IS -other world order- (3×41)
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第1話 蒼翼

 IS研究都市 ICBIビル内

 

 日本のIS学園、その外縁に併設されたIS研究都市にはIS研究を目的の主とした企業がひしめきビル群を天まで群生させている。

 夜の空をいっそう黒く切り取るビル群のひとつ、IS学園都市の武装警備集団、ICBIの高層ビルの一室で男が一人PCに向かっていた。

 

 男は広く、暗いオフィスで一人PCの画面に向かっていた。

 キーボードをカタカタ打って、しばらくしてコーヒーをすする。

 冷めてぬるくなったコーヒーのにがみが舌の上で転がった。

 男はその苦さに少し顔をしかめるとふと顔を上げて時計を見た。

 

「19時か、今夜は徹夜だな」

 

 男の名前はジョン=ワトラン。その名前どおり日本人ではなく、もとはイギリスの特殊部隊に所属していた人間である。

 生え抜きの特殊部隊員であったワトランはその腕を買われてこの日本のICBIに移籍してきた。

 いまや世界の構造を変えてしまったといってもいい重大な軍事機密の塊のようなこのIS研究都市を警護する任務である。

 引き抜きのオファーがきたとき、彼は悩みすぎることなくこのオファーに答えた。

 

 現在はこのICBIのAS(アーマードスーツ)機動部隊に所属している。

 AS機動部隊とはいわゆる実動部隊で、このアーマードスーツとはIS理論を民間転用することで開発されたパワードスーツである。

 多少かさばるが人間の体をすべて包み、その装甲を貫くことは用意ではない。

 さすがに戦車砲を受ければひとたまりもないが、歩兵が携行する機関銃程度ではほとんどへこむことすらない多重積層装甲である。

 また両腕に備えられた重機関銃に、射出アンカーケーブル、ASの背部には高速移動用にブースターまで設置されている。

 都市警備にはあまりに贅沢な装備だった。

 仮に機関銃を携行した歩兵100名を相手にしても2m弱のASが1機あればおつりがくる。

 小規模戦闘においては、もはやASの数、そしてASパイロットの腕が戦局を左右するといっても過言ではなかった。

 

 ジョン=ワトランが所属するAS機動1課はASによりIS研究都市で起こる凶悪犯罪に対処していた。

 もっとも、ASが必要になるほどの犯罪行為が起こることはごくまれであったのだが。

 

 それ以外では、今のワトランのように事務仕事も少なくないのだった。

 また日本の遠隔地の重度犯罪行為に応援で向かうこともある。

 

 今年に入ってからASを実戦機動したのは二度、一度はIS研究都市内の銀行強盗事件、もう一度は遠くの大都市でのテロリズムへの対処であった。

 

 現在ワトランが処理しているのはAS訓練における報告書である。

 当初は一人でも十分だと思われていたが実際はなかなかかさばる内容で、現在の19時から、どうも日が昇ってビルの窓を白くするまではかかりそうである。

 

 ワトランは180cmの巨体でイスの上で大きく伸びをすると、サッサッとあたりを見回した。といっても暗いオフィスには彼一人しかおらず、静かな暗闇が返事をするだけだったのだが。

 

 

ビー!ビー!ビー!

 

 

 AS機動1課のオフィスに鋭い警報音が響く。それは緊急事態の警報だった。

 出動の合図である。IS学園都市においてASを必要とする事件が発生したのだろう。

 いったい今度は何事だ?

 そう思いながらワトランは急いで立ち上がり、ICBIビルのAS格納ドッグ区画に走った。

 

 

 

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ICBIビル内AS格納ドッグ

 

 

 

 ワトランがICBIビル内の巨大な扉のハッチを開け、その巨大な扉をくぐると、広い兵器ドッグがひらけ、その中央に耐衝撃服を来た女性が立っていた。

 

「三千子、今回は一体なんだ?また銀行強盗か?それとも殺人事件でも起きたか?犯人は逃走中?」

 

 ワトランが話しかけた女性はAS機動一課の課長イザナギ三千子(ミチコ)である。

 彼女はワトランのほうを短く見ていった。

 

「来たかワトラン、すぐにアーマードスーツを装着のち格納車に搭乗しろ」

 

 三千子はワトランと同じAS乗りである。

 以前は中東で傭兵をしていたらしいが、その腕を買われてICBIにスカウトされたということである。

 イギリスの特殊部隊で鳴らしたワトランも腕のよいAS乗りだったが、それでも三千子のAS技術には到底及ばなかった。

 

 ワトランがICBIに移籍してきたとき、上官が女性だと知ってワトランは紳士的な気遣いとともに三千子に『やさしい』態度をとった。

 しかしその後三千子のAS1機対ワトランを含むAS3機のゲリラ戦闘で三千子に3機とも『コテンパン』にやられてからはそういう気遣いは無用なのだと思い知らされたのだった。

 

「オーケーボス。ブリーフィングは移動中ってことだな」

 

 ワトランはいいながら急いで耐衝撃服を着て、格納ドッグの壁面に設置された3M弱のアーマードスーツに駆け寄ると、

ASの首の部分の登場ボタンを操作した。

 

 アーマードスーツの前部がブシューと音を立てて開き、次いでワトランが搭乗すると、AS内部のマニピュレータを操作してまたハッチが閉じ、各種電子兵装を立ち上げ始める。

 

 AS内部のワトランに、外からの三千子の叫び声が聞こえてきた。

 

「われわれはAS格納車でグレンス社に向かう、既にAS機動2課のAS二機が空中輸送でグレンス社上空に向かっている、

テロリストは研究棟の研究機材の強奪を目的としている模様、グレンス社の上と下からテロリストを押さえるぞ!」

 

 

 

 

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IS研究都市 グレンス社前

 

 IS研究都市の企業群の中でも大手企業であるグレンス社。その巨大なビルの前にはそれなりのセキュリティセンターがあり。10名からなる警備員がモニターをチェックしていた。

 時計は18時を指している。

 その警備員の一人が、グレンス社の巨大な敷地内への門前を映したモニターに、ひとつの運搬用トレーラーが止まったのを発見した。

 

 その警備員は少しうんざりしたように立ち上がった。

 あんなところにトレーラーを置いては研究機材の搬入に支障をきたしてしまうではないか。

 

 警備員は警備室から出て玄関口に走った。

 男が玄関口についたときにも、やはり巨大なトレーラーは玄関前の道路をふさぐようにとまっていた。

 

「なんだあのトレーラーは?」

 

 男はため息をついてトレーラーのほうに向かった。

 

 そのトレーラーは後部に大きなコンテナを積んでいる。IS関連の機器を運搬しているのだと思われた。

 

 あのトレーラーはなぜ玄関口で停車しているのだ?

 トレーラーはIS機材の運搬をしているようだが、車はグレンス社へ入ろうとするわけでもないし、エンジンをかける様子もなかった。

 故障してしまったのかもしれない。それなら早く修理してもらわなければならない。

 

 警備員がいぶかしみながら巨大なトレーラーに歩み寄ると、そのトレーラーの後部のコンテナがひらきはじめた。

 

 警備員が運転席に向かって叫んだ。

 

「あのー!こまりますよ!こちらに停車されますとグレンス社の機材の搬入に支障が出ますので、速やかにどかせてください!」

 

 いいながら、警備員にガシンガシンという機械音が聞こえた。

 彼はその音がするほう、コンテナのほうを見ると、

 そのコンテナから、全長3M弱のアーマードスーツが3機出てくるところだった。

 

 あれは、アーマードスーツじゃないか。男は思った。

 あれは確かラインポード社の試作型の無人ASだ。

 

 試作型無人ASはコンテナから出てくると、向きを変えてグレンス社の入り口のほうを、

 そしてそこに立っていた警備員のほうを向いた。

 

 はて、警備員の男は少し見方を変えた。

 コンテナ車が故障したから、先に積荷を入れてしまおうということか。

 しかし今日ラインポートからの搬入の予定などあっただろうか。

 

 それに車は車でどかしてもらわないと困るし、搬入の手続きも済んでいない。

 

 警備員の男が悩んでいると、

 その前方の3機の無人ASがそれぞれ掲げた6つの腕の銃口から

 大口径のライフル弾があふれるように吐き出された。

 

 6つの銃口から吐き出された銃弾は暴風雨のように

 目の前の警備員の体に突き刺さり、貫通し、ズタズタに引き裂いた。

 

 瞬間、警報。

 つんざくような轟音が、引き裂かれた男の代わりに叫ぶようにグレンス社のまわりに響き渡った。

 

 次の瞬間、マシンガンで武装した警備員たちが

 警備室から飛び出してきた。

 

 警備員たちは玄関前の3機のアーマードスーツに面食らいながらも一斉にマシンガンを掃射した。

 

 人間の人体ならやすやすと切り裂く銃弾の嵐は、しかしアーマードスーツの装甲を傷つけることなくすべて弾き飛ばされた。

 警備員たちは青くなり、一人はちらりとなぜここに戦車がないのかと状況を呪った。

 

 3機の無人ASがその警備員たちに向かって重機関銃を掃射した。

 まるで壁がせまるような大口径ライフル弾の嵐が警備員たちを切り裂き、細切れの肉片にした 

 

 細切れになった肉辺がアスファルトの地面に落下したあと。

 玄関のトレーラーの後部のコンテナから新たに2機のASが歩いて出てきた。

 

 その二つのASは有人ASだった。

 そのうちのASの中の男が叫んだ。

 

 「各員、速やかにグレンスの研究区画へ向かえ!」

 

 男が指示をすると、AS5機と機関銃で武装した人間たちがそれぞれ一斉にグレンス社のビルに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

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 グレンス社上空

 

 

 グレンス社の高いビルのさらに上空の暗い空を、

 アーマードスーツを二機格納した航空機が飛行してきた。

 そこからははるか下方に真っ暗なグレンス社のビルと、

 ネオンに輝くIS研究都市が望めた。

 

 航空機の格納庫では揺れる地面の上で二機のASが待機していた。

 AS機動2課のメンバーである。

 

 彼らは今から地上のAS機動1課と連携して上空からグレンス社ビルに突入する手はずになっている。

 

 報告によると武装したテロリストはラインポードからASを奪取したのち、

 グレンス社の研究棟に立てこもっているらしかった。

 

 IS研究最大手の一角であるグレンス社の研究棟となればそれこそ宝の山だろう。

 世界各国がのどから手が出るほどほしがるものがつまっているというわけである。

 

 グレンス社のエントランス警備員、ビル警備員は総勢30人全滅とのことだった。

 テロリストはASを装備しているのだ。いかに武装した警備員でもAS相手ではひとたまりもなかっただろう。

 AS、アーマードスーツは機動力、防御力、攻撃性能、電子兵装、すべてにおいて歩兵の比ではないのだ。

 

 なお悪いことに、テロリストは人質までとっているようだった。

 確実に制圧できればいいというわけではなかった、人質の生命まで守る必要がある。

 航空機の揺れる格納区内のASの中で男は小さく毒づいた。まもなく作戦が開始される。

 

 しばらくして、突然、轟音。ついで航空機の機体が大きく揺れはじめた。

 格納庫のAS搭乗者がAS内で叫んだ。

 

「どうした!?何が起こった!?パイロット!!」

 

 叫んで、一拍間をおいて通信が返ってくる。

 

「狙撃だ!どこかから榴弾狙撃されている!狙撃位置は不明!」

 

 それを聞いて驚いた。男はこれは周到な企業テロだとは思っていたが、それだけではなかった。

 狙撃手まで配置しているとはなんという念のいりようだ。

 AS格納室に警報音が鳴り響く。

 

「緊急事態だ!当機は不時着する!!」 

 

 操縦士が叫び、不時着するルートを急いで探しているその瞬間、

 空のはるかかなた、ビル間を縫うように疾走した2発目の狙撃榴弾が航空機に着弾した。

 榴弾は航空機の巨大な機体にのめりこむと、ついで指向性の爆風を航空機に突き刺した。

 航空機が傾くと、ついで爆発、さらに誘爆するように航空機が爆発し、暗い夜空に赤い爆炎を撒き散らしながら大破した。

 

 

 

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 地上を走る走行車の後部格納庫内、揺れる格納庫に4機のASが格納されていた。

 AS機動1課のAS隊である。

 その中のリーダー、イザナギ三千子がほかの3機に通信した。

 

「聞け。上空で待機していたAS機動2課がやられた」

 

 その隣のAS内のワトランがびっくりして尋ねた。

 

「やられたって。相手はグレンス社内の研究棟にいるんじゃなかったのか?」

 

 それにあの航空機は、軍でも運用される輸送機だ。ASの腕に装備された重機関銃でもやすやすと落とせるものではない。

 

「分析官によると航空機が榴弾狙撃ライフルで狙撃されたそうだ。テロリストは周辺に少なくとも二名の狙撃手を配置している模様。各員狙撃に十分に注意しろ。指向性の榴弾を食らえばさすがにASの装甲も持たんぞ!!」

 

 ワトランはASの中で考えた。狙撃手だと?それはずいぶんと手の込んだことだ。おそらく狙撃手はセオリーどおり電磁迷彩程度はほどこしているだろう。レーダーで発見することは困難だ。

 グレンス社内のテロリストだけではなく、はるか遠方の狙撃手も相手にしなければならないというわけだ。

 三千子が続ける。

 

「テロリストの狙いはグレンスの研究機材だ。グレンスはIS第三世代機の研究も行っている。これが他国にもれれば世界のパワーバランスが崩れることになる。各員それを肝に銘じてテロリストの殲滅、機材の防衛を果たせ!!」 

 

 IS研究データは、いまや核に匹敵する重要機密になっている。

 だからこそのこの念の入りようとも考えられた。可能性として、他国の秘密機関が関与していることも考えられる。

 やっかいな事態だった。自分の命を賭してでも食い止めなければならない。

 この揺れる格納庫の4人、研究データの流失に比べれば、あまりに小さい塵のような代償だ。

 

 

 

 

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 暗い夜空の中をグレンス社の巨大なビルがさらに黒く切り取っている。

 そのグレンス社玄関前に一台の装甲車が停車した。

 

 その後部の格納庫のハッチが開くと、

 急に4機のASが飛び出してきた。

 

 4機のASは地面に着地すると、それぞれ走ってグレンス社のビルに向かった。

 

「行け!狙撃手に気をつけろ!ゴーゴーゴー!」 

 

 三千子が叫び。グレンス社前の広い庭からグレンス社内部に走っていく。

 4機のASがグレンス社の玄関前の広い庭の中央にさしかかったとき、グレンス社の5階あたりの窓が破れ、そこから何かが高速で飛び出した。 

 

「何だ!?各員散開しろ!!」 

 

 三千子が叫ぶ。

 その号令ではねるように4機のASは散開した。

 4機のASが散開すると、ちょうどその散開した場所に、巨大な黒い影が落下した。

 

 何だ?ワトランがそれを確認すると、それは1機の無人アーマードスーツだとわかった。

 グレンス社5階から、1機の無人ASが飛び出してきたのだ。

 

「ラインポードの無人ASだ!!三千子!?」

 

 ワトランが瞬時に三千子のほうを確認する。

 飛び出してきた無人ASはその瞬間にすでに前方のASに何かを投擲した。

 

 ASにそれが着弾する瞬間、それは対積層多重装甲のヒートトマホークだとわかった。

 ASの胸部の装甲に、真っ赤に赤熱したヒートトマホークの刃が突き刺さり、ASの分厚い装甲を貫いた。

 

 ヒートトマホークがASの胸部につきささり、そのASはしばらく静止すると、そのままガクリとひざを折って崩れ落ちた。

 

「近藤!!」

 

 ワトランが叫ぶ。反応は返ってこない。

 

 ワトランは反射的にASの両腕を無人ASに向け、両腕に内臓された重機関銃を掃射した。

 

 轟音が響き、

 3機のASから中央の無人ASに向かって三方向から赤い射線が殺到した。

 無人ASは重機関銃の銃身から吐き出されたライフル弾を受けながら、

 両腕を掲げ、3機のASに機関銃を掃射しはじめた。

 

「総員トライアングルに囲め!!打ち負けるな!!」 

 

 無人ASは、その特性上人間を搭載するスペースが必要ない、ので、その人工知能系と操作系を含めてもスペースが余分で、その分装甲が分厚い。

 人間的な思考こそできないが、防御力が高く、タフなのである。

 

 無人ASはなかなか機能停止しない。

 しかしこの無人ASを放置して進むことはできない。この無人ASを放置すれば前後から挟み撃ちをくらうことになるからだ。

 

 無人ASがAS機動1課、吉沢が搭乗したASに機関銃を集中する。

 豪雨のようなライフル弾が吉沢のASの装甲に突き刺さる。

 

「私が行く!!合わせろ!!」

 

 そのとき三千子が通信で叫び、三千子のASがAS背部のオーバードブーストを起動。

 AS背部のブースターがバーニアを吹き上げ、一気に加速した三千子のASが高速で疾走し、無人ASに突進していった。

 

 ワトランがそれを見て機銃掃射を停止した。

 

 三千子のASが高速で疾走し、無人ASに激突した。あたりに金属質な轟音が響く、

 三千子は無人ASに突進したあと、すぐさまサブミッションに切り替え、無人ASの間接を極めにかかった。無人ASの腕部に両腕と足をからめ、折りにかかる。

 

 三千子のASがフワっと空中に浮いたかと思うと、無人ASの右腕に絡みつき、衝撃で無人ASを地面に倒した。

 人間技じゃない。ワトランはAS内で思った。

 

 ASは装甲は強力だが、間接部は装甲ほど強力にできていない。

 三千子はASを最大出力で背筋をそらせた。

 

 すると無人ASは三千子が取り付いた右腕の人工筋肉をうならせ、

 三千子をASごと空中に投げ飛ばした。

 

 ASが10M上空に打ち上げられ、空中で滞空する。

 そのまま滞空しながら1回転したあと、弧を描いて地面に激突した。

 

「課長!」

 ワトランが通信を入れる。AS内とはいえ脚部による衝撃吸収なしでは普通の人間は無事ではすまない。

 

 だが、三千子のASは何も言わず立ち上がった。

 うそだろ。ワトランは思った。相変わらず常人離れしている、あのメスゴリラめ。

 

 そのとき、グレンス社からASが散開する広い庭に、グレンス社のほうから放送がかかった。

 

『あ~、あ~。ただいまマイクのテスト中』

 

 どこか陽気そうな声だった。それでいて軽薄な雰囲気を帯びている。

 放送でう、うんとうなると男の声が続けた。

 

『あ~、親愛なるICBIの諸君。こちらは、あ~、テロリストの首謀者である。安易に動くなよ、悪いが人質をとらせてもらった』

 

 突入している時点で人質の犠牲は覚悟していた。

 しかし今目の前の無人ASも立ち上がったまま静止しているようだった。

 放送が続ける。

 

『その無人ASを見てもらったかな。われわれがラインポード社から強奪したものなんだが、それと同じものがあと2機こちらにある。あとは有人ASが2機。それ以外にもあるかもなぁ。まぁなんだ。下手に強襲しようなどと思わないことだな』

 

 放送の向こうで男が小さく笑った。

 楽しんでやがる。ワトランはASの中でにがにがしげに舌打ちをした。

 

『ハハハ、いいか、そのままゆっくりとグレンス社から退去しろ。なぁにわれわれもあと半日ほどでここを出て行く。君たちをあいてにしてやってもいいが、無駄な流血はないに越したことはないだろう。なぁ?』

 

 こちらのASは機能停止した1機を除いて3機、歩兵なら1000人でも屠れる戦力である。

 しかし相手にもASがあるとは。

 ワトランは三千子の指示を待った。

 

「やつのいったとおりにしろ。いったん撤退する」

 三千子から通信が入る。

 

 適切な判断だと思った。このまま強引に突入しても、成果を得られる可能性は高くない。

 吉沢のASが機能停止した近藤のASを担ぎ、グレンス社から撤退を始める。

 近藤のASにはまだ生体反応があった。治療を急がなければならない。

 

 そのとき、はるか遠方から亜音速で飛来した指向性の狙撃榴弾が近藤のASを抱える吉沢のASに突き刺さった。

 瞬間に爆音。戦車装甲も貫く榴弾が吉沢のAS装甲を爆散させた。

 

 「吉沢!!」三千子が叫ぶ。

 

 ついで放送。

 

『はーっはっはっはっ!!いや申し訳ない。狙撃手に狙撃をやめるように言うのを忘れていた。いひっ、はははは!!』

 

 いかれてやがる。ワトランは思った。

 吉沢はASは起動不能にされたがすぐに治療すればまだ助かりそうだった。

 放送で響く男の笑い声を背に、三千子とワトランで吉沢と近藤をASごとかついで、走って退避した。

 

 

 

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「くそっ、ふざけてやがる!課長、どうしますか?」

 

 グレンス社近隣の臨時本部で、ASを脱いだワトランが毒づいた。

 

「・・・」

 同じくASを脱いだ三千子はだまって考えている。

 

 3機のタフな無人AS、2機の有人AS、おまけに位置不明の狙撃手ときたものだ。

 AS3機でどうにかなる戦力差ではない。

 AS機動2課は何をしているのだ。

 とにかく時間がなかった。いかにグレンス社のセキュリティといえども、人質までとられて、どれだけ持つかわからない。テロリストは半日、そういっていたが、それだって保証があるわけではなかった。

 

 ふいに、三千子がワトランのほうを向いた。

 

「ワトラン、これからIS学園に向かえ、教官の織斑には私のほうから話をつけておく」

 

「IS学園、ですか?」

 

 ワトランは意外な表情で三千子に聞き返した。

 

 

 

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 IS研究都市からほど近くに存在するIS学園。

 ここでは世界最強の兵器と呼び声高い、インフィニットストラトス、通称ISの技能を学んでいるらしい。

 ワトランにはその噂さえもにわかに信じがたかったが。

 ワトランはIS学園前につけた黒い車から降りて、IS学園宿舎に向かった。

 今でもグレンス社内ではテロリストが研究データの抽出を進めているだろう。

 こんなことをしている場合ではないのだ、三千子はなんだってこんなところに俺をよこしたのだ。

 

 IS学園の巨大な校舎に入ると、ほどなくして一人の女性がワトランを出迎えた。

 

「IS学園にようこそ。私は本学園で教師をつとめております織斑千冬です」

 

 おりむらちふゆと自己紹介したその女性は、女性にしては長身だとワトランは思った。ワトランが175cmなのでだいたい165cmくらいだろうか。肩で切りそろえた黒髪に、抜け目のない目つき、どこか三千子と共通したものを思わせた。

 

「どうも、ICBI・AS機動一課のジョン=ワトランです」とワトラン。

 

「前置きはなしにしましょう。話は三千子から聞いています。こちらへどうぞ」

千冬が廊下を案内する。

 

 ワトランはうながされるままに千冬の後ろを歩きながら考えた。

 この織斑という教官とイザナギ課長はどうも知り合いらしい。

 あのメスゴリラと気があって、IS学園の教官、相当な実力者であることは容易に察しがつく。

 彼女が助力してくれれば、あるいは、といったことだろうか。

 三千子ほどの戦力がもう一人増えるとなれば、心強い。

 しかし決定打にかける、ワトランは思った。いかに実力があれど、AS1機の戦術価値を飛躍的に高めるまでとは考えにくい。

 

 ワトランが考えながら千冬と歩いていると、ふいに千冬が廊下の一室のドアを開けた。

 

 「こちらへどうぞ」と千冬。

 

 ワトランが部屋に入ると、室内の広い空間にソファとテーブルが置かれており、そのソファのひとつに誰かが座っているのがわかった。

 

 (小柄な子だ)

 

 それは小柄な少女で、後ろから金髪であるのがわかった。自分と同じで日本人ではないのだろう。

 彼女はソファに座ってティーカップを片手に持って紅茶を飲んでいた。

 と、少女がこちらに気づいた。

 

「紹介します。彼女がIS学園のIS搭乗者の一人であるセシリア・オルコットです」

 千冬が紹介する。その少女がこちらを振り向くと、青い瞳がのぞいた。

 深く青い瞳と、ゆるくウェーブした流れるような金色の髪が柔和な印象を与える。

 可憐だが、明らかに高校生かそこらの少女である。

 

 千冬が続ける。

「今回の事件においては彼女に担当させます。オルコット、ミスターワトランに同行して事件解決にあたれ」

 

「は、?」

 

 ワトランは戸惑った様子で聞き返した。

 

「彼女が、ですか?」

 

 どうみても年端のいかない少女である。

 ティーパーティに出かけるのではないのだ。

 三千子は事態の伝達を間違えたのか?

 

 そのとき金髪碧眼の少女、セシリア・オルコットが口を開いた。

 

「織斑先生、いったいどういうことですの?わたくし、まだ何の説明もされておりませんが」

 

 オルコットは、柔和な声で、しかし非難がましい色をまじえて言った。

 

「事態が急を要したのだ。概要は車内でミスターワトランに説明を受けろ」

 

 千冬に言われて、セシリアはハァとため息をついた。

 

「わかりましたわ。明日はせっかくの休日だというのに」 

  

 セシリアはワトランのほうを向いた。

 

「それじゃぁミスターワトラン?参りましょうか、エスコートをお願いできます?」

 

 ワトランはただ戸惑うばかりだった。

 

  

 

 

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グレンス社内。

研究棟中核部を占拠したテロリスト達は研究員を人質にとり研究資材とデータの抽出を行っていた。

研究棟の広い研究室で、数人のテロリストがコードを端末につなぎ、データの解析、抽出を行っている。

それは宝の山だった。ディスプレイを見てキーをうつ一人が感極まりながら口笛を吹いた。

ある程度のデータは抽出し終えたが、それだけではない。今のデータだけでも十分すぎるが研究室で閉じられた隔壁の向こうにはもっと重要な機材があることだろう。それこそ、国家を揺るがすような。

 

 リーダーの男が研究員の一人に歩み寄って尋ねた。

 

「なぁあんた。この隔壁のパスワードをさ、教えてくれないかな」

 

 テロリストは隔壁を開くパスコードの解析を進めていた。

 しかしそのパスコードを直接聞ければ話は早い。

 

 研究員の男は首を振った。

 

「む、無理だ」

 

 男はふーんといって腰からナイフを取り出した。

 研究員があわてて首を振る。

 

「知らないんじゃない!もう隔壁は緊急モードになっていてわれわれでも開けることはできないんだ!」

 

「そうか、でも本当に開ける方法がないのかなぁ。これでも教える気にならないかい?」 

 

 男のナイフを持った手が消える。次の瞬間研究員の男の片耳がちぎれとんだ。

 次に悲鳴。

 

「ああああああああっ!!できない!!できないものはできない!!」

 

 研究員は痛みに耳をおさえてうずくまり、もんどりうった。

 

「ちっ、おい!隔壁のクラックにあとどれくらいかかる!?」

 

 男に聞かれて別の男が答えた。

 

「けっこうな電子防壁ですね。あと数時間はかかります」

 

 言われてリーダーの男は頭をかいた。

 まぁいい、この任務を遂行すれば自分は英雄だ。これが終わったらどこかのリゾート地でいい酒といい女で楽しむとしよう。

 

 その男に、別のテロリストが言った。

 

「ボス、外部から連絡です」

 

「どうした」男が促す。

 

「はい。ICBIが人質の交換を申し出ています。」

 

男はそれを聞いて鼻で笑った。

 

「フンッ、それでこちらに何のメリットがある。お断りだと伝えろ」 

 

「それが、どうやらグレンス社が介入しているようで、主任研究員との人質交換を要求しています。変わりに隔壁のロック解除を早めるアルゴリズムを提供するといっています」 

 

 ほう、男はいって、人質のほうを向いた。

 

「おい!この中に主任研究員はいるか!?」

 

 たずねると、耳を切り飛ばされてうめいていた男が言った。

 

「そ、それは、私だ!」

 

 男は研究員ににじりよって社員証を確認する。

 

「フン、よかったな。グレンス社はお前の命をどうしても助けたいらしい。危ない危ない、もう少しで殺すところだったよ。その役は別の誰かに頼もうかな」

 

 それを聞いて研究室に並べられたほかの人質の人々が息を呑んだ。

 

 

 

 

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グレンス社前、ASの戦闘で大量の薬莢が散らばった庭に

テロリストのリーダーが主任研究員を連れてグレンス社から出てきた。

 

その逆方向、正門からは、

二人の女と一人の男が歩いてくる。

 

テロリストのリーダーが陽気に声をかけた。

 

「やぁやぁ。さっきの男は大丈夫だったかな?ははは、本当にすまないと思っている。それで人質の交換に応じることにしたよ。平和主義だろ?それで、人質はどいつだ?」

 

 男は研究員を突き出して言った。

 

 三千子が短く答える。

 

「人質交換はこちらの二人だ。主任研究員をこちらへ」

 

 主任研究員と、一人の男と一人の小柄な少女が交換される。

 

 男が小さく笑った。

 

「そっちの男はICBIか?きみも大変だなぁ。まぁ変な気はおこさんことだ、こちらには重機関銃のASがあることを忘れるなよ」

 

 次に男は小柄な少女のほうを見た。

 

「これは小さなおじょうさんだ。しかし勇気がある」 

 

 金髪の少女は、しかし何も言い返さなかった。

 男が続ける。

 

「それで?隔壁の解除データは?」

 

 言われてワトランが右手のチップを掲げる。

 

「これだ。グレンス社によればこれで隔壁の解除時間が半分に短縮される」

 

 男はチップを手にとってしげしげながめた。

 

「ふん、このデータが偽者だったら、人質の半分の命はないぞ。こい」

 

 

 

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 男につれられてグレンス社の階段を上っていく。

 エレベーターも使えるが、男はあえて階段を選択した。

 ワトランの体躯をおもんばかってのことかもしれなかった。抜け目のないやつだ。ワトランは思った。

 

 三人が暗い階段を上っていくと、

 その途中でひとつの部屋の中が見えた。

 

「あら、あそこにも人質がいますのね」

 

 少女の言葉に男が反応した。

 

「ああ、そうだ。おじょうちゃん、興味があるのかい?一応リスク分散ってことでな、ICBIが突入してきたら、まずこっちの人質を皆殺しにすることになってる。あそこの無人ASがな、それにしても」

 

 男は少女に向き直っていった。

 

「おじょうちゃん、その金髪、わるくないな。これが終わったら、俺と一緒にこないか?悪いようにはしないが」

 

 男は少女の容姿をまじまじ見ながらいった。

 少女はしかし、表情を変えずにいった。

 

「せっかくの申し出ですが、遠慮いたしますわ。あと、その無精ひげ、おそりになったほうがよろしくてよ」

 

 男はしばらくだまり、右手を上げてアゴの無精ひげをなでると、しばらくだまって向き直って階段を上り始めた。

 

 

 

 

 

===================================================================

 

 

 

 

三人が研究棟の中核部に入ると、広い研究室が開ける。

そこには大勢の人質の研究員と無人ASが2機、そのほか数名の工作員とハッチが開いた2機の有人ASが見えた。

リーダーの男は隔壁のそばでマニピュレーターを操作しているテロリストに歩み寄ると、チップを手渡した。

 

「本物か?」

 

 男は腰の拳銃に手をかけてたずねた。

 男は、もしこれが偽者だったら、その瞬間人質が数名殺されそうな雰囲気を帯びている。

 

 データを入力していた男が答える。

 

「…ええ、本物です。これであと30分で開けます」

 

 よしよし。男は満足げにつぶやいた。

 これで隔壁が開いたら中の研究機材をまとめていただくことができる。

 英雄だ。英雄になれる。男は一人思った。

 

「さきほどのかたがたとあわせて人質はこれですべてですの?」

 

 声がして、そのあと静寂に包まれた。

 リーダーの男が、ゆっくりと声のするほうを振り返ると、たずねたのはさきほどの金髪の少女だった。

 男が少女のほうに向き直った。

 

「ああ、そうさ」

 

 男が少女のほうにゆっくりと歩き出した。

 

「今大事なところなんだ。少し黙っててくれないか。ははっ、じゃないと」

 

 男は歩きながら腰のナイフに手を伸ばした。

 

「わかりましたわ」

 

 少女がこともなげに言って、続けた。

 

「ワトランさん、もうやってしまってもかまいませんわね?」

 

 瞬間、男が異変に気づいた。

 金髪の少女の体を、青い燐光が包み始めた。

 

「ブルーティアーズ、転送しますわ」

 

 少女の体を青い燐光が包み、体に青い全身鎧のような機体が出現しはじめる。

 男は跳ねるように逆走し、ハッチの開いたASのコックピットに飛び込んだ。

 少女の体には、頭を露出した、体にピッタリフィットする青い全身鎧のような機体があらわれつつあった。

 

「こいつ!IS乗りだ!やれ!!殺せ!!!」

 

 男がASに乗り込みながらさけんだ。

 その瞬間、2機の無人ASとテロリスト達が青い燐光に包まれた少女に向かって重機関銃とサブマシンガンを掃射した。

 暴風雨のような銃弾が青い全身鎧の少女に疾走する。

 

 しかし、その数百の銃弾の嵐は、その全身鎧を貫くことはなく、すべてその手前で静止し、そのままポロポロ地面に落ち始めた。

 ISのエネルギーシールドである。ISの強力な空間シールドがその銃弾の嵐をすべて寸前で静止させたのだ。

 

 少女はISを転送しおえると、両手のビームライフルをそれぞれ2機の無人ASに向かって発射。

 

 青いビームが二つの無人ASの積層多重装甲をやすやすと貫き、機能停止させた。

 

 次の瞬間、その部屋にいた3人のテロリストにテイザー、電気銃を発射し、気絶させてしまった。

 

 それと時を同じくして、その下方の部屋で、無人ASが人質に向かって重機関銃の両手を掲げた。

 突入されたら人質を皆殺しにするというプログラミングどおりである。

 

 その動きを見て人質たちが悲鳴を上げた。

 

 そのとき、その部屋の天井から青いビームが出現、無人ASを貫いて機能停止させた。

 

 少女のブルーティアーズがレーダーを起動、ビル下方の別室にいる無人ASを補足し、部屋の地面に向けてビームライフルを構え、引き金を引いたのである。 

 

 ビームライフルから青いレーザーが発射され、地面を貫通し、はるか下方の別室の天井から貫通してきた青いビームが無人ASを貫いたのだった。

 

 それと同時に、ブルーティアーズに有人ASにのった別のテロリストがオーバードブーストで突っ込んできた。

 高速の1トン以上の塊がブルーティアーズに肉薄する。

 

 ブルーティアーズは軽くジャンプすると空中を滞空し、

 ぐるりと体を回転させながら、肉薄する有人ASの肩口にその青い右足を打ちつけた。

 

 まるで爆発するような衝撃で、突進していた有人ASは地面のコンクリートを砕いて深く埋没した。

 ASの搭乗者はよくて気絶しているだろう。

 

 その光景を見ていたワトランは驚愕していた。たった一人で人質への脅威を一瞬で無力化してしまった。

 

「リーダーの男が逃げましたわね」

 

 少女の言葉にハッとして、ワトランはあたりを見回した。

 1機の有人ASと、先ほどまで研究室にあったデータが入ったアタッシュケースがなくなっている。

 

「やつは研究データを持って逃走する気だ。追ってくれミス・オルコット!!」

 

「言われなくても追いますわよ。任務ですもの」

 

 少女の青いISは少し浮遊すると、瞬間に加速して研究室の出口から男を追った。

 

 

 

================================================= 

 

 

 ASに乗った男は研究データの入ったアタッシュケースを持って階段を上って広い部屋に出ていた。

 ISが出てくるとはどういうことだ!!あれは実際の使用は禁じられているハズだ!!

 

 大きな部屋の向こうに大きな窓とその向こうの別のビルが見える。

 ここから、向こうのビルに飛び移って、その屋上に待機させてある航空機で脱出する。

 国境さえ越えれば日本は手出しすることができない。

 このアタッシュケーズのデータだけでも収穫として十分すぎる。

 

 さっきのISが追ってくれば、それぞれ別のビルに配置した三人の狙撃手の餌食だ。

 

 男のASはダンダンダンダンと走り、次にオーバードブーストでさらに加速し、

 窓ガラスをぶち破って隣のビルの窓にとんだ。

 

 

 グレンス社の巨大なビルのひとつの窓が砕け、そこから黒い影が飛び出してきた。

 

 男のASが高速で夜の空を滑空する。

 

 と、その男のASの真上にあの青いISが並走してきた。

 

 男は驚いたが、顔はニヤリと笑顔に歪んだ。

 

 瞬間、遠方の三つのビルの屋上から、上空の青いISに向かって三つの指向性榴弾が高速で疾走した。

 

 

 同時にブルーティアーズのセンサーが三つの狙撃榴弾を感知、

 少女が体をひねると、

 三つの狙撃榴弾はブルーティアーズのさっきまでいた空間を交錯して通りすぎた。

 

「みなさんいい腕をしてますわね」

 

 つぶやいて、夜空を高速で疾走しながらブルーティアーズの背部の3つのビットを展開、

 それぞれ3方のはるか遠方のライフルを狙い、3つのビットから青いビームが射出された。

 

 夜の暗い空を三つの青いビームが切り裂いて疾走し、それぞれはるか遠方のビルの屋上のライフルの銃口に着弾、貫通し破壊した。

 

 それと同時にブルーティアーズは右手のライフルを抜きながら、

 空中で体をグルリと回転し、真下で高速で並走するASに狙いを定めた。

 

「チェックメイト」

 

 ブルーティアーズの右腕のライフルが青いビームを出力を最小限にして発射。

 しかしその青いビームは真下のASに突き刺さり、爆発したようにそのASを真下に吹き飛ばした。

 男のASはそのままはるか下方の地面にASごと突き刺さり、機能停止した。

 

 暗い夜空に滞空する青いISに通信が入る。

 

『こちらICBI、AS機動1課のイザナギだ。よくやってくれた、ミスオルコット。感謝する』

 

「いいえ、かまいませんわ。お安い御用でしてよ」 

 

 暗い夜空に滞空しながらセシリアが続ける。

 

「もう帰ってもよろしいですかしら?そろそろ就寝しませんと、明日の休日に差し障りますもの」

 

 



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第2話 臨時航行

 初夏の朝

 

 IS学園、女性にしか反応しない兵器、IS、インフィニットストラトスを運営するために設立された学園の、その広大な学生寮のすぐ隣には、広いプールが波打っていた。

 初夏の日差しを白く発射する水面を一人の少女が波を分けるように泳いでいた。

 

 ゆったりとしたクロールのフォームでゆっくり泳いでいく。

 三つ編に束ねられた金髪がクロールのフォームにあわせて水の中で左右にたゆとっている。

 それは休日である土曜の朝の軽い準備運動だった。 

 

 少女の名前はセシリア・オルコット。

 ISの運用技術、データ収集のためにはるか遠方、イギリスから日本のIS学園に留学している。

 一般的に運用されている、標準機とよばれる量産型のISと異なり、個人のために製造された専用ISに登場を許された数少ない優秀なIS乗りである。

 

 彼女は軽く30分ほど泳ぐと、プールの端から上がった。

 それからIS学園寮のシャワールームに向かって、熱いシャワーを浴びると、

 着替えて食堂で食事を取る、前に談話室に向かった。

 

 セシリアが談話室の入り口をまたぐと、オフィスビルの一室のような広い部屋の中に、

観賞用の植物や大きい水槽、それにソファーや重めの読み物などの備品が並ぶ空間が広がる。

 

 彼女は部屋を見回して、新聞のある棚に向かい、今日の新聞をとってから窓際のソファーに腰掛けた。ソファーの隣の大きな窓からはIS学園寮の外の広い庭が一望でき、窓からは初夏の太陽光がやわらかく差し込んでいた。

 

 少女はその太陽光に背中のなかほどまである金髪を柔らかく反射させながら、手元に広げた新聞に目を落としていた。そしてしばらく読んで、内容を確かめるようにつぶやいた。

 

「まだ中東の情勢があまりよろしくありませんのね」 

 

 新聞の内容は多岐に渡った。

 昨今の流行から政治状況や企業の動向、セシリアが興味があったのはヨーロッパの経済状況やヨーロッパやアメリカのISを含む兵器動向、世界情勢のほうだった。

 中東では国家間の小規模な武力衝突が繰り返され、激化傾向をたどっているようだった。

 ヨーロッパでは複雑に絡み合った経済の相互依存が、たった一箇所のひずみ、クラッシュによってシステミックにひずみが伝播しはじめているらしく、他方アメリカでは世界最大規模の軍事予算を背景にした兵器開発が進んでもいるようだった。

 とはいえ、新聞の書く内容は誇張や記者の個人的な政治思想が内容をゆがめていることも少なくないので話半分程度にしか受け取ってはいなかったのだが。

 

 セシリアが新聞の記事を読み進めていると、彼女の右側からセシリアを呼ぶ声が聞こえた。

 

「おはようセシリアさん。今日は早いのね」

 

 セシリアははっと顔を上げて、声のするほうを振り向くと、談話室の入り口から同級生の少女が入ってくるところだった。

 セシリアはすこし微笑んで彼女と軽く挨拶をかわした。

 

「おはようございます。せっかくの休日ですから、いつまでも寝ていてはもったいありませんもの、日本のことわざにもありますでしょ?早起きは三文の得、ですわよ」

 

「そういうものかなぁ。私は三文しか得しないなら、もう少し寝ておくほうを選んじゃいそうだよ」

 

「フフフッ、そうかもしれませんわね。でも気持ちがいいですもの、それだけでもわたくしには十分ですわよ」

 

 セシリアは同級生の少女から紅茶を入れようかと言われて、それに応じると、少女は談話室の一角にある棚で紅茶を準備して、熱いお湯をポットに注ぐと、そのティーセットを持ってセシリアが座っているソファーの向かいのソファーに腰掛けた。

 

「どうぞセシリアさん。アールグレイでよかったわよね」

 

 セシリアの紅茶の好みはもはや同級生のよく知るところになっていた。

 少女がテーブルの上においたカップに紅茶を注ぐと、朝の日差しがやわらかくさすテーブルに柔らかい紅茶の湯気がくゆった。

 

 セシリアはお礼を言ってから、紅茶を口に含むと、アールグレイの香りとほのかにあまい茶葉の味が口腔内に広がる。

 セシリアが紅茶を飲んでほーと一息つくと、同級生はセシリアの手元の新聞を見て言った。

 

「今朝の新聞を読んでたのね。どう?何か面白い記事とかはあった?」

 

「そうですわね」

 

 セシリアは聞かれて、記事の内容をはんぱくした。

 

「世界情勢が少しよくありませんわ。中東の武力衝突が激しくなっているようですし、中東の宗教原理団体のエルサレフやカザーフの動きも激しくなっているそうですわ」

 

「ふーん、大変なんだねぇ」

 

 日本に住む1少女としては、地球の反対側で起こっているような争いごとに対して抱く感想はこの程度なのが普通だった。そこに家族がいるわけでも、友達や関係者がいるわけでもない。近所で猫が惨殺されたという事件のほうが、より強く彼女の胸をうつだろう。

 

「そういえば、中東にはイギリスの軍隊も介入したことがあるんでしょう?」

 

と、同級生。

紅茶を飲んで、セシリアがうなずく。

 

「ええ、我がイギリスも先進国のひとつとして、女王陛下の名において世界秩序の形成に責任がありますもの。イギリス軍の介入と、保険をかねてIS師団も随行いたしましたわ。もっとも、ISが使用されることはありませんでしたが。イギリス軍のはたしたプレゼンスは非常に高いと評価されておりましたわ」

 

 IS技術が発達しても、それは兵器の枠を出ることはなかった。戦火の火種はいまだ世界各地でくすぶり、燃え上がっている。

 特に食糧難、資源高騰、思想対立、特に後進国がひしめく中東は戦火のるつぼだった。

 燃え上がった戦火の火が、うずまき、ひとつになり、また勢いを増して、るつぼの中ですべてを飲み込もうとするかのようにぐるぐるまわり続けている。

 

「その我がイギリスの師団においても、問題の根本的な解決にはいたっておりませんでしたわ。これは単に戦力の問題ではありませんもの。おぼれる二人の人間の間に、一人がつかまれる丸太しかない。そういう状況なのかもしれませんわね」

 

 セシリアは新聞記事をさらに追っていった。

 

「あとはアメリカの兵器動向ですわね。アメリカの標準ISナインボールが第三世代機として近々試験運転に入るそうですわよ」

 

「第三世代!?」

 

 セシリアの向かいのソファーで紅茶を飲んでいた同級生はそれを聞いて目を丸くした。

 

「それはずいぶんと進んでるわね。日本なんて、標準ISのチハ38式がやっと第二世代の標準運用に入ったばっかりなのに。もうアメリカは第三世代機なんて、チハも早く第三世代にならないかなぁ」

 

 少女はそういって少し部屋の中空にその未来像を描くように視線を泳がせた。

 

 彼女が言ったチハ38式とはIS学園でも運用されている標準ISで、高性能の指向性流弾ライフルや、多段ミサイル、複合装甲ブレードなどの装備を持っている。

 そのほかにエネルギーシールド、感性制御装置、多機能ブースターを備えるISはそれだけで強力な兵器だったが、IS同士ではまた差があり、標準ISの運用においてはアメリカが頭ひとつ先を進んでいるのが現状だった。

 

「その点は、さすが軍事的先進国のアメリカですわね。しかし専用IS運用に関しては日本がぬきんでていると思いますし、イギリスの標準ISも第三世代をにらんでいますわ」とセシリア。

 

 ソファの向かいの少女はため息まじりにつぶやいた。

 

「そもそも予算に差がありすぎるわよ。日本の開発予算なんて、カリフォルニア州よりちょっと多いくらいよ?アメリカのIS開発予算は日本とイギリスを合わせてもぜんぜん届かないんじゃないかしら。われながら日本もよくこれで開発が進むと思うわ」

 

 セシリアは同級生の愚痴をなぐさめるように笑っていった。

 

「フフ、日本の技術力と独創性には驚かされますわ。日本の技術者には頭が下がりますわよ。それにそれでこそわたくしも日本に留学してきているかいもあろうというものですわ」

 

 セシリアがそう言うと、同級生の少女はまるで自分がほめられたかのように、少しはにかんで笑った。

 

 

 

 

 その後もしばらく談笑したあと。セシリアは新聞をたたみ、席を立った。

 すると同級生が彼女に声をかけた

 

「セシリアさん」

 

 セシリアは呼ばれて彼女に振り返った。

 

「今日はどうすごす予定?もしよかったらだけど、私のISの模擬訓練につきあってもらえないかしら。あ、もちろんセシリアさんのブルーティアーズは1/3の出力でだけど」

 

 セシリアは少し考えると、笑顔にほころばせていった。

 

「ええ、では午後からでよろしくて?午前は研究都市を散策しようと思ってますの」

 

 それからセシリアは談話室を出て食堂に向かい、食堂で軽く食事をとってから、着替えるために自室に向かった。

 

 

 セシリアが自室への広い廊下を歩いていると、廊下での壁際に、IS学園の教師、織斑千冬が立っているのを見つけて驚いた。

 

「あら織斑先生、おはようございます。今日もお早いんですのね」

 

 千冬はセシリアに呼ばれて振り返った、その表情はいつものように抜け目のない顔つきをしている。

 

「オルコット、お前を探していたんだ」

 

「わたくしを?どうなさいましたの?」

 

 セシリアは驚いてたずねた。それに『昨日の今日』だから少し身構えてしまっていた。

 千冬が続ける。

 

「ああ、急な話だ。本日からオルコットを含め選抜クラスを作成した。お前たちには今からヨーロッパのシチリアに向かってもらう」

 

「えぇ!?ヨーロッパの、シチリアですの?」

 

 あまりに急な話だった。セシリアは驚いて目を丸くしてしまっていた。

 千冬が抜け目のない表情のままで言った。

 

「そうだ。形式としてはあくまで授業の一環ということになっている。編成クラスの学生は全員0900時までに飛行学園艦アレクサンダーに登場しておくように」

 

 それを聞いたセシリアは、今度こそ底なしに驚いた。

 

「アレクサンダーまで出しますの!?それは、また、ずいぶんと思い切った決定ですわね」

 

 セシリアの言も無理のないことだった。

 今朝にヨーロッパに行くことが決定して数時間後の0900時に出発するということである。

 いったい委員会でどのような決定がなされたのだろうか。

 しかも飛行艦まで出すということだからどうにもただごとではなかった。

 

 彼女らが搭乗する予定の飛行学園艦アレクサンダーとは、日本が所有する3つの飛行艦のひとつで、その全長は800M、IS技術の転用により浮遊動力を獲得しており、特定の空間に安定的に浮遊、航行することが可能になっている。

