とある魔術の野比のび太 (霧雨)
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科学と魔術編
始まり


◇7月20日 東京 練馬区 ススキヶ原

 

 学園都市でとあるツンツン頭の少年が一人の少女と出会ったことで、科学と魔術の邂逅という本来ならば有り得ない事象を果たしていた頃、その東にある東部東京の練馬区ススキヶ原には、一人の女性が訪れていた。

 

 

「えっ?のび太を、ですか?」

 

 

「はい」

 

 

 丁度この町に住む4人の小学5年生の少年少女達と一体の青いロボットが波乱万丈な大冒険をしていた時の事だった。

 

 まるでこの家に住む青いロボットと眼鏡の少年の留守を見計らっていたかのように、その女性は野比家を訪れて、のび太の学園都市への勧誘を行っていた。

 

 

「実は是非とも彼を一時的でも良いので学園都市で勉強させたいという方がいらっしゃいまして。この度、私がこうして出向いた訳です」

 

 

「は、はぁ。しかし、何かの間違いでは?こう言ってはなんですが、のび太は・・・」

 

 

「出来が悪い、と仰るのですか?」

 

 

「ええ、お恥ずかしいことですが」

 

 

 両親はそのように何かの間違いであるという風に振る舞うが、目の前の女性はそれを笑い飛ばした。

 

 

「それならご心配なく。事前に調査はしていますので。確かに成績はよろしくないようですが、我々はそのような事は気にしていませんよ」

 

 

 実際、女性はそんなことを気にしていない。

 

 学園都市は良くも悪くも能力至上主義であり、それさえ出来れば馬鹿でも認められるのだから。

 

 まあ、それがスキルアウトなどという無能力者の武装集団を誕生させる原因にもなっているのだが。

 

 

「兎も角、考えて頂けませんかね?」

 

 

「はぁ、しかし・・・」

 

 

 それでものび助は躊躇うが、そんなのび助にある事実を突きつける。

 

 

「学園都市が世界でも最高峰の教育を行っていることはあなたもご存じでしょう?」

 

 

「は?は、はい。勿論、知っていますが・・・」

 

 

 学園都市が外よりも20~30年進んだ科学力を持っているのは周知の事実だ。

 

 それは10年前に起きた白騎士事件によるISの登場により、科学技術が大幅に進歩したと言われている現在においても変わらない。

 

 実際には何処まで本当かは学園都市の人間以外は誰も知らないが、そう言われるような街で勉学を行うのだ。

 

 教育においても世界最高峰であるのは容易に想像がつく。

 

 だが、それがどうしたと言うのだろうか?

 

 のび助はそう思った。

 

 

「それで、今はほとんどの国で女性優位な社会となっていますよね?」

 

 

「え、ええ」

 

 

 世界で究極の兵器とされているISは、女性しか使えないというのもあり、現在は殆どの国で女性優遇制度が敷かれている。

 

 だが、勿論、例外もある。

 

 宗教的にその制度を導入できないイスラム諸国。

 

 更にはISを確保できなかった国。

 

 そして、最後にこの女性が所属する学園都市とそれに付き従ってる者達。

 

 まあ、厳密には学園都市は日本の一都市とされているし、その日本は女性優遇制度を導入している国なので、見方を変えれば女性優遇制度を導入している地域と解釈も出来るが、元々学園都市は準独立都市であり、独立気風が激しいことや、能力至上主義的な考えがあることから、この制度は無視されている。

 

 とまあ、こんな感じに例外はある。

 

 と言うより、国の数的にはその例外の方が大半であったりする。

 

 ISはそもそもの個数が467個しかなく、先進国や準先進国、あるいは経済的に余裕のある国や、何らかの切っ掛けで手に入れた中小国や“とあるテロリスト集団”しか保有していなかったのだから。

 

 ちなみに学園都市もISをとある切っ掛けで手に入れていたりするが、表向きは保有していないことになっている。

 

 しかし、残念ながらこの日本は前述したように例外には入っていないし、世界の経済や政治を動かす先進国やそれに匹敵する大国であるロシアなどは軒並み女性優遇制度を導入している。

 

 その為、女尊男卑の思想は世界中で徐々に拡大していた。

 

 そんなことくらいはのび太の両親にも分かる。

 

 しかし、それすらも自分達には関係の無いこと。

 

 そう思っていたが──

 

 

「あなた方のお子さん。今の世の中で本当に社会進出出来ますか?」

 

 

「そ、それは・・・」

 

 

 のび助も玉子も言葉につまるしかなかった。

 

 それはそうだろう。

 

 前述したように、今の日本は良くも悪くも女性優位な社会。

 

 それに対して、のび太は正真正銘の男なのに加えて、運動も勉強もできない。

 

 勿論、将来的には変わる可能性もある。

 

 のび太はまだ小学生であるのだから。

 

 しかし、そう思わせないほどに、のび太の成績が悪すぎたことが両親の頭を揺さぶった。

 

 そこに漬け込むかのように、女性はあることを囁く。

 

 

「学園都市に来れば、世界最高峰の勉強を受けられますし、場合によってはそのまま就職することも出来ますよ?」

 

 

「「・・・」」

 

 

 その悪魔の囁きにも似た言葉に、両親は屈服するしかなかった。

 

 こうして、後に少年の運命を大きく左右する面談が終わり、本来の世界とは大分違う新たな物語が展開されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇7月28日 未明 第7学区 窓のないビル

 

 中高生を中心とした学生が多い第7学区。

 

 そこはつい数時間前まで、一人の少女が救われ、ツンツン頭の少年の記憶が無くなった戦いが終わった後の場所でもあった。

 

 そこに在る1つのビル。

 

 核兵器の直撃を受けてもびくともしないと言われているこの建物では、この街の王が一人の客人を出迎えていた。

 

 

「──禁書目録が幻想殺し(イマジンブレイカー)によって救われ、“プラン”がいよいよ本格指導し始めた訳だが、今の気持ちはどうだ?アレイスター」

 

 

 そう皮肉げに言う金髪にサングラスをした男──土御門元春の言葉に、銀髪の男にも女にも、聖人にも罪人にも見える人物──アレイスター・クロウリーは表情1つ変えることなく、こう答える。

 

 

『プランはまだ始まったばかり。まだまだ、満足できているとは言えない』

 

 

「ふん、よく言うな。しかし、話は変わるが、10年前のアレ、何故お前は阻止しなかった?」

 

 

 土御門の言う10年前のアレとは、白騎士事件のことだ。

 

 あの時は学園都市にもハッキングが掛けられたが、その驚異の科学力で撃退に成功している。

 

 そして、その気になれば、学園都市の戦闘機を差し向けることもできた。

 

 その頃の戦闘機は、現在の学園都市の主力戦闘機であるHsF─00には劣るものの、それでも現行の外の戦闘機を容易に撃ち落とせるくらいの性能は有していたし、IS相手ならば互角以上に戦えただろう。

 

 そして、それに勝てば科学サイドは本来の世界通り(・・・・・・・)学園都市一強という形に抑えられる筈だった。

 

 だが、アレイスターは戦闘機を出撃を許可させず、結果的に学園都市は白騎士事件に対して沈黙を保つこととなった。

 

 結果、科学サイドは現在、学園都市とIS、2つの勢力が存在することとなったのだ。

 

 しかし、プランのためにはISの存在は無い方が良い筈。

 

 暗にそう言う土御門であったが、アレイスターはそれに関してこう返した。

 

 

「その程度の修正なら幾らでも聞くさ。いや、むしろ、存在してくれた方が有りがたいかもしれない」

 

 

「?どういうことだ?」

 

 

『件のISは木原一族に解析させても未だ30パーセント程しか解析できていない。・・・これがどういうことか分かるかね?』

 

 

 土御門はアレイスターに言われた意味を考える。

 

 解析率30パーセント。

 

 ISが出現して以来、ISを学園都市でも最高峰の科学力を持つ木原一族が解析してもたったこれだけしか解析できていない事実は大きい。

 

 と言っても、数パーセントしか解析できていない各国の技術陣が聞いたら皮肉にしか聞こえないだろうが。

 

 そして、これの意味する答えは2つ。

 

 1つは篠ノ之束の持つ科学力が学園都市のものより大きい可能性。

 

 しかし、この可能性は低い。

 

 何故なら、もしそうならば、10年前のハッキングによって、学園都市のファイヤーウォールは簡単に破られたであろうからだ。

 

 そうなると、もう1つの可能性が浮上する。

 

 それは──

 

 

「オカルト・・・魔術に片足を突っ込んでいる。または魔術でも科学でもない新たな力、か」

 

 

『その通り。故に、ISを扱う者達は科学サイドに分類されないだろう。云わば、魔術でも科学でもない第3の勢力だ』

 

 

「第3の勢力、ね。仮にISサイドとでも呼ぼうか。お前はこのISサイド相手にどうするつもりなんだ?」

 

 

『今はなにもしないさ。どのみち、彼らはおそらく我々と魔術サイドを認知していない。このまま我々と魔術サイドが本格的に争うことになれば、勝手に飛び込んでくる』

 

 

 アレイスターは、何かを確信するかのようにそう言った。

 

 そして、アレイスターの言葉の正しさは、3ヶ月後に実証されることとなる。



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超能力

3つの作品の現時点での時系列は

とある魔術の禁書目録・・・旧約・第1巻後。

インフィニット・ストラトス・・・福音戦後。

ドラえもん・・・全ての劇場版後。

こんな感じです。現時点でこの3つの作品の中の主人公で一番戦闘経験があるのはのび太、次点で一夏でしょうか?まあ、とあるのハードスケジュールを見るに、一夏の方はすぐに上条さんに追い抜かれてしまうでしょうが。と言うか、ドラえもんととあるの世界観の話と比べると、インフィニット・ストラトスはなんか話のスケールがショボいんですよね。ドラえもんととある魔術の禁書目録の世界みたいに地球や世界規模の危機とかそういうのが在る訳じゃなさそうだし。


◇8月1日 学園都市

 

 

「これは・・・凄いな」

 

 

 8月に入った学園都市。

 

 そのとある研究施設では、今日外からやって来たとある少年──のび太の能力検査が行われた。

 

 そして、その結果は驚くべきものだった。

 

 

「まだ本人は自覚していないために能力発動は無理なようだが、これは既存のレベル5を遥かに越える数字だぞ」

 

 

 既存のレベル5。

 

 これは勿論、三位以下の人間を表す。

 

 その上である第一位と第二位は文字通り格が違い、既存のレベル5から大きく逸脱していると言われている。

 

 そして、この研究者の前に出された数字は、その第一位と第二位に匹敵するか、それ以上であることが示されていた。

 

 

「まだ安心は出来ないけどね。能力の起動方法も分からないみたいだし」

 

 

 その研究者に、別の女の研究者が茶々を入れる。

 

 同じ能力者でも、どうやらのび太は原石という天然物の能力者であるということは、コンピューターで既に解析されている。

 

 しかし、どういう方法をすれば能力が発動できるのかは分かっていない。

 

 原石なので、普通の能力者のように自分だけの現実(パーソナル・リアリティー)と高い演算能力を植え付けて能力を発動させるという単純なもので無いことは明らかだからだ。

 

 

「ああ、だが、メーターが吹っ切れる程の数字だ。制御できれば、学園都市最強を名乗れるほどの素質はある」

 

 

「学園都市最強、ね」

 

 

「ああ、そうだ。俺は早速、統括理事会に樹形者の設計図の使用許可を申請してくる」

 

 

 男はそう言いながら、研究室を出ていった。

 

 それを見届けた女はこう呟く。

 

 

「第一位のようにならなければ良いんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夜 学園都市 ホテル

 

 

「超能力、か」

 

 

 のび太は用意された学園都市のホテルで寝転びながら、昼間説明されたことを思い返す。

 

 超能力。

 

 それは今まで存在しないと、のび太の周囲で主張されていたものだ。

 

 何故ならば、その存在はあまりに信じがたいものであり、漫画の中のネタにしか登場しないものであると思われていたからだ。

 

 勿論、のび太は以前、エスパー帽子を使って3つの超能力を使ったが、アレは道具を使った結果であるので、正真正銘の超能力とは言えない。

 

 そして、学園都市の超能力は基本的に門外不出。

 

 おまけに高位能力者程、外に出るのは固く禁じられており、レベル5に至ってはまず正当な手段での外出は不可能だ。

 

 更に言えば、外での能力使用も基本的には禁止されていて、違反者には学園都市からの罰則があるし、最悪の場合、消されることもある。

 

 そして、一般人が正当な手段で超能力を目にする機会は大覇星際以外にはない。

 

 そのお蔭で、超能力は認知こそされているものの、学園都市の外では同じ日本国内ですら都市伝説の類いと主張する人間も居る始末であり、そんなものはないと言う言い切る人間も居る。

 

 それは学園都市が比較的近くに在る地区でも同様であり、のび太の暮らしていた練馬区もまた、そう主張する人間が多い地区でもあった。

 

 しかし、もしかしたら自分にもそれが使えるかもしれないと、のび太は実感は少し無かったものの、嬉しそうな顔をする。

 

 

「そう言えば、ドラえもん。なんで帰っちゃったんだろう?」

 

 

 のび太はそこで昨日未来へと帰ってしまった親友を思い出す。

 

 帰ってしまったというのは、未来に出掛けたとかそういうわけではない。

 

 たぶん、一生であろう本当の別れだ。

 

 元々、何時か帰るだろうとは思っていた。

 

 実際、以前にもウソ800が無ければ、本気で帰っていた事があったのだから。

 

 しかし、その別れがこんなに早いものだとは思わなかったのも、また確かだった。

 

 

「・・・ドラえもん」

 

 

 のび太はもう会えないであろう親友の名を口に出し、静かに眠りへとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月2日 学園都市

 

 

「なんですか?これ?」

 

 

 のび太は研究員から渡された物を見て、首を傾げた。

 

 そのヘルメットみたいな代物は、機械的なものがあちこちに施されていた。

 

 

学習装置(テスタメント)よ。これを頭に着けて、頭の中に直接学ばせるの」

 

 

 女性の研究員はそう説明する。

 

 学習装置(テスタメント)

 

 科学的に言えば、技術や知識を電気信号として、脳に直接インストールする装置なのだが、本来ならば能力開発などには無縁の代物の筈だった。

 

 何故なら、通常の能力開発の場合、薬や暗示によって自分だけの現実(パーソナル・アビリティー)を形成し、そこから頭の中で演算する事によって能力を発動させるというのが普通だったからだ。

 

 しかし、のび太の場合、原石の素質を潰すには惜しいと判断したが、かといってその原石の発動の起爆方法も分からなかった。

 

 だが、学園都市上層部から送られてきた樹計者の設計図(ツリーダイヤグラム)の検査結果は原石の能力発動の起爆を通常の能力の演算によって行うという云わば『半原石』というやり方が一番適切だとされている。

 

 しかし、ここであることに疑問に思うだろう。

 

 何故、7月28日に撃墜された(・・・・・・・・・・・)樹計者の設計図(ツリーダイヤグラム)の結果が送られてきたのか、と。

 

 この疑問の答えは口にしてみれば簡単であり、撃墜される前に樹計者の設計図(ツリーダイヤグラム)が出した結果を、そのまま研究者に伝えただけである。

 

 樹計者の設計図(ツリーダイヤグラム)が撃墜されたことは、現在、一部の上層部の人間しか知らないことだった。

 

 そして、肝心の能力実験だが、原石の力を通常の能力のやり方で制御するというのは、初めての試みのため、研究者達は緊張と同時に遣り甲斐を感じていた。

 

 ちなみに何故、学習装置(テスタメント)が使われるかと言えば、この答えもまた簡単であり、本来、演算には主に算数などの理数系の知識が必要とされているのだが、のび太の頭脳ではそのようなことは不可能だった。

 

 実際、先程研究者が行った外の世界のレベルで同年代の小学5年生基準のテストが行われたが、答えが全部間違っていて0点を取った為、テストを採点した研究者が暫し絶句したという話がある。

 

 その後も学年基準を落としてチェックしたが、これもまた0点か、あるいはそれに近い点数であり、小学2年生くらいのレベルに落としてようやく高得点を取れていた。

 

 この結果に研究者達は少々頭を悩ませた後、一も二もなく学習装置(テスタメント)の使用を決定した。

 

 この頭脳のまま演算させても失敗することは明らかであり、下手をすれば原石としての能力を暴走させて自分達まで吹っ飛ばされる危険性があるからだ。

 

 

「へぇ、どうやって着けるんですか?」

 

 

「それはね。ここをこうして・・・こう」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「じゃあ、眠っている間にインストールを完了させるから、そこのベッドで寝ててくれる?」

 

 

「あ、はい。分かりました」

 

 

 そう言って、のび太は研究員の女性の言う通り、ベッドへと向かっていく。

 

 

「のび太くん、今からこの薬を飲んでぐっすりと──」

 

 

 

スゥー、スゥー

 

 

 

 そして、研究員はのび太がベッドに横になったのを見届けると、睡眠薬をのび太に示して飲ませようとするが、のび太はその時には既に眠っていた。

 

 

「・・・は?」 

 

 

 研究員の女性は絶句せざるを得なかった。

 

 それはそうだろう。

 

 まだのび太がベッドに横になってから数秒しか経っていないにも関わらず、のび太は既に眠っていたのだから。  

 

 ちなみにこの早寝の特技は常人どころか、世界中探しても数人が出来るかどうかのことだったりする。

 

 

「・・・一度、脳を分解して調べてみたいたわね」

 

 

 その女性は子供には見せられないようなマッドサイエンティストの笑みを浮かべながらそう言ったが、あいにく統括理事長からは丁寧に扱うように言われている。

 

 女性はそれを残念に思いつつ、当初の実験を行うべく部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その数時間後、レベル5に新たな人物が加わることになる。

 

 序列は第0位。

 

 能力名は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──空間支配であった。



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異能の力

現時点での時系列

ガールズ&パンツァー・・・劇場版。

とある科学の超電磁砲・・・SS(初春編)後。


◇8月3日 学園都市 第13学区 

 

 

「ここが来月から、あなたの通う小学校よ」

 

 

 学園都市第13学区。

 

 そこは幼稚園や小学生などの比較的小さい幼児などが集中している学区であり、のび太も新学期が始まる9月からはこの学区に在る小学校に通う予定だ。

 

 と言っても、5年前の一方通行(アクセラレータ)の反省からか、半ば高位能力者という区分で隔離されて勉強するらしいのだが。

 

 まあ、それは兎も角、のび太からすれば友達に会えないというのは少々寂しかったが、それでもそれで泣き言を言う程弱い人間でもない。

 

 と言うより、ドラえもんと別れた時から、こんな事態は当に覚悟していた。

 

 故に、のび太は半ば開き直る形でこの学園都市での生活を楽しむことに決めていたのだ。

 

 

「へぇ・・・」

 

 

 のび太はその学校を見る。

 

 思ったより普通。

 

 それがのび太の学校を見た感想だった。

 

 いや、大きさ的にはのび太の通っていた小学校よりも大きいが、ここは天下無敵の学園都市なので、学校自体ももっと大きいものだと思い込んでいた。

 

 もっとも、能力者が通う学校のため、建物の頑丈さや設備などはのび太の通っていた○X小学校とは比べ物にならないのだが、それは外見だけでは分からないようになっている。

 

 

「でも、楽しみだなぁ」

 

 

 新しく待っているであろう生活に友達。

 

 のび太はそのようなものを想像しながらそれを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後には早くも崩れてしまうとは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月4日 学園都市 第7学区 風紀委員第177支部

 

 風紀委員(ジャッジメント)

 

 この街の治安機関の1つであり、主に中学生~大学院生などの学生を中心に構成されている組織であり、この学園都市の治安維持の一躍を担っている。

 

 その権限は外の学園艦の風紀委員以上に大きいものであり、外の警察とほぼ同じ権限を持っている。

 

 もっとも、本来ならば、風紀委員(ジャッジメント)は各校の校内の虐めや犯罪行為などを摘発するために存在する組織であり、校外での活動は越権行為以外の何物でもない筈だったのだが、とある風紀委員(・・・・・・・)がその越権行為をしまくり、あまつさえ功績を挙げてしまった為に、半ばこの規則は崩壊していた。

 

 とは言え、もう1つの治安機関である警備員(アンチスキル)は教師で構成されるため、当然の事ながらそちらの方が大きな権限を有している。

 

 その為、風紀委員(ジャッジメント)は外で言うところの交番に勤務するお巡りさんという立場だった。

 

 とは言え、学生が本来の警察と同じ権限を有するというのは、外で暮らしている人間達からすれば驚くのはまず間違いないだろう。

 

 そんな風紀委員(ジャッジメント)の支部の1つ、第177支部では、何時もの超電磁砲(レールガン)組4人の少女達が勢揃いしていた。

 

 そんな中、ある話題を振ったのは、意外なことに何時もは聞き役に徹している(変態)空間移動形能力者の一人、白井黒子だった。

 

 

「そう言えば、知っていますか?お姉様」

 

 

「ん?」

 

 

「昨日、新しいレベル5が登録されたそうですの。確か空間支配とか」

 

 

「ふーん。空間支配って事は、黒子と同じような空間系能力者なの?」

 

 

「それが分かりませんの。レベル5はお姉様みたいな例外を除いて、その存在は秘匿されていますし」

 

 

 レベル5の能力者は基本的に能力名以外は風紀委員(ジャッジメント)にすら公開されない。

 

 故に、空間支配という名称から、その人物が空間系能力者だということは分かったのだが、その人物が誰であるのかは分からなかった。

 

 そして、何故、黒子がこの話題を振ったかと言えば──

 

 

「ああ、黒子。もしかして、同じレベル5だから、私なら知っていると思ったの?」

 

 

「そうですの。同じレベル5のお姉様なら知っているかと思いまして。是非、同じ空間系能力者として教えを乞おうと思いましたの」

 

 

 確かに筋は通っている。

 

 そもそも黒子の空間移動系能力は学園都市中を探しても、同じ能力を持つのは60人と居ないのだ。

 

 更に言えば、黒子はレベル4であるが、空間系能力者でレベル5は今まで居らず、黒子自身はレベル5に上がりたいとは思っても、その上がり方が分からない状態だった。

 

 しかし、ここに来て自分と同じ空間系能力者の人物が現れた。

 

 もしかすれば、その人物に教えを請えば、レベル5に上がれるか、そうでなくとも御坂に並べるくらいの実力を得られるのでは?

