東方貞操観念逆転種馬録 (tuyudakumeshibe)
しおりを挟む

一、神綺と居候

 

 

自分という存在が何なのか、分からなくなる時がある。

いつ生まれたのか、どこで生まれたのか。誰から生まれたのか。

普通じゃない、と思われるかもしれない。だが、自分が生まれたときのことをはっきりと、鮮明に覚えている者がいるだろうか。

大抵、親から聞くぐらいでしかそれを知る術はない。

俺にはその親がいなかった、それだけの話だ。それだけの話。気づいたらここにいました、なんて洒落にもなってない。記憶喪失でもあるまいし。

 

 

「何考えてるの?」

 

 

この少女には親がいるのだろうか。・・・たぶん居ないな。彼女の言から推測するに、この魔界と共に生まれたような存在だ。神がいるとすれば彼女自身のことを指すに違いない。

 

 

「ねぇ、聞いてる?」

「聞いてるよ。」

「それで、何考えてたの?」

「・・・神綺のことを考えてた。」

「え!? ・・・そ、そうなんだ。・・・えへへ。」

 

 

そういってだらしなく笑う。彼女・・・神綺は自称魔界神であり、俺が居候している城の主である。

今のところ俺との二人暮らしであるが、どうにも、彼女に危機感というものはないらしく・・・どころか、最近は彼女の方が誘ってくる始末である。

 

 

「ねぇ」

「どうした」

「ん。」

 

 

神綺が目を瞑って唇を差し出してきた。・・・ので、俺もそれに応える。唇が重なるだけにとどまらず、互いに舌を絡めあう。相手の味を確かめてから、舌で歯をなぞる。脳が焼けるような濃厚なキス。しばらくして離せば口端に銀色の橋が架かり妖艶な光を放つ。また、唇が重なりあう。

この行為が約数分続く。このディープキスが近頃の彼女のお気に入りらしく、日に何度も要求してくるのだ。そして、終わった後決まって――――

 

 

「ん・・・んぅ・・・ぷはぁ、・・・・・・ねぇ」

「・・あぁ、いいよ。」

 

 

それだけ聞くと彼女はニパッと笑って、俺を押し倒す。俺の服に手をかけて慣れた手つきで剥いでゆく。素肌が露になったところで彼女は一層興奮した様子で、笑みがますます深いものになる。自分の服を脱ぐ面倒は嫌ったようで、彼女の着ていた服がすべて、一瞬にして魔素に還る。

 

 

「やっぱりいつ見ても、おっきくて、えっちな身体だね。」

 

 

彼女が顔を俺の胸板に埋める。一呼吸置いて舌と、手で乳首を攻めてきた。先ほどから彼女になされるがままなのがなんとなく悔しくて、彼女の背中に腕をまわして背筋を指でなぞる。すると案の定、ビクンと身を震わせると同時に喘ぎ声を漏らし始めた。彼女の感じている姿が可愛くて、もう片方の腕で頭を撫でる。

彼女の弱点が背中にあるのは先日判明した。普段隠れている三対の翼。その付け根にあたる部分が非常に弱いようだ。ちなみに、背中を攻められ始めても、彼女は俺の胸への攻めをやめてはいない。彼女の眼には、男の胸というものが相当魅力的に映るらしい。男の体がそんなにいいものだろうか。神綺が特殊なのか、それとも女の子は皆こうなのか。残念ながら、神綺以外の人間や神を知らない俺には判断できない。

 

 

「んん・・・あっ、はぁ・・・」

 

 

彼女が俺の腿に股を擦り付けてくる。濡れていたので彼女が高ぶっているのが分かった。・・・実のところ、俺の方も、ちょっと色々と限界だ。・・そろそろ前戯も終わりだろうか。

 

 

「神綺・・」

「うん・・いくね・・・」

 

 

今日こそは俺が優位をとろう。そう思って俺は神綺との事に及んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、俺のほうが先にダウンした。いつも通り。

 

 

「んふふー」

 

 

俺の背中にひっついている神綺はたいそうご機嫌だ。対して俺といえば、射精後の疲労感と倦怠感から、ベッドの端で死んだように目を瞑っていた。

もう無理だ。何もしたくないし何も考えたくない。途中で俺が攻め手に回ったのが彼女の琴線に触れたのか、今日はいつもより数段激しかった。本当に搾り取られた。流石に六回目以降は出なかったし、出なくなってもまだ続けようとするのはやめてほしい。本気で死ぬかと思った。

 

 

「あのねー」

「んー?」

 

 

神綺の声に滅茶苦茶気だるげに返事をする。神綺の方に振り向くことなく、目すら開けないで。

城に住まわせてもらっている上に、三食の飯まで用意してもらう身分で途轍もなく失礼だという自覚はあるが、今はどうか許してほしい。

 

 

「私、貴方のことが好きなの。」

「んん。」

「貴方も私のこと好きでしょ?」

「んん。」

「でもね、貴方の方が先に死んじゃうのよ。私は魔界神だけど、貴方は人間だから。寿命があるの。」

「んん。」

 

 

彼女の声を耳で拾えてはいるが、頭で理解できている自信はない。我ながら返事が適当すぎる。

 

 

「だから私考えたんだけど」

「んん。」

「魔術であなたの寿命を無くせばいいんじゃないかなって。」

「んん。」

「あのね、『不蝕の術』っていうんだけど」

 

 

『不蝕の術』――――曰く、生物に寿命があるのは穢れのせいである。この穢れというものは生や死に関連する事象から発生するものであり、これが地上に満ちているせいで生物は外的要因以外でも、寿命という足枷によって年老いて個体としての生命を終えるようになっている。妖怪や神、妖精といった精神生命体に限りなく近しい存在は自身の内的営力によって知らずのうちに穢れを遠ざけているために、強い存在になればなるほど寿命とは無縁になる。不蝕の術はこの絶対不変の真理とでも言うべき法則を破るもので、人間の身で神妖と同じく寿命という束縛から逃れることができる。そもそも、前提としてこの世界にある物質は一部の例外を除いて魔素から構成されている、という理論の基、人神妖その他魑魅魍魎も含め、理論上は全ての存在が魔力を扱うことが可能である。第四次元構成元素による干渉波で定常魔力回路を体内に形成し超振動崩壊理論より涅槃寂静原子で可確認存在を再構成する定常魔力回路により内的営力に代替する穢れへの斥力磁場が発生し不老になる他食事排泄などの生的泳動も必要なくなるが澗極間次元上の鬱螺旋蒼運動が直交補空間軸移動に支障が云々かんぬん――――――――――――――――――――――――――――――

 

上記のことを彼女はそれはもう得意げに話していたらしい。再三言うが、このときの俺は彼女が何を言っているのか理解できていない。通常時でも理解できないと思う。

わたしがつくったんだよすごいでしょー?へーそうなんだすごいねー。この程度のことしか言えない。つまり全く聞いてなかったので

 

 

「使っていいよね、『不蝕の術』」

 

 

こう聞かれたとしても

 

 

「んん。」

 

 

こう答えるしかない。すると、俺の返事を了承と捉えたらしく

 

 

「じゃあいくよ。動かないでね、危ないから。」

 

 

後から聞くととんでもなく怖い言葉の後に、彼女は俺の背中に手を当てて何やらぶつぶつと何かを唱え始めた。

このとき、動こうにも動く気力すらなかったのは不幸中の幸いというべきか。不蝕の術とやらは意外にもすんなりと終わり

 

 

「はい、終わったよ。えへへ、これでずっと一緒にいられるね。」

「んん。」

 

 

俺はどうやら、射精後の倦怠感のせいで不老不死の体になってしまったらしい。

 

 

「あ、でも血がドバーって出たりしたら普通に死んじゃうから気をつけてね。」

 

 

訂正。不老の体だった。普通に死ぬらしい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二、ルーミアと餌 ①

食事というものはどのような意味を持つだろうか。

生きるための栄養摂取?まあ確かにその通りだと思う。

でも、そのためだけの行為だとしたら、敢えて味付けだとか、おいしく食べるための工夫なんてしなくていいわけで・・・・・その栄養摂取すら必要なくなった今の自分は、食事という行為に、果たしてどれほどの価値を見出せるだろうか。

案外、食事ってやつは娯楽だとか、メンタルケアの側面が強いのかもしれない。・・・・・

・・・・一つだけ心配事があるとすれば、『タベル』こと自体に極上の快楽を感じるようになった者は、『空腹』に耐えられるのかってことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた」

 

 

城の外に出てみたい。そう思ってしまったのが運の尽きだったのか、そうでないのか。今となっては判らないが、絶賛五里霧中で迷子である。

ちょっとした好奇心が積もりに積もって、どうしようもなくなって、どうしようかと思っていたところで、気が付いたらここにいた。ありのまま先日起こったことを話そう。

「おれは神綺と一緒に寝ていたと思ったら、いつのまにか森にいた。」催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・

 

 

「いやー、それにしても」

 

 

森。どこまで行っても森である。初めて見る植物や動物に心を動かされていたのも初めの数日だけで、そこから先は心細さの方が大きくなって、神綺が恋しくなる一方だった。

自分より体躯の大きい獣や妖怪もたまに見かけたし、今まで襲われなかったのが奇跡というかいつでも死ぬ危険がある絶望というか。神綺が頑なに城の外に出してくれなかった理由が、今ならわかる気がする。

 

 

「腹、減ったなあ。」

 

 

厳密にいうと減ってない。不蝕の術はどうやら空腹感もあまり感じなくなるようだ。なので肉体的な面ではなく、精神的な面で。とにかく何でもいいから口にしたい。食べられるもので、毒がないなら何でもいい。一昨日あたりにそこら辺に自生しているキノコを口にしたところ、地獄を見たのでできるならキノコ以外がいい。

 

 

「そこら辺に、神綺の手料理でも落ちてないかな・・・ん?なんだ、あれ」

 

 

その時俺が見たのは・・・何といえばいいか・・・黒。 でかくて、まるい、黒の玉。

そいつが、真っ昼間にもかかわらず夜を連れてきたような、月の出てない闇夜を切り取ってきたかのような。ともかく、そんな風に錯覚するものがこちらに向かってきた。

ふわふわと、という生易しい感じじゃなく、ゴリゴリと、ズリズリと、周りの木々や地面を飲み込んでいるかのように――――後から考えてみれば、実際に飲み込んでいたんだろうけど―――――その時の恐怖ったらなかったね。恥ずかしい話、俺は腰が抜けて動けなかった。神綺との、ぬるま湯のような生活をずっと続けてきた俺には刺激が強すぎたのだ。

 

 

「な・・・・な・・・・・・」

「あら?」

 

 

声が聞こえた。女の声。

すぐに声の主が姿を現した。闇の中から。宙に浮いて。

その女は、まず、黒とのコントラストが映える金髪のボブ。次に、宝石かと見紛うほどの真紅の瞳、同色のネクタイ。そして、白黒の洋服に黒のロングスカート、足には黒い靴と白いソックスを履いた・・・それはそれは美しい女だった。この際だからはっきり言うが、俺は一目見た瞬間その美少女に惚れた。これは俺が惚れっぽいというわけじゃあなくて・・・さっきまで恐怖の象徴であった黒球から、絶世の美女が出てきたというあまりのギャップに魅せられたのだ、ということにしておく。

 

 

「人間とあうなんて、珍しいこともあるものね。」

 

 

そう言って美少女は俺に近づいてきた。今までの言動から分かったが、やはり、人間ではないようだ。

 

 

「それじゃあ、いただきま~す。」

 

 

彼女はほぼ間違いなく妖怪だろう。そして妖怪なら人間と会えば、とる行動は一つ。

彼女はいまだに動けない俺の上にのしかかってきた。所謂マウントポジションとでもいうのか。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

一応、この後の俺の反応についての誤解を防ぐために、皆さんに、前もって知っておいてほしいことがある。予備知識というやつだ。是非とも聴いてもらいたい。

生物というのは自身が命の危機に瀕したときに、生殖本能が働くらしい。自分の子孫を残そうとするのだという。個体として見ればいずれは終わりを迎えるため、自分の種を存続させようとするのは、当然と言って然るべきだ。つまりだ、何が言いたいかっていうと、まあ、不老の体になったとはいえ、生体反応がないかといわれると違うので、俺の体にもソレが起こった、というか・・・起った、というか・・・まあその・・・ナニが、アレなもんで、コレが、アレしたのだった・・・・・・・――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「あら?・・・フフフ・・・」

「・・・」

 

 

マズイ、不味い、気まずい・・・よりにもよってこの状況で自己主張し始めた俺のムスコは、それはもう立派に隆起して、彼女の黒いロングスカートを持ち上げ、堂々と、その存在感を放つのであった。

その上、最悪なことに、彼女はソレを目敏く見つけると、少し笑ったのだった。あ、笑った顔もやっぱりかわいいんだな。・・・いやいやそうじゃねー!!!!

残念なことに、人生経験の不足している俺は、この状況を上手く切り抜ける術を持ち合わせていない。人生経験豊富な人に任せられるのなら任せたいところだ・・・・・・・・・そもそも論として、「初対面の妖怪女子に襲われたときに、不意の勃起を見られる」という状況は、人生経験の有無で何とかなる問題だろうか?仮に何とかなったとして、そいつの人生経験を指して『豊か』と表現していいのか分からない。

 

 

(じ――――――――)

「・・・」

 

 

あああ、すごい見られてる・・・注視している・・・

もうこの状況に耐えられなくなった俺は

 

 

「あの・・・そろそろ、一思いに・・・」

「・・・・・・そうね。」

 

 

良かった。彼女も無事に俺を殺してくれるみたいだ。ああ、俺、とうとう死ぬのか。

まあでもこんな美人に食われるならそれもそれで・・・・・・とか心のどこかで思ってしまっている俺は、本物の馬鹿なんだろう。末期だ。

 

 

 

 

 じゃあ、殺ってください。

 

 

「ええ、言われなくてもヤッてあげる」

 

 

 

 

彼女と俺のすれ違いに気付くのは、その直後だった・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあとのことは敢えては語るまい。

 

 

「・・・」

「・・・」

 

 

男と女の裸体が森の中で重なっていた。

 

 

いやぁまさかやれると思ってなかった。別の意味で食べられちゃったよ。ハハハ。

・・・眼下には俺の体に身を預けている彼女の金髪が。・・・とても綺麗だ。なんか甘くていい匂いもするし、手触りもサラサラしている。なめたりしたらさすがに怒られるだろうか?

