

「ほら、大和さんはうちの鎮守府の華なんですから、いつまでも泣いてないで帰りますよ?」

「うぅ……はぁーい」

 

とりあえず大和の戦闘能力は、雪風もしっかり理解した。

この艦娘が第一艦隊として司令官の傍で防衛をしてくれるなら、自分達第二艦隊も動きやすい。

積極的に打って出るのは未だに財政が苦しいが、例えば鎮守府付近での出動から遠距離砲撃で撤退支援をしてくれるなら、どれだけ安全に帰ってこれるようになることか。

そして新戦力ということならば、自分達にはもう一つの切り札、空母がある……はずである。

 

「そういえば大和さん。新しい空母の情報って入ってきているんですかぁ?」

「いいえ、まだ工廠の方達しか知らないはずよ。私達が帰る頃には完成予定だと聞いています」

「これだけの時間がかかったことを考えると、正規空母さんですかねぇ……」

「いいえ、それが私の兵装と一緒に開発に入ったそうで、正式な建造の着工時間は提督も知らないそうなんです」

「あらら、これは本当に戻るまで分からない……というか、それだと駆逐艦がお出迎えしてくれる可能性も大いにありますねぇ……」

「そうですね。本当に 妖精様のご機嫌に弄ばれる、哀れな存在ですよ私達も」

 

その妖精によって丸腰で生み出された艦娘がいうと、説得力がある。

神妙な顔で頷く雪風。

手を繋いで帰る二人の影は一つに溶けて、海上に長く伸びていた。

 

 

§

 

 

鎮守府に帰還した大和と雪風。

二人はその足で工廠に向かったが、既に艦娘は完成し、司令室に挨拶に行ったという。

提督は陸路を使って先に戻っていたことを思い出し、二人は連れ立って顔を出した。

 

「しれぇ、雪風と大和、ただいま戻り――」

「特許だ妹者! 今すぐ特許を申請しやがれ! 間に合わなくなっても知らんぞぉ!」

「お黙りなさい資材泥棒。そちらの要求を通したいなら先ず、相応の誠意を示して御覧なさいっ」

「この発明が分からねぇってのか!? これは世界の鎮守府の常識を覆す大発見なんだぞっ」

「私に分かるのは貴方が不良品を作ったという事だけですっ」

「あの……」

「……あぁ、お帰りなさい雪風、大和さん」

「はい、提督。ただいま戻りました」

 

司令室では提督の机によじ登り、彼女の胸倉を掴んで熱弁を振るう工廠部部長妖精。

一方彼女は氷の視線を胸元の妖精に注ぎ、一片の慈悲を感じさせぬ表情で怒りを露にしていた。

これはまた何かあったらしい。

以前兵装抜き大和という豪華客船を作ったときに近い雰囲気が司令室に満ちていた。

当時のことを思い出し、大和は半泣きになって雪風の背中に隠れる。

双方の身長が一尺近く違うため、全く隠れられていなかったが。

雪風はげんなりしながら今一度司令室を見渡すと、見慣れぬ美女が佇んでいる。

真っ直ぐに伸びた長い黒髪。

袴姿に弓道の装備一式を身につけたその艦娘は、気品と強さをその身によって体言するかのごとき風格を備えた空母であった。

 

「なるほど、貴女がいらしてくれるとは心強い」

「人と話をする時は、せめて駆逐艦の背中から出ていらっしゃい大和さん」

「お久しぶりです、赤城さん」

「お久しぶりね雪風さん。変わっていないようで、嬉しいわ」

 

正規空母赤城。

第一航空戦隊の旗艦を勤めた、実戦部隊の第一人者。

連戦に連勝を重ね、ある意味では至極当然の油断と慢心に犯された彼女達はミッドウェーの海でその大きすぎる代償を払い沈んでいった。

大戦の分岐点とも言える戦闘で散った、大きな華の中の一輪である。

 

「おう、雪ちゃんからも何か言ってやってくれや。この頭でっかちの事務房によぅ」

「事情は分かりませんけど、間違いなくしれぇの言い分が正しいのだと思うのですが、いい訳位は聞いてあげますよ?」

「信用なし!?」

「えぇ。今の所」

「かぁー……コレだから女は、ロマンの何たるかを理解してねぇ」

「ロマン……?」

 

雪風は部長と赤城、そして両手を組んで額を乗せた司令官を順に見る。

何かおかしいところがあるのだろうか。

提督のあの姿勢は、雪風も以前見たことがある。

部屋の雰囲気もそうだったが、大和が生まれたときだ。

そうやって共通点を探っていくと、赤城の装備に違和感がある。

袴は良い。

弓道の防具である胸当て、胸部装甲も良い。

しかしその後ろ腰に備えられた矢筒が……空だった。

 

「またやらかしたんですかこの素材横領妖精がぁあ!?」

「違う! 違うんだ雪ちゃん!」

「何が違うんですか! 赤城さんの艦載機! 正規空母の命はどうしたんですかぁ! 九十九式艦爆は!? 九十七艦攻はっ!? 二十一型零式艦戦は、何処にいったんですかぁ!」

「そんなゴミみてぇな兵装はもういらねぇ! そんな事より、其処まで気づいたんなら後一歩だ! 雪ちゃん、あの赤城を、よーく目を凝らして見てみやがれ!」

「ん……んぅ……?」

 

言われれば素直に赤城を見つめるが、特に変わった様子はない……気がする。

凛と立つという言葉のお手本のような美しい立ち姿に見惚れるだけだ。

後ろで大和がなにやら袖の裾をひっぱて来るが、今は構っていられない。

雪風の視線を受けてごく自然に微笑を返してくれるこの空母に、不審な所など見当たらない。

……艦載機も、見当たらない。

 

「……」

「……ん」

 

全身を嘗め回すかのような不躾な観察眼を注がれ、赤城は頬を朱に染めて胸元に手を添える。

相変わらずどんな仕草も絵になる、華のある美女だと思う。

しかし雪風の第六感は微かな、本当に微かな違和感を訴えている。

細い細い、手繰れば途切れてしまう糸のような違和感の正体を探る雪風。

赤城の頭の先から爪先まで、一挙手一投足を見逃さないように。

集中すればするほど、袖をひっぱる大和が鬱陶しかった。

雪風は嘆息と共に振り返る。

 

「ちょっと大和さん、今取り込み中なんでひっぱるならそっちのカーテンとかで遊んでいてくれませんか?」

「雪風酷い! でもそうじゃなくて……あれを見て?」

「あれ?」

 

大和の細い指が指し示すのは、赤城の胸部装甲。

弓道の防具のデザインの胸当てである。

 

「あれが如何しました?」

「もう、何で気がつかないのです雪風。増えています。あの赤城、素の肉付きで胸部装甲が増し増しになっているではありませんか!」

「は……はぁ!?」

 

もともと赤城は雪風などからすれば羨ましい胸部装甲を持っていた。

100対1の戦力差が110対1になった所で違和感を覚えるのは難しい。

しかし大和は赤城に匹敵する戦闘力を持った巨大戦艦である。

肉薄する実力を持つが故にその変化にも敏感であったということか?

いやまて、雪風は思考が全く冷静で無いことを自覚する。

助けを求めるように提督を見れば、彼女の瞳にはうっすらと光るものが浮かんでいた。

 

「御免なさい雪風。私ね? ちゃんと素材は託したの。大和の維持費と兵装開発を残した、ギリギリの資材でした。500.400.500.800で。羽黒さんの希望には応えられなかったけど、きっと皆の助けになるって……うぅ……」

「しれぇ! 泣かないでください! 悪いのは全部、あの飲んだくれ親父の酒代みたいに資材を浪費するヤクザ妖精なんです!」

「世紀の大発明だろうが! 艦娘誕生時に極秘の比率でボーキサイトを配合することで、ほぼ狙ったとおりのバストサイズに増量することが出来るんだ! この世全ての提督のロマンじゃねぇか! アンケートを取ってもいいぜ! 艦娘たんの理想のおっぱいの為にボーキサイト300余計に使うことが在りか否か!」

「無しに決まってるじゃないですか! 小さくたって需要はあるんですよ! 大きければ良いと言う訳では無いのです!」

「そういう提督には増量建造しなけりゃいい! 要は使い分けってやつだ!」

「うちのしれぇが! 何時何処で艦娘のおっぱい増量を求めたっていうんですかぁあああああああ!」

「あぁ、今回はしかたねぇよ。何せ神が降りてきやがった」

「神ぃ……?」

 

心底胡散臭げな表情で、小さな妖精を見下ろす雪風。

とりあえずこの妖精とは決着をつけねばならないだろう。

非武装の大和ホテルの次は、おっぱい増量の人殺し長屋か?

変態に技術を与えると本当に碌な事が無い。

雪風の後ろでは、大和が赤城に詰め寄って増量建造の成果を確かめている。

手に吸い付くような決め細やかな肌と、飽く事の無い弾力らしい。

後で雪風も触らせてもらうことにしよう。

しかし今はまだ、やる事があった。

 

「そうだ、あれは赤城のボディがほぼ完成するって段階だった。後は魂を吹き込むだけ。寝ずの作業でぼうっとしていた俺に、あいつは語りかけてきやがった……『来いよベネット、艦載機なんか捨てて掛かって来い』」

「それは敵国の軍人さんですよ! って言うか部長さん名前ベネットですか!?」

「気がついた時、俺はボーキサイトを握り締めて赤城の進化を成功させたってぇ訳だ。感慨深いもんじゃねぇか……なぁ妹者? お前の兄貴と、数十万の資材を投じて挑みながらも、ついに凍結を余儀なくされた一大プロジェクトが、妹者の代に入って期せずして成功しやがった。あいつの墓前に、このボーキサイトを据えてやらにゃぁなるめぇよ」

「……神様の正体って、しれぇのお兄さんの怨念とかそういう類じゃないでしょうかね?」

「そもそも兄は行方不明です。死体が見つかるまでアレが死ぬとか信じませんからそのつもりで」

「失礼しました、しれぇ」

「いえ、私事です。私こそ御免なさい」

 

彼女は眼鏡を外し、深いため息をつきながら立ち上がる。

そしていまだに赤城の胸を堪能していた大和を引き剥がし、その正面に立った。

赤城は司令官に敬礼し、彼女も頷いてそれを受ける。

 

「第一航空戦隊赤城、着任いたしました。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」

「構いません、其処の妖精のせいでそれどころでは在りませんでした」

「空母機動部隊を編成するなら、私にお任せください……と、言いたい所なのですが……」

「えぇ。先ずは艦載機の開発に着手しないといけませんね。それ以前の段階で、素材確保から入らなければなりませんが」

 

流石に中抜き艦娘も二人目ともなれば落ち着いて対処出来る。

大和が自分の時との対応の違いに頬を膨らませて抗議しているが、あの時と今では素材に掛けた桁が違う。

四桁の資材で作られた不良品と三桁の資材の不良品なら、多くの素材を食った方がダメージが大きいものである。

 

「雪風、申し訳ないのですが第二艦隊を率いて出撃し、ボーキサイトを中心とした資材調達に向かってください」

「お任せください、しれぇ。第二艦隊、出撃します」

「お待ちください、提督!」

 

最早慣れたもので、阿吽の呼吸で資材集めに向かおうとする雪風だが、其処に大和が待ったをかける。

彼女は自分の兵装が完成したこともあり、一時的に第二艦隊への編入と素材収集の手伝いを申し出た。

後方勤務担当の司令官は現場担当の雪風に視線で判断を促す。

雪風は思案顔で即答を避け、翌日の返答と出立を上申した。

 

「第二艦隊の戦力を十とすれば、大和さんは一人で九十を持っています、併せて百と、単純には行きません。また、雪風達は現代での戦艦との出撃演習は経験しておりませんし、大和さん自身は初陣でもあります。一度第二艦隊でミーティングしてから結論を報告し、改めて指示をいただきたいと思います」

「分かりました。それでは雪風、お願いしますね」

「はい、しれぇ。それでは大和さん、一旦失礼しますね」

「行ってらっしゃい雪風。色よいお返事を期待しています」

「赤城さんも、もう少しお待ちくださいね!」

「よろしくお願いします。兵装をいただけた暁には、必ずお役に立って見せます」

 

三人の艦娘はそれぞれの表情で頷き合うと、この場は一旦解散した。

 

 

§

 

 

「さーて、今日も元気に第二艦隊の不定期ミーティングをはじめまーす」

「どんどんー」

「ぱふぱふーっぽい?」

「よろしくお願いします」

 

鎮守府の空き部屋の一つを勝手に接収し、お菓子とお茶を持ち込んでの自称会議もすっかり板についている。

因みに艦娘も人間の食物を食べる事は出来るのだ。

趣向品扱いで摂取する必要は一切無いが、手と口の無聊は紛れるのでこの一同では用意するのが習慣になっていた。

手が汚れないように夕立が用意したポッキーに羽黒が人数分のお茶を入れて回る。

全員に行き渡ったところで雪風が開会を宣言し、今日の議題を上げた。

 

「しれぇよりボーキサイト輸送任務を申し付けられました。工廠の連中がまた余計なことをやったので、資材が枯渇したのです」

「あいつら、本当にこりないね?」

「妖精さんだから仕方ないっぽい。寧ろ真面目に働く妖精とか聞いたことが無いし」

「よ、妖精さんも頑張ってくれていると思うのですが……」

「羽黒さん、私達が前回持ち込んだ資材であいつらが作ったのって、おっぱい増量して艦載機すら積んでない正規空母さんです。この場だからはっきりと言いますが、等身大の改造フィギアと何処が違います?」

「……」

 

暗い顔で黙り込んだ羽黒に、雪風は深い息をつく。

 

「なんでよりによって赤城のバスト上げてるのよ、上げる必要が無いじゃないあいつ」

「あたしもそう思う。島ちゃんとか雪ちゃんに使うべき技術っぽい」

「面白い事言うな三十四ノット。殺すのは最後にしてあげる」

「昼間は島風に譲りますけど夜は雪風にくださいね? カットイン装備磨いて待ってますから」

「御免なさい。言い過ぎたっぽい」

 

脱線しながらも活発な話し合いが続く。

とりあえず資材不足からなるボーキサイト輸送任務それ自体は全員が抵抗無く受け入れた。

 

「まぁ、今この鎮守府で動けるのはうちの艦隊しかいないからね」

「そうですね。所が、実は大和さんから支援の申し出をいただいておりまして、その返答についても此処で相談したいのです」

「大和さんが……となると、編成はどうなりますか?」

「第二艦隊に一時的に編入という形です。あっちが来る訳ですから、一応旗艦は雪風のままです」

「それなら別にいいっぽい?」

「私も異論はありません」

「ふむぅ……」

 

夕立、羽黒は大和の合流に賛成。

島風は一人難しい顔で黙考している。

 

「雪風は如何思う?」

「んむぅ……一応旗艦させていただく身としましては、なんというか……面倒だなぁって」

「だよねー。私でもそう思うわ」

「島風の意見は?」

「私? そうね……確認したいことが」

「お?」

「雪風が見た所、大和って強いわけ?」

「艦娘になった事で持ってしまったメンタルのせいで、実力にむらが出ている印象ですかねぇ。強いところは凄い強いですけど」

 

雪風は長門姉妹との演習の様子を説明する。

 

「距離30000㍍をフォローする支援砲撃ってそれだけで凄いじゃない。買いだと思うわ」

「大和さんって最大船速で二十七ノットくらいです。その点を島風はどう考えます?」

「まぁ、モノの見方によるんじゃない?」

 

島風が指摘するのはこの任務がまた物資収集任務で在る事と、大和がその一時的な支援要因として起用される点である。

 

「確かにストレスは溜まるわよ。でもメンバーの安全には代えられないし、何より帰りはまた貨物船を牽引してくるわけじゃない? その時の艦隊速度は、前回二十八ノットだった。大和の速度と変わらないわ」

「なるほど」

「あの……」

「羽黒さん?」

「雪風ちゃんは、大和さんの合流には反対なのですか?」

「……難しいんですよねぇ」

 

雪風も島風も、連合艦隊として大和と共に戦いたいと思っていた。

つまり大和率いる第一艦隊と、雪風の第二艦隊で協力する体制である。

決して大和と同じ艦隊に入りたかったわけではない。

これは好き嫌いの問題ではなく船としての性能の違いから、艦列を並べてしまうと双方の足を引っ張り合うことになるからだ。

 

「確かに牽引の速度を考えると、大和さんが合流をしてもしなくてものんびり帰ってくることになるでしょう。大和さんの支援砲撃を受けられれば、安全も確実に増すでしょう。ですが彼女が居た場合、雪風達は逃げるという選択肢を完全に失います。出会う敵を全てなぎ倒して行って、帰ってくることになるでしょう」

 

前回の場合は即時撤収を作戦のどの段階でも選ぶことが出来た。

重い荷物を持った帰り道も、その荷物を放り出して小型艦の速度を生かして振り切るという選択肢があったのだ。

しかし大和が同道する遠征では、荷物を捨てたところで艦隊行動の速度は最低速の大和に揃えなくてはならない。

相手が大和以上の快速を持ってきた場合、その相手を確実に倒さなければいけなくなる。

 

「いざとなったら逃げられる……っていうのは雪風の最大の予防線でした。その線で作戦を考えれば、雪風には皆さんを生還させる自信があって、だからこそ旗艦も引き受けたのです。その自信が、今回は揺らいでいます……戦力は間違いなく向上するというのに、難しいものです」

「深海棲艦がどんな部隊を出してくるか全く分からない以上、致し方ない悩みだと思います……」

「大和参戦が決定的に裏目に回る編成が、今回に偶々当たらないって保障はないからね」

「でも行動前に其処まで考えていたら何も出来ないっぽい?。あたしとしては第一艦隊が成立する前に少しでも、大和さんにも海に出る機会を作っておく方がいいと思う」

「あぁ、それはとてもありますねぇ」

 

夕立の提案が悩む雪風の背中に最後の一押しをくれた。

この鎮守府の大和はメンタルが脆い。

そんな大和がこのまま第一艦隊を作って初陣した場合、不測の事故を起こす可能性がある。

演習と実戦は全く違うし、その演習すら大和には相手が見つからない可能性が高い。

ならば此処は身内の遠征に組み込んで、出撃前に様々な経験を積んでおいてもらうべきだ。

 

「それでは、任務の受諾及び戦艦大和の支援依頼を上申してまいります。その上で合流した後の基本方針は、夕立の提案を軸に大和さんの戦力解析と参りましょう」

「賛成」

「羽黒さんは必要な燃料と弾薬を算出してください。夕立は羽黒さんが作る資料に基づいて、全員の荷物を用意してください」

「分かりました」

「任せてー」

「あれ、私は?」

 

一人仕事からあぶれた島風は、小首を傾げて聞き返す。

雪風は少し考えると、にっこり笑って申し付けた。

 

「此処のお片づけお願いします」

「……子供のお使いか?」

「いやなら雪風が代わりますから、しれぇに報告書上げたり業務日誌書くの代わってくださいよぅ……」

「絶対嫌。誰がそんな面倒なことを」

「分かっています。島風は絶対そういうのしなさそうですから」

「よく分かる上司を持って幸せだわ」

「雪風は上司ではありません。皆さんのお姉さんです!」

「そういうのは羽黒で間に合ってるから」

「むぅ……我が艦隊の天使には勝てないのです」

「何の勝負になっていたんですか……」

 

困惑する羽黒に癒されつつ、雪風は司令室に向かう。

会議室を出るとき何気なく振り向くと、真面目にテーブルを拭いて湯飲みをお盆にまとめる島風の姿。

こういうところで真面目な子なんだなと少し意外に思いながら、雪風も自分の仕事に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

――雪風の業務日誌

 

やまとさんといっしょにえんそくにいくことになりました。

はぐろさんにおべんとうとだんやくのちょうせいをおねがいしました。

めんばーはひとりふえただけなのにまえのなんばいもよういしました。

いっぱいたべるからおっぱいもおおきくなるのでしょうか。

そういえばあかぎさんもいっぱいたべるってゆうめいでした。

おゆうはんのねんりょうはがんばっておかわりしました。

おゆうはんのあとにあかぎさんのわりましおっぱいをたんのうしました。

べねっとぶちょうのじょうねつがすこしだけりかいできました。

きけんなびきょにゅうだったです。

 

 

 

 

――提督評価

 

遠征における戦艦大和の戦力調査は大いに助かります。

今後しばらく彼女の演習は組めそうもありませんので、是非詳細なデータをお願いします。

羽黒さんから遠征に必要な物資の要望書は上がっております。

許可しておきましたので受け取ってください。

ごはんをたくさん食べるのはいい事ですが、何事も適量が存在します。

体調にはお気をつけて。

工廠部の策略に嵌りかけている、危険な兆候が見られます。

カウンセラーを手配して置きましたので、必ず面接してください。

必要ならば私も同席する時間を作ります。

お願いですから貴女だけは暗黒面におちないで……

 

 




3-2突破のためにひたすらレベル上げを繰り返している今日この頃、皆様はいかにお過ごしでしょうか?
4の砲も3のボスのフラグシップに完敗しましたので、大幅な戦力増強が必要なようです……
やっぱり戦艦不在は厳しいのでしょうか……
第一艦隊の構成員が、赤城50、五十鈴48 雪風48 夕立48 羽黒47 隼鷹44 足柄42 飛鷹42 夕張41 島風35 北上34 大井31 加賀28 で回しているのですが、どうも駆逐、軽巡を愛しすぎていて戦艦を入れづらい……しかし敵が潜水艦シールドでこっちの攻撃を吸い寄せてくるので、かなり行き詰ってますorz


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遠征

艦これをすると妄想妖精さんがお仕事をしてくれる。
妄想妖精が動くとSSを書きたくなる。
かいていると艦これが出来ない。
ジレンマ。


第二次補給作戦。

この鎮守府における戦艦大和の初陣は、第二艦隊の一員として雪風の指揮下で行われた。

目的地は前回向かった大規模物資集積地。

深海棲艦の攻撃さえ排除できれば、物資つめ放題のボーナスステージである。

雪風に無理をするつもりは最初から無かった。

とにかく外の空気を吸ってくるだけでもいい。

砲撃戦などをする機会は……あっても良いが、程ほどが良い。

しかしこの世界は、少なくとも深海棲艦は雪風に優しくなかった。

広域無線には悲鳴と指令が交錯する。

 

『沈む! 沈んじゃうから! なんぞこれなんぞこれなんぞこれぇ!?』

『大和さん落ち着いてください! 沈みません大丈夫です、当たらなければいいのですっ』

『艦隊右翼前方より魚雷、接近です!』

『全艦左舷方向へ回避っ、島風ぇ陣形崩さない! 大和さんと羽黒さんを中に入れて、進行方向に頂点を、駆逐艦三隻で三角形です!』

『うぐっ、了解』

『雪ちゃん雪ちゃん。反撃していい? 魚雷撃ちたいっぽい』

『ダメです! 索敵と攻撃方向の割り出しに全力を注いでください。どうせ撃っても当たりませんっ』

 

前回と同じ行程を予想し、しかし大和の船速を考慮して九日の日程を組んだ遠征部隊。

初めの一日は深海棲艦の襲来も無く穏やかな航海だった。

事態が急変したのは二日目の午後。

常に展開していた羽黒の水上偵察機による索敵を掻い潜り、襲ってきたのは敵の潜水艦部隊だった。

世界の海が深海棲艦に閉ざされる中、一般的に最も恐ろしいとされているのが空母型の航空戦力と、潜水艦型の不意打ちである。

空母型よりも潜水艦型の方が行動範囲が狭く、何の制約があるのかほぼ決まった海域にしか出てこない為、危険海域はほぼ特定されてはいる。

しかし近年、徐々に潜水艦型の行動範囲が拡大傾向にあるとされ、鎮守府は対応を悩ませていた。

雪風達の鎮守府付近から補給所までの航路も、潜水艦の目撃情報等はなかった。

最も、それは今日過去形になったわけだが。

 

『潜水艦とか何処の海だって遭遇する可能性はあるんですっ、犬にでも噛まれたと思ってください大和さん!』

『違う、絶対違います! だって犬は可愛いもの! 41㌢連装砲がちゃんと効くもの!』

『犬さん撃つ気ですか!?』

『雪風ちゃん、魚雷接近です。正面から!』

『左右に散会して回避です。回避先の狙撃が本命ですから警戒を怠らないでください!』

『雪風ー、振り切りたーい』

『今全員で振り切ってます! 島風一人が振り切っても仕方ないんですっ』

『雪ちゃーん反撃ー』

『今は節約してくださいっ。敵の狙いはこっちの無駄撃ちです』

 

深海棲艦の潜水艦は、船速が大して早くない。

魚雷を丁寧に回避し、我慢に我慢を重ねて振り切れば低速の大和を抱えていても逃げ切れる。

雪風が手を焼くのは潜水艦の攻撃ではない。

初陣の相手が潜水艦という、人生の暗礁に突入して混乱する大和と、分かっているくせに掛け合いを要求する島風と夕立である。

この構ってちゃん共め!

最も、その全てに対応している雪風を初めとする第二艦隊の面々は、この程度の相手ははっきり言えば余裕である。

しかも相手は、本気でこちらを沈める殺意で攻撃をしてこない。

 

『敵は魚雷の射程ギリギリでこっちを牽制しています! 踏み込んで撃ってこないのは、こっちの反撃を回避して無駄弾を撃たせたいからです。つまり夕立、自重するっ!』

『えー』

『大和さん、前後左右は私達が警戒します。貴女は陣内の足元を警戒。羽黒さんは艦載機で海上の索敵を続けてくださいっ』

『了解っ』

『分かりました』

 

雪風は指示を飛ばしながら、戦闘開始から此処までの状況を整理する。

魚雷の発射方向は前方から右舷よりが多い。

同時に飛んでくるのは、最大で三隻分。

つまり潜水艦部隊はほぼ三隻であり、こちらの進行方向に展開中。

こちらが進路を進むに併せて右舷側を旋回している。

このまま徐々に攻撃は右側面、右後方と流れて行くだろう。

距離も大体掴めている。

もし旋回しないで距離を詰めて打ち込んでくれるなら、夕立の望むように反撃して押しつぶす。

そうなってくれれば楽なのだが、相手がそのつもりなら最初からそうしているだろう。

おそらくこの潜水艦は哨戒である。

だから生存第一に、しかしこちらの弾薬と神経を削ろうと嫌がらせを掛けてくる。

間違いなく、この後の増援部隊が有利に戦うためである。

 

『遠征って基本楽なお仕事の筈なのに……』

『雪風が一発狙いで大規模集積地ばっかり狙うからじゃない?』

『だって前回であそこの敵戦力は潰してますし、遠征一回で物資四桁取れるんですよ!? 狙わないで如何しますかっ』

『ですが前回が戦艦で、今回は潜水艦ですよ……?』

『ソナーか爆雷の開発、待ったなしっぽい』

 

降り注ぐ魚雷を掻い潜り、談笑の雰囲気すら漂わせる第二艦隊。

初陣の大和は、コレが普通なのか異常なのか判断がつかない。

しかし雪風が慌てていないのだから、きっと大丈夫なのだろうと内心の不安を吹き払う。

落ち着いてみれば、遥か遠距離から放たれる魚雷などそうそう当たる気がしない。

しかも自分は一人ではなく、全員が油断無く警戒をしているのだ。

接近してくる魚雷は誰かに早期発見され、確実な回避と陣形の再編を繰り返していく。

やがてこの嫌がらせの効果が薄いことを悟ったのだろう。

深海棲艦潜水艦部隊の攻撃は、右舷後方に至る前に完全に途絶えた。

少しずつ距離を離されながらも、追いかけてくる気配を感じはしたが。

 

『今のうちに振り切ります』

『島風! 突撃しまー――』

『輪形陣ですっ。一人で行かない!』

『うー!』

『敵の攻撃が止んだのは此方が隙を見せなかったからです。このまま警戒を密にしていきましょう』

『分かった』

『任せて羽黒』

『羽黒さんのいう事は聞くんですねこの鬼畜艦共めっ』

『当然っぽい?』

『羽黒の言うことを聞かなかったら私達が悪者じゃない』

『……大和さん、これは悪い例です。大和さんは第一艦隊で、雪風みたいにならないでくださいね』

『え、えーと……』

 

背中が煤けている雪風。

慰めてやりたいが陣形を維持する必要があり、傍にいけない。

大和としては、この雰囲気は好ましいと思うのだが。

警戒したまま半日程の航海を経て、夜の訪れと共に姿を消した潜水艦。

あいつらと夜戦をするようになったら。最悪撤退もありえただけに密かに安堵する雪風だった。

最もこの後に本命が来るのは間違いない所であり、その時にはさっきの三隻も来るだろう。

少しシビアな補給作戦になるかもしれない。

先頭を行く雪風は肩越しに大和の姿を確認し、厳しい初陣に臨む仲間に少しだけ同情した。

 

 

§

 

 

「おお?」

「む」

 

目的地に到着した雪風達第二艦隊。

其処には既に先客があり、雪風と大和は顔見知りである。

 

「ご縁ですかねぇ。またお会いできて嬉しいです。長門さん」

「雪風、あの時は会わなかったが、来ていたようだな」

「ご存知でした?」

「其処のそれがお前の名前を呼んでいたじゃないか」

「……恥ずかしさのあまり記憶から抹消していましたよぅ」

 

頬を引きつらす雪風に笑う長門。

最も雪風の背中には大和が、長門の背中には陸奥が張り付いたために双方共にしまらなかった。

 

「陸奥、お前も挨拶しろ」

「だ、だってぇ……」

「大和さんも、謝るなら早いほうがいいですよ?」

「あぅ……」

 

お互いに強い苦手意識を抱いたらしい二人の戦艦が、信頼するものの背中からお互いを除き見る。

最も、陸奥が苦手なのは大和だが、大和が苦手なのは陸奥よりも長門だったろう。

 

「長門さん程の戦艦にお使いとか、少し贅沢じゃありませんか?」

「大和を連れているお前達は、どうなんだ?」

「こっちは大和さんの演習航海と行った所です。でもそちらに必要とは思いませんが……」

「まぁ、な」

 

長門は苦笑して説明する。

 

「あの演習、金剛の奴と賭けをしていたんだ。私達が負けたら、弾薬と燃料調達の遠征に行ってやるってな」

「なるほど」

「お前達は普通に資材調達か? 此処は良いポイントだな。集めやすく量も多い」

「その通りです。帰りの足が鈍ったところを襲われることも多いですが」

「此処はよくあるらしいなぁ。私達は蹴散らすまでだが」

「おぉ? 長門さんはもう深海棲艦と交戦を?」

「いや、索敵に手を抜いたつもりは無いが、見当たらなかった」

「ふ……むぅ……」

 

雪風は難しい顔で黙り込む。

以前此処に駐留していたと思われる部隊は雪風達が排除している。

長門達が敵に会わなかったというのも納得出来る。

しかし雪風達の使った航路には潜水艦が居たのだ。

あれがこの近海を索敵している部隊だとしたら、このまま長門達を帰すのはお互いにとって危険な気がする。

 

「長門さん、随伴艦は陸奥さんだけです?」

「あぁ。あれから多少へこんでいるようだったし、気晴らしになればと思ってな。こっちの駆逐、軽巡は遠方に長期航海に出ている時期だったし」

「そうですか……長門さん、そっちの搬入、此方でお手伝いしますから少しお時間もらえますか?」

「手伝ってくれるのは助かるが、どうした?」

「雪風達はこの海域で敵と交戦しているのです。少し情報を交換しましょう」

「分かった」

「島風と夕立は陸奥さんと搬入作業をお願いします。大和さんと羽黒さんは海に出て、警戒と敵が来た場合は封鎖阻止と迎撃をお願いします」

「行けるか? 陸奥」

「わ、わかった」

 

それぞれの僚艦に指示を出し、雪風と長門は一旦二人きりになる。

長門は小さな雪風の肩に手を置き、それまでよりも柔らかい微笑を向けた。

 

「こうして顔を合わせるのは、終戦以来か……艦隊の旗艦をしているんだな。お前の能力に見合った職権を得ているようで、安心した」

「見合っていませんよ……早く羽黒さんに交代して欲しいです。問題児ばっかりなんですようちの艦隊……」

「その割には、楽しそうだ」

「そうですね……雪風は楽しいです。皆で艦列を組んで、もう一度この海を行く事が出来るだけで、本当に楽しいです」

「あぁ。それは、私も同じだ」

 

互いに頷きあう長門と雪風。

こうしているだけで話はつきそうに無いが、搬入作業が終わる前にするべき話は多い。

 

「雪風達が以前この海域に来たとき、深海棲艦は丁寧に哨戒部隊を配置して待ち伏せしていたんです。その時の戦力は、戦艦一、重巡洋艦三、軽巡洋艦二、駆逐艦二隻でした」

「戦艦を旗艦に据えた一部隊と言った所か」

「はい。空母とか居ないでよかったです。ですが、その部隊は戦艦を残してほぼ全滅させているんです」

「そうか。だから私達が来るとき、何も居なかったのかもしれないな」

「かもしれません。しかしそのお陰で、戦力の増強が行われた可能性があります」

 

雪風は来る途中に潜水艦に襲われていることを説明する。

長門は黙って聞いていたが、その潜水艦が牽制攻撃のみで撤退した話を聞くにつれて顔色が険しくなる。

 

「増援を呼びに行ったのは間違いないな」

「あわよくば、雪風達の弾薬を削りたかったはずです。そちらの意図はかわしたつもりですが、大和さんを含めた此方の陣容は把握されました。それに勝てる戦力を増援に向けるはずです」

「そちらも大変だろうが、こっちには対潜能力が無い。此処は潜水艦の危険海域から相当に離れているが、油断だったな」

「あらゆる可能性を想定するのは必要ですが、現実には不可能ですしリスクを全く取らないならば動けなくなります。ですが今回敵に取って、おそらく予想外な要素が一つあるんです」

「此処で私達が合流することだな」

「はい。長門さんと陸奥さんは、索敵をしていたにも関わらず敵に全くあっていない。希望的観測も入りますが、まだ哨戒にかかっていない可能性が高いです」

「……戦闘力なら陸奥は大型の戦艦だ。それを砲撃支援に出さなかったのは、隠匿か」

「はい。既に把握されているであろう、こちらの戦力だけで対応したいと思いました。本当なら、羽黒さんは力仕事お願いしたいんですけどねぇ……」

 

非力な駆逐艦二隻を戦艦のお手伝いにつけても、きっと微力にしかならないだろう。

夕立はともかく、島風には陸奥も手を焼いているのではないか。

先ほどから陸奥の悲鳴や怒号が此処まで聞こえてくる。

それでも何処と無く楽しそうに聞こえるのは、気づかない振りをしてやる長門であった。

 

「海の距離で言えば、うちと長門さんの鎮守府はご近所です。帰りのお荷物お持ちしますので、護衛をお願いできませんか?」

「そう下手にでるな。潜水艦が居ると判っている海域を突破せねばならない現状、駆逐艦であるお前達にはこちらから頭を下げても護衛を頼みたいよ」

「では」

「あぁ」

 

長門と雪風はしっかりと手を握り、互いの意思を確認する。

 

「連合艦隊の結成だ」

「…………すいません長門さん、少し今、泣きそうだったりします」

「我慢をしなくていいぞ? 私も随分感慨深い思いをしている」

「あぁ、もう……歳を取ると涙もろくなりますねぇ」

「お前実は、艦齢長かったからなぁ……」

 

深い息をつき、空を見る。

胸の奥から湧き上がるものを感じるが、雪風は奥歯をかんで飲み干した。

今の気持ちを、涙と共に流すことすら勿体無いとおもったのだ。

 

 

§

 

 

物資搬入作業が大詰めを迎えたとき、羽黒から通信が入る。

 

『深海棲艦発見。重雷装艦と、重巡洋艦がそれぞれ二隻。軽巡洋艦三隻。東方向から距離およそ100㌔』

『潜水艦はいませんか?』

『私が感知できる範囲には、いないと思います』

『了解しました。対応を長門さんと協議します。海に出るまで出口の確保をお願いします』

『了解。戦艦大和、重巡洋艦羽黒、迎撃戦に入ります』

 

雪風は長門に通信内容を伝え、物資の集積状況を確認する。

 

「こちらが燃料3000に弾薬が3000。そちらが順に2000.1500.1500.2500だな」

「まだ予定の七割と言った所ですが、後一時間もすれば砲撃戦の間合いに入ってしまいます。その前にこちらも海に出ておくべきかと」

「賛成だ。欲をかいても碌な事にならん。撤収しよう」

「はい!」

 

それぞれの僚艦を呼び寄せ、停泊させてある貨物船を牽引する。

夕立を先頭に、二隻の貨物船が連結している形である。

最後尾から島風が押してやるが、それでも船速は二十ノットがせいぜいである。

必死に引っ張る夕立を、雪風は生暖かく見守った。

 

「こういうときって旗艦でよかったなぁって思います」

「重いー……重いー」

「だ、大丈夫?」

「陸奥さん、お気になさらず。甘やかすと為にならないので」

「雪風。やはりこちらで引いたほうが良くないか?」

「長門さん達には、荷物もちより大事なお仕事があるじゃないですか」

「まぁ、そうだな。すまん夕立。陸奥、大和達に追いついて、敵部隊を殲滅するぞ」

「了解」

「長門さん達が敵を排除したら、荷物は羽黒さんに持っていただきましょう。重巡洋艦の戦力減はもったいないですが、今回は戦艦が三隻も居ますし潜水艦対策も必要です。駆逐艦の手も空けておきましょう」

 

雪風も島風と共に荷物を押して前進する。

ゆっくりとした速度だが、寧ろ大和達の戦闘が終わるまでは合流しないほうがいい。

貨物船を抱えた駆逐艦など敵から見たら良いマトであり、戦域に合流したら大和達はそれを守らなくてはいけなくなる。

一刻程すると長門から戦闘勝利の連絡が入り、海上で合流した雪風達。

青い顔をして荷物をひっぱる夕立に大和が頬を引きつらせた。

 

「夕立……大丈夫ですか?」

「あたし帰ったら絶対、駆逐艦の労働組合作るっぽい……」

「この程度で滅入っていたら神通さんの訓練は生き残れません。さて、すいませんが羽黒さん。夕立だと一人で引っ張りきれませんので替わっていただけますか?」

「任せてください」

 

夕立に括り付けてあった牽引用のロープを解き、羽黒に結わえなおす。

 

「おも……ん? 意外と軽い?」

「……え?」

 

羽黒は一同が見守る中、二十八ノットで航行を開始してみせる。

側で見ていた戦艦達も、その光景には唖然とした。

 

「ま、まぁ……嬉しい予想外です。撤退しましょう」

「そ、そうだな。羽黒、悪いが頼むぞ」

「はい。帰りましょう」

 

出来れば敵の本格的な増援が来る前に鎮守府近海に帰っておきたい。

そう思う一行だったが、撤退の翌日には深海棲艦の増援部隊を発見した。

当然敵もこちらを捕捉していることだろう。

最大船速で真っ直ぐに向かってくる。

 

「雪風ちゃん、来ました! 敵先頭の波形パターンはイエロー。flagship級です」

「一隻だが戦艦だな。随伴艦も波形赤だ。全員がelite級だぞ」

「あらあら、随伴艦の中にも戦艦が居るように見えるんだけど?」

「え……これ危なくないんですか? ねぇ、ねぇ雪風? 長門さん?」

「嬉しいでしょう大和さん。あれたぶん、大和さん一人を沈める為にそろえたんですよ?」

「流石ね大和。モテモテじゃない」

「うぅ、嬉しくない」

 

撤退を続けながら確認した所、深海棲艦はflagship級戦艦一隻。elite級戦艦が一隻。elite級重巡洋艦三隻、elite級重雷装艦二隻。

そして姿は見えないが、潜水艦が潜んでいる事だろう。

雪風は海路と周辺情報を記憶から引っ張り出す。

すると直ぐ近海に巨大な渦潮の目撃情報が上がっている事を思い出した。

通常海路からは外れているため普通に通る分には問題ないのだが。

 

「長門さん、あの戦力と真正面から撃ち合って、一歩も退かないで勝てますか?」

「勝てるぞ」

「比喩ではなくて、本当に一歩も後退しないで押し返せるか……という意味では?」

「無論。陸奥も大和も居るこの布陣で、あの程度の相手に砲撃戦で押し負ける事は無い」

「なるほど。では海路を外れて大渦を背負って布陣したいのですが、よろしいですか?」

「ふむ……潜水艦対策か」

「はい。海面下の流れが荒い渦を背負えば、背後に回られるのだけは避けられます」

「敵主力が半包囲してきたら?」

「その時は敵中央が薄くなります。こちらは先に密集して待ち構えるわけですから、相手が陣形を変える間に、この陣形のまま突進攻勢をかけて中央を突破、敵背面に展開して逆包囲します。其処で駆逐艦トリオで戦艦トリオの背後を警戒。体勢が入れ替わったとき、潜水艦は今度は私達の前には布陣できなくなるのですから」

 

潜水艦の位置もかなり絞れる。

勝率の高い提案であると認めた長門は、航路を変更して渦潮に向かう。

雪風達も追従し、なんとか敵が展開する前に渦潮正面に布陣を完成させた。

敵正面に対して大和、其の左右を長門、陸奥が固める布陣。

その後方に輸送船を牽引する羽黒が控え、羽黒の後ろに駆逐艦三隻が布陣する。

ほぼ万全の迎撃体勢で待ち構える雪風一向。

其の前面に深海棲艦の追撃部隊が展開し、ついに砲撃戦が始まった。

双方の距離はおよそ20000㍍。

回避スペースでは後方に安全圏を控えた深海棲艦側に利がある。

しかし長門達の砲撃精度は多少の回避行動等ものともしなかった。

一時間足らずの砲撃戦によって三度の突撃を跳ね除けると、敵重巡洋艦一隻と重雷装艦一隻を大破させる事に成功する。

その様子を確認した雪風は、羽黒に指示して移動を開始した。

 

『羽黒さんはこのまま右翼の陸奥さんの外側を通って敵側面に回ってください。雪風達も羽黒さんと貨物船の陰に隠れて移動です』

『荷物引かせたまま移動するの?』

『敵主力は長門さん達を抑えるのに精一杯。雪風達が側面取りを開始しても、其処から兵力は割けないでしょう。来るとすれば潜水艦ですが、対潜能力の高い駆逐艦だけだと潜水艦が来ないかもしれませんし、駆逐艦の火力を考慮して側面取りが無視される可能性もありえます。牽引して移動力が落ちた羽黒さんと、反撃能力の無い貨物船が一緒なら、潜水艦を釣れる確率が上がります』

 

しかも羽黒を無視して側面など取らせたら、戦艦と重巡洋艦で十字砲火網が完成する。

この側面取りを無視することは出来ないと思う雪風だった。

慎重に、しかし敵の視界には入るように移動する羽黒。

この潜水艦釣りは長門と打ち合わせをしていない。

雪風が左翼に視線を投げると、砲撃戦の最中でも余裕の長門と目が合った。

長門が小さく頷くのが見える。

雪風は敬礼を返すと、貨物船と平行して動き出した。

 

『陸奥さん、後ろを失礼します』

『いいんじゃない? 上手くやってよ』

 

大和、長門、陸奥の三隻が申し合わせたようにほんの少し前進し、火線を絞って密にする。

敵先頭集団への圧力を強めたところで、羽黒達は陸奥の外側から飛び出した。

敵陣左側面を狙った突進。

しかしそれが完成する直前、羽黒達の正面から複数の魚雷が殺到する。

以前のそれとは違い、今度は近い。

魚雷回避が得意な島風や自分ですら、回避に余裕はない距離である。

当てることと沈めることを意識した殺意のある魚雷は、雪風の背筋にひりつくような緊張を走らせる。

悪くない感覚だった。

自分以外の船がとても遅く見える。

海面下を走る魚雷も見えるようだった。

あれが敵を感知したとき、ほぼ垂直方向に転進して突き上げて、もしくは突き下ろしてくるのである。

その軌跡を視線で追えば、潜水艦の存在も知覚できる。

目で見えているわけではないそれを、雪風は確かに捉えていた。

隣で夕立と島風が魚雷を撃ったのが解る。

クリアになった意識の中で、雪風は夕立の魚雷が二隻、島風の魚雷が一隻に命中する軌跡を予感した。

この雷撃戦はきっと成功する。

後は……

自分の指示で囮にしてしまった羽黒を、傷一つ付けずに守るだけである。

雪風は交錯する魚雷の中に飛び込むと、小さな身体で羽黒と交差する魚雷の軌道に滑り込んだ。

ほぼ一瞬の出来事である。

一本なら耐えてみせる。

そう思って歯を食いしばった中で雪風は見た。

後一秒とせず、この場所は三本の魚雷が交差する。

第二艦隊の面子全員が冷たい汗を浮かべ、しかし対応には一歩も動けない中で雪風が被弾する。

水しぶきを上げて海面を突き破り、足元から襲い掛かる魚雷。

わき腹と肩に当たる魚雷は避けられなかった。

しかし雪風の反射神経は胸に吸い込まれる一本の軌跡には反応した。

衝撃の中で必死に身を捩る。

それにどれ程の効果があったのかは分からないが……

一本の魚雷は雪風の身体をすり抜けるように空に向かって吸い込まれていった。

 

『雪風!?』

「……」

 

島風の声が聞こえるが、声など出せるわけが無い。

雪風は衝撃でもみくちゃにされながら、視線は一点へ固定していた。

少し遠くの海面で、三つの波紋が吹き上がる。

仲間の魚雷が、潜水艦を捕らえたのだ。

 

『島風……夕立……よ――』

 

よくやりました……とは、喋れなかった。

身体を支えきれず崩れ落ちる。

力なく首が傾ぎ、その視線が砲撃戦をしているはずの大和と重なる。

こら、何処を見ている。

敵は前にいるのである。

初陣のくせして、敵前で余所見とは良い度胸だ。

雪風の口が微かに動くが、やはり声までは出せなかった。

泣きそうな大和の顔。

きっと昔は自分があの顔をしていたんだろうと思う。

そう思うと少し胸が痛んだ。

雪風がぼんやりと瞳を閉じかける。

今現実から送られてくる信号を切ったら、きっともう浮上は出来ない。

視覚情報、痛覚情報、聴覚情報……

既にどれも遠くなりつつあるが、それは雪風が生きている確かな証拠。

それを自分から手放したらもう戻ってこられない。

そうと承知で瞳を閉じる。

しかし自力では閉じれない耳に、凄まじい怒号が飛び込んできた。

 

『雪風ぇ起きろっ!』

『ふぁっ』

 

倒れ伏し、艦娘としての浮力を失った身体は半分が沈みかけていた。

それでも足掻くように海面に手を着くと、沈んだ体を引き剥がすように突っ張った。

同時に夕立と島風が両脇を支え、雪風の身体を引き上げる。

声の方へ視線を投げると、意地の悪い笑みの長門がいた。

その程度で不沈艦か?

視線でそう語っている。

雪風とて悔しいが、長門にはそう言う資格があるだろう。

長門を沈めた攻撃は、魚雷など玩具に見える破壊兵器であったのだから。

 

「……」

 

何か言い返してやりたい雪風だが、あいにくと隙が見当たらない。

大和と違い、こちらを見ながらも砲撃戦の手は止まっていなのだ。

むしろ大和の手数が減っている分の負担は増えているはずなのだが、それをものともしていなかった。

本当に、ビッグセブンは何をやっても格好良い。

華の無い自分には羨ましくもあり、そういうのも面倒だろうなとも思う。

 

『う……ぐぅ』

『雪ちゃん!? 平気っぽい? 痛くない? 痛くない?』

『痛いに決まってるじゃない! 揺らさないでよっ。羽黒! このまま敵を左側面から撃ち崩して! 夕立、雪風を曳航して!』

『え? 島ちゃんは……』

『決まってるでしょ?』

 

背面展開。

砲撃戦に参加した羽黒を振り切るように加速した島風は、四十ノットの快速を限界に生かして敵艦隊の左側背に回りこむ。

味方戦艦の撃った砲弾がそこそこ近くを掠めて行くが、それは一先ず無視する。

島風は敵背後を横断しつつ10㌢連装高角砲をばら撒き、そのまま敵陣右側面を振り切って長門のいる味方左側面から合流を果たす。

最早四隻まで撃ち減らされた敵艦隊に、島風の奇襲に対応する戦力は残っていなかった。

背後から襲い掛かる小型砲と、左側面から打ち込まれる羽黒の砲撃。

そして正面に布陣する戦艦三隻の集中砲火に晒された深海棲艦は瞬く間に撃ち減らされた。

戦闘開始から二時間。

大和の放った砲撃が最後のflagship級戦艦を轟沈させる。

自分の弾丸が敵を沈めた事を確認するや否や、大和が戦列を離れて向かってくる。

夕立に抱えられた雪風に駆け寄ると、あたふたと周囲を見渡した。

何かしたいのに、何をしていいか分からないのだろう。

 

「お疲れ様です、大和さん。最後、美味しいところを持っていきましたねぇ」

「雪風、大丈夫? その……」

「大破してるんですから……それは、痛いですよ」

「そ、そう……よね。あ、あうぅ……」

「一々泣かない! さぁ、帰りま――」

「皆さん! 敵影発見、艦載機です!」

「なにっ!?」

 

雪風の元に集まりつつあるメンバーの中、一人敵陣の遥か後方まで水上偵察機を飛ばしていたらしい羽黒。

警戒を促しつつ、貨物船を牽引して合流する。

水上偵察機は連続した映像を羽黒に送り続けていた。

其の中で、最も敵が鮮明に移った一瞬の映像を記憶の中から拾い上げる。

 

「……確認出来た数は、艦攻八十三機、艦爆三十九機、艦戦三十一機、認識不明が二十機弱です」

「……凄いな、良く拾ったものだ」

「規模からすると、七十機搭載のヲ級が二隻、四十機搭載のヌ級が一隻の構成ですかねぇ……」

「推定接触時間は十分後。早いです」

「……」

 

時間が無い。

長門と雪風は示し合わせたように頷きあうと、それぞれの口から同じ指示を飛ばす。

 

「艦載機の速度からは逃げられん! 砲撃するぞ、弾幕を張って敵機の接近を阻止しろっ」

「貨物船を中心に輪形陣へ! 戦艦三隻と駆逐艦三隻で交互に入って、正六角形に展開です。全天砲撃体勢! 敵艦載機を撃ち落しますっ」

「それと雪風、お前は中だ」

「え……?」

「今のお前が持ち場を維持できるとは思えん。集中攻撃の的になるぞ」

「雪風に艦載機が集中するなら、こちらの火線も集中できます。初めから其のつもりで行動すれば――」

「阿呆、旗艦が最初に沈む作戦を許可出来るか」

「うぐ……」

「こうしてお前と向き合っていると、お前には見えないモノが見えるものだ」

「……それは?」

「お前の後ろで、心配しているお前の艦隊だ」

「……」

 

雪風は振り返ることが出来なかった。

長門が言うような視線を自分の目で見てしまったら、雪風はきっと意志を通せなくなる。

言いたい事はある。

次に沈むとしたら、それはどんな仲間よりまず自分でありたい。

長門や第二艦隊の仲間達とは相容れないかもしれないが、雪風自身はそう思っていた。

しかし今は……

 

「分かりました。お願いします、長門さん」

「あぁ、任せておけ。雪風の位置には羽黒が入れ」

「了解しました」

 

時間が惜しい。

長々と議論している暇が無い。

雪風が引かずに時間を浪費すれば、陣形すら取れないうちに敵機の空爆を受けるだろう。

そうなっては無意味どころか有害である。

羽黒は自身のロープを解き、雪風に握らせた。

結わえなかったのは、最悪貨物船など捨てて回避行動を取るようにという意思表示だろう。

雪風は悪戯がばれた子供のように羽黒と視線を合わせる。

信じている。

微笑んだ羽黒の目はそう語り、雪風の肩をぽんと叩く。

ようして背を向け、持ち場に向かう羽黒を見送った。

雪風は広域通信を展開する。

 

『敵の狙いは主力戦艦と艦載機との挟撃だったと思われます。しかしこちらが迅速に主力を撃破したために、攻撃が分離したんです! コレは各個撃破の好機、総力戦で行きましょう!』

『おう!』

『頑張るっぽい』

『長門さん、砲撃指令をお願いします』

『任された』

 

味方の士気は上がったか?

後は何か、言うことがあっただろうか。

疲労と損傷でぼんやりする視界の中で、大和が心配そうに見つめている。

そうだった。

後一押し、忘れていた。

 

『大和さん』

『……』

『帰りは雪風の曳航、お願いします』

『っ! 分かりました』

 

やる気になってくれたらしい。

戦闘能力を喪失している雪風に出来るのは士気向上の旗になるだけ。

お飾りであろうとなんだろうと、雪風は鎮守府の司令官に任命された第二艦隊旗艦なのだ。

東の空から無数の点が飛来する。

それはこちらの砲撃射程はるか手前で散開すると、五機一組のグループに展開。

重層する包囲網で雪風達に襲い掛かった。

 

『―――――――!』

 

長門の砲撃命令が轟き、迎撃戦が開始された。

全力砲撃する輪形陣の真ん中にいる雪風である。

砲弾の発射音が反響して耳が痛い。

空爆と弾幕が交錯する空で、敵機が凄まじい勢いで墜落していく。

轟音の中にありながら、雪風は意識を手放した。

 

 

§

 

 

輸送船一隻轟沈。

長門、島風、羽黒中破。

大和、陸奥、夕立小破。

敵空母の攻撃で多大な損失を被った雪風達だが、ついに其の艦載機を十機以下にまで撃ち落した。

七次に渡る波状攻撃に耐え続け、守るべき輸送艦を一隻失いながらもついに敵の攻撃能力を奪ったのだ。

流石に此処から敵空母に攻撃を掛ける余力は無いため、傷み分けになるだろうが。

迎撃戦に参加した面々は、荒い息を吐きながらもその成果に深い満足感を味わった。

とにかく守りきったのだ。

雪風が意識を失い、寄りかかった方の輸送艦だけは。

一向は長門の指揮で撤退を開始した。

先頭を行く長門は、肩越しに後ろの大和を見る。

小さな雪風に肩を貸し、曳航している。

 

「初陣にしては良くやったか」

「私達の初陣よりは、よっぽどだったと思うよ長門姉」

「私達の時は、駆逐艦と軽巡を吹き飛ばしただけだったしなぁ」

 

一度海に出れば、どんな深海棲艦が出てくるかなど誰にも分からない。

もちろん敵戦力の目撃情報や予想は立てるし、十分対応できる範囲で慣らすものだ。

しかし遠征航海で潜水艦に襲われ、戦艦部隊と航空部隊の波状攻撃まで経験した艦娘がどれだけ居るだろう。

よく轟沈を出さなかったと思う。

思いのほかハードになった遠征に、長門は一人息を吐いた。

 

「長門さーん」

「おぉ、起きたか雪風」

 

雪風が指示したのだろう。

大和は長門に追いつくと、雪風に肩を貸したまま併走する。

 

「はい、一番大切なときに気絶とか申し訳ないです……」

「お前はやることをすべてやった……と私は思う。良い指揮だったぞ」

「そうでしょうか……?」

「ああ。久しぶりに楽しい戦闘だった。最近は蹴散らして終わりの掃討ばかりだったしな」

「あ、あはははは」

 

長門にとってこの遠征初戦の海路防衛は、おそらく戦闘行為にすら入らないのだろう。

行って、撃って、終わった。

雪風とは能力のスケールが全く違う。

そして大和も、本来は長門達と同じ視線を持つべきなのだ。

きっとそうなったとき、今の情けない大和が懐かしくもなるのだろうが。

 

「そういえば長門さん、是非うちの鎮守府に寄って下さい」

「ん?」

「こっちの輸送船が無事だったんですから、この資材山分けですよぅ。半分うちの鎮守府に収めたら、そのままこの船でお持ち帰りください」

「ふむ、良いのか?」

「この遠征内容報告した時、長門さんを手ぶらで帰したら雪風達が怒られますよ?」

「そうか。いや、助かった。手ぶらで帰ったら金剛の奴に何を言われるか、面倒だったからな」

「雪風が足を引っ張ったって、正直に言えば良いと思います」

「嘘は好かん。それに人のせいにするのも気分が悪い」

 

雪風の顔を伺うと、どうやら本気で言っているらしい。

少し考え込んだ長門は如何声を掛けたものか迷う。

しかし雪風の隣でオロオロとしている大和を見て、諭す相手を見出した。

 

「おい、大和」

「え? あ、はい」

「お前、その駆逐艦離すなよ」

「離しませんよ?」

「あぁ、離すな。そいつは勝手にお前の手も払おうとするだろうが、絶対に逃がすな。そいつが死地に飛び込むときは傍にいろ。お前なら守れるし、お前が傍にいればそいつは無理出来ん。足手まといでも上等だ。こいつはそれくらいの重石があって、丁度良い化け物だからな」

「酷いですよぅ長門さんー」

「はっはっは」

 

長門が初めて見た大和は、自分の鎮守府のモニターだった。

雪風に伴われ、手を引かれながらおどおどと周囲を見渡す姿に情けなさを感じた。

代名詞たる主砲も持たず、副砲も随分とマイナーダウンし、艦載機も積んでいないようだった。

基礎能力は流石に大和型一番艦ではあったものの、闘いの中に身を置く為のメンタルを持っていない。

そんな印象だったのだ。

間違っているとは思わない。

それは長門が再会した妹に対しても感じた印象である。

長門はそんな妹を守るつもりだった。

しかし実際は逆であり、最後の一線では足手まといになりかねない陸奥のお陰で、自分が兵器という化け物にならずに済んでいるのだ。

自分達という鏡があるからこそ分かる関係だった。

この二人は、きっと相性が良い。

性格的に好き嫌いが合うかどうかは分からないが、必ずお互いを必要とする。

比翼の鳥は、あくまでも二羽だ。

お互いを必要としながらも、決して一つには解け合えない。

今は繋がれている其の手が、いつかどちらかの苦痛になるようなことがあれば、その時は……

 

「長門姉?」

「……陸奥。お前、離れるなよ」

「うん? うん」

 

人の事を心配している程、長門に余裕があるわけでもない。

現世によみがえり、艦娘として生きる身。

感情の揺らぎには戸惑うことだらけなのだ。

何時までも共依存では居られない。

かつての戦歴では敵わなくとも、艦娘としては明らかに年長の自分である。

後輩達の良き前例となれるよう、自分を支える絆の一つ一つを大切にしていきたい。

それが長門の、今生の目標なのである。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

やまとさんとうちのみんなでぶっしをあつめにいきました。

せんすいかんにおそわれたのでにげました。

あっちでながとさんとむつさんにおあいしました。

かえりみちのごえいをしてくれました。

しんかいせいかんにおそわれましたが、ながとさんがやっつけてくれました。

かっこうよかったです。

あつめたぶっしのはんぶんをおれいにしたいです。

おねがいしますしれぇ。

 

 

 

 

――提督評価

 

お疲れ様でした。

私は誤解をしていたのかもしれません。

遠征任務は、直接戦う事の少ない安全な任務だと聞いていたのですが……

収集物資の折半は了解しました。

貴女達を守ってくださった長門さん方には、感謝の言葉もありません。

あちらの提督さんにも、私からお礼を申し上げておきます。

大和さんに曳航される貴女を見た時は、心臓が止まるかと思いました。

本当に、よく帰ってきてくださいました。

ゆっくり休んでくださいね。

 

 

 

 

 

 

 




どうしてこうなった……
最初の予定では帰りに潜水艦をあっさり倒して、大和が座礁して中破。
集めた資材が修理費で消し飛んで提督おこ! の話だったのに……
原因はMMD杯の素晴らしい艦これ動画だと思われます。
あれらを見ながら夜鷹の夢とか聞いていると、お話も勝手にシリアスよりになりますよね!
すいません調子にのりましたorz

夕立さんが55になりました!
ぽいぽい可愛いです。最高です。
でもお前のような駆逐艦がいるか。


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旗艦

転職作業が忙しいぉ……あ、後書いたら出るって本当ですね! 陸奥さん、むっちゃん来ました!
大和? 長門? 知らない子ですね……


 

 

雪風が大破帰港してから二ヶ月。

旗艦を一時失った第二艦隊は羽黒を臨時の旗艦として活動を続けていた。

実際に雪風の体調回復と艤装修復は一月と掛からず終わっていたのだが、別件で使いに回されていた。

雪風達が遠征で向かった大規模物資集積地。

あそこに集まる深海棲艦の危険性が看過しえるレベルを超えてきたため、複数の鎮守府参加による掃討作戦が展開されたのだ。

其処で実際に遭遇して対峙した雪風は、情報提供を求められた。

連合鎮守府に一時出向した雪風。

深海棲艦の命令系統は明らかになっていない。

現状海域毎に展開する数部隊単位での協力は見られるが、深海棲艦全体を部隊とし、人類殲滅を作戦として進めている程の連係が行われている様子は無い。

最もそれをされていたら総数で劣る艦娘がどれだけ奮戦したところで、とっくに人類は全滅していると言われているが。

大規模な出撃には時間が掛かる。

部隊を編成し、命令系統を一本化し、必要な物資を整えなければならない。

連合に参加した鎮守府の戦力も均一ではないし、そもそも鎮守府同士には規模の大小はあっても上下関係が無い。

命令系統を絞る際にやや難航したものの、艦娘としての実績や旗艦経験を買われて長門のいる鎮守府に落ち着いた。

実際そこの長門は一度戦っているという事情もあったろう。

雪風自身は単艦での参加ということもあり前線からは外された。

鎮守府連合艦隊は結成からほぼ一月で物資集積地、及び周辺航路を軒並み平定して解散した。

解散式を終え、それぞれの部署に引き返していく艦娘達。

雪風もその例に漏れず、久方ぶりに自分の家に帰り着いた。

それにしても……

 

「よそ様の鎮守府と比べると、僻地なんですよねぇうちってば」

 

それに不満があるわけではないのだが、立地条件では不利な場所である事は間違いなかった。

安全な近海と、一歩遠出すれば戦艦級が跋扈する危険海域が広がる鎮守府。

演習は出来ても敵の駆逐艦辺りで実戦慣れ出来ないというのがつらい。

物資収集遠征でもある程度は危険域を突っ切らなければならない。

現提督自身は気づいていないが、此処で生き残るというのは結構大変なことなのである。

鎮守府に入った雪風は、其の足で司令室に向かう。

初めの一歩には他所の家に来たような違和感があったが、二歩目で消えた。

見慣れたと言うほど此処での生活は長くないが、自分の港は此処なのだと言う位には愛着がある。

途中で幾人か、職員とすれ違ったため挨拶を交わす。

見覚えの無い顔である。

提督着任後から雇われた人達で、鎮守府に居ないことも多い雪風には馴染みが薄い。

しかし相手は雪風のことを良く知っているらしく、皆帰還を喜んでくれた。

少しむず痒い思いをしたものだが、彼女らから幾つかの情報も貰えた。

雪風不在の間、新たに二人の艦娘が建造されたという。

そして赤城の艦載機も無事実装されたことも知った。

着実に動いている時間の流れを感じ、乗り遅れ気味な自分に苦笑する。

そうこうしているうち、司令室の前まで来てしまった。

どんな顔をして何を言うか、決められないままに。

 

「まぁいいか」

 

此処で立ち往生するのも、気後れしているようでなんとなく嫌だった。

何で家に帰ったのに遠慮などせねばならないのか。

意味不明なやけを起した雪風は、自動開閉式のドアを開けて入室する。

 

「駆逐艦雪風、ただいま帰還いたしました」

「お帰りなさい雪風」

 

表情の変化が少ない顔。

机には愛用の図鑑とたくさんの書類。

後方管理を一手に引き受け、火の車である鎮守府をやりくりする苦労人。

そんな上司がただ一人、雪風を待っていた。

 

「一月振りですね……本当に、よく帰ってきてくれました」

「前線配置はされませんでしたから、掃討作戦中は基本お留守番でした」

「そうですか」

 

あまり笑わない彼女だが、瞳に宿る光は柔和である。

手元の書類にサインして〆ると、立ち上がって雪風の元に来た。

 

「新たな仲間が出来たと聞きましたが、増員大変じゃなかったです?」

「大和さんと赤城さんの維持費を、少し甘く見ていた事は認めます。ですがこっちのやりくりは得意ですのでご安心を。私の部下にひもじい思いはさせませんよ」

「嬉しいお言葉ですしれぇ」

「その代わり、貴女には遠慮しませんよ雪風。たくさんお仕事していただきますから、其のつもりで」

「お任せください!」

「では、貴女には第二艦隊旗艦に戻っていただきます。正式には、羽黒さんに貴女の帰還を通知した後になりますから明日の事になりますが」

「良いんですか? 日誌は羽黒さんの方が絶対お上手ですよ?」

「なんと言いますかねぇ……貴女の日誌に慣れすぎて、普通の日誌を読むのが面白くない……と感じる自分に気がついて愕然としたものです」

「……それは急いでお医者様に掛かるべきだと思いますよぅ」

「拒否します。注射とか大嫌いなので」

 

誰も注射とは言っていない。

弱点と黒歴史への鍵を自分から暴露した司令官に、生暖かい眼差しを向ける駆逐艦娘。

 

「そういえば皆さんは何処に?」

「これから演習ということで、外に集まっていますよ」

「しれぇは御覧にならないので?」

「事務屋が現場に口を出して、良い結果になった例がありませんからね。第一艦隊旗艦には感じたことをそのまま上げてもらい、第二艦隊旗艦代理には全体の分析を上げてもらっています」

「なるほど」

 

短く応えた雪風だが、内心で感嘆の息をついた。

自分の向き不向きを認め、至らない分野を得意な人物に委ねる鷹揚さは貴重な資質だと思う。

彼女には自ら率いていくだけの力は無いが、他人を使っていくだけの器がある。

そんな彼女に期待されているのなら、出来うることはしたいと思う雪風だった。

 

「しれぇ、少しお手を休めて、一緒に演習見に行きません?」

「んー……」

「上が態々時間を割いて見に来てくれるというのは期待を掛けられていると言うことですから、やる気が上がると思いますよ」

「私は上からの視察とか監査って鬱陶しくてしょうがないと感じますがねぇ」

「それはしれぇが嫌いな連中が来るからですよぅ」

「……ふむ、ではご一緒します」

 

彼女は自分もそれほど艦娘達に好かれているとは思っていない。

しかしこの提督は人を使うタイプ上司である。

自身が強権を握るような人物ではない以上、積極的に機会を作って輪を円満にするべきなのだ。

彼女のようなタイプは自分より周りが強くなるため、裏切られたらひとたまりも無い。

雪風としては、最初の一件から彼女と大和の間が心配だったりする。

 

「大和さんお元気ですかぁ?」

「貴女が居なくなってから、腑抜けていますよ」

「……あの豪華客船どうしてくれましょう」

「致命的な失態は起していませんし、貴女に懐いているが故の腑抜けですので……貴女自身に攻められると哀れかもしれません」

「むぅ……」

 

そう長い会話ではなかったが、雪風は上司の変わりぶりに驚くことが多かった。

どんな心境の変化かしらないが、落ち着いて視野が広くなっていると思う。

慣れてきたということかも知れない。

自分の環境や、艦娘との付き合い方にも。

雪風は彼女の手をとると、演習海域を移すモニター室に向かうのだった。

 

 

§

 

 

モニター室では演習海域の映像と共に無線を通した声も拾える。

そして室内からも海域に無線を通せるので、鎮守府の艦娘達は此処で雪風の帰還を知った。

 

『あら、お帰り雪風。五十鈴が来てあげたわよ』

『五十鈴さん、ようこそいらしてくださいました。どうです居心地は?』

『第一艦隊に起用して貰えたのは良いわよ。でも私で三隻目ってどういう状況だったのよ……』

『なぜか第二艦隊が先に整ったんですよ……』

 

それは主に大和と、それを作った工廠部のせいである。

プライドの高い五十鈴にとって、第一艦隊所属というのはモチベーションが上がるだろう。

モニターに映る新造船の今一隻は、羽黒の姉の足柄だった。

無線で複数が同時に喋ると混乱するため、とりあえず視線だけカメラに向けて手を振ってくれる。

思わず返したくなったが、こちらから向こうに映像は行かないために我慢する雪風だった。

 

『お帰りなさい雪風さん。この度は艦載機の素材、ありがとうございました』

『赤城さんも良かったです。お礼はいずれ身体で払ってくださいです』

『……働けという意味ですよね? 身の危険を感じるのですが』

『気のせいですよぅ』

 

乾いた笑みを浮かべあう赤城と雪風。

 

『大和さん、私の留守中どうでした?』

『さ、寂しかったよぅ』

『私もです。埋め合わせに後でデートしましょうね』

『え?』

『冗談です』

 

喜んだりへこんだり急がしい戦艦大和。

あぁ言うのが可愛げと言うのだろう。

それにしても……

大和、赤城、五十鈴、足柄。

なかなか豪華な顔ぶれになってきたと思う雪風。

名ばかりの第一艦隊旗艦だった頃とは違う。

今はもう、大和は自分の艦隊を率いる身なのだ。

雪風が見たところ、このメンバーなら足柄あたりが戦術面でフォローしているのかもしれない。

別モニターには相手となる艦隊がいる。

それは雪風が抜けて三隻になった第二艦隊の面々である。

 

「しれぇ、少し戦力差がありすぎません?」

「第一艦隊の演習相手が他所に見当たらないのです。臨時掃討作戦の件もありましたしね」

「ふむ、まぁ仕方ないんですかねぇ」

 

其の会話をマイクが拾ったらしい。

珍しく提督が観戦する事を知り、ざわつく第一艦隊。

彼女としてはこうなる事が分かっていたため、あまり顔を出さなかったのだ。

やはり戻ろうかと思ったところで、五十鈴が声を上げた。

 

『やっと五十鈴の活躍を無視出来なくなったのね。良い傾向だわ』

『司令官がご観覧くださるなら、本気出さないとよね! みなぎって来たわぁ』

『一航戦の戦い、御覧に入れましょう』

『え、ど、どうしよう……え、えぅう……』

 

大和以外のメンバーが沸々と闘志を募らせる。

意外に思って雪風を見ると、背中をぽんと押された。

一つ頷くと、彼女は慣れない手際でマイクを操作する。

 

『皆さんの力を見せてください。期待しています』

 

精一杯頑張ってそれだけ言うと、マイクを切って息をついた。

なれない事はするものではない。

でも、悪くない気分だった。

 

『ちょっと、提督』

 

自分の艦隊を激励するという、初めての作業に浸っていた彼女に声を掛けたのは、それまで黙っていた島風である。

第二艦隊のメンバーは此処までは我慢していたが、沸点の低い島風には限界だった。

不機嫌そうな声がスピーカーから、不機嫌そうな顔がモニターから伝えられる。

 

『其処に雪風いるのよね?』

『いますよ』

『まだ何処か悪いわけ?』

『ん?』

 

そう言われて雪風を見る。

雪風は視線を受け、一度首を傾げたがすぐに横に振った。

 

『お元気みたいですよ』

『だったらさぁ――』

「でしたら……』

 

島風の発言に割り込んで、羽黒が声を掛けてくる。

比較的珍しい光景だった。

羽黒は一歩カメラに向かい、真っ直ぐに見つめて口を開く。

 

『そろそろお仕事しよう? 雪風ちゃん』

『早く夕立の面倒をみるっぽい?』

『さっさと来い給料泥棒。スカート履かない露出狂。げっ歯類』

『よく言いましたウサギちゃん。次の賞与の査定は楽しみにしておけ』

『横暴じゃない!』

『横暴ではありません。隊内の私的制裁は、何処の軍にもよく在る事です。昔は』

『私的制裁って自分で言っちゃいけないっぽい……』

『ま、まぁまぁ』

『覚悟するのです島風。今すぐ貴女の旗艦が其処に行きますから』

 

雪風はそれだけ言ってマイクを切る。

スピーカーからは島風の罵詈雑言が流れてくるが、とりあえず無視する事にする。

 

「しれぇ、折角お時間頂いているところを真に申し訳ないのですが……」

「演習開始は、全員が揃わないと出来ませんよ」

「はい! 雪風、出撃します」

「行ってらっしゃい」

 

モニター室を飛び出していく小さな背中。

雪風の復帰戦は、味方との演習になったのだ。

 

 

§

 

 

演習海域に合流した雪風は、一旦自分の部隊を集合させた。

第一艦隊の面々も、大和の傍に集まっている。

演習では細やかな作戦を通信で流すとそれでばれる。

通信の周波数を変えても同じ鎮守府の機械無線である。

艦娘達は意識しなくとも解析し、通じる言葉に訳してしまう。

なので最初にある程度、基本方針は定めておくのだ。

 

「これって何戦目になります? 戦績も教えて欲しいです」

「今回で四回目っぽい」

「大和と赤城だけの時に一回。五十鈴が来て一回。足柄が来て二回目よ」

「戦績は最初に勝った後は二敗しています」

「雪風としましては最初に勝ったというのが、もう奇跡だと思うのです……」

 

そもそも超弩級戦艦と正規空母を相手に、重巡洋艦と駆逐艦二隻で戦えというのが間違いである。

其の段階で敗北必死だが、この時点なら雪風にも勝ち筋を見い出せる。

機動力で劣る大和を羽黒になんとか抑えてもらい、島風と夕立をひたすら逃がす。

赤城の空爆を掻い潜り、夜戦に持ち込めば勝機がある。

しかしその後五十鈴の赴任で夜戦が強化されると共に、機動力のある追撃が可能になった。

それによって、夕立は夜戦まで持たなくなった。

さらに足柄が来た事により、逆にこちらが羽黒を押さえられて手も足も出なかったのだ。

 

「これ詰んでいませんかぁ?」

「え? 雪ちゃんならひっくり返すっぽい」

「其処を何とかするのがあんたの仕事でしょ? 働きなさいよ」

「や、やっぱり無理ですか……?」

「う、うむぅ……」

 

実戦でこの相手と遭遇したら全力で逃げるだろう。

逃げながら追撃者の船速差を利用し、各個撃破に持ち込む。

しかし演習海域の広さでは其処までの距離は走れない。

この鎮守府が演習に使える海域はかなり広いが、それでもある一定を超えると深海棲艦の危険域に突っ込んでしまうのだ。

 

「火力、装甲、航空でぼろ負け、速力、雷撃戦ならこちらが多少有利。夜戦なら赤城さんが動きにくいから、まだ何とか……赤城……赤城さんかぁ……」

「雪ちゃんが凄くエロイ顔してるっぽい」

「夕立も島風も、一回あのおっぱいにふかぁってダイブしてみるといいのです。世界が変わりますから」

「お断りよ」

 

軽口を叩きあいながら雪風の反応を待つ面々。

この会話から赤城を利用する方面で検討していることだけは察した。

夕立のいうエロイとは、相手にとってえげつない、ろくでもない、いやらしいという意味である。

雪風が全力で相手の嫌がる作戦を立てている。

羽黒まで含めた面々が、わくわくしながら自分達の旗艦を見守っていた。

いつの間にか俯いていた雪風は、ふと気づいたように顔を上げる。

 

「この演習って、今後もずっと続くんですか?」

「そんな訳ないじゃない。あんたが復帰して長距離遠征が出来るようになったらお互いそんな暇ないって」

「つまり、これが最後なんですね」

「そうっぽい」

「そうですか……それなら……」

 

使い切りの奇策を持ち込むという手が使える。

真っ向勝負や王道での勝ち筋が全く見えない戦力差である。

雪風自身好きではないが、奇手で相手を挫くしかない。

 

「島風って、過去三回の演習で大破判定貰ってます?」

「舐めんなし」

「なるほど、では回避盾よろしくです。所で、ぽいぬちゃん……」

「っぽい?」

「寝不足ですか? 目、赤いですけど」

 

一方で、大和達は作戦を決めかねている。

五十鈴参戦からこちら、装甲と火力で押しつぶしつつ追撃も可能になった。

足柄が来たことによってさらに火力と追撃戦が増強された。

此処まで戦力が揃ってくると、極正当な砲撃戦に持ち込んでしまうほうが確実である。

しかし相手部隊の旗艦が合流した現状、方針の変更が必要か否か。

 

「駆逐艦一隻増えただけよ。そんなに警戒がいる?」

「五十鈴さん。旗艦が変わった艦隊は性格が全く変わります。用心に越したことは無いかと」

「いや、そうなんだけどさ。それでも真っ向から砲戦と空爆で押し潰す以上の策がある?」

「無いわ。砲撃戦で無傷のまま雷撃戦、夜戦にもつれ込んだらあっちに分がある。昼間に砲戦で叩き潰す事が確実なのは間違い無い。だけどね……」

「保留付き?」

「大和ちゃんがあっちの部隊に出向した時の話聞いたでしょう? 昼間の砲撃戦なら確実にこちらが強い。だから何かしてくる……そう考えるべきじゃない?」

「どうなの大和?」

「読めないなぁ……そもそも雪風は、本気で演習に勝ちに来るつもりがあるのかどうか……」

「ふーん」

 

足柄は肩越しに振り向いて相手陣内を見る。

かなり遠くて判りづらいが、妹の楽しそうな雰囲気だけは伝わってきた。

足柄は羽黒が赴任していることを知り、同じ部隊の配属を最初は希望したものだ。

あの気弱な妹は、誰かが傍で守らなくてはいけない。

それは二人の上の姉達と共有した思いである。

所属が分かれてから、足柄は羽黒の部隊を……

正確には羽黒の部隊のトップの話を、不自然ではない様に集めて回った。

そして大和から雪風が命がけで妹を守った話を聞き、現状は雪風に委ねる事にしたのである。

 

「今は相手が最大の士気で、全力で勝ちに来る想定で対処すべきですよ皆さん」

「赤城ちゃんに賛成かなー。あっちの雰囲気が変わってるし」

「お?」

「そもそもあっちに勝ち目は薄い勝負だった。目的は第一艦隊の錬度向上だから致し方ないっちゃーその通りなんだけど、それでもいい気分はしないじゃない、普通は」

「そうですね……」

「旗艦だった羽黒は真面目だから、従順な演習相手を本気でやってくれていた。でもこの戦力差で勝つつもりも、最初から無かったと思うのよ」

 

そんな妹が、楽しそうにしている。

自分は傍にいないのに、雪風の揮下で戦う現状に楽しそうなのだ。

足柄としては、それが少し癪だった。

 

「まぁ、多分今は勝ちに来るわ」

「そりゃそうでしょ? 態々負けに来るはず無いじゃない」

「いや、五十鈴ちゃんはそうなんだろうけどさ……まぁ良いか。とりあえずね赤城ちゃん」

「はい」

「私が雪風ちゃんなら、貴女を狙うわ」

「私……ですか」

「えぇ。貴女演習四回目で実戦無しよね? 艦載機の感覚戻ってる?」

「む……」

 

艦娘には様々な種類があるが、空母は少し特殊な立ち位置になる。

直接的な砲も積めるが、多くは妖精を封じた艦載機を飛び道具によって解き放つ。

解き放った後は妖精が艦載機を操作する。

この妖精は羅針盤や工廠の連中よりは素直だが、だからこそ妖精との意思疎通と精密操作には慣れがいる。

ましてや相手は人型の深海棲艦や艦娘である。

かつてより遥かに小さな標的に対して攻撃せねばならず、妖精達の錬度もかつての自分の艦載機には及ばない。

そもそも妖精はかなり近視眼的に目の前の相手を攻撃したがる部分があった。

赤城としては本当にやりづらい戦闘を強いられている。

さらに今、赤城は翼の片方を失っている状態である。

一航戦の片割れ、加賀。

かの空母が此処に在ればとの思いは、赤城は人一倍だったろう。

初戦の演習での敗北も、自分の不慣れが大きく響いた結果であったから。

 

「艦攻、艦爆機の使い方はそこそこ戻してきています。空戦担当の扱いについては機会が……」

「其処は仕方ないし、相手にも艦戦機使う船は居ないから大丈夫よ。だけど言い換えれば、赤城ちゃんの艦戦機がほぼ遊びになってる現状があるわけだ」

「成る程、ですが今から装備換装は不可能です」

「だねぇ。内訳ってどれくらいだったかしら?」

「艦攻二十七、艦爆一八、艦戦二八機です」

 

それを聞いた足柄は、実質頼れる戦力を艦攻二十七機と割り切った。

今の赤城の艦爆では、雪風達を正確に捉えるのは難しいだろう。

一番遅い夕立ですら三四ノット。

島風に至っては四十ノットを越える速度お化けである。

 

「赤城ちゃんに射線を通さないほうが良いかもね。羽黒の火力なら下手すると装甲抜いてくるわ」

「五十鈴はまた夕立狩りで良いのかしら?」

「いや……基本雪風ちゃんと対峙して頂戴。何かするとすればあの子だろうけど、五十鈴ちゃんなら勝てるでしょ?」

「当然よ」

「大和ちゃんはひたすら羽黒狙い。あの子回避上手くなってるから苦労するだろうけど、私も羽黒を狙うわ」

「あっちの砲戦火力は羽黒さん頼みだものね。全力で狙います」

「よろしくね。後、島風ちゃんの速度で引っ掻き回されると面倒だわ。だけど船速であれに勝てる船は無い。此処は赤城ちゃんの艦載機で牽制しましょう。沈めるつもりでお願いね」

「判りました。夜戦対策は?」

「夜戦にもつれ込んだとしても、雪風ちゃん、羽黒、夕立ちゃんのうち二隻を戦闘不能にしておけば押し切れるって。連装砲が特殊な島風ちゃんを戦域から追い出して、他三隻を確実に落とす」

「そうね。負け難い手だと思います。コレで行きましょう」

 

足柄のまとめに頷く大和。

艦隊を散開させ、所定の位置に就く。

雪風、夕立がどこに居ても追撃しやすいように五十鈴がセンター、その左右を足柄、大和が固め、後衛に赤城を敷く布陣である。

手を上げてモニター室に合図すると、向こうでは雪風も手を上げている。

雪風達の陣形は、最右翼の島風を先頭にした斜線陣だった。

 

『それでは、はじめて下さい』

 

演習海域に司令官の声が響く。

第一艦隊と第二艦隊の演習戦が、こうして幕を開けた。

 

 

§

 

 

陣を作ったまま微速前進し、圧力を強める大和達。

対する雪風達は島風を先頭に前進し、双方の距離が詰まっていく。

50000㍍で始まった演習は二十分程で艦列から突出した島風が大和から25000㍍を切り、最初の砲撃が始まった。

遠距離にも拘らず常識外の正確さで飛んでくる砲弾。

そして大和達前衛の頭上を飛び越え、赤城の九七艦攻が迫ってくる。

それは先端の島風を囲うように展開し、複数の魚雷を放り込む。

41cm連装砲と艦攻から放たれる魚雷に囲まれながら、ギリギリの回避を決める島風。

すり抜ける際に連装砲が一基巻き込まれて大破したが、本体はまだ無事だった。

この時島風が避け切れなかったのは、トップスピードに乗っていなかったからである。

島風は三十五ノットで接近し、残り三隻は三十ノットで前進していた。

 

『遅いってぇ! 私を捕まえたかったらその十倍の艦攻機持ってきなよ赤城ぃ!』

 

通信が赤城の耳にも届くが、表情一つ変えずに航空雷撃を続ける。

それは島風の前進を阻み、後退を強制した様に見えた。

しかし島風の後退にあわせて、雪風達の陣形が変化する。

右翼の島風が最後尾まで後退し、代わって左翼後方にいた雪風が先頭に来る。

中側の夕立と羽黒も速度調整で前後を入れ替え、左右逆に展開した斜線陣へ。

その運用自体は難しくないが、この時陣形の変形速度が異常なまでに早かった。

少なくとも大和達はそう感じる。

第二艦隊は最初の突進を自身の最速より五ノットも抑えて前進していた。

速度差自体は各船のトップスピードと変わらなかったが、全員がそろえる事で最大速度と誤認した。

その緩急を、陣形展開時に解放する。

四十ノットで後退して最後方に着いた島風と、三五ノットで前進して先頭に立った雪風。

そして三十ノットの前進を続ける夕立と羽黒。

後退を続ける島風と、前進を続ける三隻の距離が開く。

その間隙に赤城の艦爆機が滑り込み、第二艦隊は分断された。

島風は艦列に戻ることを放棄し、爆撃と雷撃を避けながら戦域を大きく迂回する。。

大和達の距離と雪風達の距離は、20000㍍を切った。

既に大和と足柄の射程距離だが、此処で雪風は前進を止めると、敵艦隊の正面を並行するように左舷へ流れた。

雪風のマーカーだった五十鈴が視線を向けるが、この動きが自分への釣り出しで在る事は読みきれた。

不用意に追えば羽黒を狙う大和、足柄の射線を横切ることになる。

 

『その三十六ノットはお飾りですかぁ五十鈴さん?』

『お黙りおチビちゃん』

『では黙りますが其の前にお一つ。其処結構危ないですよ』

『あん?』

 

昼間の砲撃戦で、雪風達は羽黒の火力に頼るほかは無い。

大和と足柄はそれを承知し、二人掛りで羽黒を落としに掛かっていた。

二隻の集中砲火を受けて羽黒の前進が止められる。

しかし重量級三隻の砲撃戦を掻い潜った夕立は、敵陣中央の五十鈴に肉薄しかけていた。

両者の距離は12000㍍を割り込んでいる。

既に10㌢連装高角砲と、12.7㌢連装高角砲の射程に入った。

敵旗艦と主力の動きの間隙に、思わぬ小物に接近を許していた事に若干いらだつ五十鈴。

大和も足柄も夕立の接近に気づいてはいたが、五十鈴がしっかり待機して、艦列に穴を開けなかったために問題視していなかった。

双方10000㍍を切った距離から砲撃戦が展開される。

 

『あら、五十鈴に御用?』

『最っ高に素敵なパーティしましょう』

 

五十鈴の12.7cm連装高角砲が、夕立の艤装に着弾する。

しかし返礼とばかりに撃ち込まれた10㌢連装高角砲は、五十鈴の意識を刈り取った。

 

『っ!?』

『え?』

『五十鈴ちゃん!?』

 

夕立は中破判定を受けながらも五十鈴を落として前進し、大和と足柄の艦列の間に割り込んだ。

二隻は副砲の一つを同時に向けるが、夕立越しにお互いの姿を見てしまう。

重巡洋艦と戦艦が、副砲とはいえ誤射すれば被害は決して無視できない。

足柄と大和の視線が交差し、大和は目を見開いた足柄を見た。

 

『大和ちゃん外! 右翼っ』

『え……あ!?』

 

大和は別の副砲で外へひらく動きの雪風を牽制はしていたが、主砲に比べると操作が拙い。

そもそも大和は中抜きされ、その艤装はマイナーダウンしているのである。

大和自体の能力は高いが副砲の性能は寧ろ低く、雪風には全く当たらない。

其処に来て視線まで外した瞬間、雪風は羽黒、大和、足柄、夕立が入り乱れる戦域を掠め、一気に大和後方の海に躍り出た。

 

『やっば!』

『突破されます!』

 

既に赤城まで阻むものが無い。

夕立も五十鈴に大破判定をつけた余勢を駆って赤城に襲い掛かる。

さらに艦攻機と艦爆機に分断されて戦域を大きく迂回した島風が、赤城の右舷後方から喰らいつく。

この時羽黒は既に中破判定まで追い込まれていたが、まだ落ち切っていなかった。

 

『押し切ります! 敵は正規空母、一航戦赤城唯一隻ですっ』

『覚悟してね赤城!』

『勝負どころっぽい?』

 

駆逐艦三隻に半包囲された赤城。

艦娘としての空母は自衛手段が乏しい。

島風の周囲に群がる艦載機が、母艦の危機を察して戻ろうとする。

駆逐艦トリオの狙いは、実戦経験の少ない大和にも理解できた。

至近距離からの肉薄魚雷。

中破判定の夕立は魚雷発射管がロックされているが、当人は気にする様子も無く突っ込んでくる。

同じ兵装であろうと、使う艦娘によって性能が異なるこの世界。

夕立が突き付ける10㌢砲の銃口は、雪風や島風が抱える魚雷よりも威圧感があった。

大和と足柄の砲撃が苛烈さを増し、羽黒を更に追い詰めていく。

しかし刻一刻と肉薄してくる駆逐艦。

後方からその全てを俯瞰していた赤城は、大和達が間に合わない事を悟る。

先手は譲らねばなるまい。

しかし初撃に耐え抜けば、雪風の後方から大和と足柄が襲い掛かる。

其の瞬間まで持てば良い。

腹を括った赤城。

その時、矢筒の中に残された二八本の矢がカタカタと震えた。

 

「もう……」

 

それは艦戦機達の声。

自分達の出撃を請う妖精達の嘆願だった。

空母とは己が沈む時、子たる艦載機を全て解き放つもの。

赤城自身は此処で負けるつもりなど微塵も無いが、艦戦機達が逃がせと言うならそうしようかと思う。

心得のあるものなら感嘆の息を吐く速射によって、艦戦機全てを発艦させる。

ちゃんと帰ってくるのなら、今は何処へでも逃げていい。

其の心算で送り出した艦戦機達。

しかしこの時、妖精達は雪風達の……

そして、赤城すらも予想外の行動に出た。

発艦した零式艦戦達は機体の耐久限界すれすれの速度で急降下し、機銃を放ちながら身体ごと三隻の駆逐艦に飛び込んでいった。

 

「っ!? 止めなさいっ! 戻ってっ」

 

対空性能の高い10㌢高角砲を積んだ雪風達である。

性能に合わない無理な行動の代償に、零戦達は瞬く間に撃ち落された。

 

『くぅ!?』

『邪魔っぽい!』

『ちょっ、こいつらぁ』

 

しかし彼らの特攻は、雪風達の足を五分止めた。

羽黒が大和と足柄の二隻から、必死に稼いだ時間。

それを稼ぎ返された。

赤城が左舷後方に離れていく。

僅か5000㍍遠くなった距離が、雪風の計算を狂わせた。

雪風は自分が居ない間に、この鎮守府で流れていた時間の壁を実感する。

赤城は雪風達が持ち帰った資材を……

そこから生まれた艦載機達を、本当に大切にしていたのだろう。

一本一本の矢に篭められた妖精達が母艦の危機に駆けつけ、その一部が特攻までしてきた光景に雪風は苦い思いを抱く。

同じ鎮守府所属の仲間としては心強いが、今は競い合う相手である。

せめて今少し赤城と話す機会があれば……

赤城と艦載機が育んだ絆に関して情報があれば、別の計算式を打ち立てたろう。

最も、情報不足は相手も同じ。

夕立の猛攻だって、十分相手の計算を狂わせたはずである。

だから不公平だとは思わない。

 

『羽黒さん、支えてください!』

『はい。行ってください!』

 

雪風達は最大船速で赤城を再追尾する。

肉薄した島風の魚雷と真正面から打ち込まれた夕立の弾丸が、正規空母の装甲を打ち抜いて中破判定を取る。

しかし大和を迂回し、夕立より遠回りした雪風の追撃が僅かに遅れた。

艦載機の奮戦によって同時攻撃を波状攻撃にずらされた雪風は、自分達が離脱のタイミングを逸したことを悟る。

赤城を大破判定に追い詰めた時、羽黒を撃墜した大和と足柄はこちらに照準を定めていた。

 

「あー……もう……」

 

手が無かったわけではない。

赤城を倒さなければ良かったのだ。

中破判定のまま漂流させておけば……

大和と足柄の射線に居る自分達の真後ろで背負えば、盾に使うことも出来た。

勝つ事が目的ならば雪風はそうしただろう。

しかし此処は必ず、赤城を落として見せなければならなかった。

 

『総力戦、行きますよ!』

『っぽい』

『うー』

 

装甲と火力で圧倒的に勝る相手に先手を取られ、離脱のタイミングまで逸した砲撃戦。

既に羽黒の砲撃で小破していた足柄を夕立が中破判定に持ち込んだが、第二艦隊の攻勢も限界点に達していた。

足柄によって夕立が落とされ、旗艦の雪風も大和の砲撃によって大破の判定が下された。

 

『……演習を終了します。お疲れ様でした』

 

彼女の声が演習海域に響き、艦隊決戦に幕が下りる。

勝利したのは第一艦隊。

しかし彼我の戦力差を考慮した時、考えられないほどに縺れた泥仕合になっていた。

 

 

§

 

 

「駆逐艦に抜かれて正規空母を落とされてしまった大和さん。どんな気持ちですか? ねぇねぇ、今どんな気持ちですか?」

「あうぅうぅうううう~」

 

演習後の食堂。

疲労回復に甘味のアイスクリーム等を嗜みつつ、第一、第二両艦隊の旗艦が隣り合って座っている。

鎧袖一触で一蹴出来る戦力差があったはずだった。

それを斜線陣で距離感を狂わされ、夕立の接近で乱戦に持ち込まれた挙句後衛まで食い付かれた。

島風の異常な回避能力や夕立の大火力には言いたい事もある。

雪風も含めてだが、お前らのような駆逐艦がいるかと主張する大和だった。

 

「こっちの戦術を夜戦しか考えていませんでしたね?」

「はい……」

「五十鈴さんをセンターに据えたT字の配置も疑問です。ぽいぬちゃん程は無くても、雪風や島風だって軽巡の装甲くらい撃ち抜けますよ? 五十鈴さんは遊撃において、壁に使っちゃいけません」

「……ですよね」

「同じ作戦でも、大和さんと足柄さんをツートップでY字に展開し、お二人の間で二列目に五十鈴さんを据えて、側面を抜かれそうになったら食いつかせれば雪風も同じ手は使えませんでした」

「なるほど……」

 

雪風が振り返りながら思い出すのは、大和の部隊の新鋭二人。

一戦交えただけではあるが、その性格の一旦は垣間見えた。

五十鈴は勝気な性格から、戦闘準備や配置決めの段階で前線に出たがる。

しかし一旦戦端が開かれれば、意外と頭が冷えるらしい。

こちらの釣り出しを見抜いて艦列を乱さなかった事と合わせて考えると、開戦前を如何に抑えるかに大和の力量が問われるだろう。

逆に足柄は砲撃戦が始まると頭に血が上るタイプだと思う。

駆逐艦三隻が抜けたとき、赤城の救援に行かずに羽黒との砲撃戦を続行した点はいただけない。

あそこは中破状態だった羽黒を大和に任せ、反転追撃して赤城と挟み込むべきだったと思う。

当然そうくるものとしてギリギリの時計管理をしていた雪風は、赤城の艦載機に予想外の抵抗を受けた時には冷や汗をかいたものである。

最も、赤城との間に不和がある可能性や相手が妹だったから拘った可能性も合わせて考えると、足柄の判断は保留の要素が大きいが。

 

「それと羽黒さん狙いが露骨過ぎましたね。お陰で夕立が無警戒で皆さんの喉下まで喰らいつけました」

「足柄さんが言うには、羽黒さんの砲撃に匹敵する痛さだったらしいんだけど……」

「あれは……運が悪かったと思ってください。ぽいぬちゃんキラキラしていたんです」

 

火力面の切り札として猛威を振るった夕立。

回避盾として赤城の艦載機をほぼ無力化した島風。

大和、足柄といった同等以上の相手に対して戦線を維持した羽黒。

皆尋常ではない活躍をしてくれた。

そんなパフォーマンスが出来たのは、雪風が帰ってきたからだろう。

今回の演習で大和が感じた第二艦隊の勢いは、羽黒が旗艦代理だった頃には無かったものである。

 

「夕立の攻撃色なんですかねーあの目。前にも一回見た気がするんですけど、背筋凍りますよ。あ、私沈むなって」

「それ程ですか……」

「大和さんは感じないかもしれませんが、駆逐艦の目線で同系があの火力振り回すって考えると寒気がしますよ? 敵だったら尚更でしょうね」

 

そんな夕立は五十鈴に拉致され、一対一の演習戦を延々と繰り返させられている。

弾薬の消費がかさむが、大和を一回演習に出すより遥かに安上がりなのが微妙なところである。

 

「もう一隻空母が欲しいですねぇ。赤城さん、あれから空対空の練習出来ていないでしょう?」

「それもありますが、最後まで島風さんに当たらなかったのが悔しかったんでしょうね……鍛錬場に引きこもってひたすら弓を引いていました」

「島風が捕まる訳無いじゃないですか……オルモックでおよそ三百機に襲われても頭上は避けきった化け物ですよあれ……」

「そうなんですけど、赤城さんって他と比較して自分を慰めるような性格してないので……」

「まぁ、加賀さんと連携すれば捕まえるでしょうけどね。まだまだうちの鎮守府も、完成には遠いようです」

「そうよね……第二艦隊にも空母は必要でしょう?」

「そうなんですよ……雪風としましては低燃費な方がいいのですが、島風との速度差がありすぎるとそれはそれでやり難くてですね……」

 

深い息を吐く雪風にを見つつ、少し溶けかけたアイスを一口。

かつてホテル等と呼ばれた環境のせいか、大和は料理が得意である。

このアイスにしても自分で作ったほうが美味しく作れる自信があった。

今度雪風に作ってみようと思う。

 

「それにしても、大和さんの部隊は中々に整ってきたじゃあないですか。潜水艦に強い五十鈴さんに、経験豊富な足柄さんが居てくださる。足も速いですし、正しく補強というに相応しい配置だと思いますよ」

「工廠部が珍しくやる気を出してくれたという事なんでしょうかね……揺り返しが怖いですが」

「多分しれぇが適当に依頼して、どんな艦娘が来ても何処かに配属する心算だったんだと思いますよ。第一、第二艦隊に合わない子が来たら第三艦隊を作るつもりだったとか」

「なるほど。あの妖精にはそうやって対応すればいいのか」

「最初から予定を立てておくと泣きを見ますからね。出来た子を見てから考えたほうが効率がいいんでしょう」

 

雪風が最後の一口を食べ終わる。

其処でふと大和の手元を見ると、半分ほど残ったアイスクリーム。

大和は何も考えずに自分のスプーンで掬うと、雪風の口元にさしだした。

 

「あむぅ……あぁ、甘味は素晴らしですねぇ」

「甘いものはお好きですか?」

「命の潤いです」

「それでは、今度スウィーツをご馳走します」

「おぉ、大和さんの手作りで?」

「無論です」

「ありがとうございます」

 

雪風はそういうと、少し表情を改める。

 

「雪風達は大和さんの艦隊が進撃を続ける際、最も困ることをして見せたつもりです。お気づきですか?」

「航空戦力潰しですね……」

「はい。今の第一艦隊に赤城さんの替わりは居ません。もしあの演習が出撃中の戦闘なら、撤収せざるを得なかったと思います」

 

多数の艦載機を持つ空母は、索敵や制空権争いで戦況を大きく左右する。

さらに第一艦隊が大和を失ったとしても、残ったメンバーは赤城を旗艦として進撃を続けることが出来る。

しかしその逆は成立しない。

最も旗艦として比べた時、大和が赤城に劣るとは思っていない雪風である。

赤城は澄み切った清流のような気質の持ち主であり、そんな赤城の艦隊では息が出来なくなる魚も出てくるだろう。

決めるところを外さなければ、普段は大和くらい抜いてくれた方が気が楽である。

 

「だから結果はともかく、最初から赤城さんを後方に配置したのは、良かったと思いますよ。花丸あげちゃいます」

「あ、ありがとうっ」

「きっと足柄さん辺りが考えたんでしょうねぇ」

「其の通りですぅ……」

 

テーブルに突っ伏した大和の背中を、雪風の小さな手がさすった

あえて伝わらない言い方をしたが、雪風は大和も賞賛した心算である。

考えたのが足柄でも、その意見を入れて実行したのは旗艦である大和なのだ。

 

「あ、後ですねぇ」

「ふぇ?」

「最後、雪風を大和さんが撃ったじゃないですか」

「あぅ。ごめんなさい……」

「謝らなくてもいいのです。あれ、避けられましたから」

「は?」

「砲塔の角度も発射のタイミングもほぼ正確に測っていました。予想通りに撃ち込まれて、其の通りに当たってしまったんですよ」

「な、なんで?」

「……秘密です。だけど、負け惜しみだと思ってくれても構いませんよ」

 

見惚れていた、なんて絶対言ってやらない。

戦艦大和が真っ直ぐに自分を見据え、砲撃する一挙手一投足に魅入っていたなんて如何して言えようか。

華があるということだろうか。

戦場に凛と立つ大和は、本当に格好良かった。

 

「さーて。それでは雪風は行きます。第二艦隊の引継ぎと日誌書かないといけないので」

「あ、私も報告書上げないと……」

 

雪風は椅子から立ち上がり、大和も続く。

どちらからとも無く手を繋ぎ、艦隊旗艦に割り振られる執務室へ向かった。

小さな雪風に引っ張られて歩く大和は、繋いだ掌の熱が顔に上ってくるのを自覚した。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

ひさしぶりにかえってきたら、うさぎちゃんにいっぱいひどいことをいわれました。

こんどしまかぜのすかーととぱんつをいちどにぜんぶあらってやりたいとおもいます。

やまとさんたちとえんしゅうじあいをやりました。

みんないっぱいいっぱいがんばってくれました。

ゆきかぜもみならいたいとおもいました。

とくにゆうだちがあらぶっていました。

あのぽいぬはおこらせてはいけないこだとあらためておもいました。

 

 

 

――提督評価

 

演習お疲れ様でした。

島風さんは貴女の出向中、大人しいを通り越して暗くなっていたんですが……

元気になってくれたようでほっとしています。

大和さんから上がった報告書によれば、現状の問題点と注意点が良く判ったとの事でした。

今後第二艦隊は物資収集に赴いていただきますが、折を見て再度演習したいと第一艦隊の皆さんから打診があります。

正直厳しい戦力差であると私自身認識しましたので、引き受けるかどうかは第二艦隊の皆さんが決めてください。

改めて書きますが、お帰りなさい雪風。

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりの投稿です。
リアル事情で艦これもデイリー回すのに精一杯にorz

神通さんが改2実装されたそうですね。
少し古傷が痛みだしましたので懺悔させてください。
私が提督に就任したのは二月初めでした。
当時の私は、始めるゲームの事前情報は一切入れない、ウィキとか邪道! というプレイスタイルで始めていました。
油断であり、慢心だったと思います。
最近のゲームで、まさかキャラロストがあるなんて……
奇跡的に轟沈者を出さずに、逆に言えば危険に気づかずに初めて乗り込んだ1-4。
メンバーは神通さん、夕張さん、五十鈴さん、雷ちゃん、響ちゃん、夕立ちゃんだったとおもいます。
初めての広いマップに興奮しました。
被害をもらいながらも進撃していき……
私にとってのミッドウェー海戦が始まりました。
初めての艦載機。
母艦ヲ級様の開幕カットインと艦攻機。
驚愕に慄く司令部(ディスプレイ前の私)
大破していく艦娘達……
そして轟沈した神通さん……
初めての、そして私にとって現在でもたった一人、沈めてしまったのが彼女です。
ゲームのプレイスタイルごと変えるきっかけになり、その後雪風が就任するまで長い長い足踏みを余儀なくされた海戦でした。
いまの所、艦これで一番衝撃を受けた出来事でしたね。
だって艦娘のHPが30そこそこだった当時、敵空母のHPって85ですよ奥様……
勝てるイメージが全くわきませんでした。
今ではフラッグシップ戦艦とか出てきていますが、うちの鎮守府における最大の敵はヲ級さんだったりします。あれフラヲになると夜戦までしてくるのね……またトラウマ増やす所だった;;
神通さんは今、二代目が供養として第三艦隊の軽巡枠を担当しております。
レベルもそこそこ上がってきました。
もう一回、神通さんそだててもいいのかな……初代神通さん、本当に御免なさい;;



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あ号作戦
あ号作戦


転職作業があるので少し忙しくなりそうです。次は決まっているのですが。
4月からしばらくは新天地で一年生だから大変そうです;;


第一艦隊がようやくの活動を開始し、鎮守府もにわかに活気付いた。

大和達は連日の出撃と補給を繰り返し、着実に戦果を上げていく。

しかし光あるところに影もあり。

華やかな第一艦隊の活動の裏で、泣かされている裏方も存在する。

 

「しれぇ! ちょっもう無理! なんですかこの補給計画はっ」

「……いや、それをそっくりそのまま実行出来る等とは思っていないのですが……」

 

出撃毎に使用される燃料。

湯水のごとく消費される弾薬。

入渠するたび修理にまわされる鋼材。

そして赤城専用資材のボーキサイト。

それらを全て支えているのは、後方勤務担当の彼女と、雪風達第二艦隊である。

 

「流石に期限七日で各資材5000は無理っぽいです」

「そのうち2000は私が大本営に出させますよ……そちらの担当は3000です」

「七日でその量と言いますと、何時ものアソコしかないのですが……」

「其処に行くのは、出来れば控えていただけませんか?」

「連合鎮守府の掃討作戦やって、比較的安全な時期ではありますよ?」

「その通りかもしれませんが、深海棲艦の総数からすれば微々たる物でしょう? 私にはあの作戦に意味があったとはあまり思えないのですが……」

「まぁ、あいつらその気になったら即日のうちに湧いて出たりしますからぁ……そう滅多にはないですけど」

 

司令室には提督たる彼女が普段使うデスクと、臨時で雪風が使うデスクが用意されている。

其処には第一艦隊が上げてくる報告書と鎮守府スタッフ達が上げてくる報告書が山積している。

主に前者が要望書であり、後者が備蓄報告だった。

 

「……戦線の拡大に伴い、必要とされる物資は前回とほぼ同数……」

「前回って各資材で1500以上送りましたよね……この要望五回目ですよ……」

「まぁ、前線組みにはあちらで言いたい事もあるはずです。必要というなら送るしかありません」

「ですね。此処が踏ん張りどころです」

 

彼女も雪風も思うところはあるのだが、前線で命がけで戦っている大和達にはそれ所の話ではないだろう。

無意識にカレンダーに視線を投げた雪風は、同じくカレンダーに死んだ瞳を向ける彼女に気づいた。

 

「後二週間……半分までは来たわけですね」

「綱渡りから始まった作戦が、此処へ来て糸渡りくらいの難易度になってきましたよぉ……」

 

事の起こりは二週間前、大本営から『あ号作戦』の参加打診が来たことだった。

一月の全力出撃によって、可能な限り多くの深海棲艦を撃滅する掃討作戦。

これはあくまで打診であり、参加の選択権は前線の提督にある。

しかし鎮守府としてはある程度、深海棲艦討伐の実績を示さなければならない。

やり方は各鎮守府によって違うが、概ね程ほどにノルマをこなして比較的自由な運営を許されているのである。

 

「うぅ……私が慎重になりすぎたということでしょうか……第一艦隊の結成が遅くなったツケですかね」

「雪風の大破と連合鎮守府で無駄にした時間が痛かったです……」

 

大規模物資集積地の深海棲艦討伐に参加した鎮守府は、その実績でほぼ今季のノルマを終えている。

しかし単艦で出向して前線に出なかった雪風とこの鎮守府は、実績として不足と捉えられたのだ。

其処へ来て此処は戦力が過剰に整っている……と見られている節がある。

戦艦大和と、空母赤城のネームバリューは非常に大きいものがあった。

実を言えば彼女が中抜きされた大和を素材に回そうとしたのも、ネームバリューから来る要求の加速に、大和が応えられないと見切った為であったのだ。

大本営への報告を工夫して時間を稼ぎ、何とか大和の戦闘力確保と第一艦隊起動にこぎつけた彼女。

しかし第一艦隊が活動する資材までは十分な量が確保できないまま、今季の収支報告が迫ってきている。

殲滅作戦と補給作戦を同時決行するしかなくなった鎮守府は、フル回転でそれぞれの持ち場を回していた

雪風の部隊もこの二週間で大小四回の輸送作戦を展開している。

今此処で提督と執務をしているのも、夕立と羽黒の入渠による貴重な時間を使ってのことである。

頭を抱える二人の下に来訪者が現れた。

 

「うー」

「どうしました、島風さん」

「……報告があるの。良い方と悪い方、どっちから聞きたい?」

 

彼女は雪風と視線を合わせ、お互いに暗い顔を確認した。

もう嫌な予感しかしないが先延ばしに出来る問題など、今は何一つないのである

 

「良い方から教えてください」

「大和達が撃破した敵空母、ヲ級の数が一定数を超えたらしいわ。大本営はこの件を評価し、各資材200ずつ早急に搬送してくれるって」

「おお!?」

「……で、悪いほうってなんですか?」

「…………」

 

島風は沈痛な面持ちで項垂れる。

傍若無人でマイペースで基本他人など気にしないこの鬼畜艦が、物凄く気の毒そうにつぶやいた。

 

「……その時の戦闘で大和、赤城が中破。修理に鋼材1200追加と、高速修理溶液、通称バケツの追加要請が工廠部から……」

「おぉ……」

「此処へ来て大型二隻が揃って中破とは……大和さんも赤城さんも空気読んでくださいよぉ……」

 

現在大和達がいる前線は、一度深海棲艦に攻め落とされてから放置されていた鎮守府にある。

其処を工廠部の妖精と共に再制圧し、施設をそのまま間借りしていた。

戦場に近いその場所を拠点にし、必要資材を送り続ける。

それは時間の無さとノルマの厳しさから雪風が提案した事であり、それによって第一艦隊は一々此処に帰港して補給や入渠を受けることなく戦い続けていられるのである。

しかし戦闘の回転が速いという事は消費する資材も嵩むと言うことであり、覚悟していたとはいえ第二艦隊はギリギリの運用を強いられていた。

 

「しれぇ……バケツの備蓄は?」

「あ号作戦展開後から増産している分があります。しかし此処へ来て鋼材の追加ですか……」

「工廠の連中が居ない間に、あのごく潰し妖精が趣味で作ってる玩具を解体してしまいましょう。緊急事態ですので、提督命令で」

「纏まった鉄に出来そうな玩具がありましたっけ?」

「ベネット部長この間、大和さんの船速アップ計画に波動エンジンとか、そのエネルギー使った波動砲とか作っていましたよね。あれは鉄も弾薬もやばいくらい使っていたはずです」

「……あぁ、専門用語で搭載に十スロットとか使う産廃ですね……威力と射程は素晴らしいので固定砲台にする計画が持ち上がっていましたけど」

「そっちは雪風も興味があったんですけどね。今はそれどころじゃありませんから、もう派手に解体して前線に送りましょう」

 

実現されていれば世界初の快挙となったであろう波動エンジンの運用は、このような事情によって闇に葬られたのであった。

戦火は大小の悲喜劇を生み出しながらも加速していくものである。

 

「鉄に続いて弾薬も何とかなりそうですね。ボーキサイトは知り合いの鎮守府に空母嫌いの偏屈が居ますのでそちらに打診してみます」

「問題は燃料ですね。ボーキは使わない提督も居ますけど燃料は何処も使いますから」

「全くです。島風さん、夕立さんと羽黒さんの様子は?」

「元々小破だしね。後三十分も浸かっていれば回復するよ」

「なるほど。それでは雪風、すいませんが……」

「了解です。第二艦隊、補給任務を続行します」

「……出立は明日になさい。八時までを自由行動とします。半日になりますが、休暇に当ててくださいね」

「ありがとうございますしれぇ」

「うー」

 

雪風はそういうと、島風と共に司令室を後にする。

ありがたいことに休暇である。

休暇とは自由行動である。

何をしても許されるなら……仕事をしてもいいはずだ。

 

「羽黒さんと夕立が出てきたら、例の会議室にご案内してください。雪風はお菓子の用意です」

「またミーティング? 今度はなによ」

「本来なら陸奥さんの意味深な、私の中で火遊び発言の真相に迫りたかったんですけどねぇ。ゲストにご本人もお招きして」

「……あんた絶対早死にするわよ?」

「雪風は沈みません。けど、島風はどうです? ちゃんと雪風についてこられますか」

「舐めないでよ。あんたがついて来い」

「ふん、です」

「ふん、だ」

 

お互いにシニカルな笑みを浮かべ、それぞれの目的に解散した。

この二人は側で見ていると結構良いコンビである。

当人達は絶対に認めないようにしていたが。

 

 

§

 

 

第二艦隊が会議室と名づける空き部屋に四隻の艦娘が集まった。

戦艦大和をして駆逐艦詐欺の異名を取った雪風、島風、夕立と、重巡洋艦の羽黒である。

この度のお茶請けは、竹の子の姿を模した焼き菓子にチョコレートをまぶしたアレ。

会議室での第一声は、このお菓子を見た夕立から始まった。

 

「このお菓子を用意したのはだれ! 女将をよぶっぽい」

「なんですかぽいぬちゃん。まさか我が艦隊にキノコ派の賊軍がいらっしゃるはずがありませんよねぇ?」

「いかに雪ちゃんといえど、苦境にあって尚戦うキノコ派の同士を賊軍呼ばわり……ダメっぽい!」

「歴史は勝者が作るのです。キノコ竹の子戦争は竹の子派を勝者とし、やがてキノコの里殲滅戦に展開して終わりを迎えることでしょう」

「あたしは……絶対阻止してみせるっぽい」

「無駄な足掻きです。それはそうと、召し上がれ?」

「まいうー」

 

主義主張はあれど、出されるお菓子に罪はない。

結局一番数を消費するのは夕立であり、羽黒すら先のやり取りに口を出さなくなるほど慣れてしまっていた。

 

「さて、皆さん人心地ついたところで、お手元の資料をご覧ください」

「……赤城のおっぱいレポートって書いてあるんだけど?」

「おっと間違えました。これは工廠の皆さんからお小遣い貰って書き上げた副業です」

「雪風ちゃん……」

「っぐ!? 羽黒さんの可哀想なものを見る目は堪えるのです……」

 

雪風はレポートを回収すると、今度こそ本当の資料を回す。

 

「資材の備蓄と此処二週間の消費量ですね」

「はい。備蓄が右肩下がりで消費が鰻上りです。仕方無い事ですが」

 

苦笑する雪風に深い息を吐く艦隊メンバー。

備蓄のグラフには第二艦隊の遠征や司令官の交渉によって一瞬だけ持ち直す時もあるのだが、次の瞬間には前線に搬送されている。

 

「綱渡りとはいえ必要な物資はそろえて送っておりますし……現状第一艦隊の皆さんにも轟沈者は出ておりません」

「よかったっぽい」

「しれぇが計算する大本営からの心象とノルマも、このペースなら黙認に持っていけそうだと言うことです」

「つまり『あ号作戦』が終わる後二週間、現状を維持出来ればやり過ごせるってことよね」

「その通りです。まぁ、見ていただくと判る通りその現状維持に必要な物資が、そろそろヤバイということなのですが」

 

雪風は先ほど司令官と話していた事を告げていく。

この先を乗り切るために必要な物資は各種5000。

その内2000は提督がやりくりしてくれる。

今回大和達が中破したが、その修理は兵器解体で補う事等。

 

「戦っている以上修理が必要なのはしかたありません。まして大和さんや赤城さんは大型船。強い分物資消費しますし、お風呂も時間が掛かります」

「今後の事も考えて、バケツも集めておきたいですね」

「その通りです羽黒さん。後しれぇからなのですが、今後しばらくいつものアソコは寄らないで欲しいそうです、危ないので」

「しばらくって?」

「第二艦隊の戦力増強が整うまでですかねぇ……」

「……今はこっちより第一艦隊でしょ? 最低限機能するけど私が見たって危なっかしいわよ」

「実戦部隊としては四隻って少ないんですよね。制空権は赤城さんしか守れない上に、潜水艦は五十鈴さんしか倒せません。三式弾の開発と対潜要員の増員……まぁ補給任務の第二艦隊より戦力増強が必要ですよね」

「じゃあ、かなり先までアソコは封印っぽい?」

「そうなりますかねぇ……」

 

困ったように頬をかく雪風。

確かに危険は多かったが、時間と量の効率が良いのは確か。

狙ってみるのもありだと思うのだが、上が否というなら従うしかない。

 

「まぁ、あそこだとバケツが取れませんからね。今回は外してもいいでしょう」

「じゃあ、何処に遠征しましょうか?」

「前線方面に向かいつつ複数の集積地を跨いで、バケツと資材を集めようと思います」

「最終的なノルマは?」

「燃料が厳しいので3000。弾薬と鉄は工廠部の奢りで1200ずつありますので、1800と3000。ボーキサイトはしれぇに当てがあるそうですから1500でいけるでしょう」

「期限はどうなりますか?」

「……六日です」

「正気?」

「深海棲艦も住処を突かれて攻勢を増しているようです。今まで通りの補給では第一艦隊が危険です」

「あてはあるっぽい?」

「ん……多分いけると思うんですよね。ただ、皆さんの艤装は雪風に決めさせてください」

「まぁ、いいけど」

 

あ号作戦の期限まで後二週間。

一応達成ノルマというのはあるらしいが、そちらはとっくに終わっている。

今回はそれを超えて狩り出さねばならないために苦労しているのだ。

雪風としてはため息しか出ない。

司令官がどうして大和を破棄しようとしたか、この時やっとわかったのだ。

全ては大本営の心象と保有する戦力のバランス。

大和型を保有する鎮守府が苦労することを、彼女はあの時から危惧していた。

 

「皆さんに一つ、謝っておくことがあるんです」

「どうしたの雪ちゃん?」

「しれぇは今回、大本営の打診に乗って戦う事を選択しました。でも避ける道もあったんです」

「マジ?」

「はい。おそらくその時は大和さんを手放すことになっていたと思いますが、しれぇは一番最初にそれをしようとしていました。破棄か譲渡の違いだけで」

「ふーん。じゃあ今回立ったのは、大和を手元に置くためなの?」

「だと思います。そして、雪風は全力で大和さんの確保を頼み込みました。今皆さんを巻き込んで苦労している原因の一端は、雪風の嘆願だったかもしれません」

「……」

 

維持費は稼ぐと啖呵を切った雪風に、彼女は言っていた。

貴女に遠慮はしませんと。

彼女はおそらく、あの時から今の様子を予想していたのだろう。

苦い表情で俯きかけた雪風に羽黒達が声を掛けた。

 

「それでも、大和さんを庇った雪風ちゃんが私は好きですよ」

「今が一番きついっぽい。今季を回せば次はもっと余裕あると思う」

「遅いあんたらは知らないけど、私にはこんなの苦労に入らないわ」

 

仲間の言葉はありがたいが、だからこそ尚のことそれに甘えずに自律が必要だと思う。

ただ雪風自身難儀なのは当時の状況を何度繰り返し、例え大本営の課す戦果まで気が回ったとしても、大和を庇うことは止めなかったと断言出来ることである。

反省はしているのに、省みないのは如何なものか。

二律背反する思考に重い息を吐き、雪風は一同を見渡した。

 

「ありがとうございます。この作戦が終わったら雪風のもちで打ち上げしましょう」

「おお、太っ腹」

「ありがとうございます、雪風ちゃん」

「胸は無いくせに器は大きいじゃない。褒めてあげる」

「良いでしょう島風。次の身体測定で勝負です。格の違いを教えてあげます」

 