 

 そのような淡い期待を抱いていたのだ。

 

 それは自分が如何にレベル5と比べると劣っているかをよく弁えており、愛しの先輩である御坂美琴の“戦力”として少しでも強くなりたいという思いの現れだった。

 

 そんな後輩を持つ御坂は正に幸せだと言えるだろう。

 

 

(ぐへへ。これでもっと力を着ければ、お姉様の力になるだけでなく、お姉様にあんなことやこんなことも・・・)

 

 

 そこに不純な動機が無ければ、だが。

 

 

「ああ、悪いけど、同じレベル5でも私は第5位以外知らないわよ。て言うか、たぶん、今は能力を使いこなす事で精一杯だと思うわ」

 

 

 そこで御坂が思い出すのは1年前の4月。

  

 自分が常盤台中学に入って間もない頃、自分は能力検査でレベル5の判定を受けた。

 

 だが、それを境に御坂はその能力に伸び悩み始め、今はツンツン頭の少年との戦い?と、幻想御手事件などを経て少しその扱い方に進歩した程度だった。

 

 しかし、これは何も御坂に限った事ではない。

 

 御坂は知らないが、この時点では第一位でさえ反射しか使えなかったし、第七位も似たり寄ったりだ。

 

 第二位と第四位は流石に暗部に居るだけあって色々と使い方を学んだものの、それとて少し学べば済む程度のものだった。

 

 つまり、レベル5はその能力において、あまりにも強力すぎるゆえに、必然的に扱いに困る代物でもあるという事である。

 

 こんなのを初っぱなから使いこなせる人材はまず居ないだろう。

 

 御坂はそう思ったからこそ、その人物も能力の扱いに困っているだろうと、半ば同情の念をまだ見たことがないその人物に対して抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 学園都市 ホテル

 

 

「いやー。面白かったな!」

 

 

 のび太はウキウキした感情のまま先程、能力を使用したことを思い出す。

 

 どこでもドアや取り寄せバッグのように、空間と空間を繋げて移動したり、空気砲のように空気の砲弾を形成させて放ったり、早速取り込んだ知識によって、空気を圧縮してプラズマを発生させ、ショックガンのような電撃を放ったり、バリヤーポイントのようにバリアを形成したりと、様々な方法で能力を使いこなしていた。

 

 つまり、御坂の予想は大外れであり、現実はこのように僅か1日で多彩なやり方で使いこなす事が出来ていたのだ。

 

 勿論、こんなことは本来なら不可能だ。

 

 御坂を含め、レベル5は全員、その能力の制御に苦労して何年もかけてようやくものにするものなのだから。

 

 それは異能という本来ならばあり得ない力を手にしたのが、超能力が始めてであったりするからだ。

 

 そして、学園都市の住民は一部を除いて知らないが、魔術サイドも概ね魔術が扱う初めての異能というケースが多い。

 

 しかも、魔術の場合は超能力よりも強力ではあったが、面倒な手間が掛かったりするのだ。

 

 なので、科学サイドは超能力、魔術サイドは魔術の扱いに、大小はあれ、苦労したりするものなのだ。

 

 本来ならば。

 

 しかし、のび太は違う。

 

 秘密道具という異能に限り無く近い物を扱ってきた経験があるし、そもそもエスパーぼうしという形で超能力も以前に扱ったことがあるし、なんなら別世界で魔法を使ったこともある。

 

 それになにより、そういうことには頭が働くタイプであり、然程苦労もせずに能力を扱いこなしていた。

 

 勿論、出力などにおいては、のび太はかなりおっかなビックリに絞ったりして運用しているので、他のレベル5と比べると、洗練されているとは言えない。

 

 だが、それでも1日でやった結果にしては破格のものであり、研究に携わった研究者達を狂喜させていた。

 

 

「でも、数十秒くらいで切れちゃうのはなぁ」

 

 

 のび太は唯一の不満点を言う。

 

 そう、実はのび太の能力はどれ程頭を集中させても、能力の継続発動時間が30秒~一分が限界という形になってしまっている。

 

 それ以上しようとすると、途端に頭が痛くなり始めるのだ。

 

 それは通常のやり方とは違う方法で能力を発動させているせいか、それとものび太の能力が強力すぎるためか、はたまた全く別な要因があるのかは分からなかったが、この問題を解決しないと、あまり安心して使えないという事もまた確かだった。

 

 

「まあ、今はいっか」

 

 

 のび太はそう思うことにした。

 

 どうせ焦る必要はないし、焦ったところでよくならないことは秘密道具で何度も失敗してきた自分がよく知っている。

 

 そういった事はのんびりとやった方が良い。

 

 のび太はそう思いながら、眠りへとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──数日後にはこの考え方が覆されることになるとは思いもよらずに。



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少女との邂逅

◇8月5日 学園都市 第13学区

 

 学園都市に来て5日目。

 

 のび太は外出許可が出て、一人でこの学区を歩いていた。

 

 第13学区は学園都市南西部にある学区であり、前述したように、幼稚園や小学生などの幼児が通う学区である。

 

 今は夏休み中であるためか、学生の中でも能力のレベルが低い人間が外に帰省しており、人通りは少ない。

 

 しかし、それでも高位能力者で帰省許可が下りない人間あったり、特に帰省する予定が無かったり、はたまたその親そのものが居ない人物は学園都市の中へと残っており、この第13学区にも、ちらほらと人影を見掛ける。

 

 そんな中、のび太は一昨日来た時と同じように、学園都市のあちらこちらの建物に羨望の眼差しを向けていた。

 

 

「やっぱり、凄いなぁ」

 

 

 何度見ても学園都市はのび太の故郷である練馬よりも立派に思える。

 

 それは決してお世辞ではない。

 

 科学技術の外の各国への売却によって財を成す学園都市は、あらゆる意味で練馬とは格が違ったのだ。

 

 ちなみにのび太は知らないことだが、実を言うと、日本は一部を除けば、学園都市の恩恵を得ていなかったりする。

 

 何故なら、ISの発祥国であり、IS学園というものが存在する日本では、その半ば敵対勢力と化した学園都市を目の敵にしている人間も多く、日本は学園都市が存在しながら、一部を除いて学園都市の恩恵を得ていないという希有な国家だったのだ。

 

 いや、そうでなくとも日本という国は学園都市に対して激しいコンプレックスを抱いていた。

 

 それはそうだろう。

 

 ISが登場するまで、先進国を含めた世界中の国が学園都市の恩恵を得ようと必死だったのだ。

 

 しかし、それは日本に対しての評価ではない。

 

 あくまで学園都市という一都市に対しての評価だった。

 

 当然、こうなると学園都市の人間以外の日本人のプライドは大きく傷つけられる。

 

 それでもISが登場するまでは、学園都市が科学の代表であったことから(屈辱的な思いを抱きながら)頭を下げつつもその恩恵を得ていたが、ISが登場してからはその溜まっていたコンプレックスが爆発したせいか、用無しと言わんばかりに、学園都市との契約を打ち切るところも多かった。

 

 いや、それだけならまだ良い方であり、教育の場においても、外では学園都市に対して批判的な態度をとる教師も多くなっていた。

 

 まあ、そもそも学園都市と日本の教育と科学技術を司る文部科学省そのものが存在が被っているのと、名目上は文部科学省傘下の筈の学園都市の独立気風が激しいことから、仲が良くなかったせいも有るのだが。

 

 のび太の先生は色んな意味で“当たり”であったので、そのようなことは無かったが、日本国民の学園都市へのヘイトは徐々に高まっていた。

 

 もっとも、それはIS学園も似たようなものだ。

 

 ISを国防の要としている日本では、女性優遇制度が採用されているので、当然の事ながら男性にとってはどうしても居心地が悪い。

 

 それは一夏が唯一ISを動かせる人物としてIS学園へと入学した現在においても変わらない。

 

 それに一夏がISを動かせたところで『だからどうした?』という者も居る。

 

 それは女尊男卑の世の中によって理不尽に生活や家族を奪われたり、酷いときには迫害までされた人間達。

 

 そういった人間は敵の敵は味方とばかりに、学園都市と組む者も多かった。

 

 そのお蔭で、学園都市は未だ日本で一定の影響力を保っていたが、このままでは何処かで爆発する可能性が大きいのも確かだったのだ。

 

 しかし、このような事情など、のび太は知らないし、知りたいとも思わないので、純粋に学園都市の凄さというものを実感していた。

 

 それは人によっては田舎者丸出しと侮蔑するものであったかもしれない。

 

 だが、それで良い。

 

 凄いものを凄いと思えない人間など、現実の見えないただのバカでしかないのだから。

 

 もっとも、凄いだけで思考が止まってしまっても、それはそれで問題なのだが。

 

 

「・・・あっ!?」

 

 

 のび太はその時、前を見ていなかった為か、人とぶつかってしまった。

 

 

「あいたたた・・・ごめん。だいじょう・・・ぶ?」

 

 

 その言葉は最後までキチンと言い切ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故なら、のび太とぶつかった少女は自分と同い年くらいの年齢で、名門校の所属らしい上品な制服とスカートをした白銀の髪に碧眼というとんでもない美少女だったのだから。

 

 ついでに言えば、肌は白く、外国人か、あるいはその血が混じったハーフやクォーターを思わせる。

 

 のび太がそのような感想を抱いていたが、少女の方はのび太を見ていなかった。

 

 いや、後から思えば、見ている様子が無かったように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ごめんなさい」

 

 

 

 

 

  

 少女はひどく焦った様子でそう言いながら、のび太の前から走り去っていった。

 

 のび太はそれを呆然としながら見送るしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景を科学の街の王、アレイスター・クロウリーは“窓のないビル”から滞空回線(アンダーライン)を通じて、ただじっと見つめていた。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夜 第13学区 マンション 

 

 その夜、一通り出歩いたのび太は研究所へと戻り、研究者の女性の案内で、これから住まうマンションへと移動した。

 

 

「ここが僕の部屋ですか?」

 

 

「そうよ。ベッドとかは揃えてあるけど、必要なものがあったらこれで買ってね」

 

 

 そう言うと女性は現金とカードを渡した。

 

 

「このカードは?」

 

 

「まあ、クレジットカードみたいなものよ。あと現金は念のため」

 

 

「えっ。でも、クレジットカードって20歳以上の人じゃないと持っちゃいけないって決まりじゃ・・・」

 

 

「ここは学園都市。ここにはここのルールが有るのよ。心配しなくても大丈夫。それと万が一紛失したら言ってね。新たに発行しなくちゃいけないから。それじゃあ、お休みなさい」

 

 

 そう言って研究者の女性はのび太を置いてマンションから出ていった。

 

 後に残されたのび太は、取り敢えずと部屋に入る。

 

 

「うわぁ。意外と広いな」

 

 

 そこはのび太は知らないが、2LDKという小学生の自分には不相応であろう大部屋だった。

 

 おまけにここに住むのはのび太一人だけだという。

 

 のび太は早速、用意されたベッドに寝転がるが、何故か寝る気は起きなかった。

 

 そして、そんな時に思い出すのは昼間に会った白銀の髪をした年上であろう少女。

 

 

「綺麗だったなぁ・・・」

 

 

 綺麗。

 

 その言葉はのび太にとって、あまり女の子に対して使うことのない言葉だった。

 

 のび太は大抵の場合、女の子を可愛いと思うことはあっても、綺麗だと思うことはない。

 

 今の自分の好きな人であるしずかでさえ、可愛いと思う程度であり、綺麗という段階ではないのだ。

 

 勿論、例外はある。

 

 過去に会った満月美夜子やソフィアのように、綺麗だと言える女の子は居る。

 

 しかし、昼間に会った彼女はそれ以上の存在だった。

 

 どう見ても外国人にしか思えない白銀の髪に碧眼の瞳。

 

 思い出すだけで胸が熱くなってくる。

 

 

「なんだろう。この気持ち?」

 

 

 のび太はその気持ちの正体が分からない。

 

 いや、薄々分かっていた。

 

 過去にしずかに対して抱いた気持ちと全く同じだったのだから。

 

 もっとも、ドラえもんと別れたショックと、その区切りとしてこの街に住むことを決意した事で、その恋心は今まで忘れていた。

 

 そして、第三者が見れば、のび太の今の気持ちをこう指摘するだろう。

 

 一目惚れ、と。

 

 

「まさかね・・・でも、また会えないかなぁ」

 

 

 のび太が口では否定しながらも、そのような事を願っていると──

 

 

「ん?」

 

 

 部屋の窓の外から、なにやら光が見えたような気がした。

 

 いや、気のせいではない。

 

 何度も光が照ったり止んだりしているのだから。

 

 

「なんだ?何かやってるのかな?」

 

 

 それが気になったのび太は、少々遅い時間であるが、見に行くことを決めて、部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それこそがのび太の魔術の邂逅であるということを知らずに。



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魔術との邂逅

◇8月5日 夜 第15学区

 

 第15学区。

 

 そこは第13学区の東隣に位置する学区であり、学園都市最大の繁華街がある学区でもある。

 

 特にマスコミ関連施設もまた、この学区に多く、学園都市広報部の本部もこの学区に存在している。

 

 しかし、そんな夜でも一定の明かりを保ちそうな街は何故か(・・・)人っ子一人居らず、静まり返っていった。

 

 そして、そんな街中を一人の少女が走っていた。

 

 

「はっ・・・はぁ・・・はぁ」

 

 

 少女は同年代と女の子と比べて、体力のある方だと自負していたが、流石に今朝から今までの約半日もの間、追い回され続けると、その体力も限界に達してしまう。

 

 それでも逃げ回るのは、単純に追い付かれたら自分の命が無いであろうということをよく理解しているからだ。

 

 まあ、それを考慮しても大したものであると言えるが。

 

 そして、少女は何故、自分がこのような目に遭うのかはよく理解していた。   

 

 そもそも少女はドイツからの留学でこの学園都市へとやって来ていたが、そもそも少女は魔術師の家系だったのだ。

 

 ドイツに存在するそこそこの名門で、周囲がローマ正教配下に在るなかで独立を保っていた家だったが、どういう訳か、つい先月に両親は敵対組織である科学サイドの総本山、学園都市に自分を送り込んだ。

 

 そして、現在、魔術師の襲撃を受けている。

 

 いったい何がどうなって、そういうことになったのかは少女には分からなかったが、自分が魔術師の関係者である以上、何かしらの魔術的案件に自分が巻き込まれたということは理解していた。

 

 しかし、そうだと理解しても少女には逃げるしか手段がない。

 

 もう能力開発をしてしまったので、魔術を使えないし、自分は無能力者(レベル0)

 

 ついでに言えば、武器も持っていないのだから。

 

 しかし、遂に年貢の納め時が来た。

 

 

 

パキッ、パキッ

 

 

 

「あっ!」

 

 

 少女が走ろうとしたすぐ目の前の地面に氷が発生し、少女はその氷を踏みつけてしまい転倒する。

 

 そして、再び起き上がり、走ろうとした時──

 

 

 

バチバチバチ

 

 

 

「・・・ぐぅ・・・あ・・・あ」

 

 

 少女の体に、今度は電撃が浴びせられる。

 

 その電力は学園都市の基準で言えば、異能力者(レベル2)程度の電撃であったが、それでも人間が喰らって大丈夫な電量ではない。

 

 まあ、それでも致命傷になるほどでもないため、少女は意識を失いそうになるだけで済んでいた。

 

 そんな時、二人のローブを羽織った男が少女の目の前に現れる。

 

 

「手間をかけさせやがって・・・」

 

 

「まったくだ。まさか、半日も追い回す羽目になるとはな」

 

 

 二人は忌々しげにそう呟く。

 

 魔術師というのは超能力者のように、簡単に能力を使えるわけではない。

 

 使うなら使うで、その準備が必要なのだ。

 

 更に言えば、人払いの術式などは簡単ではあるが、ルーンを事前に貼る必要があり、色々と手間が掛かる術式だ。

 

 もっと言えば、ここは自分達の天敵である科学の街。

 

 当然の事ながら、この街で活動するということは、下手をすれば科学サイド全体へ喧嘩を売る行為だ。

 

 特に、このように人手の多い繁華街などで人払いや攻撃用の魔術を使用すれば尚更である。

 

 その為、彼らは事前にこの街の主であるアレイスターにこの街で活動する許可を貰っていたが、代償として様々なものを差し出す羽目になっていた。

 

 その上、このように半日近くも追い回す羽目になり、ルーンも大量に使ってしまったのだ。

 

 イライラするのも当然と言えた。

 

 もっとも、少女からしてみれば、そんなことは知ったことではないのだが。

 

 

「それで、こいつ。“あいつら”の娘だろ?もう亡くなった筈なのに、今更こいつ捕まえてどうするんだ?」

 

 

「さあな。こいつにしか知らない何かが有るんじゃないか?それか、残党共相手への人質に使うとか。そうじゃなけりゃあ、こんなところまで追い掛けるように言われねぇよ」

 

 

「だな。じゃあ、さっさとこいつを連れて国へ帰るか。こんな所に何時までも居たくねぇ」

 

 

 そうだな、と同僚が相槌を打とうとしたその時だった。

 

 

 

ザッ

 

 

 

「「!?」」

 

 

 戦闘経験はそこそこある二人の魔術師は、その音に反応して後ろを振り向く。

 

 すると──

 

 

「──あ」

 

 

 そこには一人の少年が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

 のび太は光を追ってマンションから出ていたが、慣れない道で迷わないように空間支配の能力の応用の1つである“空間把握”を使ってマンションの位置をマーキングした。

 

 そして、改めて光を元を追ったのだが、追っているうちに奇妙な事に気づいた。

 

 

(人が・・・居ない?)

 

 

 まだ電気が点いている場所が多いにも関わらず、人の気配が全く無い。

 

 あまりにもその現象は不気味に過ぎた為か、のび太は苦手なお化けの存在を思い浮かべる。

 

 

(なんだか、嫌だなあ。帰りたくなってきたな)

 

 

 のび太はそのような感情を抱くが、それは決してのび太の本心からだけで来るものではない。

 

 いや、勿論それもあるが、辺り一帯に張り巡らされた人払いの術式。

 

 そして、人払いの術式は本来、そこに“近寄りたくない”という感情を植え付けさせて人が近寄るのを避けるという術式。

 

 それがのび太のそのような気持ちを増長させていた。

 

 しかし──

 

 

(いや、落ち着け。今の僕には能力がある。それが有れば、幽霊相手でもなんとかなるさ)

 

 

 のび太はそう思いながら、そのまま足を進めた。

 

 のび太がこういう判断を下したのは、主に3つの要因がある。

 

 1つ目は、今までの冒険の経験。

 

 今までもこういうことは多々在った。

 

 地球規模の危機も有ったし、他の惑星や世界の危機というのもあった。

 

 当然、命を狙われる時もあったし、逃げ出したくなる時もあった。

 

 しかし、それでも最終的に引かなかったのは、逃げられない状況であったということもあったが、それ以上に逃げたくないという感情が上回ったからだ。

 

 もっとも、それが喧嘩で追い回されるとか、そういうのであれば逃げただろうが、それとてのび太は引かない時には引かないタイプである。

 

 その時の経験などが、このような何かが起こっているであろうと分かりきっている時に、逃げることを良しとしなかった。

 

 2つ目は、能力という力を身に付けたこと。

 

 この能力を身に付けてから既に3日という時間が過ぎていたが、のび太はその3日の間に大分これを使いこなすことが出来ていて、これが有れば大丈夫だという過信にも似た自信を無意識のうちに身に付けていた。

 

 だからこそ、この状況でも大丈夫だという根拠の無い楽観論を抱いてしまったのだ。

 

 これが2つ目だ。

 

 そして、3つ目。

 

 これが一番の要因であったが、それは人払いのルーンの張り方が少々雑であったこと。

 

 考えてみれば当たり前の話であり、人払いのルーンは本来、特定の人物を通れるように設定して、特定の場所で戦闘を行う際に使われる。

 

 しかし、逆に言えば、相手が動き回っていてその場所を避けたりすれば効果を発揮しない。

 

 つまり、待ち伏せ向きの技能なのだ。

 

 そして、彼ら魔術師達が追う少女はあちこちを逃げ回っていて少女を追い回していた為、追い掛けながら人払いのルーンを貼る羽目になった。

 

 その結果、貼り方が少し雑になってしまい、“少し強い意思が有れば、突破可能”な程の強度に成り下がってしまっていた。

 

 無論、これでも問題はなかっただろう。

 

 “少し強い意思”と言っても、あらかじめ命懸けの戦いに赴くくらいの覚悟が無ければ、人払いの心理操作に容易に食い潰されてしまうのだから。

 

 まあ、某ツンツン頭の右腕にある幻想殺しでも有れば、不完全だろうが完全だろうが、全く効果を発揮しなかっただろうが、普通の学生や戦い慣れしていても、今から全く戦う予定の無い相手なら弾くくらいの強度はあった。

 

 しかし、のび太はそのどれでもない。

 

 ただ、好奇心が強かったのと、気になったから、それだけの理由で、この不完全とはいえ、人払いの術式を突破していたのだ。

 

 そして──

 

 

「──あ」

 

 

 ──少女を襲っていた魔術師達と遭遇してしまった。



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魔術師との交戦

◇8月5日 夜 第15学区 

 

 

「・・・」

 

 

「「・・・」」

 

 

 のび太と二人の魔術師はお互いに目を点にする。

 

 互いにその状況に困惑しているのだ。

 

 とは言え、その理由はそれぞれ異なる。

 

 のび太は怪しげなローブを羽織った男二人が少女を痛め付けているというどう考えても酷いとしか言えないような状況にいきなり遭遇した事で、頭の理解が追い付かないでいる。

 

 対する魔術師二人も、どう見ても子供な少年がどうやって自分達が貼った人払いを退けたのかが分からず、こちらもまた頭の理解が追い付いていない。

 

 そんな奇妙な状態の中、お互いに頭の中ではその状況を理解し、次にどうするべきかの検証が頭の中で行われていた。

 

 お互いに実戦経験が有るため、その速度は一般人がするものより断然早かったが、一歩早く結論を出したのは魔術師達の方だった。

 

 

「ここは俺に任せろ」

 

 

 そう言って、先程、少女に電撃を浴びせたであろう魔術師が前に出る。

 

 魔術師の対応は決まっていた。

 

 目撃者である少年──のび太を殺す。

 

 実にシンプルな答えであり、ローマ正教所属の魔術師としては至極当然な対応と言えたが、同時に言えば流石に子供相手に容赦なさ過ぎる結論でもあった。

 

 更に言えば、その結論を押し付けられるのび太にとっては迷惑以外のなにものでもない。

 

 しかし、のび太は人を殺したことはなくとも、殺気を向けられたことは幾度もあり、戦闘経験もある。

 