髪だけじゃない。彼女の肌もシミ一つなくスベスベだったし、何より言及すべきはその抜群のプロポーションである。どうしたらそんなにメリハリのある体に育つのだろうか?

あれか?妖怪だからか?妖怪ってみんなそうなのか?  

いやぁまったくもってけしからん。特に俺の腹部に密着しているこの双丘。神綺とはまるで比べ物になら・・・どこからか殺意の波動が飛んできたのでこの辺にしておこう。

 

 

そうすると彼女は突然スクッと立ち上がった。

なんだろう、あ、もしかしてこれそのまま立ち去る流れじゃないか?

彼女ともう会えなくなるのは大変心苦しいが、俺の命は助かるのでよしとする。

 

 

「決めたわ」

「・・・・・何を?」

「人間。あなたを飼ってあげる。」

 

 

・・・それは飼育するということですか。家畜のように。

それともそういうプレイですか。

 

 

「肉棒として使ってあげるからしっかり動いてね。逃げ出そうとしたら・・・食べちゃうから。」

 

 

それはどっちの意味で・・・とは、聞くまでもないか・・・

 

 

「心配無いわ。足の一本ぐらい無くなっても、性行為に支障はないからそのまま捨てることなく使ってあげる。」

 

 

言った後、彼女の足元から巨大な漆黒の手が出てきて、俺の体をむんずと掴み上げた。

 

 

「まあ、貴方は逃げ出したりしないだろうけど。相当な物好きみたいだし・・・ね?」

「・・・否定はしない」

 

 

こうして俺は彼女への恋慕と恐怖の情を抱え、彼女の塒に連れていかれるのだった・・・

・・・・・・・これってお持ち帰りじゃね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の寝床は洞窟だった。

切り立った断崖に不自然なくらいきれいに穴が開いていたので、おそらく彼女が作った洞窟だろう。まあそれはいいとして・・・

 

 

「なんだこの血生臭い匂い・・・・」

 

 

鉄臭の正体は洞窟の入り口に放置してあった獣の死体だ。死んでそこまで日が経ってないのか、血液を傷口から流している。おそらく彼女が殺したものとみていいだろう。

 

 

「なんで放置してるんだ?」

「後で食べるつもりだったのよ。あなたも食べる?」

「いや、俺は・・・」

 

 

一瞬断ろうと思ったが、ここ数日何も食べてないことを思い出し

 

 

「ああ、食べる」

 

 

というが早いか、彼女は

 

 

「そう、じゃあ、はい。」

 

 

と、死体の一部を素手で引き千切って、あろうことか俺にそのまま差し出してきた。

 

 

「・・・えっと、焼いたりはしないのか?」

「焼く?どうして?」

「―――――――――――」

 

 

うん・・・妖怪だもんな・・・・生で食うよな・・・・・・・

 

 

 

 

その後、彼女に焼いたほうが肉が旨くなるということを教え、俺一人で準備して肉を焼く運びとなった。

 

 

「うん!うまい!!!」

 

 

久しぶりに肉を食った。火をおこす作業は死ぬほど大変だったし、何の獣の肉かサッパリ分からんけど、うまいのは間違いない。頑張ってよかった。

 

 

「そんなにおいしいの・・?これ。」

 

 

彼女は手に持った焼けてる肉を不思議そうに見つめている。

首を傾げるその仕草はかなり可愛いけど、早く食わないと冷めるぞ。

 

 

「もぐ・・・んぐ・・・・・」

「どうだ?」

「・・・ん。まあ悪くないんじゃない?」

 

 

よっしゃ!

彼女に満足してもらえたようで良かった。字面だけ捉えればあまり気に行ってなさそうにも見えるが、その実、早くも次の肉を焼こうとしているところを俺は見逃さなかった。

上機嫌で俺が肉にかぶりついていると、彼女が突然

 

 

「ルーミア・・よ。」

「・・・え?」

 

「私の名前」

 

 

これは・・・予想以上に満足してもらってるかもしれない・・・

 

 

「ルーミア」

「・・・何」

「肉、旨いか」

「・・・まあまあね」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三、ルーミアと男 ②

人間は考える葦である。とは誰の言葉だったか。・・・誰が言ったんだっけ、忘れた。

納得のいく言葉だ。特に、人間は一本の葦のように弱い存在だ、という部分が。

人間は弱い。非常に弱い。火で焼けて死ぬ。水で溺れて死ぬ。怪我で血が出て死ぬ。毒で、病気で、暑さで、寒さで、老衰で、栄養不足で、ストレスで・・・なんて脆弱で繊細な生き物なんだろうか。種が絶滅しないか心配になってくる。

 

力の強い神や妖怪から見れば

 

人間を殺すことは、小さな虫を殺すようなものである

 

あってはならないのだ

そうした人ならざる者が、人間に依存するなんてことは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました。

・・・はずなのだが、俺の視界に一切の光はなかった。どこまでも続くのかと思われる闇に、本当は自分がまだ目を開けていないんじゃあないか、と早朝特有の間抜けな思考が頭をよぎる。

もちろんそんなわけはなく、ただ明かりも何もない洞窟の中で一晩を過ごしただけに過ぎない。加えて、隣で寝ている彼女から闇が放出されているのもある。周りを暗くできる能力というのは寝るときにはとても良いものだが、起きるときに周りが真っ暗だと驚いてしまう。

まあそんなことどうでもよくて・・・

 

 

「すー・・・すー・・・」

 

 

隣から聞こえる規則的で穏やかな寝息は、何も見えない暗闇の中で彼女の安眠を俺に教えてくれた。

きっと可愛らしい顔して寝ているんだろう。本当に暗すぎて、体温を感じ取れるほど近くにいる彼女のご尊顔を拝めないのは少し残念だが、想像力で補うというのも乙なものかもしれない。

 

 

 

 

 

「すー・・・すー・・・」

 

 

・・・・・・いや、しかし、起きないなあ。 

数十分ほど待ってみたが、彼女は全く起きる気配がなかった。

 

俺自身、そこまで早起きというほどではなく、

たとえ寝る時間がまちまちであっても起きる時間はいつもほぼ寸分の狂いもなく同じ、という驚異の体内時計を持っているため。

これだけ待っても起きないというのは、あれだ。ルーミアはお寝坊さんに違いない。

 

 

 

朝が弱いというのは神綺にも共通することだったが・・・・・

そろそろ起こしてみようか。ルーミアが起きないことには俺も動けないだろうし。

ただでさえ慣れていない洞窟の中で、この暗さで動くのは危険だと思う。

 

 

「おーい、ルーミアー、起きろー」

 

 

そう言って彼女を揺さぶる。

 

 

「ん・・・んぅ・・・・・・」

 

 

お、ようやく彼女が起動し始めたみたいだ。まったく、寝坊助だなあルーミ

 

 

「んん・・・・・・・・・・すー・・・」

「っておい」

 

 

一瞬、薄目を開けたので起きたと思ったけど。

 

全然起きてなかった。

・・・・・・まあ、二度寝ぐらいは神綺もやってたからな。慣れてる。

 

 

 

 

 

 

 

そのあと、ルーミアを起こすのに七回のトライを要した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん・・・んあ・・・・・・・・・・・・おはよう」

「あはようルーミア。・・・ぜんぜん早くはないけど」

 

 

ようやく彼女が起きた。

お寝坊さんどころじゃない、神綺の方が十倍は早く起きる。あまりにも起きなかったのでさっきまで彼女にいたずらしていたほどだ。

触っても、撫でても、揉んでも、舐っても、彼女は目を覚まさなかった。

あと数回分遅れていたらそのまま睡姦しちゃうところだったぞ。ルーミアにはこれから俺以外の男とは、絶対寝ないでほしい。

 

 

「ねえ」

「ん?」

 

 

どうした。と言おうとした俺の口を、何かが塞いだ。

 

 

「!?」

 

 

だがすぐにその正体は判った。彼女の唇だ。

瞬時に理解した俺は一切の抵抗なく、彼女からのキスを受け入れる。

 

それは数十秒ほど続いた。 舌を絡めた濃厚なキス、ではなく、

 

 

 

          唇どうしが触れ合うだけの

 

      相手の唇に自分の唇を軽く触れさせたい。くらいの

 

   相手の体温を直に確かめたくなって、それがたまたま唇だった。その程度の

 

        そんなキスだった。 でも、悪くはない。

 

 

 

 

 

キスの最中に俺は、

そういえばルーミアは暗くても俺の位置がわかるのか。そうだよな、自分の出した闇で自分の視界がつぶれるほどバカバカしいこともないよな。

 

というどうでもいいことと一緒に、神綺のことも考えていた。

 

神綺も起きてすぐに、同じようなキスをしてくれたっけ・・・

 

とんでもなく失礼なことだ。目の前にいる女性とは違う女性のことを想うのは。

彼女達、どちらに対しても。

 

 

「・・・・・・おはよう」

 

 

改めておはようを言った彼女が、

してやったり、といった風にいたずらっぽく笑うのが、

顔は見えなかったけど、はっきりと分かった。

 

 

「おはようルーミア」

 

 

そしてごめんな、ルーミア。

おはようのキスは、さっきもうしたんだよ。君が寝てる間に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあとは特に何もなかった。

強いて言うなら、朝から一発ヤッたくらいだ。

 

いや、ほら、朝勃ちの処理とか。眠気を覚ますための軽い運動にもなるし。うん。

実に合理的な判断だったと思う。

 

暗闇の中での性行為もイイもんだ。やはり彼女は闇の中でも見えている、というか俺の動きを完璧に把握できているらしい。

 

彼女によれば、闇の妖怪にとって闇というのは自分の手に等しいと。通りで一方的になるわけだ。方や目隠しをされたに等しい状態で、方や自分の手中にある相手が目隠しをしているのだ。つまり、さっきの俺は

 

視界を封じられ、

 

全身を掌握され、

 

彼女のテリトリーで何の抵抗もできずに滅茶苦茶にされたと。

素晴らしい。最高。

 

 

「もう昼前か・・・」

 

 

外に出てみると、太陽が高く昇っていた。ピロートークに花を咲かせすぎてしまったらしい。喋ってたのはほとんど俺だったが。

二人とも朝食を抜いたくらいでは何ともないからいいけど。

時間に追われる身でもないし。

 

そんなことより今の俺には気になることが・・・

 

 

「汗がべたべたして気持ち悪い・・・」

 

 

朝から『激しい運動』をしたので汗で服が体に引っ付いて、俺に不快感を与えていた。

臭いについては彼女から「全然気にならない」といわれたので問題ない・・と思いたい。

 

行為の最中、やたらと俺の体のニオイを嗅いでいたのは少し気になったけど。

悪く思われてないことは確かなのだが・・・

 

ルーミアの方は、近くにある湖で水浴びをしているらしい。覗く予定だ。

しかし水浴びか・・・それも悪くないんだが、もっとこう、何というか、

リラックスしたいというか。

 

 

 

「あー風呂入りたいなー」

 

 

だから、そんな呟きが俺の口から出るのも仕方のないことだった。

 

 

「『フロ』って何よ」

 

 

いつの間にか、水浴びから帰ってきたらしい彼女がそう言った。はぁ、覗き損ねた。

 

 

「風呂っていうのはな、こんな感じのでっかい容器に水を入れて、それを温めて・・」

 

 

地面に木の枝で図を描いて説明する。水浴びは知ってても、風呂は知らなかったらしい。これを機に彼女に風呂に対して興味を持ってもらい、いつか混浴をしたい。作るのは相当時間がかかるだろうけど、時間だけなら余るほどあるし、出来上がったら少しは彼女も俺に憧憬の念を抱いてくれたりしないだろうか

 

 

「ふーん。・・・それってここで作れるの?」

「ん?あぁ、材料は木でいいから、作れると思うけど・・・」

 

 

それを聞くと彼女は立ち上がって、周囲を見回し始めた。何かを吟味しているような・・

 

その内、辺りで一際目を引く大木を見つめると

 

 

「うん。あれがいいわね。」

 

 

そういうとその木に近づいて、ゆっくりとした動作で左手を樹に添えると迷いなく―――

 

 

 

 

――――――横薙ぎに一閃。

 

 

 

 

一瞬の静寂の後、重心が偏っていたのかその馬鹿でかい樹は、時間が遅くなったのかと思うほど緩慢に傾き始め、太い幹が、枝が、葉が、大気と擦れ唸りながら倒壊してゆく。

 

 

無数の枝が折れる際、雷鳴に酷似した轟を生み、

本幹が地に倒れ伏す衝撃は、局所的な地震を巻き起こした。

 

 

倒れる方角にあった木々が、受け止める形ではあったがそれでも、

 

質量の暴力と言うにふさわしいそれの前では緩衝材にすら成り得ず

 

横転を許してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

俺は暫し言葉を失っていた。

樹齢三桁は優に超えていると思われた、しかしながら老木と云うには憚られる程に

青々とした葉と、豊かな水を湛えていた幹。

 

森を見渡し堂々とその威容をほこっていた大樹が

 

華奢な彼女の手刀の一振りによって、切断され、地に沈んだのが信じ難いことであった。

 

 

 

俺が呆然としている間に彼女の足元からあの黒くて大きな手が現れ、幹の根元に近い方を解体し始めたのだった。

 

壊す・・・いや、溶かすといった方が正しいのか。黒手は樹を溶かした。

ちょうど生クリームを指の腹で掬うような、そんな作業だった。

 

 

 

 

 

 

 

一連の流れは時間にして一分もないだろう。

我に返った時には既に彼女が木の風呂桶を作り終えた後であった。

即興で作ったとは思えない程綺麗な、二人で入るのにちょうどいいぐらいの浴槽の形になったそれを、彼女は軽々と持ち上げていた。片手で。

 

 

「これでいいんでしょ?」

「・・・・・・ああ、ばっちりだ。」

 

 

それを聞くと彼女は水を汲みに行く、とだけ言って湖の方に向かっていった。

その横顔が満足気であったのは、気のせいではないはずだ。

 

先の出来事がまだ信じられなかった俺は、無意識の内に倒れ伏した樹に近づいた。

ごつごつした岩のような樹皮。切断面に画かれた年輪は幾重にも層が重なっていて、

その半径だけで俺の身長よりも長い。

 

先ほどまさに、異様とも言うべき力を見せた彼女に俺が抱いた思いは、

恐怖でも、畏敬の念でもなく   感動。

 

俺の呟きを聞いて、ここまでのことをしてくれたのが嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

「俺もなんかやんないとな。」

 

 