言い合いをはじめた雪島コンビに、羽黒と夕立が顔を見合わせた。

持たざるものの哀れな戦いを見守る富裕層の余裕と取れなくもない。

 

「止めなくてイイっぽい?」

「良いんじゃないかな。それじゃ、雪風ちゃん。出発の準備を初めてよろしいでしょうか……?」

「――だから、履けば良いってわけじゃ……あ、お願いします羽黒さん。でも一応今休暇扱いなので、直ぐじゃなくても構いませんよ?」

「お休みは入渠でいただきました。行こう、夕立ちゃん」

「っぽい」

「むぅ。皆さんお仕事熱心ですねぇ。じゃあ島風、何時もどおり此処のお片づけお願いします」

「また子供のお使いをさせる……」

「幼児体型にはお似合いです。雪風はちょっと工廠で波動エンジンぶっ壊してきますので」

 

綱渡りのあ号作戦。

前線は大和が居るとはいえ、たった四隻の少数部隊。

補給は第二艦隊と後方基地がギリギリで繋ぐ自転車操業。

切羽詰った状況であるが、誰一人それを悲観していない。

寧ろ破綻寸前のはずの現状を繋ぎとめ、作戦を継続させる事に楽しみすら覚えていた。

なんと言っても、期限はあと二週間。

どのような状況になっていようと、其処で終わって結果が分かる。

終わりも見えない状況で、泥沼の負け戦に身を投じていたかつてに比べて、なんと恵まれていることか。

はっきり言えば駆逐艦トリオはもちろん、気の弱い羽黒にしても、この程度を指して窮地と言う神経は持ち合わせていなかった。

救いがたいことに、当人達はそうと自覚していなかったが。

 

 

§

 

 

後方基地が悲鳴を上げているなか、前線がぬくぬくしているかと言えば決してそんな事は無い。

大和率いる第一艦隊は、初めに自軍鎮守府から前線までの海路を掃討した。

このラインがそのまま補給線になるわけで、特に丁寧に行われた殲滅戦。

続いて前線基地となる、放棄された鎮守府の奪還。

さらにその周辺海域の平定と続き、現状はその戦線の維持に全力を注いでいる。

補給線確保、鎮守府奪還、周辺制圧、そして維持。

その度に各資材1500程を後方に要求している。

これは決して過大な要求ではなく、前線としては極力切り詰めて申請していた。

司令官も雪風もその辺りのことは承知していたので、1500で貰った申請には1600以上で送る事を目指している。

第一艦隊としてはこの配慮はありがたかった。

潤沢に使える量は無いが、申請以上を送ってくるのは前線が苦しいことを理解しているという事だ。

しかしついに先日、空母ヲ級の波状攻撃で大和、赤城が中破するという損害を被った。

戦闘力は一時的に欠いた第一艦隊は確保した海域を放棄して撤収。

一旦前線基地に戻っていた。

帰港した艦娘達を見た工廠部部長は、眉をしかめて損害を確認する。

 

「派手に壊しやがったなぁ……こりゃ修復に三日以上かかるぞ」

「其処を……なんとか……」

「てか鋼材も足りねぇ現状じゃ碌な修復もできねぇ。追加申請はしたんだろ。届くのはいつよ?」

「次の補給って早くて四日後よね。足柄、どうなのよ?」

「んー……少し苦しくなってきたかな」

「……」

 

大和達はこの鎮守府を出立し、海域を三日程進撃した。

道中は連戦連勝だったのだが、最後にヲ級部隊の波状攻撃を受けて撤退。

撤退は一度突破した海路を辿るわけで、敵の襲撃も無く一日で済んだ。

深海棲艦が遅滞無く海域奪還に押し返してくると仮定すると、三日以内に最初の戦闘が予想された。

そして補給の当ても遠い。

第二艦隊は物資を集めながら此処に来る。

しかも今回は鋼材1200を追加要請しているのだ。

雪風がどれだけ急いだとしても、到着に最速四日は掛かるだろう。

つまり最低一回。

下手すればそれ以上の海戦を、この戦力でこなさなければならない。

 

「もう少し何とかならない? この鎮守府って攻めにくくて守りやすい、いい地形してるじゃない」

「まぁね。現状もう一戦くらいなら、凌げなくはないって所かな」

「赤城さん……艦載機はどうですか?」

「……七割ほど落とされましたが、おそらく此処で修復が間に合います。ですが、飛行甲板の損傷は……」

 

全員の視線が赤城の装備に注がれる。

ぼろぼろになったその姿は痛ましいものがあるが、何より目に付くのが肩に装着された飛行甲板。

コレが一定以上損傷すると、殆どの矢が艦載機に変換出来なくなる。

大和はまだ無理やり戦線に立つことも出来るが、赤城の戦力は完全に喪失状態だった。

 

「すいません、皆さん……」

「赤城ちゃんがいなかったら、撤退前にヲ級の群れに潰されてたって。寧ろお疲れ様よ」

「そうね。ゆっくり休んでなさい。後は五十鈴が何とかしてあげるわ」

「……では、一旦解散します。各員、燃料と弾薬を補充して待機を」

「「「了解」」」

 

大和は去り際に部長を呼ぶと、前線の資材備蓄を確認する。

 

「ボーキは今回ごっそり逝ったが、同じようなことが無ければ四日はもつか。燃料と弾薬は……このペースだと四日は厳しいな。後は鉄が足らねぇ」

「今残ってる鋼材って500くらいでしたっけ……」

「あぁ。で、赤城ちゃんと大和ちゃんを修理しようと思ったら1500は使う。大和ちゃんだけなら900だが、入渠に使う培養液の性質上500分だけ修理するって訳にゃいかねぇんだ。鋼材900使うなら900で溶液つくらねぇと治らねぇ」

「ふむ……」

「それに、時間も掛かる。バケツが切れちまったのが痛ぇな。大和ちゃんは勿論だが、赤城ちゃんだって完全に治そうとしたら、本当は三日じゃきかねぇぞ」

「……その辺りは、生き残ってから考えます」

「そうだな。ま、あっちにゃ妹者と雪ちゃんがいる。補給を頼んであるなら何とかするだろうさ」

「ええ。其処は心配していません……それでは、私も給油してきます」

「おう。行って来な」

 

問題は、予想外の被害を負った此方が持つかという事だ。

輸送はどれだけ急いだところで、距離と速度という物理の壁は越えられない。

一通りの指示を出し終えると、どっと疲れが押し寄せる。

 

「会いたいなぁ……」

 

大和が懐いた小さな駆逐艦は、この作戦中何度か此処に物資を届けてくれている。

しかし基本進撃中の大和達とは顔をも見ることなくすれ違っており、もう二週間もあっていない。

燃料より、弾薬より、鉄より、雪風分が欠乏してくる大和であった。

もうどうせならさっさと此処に来て、自分の代わりに第一艦隊を指揮して欲しいとすら思う。

 

「……」

 

艦娘として生まれた時、自分は漠然と艦隊決戦をするために生まれたんだと思ったものだ。

それは間違いないのだが、それだけしていれば良いというわけでもないらしい。

思い出すのは初陣の記憶。

あの時雪風は、何事もない様に部隊の指揮を執っていた。

今の自分が思い出してみても、その指示に間違いなど一つもなかった気がする。

大和は自分が旗艦として一部隊を指揮するようになって、思い知ったことがある。

雪風が判断を下す根拠……その前提となる情報の集め方が尋常ではなかった。

味方の誰がどの方向を警戒しているか。

今のコンディションと集中力ならどの攻撃をどの距離で発見できるか。

敵の艦種は、数は、方向は……そして意図はなんなのか。

全てよみ取っていた気がする。

実際には其処まで完璧ではなく、雪風は雪風で苦労や葛藤もあったのだが、大和の目にはそう見えた。

どうしたらそんな事が出来るのか。

 

「経験……か」

 

艦娘としての年齢は、大和も雪風も変わらない。

しかし雪風の艦齢は二十九年。

しかも並みの二十九年ではない。

戦い続け、もがき続け、生き延び続けた記憶である。

僅か四年半の経験しか出来なかった自分が、この時とても薄く感じる。

元の艦型が大きかったせいか、図体ばかり大きくなってしまった。

雪風と並ぶと大人と子供に見えるらしい。

しかし大和は傍にいるとき小さな駆逐艦から、不思議な息吹を感じた。

それは人格から吹く風である。

戦艦だった頃には分からなかった感覚。

成長することが出来る艦娘の身体と、二十九年の艦齢が合わさった雪風は、大和にとって揺るがない山のように見えた。

何時かはそれに追いつかなければならない。

困ったことに自分が成長する間には雪風も成長するが、だからこそより早く走らねばならないのだ。

だがその前に……

 

「今は、生き延びないとね」

 

大和を旗艦として第一艦隊が遂行する最初の作戦。

この成否は、今後の鎮守府の方向性を決めるだろう。

期待もされている……と思う。

最初に素材に回されかけたこともあり、大和は提督である彼女が苦手である。

其処まで気後れしなくても良いと雪風は言うが、最初に植え付けられた印象が強すぎたらしい。

しかし何ヶ月か付き合って、分かったこともある。

彼女は基本艦娘を大切にする方向性の提督であった。

事務屋故に扱いや接し方、また加減が分からずに困惑している部分はある。

それでも彼女は建造を乱発して捨て艦を作ったり、片道分の燃料で鎮守府を送り出すという発想が出てこない。

そして大和自身は気づいていないが、この作戦も半ばは大和の為に行われているモノである。

雪風と彼女を見ていれば分かるが、基本身内には甘いのだ。

そんな司令官の下に、揮下の艦娘を送り返す。

そして出来れば、自分も帰る。

雪風の隣に辿り着くなら、実績と信頼を積み重ねていくしかない。

その過程で得られるのが経験である。

少しでも多く、どんな小さなことでも拾い上げて糧にする。

見据える先に明確な目標があるのは、幸せなことだと思う大和であった。

 

 

§

 

 

哨戒に出ていた五十鈴が、敵艦隊を発見したのが二日目の事だった。

艦影は六隻。

elite級重巡洋艦二隻と通常の軽巡洋艦二隻。

そしてflagship級駆逐艦二隻。

常の大和達なら間違いなく勝てる相手である。

第一艦隊のメンバーが実戦を通して気づいたことだが、同じ艦種の深海棲艦は、自軍第二艦隊よりかなり弱い。

数十機の艦載機に囲まれて本体無傷の回避お化け等いないし、軽巡をワンパンで沈める鬼畜艦もいない。

自称量産型平凡駆逐艦の様に、陣形や戦術を駆使して嫌らしく絡め取って来ることも基本無い。

特に赤城等は、初陣で初めて自分の艦載機が実質の戦果を上げたため、喜びよりも違和感を覚えてしきりに首を傾げていた。

 

「まぁ、それもこっちがベストなら……ね」

 

鎮守府内の港に集まった第一艦隊。

足柄が肩越しに振り返る視線の先に、中破状態の大和と赤城。

この戦力で相手を押し返すには、最低大和が中破進撃するしかない。

 

「敵戦艦が居ないなら、何とか押し返しましょう」

「出るの? 大和ちゃん」

「当然です。足柄さんは反対ですか?」

「……いいえ、無いわ」

 

休んでいろ、とは言ってやれなかった。

大和が行かなければ、砲戦で押し負ける。

砲戦で決着が付けられない場合、雷撃戦と夜戦では相手の部隊の方が向いている。

短期決戦に持ち込んで、夜戦の前にけりを着けるしかなかった。

この先、後何回襲撃を受けるか分からない。

おそらくまともに戦えるのは今回が最後になるだろう。

後は補給が間に合うか、敵の追撃が早いかの勝負になる。

著しく分の悪い勝負だった。

 

「それでも、今を生き延びて繋がなくては次も無い。第一艦隊、出撃します」

「えぇ。五十鈴に任せて」

「……」

 

苦い面持ちで俯く赤城。

そんな様子に苦笑した足柄は、正規空母の両頬をつまんでひっぱった

 

「おお、伸びる伸びる」

「……ふぁんれふふぁ?」

「いやぁー、お通夜みたいな顔してるもんだから、笑って送って欲しいなーって」

「はなひなはい」

「はーい」

 

足柄は頬から手を放すと、赤城の額を指で押す。

 

「赤城ちゃん、勝利と戦果の報告を待っていてね」

「……すいません、皆さん」

「待てや、小娘共」

 

出撃寸前の第一艦隊に、部長の声が掛かる。

見ればベネットが港の入り口から、複数の妖精を引きつれてやってくる。

彼らは布を被せた板のようなものを運んで来た。

そこそこの大きさと重さのようで、サイズの小さな妖精達にはふらつきながら運んでいる。

 

「ベネット部長。どうしました?」

「どうせ、今日勝たねぇと資材なんざ残ってもしかたねぇだろ?」

「そうですね。まぁ、負ける心算はありませんが」

「だろうな。だが、ちょいと思いついたんでな。悪あがきしてみたのさ」

 

部長が部下に運ばせた板に掛かった布を取る。

一同の目の前に現れたのは、新品の飛行甲板だった。

 

「っ、これは……」

「使うかどうかは赤城ちゃん、てめぇで決めな。使うなら三時間で付け替えてやる」

「お願いします」

「即答かい」

「はい。ありがとうございます。是非、使わせてください」

 

赤城が戦えないのは、艦載機を解き放つ飛行甲板が破損しているせいである。

ならば甲板だけでも新調してしまえばとりあえず発艦と回収だけは出来るようになる。

しかし問題もあった。

慣れない飛行甲板で生み出した妖精は、発艦後は不安定な飛行を強いられる。

さらに幾ら発艦できたとしても、艦娘本体は中破しているのだ。

正規空母の装甲が在ろうと、重巡に撃たれれば沈むかもしれない。

 

「赤城さん、本当に出るの?」

「出ます。大和さん、すいませんが三時間ほど時間をください」

「……五十鈴さん、敵との推定接触時間は?」

「こっちからも出撃して迎え撃つとして、大体二時間。もっと遅らせるなら、地形的な優位を使えない所まで食い込まれるわ」

「それは不味いなぁ」

「赤城さんの艦載機なら、此処から発艦しても戦場に直ぐつけるでしょう。私達で先行して足を止めつつ、出来れば殲滅してしまいましょう」

 

大和がそうまとめると、赤城は部長を抱えて直ぐに工廠に駆け込んだ。

その姿を見送った大和達は、それぞれに出撃を開始する。

赤城の参戦は予想外だったが、ありがたいことでもある。

赤城を除く第一艦隊は、五十鈴の予想通りの地点で会合した。

敵は旗艦たるelite級の重巡を中心とした輪形陣。

旗艦を狙いにくい陣形であり、殲滅に多少手間が掛かる。

 

『第一艦隊、砲撃戦用意』

 

三隻で陣形と呼べるほどのものは作れないが、大和と足柄のツートップに五十鈴が遊撃する形。

これも雪風に教えられたことだった。

あの演習の後、第一艦隊の中で何度もミーティングを行った。

大和の瞳が細くなる。

中破状態であることを感じさせない立ち姿と、鋭い視線。

雪風が回避を忘れてまで魅入った最強の戦艦の姿が其処にあった。

それは対峙した相手しか見ることが出来ないもの。

その瞳が見据える先にあるのは、敵部隊。

いまだ水平線の先にあるはずの存在を、視覚以外の感覚が教えてくれる。

大和の艤装は41㌢連装砲であり、その射程は約30000㍍。

敵艦隊はその30000㍍の距離で前進を止め、様子を伺うように布陣する。

 

『……』

 

戦艦同士でも砲戦の中間距離は20000㍍から15000㍍。

それ以上離れてしまうとよほどの事がない限り当てられない。

時間を稼ぎたいなら、悪くない選択だったろう。

敵が大和でなかったら。

 

『戦艦大和、砲撃します』

『任すわ』

『やっておしまい』

 

弓形に放った砲弾が唸りを上げて飛んでゆく。

狙ったのは輪形陣の中央、敵旗艦。

相手が回避行動を取らない静態目標であるならば、大和はこの距離でも二回に一回は当てる自信がある。

そしてこの距離を飛ばす時、砲弾は横ではなくて上から降るのだ。

油断無く構えていれば中空相殺も狙えたろうが、この常識外の砲撃を警戒していた深海棲艦は居なかった。

自分の砲撃に合わせて前進を開始すると、足柄も合わせて戦線を上げる。

旗艦である重巡は寸でのところで砲撃を回避したらしい。

しかし動揺する自軍の統率を回復したとき、既に大和と足柄は18000㍍まで接近していた。

最早転進しようにも間に合わない。

深海棲艦の部隊速度は大和を大きく凌駕していたが、足柄と五十鈴からは逃げ切れないだろう。

仕方なく砲撃戦を選択肢し、火力で大和達の足を止めつつゆっくりと退いていく。

兎に角時間を稼いで砲撃戦を凌ぎきり、夜戦に持ち込む心算の深海棲艦部隊。

この時中破状態の大和がやや攻勢に精彩を欠く。

回避能力の高い駆逐艦と軽巡に命中こそ取るものの、一撃で落としきれずに中破状態で凌がれてしまう。

一方足柄はelite級重巡洋艦一隻を轟沈させつつ、五十鈴に指示を飛ばす。

 

『五十鈴ちゃん、お願い』

『了解。行くわよ!』

 

深海棲艦達が足柄、大和の前面に火線を集中してその前進を阻む。

その間隙に五十鈴が足柄の外を通って突出する。

これは擬似突出であり、相手の部隊をつり出す動き。

砲撃で突っかけ反撃と同時に退くが、寧ろ敵は五十鈴の後退に合わせて退くほどの徹底振りだった。

 

『……面倒ね、おチビちゃんかこいつら』

『まだマシよ。あの子なら夜戦待ちしながら昼間も崩して削ってくるわ』

『あぁ、そういやそうだった』

 

互いに軽微な損害を蓄積しつつも、やや膠着した戦線。

その時大和達の背後から、頭上を超えてゆく艦載機の姿。

常よりもその機体はぶれており、傍目にも飛びずらそうな妖精達は、母艦の指令に従って攻撃を開始する。

 

『遅くなりました、皆さん』

『お帰りなさい赤城さん』

『もっとゆっくりしてても良かったのに』

 

遅れて出撃した赤城は、鎮守府近海で全ての艦載機を発艦。

攻撃命令と共に先行させて、全速で追いかけてきたのである。

まだかなり後方に居るらしい赤城は、通信だけ飛ばして復帰を宣言した。

 

『気が効いてるわね赤城ちゃん、全部艦攻機じゃない』

『空母も無く、戦艦も無い部隊です。頭上が空いているなら、このような選択もあるでしょう』

 

赤城は飛行甲板の取り付けと共に艦載機を全て艦攻機に積み替えていた。

それは水面に魚雷を放って敵船を攻撃する機体。

対空防御の高い部隊には真っ先に撃ち落されるのだが、この相手なら通用する。

赤城の艦載機が苦労しながらも雷撃を繰り返し、大和が中破させた軽巡、駆逐艦それぞれ一隻ずつを轟沈させた。

深海棲艦の被害は重巡洋艦一隻、軽巡洋艦一隻、駆逐艦一隻轟沈。

残った部隊も重巡洋艦が中破し、軽巡、駆逐艦も小破している。

対する大和達の損害は足柄の小破のみ。

圧倒的な戦果であった。

事、昼間の勝負においては。

 

『……不味い、日が沈む』

 

既に水平線に日が半分落ちている。

もう間もなく沈むだろう。

夜戦能力の無い赤城には今すぐにでも引き返して欲しいが、艦載機回収のためには此処まで来ないと拾えない。

全体の被害で見た場合、大和と赤城は既に中破しており、足柄も此処で小破した。

このまま夜戦にもつれ込んだ場合、最終的な勝敗はわからない。

 

『はいはい、それでは皆さんー。逃がしてくれると思う人?』

『五十鈴が敵なら逃がさないわよ。あっちってどうみても夜戦特化部隊だし』

『ですよねー』

 

おどけて聞いた足柄に、肩を竦めて応える五十鈴。

夜戦に置ける深海棲艦と艦娘の索敵能力は個人差があるが、電探でも積んでいない限りある程度手探りにならざるを得ない。

どちらが先に相手を見つけるかに全てがかかっていた。

 

「やるしかないか……」

 

深海棲艦の生き残りは微速後退し、海に広がる闇に溶けるように姿を消した。

大和達も一旦散開し、索敵の網を張る。

赤城に攻撃能力が無いとはいえ、索敵ならば頭数の多い此方が有利……だと思う。

発見される可能性も上がるという悪い側面をあえて無視した大和は、揮下の艦隊に宣言した。

 

『戦艦大和、夜戦を慣行します』

『どうぞどうぞ』

『後は任せたわ大和ちゃん』

『艦載機の収集完了しました。あれ、なんでしたっけ?』

『ちょっと! そういう苛めはやめてくださいよっ』

 

旗艦兼マスコットを愛でる事で緊張を解した第一艦隊。

約一名は天然だったが、それで慰められるわけも無い大和である。

しかし口調こそ和やかだったが、赤城も足柄も五十鈴も目は全く笑っていない。

鋭い視線で闇を射抜き、その奥に潜む深海棲艦を探っている。

暁の最後の一筋が、水平線の没した。

夜が来る。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

うみのうえからしつれいします。

しんかいせいかんのくちくかんとこうせんちゅうです。

よんせきもいます。

かこまれました。

じかんがないのでだいにかんたいをかいさんしました。

ひとりのたびじはさみしいです。

しまかぜにでんたんつんでせんこうさせました。

あと、はぐろさんのしゅほうぜんぶとっぱらいました。

きゅうばですのでごりょうしょうください。

それとれんごうちんじゅふですが、あれはゆきかぜたちがいっぱいそんをしてるとおもいます。

しれぇからほてんをようきゅうしていただけるとたすかります。

それでは、にんむぞっこうします。

くちくかんですか? 

しずめときました。

 

 

――提督評価

 

はぁ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




じわりじわりと投稿間隔が遅くなり、遅筆の本性が現れてきた今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
我が鎮守府はちょっと大和さんから大鳳さんに浮気した所、莫大な資材が軽空母に化けるという謎の事件が起きました。不思議ですね。資材の山何処に消えたのでしょう。やっぱり浮気はいけませんね。反省しました。
昨日むっちゃんが改になりたいと訴えて夢枕にたったので、改装させていただきました。
これ台詞がさらにやばくなっている気がします。
駆逐艦の子もみてるんですよ!

一応SSの事も書きますと、自分の力量的な限界に直面して凄い困ってます。
具体的には登場艦娘。
これ以上出すのが物凄い厳しい……
現状ですら一場面十人は集まる可能性があるところにさらに増員……空気になる子が出まくりですorz
最初、この回は加賀さんの登場回で書いていたんです……前線基地鎮守府現存時から半年の長期遠征帰りで今参上っぽく。赤城さんと少しぎすぎすしだす所まで書いた時、人が多すぎて物凄いテンポが悪くなった事に気がつきましたので今の形になりました。
如何しようこれ……本当に如何しようorz


あ、あとこれ一応前編です。
後編でお会いできるように頑張って書いて来ます。
それではー。


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信頼関係

「長門姉、来たよ」

「ようやくか。全く打診が無いから、本当に独力でやるつもりなのかと思ったが」

「一月で半期のノルマの半分近くを一気に上げるのは無理でしょ……」

「普通ならな」

 

この日、長門姉妹の所属する鎮守府に出向依頼が届く。

依頼主は大和達の鎮守府の司令官である。

 

「運営開始から四ヵ月弱、保有艦隊数たった二つよ?」

「資材の潤沢な備蓄も無かったろうな。まともにやったら戦闘部隊も兵站も続かん」

 

雪風達の鎮守府は保有する艦娘がひたすら少ない。

一個艦隊に六隻をもって当たる事を主流とする現在、各艦隊に四隻しかいない鎮守府は珍しいといえた。

悪く言えば弱小鎮守府、よく言えば少数精鋭。

そんな経営状況だが戦闘部隊には大和、赤城の二台巨頭が揃い、遠征補給部隊には雪風がいる。

そして提督たる彼女は純粋な後方勤務畑の人間であり、兵站の維持は寧ろ十八番だったのだ。

人手不足と時間不足によって綱渡りを余儀なくされてはいるものの、転落しなければ綱だって道である。

なまじ有能なメンバーがそれぞれの部署で大きな権限を持ち、しかも部署同士で十分な連携を用いて回しているため、彼女らは判断した。

これは、やれると。

 

「大和がいるせいで上には戦闘能力特化と見られているようだが、あそこは寧ろ運営と補給輸送が強い。多少の無茶なら継続してしまえるスペックがあるんだ」

「でも、あくまで二個艦隊でしょ?」

「そうだ。私も十日持たないと考えていたぞ。もっと早くこっちに出向依頼が来ると思っていたんだがな……」

「あっちの提督さん、鎮守府同士の暗黙の了解が分かっていなかったみたいね」

「雪風もな。あくまで今にして思えばだが……あいつは連合参加の要請も強制命令の類だと考えていた節がある」

 

深海棲艦を集中的に討伐すれば、その海域はしばらくは安全になるかもしれない。

しかし未だにその出現プロセスの全てを解明出来ているわけではない連中は、運が悪ければ倒したそばから沸いて出る可能性もある。

そんな相手を態々集まって叩いたのは、海域の確保というより大本営に対するポーズだった。

連合に参加した鎮守府は何らかの事情で今季のノルマが苦しくなった所であり、連帯して集中狩りをすることでノルマを一気に終わらせたのだ。

その際には雪風のもたらした敵情報……

遭遇した艦種や展開してきた索敵の仕様。

部隊としての行動速度や錬度等、大変参考になるものだった。

しかし大本営が求めてくるのは撃破実績である。

たった二艦隊しかない鎮守府の中から、一個艦隊の旗艦を借りたのだ。

鎮守府が被った損失は小さなものではなく、その上作戦の実行には参加出来ずに得るものも無く解散された。

結果として、雪風達は丸々一ヶ月の活動を大幅に縮小せざるを得なくなったのだ。

当然これは各鎮守府に借りとして認識されている。

彼女がノルマ達成に援護を要請していたなら、連合に参加した鎮守府は何処でも手を貸したろう。

 

「結局何処にも言わなかったみたいね」

「ああ。正直最初は意図が読めなかった」

 

鎮守府の運営は各提督の性格が強く表に表れる。

そして鎮守府同士には横の繋がりがあっても上下関係が無い。

たとえ各鎮守府が借りと認識しそれを返したいと思っても、請われなければ運営干渉に当たるために手の出しようが無いのである。

連合に参加した鎮守府は、何時か来るであろう支援要請に備えて物資と出撃体勢を整え……

結果、何処にも声が掛からないまま今季の期限が迫ってきた。

各鎮守府の提督にしてみれば、苦しい運営の中でも雪風を派遣してくれた以上、彼女は積極的に周囲と連携を図るタイプだと考えていたのである。

しかし彼女も、そして雪風もこの出向依頼を新人いびりの類と受け取っており、恩が売れていると思っていなかったのだ。

これでノルマ達成が絶望的ならば、少しでも関わった鎮守府に泣きつく気にもなったろう。

だが、彼女達は見出してしまった。

細く苦しい道行であっても、自力で抜ける生き筋を。

双方が誤解に曲解を重ねた挙句身動きがとれず、あ号作戦後半に差し掛かったこの日……

ついに援軍要請が来たのだ。

 

「これでうちの提督も、胃痛の種が解消出来たろう」

「……このままなら唯の新人潰しだったからね」

「ああ。向こうで大和達に会ったら、其の辺りの事は話しておかねばな」

 

鎮守府で撃破の実績とするなら、一時的に其処の所属に成らなければならない。

この場合は大和達の第一艦隊に合流する艦娘を派遣するか、鎮守府ごと連携を表明して艦隊を差し向けるかどちらかである。

 

「あちらはどんな支援を要請しているんだ?」

「第一艦隊の助っ人みたいね。腕利きを二隻、打診してきてるわ」

「二隻……だけか」

「第一艦隊の構成員が四隻だからね」

「干渉を最小限にしたいということだろうか?」

「そもそも、あっち視点だと新人いびりした所の親玉に恐々頭を下げに来たって図式よ。艦隊単位で要請して参加人数比が逆転したら、実績丸ごと持っていかれるって警戒するのは自然じゃない?」

「あぁ、なるほど……歯がゆいものだ」

「こっちの説明不足と、あっちの提督のコミュ症が変に絡まっちゃったわね。連合やった時期が、あっちにとって悪すぎたわ」

「雪風に一言、言付けておけば良かったなぁ……いらん苦労を背負わせてしまった」

 

苦い顔で空を仰ぐ長門。

共に戦い、戦友と認めた大和や雪風に対しては、今少し配慮してやりたかった。

しかし同時に、期待もある。

長門から見て十日持たないと見ていたあ号作戦は、既に十四日。

戦闘と補給を二個艦隊が同時に回す余裕のない作戦を、未だ破綻させずに続けているのだ。

そして今も外部の干渉を抑えようとしている。

長門達に声をかけたのは、戦力としての期待よりも寧ろ当時の状況を確認したかったからだろう。

お互いに腹を割って話し合う為に。

これはつまり、今だにそれだけの余力も残していると言う事だ。

いったいどんな戦いをやっているのだろう。

 

「出向する二隻は、私が決めていいんだな?」

「第一艦隊の旗艦に一任するって」

「まぁ、そうだろうな。それでは、行って来る。お前はどうする?」

「離れるなって言ったの、長門姉だよ」

「そうだな、そうだった。行くぞ陸奥」

「了解。急ごっか」

「ああ」

 

この日、多くの深海棲艦にとって恐怖の代名詞たる長門姉妹が出陣した。

目的地は大和達の艦隊が駐留する、遺棄されたかつての鎮守府跡である。

 

 

§

 

 

大和達が夜戦に突入して、二時間程。

互いに戦域の索敵を進めながら、攻撃の機会をうかがっている。

全員の肌にひりつくような敵意がまとわりつく。

深海棲艦はまだ、この海域にいる。

 

『撤退はしてくれないようですね』

『……寧ろこっちがこの闇に紛れて撤収する手もありますか?』

『それもあるか』

『いや……こっちの窮状が割れてる以上、出来れば生かして返したくないわ』

『こっちの備蓄まで相手に分かるはず……あ、そうか……中破進撃見られてるのね』

『そう。此処で弱みを見せたら、傘にかかってくるんじゃない?』

『同感です。このような時、お役に立てれば……』

 

大和の撤収案はリスクが大きいと判断し、夜戦の続行が決定する。

光源は空に浮かぶ細い月のみ。

人間ならば目の前すら見えない程の闇の中では、艦娘達も十分な情報は得られない。

手探りに近い索敵を集中して続けるには、胆力が必要である。

次の瞬間には敵が目の前に浮かび上がってくるかもしれない。

いや、それならまだ良い。

こうしている間にも、敵はこちらを捕捉して後ろから撃たれる可能性もある。

豪胆なかつての軍艦達ですら、其の恐怖はぬぐいがたい。

実際にそうやって沈んだ僚艦の例は幾らでもあるのだ。

 

『馬鹿か……五十鈴は何故電探をおろしたのよ……』

『あぁ、そういえば五十鈴さん、電探実装していましたね。しかも特注の22号』

『主砲を20.3cm連装砲にして副砲と魚雷詰んだんだっけ……射程距離が10000㍍以上伸びてるわけだし、悪くない選択だと思うけどね』

『砲戦強化しか考えてなかった……っていうかあのぽいぬのせいよ! あいつのバ火力のせいでこっちも火力編重思考に陥ったのよ……』

『……気持ちは分かりますよ五十鈴さん。私も、島風さんには少し価値観を揺らされました』

『皆のトラウマよねー』

『絶対、何時か皆で見返そうね……』

 

この鎮守府では第一艦隊より第二艦隊が先に結成されて活動している。

主に補給部隊としての活動だが、手堅い実績を重ねているのも事実。

第一艦隊としてこの作戦の成功をもって実績にと望む意識は高く、それぞれがライバル視している相手を意識した。

物音は通信に乗って流れる互いの声と、波の音のみ。

深海棲艦も同じ月の下、同じ海で必死にこちらを探っているのだ。

不用意な発砲や魚雷発射は相手に位置を教える事になる。

確実に相手を発見し、先手を打ちたい。

しかしこの闇の中でどちらが相手を見つけるか。

それは運試しに等しい行為だった。

何とかそれを自分達の任意で動かすことが出来ないか……

 

『皆さん、一つ提案があるのですが』

『自分夜戦出来ないから、探照灯係りになる……とか無しよ、赤城』

『しかしそうする事で敵の居場所が分かるなら、試す価値はありませんか?』

『ん……無しだと思う。赤城さんに万が一があったら、この夜戦に勝っても先がありません』

『私達は此処に勝って、明日以降に補給を受けて戦力を回復したいのよ。赤城ちゃんが居なくなったら、補給が間に合っても戦力回復出来ないこっちの負けよ』

『……索敵を続行します』

 

実際にこの一戦にのみ勝つことを考えれば有効な手だったかもしれない。

夜戦能力の無い赤城にとって、出来ることと言えば盾になることくらいだった。

しかし他三隻が反対したように、此処で赤城が沈めば航空戦力が崩壊する。

既に先手を取られているのなら兎も角、状況五分からの賭けでチップが赤城ではリスクのほうが重く感じた。

 

「雪風さんなら、どうしていたでしょうね……」

 

赤城の呟きは、自身でも気づかぬうちに漏れた弱音だったかもしれない。

索敵をしているのは全員だが、敵を見つけたところで今の赤城には何も出来ない。

焦燥が少しずつ、赤城の精神にひびをいれていた。

 

「教えてあげようか?」

「――っ!?」

 

だから、誰かの声が聞こえた時は心臓を吐き出しそうになる程驚いた。

この呟きは無線に乗せていない。

口の端しからこぼれた、小さな呟きだったはずである。

硬直と共に背後から口元に手を添えられ、漏れかけた悲鳴を塞がれた。

 

「あいつなら主砲は降ろしても、電探降ろすなんて絶対しないし、させないのよ」

「んぅっ?」

『第一艦隊諸君、その場で停止して周囲を警戒。動かれると紛らわしいから』

『え?』

 

暗闇の中で味方の位置を正確に掴み、赤城の背後に回ったのは駆逐艦島風だった。

赤城には見えないが、其の背には五十鈴がおろした電探を積んでいる。

最も、動くものの位置は知れても正体は分からないため、進行方向の背後をとった相手が赤城だったのは偶然だったが。

 

『電探感知、赤城の位置から右舷後方40°! 距離15000㍍付近に浮遊物、こっちに動いてる……? 多分魚雷も来るよっ』

『全艦右舷旋回で回避! 島風さん、相手は?』

『真っ直ぐこっちに向かってる。けど旋回行動には対応出来てない。数は……三隻』

『数は合ってる。敵よ!』

『了解。それじゃ任すわ』

『は?』

『島風、照明しまーす』

 

島風は赤城から離れると、探照灯で深海棲艦を照らしつつ全速の旋回を開始した。

これで電探が無くても大和達は敵を捕捉できる。

深海棲艦からも島風だけは完全に丸見えなのだが、自慢の快速で航行中の島風は艦載機でも捉えきれない化け物である。

距離にして10000㍍を切り掛ける距離で放たれた5inch砲と魚雷を回避し、深海棲艦を照らし続ける。

この時flagship級駆逐艦、ロ級と呼ばれる一隻が戦隊から離れて島風を追尾した。

 

「へぇ、やるじゃない」

 

島風の口元に笑みが浮かぶ。

雪風が見れば肉食獣の捕食宣言としか見えなかっただろうその行動は、彼女にとっては珍しい賞賛の声。

島風を追ったロ級の船速は、三十八ノットを叩き出していたのである。

 

「良い足ねー。沈め甲斐があるわっ」

 

そう言いった島風は探照灯で敵部隊を照らしながら、射線から反れた追跡者の位置を電探で捕捉した。

追跡者の5inch砲と魚雷を避けつつ、旋回行動で突き放す。

しかし円運動で照明を続けると大和達まで射線に入れてしまう角度が出てきてしまう。

攻撃により方向はばれているだろうが、正確な位置まで教えてやるわけには行かない。

そのため途中で複数回の折り返しを混ぜねばならず、速度では上回りながらも敵駆逐艦に食いつかれる。

反撃してやりたいが、撃ち込まれる砲撃と魚雷は正確な上に距離が近い。

島風も探照灯を使いながら片手間に捌くわけに行かず、大人しく囮に徹していた。

変わりにと言うわけではないが、大和達第一艦隊は島風の照らす敵部隊に集中砲火を浴びせている。

昼間の損傷もあり瞬く間に二隻の敵を沈めると、今度は探照灯を追跡者に向ける。

再び第一艦隊の砲火が集まり、ついに島風の追跡を断念したロ級駆逐艦。

なんと大和と足柄の砲雷撃を全て回避するという離れ業を披露するが、船速の鈍ったところを五十鈴の魚雷に捕らえられた。

それによって機関部を破損したらしく、一気に速度を落としたロ級。

機動力の落ちた駆逐艦は、今一度実行された大和と足柄の十字砲火は凌げなかった。

沈み行くロ級を肩越しに見やり探照灯を消した島風。

 

「久しぶりに、楽しいかけっこだったよ」

 

そう呟いた島風は、大和達と合流に向かう。

あちらからも島風を出迎え、それぞれが海上で合流した。

予想だにしなかった島風の姿に最初に声をかけたのは赤城だった。

 

「島風さん、どうして此処に……」

「赤城、それいつやられたの?」

「え? 二日ほど前ですが……」

「そっか、それで出たんだ……遅くなって、ごめん」

 

苦い表情で静かに頭を下げた島風。

其の行動は第一艦隊の誰にとっても予想外であり、しばし呆然と島風の頭を見つめることになる。

しかし直ぐに頭を上げると、第一艦隊旗艦に敬礼する。

 

「駆逐艦島風、追加要請の鋼材1200と弾薬1200と高速修理溶液21の搬送完了しました。既に前線基地に運び込んでおりますので確認お願いします」

「はい……ぇ!? もう来たの!?」

「早かったですね……」

「出来れば今日の朝には着きたかったんだけどさ……海路に駆逐艦沸いてて、避けてたのよね。雪風が掃除していたから帰りは使えると……いいんだけどなぁ」

 

忌々しげに前髪をかきあげ、重い息を吐く島風。

 

「ところでそれ、五十鈴の電探よね?」

「借りてるわよ五十鈴。雪風が大喜びしていたわ。コレを降ろしてくれたのは、神の一手だってさ」

「……は?」

 

 

§

 

 

島風が第一艦隊と合流している頃、雪風と夕立も物資集積地と前線基地を目指していた。

ただし艦隊行動はしていない。

島風がそうしたように、各艦が各々の最大船速で行動している。

そして、其処には羽黒の姿が無かった。

 

『こちら雪風です。島風からですが、先行輸送は成功。大和さん、赤城さんが中破、足柄さんが小破していたそうですが、今だ健在です』

『そうですか……よかった』

『島風は後二時間程すればあちらを立って復路に入ると思われます。羽黒さん、移動の用意をお願いします』

『了解しました。次の指示を待って、ロ海域へ移動を開始します』

 

第二艦隊は雪風の指示により一旦解散し、その行動は単艦によるものとなっていた。

しかし傍におらずとも、行動の指針は伝えてある。

雪風は自軍鎮守府から中間地点までの海域をイ海域、中間地点から前線基地までの海域をロ海域に区別した。

そして電探を積んだ島風を全速で先行させ、深海棲艦らしき反応の無い海路を探させる。

足の遅い自分と夕立はその後を追尾することで戦闘を極力排除出来る。

最初の一度だけ、効率のいいルート上の駆逐艦を掃除したが、既に一度第一艦隊によって掃討されている海路である。

深海棲艦の数も一応は減っており、電探による索敵で進路を決める島風は一度も敵と遭遇することなく輸送船を搬送した。

実はこの時、夜戦中の第一艦隊すらも電探で避けて行ったのだが、それは余談である。

 

『現在イ海域で皆さんが通ったルート上に、深海棲艦の姿は見当たりません』

『了解です。羽黒さんは引き続き、安全海路の探索をお願いします』

『はい』

 

この時羽黒は自軍鎮守府から中間地点の、さらに中ほどの海域で索敵を行っていた。

その装備は主砲を降ろしてでも積めるだけの水上偵察機を積むというものであり、交戦能力はほぼ無い。

羽黒の役目はひたすら水上偵察機を飛ばし、電探もちの島風が居ない方の海域の索敵である。

これは艦隊としての戦闘能力を放棄する替わりに、島風の電探と羽黒の艦載機で担当海域を交互に索敵する作戦。

深海棲艦と遭遇することなく駆逐艦トリオが個別に輸送を行う事を狙った鼠輸送だった。

大和達が島風の出現に驚いていたのは、艦隊行動をしながら道中で物資を集めてくると予想していたためである。

第二艦隊で一番遅い夕立に合わせ、道中に四人がかりで資材を集めて一度も交戦が無かった場合の予想が四日という時間。。

しかし今は拙速でも兎に角物資を運びたい雪風は、自軍の編成を索敵重視に組み替えて回転させているのである。

鋼材と弾薬を解体で賄えた為、集める時間を一回短縮できたのも大きかった。

 

『こちら駆逐艦夕立。燃料1200と弾薬1500とバケツ三個接収。此処の集積地は枯れたっぽい』

『こちら雪風、了解です。島風が最初に通ったルートに敵影無し。まだそのまま使えます』

『了解っぽい』

『雪風達も電探あれば、もっと確実に避けて通れるんですけどね……』

『今は最低限でも回せる装備が揃っていた事を感謝するっぽい?』

『まぁ、そうですね。それでは、任務続行してください』

『っぽい』

 

島風の往路探索と復路探索。

徐々に離されているとはいえ、後続も数時間前は敵が居ないことを確認した上で使った道であり、道中の索敵はほぼ滞りが無い。

問題は島風と羽黒がイ、ロ海域を入れ替わってから羽黒が所定の位置に就くまでの数時間に索敵の穴が開く事である。

観測機も飛ばしっぱなしと言うわけには行かず、この時間で収集して休ませなくてはならない。

そして僅か収容数八機の羽黒では、海域全てをフォローすることも難しい。

其処は重点的に島風が通ったルートとその周辺に絞込んで索敵をする事で補っていたが。

 

『駆逐艦島風よ。大和と物資を確認したわ。あっちの残りが上から、1400.2500.100.1300よ。鉄がヤバイ鉄が』

『鋼材は雪風が今1600持って向かっています』

『頼むわよ。一応第一艦隊は大和と赤城が入渠して回復したわ。だけど足柄が小破のまま、鉄が足らなくて入渠出来ない。あんたの到着は明日よね?』

『その予定です。搬送物資は燃料300と鋼材1600とボーキ500、あとバケツが二つです』

『判った。大和達にその予定で伝えたら、こっちを立つわ』

『了解です。島風は一旦鎮守府に戻って、到着までにしれぇがかき集めてくれた物資を搬送してください』

『了解。どれだけ集まったかによっては、少し足が鈍るわよ』

『まぁ、そもそも雪風の六日という期限がかなり無理入っていましたし……島風が到着した時点で急場は脱しています。雪風と夕立の補給も届けば、次の島風が多少遅れても第一艦隊は持ちこたえてくれるでしょう』

『判った。気をつけなさいよ』

『おお、心配してくださるので?』

『あんたは打ち上げの財布でしょ? 今回は無事を祈ってあげる』

『島風もせいぜい頑張ってくださいね。下手打ったら一人だけ自腹切らせますので』

『言ってろ。じゃあね』

『はい、またです』

 

自軍鎮守府から前線基地まで、島風が最大船速で約二日。

雪風と夕立がほぼ三日。

つまり島風だけなら鎮守府から前線まで六日の二往復が可能になる。

雪風が第二艦隊の輸送分を六日で運べると判断した根拠が此処であるが、既に半日程の遅れが出ていた。

最初の一往路だけは多少の戦闘を覚悟しており、その通りになっただけなのだが……

 

「運がよければ、接敵無しで行けちゃうかなぁとか思っていたんですけどねぇ……」

 

流石にそこまで甘くは無いということか。

以前よりは軽い貨物船を引きながらため息をつく雪風。

大和達第一艦隊に犠牲者無く入渠出来たのは本当に良かった。

しかしそれはそれとして、雪風は自分がやっていることの今後が多少不安でもあった。

そもそも艦隊の任命権は提督たる彼女の権限であり、雪風が独断で解散していいものではない。

正式な解散手続きを取っても良かったが、その場合は解散の理由と今実行している輸送作戦を打ち明ける必要も出てくる。

その場合、作戦は実行許可が降りただろうか?

このやり方は危険な方法である。

荷物を牽引する駆逐艦と、砲を積んでいない重巡が単艦で行動するのだ。

この状況で大規模物資集積地の使用を、危険だからと渋った件から考えても却下される可能性は高いと雪風は思う。

それは大変好ましいことだ。

彼女は雪風達を大切にしてくれている。

しかし今回第二艦隊の危険と、反対の天秤の皿に乗っているのが大和達の命である。

報告が来た時点で中破していると聞いたとき、雪風にはもう最速最短の搬送法を取る以外の選択肢は選べなかった。

この点は後方勤務畑の彼女と、現場で叩き上げの雪風との皮膚感覚の違いだったろう。

そして実行するためには自軍鎮守府の司令官すら障害になる可能性ありと見切り、自分の艦隊にも其処までは告げずに事後承諾で決行した。

知らずに実行したのなら、責任は旗艦たる雪風の独断に掛かってくる。

羽黒達に迷惑をなるべく掛けない為の配慮だが、それが逆に仲間から怒られるのも判っていた。

 

「責任は全て雪風が取る! とか、好きじゃないんですけどねぇ……」

 

他に責任を取ってくれる人がいないのだから仕方ない。

越権と独断の責任は取る。

自分でやった事なのだからそれは良い。

しかし自分の今後をチップに賭けたのだから、雪風はこの輸送作戦だけは必ず成功させるつもりでいる。

後は話し合う必要があるだろう。

今回の作戦の事にしても、連合鎮守府でのすれ違いにしても。

 

「第一艦隊は足柄さんが小破……でもバケツは届いた。鉄の追加も明日の午前に届ける。午後には夕立が来る……その時点で当面は戦線を維持出来る……」

 

雪風と夕立は前線基地に着いたら、其処で補給をしてもらう。

そして鎮守府には戻らずに、途中にある別の集積地で資材を集めて前線にとんぼ返りするつもりだった。

其処でどの種類をどれだけ集められるかは不明だったが、島風の二往復目が到着する予定の六日目の午後には……遅れても七日目には輸送が完了するだろう。

あ号作戦最後の七日間は、全力出撃できる資材を揃えられる。

はっきり言えば雪風は輸送が成功した場合、それ程厳しい罰は来ないだろうと思っている。

始末書と減給は覚悟しなければならないが、これはもう諦めている。

それでも罪悪感にため息が出るのは、自分を信じて大きな裁量を与えてくれた彼女に対し、それを悪用してしまった事だった。

好意や信頼を裏切るのは、とても嫌なことだ。

例えそれが、自分が必要と信じる事の為であったとしてもである。

 

「……しれぇ怒っていますかねぇ。怒っていますよねぇ。怒ってるだろうなぁ……嫌だなぁ……」

 

海路には深海棲艦の姿も無く、雪風としては計画通りの輸送を行えている。

しかし予定通りになればなるほど、自分の首が絞まっていく感覚だった。

悪戯がばれてお仕置き確定の悪童と同レベルの心情で、一個艦隊の旗艦は危険な航海を続けていった。

 

 

§

 

 

雪風が前線基地に到着すると、第一艦隊旗艦が出迎えてくれた。

島風から鉄材が明日届く事を知らされていたため、補給と足柄の入渠を待って再出撃する予定だったという。

損傷していた足柄としては小破進撃上等だったが、大和が待ちたいと言うなら深読みも無粋だと退いた。

入港した雪風を挨拶もそこそこに抱き寄せている様子から、最早本音を誤魔化す余裕もなかった様だが。

 

「……顔ごと圧殺する気ですか戦艦さんが、その腕力で? 駆逐艦を?」

「えうぅ……ごめんなさい」

 

胸部の三重装甲そのままに全力で抱きしめられた結果、鋼鉄で顔面を強打した雪風。

多少は実戦を積んで逞しくなったかと思えば、コレである。

思わず半眼になった雪風に、大和が既に半泣きになっていた。

 

「あー……お久しぶりです大和さん。お元気そうで、良かった」

「あ、はい。えっと、お陰さまで」

「それでは……駆逐艦雪風、燃料300、鋼材1600、ボーキサイト500、高速修理溶液二つ、搬送完了いたしました。ご確認ください」

「…………はい。お疲れ様でした」

 

形式的なやり取りを済ませ、二隻はふと表情を緩めて握手した。

 

「頑張ってるみたいじゃないですかー。結構厳しいノルマでしたが、撃破目標は遅れなく達成に向かってるって聞いていますよ」

「うん……あ、はい。皆さんのお陰もあって、何とか生き延びています。雪風達にも、本当に苦労を掛けてしまって……」

「前線で命を張ってる大和さん達程ではありませんよ。こっちにも無駄に優秀な仲間がおりますし」

「でも、昨日今日の鉄材は本当に助かりました……あ、それであの……お伺いしたいのですが、提督と何かありましたか?」

「お?」

「提督から雪風に緊急電文が届いているんですが……」

「うぐっ、もう来ましたか」

 

せめてあ号作戦が終わるまでは大人しくしていて欲しかった雪風だが、これは致し方ない。

顔を引きつらせた雪風を見て、大和は内心の不安を増した。

雪風も、そして島風も自分の所属を第二艦隊と名乗らなかった上に単艦で此処に来ているのだ。

大和としても何かあったかと疑うには十分であり、其処へ来て提督からの電文は嫌な予感しかしなかった。

 

「その電文はどちらに?」

「司令室の端末が生きているのです。モニターから開封できます」

「……これ電文空けた時間があっちにも表示されるんだろうなぁ」

「……だと思いますよ」

「仕方ないです、ちょっと見てきます」

「あ、私も行きます」

 

深い息をついた雪風が歩き出し、大和も続く。

雪風に余裕が無いせいか、その手が繋がれる事は無かった。

大和は少し不満だったが、手の変わりに袖を掴んで我慢する。

 

「あの、第二艦隊に何かあったんですか?」

「第二艦隊は解散しています」

「はぁ!?」

「艦隊行動とかしていたら間に合わないと思ったんですよね。何れにしても雪風の独断ですので」

「え、えぅ……ごめん、ごめんね?」

「だから、雪風が勝手にやったんです。泣かないでください」

「で、でもぉ……」

 

艦隊行動をしている場合ではないから、艦隊を解散して単艦の最大速度で輸送を行った。

雪風がそんな事をしたのは、当然第一艦隊の為である。

結果として大和達は予想より二日近くも早い補給で入渠が出来た。

そして三日目の今日には雪風が到着し、午後には夕立が更なる物資を運んでくるという。

四日掛かると予想されていた補給を一日短縮出来たのは、雪風の判断による所である。

しかしその速さの為に取るべき手続きを省略した。

雪風としては他に方法が思いつかなかったが、大和としても補給部隊を其処まで追い詰めてしまったことに涙腺が緩む。

一方で雪風が自分達の為に其処までしてくれた事が、本当に嬉しかった。

もし提督と雪風の間に何かがあれば、今度こそ自分が庇わねばならない。

大和がそう決意していると、司令室に着いた。

本来自動開閉式だったであろうドアを手で空け、デスクの端末を操作する。

 

「えーっと……電文電文……あ、吹き込み式ですねぇ」

「そうですね。あ、私も聞いて良いんでしょうか?」

「指示がなければ良いと思います。どうせ内容は雪風の出頭命令でしょうから」

「……今度は、私が守りますから」

「お気持ちだけで結構です。自分の身を守ることだけは、昔から得意だったので」

「え、えうぅ……」

「タイトルは……ん? くんれいぶん?」

 

――雪風へ

 

  貴女がどんな構想を持って動いているか、私には分かりません。

  しかし何を想って動いているかは理解している心算です。

  それで悪くなった試しというのもありませんし、今後については一任したいと思います。

  責任は私が取りますので、貴女が最善と思う判断で皆さんを助けてあげてください。

 

 

やばい。

泣きそうだった。

雪風の視界が一瞬にじむが、大和の手前我慢した。

自分は此処まで信頼されていたのか。

そして雪風は、同じだけ彼女を信じていただろうか。

……出来なかったと思う。

雪風は自分がある意味において、彼女に完敗したことを自覚した。

彼女は、雪風のことを先に認めてくれていたのだ。

 

「……やられちゃいました」

「……ずるいでしょう、これは」

「聞きました大和さん、如何しましょうこれ? 今雪風は、世界中の皆さんに自慢して回りたいくらいですよ。うちのしれぇは、凄いんだよって」

「……むぅ」

 

大変面白くない大和嬢。

電文に浮かれて頬を赤くしている雪風にも、雪風に此処まで信頼を示す彼女にも。

雪風も彼女も、今は遠くに離れている。

雪風の傍にいるのは大和だ。

しかし傍にいなくても、お互いに見つめあう事は無くとも、心のどこかで繋がって同じ方向を見据えている。

その事が大和には大変不愉快であり、面白くなかった。

そんな自分の内心に驚き、ほぼ無意識に雪風に手を伸ばす。

デスクの端末で何度も文章を聞き返していた雪風は、簡単に大和に捕まった。

 

「大和さん?」

「……」

 

今度は潰さないように、静かに腕を絡めるだけ。

何時もの大和なら赤くなってまともに喋れなくなったろうが、今はそれ所ではなかった。

この黒い、嫌な気持ちの正体を探る。

 

「あぁ……」

 

驚いたことに、それは嫉妬だった。

これが、何かを妬むというものなのか。

知識としては持っていても経験した事は無い。

自分が自分でなくなるような感情の波だった。

兵器が感情を持つとは、コレほどまでに厄介なことだったのか。

だって、だってもし、さっきのもやもやしたモノを放置してそれが育って行ったとしたら……

何れ自分は深海棲艦よりも、彼女や……もしかしたら雪風すら憎むようになるかもしれない。

その可能性が頭を過ぎる。

 

「大和さん? ちょっと、痛いです」

「あ、御免なさい」

 

震える腕がいつの間にか力強く雪風を抱きしめていた。

縋っていたとも言える。

兎に角大和は怖かった。

明確に何が怖いとは、残念ながら言えないが。

 

「如何したんです大和さん? あ、もしかして妬いてます?」

「……そうですね。はい、そうみたいです」

「素直ですねぇ」

「ねぇ雪風。もうご存知だと思いますが、はっきり言っておきますね? 大和は、雪風をお慕いしています」

「……どういう意味で?」

「御免なさい。それはまだ、私にも分かりません。今の感覚だと……師とか姉だと近いのかなぁ?」

「ふむぅ、思春期って奴ですかねぇ」

「……そうみたいです。感情がね、全く制御できていないの。凄い不思議。こんなに雪風が好きなのに、電文を聞いて浮かれる貴女が物凄い嫌だった。矛盾してる。判ってても御しきれない。なんなんだろうこれ……本当に、如何したんだろう」

「頭がのぼせてる時に考えてもパーンってしちゃいますよ? 冷却期間を置いてみましょう。気分転換に深海棲艦狩りでも如何です?」

「ん、そうします。……この気持ちが晴れるまで41㌢連装砲を撃ちまくったら本当に気持ちよさそう」

「補給部隊としてはいろんな意味で恐ろしい発言を……」

「ごめんなさい。でも今の私は多分……」

 

強いだろうなと思う雪風。

妖精が作った兵器を艦娘が使うとき、良くも悪くも結果が変わる。

最高に乗っている時の夕立が、羽黒並の火力を出すことがあるように。

今の大和は、おそらく火力面ではヤバイ事になるのではないだろうか。

 

「一人で行っちゃだめですよ?」

「まさか。足柄さんをお待ちして皆で行きますよ。元よりその予定でしたし、今の自分には絶対に、押さえ役が必要ですから」

「良いと思います。今の大和さん、少し大きく見えちゃいましたよ」

「……これ以上大きくなりたくないなぁ」

 

意味が違うと知りながら、わざとおどけてみせる大和。

一番見ていて欲しい人に認められた。

先ほどとは別の感情が胸を満たし、熱くする。

感情の振れ幅に自分自身で戸惑いながら、大和は自ら雪風の袖を引いた。

 

「雪風はこれから補給して物資集めですよね? 施設にご案内しますよ」

「お願いします。夕立が来る前にある程度先行して、海路を探索したいので」

「判りました。参りましょう」

 

二隻が連れ立って司令室を出ようとしたとき、端末が点滅して音が鳴った。

それは新着の電文が届いた合図である。

 

「ん? しれぇから……」

「なんでしょうか?」

 

――追伸

  

  先の訓令に関する捕捉ですが『今後』とは訓令の電文を開いた時刻から後になります。

  それ以前にやらかした件についての免責にはなりませんからそのつもりで。

  始末書と三ヶ月の減俸は覚悟しておく様に。

  

  それから、例の件では補填の要求に成功しました。

  万が一乗っ取られると困りますから第一艦隊の半数を要請しております。

  おそらく精鋭の、大喰らいが来るでしょうからそちらを養う物資も追加で集めておいてください。

  この件に拒否は認めませんので、悪しからず。

  では、こちらの鎮守府で貴女の顔が見れる日を楽しみにしています。

  

 

「ちょっ!? 怒ってません? しれぇすっごい怒ってません!?」

「うーん……顔は笑ってると思いますよ?」

「笑顔って本来攻撃的な表情だって誰かが言っていましたよ!」

「そうですね。でも大丈夫、雪風は沈みません。お給料は沈んだみたいですが」

「フォロー無しですか大和さん。仕返しですか? 日頃の恨みで同僚いびりですかっ」

「偶には仕返しさせてください。貴女には、本当に揺らされっぱなしなんですよーだ」

「くっ、大和さん少し背が高くて美人でおっぱい大きいからって調子のってません? 殆ど大和さんが勝手に自爆してるだけじゃないですかっ」

「惚れた相手に其処まで褒めていただけると、最後に少し悪態つかれても全く気になりませんよ?」

 

肩を落とす雪風の背を大和が擦る。

一度無罪放免だと思っただけにダメージが大きかったらしい。

上げて落とすのは基本と言うことか。

サドしれぇめっ。

 

「しれぇは絶対どSの人ですよね」

「当人のスペックが高いから、下への要求も無意識に高くなるタイプですよきっと」

「あぁ、ありそうですね。それにしても増援ありかぁ……どなたが来て下さるのやら」

「そういえば言っていましたね。現状なら、私達だけでも何とかなりそうですけど……」

「現状はそうですが……雪風がしれぇにお願いしたときは、まだ島風の先行輸送すら未到着でどっちに転ぶか分からなかったのですよ。なので、例え間に合わない可能性が高くても打てる手は全部打とうかと思ったんですよね」

「……本当に、いろいろありがとうございます」

「良いんです。雪風は大和さんが無事なら、本当にそれで良いんですよ」

「……ふぐぅ」

「はい、泣かない泣かない」

 

雪風と大和は今度こそ司令室を後にする。

長い廊下を歩く二隻の手は、今度こそしっかりと繋がれていた。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

またまたうみのうえからしつれいします。

しまかぜはせんこうゆそうにせいこうしました。

ゆきかぜとゆうだちもつぎのひにはにもつをとどけられました。

はぐろさんがいっぱいていさつしてくれました。

あ、けいじゅんです。

しまかぜをそっちにもどしたので、しれぇがあつめてくれたぶんのぶっしをはこばせてください。

ゆきかぜとゆうだちは、このままぶっしちょうたつをぞっこうします。

あ、じゅうじゅんもいます。

 

えんぐんのしんせいありがとうございます。

しれぇもゆきかぜも、すこしわるくうがちすぎていたかもしれません。

こちらでもいろいろおはなししたいとおもっていますので、しれぇもあっちのしれぇさんとおはなしおねがいします。

あ、あれはらいじゅんでしょうか。

 

こんかいはいろいろやらかしてごめんなさいでした。

ゆきかぜはこのたたかいがおわったら、しれぇにおつたえしたいことが――

 

 

――提督評価

 

くぁwせdrftgyふじk!?

 

 

 

 

 

 

 




あれ……終わらない?
キャラ同士で掛け合ってもらっていると、勝手に喋りだす時があるからこまりますorz
方向性は(まだ)それてないんですが時間が進みませんでした。
もう一話あ号作戦が続くと思います。

現在進行状況は3-2は羅針盤に阻まれ渦潮→鉄→フラヲルート固定状態、4-4は開幕の夕張潰しに撤収を余儀なくされております。
デイリーでは潜水艦とレア軽巡狙ってレシピを回し、開発もオール10から三式弾等が狙えるレシピで回し始めました。
お陰で資材と開発資材が以前ほど増えなくなって困ってます。
本気で第4艦隊が欲しいです。
榛名さんドコーorz
あ、でもこれ書いてる間に蒼龍さんとごーやたん来ました。
久しぶりの新キャラに鎮守府も沸きかえっております。
でも蒼龍さん、出雲丸のが強くね……うわなにするやめr




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駆逐艦

自軍鎮守府に戻った島風は、上司たる提督が集めた物資に唖然とした。

四種資材、各2500ずつ。

彼女は島風どころか雪風にすら予想外の時間と量の物資をかき集め、第二艦隊を待っていた。

 

「どうやったのよ……」

「昔取った杵柄です」

 

輸送船も一隻では積みきれず、二隻の連結仕様である。

海上でコレを牽引しようとすれば、島風といえども二十二ノットが限界だった。

しかしこの時出向中の長門姉妹と鎮守府で合流出来たため、分担して牽引することで何とか七日のうちに納め切ることが出来たのだ。

雪風、夕立もこの日の午前中に第二次補給輸送を完了させており、出っ放しの海路索敵を続けていた羽黒もほぼ同時刻に前線基地へ撤収している。

これは島風から長門姉妹合流の報が雪風に届けられたため、航海の安全が飛躍的に増したお陰であった。

 

「駆逐艦島風、補給輸送任務完了しました」

「戦艦長門、及び戦艦陸奥。第一艦隊と合流すべく派遣された。よろしく頼む」

 

施設内の港で島風と長門姉妹を迎えた大和と雪風は、それぞれの表情で僚艦を見つめる。

 

「お疲れ様です。早速で申し訳ありませんが、島風さんはコンテナを工廠に運んでください。積荷の確認は、其処に五十鈴さんと足柄さんがいるので任せて構いません」

「了解」

「陸奥、手伝ってやれ。私は少し大和達と話がある」

「了解。いこっか?」

「うー」

 

陸奥は軽いバックでも扱うように島風を脇に抱えると、ローラー上に乗せられたコンテナを軽々と引いていく。

その光景に雪風は頬を引きつらせるが、戦艦二隻にはさして珍しい事ではない。

やがてその姿が見えなくなると、雪風達は改めて挨拶を交わす。

 

「久しいな大和、雪風。しばらく厄介になる」

「遠路はるばる、本当にありがとうございます」

「ようこそです長門さん。お話があるとの事でしたが、何処か……司令室辺りに参りましょうか?」

「そうだな。頼めるか」

「はい! どうぞこちらへ」

 

雪風はそう言って長門の手を取り、緩やかに先導して歩き出した。

その光景に大和が頬を引きつらせるが、客人の手前我慢する。

雪風が長門に並々ならぬ憧れを持っているのは知っていたし、この場で自分と比較を質せば良い笑顔で長門を取るのは分かり切っていた。

 

「……随分仲のよろしい事で」

「なんだ大和。繋ぎたければ右手が空いているぞ?」

「長門さんじゃなくてですねぇ……」

「雪風の両手は塞がっていますので、無理ですよ」

 

いつの間にか繋いだ手を両手で抱え込んでいた雪風。

長門も嫌がる様子無く雪風に捕まっている。

 

「相変わらず可愛いなぁお前は」

「長門さんも相変わらず格好いいです。はぁ……溜息でちゃいますよぅ」

「……おぃ」

 

妙に仲の良い二隻の様子に半眼になる大和。

最も長門が駆逐艦に代表される子供好きなのは周知の事実であったし、雪風としても尊敬する先達として甘えているだけだったりする。

実は雪風にとって、そうする事が出来る相手が長門を除いてほぼ居ない事に大和が気づくのは、ずっと後の事である。

 

「まぁ、そう膨れるな。お前は何時も雪風を堪能しているんだろう? 偶に会ったときくらい私に譲れ」

「堪能出来ていませんよ! 何で長門さんにはそんなにデレッデレなんですか雪風はっ」

「雪風は好きな戦艦を上げるなら、真っ先に長門を上げるくらいの長門派ですので」

「なっ大和は!?」

「そうですねぇ…………五番目くらいには?」

「嘘でもいいですから、二番って言ってくださいよぉ」

「船としての好みですから、大和さん個人を序列したつもりは無いですよ?」

「……じゃあ私と長門さんどっちが好き?」

「長門さんです。決まりきっているじゃないですかぁ」

「すまんな大和」

「言うと思いましたよっ」

 

雪風としては決して大和をからかっている訳ではないが、聞かれればそう応えるしかない。

大和と長門、現時点でどちらの好意がより大きいかと問われれば誰に聞かれても長門と答えるだろう。

ただし好意にも無数の種類があるし、無限の段階が存在する。

雪風が持つ長門と大和の好意は、おそらく種類において同一ではない。

 

「因みに、二番はだれだ?」

「金剛おばあちゃんですね。尊敬しています」

「よし雪風、今度会わせてやるから是非奴に言ってやれ」

「二番目に大好きですかぁ?」

「いや、おばあちゃんの方だ。泣いて喜ぶだろうな」

「お任せくださいです」

「……喜ぶのかなぁ」

「うむ、年寄りに冷や水だ」

 

大和と雪風は顔を見合わせ、絶対喜ばない事は確認した。

俗に言う悪口友達なのだろうか。

そんな話をしているうちに司令室の前に辿り着く。

入室すると大和は来客用のソファを長門に勧め、座るのを待って反対のソファに腰を下ろす。

雪風もとっくに長門から離れて退出しようとするが、それは長門本人に止められた。

 

「話に心当たりが無いわけではあるまい? 寧ろお前が居ないと意味が無い」

「それでは、厚かましいですがご一緒させてください」

 

雪風は身を翻して大和の隣に腰掛けた。

それを待っていた長門が、先ず第一声をかけてくる。

 

「さて、まだ一月程だが、連合鎮守府以来だな」

「はい」

「当時の状況を整理したいが、お前は何から聞きたい?」

「そうですね……雪風があそこに呼ばれた経緯ってなんだったんですか?」

「ふむ。先ず、あの時期に連合して深海棲艦を叩く事。これはほぼ決まっていた事を前置きさせて貰う」

「はい」

「その上でお前が呼ばれたのは、私が提督に上申した」

「……もう何となく分かって来ているんですが、それって雪風が大破してしばらく動けなくなったからですよね」

「その通り。もうあの連合の目的は分かっているな?」

「……互助だと思います。ノルマが苦しくなった鎮守府同士が協力して一気に仕上げてしまうという」

「そうだ。お前の鎮守府が発足間もないこと、一個艦隊の旗艦だったお前が大きな負傷を負った事、これでノルマが苦しくなるだろう事が予想されたから声を掛けた。雪風が名指しだったのは、お前の情報と分析を持ち上げて提督を口説いたからだな」

「なるほど……」

「逆に聞きたいんだが、雪風はどうして一隻で来たんだ? あの時の艦隊か、最悪でも大和は連れてくると思ったんだが……」

 

長門の問いに顔を見合わせる大和達。

二隻は無言のうちに役割を分担し、此処は雪風に説明を任せる事にした大和。

発言権を貰った雪風は一つ息をつくと、こちらの事情を話し出す。

 

「先ず前提として、こちらはこの話を互助だと捉えていませんでした。雪風が名指しで呼ばれたなら、それ以外の戦力は極力手元に残したかったのです」

「艦隊としてはそうだろうが……当時の大和は単艦で浮き戦力だったろう?」

「当時の大和さんを余所様の所にお出しするのは、それこそ無理だったんですよ。演習一回、実戦一回の新人を連合へ連れて行くのは、逆に迷惑になりますし」

「……しかも私は名前だけは売れておりまして、行ったら双方が嫌な思いをするだろうって連れて行ってもらえませんでした」

「なるほど、砲撃戦の手腕に誤魔化されたが……あれが初陣だったな。私も失念していた」

「其処から口撃されると考えたんですよね。誤解だったようですが」

「いや、その一点では可能性があったな。お互いの前提は全く違うが」

 

最初に掛け違えたボタンから始まったすれ違いに、お互いが苦笑するしかない。

結局の所暗黙の了解を過信しすぎたという事なのだが、縺れた糸は根気よく解していくしかなさそうだった。

 

「私としては、好意で呼んだ心算だったんだ。お前達が全軍で参加してくれれば、ノルマも一気に終わると思ってな」

「やっぱりそうですよねぇ……すいません、この忙しいときにっ! とか思っていました」

「其処はもう仕方ないな。だが、実はお前が単艦で来ただけだったらまだ何とでもなったんだ」

「と、おっしゃいますと?」

「うちの鎮守府で預かって、私の艦隊に編入してしまえば前線に出れた。実績も作れたろう。一参加者ならそれもできた」

「……あぁ、そういうことですか」

「誤算だったのはうちの鎮守府が立場上の代表になって、私が実戦部隊の旗艦に収まってしまったことだ……既にお前達を直接呼び込んでもいたからな」

 

この上で旗艦たる長門が雪風個人を抱え込めば、公正さを欠くことになる。

それは雪風自身も所属する鎮守府も悪目立ちさせることになったろう。

雪風としても半ば嫌がらせに近い出向と捉えていたために、長門なら兎も角ほかの艦隊預かりになるつもりも全く無かった。

雪風と長門はここでもすれ違っていた。

 

「あの時、私も困っていたぞ。余計なことをして、逆にお前達の首を絞めてしまったと思ったからな」

「いいえ。しれぇにしても雪風にしても、これは壮絶に自爆しただけです……本当にすいませんでした」

「だがお前は、後方勤務を随分熱心にやってくれたよ。各艦隊の目的地と進撃速度からの帰港予想時間、必要な消費物資等は全て事前に調べ上げてくれたな。お陰で救援も手際よく行え、被害は当初の想定より本当に少なくできた」

「御免なさい長門さん。それも決して好意ではありませんでした」

「隙を見せたら叩かれると思っていたんだろう? だが、其処でお前が献身してくれたのは結果として助かった。大本営のノルマにはならなくても、連合参加組みは皆、その恩恵に借りが出来た」

「もしかして、あの時参加した皆さんに手伝ってって言えば手伝ってくれたんですか?」

「そうだ。何処に声が掛かるだろう……という予想も立っていたんだ。うちを含めて、大きなところが三つ候補に挙がっていた」

「あぁ……もぅ……」

 

げっそりとした気持ちで肩を落とす雪風。

結局前線の流儀を知らずに突っ走った挙句の遠回りだったのだ。

せめてもっとノルマが苦しければ、もうどうしようもなければ誰かの手を借りようともしたのだろうが。

 

「だが、連合解散後は私や提督の言葉が足らなかった。お前達の鎮守府が開業間もない事を知っていたにも関わらず、たった一言お前に言付ける手間を怠った。今日お前達が背負っている苦労の責任の一端は其処にあるだろう。お前達が無事で、本当に良かった。済まなかった」

「その謝罪はお受けします。ですが、その件に関しても雪風に非があります……あの時、雪風はもう帰りたくていっぱいいっぱいでした。うちの皆に会いたくて仕方ありませんでした。だから、解散式前に全ての荷物をまとめて、式の後直帰しています。周りの皆さんに、味方なんていないと思っていました。大変非礼であったと反省しています。申し訳ありませんでした」

「あぁ。ではお互い様と言うことで、私達の間では手打ちにしよう。後はお互いの提督が話し合ってくれるだろう」

「はい、長門さん」

 

戦艦と駆逐艦は互いに笑みを浮かべて握手する。

其処で雪風は、ふと隣の大和が居なくなっていることに気がついた。

 

「何処行きました?」

「さぁ、話している間にふと席を立っていたが」

「気づきませんでしたよ……」

「本当に、音も無くスッと退いていったぞ」

「幽霊ですか……」

「あ、お話終わりました?」

 

二人の会話が途切れると、大和が司令室に戻ってくる。

見ればお盆に三つのラムネと紙コップを持っていた。

 

「お話が長くなりそうだなーと思って」

「……真面目な話をしていたんですから聞いてくださいよぅ」

「結論なんて仲睦まじいお二人を見ていれば分かりきっていた事ですよ? 寧ろあそこに居なかった私こそ、退出しておくべきでした」

「此処までの話なら、それでもいい。だが此処から先はこれからの話だ。お前が居なければ困る」

「はい。それではお邪魔します」

「ノルマと期限、あと物資の確認ですねぇ」

 

大和はそれぞれにラムネを配ると再びソファに身を沈める。

既にビー玉を落としてあるビンからは懐かしい匂いがした。

 

「大和さん、雪風としてはラムネは直だと思うのです」

「え!? コップ使うでしょう普通は」

「どちらでも良いが、紙コップは風情がないなぁ」

 

大和と雪風は顔を見合わせ、それもそうだと笑い合う。

形式としても実際にも和解を済ませた三隻の間に、穏やかな時間が流れていた。

 

 

§

 

 

長門型姉妹を擁し六隻編成になった第一艦隊と、合流した第二艦隊。

各艦隊はそれぞれの役目を全うするため、再び海に繰り出した。

第一艦隊は深海棲艦を討伐するため、前線基地から更に前へ。

そして雪風達第二艦隊は、残りの七日を出向してきた長門姉妹の補給調達に当たることとした。

長門達は自分達の消費する資材は持ち込んでいるのだが、出向を要請した手前、此処は雪風達が賄いたい。

その上で作戦成功した暁には、祝いとして長門達が持ち込んだ資材を納めるのが流儀らしい。

ようは出向要請した作戦に当たっては頼んだ鎮守府が持ち、出向した艦娘が持ち込んだ資材は戦後の補填にされる。

最もこれは相当に仲の良い鎮守府同士のやり取りになる。

普通は助力を頼んで戦力を差し向けてもらった挙句に、出航した艦娘が使った資材まで補填などしてはもらえない。

この一事だけでも、長門達の提督が彼女に好意的である事を示していた。

 

『と、言うことらしいです』

『良かったっぽい』

『本当ですよ……でも皆さん、雪風の不手際に苦労をかけて本当に申し訳なかったです』

『提督さんも、きっとそう思ってるっぽい。あたし達にとっても、良いお勉強になったと思う』

『そうですね。所で夕立は、まだ集積地ですか?』

『うん。燃料とボーキは任せるっぽい』

『ボーキサイトは赤城さんと羽黒さんしか使いませんのでそこそこ、燃料増し増しでお願いします』

『っぽい』

 

雪風は先の七日で通ったイ海域とロ海域の深海棲艦が、徐々に増えていることを感じていた。

其処で今度は基地から大和達が前進し、確保した後の海域から派生して行けるポイントの集積地を狙って物資を集めている。

前回はやや手探りな面があった探索強化戦術もよく機能することが分かったため、今回も単艦の高速輸送である。

大和達が切り開いた道の真後ろに近い海域であり、前線基地からも遠くない。

深海棲艦の出現頻度も遥かに低く、距離が近いため羽黒に掛かる負担も軽かった。

以前と同じ作戦をより低い難易度でこなせる分、第二艦隊の面々も当初の予定より早い日程で収集を回せている。

 

『こちら重巡洋艦羽黒です。定時連絡ですが、現時点で深海棲艦の姿はありません』

『ありがとうございます羽黒さん。やっと雪風達にも運が向いてきたようですね』

『綱渡りとはいえ、こんな余裕のないあ号作戦がまかり通っている時点で相当に運はよかったと思いますよ……』

『そうでしょうか? 雪風としましては、その辺の浜辺に野良深海棲艦が大量に漂着して撃ち放題。そしてノルマ達成ルートならラッキーだなぁって思ってましたよぅ』

『想定する幸運の次元が違う……』

『まぁ、あと一息です。山場は超えておりますし』

『援軍でいらしてくれた二隻の燃費は、折り込んでいるのですか?』

『しれぇが用意してくださった物資が予定より各500も多かった為に助かった……と言ったところです。それが無かったら、羽黒さんも輸送組みにして回さないと苦しかったと思います』

『効率を上げる案は、まだあったということですね』

『皆さんの安全を切り売りしての効率重視は出来ればやりたくないですし……そうなっていた場合は皆さんとミーティングして、ベネット部長にもう一つ電探作ってもらう案と多数決でしたねぇ』

『あ、なるほど……工廠のトップがいて、そこそこの資材を持ち込んでいたから開発も出来たんですね』

『どうやっても出撃資材が犠牲になるので、そっちも出来ればやりたくない所でした。本当に、しれぇのお陰ですね』

 

機嫌の良い声が通信に乗って羽黒の耳に届く。

ぽかぽかと暖かい陽気に、少しだけ風がある。

中々に気持ちの良い天気だ。

きっと雪風や他の仲間達も、同じ日差しと風を感じているのだろう。

ふと上を見上げた羽黒は、遥か遠くに海鳥が渡るのが見えた。

当人も気づかぬうちに微笑していた羽黒は、数匹の鳥をしばし眺める。

 

『ん……?』

『なんですか羽黒さん』

『雪風ちゃんって今、私達の中で一番遠い集積地に居ますよね……』

『その通りです。既に上陸して搬入作業ですよぅ』

『えっと、帰還分を含めた艦載機の索敵範囲ギリギリで特定が出来ないのですが……そちらから北方向、距離150㌔地点に船影らしき影が見えたような……』

『速度とか動いてる方向って分かりますかぁ?』

『いいえ、すいません……引き返す間際の発見でしたので……もう一度戻すと帰ってこられません』

『あ、大丈夫です。丁度鉄とバケツの収集が終わるところでしたし、確認は雪風が行います。お疲れ様です』

『本当に御免なさい……それでは、一旦艦載機を収容して休ませます』

『はい。お願いします』

 

雪風は羽黒が指示した方向に探索に出た。

この時、雪風は物資を積んだ貨物船を引いたまま向かっている。

行く途中で気づいたが、それが敵影でそのまま戦闘状態に入る可能性もあったのだ。

常の自分なら置いたまま索敵に向かったであろう事に思い至り、やや浮かれていた気分を引き締めた。

 

「むぅ……雪風としたことが……」

 

提督が想定より多くの物資を集めてくれたお陰で、当初の予定よりも潤沢な資材を当面は揃えられている。

前回と違い傷ついている味方もおらず、全員が負傷したとしても中破までなら一度に入渠出来るだけの鉄もある。

何もかもが良い方向に回っていた。

第一艦隊は多くの実戦経験を重ね、輸送作戦も成功し、長門とも話せた。

鎮守府同士の交流も始まろうとしている。

そしてこの作戦が終われば、提督たる彼女の元に帰れるだろう。

今までが大変だったこともあり、明るい展望が開けたことが本当に嬉しかった。

しかし雪風が幸せは、貨物船を引いて浮遊物を探しに向かう三時間で終わりを告げた。

 

「は……? はぁ!?」

 

指示された海の付近を漂流していたのは、雪風の見知らぬ女型だった。

だが艦娘としての本能か、それともかつての記憶のせいか……

雪風には仰向けに浮いた女型の正体が分かってしまう。

艤装の殆どが破壊され、かつては美しく着こなしていたであろう弓道着も無残に千切れ、殆どが残骸と化している。

髪留めを失い、飛行甲板すら剥がれたこの艦娘こそ、一航戦の片翼に違いなかった。

雪風の目の前で今にも沈もうとしている艦娘の残骸。

慌てて海を駆け、沈みかけた身体を支えた雪風。

……酷く重かった。

艦娘は陸上でこそ人とそれ程変わらない重さであるが、艤装をまとって海に出た時かつての重さを取り戻す。

重さが無ければ砲撃の威力も乗らないし、相手の砲撃にも耐えられない。

しかし海の真ん中で艤装を失い、艦娘としての浮力を失ったまま意識を無くせば、その重さゆえに問答無用で沈んでしまう。

見た所加賀の艤装は、最早浮力を維持する最低限すら機能していない様に見える。

 

「な、なんなんですか加賀さん、なんでこんな所にいらっしゃるんですか! なんで……なんでぇ……」

 

何故沈んでいてくれなかった。

雪風の脳裏を占めたのは、はっきりとこの一言だった。

雪風はもう、誰が沈むところも見たくない。

それは間違いなく本心である。

しかし戦いを続ける以上、誰かが沈むのは避けられない。

誰一人犠牲無く勝つ方法など、雪風には提示できないのだ。

だから沈んでいてくれれば、発見できなければ諦めもついた。

今いる海で足元に誰が沈んでいるかなんて、其処まで気にするほどの余裕はない。

 

「え……え……? 如何するのこれ、如何しよう。如何すれば良いのこれっ」

 

この場に居るのは雪風と加賀の二隻のみ。

雪風は健在だが、加賀の命は今にも燃え尽きようとしていた。

しかしまだ、生きている。

雪風がその小さな両手で抱いた加賀は微かに、本当に微かに吐息と鼓動を繰り返していた。

だが……雪風は自分が誤って牽引してきた貨物船を肩越しに見やる。

この物資はなんだ?

これは、大和達第一艦隊の命綱で……

 

「ちょっと……あー……っ!」

 

胸に抱いた命と背中に負った資材。

どちらも簡単には捨てられない。

いつの間にか雪風は、右手の第二指を噛んでいた。

先ほどまで全てが順調だったはずだ。

何もかもが良い方向に進んでいると思っていた。

こんな選択肢を突きつけられるなんて想像すらしていなかった。

どうしてこんなことになった?

鎮守府の繋がりに鈍感だった彼女のせいか?

連合鎮守府で人の輪を広げなかった自分のせいか?

それともこの広い海で漂流する、たった167㌢の残骸を見つけ出した羽黒のせいか?

何がなんだか、もう雪風には分からなかった。

いつの間にか皮膚を食い破っていたらしい。

それは痛覚ではなく、味覚によって知ったことだが。

 

「お、落ち着け、落ち着いて? うん。加賀さんは重い、雪風には運べない。寧ろ運んだとして、如何するんです……? 入渠させる? 鉄は? 加賀さんは正規空母で、此処から治すのにどれだけ掛かるよ? 三桁後半? や、大和さん達が戦ってる。今だって傷ついてるかもしれないのに所属も分からない艦娘に鉄を分ける? 無い。ないない!」

 

しかし急いで曳航して入渠させなければ、加賀はまず助からない。

そもそも今ですら間に合うのかどうか、雪風には判断がつきかねる。

艦娘が死ぬのは何も轟沈だけではない。

陸の上だって、寧ろ陸のほうが簡単に死ねるものなのだ。

 

「じゃ、じゃあ置いて行く? 加賀さんを此処に……見なかった事にして貨物船引いて帰れば良い? あ、赤城さんがいるのに? なんて言えば良いんです? 何も言わない? 今日の今を無かったことにして羽黒さんにも赤城さんにも黙っていれば良い? そ、そんな演技出来る……? いや、出来るけど……出来るけどぉっ」

 

やってやれないことは無いと思う。

しかしそれを始めたら、最早自分が沈む瞬間までそんな仮面を貫かなければならなくなる。

其処までしなければならないのか?

雪風は引きつった表情で腕の中の加賀を見つめていた。

 

「あ、赤城さんに決めてもらう……? 此処は一番前線に近い集積地で、個人直通型なら通信も多分……あ、それなら別に……あ、あぁー……不味い。ダメ、駄目に決まってるじゃないですかっ」

 

赤城に聞いても意味は無い。

誇り高い一航戦は絶対にこう言うだろう。

 

――楽にしてやってください

 

そういう赤城の声が、表情が、仕草の全てが雪風には想像出来る。

手に取れるほどのリアリティで脳内再現される予想は、絶対に覆らないだろう。

赤城は、任務と私情を天秤にかけて針を揺らすことは無い。

だがそれは、内心で血涙を流して吐き出す決断のはずだ。

赤城はずっと加賀の事を待っている、探している。

ミッドウェーで火達磨にされ、それでも沈めず漂っていたあの時からずっと……

そんな赤城にこの選択肢を与えてはいけない。

それは赤城を傷つける事にしかならない。

誰も幸せにしない、雪風の逃げだ。

それでもそんな逃げが魅力的に見えてしまうほど、雪風は追い詰められていた。

時間も無い。

既に集積地から此処までで三時間使って余計に離れている。

此処から真っ直ぐ戻っても単純計算で六時間の遅れを出していた。

こうして迷っている間にも、加賀の命は尽きようとしている。

後何回呼吸してくれる? 後何回脈打ってくれる?

思考海路が焼き切れて、腹の奥から口をついて内容物が溢れそうになる。

ギリギリのところで飲み込んだが、同時に涙腺から溢れるものは止められなかった。

 

「あ、あぅ……雪風はなんですかっ。唯の駆逐艦ですよ! く、駆逐艦なんて軍艦にも入れてもらえなかった小船じゃないですかっ……全部なんて拾えませんよ。じゃぁ全部がだめなら何を……捨てて……何を拾うの?」

 

食い締めていた口を開き、右手の指を解放してやる。

傷みは無いが、しびれて感覚がなくなっている。

間違いなく、後になってのたうつほど痛くなるだろう。

身体が痛みを無視してくれる間だけ、自分も理性を無視しよう。

もうなりふり構っていられなかった。

 

『……羽黒さん。こちら、雪風。応答願います』

『こちら重巡洋艦羽黒です。雪風ちゃん……どうしました?』

『……う、うぐっ』

『――雪風ちゃん!?』

『は、羽黒さんが見つけてくれた船影を確認した所、大破漂流中の艦娘を発見っ。所属不明ですが、正規空母の加賀さんです。た、直ちに曳航して入渠させないと……』

『……』

『……ダメ……なんですけどっ、ゆ、雪風には運べなくて、加賀さん凄い重くて……大和さん達の鉄もあって……な、何も出来なくてっ……うぅ」

『場所は、私が見つけた所で良いんですね?』

『はい。多少西に流されていましたけど……』

『雪風ちゃん。直ぐに行くから、待っていて。私が、必ず行きますから』

『助けて……お願い……』

『うん。大丈夫。其処で加賀さんを支えてください。動かれてしまうと合流しにくくなりますから、現在位置を保ってください』

『りょ、了解です』

 

通信を切ると、やっと右手が痛みを思い出した。

同時に思考が切り替わり、眠らせていた理性が戻ってくる。

正解手は加賀の雷撃処分。

もしくは放置での補給任務続行だと思う。

雪風に加賀の保護義務等無いし、正規空母の曳航を駆逐艦一隻にやれというのも無理な話だ。

救ってやりたく思っても、自軍の任務を放り出してまで救う必要は無い。

自分で言った様に分かっていたはずだ。

曳航すればそれで終わりではない。

長門達の補給は遅れ、入渠させる為の鋼材だって余計に掛かる。

そして羽黒をこっちに呼んだ時、最も割を食うのは自分の艦隊の夕立である。

島風は自身の電探があった。

しかし夕立の安全は羽黒の索敵によって支えられていたはずである。

確定した加賀の窮地を救うため、未確定の夕立の安全をチップに賭けをした。

世界から色が失せ、そのまま黒く染まっていくようだった。

雪風は自分自身の意志によって、夕立を切り捨てた。

こんな事は何度もあった。

雪風は多くの戦場を生き残り、多くの味方を救助し、より多くの味方を救えなかった。

この感情は知っているはずだ。

雪風に乗って戦った兵士達を通して、何度も何度も経験してきた筈である。

それでも、耐え難い苦痛に心が軋む。

 

「ご、ごめん……御免なさいしれぇ。大和さん……夕立ごめん……うぐっ……」

 

羽黒は待てと言っていた。

必ず行くとも言ってくれた。

確かに今の雪風に、二つの荷物を運んで動くことなど出来ない。

羽黒が来るまでの数時間。

それは雪風とって拷問に等しい時間になった。

 

 

§

 

 

『――という訳なのですが……』

『雪ちゃんが動けないなら早く合流したほうが良いっぽい? 艦載機はそっちを探しちゃって』

『本当に、すいません』

『大丈夫。島風には伝えておくから、そっちはお願いするっぽい』

『はい。それでは』

 

羽黒から通信を受けた夕立は、物資収集を終えて帰路についている島風が居るだろう方向に目を向ける。

良い天気だが、少しばかり風がある。

肩に掛かる長い髪を背中に払い、夕立は一つ息をつく。

 

「とうとう状況が雪ちゃんの手から離れたっぽい……じゃあ、此処からが本当の勝負ね」

 

不敵に笑った夕立の瞳が真紅に揺れた。

見るものは居なかったが、夕立の気持ちが高ぶっている証拠である。

このあ号作戦の展開中で、初めてのことだった。

 

『こちら駆逐艦夕立。島ちゃん応答願うっぽい?』

『こちら島風。願うのかそうじゃないのか、分かり難いわ。何よ?』

『雪ちゃんが加賀さん拾ったって。今重量オーバーで立ち往生してるっぽい』

『何それ、怖い……って、ちょっと待ちなさいよ。加賀って正規空母のアレよね? そんなものがホイホイ落ちてるモノなの? 海ってそんな所だっけ?』

『流石、幸運艦様は拾い物もスケールが違うっぽい』

『全くだわ……また伝説が増えるんじゃない?』

『でも時期が悪いっぽい。雪ちゃん処分するか放置するか曳航するか、きっとすっごい悩んでる』

『結論は?』

『曳航するっぽい。羽黒さんが向かうって』

『一番危なくなるのは、あんたよね。良いの?』

『良い。これは……好機だよ』

『好機?』

 

第二艦隊のメンバーが知る限り、今までの作戦は全て雪風の予定調和の中で納められていた。

正しい情報収集から迅速で的確な判断により、確実な生還と実績を上げ続けてきた。

今まで全員が雪風の言う通りにしていればそれで良かった。

そんな完璧な予定調和が今、崩壊した。

 

『それ、不味くない?』

『不味くない。今まで雪ちゃんはお願いします。よろしくです。それしかあたし達に言ってない。だけど今、本当にどうしようもなくなって初めて言ったんだよ……助けてって』

『ほぅ?』

『雪ちゃんが助けを求めるって、多分これが最初で最後っぽい。今雪ちゃんが伸ばした手を掴めなかったら、雪ちゃん二度とあたし達には頼らなくなる……っぽい?』

『……そうね。きっとそうだわ』

『だから好機。夕立も島ちゃんも、此処で雪ちゃんの無茶振りに全部応えちゃったら……』

『奇跡の駆逐艦の隣に並べるって事よね』

『そうっぽい』

『面白いじゃない。乗ったわ』

 

二隻の駆逐艦は獰猛な笑みを浮かべ、雪風に最大の恩を売るべく相談を開始した。

 

『雪風の奴。ちょっと可愛いからって人を露出狂呼ばわりしてくれて冗談じゃないわ。絶対恩に着せてやる』

『夕立に言わせればどっちもどっちっぽい。後、良く喧嘩してる胸は島ちゃん分が悪いと思う』

『……今は言わせておいてあげる。先ず、こっちの行動ね。最低条件は第二艦隊の全員生存よね。夕立、物資集めは終わってる?』

『終わってるっぽい。いざ出航って所で羽黒さんから通信入った』

『ん、じゃあ私も引き返すから、先ずは合流しましょう。電探持ちの私と動けば索敵もやれるわ』

『っぽい。次に任務成功条件が、第一艦隊の補給が途切れない事だよね。合流したら一緒に前線基地に戻るっぽい?』

『雪風達との合流も捨てがたいけど、補給に穴が空いたら失敗よねぇ」

『っぽい』

『じゃあ、戻ろう。弾薬と燃料とボーキサイトはそれで良いわね』

『問題は雪ちゃん担当の鉄っぽい。でもこれは第一艦隊の被害具合で需要が変わるっぽい』

『其処はもうあいつらを信じて祈るしかないわね。次に完全勝利条件は……』

『さっきの二つを完全に満たした上で加賀さんの救出成功。どれが欠けてもダメっぽい』

『そうね。戻ったらベネット捕まえて、ドックの用意をさせときましょう。連れ帰った加賀を即放り込めるように』

『ん……実際に加賀さん連れて、必要な鉄を割り出さないと溶液作れないっぽい?』

『そうだけど、連れて帰ったときにドックのラインが埋まっていたら意味無いでしょ? 最低一本残しておかないと』

『おお、島ちゃん冴えてる』

『ふふん』

『だけどそれでも第一艦隊に損傷が多くて回せなくなったら……』

『最優先は長門さんと陸奥よ。こっちの面子なら損傷しだいで融通効くけど、大和達の負傷が残っていたら雪風がへこむよね』

『っぽい。なるべく治して出迎えたいね』

 

かなり苦しいが、兎に角救出の芽が残った。

島風と夕立は前線基地から比較的近い位置におり、合流もそれ程時間が掛からない。

そして進撃に必要な燃料、弾薬、ボーキサイトは二隻が担当なので戻れば間に合う。

雪風の担当する鋼材は、第一艦隊の被害によって必要個数が変動する。

運がよければ、想定より少ない量で間に合うかもしれない。

今までそんな賭けは絶対にしなかった。

全てに必要な分量をそろえ、大きな消耗があっても足りるように調達して送ってきた。

補給輸送に運という要素は極力排除しなければならない。

相手のある戦場の戦いと違い、補給には量と距離と時間の計算が成り立つ。

今回のようなアクシデントが起こればその限りではないのだが。

 

『よし、とりあえず可能性は残せそうね』

『っぽい。じゃあ、こんな感じかな?』

『うー。これでダメなら、もう私達の手には負えないわ』

『多分何とかなるっぽい?』

『その心は?』

『雪ちゃんがやるって決めたんだから、運はきっと味方してくれるっぽい』

『まぁ、空元気でも無いよりマシだと思って信じてみるかなぁ……』

『信じるものは救われる……っぽい?』

『主に足元を……ってね』

 

二隻はそういって通信を切る。

先ずは合流を果たし、次いで物資を運びきる。

そして加賀の使うドックを確保しなければならない。

第一艦隊の帰港を待って、損傷と鉄の残りも算出したい。

正直に言えばこの二隻にとって、加賀の安否は二の次である。

しかし雪風に一泡吹かせるために結託した今、自分達に出来る事を最大限にやり抜くことを選択した。

雪風は気づいていただろうか。

この二隻の旗艦をするのは、結構大変な事なのだ。

夕立も島風も、悪童の笑みを湛えて大海原を進んでいった。

 

 

§

 

 

夕立と島風が帰港した時、第一艦隊は出払っていた。

二隻はさっさと物資を倉庫に放り込むと、工廠の妖精を引っ張り出す。

部長は波動エンジンをスクラップにされたショックで酒びたりになっていたが、今はそれど所ではない。

 

「ちょっとごく潰し! 仕事よ」

「おぉ……おぉおおうぅう……おれっちの波動エンジンがぁ……」

「また作れば良いっぽい。そんなことより入渠の用意だけしておいて」

「……あん? おめぇら見た所損傷ねぇじゃん」

「雪風が外でスクラップな正規空母拾ったのよ」

「……幾ら海が広いったって正規空母がそんな簡単に落ちていたりするモンかよ……」

「するらしいわよ。多分羽黒が曳航してくるから、戻り次第直ぐに必要な鋼材の量を算出して」

「そいつは構わねぇが……」

「入渠させるかどうかは、当然こっちの資材の備蓄しだいよ。鉄ってどれだけ余ってるの?」

「現状3000だな。今、第一艦隊が最後の出撃に出張ってる。今日の午後には帰港予定らしいぜ」

「あ号作戦最終日から、二日残しで終了……悪くないっぽい」

 

始動に余裕が無かった事を考えれば、上々な結果だろう。

しばらくすると鎮守府に大和達からの通信が繋がり、ベネットは其処で艦隊の損傷を確認した。

 

「むっちゃんも長っちゃんも中破。こっちが大和ちゃん、足柄ちゃんが中破して赤城ちゃんも小破、五十鈴ちゃんが軽微……ふむ」

「どうよ?」

「じっくり見ねぇと分からねぇけど鋼材2700って所じゃねぇか……?」

「ドックの数はたりてるっぽい?」

「ラインは二本だが、バケツも六つあるからな。羽黒ちゃんと雪ちゃんは鉄も持ってくるんだろ? 其処で500も持ってきてくれりゃぁ何とかならぁな」

「よし、いけるっぽい!」

「うー」

 

夕島コンビはハイタッチして現状を喜んだ。

助けられる艦娘は多いほうが良い。

そうしてどっと疲労を思い出した二隻は、長い息をついてへたり込んだ。

しかしベネットはそんな二人を見ながら、複雑な顔で呟いた。

 

「もしかしてよ……その加賀ちゃんって此処の鎮守府の所属じゃねぇか?」

「さぁ……でも発見は一応此処の領海になるだろうし可能性はあるわね」

「此処が落ちたのって結構最近っぽい?」

「ああ。陥落から半年も立ってねぇんだ。思いっきり長期の遠征に出てたとすりゃあ入れ違った可能性がたけぇ」

「ふーん。まぁ、どうでもいいわ」

「そうだな。まぁ俺達にゃあ関係ねぇっちゃねえんだが……」

「うん?」

「此処の工廠を借りてるうちに、分かった事があるのさ。大和ちゃん達が帰ってきたら、少し話す」

 

そんな話をしているうちに、第一艦隊が入港してくる。

損傷はあるものの、全艦が戻ってこれたのは本当に喜ばしい。

島風も夕立も鎮守府の港で出迎える。

僚艦を認めた第一艦隊の面々は手を振り、あるいは敬礼を持って応えた。

 

「第一艦隊旗艦、戦艦大和。あ号作戦における深海棲艦討伐任務、完遂したことを報告いたします」

「お疲れ様でした……っぽい?」

「っぽいって言うなぽいぬ。お疲れ様! 入渠の用意出来てるわよ、どんどん行きましょう。ほら、ハリィハリィハリィ!」

「はは。相変わらず速さバカだなぁ島風は」

「うー」

 

任務完了の報告もそこそこに戦艦たちにじゃれつく駆逐艦コンビ。

それは微笑ましかったが、急かす島風の様子は冗談を言っているように見えなかった。

 

「ちょっと島風。如何したのよ」

「雪風が物資搬送中に加賀拾ったのよ! でも自力で浮上も出来ないし、意識も無い見たい。本当、お願いだからさっさと入渠してドック空けてっ」

「加賀ぁ!?」

「そう。あんたの相棒。雪風と羽黒が連れてくるわ」

「それは何時だ? 場合によってはこっちの入渠等後で構わんぞ」

「夜か……場合によっちゃ朝になるかなぁ……」

「はっきり言って、本当に御免なさいだけど……加賀さんの入渠は一番最後っぽい。長門さんと陸奥さんより先に入れるのは論外だし、大和さん達が怪我残してたら雪ちゃんが気に病む?」

 

夕立にそう言われ、顔を見合わせる長門姉妹。

今の立場は客であり、助っ人である。

大和達にしてみれば最大限敬意を払うべき相手であるし、所属不明の艦娘より優先していいものではない。

長門達の意向は兎も角、此処は島風の言う通りさっさと入渠した方が良い。

 

「分かった。ドックに向かう」

「足柄さん、私達も」

「了解ー。ぱぱっと済ませちゃいましょう」

「夕立さん、島風さん。五十鈴さんと赤城さんをお願いします」

「うー」

「っぽい」

 

損傷艦が連れ立ってドックに向かう。

残されたのは蒼白の顔色で立ち尽くす赤城と、それを見守る五十鈴達。

 

「加賀が、加賀が来るの……?」

「一応明るい話からすると、鉄の仮計算は済んでるわ。あいつらの入渠の残りと雪風が持ってくる鉄があれば入渠は出来ると思う」

「バケツも残ってるから、着いた時にラインが塞がってる事も無いっぽい」

「……それで、加賀は此処までその……持つの?」

 

五十鈴が苦い表情で尋ねてくる。

夕立と島風は顔を見合わせるが、それは分からないとしか言い様がなかった。

そんな会話を何処か遠くに聞いていた赤城は、三つ深呼吸して荒れる感情に芯を入れた。

 

「雪風さんは……曳航を選択したんですね」

「……任務には支障の出る可能性を孕んだ判断だったわ。だけど、あんただけは責めないでやってよ?」

「この後に及んで、そんな恥知らずな事はいたしませんよ」

 

雪風が曳航を選択したとき、赤城の存在を考慮しなかったと考える者は此処には居ない。

そもそも雪風達第二艦隊のメンバーは、第一艦隊の消費物資を枯渇させたことは殆ど無い。

一度だけ鋼材が切れ掛けた時もあるが、それは前線組みの計算違いであって要求された物資は要求通りに運んでいたのだ。

このあ号作戦自体セオリーから外れた荒行であり、補給輸送だけをセオリー通りに回すには状況が許さなかったと言うだけである。

その上で救助が必要な味方を救い出しているのだから、この段階に来て文句等つけよう筈がない。

問題は雪風が……

関わりの薄い相手と部下を天秤に掛けてしまった自分を許せるかという一点だった。

赤城には自分が逆の立場なら曳航を選べなかった事を思い、其処から繋がって一つの可能性に思考が至る。

雪風は、加賀を選んでやれない自分の代わりにこの選択をしたのでは……と。

当人に直接確認等出来るはずもないが、それ故に大きな負債である。

 

「そういえば、なんか部長が話があるってよ」

「あ、そういえばそんな事言ってたっぽい。大和さん達が帰ってきたら話すって」

「ふむ、皆さんが揃ってお話をするとなると会議室でしょうか」

「そうね。とりあえず其処に集まってれば、皆来るでしょ」

 

赤城達はそのまま会議室に移動した。

待つことしばし。

バケツを惜しみなく使った大和達は、それ程の時間を掛けずに集まった。

最後にベネットが入室し、主要メンバーが揃う。

全員が着席しているのを確認し、デスクの上に立った工廠部部長が話し出した。

 

「俺らがこの鎮守府を間借りして一月だ。そんだけ使ってりゃあ、職人には此処の設備がどんな使われ方をしていたのか、分かっちまうもんよ」

「勿体ぶってないで結論から言いなさいよ。五十鈴は暇じゃないのよ?」

「作戦終わったら戦闘部隊は暇だろうが。所で長っちゃん。この鎮守府が陥落したのは結構最近だ。お前さんは此処の評判とか聞いてねぇか?」

「……うちとは付き合いが全く無かった。無かった理由は提督の判断だが、良くない話は私も聞いた」

「……やっぱそうかい」

「どういうことです?」

 

吐き捨てるように言ったベネットに、首を傾げる大和。

 

「この鎮守府よぅ。そこそこ経年劣化もあるんだが、建造に使うプラントだけ特に酷使されてんのよ」

「ん?」

「そのくせ、入渠設備の劣化は経年相応で酷くねぇわけ。艦娘作ってるのに入渠しねぇとか普通ありえねぇべ? じゃあ治さない艦娘ってどうなったよ?」

「……」

「沈んだんだろうな。かなりのブラック鎮守府だったんじゃねぇか此処?」

「あぁ。私はそう聞いている」

 

会議室に集まった艦娘達はそれぞれの表情で互いの顔を見合わせた。

少し落ち着くのを待ってから、ベネットは再び話し出す。

 

「雪ちゃん達が連れてくる加賀ちゃんも、此処の鎮守府に居た可能性が高けぇ。そう思って、入渠組みが浸かってる間に出撃記録とか漁って見た」

「……結果は?」

「正規空母加賀は確かにこの鎮守府に登録されていた。ほぼ半年前に、姫種の討伐に長期遠征に旗艦で行った記録が確かにある。んで、随伴艦は……記録上いねぇ」

「……は?」

「艦娘って生まれたら正規登録して初めて所属になるわけよ。それをしねぇで手元に残して、捨て艦にする鎮守府ってのもあるんだわ。此処まで露骨なのは初めてだが」

「……マジであるの? そんなの」

「あるぜ? 実際あの妹者なんざ可愛いもんだぞ。何せ改装素材の建造だって嫌がってる位だからな。別に死ぬわけじゃねぇって言ってんのによ」

 

艦娘としての経験年数の少ない大和達にはショックだったようであり、全員がはっきりと不快感を示している。

そこそこの年月を生きている長門と陸奥にしても、気持ちのいい話ではない。

 

「加賀はこんな所にいたの……? ずっと、ずっと此処にいたんですか?」

「……一回陥落してる鎮守府だ。データ上あまりに古い記録は残っていなかった。だが、正規空母加賀の出撃記録は最低でも三年前までは遡れるぜ」

「……っ」

「まぁ、長っちゃんとむっちゃんには余計なお世話かもしれねぇがな。ひよっこのお前らは知っとく方が良いと思った。敵ってのは海上の化け物だけじゃねぇってこった。それから、おめぇらは運が良いって事よ」

 

それだけ言うと、ベネットは机から降りて出て行った。

誰も動けなかった。

物音一つしなかった室内に小さな、本当に小さな嗚咽が響く。

長門は一同を見渡し、消沈している大和達に声をかける。

 

「……解散しよう。まだやることが残っている」

「雪風達を、迎えませんとね」

「ああ。それから作戦は終わったんだ。正式な引渡し手続きはまだだが、鉄が足りなければ私達が持ってきた、アレを使えよ?」

「そうさせていただきます。本当に、ありがとうございました」

「……考えさせられる話だったな」

「はい……」

 

戦勝の後に後味の悪い空気が残る。

しかし兜の緒を締めるには覿面の効果があった。

誰も何も言えず、一旦それぞれの寮へ引き上げる。

赤城には足柄が付き添い、背中を擦りながら連れて行った。

一人廊下を歩く大和。

いろいろと思う所はあるが、今は兎に角雪風に会いたかった。

おそらく地獄を見てきたであろう加賀を救い上げた、小さな駆逐艦と話したかった。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

にんむちゅうにかがさんとおあいしました。

いっぱいいっぱいこわれてました。

かがさんはとってもおもくて、ゆきかぜにははこべませんでした。

はぐろさんにおねがいしてはこんでもらいました。

ゆきかぜにはなにもできませんでした。

ゆうだちにもしまかぜにも、やまとさんたちにもながとさんたちにもいっぱいごめいわくかけました。

いっぱいいっぱいごめんなさいしました。

みなさんよくがんばったっていってくれました。

ゆきかぜはなにもできなかったけどよくやったって。

いみがわかりませんでした。

しれぇにあいたいです。

おはなししたいです。

 

 

――提督評価

 

 

おそらくはとても辛い事があったのだと推察出来るのですが、貴女の判断に一任したのは私です。

其処にどんな結果が伴おうと、責任は私にあります。

加賀さんを助けられたのですね。

今の貴女には意味を見出せないのかもしれませんが、其処で見捨てる選択を取らなかった貴女を好ましく思います。

それから、長門さんの鎮守府の提督とお話させていただきました。

いろいろとお勉強させていただきましたが、これだけは皆さんにお伝えしたいと思います。

私の揮下になってしまったばかりに、要らない苦労を掛けてしまいました。

もっと良いやり方があったにも関わらず、私の無知で皆さんにその道を示せませんでした。

本当に、貴女達には貧乏くじを引かせてしまった事を申し訳なく思います。

ですがそんな私の我侭に、もう少し付き合ってください。

早く貴女の顔が見たいです。

お話を聞かせてほしいです。

 

 

 




後書き


さぁ、選んでみろよ幸運艦(ゲス顔

いえ、そうそう毎回雪風にばっかり主人公補正はあげられないと申しますか、あくまで駆逐艦の雪風には出来ることと出来ないことがあると申しますか……
書いてるときは楽しかったんですが後で文字数見直して焦りました。
話が進まない進まないorz
既に前後編の筈が三話になっていたためもう一話あ号作戦続けるのはだれそうなので、大和サイドのボス戦を削ってます。
いろいろ考えてたんですけどねorz
実はこのSSでは海戦もどきを書くときの『下準備』が一番時間掛かってます。
もどきの癖に生意気なのはもう本当に承知しておりますがorz
陣形と船速と装備品と射程と距離、其処に艦載機の航空戦とか加えたらもうアホの子たる私の頭はパーンってなります;;
この辺りは本当に何とかしたいところです……
ちょっと先輩方のいろんな艦これSS読み込んでその編の処理と表現をぱく……お勉強しようかなと思っています。
お勧めあったら教えてください^^

そしてこの後のことを考えると加賀さんはやっぱり出さないわけに行きませんでしたw
すいません格好つけました。
加賀さん好きすぎて出したくて仕方ありませんでしたw
基本的にこの話を書きながら次の話を考えるというペースなので長期的な展望は空っぽだったりします。
元々妄想妖精さんの暴走だしチカタナイネ!
なので今後も何も有ったものではありません。
本当は二話も早く出る予定でしたしねー加賀さんもorz
そして何時になったら出せるんだこの子はっていう方がもう一人いらっしゃいます。
誰かは秘密w


現在本編攻略は3-4、4-4に入りました。
4-4はまだあまり本腰入れておりませんが、3-4はボスの喉元まではいけました。
ただし真ん中のルートに出てくるフラ戦エリ戦艦隊が鬼門。
三回ほど処に迷い込みましたが、戦績は常に其処で追い返されています。
ワンパンで加賀さん大破13時間→金剛さん大破八時間→加賀さん十四時間を三日連続で喰らうと心がぽっきりですw
あ、後潜水艦三隻来ました。一人まるゆなんで戦力的にはあれですけど、海外艦へまた一歩前進です。
ただし榛名さんがまだきません。
探してるんですが本当に来ません。
海外艦のための遠征を艦隊ライン三本でこなすのはきついよ……orz





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仲間

悩みましたが八話の一部表記を改正しております。この修正を大したことないと思うかたもいらっしゃれば、絶対に許さんと仰る方も居ないとも限りません。因みに自分は修正前の表記を出してしまったことを今も後悔するくらい失敗したと思っています^^;


あ号作戦の終了の電文を鎮守府に送り、前線の撤収を決めた大和達。

雪風と羽黒が回収した正規空母、加賀も一命は取りとめた。

しかし衰弱が激しすぎたためにバケツによる高速回復すら負担になると判断され、百時間近い足止めを受けることにもなった。

その間に雪風の謝罪行脚が行われていたのだが、補給輸送それ自体に穴を開けていなかったせいもあり責めるものはいない。

雪風としてはそれ故に余計自身を追い込んだが、それも夕立の一言で一旦は氷解した。

 

「夕立ったら結構頑張ったっぽい? 雪ちゃん、褒めて褒めて?」

 

懐っこい子犬の表情でそう言った夕立。

泣き笑いに近い顔のまま抱きしめた後夕立の頭を半日程撫でていると、その間に集まった第二艦隊メンバーと食堂を占拠しての打ち上げに雪崩れ込んだ。

専属コックとして大和ホテルのメインシェフも呼び出して始まった宴会。

やがて羽黒が姉に声を掛け、足柄によって五十鈴と赤城が連行される。

駆逐艦トリオも長門姉妹を巻き込み、工廠部の派遣組みも全員参加の打ち上げが始まった。

基本食事も必要ない艦娘が集まる前線基地には大した食料は無かったが、それでも酒保にはかなりの酒が残っている。

 

「陥落した鎮守府にあっても仕方ありません。どうせ加賀さんが治ったら放棄するんですから派手に使ってしまいましょう」

 

大和の号令によって盛大に酒が解禁され、長門の挨拶によってお祭り騒ぎが始まった。

最も、五十鈴だけは最初の乾杯に付き合った後に見張りと称して退散している。

また陸奥としても前線にあってバカ騒ぎする事に疑問もあるが、やや意外だったことに長門まで普通に楽しんでいる。

 

「前線の船は次の宴まで生きているか分からん。機会があれば精一杯楽しんでおかないと後悔するぞ?」

 

との事らしい。

そう言われた陸奥は、この宴の席を流し見る。

雪風は両サイドを島風、夕立に固められて身動きが取れないでいる。。

酔っ払いに絡まれる構図にそっくりだが、見た所三隻が飲むペースはほぼ同じである。

一方では工廠の妖精達が羽黒を酔い潰そうと盛んに酒を勧めていた。

その羽黒は顔色一つ変えずに勧められた酒の全てに応えている。

足柄が放って置く以上、この方面での羽黒は強いのだろう。

奥では大和が厨房と食堂を忙しく行き来してつまみの料理を配っている。

その完成度はとても固形燃料と保存食でこしらえたとは思えない。

しかしこんな席まで雑用に使われるとは幸薄い最強戦艦だった。

当人は楽しそうにしているので構わないが。

宴席の一角では姉と赤城が落ち着いて杯を交わしていた。

赤城は加賀の件で気落ちしていたようだが、入渠中の加賀の回復に合わせる様に落ち着いても居た。

そして自分の隣には……

 

「やっほーむっちゃん。のんでるぅ?」

「飲んでる。けど、むっちゃん言うなっての」

「まーまー。可愛いじゃないむっちゃん」

「お互い可愛いとか言う歳じゃないでしょ」

 

酒よりも宴の雰囲気に酔った足柄が、なぜか此処に絡んでいた。

 

「楽しそうねぇ」

「そりゃぁねー。むっちゃんは楽しくない?」

「まさか、人の財布で飲むお酒はよっぽどじゃなきゃ楽しむわよ」

「そうそう、楽しまにゃー損よ!」

 

そう言った足柄はビール瓶の口を手刀で綺麗に両断し、ラッパにあおる。

呆然とその光景を見ていた陸奥だが、半分ほど飲み干したビンを足柄に渡された。

酌の心算らしいと判断した陸奥は受け取って半分を飲み干した。

 

「気の良い仲間と勝利の凱旋。その後の酒保祭りなんて最高じゃない」

「……そうね」

「おお、暗いぞー。どうしたの? お姉さんに話してみなさいな」

「ん……さっき長門姉と少し話したらさ、後何回この面子でこんな風に騒げるんだろうって思っちゃってね」

「あぁ、そう考えたら何回もは無いんじゃない? 私も明日沈むとは思わないけど、半年先はわかんないし」

「そうよねぇ。私もそんな感じだわ」

 

足柄にしろ陸奥にしろ、良い鎮守府に所属している。

不慣れから来る遠回りで苦労することはあれど、十分な補給と休養を犠牲にする進軍を求められることは無い。

実力も信頼の置ける仲間と艦隊も組めている。

そんな二隻ですら、見据えることが出来るのはせいぜい半年の未来。

それなら、この鎮守府にいた加賀は何を見ていたのだろうか。

 

「このまま回復したとしてさ、加賀は復帰出来るかしら?」

「……分からない。少なくとも私には、あの加賀ちゃんに直ぐ飛行甲板背負って弓持てとは言えないわね」

「うん。でもそれを決めるのって私達じゃないじゃない?」

「そだねぇ……陥落した鎮守府の生き残りを作戦中に保護ってなると、加賀ちゃんの所属はうちの預かりになるのかな」

「えぇ。見つけたのが私達だったとしても、今は貴女達の鎮守府預かりの身だからね」

「ふむ……」

 

その場合は足柄の上司たる彼女の判断になる。

足柄は既に自分の鎮守府の歩んできた道のりを聞き及んでいる。

僅か半年足らずにしては、中々に波乱の道のりを歩んでいると思うのだ。

 

「なんだかなぁ……司令も、此処までくると可哀想になってくるわ」

「なんで?」

「加賀ちゃんってばほぼ裸だったじゃない? 飛行甲板まで剥がれてたし」

「そうね……」

「つまり艦載機もほぼ未帰還。中抜き状態なわけだ」

「そうなるわね」

「……三隻目よ」

「あ?」

「大和、赤城と続いて三隻目の丸腰艦娘。もう呪われてるんじゃないかって位だわ」

「大和って丸腰だったの? 赤城も?」

「うん。まぁ赤城ちゃんは兎も角、大和ちゃんが46㌢砲持ってないのはそういうことよ」

「なるほど……」

 

陸奥は食堂を忙しく動いている大和を横目に呟いた。

加賀の建造コストが掛からなかったとはいえ、艦載機の開発資材と入渠資材で帳消しになるのは明らかである。

きっとその資材はまた雪風達が集めるのだろう。

小さい鎮守府は色々と大変である。

 

「あんたの所って第三艦隊編成しないの?」

「どうかしらねぇ。今回結構きつかったから作ってほしいけど、やれちゃったのは事実だしなぁ……」

「今後は此処まできつい日程組まなくなるだろうしね」

「そうなのよ。現状維持ならなんとでもなるのよね。その辺りは司令のお気持ち一つだけど」

 

司令官たる彼女はそれ程好戦的な性格をしていない。

現状維持が出来るのなら、それ以上を求めたりはしない気がするのだ。

足柄としてはやや物足りないが、あまり無理しても第二艦隊の妹が苦労するので匙加減だと思っている。

 

「いぇい、むっちゃん飲んでるっぽい?」

「いぇい。飲んでるわよ」

 

夕立は何時もの口喧嘩を始めた雪島コンビを放り出し、皿とボトルを持って今度は陸奥に絡みに来た。

翡翠の瞳がキラキラと輝き、子犬の様に擦り寄ってくる。

試しに頭をぽんぽんと撫でると、やはり犬っぽく喜んでいた。

 

「さて、それじゃあ足柄さんは固い子をからかいに行きますか!」

「これ持ってって」

「お、気が効くじゃない」

「っぽい」

 

夕立はシャンメリーと大和が作った差し入れを手渡す。

足柄は右手で小さくも無い皿とボトルを持ち、左手には未使用のグラスを二つ。

じゃあね、とウィンク一つ残して五十鈴の元に向かっていった。

見れば食堂は小グループだった輪が崩れて円座に纏まりかけていた。

 

「さ、いくっぽい!」

「え、えぇ」

 

夕立に引っ張られた陸奥はやや気後れしながらも、宴の輪に飛び込んでいった。

 

 

§

 

 

加賀は長時間の入渠を終え、一先ず戦傷は完治した。

しかし意識だけは尚戻らず、これは自然回復を待つしかないと工廠部部長の診断である。

これ以上此処に留まるわけには行かず、加賀は鎮守府まで曳航されることとなった。

帰還した一同は司令室に集合する。

そこにはデスクで執務を行う彼女の他に、一人の艦娘がいた。

 

「あ、時雨姉っぽい?」

「……何故僕は実の妹に疑問系で呼ばれているんだい?」

 

深いため息を吐いたのは白露型二番艦、駆逐艦時雨だった。

大和達からあ号作戦完了の報告を送ってから、足止めをされている間に着工、完成した艦娘である。

時雨が一行に挨拶を済ませると、大和が提督に帰還を報告した。

 

「お疲れ様でした。既に大本営には作戦終了を報告していますが、皆さんから直接報告を聞く事が出来て嬉しいです」

 

彼女は直接一同を労うと、最後に長門と言葉を交わす。

主に長門達が持ち込んだ資材の事務的な引継ぎだったが、最後に長門から一つ告げられた。

 

「うちの鎮守府から一人、この鎮守府に転属を希望している者がある。具体的なお話は伝わっているだろうか?」

「そちらの提督さんからお話は伺っております。矢矧さんさえよろしければ、是非いらしてください」

「そうか。所属は変わっても共に戦った仲間だ。よろしく頼む」

「きっと苦労をかけてしまうと思います。私も、彼女に見限られないようにがんばりますよ」

 

彼女は長門と握手し、部下達と共に見送った。

司令室が身内だけになった時、提督は一つ息を吐く。

その顔には重苦しい影が揺らいでいたが、とりあえず彼女は大和、雪風、時雨を残して一旦の解散を宣言した。

室内に残った一人と三隻。

司令官はデスクではなく来客用のソファに座り、雪風達を招く。

彼女の隣に第一艦隊旗艦の大和が座り、雪風と時雨は足の低いテーブルを挟んで向かいに座る。

 

「さて、皆さんを残したのは今後についてです」

「今後……もう次のノルマまでしばらくあるのですから、のんべんだらりと物資集めするくらいしか思いつきませんよぅ」

「ふふ、そうですね。えぇ本当に……そうできれば良かったですね……」

「し、しれぇ?」

「大和さんからノルマ達成の報告をいただいた後ね? 私もその報告を大本営に上げたのですよ。少し苦しい運営になりましたけど、皆さんと一緒にやりきったって誇らしかったです。えぇ、その時、私四徹していましたけど、眠気なんか飛んでいってしまうくらい嬉しかった。この電文が届くまでは」

 

そう言って彼女がテーブルに出したのは一枚の紙。

なにやら色々ややこしいことが書いてあるが、重大と思われる文章はその前後を空けて記載されていた。

 

「……すいません大和さん、難しい漢字いっぱいなんですけど結局何が書いてあります?」

「は? あ、えぇと要するに――」

 

『深海棲艦討伐、及び鎮守府施設奪還の功績を大なるものと認める。その功績を湛え、各資材2000を収めるものとする。なお、奪還した鎮守府は後任の人事が定まるまで、貴施設によって管理されたし』

 

「……しれぇ」

「……」

「……提督」

「……」

「えぇと、どういうことかな?」

 

此処に来て日の浅い時雨が首を傾げる。

文面を何度も読み返し、書かれていることに間違いが無いかを確認していた大和。

間違いであって欲しいと思いながら、しかし何度読み込んでも視力は正常に働いていた。。

雪風も引きつった顔を上げたとき、上司も同じ顔を向けていた。

 

「何でこんな……?」

「……何処から説明したものでしょうね」

「お願いしますしれぇ! あほの子の雪風に教えてください! 何をどう間違ったら、二個艦隊しかない鎮守府で拠点二箇所確保しろなんて命令がまかり通っちゃうんですかっ」

「一言で申し上げれば、現場と後方の温度差としか言いようがありません」

 

彼女はあちら側に居た分、この状況を雪風よりは理解していた。

元々この鎮守府は彼女の兄が勤めていたが、彼は大本営に媚を売る事を全くしない男だった。

その為に嫌われた彼が赴任したこの鎮守府は左遷先に近い立地であり、此処に来たがる提督が普通にいない。

そして大和達が奪還して間借りした鎮守府。

此処も一度深海棲艦に攻め落とされた、いわば事故物件である。

当然そんな所に好き好んで行きたがる提督もない。

大本営からすれば捨てるには惜しいが、直ぐに此処を埋める人間を確保出来なかった。

よって当面は確保した鎮守府を使って管理させようと言う訳だ。

奪還出来たのだから維持も出来るだろうと。

なにせこの鎮守府にはあの有名な超弩級戦艦、大和がいるのだから!