 この学園艦には艦の前方の200Mに及ぶ巨大なIS射出用のカタパルト甲板をはじめ、授業用の教室や、生徒の寝室、食堂、兵器ドッグ、屋上の空中庭園、学園艦後部のIS訓練ドームと、軍事設備のみならず、学園生活に必要な施設が広範に備えられていた。

 

「気持ちはわからんでもないが、なにぶん急な決定だ。学園艦への搭乗はスケジュールどおりに行うように」

 

 千冬がすこし疲れ気味にこぼすと、手渡した編成クラスの名簿を見ながらセシリアが青ざめた表情をしていることに気がついた。

 

「編成クラス!?シチリアに向かうのは編成クラスだけですの!?」

 

 IS学園に所属する専用IS乗りで、この編成クラスに選ばれているのは二名だけだった。

 セシリア=オルコットとラウラ=ボーデヴィッヒのみである。

 つまりそのほかのメンバーは日本に残るということだった。

 

 千冬はそれを聞いて、小さくため息をつくとあわてふためくセシリアに言った。

 

「落ち着けオルコット、IS学園は日本の防衛拠点としても重要な意味合いを持っていることは知っているだろう。ある程度の防衛能力を確保しておくというのが委員会の決定だ。ほかのやつらには抜け駆けせんように言っておくから、速やかに搭乗準備をすませろ」

 

 本当によく言い含めておいてくれとさらに念を押してくるセシリアを説得して、セシリアが自室に戻るのを見送ると、千冬はポケットから携帯電話を取り出した。

 

「…これでいいんだな?」

 

 千冬が携帯電話にそうささやくと、携帯電話の向こうから陽気な声が返ってきた。

 

『オッケー、オッケー♪迅速な対応に感謝感謝だよー。これも二人の愛のなせる技だねぇ♪』

 

 千冬はためいきをついて答える。

 

「そんなものは存在しない。微塵もだ。そもそも私単独の力でもない。委員会を抑えるのはお前の名前を出せばそう難しいことでもないしな」

 

 千冬が話す携帯電話の向こうの声の主は、世界有数の天才科学者といわれるしののの束である。

ISコアを世界で唯一設計できる人間であり。今は独自の科学力で世界中が血眼になって探しても見つからずにどこかに隠れているらしい。

 

 千冬が通話をきろうとすると電話から声が続いた。

 

『何もなく郊外授業がすむことを祈っているよ。あ、あと中東地域を横切るときは注意しておいてね。最近ぶっそうだからさぁ。くれぐれも、ね』

 

 

 

 

==============================

 

 

 

 

 

 IS研究都市。昨日の喧騒などまるでなかったかのように、高層ビルがひしめくその間を自動車がぬうように走っていき、歩道を人々がせわしなく往来している。

 

 その人々や、車や、ビル群を、ふいに巨大な黒い影が覆った。

 

 道を歩く人たちが、自分たちを覆う黒い影に気づいて空を見上げると、

そこには全長800Mの巨大な飛行艦の艦隊が研究都市の上空を横切っていくのが見えた。

 

 艦体前部の200メートルのカタパルト甲板からはじまり艦体中部の空中庭園の緑の木々が通り過ぎ、艦体後部の吹き抜けで中央部が中空の訓練用ドームと続く。

 

 飛行学園艦アレキサンダーの姿である。普段はセキュリティ上の理由で海中をランダムに航行しているアレクサンダーが、今は地上に浮上しIS学園の生徒を搭乗させ、上空を浮遊しつつ航行している。

 

 セシリアはアレクサンダーに搭乗し、荷物を自室に収容すると、生徒の寝室区画へと続く通路の手前にある巨大な談話室のソファーに座り、編成クラスの生徒たちの話に耳を傾けていた。

 

 ふとセシリアが談話室の窓から外を見ると、飛行艦はすでに海上に出たらしく、波打つ海が横切るのが見えた。波間は白くぎらつくように波打っている。このまま飛行艦は上空にさらに浮上し速度を上げていくだろう。

 

 セシリアの近くの生徒たちがざわめきながらかしましく話している。

 

「それにしてもえらく急だったわよね。今日の朝に通達があって数時間後にすぐ搭乗よ?」

 

「なんでもシチリアのIS学園のほうからの要請もあったみたいよ。それで委員会がすぐ決定したんだってさ。上のことはよくわかんないね」

 

「シチリアっていうとヨーロッパの南部でしょ」

 

 彼女らの話では、シチリアで運営されているIS学園からも今回の要請があった、とのことである。

 一人の少女がソファの前の机に設置されたインターフェースに手を伸ばして操作しはじめた。

 するとすぐに机の上に立体映像のホログラムでヨーロッパと、シチリア付近の地図が投影された。

 

「温暖な気候、青いエーゲ海、私たちだけシチリア旅行なんて運がいいわね。自由時間なんてあるのかしら?海上クルーズなんてしてみたいよね!」

 

 ざわめく少女たちもそこそこに、セシリアはソファに座って紅茶を口に運びながらその立体映像を眺めた。

 長靴のような形のイタリア半島からつながるシチリア半島は、そのままヨーロッパの要衝であり、温暖な気候と美しいエーゲ海に面したリゾート地でもある。

 

 また別の少女が言った。

 

「シチリアIS学園っていうと、標準ISは何を運用してるんだっけ?」

 

「ちょっとまって」

 

 たずねられて、少女がインターフェイスを操作して情報を呼び出す。

 

「シチリアIS学園っていうと、えーと、これだ。第二世代標準ISユーロガイツⅡを標準運用してるみたいね」

 

「そうだ!」

 

 とまた別の少女。

 

「そういえばシチリアIS学園からホストとしてシチリアの生徒さんがここに来てるらしいわよ」

 

「あ、それなら私会っちゃったかも。すっごい美人の黒髪の外国人がいたけどあの人かな」

 

 セシリアはソファーに一緒に座っている女生徒たちの話をなんのなく聞いていたが、ふと周りを見回すと、談話室にラウラ=ボーデヴィッヒの姿がないことに気がついた。

 編成クラスのリストによれば、彼女もこの学園艦に搭乗はしているはずである。

 

「すいません。どなたかラウラさんがどちらにいらっしゃるかご存知ありませんこと?」

 

 セシリアがそう尋ねると、一人の少女がいった。

 

「ラウラさんなら、確か兵器ドックにいたと思うわよ。ほら、アルバニに合えるのが久しぶりだから」

 

「あら、飛んで行ったというわけですのね」

 

 学園艦の兵器ドックか、セシリアはお礼を言うと、ソファをたって談話室の出口を出て学園艦の兵器ドックへと向かった。

 

 

 

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長く広い学園艦の廊下を歩き、セシリアが兵器ドックの扉のハッチを開けると、ブシュっと音がして巨大な扉がひらき、広い兵器ドックが開けた。

 

 中央部と壁面ではISが設置されており、中央では巨大な四角い柱の周りを囲むようにISが設置されている。

 ここからISを装着して、中央柱のエレベーターからその真上のカタパルトに移動させ、そのカタパルトから高速でISや戦闘機を射出することができる。

 

 セシリアが広い兵器ドックに入り、並ぶ兵器を通りすぎてラウラを探していると、セシリアを呼ぶ機械音が聞こえた。

 

『アーッ、セシリアちゃんじゃないかー。ひっさいぶり~』

 

 セシリアが呼ばれて振り返ると、そこには全長2メートルほどの自立歩行戦車アルバニが、ガシャンガシャンと音を立ててセシリアに歩いてくるのがわかった。

 

「ごきげんようアルバニ。お久しぶりですわね。お体にお変わりはなくて?」

 

 セシリアが言うと、アルバニは車体全部の二本のアームを持ち上げていった。

 

『セシリアちゃん、それはいわゆるブリティッシュジョークってやつかい?もちろん変わりなんてないよ。機械の僕たちが体調に変化なんてあるわけがないじゃないか~』

 

「フフフ、そうでしたわね」

 

 セシリアは小さく笑った。

 

 セシリアが話しているアルバニとは、飛行学園艦アレクサンダーの兵器ドックに6体搭載されている自立思考戦車である。全長2メートルの体躯に、二本の機関銃付きの両腕と、四本の足とその足から出るホイールで移動する。また車体の前部には軽戦車砲を搭載しており、電子制御にも優れている。

 そしてその最たる特徴は、戦車それ自体が自立思考するという点である、無人機にできない人間に近い柔軟な思考。それがこの自立思考戦車の強みである。

 

「ラウラさん、こちらにいましたのね」

 

 セシリアがアルバニ3号と一緒に広いドッグ内を探していると、木の箱に座って一体のアルバニと話し込むラウラの姿を見つけた。

 さらりと伸びた銀髪に、赤みがかった褐色の瞳の片方には黒い眼帯をしている。抜け目のない目つきのドイツの代表候補生の少女である。

 彼女は彼女の元教官である千冬をほとんど信仰していて、そのせいもあって当時は多少のごたごたがあったものの、今はそのわだかまりもすっかりととけていた。

 ラウラはセシリアの呼び声に振り向いた。

 

「ああ、セシリア。来たのか」

 

 ラウラはセシリアのほうを向くと、隣で話していたアルバニの青い車体に手を置いていった。

 

「しばらく合わないうちに、こいつらはまたかしこくなったようだぞ。それに同期しているはずなのに個性のようなものまで伸びてきているようだ。まったく興味深い戦車だ。さすがは我がドイツと日本の共同製作した戦車だな」

 

「個性、ですか?」

 

 とセシリア。どこかほこらしげにしているラウラがおいたアルバニに目をやる。

 車体に5とナンバリングされた自立思考戦車アルバニ5号がセシリアにあいさつした。

 

『やぁセシリアさん久しぶりだね。ちょうど今ラウラさんとも話していたんだけどネットで見るところ世界情勢は混乱を極めてきているね。以前は核抑止力により大国間の戦争はもうないものと思われてたけど、今やISによって核ミサイルの攻撃力がほとんど無力化されてしまったのは、白騎士事件についても示唆しているところのものだと思う』

 

 アルバニ5号は車体の全部の両手を振って続けた。

 

『そこで思い出したいのがポランニーのエントロピーテーゼだよ。各国の抑止力が薄まり、戦争の可能性が強まるってことさ。まぁISが抑止力の代替をある程度はたしているし、正体不明の脅威や各国のある程度の経済依存が抑止力にもなっているとは思うけどね。逆に経済の相互依存が各国の摩擦を強めるという指摘もおもしろい思考材料だよ。それにしたってISの機体は絶対数が少ないし、僕たち戦車の重要性もまだまだ捨てたもんじゃないよね』

 

 アルバニ5号が右腕をあげてくるくるとまわした。

 

『しかし昨今のグローバリゼーションによってひとつのリスクがシステミックにほかの国までクラッシュさせるという弊害は指摘されるとおりさ。

その反省と、世界が以前の資本移動の規制時代の繁栄をかんがみて、ある程度の国家的な枠組みが見直されるというのはおもしろい検討材料だと思うんだよね』

 

 セシリアは戦闘とまったく関係ない話を興味深そうに話す自律思考戦車に目を丸くした。

 

「驚きましたわ。自律思考するといっても、こんなに人間らしくしゃべるようになっていましたのね」

 

 セシリアの隣にガシャンガシャンと音をたててアルバニ2号が歩いてきていった。

 

『もちろんさ!自律思考型たるわれわれはISみたいに戦闘力こそ上昇しないものの、思考能力は常に進歩するのさ』

 

 アルバニ2号は一人で自由思想について話はじめたアルバニ5号をおいて、ラウラのほうを向いていった。

 

『そのー、僕たちもう人間の仲間入りってできたのかな?』

 

 両手を目の前で合わせて、下を向きながら車体前部の球状の単眼を上目遣いにして質問される。

 ラウラはうつむき、少し考えていった。

 

「ふむ、どうだろうな。人によってはやはり機械は機械でしかないというものもいるだろうし、いくら人間のようにしゃべれたとしても人権や市民権が得られるわけではないだろう」

 

『そっかー、そうだよねー』

 

 とアルバニ2号、そばのアルバニたちも車体を前のめりにして残念そうにした。

 

「話は途中だ。しかしお前たちの多重的な思考回路が人間のものとどう違っているのかという問いについて、少なくとも私は否定したいと思わない。私はお前たちをただの機械だとは思っていないよ」

 

 そういわれると、アルバニたちは両腕を上げて喜んだ。

 

『やったー!戦車の夜明けだー!』

 

 口々に自律思考戦車たちが盛り上がっていると、館内放送で千冬の声が流れてきた。

 

 

『IS学園指導教員の織斑千冬だ。編成クラスの生徒は1145時までに0102教室に集合するように。速やかにだ』  



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第3話 使者達

 

 飛行学園艦アレクサンダーの艦隊は全長800Mである。

 教室へ移動するのもそこそこ歩くことになる。

 

 千冬が集合を告げた0102教室は500人収容の大教室である。備え付けの机とイスがあり、多段的に床が上昇し教室の前方を見やすくすることができる丁寧な機能がそなえられている。

 教室の窓の外には、やはり海が続いており、飛空艦にあわせて白い鳥が飛んでいるのが見えた。

 

 セシリアとラウラを含む編成クラスの生徒はすでに全員教室に入り、席に座っていた。

 千冬が集まるように告げたのだから、まもなく何かの説明があるのだろう。

 もしくはいつもどおり授業がはじまるかもしれない。

 

「あまりに突然の搭乗命令でしたから、それらの説明でしょうか」

 

 セシリアがラウラにたずねた。

 ラウラはうなずいて答えた。

 

「おそらくそうだろうな。今回はシチリアのIS学園に向かうということだが、そのシチリアIS学園の生徒がこの飛行艦に搭乗しているらしい。ドックにユーロガイツⅡと見慣れないISがあったから、それだろうな」 

 

 近くに座っていた別の少女が尋ねる。

 

「ラウラさんでも見慣れないISって、もしかしてシチリアIS学園の専用ISかな?ラウラさんはどんなISか知ってる?」

 

 たずねられてラウラは首を振った。

 

「いいや、基本的に専用ISは秘匿性が国家機密並みに高いからな。そのあたりはシチリアIS学園に到着してもわからないかもしれないな」

 

 生徒たちがざわつきながら話している。

 するとふいに教室の扉が開き、千冬がはいってくるのが見えた。

 生徒たちはそれを見ると波がうつように教室の前から後ろへ静かになっていく。

 千冬は教壇の前まで歩くと、生徒たちを一望して口を開いた。

 

「うん、全員そろっているようだな」

 

 千冬が言って続ける。

 

「では今回の臨時航行の説明をする。現在、この飛行学園艦アレクサンダーは九州南部洋上を航行中だ。これから東南アジアを迂回し、シンガポールの南を通ってインド洋、中東地域を横切って、地中海を経由しシチリア島のシチリアIS学園に向かう」

 

 千冬が教壇のマニピュレータを操作すると、千冬の背後の巨大な黒板に世界地図が投影され、飛行艦の現在位置と予定航路が点線で表示された。

 

「シチリアIS学園では先方の生徒たちとの交流、共学によって切磋琢磨の精神を養い、IS能力の向上の糧としろ。あくまで授業の一環であるということを忘れるなよ」

 

 生徒たちがまるで小旅行のように浮かれているのを見透かしたように千冬が言い含める。

 セシリアは千冬の説明を聞きながら少し疑問を感じていた。なるほど留学の形をとること自体は不思議なことではないが、あまりに急すぎる、しかも、なぜこの日本の兵器の秘中の秘たる、飛行艦アトモスには及ばないとはいえ、飛行艦アレクサンダーまで出したのか。

 

 セシリアの疑問をよそに千冬が続ける。

 

「そして、もう知っているものもいるかもしれないが、今回シチリアIS学園からホストとしてむこうの生徒にも来てもらっている。ハースニール、入れ」

 

 千冬がそういうと、教室前方のドアが開き、見慣れない制服、シチリアIS学園の制服だろう、の生徒が8名教室に入ってきた。

 

 教室に着席していた編成クラスの生徒たちはその先頭の女生徒を見ていろめきだった。

 彼女は165cmと千冬と同じく長身で、ゆるくウェーブした黒髪に、アッシュグレーの褐色の瞳の女生徒だった、目の下には薄くアイシャドーのようなクマがかかっていて、それが白い肌と対照的でむしろエキゾチックだった。ゆるくウェーブする髪は途中で一本にまとめられ、肩から前にかけられている。

 

 ほかにも白髪ショートの少女や、髪の色がそれぞれ違う双子の生徒もいるようだった。

 

 そのシチリアIS学園の女生徒たちが教室に入り終わると、全員が千冬の教壇の前に並び、千冬にうながされて先頭の女生徒が口を開いた。

 

「今回はわれわれの招待を快く受けてくださったことに感謝します。われわれはシチリアIS学園の生徒、私はシチリアIS学園の専用IS搭乗者、サラ=ハースニールです。以後お見知りおきを、よろしくお願いします」

 

 少女は透き通るような白い肌にウェイブした黒髪で、胸元まである黒髪を束ねて肩から前方におろしている。彼女が右手を胸にあてて頭を下げると、束ねられた黒髪が小さく揺れた。

 彼女のふるまいにIS学園の女生徒たちがうれしそうにいろめきだった。

 彼女があいさつすると、千冬が説明を再開した。

 

「アレクサンダーは夜間に成層圏を加速して、明日の朝にはシチリア島に到着する。それまでの間、交流もかねて彼女らと共同生活を行う。まぁ、短い間だがな」

 

 千冬は教室の生徒たちを見回して続けた。

 

「では、お互いに代表としてハースニールに艦内の説明をしてやれるものはいるか?」

 

 千冬がたずねると、生徒たちがざわつきはじめた。

 仲良くはしたいが、急に話すのは少々気恥ずかしい、そういう相反する感情が彼女らの中にあった。こういうときにはずいぶんと大和なでしこな少女たちであった。

 

 と、その生徒たちの中から白い手が挙がった。

 

「では、そのお役目はわたくしにお任せいただけますか?」

 

 千冬がそちらに目をやると、手を挙げたのはセシリアだった。

 千冬が認めると、セシリアはサラ=ハースニールに微笑んでいった。

 

「わたくしはイギリスから日本のIS学園に留学してきておりますセシリア=オルコットですわ。よろしくお願いいたしますわね」

 

 

 

 

======================================

 

 

 

飛行艦はフィリピンの北部に差し掛かり、青いインドシナの洋上を全長800Mの巨大な艦体が航行している。

 その飛行艦の中の小さく揺れる巨大な廊下を二人の少女が歩いていた。

 一人はゆるくウェーブした黒髪の長身の少女、サラ=ハースニール、もう一人は腰まで伸びる金髪を揺らす英国少女、セシリア=オルコットである。

 セシリアは、サラに廊下を歩きながら飛行学園艦アレクサンダーの説明を続けていた。

 

「…というわけで、この飛行艦アレクサンダーはIS技術を転用した浮遊動力炉を監の左右に3つずつ、計6つの浮遊動力装置を搭載することで安定的に浮遊、飛行することが可能になってますの」

 

 セシリアが飛行艦の説明を続ける。

 その説明を聞きながら、サラは感嘆して言った。

 

「いや、本当にすばらしい兵器だね」

 

 アレクサンダーの廊下を歩きながらセシリアの横顔を見て続ける。

 

「これまでの空母は基本的に海でしか動けないという制約があったけど、この飛行艦は海だけでなく陸にまで航行距離を広げて、空母とは比べ物にならない速度で移動することができる。そこから常に整備された戦闘機やISが即時発進できるなんて、まさしく移動する基地だよ」

 

 二人は学園艦の各施設をまわったあと、今は兵器ドックに続く通路を歩いていた。

 寝室や談話室、食堂や大浴場やトレーニングルーム、アレクサンダー後部のIS訓練ドームは野球ドームのような観戦席で囲まれ、中央は吹き抜けでウォーターフィールドを設置することができる。

作戦室と司令室は縦構造で司令室はかなりの広さがあり、司令室中央には巨大立体ディスプレイがある。

 その司令室のイスはそのままエレベーター式に司令室下部の作戦室に移動することができるようになっている。

 それらの設備を説明して今は兵器ドッグに向かっているのだった。

 

「ええ、アレクサンダーのバリアーと『羽』に加え、ミサイル攻撃に対してもISの高い防衛能力が併用できますわ」

 

 とセシリア。飛行艦の説明を付け加える。

 

「日本は現在3つの学園艦を所持しており、ひとつはこのアレクサンダー、そのほかに飛行艦トール、飛行艦アトモスがありますわね。IS学園の管理下にあるのがこのアレクサンダーですのよ」

 

「あのアメリカでさえ二隻しか保有しない飛行艦をひとつの国が三つも所有しているなんて率直にいってえらく脅威だよ。さすがIS発祥の国といっていいだろうね」と、サラ。

 

「その点は認めざるをえませんわね。イギリスも飛行艦ヴァリアントを運用しておりますし、アメリカの巨大飛行艦バハムートや潜行型飛行艦リヴァイアサンもパワーバランスの一翼ですわね」

 

「アメリカのIS艦体だね」

 

 サラが受けて続ける。

 

「私もアメリカIS艦体の第3艦隊隊長と模擬試合をしたことがあるけど、とんでもない強さだったよ。なかなか苦戦させられたよ」

 

 朗らかに話すサラにセシリアは驚いて聞いた。

 

「アメリカのIS第3艦隊隊長というと、専用IS搭乗者のアルトリア=アルバトロスですか?」

 

「そういうことだね。いやほんと、お互い無事ですんでよかったよ。アメリカのIS艦体は近々いま試験運用中の第三世代型標準ISナインボールまで投入されるというじゃないか。まったく、正体不明の脅威があるといっても、世界征服でもたくらんでるんじゃないかと思うよ」

 

 サラはそういってハハハと笑った。

 二人があれこれ話しているうちに、兵器ドックの巨大な扉の前についた。

 セシリアがサラに説明した。

 

「こちらがアレクサンダーの第一兵器ドックですわ。ここではIS学園のISをつんでおり、自律思考戦車や戦闘機もこちらで管理してますのよ」

 

 セシリアが扉を開くと、兵器ドックの扉がプシュっと音がして開き、涼しい風とかすかななじみのある油のにおいが二人を向かえた。

 

「本当に広いね。基地の格納庫並だ」

 

 ドックを見回すサラにセシリアが中央のエレベータつきの巨大な四角い柱を指差して説明した。

 

「この中央柱はエレベーターになっていて、この上のアレクサンダーのカタパルト甲板につながってますわ。出撃時には中央柱のエレベーターからISを甲板に移動して、カタパルトで第二速度までISやもちろん戦闘機もですが加速して発進させることができますわ」

 

 説明して、セシリアはかすかな違和感とともにサッサと広い兵器ドックを見回した。

 さっきはアルバニがやってきたが、逆に今は静かなものである。シチリアIS学園の生徒をつれているのにも関わらず、である。

 セシリアがアルバニたちのドックのほうに歩いていくと、ドック内で5機のアルバニはまったく動かず静止状態で、1機はどこかにいったのか見当たらなかった。

 アルバニたちは同期しているのだろう。

 

 セシリアは中央柱に歩きながら説明を続けた。

 

「あそこでじっとしているのが自律思考型戦車アルバニですわ。このアレクサンダーに6機搭載されております。…今は1機いないようですけど。そして現在IS学園の標準ISチハ38式が10機搭載されていますわね」

 

「チハ38式!小回りが利いて整備姓が高い信頼できるいい機体だね。話は聞いたことがあるよ」

 

 セシリアが壁に設置されたISの前を歩きながら説明を続ける。

 

「その通りですわ。こちらがIS学園で運用されている標準ISチハ38式」

 

 セシリアは歩きながら、チハ38式の隣に設置されたISにサラを促した。

 

「こちらがわたくしが搭乗しております我がイギリスがほこる専用ISブルーティアーズですわ」

 

 セシリアに促されて、サラはそのスリムな青い全身鎧のようなISに見とれるように見入った。

 ブルーティアーズは数度の再設計により、そのフォルムはセシリアの体型に薄くフィットするように設計されている。

 ところどころブースターやIS回路でゴツゴツとしている金属質のつくりで、背中には4機のビットが、腰の部分にはライフルと近接戦闘用のエネルギーカッターが装着されていた。

 その優雅な概観にして、獰猛といっても足りないほどの強力な戦闘能力をそのうちに秘めている。 イギリスがその技術の粋をさらに結集させた兵器である。

 

「とてもきれいなISだね。吸い込まれるみたいだ」

 

 サラがブルーティアーズの機体をまじまじと見つめながら言った。

 セシリアが説明を続ける。

 

「デザインだけじゃありませんのよ。出力、戦闘能力ともに標準ISのそれとは比べ物になりませんわ。ちなみに、この隣にあるのがラウラ=ボーデヴィッヒさんが搭乗する専用ISシュヴァルツェア・レーゲンですわね。現在このISは整備中ですけれど。こちらの説明は後ほどラウラさんにお任せいたしましょう。ところで」

 

 セシリアは、話題を変えて、ドックの端の壁面に設置されたシチリアIS学園の5つのISのほうを向いた。

 そこにはシチリアIS学園の標準ISユーロガイツと、黒い見慣れないISが設置されているのが遠目に見えていた。

 

「サラさんも専用IS搭乗者なのでしょう?あなたの専用ISもご紹介いただけませんこと?」

 

 セシリアがサラの瞳を見つめながらそういうと、サラはそのアッシュグレーの褐色の瞳でセシリアの視線を受け、次に朗らかに笑った。

 

「ああ、かまわないよ。ではこちらにきてくれるかい」

 

 サラはそういって快諾した。

 サラに導かれて、セシリアは壁面の5体のISに向かって歩いていった。

 

「こちらの4体のISがシチリアIS学園の標準ISユーロガイツⅡだ。あとの3体のユーロガイツⅡはこの飛行艦の第二ドックに収容してもらってるんだよ。このISはイギリス出身のセシリアさんなら見たことがあるんじゃないかな」

 

「ええ、イギリスでも運用されている機体ですわね」

 

「そうだろう。チハ38式だっていい機体だけどユーロガイツⅡもすごい機体だよ」

 

 二人はユーロガイツⅡの列にそって歩いていき、サラがその隣のISを指さした。

 

「そしてこれが私が搭乗している、シチリアIS学園の専用ISグラビティカだね」

 

 サラがさした専用ISは吸い込まれるような黒いISだった。

 それはサラの長身にそった黒い全身鎧のようなつくりで、外骨格の人工筋肉の規格が大きいのかスリムながらもマッシブな形状をしており、背中には6つの球体が半分うめこまれるように搭載されている。

 セシリアはこの黒い専用ISをながめてあることに気がついた。

 

「サラさん?この専用ISには飛行用のブースターが見当たりませんわね。故障でもいたしましたの?」

 

 セシリアの言うとおり、この黒い専用ISにはブースターが見当たらなかった。もしかしたら飛行するタイプではないのだろうか。そんなISはセシリアは今まで聞いたことがなかった。

 

「あ、それか」

 

 サラは気がついたようにつぶやくと、続けて説明した。

 

「セシリアさんが言った通り、この専用ISグラビティカには飛行用のブースターは搭載されてないんだよ。あ、だからって飛べないわけじゃないんだよ。ブースターの機能を別の機能にまわしてるのさ」

 

 セシリアとサラが話していると、近くからガシャンガシャンと音がしてきた。

 二人が音のするほうを振り向くと、近づいてきたのは自律思考戦車アルバニだとわかった。

 アルバニは両手をせわしなく動かして、足早にセシリアにかけよってきていた。

 

『ねぇセシリアちゃんセシリアちゃん』

 

「あらアルバニ、どうかいたしましたの?」

 

 セシリアが尋ねると、アルバニ3号は両手を上げ、車体を左右にゆらして驚いた。

 

『えぇぇ~!?セシリアちゃん知らないのかい!?』

 

 驚くアルバニを見て、サラが興味深そうに言った。

 

「驚いたよ。これが自律思考戦車かい?こんな風にしゃべる兵器なんてはじめてみたよ」

 

 それを聞いて、アルバニ3号がサラのほうを向いた。

 

『いやー、お褒めにあずかり光栄です。僕の名前はアルバニ3号。よろしくねサラ=ハースニールさん』

 

 アルバニはどこから仕入れたのかサラの名前を呼んで挨拶をした。

 

「で、いったいどうかいたしましたの?」

 

 セシリアがアルバニに促して尋ねた。

 するとたずねられたアルバニがセシリアのほうに向き直っていった。

 

「あっ、そうだったそうだった。大変なんだって、今やってるんだよ!」

 

「やってるって、一体何をやってますの?」

 

 セシリアがきょとんとしてアルバニに尋ねた。

 アルバニは両手を振って続けた。

 

「ラウラちゃんとシチリアの生徒さ!今ISでやりあってる最中なんだよ!」

 



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第4話 初夏の洋上にて

 ラウラちゃんとシチリアIS学園の生徒がISでやりあっている。

 

 アルバニにそう聞いたセシリアはサラをつれてアルバニにその場所を聞き、それが兵器ドックの上の飛行艦前部のカタパルト甲板だとわかると、急いで兵器ドックの扉を出て、廊下からつながる長い階段をのぼってカタパルト甲板につながる扉を開けた。

 

 甲板の扉を開けると、インドシナ洋上の湿気のない乾いた風が吹き込み太陽のまぶしい日差しがさしこんできた。

二人が200メートルある甲板を早足にあるいていると両手に東南アジアの光るような青い海と空が眼前に広がった。

 

 その甲板の100メートルほどあたりにIS学園生徒とシチリアIS学園生徒たち、そして千冬が洋上を見ているのがわかった。

 生徒たちはやいやいと盛り上がり、両学園の生徒が口々にラウラさんいけー、レミー負けるなーと叫んでいた。

 

 セシリアはそれをよそに千冬にかけよってたずねた。

 

「織斑先生、ラウラさんがシチリアIS学園の生徒とISでやりあってると聞きましたが、一体何がどういたしましたの?」

 

「来たかオルコット、それにハースニールも一緒だな。何もいざこざがあったというわけではない。親善試合として、IS同士で2onをやっているところだ」

 

「しかし、ラウラさんのシュヴァルツェア・レーゲンはドックで整備中でしたわよ」

 

 セシリアの言うとおりだった。確かに先ほどセシリアたちが兵器ドックにいるときには彼女の専用ISはドックの壁面に設置されていた。

 

「そうだ。だからボーデヴィッヒにはチハ38式で出している。なれない機体だがやつなら使えるだろう。見てみろ」

 

 セシリアが千冬が促したほうを見ると、光る洋上に4つのISが高速で移動しているのが見えた。

 その中でチハ38式に身をつつみ、高速で移動しながら白銀の髪を光らせているのがラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

 ラウラは同じチハ38式の生徒に後衛を任せ、海面スレスレで後衛と前方のユーロガイツの間を高速で移動しているところだった。

 

 甲板ではアルバニ6号がきており、4機の映像を拡大して立体映像として映し出している。

 兵器ドックのアルバニたちはこの映像を見ていたからおとなしかったのだろう。

 

 

 ラウラのチハ38式が海面スレスレを高速で飛行すると、それを追うように風圧で海面が水柱を上げた。

 そのチハ38式を80Mほど先の二機のユーロガイツⅡが狙ってライフルから指向性の榴弾を撃ってきた。

 ラウラはチハ38式を駆りグネグネと蛇行するように高速でランダム飛行するとその三つの榴弾を巧みにかわし海面に突き刺さった三つの榴弾が爆発し海の上に三つの巨大な水柱が上がった。

 

 そして水柱が消えたとき、その水柱に隠れていたラウラのチハ38式の姿が消えてしまっていた。

 

「ラウラさんが消えましたわ!?」

 

 セシリアが驚いていった。どこを探してもラウラのチハ38式の姿は見当たらなかった。

 セシリアが困惑気味に千冬のほうを見ると、千冬が説明を加えた。

 

「チハ38式には光学ステルスは搭載されていない。上にいないなら下だろう。見ろ」 

 

 千冬が言って。はるか遠方の洋上の二機のユーロガイツⅡをさした。

 

 そのとき、洋上に浮かぶ2機のユーロガイツⅡの真下の海が揺らめき、水面の爆発とともに多重装甲ブレードを構えたラウラのチハ38式が海の中から急上昇してきた。

 

 ラウラは2機のユーロガイツⅡに向かって急上昇しラウラに向かって右側のユーロガイツⅡにチハ38式の多重装甲ブレードを突き立てた。

 

 そのユーロガイツⅡの搭乗者はあの白髪の少女だった。甲板でシチリアIS学園の生徒にレミーと呼ばれていた少女である。

 彼女のユーロガイツⅡはラウラの多重装甲ブレードを右手の物理シールドで受け止め、ラウラのチハ38式を右上方に弾き飛ばした。

 

 いい反応だった。一見わからないが並の搭乗者だったらまともにシールドにダメージを受けるところだっただろう。

 

 そしてもう片方のユーロガイツⅡの搭乗者がラウラのチハ38式に反応したとき、ラウラは突撃したユーロガイツⅡに運動エネルギーを放出し、静止したチハ38式がグルリと半回転し、至近距離からすでに左手に抜いたチハ38式の流弾ライフルの砲口を向けていた。

 

 次の瞬間、爆音。至近距離からチハ38式の榴弾がユーロガイツⅡに突き刺さり、ユーロガイツⅡは巨大な爆煙に包まれた。

 

 その光景を見て、IS学園の生徒たちが歓声を上げた。

 

「いや、だめだな」

 

 それを見ていた千冬が冷静な口調でいった。

 

 煙が晴れると、シールドで榴弾を受けたユーロガイツⅡが、後衛のチハ38式にライフルを向けていた。

 

「あっ」

 

 後衛のチハ38式に搭乗した少女が気がついたように声を上げた。

 同時に、爆音。ユーロガイツⅡから発射された榴弾が後衛のチハ38式に直撃した。

 

 そのダメージで後衛のチハ38式のシールドは容量オーバー。チハ38式は訓練用の安全装置を起動して戦闘モードを停止した。

 

 そしてこれでチハ38式とユーロガイツⅡの1対2である。

 

「そんな、いくらラウラさんでもチハ38式でユーロガイツⅡ二機の相手は・・・」

 

 チハ38式とユーロガイツⅡは小回りと整備性においてはチハ38式が上回るものの、単純な戦闘能力はユーロガイツⅡが上回っており、シールド出力もタフである。

 

 セシリアは洋上のラウラを見ながら青くなってうめいた。

 

 

 ラウラのチハ38式の前にユーロガイツⅡが2機浮遊していた。

 ラウラがチハ38式1機でどうせめようか考えていると、ふと前方のユーロガイツⅡの搭乗者の白髪の少女が、もう一方のユーロガイツⅡの搭乗者に何か合図した。

 

 すると、そのユーロガイツⅡが後方に下がっていく。

 

「どうしたんでしょう?ユーロガイツⅡが一機さがっていきますわよ?」

 

 甲板上でセシリアがつぶやいた。

 

(どういうことだ?)

 

 ユーロガイツⅡの前でラウラがその意図を測りかねていると、そのユーロガイツⅡにのった白髪の少女がライフルをしまい、ユーロガイツⅡの近接戦闘用のヒートジャベリンを抜き、反対側の右手を手のひらを上にしてラウラのチハ38式に向かって突き出した。

 

 そしてその右手の4本の指をクイクイと上下させた。

 

「…なめるなっ!!」

 

 それは近接戦闘をサシで勝負しようと言う合図だった。

 ラウラはそれを手心を加えられたと取って、チハ38式の多重装甲ブレードを抜いて、白髪の少女のユーロガイツⅡに向かってチハ38式を加速させた。

 

 それを見て甲板上のサラがセシリアたちに言った。

 

「あれはレミー=マグラスだね。悪気があるわけじゃないんだろうけど、血の気が多くてこちらも困ってるんだ。しかしISの近接戦闘ではかなりの腕だよ」

 

 高速でユーロガイツⅡにつっこんだラウラのチハ38式は、衝突する瞬間にチハの多重装甲ブレードをユーロガイツⅡにたたきつけた。

 

 そのラウラの高速の初撃をユーロガイツⅡのヒートジャベリンで受けた。

 

「ほう、ラウラの斬撃を受けるとは、あのパイロットはいい腕をしている」

 

 甲板上で千冬が言う。

 

 チハ38式とユーロガイツⅡはそのまま高速で飛行しつばぜり合いをしながら海面近くから弧を描くように上空に上昇して行った。

 

 高速で併走しながらラウラはブレードを左下に振りかぶり、逆けさからユーロガイツに斬りつけた。

 

 するとその斬撃をユーロガイツⅡのレミーは急に減速してかわすと再び急加速してヒートジャベリンを振りかぶり、ラウラの顔にむかって全力でないできた。

 

 ジャベリンの刃がラウラの右顔にせまった。ユーロガイツⅡのヒートジャベリンをまともにもらえば安全装置がはたらきチハ38式の戦闘モードは停止する。

 

 ラウラはジャベリンの刃が右顔の数センチにせまったところで体を腹部を中心に横に回転してかわした。強力な風圧がラウラのチハを減速させる。

 

 ラウラが上空のユーロガイツⅡを見ると、ユーロガイツⅡはヒートジャベリンをないだ勢いで回転し、ラウラのチハ38式に背をむけていた。

 

 突然、ユーロガイツⅡの背部から何かが射出され爆発し、黒い煙がラウラのチハ38式とレミーのユーロガイツⅡを包んだ。

 

 甲板からチハ38式とユーロガイツⅡが黒い煙に包まれるのが見える。

 

「あれは?」とセシリア。

 

 千冬が答える。

 

「ユーロガイツⅡのチャフグレネードだ。攻撃力はほとんどない。しかし、少なくとも煙幕にはなっているようだな」

 

 

 黒煙の中で、ラウラは視界を失っていた。すでにチハのセンサーを起動しユーロガイツⅡを策敵するが、ユーロガイツⅡのチャフグレネードはミサイルのセンサーから自機をロストさせるミサイルジャマーである、チハ38式のレーダーは妨害されユーロガイツⅡを見つけることができない。

 

 同時にラウラが加速してチャフグレネードの黒煙から脱出しようとすると、ラウラの左側から高速のユーロガイツⅡがせまっていた。

 

 急にラウラの目の前に現れたレミーのユーロガイツⅡがかまえたヒートジャベリンが高速でラウラのチハ38式の左腹部に突き刺さった。

 

「ぐあああぁぁぁっ!!」

 

 チハ38式のシールドが起動しているとはいえ、ラウラは腹部から空気をしぼりだされてそのままチハ38式は高速で海面に突っ込み、大きな水柱をあげて機能停止した。

 

 それを確認して、千冬が声を上げる。

 

「そこまで!シチリアIS学園チームの勝利!」

 

「ああ、負けてしまいましたわ…」

 

 と甲板上でセシリアが残念そうにつぶやいた。

 逆に甲板上ではシチリアIS学園の生徒たちが歓声を上げていた。

 

 サラが残念そうにするセシリアをなぐさめるように言った。

 

 「いやいや、ラウラさんはチハ38式になれていないんだろう?それでレミー相手にあそこまで動ければたいしたものだよ」

 

 

 

 しばらくしてユーロガイツⅡとチハ38式、4機のISが甲板にもどってきた。

 

 ラウラが甲板に着陸した途端、アルバニ6号があわてて近寄ってきた。

 

『あわわわわ、ラウラちゃんだいじょうぶ?けがはない?』

 

「ああ、私は大丈夫だ。そもそも訓練モードで怪我をすることなどない」

 

 心配そうにするアルバニ6号にラウラが答えた。

 それを聞いて、アルバニ6号が安心したような身振りをしていると、もうひとりのチハ38式の搭乗者の少女がラウラのほうに歩いてきた。

 

「その、ラウラさんごめんなさい。私がぼーっとして撃墜されたから…」

 

「いや、問題はない。そのための訓練だ。その経験をよく見直して自分に活かすといい」

 

 ラウラの口調には一切の非難がましさはなかった。

 少女にそういうと、次にラウラはおなじく甲板にもどってきたユーロガイツⅡ二機のほうに歩いていっていった。

 

「負けたよ。シチリアIS学園の錬度はすばらしいな」

 

 ラウラがユーロガイツⅡの搭乗者にそう告げると、その白髪のIS搭乗者レミー=マグラスは口角をあげて言った。

 

「もうちょっと期待してたんだけどなぁ。どんなもんかと思ってたけどさぁ。IS学園の生徒にはがっかりしたよなぁ」

 

 そうレミーにいわれて、ラウラが表情を険しくした。

 

「貴様、われわれを侮辱する気か?」

 

 険を帯びたラウラの声にレミーは笑い声を上げた。

 

「ははっ、事実を言っているだけだろう?この程度の実力なら、今度のモンドグロッソは日本のIS学園は棄権しておいたほうがいいってもんさ。なぁ?それで手間がはぶける」

 

 二人の間の空気の圧がにわかに高まった。

 その二人の空気を察して、サラが仲裁に入った。

 

「やめろレミー。すまないラウラさん。こいつは戦闘後で興奮してるんだよ」

 

 サラはそういってから、次にセシリアのほうを向いていった。

 

「セシリアさん。もしよかったらだけど、次はきみのISを見せてくれないかな?」

 

 

 

 サラにそう言われてセシリアが千冬のほうを見ると、千冬は少し思案していった。

 

「そうだな。オルコットのブルーティアーズは整備が終わっていたな」

 

 千冬はセシリアのほうを向いてたずねた。

 

「どうする?オルコット?」

 

 それは聞くまでのない質問だった。

 

「ええ、もちろんかまいませんわよ。このセシリア=オルコット、謹んでお受けいたしますわ」

 

 それを聞いて千冬が声を張った。

 

「よし。ではシチリアIS学園からはユーロガイツⅡを5機出してくれ。これよりシチリアIS学園のユーロガイツⅡ5機とオルコットのブルーティアーズで5on1を行う!」

 

 

 

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 揺れる洋上に浮遊する全長800Mの巨大飛行艦。

 その前方の全長200Mの甲板から5機のISが海上に離れた。

 シチリアIS学園の標準ISユーロガイツⅡ5機である。

 フィリピン北部の洋上を、世界最強の兵器と謳われる機体が5機ホバリングしている。

 

 それを見る甲板に立つセシリアは、風に彼女の金髪を揺らしながら、無線でアレクサンダーの第一兵器ドックと連絡をとった。

 

「こちらセシリア=オルコットですわ。兵器ドック佐藤田さんですか?わたくしのブルーティアーズの転送をお願いできまして?」

 

 無線で連絡を受けて、兵器ドッグで佐藤田と呼ばれた女性士官がドックの中央を見た。

ドッグ中央には深く青い全身鎧のようなIS、ブルーティアーズが設置されている。

 

 次に士官の指がマニピュレーターを操作した。

 すると兵器ドックの青いISブルーティアーズが上からどんどんと消失していく。

 

 それと同時に甲板のセシリアの小さな体を上から青い燐光が徐々に包み、上からブルーティアーズの機体を身にまとっていった。

 

 ISの転送が終わり、セシリアがブルーティアーズを装着し終えると。

 セシリアはブルーティアーズの第二戦闘モードを起動し、甲板からフワっと浮き上がると、海上へと移動した。

 

 移動を確認した甲板上の千冬が無線を操作した。

 

「両陣営とも準備はいいな」

 

 通信してしばらくして、無線から声が返ってきた。

 

『ユーロガイツⅡチーム、いつでもかまいません』

 

 次に別の声が聞こえる。

 

『こちらセシリア=オルコットのブルーティアーズ。準備できましてよ』

 

 それを確認して、千冬が甲板上で右手を高く掲げた。

 

「それでは…」

 

 飛行艦の巨大な甲板からはIS学園の生徒とシチリアIS学園の生徒が対峙したISを静かに見つめている。

 

「はじめ!!」

 

 千冬が叫んで腕を振り下ろした瞬間、すべてのISがブースターを起動した。

 

 

 

 

 

 千冬が合図をすると。

 五機のユーロガイツはすぐに5機編隊を組みバーニアを起動してセシリアのブルーティアーズに迫った。

 逆にブルーティアーズは前方で迫る5機のユーロガイツⅡのほうを向きながら後ろに加速した。

 

「妥当な戦術ですね」

 

 甲板上でラウラが千冬にいった。ラウラはチハ38式を転送し制服姿にもどっている。

 

「ああ、数の力でブルーティアーズを方位して攻撃しようということだ」 

 

 実際に専用機は標準機の戦闘力とは比べ物にならない。

 1対1のような状況を作らず、5機が一体となって連携攻撃をかけるというのがユーロガイツⅡ5機の作戦のようだった。

 

 セシリアは後ろに加速すると同時にブルーティアーズの右腕にもったレーザーライフルを右に見えるユーロガイツⅡに標準をあわせ発射した。

 

 ブルーティアーズの右手のライフルから青いビームが射出される。

 その標準を合わされたユーロガイツⅡの搭乗者はレーザーライフルが発射されるまでのタイムラグを見逃さなかった。

 ISの軌道を変えてビームライフルの青い光をかわすとすぐさま編隊を組みなおしてブルーティアーズに直進した。

 

「セシリアさんの専用ISといえども、さすがにユーロガイツⅡ5機と正面から激突するのは難しいようですね」

 

 とサラ。甲板からISの戦闘を冷静に分析している。 

 

 セシリアはブルーティアーズをさらに後方に加速しながらニ、三発とビームライフルの引き金を引いた。

 ユーロガイツⅡ5機は高速機動で放たれた青いビームを回避しながらユーロガイツⅡのライフルから榴弾を発射しつつブルーティアーズに迫っていく。 

 

 基本的にISの移動速度は前進するより後進するほうが遅い、ブルーティアーズの後進速度とユーロガイツⅡの前進速度はほとんど同じだったが、ユーロガイツⅡ五機から発射される榴弾をかわしながらで、ユーロガイツⅡがブルーティアーズに徐々に距離をつめていった。

 

 甲板からは、後進するブルーティアーズが徐々にユーロガイツⅡに差をつめられるのが見えた。

 

 次の瞬間、セシリアはブルーティアーズを急上昇させた。

 セシリアのブルーティアーズがブースターの青い尾を引きながら、グングン上空に上っていく。 

 ユーロガイツ5機もそれを追って上空に上昇していった。

 

 セシリアのブルーティアーズがかなり上昇していくと、しだいに大気が薄まり、まわりの極寒の冷気をブルーティアーズのシールドが遮断した。

 

 大気が薄まりあたりが暗くなった上空で、セシリアがブルーティアーズを反転させ下方を見ると飛行学園艦アレクサンダーの巨大な艦体がずいぶん小さく見え、下方150メートルにユーロガイツ5機が迫っているのがわかった。 

 

 それを見るとセシリアは小さく笑ってつぶやいた。

 

「いきますわよ」

 

 セシリアはグルリと下方から迫るユーロガイツⅡ5機のほうを向き、ブルーティアーズ背部の4機のビットを展開、4機のビットは真下からセシリアに向かうユーロガイツⅡ5機を狙った。

 

 次の瞬間、ブルーティアーズの4機のビットが下方のユーロガイツⅡ5機に向かって計12発の青いビームを連続射出し、セシリアは同時にブルーティアーズ腰部のエネルギーブレード、ブルーツヴァイの刀身を抜いて、機械的な抜き身の刃の周りに青いエネルギーブレードを発生させると、下方を向いてブースターを加速させ、せまるユーロガイツⅡに向かって12発の青いエネルギービームとともに急降下した。

 

 下方のユーロガイツⅡ五機からは青いビームが雨のように降ってくるのと同時に青いビームブレードを抜いたブルーティアーズが同時に急降下してくるのが見えた。

 

 迅速に下方のユーロガイツⅡ5機はビットのタイムラグを予測し、シールドを最大出力にして回避行動をとった。その回避行動を予測し、セシリアのブルーティアーズがブルーツヴァイの青い刀身を振りかぶりユーロガイツⅡ五機に向かって急降下した。

 

 ブルーティアーズが高速の急降下をし、回避行動をとる1機のユーロガイツⅡに真上からブルーツヴァイの青いエネルギー刃が迫った。

 

 回避行動に専念するそのそのユーロガイツⅡは反応が遅れた。

 が、そのユーロガイツⅡに迫る青い刀身を、その左右の2機のユーロガイツⅡが突き出した二本のヒートジャベリンが受け止めた。

 

 ジュっと音がして、ブルーツヴァイの青い刀身が二本のヒートジャベリンの刃にめり込み受け止められる。ブルーツヴァイの青いビーム刀身には傷ひとつなかった。専用機と標準機の装備の性能差である。

 

「いいコンビネーションですわね」とセシリア。

 

 ブルーティアーズはユーロガイツⅡの編隊に交差して急降下していく。

 ユーロガイツⅡ5機は編隊を組みなおすと再び下方のブルーティアーズを追った。

 

 

 

 アレクサンダーの巨大なカタパルト甲板から、上空から青い尾を引いてブルーティアーズが降下してくるのが見えた。その後ろから5機のユーロガイツⅡが降下してくる。

 