取り敢えず、目下最大の問題であった湯舟が、

図らずも迅速に完成してしまったので、

俺は湯を沸かすための可燃材や、土台となりそうな石を集めに行こうと立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂に風呂が完成した。

三百六十度周囲を見渡せる露天風呂が遂に完成だ。野晒しになっているだけだが。

遂に、というほど時間はかかってないし、俺はほぼ何もしていないが。

 

 

湯加減はどうだろうか。指で触って確かめる。

うん、ちょっと熱いがこれくらいなら問題なし。昨日の焚き火の跡に火種が残っていたのが幸いだった。

 

 

「よし、もう入っていいな。」

「そうね」

 

 

そうして俺は服を脱ぐ。

まず上を脱ぐ。畳んで岩の上に置く。

続いて下も脱・・・ごうとしたところで、ふとルーミアの方を盗み見れば、

俺の目に映ったのは裸体。一糸纏わぬ彼女の裸体である。

 

闇の妖怪である彼女にこんな言い方をするのも変かもしれないが、とても、眩しかった。

 

白くて、水を弾く珠の肌。そしてやはり彼女はスタイルがいい。昨日会ったばかりではあるが既に数回、その肢体を目にしている俺でも見る度に見惚れてしまう。エロいというより美しい、という感想が先に出てくる。体のラインは見事な曲線美を描き女性らしさを表現している。指先、つま先、どれほど細かい部分を切り取って見ても文句のつけようが無く、それでいて全身でまとまりがあり、完成されている。彼女をそのまま石像にしたら世界中から絶賛の嵐になると確信できる、完璧な美。この世の美しさに占有率というものがあったとしたら、きっと彼女だけでその何十%も占めてしまうだろう。

 

 

 

 

そしてその顔は、ほんのりと赤く上気し、目は俺の上裸を捉えていた。

 

 

止まっていた手を動かし、ズボンを脱ぎ始める。

彼女の視線はやがて下がり、俺の手がパンツに手をかけた時には、一点に集中していた。

 

彼女の裸でそそり立った俺のイチモツが露になると、彼女の興奮は最高潮に達し、

パンツを畳み終えるころには、間近に迫って来て、その場でしゃがみ込んで自慰をし始めていたのだった。

 

 

「ルーミア・・?」

「・・・・・・・・・・・ハッ!」

 

 

我に返ったらしい彼女は立ち上がり、くるりと踵を返すと、

さあ、入りましょうか。といった感じで自分の体に湯をかけ始めた。

 

 

・・・今、完全に無かったことにしようとしたよな・・・?

しかし、珍しい。彼女が取り乱すのは。初めて見たかもしれない。

 

 

 

 

 

まあ、俺も人の痴態を笑えるような品行方正聖人君子ではないので。

彼女を咎めることもなく、湯を体にかけて待ちに待った湯船に浸かる。

足先から入る。そこから、脚、腿、腰にかけて熱を感じ―――――

 

 

 

 

「「あぁぁぁぁぁ―――――――――――」」

 

 

思わず二人して声を漏らす。

これだ。これ。風呂に浸かった時の全身の鳥肌が総出で立つこの快感。

 

いやぁ、やっぱりいいな、風呂は。生きてることを実感できる。

命の洗濯とはよく言ったものだ。体だけでなく心まで洗われるようだ。

幽霊が入ったら成仏するかもしれない。これで成仏できるなら本望だろうが。

 

 

 

ふと、隣を見やる。

 

ふにゃぁ~、と効果音の出てそうな溶け具合。

ルーミアは、彼女にとって初めてとなる風呂をしっかり堪能していた。

頬は赤く染まり、目を瞑って時たま ほうっ、とため息をつく彼女の顔は、誰がどう見てもこの風呂に満足しているとわかる具合だった。

 

而して、その、体の方は。

 

絶景なり。

眼福である。

立ち上る湯気と、小さな波による光の屈折で、入浴前ほどはっきり視認できるわけじゃあないが。

逆にその曖昧さが俺の興奮を誘っていた。

 

 

 

そのまま数分ほど凝視していると、流石の彼女も視線に気づいたようで目を開けて

横目で俺を確認すると、

 

 

一瞬で顔を背けた。

 

 

 

 

その後チラッ、チラッ、と俺の方を盗み見ては、俺に見られていることを確認した瞬間、また顔を背ける、というわけのわからない遊びを何回かやった後、

 

彼女は観念したように、開き直ったかのように、俺の方をじっと見つめてきた。

 

別に俺はルーミアに裸を見られても気にしないのだが、彼女には彼女なりの何かがあるんだろう。

 

 

 

 

そうして互いに相手の体を見つめあうこと数十分。

そろそろ良い頃合いだと思い、彼女との距離を詰める。

彼女の腿に手を置き、擦れば、ビクリと可愛らしい反応が返ってきた。

 

「ん・・・ぁ・・・ちょ、ちょっとぉ・・・・だめだってばぁ・・・・・・」

 

 

とても甘い声でそんなことを言う。

言葉とは裏腹に、彼女は手と顔を俺の肩に乗せてきた。

 

 

 

 

――――――この時の俺はとても調子に乗っていたんだと思う。―――――――――――

 

 

 

 

「んん・・・やだぁ・・・や、めなさぃ・・・・」

 

 

声が小さすぎて聞こえないぞ。心の中でそう言いながら、

俺の手は内腿に差し掛かっていた。

風呂で体が温まって、いつもより敏感になっているのだろう、と。

声が弱弱しいのはそのせいだ、と。

 

 

 

――――勘違いも甚だしい。本当に、この時やめておくべきだった。―――――――

 

 

 

 

 

「もぉ、だめぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・でちゃう」

「ゑ?」

 

 

消え入りそうな彼女の声が出るのと同時に、

今まで彼女の腿を擦っていた俺の手に水の流れを感じた。

 

生温かい、水の流れ。

 

その水の流れが止まると、彼女は一度ブルリ、と身震いをした。

 

 

「・・・・・・ルーミア、さん・・・?」

「・・・」

 

 

肩に置かれた顔は、彼女の俯き加減で表情を見る事は叶わなかったが、

彼女の耳は大層真っ赤に染まっていらっしゃったので、

顔の色は見る必要もなく・・・

 

 

・・・とてつもなく気まずい沈黙が場を支配する。

俺は彼女の腿から手を離し、空を見仰ぐ。

 

 

 

 

つまり、そう、つまり、俺の手にかかったのは、、、彼女の、、聖水で・・・・

俺の手で感じていたとかじゃあなく、漏らすのを我慢していたと・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「・・・じゃあ、おれはそろそろ」

 

 

あがるよ、の言葉を言う前にガッッッと、

肩甲骨を粉微塵にせんばかりの握力が俺を否応なしに引き留める。

 

隣に目をやると、やはりまだ茹でダコの彼女が、全身からドス黒い闇を放出していた。

 

 

「闇まで漏れちゃうんだな」とか冗談言おうもんなら、その瞬間俺の首から上がサヨナラするのは確実。

 

いつも見ている闇よりも、今日は特に、黒々としているような気がした。

 

 

 

 

この後俺がどうなったかは想像にお任せしようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

 

 

妖怪は人間の恐怖を糧に生きる。

人間の恐怖を集めれば集めるほど妖怪としての存在が強いものになっていく。

 

では、人間が最も恐れるものとは一体何だろうか。

その答えの一つとしてあるのが 闇 であるだろう。

 

日陰、暗がり、そして夜。

五感から得られる認識情報の大半が視覚からのものである、人間は

視覚が機能しなくなる状況に恐れを抱く。それは太古から変わらないことだ。

 

もし、闇の妖怪が居たら、これほど強いものはないだろう。

神をも凌ぐ、絶大な力を持つ妖怪に違いない。

 

そして、それほどまでの力を持つのなら

 

きっと、独りに違いない。  ずっと、独りに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼』が肉を焼いてくれている。

今日は新月。

月明かりのない中で、彼が肉を焼く熾火だけがトロトロと赤い光を放っている。

新月の日、私は気分がイイ。大体私は月明かりが嫌いだ。月は日の光を反射して光っているから。夜は私の時間だ。そこに日の光なんて持ち込まないでほしい。

 

 

 

熾火がパチパチと音を出す。

 

 

 

私は彼が肉を焼く時のこの音が好き。出会ったばかりの頃は自分の肉は自分で焼くようにしていたけど、すぐに気づいた。彼の焼いてくれた肉のほうが美味しいことに。

彼の焼き方と私の焼き方で何が違うのか全く分からないけど、以来、彼に全部焼かせている。私が面倒くさがりなのもある。

 

 

 

パチパチ。火の粉が飛んできた。能力で払い落とす。

 

 

 

彼に出会って、いろいろ変わった。

まず彼が教えてくれたこと。焼いた肉が美味しいこと。風呂が気持ちいいってこと。

次に私の生活リズム。彼に合わせて、夜に寝るようになった。

最後に人間に対する見方が変わった。

人間なんて脆弱で、取るに足りないただの餌だと思ってた。

でも彼は強かった。初めて会った、私を怖がらない人。

怖がるどころか、私に欲情したのだ。

だからこそ、心配にもなる。彼は男のくせに無防備過ぎる。服を脱ぐのに何の抵抗もない。女の体なんかに欲情するし、よく触ってくる。すぐ勃つし。

そのせいで、私が初めての風呂であんな大恥をかく事に・・・このことは思い出さずに胸にしまっておきましょう。それがいいわ。うん。

有り体に言えば、彼はビッチね。性欲が強くて、体が大きくて、そこそこ鍛えてて、顔もよくて、イチモツも大きくて、キスも、舐めるのも、指でやるのも、もちろん本番も。

若々しくて、純情そうな見た目してるくせに滅茶苦茶テクニシャンだし。

後は、優しくて、話も面白くて、変わったこと知ってるけど、適度にものを知らなくて、ちょっとおバカな所もすっごくかわいいし・・・・挙げればきりがないがとにかく

女の欲望を詰め込んだ男ってこと。

 

パチパチ。火の粉が彼に飛んだ。すぐに能力で払い落とす。彼は気づいてない。

 

・・・もう焼けたかしら。

 

 

「ルーミア。焼けたぞ。」

「・・・ありがと」

 

 

彼に礼も言える。前の私なら、人間に礼なんて有り得ない。

・・・うん。いつも通りおいしい。

 

 

「おいしいか?」

「まあまあね」

 

 

いつものやりとり。このやりとりも好き。

これが終わった後はいつも

 

 

「そっか。そりゃあよかった。」

 

 

彼が笑ってくれる。

その笑顔を他の誰にも渡したくない。

でも無理なことだ。だって彼には、彼の帰りを待っている人がいる。

彼から直接聞いたわけじゃないけど、彼が私を見る時たまに、昔の女に重ねて見ているときがある。彼の目にその女と過ごした記憶が映っている。その目には、愛がある。

私を見る彼の目にも愛はある。でもそれは本当に愛なの?肉欲と愛を混同させてるかもしれない。いつか彼の目から愛がなくなるんじゃないかと、不安で仕方ない。

 

 

 

 

 

パチパチ。

 

 

 

・・・熾火がトロトロと赤く燃える。

周りはどこも真っ暗なのに、これだけが闇を照らす。

この、熾火だけが。

 

 

 

 

「ルーミア。焼けたぞ。」

「ありがと」

 

 

肉を受け取る。おいしい。

 

 

「おいしいか?」

「まあまあね」

 

 

いつも通り。きっと私はこのいつも通りを繰り返すんだ。これからも。

 

でもそれじゃあきっと、彼は昔の女のところに帰るだろう。

 

どこかで変えなくちゃいけない。変えなくちゃ。

 

 

 

 

 

パチパチ。火の粉が飛んできた。そのまま、フワリフワリと落ちてきて、

 

 

それを私は、手で受け止めた。

 

 

闇を照らす熾火からの、贈り物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが背中を押してくれたかは分からない

 

 

 

 

「ねえ」

「どうした?」

 

 

 

 

 

もしかしたら、悪い方に転ぶかもしれない

 

 

 

 

 

 

「これ、とってもおいしいわ」

 

 

 

 

 

 

でも言わなくちゃいけない

 

 

 

 

 

 

「毎日食べたいくらいね」

 

 

 

 

 

 

愛してるって。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四、永琳と助手 ①

好奇心は猫をも殺す。

 

猫は昔から九つの命を持ち、中々死なない動物だと言われてきた。

その猫ですら、過ぎた好奇心を持つと身を滅ぼす。

だから、好奇心もほどほどにしな? 

そういう諺。

 

 

 

全くもってその通りだと、つくづく思う。

知らぬが仏。そんな言葉もあったか。知らなくていいこと、知っちゃ駄目なこと、知ってしまうと取り返しがつかなくなること。

 

そんな恐ろしいことが世の中には沢山溢れているのに、其れでも尚、知りたくなる。

知識を搔き集めだす。無駄に、無意味に、無遠慮に。

 

そうして集めた中に爆弾が混じっていて、ある日、爆発するんだ。ドカンと、愉快に。

 

 

 

知的好奇心。知的欲求。三大欲求に含まれていないはずのソレが、どうして我々をこんなに突き動かすのか。どうして我々は知りたい衝動に駆られるのか。

 

それが知りたいな。知りたい。知りた・・・・・・・・・・あ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

 

気づいたら俺は、知らない町中にいた。

昨日まで目にしていた森の木々は、一本も無く。

代わりに不思議な建造物が乱立している。

 

 

知らない土地に突然飛ばされるのは、これで二回目になる。

でもだからと言って慣れるわけもない。

 

一歩道に出れば沢山の人が歩いていた。

もちろん話しかけてみた。でも全員無視。もしくは拒否。

ここの人達は皆、自分のことしか考えていないようだった。

 

人酔いするほど大勢いるはずなのに、孤独感を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

斯くして、軽い絶望感を味わった俺は裏路地をふらふらと徘徊している。

裏路地、とは言ってもその道には塵一つ落ちておらず、ゴミ箱すら設置されていない。

先ほどの大通りも同様だったが、そのあまりに徹底され過ぎた衛生管理には、逆に気色悪さを覚えるほどだ。

人間が社会を築く際に必ず発生するであろう綻びや、雑味といったものが全く感じられないこの町はとても薄気味が悪く、先ほど目にした人間達は全てロボットだ、とでも言ってもらった方が、まだ納得できる。

 

 

 

とにかくこの町は肌に合わない。そう思いながら、その細い路地を歩く。

何処に行けばいいかなんて分からない。でも歩く。

 

 

 

 

 

 

やがて路地を抜けると、バカでっかい塀があった。それに沿って進む。

 

 

 

 

すると、これまた大きな門があった。

 

しかしこの門、何と表現すればいいのか・・・とても特異なデザインをしていた。

すごく奇妙だ。一目見たら忘れることはないであろうデザイン。

でも言葉で表現するのがこの上なく難しい。もどかしいことに。

 

 

 

 

非常に好奇心を擽られる。

こんな門のついた屋敷に住む、奇特な奴の顔が拝みたくなった。

 

 

もっと門に近づく、すると突然

 

ウイィィィィィィィィィィィィィン

 

駆動音と共に、門の上から先端にカメラのようなものが備え付けられたロボットアームが下りてきた。ソレは無機質なレンズで俺の姿を補足すると

 

ピカッ!!!!!!