 

「……とまぁ、こんな感じだと思いますよ。私も、あちらにいればそう考えたかもしれませんね」

「必要な拠点を必要な時間だけ借りるのと、恒常的に確保するのは全く別のお話ですよぅ……」

「もしかして、私はここに居るだけで厄介ごとが次から次に舞い込んでくるんですか……?」

「遠海の要請は何を持っても排除しますが、近海に起きる面倒事はこれからも積極的に振ってくると思います」

「……」

 

苦い表情で俯く大和。

だからこそ、彼女は登録前に自分を手放そうとしたのか。

雪風があ号作戦の時に思いついた可能性に此処で気づいた大和である。

しかし既に彼女の気持ちは決まっていた。

最早大和も彼女の身内である。

 

「それでも貴女は手放しませんよ? 戦力として有益な事は、既に貴女自身が証明してくださいましたし。貴女が雪風を落とせるか、賭けもしておりますので」

「賭け!?」

「なんですかしれぇ! 雪風は全く知りませんでしたけど」

「提督、オッズは?」

「無理が1.3倍で成就が27.5倍。今の所長門さんの所の提督さんしか成就に賭けていないのでそちらでしたら大穴ですよ」

「僕は堅実思考さ。無難な方に賭けておこう」

「部下プライベートが公然と賭けにされている……」

「……普通は秘め事のはずなのに、全く秘めない豪華客船のせいだと思います」

「だってぇ……って、もうホテルじゃありませんっ。立派に任務を遂行する巨大戦艦、頼れるニュー大和です!」

 

胸を張った大和を尻目に、残った面子が顔を合わせる。

当人は気づいていないようだが、ニュー大和とは更にホテルっぽい名前だと思った。。

 

「まぁ、その辺りは大和さんの今後の努力に期待しましょう。因みに今度来る矢矧さんは大和さん目当てに熱烈希望して来る方です。この後更に面白……拗れるのは目に見えています」

「待って欲しい提督。果たして本当にそうだろうか? 矢矧と言えば最後に率いた艦隊に雪風もいたはずさ。本当の狙いはそちらと言うことも考えられないかな?」

「なるほど。大和さんはフェイクか……」

「あぁ。大和と戦いたい……そう言っておけば誰でもある程度納得するしね」

「もう本当にその辺で、雪風はそういうのよく分からないので……」

 

雪風は肩を落としてそう締めると、やや脱線した会話を元に戻す。

 

「しれぇ、今後の予定は決まっているんですか?」

「先ず確実に決まっているのは、あの前線基地だった鎮守府を当面維持しなければならなくなった……という事までですね」

「其処は既に放棄して来てしまいましたが、まだ四日ですし行けば直ぐに制圧出来ると思われます」

「現状この鎮守府に艦隊は二つと聞いているよ。この条件では少し苦しいね」

 

大和達艦娘がそれぞれの視点から今後の方針を立案する。

彼女はそれを速記で書き止め、時々思案するように首を傾げる。

 

「あちらに私達……第一艦隊を駐留させるしかありませんよね」

「だけど、艦隊を送るだけでは動けない。自給自足する当てがないのなら、補給部隊を送り続ける必要があるね」

「其処はもう、雪風達が涙橋を渡るんでしょうが……あ、そういえばしれぇ」

「なんですか?」

「聞くのを忘れていましたが、時雨の所属って何処なんですか?」

「……実は其処も相談したかったのですよ。現状どちらの艦隊にも編入できると思いますが、当人に伺った所両艦隊の旗艦とお話したいと言う事でしたので」

「その辺りは提督が強権で決めるのだと思っていたのだけれどね。だけどこうして話していると、第三の選択肢も見えてくる」

「確かに……」

 

雪風は時雨の言葉に頷くと、やや俯いて思案した。

向かいに座る彼女と大和が見守る中、雪風は即興でまとめたプランを提示した。

 

「矢矧さんには申し訳ないのですが、此処は時雨と共に第三艦隊を作っていただく訳には行きませんか?」

「第三艦隊ですか……では、作ったとしてどう運用するべきだと考えますか?」

「先ず前線基地に駐留する部隊は、もう第一艦隊しかありません。あの海でも戦いなれておりますし、どんな敵が来てもある程度は対応が可能です」

「いかがです大和さん?」

「はい。あの鎮守府が守護する海域の深海棲艦はある程度把握しております」

「そして時雨が言うように、あそこに一個艦隊放り込んでも動けません。第二艦隊を持って、物資を送り続ける必要があります。これはまぁ、あ号作戦と同じ状況なんですが」

「成る程。では第三艦隊は?」

「あの時危険だったのは、此処と前線までの補給線を切られる事でした。第三艦隊を持って定期的に此処と前線の海路を掃討して補給線を確保し、また第一艦隊としれぇとの連絡役をお願いしたいと思っています」

 

その意見に時雨は頷き、大和もややあって賛成に回る。

彼女はメモを書き終えると一同を見渡し、出た案をまとめた。

 

「第三艦隊の陣容は、どのような感じが望ましいでしょう?」

「第一艦隊の主任務が前線基地防衛になる関係上、第三艦隊は機動部隊として重要な位置に置かれます。矢矧さんと時雨が固定なら、出来れば一隻は戦艦級の戦力を配備したい所です」

「ふむ」

「また、前線の様子しだいでは第一艦隊と合流して決戦戦力として活用したり、何かで第一艦隊が離れる場合は現地に駐留する可能性もありえます、それらを含めて考えますとこの後の建造しだいですが……羽黒さんと時雨の配置換えも視野に入ってくるかもしれません」

「ふむ……よろしいのですか?」

「……凄い良くありませんよ。羽黒さんは第二艦隊の天使ですよ。それに、うちの艦隊も此処まで組んでしまうとカラーがありますから、例えですが、羽黒さんより三倍スペックが高い方が補充されるとしても手放しでは喜べません」

「雪風。悪いけど僕は羽黒の半分も働けないよ。僕達はあくまで、駆逐艦だ」

「その通りです。雪風も思い知りましたよ……十分に」

 

かつて双璧として並び称された二隻の駆逐艦は、それぞれに苦い顔で息をついた。

雪風としては本当に必要なら羽黒を手放す事もやむなしとは思う。

しかし羽黒の温和で後ろから支えてくれる穏やかな気質は、今に第二艦隊には代替が無い。

あの抑えがなくなったとき、基本熱しやすい島風と夕立を雪風が一人で抑えることになる。

出来ることなら、それだけは避けたい雪風だった。

 

「……話を戻しますが、この時以前と決定的に違うのは、第一艦隊に運べる物資の量です。第三艦隊を維持しつつという条件がつきますから、あ号作戦時の六割程になるのではないかと予想します」

「んー……少し苦しいけど、あの時は多少無理やりでも進撃しないとノルマに合わなかった。今回其処まで好戦的にならなくても間に合いますよね?」

「はい。其処は前よりマシな部分です。基本的な流れとしましては、第三艦隊はしれぇが此処に集めた物資を、大和さん達は雪風達が集めて運ぶ物資+第三艦隊から余った物資を使っていただく事になると思います」

 

実戦部隊組みの三隻が頷くと、司令官もそれを受けて承認した。

 

「それでは第三艦隊の編成を急ぐことにしましょう。時雨さん」

「なんだろう」

「貴女は工廠に行って発注をお願いします。大型の最低値で」

「……これから物資が大変になるよ? 大型は少し重くないかな」

「はい。ですが大型でしたら、例え戦艦を外したとしても重巡洋艦は来て下さる可能性が高いでしょう。それより軽い船になりますと羽黒さんとの配置換えが選択肢に入ってきますが……話を伺うとそれも出来れば避けたい所です」

「成る程。ご配慮ありがとうございます、しれぇ」

 

彼女は一つ頷いて部下の謝意を受ける。

表情にこそ出さないが、この時彼女は内心で不安も大きかった。

実は彼女は時雨を巡洋艦レシピで引いており、今度軽い船が入水した場合有効に配置出来る所属を確保し切れない事がはっきりした。

そうなった場合は艤装部分を改修素材に回して本体は除籍するしかない。

彼女としては極力その為に生み出された艦娘を作りたくない。

大和のような明確な理由があった上ならば鬼にもなるが、こちらの都合で生み出す以上、出来れば自分の手元で命に対する責任は取りたい彼女であった。

 

「取り合えず、これで三隻です。巡廻部隊としてならこれで運用も可能ですかね」

「そうですね。あまり大きくしても維持がきつくなりますし」

「後は……加賀さんが復帰出来るようでしたらお願いしたいところですが……」

「提督……それは少し、もう少し待っていただけませんか?」

「工廠部長は貴女方より先に戻っておりましたから、彼女の事は聞いています。私も無理をさせる心算はありませんよ」

「ありがとうございます」

 

大和は反射的に礼を言って頭を下げる。

しかし雪風は上司の発言に全く温度が無い事に気がついた。

雪風自身もその可能性に思い至っており、それでも無視しようとしている問題だった。

過去で地獄を見てきた者が、未来など望んでくれるだろうか……

 

「基本は加賀さんの選択を尊重しようと思っています」

「しれぇ、それは……」

「現役復帰にしろ予備役にしろ、なんであっても……ですよ」

 

彼女も無原則なお人好しではない。

生きようと望むものが苦境にあれば手を差し伸べても、望まないものに生を強制する心算はないのである。

 

 

§

 

 

彼女が今度こそ解散を宣言する。

大和は加賀の様子を見に向かい、時雨は工廠に発注をかけにいく。

雪風は、そのまま残った。

彼女も退出を促したりはしなかった。

此処からは二者面談である。

 

「お帰りなさい、雪風」

「はい……ただいまです、しれぇ」

 

それは再会を喜ぶにしてはほろ苦い声だったかもしれない。

しかし会うべき者に会えた彼女と、帰るべき所に帰れた雪風の間には大きな安堵で繋がっていた。

 

「本当に、なんなんですかあの日誌は? 心配したじゃありませんか……」

「いやぁ……なぜかあれを書いていると深海棲艦を良く見かけまして」

「海上の業務日誌は禁止します」

「横暴ですよぉ」

「余所見脇見で航海するとか……危ない事はしちゃいけません」

「深海棲艦と沈めあいをしてる艦娘に危ない事するなって言われましても困りますよぅ」

「この子は……」

 

彼女は一つかぶりを振った。

屁理屈で固めた会話の内容に呆れたわけではない。

はっきりと問えない自分の臆病と、韜晦してまだ逃げる雪風の臆病。

双方にうんざりしたからである。

 

「……これを、見てくださいな」

 

彼女はデスクに積まれた本の中から選んだ一冊を手渡した。

 

「……何の本です?」

「いや、書いてある通り、臨床心理学の基礎知識ですよ」

「しれぇ、カウンセラーにでもなるんです?」

「まさか」

 

彼女から渡された本を手にとり、ぱらぱらとページを捲る。

読んでいる訳ではない。

雪風にはこの本が殆ど読めなかった。

一つだけ気づいたことは、この本はかなり年季が入っている

 

「貴女の最後の日誌を読んでから、その本を思い出して引っ張り出して……再読していたんです」

「再読ですか?」

「えぇ。今の私なら、何が書いてあるのか分かるかと思いまして」

「しれぇでも難しい程の難読書なんですか?」

「いいえ? 文字だけでしたら何も難しくありません。共感出来ないから理解出来なかっただけで」

 

苦笑した彼女は、その本との関係を話し出した。

事の起こりは彼女の兄が赴任して直ぐの頃。

彼は部下だった艦娘の一人が悩んでいる事を心配していた。

駆逐艦だったらしいその艦娘は、自分の性能限界にぶち当たって悩んだ挙句精神疾患に陥った。

偶々何かで顔を合わせた時そんな話をされ、あの兄でも苦労したり悩んだりする事があるのか……とある意味感心したものだった。

 

「其処で少し興味を持ちまして、心の動きと言うものを計算してみようとしたんですね」

「……」

「あぁ、そうです。その後再会した兄にそう話したとき、あいつもそんな目をして言っていましたよ。アホかお前……って」

 

成績だけは優秀だった妹を一刀両断した彼だが、その成績も兄に及んだことが無いため発言もして受容しまった。

当時はこいつに言われるなら仕方ないと思ったのだ。

彼が言いたかったのは、そんな事ではなかったのだろうが。

 

「私は頭もそうですが、心が硬いって言われました。心が硬いうちにこんな本で知識だけ拾っても共感出来ないから自分の引き出しにならないそうです。まぁそうですよね。この本は相談を受ける者が読むものですが、書いてあるのは相談をするものの心理とその時の対応だったのですから」

「今のしれぇは、共感出来るのでしょうか……?」

「正直、あまり……あれから多少人生経験も積みまして、今読み返すとあれが此処の事なのか……と振り返る部分もありましたがね。でも雪風……貴女ならよく分かるんじゃないですか?」

「雪風がですか……」

「はい。海上で加賀さんを見つけたとき、貴女は任務に対して心で感じたモノを優先して保護することを決めたのでしょう?」

「……本当に、申し訳ありませんでした」

「ふむ……なんで謝るんですかねぇ?」

「雪風は、しれぇに期待していただいて第二艦隊の旗艦に任命していただきましたのに……」

「別に期待していませんよ?」

「はぁ!?」

「私は貴女に、沈みかけたかつての仲間を見捨てる事を期待して、旗艦を任せた訳ではありませんので」

「……むぅ」

 

やや納得のいかない顔の雪風。

本当に似合わない顔をするようになったと思う。

かつて羽黒が言っていたように、雪風は確かに総旗艦だったのだろう。

その時はきっと今の様に、似合いもしない難しい顔をしていたのだ。

 

「貴女は随分と悩んで、本当に苦しんで加賀さんを選んだ様ですが……私には貴女が加賀さんを選ぶ事が、少しも不思議じゃないんですよね」

「……雪風の弱さは把握していると言う事でしょうか?」

「ん……弱さというか……」

 

彼女は一つ咳払いし、周囲を見渡す。

司令室には二人しかおらず、立ち上がって扉を開けて廊下まで確認したが人の気配はしなかった。

人払いが済んでいることを確認すると、彼女は雪風の前に立って敬礼する。

 

「陽炎型八番艦! 雪風です。しれぇの秘書官になるべく建造されました。どぉぞ、よろしくお願いします!」

「……は?」

「一語一句覚えていますよ? こんな私の前に始めて来てくれた、幸運の女神様の言葉ですから」

「……はぁ」

「もう少し感動してくださいよ……恥ずかしかったんですから」

「いや、しれぇが壊れちゃったかと……」

「数ヶ月前の貴女自身じゃないですか。私はね――」

 

――この時の貴女なら、加賀さんの曳航に悩むことはあっても其処まで苦しまなかったと思うんですよ

 

「あ……」

 

心から納得した。

反論の余地も無く、雪風は上司の予想が正しい事を思い知った。

取った行動は同じだろう。

自力で曳航は不可能だから、羽黒を呼んで助力を願う。

実際に今の現実としても、それで加賀は一命を取りとめているのだ。

それはあ号作戦で苦労する中、彼女が多くの物資を集めたお陰である。

戦場に立つ大和達が、少しでも消費と被害を抑えようと努力してくれたからである。

長門達が助けてくれたからである。

そして第二艦隊の仲間達が、自分の指示とそれ以外でも全力で働いてくれたから……

最後に予想外の負担だって、抱え込む余力を残せたのだ。

雪風は知らない事だが、あの時は夕立も島風も分かっていた。

この状況からなら、助けられる可能性は残っていると。

決して絶望的な状況からの無謀な賭けではなかった。

ならば雪風は旗艦として、夕立のリスクが上がる事を羽黒に伝え、次善策を授けなければならなかった。

あの時はそれができなくて……

結果、その責任を全て夕立が引き受けて自衛手段を講じてくれた。

島風とも相談して、雪風が本当に望んだ結果になるように尽力してくれたのだ。

目が熱い。

ほろほろと雫が零れ落ちているのに全く冷める様子が無い。

上司がハンカチを当ててくれるが、それを自分で持つことも出来なかった。

俯いて、小さな掌で作った拳を解けなかった。

 

「部長から伺っていますよ。右手の指、自傷したそうですね」

「……ぁぃ」

「儀式だったんでしょう?」

「……」

 

雪風は旗艦に任命されてから、自分の心を意識して少しずつ硬く覆ってきた。

自分の本質は見失わないように気をつけながら。

しかし確実に効率的に安全に任務をこなすには、シビアなリスク管理と取捨選択が必要だった。

少しずつ少しずつ思考が数字と時計に侵食され、心の外側の硬い部分も少しずつ少しずつ分厚くなり……

その中に閉じ込められた雪風の本質部分は、息が出来なくなっていた。

自分の心の中で溺れて沈むところだった。

あの時食い破ったのは皮膚ではなく、心の殻だったんだと思う。

その後に取った雪風の行動は、誰もが雪風らしいと認めるものだった。

正しいか間違っていたかは別問題だが、雪風の選択を意外に思ったものは誰一人居なかったのだ。

ただ、雪風本人を除いては。

 

「艦齢二十九年、多くの海戦を経験しても損傷少なく生き残り、数奇な運命の果てに異国に渡り旗艦まで勤め……そして生まれたばかりの貴女に、少し無理をさせすぎたのかもしれません」

「ひぐっ……うぅ……っ」

「ありがとうございます。お疲れ様。本当に、よく頑張ってくれました。でも少し、頑張りすぎてしまいました」

 

自分の頭の提督指定帽子を雪風に目深に被せ、泣きはらす目元だけは見えないようにしてやった彼女。

佇んだまま俯き、小さく震えてしゃくりあげる頭をぽんぽんと撫でる。

彼女は雪風に被せた自分の帽子だけを意識し、其処に向かって声を掛けた。

 

「……旗艦任務、交代しますか?」

「……ぃやぇぅ」

「……つらくない?」

「ゆ、雪風は、独りじゃなかったので。今は皆さんがいますので……それがちゃんと、解ったので……もう、大丈夫です」

 

泣きはらした瞳ではあったけれども、雪風は敬礼した。

初めて彼女が見惚れた、あの顔で。

 

「よろしい。では……ふむ」

「どうしました? しれぇ」

「いや、その帽子似合ってるなと」

「そうですか?」

「えぇ。予備があるので、それ上げます」

「ふぁっ?」

「私としてもこんな恥ずかしい話は二度としたくありません。今度似たような事で迷ったら、その帽子を見て今日あった事を思い出してください」

「はい……しれぇ」

 

安らいだような柔和な微笑と共に帽子を抱きしめる。

その様子は彼女が久しぶりに見る、見た目相応の雪風の姿だった。

 

「しれぇ」

「はい」

「加賀さん如何なさるんですか?」

「さぁ、如何しましょう。何かご意見がありますか?」

「えっと、先ずお話してみないことにはなんとも言えないのですが……」

「そうですね。私もです」

「ですが雪風も皆さんも頑張りました。いっぱいいっぱい頑張って今、此処まで来たんです。きっとしれぇは、それを大切にしてくれると信じています」

 

そう言って微笑む雪風を半眼で見返す彼女。

不機嫌そうに装って手振りで退出を促すと、雪風はそれに従った。

雪風がいなくなった後、一人司令室に残った彼女。

懐かしくも忌々しい本をしまおうと、デスクの引き出しを開ける。

 

「あ?」

「あ?」

 

其処にいたのは一人の妖精。

工廠部建造部門兼開発部門担当部長、ベネットその人だった。

 

「貴様何をしている?」

「……いやな? おれっちも悪気があったわけじゃない。無いからその銃を降ろせや?」

 

パン

 

「何をしていると聞いている。いまひとつ聞く。何故此処にいる?」

「おい妹者! 今髪の毛が掠っ――」

 

パンパン

 

「雪ちゃんが加賀ちゃん曳航するとき苦労してたんで、それ専用の秘密兵器を作ろうと、資材交渉に参りましたマム!」

「用件は解りました。ではどうして引き出しの中にいたの?」

「いやぁ……おれっちも徹夜明けの早朝に来たわけよ、で、妹者が来るまで一眠りしようと暗いデスクの中に……」

「そう。お待たせして申し訳ありませんでしたね。そっちが寝過ごしただけですが」

「お、おぅ。悪かったな妹者。此処は明日出直す……」

「最後の質問です。何時から起きてた?」

「……」

 

くろがねの銃口が真っ直ぐにベネットの眉間に向かっている。

何かの間違いや冗談などではない。

実際に紫煙たゆたう硬い鉄は、おでこと密着しているのだから。

 

「……」

「……」

「……陽炎型八番艦! 雪風です」

「――――っ!」

「まぁ待てや妹者。別に恥ずかしがるこたぁねえだろう?」

「恥ずかしいに決まってますっ」

「別にあの時のお前さんを笑える奴ぁいねぇって。雪ちゃん良い声してたじゃねぇか」

「……記憶を失え」

「拒否するぜ。あいつの墓前に報告してやらにゃあ……」

「目撃までは許容しますが、それをしたら何処に逃げても必ず追い詰めて……」

「追い詰めて?」

「消す」

「……了解だ」

 

紫煙の消えた銃をしまい、両肩で息を整える彼女。

そんな様子に肩を竦めた妖精は、本当に出直すべく退出しようとする。

妖精特有の理不尽で壁をすり抜ける際、彼女が声を掛けてくる。

 

「あぁ、時雨さんと入れ違ってしまいましたが……」

「あぁん?」

「彼女に大型建造の依頼を言付けたのですよ」

「へぇ、幾つよ?」

「最低値」

「しけってやがんなぁ……」

「背に腹は変えられないのです」

「ふむ……時雨ちゃんねぇ……分かった、いい船こさえてやろうじゃねぇの」

「お願いします」

「ただし、鉄材500とボーキ300、上乗せしてくれや」

「……何をする気です?」

「そう警戒すんな。どのみち何時か必要になる。だったらはえぇ方がいいのさ」

「……まぁ、専門家がそうおっしゃるならお任せしますが」

「流石だぜ妹者。それじゃあ早速着工すらぁ。あばよ」

「お疲れ様」

 

今度こそ一人になった彼女は、深い息を吐いてデスクの椅子に腰掛ける。

午後の業務が本当に嫌になる程の疲労感に包まれながら、彼女は執務を再開するのだった。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

ただいまです

 

 

――提督評価

 

お帰りなさい

 

 

 

 




後書き

書きながら、これフラグたってねぇ? って思いました。
世にはシスコンだったり特定の方ラブだったり、中には提督ラブ勢な艦娘さんもおりますが……
提督ラブ勢はどうしてそうなったかも気になる所ですよねー。
大和が生まれた時からですが、一番の天敵は彼女です。
いろんな意味で大和はこの強敵に勝てるでしょうか。
既に交換日記になっている業務日誌を知ったらどういう反応するんだろうw


あまりに榛名さんが来なかったので、直談判に榛名山まで行ってきました。
聖地巡礼です。温泉って良いですよね。
堪能してきました。
その間艦これは出来ませんでしたがw
でも行った甲斐はありました。
3月29日に帰宅後の艦これで、しっかり榛名さん来てくれました!
長かったです。
まさか3-4クリアまで出ないとは思いませんでした。
正確にはボス前で完全勝利したときに出てくれて、そのままボス戦だったわけですが。

仕事が始まったのでこの先は完全不定期です。
新一年生状態なのでしばらくすっごい忙しいと思いますorz




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第三艦隊結成
こころ


矢矧さんの性格……わかんないの……

追記

水上機である瑞雲の運用に致命的な誤りがあったので修正しました。
マジごめんなさいorz


矢矧の正式な異動が決まった日、雪風も大和もそれぞれの艦隊を率いて出払っていた。

大和達は第三艦隊が編成されるまでの間、前線基地と本拠地までの海路を制圧するために。

そして雪風はこれから必要になる各種の資材集めに。

鎮守府に残っていたのは第三艦隊のメンバーが揃うのを待っていた時雨と、今尚目覚めぬ正規空母のみ。

矢矧が司令室に入ったとき、迎えたのは執務をしていた司令官と臨時で手伝っていた時雨だった。

 

「始めまして。阿賀野型軽巡洋艦、矢矧です。この度は異動を受け入れていただき、ありがとうございます」

「始めまして。この鎮守府を預かる者です。実戦経験豊富な艦娘をお迎え出来て嬉しいです」

 

両者は敬礼と挨拶を交わすと、早速現状の確認作業を行った。

 

「現在、我が鎮守府はいささか厄介な状況に置かれています。ご存知でしょうか?」

「以前所属していた鎮守府の提督が、出立前にお話くださいました。拠点二箇所を守らなければならなくなったと伺っております」

「……その通りです。正直に申し上げますと、きっと苦労をお掛けすると思います。ついて来てくださいますか?」

「望むところです。大和や、雪風を今度こそこの手で守りたい……それが私の悲願でした。その機会を下さった事を感謝いたします」

 

矢矧も彼女も言葉を交わしながら相手の気質に快い印象を受けたため、その後の配置決めも遅滞無く行われる。

彼女は時雨を傍に呼んで互いを引き合わせた。

 

「始めまして。白露型二番艦の時雨。よろしくね」

「矢矧です。よろしく」

 

二隻は挨拶を済ませると、時雨が矢矧の隣に着く。

 

「時雨さんは既にご存知でしょうが、現状我が鎮守府の編成は大和さん率いる第一艦隊と、雪風率いる第二艦隊の二個艦隊です。此処に時雨さん、矢矧さん、そして現在建造中の一隻を繋いで第三艦隊を編成します」

「各部隊の主任務は、どうなるでしょう?」

「第一艦隊はもう一方の拠点に詰めて頂きます。其処に第二艦隊を持って必要物資を運び込む。そして第三艦隊は此処から前線の間の海域を制圧し、此処と前線を結ぶラインを確保していただきます」

「成る程……」

「雪風が言うには、第三艦隊は第一艦隊と合流しての艦隊決戦や、第一艦隊が何かで離れる場合の後詰めの役割も担うらしい。やり甲斐はありそうだよ」

 

時雨がそう締めたとき、司令室にノックが掛かる。

どうぞと入室を促すと一隻の艦娘がベネットを砲身に乗せて入室してきた。

その姿を認めた時雨は一つ眉を動かすが、表面上の反応はそれだけだった。

 

「扶桑型戦艦姉妹、妹のほう、山城、着任いたしました」

「いらっしゃい山城さん。私がこちらの鎮守府を預かっております。よろしくお願いします」

 

山城が先に入っていた二隻の隣に並ぶ。

途中時雨に気づいて口元に微笑が浮かぶが、直ぐに引き締めた。

この時彼女は愛用の図鑑を確認していたために其処まで見ては居なかったが。

 

「どうでぇ? こいつぁちょっとしたモンだぜ?」

「扶桑型戦艦山城……こちらは初期型ですか? 後期型ですか?」

「あ? どっちでもねぇよ。この山城は存在しねぇ」

「……なんですかそれは」

 

工廠部部長は山城に視線をむける。

意図に気づいた山城は一つ頷き、自身の解説を製作者に委ねた。

 

「そもそも扶桑型ってのは最初期に国産で作られた分、後々になって欠陥が多く見つかった出来損ないだった」

「……もう少し言い方ってあるんじゃない? あぁ……不幸だわ」

「へこむな。おめぇらが居なかったらその後の戦艦がそうなってたんだ。扶桑型の欠陥から得たデータは戦果よりよっぽど貴重なもんだ」

 

そう前置きしたベネットは、不満そうな山城に苦笑する。

何を言われたところで戦闘能力が全ての戦艦には慰めにならないだろう。

 

「先ずダメージコントロールの悪さだ。火力自慢は良いが、砲塔の配置と耐久のせいで撃ったら艦橋にダメージ入るは被弾すれば火薬庫か機関部直通だわでそのまんまだと使い物にならねぇんだわ。それから速力。後期型でも二十四ノットがやっとな上に、旋回すると鈍い速度が更に落ちやがるから回避もできねぇと来た。其処に最初に話したダメコン不良が重なると海上棺桶状態に……」

「あの部長、もうそのくらいに……」

「山城、大丈夫? 知らなかったな。君が部屋の隅っこで膝を抱えて座り込む趣味があったなんて。気づいてあげられなくてごめん。でも大丈夫だよ? 僕は山城がどんな性癖を持っていようと受け入れる心算だから」

「いいの。もういいの。私には扶桑姉さまがいらっしゃるもの。お姉さまおねえさまおねぇさまオネエサマ……」

「おい……最後まで話させろや」

 

ベネットは面倒くさそうに矢矧に声をかけ、部屋の隅っこで床に『の』の字を書き始めた山城を引き摺ってこさせた。

幽鬼のような表情で世界の全てを呪う呪詛を吐く山城。

矢矧は自身の運すらも吸い取られるような錯覚に陥り、内心で知り合いの幸運艦の加護を祈った。

 

「さっき言った欠陥は、大方改良してやったろ?」

「そうなんですか?」

「おぅ。先ずダメコンと砲撃の反動から来るダメージだが、こいつはある程度解消出来る。砲塔の数を減らしゃいいのさ」

「火力が唯一の取り得だったのでは?」

「まぁそうだが、砲撃するたびに喀血する艦娘ってどうよ?」

「やだ怖い」

「そうかな? とっても山城らしくて可愛いじゃないか」

「……」

 

先ほどから時雨の発言がおかしい気がする。

彼女と矢矧は無言で視線を合わせると、お互いだけは正気なことを確認して少しだけ安堵した。

 

「此処は火力を落としても砲塔取っ払ってダメコンとスペース確保してよ、さらに飛行甲板を取り付けて、瑞雲積むのよ。するってぇと、重巡洋艦以上の火力と軽空母に迫る艦載機運用能力を備えた、航空戦艦が誕生するってぇ寸法よ!」

「ふむ……装甲は?」

「艦娘に搭載する飛行甲板にも幾つかタイプがあるんだが、見ての通り盾型にした。こいつはコストのランクが上がっちまうギリギリまで硬さと粘りを持たせて作ってある。鈍足な上に旋回も苦手な山ちゃんは身体に当たる前で止めて耐えるしかねぇ」

「飛行甲板を最初に潰す戦い方ですと、放った瑞雲が降りられなくなりませんか?」

「水上機だから放っちまえば問題ねぇよ。着水した後回収出来る。乱戦になっちまえば厳しいがよ。なんにしろ、瑞雲は敵を早期発見して不意打ちを防止する仕事と、先制爆撃専用と割り切って貰ったほうが良いだろうな。難しい運用になるから山っちゃん自身の慣れもいるだろうな。だが、第三艦隊は哨戒任務だ。索敵範囲の広い艦載機持ちは欲しいだろうし、かといって頭数を増やせば維持費が大和ちゃん達を圧迫すんだろ? だったら一人二役こなせる航空戦艦はありだぜ」

「成る程……貴方にしては素敵な改良をやってくれたではありませんか」

「まぁ、面白しれぇもんも見れたしな?」

「あ?」

「……すまねぇ妹者。おれっちの勘違いだ」

 

彼女が懐に手を入れようとした所でベネットが速攻で泣きを入れる。

それは兎も角、中々の大改修が入ったわけだ。

着工から完成までの時間が大和より長かったのでどうなっているのか心配だった彼女である。

 

「扶桑型戦艦、幻の大改修ですね」

「おう。もしかしたら、こんな世界もあったかも知れねぇ……と思ってよぅ。インスピレーションが沸いたもんだからやりたくてやりたくて仕方なかったのさ」

「うぅ、ひっく……ご満足いただけましたか? 提督」

 

何とか回復したらしい山城だが、先ほどの姿を見てしまうとどうしても不安を思い出す。

スペック的には大改修が入ったようだが、使うのがこの子で大丈夫だろうか。

 

「はい。貴女達三隻を持って第三艦隊を編成します。そこで、旗艦なのですが……」

 

その一言で、矢矧と山城の視線が交差する。

通常ならば旗艦となるべきは戦艦である山城だろう。

短期間とはいえ連合艦隊の旗艦まで勤めた実績もある。

しかし今、この場においては新規建造された艦娘で在る事もまた事実。

その点矢矧は以前の職場では第一艦隊に所属し、現場で四年も戦い続けた実績がある。

長門が居たため艦娘になってからの旗艦経験こそ無かったが、前世の最後は第二水雷戦隊として雪風達を率いた身であった。

反面、阿賀野型としては長命だった矢矧でも艦齢としては三年ない。

一方で山城は雪風に匹敵する艦齢を持つ戦艦だった。

実際に経験を武器にした雪風が、駆逐艦の枠を超えた戦果を挙げて居るのを直接知っているだけに、彼女としては簡単に判断は出来なかった。

言いよどむ彼女の前で、二隻の口論が始まった。

 

「矢矧さん、譲る気は?」

「無いわね。今は欠陥戦艦の活躍できる時代じゃないのよ」

「軽巡如きが言うじゃないっ」

「阿賀野型を軽巡と侮らないでっ」

「入水して三年も生きてない子が粋がらないでよ」

「はっ、艦齢の殆どがドックか練習艦じゃない」

「よく言ったわ小むす……ん?」

 

二人の口論を遮ったのは、小さな金属音だった。

見れば山城は後ろ手のまま両親指を小さな筒のような拘束具で纏められている。

拘束具はしっかりと施錠されており、とてもではないが自力では外せない。

何が起こったか理解出来ないまま、山城は涼しい顔で自分を見上げる時雨と目が合った。

 

「少し頭を冷やそう。此処に扶桑は居ないけれど、彼女の妹として君はさっきの自分を誇れるかい?」

「あぅ……」

「矢矧、君もね? 意気込む理由も想像がつくけど、此処では聞かないでおくから」

「……ごめん」

 

矢矧としては、自分がこの鎮守府で新参である事を自覚していた。

しかし会いたかった大和と雪風は、この鎮守府で一個艦隊を預かる旗艦として働いている。

其処へ来て、自分は新設される艦隊のオープニングスタッフになったのだ。

旗艦として二隻に並びたい思いは強く、自己主張が攻撃的になってしまった。

肩を落とした二隻を見た彼女は、どちらを旗艦に据えても禍根が残りそうだと息をつく。

よく考えてみればこういう事があってもおかしくなかった。

第一艦隊の大和は誰もが認める格を持ち、第二艦隊の雪風は寧ろさっさと降りたがっていた。

それらの前例の方が、どちらかと言えば例外に入ってくるのかもしれない。

 

「時雨さん。当面は貴女を第三艦隊の旗艦に任命します」

「……まぁ、この状況じゃ仕方ないか。ごめん山城、矢矧。厚かましいが、此処は貰うよ」

「矢矧さんと山城さんは、時雨さんを補佐してください。以上です」

「はっ」

「了解しました」

 

矢矧は敬礼して主命を受諾する。

山城も敬礼しようとしたが、後ろ手に固定されているので出来なかった。

 

「あ、あの……時雨、これ外して? もう反省したから……」

「その鍵は僕の私室にあるよ。早速行こうじゃないか」

「っ!? 待って! お願い待ってっ。其処にいったら、行ったらもう戻って来れない気が……」

「結成したばかりの艦隊はお互いの相互理解が大切だよ。じっっっっくり話し合おうじゃないか」

「た、助けて扶桑姉さま……」

「さっきも言ったけど、此処に扶桑は居ないからね。その分、僕が山城を守ってあげる……いろいろとね」

「今正に、身の危険を感じているのよ!」

「でも拒否権は無いんだよ。君は僕の揮下になってしまったんだから。隊内の足並みを乱した罰として貴官を修正する。命令だよ」

「な、なんで私ばっかり……」

「そうだね、不公平だ。じゃあ、矢矧」

「ひぃ!?」

「予定では大和は今日の夜帰ってくるよ。君に会いたがっていたから、行って上げて」

「あ、はい」

 

後ろ向きに連行される山城を見つめる妖精と艦娘と人間。

三者三様ではあったものの、概ね感想は似通っていた。

 

「時雨ちゃんはおれっちがいねぇ時に工廠で作ったんだよな? どうしてこうなった……いや、寧ろこれはやった部下に金一封か?」

「提督、半分私のせいだった事は事実ですが……良いんでしょうか……?」

「う、うーん……少し早まったかなぁと言う気がしないでも……んぅ……」

 

かつて無い不安に包まれた第三艦隊結成初日の出来事。

期待の新鋭部隊は実戦経験も積まない内から早速暗礁に乗り上げていた。

 

 

§

 

 

加賀が目を覚ましたのは、第三艦隊結成の翌日のことである。

人有らざる身は寝たきりによる筋力低下等は起こらないが、これだけ長く眠っていると動かし方を忘れるものだ。

夜なのかとても暗い。

見覚えの無い部屋……だと思う、

見えないが。

そもそも加賀は海とドック以外のモノを見る機会が殆ど無かった

修理に使う鋼材を抑えるために多くの艦を作り、捨て艦にして、使えなくなれば解体して鉄に戻す。

一部の強者のみが正式な所属を許され、それ以外を全て代替の聞く部品として扱う鎮守府だった。

其処しかしらないのだから、それが普通だと思っていた。

ただ、自分の弾除けに傷つく仲間がを見続けるのはつらかった。

反射的に一度だけ、何も考えずに目の前の駆逐艦を庇ってしまったことがある。

帰港後、その時の捨て艦は全員解体後に処分された。

本体ごとである。

感情表現は苦手でも感情の起伏は大きい加賀はその場で盛大に嘔吐し、それ以来二度と僚艦を庇えなくなった。

やったら最後、また見せしめに処分されるのが目に見えていたから。

 

「此処は?」

 

最後の記憶は姫種の討伐遠征に失敗した後、死に掛けの帰り道だった。。

大破轟沈していく駆逐艦や沈んだまま浮いてこない潜水艦を見ない振りして必死に海域を進んで行った。

元々成功などするはずの無い賭けだった。

それでも特攻じみた攻勢にだされた理由は、大本営のノルマの期限が迫っていたことと、鎮守府が枯れかけていたからである。

鎮守府は艦娘と、何より各種設備を回してくれる妖精さんが居なければ成り立たない。

その妖精が、どんどん数を減らしていった。

加賀が出撃したときは、もう殆ど居なくなっていたと思う。

残っていた数少ない妖精は、面白くないと話していた。

加賀自身は知らない事だが、その鎮守府は連合などの互助にも参加出来なかったのだ。

殊更最初から弾かれていたわけではない。

しかしまともな運用や訓練を全くやっていない艦娘達は、他部署の連携など取れるはずが無い。

加賀が赴任した時には、もう何処からも呼ばれなくなっていた。

全てのしわ寄せは、結局のところ艦娘達に降りかかったのだが。

 

「……」

 

見れば随分と身奇麗にされている自分に気づく。

記憶にある限り大破していた自分が無傷で丘に居る以上、何処かで入渠させられたのだろう。

鋼材は幾つ掛かったのだろう。

何で沈んでいないのだろう。

自分が沈むことに、加賀は最早なんの疑問も持っていない。

捨て艦になった沢山の仲間の沈没を見ているのに、自分だけ沈まない等都合よくは行かないだろう。

最近は思考することすら億劫になっていたと思う。

身体もひどくだるい。

それでも生きている限り余計なことが次から次へと起こり、勝手に頭が色々と考えてしまうのだ。

何も考えたくない。

どうすればいい?

もういっそ、沈んでしまえば……

 

「加賀?」

「っ!?」

 

初めて聞いた、知っている声が耳に届く。

起きている事が伝わったのだろう。

不意に部屋のライトが点けられ、自分と入室者の姿を照らす。

驚愕に見開いた瞳と両手で押さえられた口元。

真っ直ぐに伸ばした長い髪と、同じように真っ直ぐに伸ばされた背。

本来なら凛と美しく立つその足は、生まれたての小鹿の様に頼りなく震えて……崩れ落ちた。

 

「あ……」

 

加賀の目の前でへたりこんだ相手は頼りなくも身体を起し、ほんの数歩のはずの距離を必死に詰める。

ベッドサイドまで辿り着いた。

もう手が届く。

その艦は震える手を伸ばし、加賀の頬に触れた。

加賀も同じように手を伸ばし、相手の頬に手を添える。

 

「赤城さん……泣いているの?」

「……っ」

 

頬に手を当てたまま、如何するという訳ではない。

赤城はただ、今度目を放して手が離れたら、また何処かに消えてしまうと思っただけである。

 

「……」

 

出会ったことの無いこの相手が、赤城であるを最早疑う余地も無かった。

しかし何処かで冷め切った心の中で、自分を助けたのは赤城ではないだろうなとも思う。

良くも悪くも誇り高い一航戦である赤城は、そういう艦なのだ。

だけど、何時かそんな赤城と再会したい。

加賀はその想いだけで生き延びてきた。

生まれて最初の一年だけは。

時間と環境は加賀の心をすり減らし、赤城の事も殆ど思い出さなくなった。

 

「加賀……何処かお変わりありませんか?」

「身体的な不調の事でしたら差しさわりありません」

「そうですか、良かった……」

「赤城さん、私は何処で、どうなっていたの?」

「貴女のいた鎮守府の近海を漂流して居た所を、うちの一隊が発見したの。連れて帰ってきてくれました」

「……そう。また死に損なったのね」

「加賀……」

 

赤城はこの時初めて相手の顔を見た気がする。

加賀は赤城に視線を向けているが、誰も何も見ていない。

淡々と自分の身に起こったことを受け入れているだけだった。

いろいろな物を諦めてきたであろう加賀の反応は赤城の心を抉ったが、そうなっている可能性も覚悟していた。

加賀が入渠していた長い時間、赤城は相方がどんな日々を過ごして来たか調べている。

それは記録に残っている分だけだが、赤城から見れば沈めと言われているに等しいと感じる出撃命令の連続だった。

 

「ねぇ、赤城さん」

「なんですか?」

「貴女は、私を待っていてくれたの?」

「……はい。ずっと待っていましたよ」

「そう……御免なさい。私は、待てませんでした」

「いいえ、いいえっ。待っていてくれなくても良いんです。貴女が生きていてくれた……それだけで私は十分です」

「名前しか覚えていなかったわ。顔も声も、忘れていたの。貴女の声を聞くまで……呼んでくれるまで、思い出そうともしなかったのよ」

「……」

「……色々なモノを取りこぼしてきたの。惰性だけで、ひたすらに艦載機を飛ばす日々を繰り返していた気がします。ねぇ、赤城さん……どうして……」

 

どうしてこんな自分の前に現れてしまったのか。

会いたくなかった。

ぼろぼろに擦り切れた自分を見せたくなかった。

赤城の顔を見て、声を聞いて、加賀ははっきりとそう思った。

こんな惨めな自分を赤城に見せてなんになるのか……

 

「ねぇ加賀……貴女は私を忘れていたと言っていたけれど、それは嘘ね」

「何故です?」

「心残りも無く、擦り切れて惰性を生きるなんて、貴女に出来るわけないじゃない。貴女は私の所に来るために、沈まなかったのよ」

「……過大評価な上に自信過剰です」

「慢心ですか? 貴女と対する時の私にはこれくらいで丁度良いでしょう」

「頭、沸いていませんか?」

 

姉を失った赤城と姉になれなかった加賀。

お互いがお互いの無くしたものを埋めあう間に育んだ絆は、艦娘になって姉妹のそれよりももっと深く、そして歪に縺れている。

そしてそれを、今更解こう等とは思わない二隻である。

加賀の理想は兎も角として、結局が互いを朱に染めあう仲なのだ。

 

「良いじゃないですか。加賀に愛されすぎて生きるのがつらい」

「……似合わない事を、無理に言うのはお止めなさい」

「……そうね」

「ありがとう。頑張ってくれたのは、嬉しかった」

「加賀ぁ」

 

赤城は加賀の頭を両腕で抱く。

抵抗はせず、しかし熱も冷も無い声音で加賀は淡々と質問する。

 

「今、何時?」

「二十三時、少し回ったところです」

「こちらの提督は、お休みかしら?」

「はい。今日は早く休めるとおっしゃって、今私室に引き取りました」

「そう。では、明日お取次ぎ願えますか」

「……」

「赤城さん?」

「……はい」

 

其処で何を話す心算か。

その質問を形にすることは出来なかった。

顔を抱えられている加賀は、怯えるような赤城の表情を見ることは無い。

ただ、自分を抱える両の腕が小刻みに震えていたのを感じる。

しかし正直、そんな事はどうでも良かった。

今加賀が気になるのはたった一つ。

 

「時に赤城さん」

「なんですか?」

「貴女、胸部偽装していません?」

「自前ですっ!」

 

……本当に聞きたい事は喉から出る寸前に阻まれた。

これは明日、此処の提督に確認すれば良いだろう。

だから質問はすり替えた。

個人差はあるものの、艦娘となって生まれた時に与えられる最低知識。

記憶にある赤城のものより立派な胸部装甲に、違和感を覚えた加賀である。

この時はお互いに気づかなかった。

それが擦り切れた加賀の中にも、確かに赤城の存在が残っているが故の発言だった事に。

 

 

§

 

 

明くる朝、赤城から加賀の目覚めを報告された彼女は、午前の予定を繰り越して時間を作る事にした。

また残業かと息を吐く彼女の前に現れた加賀は、静々と彼女が座るデスクの前にたった。

この時司令室に居たのは報告に来た赤城と、彼女が来客用に購入している高級菓子をくすねに来ていた雪風のみである。

 

「正規空母、加賀です」

「……」

「……」

「……ん? それだけですか」

「……」

 

加賀の声は微風の中にあればかき消されてしまうほどに小さい。

艦娘である赤城と雪風にとって、これが加賀の素である事は承知している。

これだけでコミュニケーションには小さくない障害だったが、彼女はそんな艦娘も居るだろうと無視する事に決めた。

 

「困りましたね……一応、この面会は貴女から希望していただいたものだと思いますが」

「その通りです」

「何か話し難い事でもありますか? 一応、お客様の希望にはなるべく応えたいとは思っていますが」

「……では、お人払いをお願いします」

「此処には貴女の関係者しかおりませんよ?」

「はい。駆逐艦と、赤城さんが居ます。故にお人払いをお願いしています」

「貴女の味方に回りそうな娘が揃っているから、丁度良いと思ったのですがね……必要と感じれば、私は今日の話を別の方にお話しますよ?」

「それは、ご自由に」

 

彼女は一つ頷くと、不安げな表情の赤城と笑顔の雪風に退出を促した。

赤城としては承服しがたい命令だったが、望んだのがあくまで加賀である以上従うよりなかった。

直ぐに踵を返す赤城だが、雪風は動かない。

彼女はため息をついて厳かに告げる。

 

「応接室の奥の棚にありますから、皆さんで召し上がってください」

「オッケーですしれぇ! 後でおすそ分けお持ちします!」

「元々私のものですと……言っても無駄なんでしょうね」

 

司令室で二人になると、加賀は一つ静かに頭を下げた。

 

「感謝いたします」

「何か、赤城さんに聞かせづらいお話でもありますか?」

「赤城さんに聞かせづらいと言いますか……彼女の前では聞きづらい事がありまして」

 

彼女は首を傾げつつ、視線で加賀に先を促す。

 

「第一艦隊の旗艦が赤城さんで無いのは、何故ですか?」

「大和さんはこの鎮守府において五番目に着任した艦娘であり、赤城さんより先任だったからです」

「その事で、赤城さんは何か……決定を覆すべく行動をしているのですか?」

「いいえ? 私が知る限り、大和さんを良く補佐して下さっていると感じています」

「……なるほど」

 

加賀は赤城の心情の中で不透明に感じる部分があった。

それは赤城が現世に艦娘として蘇ったとき、何を持って生まれたか。

赤城は当時、世界最強と言われた第一航空艦隊の旗艦として、連戦に連勝を重ねた身である。

はっきり言えばその戦果は大和など比較にもならない。

空母赤城とその揮下で上げた戦果は、その後の戦争そのものの色を変える程の衝撃だった。

海上艦隊決戦を、事実上時代遅れにする程の戦果。

しかし逆に言うなら、その為に大和達が活躍出来る時代を押し流してしまった側面もある。

その上で、赤城は自分達が最後まで勝ち切ってやれなかった事を後悔しているのだろう。

その思いが、加賀の知る赤城と今の赤城を隔てていた。

加賀としては、自分達がやらなければ相手が先に空母機動部隊を運用していただけだとも思うが。

 

「赤城さんがそれで良いなら、私に言う事はありません。質問に答えていただき、ありがとうございます」

「ふむ、私には質問の意図が掴みづらいと感じるのですが……」

「赤城さんはこの鎮守府で幸せになれそうだ……そう、私が感じました。それだけです」

 

赤城が一航戦の誇りを捨てるなどありえない。

しかし、それに固執しすぎた結果幸福になる機会を逸するとしたら、赤城にはそうなって欲しくない加賀である。

昨日の赤城から感じた変化が、禍か福か自信を持てなかった。

だから聞いてみたかったのだ。

赤城がこの現世において、どのように自分の居場所を作ったのか。

そして他人の心配が終わったなら、今度は自分に向き合わねばならない。

普通は順番が逆だろうと、内心だけで苦笑する。

加賀の心を読んだわけでもあるまいが、彼女は艦娘たる自分に今後の去就を尋ねてきた。

 

「加賀さんは今、この鎮守府で身柄を預かっております。今後について、何か当人から希望がありますか?」

「何もありません。ご随意に」

「……貴女自身の未来に関して、何の希望も示さないのですか?」

「私は船。空母よ。唯の兵器が自身の意志を示すなんて滑稽だわ」

「先ほどの貴女の質問は、赤城さんがそんなあり方から脱却しつつある事への確認にも聞こえたのですが……」

「赤城さんは、それでも良いの。あの人が変わることによって幸せになれるなら。私は同じようには成れないだけです」

「理由は?」

「空母加賀は、天城さん……赤城さんの姉を食い潰して生まれた忌み子。あの方の亡骸の上に築いたものを、今更どうして捨てられますか」

「成程。そういう考え方もありますか」

「はい」

 

内心でげんなりしつつ、大きく息を吐いた彼女。

艦娘というのは、本当に面倒だと思う。

多くの艦娘は自分が沈んだ記憶を持つ。

その当時の意識に引き摺られて、自身を兵器だと認識する者のなんと多い事か。

当人がそんな事を言うものだから、当然その様に扱う提督も出てくるのだ。

彼女は加賀の所属していた鎮守府が採用していた艦娘の運用法の過程を部長から聞いている。

それは憤りを感じる所業だったが、一方でこうも思うのだ。

何も知らない初任者が、自分を兵器だと言い切る艦娘に言われるままに艦隊を運用したとすれば……

 

「加賀さんは、以前所属なさっていた鎮守府ではオープニングスタッフでしたか?」

「いいえ」

「何年ほど、所属していらっしゃいましたか?」

「第一艦隊で、ずっと……正確な年数は、私も数えていませんでした」

「ふむ」

 

加賀が赴任してどの程度の期間があったのかは分からない。

赴任する前の活動記録も調べられるが、其処までする気は起こらなかった。

彼女にとって重要なのは、自分自身が同じ事をする人間になっていた可能性に思い当たる点である。

初めて巡り合った艦娘が雪風でなかったら。

もし今の加賀だったとしたら、自分はどんな鎮守府運営をしていただろうか。

始めの一人目ならば、それでもきっと大切に出来る。

其処までは自信があった。

しかしもし加賀を失う事が在ったとすれば、その後に残された艦娘をどう運用するか……

失った後悔や心の痛みをおかしな方向に拗らせれば、現実に加賀がいた鎮守府の提督と同じ事をする自分が居ないだろうか?

 

「加賀さん。貴女は、もう兵器では無いのですよ」

「兵器です。戦う相手が人間から化け物に変わっただけで」

「……違います」

 

それは違うのだ。

ただの兵器は深海棲艦に通用しない。

それは人類が散々に思い知らされた事である。

士官学校時代優等生だった彼女は、当然の様に多くの史書に触れている。

どんな文献にも共通している事は、艦娘とは深海棲艦に対抗するために現れたと言う事である。

始めに深海棲艦が現れ、それから様々な妖精さんが現れた。

妖精さんは艦娘を生み出し、彼女らが扱う艤装を作り出したのだ。

妖精の作った兵器を艦娘が運用した時にだけ、人類は深海棲艦と戦える。

その事実には、何か換えの効かない意味があると思う彼女だった。

 

「貴女は艦娘になったのです。引き金を引くのは貴女自身。貴女の意志が、艤装を操作して深海棲艦を沈めるのです。それは嘗て、貴女を使って人間がやっていた事でしょう。今の貴女は、かつての人間と同じくそれをする立場になりました。いい加減、思考停止して楽な選択はしないでください」

 

表情筋一つ変えない加賀にそういうと、彼女は懐から銃を取り出し加賀に握らせる。

渡されるままに受け取った銃を見つめる加賀。

 

「その銃は今、貴女の意志の支配下にある兵器です。命令一つで私の命を奪うでしょう。でも貴女の手の中にあるだけでは、誰にも何にも害がありません。兵器ってそういうものでしょう?」

「……」

「それを扱う選択をするのは、貴女自身。さぁ、教えてください。貴女は私を撃ちますか?」

「……撃ちません」

「それは、貴女がご自分の意志で私を助命してくださると言うことですよね?」

「此処で撃ったら、赤城さんに迷惑が掛かるでしょう?」

「貴女が撃てない理由など私にはどうでも良い事です。撃たれたとしても、それが貴女の判断であって銃の意志ではない事だけは証明できると思ったので」

「……早死にしますよ?」

「艦娘である貴女達に沈め、沈めろと命令している私が、一人だけそういう覚悟を持たないわけにも行かないのです。面倒なことに」

 

無論、死にたくは無いですがと呟いた彼女。

加賀と同じく彼女も表情はあまり動かない。

しかし彼女がそう長々と何かを語ることが好きな人間ではない事。

その上で、自分の発言が彼女の許容する一線を超えていた事は理解した加賀だった。

 

「これを、お返しします」

 

そういって彼女がデスクから取り出したのは、一本の矢。

見覚えがある。

それは加賀が最後の出撃の時に積んでいた艦爆機。

あの鎮守府の命令を受けて出撃する自分。

そしてそんな加賀の命令で無茶ばかりにつき合わせてしまった相棒の中の一人だった。

 

「他の子達は……」

「その一機だけ、握り締めていたそうです。雪風が回収してくれました」

「……」

 

未帰還八十五機。

空母としての加賀は、確かにあの時死んだのだろう。

飛行甲板を破壊され、艦載機もほぼ全て失った空母に何の価値があろうか。

少なくとも加賀には分からない。

加賀は自身が兵器だと言う考えから容易には脱せないで居たが、それ以前に今の自分は兵器としての価値すら保っていなかった。

 

「これをお返しくださったという事は、現役復帰をご希望ですか?」

「まさか。ご自身の意志を軽視して、自分を兵器だと言う今の貴女では、銃口がどちらを向くか分かったものでは在りません」

「では、除籍をお命じくださいますか? 艤装の殆どを失った私は、解体も改造素材にもなれないけれど」

「もういっそ、そうして差し上げるのがお互いの為かなとも思うのですがね……却下します」

「……すると?」

 

本当は、加賀の戦力は勿体無いと思う。

現世でどれだけの経験を積んだのかは想像も出来ないが、錬度ではあの雪風も一歩譲るのではないか。

こうして向き合う加賀は、事務屋の自分でもそう感じる雰囲気がある。

しかし現実問題として、今の鎮守府に加賀を運用する能力が無い。

加賀に搭載する艦載機はこれから用意しなければならないし、何よりこれ以上大型の艦娘を増やせば補給が破綻する。

本当なら補給線の強化に当てたかった第三艦隊を戦闘部隊にせざるを得ない現状がある限り、加賀に戦闘力を確保してやる事が出来なかった。

だからと言って、この加賀を放り出す心算もない。

雪風が悩み苦しんで救い上げた艦娘である。

今まで沢山辛い思いをして来たであろうこの艦娘は、その分の埋め合わせを此処でしてもらわなければならない。

その姿こそ、雪風の背負ったモノを軽くしてくれると思う彼女だった。

 

「正規空母、加賀」

「はっ」

「先任の大和さんは此処にいらっしゃいませんが、貴女には此処で、私の秘書艦を勤めていただきます」

「秘書艦は第一艦隊旗艦を持ってその任に当たるのでは?」

「……逆に問いますが、遠海に出撃を繰り返す第一艦隊旗艦が、秘書にいて何か役に立ちますかね?」

「……」

「大本営の鎮守府運営マニュアルには、貴女のおっしゃる事が書いてあったんですけどね……秘書なんて、出来ないんですよっ!」

「て、提督?」

「あ号作戦遂行時に私が何徹したとお思いです!? 秘書艦の大和さんは遠い海の果てで砲撃戦! 彼女らが戦っている時こそ物資が必要だからこっちで秘書艦が必要なのに! 秘書艦は戦わなくて良いんです! そもそも私まともな秘書がいた事無いじゃないですかっ。最初の雪風だって殆ど傍で書類仕事する時間なんて取れませんでしたよ! 今度大和さんがあっちの鎮守府に駐留したら、私また一人で事務仕事全部するんですか!? ねぇ加賀さん。人間にそんな事無理だって思いません? 無理だって思いませんかっ?」

「……」

「こほん……失礼しました。これは私の中では決定事項ですが、貴女自身が拒否すればそれを優先いたしますが?」

「いいえ、無いわ」

「結構。よろしく。まぁ、最も……」

「何か?」

「いいえ。何でもありません」

 

どうせ加賀も、決して遠くないうちに秘書なんてやっていられなくなるだろう。

加賀は天城を随分気にかけている。

ならばその妹が真っ直ぐに前を見据えて歩みを続ける限り、加賀も自ずとその元へ向かうだろう。

自分の居るべき場所に、きっと帰ってゆく日が来る。

しかし今は、加賀は自らサイドテールの髪留めを解く。

弓を引くためには邪魔になるその髪を解いたのは、加賀が新しい一歩を踏み出し始めた証であった。

 

「では、加賀さん。直ぐに正式な引継ぎの書類を作りますから、それを持って大和さんにお伝えしていただけますか?」

「わかりました」

 

彼女は大和へ秘書艦の解任と、加賀への引継ぎを通達する書類を作成する。

次いでそうなった経緯を説明する必要を思い、今日中に司令室に顔を出すように言付ける手紙もしたためた。

それらを受け取り、一礼した加賀が司令室を退出する。

 

「あ、彼女は鎮守府内の間取り知ってましたっけ?」

 

昨夜目覚めて今日話し合った加賀が知っているとは思えなかった。

少し考え込んだ彼女は、放置しても問題ないと首を回す。

若い割には破滅的な音が人体内に響き渡った。

 

「まぁ、誰かに聞けばわかりますか」

 

彼女としては、この一件に何時までも心を割いていられない。

期限未定の鎮守府維持命令を申し付けられた以上、彼女にはその兵站を確保する仕事がある。

減る気配を見せない仕事量に深いため息をつきながら、彼女は書類に目を通し始めたのだった。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

しれぇからもらったおかしをこうしょうのみなさんとたべました。

ぶちょうさんがゆきかぜにひみつへいきをつくってくれるっていっていました。

でもしざいがないそうです。

げんぽうがおわったらゆきかぜがだしてあげるってやくそくしました。

おはなししているとやまとさんがきました。

くびになったとかじょせきされるってないてました。

さいごのおもいでとかいいながらおしたおされました。

こわかったのでてぢかのすぱなでうごかなくなるまでぶんなぐっておきました。

そのあいだにぶちょうがけんぺいさんをよんでくれました。

なんとけんぺいさんはかがいしゃのやまとさんをたすけ、ひがいしゃのゆきかぜをえいそうにいれたのです。

ぐんぶのふはいはしんこくです。

えいそうにはしぐれもいました。

やましろさんはあしくせがわるいそうです。

おはなしいっぱいしていると、けんぺいさんがだしてくれました。

いずれふとうなこうそくのおとしまえをようきゅうしたいとおもいました。

しゃばのくうきがおいしかったです。

それにしても、しぐれもなんぎなこだとおもいました。

じぶんのなかにふたりいるって、きづいていないみたいです。

ゆうだちはすぐにきづいていたみたいですけどね。

いちおうゆうだちにかくにんしました。

こまったみたいに、わらっていました。

ぽいぬちゃんらしくないわらいかたでした。

 

 

――提督評価

 

口下手の加賀さんに伝言をお任せした私のミスでした。

この点では貴女も、大和さんも被害者なのは間違いないでしょう。

ですが、世の中では未遂でも強姦は罪ですし過剰防衛もよろしくはありません。

艦娘がらみの案件は処理が難しいので勘弁してくれと憲兵隊の方から苦情が……いえ、哀願が届いています。

お願いしますから自重してください。

貴女が現在鎮守府に返還している減俸分を、彼らのお詫びに当てる旨を上に願い出て許可いただいておりますので悪しからず。

無論、表向きは侘びではなく慰労ですが。

時雨さんの病気も根が深そうですね……

専属のカウンセラーを雇うべきでしょうか。

他の鎮守府の提督さんにも、こういう場合の対処法を教わっておきます。

第三艦隊も直ぐに実戦投入は出来ませんので、しばらくは演習を多めに組みたいと思います。

その中で旗艦を任せる方を決めて行きたいと思いますので、その時はまた意見を聞かせてくださいね。

 

 

 




やっと書けました……書きはじめればそこそこ直ぐに書けたんですが、メモ帳開いて向き合う時間がね……
今後はもっと遅くなっていく可能性が高いです……
本当に、忘れた頃に上がるくらいになって行く予定です;;


この数日で我が鎮守府の様子もめまぐるしく変化しました。
主に良い方向に。
何処まで報告していたっけ……?
先ず3-4、4-4とっぱして5海域に入りました。
まだ一回も進軍していませんが、やっとあの有名な鬼畜戦艦のいる海域に来たんだと思うと胸が熱くなりますね!
そして海外艦クエストが一応終わり、Z1さんが我が鎮守府に着任しました。
正確な名前は覚えていませんw
でもこれでビスマルクと大和さんの両睨みで大型建造回せます!
大和率は下がるみたいですが、チカタナイネ。
イベント前だというのに一回だけやってみました。
17分。
チカタナイネ……
それから、2-2を回すうちに浜風さんがいらっしゃいました! 
これでデイリーを2-2から2-3のオリョクルに切り替えることが出来ます;;
浜風は本当に欲しかったのでものっそい嬉しいです。
間に卯月ちゃんが三隻来たのはご愛嬌orz
これくらいかな……濃厚な時間でした艦これ的にw
此処からは少しペースダウンして、5-1攻略はイベント後かなぁ……



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呉の雪風

 

雪風達第二艦隊のうち、駆逐艦トリオは比較的鎮守府に近い遠征を繰り返す日々を過ごしていた。

地道な活動で資材を集め、第一艦隊が前線基地に持ち込む資材を確保するためである。

深海棲艦は鎮守府を陥落させても占拠する事は少ないため、周辺海域さえ押さえてしまえば再奪還は容易である。

今回は既に一度あちらの周辺で大暴れした後のため、現在は第一艦隊に加えて第二艦隊から羽黒が合流して海路の確保に努めている。

これは本来第三艦隊が行う任務であったが、編成したばかりの艦隊をそのまま戦闘任務に当てる事は出来ない。

矢矧だけは既に相当の実戦経験があるのだが、山城と時雨は新造艦である。

提督たる彼女は第三艦隊に多くの演習を組み込み、錬度向上を急ピッチで進めていた。

戦艦と軽巡洋艦と駆逐艦。

大和の時のような風評被害が無い編成であったため、相手をしてくれる鎮守府も多い。

最初こそ負けが先行した演習だったが、その中でも航空戦艦山城は目覚しい向上を見せていた。

多くの敗北も数少ない勝利も全てを糧とし、瑞雲と35.6㌢連装砲の扱いに慣れていった。

 

「第三艦隊の連中、今日も演習行ってるの?」

「そうみたいですよ。今度は軽空母持ちの鎮守府だそうです」

 

工廠で補給を受けながらそんな会話をしているのは、第二艦隊の雪島コンビである。

第三艦隊編成から一月。

中々に濃密な修行を行っているらしい時雨達だった。

 

「山城が頑張ってるんだって?」

「山城さんは部長がひたすらスペック強化してましたし、伸び代で言えばうちでも一番でしょうねぇ」

「矢矧は艦娘になってからが長いから安定してるみたいだけど……時雨が足引っ張ってるって?」

「あの時雨がねぇ……雪風としましては、婦女暴行未遂で営倉にぶち込まれた艦の事とかどうでも良いですけど。知っています? あの後ぽいぬちゃん、菓子折り持って山城さんに謝りに行ったそうですよ」

「マジか!」

「あれ、山城さんの方も無自覚で満更じゃなさそうだったって……夕立げんなりして帰ってきてましたよ……」

「ぽいぬが不憫すぎる……」

「全く、身内泣かせの艦にだけはなりたくないものですね」

「でも、あんたは殺艦未遂で営倉じゃない」

「不当逮捕ですっ。しれぇってば雪風が無実を主張していますのに、憲兵さんの言われるままに頭を下げて……雪風の減俸されたお給料があっちの福祉費になってるんですよ! 神も仏もありませんっ」

「いや、返り血浴びて荒い息吐いてスパナ握り締めてるあんたと、床で動かない大和見ればどっちをぶち込むかなんて議論の余地ないじゃん」

「……考えるより早く手が動いて、気がつくと全てが終わっていた。反省はしている」

「いや、まぁ分かるけどさ」

 

島風は自分の隣で艤装に弾薬を補充していく相棒を流し見る。

会話しながらも一切の遅滞無く補給作業と簡単な整備を進めていく雪風。

補給に限らず、雪風は見えにくい部分の動作がひたすら速い。

艤装の着脱と入水、上陸の手際は島風等からすれば手品にも等しい錬度である。

二隻の喧嘩は既に鎮守府の名物になるほど繰り返しているが、雪風に対して遅いと言ったことは無い島風だった。

 

「で、結局どうなったの大和と?」

「一週間ほど入院させてしまいましたからね。ちゃんとメロン持ってお見舞いに行きましたよ」

「何か言っていた?」

「いっぱいお話したんですが、先ず凄い勢いで謝られました。正気じゃなかった、捨てないでって。雪風は拾った覚えも無いんですけど」

「それで?」

「仲直りしましたよ? 一緒にメロン食べてきました」

「意外ね……っていうか、この際はっきり聞いておくと、あんた大和の事嫌いじゃないの?」

「特に嫌いという事はありませんよ。好きと言うこともありませんでしたけど」

 

何でもないことの様に言った雪風。

好きでも嫌いでもないとは無関心の事であり、ある意味で好意と対極にある意識だろう。

苦笑した島風だが、ふと雪風が過去形を用いたことに気がついた。

 

「ありませんでした……けど?」

「んむぅ……公正じゃないなって、思ったんですよね」

 

雪風はようやく手を止め、思案にふけるように黙考する。

しばらくそうしていた雪風は、自身の想いを慎重に言葉に乗せた。

あ号作戦終了後より、雪風は第二艦隊の仲間に対しては自分の内面を吐露する事がある。

 

「加賀さんと、少しお話したんですよ」

「ほぅ?」

「加賀さんに言わせると、赤城さんって此処で丸くなったそうです。そして雪風が見た所、大和さんも随分丸くなっちゃったと思うんですよね」

「まぁ、そうね」

「雪風には、少し受け入れづらい部分だったんですけどね。でも加賀さんって赤城さんの変化に直ぐ気づいて、その事をしっかりと認めているんですよ」

 

第一航空戦隊旗艦として高過ぎる誇りを抱えて生きるより、今の赤城は幸せに近い位置にいると見取った加賀。

その生き方を認め、応援する心算だと語った加賀は、誰よりも今の赤城を理解して見守っていた。

雪風が自身を省みた時、自分はかつての連合艦隊旗艦という色眼鏡を外すことが出来なかったのではあるまいか。

今を確かに生きている艦娘大和をしっかりと見つめたことが、自分にあっただろうか。

雪風は大和の見舞いの際にその点を正直に打ち明け、今一度自分に問い直すまで待って欲しいと伝えたのだ。

 

「雪風は今まで大和さんの事、子供っぽいなと思っていたんです。ですが、艦娘になって成長していたのは、寧ろ未成熟な精神に振り回されていた大和さんの方でした。雪風は大和さんがとっくに走り出していた出発地点に、ようやくつけた所なんですよ」

「本気になったの?」

「真剣に考えてお断りする可能性も半分はありますけどね? でも大和さんがとっても貴重で大切なモノを、雪風に預けようとしてくれているのが分かりましたから。雪風も片手間に対応とかできません」

 

今この時において、雪風は大和の好意に対して同じものを返せない。

持っていないのだから、そんなもの出せようはずが無い。

しかし相手が本気であり、未熟な思考により暴走させたとはいえ、必死な事もよく分かった。

ならば雪風としても、せめて誠意と真摯だけは同じくらい本気にならなければ話し合う席にもつけない。

そんな相棒の考えを聞いた島風は、感心したように呟いた。

 

「真面目ちゃんねぇ」

「相手が真剣ですからね」

「ふむ……なんか、なんかそういうの……嫌かなぁ」

「お?」

 

長く連れ添った相棒どころか姉妹艦すらいない島風には、加賀と赤城の関係など想像がつかない。

自分が一隻である事には慣れていたし、そういうものだと受け入れている。

しかしこの鎮守府で雪風と言う旗艦を得て、夕立や羽黒といった同僚に出会えた。

島風は今、この時点での第二艦隊こそ自分の居場所として気に入っているのである。

そうやって考えたとき、雪風と大和の距離が近くなるという事は決して手放しで応援するのは難しかった。

 

「成程……雪風も此処の居心地良いですから気持ちは分かるんですが……でも雪風がこのままだと、第二艦隊としても不味いって思うんですよ」

「ん?」

「雪風は、その……個人に対して薄情みたいなんですよね。大和さんをお見舞いに行ったとき色々お話したんですが、執着が薄いって言われました。大和さんへってだけじゃなくて、第二艦隊の皆さんも雪風自身も一緒くただそうです」

「何よそれ。今更じゃない?」

「島風も同意見なんですか?」

「うん。あんたって好かれたら『ありがとうございます!』 嫌われたら『そうですか、残念です』……これで終わりでしょ。誰が相手でも」

「むぅ……」

「私からすれば、それくらいサバサバしててくれた方が付き合い易かったし、楽だったけどね」

「……」

「誰に好かれても、誰に嫌われても、上手に受けて流しちゃうのよ。だから大和みたいに、受けて止めてやらないといけない相手だと、どうして良いかわかんない」

「そうなんですよ……」

「まぁ、自分のダメな所を自覚出来たのは良かったんじゃない? で、その上で今の自分じゃ不味い……とも思ったわけでしょ?」

「です。なんと言いますか、今にして思うと、良く皆さん雪風に着いて来てくれたなぁって思いますよ」

「さっき私、楽だったって言ったけど、多分うちの艦隊全員がそうだったのよ。中まで踏み込んでこないけど、仲間意識はしっかり持てる環境作ってたって事でしょ? それはそれで凄い事だと思うけどさ。でも、それじゃ物足りないって思うようになったわけだ。うちの旗艦様は」

 

この一月そこそこ悩んで得た答えを、島風は簡単に読み取っていた。

驚いたようにこちらを見ている雪風に苦笑した島風。

別に雪風が思っていること、やろうとしている事は難しくない。

いや、本当は難しい事だが、こういう話を誰かに出来るようになった時点で達成できていると思うのだ。

艦種の違う羽黒は兎も角、雪風はやっと島風や夕立を頼るようになった。

そして島風も夕立も、雪風に頼られたかった。

其処まで含めて島風にとり、此処は居心地がいいと思うのだ。

だからこそ、其処を簡単に大和に崩されたら堪らないとも思う。

誰かに対する愛情や好意のせいで、別方面の絆が絶たれてしまっては目も当てられない。

そうなると決まったわけでもないのだが、そうなる可能性があるというだけで避けたくなるのだ。

 

「そうなると、如何すると皆さん幸せになれるんでしょうね。もう雪風がハーレムとかいうものを作るしかないんでしょうか?」

「頭大丈夫かこのげっ歯類」

「今まで何も手に入らない代わりに、無くさない立ち回りが染み付いていましたので、其処に反抗するなら全てを我が手に! が来るのではないかと」

「あー……あー……分かる気がする。気がするけど、なんでそう極端から極端に走るかなぁ」

 

雪風に目をやると、どうも冗談で言っている風でもない。

中々難儀な相棒であるが、そもそも島風にしても相手の気持ちを思いやる事が苦手な性質である。

無理なアドバイスはさっさと切り上げ、最近やっと回してもらった念願の五連装酸素魚雷発射管三機に十五本の魚雷を装填する。

早く撃ちたい。

 

「あ、雪ちゃんと島ちゃん。ここにいたー」

「こんにちわぽいぬちゃん。艤装の整備終わりましたよ」

「ありがとー雪ちゃん」

「あ! それ夕立のだったの? ちゃんと自分でやりなさいよ」

「新装備の試験運転に駆り出されたんだから、仕方ないっぽい」

「まぁまぁ。それで、どうでした? 12.7㌢連装砲B型改二……舌噛みそうな新兵器は」

「重い、鈍い、使いづらい。10㌢連装高角砲の方が良いっぽい」

 

工廠自慢の新兵器に容赦なくダメ出しすると、夕立はさっさと艤装を降ろそうと四苦八苦する。

陸上では本来の重量が出ないとはいえ、それでも重いものは重いのだ。

 

「最近こっちばっかり撃ってたから、ちょっと10㌢砲の慣らし撃ちしたいっぽい」

「演習申請する? 私もこの五連装酸素魚雷使ってみたいのよ」

「本当に補給部隊って演習出来ませんよね。その癖結構遭遇戦で戦闘はあるんですから、過酷な労働現場です」

 

雪風は夕立がやっと降ろした艤装を拾い上げ、丁寧に磨いて整備していく。

新しいものが何時も良いとは限らない。

何事も試行錯誤が必要であり、結果として成果の上がらないものも出てくるのだ。

 

「あ、そうだ。第三艦隊ってもう直ぐ実戦配備でしょ?」

「そうっぽい」

「初陣といえば、駆逐イ級! だけどうちの近所にそんな可愛い深海棲艦いないじゃない」

「居ませんねぇ、第二艦隊の初陣は戦艦と重巡洋艦に追い回されましたし……」

「大和さんは潜水艦にぼてくりまわされてたっぽい」

「……なんでしょうね。これだけ聞くと大和さんも私達も可哀想なんじゃないかと思います」

「そんな可哀想な思いを、大切な仲間にさせたくないじゃない」

「良い台詞だけど、島ちゃんが言うと芝居臭い」

「お黙りぽいぬ。此処は同じ駆逐艦たる私達が、最終調整を手伝ってやろうじゃない」

「おお、面白そうですねぇ」

「……あぁ、それは良いっぽい」

「ふぁっ!?」

 

夕立の雰囲気が入れ替わり、翡翠の瞳が真紅に染まる。

島風も雪風も同僚の変化に気づき、思わず寄り添って抱き合った。

この状態の夕立と至近距離で向き合うのは、雪島コンビでも怖いのだ。

中身は夕立そのままだと分かっていても。

 

「雪ちゃん、提督さんに演習組んでもらって良い?」

「それは構いませんが……」

「何急にやる気だしてんのよっ。びっくりするじゃない」

「夕立は何時も通りっぽい。それに、大したことじゃないけれど……」

 

――時雨姉は一発ぶん殴らないと気がすまない

 

今までは攻撃色の見た目と中身がアンバランスだった夕立だが、この時は完全に一致した。

内から溢れる戦意が、陽炎となって立ち上るのが見えるような気さえする。

その目的が身内への制裁というのがなんとも残念だったが。

 

「ふふ、うふふ……女の子襲って営倉入りとか、白露型駆逐艦の名折れっぽい。白露姉が居ない以上、夕立がやらないとだめっぽい……うふふ」

 

肩にかかる長い金髪を払いつつ、不敵に笑う夕立。

雪風も島風も顔を見合わせ、異口同音に呟いた。

 

『お前のような駆逐艦がいるか』

 

 

§

 

 

駆逐艦トリオによる演習希望は、秘書艦の加賀に対して申請された。

司令官たる彼女は、現在時雨達と共に演習先に行っている為である。

加賀から提督宛に通信が入れられ、あちらの時雨達に伝えられる。

第三艦隊は軽空母と護衛の駆逐艦からなる部隊を相手に、被弾を許しつつも勝利したらしい。

 

「雨の中、正確に艦載機を叩き落す駆逐艦が見れたそうよ」

「その艦載機って山城さん狙った機体じゃないですか?」

「……其処までは載っていないけれど」

 

連絡ついでに上司と情報交換した加賀は、司令室で待っていた雪風にも成果を教えてくれた。

束になった書類に目を通しながらの会話である。

お互いに顔を見ては居ない。

こちらに来て直ぐ気づいた事だが、加賀は駆逐艦の顔を覚える事が出来なかった。

向かい合っていれば、口元の表情までは分かるという。

しかしひとたび別れてしまうと、印象と記憶に全く残っていないのだ。

工廠部部長の診断では、視覚系の異常は認められないらしい。

心因による認識障害。

多くの駆逐艦を身代わりにして生き残った事による、頭と心の障害だと診断された。

そう言われれば、加賀はかつての鎮守府で沈んだ駆逐艦達の顔を思い出せなかった。

これは加賀がこちらの鎮守府に来るまで、自分でも気付かなかった事である。

診断後、その場では何事も無くやり過ごした加賀は、自室に引き取って盛大に嘔吐した。

自分の身代わりに沈んだ艦娘の顔が思い出せない。

どうしても、どうしても口から上が見えないのだ。

加賀は生き物は死ぬ時が二回あると思っている。

一回は肉体が生命活動を止めた時。

もう一つは、相手の事を誰もが忘れてしまった時。

だとすれば身代わりとなったモノ達に止めを刺したのは、自分自身に他ならない。

罪悪感は無意識に包丁を握らせたが、寸での所で様子を見に来た赤城に殴り倒されている。

そのくだりは雪風達も聞いていたし、既に加賀の態度にも慣れた。

 

――救助の礼は貴女の目を見て言えるようになるまで待って欲しい……

 

口元に生々しい痣を作った加賀にそう言われた雪風は、引きつった顔で必死に首を縦に振ったものだった。

 

「第三艦隊はこの後、帰り次第補給して第二艦隊との演習に臨むらしいわ」

「第二艦隊じゃないですよ。今回の演習は『駆逐イ級』対策の名目ですから、お相手するのは雪風達三隻だけです」

「幾ら新設された艦隊でも、戦艦込みの編成よ……駆逐艦三隻で、相手になるかしら?」

「気が楽で良いじゃないですかー。誰も雪風達が勝つって思ってないでしょうし」

 

お互いに白々しい台詞を投げ合う二隻。

加賀は映像と書類上の雪風達の演習記録は確認している。

あの大和率いる第一艦隊すら苦戦した部隊。

特に加賀が興味を持ったのは、赤城が手を焼く島風の存在である。

一度その海戦を見てみたいと思っていただけに、今回の演習は楽しみだった。

 

「加賀さんも、ご一緒しません?」

「私の艤装は工廠で再現してくれているけれど、まだ完成していません」

「そうですか……島風の魚雷や夕立砲の開発に手が取られましたからね。申し訳ないです」

「現状で戦場に出ない私の装備は、優先順位が低いわ。気にしないで」

 

工廠部は加賀に残されていた僅かな艤装の残骸から、それを再現しようと取り組んでいる。

飛行甲板はあ号作戦時に赤城の予備として作ったモノがそのまま回され、搭載していた艦載機も再開発されていた。

しかしある一点において開発が遅れている部分がある。

15.5㌢三連装副砲。

それは大和が本来装備していた筈だった艤装の一つである。

加賀は艦載機の搭載数を十二機落としてこれを装備していたらしく、工廠部もその再現に尽力していた。

実際に工廠での兵器開発は科学的なものだけではなく、魔法的な部分もある。

資材というリソースを消費して、艤装を一回召喚する。

そして召喚しやすい資材の比重もそこそこ解明はされているが、最終的に何が出るかは妖精自身にも分かっていないのだ。

しかしこの鎮守府では大和でも副砲は15.2㌢単装砲である。

もしこの開発に成功すれば、戦艦より強力な副砲を正規空母が積むという不思議な状況が発生するのだが、加賀としてはどうでも良いことだった。

 

「加賀さんは、結構副砲も使い込んでいたって聞いてますよぉ」

「えぇ。乱戦になろうと前衛で撃ち合いながら艦載機の発着も出来なければ生き残れなかったの」

「空母さんが前衛で砲撃するってどんな状況ですか……」

「対空に牽制に自衛に……兎に角、空母だから砲撃出来ませんなんて言っていられなかったわ」

「言っていられなくても、普通は出来ないと思います」

「出来るとか、出来ないではないの。やるのよ」

「だから、それが出来ちゃったらもう空母じゃなくて航空戦艦ですってばぁ」

 

上司の代わりに書類に目を通し、後はサインだけ貰えば済むようにまとめていく秘書艦。

この鎮守府で加賀の唯一の上司は、提督である彼女である。

彼女は加賀に一通りの仕事を教えると、徐々に任せる仕事を増やしていった。

そして加賀も彼女の要求にほぼ完璧に応えきる。

そうした事が何度かあって、今ではあ号作戦時など比べ物にならないほどスムーズに鎮守府が回っている。

かつては彼女にしか処理できない仕事が多すぎ、その体調がそのまま鎮守府の体調に直結してしまう傾向にあったのだ。

彼女は基本艦娘の勤務体系を人間と同様に扱っているが、基本艦娘は補給さえ切らさなければ夜通し動き続けることも苦ではない。

長距離航海や夜戦など、睡眠に関わって集中力を落とすような事があれば生き残れないのだ。

しかし活動しっぱなし……特に海上で動きっぱなしになれば艤装の消耗も大きくなるし、燃費だって悪くなる。

基本海上ではスペック上の巡航速度、陸上では人と同じサイクルを取る事が最も艦娘の身体には良いとされていた。

 

「それじゃ、雪風はもう一回艤装の点検してきますね」

 

そう言った雪風は来客用のソファから立ち上がると、加賀に断って退出しようとする。

書類から顔を上げた加賀は、何とはなしに雪風の背中に声を掛けた。

 

「勝算は?」

「相手が時雨ですからねぇ……」

「演習の成績を聞く限りだと、調子は良くなさそうだけれど」

「……第三艦隊って、演習の夜戦を全部素通りして砲雷撃戦で切り上げていませんか?」

「え? ん……あ、その通りね。どうして、そう分かったの?」

「相手が時雨ですからねぇ……」

 

苦笑した雪風は肩越しに振り向いて解説する。

深海棲艦は多くの場合、夜戦を積極的に仕掛けてこない。

性能的にそれが得意なはずの艦種でもその傾向が強い。

その為、主に夜戦の選択肢はこちらに与えられることが多いのだ。

だから演習で夜戦まで戦わなくても致命的な事にはなり難い。

しかしそうは行かないのは日中の砲雷撃戦であり、深海棲艦と戦う上で不可避の過程である。

だからこそ、時雨は演習時間の後ろ半分を占める夜戦を徹底的に避け、代わりに演習自体の数を増やしている。

それは敵の特性を知った上で効率的なスケジュールを組んでいるとも言えた。

だが同時に時雨は自分の得意な夜を、全て昼の山城に捧げている。

 

「矢矧さんは艦娘の実戦経験。時雨はかつての戦闘経験がありますからね……何も無いのは山城さんだけですが、今演習で活躍出来ている経験は大きな糧になっているはずですよ」

「そのために、自身の評価は芳しくなくても?」

「あいつに自分の面子なんて気にするような可愛げがあれば、あんなに歪んだりしませんよ」

「本当ね……本当に、その通りだわ」

 

雪風も加賀も誰かを大切にすることを否定する心算はない。

ただ、一方が一方の為に犠牲になる時雨の愛し方は相当に重い。

山城にしても、時雨が自分の為に犠牲になっていると知れば決して愉快には思うまい。

時雨が山城に対して別人の様に過激な求愛をする事があるのは、そんな普段の反動として表に出てきているのではないか。

さらに一方の山城が時雨をどう思っているかは、雪風にも分からない。

もし山城が時雨に与えられるものを当然と受け止めてしまった時、あの二隻はどうなってしまうのだろう。

いずれにしても、あまり健全な関係ではないと思う。

 

「あぁ、だから夕立は怒ってるんですか……」

 

口に出しては時雨を非難していた夕立。

しかしあの子は優しいから、そんな時雨に対してどっちつかずな対応をしている山城にも言いたい事があるのかもしれない。

そう思ったとき、雪風は相棒の言葉を思い出した。

雪風が大和の事を真剣に考えるのが嫌だと言っていたのは、この様な泥沼になるのが嫌だったに違いない。

他人に淡白なのは雪風とあまり変わらない癖に、妙なところで勘と感が良い奴である。

 

「あぁ、色恋沙汰っておっかないですね……」

「だけど其処に踏み込んで行かない限り、その経験を糧にすることは出来ないわ」

「おおぅ……まさか加賀さんからその様なお言葉をいただけるとは。意外と恋愛に造詣を……お持ちの経歴とは思えませんが……」

「ええ。赤城さんの愛読書の、少しばかり性描写が過激な小説に乗っていました」

「ちょ!? そんな話を雪風にしないでくださいよっ。赤城さんと顔合わせた時噴出したらどうしますか!」

「共犯ね。お互い頑張って、素知らぬ振りを通しましょう」

「巻き込まないで下さいよぅ」

「因みに内容は……」

「アーアー! 聞こえませんっ」

 

鎮守府内の序列においては一応の上官になる加賀に対して敬礼もせず、逃げるように退出した雪風。

加賀はそんな駆逐艦の背中をしばらくの間、無表情に見つめていた。

一つ瞳を閉じ、先ほどの会話を思い出す。

仕事の合間とは言え、雪風と話した時間は加賀にとっても不愉快なものではなかった。

だからこそ、最後にちょっとしたお茶目を聞かせたりもしたわけだ。

この鎮守府においては、実は赤城の次に親しい相手でもある。

にも関わらず、加賀は雪風が肩越しに振り向いたとき、どんな表情だったかもう思い出せなかった。

 

 

§

 

 

演習に勝利した第三艦隊は、海路から自軍鎮守府に向かっていた。

雪風達の演習希望は即座に受理され、時雨達にとっては連戦になる。

最も帰港出来るのは夜になるし、補給や陸路の司令官が合流するのを待つために開始は明日の午後になる。

時雨達は海上を滑るように移動する巡航速度で航行しつつ、今後の予定を話し合った。

 

「ねぇ時雨」

「なんだい山城」

「駆逐艦トリオの演習、どうなると思う?」

「少なくとも、雪風はもう駆逐艦だと思わない方が良いだろうね。あれはそれを超えたナニかだから」

「雪風か……うん、軍歴とか武勲は雲の上の相手なのよね」

 

山城の言葉の最後の方は、自身に聞かせるような独語になっていた。

時雨はああ言ったものの、駆逐艦相手に戦艦の山城が気後れしているのも不思議なものだ。

生来から自身の劣等感が強い山城は、相手の力を過大に見積もって自身と比較し、陰に篭る部分がある。

時雨としてはそんな山城に戦艦相応の自信を持って欲しいのだが、反面では艦種によって相手を侮る事へのブレーキになっている部分もあった。

今回の相手は油断や驕りを正確に看破して徹底的につついてくる相手だけに、山城の慎重な卑屈さは不利にならない要素である。

 

「それはね……実在した幻想みたいな駆逐艦さ。矢矧は、直接見知っているよね」

「えぇ……特に坊ノ岬だと初期に艦隊から遅れたから、後ろから全体が見れたのよ。雪風は勿論だけれど……あそこにいた駆逐艦は全員、例外無く強かったわよ」

 

矢矧は胸に手を置いて、自身の前世の最後の記憶を引きずり出す。

敵機の空襲に晒される大和。

その周囲を慌しく駆け回る駆逐艦達。

あの場に居た駆逐艦は皆、独自の攻撃回避ノウハウを持っていた。

その中でも、特に雪風と初霜の動きは目に焼きついている。

まだ人型の艦娘ではなく大きな艦だったというのに、どうしてあんな動きが出来たのか……

 

「まぁ、区々の戦術は帰ってから煮詰めようか。今は演習の概要を確認しよう」

「と、仰ると?」

「先ず今回の相手は身内であり、遠征任務の第二艦隊とはいえ、この鎮守府の最古参だ。これは第三艦隊の立ち位置を左右する演習になるよ」

「負けられない戦いって事?」

「必ずしも勝ち負けに結びつける事は無いけれどね。不甲斐ない所を見せる訳には行かないって事だよ」

「艦隊行動の錬度ではあちらに一日の長がありますが、編成の戦力的には此方が上。此処は落としたくない所です」

「戦力的……と言ったら相手は駆逐艦三隻扱いなのよね。周りは勝って当然だと思うだろうし、負けでもしたら……あぁ、不幸だわ……」

 

陰鬱にため息を吐く山城。

何時もはやや行き過ぎたネガティブ思考が面倒だと思う矢矧だが、今回は全く同感な為に同じように息をついた。

ふと時雨を見れば、肩を竦めて苦笑している。

大よそ考えていることは皆同じと言うことらしい。

 

「そういう意味では、本当に厄介な相手と言えるね。勝って得られるのは駆逐艦三隻撃破。負ければ駆逐艦に負けたって言われるわけだから」

「だけど実態は、大和が駆逐艦詐欺って言うくらいの化け物なんでしょう?」

「なんでも今回の演習、深海棲艦の駆逐イ級対策とか言っているらしいわよ」

「私見たことないんだけど……駆逐イ級ってそんなに強いの?」

「あっはっは。まさかぁ」

 

矢矧にとっては正にカモとしか思えない深海棲艦最弱のイ級である。

奇跡の駆逐艦が率い、ソロモンの悪夢と最速の風が両翼を勤める艦隊と比べるのもおかしい。

おかしいのだが、実際に駆逐イ級を見たことがあるのは矢矧だけである。

 

「うーん……」

「如何なさいました? 旗艦殿」

「ん? ほら、今回演習先に連絡が入って、僕達はとんぼ返りになったよね」

「そうですね」

「その時、丁度僕はあっちにいた白露姉さんと話していたんだよ。トンボ帰りの理由も、其処で一緒に聞いたんだけど……」

「何か、気になることでも?」

「うん、白露姉さんが言うには、駆逐イ級って単艦で鎮守府の喉元まで食いついてくる恐るべき敵だって……」

「は……? あ、でも確かにうちでもそうだったような……あれ?」

 

矢矧とて以前の鎮守府で新人だった時がある。

初陣は自軍鎮守府近海で駆逐イ級と戦った。

鎮守府正面の、正に近海である。

いったい何故、そんな所に最弱の深海棲艦がいたのだろう。

 

「養殖でもしてるんじゃない? 訓練相手に」

「さ、魚じゃないんだよ山城……駆逐艦が潜ったりしないから囲いは楽だろうけど、通常兵器は効かないし防壁くらい撃ち抜いて来る」

「あれ……人口的に生け簀作るなら艦娘が常駐しなきゃよね? そんな事やってなかった筈だし」

「燃料のコストも割に合わないしね。七不思議ってやつなのかなぁ」

 

深海棲艦の生態については不明な部分が多い。

そして正確に判明していない事が多すぎて、経験則によって対応しなければならないために細かい部分を気にしなくなってきているのだ。

よくわからないが、そういうものである。

これで本当に何とかなってしまう事が、対深海棲艦では良くある。

勿論そんなセオリーからかけ離れた性能や部隊展開をしてくる奇種も稀にいるが。

 

「駆逐艦なら良いけれど、これが戦艦だったら怖いね」

「一度情報も精査したほうがよさそうね」

「思い込みは危険だものね……いや、前あったのよ。サーモン海域で戦艦の姫種が雑魚駆逐と一緒にふらふらしてたから交戦したら、くっそ硬くて沈め損ねてさ……双方被害大きくて夜戦しないで切り上げようかって所で、その姫単艦で追撃してきやがったの」

「それは……不幸だわ……」

「結局連戦よ連戦。こっちの支援艦隊が後着して、相手も増援来て大乱戦。金剛さんと比叡さんが揃って大破するしあれは死んだと思ったわ……」

「そっちの鎮守府には長門さん達がいたよね? 第一艦隊に居なかったのかい?」

「あそこ海流がおかしくてさ……長門さんと陸奥さん支援艦隊に居たのよ。合流してから金剛姉妹と長門姉妹がスイッチして艦列組みなおして……とかやってる間に相手も増援がきた訳よ。深海棲艦装甲空母……鬼と姫」

「……良く生きて帰って来れたわね」

「長門さん達三式弾積んでたのよね。なかったら犠牲艦出てたわねアレは」

 

当時を思い出して深い息をつく矢矧。

本当に生きた心地がしなかった。               

現世の矢矧の戦歴の中でも、最大の海戦である。

しかも恐るべきことにその戦艦棲姫は、最後まで撃沈させることが出来なかった。

驚異的なダメージコントロールと補給艦ワ級の回転運用で補給と修復を繰り返し、最終的にはその海域の深海棲艦を全て撤収させるまで持ちこたえて見せた。

その結果、資材不足から撤収していく敵を見送る事しか出来なかった司令官の苦い顔は、今も矢矧の目に焼きついている。

そして敵ながらそのありようを戦艦の理想と感嘆していた長門の顔も。

 

「あれ、今にして思えば最初の随伴だった駆逐艦逃がす為に突っ込んできたんだろうなぁ」

「敵には敵の仁義があるのかしらね」

「深海棲艦の思考力についても不透明なんだよね。人型になるほど高くなってくる例が多いけど、例外もあるみたいだし」

「そうね。少なくともあの戦艦棲姫は人語を喋っていた……らしいわよ?」

「記録によるとヲ級の中にも喋る固体例があったみたいだね。その中でも個人差があるようだけれど」

 

其処で時雨は一旦会話を区切り、脱線しかけた話題を戻す。

 

「まぁ、其処も帰ったら資料を漁って見ようか。駆逐イ級がどんな相手かは、僕も山城も実際に見てみなければなんとも言えないね」

「そうね。兎に角今は自分の錬度を上げる機会は大事にしたいわ」

「錬度という視点からですと……旗艦殿はその……」

「君の心配は尤もだ。だから最初に言ったように、この演習は僕達の立ち位置を左右する戦いになるんだよ。鎮守府内での評価もそうだし、第三艦隊の中でもそうさ。僕の手腕ではまとまらない……と判断されれば、役職の交代もあるだろうね」

「ちょっと時雨、それでいいの?」

「僕としては艦隊旗艦に執着はないよ? もとより君達を差し置いて自分が……という発想も持っていなかった。ただ、それとは別にしてもね……ん?」

 

風が少し強くなった。

時雨は緩んだ三つ編みを解く。

束縛を失い、風を孕んだ髪を一度手の中で纏めると、肩口から無造作に編み直す。

編んだ髪を無骨な紐で括る時雨をみた山城は、改めて時雨の容姿を観察して息をつく。

幾らなんでも飾り気が無さ過ぎるだろう。

素は悪くないのだから、今少し自身の見栄えを意識したらどうだろうか。

 

「ほら、コレでも付けてなさい」

「ん? かんざしかい」

「あんた色気が無さ過ぎるのよ」

「成程、虜囚とならば辱めを受ける前にコレで喉を刺して自害しろ……という事だね」

「誰もそんな心算で渡してないわ!」

「大丈夫だよ山城。もとより僕は爪の先から髪の毛一本まで君のものだから」

「私のものだっていうなら会話をしてよ……お願いだから」

「もう、あんたら早くくっついちゃいなさいよ」

「それはダメだよ? 山城には扶桑がいるんだから。でも心が手に入らないなら、せめて早く身体だけでも頂いて置かないと……」

「あぁ、何時もの時雨じゃない……」

 

げんなりと肩を落とす山城に苦笑した矢矧。

その肩をぽんぽんと叩いて矢矧は話題を切り替えた。

 

「そういえば旗艦殿、先ほど何か言いかけたようでしたが?」

「なに、大した事ではないんだ。ただ、僕だって負けたくない相手は居るんだよ……ってね。だから、心配しないで矢矧。この演習ではちゃんと、本気のもう一つ先で戦うつもりだから」

 

受け取ったかんざしは髪に挿さずに懐にしまい、それだけ言った時雨。

同じ鎮守府内での演習機会は多くない。

その場合消費する燃料と弾薬は全て中で賄わなければならないし、それぞれ別の任務についていれば予定が合う事も稀になる。

今後この様な機会があるか分からないというのなら、時雨としてもつけておきたい決着がある。

かつて自分と並び賞された幸運艦雪風。

自分は本当に雪風と並べられるほどの力があったろうか。

また逆に、雪風は自分と並べる程の力があるのだろうか。

 

「ねぇ、雪風。失望は、させないでおくれよ?」

 

口の中で呟いた言葉は、僚艦の耳には届かなかった。

時雨の口元には小さな微笑が浮かんでいる。

瞳の色こそ違えど、それは妹のソレと良く似た種類の笑みであった。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

だいいちかんたいのもちこみぶっしもひとまずあつめおわりました。。

あとはだいさんかんたいのじゅんびしだいでさくせんにはいれるとおもわれます。

さいしゅうちょうせいに、ゆきかぜたちがおあいてしたいとおもいます。

こっちはゆうだちのかりょくもあんていしてきましたし、しまかぜもあいかわらずかいひおばけです。

ゆきかぜもがんばって、しれぇにかっこういいところをおみせしたいです。

 

 

――提督評価

 

資材集めお疲れ様でした。

第一艦隊の報告によれば、現在例の海域の深海棲艦は全くと言っていいほど見当たらないそうです。

定期巡廻と掃討の成果がでているようですので、このままならスムーズに第三艦隊と交代出来るでしょう。

最終調整は大和さんか赤城さんを抜いた第一艦隊で行く心算でしたが、そちらから希望いただいたのでお任せしたいと思います。

立場上どちらの味方にもなれませんが、皆さんの演習は楽しみにしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




春イベお疲れ様でしたー。
何とかぎりっぎりでE-5は突破出来ました。
これも多くの先輩方のアドバイスと情報あってのこと。
ありがとうございました。

その間、SSのほうは完全にストップしていましたw
なんか前の投稿から一ヶ月とか経ってますね……びっくりですね……

此処だと生存報告も出来るんですが、出来ない所もあるので一応ツイッターとか始めました。
https://twitter.com/akula137
です。よろしければ遊びにいらしてください。
いえ、大したこと呟いていませんが^^;


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佐世保の時雨

少し長いです。ごめんなさい。
でも少しだけです。ごめんなさい。


第三艦隊が帰港し、雪風達が工廠にて艤装の最終調整を行っている頃……

第一艦隊旗艦の大和は羽黒だけを伴い、自軍鎮守府に帰港していた。

一方で赤城、足柄、五十鈴は工廠部の妖精三割と共に現地に駐留を始めている。

放置した設備の再整備は急務であったし、物資も段階的に運び込まねばならない。

既に第三艦隊の調整が最終段階に入っていると言う事もあり、二箇所の拠点を維持するための準備はそれぞれの部署で進められているのである。

この時大和が帰ってきたのは第二艦隊に羽黒を返し、秘書艦の加賀に中間報告を上げる為だった。

尤も、この時は丁度司令官も第三艦隊の演習先から戻っていたため、報告は直接届けられた。

 

「ふむ……現状例の鎮守府跡の近海に敵勢は見られず、こちらの近海の方が活動が活発と」

「はい。此処か活発というよりも、あちらが静か過ぎるだけでこちらは変わらずと言った所ですが」

「……あ号作戦で掃討した影響でしょうか?」

「あの鎮守府を放棄して、再奪取するまで一月近くが過ぎています。影も形も見当たらないのは不自然に感じますが……」

「ですよね。全く、居なければいない、居ればいたで面倒な事です」

 

大和から受け取った報告書を読み、所々口頭で意見を交換する彼女。

深海棲艦の遭遇率は自軍鎮守府近海が尤も多く、前線基地にした鎮守府跡に近づく程少なくなった。

これが掃討作戦の成果だとすれば喜ぶべきことだろう。

しかし新米提督たる彼女から見ても、深海棲艦の反応の鈍さは不自然に感じた。

あ号作戦時、両鎮守府を結ぶ海路を調べつくした羽黒が案内についていたとしてもである。

 

「羽黒さんは、何か言っていましたか?」

「広い海で偵察機を闇雲に飛ばしても標的を見つけることは出来ない。自分の偵察もあくまで航路沿いを中心として行ったため、海域全体の深海棲艦の密度を測るには時間も偵察機も足らないそうです」

「ふむ」

「ただ、それでも敵が全く見当たらないというのは不気味だと言っていましたね」

「貴女の予想は?」

「何が起こっているかは、大和にも分かりませんが……海域から敵が退いたと言う事は、そんな命令を通せるモノがあるという事です。それもヲ級やタ級まで徹底させることが出来る存在が」

「鬼か姫の発生が予想されると?」

「可能性はあります」

 

深海棲艦は陸上拠点を滅多なことでは作らない。

しかし何事も例外はあるもので、海辺に泊地を築いて駐留部隊を作る場合もあるのだ。

其処はまるで深海棲艦の鎮守府の様になり、多くの場合強力な鬼種、姫種の深海棲艦が発生している。

 

「しかし、その場合って寧ろ深海棲艦は集まってくるんですよねぇ」

「その通りです。鬼や姫が泊地を作るなら、その海域全体に強力な護衛部隊が跋扈する……らしいです。これはまだ、大和には実体験の無い知識ですが」

「かつての海戦記録にもその現象は残っています。逆に敵が退く場合ってなんなんでしょうね……」

 

確保する価値なしとみて放棄したという事だろうか。

そもそも人間と艦娘から見た場合、深海棲艦の価値基準が殆どの場合理解出来ない。

既に深海棲艦が出現して数世代が経過しているが、人類側の利害でその行動原理を推し量るのは不可能と言われていた。

 

「そもそも深海棲艦に、支配とか確保という概念があるんだかないんだか……」

「海で遭遇する相手を沈める……それ以外に共通点と言えるモノが殆ど見当たらないんですよね」

「哨戒部隊を敷いて丁寧に海域を守ってくる場合もあれば、一個艦隊で暴れまわるような連中も多い。今回は司令塔の存在を感じますが、偶々敵の分布に穴が開いただけだったとしても不思議ではありません。可能性としては低いですが」

「不安要素有り……ですが、敵が居るというなら兎も角、居ない事を理由に作戦を中止にする事も出来ないのではありませんか?」

「その通りです。現状不気味ではありますが、私としては此処で決行する選択肢しか取れません」

「了解です。戦艦大和、推して参ります」

 

そう応えた大和に一つ頷き、彼女は提出された報告書に処理済みの印を押して専用のラックに閉じる。

其処で一つ息を入れると、やや居住まいを正して第一艦隊旗艦に向き直った。

 

「大和さん、今回うちの鎮守府に課せられた拠点確保は、規模から考えればやや荷の重い任務でした」

「……」

「そんな命令が通されるのは、陸にいると実感が薄い為です」

「実感……ですか?」

「はい。貴女達艦娘が海上で、弾薬と燃料と血を撒き散らして戦っているという実感です」

「……」

「かく言う私もその感覚を持てたのは、貴女に曳航される大破した雪風を見た後なので、偉そうな事は言えませんが……」

「提督……」

「貴女の仰るとおり、現状敵が居ない事を理由に任務の放棄は出来ません。ですが、不安要素込みの出発になるのは確かです。常にお互いの連絡は絶やさず、危険を感じたら直ちに増援を要請してください。いよいよとなった時は、撤退も許可しますので」

「この拠点確保は、あちらからすれば難易度の高い命令だと思っていない節があります。大和が逃げ帰ったら、提督さん困っちゃいませんか?」

 

肩を竦めて言う大和に苦笑した彼女は、何でも無いように大事を口に出していた。

 

「その時は、私が恥をかけば済む事です。念を押しますが、退き時は貴女ではなく貴女より弱い艦を基準に考えてください」

「っ!? 承知いたしました」

 

彼女の確認は大和の意識の外にあった。

自身は大和型の一番艦として、おそらく全艦娘の中でも最高位の装甲と耐久がある。

だからこそ此処を基準に退き際を探せば味方が誰も残っていない、等と言うことにもなりかねないのだ。

その辺りの確認を双方が済ませたとき、彼女の手元の端末に加賀から通信が入る。

演習海域の使用準備が整った旨の連絡である。

 

「お、始まりそうですね」

「今日は何かあるのですか?」

「第三艦隊の最終調整です。お相手は第二艦隊の駆逐艦三人組……折角ですから、貴女も観て行っては?」

「是非ご一緒させてくださいっ」

 

白磁の頬を紅潮させて身を乗り出した大和に頷いた彼女。

一人と一隻はそれぞれを伴って演習観察のモニタールームに向かうのだった。

 

 

§

 

 

場所は工廠から直接海に繋がる港。

島風と夕立が艤装をまとい、海に繰り出そうとしている。

島風は10㌢連装高角砲の連装砲ちゃん三基に加え、五連装酸素魚雷発射管三基に魚雷十五本。

夕立が10㌢連装高角砲二基に、四連装酸素魚雷発射管二基と酸素魚雷十六本。

二隻を率いる雪風は、まだ準備が出来ていない。

今の雪風はそれ所ではなく、三角座りで床に『の』の字を書いている羽黒に謝っていた。

 

「羽黒さーん。どうか、どうかご機嫌直してくださいよぅ……」

「良いんです。寂しいなんて思っていないです。はぶられちゃったなんて思ってないです……皆さん仲よろしくて良いですよね……ぐすっ」

「は、羽黒さんだって大好きですよ! でも何時戻られるか分からない状態でしたし、駆逐イ級対策って言っちゃったもんだから、今更こっちの戦力増やすわけにも……」

「あー雪風が羽黒泣かせたー」

「島風うるさいです! ってか羽黒さんが居ない時に演習って言い出したのは島風じゃないですかっ」

「あたしはする? って聞いただけだもーん。あんただって乗り気だったし、実際申請したのは旗艦じゃん」

「こ、このっ……あぁ、羽黒さん本当にごめんなさい。埋め合わせは雪風に出来ることでしたら何でも! もし足らなければそのウサギも、旗艦権限で強制的に使いますので」

「はぁ!?」

 

強権を発動させた雪風に食って掛かる島風だが、後ろから夕立に抑えられる。

島風は不満そうにしながらも一応は大人しくなった。

程度の差こそあるものの、、羽黒が居ない時に演習を決めてしまった事への罪悪感は共通している。

羽黒は座ったまま肩越しに振り向き、さらに器用に小首を傾げて雪風と目を合わせた。

 

「いま、何でもっていいました?」

「あ……えっと……」

「言いました?」

「あ、あい、言っちゃったと……あ、だけど今減俸中な上に大和さんのお見舞いとかで出費が……あまりお財布に苦しい事ですと……島風が泣くだけだから良いんですが」

「待って! 幾らなんでも旗艦に部下の財布まで徴収する権限はっ……」

「まぁまぁ島ちゃん。あたしも半分出すから大人しくしてるっぽい」

「あの……別に皆さんにたかるつもりって無いんですけど……」

 

深いため息と共に立ち上がる羽黒。

それだけで目線の上下は簡単に入れ替わる。

駆逐艦トリオは羽黒の肩程までしか身長が無い。

妹が出来たみたいだとは、前から内心思っていた。

元が末っ子の羽黒にとって、それは胸を内側から暖めてくれる思いである。

 

「それじゃあ、私に悪いって思うなら、皆さんの格好いいところを見せてくださいね?」

「も、勿論です。羽黒さんが思わず惚れそうなくらい格好いい砲雷撃戦をお見せしますっ」

「五連装酸素魚雷を取り戻したこの島風に敵は無いわ! 見てなよ羽黒。全員あたしが吹っ飛ばして来るんだから」

「他の二隻は良いけど、時雨姉だけは夕立にまわすっぽい」

「まぁ、基本方針は山城さんに仕事をさせない事です。瑞雲と35.6㌢砲は回避に徹してやり過ごし、時雨と矢矧さんを先に潰します」

「山城は夜戦?」

「はい。ぽいぬちゃんの火力で軽い艦を昼間に落とし、こちらが二隻以上残して夜戦に入れれば勝ち確定です」

「っぽい」

 

この期に及んで雪風は揮下の艦隊に区々たる戦術を指示するつもりはない。

方針を伝えておけば、その様に持っていくために尽力してくれるとの信頼がある。

 

「そういえば、あんたさっさと準備しなよ?」

「むぅ……何持ち込むか迷ってるんですが……まぁ、コレにしましょうかねぇ」

 

雪風が選んだ艤装は、10㌢連装高角砲に四連装酸素魚雷発射管二基と酸素魚雷十六本。

そして探照灯という、本気の夜戦装備である。

 

「さて、それではちょっと着替えてきますね」

「あん?」

「ほら、雪風の服って白じゃないですか。コレより陽炎型の正装の方が夜戦向きなんですよ」

 

雪風の言葉に顔を見合わせた夕立と島風。

雪風が同じような服を何着も揃えている事は知っているが、柄を変えたことは無い。

任務中でも曲げなかった服装を初めて変えた。

たったその程度の差すら結果を左右しかねないと考えるほど、雪風は相手を警戒している。

二隻の駆逐艦が気持ちを新たにした所で、港には第三艦隊のメンバーがやってきた。

 

「やぁ雪風。君は今から準備かい?」

「どうもです時雨。演習、連戦になって悪かったですねぇ。補給は大丈夫です?」

「うん。問題ないよ」

「そうですか。ちょっと雪風は着替えていきますので、お先にどうぞ」

 

そう言った雪風は、一旦自室に向かうために歩き出した。

二隻の旗艦がすれ違う。

 

「雪風」

「ん?」

 

背後から呼び止められ、肩越しに振り向いた雪風。

時雨も同じように肩越しに振り向いていた。

お互いに、目が全く笑っていない。

 

「君と競えるなんて嬉しいよ……アリガトウ」

「……ドウイタシマシテ」

 

硬い声を交し合う二隻。

着替えてくると言った雪風の意図は、時雨には直ぐ理解できた。

おそらく暗色で闇に溶け込めるモノを着てくるのだろう。

時雨の謝礼は演習相手になった件ではない。

雪風が本気で戦う事を選択した事に対して口をついた言葉だった。

艦娘として二度目の生を受けて以来、初めて自分の限界を試される程の戦いが出来る。

雪風が再び歩みだし、羽黒も一礼して雪風について鎮守府内部に向かう。

第三艦隊のメンバーと島風も、海に出るために次々と入水していく。

 

「時雨姉……」

「夕立。君は可愛い妹だけれど、今回は一敗を覚悟しておいて」

「……今のあたしに勝てると思う?」

「ん? もしかして、君は僕に勝てるほど強くなった心算なのかい……まぁ、どうでもいいけれど」

 

気負うでもなく、急くでもなく、ただ眼中に無いことを淡々と告げる時雨。

その態度は夕立の癇に障ったが、演習が始まってしまえば存分に戦える。

姉の澄ました態度と舐めきった認識を、強制的に修正してやるだけの力はつけたつもりの夕立だった。

 

「それじゃあ、僕達も行こうか。始まる前に話せて良かったよ」

「あたしはカチンと来ただけっぽい」

「ふふ、ごめんね夕立。じゃあ、そんなお姫様のご機嫌を直して差し上げようか」

「っぽい?」

「良い事を二つ教えてあげる。一つは白露姉さんに会った事。夕立の事を話したけれど、息災と活躍を喜んでいたよ」

「っぽい!」

 

白露の名を聞いた夕立の表情が明るく輝く。

そんな妹の頭をぽんぽんと撫で、穏やかに笑った時雨。

続けて二つ目を告げる。

固まった夕立に対して片目をつむり、時雨はさっさと海にでる。

完全武装の艦娘が海に入るとき、自重と艤装の重さの変化を体幹でしっかりと捉えてからでなければ動けない。

前世の様な広い船底ではなく、二本の足で海に立つ艦娘は転覆のリスクが嘗ての比ではないのである。

しかし時雨は港の先から入水する際、静止する所か歩幅すら変えず、何事もない様に歩き続けた。

それがあまりに自然だった為に、夕立はその異常性をこの時認識出来なかった。

 

 

§

 

 

演習海域に集まった時雨達第三艦隊と、雪風を除く駆逐艦トリオ。

既に両軍は自軍陣地に待機し、取るべき戦術を纏めていた。

尤も夕立と島風は既に雪風に方針が示されているため、主に話し合っているのは第三艦隊である。

 

「旗艦殿。基本戦術はどうなさいます?」

「駆逐艦の弱点は装甲と、積める艤装の制限からくる射程の短さだよ。其処を突かない手は無いね」

「瑞雲で先制して、山城さんの主砲で勝負……って所?」

「あぁ。山城の砲撃を掻い潜っても、今度は矢矧の主砲が先に届く。一方的に撃ち込める間合いをどれだけ長く確保出来るかが、勝負所になるんじゃないかな」

 

時雨は口には出さなかったが、射程に付随して火力不足という弱点もある。

駆逐艦の砲撃で戦艦山城の装甲を撃ち抜けるとも思えないが……

この時、時雨は妹の姿を思い出していた。

先程の夕立は明らかに雰囲気が違っていた気がする。

海の上で敵として向き合ったことはまだ無いが、時雨の危険信号は尋常では無い警戒を要求して来た。

艦娘は小さな艦種ほど、相手の違和感に敏感になる。

これは山城や矢矧がどれ程注意を払ったとしても気付かない事かもしれない。

同じ人型をしているとはいえ、巡洋艦や戦艦から見れば駆逐艦とは基本性能が違う。

しかしそんな小船の中に、異常体が紛れ込んでいる場合があった。

 

「瑞雲の運用もそこそこ慣れてきたし、砲撃もコツが分かってきた……もう、欠陥戦艦とか言わせないしっ」

「それは結構だね。だけど雪風達と戦う時、瑞雲は夕立以外に向けないで」

「え? なんでよ」

「意味が無いからさ」

 

山城が運用する瑞雲は二十機。

駆逐艦を倒すには十分な爆撃が出来る数だが、当たらなければ意味が無い。

島風にしろ雪風にしろ、時雨にはたった二十機の瑞雲に捕まって被弾するイメージが全く沸いて来ないのだ。

 

「でも、島風は四十ノットの化け物よ? 艦載機以外であれを捉えるなんて無理じゃない?」

「そんな事はないよ? たった四十ノットじゃないか」

「……は?」

「たった四十ノット……時速74㌔強だって言ったのさ」

 

驚いたように時雨のほうに顔を向ける山城。

苦笑した時雨は、山城の勘違いを修正する。

 

「島風は、確かに速いよ。でもそれは船速ならの話さ。あれより早いものなんて幾らでもある。機銃、砲弾……酸素魚雷だって島風より十ノット以上の速度が出るよ。決して捉えきれない速さではないんだ」

「……」

「納得が行かない?」

「……ええ」

「島風は実際に四十ノットで避けている訳じゃないんだよ。あれの本領は巧みな操船と、変速さ」

「あ、そうか……そうよね」

「しかし旗艦殿。島風は無視するの?」

「いや、実際戦域を走り回ってかき回されるのは厄介だ。大口叩いた責任を取って、昼間は僕が抑える。矢矧は雪風を任せて良いかな?」

「了解しました」

「すると、あたしが夕立相手?」

「あぁ、僕と矢矧が入れ替わることがあっても君の相手だけは絶対に変えられない。山城と夕立が接敵出来るかどうかで僕達の勝敗が決まると考えてくれて良いよ」

 