 上空から降下してくるIS群を見てラウラが言った。

 

「教官、セシリアは苦戦しているようですね」

 

「先生といえ。…ふむ」

 

 ラウラが千冬を見ると、千冬は思案顔になり、無線を起動した。

 

「オルコット、聞こえるか?織斑だ」

 

 セシリアはブルーティアーズを海面スレスレで高速移動させながらユーロガイツⅡの榴弾を回避した。

 ブルーティアーズのソニックブームが海面を吹き上げ、海面に突き刺さった榴弾が巨大な水柱を上げる。

 

『織斑先生?どういたしましたの?今いいところですのよ?』

 

 海上で高速飛行するセシリアに千冬が通信する。

 甲板上ではIS学園の生徒とシチリアIS学園の生徒が盛大に声援をおくっていた。

 

「オルコット、ブルーティアーズの出力は今何分の一に設定している?」

 

 セシリアのブルーティアーズは海面から浮き上がり、さらにユーロガイツが発射した3発の榴弾をグネグネ蛇行するような高速のランダム飛行で交わした。

 

 3本の巨大な水柱が上がり、その水柱をつっきってユーロガイツⅡ5機がセシリアのブルーティアーズを追う。

 

『ブルーティアーズの出力ですか?いつものように1/3にしてありますわよ』 

 

 千冬の無線を漏れ聞いたサラが驚いていった。

 

「1/3?あの専用ISは出力をセーブしてユーロガイツⅡを5機も相手にしていたんですか?」

 

 千冬が無線ごしにセシリアに告げる。

 

「オルコット、そのことなんだが、今回は特別にブルーティアーズの出力制限の解除を許可する」

 

 セシリアは海上を高速移動しながら千冬からの無線を聞いて、小さく笑った。

 

「いいんですのね?了解しました。ブルーティアーズ出力制限を解除いたしますわ」

 

 次の瞬間、高速でブルーティアーズを追うユーロガイツⅡ2機が跳ね返るように突然吹き飛んだ。 

 ブルーティアーズのビームライフル砲である。出力制限を開放したブルーティアーズのビーム砲はほとんどタイムラグなしで、通常の質量弾の数倍のスピードで射出される。このビームライフルの回避は容易ではない。

 

 威力をコントロールした青いビームがユーロガイツⅡ二機のシールドを破壊し、戦闘モードを停止させたのだ。

 

 安全装置がはたらき、起動停止した二機にかまわずユーロガイツ1機が最大出力で突撃してくる。

 

 セシリアの専用ISブルーティアーズは遠距離レンジを得意とする砲撃特化型の専用ISである。このユーロガイツⅡの搭乗者は近接戦闘にもちこめば太刀打ちできると踏んだのだ。

 

 セシリアは後衛から二機のユーロガイツⅡが援護射撃している榴弾をかわしながら、ブルーティアーズの後進速度をさらに加速させた。

 最大加速で前進する1機のユーロガイツⅡをどんどん突き放していく。

 

 「くっ、追いつけない・・・!!」

 

 ユーロガイツの搭乗者がうめいた。

 

 出力制限を解除したブルーティアーズの後進速度はユーロガイツⅡの最大前進速度をはるかに上回る。

 高速機動するセシリアの専用ISブルーティアーズに接近できるのは日本のIS学園の専用ISでも極わずかである。

 次の瞬間、突然に最大出力で前進していたユーロガイツⅡの目の前からブルーティアーズが消えた。

 

「対象ロスト!?」

 

 速やかにユーロガイツⅡのレーダーを起動してブルーティアーズの現在位置を探索する。

 

 するとレーダーがユーロガイツⅡの真上に機影を発見した。

 そしてそれと同時に、真上からブルーティアーズの青いビームが機体の背部に突き刺さり、戦闘モードを停止し、高速で海面にたたきつけられた。

 

 セシリアが残りの二機のユーロガイツⅡをとらえると、二機ともがヒートジャベリンとライフルをかまえてブルーティアーズに突撃してくるのがわかった。

 

 見ると、二機のユーロガイツの搭乗者は二人の顔がまったく同じで髪の色だけが赤と黒で違う、おそらく双子のIS乗りだと推察された。

 さっきブルーティアーズのブルーツヴァイの刀身を二つのヒートジャベリンで受け止めたのはあの二機のユーロガイツⅡだった。

 

 海上でブルーティアーズをホバリングしながらセシリアは小さく笑みを浮かべた。

 

「かまいませんわ、遊んでさしあげてよ」

 

 そういうと、ブルーティアーズは青い両腕にビームブレードブルーツヴァイとビームライフルを構え、突進してくる二機のユーロガイツⅡに向かってブースターを起動し前進していった。

 

 アレキサンダーの甲板上のサラがそれを見ていった。

「あのユーロガイツ二機の搭乗者は双子なんだ。彼女らのコンビネーションの右に出るものはシチリアにいないよ」

 

 二機のユーロガイツⅡはセシリアのブルーティアーズが前進してきたのを確認すると、ブルーティアーズの左右に展開し、ちょうどブルーティアーズが球の中心になるように、ブルーティアーズをはさんで円状に移動しはじめた。

 

 それはまさにウロボロスの二匹のヘビのような動きだった、ブルーティアーズの前と後ろ、ピッタリと回転し、ブルーティアーズを中心に円状に回転する二機のユーロガイツが波状的にライフルとヒートジャベリンで攻撃してくる。

 

 セシリアは二機のユーロガイツⅡの軌道をレーダーを併用して確認しつつ、高速で攻撃をかわす。

 

 前方から突撃してきたユーロガイツⅡのヒートジャベリンをブルーティアーズの上体をそらせてかわすと、真上に加速して後方からの榴弾を回避する。

 

 反撃の隙を与えない波状攻撃である。

 

 セシリアのブルーティアーズが上方に移動してきたユーロガイツⅡにビームライフルの標準をあわせると、そのユーロガイツⅡはヒートジャベリンの投擲体勢に入っており、レーダーを見ると背後の下方からもう一機のユーロガイツⅡがブルーティアーズに向かって突撃してきているのがわかった。

 

 上方のユーロガイツⅡがISの人工筋肉をうならせ、下方のブルーティアーズに向かって全力でヒートジャベリンを高速で投擲する。

 

 ブルーティアーズがまるで戦車砲のような爆発力で投擲されたヒートジャベリンをかわすと、背後の下方から突進してきたユーロガイツⅡが高速で飛来したヒートジャベリンを回転しながらつかみ、二本のヒートジャベリンをかまえてブルーティアーズに突進した。

 

 目の前に背をむけたブルーティアーズが迫る。

 

 その瞬間、セシリアのブルーティアーズは背部のビットを二機射出、二つのビットが背後から突撃してきた二本のヒートジャベリンをうけとめた。

 

 そして反転する間に右手にとっていたビームライフルの銃口を至近距離でユーロガイツⅡに照準し、発射した。

 

 ブルーティアーズから発射された青いビームが下方のユーロガイツに突き刺さり戦闘モードを停止させ海面に叩きつけた。

 

 それと同時にビームライフルの反動を制御せずその反動で高速反転しつつ半回転しながら上方のユーロガイツⅡに左手のブルーツヴァイの青いビームの刀身をたたきつけた。

 

 上方のユーロガイツⅡはブルーティアーズの運動エネルギーがすべてのったブルーツヴァイの青い刀身を受けて戦闘モードを停止させ、数十メートル上空に打ち上げられてから、海面に突っ込み水柱を上げた。

 

 

 それを確認して千冬が声を上げる。

 

「それまで!セシリア=オルコットのブルーティアーズの勝利!」

 

 甲板からIS学園生徒の歓声が上がった。

 

 

 

 

 模擬試合を終えてユーロガイツⅡ5機とセシリアのブルーティアーズが甲板に着艦するとサラ=ハースニールがセシリアに声をかけた。

 

「すばらしいよセシリアさん。すごい運動性能と戦闘能力だ。あのウロボロスの双子がああもやられるなんてね」

 

「ありがとうございます。英国の代表候補生として当然ですわよ」

 

 セシリアは笑顔で答える。

 次にセシリアはブルーティアーズを兵器ドックに転送してからラウラにいった。

 

「ラウラさん。あなたがたの雪辱はこのセシリア=オルコットがそぎましてよ」

 

 セシリアにそういわれてラウラがばつがわるそうにする。

 

「ふ、フン。私はそんなことを頼んだ覚えはない。イギリスのIS乗りなぞに借りはつくらんからな」

 

「ふふっ、お強がりにならないでくださいな」

 

 セシリアがクスクス笑っていった。

 

 そしてセシリアがサラに向き直っていった。

 

「サラさん。よかったらあなたの専用ISも見せていただけませんこと?整備は終わっているのでしょう?」

 

 セシリアに言われて、サラがうーんと考える。

 

「いや、この場ではやめておくよ。グラビティカは出力の調整が難しくてね、万が一IS学園の人たちに怪我をさせては悪いし」

 

「あら、そうですの。それは残念ですわ」とセシリア。

 

千冬があたりを見回して叫んだ。

 

「ISの模擬試合はこれで終了とする。観戦していた生徒はレポートをまとめて後日提出するように。では解散!」

 

 

 

 解散をつげて千冬がアレクサンダー内の司令室に戻ろうとすると、千冬の前にラウラ=ボーデヴィッヒが歩いてきて敬礼していった。

 

「織斑先生!このたびは醜態をさらし、IS学園の名を汚してしまい申し訳ございませんでした!不肖このラウラ=ボーデヴィッヒ、いかなる罰も受ける所存です!」

 

 そういって敬礼したまままっすぐ千冬を見るラウラに、千冬は少し考えるとつぶやくようにいった。

 

「そうか、ではトレーニングルームで腕立て、腹筋、スクワット各800回。基礎体力を鍛えておけ」

 

「はっ!了解しました!」と、ラウラ。

 

「それとさっきユーロガイツⅡ二機と2on1になったときせめかたを考えていたな。チハ38式1機でユーロガイツⅡ2機に対峙したときのシュミレーションを3パターンレポートにまとめて提出しろ」

 

「はっ!」

 

「ではさっそくかかれ、夕食の時間にはちゃんと食堂に来るように」

 

 実際のところ、本来ならばこのような親善訓練で罰則など必要ないのだが、

ラウラの場合は何かさせてやったほうがむしろよいと千冬は考えていた。

 そしてそれで訓練にさらに身が入るならそれに越したことはない。

 

 敬礼してからその場をあとにするラウラと生徒たちを見送ると、千冬も甲板をあとにして司令室に向かった。

 



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第5話 夜空

 1900時

 

 

 

 訓練試合を終えた後、飛行艦はシンガポール南海を経由して航行を続け、1900時の現在、夜のインド洋に差し掛かる洋上を航行していた。艦の状態は安定的、巨大な飛行艦の周囲に異常は感知されない。

 

 IS学園とシチリアIS学園の両生徒は巨大な飛行艦内の食堂で夕食を楽しんでいた。

 大人数収容のホールでは生徒たちが談笑しながらひしめいていた。

 緩やかにながれるBGMもかききえてしまいそうににぎやいでいる。

 その人だかりの中でセシリアもまた夕食の皿を手にとっていた。

 

「今晩のディナーはカレーライスですの?嫌いではありませんが、わたくしたちは小学生ではありませんのよ?」

 

 セシリアはカレーライスの皿を片手にもって非難めいた声色でつぶやいた。

 臨時航行、他校の生徒を招いている、この状況で、カレーライス。

 セシリアの感覚からすれば、フルコース料理であってもさしたる不思議はないのだった。

 

 アレクサンダーの食堂は1000人以上が入れる大ホール型になっており、窓からは外の空中デッキにもでることができた。

 窓から外を見ると、ライトで照らされた公園の木々を望むことができた。

 現在飛行艦はインド洋南部を飛行しており、食堂の窓から出た空中庭園デッキからはインド洋上空のふるようなきらめく星空が一望できた。

 そのさらに遠方の空には少しかけた月が青白い光を夜の空に広くおろしていた。

 

 生徒たちには空中展望デッキで食事をするものや、それぞれの学園の生徒が混ざって談笑しているものたちもいる。二校の生徒たちは徐々に打ち解けてきてもいるようだった。

 

 セシリアはIS学園の生徒たちのテーブルに混ざって、少し興をそがれたようにカレーを口に運んでいると、テーブルの向こうから、シチリア学園の生徒、サラ=ハースニールと昼間の双子、白髪のレミー=マグラスがこちらに歩いてくるのが見えた。

 その中のサラがセシリアのほうを見て朗らかに笑ってセシリアに声をかけた。

 

「こんばんはセシリアさん。このカレーライスという日本の食べ物はとてもおいしいね。もう三杯もおかわりしちゃったよ」

 

 サラ=ハースニールが笑顔で言った。

 

「食べ過ぎですサラさん」

 

 その後ろで髪が赤いほうの双子がサラに言った。

 そういえば、カレーライスは大体は日本の料理だと言ってもいいもので、シチリアではないメニューなのだろう。

 

「お、お口にあったのでしたらなによりでしたわ」と、セシリア。

 

 次にサラはほかの女生徒に手をやっていった。

 

「セシリアさん、私たちのシチリアIS学園の生徒を紹介させてもらってもいいかな。こっちのレミー=マグラスは昼間に紹介したね」

 

 あの好戦的な白髪の少女だった。レミー=マグラスは、興味がなさそうにそっぽを向いていた。

 

「それでこちらの双子、赤い髪のやつがアルジャー=アウシェンビッツ、黒い髪のほうがハリー=アウシェンビッツだ。IS機動のコンビネーションではシチリアIS学園で二人の右に出るものはいない。それでウロボロスの双子と呼ばれたりもしてるんだよ」

 

 紹介された双子は二人とも身長160cmくらいで、前髪はパッツンにきっており、後ろは肩にかかるくらいで真横に切ってある。双子がセシリアに挨拶した。

 

「アルジャー=アウシェンビッツです。アルジャーと呼んでください」

「ハリー=アウシェンビッツです。みんなにはハリーと呼ばれています」

 

 二人は声まで同じで顔もほとんど見分けがつかない。唯一二人を見分けることができるのは赤と黒の髪の色の違いだけだった。

 

「あらためて、わたくしはセシリア=オルコットですわ。よろしくお願いいたしますわね。アルジャーさん、ハリーさん」

 

 二人の紹介をうけて、セシリアはほほえんでいった。

 

 挨拶を交わしたあと、セシリアたちは談笑を続けていた。

 その中で双子が昼間のISの模擬訓練を興奮気味に振り返った。

 

「昼間のIS機動はすごかったですね。私たちのコンビネーションをさばけるのはシチリアIS学園ではサラさんとレミーさんだけですよ」とハリー。

 

「まさかライフルの反動を利用して高速反転されるとは思いませんでした。してやられました」とアルジャー。

 

「おほめにあずかり光栄ですわ。お二人のコンビネーションもすばらしかったですわよ。あれほどのコンビネーションは日本のIS学園でも見たことがありませんもの」

 

 セシリアも最初は半分遊びのつもりだったが、最後はほとんど本気になってしまっていた。

 セシリアに言われて双子が照れてまったく同じ動作で右手で頭をかいた。

 すると照れる双子の隣でレミーが鼻をならしていった。

 

「フン、ユーロガイツⅡ5機を撃墜したからっていい気になるなよ。そんなのはサラさんのグラビティカなら30秒で全機撃墜するさ」

 

 そうこぼすレミーの隣の双子がそれを受けていった。

 

「いや、その話もどうなんでしょう」とアルジャー。

 

「ユーロガイツⅡに搭乗してるのは私たちですよ?」とハリー。

 

「うるさいね、私は事実を言ったまでだ」

 そう双子に言われてレミーがかえした。

 

 

 その後も話していると、サラがセシリアに切り出していった。

 

「そうだセシリアさん、このあと何か予定はあるかい?」

 

 サラにいわれて、セシリアは少し考えた。

 この後の予定といえば、何もなければ兵器ドックのアルバニに会いにいくとか、あるいは談話室で紅茶を飲みながらかための本でも読もうかと思っていた。

 しかしそれらは特別な用事ということでもなかった。

 

「いいえ、特にこれといっては。何かありますの?」

 

 サラがセシリアに答えて言った。

 

「ああ、聞いた話なんだけどさ。ここには露天浴場があるんだろう?一緒にどうだい?裸の付き合いってことでさ」

 

 

 

 

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 サラの聞いた話は正しく、飛行艦アレクサンダーには大浴場が備えられている。

 左舷側にある食堂の反対側の右舷にある大浴場だが、こちらからもまた室内の巨大な浴場の外には露天浴場に出ることができる。

 

 セシリアとサラたちは、その露天浴場に向かい、途中でトレーニングルームで、腕立て、腹筋、スクワット500回を終えて体から湯気をたてていたラウラもつれて、飛行艦の大浴場に来ていた。

 

 大浴場の外にある露天浴場では、サラとセシリアとラウラが湯船につかり、アルジャーとハリーはお湯をかけあい、レミーは浴場の外で体を洗っていた。

 

 彼女らが入っている湯船からは、外のインド洋が黒く波打っているのが一望でき、その上の空では光る星々がふるようにおおっていた。

 

 湯船につかったサラが一息ついてつぶやいた。

「いやー気持ちいいね。ここに来てよかったよ」

 

「ええ、本当に。それに見てくださいな。星がきれいですわね。あれはベテルギウスではなくて?」

 

 セシリアは湯船にいっそう肩を沈めて続けた。

 

「イギリスや日本ではこんなにはっきりと星空が見えることはありませんわね」

 

 サラは湯船につかるさっきまでトレーニングをしていたラウラの体をまじまじと観察していた。

 

「ラウラさんはトレーニングの習慣があるのかい?ちょっと見ただけでもよく鍛えられてるってわかるよ。でもそれにしては筋肉がつきすぎてないしなやかな体をしてるよね」

 

 サラに言われてラウラが気がついたように答えた。

 

「ああ、女性用のプロテインなどで栄養補助をすればな、適度な脂肪をのこしたまま肥大化させずに筋力を鍛えることができる。少々手間だがな」

 

 ラウラは普段からかなり強度の強い筋力トレーニングを行っていたが、サラが指摘したとおり、腹筋などは割れておらず適度に脂肪がついたなめらかな曲線をしている。

 なぜラウラが少々手間だといったことをやるのかというと、以前はそのようなことはまったく気にしていなかったが、千冬に少女はかわいくしていろといわれてから、気をつけるようになっていたのだった。

 

 ふと、三人に湯船の外でペタペタと足音が聞こえた。

 そちらを見ると、レミー=マグラスがタオルを肩にかけて、室内に戻っていくのが見えた。

 彼女の後ろ姿もまた鍛えられたしまりのある体をしているのが容易に見て取れた。

 

「レミー、一緒にはいりなよ」

サラが声をかける。

 

 すると、レミーが肩にタオルをかけ、振り返らずに言った。

「いいえ、湯船に入るのはやめておきます。そんなよそものの『ダシ』が出た湯船になんて入れませんよ」

 

「なんだと?貴様…」

 

 そのまま室内に歩いていくレミーにラウラが言って立ち上がる。

 その立ち上がるラウラをセシリアがなだめた。

 サラの静止を聞かずレミーは更衣室に入っていってしまった。

 

 

 

 

「あいつにも困ったものだよ。レミーはトルコ東部の出でね。治安なんてものはないところだったらしい。あの好戦的な性格もそれでかな、それでISの腕をかわれてシチリアIS学園にきたんだ」

とサラ。

 

 サラは湯船に入ったままタオルを頭にのせて、遠くきらめく夜空を眺めながら続けた。

 

「セシリアさん、18世紀のフランス革命のことは知ってるかな」

 

「ええ、存じ上げておりますわ。当時のイギリスはフランスの混乱を封じ込めようと苦労していたとされていますわね」

 

「そういうことだね。当時、しいたげられた第三市民が、武器をとって独裁的な王政からの解放のために立ち上がった。各国もその勇敢な戦いに熱狂したとされているね」

 

 サラは湯船の中で一息ふーと息をついて続けた。

 

「しかし、イギリスの哲学家、エドモンド・バークはその熱狂の中で、フランス革命が始まる前から、それはフランス内の内乱になり、軍事独裁政権によって幕を閉じると予想し、実際に歴史はそのとおりに動いた」

 

「軍事独裁政権とはナポレオンのことだな。結局数万人の血が流れることになった」

と、ラウラ。

 

「それはフランス革命にだけ当てはまることなんだろうか。現在の中東の情勢はどうだい。国とはまさしく飢えた狼だよ。きれいごとではまったく解決できない。高説も虚飾も通用しない。あそこでは日常的に国境で紛争が起こり、それぞれの国が食いあっている。あれの終着点はどこにあるんだと思う?バークの推察を借りるなら、中東地域は結局闘争でドロドロに溶け合ったあと。一人の英雄が現れ、また数十万人の血を流すことになるかもしれない」

とサラ。

 

 ラウラがうなずいて続けた。

「そうかもしれんな。今のところ出口が見えているようには思えない」

 

 セシリアもそれに加える。

「そのようなことにならぬよう。我がイギリスも秩序の安定のためにつとめております」

 

 二人の話を聞いてサラが言った。

「そうだね、でもフランス革命のときはISはなかっただろう?今は核兵器のプレゼンスは下がってISがそれを代替するようになった。だから自分たちがその力を使うことによってその流れる血が減らせるんじゃないかって、私は期待してるんだよ」

 

 そこそこに重い話だった。

 シチリアと中東は、そこそこに近い。

 彼女の話からは強大な兵器を扱うIS乗りの自意識が染み出しているようだった。

 

 そしてサラは二人のほうに向きなおっていった。

 

「まぁそれはそうと、二人は好きな男性なんているのかな?」

 

 その言葉をゴングに、セシリアとラウラがしばし口論を続けたあと、5人は湯当たりする前に浴室を出て、それぞれ寝室に向かった。

 

 

 

 

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2200時 飛行学園艦内談話室

 

 セシリアとラウラはサラ達とわかれたあと、寝室に行く前に談話室で紅茶を用意し、ソファに座ってインド洋を航行するアレクサンダーの窓から揺れる海とギラつく星空を眺めていた。

 

 窓の外を見ながらソファに座るセシリアがポツリと口をひらいた。

 

「朝飛行艦への搭乗をつげられて、今はもうインド洋ですわ」

 

 朝に日本をたって、今はインドの南部、地球をすでに1/4回っている。

 

 セシリアの向かいのソファに座っているラウラが腕を組みながら言った。

 

「ずいぶん遠いところまで来たものだ。明日にはシチリア島だ。そういえばドイツから日本に来たときにもこんな気分になったな」

 

「そうですわねぇ…」

 

 セシリアはそうつぶやいて、テーブルのアールグレイを一口飲んだ。

 イギリスから日本に留学した自分が、日本からイギリスに近づいてむしろ遠くに来ていると感じていた。

 セシリアが日本に来たとき、友好を深めようなどとは思っていなかった。

 英国のISの技術力の高さをIS搭乗者の実力を広くしらしめようと思っていた。

 しかしいつのまにかその学園と生徒たちに親しみをさえ感じている。

 少々不可思議な感覚だった。

 セシリアの口の中にアールグレイの芳香が転がっている。

 

 しばらくの気の置けない沈黙のあと、ラウラが思い出したように喜色めいていった。

 

 

「そういえばさっき兵器ドックでアルバニたちがこんなに遠くに来たのははじめてだと騒いでいたよ。遠出で興奮する兵器なんて聞いたことがあるか?」

 

「ふふふ、本当にそうですわね。機会があれば一度わが英国にも連れて行ってさしあげたく思いますわ。きっと卒倒しましてよ」

 

「それならばドイツが先だ。やつらはまだ故郷である我がドイツの土を踏んでいないのだからな」

 

 ラウラがそう口を挟んだ。試験運用で6機だけ作られ、今飛行艦に同乗している自律思考戦車について取り合っている格好だった。

 

 言って二人は笑った。

 

「それにしても」

 

 ラウラがセシリアの用意した紅茶を口に運んで続ける。

 

「今回の航行はやはり不可思議な点が多いな」

 

「やはりラウラさんもそう思われますか?わたくしもそう思って織斑先生に尋ねたのですけれど、答えてはいただけませんでしたわ」

 

「フン、上官に向かって部下が質問をするとは耳を疑うが、それは私の神経過敏ということにしておいてやろう。しかし、シチリアIS学園からのオファーがあったとして、それだけでアレクサンダーが出るとは思えん。おそらく、まだ何かあるだろうな」

 

「委員会の思惑でしょうか?アレクサンダーの航行は、それだけで軍事的示威行為になりますし、他国への牽制として選択肢のひとつになりうると思いますもの」

 

「どうかな、それは選択肢になりうるが、それにしても急すぎる」

 

 いずれにせよ、教官のお考えだ。結局ラウラは答えの見えない推論にそう結論つけた。

 

 

「そういえばラウラさん、アルバニの自由思想の話はお聞きになりまして?」

 

 セシリアは話題を変えて言った。

 

「ああ聞いた。二つの相対する自由思想、フリーダムとリバティだったな。なかなか面白い切り口だった」

 

「あの子たちはどこからああいう影響を受けてるのでしょうかしら。戦車なのに、ゆくゆくは哲学家になるのではないかと思いますわ。とても有望な子たちですわね」

 

 セシリアは冗談めかして言った。

 ラウラは十分にありえる、ドイツが作った兵器だからなと郷土びいきをまじえて答えた。

 

 

 しばらく話が続いたあと、セシリアはアールグレイを飲みおえると、ソファを立った。

 

「それではわたくしはそろそろ就寝いたしますわ。おやすみなさいラウラさん」

 

「ああ、おやすみセシリア」

 

 セシリアはラウラにそう告げると、談話室を出て寝室へと向かった。

 

 

 

 

 

========================================

 

 

2300時

 

 インド洋から遥か遠方、地球を1/3ほどまわったカナダ南部の草原に、一人の少女が座っていた。

 メイド服のような姿で、頭にはウサギの耳のようなカチューシャ、その機械的なウサギの耳がピコピコ動いた。

 

「束様、どうやら動きがありました」

 

 世界から狙われる自他共に認める天才科学者、しののの束は、その声のするほうを振り向いた。

 彼女が向いたほうには、夜の闇をさらに黒く切り取る人型の暗闇がたっていた。

 

「ありがとう、内なるソフィア。結局動いたんだね。それもひとつのコマの結論だよ」

 

 束は声のする主にお礼を言うと、頭のうさ耳をピコピコ動かして、夜空を見上げた。

 空には輝く星空にすこしかけた月が青白い光をおろしている。

 

「さぁて、どう転ぶかなぁ。ねぇ?遥かなるダハク?」

 



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第6話 機影

 2330時 中東とあるビル内

 

 

 少年は、ビルの一室で一人横たわっていた。

 あたりの壁面はボロボロに崩れ、そばにネズミがはっている。

 

 少年はそのネズミにしっしと手を振って退散させると、再びうずくまった。

 

 そこは廃街の廃ビルの中だった。

 死んだ街、自分以外はネズミ以外いない。

 近くの町まで数時間かかる。身を隠すにはうってつけだった。

 

 少年は泥棒だった。

 そのビルにはパンやチーズが貯蔵されている。ネズミは天敵だった。

 うずくまった少年は、しばらくして再びまどろみはじめた。

 しばらくしてほとぼりがさめたら、また町にもどって一仕事はじめよう。

 

 そのとき、突然、ビルが激しく揺れた。同時に、轟音。

 まるで断続的に雷が鳴り響くように爆音が響き続けた。

 

 なんだ?何がおきた!?

 

 寝転んだ少年はあわててばたついた。

 地面の石ころは少年と同じように震動でブルブル震えている。

 

 少年は今までとなえたこともない神の名を呼びひたすらきつく自分の体を抱きしめた。

 

 

 

 その廃ビルの外、清掃した長い道路の前に、数人の男たちが集まっていた。

 それに加え、巨大な機械が道路に並んでいる。

 その男たちの中で、長くアゴヒゲを蓄えた男が合図をした。

 

「では、はじめろ」

 

 すると轟音とともに、機械が駆動を始める。

 よしよし、男はアゴヒゲを何度もなげてそれを眺めていた。

 これでいい。世界はひっくりかえる。この汚れた世界。どこまでも汚れている。

 しかしこれでいい。世界は再び秩序を取り戻す。

 

「神の名のもとに」

 

 アゴヒゲをたくわえた男は、次に男たちに合図して、

 近くに併設した施設に引き上げた。

 これでもうとまらない。世界は神の手に取り戻される。

 

 

 

===============================================

 

 

 

 0200時エジプト東部上空

 

 

 

 エジプトの空を二機の戦闘機が飛行していた。

 エジプト空軍兵がロシア製戦闘機ブローツァを操縦して暗い空を切り裂いて疾走している。

 

 周りは平穏だった。いつもどおりだ。オーマイゴッド。

 こんな日に夜勤だとはついていない。昨夜は空軍のみなはパーティに行っていたに違いなかった。

 男はパーティに行ったであろう気に入りの女のことを思い浮かべた。ちくしょう。どこかのクソ野郎になびいてやいないだろうな。

 

 戦闘機が空を切って滑空する。

 空気が切り裂かれる音がほとんど強化ガラスに跳ね返されてコックピットに入ってくる。

 戦闘機はかなりの高度を高速でとんでいるだけあって、コックピットでゆれる男の体に冷気がかみついてきていた。

 

 今日は冷える。早く帰りたい。自宅が恋しかった。早く家に帰って、熱いシャワーで体を熱してから、冷えたイェールをのど奥に流し込みたい。

 

 

 

 ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

 

 

 異常、空軍兵がはねるようにブローツァのディスプレイを確認する。

 ディスプレイを見た空軍兵は今度こそ神の名を叫んだ。

 

 ロックドオン? ロックドオンだと!?

 

 ブローツァの管制システムはこのブローツァがミサイルのレーダーにロックされていると告げていた。ありえないことだった。このエジプトの上空でいったい何にロックオンされるというのだ?

 

 男は事態を飲み込めず。しかし訓練の動きに脊髄反射的に叫んだ。

 

「メーデー!メーデー!管制室!現在当機はロックされている!メー・・」

 

 爆音。二機のブローツァにほぼ同時にミサイルが着弾し、爆炎に翼がちぎれとんだブローツァはきりもみ回転したあと爆発して四散した。

 黒く塗りこめられた空の中に二つの小さい赤い火がともる。

 

 そのそばを8つの影が高速で飛びさっていった。

 

 

 

====================================================

 

 

 

 2機のブローツァが撃墜されたのとほぼ同時に、東部のエジプト空軍基地から8機のブローツァがスクランブル発進した。

 

 エジプトの黒い夜空を揺らして8機のブローツァが高速で疾走する。

 

 そのブローツァの中のコックピットの中でパイロットが言った。

 

「通信、エジプト東部を哨戒中のブローツァが正体不明の戦闘機に撃墜された」

 

 別の戦闘機の中で男がうめいた。

 

「やってくれた。いいか、神にかけてそのパイロットは八つ裂きにしてやる!!」 

 

 

 8機のブローツァがバーニアを加速して夜空を疾走する。

 

 突然、レーダーが正体不明機の機影をとらえた。

 ブローツァのパイロットが怒りが込められた声で通信する。

 

「通信、レーダーが糞野郎の機影を2機とらえた。まもなくミサイルの射程圏内に・・・」

 

 

 次の瞬間、爆音。

 8機で編隊を組んでいたブローツァがその中の3機が突然吹き飛んだ。

 

「なんだ!?何がおこった!?」

 

 状況を飲み込めず混乱しながら叫んだ男のブローツァの正面から、高速でミサイルが疾走し、そのブローツァに突き刺さり、ミサイル内の信管が作動、ミサイル内の爆薬が調合され、瞬間的に火を噴き爆発し、その爆炎で装甲と機体を貫通し、揺れるブローツァをその爆炎で粉々に引き裂いた。

 

「散開!散開しろ!!」

 

 叫んで、4機のブローツァがチャフフレアを撒いて散開する。

 

 そこに2機の戦闘機が加速してつっこんできた。

 

「2機!?2機でブローツァ4機とやろうっていうのか!!」

 夜空で高速でブローツァを旋回させながら男が怒りをふきだすようにうめいた。 

 

 しかし先ほどのミサイル攻撃だ。ブローツァがミサイル射程に入れる以前にミサイルがブローツァに着弾した。それは向こうのミサイルの射程がブローツァよりはるかに長いことを意味する。

 ロシア製のブローツァの有効射程を上回るのは、ユーロファイターか、あるいはF18か、準最新鋭機に限られる。

 

 仰向けになって旋回するブローツァの後ろに戦闘機がつける。

 

「くそっ!尻につかれた!!」

 

 パイロットがうめいて、さらに加速する。

 ブローツァの描く円の軌道がバーニアの加速で半径を長くした。

 

「ふりきれん!!」

  

 ブローツァがランダム移動しても、後ろの敵機はピッタリついてくる。

 その不気味な機影はぴったりブローツァの後ろにつけたまま重機関銃を掃射した。

 6銃身のガトリングが高速回転し、砲身の中でライフル弾が着火、爆発し、あまたの強力な20mmライフルが超音速で嵐のように発射される。

 

 超高速の質量弾が前方のブローツァの翼につきささり、そのブローツァは機体を傾かせ、風圧で羽を折り、きりもんで爆発、四散した。

 

 それと同時に、もう一方の敵機にブローツァが2機撃墜されていた。

 

 残った1機のブローツァのパイロットが揺れるコックピット内で悲壮な声色で叫んだ。

 

「なんで、なんでこの空にF18が飛んでるんだ!!?」

  

 そのブローツァにはるか遠方からミサイルが着弾。

 ブローツァを爆散させた。

 

 細切れに爆散したブローツァが地面に突き刺さったころ、先行していた2機のF18と合わせてあとから後続してきた6つのF18が、空中を併走して8機編隊を組み、さらにエジプトの夜の空を加速した。

 

 

 

 

================================================

 

 

 

 同時刻0210時 飛行学園艦アレクサンダー内 司令室

 

 

 

 アレクサンダーは中東地域を横切って航行していた。

 中東の大地からは、夜空にさらに巨大な建造物が夜空をさらに黒く切り取って動いているのが見えるだろう。

 

 その飛行艦の司令室では、千冬が司令官のイスに座り。何事もなく航行できるように祈りながら、夜通しで警戒を指揮していた。

 

 

 突然、司令室前方の情報官が声を張り上げた。

 

「織斑指令!エジプト上空で異常を感知しました!」

 

 千冬が抜け目のない目でそちらを見て続きを促した。

 

「続けろ。なにがあった」

 

 千冬が情報官に言うと、情報官が続けた。

 

「所属不明の戦闘機、F、F18が8機!エジプト東国境を越えて飛行中です!警戒中のエジプト空軍所属機ブローツァが2機撃墜されています!」

 

 事態に冷静さを失った情報官が続ける。

 

「さらにエジプト空軍は即時発進できる戦闘機を8機スクランブル発進させましたが…2機のF18に全機撃墜された模様です!」

 

 千冬は指令の椅子に座って冷静に、迅速に思考をめぐらせた。

 ブローツァでF18の相手をするのは難しいだろう。

 そしてF18が?なぜアメリカ製の準最新鋭戦闘機が8機もエジプト上空を飛行している?

 

 千冬はすばやく顔を上げて情報官に告げた。

 

「中央ディスプレイに映像を映せるか?F18の進行先に何があるか調べろ」

 

「はっ、映像映します!」

 

 千冬に言われて、情報官がマニピュレーターを操作する。

 

 すると司令室の中央の10m四方の立体映像装置から8機のF18の映像が映る。

 上空から確かに夜の闇をとどろかせて疾走する8機の戦闘機の映像が映された。

 

 分析を続けていた別の情報官が報告した。

 

「出ました!F18の予測進路先にはエジプトの大都市がすう箇所…加えてその先に、核実験施設があります!」 

 

 ぐらりと傾くような感覚に襲われる。核実験施設?

 千冬の右下に位置する副指令席に座っていた山田が心配げな表情で千冬に言った。

 

「このF18は、エジプトの核実験施設を攻撃するつもりなのでしょうか?」 

 

 さすがに、千冬の体をつめたい感覚が下りる。

 

「エジプトの核実験施設を、所属不明のアメリカの戦闘機が爆撃するだと?」

 

 世界がひっくりかえる。

 

「織斑先生、どうしますか?」

 山田が尋ねる。 

 

 聞かれて、千冬は逡巡し、すみやかに言った。

 

「F18を阻止する。情報官。F18はあとどれくらいで核実験施設をミサイルの射程に入れる?」

 

「F18が施設を射程にとらえるまであと30分と予測されます!」

と情報官。

 

 千冬は考えをめぐらせ続ける。時間がなさすぎる。

 

「織斑先生。チハを準備しますか?」と山田。

 

 千冬はめまぐるしく考えをめぐらせる。

 

「いや、チハの速度では今からじゃ間に合わない。至急ラウラ=ボーデヴィッヒとセシリア=オルコットを起こせ!」

 

 

 

=======================================

 

 

 

 

 0220時 飛行艦アレクサンダー内寝室0341号室

 

 

 

 電気が消えた室内。その暗い寝室のベッドの上で寝巻きのセシリアが寝言をつぶやきながら寝返りをうっていた。

 

 「…さん、いけません。いけませんわ…わたくし、わたくしは…」

 

 ビーッ!ビーッ!

 

 室内に警報音が響く。その音を聞いてベッドで眠り込んでいたセシリアが目を覚ました。

 

「んにゅぅ、なんですのぉ?今何時ですのぉ?」

 

 セシリアはムクリと上体を起こして寝ぼけて目をこすった。

 ボーッとした頭であたりを見回す。

 まだ眠りから覚めてすぐでトロンとした目つきだった。

 

『起きろオルコット!緊急事態だ!至急第一兵器ドックに向かってブルーティアーズを装着しろ!内容はおって説明する。大至急だ!』

 

 艦内放送から響く千冬の声を聞いてセシリアは飛び起きた。

 

「は、はい!了解しましたわ!」

 

 

 

 

==============================================

 

 

 

 

 0225時 飛空学園艦アレクサンダー第一ドック

 

 

 

 セシリアが急いで兵器ドックの扉を開けると、広いドックの中ですでにラウラ=ボーデヴィッヒが彼女の専用ISシュヴァルツェア・レーゲンを装着しているさいちゅうだった。

 

 ドックに到着したセシリアに司令室の千冬から通信が入った。

 

『内容は今言ったとおりだ。可及的速やかに専用ISを着装したのち、エレベーターのカタパルトとドッキングしろ』

 

 セシリアは専用ISブルーティアーズを装着し、兵器ドックの中央にある巨大な柱のエレベーターに向かった。

 

 ラウラがセシリアに言った。 

 

「セシリア、私はF18の所属を確かめるためにアルバニを1機つれていく。所属不明のアメリカ機がエジプト上空を飛んでいるだけで火種としては十分すぎるという教官の判断だ。セシリアとハースニールは先にF18をおえ」

 

 ハースニール?

 セシリアがそうラウラにいわれて中央柱を見ると、すでに専用ISグラビティカを着装したサラ=ハースニールが中央柱の第二エレベーターとドッキングしているのに気づいた。

 

 サラは頭部だけ露出した黒い全身鎧のような専用ISの機体に身を包んでいる。

 

「話は聞いたよ。私も協力を申し出させてもらった」とサラ。

 

 中央柱の近くでは、アルバニたちが話し合っていた。

 

『あわわわわ、F18がもし核施設を爆破して、核爆発がおこっちゃったら、、これって戦争だよね』

 とアルバニ1号

 

『世界を巻き込んだ戦争になるかもしれないよ。下手をすると第三次世界大戦。アルマゲドンだよ』

 とアルバニ5号

 

 自律思考戦車たちが話すのを聞きながらセシリアはブルーティアーズを第一エレベーターとドッキングした。

 

「ブルーティアーズ、ドッキング完了しましたわ。佐藤田さん、カタパルトに送ってくださる?」

 

 女性士官がマニピュレーターを操作すると、ゴウンゴウンと音をたててエレベーターが上昇しはじめた。

 専用ISを装着しエレベーターとドッキングしたセシリアの頭上にしだいに兵器ドックの高い天井が近づいてくる。

 兵器ドックの天井が開き、さらにエレベーターが上昇すると、上からカタパルト甲板がすこしづつ見えてきた。

 

 ガウン、と音を立ててエレベーターがあがりきると、セシリアの眼前に200Mあるカタパルト甲板が広がった。

 薄暗い夜の甲板が誘導ライトで10m間隔で照らされその先には深い夜の闇が広がっている。

 

 セシリアはブルーティアーズの脚部がカタパルトに接続していることを確認する。

 確認すると、次にISの起動を始めた。

 ブルーティアーズの第一戦闘モードを起動、シールドを展開、ブースター機能をスタンバイ。

 

 ドキン ドキン ドキン

 

 眼前に広がる薄暗い滑走路を前に、セシリアの心臓は締め付けられるように収縮を繰り返した。

 そしてすぐにセシリアの隣20Mのところにサラ=ハースニールの専用ISグラビティカがエレベーターであがってきた。

 

 そのサラに兵器ドックから佐藤田が通信した。

 

『本当に発射していいの?その専用ISにはブースター機能がないんでしょう?』

 

 通信にサラが応答する。

 

「問題ありません。もし高速射出してそのまま落下しても、ケガなんてしませんよ」

 

 サラのいったとおりである。ISのエネルギシールドは高い位置から落下したくらいで傷ひとつつくことはない。

 

「それとセシリアさん」

 

 サラがカタパルトの隣のセシリアに通信する。

 

「向こうについたら私のISの半径50M内には入らないでくれるかい。巻き込むとわるいからさ」

 

「?…ええ、了解しましたわ」

 

 

 セシリアは前方を見てグっとかまえた、目の前には200Mの滑走路とその先には暗い空が広がっている。

 

「セシリア=オルコット。ブルーティアーズ発進しますわ!」

 

 スイッチを起動する。

 カタパルトが爆発的な推力で加速し、それにおされて高速でブルーティアーズの機体が加速していく。

 滑走路の誘導灯が高速で後ろにすぎていった。

 ブルーティアーズは弾丸のように加速すると、飛行艦の滑走路から暗い空へ第二速度で射出された。

 

 ブルーティアーズの機体が高速で暗い夜空を疾走する。

 ブルーティアーズのブースターを起動さらに加速していく、ほどなく第三速度に到達するだろう。

 夜の闇を切り裂いて高速で飛んでいく、眼下では中東の大地が高速で後ろに過ぎ去っていった。

 

 突然、隣にサラの専用ISグラビティカが併走してきた。セシリアはその事実に驚いた。セシリアのブルーティアーズの速度についてこれるISはそれだけで稀有だからである。

 セシリアがサラのグラビティカを見るとまったくブースターが起動している形跡は見られなかった。

 

 サラがセシリアに通信した。

 

『私のグラビティカは重力操作に特化してるんだよ。高度慣性制御機能によって運動エネルギーを減じさせることがほとんどない』

 

 そういったあと。高速で滑空するグラビティカの足の先にリンゴほどの黒い球が発生し、サラのグラビティカはISの人口筋肉をうならせ、それを斥力を発生させながら強力に蹴ってさらに加速した。

 ブルーティアーズのさらに先に飛行し、セシリアはブルーティアーズをさらに加速させた。

 つまりグラビティカは重力に引かれることなく空を走っているのである。このISに飛行ブースターは必要ないのだ。

 

 二つのISはミサイルのようなスピードで空を飛翔しエジプト上空を高速飛行するF18を追った。

 

 

 

==============================================

 

 

 

 

 0240時 エジプト上空

 

 

 

 

「見えましたわ!!」

 

 エジプト上空を高速飛行するセシリアのブルーティアーズとサラのグラビティカのセンサーがF18をとらえた。8機のF18はすべて無人機で遠隔操作されているようだった。どこかから誰かが数人であの8機のF18を操作している。エジプトの上空では電子ハッキングをしかけることもできなかっただろう。

 高速飛行する8機のF18の先にはすでにエジプトの核実験施設の明かりが見えている。

 セシリアはブルーティアーズをさらに加速させた。

 

『先に行くよ』

 

 サラから通信がくると、ブルーティアーズの隣を併走するグラビティカの脚部に大きい黒球が出現し、それをISで強化された両足で斥力を発生させながら蹴るとサラのグラビティカがさらに加速し、弾丸のような速度でF18に迫った。 

 

 サラのグラビティカが核実験施設に迫るF18を高速で追い抜く。

 

 その瞬間サラのグラビティカが通り過ぎた瞬間近くを高速飛行していた二機のF18に縦に大きな縦穴があき、二機のF18は制御を失って大破した。

 

 同時に、残りの6機のF18が前方の核実験施設に向けて12発のミサイルを発射した。

 12発のミサイルが推進剤の炎で尾を引きながら前方の核実験施設に疾走した。

 

「撃ちましたわ!」

 セシリアが叫ぶ。

 

 ブルーティアーズがさらに加速し、F18を追い抜くと超高速で12発のミサイルに併走し、ブルーティアーズの背部から青いチャフフレアを発射した。

 

 高速で飛行する12発のミサイルの前方に青いチャフフレアが撒かれた。

 4機のミサイルが青いチャフフレアで対象をロストし上空にそれて爆発した。

 

 赤いミサイルの爆炎に照らされながらブルーティアーズはさらにビームライフルを抜き青いビームを発射した。

 核施設に殺到する二機のミサイルをブルーティアーズの青い光が打ち抜き、爆発させた。

 

 しかし6機のミサイルが核実験施設に向かう。

 その間にサラのグラビティカが高速飛行していた。 

 

 4機のミサイルがサラのグラビティカの付近をとおりすぎると、突然その4機がすべて消失した。

 

 グラビティカである。サラのグラビティカが付近に超重力加速場を発生させてミサイルを叩き潰したのだ。

 

 グラビティカのはるか下方の地面で平たくプレスされたミサイルの爆発が起こった。

 

 グラビティカはさっきの二機のF18も超重力加速場をすれちがいざまに形成して、F18の機体を円柱状に叩き潰し、こそぎとったのである。

 

 次にグラビティカは重力子ライフルを抜き、一機のミサイルを打ち抜いた。

 さらに黒い右腕に重力子を発生させながら左に反転しそれで強力に目の前の空間を殴りつけると、グラビティカの右腕から高速ではなたれた重力子がはるか遠方で高速飛行するミサイルで炸裂しそのミサイルを消失させた。 

 

 サラの専用ISグラビティカが殺到する6機のミサイルを一瞬ですべて消失させたのだ。

 

 

 

 核実験施設の上空がミサイルの爆発で明るくてらされる。

 核施設の上空をブルーティアーズで疾走し横顔を赤く照らされながらセシリアがつぶやいた。

 

「すごい…サラさん」

 

 そのセシリアのはるか眼前には6機のF18が高速飛行している。

 

 サラのグラビティカはすでに背部の球体型のビットを二機射出していた。

 

 その2機の球体のビットは高速移動するF184機にそれぞれ併走し、強力な重力加速場を発生させると、その重力加速場にF18の機体がこそぎ取られ、大きなたてあながあいて墜落、大破した。

 

 残るF18は2機である。その1機をセシリアのブルーティアーズの青いビームが撃ちぬいた。

 

 セシリアのブルーティアーズとサラのグラビティカに通信が入る。

『こちらシュヴァルツェア・レーゲンのラウラ=ボーデヴィッヒだ。アルバニを連れてきた。所属不明のF18の1機は武装だけ無力化してくれ』

 

 核研究施設の上空をF18にラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが迫る。レーゲンの両足をアルバニ1号の手がつかんでいた。

 

『ラウラちゃん。もげる、手がもげちゃう~』

 シュヴァルツェア・レーゲンの足をつかんだアルバニ1号が危機を伝えている。

 

 F18が最後のミサイルを二機発射すると、瞬間にサラのグラビティカが重力加速場を発生させ二つのミサイルを消失させた。

 

 ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンは高速でF18と併走し、アルバニ1号をF18に乗せた。

 

『うわ~すごい風。んーそれじゃぁちょっと失礼してーっと』

 

 F18に乗ったアルバニの右腕からコードがのび、F18とドッキングした。

 アルバニの電子制御でF18の電子情報を探す。アルバニはしばらく戦車前部の機械質の丸い単眼をくるくる回して情報を探し続けた。

 

『んー、んー。わかりましたー!このF18は宗教武装団体カザーフのデータの痕跡を残しています!アレクサンダーに転送しますねー』

 

 情報を送信しアルバニ1号が再びラウラのシュヴァルツェア・レーゲンにつかまると、ほどなくしてF18が自爆した。

 

 

 

 夜の闇の中、エジプトの核実験施設の上空を3機のISが飛行していた。

 