 

と、眩いフラッシュを焚いた。

それはもう強い光で、俺は咄嗟に目をつぶる。

 

 

 

 

そして目を開けた時・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は研究室にいた。

 

俺の半径一メートル四方はガラスのような透明な壁で囲われている。

その壁の向こうにはフラスコやビーカーの類が机に並べられており、ボタンの幾つも付いた機械も確認できる。

 

今分かるのは俺が捕まってしまったこと。

先ほどの光でここに転移させられた可能性が高い。

 

 

 

「こんにちは。」

 

 

声がした。見れば、物陰から人が出てくる。今の状況に吃驚しすぎて気が付かなかったが先程からそこに居たらしい。

 

 

「言葉は通じるかしら。」

 

 

出てきたのは女性。

銀色の長髪を後ろで三つ編みにし、瞳からは聡明な光を感じる。

鼻筋の通った綺麗な顔は、大人の女性の雰囲気を醸し出す。

 

何しろ目立つのがその服。

先程俺が見た門は、この人の趣味だろうなと、すぐに判る奇妙なデザイン。

その服は左右で色が分かれており、上は右が赤で、左は青。下のスカートは上の服と左右逆の配色になっている。更に服のあちらこちらに星座が描かれており、上の服の右側にカシオペヤ座、左に北斗七星があり、それを彼女の胸が押し上げる形で・・・・・・胸が、

 

胸が・・・・・・・・・・・・・・でかい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ムネが、デカい。 おおきいおっぱい。 おっぱいいっぱい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・失礼、取り乱した。

えーっと、どこまで言ったっけ。あ、おっぱいか。

 

そう、彼女の胸は豊満であった。もうスカートの星座とかどうでもよくなるくらい。

ホントにどうでもよくない?星座とか。それより胸だ、胸。

 

此処までの巨乳になると寧ろ見ない方が失礼に当たるというか。

嫌でも目に入るというか。

もうおっぱい側も見られようとしてるでしょ。これ。そのためにこんなに主張してるんだろうし。

だからこれを目に焼き付けておきなさい、ワトソン君。ウンワカッター。

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、聞いてるかしら。それとも本当に言葉が分からない?」

 

 

なんかおっぱいちゃんが話しかけてきた。これは気を引き締めて応対しないといけない。

俺はこれまでにないくらいキリッとした顔を作る。

 

 

「いえ、聞こえてますし、言葉も分かるようです。」

「そう、よかったわ。・・・・ところで、私の目を見て話してくれない?」

 

 

おっと、これは失礼なことをした。

俺は目線をおっぱいの本体の方に移動させる。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、貴方に質問していいかしら。」

 

 

そうして彼女の尋問は始まった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・と、いうことになるわね。」

「成る程」

 

 

俺は彼女―――名は永琳というらしい―――の質問に答え、自分の身に起きたことを正直に話した後、今度は逆に、俺の方が彼女にこの町について訊いた。

 

 

この町・・・永琳の言葉を借りるなら『都市』は、

ここら一帯の人間達が、妖怪や穢れから身を守るために作った安全地帯。

 

 

 

いわば要塞。

永琳と高名な神が協力して展開した、ドーム状の結界に守られている。

妖怪だけでなく、寿命の原因となる穢れも寄せ付けない。

 

さらに、永琳の作る薬が疫病、難病の類を根こそぎ殲滅したために、人々は病魔に怯える心配もなくなった。

 

さらにさらに、永琳の知能により都市は大いに発展し、永琳の開発した技術により人々の生活が豊かになり、永琳の整備した社会システムは人々の争いを極限まで無くし、永琳の・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、もういいよ。永琳どんだけ働いてんだよ。

 

まあ、流石に冗談だろう。人間一人でそんなにたくさんの事ができるわけがない。そんなに万能な人は、稀代の天才だ。天才。

彼女は真顔で冗談を言う人のようだ。

 

 

 

 

兎も角、彼女は俺の話を大方信じてくれたし、俺もこの都市のことは大体わかった。

ただ、俺にはどこにも行く当てがなかった。

 

彼女はそのことを察してくれたのか

 

 

「貴方、私の助手になりなさい。」

 

 

という、とてもありがたい提案をしてくれたのだ。

こうして俺は彼女の助手になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこの試験管取って。」

「これか?」

「そう、それ。」

「はい」

「ありがとう。」

 

 

俺は永琳の研究所で、助手として働いていた。

とは言っても、仕事の殆どは彼女の横に座っているだけ。後は二人分の料理を作るくらい。他の家事は全てロボットがやってくれる。

 

初めの方は彼女に敬語を使っていたのだが、やめてほしいと言われ、やめた。

 

 

「ふう、一寸疲れたわね。休憩。」

 

 

お、数少ない助手としての仕事が来たようだ。

 

椅子に座っている彼女の肩を揉む。このマッサージが今の俺にとっての最重要任務。

脊椎と肩甲骨の間の筋肉を揉み解していく。

この位置関係だと彼女の胸を上から見れるのがイイ。

 

うなじの辺りもやらせてもらう。

彼女は後ろ髪を三つ編みに纏めているため、項がよく見えるのだ。エロい。

 

続いて頭、彼女の研究は頭を使うものなので気持ち念入りに。

頭を両手で包むようにしてグイーっと頭皮を上に引っ張る感じ。

相当気持ち良かったようで、彼女の口からあぁ、と声が漏れた。

こういう時、自分の手が人より大きくてよかったと思える。

 

 

「ちょっとどころか、相当疲れてるみたいだけど。」

「んん・・・」

「ベッドに行った方が良いんじゃないか。」

「ええ、、、、そうするわ・・・」

 

 

 

ああ、こりゃあ疲れてるな。声に元気がない。

取り敢えず肩を貸して、彼女が椅子から立ち上がるのをサポートする。

 

 

 

 

 

部屋に備え付けのベッドまで連れて行くと、彼女はバタンキュー、と糸の切れた操り人形みたいにうつ伏せに倒れこんだ。ベッドと体の間でおっぱいが形を変えるのが見えた。

 

 

「背中。」

 

 

彼女の上に着ていた服とブラジャーが消えた。服は突然消えるもの。これ常識。

背中のマッサージをしてもらいやすいように、彼女が自分で消したんだろう。

 

手にオイルをつけ、背中全体に塗り広げるようにマッサージする。

スベスベしてて肌がきめ細かい。

 

その手の流れで、脇と脇腹にオイルを塗りこんでいく。ブラすらないので、横乳が触り放題だ。ただ残念なことに、胸を触りまくると不自然に思われるので、間をとってスペンス乳腺を多めに撫でておく。

んあ、と可愛らしい声が漏れるのも聞き逃さない。

彼女のマッサージをするときに、毎回ここを撫でているから、そろそろ感じるようになってきたらしい。

 

次に首か腰だが、どちらを先にやろうか。昨日は腰だったから、今日は首が良いだろうか。でも首はさっきやったからなあ・・・

 

 

 

「・・・・・」

「あれ、寝た?」

 

 

マッサージ中に永琳が寝てしまった。

普段は聡明で落ち着いている彼女も、寝ている顔はあどけない。

実際、永琳は子供っぽいところがある。何か新しいものを研究している時なんてまさにそうで、目がキラキラと輝いている。意外とかわいいものが好きな所とか、あと結構甘党な所とか、実は少し根に持つタイプだったりする。

 

 

例えばこの前の事とか・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「永琳。この紐、何だ?」

 

 

研究室に見慣れない紐があった。一見すると、どこにでもありそうな麻紐。細くて、すぐ千切れそう。

この紐が気になったのは、永琳は研究室に余計なものは置かないから。紐という存在が浮いていたのだ。

 

手に取るといきなりニュルニュルとひとりでに動き出した。そして俺の両手が手錠をかけられたように、紐に拘束された。小さな蝶結び。かわいい。

 

遅れて、研究に没頭していた永琳が返事をする。

 

 

 

 

「その紐は、登録者以外を捕縛するフェムトファイバー製の防犯グッズの試作品。フェムトは時間の最小単位である須臾を表していて、連続した、組成に隙間のない、最大強度の紐よ。絶対に触らないでね。月夜見様でも抜け出せないかr・・・・遅かったみたいね。」

 

 

 

 

「・・・どうすれば外せる?」

「無理ね。外す機能をつけてないもの。」

 

 

嘘だろ・・・欠陥品じゃん。いや、でもそう簡単に外せたらわざわざそんなに強い素材を使う意味がないのか。

瞬間接着剤に似てるかもしれない。なんか納得。

 

 

・・・いや、全然納得じゃないよ!!!!!不味いじゃん!!!

一生このままじゃあないか!!!

 

タダでさえあんまり役に立たない俺が!!このままだと世のボンデージマニアの女性を満足させることにしか使い道が無くなってしまう!

このかわいらしい蝶結びと共に、夜の雄蝶『ナイトバタフライ』の二つ名で生計を立てていかねばならなくなる!! クソ!!羽は何色にしようかな!!!!

 

 

 

「まったく・・・いつも言ってるでしょう。ここにあるものは勝手に触っちゃダメだって」

「ごめん」

「じゃあ外すから、腕出しなさい」

 

 

え?外せんの?無理なのでは?

 

 

「言ったでしょう?『試作品』だって。やっぱり欠陥があってね。取り外せる方法があるのよ」

 

 

あ、そうなのか。安心した。

同時に意外だ。永琳の作るもので欠陥品があるなんて。

 

 

 

 

 

永琳は胸元に付けていたペンを抜いた。そのペンはぐにゃりと変形して、小さい手持ちの電動ドリルみたいな形になる。先についているのは・・・ドリルじゃなく、針?

 

 プシュッ  プシュッ

 

と俺の左右の前腕部に一か所ずつ突き刺せば、急に肘から先の感覚が鈍くなる。

麻酔の類だろうか。

 

 

 

次に麻酔器から食事用ナイフのような形に。・・・正直嫌な予感がする。

 

 

 

俺の予感は見事的中し、ナイフが添えられた俺の左腕が

 

 スルッ

 

と何の抵抗も見せずに切り落とされた。

熱を持ったナイフがバターの塊を削ぎ落すかの如き、鋭い切れ味。

 

 スルッ

 

もう一方の腕も切られる。

先程の麻酔にそういった作用があるのか、血が一滴も出ていなかった。

 

 

 

見えたのは俺の腕の断面図。自分の腕の輪切りを見る事なんて人生でそうあることじゃないだろう。一回も無い方が良いと断言できる。気持ち悪いからだ。

 

血が漏れていない分、はっきり見えるのが嫌だ。目を凝らせば毛細血管の一つ一つが見えるんじゃあないか?静脈と動脈は確り見えた。あ、骨って案外スカスカなんだな。皮膚ってそんなに薄いのか。ああ、駄目だこれ以上は吐き気が。

腕の先の喪失感と違和感、それにグロい断面図。俺のSAN値がゴリゴリ減る音が聞こえてくるようだ。

 

 

「まったく、人の話を聞かないんだから・・・」

 

 

そう言いながら永琳は切断された方から紐をスルリと取る。うん、ごめん。謝るから切断面をこちらに見せるのを止めてはもらえないだろうか。

 

 

「はい、終わり。」

 

 

彼女が切れた手を俺の腕に近づけたら、 カチッ カチッ  と、磁石のS極とN極みたいに元の状態にはまった。

恐る恐る動かしてみれば、俺の指先はちゃんと動いてくれた。

あぁ良かった。いつの間にか感覚も元に戻っている。

 

 

「これで少しは懲りたかしら。」

 

 

「・・・え? ・・・もしかしてわざと?」

「本当は意識を昏睡状態にさせたまま手術することもできたんだけどね。」

 

 

俺は少しの非難の意味を込めて永琳を睨む。

ひどいじゃないか。俺が何したっていうんだ。

 

 

 

 

「先週、実験用の人面兎がケージから脱走した時、あなたの部屋でフェラチオしてたことがあったじゃない。」

 

 

 

 

いや、違うんだよ。あれはあの兎が勝手に・・・・ちなみに結構気持ち良かった。

 

 

 

 

「先月は、子供になる薬をラムネと勘違いして飲んじゃったし。

・・・あれは結構可愛かったからいいけど。」

 

 

 

 

ママ永琳はなかなか板についてて良かったぞ。授乳プレイが最高だった。

 

 

 

 

 

「兎も角、お仕置きは成功ね。あぁスッキリした。」

 

 

 

 

彼女は笑顔で仕事に戻った。いたずらが成功した、子供みたいな笑顔だった。

 

まったく、と、言いたいのはこちらの方だ。

そんな顔されたら怒るに怒れないじゃないか。そんなに可愛い顔されたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上が、俺が体験した永琳の可愛いポイント・・・じゃない、永琳にも子供っぽいところあるよエピソードだ。ご拝聴感謝。

 

 

あれ、こうして振り返ってみると、大概俺が悪い気がする。

好奇心を抑えきれずに、自分から進んで危険に突っ込んでいった、俺の自業自得じゃあないか。

 

 

まあいいか。危険な目にも遭ったけど、良い事も割とあったし。

どちらかと言えば、±プラスな気がする。

 

 

 

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

 

永琳の三つ編みがひとりでに解けて、寝易い格好になる。

俺はその髪を撫でる。サラサラ、と指の隙間に髪が流れていく。

 

 

彼女の体に塗ったオイルは、直ぐに肌に馴染んだ。

俺は彼女に布団を掛ける

 

 

 

 

 

 

俺は永琳の事が知りたい。

どんな危険な目に遭ったとしても、知りたいのだ。

 

 

 

嗚呼、俺も永琳の事を研究に憑かれた人種、なんて言えないよなあ。

俺だって彼女の研究者だろう。

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみ、永琳。」

 

 

そう言って研究室から出ていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の後ろを、カメラ付きナノマシンが追っていることに、暫くは気付けないだろう。