山城と矢矧はこの鎮守府に赴任して以来、慌しく演習をこなして来た。

しかしあ号作戦中に建造された時雨は、鎮守府に蓄積された様々な資料を閲覧する時間があったのだ。

その中には第一艦隊と第二艦隊の演習記録も含まれている。

時雨は妹が最後の一戦で見せた砲戦火力を警戒しないわけには行かない。

雪風も、夕立の火力は活かしたいと思う筈だった。

夕立が尤も力を発揮するのは、先手必勝と一発必中と一撃必殺が噛み合った場合である。

軽巡洋艦以下の艦に対して先制からの一発大破、轟沈を繰り返し続ける時にこそあの火力が活かされる。

其処まで考えたとき、時雨には雪風が取るべき戦術が読めた。

 

「おそらく雪風は日中に僕と矢矧を夕立に掃除させ、山城を夜戦で落とそうとするだろうね」

 

護衛艦を砲戦で潰して、夜戦で本命の戦艦を仕留める。

成功すれば絵に描いたような砲撃、水雷戦が展開されるだろう。

しかし改めて時雨が戦慄するのは、雪風の描く展開を実際に阻止する手段が思いつかない事だった。

第三艦隊は装甲と火力において圧倒的な航空戦艦山城を擁しているが、その反面で艦隊速度は非常に遅い。

艦隊として連動を図るなら山城の速度に合わせなければならないし、その場合艦隊の行動速度は最大で二十四ノット程度。

対する雪風達は尤も遅い夕立すら三四ノット。

誰が誰に接敵するかと言う選択肢は相手に与えられていた。

 

「……参ったね」

 

相手の取る戦術は読めるのに、有効な対処法が無い。

雪風と島風は第三艦隊三隻が同時に襲い掛かってもそうそう被弾などしてくれない。

夕立を囲もうとしても、残り二隻が阻止してくる。

単艦でなら夕立を捕らえられる時雨と矢矧では、夕立の火力が尤も効果的に発揮される。

やはり山城に夕立を抑えてもらうしかないのだが、雪風は絶対にこの対決は許さないだろう。

射程距離の優位性にモノを言わせて雪風達を寄せ付けないと言う当初のプランも、結局相手が向かってこなければ意味が無い。

時間を稼がせる訳にも行かなかった。

両艦隊に損害がなく、全員無傷のまま夜戦に突入してしまえば不利なのは時雨達である。

何しろ山城は艦娘になってからは夜戦の経験が一度も無い。

その点は時雨も同様だが、艦娘として生まれた時の知識と前世の実戦経験。

そしてこの生身の身体の動かし方の延長線上に、夜戦の動きも織り込まれている。

染み付いていると言ってもいい。

 

「こちらが纏まって行動していれば、速度で勝る雪風達に選択肢を与え続ける事になるよ。だから先ず、僕と矢矧で雪風と島風を抑える。そして夕立を瑞雲で切り離して、山城と一対一に持ち込んで邪魔は入れさせない。此処まで出来て、やっと五分の勝率……と言える状況が作れるんだ」

「……随分都合良く行かないと苦しいのね」

「其処まで上手くいくでしょうか……」

「僕達がやれる事を全て完璧に出来たとしても、まだ勝ち目の薄い相手と言う事さ。この上は、相手が何処かで失敗してくれるのを祈るしかないね」

 

……もしくは、失敗させるかである。

時雨はなるべく自然を装って山城と向かい合う。

そして視界の端ギリギリで夕立の姿も収め、こちらを見ていることも確認した。

内心げんなりしながらも、時雨は一つ覚悟を決める。

今この瞬間、この場に雪風が居ないのは最大の幸運だった。

 

「山城」

「ん……痛っ!?」

 

時雨は山城の髪を掴むと、やや乱暴に自分の顔に引き寄せた。

頬と唇が接触しそうなほどに近い距離。

それは遠くから見た時どう映ったか。

 

「しぐっ――」

「三つ数えて、その後嫌がって突き放して」

「……え?」

「ほら早く」

「っ!」

 

半ば本気で、半ば言われるままに時雨を突き飛ばした山城。

離れた時雨は満足そうに微笑むと、大げさに自分の唇を袖で拭う仕草を見せた。

 

「ありがとう山城。コレで多少は楽になるよ。多分だけど」

「時雨……私は貴女が何を考えているのか、偶に本気で分からなくなるの……」

「何時もは君が扶桑と再会を果たして幸せになってくれる事ばかり想っているよ。だけどごめん。今はこの勝負で善戦する事しか考えていない。この鎮守府で僕たちの居場所を作るために、これは絶対に必要なことさ」

 

山城と矢矧は顔を見合わせ、お互いの顔の中に疑問の表情を見出した。

演習の実践面では成果の上がらないように見える時雨。

しかし前段階の戦術立案は非常に的確であり、その点は既に山城も矢矧も信頼している。

実際に二隻は雪風の戦闘プランを予測するには至らなかったし、こうして説明されても対処法が思いつかない。

時雨に考えがあるというなら、それに従うしか無い事も分かっている。

しかし今回のように、時雨の言葉と行動が全く噛み合っていないと感じる事も多いのだ。

そこに小さな不審を芽生えさせ、山城は時雨に身を寄せる事を躊躇する。

山城は無意識に時雨に引っ張られた髪を手で抑えた。

 

「……」

 

自分にとても優しい時雨。

自分にとても怖い時雨。

矛盾しているようだが、最近気づいた事がある。

どちらの時雨も、山城に嘘を吐いたことが無い。

言動に矛盾を孕みながらも嘘を感じられないからこそ、何を考えているのか分からないのだ。

第三艦隊の中に気まずい空気が流れる中、最後の一隻が演習海域にやってきた。

 

『みなさーん。お待たせいたしましたー』

 

広域無線で雪風の声が響く。

演習海域に集った艦隊。

そしてモニター室の大和達。

その誰もが声の主に注目する。

白のブラウスと手袋に黒のベスト。

そしてベストと同色のスカートは、陽炎型駆逐艦の正装である。

雪風は急いで島風達と合流し、艦列に加わった。

 

『やーまとさん。雪風は、何処かおかしく無いです?』

『とても、とても可愛らしいですよ』

『良かったです。予備があるので今度ペアルックでお散歩行きましょう』

『ふぁっ!? さ、さいずは……』

『もちろん雪風の予備ですからこのサイズですよー』

『それぱっつんぱっつんになりますよねぇ!?』

『……大和さんは、雪風と一緒はお嫌いですか?』

『すっごい魅力的ですけどっ、分かっててしょんぼりして見せるのはずるっこでしょう!?』

『あははー』

 

雪風は大和をからかいながら、視線と首の仕草で島風と配置を決めていく。

雪風は右翼。

夕立を中央に配置し、島風を左翼に据える単横陣。

対する第三艦隊は、前衛から時雨、山城、矢矧の順で並んだ単縦陣だった。

 

「開幕で両翼が三十五ノットで前進して接敵します。ぽいぬちゃんはどちらの脇を通ってもいいので、山城さんを避けて時雨と矢矧さんをしばいて下さい」

「……っぽい」

 

雪風は僚艦に違和感を覚えたが、自分の後着によって演習を待たせていた事から突っ込むのを止めた。

夕立は時雨しか見ていないが、夕立と時雨が接敵するのは基本戦術に織り込んだ過程である。

多少熱くなったとしても、時雨を無視して山城に突っかかったりしない限り不利にはならない。

両艦隊は所定の位置に就き、旗艦からモニタールームに編成完了の合図を送る。

 

『それでは、始めてください』

 

司令官の声が無線に響く。

雪風と時雨。

二隻の幸運艦に率いられた艦隊が動き出した。

 

 

§

 

 

この鎮守府が指定している演習海域は、半径約五万㍍にして直系十万㍍程の円形に近い区域である。

あまり広く取ると深海棲艦の活動域に寄り過ぎてしまう。

演習海域は確実に安全で無ければならず、広さとしては不満でもこの中で戦うしかない。

時雨達は北側から南下する形で進撃している。

その速度は山城に合わせた二十二ノット程。

一糸乱れぬ行動で前進する第三艦隊。

それに対し、北上する雪風達の艦列は混乱していた。

 

『っちょ!? 夕立早いってぇ!』

『え……え? 雪風が追いつけないって……ちょっとぽいぬちゃん! 無理しないでっ』

 

白露型駆逐艦。

それは雪風達陽炎型や島風型と比べて旧型であり、その速度スペックは三十四ノット程。

しかしそれはあくまで安全に出せる最大速度であり、艤装と動力機関の消耗を無視した速度はもっと速い。

夕立は三十五ノットで前進する両翼を置き去りにし、無心で海を駆け抜ける。

徐々に遠くなる夕立の背中を見ながら、自身も急いで海を往く雪風。

不意にその脳裏にある可能性が過ぎり、思いついた瞬間にそれが正解だと確信した。

 

『しぐれええぇっ! おまっ、うちのモンに何吹き込みましたかぁっ!?』

『山城に心無い暴力を振るってしまったけれど、それはこちらの問題だよね』

『はぁ!?』

『あ、後は僕が先陣を切るってうっかり教えてしまったね。可愛い妹が知りたがっている気がしたから……本当に姉妹の情とは、厄介だよ』

『このっ』

『……この程度で足を取られてくれるなよ雪風。相手の弱い所から崩すなんて当たり前じゃないか』

 

言いたい事が多すぎ、とっさに言葉に詰まった雪風。

内心では時雨の発言が敵として正論なのは理解した。

勿論納得などしていないが。

 

「……やってくれましたねぇ」

 

総合的な戦力の部分で、雪風達は第三艦隊に及ばない。

其処を覆すのは三隻の効率的な連係であり、夕立を釣り出された瞬間に雪風の描いた勝算は崩壊する。

第三艦隊は時雨、矢矧が最大速度に加速し、山城から瑞雲が解き放たれる。

雪風は島風に指示を出そうとし……止めた。

島風は雪風の無言の要求を感じ取り、既に夕立の暴走速度を更に上回る速度で追いかけている。

 

「……三十七.五ノットって所? 良い足してんじゃないぽいぬの癖にっ」

 

無線に乗せず呟いた島風は、瞬く間に先行する夕立に追いついた。

そのまま抜き去り、さらに進路をやや右寄りにとって夕立の進路に被せる。

夕立の前進を押し留めると同時に、その盾になるために。

追いかける雪風がやや安堵して息をつく。

夕立は高火力の反面で防御と回避は熟練駆逐艦の域を出ず、援護なしで第三艦隊とぶつかれば一蹴される恐れがあったのだ。

最初に接敵するのが島風ならば、敵も簡単には落とせない。

しかし時雨は苦心して築いた優位を簡単に手放す心算はなかった。

 

「ねぇ島風……気付いているかい?」

 

元から先頭に位置し、さらに最大速度で前進してきた時雨が、敵先頭の島風と接敵する。

双方が駆逐艦であり、主砲の射程はほぼ同じ。

お互い前進しつつ向き合って砲火を交える反航戦。

10000㍍を切った所でこの演習最初の砲火が放たれる。

 

「弱点と呼ぶのもためらう様な、小さな小さな君の癖……」

 

初弾にも関わらず、常識外の正確さでお互いの座標に吸い込まれる砲弾。

島風は何も考えずに軽々と回避する。

時雨の予想した通り、夕立から離れて本来の航路に戻る方向の左旋回によって。

間髪居れずに時雨は右旋回で島風の砲撃を回避した。

反航戦で向き合って、左右に回避すれば航路が重なる。

 

「おぅっ!?」

 

実戦ならいざ知らず、演習の島風は最初の回避方向に癖がある。

誰よりも早く海を翔る事を愛する島風は、演習海域の外枠に寄ろうとするのだ。

より長い距離を走るために。

時雨は過去四回の第二艦隊の演習記録から、その癖を知っていた。

 

「っちぃ!」

 

衝突を回避するため、島風は驚異的なボディバランスでさらに加重を左に寄せる。

敵前回頭は危険だったが、この時は時雨も衝突回避の為に動力全開でブレーキを掛ける事に手一杯。

さらに時雨は減速しながら左舷に進路を修正する。

島風が自身に出来る最小半径の回頭と砲雷撃を警戒した回避運動を同時に成立させた時、時雨はその側面5000㍍の位置についていた。

島風は演習海域の外円から中を見る。

夕立に二十機の瑞雲が群がり、60㌔爆弾による第一次爆撃が展開されていた。

雪風が追いついて割って入ろうとするが、速度ではほぼ互角の矢矧がカットする。

そして瑞雲の攻撃で小破した夕立の前面に、とうとう航空戦艦山城が立ち塞がった。

接敵は、第三艦隊の望む形で完成される。

島風が中の戦場に参加するには、時雨を突破して切り込まなければならない。

しかし演習海域の外側に押し付けられる形の島風は、内側の時雨より長い距離を駆け無ければ振り切れなかった。

そして島風は最速の四十ノットで走る続けることも出来ない。

時雨と砲撃戦を展開するなら、速度に変化をつけてその照準を少しでも狂わせなければ簡単に命中を取られるだろう。

 

「こりゃ……雪風がガチで警戒するわけだ」

 

ほろ苦く呟いた島風。

何時もは軽口を叩き、喧嘩もする相棒の実力は誰よりも認めている。

そして今、嘗てそんな雪風と同列に扱われた相手が目の前にいた。

思えば雪風は時雨を好いているようには見えなかったが、その実力は欠片も疑っていなかった。

雪風からの強さへの絶対的な信頼こそ、今の島風が最も欲しいもの。

正直羨ましかった。

そして、気に入らなかった。

 

『さぁ、君の大好きな駆けっこと行こうじゃないか』

『……上等じゃない。来れるもんならついてこい!』

 

島風と時雨。

二隻の駆逐艦は同時に水面を蹴りつけて加速する。

双方を射程に捉えつつ、平行して動く同航戦。

駆逐艦としてのオーバースペックを地の利と駆け引きで縛られた島風だが、この点はあまり気にならない。

前世では自分の知っている戦いなんて、皆こんな感じだった。

やりたかった事が存分に出来た記憶など殆ど無い。

他人が聞けば意外に感じるかもしれないが、島風は辛抱する事には慣れている。

 

『雪風ぇ! 指示は!?』

『強く当たって、後は流れでお願いします』

『了解!』

『……なんだいそれは』

 

互いに砲火を交換しつつ、そんな会話を交わす雪島コンビ。

多くのものにとって意味不明のやり取りだったが、島風には通じている。

雪風は、時雨を縫い止めて引きずり回せ、中の戦闘は何とかするからお前は夜戦まで持ち堪えろと言ったのだ。

同航戦を展開する二隻の砲火は、時間と距離に比例してその激しさを増していった。

 

 

§

 

 

演習をモニターで見ていた加賀は、感心したように呟いた。

 

「この状況、演出が第三艦隊旗艦の指示だとすればお見事ね」

「これってやはり雪風達が不利なんですか?」

「えぇ。第二艦隊にとって絶対に避けたかった組み合わせだと思われます」

 

彼女の疑問にそう答えた加賀は、改めてモニターを見る。

夕立は足が止まった所を山城に捕まり、援護に行った雪風は矢矧と交戦。

島風と時雨は演習海域の縁を沿う様に同航戦を展開している。

無線を使った声も拾っているため、加賀が言ったように時雨の描いた構図なのは間違いないと思われた。

加賀の隣で同様にモニターを観ている羽黒は、やや心配そうに両の手を胸元に組んでいる。

そして羽黒の隣では大和が食い入るように画面に見入っていた。

 

「嬉しそうね、大和さん」

「……嬉しそうに見えました?」

「ええ。苦戦しているのは、貴女の好きな子だけれど……」

「んー……嬉しいっていうかですねぇ」

 

考え込むように天井を見つめる大和。。

モニターでは矢矧の主砲の射程に押し込まれ、徐々に後退する雪風が居る。

再びモニターに視線を落とし、大和は雪風達が追い込まれる状況を確認する。

 

「状況からどうやって逆転決めてくれるのかなーって、気になるじゃないですか」

「このまま押し切られて終わり……そんな可能性が一番高いと思うわよ」

「加賀さん。同数の艦隊戦で雪風の部隊に勝つって、ものっっっっ凄い大変なんですよ……」

 

雪風がこのまま負ける可能性を欠片も考えていない大和。

しかし同艦隊の羽黒すら、此処から挽回するのは苦しいと思っている。

形勢とは一度傾いたら簡単には戻せない。

一度劣勢に陥れば、その坂はますます傾斜を深めていくものである。

此処から第二艦隊が状況を逆転する手があるのだろうか。

少なくとも、加賀と羽黒には思いつかなかった。

 

「私も、大和さんと同意見なんですよね」

「提督?」

「私は海戦の機微とか分からないんですが……やっぱり雪風が指揮する部隊って簡単に負ける所が想像出来ないんですよ」

 

彼女が思い出すのは、第一艦隊と第二艦隊の最後の演習。

旗艦が羽黒から雪風に戻った第二艦隊は、見違える程の働きを示して第一艦隊を追い詰めた。

彼女はソレまで一度も自軍の演習を直接観察したことは無かったが、あの演習は観ていて胸が躍る戦いだった。

その時のイメージが強かったせいもあるかもしれない。

そんな大和や彼女の期待とは裏腹に、戦っている当人達はそれどころではなかった。

特に夕立は全身を包む倦怠感に常の艤装すら重く感じ、山城から撃ち込まれる砲弾の回避にも精彩を欠いていた。

 

「やらかしたっぽいー……」

 

演習が始まったら時雨を殴る。

夕立はそれしか考えていなかった。

一応雪風の作戦も聞こえていたが、自分の考えとも相反する所はなかった。

自分が時雨を殴る事こそ、旗艦が示す戦術とも一致する。

しかし蓋を開けてみれば自分は何故か山城と向き合ってしまっていた。

夕立が正気に戻ったのは、進路に割り込んできた島風の遠い背中を見たときだ。

その時やっと夕立は先行するはずの雪風すら追い越して突っ込んだ事を知った。

夕立は自分がスペックを超える無理をしている事に気付いていなかったのだ。

自分がどんなに頑張った所で雪風や島風に追いつけるはずが無い。

だから全力で突っ込めば良いと思っていた。

夕立にとって不運だったのは、自分がテンションによるコンディションへの影響を受けやすい事を自覚していなかった事だろう。

夕立は自分がやりたい事をやれる時、その強い精神が比較的簡単に身体を凌駕出来てしまう。

そして今、身体の性能の限界を超える速さを無意味に発揮してしまった夕立は、その代償を疲労によって償う事になった。

 

「うー……うぅー……っ」

 

山城の砲撃は、夕立から見ても狙いが甘い。

五十鈴と一対一の演習を散々やり込んだ経験もある。

しかし疲労は夕立から集中力を奪い去り、発射からの着弾予測と回避までの判断を遅らせる。

結果余裕を持って避けられる筈の砲撃が何度も身体の近くを掠め、損傷の判定が蓄積していく。

戦艦の主砲は五十鈴の20.3㌢砲より着弾の攻撃範囲が遥かに広く、この点も夕立の不利に働いた。

 

『夕立、粘ってくださいっ』

『っぽい!』

 

簡潔な広域無線で呼びかける雪風。

その声を聞いた夕立の瞳に生気が戻る。

既に挽回しようの無い失態を見せているが、このまま落ちたら本当に良い所が無い。

山城は第三艦隊の最大戦力。

それを自分が足止めしている。

一分でも一秒でも長く持ちこたえれば……

 

『雪ちゃんがまた、えろい事考えるっぽい!』

『おいぃ! その発言は誤解呼びますよっ』

 

夕立は重い身体に鞭打って顔を上げ、山城の砲撃を大きく避ける。

撒き散らす衝撃波の破壊力が届かない位置までの回避。

夕立が駆逐艦の小回りと反応の速さから成立する回避を取り戻したのを見て、雪風は一先ず安堵する。

しかしその雪風も、射程外から一方的に撃ち込まれる矢矧の主砲に辟易していた。

雪風の射程距離は15000㍍も無く、矢矧の射程は20000㍍を上回る。

艦種の性能差で押し込まれるのは理不尽だが、生まれに文句を言っても仕方ない。

雪風は自分の射程に矢矧を捕らえるために前進しようとするが、火力の壁に押し返されるように後退を繰り返す。

夕立と島風の戦闘を見ながら、少しずつ……少しずつ……

 

『いい加減落ちなさいよ!』

『冗談! 夕立は簡単に負けないっぽいっ』

 

砲撃でダメージが取れなくなってきた山城は、上空に旋回待機させていた瑞雲に第二次爆撃の指示を出す。

再び夕立に殺到する瑞雲。

ソレをみた雪風は、矢矧の砲撃に押し込まれる様に潰走を始めた。

 

『逃がさないわよ雪風!』

『弱いもの苛め反対ですよぅ』

『お黙りっ』

 

矢矧は最大船速で雪風を追尾しつつ、その進路を妨害するように回りこんだ。

これは潰走に見せかけた転進であり、島風と一緒に時雨を挟み込む動きと読んだ為。

実際このまま雪風が走り続ければそうなっていただろう。

事前にその事を読み取り、時雨への進路を遮るように動いた矢矧。

しかし後ろから追い抜いた後に距離を取り直すことは出来ず、今度は双方の主砲が届く距離で向かい合う事になった。

 

『お見事ですねぇ』

『……ありがとう』

『じゃあ、ご褒美に手品をご覧にいれましょう』

『手品……っ!?』

 

雪風の10㌢連装高角砲が立て続けに発射される。

その砲撃精度は矢矧の回避能力の限界を超え、二発の被弾を許し小破判定を下される。

矢矧も15.2㌢連装砲を撃ち返しているが、雪風は全く被弾しない。

嫌な感覚が矢矧を襲う。

自分が艦であった頃に感情など無かったが、艦娘になった後で当時を思い出す事はある。

坊ノ岬で被弾し、遅れる自分。

無数の敵機と戦う大和と、歴戦の駆逐艦達。

圧倒的な錬度を誇る武勲艦との力の差は、何も出来ずに被弾していく自分と相まって矢矧の心に影を落とした。

現世において艦娘となり、そんな嘗ての自分を乗り越えて今度こそ全てを守りたい。

その為の力が欲しくて、矢矧は必死に戦ってきた。

そうやって積み上げてきたものが、雪風に通じないのではないか……

背中に嫌な汗を自覚する。

矢矧が怯んだ数秒の空白。

雪風は手にした10㌢砲を掲げると、遥か真上に向けて一発放つ。

その意味が分からない矢矧は威嚇かと身構えたが、直ぐに横合いから旗艦の声が響いた。

 

『山城っ、瑞雲!』

『え……あっ!?』

 

演習の開幕において、第二艦隊はほぼ全速で北上して来た。

対する第三艦隊は、最初の移動は二十二ノットである。

その為演習海域をより多く進んだのは第二艦隊であり、その背後には広い空間が出来ている。

山城は瑞雲の第二次爆撃と抱き合わせて着水地点をその海域に指定していた。

今だ航空管制に万全の自信が無い山城は、瑞雲をなるべく広い場所に降ろしたかったのだ。

しかし今、山城が指示した場所は潰走する雪風と、それを追い駆けた矢矧による戦場と化している。

雪風が無造作に見える仕草で空に放った対空砲火は、一機の瑞雲に命中して墜落させた。

大破判定の瑞雲は封印された妖精ごと山城の艤装に戻される。

 

「引きずり……こまれたの?」

 

呆然と呟く矢矧。

しかし追い駆けなければ雪風は島風と時雨を挟み撃ちにしていたろう。

行かないわけにはいかなかった。

一方、瑞雲の呼び戻しと着水地点再指定に手間取る山城。

その間隙に夕立が猛然と踏み込むと、遂に彼我の距離を12000㍍まで詰める事に成功した。

たった一つの甘い判断を雪風に利用され、夕立に立て直す隙を与えてしまった。

既に中破判定を受けた夕立だが、やっと反撃できる距離に入れた事が気持ちを弾ませている。

10㌢連装高角砲を両手に二つ。

背筋に冷たいものを感じた山城は避け切れないと判断し、盾を構えて受け止める。

腕に伝わるのは重巡洋艦の主砲に匹敵する衝撃。

一発で飛行甲板を中破させられた山城は陰鬱な声を、しかし上気した顔で絞り出す。

 

「何よこれぇ、駆逐艦? 腕が痺れたじゃない……不幸だわ。不幸……だけどさぁ!」

 

この飛行甲板は、工廠部部長が苦心して作った盾である。

耐久テストでは山城の元からの艤装に匹敵する強度があった。

そんなものを一発の砲撃で、駆逐艦が中破させてしまった。

化け物である。

しかし、そんな化け物が時雨や矢矧の所に行かないで済んだ。

それは結構悪くない気がする山城だった。

相手の最大火力を装甲で耐え、こちらの最大火力で粉砕する事こそ大戦艦巨砲主義の華だろう。

今自分がやっている事こそ正にそれだ。

何だかんだ言って、時雨は何時も海戦では自分に華を持たせてくれる。

山城に搭載されたあらん限りの35.6㌢連装砲と、15.2㌢単装砲が夕立に向けられた。

 

「……身体か艤装に当てられればなぁ……あの甲板邪魔っぽい」

 

そう呟いた夕立だが、その顔に諦めの色は無い。

自身も10㌢連装高角砲を構え、真っ直ぐに山城と向かい合う。

一つの局面で決着が近いことが予感され、モニターで観戦している殆どがこの対決に注目する。

更には戦闘中の両艦隊のメンバーも、一瞬其方に視線を送った。

今雪風を見ているのは、モニタールームの大和のみ。

 

「だから手品を見せて差し上げるって言いましたのにぃ」

 

観ていてくれないんだから。

雪風は口元だけで微笑すると、その身をくらりと傾けた。

眩暈でも起したように小さく仰け反り……

背負った艤装の重心を背面に滑らせ、手にした主砲の振るう事で体幹の重心を回転させる。

同時に膝を脱力させ、身体の中で浮いた重さが足に落ちるまでの半瞬で身を翻した雪風。

それは人間が陸上で行うのであれば難しい事など何も無い。

しかし完全装備の艦娘が海上でやるのは至難である。

重い艦が、予備動作も殆ど無いままその場で180度回頭したのだ。

 

「え?」

 

矢矧は視界から雪風を逃していない。

その焦点を一瞬、夕立と山城の戦場に合わせただけだ。

視界の中で雪風が僅かに揺れ、即座に意識は雪風に戻した。

その時には、既に雪風は矢矧に対して海面に座り込むように背を向けていた。

 

『―――――っ!』

 

矢矧が広域無線で山城を警告を発す。

しかし全砲門の一斉射を敢行していた山城の周囲は轟音が鳴り響き、その耳には届かなかった。

同時に夕立の10㌢連装高角砲も発射される。

二隻の佇む海上の座標で大きな水柱が上がり、モニタールームでは夕立の大破判定と山城の小破判定が確認された。

 

「勝った……ぁ?」

 

呟いた山城の表情が引きつった。

夕立に着弾した練習弾が上げた水柱。

その水のカーテンを切り裂き、喜色満面で突っ込んで来る駆逐艦が一隻。

はっきり言って怖かった。

 

『さぁ山城さん。だぁい好きな魚雷さんですよぉー』

『ひぃっ!?』

 

雪風が宣言通り、四連装酸素魚雷発射管から四射線の魚雷を泳がせる。

その魚雷を追い駆けるように襲い掛かかる雪風。

 

「……化け物か?」

 

遠くなる背を追い駆けながら、呆然と呟く矢矧。

戦闘開始当初、時雨が作った状況は完全に自分達を優位にしたはずだった。

これ以上無いと言える程、必勝の体勢に持ち込めた。

その優勢がどんどん削られていくのが分かる。

自分が雪風を抑えきれなかった為に。

奥歯を噛んだ矢矧は、それでも主砲を放ちながら雪風を追う。

自身だけでは落とせなくとも、山城と挟み込めば可能性がある。

一方、山城は迫る魚雷と雪風自身を見つめながら妙な既視感に捕らわれていた。

その感覚に急き立てられるように山城は水面を蹴りつける。

魚雷を盾に向かってくる小賢しい駆逐艦に、身体ごとぶつかる進路を取って。

 

「へぇ……」

 

その判断に感嘆の息を吐く雪風。

山城は既に自身の艤装を小破している。

それは飛行甲板が盾としての機能を失っているという事だ。

更に夕立に対して装填済みの弾薬を使い切っている山城は、次弾装填するまでの数秒~数十秒に攻撃能力が殆ど無い。

弾薬装填と標準合わせを同時に行うのは、どんな艦娘でも難しい。

はっきり言えばこの状況から山城を撃ちもらす心算は無い雪風だった。

しかし同じ敗北でも、リスク無しで討ち取らせるのと一矢を返すのとでは状況が全く変わってくる。

背後から矢矧が追い立てて来る以上、山城が立ち塞がる事には十分な意味があった。

 

「良い判断ですよ山城さん……実戦経験乏しいのに、覚悟だけは決めちゃってるみたいですねぇ」

 

最大船速で突進する戦艦と駆逐艦。

その距離が5000㍍を切った時、一本の魚雷が山城の足元から水面を食い破って襲い掛かる

回避し得ずに被雷し、中破判定が下される山城。

艦娘としての怪我にはならないとは言え、痛いものは痛い。

しかし痛覚と恐怖が絶妙に交じり合ったこの時、山城の記憶が既視感の正体を突き止めた。

 

「神通っ……」

 

練習艦として多くの訓練に参加した山城は、雪風の師である神通とも手合わせした事がある。

あの華の二水戦の旗艦を尤も長く勤め上げた、訓練で殺しに来る軽巡洋艦。

第十六駆逐隊として神通の元にあり、積み上げた経験こそが雪風の原点である。

どれだけの時を経たとしても、雪風が雪風である限りそこが変わることはない。

ここ一番で二隻が似るのも不思議は無かった。

 

「……不幸だわ」

 

半眼で呟く山城。

雪風と山城は僅か50㍍の距離ですれ違った。

雪風は弾薬装填を完了した砲塔から順に狙い撃つという離れ業によって山城の攻撃能力を削ぎ落とす。

更によろめいた山城から離れつつも四本の魚雷を撃ち込み、そのうち二本に被弾した山城は今度こそ大破の判定を受けて沈黙した。

しかし背後から矢矧に打ち込まれた砲撃までは回避しきれず、遂に雪風も小破の判定を下される。

演習開始から、約三時間の事である。

陽光は最後の残照を水平線下に沈めようとしていた。

両艦隊旗艦からモニタールームに同じ電信が入れられる。

 

『我、夜戦二突入ス』

 

 

§

 

 

時雨は山城が落とされた瞬間に島風の攻囲を解いた。

それは夜戦への移行準備の為でもあるが、単純にこれ以上島風を抑え続ける事が困難だという事情もある。

そもそも時雨は速力のみならず、火力や装甲でも島風に及ばない。

スペックの違う相手を封殺して来た技量は尋常なものではなかったが、それも限界だった。

 

『あっれー、もう終わりー? つまんなーい』

『……っ』

 

挑発的な無線に言い返す労力すら惜しむように荒い息を整える時雨。

本当に理不尽な三時間だった。

自分の全力航行が島風にとっては余力十分の伴走に過ぎず、更に加速していく相手に追従するために身体が軋むような負荷に耐えねばならない。

同じ駆逐艦であるにもかかわらず、恵まれた身体を与えられた島風を羨む気持ちを自覚する。

 

『……言う割には、君の攻勢も後半は大したことが無かったよね?』

『あ? 自分が抑えてた心算? 私が弄ってただけだよ』

 

島風は強引な突破を殆どかけてこなかった。

それは意味不明だった、雪風の指示の中身だったのだろう。

時雨は雪風が矢矧の手に負えない事は予想していた。

だから出来れば自分が島風を早期に潰し、フォローに回りたかったのが本音である。

雪風は、そんな時雨の内心など読みきっていた。

一番やりたくなかった、最速の風との持久戦。

その中で時雨自身は小破判定を受け、島風はほぼ無傷である。

二隻の駆逐艦は一旦砲火を収めると、僚艦の元に合流した。

 

「……疲れた」

「……申し訳ありません、旗艦殿」

「ん? 矢矧は、良くやってくれたと……思うけれど」

「私が、雪風を抑え切れれば山城さんも……」

「雪風を抑える自信は、僕にだって……無いよ。でももしかしたら、相手を……取り替えたほうが、良かったかも知れない。僕のミスだね」

「……」

 

まだ会話の中に荒い息を織り交ぜる時雨。

そんな自分の旗艦を見つめる矢矧は、無力感と一緒に歯を食いしばっていた。

相手を変わってもらったところで、矢矧には島風をこれほど上手く封じられる自信がない。

少なくとも矢矧は開戦前、時雨が此処まで島風を戦場から弾き出してくれるとは思っていなかった。

それは時雨と雪風の駆け引きによる膠着状態だった事もあるのだが、直接対峙した島風が温いと感じればさっさと押し切って来ただろう。

島風は弄ったと言っていた。

それは一面の事実だが、裏返せば付け入る隙も見出せなかったと言う事なのだ。

 

「なんだろう。矢矧って、結構脆い所があるよね。最新鋭で、軽巡なら最高位のスペックがあるのに」

「……旗艦殿は、強いですね。演習の結果一つで一喜一憂していた私達が、貴女の目にどう映っていたのですか?」

「それは少し卑屈だよ矢矧。僕だって無私の権化じゃないんだ。戦う以上勝ちたいし、競う以上は活躍したいさ。功労艦として賞される君や山城は眩しかったし、羨ましいとも思ったよ」

「ですが、本気を出せば何時でも取れる。その確固たる実力と自信が貴女の芯を支えているんです」

「そんな自覚は無いんだけど……君にそう言って貰えるのは、嬉しいかな。僕の株も随分上がったものだよ」

「……申し訳ありません。今だから正直に言いますと、私は旗艦殿を……時雨さんを下に見ていました」

「事実、駆逐艦なんて菊の御紋章すら貰えない格下なんだから、下で良いんだけどね」

 

かつて帝国海軍において、駆逐艦と潜水艦は軍艦として数えられなかった。

しかし矢矧にとってはそれすら重く感じる。

雪風も時雨も、そんな飾りなど無くても自分の力で立てるのだから。

気落ちしている矢矧の様子に苦笑する時雨。

 

「あのね矢矧……火力と装甲で押し潰せるなら兎も角、艦対艦の技術戦をやって、雪風に勝てる艦なんて片手の指もないんだよ? そんな相手と戦って負けない君は、自分が思うよりずっと強い」

「強くなんか……」

「僕を強いと思うなら、君だって強いはずさ。だって、僕達は同じ魂の一部を分け合った姉妹なんだから」

「……は?」

「かつて鉄の塊だった僕らが、その記憶を持って艦娘になった。無機物に魂があったなんて信じられないけれど、もし似たものが宿ったとすれば、それは繰り手たる人間が吹き込んだものだと思うんだ」

「……ぁ!」

「……彼は僕との経験を全部君に届けた筈だよ。思い出して矢矧。君がかつて何であって、今なんなのかをね」

 

時雨が左手で拳を作り、矢矧に向けて差し出した。

矢矧は右手で拳を作り、やや躊躇ったが時雨のそれと打ち合わす。

 

「じゃあ、山城の仇を討ちに行こう。此処からは僕達、軽い艦の時間だよ」

「えぇ! まだ二対二。旗艦殿、勝算は?」

「んー……そうだ。矢矧は何かやりたい事ってある?」

「やりたい事ですか……」

「うん。折角の機会だからね。狂ったように撃ちまくりたいとか只管魚雷ばら撒きたいとか、なんでもいいよ?」

「それなら、私は一度でいいからやってみたい事がね……」

「……なるほど、じゃあそれで行こうか」

「はい!」

 

一方合流した雪島コンビも、夜戦に向けた調整を行っている。

 

「どうでした? 時雨の奴は」

「やば過ぎるでしょあいつ? 缶一基止まってんじゃないかってくらい自分が鈍く感じるの。あれ、位置取りが上手いのかなぁ……」

「でも、あっち小破してましたよね。島風無傷じゃないですか」

「速度装甲火力で全部私が上なのよ? 寧ろ押し切れなきゃいけなかった。私が戻れればさぁ……」

「……ぽいぬちゃん、守れませんでしたね」

「あいつは自業自得! でも、悔しいわ」

「矢矧さんに粘られちゃいましたからね……中の戦闘は雪風の失敗でした」

 

ため息を吐く雪風だが、島風はほほを引きつらせる。

戦いに慣れた軽巡洋艦と五分の勝負を演じつつ、航空戦艦に行動妨害をかけた挙句撃破までしておいて、まだ満足していないらしい。

うな垂れたように見えた雪風が急に顔を上げると、その腕を島風の後ろ首にからめて引き寄せた。

 

「おぅ?」

「時雨が妙なこと言っていましたね、後半手緩かったって」

「うっ」

「……弾薬、後どれだけ残ってます?」

「うー……連装砲ちゃんが後十発ずつも撃ったら終わっちゃう……かなぁ?」

「おいぃっ、夜戦までもたせって言ったじゃないですかぁ」

「わ、悪かったって! でも魚雷は一発も撃ってないから大丈夫っ」

「もう……」

「連装砲ちゃんが三基だから瞬間火力はあるんだけど、詰める弾薬が三倍もあるわけじゃないのよね……多少は多いんだけど」

「半自律連装砲って面白い武器なんですけど、親が抑える所押さえないと勝手に撃っちゃう所がありますからね。扱いが難しい武器ですよ」

「ま、まぁ私の事は良いって! 今はこの勝負に勝たないとっ」

「そうですね。島風後で追加特訓です。効率的な弾薬の使い方と連装砲ちゃんの制御はおさらいして貰いますから」

「……分かったわよ」

「ぽいぬちゃんの改善点も見えてきましたし、良い収穫でしたよ」

「おぉ……そういうのは良く分かんないけど」

 

雪風は夕立の不安定な火力を何とか高い方に持っていく為、身体的精神的なコンディションの運び方に腐心してきた。

加えて夕立自身の錬度向上も目覚しく、此処最近は高火力を安定的に出せるようになったのだ。

しかし今日の一戦はメンタルの過剰な干渉が夕立の身体を蝕み、あっという間のガス欠に繋がった。

それが表面化したのは速力によってだが、同じことが火力でも起こらない保証は無い。

雪風が見たとき、夕立の火力は駆逐艦としては異常なものだ。

今日の夕立を見たとき確信した。

おそらく今の夕立に、あの爆発的な火力を初戦から連戦を経て最後まで続ける体力は無い。

演習の一戦ならば十分かもしれないが、そんな一瞬の煌きのような攻撃力を振るった後に息切れを起こすなら、夕立が生き残る為には寧ろ不安要素になりかねない。

必要な時に必要な火力を引っ張り出す自己制御と、出来るだけ長く高火力を維持出来る持久力。

それは艤装に頼らず夕立自身が鍛えこまねばならない部分であるだけに、長く地道な鍛錬が必要になるだろう。

 

「まぁ、そっちは後でミーティングです。とりあえず今は……島風、この演習勝ちたいですか?」

「当たり前じゃない。ってかさ、あんた勝ちたくないわけ?」

「勝ちたいのはあるんですけど……相手が時雨だと手の内を見せたくないというか……」

「それって仮想敵への対応よね? 前から思ってたんだけど、あんたなんで時雨にきついの?」

「……あいつは、裏切り者ですから」

「裏切る?」

「えぇ。雪風と同じだって、不沈艦だって言われてたのに……雪風のいない所でさっさと沈んじゃいました」

「……」

「雪風は当時……あいつと長門さんだけは絶対に沈まないって信じていたんですよ。今にして思えば……ですけどね」

「内心複雑なわけだ。それは解った。だけど、あんたは羽黒に良い所を見せるって約束したでしょ。今はそっちを守れっての!」

「っは! そうでした」

「分かったらさっさと作戦考える! あんたの仕事でしょうが」

「あ、それでしたらとっくに考えています」

「さっすがぁ」

「先ずですねぇ」

 

雪風は島風の肩から手を離すと、その場にしゃがみ込む。

そして目の前にある島風のスカート……には短すぎる布の端をつまむと、無造作に捲り上げた。

 

「何しやがるげっ歯類!?」

「っふぁ!? 前蹴りすんなし!」

「避けんなっ。時と場所考えろ!」

「艤装部分で顔狙うとか殺意高すぎでしょう! どう考えても犯罪です!」

「スカートめくるのが犯罪じゃないとでも言うつもりか、このエロハムスターがっ」

「未だにその腰布がスカートだと言う島風の主張には異議があるのですが……別にセクハラじゃなくて、勝つために必要な確認なのですよぅ……」

 

ため息を吐いた雪風は、自身の左腿に装着された探照灯を取り外す。

普通は簡単に外せるようなものではないが、其処は島風も突っ込まない。

 

「コレを外してですねぇ」

「……ほう?」

「先程確認した島風のおみ足に括りつけてぇ」

「……ほうほう」

「夜戦開始からピカー! って光るだけの、簡単なお仕事よろしくです」

「っちょ、おまっ」

「囮頑張ってくださいね! 出来るだけ長くもたせるために魚雷捨ててもらおうかとも思いましたが、雪風は天使の如き慈悲を備えたメインヒロイン目指してますので、それだけは勘弁してやります」

 

島風は満面の笑みで雪風の胸倉を掴む。

雪風も同様の笑みを浮かべで相棒と向かい合っていた。

 

「鬼? あんた鬼なの?」

「弾薬が尽きかけてる島風が、他になに出来るって言うんですか」

「うぐっ」

「こっちの艤装から弾薬抜いて入れてやるだけの時間も無いですよね」

「……ふん。分かったわよ!」

「ありがとうです島風。雪風も夜戦は人並みだと自負していますので、これで勝てると思います」

「人並みぃ?」

「う……すいません大口叩きました」

「いや、そうじゃ無くて……まぁいいか」

 

いろいろと面倒になった島風は、雪風につけて貰った探照灯を指でなぞる。

探照灯を夜戦でつければ当然ながら目立つ。

それを行う艦は囮として、敵の位置を味方に知らせて攻撃回避もしなければならない。

雪風が探照灯を持ってきたのは、当然最初は自分でそれをするつもりだったのだ。

それは水雷戦隊の旗艦の役目。

弾薬不足ゆえの適材適所の結果とはいえ、そんな重要な役目を信頼無しに回せるものではない。

 

「ねぇ雪風」

「なんです?」

「いや、囮になるのは良いけどさ……別に、あいつら倒しちゃっても良いんでしょ?」

「……良いんですけど。雪風は今、島風が地雷を踏んだと確信しましたよ」

「なんでよ! ちょっと格好つけただけじゃない」

「世の中にはほんの些細な事で死亡フラッグが立つのです。島風も、大人になれば解ります」

「いや、訳分からんし」

 

二隻は自然と拳を打ち合わせて散開した。

闇に包まれた海の上。

夜戦が静かに幕を開けた。

 

 

§

 

 

開戦の合図など特に無いまま始まる夜戦。

しかし両艦隊からほぼ同時、申し合わせたように眩い光線が放たれた。

第二艦隊から島風、第三艦隊から矢矧。

それぞれは照明を照らしながら、光源の無い闇に隠れる雪風と時雨を探す。

 

『二水戦旗艦の本領発揮? 面白いじゃない矢矧!』

『っち、外れか……まぁいいわ! あんたを落とせば、後は時雨が楽になるっ』

『時雨が居るからなんだっての? うちの旗艦は雪風よ!』

 

矢矧が以前所属していた鎮守府は規模の大きな部署であり、その戦力は安定していた。

そんな鎮守府では危険を冒してまで夜戦を行う必要が殆ど無い。

しかし矢矧は栄光の、華の二水戦最後の旗艦。

何時か夜戦で探照灯を用いて僚艦を支援し、囮として役を全うしたいとの想いがあった。

それを時雨に打ち明け、受け入れられた時、矢矧はこの艦隊の居場所を見つけた気がした。

夜の海を疾駆する矢矧と島風。

島風から遂に十五射線の演習用魚雷が放たれる。

対する矢矧が同時に放てる魚雷は八射線。

重雷装駆逐艦としての本領を取り戻した島風の雷撃を回避しきれず、三本に被雷した矢矧は中破の判定を下される。

一方で島風は八本の魚雷を余裕で避ける。

最初の接敵は島風の優位で展開した。

 

「まだよ……私を沈めるなら、魚雷は五、六本当てないとダメよ!」

「じゃあ後二本ですね。お疲れ様でした」

「……え?」

 

肉声に肉声を返された矢矧は一瞬思考が停止した。

声は間違いなく雪風だ。

探照灯をつけているのだから、自分が見えているのは当たり前だろう。

しかし島風との戦闘に気を取られた部分があるにしても、此処まで接近されて気取られない穏行は感嘆を通り越して不気味だった。

 

「今日雪風がやったこと、多分時雨も出来ますから後で聞いてみてください。矢矧さんなら、全部出来ると思います」

「ありがと、雪風。でも……勝つのは私達よ!」

 

左舷後方の雪風から放たれた八射線の魚雷。

その三本が命中し、大破判定を受けた矢矧の艤装がロックされる。

光を失う寸前の探照灯が照らしていたのは、自分と同じように暗殺される島風の姿だった。

島風は言っていた。

自分達の旗艦は雪風だと。

それが如何したというのか。

第二艦隊に雪風がいるのなら、自分達には時雨がいる。

おそらく初めて見せるだろう時雨の本気を、此処からは存分に観戦出来るのは幸運だと思う矢矧だった。

 

『だから言ったんです島風……妙なフラグを立てるから……』

『艤装の音が聞こえなかったのよ……』

『途中から動力を切って、惰性に加えて艤装の浮力で波を蹴って移動して駆動音を抑えるんだよ。二足歩行で海に立つ、艦娘ならではの移動だね』

『……ふん。私だって出来るもん』

『それは失礼したね』

 

雪風が矢矧に忍び寄ったのと全く同じ技法で島風を討ち取った時雨。

これで残ったのは双方の旗艦ただ一隻。

それぞれに小破の判定を背負っており、総合ダメージはほぼ互角。

 

『まさか時雨と一対一の夜戦とか……運命の女神様も空気読んでくれるものです』

『そうだね。でも、君の魚雷発射管は随分と寂しそうだ。その有様で僕に勝てるのかな?』

『あっはっは。島風に引きづられて青い顔してる駆逐艦一隻沈めるのに魚雷? それってご自分を過大評価しています? それとも雪風、舐められてます?』

 

海域にあり、大破判定を受けている僚艦達は空気が軋んでいくのが良く解った。

それはモニタールームで会話を拾っているメンバーも同じである。

 

「大和さん」

「……なんでしょうか、提督」

「あの二隻は第二、第三艦隊の旗艦と言う事になるわけですが……」

「はぁ……」

「何かあったら、貴女が緩衝材になってくださいね」

「や、大和に、あの間に割って入れとっ!?」

「うちの艦娘であそこに入れるのは立場上、貴女か加賀さんしかいないのですよ」

「え……えうぅ……」

 

胃の辺りを押さえてデスクに突っ伏した大戦艦。

加賀はその背中を擦りつつ、自前の水無しで飲める胃薬をわけてやった。

モニタールームで滑稽だが深刻な会話が交わされている中、画面の中で二隻の駆逐艦が揃って移動を開始した。

観ている全員にとって意外なことに両者は砲雷撃を伴わず、連れ立つように動き出す。

双方4000㍍程の距離を保って北へ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『今日は半月でうす曇の朧月。星明かり無し……時雨、ちゃんと見えてます?』

『教える義理は無いけれど隠しても意味は無いからね。君が今、白い手袋を外した事くらいは見えているよ』

『それは良かったです。羽黒さんに格好良い所をお見せするって約束しました。簡単に終わっちゃったら面白くないですから』

『大きく出たね。だけど、僕も君に必勝を許すほど鈍っていない心算だよ』

『時雨……正直雪風としましては、強い事は認めても勝てないと思ったことは無いのですよ……昔も今も』

『……正しい認識だろうね。じゃあ、参考までに君が勝てないと思う駆逐艦を教えてくれないか?』

『……一戦に限れば、坊ノ岬の初霜には勝てなかったかもしれませんね』

『彼女か……是非、僕も傍で見たかったよ。でもね雪風。あの大戦を生き抜いた君でも、知らない事があるんだよ』

 

そんな事は時雨に言われるまでも無く自覚している雪風だが、直接は何も答えなかった。

沈黙によって続きを促した雪風。

両者は演習海域の最北に辿り着く。

距離4000㍍を維持したまま並び立つ二隻の駆逐艦。

 

『僕は坊ノ岬の戦いを知らない。でも、君も……レイテの僕を知らないだろう?』

『……なら、見せてみやがれ……です!』

『言われなくても! 行くよ雪風っ』

 

二隻が同時に水面を蹴って南下を開始し、無言のうちに示し合わせた同航戦が始まった。

静止状態からの最大加速。

そのまま先手を取ったのは雪風。

時雨も撃ち込まれる10㌢連装高角砲を回避し、同種の砲撃を撃ち返す。

最大速度にやや余裕のある雪風も時雨の砲撃を回避した。

初手の命中など双方共に期待していない。

問題は此処から。

どの角度で撃ったとき何処に着弾したか。

落ちた砲弾から相手の距離はどのくらいか。

その時の速度は幾つだったか……

勘と計算を緻密に織り交ぜ、次々と照準を修正していく。

側から見れば乱射にも見える砲撃の交換。

その全てが一つ前の砲弾よりも相手の近くに着弾していた。

しかし同時に加速と減速、直進と蛇行を不規則に交えて相手の狙いを狂わせている。

両者の砲撃と回避の錬度は、傍目から観てほぼ互角。

共に砲撃よりも回避を得意としているらしく、互いの防御を突破出来ずに命中弾が出ていない。

 

「……さすが雪風っ」

「……当たらないっ」

 

散々大口を叩いた雪風だが、それが虚勢に属する発言だった事は自分が一番良く知っている。

実際には時雨を含む周りはそう見ていなかったのだが、そんな事を雪風が知る由も無い。

この鎮守府の全員が思っているほど、雪風は自分に自信があるわけではなかった。

ただ、一対一の勝負で怖気づいたら絶対に勝てない。

雪風から見た時雨が自然体に見えたため、背伸びをしてでも自分を大きく演じなければならなかったのだ。

そして、それは時雨にとっても全く同じ事情である。

普段の態度そのままに演習をこなしている風の雪風。

時雨は彼女がどんな死地に赴いても、いつもと同じように飄々と生還してくるのだと思っている。

双方がお互いの影に、自身の敗北を予感して怯える気持ちはあった。

しかしもう一つ共通して抱く思いがある。

雪風も時雨も、お互いにだけは負けたくない。

両者共に意地を張り、自身が想定していた限界領域を超えたパフォーマンスを展開していた。

急加速と大減速を繰り返す動力機関は熱を孕み、それを身に着ける二隻は肝を冷やす。

直進から蛇行を織り交ぜる都度、艦娘としての身体が艤装の重さに悲鳴を上げる。

耐久力を含めた艤装の総スペックでは雪風が上。

それに対し、時雨は唯一の優位である艤装の軽さを武器に雪風の運動性に追従する。

 

『あっははー。なんだか楽しくなってきちゃいましたねぇ時雨!』

『こっちはいっぱいいっぱいなんだよっ。楽しんでる余裕は無いね』

『時雨ってばうそつきです。コレに乗ってこないのは駆逐艦じゃありません!』

『……そうだね。うん、認めるさ! こんな素敵な時間が終わってしまうなら、勝利すら無粋に思えるよっ』

『勝利すら? 勝つのは雪風なのでご心配なく!』

『冗談じゃない。最後に笑うのは僕だよ雪風!』

『加速の出足が鈍ってますよ? お疲れみたいじゃないですかぁ!』

『之の字運動が膨らんでいるよ? 艤装の重さが響いてきてるね!』

 

雪風は山城と矢矧を撃墜するため、魚雷を使い切っている。

一方で時雨にはまだ八本の魚雷が残されていた。

一撃必殺の武器を持った相手と近い間合いで撃ち合うのは精神的な疲労を招く。

雪風は時雨の魚雷を警戒するため、攻撃よりも回避に比重を置かねばならなかった。

しかし攻撃能力の全てで時雨が優位かと言えばそうでも無い。

間合いの外から多く撃たれる側だった雪風と違い、時雨は島風と同じ射程で撃ち合っていたのだ。

島風を抑えるためにはどうしても一定以上の火力で牽制をかける必要があったため、弾薬の消耗は雪風よりも嵩んでいた。

即座に尽きるというほど枯渇しているわけではないが、雪風の回避能力を見ていると撃ちつくすまでに命中が取れない可能性も脳裏を過ぎる。

先に弾が尽きたとすれば、雪風はたった八射線の魚雷などものともせずに詰めて来る。

時雨としては今少し砲撃のペースを落としたいのだが、その意図を持って手控えれば雪風は即座に看破してくるだろう。

二隻の艦は演習海域最南端に到達した。

そのまま左右に反転し、今度は東西からすれ違う反航戦へ移行する。

 

「勝負所だね……」

 

時雨は今の砲戦を維持出来るうちに早期決着を決意する。

駆逐艦娘の主砲はハンドガンタイプが多い為、昔と違い側面に比して正面火力も低くない。

さらに視界も人間と同様前方に開けている以上、狙うのも前方の方が見えやすく、魚雷だって狙いやすい。

時雨は此処で雪風を落とすべく、速度を犠牲にしながら狙いを定める。

交換される砲弾。

着弾するのは海面。

十分に至近弾と呼べる砲撃をそれぞれが回避してしまう。

すれ違う間際、その動きを観察した時雨はほぼ無意識に呟いていた。

 

「……無理だ」

 

時雨が減速した時、逆に加速した雪風。

動きの中でアレを魚雷で捕らえるのは至難。

何とかして一度静止させなければまず当たらない。

一方で時雨の横っ面に10㌢砲を向けつつ、その魚雷を警戒して少し大きく周った雪風。

 

「今……当てられました?」 

 

時雨が回避を捨てて当てに来たのは見て取れた。

その攻撃力を殺すため、自身は回避に力を入れた。

しかし今、こちらも防御を捨てて撃てば当てられた筈だ。

自分も被弾したろうが、駆逐艦が夜戦で被弾を怖がってどうするのか。

雪風の中に自身に向いた羞恥と怒りの感情が芽生える。

なんと手緩い。

攻撃を当てる機会を得たのに、我が身可愛さに逸するとは!

 

「……旗艦やってる弊害かなぁ」

 

旗艦とは最後まで沈んではいけない艦である。

しかしそんな感情が雪風を甘くした。

沸騰する血潮に思考を全て委ねればいい。

練習弾だろうと構うものか。

夜戦における駆逐艦の本領。

それは敵を沈めることだ。

後のことなど知ったことか。

駆逐艦の、自分の換えなんて幾らでも――

 

「あ……ぐぅっ」

 

かつて雪風が、乗員達の目を通して見た地獄が甦る。

使い捨ての様に無理な作戦に駆り出され、案の定沈んでゆく仲間達。

敗北と轟沈が確定しているかのような海の上、そういう時はどうしていたっけ……?

旗艦の理性が駆逐艦の本能に塗りつぶされ、雪風の口元に笑みが浮かぶ。

それは誰も見たことの無い笑みだった。

鋭敏になった五感と、何となく解ってしまう五感以外の何か。

後ろを向いたまま、雪風は音と何かで時雨の反転と魚雷発射を確認した。

耳障りなほど響き渡る波の音に混じって、魚雷の駆動音が聞こえてくる。

雪風は避けなかった。

正確には避ける必要を感じていなかった。

 

「よっと」

 

矢矧を振り切ったときよりも更に洗練された加重移動で振り向いた雪風。

時雨が息を呑む音まで聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

足元から魚雷が水面を突き破って来る。

それは実弾ではない為に、被雷した所で爆発する事は無い。

しかし水面下で標的をロックしてから突き上げてくる速度は、実物と全く変わらない練習弾でもある。

 

「……」

 

今の雪風には遅すぎて避けるのも面倒なソレを、軽く仰け反り身を捻って回避する。

魚雷はベストの一部を引き裂き、月に向かって吸い込まれてゆく。

驚いたような時雨が、やはり遅すぎる動作で主砲を向ける。

薄く笑った雪風は、仰け反った姿勢のまま確実に当たる確信を持って引き金を引いた。

その瞬間、轟音と共に目の前が爆発し、雪風の意識は途絶えた。

 

 

§

 

 

「……笑って下さい」

「……いや、無理だろう?」

「え、えうぅー……」

 

場所は鎮守府内のドック。

培養液に放り込まれているのは雪風であり、傍に控えているのは各艦隊の旗艦と羽黒のみ。

他のメンバーは未だ演習の後始末に奔走していた。

雪風は左腕に自身の顔を伏せ、右腕は肩下から身体ごと溶液に浸かっている。

右手首から先は、綺麗さっぱり吹っ飛んでいた。

 

「大和さん。お酒」

「あ、はい……」

 

酒枡になみなみと日本酒が注ぎ、手渡す大和。

ややぎこちなく左手で受け取った雪風は、一息もせずに飲み干してまた伏せた。

 

「羽黒さーん」

「は、はいっ」

「罵って」

「はい! ……はい?」

「罵ってください。大法螺吹きで役立たずなゴミ虫の雪風を口汚く。雪風の人格が灰になって消えてしまうくらい。きついのお願いします」

「え、えーと……」

「早くする!」

「うっ……ゆ、雪風ちゃん!」

「……」

「お、お疲れ様でした!」

「ちきしょう! 天使めっ」

 

雪風はまた酒枡を差し出すと、大和が無言で酌をする。

雪風の意識が戻るまで、その身体に縋りついて泣いていたらしい。

心配をかけて申し訳ない気持ちは、勿論ある。

だからこそ、そんな失態を犯した自分への羞恥心が雪風の精神を荒廃させた。

酒でも飲まなければやっていられない。

 

「……整備不良で主砲が暴発? 自滅で負け? 失神して沈みかけた所を敵だった時雨に曳航された? あー……大和さん!」

「はいっ」

「コレをお持ちください」

 

雪風が左手で服のポケットから取り出したのは二つの鍵。

両方とも大きくは無いが、明らかにサイズと形が違っていた。

 

「大きいほうが雪風の私室の鍵のスペアです」

「え!?! い、頂いていいのですか!」

「それで部屋に入って。小さい鍵で机の上から四つ目の引き出しを開けてください」

「……は?」

「中に雪風の遺書がありますから、実行してくださいね大和さん」

「嫌ですよっ! 何言ってるんですか雪風は」

「少し落ち着こう雪風。いや、立場が逆だったらそうなるのは僕だからよく解るんだけどね」

「時雨さん、解っちゃうんだ……」

「いや、君は解ろうよ大和。旗艦なんだから」

 

雪風も時雨も、自分の艦隊を勝たせるために尽力した。

揮下の僚艦達も本当に良く頑張ってくれた。

最後に残ったのは雪風と時雨だが、二隻は仲間によって生かされたからこそあの場に立つ資格を得たのである。

その自覚がある雪風は、必勝の瞬間に自滅した自分がどうしても許容出来なかった。

 

「あー……鬱です。大和さん、赤城さんって今いらっしゃいません? 後お酒ください」

「赤城さんは今、あっちの鎮守府の再整備の指揮を取る為に駐留を開始しているのですが……」

「そうですか……この哀しみを癒せるのはあの美巨乳しかないのですがいらっしゃいませんか……」

「あの……胸でしたら、大和が何時でも……」

「……だって大和さん、偽装済みじゃないですかぁ」

「ちゃ、ちゃんと自前部分だって結構あるんですからね!? ちょ、ちょっと待っていなさい雪風」

「や、大和さん、こんなところで脱いじゃだめですっ」

「離して、離して羽黒さんっ……」

 

安い挑発に乗って肌蹴だした大和を全力で止める常識人の羽黒。

酌の前に大和が羽黒に捕まったため、雪風は自ら一升瓶を取ろうとし……先に時雨にさらわれる。

睨み付けた雪風に涼しい視線を向けると、片手で瓶の口を向けてきた。

雪風が枡を差し出すと、七分目まで注がれる酒。

今度は一息にあおる事はせず、酒枡の中に揺れる中身に視線を落とす雪風。

 

「時雨……」

「なんだい?」

「今すぐでもいいので、もう一回雪風と遊びませんか?」

「……断るよ」

「……怖いんですか?」

「ああ、怖い。僕は殆ど手札を晒してしまったのに、最後の君は測れなかった。悪いけど、今は勝ち逃げさせてもらうから」

「……ですよね」

 

決着の寸前。

最後の接敵の時、雪風は空が低く、狭く感じた。

その中で自分が少しだけ浮き上がったような感覚と共に、演習海域を上から見下ろす意識を持てたのだ。

ただ見下ろすだけではない。

海面下を走る魚雷まで、はっきり知覚する事が出来た。

それまで全く当たる気がしなかった時雨にも、外す気がしなかった。

狙い、定め、撃つ。

その動作はほぼ同時に行えた。

そして一瞬遅れ、手にした10㌢連装高角砲が暴発したのだ。

誰が見ても整備不良の事故だった為、雪風の自爆による演習の決着となった。

違和感を持ったのは、第二艦隊のメンバーと時雨である。

 

「大きなお世話かもしれないけれどね雪風。君は一回全艤装を工廠でオーバーホールすべきだよ」

「あ? 本当に余計なお世話ですよ」

「君が艤装の整備を怠るなんて信じられない。原因が別所にあるとしたら、今日のような事故は何度でも起こるんだよ?」

「そうならないように頑張って整備します。判定は整備不良であり雪風の慢心です。だから……雪風が負けたんです。島風や夕立にまで勝ったと思わないで下さい」

「……あぁ、分かった。肝に銘じておくよ」

 

今の雪風に言っても無駄と判断した時雨は、この後で羽黒の口から勧めて貰う事にした。

ショックだったろうと思う。

仲間と共に掴みかけた勝利を寸での所で逃してしまった。

自己嫌悪に落ち込む気持ちは時雨にも良く分かる。

しかしその自己嫌悪は一つ間違えば次の判断を狂わせる。

それが分からない雪風とも思えないのだが……

時雨が今一声かけようと口を開きかけたその時、雪風の頭が後ろに倒れた。

 

「お?」

 

誰もが不思議に思う中、第二艦隊旗艦は自分の額を思い切りドックの縁打ち付けた。

 

「だめですね。頭が回っていません」

「君は何を……」

「雪風がこうしていれば結果は違った……こっちの考えの方が慢心ですよね。少なくとも、雪風は自分で過失だと分かる過失はした心算がありません」

「お? 起きたみたいだね雪風」

「まだ頭の中も胸の中も不純物でごちゃごちゃですよぅ。だから取り合えず……羽黒さーん……何してるんです?」

「い、いや……大和さんともつれ合ってる間に絡まっちゃって」

「い、痛い! 痛いです羽黒さんっ。足がねじ切れそうな程痛い!」

「うん。見事な四ノ字固めだね。完全に極まっているから、羽黒が解かないと抜けられないよ?」

「あの……どうやって絡んでいるのか良く分からなくて……こ、こうでしょうか」

「ヒギィイイイイイイイイイイイイ!?」

 

断末魔の悲鳴を上げて悶絶する大和。

そんな大和を哀れんだのか、時雨がゆっくりと両者の足を解いてやった。

解放された大和は立ち上がろうとし、足首に走った激痛に再度悶絶する。

 

「関節技貰ったあと急に極められた部位を使う動作をするとか、アホですか大和さん」

「うぅー……えうぅー。雪風ぇ、羽黒さんがいじめるの……」

「ち、ちがっ!? あぁ、御免なさい、御免なさい大和さん」

「こんな所で脱ぎだす痴女を成敗したと思えば、羽黒の英断は十分な情状酌量の余地が認められると思うよ?」

「まぁまぁ。ほら、よしよしです、痛いの痛いのー……飛んでか無いよー」

「実際飛んでいったりしないし痛いので間違って無いんですけど、なんだか釈然としない掛け声だなぁ……」

 

ドックの縁まで這いずってきた大和の頭を左手で撫でる。

幸せそうに脱力する大和。

擬音で記すとすれば『ほにゃ』だろうか?

戦闘力もかつての威厳も幸福の中に溶かされ、へたれきった顔が其処にあった。

 

「取り合えず羽黒さん」

「はい?」

「雪風がこんなですので、第二艦隊の臨時旗艦をお願いします。正式にはこれから雪風がしれぇに上申いたしまして、決定待ちになりますが」

「了解です。多分、司令官さんは無理はさせないと思います」

「雪風も、そう思います。後は、大和さん。ベネット部長ってあっちに行ってます?」

「ほへ……?」

「……」

「あ! 肘の逆間接極めないで!? 痛いから痛いから痛いからぁ!」

「お願いですから、雪風のお話聞いてくださいよぅ」

「行ってます! 整備自体は居なくても何とかなるってお話だったんですけど、正式な駐留も近いから一回自分の目で確認するって言ってましたっ」

「ふーむ……」

 

雪風としては自分の艤装を誰かに見せるとしたら、一番信頼できる技術屋に預けたいとの思いがある。

性格はアレだが、あの妖精の腕は安心できる。

しかしここに居ないのなら、居残り組みに任せるべきだろうか。

 

「ベネット部長は本来、こっちに待機する組です。目的も視察ですからそれほど掛からずにお帰りになると思いますよ?」

「第三艦隊はおそらく、この後大和をあっちに護衛すると共に物資搬送に行くだろうね。その帰り道は部長も一緒に帰ってくるんじゃないかな」

「……その辺りはしれぇに予定を聞いて調整しましょうか。あまり長いようならこっちの妖精さんにオーバーホールお願いします」

 

雪風は大和の頭を撫で、ほっぺたをつつき、みみたぶを弄ったりしながら吹き飛んだ右手を見つめる。

怪我自体は溶液が勝手に治してくれる。

駆逐艦は使う鋼材や燃料の消費も少ないし、完治に掛かる時間も短い。

しかし雪風が艦娘になってからこちら、沈みかけたのはコレで二回になる。

まして実戦だった一回目と違い、今回は安全なはずの演習でだ。

 

「もしかして、雪風って運が悪いんでしょうか……」

「その判断は早計だよ。今回の件が君の不運か、不注意か……若しくはまったく別の要因かは、これから分かってくることさ」

「そうですね」

「少なくとも、僕には君が不運とは思えないね」

「なんでです?」

「そこでだらしなくのぼせている最強戦艦に懐かれて、良い僚艦にも恵まれて、悪くない司令官がいる。君が当たり前の様に持っているその全てが、本当なら貴重なモノの筈だろう?」

「む……それは反論の余地が無いですねぇ」

「ふふ。じゃあ、僕は業務に戻るよ。だから、最後に一つだけ」

「ん?」

「夕立の事、頼んだよ。君と君の仲間になら、安心して預けられる」

「……お前に言われるまでも無いしお前だと不安なんですけど……矢矧さんの事、お願いしますね?」

「ああ。彼女は僕達の大切な仲間だよ」

 

二隻の駆逐艦はそれぞれの目を見て頷いた。

時雨は踵を返し、ドックから出て行く。

ソレを見送った雪風は、左手が無意識に弄り回していた大和に気がついた。

その表情は何処か陶然としており、心は此処に無い様だった。

 

「大和さん?」

「んぅ……」

「さっきの鍵の事なんですけど」

「……はっ!? あ、あれは大和が頂いたものですっ。もう大和のです!」

「別に取り上げたりしませんよぅ。ソレ使って、ちょっと雪風の普段着取ってきていただけません? 第一艦隊の旗艦様に雑用を頼んで申し訳ないのですが」

「あ、はい。受け賜りました」

 

嬉しそうに立ち上がった大和。

立った瞬間に顔が引きつったので、まだ足が痛いのかもしれない。

それでも何とか堪えると、大和は一礼して去っていった。

残ったのは羽黒だけ。

二隻だけになった時、雪風は不安そうに羽黒に声を掛けた。

 

「羽黒さん……」

「なんですか?」

「本当に、ごめんなさいです」

「……どうして?」

「格好いいところ見せるって言いましたのに……凄い格好悪い所見せちゃいました」

「そうかなぁ」

 

落ち込む雪風に寄り添い、その頭に手を置いた羽黒。

撫でることは無く、ただ手を置いただけ。

しかし其処から伝わる羽黒の体温は不思議と雪風を慰めてくれた。

羽黒自身が意識しているかどうかは分からないが、この重巡洋艦は触れた部分から自分の思いを伝えるのがとても上手い。

 

「相手に先手を取られながらも互角に戦って、戦艦と軽巡洋艦を撃破。最後の一騎打ちだって、凄い格好良かったですよ」

「……」

「さすが雪風ちゃん。惚れ直しました」

「ほんとう?」

「本当」

「ご満足いただけました?」

「お腹いっぱいです。皆、凄かったですよ」

「……ありがとうございます」

「はい。お疲れ様でした。我が旗艦殿」

 

その声に心底安堵した雪風は、強い睡魔に襲われた。

人間と同じ睡眠ではない。

損傷を溶液が癒す際に失う体力が一定を超えると、全身機能が一時的にダウンするのだ。

酒が入っていることもあり、元からの疲労も軽くない。

何かあれば羽黒が起してくれるだろう。

隣に寄り添う天使に後事を委ね、雪風はまどろみに落ちていった。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌(代行羽黒)

 

第二艦隊(以下『甲』表記)及ビ第三艦隊(以下『乙』表記)演習記録

 

本日1600開戦。

乙旗艦時雨ノ策ニヨリ甲ハ艦列ヲ大イニ乱ス。

甲ハ戦列ヲ二分サレルモ、旗艦雪風ノ機転ト駆逐艦夕立奮戦。

1820航空戦艦山城ノ砲撃ニ拠リ駆逐艦夕立大破判定。

1825甲旗艦雪風、乙所属軽巡洋艦矢矧正面ヨリ反転。

1850甲旗艦雪風ノ雷撃ニ拠リ、乙所属航空戦艦山城ニ大破判定。

1855乙旗艦時雨、甲所属駆逐艦島風、二隻ハ交戦ヲ中止ス。

1900甲、乙両旗艦ヨリ夜戦申請アリ。同時刻受理。

1920夜戦開始。甲所属島風、乙所属矢矧ニ拠ル探照灯ノ索敵開始。

1950乙所属矢矧、甲所属島風ヨリ雷撃ヲ受ケル。三本ノ被雷ヲ確認、中破判定。

1955甲旗艦雪風ニ拠ル奇襲。矢矧、左舷後方ヨリ雷撃ヲ受ケル。三本二被雷。大破判定ニテ戦線脱落。

同時刻、乙旗艦時雨二拠ル雷撃アリ、甲所属島風四本ノ雷撃ヲ受ケル。大破判定二ヨリ脱落。

2020甲旗艦雪風及ビ乙旗艦時雨同航戦二突入ス。命中弾無シ。

2140反航戦へ移行。命中弾無シ。

2210第二次反航戦開始。命中弾無シ

2220甲旗艦雪風ノ主砲塔爆発。本体ノ損傷激シク意識不明。

2230乙旗艦時雨二テ甲旗艦雪風曳航ス。

同時刻、演習終了。甲戦闘続行艦艇無シ。乙ノ勝利トス。

2400甲旗艦雪風入渠。

 

 

甲旗艦雪風負傷二ヨリ、甲所属重巡洋艦羽黒ニテ一部業務ヲ代行ス。

雪風ハ全艤装ノ入念ナ検査ノ要アリト認ム。

演習結果及ビ対策ハ旗艦雪風ノ復帰後、雪風ヨリ報告ス。

 

 

 

――提督評価

 

久しぶりに羽黒さんの日誌を読ませていただきました。

雪風と足して二で割った日誌を書いてくださらないものでしょうかね……

 

雪風の一時予備役編入と、艤装のオーバーホールは了解いたしました。

第二艦隊旗艦代理は、羽黒さんがこのまま引き継いでください。

第三艦隊は実戦に耐えうる錬度だと判断し、このまま大和さんを前線まで護衛していただきます。

大和さんが駐留部隊に合流された後、第三艦隊は工廠部部長と共に帰還予定です。

部長には雪風の砲塔暴発の原因調査をお願いする事になるでしょう。

私は調査に使う演習資料と映像をまとめておきます。

雪風が戦線に復帰するまで、大変かとは思いますが宜しくお願いします。

 

 

 

 

――極秘資料

 

No1.航空戦艦山城

 

工廠部より大型建造。

その際、部長のベネットによって大改修が施される。

 

・飛行甲板改

 

機能1.飛行甲板。各種水上機の発艦が可能です。

機能2.防御機構。耐久45装甲70の強度として扱われます。

機能3.攻撃障害。飛行甲板の耐久がある限り、山城本体に砲撃と爆撃のダメージが通りません。ただし足元から来る雷撃を止める能力はありません。

 

 

 




あとがき

お久しぶりです。
なんでしょうね。
何でこんなことになってるんでしょう。
一話が無駄に長すぎてPV伸びないのかなぁとか。
いやいやお前が書いてるもんがダメだからのびねぇんだろとか。
内なる声に葛藤していた矢先にコレですよ奥様……
書きたい事を全部書き込んだらこの量になっていました。
今回は感想で時雨戦楽しみにしてるといって下さった方が多くいらっしゃいましたので、全く自重しなかったですw
サービス回の心算で必死に書きましたぉー……
もう……しばらくお休みしたいかも^^;
しかし瑞鶴と加賀さんと赤城さんを絡めるまでは……

今回からSS内で明らかに性能の異なる魔改造されてる子達の設定を上げていこうと思います。
基本的にSS内でその性能は既に使っている事が多いので、読まなくても大丈夫だと思います。
原作のゲーム的にこの鎮守府の子達の性能を記すなら……という私の自己満足なので。


原作は現在停滞中です。
イベントで燃え尽きて、今回のSSで灰も残さず風に溶けました。
デイリーとキラキラ遠征と大和、矢矧狙って資材が轟沈する平和な日々が続いております。
でも羽黒さんがまさかの改2!いやっほう!
もう少し運があると嬉しかったけど、いやーこの羽黒さん強いですね!
2-5の突破でも主力として働いてくれました。
今のところソレくらいか……
通常海域は5-1で止まってるからそろそろ進めないとかなぁ。
5-4はいければいろいろ出来るって噂だし、レ級ちゃんにも会いたいですw



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戦艦棲姫


 

 

 

雪風は負傷により予備役へ編入され、第二艦隊の旗艦は重巡洋艦羽黒へと移っていた。

演習の翌日には羽黒率いる第二艦隊と時雨率いる第三艦隊は、それぞれの目的の為に例の鎮守府跡に赴いている。

羽黒達は集めた資材を運び込むため。

時雨達は大和を送るため。

そして演習から九日目の昨日、無事大和を送り届けた時雨達が工廠部部長を連れて帰還した。

部長は到着と同時に司令官の依頼を受け、雪風の艤装と本体のメンテナンス、及び演習の映像記録を検証する事となった。

当事者の一方である雪風は部長の帰還まで海に出ることも許されなかった為、もっぱら秘書艦加賀の更に秘書のような位置に納まり、お茶汲みとコピー取りに追われていた。

心底嫌いな事務仕事に辟易していた雪風は、コレで解放されると工廠部部長に泣きついたのは愛嬌である。

部長率いる居残り組み妖精による、丸一日の総点検。

翌日の朝、呼び出された雪風は部長の診断を聞いていた。

 

「雪ちゃんの弄っていた艤装に問題はねぇ。正直、うちの新米妖精じゃぁ相手にもならねぇ位良いメンテしてあったぜ」

「まぁ、あれに命預けていますので」

「良い心がけだ。夕だっちゃんのも含めりゃ十点以上の兵装の整備が完璧……にも拘らず、一番良く使う10㌢連装高角砲だけしくじったってのは、可能性ゼロとは言わねぇが考えにくいわな」

「むぅ」

「実際演習の中でもバカスカ撃ちまくって問題なかっただろ。時雨ちゃんとの同航戦の映像も見たが、整備不良の状態だったら先ずあの連射に耐えられねぇって」

 

雪風は診断書を渡されたものの、平仮名か台湾語で書けと部長に突き返している。

今は一枚の紙を左右から挟み、一つ一つ要点を読んでもらっている雪風。

妖精に母国語を教えてもらっていると言う現状は雪風を心底情けなくさせたが、読めないものは仕方ない。

 

「整備不良による弾詰まりじゃねぇとすると……考えられるのは耐久不足だわな」

「耐久不足?」

「おう。滅多にあるもんじゃねぇんだが、艦娘が自力で出す火力が艤装の耐久限界を超えちまう事があるんだわ」

「聞いた事が無いですねぇ」

「案外、うちの鎮守府だと笑えねぇんだぞこれ。わんこがいるべ? おめぇん所に」

「あぁ、ぽいぬちゃんの状態がそれなんですね」

「あの子がもう少し火力上げてくると、10㌢連装高角砲がやばくなって来るんだわ。まぁ……それなんで、耐久限界のたけぇ装備をこさえてみたんだが……」

「あ、あの夕立砲ってそっちの意味があったんですねぇ」

「振られちまったがな。コンセプトの良し悪しは別にして、使う当人のパフォーマンスを犠牲にしたら意味がねぇ。また一から作り直しさ」

 

肩を竦めたベネット。

雪風としては多少使いづらくても安全第一と言われればそちらの使用も勧めてみたいと思う。

最も12.7㌢連装砲B型改二は、今のところ夕立しか使って居ない。

使い心地がどんなものかは夕立しか知らないため、現時点ではなんとも言いようが無いのだが。

其処まで考えた時、雪風は部長の推論の意味に追いついた。

 

「ん? もしかして、あの時の雪風ってぽいぬちゃん越えの火力が出てた?」

「多分出てるぞ。映像だと一種のゾーンに入ってる傾向が見られたしな」

「おおおおっ!? ゆ、雪風も遂に大戦艦巨砲主義の仲間入りですかっ! 浪漫砲実装ですかっ!?」

 

雪風はその考え方が時代遅れな事は身にしみて分かっている。

そして周りから求められているモノが、単艦の戦力よりも指揮能力だと言う事も。

しかし一旦それらを外した場合、雪風が本当にやりたい事は時代遅れの大艦巨砲戦である。

その可能性が垣間見えた瞬間、雪風は喜色を爆発させて部長に詰め寄った。

部長としても雪風の気持ちは分かるのだが、事はそう簡単ではない。

雪風に捕まる寸前に空間転移でその手を逃れ、両手をかざして押し留める。

 

「まぁ落ち着け? 落ち着いてこの映像を見てみろや」

「……これって雪風の自滅シーンじゃないですかぁ」

「事故当時の貴重な資料だろ。つべこべ言わずに良く見ろ」

 

部長が手元のリモコンを操作するとモニターが映像を映し出す。

それは雪風が時雨の魚雷を回避し、回避動作のまま狙い撃ちする瞬間だった。

魚雷回避からコマ送りで写される映像。

画面の中で雪風の手にした主砲が爆発する。

その瞬間は三種類の角度から写された映像が公開された。

 

「……どうよ? 弾……出てるか?」

「……飛んで無いです」

「そうさな。だから弾詰まりだって判定された訳だが……多分コレ、強く早く撃つ為に砲の中で蓄えられた内圧が高まりすぎて、発砲前に自壊してるんだわ」

「……」

「俺らが此処で作ってる10㌢砲の耐久限界って、総火力値80くらいから引っかかってくる。勿論、火力値一つ二つ超えたくらいで即座に暴発するようには出来てねぇよ?」

「ふむぅ」

「そんな砲塔が一発爆破と来ると……俺っちの予想じゃあ、あの時の雪ちゃんの火力値は100以上って仮計算が立っちまう」

「あ、もしかしますとぉ……」

「おう。当然だが、駆逐艦に搭載出来る奴にそんな火力に耐える砲は、現状存在しねぇからな?」

「……夕立砲はどれくらいです?」

「火力値85くらいまでは耐えられると見てる。その分重くなっちまったがな」

「……艦娘の性能と受け止める艤装の追いかけっこですねぇ」

「普通は艤装が勝つようになってるんだよ……だが他所様はどうだか俺もあんまり知らねぇが、いろんな妖精におめぇら良く言われるじゃん? お前らのような駆逐艦がいるか……てよ」

「真に遺憾である……です」

「だが事実、こうした結果が一つ出て来たわけだ。其処は受け止めて先を考えねぇとな」

「そうですね」

 

話し合った結果、現状では雪風が自省自律するしかない。

旗艦としての思考と駆逐艦としての思考。

相反する本能が雪風の中で絡み合い、一本の糸の様にその精神を形成していた。

雪風は自分の中に、自分自身にすら噛み付く化け物を飼っている事がはっきりしたのだ。

現状その化け物を受け入れる艤装が無い以上、自滅にしかならない役立たずな力である。

 

「こっちでも新兵器開発を進めるが、現状だとパフォーマンスで落第もらった12.7㌢連装砲B型改二が精一杯。此処から一足飛びに実用性の高い艤装が開発出来る可能性は……低いと思ってくれや」

「はい。実際あの時の雪風って思考が攻撃に振り切れていましたからね。第二艦隊率いている時にあんな自分は必要ないです」

「軽量化、低コスト化、高火力、高耐久……一度に済ますにゃ時間が掛かる。だがよぅ……雪ちゃん、運が良かったぜ?」

「おや?」

「あの時の雪ちゃんって魚雷切らしてたから主砲撃って手先で爆発したろ? アレが魚雷だったら上と下が泣き別れだぜ?」

「ひぃいいいいいいいいっ!?」

 

思い切り想像してしまった雪風が、全身に浮き上がる鳥肌に身震いした。

艦娘自身の性能が艤装の限界を押し潰したのなら、確かに魚雷だってそうなったろう。

雪風は幸運の女神に感謝しそうになったが、どちらかと言えば悪意にみちた悪戯の類に思えたのでやめて置いた。

 

「あ、そうだ。新兵器といやぁアレだ。前約束したろ? アレが出来たぜ」

「おお? ですが、まだ雪風って減俸終わって無いので資材出せませんよ?」

「あっちの鎮守府に地下倉庫があったのよ。そこそこ溜め込んでたみてぇだな」

「……まぁーたポンポンにナイナイしちゃったんですね。このヤクザ妖精さん」

「そうやって貯めた資材が、何時何処で役に立つか分からねぇのが世の中ってモンだ」

「ふーん」

 

雪風は其処で一つ思いつき、意地の悪い笑みを浮かべて問いかけた。

 

「……例えば、お兄さんの後を追い駆けて来た妹さんの最初の一歩に上乗せしたり……ですか?」

「さぁ、知らねぇな」

「隠さなくても良いですよ? しれぇが部長さんのご贔屓なのは見てればよーく分かりますもん」

「……あんな未熟者はどうでもいいが、あいつの兄貴にゃあ世話になっちまったからなぁ」

「しれぇのお兄さんってどんな方だったんですか?」

「あー……軍艦とか大好きな子供が、そのまんまでっかくなっちまった様な男だったな」

「部長さんと気が合いそうですねぇ」

「魂の兄弟さぁね。あのやろう、他の提督にゃぁ一切妹のこと話してねぇんだが、俺っちには良く話してたんよ」

「おお?」

「仲悪いって話だった割りには良く会って飲んでたみたいだし、聞く限りだと妹者も無自覚にブラコンだったぞ?」

「あ! もしかして部長さん、お兄さんが居なくなった後も此処に居たのってしれぇを待っていたんですか?」

「おう。話半分に聞いたとしても追い掛けて来そうだと思ってよ……で、あの野郎が言ってたことが半分でも本当なら見所はあらぁな。悪くねぇ仕事が出来るんじゃねぇかと思ってよぅ」

 

部長が少し遠い目になり、工廠の中をぼんやりと見渡した。

きっと彼の目に映っているのは、彼女の兄の時代の工廠の様子に違いない。

 

「雪ちゃんはもう気付いてるだろうが、あいつと最初に建造した艦が島っちゃんさ」

「やっぱりあいつは出戻りだったんですね」

「おぅ。後々揉めるのが面倒だから調べてみたら、再配置先の鎮守府では夜戦時行方不明で戦死扱いになっていたな」

「そうでしたか……」

「雪ちゃんが生まれたのは、島っちゃんが生まれたのと同じレシピだ。初手で島風を引き当てたあの野郎には驚いたが、その妹は雪風だろ? この兄妹、何か持ってるって確信したね」

「しれぇって運がいいのか悪いのかって言えば微妙だと思いますよ……」

「普通ならこんな僻地の維持は軌道に乗らずで頓挫するさ。それが何とかなっちまってる。結果が全てさ」

「最初期の苦労って、主に部長が原因だったんですけどねっ」

「そこはそれ。妖精が本能と遊び心を自重出来るはずねぇだろう?」

「……コレだから妖精さんはぁ」

 

ため息を吐いた雪風に意地の悪い笑みを見せる部長。

自分の親に近い存在だが、どうにもこの妖精は苦手だと思う雪風だった。

 

「で、雪風の新兵器ってなんなんですか!」

「ふむ、このケースなんだが……」

 

ベネットが中空から、雪風の腰ほどの高さと身長ほどのケースを取り出した。

妖精の不思議を目の前で見せられた雪風だが、一旦無視してケースに手を伸ばす。

 

「ちょい待った。その前にそいつの説明をさせてくれや」

「はい?」

「そいつの中身は魚雷発射管と魚雷だ」

「数は?」

「……六射線九本」

「量産性は?」

「現状ワンオフ状態だな。発射管も魚雷も一人分を賄うのがやっとだ」

「むむむ、それは少し厳しいですねぇ」

「ソレを補って余りある性能してるつもりだぜ? だけどイメージが悪くてよ……」

 

珍しく歯切れの悪いベネットに違和感を覚えた雪風。

彼が内心で様々な言葉や思いを噛み砕くのを待つため、しばし無言の時間が流れる。

やがて口を開いたベネットは、今回の新兵器を解説した。

 

「こいつはあの悪名高い回天をベースに改良した魚雷だ」

「まぁーた物騒な奴を持ってくるぅ……」

「物騒って言うけどな? 回天の原点って魚雷に誘導性を加味して命中精度を上げる事と、一発で仕留める炸薬を運ぶもんだろ?」

「まぁ、そうですね」

「だけど当時の技術だと、発射した後の魚雷の制御を完全にデジタル化出来なかった」

「だからって人間さん乗っけて突っ込ませるのはどうかと、雪風は思いますよ」

「同感だが、そいつは技術力の敗北なんだ。そして、それは後から幾らでも追いついてくる」

「……ふむぅ」

「兵器ってのは先ず発想から生まれるんだ。其処に技術が追いついたときに実現する。そして俺だったら、誘導性魚雷って発想は捨てねぇ」

 

そう言って、ベネットがケースを開ける。

中から現れたのは大型の三連装魚雷発射管二基と、やはりかなり大きい魚雷九本。

雪風が手にとって見るとかなり重い。

しかし、確かに使えない程ではない。

 

「重量は、雪ちゃんが使ってる四連装酸素魚雷と比べて一本につき五割増し。搭載炸薬量で一本辺り二倍。速度と射程は大差ねぇ。そして最大の目玉が、撃った後ある程度相手をロックして追尾も出来るし、ある程度なら射手が自ら軌道修正の命令もだせる」

「ある程度って?」

「オートロックは三十ノット以上で回避運動を繰り返されるとロックが外れて追いきれねぇ。軌道修正命令は一度に70°以上曲げようとすると速度低下を起す」

「追尾元ってなんなんです?」

「艤装の音と熱源。特に音はあっちとこっちの艤装の規格がまるっきり違うから正確に追える。加えて熱源でも捕捉するから、単純な擬音装置だけじゃ騙せねぇぞ」

「なるほど……恐ろしく便利ですねぇ」

「だろ? おれっちもこいつの性能には自画自賛しちまったよ」

「さっすが部長ー。素晴らしい兵器ですぅ」

「はっはっは」

 

白々しい会話の中で半眼になった雪風の右手が、部長の頭を鷲づかみにする。

 

「……使うのが雪風じゃなかったらですが」

「……そうなのよ。いや、マジで。魚雷としての性能が上がれば上がる程、雪ちゃんの個人技と被ってくるんだわコレ」

 

右手を思わず握ってしまいたい衝動をため息と共に排出する。

今回の誘導魚雷は、珍しく当たりだと思う。

一発当てれば沈められるという大火力は欲しい。

しかし自前の技量で命中を取れる雪風が誘導魚雷を使うのは、非常に勿体無いのである。

実際に雪風は第三艦隊の演習で十六本の魚雷を撃ち切り、六本の命中を出している。

はっきり言って今更雪風に命中強化の誘導魚雷等あえて必要は無い。

また、単純な直線軌道だからこそ出来る事もある。

相手に意識させたり、回避させて自分の望む位置に追い込んだり。

雪風にとって魚雷とは、一撃必殺の下克上兵器であると同時に相手を縛る駆け引きの小道具でもあった。

その為、搭載数が半分近くになってしまう大型魚雷では存分に使えないのだ。

 

「部長ー。今回は如何しちゃったんですかぁ。こんな中途半端なモノ作るなら、大和さんの波動エンジンのほうがお洒落で笑えてよかったですよ?」

「ぐふっ」

「どうせならもっともっと単純に、重さそのままに炸薬の量だけ増やしてくれたほうがよっぽど気が利いています」

「ごはっ」

「コレは雷撃の中級者位までの新兵さんが使うことで真価を発揮する艤装でしょう? 何が何でも先ず当てる! が難しい子達の装備です。うちの鎮守府だと使う人が――」

「あら、面白そうね」

「ふぁっ!?」

 

雪風の言葉に割り込んできたのは、この鎮守府のナンバー2。

戦艦改装空母にして秘書艦、加賀だった。

この鎮守府に来てから降ろしている髪型も随分見慣れてきた雪風。

それは加賀が此処に馴染んできた証拠だと思う。

その手には工廠部に回す様々な資料が抱えられていた。

仕事の合間とついでに、雪風の診断結果を気にしてくれたのだろう。

雪風は部長を放り出すと加賀の元に走り寄る。

そして抱き合えるほどの距離まで来ると、踵を返して背を向けた。

 

「ありがとう」

 

人は表情から相手の感情を読む。

そして加賀はトラウマから、現在駆逐艦の顔が認識出来なかった。

雪風には加賀がどんな世界で生きているのか想像もつかないが、一つ試してみたことがある。

自分の部屋の鏡の前で、写した自分に向かって延々と独り言を繰り返す。

その中で歯が浮くような甘い台詞を口元だけ微笑みながら、目だけは侮蔑して言えるのだと気付いた時……

目元が全く見えない相手は、少なくとも雪風には恐ろしかった。

本当はお互いに距離を取り、接触を最低限に控えているほうが加賀の負担は少ないだろう。

しかし予備役に回った雪風を自分の下に引っ張ってきたのは加賀自身。

このぼろぼろの正規空母は今、約束を果すために必死で傷と向き合っている。

ならば雪風も、なるべく負担をかけないように腰を据えて付き合う心算だった。

 

「調子はどう?」

「身体の方に異常は無しです」

「そう。無理はしないでね」

「はい」

 

雪風は加賀に背を向けたまま、その右腕を胸の前で抱え込む。

瞳から感情を読めない加賀には態度で伝えていくしかない。

加賀に触れるとき、何時も思い出すのは羽黒のことだ。

自分があの天使に触れているときに感じる安心感の、せめて半分でも加賀に伝えることが出来たなら……

 

「その魚雷、使わないの?」

「画期的な艤装なのは間違いないのですが、雪風とはあまり相性が良くないですねぇ」

「取り合えず当てたい、雷撃初心者に有効な艤装と言っていたわね」

「そうですが……まさか加賀さん?」

「その魚雷、試してみてもいいかしら?」

「マジかよ……」

「幾ら加賀さんでも流石にご無理かと思いますよぅ」

「前にも言ったでしょう? 出来るとか、出来ないではないの。やるのよ」

 

冗談を言っている訳ではないらしく、雪風と部長は顔を見合わせた。

積んで積めない事は無い。

しかし艦娘とは明確な種別を持って生まれてくるものであり、その規格に沿った艤装でなければ一般的には動かせない。

 

「大丈夫。昔いた鎮守府の……知り合いに、コツだけ教えて貰った事があるの」

「……もうおれっちの知ってる航空母艦とちがーう」

「あ、でもほら。加賀さんだったら雪風より炸薬量も搭載数も増やせるんじゃないですか?」

「お!、 その通りだぜ雪ちゃん。こうなったら行き着くところまでいっちまおう。その魚雷は加賀ちゃんにあつらえて調整すらぁ」

「面白くなってきたわ。流石に気分が高揚します」

 

こうして第一回、僕の考えた最強空母会議が幕を開けた。

静かに始まった議論は次第に熱を帯び、活発な討論が次々と新しい魔改造案を生み出してゆく。

途中で戻らぬ秘書艦を探しに司令官までやってきたが、白熱した三人の様子に介入する気力は持てなかった。

逆に戻ろうとした所を捕らえられ、強制参加させられた基地司令官。

結局複数の朱が互いを朱に染めあい、参加者四名が正気に戻ったのは翌日の朝の事であった。

 

 

§

 

 

とある海の上のこと。

二つの人影がのんびりと航海していた。

人の世界からは深海棲艦と呼ばれ、蔑まれながらも恐れられる存在。

しかしこの二隻から漂う雰囲気は禍々しいソレは無い。

 

「オイデカブツ、本当二コッチ?」

「タブン……」

「オィ……ヤッパリ皆デ探シタ方ガ良カッタロ?」

「無理。細部ノ統制利カナイ子ガ多スギテ、見ツケテモ勝手二沈メラレル」

「ソレハ困ルナァ」

「ダカラ、此処ノ連中ニハ少シ移ッテ頂イタワ」

 

デカブツと呼ばれた深海棲艦は長い黒髪を指に巻きつつ息を吐いた。

血気盛んなのは構わないが、仲間の無意味な血の気の多さは正直面倒に思う。

 

「オ前一応、戦艦ノ姫ダロウガ。シッカリ抑エテ手伝ワセロヨ」

「ソノ姫ヲデカブツ呼バワリスル自分ヲ省ミテ。貴女ミタイナ子ガ多イカラ、無理ダト言ッテイルノ」

「……アー言エバコー言ウ」

「ダカラ、貴女ニ言ワレタク無イ」

 

人の暦で三月前。

この深海棲艦は泊地付近で艦娘一団の奇襲を受けた。

総勢二十隻を超える大艦隊。

一報を受けた戦艦棲姫は、初期対応を直ぐに動ける揮下に任せて出撃準備を整えた。

部下の苦戦を予想し最低限の艤装と補給で強行出撃した姫が見たモノは、一方的な大勝利。

その艦隊は極一部を除く全員が、碌な訓練も積んでいない部隊だったのだ。

最早戦闘とすら呼べない虐殺が行われている様子を見た姫は、揮下の全員を怒声一つで下がらせた。

対応させたのは自分なので不満など言えるはずも無いが、明らかに弱すぎる敵に対して疑問と報告を上げてもらえないものか……

戦艦棲姫はその一団を率いていたらしい正規空母と、随伴の中の駆逐艦一隻と余人を交えず一昼夜決戦を行ってコレを撃破。

この時の正規空母が妙に器用な相手であり、また捨て艦などをやってきた嫌悪感と共に記憶に残った。

その事を偶々この若者に話した所、予想外の食いつきを示したのだ。

 

「ネェネェ、ソイツノ話聞カセテヨ」

「モウ何回話シタト思ッテルノ……」

「何回聞イテモ興奮スルサ! 砲撃シナガラ艦載機飛バシテ夜戦デモ食イツイテクル正規空母。クゥー……僕モ、ソウイウノガシタイヨ」

「オ前ナラ無駄二器用ダカラ、出来ルカモネ」

 

そう言った戦艦棲姫は、隣ではしゃぐ小娘を見やる。

銀髪のショートヘア。

胸元を大きく肌蹴、水着を露出させた上でパーカーのような衣装を着込んだ少女の容姿。

それが決定的に人と違うのは、腰の辺りから長く伸びた巨大な尻尾だった。

人型の深海棲艦の中では一際小柄な体格ながら、その性能は間違いなく超一級の戦艦である。

しかしこの若造は変わり者であり、器用さ故に様々な艤装に手を出しては飽きっぽく放り出す悪癖があった。

何を使わせても一流の一歩手前まではあっという間に届くのだが、其処に至る自分が想像出来てしまうととたんに興味を無くすのだ。

同じ戦艦としてはその素質を惜しみ、目を掛けながらも構いすぎて鬱陶しがられる日々が続いている。

そんな若人が興味を示して頼ってくれたのは良いのだが、そのおねだりは三ヶ月以上前に大破させ、夜戦の中で見失った艦娘一隻探して来いと言う無理難題だった。

 

「珍シク外二出タガルト思エバ、雲ヲ掴ム様ナ話二巻キ込ンデ……」

「一蹴シタノハオマエジャン! 気ヲ利カセテ連レテ来イ! 役ニモ立タナイ駆逐艦トカ鹵獲シテキヤガッテッ」

「……ダッテ決着ツイテイタシ、失神シテイタカラ逃ゲテモクレナカッタシ……」

「沈メリャ良インダヨ」

「捕虜ノ虐待ハ美シクナイゾ」

「捕虜二スルナッテ言ッテルノニ。後腐レ無ク水底二還シテヤレヨ」

「ソノ定メ二在ルノナラ、私ガ見逃シテモ自然ト其処二還ルモノヨ」

 

妙に暢気な物言いに深いため息を吐く小さな戦艦。

隣を行く長身の姫は圧倒的な強さを持ち、その強さ故保身に疎い。

かつて恐るべき錬度の高速戦艦が率いる部隊と交戦した時など、護衛艦のイ級を庇って沈みかけた事さえある。

にも拘らず、この姫は自分の心配を余所に真っ先に揮下の退去命令を出して自身は殿を務めたのだ。

少女としては今少し自愛して欲しいのだが、そんな変わり者の姫が嫌いではない為にあまり強くも進言出来ない。

 

「マァ、モウ直グアノ空母ガ来タ泊地二着ク……跡地ダケド」

「エ? 陥落シタノ?」

「気二食ワナイ戦術デ突ツイテクレタ返礼二、海上目撃情報カラ出発場所ヲ割リ出シテ、徹底的二叩カセテオイタ」

「人任セカヨ」

「自分デヤロウトシタラ、是非ヤラセテ欲シイッテ皆ガ言ッテクレタワ」

「オ前殲滅命令殆ド出サナイカラ、取リ巻キモ色々溜マッテルンダヨ」

「……皆ノ士気ガ高カッタノハ、ソンナ事情ガ在ッタノカ」

「他二何ガアルッテンダ?」

「遂二私ノ時代ガ、空母連中二代ワッテ皆ノあいどるトシテ君臨スル時ガ来タンダッテ……」

「ホザイテロ」

「……生意気ナノハコノオ口?」

「イテェ!? 頭掴ムナッ。足浮イテ……チョッ、首ヤバイカラゴメンナサイ!」

 

その時、一機の偵察機が二隻の上空を横切った。

間髪入れずに砲撃し、叩き落す小さな戦艦。

 

「殲滅シタンジャネーノカヨ?」

「不思議ネ。艦娘ッテ何時ノ間二湧イテ来ルンダロウ」

 

航空戦艦としての性能も有する少女は自身の索敵機を発艦する。

索敵の末捕らえたのは、こちらに向かってくる艦娘の影。

即応して落とされた為に艦種までは識別出来なかったが、見えた数は四隻。

 

「戦闘回避ハ……無理ダロウナ。僕ラ足早ク無イシ。面倒クセェノ」

「ジャア、大人シク沈ム? 寧ロ、アノ空母モ沈ンデ居ルカモ知レナイワ」

「僕ッテ沈メルノハ大好キダケド、沈ムノハ嫌イナンダ」

「知ッテイル。頭上ダケハ任セマス」

「ムゥ……艦載機飛バシテ航空管制カケテ着艦ト砲戦同時ダロ? 本当二空母カヨソイツ」

 

呟きつつも今度はあらん限りの艦載機を発艦させる。

やがて航空戦が始まり、海上艦隊決戦が幕を開けた。

ソレは今の世界では何処の海でも起こっている戦いの中の一つに過ぎない。

たった四隻の艦娘と、たった二隻の深海棲艦の砲撃戦。

しかし両者の火力と装甲において、類稀な程高次元の激突になった事を当事者達自身がこの時気付いていなかった。

 

 

§

 

 

ベネットを鎮守府に送った第三艦隊は補給を済ませ、翌日には再び前線基地に赴いた。

このとき常ならば迂回する、自軍鎮守府正面に広く跨る危険海域を掠めるように移動し、遭遇する深海棲艦を叩いていた。

それは実戦慣れの必要と、此処を迂回せねば何処にもいけないという時間的ロスを少しでも緩和するためである。

時間さえ掛かっても良いならば直接の実害は少ないが、籠の鳥と言うのも精神的に疲労する。

此処を制圧してしまえば鎮守府の立地は劇的に変わるのだが、flagship級の戦艦部隊が何度も巡航する為に現状頓挫しているのだ。

 

「限が無いね……無理は避けよう」

「……そうね。不幸だわ」

「ま、まぁまぁ」

 

飛行甲板を中破させられた山城が陰鬱に呟きながら、水上に降りた瑞雲を回収する。

コレだけは演習と全く同じことが出来、しかも毎回やっていたために驚くほどの速度で二十機全てを拾う山城。

やや猫背になり、その背中が心なしか煤けている。

初戦から自軍唯一の被弾となれば落ち込むのも無理は無かった。

 

「……やっぱり足回りって大事よね。何日も出撃して何戦もするんだから、損傷が蓄積していたらやってられないわ」

「戦艦が高速で回避まで出来たら、僕も矢矧も立つ瀬が無いよ?」

「それに山城さん、本体の艤装は未だ無傷です。回避せずに足を止め、狙い済まして砲撃出来る……その飛行甲板は、やっぱり貴女と相性が良いわ」

「其処は本当に感謝しているわよ。だけどコレに頼り切ってしまうと、瑞雲が次以降に使えなくなるのよね……」

「そうなのよね……山城さんのダメージコントロールは、第三艦隊全体の課題と言えるかも知れません」

「いかにして山城を無傷で居させるか……か。姫君の立ち位置だね。似合うよ山城」

「お黙り時雨。あんたに他意は無いんでしょうけど、私はもう後ろで死蔵されるのは真っ平なのよっ」

「困ったな。出来ることなら、山城は僕の部屋に鎖で繋いで、ずっとしまって置きたい位なのに」

「時雨……何時かあんたをそっちの位置にしてあげるから、見ていなさい」

「勇ましい山城も素敵だよ。楽しみにしているから。じゃあ、そろそろ出発しよう」

 

そう言って再び海を往く駆逐艦に続く山城と矢矧。

第三艦隊の旗艦は、時雨が続投の形で続けている。

第二艦隊との演習で見せた砲雷撃戦の手腕は、山城にしても矢矧にしても文句のつけようが無かったのだ。

一方で三隻の距離感も少しずつ変化している。

矢矧は山城と時雨の衝突をやんわりと宥める様になり、山城は矢矧と良い友人になりつつある。

今も時雨の背中を少し遠くに見ながら、矢矧に愚痴を零していた。

 

「時雨は……私を如何したいんだろう?」

「私から見ていると、不思議なんですよね。旗艦殿って山城さんに強姦まがいの迫り方をするくせに、あっさりもしているというか」

「何なのかしらね……迫られて監禁されそうにはなっても、その先を如何しようって感じが無いのよ」

「私も最近そう思うんですよね。旗艦殿ってこう……山城さんを手元に置きたいだけっていうか……」

「この鎮守府と同じ、不思議な鳥篭に居る気分だわ。水も餌もあって居心地は悪くない……不自由で、だけど出口は常に開いているの」

「……」

「人をアレだけ欲しがる癖に、私が自分で立ち去れる用意だけは絶対に欠かさない……本当に如何したいのかしら。どんな私なら、あの子が怖がらないのかしら」

「怖がる? 旗艦殿が……ふむ」

 

問いかける形になったが、山城は朧げに見えてきているものはある。

何時も時雨は言っているのだ。

扶桑と再会しろ。

扶桑と幸せに成れ。

その度に問い質したくなる。

自分が扶桑と再会を果し、幸せになった時お前自身は如何するのか。

山城は自身の不幸など慣れている。

そして自分一人が不幸なわけではない事も知っている。

置いて逝ったものと置いて逝かれたもの。

どちらがより不幸かは分からないが、時雨が自分には想像しか出来ない何かに耐えているのは分かるのだ。

だからこそ時雨が望むなら、山城は何だってしてやる心算がある。

時雨が本当に求めているなら、心でも身体でもやってしまって構わないのだ。

しかし山城の感性は其処で待ったをかけてくる。

ソレをやった時こそ、時雨にとどめを刺してしまうと。

 

「山城さんって、凄いですよね」

「ん?」

「時雨さんに何をされても、根っこでは信じているんですよ。時雨さんの態度を額面通りに受け取ったら、さっさと見限っていると思いますよ?」

「ソレは、時雨は私に目をかけてくれた子だし……」

「でも、今は時雨さんだけじゃありません。友人なら私が居るし、部長や提督からも信頼され、一戦力として運用されています」

「……」

「今なら時雨さんが居なくても、決して致命ではないんですよ。だけど、貴女は時雨さんを諦めない。見限らない。傷付けられもするでしょうに……その在り様は、尊敬します」

「そんなに立派なものじゃないのよ? 私は、ただね……」

 

山城は笑っていた。

矢矧が思わず見惚れるほど綺麗な顔で。

整った顔立ちだが陰鬱な影の耐えない美女だった山城が見せる、初めての満面の笑み。

その顔で吐き出した呪詛は、矢矧の背筋を凍らせた。

 

「人恋しさを拗らせた地雷女をその気にさせておいて、後腐れなく身を引ける訳がないじゃない?」

「……は?」

「扶桑姉さまと幸せに? 良いわよなってやろうじゃない。だけど私は時雨だって離しゃしないわ。別の女宛がって逃げられるとでも思っているのかしらね? あの子。うふ、うふふふ……」

「……こりゃあかんわ」

 

地雷を踏んだのは時雨か、山城か。

結局この艦隊にまともな艦は自分しか居ないのだと思い知る矢矧。

もういっそ、大和か雪風の元に逃げ込みたいとすら思う。

 

『そろそろ何時もの迂回ルートに戻れるよ。巡航速度、単縦陣。先頭は山城、二番に僕が入るから、矢矧は最後尾を任せる』

『はっ』

『了解』

 

旗艦の指示に従い、直ぐに陣形を整える第三艦隊。

翌朝には軽空母と駆逐艦と潜水艦からなる深海棲艦の一部隊に遭遇したが、それほど時間も掛からずに全滅させた。

鎮守府正面の危険域や、先の第二艦隊に比べれば非常に楽な相手である。

しかしこの戦闘でも山城は敵の集中砲火を受けて小破。

誘蛾灯の如く敵の攻撃を吸い寄せる山城に、僚艦二隻も頬を引きつらせて慰めの言葉をかけた。

 

「不幸だわ……」

「山城さん、妙なフェロモンでも出しているんじゃないですか?」

「当たれば一発で沈む駆逐艦を無視してまで山城に行くとはね……ごめん。僕が至らないばかりに……」

「いや、旗艦殿が踏み止まって艦載機を潰さなければ被害はさらに拡大していましたよ?」

「……いいのよ時雨。被害担当艦だって必要だもの。っていうかね時雨? 一発当たれば沈むって分かってるなら私の前に立つの止めなさいっ」

「艦載機から艦隊を守ろうとすると、後ろじゃやりにくいんだ。あ、山城は射線に僕がいても撃ってくれて構わないからね」

「……誤射入ったら如何するつもりよ」

「敵艦隊からの砲撃と報告してくれていいよ。戦果と戦禍のすり替えなんて…………別に、珍しい事じゃないからね」

「笑えない冗談は止めなさいっ」

 

冗談じゃないさ。

そんな言葉を苦笑の中に押しとどめ、肩を竦めて見せる時雨。

その瞳に仄の暗い狂気が透けて見え、山城はそれ以上の追及を飲み込んだ。

時雨の髪には先日渡した髪飾りが陽光を浴びていた。

明るく光っている筈なのに、山城には何故か泣いているように見える。

 

「ごめん山城。少し気が立っていた気がする」

「いえ、いいの。守ってくれて、ありがとう」

 

時雨にとって自分自身の撃沈は少しも怖いことではない。

怖いのはまた守れない事であり、もう一度置いて行かれる事である。

しかしそんな事を山城に言っても不毛な口論になるだけだろう。

そして駆逐艦たる自分が戦艦山城を守るなど、身の程知らずも良い所だと時雨は思う。

結局のところ時雨は山城を遥か上に見上げる視点を変えられないし、山城もずっと先を行く時雨の背中を追い駆けているつもりでいる。

この二隻はお互いが、本当は隣に居ることに気付かない。

矢矧から見てすれ違うのが当然とは言わないが、自然な成り行きだとは思う。

多分これは、自分が気付かせていかないとダメなんだろうなとも。

大変面倒な事に、矢矧はこんな旗艦と同僚が嫌いになれないのだから。

 

「旗艦殿。燃料と弾薬の消耗は未だ軽微です。進軍続行ということで、よろしいでしょうか?」

「そうだね。僕たちの任務はこの海路の確保だ。山城の回復は、前線基地に着いてからでいいかな」

「ええ。進みましょう」

「山城のこれ以上の損害は避けたい。下がる心算は、無いかな?」

「……現状瑞雲の再発艦が厳しいわ。索敵に艦載機が使えない以上、万が一に備えて前衛は耐久と装甲の高い私が入るべきでしょう」

「……そうだね。反論の余地が無い。艦隊の対空防御は僕。後ろの索敵を頼んだよ矢矧」

「えぇ、任せて」

 

再び行軍を開始した時雨達。

今度は敵との遭遇も無く、平和な航海が続いていた。

そんな事態が一変したのは、目的地まで後半日という海域……

大破した足柄を曳航する五十鈴を、先頭の山城が発見した事から始まった。

五十鈴によってもたらされた情報は、大和達第一艦隊は鎮守府近海にて敵戦艦二隻と遭遇。

激しい戦闘の末、敵戦艦二隻は損傷を負いつつも戦域を離脱。

そして旗艦及び正規空母赤城は、夜戦の混乱にて消息不明という大惨事であった。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

 

かがさんのかいぞうけいかくがまとまりました。

かんさいきはれっぷう、りゅうせい、ばくせんでいきましょう。

こっちのかいはつはゆきかぜとかがさんのとうきしょうよをへんのうしますのでしざいかってください。

それとかんぽうはふくほうだともったいないってぶちょうさんがいっていました。

ひととおりのしゅほうをよういしてじっさいにつんでみたいです。

こっちはぶちょうがへそくりをだすそうです。

さらにさんれんそうゆうどうぎょらいはっしゃかんがよんき。

たきのうのおおがたでさくやくもおおいので、じゅうぶんなかりょくがきたいできるとおもいます。

けんあんだったかがさんじしんのぎょらいせいぎょもりょうこうでした。

たげいなさいじょってあこがれます。

おっぱいもおおきく、かもくでびじんさんってどこのかんぺきちょうじんさんでしょうか。

ゆきかぜもああいうじょせいになりたかったです。

ほかにもいろいろつんでみたかったですが、これいじょうのとうさいはとっぷへびーだしそくりょくがくわれるってぶちょうがいっていました。

げんじょうですとここがきょうかのげんかいてんかとおもわれます。

もうすぐきっとかくめいがおこりますね!

じゅうらいそうこうくうせんかん……

じっせんとうにゅうがたのしみですっ

 

 

――提督評価

 

 

思わず熱くなってしまいましたが、面白い計画が持ち上がりましたね。

雪風と加賀さんの冬季賞与の前借は了承しました。

規則上前借ですと八割ですが、私の分もそうして置きましたので派手に行きましょう。

それと、雪風の減俸は一期短縮して来月からは元に戻るように手配いたしました。

この計画は是非とも成功させたい所です。

 

貴女の艤装と貴女自身の状態については、部長から報告書を頂きました。

現状艤装が耐え切れないのであれば貴女自身に抑えていただくしかありませんが……

無理はしないでくださいね?

貴女の爆発を見たときは、心臓が止まりそうになりました。

第二艦隊の皆さんからは、早く帰って来いとの要望が来ています。

あの子達が次に帰港してきた時に原隊復帰と旗艦業務の交代をお願いします。

 

それと肝心の例の鎮守府跡の後任の人選ですが、やっと決まりそうだと昔の友人から聞きました。

その方の引継ぎやら様々な手続き込みですので早急にという訳には行きませんが、ようやく目処は立ちそうですね。

なんにしろさっさと片付けて、平穏な日常を回復したいものです。

……ん、電文?

 

 

――極秘資料

 

No2.駆逐艦島風

 

前任の提督が工廠で建造した駆逐艦であり、鎮守府内では最先任。

半自立型連装砲三基と四十ノット以上の快速を誇る最新鋭駆逐艦。

 

・機敏

 

機能1.海上移動、及び物資搬入作業を効率的に行えます。

機能2.島風の所属する部隊の遠征終了時間を二割程短縮します。

 

・快速

 

機能1.他艦が追従出来ない速度で海上を疾駆出来ます。

機能2.単艦行動時、戦略マップでニマス移動時に任意で三マス目に入れます。

 

 

 

 

 

 




後書き

難産の十三話をお届けいたします。
事件の発端になる回って本当に緊張します;;
起こった出来事を纏めないといけないってプレッシャーがきついっすorz
もっと畳み易い風呂敷に改装して投稿したかった気持ちもありますが、畳める前提の風呂敷を広げても私自身が面白くなかったので結局第一稿に近い形になりました。
加賀さんの魔改造が多少大人しくなったくらいでしょうかね……違いって。
加賀型戦艦一番艦としてありえたかも知れない自分と、一航戦としてあった自分。
加賀さんにはその両方を体現してほしいなーって思います。
そして前々から一部でご指摘を頂いていた戦艦棲姫様登場です。
性格は私が春のE-5で感じた通り、面倒見の良いお艦です。
所で深海棲艦の固有名詞って如何すればいいんでしょうねこれorz
○級ってこっちサイドから見たときの識別名称に見えるし……
ヲ級ちゃんが三隻いてお互いをヲ級って呼び合ってるとか想像するとシュールに感じるんですよね自分><
更に実際にあっても居ない癖に出してしまったあの子。
鹵獲出来ないもんでしょうかね……レ級ちゃんほすぃー。



攻略は5-3で完全に止まりました。
なんなんですかねあれ。
酷すぎません?
連撃にカットインに皆大破ですよ大破。
資材もバケツも音速で溶けて行きます……ひどい;;
春イベ後からやめていたキラ付け遠征フッカツさせないと全然足らないです……
もうかなりの回数出撃しましたが、未だに二戦目以降に進めません。
雪風81のほか全員70代なんですが、まだレベル足らないんでしょうかね(遠い目)

あ、後大和さん来ました!
やっと来てくれましたっ。
来た瞬間思わず二話の投稿日確認しちゃいましたw
書けば出るって本当ですね。
三ヶ月掛かりますけどorz
毎日つつきまわして副砲がおおいの?って首傾げてる姿が妄想されて素敵ですね。
想像していたより声が高くて、お若い印象を受けました。
今は演習漬けにしてレベリングしています。
飛龍さんと浦風さんも一緒です。
後は捕鯨しないとなんですけど、お勧めってやっぱり2-5なんでしょうか……
今までグラフィックが変わるキャラでも並べようとは思いませんでしたが鯨だけは揃えたいと思いました。
変わりようが激しいからかなぁ。



たぶんこの先は亀更新になることが予想されます。
リアルで職場一年生ゆえ、どうかご了承くださいorz


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戦艦の見る夢

なーんか時雨戦あたりから描写がきわどくなってきた自覚があるので残酷描写タグを追加しました。


それは海の中に佇む孤島の一つ。

人の世に深海棲艦と呼ばれる悪鬼が二隻駐留していた。

その見た目は長身の美女と小さな少女。

しかし長身の美女の額には二本の角が生えており、少女は長い尻尾を持っている。

 

「……イタイ」

「結構撃チ込マレテタネ。大丈夫?」

「オ前ダッテ似タヨウナモンダッタジャネーカ」

「鍛エ方ガ違ウモノ」

「……ッチ」

 

海上で四隻の艦娘と交戦した深海戦艦コンビ。

この二隻は深海棲艦全体の中でも只管強い部類に入る。

数の上では不利なれど、負ける心算など全く無かった。

実際に互いの被害で言うならば、確認出来ただけでも敵空母は中破させていたし重巡洋艦は大破させている。

こちらの被害は小さな戦艦の小破と、長身の姫が小破にも満たないかすり傷。

ダメージレースでは明らかに勝利と言えるのだが、二隻の表情は明るくなかった。

 

「ネェ水マフ」

「何ダヨネグリジェ」

「貴女装甲整備二手、抜イタ?」

「……抜イテネェ」

「飛ビ魚ノ爆弾二誘爆……」

「シテナイ。キッチリ撃チ抜イテキヤガッタ」

「……ナラ、私ノ装甲モ抜イタカモ知レナイネ」

「バーカ。オ前ノ贅肉ガ抜ケル訳ナイジャン」

 

小さな戦艦少女は皮肉の中に信頼を口にし、姫も苦笑して頷きかけ……自らの腹部を手で擦る。

そんなに肉はついていない。

一瞬拳骨をくれてやろうかと思ったが、相手は一応の怪我人であった。

なりは小さくても、この少女は一流の戦艦である。

その装甲は並みの戦艦の比ではなく、また耐久力も桁が違う。

そんな少女に二発の命中弾を出し、中破寸前に追い込んだのは敵方の戦艦だった。

こちらの攻撃は比較的落としやすい空母と巡洋艦に集中させたために耐久こそ分からないが、コレほどの火力を誇る艦が脆いはずが無い。

戦艦とは基本的に、自分の砲撃に耐えられる事を基本として防御設計を組むものだ。

この二隻にとって、単艦でコレほどの強打を示す相手と出くわしたのは初めてだった。

 

「オ前アソコ落トシタッテ言ッテタジャン。アンナ精鋭残ッテルジャン!」

「オカシイナァ……」

「オ前部下カラ騙サレテナイ?」

「ソ、ソンナコトナイ……筈ッ」

「向カッタノ誰ヨ?」

「リボン姉妹……」

「ア、ソリャ間違イネェワ。皆殺シダワ」

 

戦艦棲姫を護衛する虎の子、装甲空母の鬼と姫。

この姉妹は戦艦棲姫至上主義者であり、虚偽報告など在りえない。

愛する主君の久しぶりの殲滅命令に嬉々として出撃し、あらゆる命を根こそぎ刈り取ってその通りの報告を上げただろう。

少女は犠牲となった連中の冥福を祈った。

無論、皮肉の当てこすりである。

 

「アッチノ泊地二新シイ部隊ガ駐留始メタノカモ」

「ソノ可能性ハ高イカモシレナイ。ムゥ……正確ナ位置マデハ判ッテ居ナイノガ痛イ。セメテ場所知ッテルリボンズガ居レバナァ……」

「アノ子達ガ居タラ、見敵必殺以外出来ナイワヨ?」

「デスヨネー」

 

この期に及んでたった二隻で来たことを後悔するが、自分達以外に好奇心を戦闘本能に優先させる仲間が思いつかないのだから仕方ない。

今一人、二隻が縦セタと呼ぶ仲間なら連れてこれたが、その深海棲艦は陸上基地タイプの為に長距離の移動に恐ろしく手間がかかるのだ。

更に自分達の戦力が、並みの深海棲艦に換算すれば一地域分に匹敵するという自負もある。

たった一戦で目に見えた損傷を負う等、正直考えても居なかった。

 

「アイツラ、良イ部隊ダッタヨネ」

「昼ノ損害カラ夜戦ノ構エヲ見セツツ、闇二乗ジテ二手二分カレテ撤収シテタ。ネェ水マフ……アイツラ、ドッチガ囮ダッタト思ウ?」

「ソリャ巡洋艦共ダロ。普通戦艦ト空母ヲ逃ガスッテ」

「……ソウネ。デモ、私ハ逆ダト思ウ」

「何デ?」

「私ナラ、ソウシタカラ」

「世界ガオマエヲ基準二動イテイルト思ウナヨ」

「フフ……ソウネ。デモ私ハ、ヤッパリソウ思ッテル」

 

発言が自分本位になっている事を指摘され、思わず苦笑した戦艦棲姫。

しかし根拠のない発言ではないので撤回する心算も無い。

あの敵戦艦は夜戦の先頭に立って向かってきた。

その行為に敵部隊の戦意を感じたため、こちらは交戦を続行した。

敵の巡洋艦はこの間に戦線を離脱しているのだ。

ほぼ自力では動けなかったであろう重巡洋艦を、軽巡洋艦が曳航して。

あの戦艦は突進攻勢の先頭ではなく、味方撤収の殿を務めていた。

そして、それはかつて自分もやったことだ。

その先も同じだとすれば泊地に戻ったのはあの巡洋艦達であり、戦艦と空母こそが囮として別方面に誘導しようとしたのではないか。

 

「脚ノ遅イ戦艦ト空母ガ囮二ナッテ如何スルヨ?」

「アノ状況、自分デ動ケナイ重巡ヲ曳航スル軽巡ト、一応ハ自力航行ガ出来ル戦艦ト空母……ドチラノ脚ガ遅イカシラ?」

「仮二巡洋艦ガ本命二向カッタトシテ、大シタ脅威二ナラナイジャン。潰スナラ当タリデモ外レデモ戦艦ト空母ダロ?」

「……ネェ、貴女ハアノ四隻ノ中デ、誰ガ一番強イト見タ?」

「ハ? ソリャ戦艦二決マッテ――」

「私ハ軽巡洋艦ガ怖イヨ」

「……エ?」

「私ハ、アノ軽巡洋艦ガ、一番強イト感ジタワ」

 

小さな戦艦は隣の姫の顔を覗き込むが、冗談を言っている風ではない。

真剣そのものの表情でそう語る戦艦棲姫だが、少女はいま一つ実感が持てなかった。

特に射程が長いわけでもない。

艦砲が強力なわけでもない。

確かに足は速かったが、ソレは軽い艦なら当たり前である。

少女が海戦の様子を一つ一つ思い出そうとしたとき、風に乗った雨粒が目に入った。

不快気に舌打ちをして瞼をこする。

しかし急に振り出した雨は徐々に勢いを増して行った。

 

「潰セル敵カラ潰スノハ、基本ヨネ?」

「ソウダネ。ダカラ僕ッテバモテルンダヨ……」

「見タ目弱ソウダカラネ。ダケド、ダカラ私達モ巡洋艦カラ潰シニ掛カッタワネ」

「ウン」

「……ジャア何デ、アノ子ハ無傷デ逃ゲラレタノ?」

「ッ!?」

「装甲ヤ耐久ハ硬ク造レバ生マレ持テル。デモ回避能力ハ経験ト慣レヨ。アノ軽巡二粘ラレタカラ、戦艦ハ貴女ヲ狙エタシ空母モ重巡モ沈メ切レナカッタ」

「舐メタ真似シテクレルジャン……」

「ソレ二気付カナイ自分ノ未熟モ忘レナイデネ? コレダカラ最近ノ若イ子ハ……」

「……ウッセーガミガミババ――ッグハァ!?」

 

突如姫の右手が霞む。

同時に額の中央に衝撃が走り、後屈気味に吹き飛ぶ小さな戦艦。

中空で機敏に身体を丸め、回転しつつ重い尻尾を一つ振るう。

驚異的な対空感覚で自分の高度を算出し、地面スレスレながら何とか足から着地した少女。

しかし陸上の軽い体躯では衝撃を殺す摩擦は持てず、数歩分の距離をスライドする。

離れた姫に目を凝らせば、右手を真っ直ぐ突き出して微笑んでいた。

親指を折り、他の四指は真っ直ぐに立っている。

掌底?