 しばらくしてアレクサンダーからスクランブル発進していたチハ38式とユーロガイツⅡが数機むかえにやってきた。

 3機のISにアレクサンダーから通信が入る

 

『アレクサンダー司令室の織斑だ。よくやった。データは整理したあと日本に送信する。全員速やかにアレクサンダーに帰投しろ』

 

 

 

 

====================================================

 

   

 

 0320時 飛空学園艦アレクサンダー内

 

 それぞれアレクサンダーに帰投しブルーティアーズを兵器ドックに設置して佐藤田に整備を頼み、通信で千冬に明日は予定通りの起床だと告げられ、サラに健闘を讃えられたあと。

 セシリアは寝室にもどりベッドに倒れこむと、ほどなくして寝息をたてはじめた。

 

 

 上空をいく飛行艦はまもなく地中海にさしかかろうとしていた。



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第7話 学園と研究都市とクロエ・クリストフ・ヴァルツ

 早朝。太陽がエーゲ海からシチリア島に刺し込み。白い太陽光に対照的な黒い影がビル群から伸びていた。シチリアIS学園に併設されたIS研究都市では人々や車の往来がすでに激しくなっており、通りは話しながら、あるいは新聞を読みながら歩く人、往来する車でまるでヘビがうねるようだった。

 その往来する人々に天高く伸びたビル群が白い陽光を反射させていた。

 

 と、急に道が黒くそまり、ビル群の光の反射が途絶え、街を黒い影が覆った。

 

 何事かと、人々が上を見上げると、そこには何か巨大な建造物がはるか上空を横切るのが見えた。

 

 それは全長800Mの飛行艦、アレクサンダーの姿だった。

 昨日の朝日本を出発した飛行艦がほど中東地域を横切り、地中海を越えてシチリア島に到着したのである。

 

 街から見上げた飛行艦の幾何学的な艦体は、しかしその長旅を思わせなかった。一般人が、これが日本から航行してきたのだといわれても、にわかに信じることはできないだろう。

 

 飛行艦は、ゆっくりとした速度で、進路をシチリアIS研究都市を横切りその先のシチリアIS学園に向かっている。

 

 

 

 

 

 

「あれがシチリアIS学園ですのね?」

 談話室から窓の外を見てセシリアが言った。

「海がきれいなエメラルドグリーンですわね」 

 

 まるで宝石を見るようにそうつぶやいた。

 シチリアIS学園はエーゲ海に隣接して運営されているのである。

 セシリアの視点からは巨大なIS学園の全貌や、海上の訓練場、近くの宿泊施設、これは海上コテージが延びているのが確認できる、などが見えていた。

 

 談話室の生徒たちもその様子にざわついているようである。

 

 セシリアが近くの生徒に言った。

「天気も快晴でよかったですわね。これで雨でしたらせっかくの到着に水をさされるというものですもの」

「そうね、天気予報では1週間ほどはずっと晴れるらしいから、ちょうどよかったね」

 と別の女生徒。

 

「ISの教練が主であるとはいえ、自由時間もあるといいですわね」

「そうだね~。でも千冬先生。厳しいからな~」

 

 談話室で生徒たちがいろめきだっていると。天井のスピーカーから艦内放送が聞こえてきた。

 

『アレクサンダー司令室の織斑だ。本艦は目的地のシチリア島に到着した。長旅ご苦労だったな。各員、速やかに艦を降りた後、整列するように。以上だ』

 司令室の千冬がそう告げると。生徒たちはあわただしく移動を始めた。

 

 セシリアが荷物を持ってアレクサンダーの昇降口から出た。

 昇降口はまだかなりの高度があり、高い階段を下りていくと、彼女の目の前にカモメたちの鳴き声とともに紺碧の海と抜けるような空が開けた。湿気のない乾いた気持ちのよい風が彼女らを迎える。そしてそこからはるか眼下にはシチリアIS学園が見えた。

 

 

 #

 

 

 セシリアたちがアレクサンダーから降りたあとシチリアIS学園の校庭に整列すると、しばらくしてから千冬たち教師が降りて来て、ホスト側のシチリアIS学園の生徒と関係者たちの列の前に並んだ。

 

 そのホスト側の列からサラ=ハースニールが歩み出てきていった。

「ようこそシチリアIS学園へ、みなさんの来訪を心から歓迎いたします」

 

 サラがそういったあと、彼女の後ろからサッと一人の男性が現れた。

 年齢は40前後だろうか、180cmほどの長身でゆるくウェーブした髪が肩から腰の間くらいまで伸びている。

 男性がIS学園の生徒の前に立っている千冬の前まで歩いてきた。

 

「IS学園のみなさま。ようこそシチリア島へ。私はシチリアIS研究都市市長のウィリアム=バークレーです。皆さまを歓迎いたします」

 

 市長は短く自己紹介すると、千冬に右手を差し出した。

 千冬は快く応じた。

 

「IS学園指導教員の織斑 千冬です。こちらこそ、光栄です。短い間ですがお世話になります。よろしくお願いします」

 

 ウィリアム市長と千冬が握手を交わした。

 握手を終えると、次にウィリアムはおもむろに上空を見上げた。

 するとそこには飛行艦アレクサンダーの巨大な艦体が浮遊している。

 ウィリアムはそれを見て両手を軽くもち上げていった。

 

「飛行艦アレクサンダー。実にすばらしい飛行艦ですな。実際にこの目で見るのははじめてですよ。しかし1日で日本からシチリアまで航行するとは、にわかには信じられませんな。いや、恐ろしいほどですよ。この飛空艦が地中海に一艦でもあれば地中海のパワーバランスはすぐにも大きく変化することでしょうな」

 

 ウィリアムの手放しの賞賛に、しかし千冬は抜け目のないままの表情で答えた。

 

「ありがとうございます。我が日本ではこの飛行学園艦アレクサンダーならびに飛行艦アトモス、トールを運用し、自国の防衛、脅威への対処ならびに世界秩序の形成に寄与しています」

 

「その名声は、さすがですよ。シチリアIS学園の生徒たちも学ぶものは多いでしょう」

 

「われわれもシチリアの生徒たちの錬度の高さはすでに承知しています。こちらこそ勉強させていただきますよ」 

 

 千冬はウィリアム市長に言うと、次にIS学園生徒たちの列に向き直った。

 

「よく聞け!航行の疲れも鑑みて、本日は自由行動とする!学園の見学やシチリアIS研究都市等の観光に時間をあててもいい。シチリアIS学園都市はここから南へ7キロほどだ。そちらに向かうものはここから出ている電車等を活用しろ。では一時解散!1800時までには戻るように!」

 

 そういわれて、IS学園の生徒たちは見るからに喜ぶと、ざわつきながらバラバラと移動を始めた。

 

 千冬はそれを見おくって小さく息をつくと千冬を呼ぶ声に気がついた。

 

『教官きょうかーん』

 

 千冬がそちらを見ると、千冬を呼ぶのはアルバニだとわかった。

 

「お前はアルバニ3号だな。私のことは先生と呼べ。それでどうした?」

 

 自分のことを教官と呼ぶのは誰の影響か。いちいち考えをめぐらせるまでもなかった。あとでこの情報は並列化させておこうと千冬は考えた。

 

『あのー。僕たちも観光してもいいでしょうか~』

 

 アルバニは、機械の両手をすり合わせながら千冬を見上げる。

 千冬は少し考えてからこの自律思考戦車に答えた。

 

「いいだろう。ただし観光にいっていいのは1機だけだ。あとのものはあとで並列化しておけ。加えて兵器系統はロックをかけておく。問題が起こるとは思わないが一応の措置だ」

 

『え、いいんですか!?いいいやったああぁぁぁ!!』

 

 アルバニ3号は両手を上げて喜んだ風にすると、では教官、と短く言ってそそくさと駅に向かったのだった。

  

 

 

 #

 

 

 

 セシリアは荷物をシチリアIS学園に併設された海上コテージにうつしたあと、電車でシチリアIS研究都市を訪れていた。

 研究都市には研究施設以外にも観光施設等々見る価値のあるものは多い。    

                 

 セシリアは白いワンピースに身をつつみ、はの長い白い帽子をかぶり、IS学園の女生徒たちと電車でシチリアIS学園都市に訪れ、午前はシチリアIS学園都市を観光した後、午後は地中海が一望できるカフェで紅茶とスコーンを注文していた。     

 

 坂の中腹にあるカフェの店内からは眼下に青く光る地中海が一望できた。

 カフェの丸テーブルを囲んだ中で、セシリアが一口紅茶のカップを傾けた。

        

「すばらしい眺めですわね。地中海はなんど見ても心をときめかせますわね」

 

 その眺めにセシリアがうっとりしたように言うと、次にセシリアと一緒に丸テーブルに座っていた女生徒がセシリアに尋ねた。

 

「ほんとにいい眺めだねー。ねぇあとで海岸までいってみない?セシリアは何度か地中海にきたことがあるの?」       

 

「ええ、シチリアはヨーロッパで有名な観光地でもありますから。パレルモの大聖堂は歴史的な価値がありますし、ファヴィニャーナ島の海はとてもきれいですわよ。あとでそちらに向かってもよいかもしれませんわね。それに夜には劇場のオーケストラがおすすめできますわね、こちらのサレルノ楽団のヴィヴァルディは傾聴の価値がございましてよ」

     

 セシリアはイギリスから近くはないが、遠くもないシチリアの思い出を振り返りながら、白い帽子を軽く傾け、紅茶を一口飲んだ。

 

「セシリアはいろいろ知ってるんだねー。じゃあその大聖堂にいってみない?いいお土産話になるかも」  

 

「ヨーロッパのことでしたら土地勘というものがありますわ。でもわたくしは日本のことはまだまだ知らないことばかりですから、そちらのことはいろいろと教えてくださいね」       

               

 セシリアは殊勝にほほえんで話を続けた。                   

                         

   

                                 

 #

 

 

  

 IS研究都市の郊外、その河原で二人の男女が立っていた。

 男女といっても、一人は40を超えた男、そしてもう一方はおおよそ10歳ほどの少女だった。

 サラサラと穏やかに流れる川のそばで、二人の男女が20Mほど離れてお互いに向かい合いながら立っていた。

 あたりに人気はなく。川のせせらぎだけが静かにあたりに響いている。

 

 ふと、男が右手に何かを握って少女に尋ねた。

 

「クロエ、これは何だ?答えなさい」 

 

 言われて少女は速やかに答えた。

 

「はい父さん。その銃はコルト・パイソン。使用弾薬は.357マグナム弾のシングルアクション。拳銃の中では最も威力が高いタイプの拳銃です」

 

「その通り」 

 

 そういって、男はその銃を持った右手を娘のほうに向けて、次に引き金を引いた。

 

 バァン!!

 

 辺りに轟音がとどろき、クロエと呼ばれていた娘が後ろに吹っ飛んで仰向けに倒れた。

 

「・・・」

 

 男が倒れた娘のほうをじっと見ていると、しばらくして少女がゆっくり起き上がった。

 

「っつー…」 

  

 少女は起き上がると銃弾を受けた胸元を探り、防弾チョッキに突き刺さったマグナム弾を抜いて、近くの芝生に投げ捨てた。

 

「これがマグナム弾の威力だ。強烈だろう?しかし防弾チョッキを着ていれば致命傷にはならないし、反撃だってできる」

   

「でも、すごい衝撃だわ父さん」    

 

 クロエと呼ばれた娘が父親に不満たらしくいった。

 

「たしかにそうだ。しかし衝撃になれておけば反撃にうつるのもたやすくなる。では次だ」

 

 父親は次に左手に銃を持って娘に尋ねた。

 

「この銃はなんだ?答えなさいクロエ」  

 

 少女はそれを見て的確に答えた。

 

「はい父さん。それはグロック17。複列弾倉で17プラス1発の装弾ができるセーフアクションです」 

「その通り。いいぞクロエ。ではこの銃とさっきのマグナムとの威力の比較は?」

 

「さっきのマグナムにくらべてグロックの口径は9mmで、9mmパラベラム弾の衝撃エネルギーは.357マグナム弾のだいたい半分です」

 

「その通り。コングラチュレーション」

 

 男はそういうとグロックを娘の額に向かって発射した。

 

 バァン!!という轟音のあと、9mmパラベラム弾がクロエの額に着弾した。

 少女はその衝撃にのけぞり、後ろにたたらを踏んで後退した。

 しかし、ただそれだけだった。

 

「いったー・・・」

 

 少女は弾丸が命中した額をさすった。彼女の額は少し赤くなっていた。

 

「驚いたようだな。実際に銃弾を受けた想定の訓練もしておいたほうがいい。グロックで強化骨格を貫くことはできない。安心していいぞクロエ」

 

「でも、びっくりしたわ父さん」 

 

 少女は父親に軽く不満を言った。

 

「そう言うなクロエ。アレクサンダーが到着したのは知ってるだろう?作戦開始は近いんだ。そうだ、帰りに何か食べて帰ろう。なんでもいいぞ」 

 

 そういうと、クロエの顔がパッと明るくなった。

 

「それじゃぁパフェがいい!トッピングもたくさんつけていい?」

 

「ああかまわないぞ。それじゃぁあと10発練習したら、帰りにカフェに寄ろう」

 

 その後もひとけのない河原に銃声が響いた。

 

 

 

 #                                       

           

            

   

 セシリアたちが地中海を望む坂の中腹のカフェで話していると、隣に誰かが立っているのに気がついた。

 セシリアがそちらを見ると、身長の高い男たちがテーブルに向かって立っている。

 男たちはいかにも軽そうなノリで、軽快に言った。

 

「ねぇねぇセニョリータたち、シチリアへの旅行かい?もしよかったら俺たちと一緒に観光しない?」  

 男たちがセシリアたちに話しかける。同級生たちはどう答えたらいいのかわからず困っている様子だった。こういう強引なノリはあまり経験がなく無理のないことだった。

 セシリアは紅茶を一口飲んで答えた。

 

「もうしわけありませんがお断りいたしますわ。わたくし自分より弱い男性には興味がありませんの」                

 セシリアがそういうと、男たちの後ろから別の男がわけいるように前に出てきた。

 

「なんだってぇ?誰が弱いだってぇ?けんかぁ売ってんのかじょうちゃん?」             

 その男は2mはあろうかという大男で、腕は丸太のように太い。

 大男はセシリアの言葉に少し高ぶった様子で、その丸太のような腕でセシリアの腕をつかみギリギリとにぎりしめた。

 

「なにをされますの?その手をおはなしになってくださいな」

 とセシリアが困り顔で言う。   

 

 その様子に気づいたカフェの定員が、あわててセシリアと男たちがいるテーブルへやって来た。

「お客様、店内でのもめごとはおやめになってください」           

 厳密には、注文をとっていない男たちは客というわけではなかったが、店員は穏便にすませようといさめようとした。

 その定員に向かって大男が顔を向けると、弾丸をうけて大きく右ほほがえぐれた顔をすごませて言った。

「あぁぁっ!?なんだてめぇ?俺たちの邪魔をすんのか?俺たちトラキアファミリーに文句をつけようってのか?あぁっ!?」

 大男は穏便にすませようという気などは微塵もないようだった。しかもどうもマフィアのような名前も出して店員にすごんだ。

 店員はそう叫ばれると、小さい声ですみませんといって店のうしろに下がっていった。

 大男はそれを見て軽く満足したように軽薄な笑みを浮かべると、再びセシリアたちに向き直った。

 

(困りましたわね。これはどういたしましょうかしら)                

                  

 セシリアが逡巡する。セシリアとしては、大事にはしたくなかった。だからといってこの男たちに付き合って観光して回るのも論外だった。                 

                  

 困り顔で逡巡するセシリアに大男が何か言おうと口を開いた瞬間、突然その大男を含む数人の男たちが地面につっぷした。

 地面にしたたか頭をうちつけた大男がうめいた。

 

「なぁっ!?なんだ、こりゃ、お、おもいいいぃぃぃ」

 

 男たちは、まるで地面に吸い寄せられるように、カフェの店内の床に貼り付けられるように倒れこんでいる。

 突然のできごとにセシリアと同級生たちがびっくりしているところに、店先から女性の声が聞こえた。

 

「きみたち。私の友人に何をしてるんだい?」

 

 セシリアが声のするほうを見ると、そこには専用ISグラビティカの黒い機体に身を包んだサラ=ハースニールがこちらにゆっくり歩いてきているのがわかった。

 男たちはなおも、地面に貼り付けられ、じたばたともがこうと体を動かしている。

 それはサラが男たちをグラビティカの極小の加速重力場で地面にはりつけたのだった。

 サラは頭を露出した黒い全身鎧の姿で言った。

 

「彼女らは、私の友人だ。セシリアさんたちに手を出すってことは、私に手を出すということなんだけど、そういうことでいいのかな」 

 

 そう言って。サラはグラビティカの重力加速場をさらに加速させ、男たちはさらに強力に地面にプレスされた。男たちからはメキメキと音が聞こえてきそうだった。

 

「いいいっ、いだいっ、いだいいいいっ、やめてくれっ、ハースニールさん!やめてくれっ!あんたの友人だと知ってたら手を出さなかった!!」

 

 大男が痛みにうめきながらそう叫んだ。

 しばらく男たちが地面に貼り付けられていると、カフェの前に黒塗りの車が止まり、中から数人の男たちが店内に入ってきた。

 

 その中の車から降りてきた黒いスーツを着た長身の男がいった。男は180cmほどと長身で、髪は黒く短く切っており、左目に眼帯をしている。

 

「ハースニールさん。申し訳なかった。うちのものが何か粗相をやらかしたようだ」

 

 サラはその眼帯をした男のほうを向いていった。

 

「ああ、マッツィーニさん、きたのかい。困るよ、部下の教育はしっかりしてもらわないと」

 

 つぶやくように言うと、サラはグラビティカの重力加速を停止した。地面に貼り付けられていた男たちがよろよろと起き上がる。

 大男がマッツィーニと呼ばれた男にいった。

                   

「マッツィーニさん、ありがとうございます。お手数おかけしてすいませんでした」                     

 大男が言い終わる前にマッツィーニと呼ばれた男が大男の顔面を殴りとばした。

 大男が誰もすわってないイスに突っ込んで倒れる。

 

「馬鹿野朗!!ハースニールさんのご友人に手ぇ出してんじゃねぇ!!ぶっころされてぇのか!!」

 

 ぶっころされるとは、マッツィーニが大男をぶっころすという意味だった。どうやらサラはこのシチリアにおいて、相当の立場を占めているようだった。それもIS搭乗者の人間としてはむしろ当然といえるかもしれない。仮にマフィアが一個師団レベルで集まっても、サラのグラビティカに傷ひとつつけることができずに壊滅するに違いなかった。

 

「すまなかったハースニールさん。ところで」

 

 マッツィーニがサラに向き直って続けた。

 

「ところでうちのビックダディがあなたにあいたがってる。どうだい今週末、うちの屋敷のパーティに来てくれないか?海上クルージングでもいい」

 

 マッツィーニがサラに持ちかける。

 このマフィアたちはサラと良好な関係を保ちたがっているようだ。

 それもそのはずだった。もしグラビティカの能力を意のままにあやつることができれば、それは地中海の勢力を握るのと同義といっていいだろう。

 

「シチリアIS学園の生徒がマフィアのパーティに出席するのかい?それはまずいだろう。悪いけどおことわりするよ」

 

 サラが答える。

 

「そこをなんとか、ダディが楽しみにしてるんだよ」

 とマッツィーニ。

 

「聞こえなかったのかな?私はことわるといったんだけど」

 

「そうか、わかったよ。今回は本当にすまなかった。どうか許してほしい」

 

 マッツィーニがうめくようにいった。

 しばらくした後男たちはカフェから出て行った。

 

 

 サラがグラビティカを転送して私服になるとセシリアたちに尋ねた。

 

「だいじょうぶだったかい?乱暴はされてない?」

 

 セシリアが微笑んで答えた。

 

「ええ、大丈夫ですわ。ありがとうサラさん、たすかりましたわ」

 

「みんなで休憩してたんだね。よかったら私も加えてもらっていいかな?」

 

 彼女の申し出に、誰も異論はないようだった。

 

「ええ、もちろんですわ。どうぞおかけになってくださいな」

 

 

 

 #

 

 

 

 シチリアIS学園都市の地中海が展望できるカフェテラスで紺碧に輝く地中海を背にセシリアたちが話を続けていた。

 

「神隠しですの?」

 

 セシリアが同じテーブルについたサラの話に驚いて聞き返した。

 

「端的に言うとそういうことだね。最近IS学園都市内で女性がいなくなる事件が頻発してるんだよ」

 

 とサラ。サラの前のテーブルにはオレンジジュースとハニートーストを注文してテーブルに運ばれている。

 サラが説明を続ける。

 

「それに1月ほど前シチリアIS学園都市の生徒も神隠しにあったみたいで、行方不明になってるんだよ」

 

「それは大変ですわね。警察の捜査は進んでおりますの?」

 とセシリア。サラの口調には心配そうな色がありありとにじみ出ていた。

 

「警察は一応捜査してるみたいなんだけど、あてにはならないのさ。シチリアの警察はマフィアと癒着してるし、だからってわけじゃないけど、まともに捜査されてるのかすらあやしいものなんだよ」

 

 残念な様子で言って、サラが続ける。

 

「それで私たちも独自に何か調べられないかと思ってるんだけど、シチリアIS学園都市側の許可が下りない。どうもこのシチリアIS学園都市からずっと南の地下研究施設建設予定地があやしいんじゃないかと思ってるんだよ」

 

 サラが丸テーブルにシチリアの観光地図を取り出して丸テーブルに広げる。

 研究都市の南東を指さして続けた。

 

「ここだよ。3週間前にもこの近辺で女性が行方不明になってる。ここは地下研究施設の建設予定地でね、でもその計画は途中で凍結されたみたいで、ここの巨大な地下空洞内は警察も把握していないんだよ」

 

「それは調べてみる価値がありそうですわね。シチリアIS学園都市を中心に行方不明事件が相次いでいる以上、どこかになんらかの原因があるはずですし」

 とセシリア。

 

「そういうことだね。だからそこでIS学園のみんなにお願いしたいことがあるんだ。われわれがここを捜査するといっても市長の許可が下りない。でもIS学園側が独自に調査を申し出れば話は別だ。織斑先生にはすでに話をしてある」

 

 IS学園に急な要請があったのはこのことがあったのだろうか。

 頭の片隅で想像しながらセシリアが言った。

 

「そうですわね、私はぜひ協力させていただきますわ」

 

「ありがとうセシリアさん。あなたたちにお願いしてよかったよ」

 

 セシリアが言うと。サラは顔をほころばせた。

 

「調査が始まるなら早くて5日後くらいになると思う。その間もよろしく頼むよ」

 

 

 

 #

 

 

 

 アルバニ3号はIS研究都市にほど近い繁華街をローラーで歩行速度で移動していた。

 あたりには商店街やアミューズメント施設があり、人々の往来も盛んだった。

 普段飛行艦のドックだけが自分たちの世界だった自律思考戦車にとってそこは文字通り新世界だった。

 

『うわー。こりゃすっごいなー。みんな並列化してあげたら喜ぶぞー』 

 

 商店街も目を引いたが、とりわけ機械類のジャンクショップは興味を引いた。

 アルバニ3号はそれらを長々と見たあとも、道なりにそって街をサーチしながら大通りを移動していた。

 

「ねぇあなた。軽戦車でしょう?シチリアじゃみない型だけど、もしかしてドイツと日本の試験運用機じゃない?」

 

『へ?』

 

 アルバニが少女の声に振り返ると、そこにはカフェでパフェを食べたあと、父親のネッドと分かれて一人大通りを歩いていたクロエの姿があった。

 クロエは両手を組んで、ややふてぶてしそうにアルバニ3号を見上げていた。

 

『きみすごいねー。シチリアの兵器について全部わかってるの?』

 

「ああうん、だいたいね。それにその返事の仕方。やっぱりドイツと日本が試験的に開発した自律思考戦車でしょう?アレクサンダーに同行してたのね」

 

 10歳前後の少女にそこまで看破されて、アルバニは感心しきりだった。

 

『ご明察。でも僕の名前はアルバニっていうんだ。アルバニ3号。君の名前は?』

 

「ふぅん。アルバニねぇ。なんだかウサギみたいな名前ね。私の名前はクロエ。クロエ・クリストフ・ヴァルツよ」

 

 少女は言って、アルバニの車体をゴンゴンと叩いた。

 

『クロエかー。いい名前だね。よろしくクロエちゃん!』 

 

 アルバニは、青い車体の前部の白いボーリングの球状の目をクロエに向けて言った。

 

『ところでクロエちゃんは、どうして硝煙の匂いをさせてるの?』



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第8話 タンク・ミーツ・ガール

 

 

 

「硝煙の臭い?あんた、そんなことまでわかるの?」

 

 クロエが驚いた様子でしかめ面でアルバニに聞くと、アルバニは右のマニピュレータアームをひょいとあげていった。

 

『そだよー。いちおう高度センサーはオフにされてるけど、嗅覚程度の物質センサーは機能中さ。もしかしてガンショップでも見に行ってたの?』

 

 クロエはそのアルバニの推論を適当に受け流した。

 

「う、うん。まぁそんなところ。私エリュシオンの学生だもん。ガンショップくらいいくわよ」

 

『えぇぇ!?エリュシオンの学生!?じゃぁクロエちゃんもIS乗りなの?エリュシオンってものすごく厳しいんだよね?』

 

 今度はアルバニのほうが驚いた様子だった。

 

「うん、今は休学してるけどね。今のところエリジウム落ちはないわ。まぁ当然だけどね」

 

 クロエは身振り手振りをまじえてふてぶてしさを交えていった。

 

『へ?エリジウム?んー僕もエリュシオンのことあんまりよくしらないんだよなー』

 

 アルバニは言って、データベースからエリュシオンの情報を呼び出した。

 

 エリュシオン。北欧、スウェーデンのIS学園。IS搭乗者のエリートが集う学園であり、極度のスパルタ教育で知られている。問題を起こした生徒、成績が振るわない生徒はその姉妹校、エリジウムに移籍させられ、そこからエリュシオンに戻ることは場合によっては困難、授業のレベルも卒業後の進路もまったく異なる。

 

 エリジウムはエリュシオン生徒には離れ小島と揶揄され、懲罰も含めてエリジウムに送られることをエリジウム落ちと呼ばれていた。1度目のエリジウム落ちはエリュシオンの生徒の8割が経験すると言われており、精鋭ぞろいのエリュシオン生でかつエリジウム落ちを経験しない生徒はさらにその精鋭、ヒルダガンテの称号を与えられている。

 

『へー、エリュシオンってこんなところなんだー。クロエちゃんもすごいんだねー』

 

「まぁね。それでアルバニ。あんたはこんなところで何をしてるの?もしかしてシチリア研究都市の偵察?」

 

 クロエに問い詰められて、アルバニは少し答えに窮した。まぁ自分は戦車なんだから、それぐらいのことをしていると勘繰られても仕方のないことではあった。

 

『い、いやー。その、か、観光に…』

 

 結局、アルバニは見栄を張らずに素直に答えることにした。

 

「観光?戦車が観光!?とても信じられない」

 

 クロエは10歳前後のあどけない顔をしかめて首を振った。

 彼女はアルバニが単に観光で街をぶらついていたことを信用はしていないようだったが。

 

「そうだ。あんたがドイツと日本で開発された自律思考戦車なら。電子兵装もそこそこいいんでしょう?よかったらそれでシチリアIS研究都市のデータベースをクラックできない?」

 

『へ?いやーどうかなー。できなくはないかもしれないけど、そんなことしてもしバレちゃったら大問題になっちゃうよ。もしかしたら僕たち廃棄処分されちゃうかも!』

 

「ふーん。じゃできないか。いいわ、忘れて」

 

『何か困ってるの?データベースに侵入する以外でなら、何か力になれるかもしれないけど』

 

 アルバニは戦車前部に半分うめこまれた白いボーリング状の単眼を、隣の小さな少女に向けて、申し訳なさそうに両手を合わせていった。

 

「あんたに何かできると思わないけどね。母さんを探してるの」

 

『へ?お母さん?クロエちゃんのお母さん?どっかいっちゃったの?』

 

「そう、ケイトリン・ヴァルツ。私の母さん。私の父さんのネッド・ヴァルツも二人ともエリュシオンの卒業生。すごいでしょ」

 

『へーすごい!』

 

 男性は日本の一人の例外を除いてISを起動することはできないから、エンジニア枠だろうかとアルバニは推論をめぐらせながらいった。

 

「うん。それでね。母さんと父さんはこの研究都市で人体工学の研究員とエンジニアをしてて、私は北欧のエリュシオンで勉強してたの。それでしばらく前に父さんから母さんが行方不明になったって連絡があって、研究都市の研究員が行方不明よ?信じられなかったけど、エリュシオンに休学届けを出して飛んで返ってきたの」

 

『うーん』

 

 アルバニは日本のマニピュレータアームを組んでいった。

 

『でもさクロエちゃん。それは警察に任せておいたほうがいいことなんじゃないかな?心配なのはわかるけど、いち個人の手にあまるんじゃないかなーって、思うんだけど』

 

 アルバニとクロエは大通りからそれた公園のレンガ床にたって話していた。

 アルバニにそういわれて、クロエが両手を振ってこたえた。

 

「それができたらそうしてるわ!でもダメ。ここの警察は信用できない。まともに捜査さえたぶんしてない。」

 

 そのクロエの言葉に、アルバニが何か言おうとしたとき、クロエの携帯電話に通信が入った。

 クロエがポケットから電話をとって耳にあてると、しかめ面になっていった。

 

「ええ、またレザードが!?」

 

 クロエはけだるそうに両手を振ると、仕方ないといった様子でアルバニに別れを告げ、携帯電話を耳に当てながら公園を出て行った。アルバニはそれが気になったので、そのままクロエの後についていった。

 

 

 

 #

 

 

 

 住宅街、その建物の角で、レザードは殴られていた。

 レザードの年は10歳前後の男子、相手はそれより一回りほど大きい男子が三人だった。

 レザードはその三人に囲まれたままうずくまって、男子たちに次次に蹴られては咳き込んでいた。

 

「うぅ…ゴホッ!」

 

 レザードは短くうめきながら、蹴りがわき腹に刺さってセキを上げた。

 その様子を見てレザードを囲んだ男たちは笑い声を上げた。

 

「ほら!バスタードレザード!!やり返してみろよ!おらぁっ!!」 

 

 レザードを囲んだ少年の一人がそう言ってレザードをまた蹴り上げた。

 レザードはただ黙ったままうずくまっていた。

 少年たちはさらにロウリーレザード、ロンリーレザードといってうずくまる少年を殴り蹴り続けた。

 少年たちは満面の笑顔だった。まるでさわやかなスポーツを楽しんでいるかのようである。

 

 そこに一人の少女が現れた。それはクロエだった。

 彼女の友達が携帯でクロエに伝えて、今クロエが到着したのだった。

 

「げっ!クロエだ!!」

 

 うずくまるレザードを蹴っていた少年の一人がクロエに気づいて叫んだ。

 それに反応して少年たちが一斉にそちらを向いた。

 どうする?逃げるか?少年たちがそう算段を建て始めたとき、クロエは何気なくいった。

 

「いいわ。私のことは気にしないで、続けて?」

 

 クロエは言って、近くのふたつきのゴミバケツに腰掛けた。

 

「だってこういうのって弱肉強食ってもんでしょ?そのモヤシ野郎もいい加減学ぶべきよ」 

 

 そういってクロエが静観を決め込むのだとわかると、少年たちは安心して、再びレザードを蹴りはじめた。

 

「孤児のレザード!」

「バスタード!!」 

「奴隷のレザード!!」

 

 少年たちが罵声を浴びせながらレザードを殴打し続ける。

 クロエはその少年たちの拷問趣味を、暇そうに眺めている。

 しばらくそれが続いた。

 

「あーあ、私もやろっかなー」

 

 クロエがバケツから降りて、少年たちのほうに歩き出した。

 少年たちはそれを察して、クロエに道を譲るように立ち位置を変えた。

 

「でも」 

 

 クロエは路地裏の右手に隣接する建物に人差し指を突き立てると、クロエの人差し指の第一関節がそのコンクリートの壁面に埋まり、そこから壁に放射線状にヒビが走った。

 

「標的はお前らだ。せいぜい抵抗してみろ、クソ馬鹿野郎ども」

 

 クロエの顔がにくにくしげに歪んだ。すると少年たちは飛び上がるように悲鳴をあげて、一目散に逃げ出した。

 少女はそれを見て、つまらなそうにため息をつくと、とりのこされてうずくまるレザードのそばに歩いていって、軽く右足で小突いた。

 

「レザード。あんたまたやられてんの?いちいち呼びつけられる私の身にもなってよね」

 

 後ろからその様子を静観していたアルバニが、ホイール走行で近寄ってきて言った。

 

『大丈夫?レザード、君?』

 

 アルバニが心配そうに呼びかける少年は、ゆっくりと立ち上がってクロエにお礼をいった。

 彼の背丈もまたクロエと同じくらいで、メガネは右側のレンズにヒビがはいっている。

 

「あ、ありがとうクロエ、助かったよ」

 

 お礼をいうレザードに、クロエはため息をついて言った。

 

「はぁ、あんたが私の父さんのお気に入りだかしらないけど、私はいちいちこんなことに手間取りたくないの。父さんが貸してくれてるガレージで何をしてるかしらないけど、そこにいるか誰かに蹴られてるかどっちかじゃない?」

 

「う、うん。ごめんよ」

 

「はぁ、まったく。あんたはシリアスマンでも気取ってるの?いい?あんなやつらにとってはあんたが善良であろうとすればするほど、ただのカモなの。神を信じれば信じるほどつらい目にあう場合もあるってわかるでしょう?あんなやつらのしちゃえばいいのよ」 

 

「い、いやそれはクロエほど尋常じゃないくらい強かったらの話じゃないか。僕はそれでも誰かに手を出したりなんてしたくないよ」 

 

 クロエはそのレザードの言葉にあきれたように両手をふった。

 アルバニが興味深そうにクロエにたずねると、クロエはこの自律思考戦車に簡単にレザードについて説明した。

 

「こいつ?こいつはレザード・スティグリ。孤児で、孤児院で生活してるわ。なぜか父さんと母さんがこいつを気に入ってたみたいで、こいつに家のガレージを貸してやってるみたい。わけわかんないけどね」

 

『へぇ~。だからバスタードとか孤児とか言われてたんだねー、でも奴隷って言われてたけど?』

 

「ああ、こいつの左手を見てみなよ」

 

 アルバニがクロエに言われるままにその単眼でレザードの左腕を見ると、まくりあげられたレザードの左肩には焼印があった。

 

『うわ~いたそ~。これは?』 

 

「レザードの両親がつけたらしいわよ。こいつはそこらのアホどもだけじゃなくて、両親にも虐待を受けてたらしいのよ。それで孤児院に移された。まぁ研究都市の孤児院は基金が豊富だしそれでよかったんじゃない。どうでもいいけど。ああ、話をもどすわね。それでレザードは、まぁどこにでもある被虐待児だったのよね。両親の嗜好的な拷問趣味だか、ストレス解消のサンドバックだかしらないけど。まぁ歴史だとちょっと前には白人が黒人奴隷を増やすためにバンバカはらませて奴隷商人にうっぱらってたっていうし、特別珍しい性質の話でもないわね。そのころはレザードはだいぶ太ってたらしいから、太ももあたりには肉割れなんかも残ってるって、誰か話してたわ」 

 

 母親が太った人間を見るのが好きだったらしいわよ、甘い毒なら殺していいってわけじゃないのにね。そうクロエは言って説明を続けた。

 

「それであるとき、こいつは逃げたらしいの。とにかく虐待から逃れたくて飛び出した。でもすぐ連れ戻されて、こいつの両親はよそには善良な両親で通したいけど、レザードには怒りがおさえられなくて、それで見えない肩口に奴隷の焼印をつけたらしいわ。でもそれが決めてになってレザードは孤児院に移された。まぁあんまり気持ちのいいはなしじゃないけどね」

 

 アルバニにはそれはそれで同情のできる話だと思ったが、クロエはそれをケロリとした表情で話すのだった。

 

「私にはこいつの過去なんて関係ないし、こいつがモヤシ野郎でいちいち私が駆りだされるのがいちいち面倒なの」

 

「そ、それはごめん。僕だって昔のことを気にしちゃいないよ。それでクロエ。今日の夜だけど、本当にやるの?」

 

『今日の夜って?』

 

 レザードがクロエに聞いて、クロエは空をあおいでうんざりしたように両手を振った。

 

「それは言うなって言ってるでしょ!?あんたに聞かれたのがおおポカだったわ。このイカレチンポ野郎。あんたには関係がないし、アルバニ、あんたにも関係ない。わかった!?」

 

『りょ、了解!』

 

 アルバニがクロエの剣幕に右手で敬礼の形をとると、クロエはやや憤慨した様子で裏通りから出て行ってしまった。

 それから少しして、レザードもアルバニに少し興味を示しながら、しかし特に何か聞くことをせずおぼつかない足取りでフラフラと裏通りを出て行った。

 

『・・・』

 

 アルバニも少し考えるようにして、その後脚部のホイール移動で裏通りから出て行った。

 

 

 

 #

 

 

 

 1900時

 

 少年レザードは、研究都市の外縁の歓楽街のあるビルを訪れていた。

 あたりの歓楽街は、まるっきり10歳の少年には似つかわしくない。

 レザードはエレベータに入り、5のボタンを押すと、小さくツバを飲み込んで上昇するエレベーターの中で待った。

 

 チン、と音がして、5階でエレベーターの扉が開いた。

 そこはバーだった。大人たちがそこここで酒をあおり、煙草のようなものをふかしている。

 

「あぁ?なんだこのチビは?」

 

 そこはただのバーではなかった。あたりをしきるマフィア、ゲッペンファミリー専用のバーだった。

 そのバーにエレベーターから一人年端の行かない少年が出てきたのだから、その反応は当然といえた。

 

「ボォクゥ?ここは君みたいな子供が来るところじゃないんだ。わかるかなー?」

 

 大柄の黒人の男がエレベーターを降りたレザードに言った。

 店には煙草だけでなく、大麻の焚かれる臭いまでが薄くたちこめている。

 

「あの、ここはゲッペンファミリーの専用バー、であってますか?」

 

 レザードの質問に、ソファで酒を飲んでいた男が二人立ち上がった。

 

「ああ、それで合ってる。それでガキ。なんだてめぇは?」

 

 そういわれた10歳の少年は、続けてたずねた。

 

「ゲッペンファミリーに質問があって来ました。あなたがた、ケイトリン・ヴァルツについて知っていることを、僕に教えてください」

 

「ほう。ケイトリン?」

 

 10歳の身長のレザードからすると、男たちは3、4倍の身長だった。

 男が一人、二歩さらにレザードに歩み寄った。

 

「ああ、そうだ。ケイトリン・ヴァルツのGPS反応が、あんたたちゲッペンファミリーの屋敷で途絶えてるんだ。何も知らないとは言わせないぞ。もししゃべらないなら…」

 

「しゃべらないなら?」

 

「ぼ、ボコボコにのしてやる!」

 

 レザードがそういってすぐ、レザードの顔に男のこぶしが突き刺さり、レザードを吹っ飛ばした。

 

「ふざけてんのかこのクソガキ!!」

 

 激高した男が吹っ飛んで鼻血を出した少年に歩み寄った。

 この男は大麻をやっていて、ハイになっている。

 それを知っているまわりのマフィアの仲間が、男に殺さない程度にやれと釘をさした。

 

 男がレザードに歩み寄って、腕を振り上げた瞬間。

 レザードの位置から男の胸から刃が生えるのが見えた。

 

 それは正確には刃が生えたのではなかった。

 男の背後から、刃に貫かれたのだ。

 

 男は胸から生えた刃を確認し、その胸から血が流れ始めると、白目をむいて倒れた。

 男が倒れると、その後ろから一人の少女があらわれた。

 

 バーにいた男たちが8人、その事態に立ち上がった。

 

 10歳前後の少女である。その少女、目には黒いハチマキを巻いて目の部分だけくりぬいて顔を隠している、は

両手に二本の刀を持ったまま、その男たちに振り返って言った。

 

「クソ馬鹿野郎でも、どれだけやれるか見せてみな」

 

 顔を覆った少女が言ったときには、すでに二本の刀を持つ少女に、ナイフを持った男が二人走りかかっていた。

 

 一人目の男が少女にナイフを突き出すと、少女はそれをかわしざまに右手のカタナで男の腕を跳ね飛ばし、絶叫する男の後ろ飲もうひとりの男に、左手のカタナを構えて突進し、男の懐にもぐりこんでカタナを男の胸部に突き刺した。

 その男も崩れ落ちると、次は左右から、右から一人、左から二人のマフィアが突進してきていた。

 

「りゃああああぁぁっ!!」

 

 叫ぶと、少女は地面を強く蹴り、右手の男に飛ぶと、その男を強く蹴ってふっとばし、三角とびのように空中を滞空して左手の二人の音たちを上から飛び越え、着地ざまに背後から両手のカタナでそれぞれ二人の男の背中を切り裂いた。

 ついで右手で吹き飛ばされた男のほうに走って、ジャンプし、落下のスピードにのせて右手のカタナを男に突き刺す。

 カタナを突き刺された男はビクっと体を震わせてすぐに絶命した。

 

「こんなもん?ぜんぜんつまんない」

 

 少女はニヤリと笑うとすぐに斬りかかってきた男のナイフをかわし、さらに切り返しをカタナで受けてから、ジャンプして体を横に回転しながらその男を肩口からけさ斬りにすると、反対方向でエレベーターに逃げ出すマフィアに右手のカタナを投擲して、回転する刃が後ろから逃げる男の首に突き刺さった。

 

 そのとき、店の奥の男が少女の頭部に向かって拳銃の引き金を引いた。

 少女はそれを目ながら、超反応で首をひねって銃弾をかわすと、左手のカタナを投擲して男の胸部に突き刺し絶命させた。

 

 バーに静寂が立ち込めた。

 

 その顔を覆った少女は、一瞬で8人のマフィアを殺しつくすと、バーの入り口で鼻血をふいているレザードのほうに歩み寄った。

 

「君は、どうして…」

 

 レザードが少女に尋ねると、少女は両手にとったカタナを持ったまま口角の端を持ち上げていった。

 

「私?私はバスターガール」

 

「いやクロエだろ。なんで君がこんなところにいるんだ」 

 

「・・・」 

 

 レザードに一瞬で正体を看破されたクロエはつまらなそうに両手を振っていった。

 

「それはこっちのセリフ。あんたなんでここで殺されかけてるわけ?」 

 

 クロエはそういうと振り返って、店の奥に入っていった。

 そこにはPC端末がいくつも並んでおり、クロエはそのディスク類をぞんざいにバックにつめ始めた。

 

「レザード、あんたも手伝って。ここのデータも吸い出してもっていく」

 

「うん、わかった」 

 

 レザードは特に疑問をさしはさまずにクロエを手伝った。

 

「ケイティおばさんのことを探してるんだろ?でもここまでやることなかった」

 

 レザードはクロエの目的をあらかじめ漏れ聞いていた。

 クロエの母親、ケイトリンはこのマフィアの屋敷でGPSの連絡を絶った。クロエと彼女の父親ネッドはそれを調べている。

 だから先にこのバーにきて、荒事を避けようとしていたのだ。まったくの無駄に終わってしまったが。

 

「これは宣戦布告よ。この媒体から情報が必ず得られるとも限らないからね。それにこんな麻薬をまくだけのひとさらい、私は許すつもりはないわ」 

 

 二人はあらかたの作業を終えると、建物の屋上にあがってそこから隣のビルに乗り移るところだった。

 

「レザード、あんた先にいって」

 

 クロエにいわれて、レザードが先にとなりのビルに飛び移る、隣接して建設されたビルはほとんど50cmほどしか隙間がなかった。

 レザードが建物に飛び移ったときである。レザードが振り返ってクロエのほうを見ると、先ほどのビルの屋上に続く扉から、肩口から血をながしたさっきのマフィアが出てきて、右手に持った銃でクロエの後頭部を狙った。

 

「危ない!クロエ!」

 

「えっ?」

 

 マフィアが引き金を引き、発射されたマグナム弾がクロエの後頭部に向かって疾走した。

 その瞬間、クロエの後ろに金属質の物体が飛来して、マグナム弾をその装甲ではじきとばした。その装甲には傷ひとつついていない。

 

 同時に、そのマフィアに別の遠方から飛来した狙撃ライフル弾が男の頭部を貫通し、男を絶命させた。

 遠くのビルの屋上に待機していたクロエの父親、ネッドの狙撃だった。

 

『いやー危ないところだったねー。なにしてるのクロエちゃん』 

 

 クロエをかばうように飛来したのは、自律思考戦車アルバニ3号だった。

 アルバニ3号はケロリとした様子でクロエのほうを向いていった。

 

「アルバニ、まぁ、ありがとう。でもライフル弾でも使わなきゃ、あのくらいで私は傷つけられないわ」

 

 そういうクロエの耳に取り付けられている通信機にネッドから通信が入った。

 

「クロエ、相手を殺したかどうかはしっかりと確認しなさい」 

 

「はい、父さん。ごめんなさい」

 

 クロエはネッドが待機している遠方のビルを向いていった。

 

「ところで父さん。ナイスショット」 

 

「センキュー。クロエ、レザードをつれて早く帰ってきなさい」

 

 ビルの上の二人の少年少女と1機の戦車は、あらかじめ想定していた逃走経路でもって、速やかにその場から離れていった。

 

 

 

 #

 

 

 

 クロエとレザードとネッド、そしてアルバニは、逃走経路を進んだあと合流し、そのあとネッド・ヴァルツの自宅に移動していた。研究者とエンジニアの家だけあって、広さはかなりあり、アルバニまでおさまって、3人と1機はダイニングを囲っている。

 

「それでレザードに助けられたわけだな。君はなかなか根性があるんだな、見直したよ」

 

 その家の主、ネッド・ヴァルツは左手を振りかぶるようにしてレザードに感謝した。

 

「そんなことない!父さん。こいつはただボコられて鼻血をふいてただけよ。てんで役立たずだったわ」

 

 クロエが抗議すると、ネッドは眉を上げていった。

 

「うん、まぁ小さいことはいいだろう。レザードはエンジニアの才能がある。本当だぞ?母さんも、この子の才能には舌を巻いていた。だから研究用のガレージもひとつ貸して、中のことはプライバシーだから詮索はしていないが、いろいろと教えてるんだ。いいエンジニアになれるぞ」

 

「エンジニア?こんなモヤシ野郎より私のほうがずっと強いわ」

 

「ああ、それはもちろんだよクロエ。それとこれとは別の話さ。それで今回回収した端末だが」

 

 ネッドは両手を上げて少し空を切るように振り回して続けた。

 

「有益な情報は、残念ながらなかった。やはり中枢に切り込む必要があるだろう」

 

「わお。のぞむところだわ」

 

 クロエが武者震いをするように笑っていった。

 その笑みに強がりの様子は微塵もなかった。

 

「それで、あー、アルバニだったか?」

 

 ネッドがアルバニのほうを向いていった。

 

『あ、はい。アルバニ3号です!クロエちゃんから聞いてます。よろしくヴァルツさん』 

 

「ネッドでかまわない。娘を助けてくれたこと、感謝するよ。それでアルバニ、今日のことは、私たちだけの秘密にしておけるかな?私用情報ということで、ロックをかけることは可能だと思うんだが?」

 

 ネッドがアルバニにたずねると、アルバニは少し考えた。

 

『あ、はい。可能ですねー。じゃぁこれは秘密ってことで、私用ロックをかけておきますね~』

 

 と、アルバニはいわれたとおり快諾してその情報をメモリーの奥に封印した。

 アルバニは、その後クロエと連絡先を交換し、鼻歌まじりに帰路についたのだった。

 その後門限破りで千冬にずいぶんとしかられたのだが。

 

 



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第9話 訓練にて

 翌日の朝。セシリアはシチリアIS学園の近くの海上コテージのベッドで、柔らかい光を浴びて目を覚ました。

 セシリアが目をあけると、きれいな木目の天井がうつり、波が揺れる音が小さく聞こえる。

 セシリアがベッドから降りてベランダに出ると、まだ薄暗いコバルトブルーの海がのぞいた。近くに青い熱帯魚が遊泳している。

 そこから右手には自ら伸びる柱の上に作られた木製の海上コテージがいくつも並んでいるのが見えた。

 

 目覚めて海上を眺めていたセシリアに同室の同級生が声をかけた。

 

「おはようセシリア。せっかくだからバルコニーに朝食を準備しましょう?」

 