 

きっと。多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どーも。

後書きに書くのは初めてです。

作者のつゆだくめしべといいます。


今回の話の補足を少し
「永琳は子供っぽいところがある。~ 実は少し根に持つタイプだったりする。」

らへんの伏線回収についてです。


「何か新しいものを研究している時なんてまさにそうで、目がキラキラと輝いている」
 →主人公の問いかけに遅れて返事をするところ。

「意外とかわいいものが好きな所とか」
 →フェムトファイバー製の防犯グッズが蝶結びになるように作られているところ。

「あと結構甘党な所とか」
 →子供になる薬をラムネに似せて作るところ。

「実は少し根に持つタイプ」
 →言うこと聞かない主人公にお仕置きするところ。


自分で読み返しててクソ分かりにくいな、と思ったので補足させていただきました。


あと今回、説明不足の小道具や機械の登場が多かったのも、
テーマである「好奇心」を意識した感じです。
人面兎は・・・まあ分かると思います。




・・・はい。どうでもいいですね、ごめんちゃい。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五、永琳と月 ②

月。

 

 

それはつまり衛星。

 

 

惑星の周りを公転する、天然の天体。

 

 

夜の空を見上げれば、そこにはきれいなお月様。

日によって、見せる姿を変える気分屋。

 

ご存じの方も多いとは思うが、月が地球に見せる面は常に同じである。

あの、女の顔だか、鋏を持ち上げる蟹だか、餅をついてる兎だか知らないけど。

 

兎に角、それを顔だと見るなら、

いつも地球のほうを向いて、クルクル周りを回るというわけだ。月は。

 

そう考えてみると、月ってやつが案外かわいく見えてくる。なんて微笑ましくて、いじらしい存在なんだろうか。

月と地球。二つは引力で繋がりあっていて、いつも一緒。

これからもずっと一緒。離れる事なんて無いんだろう。

 

 

 

あーあ、なんてロマンチックな存在なんだろう。

 

告白の言葉に使われるわけだよ、これじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

「月が、綺麗ね」

 

 

なんて、柄にもなく『彼』に言ってみた。

 

 

「ああ、そうだな。きれいな満月だ。」

 

 

私の隣でそう言う彼は、一糸纏わぬ、生まれたままの姿。

女の情欲を突き動かす、淫靡な身体。

 

先程まで、自分が彼の体に乗っていたと思うと、また下腹部が熱くなってくる。

それだけ魅力的。

 

窓から差し込む月明かりに照らされた彼は、妖しく、艶めかしい雰囲気を纏う。

自制心のない女なら、見ただけで理性のタガが外れるでしょうね。

 

普段の無邪気な彼からは想像もつかない艶姿に、思わず見惚れてしまう。

 

 

「永琳はさ・・・満月が好きか?」

 

 

ふと、彼がそんなことを聞いてくる。

 

 

「ええ、月の中では満月が一番ね。」

 

 

「そっか。」

 

 

彼は一呼吸置く

 

 

「俺は、満月は嫌いなんだ。」

 

 

彼がそう言ったことに対して、私が特に思うところはない。

 

十人十色。人はそれぞれ、好きなものも嫌いなものも違う。

 

彼と好みが分かれたからといって、拗ねたりするのは子供のやり方だろう。

それに、凸凹な二人ほど相性がいいともいう。私と彼の相性の良さは、先ほど確認済みだった。

 

 

だから私が彼に尋ねたのは、単純な興味。

 

 

 

 

 

 

「どうして嫌いなのかしら?」

 

 

 

 

 

彼が、窓の外の月を、ニヒリズムに満ちた顔で見つめる。

 

次の彼の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明るいと・・・眠れないからな・・・」

 

 

 

 

 

・・・・・・え? 

 

眠れない?  そんな理由?

これが普段の彼が言ったのなら、なんともないけど。・・・いや、ごめんまさかそんなにマジメなキメ顔でいわれると思ってなかったから笑いが

 

 

「・・・くっ・・・ふふっ、ふ・・・・あはははは!!!」

 

 

突然笑い始めた私を見て、彼が目を丸くする。

 

 

「・・・そんなに可笑しいこと言ったかな?」

「ふふっ・・・くくく・・・・・ハァーーーッ、だってあなたがあんまり格好つけて言うから、どんなカッコイイ台詞が出るかと思うじゃない。」

 

 

それで、眠れないからって。可笑しいに決まってるじゃない。

ああ、疲れた。

笑い過ぎておなかが痛い。

 

 

「貴方はもっとロマンチストだと思ってたんだけど。」

「そう見えるか?」

「ええ。」

 

 

特に今の貴方はね。

 

出会ったばかりの頃は、子供っぽくて、自分の置かれてる状況がよくわかってない男だと思ってた。

だってそうでしょう?初対面の女に、助手になって一緒に住んでくれって言われて、即答で首を縦に振る男は、襲ってくれって言ってるようなものだもの。

 

一緒に生活してるうちに、その認識は改まっていった。

彼は物事をよく考えている。そして、観察眼が鋭い。

私が研究で疲れてるのを直ぐに察知して、無理をさせないようにしてくる。お陰で、以前ほど研究が進まなくなったけど。

 

確かに彼は無防備で、女に警戒心を全然持ってなくて、自分の欲望にも忠実に生きている。でもそれは彼が子供なんじゃない。

寧ろ、清濁併せのんだ大人が自分の生き方を確立して、その結果、自分に素直に生きているように見える。

 

そのギャップに自分は惚れたのか、

甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる存在に惹かれたのか、

疲れた時に癒してくれる彼を愛おしく思ったのか、

 

多分、その全てが積もった結果、

 

私は、彼に想いを伝えた。

 

関係を変える事への恐れは無かった。・・・今思えば、彼の、私しか頼るものが居ないという状況を笠に着ていたかもしれない。酷い女だ。

 

兎も角、初めて会った日の、家主と不審者という関係から、

互いに体を重ねあう・・・・・・蜜月な関係になる事ができた。

 

彼は想いを受け止めてくれた。ゆったりと、大きく、優しく。

 

 

 

 

単なる推測の域を出ないけれど、私は彼の事を大人だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・ああ、そうだ。貴方に話しておかなきゃいけないことがあったわ。」

「なんだ?」

 

 

月の事で思い出した。

 

 

 

 

 

「一週間後、月に移住するわ。」

「・・・え?」

 

 

 

 

 

彼の驚いた顔。

 

 

 

 

 

 

「結界があるとはいえ、この都市は常に妖怪に襲われる危険があるの。結界を破ることのできる妖怪が出てこないという保証はないわ。

 

だから都市ごと移転するのよ。月の、裏側にね。」

 

 

「・・・・・・そうか。」

 

 

彼のその言葉を、私は承諾だと受け取った。

 

 

この時の私は、彼の表情に少しの陰りがあることに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

彼が一緒に月に来てくれると信じていたから。

 

 

 

彼が私に着いて来てくれると思い込んでいたから。

 

 

 

彼が私にとっての

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月だと、思ってたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------

 

 

 

「・・・・・・ほぼ完璧ね」

 

 

月に行く準備は整った。私一人だけの指令室でそう呟く。

 

後はこのボタンを私が押せば、この都市ごと月に転移する。

月の裏に無人機を送って、人間が生活できる環境はすでに整えた。

今日も朝から都市全体に勧告を行ったからか、家から出ている住民は一人もいない。

 

結界の外には無人戦闘機を配備し、万が一の状況にも対応できる構え。

私が最終チェックを行う、その時だった。

 

 

 

ビーーーー!!!    ビーーーー!!!

 

 

けたたましくレーダーが鳴る。

 

外の森。その中に異様な数の反応。

 

無数の妖怪達。明らかにここを襲撃する腹積もりだろう。

この日を狙ったのは、恐らく意図的。

 

どうして月に行く計画を妖怪に知られたのかは分からない。

情報収集に長けた妖怪が居たのか、予知能力の類を持つ妖怪が居たか。

妖怪側も私達を月に行かせまいと必死なのだろう。

 

しかし、どう転んでも勝つのはこちら側。

私の判断一つで、今すぐにでも都市ごと転移はできる。後には何も残さない。

 

 

 

 

少し出発の予定を早めようかしら。

 

 

 

 

 

そう思いながら、レーダーを見る。

 

 

その時、違和感に気付いた。

 

 

 

 

 

 

「・・・人?」

 

 

結界のすぐ外に、人間の反応。

 

 

有り得ない。私はすぐに機械の故障を疑った。

 

 

 

有り得ない。有り得ないのだ。

だって、都市の人間、つまり住民登録をしている者は皆、その登録システムによって現在位置が正確に分かるから、全員都市の内部にいることは確認済みで・・・一人として都市の外に出てるなんてことは有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『都市の人間なら』・・・・・・・・・・・・・・・まさか。

 

 

 

 

 

 

私は急いで手元の端末を操作し、ナノロボットの映像を確認する。

 

 

『彼』に内緒でつけている、監視用ナノロボット。

 

 

それが写した映像には、彼の後ろ姿。そして彼のいる場所は――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定、最悪なことに、結界の外。

 

 

都市内部では見られない地面の土、森の植物が、彼の周りに映るそれらが

無情にも、彼が安全地帯にいないことを示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――なんで、どうして彼が。

 

 

 

 

余りにも信じがたい光景に、思考が停止する。

 

手元の映像が、自分に何の関係もない、別世界のものに見えた。

 

実際そうならどれだけ良かっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、残酷にも時間は流れて

 

 

 

 

 

 

一匹の妖怪が

 

 

 

 

 

 

 

彼に襲い掛かって――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

 

 

月の裏側に行くの。

 

 

 

そう聞いたときに、嫌だ。と思った。

 

 

だからこの一週間を、『観察』に充てた。

もちろん永琳に気付かれないように。

 

そして、その努力は、実ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・外だ。」

 

 

永琳の屋敷の外。懐かしい、塀の外。

 

 

永琳は優しい。

俺が研究の邪魔をしても、最後にはなんだかんだ許してくれるぐらい心が広い。

 

そんな彼女が、唯一許してくれなかった事がある。

 

外出。

 

俺が家の外に出ることだけは、絶対に許してもらえなかった。

俺自身、永琳以外の都市の住民にいい思いを抱いていなかったし、永琳との生活が楽しくて、外に出たいとも思わなかったけど。

窓は開けられず、玄関の扉も永琳の許可がないと開かない。壁は何の素材かは知らないけど、壊れる気がしなかった。永琳曰く、隕石が落ちてきても傷一つつかない家らしいから、永琳の作った摩訶不思議な道具達でも歯が立たないだろう。

 

じゃあどうやって出るか。

 

俺は、永琳に捕まった時の事を思い出した。・・・あの転移装置。

門の外から、研究室まで俺を瞬間移動させたあの装置で、外に出れないだろうか。

 

 

 

そこからの一週間は観察期間。

 

永琳の目を盗んで調べる。

 

ある日の夕食で永琳が月に行く方法について教えてくれた。

 

 

 

 

 

「月にはね、転移装置で行くのよ。ほら、貴方と初めて出会った時に、貴方を捕まえた機械があったじゃない?あれの規模が大きくなったものでね・・・・・・・」

 

 

 

僥倖だった。

彼女の話によると、別々の地点を二ヵ所ポイントし、その間を行き返りできる装置らしい。

 

彼女の話で外に出られることに確信を持った俺は、調査を進め、

月に発つ、まさにその当日に計画を決行した。

 

当日は、永琳が家に居ないと聞いた時に、この日しかない、と思った。

 

 

中々操作の難しい装置ではあったが、無事に家を出ることに成功。

 

 

この一週間で、都市の地理を頭に叩き込んだ俺の歩みは、何の迷いもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遂に、外だ・・・」

 

 

俺は結界の外に出た。

 

踏み心地のいい土の地面。生ける草木の匂い。

 

やっぱり俺は、地上を捨てることができない。

 

 

 

 

 

戦闘機が一機、滞空していた。妖怪に備えての配備だろう。

妖怪と人間の区別がちゃんとつくようで、俺を見つけても何もしてこなかった。

永琳の作るものはやはり性能が高い。

 

永琳・・・心残りがあるとすれば、彼女の事だけだ。

彼女の元から逃げ出すような形になってしまったが、決して彼女を嫌いだったわけじゃあない。そこは分かってくれると信じてる。

 

二人とも寿命がないんだ。いつかまたどこかで・・・ってのは、少し楽観が過ぎるだろうか。また会いたいと、切に思う。

 

 

あぁでも、永琳がずっと月にいるなら無理かな。

やっぱり俺は月が・・・というより、満月が嫌いだ。どうしても。

『彼女』の好みが移ったのかな。

 

 

 

 

 

・・・・・・ダメだ。此処に居ると、あの戦闘機を見てると、永琳の事を考えてしまう。早く行こう。後ろ髪を引かれるのは慣れてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガサッ

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の茂みから、化け物が現れた。

 

デカいその顔は人に似て、肌色。

頭の天辺は歪んだ形。

丸くて大きく、角膜も瞳孔も無い目は、まるで眼鏡をかけているようで。

人と違うのが、鼻から下の顎。カミキリムシのようなそれは、俺の体なんて簡単に切断してしまいそうだ。

体は虫。まさに甲虫のソレだった。

 

 

 

 

一目見て、化生の者と判るそいつは俺より体躯はデカく、素早い動きで俺に向かってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運の悪いことに、戦闘機は他の妖怪を狙っていたようで、

 

 

 

その気色悪い妖怪が接近し、

 

 

 

その強靭な顎が俺を噛み切――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の視界は、黒く染まった。

 

比喩じゃない。死んでもいない。

 

 

 

 

黒が、『闇』が、化け物を轢いていった。

 

 

 

 

 

 

 

闇が通り過ぎた跡には――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ルーミア」

 

 

 

久しぶりに、彼女の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

 

 

端末の画面には、『彼』と彼を助けた女が映っている。

 

 

《・・・ルーミア》

 

 

彼が女の名前を呼ぶ。

 

 

 

 

女は、彼に近づいて・・・あろうことか、彼に、抱き着いた。

 

 

脳が、理解を、拒否する。

 

 

止めろ。     そこは、  私の、

 

 

 

 

《・・・・・・貴方に、会いたかった》

 

 

 

 

やめて            言うな  

 

 

 

  

 

《もう、離れたくない》

 

 

 

 

 

ヤメロ  ヤメテ   ソレハ ワタシノ  わたしの   私の

 

 

 

 

私の――――――――――――――――――――    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《俺もだ、ルーミア》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の右手が、ボタンを、押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