 その敵意を感じ取ると、素早く身構える。

 

 

「ドーラ!」

 

 

 魔術師がそう叫ぶと、突如として魔術師の上にそこそこ巨大な電気の塊が発生する。

 

 そして、腕を振り上げると、その電気の塊をのび太に向けて投げるように思いっきり降り下ろした。

 

 それに従うかのように電気の塊がのび太に向かっていき、数百万ボルトという電流がのび太を包み込んだ。

 

 

「・・・ふぅ」

 

 

 それを見た魔術師は踵を返す。

 

 数百万ボルトの電流。

 

 とてもではないが、人が生きているような電量ではない。

 

 それにあの目の前の少年はおそらくは小学生。

 

 能力があるかどうかは知らないが、有ったとしても戦闘慣れしていない以上、あの攻撃に対応出来ないだろう。

 

 そう思ったからこその油断。

 

 もっとも、その判断はある意味で間違ってはいない。

 

 学園都市では学生のおよそ6割が無能力者であるし、総人口の8割が普通の学生である為、戦闘慣れしている人間はほんの一握りしか居ないのだ。

 

 しかし。

 

 それでもこの魔術師は能力者という存在を舐めすぎていたと言える。

 

 何故なら──

 

 

 

ドドドドドドン

 

 

 

 幾つもの衝撃が電撃を放った魔術師の体に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔術師が攻撃を行う直前。

 

 のび太はバリヤを展開し、相手の攻撃に備えていた。

 

 本当なら、こんな自分が受け身に回る体制は取らず、とっとと攻撃をしたかったのだが、相手が本当に敵かどうか、確信が持てなかったので、このようなやり方を行っていた。

 

 とは言え、どう見ても女の子を痛め付けてるようにしか見えない時点でのび太の中ではほとんどこのローブを羽織った男達が危険な人物であるという事は理解していたが、今の電撃によってそれを確信することとなった。

 

 だが、所詮、数百万ボルトという電流は、学園都市の能力者の基準では異能力者(レベル2)程度の代物に過ぎない。

 

 そんなもので能力を身に付けたのは3日前とは言え、本気で防御姿勢を取った超能力者(レベル5)のバリヤを突破できるわけもなく、電撃はあっさりと弾かれる。

 

 そして、のび太は反撃を開始した。

 

 のび太は基本的に優しい性格ではあったが、流石に女の子を痛め付け、こちらに敵意を向けた上に、攻撃を行い、尚且つ自分に反撃手段がある時に反撃を行い程、臆病でもお人好しでもない。

 

 それに、そもそも戦う以外の選択肢そのものが存在しない。

 

 倒れている女の子は何かしらの怪我を負っている様子だし、魔術師達はこちらに向けて殺気を放ちまくっている。

 

 このような状況で、話し合いが通じないことなど、のび太でも分かる。

 

 もし、このような状況で話し合いでなんとか出来るのであれば、日頃からジャイアンに虐められてはいなかったのだから。

 

 それに、話し合いで解決したとしても、禍根を残さない上手いやり方で行わないと、スネオのように後々とんでもないしっぺ返しが起こる可能性がある。

 

 まあ、なんにしても、のび太は戦う選択肢を選んだという事は明らかだった。

 

 のび太はバリヤによって電撃を防御すると、空気砲を模した空気の弾丸を形成し、魔術師に向けて放つ。

 

 その数は1つではない。

 

 のび太は能力を使って戦闘を行うのはこれが始めてなため、殺してしまわないように物凄く低威力に設定した。

 

 しかし、だからといって加減しすぎてもなんの効果もない事は今までの戦いでも分かっている為、その分を数で代用することにしたのだ。

 

 そうして形成された無数の空気の弾丸が魔術師に命中する。

 

 1つは1つの威力は、のび太が加減に加減を加えただけあってかなり小さいが、それでも至近距離で高威力のエアガンで撃たれたのと同じくらいの打撃力はある(エアガンというのは撃たれると意外に痛い)為、それがいっぺんに多数の数を食らわせられた魔術師はあっという間に意識を刈り取られた。

 

 こうして、電撃を放った魔術師は呆気なく倒された訳だが、それは残ったもう一人の魔術師から油断という文字を消させるには十分な出来事でもあった。

 

 

「お前・・・何者だ?」

 

 

「僕の名前は野比のび太。ただの能力を持った小学生さ」

 

 

 少々カッコつける形で、少年は自分の名前を名乗る。

 

 しかし、それを相手はふざけていると感じたのか、若干の怒気を露にする。

 

 

「ふざけやがって!」

 

 

 そして、魔術師は一枚のルーンを取り出すと、大きく宣言する。

 

 

「『氷河の霊よ、今ここに召喚せよ』」

 

 

 

ヒュアアアアアアアア

 

 

 

 その呪文と共に、1体の氷で出来た人影のようなものが現出する。

 

 それは上条当麻が見れば、イノケンティウスの氷版とも言ったであろう代物だが、のび太は当然知らないので初見だ。

 

 その為、少しばかり驚いたが、すぐに建て直す。

 

 のび太も伊達に大冒険をしてきた訳じゃない。

 

 おまけにマフーガやブリザーガのような、これを遥かに越えるであろう風の竜や氷の怪物にも遭遇している。

 

 特に後者に至っては、今回と同じ氷であるというだけあり、のび太からしてみれば、今回のこの怪物はブリザーガの劣化版でもある(と思われる)為、少しばかり動揺はするが、恐れるという程の代物ではないのだ。

 

 とは言え、明らかに頑丈そうな物体ではあったので、のび太は先程の空気弾より少し威力を増した空気弾を氷の怪物に向けて発射した。

 

 そして──

 

 

 

ガシャアアアン

 

 

 

 ──のび太が思っていたよりあっさりと氷は砕け散った。

 

 

(なんだ。大したことなかったな)

 

 

 のび太はそう思ったが──

 

 

 

ガシャシシシシ

 

 

 

 ──氷の怪物はあっという間に再生し、元の形を取り戻した。

 

 

「はっはっは。この『ice witch(氷の魔女』はな。空気中の水分とルーンで何度でも復活するんだ、ぐをを!?」

 

 

 そう言った男の言葉は途中で途切れる。

 

 のび太が先程の男と同じように無数の空気弾を男に叩き込んで気絶させたからだ。

 

 そもそものび太にとって氷の怪物が再生することなど織り込み済みだ。

 

 かのブリザーガも復活したし、少し違うが、風の竜マフーガも巨大空気砲で1度バラバラにされても復活した。

 

 だからこそ、すぐに動揺を建て直したのだが、男はのび太が驚いていると見たのか、調子に乗って隙を見せてしまった。

 

 当然、そんな間抜けな失敗をのび太が見逃すわけもないし、のび太は元々即行でかたをつけるタイプだ。

 

 わざわざ男が態勢を建て直すのを待つ義理など何処にもない。

 

 こうして、二人の魔術師はのび太の前に呆気なく撃破された。

 

 

「さて、これであの氷の怪物も・・・!?えっ?」

 

 

 

ガキン

 

 

 

 のび太は今度こそ目を丸くした。

 

 何故なら、その氷の怪物は主人であろう魔術師が消えても尚、襲い掛かってきたからだ。

 

 咄嗟にバリヤを貼って防御したが、流石にこれは予想外だった。

 

 そして、もう一度破壊すれば良いかもしれないと能力を発動させようとした時、視界の隅に先程倒れた銀髪の少女が目に映った。

 

 

「──ええい!仕方がない!!」

 

 

 のび太は一瞬迷ったが、すぐに少女を助けることを優先することに決め、怪物の攻撃を往なしながら少女の方に走った。



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初陣後

◇8月5日 深夜 第7学区

 

 

「ふぅ、なんとか撒いたか」

 

 

 のび太は前にコーコーヤに行った時、重力の差によってスーパーマンとなったことを再現し、のび太は自分にかかる重力を操作しながら女の子を抱えて必死に逃げた。

 

 その結果、どうにか逃げ切った。

 

 いや、追ってこれなかったという方が正しいだろう。

 

 本来、『氷の魔女(ice witch)』はイノケンティウスと同じように、ルーンによって幾らでも復活するが、逆に言えば人払いと同じくルーンの効果範囲外では何も出来ないのだ。

 

 通常は魔術師が新たにルーンを貼ることによって補正するのだが、その魔術師が気絶している以上、貼る人間そのものが居なかった。

 

 というわけで、のび太は『氷の魔女(ice witch)』から逃げることに成功していたという訳である。

 

 

「しかし、ここ何処だ?」

 

 

 のび太は学園都市に来たばかりなので土地勘がない。

 

 なので、ここが中高生を中心とした学区である第7学区だとは知らない。

 

 ついでに言えば、自分の帰る第13学区の位置も。

 

 

「いや、そんなことは後だ。この子を病院に連れていかないと」

 

 

 のび太はそう言いながら、近くに病院はないかと辺りを見回す。

 

 そして──

 

 

「あっ、あれだ!」

 

 

 のび太は近くにあった総合病院を見つけ、少女を背負いながらそちらに向かった。

 

 そして、その病院こそ、冥土返し(ヘブンキャンセラー)という名医が居る第7学区総合病院。

 

 本来の主人公、そして、この物語の主人公たるのび太が何度もお世話になることになる病院だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月6日 未明 第7学区 総合病院

 

 

「もう大丈夫だよ。朝には目を覚ますんじゃないかな?」

 

 

 カエルのような顔をした男──冥土返し(ヘブンキャンセラー)は病院のベッドで眠るのび太に向かってそう言った。

 

 

「そうですか。それは良かった」

 

 

「うん。まあ、このくらいなら幾らでも治療の経験があるからね。それより、もう病院も消灯時間だから、そろそろ帰って欲しいんだけど」

 

 

「あっ、はい。分かりました」

 

 

 そう言ってのび太は出ていこうとするが、その途中であることを思い出す。

 

 

「・・・すいません。道、教えてくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同時刻 学園都市

 

 

「失敗したんですか?」

 

 

 学園都市の某所。

 

 そこでは3人の男が居て、その内の一人が二人の男を問い詰めていた。

 

 そして、問い詰められている二人の男は、あののび太に敗れた魔術師達だったが、問い詰めている青年の顔には呆れの顔が浮かんでいた。

 

 

「それが凄腕の奴が居まして・・・」

 

 

「それはあなた達が弱かっただけだ」

 

 

 一刀両断。

 

 その青年は二人の魔術師達の言い訳をそう断じた。

 

 実際にこれは間違ってはいない。

 

 幾らのび太がレベル5で戦い慣れていても、その能力を身に付けたのはつい数日前。

 

 つまり、能力での戦いは慣れていないことになる。

 

 まあ、魔術師達も能力者と戦うのは始めてなのと、出くわしてしまったのがよりによってレベル5であったのは、彼らの運が無かったとも言えるのだが、それを考慮しても彼らは弱すぎた。

 

 だからこそ、青年はこうして問い詰めているわけだ。

 

 が、だからといって全部間違っているわけでもない。

 

 実際、彼らとは所属は違うが、格上の魔術師であろうイギリス清教のステイル・マグヌスであっても、もし上条当麻と出会う前であれば、仮にのび太と対峙したとしても彼らと同じ結末であったであろうから。

 

 要するに、相手を嘗め腐っていると、想定外の事態で簡単にやられてしまうという訳である。

 

 だが、青年は戦いを見ていないのでそんなことは知らないし、二人の魔術師よりも青年の方が格上の存在(・・・・・)

 

 更に言えば、自分達はなんにせよ失敗した身なので、そのような口答えが出来る訳がない。

 

 二人はじっと甘んじて青年の言葉を受け入れるしかなかった。

 

 そんな二人に溜め息を吐きながらも、青年は考える。

 

 

(とは言え、目標を見失った以上、この学園都市を隅々まで探さなきゃならない。それを考えれば、この人達を責めてる場合じゃないな)

 

 

 青年はそう思いながら、二人に向かってこう発言する。

 

 

「はぁ、もういいです。彼女は僕がドイツまで連れていきますからあなた方は撤退してください」

 

 

 青年は二人の魔術師にそう命令しながら思う。

 

 自らがターゲットとしている少女の最終的な行き着く先を。

 

 

(申し訳ありません。フィーネお嬢様)

 

 

 青年は心の中でそう謝っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夕方 第7学区 総合病院

 

 

「ご迷惑をお掛けしました」

 

 

 少女──フィーネはそう言いながら見舞いに来たのび太に向けてペコリと頭を下げる。

 

 今日の実験が終わったのび太は、フィーネの事が心配になり、この第7学区の総合病院にやって来たのだ。

 

 そこでこうしてお礼を言われたのだが、フィーネが外国人で、尚且つ超絶美少女だということもあるのか、のび太は照れながら頬を赤くしていた。

 

 

「あっ、いえ、別に。お怪我は大丈夫ですか?」

 

 

 少々変な日本語になりながらも、のび太は少女にそう尋ねる。

 

 なんせ、怪しげな男二人に襲われていたのだ。

 

 医者に大丈夫だと言われたとはいえ、傷の具合が心配だった。

 

 そんなのび太の様子にフィーネは首を傾げながらも、笑顔でのび太の問いに答える。

 

 

「ええ、明日の朝には退院できそうです」

 

 

「そうですか。それは良かった」

 

 

 のび太は安堵していた。

 

 手遅れにならなくて良かった、と。

 

 

「それで・・・あの、私を追ってきた人達はどうされましたか?」

 

 

 おずおずとした感じで、今度はフィーネがのび太に尋ねる。

 

 魔術師、と言わなかったのは、どうせこの街の住民は魔術の存在を知らないだろうし、そもそも巻き込みたくないという想いからだった。

 

 フィーネは魔術師の家系に産まれた事もあり、物腰こそ軟らかいが、性格については普通の人間よりは少々冷たいところがある。

 

 だが、その根本はかなり優しく、自分は気絶していた為に分からないが、もしかしたら自分より幼いであろうのび太をこの世界に引きずり込んでしまったのではないか?

 

 そのような不安と疑念があったのだ。

 

 これはかつてのインデックスもそうであったのだが、魔術サイドという地獄に平和に暮らしている人間を巻き込みたくないという想いから来ていた。

 

 だが、現実は非情だった。

 

 

「ああ、あのローブを羽織った人達のこと?それなら倒した後は放置したままにしたけど・・・」

 

 

「・・・」

 

 

 フィーネは自分の不安が現実のものとなったことで愕然とした。

 

 この際、のび太の強さなどは関係ない。

 

 放置された魔術師達がどうなったかなども興味はない。

 

 ただのび太をこちら側の世界(魔術サイド)に引き込んでしまったという罪悪感がフィーネの心の殆どを占めていた。

 

 

「どうしたんですか?何か不味かったですか?」

 

 

「いえ、大丈夫です。でも・・・」

 

 

「でも?」

 

 

「気を付けてください。これから先、あのような輩は何度もあなたを襲ってくると思いますから」

 

  

 のび太はそれを聞いて不安な顔をする。

 

 だが、それは失敗だった。

 

 のび太が不安な顔をしたのを見たことで、フィーネの心に更に不安という感情を与えてしまったのだから。

 

 だが、仕方がないと言えば仕方がないだろう。

 

 のび太は少々戦い慣れた程度の小学生に過ぎないのだから。

 

 例え、その経験したものが地球や世界規模の危機が絡んでいたとしても、のび太はやはり血生臭い事には慣れていない小学生なのだ。

 

 勿論、その戦闘経験は無駄ではない。

 

 もし無駄であったのであれば、昨日の戦闘でのび太は逃げ出すか、あるいは戦闘で致命的なミスをして敗北するかのどちらかをしていた筈なのだから。

 

 しかし、“スイッチ”が入っていない現状では、のび太のただの弱虫な少年に過ぎなかった。

 

 そして──

 

 

「ごめん、なさい」

 

 

 そう言って涙ぐむ少女に対して、のび太は何も言う事が出来なかった。



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聖人《ジークフリート》

◇8月6日 夜 第15学区 

 

 その夜、のび太は第13学区の自分の寮に帰る為、第7学区と第13学区の道中にある第15学区を歩いていた。

 

 そして、歩きながら思うのはさっきのフィーネの言葉だった。

 

 

(あれ、どういう意味なんだろう?)

 

 

 のび太はそれをずっと考えている。

 

 いや、正直に言えば薄々は分かっている。

 

 おそらく、あのローブを羽織った男達にこれから幾度となく狙われるようになったということだろう。

 

 まあ、これについては少女を責めることは出来ようもない。

 

 そもそも首を突っ込んだのは自分だし、倒してしまったのも自分だったのだから。

 

 しかし、正直言って命を狙われるというのはのび太にとって、いや、のび太じゃなくてもそうだろうが、かなりの恐怖だ。

 

 のび太は実戦は経験しているが、別に暗部という暗闇に属する人間という訳ではないのだから。

 

 

(しかし、あの程度だったら大丈夫かな?)

 

 

 のび太は昨日の二人を思い出しながらそう思う。

 

 確かにその言葉は意外に正しかったりする。

 

 あの魔術師二人は学園都市の能力者の基準で言っても異能力者(レベル2)、過剰に見積もったとしても強能力者(レベル3)程度だ。

 

 それだけの実力が仮に100人程度集まったところで、超能力者(レベル5)であるのび太をどうこう出来る筈もない。 

 

 単純なパワーで劣っている上に、もしかしたら戦闘経験すら劣るかもしれないのだから。

 

 しかし、のび太はそれでも油断はしない。

 

 ポックル星の時も同じような慢心を抱いた結果、強い敵が現れた途端、盛大にやられることになったのだから。

 

 昨日の昨日の敵であっても、ただの下っ端であり、ボス単位はのび太より強いかもしれない。

 

 だが、だからといってのび太が怯むことはない。

 

 そもそも大冒険で出てくる敵はのび太達よりも強い事例が多く、のび太はそれを倒してきたという自負があるのだから。

 

 

(でも、秘密道具はないし・・・となると、能力をもっと磨く必要があるんだけど・・・ん?)

 

  

 そこまで考えていた時、ふと違和感に気づいた。

 

 

「人が・・・居ない!?」

 

 

 しまった。

 

 のび太は昨日と同じく人の気配が全くないことに気づくと同時に戦闘態勢に入る。

 

 どういう原理かは分からないが、のび太は昨日と同じような感触を抱いた為、昨日の敵、あるいはその仲間が近くに居る。

 

 そう直感したのだ。

 

 

(わざわざ同じ手に引っ掛かるなんて・・・)

 

 

 のび太はそのような悔しげな感情を抱くが、そんな暇はないと頭を切り換えて敵襲に備える。

 

 そして──

 

 

 

 

 

「──こんにちは」

 

 

 

 

 

 

 

 ──“それ”は現れた。

 

 

「!?」

 

 

 のび太は突然現れた存在に絶句していた。

 

 自分もそこそこ相手を察知する感覚に鋭い方だとは思っているが、それを以てしてもこの男がこうして目の前に現れるまで一切察知することが出来なかった。

 

 おそらく、今、奇襲を受けていたら一瞬で殺られていただろう。

 

 のび太はそんな姿を想像し、冷や汗を掻く。

 

 一方、現れた青年はその端正な顔立ちに、貴公子然とした笑顔を浮かべながらのび太に向かって挨拶したが、腰に剣らしきものを携えていることもあり、のび太にとっては更なる恐怖を感じるだけのものだった。

 

 

「始めまして、私、ジークフリートと言います。早速ですが、お嬢様をお預かりしに来ました」

 

 

「お嬢様?」

 

 

 一瞬、誰の事かと思ったが、すぐ誰の事か分かった。

 

 あの銀髪の少女の事だろう。

 

 確かにお嬢様然とされるほどの仕草や言葉遣いをしていたので、指摘されるとすぐに分かる。

 

 

「あの人なら病院に入院していますよ」

 

 

「存じています」

 

 

「なら──」

 

 

 そこまで言い掛けた時、のび太は気づく。

 

 目の前の人物は何をしに来たのか、と。

 

 用のあるであろう人物が病院に居ることは知っている。

 

 だったら、自分になんの用が有るのだろうか、と。

 

 そして、昨日の件と、目の前の剣を持っている貴公子然とした男。

 

 それでのび太が頭に思い浮かべたのは──

 

 

「・・・まさか、昨日の人の仲間?」

 

 

「ええ、その通りです」

 

 

 その言葉を聞いて、のび太は更に警戒レベルを1段階上げた。

 

 もっとも、そんなのび太の様子を見ても、青年の顔に微塵も変化はない。

 

 相変わらずニコニコした笑顔を浮かべるだけだ。

 

 それが更にのび太の警戒心と恐怖心を煽る。

 

 

「で、結局、何の用?」

 

 

「単刀直入に言いましょう。彼女をここに連れてきて下さい」

 

 

 彼女をここに連れてこい。

 

 その言葉を聞き、やはり彼は少女の命を狙うものなのだとのび太が認識を顕にしたが、ここで1つ疑問が浮かぶ。

 

 何故、こいつは直接病院を襲撃しないのか、と。

 

 のび太の見るところ、何となくこの人物からはヤバそうな感じがプンプンする。

 

 こういう輩に限って、襲撃する能力が無いという可能性は限りなく低い。

 

 となると、残った可能性は──

 

 

(この男が病院に入院していることは知っていても、病院の位置を知らないか。それともこの男でも突破できない迎撃網が有るか)

 

 

 のび太はそう推測する。

 

 もっとも、後者については若干中二臭い発想であるが、ここは学園都市。

 

 常識では計り知れないところがあるために、そういう迎撃装備があっても可笑しくない。

 

 ちなみに実際はそんなものはない。

 

 

「どうしましたか?」

 

 

「!?」

 

 

 何気ないその言葉。

 

 のび太はその単語を知らなかったが、本能で分かってしまう。

 

 これが最後通諜である、と。

 

 何故なら、青年は見た目には分からないものの、戦う人間特有の視線をのび太に向けていたのだから。

 

 とは言っても、それが分かったのはのび太が戦い慣れていてその空気を知っているからであり、もし大冒険やあの魔術師達と戦う前であったら、青年の空気が変わったことに気がつかなかっただろうが。

 

 まあ、それは兎も角、そのような言葉を投げ掛けられたのび太の反応は既に決まっていた。

 

 

「──無理です」

 

 

「そうですか。では──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んでください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉をゴングとして、超能力者(レベル5)の少年──野比のび太と聖人──ジークフリートの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキン!!

 

 

 

「!?」

 

 

 のび太が咄嗟に貼ったバリヤにジークフリートが放った斬撃は音を立てて弾かれる。

 

 だが、それで驚いたのは防がれた方のジークフリートではなく、防いだ方である筈ののび太だった。

 

 

(な、何が起こった!?)