違う。

掌底突きなら折った親指は邪魔になる。

技後に手の形がああなるというのは……

 

「10㍍吹ッ飛バスでこぴんッテ暴力ジャネェ?」

「怪我人二暴力ナンテシナイ。愛ノ鞭ヨ」

 

朗らかに微笑むお姫様に、深いため息を吐く小さな戦艦。

最早生物としての規格が違うとしか言いようがないのだが、他の仲間から見ればこの少女も明らかにそちら側の住人である。

 

「シカシコウナルト、海域カラ全軍ノカセタノッテ悪手ダッタワ……」

「全クダ。艦娘共ノ物資ナンザ不味クテ食エタモンジャナイシ、補給出来ネェジャン」

「修復モネ」

「オ前ニシテハ、手際ガ悪イナ。アノ日カ?」

「下品ナネタッテ嫌イヨ。別二大シタ理由ジャナイノダケレド……」

「ド忘レ?」

「イヤ。単純二、貴女ガモット早ク飽キテ帰レルト思ッテ……此処デ長居スル可能性ヲ考エテイナカッタ」

「ヒドイッ、僕ヲ信ジテイナイノ!?」

「少シダケハ信ジテ期待シテルカラ、コウシテ付キ合ッテモイルンジャナイ……」

「面倒見ノ良イネグリジェ、僕大好キダヨ」

「エッ……ソ、ソゥ?」

「……オ前、チョロイッテ言ワレタ事ネェ?」

「……昔、ゴスロリニ」

「アァ、アイツニモ構ッテルンダ……面倒見ノ良イ事デ」

 

半眼で呟く小さな戦艦。

その尻尾が戦意の高ぶりに合わせて小さく揺れる。

自分がこの姫を使うのも泣かせるのも良い。

しかしそれを他の誰かがするのは絶対に許さない。

最も、あの引き篭もりも全く同じ心算に違いなかった。

少女は心の中の何時か決着をつける相手リストに、赤字でゴスロリと書き込んだ。

 

「スグニ戻セル?」

「実ハ夜戦シナガラ呼ビ戻シハ始メテイタノ……皆楽シソウ二遊ンデテ、中々戻ッテ来ナイケド」

「……人望ネェノ」

「ガ、頑張ッテ召集掛ケルカラッ」

「ウン。ヨロシク」

 

肩を落としてしょぼくれる姫に、半眼をくれる小さな戦艦。

事の発端は自分であり、戦艦棲姫の判断も自身の飽きっぽさが招いたことではある。

自覚もしているだけに、此処で大っぴらに責める事も出来なかった。

協議の末、二隻はお目当ての空母の探索を続行する。

確かにあの部隊は強かったが、半壊させている事もまた事実。

あんな艦隊が早々湧いてくるはずもなく、それが撤収した今こそ最も安全に探索が可能であろう。

生き残った連中が増援を呼んでくるだろうが、その時は先頭集団を叩き潰して撤退すればいいのである。

戦艦棲姫としてはこの若者がやっとやる気を出してくれた事が純粋に嬉しかった。

この子が自分の才能と真剣に向き合って鍛えこめば、必ず自分よりも強くなる。

気長に待つ心算であった少女の覚醒の時が、やっと見えてきたのだ。

 

「ネェ、水マフ……」

「アン?」

「良カッタネ、戦ウ理由ガ見ツカッテ」

「アー……自分ジャ分カラナイネ」

「フフ」

 

少女は自分が話した空母に拘っている。

しかし既にその戦い方はイメージが出来ているはずだった。

其処に向かって修練を積めば必ず結果はついてくる。

何せこいつは姫たる自分が初めて見つけた天才なのだ。

寧ろ実物など見ず、少女の中の理想に向かって邁進するほうが良いという気さえする。

そう言った所で聞き分けはしないだろうが。

 

「ヨシ、例ノ泊地ヲ探シテ、其処デモ痕跡無カッタラ撤収シヨウカ」

「ン、付キ合イマショウ」

 

こうしてこの海域はたった二隻ながら、強力な戦艦が跋扈する危険海域に変貌するのであった。

 

 

§

 

 

二隻の深海棲艦が今後の方針を話し合っていた頃の事。

大和と赤城はその島から遠い、別の孤島に停泊していた。

 

「大丈夫ですか、赤城さん」

「はい。航行に支障はありません」

「本当に、貴女までお付き合いくださらなくても……」

「私まであちらに行けば、貴女が囮と露見しますよ」

「ですが……」

「あら、貴女はご自身を捨て身になさった心算ですか?」

「むっ。そんな心算はありませんとも」

「なら、大丈夫でしょう。帰るのが少し、遠回りになっただけですよ」

 

温和に微笑む赤城。

その艤装はかなりの被害を受けており、飛行甲板は真っ二つにへし折れて前半分が消失している。

黒髪の戦艦が解き放った、たった一発の砲弾によって。

 

「……とんでもない相手でしたね」

「はい。あの二隻、見たことのない艦形でした」

「タ級やル級とも全く違った強力な戦艦種……、アレが鬼や姫なのでしょうか?」

「おそらくそうでしょう。奴らの出現が、この海域の深海棲艦消滅に何らかの関係があると思います」

「黒髪の主砲と装甲……私でも多分、届きませんよ」

「私としては、あの小さな航空戦艦が脅威に感じました。あの体躯と艤装で百機以上の爆戦です……対策がなかったらと思うとゾッとしますね」

 

二隻は顔を見合わせ、肺が空になるほどの息を吐いた。

あ号作戦時、大和達は多くの深海棲艦と戦い、その殆どを海の藻屑と化して来た。

しかしある時、敵空母ヲ級部隊の時差をおいた艦攻爆機の波状攻撃に大損害を受けてしまった事がある。

それは苦い記憶だが、戦訓は得た。

この海域の主力部隊は、深海棲艦の正規空母。

その事を学んでいた大和達は、赤城の艦載機に強力な戦闘機を積んできたのである。

敵空母の艦載機さえ叩き潰してしまえば、この海域で遭遇する水上艦は重巡洋艦がせいぜいであった。

それも過去形になったのだが。

 

「紫電改二を五十二機積み込んで、制空権はほぼ互角とかおかしいでしょう……」

「認めたくはありませんが……ほんの僅か、押し込まれた部分があります」

「うわぁ……」

 

赤城は敵戦力を過大にも過小にも見積もらない。

自身が戦闘中に肌で感じた主観と、現実の結果からなる客観の落差を出来るだけ埋めてありのままに話してくれる。

それは戦術を立案する上では非常に重要な情報だが、あまりに絶望的な話となるとげんなりするのは仕方ない所だろう。

赤城としても自分で言っていて嫌になった部分がある。

どうして自分は、たった一人で飛ばしているのか。

海上で肩越しに振り向いて、其処に加賀が居ない事に違和感が消えない。

ずっと、ずっと探していた相棒は、遠い自軍鎮守府にいる。

それでも、同じ海の果てにその存在を感じられた。

無いものねだりだとは思う。

今無理をさせてはいけない事は分かっている。

しかし赤城の自分勝手な部分がどうしても訴えかけてくる。

一緒に戦って欲しいなんて、贅沢は言わないから。

傍にいて、自分を見ていて欲しい。

それだけで今度こそ、自分は負けたりしないから……

本当に無いものねだりである。

生きていてくれただけで良いと、あの時加賀に言った自分は何処へ行ったのか。

欲深い自身に嫌悪感すら抱きながら、赤城の聴覚は大和の呟きを拾い上げた。

 

「五十鈴さん達、無事に戻れたかなぁ」

「単純な直線航路で戻ったりはしないでしょう。少し迂回して戻るとして……明日か明後日の帰港になると思います」

「他の深海棲艦と再遭遇している可能性が低い事が唯一の救いですね」

「全くです」

「遭遇戦から、今日で二日。五十鈴さんと足柄さんから提督に報告が届くのが、あと三日程掛かりますかねぇ……」

「早ければそれくらいになるでしょう。加えて、予定では明日辺りで第三艦隊が到着予定でした。なんとか合流できていれば良いのですが……」

「そうですね……まず第一艦隊の損傷を回復して、その上で全軍を一旦前線に集結させて対策を練りたい所です」

 

特に自軍鎮守府には加賀と雪風がいる。

この二隻と合流して対策が取れれば、姫種と思われる二隻との再戦も勝ち筋がある。

加賀はこの鎮守府に来てから艦隊行動をした事はないが、最近では単艦で艤装をまとって近海を流す姿も見られている。

その実力は未知数だが、艦娘の戦闘経験では間違いなく鎮守府一の場数があった。

勿論この時、鎮守府で加賀の魔改造計画が進められている事は全く知らない二隻である。

 

「加賀に申し訳ないわ……」

「ほぇ?」

「もう少し、傷を癒して欲しかった。だけど駄目……私が損傷して所在不明になった以上必ず来る。来てくれる、来てしまう……そして、私はそれを内心で……喜んでもいます。度し難いわ……」

「其処までお相手が分かっているのですね。素敵な絆だと思います」

「お互いに面倒だって、思うこともあるのですよ? 私から見れば、貴女と雪風さんの方が余程綺麗で、純粋な絆を育んでいる様に見えますよ」

「そう……でしょうか? 私は、雪風の事を信じていますが……分かってはいませんから」

「雪風さんは、来ないとお考えですか?」

「……だから、分からないのです。来てくれる気もするのだけれど……来てくれなかったとしても、私はきっと納得する」

「大和さん……貴女はもう少し欲をかいても良いと思いますよ?」

「んぅ……大和はとても欲張りですよ?」

 

大和は首を傾げて少しの間考え込んだ。

雪風の事、提督の事、そして仲間達の事。

その一つ一つが、大和が現世で手に入れた宝物である。

いまだ短い時間だが、それらとの思い出を掘り起こせば大和の心は満たされてゆく。

しかし罅割れた心は満たされても直ぐに零れてしまう。

結局いつも最後に残るのは、自分の罅より唯一大きい雪風への想いと……誰にも向ける当ての無い世界への憎悪だった。

 

「ねぇ、赤城さん。貴女はご自身が沈んだ時、何を思いました?」

「……ただ、熱くて……加賀が居なくて、行かなきゃって」

「す、凄いですね……でも羨ましいです。其処まで、誰かを想えるのは」

「大和さんは、どうなのです?」

「良くぞ聞いてくれました!」

 

大和は満面の笑みでそういうと、赤城の両肩を掴む。

陸上とはいえ戦艦の握力で捕まれるのは苦痛だったが、振りほどく気にはなれなかった。

笑みのまま瞳から溢れる涙がほろほろと零れ、赤城の目の前で静かに俯く様をただ見ていた。

 

「大和は…………口惜しかった」

「……」

「巨額の国費を費やし、民の暮らしを押し潰し、そうやって生まれておきながら、うすらでかい図体で何一つ守れず、成せず、変えられず……自分が沈む事になんの意味も見出せなかった事が悔しくて憎くて口惜しかったんですっ」

「大和さん……」

「ど、どうして大和みたいな役立たずが作られてしまったの!? 戦艦じゃ海は守れても空は守れないって、手の届かない上から押し潰すほうが強いって……赤城さん達が教えてくれたのに!」

 

感情のベクトルが定まらず、思いの丈が大和の口から勝手に溢れて吐いて出る。

最強の戦艦という肩書きが。

掛けられた期待と失望が。

戦艦の艦娘としての長身すら、全てが大和の心を押し潰してきた。

一度其処に罅が入れば、決壊した心は溜め込んだ涙の全てが干上がるまで止まらなかった。

 

「戦艦になんか成れなくて良かった。私の鉄が人の営みになるならそれで……鍋でも包丁でも、何かの役に立ちたかった! 重いタービンを回す貴重な重油なんて要らないっ。人が、誰かが暖を取る、ほんの僅かな油になりたかった。だけどっだけど私はぁ……壊して、殺す為に作られて……結局大和が壊したのは、私に乗った三千人以上の人生じゃないですかぁ……」

 

縋りつく事すら出来ず、大和の手が赤城の肩から滑り落ちる。

目の前にあった大和の顔が、自身の腹部まで下がっていた。

最早立っている事もままならず膝を着いた大和の頭を、赤城は無意識に抱きしめていた。

凄まじい罪悪感が赤城の心をすり潰そうとしている。

赤城の中には常に大和に対して引け目があった。

大戦艦巨砲主義が横行していた時代に、航空母艦集中編成による機動部隊の強さを知らしめた事。

自分達の勝利と栄光の引き換えとして、大和達が主役として在れた時代を押し流した。

ならばせめて、最後まで勝ちきってやる事が出来たなら……

元々無謀な戦力差があった。

こちらは一度でも負ければ換えがきかず、相手は何処かで一度でも勝てば逆転出来てしまえたのだ。

戦い続ければ、何時かは負ける。

永遠に勝ち続けるなど出来るはずが無い。

しかし今の赤城が、この若い戦艦の頭を抱き寄せながら痛切に思う事は勝ちたかったと言う後悔だった。

そうすることが出来ていれば、大和は戦わなくてすんだかもしれない。

赤城と違い以前の自分に何の意義も見出せず、後悔と罪悪感ばかりを抱いてしまった大和にとって、戦場に出ることは苦痛を伴うものだったろう。

それでも、大和はずっと言っていた。

自分はホテルじゃないと。

戦艦なんだと。

ずっと、ずっと自分に言い聞かせていたのだろう。

かつて長門が持った印象を、赤城も此処で共感した。

この大和は本当に、戦う事に向いていない。

赤城はこの時自身の頬をぬらすモノに気がついた。

ぼんやりと上を見上げれば、いつの間にか雲が出て、雨天へと移り変わっていた。

 

「深海棲艦を沈めるたびに、私の胸がほんの僅か、暖かくなります……赤城さんには、そういうのってありません?」

「敵を沈める事に、特別な思いはありませんね」

「そっかぁ。私は、敵を沈めるとね? 心に小さな灯火がつくんです。それが暖かくて、気持ちいいの。そしてその火に照らされて、昔のことを……思い出すの」

「……」

「大和の中に綺麗な想いなんて無かった。狂うほど恨んでいた。思い出したくも無い自分自身。だけど、色んな人の思考が私の中に混ざり合って、最近はもう……どれが当時の大和の気持ちなのかすら、分からなくなって来ています。ただ、無性に悔しくて、憎いんですっ」

 

感情と共に荒々しい息を吐き出した大和。

多少は落ち着いたらしく、数度激しく肩を上下させると、更に肺のすべてを使って深呼吸した。

胸元に手を当て、紐で首に下げた二つの鍵の存在を確認する。

大和が自分の中にあるどす黒いモノを始めて自覚したのは、司令官と雪風の信頼関係を目の当たりにした時だ。

生まれて始めて経験する妬み。

兵器が感情を持つことの行き着く先にあるものがなんなのか……

漠然と意識して怖くなった。

そして一度でも自分の中に黒い感情を自覚すると、最早歯止めが利かなかった。

かつての自分に出来なかった、敵艦船を沈める行為。

現世でそれを成す度に疼くかつての無念。

憎んだ相手は自分自身と、当時の世界と時代そのものだった。

たった一人、提督への嫉妬に右往左往していた自分はなんと可愛らしく無知蒙昧だった事か。

それ所の話ではなく、戦艦大和は世界の適応不全者だった。

だけどあの時自覚したのは、妬み辛みだけではなかった筈だ。

自分の中で一番大切なものがなんなのか、相手の前ではっきりと口にしたのもその時だった。

雪風を慕っていると。

大好きだって伝えた時の自分は、この憎らしい世界の中で一番綺麗なモノを掴んでもいた筈だった。

 

「私は、雪風が大好きです」

「えぇ。存じています」

「大好きで、信じています。だから私は、雪風が望むことを叶えたい。雪風が描く大きな絵の中の線の一本になれるなら、大和は沈んだって構わない……」

 

ベクトルは大分異なるが、大和は今なら提督の気持ちが分かる気がしていた。

あ号作戦の時、司令官は雪風の独断専横の先に、大きな目的がある事を信じていた。

自分にはそれを見通すことが出来なくても、雪風の見据えるものに賭け、そして勝ったのだ。

雪風は、自分を助けには来てくれないかもしれない。

その結果自分は沈むかもしれないが、雪風がそうするとすれば、それは大和一隻よりももっと大きなモノを、もっと広い何かを守るために必要な事なのだ。

心からそう信じているから、大和は今も戦える。

 

「雪風なら絶対に私の死を無駄にしない。私が沈んだ海の上で最終的な勝者になって、私達を勝たせてくれる。そう信じているから、雪風は此処に来なくても良いのです。あの子がいてくれる限り、艦娘大和は自身の生も死も肯定してやれるんです。今の私は、雪風によって生かされて……生きていることを許されているんです」

「……健気ね」

 

一歩間違えれば狂気に落ちるギリギリの所で、大和は雪風に救われていた。

共依存にもなれていない一方的な慕情だが、当人にとっては掛け替えのない大切な想いなのは認められる。

考えてみれば、自分と加賀の絆だって外から見れば理解不能な事だろう。

今更人の事など言える筈も無かった。

赤城は大和を離し、一歩退いて雨空を見上げた。

 

「だけど、そうやって頼られる雪風には、迷惑な押し付けになってしまうじゃないですか」

「そうかもしれませんね……」

「だから、大和は簡単には諦めません。何時か雪風と同じ高みで同じものを見るために。何時までも、負けっぱなしで居られるものではありませんっ。大和は、負けず嫌いです。あの澄ました小さな駆逐艦が、絶対に手放せないって思えるくらい、強くなるって決めたんです」

「大和さん……」

「相手が鬼ならば、鬼すら砕ける火力を……相手が姫であっても、その砲火に耐え抜く装甲を……」

 

感情の高ぶりが顔の筋肉を強張らせ、震える歯がぶつかってかちかちと音を鳴らす。

降りしきる雨の中、41㌢連装砲を一度だけ空に解き放つ。

至近距離で戦艦主砲を発砲された赤城は音と衝撃に顔を歪めるが、大和自身は小揺るぎもしていない。

 

「一隻で世界だって、覆せるモノになる……そう、あの黒髪の姫みたいに。雪風がどんな苦境にあっても大和だけは失えないって、そう思うくらい……強くっ」

 

多くのモノを、そして何より自分自身を憎む大和が、思いの丈を篭めて放った主砲はどれ程の火力に変わるのか。

そんな事を考えながら砲身と、その向く先を見つめる赤城。

個にして世界を覆す……

赤城は目の前で泣きながら空を睨む艦娘が、間違いなく大和の化身だと改めて感じる。

そんな夢みたいな絵空事こそ、人が大和型に託した願いなのだから。

かつて誰かが大和に篭めた想いを、今度は大和自身が口にした。

この若い戦艦は気付いているだろうか。

その発言は世界の、多くの存在が共有する常識への宣戦布告だと言う事に。

海の片隅の小さな島から産声を上げた復讐者。

かつて時代に背かれた戦艦大和が放った最初の砲火は、航空母艦赤城によって見届けられた。

次さえ与えられれば、大和はきっと強くなる。

今までだって恐ろしく強かったけれど、今より更に。

蛹が蝶へと羽化する瞬間を見たような気分だった。

赤城は大和に手を差し伸べる。

大和はぼんやりとその手を取ると、穏やかに引き上げられた。

 

「強く……おなりなさい。我が、旗艦殿」

「赤城さん……」

「長門さんより、武蔵さんより、あの黒い戦艦より……そして世界より。誰よりも何よりも強くおなりなさい。貴女の傍で、貴女の往く道を私が開きましょう。雪風さんより近くで、貴女が強くなっていく所が見れる。年甲斐も無く、高揚してまいりました」

 

大和は必ず生かして返す。

それこそ自分を盾にしてでも。

大和は雪風なら自分の死を無駄にしないと信じている。

しかし今なら赤城も信じられる。

例え此処で沈もうとも、この大和なら自分の死すら糧に強くなってくれると。

 

「まぁ……加賀を残して逝く気もありませんが」

「ん? すいません、雨でよく……」

「何でもありませんよ。それより、今のうちに移動しましょう。視界も悪く電探も使いづらい雨天の方が動きやすいです」

「あ、そうですね……連中はこの海域は不慣れに見えました。ならば悪路であるほうが、地理に強い私達が有利!」

「はい。それでは……」

「ん……第一艦隊、抜錨! 目標は維持任務を受けた第二鎮守府。あの二隻を除く敵はいないと思いますが、索敵を怠らずに参りましょう」

「了解。一航戦赤城、出ます」

 

あの化け物は戦いに来たというより、何かを探しに来ているという印象だった。

深海棲艦が此処から姿を消した今、可能性として最も高いのは第二鎮守府だろう。

陥落させた鎮守府を放置してもう一度来る理由は分からないが、それでも相手はたったの二隻。

この広い海で敵が二隻しかいないなら、遭遇せずに戻れる可能性のほうが高いだろう。

大和と赤城は揃って海へと繰り出した。

一隻は必ず来るであろう相棒を迎えるため、もう一隻は来るかどうかも分からない相手の所へ自力で帰り着くために。

 

 

§

 

 

その司令室には提督たる彼女と、予備役に回された雪風。

そして秘書艦の加賀が集まっていた。

話し合いの内容は、勿論加賀の魔改造計画。

もう一人の当事者たる工廠部部長は、加賀に積む艦砲の開発に取り組んでいた。

 

「しれぇー。電文ってなんだったんですか?」

「ふむ。大本営からの通信ですね。深海棲艦の勢力拡大に伴い、各鎮守府のノルマ増量と期限の切り上げの可能性があるから備えておけと」

「うちの鎮守府に問題は無いでしょう。提督が集めてくださった資材が各種五千以上。第二艦隊が集め、第二鎮守府に持ち込んだ資材か各種二千五百。当面は急な戦闘にも十分対応可能です」

「うちはしれぇが軍規に多少遊びを持たせてくださいますからねー」

 

加賀の魔改造計画は関わったメンバーが私財を投じて実行したため、鎮守府の財政には影響が無い。

しかし一般的には軍の装備に私財を投じて勝手な強化などさせてもらえない。

その辺りは司令官の運用方針一つなのが、現在の鎮守府の仕様である。

今回は提督すらノリノリで投資している為、何処からも文句は出なかった。

しかも今回の計画の副産物で、戦艦の主砲を筆頭に様々な艤装が開発されている。

加賀の強化に当てはまらずに外れ扱いされた様々な装備も、他のメンバーなら使いこなせるものがあるだろう。

 

「搭載する艦砲は、結局何にしたのです?」

「38㌢連装砲が最終候補に挙がっています」

「ほぅ……」

「性能的に前向きな所を申し上げますと、加賀さんは艦載機と誘導魚雷で超遠距離から中間距離までの攻撃手段が豊富という事です。其処を掻い潜って来る相手に対し、初速が速く近接戦に強い38㌢砲を叩きつける……というオールレンジ対応型に作りこんでいこうと思います」

「性能的に後ろ向きな所を申し上げますと、実際に背負ったとき、41㌢、46㌢砲だと重すぎました。41㌢砲ならまだ扱えない事は無いのだけれど、46㌢砲だと完全に私がバランスを失うわ。一方35.6㌢砲なら違和感無く扱えたので、その中間を試してみようと言う事です」

「38㌢砲で使いづらい時は、如何なさいます?」

 

加賀は少し考えたが、性能としては既に一定の結果を出している。

この上は理想最大値を取るか実戦の挙動を取るかであった。

 

「35.6㌢砲になるかしら」

「そうですねぇ……雪風としましては41㌢砲を推したい所ですが、完全に浪漫思考だって分かってますので……」

 

やや残念そうに俯く雪風に苦笑する司令官。

 

「なんにせよ……コレでまた、私が一人寂しく執務をする日々が近づいてきたのですね……」

「し、しれぇ?」

「ふふ、良いのです雪風。覚悟はしていたの。加賀さんは何時か、青い海の彼方へ旅立っていくって。だって其処に赤城さんがいるんですもの。思う所もあって改造計画に乗ってしまいましたが、戦力なんて強化したら前線に行くに決まってますよね……私、何を調子に乗ってはしゃいでいたんだろう。自分の首が絞まる事まで考えてもいなかった」

「そろそろ誰か秘書専門の艦娘を入れましょう。提督が激務を為さっている事は、秘書艦をさせていただいて私も痛感したわ」

「元軍艦で戦う為に生まれてくるような子達が、秘書専門なんてやってくださいますか……?」

 

やってくれるかではない。

彼女は命令してさせて良いのだ。

その発想が出てこないのは雪風としても加賀としても好印象だが、それで彼女が潰れたら目も当てられない。

 

「雪風がこのままやっても良いのですが、はっきり申しまして一番貢献出来ない立ち位置なんですよねぇ……」

「何事も向き不向きがあるわ。気にしないで」

「……本音は?」

「出来る出来ないの話じゃないの。やるのよ」

「えうぅー……」

「まぁ、秘書艦として仕事が出来るかどうかは別にして……雪風が居てくれるならそれはそれで有りなんですよね。貴女がいると、色々と楽なんですよ」

「ええ。話し手としても聞き手としても……貴女と話していると考えが纏まりやすいわ」

 

自覚の無い部分をべた褒めされた雪風はきょとんと小首を傾げてしまう。

卓上のお茶請けである最中等をかじって見せる仕草は、歴戦の武勲艦である事を全く感じさせない愛らしさがあった。

島風の言葉を借りるなら、ハムスターっぽい可愛さになる。

 

「所で、第三艦隊の哨戒帰りと定時連絡って明日でしたっけ?」

「そうですね。こちらも電文を使えればいいのですが、内陸から来る大本営と違って海近くから送る電文って届いたり届かなかったりするんですよね……」

「今の海は奴らの領域だから、仕方ないわね。確実に伝えたい事は直接行き来するしかない。迂遠だけど、致し方ないわ」

「ふむぅ……雪風は少し思ったのですが……」

「なんですか?」

「ほら、今何故かあっちの領海に敵が居ないみたいじゃないですか」

「はい。だから、資材の消耗も最小限です。それでもこちらは全力で集めていますから、備蓄も右肩上がりですね」

「その上で、あっちの鎮守府に引継ぎにくる提督さんも決まりそうなんですよね?」

「そうですね。人事としてはほぼ人が決まったみたいですよ」

「資材の潤沢な備蓄に、こちらの損害も無い……ならばその資材と戦力をもって次に行うのは、とうとうこの鎮守府正面の危険海域の制圧ですね!」

「ええ。実は私が加賀さんの改造を推したのは、その作戦を睨んでの事です」

「おぉ、しれぇが、しれぇっぽい事を……」

「貴女から学んだ考え方です。いや、余所様ではこういう事って提督が考えると聞いたときは本当に……ヤバイって思いましたよ」

「うちだと目的を定めた後、達成方法は大抵第二艦隊旗艦が示してくれるようですからね」

「雪風が無い頭で考えた事を、しれぇがお許し下さるから出来ることです。権限が無ければ雪風に出来ることなんて、駆逐艦一隻分の力しかないんですから」

「ダウト」

「面白い冗談ですよ、雪風さん」

「な、何故ですかっ」

「よう、楽しそうじゃねぇか」

 

最後に割り込んできたのは、改造計画に携わった最後の一人。

工廠部部長のベネットである。

彼は扉を開けずにすり抜けて入室すると、一枚の紙を虚空から呼び寄せ司令官に手渡した。

 

「これは……」

「書いてある通り、現状こっちの技術で38㌢砲ってつくれねぇわ」

「なんと……」

「元々海の向こうで主に使われていた主砲だからな。空気が合わねぇんだかどうなんだか……おれっちの腕じゃあ、資材どんだけ費やしてもまぐれ当たり以外じゃ引けそうもねぇ」

「フェアリーテクノロジーって妖精さん自身にも未知数な部分があるようですからね。作れないと言うなら致し方ありません」

 

そう言った彼女は卓上の端末を操作する。

其処にやってきた雪風と加賀。

彼女の指が幾つものキーを操作し、最後に送信して完了する。

 

「此処まで来て、主砲に妥協なんてありえません。大本営に在庫がないか問い合わせました。あったらそのまま送るように頼んであります」

「……お幾らでしょう?」

「まぁ、提督職って月給は高いけれど使う時間がありませんから。私達三人で返上した賞与の残りに加えて、私がローンを組めば何とかなります。生活だけなら此処に篭ればいい事ですし」

「そっか、しれぇは此処から出なければお金なくても生活できましたねぇ」

「はい。お高い装飾等にも興味がありませんし、今回のお祭りは楽しかったので最後まで納得の行くものにしたい所です」

「ありがとうございます」

 

魔改造の当事者が静かに頭を下げると、雪風はその背を叩き彼女も一つ頷いた。

後は主砲の在庫があれば、それを積み込む。

無ければ手に入るまで35.6㌢砲で様子を見ればいいだろう。

司令室に穏やかな空気が流れかけた時、急な警報が鳴り響いた。

音の種類から敵襲ではなく、艦娘の緊急入港要請だと知れる。

要請してきたのは第二艦隊所属駆逐艦、島風であった。

 

『緊急連絡よ! 司令官との面会を請うわ』

『そのまま司令室にいらしてください。雪風も加賀さんも揃っています』

『良いわね、話が早いわっ』

 

既に近海まで来ている島風の無線でそれだけ打ち合わせると、司令室にも緊張が走る。

 

「……あいつ、単艦で来ていましたか?」

「余程の事が起こったと見るべきでしょう。部長、私の艤装は?」

「後は加賀っちゃんが身に着けるだけさ」

 

部長の言葉に頷く加賀。

雪風は何時でも出撃出来る準備は調えてある。

やがて司令室に顔を出した島風がもたらした情報は、その場に居た全員の心に霜を降らせた。

 

「第一艦隊は大和さんと赤城さんが所在不明……」

「五十鈴さんと足柄さんが第三艦隊と合流して第二鎮守府へ帰港ですか」

「そう。そして第二艦隊も、羽黒が損傷大よっ」

 

島風達第二艦隊は、前線の第二鎮守府から遠征して物資を集めていた。

何せ其処には深海棲艦など居ないのだから、態々自軍鎮守府まで戻ってくる必要もない。

資材を集めては第二鎮守府に溜め込み、また遠征を繰り返す日々。

そして今から数日前、羽黒の索敵機が二隻の敵影を発見。

艦形は見たことが無かったが速力からして戦艦と判断した羽黒は、収集した物資を捨てて撤退を選択した。

夕立の三四ノットに合わせたとしても、戦艦相手なら逃げ切れる筈。

それは半分は正解であり、もう半分は見事に外れる事となった。

二隻のうちの一隻、若しくは二隻ともが航空戦艦だったらしく、百機程の艦爆に襲われた羽黒達。

それでも最初から荷物を捨てて逃げていた事もあり、何とか羽黒の大破と夕立が小破の損害を出しながらも第二鎮守府に引き上げる事に成功する。

敵戦艦と思われる二隻は、艦爆で襲ってきた以外は特に追撃をかけて来る様子は無かったらしい。

 

「で、逃げ帰って直ぐに第三艦隊も入ってきた訳よ。足柄は大破して自力で動けず。五十鈴はほぼ無傷みたいだけど、大和達は殿から囮になってまだ戻っていなかった。最低でも赤城は中破状態だったって」

「あっちは入渠ライン二本でしたよね……」

「うん。ぽいぬが直ぐに出られたから、入れ替わりでなんとかね。だけど、うちの戦力のツートップが不在のままで化け物戦艦が迫ってきてるの。なんか、真っ直ぐじゃなくていろいろ手探りみたいなんだけど……だんだん第二鎮守府方面に向かっているって羽黒が言ってた。至急増援を送らないとヤバイわよ!」

「増援と申されましても……」

 

雪風と加賀は互いを見合わせる。

此処で残った艦娘は、最早雪風と加賀しかいない。

雪風は島風が持ってきた情報を頭の中で整理しつつ、司令官に許可を得て幾つかの確認を済ませる。

 

「ねぇ島ノ字や」

「なんですかな雪ノ字や」

「……大和さん達が交戦した敵と、島風達を艦爆で襲った敵……同じ敵だと思いますか?」

「長身黒髪と銀髪のチビ。五十鈴と容姿の確認は済んでいるわ。服っぽいモノも同じ、そして今までの等級で類似がない艦形……それが全く別物の可能性は逆より低いと思うわね」

「なるほど、分かりました。次に第二艦隊が撤収する時、その二隻以外の深海棲艦を見ましたか?」

「いや……爆撃掻い潜って逃げるのに手一杯だったけど、少なくとも第二艦隊では見ていないわ」

「第一艦隊は?」

「ん……ごめん、其処は確認していなかった。でも五十鈴達と合流して来た第三艦隊は、第二鎮守府近海で一回軽空母共と戦った見たい」

「…………なるほど」

 

そういった雪風は俯いて考え込んだ。

万全の状態の第一艦隊を半壊させる敵がいる。

それも、たった二隻で。

状況はかなり厳しい。

 

「……強行な出撃をする理由が無かった。故にバケツの備蓄が無い……ライン二本は重巡洋艦で埋まっているから赤城さんが戻っても直ぐに入れない……か」

 

そもそも、大和と赤城が既に沈んでいる可能性だってある。

この場では絶対に言えないことだが、全員が考えてはいるはずだった。

大和達が生死不明の現状が不味い。

もし既に沈んでいるとすれば、もう第二鎮守府等放置して撤収すべきだろう。

しかしまだ生き延びていてくれるなら、置き去りにして撤退は出来ない。

現状では、雪風はまだ生き延びてくれている可能性が高いと思う。

これは決して希望的観測ではない。

その理由は……

 

「雪風……」

「はい、しれぇ?」

「現状、我々が取るべき行動はなんだと考えますか?」

「んー……不思議なんですよ。現状敵の強さが桁外れすぎて、かなり一方的に損害を被っています。でも……こっちが敵に対応出来ないだけで状況が不利じゃないんです」

「それはつまり……」

「はい。此処で応手を違えなければ、巻き返せると思います」

「なるほど。教えてください」

「はい」

 

応えた雪風は説明を始める前に、一度島風を見た。

視線に気付いた島風も真っ直ぐに見つめ返す。

其処にあったのは、不安と期待の入り混じった雪風の瞳。

これから自分が言い出すことが、受け入れられるか自信がないのだろう。

 

「うー……とりあえず何でも言ってみてよ」

「はい、では……増援は加賀さんと、ベネット部長で行って下さい。雪風はまだ、此処ですることが出来ました」

「まぁ……何となくそう言い出すのかなぁとは思ったんだけど……」

 

島風は半眼で相棒を見つめる。

たじろいだ様にやや上体を反らせるが、それでも気圧されない様に見つめ返す。

雪風が島風を怖がったことなど一度も無い。

今精神的に劣勢なのは後ろめたいからだ。

足柄と羽黒が大破し、赤城は中破して大和と共に行方知れず。

鎮守府には強大な敵が迫っており、味方の探索と防衛を同時に行わなければならない。

苦境であるからこそ、雪風は前線に向かう事の意味は大きい。

今の提督の下で最先任であり、多くの実績を積み上げてきた指揮官が、居るのと居ないのでは士気が全く変わるだろう。

行けるのに行かなかったとすれば、雪風への信頼だって揺れるかもしれない。

しかしそれでも、雪風が必要だと思うのならば……

 

「あんた、何を考えているの?」

「皆さんが此処に帰ってこれるように」

「その為に、必要なのね」

「はい」

「時間は?」

「多くはありません」

「ん……分かった」

 

島風は自分達のやり取りを見守っていた司令官に視線を向ける。

彼女は一つ頷くと、雪風の提案に沿った指示を出した。

 

「島風さんと加賀さんは、ベネット部長と共に第二鎮守府へ向かってください。大和さんと赤城さんを探して、可能であれば敵戦艦の撃破を。無理だと判断したら、あんな所さっさと引き払ってくれて構いません。撤退の判断は、加賀さんにお任せします」

「了解。出撃します」

「あ、しれぇー。ちょっと第二艦隊の編成を弄っていいですかー?」

「ん? まぁ、構いませんが……」

「ありがとうございます。では……島風」

「何よ?」

「雪風が行けず、羽黒さんが負傷した以上、第二艦隊の存続は島風と夕立に掛かっています。お願いしますから、雪風達が帰る所を潰さないでくださいよー?」

「当たり前でしょ。任せておいて。でもさっさと帰って来い!」

「こっちの面倒ごとが片付いたら、直ぐにでも駆けつけます。だから……第二艦隊暫定旗艦、よろしくです」

「うん……分かった。預かるわ」

「戦闘回避も撤退も出来ない時は、五十鈴さんに預かってもらってください。現有戦力だとそれしか活路って無いですから」

「い、五十鈴っ、あいつの下かぁ……」

「ものっそいガチガチで厳しいと思いますけれど、こういう時はすっごい頼りになる方ですよぅ」

「お、おぅ……分かった。そうする」

 

心底嫌そうではあるが、一応承知した島風である。

この駆逐艦は根が素直なため、一度口にだした事は守るだろう。

島風と加賀は揃って提督に敬礼し、第二鎮守府へ向かうために退室した。

 

 

§

 

 

司令室に残った二人。

しばらくは声も無く黙っていたが、ふと雪風が呟いた。

 

「しれぇー」

「なんですか」

「……鎮守府正面の危険域の制圧、遠くなっちゃいますね」

「そんなもの、皆さんが無事なら何時でも出来ますよ」

「……そうですね。雪風も頑張らないといけません!」

 

雪風はこれからの自分が取るべき行動を定めるため、確かめなければならない事がある。

それは提督たる彼女が居なければ出来ない事だ。

 

「それで、雪風は何を成す為に残ったのですか?」

「もっと早く気付ければ良かったんですが……深海棲艦の勢力図が変わっている可能性があったんです」

「……は?」

「第二鎮守府の領海から深海棲艦が消えました。そして入れ替わって現れた、姫種と思われる戦艦です。他の深海棲艦は、そいつの命令で何処かに移ったと考えるのが自然ですよね。だとすれば……」

「あ……つまりあちらの鎮守府の隣接か、そう遠くない所で深海棲艦の密度が倍になった海域があるっ」

「その通りです。苦労していると思いますよ? 何せ連合鎮守府からまだ三ヶ月、あ号作戦ならたった二ヶ月……吐き出した資材を集めなおす時期ですから。其処に対し、うちは資材に余裕があります。上手にお話を持ちかけて……」

「其処を基点に連合を組むのですね」

「はい。その姫がどうして僚艦を退かせたのかは分かりませんが、第一艦隊と交戦して第二艦隊とも接触しました。第三艦隊は他の深海棲艦と戦ったようですし、おそらく呼び戻しが掛かっています。現状こっちに確定の犠牲者が居ないのは、あそこに二隻しか敵が居ないからです。だけどその二隻に加えて、元からあそこにいた連中まで戻って来たら……奴らは出先で殲滅し、絶対に第二鎮守府の領海に戻らせる訳にはいきません」

 

他にも雪風には思案が有ったが、とりあえず長々と説明している時間が惜しかった。

雪風は司令室の窓から海を見る。

それほど時間を置かず、島風と加賀が出撃していくだろう。

本当は、雪風も一緒に行きたかった。

居なくなった大和を自分の手で探したい。

雪風が見つけ出したとき、大和は心底喜ぶ筈だ。

あの大和が、喜んでくれる……

自分は簡単に出来るから気付かなかった。

大和にとって心から喜べる事が、自分に関わることしかなかったなんて。

雪風は自分の手で医務室に送り込んだ大和を見舞いに行った事がある。

雪風の姿を見て震え上がり、ベッド上の土下座から始まった面会。

笑って謝罪を受け、水に流して逆に怪我をさせた事を謝った雪風。

その後の礼節に乗っ取った、型通りの見舞いの言葉のやり取り。

しかし一通りが済み、退出しようとした雪風に大和がぽつりと呟いた。

 

――大和にはそれでも良いですけれど……それを第二艦隊でやったら、そろそろ嫌われてしまいますよ?

 

ソレは残念ですが、そうなったら仕方ありませんよ……

頭の中に浮かんだその模範解答を、雪風はこの時言えなかった。

既に第二艦隊は雪風にとって大切な居場所だったからだ。

簡単に切り捨てられる絆ではなかった。

その後も二、三言のやり取りがあったが、兎に角突っかかって来たのは大和だった筈である。

そして始まったのは、互いに本音の殴り合い。

それはスパナで頭を殴ったことなど可愛く思えるほど、苛烈な口喧嘩になった。

双方に感情の制御が利かず、雪風はいつの間にか大和を泣かせてしまっていた。

かなりえげつない言葉を投げた気がするのだが、激昂していた雪風は正直覚えていなかった。

覚えているのは大和の事。

大和は雪風に、自分の中で雪の様に降り積もる憎悪がある事を打ち明けた。

前世の憎しみを思い出していく大和にとって、雪風を想う気持ちだけが前を向いて歩みだした証だった。

それほど必死に雪風を慕っていた。

自分の中でたった一つ、綺麗だと思える感情だったから……

ベッドの上で、シーツを握り締めながら泣いていた大和。

雪風はこの時、自分が今まで大和の何も見ず、聞いてこなかった事を痛感する。

泣きやんで欲しくて、慰めたくて、無意識に手を伸ばして大和に触れようとしたが、寸での所で自制した。

今の自分には大和に触れる資格など無いのだと思ったから。

触れれば喜んでくれる事は知っていたが、不誠実だった今の自分に大和の好意は眩しすぎた。

それほど真剣だったから、雪風も真剣に向き合う決意を持ったのだ。

こっちだって本気になったのだから、勝手にいなくなるなど絶対に許さない。

大和は必ず帰ってくる。

 

「大和さんは雪風を信じてくれる。雪風も大和さんの強さを信じてる……もうあ号作戦の時みたいに、雪風はぶれませんよ」

 

好き放題やらかしてくれた深海棲艦へ反撃の決意を固める雪風。

その口元に浮かぶ笑みは、時雨との演習で見せたソレに酷似していた……

 

 

―――――to be continued

 

 

 

 

 

――極秘資料

 

No3.駆逐艦夕立

 

鎮守府で三番目に建造された、白露型駆逐艦。

興奮すると目が紅くなる仕組みは謎。

通称ぽいぬ

 

 

・覚醒

 

機能1.瞳が真紅に染まります。中二病患者には永遠の浪漫です。

機能2.高い錬度を得るか、コンディション値60以上でこの状態に入る事を選択出来ます。

機能3.艦砲射撃に大火力を付加し、その他の戦闘行動にも上方修正が入ります。

機能4.コンディション値減少速度が増加します。

 

・共感

 

機能1.艤装に宿ると言い伝えられる、目に見えない妖精さんと感応出来ます。

機能2.艤装の限界半歩手前を感性で見極めて踏み止まれます。艤装の製造過程で生まれる誤差のレベルまで対応出来ます。

 

 

 

 




後書き

どうも、何時もの遅筆駄文メイカーでござーい。
最初の頃は二、三日で一つ投稿していたのになぁ……まぁあの頃は仕事してなかったけどw

今回とうとう大和さんを内側から侵食しているものが出てきました。
原作で大和さん、ホテルって言われると否定しているんですけど、ホテルしてる時はとても楽しそうに感じるんですよね。
自分でもホテルって言っちゃってますし、とってもぶれを感じます。
この辺りになんか……出雲丸に近いというか……。
大和さんって豪華客船やってたほうが幸せだったんじゃないかなぁって思いがあって、この性格になっていきました。
むっちゃんメインの時さらっと書きましたが、あの時の大和さんは幸薄いどころか幸せ絶頂期だったんです。
もっとも大和さんを出したときにはウィキの文字だけのイメージでした。
でも実際に大和さんを弄り回して声を聞いていると、あぁ、うちの大和はこれでいいやと今は納得もしています。
それとこのSSを書いていく上で物凄い悩んでいたキャラクター設定も、なんとか此処で固まりました。
殆どのキャラは性格も対他キャラとの好感度も頭の中にあるんですが、一つどうしても決めきれない部分がありました。
それが、大和と赤城の関係です。
この二隻の間に負の感情を持たせるか否かは、私の中でかなり長い間葛藤してきた部分です。
どちらであっても美味しい調味料になりえる要素でした。
しかし自分の腕には勝ちすぎる、調理しきれない魅惑の劇薬でもありましたorz
このSSでは赤城さんに一歩譲っていただき、このような形になりました。
それにしても、艦娘達が平和な鎮守府でキャッキャウフフするストーリーの筈がどうしてこうなったんだか……
あと今回日誌がありません。
遂にタイトル詐欺まで入りましたよ奥様orz
雪風の戦場が徐々に後方に移ってきましたが、前線はどうしようかな……そろそろこっちも覚悟を決めないと。
っていうか、前線で戦わない前線指揮官系主人公ってどうなんだろうとは思うんですが……
雪風には雪風にしか出来ない戦いをしていただきたいと思います。



現在二航戦と綾波と忍者のレベルを上げています。
でも追いつきません。無理ですorz
5-3も捕鯨もやってる時間がない;;
執筆とながら作業でやれるのがオリョクルしかないんですよね自分……
もっと高性能な頭と手がほすぃですorz


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夜明け前

 

「あー……いかんわこれ。あたまがぼーっと……」

「ね、ねぇさん、眠っちゃだめだから」

「別にいいじゃない。だるくてだるくてもー……」

 

第一艦隊が駐留している第二鎮守府。

そのドックに妙高型重巡洋艦姉妹が揃って入渠している。

二隻は艤装もさることながら、生身である本体の損傷が大きく只管長い入渠時間を強いられている。

生身の回復は代償として体力を消耗し、そちらは自然回復を待つしかないので重苦しい倦怠感が長時間続くことになる。

足柄は気だるい口調とは裏腹に頭の中では忙しく今の状況を分析していた。

意識のないままドックに放り込まれていたが、自分と妹で入渠のラインを塞いでいるこの状況はよろしくない。

せめて高速修理溶液があれば良かったのだが、あ号作戦で吐き出した備蓄は全く戻っていなかった。

その為に鋼材が浮いているのに活かしきれない。

 

「不味い……赤城ちゃんだって中破してたし艦載機も相当に落とされてた。戻り次第入居させたいけど私達でラインが塞がってると……」

「で、でも姉さん、本当に死に掛けていたんだよ……」

「私は良いの。それより――」

「良くありませんよ?」

「――あ、はい……すいません」

 

妹の丁寧語に思わず謝る足柄。

こういうときの羽黒は怖い。

かつて経験した、第二艦隊との最後の演習が頭を過ぎる。

大和と二人掛りで大破寸前に追い込まれた羽黒。

同時に鬼畜艦トリオに艦列を抜かれ、後方の赤城が無防備になっていた。

足柄は羽黒の対応を大和に委ね、小賢しい駆逐艦の後背を突こうと反転しかけ……

羽黒の視線に縫いとめられた。

今、羽黒から目を反らしたら沈む。

自分達が装備しているのが演習用の練習弾で在る事も忘れ、本気でそう思った足柄。

結局は羽黒に止めを刺すまで動けず、戦力の不均衡を是正する時間を失って赤城を大破させられたのだ。

圧倒的に不利な戦力差から乱戦に持ち込んだ雪風の采配は見事だが、あの時は自分が羽黒の雰囲気に呑まれなければ赤城の救援に間に合った思う。

演習後に第一艦隊の中で行ったミーティングでは自身の判断ミスとして謝罪した足柄だったが、大和もあの時の羽黒は怖かったと言っていた。

何時かこの妹とは、一対一で戦ってみたいと思う。

それも生き残ってからの話だが。

 

「大丈夫ですよ姉さん。島風ちゃんが急いで報告に行ってくれています」

「……で、鎮守府にいる雪風ちゃん加賀ちゃんを連れてくるって?」

「ん……」

「……両方来たら多分、死ぬわよ? 私達」

「……」

 

足柄も羽黒も、自分達が何故逃げ切れたのかは分かっている。

それはこの海域に敵が居らず、無人の海を最大船速で駆け抜けることが出来たからだ。

もし敵が戻ってきたら間違いなく何処かで捕捉され、大破した自分達は助からなかったろう。

せめて連絡に走った島風に伝えておければ良かったのだが、羽黒の損傷も足柄と大差は無く、意識を取り戻したのは島風の出発した後だった。

足柄は雪風の戦術眼は信じているが、後方にあって戦域の状況を正確に把握しすることは難しい。

雪風が此処で敵の増援阻止を選ばず、現地へ救援に来てしまえば彼我の戦力に絶望的な格差が出来る。

 

「……合流してから大和ちゃんがさ、珍しく嬉しそうだったのよ」

「……はい?」

「何時もおどおどして何かに怯えてるような子が、なんか胸元撫でながら落ち着いて……そう! 女の顔とかしてたわけ。あたしが見るに、アレは絶対雪風ちゃんと進展があったのよ……羽黒、何か心当たり無い?」

「んー……あ! 雪風ちゃん自分のお部屋の鍵とか渡していました。でも雪風ちゃんって最近、部屋の鍵とかしなくなっていたんです。何時かのミーティングで、メンバーは何時でも入ってて良いって言って、今はあそこが第二艦隊の溜まり場になっているんですが……」

「ほー……そりゃあんたらに好感度高いわ。で、大和ちゃんも其処に招かれたってわけだ」

「机の鍵も渡していたみたいですね……遺書の鍵とか言っていたのは流石に驚きましたけど」

「あの雪風ちゃんがねぇ……あぁ、間が悪すぎるぅっ!」

 

頭を抱えた足柄。

大和に変化があったと言う事は、雪風にも変化があったという事だ。

あの小さな駆逐艦は誰とでも等距離を保って自分の中に棲ませなかった。

その頃の雪風ならば判断を間違える事は無いと思う。

しかし雪風の中で大和の存在が大きくなり、なりふり構わず助けに来ようとしてしまえば……

足柄が最悪の予想をしている時、ドックに五十鈴がやってきた。

足柄を此処に放り込んだ張本人は、決まった時間に必ず見舞いにやってくるのだ。

 

「五十鈴ちゃん、今日は早くない?」

「時間感覚は狂ってない見たいね。結構だわ」

「こんにちわ、五十鈴さん」

「こんにちわ羽黒。あんた達も元気そうで良かったわ」

「元気ないって。身体の修復で気持ち悪いったら……少し治って疲れて体力戻ったらまた少し治ってさー」

「あんなモノに当たるのが悪いわよ。少しは五十鈴を見習いなさい」

「言い返せないわー……五十鈴ちゃんなんであんなに避けれるんだか」

「ぽいぬとは2000㍍で散々撃ち合ってたのよ? その十倍も遠い距離の砲撃なんかにそうそう捕まるもんですか」

「あー……理解したわ。五十鈴ちゃん、うちの中では錬度最強だったのか」

「ふふん……って、そんな事を言いに来たんじゃなかった。朗報よ。大和と赤城が帰ってきたわ!」

「おお!」

「ドックが埋まっているから、先に補給を受けてるけどね」

「……赤城ちゃんの航空戦力を、急いで戻したいんだけどぁ」

「山城さんも、治して差し上げたいのですが……」

 

山城は此処に来る道中で交戦し、小破している。

羽黒にとっては自分がドックを埋めているために入渠できない味方が居る事が心苦しくて仕方ない。

 

「あの条件じゃ、入渠の順番はコレしかなかった、羽黒が気にする事じゃないわ」

「そうそう。それにしても、大和ちゃん達が無事でよかったわ。コレで最悪撤収もできるわね」

「あら、足柄はもう逃げる心算?」

「まっさかー。ただ、反撃に出るなら勝負出来るカードが揃わないとねー」

 

五十鈴としても足柄としても、このまま逃げ帰るのは性に合わない。

それは海戦に負けた悔しさという事もあるのだが、何よりこの鎮守府を維持する事が託された任務なのだから。

 

「大和ちゃん達、どうだった?」

「あの戦いから後、敵と遭遇していないのはこっちと一緒みたいね」

「じゃあ大和ちゃんは戦力として数えられる。問題はこっちね」

「あの二隻がどれ程の速度で此処に来るかによりますが、私と姉さんが微妙……赤城さんは先ず間に合わないと思います」

「一旦入渠始めたら終わるまで出せない。撤収する可能性も考えれば、赤城ちゃんの入渠はもう無理だと思ったほうがいいわ」

 

足柄がドック内から戦力の再調整に腐心している。

何せ現状直接戦う事が出来ないため、他に出来ることがない。

しかし結局の所、本拠地である第一鎮守府から島風が戻らない限りその後の行動を定めようが無かった。

やがて五十鈴が帰り、また二隻だけの長い入渠の時を過ごす足柄と羽黒。

修理溶液の中で祈る足柄達の下へ加賀と島風が到着したのは、その日の夜の事だった。

 

 

§

 

 

第二鎮守府の会議室に、動ける艦娘が集まっていた。

メンバーは第一艦隊から大和、赤城、五十鈴。

第二艦隊からは夕立と島風。

そして第三艦隊の全員と、増援に派遣された加賀と工廠部部長である。

雪風が来なかった事について大和は一言、「そうですか」と語ったのみ。

少なくとも表立ってそれ以上の反応は見せなかった。

もし孤島で大和からあの告白を聞いていなければ、赤城はその内心を誤解したかもしれない。

大和が穏やかに見えるのは雪風に冷めたからではない。

寧ろ拗らせたからこそ落ち着いていられるのだ。

赤城は会議室を見渡す。

以前此処に集まったときは、長門と陸奥もいた。

そして部長からこの鎮守府の実態と加賀の置かれていた境遇を聞き、己の在り方をそれぞれに考えたものである。

あの時は此処に再び集まるなど思ってもいなかった。

運命なんて言葉は信じていないが、不思議なめぐり合わせには嘆息するしかない。

 

「んー……」

 

赤城が物思いにふけっていると、隣の大和が小さく唸った。

大和は困ったように秘書艦の加賀と視線を合わせる。

加賀は首を横に振り、少し考えた大和は一つ頷いた。

 

「えー……それでは、対策会議を始めます。五十鈴さん、こっちの状況を教えてください」

「……現在第一艦隊から足柄と第二艦隊から羽黒が修復中。完全復帰まで、早くて後三日はかかります」

「島風さん、第二艦隊の見解は?」

「うちがあの二隻の戦艦と遭遇したのは、此処からそう離れていないわ。羽黒が死に掛けながら飛ばしてくれた水偵によれば、あいつらこっちに向かってた。あそこから此処まで、探索しつつ多少時間が掛かるにしても……此処を見つけて真っ直ぐ向かえば、明後日には来ちゃうと思う」

「時雨さん、第三艦隊のご意見は?」

「僕達はこの近海で戦闘をしたけれど、それは噂の戦艦部隊じゃない。しかし軽空母とはいえ、この領海に多い空母種だったのが気になるね。その戦艦が呼び戻している可能性があるよ」

「加賀さんは?」

「その戦艦、前に私が戦った姫種と特徴が一致します……この鎮守府は一度陥落しているのだし、もう一度来る用事があるなら私である可能性が高い。なんなら、私が単艦で足止めに入るのも悪くない手よ。半日……いいえ、一昼夜は確実に止めて見せます」

 

赤城の気圧が急に下がるのを皮膚感覚で察するが、とりあえず見ない振りを決め込む加賀。

加賀は此処に来る間に島風から、そして到着後は五十鈴から敵の事を聞いている。

此処に向かってきているのは、自分を倒したあの姫だろう。

恐ろしい強さの戦艦だった。

そして何より、不思議な深海棲艦だった。

二隻の装甲空母が率いる部隊に迎撃され、壊滅していく仲間達。

あの戦艦の姫はその光景に激怒していた。

怒りの矛先は一方的な虐殺を楽しんでいた部下と……こんな出撃に半人前を伴って来た加賀だった。

言い訳のしようもない。

加賀自身分かっていたことだ。

戦艦棲姫は揮下を遠ざけ、加賀を堂々と叩き潰した。

どのような戦いだったかは覚えていない。

ただ、疲れきった加賀の意識を吹き散らした敵艦の主砲は今でも吐き気とともに思い出せる。

 

「単艦で足止めとか絶対に許可出来ません。全軍が動けるなら、撤収したい所なのですが……」

「足柄さんと羽黒さんが動けない現状、直ぐの撤収は難しいわ」

「その通りです。戦う事は避けられない……なら、倒しましょう」

「倒すなら、最初の一戦がそのまま最後の機会になるわ。繰り返し戦えば損傷艦艇が増えていくし、何時この海域の深海棲艦が戻ってくるか分からない」

 

加賀はそう発言して室内を見渡す。

足柄と羽黒を除くメンバーが終結しているが、此処に居る艦娘にも損傷しているものはある。

出撃するにしても艦隊の陣容、そして出撃させる部隊は慎重に選ばなければならないだろう。

協議の結果、出撃するメンバーは大和、加賀、五十鈴、島風、夕立、時雨、矢矧、そして赤城が選ばれた。

居残り組みは入渠中の重巡洋艦姉妹と損傷のある山城である。

損傷艦艇と言うなら中破の赤城も同様なのだが、空母たる彼女には戦闘以外の部分で役に立てる場合があるとは加賀の意見だった。

 

「部長、私の前の飛行甲板を赤城さんに付け替えられますか?」

「ああ。突貫工事とはいえ、元々赤城ちゃんに作ったもんだからな」

「あの……加賀?」

「あ、赤城さん。私、飛行甲板新調したの。だから貴女からお借りしていた方はお返し出来ます」

「そ、それは良いのですが……あの飛行甲板を使うのはまだ二度目。戦力として運用できるかと言われると、あの領域の相手には……」

「赤城さん……貴女にお願いしたいのは、戦う事ではないの」

「それ以外に、私に出来る事は……」

「あるわよ? 私が沈んだときは、私の子達を回収してあげて――」

「……」

「む、無言で拳を上げるのはお止めなさい」

「……」

「沈みません。沈む心算はありませんっ。あくまでリスク管理の一環ですから」

「本当?」

「本当です」

 

加賀の言葉より慌てたときの瞳で嘘は無いと見取った赤城。

一旦は怒りと拳を収めてやる。

ふと大和を見ると唖然と自分を見つめていた。

一つ微笑を返してやると、大和は青い顔をして震え上がった。

 

「また後方待機なのね……不幸だわ」

「僕達が全滅したら、実質戦えるのは山城一隻になるんだよ? その場合は戦艦の君が足柄達を率いて対応を定めなければならない。ただの居残りとは訳が違う」

「そうだけど、縁起でもない事言わないでよ……」

 

山城の後方待機は五十鈴と大和の意見だが、第三艦隊旗艦の時雨も反対はしなかった。

其処に個人的な思いもあるが、今それを口にする心算は無い時雨である。

時雨が内心で安堵の息をついたとき、五十鈴から大和に声が掛かった

 

「ねぇ大和。部隊編成って如何するの?」

「あー……実は少し困ってます。三艦隊全部から欠員が出ていますから、組み換えも……」

 

そう言った大和は、秘書艦の加賀に視線を送る。

部隊編成は本来提督である彼女の権限だが、此処にはいない。

大和は第一艦隊の旗艦としてこの鎮守府を任されているが、鎮守府の席次としては秘書艦が一応の上だった。

普通は第一艦隊旗艦がそのまま秘書艦も兼任するため、こうした捩れは起きないのだが。

加賀は赤城を宥めつつ大和に答える。

 

「私が任されたのは、大和さんが行方不明時の撤退判断よ。貴女が此処にある以上、第一艦隊旗艦の判断に従います」

「うぅ……胃が痛いよぅ」

「……じゃあ、一つ五十鈴に考えがあるわ」

「おぉ?」

「あの敵戦艦の火力は相当なものだった。足柄が一発で死に掛け、赤城だって当たり所によっては沈んでた。そんな艦砲に軽巡以下の装甲なんて誤差よ。五十鈴達は全弾回避が絶対条件になるんだけど、正直今のままだとやりづらいわ」

「あ、なるほど」

「其処で提案なんだけど、軽巡洋艦と駆逐艦はまとめて水雷戦隊を組ませて欲しい」

「んー……矢矧は?」

「五十鈴さんの意見に賛成します。寧ろ望むところですね」

「駆逐艦の皆さんは、如何です?」

「あー……戦うなら五十鈴の下でやれって雪風に言われてる」

「夕立も水雷戦隊したいっぽい」

「僕も異存は無いよ」

 

当事者全員が賛成したため、五十鈴の提案は採用された。

水雷戦隊の旗艦は軽巡洋艦にして発案者の五十鈴と定められる。

矢矧としては残念に思う気持ちもあったが、当の五十鈴から声が掛かった。

 

「基本単縦陣で固まって、砲撃回避の散開は任意。第一雷撃は私が先頭、あんたが最後尾よ」

「はい」

「で、第二雷撃は前後入れ替えてあんたが旗艦よ。後ろは五十鈴が支えてあげる」

「え……?」

「旗艦が変われば艦隊の回避行動の癖も変わるわ。私も二度や三度で捕まる心算はないけれど……五十鈴のお尻を追いかけるだけで、あんたは満足する心算?」

「そんな事はありませんっ。引き受けるわ」

「よろしい。大和もいいわね?」

「水雷戦の事は水雷屋にお任せいたします。それでは他に何か……」

「おぅ、ちょっと良いか」

「なんでしょう、部長」

「うちで加賀ちゃんにほんのりと改修が入った。その副産物に出来た艤装が結構あるんだ。具体的には戦艦装備、46、41㌢砲や水上観測機だな。今から積んでやるから大和ちゃんと山っちゃんはこのまま工廠来てくれや」

「つ、遂に大和も46㌢砲を手にして戦う時が来たのですか!?」

「……後方待機で艤装だけ新しい積み替え? 砲塔にお絵かきでもしてろって? 本っ当に不幸だわ……」

 

喜色を浮かべる大和に、当面使えない新装備の実装にへこむ山城。

時雨は肩を竦めて山城の手を取ると、今だぶつぶつと不幸語りを呟く戦艦を引っ張っていった。

その様子を見つめる大和には、ほんの少しだけ山城が羨ましかった。

 

 

§

 

 

会議室には赤城と加賀だけが残っている。

出撃は明朝と定められたため、今は各々が準備に勤しんでいた。

加賀は大和と並んで主力を担う艦娘の一人。

艤装が複雑化した事もあり、本来忙しい身の上である。

それでも、加賀は赤城と話をして置かなければならなかった。

だから残って欲しいと、表情でそう伝えていた。

 

「ごめんなさいね、赤城さん」

「……何故?」

「私は傷ついている貴女を、戦場に立たせようとしています」

「構いませんよ。寧ろ嬉しいわ。最低、一度は加賀の盾になれますね」

「貴女の仕事は私の子達の補助よ。説明しづらいのだけれど……送ったら乱戦になって降ろしてあげられるか分からない。何れ必ず体得する心算だけれど、私も初めての試みだから予防線が欲しいの」

「貴女は何をする心算なの?」

「戦うだけよ。だから、赤城さんに見ていて欲しい」

「……」

「私を全部見せるから。在った私と、在りえたかも知れない私。そしてこの身体に生まれた私……全部見せるから、見ていて欲しい。赤城さんが見ていてくれれば、私はきっと、折れないから」

「分かりました。見せてもらいます。私の加賀を、存分に」

 

微笑む赤城に笑み返す加賀。

自分は笑えているのだろうか。

笑みは引きつっていないだろうか。

……無理だったらしい。

赤城は一つ息をつき、加賀の座る椅子の後ろに立つ。

そして背中から覆いかぶさるように上半身を抱き寄せた。

 

「怖いのですか?」

「……怖いです」

「あの戦艦は加賀を倒した相手なのよね? 確かに恐ろしく強かったけれど……」

「強いとか、弱いとか……そういう相手ではないの。彼女は……正しいのよ」

「……正しい?」

「私の価値観に対して、です。別の誰かなら……そう、私の前の提督ならば、おそらく彼女を鼻で笑って無視出来るわ」

 

半人前どころか建造したばかりの艦まで率いて出撃させられた加賀。

加賀は全員に逃げて欲しかった。

率直にそう話したし、脱走しても咎めない事は宣言していた。

そして実際に逃げてくれたのは、たったの四隻。

結局二十隻以上の僚艦が加賀について絶望的な戦いに身を投じた。

仲間達が何を思って自分についてきたのか、加賀には分からない。

しかし圧倒的な錬度の差から次々と沈められて行く彼女らを目の当たりにし、その旗艦たる加賀を批難したあの姫は正しい。

その上自軍の僚艦すら退かせ、加賀と今一隻……

自分に魚雷の扱いを教えたあの子とのみ決闘し、その勝利を持って戦火を収めた戦艦棲姫は、強さのみならず在り方によって加賀を打ちのめした相手だった。

あの姫の前に立つのが怖い。

以前加賀は虚無感からいっそ沈んでしまえばと思ったことがある。

最後の出撃に同行した駆逐艦達の顔が思い出せないと知ったときは、罪悪感から死を選ぼうとした事もある。

だが沈むことも死ぬことも怖くない加賀をして、あの姫の前にもう一度立つのは怖かった。

 

「赤城さんは、駆逐艦を盾にして沈めながら進軍する敵を見てどう思いますか?」

「加賀……それは……」

「あの姫はそれをする私を批難したわ。それは、正しいことでしょう?」

 

加賀は自分を犠牲にすることは出来ても、他人を犠牲にする事には耐えられない。

僚艦を盾に任務を続ける事……

赤城もそんな事はしたくない。

したくないが、出来るか出来ないかと問われれば自分は出来るだろう。

それが任務であり、その任務が多くの為に必要なことであるならば、達成する手段として犠牲を許容する自分がいる。

その犠牲の中に加賀がいたとしても揺るがない。

やってしまったら任務が終わった後、間違いなく元の自分には戻れないが。

 

「……何隻沈みました?」

「……私が見ていただけで十六隻」

「無謀な出撃だって、知っていたのでしょう。加賀は、部下に何も言わなかったの?」

「逃がしたかったわよ! 逃げて欲しいって、咎めないし戦没報告はするからってっ……」

「何隻逃げた?」

「……四隻」

「死戦を前に旗艦から戦線離脱を指示されて、随伴率七割以上ね。悪くないわ」

「赤城さん……?」

「加賀……そろそろ目を覚ましなさい」

 

赤城は一旦加賀から離れ、向き合う位置に立った。

眼光鋭く加賀を見下ろす。

その視線に引き寄せられるように加賀も立ち上がった。

それぞれの想いを胸に見つめあう一航戦。

加賀の気質は愛おしい。

そして羨ましくさえある。

しかし第一航空戦隊の旗手として多くの命を背負ってきたモノとして、今の加賀には抱きしめるより背中を張る事が必要だと思う。

 

「二十隻以上の艦隊に、事実上の解隊を宣言したのでしょう? だけど、殆どが逃げなかったのでしょう?」

「えぇ……咎めないとか、虚偽の報告を上げると言っても、私の口約束ですから……」

「だから、信頼を得られなかった?」

「……はい」

「……歯、食いしばれ」

「んぐっ!?」

 

その瞳に烈火の如き怒りを宿し、赤城の右拳が一直線に放たれる。

反射的に首を固め、顎を引きつつ自分の額で受ける加賀。

加賀の思わぬ反撃に右手が熱い。

しかしそれでも収まらぬ怒りに任せて、加賀の胸倉を掴み寄せる。

 

「加賀を信じなかったのは、逃げ出した四隻です。殆どが貴女を信じて残ったのが何故分からないのっ」

「……は?」

「本当に命が惜しいなら、加賀を信じようが信じまいが逃げるでしょう! それでも、それでも貴女の下に多くの僚艦が残ったのはっ……」

 

激情が赤城の心をかき乱し、言葉が胸につかえてしまう。

言いたい事は山程あった。

そして、それ以上に気付いて欲しいことが。

 

「記録上、加賀の最後の出撃に僚艦はいなかった。つまり貴女が第一艦隊の旗艦だった」

「……」

「それは、つまり御輿でしょう? かつての連合艦隊なら長門さん。南雲機動部隊なら、私。だけど御輿は信頼を得られなければ誰も担いでなんてくれませんっ。貴女は担ぎ手に逃げてもいいと言ったそうね……それも許しがたい事だけれど、それは良いわ。最後の最後なのだから、そんな事もあるかもしれない。だけど、貴女がそう宣言した後まで御輿を担ぎ続けたのは……加賀を信じていたのはどちらだと思っているの!?」

「うぅ……」

「皆、加賀を信じて残ったのよ。自分が沈んでも加賀さえ辿り着ければ、必ず勝ってくれるって……そう信じていたからついて来たんじゃないですか!」

 

荒い息を吐き、呼吸を整える赤城。

次第に右手が思い出したように痛みを訴えてくる。

本格的に折れた気もするが、今はそれどころではない。

赤城は自分の手にハンカチを緩く巻く加賀をぼんやりと見ていた。

呼吸と頭を整理しないと喋れない。

沸点が低いというよりも、加賀に対してのみ遠慮と言うものが全く出来ない赤城だった。

 

「責任の感じ方は色々あるわ。だけど、間違えないで。貴女のその後悔は見当違いよ。貴女を最後まで信じて沈んでいった英霊を、悪霊にしないで。貴女が恥ずべきはその信頼に応えられなかったことです。貴女が勝つと信じて命を賭けた僚艦は、貴女が敗北した瞬間に無駄死にになった! 旗艦として貴女が恥じるのはその一点です……」

「……」

 

赤城は加賀の元に残った連中の気持ちが良く分かる。

入渠もろくにさせてもらえない鎮守府で生き残ってもどうせ解体される。

海上で逃げたとしても、深海棲艦から自衛しつつ生き延びれる保障も無い。

こんな鎮守府に先など無いと見限った者も多かったはずだ。

そして、其処に所属する自分達自身も。

しかし個々人の未来が絶望だとしても、あるいは絶望だからこそ、自分達の担ぐ御輿を何処までも高く押し上げたい。

加賀なら必ず勝ってくれる。

加賀がいる限り、自分達は終わりじゃない。

皆、そう思ったからこそ自ら死戦に臨んだのではないか……

 

「あっ!?」

「……赤城さん?」

「……」

「赤城……さん?

「……ごめんなさい」

「え?」

「ごめんなさい加賀。ごめん……なさいっ」

「いいえ……あ、痛かったけれど。目が覚めたわ。納得するには……もう少し掛かるけれど」

「違う、違うの。貴女は……」

 

赤城はこの時、自身の瞳に溢れる涙を抑えることが出来なかった。

両の腕を加賀に絡め、全力で抱きしめる。

唐突に気付いたのだ。

最後の出撃。

加賀は、その時既に……

 

「もう……皆さんの顔が、見えなかったのね」

「っ……」

 

当事者でもない赤城が直ぐに気付いたこと。

とても大切な事が、加賀には見えなかったのだ。

僚艦一隻一隻の顔が、其処にある表情が。

そして自分の艦隊の雰囲気も……

加賀が最後に率いた艦隊。

殆どが最低資材で回された駆逐艦だったろう。

いったいどんな気持ちで絶望的な出撃に臨んでいたのか。

死の恐怖に震えていたのだろうか。

それとも最後に一花咲かせようと、不思議な活気に溢れていたのか。

赤城は後者だったと思う。

駆逐艦という連中は侮れない古強者である。

かつての戦いの中で最も多く出撃し、長い距離を駆け抜け、最後の最後まで戦ったのは駆逐艦なのだ。

そんな連中の顔を見ることが出来ていれば、何かが変わっていたかもしれない。

だが全ての可能性は加賀に背を向け、一つの戦いは決着した。

加賀は敗北し、その艦隊も全滅したのだろう。

 

「加賀……明日はあの時の貴女の仲間と、何より貴女自身の仇を射ちに行きましょう」

「ええ。これ以上傷はいらない。もう、負けないわ」

「やっと加賀と海を行けるのね……夢のようだわ」

「工廠に行きましょうか。お互いに、準備がありますから」

 

加賀は赤城を伴い、誰もいなくなった会議室を出る。

二つの影が寄り添い歩く。

かつての第一航空戦隊の両翼は、初めて同じ海域で同じ戦いに望むのだ。

静々と歩む姿とは裏腹に、二隻の心は逸る気持ちに手綱を掛けるのに苦労していた。

しばらく歩みを進めたとき、赤城が思い出したように言った。

 

「敵は多数の爆戦を積んでいました。私の紫電改二、良かったら積んでください」

「ありがとうございます。ですが、私も部長と烈風の開発に成功しています。遅れは取りませんよ」

「烈風……? 知らない子ですね」

「待って赤城さん。貴女触ったことの無い艦載機を実戦で降ろせるの?」

「た、多分……」

「……流星は?」

「……九十七艦攻とは、違うのですか?」

「……明日は此処に残りなさい。邪魔になりそう」

「待ってっ。今晩寝ずに覚えます。必ず、加賀の役に立ちますから!」

 

加賀の半眼に耐え切れず、その腕にすがりついて懇願する赤城。

コレが先程自分を叱咤し、殴りつけても道を正そうとしてくれた妹代わりと同一存在なのだろうか。

赤城は変わった。

きっと、自分も変わらなければならないのだろう。

 

「重雷装……航空戦艦……か」

「加賀?」

「何でもありません。急ぎましょう」

 

あの時とは違う。

艤装も仲間も、そして加賀自身も。

初めて戦艦棲姫と戦った時、加賀には勝利どころか自分の命にすら執着する意志を持っていなかった。

しかし今は自分を信じて沈んでくれた仲間達に、手向ける花が欲しい。

彼女らが担いだ御輿として、自分にそうさせるだけの価値があったと証明したい。

失くしたモノの多さ、そして今やっと理解したその貴重さを思い返せば、せめてその位出来なければあの子にも顔向けできない。

今度こそ、負けない。

久しく忘れていた闘志が、加賀の胸を熱くする。

姉代わりの内面の変化を横顔に感じ取った赤城は、自身の心臓が跳ねる音を聞いた。

 

 

§

 

 

第一鎮守府に残った雪風は、司令官と共に情報収集に奔走していた。

第二鎮守府の領海に近い鎮守府に連絡を取り付け、此処二ヶ月の敵勢の動向を探る。

鎮守府は決算期前の互助を除けば、提督や艦娘の個人的な繋がり以上の付き合いが薄い。

加えて深海棲艦の出現プロセスも解明されていない現状、自軍の領海で急に数が増したとしても違和感として捕らえるのは難しかった。

ある日突然深海棲艦の大群が湧いていた。

決して例は多くないが、そんな事だってあるのだから。

しかし今回雪風達は明確な原因を把握した上で被害が増した海域を探している。

それほどの時間をかけずに該当する鎮守府と接触を取ることに成功した。

其処は雪風達の鎮守府と比べ、所属する艦娘の総数は多い所である。

しかしこちらが少数ながら大和型に一航戦という尖った戦力を所有しているのに対し、其処で配備されているのは精々重巡洋艦と軽空母。

雪風の予想した通り資材の収集期に突如として増えた深海棲艦に苦戦し、大きな被害を出していた。

彼女は其処の提督に対して協力を呼びかけ、先ずは二部所での協力体制が成立した。

 

「何とか連合の核は組めたと言った所でしょうか?」

「そうですね。次は人を集めます、こーのゆーびとーまれ! って奴ですね」

「しかし、どれだけ集まってくださいますことか……」

「あ号作戦前の連合程には来ないと思います。あの時は納期前、今は納期後ですから。ですが、大本営からノルマ増のお達しも来ておりますし……多少でも余裕がある所はくると思います。資材も最初の全力出撃はうちが負担しますしね。折角、しれぇが集めて下さった資材なのですが……」

「このような時に使えるように溜め込むのです。吐き出す事も出来ない状況よりは余程良いです」

「……ありがとうございます」

 

以前の連合で主戦場となった海域は、どの鎮守府の守備範囲からも離れていた。

その為に代表を選んで指揮系統を絞るのに時間が掛かったが、今回は一つの鎮守府の領海である。

この場合は領海を守護する鎮守府が代表となり、戦力を差し向けてもらう事になる。

代表となる鎮守府は盟主の名誉と引き換えに、手助けしてくれた鎮守府に借りを作ることになるだろう。

勿論、敵勢が急増した理由を調べ、放って置いても良い筈の所へ態々協力を申し出てくれた彼女に対してもである。

彼女は自分達の理由があって放置出来ないだけの話だが、其処まで教えてやる心算は無い。

 

「まぁ、其処で借りを取り立てる心算もありませんがね」

「その通りです。此処は最後まで謙虚な猫を被っておきましょう」

 

雪風と彼女は通常の二倍、しかも面倒な空母部隊を主軸とする深海棲艦を引き受けることとなった運の無い鎮守府の提督と協議し、広く連合を呼びかける。

第一陣の出撃資材をこちらが負担してくれるとあり、近隣を中心とした鎮守府は雪風の予想より多く参加してくれた。

あまり増えすぎるとこっちの財政が破裂するが、なんとか許容範囲内で収まった参加人数。

雪風と彼女は一先ず安堵に息をついた。

連合鎮守府を組む場合、その目的は顔つなぎと撃破実績狙いとなる。

此処で最初の協力者たる彼女が、駆逐艦一隻しか送らない事を不思議に思う所もあった。

しかし雪風は以前にも単艦で連合に参加した事があり、その事を知っている艦娘や提督も当然ながら混ざっている。

彼ら、彼女らの口から雪風が後方支援において成功した実績がある事が語られると、表立って口を挟むものは居なかった。

その代わり、期待される後方支援は以前の様に完璧にこなす必要も出てきてしまうのだが、此処は必要経費と割り切るしかない。

 

「まぁ、駆逐艦一隻で撃破実績なんか上がりませんからねぇ」

「その上資材は私達持ちですからね。連合参加者には本当に都合の良いお財布に見えるでしょう」

 

彼女は自分達が大本営の勅令によって第二鎮守府を預かっていること。

その海域で敵勢が思いの外少なかった為、近海の調査を行ったところ危地にある鎮守府を発見したと説明している。

彼女自身は自分の鎮守府から離れられず、第二鎮守府の維持が勅令である以上は確実な戦力を投入しなければならない。

第二鎮守府に駐留する艦隊の長は、その鎮守府における提督の全権代理。

そのような重責を任せるならば大和しか居ないと言われれば、彼女が最大戦力を投入出来なくても不思議は無い。

そもそも大和、赤城、加賀を揃えて連合に参加などされてしまえば、撃破実績の三割は食われるというのが衆目の予想するところである。

資材を出しつつ駆逐艦一隻で割に合わない献身をしてくれるというのだから、文句等言えようはずが無いのである。

事態は急速に進んだが、概ね雪風の狙った通りの動きを見せている。

そうあるように立ち回ってきた彼女と雪風にしては、努力が真っ当に成果を出しつつある事に一定の満足を覚えていた。

島風の報告から既に二日。

後は雪風が現地に赴き、結成式を経て本格的な深海棲艦狩りが始まる。

最もこうしている間にも敵は大人しくしては居ないため、現地で戦いは続いているのだが。

 

「雪風、一つ良いですか?」

「なんでしょう、しれぇ」

「連合を組むなら、別にこちらの第二鎮守府に招いてしまった方が早く無かったですか?」

「……幾ら敵が強くてもたった二隻、しかも大和さんが居るうちが、対応できませんって余所に泣きついたら流石にしれぇ舐められますよ?」

「うぐっ」

「それに、第二鎮守府の領海を主戦場にして連合したら、うちがよそ様に借りを作る形になります。雪風は貸しを作るのは好きですが、借りを作るのはあまり好きではありません……」

「そうですね。私も好きじゃありません」

「それと大和さんと赤城さんの所在が不明な今、第二鎮守府の領海を連合の主戦場にしてしまえば雪風達の主導で動きにくくなります。連合はあくまで討伐目的、雪風達は全員回収しての生存ですから本来は目的が合いません。幾らうちが主催になるとはいえ、多数意見で大和さん達を見捨てても討伐優先……とか押し切られたら目も当てられないです」

「なるほど……つまり私達の都合の良いように増援阻止をお題目として衆目を其処に集中させ、本当の主戦場での主導権を確保する為の連合なのですね」

「違いますよ? しれぇは第二鎮守府の敵勢に違和感を持って調査し、結果窮地の友軍を見つけただけです。あくまで其処を救援するための連合です。増援阻止とか何のことやら……」

「ふふ。悪い顔していますよ?」

「うちは第二鎮守府の領海を自由に出来る上、偶々其処の深海棲艦を出先で潰せて幸せ。連中の出先になってしまった運の無い鎮守府の皆さんも全滅を間逃れて幸せ。連合に参加してくれる皆さんも、資材こっち持ちで討伐実績を伸ばせて幸せです。だーれも損をしていない……というか、寧ろこれってうちが一番実質には損してるんですよ……」

「実害を被っているのはうちと、敵勢が密集してしまった鎮守府の皆さんですからね」

「雪風としましては……またしれぇとも皆さんとも離れて独り、他人様の資材と損害と討伐計画に奔走しに行くわけですよ……前ほど荒んでないですけど。大和さん達が強敵と戦っていると知っているだけに、もどかしいのです」

「……貴女には、本当に苦労をかけてしまいますね」

「苦労するのは前線の皆さんです。雪風は……主戦場から遠く離れ、あっちでも前線に出ることもせず後方でお勤め……安全に楽できて、本当に良いご身分ですよね」

 

雪風の言葉は冗句というには苦味がきつ過ぎ、彼女はかける言葉が見つからなかった。

夕日が差し込む司令室の窓辺から外を見る雪風。

いつの間にか彼女もその横に立ち、同じ海を見つめていた。

 

「……綺麗な海ですよね」

「はい」

「雪風は、皆さんと此処に帰ってきたいです」

「私も、此処で皆さんにお帰りなさいと言いたい」

「……それでは、雪風は行ってきます」

「はい。資材集めは任せてください」

「お願いします。しれぇが大本営から毟り取ってくれる物資が、実質一個艦隊の稼ぎに相当するのがうちの強みです」

 

司令官と初代秘書艦は互いの目を見て頷きあった。

雪風がもって行くのは自身の標準艤装と、彼女から貰った白い軍帽。

悪目立ちすることなく控えめに、しかし必ず海域を完全制圧しなければならない。

既に大まかな戦闘プランは頭にあるが、それをさりげなく伝えて採用させる話の運びが本当に面倒な雪風だった。

 

 

―――――to be continued

 

 

――極秘資料

 

No4.重巡洋艦羽黒

 

鎮守府で二番目に建造された、妙高型重巡洋艦。

第二艦隊の天使にして旗艦雪風の胃薬。自覚はない。

 

 

・不屈

 

機能1.どんなに不利な戦況でも諦めず、思考を戦闘行為に回せます。

機能2.中、大破。または同判定時に火力値、回避値が上昇します。

機能3.上昇値は耐久の最大値から現在の値を引いた差分になります。

 

・逆境慣れ

 

機能1.戦場の危地に慣れています。

機能2.中、大破。または同判定時に砲戦の命中精度が下がりません。

 

・慈愛

 

機能1.艦娘として生まれた時から持っている性格です。

機能2.自分より耐久、装甲が低い僚艦を可能な限り庇います。

機能3.自身の損傷によって庇うことを躊躇しません。

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき


りふぃです。
遅くなるとか言っていたのはどの口でしょうね……
いや、この後はそうなると思います><
今回其処だけで一週間は掛かると思っていた赤賀パートが二時間で終わったので予想より大幅に投稿時間を短縮できました。
キャラクターの内面に抱えたものを描写するのって物凄い苦手なので、キャラが勝手に話を進めてくれる時は楽が出来て助かります。
自分で深く考えていない部分になるので、読み返すとおかしなことになっていたりするので怖い所にもなりますがorz
大和さんには頑張ってお姉さんしてる赤城さんですが、相手が加賀さんだと容赦も遠慮も大人の対応も出来ません。
やりすぎたって後で後悔して思いっきりへこんで、加賀さんのご機嫌を伺うように上目遣いでおずおずと見上げる赤城さんとか良いと思います。
因みに赤城さんの方が背が高いので上目遣いは猫背になっている証拠ですね!
しかしこの分だと次か、その次辺りで加賀さんを極秘資料に載せられる条件が揃うんですが……
それだけで2~3千字は書けちゃいそうなんですよね。
どうしたもんか。
折角色々考えたんだから全部出力したいんですけどねー><

攻略は現在絶賛停滞中ですw
忍者と綾波と二航戦、後筑摩を育て始めました。
妙高姉さんと那智さんも育てたいんだけどなぁ……


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巫女

あいきゃんと いんぐりっしゅ。
あいむ のっと あんだすたん いんぐりっしゅらんげーじ。

マ ジ で 英語適当です。
い、命ばかりはお助けくださいorz


戦艦棲姫と小さな戦艦は、艦載機による哨戒を繰り返しつつ徐々に第二鎮守府に迫っていた。

既に大まかな地形と港として使える湾は把握しており、其処を目指して進んでいる。

その速度が比較的緩やかなのは、補給の当てが無いからだった。

 

「アー……腹立ツ。温存意識シテ思考ガミミッチクナッテ無ケリャ、アノ補給部隊モ沈メテイタノニ」

「マァ、良イジャナイ。主力ノ重巡洋艦ハ潰セタシ」

「良クソンナ暢気ナ事言ッテラレルナァ。コノ海域デ遭遇シタ連中ハ二組目ダヨ、コレハ本気デ増援来テルダロ」

「来テルネ。ウン……来テル」

 

戦艦棲姫は少女の言葉に空返事で応える。

元々この姫はやる気のなかった若い戦艦の起爆剤になればと考え、この長期遠征に付き合ったのだ。

其処には少女の成長を願う親心のようなものは確かにあるが、目的の空母自体には最早さほど興味がない。

例の鎮守府が近づいてくるにつれ、戦艦棲姫の心を占めるのは敵方の戦艦だった。

自分とほぼ同じ射程を狙える能力と、二発で傍らの少女を撃ち抜く火力。

同じ戦艦として、強力な戦艦はやはり気になる。

あの戦艦がこの海域で遭遇する部隊の旗艦だとすれば、例の鎮守府に向かえば再びぶつかる可能性が高い。

姫は小さな戦艦を見やる。

彼女は自分が始めて出合った天才だった。

そしてもしかしたら、今度は二人目に出会ったのかもしれない。

心が沸き立つのを感じる。

期待しすぎては外れた時の落胆が大きい。

だが……

 

「ネェ、水マフー」

「ン?」

「今度アノ子達ト出会ッタラ……アノ戦艦ハ私ガ貰ウワ」

「良イヨ。僕ハ空母狙イダシ。アイツガイナカッタラ、ソレ以外全部僕ガ抑エル」

「エ? イヤ、全部押シツケル心算ハ……」

「戦ッテミタインダロ?」

「……ウン」

「ジャア、露払イハ任セテヨ。元々オ前ハ僕ニ引ッ張ッテ来ラレタダケダカラ、チョット悪イナトハ思ッテタ」

「ン、アリガトウ」

 

微笑して少女の頭を撫でる姫。

可愛い子だと思う。

偶に小憎らしい事もあるが、どこか律儀で素直なのだ。

 

「怪我ハドウ?」

「大分マシニナッタ。オマエ器用ダヨナー」

「器用ッテ事ナラ、貴女ニハ敵ワナイワ」

「謙遜スンナヨ、マサカ工作艦ノ真似事ガ出来ルトハ……」

 

そう言った小さな戦艦は、自身の破損箇所を確認する。

完全回復とは行かないものの、既に小破とも呼べない損傷にまで修復がなされていた。

 

「貴女ガ暴レナケレバ、チャント治シテアゲタノニ……」

「暴レルニ決マッテルジャン! 治シテヤルトカ言イナガラ、艤装デ丸呑ミシヤガッテ!」

「自分ノ損傷ナラ意識シテ時間ヲ掛ケレバ治セルンダケド……他人ヲ治スニハソウスルシカナイノ。ソンナニ怖ガルトハ思ワカナッタワ」

「アレハ普通、怖イダロ」

「エー……リボンチャン達ハ喜ブヨ?」

「アノ変態ト一緒ニスンナ。アー……補給艦ガ居レバ自分デ治セルノニ! 何時戻ッテ来ルンダヨ此処ノ連中」

「何ダカネ? 出先ノ敵ガ急ニ増エタミタイ。戦ウ相手ガアッチニイルカラ、急イデ戻ッテ来ル気ガ感ジラレナイ……」

「オイ、ボッチ姫」

「……黙レチビ戦艦ッ」

「ン? スマンネ、ハブラレ姫」

「チ、違ウモンッ」

 

気にしている事を突かれ、涙目で抗議する戦艦棲姫。

実際は全くの逆であり、彼女が総攻撃の号令を発すれば凄まじい数の同胞が従うだろう。

当人に自覚はないが、このお姫様はモテるのだ。

そして周囲にいる仲間が等距離からライバルを牽制している為に、肝心の戦艦棲姫の周囲が台風の目になっている。

 

「ミ、皆アッチデ戦ッテルンダカラ仕方ナイジャナイ!」

「イヤ、ソレデモオ姫様ノ召集ダヨ? 普通取ルモノ取リ合エズ来ルモンジャネ?」

「ダカラ……基本戦ウ事シカ考エテイナイ子多イシ」

「フーン。ソノアタリノ感覚、僕ニハ少シ理解シ辛イヨ」

 

この少女にとって、戦艦棲姫は自分に関わるほぼ唯一の相手であった。

彼女にはぼっち等と言いながら、自分の方が余程他人と関わっていない自覚はある。

だからこそ、自分にとって姫とは戦艦棲姫の事であり、その言うことなら間違いなく聞く自分がいる。

従うかどうかは状況によるが、この姫はそう理不尽な命令は出さない事は承知していた。

最もそんな事を当人に告げてやるには、少々捻くれ過ぎている少女だったが。

 

「……ン」

「如何シタノ?」

「索敵ニ出シテル飛ビ魚ガ敵艦隊見ツケタヨ。数ハ……八隻カ」

「陣容ハ?」

「ンー、先頭ニ居タノハアノ軽巡。駆逐艦二隻ハ補給部隊ニ居タ奴ダネ。後ロニコノ間戦ッタ戦艦ト空母、後一隻ハ見タコト無イノガ居ル。ソノ後ロニ、ヤッパリ見タコト無イ艦ガ二隻。後衛ハ軽イ艦ニ見エル」

「前衛ト後衛ニ索敵部隊、中央ニ本陣ッテ感ジ?」

「ソウ、ソンナ感ジ」

 

少女の艦載機は即座に落とされることが無かったため、その陣容はかなり正確に把握出来た。

最も、対空砲火が来ない代わりに二十機程の戦闘機が即座に襲い掛かってきたが。

少女は急いで残りの艦載機を発艦させ、さらに別方面に飛ばした機体にも合流を指示する。

ほぼ同時に敵陣中央の三隻のうち、見たことのない艦から多数の艦載機が飛び立った。

発艦速度は間違いなく自分より速い。

それは癪に障ったが、今少女が気になるのは其処ではなかった。

 

「ネェ、ネグリジェー」

「ナァニ?」

「変ナノガ居ルンダケド……」

「モウ少シ詳シク教エテクレナイ?」

「エット……戦艦主砲背中ニ背負ッテ、腰ニ艦載機ノ矢筒挿シテ、左上腕カラV字型ノ飛行甲板背負ッテ、左手ニ長イ弓持ッテ、足ニ魚雷発射管ッポイモノ装着シテル奴ガ凄イ手際デ艦載機飛バシテ来マシタ」

「何、ソノ変ナノ」

「ダカラ言ッタジャン、僕モ見間違イナラ良カッタッテ心カラ思ウヨ」

 

もしかしたら、あの時戦った空母が生きていたのかもしれない。

姫としてはそう思うのだが、以前は此処までゴテゴテした艤装ではなかった気がする。

聞く限りあまりの変わりように、まだ直接見ていない戦艦棲姫にはにわかに信じがたかった。

 

「レ、連中ノ新兵器カナ?」

「ッテイウカ、アレガ例ノ空母ジャネェノ?」

「マ、前戦ッタ時ハモウ少シ、空母ッポイ雰囲気在ッタ気ガスルンダケドナァ」

「アレヲ全部使エル筈無イジャン。ソレヨリ、直グニ航空戦デ接敵スルゾ。オ互イオ目当テノ相手モ居ルシ、ソレ以外ハ適当ニ協力シヨウカ」

「分カッタ。ソレジャ、軽ーク行キマショウ」

「……僕ニハ結構厳シイ海戦ニナル気ガスルンダケド」

「大変ダト思ウケド、負ケル気ハシナイワ。私ガ誰ダト思ッテイルノ?」

「マァ、コウイウ時ハ世界一頼モシイヨオマエ」

 

ぼやきつつも全ての艦載機を集中し、順次爆撃に入らせる少女。

隣の黒髪の姫に視線を送れば、両手を組んで大きく伸びをしている。

そして首、肩、腰と回して身体の反応を確かめると、いつもの様に上体を前に倒し、海面に右手を添えた。

小さな戦艦は嫌そうに息を吐き、両手で耳を塞いだ。

 

 

§

 

 

大和達が出撃してほぼ一日が経過した。

前衛は五十鈴と第二艦隊の駆逐艦コンビが勤め、索敵に当たっている。

その後方に大和、加賀、赤城の主力が控え、更に後方担当に矢矧、時雨が詰めている。

この艦列で索敵するのは敵に先手を取られた場合、前後の部隊が先に接敵して中央主力が反撃体勢を整える時間を稼ぐ為だった。

 

「赤城さん、お身体は如何です?」

「大丈夫です。少し……手が痛いですが」

「あの……右手首折られたって聞いたんですけど、弓は引けるんですか……?」

「包帯と硝子繊維で固めてきました……とっても痛いですが」

「そ、そうですか」

 

引きつった声を返す第一艦隊旗艦。

大和が気になったのは痛々しい右手そのものではなく、孤島では間違いなく損傷が無かった右手を何処で如何折ったのかと言う一点である。

勿論大和には予想がある。

しかしソレを問いただす事は本能が許さなかった。

特に生存本能が。

 

「赤城さんの右手の件は、私の不見識が原因の一旦でした。赤城さんにも大和さんにも謝罪します。だけど……本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫ですとも。出立前にしっかりと、引いて見せたではありませんか」

「たった一射で涙目になっていたようですが……」

「それは固定も包帯も無かったからですっ」

「なんでしたら、本当に今から戻って休んでいてくれても良いのよ?」

「今更何を言うのですっ。連れて行くって、約束してくれたではありませんか」

「貴女の状態、状況が変われば約束の前提だって変わるでしょう? 子供みたいに駄々をこねないで――」

「出航前夜に一睡もさせず奉仕させておいて、気が済んだら捨てて行くの? 加賀は」

「ふぁっ!?」

「自分から言い出した事でしょう? 貴女が恥をかかない様に私も付き合ってあげたのに、自分の勉強不足を棚に上げて人聞きの悪い事は言わないで……ん? 大和さん、どうしたの」

「い、いいえ! 流石イッコウセンは進んでいらっしゃるなとっ」

「……?」

 

無論、赤城の言う奉仕とは加賀が扱う艦載機の整備と取り扱いの勉強である。

赤城と加賀、そして大和の認識は光年単位で離れていたが、不幸か幸か、今の中央部隊には突っ込み役が不在であった。

 

「それにしても違和感が強い……いいえ、違和感しかないわ。今の加賀には」

「そうですか?」

「ご自分の姿を姿見で見たことがありますか?」

「勿論よ。光学測距儀のデザインが気に入らなくて、何度部長に駄目出しをしたことか……」

「いや、そんな乙女の拘りは良いですから」

「ん、違った?」

 

首を傾げる加賀に視線を送り、今一度……

最早鎮守府の港から何度も見ているのだが、その全身を舐めるように凝視する赤城。

加賀の上半身は司令官がよく着ている白の軍服。

下は黒のストッキングに白いタイトスカート。

コレだけなら鎮守府で秘書艦をしていた時と同じなのだが、其処に積み込まれた艤装は既に狂気の沙汰である。

弓を引くのに邪魔だからと結っていたサイドテールは降ろされ、髪には山城に近い髪飾りを模した光学測距儀。

左腕にはV字の飛行甲板が身体に対して外に開くように装着され、背中から右半身側には戦艦の主砲が装着されている。

更に長い足からは三連装大型魚雷発射管が四機も装着されていた。

コレに艦載機搭載数86機と言うのだから、完全に過積載の筈である。

 

「私の知ってる加賀じゃない……」

「酷いわ赤城さん。少し艦載機を減らして砲撃と雷撃が出来るようになっただけじゃない」

「……」

 

加賀っていったいなんだっけ?

空母じゃなかったっけ?

雪風が救い上げ、目を覚ました加賀と再会した時は確かに赤城の知っている空母だった。

それから僅か二ヶ月で変わり果てていた相棒に、赤城の目頭が熱くなる。

 

「だから、私を全部見せるって言ったでしょう?」

「いくら全部と言っても、限度があるでしょう? 違う歴史を辿った世界ではありえたかもしれない貴女まで含めて全部なんて、誰が想像できますか?」

「だから、会議室でそう言ったと……こうして此処に在る私に、その可能性が集約されてしまったのだから仕方ないじゃない」

「ま、まぁまぁ。頼もしいではありませんか。重雷装航空戦艦……その艤装、全て動かせるのですか?」

「単体でしたら問題ありません。それぞれを連動させようとすると、頭が破裂しそうになるけれど……あぁ、後、やはり私は空母です。だから航空戦艦ではなくて、戦闘空母で認識ください」

「戦闘空母……なるほど」

 

加賀の拘りに大和、赤城が揃って頷く。

そんなやり取りをしていると、前衛の五十鈴から通信が入る。

 

『敵艦載機を確認したわ。あの航空戦艦のものと同じみたいよ』

『はい。此方でも確認したわ。艦上戦闘機は全機、前衛の航空支援に入ります』

『了解……前衛部隊、対空迎撃戦に入ります』

 

既に交代で上空を押さえていた烈風が前衛の五十鈴達の援護に向かう。

更に四十六機の爆戦を瞬く間に発艦し、索敵と同時に航空戦に対応する加賀。

送り出された艦載機は見事敵戦艦を発見した。

一隻は見たことのない小さな戦艦。

そして今一隻は、加賀を打ち倒した戦艦棲姫。

大和は遥か視線の先で黒髪の姫が上体を前傾し、水面に手を着く光景が見える。

視線など通るはずも無い距離にもかかわらず、その姿を触れられる程はっきりと知覚した。

水面が粟立ち、深海から引きずり出されるのは巨大な艤装。

魚の前頭を遥かに禍々しくしたようなデザイン。

そして左右からは只管筋肉質な二本の腕。

そして一本のケーブル。

コレが姫の首の裏、やや下の背骨付近に接続された時……

 

『■■ッ■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーッ!』

 

海上の細波すらかき消し、響き渡る咆哮。

至近距離で聞く者があれば、その精神に異常を来たす事は疑いない轟音。

一個の生物が出していい大きさの音ではない。

この一事だけで、生き物は本能で理解するのだ。

格が違うと。

振動する空気に頬が引きつりそうになりながら、大和が全艦に向けて呼びかけた。

 

『決戦です。全艦、所定の規約に従って、戦闘隊形を取るように!』

 

 

§

 

 

雪風は援軍として赴いた先の鎮守府で、後方勤務に忙殺されていた。

以前の時も思ったのだが、連合鎮守府に集まる艦娘は思考が戦闘に寄っている。

司令官は遠い自軍鎮守府に在り、撃破実績を持ち帰る為に派遣されているのだから当たり前といえばその通りだが。

しかし此処で問題なのが、兵站管理の殆どが集まった先の鎮守府負担になる事だった。

コレが雪風達の様な後方勤務畑の司令官なら良いのだが、根っからの戦闘指揮官タイプの提督だと秘書艦が余程其方に精通していない限り効率的な運用が出来なくなる。

そして全体で言えば彼女のような運営に強いタイプは、希少価値すら出るほどに小数派であった。

前世の長い艦齢で得た知識をフル活用出来る雪風にしても、只管面倒だと思うのだ。

後方勤務に入ると言った時、手放しで喜ばれる所以である。

 

「これ……しれぇがこっちに来ちゃった方が良かった気がしますねぇ」

 

実際に艦娘全員が同時に離れてしまっている今、鎮守府から彼女を動かす事など不可能だが。

雪風がぼやいたとき、ノックもせずに入室してきた者があった。

 

「HEY雪風! 戦果Resultが上がったヨー」

「あ、金剛奶奶!(お婆ちゃん) 辛苦了!(お疲れ様です)」

「……OK Yukikaze.I’m not angry with you.But……Can I hit you once?(いいデスよ雪風。ワタシは怒ってないネ。でも……一回殴っても良イ?)」

「ひぃいっ、通じてた!?」

「雪風……Youの素直さは美徳ネ。だけど、長門の洟垂れボーズの言うことを真に受けちゃーNoヨ!」

「あはは。金剛さんに掛かったら、長門さんも形無しですねぇ」

「年季が違うヨー」

「それってやっぱり御歳じゃないですかぁ」

「Oh……しまったネ!」

 

そういって片目を瞑った金剛。

彼女は長門のいた鎮守府から妹の比叡と共に派遣されて来た。

比叡と初めて会ったとき、雪風は声を上ずらせて前世の雷撃処分を謝った。

しかし比叡はあまり覚えていないと言い、寧ろ雪風を巻き込んで苦労をかけた事を謝られた。

その態度は雪風個人を許すかどうかという話ではなく、その存在自体を気に留めていない印象だった。

同じ場所で二隻のやり取りを聞いていた金剛も、半眼になって妹を嗜めていたので気のせいではないだろう。

比叡の態度には覚えがある。

其処まで露骨ではないものの、それはかつての自分であった。

だからこそ雪風は比叡がそれ以上踏み込まれたくない意思を察知する。

その先に好意を積むことは出来そうにないが、全ての他人に好かれる事等出来ないし、またソレを嘆く必要も無い。

やや残念に思った雪風だが、此処は負債を一つ返済出来たことを満足し、それ以上比叡と無理に関わろうとしなかった。

今は出撃後の収支報告は姉の金剛が上げてくれている。

 

「比叡さんはお元気です?」

「ン……Sorryね。比叡は少し……心を持て余しているヨ」

「いえ、それは全然構いませんよ。寧ろアレくらい分かりやすいとこちらも楽ではありますので」

「それはNoダヨ。それじゃ先が何も変わらないネ」

「心の処理には好意に対して好意。敵意や悪意、また無関心に対してはこちらも無関心を返すと楽ですから、比叡さんの対応はソレほど違和感無いんですよねぇ」

「……雪風は、あの子に悪意も敵意も無いし、まして無関心じゃー無かったネ。ずっと、ずっと気にしていてくれた……デショ?」

「えぇ……はい」

「そんな気持ちまで無関心に流したら、あの子はちょーっと困るヨ。最近は榛名にもあんな感じになってきたしネー」

「え、お身内の方にまであぁなのです?」

「YES。物腰は丁寧だし、榛名以外の誰かと諍う訳じゃ無いから対外的にはまーったく問題はNothingなんだけどネ……だから、これは私の我侭。比叡の生き方や価値観に、私が主観を押し付けてるネ」  

 

ほろ苦い笑みを浮かべる金剛。

老婆心ダヨ、と呟く金剛はやや疲れをにじませていた。

最も、疲労で思考が鈍っていなければ如何に当事者とはいえ、此処まで他人に話したりはしなかったろうが。

 

「榛名さんは、なんと?」

「喧嘩してるヨ。いっぱいネ」

「なるほど……頑張っているんですねぇ」

「榛名は比叡に懐いてるからネー。Borning Love! ネ」

「つまり妹さんの恋敵になったんですね。ご感想はいかがです?」

「I’m ready to drop(もう直ぐ倒れるヨ私)」

「あ、はい。良く分かりました」

 

歴戦の戦艦が死んだ魚のような目になったのをみた雪風は、それ以上の質問を避けた。

それで会話を元に戻し、消費物資と戦果を確認する。

流石というか、金剛姉妹はこの連合に参加した艦娘の中でも最上位の錬度がある。

しかし好き勝手に出撃出来るかといえばそうでもない。

多くの鎮守府が参加している連合では、あからさまに偏った運用をして戦果の不均衡を出しては角が立つ。

勿論強い艦が多くの戦果を持ち帰るのは当たり前だが、それなりの部隊にもしっかりと旨みが無ければ今後は参加して貰えなくなる。

大きな鎮守府とだけ友誼を結んでも、距離や都合で必ず助けてもらえるとは限らないのだから、なるべく多くの鎮守府から覚えを良くしておきたい……

とは、此処の秘書艦である重巡洋艦、加古から伝えられた司令官の要望だった。

その要望自体は雪風にも良く分かる。

問題はこの秘書艦、完全な前衛型の性格をしているのだ。

この鎮守府では最高の錬度を誇る第一艦隊旗艦なのだが、後方の組織管理には雪風以上に向いていない。

現在は実質の仕事を雪風が進め、書類の日本語を加古が通訳するという二人三脚体勢でどうにか連合を回している。

どうしても加古が空けなければならない時は、口頭で報告を貰うしかないのだが。

 

「……流石金剛さん。無双状態ですねぇ」

「どーしても掠り傷は貰っちゃうヨー。比叡が無傷だから良いけどネ」

「……」

 

この鎮守府の首脳陣が物資管理を含めた後方運営に向いていないなら、相対的に雪風の発言権は強くなる。

預かっているのが他所様の娘なので気は重いが、使えるものは全て使う心算はあった。

雪風としては必ずこの連合掃討作戦を成功させ、第二鎮守府の大和達を間接援護しなければならない。

 

「お疲れ様でした。加古さんや提督さんとも相談して、次の出撃をお知らせします」

「OK。それにしても凄いネ雪風。この連合、物資だけじゃなくて出撃計画も結構手を入れてるって加古から聞いたヨー」

「まぁ、どちらかといえば雪風はそっちの方が得意ですので……」

「前にうちでやった時も頑張ってたネ! でも、今の方がもっと神懸かってるヨ。Enemyが何処にいるか、どんな部隊が待っているか……皆分かっているみたいネ」

「それに関してはこちらの提督さんの采配が的確なのです。雪風が全部やっているわけではありませんよぅ」

 

にこやかに嘘を吐く雪風。

雪風にはこの海域で敵部隊の動向が、かなりの角度で読み取れる。

この海域の深海棲艦には、強い部隊が殆ど居ない。

此処を守護する鎮守府の最大戦力が重巡洋艦と軽空母である以上、それで抑え切れる戦力だったはずなのだ。

そして其処に入り込んだのが、雪風達が預かる第二鎮守府領海の深海棲艦である。

第二鎮守府に多かったのは、空母機動部隊とその護衛。

更にその部隊は第二鎮守府に戻ろうとしていると仮定すれば、敵の分布の偏りを分析できる。

雪風は連合鎮守府本陣から第二鎮守府に近い海ほど空母部隊の出現率が高まる事を予想し、自分達が資材を負担する最初の全力出撃では無作為を装って、その方面に対空能力の高い部隊を多めに配備する出撃計画を提出していた。

勿論これはそのままは通らず、ある程度は現地提督と秘書艦に修正された。

しかし雪風は今回のお財布係であり、最初に自ら手を差し伸べてくれた鎮守府の秘蔵っ子である。

何事も資材を出してくれる者の発言力は強くなるものであり、かなりの部分はそのまま採用もされていた。

そして、採用された部分のほぼ全ての部隊が戦果を挙げる。

そうした事が二度続くと、雪風の意見は更に通りやすくなった。

雪風はそうした事を現場の艦娘達には全く話しておらず、多くの艦娘達は此処の提督と秘書艦の作戦だと思っていたが。

 

「ンー」

「……」

 

雪風の曖昧な笑みににっこりと微笑む金剛。

どうやらこの雌狐は、雪風がこの連合を主導しようとしている事に気付いたらしい。

この連合の目的も雪風の目的も、海域制圧という点では同じである。

だから気付かれても問題はないのだが、あまり大っぴらに裏の活躍が周知されると雪風が目立つ事になる。

出来ることなら、それは勘弁してもらいたいたかった。

 

「……内緒ですよぅ? 盟主様のお顔を潰すのは不本意ですので」

「勿論ネ。世の中はどーしょーもない建前とか、知らないほうが幸せな事も有るからネー」

 

金剛としては、雪風が敵の動向を読めている事さえ分かればそれで良かった。

はっきり言えば金剛にとって、雪風の思惑もこの鎮守府の動向も二の次なのだ。

 

「それじゃ、少し休んでくるネ」

「はーい、お疲れ様でしたー」

 

金剛はそういい残して退出する。

その直後、別の方面に出ていた部隊が帰港してくる。

次の仕事の予約が入った雪風は盛大にため息を吐き出した。

 

「あぁー! 面倒臭いですっ。雪風は駆逐艦なんですよ? 何でこんな所で雌狐さんと化かし合いとかしてるんですかっ……時雨の方がこういうの得意でしょうが! いや、偏見ですけど。頭空っぽにして水雷戦させてくださいよー、もぅ……」

 

雪風は内心で金剛姉妹への警戒レベルを一つ上げる。

こうなると最初、比叡が距離を取って自分と顔を合わせない事まであちらの予定通りなのではと疑いたくなった。

今回雪風に後ろ暗いところは無い。

この連合の本当の目的が大和達の援護という自分の都合だとしても、表向きに公開した情報と目的にも嘘は一つも無いのだから。

第一目的であるこの鎮守府の救助の影に、自分達の目的と利益が重なるだけ。

雪風や彼女が放って置いたらこの鎮守府は陥落していた可能性が高い。

例え陥落しなかったとしても、大きな損害は既にでていた。

だから救援がついでであっても、文句を言われる筋合いは無い。

ないのだが……それはそれとして、感情論だけで利用された事に反発される可能性はあった。

加古はそんな事をしないだろうが、此処の提督は直情型の前線指揮官タイプである。

悪い言い方をすれば此方の掌の上で踊らされている現状は、出来れば最後まで知られたくない。

もっとも既に彼女の鎮守府から資材の供与を受けているので、不満に感じても強くは出れないだろうが。

 

「むぅ……」

 

あくまで小さな可能性の話である。

先ずここの司令官が雪風達の目的を看破し、その上で不満に感じて、なんらかの行動を起す場合。

そうなった時の対策や論破するための材料は、既に雪風も彼女も揃えている。

しかし、実際に起こったら面倒くさい。

避けられるなら避けるに越したことは無いのだ。

だからこそ、金剛からこの件よりはましな『おねだり』などをされた場合は便宜を測る事も考えておかねばならない。

 

「強すぎて切れすぎる味方……あんなの雪風の手に負える筈ないじゃないですかっ。艦齢の経験も艦娘の経験もずっとあっちが上なんですよ? 第一あそこの鎮守府ってこんな小さな連合に来なくてもノルマ間に合うじゃないですか……どうして金剛さんとか来ちゃうかなぁ」

 

どうせなら長門に来て欲しかった。

相手が長門ならば、雪風は此方の事情を全て打ち明け泣き付いたろう。

そうすれば大和達の援護という真の目的に対しても、協力する事ができたかも知れない。

雪風が天井に向かって呟いた愚痴は建設的なものを何一つ残さず、来訪者のノックにかき消された。

 

 

§

 

 

「如何でした、お姉様」

「ンー……あの子も結構狸ネー。色々お腹に抱えてるヨ。比叡が苦手に思っちゃうのも分っかりマース」

「……そうですか」

「でも、多くを明かしていないだけネ。見た限り嘘は吐いていないし、謝罪にあの態度だと、雪風も傷つくヨ」

「……すいません、お姉様」

 

うな垂れる妹の肩に手を置き、金剛は苦笑した。

金剛は艦娘になってそれなりに長いが、今の鎮守府に配備されたのは比叡より遅かった。

再会した比叡は、臆病な娘であった。

普段部屋から全く出てこず、寝る時も明かりを消しては眠れない。

そんな比叡は海に出て戦うときはとても活き活きしているのだ。

不思議に思った金剛は、自分には良く懐いてくれた妹に聞いてみたことがある。

どうして普段外に出ようとしないのか。

何故命を懸けて戦う時にはそんなに嬉しそうなのか。

その当時から唯一信頼出来た姉の問いに、比叡は首を傾げて言ったのだ。

 

『だって、深海棲艦より皆さんが怖いですから』

 

何を当たり前の事を聞くのだと、比叡は表情で語っていた。

其処にひたすら歪んだものを感じた金剛は、多くの時間を割いて比叡と何度も話し合った。

そして明らかになったのは、比叡の鋭すぎる感性だった。

妹はなんの気も無く、相手の虚実を全て把握してしまうのだ。

そして比叡自身は嘘や隠し事の有無が分かるだけで、自分が何故分かるのか、相手はなんの為に、何を偽っているのかまでは分からない。

だからこそ怖い。

比叡だって頭では理解している。

あらゆる事を白日に晒す必要など無い。

気付かなければお互いを傷つけずに居られる事というのは存外多いモノなのだ。

しかし比叡は残酷なまでにそれを感じ取ってしまう。

金剛が比叡と付き合っていくうちに分析した中で、妹には恐ろしいまでの無意識な観察力があった。

比叡は初対面の相手でも、そのパーソナルスペースを正確に把握する。

相手は其処から何センチ離れて立った、若しくは近寄った、声のトーンがどう変化したか、視線が何を何回見たか、仕草は、表情は……

もしかしたら相手の心臓の鼓動や血流の流れ、服の下の発汗の有無まで感じ取ってしまっているのではないかとすら思う。

比叡は一見対峙しただけで、それらの全てを自覚無く拾ってしまうのだ。

 

「気にしない様に、意識しない様に勤めているのですが……」

「チョーット過剰カナー。雪風がこの連合の目的を明かさない事と比叡の最期を詫びに来たのは、別の話ネ」

「……はい」

「無理にとは言いまセーン。素敵な出会いを素通りしている比叡が勿体無いとは、思いマスけど……でも榛名を同じにするのは絶対に、NOダヨ」

「だけどお姉様……私は榛名が一番怖いです。あの子は私を、大切な家族ですって言うたびに嘘を吐くの。あんな優しい子の家族愛が偽物なら、私は何を信じればいいのですか……」

「……」

 

榛名はもっと比叡を愛したくなっただけ……その一言を飲み込む金剛。

今も比叡は自分が何かを隠した事を知ったはずだ。

この繊細な妹は、その事によって傷ついたろう。

それでも、自分の口から比叡に伝える事は出来ない。

金剛に遅れて配備された榛名も、始めこそ純粋に姉として比叡や金剛を慕ってくれた。

その気持ちは金剛同様偽りの無いモノだからこそ、比叡は姉に続いて二人目の家族を手に入れたのだ。

この世界で、たった二人だけに注がれる愛情。

それを受ける事が出来た榛名は大変喜び、その喜びを次第に恋慕へと昇華させ……

自分の気持ちを隠すようになった。

榛名は未だ自分の心を持て余している。

しかし何時かは必ず比叡に対して真っ直ぐ向き合う時が来る。

その前に金剛の口から正解を告げてしまったら、比叡が榛名を受け入れる事は絶対にないだろう。

 

「榛名は比叡の事、大好きダヨ」

「だけど、辛そうに見えるんです。あの子は優しいから、本当は嫌なのだとしても……」

「榛名は比叡を大切にしたいし、守りたいネ。でも、今はまだその方法が分からないのデスよ」

 

惚れた相手に告白できず、想いを胸に秘めること……

金剛から見れば榛名の心情は何もおかしなことなど無い、ごく普通の反応である。

しかし相手が悪すぎた。

比叡は妹の秘めたものの正体を理解出来ぬまま、偽られた事実だけを察知する。

それが比叡にとって世界で唯一信じられた家族愛の影に隠されたものであった為、事態を複雑に拗らせたのだ。

今では比叡は榛名を怖がり、その反動もあってより金剛に傾斜を深めることになった。

榛名からすれば金剛は大切な姉であると同時に、比叡を巡る深刻な恋敵になってしまう。

妹二人が悪循環に陥るようになってから、金剛は比叡にのみ打ち明けていた提督への想いを周囲にも当人にも隠さなくなった。

自分の気持ちが比叡に向いていないことを、榛名に対してはっきりと示してやらねばならなかったのだ。

直接話しても、きっと納得は得られなかったと思うから。

アプローチとしては悪手だと理解しつつも、金剛はそうやって提督とは冗句の通じる友人の位置に収まってしまった。

最もこの点は、愛妻家で二児の父に横恋慕したツケが周って来たと理解している金剛だったが。

 

「ま、其処は後でFamily Conference シマショ。今は待ち人の様子を知りたいネ。ドウ? 比叡」

「いや、如何と仰られましても……」

「何か、彼女がフッと頭を過ぎったりしませんカー?」

「ん……特になにも」

「フーム」

 

金剛達の提督は、元々この連合は見送る心算だった。

彼の鎮守府は独力でノルマをこなせる貯蓄がある。

にも拘らず大戦力を率いて連合に乗り出し、戦果を漁ってしまえば周りの心象は良くないだろう。

連合の集結地となった鎮守府の規模と敵の強さから考えても、自分達が居なくても十分な制圧が可能だとも思う。

しかし会議でそう語る提督に対し、突然参加を希望したのが金剛だった。

金剛は是非自分と比叡を行かせて欲しいと強硬に主張し、結果提督が折れる形で二隻のみの参加という結果をもぎ取ったのだ。

彼女が惚れた男の正論に逆らってまで我を通した事には当然ながら理由があった。

それは会議の十分前、他ならぬ比叡の呟いた一言。

 

『今朝、外に渡り鴉を見かけましたよ。珍しいですよねーああいうの』

 

その発言に既視感を覚えた金剛は、会議の頭からずっと机の下で自分の日記を読み返していた。

日記のタイトルは『Oracle』

内容は全て比叡の言行録と、その日の時間と場所である。

そして会議も半ばを過ぎたとき、金剛は既視感の正体を突き止めた。

 

「お姉様……本当にあの姫が、此処にいるのですか?」

「此処かは微妙デスが……絶対この連合に関わっているネ!」

 

比叡が以前に渡り鴉の話をしたのは、悪名高いサーモン海域で戦艦棲姫と戦った時だった。

激烈な砲撃戦で双方が損傷し、夜戦に入らず撤収しようとした時、比叡一人が退かなかった。

ぼんやりと空を見つめ、何かに惹かれるようにふらふらと歩を進める妹。

夢遊病にでも掛かった様に離れて行く妹を追いかけた金剛がその腕を掴んだ瞬間、背後で爆音と水飛沫が跳ね上がった。

あと一分その場に留まっていれば直撃していた砲撃。

戦艦棲姫はそれまで出遭った多くの深海棲艦の様に夜戦の選択肢など与えず、自らの損傷を全く省みずに突っ込んできたのである。

初撃の奇襲を偶然回避した金剛達はそのまま夜戦に突入し、結果長門達の支援艦隊が後着するまで犠牲者無く戦線を膠着させた。

しかしあの一撃に被弾していたら、結果は全く変わっていたはずである。

後日妹とその時の事を話したとき、比叡の口から出てきたのだ。

 

『鴉が落ちてきたんです』

 

あの時、絶対に鳥など居なかった。

灯台も無く、照明弾や探照灯も無い夜の海は一面漆黒の世界である。

そんな所を飛ぶ黒い鴉など視認出来るはずが無い。

あの時の僚艦全員に確認しても見ていない、若しくは気付かなかったと言っていた。

闇夜に飛来する弾丸が見えていたと言ってくれた方がまだ信じられる。

しかし比叡は、あれが鴉だと譲らなかった。

妹にはいったい何が見えていたのだろう。

そもそも比叡がそんな些細な事で、自分に対して主張を曲げない事が既におかしい。

更に言うなら、鴉が落ちてきたから何だというのか。

態々間近に寄って見に行くような状況では無かった。

見間違いではいけないのか?