端末の映像が、途切れる。

 

 

 

【圏外】

 

 

 

月に、着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

 

 

月。

 

 

それはつまり衛星。

 

 

惑星の周りを公転する、天然の天体。

 

 

 

ご存じの方が、いらっしゃるだろうか。

月というのは、地球に限定のモノではない。

 

 

他の惑星を見ても、その周りを回る衛星の存在は見受けられる。

 

 

それも複数。惑星によっては、一つにつき数十個あるものも。

 

 

 

 

成る程、確かに月にとっては、惑星は一つだけかもしれない。

 

 

 

でも、惑星にとっては?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月の私は地球を想う。

 

 

 

月の裏側から。

 

 

 

裏側だから、地球の姿は見えないけど。

 

 

 

それでも想い続けるから。

 

 

 

地球を、貴方を。 貴方だけを。

 

 

 

 

 

 

 

たまに、月を見て言ってほしいの。

 

 

 

月が、綺麗ですねって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どーも。

作者のつゆだくめしべです。


まず、読者の皆さんに謝ることがあります。
今回、エロシーンが全然なくて、すみませんでした。


昨日投稿した作品を、今日見直したら、何かアレだったので
説明をさせて下さい。


今回の話で、ルーミアと永琳の対比も書きました。

ルーミアは満月が嫌いで
永琳は満月が好きで

ルーミアは主人公を助け
永琳の作った戦闘機は主人公を助けられず

三話の最後でルーミアは自分から愛を伝えましたが
永琳は最後に主人公からの愛を求めました


ざっとこんな感じです


あとついでに、今回登場した虫の化け物は
ゲゲゲの鬼太郎に登場した妖怪をモデルにしてたりします。
そのことにメッセージ性は、有ったり無かったりします。



以上、説明という名のただの自己満足でした。


・・・すんません、忘れてください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六、神子と俗人

 

欲望。

 

 

「欲」して「望」むと書く。

 

人間誰しも欲を持つものだ。

 

別に、八百年前の錬金術師の話を掘り起こそうってわけじゃあない。

 

 

 

ただ少しの疑問がある。

 

世に聖人と言われ、あまつさえ神になった人間がいる。それも複数。

 

彼ら聖人には、薄汚い欲望は無かったのだろうか。

 

どす黒い執着が本当に無かったのだろうか。

 

生に執着のない奴が、死んだ三日後に生き返ったりするだろうか。

 

 

 

神のみぞ知るところである。 あ、聖人が神なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

 

 

聖徳太子。

 

 

 

突如として政治の場に現れた彼女は、メキメキとその頭角を現し

圧倒的カリスマ性と、指導者としての能力をもってして

正に向かうところ敵なし。新進気鋭の人物。

 

更にはその人柄も高い評価を受けており、公平、公正を絵に描いたような人物だとか。

民のために力を尽くすその姿から、聖人としてこの世に生を受けたに相違ない、と実しやかに巷では囁かれているらしい。

 

 

 

 

いやあ、仮にも自分の仕えている御人が、そのように、世間様から認められていると思うと、俺も鼻高々というもんだ。

 

 

言い遅れたが、俺は今、政(まつりごと)を執り行う宮で働いている。

 

とはいえ、「政は女がやるもんだ。男は家で飯でも作っとれ!! 男体盛りをな!!

ハ―ッハッハッハ!!!!!」とか言われるこの時代で、俺が政治なんてするわけがない。

 

俺がやるのは上官だとか高貴な身分の方のお世話だけ。宮内の掃除とか、色々と簡単な仕事ではある。 最も、かなり重要な仕事もあるが・・・

 

 

 

 

 

 

「よう。大男、こんなところに居ったか。」

 

 

俺が廊下の掃除をしている折、声のかかる方を見やれば

 

其処ら辺の童(わっぱ)と変わらぬ背丈。

其れを僅かでも高く見せようというのか、高い烏帽子を被り、

狩衣のような、よく分からぬ装束を着て、紺のスカートを穿いた、天真爛漫を体現したような少女がやって来た。

 

 

「布都様、お早う御座います。」

 

 

物部布都。こんななりをしていても彼女、物部氏でも折り紙付きの実力者である。

神道、道教を信奉しており、仏教に対して強い敵対心を持っている。

 

 

「おう、お早う。・・・今は掃除の最中であったか?」

「はい。何か御用でしたか?」

「いや、まあ、用事というほどではないな。

 ・・・しかし、相変わらず良い体をしとるのう。お主は。」

 

「お褒めに与り、光栄です。」

 

 

 

布都様は俺の体をジロジロと見た後、

 

徐に、左腕に抱き着いてきた。

そのまま厭らしい手つきで腕を擦る。

 

 

「あっ、布都様、 困ります、そんなこと・・・」

「ふふふ・・・よいではないか、よいではないか。」

 

 

 

 

一応言っておくと、別に本当に俺が困っているわけではない。

布都様も俺が嫌がっていたら、こんなことは絶対にしてこない。

 

お約束というやつだ。

プレイの一環として、こういうのを事前に決めておくと興が乗るというか。

非日常の刺激が、一寸の演技で生み出せるならやっておいた方が良いだろう。

 

政治というお堅い仕事をされている布都様には、偶のこうした悪ふざけが、息抜きには丁度いいものらしい。

 

 

「そろそろお部屋に行きましょうか。」

「うむ!」

 

 

布都様がせがむので、俗にいうお姫様抱っこでお部屋まで運ぶ。

この流れもいつも通り。

 

その背丈の事もあるのか、普段子ども扱いをすれば、臍を曲げて口を聞いてくれなくなる布都様ではあるが、この時だけは童女に対する扱いで正解なのだ。

中々、扱いの難しい方である。

 

 

 

 

 

布都様のお部屋に入ると、まず気になるのが、調度品の数の多さである。

 

瓶、壺、液体の入った壺、皿、米の入った皿、掛け軸、皿、花の活けてある瓶、皿、茶碗、皿、粟の入った皿、短剣、皿、皿、皿、皿、・・・・・・・

 

足の踏み場もない、というほどの事もないが、とにかく物が多い。

 

これというのも、彼女が風水を修めているからである。

風水とは、周囲の環境に手を加え、「気」の流れを人為的に変える秘術で・・・

まあ、本当に効果の有るおまじないみたいなものらしい。

 

だから、足元に無造作に置いてあるように見える皿なんかも、実際には意味のある配置らしく、触って動かさないように、気を付けなければいけない。

 

布都様の風水の効果は凄まじく、このだだっ広い宮の気の流れ全てを、この部屋で操作しているというのだから、そのすごさがわかる。

 

兎に角、それだけ重要な部屋である。

 

 

 

 

俺がこの部屋で、今から何をするかお教えしよう、

 

 

赤ちゃんプレイだ。

 

 

 

 

布都様が服を全てお脱ぎになる。俺は上の服だけはだけさせて、正座で畳に座る。

 

布都様が俺の膝に横向きに座る。

俺は左腕で布都様の頭を抱え、右手は布都様の秘部に添える。

 

布都様が胸に顔を埋めるのを確認して、右手の中指と薬指をゆっくり動かす。

 

 

皆さんお気づきの事とは思うが、俺の重要な仕事というのは、この様に、仕事でお疲れになった為政者の方々を『癒す』事だ。

 

 

 

「んん・・・・兄上ぇ・・・よしよししてくれぇ・・・」

「よしよし、布都はえらいね。」

 

 

ただの赤ちゃんプレイではない。

母親でも父親でもなく、兄になる必要がある。

 

言うまでもなく、俺は布都様の兄ではない。

 

布都様には実兄がいらっしゃって、小さい頃はその御方に甘えていたらしい。

それで、俺を使うときも兄の代わりをさせているということ。

序に性処理もしちゃえばいいじゃん!我天才!!ってな感じで

 

今のこの形に落ち着いた。

俺としても、可愛い妹が甘えてきているようで楽しい。

でも、男の乳首をチュウチュウ吸うのは何か意味があるのだろうか。神綺にも言える事だったけど。

布都様、吸っても何も出ませんよ。

 

 

「んんっ!・・・あっ、そこ・・・・はぁっ」

 

 

同時進行で手でシているので、布都様の口から喘ぎ声も漏れる。

快楽から逃れようと、必死で身をよじる姿は可愛らしい。でも、体格が二回りほども違う俺の腕に抱きかかえられているから、逃げることはできない。

 

観念してイって下さい、布都様。

俺、この後も色んな御方のお相手をしなくちゃあならないんです。

 

指のストロークを早める。

 

 

 

「あぁ!! 兄上っ!!兄上ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

布都様が絶頂をお迎えになる。

 

そのちんまい足先がピンと伸び、痙攣する。

身体相応に小さい花弁から、身体不相応に愛液が溢れ出す。

 

 

「上手に達せたね。えらいね、布都は。」

 

 

よしよし、と頭を撫でれば、目を細めなさる。

布都様は終わった後、必ず睡魔に襲われるのだ。

今回は早朝という事もあってか、睡魔には勝てないようだ。

 

 

「布都、眠いのか?」

「ぅん・・・おふとんつれてってくれぇ・・・」

 

 

じゃあ、兄と一緒に寝ようねー、と言って布団に連れていく。

二度寝は子供の特権。

 

本当に布都様は寝付きが良く、布団に寝かせて頭を撫でるだけで・・・ほら寝た。

 

布都様はプレイをなるべく長く楽しもうと思っているようだけど、この寝付きの良さも含めて、あまり時間が掛からない人だから、俺としても助かっている。

 

 

俺がお相手をする人数というのは、他の下男に比べて特段多いってわけじゃないが、俺の場合はちょっと特殊だからな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の部屋に戻る。

 

下男にも小さい部屋が与えられている、素晴らしい職場だ。此処は。

まあ、自分の部屋を使いにくい御偉方のための部屋でもあるんだけど。

いきなり他人の部屋に押しかけてくるのはどうかと思う。

 

 

さて、布都様のお相手も終わったことだし、休憩・・・とは、いかない。

俺の場合、本来休憩に充てる時間にも、一仕事あるからだ。

 

 

 

 

「出ていいぞ。ルーミア。」

 

 

言うが早いか、俺の影からにゅっと人の上半身が現れる。

 

ルーミア。闇を操る妖怪。

現在は俺の影の中に隠れて人目を避ける生活をしている。

 

 

 《離れたくない》 そう言ったあの日からずっと。

 

まさか本当に離れなくなるとは思わなかった。

 

 

「はぁー・・・・・・疲れた」

「・・・風水か?」

「ええ。あいつの部屋、魔除けの気が流れてるんだもの。息苦しいわ。

まあ、あいつ自体が早漏だから助かってるけど。」

 

 

 

布都様の部屋、魔除けの気も流れてたのか。

ルーミアに効くんだったら、相当凄いんだな。

 

 

 

「さて、じゃあいつも通り、やってもらおうかしら。」

「ああ、わかってるよ。」

 

 

ルーミアが、俺がこんな仕事をするのを許してくれた条件。

 

 

壱、『癒す』仕事が終わる毎にルーミアにも奉仕すること。

 

弐、他の女と本番行為をしないこと。

 

参、他の女に絶対に「愛してる」と言わないこと。

 

 

以上の三点。

今の所、全部守れてるから問題ない。

 

 

妖怪のルーミアが人間に見つかるわけにはいかないので、ルーミアへの奉仕は俺の休憩時間を使って行っている。

 

 

 

「何をすればいい?」

「んー、そうね、舐めてもらおうかしら。」

 

 

ルーミアがスカートをたくし上げる。

 

もう脱いだのか、下には何も穿いてない。彼女の秘部が露になっている。

俺は屈んで、いそいそとスカートの中に頭を入れる。

 

途端、鼻腔に広がるルーミアの匂い。

嗅ぎ慣れた匂い。

でも何時嗅いでも、雄の部分が首をもたげる匂い。

 

ダメだ。早朝からおっぱじめたら、今日一日持たないぞ、と自分に言い聞かせる。

 

御偉方との特殊プレイの数々を賢者モードで乗り切るのは無理だ。精神的にキツイ。

更にダメ押しに、その都度、ルーミアとのアディショナルタイムも有る。体力と精神力を十分に残しておく必要がある。

 

自分は抑えて。且つ、ルーミアには満足してもらえるように。これを意識していかないとこの仕事は続けられない。

肝に銘じてルーミアの陰唇に舌を這わせる。

 

 

「ん・・・はぁ・・・・・やっぱイイわね・・・これ、好き・・・」

 

 

ルーミアも最近、というか俺がこの仕事を始めてから、本番行為以外にも興味を持ち始めたようだ。

他の人間と俺のプレイを見ていろいろ勉強しているらしい。

近頃は特にクンニリングスを要求してくることが多くなった。

俺が射精しなくて済むのは有難い。

 

丁寧に、陰唇を隅から隅まで舐め続ける。

・・・そろそろ舌が痛くなってきた。

 

 

「アアッ!! ンーー!! ―――――――ッ!!!」

 

 

ルーミアは俺の頭をガッシリ掴んで、自分の股間に押し当てる。

両腿にも顔が挟まれて全く動けなくなる。息もできない。

 

 

その状態でルーミアが達した。

 

口では受け止めきれなかった愛液が鼻や目にもかかり、

それでも受け止めきれなかった分が畳に滴る。

 

 

少しの余韻の後、スカートの中から頭を出した俺に

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・ごめんなさい、痛かったでしょ・・?」

 

 

ルーミアがそんなことを言ってくる。

 

でもその表情は恍惚を浮かべ、口元にはほんの少し笑みを湛えている。

ルーミアの愛でマーキングされた俺の顔を見てそんな貌をする辺り、彼女にも妖怪らしい一面を窺える。

 

俺も微笑みを返してこう言う

 

 

「大丈夫。それより・・・癖になりそうだ、この匂い。」

 

 

実際、問題は無かった。

ルーミアがその気になれば、俺の頭なんてスイカ割の西瓜みたいに弾け飛ぶんだが、そうならないってことは、彼女がある程度気を使ってくれているという事だ。

 

やっぱりルーミアは優しい。

 

 

それはそれとして

 

 

 

 

 

 

 

「顔と床を早く拭かないと、誰が来るか分かったもんじゃない。」

 

 

此処での性活は、スリル満点だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入っていいよ」

「太子様、失礼します。」

 

 

襖を開けて部屋に入る。

俺みたいな下男とは違う、大きい部屋。

しかし、無駄なものは殆ど置かれてなく、装飾なども無く生活するためだけの質素な部屋という印象。

正に太子様のお人柄が出ているというか、仁者楽山の御方は上辺のみの飾り気を持つことがないのだなあと、しみじみ思う。

 