 

 

 15メートルくらいは放れていたであろう間からほんの一瞬、1秒も経っていないであろう時の中で距離を一気に詰めてきたのだ。

 

 50メートルを5秒で走るであろう人間でさえ、15メートルの距離は1、5秒も掛かる事を考えれば、男のスピードはかなりのものである事は想像がつくだろう。

 

 故に、のび太は驚愕していた。

 

 そして、のび太は知らないが、これが聖人。

 

 世界に20人と居ない存在であり、生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間である。

 

 力が強すぎるゆえに弱点もそこそこ有るが、その力は強大であり、その身体能力は音速を越える動きで動くことが出来る。

 

 つまり、拳銃から発射された弾丸とほぼ同じ速さで体を動かすことが出来るという事でもあり、その攻撃を防ぐことはどれだけ困難かは言うまでもない。

 

 逆に言えば、拳銃の弾丸の速さに反応できるのならば、聖人の動きにも反応出来るという事でもあるのだが、それから繰り出される攻撃もまたそれに比例して強力であるので、反応できるだけではなんの意味もなく、事実上、聖人の攻撃に対応するには完全に回避や防御を行うだけの手段を持つしか方法は無い。

 

 のび太が取った手段はその後者──防御だった。

 

 ただし──

 

 

(危なかった。反応が少しでも遅かったら・・・)

 

 

 のび太のバリヤは能動で発動する。

 

 その為、のび太の脳が反応できなければ発動しない。

 

 故に、今までの大冒険の時に培った直感と反応速度、学園都市で身に付けた聖人の攻撃に耐えうるバリヤを貼れる強度の能力。

 

 そのどれかが欠けていたら、のび太は今頃死んでいたのは間違いない。

 

 それを理解してのび太は少々焦りを感じたが、そんなのび太の動揺を余所に、ジークフリートはどんどん攻撃を繰り出していく。

 

 全て防げているが、攻撃が凄まじすぎるのもあって決して気持ちの良いものではない。

 

 

「くそっ!」

 

 

 のび太は一旦距離をとるために昨日のように自分に掛かる重力を軽くし、距離を取ろうとする。

 

 だが、それにジークフリートは苦もなく食いついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 超能力者(レベル5)と聖人の戦いは、初っぱなから超能力者(レベル5)の不利で始まることとなった。



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一方的な戦局

◇8月6日 夜 学園都市 第15学区

 

 

「はっ・・・はっ・・・はっ」

 

 

 のび太は人払いによって無人となっている繁華街を全力で突っ走っていた。

 

 その速度は数百キロにも達しており、ただの人間はおろか、同じ超能力者(レベル5)でさえ追い付く人物というのは限られる速度だ。

 

 加えて、ジグザグで走っているため、追いかけるものにとっては何がなんだか分からないうちに撒かれてしまうだろう。

 

 だが──

 

 

 

ガキン!

 

 

 

 音速で動く聖人相手には十分に遅く感じる。

 

 

(これじゃあ、いずれ殺られちゃうよ!!)

 

 

 のび太はそう思ったが、依然として逃げ続けることしかできない。

 

 反撃はしたいのだが、出来ないのだ。

 

 相手の動きが速すぎて。

 

 

(待てよ・・・)

 

 

 のび太はあることを思い付くと、早速行動に移した。

 

 疑似どこでもドア、とりよせバッグこと、“空間ゲート”をそこら辺に開く。

 

 そして、虹色のゲートが出現するが、それだけではなんの意味もない。

 

 空間ゲートは繋げる先を設定して、そちらにも空間ゲートを出現させることで初めて機能するからだ。

 

 しかし、“前準備”として考えるならばそれは十分だった。

 

 そして、そこから何キロか距離を離して、ビルとビルの間に移動する。

 

 すると、前は行き止まりだった。

 

 

「ッ!?」

 

 

 好機と見たのか、ここぞとばかりにジークフリートはのび太に一気に接近する。

 

 先程からやっていた剣には緑色の光が輝いており、何かの溜め攻撃をしようとしていることは丸分かりだ。

 

 この攻撃を喰らってしまえば、もしかしたらではあるが、のび太の防御バリヤを貫通し、のび太を塵にすることも可能だったかもしれない。

 

 しかし、このジークフリートが近づいてくることそのものがのび太の狙いだった。

 

 のび太は自分の正面に先程と同じ空間ゲートを造り出すと、空気ブロックを造り上げ、それを組み合わせて即席の空気の階段を造り、それを上ることでその空間ゲートを避ける。

 

 

「なに!?」

 

 

 しかし、ジークフリートは勢いをつけたせいもあって避けられず、そのまま空間ゲートの中へと入っていった。

 

 

「今だ!」

 

 

 のび太はまずその空間ゲートを閉め、次いて先程の空間ゲートを閉める。

 

 この空間ゲートの欠点は、開く演算と閉める演算を別々にしなければいけないことだ。

 

 これはこれで利点もあるのだが、このような時の場合は閉めるのに若干のタイムラグがある為、不便でもあった。

 

 まあ、今回はジークフリートが動揺して一瞬だけだが動きが鈍ったことで、タイムラグがある事は問題なかったが、何時かその弱点が誰かに突かれる可能性もある。

 

 もっとも、今ののび太にそんなことを考えている余裕はなかったのだが。

 

 

「今すぐここから離れなきゃ!!」

 

 

 時間は稼いだ。

 

 ジークフリートは今頃、のび太が一番始めにゲートを開いたここから数キロ離れた場所に居るだろう。

 

 だが、その距離は聖人の速度であれば、容易に追い付かれてしまう距離でもある。

 

 だからこそ、今のうちに離れておいた方が良い。

 

 そう考えたのび太は、速やかにその場から撤退することにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・してやられましたか」

 

 

 ジークフリートは始めにのび太が空間ゲートを開いた地点に佇みながらそう言う。

 

 その地点は先の斬撃の効果なのか、既に繁華街の面影は無くなっており、瓦礫の山と化していた。

 

 しかし、幸いな事に人払いの範囲内であった為か、人は居らず、死傷者は居ない事もあり、ジークフリートはあまり気にしていない。

 

 しかし、のび太を取り逃がしてしまった事に関しては、強い悔しさの顔を浮かばせた。

 

 

「侮りすぎましたね・・・」

 

 

 元よりジークフリートはのび太を侮ってはいなかった。

 

 情報収集の結果、ターゲットの少女の1学年上の小学5年生だという事は判明していたが、そこそことは言え、戦い慣れていた魔術師二人をほぼ時間を置かずに倒しているのだ。

 

 少年の方も戦い慣れていると推測するのが妥当であり、だからこそジークフリートは初っぱなから本気を出したのだ。

 

 でなければ、流石のジークフリートも小学生相手に本気で殺しに掛かるなどという事をする筈もない。

 

 そこまで外道ではないのだから。

 

 だが、戦い慣れているとなれば話は別だ。

 

 あの少年がフィーネ確保の障害になる可能性が高い以上、排除する必要がある。

 

 しかし、そんな彼にもどうしても油断があった。

 

 相手は所詮は小学生。

 

 戦い慣れているにも限度がある。

 

 そう思っていた上に、戦っている時も全て防がれたとは言え、攻守は一方的だった。

 

 これで気を引き締めろという方が無理があるだろう。

 

 だが、その無理を通さなければならないのが戦いというものである。

 

 現に結果としては、ジークフリートはのび太の排除という目的を達成できず、対してのび太はジークフリートの撃退に成功したので、結果的にはジークフリートが戦略的に敗北したと言えるのだから。

 

 それを理解しているのか、ジークフリートは歯噛みをしながら悔しがってはいたが、それでもまだ完全に敗北したわけではない。

 

 そして、先程の戦闘でのび太の行動パターンはだいたい分かった。

 

 次に戦えば確実に撃破できるだろう。

 

 

「とは言え、あっちが確保できるならそれが良かったんですけどね」

 

 

 彼の目的はフィーネの確保。

 

 故に、フィーネを確保するのが一番手っ取り早かったのだが、のび太が駆け込んだ病院がよりにもよってアレイスターが手出し無用の施設に定めた施設の1つだったのだ。

 

 ここで病院を襲撃すれば、契約は当然のことながら破棄、下手をすれば科学サイドのど真ん中で命懸けの鬼ごっこをする羽目になっただろう。

 

 だからこそ、ジークフリートはフィーネを確保することが出来なかった。

 

 ・・・もっとも、明日退院することを知っていれば、話は違ったであろうが。

 

 

「・・・まあいいでしょう。行き先は予想がつきますので」

 

 

 そう言ってジークフリートはその場から一瞬で消える形で姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 深夜 学園都市 第13学区 

 

 

「ふぅ。なんだったんだ、あいつ」

 

 

 あの戦闘から一時間と少し。

 

 どうやら撒いたらしいと判断したのび太は、自分の住んでいるマンションに向けて足を進めていた。

 

 そして、考えているのは先程襲撃してきた敵のことだ。

 

 はっきり言って、自分とは格が違いすぎた。

 

 そして、学園都市にはあんな化け物が普通に居るのかと、のび太は知らず知らずのうちに恐怖の感情を抱く。

 

 正確には学園都市ではないのだが、学園都市に来て日が浅く、魔術サイドはおろか、科学サイドの事すら知らないのび太にはそんなことは知るよしもない。

 

 だが、兎に角、早急にあれの対処策を考えなければいけないことは確かであり、のび太は頭を捻る。

 

 だが──

 

 

「何も思い浮かばない・・・」

 

 

 先程はなんとか撃退したとは言え、結局、反撃1つ出来なかったのだ。

 

 次に出くわすまでに何らかの策を練らなければならないことは明らかなのだが、そもそも攻撃で狙いが付けられない以上、どうしようも無かった。

 

 

「う~ん。なんとか相手の動きを止めて、その間に攻撃を叩き込むしかないかな」

 

 

 のび太はそう考えるが、このやり方には問題があることもよく分かっていた。

 

 

「そうなると、動きを止める方法を考えなくちゃいけないんだよね。いや、そもそもそうやって攻撃したところで当たるのかな?」

 

 

 のび太はそれが疑問だった。

 

 そう、この方法では動きを止める手段を考えなくてはならないのだ。

 

 そして、仮に相手の動きを止めてその間に攻撃を叩き込んだところで攻撃の開始から着弾まで相手がじっとしている保証など何処にもなく、逆に回避される可能性が高い。

 

 

「う~ん、どうしようかな?」

 

 

 のび太がそう考えている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドッゴオオオオン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞き覚えのある声とほぼ同時に、建物が崩れる轟音が響き渡る。

 

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のび太が気づいた時には、緑色の輝きを持つ剣の刃がのび太の首元へと迫っていた。



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後悔

◇8月6日 深夜 学園都市 第13学区

 

 

 

ドッゴオオオオン!!!!!

 

 

 

 緑色の輝きを持つ剣の力の解放されたエネルギーが辺りを蹂躙する。

 

 その威力は学園都市製のコンクリートに直径10メートル、深さ5メートルというクレーターを造る程の威力であり、こんなものに直撃されたら、仮に能力を使ってバリヤを貼ったのび太と言えど、バリヤを貫通されてミンチになったのは間違いない。

 

 

「あっぶな!」

 

 

 しかし、のび太はなんとか無事だった。

 

 何故なら、咄嗟にバリヤを張りながら重力を操作して咄嗟に回避運動を取ることで、直撃からはどうにか免れていたからだ。

 

 余波に吹き飛ばされることにはなったが、そんなものはこの状況では誤差の範囲内だろう。

 

 

「いい加減に死んでくれませんかね」

 

 

 爆心地?付近に佇みながら、ジークフリートはそう言うが、当たり前だがこの要求にもならない事をのび太が飲む筈がなく、逆にのび太は問い返した。

 

 

「何故、こんなことをするんだ!!」

 

 

「彼女は我々の儀式に必要な人間だからですよ」

 

 

 のび太の問いに対して、ジークフリートはあっさりとそう答える。

 

 

「儀式?儀式ってなんの?」

 

 

 儀式。

 

 その単語にのび太は既に嫌な予感を感じ取っていたが、一応、念のために確認するようにジークフリートに尋ねる。

 

 そして、ジークフリートはこれまたあっさりとその問いに答えた。

 

 

「・・・儀式というからには想像がつくと思いますが・・・まあ、生け贄ですよ」

 

 

「!? 何故、そんなことを!!」

 

 

 のび太は思わず叫ぶ。

 

 言うまでもないことだが、生け贄とは何らかの人間を犠牲にすることで、その見返りを得ようとする行為の事である。

 

 儀式とは様々なものがあるが、その中でも生け贄は人死にを出すがゆえに最悪なものとされている。

 

 もっとも、何百年も前であれば話は違ったかもしれないが、今は21世紀。

 

 殆どの国でそのような事は法律で禁止されているし、そもそも禁忌とされているところも多い。

 

 日本もその1つであり、その日本人であるのび太としてはそのような行為を心底嫌悪している。

 

 更に言えば、この目の前の男が狙っている少女はまだ自分とほぼ同い年か、もしくはそれ以下(実際は1つ年下)なのだ。

 

 そんな女の子を死に追いやろうという思考がのび太には理解できなかった。

 

 

「彼女を生け贄にすることで我々の願いが叶うからですよ!」

 

 

 そう言った直後、ジークフリートは再び斬撃を行うが、今度は緑色の光が輝いておらず、通常の斬撃だった為か、のび太は問題なくバリヤで防ぐことができた。

 

 だが、その心中は穏やかではなかった。

 

 

(願いを叶える?そんなことのために・・・)

 

 

 のび太は怒っていた。

 

 のび太はこの男とその仲間の願いがなんなのかは知らない。

 

 そもそも生け贄にしたところで、その願いが叶うとも思わない。

 

 何故なら、そういった儀式が科学によって迷信とされたのは、常識だと常日頃から今は未来に帰ってしまった青い親友が口酸っぱく言っていたのだから。

 

 いや、仮に本当に願いが叶うにしても、のび太の心は変わらなかっただろう。

 

 小さな女の子を生け贄にして願いを叶えるなど、のび太からしてみれば正気の沙汰ではなかったのだから。

 

 

(そうと分かったからには、こんな奴に負けるわけにはいかない!!)

 

 

 のび太は改めてそう決意する。

 

 そして、こういった時にこそのび太の本領が発揮され、のび太は本格的に戦闘モードへと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、双方が無意識のうちに超能力者(レベル5)VS聖人の戦いの第二ラウンドが本格的に始まることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さっきと動きが変わった)

 

 

 ジークフリートはそう実感していた。

 

 

「食らえ!!」

 

 

 のび太は魔術師を倒した時と同じように無数の空気弾をジークフリートに向けて浴びせる。

 

 ジークフリートはそれを容易にかわすが、何度かかわしているうちにそのかわした先にも撃ち込まれるようになると、何発か喰らってしまう。

 

 

「くっ」

 

 

 決してそれは大した打撃にはなっていない。

 

 聖人の持ち前の能力と、のび太がこの状況下にも関わらず力を抜いている事で、攻撃の効果が大いに下がっているからだ。

 

 これでは多少の攻撃を当てたところで打撃にはならないだろう。

 

 だが、先程とは違い、一気に人が変わったように攻撃的になったのだ。

 

 自分の攻撃がのび太にダメージを与えていないことと、のび太の能力が強力であることもあり、幾ら聖人であるジークフリートでも脅威に感じざるを得なかった。

 

 加えて──

 

 

「それ!」

 

 

 

バチバチ

 

 

 

 のび太は時折、空気を圧縮させたプラズマ電撃攻撃を放ってくる。

 

 今のところは全弾を回避しているが、当たったら痺れによって体の動きが鈍くなり、のび太の更なる攻撃を受けることになるのは間違いない。

 

 様々な加護を持っている聖人だが、こういう物理的なものによって発生する痺れなどの副次効果には意外に弱いのだ。

 

 

(だが──)

 

 

 のび太の方はアドレナリンの分泌によって攻撃こそどんどんと上がってきているが、肝心の動きの方は疲れが見えたのか、どんどんと鈍ってきている。

 

 そして、ジークフリートはそんなのび太の弱体化を見逃さなかった。

 

 

(今だ!)

 

 

 ジークフリートは緑色の光が輝いた剣をのび太に叩きつけようとした。

 

 だが、その時──

 

 

 

ドゴオオオオン

 

 

 

 のび太に向かって巨大な空気の弾丸(・・・・・)が上から降ってきた。

 

 幸い、バリヤによって防がれたが、衝撃まで消すことはできず、のび太は地面に叩き付けられる。

 

 

(な、なんだ?別の乱入者か?)

 

 

 ジークフリートはそう思い、辺りを警戒するが、聖人の神経を全開にして数秒経ってもその乱入者は発見されない。

 

 

(能力の暴走か何かか?)

 

 

 ジークフリートは二つ目の仮説を頭の中で思い浮かべるが、一応、乱入者の可能性もあるため、警戒しながらのび太の生死を確認するために地面へと降りた。

 

 すると、その時──

 

 

「おおおおおおおお!!!」

 

 

 ──そんな叫びを上げながら、のび太がジークフリートに向けて突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝った。

 

 のび太はそう確信した。

 

 あの時、のび太は咄嗟にバリヤをしたまま、巨大な空気弾を自分に向けて当て、その衝撃を利用して自分が居る位置を強引に自分がずらすことで回避を試みたのだ。

 

 そして、叩き付けられた時に発生した土煙に紛れて男の動きをよく観察し、攻撃のチャンスを待ったのだが、丁度都合よくのび太の生死を確認するために男が地上に降りてきた。

 

 そこでのび太はある行動を実行に移すことにした。

 

 それはのび太がジークフリートに抱き付き、至近距離から攻撃を浴びせることで、ジークフリートにダメージを与えようとするという行動だ。

 

 これが実現すれば、のび太にも勝機が訪れることは間違いない。

 

 そして、その勝機を掴み取るためにのび太はジークフリートに抱き付く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手前でのび太の体は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 

 

 

 

(へ?)

 

 

 

 

 

 のび太は自分に何が起こっているのか分からなかった。

 

 だが、客観的に見れば簡単な答えだった。

 

 能力の使いすぎによる頭の疲れが出ての身体の強制停止。

 

 しかし、残念ながらのび太はそれを実感する前に意識を失うこととなる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そんな。ごめん・・・フィー・・・ネ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、のび太が意識を失う際に最後に思ったことは、自分が命を失う心配ではなく、男が狙う女の子への心配だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、超能力者と聖人の戦いは、超能力者の自滅という形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月7日 昼 第7学区 総合病院

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」

 

 

 8月7日。

 

 この日はのび太の誕生日だった。

 

 そして、その日の昼、のび太は第7学区の総合病院で目を覚ました。

 

 

「おっ。気がついたかい?」

 

 

 そう言って声を掛けてきたのは、2日前にもフィーネの事でお世話になった冥土返し(ヘブン・キャンセラー)だった。

 

 

「・・・ここは?」

 

 

「第7学区の総合病院だよ。ほら、昨日も君が来た」

 

 

「病・・・院?・・・!?」

 

 

 病院。

 

 その単語でのび太はあることを思い出し、冥土返しに大慌てで尋ねる。

 

 

「先生!あの女の子は!?」

 

 

「ん?あの銀髪の女の子かい?それなら、今朝方退院したよ。そう言えば、ここに君を送り届けたお兄さんが迎えに来てたね」

 

 

「!?」

 

 

 その言葉に、その“迎えに来たお兄さん”が誰か分かってしまい、のび太は慌てて立ち上がろうとするが、冥土返しがそれを抑える。

 

 

「ああ、まだ動かさない方が良いよ。君は能力を酷使しすぎている上に若すぎるから脳に多大な負荷が掛かっているんだ。今日1日は安静にした方が良い」

 

 

「でも!」

 

 

「そうだ。彼女から手紙を預かっていたんだ。これを君に渡しておくよ」

 

 

 そう言って冥土返しは懐からフィーネから預かったと思われる手紙を取り出してのび太へと渡す。

 

 

「じゃあ、安静にしていてね」

 

 

 冥土返しはそう言って出ていったが、のび太はそれを気にすることなく、手紙の中身を確かめる。

 

 そして、その手紙にはこう書かれてあった。

 

『のび太様へ

 

私は今日、退院します。彼らとは取引を交わして、あなたへの殺害を諦めてもらいました。これでもうあなたが狙われることは有りません。ご安心ください。そして、私の事は忘れて貰っても構いません。いえ、完全に忘れてあなたは日常へと速やかに戻ってください。あなたも早く退院されることを私は切に願っています。

 

フィーネ』

 

 

「・・・」

 

 

 

クシャ

 

 

 

 のび太はそれを見て、思わず涙を手紙の上へと溢し、更にはその手紙を握りつぶしてしまった。

 

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うわああああああああん!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は悔しいという感情を剥き出しにしながら泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、少年は11歳の誕生日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、少年を迎えたのは、誕生日が来たことによる喜びでも、今年はそれを祝ってくれる者が居ないという悲しみでもなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の少女を守りきれなかった事に対する後悔だけだった。



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ドリー(の妹)編
0号《ドリー》


現時点でのそれぞれの作品の時系列 

とある魔術の禁書目録・・・旧約第2巻直後。

とある科学の超電磁砲・・・乱雑解放事件直後。

ガールズ&パンツァー・・・劇場版後。

となっています。ここに書かれていない本作のクロスオーバーの作品は前章と変化無し。


◇8月9日 深夜 第7学区 窓のないビル

 

 

『・・・何か用かね?』

 

 

 この日、アレイスター・クロウリーは突然、訪問してきたとある客を迎えていた。

 

 

「いやいや、ちょっと提案が有って来ただけだ。それが済んだら、すぐに帰る」

 

 

 そう言う男の名前は木原脳幹。

 

 いや、姿はどこからどう見ても犬なので、男どころか、人間として呼べるかどうかすら疑問であったが、木原一族としてはトップの立場にある木原唯一をして『自らの師』と呼ばせるだけの人物であり、またそれだけの実力を持っていることも確かな人物でもある。

 

 

『・・・ふむ。して、提案とは?』

 

 

「第2プランの要である空間支配。あれを私に任せてくれないかね?」

 

 

『ほう。参考までにどうするのかを聞いておきたいのだが?』

 

 

「なに。この少女と接触させたいだけだよ」

 

 

 脳幹はそう言って、とある少女の写真をモニターに映し出す。

 

 

『・・・なるほど。第一(メイン)プランに関係のある人物ではあるが、確かに接触させても問題なさそうだな』 

 