敵が眼前に控え、傷ついた味方が後ろに居るにも拘らず確かめなければいけない事だったのか?

……必要なことだったのだろう。

結果、そのお陰で誰一人沈むことなく引き上げる事が出来たのだから。

それ以来金剛は比叡の言動を紙媒体に記録して持ち歩くようになった。

 

「お姉様が突然そういうのを思いつくのは、よく存じ上げておりますが……」

「何度も言うケド、思いついているのは比叡ネ。私じゃーありまセーン」

「私ですかぁ?」

「Yes!」

 

金剛が考えるに、比叡はおそらく巫女なのだ。

その身体は自分と同じ異国のものだが、組み上げたのは数多の神がおわす国の職人達である。

お国で最初に作られた戦艦として御召艦に選ばれ、当時では現人神とされていた一族を幾度も乗せていた。

そして世界最大の戦艦、大和型の前身として改装を受け……

あの戦いの中にあり、最初に召された戦艦でもある。

八百万の神の中で幾人かがそんな比叡を気に入り、耳元に未来と助言を囁いている。

意識してみると直ぐに気付いた。

比叡は決して知りえるはずの無いモノを知っている。

神々の言葉は余程遠まわしなようで比叡自身も気付いていないが、その何気ない言の葉は物語を読み上げるように近未来の事象を言い当てる事がある。

しかし金剛にしても殆どの場合、後になってから日記を読み返して気付くのだ。

せめてあと一人、妹の異常性を共有出来る程の信頼が置ける者と相談出来れば、比叡の神託は今より遥かに現実に対して干渉力を持てるだろう。

例えば、そう。

かつてずっと比叡の傍にいた、未だ会った事の無い末の妹が居てくれれば……

 

「お姉様?」

「ん、霧島に会いたいなーってネ!」

「そう……ですね。少し怖いですが、私もあの子には会いたいです」

 

無い物強請りである事は、金剛自身分かっている。

現実に干渉出来るのは、此処に居ることが出来た者のみ。

金剛はかつての敗北を雪ぐ為、今一度あの姫を追ってきた。

手繰れば切れてしまいそうな追跡の糸は、未だ途切れていない。

 

「お姉様はどうして、雪風に秘めたものがあるとお気づきになられたのですか?」

「一つは比叡が初対面で退いたと言うのがあるのデスが……」

 

もう一つは、雪風が以前の連合の時程必死に動いていないからだ。

以前の雪風は連合鎮守府の仮本営で様々な部署や派遣部隊の間を駆けずり回った。

そうやって死に物狂いで情報を集め、的確な戦力投入を助けていた。

しかし今は其処までしていない。

にも拘らず、あの時より正確な読みと判断で影から連合を主導している。

そんな事が可能だとすれば、それは自分達の知らない情報を持っているに違いなかった。

 

「あの子、最低限Enemyの分布は読みきってるネ」 

「深海棲艦の思考が……読めていると仰いますか?」

「Yes。あの子が比叡と同類だったりしない限り……でもあの子の場合、その可能性も在るから難しいネ……」

「同類……ですか?」

「Have god reside in something……って言われた駆逐艦ダカラネー」

「はぁ……でも私、神様なんて知りませんよ?」

「私が勝手にそう思っているだけヨ。比叡はそのままでVery cuteだからOKネ!」

「……本気でそう言って下さるのは、お姉様だけですよ」

 

妹を紅くさせておいて、金剛は思考を巡らせる。

雪風が聡い事、そしてある意味では聡過ぎるとは以前の連合から考えていた。

自覚しているかどうかは兎も角、比叡と近い感覚で知りえるはずのない事を感じ取ってはいないだろうか。

もしそうだとすれば、あの駆逐艦は自分が比叡と二人掛りでやっていることをたった一人でこなしている事になる。

勿論金剛の穿ち過ぎという可能性もあった。

その時は雪風が、比叡の神託に匹敵する予測を自力で行っていると言う事になるのだが。

 

「あの喧嘩っ早い二水戦の秘蔵っ子がネー……見事な怪物に化けたモノネ」

「……出来れば、謀の得手不得手なんかをお姉様に競って欲しくないのですが」

「……Exactly。今回、相手は味方だからネー。考えすぎはMy viceネ」

「いえ、悪いことなんてありません。お姉様の優しい思慮深さは、何度も私の心を救ってくださいました」

「ンー。ワタシ、頭悪いからネ! 比叡に限らず、よーく話して教えてもらわないと分からないだけなのデース」

 

そんな金剛だからこそ、鎮守府で戦闘能力以外を持て余されていた比叡の奇行に正対し、その意味を突き止めることが出来た。

比叡に限らず、相手の言動や価値観を否定せずに向き合おうとする金剛によって心を癒された艦娘は多い。

それを見てきた比叡からすれば、本当に神掛かっているのは臆病な自分を見捨てず、誰もが与太話と切り捨てるような話も無碍にしない姉の優しさと器量だと思う。

実際鎮守府が今の規模まで大きくなったのは、金剛が着任した後の事だ。

金剛が多くの艦娘達から信頼され、その絆から育まれた鎮守府全体の明るい雰囲気が上向きの追い風を生み出した。

それは長門姉妹にも、そして提督にも出来なかった事である。

鎮守府としても比叡個人としても、金剛を失うわけには行かないのだ。

比叡からすれば、姉が何時までもあの恐るべき戦艦の姫に執着する事に危惧を覚えずには居られなかった。

 

「お姉様。何度も申し上げますが、あの姫とご自身を引き換えになど為さらないで下さい。アレがお姉様の邪魔になるのでしたら、私が必ず排除します」

「Thank Youネ! 比叡。私が負けたら、比叡に仇を討って貰いマース」

「ですから……そうじゃなくてですね……」

「ン……分かってマスよ。でも、Sorryネ。アレだけは私が沈めたいのデース」

 

この会話は類似するものを含めれば何度も交わした。

その度に理由も聞いたが、コレだけは金剛は語ってくれない。

ただ、姉のすまなそうな苦笑いを前にこれ以上の追求出来た事がなかった。

 

「ですが、今のところ影も形も見当たりませんね」

「ネー。参ったデース」

 

金剛は比叡の何気ない呟きから、この連合に戦艦棲姫の影を見た。

そして今、連合を裏から動かしているのは雪風であり、その背後にいる提督だと確信もある。

雪風達は何かの目的が在って、大本営への撃破実績という餌を使って多数の鎮守府から戦力を吸い出した。

しかも最初の出撃資材の全てを賄うという、一方的な犠牲まで払って。

何が雪風やその提督を此処までさせるのか。

単なる正義感等ではない筈だった。

新米提督の彼女なら兎も角、あの雪風がそんな行為から得る自己満足に価値を見出すとは思えない。

何かあるのだ。

多大な出費を払ってでも、この連合を成功させたい理由が。

 

「連合鎮守府……撃破実績? ……No。駆逐艦一隻じゃ無理ネ。実際手柄は全部いろんな鎮守府に仕分けられてマース……」

「出撃計画まで雪風が仕切っているとすると、見事な戦力配置です。本当に戦力と戦果は絶妙なバランスで切り分けられていると感じます」

「身銭を切って赤の他人に手柄を立てさせる……そんなお人好し何処に……ン? 手柄……」

 

駆逐艦一隻を派遣しても、大本営が認める方面の手柄など立てられない。

ならばそもそも雪風は何故単艦で此処に居るのだろう?

大和が動かせない事情は聞いた。

しかしそれ以外の艦隊はどうして来ないのか。

以前一緒に第一艦隊の構成要員として組み、今は雪風達の鎮守府に移った元同僚は第三艦隊に配属されたと便りをくれた。

僚艦は戦艦と駆逐艦。

少々軽いが、戦艦がいるのなら戦闘部隊のはずだ。

自分の鎮守府に詰めている?

そういえば雪風も一個艦隊の旗艦である。

これは長門から聞いている。

その艦隊は、何をしているのだろう。

どうして第三艦隊も第二艦隊の残存兵力も動員しなかったのか。

他人にばら撒く資材があるなら、動かすことは出来たはずだ。

資材があっても動かせないということは、その戦力は既に動員されていると言う事か。

この時期あそこが戦力を投入する場所は……第二鎮守府以外にない。

金剛の脳裏に一つの可能性が閃いた。

それは背筋に薄ら寒い感覚を走らせ、思わず周囲を見渡してしまう。

 

「お姉様?」

「……」        

 

もしかして、もしかして。

雪風はたった一人で二正面作戦の一方を担っているのではないか。

戦域の一方に手持ちの全艦隊を投入し、もう一方では資材と撃破実績を餌に他所から戦力をかき集めて。

それはもう単なる戦術巧者という話ではない。

雪風かその提督かは知らないが、そんな絵を描けるのは最早戦争全体をデザイン出来る戦略家の域にある。

雪風達の提督は第二鎮守府を預かっており、その海域の敵が少ない事を不審に感じたと言っていた。

それを聞いた全員は彼女のマメな性格と、細部に拘泥して逆に仕事の効率を落としてしまう新人特有の匂いを感じたものだ。

金剛もそう思った。

しかしそれがサバを読んでいたらどうだろうか。

第二鎮守府領海の深海棲艦は少ないのではなく、一隻たりとも存在しないのだとすれば……。

この鎮守府と雪風達が預かる第二鎮守府は決して遠くない。

此処の深海棲艦大増殖の原因は、あそこの鎮守府から流れてきたからではないか?

そうだとすれば、雪風が敵の動向に詳しい事もある程度説明がつく。

第二鎮守府には今、有象無象の深海棲艦全体に統一した命令を出せる存在が居る。

戦艦大和と第一航空戦隊を擁する鎮守府が、駆逐艦一隻を残した全戦力を投入する程の存在が!

そして雪風は第二鎮守府の脅威と戦う仲間を援護する為に、元々あの海にいた深海棲艦を殲滅しようとしているのだ。

 

「Shoot! 外したっ」

「え?」

「こっちは規模だけ大きなハズレ。King……いや、Queenは雪風達の第二鎮守府ネ」

 

遅まきながら選択肢を絞れたといったところだろうか。

本当に遅かった。

この連合に参加している以上、今すぐ第二鎮守府に向かうのは難しい。

自分の鎮守府で呼び出してもらうにしても、金剛自身で此処に来たがった以上話を通しにくいだろう。

此処まできたのに、結局届かないのか。

金剛の顔に暗い影が落ちかける。

しかしその時、肩に置かれた手が反射的に顔を上げさせた。

見上げる視線の先にあるのは、強い瞳で自分を見据える妹の姿。

 

「……行って下さい、お姉様」

「What?」

「行って下さい。此処は私が何とかしますから」

「……私は比叡のお姉様ネ。妹を此処まで連れてきておいて放り出すとか、Noダヨ」

「わ、私もそんなに子供じゃありませんっ。ちょっと対人恐怖症で引き篭もり気質で自傷癖があるだけではありませんか!」

「比叡、解ってマス? その中のどれか一つだけだって、目を離せない理由にはじゅーぶんネ」

「でも、お姉様は私の言葉に未来を見たのではありませんか?」

「……Yes」

「ならば、私はお姉様の導き手になれたと言うことですよね? 私はそれが誇らしい。だから、お姉様の最後の一歩の枷になるなら自分自身が許せません」

「比叡……」

「だ、大丈夫です。怖いですけど、凄い怖いですけど……気合入れて行きますからっ。お姉様も、今くらいはご自身のなさりたいようになさってください。だって……お好きな殿方に背いてまで選んだ道ではありませんか! それは、今から間に合うか分かりませんけど……道の先に得られるものも失うものも、何があるか分かりませんけど、でも私達姉妹が選んだ道ではありませんか!」

「……比叡」

「はい」

「ちょーっと海鳥と遊んで来るネ。後は、任せマース」

「はい!」

 

臆病な妹が精一杯頑張って背中を押してくれたのだ。

此処は我を貫かせてもらう。

連合の方は問題ない。

既に大勢は決しているし、撃破実績も十分稼がせてもらった。

寧ろ此処で金剛が抜ければ、他に周る獲物が多くなるのだ。

元より来なくても良い連合に参加していたという事もあり、気まぐれに帰ったとしても自分の評判が落ちるだけだろう。

鎮守府に帰れば提督からはいろいろ追求されるだろうが、相手が彼ならある程度は事情を話しても問題ない。

後は、必ず生きて帰るだけ。

おそらく自分があの姫に会う事を最も嫌がっている比叡。

もしも帰れなければ比叡は今日の今、自分を行かせた事を己の過ちと捕らえて後悔してしまうだろう。

それは絶対に出来ない。

妹が振り絞ってくれた勇気は、真っ当に報われるべきモノなのだ。

そうした経験の一つ一つが、きっと比叡の財産になる。

 

「Hey! 比叡」

「ん、はい。お姉様」

 

妹と綺麗にハイタッチした金剛は、一つ頷いて踵を返す。

振り返り際、一瞬だけ視界に小さな窓が過ぎる。

其処に黒い鳥が居た気がした。

慌ててもう一度窓を見た金剛。

その時には、もう海と空だけが広がっていたのである。

 

 

§

 

 

 

――雪風の業務日誌

 

こっちのへいていは、なんとかめどがたちました。

もうすこしかかりそうですけど、もうまけはないとおもいます。

ですがしめはかんぺきにしたいので、もういちどぜんりょくしゅつげきしたいです。

ぶっしいっぱいおくってください。

ゆきかぜはたちばじょう、こっちでかいさんしきがおわるまでうごけないとおもわれます。

やまとさんたちのじょうほうがあればおくってくれるとうれしいです。

 

こちらのちんじゅふではめだたないようにしていたつもりですが、こんごうおばあちゃんにかぎつけられたみたいです。

ちんじゅふのたんまつをつかうとこっちのていとくさんにばれますので、しれぇからこんごうさんのていとくさんにさんかのけいいをそれとなくさぐりいれてください。

おばあちゃんはめぎつねさんでした。

ましょうのおんなってやつですね。

あかぎさんとかかがさんほどのおっぱいはありませんが、みりょくてきなおとなです。

かおのほりがふかくてりんかくがとってもきれいなんですよねーおばあちゃん。

いこくふうというやつでしょうか。

うらやましいです。

あ、あとひえいさんにおあいしました。

ゆきかぜはちゃんとごめんなさいできました。

しれぇ、あとでほめてくださいね!

 

 

――提督評価

 

お疲れ様です。

資材は各種取り揃えておりますので大丈夫です。

持つべきものは大本営の素敵なお友達と、弱みですね。

ですが現状私に輸送手段がありませんので、どなたかこちらに寄越してくれると助かります。

第二鎮守府方面の情報は、今の所入っておりません……

 

金剛さんと比叡さんが参加した経緯については、あちらの提督さんも不思議がっていましたね。

元々あそこは参加は見送る心算だったそうですが、金剛さんがかなり強く参加を求めたらしいのです。

金剛さんはあちらの鎮守府では艦娘達のまとめ役としてかなり重要な位置に居るらしく、提督さんのお話を聞く限りだと雌狐という単語が当てはまる方には思えませんでしたね。

最も、女性の評価は男性よりも同性の方が遥かに正確で信頼が置けるものですが。

 

比叡さんの件については、貴女の心が軽くなってくれれば本当によかったです。

本当によく頑張りました。

花丸と一緒に……そうですね。

この一件が片付いたら、補給艦間宮を招いて皆さんを労いたいと思っています。

乗り切りましょう。

 

 

――極秘資料

 

No5.重巡洋艦足柄

 

鎮守府で七番目に建造された、妙高型重巡洋艦。

空気の読める飢えた狼。

第一艦隊のバランサーとして艦隊を内側から纏めている。

 

 

・飢狼

 

機能1.狼は勝利に飢えています。

機能2.海域制圧、拠点攻撃等の攻戦時において各能力に上方修正がはいります。

 

・空気読み

 

機能1.知的生物が持つ雰囲気を直感的に把握します。

機能2.敵、味方問わず艦隊全体の総コンディション値を大まかに読み取れます。

機能3.敵、味方問わず個人のコンディション値を大まかに読み取れます。

機能4.敵、味方問わず判定次第で初見でも相手の特殊能力の有無を読み取れます。また、能力の中身も足柄の主観と知識で判定出来ます。

 

 

 




後書き

orz

開幕の土下座です。
誰ですかね、次は加賀さん紹介とか言ってた奴。
アホじゃないでしょうかね……
ちょっと海戦まで入れなかったので、紹介の条件が整ってる足柄さんに出張っていただきました。
この方の空気読みこそ、加賀さんに匹敵するチートだったりします。
このSS世界には駆逐イ級を血祭りに上げて戦意を高揚させるというサバトが存在しませんので、コンディション管理は難しいと思います。
しかも艦娘や敵によってはおかしな固有能力がくっついていたりする世界なので、この方のエアリード→見識判定はとっても重要です。
性能的には羽黒さんの方が武闘派であり、足柄さんの方が頭脳派になっちゃってますw

それにしても、4セクションが全体の半分とかなんというバランスの悪さか……orz
これも偏に金剛おば……お姉様が原因でした。
この方の喋り方文章に起こすのが此処まで難しいとは……
実は此処でやっと登場した金剛姉妹ですが、あ号作戦の時に援軍で来てもらうルートもありました。
当時はサイコロが偶数だったため長門姉妹になりましたが。
よかったね……あの時に引き当てていたら心がぽっきり折れかねんよ……
書き直しも多すぎて、もう自分では喋り方の違和感が分からなくなっていました。
実はこれ投稿前に一回友達に読んでもらってます。
本当にありがとうございました。
この場を借りて御礼申し上げます><

おそらくコレがイベント前最後の投稿になると思います。
一本上げられて本当によかったです;;
リアルでは飛龍が改2になり、蒼龍が後二レベル。
瑞鶴も71になりました。
後は忍者と綾波さんも改2になったし、筑摩と妙高が既に60代です。
また春イベのときの戦力に加えてビスマルク、大和、山城、比叡が一線級に育っております。
資材は現在燃料と弾薬が5万、鋼材7万にボーキ5万5千……難易度が春イベ並みなら何とかなるっ(慢心

ただ大本営が二正面作戦とか言ってるらしいですね。
資材と戦力二つに分けて、イベント期間長くなってたりしたらどうしましょうね……
てか二正面作戦とかやっちゃ駄目だと思うんですよね普通;;
追加される艦娘も多いそうなので、お友達はE-8くらいまであるのではないかと恐ろしいこと言っていました。
本当にどうなるんでしょうね><
またしれぇレベルで難易度変わるのかなぁー……



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死線

これは、演習ではなくて実戦よっ! by鳳翔


戦闘開始から一時間。

戦艦棲姫は経験した事の無い違和感に囚われていた。

敵戦艦より放たれる砲弾。

空気を引き裂く音と共に視線を上げれば、空の一点より黒いモノが飛来する。

着弾地点の予想は、しっかり今居る自分の座標。

左舷回頭で回避する。

そして自分の右後方に上がる巨大な水柱。

砲撃された。

それは分かる。

分かるのだが……

 

「……遠イ? 遠イノコレ?」

 

自身の体感で知覚する距離は、まさかの40000㍍。

彼女の艤装にある電探も、同じ答えを出している。

届くはずが無い。

仮に届いても狙えるはずが無いこの距離において、しっかり自分の居るところに砲弾が降って来る。

高性能の電探が、また高速の飛来物を確認した。

脳内に叩き込まれる相対距離が一気に減少する。

このままでは当たる。

機関の出力を大きく上げて制動をかける戦艦棲姫。

今度は前方に巨大な水柱が上がっていた。

正直これほどの距離を飛ばせる砲弾には当たりたくない。

遠くに飛ばす為には空気抵抗に負けないある程度の重さは必ず必要のため、触れずともその威力は想像がつくのだ。

コレに当たったら、自分の装甲でも多分抜ける。

数発当たったところで沈みはしないだろうが、試してみる気が起きない程には海面に落ちたときの衝撃波が重かった。

 

「ンー……」

 

試しに自身の主砲を向ける。

16inch三連装砲。

最大射角で放ったときの射程が、約32000㍍。

そして自分が命中を取れる射程はほぼ同等の30000㍍。

同族の戦艦にも、敵のどんな艦種にも艦砲射撃で負けたことは無い。

そんな自分の主砲が届かない。

一つ放ってもみるが、やはり相手のはるか手前に着弾する。

飛んだのは33000㍍。

自分の感覚でも電探でも答えは同じ。

相手は更に遠くに居る。

 

「オォ……」

 

届かないなら詰めれば良い?

戦艦棲姫は更に飛来する弾丸を掻い潜り、最大船速で突進する。

彼女の戦闘時に通常出せる最大速度が二十八ノット程。

これは戦艦としてはかなりの高速になる。

しかし敵の戦艦は正面に火力を集中して此方に回避旋回を強制し、その間隙に距離を稼ぐ。

その速度はおそらく自分とほぼ同速の二十八ノット前後。

敵戦艦の基本性能がかなり高い。

しかも歪な高性能ではなく、トータルバランスが全て高く纏まっている。

戦艦主砲の射程にモノを言わせたアウトレンジ。

この戦法自体は、やられた経験がある。

サーモン海域で出会った高速戦艦がこれと似た事をやってきた。

あの艦隊は自分が見逃し以外で沈められなかった数少ない敵だったのでよく覚えている。

先頭の高速戦艦二隻は、三十ノットで動き回る足周りと30000㍍を飛ばす主砲を備えていた。

だが、それでも命中が出そうな距離は22000㍍が精一杯。

結局の所戦艦棲姫の射程内で撃ち合う事になり、捌ききれずに被弾している。

しかし彼女らの射程は決して短くなかった。

20000㍍以上の距離で命中が取れるなら、自分の経験で敵対してきた殆どの艦娘を上回る錬度に当たる。

しかし今……大和が戦艦棲姫を縫いとめているのはほぼ二倍の超遠距離。

戦艦棲姫は少し離れた戦域で航空戦をしている少女がいる方向へ視線を向けた。

もしかしたら自分と彼女以外のあらゆる戦艦仲間は、コレに勝てないのではないかと思う。

 

「……」

 

戦艦棲姫は大和と正対しつつ電探で探知したもう一方の艦隊、水雷戦隊に副砲を放って牽制する。

五十鈴達の艦隊はやはり40000㍍程の距離を保って少しずつ時計回りに動いている。

この距離を攻め込めるのは大和のみ。

水雷戦隊が攻撃範囲に入るためには、自分の主砲の間合いにも踏み込んでこなければならない。

ならば何時くるのか。

それは自分が大和を捕らえるために、本気で踏み込む時だろう。

大和に対して間合いを詰めるなら、自分も余程集中しないと避けきれない。

五十鈴達が攻めてくるなら、その瞬間が一番安全になる。

自分の行動が敵の攻勢のトリガーになっているのが分かる。

だからこそ迷う。

水雷戦隊は五隻編成。

艦隊単位で計算すれば、あの一部隊で四十射線以上の魚雷が飛んでくる可能性がある。

 

「射程二百はろんノ巨砲ト四十射線ノ魚雷……ドチラガマシ? 嫌……ドッチモ嫌ッ」

 

しかし今のままではどちらかを押し付けられる事になるだろう。

下手をすれば両方である。

崩す手は幾つかあった。

それでも姫が躊躇うのは、自分で決めたルールに反するからだ。

其処までやっていいものか。

もっと良い方法は無いだろうか。

 

「ナギ払ウカ押シ潰スカ……何デ何時モ困ッタ時ハ力押シガ来ルノ……脳筋ナノ私? モット、モットすまーとナ戦法ハ…………アァ! 思イツカナイッ」

 

敵艦隊の善戦と自らの苦戦。

そこに自分の力を制限無しに振るうことへの躊躇が加わったとき、戦艦棲姫の中に一時的な混乱が生じる。

それが大和にとって、本来ならばありえない余裕を与えた。

 

「本気で来ていない……よね。最後までコレで行けたりしないわよね」

 

初めて扱う46㌢三連装砲。

しかし大和は艤装の性能と自分自身の能力を十分に活かした運用を実行出来ている。

この戦法のアイデアはあった。

何時か46㌢砲を取り戻したときは、こうやって使いたいと思う構想はずっと練っていた。

それでも初の実戦で此処まで上手く扱えるのは、完璧に近い手本を見る機会に恵まれたからだ。

大和は敵戦艦の主砲射程外で艦列を組む水雷戦隊、その中の一隻に視線を送る。

矢矧は気付いてくれなかったが、この戦い方を見せてくれたのは彼女だった。

第二艦隊駆逐艦トリオとの演習。

雪風に弄ばれた矢矧は己の不甲斐なさを噛み締めていたが、大和にとって彼女の砲戦手腕は見習うべき点が多々あった。

だってあの雪風が、砲戦で何も出来なかったのだ。

あの時、時雨が矢矧に掛けていた言葉は慰めでもなんでもない。

艦砲射程の優位と、陽炎型駆逐艦に匹敵する機動力。

これらを組み合わせて砲戦を優位に進める矢矧に対し、雪風は同じ土俵では勝つことが出来なかった。

その後雪風は戦場全体を使って矢矧を絡め取ったが、その判断は妥協の結果である。

雪風は砲戦でさっさと潰したかった筈なのだ。

それが出来れば、夕立の救援は間に合っていたのだから。

 

「観測機発艦。よろしくね、皆さん」

 

此処に来る直前、ついに整ったかつての艤装。

その全てを駆使して戦艦棲姫を抑える大和。

しかし鈍い。

一方的に撃ち込む事が出来るこの距離がある以上、敵の火力がどれ程桁外れでも関係ない。

なればこそ、相手は距離を詰めてくる筈なのだ。

それが来ない。

何度かその兆候は見せているのだが、戦艦棲姫は最初の砲撃で前進を阻まれると迷ったように前進を止める。

その様子はまるで、戦場で何をすればいいか分からない新兵の様に見える。

 

「……」

 

大和は自身の考えを苦々しく切り捨てた。

かつての自分ではあるまいし。

あの姫は強い。

その強さは同じ戦艦として、敵ながらある種の憧れを抱かずには居られなかった。

今の彼女からは、以前戦った時のような覇気が感じられない。

このまま終わるはずが無かった。

しかしそれはそれとして、この状況は自軍にとって意外だった。

今一度水雷戦隊に視線を送る大和。

今度は先頭の五十鈴と目が合った。

その顔は少し困っている。

 

「むぅ……足柄さんの不在が痛い……状況は想定より良いのに対応出来ない……」

 

決戦前夜、各艦隊から出撃メンバーとそれぞれの戦術を決めた後、大和は入居中の足柄にその事を伝えている。

足柄は出撃メンバーと組み合わせを確認し、それぞれの運用法の草案を幾通りかのパターンと共に大和に託していた。

基本方針は大和が戦艦棲姫、戦艦少女は加賀と赤城が抑える。

そして水雷戦隊は大和の援護。

戦力投入のタイミングとして最も適切で確実なのは、大和との距離を詰めてきた瞬間だった。

圧倒的な装甲と火力を誇ろうと、戦艦棲姫も所詮は戦艦。

艦砲の間合いの外から攻撃されればなすすべが無い。

彼女は必ず手の届く距離まで詰めてこなければならず、その突進を大和の射程と足で捌きながら五十鈴達の雷撃で仕留める。

十分に可能性のある状況だった。

いくら足柄でも、今の様に射程外でまごつく戦艦棲姫など予想すらしなかったのではないか。

……実は想定していた。

足柄はその場合敵が隠し持つであろう切り札にも予想がある。。

それはあまりにも荒唐無稽な発想と、常識で考えればありえない技術。

最早物理を超越した現象になる。

だから大和には言っていない。

足柄が話したのは五十鈴であり、それもお互いが笑い話として片付けてしまった程である。

 

「……」

 

結局の所、戦艦棲姫の戦意が煮え切っていない。

その反面で五十鈴達から意識を外さない。

水雷戦隊は踏み込む切欠を掴めない代わりに、大和が一方的に撃てる間合いを確保し続けることが出来ている。

 

「鬱陶シイワ。水マフッテバァ……制空取ラレテルジャナイ」

 

呟く姫は敵が水上観測機による照準修正に入る様子を苦々しく見つめた。

敵と自分の間で、旋回行動を繰り返す水上機。

飛んでくる砲弾が更に正確になる。

最早距離を詰める所か通常の回避すら支障を来たす程的確な砲撃。

戦艦棲姫が忌々しげに息を吐く。

その瞬間、五十鈴を先頭に据えた水雷戦隊が遂に高速で突っ込んでくる。

 

「……」

 

五十鈴より大和に対して不快感の比重が寄った瞬間。

故意か偶然かは分からないが、良いタイミングだと思う姫。

戦艦棲姫は最早大和から完全に五十鈴に向き直る。

これまでの所、大和から寄ってくる様子は無い。

ならば其方は回避に徹し、届く距離に来る相手に対して丁寧に砲撃を合わせた方が効率が良い。

しかし姫の予想は盛大に外れ、大和は五十鈴達に呼応するように自ら間合いを詰めたのだ。

ハッとして大和に顔を向ける。

大和としては水雷戦隊が踏み込む時、敵の砲撃選択肢を増やしておかねばならなかった。

主砲一基でも、たとえ副砲一門だろうと自分が引き受ければ五十鈴達の負担が減る。

少し考えれば分かる事を、立場が逆なら自分もそうしただろう事を見落とした戦艦棲姫。

 

「……無様ネ」

 

此処まで自分の戦闘を振り返り、いささか深刻に自嘲した姫。

必殺のタイミングで飛来する敵戦艦の主砲と、放たれた水雷戦隊の魚雷群。

最早完全回避を諦めた戦艦棲姫は、艤装の両腕で本体を庇う。

数秒の遅れで着弾する砲撃。

そして水面から突き上げる魚雷達。

並みの戦艦なら三回は沈める衝撃が艤装を貫抜き、姫の身体を軋ませた。

 

 

§

 

 

遠くで被弾する姫に、舌打ちをした戦艦少女。

また余計なことを考えていたに違いない。

その気になればあの程度の艦隊、一蹴してしまえるだろうに。

あのお姫様はなまじ強い上に優柔不断な性格のため、戦闘序盤にムラが出るのだ。

一瞬安否を気遣う心が顔にでるが、直ぐに半眼で息をついた。

戦艦棲姫が負けるなど在り得ない。

深海棲艦と呼ばれるくくりの中でも、彼女は桁違いの存在である。

少なくとも少女には、海域に無数の渦潮を自作するような規格外を他に知らない。

しかもその目的は、駆逐艦と潮の側面を掠めるように走りこみ、高速を得て駆け抜けるというお遊びの為。

その遊びはうっかりと海域の自然海流を捻じ曲げ、危うく生態系を破壊しかけると言うおまけが付いた。

それは人間側から大異変として認定され、複数の鎮守府から討伐対象にされる大海戦に繋がったのだ。

人間、深海棲艦双方にとって幸運なことに、どちらも相手陣営の事情は知らずに済んだが。

 

「遊ンデナイデサッサト救援来イッテンダ」

 

やや劣勢の航空戦。

エアカバーが効くのは戦域全体の四割程であり、戦艦棲姫の頭上まではフォローしきれない。

少女としてはこの戦闘以前に消耗した艦載機の補填が出来なかったことが痛かった。

しかし加賀と赤城にしても、この少女への攻め手を緩めて戦艦棲姫を狙う余裕はない。

少女の位置から加賀までの距離は約150㌔。

更に加賀の後方70㌔地点に赤城が控えている。

空母特有の広い戦域での戦いは、根が戦艦の少女には面倒だった。

此処はさっさと間合いを詰めて艦砲射撃の距離にしたい。

少女は広範囲の制空権を放棄し、本格的に自分の頭上を固める。

そして機関に熱を入れると、最大船速による突進を敢行した。

その速度は小型艦に迫る三十三ノット。

戦艦としては凄まじい速力で間合いを詰めてくる敵に対し、加賀の眉間にしわがよる。

 

「早いわね……羨ましいわ。私も、そんな足が欲しかった」

 

加賀に搭載された各艦載機は烈風、流星、爆戦。

それぞれが機体性能に見合った分担をこなしているのに対し、敵の艦載機は攻撃を終えて母艦に戻る都度、違う武器を積み込んでいる。

多機能という点では今の加賀も負ける心算は無いが、艦載機の多様性で負けるのは気分が良くない。

加賀は上空の防衛ラインをすり抜けてきた一群に対し、主砲による牽制を放つ。

散開して回避する飛び魚達だが、隊列からはぐれた所に烈風が側背から襲い掛かる。

空対空の単体戦力ならば烈風に分があった。

加賀に接近した六機のうち三機が落とされ、残りニ機の爆撃も加賀自身が回避する。

しかし一機は急降下して烈風を振り切り、海面ギリギリを滑空しつつ爆弾を投下。

放たれた爆弾は海面を跳ね、スキップしつつ加賀の艤装に着弾した。

 

「っ!?」

 

この海戦で初めて受けた直撃。

加賀が舌打ちしたくなるのは、敵との距離が近くなるほど自分の周辺に着弾が増えることだ。

無論此方の爆雷撃も激しくなっているのだが、戦艦特有の重装甲に未だ決定的な打撃を入れられない。

しかも自分より速力があり、回避能力も低くないのだ。

戦闘空母に改装されてから妙に調子の良い爆戦達も、敵戦艦の頭上が取りきれなかった。

これは艦載機の防空だけではなく、戦艦種として持っている対空砲火の優秀さに拠る部分もある。

全体として航空戦を優位に進める加賀だが、今一つ押し切れない。

一瞬魚雷を放棄すべきかとも考えたが、それをやったらこちらの窮状が知れる。

此処で弱みを見せれば、敵を勢いづける事になる。

 

「……」

 

後退して距離を稼ごうにも、速力ではかなわない。

更にこれ以上大和達と距離が開くと、敵艦載機が其方に向かおうとした場合に迎撃が間に合わない可能性がある。

制空権は味方艦隊の為に守るものであり、我が身可愛さに仕事を疎かにしては自分の存在意義が揺らぐだろう。

最も護衛艦隊も無く空母が二隻、孤立している現状が既に切羽詰っている証拠でもあった。

結局の所、戦艦棲姫が強すぎるのだ。

あの姫が並のflagship級戦艦ならば、三隻いても大和一人に任せられた。

そうすれば水雷戦隊は、そっくりこちらに回ってもらえただろう。

ままならない現状に深い息をつく加賀。

転進する事も出来ず、艦載機で突き放す事も出来ないならば如何するか?

 

「……いいでしょう。受けて立ちます」

 

敵の前進に合わせ、左舷に旋回しつつ後背に回り込む。

少女も加賀の旋回に合わせ、右舷に進路を取りつつその頭を抑えにかかる。

双方の距離は100㌔を割り込んでいる。

互いの艦爆は標的が近くなったことによって出撃、帰投のサイクルが早くなる。

両者に至近弾の数も増す。

加賀を追いつつ後方から見ていた赤城は、小さく固唾を飲み込んだ。

赤城は燃料と弾薬を積み込んではいるものの、艦載機は偵察機十二機以外持ち込んでいなかった。

自分の仕事は此処から。

加賀周辺の攻撃が激しくなり、艦載機の収容が困難になった時……

十機程の爆戦達は加賀を素通りして赤城の下へ降り立った。

手際良く迎え入れ、補給を施す。

そして加賀のいる前線の様子を観察し、敵艦載機の攻勢が途切れるタイミングを計って加賀の元へ送り返す。

赤城の飛行甲板は損傷激しく、突貫工事で載せかえられた不慣れなものだ。

そこから放たれた艦載機の妖精達は不安定な飛行を強いられるが、激戦の渦中の加賀に降りるよりはましだった。

加賀としても発艦した艦載機を無理に収容する必要が無くなる分、目の前の戦闘に集中出来る。

一航戦の二隻は互いの呼吸を合わせることで、一隻の空母以上になろうとしていた。

 

「厳しすぎるでしょうっ!?」

 

無線には乗せず、海に響いた赤城の悲鳴。

至近に降り注ぐ爆弾を回避し、自ら放った艦載機の爆雷撃によって敵の前進を押し止める加賀。

その間隙を縫って差し出される飛行甲板。

赤城の方など見もせずに伸ばされた腕がある位置は、正に此処しかないという絶好の回収ポイントである。

この瞬間、この位置に送り帰してくれれば、間髪入れずに自分の飛行甲板から飛び立たせてやる事が出来る。

それは赤城が扱い慣れた自分の飛行甲板を用い、さらに絶好調の状態であれば五回に一回は辛うじて届くかという領域の要求だった。

負傷し、不慣れな飛行甲板を扱う今の赤城には加賀の希望に届かない。

加賀も分かっているだろう。

それでも赤城に求める要求の高さは衰えることがない。

 

「加賀っ……加賀ぁ!」

 

相棒の望みに添えないもどかしさ。

分かっているのに容赦をくれない苛立ち。

そして何より、差し出した飛行甲板に艦載機が来ない時、加賀の背中から語られる無言の落胆。

 

―――その程度ですか?

 

いつもの声で、仕草で、表情で、そう言っているのが分かる。

それがどうしようもなく悔しかった。

この領域こそ、以前の鎮守府で加賀が棲んでいた世界なのだ。

前世において終わった時期は同じでも、艦娘になってからの実戦経験は桁違いの差があった。

加賀は自分が出来ない事を人に強制しない。

出来る事であれば相手への期待と相談して求める高さを考える。

その相手が赤城であれば、加賀は微塵も容赦しないのだ。

今は偶々加賀の錬度が赤城を遥かに上回っているだけ。

もしも立場が逆ならば、加賀は死に物狂いで赤城に追いつこうとするだろう。

だからこそ、今この時においては赤城が追いかけなければならない。

はっきりと見えるその背に、姉代わりが差し伸ばす飛行甲板に。

心の中で届けと吼えて、一矢、また一矢と艦載機を送り出す。

次第に赤城の世界から音が遠くなり、視野も狭くなってゆく。

あらゆる感覚を加賀の飛行甲板に注ぎ込み、その一点を注視する。

索敵も回避も考えない。

今はただ、一隻の母艦として加賀の艦載機を補助していく。

 

「空母同士ッテ、アーヤッテ連携スルンダ……アレモ格好良イカラ、覚エトコウカネ。スル相手ガイネェケド」

 

加賀の艦載機の発着の呼吸を読み取った戦艦少女が、さらに間合いを詰めて来る。

際限なく激しさを増す航空戦に、赤城の元に流れてくる機体はさらに増す。

加賀が間に居るとはいえ、赤城から敵艦載機の位置も遠くはない。

集中力を増す為にあえて絞った感覚では危険かもしれない。

赤城は今後の方針をどう取るべきか半瞬迷い、今の発着艦を継続する事にした。

加賀の要求は相変わらず厳しい。

しかしこんな事を続けさせる以上、必ず守ってくれるはず。

自己保身すら踏み潰し、盲目的に加賀を信じてひたすらV字の飛行甲板を追いかける。

やがて赤城の送り出した流星が一機、初めて加賀の求めた時間と座標に追いついた。

 

「……上々です」

 

加賀がつぶやくと同時に、飛行甲板に触れた流星は光の粒子に包まれて、矢として筒に戻ろうとする。

その変換中に尾翼を摘み取った加賀。

そのまま弓に番え、間髪入れず解き放つ。

流星は通常の発艦に倍する速度で送り出され、海面すれすれを滑空する。

すでに敵艦との距離は50000㍍を割り込みつつあった。

超加速する流星は発艦からものの数秒で至近距離に到達して魚雷を投下。

少女の艤装を直撃し、目に見える損傷を与えていた。

赤城は加賀の常識外の発艦に息を呑む。

加賀はずっとこのタイミングを計っていた。

赤城がそこに艦載機を送り返せれば、何時も何度でも先程のような急速発艦が出来たのだろう。

この発艦は加賀一人では成し得ない。

しかし、加賀でなくては成し得ない。

赤城はかつて加賀の元に集った僚艦達が何を信じて命を賭けたか、その一端を見届けた。

 

「痛ッテェ……」

 

少女は損傷軽微で詰められるのは此処までと見切った。

これ以上踏み込もうとすれば、加賀の艦載機を捌き切れない。

もし自分に艦載機による上空支援と強い対空砲火の、どちらか一方しかなかったらとっくに捕まっていただろう。

遠くで戦艦主砲の轟音と衝撃が響き渡る。

先程までのような手探りの砲撃ではない。

やっとその気になったらしい戦艦棲姫の意思を感じた少女は、煽られる様に高ぶる戦意に焦がされた。

海上艦隊決戦が、戦艦主砲の撃ち合いが始まっている。

自分も、それがしたかった。

空母相手なのは些か物足りないが、少なくともあの化け物空母はしっかり主砲を使っている。

此処までで加賀が使っていないのは、足の魚雷発射管のみ。

最早少女はあの艤装を使えもしない飾りだとは思っていない。

しかし敵が戦艦にしろ空母にしろ、あそこに魚雷を積む意味が読めなかった。

魚雷は非常に扱いの難しい爆発物である。

艦載機の依り代として矢等に変換しているなら兎も角、発射管がある以上自分で狙って放つのだろう。

そこに着弾したら誘爆する危険がある。

魚雷は破壊力が高い反面速度が遅く、当てる事が難しい。

現実的な命中射程は戦艦主砲より遥かに短く、そんな距離まで詰めるなら回避によって掻い潜るしかない。

重い戦艦主砲と魚雷に加え、大量の艦載機まで抱え込んだ上で機敏な回避など出来るとは思えない。

実際に加賀は反跳爆撃を避け切れずに被弾しているのだ。

 

「何デモ持チ込メバ良イッテモンジャネェンダゾ……ット!」

 

頭上を取らんと迫ってくる爆戦を対空砲火で追い散らし、奮闘を続ける飛び魚艦爆を収容し、補給を施し再出撃させ、その合間に加賀との距離を詰める。

並の戦艦ならばどれか一つでも難事業である筈のそれらを同時にこなす戦艦少女。

最早加賀も心から認めていた。

目の前にいる小さな深海棲艦は、自分が磨耗するほど積み重ねてきた戦闘経験の中でも二番目に強い戦艦だと。

二隻の距離はついに30000㍍を割り込んだ。

両者の主砲が同時に動き、敵へと目掛けて放たれた。

砲弾の届く距離ぎりぎりで交換した砲撃は、案の定命中しなかった。

しかしお互いに当てる為に放った砲撃ではない。

戦艦は着弾地点に上がった水柱と敵の位置との誤差を修正するため。

空母は近すぎる間合いに敵が入った事を確認するため。

 

「……」

 

加賀は一つ息を吐き、瞳を閉じて俯いた。

有効射程からは遠いとは言え、既に砲弾が届く距離。

ましてや頭上には双方の艦載機が熾烈な制空権争いを続けており、優勢とはいえ完全な敵勢の排除には至っていない。

この状況で敵から視線を切るのは相当の危険行為である。

それでも加賀は自身の艦載機達を信じ、次なる攻勢の準備に入る。

思い出すのはかつての地獄。

艦種も自我も記憶すら曖昧になるほど無心で戦っていた頃の感覚だった。

その時には自分が空母である事すら忘れ、小さな声に導かれる様に艦載機と副砲を操った。

いつの間にか日が暮れ、なし崩しに夜戦に縺れ込んだままに副砲で沈めた敵もいる。

全て、ただ疲労で朦朧とした意識の中に響いてくる声に促されるままに行った事だ。

しっかりとメンテナンスを受け、慢性化していた疲労を抜き、専門家と情報を交換した今だからこそ分かる。

その声こそ、艤装に宿る妖精達の訴えだと。

 

「力を貸して」

 

誰にともなく呟いて、瞳を開く。

閉眼中にいつの間にか身体が動いていたらしい。

既に足踏みから始まる七道のうち、六過程を終了させていた。

遥か後方の赤城と、近接にいる戦艦少女は意図せず同時に息を呑む。

敵をして、赤城をして、今の加賀には思わず見入ってしまう凄みがあった。

ただし、その弓に番えられるべき矢はなかったが。

 

「……」

 

瞳を開いていても、今の加賀はぼんやりとした視界の中にある。

 

――大丈夫

 

一陣の風が海をなぎ、加賀の降ろした髪を払った。

加賀の口元に微笑が浮かぶ。

相変わらず顔は見えないが、声だけははっきりと思い出せる。

律儀に応えてくれたらしいあの子。

魚雷発射管にしっかりとした重みと、加賀の意思による駆動を感じる。

同時に視界の焦点が定まり、魚雷発射管から敵戦艦までを結ぶ不可視のラインを脳裏に描く。

 

「……良い風が吹いているものね」

 

波音を圧して波紋の如く広がる鳴弦。

魔を払う儀式の形から解き放たれたのは、十二射線の魚雷だった。

 

「チィッ!」

 

加賀の射に魅入った少女は、魚雷発射の瞬間を見逃した。

真っ直ぐ放ったのかもしれないし、曲線軌道に設定されたかもしれない。

しかし一つだけ言えるのは、普通に回避行動をとればまず当たらない距離であること。

敵前衛との距離は20000㍍を割り込んだ。

最早艦砲の間合いである。

少女は加賀の旋回航路を遮り、その足を止めることに成功する。

二隻の艦は短時間ながら平行の軌道に並ぶ。

この間合い、この瞬間こそ少女が焦がれた状況である。

小さな戦艦は全砲門を開いて加賀を火力で捻じ伏せに行く。

対する加賀も戦艦主砲で抑えに掛かるが、その照準は正確を欠いた。

的外れな砲撃に失笑する少女。

所詮は空母。

この間合いで砲撃戦を選択すれば自分に分がない事は分かっていたはずなのに。

そして少女が思った通り、加賀の回避能力は高くない。

十分な照準計算から放たれる16inch三連装砲が加賀を捉えた。

 

「……頭にきました」

 

加賀は酷い頭痛に苛まれながら主砲を撃ち返す。

その狙いは定まらず、少女が落胆しているのが分かる。

例え無意味でも……いや、少女がこの砲撃を取るに足らないと考えること自体に意味はある。

加賀が不調をおして砲撃戦を続行するのは、海面下を走る魚雷から少女の意識を逸らすため。

その旋回に合わせ、方向を修正された魚雷達はついに少女の艤装、巨大な尻尾部分の熱と音を感知する。

同時に魚雷から意識を離すと、頭痛が少し遠のいた。

少女の尻尾が小さく軋み、第二次砲撃の為に弾薬を送り込む。

しかしその発砲寸前で加賀の魚雷に捕まった。

 

「ハァ!?」

 

命中したのは十二本中三本だが、一本一本の破壊力を強化してある大型の誘導魚雷。

尻尾の艤装部分に攻撃が集中したため体の損傷は比較的軽微だが、全体のダメージとしては中破に届く傷になった。

 

「当テヤガッタ! アノ空母、本当二全部使イ切ッタヨ!」

 

損傷は大きく、少女も相当苦痛がある。

しかしそれすら凌駕する興奮と歓喜が一時的に痛みを忘れさせた。

見たいものが見れたのだ。

それも期待以上のものが。

 

「空母……空母ネ。索敵ガ上手イノカ。先ニ見ツケテ先手ヲ取ッテ……後ハ距離! 百はろんカラ狙エル魚雷! 汚ッタネェ……ケド、全部揃エバアンナ運用ガ出来ルンダ……」

 

少女は被雷した箇所の損傷を確認し、艤装内部の機能をダウンさせる。

そして稼動可能な部分と動かすと危険な部分、そして全く動かない部分を把握していった。

戦艦少女が止まったこの時こそ、加賀の好機。

しかし加賀としても行過ぎた残りの魚雷と意識を繋ぐ作業に手間取り、しかも距離が開きすぎて再操作不能と判明するまでに時間を費やしてしまった。

 

「……遠すぎるのね。此処は今後の課題だわ」

 

加賀の原点は戦艦であり、主砲を詰む分には比較的違和感がなかった。

しかし魚雷を扱う時は別であり、意識のリソースの大半を其処に持っていかれてしまう。

さらに扱えたとしても、詰んでいるだけで桁違いに難しくなるダメージコントロールをどうするか。

この魔改造に携わった四名は必死に知恵を出し合った。

その中で形になって行ったのは、空母である事によって加賀に備わっている、高い索敵能力を生かす事。

空母種たる加賀の高度な索敵と艦載機による遠目によって敵を必ず先に見つける。

そして強力な対空性能を誇る烈風と、それを数で補強する爆戦の航空制圧。

この二つを軸に敵からの不意打ちと先制攻撃を完全に封殺出来れば魚雷を所持していても問題ない。

後は誘導魚雷の性能に頼り、敵艦の主砲の射程ギリギリから先に放ってしまえば良い。

敵艦の回避運動には加賀自身の主導制御で対応し、近距離からはオートロックに任せてしまう。

潜水艦対策だけは現状どうにもならないが、この運用は彼女もベネットも、そして雪風すら非常に難しいものの、実用に足ると判断した改造だったのだ。

こうして実践してみると問題点も多かったが。

半眼で息を吐く加賀も、各部位のダメージを確認する。

 

「航空戦で被弾した。魚雷の主誘導中は他の行動が難しい。外れた魚雷は遠くて意識を繋げない……本当に、自信をなくすわ」

 

敵が強すぎた……

そんな事は言い訳にならないだろう。

今日の戦闘で獲た結果を持ち帰り、今後に生かさなければならない。

問題は山積していたが、運用してみた当人としてはこの用法には手応えを感じる。

 

「後は……」

「ソロソロ……」

 

こいつを沈めて勝つだけだ。

戦闘空母と戦艦少女。

二隻の艦は同じ思いで水面を蹴った。

この期に及んで多少の回避行動など取った所で被弾は免れないだろう。

少なくとも少女は最初から避け易いより当て易いを目指した位置取りから、稼動可能な全砲門を開く。

撃った瞬間に当たると分かる会心の砲撃。

被弾した加賀は殆どの艤装が破壊される。

唯一無傷だったのは、自分自身とあらゆる艤装を盾に守り抜いた、V字の飛行甲板の半分と弓だけ。

加賀の上体がよろめき、艤装の重さを支えきれずに傾斜する。

殆ど座り込むように崩れ落ちた加賀を見て、少女は勝利を確信した。

……正にその瞬間、その位置に、赤城から届けられた一機の爆戦を見るまでは。

 

「ア――」

「――届いたぁ!」

 

正確に的を射るためには、何よりも土台を安定させる必要がある。

両の足で立つことすら覚束ない時、下半身の安定を求めるならば座り込んでしまったほうが良い。

加賀は被弾によるダメージだけで崩れたのではない。

被弾した後の自分の状態から、最も安定した発艦が出来る姿勢を取っただけ。

そして相方の戦闘思考を読み取った赤城の、この海戦で最高の一矢が加賀に届いた。

着艦と変換。

番えと発艦。

それらはほぼ同時に行われた。

 

「……五航戦の子には見せられないわね」

 

加賀自身羞恥を覚える、座り込んだままの寝かせ射ち。

しかし其処から放たれた爆戦は発艦とほぼ同時に最高速度に達する。

対峙する少女からすれば、最早爆戦が目の前に沸いたとしか言いようがなかった。

爆戦は超低空から一気に空の戦場を突き抜ける。

そして機体を捻りながら急上昇しつつ爆弾を投下。

慣性によって投げつけられた爆弾はありえない程正確に戦艦少女に着弾した。

その艤装は大破状態の加賀と比べても遜色が無い程には破壊されている。

 

「……ンナ、馬鹿ナ」

 

あまりに非常識な爆撃を食らった少女は呆れた様に呟いた。

それは加賀の艦載機を繰る妖精の中にあって、誰もが出来る芸当ではない。

こんな事が出来る妖精はたった一機。

この鎮守府に流れ着く前から加賀に従い、最後の出撃の後も握り締めていた機体の妖精だけである。

必殺のタイミングで加賀の元へ帰ってこれたのは赤城の腕だけではない。

この妖精の技量だからこそ赤城の飛行甲板から飛び立っても全くぶれずに飛べたのだ。

加賀の視界の中で敵戦艦の腰が落ちる。

しかし自分のように海面に崩れ落ちることなく持ち直した。

まだ敵は死んでいない。

加賀は自分も立ち上がろうと片膝を着き、その足がくるぶしまで沈んだ事に背筋が凍る。

 

「……不味い」

 

艤装が浮力を失いかけている。

此処まで破壊されれば相当の苦痛があるはずだが、どうやら自分は痛みに鈍感な性質らしい。

なかなか立てない加賀の様子を見た赤城が、全速力で駆けてくる。

 

「……チェ」

 

目の前で敵が航行不能。

千載一遇の好機を前にした少女は、忌々しげに舌を打つ。

主砲、副砲共に損傷が激しい。

無理やり撃てない事も無かったが、そうすると自爆する危険があった。

決して高い確率ではないと思う。

しかし此処までぼろぼろにされた砲塔は当然ながら命中率が落ちる。

そんな砲撃一回でこちらが低確率で自滅するのだ。

これから戻って敵空母の戦術を研究し、煮詰めて自分のものにしたい少女としては、此処で無理して沈みたくない。

少女は加賀と、そして加賀を支える赤城とにらみ合う。

やがて少女が半歩退くと、赤城も加賀に肩を貸したまま一歩退く。

それを契機に呼吸を合わせ、双方後退しつつ艦載機の収容に掛かった。

 

「自力デアノ距離ガ狙エル筈ガネェ。アレハ絶対魚雷ニ細工シテアッタ……回収シタイナー。当タッタ所カラ残骸ダケデモ取リ出シテミルカ」

 

少女はぼろぼろにされた尻尾を愛おし気に撫でながら飛び魚達を回収した。

加賀を曳航する赤城も上空の艦載機を順次降ろす。

両者はそれぞれの僚艦が戦う戦場に目を向けると、赤い稲妻が海を薙いだ。

 

 

§

 

 

水飛沫が海風に払われる。

その中から姿を現したのは、巨大な腕の艤装。

所々に傷が入り、小さな損傷の連鎖が薄い煙を吐いている。

やがて腕が解かれ、中から現れた戦艦棲姫。

遠目には本体に損傷があるようには見えないが、小さく咳き込んでいる所から衝撃は伝わったらしい。

大和達にとって、初めてはっきりとこの姫にダメージを入れた快挙である。

しかしそれを喜ぶものは居なかった。

46㌢砲の弾着観測射撃と、四十七射線の酸素魚雷で捕らえた攻勢でやっと小破。

魚雷が幾つ当たったかは確認が取れないが、これは大和達が現在出せる瞬間火力の限界値に近い。

コレと同じ事を、後何度繰り返せば戦艦棲姫は沈むのだろう。

戦闘を優位に進めていた大和達に重い沈黙が流れる中、戦艦の姫種は我関せずとばかりに自分の思考に耽っていた。

 

「……」

 

海戦開始当初から、とてもやりにくいと感じていた。

それは何故か。

自分は何をしたかったのか。

あの少女に自分は言った。

敵戦艦と戦いたいと。

そして望み通り、戦艦棲姫と戦艦大和は真っ向から向き合った。

しかし其処には小船の集団のおまけも混ざっていた。

大和と一対一で撃ち合う為には邪魔な水雷戦隊。

どうやって払おうかと考えたところで気付いたのだ。

自分は、生粋の水雷戦隊と戦った記憶が無い。

戦艦棲姫は敵にとって非常に目立つ脅威である。

彼女を討伐しようとする提督達は、自軍最強の戦艦や空母で編成を組んできた。

其処に重雷装巡洋艦が混ざることもあったが、基本は戦艦が入るために艦隊行動速度は三十ノット以下になる。

加えて彼女は吹けば飛ぶような敵駆逐艦を弄る趣味も無かったため、三十五ノット前後で動き回る戦闘集団と対峙する経験が多くなかったのだ。

今更自分にこのような弱点があった等、考えたこともなかった。。

戦艦棲姫はそう自己分析するのだが、まだ心の何処かで納得していない部分があった。

 

「…………何処カラ私、オカシクナッテイタノ?」

 

水雷戦隊との対戦経験不足。

それは認める。

なら彼女らは自分を脅かす存在か?

自分は戦艦の姫である。

その力は水雷戦隊所か、あの敵戦艦すら及ばない……と、思う。

今自分が損傷を負ったのは、力を出し惜しんだからだ。

格好をつけて勝ちたかったから失敗した。

いったい何時からそんな事を考えていたのだろう。

胸の下で腕を組み、陽光煌く海の上で漆黒の美女が黙考する。

敵戦艦の主砲は自分の射程を上回った。

それは本当に、自分の脅威足りえるか?

今も電探は38000程の距離から撃ち込まれた高速の飛来物を感知している。

姫は身体を微動だにせず、主砲の角度だけ変えて撃ち放つ。

大和の46㌢三連装砲は戦艦棲姫の16inch三連装砲と中空で激突する。

大和は驚きながらも立て続けに主砲を放つが、その全てが同じように相殺された。

主砲の回転速度なら戦艦棲姫が上回る。

最初からこうすれば良かった。

右舷後背から、今度は矢矧に率いられた水雷戦隊が雷撃を敢行すべく踏み込んでくる。

気だるげに、肩越しに振り向く姫。

無造作に右足を上げ、少し強めに踏み降ろす。

足の裏から送り込まれた桁外れの衝撃と重さが海面をへこませる。

 

「はぁ!?」

 

先頭にいた矢矧が素っ頓狂な悲鳴を上げた。

戦艦棲姫の右足が海面に触れたとき、そこから後方に向かい半径100㍍程の海面が陥没したのだ。

海水はその密度を均一に保つため、直ぐにくぼみへ流れ込む。

しかしこの時、水面に姫の主砲が撃ち込まれた。

不自然なほど小さな水しぶきを上げながら、弾丸は海上のクレーター中央に吸い込まれる。

何をどうやったのか、矢矧達は自分で見たものが信じられない。

戦艦棲姫の真後ろに出現した海のくぼみは直ぐに戻らず、撃ち込まれた主砲の着弾地点を中心とした渦潮に化けたのだ。

姫としては難しい事をした心算は無い。

低くなった所に流れ込む海水を、ジャイロ効果を付ける応用で回転を増しに増した弾丸で巻き込んだだけ。

矢矧達と戦艦棲姫の距離は現在約15000㍍。

渦に巻かれることは無いが、これ以上の接近は危険。

そう判断した矢矧は雷撃の指示を出そうとし、その指令を蒼白の顔で飲み込んだ。

魚雷は海中を泳ぐのだ。

今、渦を背負った相手に撃ち込んだ所で届くはずが無い。

結局雷撃のタイミングを外した矢矧は戦隊を率いて離脱する。

 

「……」

 

その様を冷めた瞳で切り捨てた戦艦棲姫。

やはり最初からこうしていれば怪我などしないで済んだのだ。

開戦前には連れ立った少女に自分は言った。

負ける気はしないと。

それは決して虚勢ではなかった。

あの時は例えひとりでもこの場に居る敵艦隊を全て沈める自信があった。

そしてまた、強くなる違和感。

一人で沈める自信があるのに、一番最初の接敵でこうも言った。

 

――頭上ダケハ任セマス……

 

疑問は唐突に氷解した。

その正体を自覚した時、戦艦棲姫は青白い顔から火が出るほどの羞恥心に苛まれる。

何時の間に此処まで緩んでいたのだろう。

違和感の正体。

それは空母がいないことだ。

制空権を守ってくれる空母に、いつの間にか頼るようになっていた自分がいる。

 

「冗談ジャナイ……」

 

自分を慕ってくれる装甲空母達への個人的な感情は兎も角、戦艦棲姫は空母種に好意を持っていない。

しかし現状、戦艦による制海権は空母による制空権によって簡単に覆る。

戦艦の姫として、その現実が認められない。

何時の日か、空母達の手から海を奪い返したかった。

戦艦棲姫は自分が最強などと考えたことは一度も無い。

ただ、海上において最強なのは戦艦であると心から信じて生きてきた。

戦艦棲姫が少女をかまうのは決して才能だけの話ではない。

あらゆる艤装に精通し、様々な道を選び取れる天才。

そんな彼女が、自ら戦艦を選んだから……

空母より戦艦の方が格好いいと言った少女の笑顔に心底魅せられたからこそ、自分は此処まで惚れ込んだのだ。

そして今、対峙している敵戦艦。

最初の接敵では自分とほぼ同等の射程を持っていた。

他の部分では分からないが、たった一点だけだとしても自分に初めて迫った他人。

大和のような強い戦艦は、例え敵であったとしても姫の心を惹く。

艤装の殆どを新調したらしく、更に強くなっていたあの敵戦艦とは『海上艦隊決戦』によって戦ってみたい。

そう思ったからやりにくかったのだ。

相手が艦娘だろうと深海棲艦だろうと、空母共から海の支配権を取り戻す為に重ねた試行錯誤。

その過程で覚えたものを使ってしまえば、最早艦隊決戦にならなくなる。

それが勿体無いと思ってしまった。

 

「……」

 

一つ息を吐いて切り替える姫。

艤装の腕が遥か遠くの大和に向かってさし伸ばされる。

その様子は大和のみならず五十鈴達にも確認された。

身構える大和達の耳に、意味を持った確かな言葉が届く。

 

『良イ、砲撃ネ。ソノ射程、ソノ威力……私ノ想像ヲ超エテイタワ』

「……」

『水上艦デ貴女二勝テル艦ハ、最早殆ドイナイデショウ。感服シタ』

『……それはどうも』

『ダカラ、ソンナ貴女二聞イテミタイ』

『なんですか?』

『ソレホドマデニ練リ上ゲタ砲撃ダッテ、空母ニハ届カナイ。貴女ハ、ソレヲドウ思ウ?』

『……』

『私達ノ手カラ海ヲ奪ッタ空母達……戦艦トシテ、貴女ハ何モ感ジナイ?』

『……あらゆる事を一人でやる必要はありません。空母が空を守ってくれるなら、私達戦艦が彼女達を守る。それで勝てるではありませんか』

 

その発言は必ずしも大和の本心ではない。

空母に対して思う所は大いにあった。

大和個人の意思と希望は、戦艦棲姫と全く同じ。

だからと言って、自分の欲望のままに振舞う事には抵抗があった。

自分に期待してくれた赤城との絆は、大和にとって簡単に切り捨てられるものではない。

しかしこの言葉は戦艦棲姫を大いに落胆させたらしい。

端正な顔が悲哀に歪む。

 

『貴女、名ヲ聞イテ良イカシラ?』

『……大和型戦艦一番艦、戦艦大和』

『ソウ……大和ネ。貴女ハ正シイ。私ヨリ……正シイワ』

 

それは模範解答だろう。

戦艦棲姫もそう言われれば反論の余地が無い。

だが、それでも納得できないモノがあるのだ。

空母と言う他人を間に挟む事無く、自分の手でこの海を鎮めるモノでありたい。

その思いを胸に強くなった。

いつの間にか、存在が姫として固定されてしまうほどに。

今日出会った敵戦艦は強かった。

しかし今後も今の発言に沿った生き方をするなら、決して自分には届かないだろう。

それが少し、残念だった。

姫の艤装から生えた巨大な腕が、真っ直ぐ頭上を指し示す。

大和も、矢矧達も吸い寄せられるように視線を向けた。

戦艦棲姫の頭上、500㍍程上空に漆黒の穴が浮かび上がる。

 

『沈メル前二見セテアゲル。ソンナ正論モ分カッタ上デ、マダ納得出来ナカッタ……馬鹿ナ戦艦ノ悪足掻キヲ――』

『――大和! 直上っ』

『回避して!』

 

それは五十鈴と時雨の悲鳴。

誰もが戦艦棲姫の頭上に目を奪われた時、その二隻は周囲を警戒した。

そして大和の直上、500㍍付近に同じ黒点を発見したのだ。

戦艦棲姫の艤装から、全砲門が開かれる。

狙いは自分の頭上。

全ての砲弾はその黒点に吸い込まれ、大和の頭上の黒点から吐き出された。

 

「くぅっ!?」

 

味方の声に上を向いた大和は、至近距離から迫る弾雨に辛うじて身を捻る。

その動作は身体に当たる弾を艤装で受け止め、大和の命を救った。

代償として、たった一度の砲撃で大和型の艤装は中破したが。

 

『サァ、在ルベキ水底ニ帰リナサイ……古キ海ノ亡霊ヨ!』

 

その通信を最後に突進を開始した戦艦棲姫。

最大船速を持って大和との距離を詰めてくる。

沈むまで延々と砲撃を送り込んでやっても良いが、戦艦棲姫の美意識は何処か違うと訴えるのだ。

あれは空母達に対抗するために編み出したもの。

同じ戦艦種を相手取り、コレだけで沈めてしまったら、それはもう自分が戦艦である事の自己否定だと思う。

 

「空間転移で弾丸を相手の頭上に送り込むとか……あぁ、此処へ来てファンタジーですか馬鹿馬鹿しいっ」

 

迫る脅威を見据える大和は、不思議なほど落ち着いていた。

取り合えず頭上の黒点に41cm連装砲を撃ち込むと、案外簡単に破壊出来た。

 

「……機関部被弾、応急修復機能でリカバー可能。完了まで動けないか」

 

艦娘の艤装は戦闘中に被弾してもある程度の機能は残る。

それは損傷して危険な部位のロックであったり、重量の不均衡から来る傾斜の復元などである。

鎮守府の関係者からは艦娘本人の力とも、艤装に宿る不可視の妖精の働きとも言われていた。

少なくともかつての艦時代、人の手によって行われたダメージコントロールに近い機能なのは間違いなかった。

 

「左に傾斜が約三十五度……復元、こちらは完了」

 

身体を水平に保った大和は、再び46㌢三連装砲で姫を撃つ。

戦艦棲姫は先程と同様、16inch三連装砲で中空相殺。

そして遂に戦艦棲姫は大和との距離を25000㍍まで詰めることに成功した。

 

「サァ、砲撃戦ト行キマショウ?」

 

そう呟いた戦艦棲姫。

しかし直ぐに大和を狙うことは出来なかった。

戦艦棲姫の後背からは水雷戦隊が追いついており、距離にして10000㍍を切る所まで接近して攻撃を仕掛けてきたのである。

この距離ならば雷撃に加え、艦砲射撃も届いてくる。

小口径の主砲など痛くも無いが、当たってやるのも癪だった。

戦艦棲姫は電探の割り出す弾道の中から、命中の危険が高い三発を相殺し、残りの砲門は全て水雷戦隊を狙う。

五十鈴達は当初の予定通り散開し、十分な命中が狙える距離にも関わらず全員が回避に成功する。

ほぼ同時に戦艦棲姫も魚雷群に捕まった。

舌打ちしつつ艤装の腕を操作して受ける。

直撃した魚雷は三本。

コレだけでは小揺るぎもしない。

しかしこの接触におけるダメージレースは五十鈴達の完勝だった。

 

「参考ニナルワ――ンッ?」

『敵艦捕捉。全主砲、薙ぎ払え!』

 

敢えて通信に乗せて発砲宣言を掛ける大和。

40000㍍の距離が届くのは大和の46㌢砲のみだった。

しかし今、25000㍍なら他の艦砲も届くのだ。

先程とは比較にならない数の砲弾が戦艦棲姫に降り注ぐ。

中破の影響からか、その砲撃は最初の頃の異常な正確さは欠いていた。

だが、戦艦棲姫も水雷戦隊を相手に全砲門を開いた直後。

戦艦棲姫自身も高性能の電探も、次弾装填と弾道予測、照準調整が間に合わない。

大和の積んだ艦砲は46、41㌢砲と15.5㌢連装砲副砲。

それぞれから放たれた弾丸は放物線を描いて姫自身と、その周囲に着弾して巨大な水柱を立てる。

 

「ッツゥ!」

 

辛うじて艤装で身体を庇う。

当たったのは41㌢連装砲か。

通常ならば致命には程遠いが、既に累積された損傷は中破に届こうとしている。

戦艦棲姫は決着を着けるべく、殆ど身動きの出来ない大和へ一斉砲火を撃ち返す。

 

『沈ミナサイ』

 

足部から煙を吹いている大和には回避行動が取れない。

戦艦棲姫も着弾を確認する前に水雷戦隊に向けて回頭を開始した。

背後で自分の砲撃が海面を叩いた音を聞く。

そして、その中に混ざった戦艦主砲の発砲音も。

 

「エ!?」

 

生きている?

肩越しに振り向く姫の視線の先に、艤装を大破炎上させながらも尚反撃する大和の姿。

狙いは甘く、此処まで届いた砲弾も命中には至らない。

それでも戦艦大和は尚海上に在り、深海棲艦の姫と対峙していた。

 

『耐エタノ!?』

『……こんな所で……大和は沈みませんっ』

 

当たれば確かに沈んだはずだ。

この距離で動けない相手に仕損じた事も無い。

ならば撃ち落したのだろう。

自分のような電探が無い代わりに弾丸はギリギリまで引きつけ、肉視によって至近距離から命中弾のみ撃ち落す。

見様見真似で拙くとも、戦艦棲姫の技量を即座に吸収してみせたのだ。

 

「ヨ、喜ブナ私ッ」

 

思わず浮かびそうになった微笑を慌てて消す。

敵であっても、あるいは敵だからこそ大和の強さは嬉しかった。

戦艦棲姫の目的は空母に拠らない海域支配だけではない。

本当はその先。

その領域に辿り着いた戦艦同士による海上艦隊決戦なのだから。

こればかりは相棒の少女だけでは敵わない夢である。

戦艦棲姫はずっと大和の様な敵が現れるのを待っていた。

互いに納得する艦隊を組んで真っ向から装甲と火力でぶつかれる様な海戦がしたい。

今日、やっとその足がかりをつかめた気がする。

 

「……貴女ガ生キ残レレバ、ネ」

 

自分の理想はそれとして、戦艦棲姫はこの海戦で手心を加える心算は無い。

敵艦の慈悲が無ければ生き残れない様な戦艦ならば期待するだけ無駄である。

戦艦棲姫は断続的に大和を主砲で狙い撃ち、水雷戦隊を副砲で牽制する。

大和はやっと応急修理を終えた足部艤装を酷使し、なんとか砲撃を回避した。

五十鈴達も姫の副砲を掻い潜り、今一度射程外で集結する。

戦艦棲姫は大破した大和と向き合い、全ての砲門もそちらに向ける。

 

「勇敢ナ小船達ニモ、ゴ褒美ニ見セテアゲルワ」

 

戦艦による海上支配。

其処へ返り咲くため、戦艦棲姫が辿り着いた対空母戦の答えは二つ。

一つは距離の排斥。

正規空母達は自慢の艦載機を用いて戦艦の手が届かない所から襲ってくる。

しかし制圧力こそ恐ろしいが、空母本体は比較的脆い。

戦艦主砲が届きさえすれば一撃必殺が狙える事から考えた理不尽が、先程大和に見せた弾丸転送射撃である。

そしてもう一つ。

戦艦棲姫自身も未完成の秘奥。

運用しやすい軽空母によって、数を頼みに押し潰される場合を想定して実験しているモノがあった。

実戦使用はコレが初。

戦艦棲姫は艤装内のタービンを限界領域で回転させた。

生み出し、溜め込んでいるのは高圧電流。

外から見ても姫の艤装が帯電し、火花と共に弾ける様子が見て取れる。

どれ程の電流を蓄えているのか、赤い電は艤装を超えて戦艦棲姫の身体まで絡みつく。

 

「……え?」

 

戦艦棲姫が、おそらく必殺の一撃を準備しているこの時……

最初に悪寒を覚えたのは五十鈴だった。

敵の艤装も視線も全てが大和に向けられているこの瞬間、一番死に近いのは自分。

濃厚な死臭に眩暈を起し、崩れそうになる身体を堪えて何気なく上を見る。

 

「あ……」

 

先程大和の真上に出現した黒い穴。

それが五十鈴の頭上にあった。

五十鈴はその黒点に、翼を広げて舞い降りる黒鳥を幻視する。

 

――あの戦艦、波動砲でも使ってきそうよねー

 

入渠中の足柄を見舞いに行った中の一回に、そんな会話があった。

それは笑い話だったはずだ。

何故今になってそんな事を思い出すのか。

それは現実に、この姫がそういう事をやっているからだ。

足踏み一つで渦を生み出し、敵の直上から弾雨を降らせる。

そして今は何をしている?

艤装に雷を這わせ、それは自分の身体にまで巻きついている様子が見える。

戦艦棲姫自身も小さく身もだえ、その表情は苦痛があった。

さらに自分の頭上の黒点。

五十鈴の中に最悪の予想が成立する。

震えながら艦隊に視線を戻せば、自分の前についた時雨が急速反転離脱を始めていた。

 

『みんな――』

『全艦最大速度で離脱! 散りなさいっ!』

 

時雨の通信に被せ、更に大音量の怒声が響き渡る。

既に回避行動を取っている時雨は間に合う。

五十鈴も多分、避けられる。

しかし前に居る三隻はまだ、この危機に気付いていない。

黒点が出現しているのは艦隊最後尾にいる五十鈴の真上であり、誰の目にも入らなかった。

寧ろこの条件で何らかの危険を察知し、回避行動が取れる時雨が異常なのだ。

五十鈴の通信に促され、回避に移る水雷戦隊。

夕立が左舷回頭。

矢矧と島風が右舷回頭。

最後尾から味方の配置を観察した五十鈴は俯き、自身の回避を諦めた。

 

「……出世しなさいよ? 一応、私の提督だったんだから」

 

最初に狙われているのは、おそらく自分。

その自分が左右に避けたら、誰かと並ぶ。

それは危険だと思うのだ。

足柄の冗談を真に受けているわけではなかったが、この姫の力を目の当たりにした今、否定できる要素が何処にも無い。

前進しつつ回頭し、回避運動を取る仲間達。

彼女らから少しでも遠ざかるため、五十鈴は動力を切って静止する。

回頭出来ない以上、味方から離れるには真っ直ぐ後ろに下がるしかない。

其処までの時間は無いだろうが。

 

『沈ミナサイ』

『貴女も沈むのよ』

 

戦艦棲姫の右手が空に向かって伸ばされる。

合わせたように艤装の口が真上に向かい、赤い雷を吐き出した。

同時に、大和に向かって16inch三連装砲が襲い掛かる。

しかしこの瞬間、戦艦棲姫は自分の右舷前方、至近距離に観測機が飛来している事に気がついた。

 

「――ッ!?」

 

刺し違える心算で放たれたであろう46㌢三連装砲が虚空を貫き、戦艦棲姫に降り注ぐ。

結果……

戦艦棲姫は大和の放った渾身の弾着観測射撃により損傷を増した。

大和に対して放たれた砲撃は命中が出なかった。

赤雷によって電探が損傷し、姫自身も苦痛に集中力を欠いた為に。

しかし赤い雷柱は五十鈴に降り注いだ後も海上に留まり、5000㍍の距離をスライドして夕立、矢矧、島風を巻き込んだ。

無傷だったのは先行回避に成功していた時雨のみ。

 

『応えて、五十鈴……何処だ!?』

 

時雨が無線で呼びかけるが、通信は途絶したままだった。

戦艦棲姫は戦域全体を一通り眺め、潮時と見切って相棒と合流すべく戦域の離脱を開始する。

大和達の被害も凄まじいが、相棒も激戦の末大破していた。

今は止めを刺して回るよりも少女を連れて撤収したい。

一方で大和達も戦艦棲姫を大破寸前まで追い詰めながら、誰一人追撃をかけることは出来なかった。

戦闘開始から四時間半。

此処に海戦は決着した。

深海棲艦側の損傷は戦艦棲姫が中破し、航空戦艦の少女が大破。

艦娘側は戦艦大和が大破。

戦闘空母加賀が大破、及び正規空母赤城が元からの中破。

軽巡洋艦矢矧が小破。

駆逐艦島風、夕立が共に中破。

そして……

 

「……嘘だろう……五十鈴っ」

 

軽巡洋艦五十鈴、沈没。

後に鎮守府におけるこの海戦の正式記録に、そう記されることとなった。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

ひえいさんとけんかしました。

さいしょははるなさんとはぐろさんのどちらがてんしかというにちじょうかいわだったです。

でもゆきかぜがはるなさんはめんくいだっていったら、ひえいさんはうちのてんしにはらぐろびっちぎわくをかけてきました。

せんそうしかありません。

とっくみあいしていたら、ていとくさんにおこられたのでえんしゅうしました。

ゆきかぜはせいせいどうどうとじつだんをもちこみました。

こんどはほんとうにゆきかぜのてであのいけめんにいんどうをわたそうとしましたが、いっぱつもあてられませんでした。

ゆきかぜもぜんぶよけました。

あっちもじつだんつかってました。

ていとくさんにめちゃくちゃおこられました。

ちなみにていとくさんはふるたかさんこそてんしだっていっていました。

いろいろありましたが、さいごはみんなでいっしょにかいぎしつでてんしだんぎでのみあかしました。

てんしはおのれのこころのなかに、しんこうとともにあるとのけつろんにたっしました。

のみつぶれているところにちょうきえんせいにいっていたふるたかさんがもどってきました。

ここのひしょかんってもともとふるたかさんだったらしいです。

けっこうちらかしていたので、ふるたかさんににがわらいされました。

おこられるよりこころがいたかったです。

ていとくさんからばつとして、ひえいさんといっしょにしれぇがあつめてくれたぶっしをはこびにいくことになりました。

れんごうちんじゅふもさいしゅうきょくめんですし、ふるたかさんがいればゆきかぜとひえいさんがぬけてもまわせるそうです。

しれぇとおうちであえるのがたのしみです。

 

 

――提督評価

 

……以前私は貴女には遠慮しないと言いましたが、貴女も私にかかる迷惑を顧みなくなりましたよね。

あぁ、もう。

これ私が方々に頭を下げて回らないといけませんよねぇ!?

貴女は頭が良いくせに、損だと承知して自分を貫く所があります。

お願いですから少し自重してください。

感情に任せて実弾演習とか、二度としないでください。

コレばかりは命令です。

怪我とかしたらどうするつもりなんですか……

減俸は一度下したばかりですし、賞与はとっくに返上して鎮守府の戦力強化に当ててくれたわけですからそちらの罰則はいたしません。

代わりに連合鎮守府解散後、始末書を一枚提出してください。

正式な書式で、適切な漢字を用いて、一週間以内です。

代筆も禁止しますので、辞書でがんばってくださいね。

おそらく貴女にはこれが一番効くでしょう。

それでは、貴女の一時帰還をお待ちしています。

 

 

§

 

 

――極秘資料

 

No6.重雷装戦闘空母加賀

 

第二鎮守府壊滅前に建造されていた正規空母。

極めて高い錬度を誇るが、それは想像を絶する酷使の証でもある。

現在は正式に当鎮守府に移籍し、秘書官を務めていた。

 

 

・攻撃基本性能

 

機能1.全ての攻撃フェイズに条件付で参加できます。

機能2.砲撃フェイズは小破まで艦載機で攻撃し、中破以降は艦砲射撃に切り替わります。

機能3.魔改造後の基本火力値は、ベネットの測定上90です。

機能4.夜戦時は火力+主砲による砲撃で参加出来ます。

機能5.加賀本人の固有射程は短です。艦載機運用時の射程は超長以上の超遠です。

機能6.加賀本人の雷装値はありません。

機能7.加賀だけでは砲撃フェイズは二順しません。

機能8.後述の特殊な条件の除き、装備による連撃、カットイン攻撃は昼夜共に発動できません。

 

 

・三連装大型誘導魚雷(最大四機、十二射線)

 

機能1.加賀専用に調整されたワンオフです。

機能2.装備時は雷装値180として計算します。

機能3.開幕雷撃フェイズに雷装値180の開幕雷撃を行います。その際砲戦後雷撃フェイズには参加できず、夜戦時も雷装値は乗りません。

機能4.開幕雷撃フェイズに雷装値90の開幕雷撃を行い、砲戦後雷撃フェイズにも雷装値90の雷撃で参加できます。その際夜戦時は雷装値が乗りません。

機能5.開幕雷撃フェイズに雷装値90の開幕雷撃を行い、砲戦後雷撃フェイズに参加しません。その際夜戦時は雷装値90を火力に乗せることが出来ます。

機能6.開幕雷撃フェイズに参加せず、砲戦後雷撃フェイズに雷装値180の雷撃を行えます。その際は夜戦時に雷装値は乗りません。

機能7.開幕雷撃フェイズに参加せず、砲戦後雷撃フェイズに雷装値90の雷撃を行えます。その際夜戦時は雷装値90を火力に乗せることが出来ます。

機能8.開幕雷撃フェイズに参加せず、砲戦後雷撃フェイズにも参加しません。その際夜戦時は雷装値180を火力に乗せ、また必ずカットイン攻撃が発動します。

機能9.戦闘時は機能3~8のどれか一つを選択し、使った雷装値は、その戦闘の中では回復しません。

機能10.中破以上の損傷によって砲戦後雷撃フェイズに参加できません。また、大破以上の損傷によって夜戦に参加できません。

 

 

・親和性

 

機能1.自我すら曖昧になり、自分の艦種意識が希薄になった経験が妖精との親和性を増しました。

機能2.艤装に宿ると言われている、不可視の妖精達の殆どと感応出来ます。

機能3.殆どの艤装を搭載し、最低限の機能を発揮させることが出来ます。

機能4.艤装に宿ると言われている妖精達の多くに慕われ、本体の負担少なく艤装と艦載機を動かせます。

機能5.装備スロット五つ分の艤装と妖精に対応できます。

 

 

・基本防御性能

 

機能1.耐久、装甲、回避は変化していません。

機能2.高速に入ります。たぶんきっと。

 

 

・燃費

 

機能1.多様性に伴い、相応の悪化が見込まれます。

機能2.過積載気味の重装備です。長門型以上、大和型未満の燃料を消費します。

機能3.戦艦主砲に加えて専用魚雷の弾薬消費がそのまま乗ります。大和型に匹敵する弾薬を消費します。

機能4.搭載艦艦載機数86機であり、相応のボーキサイトを消費します。

機能5.兵装、装甲、速力が奇跡的なバランスで成り立っています。一度損傷すれば修復には大和型をはるかに上回る鋼材を消費します。

 

 

 




後書き

お久しぶりです。
りふぃです。
夏イベを挟んでは燃え尽き、なんとか投稿出来る形になったら二ヶ月たってますね……
もう皆さんには忘れられてそうですね><
こっそりと、17話をお届けします。
今回は初の轟沈者が出てしまいました。
五十鈴ごめん。
五十鈴ファンの人もごめんなさい。
でも謝るけど、後悔もあるけど書き換えは出来ませんでした。
ゲームでは艦娘の轟沈ってこっちのミス以外には無い(と言われている)ですが、 自分の書きたい艦これの世界って、やっぱり艦娘の轟沈と隣り合わせなんです。
そしてこの戦力で『うちの戦艦棲姫』や『うちのレ級』と戦って、犠牲無しで勝つのは……無理でした。
皆がやれるだけやっても、それでも勝てない事がある。
果たせない任務だってある。
救えない仲間だっている。
そんな事が当たり前にある世界で頑張ってる艦娘達を書いていきたいと思っています。
だけどやっぱりきつかったです。
投稿間隔が大きくなったのは、今回の五十鈴が自分の中で凄いダメージになった部分が大きかったです。

今一点、本編で其処を掘り下げる機会はまず無いと思いますのでこの場で申し上げておきますと、比叡さん、べつに羽黒さんを腹黒ビッチなんて単語は使っていませんw
身も蓋も無い言い方をすればそう取れる発言はしていますが、日誌には思いっきり雪風の意訳が入ってます。

本編もずいぶん重いあとがきになりましたが、続いてこっちも重かった私の夏イベ日記・・・・

E-1
出撃メンバー
伊勢改52 扶桑改57 鈴谷改60 天津風改70 愛宕改51 飛鷹64 隼鷹64でした
とにかく何度大破撤退したか覚えてません。
酷すぎました。
最初がこれとかさ……この後更に難しくなっていくわけでしょう? 無理ですよこんなのorz
ですがボスはたどり着きさえすれば必ず勝てました。
心が粉砕骨折しながらゲージを削って、ついに後一回と言う所に漕ぎ着けました。
そして……その出撃はうまく行っていました。
でもボスの手前で愛宕は大破してしまいました。
……焦ってました。
イベントは後4マップ(当時はそう思ってた)ある。
まだ最初のマップ、一番簡単なマップ(当時はそう思ってた)でこの苦労。
春E-5よか消費したバケツ。
仕事の関係でプレイできる日数。
はい、自分は愛宕に死ねと命じました。
神通さんの犠牲に誓った事は嘘になってしまいました。
愛宕は自力で生還しましたが、ミスでもなんでもなく、大破しているのが分かった上で押した進撃。
結果突破は出来ました。
でも忘れられない選択でした。
自分は帰投した艦娘達の中から愛宕を殊勲艦として彰するでしょう。
だけど謝ることは出来ませんでした。
この時点で自分のイベントは負けたんだと思います。

E-2
1のメンバーで始めました。
しかし性能の良い電探が無かったため、行くなら上ルートしかないと思いました。
大破撤退祭りです。
しかし覚悟はE-1で決まっていた為、心のダメージは耐えられました。
愛宕に死ねと命じてたどり着いた海域に出し惜しみなどしていられません。
もう自分の中ではこのE-2を最終到達地点と割り切っていました。
増援に長門改76 大和改80 瑞鶴改75を投入。
この時先を進んでいた友人の提督さんから、E-3以降はヌルゲーという情報は入っていたのですが、荒み切っていた自分は半分以上信じていませんでした。
あぁ、彼もALの難度に頭やられちゃったんだな・・・・としか;; 
幼女を愛でる余裕も無く、むしろ憎しみすら湛えて全力で捻りつぶしに行きました。
それでもかなりきつかったです。

E-3
今後のイベントでは連合艦隊がメインとなってくるかもしれません。
また、残る一航戦や二航戦はMIの海に行きたかろうとの思いから感触を確かめるために取り合えず行ってみました。
しかしこの時点で彩雲は未実装。
春イベからデイリー回し続けていたんですが、まるっきり出ませんでした。
仕方なく彩雲と二式混合レシピを300回ほど回してようやく3機配備されました。
10万あったボーキサイトも7万切りましたが、自分の中で攻略は終わっていたので気は楽でしたw
彩雲不足から空母を4隻出す意味も見出せず、加賀さんがお留守番になりました。
これは後の神の一手だったとおもいます。
攻略はいつの間にか終わっていました。
此処は連合艦隊の練習ステージだったんですね……
ALはやはり酷すぎました。

E-4
あきつ神拳奥義22式(電探)烈風拳。
終わり

E-5
……何時どんな風に終わっていたんでしょう。
まるで記憶に無いんですorz

E-6
最初はやる気がありませんでした。
というかMIはクリアしていった実感がまるで育たないうちに終わっていて、しかし戦艦棲姫は気がつけば本土目前に迫っており迎撃しないと私の中では焼け野原です……
確か此処に来たのは残り8日で、燃料弾薬が35000、鋼材90000、ボーキ60000くらいだったと思います。
しれぇレベルも100なので、おいしいドロップも無い。
しかしダブルダイソンは確定という酷い状況です。
まだ清霜が居なかったので、最初はそれを掘る為に始めたマップでした。
この時点で攻略に使えそうな艦は、
雪風、北上、千歳、加賀、陸奥、羽黒、榛名、金剛、ビスマルク……
重巡は足柄、妙高、筑摩がMIに。
戦艦は大和、長門がALに。
軽空母は千歳はいても千代田は水上機母艦で36。
重巡は羽黒はいてもその次にレベル高いのはくまりんこの31。
残存兵力ではルート固定に後一隻、どうしても足らない……E-6やる気が無かったので当たり前ですが。
最初はどのルートも地獄なら固定しなくて良いと思ったんですが、羅針盤との戦いが含まれてくるので無理でした。
索敵と制空を考えた結果、軽空母2隻ルートを選択して千代田を一気にレべリングして航改2へ改装。
やっと最終決戦メンバーが決まりました。
旗艦から、北上改2(76)羽黒改2(80)雪風改(85)加賀改(78)千歳航改2(60)千代田航改2(50)
上ルート固定、空母棲姫一巡、索敵制空に空母三隻で余裕を持たせ、戦艦棲姫は夜戦暗殺に賭ける構成でした。
其処から先にクリアしていた友人の先輩提督からアドバイスを頂き装備は弄ったりしましたが、ラストダンスまでこの構成で削りました。
ラストダンス突入は28日の21時くらいだったと思います。
そこで全員にキラ付けし、決戦支援艦隊にもキラ付けし、出撃する事4回目でボス到達。
昼戦で戦艦棲姫のみ残して敵は全滅。
本命は中破、ダミーは小破。
北上砲は不発でしたが、羽黒さんの連撃がついに戦艦棲姫を水底に還しでゲージ破壊。
おまけとばかりに雪風がダミーにカットインをたたきつけてのS勝利でした。
このラストダンス施行4回、ボス到達一回で撃破というのは本当に雪風提督だったと思います。
終わった後時間を見れば、29日の1時でした。
燃料は5500、弾薬は4500だったので本当に滑り込みでした……

なんといいますかね……
春イベの時のような高揚感は少なく、苦痛が多かったと感じてしまうのは二回目のイベントだったからなんでしょうかね……
最後はもう、大好きな雪風や加賀さんや羽黒さんが決戦戦力として戦っているからこそモチベーションが保てました。
雪風がカットイン決めて戦艦棲姫沈めた瞬間はリアルで叫びそうになりましたw
でも少し……疲れてしまいました。
E-1でトラウマ増やしましたしね……
私なにやってんだろうって感じでしたorz

最後に、ツイッターでのお疲れ様会で交わされた先輩提督との会話などw

友人A 「本当に酷かった……いったい何処からAL、MIの作戦が深海棲艦に漏れたんだろうね」
りふぃ 「間宮さんからじゃない?(味方の諜報もやってたらしいのでそう思った)」
友人B 「うちの嫁(加賀)の相方が大声でくっちゃべってたよ?」
りふぃ&友人A 「……は?」
友人B 「赤城さんの期間限定追加ボイス。俺提督がAL出陣前に『ALMI作戦が発動されました』とか言いまわってるんだもん。そりゃばれるわ」
りふぃ 「……軍法会議待ったなしっすね」
友人A 「そういやMIって真珠湾より情報管理甘くなってたんだっけか……」

まさかの赤城さん、大ちょんぼw
利根は出撃時なのでセーフらしいですが、赤城さんはつつきまわす度に言ってましたもんね……
あの様子だと他の場所でも言っていそうだと思いますw
本土襲来の伏線はきっちり仕込まれていたようです。
私は全く気づきませんでした……運営さん恐るべしっ。






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戦艦の見た夢

 

 

二隻の艦娘が海を行く。

一隻は高速戦艦比叡。

そしてもう一隻は駆逐艦雪風である。

二隻は同じ連合鎮守府に参加していたのだが、喧嘩沙汰を起こしてしまったのだ。

ただの参加者であるならば、苦情と共に送り返してしまえば良い。

しかしこの二隻は連合としても簡単には手放せない艦娘だった。

比叡は参加艦娘中最高位の錬度を誇り、最大の戦果を上げた戦艦である。

また雪風は補給運用と出撃計画立案に多大な貢献を果たしている上、その鎮守府は最初に救援を差し向けてくれた恩があった。

妥協案として、参加者の誰もやりたがらない輸送任務を申し付けられる。

実際比叡はこれ以上戦果を上げると全体のバランスが悪くなり、周囲から悪感情を招きかねない。

元々連合の必要もない大きな鎮守府に居た上、姉の金剛が気まぐれに戻ってしまっているのだ。

かといって比叡本人は今まで露骨に後方に下げるだけの失態も犯していない。

この機会に罰としての補給任務という選択は、決して悪い話ではないと思われたのだ。

 

「比叡さんは、どうお考えですかぁ?」

「ていの良い厄介払い……に見せかけて、この鎮守府に居る艦娘中最も錬度の高いものを補給に当てたとも解釈できますね」

「……本気でそうお考えなら、雪風は比叡さんも天使に認定いたしますよー」

「すいません雪風。唯の脳筋だと思います」

「今までは古鷹さんが余程上手にやりくりなさっていたんでしょうが、あの提督さんってば本当に戦うことばっかりですからね。そっち方面では優秀な方だと感じましたが」

 

雪風が見る限り、この鎮守府の提督は無能ではない。

人を上手く使う上司の下につき、その戦意にしっかりと首輪を付けられれば相当の戦果を挙げる気がする。

 

「ところで、良かったんですか? せっかく良い子ぶっていても、今回の素行不良は減点でしょう」

「良くはないのですが、仕方の無い所です。あの提督さん、雪風の後ろにしれぇの影を見ていましたからね。まぁ、雪風が一隻で来たからだと思うんですが、少し警戒させすぎました。こっちの致命にならないように攻撃材料をやっておかないと逆に信用が得られません。良い子が過ぎる故に疑念を招くとか……榛名さんや羽黒さんの例が無ければ気が回りませんでした。人付き合いって本当に面倒ですよねぇ」

「全くです。早く俗世から足を洗って、無人島にでも引き篭もりたいわ」

「雪風は四季の移ろいが感じられる山の一軒屋に引き篭もりたいですね! そこで時津風を飼って、掘り炬燵で蜜柑です」

「……何を飼うって?」

「時津風。うちの鎮守府に住んでる犬さんなんですが、可愛いのですよぅ」

「あぁ、名前……犬の名前ね」

 

不穏にしか聞こえない雪風の発言に、比叡は深い息をつく。

発言の中に篭められる虚実を逐一把握してしまう比叡にとって、他人との会話はそれだけで苦痛になる。

雪風は一貫して嘘は殆ど吐いていない。

しかし本当のことも全て語っていないという、常に何かを隠しているスタンスを取っている。

はっきり言えば比叡が最も会話をしたくない相手。

それでも最初の頃に比べれば、雪風への態度を軟化する事が出来たと思う比叡だった。

原因は月並みではあるが、本気で対立したからだ。

どんな相手にも楽しそうに会話をし、その中で平然と本心を隠すこの駆逐艦が、羽黒を侮辱されたと感じた瞬間に激怒した。

身内が貶められた時、相手が誰であろうと怒れる姿勢には好感が持てる。

その後酒を酌み交わした事もあり、雪風への壁はほんの少し薄くなった比叡である。

妹を手近で済ます面食いと言った雪風に、無条件で好意を持つことは出来なかったが。

 

「鎮守府のお財布は今まで貴女が握っていました。もし私達が失敗した場合、連合はどうなると思いますか?」

「んー……金剛さんが抜けて比叡さんも抜けて……でも古鷹さんが戻って加古さんが動けます。まぁ何とかなると思いますよ」

「ふむ」

「元々連合は後半ある程度失速するものっぽいじゃないですか。前の時もそうでしたし」

「ええ。十分な戦果を稼いだり、戦闘意欲を満足させた艦娘などは後半士気が落ちますからね」

「そうしない為に、雪風はしれぇにお願いしていたのです。最終出撃で皆さんがやる気出るように資材集めておいてくださいって」

「つまり、この補給は皆さんの戦意高揚の為の材料。決して必要不可欠なものではなかったのですね」

「はい。ちなみに、雪風は喧嘩しなくても比叡さんに行って貰おうと思っていました」

「……」

「それで、比叡さん?」

「……」

 

雪風は双眼鏡を使い周囲を見渡す。

比叡は手元の端末から海図を見る。

現在位置が分からない。

どんな鎮守府に行っても第一線で通用する錬度を誇る雪風と比叡。

そんな二隻は現在、迷子の真っ只中だった。

 

「何処なんですかここはぁ!? 比叡さん、近道は任せてとか言っていたじゃないですかぁ!」

「うーん。おかしいですねぇ……羅針盤はこっちを指してるんだけどー」

「羅針盤妖精は決戦海域とか、海図が無い時に仕方なく使うものじゃないですかっ。素直に海図通りに向かっていればこんな苦労しないで良かったのです」

「実は私、図とか見るの苦手なんですよねぇ」

「はぁ!? いまさら何カミングアウトしちゃってるんですか比叡さんっ。もしかして、今まで旗艦したこと無かったりします? 全部羅針盤妖精におんぶに抱っこだったんですか!?」

「いや、そうなんですけど……。私、羅針盤妖精に嫌われたこと無かったんです」

「……一回も?」

「はい、記憶にある限り」

「ですが、今はどうなんですか?」

「……迷ってます」

「比叡さぁん……」

 

鎮守府を出て二日間。

遭難が判明したのは先程で、それまで比叡について動き続けていたのだ。

もしも見当違いの方向に進んでいたら、目的地から相当に離れているだろう。

空を見上げれば厚い雲が一面に広がっている。

風は潮以外の湿気のにおいを運んできており、雨の気配が漂っている。

 

「うぅ……せめて、せめて星が見えればいろいろ分かるんですが……」

「この感じでは無理でしょう。直に雨が降り、しかもしばらくやみそうにありませんよ」

「ですよねぇ。あぁ、しれぇに会いたいですよぅ」

 

雪風にしては珍しい、混ざり物の無い本音だった。

比叡は肩越しに振り返り、雪風を見る。

後ろをついてくる駆逐艦は、深々とため息を吐いていた。

 

「比叡さん、まだ妖精さんですか?」

「現在位置がわからない以上、頼れるものは一つです」

「確かに……今の雪風達にはそれしか縋る物が無いですけどー」

 

せめて深海棲艦でも出てきてくれれば鬱憤の晴らしようもある。

たった二隻ながら雪風と比叡の錬度なら、空母部隊に囲まれでもしない限り撃破、もしくは逃げ切る自信があった。

最も、羅針盤妖精は距離の長短に関わらず、ひたすら敵の少ない所を目指して目的地に向かうと言われている。

比叡がそれをあてにしている以上、遭遇戦の機会も少ないだろう。

頼りない道案内にすがって航海を続ける二隻の元に、ついに雷雨が訪れた。

横殴りの雨と、稲光から時差の殆ど無い轟音が響き渡る。

激しく上下する波に翻弄されつつも、艤装の推進力で進行方向だけは捉え続ける。

 

「ちょっ、これ洒落になってませんよぅ」

「雪風、はぐれないで」

「は、はいっ」

 

やがて二隻はどちらからと無く手を繋ぐ。

悪天候の中の航海は、この二隻にとってすら表面上のわだかまりを意識して乗り切れるものではなかった。

 

「あぁ、それにしても……艦に戻りたい!」

「全くですよぅ。二足で時化を行くなんて正気の沙汰じゃありません」

「……それにお互い、余計なことを考えないですんだでしょうね」

「……そうですね。此処に来てから、雪風はどんどん欲張りになっています。比叡さんは如何です?」

「私ですか? 私はお姉さまがお幸せになってくだされば十分ですよ」

「比叡さん御自身で幸せにしようとは、思いませんので?」

「そうすることが出来れば、幸せだろうなー」

「……時雨といい比叡さんといい、本当にいろいろ面倒くさいんですから」

 

変わらぬ雷雨の中、行軍を続ける二隻。

荒れ狂う雷光と轟音は際限なく繰り返される。

 

「貴女も、人の事は言えませんよ?」

「まっさかー。雪風ほど単純明快で分かりやすい欲張りさんはいませんよぅ」

「ふむ。目下は何が欲しいんですか?」

「増員」

「……切実だなぁ」

「とにかく今の戦闘組みが強くなってきたんで、少しずつ前線から中核に移って貰って後進を育て始めないと……駆逐艦として言わせていただけば、矢矧さんと五十鈴さんを艦隊から引き抜いて、増員した駆逐艦を訓練していただいて、輸送部隊と各艦隊の対潜要員を補強して……稼ぎを増やして、第一艦隊も燃費の悪い大和さんが出ずっぱりは効率悪いし……戦力と資材のバランスを見直して、艦隊を再編成したいです」

「連合から思っていましたが、貴女は提督みたいですねぇ」

「所詮雪風のは真似事ですよぅ。提督はしれぇしかいらっしゃいません」

「……貴女は、本当に提督が好きなのね」

「はい。世界一のしれぇですよぅ」

「そっか」

「比叡さん?」

「……うん。かつての仲間が自分の居場所を作って、元気でやってるのは良いものだなって」

 

比叡の手にした小さな羅針盤を妖精が回す。

羅針盤は回すものではないのだが、妖精のする事に突っ込みを入れても徒労だろう。

並みの艦娘ならば転覆もありえる荒れた海。

高波をいなして進む二隻の目には、それぞれに違う港と仲間が見えていた。

 

 

§

 

 

戦艦棲姫は大破した少女を伴い、北の泊地を目指していた。

僅か四半日の戦闘で負った損傷は、此処最近では覚えが無い程である。

まして、傍らの少女と共闘しての戦闘。

連戦の末とはいえ、敵艦隊の粘りは驚異的であった。

戦艦棲姫が見る限り、あの艦隊はかなり若い印象がある。

各自の戦闘能力は非常に高いが、有機的な連携は取りきれていなかった。

自分が迷っていた前半、有利な筈の敵も最善の戦闘を行えていなかったと感じるのだ。

あの部隊がもっと艦隊経験を積み、青臭さが抜ければますます強くなるだろう。

それは自分達の脅威になる敵の誕生を意味するが、戦艦棲姫としてはむしろ楽しみだった。

 

「アァ、楽シカッタワ」

「オ前モ収穫アッタンダ?」

「凄イ敵ニ出会ッタ。次ニ会ウ時ガ楽シミネ」

「ソリャヨカッタ」

「貴女ハドウダッタ?」

 

少女は全身に被弾しており、ぼろぼろの衣服と身体が痛ましい。

コレだけやられれば、この少女の性格からして上機嫌のはずがなかった。

だから戦艦棲姫も聞いてから後悔したのだが、予想外に少女は笑顔である。

 

「僕モ凄イノヲ見テキタヨ」

「凄イノ?」

「ウン! デモ今ハナイショ。早ク戻ッテ引キ篭リテェ……」

「引キ篭ルッテ……貴女ネェ」

「ア、今度ハ研究ノ為ダカラ。コレガ形ニ出来タラ、オ前絶対驚クヨ」

「オォ! 凄イ自信ネ」

「ア……」

「ン?」

「ゴメン、オ前ダト驚カナイカモ……」

 

少女がこれから求めるものは、自分がかじって来たあらゆる艤装を全て使い切る戦法である。

これは正に自分しか出来ない戦い方になるはずだが、戦艦棲姫が驚くほどかと言えば全く自信がない。

あの赤い雷は反則だと思う。

 

「アノ雷、ナンナノサ?」

「アー……小型艦ノ群レヲ一薙ギデ払ウ為ニ練習シテイタノ。実戦デ使ッタノハ初メテダッタ。身体ハ焼ケルシ電探壊レルシ……少シ艤装ノ耐電考エナイト駄目ネ」

「オ前ソロソロ戦艦ヤメテネェ?」

「真ニ遺憾デアル」

「……ハァ」

 

直ぐ隣にいるはずの戦艦棲姫が、とても遠くに感じる少女。

少女が生まれた時、戦艦棲姫は既に圧倒的に強い戦艦だった。

戦艦の売りである火力と装甲で他の追随を許さぬ姫。

どれだけ強くなろうとも埋まらない地力の差は、少女から向上の意欲と熱を奪っていった。

それでも諦めきれない少女は様々な艤装に手を出し、航空戦艦としての可能性に行き着いた。

この分野ならば戦艦棲姫にも勝てるかもしれない。

やがていつの間にか、正規空母よりも多くの艦載機を扱えるようにもなっていた。

姫と話したのはそんな時だ。

 

―――貴女、ドウシテ空母ニナラナイノ?