 

「やあ、わざわざすまないね。呼び出したりして。」

「とんでも御座いません。太子様から呼ばれれば、直ぐに駆けつけます。」

 

 

加えて、知崇礼卑ときている。

誰に対しても偉ぶる事無く、平等に接される御方。

 

太子様の召されている着物は紫を基調としている。

 

   紫。

 

それは、冠位十二階における最高位を示す色。

太子様は実質的に国の指導者であるという事。

 

其れほど偉い御方の御用件は、もう判ってはいる。

 

 

「ふふ・・・そんなに固くならなくてもいいよ。

私と君の仲だ。」

 

 

太子様はニッコリと笑う。

 

 

「一緒に酒でも飲もうじゃないか。

・・・おっと、私が酒を飲むことは秘密だよ」

 

 

酒まで持ち出して上機嫌だ。

 

 

「そう緊張することも無いだろう。だって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男同士じゃないか、私達は。」

 

 

太子様は男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、君が来てくれてホントに良かったよ。」

「光栄の極みです」

 

 

太子様が実は男だという事は、宮内では既に公然の秘密となっている。

 

元々、その中性的な美貌で女としてやっていたらしいのだが、如何にも精神的に参ってしまっていたようだ。

 

それで苦しんでいる時に、俺が下男として雇われて宮内の性意識が変わった。

男性を見下す風潮は鳴りを潜め、自分が男だと言い出すきっかけになった。

結果、何も問題なく受け入れられた。

 

・・・というのが太子様の弁であるが、別に俺は何もしていない。

ただ仕事をしていただけだ。

 

俺のせいで性意識が変わったのは確からしいが・・・

別に、俺が居なくても太子様が男だという事は受け入れられていたと思う。

性別の一つや二つ偽っていた所で、今迄の太子様の功績を見れば、文句をつけれる輩は誰一人としていないだろう。

 

それに、功績だけじゃない。

太子様には性別の壁なんて軽々と超えるカリスマ性がある。

 

知ってますか、太子様。最近宮内で太子様のファンクラブが出来たそうですよ。

女ばかりじゃなく、男も結構入ってるらしいですよ。

 

 

 

・・・まあとにかく、太子様は俺に感謝しているらしいのだが、別に大したことはしてないという話だ。

それにしても、太子様と二人きりで晩酌とか、俺が女だったらファンに刺されてるまである。

・・・男でも危ないんじゃないか?

 

 

「うーん、それにしても君はあまり酒を飲まないね。」

「あんまり酒は強くないんですよ。

太子様だって全然飲まないじゃないですか」

 

 

そう、さっきから全く酒が減ってない。

先程の言い方からして、太子様はかなりイケる口だと思っていたけど。

 

 

「何を言ってるんだ、君のために用意した酒だよ?」

 

「え?」

 

 

いや、だってさっき、秘密にしてくれって・・・

 

 

「あぁ、あれは方便だ。酒が飲めるのは確かだけど。

表向きとはいえ、仏教を崇拝してるんだ。私が酒を飲むと示しがつかない。」

 

 

太子様は、表向きは仏教を民に広めていることになっている。

 

しかしその実、太子様は道教を信仰する。

何でも、仙人になり寿命に縛られることのない人生を送りたいらしい。

 

前に俺が不老である事を見抜かれた時、やたらと訊いてきたのは、やはり不老の体に興味があるからだろうか。

あれ?もしかして俺のせい?

 

 

「そうだね。君のせいだ。」

 

 

一息、

 

「君と共に長生きしたくなった。」

 

 

ああ、もう。

 

マジで惚れるじゃないか。そんなこと言われたら。

 

 

「ははは、冗談だよ。」

 

「太子様、冗談でも惚れるんで、やめてください・・・」

 

「はっはっは!」

 

 

太子様、そういうとこですよ。

 

酒の下りからそのコンボはたとえ政敵であっても惚れます。

・・・そういえば、太子様の性別が明らかになった時に、政敵がそれを利用しなかったのはもしかしてそういう事ですか? 政敵すら誑しちゃったんですか?

 

 

「誑すことに関しては、君の方が得意じゃないかい。」

「え?俺ですか?」

 

「ああ、君の資質はとんでもないね。

強い存在であればあるほど、君という男に惹かれるものらしい。

布都の奴も、君に大分欲を向けてたよ。相当刺激の強いことをやったんじゃないかい。」

 

 

そうなんですか?心当たりが無いですね。

 

 

「ものを言う時は、人の目を見て言うものだよ。それにしても、

 

 

 

今も女が、君の直ぐ傍で君の事を想っているような気がするんだが・・・」

 

 

 

 

 

ドキッとした。ルーミアの事がばれたかと思った。

 

ジッと俺の事を見つめる太子様の瞳が、全てを見透かしているような気がして

俺はなるべく早く部屋に戻ろうと思った。

 

 

去り際に太子様は、残りの酒をくれた。

俺は酒は得意じゃないから、ルーミアに飲ませようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、酔ったルーミアに滅茶苦茶にされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数か月後

 

布都様がお亡くなりになった。

 

 

 

表向きはそういう事になってる。

 

太子様に聞いた所によると、尸解仙に成って復活するために、一度死ぬ必要があったらしい。

復活するのか、それなら良かった。

次いで、太子様もその後を追うようだが・・・・

 

 

 

 

最近、太子様の様子がおかしい。

前ほど俺に会ってくれなくなった。

俺だけしか気づいていないようだが、匂いも違う。

前よりも太子様の匂いを敏感に感じ取れるようになった。

 

なぜだろうか・・・俺の嗅覚が良くなったわけでもないのに。

 

 

ほら、今も匂ってきた。

 

恐らく俺の部屋の直ぐそばに立っている。襖の向こう。

 

不遜ではあるが、此方から声を掛けようか。

 

 

 

「太子様、いらっしゃるんですか?」

 

「・・・驚いたな。本当に分かるとは。」

 

 

本当に?どういう意味だ?

 

 

「いや、此方の話だ。

 

すまないが、今夜、私の部屋に来てくれないか」

 

「・・・ええ。参ります」

 

 

匂いが遠ざかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「太子様、参りました。」

「あぁ・・・入ってくれ」

 

 

夜、太子様の部屋に入る。

・・・凄まじい匂いだ。くらくらする。

 

 

「お久しぶりです」

「あぁ・・・」

 

 

本当に久しぶりに太子様の姿を見た。

そして見た途端確信した。

その御姿は、やはり前とは違う。

 

 

 

「太子様、無礼を承知で申し上げます・・・

あなたは本当に以前の太子様と同じですか?」

 

 

「・・・・・・くっくっく、やっぱり君にはばれたか・・・

あの仙人の言った通りだ。」

 

 

あの仙人。恐らく、前々からこの宮内に出入りしているあの胡散臭い女の事だろう。

あいつが太子様を変えたらしい。

 

 

「あぁ。今夜君を呼びつけたのは他でも無い。

 君に『癒し』の仕事をして欲しい。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

『女』である私に。」

 

 

太子様は女になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ、あぁっ、  ―――――――っ!!!」

 

 

太子様が俺の指で達したのを確認する。

 

太子様が女体化した原因は仙人になる方法を模索していく中で、女の「胎」が必要だと判明した為に、浴びると女体化するという中国の泉の水を使った結果らしい。

 

しかし、太子様が溢れ出る女の性欲に日々身を侵され、遂に限界が来たという事。

元々男であったので、突然の性欲の激化に耐えきれなかったのだろうか。

匂いも女の匂いになったので俺は感じ取れた。

 

 

「・・・情けないな。聖人と呼ばれた私が、まるで色欲魔だ。」

「・・・」

「性欲の一つも抑えられないとはな・・・」

「・・・太子様」

「ん?」

 

「満足して戴けたでしょうか・・・」

 

「・・・あぁ、大満足だ」

 

 

嘘だ。

 

 

「だから、もう、部屋に戻っていいぞ・・・」

 

 

嘘だ。太子様はよくない。

 

 

「なぁ、だから、もう・・」

 

 

嘘だ。太子様は何で

 

 

「もう、泣くのは止めてくれないか?」

 

 

「え?」

 

 

自分の頬に涙が伝っていた。

 

なんでか、どうしてか知らないけど、無性に、涙が出てきた。

 

 

 

「女にとって男の涙ってのは、こんなにも心に来るものなんだな。初めて知ったよ。」

 

 

「もう、しわけ、ございません・・・」

 

 

涙が止まらないのは、きっと、

 

太子様が居なくなったからだ。

 

俺の中の太子様。尊敬する太子様。

 

 

こうあって「欲」しいと「望」む太子様。

 

 

自分勝手なことだ。

 

勝手に理想像を創っておいて

 

自分勝手にこれは違うと云う。

 

 

目の前の太子様は違う。同じなのに。

 

頭では解っているのに、心は違うと云う。

 

もう居ないんだと。

 

 

 

 

「太子、様」

「ああ・・・君が落ち着くまで待つさ、私は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お見苦しい所をお見せしました・・・」

「いや、構わない」

「ありがとうございます。ところで太子様」

「なんだい?」

 

 

「本当に、満足しましたか?」

 

「・・・敵わないな。女になった途端、君に敵わない。」

 

 

太子様はまだ満足されていない。

 

 

「折角女になったことですし、どうせなら楽しんでみてはいかがでしょう。」

 

 

影をチラリと見る。

影は動かない。

了承を得た。

 

 

「そうだね。『聖人』の私は居なくなったことだし・・・

残っている『俗人』の私は、君を襲いたくてしょうがないんだ。」

 

 

その言葉を待ってた。俺は服を脱・・・

あ、そうだ。その前に一つ

 

 

「名前を、教えて頂けますか」

 

 

 

 

『聖人』ではなく。

今から体を重ねる、一人の女の子の名前。

 

 

 

「神子。    豊聡耳神子だ。」

 

 

「いい名前ですね、神子様。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

 

 

神子様と夜を明かした翌日、俺は解雇通知を受けた。

 

 

「全く、他の女とヤったら仕事しちゃ駄目だって言ったじゃない」

「仕事は解雇されたぞ?」

「辞めるならヤっていいって話じゃないわよ・・・バカ」

 

 

影から出てきたルーミアはとても不機嫌そうだった。

 

 

「でもあの時、いいって・・・」

「誰も言ってないわよ!!」

 

 

あれ、影が動いたら了承だったらしい。

てっきり、「沈黙は肯定」みたいな感じかと・・・

 

 

「まあ、いいわ。今回は許してあげる。」

 

 

優しいルーミアさん好きです。

 

 

「だって昨夜みたいな激しいやつを、私ともやってくれるってことでしょ?」

 

 

昨夜・・・激しかったなあ、神子様。

 

 

「欲望丸出しだったわよね。あれ本当に元聖人?」

 

 

やめて差し上げろ。

 

・・・まあ、でも、神子様らしいよなあと。

 

 

生にしがみ付いて仙人になろうとしたり

 

でも、一回死ぬのが怖くて布都様に実験台になってもらったり

 

最後にあんなこと言うんだもんなあ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《復活したら、先ず君を抱きに行くからな。楽しみに待っていてくれ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、「御伝鈔」より抜粋

 

 

『行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導生極楽』

 

 

「君が女に対する欲望に負けそうになったら、私が美しい女に姿を変えて、一生君を受け止めよう。そして、極楽へ導いてあげる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七、紫とクマノミ

 

 

 

共生。

 

複数種の生物が相互関係を持ちながら、共に生きる事。

共生にもタイプがあり、

互いに利益を得る「相利共生」

片方だけが利益を得る「片利共生」

片方だけが害を被る「片害共生」

片方が利益を得て相手が害を被る「寄生」

 

共生と聞くと、相利共生を真っ先に思い浮かべる方が多いかもしれないが、

相利共生のみが共生の形ではない。

 

そもそも上記の四つの間に明確な境界は無く、分類は困難を極める。

 

 

有名な共生の例として、魚類のクマノミと刺胞動物のイソギンチャクの共生関係が挙げられる。イソギンチャクの触手には、異物に触れると毒針を発射する「刺胞」という細胞が無数にあり、これで魚などを麻痺させて捕食している。

ところがクマノミの体表には特殊な粘液が分泌され、イソギンチャクの刺胞は反応しない。このためクマノミは大型イソギンチャクの周囲を棲みかにして外敵から身を守ることができる。一方で、イソギンチャクがこの関係からどの様な利益を得ているかはっきりせず、この関係は片利共生とみられる。

 

 

一説には、クマノミがイソギンチャクの触手の間のゴミを食べている、また、クマノミの食べ残しをイソギンチャクが得るといった相利共生とする説もある。

 

 

 

見方によって共生の在り方が変わるという話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------

 

 

 

紫は最近一人の人間に興味を持っていた。

 

 

妖怪としてこの世界に生を受けてから早幾年。正確な数字など覚えてやしない。覚えて無いったら無い。

とかく割り合い古株だと言われることもある紫ではあるが、この様な人間など見たことも聞いたことも無い。いや、より正確に言えば人間とそれに付いている妖怪である。

 

付いている。

憑く、ではなく付く。人間相手に害をなすことも無く、ただ付き添っているだけ。

 

おかしい。道理に反する。驚天動地である。

その二人一組を見かけた時、紫はまず自分の常識を疑ったほどだ。そのくらいこの世界におけるレアケースであった。

 

人間の男の影に妖怪の女が入って、二人は行動を共にしている。人間の男の方は全く気にする様子も無く。

 

有り得ない。もう一度言う、有り得ない。

 

万歩譲って男女逆なら未だ分かる。人間の女と妖怪の男。女は男の体目当て、男は人間の恐怖が目当て。利害は一致する。それならまだ腰を抜かす程度の驚きで済んでいただろう。しかし違う。人間の男と妖怪の女だ。

紫は男の気が狂っているに違いないと少し同情の眼差しで観察していた。ところが、それもどうやら違うらしいと分かった。

男は妖怪と生活を共にしているという異常性を除けば、いたってまともらしい男。

女と会話できているし、普通に動いている。ここまでくると紫はもう匙を投げた。理解に対して。

反面俄然興味が出てくる。あの男は一体どんな人間なんだろうと。

 

幸いにして紫は観察を行うのに適した力を持っていたため、二人に気取られることは無かった。 「境界を操る程度の能力」 紫がこの世界に来た時授かった神にも匹敵する力である。ものの境界を弄ることで万物の倫理的創造と破壊を行う能力。まあ今は自身の能力等どうでもいい。観察に役に立てばそれだけで。