 

「だろう?それに君は彼をドイツの“あの戦争”に参加させたいと思っているのだろうが、それにはもう1つ起爆剤が必要だと思うんだ」

 

 

『それが彼女という訳か・・・』

 

 

 アレイスターは少々、考えるような素振りをし、次いて決断する。

 

 

『良いだろう。許可しよう』

 

 

「感謝する。では、早速、明日から」

 

 

 こうして、また1つ、本来なら有り得ない邂逅が成されることが決定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月10日 早朝 とある研究所

 

 

「なに?木原が来る?」

 

 

「はい、今日、統括理事長からそう通達されました」

 

 

 その言葉に、この研究所のリーダーである男は青ざめる。

 

 木原。

 

 この学園都市の科学者であり、多少深部に関わる人物であれば一度は聞いたことのある名前。

 

 科学の発展のためにありとあらゆるものを犠牲にし、人体実験なども平然と行うという狂気の一族。

 

 人体実験という意味では研究者達もやっていることは殆ど変わらないが、木原のそれは残虐性が“格違い”なのだ。

 

 

「狙いは第0位か?」

 

 

「言うまでもないかと」

 

 

 そして、そんな木原が来る理由はだいたい想像できる。

 

 今、この研究所で預かっている第0位が目的だろう。

 

 それ以外に目ぼしいものはこの研究所には存在しないのだ。

 

 

「参ったな。解剖でもされたらかなわないぞ」

 

 

 科学者は困ったというような顔をするが、それは決してのび太を思いやって言っている言葉ではない。

 

 レベル5であり、半原石というとんでもない希少価値のある実験動物(モルモット)をそんな簡単に殺されては堪らないという考えから出たものだ。

 

 実に身も蓋もない考えではあるが、そもそものこの街の研究者達は大なり小なり、学生を実験動物として扱っている。

 

 その中でもここに所属する研究者達はやや過激派といった立場の人間であるが、流石にレベル5をいきなり解剖などで殺してしまう程、愚かではないし、木原を残酷すぎると思う程度には、多少、人間の心は残っていた。

 

 

「あの少年も気の毒だな」

 

 

 木原に目をつけられる。

 

 それが何を意味するか理解しているが故に、男はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 昼 とある研究所

 

 

「初めまして、木原唯一です。以後、よしなに」

 

 

「は、はぁ・・・」

 

 

 あれから3日。

 

 のび太は更に力を得るために、能力の応用や訓練に励んでいた。

 

 そんな中、今日のび太の前にやって来たのは、木原一族の事実上のトップ、木原唯一という女性だった。

 

 もっとも、のび太は木原一族については全く知らないのだが。

 

 

「それで・・・何か御用ですか?」

 

 

「そうですね・・・用と言えば、用なのですが・・・」

 

 

 そう言いながら、唯一はのび太の顔を覗き見る。

 

 

(目が若干死んでるわね)

 

 

 唯一はこのような目をした人間を嫌という程見てきた。

 

 完全に生きることを諦めた人間や、何かを失って失意の直中に居る人間。

 

 特にのび太の場合は後者であり、数日前に一人の少女を護りきれなかったという事実が尾を引いていた。

 

 

(ふむ、洗脳するには簡単そうだけど、師からの頼みでもあるし、当初の予定通りに行こうかしら)

 

 

 木原はのび太を洗脳できる機会が目の前にあるのに、洗脳できないことを残念に思いつつ、当初の目的を達成するために自分が連れてきたとある人物に会わせることにした。

 

 

「実はね。あなたに会わせたい人が居るの。・・・入ってきて良いわよ」

 

 

 唯一がそう言って部屋の外から、自分が連れてきたある少女を呼び寄せる。

 

 

「はい」

 

 

 少女は少々、おっかなびっくりといった感じに、のび太の前に姿を現した。

 

 

「こ、こんにちは!」

 

 

 出てきたのはシャンパンゴールドの髪のロングヘアーをしたのび太より上の、明らかに中学生頃の年齢であろう少女。

 

 それは先日のフィーネよりは劣るが、十分整った顔立ちをしており、美少女といっても決して過言ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはのび太は知らないことだが、本来の世界(・・・・・)では、食蜂操析と警策看取の二人の少女によって助け出されることとなるドリーの妹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、物語は新たな局面へと進行していくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夕方

 

 

「アハハハハ、のびた、面白い」

 

 

 ドリー(正式にはその妹だが、以後、ドリーと呼称)はのび太の冗談に腹を抱えて笑った。

 

 あれから何時間も経ったが、徐々にドリーとのび太は打ち解けていた。

 

 元々、ドリーが明るい性格だったのと、のび太が今は少し落ちぶれたとはいえ、優しい性格だったのが作用しているのだろう。

 

 そして、ドリーと過ごしている間、若干心が曇っていたのび太も徐々に笑顔になっていった。

 

 

(クローン・・・か)

 

 

 のび太は先程、唯一が説明していた彼女の正体を思い返す。

 

 クローン。

 

 それは人間の誰かしらの遺伝子を基にして本来の方法とは違う形で産み出された人間の事を現す。

 

 しかし、それを言われてものび太からすれば『だからなんだ?』という話である。

 

 のび太は良くも悪くも馬鹿であり、クローンという存在が世間ではどれだけ禁忌の存在であるか認識していなかったし、そもそも認識していたとしても大して気にはしなかっただろう。

 

 もしそうであるならば、ロボットと友達になることなど、出来る筈も無いのだから。

 

 まあ、それ以前に可愛い女の子であるドリーにそのような悪感情を向けるのは、のび太の心情が許さなかったのだ。

 

 しかし、親が居ないという事は理解していたので、そういう意味ではのび太は彼女に対して複雑な感情を抱いていた。

 

 ドラえもんも親というべきものは特に居なかったが、これは彼がロボットという特性上、仕方のないことだとのび太は認識していたし、そもそもロボットに人間の常識を当て嵌める事が間違いだった。

 

 そして、そういうことを気にしている素振りもなかったので、のび太も気にしないようにしていたのだ。

 

 しかし、彼女は違う。

 

 彼女はドラえもんとは違う生きた人間であり、親が居て然るべきものであると思っていた。

 

 のび太にとって親は色々と口煩く鬱陶しいものでもあったが、それでも居なくて良かったなどと思ったことはない。

 

 もしこれらの心情を置き去り(チャイルド・エラー)、中でも暗部に堕ちて過激な性格となっている絹旗最愛などが聞いたら、激怒するような想いだろうが、幸か不孝か、のび太は彼女の存在を知らない。

 

 話を戻すと、親が居ない彼女はどう思っているか、一度聞いてみたかったが、流石にそのような無粋な事を無造作に聞くほど、のび太も無神経ではない。

 

 だが、これだけは聞いておきたかった。

 

 

「ふふっ、ドリーはどんな友達が居るのかな?良かったら教えてくれない?」

 

 

 友達。

 

 クローンというからには親は居ないだろうが、友達の一人や二人は居るだろうと、のび太は聞いてみる。

 

 実際、ドラえもんもロボット学校などでの友達が居たらしいのだから。

 

 だが、その問いを受けたドリーは、若干シュンとした表情になってしまう。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「ううん、私の友達はね、みーちゃんとみさきちゃんっていう二人の友達が居るんだけど、二人とも今は会えないの」

 

 

「・・・そうなんだ」

 

 

 のび太は悪いことを聞いたと思いつつ、あることをドリーに切り出す。

 

 

「だったらさ。僕とも友達になってくれないかな?」

 

 

「えっ。・・・でも、良いの?」

 

 

「勿論、当たり前じゃないか」

 

 

「そう。分かった。のびた、これからよろしくね」

 

 

 そう言ってドリーは、のび太に抱き着く。

 

 そして、のび太はそれに顔を赤くしながら、ドリーの抱き着きを受け止めていた。



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木原唯一の策

◇8月10日 夜 とある研究所前

 

 

「じゃあ、帰るから。バイバイしなさい」

 

 

「うん、のびた、さようなら」

 

 

「うん、また会おう」

 

 

 ドリーの言葉に、のび太もまたそう返事をする。

 

 そして、唯一の運転する車でドリーと唯一は帰っていった。

 

 

「ふぅ・・・可愛くて面白い子だったな。また会えると良いけど」

 

 

 のび太は切にそう願っていたが、そこで同時にある疑問を思い出した。

 

 

「そう言えば、唯一さん。なんで、ドリーを僕に会わせたりしたんだろう」

 

 

 のび太は唯一の行動の不自然さを思い出す。

 

 そもそも唯一は、自分がドリーと話している間もなにもしなかった。

 

 いや、具体的には彼女がクローンであることや、日々実験で疲れていることなどは伝えてきたが、それだけだ。

 

 息抜きのために連れてきたとか、そういうドリーを連れてきた理由も全く説明されなかった。

 

 これは明らかに不自然だ。

 

 普通の会話ならば、せめてそういう説明は然るべきであったであろうものなのだから。

 

 

「・・・まあ、いっか。どうせ、大して気にするようなことでもないだろうし」

 

 

 のび太はその事を不自然には思ったが、あまり重大な問題であるとまでは見ていない。

 

 何か自分に対して不都合が有るわけでもなさそうだし、ただ単に唯一がのび太が事情を察したと判断して説明しなかっただけかもしれないのだから。

 

 その為、のび太はそこで思考を打ちきり、帰る準備をするために研究所の中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夜 

 

 車を運転して元の研究所までドリーを送り届けた唯一は、電話で木原脳幹と電話をしていた。

 

 

『そうか。彼は立ち直っているかね』

 

 

「ええ、新たな“依存対象”を見つけたことでね」

 

 

 唯一はのび太の顔を思い返し、歪んだ笑みを浮かべる。

 

 人への依存。

 

 それはどういう状況下で起こるものだろうか?

 

 身近な例を挙げると、人と関わり会うことが出来ない、あるいは苦手な人間が、寄り添ってきた人間、特に異姓に対して依存する。

 

 あるいは家族が居ない、もしくは家庭に居場所がない人間。

 

 大抵の場合で心の依存と聞いて想像するのは、そのような孤独な人物がなるものだろう。

 

 だが、人の心というのは単純ではないように、孤独な人間でなくとも依存するケースはある。

 

 例えば、本当に大好きだった恋人を亡くした時や、自分の信念を全面否定され、心身ともに疲弊している時。

 

 そういった時にその心に食い込まれると、大抵の場合、その人間は自らの心に食い込んできた人間に依存してしまうだろう。

 

 そして、依存が進化した形を人はヤンデレと言うが、今はどうでもいい話である。

 

 唯一の見立てたところ、今日、脳幹から聞かされた数日前の案件もあってか、のび太は自分の心に無意識のうちに食い込んできたドリーに依存し始めていた。

 

 もっとも、本人は気づいていないが。

 

 

「今ならあなたの言った事を仕向けることは簡単そうね」

 

 

『ドリーの方はどうだ?』

 

 

「ああー。確かにあちらの方はあの子の事を友人とは認識しているみたいだけど、依存しているっていう感じはないわね」

 

 

 そう、のび太は依存し始めていたが、ドリーの方はと言えば、必ずしもそうではない。

 

 元々、あの明るい性格は素のものであり、彼女の精神年齢もかなり幼く、救われたいという後ろ向きな心もない。

 

 その為、誰かに対して依存する傾向は、現状無いと言っても良い。

 

 それはのび太であっても例外ではない。

 

 

「一応、彼女も洗脳しておこうかしら?」

 

 

 唯一は脳幹にそう提案する。

 

 今の状態で二人を引き離せば、ドリーはのび太に引き離された事を残念には思うだろうが、逆に言えばそれだけだし、のび太の方も多少食い下がりはするかもしれないが、結局は諦める程度のものとなるだろう。

 

 しかし、それでは二人にとって都合が悪い。

 

 なんとか、のび太をドリーに依存させ、ドリーもそれを受け入れられるような心境にさせなくてはならないのだ。

 

 だからこその唯一の提案だったが、脳幹は渋っていた。

 

 ここでドリーを洗脳し、のび太に依存させることは簡単だ。

 

 マッドサイエンティスト揃いの木原一族を束ねる唯一なら問題なく出来るだろう。

 

 だが、それでは現状では依存しているとはいえ、軽度のもので済んでいるのび太を逆に引かせてしまうかもしれない。

 

 そうなったら、ドリーに依存などはしなくなるだろう。

 

 ならば、いっそのこと二人とも洗脳してしまうかとも考えたが、それはそれで面倒だし、“第2プラン”からずれてしまう可能性もある。

 

 しかし、現状のままにするのもやや問題。

 

 となると──

 

 

『ドリーに遅効性の洗脳。つまり、徐々に彼に依存していくように仕向けることは可能か?』

 

 

「・・・少し難しいけど。まあ、やってみるわ」

 

 

『分かった。それで頼む』

 

 

 脳幹がそう言った直後、電話は切れた。

 

 

「まったく。また厄介な注文を・・・」

 

 

 唯一はそんな不満そうな言葉を溢しつつも、何処か楽しそうだった。

 

 

「ふふっ、このまま行けば、彼はどうなるのかしらね?」

 

 

 上条当麻のようにヒーローとなるのか?

 

 それとも大切な人間を守るために闇に堕ちるのか?

 

 はたまた、その逆に全てを失ったことで闇に堕ちてしまうのか?

 

 それとも、そのどれでもない道か?

 

 どれにしても、自分達“木原”の存在意義である“科学の発展”には役に立ちそう。

 

 そういう思惑を秘めつつ、唯一はのび太の心に火を点けるためにあるところへ電話をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、もしもし、電離君。ちょっと実験台にして欲しい対象が居るんだけど・・・・・・うん、じゃあ、2日後の午後20時を目処にお願いね。・・・えっ、対象の名前?それはね──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドリーっていう個体よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月11日 朝 とある研究所

 

 

「おはよう、のびた!!」

 

 

 朝。

 

 研究所にやって来たのび太に、再び唯一が連れてきたらしいドリーがそこに居た。

 

 

「おはよう、ドリー」

 

 

 のび太はそう挨拶しつつ、昨日と同じようにドリーと様々な会話をする。

 

 それを木原唯一を始め、この研究所に属する研究者達が見ていたが、唯一を除いて困惑していた。

 

 

(何を考えている?)

 

 

 そう考えたのはこの研究所のリーダーの男だけではない。

 

 他の研究者達も同様の意見だった。

 

 それもその筈。

 

 あの悪名高い木原一族が突然女の子を連れてきては第0位と接触させ、会話や遊びを行わせている。

 

 いや、それがただの女の子ではないことは気づいている。

 

 ドリー。

 

 それは現在行われている絶対能力者計画(レベル6シフト)に使われている量産能力者(レディオノイズ)計画で量産された妹達(シスターズ)のミサカネットワークのテストベットとして造られた個体である。

 

 2体造られ、姉であるドリーは数年前に死亡したが、妹は生き残っていると聞いていた。

 

 勿論、のび太と喋っているのは妹の方である。 

 

 ちなみにのび太は姉の存在を知らない。

 

 ドリーが話さなかったし、そもそも彼女自身が姉の記憶を受け継いでいるので、あまり自分の肉親が亡くなったという感覚は存在していないからだ。

 

 話を戻すと、ドリーとのび太が喋っている間、唯一がした行動は何かしらの実験をするわけでもなく、ただじっと観察するだけ。

 

 正直言って、かなり不気味だった。

 

 何故なら、木原一族がただの善意でドリーをここに連れてきている筈がない。

 

 木原の事をよく知っている者ほど、そう確信しているからだ。

 

 だが、その考えそのものはさっぱり分からなかった。

 

 一方、唯一もそんな研究者達の視線には気づいていたが、知らん顔を決め込んでいた。

 

 いや、むしろ、笑顔すら浮かべていた。

 

 まるで、これからの展開を予想し、それを楽しむかのように。



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木原一族

◇8月11日 昼 とある研究所

 

 とある部屋。

 

 そこではこの研究所のメンバー達が、ある資料を閲覧していた。

 

 

「へぇ、明日の夜にはあの女の子が木原の実験材料にされるんですか」

 

 

 研究員の一人が資料の内容を口に出す。

 

 そう、研究所に送られてきた資料はドリーが明日の20時に木原電離の実験材料にされるということだった。

 

 

「ところで、木原電離ってどういう人物なんですか?」

 

 

 研究員の一人がリーダーの男に尋ねる。

 

 

「うん?まあ、木原一族に漏れないマッドサイエンティストってところか?それと、電子学を専門にしていると聞いたことがあるな」

 

 

「へぇ・・・しかし、何故、わざわざこの研究所に資料を送ってきたんでしょう?」

 

 

「第0位のフォローだろう。あの子と第0位は仲が良いからな」

 

 

 勿論、それですら怪しいことはリーダーの男もよく知っていた。

 

 何故なら、木原電離、いや、もっと言えば木原一族ががそのような事に気を使う人間だとは思えないからだ。

 

 そもそも木原一族は学園都市の科学者の中で重要な地位を築いており、その科学者としての実力は世界各地から優秀な研究者が集められるこの学園都市の中でも群を抜いて優れていたが、同時にかなり極悪なマッドサイエンティストとしても知られていた為、同じ研究者はおろか、学園都市上層部でさえ危険視している人間達でもある。

 

 もっとも、彼らは知らないが、木原加群のような例外も一応は存在している。

 

 だが、それは例外中の例外であり、木原一族の本質はそれこそ赤ん坊から老人までマッドサイエンティストというのが常識であり、むしろ、人体実験を避けるような木原加群は異端であり、彼のような人間はどれ程科学の業界で功績を挙げようと、木原の中で好評価を受けることはない。

 

 更に言えば、彼らの中では血統もかなり重視されており、木原脳幹のような例外を除けば、彼ら全体は親戚同士のようなものだった。

 

 そして、更に恐ろしい性質も秘めていたのだが、それは後に語られる事となる。

 

 

「まあ、それは兎も角、おそらく、あの木原一族が出た以上、ドリーは解剖されることになるだろうな。だからドリーと第0位が会うのも今日と、おそらく明日で最後だろう。となると、明後日から第0位の研究は再開になるな」

 

 

「そうですね。しかし、第0位にはどう言いますか?」

 

 

「本当の事は言わなくて良い。ここから強引に抜け出されても厄介だからな。向こうに会えなくなった事情が出来た、とでも言えば良い。それと、ここまで聞けば言うまでもないだろうが、この書類は第0位には絶対見せるな。後で本人にバレないように焼却処分しておけ」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 リーダーの男の言葉に、研究者達は揃ってそう返事をしたが、彼らは気づかなかった。

 

 それを盗み聞いていた少年が居たことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なに・・・それ)

 

 

 ここにのび太が居たのは偶然だった。

 

 唯一にドリーと話があると言われ、のび太には研究者達を呼んで貰うように言われたのだ。

 

 しかし、そこでとんでもないことを聞いてしまい、のび太は当初の目的を忘れて元来た道へと戻ってしまった。

 

 

「ドリーが・・・実験材料?」

 

 

 研究者達は“あの女の子”と言って、ドリーの名前を挙げてはいないが、あの会話からドリーの事であると想像するのは馬鹿でも出来るだろう。

 

 

「それに解剖って・・・」

 

 

 のび太が思い浮かべるのは、テレビなどでマッドサイエンティストなどがやる生きた人間を無理矢理分解する行為。

 

 警察などの遺体の司法解剖などもあるが、これはそれには当てはまらないだろう。

 

 そして、木原一族のそれも大方は生きた人間を解剖するので間違いではないのだが、それよりも残虐な場合もあることをのび太は知らない。

 

 加えて言えば、何もこれをやっているのは木原一族だけという訳ではない。

 

 木原一族はほぼ全体でそれをやっているからこそダントツで残虐に見えるだけであって、それは何も“木原一族はやらない”ということは意味しないのだ。

 

 しかし、ドリーがそれをされると聞いてもいきなり実感など出来る訳もなかった。

 

 そもそも前述したように、のび太は学園都市に来て日が浅い。

 

 故に、学園都市の性質をよく知らないので、そんなことを察しろという考えに無理があるのだ。

 

 

「──あら、どうしたの?」

 

 

「!?」

 

 

 いつの間にか現れたのか、のび太は声を掛けられた事でようやく唯一が自分の近くに居るのに気づいた。

 

 

「あ、ああ。いえ、何でもありませんよ。あっ、そうだった。研究者さん達を呼んでこなくちゃいけないんだった」

 

 

 のび太は当初の目的を思いだし、再び研究者達を呼びに先程の部屋に引き返そうとする。

 

 だが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう?てっきり、ドリーちゃんが人体実験に使われるって話を聞いて無意識のうちにこっちに引き返してきたと思ったんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その唯一の言葉に思わず足を止めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何を言ってるんですか?」

 

 

 のび太は唯一の方に振り向きながらそう言うが、その顔はかなり強張っていた。

 

 当然だろう。

 

 突然、その言葉を投げ掛けられても頭の理解が追い付かなかったのだから。

 

 だが、唯一はニコニコとした表情を崩さないまま、ある提案をのび太に行った。

 

 

「──ねぇ、そこの部屋で少し話さない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、のび太は唯一と机越しに面と向かって向き合っていた。

 

 だが、その表情は尚も強張らせたままだ。

 

 しかし、唯一の方はと言えば、そんなのび太を気にしていないかのように話を進める。

 

 

「ドリーの実験について話したいところだけど、まずは私たち木原一族についての話をしないといけないわね」

 

 

「木原一族?」

 

 

「そう。この街ではね科学力が外よりも圧倒しているけど、それは何でだと思う?」

 

 

「・・・さあ?この街に優秀な科学者が集中しているからですか?」

 

 

 のび太は少しその問いの答えを考えたが、結局、それしか思い浮かばなかった。

 

 すると、唯一は少し驚いた顔で言う。

 

 

「うん、半分はそれで当たり。と言うか、私たち木原一族もそれでこの学園都市に巣くっているようなものだしね。でも、もう1つ有るの。それは能力者よ」

 

 

「能力者?それって、僕みたいな?」

 

 

「そう。学園都市にしかない特異技術の能力者。それを研究することで私たちは外には出来ないような圧倒的な科学技術を開発しうるの。まあ、それだけじゃないんだけどね」

 

 

「は、はぁ」

 

 

「意味が分からないかな?まあ、つまり、学園都市は大なり小なり学生を人体実験して科学力を発展させているの?まあ、大抵の場合、対価は学生本人に奨学金というお金で支払われているんだけどね」

 

 

「・・・」

 

 

「それで、その研究者の中でも突出しているのが私達一族。全体で5000人居てね、その5000人でこの街の科学力の6割近くを担っているの」

 