 

どちらにでも成れるなら、空母の方が強いだろう……

そんな含みを持った問いだったと思う。

少女にとって、遥かなる高みで輝いていると思っていた戦艦棲姫の、それは弱音だった。

半ば信じられない想いで、戦艦の方が格好いいと答えた少女。

その答えに心底感動したらしい戦艦棲姫だが、本当は違う。

格好良いのは戦艦じゃない。

戦艦棲姫に追いつきたかったから、彼女が格好良かったから戦艦になりたかったのだ。

 

「デカブツサァ……」

「シバクゾチビ」

「コノ研究完成シタラ、僕ハデカブツノ次クライニハ強クナルヨ」

「デカブツッテ言ウナッテノッ」

「時間モ、ソンナニ掛カラナイト思ウ。ナニセ完成形ト戦ッタシ……」

「無視!? 無視カチビッ」

「ダカラ、ソウナッタラサ……」

「聞イテヨー……」

「僕ガイレバ、良イダロ?」

「ダカラ聞イテッ……ウン?」

「ッ! ヤ、約束ダカラナ。浮気スンナヨ」

「約束……浮気……ウン?」

 

正直少女の言葉も話半分にしか聞いていなかった戦艦棲姫。

しかしなにやら上機嫌で顔を赤くしている少女を見ていると、まぁいいかと追求を止める。

いつの間にか風が吹き、波が高くなってきた。

曇天の空からは何時雨粒が落ちてきてもおかしくない。

 

「時化カヨ……面倒臭ェノ」

「マァ、後ハノンビリ帰――」

 

その発言は空から飛来する砲弾に遮られた。

反射的に艤装を操作し、傍らの少女ごと抱き込む姫。

 

「ンナ!?」

「喋ラナイノ。舌噛ムヨ」

 

右舷後方から撃ち込まれた砲撃は、姫の艤装の腕に着弾した。

衝撃が艤装の表面を破壊する。

少女の頬に滴る液体。

ついに雨が降ってきたかと眉を寄せ、不快気に頬を拭う。

雨粒よりもやや粘度の高い雫。

手元を見た少女は、その液体が同族の血である事を知った。

それは上から降ってきたのだ。

今、そんな所から血が降るとすれば、それは自分を抱き寄せている姫のもので……

 

「オイ!」

「ン、何処カ当タッタ?」

「オイ……」

 

間近で感じる戦艦棲姫の吐息からも血の香りがする。

戦艦棲姫は艤装部分を完全に外してしまえるタイプだが、接続中に被弾をすればフィードバックは普通に起る。

大和達によって此処まで破壊された以上、本体のダメージが軽い筈がない。

更に立て続けに降り注ぐ弾丸。

戦艦棲姫は艤装を解きつつ、少女を突き飛ばす。

同時に最初の着弾位置から方位を割り出し、全砲門をそちらに向けた。

見上げた空から黒点が徐々に大きくなり、空気を引き裂く音と共に襲ってくる。

電探が生きていれば、この時点で撃ち落していただろう。

しかしそれが破損している今、姫が頼るのは自分の感覚と肉視のみ。

適当に張った弾幕などで落とせるものではない。

先程大和がやったように至近距離までひきつけ、16inch三連装砲を丁寧に合わせて行く。

 

『待チ伏セカ?』

『そんなに格好良いもんじゃないネ』

 

戦艦棲姫はこの声には覚えがある。

以前戦った、妙に足の速い戦艦だろう。

内心だけで舌打ちする。

この状況で更なる交戦をするとなるとかなり面倒なことになる。

嘆息しつつゆっくりと回頭する戦艦棲姫。

其処を撃たれたりはしなかった。

先程の砲撃も主砲ではなく、副砲によるもの。

相手からすれば挨拶代わり以上の意味は無いのだろう。

 

『追いかけて来たんダヨ……あの夜から、ずーーっとネ』

『シツコイ女ハ、モテナイワヨ?』

『……Shut up』

『ア……ハイ』

 

からかった心算の姫だったが、返答には静謐な怒気があった。

地雷を踏んだらしいと理解した戦艦棲姫は、肩をすくめて話題を変える。

 

『モシカシテ、一隻デ来タノカシラ?』

『まぁ、恨みがあるのは私だけだしネー』

『フーン……』

 

戦艦棲姫は無造作に右足を上げると、勢い良く踏みおろす。

自分と少女ごと広大に陥没した海面に飲まれ掛けるが、直ぐにもとの高さに押し上げられた。

隣で少女が喚いているが、片手を上げて制する姫。

潜水艦の気配も無い。

本当に一隻で着たらしい敵に、戦艦棲姫は首を傾げた。

 

『一騎撃チネェ……意気ハ買ウケド、無理ジャナイ?』

 

戦艦棲姫は20000㍍程の距離にいる金剛に主砲を放つ。

砲弾は荒れた空をものともせずに突き進み、敵の座標に吸い込まれる。

姫が冷めた意識で命中を確信した瞬間、金剛の身体がふらりと傾ぐ。

そのまま旋回した金剛の真横に着弾した砲撃。

眉をひそめた戦艦棲姫が、今度は全砲門で狙い打つ。

 

『その砲火は、前に見たヨ?』

 

降り注ぐ無数の弾雨を全て紙一重で避ける金剛。

戦艦棲姫の表情から笑みが消える。

強くなっていた。

以前も決して弱くなかったが、あの時よりも更に。

舐めて掛かれる相手ではない。

まして今は……

 

「……水マフ、先ニ戻ッテ」

「……」

「アレハ私ヲ追ッテ来タ、私ノ獲物……デショ?」

「……判ッタ。先ニ行ク」

「……ア、戻ッタラ私ノ資材モ用意シテオイテネ? 流石ニオ腹空イタカラ」

「了解。サッサト戻レヨナ」

「任セナサイ」

 

戦艦棲姫は少女の髪をくしゃくしゃにし、風ではだけたフードを被せてやる。

正直、大破した少女を抱えて戦える相手ではなかった。

先程から見ていると、敵戦艦は少女を積極的に巻き込んで盾にしようとする意図は感じない。

しかし戦況しだいでどうなるかなど分かったものではないのだ。

少女も理解していたのだろう。

苦い表情はしたものの、素直に聞き入れてくれた。

大破した艤装を酷使し、姫から離れて行く少女。

 

『もう良いネ? 全砲門、Fire!』

 

ついに金剛の主砲、35.6㌢三連装砲が解き放たれる。

姫自身とその周囲を押し潰すかの様な砲撃。

威力重視らしいその砲弾は、普通に放った時よりもやや遅い。

戦艦棲姫は迫る砲弾を見つめると、意地の悪い笑みを向ける。

胸の下で腕を組み、待ち構える姫を訝しげに見つめる金剛。

その視線の先で戦艦棲姫の艤装が動く。

姫は艤装の手のひらで砲弾を受けると、間髪入れずに握り潰した。

 

『What!?』

『ダカラ無理ダト言ッタデショウ。ソンナ豆鉄砲デ、私ニ勝テルト思ッテイルノ?』

 

戦艦棲姫は化け物である。

それは最初に対峙した時から身にしみてわかっていた。

こちらが最悪の予想を立てても、その斜め上を平然と行く最強の戦艦。

 

『此方モ、結構シンドイノ。逃ゲルナラ追ワナイデアゲルワヨ?』

『……追いかけて来たって言ったデショ。此処で逃げ帰るくらいなら最初から来ないネ』

『……ソレハソウネ。ダケド不思議ダワ……私ハ、ドウシテ貴女ニ狙ワレテイルノ?』

 

かつて金剛の所属する鎮守府は戦艦棲姫を討伐しようとし、果たせなかった。

金剛の中では自分達の失態だが、大本営はそう見ない。

戦艦棲姫討伐を果たせなかったのは、上司たる提督の責任。

彼が資材と労力を浪費し、何の戦果も認められなかったと言われた事が金剛には許せない。

その後他の鎮守府も戦艦棲姫討伐に乗り出し、その全てが惨敗した。

その為、彼の評価が致命的に傷つくことは無かったが、輝かしい戦歴の中の汚点になった事は間違いない。

金剛には後悔がある。

一番最初、自分達がこの姫を発見した時に沈めていればこんな事にはならなかった。

あの時姫の随伴艦は全て駆逐艦であり、当人以外の戦力はほぼ皆無だったのだから。

 

『Darlinが、貴女を討伐するように命じたネ』                       

『……モウ少シ主体性ヲ持ッテ人生送レバ?』

『Darlinの希望に沿う事、願いを適える事が私のLife workデース! …………だって道具ってそういうモノでしょう?』

『道具? ……道具ネェ。人ノ形ヲシテ自我ヲ持ッテイル固体ガ道具ネェ。本当ニ、オ前ラハ進歩ガナイワ。所詮亡霊ハ亡霊カ』

『何とでも言いなサーイ…………私にとってDarlinでも、DarlinのHoneyは私じゃないネ。女として一番になれないなら、私は彼の完璧な道具になるヨ』

 

彼が沈めと言うなら、姫は生きていてはいけない。

戦艦棲姫は既に存在しているだけで金剛の存在意義を脅かす。

彼女を沈めない限り、自分の魂は前に進めない。

戦艦棲姫を討ち取り、その首を提督に捧げてこそ、金剛はやっと彼の傍にいる自分を肯定してやれるのだ。

 

『……ナルホド。私ハ、海ニ浮カンデイルダケデ貴女ヲ傷ツケテシマウノネ』

『Understand?』

『エェ。ヨク、分カッタ』

 

些か疲れたように息を吐く戦艦棲姫。

その仕草も金剛の心を逆なでする。

この姫が敵である事は間違いないが、本質的に邪悪ではない事も分かっているのだ。

どうせなら、全否定の対象になってくれるような存在であれば金剛も気が楽だったのに。

 

『見逃シテクレル心算ハ、無イ?』

『無いヨ』

『デハ……ドチラカガ沈ムシカ無イ』

『上等ネ! 鮫の餌にしてあげるヨ!』

 

嵐の中で対峙する戦艦二隻。

金剛の砲撃を戦艦棲姫の艤装が殴り落す。

撃ち返される砲撃は完璧な見切りで回避する。

千日手の様相を見せる海戦の中、両者は旋回しつつ距離をつめる。

金剛が避けきれなくなるのが先か、戦艦棲姫が耐え切れなくなるのが先か。

勝利の女神は、いまだどちらを祝福するか決めかねているようだった。

 

 

§

 

 

葬列が第二鎮守府に帰還した。

既に通信が取れており、五十鈴の訃報は伝えてある。

港には蒼白の羽黒と陰鬱な山城が待っていた。

山城の砲塔にはベネットがおり、不機嫌な顔で沈思している。

戻ってきた大和達の中に無傷なものは殆ど居らず、戦闘の激しさを物語っていた。

特に大和と加賀は損傷が大きく、今もそれぞれが赤城と矢矧に肩を借りているのだ。

しかし大和は全員が入港したのを見届けると、矢矧に礼を言って前に出た。

少し硬い、無機質な声と共に敬礼する。

 

「…………戦艦大和、以下迎撃部隊各員、帰港しました」

「お帰りなさい、大和さん」

「お疲れ様」

「おぅ。よく戻ったな」

 

大和は視線を巡らせるが、今一人の僚艦の姿が見えない。

何時もは真っ先に出迎えてくれる仲間なだけに、やや意外な思いがある。

 

「足柄さんは、まだ入渠なさっていますか?」

「……姉さんは、自室に篭っています」

「……」

「酒瓶の束を抱えてね。まぁ、あんたらが戻ってきたら教えてくれとは頼まれてるから、呼んでくるわよ」

「あ、それには及びません。自分で、会いに行きますから」

「……そう」

 

それぞれに思うことはあるのだが、今後の方針を固める必要もある。

現在直ぐに戦えるのは、留守番中に入渠を済ませた山城、羽黒、足柄のみ。

損傷具合なら極軽微の時雨や小破の矢矧も戦えるが、補給はこれから済まさなければならない。

そしてこの鎮守府をこれから維持するか、それとも放棄して撤退するか。

その結果によって入渠する順番も変わってくる。

しかしどう定まるにしろ、決定は早いに越した事は無いのだ。

その話し合いには、足柄を欠かす事は出来ないだろう。

後ろから大和の肩に手が置かれる。

振り向くと、自分と同じように大破した加賀と目が合った。

 

「お行きなさい」

「加賀さん……」

「此処は、私が引き受けます。貴女は僚艦と話していらっしゃい」

「……ありがとうございます」

 

大和はそういって頭を下げる。

一つ頷いて応えた加賀は、自分の後ろに並んだ仲間達に告げた。

 

「各員、当時刻から半日は休息に当てて。その間に補給と、艤装の整備が必要なものは工廠の妖精に提出を」

「了解」

「分かったっぽい」

「休み明けに今後の会議になるでしょうが、入渠はその結果待ち。ただし矢矧さん、貴女の損傷なら半日溶液に浸かっていれば治るでしょう。入っておいて頂けますか」

「はい。承知しました」

「後は、島風さん」

「おぅ?」

「貴女と夕立さんも半日で治るでしょうが、先に入ってください。そして……」

「……私に、行けって?」

「……はい。私達に先行して本拠地に戻り、戦闘結果を提督にお知らせしてください」

「…………どんな貧乏くじよ、それ」

 

五十鈴の戦没を、司令官に伝える。

誰もやりたがらないだろうその役目を負わされたのは島風だった。

思うところもあるのだが、自分が指名される理由も理解できる。

 

「悪いわね。だけど、情報の伝達は早いに越した事は無い」

「……分かった。今度アイス一個は奢りなさいよ?」

「二つは奢るわ。えぇと……はい、食券」

「っぽい?」

「……おぃ加賀。そっちはぽいぬよ」

「……ごめんなさい。髪の色と長さが似ていて」

「服を……服を見て欲しいっぽい!」

「そうよ。白露型とか旧式でやぼったいんだから、ハイセンスな私と間違えないで」

「……その傷じゃ歩きづらいだろう島風。夕立、そっち抱えて」

「ちょっ? 時雨!」

「了解。ソロモンの悪夢、見せてあげる」

「ぽいぬ台詞おかしいでしょっ。ドックよね? 傷治しに行くのよねぇ!?」

 

時雨と夕立に両脇を抱えられ、連行される次世代型駆逐艦。

その馬力は扶桑方戦艦にも迫るはずだが、一方の時雨はほぼ無傷。

さらに二隻掛りということもあり、ずるずると引きずられていった。

多少心配になった加賀だが、一応ドックの方に連れて行かれたので大丈夫だろう。

駆逐艦の退場をきっかけに、港から解散するメンバー。

大和は一人、重い体を引きずって足柄の元に向かう。

それ程の時間はかけずに足柄に割り振られた一室の前にたどり着く。

ノックをして呼びかけるが、返答は無い。

 

「足柄さん……?」

 

扉越しではあるものの、室内からは全くといって良いほど動くものの気配が無い。

間をおいて呼びかける大和。

一分が過ぎ、二分が過ぎ……五分になる頃には嫌な予感が胸によぎる。

 

「足柄さん……ちょっと! 大丈夫ですっ? ちょっと……足柄さん!?」

 

眉をひそめた大和はノックしていた手を開き、扉中央に押し当てる。

一つ息を吐き、接触した状態から腰の体幹を回して思い切り腕を伸ばす。

足をしっかりと踏み締め、密着間合いから伸ばしきられた大和の腕は、扉をくの字にへこませなが室内に食い込ませる。

そのまま前蹴りで扉を押し込み、完全に倒壊させた。

しかしこの時、室内に駆け込もうとした大和の後ろから聞きたかった声が掛かる。

 

「……大和ちゃん、何してるの?」

「ひぅあ!?」

 

あわてて振り向いた大和が見たのは、未開封の酒瓶を袋に詰めた足柄だった。

 

「うちの扉が、何か失礼しちゃったかなー?」

「足柄さん……」

「留守にしててごめんねー。おねーさんちょーっと酒が足んなくてさぁ」

「……」

 

発言ではなく、表情が大和の言葉を詰まらせた。

何時もならば、笑っていただろう。

今の足柄に常の快活な様子は無く、淡々と無表情に事実だけを告げていた。

 

「酔って……らっしゃいます?」

「うん。でも醒めちゃった。お酒補充にいって、戻ってきたら大和ちゃんがかち込み掛けてるし」

「本当に、申し訳が……」

「手首でも切ってるとか思った?」

「……少し」

「あっはっは。まっさかねぇ」

 

足柄は役目を果たせなくなった扉の残骸を蹴り飛ばして部屋に入る。

大和も少し躊躇したが、肩越しに振り向いた足柄に促されて入室した。

不意に、大和の顔付近に飛来したものがある。

反射的に受け止めた大和。

酒瓶かと思ったそれは、未開封のシャンメリーだった。

 

「これは……」

「五十鈴ちゃんお酒だめでさ。前此処で宴会やった時、それ一緒に飲んだのよね」

「……」

「大和ちゃん戻ったら、一緒にそれ空けようと思って……あー……ちきしょう」

 

足柄は軽く壁を殴りつける。

重巡洋艦に八つ当たりされた壁は拉げ、破砕音で抗議する。

大和が室内を見ると、同じような跡がそこかしこに散見された。

 

「お互い、聞いて欲しい愚痴ってあるじゃない? それとも、雪風ちゃんに会うまで取っておく?」

「いいえ。もうだめ……吐き出さないと、沈みそう」

「あぁ……一緒だね」

 

艦列を並べて戦った、戦友の死。

かつては多く経験した事だが、自分自身の心を得てからは始めての事。

足柄と大和。

人それぞれ心の作りは違うモノだが、感じる悲哀は共通している。

傍にいながら救えなかった。

傍で戦う事すら出来なかった。

あの時こうしておけば……既に起きてしまった現実に対し、なんと無意味な後悔だろう。

分かっていながら、直ぐには精神を回復出来ない。

特に足柄は、自分が此処まで荒むと思っていなかった。

感情のよりどころを自分の中に見出せず、だからこそ大和達の出迎えを妹に任せて引き篭もったのだ。

 

「……戦闘部隊は十二時間休憩。その後、全員で会議です」

「……」

「足柄さん?」

「……いや、そうなると私らは警戒待機かなって。羽黒と山城ちゃんに悪いなぁ」

「……今の足柄さんが、緊急出撃かかったとしても任せられない」

「言うわねぇ……だけど、正しいわ」

「……」

「おっかしぃな……むっちゃんと話した時は、ある程度覚悟出来てるつもりだったんだけどなぁ……五十鈴ちゃん居ないってこんなに寂しいんだ。知らなかったなぁー」

 

それは大和に向けて発した言葉ではないだろう。

だから答えなかった。

大和が無言でやったのはシャンメリーの口を空ける事。

そしてグラスに注ごうとしたが、そんなものは見当たらなかった。

 

「えっと……」

 

困ったように足柄に視線を向けると、早く回せと訴えられる。

このまま足柄に渡したら、なんとなくラッパにされて終わりそうな気がする。

残してくれたとしても、グラスが無い事に変わりはないのだ。

意を決した大和は、両手持ちでボトルに口をつける。

足柄から見ればまだ上品過ぎるが、精一杯頑張って一口飲んだ。

おずおずと足柄を見れば、なんとか及第点を貰えたらしい。

今日始めて、おそらく無意識に微笑した足柄は手持ちの袋からグラスを取り出した。

 

「あ! ずるいです」

「大和ちゃんはもう少し下品になっても良いと思うわよ?」

「げ、下品って……」

「何するにしても、品があるのよねー」

「それって悪いことじゃないですよねぇ?」

「取っ付きやすさが変わるわよ。幸い、うちで大和ちゃんに気後れするような可愛気のある子は居なかったけどね」

 

足柄はグラスを傾け、安っぽい甘味を飲み干した。

あまりおいしいと感じない。

五十鈴と二人で飲んだときはもっと……

いや、あの時は味など気にならなかったのだ。

ただ、楽しかったから。

 

「五十鈴ちゃんが真っ直ぐ飛んでくる砲弾にそうそう捕まる筈が無い。ねぇ、あの子なんで沈んだの?」

「……敵戦艦の性能は、最早異次元の領域でした。全ての事情を正確に把握している訳ではありませんが……五十鈴さんは敵の攻勢を察知しながら艦隊の回避を優先し、自分は危険域に踏みとどまったんだと思います」

「そっか。じゃあ五十鈴ちゃんは、自分の意思で死に場所を定めたのね」

「……」

「……なんだかなぁ。ドジ踏んだってんなら、写真でも指差してぷげら! って笑ってやる心算だったのに」

「写真?」

「ほら、第一艦隊の初任務の前に四隻で取ったじゃん」

「あぁ、あ号の時かぁ……懐かしいなぁ」

「……懐かしいよね。でもほんの何ヶ月かしか経ってないのよ」

「……」

 

大和は足柄の空けたグラスに酌をする。

そして残ったボトルの中身を、今度は躊躇わずに飲み干した。

一言交わすごとに寂寥感が実態を帯びて大和に現実を意識させる。

自分達の五十鈴は、もう居ないのだ。

 

「……ふぐぅ」

「おぅ、泣け泣け。大和ちゃんみたいな美人の涙を駄賃に逝けるたぁ、五十鈴ちゃんも幸せもんよ」

「あ、足柄さん」

「ん?」

「私は、何処で間違ったの?」

「何処でったってねぇ……」

「あそこで戦っちゃ、駄目だったですか? 水雷戦隊を作って任せたのが不味かったですか? 何で五十鈴さんが沈んじゃったんですか! あんなふざけた、魔法みたいな反則でぇ!」

「……戦わなかったら、入渠中の私と羽黒は動けないまま沈んでたね。水雷戦隊を別にしなけりゃ、皆は大和ちゃんの周りだけで回避しなけりゃいけなかったね。五十鈴ちゃん以下の錬度でそれは無理だから、被害はもっと増えたろうね。五十鈴ちゃんが沈んだのは、守りたかったからだろうね。敵の性能を読み切れなかったのは……最初の接敵で無様に大破した私を恨んで良いよ」

「違うんですっ。ごめんなさい! ごめんなさい足柄さん。ごめんなさい、ごめんなさい……」

「うん……分かってる。意地悪な言い方して、ごめんね……」

「雪風ならどうしてたろう。何で、なんで此処に居てくれないの……」

「寂しい?」

「寂しい……寂しいです。傍に居てほしいです。会いたいよぅ……ふぐぅうう……」

 

床に座り込み、後頭部をベッドの縁に乗せ、顔を両腕で伏せた大和が全身を震わせる。

此処は素直に泣ける若い大和が羨ましい足柄だった。

一頻り泣かせ、やがてしゃくりあげる息遣いも小さくなった時、足柄は初めて未来の話をする。

 

「五十鈴ちゃんが記録上からも除籍されるのって、慣例で一月後だっけ?」

「……そうなると思います」

「そっか。じゃあそれまでに、でっかい送別会しよう。あっちで五十鈴ちゃんが悔しがるくらい派手なやつ」

「良い……です、ねぇ」

 

そう答えた大和の視界がくらりと揺れる。

最初は涙で滲んでいるのかと思ったが、何度拭っても戻らない。

そこで初めて視界だけでなく、全ての感覚が遠くなるのを感じる大和。

戦傷と疲労をから身体を支えていた緊張が、徐々にほぐされていたのだろう。

 

「あー。休むならそのままベッド使っていいよ?」

「んぅ……」

「あ、それと……言い忘れてた」

「……」

「お疲れ様。頑張ったね、大和ちゃん」

 

心身ともに限界だったらしい戦艦大和。

滑落する意識の中で聞いた声に、いらえを返すことは出来なかった。

 

 

§

 

 

戦艦棲姫の両腕が、金剛の肩の衣装を掴む。

間髪入れず、鳩尾に打ち込まれる膝。

 

「んぐっ」

 

くの字に折れかけた身体を掬い上げるように右の掌底が顎を捉える。

強制的に起き上がった金剛の顔面を、姫の左手が鷲掴みにした。

そのまま右のローを蹴り抜いて金剛の足を刈り取り、掴んだ左手で押し倒しながら後頭部を海面に叩き付ける。

艤装が浮力を維持しているため、押し付けても沈まない。

しかしその衝撃は本体の運動機能を一時的に奪うには十分だった。

 

「……なんで殴り合いになってるネ?」

「嫌ナラコンナ距離ニナル前ニ被弾シテヨ」

「Shoot! お前固すぎネッ」

「アタリ前デショウ? 戦艦ダモノ」

 

金剛と戦艦棲姫は砲撃戦での決着がつかず、かといって戦闘を中止する事も出来ないままに距離だけが無くなっていった。

そして彼我の間合いが5000㍍を切ったとき、戦艦棲姫は金剛の砲撃をまるで無視して衝突して来たのである。

艦時代ではありえない、人の手が届く距離での殴りあい。

艦娘と深海棲艦の戦史でも稀の珍事が展開された。

小回りが利かない海上で殴り合っても耐久と馬力の勝負になるため、金剛に勝ち目は無かったが。

 

「……それにしても貴女、喧嘩慣れしすぎでショ?」

「ヤンチャナ子ノ相手ガ多カッタカラネ」

 

戦艦棲姫に顔を抑えられたまま、金剛は深く息を吐く。

このまま頭部を握りつぶすなり、副砲の一つも直撃ちされれば沈むだろう。

双方の艤装は此処までの戦いで既に大破している。

お互いにギリギリの所だったのだ。

それでも戦艦棲姫が突っ込んで来たのは、金剛に殴らせてやる為だろう。

状況が飲み込めないまま済し崩しに殴り合い、戦艦棲姫の顔面に一発叩き込んだ時は爽快だった。

返された拳は只管痛かったが、それも悪くないと思う。

あの日に振り上げた拳は、今日やっと役目を果たして下ろすことが出来た。

目的は達せられ無いまでも、妙に晴れた気分の金剛だった。

 

「私の負けネ」

「……」

「最後の相手がYouで良かったデス。きっちり仕留めてネ」

「……」

 

金剛の顔から姫の手が離れる。

とどめの一撃を予期した金剛は、静かに瞳を閉じて待った。

心の中で比叡に詫びる。

しかし何時まで経っても身体を貫く衝撃が来ない。

じれったいのを嫌う金剛が催促しようと目を開ける。

姫は金剛を見ていなかった。

その瞳は遥か遠く、嵐の去った海に浮かぶ月の方角を見つめている。

 

「……ツキハ貴女ニ笑ンダヨウネ」

「え?」

「新手ダワ」

『お姉さまぁ!』

『え? 金剛さん……ちょっ、本当に此処何処なんですかぁ!』

 

広域無線の声に息を呑んだ金剛。

戦艦棲姫は金剛の鳩尾を踵で踏む。

声も出せずに悶絶する老戦艦。

しかし丁寧に数センチへこませた所で止められ、艦の重さを掛けられる事は無かった。

金剛は咳き込むことすら適わず、全身を包む苦痛と痺れの中で波間を漂う事になる。

 

「負ケダト思ッタノナラ、少シ大人シクシテイテネ」

 

そう言って金剛から離れる戦艦棲姫。

金剛が少女を巻き込まなかった様に、戦艦棲姫も金剛を盾にする心算はない。

例え愚かと言われようと、それが戦艦の矜持である。

 

「まっ……グッ、コフッ」

 

遠ざかる姫の背中に手を伸ばす金剛。

視界の中で自分の手と姫が滲む。

それが瞳を守る為の生理現象か、それとも別の何かなのかは分からなかった。

 

『イラッシャイ。歓迎スルワ』

『お前……よくもお姉さまをっ』

 

増援は二隻。

一隻は以前にも見たことのある高速戦艦。

今一隻は始めて見るが、間違いなく軽い艦である。

しかし戦艦棲姫は月下に駆けるその小船から感じる、凄まじい違和感に総毛立った。

戦艦や空母とは違う、もっと危険な何かが駆逐艦の皮を被っている……そんな予感に眩暈がする。

 

「比叡さん、金剛さんを!」

「普通逆でしょう!?」

「雪風にあんな重いの運べません!」

 

言うだけ言って敵戦艦に突入を開始した雪風。

自分がこちらに来てしまえば、金剛を助け起こすのは比叡しかいない。

とにかく雪風は戦いたかったのだ。。

 

『やぁっと見つけましたよぅ深海棲艦! 溜まりに溜まったこの憂さを、全てぶつけてあげましょう』

『物凄イ理不尽ナ発言ヲ聞イタ気ガスルワ……』

『喋ったぁ!?』

『アラ? 可愛イ反応ネ』

 

雪風と比叡が遭難してから始めての接敵である。

羅針盤妖精は目的地までの長短は別にして、深海棲艦の少ないルートを結ぶことが多い。

雪風が思うに、比叡は姉の下に行きたかったのだ。

決して任務を忘れたわけではないだろうが、羅針盤の妖精は比叡の迷いをそのまま海路に反映した。

そして今、彼女の本当の目的地へ導いた。

巻き込まれた雪風としては迷惑なことこの上無いが、眼前に大破転覆している仲間がいる現状で追求している暇はない。

迷うことなく交戦と救助を選択した雪風は、相手がどれ程の化け物かも知らずに突っ込んだ。

比叡も姫の様子を見ながら、雪風の為に砲撃支援を合わせてくれる。

直ぐにでも姉の下へ行きたかったが、比叡から見れば動けない金剛と一緒に狙われる可能性があった。

深い息を吐いた戦艦棲姫は、比叡の砲撃を主砲によって撃ち落す。

同時に副砲で接近中の小船を狙うが、雪風の回避能力は金剛すら凌駕する。

牽制射撃をものともせずに5000㍍まで踏み込むと、八射線の魚雷を泳がせた。

 

「ヒィフゥミィヨゥ……八本ネ」

 

満身創痍の戦艦棲姫は回避せず、自身が最も信じる装甲を持って魚雷を凌ぐ。

雪風が見守る中、一本の魚雷が姫の足元から艤装に刺さる。

てっきり回避行動を取ると思っていたために、逆に当たる数が減ってしまった。

しかしその様子から敵の防御思考と反応速度を観察した雪風。

 

「……副砲の音がヤバイし尋常じゃないくらい硬い……もしかしてめっちゃ強くないですかアレ?」

 

至近距離で砲撃戦を展開しつつ、次なる手段を考える。

現在は比叡が主砲をひきつけてくれるため、雪風自身は副砲だけ捌ければ行動の自由を獲られる。

一発当たればお陀仏なのは一緒だが、砲門の数が純粋に減ってくれるのは有難かった。

雪風は時差をつけて四射線ずつ、二組に分けて魚雷を放つ。

同時に砲撃を交換しながら急加速し、一気に姫の側面に回りこんだ。

戦艦棲姫は雪風に向けて回頭しかけるが、其処に比叡の砲撃が降り注ぐ。

舌打ちしつつ半数を回避し、避け切れないものを撃ち落す姫。

敵の移動と艤装の守りを見据え、機会を伺う駆逐艦。

やがて第一陣の四射線のうち、一本の魚雷が敵に刺さる。

しかし命中の直前に艤装の腕が動き、防御体勢が完成した。

戦艦棲姫は既に雪風の雷撃の速度を測り、防御のタイミングも掴んでいる。

この一事だけでも尋常な相手ではない事が良くわかった。

 

「…………此処だと二番………あー……三番か」

 

雪風は側面取りの旋回から一気に方向を転換し、姫に向かって突進した。

敵艦の砲門に対して真っ直ぐ向かう最大船速。

回避の難度は桁違いに上昇し、雪風の間近を幾重もの弾丸が掠めていく。

駆逐艦の装甲はそれだけで剥がれ落ち、小破に届く損害になる。

しかし雪風は手にした10㌢連装高角砲だけは無傷のまま守っていた。

僅か数分の攻防により、2000㍍の距離に詰めた雪風。

至近距離から狙い済ました主砲が、姫の艤装に着弾する。

小口径の主砲は表面で食い止められ、ダメージは通らない。

戦艦棲姫は小船の主砲に見向きもせず、比叡の主砲に意識を向ける。

 

「カッ……ハッ!?」

 

その瞬間、経験した事の無い衝撃が姫の左胸を貫いた。

首は頭部を支える仕事すら放棄し、かくんと前に崩れる。

それが姫の目線を胸元に落とすことになった。

 

「……何、コレ……魚……雷……ッ?」

 

身体に刺さり、艤装の内側で炸裂した酸素魚雷。

下手人に目をやれば、雪風は無邪気な笑みを浮かべて戦艦棲姫を指差していた。

 

「バンッ……っです」

 

指で作ったピストルで、撃つ真似をする雪風。

戦艦棲姫は喀血し、その血を浴びた艤装は小さな爆発を連鎖させながら自壊していく。

 

『■■ッ■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーッ!』

 

断末魔の悲鳴を上げながら、崩壊していく巨大な艤装。

姫の脊椎から接続が外れ、のたうつ様に剥がれ落ちる。

しばし海上に浮かんだ艤装は、静かに海に没して行った。

それを見届けた比叡は、全速で姉の下に駆け寄った。

戦場に残ったのは激痛に苛まれ、血を吐きながら咳き込む漆黒の美女。

その様子を見守るのは、小さな白い死神だった。

 

『……スリ抜ケタノ?』

『そんな魔法みたいな事、出来るわけ無いじゃないですか』

 

呆れたように呟く雪風は、肩をすくめて解説してやる。

意思疎通の出来る深海棲艦を始めてみた雪風は、その好奇心を大いに刺激されていたのである。

 

『時差をつけて魚雷をばら撒いて、第一陣で防御体勢を取ってもらいました。次いで側面から貴女の艤装の肘を撃ち抜いて、腕を少しずらしただけです。其処に第二陣の魚雷がすべり込んだのですよぅ』

『……魚雷ヲ放ッテカラ数分後ノ私ノ位置ヲ、正確ニ測ッテイタトデモ?』

『だって貴女、最初の八本を避けずに守ったじゃないですかぁ。装甲に自信があったから足を止めたんでしょう? だから比叡さんの主砲で動かされる分だけ計算しました。簡単とは言いませんし絶対成功するものでもないですが、練習すれば誰でも出来ますよ?』

『……イヤ、無理デショウ? 冗談……ヨネ?』

『納得いかなければ、まぐれ当たりしちゃったと思ってくれてかまいませんよ。どっちだって同じですから』

『――ア、ハハッ……ハハハ、グッ……ウ、フフフ、コプッ』

 

心の其処から可笑しそうに、しかし笑うたび苦しそうに咳き込み悶える戦艦棲姫。

なんとか笑いの発作をおさめ、自分を倒した小船と正対する。

 

『貴女、名前ヲ聞イテ良イカシラ?』

『……呪いとか、かけません?』

『カケマセン。自分ヲ沈メタ相手ノ名クライ、水底ニ持ッテイキタイジャナイ』

『……陽炎型駆逐艦、八番艦。雪風です』

 

その名を聞いた戦艦棲姫は、再び笑いの発作に襲われた。

以前鹵獲した駆逐艦からその名を聞いたことがある。

最高の駆逐艦だと、自慢の姉だと言っていた。

左胸に空けられた穴に手を沿える。

あの子の言葉は誇張はあっても事実無根では無かったらしい。

 

『私ヲ沈メルノハ戦艦デモ空母デモ無ク、駆逐艦カァ……見事……ト言ウ他無イワ』

『あのぉ……もしかして、貴女って結構偉い方なんですか?』

『……ナァニ? 知ラナイデ私ト戦ッタノ』

『知ってるも知らないも、雪風達は初対面じゃないですかぁ』

『ウ、フフ……ソウネ。ソレナラ……』

 

戦艦棲姫は胸の穴から手を離し、今度は額の角に触れる。

そして髪を払うように一撫ですると、その手の中には折れた角が残された。

雪風の視線が細くなる。

直上に違和感を感じた雪風は顔をあげると、闇夜の中に目を凝らす。

昼間であれば黒点として視認出来るが、夜では殆ど解らない。

鋭い小船に感嘆しつつ、姫は角を真上に放る。

角は雪風の頭上に送られ、その手元に落ちてきた。

 

『コレは……』

『私ヲ倒シタ証。ソレヲ見セテ、《わたしがせんかんせいきをしずめた》ッテ言ッテミテ? キット皆、吃驚スルカラ』

『何でしょうねぇ、嫌な予感しかしないんですが……』

『ウ、ッフ……ゴフッ』

 

笑いかけた姫は激しく咳き込み、喀血した。

雪風としてはもう少し、この変わり者の深海棲艦と話してみたい。

しかしもう、姫に残された時間がない。

この会合に迫る終焉がやや勿体無いと思う雪風の目の前で、戦艦棲姫は肩越しに振り向いた。

視線の先にあるのは、比叡に抱き起こされた金剛の姿。

金剛にとって戦艦棲姫は、自分の存在意義を脅かした敵である。

しかし逆に、憎まれることによってその足を支えた支柱でもあった。

最初の出会いから今日までを、ある意味で戦艦棲姫に支えられてきた金剛。

何か言いたげな視線を向けられた姫は、敵の脆さを丁重に無視して告げる。

 

『貴女モ、悪クハ無カッタワヨ? 出来レバ、他人ノ道具カラ卒業シタ貴女ト戦ッテミタカッタワ』

『……貴女に何が解るのデス?』

『サァ? 精々長生キナサイナ、Old lady』

 

戦艦棲姫の胸に空いた穴から、深紅の炎があふれ出す。

やがて炎は姫の内側から焼き尽くすように、その全身から吹き上がる。

深海棲艦最強の戦艦は、ついにその身体を支えきれずに崩れ落ちた。

 

『アァ、知ラナカッタワ……私ハ、コウヤッテ沈ムノネ』

 

身体の至る所から紅蓮の炎を吹き上げ、水面から天を焦がさんばかりに燃え盛る戦艦棲姫。

仰向けに浮かんだ姫が、炎の中から空を見上げる。

戦艦棲姫が最後に見た空は月と星と、少女が残したであろう飛び魚艦爆の姿だった。

 

「ウソ……ツイチャッタネ。ゴメンネ……」

 

駆逐艦と高速戦艦姉妹が見守る中、戦艦棲姫は業火を伴い沈んでいった。

同時刻。

同じ海上には大破した艤装とぼろぼろの身体を引き摺って、北へ向かう戦艦少女の姿が在った。

戦場を離脱する際、超高空に一機だけ放った艦爆から送られてきた姫の最後。

泣きながら水面を踏みしめる少女の鼓膜には、亡き姫の声が響いていた。

 

――良カッタネ……

 

直ぐにでも彼女の元に逝きたかった。

だが、今逝っても彼女は笑ってくれないだろう。

少女はこの旅で獲たものを形にしなければならないのだ。

自分はその為に、戦艦棲姫を連れ出したのだから。

その為に、戦艦棲姫は沈んだのだから。

 

――良カッタネ……

 

耳の奥でリフレインする姫の声。

戦艦棲姫はずっと本気になれなかった少女の事を心配していた。

半分は強すぎた姫自身のせいだと気づいていなかったのが腹立たしいが、誰よりも少女の未来を嘱望していたのは間違いなく彼女だった。

だからこそ、少女が自発的に何かを成そうとしたときは必ず協力してくれたのだ。

そんな彼女が、とても嬉しそうに語った言葉。

 

――良カッタネ、戦ウ理由ガ見ツカッテ

 

「チカラヲ貸シテ……ナンテ、都合ノ良イ事ハ言ワナイ。僕ハ最強ノ戦艦ニナルカラ、其処デ見テイテヨネグリジェ……」

 

そう呟いて瞳を閉じた、年若い深海棲艦。

今はもういない少女の姫は瞼の裏で微笑み、頷いていた。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

ひえいさんとうちにむかっています。

でもまいごになりました。

ひえいさんはほうこうおんちだったです。

ようせいさんたよりにすすんだら、こんごうさんとしんかいせいかんがたたかっていました。

どっちもたいはしていました。

てきはめずらしく、しゃべることができました。

なりゆきでしずめてしまいましたが、もうすこしおはなししてみたかったです。

『せんかんせいき』っていっていました。

なんかえらそうっぽかったので、かこのせってきでーたにあるかもしれません。

おじかんあるときでいいので、しらべておいてくださいです。

いまはこんごうさんもいっしょに、さんせきでおうちにむかっています。

うちでにゅうきょしていただこうとおもうので、どっくのよういもおねがいします。

 

 

――提督評価

 

(返信がありません)

 

 

§

 

 

――極秘資料

 

No7.駆逐艦時雨

 

通常の建造だが、巡洋艦レシピから作られた白露型駆逐艦。

第三艦隊の旗艦を勤めている。

特定の個人に対して情緒が安定しない。

 

 

・直感

 

機能1.知らないはずの事を知ってしまうことがあります。

機能2.判定に成功すると敵の攻撃寸前にそれを察知します。

機能3.成功すると回避値が上方修正され、固有スキルの場合は初見属性を打ち消します。

 

・雨の記憶

 

機能1.止まない雨のように耳鳴りが鼓膜に残り続けています。

機能2.コンディション値に常に-5の補正が掛かります。

機能3.上昇、下降問わずコンディション値の変動を抑制します。。

 

・運命変転

 

機能1.定まった未来を覆す力です。

機能2.結果の出た判定の目を海戦の中で一度だけ裏返します。

機能3.発動は幸運に属するものであり、当人はこの力を認識する事は出来ません。

 

 

 

 

 




§


後書き

戦艦棲姫没す。
此処で沈んだか……お姫様。
彼女だけは登場時から沈んでいただく心算でした。
だけど書いているうちに愛着がわきまして、生存ルートを作ろうかと真剣に悩むようになったキャラでもありました……
因みに此処は戦艦棲姫が沈む三パターンのうちの真ん中です。
一番来る可能性が高かったルートでした。
ラストアタックは雪風でしたが、作者サイドからするとMVPは比叡さん。
2D平均9以上を出し続けないと間に合わなかった金剛お姉さま救出を間に合わせ、死亡フラグを力ずくでへし折った比叡さんマジぱねぇっす。
追いつく確立は高かったんですけどね……比叡さんよくやった!
そしてついに出てきた固有スキル運命変転。
知ってる人には超有名なアレですね。
ある意味主役の証と言えるスキルかもしれませんw

近況としましては夏イベも終わり、まったりと資材集めを繰り返しております。
401ちゃんも建造落ちしましたし、宿毛にも希望の夜明けが近いようです。
えぇ、夜戦マップまだはまっておりますともorz
とりあえずある日、集めた資材で35 35 40 20 20 で5回ほど回してみたところ、山城→扶桑→まるゆ×3という結果でした。
なんなんでしょうねこれ。
システムにぷげら! されたとしか思えませんw
不幸姉妹は同じく不幸な姉鶴様が、まるゆは雪風がおいしくいただきました。

寒くなってまいりますが、皆様もどうかお風邪などめされぬようお気をつけくださいませ。
それでは次のお話でお会いできることを……






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それぞれの朝
疲弊


第二鎮守府に終結している大和達。

今後の方針を定める会議では維持か撤収かで意見が割れた。

活発な意見交換が行われたものの、なかなか結論が出ない。

大和と加賀が意見を違えた事も、事態を複雑にこじらせていた。

 

「維持すべきだと思います。既にこの鎮守府は後任の人事が定まり、後は引き渡すだけ。此処まで話が進んでしまっている以上、やっぱり守れませんでしたでは通らないわ」

「これだけの損害が出ているのです。最早この海域確保に拘るよりも一旦撤収すべきではありませんか?」

「今回の損害は、壊滅的被害と言って良いでしょう。ですが、それでも当面の敵勢を排除した。今なら第三艦隊を駐留させれば保てるわ」

「後任の提督がいらっしゃるまで、どれだけ掛かるかわかりません。第三艦隊の戦力は回復していますが、補給はどうします? 第二艦隊は雪風が居らず、島風さんも帰港していますし……此処は撤収して戦線を縮小すべきと考えます」

「第一艦隊から足柄さんに一時的に第二艦隊に出向していただけば、補給部隊の自衛力も保てるのではないかしら?」

「重巡洋艦二隻で補給艦隊を運用するのは、それ自体にかかる資材が重過ぎるでしょう。この鎮守府に備蓄してある分だって、私と今の加賀さんが入渠すれば消し飛びますし……」

「……私の燃費が此処まで悪化していたのは確かに予想外だったわ。だけど現実問題として、この期に及んで此処を放棄したら、うちの鎮守府はとても微妙な立場に立たされる事になるわ」

「確かに……」

 

大和が思い出すのは、提督たる彼女との会話。

そもそも少数精鋭部隊だった自分達には複数の拠点防衛任務は不向きだった。

それを押し通されたのは、究極的には此処に大和が居たからである。

加賀としても完全に自由が利くなら全艦隊をまとめて引き払ってしまいたい。

しかし此処で完了寸前の任務を失敗させれば、司令官の立場が弱くなる。

それは彼女が大本営の無茶振りに対して抵抗力を削がれると言う事なのだ。

その結果は将来、此処で無理して鎮守府を維持する以上の負担を強制される可能性があった。

 

「一旦休憩しましょうか……それぞれ、もう少し考えをまとめて話し合いましょう」

「そうですね……」

 

結局一度の会議では結論が出せず、解散した艦娘達。

二度目の会議はその日の午後に予定されていたのだが、これは実施されなかった。

第二鎮守府近海に深海棲艦の接近が認められ、出撃可能の艦艇が対応に追われてしまったのだ。

発足間もないとは言えハイペースで連戦を重ね、ついには戦艦棲姫や珍種の航空戦艦とも戦っている大和達。

既に並みの深海棲艦部隊など相手にならず、鎧袖一触で蹴散らした。

被弾した艦艇無しという完全勝利。

しかし帰港したメンバーは苦い顔をしている。

 

「不味いわね大和ちゃん。これ、敵が戻ってき始めてるわ」

 

足柄の報告に顔を見合わせる大和と加賀。

此処までは雪風が出先の敵を足止めしてくれていた。

しかし雪風としても直接戦っているわけではない。

他人の資材と戦力を通して戦術で影響を与えている現状は、手袋越しに精密作業をするようなものである。

まして大和達は知らなかったが、現在雪風は鎮守府を離れていた。

連合鎮守府の目的は、その海域での深海棲艦の排除。

極論すればそれが撃破であろうと撤収であろうと、居なくなってくれればいいのである。

その成果も目に見える段階に達し、それなりの戦果も稼いだ現地の艦娘達はリスクを犯してまで敵を殲滅する事が少なくなった。

まだそれ程多くは無いものの、確実に敵部隊は引き返しつつある。

 

「撤収するにしろ、さっさと動かないと缶詰になるわよこれ」

「……」

 

大和は瞳を閉じ、現在自分たちが置かれた状況を確認していく。

 

「……損傷艦艇は加賀さん、赤城さん、私……誰が入渠しても長時間は動けない。備蓄も尽きる……」

 

大和には自覚がある。

五十鈴を失った事が尾を引き、判断がどうしても守備寄りになっていた。

雪風ならどうするだろう。

大和の目から見て、戦術判断で一度も失敗したことがない様に見える雪風ならば……

 

「……撤収しましょう、加賀さん」

「……解ったわ」

「ただし、加賀さんの仰るとおり此処を失う事も出来ません。第三艦隊に駐留していただき、維持します」

「消費資材は、どうするの?」

「私と加賀さんの入渠を見送り、更に此処から居なくなれば第三艦隊で備蓄を全て消費出来ます。第三艦隊だけならば、次の補給体勢を整えるまでこの備蓄で行動出来るでしょう」

「思い切ったわね……」

「雪風は此処から自鎮守府までの海域を単艦で突破しています。死に体とは言え、私と加賀さんに出来ぬ道理はありません」

「やけになっているわけでは、無い?」

「撤収する艦艇は第一艦隊から私と足柄さん。第二艦隊から羽黒さんと夕立さん。そして加賀さんです。羽黒さんはこの海域に精通していらっしゃいますし、足柄さんと夕立さんも戦闘可能。戻れます」

「赤城さんは、残すのね?」

「はい。この海域の主力は空母。第三艦隊だけでは頭上が苦しいです。赤城さんに入渠していただいて、その戦力が回復し次第行動に入りましょう」

 

雪風ならこの鎮守府は手放さないだろう。

後任が決まっているならば、後は引き渡してしまえば自分達は一拠点の状態に戻れる。

しかし此処で鎮守府を失陥すればこちらで再奪取する必要に迫られる。

そして手間取れば手間取るほど司令官たる彼女の立場が悪くなるのだ。

結局の所、それは自分達の首を絞める。

維持することを前提に考えるなら、次の条件も見えてくる。

残留部隊と帰還部隊。

残りの資材と、其処から継戦可能な期間。

今の大和を雪風に置き換えれば、きっと雪風もこうすると思う。

だが、その先に自信が持てない。

足柄、羽黒、夕立が護衛に就くとはいえ、本当に帰り着けるだろうか。

 

「雪風ってこういう判断をした後、何時も飄々としてそのまま成功しちゃうんですよね……自信……なのかなぁ」

「私達が外から見るほど、当人に自信はなさそうよ。ただ、好機が一つ、望みが一縷でもあれば最初の一回でそれを引き当てるものは持っていそうね」

「……羨ましいわ」

「成功する判断が出来るのは取捨選択の強さよ。当人の戦力はあくまで駆逐艦という事もあるし、あの子は前線にいるより後ろから私達を使う方が本当は向いているわ」

「やっぱりそうですよね。でも雪風、嫌がるだろうなぁ」

「あれで結構喧嘩っ早いしね」

 

第一艦隊旗艦と秘書艦は顔を見合わせて苦笑する。

そして僚艦達に定まった方針を伝えるべく、放送で集合をかけつつ会議室へ向かうのだった。

 

 

§

 

 

「五十鈴さんが……?」

「おぅ……」

 

雪風は比叡、金剛を伴い自分の鎮守府にたどり着いた。

入港申請から待たされはしたものの、工廠に繋がる港から入る。

上陸した雪風は其処で島風に迎えられた。

そして告げられた五十鈴の戦没。

 

「……五十鈴さんがねぇ……あの人って、沈むんですね」

「っおい!」

 

その発言を薄情と捉えた島風は相棒の胸元を掴みあげる。

しかし締め上げる前に、島風の手首をそっと押さえたものがある。

 

「何よ比叡。これはうちの問題でしょ?」

「……泣いている子を更に責めるものじゃないですよ」

「泣いて?」

「あぁ……なんとなく、榛名と喧嘩して泣かせた時と感じが似ていて」

 

其処で島風はやっと雪風の異変に気がついた。

胸座を掴まれ、その前後で自分の話をされているのに反応が無い。

当然泣いてもいなかったが、正面の島風を含めて何も目に入っていないようだった。

 

「雪風?」

「…………島風、こっち怪我人もいるんです。入渠施設とバケツ使いたいんですが、しれぇは何処でお休みです?」

「いや、司令室にいるわよ」

「え? しれぇは、五十鈴さんの事ご存知ないんですか?」

「私一昨日戻ったのよ。勿論報告してるって」

「一昨日って…………島風、しれぇ何しています?」

「いや、普通に仕事してるけど――」

「馬鹿! 休ませなさいっ」

 

雪風は島風の手を振り払い、肩がぶつかったのも無視して駆け出した。

まともな精神状態でいない筈だ。

今まで彼女は雪風の日誌には必ず最優先で返信してきた。

どんな時間に送っても直ぐに返事が来るのは、通常業務の手すら止めて書いていた筈だ。

それが来ない時点でおかしいとは思ったが、あの時は夜だったという事もある。

その後も返信が無かったので届いていないと思っていた雪風だった。

しかしもし、届いていたとすれば……

 

「しれぇ! 雪風、ただいま戻りましたっ」

「――お帰りなさい、雪風」

 

司令室に飛び込んだ雪風。

迎えてくれたのは見慣れぬ美女の姿だった。

着ているものや雰囲気から、彼女であることは直ぐに分かる。

しかし普段全くしていない薄化粧が印象を変えていた。

 

「……お綺麗ですしれぇ。似合いませんけど」

「二言目にはそれですか? 酷い子ね」

「あー……うー……」

 

一目見て無理しているのは雪風にも分かった。

青白い顔色を、目の下の隈を、血の気の無い唇を健常に戻そうとしている化粧が、何よりも雄弁に訴えている。

ただ、それを隠そうとしているだけでもマシだったろう。

取り返しのつかない程壊れた人間は、衛生面や見た目を完全に気にしなくなるものだ。

雪風がかつての戦いで救い上げた命の中には、肉体的な損傷以外でも戻って来れなかった者はいた。

見たところ、彼女はまだ其処まで破綻していない。

しかし何処から切り込めば良いものか。

雪風としては此処まで彼女を放って置いた島風には言いたい事があったが、先程の様子から感じるに、島風自身も精神的な再建が出来ていない。

結果誰とも話せずに自分の中で感情を溜め込んだ司令官は、崩れ落ちるより立ち続けることを選んでしまった。

その心は誰かが一押しすれば崩れるような、砂上の楼閣であるにしても。

悩んだ雪風は無意識に肩掛けポシェットから提督帽を取り出し、両手で抱きしめていた。

 

「……しれぇー、五十鈴さんが、お亡くなりになってしまいましたよぅ」

「はい。五十鈴さんには、気の毒なことをしてしまいました」

「それで……どうして五十鈴さんが沈むとしれぇが不眠不休してるんです? 艦娘が沈むと司令官って残業しないといけないんですか?」

「そんな事はありませんが……眠れないのですよ。どうせなら仕事でもしている方が気が楽なので」

「今しれぇがする事ってそんな事じゃないですよ! 寝てくださいっ。急な事じゃなければ島風に、今なら雪風に任せて休んでください」

「まだ日も高いうちから、貴女は私に怠けろというんですか?」

「……言い換えましょうか? 今のしれぇは危なっかしいから引っ込んでいてください、そう言っているんです。入港申請入れてから反応が来るまで凄い遅かったですよね? 雪風の日誌にお返事も書けないくらいなんでしょう!?  まいってる島風に何か声を掛けてやることが、今のしれぇに出来ますか? ご自身が壊れちゃってるって、分かっていらっしゃらない事は無いんでしょう!?」

「……もう少し声を落としてください。頭、痛いので」

 

デスクの上で両手を組み、額を乗せる彼女。

沈思の姿勢に入った彼女はそのまましばらく動けなかった。

しかし雪風が感じる意思は、明確な拒絶だった。

 

「しれぇー……じゃあ、じゃあもう無理に休めとか言いませんから……泣いてきてくださいよぅ」

「……泣く?」

「はい。少しお手を止めて、自室に戻って五十鈴さんの為に泣いてあげてください」

「……」

「きっと、しれぇに必要な事です。雪風は昔、たくさんの仲間と死に別れました。それは、だんだん誰を失っても泣かなくなりましたけど……っていうか、昔の雪風は艦ですけれど……でもやっぱり、最初はいっぱい泣いていたんだと思うんですよ」

「……」

「しれぇにとって五十鈴さんは、それには値しませんか? 雪風は、しれぇの部下で、道具だって別に良いですけど……やっぱり、自分が沈んだ時に泣いてくれる方の為に戦いたいです。どうか雪風に、しれぇはそうしてくれる人だって見せて……信じさせていただけませんか?」

「……ずるいわ、貴女……その言い方」

 

少しだけ視線を上げ、下から雪風をねめつける彼女。

しかしその眼光は鈍い。

色濃い疲労と、何よりも緩みかけた涙腺が彼女の心を示していた。

 

「……雪風は薄情です。加賀さん拾ってパニック起こしたときは泣いたくせに、五十鈴さんが沈んだって聞いても涙が出てきませんでした」

「雪風、それは……」

「はい。泣くだけが哀悼の表現ではないと思います。ですが……やっぱり誰かが、泣いてくれないと寂しいじゃないですかぁ」

 

そう言った雪風は深い息をついて視線を床に落とす。

元々小柄な雪風が、殊更小さく見えた彼女である。

例え涙を流すことは無くても、五十鈴の訃報は雪風の内面から見えざる何かを削り取った。

そんな雪風に後事を任せ、自分一人休むことに罪悪感を覚える。

しかし雪風の言うとおり、最早自分が通常業務すら支障を出すほど参っているのも確かであった。

 

「大丈夫ですよぅ。仕事大好き人間のしれぇが、二徹してお仕事してたんじゃないですか……雪風はこれを被って、其処に座っていればいいんですよね?」

「…………」

 

彼女は深い息を吐くと立ち上がり、雪風が被った帽子ごとその頭をくしゃくしゃに撫で回す。

目深になった帽子を直して視線を上げると、司令官と目が合った。

 

「では……二時間だけ、甘えさせてください」

「もっとゆっくりしていて良いのです!」

「大丈夫です、雪風……ありがとう」

「……しれぇー。ご褒美にきゅー……ってお願いします」

「この子は……」

 

幼子が抱っこを求めるように両手を伸ばす雪風。

苦笑した彼女だが嫌がりはせず、その背に腕を回す。

互いの鼓動すら感じられる距離。

きっかり十を数えた雪風は自分から離れた。

 

「ありがとうございました!」

「満足しましたか?」

「はい、堪能しました」

 

雪風の満面の笑みに見送られ、彼女は自室に向かうために退出する。

その背が見えなくなったとき、雪風の顔から表情が抜けた。

 

「……十秒で十七回……一分で百二回。ずっと座っていた人間の脈じゃないですねぇ」

 

抱擁の時に彼女の脈と身体に篭った熱を測った雪風は深々と息を吐く。

おそらく二時間も自室に居ればそのまま彼女は落ちるだろう。

しかし万が一という事がある。

雪風は間違いなく居ると確信し、扉に向かって呼びかけた。

 

「……其処の三隻、入ってください」

「いや、熱いねー」

「雪風はテートクにLove! ですネー」

「す、すいません……お姉さまがどうしてもと……」

「まぁ……根っこは雪風を心配してくれたんだと思いますから、出歯亀については言いませんが……」

 

雪風は彼女が座っていた椅子に腰掛ける。

そして一つ咳払いした雪風が調子に乗って宣言した

 

「さて、それでは……雪風、ついに一鎮守府を預かる提督カッコカリになりました!」

「ヒューヒュー」

「ぱ~んぱかぱーん!」

「お姉さま、それは愛宕……」

 

片手で額を押さえ、疲れたように息を吐く比叡。

実際それなりの長旅に加えて戦艦棲姫との遭遇戦を行い、更に大破した金剛を伴う航海は簡単なものではなかった。

雪風も同様だったが、比叡達に比べればまだ自分の家に帰ってきた余裕がある。

 

「金剛さん、今のうちに入渠なさって来てください。工廠の妖精さんに言って、身体の負担が許すならバケツもお願いします。ただ、後で使った資材を書類にしてくださいね」

「Thanks 雪風。後でうちの鎮守府から補填して貰いマース」

「お願いします。比叡さんは居住区に一室用意いたしますので、金剛さんの治療が済むまでご滞在ください」

「ご好意感謝します」

「それで申し訳ないのですが……入渠が終わりましたら金剛さんと比叡さんは、しれぇが連合鎮守府分に取り分けてくれた資材を運んでください。雪風は……此処から動けなくなりました」

「OK. 任せるネ」

「私も異存ありません。元々その心算でしたしね」

「ありがとうございます」

 

雪風と金剛は頷きあい、此処に今後の方針が定まった。

内線で呼んだ妖精さんに案内され、客人が退出する。

司令室に残ったのは雪風と島風のみ。

二隻だけになったとたん、島風はどこか決まり悪げに雪風に謝った。

 

「あーうぅ……ごめん。提督の事、気が回らなかった」

「……人それぞれ、役割があります。五十鈴さんの件がそれだけ島風にきつかったって事なら、雪風は責められません」

「……私、五十鈴の足引っ張った」

「うん?」

「……あいつ、皆に逃げろって……でもさぁ、そう言った本人だけ逃げ遅れるなんておかしいじゃん! 五十鈴は絶対、一人だったら避けれたんだ……」

 

奥歯をかみ締め、俯いた島風。

その姿に相棒の後悔と苦悩を垣間見た雪風だった。

 

「……どんな戦いだったか、島風が見てきたものを教えてください。ですが、今は島風にお願いしたいことがあるのです」

「ん……なに?」

「……食堂でお白湯をいただいて、しれぇに差し入れてください」

「おぃ、この期に及んでまたガキのお使い?」

「重要な任務ですっ。そのお白湯を持って医務室に寄って、導眠剤一個ぶち込んでおくのです」

「……は?」

「しれぇ体調崩してます。たぶんこのまま落ちると思うんですが、本当に二時間で出てこられたら本格的に拗らせるかもしれません。此処は確実に休んで貰います」

「あんた……」

「お願いします島風っ。しれぇから代理を仰せつかった雪風が、直ぐに業務以外で会いに行くのは不自然なんです。かといって泣いてとお願いした以上、時間を置けばお部屋に行きづらくなるでしょうし……」

「……まぁ、確かに休ませたほうが良いか」

「しれぇが寝付いたら、そのまま着いててあげてくださいね」

「分かった。あ、そうだ……あんた、アイス奢ってあげる」

「おぉ、食堂の食券ではないですか!」

「後で一緒に行こ。其処で話すわ……私達が戦った、凄い戦艦の事」

 

雪風は頷き、両者は軽く拳を合わせて解散した。

一人になった雪風は椅子に浅く腰掛け、背もたれに首を預ける。

そして目元に提督帽を乗せて隠すと、誰にとも無く呟いた。

 

「ねぇ、五十鈴さーん……貴女と一緒に、貴女の下で、華の二水戦を再建したかったですよぅ。いつか神通さんがいらっしゃった時、吃驚するくらい凄い精鋭部隊です。五十鈴さんと矢矧さんと、うちの駆逐艦なら夢じゃなかった筈ですよ? いや、もう夢になっちゃいましたけど……」

 

それは第二鎮守府を引き渡し、第三艦隊を維持する必要が無くなった先で雪風が考えていた事だった。

二度の連合を経験した雪風は、この鎮守府に所属する艦娘が相対的にかなり強いことを知っている。

自分達なら、多くの鎮守府が羨む最強の水雷戦隊を作ることが出来たかもしれない。

 

「旗艦は五十鈴さんと矢矧さんが交代で、雪風と島風、夕立と時雨が小隊を組んで中核作って……後は霞とか初霜とか……浜風や磯風も良いかもしれません。あ、でも陽炎型は駄目かな? 一人だけ、おめおめ生き残っちゃいましたからねぇ……雪風は嫌われていますよね。まして磯風沈めたのは誰だって話ですよ……あぁ、いやだやだ。此処では皆、雪風に良くしてくれるから、勘違いしそうになっちゃいますよぅ……」

 

とつとつと、幻になった未来を口に乗せる雪風。

それは島風が用事を済ませて戻ってくるまで、途切れることなく続いていた。

 

 

§

 

 

北の泊地に辿りついた少女は、其処に駐留して傷を癒していた。

今だ万全ではないものの、尻尾の艤装部分に撃ちこまれた大型魚雷の残骸は抽出する事に成功する。

しかし艦娘サイドの艤装故に完全な再現は出来なかった。

 

「見タトコ三連装デ、四機ダッタロ……ンデ、十二本中命中ガ三本……全部艤装ニ刺サッテルノハ偶然ジャネェヨナァ」

 

追尾する能力が魚雷にあったとして、艤装部分に攻撃が集中したのは熱か音でも捉えたか。

艦娘と自分達の艤装は規格も音も全く違うので、それを拾って追尾するのは不可能では無いかもしれない。

正確に確かめるとしたら、もう一度アレに身を晒して回収するか……

 

「……ン?」

 

其処でふと思いつく。

命中が三本ということは、九本は外れて今も海上に漂っているのではないか?

それを回収出来れば、この新兵器の解明も一気に進む。

しかし其処まで考えて、別の思考が訴えてくる。

自分はこの魚雷の性能を自分のものにしたいのであり、敵に使われたときの対策を講じたいわけではない。

この謎魚雷は射程距離と火力こそ凄まじいが、速度は決して速くなかった。

どれ程の追尾が出来るのかは不明だが、自分が全速で振り切りながら避ければ外せるという気もするのである。

他の仲間は知らないが、正直な所どうでもいい。

 

「コレト同ジノ作ッテモ、駄目ナンダヨナァ……」

 

少女は加賀がこの魚雷を放ってから、自分との砲撃戦で精彩を欠いた様子を思い出す。

主砲を対空牽制に用いていた時は、正確にこっちの艦載機を脅かす位置に撃ち込むことが出来ているのだ。

おそらくこの魚雷の制御に自分自身のリソースを持っていかれていたのだろう。

 

「アレハ空母ダカラソレデモ良イガ……戦艦ノ僕ガ砲撃オナザリニナッタラ笑エネェシ……」

 

実際自分も、こちらの資材と技術で誘導魚雷を考えてみたことはあったのだ。

しかし追尾させるためのセンサー等を乗せた場合の速度低下や、炸薬搭載量の低下などの問題から実用的なバランスが取れなかった。

敵はどうやらその点を改良してきたらしい。

腕の良い妖精がいる鎮守府は強い。

強敵の出現をはっきり悟った少女は深い息を吐く。

 

「面倒クセェノ」

 

そう、少女は戦うことを面倒だと認識している。

しかしこうして艤装を弄り、更なる高性能に作りこんでいく事は好きなのだ。

そして性能を試す為には戦う必要がある。

だが、面倒くさい。

その辺り、明確に矛盾したものを内包している少女だった。

 

「……」

 

少女は艤装の尻尾部分。

その先端にある口のような部分に搭載されている主砲を見やる。

16inch三連装砲。

戦艦棲姫と同じ、大口径の主砲である。

その射程は30000㍍以上。

コレさえあれば、魚雷で20000㍍も狙えなくて良いのではないか。

そもそも自分の姫だって、そんな事は出来なかった筈である。

 

「……イヤ、スル必要ガナカッタノカ?」

 

かの姫は30000㍍の長距離を自力で狙えたから、魚雷の遠当て等する必要がなかった。

その気になれば工作艦の真似事をし、弾を遠くに飛ばしたいからと空間まで捻じ曲げる化け物だった戦艦棲姫。

彼女はその必要があれば、なんだって実現させた筈だ。

勿論全うな方法ではなく、誰も思いつかないような理不尽な力技で。

結局自分が脳筋なのかとへこむ姫の様子が、少女にはありありと思い浮かぶ。

 

「クフフッ」

 

思い出し笑いというには、何処か遠くを見つめる少女だった。

一つ息を吐き、気持ちを切り替える。

 

「結局、僕ガ砲戦デ狙エルノガ100はろん有ルカ無イカ……アァ、ソウ考エルト、僕ハコノ主砲ノ性能使イ切レテモイナイノカ……」

 

戦艦棲姫と同じ艤装を撫でながら思考を纏める少女。

自分に姫と同じ事は出来ない。

それは彼女の生前から分かっていた。

だからこそ、様々な艤装を組み合わせて自分なりにやってきたのだ。

 

「組ミ合ワセ……組ミ合ワセ……フム?」

 

確かに、魚雷を20000㍍の標的に当てることは難しい。

しかし砲撃ならば、自分は20000㍍で当てられない事はない。

この二つを組み合わせるとは出来ないものか。

 

「例エバ……砲弾ニ魚雷仕込ンデ、着弾点デ分解シテ其処カラ扇形ニ広ガレバ……」

 

砲弾が物凄く重くなるので、射程距離は落ちるだろう。

砲身に掛かる負担も重くなる。

しかし着弾時の衝撃で誘爆しない様に工夫出来れば、この発想は使えるのではなかろうか……

 

「御精ガデマスナ、オ若イノ」

「オゥ、珍シイナ青目」

 

少女に声を掛けたのは、同じく此処に停泊している正規空母。

この海域の所属ではなく、流れ者ということらしい。

実はこの泊地の近海までたどり着いた少女を最初に発見し、救助してくれたのは彼女である。

帽子の目玉の発光色は金色であり、艦娘達には脅威とされているflagship級の空母。

しかし少女が見たところ、この空母はどうにも底が知れない。

帽子の発光色よりも遥かに目立つ本体左目の青い輝きが、彼女を唯のflagshipと括るのを躊躇させる。

 

「成果ハ、アガリソウカネ?」

「ウン。方向ハ決マリソウダヨ」

「善哉、善哉」

 

のほほんと少女をほめる青目の空母。

少女は頭を撫でる手を鬱陶しそうに振り払う。

 

「鬱陶シイカラ、触ンジャネーヨ」

「連レナイノウ……命ノ恩人ダトイウニ最近ノ若者ハ……」

「悪イケドナ、僕ハ自力デ此処マデ来レタカラ。アンマリシツコイト食ウゾコラ」

「性的ナ意味デ?」

「色ボケテンナババ……ァ、青目ッ」

「フム、マァ聞キ流シテクレヨウカネ」

 

言い掛けた瞬間、背筋に寒いものを感じた少女。

戦って負けるとは思わないが、どうも雰囲気が苦手であった。

しかし何処か、憎めない。

何処か、少女にとって重要な部分でこの青目とは重なるものがある。

そんな予感があったのだ。

 

「……オマエ、ドウシテ僕ニ構ウノサ。ウザガッテルッテ分カルダロ?」

「分カッテイル。ワシハヌシノ慈悲デ見逃サレテイルノモナ」

「……」

「何、ソウ惜シイ身デモナシ、ヌシニ食ワレタラソレマデジャテ」

「達観シスギダロ。益々ウゼェ」

「ファッファッファ」

 

青目はワザとらしい笑いを上げると、少女は半眼で無視を決め込む。

そうしてしばらく艤装の修復と多弾頭魚雷弾の構想を練っていると、空母が帰らない事に気がついた。

 

「……ソウイエバ、オマエ何シニ来タンダヨ?」

「オオ、ヤット聞イテクレオッタカ」

「ウザッ! 勝手ニ喋ッテサッサト帰レヨ」

「連レナイノウ……余所者同士、仲良ウシテオクレ」

「老イ先短イ年寄リニ足ヲ止メテル暇ハ無インダヨ」

「善哉、若者ハソノクライ前向キデナイトイカンナ」

 

青目の空母は少女の見据える先にある、一人の姫を知っている。

今はもういない、戦艦棲姫の遠い背を追う小さな戦艦。

そうやって追いかけているうちに、いずれこの少女自身の背を追うものが現れるだろう。

自分が持ってきた話はそんな少女にとって禍か福か、俄かに判断が着きかねた。

 

「何ダヨ?」

「……ヌシニ取ッテ、吉報ニナルカハ分カランガ、次ノ巡リガ訪レル」

「……」

「恐ラク次ノ満月、我ラノ姫ガ、オ戻リニナル」

「…………フーン、ソウカイ」

 

知識としては少女も知っている。

姫や鬼は特別な存在。

戦艦棲姫も強い妄執からその存在が固定されている。

其処から浮き上がってきた姫を海上で沈めても、暫くすれば戻るのだ。

少女は空を見上げると、昼の空には白い三日月が浮かんでいる。

 

「……青目サァ」

「フム」

「オ前、沈ンダアイツノ事知ッテルヨナ?」

「無論」

「……アンナ変ワッタ姫ガ出テクル可能性ッテ、ドレダケアッタンダロウナァ」

「……奇跡ハ、二度モ起コラヌヨ。惜シイ姫ヲ亡クシタワ」

 

その発言を聞いたとき、少女は自分の心に得心がいった。

青目の空母も自分と同じものが好きだった。

自分達はあの姫でなければ駄目だったのだ。

 

「オ前サ、アイツノ事デ僕ガ憎ケリャ、一度ダケハ無条件デ相手ニナルヨ?」

「馬鹿ヲヌカセ。ヌシノ様ナ小娘一人ニ、アヤツノ死ガ背負エルモノカ」

 

青目は少女と同じ空を見上げる。

人類から深海棲艦と呼ばれる身には昼の陽光は眩しかった。

 

「アヤツノ戦イハ、アヤツノ物ダ。勝利ノ栄誉モ敗北ノ痛ミモ……結果トシテノ死デアッテモ。ソレハ皆、アヤツ一人ノモノダロウヨ」

「ジャア何デ、一々僕ニ構ウノサ?」

「其処ハホレ、何時マデモめそめそシテイル様ナラ、ケツヲ引ッ叩イテヤルノガ年寄リノ役目トイウモノヨ」

「必要ネェナ」

「ツマランノゥ」

「……ヤッパリ、ウゼェヨコイツ」

 

少女は深い息を吐くと、青目は愉快そうに笑っている。

何時の間にかこの空母に慣れてしまっている自分に、少女はまだ気づいていなかった。

 

 

§

 

 

雪風が帰港してから一週間。

彼女は未だに提督帽を被って代理をしていた。

本来司令室の椅子に座るべき彼女は、本格的に風邪を拗らせて寝込んだのだ。

島風が白湯を持って行った時、既に卓上に突っ伏して昏倒していた司令官。

慌てて医務室に担ぎ込まれ、二週間の絶対安静を強いられている。

最も、既に私室のベッド上にて出来る執務に手をつけていた。

今も雪風が持ち込んだ幾つかの報告書に目を通し、今後の予定を相談していく。

 

「連合鎮守府で解散式が終わったそうですね。あっちの提督からお礼状が届いています」

「金剛さん達は。間に合いませんでしたかねぇ……」

「最終出撃直後の到着だったようです。資材はあちらで、金剛さん以外の皆さんで戦果に応じて配分されたそうです」

「ごめんなさいしれぇ。貴重な資材を……唯のサプライズボーナスにしてしまいました」

「致し方ありませんよ……出撃前に持ち込めれば全力出撃を補強できたでしょうが」

 

彼女は提督同士の公式文章でのやり取りの他に、現地司令官からの個人的なお礼の手紙も貰っている。

それは彼女というよりも半ばは雪風に送られたものであり、業務日誌から想像していた内容よりもあちらでの関係強化に成功していると感じられた。

 

「あっちで喧嘩沙汰を起こしたり怒られたりしたと聞いて心配していましたが、随分あちらの提督さんに気に入られた様ですねぇ」

「喧嘩沙汰を起こしたから態度が軟化したんですよ。お仕事だけ完璧にやってるうちは、むしろ弱点を晒すまいってガチガチに構えてましたもん」

「あー……」

「あっちの立場を考えると、分からなくもないんですけどね。良い子過ぎたり、欲がなさ過ぎたり、裏がなさ過ぎると逆に警戒されるみたいです」

「こっちの事情や裏だって、たくさんあったんですけどね」

「だからこそ、雪風達はそれ以外の部分で完璧を目指してしまったじゃないですか。それがむしろ、人付き合いの中では不自然に感じられてしまったんですね」

 

ベッドの上に上体を起こし、サイドテーブルの上の書類を速読していく彼女。

必要な書き込みはその場で行い、後は雪風が決済の判を押すだけで事態が動くようにしていく。

雪風からすれば手品にも見える速度で仕分けられていく事案と報告書。

やはりこの分野で彼女は恐ろしく優秀だった。

 

「……ん? このサイレンは入港申請ですね」

「誰ですかねぇ」

 

司令官と雪風が首を傾げていると、サイドテーブルの上の内線が鳴った。

通信相手は島風であり、入港希望者の報告だった。

 

『提督、大和達が帰ってきたわ! 戻ったのは大和、加賀、羽黒、夕立、足柄よ。 第三艦隊と赤城は、あっちに残ってるって』

『なるほど……何時もの港から上陸してもらってください』

『おぅ』

『それからすいません、私が今こんなですから……司令室にお通しするなら、雪風に代理で対応していただきます』

「……しれぇ……ちょっと」

『あ、少しお待ちを』

 

雪風に袖を引かれた彼女は、通話を一旦保留にする。

 

「これからしれぇとお話したい事があったのですが、出来れば大和さんと加賀さんも一緒が良いと思うのです。お二方だけ、取り急ぎ此処に来ていただけませんか?」

「此処って私の私室……」

「お願いしますっ。本当に、内々だけでお話したい事があるんです……」

「はぁ……分かりましたよ」

 

彼女は雪風の懇願を受け、島風にそう指示をだす。

島風は大和と加賀が大破している事を告げ、あまり良い顔をしなかった。

それを受けた彼女は雪風ともう一度相談する。

結果司令官から内線を受け取り、更に大和の端末に転送してもらう。

雪風は一度退出し、誰もいない廊下で大和と話した。

 

『大和さん、雪風です。お元気ですか?』

『雪風ぇ……ぼろぼろですよぅ……』

『加賀さんもだと伺いましたが、もちますか?』

『戦闘行為さえなければ、お互い沈むことは無さそうです』

『そうですか……大和さん、大事なお話があるのです。これからの事……しれぇと加賀さんと、大和さんに聞いて欲しい事。少し雪風に付き合っていただけませんか?』

『私に、貴女の誘いを断る甲斐性があるとでも?』

『……ありがとうございます。内緒話です。そのまましれぇの私室に来てください』

『私室?』

『しれぇも体調が悪くて絶対安静なんです。見た目だけはお元気そうですが……正直入渠されてしまうと、ドックまでご足労かけるのも辛そうでして』

『っ、わかりました』

 

連絡を終えて内線を切る。

雪風が再び入室すると、彼女は小さく咳き込んでいた。

慌てた駆け寄り、その背をさする。

 

「こふっ……全く……此処まで病弱でしたっけねぇ」

「心労って結構馬鹿に出来ませんよ? 元気な人だって本当にころっと逝っちゃったりするんですから……」

「……今の体調で何を言っても強がりにしかなりませんね。来れそうです?」

「はい。それでは、雪風は椅子とお茶の用意をしてきますね」

「あぁ……場所、わかります?」

「勿論です」

 

既にプライベートも何もあったものではないが、不思議と違和感を感じない彼女。

視界の中で忙しく動き回る駆逐艦を眺めているうちに、それなりの時間が経過していたらしい。

大和と加賀が訪ねて来た時、彼女は自分の集中力の低下に気がついた。

 

「戦艦大和、及び戦闘空母加賀、参りました」

「入ってください」

「はい」

「失礼します」

 

彼女の声に促され、大和と加賀が入室してくる。

大和と加賀はベッド上の提督に敬礼する。

そして雪風とも敬礼を交換し、一通りの挨拶が済むと勧められた椅子に座った。

 

「さて、今日集まって貰ったのは……まぁ、私というよりも雪風の希望なのですが」

「はい、お疲れ様でした。大和さん、加賀さん。入渠に先立ってお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」

「それ程大切な事なのでしょう? むしろ入渠していて聞かせて貰えない方が悲しいです」

「全くね。それで、うちの軍師殿はどんなご用件かしら」

「雪風は軍師ではありません。今はしれぇの代わりを務める、提督カッコカリなのです!」

 

そんな会話をしながら、雪風は全員に番茶と梅干を用意する。

蜂蜜漬けのような甘みの無い、純粋な塩漬けの梅は見ただけで唾液の分泌が促進される。

最も、そんな生理反応を示すのは人間たる彼女だけだが。

 

「さて……それでは、皆さんこれをご覧ください」

 

雪風はポシェットの中から黒の塊を取り出し、司令官のサイドテーブルに置いた。

魅入られそうなほど美しい漆黒。

大きさの割りに、非常に重い物体。

不思議そうにモノを見つめる大和達だが、直ぐにその正体に行き着いた。

 

「雪風っ!? これ、戦艦棲姫の……」

「そういえば、撃沈したと言っていましたね……報告者が貴女でなければ、俄かには信じられませんでした」

「……驚いたわね」

 

艦娘であればその物体から感じる気配によって、それが一度戦った相手に連なるものだと判断できる。

また艦娘程ではなくとも、一鎮守府に適性を持って司令官として赴任するようなものも同様の感覚を持っている。

雪風は全員が正体に行き着いた事を確認し、深い息をついた。

 

「その通りです。これは此処に戻る途中、遭遇した彼女を沈めた時にいただきました」

 

戦艦棲姫本人から討伐者に託された、完全な形の角。

艦娘も鎮守府も、武勲の証として之ほどまでに巨大なものは無いだろう。

しかし雪風の表情は明るくない。

普段快活な陽炎型八番艦は、不安げな表情を湛えて俯いてさえいたのである。

 

「コレはまぁ、良いとして……今回大和さんと加賀さんに確認したい事があるんです」

「なんです?」

「……皆さんが戦った戦艦の姫は、悪の権化でした?」

「あ、悪の権化?」

「冷酷非情で悪逆で、破壊と殺戮を生業とするような、海の害獣だったか……ということですね」

 

雪風の問いに顔を見合わせる大和と加賀。

程度の差こそあるものの、両者は互いの顔に同じ疑問を見出した。

 

「あの姫は敵ではあったけれど、悪では無いわ。私が知る限り卑怯や卑劣といった行為は認められません」

「……大和さんは?」

「加賀さんの意見に賛成します。戦艦棲姫は、私達の敵で、五十鈴さんの仇ですが……人格に悪意は感じませんでした」

「……やっぱりそうですか……雪風も、そう思いました。あいつ動けない金剛さんの傍を自分から離れて巻き込まないようにしてましたし、こんなものを渡すくらいだから茶目っ気はあるし美人だし……おっぱいは加賀さんと赤城さんに一日の長がありましたが、しれぇくらいは有りそうでしたしねぇ」

「胸は関係無いでしょう?」

「胸は母性の象徴とまで言われる重要な要素です。そのキャラクターを語る上で、外すことは出来ません」

「雪風……私、貴女が頭良いのか可哀想な子なのか、稀に本当に分からなくなるの」

 

司令官はこの駆逐艦が、胸に対して妙な執着がある事は知っていた。

その守備範囲はあまりに手広いので様々な不安を感じるが。

 

「つまり、雪風は何が言いたいのです?」

「いや……近未来に深海棲艦の大侵攻が始まる可能性を思いつきまして」

「はぁ!?」

 

それまでの発言の落差から、大和と加賀は再び顔を見合わせる。

会話の主体であった彼女も、お茶をむせ込んで雪風に介抱されていた。

加賀は司令官の背をさする雪風に、当たり前のように質問した。

 

「何処からそんな突拍子も無い話が出てきたの?」

「突拍子はありますよ? 戦艦棲姫って海域全体の深海棲艦に命令を通せるほどの影響力がありましたよね」

「そうね」

「で、性格は加賀さんも、大和さんも、雪風も悪い奴じゃなかったって認める程、ある意味では穏やかだったわけですよ」

「そうね……むしろ残虐行為に関しては誰よりも潔癖だったかもしれないわ」

「つまり幹部級、しかも艦娘を目の敵にして沈める様な戦闘狂じゃなかったと言う事ですよね」

「ええ」

「……そんな穏健派が沈んだんです。そいつに頭を抑えられてた連中は、この後何をしますかね?」

 

それは容易ならざる問題提起だった。

加賀はあの姫が、捨て艦を虐殺する味方に激怒した様を知っている。

砲撃によって威嚇され、おとなしく引っ込んだ深海棲艦達の姿も。

その光景こそ、雪風が持ち出した疑問の答えである。

あの時、味方の非道を止めた姫はもういない。

 

「……不味いわ、有りうる」

「でしょう?」

「ええ……」

「抜けた戦艦棲姫の位置に誰が来るのか、もしくは空きっぱなしになるのかは分かりませんが……あんな深海棲艦が多数派のはずがありません。今までの反動もあるでしょう。しれぇ……この先も結構大変かもしれませんよ」

「全く……一難去ってまた一難ですか」

「あれ……そうなると、戦艦棲姫を沈めた雪風……というかこの鎮守府、結構不味くなりません?」

「あ、大和さん良い所に目をつけましたね!」

「え……そ、そうですか?」

「……物っっっっ凄い嫌なんですが、大正解です。深海棲艦の大部分がどんな価値観を持っているか分かりませんが、前任者を倒したものを倒して自分の力を衆目に認めさせる……こういう事ってありそうな気がします」

 

部屋の四人はそれぞれに顔を見合わせ、現状の認識を新たにする。

最も、これは可能性の話である。

あくまで雪風の描く最悪の予想の一つ。

起こった所で不思議は無いというだけだ。

しかし気のせいだと笑い飛ばすか、無駄になることを覚悟して備えるかを選ぶとすれば、この場の全員は後者を選ぶ。

 

「備えるとすれば……まず資材の備蓄は絶対条件ね」

「其処は、まぁ雪風達と……」

「私の仕事になるでしょうね」

 

司令官と雪風は頷きあった。

とにかく資材が続かなければ何も出来ない。

 

「戦闘部隊の第一艦隊ですが……五十鈴さんの穴を早急に埋める必要がありますねぇ」

「第二鎮守府に司令官が着任すれば、第三艦隊を無理に維持する必要はありません。矢矧さんか時雨さんを……いえ、もうそのまま合併してしまっても良いような気がしてきましたね……」

「戦艦二隻、航空母艦一隻、重巡洋艦一隻、軽巡洋艦一隻、駆逐艦一隻……配分は悪くないわね」

「戦時はその編成を基本にしましょう。資材集めの段階では足柄さんと山城さんを入れ替えて消費を抑えつつ速力を確保し、第二・第三艦隊で荒稼ぎしたい所ですね!」

「後、問題は加賀さんの立ち位置ですよ。ベネット部長が入渠に必要な資材を計算した時、魂吐き出していましたし……」

「え? 加賀さん何かあったんですか?」

「……あの改造、私自身を含めてですが、誰一人燃費を考えなかったじゃない? 今回の戦闘で私が一回動くときに必要な資材が始めてはっきりしたのだけれど……総合的には大和さんより大食らいになりそうです」

「なん……だと……?」

 

考えもしていなかった出費に、司令官の時が停止する。

彼女も雪風も、既に島風から戦艦棲姫達との苛烈な戦闘の詳細は聞いている。

加賀の活躍は目覚しく、大改装の成果は十分に発揮されていた。

しかし強化の代償は消費資材に、しっかりと跳ね返っていたのである。

その可能性に全く思い至らなかった司令官と雪風だった。

 

「確かに……本当に強化しか考えていませんでしたが……」

「……これは迂闊に動かせませんねぇ」

 

後方組み二人はそれぞれの表情で頭を抱える。

当事者の加賀は決まり悪げに息を吐き、一人無関係の大和は真面目に先を考えていた。

 

「それは……今は置きましょう。戦力を充実させるなら、増員を掛けましょうか?」

「増員……増員……あー…………したいですが……この現状で簡単には出来ませんよ。いや、増員は出来るんですけど訓練が間に合いません」

「ですが、大侵攻が来る事を前提にするとしても、時期までは不透明ですよね?」

「その通りです……でも大侵攻がある事を前提にした対策を考えるなら、こっちの事情で備える時期は一点に絞られてくるんです」

「それは……?」

「大本営の次の決算より早いか、それとも遅いかです。早かった場合は増員の訓練が間に合いませんし、遅かったとしても訓練なんてやっていたら戦果稼ぎで躓きます。その上、結局大侵攻来なかったら、ノルマ達成できなかった時の言い訳が効きませんから……」

「今期なら、戦艦棲姫撃沈で見逃して貰えるような……」

「かもしれませんが、前例があまりないですから当てが外れると怖いです。それにそんな事知られたら、まーた便利に使い倒されるのが目に見えていますよぅ……上には遭遇戦で撃退したって言っておくのが無難だと思います」

「あぁ、そうか……」

「……加えて。今回の戦闘と連合鎮守府に吐き出した資材を集めなおす必要があります。次の決算まで三ヶ月で、一月前にはまたあ号作戦の打診が来るでしょう。正直前半を姫対策に費やしたせいで、前回並みに余裕が無い運営になりそうですよっ。雪風達は先ず一ヶ月、敵が来ない事を祈ってひたすら内政です。この一月さえ乗り切れば、身動きが取れるようになるでしょう」

 

そうなれば、雪風達はあ号作戦など待たずとも戦果稼ぎに入れる。

新兵を抱え込まなければ実戦経験もつめるだろう。

雪風の発言に、それぞれの表情で頷く三人。

 

「纏めましょう。あくまで可能性ですが、深海棲艦の大攻勢が掛かる危険がある。この時雪風達が直接狙われるか、近いところから無差別に襲うか、その辺りは分かりませんが……」

「無差別ということならば、私達も自衛すれば良いだけね」

「はい。そしてうちが狙われた場合ですが、自力だけで防衛は無理です。最初から連合を当てにさせていただきましょう。幸い知り合いも増えてきましたし、第二鎮守府に来る提督だってこっちに借りはあるんですから」

「うぐっ……出来れば其処は頼りたくないような……」

「ん……しれぇ、第二鎮守府に来る提督さんをご存知なんです?」

「えぇ、まぁ……個人的に。あ、勿論頼りたく無いのも個人的な事情です。それで貴女達の判断を縛るような材料にはしないでください」

「はぁ……それでは気を取り直して……この時やはり問題になるのは連合を組む場合です。雪風が見た所……連合鎮守府って盟主の持ってる艦娘が強くないと纏まりません。面従腹背される様なことは、よっぽど下手を打たなければ大丈夫でしょうが……多くの鎮守府、そして艦娘を作戦に従わせる為には、ある程度の強さは求められます。これはまぁ、参加する以上誰だってそう思いますよね。主戦場になる海域の鎮守府が弱ければ、物凄い不安ですし」

「致し方ない所ですね。私達の場合は、どうなるでしょう?」

「……先程申し上げたように、短期的な増員が難しい現状、雪風達が目指すものは少数精鋭部隊です。大和さんと加賀さん、そして赤城さんを軸に今居るメンバーでの個人的な錬度と艦隊運用の習熟を上げていく必要を感じます」

「あの……」

 

小さく挙手し、雪風の言葉を遮る大和。

自分で集めた視線に内心でビクつきながらも、何とか意見を主張した。

 

「……もう一つ大切なのは、大本営の無理な横槍を回避することだと思うんです」

「その通りですね」

「そうなると、加賀さんの改装を報告する時期も慎重に測る必要がありますよね……唯でさえうちは、戦艦大和と一航戦! 見たいな風評被害がありますし……」

「あー……本当に、それ地味に効いてくるんですよねぇ。仰るとおり、此処で更に加賀さんの改装が成功したとか知られたら面倒かもしれませんが……」

「あっちも基本は細く長く使いたいと考えるものです。今期は一回特別任務が来たのですから、次の決算まで同じ鎮守府にもう一度無理を吹っかけはしないと思うのですが……」

「なんにしろ、馬鹿正直に話す必要はないわ。時期が来るまで隠蔽しましょう」

 

加賀本人の意見により、改装は秘匿される事となる。

実際に加賀は以前の鎮守府でも連合などに参加した事は無い。

この鎮守府に所属し、戦ったのも一度だけ。

今のスペックを知っているのは身内しか居ないため、嗅ぎ付けられる危険も少ない。

そもそも鎮守府内での艦娘の改装自体は良くあることで、逐一報告を上げるものでもないのだ。

今回はおおよそ前例の無い改装の成功例となったため、何時までも隠しているとそれはそれで突っ込まれることになるだろうが。

結局燃費が悪化している件もあり、当面は心的外傷から回復していない予備役の艦娘として扱われる事となった。

その研修と復帰訓練と称して秘書艦の仕事を回されるのは、確定している未来である。

 

「お帰りなさい私の秘書艦っ」

「今後とも、よろしく」

 

優秀な補佐を確保した彼女は、喜色満面で加賀の両手を握る。

頭を下げた加賀は、ほんのかすかに微笑んだ。

一方で、雪風は瞳を輝かせて大和を絶賛している。

 

「大和さん、頑張ってくださいね!」

「ほぇ……何をです?」

「まーたすっとぼけてぇ。加賀さんを切り札に温存すると言う事は、一航戦のネームバリューを半減させると言う事でしょう? 赤城さん一人だって知名度はありますけど……この場合、うちの見せ札として看板になるのは大和さんじゃないですかー」

「あ……」

「いやぁ、雪風も加賀さんの事はナイショにしたいなって思っていたんですよ! だけどそうなると大和さんが大変かなぁって思って、つい手加減して二枚看板にしようとしていました。自分から仰ってくれるなんて……すいません、雪風は大和さんを甘く見ていたようですね」

「ぁ……そ、そうですよ雪風っ…………この大和、見事客寄せのパンダになってやろうではありませんかこんちくしょうめ」

「流石大和さん! いよっ! 世界一っ」

「えぇ、やりますよ! ですが雪風、貴女も何時までも他人事だって思わないことですっ」

「はぁ? 何を仰っているのやら。雪風は唯の駆逐艦。大和さんは世界最大の大和型戦艦のネームシップ。どっちが目を引くかなんて分かりきったことではありませんか」

「確かに、私が人目を惹くでしょうねぇ。そうして皆さんの注目を集めて宣言してあげますよ。この子が私の良人ですって」

「はぁ!?」

「攻めるわね、大和さん」

「加賀さん。ケッコンカッコカリの時はぜひ仲人をお願いします」

「任せて頂戴」

「待って! 待ってください大和さ……待てって言ってるんですよこの色ボケが――」

「雪風、一応病人の私も居るのですからあまり騒がないでください?」

「あ……しれぇごめんなさい……って大和さん本当にそれだけは、平に、平にご容赦を……」

 

大和の瞳に洒落ではすまない光を見取った雪風は、床に平伏して慈悲を請うた。

恐らく初めて雪風を本気でやりこめた大和は、心の中を達成感で満たしつつも何処か寂しい気がしていた。

やはり自分はこの駆逐艦を転がすよりも、転がされている方が好きらしい。

 

「まぁ、冗談ですよ雪風。ちゃんと最後の一線はそっちから越えていただく心算ですからね」

「なんと言いますかね……もう少しゆっくりした時間の中で気持ちを見つめなおしたいんですが、息つく暇が無いんですよぅ」

「御免なさい……私が、不甲斐ないばかりに……」

「しれぇのせいではありませんよ? むしろしれぇが上にいてくれるから乗り切れている部分はいっぱいあるんです」

「それにしても……増員が難しいのは致し方ないけれど、提督の補佐はいま少し充実させるべきね」

「いざという時、加賀さんを急に動かす事は十分に考えられますしね……大本営から派遣される初期艦の方とか、補佐に向いていましたっけ?」

「さ、流石に今更初期艦を寄越せというのは時期を逸しているので……」

「ですが提督、大淀さんや明石さんすら居ないって鎮守府として終わっていませんか?」

「そう考えますと……終わってる以前に始まってすら居ないんですよね、うちの鎮守府って」

 

床から立ち上がった雪風は、ついてもいない埃を払う。

そして一つ空咳で会話を切ると、元の路線に修正を始める。

 

「まぁ、いずれにしても部長お手製にすべきです。出向組みを信用しないわけでは有りませんが、良かれと思って内部事情を報告されたら面倒です」

「そう考えると、間宮さんを招くのも黒ですかね?」

「間宮さん?」

「第二鎮守府を引き渡して皆さんが戻ったら、慰安依頼を申請して回して貰おうと思っていたのです」

「とっても嬉しかったのですが、此処は控えたほうが良いかもしれませんね……」

「あ、材料さえそろえて頂ければ同じものを作れると思いますよ? お料理で負ける心算はありません」

「……あ! そういえば雪風、まだ大和さんのお手製すうぃーつなるものを食しておりませんでしたっ」

「では、原材料だけ揃えて置きます。お願いできますか大和さん?」

「はい提督。お任せください。あ、それと仕込みに掛かる時間がありますから、前日から少し抜けさせてくださいね」

 

心底嬉しそうに引き受ける大和。

雪風は何処と無く遠い目で若い戦艦を見つめていた。

あ号作戦完了祝いの席でも、大和は嬉々として腕を振るったものである。

その出来栄えは保存食と固形燃料でありあわせたものとは信じられないほどの完成度を誇っていた。

そんな大和だが、自分一人の時は補給物資以外に手をつけないし、作らない。

自分が摂取する事よりも、誰かに食べさせる事が好きなのだろう。

 

「しれぇー。そういえばとっても大事な事なんですが……第二鎮守府の後詰めって、本当に何時来るんですか?」

「一度こちらに挨拶と引渡し書類を取りに来る事になっています。それが明後日の予定で、あちらまで急がなければ四日かそこら掛かるとして……来週中には着任まで完了すると思われます」

「来週ですか。ん……じゃあ、時雨達も戻れますね。間に合うかな」

「雪風、何かあるんですか?」

「あるというか……大演習したいんですよ。皆で、大和さん率いる第一艦隊をふるぼっこにするんです」

「ちょっ……なんですかそのイジメはっ」

「……それが、五十鈴さんが参加できる最後の演習になるでしょう? まだ、記録上はいらっしゃるんですから」

「あ……」

「だから、第一艦隊の増員は無しですよ? お相手するのはそれ以外の艦が自由参加。ですが、第二艦隊の連中は絶対乗ってくるでしょうねぇ」

「私も混ぜて貰おうかしら」

「いぇーい。よろしくです、加賀さん」

「あ、う……うぅーっ、やってやろうではありませんか! 返り討ちにしてあげますよっ」

「楽しみですね。そうね、どうせなら盛大に、お別れ会をしましょうか」

 

今後の方向を纏めた雪風達は、此処で一旦解散となった。

大和と加賀は雪風に付き添われて入渠施設へ。

司令官は話し合いで疲労した身体を休めるためにベッドへ横になる。

とにかく、鎮守府全体として休息が必要な時期にあった。

 

「本当に、慌しいわ。五十鈴さん……貴女はいなくなってしまったけれど、時間は止まってくれないの。きっとこの先、私はたくさんの艦娘と出会い、そして別れて行くのでしょうね。いつか、貴女の顔も思い出せなくなる日が来るかもしれない。だけど私が初めて沈めた艦娘が、長良型軽巡洋艦二番艦、五十鈴さんであった事は絶対に忘れません。もし、それすら忘れるようなら……」

 

自分は多くの艦娘を巻き込んで不幸にする疫病神に成り果てる。

司令官。

指示を出すもの。

死ね、殺せと命令するもの。

そして艦娘達が帰る鎮守府を守るもの。

その重責を改めてかみ締めながら、五十鈴に捧げる最後の涙を流した。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

人は思い込む生き物です。

そして人と近い精神を持った艦娘も、その呪縛からは逃れられません。

私達は真実に対していかに盲目である事か……

そんな現実を突きつけられる瞬間が、生涯に一度は訪れます。

私が見ていた世界とは単なる思い込みに過ぎない、自分にとって都合のいい世界に過ぎなかったなんて……

その認識がもたらす苦しみの責任を、裏切られたと称して貴女に転嫁してしまう事の、なんと愚かしいことでしょう。

分かっていてもそうすることを止められない、私の弱さをお許しください。

地味系だと思っていた貴女が、薄化粧を纏うだけで全く違う生き物になれるなんて、私は知りませんでした。

そして胸!

『熱い抱擁の中で私を包み込んだあの胸の柔らかさは、まさかの美巨乳でありました(筆圧が不自然に強くなっている部分)』

野暮ったいと思っていた貴女の女の部分を目の当たりにした時、私の中で何かが壊れた音を聞きました。

布団の中で、泣きました。

さようなら、お仲間だと思っていた私の司令官。

そしてこんにちわ『巨乳の美人さん(筆圧が物凄い強くなっている部分)』

ケッコンカッコカリを前提に私とお付き合いして――(日誌は此処で途切れている)

 

 

 

文章代筆・大和

 

 

 

 

――提督評価

 

貴女が何を言っているのか分からないのは、きっと私の体調不良で読解力が逝っちゃっているからだと思い込むことにします。

ですが、貴女も正気ではありませんよね?。

ねぇ雪風……貴女、疲れているのよ。

 

 

§

 

 

――極秘資料

 

No8.軽巡洋艦五十鈴

 

第一艦隊の対潜要員として着任した軽巡洋艦。

戦艦棲姫との海戦で戦没。

 

 

・指揮統率(水)

 

機能1.部隊を指揮するセンスです。

機能2.軽巡洋艦以下の水雷戦隊の旗艦時に発動します。

機能3.自分を含めた水雷戦隊全員の回避、命中に上方修正が掛かります。

機能4.上昇値は揮下の艦艇から得られる信頼によって増減します。

 

・直感

 

機能1.知らないはずの事を知ってしまうことがあります。

機能2.判定に成功すると敵の攻撃寸前にそれを察知します。

機能3.成功すると回避値が上方修正され、固有スキルの場合は初見属性を打ち消します。

 

 




後書き

こんにちわ、りふぃです。
戦後処理回をお届けしますw
集めた資材で全力で戦って……艦娘、深海棲艦両者共にボロボロになりました。
そして提督も、やっぱり疲れきっていました。
しかしいもT、このままだと孔明みたいな最後を若くして迎えそうな気がしてきましたねぇ……

さて、此処でご連絡を一つ。
二月に提督職につきまして、その直後から執筆を始めたこの業務日誌。
正直こんなに長く続くとは思っていなかったのですが、そろそろ〆を意識したいと思っています。
個人的な事で申し訳ないのですが、連載抱えながら艦これ通常海域と季節イベントは流石にきつくなってまいりましてorz
決まった締め切りとかないのは判っていても、なんか落ち着かないんですよね……
夏イベでは本当に限界感じていたんです。
リアルでは新職場の一年生だし。
攻略も5-3で止まってますし、なんというか……腰をすえて艦これに向き合えなくなってきてるんですよね。
そもそも艦これプレイ中の妄想妖精さんのささやきを元ねたに書いていたわけですので、本編がプレイ出来ないとネタは生まれないわけで……
ちょっと充電期間が必要な時期に来ているのかなと。
それと、私はこのSSをTRPGのシナリオを作る要領で書いている部分があります。
そして次のネタというか、深海棲艦大侵攻は長期キャンペーンシナリオで……
SS内の時間が1~2年くらい動く話になると思われます。
…………セッションでもSSでもそんな時間管理できないからorz
戦艦棲姫編に踏み出す前も、縮小するかこのまま行くか只管なやんだ経緯がありますからね……
コレに踏み出したら確実にエタると思われます。
一旦〆るとしたらこのタイミングしかないのかなぁと……丁度20話を限として考えています。
まぁ、20話くらいさっくり書いてる作家さんとかいっぱいいるんですけどね!
書いていて思うのは、やっぱり広げた風呂敷を上手にたたむのは難しいという事ですねー><
話のネタを蒔いて、立派に育てて、収穫する。
自分の納得する領域でコレをするのは、本当に難しいと感じました。
この辺が書き手の腕ですけどねw
無いんです自分orz
それでは、次のお話でお会いできる時まで……ノシ


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つばさをおうもの

   | \
    |Д`) イベントデダレモイナイ・・ナゲルナラ イマノウチ
   |⊂
   |


鎮守府の廊下を二隻の艦娘が歩いてゆく。

一隻は小柄な駆逐艦。

もう一隻は背の高い大戦艦。

長身の戦艦は如何にも怒っていますとばかりの表情でそっぽ向いている。

一方で隣の駆逐艦は、肩を竦めて苦笑していた。

 

「大和さーん、まだ怒っていらっしゃるんですかー?」

「……」

「もう。めそめそしたり怒ったり、本当に思春期の子って面倒ですねぇ」

「誰のせいだとお思いですっ」

「いや、ほんの冗談じゃないですかー」

 

一昨日の話し合いの後、入渠した大和達に付き添った雪風。

其処までは一緒だった加賀は気を利かせ、さっさと別れて個室に入ってしまう。

雪風も大和の入渠を見届けたら業務に戻る心算だったのだが、此処で一つ問題が発生した。

長期間雪風分を切らせていた大和は、此処へ来てついに禁断症状を発症。

退出しようとする雪風の服の裾を握って離さなくなった。

元来雪風はこの様な行為を鬱陶しいと感じる性質だが、この時ばかりは流された。

長身の大和がぺたんと床に座り込み、瞳いっぱいの涙を湛え、上目遣いで懇願してくる時の破壊力は雪風をもってしても容易に抗えるものではない。

この時雪風には、大和が捨てられた大型犬に見えた。

しかも主人に忠実で、雨の中で待てと命じられたまま素直に待ち続けるような、そんな大型犬である。

鎮守府に居つく野良犬を飼いならす程度には犬好きの雪風は、この攻撃に敗退した。

別行動中の互いの近況等は腰を据えて話し合いたい所でもあり、雪風は此処に仕事道具を持ち込んで作業を進めることにする。

身の回りの話をしつつ、辞書を片手に始末書の作成に悪戦苦闘する雪風。

真面目な大和はそんな雪風に、仕事を手伝う旨を申し出た。

 

『何か、お手伝い出来る事ってありませんか? 此処からは、動けませんが……』

『あ、じゃあ業務日誌の代筆お願いして良いですか? 雪風はこれから徹夜で始末書をあげないといけないのです……』

 

こうして、意中の相手が別の女に送る恋文の代筆などやらされた大和。

入渠中の身でなければ壁ドンして問い詰めたいところだった。

 

「あれの何処が冗談だというのですっ。序盤こそ反省しているのかと思いましたが、ケッ……ケッコン前提にお付き合いとか……」

「だからぁ、冗談ですって」

「一応業務日誌でしょう!? なんで冗談とか書いているのです雪風は」

「えー……だって雪風が出してる日誌って何時もあんな感じですよ? 今回は大和さんの素晴らしい乙女フィルターで恋文になりましたけどぉ……」

「ん……まさか雪風……あの日誌のような恋文をそのまま提督に提出なさったんじゃ……?」

「勿論ですよぅ。あーんな笑えるネタ、此処で使わずして何時使うのです?」

「にっ……にゃぁああああああああああぁ!」

 

猫のような悲鳴を上げ、赤面して座り込んだ大和。

穴があったら入りたかった。

 

「ほら大和さん、立ってください」

「うぐっ……あの、先程いつもあの様な日誌を書いていると仰っていましたが……」

「そうですが?」

「何でそれが通っちゃうのですっ。あれって日誌じゃなくて仲良し交換日記ですよねぇ!? しかも六歳くらいの子が書けそうな奴!」

「つ、つまり……雪風の日誌は小並であると仰りたい!?」

「だってそうじゃないですかっ」

「むぅうー……し、仕方ないではないですかっ。艦娘になった時の知識に読みも書きも無かったんですもん」

「……ねぇ雪風、艦娘は学習できるのですよ? 頑張ってお勉強しないといけません」

 

何処が大和のツボに入ったらしく、雪風に始まったお説教。

確かに今のままでは通常業務にも差しさわりが出かねない。

それが分かっている上に、大和の話は正論なだけに反論できない雪風だった。

 

「だって……面倒なんですよぅ。雪風は水雷屋なんですから海の上で仕事が出来れば……ダメ?」

「少しでも提督のご負担を軽くしてあげたいとは思いませんか?」

「んぐ……思います」

「まぁ……本音は婚姻届の名前くらい書けるようになって貰わないと、大和が困るからですが」

「大和さん……いや、強かになられましたねぇ」

「うふふ、それはもう」

 

艶然と微笑む大和に、内心で危機感を覚えた雪風である。

小動物の本能が、肉食獣が危険域まで侵入してきた事を教えてくれる。

しかしこうして言葉を交わしていると、大和の中にも少しずつ余裕が出来、遠くも見えるようになってきている事も感じられた。

 

「婚姻届かぁ……」

「どうなさいました?」

「ん……大和さんは、この先ずっと海で戦って生きたい……そういう望みってありますか?」

「ずっと……ずっとですか」

「はい。ほら、私達は元軍艦ですし……大和さんとか、元々望みのままに戦うとか出来なかった方ですし、そういう希望とかないのかなぁって」

「永遠に続く戦いなんて地獄と一緒ではありませんか……大和は今、世界最強の戦艦になる事は決めていますが、その先には好いた方の隣であれば何処へでもお供したいですね」

「成る程、大和さんの描く未来は、コレと決めた相手の隣……素敵ですね」

「貴女ですけどね? ではお尋ねいたしますが……私の言葉を聞いて、その上で雪風が思い描く未来ってどんな感じになるのでしょう?」

「……」

 

大和の質問は雪風の顔から表情を消した。

その反応は大和の想像から大きく外れるモノではない。

雪風は大和の気持ちを知った上で保留している。

今直ぐこの質問に答えろというのは、酷かもしれないと大和も思う。

しかし当の雪風は全く違うところで悩み、迷っていることがある。

雪風は隣の大和の顔を見上げ、やや躊躇った末に言葉にのせた。

 

「……五十鈴さんが沈んだって聞いた後から、ずっと考えていたんです。あの人何のために沈んだんだろうって」

「な、何のためにって……」

「戦うからには、どうしたって犠牲はでます。それを無くす事は出来ませんし、だからこそ無駄にして良いものではありません。そう考え時、五十鈴さんを失ったあの戦い……直接の戦闘だけでなく、その前後で第二鎮守府近海で起こった戦艦棲姫との戦いって、何の意味があったんでしょうか……大和さん、どう思います?」

「む……」

「雪風達が戦う短期的な目的は、先ず奴らからの自衛だと思います。その先にあるのは、海域奪回からのシーレーンの回復ですよね」

「はい」

「ですが……其処で終わりじゃありません。奪回した海域は確保しなければなりませんし、回復したシーレーンだって守り続けなければなりません」

「……」

「雪風達の戦いって取られたものを取り返すだけじゃ駄目だったんです。どうしても犠牲が避けられないのなら、雪風達は最終目標を認識し、味方の被害も敵の撃破もその為の手段に出来なければ、無駄な血を流すだけになってしまうでしょう?」

「……私達に足らなかったのは、その認識だと仰いますか?」

「はい。耳障りですか?」

「いいえ。続けてください」

「結論から言ってしまえば……雪風達は戦いを終わらせるために戦っているはずなんです」

「はい」

「ですが大本営の無茶な要求で、人数の少ない雪風達は戦力を割いて戦わされてしまいました。第二鎮守府なんて元々確保しようとしなければ、あの海域での戦闘なんて起きなかったじゃないですか。あそこって別に海路の要って訳じゃないし、雪風達の都合で拡大した戦線に合わせてついでに確保したってだけですよ……そんな所を無理してまで、守れって言われたわけですよ」

「そうですが……その時は此処まで攻め込まれていたかもしれませんよ?」

「その可能性もありますね。でも来なかったかもしれません。どちらにしても『もしも』である以上結論なんてでないんですが……兎も角雪風が感じる事としては、最も遠くを見ているはずの大本営が、海域確保までしか見ていないのではないか……あいつら本当にこの戦争を終わらせるって言いますか、この海を平和にするって目的を持って戦いを進めているのかなって疑問を感じたのですよ」

「む……なるほど……」

 

雪風はこの世界の軍の在り様を把握しきっていない。

彼女は大本営の下請けである鎮守府の、さらに下っ端の構成員に過ぎなかった。

しかし軍令をだしている筈の大本営が、真剣に戦っていないのではないかと感じる事は多々ある。

どんぶり勘定の戦果。

司令官の裁量に委ねられた自由な鎮守府運営。

そして各鎮守府同士でのつながりの薄さ。

これら全てが長期的な戦略の構築には不利な筈なのに放置されている。

 

「ガチガチに統制を掛けようとするには鎮守府の数が増えすぎ、守るべき海域が広すぎるのではありませんか?」

「それにしてもいい加減すぎるって思いません? なんというか……戦争ゲームでもやってるんじゃないかなって思うときがあるんですよね」

「ふむ……」

「雪風が考えたのは、この戦いが既に経済に食い込みすぎて止められなくなっているんじゃないか……とか思っているんですけどね」

「け、経済?」

「艦娘が使う四種資材とか、鎮守府に勤める人たちの食料や生活必需品……それらを用意するのだってお金が回る行為ですからね。今日戦争が終わりました、明日から鎮守府が全部なくなります……そうなったら生活できなくなる人間さんだっているんですよ?」

「それはそうですけど……現状海域の争奪は一進一退、流通はギリギリです。戦争に勝てるかどうかすら不透明な時に、勝った後の事を考えるのは先走りではありませんか?」

「……そうなんですけどね、それでも考えておかないと不味いことになるかもしれませんよ? まぁ……コレは人間というより艦娘の話なんですが」

「不味いこと?」

 

雪風はやや苦い顔で隣を歩く大和を見上げる。

少し喋りすぎたかとも思ったが、雪風としてもこの思考を一人で抱え込むのは荷が重い。

このような時、無条件で味方になってくれると分かっている大和。

その存在が如何に貴重で獲がたいものか、雪風はこの時実感した。

 

「……大和さんがお亡くなりになった後の事ですが、クロスロード作戦ってご存知です?」

「聞いた様な知識だけはあります。核実験ですよね」

「はい。長門さん達も連れて行かれて……あいつら長門さんに星条旗とか着けやがって……あぁ、思い出したら腹が立ってきた」

「雪風、雪風っ」

「……っ」

 

雪風は全身に怒気と憎悪が満ちるのを自覚し、溢れる前に呼気と共に吐き出した。

思うところは多々あるのだが、今の話には関係ない。

二回深呼吸した雪風は、何とか大和に笑みを返す事に成功した。

背筋に薄ら寒いその笑みは逆に大和の不安を煽ったが。

 

「すいません。大丈夫です」

「雪風……」

「話を戻しますと、その実験には接収艦だけでなく自国の余剰艦達も参加させられました。かつての戦争を戦い抜いた艦達に、人間が用意した末路がこれですよ」

「私達も、そうなると?」

「戦争が終われば、兵器はむしろ邪魔になります。まぁ、全くなければ困るでしょうが、戦争中と同水準があるのは異常なことでしょう? そして提督達の中にはかつての加賀さんのうちのように、艦娘を兵器としてのみ扱う所もあります。いいえ……艦娘自身の中にだって、自分を兵器だと主張するものはいるんです。戦後の艦娘がどのような扱いを受けるのか……大和さんの描く未来では、如何です?」

「私は……私には……」

 

それは大和の想像の外の話だった。

問いの答えを探すべく必死に思考を回す。

何時の間にか立ち止まっていた大和。

そんな大和に気づかず、自身の思考に没頭したまま歩き続ける雪風。

大和は一歩ずつ遠くなる雪風に声を掛けることが出来なかった。

雪風がいない戦場を必死に凌ぎ、僚艦を失いながらも任務を成功させた大和は多くの経験を一度に積んだ。

しかし再会した雪風はこの戦いそのものの行く末と、更に終戦後の未来までその視野に納めようとしていた。

少しは追いついたと思えば、また水をあけられる。

あの小さな背中に追いつき、隣を歩ける日は何時になることか。

奥歯をかみ締めて俯き掛ける大和に、雪風は肩越しに振り向いた。

 

「大和さーん、どうしました?」

「あ……いいえ、何でもありません」

 

慌てて追いつき、雪風の袖の裾を摘んだ大和。

それが精一杯頑張って妥協したものだと気づいた雪風は、自分から大和の手を握ってやる。

様々な感情が混ざり合った末、涙腺が緩みそうになった大和は必死に耐えた。

 

「雪風は、戦いが終わったらどうなさりたいですか?」

「個人的にはお世話になった皆さんにご挨拶して、それからだったら海没処分とかにしてくれても別に構わないんですが……大和さん手、痛いです」

「雪風は……大和を置いていってしまいますか? 大和は、雪風の生きる理由にはなれませんか?」

「……少し思うところがあるのです。雪風はもしかしたら、この戦いにおける戦犯になったかもしれません」

「はぁ?」

「雪風は、深海棲艦との戦いを終わらせる芽を摘んだ可能性があるんですよ……」

 

深海棲艦との戦いが無くなるとすれば、雪風には三つの状況が考えられる。

一つは艦娘と人類が全滅した場合。

二つ目は人類側が深海棲艦を絶滅させ、更に増殖の原因を突き止めて断ち切れた場合。

そしてもう一つは、双方の間に共生とはいかなくても、相互不干渉の取り決めがなせた場合。

雪風はこれまでどちらかの全滅しかありえないと思っていた。

艦娘として生まれたときから持っている知識には、はっきりと深海棲艦の危険性と理解を絶した残忍さが刷り込まれているのだから。

 

「ですが中には変わり者がいるようです。あの戦艦棲姫みたいな。もしかしたらあの姫は、この闘争を終わらせる架け橋になってくれたんじゃないか……雪風が沈めたのは艦娘、深海棲艦双方にとって奇跡みたいな存在だったのではないか……そんな気がしているのです」

「それこそ、それこそ結果論な上に都合のいい期待に過ぎないではありませんか……」

「その通りです。だからこれは根拠の無い、雪風の勘です。やっぱり薄情なんですよね、雪風は……あいつが五十鈴さんの仇だって分かったのに、討ち取った事を喜ぶより生かしておいて利用したかったとか言っているんですから」

「雪風……」

「だから……全部終わったらその時は、雪風自身にけじめを着けて楽になりたいなーって思うんですよ」

 

雪風は肩掛けポシェットから姫の角を取り出し、複雑な思いで見つめている。

視点のまるで違う雪風の思考に、胸が詰まる思いの大和だった。

納得がいかない、否定したいのにそれが出来ない。

歯がゆい思いを持て余す大和は、ふと先達の言葉を思い出した。

かつて自分の初陣の時、戦艦長門は言ったのだ。

この駆逐艦を離すなと。

 

「ねぇ雪風……」

「はい?」

「雪風が海に沈むなら、大和もお供しますから」

「なーんで大和さんまで沈まないといけないんですかー……」

「大和は雪風と共に在りたい……そう申し上げたではありませんか。雪風は、私を連れて水底に逝く覚悟はありますか?」

「ん……」

「雪風を失ったとき、誰がどれだけ悲しむのか大和には分かりませんが……それでも、先ず私が後を追う事は確定しているものと心得てくださいね。絶っっっっ対に一人でなんて逝かせません。例えそれが最終決戦前日で大和が決戦戦力に数えられていようとも、雪風への当て付けの為だけに、現世の都合を全て無視して後追い自沈して差し上げますから」

 

発言の内容と大和の性格のギャップに、思わず顔を覗き込む雪風。

大和は雪風が手元の角より自分を見た事実に満足した。

大和自身は無意識に浮かべた微笑を見た雪風は、狂気にも通じる程に透明で純粋な好意を感じ取った。

雪風がこの想いを抱えたまま沈んでしまえば、大和は本気で後を追うだろう。

口の中に溜まった唾液を飲む音がする。

そんな狂愛に焼かれる事が、一瞬でも心地よいと思ってしまった自分に内心で舌打をする。

 

「分かりました。雪風が危ないことをすると、大和さんが妙な気を起こすんだと言う事は肝に銘じておきます」

「是非、そうしてくださいね? 大丈夫。雪風ならそれくらいの縛りがあっても、きっと勝てますから」

「まーたそんな事言って雪風を甘やかす……調子に乗って雪風が失敗した時、大和さんが責任取って……いや、そうか……責任取って一緒に沈むって宣言されたんですよね……じゃあ一緒かぁ」

「その通り。病めるときも健やかなるときも、お傍においてくださいね」

 

大和に限らず、自分以外を死地に巻き込んでゆく覚悟は未だ雪風の中にない。

だからこそ大和がつけた首輪は雪風にとって有効だった。

この時、雪風も長門が大和に語った助言を思い出していた。

 

「長門さんのアレは、こういうことだったんですね……敵わないなぁ」

「素晴らしい先輩を持って、大和はとっても幸せですよ」

「何にせよ、長期的な展望を組むためには足元を支える事が重要です」

「千里の道も一歩から、ですね」

「はい。これから、先のことはまだ何も分かりませんが……とりあえず今度こそ、一緒に終戦の日を迎えましょうね」

「はい……素敵ですね」

 

雪風の言葉に万感の想いを篭めて頷く大和。

自分は戦争が終わる日を知らない。

雪風や長門がみた、あの夏の日を見ていない。

今度こそ暁の水平線に刻んだ勝利をもって、凱歌と共にその日を迎えなければならない。

大和が此処に生まれたのは、もう一度負けるためではないのだから。

 

「ねぇ、雪風……」

「はい?」

「今度こそ、勝ちましょうね」

「そうですねー。雪風なんて御国で負けて第二の故郷でも負けて、今度負けたら三回目ですよ? そろそろ勝利の美酒ってやつをお味見してみたいものですよぅ」

「あぁ……軍歴の桁が違う……」

 

頬を引きつらせる大和は、それでも雪風の手だけは離さずに着いて行く。

この小さな駆逐艦は未だ足を止める心算は無く、追いつきたいならより早く駆けるしかない。

悠長に構えてなどいられなかった。

大和は最近やっと気がついた事がある。

この駆逐艦を狙っているのは自分だけではない。

程度の差こそあれ第二艦隊のメンバーは危険だし、今回の件では司令官すら潜在的には敵なのではないかと思う。

試練の多い未来図に、大和は深い息を吐いた。

 

「ご一緒してもいいかしら?」

 

その声に振り向いた大和と雪風。

声の主は加賀だった。

髪をおろし、白の軍服に同色のタイトスカート。

戦闘空母として戦った時の衣装だが、艤装を全て取り払ったその姿は階級章が無いことを除いて人間の軍関係者にしか見えなかった。

 

「……凄い。艦娘っぽくないといいますか……錬度をまるで感じない」

「これが加賀さんだっていう予備知識があれば違和感凄まじいですけどね。知らずにしれっと偽名でも名乗られた日には雪風も素通りしそうですよぅ……」

 

同じ艦娘なら、また鎮守府の提督ならば、対峙した艦娘がどの程度の錬度を持つのかは大まかに把握できる。

今の加賀はその気配を完全に断ち切っており、人間と気配がほとんど変わらない。

それはむしろ建造直後の艦娘に近いものであり、自身の成長と共に消えていくはずの気配であった。

 

「私の改装を秘匿にするなら、錬度も見せないほうが良い。直接聞かれない限り加賀だと名乗る心算もないし、聞かれても精神疾患の予備役だと紹介されるのですからこちらの方が都合がいいわ」

「なるほど……その通りですね」

「もう少しこう……ベテラン一歩手前くらいの錬度を感じさせるとか出来ません? 気配遮断が完璧すぎて不気味なんですけど……」

「其処まで器用な事は出来ないわね……少なくとも、私には」

「そうですか……ですがそれ、便利そうですよねー。あとで雪風も練習しておきます」

「駆逐艦詐欺の次は錬度偽装ですか、この鬼畜艦は……」

「なんと! 雪風がいつ詐欺行為に手を染めたとおっしゃいますかっ」

「存在が駆逐艦の皮を被った何かよ? うちの鎮守府の駆逐艦は、皆ね」

「……加賀さんまでそんな事をおっしゃるー」

 

三隻は談笑しながら廊下を行く。

この日は第二鎮守府に着任する提督が来る予定になっている。

本来これは提督同士のやり取りになるので大和達が直接相手をする必要は無い。

しかし現在司令官は病の床についており、面談には誰かが付き添わなければならなかった。

こちらも加賀がいれば事足りたのだが、雪風も大和もお隣さんの顔を見て置きたいと考えたのだ。

 

「何にせよ、大っぴらに強いって知られてしまうよりは良いかもしれませんねぇ」

「えぇ。私に気づいて、その上でこの気配に違和感を持つような艦娘……そうね、雪風さん並の錬度をもった南雲機動部隊とかち合わない限り、先ずいないわ」

 

艦娘は基本人手不足であり、しかも空母や戦艦は絶対数が少ない。

超高錬度の正規空母などを所有している現役提督が動くとなれば必ず耳に入るものだし、そもそもからしてそんな提督は簡単に動かせない。

 

「……開業初年度で一航戦が揃ってしまうとか、提督って実は豪運持ちの方ではないでしょうか」

「私達より貴女一隻のほうが余程珍しい事を自覚なさい?」

「でもしれぇ、大和さん速攻で解体しようとしていましたけどねぇ」

「え……本当に……?」

「大和は開業直後に中抜きされて建造されておりまして……戦闘力皆無な上に維持費だけは馬鹿食いする役立たずとして作られてしまいまして……」

「あぁ……転がり込んできた幸運と情を割り切って決断するなら、申し訳ないけれど悪くないかもしれないわ……」

「あの頃の大和さんはすっごく可愛かったんですけどねぇ……」

「ちょっ!? 雪風、今は可愛くないと仰いますか」

「今は少し凛々しくなった部分が目に付いて、可愛いって感じからずれて来た気がします」

「あ、あぅ……」

「あら、可愛い」

「真っ赤ですねぇ」

 

年若い戦艦をからかう二隻。

何処かおもわゆい大和は、雪風に手を引かれたまま俯いていた。

 

 

§

 

 

翔鶴は前線に復帰する為、提督と共にある鎮守府に訪れていた。

其処はこれから自分達が赴任する鎮守府を預かっていた所であり、部署で言えば隣にあたる。

いまだ開業して間もないが、既に大和型戦艦に正規空母を二隻も揃える新進気鋭の鎮守府。

一年ほど最前線から遠ざかっていた翔鶴は、他人のうちとは言え鎮守府の雰囲気に身が締まる思いだった。

 

「翔鶴さん、緊張していらして?」

「はい……ですが私は、いつでも上がりっぱなしですから」

「久しぶりですものねぇ……此処に来るのも」

「はい」

 

もう七年になる付き合いの司令官と言葉を交わす。

本当ならば彼女は既に結婚し、幸せな家庭を築いていたはずだった。

しかし彼女はなまじ優秀な戦果を挙げた司令官であったために退役手続きに手間取り、やっと許可が下りた矢先に婚約者がまさかの失踪。

彼女と同じく一鎮守府……はっきり言えばこの鎮守府の前司令官だった男は、大本営への出向中に深海棲艦に急襲されたのだ。

その報を受けた時の彼女の様子を身近で知る翔鶴は、今でも司令官が無理をしているのを知っている。

 

「それにしても、まだ信じられませんわ……あの子、本当にこの僻地でしっかりと身を立てて頑張っていらっしゃるのね」

「流石、あの方の妹様です」

「そうですわね……わたくしも、何時までも後ろは向いていられませんわ」

 

彼女が軍部の復帰要請に応じたのは、義理の妹になるはずだった彼女の躍進に刺激された事が大きかった。

自分の司令官が精神的に立ち直ってくれたことは嬉しい翔鶴である。

彼女には恩があった。

翔鶴自身が戦って稼いだ戦果ではあるものの、彼女はそれで得る筈だった多くの年金や退職金の権利を全て放棄し、正規空母一隻を抱え込んでくれたのだ。

翔鶴は自分が今の司令官以外に使いこなせないことを知っていた。

彼女も自覚していたからこそ、翔鶴を他所に再配置させずに手元に残そうとしたのである。

それが認められたのは、悪名高い翔鶴の引き取り手が誰もいなかった為でもあったのだが。

 

「面談予定時間まであと少し……翔鶴さん、大人しくしていてくださいな? くれぐれも、くれぐれも悪い癖を出さないで。黙っていれば楚々たる美人なんですからね、貴女は」

「わ、分かっています……いえっ、美人とかそういうのじゃなくて! 自分が駄目な子なのはもう十分に……あの……」

「……あぁ、如何して貴女はこの性格でウォーモンガーなのかしらね」

「それは酷い誤解です。私は、平和が一番だと常々思っているのですから」

「今は……でしょう。戦場に立った時に全部忘れるような子の平時の発言なんて何処まで信じられまして? まさか其方にも自覚が無いわけではありませんよねぇ?」

「……しょぼん、です」

「本当に自重してくださいな。此処はわたくし達のお隣さんになるのです。司令官があの子である事を差し引いても、出来れば親密に付き合いたいのはお分かりでしょう?」

「はい……あ、ですが此処には赤城先輩と加賀先輩がいらっしゃるって……是非、ご挨拶したいって思いまして……」

「……お願いしますから、今日はお辞めになって。時間もそれ程無いことですし、あちらから出てこない場合はこちらから求める事はなさらないでくださいな」

「あ、あうぅ……」

「先ずはわたくし達のうちに就く事が先決でしょう? 其処は譲れませんわよ」

「……しょぼん、です」

 

がっかりと項垂れる翔鶴に、深い息を吐く司令官。

彼女は自分の秘書官が、現世で五指に入る航空母艦だと知っている。

しかし何事も完璧にとは行かないもので、翔鶴は一種の火種を抱えていたのだ。

普段から何処と無くおどおどしたこの鶴は、戦場に立った時に発狂する。

一度戦端が開かれれば敵を全滅させるまで止まれ無い。

被弾すれば痛がり、敵を撃破する事に喜びを見出すような性格でもないくせに戦うことを止められないのだ。

旗艦にすれば僚艦が全滅しても敵と戦い続け、一人で全て沈めてくる。

別の艦の随伴に据えれば、撤退命令も耳に入らず最後まで単艦でも戦ってしまう。

自身の大破、もしくは自分以外の僚艦が全滅する代わりに、敵部隊も必ず全滅させて来る翔鶴。

更に厄介なことに、翔鶴は軍役にある間は戦う事を自分自身に課していた。

 

「……」

 