 

一般に生活を共にする男女というのは血縁でもない限り、往々にして肉体関係を持つと相場が決まっているが、その二人組も例に漏れず体の関係があった。自慢になるが紫自身は処女じゃない。昔そこら辺の男を襲って無事に卒業した。その紫の目からみて、二人の関係は実に愛に溢れたものだった。歯に衣着せぬ言い方が許されるなら、ラブラブセックスだった。和姦だった。純愛だった。

 

当然紫は嫉妬した。スキマから二人の行為を盗み見て自慰行為をした。落ち着いたところで理不尽にブチ切れた。一人で。

なんでそんなに男が乗り気なんだ。なんでちょっと男の方がリードしているんだ。なんで一発で終わらないんだ。おい女そこ私と代われと何度邪魔してやろうかと思ったか知れない。

 

 

「どうして・・・」

 

 

どうしてそこまでの関係になれたのか。不思議で、羨ましくてしょうがない。スキマの中で歯噛みする。

 

現在絶賛ラブラブの二人を見ながら紫は己の爪を、悔しさや嫉妬と共に噛んでいた。

あーあ、あんなに舌を絡ませてる。マジで殴りたい、あの女。

 

ただ、その思いは決して行動には移さない。

 

紫は武闘派ではないが仮にも大妖怪。しかも無敵の能力を持っている。その紫が女を殴ろうにも殴れない理由が確かに有った。

それは女の底知れなさ。あの妖怪は強い。紫をしてそう思わせるだけの力の片鱗が感じられる。身に纏う妖力や魔力の質がそこいらの木っ端妖怪とまるで違った。ただ力が強いだけなら紫の能力で如何とでもなったが、問題なのはその振る舞い。今二人が性行為を行っている此処は、人里離れた森の奥地である。そんな場所だから当然妖怪がうじゃうじゃいるわけだが、どういう訳か二人の周りには全く近寄ってこない。結界を這っているわけでも無し、ただ、その女の謎の圧力に妖怪達の本能が近寄らせなかったという事。稀に力量の差を解さない勘違い妖怪が近寄ってくるものの、一瞬で黒い何かに飲み込まれて男の視界に入る前に消える。紫が思うに自身と同等か、或いはそれ以上に危険な能力をもっている。あの女は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------

 

 

 

やがて日が昇る。

 

朝の日差しが木々の合間を縫って『俺』の顔を照らす、そのじんわりと広がる熱で目を覚ました。

上体を起こし、大きく伸びをする。頭の方は半分寝ているのでこうやって体から起きなくちゃいけない。

 

 

「んーーー、あーーー。」

 

 

服を着るために立ち上がろうとして、腰の痛さで眉間に皺が寄る。

昨晩はっちゃけたツケが回ってきた、そんな感じ。

 

正確に言えば羽目を外したのはどちらかと言えばルーミアの方だと、どこの誰に対するのか心の中で弁明をする。

 

 

横目でルーミアを見る。今朝も可愛らしい寝顔をしている彼女を。

最近は彼女の起きるのも早くて、こうして寝顔を見るのも随分久しぶりな気がする。早朝のツンとした空気と低い位置にある朝日が、起床時間の早いことを教える。

 

 

 

ここ最近・・・そうだなあ、数十年くらいだろうか。俺とルーミアは各地を転々と周っていた。

人里で生活して、数年で違う場所に行って、偶に今みたいに森で野宿したり。

別に何か目的があるわけでもない。ただ、年を取らない俺は同じ場所にずっと留まって居られないだけ。

人との出会いの分だけ別れもあった。ルーミアという共同体が居てくれなければ、疾うの昔に俺はおかしくなっていたと思う。ルーミアが思っている以上に俺は彼女に感謝している。うん、感謝しているんだ。それは間違いない。

 

・・・だけど毎晩ヤるのは流石に辛いというか。

 

不老とはいえ基本的には人と変わらない身体の俺は、慢性的な腰痛に悩まされていた。・・・いや、ルーミアとヤるのが苦痛な訳ではないんだ。ただ頻度が頻度。

人里に住んでいる時はルーミアが人間の前に姿を現せないので、相手するのは夜だけでいいが、森の奥は駄目だ。人目が無い、逃げ場が無い、逃げる口実も無い。結果的に昼間から求められる。

ここ最近の俺は食事と睡眠と風呂以外の時間をルーミアとの性行為に使っていた。

 

 

「いいのかなあ・・・このままで」

 

 

そう一人ごちるのもしょうがない。

本来妖怪や獣の縄張りであるはずのこの森も、ルーミアが居れば其処は彼女の縄張りになる。人間の俺がこんな所に居て無事に過ごせるのもルーミアの力で守ってもらっているから。

 

朝起きて其処ら辺の獣殺して食べて、ヤって。終わったらまた何か食べて、ヤって。また食べて、夜になってまたヤる。

周りの生物を殺してルーミアとセックス三昧。

 

健康的。ああ、じつに健康的だ。健康過ぎて地獄に落ちそう。

 

 

・・・やっぱり駄目なんだよな、このままの生活じゃ。

倫理観とか、道徳とか、その他にも色んなものが駄目になる気がする。

 

服の皺を伸ばして木の根に腰を下ろす。腕を組んで考える、現状を打破する方法を。俺の体力がこれ以上削られずに、且つ良心に苛まれない生活を送るには一体如何すればいいだろう。

目下最善の策はやはり人生に目標を持つことだろうか。何の目的も無く旅を続けていても無駄に時間が余るばかり。ここは何か旅の目的でもつくって性行為に時間を割かない状況を作り出さなければならない。

 

 

しかし、目標と言っても特別やりたい事が有る訳でもないし、ルーミアを説得できるほどちゃんとした目標って何だろうか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------

 

 

 

「はぁ・・・」

 

 

溜息がスキマの中で溶ける。

紫はすっかり男に見惚れてしまっていた。

 

朝に見る彼の裸体は格別であった。残念ながら今は服を着てしまっているが、腰を落ち着けて思考に耽る彼にもまた違ったエロスを感じる。願うなら彼の座る木の根になりたい。

 

 

「ていうか、これもしかして・・・」

 

 

彼に接触するチャンスでは?今ならあの女も寝ているし。

 

 

どうしよう、話しかけてみようか・・・でも、でももし、万が一、彼に拒否されたりでもしたら、紫はちょっと耐えられそうにない。三日寝込む自信がある。

ああ、だけれどもこんな絶好の機会を逃せば明日の私は今日の自分を責めるだろう、なんで行かなかったんだって。

 

今しかない、今しかないのよ、八雲紫。あなたが幸せと彼の竿を掴むには。

 

深呼吸。

うん、大丈夫。イケるわ。

紫、あなたは強い子。処女じゃない。

 

 

意を決して、スキマをつなげる。

 

 

 

「ごきげんよう。」

 

 

彼の隣に出ると同時に凛とした声での挨拶。

 

決まった。

 

そう思った。実を言うとちゃんと声が出るか不安だったのは内緒。

 

 

「あの・・・貴女は?」

 

 

彼の驚いた顔。しかし、そこに浮かぶのは純粋な疑問だけ。山奥でいきなり現れた女に警戒心の一つも無い。

この子大丈夫かしら。お姉さん少し心配。

 

 

「初めまして。私、八雲 紫と申します。こう見えて、妖怪をやっていますの。」

 

 

紫がここで妖怪であることを言ったのは、勝算が幾らかあったからだ。彼が妖怪相手に物怖じしない勝算。

案の定、彼は特に気にした様子もない。

 

 

「ご丁寧にどうも。それで、俺に何か用ですか?」

「ええ。妖怪と二人でいる人間の貴方が気になりまして、是非お話をしたいなと。」

 

 

紫は今自分でも驚いている。私ってこんなに男の人と喋れたのかと。しかも話をしようと誘うこともできた。

実際、まだ一言二言しか交わしてないが、それだけでも紫にとっては大事件である。男を前にしてどもりまくる昔の私はもういないのだ。

 

まあ、この誘いは多分断られるだろう。こんな胡散臭い女と話をしてくれる男がいるわけ

 

 

「そうなんですか、いいですよ。あ、隣どうぞ。」

 

 

いた。

 

・・いや、いくらなんでも警戒心が足りなさ過ぎやしないだろうか。男としての自覚が全く無いのか、女の本性が狼だという事を知らないのだろうか。

 

ただ、お近づきになりたい女の側としては好都合な事この上ない。

礼を言って彼の隣に腰を下ろす。肩と肩が触れ合いそうな距離になって、自分の鼓動が早まるのがはっきりと分かった。

何か話さないと、この緊張が彼にばれてしまいそうで、私は適当に話を始めた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は特に当たり障りのない話ができた・・・と、思う。彼と密接な距離にいたせいで色々意識してしまって、言葉を重ねるほど動悸が激しくなるし、顔も熱くなるしで内容なんて覚えてやしない。

 

でも、楽しい時間だ。頭も心もフワフワして、良い気分。

 

紫がこの時間がいつまでも続いたらな、と思うのは当然だった。

だからきっと、話が長引いたのも仕様のないことで。

二人の密会に終わりが来るとしたら、いずれにせよこういう形になるのは避けられなかった事だろう。

 

 

 

 

ソイツが起きた。

 

 

 

紫は突然の出来事に対応できなかった。

談笑の途中、いきなり彼が黒い何かに捕まって紫の目の前から消えた、ように見えた。

 

警戒心が全く足りなかったのは彼ではなく、紫の方だったのだ。紫は彼の引っ張られた方、もとい女の方を睨んだ。

 

 

「ねえ、大丈夫?あの女に何もされてない?」

「ルーミアが心配することは何も無いよ。話をしてただけだ。」

 

 

あの女の事を失念していた。

彼を守る体で、彼の事を独占しようとするあの女を。

 

女は彼に確かめさせろと言って、あろうことか、彼の身体をまさぐり始めた。

とんでもない女郎だ。

神に代わって裁きを下したいが、紫は怒りを鎮めることに専念した。

 

近くに居るから解る。自分はこの妖怪には敵わないと。

悔しくて仕様がないがしかし、紫は我慢を選んだ。折角ここまで理性的で大人の女を演出しているのだ。怒りに身を任せては彼の印象も悪くなるだろうし、勝てないと分かりきっている相手に勝負を挑むほど紫も愚かじゃない。

 

だから紫は耐えた。

悔しさで腕が痙攣していても、怒りで固く握りしめた拳から血が流れていても、努めて平静を装った。

 

 

 

「ご心配なく。私は彼とお話をしていただけで」

「何?貴女まだ居たの?」

 

 

バキッ

 

紫の扇子の骨が折れる音。

女は構わず続ける。

 

 

「私の前から消えて頂戴。あと彼に二度と近寄らないで」

 

 

にべもなく、彼の身体により一層密着しながら言い放った。

 

 

女の足元から伸びる無数の黒い腕はユラユラと揺れながら、紫の接近を拒んでいた。

それはさながら黒い触手。

愛という名の猛毒を持って、自分の大切な者を守るための触手。

これまでも同じ様に彼を守ってきたのであろうソレが何よりも雄弁に語っていた。これ以上近づけばコロス、と。

 

 

何を言っても無駄だ、と思うまでに時間は掛からなかった。

紫が残念なのはただ一つ。

彼ともう一度話しができない事だった。

 

 

 

 

彼が望む以外では。

 

 

 

「落ち着いてくれ、ルーミア。」

 

 

彼の声が響く。

 

 

「彼女は、紫は本当に俺目当てじゃなく、別の目的があって話をしに来たんだ。」

「・・・別の目的?」

 

 

女が訝しげに問う。

対して彼は、何故か謎に希望に満ちた顔で答えた。

 

 

「ああ、そうだ。紫はな・・・

 

 

 

 

人間と妖怪の共存を目指しているんだ!!!」

 

 

・・・・・・は?

 

 

「紫は人間と妖怪が共に生きる理想郷を創ることが長年の夢らしい。

それで人間と妖怪の理想的な共存関係にある俺たちに協力して欲しい、と言っていた。」

 

 

紫は思った。

私そんなこと言ったっけ、と。

 

先程お伝えしたが、紫は極度の緊張で彼と何を話したか覚えていない。

彼との話しの中で自分の事を無害だと印象付けようと、思っても無い事を言っていたとして、そんなその場限りの戯言を覚えているはずもない。

 

そっか、私そんな馬鹿なこと言ってたのか。恥ずかし過ぎる。

しかし、なぜ彼はそこまで理想郷創りに乗り気なのだろう?

 

 

 

実際の所この男は、理想郷創りの協力にかこつけて、少しでもセックスを行う時間を減らしたいだけであるが、それを他の二人は知る由もない。

 

 

 

「私達がそれに協力するメリットなんて・・・いや、ちょっと待って」

 

 

女が私の方を見る。

何故かその目にはもう私への敵意が殆ど無かった。

 

 

「その理想郷って、例えば人里に妖怪が居ても問題になったりしないのよね?」

 

「え? ・・・まあ、そう・・ね。」

 

 

そんなこと聞かれても。

知らないわよ、私。

 

女はふむふむと頷いて、一言。

 

 

「私もその理想郷創りに協力するわ。」

 

 

見事な手の平返し。

果たして紫は困惑。

 

 

 

実際の所この女は、一日中男を搾り取るために人里でも隠れる必要のない環境が欲しいだけであるが、それを他の二人は知る由もない。

 

 

 

「ルーミアも分かってくれたか。」

「ええ、これって私と貴方の共同作業よ。」

「・・・そうだな。」

 

 

紫はもう付いて行けない。

なんか私の言ったと思しき与太話が勝手に進んでいる。

 

 

「あ、そうだ。紫って言ったっけ。貴女のお話しを詳しく聞かせて頂戴。今度は私も交えて。」

「紫、俺にできる仕事が有ったらどんどん回してくれ。」

 

 

 

 

黒い触手が道を開ける。

先程まで殺気を放っていたものとは思えないほどすんなりと。

 

紫はそれを見て、なんかもう、どうでもよくなった。

二人にどんな思惑があるのかとか、

そもそも嘘から始まった事だとか、

そんなことはどうでもいいのかもしれない。

 

お互いに利用しあったって良い。

 

互いに利益が有るってことは、良い関係ではないか。

 

 

 

 

 

そうして紫は

触手の中に足を踏み入れた。

 

触手に受け入れられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見方によって共生の在り方が変わるという、そんな話。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。