 セシリアも承諾して、二人はバルコニーでほの明るい海のそばで朝食をとっていた。

 バルコニーで朝食をとりながら同級生が話す。

 

「昨日は楽しかったわね。今日はシチリアIS学園で共同授業だっけ」

 テーブルに座って同級生が言った。

 

「ええ、そうですわね。今日はシチリアIS学園と合同で、午前は授業で、午後はISの機動訓練でしたわね」

 

「そっかー。私たちもシチリアの学生にまけてらんないねー」

 同級生の少女が言いながら目玉焼きののったトーストをもぐもぐ食べる。

 

 切磋琢磨の精神を養うとした千冬の言はある程度的を射たようで、セシリアも身の引き締まる気持ちだった。

 

 同級生の少女にセシリアもそうですわねと同意して朝食のサンドイッチを口に運んだ。

 セシリアたちIS学園の編成クラスの生徒は今日から数日間、シチリアIS学園で授業を受けることになっている。

 

 

 

 #

 

 

 

 シチリアIS学園03教室。

 ここでは千冬が両IS学園の生徒を前に授業を展開していた。

 千冬がたつ教壇の前にはセシリアやシチリアの生徒たちが授業を受けている。

 

「つまりISコアとの同調による特殊演算で、高度な光学迷彩を搭載することが可能になったわけだ。エネルギーは食うがな」

 

 千冬が黒板に図解しながらいくつかのISに搭載された光学迷彩について解説を進める。

 千冬の解説に、生徒側のセシリアが手を上げて質問した。 

 

「では光学迷彩を搭載したISと戦闘になった場合どのように対処すればよいのでしょうか」

 とセシリア。

 

「もっともな質問だ。姿が見えないというのはかなりやっかいだ。特にゲリラ戦闘においては接近さえ気づくことが困難だからな」

 と千冬が補足する。

 

「見えないんじゃぁ対処のしようがないのでは」

 とシチリア学園の生徒。

 

「あくまでやっかいだと言っただけだ。対処する方法はある」

 生徒が自ら考えることも重要なので、千冬は生徒たちの考えをまず聞く姿勢であるようだった。

 

『せんせー僕たちにも光学迷彩機能を搭載してくださーい』

 と教室の後ろのアルバニがいった。

 

「ふむ」

 

 教壇の千冬が生徒側を振り返って言った。

 

「なぜアルバニが教室にいるんだ」

 

「え?いやーそのー」

 

 教室の後ろに一台鎮座していた自律思考戦車がこたえる。

『みんながどうしても授業の内容を同期してほしいっていうもんで、僕たちだって経験をもっとつむべきかなーと』とアルバニ1号。

 

「はぁ・・・まぁいい」

 こめかみをおさえて千冬が続ける。この自律思考戦車を出席簿で叩いたところで何の教訓にもなるまい。

 

「ではこの場合の対処について意見のあるものはいるか?ハリー=アウシェンビッツはどうだ」

 

 千冬がまわりを見回して、ハリーを指した。

 

「光学迷彩ですか。そうですねー」

 

 ハリーは考えて、何か思いついた様子で続けた。

 

「そういえばレミーさんがISで中東ゲリラの対処に当たったときの話なんですが」

 

「そういえばそんなことがあったね」

 とサラ。

 ハリーがうなずいてこの場にいないレミーの話をはじめる。

 

「どうも敵側のバックがIS乗りを雇ったようで、そのISが光学迷彩機能を搭載したロシア製標準ISバジェットだったそうです。そのときはほかの兵力をあらかた無力化して、ちょうどそのときにバジェットに遭遇したそうなんですが、センサー類が一切きかなかったそうなので」

 

 千冬がうなずいた。

「そうだ。通常兵器の光学迷彩と異なりISの光学迷彩は高度でアクティブセンサーもパッシブセンサーもキャンセルする」

 

 ハリーが続ける。

「そのようです。そのときは地上戦だったので大体の位置を特定するとそこに細かい熱源を撒いて、その熱源の動きをセンサーで追ってバジェットの位置を特定して撃破したという話を聞きました」 

 

「そうか、悪くないな。」

 と千冬。

「基本的にISの光学迷彩はレーダーで捕らえることができない。しかしまわりの物質の動きによって実体を捕らえることは可能だ。また光学迷彩はエネルギーを食うので攻撃のほうにまわるエネルギーが少ない場合もある。相手の攻撃をさばいてから位置を特定する、という手段も悪い手ではない。もっとも、不可視の相手の攻撃をさばくこと自体が相当の難度だがな」

 

 千冬が黒板にそれらを記述してまとめ、次に手元の本をめくった。

「では次に遠距離兵器の基礎理論Ⅳに移る」

 

 生徒たちがその話をまとめ、ノートに書く。

 アルバニ1号はほかのアルバニ達と通信をとっているらしくせわしなく両手を動かしていた。

 

 

 

 #

 

 

 

 昼休み。

 セシリアはラウラたちとシチリア学園の食堂でテーブルを囲んでいた。

 

「襲われた?」

 驚いてセシリアがラウラに聞き返す。

 

「いや、正確には襲われてはいない。そのような兆候があった、ということだ」

 とラウラ。

 

「昨日の夜シチリアIS研究都市でのことなんだが…」

 セシリアにせかされてラウラが続ける。

「夜に街道を歩いていたときだ、それで曲がり角に入ったときなんだが、ちょうど人気がないときだったな。右側のビルの壁面が急に赤く染まりだしたんだ」

 

「赤く染まるって、色が変わったってこと?」

隣の女生徒がたずねた。

 

 ラウラが首を振る。

「いや、色が変わるというより、そうだな、鉄が赤熱するような感じだったな。すぐにレーゲンを転送して上昇して、まわりをレーダーで索敵したんだが」

 

 ラウラが不思議そうな表情をして続ける。

「器具の反応は何もなかったし、まばらに一般的な所持品しか持たない人体反応があるだけだった」

 

 セシリアが考え込むようにして言う。

「そうですか。しかし一応織斑先生に話しておいたほうがいいでしょうね」

 

「それなら既に話しておいた。ところで教官は午後からシチリアIS学園都市に向かうらしい。なんでも無人ISの試運転に立ち会うらしいな」

 

 

 昨日のサラの話といい。やはり何もないというわけではないらしい。セシリアは推論をめぐらしたが、いかんせん手がかりが少なすぎる。

 

 その後隣の女生徒が午後の授業について話しはじめた。

「午後はISの格闘訓練だねー。私格闘があんまり得意じゃないからなー。ラウラさん何かコツはない?」

 

 ラウラの話はいまだつかみどころのない部分が多すぎた。

 その後はISの近接機動について話ながら昼の時間は過ぎていった。

 

 

 

 #

 

 

 

 午後シチリアIS学園では、シチリアIS学園が面する海上に設営されている

コンクリートのグラウンド上でISの格闘機動訓練が行われていた。

 広い円状のグラウンドを青く光海が囲んでいる。

 その洋上のグラウンドの上ではユーロガイツⅡやチハ38式のISが入り混じってペアを組んで格闘機動訓練を行っていた。

 

 ブルーティアーズを装着したセシリアの近くではユーロガイツⅡとチハ38式がブースターを切ってISで高速で拳を押収している。

 

 セシリアはというとブルーティアーズの出力を1/3に設定してハリー=アウシェンビッツのユーロガイツⅡを相手にしていた。 

 

 ハリーのハリーのユーロガイツが走ってきて右腕を繰り出す。 

 セシリアがセンサーを併用して補足したその高速の右腕を首をひねってかわすとハリーはそのままの勢いで体を回転させ後ろ回し蹴りを放った。

 

 その回し蹴りを、セシリアは身をかがめてユーロガイツの左足をかわすと、そのまま左にグルリとまわって左後ろ回し蹴りを放った。

 

 ハリーのユーロガイツはそれを即座に左腕を掲げて受けると少し浮き上がって小さくたたらを踏んだ。

 

「セシリアさんは遠距離特化だと思っていましたが、やはり近接格闘まで動けるんですね。これでも私とアルジャーは近接機動はかなりいけるほうなんですが」 

 

「おほめにあずかり光栄ですわ。ISの戦闘はオールレンジですから。近接戦闘ももちろんかるんじてはおりません」 

 

「そうですね。サラさんもそのようなことをおっしゃっていました」

 

 ハリーがかまえをといてセシリアの視線を促す。

 セシリアがそちらを見るとサラのグラビティカが3機のユーロガイツⅡに囲まれているのが見えた。

 あれでは1対3だ。ハリーがセシリアに話す。

 

「シチリアIS学園には常態的に運用している専用ISはサラさんのグラビティカしかないので、ああやって数機の標準ISと出力を1/5にして訓練してるんですよ」

 

「1/5でユーロガイツⅡ3機を相手にするんですの?」

 

 ブースターを切ってユーロガイツⅡ3機を一度に相手にする訓練をするというのだ。

 セシリアはハリーの言葉に驚いてサラのほうを見た。

 

 

 3機のユーロガイツⅡに囲まれた黒い全身鎧のような専用IS、グラビティカをまとったサラが両腕を上げた。

 

「それじゃぁいいよ。先に来ていい」

 

 サラがそういうと、三方向のユーロガイツⅡが一斉に中央のグラビティカに向かって走って殺到した。

 ユーロガイツⅡがそれぞれ拳を振りかぶる。

 三方向から一斉に拳が放たれると、サラのグラビティカは両足に力を入れ後ろに跳躍した。

 

 グラビティカが縦長の黒い弧を描いて1機のユーロガイツの後ろに着地すると、すぐ右腕を振りかぶり、そのまま前方のユーロガイツの背後に右拳を放った。

 そのユーロガイツはそれにすぐ反応し、しゃがんでグラビティカの拳をスレスレでかわすとそのまま後ろ足を蹴りだした。 

 

 グラビティカはその後ろ蹴りをスウェーでかわすと、そのまましゃがんで体を回転させ、右足を軸に左足で水面蹴りを放った。

 

 グラビティカの下段まわし蹴りがユーロガイツの両足を払ってそのユーロガイツが横向きに宙に浮いた。

 グラビティカはそのまま立ち上がりざまにそのユーロガイツをしたから蹴り上げた。 横向きに浮いたユーロガイツの胴をグラビティカの左足が下から突き刺さり、ユーロガイツを上空に吹き飛ばした。 

 

 その瞬間サラの左から別のユーロガイツが殴りかかってきた。次の瞬間、ユーロガイツの目の前のグラビティカが消えた。

 空中にとんだグラビティカが滞空しながらそのユーロガイツに上から右足を真下に振り下ろす。

 振り下ろされた右足がユーロガイツをとらえ地面にたたきつけた。

 

 グラビティカは蹴りの反作用でふわりと空中に浮き上がり、地面に降りたときにはもう一機のユーロガイツが向かってきた。

 グラビティカはユーロガイツから突き出された右腕を交わし、ましたにもぐりこむと、右腕を真下にふりかぶり、その腕をユーロガイツの腹部に突き上げた。

 

 グラビティカの黒い右腕がユーロガイツの腹部に突き刺さりユーロガイツの重い機体を少し上方に浮かせた。

 その瞬間、サラのグラビティカは背部に6つ半球埋め込まれたビットを起動。

 背部の六つのビットのすぐ後ろから極小の6つの斥力球が発生しグラビティカが瞬時に加速した。

 

 グラビティカは強力に加速しながら体を横にむけ、そのまま上に浮いたユーロガイツに背中ごしに体ごとうちつけた。

 

 グラビティカの運動エネルギーをまともに食らったユーロガイツはそのまま後ろに吹き飛び、グラウンドから海上に飛び出すと海の上を高速で4、5回はねてそのまま海の中に沈んだ。

 

「ふぅ、こんなもんかな」

 とサラ。

 

「サラさん、鉄山功は反則ですよ…」

 近くにいたシチリアIS学園の女生徒が言った。

 

「あの子気絶してるんじゃないかな」

 別のユーロガイツに搭乗した女生徒が海に沈んだユーロガイツのほうに飛行していった。

 

「ごめんごめん、でも私のグラビティカだって出力をできるだけおさえてるんだからおあいこだろう」

 サラがすまなそうに、しかし朗らかな調子で言った。

「じゃぁ次の人たちお願いするよ」

 

「は、ハードなトレーニングをなさってるんですのね」

 それを見てセシリアが困惑まじりにつぶやいた。

 

 

 

 #

 

 

 

 他方千冬はシチリアIS研究都市で、無人ISの試験運転に立ち会うために、

昼からシチリアIS研究都市に出向き、とあるビルの研究区域にいた。

 

 試作無人ISをガラス越しに見つめる千冬に白衣を来た研究者が歩いてきていった。

 

「本日はようこそおいでくださいました織斑さん」

「まさか試運転にモンドグロッソ優勝者に立ち会っていただけるとは光栄ですよ」

 と研究者。

「いえ、それで、今回の試運転するISというのは」

 千冬は行って、巨大な研究室の中央を見た。

 

 巨大な研究室の中央には3つのISが設置されており、中央のISはひときわ大きかった。

 その腕はISの胴体くらいに太く、また背中から肩にかけて、両肩に大口径のライフル砲が備えられている。

 

「あの中央の黒いISは?」

 千冬がたずねる。

 

「ああ、あのISですね、お目が高い」

 研究員が続ける。

「あれはC2Sと呼んでいます。その隣の二つのISが見えますでしょう?」

 男が促して続ける。

「あの二つの無人ISは中央のC2Sに官制されます。無人ISの基本的な弱点であるアルゴリズムの脆弱性を補強するのが目的です。そしてあの二つの無人ISはそれぞれ一つのISコアを使用しており、中央のコアツーストラトス、C2Sは二つのISコアを使っています」

 

 二つのISコア?千冬は少し目を見開いた。

 

「二つのISコアを直列励起することで従来とは比べ物にならない出力が出せると試算されています。そしてこれが成功すれば二つだけでなく、三つ、四つと使用するコアを増やし、また新たな人工コアを代用することまでできるようになるかもしれません」

 

 なるほど「夢」のような話だ。千冬はアゴに手をやって考えながらいった。

 

「なるほど、理論としてはありえるかもしれません、しかし」

 言葉を切って千冬が続ける。

「ISコアの多重励起は人間でも成功例がありません。それを無人でやるのは容易ではないと思うのですが」

 

「確かに、それは事実です。ですから不確定要素がないとはいえません。その点については強固にセキュリティをしいています」 

 

 男が合図をする。すると、3機の無人ISのまわりの女生徒3人がそれぞれユーロガイツⅡを装着した。

 なるほど強固すぎるセキュリティだ。千冬も同意した。しかしその実験素材もまたISだ。油断はできない。

 

 

 「それでは試験運転を開始する。コアを起動しろ!」

 男が合図をすると近くの研究員がマニピュレーターを操作した。

 

 3つのISに動力が供給され、三つの大小の黒いISの目が赤く輝いた。

 

 右側の随伴ISが右腕を持ち上げる。

 

「起動した!実験は成功だ!!」

 千冬の隣の研究員が感動とともに声を上げた。しかしそれは尚早だった。

 

「えっ」

 ユーロガイツⅡの少女がつぶやいたとき、すでに小型の随伴ISの榴弾が目の前に迫っていた。

 ユーロガイツに榴弾が突き刺さり、爆発しユーロガイツの起動を停止する。

 

「なっ・・!?」

 研究員が混乱しながらうめくようにいったとき。

 C2Sの右肩の巨大砲が輝き、ユーロガイツⅡに発射した。

 

 そのユーロガイツⅡの少女が即座に反応、シールドを最大エネルギーで展開した。

 だがC2Sの超高速炸薬弾がユーロガイツⅡのシールドを突き破って炸裂し、そのユーロガイツを停止させた。

 コアを2つ直列励起させたC2Sは出力において完全にユーロガイツⅡを上回っている。

 

「実験は中止だ!ISをとめろ!!」

 男が叫んだとほぼ同時に、ユーロガイツⅡがC2Sに向かって榴弾ライフルを発射した。

 

 高エネルギーの榴弾がC2Sに向かう。

 

 CS2は右腕をそちらに構えると、構えた右腕のまわりに赤い光球が発生し、榴弾の爆発を防いだ。

 

「あれはC2Sのエネルギー兵器です」

 研究員の男がつぶやくように言った。

「光球でシールドを強化し、また両肩の高出力砲台に加え攻撃にも使えます」

 

 研究員が言った次の瞬間にはC2Sがユーロガイツに両腕を掲げ、いくつもの赤い光る球が嵐のようにユーロガイツを襲った。

 ユーロガイツⅡは数十発の光弾に被弾し機能を停止した。

 

「そ、そんな。ISが、ユーロガイツⅡが・・・」

 男がうめく。

 3機のユーロガイツは、C2Sとその随伴機によって絶対防御が発動し、戦闘機動不能状態に陥ってしまった。

 

 千冬はまずいと思った。もうこの場に兵器はない。

 

 C2Sはあたりをうかがい。壁のひとつを見据えると、そちらに左肩の巨砲を放った。

 その爆風で壁をやぶると、一方向にむかって飛び去った。

 

「あ、あの方角は・・・」

 研究員がつぶやくようにいった。

「あの方角はシチリアIS学園のほうだ。ISに対する攻撃命令は生きてるんだ!このままではシチリアIS学園が壊滅する!!」

 男が叫ぶ。

「し、至急シチリア学園に連絡しろ!!まだ何人かは助かるかもしれん!!」

 緊急事態だ。そういった男は次に千冬を見て、この事態にもかかわらず、千冬が平静を保っている様子でいることをいぶかしんだ。

 

 

 

 #

 

 

 

 シチリアIS学園

 

 海上のコンクリートのグラウンドに向かって1機のユーロガイツが飛んできた。

 

「大変です!!シチリアIS学園都市で試作無人ISが暴走!!シチリアIS学園のISを標的に高速で接近中とのことです!!みんな速やかに避難してください!!」

 

 それを聞いて、セシリアがシチリアIS学園都市のほうの空を見ると、すでに三つの黒い影が飛行してきているのが見え、次に陸地のほうから2機のISが飛び立つのが見えた。

 

 全員に通信が入る。

 

『こちらユーロガイツⅡのツーバディ!私たちがあれを止めます!みなさんは避難してください!!』

 

 逃げるにしても、標準ISではC2Sの速度から逃れることはできない、となれば学園のシェルターに避難することになる。それも、迅速にである。

 

 シチリアの上空で、時間稼ぎのためにC2Sに向かったユーロガイツⅡが黒いISにライフルの銃口を向けた。

 そのとき、すでにC2Sから放たれていた数多の赤い光球がそのユーロガイツⅡに突き刺さり、後方に吹き飛ばした。

 

『アマンダ!』

 

 もう一機のユーロガイツⅡの少女が叫んだとき。そのユーロガイツⅡを黒い影が覆った。

 

 高速でユーロガイツの上に移動していたC2Sがユーロガイツの真上から右肩の高圧砲を発射した。

 超高速で榴弾がユーロガイツに突き刺さり、炸裂してユーロガイツを真下に吹き飛ばした。

 

 ユーロガイツが真下に吹き飛ばされているときにさらにC2Sの左肩の高圧榴弾が着弾し、

 さらに吹き飛ばされて地面に激突した。

 その衝撃波が洋上のグラウンドにまで空気の振動で伝った。  

 

 そのときC2Sの脇を二つの随伴機が高速で飛翔し洋上のグラウンドに向かった。

 

 

「無人ISが二機来ます!」

 叫び声があがる。二機の無人ISが目前の空を加速してくる。

 その目的はISの徹底的な破壊である。

 

 そのとき叫んだ少女の横を黒い影が通った。

 

「私が出るよ」

 そういったのは黒い全身鎧のようなISグラビティカに身を包んだサラだった。

 

 サラは加速してくる二機の無人ISに向かって駆け出し、重力子ブレードを抜いた。

 

ダンダンダンダンダンダン!

 

 走り、グラビティカが加速する。次の瞬間、サラはグラビティカの片足に力をこめ、

強力な脚力で跳躍した。

 

 サラのグラビティカが高く弧を描き高速で2機の無人ISと交錯する。

 

 サラのグラビティカの黒い重力子ブレードが、目前の無人ISの胴をバターのように切り裂くと、その後ろでヒートブレードを振りかぶっていた無人ISの斬撃を、頭を中心に体を持ち上げ、頭をしたにしたまま避けて体を回転させ、そのままの勢いで重力子ブレードの黒い刀身で無人ISの首を切り飛ばした。

 

 それとほぼ同時に、その後方にいたC2Sがサラのグラビティカのほうに両腕を掲げると、その両腕から発生した数多の光球と両肩の巨砲を嵐のように放った。

 それらの砲弾の嵐がサラのグラビティカに吸い込まれる。

 

「サラさん!?」

 

 高出力のエネルギー掃射を全段まともに受けてしまった。

 それを見ていたセシリアが青ざめてうめくようにつぶやいた。

 

「サラさんは大丈夫ですよ」

 ハリーが狼狽するセシリアを安心させるようにいった。

 

 C2Sが放った砲弾はすべてサラのグラビティカの手前で静止していた。

 正確には静止しているのではなく、グラビティカが前方に発生させた三つの重力球のまわりを衛星のように高速で回転している。

 

「私のグラビティカに遠距離兵器は効かない」

 

 サラのグラビティカは重力球の回りを衛星のように回転するすべての砲弾を回転がC2Sのほうを向いたときに開放し、C2Sにすべての砲撃を跳ね返すと、同時に脚部に斥力球を発生して、強力に蹴ってC2Sに加速した。

 

 砲弾の嵐がC2Sに着弾する。

 C2Sはそれらをシールドで防御した。

 

 そのときC2Sの眼前にサラのグラビティカが高速で接近し、重力子を発生させたグラビティカの右腕を振りかぶり、C2Sに放った。

 

 高密度の重力子の超質量の右腕がC2Sの胴部にめり込み、C2Sを後方に吹き飛ばした。

 

 同時にサラはグラビティカの両腕に重力子を展開し、それぞれ振りかぶると目の前を何発も殴りつけた。

 

 グラビティカから拳大の重力子がいくつも疾走し、それらがいくつもC2Sに着弾しさらに吹き飛ばし、グラビティカの脚部にさらに斥力球を発生させると強力に蹴って超加速してC2Sに迫った。

 

 グラビティカはC2Sに加速しながら背部のビットを3つ前方に展開、C2Sの手前の空間の重力を超加速し、3重展開された加速重力場がC2Sの前半分を瞬間にこそぎとった。

 前半身を失ったC2Sは大破してそのまま地面に墜落した。

 

「ふぅ、こんなもんかな」

 空中にただよいながらサラがつぶやいていった。

 

 

 

   #

 

 

 

 サラのグラビティカがゆっくりと海上のグラウンドにもどってきた。

 

「ふー、それじゃぁ続きをやろうか」

「いや、続きじゃないですよ」とハリー。

 

 え、と言ってサラが指導教員に確認する。これだけの騒ぎがあったのだからハリーの判断のほうが正しかったが、無人ISの回収は専門機関が行うということだったので、その後はそのままISの格闘訓練が続行された。

 



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第10話 三日目の午前から午後にかけて

 シチリア三日目

 

 

 

 セシリアのコテージ。

 夜明けちょうど。コテージの中には二つのベッドがひとつふくらんでいて、もうひとつはすでに誰もいなかった。

 誰もいないのはセシリアのベッドで、もう片方のベッドの少女はまだ寝息を立てているらしくベッドの上布団が上下に一定のリズムで動いている。

 二つのベッドの間には大きな窓があり、外のエーゲ海が一望できる。

 その上空には巨大な厚みのある雲がただよっていた。

 そしてその雲の合間を青い尾を引く飛行体が横切った。

 

 

 上空1200m付近をセシリアのブルーティアーズが滑空していた。

 戦闘モードはオフ、ゆるやかなブースターだけの機動である。

 生身なら凍えるであろう外気はシールドがシャットアウトしている。

 セシリアは眼下に朝焼けにかがやくエーゲ海と巨大なシチリアIS学園をのぞみながら、目の前の巨大な雲を加速してつっきり、横向きに回転し、すばやく切れるようなバレルロールをやったあと、ブルーティアーズを軽く加速させて、そのままブースターを切った。

 

 セシリアのブルーティアーズが瞬間無重力状態になり、はるか下方の海に向かって自由落下を始める。

 上空からかなりの自由落下速度で加速したブルーティアーズがふってきて、しばらくしてブースターを展開し、再び水平飛行にもどる。

 

 それはセシリアの朝の軽い運動の一環だった。もちろん飛行能力、勘についてもおかしなところはないようだ。

 セシリアはブルーティアーズをさらに上空に加速して、しばらくブースターの青い尾を引きながら空中飛行を続けたあと、コテージに戻って軽くシャワーを浴び、ベッドで寝息をたてている少女を起こして朝食の準備をはじめた。

 

 

 #

 

 

「セシリアさん。くだんの大空洞の調査だけど、どうやらあさってくらいに決まりそうだよ」

 

 シチリアIS学園の談話室でサラがセシリアに言った。そのテーブルにはセシリアとサラ以外に、ラウラとアウシェンビッツ姉妹が腰掛けている。

 

「あら、ずいぶんと早く決まったんですのね。わかりましたわ」

 

「それの会議も含めて、今日の授業は中止ってことで、全員休日に当てるらしい。私はその会議に出席することになってるけどね」

 

 セシリアがそういうサラの顔を見ていると、サラの陶器のような白い肌に対照的な目の下のクマが少し濃くなっているような気がした。

 そのセシリアの視線に気づいたサラがとりつくろうように言った。

 

「ああ、このクマかい?体質っていうのかな。神経質になると特にそうなんだよね」

 

 昨日のカフェでもそうだったが、サラはこの件についてとても入れ込んでいる、そうセシリアには見て取れた。

 それも、学園生まで事件に巻き込まれているとなっては無理のないことかもしれなかったが。

 

「セシリアさんは今日は何か予定はあるんですか?」 

 

 ハリーがセシリアに聞いた。

 ハリーの右手にはカフェラテのカップが握られている。

 

「わたくしは、そうですわねぇ」

 

 それなら、せっかくだから、研究都市を観光してまわろうか。海岸どおりを歩くのもいいかもしれない。先日のカフェで紅茶を飲みながら読書をするのもいいだろう。アレクサンダーでアルバニたちと話し込むのもわるくないと思った。彼らに会える機会もそう多くはないのだし。

 

 

 #

 

 

「あ、そういえば今日は大会がありますね」

 

 気がついたようにハリーが言った。

 次にハリーは隣でコーヒーを飲んでいたアルジャーにたずねた。

 

「今回もアルは大会に出るの?」 

 

「うん、そうだね。その予定」 

 

 少し浮かないように返事をするアルジャーにセシリアが尋ねた。

 

「大会って何かありますの?」

 

「ええ、今日はこの学園の近く、といっても電車で20分ほどの場所ですが、そこで狙撃大会があるんですよ」

 

「まぁ、狙撃大会ですの」

 

 セシリアがつぶやくように言った。

 ハリーが受けて狙撃大会について説明した。

 

「そうです。シチリアでは定期的に開かれるんですよ。狙撃銃で地面から出る標的と、左右から飛び出してくるクレーを射撃で撃つという競技です。これに入賞すると学園で実技点があたえられるんで毎回うちのシチリアIS学園の生徒もたくさん参加するんですが」

 

 ハリーはそこで言葉を切って説明を続けた。

 

「残念ながら一般からの参加も多くて、結構な賞金もでるんでうちの生徒たちでも入賞できることはめったにないんですよ」

 

「私も毎回参加しますが、まだ入賞できたことはありません。いいところまではいくんですが」

 とアルジャー。

 

「この前サラさんが気まぐれで参加したときには一発で1位になってましたけどね」 

 とハリー。

 

「ハハ、まぁそういうのは個人差があるし、アルジャーはまだまだ伸びるよ」

 

 サラさんと比べないでよと言うアルジャーにサラがそういって言って続ける。

 

「じゃぁアルジャーは今日は大会に行くんだね。私は会議室にすしづめだろうから、また帰ってきたときにでも話を聞かせてよ。それで、よかったら夜は研究都市までサレルノ楽団を聞きにいかないかい?」

 

「まぁ、それはいいですわね」  

 

 セシリアがサラの提案に賛成して、続いてアルジャーに言った。

 

「アルジャーさん、わたくしもその大会に興味があるのですが、もしよかったらわたくしもその大会に案内していただけませんか?」

 

「セシリアさんも来ていただけるんですか?はい。ぜひお願いします」 

 アルジャーが快諾した。

 

「ありがとうございます。ラウラさんもよかったら一緒にいかがです?」 

 

 セシリアが彼女の隣で新聞を読んでいたラウラにたずねた。

 ラウラはセシリアに尋ねられると、ちょっと考えてコーヒーを一口飲んでから顔を上げた。

 

「ふむ、そうだな。私も今日は特に予定があるわけではないし、いいだろう」

 

「では決まりですわね。午前はその大会にまいりましょう。アルジャーさんよろしくおねがいいたしますわね」

 

 セシリアが両手をパンと合わせていった。

 アルジャーがうなずいてセシリアとラウラに言った。

 

「はい。狙撃銃は大会で貸し出されるので、準備ができたら出発しましょうか。会場は駅から40分ほどですよ」

 

 

 

 #

 

 

 乾いた風が吹くシチリアの海岸線を電車が走っていく。

 学園前駅を出てから、ゆっくりと走る電車の中では、電車のイスにセシリア、アルジャー、ラウラと並んで座っていた。

 

「それにしてもツーコアの無人ISとは、シチリアの研究都市の研究内容はずいぶんと進んでいるんだな」

 

 ベンチに座ったラウラが言った。アルジャーがそれに答える。

 

「お騒がせしてすみませんでした。あれはかなりの企業機密だったんですけどね」

 

 特にアルジャーの責任ではないのに彼女はあやまった。

 

「でも本当にびっくりしましたわね。いえ、もちろん文句を言おうというわけではありませんのよ。研究内容が高度すぎて驚きましたわ。ツーコアなんて話は日本の研究都市では聞いたことがありませんでしたし」

 

「ええ、シチリアの研究都市の研究内容は世界有数だろうと思います。サラさんのグラビティカの研究データも研究都市の企業からとても重宝されていますよ」 

 

 あの専用ISである。アルジャーの話を聞いてセシリアもひとり思索した。

 重力操作に特化したIS、その研究データはいったいどれほどの価値があるのだろう。

 おそらく、いや間違いなく世界中のIS関連企業がのどから手が出るほどほしがる研究データのはずである。

 もしかしたら、シチリアの研究都市はC2S以外にもまだまだ飛びぬけた研究を進めているかもしれない。

 

「あの専用ISのデータならどの企業ものどから手が出るほど欲しがるハズですわね。それにサラさんもどこか超然としているというか」

 

 セシリアはそういって、昨日の訓練でサラに海まで投げ飛ばされたのを思い出した。

 アルジャーはそれを聞いて笑っていった。

 

「アハハ、サラさんはちょっと抜けてるんですよ。まぁIS機動になればまるで精密機械ですけどね。あ、サラさんは映画が好きなんですが、サラさんに映画の話題を振るときは注意してくださいね」

 

 朝まで話が続きますから。と、遠い目をして言うアルジャーだった。

 

「ここは学園も研究都市もいい環境がそろっているようだな」 

 

 と、ラウラ。手には研究都市のパンフレットが握られている。

 

「緊急時の想定までよく練られている」

 

「はい、一応中東地域も近いですからね。シチリアにIS学園があることで、ある程度の抑止力にもなってるとは思うんですが、やはり紛争は絶えないですね」

 

「そういえばシチリアの料理はお口に合いましたか?」

 

 アルジャーが続けて聞いた。

 セシリアが答える。

 

「ええ、とても。アンチョビのパスタもとてもおいしかったですわよ」

 

 アルジャーによるとこのあたりは漁業も盛んなので鮮度のいい魚介類も豊富だそうだ。

 そのあともたわいのない話をしていると、電車が目的の狙撃大会の会場がある駅にとまった。 

 

 

 

 #

 

 

 

「こちらが会場ですのね」

 

 セシリアが会場を前にして言った。

 狙撃大会の会場は平原に設営されていた。

 大規模な骨組みの建築物がいくつもあり、ところどころで狙撃ライフルの炸裂音が聞こえている。

 セシリアは花をあしらったワンピース姿であたりを見回した。

 その隣をアルジャーとラウラが歩いている。

 

 ラウラはというとカーゴパンツにそっけない服装だが、抜け目のない表情でそこらを見回している。

 自然このような火気に囲まれた場所では好奇心よりもむしろ警戒心のほうが先に来るらしかった。

 その様子を見てセシリアがラウラのほうを向いていった。

 

「ラウラさん。おわかりかと思いますが銃器に囲まれているからといってすぐ腰元のナイフを抜いたりしないでくださいね?」

 

「無論だ。まかせておけ」

 

「そうですか、すいませんでした。取り越し苦労でしたわね」

 

「ああ、速やかに鎮圧する」

 

「だからそのことを言っているのですわ!」 

 

 セシリアはそのあと、私にかかればナイフすら必要ではないとすまし顔で豪語するラウラに、「一般常識」をよく言い含めたあと、会場を歩きながらあたりを見回した。

 

 会場にはいくつもの区画があり、セシリアが見わたしていると、そのひとつの区画ではテーブルの上で狙撃ライフルを構えたシチリアIS学園の女生徒が遠くに出現するであろうクレーを狙っていた。

 

 その女学生は遠方をスコープで狙い、はっと息をとめ、テーブルから銃床、そして肩骨と溶接姿勢をとり、狙撃ライフルにかけた右手の指でしぼるように引き金を引いた。

 

 瞬間銃身の薬きょうが炸裂し、爆発的に膨張する薬品が弾頭を加速させ、加速した弾頭がライフリングにしたがって回転し安定性を得る。そのまま回転しながら加速し発射された弾頭が空気を切り裂いて的へと疾走した。

 

 その疾走したライフル弾はすんでのところで空中をとぶクレーからそれた。

 

 一番目に出てきたクレーがそのまま反対方向に消えた。

 そして二番目に出てきたクレーを、その少女が発射した第二射が粉々に破壊した。

 

 どうやら、的は空中を飛ぶクレーに、地面から出てくる人型の板。

 それを6連装式の狙撃ライフルで狙撃する、というようなものらしかった。

 

 

 

 #

 

 

『あー!ラウラちゃーん!セシリアちゃーん!こっちこっちー』

 

 セシリアとラウラの耳に聞き覚えのある機械音声が聞こえた。

 二人がそちらを見ると、くだんの自律思考戦車アルバニ3号の姿があった。

 アルバニ3号はある狙撃区画からセシリアとラウラにマニピュレーターアームを振っていた。

 そしてその狙撃区画には一人の大柄な男と、10歳前後の男女がいた。

 セシリアたちはそちらに歩いていって、アルバニ3号に言った。

 

「あらアルバニ、あなたも大会に来てましたのね。もしかしてアルバニも大会に参加しますの?」 

 

 もちろんセシリアには自律思考戦車が狙撃大会に参加するということはないし、また規則としてできないということもわかっていた。アルバニ3号もセシリアが冗談を言ったのだとわかりながら車体を横に振って答えた。

 

『違うよ~。僕はクロエちゃんとネッドさんが来るっていうから。会いにきたの。ねークロエちゃん』

 

 アルバニが10歳前後の少女のほうを向いてそういうと、

 大男がライフルを構えているのを見ていた少女がアルバニのほうを向いて、しかめ面になっていった。

 

「アルバニ、そのまぬけな呼び方はやめてくれない?あと今父さんが集中してるから。静かにしてて」

 

「あー、かまわないよ。クロエ、自由にしゃべってなさい」 

 

 そういって机で狙撃ライフルを構えるネッドが引き金を絞ると、爆音とともに射出されたライフル弾が、500M遠方で空中を飛んでいたひとつのクレーを打ち抜いた。

 

「ナイスショット、パパ」

 

『いやーお見事!ナイスショット!』

 

「ありがとう。この程度朝飯前さ」 

 

 小さく沸いた2人と1機をよそに10歳前後の少年は一人静かなものだった。

 

「アルバニ、このかたがたは?」 

 

 セシリアがアルバニに尋ねると、アルバニはうれしそうに答えた。

 

『うん!この人たちはこっちでできた友達だよ。この子がクロエちゃん、でこっちのお父さんがネッドさん、んでこの子がレザード君』

 

「まぁ、アルバニにお友達が?」

 

 セシリアは驚いていった。隣のラウラも表情にこそでないがどこか意外そうである。

 自律思考戦車には友達を作る機能まであるということか、つくづく戦車離れしている。

 

「みなさん。うちのアルバニと仲良くしていただいてありがとうございます。わたくしはセシリア・オルコット。IS学園の生徒ですわ」

 

 セシリアが笑顔でそういうと、クロエも口元を緩めた。

 セシリアが手を差し出すと、クロエも右手を差し出して握手を交わした。

 

「よろしくね。セシリアさん。なんだか尻の軽そうな人ね」 

 

「しっ、尻っ?」

 

 笑顔をヒクつかせるセシリアだった。

 

「すまないセシリアさん。この子はとても美人だと言ってるんだよ。そうだなクロエ?」

 

「はい、パパ」

 

 ネッドがクロエをたしなめて言うと、クロエはどこか含みのある、しかしおとなしい声でそう答えた。

 

「その、あんまり美人でなんていいかわかんなかったから」 

 

 クロエはそう濁してウヘヘと笑った。

 

「ネッドさんも狙撃大会に参加されますのね?」

 

 セシリアが尋ねると、180cmを超える大男は首を振った。

 

「いや、私たちはあくまで練習だけで、参加はしないよ。あまり目立ちたくはないのでね」

 

「つい優勝でもして、マフィアや警察に目をつけられたらめんどうでしょ?」 

 とクロエが目を細めたわけありそうな笑みを浮かべて言った。

 

「ぼ、ぼくは来る必要がなかったんんじゃぁ」

 とその隣でレザードがこぼすように言った。

 

「そうよ、あんたは来る必要なかった。パパ、なんでこのモヤシ野郎が一緒にいるの?」

 抗議口調のクロエにネッドがさとすように答える。

 

「まぁそういわないでくれ。これも勉強ってやつさ。ガレージにばかりいたら健康にもよくないしな」

 

  

 

 アルジャーの手続きを済ませる必要があったので、セシリアたちは3人と1機にわかれを告げた。

 3人が歩いていると、またしても聞き覚えのある声がセシリアの耳に入った。

 

「やぁアルジャー君。今回も来たんだね」

 

 アルジャーに話しかける声の主は長身で黒い短髪の眼帯をした男だった。

 彼は確か見覚えがある。セシリアが彼の顔をよく見ると、彼は確か先日のカフェでナンパ男たちをしめあげていたマツィーニというシチリアのマフィアだ。

 

「あなたはたしか、マッツィーニさんといいましたかしら、何か御用がありまして?」

 

 セシリアが尋ねると、マッツィーニは両手を上げていった。

 

「そう警戒をしないでくれ。俺はハースニールさんの友人に手を出したりはしないよ。魅力的な女性だとは思うがね」

 

 マッツィーニはそこで言葉を切り、ある狙撃区画のほうを見ていった。

 

「我々は今日は純粋に大会に参加しにきているだけさ。おい!ダンバル!」

 

 マッツィーニが狙撃区画で狙撃体勢をとっている男に向かって叫んだ。その男は黒髪の長髪で、呼ばれてもじっと黙って狙撃ライフルを構えている。

 マッツィーニは男が黙って反応しないことにしたうちした。

 

「ちっつ、あいつまた入ってやがる」 

 

 アルジャーがセシリアとラウラに説明した。

 

「やはりダンバルさんもいらしてたんですね。セシリアさん、彼は狙撃大会の優勝の常連ですよ。私もダンバルさんにはいつも勝ちを持っていかれるんですよ」 

 

 そういわれるセシリアにはマッツィーニが言っていた『入る』と言った意味がわかっていた。

 熟練した狙撃手は、狙撃銃を構えて神経を集中すると、その集中がある一線を越えたときに狙撃銃と一体化したように、まるで自分と狙撃銃、そして標的以外何もなくなったかのように何も聞こえなくなりあたりが静寂につつまれるのだ。

 

 彼はおそらくマッツィーニの声に反応しなかったのではない。声そのものが聞こえていないのだ。

 

 テーブルの上で構える男が、突然狙撃銃を続けて二発連射した。

 するとそれと同時に、そのはるか遠方で空中を飛んでいた二つのクレーが、二つとも真芯をとらえられて粉々にくだけた。

 

 その後、構えをといた男をマッツィーニが呼ぶと、ダンバルと呼ばれた男は気がついてセシリアたちのほうへと来た。

 

「やぁアルジャー。今回も来たんだな」

 

 ダンバルがアルジャーに言った。ダンバルの身長はかなり高いので、160cmほどの身長のアルジャーを見下ろす形である。

 

「まぁせっかく来て悪いが、今回も優勝はいただくよ」

 

―今日はほかのお嬢さんもいるんだな。といってダンバルがセシリアとラウラのほうを向いた。

 

「これは綺麗なお嬢さん方だ。きみたちも大会に参加するのかい?よかったら俺と勝負でもしてみないか?俺が勝ったら今日一日二人が付き合ってくれるってことでさ」

 

 それは挨拶がてらの軽口だった。

 ダンバルの誘いに、ラウラが鼻をならしていった。

 

「悪いが私は試合に参加しないし、妻帯者なのでな。でなくとも誘いに乗る気は微塵もない」 

 

「おやおや、手厳しいな」 

 

 ダンバルが両手を持ち上げて右まゆを挙げていった。

 

「わたくしはかまいませんわよ」

 

「お、本当かい?それは身が入るな。悪いが手加減はしないよ?」

 

「セシリアさん、ダメですよ。ダンバルさんは軽いですけど腕は確かなんですから」

 

 あわてて割って入ったアルジャーにセシリアは笑顔で言った。

 

「かまいませんわ。もし私より腕のある方なのでしたら、むしろ教わりたいくらいですもの」

 

 ダンバルとマッツィーニが顔を見合わせているところに、

 ただし。といってセシリアが人差し指をたてた。

 

「そうですわねぇ。わたくしが勝った場合は、それなりのものを要求させていただいてもよろしいかしら?」

 

 セシリアは少し考えて、続けていった。

 

「そういえば、マッツィーニさんはクルーザーをパーティができるほど持っていらっしゃるのでしょう?もしわたくしが勝った場合は、そのクルーザーを5つほど貸していただくというのはいかがでしょう?」

 

「セシリアさん」

 とアルジャー。

 

「問題ありませんわよ。わたくしたちはシチリアIS学園の生徒というわけではありませんから、癒着ということにもなりませんわよ」

 

 セシリアがそういうと、マッツィーニは少し考えてこたえた。

 

「ああ、かまわないよ。それに運転手もつけよう。ダンバルが負ければ、だけどね」

 

 

 

 #

 

 

 

 セシリアが会場を見回していった。

 あたりには一般参加者やシチリアIS学園生や少数のIS学園の生徒も入り混じっているようである。

 この中から毎回優勝するというダンバルは相当の腕のスナイパーであることは間違いなさそうだった。

 セシリアは無人の射撃区画を見つけると、そちらに向かった。

 

「それでは大会前に少し練習させていただきますわね」

 

 セシリアが射撃区画のテーブルにたちまわりを確認した。

 テーブルの近くには、狙撃ライフルがいくつも立てかけられてある。ご丁寧に射線に人体反応を感知すれば発射できなくするセーフティロックがとりつけられているらしい。

 狙撃のターゲットはというと、テーブルの前方300Mから、左右から飛び出してくる円盤状のクレーと、地面から出てくる人型の板のターゲットらしかった。

 テーブルのスイッチを押すとそのターゲットが起動するようになっているらしい。

 

「じゃぁお手並み拝見といこうか」

 

 ダンバルとマッツィーニもそのテーブルのほうにやってきた。

 

「セシリアさん。まずはライフルの感覚をつかんでください」

 とアルジャーが応援して言う。

 

 セシリアはあたりを一通り確認すると。

 ライフルが立てかけてある棚のほうにいって、ライフルを6丁とり、それを机に並べた。

 

「すみませんがラウラさん。バディをお願いしてもいいでしょうか?」

 

 セシリアがラウラに頼むと。

 

「私か?ふむ、いいだろう」

 

 とラウラが狙撃用のテーブルでライフルを1丁手に取るセシリアの隣に行った。

 テーブルから標的が出る地点までは300M強、かなりの距離がある。セシリアのいる地点からクレーや人型の標的がでてもほぼ点にしか見えないだろう。

 標的のスイッチの隣でマッツィーニが言った。

 

「合図してくれたらスイッチを押すよ。300M向こうに標的が出るからそれを狙えばいい」

 

「準備できましたわ。いつでもかまいませんわよ」

 

 ライフルを手にとって、その感触を確かめていたセシリアが、テーブルに体をつけ、ライフルを構えながら言った。

 

「では、はじめよう」

 マッツィーニが言って、スイッチを押し込んだ。

 

 すぐにセシリアの前方300Mにクレーがひとつとんだ。

 セシリアがそれを狙って引き金をしぼると、狙撃ライフルから発射されたライフル弾が、そのクレーに着弾し粉々に破砕させた。

 

 テーブルは8人用の狙撃区画で、次にすぐひとつのクレーと、地面から人型の標的が現れた。

 瞬間、セシリアが構えたライフルから2発のライフル弾が疾走し二つの的を射抜く。

 

 次に左右から2つづつ、計4つのクレーがあらわれた。

 そのときにはセシリアは距離感覚と弾道の感覚をつかんでいた。

 

「ラウラさん、ライフルを」

 

 ラウラがセシリアに言われるままにセシリアにライフルを渡すと、セシリアはライフルを受け取って、両手にライフルを持って前方に構えると、続けざまに4連射した。

 狙撃銃から射出され高速で疾走する4つのライフル弾が4つのクレーにそれぞれ着弾し破砕した。

 

 標的は次々に人型の標的から、空中を飛ぶクレーからいくつも出現する。

 それが出ると順にセシリアのライフルがすべての標的を射抜いた。

 

 ガキン

 

 音を立ててライフルが弾切れする。

 同時に300M前方では次々に標的が現れる。

 

「ラウラさん、次ですわ」

 

 セシリアの声に、ラウラがセシリアに新しいライフルを2本手渡す。

 セシリアはライフルを受け取りざまに前方で次々あらわれる標的をうちもらすことなくすべて射抜いた。

 

「次ですわ」

 

 再度弾切れを起こしたライフルにラウラから手渡されるライフルを交換して遠方の標的を打ち抜く。

 

 そして次の瞬間、300M先で4つのクレーと4つの人型が計四つ同時に出現した。

 

 前方で8つの標的が同時に現れるのを確認したセシリアは、その瞬間に、両手の狙撃ライフルを空中に放り投げた。

 セシリアの手を離れた2本の狙撃ライフルの銃身が空中でくるくると回転する。

 それと同時にセシリアは横にクルリと回転した。彼女の花のワンピースが遠心力でふわりと軽く浮いて円状になる。 

 

 セシリアが1回転したとき、クルクル回転しながら落下してきた二本の狙撃ライフルを手にとって、その瞬間に左右のライフル弾を300M前方の標的を狙ってそれぞれ4連射した。

 

 両手の狙撃ライフルから連射された8つのライフル弾は高速で空中を疾走し、300m前方の4つのクレーと4つの人型の標的をそれぞれ芯をとらえて打ち抜いた。

 

「ふぅ、こんなものですわね」

 

 それで標的が出終わったことを確認してそうつぶやくようにセシリアが言った。

 

 

「ビュ、ビューティホー…」

 

 それを横で見ていたマッツィーニがうめくように空をあおぐようにして言った。

 狙撃の女神でも見ているのかと彼は思ったが、それはセシリアがイギリスの遠距離型ISの代表候補生であることを知らなければもっともなことだといえるだろう。

 

 セシリアが机に狙撃ライフルを置いて、次にダンバルに言った。

 

「ウォームアップはこのくらいでよろしいかしら。それではダンバルさん。大会ではよろしくお願いいたしますわね」

 

 彼女はそういって花のような笑みで微笑むのだった。

 セシリアに言われて、ダンバルが両手をあげて言った。

 

「いや、いいよ。わかった。俺の負けだ」

 

 ダンバルが言って、マッツィーニに目配せした。

 マッツィーニは小さくため息をついて言った。

 

「わかったよ。いったい何者なんだ?ええと、大型クルーザーを5隻、操縦主つきで、だったな。すぐ手配しよう。まぁ光栄なことさ」 

 

「ありがとうございます。ご好意に感謝いたしますわね」 

 

 

 

 

 #

 

 

「セシリア、さっきのはなかなかの腕だったとは思うが、最後のは遊びが過ぎるぞ」

 