精神鑑定と専門医の診察を繰り返し、分かった事は翔鶴の中に巣食う尋常ではない焦りであった。

他はどうだか知らないが、この翔鶴は世界最強の空母機動部隊……一航戦に凄まじい拘りがある。

初めて建造された時、ごく自然に自分の事を一航戦と名乗った翔鶴。

それは自分が最強であるとの自負から出た発言ではない。

赤城と加賀の亡き後、その名は自分達が襲名しなければならなかった。

それがどれだけ身の程をわきまえないものであるか。

それがどれだけ不遜なことであるか。

全て理解した上で、翔鶴は一航戦になった。

一航戦とは最強の代名詞なのだと固く信じる翔鶴にとって、自分達が後を継げなければ、その名と座は敵のものになってしまう。

この翔鶴にとり、前世で赤城と加賀を失った後の戦いとは自分が沈む瞬間まで、一航戦の名を死に物狂いで守り抜く事だったのだ。

そんな意識のまま艦娘になった翔鶴は物静かな性格と容姿を持ちながら、その内心で狂おしい焦燥感に煽られている。

翔鶴は強くならねばならなかった。

かつて憧れた先輩達と再会し、自分には過ぎた名を返すその日まで、一航戦翔鶴は負けるわけにはいかないのだから。

一種の強迫観念を抱えた翔鶴を、最初は司令官すら持て余した。

しかし何処の鎮守府でもそうだが、開業間もない頃の運営は決して楽なものではない。

正規空母一隻を遊ばせておく余裕は無く、戦況は病気の翔鶴すら使いこなすことを司令官に要求した。

僚艦を持たせる事すら危険な翔鶴は砲撃支援部隊で分けて運用するしかなく、しかも彼女が一隻でも沈まぬ戦場を見極めて投入しなければならない。

翔鶴は淡々と出撃し、毎回大破しながらも敵部隊を沈め続けた。

司令官にとって胃が痛くなる、それはチキンレース。

そして……このコンビは命がけの勝負に勝ち続けたのだ。

一隻で一個艦隊に匹敵する戦果を挙げる翔鶴を、ギリギリの線で決して沈ませる事無く運用し続けた彼女は若くして実績と地位を得た。

しかし弊害も発生した。

ほぼ最初期からコンビを組んで来た二人が二年と少し立った頃、翔鶴は悲願であった赤城との再会を果たす。

そして驚愕と共に絶望した。

再会した赤城は、栄えある南雲機動部隊の旗艦は、翔鶴よりも弱かったのだ。

決してその赤城が特別に劣っていたわけではない。

悪徳鎮守府もかくやと言うほどの運用を自らに課し、その反面で司令官からの手厚い理解とフォローの元で戦い続けることが出来た翔鶴。

ある意味で理想の実戦を繰り返して練り上げた力は、何時の間にか大多数の艦娘を追い越していたのである。

その後幾人かの一航戦と出会ったが、いずれも翔鶴には敵わなかった。

こうして一航戦の看板を何処にも置けなくなった翔鶴は、また一つ悪名と共に病気を増やすことになったのだ。

 

「お待たせいたしました」

 

その声と共に入室してきたのは、四人の女性だった。

一人は自分の司令官と同じ軍服を着た、この基地の提督。

そしてその後ろに並んでいるのは、二隻の艦娘と一人の人間。

翔鶴は白い軍服とタイトスカートの女性が艦娘の横に並んでいる事を不思議に思ったが、第一印象は間違いなく人と判断したのである。

しかし感性の何処かに引っかかるものを感じた翔鶴は、意識だけはその女性から離せなくなった。

 

「隣の鎮守府に引っ越して来た者ですわ。以後、お見知りおきを」

「……その気持ちの悪い話し方を聞くのも久しぶりですが、お元気そうで良かったですよ」

「今はどちらかと言えば、貴女の具合が悪そうですわねぇ……大丈夫でして? お義姉様が看病して差し上げましょうか?」

「お黙りなさい同い年。何がお義姉様ですか赤の他人……いいえ、この泥棒猫が」

「わたくしが猫なら、そちらは負け犬と言った所かしら? 遠吠えが耳に心地よいですわぁ」

 

婚約者の妹と兄の婚約者。

しかしそれ以前に幼馴染だった両者は決して仲が悪いわけでは無い。

兄が結婚を決めたとき、妹も分かってはいたのだ。

多分この幼馴染以外に兄に嫁の来手など居ないだろうと。

しかし無自覚にブラザーコンプレックスを患っていた妹は大いに荒れた。

まして間に入ってくれた男が居なくなった今、二人の会話が多少硬くなるのも致し方ない所であった。

両司令官が旧交を口喧嘩で戻していくのを生暖かく見守る艦娘達。

翔鶴は今一度、入室してきたメンバーを確認する。

長身の艦娘は、この鎮守府の名物である大和だろう。

感じる錬度はそれ程高い気がしない。

だが、生まれ持った大和型戦艦の艤装は多少の錬度差などものともせずに覆すだろう。

翔鶴としてはむしろその隣に並ぶ小さな駆逐艦が持つ雰囲気に感嘆せずには居られない。

現役の時も殆ど出会ったことは無い、自分との相対比較でどちらが上か分からない相手。

艦娘として生まれ持った知識が、この駆逐艦が雪風である事を教えてくれる。

今一人の人間は……

 

「ん……?」

 

翔鶴はこの時、やっと人間だと思っていたその女性に違和感を持った。

妙な既視感が胸を過ぎる。

自分はこの女性に会った事が在る。

記憶はそう告げてくるが、どれだけ思い出そうとしてもその容姿に該当するものが無い。

自分の思考に没頭した翔鶴は、気付かぬうちにその女性を凝視していた。

そして目が合うと同時に嘆息し、無視するように自分から視線をそらす彼女。

自分の事を歯牙にもかけない仕草。

少なくとも翔鶴にはそう見えた。

自分は彼女を思い出せないが、彼女は自分を知っているのだとすれば……

自分達、元五航戦にこの様な態度で接する存在には覚えがあった。

 

「ぐっ……こほっ」

「ちょっと……苦しいなら休んでいなさいな。引渡し書類一式は何処にありまして?」

「……すいません、着替えに手間取りましてまだ自室に……」

「では、取りに行くついでにお送りいたしますわ。其方の方もどなたか……」

「それでしたら、私が――」

「お待ちください」

 

自分の言葉を遮って一歩踏み出してきた後輩に、加賀は深い息を吐く。

自分に気付きそうな存在の中から完全に鶴姉妹を除外していた加賀である。

軽く見ていた心算は無いが、結果としてそうなってしまったらしい。

しかも加賀から見た時、この翔鶴から感じる錬度はなかなかに見るべきものがあった。

気付かれるかもしれないと思ったし、そんな翔鶴が自分を凝視している為に思わず目をそらしてしまった。

その行動は何らかの確信を相手に与えたらしい。

翔鶴の声に、嫌な予感と共に振り向いた司令官。

その瞳に純粋で熱っぽい好意を感じ取った彼女は、相棒の病気が出てしまった事を理解した。

 

「あの……もしかして、こちら艦娘さんでいらっしゃいましたの?」

「はい。加賀さんですが……今は専門家に精神の疾患を認められておりまして……予備役に編入させていただいているのですよ」

「よ、よりによって……翔鶴さん、ちょっと」

「……」

「ちょっと翔鶴さん! その方、予備役ですから悪い事は……」

 

司令官が何か言っているが、翔鶴は理解出来ていなかった。

何度経験しても、先輩達と再会する瞬間は心地よい。

只管に前を行く、遠い背中を追いかけていた頃の気持ちが甦って来る。

一度は失ってしまった先達への懐かしさと愛おしさが、翔鶴の声を潤ませた。

 

「加賀先輩、お久しぶりです」

「……良く、分かったわね」

「それは勿論……って言いたいところなんですが、最初は分かりませんでした。申し訳ありません……ですが、加賀先輩もお人が悪いです。明らかに、知らん振りしていらっしゃいましたよね……」

「別に、今更出会ってどうという事も無いでしょう?」

「あぁ、酷いです……私の、私達の事なんて見てもくださらない加賀先輩……だけど、それが許される強い人……」

 

夢見るように訥々と語る翔鶴。

加賀は諦めたように息を吐いて翔鶴と向き合った。

加賀の司令官は不思議そうに首を傾げ、翔鶴の司令官は暗澹とした表情でため息を吐いている。

 

「加賀先輩。一手、ご指南お願いします」

 

相手が一航戦と見れば嬉々として演習を持ちかけ、気が済むまで叩き潰す一航戦殺し。

それが翔鶴についた悪名であり、否定しようの無い素行であった。

本音の部分では潰したいのではなく潰されたいのだが、そんな事を知っているのは彼女の身内だけである。

艦娘としては長いが悪徳鎮守府に赴任して酷使されていた加賀や、着任から日が浅い今の加賀の司令官は翔鶴の悪名を知らなかった。

司令官が一度退役の手続きを行い、翔鶴もそれについていった為に噂が一度鎮火していた事でもある。

 

「……」

 

翔鶴程の錬度を持った艦娘が高ぶる戦意を向けた時、それを感じる事が出来るものには息苦しいまでの圧迫感がある。

大和は頬を引きつらせているし、雪風は面白そうに翔鶴を見つめていた。

加賀も当然威圧を感じているのだが、当の翔鶴は純粋な尊敬と敬愛を湛えている。

後輩の様子を不思議に思いながら、加賀の取った反応は常識的なものだった。

 

「……貴女、こっちに来てどれくらい?」

「もう、六年……七年目になります」

「そう。ならば今更、私から言うべきことも無いでしょう」

「そんな事はありません。私は、ずっと先輩の背中を追いかけている身ですから」

 

そう言って微笑む翔鶴に、加賀はその両手をとって握り締めた。

予想通り硬い感触。

弓を握り矢を番え、放ち続けた掌だった。

きょとんとしている後輩に、加賀は近しいものにしか分からぬほどの微かな笑みを浮かべる。

翔鶴がそれに気付いたかどうか、それは分からなかったが。

 

「貴女の錬度は十分に実戦で通用するでしょう。なら今日まで貴女を海で生かしてきた答えこそ、貴女にとって正解なのよ。未熟な新兵ならば、加賀として活を入れるでしょう。ですが貴女に、そんな必要は感じません」

 

あの一航戦の片翼、航空母艦加賀が自分を認めてくれている。

翔鶴は言葉につまり、胸の奥からついて出たものが涙となって一筋おちた。

歓喜の感情が全身に行き渡り、鳥肌となって震えていた。

欲しかった言葉を欲しかった人に貰えた翔鶴は更に溢れそうになる涙を堪える為に上を向いた。

 

「大丈夫?」

「……あ、はい。すいません、少し感動してしまって……」

 

暴走する歓喜を少しずつ押さえつけ、深呼吸した翔鶴。

そして真っ直ぐ加賀を見つめ返して宣言した。

 

「遅くなりましたが、自己紹介させてください……第一航空戦隊、翔鶴です」

「へぇ……一航戦……翔鶴ねぇ」

「お気に召しませんか?」

「いいえ。実感が無いだけよ。私や赤城さんが沈んだ後の事だから、どうしても伝聞と資料でしか触れる事が出来ないの」

「そう……かもしれませんね。それで……貴女は、一体誰なのですか?」

 

翔鶴の名乗りと質問の意図する所は、加賀にも分かる。

彼女が自分に求めている返答も、なんとなく分かった。

最早この後輩に偽りを持って接する事は出来ない。

一航戦翔鶴とは、自分が沈んだ後に彼女が背負った名前である。

目の前にいる艦娘は自分が知っている頃の未熟な五航戦ではない。

かつての戦いで戦没するその時まで、加賀達の敗北のツケを払い続けた歴戦の航空母艦。

受けて立つ事を、加賀は決めた。

 

「第一航空戦隊所属、航空母艦、加賀です」

「加賀先輩。貴女にとって、一航戦とはなんでしょうか?」

「……私にとって、一航戦とは……型によって繋がる事の出来なかった妹と、結んでくれた絆かしら」

「……」

「今度は貴女の番よ。貴女にとって一航戦とは?」

「最強の代名詞です」

「最強……か」

「はい。最強の機動部隊……それが、第一航空戦隊です」

 

深い息をつき、加賀は上を向いた。

真っ直ぐな尊敬を向けて瞳を輝かせている後輩の顔を見ていられなかった。

せめて彼女が艦娘として走り出す時、妹の瑞鶴が傍にいれば……

その手が、声が届くところに妹が居れば、翔鶴も今生の生き方を定めなおす事が出来たかもしれない。

 

「……姉の面倒くらい自分で見なさいあの馬鹿鶴。此処にきたら絶対弄り倒してあげるわ」

 

この場に居ない相手に文句を言っても仕方ない。

まして瑞鶴のせいではない事など加賀自身分かっているが、八つ当たりする気持ちは止められない。

加賀をしてそう思うほど、この翔鶴は純粋に狂っていた。

 

「先輩、何か?」

「……気にしないで。歳を取ると独り言が多くなるのよ」

 

一航戦の名に、本来所属識別以外の意味など無い。

もしも意味を持たせるとすれば、それは背負った各人が自分で定めるものである。

翔鶴は最強の称号として一航戦を語った。

そんな幻想を持たせたのは、間違いなく自分と赤城だろう。

最強を語り、それに見合う錬度に登り詰め、その上で今も自分に純粋な敬意を向けてくる翔鶴。

加賀はこの後輩が辿って来た道を容易に想像出来てしまう。

当人は自覚していないだろうが、それは辛い道のりだった筈だ。

翔鶴にそんな道を選ばせた責任の一旦は自分達にある。

加賀は翔鶴の司令官と視線を合わせ、深く頭を下げた。

この壊れかけた後輩を、ずっと見捨てずに居てくれた事を感謝したかった。

 

「提督……演習海域の使用許可をいただけますか?」

「それは構いませんが……」

「加賀さん……うちの子の我侭に、お付き合い頂く必要はありませんわ」

 

翔鶴の司令官は苦々しく告げてくる。

しかし加賀には確信めいたものが一つあった。

それを確認するために、聞いておきたい事がある。

 

「司令官殿……恐らくこの翔鶴は、今日のような事をずっと繰り返してきたのではありませんか?」

「……はい」

「その中で赤城と加賀のうち、翔鶴と手合わせを拒んだモノが、一隻でもありましたか?」

「……」

 

目を伏せてうつむいた彼女の様子が、雄弁に答えを語っていた。

そうだろうなと加賀は思う。

第一航空戦隊は赤城と加賀だけのものではない。

しかし少なくとも自分達なら、この翔鶴と出会って素通りはしない気がするのである。

今まで翔鶴が出会った赤城や加賀は、自分こそが翔鶴の背負った負債を返さんと後輩の前に立ちふさがったのだろう。

だが、誰も止める事は出来なかった。

其れほどまでに翔鶴は強くなっていたのである。

 

「翔鶴……貴女の望み通り、一戦交えましょう」

「ありがとうございます!」

「ただし、条件があるわ」

「頼んで挑むのは私です。何でも仰ってください」

「私が貴女と戦うのはこれが最初で最後……どのような結果になろうと再戦は受け付けませんし、私から望む事もないでしょう」

「……」

「いいかしら?」

「……わかりました。全力で参ります」

「よろしい。雪風さん、翔鶴を案内してあげてください」

「承知しました。こちらへどうぞ、翔鶴さん」

「ありがとうございます」

「大和さん、モニタールームを動かしていただけますか?」

「わかりました」

 

加賀の頼みを聞き入れた二隻は、それぞれ指示に従って動き出した。

 

「加賀さん……申し訳ありません。うちの翔鶴が大変失礼を……」

「いえ、これは司令官の問題というより、私達があの子に作った心の傷ですから。提督、私も準備がありますので、少し時間がかかります。先に事務手続きを済ませておいてください」

「わかりました。それで、勝算はあるのですか? 彼女、だいぶ強そうに見えましたが……」

「……きっと、見ていて心躍るような展開にはならないわ」

 

それだけ言うと加賀も一礼して退室する。

一時間後、加賀が演習に持ち込んだ艤装はV字の飛行甲板と艦載機のみという完全な空母スタイル。

衣装も以前の和装であり、戦闘空母の面影は見られなかった。

対する翔鶴も揮下の第六〇一航空隊を完全に揃えており、戦意の高揚は誰の目にも明らかだった。

 

『それでは、始めてください』

 

モニタールームを操作する大和の声で始まった、新旧一航戦の航空戦。

第一攻撃隊が発艦し、制空権を奪い合う。

空を制したのは翔鶴。

それぞれの元に届いた爆雷撃機の数は五対一で翔鶴有利。

被弾数は加賀が三つの所を翔鶴が一つ。

それで終わった。

演習開始から僅か二十分。

翔鶴はたった一機の爆戦による、たった一度の爆撃で大破判定を下された。

対する加賀の損傷は中破止まり。

最強たる本物の一航戦に一蹴される事を望み続けた翔鶴は、この日初めてその夢をかなえられた。

しかし後から思い出したとき、敗北の実感すら持てぬまま蹴散らされたこの演習は、翔鶴にも悔し涙を滲ませる事となったのだ。

 

 

§

 

 

漆黒の空に浮かぶ大きな月。

その輝きに星の光すら霞む夜空の下、二隻の深海棲艦が海を渡る。

 

「良イ月ダ……今宵生マレ出ヅル姫ハ、幸福ダノ」

「……ソンナモンカナ?」

「ウム」

 

二隻が北の泊地を出発して、既に三日。

特に寄る場所も無いまま夜通しの移動なのでかなりの距離を稼いでいる。

目的地は今夜、新たな姫が生まれる海。

しかし出発が唐突な思いつきだったため、既に姫は戻っているだろうとは青目の空母の予想である。

 

「ソレデモ、行クカネ?」

「行クサ。コノ目デハッキリ見テオカナイトネ……アイツハ、モウイナイッテ」

「フム……傷ガ膿マヌ様ニ敢エテ切リ開クカ。態々傷ヲ増ヤサンデモ良イト思ウガ」

「アァ、損得ヨリ感情優先スルノハ、馬鹿ダヨネ……」

「其処マデ分カッテ……止マレルモノデモ無イヨナァ」

「ウン。吹ッ切ルニハ、ヤッパリアイツト同ジ存在ヲ見ナイト自分ガ納得シソウニナイ」

 

同じ存在で違う戦艦棲姫を見た時、自分が冷静で居られるかは判らない。

しかし少女はどんな姫が生まれたとしても、自分にとっての姫は先代しかありえなかった。

傷つくのは間違いないが、彼女の残滓をこの世に期待してしまう心はどうしても少女に絡みつく。

痛い目を見なければ自分が懲りないと思い知った少女は、唯一人泊地を抜け出したのだ。

青目の空母は、その際勝手についてきた。

 

「クレグレモ、妙ナ気ハ起コサンデクレヨ? ワシトシテハ、ヌシガ姫ニ殴リ掛カリハセンカト不安ナンダガ……」

「其処マデ阿呆ジャナイゾ? 何デ僕ガ姫種ミタイナ化ケ者ト喧嘩シナケリャナラナイノサ……」

「若者ハ理ヨリモ好キ嫌イデ動クデナァ……」

「気持チノ整理ヲツケニ来タダケダヨ。一目見タラ帰ルッテ」

「ウム。触ラヌ姫ニ祟リ無シ」

 

青目の言葉に頷く少女。

実のところ少女にとって、鬼や姫が強い事は認めても殆どが勝てない相手と思った事はなかったりする。

むきになってそう主張した所で、青目は信じないだろうが。

やがて目的地が近づくと、二隻に耳に遠い爆音が届く。

聞き違いでなければ、アレは主砲の発砲音だ。

しかも少女が耳に慣れ親しんだ、大口径の主砲である。

 

「戦ッテルノカナ?」

「…………ドウカノ」

 

首を傾げる少女に、眉をひそめて返した空母。

戦っているのなら、二種類以上の音が響くはずだ。

再び響いた轟音は同じ音。

撃ち込んでいるのは片方な気がする。

音の方向を目印にしばし進むと、その正体が判明した。

 

「……何ダアレ?」

「……血祭リ……カノ」

 

少女の視線の先にあるのは、完全武装の戦艦棲姫。

その左右には装甲空母の鬼姫を侍らせている。

彼女らが酷薄な笑みの向こうに見据えるのは一隻の艦娘だった。

少女はその艦娘に見覚えがある。

かつて先代が鹵獲し、飼っていた駆逐艦。

漆黒の水兵服を改造した様なワンピース。

長い銀色の髪が、月下に煌き揺れている。

戦艦棲姫が主砲を放つ。

立て続けに撃ち出される16inch三連装砲。

艦娘の駆逐艦が綺麗に見切って回避する。

その後を追うように次々と上がる水柱。

 

『あんた一体何があった訳!?』

『別ニ何モ。起キタラ目ノ前ニ艦娘ガイタノ、誰ダッテ沈メルデショウ?』

『ソノ通リデスワ姫様』

『ソノ通リデスワ姫様』

『サラウンドして喋ってんじゃないわよ気持ち悪い! 後あんたらに聞いてないっ。こっちの話が終わるまで黙ってなさい』

『マァ酷イ、傷ツクワ……』

『姫様、ワタクシ達モ……』

『勿論、良イワヨ』

 

戦艦棲姫の言葉に満面の笑みで頷くリボン姉妹。

二隻の空母から解き放たれる、五十機程の艦攻爆機。

駆逐艦一隻を沈めるには過剰な戦力だが、なんと艦娘はこの攻撃を避けきった。

先程から戦艦棲姫の砲撃に対しても被弾を許してはおらず、相当の錬度が予想される。

最も、その艤装は最低限であり攻撃手段は皆無である。

 

「要スルニ、嬲リ殺シカ」

「ウム。ソウトシカ見エンノ」

「フーン……ン?」

 

少女は戦艦と空母の鬼姫達の血祭りの脇で、一塊になっている十隻程の駆逐艦が目に付いた。

全員が赤、若しくは黄金の波動を持っている。

駆逐艦達は姫の血祭りに参加するでもなく、唯見ていた。

その視線が標的ではなく、全て戦艦棲姫に注がれている事にやや違和感を覚えた少女。

しかし特に理由等思いつかぬまま、再び轟音に意識を割かれた。

 

「……」

 

空気を引き裂いて襲い掛かる砲弾。

そして降り注ぐ爆弾と差し込まれる魚雷。

艦娘はそれらを回避し続けるが、ついに真下から被雷した。

装甲の薄い駆逐艦はたった一本の魚雷で半壊している。

艦娘は未だ必死に訴えていた。

戦艦棲姫は艦娘の言葉の意味が分からないだろう。

しかし少女には分かってしまう。

あの艦娘は、戦艦棲姫が先代だと思って訴えているのだ。

少女の中に正体不明の、しかしはっきりと不快に感じるものが芽生える。

自覚してから数秒でその感情に耐え切れなくなった少女は、理性が止める間もなく副砲を放つ。

標的は艦娘ではない。

彼女が狙ったのは、深海棲艦の大戦艦。

戦艦棲姫その人である。

 

「ン!?」

 

後方の、しかも味方と思しき存在から撃ち込まれた砲撃が姫の電探に捕捉される。

訳がわからないままとっさに回避した戦艦棲姫。

砲撃を受けた方向に視線を向けると、副砲を向ける小さな戦艦の姿を捉えた。

 

『同族ガ……何ノ心算カシラ?』

『ソイツハ先代ガ鹵獲シタ先代ノ遺産ダロ? 誰ノ許可ガアッテ汚イ砲身向ケテンダ……アバズレガ』

 

駆逐艦のような体躯の小娘から放たれた暴言。

戦艦棲姫の胸中が不快に淀む。

以前の自分とこの少女がどのような関係だったかは知らないが、これほどの無礼を受けて笑っている程甘くはない。

 

『貴女ハ、身ノ程ヲ知リナサイ』

『……』

 

少女は自分でも驚くほど静かな気持ちで新たな姫を見つめていた。

少女の姫は敵であろうと弱者を嬲ったりしなかった。

感情は安定せず、些細な事で直ぐに半泣きになって、膨大な能力を無駄な事につぎ込んで、努力家のくせの方向性は盛大に間違っていた先代の姫。

彼女と同じ顔で、同じ声で実行される蛮行が少女の気持ちを残酷なまでに整理する。

最早目の前にいる姫を此処で沈めてしまう事になんの躊躇も感じない。

隣で青目が盛大にため息をついている。

 

「青目ハサッサト逃ゲトケヨ」

「ヌシハ如何スル心算カネ?」

「アノ姫……ナーンカ気ニ入ラナイカラ、沈メテヤルノサ」

「……ヌシハ先刻自分デ語ッタ言葉ヲ、モウ忘レタカ」

「ウン。僕ッテ阿呆ダッタミタイダネェ」

 

けたけたと笑いながら歩み出る少女。

悠々と反転した戦艦棲姫と真っ向からにらみ合う。

青目の空母は少女の傍から離れなかった。

 

「邪魔ダッテンダヨ」

「マァ、ソウ言ウナ。取リ巻キクライ捌イテ見セヨウ」

「取リ巻キッタッテナ……アイツラ一応、姫ト鬼ダヨ?」

「フム……マァ何トカスルサ」

 

艦娘を嬲っていた艦載機を収容した装甲空母の鬼と姫。

二隻は戦艦棲姫の左右につくと、その腰しな垂れるように取り付いた。

 

『アラ……水マフジャナイ。久シブリネ』

『貴女ノオ陰デ私達ノ姫ガ帰ッテ来タワ』

『アリガトウ』

『アリガトウ』

『……其処ノソレガ、オマエ達ノ姫ナノカ?』

『エエ、ソウヨ。私達ノオ姫様』

『偉大ナル、戦艦ノ姫タル方ヨ』

『……ソッカ』

 

少女が始めて戦艦棲姫と出会った時、既にその両翼には装甲空母が侍っていた。

きっと少女と出会う以前から、ずっとそうしていたのだろう。

しかし今にして思えば……先代は決して装甲空母達に心から懐いてはいなかった。

それは戦艦に拘る彼女の思想ゆえかと思ったが、もしかしたら違ったかもしれない。

少女の姫はきっと、こうなる事を知っていた。

代が変われば自然と次の姫に移ろっていく。

善悪の問題ではなく、そう在るべくして在るのだろう。

それならば、寧ろ少女には処刑されている艦娘の方がまだ真っ当な存在に見える。

あの駆逐艦の艦娘は、戦艦の姫では無く先代の姫を探しているのだから。

 

『駆逐艦一隻ジャ喰イ足リナイダロ? 僕トモ遊ンデヨ』

『私ニ砲ヲ向ケルナラ、誰デアッテモ沈メルワヨ』

『沈メル……オ前ガ? 僕ヲ? ……戦艦ノ醍醐味モ知ラ無イ阿婆擦レガ調子ニ乗ルナヨ』

 

少女は不敵に笑いながら悠々と距離をつめる。

その様子に戦艦棲姫は臨戦態勢を取り、装甲空母達も全艦載機を発艦する。

装甲空母の鬼姫は、この小さな少女が規格外の航空戦艦であることを知っていた。

しかし姫種でも鬼種でもない小さな戦艦を、内心で侮る気持ちも存在した。

自分達の空母としての性能が、たった一隻の航空戦艦に負けるはずが無い。

 

『主演ガ出張ッテオルノニ、脇役ガシャシャッテ来ルデナイ』

 

それは青目の空母の言葉。。

装甲空母の発艦を見届けた青目は、自身も搭載している艦載機を飛ばしてゆく。

その手際は必ずしも機敏とは言えず、一隻また一隻と確認するように送り出す。

 

『ヒトォーツ、フタァーツ、ミィーッツ……』

『アラアラ……日ガ昇ッテシマウワヨ?』

『ノンビリ屋サン? ノンビリ屋サン!』

『ニジューハチ、ニジューク…………サンジュキュウ、ヨンジュウ……』

 

もたもたと発艦していく青目の空母。

その様子を生暖かく見守っていたのは姫や鬼に共通する、自身の強さを根拠とした絶対の自信ゆえだった。

青目は態々敵の発艦を待つ阿呆共に失笑する。

しかしそれならばと茶目っ気を発揮した青目は、指差し確認と点呼を取りつつゆっくりゆっくり発艦していった。

徐々に青目の機体で埋まってゆく空。

そのカウントは六十になり、八十になる。

それが三桁になった時、装甲空母達の背筋に薄ら寒いものが過ぎった。 

 

『ヒャクジュウ。ヒャクジュウイーチ、ヒャクジュウニー……』

 

発艦が終わらない。

しかも青目が放つ艦載機は大型にして高性能の機体ばかり。

それを百隻以上積んだときの戦力は鬼や姫にも迫るだろう。

 

『ヒャクヨンジュウサン、ヒャクヨンジュウシ……ホレ、ソッチハモウ打チ止メカ?』

 

からかう様に笑む青目。

その様を肩越しに振り向いた少女が苦笑してみている。

これなら自分の艦載機を使わず、一隻の戦艦として戦艦棲姫と対峙出来る。

少女としては青目を庇いながら戦う必要が無くなるだけで大分楽になった。

 

『デハ、待タセタノ……行クゾ』

 

打ち止めでなくとも、敵を待つ心算などさらさら無い青目の空母。

一方的に宣言すると、全艦載機が行動を開始する。

舌打しつつ迎撃戦を展開する装甲空母達。

青目の空母一隻と、装甲空母鬼と姫二隻の航空制圧力はほぼ互角。

空の戦いが拮抗する中、海ではついに戦艦棲姫と少女が20000メートルの距離で向き合った……

 

 

―――――to be continued

 

 

 

――極秘資料

 

No9.戦艦大和

 

現提督の就任初日、初の大型建造でツモった奇跡の象徴。

第一艦隊の旗艦を勤めるが、秘書艦の仕事は加賀がこなしている。

 

 

・居住性

 

機能1.艦娘が言うと意味深です。

機能2.大和が関わる空間の衣、食、住環境が向上します。

機能3.所属する鎮守府内でのコンディション値の回復幅と回復速度が微増します。

機能4.補給艦に迫る様々な料理を作成でき、艦娘達の士気を高揚させます。

 

 

・空間把握

 

機能1.認識できる範囲の物体の距離や速度を正確に把握する事が出来ます。

機能2.砲撃時、弾丸の飛距離を殆どそのまま命中射程にしてしまえます。

機能3.砲撃時、命中に+5の補正が掛かります

機能4.電探や水上機との併用で更に精度が上がります

 

 

・才能

 

機能1.艤装のみならず、本体の性能も規格外です。

機能2.認識した戦闘スキルを把握し、大まかに自分のものにします。

機能3.コピーしたスキルを使う場合は行使判定で達成値に-2の補正を受けます。

機能4.スキルをコピーする為には成功判定が存在します。

機能5.成功判定は伝聞で-6、海戦の別戦場で-3、直接戦闘の相手から-1の補正を受け、それが砲撃関連のスキルの場合は+2の補正が掛かります。

 

 

・?????

 

機能1.数値で表す深度です。

機能2.昼戦の火力キャップが開放されます。

機能3.侵攻深度によって砲戦火力が増減します。

機能4.侵攻深度によって装甲、耐久の値が増減します。

機能5.侵攻深度によって戦闘行為に悪影響を及ぼす精神状態を抑制できます。

機能6.この数値は深海棲艦の撃破と味方艦艇の撃沈、または該当する感情によって累積します。

機能7.この数値は該当する感情によって軽減します。

機能8.この数値を一定以上累積すると第二段階に移行します。

 

 

 

 




あとがき

かつて艦これを始めたばかりの頃……私は赤賀を愛していました。
やがて瑞加賀の尊さに目覚めてその美しさに祈りを捧げました。
そして翔賀の可能性に気付いたとき、私は目が覚めました。
あぁ、私って片方が加賀さんなら何でもいいんだなと。




どもリふぃです。
業務日誌二十話、此処にお届けいたします。
いや……誰でしょうね二十話で〆るよとかぶっこいてたの。
見通し甘いですよね。
焼き土下座でもしてお詫び申し上げろっていうかどの面下げて投稿してんだって感じ?
……支部が300000字とかになってたから油断してましたすいません;;
ハメさんが一話40000字なんですよね。
このペースだと足らなくなるので一旦此処で切らせて頂きたいと思います。
先代戦艦棲姫が沈んだ時、海は平和になったと(この作品ではもう海戦書かなくていい的な意味で)思っていました。
甘かったですねorz
いま少し、雪風の業務日誌にお付き合いください。
それでは、次のお話でお会いしましょう。
寒くなってまいりましたが、皆様お風邪など召されませぬようお気をつけくださいませー。







追記
秋イベは初日に1、2海域。
二日目に3海域。
三日目にEO終わりました。
E-3攻略中に朝雲も出たので、まーったりしております。
やっぱり夏が異常だったんですね。
冬はどうかな・・・・流石にもう無いのかな?




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希望

天津風は自分の半生を振り返ったとき、幸福なのか不幸なのか分からない。

生まれた時は多分、不幸だった。

其処は悪徳鎮守府の工廠。

当時はまだやる気のあった妖精達が消耗の激しい鎮守府の為に作り上げた、沈みにくい駆逐艦が天津風だった。

生まれながらに備わっていた、他の陽炎型よりも厚い装甲と高い回避能力。

しかしそんな天津風も、あの司令官に掛かれば消耗品の駆逐艦一隻に過ぎなかった。

天津風としても駆逐艦なんてそんなものだろうと納得してしまっていた。

他の鎮守府の事など知らない彼女は、かつての自分達の使い方とそう変わらないモノだと受け入れる。

それでも死にたかった訳ではない。

彼女には海底の汚泥を啜ってでも生き延びる目的があった。

かつての第十六駆逐隊のメンバーと再会する事。

天津風は前世における十六駆の解隊に納得していなかった。

戦力としては瓦解していたかもしれない。

それでも雪風は健在であり、戦える状態ではなかったが、天津風も尚海上に在ったのだ。

しかし現実として十六駆は解体され、雪風は第十七駆逐隊へ編入された。

雪風は其処で、五隻編成の駆逐隊など例が無いと言われたそうだ。

うちに来なくても良いのでは……とも。

その通り。

そんな所に行く必要は無い。

雪風の組む本当の相手は、十六駆にはまだ自分が居るのだ。

時津風を見失っても、初風が帰って来られなくても、雪風と自分が居れば十六駆は終わらない。

絶対に終わらすまいと、死に物狂いで故国に帰ろうとした天津風。

凄絶な執念は、確かに天津風に力を与えていたのかもしれない。

彼女が力尽きたのは、坊ノ岬で十七駆が雪風を残して壊滅した後である。

天津風は今生において、未だ十六駆の仲間と出会っていない。

再会を果たすまで決して沈まぬと決意した天津風は、使い捨ての駒として僚艦が沈む凄惨な海で生き延びた。

やがてしぶとい天津風は司令官の目に留まった様で、鎮守府最強の航空母艦の護衛艦として共に運用される事になる。

その空母……加賀はどれ程の地獄を見て来たのだろう。

天津風と組み始めたときから彼女は虚ろな瞳で淡々と敵を沈め、帰港する度に嘔吐を繰り返すような艦娘だった。

生まれた時からの性だろうか。

生来世話焼きだった天津風は、そんな加賀を何かと構うようになる。

相手はなかなか自分の事を覚えてくれなかったが、なんとか固体識別させるまでにはなった。

傍で見る加賀は、圧倒的としか言いようの無い強さだった。

たった一隻で戦局を左右できる艦娘。

かつての艦と違い性能に個人差がある艦娘は、横並びに使うよりも強い固体を集中運用する方が戦果に繋がりやすい。

逆に言えば加賀が居たために悪徳鎮守府が生き延びてしまった側面もあるのだが、現場で戦う自分達にそんな理屈は意味が無かった。

とにかく加賀を無傷で送る。

それこそ過酷な任務を完了させ、自分達が生き残る最善にして唯一の方法なのだから。

しかし上には上がいた。

自分達の最後の出撃。

それは今までどの鎮守府でも成功した例の無い、戦艦棲姫討伐任務だった。

旗艦の加賀すら、途上で僚艦に離脱を勧める程見込みの無い作戦。

果たして、結果は惨敗だった。

当時は見たことの無かった装甲空母が二隻掛りで加賀を抑え、次々と沈められる仲間達。

それは戦闘と呼べるものではない、一方的な虐殺だった。

天津風自身この海戦の敗北は必至と見切り脱出路を探り始めた。

そんな地獄のような海に現れたのが戦艦棲姫。

天津風にとって最初の飼い主が鎮守府の司令官だとしたら、彼女は二人目の飼い主という事になるだろう。

殺しに来た自分達である。

殺されたとしても文句など言えるはずは無い。

しかし戦艦棲姫は仲間達の虐殺行為を止めさせた。

その時点で生きていたのは自分と加賀しかいなかったが、とにかく止めさせたのである。

戦艦棲姫は生き残った自分達とたった一隻で戦い、撃破した。

天津風が二度と戻れぬと覚悟して落ちた昏睡から醒めた時、武装を解除されはしたものの生かされていた。

そして数ヶ月、天津風はこの奇妙な姫に飼われて暮らす事になる。

戦艦棲姫は司令官より優しかった。

保障された生活は当然制限もされたが、それまでの環境よりも遥かにまともなものだった。

鎮守府と戦場しか知らぬ天津風にとって、最も自分を丁重に扱ったのが敵の姫だった事は皮肉としか言いようが無い。

元々戦艦棲姫に個人的な恨みも無かった天津風は、彼女と様々な会話をしたものだ。

そんな戦艦棲姫が水マフと呼ぶ戦艦と共に、旅に出ると言って来たのは二ヶ月ほど前の事だったか。

一月もすれば戻ると言っていた姫は、期限を過ぎても戻ってこなかった。

拘束されている訳ではないが、探しに行く事は出来なかった。

姫の住処を出てしまえば、其処は無数の深海棲艦がたむろす危険地帯。

戦艦棲姫の庇護する地から出てしまえば、問答無用で撃たれるのは間違いない。

気をもみながら姫を待っていた天津風。

しかし今日、突然彼女は戻ってきたのだ。

その雰囲気はまるで別人だったが、姿形は確かに戦艦棲姫のもの。

安心半分、警戒半分で声を掛ける。

そして……

返答は砲撃によって示された。

自分の中で何か貴重なものが壊れた音を聞いた気がする。

自分で考えていたより、戦艦棲姫に気を許していたのだろう。

半ば無駄だと気付いていながら、訴える事を止められない。

気に入らなかった。

以前は絶対にしなかった薄気味悪い笑みを浮かべる姫も。

少し苦手だと言っていた装甲空母二隻を侍らせているその姿も。

裏切られたという事だろうか。

そもそも自分は彼女の捕虜であり、即座に処刑されても文句は言えなかった。

おかしかった関係が元に戻っただけなのかもしれない。

しかしそれでも、天津風は言葉を尽くす。

自分自身の為ではない。

今の状況が、あの優しかった奇妙な姫の望みとはかけ離れていると感じたからだ。

やがて装甲空母の雷撃を受け、足回りの艤装を破壊された。

納得が行かなかった。

こんな所で沈みかけている自分にも、変わってしまった姫にも、腹の立つ笑みを浮かべている装甲空母共も。

全てがたまらなく悔しくて、双眸に滲む涙が止まらなかった。

歯をすり潰さんばかりに食いしめ、うつむいた天津風。

何も成せない自分の非力を憎みながら死を待つ彼女は、覚えの在る声を聞く。

 

『ソイツハ先代ガ鹵獲シタ先代ノ遺産ダロ? 誰ノ許可ガアッテ汚イ砲身向ケテンダ……アバズレガ』

 

遺産。

戦艦棲姫に水マフと呼ばれていた少女は、確かに自分をそう言った。

あの戦艦棲姫が沈んだ?

加賀すら寄せ付けずに一蹴した、あの戦艦が。

ならば先程まで自分を狙っていた姫は別人なのだろうか。

確かに深海棲艦は見た目の固体識別が難しく、艦種別に一括りにされているが……

混乱する天津風を他所に、深海棲艦の同士討ちが始まった。

それは悪徳鎮守府に所属し、数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女をして戦慄する領域の戦い。

青く光る瞳の空母が、装甲空母の鬼姫達と互角の航空戦を演じている。

戦艦棲姫と戦艦少女が、大口径の主砲を交換する。

響き渡る轟音。

空気を震わせ、海を陥没させるような衝撃。

深海棲艦双方が振るう破壊力は尋常ではない。

自分達がこれまで戦っていた存在の中でも、最上位にあるモノ達の激突が目の前で起こっていた。

 

 

§

 

 

『コノ程度モ避ケラレナイノ? ソレデ、ヨクモ大口ガ叩ケタモノネ』

『コノ程度ダカラ避ケル必要ガネェンダヨ。オマエハ随分チョコマカ動クナ? ソンナニ僕ガ怖イノカイ』

 

戦艦棲姫は主砲と副砲で少女を狙う。

それに対し、少女は砲弾を中空で狙い打つという離れ業で対応している。

信じがたい光景に、天津風が目を見開いた。

少女の狙いはかなり正確だが、撃ち洩らしも当然存在する。

まして砲塔の数は明らかに戦艦棲姫の方が多かった。

少しずつ少女の周りに降り注ぐ砲弾が増え、その艤装に直撃するものも在る。

しかし姫には及ばぬものの、少女の装甲と耐久も並みの戦艦と桁が違う。

戦艦棲姫は直撃弾から感じる手応えに眉をしかめた。

効いていないわけではない。

しかし致命からも程遠い。

そうしていると、少女も唐突に相殺から直撃狙いに切り替えてきた。

砲撃は初弾にも関わらず命中コースに乗っている。

舌打しつつ回頭し、少女の砲撃を回避する。

その先で照準を修正し、全砲門を解き放つ。

戦艦棲姫の視線の先で薄ら笑う少女。

姫の旋回に対応して艦首だけは正面で捕らえ、撃ち込まれる砲撃には中空相殺を狙っている。

今度の砲撃では命中弾が全て叩き落された。

そして一度砲撃してから次弾装填の速度は少女の方が遥かに速い。

反撃で撃ち込まれる少女の砲撃。

回避運動で位置が常に変わっているにも関わらず先程よりも遥かに早く、そして正確に自分の位置に降って来る。

動力の急制動と旋回を織り交ぜて回避する戦艦棲姫。

 

『アハハッ! ホント良ク避ケルジャン。スゲェスゲェ! マルデ駆逐艦ミタイダヨオ姫様』

『……黙レ』

『聞キ流セヨー、可愛イ負ケ惜シミダロ? 僕ハ被弾シテ、オ前ハ無傷サ。オメデトウ、ダメージレースハ優勢ダヨー?』

 

小馬鹿にしたような少女の声が非常に癇に障る。

砲戦開始から少女は一歩も動いていない。

腕を組み、口元に笑みを浮かべ、砲撃精度のみで戦闘を継続させている。

戦艦棲姫が撃てば少女は命中弾を撃ち落す。

少女の反撃は戦艦棲姫が回避する。

一見五分の攻防は、やがて少女の優位に傾いていく。

撃ち落しの精度は試行回数が増えるほどに向上し、反撃の速度と精度も徐々に姫の回避能力を超えてきた。

 

『ナ、何故初弾カラ此処マデ狙エルノッ』

『初弾ジャネェヨ。オ前ノ居ル位置カラ撃ッタ砲弾ヲ撃チ落トシテルジャン』

『……アッ』

 

戦艦少女は姫の砲撃を相殺し、その時の砲弾の角度で反撃の距離と砲軸を調整していたのである。

戦艦棲姫はついに避けえず、被弾しながら少女の技量に戦慄した。

 

『オ前馬鹿ダロ? 自分ノ性能考エテ戦闘組ミ立テロヨ』

『……五月蝿イ、黙レッ』

 

戦艦棲姫は耐久、装甲、火力の全てで少女を遥かに上回る。

ならば戦艦らしく、堂々と押しつぶせば良い。

少女の砲撃を受け止め、その代わりに自分の弾丸を同じ回数当てれば、先に力尽きるのは少女の方だった。

それなのに、姫は回避を選択した。

確かに避けれるものを態々食らう必要は無いだろう。

しかし戦艦が、砲撃精度を犠牲にしてまで格下の射撃から逃げ回ってどうするのか。

少女が真似事ながら弾丸相殺など出来るのは、自分の座標を完全に固定しているからだ。

それによって海上とは言え足場を定め、縦揺れや横振りを極力排除しているからこそ命中精度を確保出来る。

 

「ネグリジェト同ジ艤装ダガ……モシカシテ腕ノ操作ニ自信ガナイノカ? 戻ッタバッカダシ、仕方ナイト言エバソノ通リダケド」

 

戦艦棲姫は自分の砲撃に耐えうる装甲を持っているのに、当てるよりも避ける事を優先している。

最初に放った副砲を避けたときから思っていた事だ。

この姫は戦艦としての怖さが無い。

敵艦のどんな砲雷撃をもってしても倒せぬ絶望と、たった一発の被弾で粉砕される恐怖の象徴こそ戦艦ではなかったか。

少なくとも、少女にとって先代の戦艦棲姫はそれを体言する存在だった。

こいつはそれが分かっていない。

だからどれ程圧倒的な火力と装甲を誇ろうと、少女には目の前の姫から全く怖さを感じないのだ。

精神的に気圧されかけている事を、戦艦棲姫自身感じていた。

海上で交わされる砲撃の遥か高空では、青目と装甲空母達の艦載機が戦っている。

満月を背景に無数の艦載機が入り乱れる空は、天津風の目に奇妙な非現実感を持って写っていた。

何が起きているのか、正直もう分からない。

とにかく、仲間に会いたかった。

 

「オーイ」

「ひっ!?」

 

真後ろから掛けられた肉声に、天津風は首だけで振り向いた。

手が届く距離にいるのは、深海棲艦の航空母艦。

薄い黄金の波動と青く輝く左目。

駆逐艦たる天津風よりもかなりの長身であり、帽子部分を含めて見下ろされるときの圧迫感は凄まじい。

そんな存在が、のっそりと右手を伸ばしてくる。

とっさに身構えるが、足回りを損傷している天津風に出来る抵抗といえば睨み返すのみ。

勇ましい小船に苦笑した青目は、天津風を小脇に抱え込んだ。

 

「ちょっ!?」

『確保ォ!』

『ソノママ持ッテテ。今一寸手ガ離セナイカラ』

『承知。存分ニ成スガヨイ』

 

天津風は青目の空母を見上げると、その視線の先には戦艦棲姫と少女の戦場があった。

会話をしつつも空の戦いは途切れる頃なく続いている。

青目の艦載機は徐々に空を制し、装甲空母姉妹の艦載機を主戦場から少しずつ押し出していく。

 

『化ケモノ?』

『化ケモノ!』

『ホザケ戯ケ共。理不尽ノ権化タル鬼姫ニ言ワレタクナイワ』

 

装甲空母達の悲鳴が夜空に響く。

航空戦を優位に進める青目は更に爆、攻撃機の牽制によって敵空母すら徐々に主戦場からはじき出す。

最初に宣言した通り、正に捌いて見せていた。

 

「ノウ、艦娘ヤ」

「何よ」

「ヌシハ……前ノ姫ノ知リ合イカ?」

「……捕虜よ」

「成ル程」

「……戦艦棲姫は、死んだのね?」

「死……フム。ヌシヲ捕ラエタ姫ノ事ナラ、死ンダト言エル。戦艦ノ姫ハ、アノ通リ滅ンデオラヌガナ」

「あのチビ戦艦……アイツは姫種か何かなわけ?」

「違ウ。アレハ……希望カナ」

「希望……」

「前ノ姫ト在リ方ガ似テイル。元々ソウナノカ継承シタノカ……マァ奴ハ嫌ガルダロウガ、アノ背ヲ追ウモノハコレカラモット増エテ行クゾ」

 

心底楽しそうに先を語る青目の空母。

彼女が見守る戦場では、尚も戦艦棲姫と少女の死闘が続いている。

戦艦棲姫は此処へ来て少女の言葉の意味を悟ったらしい。

遅まきながら足を止め、回避を捨てても確実に当てていく戦闘へシフトした。

姫から受ける圧力が増した事を承知しながら、少女も真っ向から受けてたつ。

姫種と相対し、怖気も怯みも無いままに堂々と戦う戦艦少女。

この時には戦艦棲姫も気付いていた。

自分の前に立ち塞がったこの少女は、きっと希少な存在なのだと。

 

『オ前ハ、前ノ姫ノ僚艦カ?』

『前ノオ前ニ惚レテタンダヨ』

『……ソウ』

 

少女はその能力においても気概においても、清々しいまでに戦艦だった。

それは以前の戦艦棲姫を見て来た故の事であるが、それを知らない今の姫には少女自身が眩しく思う。

それぞれの内心とは裏腹に激しさを増す砲撃戦。

一発の破壊力と砲門の数では戦艦棲姫が上回り、砲撃速度と命中精度は少女に分がある。

両者共に被弾と損傷が蓄積し、中破に届く傷になる。

その中で姫が放った一発の主砲が少女の肩に直撃した。

衝撃はついに少女の足を水面から引き抜き、小さな体がよろめいた。

千載一遇の勝機を得た戦艦棲姫は、少女が損傷確認と誘爆阻止のダメージコントロールを行う隙に次の弾丸を装填する。

狙い、定め、撃つ。

感傷はあれど反逆した同胞を撃つ事に躊躇う事の無い戦艦棲姫は、必殺の意思を篭めて主砲を放つ。

少女は海上で片膝をついたまま相殺射撃の為に照準を修正する。

しかし撃てなかった。

目の前に割り込み、海面から跳ね上がった何かが目に入ったのだ。

 

「エ……?」

「ンナ!?」

 

飛び込んできたのは駆逐艦。

人間達からイ級と呼ばれる存在は、戦艦棲姫の射線に飛び込んで被弾した。

訳がわからないのは、姫も少女も同様だった。

しかし居合わせた十隻程の駆逐艦達は半数が姫に向かって突っ込み、もう半分は少女を囲む。

砲を向けての包囲ではない。

駆逐艦達は艦首と砲塔を戦艦棲姫に向け、あたかも輪形陣を組むが如く少女を取り囲んだのだ。

 

『オ前ラ何ヤッテンノ?』

『キュー?』

『……駆逐ガ会話ナンザ無理カ』

『キュー!』

 

言葉は通じずとも、駆逐艦の士気が高い事は少女にも分かった。

彼女は知らない事だが、此処に居た駆逐艦は全員が先代の姫に救われた事がある。

かつて姫の戯れで渦潮乗りに繰り出し、艦娘達の精鋭部隊と遭遇した駆逐艦達。

あの時守ろうとした姫に逆に庇われて以来、彼女の周囲には懐いた彼らがついて回る事があった。

eliteやflagshipであろうと、所詮は駆逐艦の思考力。

戦艦棲姫に起こった戦没や、代替りを正確に理解しているものは居ない。

彼らは単に姫が不在の間は寂しがり、今夜急に戻った姫に喜んで会いに来た。

それはある意味で装甲空母達と同じ。

しかし彼らは単純であるが故に違和感に敏感だった。

艦娘の駆逐艦を嬲り、嫌な笑みを浮かべる彼女が『違うモノ』だと直感する。

姿形は同じでありながら、本能が違うと訴えてくる相手にどうすれば良いか分からなかった。

其処に現れた戦艦少女。

姫と同じだが違うモノを撃ち、そのまま戦い始めた少女を見た時、単純な彼らは理解する。

姿形が全く違うこの少女と自分達の姫は『似ているモノ』だと。

同じだけれど違うモノと、違うけれど似ているモノ。

両者を見比べた駆逐艦達は装甲空母と違うモノを選んだのだ。

戦艦棲姫に突入を開始した五隻の駆逐艦達は近接距離から砲雷撃戦を開始する。

駆逐艦の主砲でまともな傷など入る筈がない。

頼みの魚雷すら、殆ど効果が上がらない。

両者の間には精神論では覆しようの無い絶望的な差があった。

纏わりつく小船に苛立つ姫の反撃。

たった一発の副砲で沈む赤い駆逐艦。

更に主砲で少女を狙うが、前面に展開した駆逐艦が跳ね上がってカットする。

少女の盾になりながら沈んでゆく黄金の駆逐艦。

 

「……マジデ何ヤッテヤガル」

 

何故か割り込んできた駆逐艦達の行動に半眼になる戦艦少女。

まさかこいつらは、自分を守っている心算なのだろうか。

姫に纏わりついては消し飛ばされているあいつらは、援護でもしている心算なのだろうか。

苛立つ少女の前面には沈んだ駆逐艦の変わりに別の一隻が入る。

駆逐艦達が何を考えているかは分からないが、何をしようとしているかは分かってしまう。

少女は息を吐きつつ組んでいた腕を解く。

空気を引き裂く音と共に降って来る弾丸。

合わせて跳ね上がろうとした駆逐艦の頭を掴み、海面に押し付ける。

同時に掴んだ駆逐艦を自分ごと尻尾に巻き込み、姫の砲撃をまともに食らう。

 

「キュー……」

「オ前ラ、本当ニ、マジデ、ウザイ」

 

尻尾で抱き込んだ駆逐艦を開放しつつ、傷ついた身体で立ち上がる。

突入組みは既にニ隻まで撃ち減らされ、無謀な攻勢のツケを正当な轟沈によって贖っていた。

全滅は時間の問題だろう。

新たな弾丸を装填しつつ、姫に向かって呼びかける。

 

『オイ、アバズレ』

『何カシラ、チビ』

『今日ハ見逃シテヤルカラ、サッサト失セナ』

『何ヲ言イ出スカト思エバ……コイツラノ数ヲ獲テ勝テルトデモ踏ンダノカシラ?』

『ナマ言ッテナイデ、見逃シテヤルッテ言ッテンダカラ素直ニ消エレバイインダヨ』

『ソレデ気ノ効イタ命乞イノ心算? 見苦シイワヨ』

『……アァ、ソウカイ』

 

両者の会話の間でも駆逐艦達の猛攻は続いている。

ある一隻は密着からの砲撃を試みようと、副砲を掻い潜って接近した。

命がけで獲った姫の懐だが、艤装の腕はかすり傷一つついていない。

そのまま巨大な腕に掴み上げられ、即座に握り潰される。

赤い雫が腕から伝い、姫の頬に滴った。

その光景は少女にある意味での敗北を飲み込む決意を促した。

 

『僕ハ最後ノチャンスヲヤッタノニナァ……本当ニ、救エネェヨ』

 

少女は右手を一度海面に翳し、それからひらりと裏返す。

そして空を向いた掌を手首から起こし、招くように手を振った。

瞬間、海面が泡立った。

その変化を目視で捕らえた姫は、状況を確認する為に目を凝らす。

異変の正体は直ぐに分かった。

水面を持ち上げ、跳ね上がってきたのは百に近い数の艦載機。

戦艦棲姫の背筋に冷たい汗が滴った。

 

『ナッ!?』

『見逃シテヤルッテ言ッタ。素直ニ退クナラ、ソノ駆逐艦共ダッテ僕ガ止メテヤル心算ダッタ……ダケドオ前、逃ゲナカッタナ』

 

同じように左手を海面に翳し、裏返して手招きする。

先程と同じ現象が水面に起こり、飛び出してきた飛び魚艦爆。

その数は先代との最後の旅の時を遥かに上回る百八十機。

あの時、敵の化け物空母を相手に制空権を守れなかった少女は、魚雷の遠当てと一緒にこちらも改造していたのだ。

 

『戦艦トシテノ勝負ハ、僕ノ負ケサ。認メルヨ……ヤッパリ姫ハ凄イヤ。ダカラ、此処カラハ僕モ本気デ行クヨ』

『ッ……』

 

飛び魚達はその場で一つ、二つと跳ね上がり、三回目で着水する事無く舞い上がった。

青目の空母すら上回る数の艦載機群。

それらが一斉に垂直上昇する様子は、戦艦棲姫のみならずその場にいた全員の目を釘付けにした。

空を埋め尽くす艦載機に戦艦棲姫の全身が悪寒で震える。

これ程の航空戦力を持っていながら、艦砲射撃だけで戦っていた。

その気になれば何時でも勝負を決められたのに、自分に合わせて戦っていたのだろうか。

少女は先程までの薄笑いを浮かべていない。

心底つまらなそうに、興の醒めた顔で冷たく姫を見下していた。

姫は自分が少女にとって、敵として見限られた事を知る。

最早少女は自分に対し、競う価値すら見出していないのだ。

凄まじい屈辱と怒りが全身を駆け巡り、新たな震えとなって姫を襲う。

 

『卑怯ッテ罵ルカ? 悪辣ダッテ吼エルカ? 何トデモ言エヨ。ソシテ満足シタラ今此処デ、僕ヲ倒シテ見セテミロ』

 

少女が右手を掲げ、無造作に振り下ろす。

飛び魚艦爆は二隊に分かれて戦艦棲姫の爆撃と青目の加勢に入る。

既に青目に傾いていた制空権は完全に少女達の手に落ちた。

装甲空母は自分達の頭上を守る事も出来なくなり、瞬く間に被弾を重ねる。

僅か十分の猛攻で鬼は沈み、その五分後に姫も同じく後を追った。

 

「何んだってのよこれ……」

「時代ハ航空戦艦カノ……」

 

そちらの結果を見もせずに戦艦棲姫と向き合う少女。

飛び魚艦爆の最初の爆撃は、唯一隻残った駆逐艦の撤退支援。

振り払うような対空砲火に砲塔を割いた姫の前面から、駆逐艦が撤収する。

少女が何かを言ったわけではない。

しかし自分が退かなければ少女の邪魔になるだろう。

少女もコレで退かなければ、第二次爆撃は躊躇なく巻き込む心算だった。

 

「クゥッ……何……何ナノコレハァ!」

 

無数の艦載機に取り付かれながら、その身に起きた理不尽を呪う戦艦棲姫。

最強の戦艦として生まれた筈が、生誕したその日に自分より遥かに強いナニカに沈められようとしている。

凄絶な憎しみを湛えた形相で元凶たる少女を睨む。

そんな戦艦棲姫を無感動に見据え、砲撃を重ねる少女。

流石というべきか、被弾を重ねながらも戦艦棲姫は簡単に沈む気配を見せない。

姫に壊滅的な損傷を与えるならば、もう一つ強力な札を切る必要があった。

 

「コイツノ実戦初投入ガ姫ッテノモ皮肉ダネ……見テテヨ、ネグリジェ……ソレカラアバズレ、オマエモナ」

 

少女の尻尾が蠕動し、艤装の中から特殊な弾丸を抽出する。

それは内部で16inch三連装砲に装填され、狙点固定と同時に撃ちだされた。

三つの砲塔から放たれた三発の弾丸。

対峙する戦艦棲姫は、その奇妙な弾に眉をしかめた。

形状は羽の無い矢の様であり、烏賊の足を取り払った様でもある。

色は無色透明で、中には何かが埋め込まれている。

戦艦棲姫はその正体を看破して戦慄した。

少女が放った無色の砲弾が運ぶのは、小型化された魚雷である。

 

「多弾頭烏賊魚雷弾。瞬間衝撃ニ強イジェル状ノ弾丸ニ、小型魚雷ヲ搭載シテミタンダ。発射ト着水ノ衝撃ハ殆ド表面デ吸収シテ、海水ニ溶ケル新素材……結構苦労シタンダヨコレ」

 

烏賊型の頭はジャイロ回転する時に風切りの役目を果たし、射線を山形よりもやや水平方向に伸ばしている。

それによって着水の角度をなだらかにして弾丸が深く沈みこむのを抑制していた。

砲弾一発に詰める魚雷は五本。

三連装砲全てで放ったときは十五射線の雷撃になる。

魚雷搭載の砲弾の射程距離は20000㍍には届かず、極限まで小型化させた魚雷の射程は5000㍍程しかない。

しかし砲撃の速度で20000㍍を稼いだ先でばら撒かれる十五射線の雷撃である。

砲撃の要領で狙いを定める事が出来る故、着弾地点からは多少アバウトに広がってもどれか一つは刺さるのだ。

これが砲撃戦を主戦場にする少女が出した遠距離雷撃の回答だった。

頭上から投下される通常の爆撃と海面を跳ねる反跳爆撃。

更に少女から撃ち込まれる砲撃に加え、海面下から襲い来る魚雷。

この多角的な攻撃は防御や回避を許さず、戦艦棲姫は瞬く間に撃ち崩された。

 

「グッ……カハッ」

 

苦痛と衝撃が姫の全身を駆け巡る。

最早平衡感覚すらまともに働いておらず、戦艦棲姫は自分が立っているのか寝ているのかすら分からない。

ただ、早く終わって欲しかった。

何時の間にか仰向けで海に浮かんでいる。

夜空の色が薄れていた。

殆ど動かなくなった身体から、顎だけ引いて視線を下げる。

虚ろな瞳が写すのは、暁の水平線と勝者たる戦艦の少女だった。

戦いの中で時は過ぎ、夜の帳は朝の光に変わろうとしていた。

少女の元に青目の空母がやって来て、ハイタッチを交わしている。

その周囲では生き残った駆逐艦達が跳ね回っていた。

 

「……イイナァ」

 

自分でも気付かぬうちに洩れていた呟き。

発してから気付いた姫は、羞恥心から死にたくなった。

その呟きを聞く者が自分しか居なかった事は慈悲だろうか。

生誕の日の祝福としてはあまりにもささやかな世界の慈悲は、姫の双眸湿らせた。

 

「シカシマァ……見事ニ大破シテオルノゥ」

「姫ト殴リアッタンダカラ仕方ネェダロ」

 

苦笑する青目に対し、満面の笑みを返す少女。

悪童の悪戯にしては大事をやらかしたが、見事勝ちきった少女の笑みは青目の瞳を細めさせた。

 

「満足シタカ?」

「ウン」

「デハ……帰ロウカノ」

「ン、ソレハ良インダケド……」

 

少女は青目が脇に抱える天津風を見る。

最早抵抗もせずに捕まっている天津風は困ったように頬をかく。

 

「青目、ソレ如何スルノサ」

「イヤ、コレハヌシノ戦利品ダロウテ。扱イハヌシニ一任スルゾ?」

「エ? 僕ノナノカコレ……」

「これとかそれとか勘弁してよ……私は陽炎型駆逐艦九番艦、天津風よ」

「細ケェコタァイインダヨ。ダケド……参ッタナァ」

 

この艦娘を先代の遺産と言ったのは少女自身である。

それを確保しておいて、今更沈めなおすのはどうも気が咎めた。

 

「ソノ辺ニ放リ出シテ置ケバ帰ルカノゥ?」

「イヤ……ソイツノ根拠地ハ壊滅シテルッテネグリジェガ言ッテタヨ」

「あの、足回り壊されてるから放置は止めて欲しいんだけど……」

 

面倒な荷物を抱え込んだ二隻は相談し、何処かの泊地に押し付ける事に決定した。

 

「縦セタニ押シ付ケヨウゼ? アイツナラ取ッテ食イハシナイダロ」

「名案カモシレンナ。少シ遠イガ……」

「先ズハ近イ所デ北ニ帰ロウ。其処デ損傷直シテ艦載機補充シテカラネ……アァ、ホッポニ借リガ増エテイク……面倒クセェ」

「致シ方アルマイ。奴ハマダ素直ダカラ大分マシダゾ」

「デスヨネー」

 

息を吐いた少女と笑う青目が並び、夜明けの海を往く。

その後ろからついて来るのは生き残った駆逐艦達だった。

ごく自然に一団となった少女達は大破漂流中の姫の傍を抜ける。

少女は肩越しに振り向くと、魂の抜けたような戦艦棲姫と目が合った。

かつて少女は姫から多くの恩恵を受け、それを糧に此処まで来た。

先代から受け取ったものは形の無いものだが、それは確実に少女の中に息づいている。

少しだけ変わった少女は、海上を漂う姫に声を掛けた。

 

『……艦娘ノ百隻モ沈メテカラ出直シテ来イ』

『……シタラ、ドウダッテ言ウノ……』

『ソウダネ、オマエナンカニハ無理ダロウケド……ダケドモシ、出来タナラ――』

 

――その時は、また相手になってやる

 

勝者である少女から敗者たる姫に送られたのは再戦の道標。

余りに物騒なやり取りに頬を引きつらせる天津風。

そんな天津風を抱えた青目は、遠い目をして姫を見ている。

数秒の葛藤。

やがて青目の中の天秤が一方に傾き、導き出した答えを少女に告げる。

 

「ノウ、水マフヤ……」

「ン? 如何シタ」

「……ワシハ、チト野暮用ガ出来タヨウダ」

「アー……何トナク、分カルヨ」

 

少女はこの青目の空母が、歳若い自分の事を心配して構ってきた事を忘れていない。

今青目が必要なのは前を向いて歩みだした少女より、心を折られた姫なのだろう。

青目は言外に残ることを告げ、少女は笑って送り出した。

 

「スマヌナ……イマ少シ、ヌシガ歩ム道ノ先ヲ見タカッタガ……」

「別ニ今生ノ別レデモネェダロ。湿ッポインダヨババァ」

「……フム、小娘ノ言葉ナラバ捻ッテヤルガ、若人ニ言ワレル分ニハ致シ方アルマイテ」

 

青目は脇に抱えた天津風を手近の駆逐艦に乗せた。

道を違えた二隻は再会を期して歩みだす。

少女達は北へ向かい、青目は幼い姫の下へ。

戦艦棲姫は青目の空母に抱き起こされ、朝焼けの中に去り行く少女の背を見つめていた。

生まれたばかりの戦艦棲姫にとって、その光景は余りにも眩しく遠かった。

羨望と悔しさと……他にも名状さえ出来ない様々な感情が瞳からあふれ出して来る。

この日の敗北と心に刻んだ遠い光景。

そして少女との約束は、多くの艦娘にとって不幸な事に彼女を強くする事になる。

 

 

§

 

 

雪風と時雨は工廠に引き篭もって艤装の整備に精を出していた。

二隻が篭ったのが前日の夕刻からであり、既に朝日が昇る時間。

小口径の主砲や酸素魚雷は言うに及ばず、小型の電探や探照灯等、駆逐艦として搭載できる様々な装備を入念にチェックしている。

既にあらかたの作業は済み、後は如何にしてコレを生かすかを考えるのみ。

雪風は隣で連装砲を分解、掃除している時雨に声を掛ける。

 

「時雨から見た時、大和さんってどんなです?」

「規格外。非常識に強いけれど、まだ当人に自覚が無いから立ち上がりはもたつくと思うよ。たぶん彼女は今、成長期なんじゃないかな? 昨日より今日、今日より明日と強くなるから自分自身の力を正確に把握出来ていない」

「そんなにですか……頼もしいんですが、敵に回すと厄介ですね」

「曲りなりにも戦艦棲姫と真っ向から殴り合って耐え切ったんだ……君の知っている頃の彼女とは別物だと思ったほうが良いよ」

 

大演習を数時間後に控え、それぞれの旗艦は戦力分析に余念が無い。

五十鈴が記録上在籍できる最後の演習。

第一艦隊に華を持たせるのも良いが、五十鈴は水雷戦隊の指揮官である。

どちらかと言えば、駆逐艦によって大物を仕留める方が喜びそうではあった。

 

「兎に角、僕達には大和を撃ち抜く火力が無い。加賀の欠場が、痛いね」

「加賀さんの燃費がおっそろしく悪くなった所に、翔鶴さんとの演習が余計に入ってしまいましたからね……しかも一撃必殺に傾注し過ぎて制空権全部持っていかれたからボーキサイトも大損失です。下手すれば今日のお祭りの資材すら消し飛ぶ所でしたよ……」

「そうなると、火力も航空戦力も要になるのは山城だけど……」

「其処は山城さんがどうと言うより、比較対象があんまりです。航空戦で赤城さん、砲撃戦で大和さんのどっちかに勝てとかイジメと同じでしょう?」

「そうだよね。逆に考えれば、そのどちらかを落せれば話は随分変わってくる。最初から勝ち続ける必要は無いんだしね」

「ですね、瑞雲は最初温存して頂きましょう。後は羽黒さんの火力頼みですが……足柄さんが抑えてくるだろうなぁ」

「羽黒は単体戦力なら足柄を超えるんじゃないかな?」

「条件互角なら羽黒さんが勝つでしょうが、制空権無いんですよ……大和さんも足柄さんも、弾着観測やり放題じゃないですか……」

「あぁ、そうか……唯でさえ劣勢な火力は更に差が開くね」

 

演習の内訳は第一艦隊三隻の所、第二、第三艦隊は七隻の勝負。

数の上では雪風達に分があるが、大和達が正規空母を要しているのに対し雪風達は加賀が不参加。

戦艦と重巡洋艦が観測機を飛ばし放題になる事を考えると、数の優位も心もとない。

ましてその半数以上は駆逐艦なのである。

 

「艦隊の編成を弄らないなら、僕達が大和を抑える……しかないだろうね」

「そして羽黒さんと夕立に足柄さんを抑えてもらって、島風と雪風で可能な限り早急に赤城さんを落しますか……」

「赤城さえいなければ、山城の瑞雲で制空権を奪い返せるしね」

「はい。大和さんの装甲と耐久を抜くには、山城さんと羽黒さんの弾着観測で急所狙いしかありません。同時に相手の偵察機封じも出来ますから、狙わない手は無いですね」

「……うん、狙わない手は無い。だからこそ、あっちも赤城の防衛は幾重も線を引くだろうね」

「むぅ……逆手にとって赤城さんを囮にして、大和さんと足柄さんの十字砲火網に吸い出されたりしそうですねぇ……」

「それでも行くしかないよ。島風はなるべく戦域を迂回して、君と二正面で迫れればまだ……」

「赤城さんだって無抵抗で突っ立ってたりしませんよ。しかも艦載機だって昔と今では錬度も性能も比較になりません。下手すると雪風と島風が赤城さんご本人に一蹴される可能性だってあるんです」

「しかし、短期決戦にはこれしかないよ? 夜戦なら流石にこちらが優位だろうけど、赤城を崩さずに第一艦隊から昼戦を凌ぐのは無理だ。大和がど真ん中に陣取れば、演習海域のほぼ全域が射程に入ってしまう」

「あっちって足回りもとろくないんですよね……大和さんだって死ぬ気で走れば三十ノットくらい出してしまいそうな気がしますし。強引に出られたら押し返すなんて出来ません。中央取られたら本当に面倒ですけど、海域制圧力は逆立ちしたって勝てませんからねぇ」

「戦闘部隊の名は伊達ではないね」

 

双方の戦力を比較して、対抗手段を模索する両艦隊旗艦。

正面からまともにぶつかれば火力と装甲で不利になる。

其処を覆すための手段としての航空戦力潰しや夜戦等、様々な案を交換する。

しかしどの策も雪風や時雨が見た時に返し手が思いついてしまう。

自分達が一方的に優位になる戦術が構築出来ない。

 

「結局どんな手で攻め込んでも一長一短か……」

「そうなりますねぇ……参ったなー。前に演習したときは、あの艦隊を押さえ込む手は二つ三つ在ったんですけどね。しかも五十鈴さんが居る時に、第二艦隊だけで実行できるやつ……それがたった数ヶ月で、もう雪風の手に負えなくなりつつありますよ」

「成長著しい若い旗艦の艦隊は、これだから怖いよ」

 

苦笑した雪風は傍らの書類を手に取った。

そして最後に整備の終わった電探を妖精に預けると、時雨に断って工廠を後にする。

専用の大型扉を抜けると、待っていたのは第二艦隊のメンバー達。

こうして全員が揃うのは本当に久しぶりだった。

 

「ゆーきちゃん、考えはまとまった?」

「ちょーっと厳しい演習になりそうです。勝ち目ゼロではありませんが、多くも無い戦いになるでしょう」

「何時もの事よね。やるっきゃないわ」

「大丈夫……雪風ちゃんの作戦を実行できれば、きっと何とかなりますから」

「あっちの対応によっては、その作戦実行が大変困難になるのですよぅ……兎に角大和さんを落す火力が無いんです。魚雷の十本くらいなら耐えちゃいそうな雰囲気ありますもん」

「まぁ、耐えるかもしれないわね。夜戦は?」

「基本は全戦力を挙げて短期決戦に持ち込む心算です。受けに回ったら夜を待たずに殲滅されそうなんで」

「ん、了解」

「っぽい」

「分かりました」

 

雪風が僚艦と共に歩いていくと、廊下の向こうから矢矧と山城の姿が見えた。

あちらも雪風を達を見つけたらしい。

矢矧は片手を挙げて挨拶しつつ声を掛け、山城は無言で会釈する。

 

「あ、雪風……うちの旗艦見なかった?」

「あいつでしたら工廠で、連装砲ばらして遊んでますよ」

「了解、行ってみるわ。今日はよろしくね」

「はい! 今日はお仲間ですね。頑張って大和さんを涙目にしてやりましょう」

「良いわね! あれ可愛いのよねぇ」

「ほほぅ……矢矧さんもいけるクチでありましたかぁ」

「勿論。くっくっく、雪風屋……ヌシも悪よのう」

「いえいえ、お代官様程では」

 

小芝居を演じる二隻をそれぞれの僚艦が見つめていた。

第二艦隊のメンバーは程度の差こそあるものの笑っているが、山城のみ無表情。

彼女は低血圧の為朝に弱く、後に今の事を話しても雪風達に出会ったことすら覚えているのか怪しいほどである。

矢矧は改めて雪風達に挨拶すると、半ば意識の無い山城を伴って工廠に続く廊下に消えていった。

 

「矢矧さん……意識の無い山城さん連れて時雨に会いに行くとか、お肉もってワニの檻に入るのと一緒じゃないですかねぇ?」

 

雪風の感想に誰も反論出来ない仲間達。

特に夕立は身内であるが故に無関心ではいられず、矢矧が消えた廊下気にしていた。

 

「夕立、気になるなら行って来ても大丈夫ですよ?」

「んー……お互い子供じゃないんだから良いっぽい。下手に手を出すと馬に蹴られそう?」

「いい判断だわぽいぬ。それにどうせ、時雨の奴は最後の一線でヘタレそうだし」

「矢矧さんもいらっしゃいますから、そうそう皆さんが心配されるような事は……」

「甘いですよ羽黒さん。矢矧さんは優等生ぶってますけど素の乗りはさっきの感じですからね。椿の花が落ちるような事が無ければいいのですが……」

「はぅ……」

 

雪風の反応に顔を真っ赤に染める羽黒。

思考がオーバーヒートしているらしく、足取りもややふらついている。

島風は羽黒が転ばぬように手を引きながら満面の笑みで止めを刺す。

 

「大丈夫だって」

「し、島風ちゃん?」

「山城が食われちゃったとして、その時は時雨がキラキラするだろうから戦力的にはトントンよ!」

「その場合は山城さんもキラキラしてくれるかもしれませんね。夕立の見立てだと満更じゃないんでしょう?」

「っぽい。寧ろ食われるのは時雨姉な気がする」

「あ、あぁああああああぁ~……」

 

駆逐艦達の下ネタに崩れそうになる羽黒。

その逞しい想像力で何を見たのかは知らないが、これ以上弄るのは危険と判断した鬼畜艦トリオだった。

 

「はぁ……この初々しい反応が堪りませんよぅ。夕立や島風ではこうは行きません」

「羽黒さん大丈夫? 頭から湯気が立ってるっぽい」

「だ、大丈夫でしゅ……」

「……あんたもたまに脳みそ茹っちゃうわねぇ」

「あはは。演習までもう少し時間ありますから、休んでてください。雪風は形式上ですが、演習申請書出してきますから」

「じゃあ羽黒、仮眠室行こ。ぽいぬはどうする?」

「雪ちゃんの顔も見たし、演習までちょっと走ってくるっぽい」

「おぅ! 私も混ぜて。 羽黒送ったらすぐ行くわ!」

「っぽい!」

 

第二艦隊のメンバーと別れた雪風は、司令室に到着する。

其処には提督たる彼女と、実質の秘書を勤める加賀が待っていた。

 

「おはようございます、しれぇ。加賀さんも。お早いですねー」

「おはよう雪風。今日明日は内輪のお祭りですからね……お仕事の早出とは訳が違います」

「おはよう雪風さん。昨日からずっと工廠にいたみたいだけれど……体調は?」

「今更一徹ニ徹でどうにかなる雪風ではありません! 体調はすこぶる何時もどおりですよ」

「特に良いわけではないのね」

「はい。どうしても自己制御は平坦の方がやりやすいのです。大きな振れ幅がありながら平均以上を維持できる夕立が特別なんですよ」

 

雪風は前日のうちに羽黒に代筆してもらった演習希望申請書を提出する。

思えば羽黒は就任初日から本当に良く雪風に尽くしてくれる。

何時か必ず、羽黒に対して何らかの形で報いたい。

雪風が身内のフォローを考えている間に、彼女は申請書に必要事項を記入して了承の印を押す。

こうして演習の事前準備は整った。

 

「ごめんなさいね……少し後先を考えずに、むきになってしまったわ」

「御気になさらず。加賀さんの欠場は痛手ですが……翔鶴さんとの決着は、きっと必要な事だったと思います」

「そう言って頂けると助かるわ。あっちで出会った赤城さんの話だと、あの子も思ったよりへこんでしまって……少し薬が効きすぎたのかと心配にもなったけれど」

「翔鶴さんなら多分、大丈夫だと思いますよ? あの人ってやられて泣き寝入る様な方じゃないですもん。絶対先に手を出さないだけで、殴られたら殴り返しますよ」

「そうなのよね……先に予防線を張っておいて良かったわ」

「再戦拒否は、上手いなーって雪風も思いました。まぁ……その分、今後は赤城さんがいっぱい絡まれるかもしれませんけど」

「それなら良いの。南雲機動部隊の一航戦なら赤城さんこそカシラだもの。頑張って相手をしていただきましょう」

「……加賀さんの見立てでは、どっちが強いんです?」

「……今なら九対一で翔鶴」

「マジですか……」

「あの子はたぶん、尻上がりに調子を上げてくるのよ。競り合ったら今の私でも危なかった」

 

傍目に圧勝だった翔鶴との演習。

それが薄氷の勝利だった事は加賀自身分かっていた。

恐らくあの翔鶴は、演習では真価を表せない。

これは当人の性格もそうだが、ルール上の弱点でもある。

加賀は翔鶴が爆撃を身体で受けて飛行甲板を守ったのを知っている。

しかし演習用の爆弾に被弾し、その衝撃が大破相当の破壊力であったと判定されれば艤装はロックされて機能が停止してしまう。

もしもこれが実戦であり、耐久力の限界まで戦闘続行されていればどうなっていた事か。

 

「……だけど、だからこそ赤城さんの良い相手になるわ。私だと……どうしても赤城さんに甘いから」

 

嘆息した加賀は、上司から決済した書類を受け取った。

 

「兎に角、これで演習自体は実行できますね。貴女がなかなか演習願い出してくれないから少し心配してしまいましたよ」

「すいませんしれぇ……ぎりっぎりまで参加メンバー絞らないで資材調達して加賀さん投入したかったんですが、間に合わなかったのです……」

 

苦笑した司令官にしょぼくれる雪風。

加賀は既に一隻で戦況を左右する存在であり、その参加の可能性はギリギリまで模索していた。

しかし結局資材が足りず、参戦を諦めたのは昨日の事であった。

最も、大和達にしてみればこれでやっと戦力互角だと思っている。

第二、弾三艦隊連合に加賀が入ったらただのイジメだというのが、第一艦隊に共通する見解である。

 

「しれぇー、大和さん何処にいらっしゃるかご存知ないです?」

「大和さんなら食堂の厨房に篭っていますよ。演習後の打ち上げのため、仕込みをやるって言っていました」

「おぉ! ではつまみ食いし放題ではありませんかっ」

 

雪風は既に用は済んだとばかりに司令室を飛び出した。

その様子を苦笑して見送る司令官。

 

「それでは、私はモニター室の機材を見てきます」

「あぁ、私も行きます。本日最後の仕事も、今片付きましたしね」

 

彼女と加賀が連れ立って司令室を後にした頃……

雪風は鎮守府の廊下を爆走していた。

小柄な体躯に許される限界のストライドと最速のピッチ。

いわゆる全力疾走で食堂に隣接する厨房にたどり着いた雪風。

其処から溢れてくるのは、まさに食欲を幸せに刺激する様々な気配である。

 

「艦娘は燃料飲んでれば死にはしませんが、どうせなら楽しまなければ損ですからねー」

 

思い切りスライド式の扉を開け放った雪風。

調理関係者以外立ち入り禁止の札は、その前進を阻むのに何の役にも立たなかった。

入ってしまえばこちらのものだ。

大和は雪風が哀願すれば、必ずお味見させてくれるだろう。

一足先に味覚を幸せにしておこうと、厨房に侵入した雪風。

しかし踏み入った瞬間、周囲警戒を怠った雪風を抱えあげたモノがある。

 

「はい、取ったー」

「ふぁっ!?」

 

側背から忍び寄り、小柄な身体を持ち上げたのは重巡洋艦の足柄だった。

 

「網に獲物が掛かったようですね」

「あ、赤城さん……これは、これはどういうことですかっ」

「あら? 既にご存知の事を態々説明させるのは、迂遠というものでしょう」

「くぅ、雪風が来ることは織り込み済みと言う事ですか……」

「いやね? 雪風ちゃんと言うより、島風ちゃんが来そうだなぁって思っていたんだけど……まぁ、同じよねー」

 

陸上でも有効らしい航空母艦の索敵と、空気に溶け込むような摺り足で音もなく雪風を捕獲した足柄。

最早諦めたのか、背後から抱え上げられた雪風はがくりと身体を脱力させる。

 

「無念です……大和さんの手料理の数々……せめて最後につまみ食いしたかったですよぅ……」

「んなこの世の終わりみたいな絶望漂わせて言う事でもないっしょ?」

「この後の打ち上げで食べられるではありませんか」

「つまみ食いとお味見は、普通に食べる時とはまた違った味わいがあるのですっ」

「確かに分からないではありませんが。美味しかったですし」

「あ、赤城ちゃんそれ禁句」

「赤城さんぅううぅうううっ」

 

既に先を越していたらしい赤城に、内心で血涙を流して詰め寄ろうとする雪風。

しかし両脇から足柄に抱えあげられた体は中空でばたつくのみである。

口元を手で隠し、上品に微笑む南雲の姫。

気品という言葉の見本のような姿だが、それすら雪風の癪に障った。

 

「おのれっ、おのれこの美巨乳めっ!」

「それは貶しているのですか? それとも褒めてくれているのですか?」

「どっちもですよぅ! 足柄さん離してくださいっ。あのおっぱいお化け、せめて一揉みしてやらねば気がすみません!」

「堂々とセクハラ宣言されといて離せるわけ無いでしょ……」

「うふふ」

 

雪風は自分を抱える足柄の腕を解こうともがく。

全身筋力では足柄が勝るはずだったが、執念の雪風を抑えるには渾身の力を必要とした。

 

「もう……何をやっているんですか?」

 

自重するわけでもなく大騒ぎする仲間達の様子に、奥から出てきた戦艦大和。

煙るような笑みを浮かべ、ピンクのひよこがあしらわれたエプロンを身につけている。

大和は雪風が工廠に篭る前から仕込みに入っており、こちらも篭りっぱなしであったらしい。

 

「雪風も、つまみ食いですか?」

「そうなのです。お菓子か悪戯か、どちらかを選ぶがよいー」

「随分時期を逸していますが……では、悪戯でお願いします」

「……言うと思いましたけど空気読んでくださいよぅ」

「ふふ。ですが、こうなってはどうぞとは言えません。二人きりの所ならばナイショで……とは思いますが」

「ですよね……こんな張り込みにあっさり捕捉されるとは陽炎型駆逐艦の名折れです。此処は反省するとしましょう……」

 

深い息をついて再び脱力した雪風。

その様子を苦笑して見守った大和は、足柄に一つ頷いてみせる。

足柄も微笑むと、吊り上げていた雪風を開放した。

 

「軽くですが、朝餉を用意しております。宜しければ如何ですか?」

「ん、それでは厚かましいですが、ご一緒させて頂きます」

 

つまみ食いに来たものが朝食のお誘いに厚かましいも無いのだが、赤城と足柄は顔を合わせて苦笑するのみ。

雪風はエプロンを外して畳む大和の横に着く。

 

「それじゃ、お姉さん達はお暇しちゃおっか」

「そうですね。大和さん、雪風さん、ごゆっくり……あ、朝食ご馳走様でした」

 

またねと手を振る足柄と、丁寧にお辞儀して厨房から出て行く大和の僚艦達。

見送った大和は雪風を伴って隣接する食堂に向かう。

 

「皆さんの朝ごはん作ってたみたいですが……」

「はい」

「雪風が来るって、ご存知だったんです?」

「いいえ? 知りませんでしたよ」

「ですよねぇ。思いつきで来たんですし」

「ん……来て欲しいなって。来てくれたら嬉しいなって……そう思って、待っていました」

「むぅ……」

「ですから今、大和はとっても幸せですよ」

 

いじらしい大和の好意だが、何処か雪風には納得しがたいものがある。

不快に顔が歪んだが、それを口に乗せる寸前で躊躇った。

以前これと似た感情を持った時は、自制出来ずに大喧嘩して泣かせてしまったのだ。

 

「んー……まぁ、大和さんが其れで良いなら別に……」

「雪風?」

「あ、駄目ですね。うん。こういう所が駄目なんですよ雪風は」

「一体どうしました……?」

「大和さん、そういうの不気味だから止めた方がいいと思います」

「ぶ、不気味って酷くないですか……」

「だって気持ち悪いんですもん。それに腹が立つじゃないですか。大和さんって雪風と一緒に朝御飯食べるより、一人で来るか来ないかも分からない雪風を待ってニヤニヤしてる方がお好きなんですか?」

「む……」

「誰にも気付かれないように決心だけ胸に秘めて、自分の信じる善を成す……ごんぎつねですか? 雪風はそんな独りよがりされるより、一緒に食べよってお誘い頂ける方が嬉しいなぁ」

「……そうですね。御免なさい。雪風に手を止めて頂ける自信が無くて……拒絶された時傷つくのが怖くて、こんな一人遊びに興じてしまいました」

 

済まなそうに。

そして何処か恥ずかしげに息を吐く大和。

しかしその一言が雪風に与えた衝撃は小さくない。

結局の所、雪風の日ごろの行いが無意識に大和を追い詰めていたと言う事だ。

 

「それでは、少し温めなおしてきます。其処に座って、お待ちくださいね」

「あ、はーい」

 

貸切のため誰もいない食堂の一席に座った雪風は、軽快に身を翻す大和の背中を見送った。

 

 

§

 

 

食堂で一人、大和を待つ雪風。

その脳裏を占めるのは、先程の大和の姿と言葉。

 

「……」

 

大和に好意を示されてから今日まで、決して少なくない時を経ている。

それは雪風が保留にしていた時間であり、大和にとってはひたすら我慢していた時間でもある。

何時までも先延ばしに出来る話ではない。

年貢の納め時なのかもしれなかった。

戦艦棲姫との死闘から一月、ずっと考えていた事の一つ。

その中で雪風が痛切に思い知ったのは、自分にまともな恋愛など出来そうもないという事実である。

 

「お待たせいたしました」

 

大和は両手でお盆を支えて戻ってきた。

雪風の前に並べられたのは、俵型の塩握り三つと青菜の漬物。

そして花麩の浮いたお吸い物と、軽く炙った海苔だった。

配膳が済んだ大和は、雪風の隣に座る。

 

「召し上がれ」

「いただきます」

 

少し考え込んだ雪風は、先ず俵型のお握りを一口。

塩のみの簡素な味付けだが、その味は何処をかじっても均一でありむらが無い。

 

「……」

 

次のお握りは焼き海苔を巻いてみる。

ぱりぱりの焼き海苔はお握りの水気と溶け合うように絡みつく。

食感が変わると共に海苔の風味を増したお握りは、単純な塩のみの味付けとはまた違った顔を見せていた。

 

「ねぇ、大和さん」

「はいぃ?」

 

黙々とお握りを頬張る雪風の横顔を見ていた大和は、不意に掛けられた声に返答がやや上擦った。

いま少し凝ったものを作るべきだったかと後悔もしていた大和。

身長の関係上どうしても見下ろす形になってしまうが、気持ちとしては上目遣いで顔色を伺っていたのである。

 

「大和さんってぇ……浮気って許容できますか?」

「うわき……浮気ぃ!?」

「はい、浮気」

 

突拍子も無い雪風の発言だが、真剣に議題を吟味し始めた大和。

その間に雪風は三つ目のお握りを青菜と共にいただいた。

歯ごたえの良い漬物と塩握りが雪風の口を幸せにしてくれる。

しかしやや口の中が塩辛い。

其処でお吸い物の存在を思い出した雪風が一口含むと、出汁のかすかな甘みが口の中を癒してくれる。

再び味覚の鋭さを取り戻した雪風が青菜とお握りを完食した頃、隣の大和はおずおずと切り出してきた。

 

「あの……もう少し情報をいただけないと想像がつかないのですが……」

「んー……と……やっぱり雪風が駄目だって言うか、自分がゴミ虫だなぁって思い知ったんですけどね……」

 

雪風は大和が自分にとって貴重であり、大切な存在である事は感じている。

この方面での情緒を自分の中に育んだのは大和自身であり、その過程で得た経験や知識は雪風に多くの影響を与えてくれた。

大和が自分を好きだと言ってくれたのと同じ意味で、雪風も大和が好きだと思う。

しかし……

 

「雪風は、なるべく特別なモノを作らないように考えてきました。だってどうせ、皆いなくなるんですから」

「……」

「否定しないのです?」

「……出来ません。かつて不甲斐なく沈んだ私には……」

「まぁ、そうですよね。だけど次に雪風がこんな事を言ったら、もう少し自信持って否定しちゃってくださいね。其処で止まった雪風の価値観を揺らしたの、大和さんなんですから」

「私ですか……?」

「はい。誰かと一緒に歩ける事……これって素敵な事だったんじゃないかって、一人ぼっちは寂しかった様な気がするって、雪風に思い出させてくれました」

 

空になったお吸い物の椀に視線を落し、ぽつぽつと呟く雪風。

その声は独り言のように小さかった事と、自分の心臓が早鐘を打つ音がうるさくて、大和は聞き逃すまいと必至に意識を傾ける。

何時の間にか雪風の腕を抱き込んで縋っていたが、雪風は咎めなかった。

 

「雪風は、大和さんが……好きです。適う事なら、これからも一緒にいたいって思います」

「それこそ……それこそ、大和の望む所ですよ」

「では、晴れて両想いですね」

「はいっ」

「で…………その上で最初に戻りましょう。大和さんは雪風の浮気って許せますか?」

「……え?」

「ずっと……ずっと考えてきました。ほら……艦娘って頭おかしいの多いじゃないですか。時雨然り比叡さん然り翔鶴さん然り。自分はまるっきり関係ないと思っていたんですけどね……そうじゃなかった。やっぱり雪風もおかしかったみたいです。雪風は……特別視が出来ないんですよ」

 

雪風は特定の個人を特別に扱えない。

大和と情を通わせる事が出来たとしても、それを理由に誰かを拒む自分が想像出来なかったのだ。

最初は自分が大和に対し、本気になっていないからだと思っていた。

しかし今は違う。

大和の想いを受け止め、その貴重さを理解した上で好ましいと思っている。

誰かに渡したくないと言う独占欲もある。

大和が大切だと思うなら、雪風は態度で示さなければならない。

大和だけを見つめ、その絆を育む事。

難しい事ではないはずだった。

世間一般で、普通と呼ばれる価値観さえ持っていれば。

 

「雪風は大和さんが好きです。傍にいたいです。誰かに取られたくありません。だけど……だけどね? 雪風は……大和さんとどんな関係になったとしても、大和さんをたった一つの特別な扱いをして差し上げる事が……出来ないんです。別の誰かから、同じ種類の好意を向けて頂いたとき……大和さんが居るからと言う理由で拒む事が……雪風には多分、出来ません」

 

それは血を吐くような思いで語られた自己分析だった。

雪風が誰の事を言っているのか大和には分かってしまう。

妙高型重巡洋艦、四番艦羽黒。

この鎮守府で雪風と同じ日に生まれ、ずっと雪風を支えてくれた天使の事だろう。

羽黒は自分の好意を外から悟られる様な真似はしなかった。

大和がそれを察したのは、水面下で同じものを求める同類だったからに過ぎない。

そして雪風が気付いたのは、たった一言彼女が洩らした失言からだった。

 

――羽黒さんが思わず惚れそうなくらい格好いい砲雷撃戦をお見せしますっ

 

――さすが雪風ちゃん。惚れ直しました

 

それは時雨達との演習の後、雪風の意識が途切れる間際の言葉。

二人きりになったとき、ほんの一瞬綻んだ自制心から溢れた本音だったろう。

胸の内に秘めたまま沈めようとした、羽黒の心があげた悲鳴。

彼女の献身がそういうものだと意識して見れば、雪風にもその下の熱い好意を感じる事が出来た。

本当に、嬉しかった。

しかし同時に気付いてしまった。

雪風は自分の中の対人感情が欠乏している。

大和への好意も羽黒への好意も、全ては相手から向けてくれた感情を鏡のように返しているだけである。

司令官たる彼女に対してはどうだったか。

雪風は最初、彼女の事を信じられずに越権と独断で行動した。

それが今では胸襟を開いて様々な相談が出来ている。

切欠は、全て彼女の方から向けてくれた信頼であった。

雪風は自分から誰かを信じたことがない。

愛したこともなければ、嫌いになったこともない。

愛したものがいなくなったら淋しいから。

嫌いなものがいなくなったら虚しいから。

そして雪風は自分以外の全員が、何時かいなくなった事を覚えている。

知りたくもなければ信じたくも無い事を、実体験として理解しているのだ。

 

「島風の言っていた事って、結局何処までも正解だったんです。雪風には自分の心がありません。自分からは決して光れずに浮かんでいる、お月様と同じなんです。しれぇが信頼を向けてくれれば同じ信頼を返すでしょう。大和さんや羽黒さんが愛情で照らしてくれれば、同じ愛情で光るでしょう。雪風は……大和さんがいても、羽黒さんがいても、誰かが心から愛してくれればその色に染まる節操無しなんですよ……。ここの皆さんは、本当に雪風に良くしてくださいました。だから雪風は、自分がおかしいって気付かないでいられたんです。こんなに幸せな所にいるくせに……雪風に出来た事は、精々嫌われないように愛想を振って、相手に任せたお付き合いでやり過ごす事だけでした。島風はそんな雪風の事見抜いてて……だけど雪風は、そんな自分を変えられなかった」

 

自分自身と向き合った答えを大和に伝える前に、そんな自分を変えておきたかった。

一切の好意を隠さず、傷つく事をも覚悟の上で雪風を好きでいてくれた大和。

熱い思慕を飲み干し、自分自身の心だけを焼きながら傍で支えてくれた羽黒。

雪風の乏しい対人能力で優劣など付けられるモノではなかった。

 

「雪風の気持ちが自発的なものじゃなくて、反射的なものである事を棚上げするとしても……雪風は大和さんが大好きで、同じくらい羽黒さんも大好きなんです……此処が、雪風のいっぱいいっぱいでした」

「……」

「大和さんに好いて頂いた何ヶ月かは、本当に幸せでした。雪風自身見えていなかった自分の事が沢山分かりました。だけど、そろそろ…………大和さんも羽黒さんも、自由にしてあげないとダメですよね。本当に今まで……ありがとうございました」

「……待ってちょっと……ちょっと、待ってくださいね?」

 

大和は雪風の腕を抱きこんだまま、必死にその言葉を反芻していた。

自分がされたものが最後通告である事は分かってしまったが、前後が上手く繋がらない。

だけど今この腕を離して雪風が立ち上がってしまったら、大切なものが決定的に壊れてしまう。

その恐怖は大和の思考をかき回して暴れそうになる。

パニック寸前の思考回路をどうにか宥め、大和は一つ一つ確認していった。

 

「あの……雪風は、大和がお嫌いになりましたか?」

「いいえ、寧ろ好きかと」

「それでは、羽黒さんがお嫌いになりましたか?」

「いいえ……大好きですよ」

「雪風は先程、私達が両想いだって仰いました。それと……羽黒さんの件は一先ず別に出来ますよね?」

「え? いや、出来ないと思ったんですが……こうやって直球を投げてくるのが大和さんですから先にお話しましたけど、雪風は羽黒さんだって同じくらい好きですし……お二方のどちらに対しても誠実なお付き合いが出来ないなら、それは不貞ですから」

「待ってね、本当に、ちょっと待ってくださいね。雪風の言っている事、一つ一つは正しいと思うんです。だけど全部並べると支離滅裂なの。納得行かない」

 

大和はずっと雪風を慕い、今日やっと答えを聞けた。

雪風は自分達が両想いだと伝えてくれた。

しかしその口から、同じように羽黒の事も好きだと告げられた。

雪風の最初の問いは、自分の不貞を許せるかだった筈だ。

問題となるのはこの一点。

自分を見ながら他の艦娘も見る事を許容する事が出来るかどうか。

大和は雪風と二人きりの楽園を作りたいわけではない。

二人は世界を構成する全ての要素ではなく、その中で生きていく上では様々な繋がりが絶対に必要なのだ。

全てを断ち切って自分だけを見て欲しいなど、破滅願望と変わらない。

そんなものを求めているわけではなかった。

だが全く同じ立ち位置に羽黒が存在するというのは、確かに雪風が言う通り状況が変わってくる。

 

「大和さん?」

「えっと……大和は雪風が好きで、雪風も応えてくれた。後は……羽黒さんと折り合いがつけば良い。羽黒さん……羽黒さんは……あの人だと……」

 

雪風はきっと、この後そう遠くないうちに羽黒に今と同じ話をするだろう。

羽黒の事は好きだが、大和も好きな自分では誠意を通せないと詫びるのだろう。

その時彼女はどうするか。

 

「……ずるい、羽黒さんずるい。あの人絶対受け入れるじゃないですか。あー……あの天使が相手って時点で楽には行かないと覚悟していましたけど……いや、でも同点で折り返せたんですよねこれって……うん。いけるいける」

「大和さーん?」

「雪風、少しお静かに。今大事な所なのです」

「あ、はい……」

 

羽黒は雪風が自分を見てくれるなら、他の誰かへ目を向ける事を許すだろう。

それは羽黒の望みが自分の満足ではなく、雪風の幸福にあるからだ。

この点に置いて、羽黒と大和は目的を同じに出来る筈だった。

そう考えたとき、雪風の傍に羽黒がいてくれる事は決して悪い事ではない気がする。

大和自身はこの鎮守府で第一艦隊の旗艦として就任しており、雪風は第二艦隊の旗艦である。

任地が遠く離れればこの手で雪風を守る事など出来ない。

雪風が心を許し、そして自分も信頼できるものがついていてくれると言うのは、大和にとっても助かる。

逆に此処で雪風を拒んだ場合、どうなるだろう。

雪風は自分をたった一隻の駆逐艦と考えている節があり、戦術立案の段階で最初に犠牲の計算に入れる。

それを長門の前でやったからこそ、先達は大和に離すなと命じたのだ。

此処で雪風を離せば、彼女の重石が一つ減る。

彼女は軽くなった分、さらに躊躇無く自分自身を使い潰すだろう。

更にこの一件を気にした雪風が、羽黒とまで平等に距離をあけようと考えれば……

 

「選択の余地なんて、最初からありませんでしたね」

「……その通りです。考えがまとまりました?」

「はい。羽黒さん共々、よろしくお願いしますね」

「はい……はぃ?」

「あ、だけど一つだけ約束してくださいね? 誰を囲ってもまぁ……頑張ってみますけれど、隠れてこっそりは心が乾くから堪忍してください。本当にそれだけは……」

「あの、大和さん何を言っていらっしゃいます?」

「何って……浮気の公認?」

「……い、意味分かっておられます?」

「う、うん……多分」

 

雪風は顔をあげて大和と視線を合わせると、何処か照れたように目を逸らされた。

大和が先程からどんな脳内会議の末に結論をだしたか、無論雪風には分からない。

ただ、付き合う前から他の花に目移りもすると宣言されて許容するものがいるだろうか。

 

「……お付き合いする前から浮気するよって宣言する馬鹿野郎の、何処がそんなに気に入ったんですか? もしかして大和さんって特殊な性癖でも持っていらっしゃいました? 例えば自分の好きな人を他人に取られる事に興奮を覚えるとか……」

「如何して雪風が取られるんです?」

「いや、ですから……雪風は大和さんをたった一つの特別にはして差し上げられないって言ったじゃないですか」

「特別視が出来ない……成程。ですがそれ、大和だけではありませんよね?」

「はい」

「つまり羽黒さんも、これから雪風が歩む道の先で貴女を愛する誰であっても、特別な一番の席は無い……そうですよね?」

「……その通りです。そんなもの作って亡くしたら、今度の雪風は絶対に耐えられません」

「今は……それでも良い。前世の貴女を一人にしたのは、周りの私達ですから。ですが、その上で貴女は自分が薄いから……貴女を愛するモノに対して同じ好意を返してくださるのですよね」

「…………今までの雪風を振り返ると、そうなりますね。あはは、人の口から改めて聞くと本当に軽薄な屑ですよ。他人の事なら絶対に関わりたくありません。まして自分の事なんだから……なんで生きてるんでしょうこの屑……」

「そうご自分を卑下なさるものではありませんよ? でもそっか……大和は貴女から、愚痴をぶつけて頂ける所まで来れたのですね」

「なんで嬉しそうなんですか……」

「これが喜ばずにいられますか」

 

以前は受け流されてばかりだった。

大和自身にしても、自分の気持ちを伝えたいばかりに空回る事が多かった。

それが今や、雪風から愚痴や弱音を洩らせる存在になれたのだ。

 

「羽黒さんは私から見ても大変素晴らしい、魅力的な方だと思います。ですが……大和はそんな羽黒さんにも、絶対に負けないと自負するものがあるのです」

「おぉ?」

「雪風が好き。これだけは絶対に、彼女にも負けません。羽黒さんもきっと同じ思いでいるでしょうが、其処だけは譲りません。羽黒さん以外の方も、同様です」

「……」

「貴女が月だとすれば最も明るく照らすモノに染まり、その輝きを返すでしょう? ならば問題ありません。特別扱いなどして頂かなくとも、大和は一番貴女を愛して一番愛されるモノになりましょう」

「凄い自信ですね……」

「私の覚悟なんて告白した時から、ずっと決まっていましたから」

 

大和は誇らしげに微笑して雪風の顔を真っ直ぐに見返す。

その顔に照れたように視線を逸らしたのは、今度は雪風のほうだった。

既に大和は雪風の腕を開放している。

もう、雪風が席を立つ事は無いと知っている大和であった。

一つ息を吐いた大和は、表情を改める。

 

「ですが……貴女は少し軽すぎる。大和一人では……もしかすれば羽黒さんと一緒だって、貴女を今に執着させる事が出来ない……かもしれない。貴女が惜しいと感じるものが、失くしたくないと思うものが……今は一人でも多く欲しい。放って置けば勝手に水底に飛び込んでしまいそうな程危うい貴女の手を掴める腕は、一本でも多い方が良い」

「あ、何となく分かりましたよ? そうやって大切なモノが増えた所で、雪風以外皆沈むんですよ。今までずっとそうでした」

「今度はそうはなりませんよ。大和は沈みません」

「……何を根拠に断言しますか」

「これは異な事を……断言出来なかった私に、貴女が教えてくれたんです。次に言ったら自信を持って否定しろって。雪風の一番不安な事は、もう大和には通じませんよ」

 

大和の言葉に眉を寄せる雪風。

顔をしかめたのは揚げ足を取られたと感じたからではない。

さっきの今で言質を取られる程に自分が追い詰められている事を自覚したからだ。

漠然とした不安は五十鈴を失って明確な形として雪風に迫っている。

僚艦が沈むのが怖い。

仲間を失うのが怖い。

とっくの昔に慣れきっている筈の事が今更怖いのだ。

かつて大和が自分の中の憎悪や思慕に振り回されて来た様に、雪風も艦娘として得た心に戸惑っている。

 

「……雪風は、大和さんの気持ちに応える前に自分のおかしな所を治しておきたいって思ってました」

「うん」

「でも、やっぱり待たせている間に大和さん傷ついてて……もう引き伸ばせないって覚悟した今日の雪風では……大和さんに見限られる事を覚悟していました」

「そもそも其処の順番が違うのですよ……私はとっくに雪風に気持ちを示しているのですから、後は貴女が私を選ぶかどうか……其処で更に私に選択肢を寄越されても正直その……困ります」

「大和さんも、羽黒さんも雪風には勿体無さ過ぎるのですよぅ……」

「ん……その理由で突き放されたら、私も羽黒さんも納得出来ません。それを決めるのは、私達自身です。私が選び、選ばれたいと望んだものを価値の低いものと見なす発言に当たります。傍からみた他人が無責任にそう断ずる事があっても、雪風だけはそんな事言っちゃ駄目なんですよ? ……勿論、私たちの事をなんとも思っていらっしゃらないなら、その限りではないのですが……」

「むうぅ……そんな自信も資格も、雪風には……」

「ふむ……」

 

雪風がその能力やかつての武勲に対し、自分への自信が無い事は常々大和も感じていたし、当人もそう言っている。

艦娘として生まれた当初からの性格として考えれば、其処は人それぞれなのだろうと言うしかなかった。

しかし今始めてその口から資格という言葉を聞いた大和。

誰かを好きになる事に資格が必要なのだろうか。

其れが無ければ誰かを想う事も、想われたときに応える事も出来ないと、雪風はそう考えているのだろうか。

大和の腹から沸々と煮立ったモノがせり上がる

そんな資格など関係ないと、それは選択から逃げる言い訳だろうと爆発しそうになりながら、喉の手前で飲み下した

雪風は存在すらしない資格を在るものとして捉え、しかも自分には其れが無いのだと考えている。

それは大和にとっては腹立たしいが、この病根は非常に深く厄介なものだと言う事も知っていた。

大和の中に理不尽な憎悪があるのと同じように、雪風の中には澄み切った空虚がある。

形は違えど歪な心を抱えた二隻の艦娘は、身体的には傍に寄りながら心の距離を測りかねていた。

 

「難しく考えれば、入り口も出口も拗れてしまいます。少し単純に整理して見ましょう?」

「単純に……ですか?」

「はい。雪風は私達が好きで、私達も雪風が好き。今は、それで良いじゃないですか」

「う……うん……では……雪風も、もっと頑張ってみます。今の雪風ってこんなですけど、大和さんが雪風を選んでくれるなら、大切に、幸せにします。羽黒さんが受け入れてくれるかは、分かりませんけど……」

「あの人はどちらかと言えば私と立場が近いので分かるんですが……受け入れちゃうと思いますよ? その後は、寧ろ雪風より私が羽黒さんと話し合う事になるでしょうねぇ……」

「何か不穏な事考えていらっしゃいません?」

「まぁ? 何を根拠に仰るのやら……」

「間違っていたら御免なさいなんですけど……顔に『まけねぇぞこんにゃろうっ』って書いてあるように感じたもので」

「うふふふ……まけねぇぞこんにゃろう」

「言った!?」

「……あぁ、これを言ったのは赤城さんにだったか。雪風も覚えておいてくださいね? 大和は結構、負けず嫌いなんですよ」

 

薄く微笑んで宣言する大和に、呼吸すら忘れて見入った雪風。

彼女の此処までの発言に虚構があったとは思っていない。

しかし大和は本当に誰より雪風を愛し、愛される心算でいる。

自分以外の他人に対し、其処まで自身を預ける事は雪風にとって信じがたい事だった。

 

「前から思っていたんですが……大和さんって、どうしてそんなにノーガードになれるんです? 傷つかない訳じゃないし、怖くない訳じゃない事も分かっているだけに……本当に不思議だったんですが」

「ん……こういう事は、言葉で説明って出来ないんですよ」

「そういうものです?」

「はい。そういうものなのです」

 

自分がどれほど雪風に救われたか。

どれほど沢山のものを貰っているか。

それは当人に口頭で伝えきれるものではなかった。

雪風にそれが分からないとすれば、それは自分が未だに貰ったものを返せていないからだ。

無論其処で歩みを止める心算もないが、一朝一夕で叶う事でも無い。

だからこそ、今代わりに伝えるのは感謝であり、愛情である。

せめて此処だけは、いくら怖かろうと痛かろうと躊躇する心算の無い大和だった。

 

「ねぇ雪風、……一つ賭けをしませんか?」

「賭けですか……運試しでしたら、一昨日来る事をお勧めいたしますよ?」

「……誰がそんな自虐に走るものですか。賭けるのは演習の勝敗です」

「何かおねだりがあるのでしたら、今の大和さんなら大抵の事でしたら無碍にはいたしませんが……」

「与えられたいのではありません。皆と一緒に、勝ち取りたいのです」

「なるほどぅ……では定番ですが、勝った方の言う事を一つ聞く……こんな所で、如何です?」

「良いですねぇ。俄然やる気が出てきましたよ」

 

お互いに何をさせる心算なのかは聞かなかった。

聞いてしまったら勝敗以前の緊張感が削がれるだろう。

更には賭けを持ちかけた大和は兎も角、受けた雪風に明確な展望など考えてもいなかった。

どうしようかと思案し始めたところで、雪風は大切な事を思い出す。

雪風は一人ではない。

第二艦隊のメンバーに相談すれば、きっとやる気を増してくれるだろう。

特に羽黒に先程の件と一緒に話せば、全力で阻止に協力してくれるかもしれない。

一対一の勝負ならば他人に口外する気はないが、これは艦隊決戦演習の勝敗を掛けたもの。

勝敗に絡むのが参加者全員である以上、仲間と相談させて貰う事にする。

 

「それでは……なんか気疲れしてしまいましたが、雪風は羽黒さんに筋を通しに行ってきます」

「手酷く振られたら、是非いらしてくださいね? これでもかと言うほど甘やかして差し上げます」

「……演習が終わるまでは敵同士です。終わったら、そうさせて頂きますよ。朝御飯、ご馳走様でした」

「はい。お粗末様でした」

 

息を吐きながら席を立つ雪風。

食器を厨房に返そうとしたが、それは自分がすると大和が止める。

特に遠慮する理由も無い雪風は後片付けを任せることにした。

去り際に大和に対し、何かするべきかと迷った雪風。

しばし逡巡し、不器用に右手を差し出した。

きょとんとした大和が反射的に右手で握る。

いつもは意識せずとも行えた、手を繋ぐこと。

結局それが今の雪風に出来る精一杯のスキンシップだった。

 

「次は海上でお会いしましょう。あ、そうだ……勝敗に関わらず、大和さんが雪風に大破判定つけたらおねだりもう一個追加して良いですよ」

「……それにかまけて戦線崩したら、怒られちゃうなぁ。一応、覚えておきますね」

「……ちぇ、食いついてくれれば、たっぷり逆手に取る心算でしたのにぃ」

「本当に油断も隙も可愛げも無いですねこの鬼畜艦は……」

 

ややぎこちなく握手して別れた二隻。

大和は雪風の背を見送った。

直ぐに食堂の扉に遮られ、その姿は見えなくなる。

一人になった大和は服の胸元を握り締め、内側で爆発しそうになる感情の奔流に耐えた。

すばしっこい駆逐艦を、やっと捕まえた。

先程躊躇いながら、ぶっきらぼうに差し出された手。

握り返した瞬間に吹き零れた記憶がある。

未だ艦だったかつての事。

足回りを破損した駆逐艦が、自分に寄り添う光景。

それは何時の事だったろう。

あれは誰だったのだろう。

遠い情景に思いを馳せても、霞が掛かったようにぼやけてしまう。

その記憶が自分のものか、それとも自分に乗った誰かのものか……

大和には、もう分からなかった。

 

「……大丈夫。私は、大和。戦艦大和は、此処にいます。雪風がいて、赤城さんがいて、足柄さんがいて……皆が、いる。私は……大和です」

 

誰もいなくなった食堂に響く呟き。

大きく息を吸い込み、感情と共にゆっくりと吐き出していく大和。

意識して下腹に力を篭め、気持ちと身体を強張らせる。

心の表面を少しだけ硬く鎧った大和は、雪風の使った食器を纏めていった。

 

 

§

 

――雪風の業務日誌

 

やまとさんとはぐろさんにじゅんぐりでこくはくしました。

ゆきかぜはわんぱんでじべたをなめるかくごだけはしていました。

だけどどっちもいいよっていってくれました。

はぐろさんはまじなきさせてしまいましたが、いっぱいぎゅってしてくれました。

おおきすぎず、ちいさすぎず。

なにもたさず、なにもひかず。

まさにげんてんにしてちょうてんというにふさわしいかんしょくでした。

あとはぐろさんいいにおいでした。

ゆきかぜはうんがよすぎるとおもいましす。

こうなってしまっては、もはやはーれむるーとしかありません。

ぶちょうからきいたおはなしによりますと、ふくすうのかんむすとふかいきずなでむすばれたていとくさんのおはなしがありました。

『じゅうこんかっこかり』っていうらしいです。

これってしれぇともできるんでしょうかね?

もしごぞんじでしたらおしえてください。

えんしゅうはすごいたのしかったです。

みんながんばってくれたとおもいますし、ゆきかぜもいっぱいがんばったっていいはります。

さいごにのこったやまとさんとはぐろさんのやせんは、じんがいまきょうのおてほんみたいだったですね。

そういえばはぐろさんってかみかぜからあしゅらっていわれていたなっておもいだしました。

ゆきかぜも、やせんだったらそこそこやれるとおもっていたんですけどねぇ……

 

 

 

――提督評価

 

遥か昔の提督と艦娘は、今の私達には無い不思議な力で結ばれる事があったらしいという事は、私も文献で読みました。

才能に恵まれ、高い錬度を誇った艦娘が自分の限界に行きついた時、なんらかの儀式と共にその限界を乗り越えていったとか……

私が大本営にいた時からその方法は研究されていましたが、実用化には至っておりませんでしたね。

いや、その技術を指輪の形に封入する事には成功していたのですが、適合する提督と艦娘が現れなかったのです。

理論的には成功しているにも関わらず、それを確かめるすべも無くお蔵入りしているのが現状です。

今は比較的容易な任務の報酬として大本営から送ってくれる、勲章のような扱いになっています。

その『じゅうこんかっこかり』という単語は私の知識にはありませんでしたが、まだまだ艦娘や妖精、果ては深海棲艦に至るまで研究と理解が不足しているという事なのでしょうね。

 

演習は見応えがありましたね。

敵味方が入り乱れすぎてどちらが優位なのか、私には全く分かりませんでした。

珍しいものがたくさん見れたので私としては満足していますけれど。

開幕で大和さんが雪風の切り返しを真似して転覆したり、調子に乗った島風さんと矢矧さんが演習海域をオーバーラインして失格になったり、夕立さんの流れ弾に被弾した時雨さんが同士打ちはじめたり、山城さんが逆落とし仕掛けて赤城さんに体当たりしたり……

赤城さんと山城さんの件は、隣で加賀さんも唖然としていましたね。

こんな海戦が実戦であったら両軍共に全滅しているとも言っていました。

まぁ……今日くらいは皆さんが楽しめれば、それで良いんじゃないでしょうかね。

ともあれ、お疲れ様でした雪風。

 

 

 

――極秘資料

 

No10.駆逐艦雪風

 

現提督の初期艦にして最先任の駆逐艦。

現在は第二艦隊の旗艦として補給遠征業務に従事している。

 

 

・指揮統率(全)

 

機能1.部隊を指揮するセンスです。

機能2.あらゆる艦隊に対して効果を発揮します。

機能3.揮下の艦隊のコンディション値を最大で15上昇させます。

機能4.上昇値は揮下の艦艇から得られる信頼によって増減します。

機能5.出撃帰投後に減少するコンディション値は元値から引かれます。

機能6.この効果は雪風自身には作用しません。

 

・戦禍の記憶

 

機能1.多くの仲間を看取った記憶です

機能2.常時、コンディション値に-5の補正を受けます。

機能3.上昇、下降問わずコンディション値の変動を抑制します。

 

幸運判定

 

機能1.定まった未来に干渉する運気です。

機能2.結果の出た判定の目を一度だけ振りなおせます。

機能3.発動は幸運に属するものであり、当人はこの力を認識する事は出来ません。

 

・覚醒(仮)

 

機能1.瞳が赤く染まることはありません。

機能2.コンディション値60以上でこの状態に入ります。

機能3.艦砲射撃に大火力を付加し、その他の戦闘行動にも上方修正が入ります。

機能4.コンディション値減少速度が増加します。

 

・孤高

 

機能1.独りでいる事にも独りになる事にも慣れており、そうある自分を自然に受け入れています。

機能2.単艦行動時、装甲・耐久・火力・雷装以外全てのステータスに上昇補正がかかります。

 

・生存経験則

 

機能1.戦場において生き残るための経験則です。

機能2.判定に成功すると、敵スキルの初見属性を打ち消します。

機能3.海戦で味方艦艇が戦没した時、雪風の索敵、回避に上方修正がかかります。

機能4.この効果は三回(つまり味方三隻撃沈)まで累積します。

機能5.味方戦没の効果は海戦終了と同時に解消されます。

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき

こんにちわ、りふぃです。
駆逐艦雪風の業務日誌21話、そして最終話、此処にお届けいたします。
あ号作戦終了時のただいま、おかえりを一部の〆だとすると、演習一つはさんで始めた第二部の〆が今回って事になるのかな……
雪風達の前途多難な鎮守府運営はこれからも続いていきますが、私が書き起こすのはとりあえず此処まで。
次章のヒロインたる天津風や、業務日誌数年後の世界でヒロイン予定の翔鶴姉は、本当に出落ちになってしまいました。
一応続けられるネタも仕込んであるために中途半端になった感じもありますが、其処はいい加減な私のすることと諦めて頂けると幸いですw

この後は日誌世界の設定資料集、兼総合後書きを一つ書いてご挨拶しておしまいになります。
ただ、設定資料と後書きのみの投稿ってハーメルンさんだと禁則事項になっちゃうのかな?
規約読んだんですけど良く分からなかったんで、出すのはアルカディアさんとピクシブさんになるのかな……
良く知ってる方いらっしゃいましたら教えて頂けると嬉しいです。
最悪読みきり一本書いて抱き合わせれば良いのかも知れませんが、正直力尽きてますのですorz

其れにしても、此処でこうして艦これのプレイ報告するのも最後になるんですね……
いもT鎮守府で唯一リアルで持っていなかった祈りの象徴、矢矧さんがついに着任いたしました。
12月6日の事でした。
矢矧の初登場が4月13日だから……8ヶ月かかったね!
書けば出るって本当ですね!
いつかは出るんだね!
我ながらテンションおかしくなりそうでした。
だけど、声も台詞もとってもお気に入りです。
坊ノ岬二水戦で艦隊組んで放置とかしています。
今更自慢にはならないですが、飾っておきたいのですw


本当に、此処までお付き合いくださった読者の皆さんには感謝の言葉もありません。
読んでくださった方の反応や感想あってこそ、此処まで続ける事が出来たものだと思います。
実際、感想からは多くのネタや呼称などを拾わせて頂きました。
皆様本当にありがとうございました。



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