 

 のび太は今一ピンと来ていないが、これは実際凄いことだったりする。

 

 この街は人口が230万人居るが、その8割である180万人以上が学生だ。

 

 しかし、逆に言えば、研究者も50万人弱は居るという事でもあり、木原一族はその中の1、2パーセントの人口に過ぎない。

 

 そんな木原一族が学園都市の科学力の6割近くを担うというのは、如何に木原一族が飛び抜けているかが分かるだろう。

 

 

「でも、ね。私達、木原一族はもう1つの顔を持っているの。そう、マッドサイエンティストとしての顔をね」

 

 

 唯一は途端に笑顔を歪める。

 

 その顔は10人居れば9人の人間が体が震え上がるであろう程のものであり、のび太もその例外ではなかった。

 

 

「さっきも言ったように、この街の研究者は大なり小なり学生を人体実験している。だけどね、それは合法的なものが多いの。でなければ、あなたは今頃体の不調になるとか、もしかしたら殺されていたかもしれないでしょ?」

 

 

「!?」

 

 

 唯一にそう指摘されることで、のび太は気づいてしまった。

 

 確かに自分は人体実験のような事をされていた。

 

 あれがこの街では普通だと思っていたし、学園都市のパンフレットにもあらかじめ合法的な人体実験の一種であると書かれていたので受け入れていたのだが、逆に言えば非合法な実験も存在するのだということに。

 

 

「そして、私達はね。実験したくて堪らないのよ。科学の発展にどれだけ彼女が関与できるのか?そして、どれほどの痛みを与えたら彼女が死ぬのか、とかね」

 

 

「ッ!?」

 

 

 こいつは正気じゃない。

 

 そう思い、立ち上がろうとするが、何故か力が入らない。

 

 

「はい、話は最後まで聞きましょうね。何故そうなのかは分からないけど。それが木原の血って奴なの。それでね。あなたに何故、こんなことを話したか分かる?」

 

 

「い、いえ」

 

 

 のび太はそう返事をしたが、その顔色は恐怖のあまり真っ青だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見せて欲しいのよ。あなたがドリーに対して、何処まで出来るのか?そして、あなたは何を選ぶのかをね」




木原一族が学園都市の6割近い科学力を担っているというのは本作の独自設定です。原作ではありません。


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決意

◇8月11日 夜 学園都市

 

 

『それで、彼の返事はどうだったのかね?』

 

 

「渋っていて返事を保留していたわ、まあ、明日には承諾するんでしょうけど」

 

 

 脳幹の問いに対して、唯一はそう返事をする。

 

 そして、唯一にはのび太が動くという確信があった。

 

 のび太はつい最近にも一度、一人の少女を守りきれなかったという失態を犯している。

 

 それから日を置いてない現在、ドリーを見捨てるという可能性は限りなく低いと唯一は見ていた。

 

 おまけに()は既に刺してある。

 

 おそらく、このまま話は通るだろうと唯一は見ている。

 

 

『しかし、電離君も気の毒だな。何も知らずに』

 

 

「仕方ありませんよ。科学に犠牲は付き物ですから」

 

 

 唯一はバッサリとそう言った。

 

 そう、木原にとっての科学の発展においての犠牲は、何も赤の他人だけに強いるものではない。

 

 その中には木原一族の人間も含まれているのだ。

 

 今回は偶々、科学が発展するための殺られ役として電離が選ばれただけである。

 

 

「しかし、武器なんて渡して意味有るのですか?能力だけで十分では?」

 

 

『私もそう思うのだけどね。撃墜される前の樹計図の設計者(ツリー・ダイヤグラム)によると、彼は銃と愛称が良いらしいからね。ここは万全の状態で備えさせた方が良い』

 

 

「なるほど、了解しました」

 

 

 こうして、木原一族、いや、学園都市の企みはどんどんと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月12日 昼 とある研究所

 

 

「・・・」

 

 

「のびた、どうしたの?」

 

 

「あっ、いや、何でもないよ」

 

 

 そう言いながらも、のび太は先程聞いた唯一の言葉が頭から放れなかった。

 

 

(人を殺す、か)

 

 

 あの後、唯一にはこう言われた。

 

『あなたが木原電離の研究所を襲撃してドリーを救出するのなら止めはしないし、後始末もする。あと武器も用意してあげる。ただ、それを選べば、あなたは人を殺すことになるわ。あっ、あと私に逆らわない方が良いわよ。それを選べばあなたは学園都市でテロ行為を行う犯罪者になるし、クローンで短命で延命治療が必要なドリーの延命方法も提示してあげられないから』

 

 と。

 

 正直、のび太の心はぐらついていた。

 

 つい数日前は、殺人をしないために手を抜いて戦ったせいで銀髪の少女を護ることが出来ず、のび太はまんまと勝負に負けて少女を拐われてしまった。

 

 あの時、本気で殺す気で掛かっていれば、少女を護ることが出来たのではないか、と。

 

 

(こんな時、ドラえもんが居てくれたら・・・)

 

 

 あの秘密道具で全て解決できる。

 

 そこまで考えたところで、のび太はあることに気づいた。

 

 

(なんだ。結局、ドラえもんの道具がないと何もできないのか、僕は)

 

 

 のび太は心の中で自嘲せざるを得なかった。

 

 かつての大冒険では、いずれの戦いも勝利や成功を治めてきたが、それらは全てドラえもんの道具があったからこそ成り立っていたということに今更ながらに気がついた。

 

 勿論、自らの得意な天才的な射撃技術やあや取り技術を駆使して、相手を倒したという事例もあったが、それは全体から見れば極一部の展開だ。

 

 そして、のび太は今更ながら、自分が如何に秘密道具に依存していたかという現実をまざまざと自覚させられていた。

 

 

(となると、今回は僕自身の手で決意するしかないわけか)

 

 

 のび太はそう思いながら、ドリーの顔をマジマジと見る。

 

 一方のドリーは何故、のび太がそんな事をしているのか分からず、首をかしげていたが、そんなドリーを見たのび太は思わずこう思う。

 

 

(なんで、こんな可愛い子がこんな目に遭わなきゃならないんだ!?)

 

 

 のび太は怒りを感じていた。

 

 しかし、理性はこう囁いていた。

 

『自分が殺人なんて犯す必要はない。そんなことをしたら戻れなくなる。だから、この子は見捨てるしかない』

 

 と。

 

 それはヘドが出るほどに酷い考え。

 

 だが、平凡に生きてきたのび太にしてみれば、本来であれば尊重すべき考えであり、これを一度捨てたらもう2度と戻れなくなるだろう事は、本能的にのび太にも分かる。

 

 だが、それでも。

 

 のび太がそんなジレンマを抱えていた時だった。

 

 ドリーがのび太の頭を撫で始めたのだ。

 

 

「のびた、どうしたの?体調悪いの?」 

 

 

 ドリーが気遣ってそう言ってくれるが、それは今ののび太にとっては逆に心が苦しくなる行為となるだけだった。

 

 

「いや、そうではないよ。ただ──」

 

 

「ただ?」

 

 

「少し、話を聞いてくれないかな?」

 

 

「勿論!友達だもん!!」

 

 

「ふふっ、ありがとう。ドリー」

 

 

 のび太はそう言ってドリーにお礼を言うと、ゆっくりと話し始める。

 

 

「僕は数日前。まだドリーと出会う少し前にね。一人の女の子を守るために戦ってたんだ」

 

 

「うん」

 

 

「でもね。結局、守れなかった。それどころか、今は生きているのかどうかさえもわからなくなっちゃったんだ」

 

 

「うん」

 

 

「その後、僕は見捨ててしまった事実が怖くなって能力開発に没頭することでその女の子の事を忘れようとしたんだ。その矢先にドリーと出会った」

 

 

「・・・」

 

 

「最低だろう?ドリーと楽しく会話をしていた時はその女の子の事を忘れちゃっていたんだから」

 

 

 のび太は正直、この事を誰かに責めて欲しかった。

 

 しかし、大人相手にはこの事実はなかなか離せなかった。

 

 今までの経験から、相手にされないことは分かっていたからだ。

 

 しかし、ドリーにならと、こうして教えられた。

 

 そして、もう1つ、ドリーにこの事を言うことで、自分の決意を固めようと考えていたのだ。

 

 見捨てるのか、それとも誰かを殺してでもドリーを助けるのかを。

 

 それに対して、ドリーの出した答えは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで良いと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石に予想外の答えに、のび太の目が点になる。

 

 

「私も怖かったから。みーちゃんとみさきちゃんに会うのが。気味悪がられるんじゃないかって・・・でも、ずっと先延ばしにしてて・・・なにもする勇気が無かった」

 

 

「それは・・・」

 

 

 そんなことは無いんじゃないか?とは流石に言えなかった。

 

 何故なら、のび太はドリーが言ったみーちゃんやみさきちゃんという人物に会ったことはないし、そもそもその友達がドリーをクローンと知ってて友達になったのかどうかも知らないからだ。

 

 分からないのに、無責任なことは流石に言えない。

 

 しかし──

 

 

「それでもやっぱりドリーは僕とは違うよ。だって、そのみーちゃんとかみさきちゃんって人の事、忘れていないわけでしょう?」

 

 

「・・・うん」

 

 

「だったら、それで良いじゃないか。それにまだ希望を捨てるには早いよ。結果が決まった訳じゃ・・・!?」

 

 

「どうしたの?」

 

 

 ドリーは言葉の切れたのび太に対してそう尋ねる。

 

 しかし、のび太の方は気づいてしまったのだ。

 

 自分の判断次第で、下手をすればその“結果”が左右されるということを。

 

 当然だろう。

 

 ここでドリーが実験台になって、もし死んでしまえば、結果も何も始まる前から無くなってしまうのだから。

 

 だが、のび太はもう迷わなかった。

 

 

「いや、何でもないよ。兎に角、まだ結果が決まった訳じゃない。こういうときは呑気に待つに限るよ」

 

 

「そうかな」

 

 

「そうだよ。なんなら、僕がその二人を説得してみるから、心配しないで」

 

 

「本当!?」

 

 

「ああ、本当だよ」

 

 

 それを聞いたドリーは、表情をぱあっと明るくする。

 

 

「のびたは強いね」

 

 

「いや、そんなことはないよ。・・・それとね。今だから言うけど、僕、今日は一人の女の子を助けるつもりなんだ」

 

 

「えぇ~。誰!?」

 

 

「ふふっ、秘密だよ。明日になったら、たぶん分かるから」

 

 

 のび太はお口にチャックといった感じに指を動かしながら、ドリーに向かって得意気にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夕方 学園都市 某所

 

 

「で、決意は決まったのかしら?」

 

 

 学園都市の某所にて、唯一はそう言いながら、とある人物に対してそう尋ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、あなたの提案は受け入れましょう。ただし、約束は守って貰います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それに対して、少年──野比のび太は強い目指しでそう宣言した。



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救出開始

◇8月12日 夜 才人工房

 

 

「じゃあ、お願いね」

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。まあ、任せろ」

 

 

 唯一の言葉に対して、男──木原電離はそう言いながら、任せろと啖呵を切る。

 

 それに対して、唯一は少々彼を哀れに思った。

 

 この研究所が襲撃されることは、彼には伝えていない。

 

 伝えたら、伝えたで面倒くさい事になりそうであったからだ。

 

 そもそも木原はレベル5相手には相性が悪い。

 

 木原の攻撃手段としては単純な科学兵器を応用しているので、レベル5のような強力な異能の力を持つ者にはなかなか対処が難しいからだ。

 

 それでもスタンダードな攻撃手段しかない第三位など相手にはある程度対処できるが、それでも敗れるケースもある。

 

 実際、つい先日もその対策を念入りに練っておきながら、テレスティーナ=木原=ライフラインが第三位に挑んでいるが、結局は敗北している。

 

 木原数多も一方通行への対策手段などが有るとは言っていたが、それも何処まで通用するか分からない。

 

 なので、唯一は仮に伝えたとしても電離が敗れると見ていたのだが、のび太はまだ子供であり、暗部に落ちていないので殺人への忌避感も激しい。

 

 そして、万が一にも電離に敗れてしまえば、予定が狂ってしまうので伝えなかったのだ。

 

 加えて言えば、哀れには思っても、彼が亡くなることには特に感傷を抱いてはいなかったが。

 

 

「ああ、それと、最後に被験体と話しても構わないかしら?」

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。別に構わんよ」

 

 

「そう、じゃあ、失礼するわ」

 

 

 唯一はそう言いながら、ドリーが待つ部屋へと入っていった。

 

 そして、中に入ると大の字に身体を拘束されたドリーが唯一の目に移った。

 

 

「ごきげんよう。早速だけど、もう少しであなたの実験が始まるわ。おそらく、この実験が終わる頃には今度こそあなたは死ぬわ」

 

 

「・・・はい」

 

 

 ドリーは暗い表情で返事をする。

 

 当然だろう。 

 

 今から死ぬほどの実験をされると聞いて、平常心で居られるわけが無いのだから。

 

 むしろ、騒ぎ出さないだけでも大したものだろう。

 

 

「何か言い残したいことはあるかしら?」

 

 

「別に・・・あっ、でも、のびたには私の事は死んだと伝えてください。この実験の事は話さないように」

 

 

「あら?なかなか健気なのね」

 

 

「・・・」

 

 

 唯一の言葉に、ドリーは沈黙を以て答える。

 

 ドリーの本心としては、のび太には何時までも自分の事を引き摺って欲しくなかったのだ。

 

 精神年齢はのび太より幼いドリーだが、その思い遣りの心だけはのび太よりも上だったと言える。

 

 だが──

 

 

「でも、ごめんなさいね。もう彼にはこの実験の事、話してあるの」

 

 

 その言葉にドリーは目を大きく見開く。

 

 

「!?な、なんで!!」

 

 

 それは初耳だった。

 

 当然だろう。 

 

 やることがやることだけに、のび太もドリーに言うつもりはなかったし、唯一も今まで言わなかったのだから。

 

 しかし、それはドリーにとっては最悪の事態に等しかった。

 

 だが、次の瞬間、その最悪の更に斜め上をいく情報がドリーの耳へと入ってくる。

 

 

「そっちの方が私たちによって都合が良いからよ。それとね、彼と取り引きをしているの」

 

 

「取り引き?」

 

 

「そう。この研究所の人間を皆殺しにすれば、あなたを助けるって契約をね。彼、散々悩んでいたみたいだけど、あなたを助けるためだって、結局は承諾してくれたわよ?」

 

 

 唯一は“良い笑顔”でそう言ったが、これは真っ赤な嘘だ。

 

 確かに殺す覚悟は必要だと言ったが、必ず殺さなければならないなどとは一言も言っていない。

 

 なにより、そんな厳しい取り引きでは決意を固めるまでに時間が掛かると判断したからだ。

 

 だが、今のドリーにはその真偽を確かめられる訳もなかった。

 

 

「あ・・・あ・・・」

 

 

 ドリーはその唯一の言葉に絶望してしまった。

 

 唯一の言葉が本当だとすれば、新たに出来たその友達に人殺しを強いることになったということを意味するのだ。

 

 そんな事実に、心優しい性格をしている彼女が苦しまずにいられる訳がなかった。

 

 

「まあ、そういうわけだから、王子様を待つ眠り姫のつもりで待っていなさい。・・・それじゃあね」

 

 

「あっ──」

 

 

 唯一は懐から睡眠薬入りの注射器を取りだし、ドリーの手に注射を行って彼女を眠らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数分後 学園都市 某所 

 

 才人工房から少し離れたビルの屋上。

 

 そこにのび太は陣取って、才人工房を見下ろしながら、唯一と電話をしていた。

 

 

『じゃあ、もういいわよ。好きにやっちゃって』

 

 

「もう一度、確認しますけど・・・本当に助けてくれるんですよね?」

 

 

 のび太は正直言って唯一をあまり信用しなくなっていた。

 

 まあ、あんな狂気な言い分を聞いたら当然と言えば当然であったが、裏切られた場合はかなり不味い状態になるので、何度も念を押して確かめていた。

 

 

『ええ、約束は守るわ。ドリーを救出したら、第7学区の総合病院に行きなさい。あそこなら助けてくれるから。あなたも行ったことが有るでしょう?』

 

 

「・・・」

 

 

 のび太は5日前にお世話になった病院の医者を思い出す。

 

 確かに彼処なら信用できる。

 

 根拠はないが、何故かそう思えた。

 

 

『じゃあ、頑張ってね』

 

 

 そう言って電話は切られた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・ふぅ」

 

 

 これから事を起こす前の準備運動のつもりなのか、のび太は一度深呼吸をして、自分の気持ちを落ち着かせる。

 

 

「・・・さて、やるか」

 

 

 そう宣言した後、のび太は唯一から貰った端末を弄る。

 

 そこには今のび太が見下ろしているドリーが居る研究所で行われている人体実験の内容や建物構造図などか書かれていた。

 

 

「・・・やっぱり、難しいか」

 

 

 のび太は地図を見ながら溜め息をついた。

 

 のび太が考えていたのは、ドリーをどうやって救出するかだった。

 

 一番確実なのは、空間ゲートを使用することだが、この空間ゲートは目で直接見える距離にしか発動できないという欠点があるのだ。

 

 つまり、ここにゲートを繋げて、ドリーの居る部屋にまた改めてもう1つのゲートを発動させる必要がある。

 

 これでは正面突破するのと変わらない。

 

 そして、その正面突破をすることも考えたのだが、どんな罠が仕掛けられているが分からないし、今は能動とは別に自動でバリヤが展開できるとはいえ、自動はあくまで能動と比べると簡素的なものであり、今のところは拳銃の弾を防げるくらいの強度しかなく、もしライフルによる奇襲を受けたりすれば一発で詰む。

 

 そうでなくとも、それに匹敵する威力のあるトラップに引っ掛かってしまえばそれで終わりだ。

 

 いや、そもそも秘密の隠し通路か何かが有れば、自分がドリーの所に辿り着く前に逃げられてしまうだろう。

 

 次に考えたのは、でかい空気弾を作成し、建物を大々的に壊して相手が混乱している隙にドリーを助けること。

 

 空間把握によって既にドリーの居場所は判明しているため、一見良い案のように思えるが、こういうやり方はなかなか被害調整が難しい。

 

 その為、これはドリーを巻き込む危険性があることから、すぐさま却下された。

 

 

「そうなると、あれしか無いか」

 

 

 のび太はそう思いながら、ドリーの救出のための準備を完了させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇才人工房 内部

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。じゃあ、早速やらせてもらうとするか」

 

 

 電離はそう言ってキーボードを操作しながら、大の字で拘束されたドリーに“とある電流”を流していく。

 

 すると──

 

 

「あぁあ・・・あ・・・ぁ」

 

 

 苦しげな声を出しながら、ドリーは悶えていた。

 

 そして、それを見た電離は心を痛めるどころか、益々興奮してキーボードを叩き続ける。

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。こりゃ良いや!」

 

 

 そして、その興奮した状態のまま、更なる電流を流そうとする。

 

 しかし、次の瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの~その子を離して貰えませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それはあまりにも早すぎる少年(ヒーロー)の登場だった。



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破壊

◇8月12日 夜 才人工房

 

 のび太が侵入手段として取った手段は(技術的にはかなり理不尽なものではあったが)非常にシンプルだった。

 

 外からこの世界とは別の次元の道を造り、そこから一直線に建物を貫通する形で一直線にドリーの元へと向かう。

 

 つまり、常時空間移動(テレポート)をしている状態であり、監視カメラや警報装置にも全く引っ掛からなかった。

 

 その為、電離の目には突然、のび太が現れたように見えたのだ。

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。お前、何者・・・いや、最近、レベル5に登録されたという第0位か」

 

 

「・・・」

 

 

 のび太はその問いには答えない。

 

 コーヤコーヤの時のように、ヒーローごっこをしている心の余裕は無かったからだ。

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。お前も実験材料にしてみたいところだが・・・あいにく、ドリーの実験を頼まれているんでな」

 

 

 

ビリビリ

 

 

 

 電離がそう言いながら、何かのボタンを押すと、部屋のあちこちから電流が迸った。

 

 だが、その程度ではのび太のバリヤ相手にはなんの障害にもならない。

 

 元より、自動的には今のところ大した強度は無かったが、能動的な発動ならば電撃使い最強とされる第三位の全力を余裕で防げるだけの強度が有ったのだから。

 

 だからこそ、この部屋から浴びせられる程度の電撃ではのび太になんの被害も与えることはできない。

 

 だが、目眩ましには十分であり、のび太は一時的に電離の姿を見失った。

 

 そして──

 

 

 

ガキン

 

 

 

 のび太の右後ろ辺りから、バリヤに衝突したであろう音が聞こえる。

 

 だが、このバリヤは聖人の打撃にも耐えられるほどの強度を持っている。

 

 仮に第三位がレールガンを放ってきたとしても、このバリヤは破れないだろう。

 

 第四位だと少し微妙だが、まあ、それでも一瞬で突き破られるという程ではないので、破られるまでに新たなバリヤを貼ることで防ぐことは可能だろう。

 

 そして、この攻撃もなんだかは知らないが、自分のバリヤを破ることはできない。

 

 そう思っていたのび太だったが──

 

 

 

パキパキパキ

 

 

 

 というどう考えてもバリヤが突き破られようとしている音にしか聞こえない音が耳に響いてくると、流石に慌てた。

 

 

(なんだ?)