 その後ラウラがセシリアに言った。

 結局、セシリアは大会には参加しないことにしたのだった。

 アルジャーがセシリアに何かコツはないかとたずねると、セシリアは

 

「そうですわねぇ。まずはおきてから寝るまでライフルとすごすことでしょうか。ライフルが体の一部になるくらい」

 

 とそもそも無茶なことを言った。

 

「ど、努力します」

 とアルジャー。

 

 だが、事実セシリアはそれくらい猛烈に狙撃訓練を積んでいるのである。

 気の遠くなるような訓練と、幾度にもわたるISとの同調。それが彼女をイギリス代表候補生たらしめる要因のひとつだった。 

 

 

 アルジャーが受付を終えて、ウォーミングアップにライフルを構えていると、セシリアたちの後ろを3人の小さい男子が走っていくのが見えた。

 セシリアが彼らが走ってきたほうを見ると、先ほどのクロエという少女とレザードという少年、加えてアルバニ3号がいて、クロエがレザードに向かって何か言っているところだった。

 セシリアはそれを見て少し疑問に思ったが、アルジャーにここはどうすればいいでしょうかと聞かれて、アルジャーのほうに振り返った。

 

 

 #

 

 

 

 クロエは、またしても3人の少年に取り囲まれて小突かれているレザードを見つけて、その男子たちを散らすと、レザードに指を刺していった。

 

「あんたほんとにどこでも蹴られてるじゃない。ゴキブリほいほいにでも立候補すれば?あんたの周りにトリモチでもおいとけば、きっとすぐに2、30匹の『ゴキブリ』がとれるわ。クソの役にも立たないけどね」

 

 クロエの剣幕に、少しレザードがよろけて言った。

 

「あ、あいつらは誰かの付き添いで来たんだと思う。それで暇だったんだよ」

 

「そんなこと聞いてない!少しはやり返しなさいよ。自分がサンドバックじゃないって証明するの」

 

「どうしたんだ二人とも?」

 

 近くで狙撃練習を終えたネッドが二人のところにやってきて声をかけた。

 レザードがクロエに答える。

 

「で、でも僕は走るのも早くないし、別にボールを投げるのも早くないし。でもいいんだよ」

 

 クロエが少し卑屈気味なレザードの言葉に空をあおぎながら両手を振ってうんざりしたようにした。  

 10歳前後の少年のヒエラルキーとは、運動ができるか否かということぐらいだった。彼らはレザードより早く走ることができる。ボールを遠くに投げることができる。イケてる彼らと、無力なレザード。この構図が彼らのレザードへの暴力を増長させていた。

 クロエの隣ではアルバニ3号がレザードを心配して声をかけている。

 

「はぁ、私にはそんなことどうでもいいけどね。本当にこのモヤシ野郎。あんたジャンク屋で機械いじってるだけか、ガレージにこもってるだけだしね」

 

 エリート揃いの北欧のIS学園、エリュシオンで厳しい競争を続けるクロエには、10歳前後の男子の運動能力など屁みたいな問題でしかなかった。彼女の前方に横たわる難関とは、ISの機動能力とそれに関する知識であり、クロエはそれを強烈に認識しているからである。

 

 うつむくレザードにネッドが励ますように言った。

 

「どうしたんだ?レザード。大丈夫さ。君はすごいエンジニアになれる、その才能と意欲があるんだ。誰かを守ることだってできるし、たくさんの人に貢献することだってできる」

 

 ネッドの励ましに、しかしレザードは気持ちがはれないままのようだった。

 少年たちの世界に、知性という概念はまだ認識されていないのかもしれなかった。

 レザードやクロエにその認識があっても、コミュニティにそれがなければ物の数ではなかった。

 

「だめよ父さん。ここのやつらはそういう認識がないのよ。アスキック野郎ども」

 

「まぁいいさレザード。いずれわかるだろう。それじゃぁクロエにレザード、そろそろ大会もはじまるし帰宅するとしようじゃないか。帰りにパフェでも食べて帰ろう。ほらレザードも元気を出せ」

 

 彼らはそういって、いよいよ始まろうという狙撃大会の会場から車を止めている駐車場へと向かった。

 早く帰って準備を進めなければならない。今夜は大仕事がひかえていることもある。

 



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第11話 三日目の午後

 昼下がり。

 

 シチリア沿岸のエーゲ海が初夏のひざしを反射している。

 その広くすんだ洋上に5つのクルーザーが浮かんでいた。

 セシリアがマッツィーニに用意されたものである。クルーザーにはIS学園の生徒やシチリアIS学園の生徒でごった返してちょっとしたお祭りのようになっていた。

 

「きれいな眺めですわね」

 

 その喧騒をバックにして、セシリアがクルーザーのはじで洋上を眺めながら言った。

 クルーザーの下の海では青と黄色の熱帯魚が遊泳している。

 5隻のクルーザーの上では、ベンチの上で読書をするものや歓談するもの、あるいは炭火を使ってバーベキューをするものや、テーブルを囲んでインディアンポーカーで盛り上がるものなどさまざまだった。

 

 ずいぶんと遠くまできたものだ。セシリアは改めてそう思った。

 このシチリアはだいたいはオーケーだ。いいところだと、セシリアには感じられる。

 シチリアIS学園もそうだ。錬度が高く、学生たちの意欲も高い、専用IS搭乗者、サラ=ハースニールを中心にしてよくまとまっているようにも思う。みんなIS学園に入るくらいだから当然といえば当然だが、努力家だ。それを束ねることができるサラの人望もたいしたものだと思う。それに彼女には学園コミュニティにたまにありがちな、いわゆる学校の女王様のようないやらしさは微塵もなかった。仲間意識の厚い好人物。シチリアの生徒たちは運がいい。まったく、どうすればああもまっすぐ人間が育てるのか疑問だ。

 

 セシリアが青く揺れる波間を眺めていると、セシリアの眼下の澄んだ海中を遊泳する熱帯魚が、突然モリで突かれ、海面から飛び出してきた。

 

 セシリアが驚くと、モリを刺した先にいるのは、ウェットスーツに身を包んだサラ=ハースニールだった。まったく、『これ』だ。

 

「セシリアさん。魚をそこそことったんだけど、食べないかい?フライもおいしいんだよ」

 

 サラはモリで魚を突き刺したまま、反対の手をセシリアに振って朗らかに笑って言った。

 セシリアはサラに笑い返していった。

 

「では遠慮なく、ありがたくご相伴にあずかりますわね」

 

 大型のクルーザーの甲板の上でバーベキューの炎がパチパチと音を立てている。

 そのバーベキューの網の上で肉をひっくり返すサラがセシリアたちに言った。

 

「あさっての調査の大筋は大体決まったよ。研究都市のほうからもだいぶ注文が入ったけどね」

 

 他方ラウラはというと、近くでベンチに座ってISの雑誌を読み込んでいた。

 

「ラウラさんはここでもISの本をお読みになるんですのね」 

 

 それを見たセシリアが少しガックリするように言った。

 

「ふむ、情報は兵站の基本だからな。なかなか興味深い記事もある。セシリアもどうだ」

 

 セシリアが丁寧にことわると、ラウラはそうかといって再び雑誌に目を落とした。

 ラウラのこういう趣味が彼女の深い知識につながっているのだが、こういうときくらい違うことに目をむければいいのにとセシリアには少しもったいなく思われた。

 

「サラさん。たくさん魚をとられましたのね」

 

 テーブルの上には焼き魚やフライされた魚とが並べられている。

 しかしこれだけの量は結構に時間がかかっただろう。

 

「ああ、そうだね。ダイビングしてたらつい夢中になっちゃってさ。とりすぎちゃったよ。まぁ楽しかったよ」

 

 あははとサラは笑った。

 

「こんなにとるなら買ってきたほうが早かったかもしれないですね」

 

 とアルジャーが口に肉をほおばりながらいった。

 

―そうかもしれないけどさ。とサラが言って、おもむろに彼女の左手に彼女の専用ISグラビティカの左腕だけを展開し、海に向けた。

 

 すると海面がゆらいで、無重力状態になった数十匹の魚たちがいっせいに海面から飛び出して海の上に浮かんだ。

 色とりどりの魚たちは空中でピチピチと動くと、また重力にしたがって海面に落下して泳ぎ始めた。

 

「一度にとることもできるけど、ダイビングで魚を追う行為が楽しいわけさ」

 

 と、グラビティカを解除したサラが言って魚の身をほおばった。

 その光景を見ると、彼女の言葉はえらく説得力をおびていたのだった。

 

「そういえば、狙撃大会はどうだったんだい?」

 サラがアルジャーにたずねた。

 

「ええ、結局ダンバルさんがまた優勝されてました。もっともダンバルさんは少し複雑そうでしたが」

 

 そうアルジャーが言って、次にハリーが言う。

 

「それはそうかもしれないですね。セシリアさんとの勝負には負けていたわけですし、ちょっと複雑な心境でしょう」

 

 サラがアルジャーの成績はどうだったのかと聞くと、アルジャーは少しはずかしそうに頭に手をやって言った。

 

「私ですか?私は、その、4位でした。精進します」

 

「4位でもすごいよアル」

 とハリー。

 

「狙撃は経験による部分も大きいですから。回数を重ねていけばもっと精度も上がりますわよ」

 とセシリア。

 

「アルジャーが優勝するのはまだ先のことになりそうだね」

 サラがカラカラとした口調で言った。

 

 その後もたわいない会話で日が落ちるまで歓談が続いた。

 

 

 

   #

   

   

   

 1900時

 

 ネッド・ヴァルツの家では、ネッドとクロエが準備に取り掛かっていた。

 ヴァルツ家の地下室には、壁に銃が並んでいる。

 ネッドはその部屋の鏡の前で、目のまわりを黒く塗っている。迷彩効果を上げるためである。

 

 他方クロエは、ナイフを研ぎ終えるとそれをホルスターにしまった。

 次に穴があいた布で目を覆う。

 

 この地下室の部屋にはもうひとつ部屋があった。そこには人が入れるポッドがおいてある。

 ネッドの妻、ケイトリン・ヴァルツの残した医療用ポッドである。

 ネッドとクロエの強化骨格への改造手術はこのポッドで、人体工学の研究者であるケイトリンの残したプロセスデータにしたがって行われた。

 知覚能力、筋力ともに常人の数倍、彼らの強化骨格は、マグナム弾でもなければ貫通することはできない。

 為すべきを為すべしたるエリュシオンの教えにしたがってネッドは動いていた。実のところ、彼の娘であるクロエまでもがネッドの知らないうちに強化手術をほどこしていたときには驚いた。

 しかしクロエはネッドとケイトリンの気質と似ていて、しかもエリュシオンの教えにしたがっていると思い直した。

 今夜、ケイトリンが消息を絶ったゲッペンファミリーの屋敷を襲撃する。彼女を取り戻すためだ。

 

 ネッドは目のまわりを黒く塗って、黒い仮面をつけると、近くで狙撃用のライフルと、対物マテリアルライフルにその銃弾類をまとめ、近くで壁にたてかけた銃を服のホルスタにしまっていくクロエに行った。

 

「クロエ、準備はできたか?」

 

 クロエはネッドの声に振り向くと、目を細めて笑っていった。

 

「はい、いつでもいいわよ父さん」

 

 外に車を止めてある。

 ネッドはクロエにうなずくと、地下室の扉のノブに手をかけた。

 

「それじゃぁ行こう。帰るときは、母さんを連れて3人で帰る」

 

 ネッドとクロエは地下室を出た。

 地下室の扉が閉じられると、自動で部屋の電気が消え、扉にカギがかかった。

 

 

 

 #

 

 

 

 アルバニ3号は再び研究都市の街を歩いていた。

 ヴァルツ家への道である。

 昼間のクロエの口ぶりが少し気になったのと、またクロエと話せたらという希望的観測でアルバニはコンクリートの道をホイール走行していた。

 

 と、アルバニの音センサーに、路地裏から少年の声が聞こえた。

 

 アルバニが聞き覚えのある名前にそちらにいくと、路地裏ではレザードが少年たちに袋叩きにされているところだった。

 

 レザードはジャンクショップからの帰りに彼らにつかまったのだった。

 少年たちは今度は少女たちも連れているようで、少女たちはおっかなびっくりにまるで剣闘士の戦いでも見るように少年たちが床でうずくまるレザードを蹴るのを見ていた。

 剣闘士の戦いといっても、いつものように一方的にレザードが蹴られているだけだったが。

 

「こらー!君たち!何をやっている!!」

 

 少年たちがビクッと路地の表通りのほうを振り向いた。警官然とした声だった。次にパトカーのサイレンが聞こえてくる、少年たちは急いでそれぞれの少年たちの顔を見やった。

 

「やべぇ!ポリ公だ!逃げるぞ!!」

 

 少年たちが我先にと反対方向に駆け出すと、それを追うように少女たちが走っておいかけた。

 彼らがいなくなると、そこにはうずくまったレザードだけが残った。

 

 警官の声がした表通りのほうから、アルバニ3号が車体を出した。

 アルバニが警官の声を作り、パトカーの音を鳴らしたのである。実際にそこにはパトカーはおろか、警官すらいなかった。ここの警官はどうやらこの程度のことでわざわざその「重い腰」を上げることはないらしいのである。

 

『ねぇねぇ、大丈夫レザード君』

 

 アルバニが心配そうにレザードにかけよる。

 レザードは仰向けになって、ゴホゴホと咳き込むと、アルバニを確認してお礼を言った。

 

「ああ、ありがとうアルバニ。助かったよ」

 

『まったく!あの子たちもしかたがないなぁ!』

 

 アルバニが少年たちが逃げていったほうを見てプリプリしたような口調で言った。

 

「ごめんよ。僕、弱いから」

 

 レザードが力なく立ち上がっていった。

 

『ところで、これからクロエちゃんの家に行こうと思うんだけど、レザード君も一緒にこない?』

 

「クロエと、ネッドさんなら。たぶんいないと思うよ」

 

『えぇ~っ!?そっかー。じゃぁ無駄足だったね』

 

 残念そうにするアルバニにレザードが力なく言う。

 

「うん。クロエたちは、きっとゲッペンの屋敷に乗り込んでるんだと思う。ケイティおばさんの消息を確かめようとしてる」

 

 レザードの言葉に、アルバニは両手を上げていった。

 

『えぇ!?だいじょうぶなの!?危ないんじゃない!?』

 

「うん、きっと危ない。クロエたちなら大丈夫かもしれないけどね。警察に言おうにも、警察はマフィアの味方だし…」

 

 そういってレザードはうつむいてしまった。

―僕はガレージで二人の帰りを待つよ。そういったレザードにアルバニが言った。

 

『うーん。心配だなぁ』

 

 アルバニは表通りのほうにちょっとガシャンガシャンと方向転換して、白い単眼をレザードにやって言った。

 

『ちょっと僕は様子を見に行ってみるよ。もしよかったら、レザード君も行く?後ろのポッドが空いてるんだけど』

 

 アルバニがレザードを見てそういった。

 レザードは土のついた服のまま、少しよろめきながらちょっと考えて。

 

「うん、行くよ」

 

 と言って。アルバニに説明されながらアルバニの後部のポッドに乗り込むと、アルバニはホイール走行で加速して裏通りを飛び出した。

 



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第12話 真夜中のバスターズ

 2000時

 

 ゲッペンファミリーの屋敷の前。シチリアIS研究都市の郊外に、ひとつ巨大な屋敷があった。ゲッペンファミリーの屋敷である。巨大な屋敷の前には広大な庭があり、その先にはいかつい正門が構えている。

 

 その正門の門番は二人。腰にピストルをさして憮然と門の前に立っていた。

 それは形式だけのことだった。

 シチリアの巨大マフィアの一角であるゲッペンファミリーの屋敷に訪れようとする一般市民など誰一人としていない。たとえたちの悪い酔っ払いだって、ゲッペンファミリーの門からは裸足で逃げ出す。

 

「それで、昨日の女はどうだったんだよ?」

 

「ああ、いい具合だったぜ。途中でそいつの男が割り込んできたが、そいつも『昇天』させてやった」

 

 男たちがそこでゲラゲラ笑った。

 彼らにとって、この街での殺しはきちんとした手順を踏めば『合法』だった。

 警察はマフィアと癒着しているし、市民は手を出すことができない。

 

 雑談する二人の男の前に、一人の少女が立っていた。

 男の一人が気がついて、その少女に声をかけた。

 

「おやぁ?お嬢ちゃん。どうしたんだいこんなところで、ここがどこだかわかってるのかなぁ?」

 

 男の目の前の少女は、10歳前後で少しとまどったようにしている。

 その服は真っ黒で、目には穴の開いた布を巻きつけて顔までよく見えなかった。

 

「それになんだいそのカッコウは?ハロウィンのつもりか?トリックオアトリート?俺がいたずらしてやろうか?デカイフランクフルトが好み?」

 

「ハハハ、お前そっちの趣味まであったのかよ!!」

 

 その隣の男が大口を開けて笑った。

 その少女は戸惑いがちに男に答えた。

 

「う、うん。私からも何か渡させて」

 

 男は少し楽しそうに、しかし残忍そうな表情で言った。

 

「なんだい?何を渡してくれるのかなお嬢ちゃ~ん?」

 

 そう言った男の口に、何かが差し込まれた。

 金属質でそこそこの太さがある。男の口に差し込まれた物体がガチリとげき鉄の音をならした。

 

「ロリコン野郎。お前の大好きなデカマラと、鉛玉のプレゼントだ」

 

 男の顔が上にはね、口腔内から弾丸が突き破って男の頭を吹き飛ばした。

 その事態にすかさず反応して胸元の拳銃を抜いた隣の門番に、はるか遠方から回転する狙撃ライフル弾が高速で疾走、男の頭を貫通させて男は倒れた。

 ネッドが撃った狙撃弾である。ネッドはその屋敷がよく見渡せる丘の上に狙撃ライフルを並べ、砂袋を敷いて狙撃体勢をとっていた。

 

「父さん。ナイスショット。それじゃぁ行くわ」

 

『オーケークロエ。気をつけて』

 

 クロエが巨大な門を開くと、そこには3人ほどの見回りのマフィアがこちらを向いた。

 マフィアたちは、門が開いたのを見て、次にその門の前で門番の二人の男が銃弾で殺されているのを確認した。

 

 そしてあわててその門の真ん中にたっている少女を見て。とまどいながら銃を抜いた。

 

 クロエは両の腰に拳銃をさしたまま。そこに両手を伸ばし、指をピクピクとひくつかせながら、しかめ面のアゴを横にひねっていった。

 

「お前たち、私と遊びたいの?」

 

 マフィアが一人、跳ねるようにクロエに銃を向けると、クロエは即座に腰にさした銃を抜いて、それでその男に向かって殴りつけるように右手を突き出して同時に射撃し、その銃弾が男の額を貫通した。

 その男が倒れるのを見て次に反応して銃を構えた男の額にクロエの左手の拳銃の弾丸が着弾し、もう一人の男の心臓を遠方から飛来したネッドの狙撃ライフル弾が爆散させた。

 

 一瞬で、屋敷の前の庭を哨戒していた三人の男が血の池に沈んだ。

 クロエは男たちが倒れる前に屋敷の扉に向かって歩き出していた。

 

 

 #

 

 

 

 まったく、なんということだ。

 屋敷の屋上の広い部屋で、マフィアのトップであるゲッペンがうめくように言った。

 

 先日の酒場の件である。何者かに襲撃され、ファミリーは8人全員殺された。襲撃したイカレ野郎の手がかりはなし。これではファミリーの面子はつぶれてしまう。次のマフィアのトップ会合ではどんな顔をすればいいというのか。

 

 ゲッペンは広い部屋の机の前で頭をかかえるようにした。

 部屋には白いトラの絨毯が広く引かれ。巨大な水槽では大型魚がゆっくりと泳いでいる。

 

 とにかく、そいつらを見つけて肛門から腸を引っ張り出してやる。

 でなければ「組織」にも見放されてしまうかもしれない。

 

 そのとき、ゲッペンの部屋が勢いよく開き、ゲッペンファミリーのマフィアが走って入ってきた。

 ゲッペンはその幹部の突然の入室に、机においてあった拳銃を向けた。

 

「この部屋に入るときのルール、忘れたのか?」

 

 ゲッペンに拳銃をつきつけられた幹部は、息を切らしながらつばをのんで、両手を挙げた。

 

「すいません、ボス。でも、ボス。はぁっ、緊急事態です!急いで逃げてください」

 

 ゲッペンはその男のあわてように、拳銃を置いて身を乗り出してたずねた。

 

「ん?どうした?何があった?まさか警察のガサ入れでも?」

 

 ありえないことだった。警察はマフィアが掌握している。

 それもこのシチリアでも最大のファミリーの一角であるゲッペンファミリーに対するガサ入れなどありえない。

 ゲッペンに聞かれた幹部の男は、息を整える前に荒い口調でいった。

 

「幼女です!ファッキンロリータが屋敷に侵入して手当たりしだい殺しまくってます!」

 

「はぁっ?ロリ…なんだって?」

 

 ゲッペンは男のいっていることがわからず、片眉を上げて言った。

 幹部の男が入ってきた扉の向こうは、1方向の通路になっており、そこにはすでに8人のマフィアが拳銃を持って警戒態勢をしいていた。

 ゲッペンから見た廊下の向こうの扉がゆっくりと開いた。

 そこから現れたのは一人の10歳前後の少女だった。

 

 

 

 #

 

 

 

「ショウタイムだ。クソ馬鹿野郎ども」

 

 クロエは扉を開けて、目の前の広い廊下に8人のマフィアがいることを確認すると。

 一番目の前のマフィアに右手をさっとあげて拳銃を発射し、男の心臓を打ち抜くと、次に廊下に向かって全速力で走りだした。

 

 次の男がクロエの額に向かって拳銃を発射すると、クロエはそれを超反応で首をひねってかわし、左手を殴るように突き出して拳銃の弾丸が男の頭を吹き飛ばした。

 

 その後ろの男にクロエがダッシュし、男の腹にけりを入れると、そのまま横っ飛びしながら男の即頭部に弾丸を撃ち込み、その男の後ろから発射された弾丸をかわした。

 

 クロエはそのまま横にとんで、廊下の横のドアの上につかまって弾丸をかわすと。

 ジャンプで再び廊下の真ん中に下りて両手の銃で左右の男の頭を打ち抜いた。

 

 次にクロエに銃身を向けたマフィアまでダッシュで距離をつめたクロエはそのままジャンプしながら男の頭上を飛び越え、同時にその頭を宙返りしながらつかんで、着地と同時にバランスを崩したその男をその後ろにいた男に投げ飛ばして、二人が重なったところを拳銃でまとめて打ち抜いた。強化筋肉繊維があってはじめてできる動きである。

 

 ゲッペンの部屋から出てきた幹部の男がクロエに銃を向けると、クロエは右足を蹴り上げてその男の銃を跳ね飛ばし、次に男の胸あたりにむかって体を横にして肩口を爆発的な突進とともにぶち当てた。

 その衝撃で男の心臓はつぶれ、吹き飛ばされて部屋の奥で座るゲッペンの横を通り過ぎて、ゲッペンの後ろの窓を壊してそのまま屋敷から庭に落下していった。

 

 ゲッペンの部屋にゲッペンともう一人残ったマフィアが立ち上がって銃を抜くと、その男の後ろから飛翔してきた狙撃ライフル弾が男の頭を貫通して男は絶命しそのまま倒れた。

 

 ゲッペンはそれを見て、狙撃手もいることがわかった。

 クロエに拳銃を向けられたゲッペンは両手を挙げてつぶやいた。

 

「こんな息子が欲しかったぜ」

 

 ゲッペンは死のにおいとともに、使えない息子を思い出しながらそういった。

 もちろんそれらの事情を浅くも知らないクロエにはその意味を知ることはなかったのだが。

 

「ゲッペン。あんたに聞きたいことがある。ケイトリンはどこだ」

 

「ケイトリン・ヴァルツ?」

 

 ゲッペンはその名前を聞いて心臓が握られるようだった。

 

「知っているな?話せ!どこにいる!!」

 

 クロエが顔をゆがめてゲッペンに叫んだ。

 

「知っているさ。もちろん知っている。だが、言わない。言えば俺の命まで危なくなる」

 

 クロエはにくにくしげに顔をゆがめたままアゴをひねっていった。

 

「命があぶない?わかってないわね。あんたの命はいままさに私につかまれてる」

 

 そのとき、ゲッペンの部屋の後ろの廊下の扉から、マフィアたちがぞろぞろと入ってきた。

 同時に、マフィアたちが入ってきた廊下の横の壁が爆発して、そこからはるか遠方にいるネッドの対物マテリアルライフルから発射された狙撃榴弾がマフィアたちの足元で着弾、爆発しマフィアたちを吹き飛ばした。

 しかし、爆炎の後ろから現れたものを見てクロエは目を見開いた。

 3mほどの体躯、金属質の装甲。巨大な廊下の向こうの扉からアーマードスーツが廊下に入ってくるところだった。

 

「アーマードスーツ!?」

 

 クロエは廊下のほうを向きながら叫び、次に全力で横にとんだ。

 

「こいつを殺せ!!」

 

 ゲッペンが叫ぶ。ASから発射された重機関銃が暴風雨のような密度で廊下を疾走し、横に飛ぶクロエの向こうのゲッペンを粉々に引き裂いた。

 

 クロエがギリギリで横にとんで、振り返ると、すでに部屋にオーバードブーストで加速した3MのASが飛び込んできており、クロエに向かって両手を向けていた。

 クロエの目が見開かれる。なんでマフィアがASなんて持っているのだ!?

 

 ASの両手の重機関銃からクロエに向かって鉄甲弾が嵐のように掃射されたとき、ゲッペンの後ろの窓からアルバニ3号が飛び込んできてクロエに覆いかぶさり、その装甲で重機関銃の掃射をうけた。

 

『あだだだだだだだ!!』

 

 アルバニの後部に重機関銃がめりこみ、装甲をへこませる。

 それと同時に、クロエの後ろの窓からネッドのマテリアル弾が飛翔し、ASの胸部に着弾、爆発すると、ASを向かいの壁面に吹き飛ばし、次にネッドが遠方から射出したマテリアルライフルの狙撃榴弾がASの胸部につきささりASを壁面に深くめりこませた。

 

『だいじょうぶクロエちゃん?』

 

 アルバニがしたのクロエに声をかける。

 クロエは混乱気味に首をふった。

 

「アルバニ!?なんであんたがこんなところにいるの!?」

 

 アルバニの後部のポッドが開いて、そこからレザードが顔を出した。

 

「クロエ!乗ってくれ!逃げなきゃ!」

 

 レザードが叫ぶ。

 

「向こうからまだASが来てる。2機いる!!」

 

『確かに僕のセンサーでも2機のASが向かってるね』

 

 クロエの耳の通信機にネッドから通信が入る。

 

「クロエ、ASが出るのは想定外だ。アルバニに乗って一時撤退だ」

 

 クロエは通信を聞いて、しかし悔しそうに、アルバニの後部のポットに滑り込んだ。

 

 アルバニはクロエを乗せると、廊下から2機のASに重機関銃の掃射をうけながら、装甲が破られる前に急いで入ってきた窓から飛び出すと地面に降りてローラー走行で全速力で走行し始めた。

 

 逃げるアルバニ3号のポッドの中で、クロエの通信機にネッドから通信が入る。

 

『クロエ、アルバニと一緒に、先に自宅に帰ってなさい。尾行はされないように規定ルートをアルバニに言っておきなさい。私は別ルートで戻る。愛してるよクロエ』

 

「はい父さん。父さんも気をつけて」

 

 クロエがそういうと通信が途絶えた。

 

 

 

 #

 

 

 

 ネッドがいる丘は静かなものだった。まだマフィアにはこちらの位置が特定されていないらしい。

 が、それはマフィアには、ということだった。

 ネッドの横手の地面の岩盤がじょじょに真っ赤にそまっていく。まるでマグマでも吹き上がるかのように。

 ネッドは通信機を足で踏み潰すと、手に持った巨大な対物マテリアルライフルを握りなおした。

 

 

 

 #

 

 

 

 道路を走るアルバニの後ろを、二台の黒塗りの車が追ってくる。

 

『クロエちゃーん。後ろからなんか車が追ってきてるよ~?』

 

 アルバニがそういったあと、後ろから追走してくる車の窓から男が二人それぞれからだを乗り出し、銃弾をアルバニに浴びせてきた。

 

『あたたたた。あの銃器じゃ僕の装甲は大丈夫だけど。僕兵器類はロックされてるんだよな~』

 

「私がやるわアルバニ。しばらくまっすぐ走って」

 

 クロエはそういうと、アルバニの後部のポットを開けて、そこから上半身を外気にさらすと、後ろから走ってくる2台の車のほうを向いて、右手の銃を伸ばした。

 

 車から疾走する弾丸がアルバニのポッドにあたり、クロエの顔の横を高速で通り過ぎていく。

 クロエは車のほうを見て目を細めると、続けて二回拳銃の引き金を引いた。

 クロエの右手の拳銃から発射された二発の弾丸は、そのまま空中を疾走してそれぞれの車の前輪に着弾、破壊させた。

 二台の車は一台はスリップして、もう一台は勢いで車体を横にして縦に2回転して走行がとまった。

 

『ひゅ~やるぅ~クロエちゃん』

 

「ありがとう。まぁ、当然だわ」 

 

 アルバニ3号はその後、クロエとレザードを乗せて、クロエの言われたルートを通って、クロエとレザードを家に送り届けた。

 

 

 

 #

 

 

 

 2300時

 クロエは、レザードを家のリビングに座らせたまま、ネッドの帰りを待っていた。

 しかしいつまで待っても、ネッドが帰ってくることはなかった。

 

 



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第13話 前夜

 翌日。

 5日目のシチリアIS研究都市の南東に位置する大空洞の調査を控え、シチリアIS学園では午前は軽く授業をしたあと、午後はISの整備点検と自由時間に当てられた。

 IS学園の生徒たちはそれぞれのISを飛行学園艦アレクサンダーのドックで整備、点検に回している。

 

 午後から千冬には明日の大空洞の調査のほかに、もうひとつ問題が発生していた。

 ドックにいる千冬の目の前で両手のマニピュレータアームをすり合わせるアルバニ3号だった。

 

『あの~。千冬先生、これはいったいどういうことなんでしょう?』

 

 車体をところどころへこませたアルバニ3号が千冬を見上げる。

 アルバニ3号の車体は、部分的な取替えや溶接で、ほぼ修理を終えていた。ところどころ小さなへこみは残ってはいたが。

 

「それはこっちのセリフだバカモノ」

 

 千冬は昨日のマフィアの館で発生した銃撃戦において、このアルバニ3号が関与していたらしいことを市長のウィリアム=バークレーから聞き及んでいた。

 それだけではない、なお悪いことに

 

『ISコアが盗まれた?』

 

 アルバニ3号が千冬に聞き返した。

 そのまわりでは別のアルバニたちがザワザワと言い合っている。

 

「そうだ。シチリアIS研究都市で管理されている輸送中のISコアがひとつ盗難されたらしい、そのマフィアたちがその盗難に関与している可能性があると研究都市側は指摘したようだが、昨日の騒ぎで、それが奪取された可能性が高いとしている。貴様がかかわったものたちの手によってだ」

 

『そのー。僕は襲われてた「一般人」を助けただけなんですけどー』

 

「その一般人が誰かを聞いているんだ」

 

 アルバニ3号がなぜそんなところにいたのか、千冬が聞くところによると、ドライブをしていたら突然屋敷のほうから銃撃音が聞こえてきたということらしかった。

 それに助けた『一般人』もすぐに逃がしてしまって行方はわからないということらしかった。

 一応アルバニの記録も探って見たが、私用コードを除いた軍用コード内の記録に目を引くものは記録されていない。

 千冬はためいきをついて目の前でしどろもどろしているアルバニ3号に言った。

 

「ISコアの貴重性は貴様らも理解しているだろう?それがアルバニ、お前の関与の上で奪取されたということでは、これは我々の責任問題にもなりかねん」

 

 すでに研究都市市長のウィリアム=バークレーからはその責任の所在をやんわりと問われていた。

 

『せ、責任問題!?』

 

 アルバニ3号が飛び跳ねるようにして、そのまわりの戦車たちもどういうこと?と顔を見合わせた。

 

「事態の推移によっては、日本政府としても対応する必要がでる。場合によっては、貴様らの解体処分も検討されるだろう」

 

『えぇ~!?か、解体!?』

 

 まわりの戦車たちは今度は解体!?解体!?と騒ぎ始めた。

 

「まぁとりあえずのところ、明日の大空洞の調査を控えて、我々も、シリチア研究都市も大きくは動けない。ISコアの盗難については、調査が終わってから本格的に対応を考える」

 

 千冬が震え上がるアルバニ3号に念を押して言った。

 

「もう一度聞くが、アルバニ。貴様本当になにもしらないんだな?」

 

 アルバニ3号は千冬につめよられて、マニピュレータアームをこすりながら横に動きながら言った。

 

『し、知りません。なんにも!』

 

 はぁ。と千冬はため息をついた。

 

「とにかく、アルバニ2号と4号、貴様らは明日の調査に参加してもらう。整備をおこたらないように」

 

『了解!』

 

『了解ですー!』

 

 アルバニ2号と4号が腕を上げて敬礼のポーズをとった。

 

 

 

 #

 

 

 

『おいおいいいのかい?』

 

 千冬が兵器ドックを去った後、アルバニ5号がアルバニ3号に歩いていってたずねた。

 

『きみは何か知ってるんじゃないの?ちょっと様子がおかしい印象を受けるけどさ』

 

 アルバニ3号は5号のほうを見て、つぎにうつむいた。

 

『ごめんねみんなまで巻き込んで。でも僕は私用コードの記録を明かさないでおこうと思うんだ』

 

 うつむくアルバニ3号にアルバニ5号はマニピュレータアームを組んで少し考えた様子をした。

 

『うーん。まぁきみがそう思うならいいけどさ。僕たちもどうなるかわからないよなぁ』 

 

 アルバニ5号があっけらかんとして言う。

 

『もしかして、本当にラボ送りにされて解体処分されちゃうかもしれないよ?』

 

『うーん。それはそうなんだよね。ラウラちゃんにあえなくなるのはさみしいなぁ』

 

 アルバニ3号は、解体処分まで覚悟した上で、そうなったらただラウラにもう会えないであろうということを残念そうにするのだった。

 アルバニ5号の隣で黙っていたアルバニ6号が言った。

 

『それに問題は僕らだけじゃないかもしれないよ。僕たちを開発したのはドイツと日本だけど、場合によってはこの二国まで責任を問われてくるかもしれない。ちょっと組織の内外の問題にまで発展しかねないよ』

 

 アルバニ3号は6号にそういわれて、少し言いよどむ風だったが。

 

『でも…僕は…』 

 

 3号の隣のアルバニ2号が3号の車体をマニピュレータアームでガンガンと軽くたたいていった。

 

『君がそう思うんだったらそれでいいんじゃないかな。わかんないけど。とりあえず明日の調査をしっかりやろうよ。なぁみんな』 

 

 2号がほかの自律思考戦車たちにそういうと、輪になって話していた戦車たちは、おー!おー!と口々に言って手を上にあげて意気を示した。

 

 

 

 #

 

 

 

「アルバニたちが解体処分される!?」

 

 飛行学園艦アレクサンダーのブリーフィングルームで、セシリアが千冬に聞き返した。

 その隣にはラウラも立っていて、上官である千冬の前で平静を保とうとしているが、にわかに驚きを押さえ込めていない様子だった。

 

「ああ、あくまで可能性だが、日本とドイツがシチリア研究都市のISコア紛失の責任を問われれば、委員会がどのような決定をくだすか予想できん」

 

「教官!私は反対です!やつらは優秀な兵器です」 

 

 なおも強弁をすすめようとするラウラを千冬がさえぎった。

 

「ボーデヴィッヒ、私のことは先生と言え。しかし、明日には大空洞調査がひかえていて、今我々や研究都市が大きく動くことができない。あるいは、そのタイミングが狙われたという可能性も否定することはできん」

 

「マフィアの屋敷に居合わせたというその一般人が?」 

 

 セシリアが千冬にたずねると千冬は少し考えてこたえた。

 

「その可能性が高いと、研究都市は見ているようだ」

 

「そもそもなぜマフィアがISコアを所持していたのですか?」 

 とラウラ。

 

「研究都市はISコアの輸送を委託する形をとっていたらしい。シチリアの組織を掌握していて、武装もしている。しっかりと関係を結んでいれば、そこらの警備団体よりも安全だという算段らしい」 

 

「しかし織斑先生」

 セシリアが千冬にたずねる。

「そのISコアを取り戻すことができれば、問題は解決するということでよろしいのですね?」

 

「そういうことだ」 

 

 千冬は短く答えて、続けてセシリアに念を押すようにいった。

 

「だが目下の作戦は明日の大空洞の調査だ。今日の午後はISの点検、整備、加えて十分に休息し、かつ鈍らないように勘をとぎすませておけ」

 

 そういわれて、ラウラはすぐに敬礼の姿勢をとった。

 

「はっ!了解しました!」

 

 千冬が次にセシリアのほうを見ると

 

「了解いたしましたわ」

 

 とセシリアも浮かない様子でそう答えた。

 

 

 

 #

 

 

 

 その後、セシリアとラウラはアレクサンダーの第一ドックにアルバニたちに会いに来ていた。

 

「アルバニ、少々思わしくない事態が起こったようだぞ」

 

 ラウラがドックに入ってすぐかけよってきたアルバニたちに言った。

 

「本当にISコアの盗難についてご存知ありませんの?このままではあなたがたは解体処分されてしまうかもしれませんのよ?」

 

 セシリアがアルバニたちに問いかける。

 アルバニたちはセシリアに問われて、互いを見合わせて、しかしそれぞれ首を振った。

 

『ごめんよラウラちゃん、セシリアちゃん。3号はそれについては知らないらしいよ』

 

「事件の現場で、何か不振な動きを見たということは?」

 

 ラウラがアルバニ3号にたずねた。

 アルバニ3号はマニピュレータアームを組み、白い単眼を右上にそらして考えるそぶりをした。

 

『うーん。でもISコアは僕の視界には入ってなかったと思うよ。しいて上げるなら。あの屋敷にASが3機出現したってことぐらいかな』

 

 ラウラがそれを聞いて少し考える。

 セシリアがうつむいて考えるラウラに言った。

 

「なぜマフィアの屋敷に、巨大マフィアの屋敷とはいえ、ASが3機もあったのでしょう」

 

「ふむ。たしかにやや過剰な兵力に思われるが、おそらくISコア運搬の際に防衛するための兵力として用意されていたのだろう」

 

 なるほど、そういってセシリアも少し考え込む様子だった。

 

『ラウラちゃんにセシリアちゃん。考えてくれるのはうれしいけど、僕たちが解体処分されるならされるで、仕方のないことなんじゃないかなって思うんだよ』

 

 とアルバニ6号。

 

「仕方のないことなわけがあるものか!貴様らそれでいいのか!?」

 

『んーもちろん解体されなきゃいいとは思うけど、使えない兵器がお払い箱になるのは仕方のないことだよ』 

 

『僕らの1世代前の無人戦車も結局運用が難しくって解体処分されちゃったしな~』

 

『AS1機分かそこらくらいの戦力しかないし、無力っていうのはつらいもんだよ』

 

 アルバニたちが口々にいって、日本が単独で開発した無人戦車のことを振り返ったりしていた。

 ラウラとセシリアはその無人戦車については知らなかったが、単純なアルゴリズムで動くため、戦力にならなかったということだ。

 その失敗を鑑みて、ドイツと日本で共同制作されたのが多重的思考回路を組み込まれたこの自律思考戦車アルバニシリーズだった。

 

「そんなことはない!お前たちは決して無力などではないぞ!」

 

 ラウラが腕を振ってやや落ち込んでいる様子のアルバニたちにげきを飛ばした。

  

「お前たちを解体処分になどさせん。ISコアも回収する」

 

 ラウラはそういってドックを後にし、セシリアもラウラの後を追った。

 

 

 

 #

 

 

 

 二人がアレクサンダーの兵器ドックを出てしばらくしたあと、ラウラはセシリアに、シチリアIS学園の駅に呼ばれていた。

 ラウラがそれにしたがってシチリアIS学園前駅に行くと、そこには風変わりないでたちをした少女が立っていた。

 

 その少女はチェック調の帽子をかぶり、同じくチェック調のコートを羽織っている。

 

 そして彼女は手にもったフェイクパイプを口にくわえ、ニコチンのない無害な煙を吸い込むと、ケホケホと咳き込んだ。

 

「セシリア、どうしたんだその格好は?」

 

 咳き込んでいたセシリアは、ラウラの質問に不敵な笑みをたたえて答えた。

 

「ラウラさん。どうやらわたくしの灰色の小さな脳細胞が活動を始めたようですわ」

 

 片眉を上げるラウラにセシリアは続けていった。

 

「この事件。このセシリア・オルコットが解決いたしますわ!ラウラさん、わたくしの助手をお願いできまして?」 

 

「セシリア、もしかしてお前楽しんでないか?」 

 

「気にしないでくださいまし。わたくしはこれからその事件が起こったゲッペンの屋敷に向かおうと思っていますの」 

 

 ラウラはセシリアの様子に少し憮然としていたが

 

「ラウラさん、過度の緊張はパフォーマンスを低下させますのよ。こういうときこそユーモアをたしなめる心の余裕が必要ですわ」

 

 とセシリアが改めて同行を求めると、小さくため息をついてそれに応じた。

 

 

 

 #

 

 

 

 セシリアとラウラは、シチリアIS学園前の駅からシチリアIS研究都市の郊外のゲッペンファミリーの屋敷を訪れていた。

 説明を加えると、ISをつかえば電車よりだいぶ早くつけはするが、IS学園外でのISの無断使用はよほどの緊急時をのぞいて禁止されているのである。

 

「これはまた、ずいぶんと派手な戦闘が行われましたのね」

 

 セシリアとラウラがゲッペンファミリーの屋敷を訪れると、そこにはまだ警察も入っているところで、ゲッペンファミリーの屋敷は何かがいくつも爆発したように、壁面がいくつも吹き飛ばされていた。

 巨大な庭にいるセシリアとラウラから見た屋敷の最上階は、窓が破壊され、東側の壁面が著しく破損していることがわかった。

 

「こんなになるまで、いったい『何』と戦っていたのでしょう?」 

 

「わからんな。これはまるで中東の紛争地帯の光景だぞ。戦車にでもおそわれたのか?」

 

 ラウラとセシリアが警察に言って屋敷に入り、さきほど外からうかがっていた屋敷の最上階へと向かった。

 屋上には、警察官が数名と、研究都市の警察の所長なる男が二人を出迎えた。

 

「いや、ようこそおいでくださいました。シチリアIS学園のかたがたですな」

 

 所長は小太りで背の低い男で、鼻に汗を浮かべてせわしなくあたりを見回していた。

 右手で顔の汗をぞんざいにぬぐって話を続ける。

 

「いやー。ISコアの盗難の件はお聞き及びですかな?」

 

「ええ、存じておりますわ。我々も自責をきんじえませんわ」 

 とセシリアが答えた。

 

 他方ラウラはというと、ゲッペンの部屋のASがめり込んだと思われる粉砕された壁を見て黙っている。

 

「いや、それで我々もおおあらわといったところですよ」

 

「ええ、わたくしたちもISコアの所在を一刻も早く突き止めようと努力しておりますわ」

 

 所長は、ええ、ええと言って、次にセシリアとラウラに大変綺麗だとほめ、部下の警官たちに手短に指示を飛ばしていた。

 その他方でラウラがセシリアに言った。

 

「手がかりらしいものは、そうないな。しかしASが壁にめり込むほどの衝撃とは、相手は戦車砲でも持ち出してきたのか?」 

 

 ISコアの盗難ともなれば、それなりの勢力がバックにいてもおかしくはない。

 

「そうかもしれませんわね。残りのAS2機は攻撃を受けていないということですし、ASを相手にしている間に、ほかの人間がISコアを盗んで逃亡したのかもしれませんわ」

 

「そもそも、アルバニ3号はこの窓から逃亡したらしいが」

 

 ラウラがゲッペンの部屋の後ろの大窓を見やって続けて言った。

 

「アルバニは『一般人』を助けたといっていたが、なんでこんなところに一般人がいたんだ?」

 

「そうですわね。その一般人の方々のお話が聞ければいいのですが、そちらの足取りは追えるでしょうか?」 

 

「いやー、お二人とも、実にお美しい!」

 

 セシリアとラウラの推論を、警察署長の声がさえぎる。

 二人が所長のほうを振り向くと、所長は油の浮いた笑顔で二人を見やっていた。

 

「しかし、あやしいですな」 

 

「あやしい?我々がか?」 

 

 ラウラが怪訝そうに聞き返す。

 

「そのとおり、あなたがたはISコアの盗難に関与したと思われる兵器を所有している組織の人間だ。あやしまれて当然だろう?」

 

 所長がそういっている間に、所長の後ろには別の警官が2名ついていた。

 

「なるほど、それはいいとしよう。それで?」

 

 ラウラが所長にうながす。

 

「そうです。ですので少々、署までご同行願えますかな?いろいろと『調べたい』ことがありますので」 

 

 所長が言ってから、グヒヒと笑った。

 セシリアがその様子にササっと体を抱きしめるようにして後ろに下がった。

 ラウラが所長に言った。

 

「貴様の口ぶりだと、その調べたいことというのはこの件とあまり関係なさそうだが」

 

「それはあなたがたの気にするところではない。我々が満足するまで『調べさせて』いただければ、その後釈放しますよ」

 

「法的な根拠があると思っているのか?警察が何の証拠もない人間を連行するなら、任意同行になるハズだが。我々がそれに従う強制力はない」

 

「ええ、任意同行です。しかしながら、ある程度の『裁量』というものが認められている」

 

 所長がそういうと、後ろの警察官の一人が腰元から警棒を抜いた。

 

「おとなしくしたがっておいたほうが、『身』のためかと思いますが」

 

 ラウラはそういっていやらしく笑う所長をするどく睨んだ。なるほど、腐っている。

 

「なるほど、組織の腐敗とはどこにでもある話だ。しかし私を正面から武力でしたがえようとは、愚かなやつらだ」

 

 そういうと、瞬間所長の前に対峙するラウラの体が鈍く光り、ついで一瞬で全身を褐色の全身鎧のような専用IS、シュヴァルツェア・レーゲンの機体に包んだ。

 ラウラがレーゲンの右腕にプラズマカッターを発生させると。

 所長が跳ねるように後ろにたじろいだ。

 

「ひいいぃぃぃ!?」 

 

「どうせなら不意をついておくべきだったな。獲物を前に舌なめずり、三流のすることだ」

 

 ラウラが丁寧に警察署長の行動を振り替えり、アドバイスするようなことを言った。

 ラウラのレーゲンの右手に展開されたプラズマカッター場が黒い手にまとわりつきながらバチバチとプラズマを放出し、その一端が軽く地面をなめると、床にしかれた絨毯ごと床が豆腐のように切り込みが入った。

 

「セシリア、ひとまずここを出よう」 

 

「え?ひゃっ」 

 

 ラウラがレーゲンを装着したまま、セシリアを抱えると、そのまま部屋の大窓から外に飛び出して、ゆっくりと浮遊しながら屋敷の広い庭に着地した。

 セシリアを地に立たせて、レーゲンを転送する。

 警察署長たちは二人を追ってこようとはしないようだった。それ自体は賢明な判断だといえた。

 

「セシリア、次はどうするね?」

 

「ええ、ひとつはアルバニが助けた『一般人』が気になりますわね」

 

 そういってセシリアは広い庭の地面を見た。

 そこには、アルバニ3号が着地して、逃走した際のホイール後が道路へと続いていた。

 セシリアはチェック柄のコートから、用意のいいことに虫眼鏡を取り出した。

 

 

 

 #

 

 

 

 アルバニ3号の特徴的なホイール跡は、だいぶかすれてはいたものの、なんとか追跡できるものだった。

 二人は昨夜アルバニ3号が走ったと思われるその道路を、そのホイール跡をたどって歩いた。

 

 途中、車が横転したあとがあったが、ホイール跡はなんとか追跡することができた。

 

 アルバニ3号は、なぜかえらく込み入ったルートを走って逃走したようである。

 

「アルバニはまたえらく精密な逃走ルートを選んでいるな。これでは尾行をすることは不可能だっただろう」  

 

 平服にもどったラウラがアルバニを賞賛するような様子で言った。

 二人は複雑なルートをたどり、何回か同じ道を進んだあと、研究都市の郊外の裏通りを歩いていた。

 

「それにしても、この街の警察組織はどうなっているのでしょうか。サラさんのいっていたことももっともですわ」

 

 セシリアが少し憤慨したように言った。

 

「何も珍しいことではない」

 

 ラウラがセシリアに応えて言った。

 アルバニ3号のホイール跡は、裏通りを何回も曲がっている。

 

「イギリスや日本の警察組織に慣れているとそうおもうだろうが、基本的に、組織とは腐敗する性質をはらんでいるものだ。ボールズの実験というものがある。人間は人に命令されると、基本的に判断能力を欠如させ、どのような残虐な行為でも行えるというものだ。組織で命令される立場になり、また組織のほかの人間たちの意志をゆるやかに汲んで、総体として自分たちの利益のみを追求する腐敗組織が醸成されていく」

 

――まぁ。セシリアが驚いたように言って、続けて言った。

 

「韓非子の言葉に、人は結局のところ、善徳や美意識に従わず、自分の欲求にのみ従うという言葉がありますが、よしんばそれがある程度的を射ているとしても、警察組織がそのようなことでいいのでしょうか?」 

 

「たいした問題ではないのだろうな。『自分たちは警察だ。だからちゃんとしよう』という風には思わないのがこの街のケースなのだろうな」

 

 ラウラは特に何事でもないような様子でそういうのだった。

 彼女は日本に来る前には、黒ウサギ隊としてどのような活動に従事していたのか、セシリアには興味深く感じられた。

 警察の腐敗に、マフィアが深く入り込んでいる。どうやらこの街もよいことばかりではないようだった。

 

 と、アルバニ3号のホイールを追う二人に、子供の声が聞こえてきた。バスタードレザードという罵り声である。

 

 二人が裏通りの角を曲がると、4人の男子が地面にうずくまる10歳前後の少年を踏みくちゃにしているところだった。

 セシリアはその足蹴にされている少年に見覚えがあった。

 

「ロウリーレザード!!」

「バスタード!!」 

 

 うずくまるレザードを4人の少年が囲んで蹴り続けている。

 レザードはただうずくまり、蹴りが腹に入ると咳き込んだ。

 

「セシリア、あいつらは何をやっているんだ?」

 

 そっけない様子でラウラがセシリアに尋ねた。

 

「見てわかりませんの?虐待ですわよ。よってたかって、やめさせませんと」

 

「わからんな。それは楽しいものなのか?」 

 

 ラウラが見るレザードを蹴る少年たちは一様に喜色ばみ、ところどころ笑い声を上げている。

 

「それは、わたくしにはわかりませんが」 

 

「そういうやつらもいるということか、試して見よう」 

 

「えっ?」

 

 ラウラはそう言い放つと、正面で少年を蹴る男子4人のほうを向いて、すばやく腰に刺したアーミーナイフを投擲した。

 ナイフが風切り音をたてて疾走し、笑顔でレザードを蹴る少年4人の顔の横を通り過ぎると、すぐ横の壁に突き刺さった。

 少年たちが笑顔のまま、何が起こったかわからず、ナイフが飛んできたほうを見た。

 

 するとそこには、グロックをこちらに構えたラウラがこちらに銃口をむけて引き金を引く姿が見えた。

 

 タン! タン! タン!