 

 

 のび太はそう思いながらも、それが発射されたと思われる射線上から外れる形で、のび太はその場から一旦離れる。

 

 すると──

 

 

 

ビュッ

 

 

 

 ソニックブームの衝撃波と共に、何かがのび太の近くを駆け抜けていった。

 

 そして、それはそのまま近くの壁へと激突する。

 

 

 

ドオオオォオオオン

 

 

 

 そして、衝突したそれは直径1メートルの大穴を開けた。

 

 のび太は衝突した物体を見る。

 

 

「杭?」

 

 

 それは少々大きな金属製の杭だった。

 

 人体に当たったら串刺しになるのは間違いないだろうが、どうして自分のバリヤを貫通寸前まで追い込んだのかは、今一つ分からなかった。

 

 すると、電離が出てきてあることを説明する。

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。それはな。電磁によってカタパルト式に打ち出して発射された杭だよ。知らないか?」

 

 

「それくらいは知っていますよ」

 

 

 のび太はそう答える。

 

 実際、学習装置で植え付けられた知識にそのようなものがあったので、のび太は原理については分かっていた。

 

 しかし、のび太のバリヤを貫通するとなると、とんでもない杭とカタパルトの強度と、電気の電量が必要だ。

 

 それを何処から調達したのかは、流石にのび太にも分からなかった。

 

 まあ、そんなことはどうでも良い。

 

 今はどうやってドリーを助け出すかだった。

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。お前の狙いはこの小娘か?止めておけ、止めておけ。どうせお前に救えやしない」

 

 

「? 確かに今の攻撃は脅威ですが、それだけで僕を仕留められるとでも?」

 

 

 そう言いながらも、電離の言葉には何か違和感を感じる。

 

 確かに先程の攻撃は脅威ではあったが、決して対処できない範囲のものではない。

 

 対処するだけなら、そもそも防ぐ以外に幾らでも手段があるのだ。

 

 しかし、その事を吟味しても電離の言っている事には、のび太は何か違和感を感じている。

 

 そして、それがなんなのかは次の電離の発言によって分かることとなった。

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。その小娘に着いている首輪を見てみろ」

 

 

 のび太はソッと電離から視線を外し、ドリーの方に目を向けてみる。

 

 確かにそこには黒い首輪が首に装着されていた。

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。これはな。まあ、端的に言えば爆弾だ」

 

 

「爆弾!?」

 

 

 爆弾と聞いて人質に取るつもりかと、のび太は再び身構える。

 

 だが──

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。何を勘違いしているのか知らんが、人質に取るつもりはねぇよ。いや、その必要はない、と言うべきかな?」

 

 

「? どういうこと?」

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。この爆弾はな。特定の生命反応が消失した時にしか解除されねぇんだ。ちなみにネタバレしちまうと、その生命反応は俺自身」

 

 

「!?」

 

 

 これが唯一の狙いだった。

 

 特定の解除条件を設けて、のび太にその人物を殺させることで人殺しの引き金を引かせようという悪質な手。

 

 どう考えても、外道の所業だろう。

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。最初は何故こんなものを着けたのか分からなかったが、なるほどなぁ。お前が来るのが、予想されていたからか」

 

 

「・・・」

 

 

 電離はそう言うが、実際は予想されていたのではなく、既に確定されていたのだ。

 

 だが、そんな情報を言う余裕はのび太にはない。

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。まあ、良いや。お前はそこで俺の実験を見とけ。どうせ、お前には人を殺すなんざ出来ないだろうし」

 

 

「ッ!?」

 

 

 図星を突かれ、のび太は言葉に詰まるしかなかった。

 

 そう、のび太は犯罪を犯す勇気は既にあったが、殺す勇気までは未だに持っていなかったのだ。

 

 すると、電離はのび太に興味をなくしたのか、のび太から視線を外し、何かの装置に目を向ける。

 

 

「ま、待て!」

 

 

 直感的にドリーの実験装置だと分かり、のび太は止めようとするが、その程度で木原の一員たる電離が聞く筈もなかった。

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。さて、出力最大!スイッチオオオン!!」

 

 

 電離はそう言いながら無情にもスイッチを押す。

 

 しかも、わざわざ電力のレバーを最大にして。

 

 すると──

 

 

 

 

 

ビリリリリリリリリリリリ

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 あまりの電流での激痛に、ドリーの目は覚めてしまい、苦痛の声を上げる。

 

 

 

「や、止めろ!止めてくれ!!」

 

 

 

 

 

 

「ひゃっひゃっひゃ。まだまだぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 のび太は悲痛な声で叫ぶが、電離は尚も止まらない。

 

 その間にドリーに掛かる苦痛はどんどんと増していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドリー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 のび太はそんなドリーを見ながら、必死に頭を回す。

 

 

(どうする?もう殺すしかないのか?でも、それは・・・)

 

 

 のび太はかなり迷っていた。

 

 人殺しはしたくない。

 

 だが、このままではドリーが死んでしまう。

 

 そんなぐるぐるとした思考によって、のび太の考えは迷走していた。

 

 だが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たすけてぇえええええええ!!のびたぁああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その言葉に、のび太の何かが切れた。

 

 その瞬間に思い出したのは、ドリーと楽しく過ごした思い出、数日前に助けられなかった少女

 

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドリーの朗らかな笑顔だった。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月13日 未明

 

 

「はぁ、これは派手にやってくれたわね」

 

 

 唯一は溜め息を吐きながら、とある高台から、跡形もなく消滅した(・・・・・・・・・)才人工房()を見る。

 

 周囲には警備員(アンチスキル)や原因究明のための研究者までが勢揃いだ。

 

 

「まっ、後始末はするって言っちゃったからしょうがないんだけどさ。電離は完全に死んじゃったし、他の研究員も死んだだろうから、これだけの事を仕出かしたとなると、後始末はかなり面倒ね。まあ──

 

 

 

 

 

 

 

 

──お蔭で益々面白くなってきたんだけどね」

 

 

 女性は薄笑いを浮かべながら、後始末を行うために現場へと入っていった。



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学園都市の闇

◇8月19日 第7学区 水穂機構・病理解析研究所 パソコンルーム

 

 あれから1週間。

 

 のび太はこの研究所に侵入して、とあるデータを探していた。

 

 

「急がないと!」

 

 

 のび太は端末を必死に操作してデータを探していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月13日 昼 第7学区 総合病院 

 

 それは今から6日前、少女を助けてから一晩明けた頃に起きた事から始まる。

 

 

「あなたは・・・誰?」

 

 

 目覚めた少女──ドリーがのび太に投げ掛けた言葉。  

 

 それは少年にとって、絶望的なものでもあった。

 

 この少女は本来の歴史(・・・・・)ではなかった記憶を全て忘れるという事象を起こしていた。

 

 しかも──

 

 

「電撃で脳の一部が焼き切れちゃって、意味記憶とエピソード記憶、両方の記憶が破壊されちゃってるね。特にエピソード記憶は全失と言っても良いだろう」

 

 

 冥土返しはそう言いながら、困ったように頭を掻く。

 

 記憶破壊。

 

 それは記憶喪失のような場合によっては戻るものとも違い、永久に戻らないであろう記憶の消失状況を表す。

 

 ちなみにのび太は知らないが、2週間以上前に上条当麻という少年も陥ったものでもある。

 

 いや、それよりも尚酷い。

 

 上条当麻はエピソード記憶だけで済んだが、少女はエピソード記憶は勿論のこと、知識を司る意味記憶さえも失ってしまっている。

 

 いや、正確には意味記憶の方は一部残っている。

 

 そうでなければ、喋るという簡単な行動さえ起こせなかっただろうから。

 

 だが、それよりも、問題なのはエピソード記憶の方だった。

 

 

「先生、どうにか記憶は戻らないんですか?それに全失って流石に大袈裟じゃ・・・」

 

 

 すがるような想いで、のび太は冥土返しに尋ねる。

 

 だが、それはのび太とドリーが過ごした思い出をなんとしても取り戻したいという訳ではない。

 

 いや、それもあるが、自分とドリーが過ごしたのは3日程度。 

 

 友情に時間は関係ないだろうが、逆に言えばそれくらいの過ごした時間ならば、これから幾らでもそれを挽回できる機会は存在する。

 

 なので、それについてはのび太もあまりショックを受けてはいない。

 

 命が有っただけでも儲けものだし、思い出はまた造り直せば良いのだから。

 

 しかし、彼女の思い出の中にあったみーちゃんやみさきちゃんという存在はどうだろうか?

 

 全失ということは、彼女たちの記憶も無くなっている可能性が高い。

 

 人が本当に死ぬときというのは、その人間のことを忘れた時だ。

 

 誰かが言ったような言葉でもあるが、この言葉を当て嵌めるならば、彼女の中でのみーちゃんとみさきちゃんという存在は完全に死んだことになる。

 

 だが、冥土返しはゆっくりと首を横に振った。

 

 

「いや、駄目だ。意味記憶の方は学習装置(テスタメント)で新たに植え付ける事も可能なんだろうけど、エピソード記憶の方はどうしようもない。それにエピソード記憶全失という患者は彼女の他にもつい最近、居たからね」

 

 

 そんな絶望的な返答が帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月19日 第7学区 水穂機構・病理解析研究所 パソコンルーム

 

 あれからドリーの記憶を取り戻すためにドリーのことを大分調べた。

 

 この6日間、能力を使ってハッキングをしたり、闇に潜って人を殺したり、怪我させたりもした。

 

 もはやそれに罪悪感はなかった。

 

 ドリーの記憶を元に戻すことしか頭に無かったからだ。

 

 しかし、のび太のハッキング技術は能力を駆使しても守護神(ゴールキーパー)はおろか、御坂美琴よりも下回る能力しか持っておらず、大したことは出来なかった。

 

 まあ、のび太はハッキングの天才でも、ハッキングに優れた能力である電撃系能力者でも無かったので、当たり前と言えば当たり前と言えたが。

 

 しかし、それでもハッキングとヒューミントをこなして情報収集を続けた結果、つい先日、ドリーを参考にして後に計画された、量産能力者(レディオ・ノイズ)計画において造られた妹達(シスターズ)の情報を掴んだ(ちなみに絶対能力者進化実験(レベル6シフト)についてはまだ掴んでいない)のだ。

 

 そう思ったからこそ、のび太は妹達(シスターズ)の情報があるというこの施設に潜入して、パソコンルームに置いてあるパソコンから妹達(シスターズ)についての情報を漁っていた。

 

 だが──

 

 

「なかなか、収集が難しいな」

 

 

 のび太はハッキングがなかなか進まないことに苛立っていた。 

 

 のび太のハッキング方法は基本的に電気を利用してハッキングするというある意味電撃系能力者のハッキングのやり方と全く同じだ。

 

 しかし、通常の電撃系能力者のハッキングは直接電気を操ってハックするというシンプルで直接的なやり方なのに対して、のび太は空気を圧縮させて電気を発生させ、そこから電気を操ってハックするという間接的なやり方だ。

 

 これでは幾らのび太のレベルが高くても手間取るのは当然であり、異能力者(レベル2)くらいの電撃系能力者ですらのび太と同じようなハックが出来るであろう程の非効率さである。

 

 はっきり言って回りくどい事この上無いが、これ以外に方法がなかったのだ。

 

 そして、のび太が焦っている理由はもう1つ有った。 

 

 最近、その妹達(シスターズ)関係の施設が高位の電撃能力者に襲撃されているらしく、妹達(シスターズ)関連の施設の防衛が強化されているらしい。

 

 ちなみにこののび太が侵入している施設も、アイテムという学園都市暗部の中でも、かなり強い部類に入る暗部組織が防衛網を張っていたのだが、そのアイテムのレーダー代わりとなっている少女の能力がAIM拡散力場を使わないのび太には反応しなかったのと、のび太が例のごとく、次元トンネルを使って建物に潜入していたので警備システムに引っ掛からなかった事、そして、監視カメラものび太が空間を歪客させて誤魔化していたことから引っ掛かっていなかった。

 

 アイテムのリーダーである麦野沈利が聞いたら怒り狂いそうな程、アイテムにとっては間抜けな展開ではあったが、何か異常を感じて人(特に暗部の人間)が来てしまえば、こんな誤魔化しは通用しないことは分かりきっているので、のび太は焦りながらデータを探していたのだ。

 

 そして、ハックすること暫く、ようやく何かのデータを掴んだ。

 

 

絶対能力者進化実験(レベル6シフト)?」

 

 

 のび太はその内容を読もうとしたが、その時──

 

 

 

ドッガアアアアアン 

 

 

 

 建物の何処かから轟音が響き渡った。

 

 

「なんだ?」

 

 

 何がなんだか分からなかったが、これで建物の中の人間も異常に気づいた筈だ。

 

 その為、取り敢えずと、のび太は絶対能力者進化実験(レベル6シフト)についての情報を自分の端末に移し、自らはこの施設から速やかに撤退するために次元トンネルを開いた。

 

 そして、10分あまり後、このコンピュータールームは侵入してきた第三位超電磁砲(レールガン)によって、再起不能な程に破壊されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同時刻 学園都市 スクール アジト

 

 

「なに?第0位の抹殺?」

 

 

 のび太が水穂機構・病理解析研究所からデータを盗み出していた頃、学園都市の暗部の1つ、スクールのアジトではスクールのリーダー、垣根帝督が何時も仕事を依頼してくるエージェントから、ある仕事を頼まれていた。

 

 

『ああ、そうだ。最近、第0位の行動が目に余るようになってね。上の“一部”で脅威論が出てるんだ。それでとある統括理事から、第0位の抹殺を第二位に殺らせるようにって依頼が来てね』

 

 

「おいおい、それって独断専行じゃねぇか?別に仕事そのものは構わねえが、それじゃあ、達成したにしろ、俺達が逆に上から目をつけられるじゃねぇかよ」

 

 

 垣根はそう答えながら、その辺どうなんだと問い詰めてくる。

 

 別に依頼そのものは構わない。

 

 第一位もいずれ倒す予定だが、第0位も自分より序列は一応上な以上、倒すことになる可能性が高い。

 

 となれば、これを機に倒しておくのも1つの手だろう。

 

 しかし、それで上に目をつけられるのは不味い。

 

 いずれ反抗する予定ではあったが、今は色々と準備が整っていないのだ。

 

 

『それがね。その上の統括理事長からは限定付きで仕事をしてもOKって事にされてるんだ』

 

 

「アレイスターが?それで、その条件ってのはなんだ?」

 

 

「それはね──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、学園都市の暗部の闇がのび太に牙を剥こうとしていた。




原作との相違点

ドリーの妹が記憶破壊によってみーちゃんとみさきちゃんの記憶を完全に無くす。


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ミサカ10020号拉致

◇8月20日 早朝 第13学区 マンション

 

 第13学区にあるのび太のマンション。

 

 場所が特定され、襲撃される可能性があるために放棄しようかとも考えた施設であるが、一時的な宿泊施設には役に立つかもしれないので、まだベッドや家具などはそのままだった。

 

 更に言えば、のび太のバリヤの自動モードは寝てる間も展開される上に、その強度は先日より更に増しており、対人ライフルくらいならば簡単に弾けるような強度となっている。

 

 その為、のび太は昨夜、第7学区から戻った後はここで寝泊まりし、今、改めて昨日手に入れた絶対能力者進化実験(レベル6シフト)についての情報を見ていた。

 

 

量産能力者(レディオノイズ)計画で産まれた2万人の妹達(シスターズ)を使って第一位と戦わせて絶対能力者(レベル6)への進化を計る、か。よく分からない計画だな」

 

 

 本当によく分からない計画だとのび太は思う。

 

 第一、新たにレベル6という地位を創ったところでなんの意味があるのか?

 

 そもそも現在の6段階のレベルでさえ、研究者達があらかじめ居る能力者をそれぞれのレベルに振り分けたというだけの話。

 

 そこに新たにレベル6という地位を創ったところで、基本的にはなんの意味もない。

 

 精々、意味があるのは自分が他のレベル5より出来るという優越感に浸れるという事くらいだろう。

 

 いや、第一、ポ○モンのレベルアップではあるまいし、こんな方法で強くなれるとも思えない。

 

 同じような相手に何回も戦って強くなれるなら、誰だって苦労はしないのだから。

 

 

「で、現在10015次実験まで終了、か。この日付は昨日の夜のだから・・・今日にまた何人かの妹達(シスターズ)が殺される事になるな」

 

 

 のび太はその現状に若干眉をしかめるが、次の瞬間には元の表情に戻る。

 

 

「兎に角、実験のドサクサ紛れに妹達(シスターズ)を一人だけでも良いから、捕まえてくる必要が有りそうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 昼

 

 

『先程、第10020次実験が行われたばかりです』

 

 

 それは第7学区のとある公園で、妹達(シスターズ)の一人であるミサカ10031号が、無機質な声で御坂美琴(オリジナル)に10020次実験の事を伝えた少し前の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、どうしたァ?」

 

 

 絶対能力者進化実験第10020次実験において、ミサカ10020号は今正に一方通行(アクセラレータ)と交戦状態にあった。

 

 いや、それは交戦と呼べるかどうかも怪しいものだった。

 

 なんせ、被験者である一方通行(アクセラレータ)は無傷なのに対して、ミサカ10020号はもうボロボロの状態であり、右腕に至っては骨折して使い物にならない状態になっていたのだから。  

  

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 

 だが、それでも彼女は実験を続けようと、態勢を整えるために逃げ続ける。

 

 彼女にはそれしか無いから。

 

 だが、このまま実験を続けていても、少女の運命は決まったようなものだった。

 

 そもそも彼女が出せる電力は800ボルト程度。

 

 これは学園都市の基準で言っても異能力者(レベル2)くらいのものでしかない。

 

 妹達(シスターズ)によってはその一桁違う数千ボルトを出せる強能力者(レベル3)クラスの者も居るが、どちらにしても一方通行(アクセラレータ)の前では大した違いはない。

 

 と言うより、彼女らよりも圧倒的なスペックをオリジナル(御坂美琴)ですら、つい5日前に一方通行(アクセラレータ)に挑んだ結果、事実上の敗北を喫している。

 

 なので、余程の手(木原神拳)イレギュラー(幻想殺し)でも使わない限り、彼女に勝ち目など有ろう筈もないのだが、彼女が使うのは奇襲をするにしても、精々即席のトラップ程度。

 

 これでは何も出来ずに死ぬのが落ちだろう。

 

 実際、本来の世界線(・・・・・・)では、彼女は死んでいるのだから。

 

 しかし、この世界(・・・・)では違った。

 

 

「──えっ?」

 

 

 彼女が曲がり角を曲がった直後、入念に偽装された空間ゲートを彼女は通り、別空間へと転移(ジャンプ)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を近くのビルの屋上で見ていたのび太は、ミサカ10020号が通り抜けた空間ゲートを閉じながら、無言でとある場所に電話を掛ける。

 

 

『──もしもし?』

 

 

「届きましたか?』

 

 

 電話を掛けた相手は冥土帰しだった。

 

 妹達(シスターズ)を拉致すると決意した時、真っ先に困ったのは妹達(シスターズ)がクローンであり、その扱いには様々な調整が必要なことだった。

 

 しかし、のび太には医療の知識は多少あっても、流石にそこまで専門的なものはなかったし、そもそも設備など全くない。

 

 しかし、だからと言って木原に頼むのは問題外だ。

 

 故に、冥土帰しに頼むことにしたのだ。

 

 

『うん、確かに女の子が一人ね。大怪我をしているみたいだから今治療中だけど』

 

 

「そうですか。では、後で行きますので、治療をよろしくお願いします」

 

 

『それは構わないけど・・・少し暴れて鎮静剤を打ったから、君が聞きたいことを聞くのは少々後にならざるを得ないよ?それでも良いかい?』

 

 

「・・・まあ、良いでしょう。そんなに焦ることでも有りませんから。では、また後で」

 

 

 のび太はそう言って電話を切りながら、再び先程、実験が行われていた場所を見る。

 

 どうやら一方通行(アクセラレータ)は、別の妹達(シスターズ)の何人かに実験終了について通達され、帰るところらしい。

 

 

「・・・ふぅ、偽装はなんとか成功したか」

 

 

 のび太が一番苦慮したのは偽装についてだった。

 

 妹達(シスターズ)の一人一人にはミサカネットークという名の連絡網兼発信器が付けられている為、まずこれを遮断しなければならない。

 

 まあ、遮断そのものは簡単であったが、次に問題だったのは死の偽装をどうするかだ。

 

 まさか、空間ゲートに入ったのをそのまま監視カメラに映させる訳にはいかないので、研究所に忍び込んだ時のように空間を歪曲して、ミサカ10020号が死んだようにカメラに映るようにしたのだ。

 

 その後、空間ゲートに入った直後の映像に戻すことで途端に消えたように見せた。

 

 ミサカネットークが途切れたこともあるため、これならばおそらく、空間移動系能力者が死んだ直後のミサカ10020号を何処かに転移させたようにしか映らないだろう。

 

 そして、学園都市の中でも空間移動系能力者は空間移動が出来るのび太を含めても59人しか居ないレアな能力であるが、逆に言えばその59人もの人数が全員容疑者となる。

 

 証拠も無いので、問い詰められたとしても、しらをきり通せばどうにでもなる問題だ。

 

 いや、そもそもバレたとしても警備員(アンチスキル)を動かすことすら出来ないだろう。

 

 まさか、捜索対象が御坂美琴のクローンなどと、堂々と言えるわけがないのだから。

 

 

「そうなると、バレた場合に来るのは、ギラーミンの時みたいな殺し屋か?」

 

 

 のび太はかつてコーヤコーヤ星でガルタイト鉱業から住民を守る為に用心棒をしていた時の事を思い出した。

 

 あの時、のび太とドラえもんの二人は、相手が蛮行に手を染めていたとは言え、かなり非合法な行為をしていたが、犯罪を行っているガルタイト鉱業側がまさか警察に訴え出るという訳にもいかなかった結果、最終的に来たのはギラーミンという名の凄腕の殺し屋兼指揮官だった。

 

 となると、今回もそうなのだろうか?