 

 銃弾が少年たちのそばを通り過ぎて後ろの壁に弾痕を刻む。

 少年たちはそれで絶叫すると、蜘蛛の子を散らすようにいちもくさんに逃げ去った。

 

「ふむ、やはりつまらんではないか」

 

 あっけらかんというラウラをたしなめるより先に、セシリアは床で咳き込むレザードにかけよった。

 

「レザードさん?大丈夫ですか?」

 

 レザードは、口の中を軽く切ったようで、口の横から血を流している。

 

「あ、ありがとうございます」 

 

 レザードは短く礼を言うと、裏通りに転がった買い物荷物を急いで集め始めた。

 

「レザードさん。もしよければわたくしに相談してくださってもいいんですのよ?」

 

 セシリアの言葉に、レザードはしかし、道に転がった食材を集めながら、後姿のままで言った。

 

「いいんだ。僕が弱いんだ、意気地がないからダメなんだよ」

 

「だから、ネッドさんも…」 

 

 そうポツリと言ったのだった。

 そして少年は二人分の食材を拾い終えると、セシリアとラウラに小さく頭を下げて、裏通りをセシリアたちの後ろにトボトボと歩いていった。

 

「レザードさん…」

 

 そのレザードの後姿を見送るセシリアをラウラが促した。

 

「ホイール痕を追うぞ。こっちだ」

 

 セシリアとラウラがアルバニ3号のホイール痕を追って歩いていく。

 アルバニは途中でその一般人を解放したということだが。

 

 セシリアとラウラが裏通りの角をさらに曲がって進んだ。

 しかし、彼女らはそこで足をとめてしまった。

 

「これは…」

 

 ラウラがつぶやくようにいった。

 ホイール痕は、表通りに続いていた。

 そしてそこには、大勢の人間が流れるように歩いているのだった。

 人通りの足ふみで、ホイール痕はそこで消失してしまっていた。

 

「セシリア…」

 

 ラウラがセシリアに言った。

 

「これは…残念ですが、ここまでですわね」

 

 そこで二人は追跡を断念した。

 ここで断念せざるをえないということは、その一般人の特定をすることはできそうになかった。

 セシリアとラウラは、別の可能性を検討しながら、シチリアIS学園へと引き返した。

 

 もう日も沈み夜が来ようとしている。

 今は明日の大空洞の調査に集中しなければならない。

 

 

 #

 

 

 

 その夜、セシリアは海上コテージの中で、ひとりバルコニーの椅子に腰掛けていた。

 夜はすっかりふけて、海は月明かりが白い光をおろしている。

 セシリアは寝る前に、バルコニーでコテージの明かりに照らされて青く光る海の音に耳を傾けながら、紅茶を飲みながら本のページをめくっていた。

 

 コテージにはセシリア一人だった。もう一人のルームメイトは、別のコテージの友人のところに泊まるらしく、きっと今も歓談に盛り上がっていることだろう。

 ということだったので、コテージにはセシリア一人だけで、ページをめくる音と波の音以外には何も聞こえなかった。

 

 セシリアが紅茶の杯を傾け、ページをめくっていると、呼び鈴がなり、玄関に誰か尋ねてきているのがわかった。

 本を置いて玄関の扉を開けると、コテージを訪ねてきたのはサラ=ハースニールだった。

 セシリアがサラの来訪に笑顔で応じると、サラも朗らかに笑ってたずねた。

 

「セシリアさん。今時間はあるかな?少しいいかい?」

 

「ええ、かまいませんわよ。どうぞお入りになってくださいな」

 

 セシリアは突然の来訪にちょっとうれしそうな様子でサラをコテージに迎え入れた。

 

 サラをコテージのバルコニーに座らせると、新しく紅茶を2つのカップに入れて、セシリアも向かいのイスに腰掛けた。

 

「明日は大空洞の調査だね。これはIS学園側の協力がなかったらできなかったことだよ。本当にありがとう。シチリアIS学園を代表しても、私個人としても、お礼を言わせてほしい」

 

 そういうサラに、セシリアはやわらかく微笑んで言った。

 

「いいんですのよ。お役に立てて光栄です。オルコット家の誉れですわ」 

 

「セシリアさんにそういってもらえるとうれしいよ」

 とサラ。

 

 セシリアの目には、はじめてあったときのサラの目のしたの白い肌に対照的なクマが、もっと濃くなっているように見える。

 その様子にずいぶん疲れているのかと思った。

 

「そういえばセシリアさんはイギリスの貴族の人なんだったよね」

 

「ええ、そうです。イギリスの社交界でオルコット家の名を知らぬものなどおりませんわ」  

    

 そのオルコット家の名にしても、セシリアはその名を守るために小さいころから血のにじむような努力を重ねてきたのだった。その結果がイギリス代表候補生だったと言っても過言ではない。

 

「そうか、一筋縄ではいかなかったというわけだね」

 とサラ。紅茶を一口飲み、暗い海を眺めて続けた

 

「セシリアさん。少し湿っぽい話になるけど、昔の話をしてもいいかな?」    

      

「ええ、ぜひお願いします」

 セシリアが促した。

 

 サラはありがとうと言って話を続ける。

 

「私の故郷はスイスの東部だったんだ。そこのある古い街で暮らしていたんだ」    

 

 サラは少し言葉を切って続けた。

 

「私が6歳のときだ。私がいつものように学校から帰り道を歩いていると、その先の私の街が燃えているのが見えたんだ」   

 

「街が、ですの?」  

 セシリアが驚いて言う。

 サラが肯定して話を続けた。

 

「一機のISが街を燃やしていたんだ。私の両親はISの研究者だった、私は幼かったからよくは覚えていないんだけどね。それで街が狙われることになったのかもしれない。結局、街の生き残りはほとんどいなかったよ。私と、あとは数人だけ」      

         

「それは、お気の毒ですわね」

 とセシリア。

 サラは短くありがとうと言って話を続けた。

 

「それで私は祖父の夫婦に引き取られて、中央よりの学校に移ったんだ。そこでISの機動について学び始めたんだったよ。最初はアーマードスーツを使った機動訓練からだった」  

 サラの眼が古い記憶を思い返す色をおびる。

 

「シャーリーや、フレッド。いい友達にも恵まれた。それにいい先生にも恵まれた。みんなその先生が大好きだったな」   

 

 そういって、昔を思い返すサラの瞳に苦いものがまじった。

 

「それから3年たったあとだ。私が移り住んだその街が再び炎につつまれた。私の故郷を焼いたISがあらわれたんだ。それがなぜだったのかは、結局のところわからなかったよ」    

 

「私の同級生も全員死んだよ。そのISにやられたんだ」 

 

「まぁ…そんな」

 セシリアは言葉をつまらせた。

 

「私は、シャーリーが血を流しながら運んでくれたASに乗って、そのISと戦った。なんとかしとめることができたけど…」   

 

 セシリアはそれを聞いてさらに言葉を失った。ASでISをしとめるなど、聞いたことがなかった。記録でも見たことがないので、非公式なものとして処理されたのだろう。ASで、ISの空間シールドを破ったとなると、ISの背後のシールドの非多層点をついたのだろうか。

 

 サラが次にこぼすようにいった。

 

「そのISの搭乗者は、私たちの先生だった」         

             

「私たちの大好きな先生が、なぜこんなことをしたんだって思ったけど、そのとき先生はもう動かなくなっていた。私が殺したんだよ」   

 

 セシリアが言葉をつまらせていると、サラが自嘲気味に笑った。

 

「私の目の下にいつもクマがあるだろう?今でも夜になるとその光景がフラッシュバックしてね。よく眠れないんだよ」

 

 サラは照れ隠し気味にアハハと笑って言葉を続けた。

 

「神隠しの事件にシチリアの生徒が巻き込まれてるってことは前にも話したよね、私はそれが心配でならない。個人の問題に別の個人が干渉しすぎることはできないといわれれば、それは確かにそうなのかもしれない。でもその理屈に、なかなか私の感情が従ってくれないんだよ」

 

 サラはそこでセシリアがいれた紅茶の入ったカップを傾けた。

 今回のIS学園の招待について、サラはもしかしたらかなり強引に進言したのかもしれない。

 セシリアは一息つくサラの目のクマを見て、ちょっと胸がしめつけられるような気持ちになった。

 その話を聞いて、改めて調査の依頼を受けてよかったと思った。

 

「サラさん、今日はわたくしと一緒に寝ませんこと?」

 

 え?といってセシリアを見るサラに、セシリアは優しくほほえんだ。

 

 

 電気が消えた薄暗い部屋の中でセシリアはベッドにサラを招き入れて二人で毛布にくるまっていた。

 

「どうですか?誰かが近くにいると心がやすまりませんか?」

 とセシリア。

 

「ああ、悪くない気持ちだよ」 

 サラが言う。

 

 サラはそれで、しばらくすると目を閉じた。

 ベッドの上の天井には、コテージのバルコニーから波が月の光を反射して、薄く光の波をゆらめかせている。

 

「今日はゆっくり眠れそうだよ。でもこんなことシチリアのみんなには頼めないな」

 サラが小さく笑って言った。

 

 ほどなくして、サラは寝息をたてはじめた。

 セシリアは寝息を立てるサラをゆるく抱きしめたまましばらくして眠りについたのだった。

 

 

 



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第14話 五日目

 4日目の夜が明けた。セシリアが海上コテージ内のベッドで目を醒ますと。一緒に寝ていたサラの姿が見えなかった。

 セシリアが起き上がって部屋を見回すと、すでにベッドから抜け出したサラが室内のポットでコーヒーを入れているところだった。

 

「おはようセシリアさん。よく眠れた?」

 

「ええ、おはようございます。サラさんはよくねむれまして?」

 

 セシリアは少しぼーっとした頭でサラとあいさつを交わすと、よく眠れたと礼を言うサラに謙遜して応じた。

 

「コーヒーをいれてるんだけど、セシリアさんもどうだい?セシリアさんは紅茶のほうがよかったかな」

 

「ではお言葉に甘えさせていただいて、アールグレイをお願いできますか?」

 

 サラが笑顔で応じて、キッチンで沸騰していたポットを手にとった。

 

 セシリアが白く湯気を上げるアールグレイのカップを手渡されると、サラはすでにほとんど飲んでいたコーヒーのカップを空にして。

 今日はよろしくお願いするよとセシリアに言ってからコテージを出た。

 

 セシリアは、手渡されたカップのアールグレイの揺れる液面を見つめて少し考えをめぐらせた。

 今日調査する大空洞は、確かにかなり疑惑が強い場所だと思う。

 しかしだからといって、必ず何か出るとも限らなかった。とはいえそれならそれで次の調査にコマを進めるのみである。消息を絶ったシチリアIS学園の女生徒の無事も祈らずにはいられなかった。

 他方でシリチア研究都市のISコアの盗難も気にかかった。

 千冬が日本と連絡を交わしたところ、委員会の感触はよくなかったらしい。もともと懐疑的な意見が半分を占めた自律思考戦車の運用継続については、千冬はやや言葉を濁してはいたが、このままでは運用停止をまぬがれないだろうということだった。

 

 気がかりはあったが、しかし今日は大空洞の調査に集中するべきだ。

 セシリアはそちらに意識をやって、アールグレイのカップを傾けた。

 

 

 

 #

 

 

 

 午前はISの機体チェックとウォーミングアップ、個別ブリーフィングに費やし、1500時に全体ブリーフィングでシチリアIS学園の大教室に関係者が召集されていた。

 チームは、当初の予定通り、日本とシチリアのIS学園生の混成で行われることになった。

 広い教室には、シチリアIS学園生とIS学園生がそれぞれ席に座っていた。

 千冬はまだ教室にきておらず、教室は生徒たちのしゃべり声でざわざわと騒がしかった。

 

「今回の調査は先遣隊としてセシリアとアウシェンビッツ姉妹を中心にした混成チームだというのは聞いているか?」

 

 教室内で座るセシリアの後ろでラウラが言った。

 

「ええ、事前に聞いておりますわ。それにアルバニが2機とほかに5名のメンバーでまず大空洞のおおまかな調査を行うとのことでしたわね」

 

 セシリアの隣の少女が少し興奮気味に、しかしやや怖がりのけを帯びていう。

 

「ISがあれば大丈夫だけどさ。でもすごい深いんでしょ?なんか怖いよねー」

 

 セシリアたちが調査について話していると、他方そのほど近くで、通りのいい声で作戦について不満を呈する声もあった。

 

「私は反対ですね。この調査によそ者を加えてやるのは」

 

 声の主は、シチリアIS学園のレミー=マグラスだった。白髪ショートの頭を机にのせた右ひじで頬杖を突いて、近くに座るサラやアウシェンビッツ姉妹に不平を漏らしている。

 

「そもそもこれは私たちの問題ですよ?なのに調査の先遣隊には半分も向こうの生徒が混ざってるときてる」

 

 レミーはあたりを気にせず不満を口にしている。ハリー=アウシェンビッツがまぁまぁといさめてはいるが、そもそも周りのIS学園の生徒たちも自分たちの話以外はあまり気になっていないようである。

 

「だいたいやつらは信用できるんですか?だいいち、IS機動の腕だってたいしたものじゃないじゃないじゃないですか。役に立つかどうか自体、そもそも議題に上げる必要がある」

 

 レミーは先日のアレクサンダーでの2on2も踏まえて疑念を呈していた。

 それを後ろで漏れ聞いていたセシリアは、それ自体セシリアにはなんのことはなかったが、後ろに座るラウラが気になった。

 だがそれは、セシリアのまったくの杞憂だった。ラウラはというと、その声が聞こえているのかいないのか、ブリーフィング資料に目を通しながら隣の少女たちに説明を加えたりをしていた。ラウラとて、大空洞の調査を前に問題を起こすなどとは思っていないということなのだろう。なのでセシリアも一安心という様子でラウラたちの話に加わった。

 レミーはなおも不満のたけをぶちまけていたが、セシリアには気にすることでもあるまいと思われた。

 

「そもそもそんな無能なやつらを差し向けること自体、おかしな話ですよ」

 

 レミーは右ひじを机に乗せて頬杖をつきながら、左手をヒラヒラと振った。

 

「彼女らが無能であることそれ自体は勝手にすればいいですけどね、こちらとしてはたまったもんじゃない。そもそもちゃんと教育されているのかが疑問ですよ、もしかして彼女らの教師が無能なんじゃないですか?」

 

 セシリアはそのレミーの話を聞いて、言葉を失ってしまった。

 レミーは乾いた笑い声を発して話を続けた。

 

「教師が無能なんじゃ仕方ありませんね。むしろ彼女らは被害者ですよ」

 

――まずいですわ。セシリアは瞬間はっとなった。だがそれは、セシリアの問題ではなかった。

 瞬間、セシリアの後ろの席を中心として、室内の温度が急に冷えたように感じられた。

 セシリアが恐る恐る後ろの席を見ると、そこにはすでに席を立っているラウラの姿があった。

 

(い、いけませんわ)

 

 とまどうセシリアをよそに、ラウラはすっと席を離れ、レミー=マグラスが座りながらしゃべっているほうへと歩き始めた。

 

「殺してやる…」

 

 セシリアの前を横切るラウラの後姿から、不穏な言葉が聞こえてくる。

 

(こ、これは最悪死人がでてしまいますわ!)

 

 ラウラがなおも歩みを進めると、レミー=マグラスがそれに気づいたようで、さっと立ち上がると、歩いてくるラウラに向かって好戦的な笑みを浮かべて両手を持ち上げてベアナックルに構えた。

 

「お、なんだいやるのかい?お前は既に私に負けてるのにさ?」

 

 その言葉には、しかしラウラは何の反応も加えない。ラウラの怒りは、自分の教官である千冬を侮辱された一点にあった。

 セシリアがなんとか二人をとめようと困惑してあわてていると、ちょうどそのとき教室の前の扉が開き、そこからブリーフィングの資料を持った千冬が教室に入ってきた。

 千冬が教室を流し目で確認していくと、見られた生徒たちが次々に口を閉ざして居住まいをただしはじめた。

 次に千冬の目がラウラにとまると、ラウラはぴたっと止まり、右手を頭にかざして敬礼した。

 

「そろっているようだな。では席に着け、本調査のブリーフィングを始める」

 

 千冬が言うと、敬礼したまま直立不動だったラウラが短く「はいっ!」と返事をして席についた。

 

「もしかして、千冬先生は全員の生徒の顔を?」

 

 千冬が教室を見回して、すぐ全員そろっていることを確認したことに。ハリー=アウシェンビッツがつぶやくようにいった。日本の生徒はまだいいとしてシチリアの生徒はあってまだ1週間もたっていない。ハリーの疑問ももっともなことだった。

 

「当然だ。問題がなければ、ブリーフィングを開始するぞ」

 

 

 千冬が教室の巨大ディスプレイにシチリアIS研究都市南部の大空洞の図面を映した。

 穴は直系にして500M以上あるようで、大人数を収容できるドームでもまるまる入ってしまうほどだった。

 縦の長さは数百メートルにおよび、上空からその奥までを見ることはできなかった。

 その空洞は大地から口を大きく開けたように開き、その底から、さらに水平方向に放射線状にいくつも小さな穴が延びているということだった。

 それは聞くだに、不正の隠れ蓑としてはおおよそ申し分ない施設だと思われる。

 

「シチリアIS研究都市との協議の結果、調査チームを三つに分けることに決定した。ふたつは空洞調査チーム、先遣隊と後発隊、残るひとつはシチリアIS学園の予備チームだ。なお、IS研究都市は1800時をもって厳戒令がしかれ、中核部は無人、オートマトンの警備がしかれる。ゆえにテロリズムに対して都市中核の警戒は比較的力を割かなくていい」

 

 千冬がさらに各チームを確認し、先遣隊について説明をしていく。

 

「先遣隊は、IS学園からはセシリア=オルコット、シチリアIS学園からはアルジャー=アウシェンビッツ、ハリー=アウシェンビッツ姉妹を中心に探索チームを結成する」

 

 名前を呼ばれてセシリアが返事をする。

 続いてハリーとアルジャーも返事をした。二人はどこか緊張した面持ちである。

 千冬がさらに残りの先遣隊の名前をあげる。

  

「そして調査には、IS学園から自律思考戦車、アルバニ2号、アルバニ4号をつける」

 

『りょうかいでーす』

 

『がってんしょうちのすけー』

 

 教室の後ろで待機していたアルバニ2号と4号がマニピュレータアームを挙げて応じる。

 その後千冬はそのほかのチームの内訳と予定内容を説明した。

 

「以上だ。作戦は1800時より開始。私、織斑千冬は本作戦の指揮系統としてシチリアIS研究都市と連携し、飛行学園艦アレクサンダーより作戦指揮を執る。ではそれぞれ準備にかかれ!」

 

 教室の後ろでアルバニたちがいくぞーと声を上げた。

 千冬が言うと、教室の生徒たちはいっせいに席を立ちはじめた。

 

 

 

 #

 

 

 

 研究都市郊外で人気のない草原にポツリとあるヴァルツ家。

 研究都市はまもなく厳戒体勢がしかれ、近くの衛星都市に人間の多くは移動する。研究都市に程近いヴァルツ家のまわりはいつも以上に閑散としてひとけがなかった。

 

 そのヴァルツ家のリビング。静まった部屋のソファの上に、クロエが座り、膝に乗せた両手を組んでそれを口につけ、じっと暗闇を見つめていた。

 

 一昨日の夜、クロエの父ネッド・ヴァルツが最後にクロエの通信機に連絡をしたあと、あとから帰ると言っていたネッドが家に帰ってくることはなかった。

 

 クロエは何度も通信機でネッドに呼びかけたが、返事はなかった。

 クロエは翌日ゲッペンの屋敷に向かおうとしたが、レザードにとめられた。何かあれば警察がそれをつかむはずで、それは警察に行方不明を届ければいい。屋敷に行って参考人としての嫌疑がかかるほうがむしろ身を危険にするというのがレザードの発言の趣旨であり、クロエにも、理屈の上ではそれが正しいとわかってはいた。

 

 結局屋敷に向かっても仕方がないという理屈に自分を納得させ、クロエはヴァルツ家のリビングでただネッドの帰りを待つばかりだった。

 

 クロエの座るソファの向こうのソファでは、レザードが横になって寝息をたてている。

 レザードも昨日までは夜通し起きて、クロエとともにネッドの帰りを待っていたが、二日目の徹夜があけて、ついにふらつきだし、結局ソファに体を横にして寝息をたてていた。

 

 レザードは、その間もひとしきり後悔しどおしだった。クロエが気まぐれにそれをたずねると、レザードは自分も一緒にゲッペンの屋敷に行けばよかったとこぼし、クロエは彼が来ても何の役にも立たなかっただろうと鼻で笑った。

 

 その後レザードは何も食べないクロエに何か口に入れるように行って、一人で家を飛び出すと、しばらくして体を泥まみれにして帰ってきて、買ってきた食材で料理を作り始めた。

 クロエは特に興味がなかったが、レザードは孤児院で当番で料理の担当をすることがあるらしい。

 レザードが出した料理を食べることを、最初クロエはしぶったが、何か口に入れておかないと、次何かあったときに動けないと言われ、しぶしぶ料理を口に運んだ。そしてついでに、それはクロエには癪なことだったが、レザードの料理は丁寧で特にまずいところもなかった。

 

 クロエは向かいのソファで眠るレザードのほうを見た。レザードは割れたメガネをかけたまま眠り、眉をひそめて首をよじった。

 そして口をモゴモゴ動かしている。

 

「く、くるな。くるな、母さん」

 

 レザードの顔が苦悶にゆがみ、小さく首を振る。

 クロエは少しあきれた。このモヤシ野郎は夢の中でも虐げられているようだ。

 

 クロエはレザードのそばまで言って、レザードの額に手を乗せた。

 眠りを覚まさないように、手で額をなでて少しぐっとおしていると、それが原因というわけではないだろうが、レザードの夢が別のものに切り替わったのか、再びレザードは表情を緩めて寝息を立てだした。

 

 クロエはその様子を見てため息をつくと、再びソファにすわり、玄関へと続く廊下への扉のほうをじっと見つめて、ネッドの帰りを待った。

 カーテンごしの窓の外では、日が完全に落ちようとしていた。

 

 

 

 #

 

 

 

 1800時 シチリア島南部、大空洞

 

 大空洞調査チームは、シチリアIS研究都市から南東に位置する大空洞へ到着していた。

 途中で大空洞を大きく取り囲むバリケードを抜けて進むと、巨大な縦穴が自分たちを飲み込もうとするかのように口を開けていた。

 調査チームに編成されているセシリアがその穴をのぞくと、その穴はどこまでも下へ続いているように見え、飲み込まれるような錯覚をおぼえた。

 

 まもなく大空洞の調査が始まる。

 セシリアたち先遣チームが調査前の説明を受ける。

 

「これより大空洞の調査を開始します。ここからはISを展開してブースターと、自律思考戦車の電磁アンカーで大空洞をくだります。最下層まで下ったら、次にマッピングを開始します。地道な作業ですが、地下は迷宮のように入り組んでいると予想され何があるかわかりません。各自十分に注意してください」

 

 大空洞の巨大な縦穴を前に、セシリアたち先発チームがそれぞれISを転送していく。

 セシリアもブルーティアーズを転送し、青い燐光に全身を包むと、全身鎧のような青い専用ISブルーティアーズを身にまとった。

 

 その横で、アルバニ2号と4号が調査を前になにやら言い合っている。

 

『ひゃーこわーい!本当にこの空洞を調査するんですかぁ?』

 

『女性ばかりが誘拐されるとはどういうことなんでしょう?もしかして人身売買だったり?』 

 

 アルバニたちが会話する横で、セシリアも空洞を見下ろしていた。

 この調査で、もし誘拐事件の手がかりがあるなら何か見つかればいいのだが。

 セシリアが見下ろす空洞はどこまでも下に続いているようだった。

 

 アルバニたちがそばにうちつけた巨大なクイに電磁アンカーを取り付ける。次に車体の横から伸びるワイヤーを伸ばして巨大な空洞へと降りていく。

 

 セシリアたちも、ISのブースターを起動し、巨大な縦穴に飲み込まれるように、大洞穴の暗闇へとおりていった。

 



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第15話 探索

 

 セシリアたち大空洞調査の先発チームが、ISのブースターを展開しながらゆっくりと大空洞の縦穴を下りていく、真っ暗な大空洞を、2機の自律思考戦車アルバニがライトで照らす、空洞は、あまりにも巨大で、向こうまで視認することはできないが、手前に見える巨大な空洞の壁面には、いくつも横穴がのびているのがわかる。

 なるほど怪しまれるわけだ。セシリアはブルーティアーズに身を包んでゆっくりと降下しながら思った。

 

『ひゃー深いですねー。いつになったら下につくんだろう』

 

 アルバニ4号が、電磁アンカーで縦穴をおりながら言った。戦車の白い単眼はあたりを捜索するためにグルグルとまわっている。

 

 下まで降りていくと、電磁波がかなり強くなってくるのがわかった。

 ISのレーダーにもノイズが走り始める。アレクサンダーへの通信やアルバニの通信はなんとかできるようだが、なるほど危険な場所でもあるようだ。シチリアの警察が、マフィアと癒着していなくとも捜査をしぶるのも無理からぬことである。

 

 数十分巨大な縦穴を降下していくと、ようやく大空洞のそこに着いた。

 7名のIS搭乗者と2機の自律思考戦車が、それぞれ大空洞の地面に着地する。

 

「こちら先発チームのセシリア=オルコット。今大空洞の底に到着いたしましたわ」 

 

 次にセシリアを含めた数人がISを解除してライトを手に取り、大空洞の底から、奥に延びる横穴に入って行った。

 

 

 

 #

 

 

 

 同時刻、シチリアIS学園近海の上空の飛行艦アレクサンダーの司令室では、千冬が司令室のイスに座って、じっと中央の立体モニターを睨んでいた。予備隊チームに編成されていたラウラもまた、千冬の隣で立体ディスプレイを見つめている。

 ちょうど今セシリアたち先発チームが大空洞の底に到着し、そこから続く横穴へと入っていったところだった。

 

「何か出ますかね」

 

 ラウラが千冬にたずねる。

 

「こればかりはわからんな。不正の隠れ蓑には絶好の場所だとは思うが、確証があるわけではない」

 

 しかしながら、捜査において、黒を見つけることばかりが重要なわけではない、白をはっきりさせてグレーゾーンを狭めていくこともまた重要な手順なのである。

 千冬は第二チームに連絡を取り、警戒を怠らないように確認をとった。

 

 他方、研究都市からの要望で予備チームに編成されていたサラとレミーは、今その研究都市に呼び出され、研究都市へと向かっていた。

 

「これは、いささか神経過敏かと思うのですが、すいません織斑先生」

 

 サラはさきほど、そのように千冬に断りを入れてレミーと研究都市へと向かったのだった。

 

 アレクサンダー司令室中央の巨大ディスプレイには、大空洞地下でマッピングを進めるセシリアたちの情報が送られ、アルバニがサーチしたマップ情報が立体ディスプレイに表示されていく。

 ラウラはその様子を見て小さくうんうんとうなずいた。

 

「やつらが廃棄処分されるなど、いいわけがない」

 

 ラウラは悔しさをにじませていった。やつらとは、自律思考戦車アルバニたちのことである。

 今もアレクサンダーの兵器ドックではアルバニたちが大空洞地下のマップ情報を同期しているに違いない。

 

「ボーデヴィッヒ、余計なことに気を取られるな。今は調査に集中しろ」

 

「はっ。申し訳ありません」

 

 ラウラは短く返事をした。

 同時に、隣で指揮を取る千冬の横顔を見やった。そしてチラリと頭をよぎる。

 優秀な指揮官を持てることは兵士にとって何より幸運なことである。

 その点で千冬は申し分ない人間だった。加えて、ラウラにはそれ以上の意味がある。

 現在の指揮官である千冬は、以前のラウラの指導教官でもあったからだ。

 ドン底をヘドロのようにたゆとっていたラウラに再び不屈の灯をともし、ここまで鍛え上げたのは千冬なくしてありえない。

 その千冬を上官として作戦に向き合える喜びとともに、昼間のレミー=マグラスの千冬に対する侮辱に感情が沸騰しそうになる。それは同時に、その侮蔑を招来する原因となった自分のふがいなさにも向けられていた。

 

 実際のところ、なれないチハ38式で運動性能において上回るユーロガイツⅡを相手にしたのだ。そのような自責は本来不要のようにも思われるが。ラウラにそのような理屈が入り込む余地はなかった。

 

 一瞬でそこまで考えて、しかしラウラは鋭く感情を切り替えた。

 千冬の言うとおり、今注力すべきは目の前の立体ディスプレイに映る大空洞の内部である。

 マップはゆっくりと、人が歩くスピードで新たに書き込み続けられている。

 

 

 

 #

 

 

 

 大空洞内。長い横穴は、セシリアたちを吸い込もうとするかのようにどこまでも暗闇が続いているように思われた。

 ブルーティアーズを格納したセシリアは、先発チームを先導して、あたりをライトで照らしながら歩を進めていた。

 

 地面には崩れたアスファルトの瓦礫が散乱している。よこの壁にライトを照らすと、コンクリートのうちっぱなしの壁面が、ところどころ破れているのが確認できた。

 

「みなさん、瓦礫に足をとられないようにお気をつけになってください」

 

 暗い横穴を、7人と2機がライトで照らしながら進んでいく。同時に随伴している自律思考戦車アルバニがまわりをサーチしてマッピングしていった。

 

 歩きながらセシリアは推論をめぐらした。神隠しにあった人間を隠すとすればここは悪くない選択肢であるように思われる。

 もしかしたら、さらわれた女性たちはこの道を連れて行かれたのかもしれない。

 それらしい痕跡がないか、地面を確認して見るが、そのような痕跡はみられなかった。だからといって、痕跡が消されていないという確証もなかった。

 

 先頭を歩くセシリアの後ろで、ガシャンガシャンと音を立てながら歩行する2機の自律思考戦車たちが話していた。

 

『暗いですね~。それにすごく広い。いったいなにがあるかわかりませんよ~』

 

 とアルバニ4号。車体全部の白い単眼が右に左にとキョロキョロと動いている。

 

『もしかしてオバケが出ちゃったりして~。ヒュードロドロ~』

 

 アルバニ2号がそういって両手のマニピュレータアームを持ち上げて左右に振る。

 

『や、やめてよ~』 

 

 アルバニ4号がそれを見て疑念を振り払うように車体を左右に振った。

 

『でも、これは誰かいても不思議じゃないね~。絶好の隠れ蓑だよ』

 

 アルバニ4号が、暗い横穴を見回しながら続けて行った。

 

 一向は長く続く洞窟をライトで照らしながら、速やかに、しかし確実に捜索しながら歩を進めて行った。

 

 

 

 #

 

 

 洞窟は長く蛇行して続いていた。しかし先発隊がしばらく進むと、巨大な空洞が二手に分かれている場所に出た。

 

「…」

 

 セシリアはそこで一行の歩みを止めて、あたりをライトで捜索した。

 洞窟は左右に分かれている、ライトで照らして見ると、どちらもかなりの長さが続いているようだった。

 さてどうするか。そこは選択肢があるように思われた。全員で一方から調べていくか、あるいは二手に分かれるかである。

 考えているセシリアの後ろでハリーが提案した。

 

「あの、セシリアさん。ここは二手に分かれてはどうでしょう?私とアルジャーで左の穴を調査してみます」

 

 セシリアは少し考えて、その提案を承諾した。

 

「では、お二人にお願いいたしますわね。わたくしたちは右手の洞窟を調べますわ」

 

『そしたら僕たちはどうしましょう?』

 

 アルバニがセシリアに尋ねる。

 

「そうですわね。アルバニ4号はこちらに、2号はハリーさんたちのほうへお願いしますわ」

 

『がってん~』

 

『いや~なんだか心細くなるなぁ』

 

 アルバニ2号が言って、ガシャンガシャンと左手の洞窟のほうに歩いて行った。

 そのアルバニ2号と一緒にアルジャーとハリーが左手の洞窟へと消えていった。

 セシリアには、彼女らは少々急ぎすぎているように感じられたが、彼女らの学園生も行方不明になっていることを思えば無理もないことかと考え直した。

 セシリアたちも、アルバニ4号を伴って右手の洞窟へと進んだ。

 

 

 

 #

 

 

 

「広いですわね…」

 

 右手の洞窟を進みながらセシリアがひとりつぶやいた。

 手にもったライトであたりを照らしながら進んでいく、しかしいまだ異常な痕跡は見つけられない。

 他方では、アルバニ4号が強力なライトで前方を照らしているが、ところどころ瓦礫のおちた洞窟が続いているのみだ。

 洞窟には、ところどころ部屋用にか横に空けられた穴が散見されたが、その中を注意深く確認してもやはり中にはなにもなかった。

 

『うわぁっ!!』

 

「ひゃぁっ!?」

 

 アルバニの声に、一同が驚く。

 セシリアがアルバニを見ると、アルバニは右手のマニピュレータアームで車体をかくしぐさをした。

 

『ご、ごめん。ライトの照り返しにびっくりしちゃって…』

 

 言われて、セシリアがはぁとため息をもらした。

 

「もうっ、反射回路の敏捷値を少し下げてはいかがですか」

 

 セシリアは少し避難の色を交えて言うと、再び進んでいった。

 歩きながら、セシリアの後ろでアルバニの車体がときどき飛び跳ねているようだったが、しばらく進んだところで慣れてきていた。

 

『こ、こわいね~。ねぇセシリアちゃん。こんなときには何か楽しい話でもしない?』

 

「楽しい話、ですか?」

 

 セシリアは前方をライトで照らしながら返事をした。

 確かに、一向は少し緊張しすぎているように思われた。少々の緩和は毒にはならないだろう。

 セシリアが頼むとアルバニが快諾した。

 

『じゃぁ僕がするね。題して上級オイルが怖い! え~、むかしむかしあるところに6体の自律思考戦車がおりまして…』

 

 一行はアルバニの話を聞きながら巨大な洞窟をさらに進んで行った。

 アレクサンダーからの連絡に、まだ異常は見つからないと返信する。ブリーフィングでは、ある程度調べておおまかな様子が把握できたら、後発チームも送られるということだった。かなりの地下なこともあってか、かなり通信のノイズが大きくなっているようだ。

 

『…そこで一言、そろそろ熱い上級オイルが怖い! ってね! どうどう?楽しかった?』

 

 とアルバニ4号。

 

「ええ、なかなかでしたわよ。でもオイルの味なんてわたくしたちにはわかりませんわね」

 

 セシリアが少々脱力して言った。しかしおかげで少し緊張がほぐれた感もある。

 歩きながら天井をライトで照らすと、天井から5メートルほどのコード類がぶらさがっている。それはさっとしか見なければ蛇かなにかにでも見えたかもしれない。

 一方地面にはなにかの古くなった機材が無造作に打ち捨てられていた。

 

 セシリアの後ろでアルバニ4号が腕を組んで考えている様子でついてきている。

 

『そっかー。そうだよねーそこはやっぱりお茶にしといたほうがよかったかなー。でもそうすると僕たちにはお茶の味がわからないものなー。ねぇ2号…アレ?』

 

 アルバニ4号が、他方で別の洞窟を調査しているアウシェンビッツ姉妹に随伴しているアルバニ2号に通信する。アルバニ4号の白い単眼が空中を眺めるようにグルグル動いた。

 アルバニ4号はその通信の様子についてセシリアに報告した。

 

『セシリアちゃーん。2号からの連絡が途絶えてますー』

 

「通信が?」

 

 セシリアはそれを聞いてアルバニ4号に振り向いた。

 通信が途絶えた?確かに先ほどからアレクサンダーとの通信のノイズは強くなる一方だったが、同じ洞窟内のアルバニ同士でさえ通信障害が発生するのか。

 

 セシリア振り向いて、後ろのアルバニ4号の青い車体を照らすと、そのアルバニ4号の後ろに随伴するチハ38式の少女のすぐ後ろに赤い物体が照らされた。

 

「えっ?」

 

 セシリアが目を丸くすると、そのチハ38式の搭乗者がつぶやくようにそういった。

 

 それはただの赤い物体ではなかった。よく見ればその赤い物体が脈動する筋肉だとわかる。しかもそれは上までずっと続いている。

 チハ38式の少女のすぐ後ろにいたのは、むき出しになった筋肉の塊だった。正確には筋肉をむき出しにした2.5mほどの怪物がそこに立っていた。

 それだけではなく、その怪物の頭部の巨大な口はすでに大きく開いていて、そのままチハ38式の腕をつかむとその鋭利な牙を突きたてた。

 

「きゃ、ああああああああぁぁぁぁっ!!」

 

 少女がその自体を把握して悲鳴を上げた。

 セシリアはその光景に心臓が握りつぶされるようだった。しかしなんとか次の動作に移ることができた。

 

「ブルーティアーズ!!」

 

 ライトを放り投げてブルーティアーズを呼び出す。

 それより数瞬早く、異常を感知した近くのユーロガイツⅡとチハ38式の搭乗者の少女二人が反応した。

 歯をたてる巨大な怪物に向かって榴弾ライフルを向け、引き金を引いた。

 

 ガチンッ

 

 2機は引き金を引いたが、ガチンと音がしただけで榴弾が発射されることはなかった。

 少女たちが一瞬その自体にポカンとする。

 兵器が作動しない。故障?

 作動しないことは明らかだったが、2機同時に、である。

 

 しかも、セシリアのISブルーティアーズも転送を開始したはずが一向に展開されない。

 すでに、チハ38式とユーロガイツⅡは機動を停止し、動かなくなっていた。

 

「ISが動かない?」

 

「弾が出ない!!故障!?」

 

 ISを装着した搭乗者たちが困惑気味に口々に言う。

 

 暗い洞窟の内部で、すべてのISが動きを止めていた。

 セシリアはすばやく何が起こっているのか推論をめぐらしたが、同時に赤い筋肉をむき出しにした怪物が、チハ38式の少女に歯をつきたてていた。

 

 ガキン ガキンガキン

 

 怪物の鋭い歯がチハ38式の走行を激しく打ちつけた。しかしつらぬけずにいる。

 

「い、ひいいいいぃぃぃぃ」

 

 少女がすっとんきょうな声を上げる。

 ISが起動停止しているということは、シールドも展開されていないということだ。

 今彼女の肩のISに突き立てている歯が少し横の頭にずれれば、おそらくたやすく貫くに違いない。

 

 セシリアの心臓はいまや早鐘のようにうち、青い瞳は見開かれていたが。

 その事態にすぐに動けずにいた。

 

『動かないで!!』 

 

 セシリアの隣で機械音。アルバニ4号が言って、少女のISに歯をたてる巨大な怪物に向かって、重機関銃が搭載された両腕を掲げた。

 

 

 ダダダダダダダダダダダ!!!

 

 

 炸裂音があたりにとどろき、自律思考戦車の両腕から大口径ライフル弾が高速で射出され、少女をつかまえている怪物に疾走し、突き刺さった。しかしその銃弾の嵐は怪物の筋肉の表層で停止した。その衝撃で、怪物は少女を放してよろめいて後退した。

 それを見て、セシリアがすぐさま叫んだ。

 

「ISが機動不能になっていますわ!みなさんアルバニの後ろへ!」 

 

 その間にも、筋肉をむき出しにした巨大な怪物は体勢を整えなおしていた。

 

 

 

 #

 

 

 

 アレクサンダー司令室で異常を察知した千冬が通信機に向かって叫んだ。

 

「どうしたオルコット!?何があった!!?」

 

 通信音はノイズが強くなっていて、ところどころ叫び声が聞こえる。

 司令室中央の立体ディスプレイは砂嵐がかかったようになっていた。

 

『わかりません!巨大なモンスターが、ISが機動不能に、キャアアァァァ!!』

 

 モンスター?ISが機動不能?

 

「ラウラ!!」

 

「はっ!!」

 

 千冬はラウラに短く言いながら思考をめぐらせた。

 ラウラは千冬に言われて、返事をするとすぐにアレクサンダーの第一ドックに向かって走った。

 

 大空洞付近で待機する後発隊からも、ISが機動不能になっている通信が入っていた。

 アレクサンダー付近では、そのような事態になっていないことから、それは大空洞付近でのみ起こっていることだと推察される。 

 どうやら藪をつついたら、とんでもないものを呼び寄せたのかもしれない。

 

 

 

 #

 

 

 

 セシリアたちは、急いでアルバニの後ろに避難していた。

 大洞窟内、後発隊の支援は望めない。孤立無援の状況だった。 

 そしてあの怪物は、そもそもいったいアレがなんなのかはおいておくにしても、明らかに攻撃の意思があるように思われた。

 

 赤い筋肉をむき出しにした2.5mほどの怪物、大きくあけてうめく口の歯はナイフのように鋭利に見える、はピタっと動きを止めると、ついでアルバニの後ろにいるセシリアたちに向かって全力疾走を開始した。

 赤い塊が高速でこちらに向かってくる。

 

 それを見てセシリアたちの前に立ちはだかったアルバニ4号がすかさず両腕を掲げた。

 

『セシリアちゃんたちに手は出させないよ!!』

 

 アルバニが走ってくる怪物に両腕を掲げ、重機関銃を掃射した。

 

 アルバニの両腕から走る怪物へあまたのライフル弾が疾走する。

 

 怪物はアルバニに走りながら両腕をクロスして機関銃の弾丸を受け止め、生物とは思えない強度だった、さらに突進してきた。

 

 怪物は機関銃の掃射をうけながらアルバニに突進し、そのままアルバニの車体に覆いかぶさり、次にその車体に鋭い牙をつきたてた。

 

 ガキン!! ガキンガキン!

 

 怪物の鋭利な牙は、しかしアルバニの戦車装甲を貫くことができずガキンガキンと音を立てた。

 アルバニ4号はおおいかぶさる怪物にむけて、そのまま至近距離から胴部の戦車砲を発砲した。

 怪物はその大砲を直撃され、爆風でバラバラに吹き飛び四散した。

 あたりに散らばった腕などがビクンビクンと痙攣していたが、それもすぐにとまった。

 

『えっへん!どんなもんだい!』

 

 アルバニ4号が右手のマニピュレータアームを掲げていった。その先端からはまだ重機関銃の煙が湯気のようにのぼっている。

 

「すごいですわアルバニ」

 

 セシリアはアルバニの青い車体に手を載せてそういった。

 

『いやーそれほどでも~』 

 

 右手で車体をかくようにするアルバニをよそに、セシリアはアルバニの前方に散らばった物体を見た。

 それは、明らかに生物のそれだった。

 

「これは、いったいなんですの?」

 

 それらはまるで、人間の筋肉をそのまま巨大にしたようなものだった。いや、それだけではなく、生体にしては異常なほどの強度を備えている。生物兵器?なぜこんなところで?

 そしてそれより問題だったのは、ISが起動停止になっているということだ。

 アレクサンダーとの通信も不能、アルバニ2号との連絡もできないようだ。

 

 ビンゴだった。明らかにここには「何か」ある。

 しかし今は1秒でも早く脱出しなければならない。

 

「みなさん引き返しますわよ」 

 

 セシリアが言って、一行は反転した。

 しかし、もしかしたら帰り道に何かある可能性もある。しかし今は戻るしかない。

 

 一行が引き返そうとしたそのとき、セシリアの視界の上方、空洞の天井が赤く光っているのが見えた。 

 セシリアが顔を上げ、赤く光る天井を見た。

 

 その赤い光は天井にどんどん広がっていき、天井から真っ赤な液体が滴り始める。

 次に天井が真っ赤に融解したかと思うと、そこから何かが落下してきた。

 

 

 それは3mほどの体を真っ赤に赤熱させて体から火を噴く怪物だった。

 人型のそれは、洞窟の地面に落下すると、すばやくセシリアたちのほうに顔を向けた。

 

『みんな僕のうしろに!!』

 

 アルバニが言って、すばやくその怪物に両腕を向けると、

 瞬間その左がわから何かが飛来してアルバニの両腕にガンガンと音を立てて金属の槍が突き刺さった。

 

 セシリアが反射的にそちらのほうを見ると、そのはるか遠方に、鉄のような金属質の体の3mほどの怪物がアルバニに右手を突き出していた。

 

 その怪物の右腕のまわりの空間から、ビキビキと音を立てて金属の槍が出現し、アルバニに高速で射出される。

 アルバニ4号はそちらに反応して振り向くと、両腕をクロスして迫る槍の群れから車体をガードした。

 金属の槍はそのままガンガンガンと音をたててアルバニの両腕を半分貫通し、突き刺さった。

 

 それと同時にアルバニに肉薄して迫っていた火の怪物がアルバニの上から火を吹いて真っ赤に赤熱する右腕をアルバニの車体に振り下ろしていた。

 その赤熱する巨大な腕がアルバニの車体の装甲を瞬時に融解させ、アルバニ4号を真っ二つに両断した。

 同時に熱風がセシリアたちの脇をすりぬける。

 

『ふ、ふにゅぅ~…』

 

 真っ二つにされたアルバニ4号が断末魔の悲鳴を上げて機能を停止された。

 

 セシリアたちの目の前には、赤く輝く3mの巨人が見下ろしている。

 左のほうからは、鋼の怪物がこちらに腕を掲げているだろう。

 もしいずれかの怪物が行動を起こせば、すぐさまセシリアたちは全員殺されてしまうに違いなかった。

 セシリアたちはその状況に短く息を荒くしていた。

 

「おまえら手を挙げて動くな!!!」

 

 洞窟の前方、さっきまで進んでいたほうから男の叫び声がした。

 セシリアたちがそちらを振り向くと、銃口をこちらに突きつけた人間が4人、こちらににじりよってきていた 

 その間も2体の怪物は動く様子がなかった。コントロールされていると見るべきだろうか。

 

 反撃しようにも、ISはピクリとも反応しなかった。

 セシリアたちは言われたとおり、両腕を上げた。

 

 

 



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第16話 研究都市郊外にて

 2000時 大空洞内

 

 

 セシリアたちは武装した集団に鹵獲された後、その洞窟の奥の装甲車でもってしばらく運ばれ、その後洞窟内の一室に入れられていた。

 部屋には明かりはなく、セシリアたちが持っていたライトでなんとか部屋を照らすことができた。

 その部屋は、四面ともコンクリートで固められており、入ってきた扉は鉄製である。今の状態で脱出するのは難しいように思われる。

 

「みなさん、お怪我はありませんか?」

 

 セシリアが先発調査チームの皆に尋ねた。するとちらほらと返事が返ってくる。

 

「うん。私は怪我はないよ…」

 

「私もです。ですが、ISはやはり機動しませんね。こうなると重い拘束具のようです」

 

 とユーロガイツⅡの搭乗者の少女が右手を重そうに持ち上げていった。

 

 一同に怪我がないことが確認され、セシリアは一息つける心地だった。そしてそれはアルバニ4号の貢献でもあった。もしアルバニがいなければ、少なくとも2、3人の被害がでたであろうことはほぼ疑いのないことだった。

 あのアルバニ4号を大破させた、「アレ」はいったいなんだ?セシリアは考えながら数日前のことを思い出していた、ラウラが言っていた、路地のとおりで襲われかけたという壁の赤熱は、「アレ」だったのではないだろうか?

 そしてアルバニ4号が破壊されたあとに現れた集団、そちらは間違いなく人間の集団だった。

 となると、やはりあの怪物たちは、コントロールされていると考えることができる。しかし、「コレ」は一体なんのために?

 

 他方で、別の洞窟を調査していたアウシェンビッツ姉妹とアルバニ2号のことが気にかかった。彼女らのほうは、この部屋にはつれてこられていない。

 もしかすると、鹵獲されずにまだ洞窟内にいるという可能性は考えられなくはない。

 彼女らの動きに期待することはできる。救出されなくても、少なくとも外部に情報を送ることができれば…

 

 

 

 #

 

 

 

 同時刻 アレクサンダー内

 

 

 シチリアのエーゲ海上空に浮かぶ巨大な飛行艦、アレクサンダーの司令室では、千冬が思考をめぐらせながら、目線を指令室内の中央ディスプレイにやっていた。ディスプレイは、いまだ砂嵐のようにノイズで通信ができなかった。

 司令室の椅子に座り、黙って考えをめぐらす千冬に山田がたずねる。

 

「織斑先生、ISが機動しないというのは…」

 

「ふむ…」

 

 その点については、大空洞外部で待機していた後発隊の通信からも、ISが機動しないという報告は受けている。

 ウィルスという可能性もあった。しかしそれならばアレクサンダー付近のISが機動している点に説明がつかない。

 であれば、やはりその現象は大空洞の付近でのみ起こっていることと考えるべきだろう。

 

 一方、大空洞内部で連絡を絶ったセシリアたちの安否が気にかかった。

 もし襲撃を受けたとしても、自律思考戦車がいれば撃退できるだろう。しかし、途切れる通信からはモンスターだ、と。

 

 やはり大空洞内には何かあるようだった。

 そして先発隊であるセシリアやアウシェンビッツ姉妹を救出することが急務である。

 ISは使えず、歩兵だけで捜索隊を組まなければならない。それでも、大空洞内のセシリアたちを救出することは容易ではないかもしれない。

 

 司令室には重く、剣呑な雰囲気に包まれていた。

 そしてその一方、研究都市の郊外でもうひとつのことが発生していることは彼女らに知る手段はなかった。

 

 

 

 #

 

 

 

 同時刻 ヴァルツ家

 

 

 ヴァルツ家では、相変わらずクロエがソファーの上でネッドの帰りを待ち続けていた。

 日はとうに落ち、あたりに人の気配はない。クロエ以外にはただ一人、向かいのソファーで寝息をたてるレザードだけである。

 

 レザードはさきほどまでまたうなされていたが、今はまた穏やかな寝息を立てていた。もうそろそろ目を覚ましそうだった。

 

「まったく…」 

 

 クロエはレザードの寝顔を見て、少しあきれたようにため息をついた。

 もしケイトリンがレザードの両親のようであれば、クロエはわざわざこのような事件に身を投じてはいなかっただろう。

 クロエの両親はともにエリュシオンを卒業し、ケイトリンは研究者、ネッドはエンジニアとして活動をしていた。

 エリュシオンを卒業し、名実ともに素晴らしい実力を発揮していたケイトリンとネッドは、企業体や地域に対して多大な貢献をもたらし、またいくつもの命を救いもしていた。

 二人の娘であるクロエは、その話を世間話からもれきき、また実際に自分の目でも見ていた。

 それはクロエにとって、強烈な憧れをもたらし、エリュシオンを登る動機の一つだった。

 家族だからではない。一個人として強くつながりを感じているのだ。

 

 そしてそのケイトリンが一月前に姿を消し、今ネッドも家に戻らなかった。 

 ならば、次は二人を探すのみである。そしてその相手にしかるべき報いを与える。

 クロエの心境には寂寞の思いこそ去来していたが、それが次の意思にもつながってきている。

 

 と、レザードがソファの上で首を振り始めた。やっと起きたようだ。このモヤシ野郎。

 そして、そのほんの数瞬あと、ヴァルツ家の扉が開く音が聞こえた。

 

 ネッドが帰ってきた。その可能性をクロエも考えなかったわけではないが、同時にその可能性はあまり高くないとも感じていた。

 玄関から足音が続き、そしてクロエたちのいるリヴィングの扉のところに人影があらわれると、それは顔にマスクをして右手に銃を持ったネッド以外の誰かだとわかった。

 

 その男が、リヴィングのソファに座るクロエに右手の銃を向けた。クロエの瞳孔が急激に収縮する。

 

「撃つな!撃たないで!!」

 

 そのとき、男とクロエの射線上に、レザードが立ち上がって叫んだ。

 両手を男のほうに向けて、口を開いて叫んだ。

 

「……」 

 

 男はレザードを視野に入れ、数拍おいて、右手の拳銃のトリガーを絞った。

 

 ガウン!!

 

 銃声が響き、大口径のマグナムライフル弾がクロエに疾走した。

 だがその前に、クロエの前に立ったレザードの肩口に着弾、貫通する。

 レザードの肩口から血が吹き出し、レザードが体をくの字に折った。

 

「あああああぁぁぁぁあああああっっ!!!」

 

 銃弾はレザードの肩口でそれて、クロエの後ろの壁を貫通した。

 クロエはレザードにも防弾チョッキを着せていたが、男の大口径のマグナムライフル弾はそれもえぐりとっていた。

 レザードは激痛に血が吹き出る右肩を押さえ、叫びながら体をくの字におり、

 意を決したように男のいるドアの反対のキッチンへのドアへと走って行った。

 

 クロエはその瞬間にも、ソファの中に押し込んでおいた拳銃とカタナを手にとって男に向かって疾走していた。

 

 走りながらチラっと考える。レザードは逃げたようだ。それはあのモヤシ野郎にしてはいい判断だった。

 おそらく、あの男はマフィアとのつながりがあるだろうから、警察がここに駆けつけることはないだろうが、レザードが無駄に死ぬこともない。

 

 クロエが男に向かって走っていると、男がクロエの額に向けてライフル弾を撃ってきた。クロエはそれを超反応で首を横にそらしてかわす。そして男の右腕にクロエの右手に持った拳銃を発射した。

 

 次の銃弾を撃とうとしていた男の右腕にクロエの銃弾が着弾し、男の右腕が真上に跳ね上がった。

 しかしクロエの目に男の出血は見られない。やはり防弾着は着ているようだ。

 

 そのままクロエはよろめく男に向かって疾走し、そのまま男に向かってジャンプすると、左手に持ったカタナをひらめかせグルリと一回転して、そのカタナを男の右手の肘部分にたたきつけた。

 銃を持った男の右腕が切り飛ばされ、男はうめき声を上げながら床に倒れこんだ。

 

「はっ、はぁっ…」

 

 クロエが息を整えて、男が立っていた扉から玄関に続く廊下に出ると、そこにはすでに先頭に1人と、その後ろに2人が銃をかまえてにじりよってきていた。

 

「クソ野郎どもが…」 

 

 うめくクロエに、先頭の男が撃ってきた。クロエはその銃弾を首をひねってかわすと同時に、左手のカタナを先頭の男に投擲した。

 閃きながら空中を飛んだ刀が男の首に突き刺さり男はビクンと震えるともんどりうって倒れた。

 

 先頭の男が倒れると、その後ろの二名の男が撃ってきた。

 クロエは急いで廊下からリヴィングに入ると、廊下をいくつもの弾丸が通り過ぎた。

 

 そしてそれと同時に、リヴィングの向かいの窓が割られ別の二人の男が侵入してきた。

 

 

 #

 

 

 レザードは、撃たれて血が流れる右肩を抑えながら、キッチンから続く扉を抜けて、ガレージの扉をくぐっていた。

 右肩はまるで燃えるように痛む。いつも蹴られている痛みの何倍も痛んだ。

 ガレージには、今も銃撃の音が響いていた。クロエと襲撃者たちが撃ち合っているのだ。

 

 レザードはいつも使っているガレージのいっかくに走って行った。

 ケイティおばさんが与えてくれたガレージである。孤児院で暮らしていたレザードに研究都市からレクリエーションに来たのがケイティだった。そのときケイティの話はレザードにはとても興味深く、またケイティもレザードに興味を持ってくれたのだった。

 

 そのケイトリン=ヴァルツが一月前に姿を消し、そして数日前ネッドがいなくなり、そして今、クロエまでもいなくなろうとしている。

 

 それはレザードにはひどく嫌なことだった。

 レザードはこれまでこのガレージにいるか、もしくは外で少年たちに蹴られているかだった。そんなことはレザードにはどうでもいいことだった。しかし、これは許せない。 

 レザードはガレージの片隅に置かれているものの前に立った。ネッドとケイティに学び、彼女の研究資材ルートも使わせてもらい、ジャンク屋にかよって、これを作っていたのは、あくまで興味本位だった。だが、これを使うとしたら今だ。右肩は燃えるように痛いし、心臓は飛び出してしまいそうなほど脈打っている。

 部屋の外では銃声が響いている。つまりクロエはまだ生きているということだ。レザードは急いでボタンを押してハッチを開けた。

 

 

 #

 

 

 ヴァルツ家のリヴィングでは、4人の武装した男が部屋の中の一人の少女に銃弾を掃射していた。

 その銃弾がクロエのそばの花瓶や家具を切り裂いた、クロエはそれにかまわず中腰に銃弾を打ち返す。

 しかしその銃弾は男たちの防弾チョッキにはばまれ致命傷にできなかった。だからといってカタナで切り込めばその隙に集中砲火を受ける、そうなれば防弾服と強化骨格も持たないだろう。

 

 クロエはジャンプしてソファの後ろに逃げ込んだ。さっきまでクロエがいた空間を銃弾の掃射が通り過ぎる。

 クロエは装甲板を打ちつけたソファの後ろに隠れた。男たちの発射する銃弾の嵐がソファの装甲板にはばまれる。

 

 男たちはソファになにか仕込まれていることを看破し、4人で手振りで合図をすると、ジリとソファーの後ろに歩をつめはじめた。

 

 クロエはソファーの後ろに立てこもり、右手だけソファから出して男たちに威嚇射撃すると、左手で急いでソファの後ろの床を開け、その中から対物マテリアルライフルを取り出した。

 

 男たちがソファに近づこうとすると、そのソファの裏から少女が顔を出し、強化筋肉で持ち上げた、少女と同じくらいの長さがある対物マテリアルライフルを男の一人に発射した。

 

 爆音が轟きマテリアルライフル弾が男の一人の腹部を防弾着ごと貫通した。

 室内の男はあと3人、それ以外にあと何人いるのか。

 

「クロエ!」

 

 そのとき、クロエを呼ぶ叫び声が聞こえる。それは、意外なことに彼女の父親、ネッドのものだった。

 クロエは目を見開いた。クロエの強化された聴覚では、ネッドの声はクロエの向かいの壁の向こうから聞こえる。

 

 そして同時に、クロエがいるソファの反対側の壁が壊れ、そこから1機のアーマードスーツがリビングに侵入してきた。

 

「よけろクロエ!!」

 

 そのASから、ネッドの叫び声が聞こえる、そのASは、右手に対物マテリアルライフルを携帯していた。

 その対物マテリアルライフルがクロエのほうを向き、ASの太い指がトリガーを引いた。

 

「!?」

 

 クロエはそれを強化された視力で見ると、すぐ首をひねった。先ほどまでクロエの首があった場所を、マテリアル弾が轟音をたてて通過していった。その弾はクロエの後ろの壁をやすやすと貫通していった。

 

 クロエは混乱しつつも、そのASに向かって対物ライフルを撃ち返した。

 ASの装甲なら、対物マテリアルライフルでやすやすと貫通されることはない、しかし、そのASは横に飛んでマテリアル弾を交わすと、飛びながら左腕部に内臓された重機関銃を掃射してきた。

 

 クロエは混乱しながら急いでソファにしゃがみこんだ。

 重機関銃がソファの装甲板に突き刺さり、その装甲板を激しくゆがませる。

 

「クロエ!逃げろ!!」

 

 そのASは、叫びながらクロエの隠れたソファに銃弾を掃射し続けた。

 

 クロエはソファの後ろで考えた。あのASから聞こえてくる声は、間違いなくネッドのものである。

 そしてあのASが装備している対物マテリアルライフルは、強化されたクロエの視力から見て、間違えなくネッドのものだった。そしてASの機動でクロエの弾丸をよける動きのクセ、それもネッドのクセそのものだ。

 

「クロエ…」

 

 ASが重機関銃を掃射しながら間をつめてくる。

 

「なんで父さんがASに!?」

 

 クロエはソファの後ろで叫んだ。

 ASからネッドの声で返事が返ってくる。

 

「クロエ、逃げるか、私ごとやれ… やつらは、思考誘導装置を実用化している!体が、言うことを聞かない!」

 

 思考誘導装置!?そんな馬鹿な。クロエは重機関銃の轟音を背にすばやく考えた。

 

 エリュシオンのデータベースでも、人間を意のままに操作する思考誘導装置が実用化したという情報はない。情報はない、が、やつらはどうやらそれを可能にしたらしい。ネッドは今、思考誘導装置で攻撃タスクに従わされ、そして声だけは、おそらく自由に出せるように設定されているのだろう。

 なぜか。それはクロエの戦意をくじくためだと思われる。そして、それは本当に効果てきめんだった。

 

「父さん、私にはできない…」

 

 クロエは、仰向いてソファの後ろで床に座り込んでしまった。

 ASの重機関銃がソファの後ろにうたれた装甲板の端をベキンと引きちぎった。

 

 できるわけがない。クロエの脳裏に再びそうこだました。自分に、ネッドを殺すことなど。

 

 では逃げることはできるか?それも難しい。ASの機動性の前では、人間など戦車の前の蟻のようなものである。

 逃げ切れるとは思えない。

 

 ソファの向こうからASの足音が近づいてくる。

 クロエは荒く息をして、ソファの後ろに背中をぶつけた。

 

『クロエ!!』

 

 またしても別のクロエを呼ぶ声。それはクロエの幻聴ではなかった。

 今度は、声がクロエのいるほうの壁の向こうから聞こえてくる。それはレザードの声だった。

 

 そして次に、クロエの目の前の壁が壊れ、そこから2mほどの1機の小型のASが飛び込んできた。

 

「なっ!?」

 

 クロエはそれを見て目を丸くした。新手のAS。ゲッペンの屋敷では3機のASがいた。

 ネッドが乗せられたAS以外のASがいるのはむしろ当然だった。

 

 そのクロエのそばの壁を壊して現れたASは、しかしクロエには銃口を向けず、背理ぎわに目の前のネッドのASに両腕の重機関銃を掃射した。

 

 ネッドのASに重機関銃が殺到する、しかしその装甲を貫くことはできない。

 

 その2mのASは、すぐにオーバードブーストを起動して、ネッドのASに高速で突進すると、そのまま体当たりをぶちかました。

 ネッドのASが吹き飛ばされ、リビングから外に吹き飛ばされる。

 

 リビングに残されたのはクロエと2mのAS、そして3名の武装した男たちだった。

 その男たちに向かって、2mのASが両手を向けた。

 

『うわああああああぁぁぁ!!』

 

 数拍おいてから、そのASから叫び声、同時にそのASの両腕から重機関銃のライフル弾が掃射され。

 リビング内の3人の武装した男たちをズタズタに引き裂いた。

 

 クロエはソファからそのASを見てそんなバカなと思った。

 そのASから聞こえてきた声は間違いなくレザードのものだった。

 

「レザード!?」

 

 クロエはしかめ面でその2mのASに向かって叫んだ。

 そのASは、ASに見えたが、ところどころずんぐりとしていた。

 ASの装甲板はところどころ溶接されているし、中に乗っているのがレザードなら、納得もいくがかなり小型である。

 

 武装も両腕の重機関銃だけじゃなく、そのほかにもいろいろとゴテゴテと取り付けられている。

 右肩には可変迫撃砲が、左肩には、垂直多段型スティンガーランチャーが取り付けられている。

 ブースターは背部だけではなく側部にもついているし、いったいどのようなアルゴリズムでそのすべてを統制するというのか。

 

 以前のネッドはこのことを知らないようだった。ケイトリンならあるいは知っていたかもしれないが、レザードが一人でこのつぎはぎのASを作ったのだとしたら、まさしく天才だった。

 

『クロエ!!』

 

 そのASのスピーカーからレザードがクロエの名前を呼んだ。

 

『クロエ!今のうちに君は逃げてくれ!!』

 

「はぁ?」 

 

 レザードの言葉に、クロエは眉をひそめた。

 

「あんた馬鹿?そんなこと、とてもできない。相手はASなのよ!?それも相手は私の父さん。特殊な装置で操られてる!」

 

 そして、クロエはあのASに乗っているのがネッドとわかった以上、もう動けると思えなかった。

 さっきネッドに追い詰められたとき、そのままクロエは、自分が殺されていたとしても、半分は納得していたことだったのだ。

 レザードのASは数拍何か考えるように沈黙し、そして言った。

 

『なら僕と一緒に戦ってくれ!クロエ!!ビクビクするのはやめる!クロエ!!僕と生きてくれ!!』

 

 レザードは叫んで、ASの背部のオーバードブーストを機動して壁の穴から外に飛び出した。

 

 

 

 

 レザードが家から外に飛び出して、クロエが後から追いかけると、家の外には、郊外の広い草原にネッドのマテリアルライフルを持つASのほかに5機のASが家を取り囲んでいた。そして家の玄関の前には6名の武装した歩兵が随伴している。

 

『ああああぁぁぁぁっ!!』

 

 家から飛び出したクロエの耳に再びレザードの叫び声が聞こえる。

 レザードはASの両腕の機関銃で固まっていた6名の歩兵をなぎ倒した。

 ASの腕部に内臓された重機関銃は歩兵が装備している防弾着もやすやすと切り裂いた。

 

 そして家の周りには5機の敵ASがとりかこんでいた。対してレザードのつぎはぎのASは1機である。

 しかし敵のAS群は突然現れた正体不明のASに一瞬把握しそこなった。

 

 レザードのASの右肩の迫撃砲が変形し、右肩から突き出る。

 そしてそのまま前方40Mの位置にいる敵ASに右肩の迫撃砲で砲撃した。

 

 超高速の大口径榴弾が回転しながら疾走し、その1機の敵ASに着弾。轟音とともに爆発し成型炸薬弾がASの装甲を突き破り、そのパイロットごとASを大破させた。

 

 その爆音に反応したように、付近の2機の敵のASが反応、レザードに重機関銃を搭載した両手を掲げる。

 レザードのASは、前面装甲は厚かったが、側部と後部はやや薄く、多方面からの攻撃に弱かった。

 

 レザードは2機のASから重機関銃のライフルが疾走すると同時に、レザードのASの背部のハードポイントから複合装甲で作った盾を左手で掲げ。

 そのままサイドブースターを起動して複合装甲の盾で片方のASの重機関銃を受けながらすばやく横方向に疾走した。

 

 

 

 

 レザードのツギハギのASはサイドバーニアで横方向に加速、疾走すると、そのまま体の向きをかえ、さっきの2機のASにの射線に複合装甲の盾が構えられるように走った。

 

 その近くの2機のASは、物量で圧倒しようと、レザードのASに向かって重機関銃を掃射しながら走った。

 夜の闇に重機関銃の銃弾が赤い射線を描いてレザードの高速疾走するASのそばを通り過ぎる。

 

 レザードはそのときにはすでに横向きに疾走しながら、数瞬前に左肩の垂直多段型スティンガーランチャーを発射した。

 上空に打ちあがった2つのスティンガーが、レザードに向かって走る1機のASの真上からそのASに突き刺さった。

 

 次に爆音。スティンガーの指向性の爆風がそのASを大破させる。

 

 同時に、ネッドとは別の携行戦車砲を携えていた敵のASが、レザードのASにその戦車砲で砲撃していた。

 

 レザードはAS内のレーダーでそれを確認すると、そちらに複合装甲の盾を向けた。

  

 ASの戦車砲が複合装甲の盾に突き刺さり、爆発する。しかしレザードはそのときすでに盾を手放してサイドバーニアで横に高速移動していた。同時にその戦車砲をもったASに左肩のスティンガーミサイルを発射した。

 

 その敵ASは盾の影になって横に疾走するレザードのASと、同時に上に撃ちあがるスティンガー弾等を確認し、そのASの背部のオーバードブーストを起動すると、レザードのASに向かって加速した。

 

 加速するASの背後でスティンガーミサイルが地面に突き刺さり爆発する。

 そのときレザードのASは同時に加速する敵ASに向かって。背部のハードポイントからヒートブレードを抜いて、同時に背部のオーバードブーストで加速していた。

 

 不意を突かれた敵ASの右腕部をレザードのASのヒートブレードが叩きつけられ、中ほどまでヒートブレードが突き刺さる。

 その熱気がASのコックピット内を焦がし、そのASのパイロットは悲鳴を上げた。

 

 レザードのASがすれ違いざまに反転し、そのASに向かって右肩の迫撃砲を叩き込んだ。

 次に轟音。赤い炎を吹き上がらせて、そのASは大破した。

 

 その迫撃砲を発射する一瞬の隙を、2機目の敵ASが横から狙っていた。

 レザードのツギハギのASに向かって両手を掲げるそのASに、横からマテリアルライフル弾が突き刺さる。

 見ると、それを打ったのはクロエだった。

 家から持ち出したマテリアルライフルを構えてクロエが草原に立っていた。

 

 クロエの立つ場所からレザードのASが見える。

 レザードのASはこちらを確認して、そして次にオーバードブーストで突っ込んできたネッドのASに体当たりを食らって吹き飛ばされた。

 

 レザードのASが重量において上回る通常規格のASの衝撃力で空中に弧を描いて上昇する。

 

「レザアアァァァァァド!!」

 

 その光景を見て、クロエは自然にそう叫んでいるのに気がついた。

 

 レザードのASが空中でゆっくりと弧を描く。

 その空中に滞空するASを、ネッドのASのマテリアルライフル弾が直撃した。

 

 レザードのASの前面装甲で榴弾が爆発し、レザードのASが爆風で吹き飛ばされる。

 吹き飛んだASがそのまま草原に落下し、突き刺さると、そのまま動きをとめてしまった。

 おそらくレザードは死んではいないかもしれないが、うごけそうにはなかった。

 

 クロエはそれを見て、後ろ向きに地面にしりもちをついた。

 

 暗い草原は3機の大破したASの炎に照らされ、前方からは3機のASが腕を掲げながらゆっくり近づいてくる。

 

 と、一番クロエに近かったASから音声が聞こえてきた。

 

「クソッ、手間取ったが。チェックメイトだ。動くなよ、動いたら殺す」

 

 その言葉には、殺意がありありと浮かんでいた。

 

「クロエ…クロエ…」

 

 一番後ろのネッドのASからはつぶやくような音声が聞こえてきた。

 クロエに近いASが続けた。

 

「生け捕りにできるなら生け捕りにしろと、そういわれている。お前は重要参考人だ、一緒に来てもらう」

 

 自分は連れ去られるのか、クロエはぼんやりと考えた。もしレザードが動ければ死に物狂いで自分を追ってくるかもしれないが、あの様子ではそこまで動けはしないだろう。

 クロエは自分の心臓が強く収縮するのを感じた。その勢いでゴホゴホとセキが出てくる。

 

「さぁ来い。クソガキ。抵抗すれば殺す」

 

 どうせ殺すのだろう。

 この状況では、クロエの強化骨格も、強化筋肉も、知覚神経も無力だった。

 クロエの目の前でASの巨大な手が開かれクロエのほうに伸ばされる。

 クロエは唇を突き出し立ち上がってうめいた。

 

「んうううぅぅぅぅっ!!」

 

 そのまま伸ばされたASの右手に左手で殴りかかる。

 巨大な金属質のASの手にクロエの左手が直撃した。

 

 ペチン

 

 力のない音が響くのみだった。

 しかし、そのAS搭乗者の男はそれを「抵抗」だとみなした。

 瞬時にASのもうひとつの重機関銃が内臓された右手がはねあがる。

 しかしクロエは動きをやめなかった。

 遠くでレザードが自分の名前を叫ぶ声が聞こえる。

 

「うあああああああぁぁぁぁっ!!」

 

 そのまま体を逆回転させて、振りかぶった右手をASに突き出した。

 次に、轟音。

 

 クロエが右手をASの胴部に突き刺すと同時に、そのASが巨大な衝突でも食らったかのようにひしゃげ、腹部装甲がつきぬけ、貫通しそのままはるか後方に吹き飛ばされた。

 はるか遠方に吹き飛ばされたそのASは、腹部装甲がくりぬかれたように吹き飛ばされ中のパイロットごと絶命していた。

 

「なっ!?」

 

 その後ろの敵ASが驚き、しかし俊敏にクロエに向かって両腕を掲げASの重機関銃を掃射した。

 草原の上で立つクロエにあまたの大口径ライフル弾が疾走する。

 

 クロエはそちらのほうに右手を掲げた。

 するとその大口径ライフル弾がすべてクロエの前方で停止し、バラバラと地面に落ちて行った。

 

 クロエは、その動作を行いながら、困惑に押し流されそうになりながら声を聞いた。

 

『どうやら起動したのねクロエ』

 

 それは、クロエの母、ケイトリン・ヴァルツの声だった。

 その声はクロエの頭の中で響くように続いている。

 

『音声容量がとれなかったから、簡潔に、この声を聞いているってことは、あなたは自分の体に改造手術をほどこしたのね。だろうと思ったわ』

 

 最後のケイトリンの声は少しいたずらそうな様子が混ざっていた。

 

『もし発動しなければ、あなたがエリュシオンに帰って、そのあとエリュシオンがあなたの体内のコアに気づいたでしょう。願わくばそれがよかったのだけれど。どうやらあなたは窮地にあって、しかもコアの発動を成功させたようね』

 

 その声がしている間も遠方のASはクロエに嵐のように大口径ライフルを掃射してきた。

 クロエはそちらに右手をかざし、クロエの眼前でその銃弾をすべて停止させた。

 体内のコア?発動?

 

『もう察しがついてるかもしれないけど、あなたの体内には、ISコアが内蔵されてるわ、そしてそれが生身で発動したということは、あなたは世界で始めて生体ISの完全起動に成功した人間ということになるわ。これは誇っていいことよ。それじゃぁねクロエ。愛してるわよ』

 

 短く言って。音声は途絶えてしまった。

 クロエの目の前では、ASから射出された重機関銃のライフル弾がすべてクロエの掲げた右手の前で停止し、バラバラと地面に落下していく。それはまるで、ISの空間シールドのようだった。 

 

 ISコア!?私の体に? まったく。台無しだわ。

 クロエは頭の中で一人ごちた。

 しかし、少し命をひろうことはできた。

 

 クロエは目の前で重機関銃を掃射するASを見て、右手を振りかぶった。

 そのまま、全力で目の前の空間を殴りつける。

 

 瞬間、クロエの右手から疾走した力場が遠方のASに疾走、衝突し、正面からASをペチャンコにひしゃげさせ、吹き飛ばした。

 

「はぁっはぁっはぁっ…」

 

 クロエはその動作だけで、とんでもなく消耗していた。

 心臓は爆発しそうで、脳は焼き切れそうだった。

 クロエの右の鼻の穴から赤い鼻血の線がつーっと伝った。

 

 瞬間、知覚した、正面から銃弾の嵐。

 

 クロエはそちらに両手をかざして、大口径ライフル弾の嵐を防いだ。

 その向こうには、こちらに歩いてくるネッドのASがあった。

 クロエはそちらを見て顔をしかめた。

 

「クロエ、やりなさい。その力で、私を!」

 

 ネッドがASの重機関銃をクロエに掃射しながら言った。

 ネッドにかけられた思考誘導装置は、ネッドにはどうすることもできなかった。

 そしてそれはクロエにも同じだった。

 ネッドはクロエを殺すまで、動きを止めない。

 そしてクロエの力も、すでに限界が近かった。

 銃弾のとまる位置が、だんだんとクロエに近づいてきている。

 

「できない、父さん…」

 

 クロエは両手をかざしながら首を振った。

 

「やるんだクロエ!私にお前を殺させるな!!」

 

 ネッドがクロエを殺せば、そのあとネッドも殺される。

 ならば、理屈の上ではネッドの言葉は正しい。

 

「できない!」

 

 クロエが叫んだ。ネッドのASはすでに25m前方まで迫っている。

 

「クロエ!このままでは全員死ぬだけだ!!」

 

「う、うううぅぅぅぅっ!!」

 

 はーっ、はーっ。クロエは荒く息をすると、右腕を振りかぶり、目の前を殴りつけた。

 

 瞬間前方のネッドのASに力場が疾走し、ネッドのASの腹部が軽くひしゃげる。

 しかし、それでもタフに作られたASの機動は停止しない。

 

「その調子だクロエ」

 

「ぬううぅぅぅぅっ!!」

 

 うめき声を上げると、クロエは左手を振りかぶって、次の力場を疾走させた。

 その力場はネッドのASの左部分をひしゃげさせたが、ASはとまらない。

 

「いいぞクロエ、さすが私の娘だ」

 

 クロエは次に右手を振りかぶり、目の前に振りぬいた。

 

 クロエの右手から放たれた力場が、空中を疾走してネッドのASの胴部に着弾し、装甲を貫き。

 ASの背部から力場が抜け、後ろに装甲が飛び出した。

 ASは動力を停止し、仰向けに倒れた。

 

「あ、あああああぁぁぁああああ!!」 

 

 あたりにはクロエの叫び声以外何もなかった。

 クロエは前のめりに草原に突っ伏して叫び声を上げ続けた。

 

 

 遠くからレザードの叫び声が聞こえる。

 

「クロエ!ネッドさんの生体反応は消えてないよ!!」

 

 同時に前方のASのハッチが開く音が聞こえる、クロエはその音を聞いて顔を上げた。

 前方の倒れたASの前部のハッチが開き、そこから人影が立ち上がる。

 

 それはネッドだった。ASの前方から後ろへと貫いたクロエの発した力場は、しかし、ネッドの体を通り過ぎていた。それはまるでその力場自体が意思を持つかのようにである。

 

 ネッドの頭には、なにやらカチューシャのようなものが取り付けられている。おそらくそれが、思考誘導装置だったのだろう、それはいまや衝撃でヒビ割れている。

 

「クロエ、2-4-3298番地に向かいなさい。そこがこれを仕掛けたやつらの拠点だ」

 

 クロエは顔を上げて、おそるおそるたずねた。

 

「父さん?」

 

「クロエ」

 

 ネッドはぶるぶると震える右手をクロエに向けた。その手には大口径のマグナム銃が握られている。

 

 遠くでレザードが叫ぶ。

 

「クロエェェ!!装置がまだ生きてる!!」

 

 クロエは地面にへたりこんだまま、その銃をただ見つめていた。

 ネッドの銃を持った右手は、ブルブルと震え、右手を上げると、その銃をネッド自身の頭に向けた。

 

「クロエ…」

 

 ネッドの声と同時に銃声が響いた。

 大口径マグナム弾がネッドの頭部を貫通し、ネッドはそのまま意識を失って仰向けに倒れた。

 

 ネッドの行動を支配していた思考誘導装置はまだ生きていた。

 しかしそのノイズの一端をとらえてネッドは強引に自分の意思で体を動かしたのだった。

 

 クロエは倒れるネッドを見て、ネッドが地面に倒れると、今度こそ叫び声を上げた。

 

「あああああっ!!ああああぁぁぁあああああっ!!」

 

 その叫び声は、静かな夜の空に吸い込まれて行った。

 しばらく、それが続いた。

 

 レザードは、遠巻きでクロエを見て、しかしそれをどうすることもできなかった。

 かなりたって、レザードがおそるおそるクロエのそばに近寄った。

 

「クロエ…」

 

 一体何を言えばいいのだろう。何も言うことはできない。

 レザードにはそう結論づけることしかできなかった。

 

「まだだ。レザード」

 

 地面に倒れ付していたクロエが、しばらくしてそういった。

 

「私の、私の力が足りなかった。だから父さんは死んだ」

 

――でも。

 クロエが続けて、芝生に顔をうめたままいった。

 

「まだこれをやったやつらがいる。私はそいつらをこのままではおかない」

 

 クロエが顔を上げた。レザードが見るクロエのその目は、意思の光にギラついて見えた。

 

 



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第17話 ディスオーダー

 2030時

 

 

 シチリア研究都市の南東部、都市の街並みを過ぎて。広く荒野が続いている。

 その荒野の暗い夜空を3機のISが飛行していた。

 それはアレクサンダーから先刻発信した2機はチハ38式、そうしてもう1機はラウラのシュヴァルツェア・レーゲンだった。

 

 もうしばらく飛べば、大空洞に到達する。

 ラウラは暗い空を飛行しながら考えていた。はるか眼下には荒野が後ろに過ぎ去っていくのが見える。

 

 大空洞で異変が起こっている。周辺でISが機動しない。自分たちも大空洞に接近する前に地上に降りなければならない。でなければ上空から墜落することになる。

 しかし、大空洞周辺という狭い範囲であるとはいえ、ISを強制的に機動停止させる。事実だとすれば世界を揺るがす大問題になることは間違いなかった。

 

 セシリアたちの安否はいまだ不明だった。組織としても、そしてラウラの個人的な感情としても、彼女らの無事を祈った。

 

 他方、この事件における指揮官は織斑千冬だった。彼女に指揮の責任がかせられている。もし今回のことでさらに損害が拡大すれば、指揮官である彼女の責任にされてしまう可能性は決して少なくない。

 しかし現時点での彼女の指揮は決して間違っていない。今だって、そもそも調査チームを分割しなければ、被害はさらに甚大なものになっていたに違いない。

 この件において、千冬が自分たちの指揮によって責任を追及される。ラウラにとって、それは許されないことだ。

 

 もし大空洞に到着した後、救出隊を組織するとすれば、迷わず志願しようとラウラは考えていた。

 ISがなくても、ラウラなら大洞窟内のゲリラ戦でもかなり動くことができるだろう。

 

 3機のISは急ぎ大空洞へと飛行を続けた。

 

 

 

 #

 

 

 

 同時刻 大空洞内

 

 

 セシリアたちが大空洞内の一室に閉じ込められて、しばらく時間が経過していた。

 セシリアが部屋の壁を調べると、それはかなりの厚さがあることがわかった。

 この部屋のただ一つある鉄の扉をセシリアが触ると、ひんやりとした感触が伝わってくる。この扉とそれに続く壁もまたかなりの厚さがある。

 扉の向こうでは、しばしばズシンといった音が響いてきていた。もしかしたらこの扉の向こうにはさっきの生物兵器と思われる怪物がいるのかもしれない。それを考えると体に冷気が流れる心地だった。

 

「あの、セシリアさん」

 

 扉に手をやるセシリアの後ろで同級生の女子が不安そうな表情でセシリアにたずねた。

 

「アウシェンビッツさんたち、大丈夫かな」

 

「そうですわね」 

 

 部屋に閉じ込められて、しばらく時間がたっていたが、アウシェンビッツ姉妹が部屋につれてこられてはいない。

 まだつかまっていないのか、あるいはもう。

 

「もしかしたら、まだつかまっていない可能性はあると思いますわ。でも彼女たちに救出まで期待するのは難しいかもしれませんわね」 

 

 彼女たちはもし無事だったのなら脱出するべきだ。

 しかし、ISを起動不能にした、その原因だけでもなんとかしてくれれば。 

 

「私たち、どうなっちゃうんだろう?」 

 

「……」

 

 セシリアはしばし考えた。セシリアに尋ねる少女の気持ちはよくわかった。セシリアとて、平静を保てているわけではなかった。

 セシリアは再びあの怪物について考えた。あきらかに人型の、あの生物兵器。あれはどうやって作られたのだろうか。

 それを考えると、腹のそこに嫌なものがたまる心地になる。自然な推論をするならば、人間が原型になっている可能性は決して少なくない。

 

「いずれにしても」

 

 セシリアは口を開き、部屋のみなに言った。

 

「いまは神経を研ぎ澄ましておく必要があると思います。事態の変化にすぐに対応できるように」

 

 セシリアはそういって皆を励ました。

 待つほかないように思われた。だが、何か手はないだろうか。

 

 

 

 #

 

 

 

 同時刻 アレクサンダー指令室内

 

 

 事態が発生してから30分以上が経過していた。

 千冬は司令室で対応策をいくつも思案しながら、司令室中央の立体ディスプレイを見つめていた。

 立体ディスプレイには、遠くから大空洞の映像が映し出されている。

 気がかりは多かったが、まずは大空洞内のセシリアたちの安否の確認を優先するべきだ。

 しかし大空洞付近でISを使うことができず、大空洞内に「何」がいるのかは、いまだ不明だった。

 

「織斑先生」

 

 山田が千冬に言った。呼ばれて千冬が振り向く。

 

「いい知らせです。大洞窟内で消息を立っていたアウシェンビッツ姉妹ですが、独力で脱出してアレクサンダーに帰投したとのことです」

 

「わかりました。すぐこちらへよこしてください」

 

 アウシェンビッツ姉妹がセシリアたちと別の洞窟を探索していたことは通信で把握してはいた。どうやら彼女らはなんとか大洞窟を脱出したようだ。

 千冬が山田まやに言ってしばらくすると、その時間は千冬にもひどく長く感じられたが、司令室の扉がバシュという音を立てて開き、学生服姿のハリー=アウシェンビッツとアルジャー=アウシェンビッツが入室した。

 

「アウシェンビッツ。ただいま戻りました」

 

「二人ともよく戻った」

 

 千冬が言うアウシェンビッツ姉妹は、司令室を見回して尋ねた。

 

「あの、サラさんはこちらには?」

 

「彼女らなら研究都市に呼び出されている。まもなく戻るだろう」

 

 それを聞いて、二人は安堵したような表情を浮かべた。この非常事態においても、この姉妹が頼りにしているのはあの生徒であるらしかった。

 千冬は矢継ぎ早にして言った。

 

「戻ってすぐだが、大洞窟内で何が起こったか簡潔に話してくれ」

 

 千冬が言うと、二人はその状況の報告をはじめた。

 

「はい。大空洞内で私とアルとアルバニ2号で調査を続けていました」

 

「突然、アルバニ4号との通信が途絶え、ISの機動ができなくなっていることがわかりました」

 

 と、アルジャー。ハリーが受けて続ける。

 

「私たちはISが完全に起動停止するまえにISを解除し、脱出を試みましたが、アルバニ2号はアルバニ4号と最後に連絡した地点に向かったようです」

 

「ハリーと、私はそのまま脱出しようとしました。洞窟を隠れながら道なりに進んで、大空洞の外部の遠方の崖の下に出ることができました。そこから移動して、ISが使える地点に出てから、ユーロガイツを展開してアレクサンダーに向かいました」

 

 千冬が話を聞いて、頭の中で整理して、二人に尋ねた。

 

「なるほど、悪い判断ではなかった。アルバニたちがどうなったかわかるか?」

 

 その問いにハリーが答えた。

 

「アルバニ2号の話からすると、4号はおそらく破壊されたのだと思います。もしかしたら2号も…」

 

 千冬はハリーの話を聞いて少し考え込んだ。

 自律思考戦車を破壊するとは、それにはかなりの武装が必要になるはずだった。

 通信が途切れる間際の怪物という言葉が気にはかかったが。

 

「二人とも、大洞穴の一件は、シチリアの誘拐事件との関係がある可能性は少なくないだろう。しかし、お前たちには悪いがまずは救出を優先させてもらう」

 

 サラの話からして、一月前に姿を消したシチリアの学生の所在を求める彼女らの気持ちは非常に強いものだと感じてはいる。しかし一方で救出するべき、生きていればだが、先発調査チームにはシチリアの学生も混ざっているのだ。

 アウシェンビッツ姉妹はお互いに顔を見合わせて、わかりましたと承諾した。

 

 

 

 #

 

 

 同時刻 アレクサンダー内第一ドック

 

 

 アレクサンダーの第一ドックでは、しばらく喧騒が続いていた。

 ISを装備した女生徒たちが、ひっきりなく発進していたからだ。

 そしてその広いドックの片隅で4機のアルバニが輪を作って話していた。

 

『大事件!大事件だよ!セシリアちゃんたちが消息不明だって!!』

 

 アルバニ1号がほかの自律思考戦車たちに言う。

 それに隣のアルバニ3号が応えた。

 

『だいじょうぶかなぁ。無事だといいけど』

 

『2号と4号は大空洞の調査に同行してたんだろ?彼らはどうしたんだろう?』

 

 とアルバニ5号。

 アルバニ1号が両手を組んで言った。

 

『んー、アウシェンビッツ姉妹の話によると、どうも2機ともやられちゃったみたいだね』

 

『そうかぁ。無力だなぁ僕たちは』

 

 アルバニ3号がドックの中空を見るようにして言った。

 そういったアルバニたちのちかくで、新たに1機チハ38式がカタパルトに送られていった。

 この状況で、自分たちは何の力にもなれない。

 

 4機の自律思考戦車の輪で黙っていたアルバニ6号が言った。

 

『とりあえずはさ、できることをやってみないかい。僕たちでも情報の網羅や整理くらいはできるはずだよ。何か気になることも出てくるかもしれないし』 

 

 4機の自律思考戦車はその意見に賛成して、ドックの端で話を交えながらデータベースの膨大な情報の総ざらいを始めた。

 

 

 

 #

 

 

 

 2100時

 

 

 

 ラウラはシュヴァルツェアレーゲンを駆り、二機のチハ38式を伴って大空洞への空を切り裂いて飛行していた。

 ほどなくして大空洞が遠方に目に入るだろう。その前に地面に降り立っておく必要がある。

 大空洞を中心として張り巡らされたISの機動を停止させるフィールドに上空でいる状態でとらわれないためである。ISのシールドなしで上空から地面に激突すれば十中八九命はない。

 

 上空を飛行するラウラにアレクサンダーから通信が入った。

 

「こちらシュヴァルツェア・レーゲンのラウラ=ボーデヴィッヒです」

 

 通信の相手はアレクサンダー司令室の千冬だった。

 

『ボーデヴィッヒ、こちらはアレクサンダーの織斑だ。わかっているとは思うが、シュヴァルツェア・レーゲンの現在位置はこちらで把握している。大空洞に近づきすぎる前に、地面に降りておけ。地面にたたきつけられる』

 

「はっ!了解しました」

 

 ラウラが飛行しながら返事をする。

 

『もう一点、レーゲンを解除する前に「目」を起動しておけ、何かかかるかもしれんからな』 

 

「はっ!了解です。『目』を起動します」 

 

 ラウラはそういって、左目に転送したヴォーダン・オーゲンを起動した。

 この目はシュヴァルツェア・レーゲンの固有兵装で、レーゲンの周囲を高度に策敵できる超高性能レーダーである。

 ヴォーダン・オーゲンを起動したラウラの左目には、夜空の雲の動きから大気の流れ、眼下の地面の上の小生物の動きまで把握できた。そこそこのエネルギーこそ食うものの、大空洞の前で解除するならば気にすることもないだろう。

 

 目を起動したレーゲンがしばらくとんでいると、ラウラはあらためて千冬の指揮の優秀さを確認した。

 大空洞へと続くシチリアの荒野、その地下深くに巨大ケーブルがしかれているのがラウラの左目にかかった。

 

「こちらシュヴァルツェア・レーゲンのラウラ・ボーデヴィッヒ。オーゲンを起動したところ、気になるものが」 

 

 ラウラがアレクサンダー司令室の千冬に通信する。

 同時に飛行を停止、上空で滞空しつつ、後ろに続いていた2機のチハ38式を静止させた。

 

『司令室の織斑だ。なにかあったか?』

 

「はい。大空洞へと続く地下102メートルに、高エネルギーと大容量情報を送信していると思われる巨大ケーブルを発見しました」 

 

 ラウラが報告すると、通信機の向こうの千冬は少し黙って考えているようだった。

 

「どうしますか?」

 

『かまわん破壊しろ。その巨大ケーブルの送るエネルギーと情報が大空洞のIS停止現象の原因である可能性がある。ISが起動できれば大空洞のセシリアたちが動ける』 

 

「了解」

 

 ラウラは千冬から通信でそう言われると、速やかにシュヴァルツェア・レーゲンの腰のハードポイントから熱質量圧縮ライフルを抜き、左目のヴォーダン・オーゲンで地面のさらに奥の巨大ケーブルを見据えながら、さっと三回トリガーを引いた。

 

 瞬間3回の爆音が響き、上空のレーゲンから地面に向かって3筋の赤熱する質量弾が疾走した。

 3つの熱質量弾は地面に吸い込まれると、それぞれ大地を切り裂いて地面を進み。しかし二つは途中で爆発し、もうひとつは巨大ケーブルの上層に敷き詰められた分厚い複合装甲にぶち当たってそこで爆発した。

 

 これでは威力が足りない。ラウラがそう判断したのとほぼ同時に千冬から通信が入る。

 

『ボーデヴィッヒ。レールカノンを使え。地殻がかなり硬い上にケーブル上の装甲も分厚い』

 

――了解。ラウラはそういって、空中で浮遊しながらレーゲンの右肩のレールカノンをスタンバイにした。

シュバルツェアレーゲンの背部にあったレールカノンがせりあがり、レーゲンの右肩から前方へと伸びる。

 

 ラウラが右肩のレールカノンを地表に向けると、次にレールカノンのおおぶりな銃身が白く、次に赤く輝きはじめた。

 

「レールカノン。イグニット!!」

 

 そう叫んだ瞬間。レーゲンの右肩のレールカノンから大口径熱質量弾が超電磁加速され、通常弾の数倍の超速度で地面に吸い込まれた。

 レールカノンの超電磁加速砲熱質量弾は地殻を融解させながら超高速で地面を切り裂き100メートル地下の巨大ケーブルをなんなく引き裂いた。

 地表では、レールカノン弾の進入した地点を中心に地表が溶解し爆風が上空にあがりその周りから赤くかげろうがあがっている。

 

 

 

 #

 

 

 

 同時刻 大空洞内

 

 

 コンクリートの部屋に閉じ込められていたセシリアたちだったが、突然一人の少女が言った。

 

「チハ38式。再起動しました!!」

 

「ユーロガイツも動きます!」

 

 動かないISを装備していた少女たちが口々に言った。

 それを確認したセシリアに通信が入る。

 

『セシリアか?こちらシュヴァルツェア・レーゲンのラウラ・ボーデヴィッヒだ。大空洞へ続く地下の巨大ケーブルを破壊した。どうやら通信が回復したようだな』

 

「ラウラさん?えぇ、おかげで助かりましたわ。ISの機動も回復いたしました」 

 

『了解だ。無事でよかった。私はケーブルの元をたどる、ISの機動停止回路がもう一つないとは限らないという教官の判断だ。そちらは各自で脱出を。健闘を祈る』 

 

「こちらはまかせてくださいな。通信終了しますわ」 

 

 通信を切って、次にセシリアは鉄の扉があるコンクリートの壁のほうを向いた。

 

「ブルーティアーズ。転送しますわ」

 

 セシリアが言うと。彼女の体を青い燐光が包み、次第に首元からブルーティアーズの青い機体に身を包んだ。 

 そしてブルーティアーズの腰部からビームソード、ブルーツヴァイの青い刀身を抜いた。

 

「みなさん。ここを出ますわよ」

 

 そういって、セシリアはコンクリートの壁に向かってブルーツヴァイの青いビーム刀身を後ろに振りかぶった。



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