 

 のび太はそのような考えながら、その場からの撤退に移行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その10時間ほど後、のび太は自分の予想があながち間違ってもいなかったことを、身を以て思い知る事となる。




ちなみにギラーミンが殺し屋兼指揮官をやっているという事からも分かったでしょうが、この作品のドラえもんの宇宙開拓史は2009年に公開された新・宇宙開拓史の方(旧版では殺し屋兼アドバイザーだった)です。そして、漫画版第6巻に10031号が御坂美琴にチラッと言った10020次実験。今回、その実験に使われたミサカ10020号をのび太は拉致しました。


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温かさ

◇8月20日 夕方 学園都市 第7学区 総合病院 

 

 後にツンツン頭の少年に御坂妹と呼ばれることになるミサカ10032号がツンツン頭の少年と公園で出会っていた頃、この第7学区の病院にはのび太がミサカ10020号に話を聞くために訪れていた。

 

 

 

コンコン

 

 

 

「どうぞ、とミサカは入るように伝えます」

 

 

「入るよ」

 

 

「あなたは・・・第0位ですか?、とミサカは問い掛けます」

 

 

「うん。まあ、そうなんだけど、よく分かったね」

 

 

 のび太がそう言うのも無理はなかった。

 

 第0位はその存在が発表されて、まだ1ヶ月も経っておらず、存在も秘匿されていた為、学園都市の中でも知っている人間は少ない。

 

 いや、それを言ったら第三位以外のレベル5も同じなのだが、こちらはまだ学校に通っていないこともあって、それにも増して少ないのだ。

 

 にも関わらず知っているということは・・・学園都市は妹達(シスターズ)関係で自分への注目が高まっているのかもしれない。

 

 のび太は最近冴え始めたその頭で、そんな嬉しくない現実を思い浮かべる。

 

 

「いえ、あなたが私たちの事を調べているというのは周知の事実ですから、とミサカは情報を告げます」

 

 

「・・・」

 

 

 のび太は学園都市の情報収集能力に驚愕せざるを得なかった。

 

 確かに妹達(シスターズ)の事を知り、その情報を集めていたのは確かだが、その妹達(シスターズ)についての情報を知ったのは、つい昨日の事であったからだ。

 

 

「・・・ちなみに君は何処まで知っているの?」

 

 

 それは『昨日、施設に潜入したことを知っているのか?』という意味での問いだった。

 

 

「いえ、詳しいことは。ただ、既に学園都市上層部が知っていることは確かですよ、とミサカはあなたに驚愕の真実を告げます」

 

 

「あっそ」

 

 

 もはや、本格的にヤバい状況になってしまっていると察したのび太は天を仰いだが、そこで当初の目的を思い出す。

 

 

「ねぇ、ミサカネットワークには情報とかの他に感覚の共有や思い出とかの共有も出来るって聞いたことがあるんだけどさ」

 

 

「おや?あなたが聞きたいのは、絶対能力者進化実験についての情報ではないのですか?とミサカは首を傾げます」

 

 

「まあ、それも聞きたいたと言ったら、聞きたいんだけどね。今はそっちの情報が必要なんだ」

 

 

 のび太は苦笑しながらそう言う。

 

 確かに絶対能力者進化実験についても気になるし、その実験の被験者である一方通行に対して、思うところが無いわけでもなかったが、今はドリーについての情報が優先だった。

 

 

「分かりました。それなら答えても構わないでしょう、とミサカは言います」

 

 

「じゃあ、もう一度聞くよ。ミサカネットークって、思い出の共有とかも出来るの?」

 

 

「一応は。実際、ミサカ9982号がお姉さまと遊んだ記録などは、ミサカの中にも残されていますから、とミサカは答えます」

 

 

「仮にだけどさ。その記憶って量産能力者計画(レディオノイズ)の前に造られた妹達(シスターズ)も含まれているのかな?」

 

 

 のび太にとってはここが重要だった。

 

 仮に量産能力者(レディオノイズ)計画で量産された妹達(シスターズ)に、その前に造られたミサカネットークのテストベットたるドリーの記憶がプールされているならば、そこからミサカネットークを繋げることで記憶の修復が可能かもしれないと思ったのだ。

 

 だが、そこで返ってきたのは、またしても絶望的なものだった。

 

 

「・・・は?とミサカは呆けた顔をします」

 

 

「えっ?知らないの?」

 

 

「ミサカ達以外のミサカが居るのですか?とミサカは逆に問います」

 

 

「・・・」

 

 

 のび太はその言葉に悟ってしまった。

 

 量産能力者計画(レディオノイズ)で造られた妹達(シスターズ)の記憶を保有していないということに。

 

 考えてみれば当たり前の事だった。

 

 量産能力者計画(レディオノイズ)で造られたのは軍用クローン。

 

 つまり、軍事目的で使用されるクローンだ。

 

 逆に言えば、売るためには軍隊や戦場で使えるような人材にしなければならない。

 

 そんなクローンに、余計な記憶が入っている訳もないのはごく当たり前の事だったのだ。

 

 しかし、それでもと希望を持っていたのび太は、その結果に絶望していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のび太君、どうしたの?」

 

 

「──えっ?」

 

 

 ドリーに声を掛けられて、ようやくのび太は我に帰る。

 

 のび太はあれからミサカ10020号と別れて、ドリーの元へ見舞いに来ていた。

 

 そこでのび太とドリーは暫く雑談していたが、途中からのび太がボケーとした様子になってしまい、ドリーは心配して声を掛けたのだ。

 

 

「いや、なんでも・・・あっ、いや、関係あるかな?」

 

 

「?」

 

 

 のび太の言葉に、ドリーは首を傾げたが、のび太は構わず続ける。

 

 

「君の記憶なんだけどさ。もしかしたら、戻らないかもしれない」

 

 

「・・・」

 

 

「・・・ごめんね」

 

 

「なんで、のび太が謝るの?」

 

 

「でも、僕のせいで・・・」

 

 

「先生から聞いたよ。わたしは悪い人たちに実験されて、のび太くんが助けようとしたけど、その過程で記憶を失ったって」

 

 

「・・・」

 

 

 否定はしない。

 

 それは事実であったからだ。

 

 しかし、それでも自分が躊躇ったせいで彼女が記憶を失ったというのも事実であるため、のび太はその事を言おうとする。

 

 が──

 

 

「それにね。わたしはあなたにもうこの事で悩んでほしくないの」

 

 

「えっ?」

 

 

「だってのび太君、泣きそうな顔しているじゃない」

 

 

 のび太はそう言われて、改めて自分の状態を再認識する。

 

 確かに今、のび太は泣いている。

 

 それが何故なのかは分からない。

 

 もういいと言われて、安堵しているのか、それとも逆に罪の深さに苦しんでいるのかも。

 

 そんなのび太に対して、ドリーは彼の頭をゆっくりと抱き締める。

 

 

「あ・・・」

 

 

「無理しなくても良いんだよ?のび太は命の恩人だし、それに私はお姉ちゃんで年上なんだから、ちゃんと甘えなさい!」

 

 

 本来、クローンであるドリーはのび太より生きた期間は少なく、その年齢は年下だ。

 

 しかし、彼女はクローンである事を知らされてはいない。

 

 その事を話すメリットも無かったからだ。

 

 しかし、彼女が抱き締める心と体の温かみは、確かに人間のものであり、のび太はそれを守れたんだと実感しながら、その胸の中でゆっくりと涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 深夜 学園都市 第13学区 マンション

 

 あれから暫くして、のび太は第13学区のマンションに戻ってきた。

 

 

「ふぅ・・・ここも明日でお別れかな?」

 

 

 ミサカ10020号の発言から、いずれ自分に向けて刺客がやって来る可能性が高い以上、もうここには居られないだろう。

 

 ともなれば、ここから移り住んで何処かに居住を移す必要がある。

 

 

「大変そうだけど・・・まあ、なんとかなるだろう」

 

 

 のび太はそう思いながら、寝ようと部屋の電気を消そうとする。

 

 だが、その瞬間──

 

 

 

ガシャアアアアン!!!

 

 

 

 部屋に入ってきた幾つもの物体が部屋の中を蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでくたばったか?」

 

 

 のび太のマンションからほんの少し離れた地点で、垣根帝督はそう呟いた。

 

 昨日、依頼を受けた時から、垣根はのび太を殺すために入念に彼の能力を調べた。

 

 だが、その情報はあまりにも少なかった。

 

 何故なら、何度も言うようだが、そもそものび太は学園都市に来てから日が浅く、しかも途中から研究所通いをサボっていたので、情報収集で獲得できるデータそのものが少なかったのだ。

 

 しかし、辛うじてバリヤが自動展開されていることは分かり、垣根は本来は対一方通行用に準備した無害な物質を有害な物質に変えるというやり方をのび太に対して行使した。

 

 一方通行は有害な物質と無害な物質を別けて、有害な物質だけを反射している。

 

 だからこそ、無害と認識されるものを有害に変えてやれば、効くと考えられたのだ。

 

 更に念のためにこのような奇襲も行った。

 

 ここまでやれば、もしかしたら一方通行も危なかったかもしれない。

 

 本来の世界線(・・・・・・)ですら、彼が一度だけとはいえ、一方通行の反射を掻い潜ったのは確かであり、それもちゃんと一方通行が垣根帝督の事を認識している状態、つまり、奇襲でもなんでもない状態でやった事だ。

 

 それを考えれば、のび太の防御の定義が有害、無害となっているならば、のび太は今頃、バリヤを潜り抜けられた結果、ミンチとなっている筈だった。

 

 しかし──

 

 

 

ドン!ドン!

 

 

 

「おっ!」

 

 

 飛んできた2発の銃弾を垣根はその白い翼で自身を包む形で防いだ。

 

 

「面白ぇ。やってやる!」

 

 

 垣根は弾を撃ってきたであろう本人──第0位に向けて突撃していく。

 

 こうして、学園都市の頂点である学園都市第0位と第二位の戦いが幕を開けた。



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激闘 第0位VS第二位

◇8月20日 深夜 第13学区 マンション 外  

 

 

「ちっ、何者だ?あいつ」

 

 

 学園都市製の拳銃──HsHG─7を右手で握り締めながら、のび太は思わずそう呟いた。 

 

 HsHG─7は外のFN社が開発したFive─seveNをベースに造られている。

 

 しかも、本来のFive─seveNの貫通力に学園都市製の技術が加わっており、100メートルという距離から外の有るものの中で最高レベルの防弾チョッキを余裕で貫通するというとんでもない貫通力を誇っている。

 

 ただし、代償として威力はそこそこといった感じになっているが、のび太はこの拳銃を結構気に入っていた。

 

 だが、そんな威力のある拳銃も垣根の未元物質(ダークマター)の前では無力だった。

 

 

(・・・しかし、さっきのは危なかったな)

 

 

 のび太は体中に着いた擦り傷を見ながらそう思う。

 

 先程の未元物質(ダークマター)の攻撃は本当に突然であり、能動モードのバリヤは発動せず、自動モードのバリヤだけが機能したのだ。

 

 このバリヤは対人ライフルの攻撃に耐えられるが、未元物質(ダークマター)の攻撃は小型なものだとしても、対人ライフルより威力があった為か、あっさりとバリヤを貫通していた。

 

 しかし、一瞬で貫通したかと言えば、そうでもなく、バリヤに引っ掛かってワンテンポ遅れて貫通したことが、のび太に回避の余地を造っていた。

 

 加えて言えば、のび太のバリヤの展開定義も一方通行とは違った事がのび太の命を救っていた。

 

 一方通行の反射の定義は前述したように有害か無害かだ。

 

 これならば、垣根帝督の予想通り、のび太のバリヤは何も機能せずに未元物質(ダークマター)に突破されていただろう。

 

 しかし、垣根帝督は肝心なところを間違っていた。

 

 のび太のバリヤの展開定義は『脅威か、そうではないか』なのだ。

 

 これは物凄く曖昧な定義ではあるのだが、詳細は不明なものの、少なくとも超音速で飛来する10センチの多数の物体を脅威だと思う程度には機能が働いていた。

 

 そして、バリヤの強度と展開、更には周囲への被害を抑える為に垣根帝督が全力ではあるものの、連射攻撃を使用していたこと。

 

 これらのどれかが欠けていれば、のび太は愉快なオブジェと成り果てていただろう。

 

 まあ、それでも回避しきれずに多少の擦り傷は負ったが、そのくらいで済んだのだから御の字である。

 

 と言っても、意外に深いものも有るため、傷跡が残るくらいはするかもしれなかったが。

 

 

「!? 突進してきたか!!」

 

 

 

ガキーン

 

 

 

 のび太のバリヤに垣根の背中から伸ばされた未元物質(ダークマター)で造られた翼が接触する。

 

 既に能動モードに切り替えていた為、聖人の一撃をも防ぐバリヤを貫通することはなかったが、それでもその衝突音の大きさが未元物質(ダークマター)の威力を現している為、のび太は気を抜くことが出来なかった。

 

 

「拳銃が駄目なら・・・これでどうだ!」

 

 

 のび太は拳銃を一旦、右腰のホルスターに戻すと、電撃と空気の攻撃を空を飛ぶ垣根へと浴びせる。

 

 前者は3億ボルト、後者は風速80メートルという大型台風の風速を凝縮させた空気の竜巻が一直線に垣根へと向かっていく。

 

 いずれものび太が新しく開発した技であり、前者は風を圧縮したプラズマによって発生した電気、後者は竜巻の被害半径を縮小する代わりに指向性を高めて一方向に対する威力を重視した竜巻攻撃だった。

 

 どちらにしても、ただの人間に直撃すればひとたまりもない代物であり、前者の電撃では死ぬ上に死体そのものが黒焦げになるだろうし、後者は後者で体が風速によって発生する風の刃によって体がバラバラにされてしまうだろう。

 

 この攻撃からしても、のび太が本気で垣根を殺そうとしていることは明らかだった。

 

 だが──

 

 

「ふん!」

 

 

 学園都市第二位の垣根帝督はその程度で殺られる程、甘い相手ではなかった。

 

 先程の拳銃の弾を防いだ時と同じように白い翼で自らを包み、それらの攻撃を防いだ。

 

 

「・・・なるほど。なかなかの攻撃だ」

 

 

 垣根はのび太の近くの建物の屋根に立つ。

 

 その表情には未だ余裕が見える。

 

 しかし、それはのび太も同じだ。

 

 先程の攻撃と同等か、もしくは仮にそれ以上だったとしても、防げる自信があったのだから。

 

 

「だが、その程度の攻撃では俺の未元物質(ダークマター)の攻撃は止められないぜ。俺の未元物質(ダークマター)に常識は通用しねぇんだよ!」

 

 

「!?」

 

 

 のび太は垣根の上からレーザービームのような光線が自分に向かってくるのを感じ取った。

 

 しかし、それは厳密にはレーザービームではない。

 

 その正体は月の光だった。

 

 本来の世界の未来で、垣根は太陽光を未元物質で殺人光線に変えて一方通行に浴びせたが、当然の事ながら太陽とは朝~夕方までの時間帯に出るもので、今の時間帯は太陽は完全に隠れてしまっている。

 

 その為、垣根は太陽光の代わりとして、闇夜に出ていた月の光を応用して殺人光線に変えてのび太に浴びせていたのだ。

 

 当然、のび太はそれを防ぐ。

 

 更にのび太はこれまでの戦いの反省からこういうときには光を遮断する方針を取ることにしていた。

 

 しかし、これには穴があった。

 

 

「わっ!しまった!!」

 

 

 バリヤの張っている自身より1メートルより先が、光を遮断したことによってブラックアウトしてしまったのだ。

 

 しかも、完全に光を遮断してしまっている為、仮に夜目が効いたとしても何も見ることは出来ないだろう。

 

 一方通行のように一定量を越えたものを反射(のび太の場合は遮断だが)するという方針にすれば、こうはならなかったのだが、初めて使うのび太はそこまで気が回らなかったのだ。

 

 

(どうしよう。解いたとしても、あの光が眩んだら結果は同じだし)

 

 

 のび太はどうしようかと考慮するが、結局、すぐに一定量の光を遮断すれば良いという事に気づき、のび太の視界は徐々に戻った。

 

 しかし──

 

 

「居ない!?」

 

 

 一瞬、逃げたのかと思ったが、次の瞬間、のび太は右側から白い翼が叩くように自分に向かってくるのを確認した。

 

 そして、その攻撃はのび太に直撃し、バリヤを突破されこそはしなかったものの、衝撃によってのび太の体はバリヤを張ったまま弾き飛ばされる。

 

 

 

ドゴオオオオン

 

 

 

 轟音と共に、近くにあった建物が倒壊する。

 

 この戦況は全体的に見れば、のび太より殺しの戦闘経験の多い垣根が有利だった。

 

 しかし、より戦闘に詳しいものが見れば、どちらが勝つのか、未だに検討がつかないといったところだろう。

 

 何故なら、のび太は確かにダメージを負っていたが、掠り傷程度であったし、それも態勢が整っていなかった段階でのものだけで、態勢が整ってからの傷は1つもない。

 

 対して、垣根帝督は奇襲も失敗し、相手が態勢を整えてからは攻めあぐねている状態。

 

 更に──

 

 

「ッ!?」

 

 

 垣根は背後から殺気を感じて振り向くと、そこには空間ゲートを使用して接近してきたのび太が居た。

 

 そして、のび太は出来るだけギリギリまで接近すると先程よりも強い風速85メートルの風を収束させた収束竜巻を垣根の至近で放つ。

 

 垣根は白い翼で防御する。

 

 そして──

 

 

 

ドッゴオオオオン

 

 

 

 その収束竜巻(風速85メートル)は、周りの道路を巻き込む形で垣根に激突した。

 

 だが、これでのび太の攻撃が終わった訳ではない。

 

 のび太は先程よりも若干大きい風速88メートルの収束竜巻を今度は複数製造し、先程垣根の居た場所に四方八方から攻撃を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドッゴオオオオン、ドッゴオオオオン、ドッゴオオオオン、ドッゴオオオオン、ドッゴオオオオン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道路を破壊する凄まじい轟音を鳴り響かせた。

 

 しかし──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それがてめえの限界か?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 垣根はそれでもまだ倒れなかった。

 

 それどころか、嘲笑うかのようにのび太に向けてこう言ってのける。

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったな。お前の電撃も、風も、この世に全てに適応する物質を俺は造り出せるんだよ!」

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 それに対して、のび太は表情を変えない。

 

 むしろ、呆れた視線を向けていた。

 

 

 

 

 

「なんだよ、その目は?」

 

 

 

 

 

 

「いや、別に。そんな自分の能力をペラペラ話して大丈夫なのかなぁって」

 

 

 

 

 

 

 それはのび太の本音だった。

 

 今までのび太は様々な秘密道具を使ってきた。

 

 その中には強力で理不尽な秘密道具もあったが、その有用性をペラペラ喋った結果、奪われて利用されたり、弱点や盲点を突かれたり、または本人自身が自滅したり、させられたりしてきた。

 

 つまり、余計な事をペラペラと喋るべきではないということは、のび太は身を以て知っていたのだ。

 

 それに対して、垣根は聞いてもいないのに、自分の能力をペラペラと喋っている。

 

 そんなことをして本当に大丈夫なのかとのび太は笑うでもなく、素直に聞く。 

 

 

 

 

 

 

「うるせえ!てめえは俺に勝てねえんだから、どのみち同じだろうが!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それが垣根の癪に触ったらしく、彼は怒りを込めた最大限のパワーで、未元物質で出来た三対六枚の翼を収束させてのび太に向けて来た。

 

 それは針のような小ささに凝縮させられており、その中に未元物質の翼の力を全て込めた代物だった。

 

 圧力の勉強をしていれば分かると思うが、質量が小さいところに強い力が加わった場合、それは質量が大きいところに強い力が加わった場合よりも大きな力を加えられる。

 

 それを考慮すれば、これをのび太のバリヤにぶつけられば、如何にのび太の能動モードのバリヤと言えども貫通してしまうだろう。

 

 そして、その翼の先はのび太の方に向かっていき──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 垣根の腹を(・・・・・)突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な・・・に・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 垣根は何が起こったのか分からないまま、地面に伏せた。

 

 そして、意識を失う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その垣根の周囲にはのび太と、のび太の前に展開された空間ゲート、そこに突っ込んだ未元物質、更にはいつの間にか垣根の後ろに展開された(・・・・・・・・・・・)空間ゲートと、そこから飛び出し、垣根の腹へと伸びた未元物質が存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、学園都市の頂点の2星。

 

 学園都市第0位と第二位の戦いは、第0位に軍配が上がることとなった。



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初会話

◇8月21日 未明 第7学区 総合病院

 

 

「・・・それで、あの人は無事なの?」

 

 

 金髪の中学生くらいの少女は冥土帰しに向かってそう尋ねた。

 

 

「うん、まあ、死んではいないからね。幸い、腹は貫通しているけど、それほど臓器の損傷は致命的じゃない。だから、大丈夫だろう」

 

 

「そう・・・」

 

 

 それを確認した少女は壁際に居た人物に向き直る。

 

 

「で、なんであの人を生かしたのかしら?」

 

 

 少女──心理定規(メジャーハート)の問いに対して、少年──野比のび太はこう答える。

 

 

「気まぐれもありますが・・・一番の理由は弔い合戦でもされたら困るからですね」

 

 

 のび太の言っていることには何一つ嘘はない。

 

 のび太は色々と吹っ切れたせいもあるのか、殺人を躊躇うような人間ではなくなっている。

 

 にも関わらず、垣根を助けたのはのび太の気紛れでもあったし、もし垣根を慕うものが居て、弔い合戦でもされたら困るというのものび太の本心だった。

 

 だが、それだけではない。

 

 本当は垣根帝督が何らかの組織の所属なのか、それとも単独犯なのか、見分けたかったという思惑があったのだ。

 

 後者ならば問題ないのだが、前者ならばまた別の人間が襲ってくる可能性があるからだ。

 

 もっとも、こんなことを馬鹿正直に言うほど、のび太も馬鹿ではない。

 

 

「・・・まあ、別に良いでしょう。それで納得してあげるわ」

 

 

 少々上から目線でそう言いながら、心理定規(メジャーハート)はドレスのスカートの中から、どう取り出したのか、スマートフォンを取り出し、のび太に渡す。

 

 

「これは?」

 

 

「あげるわ。そして、もう私たちがあなたに手を出すことはない」

 

 

「・・・は?」

 

 

 のび太は話がいきなり過ぎて、心理定規(メジャーハート)が何を言っているのか分からない。

 

 そして、改めて渡されたスマートフォンを見る。

 

 

「・・・発信器か何かが着いているってオチじゃないですよね?」

 

 

「疑り深いわね」

 

 

「この状況で渡されたものをそのまま信じろという方が可笑しいのでは?」

 

 

 ご尤もな意見である。

 

 つい先程まで自分を殺そうとしていた組織から、『これあげる』と言われて、疑いもせず素直に受け取るような人間はまず居ない。

 

 居たとしたら、その人物が相当なアホである場合のみだ。

 

 流石にのび太も少しながら暗部を渡り歩いているだけあって、そのようなアホではない。

 

 そんなアホだったら、とっくの昔に死んでいただろう。

 

 

「まあ、その通りだけど・・・そのスマホに入っている電話番号に電話を掛ければ分かるわ」

 

 

「・・・」

 

 

 のび太は心理定規に言われて、スマホを少々見ながら、改めて受け取り、部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇総合病院 外

 

 

「・・・・・・電話番号が1つだけ?」

 

 

 総合病院の外。

 

 律儀にもマナーに従ったのび太は、一旦、病院の外へと出て心理定規が言っていた電話番号に電話を掛けようとしていた。

 

 しかし、よくよく考えてみると、普通、携帯というのは複数の電話番号が入っているものである。

 

 そこら辺を心理定規に聞けば良かったと、つい先程まで後悔していたのび太であったが、確認してみると、登録されている電話番号が1つであったことから、その心配は杞憂となっていた。

 

 そして、のび太はその電話番号に電話を掛ける。

 

 すると──

 

 

『やあ、初めまして、かな』

 

 

「・・・誰?」

 

 

 のび太は男か女かも分からない声に警戒の色を濃くしながら、そう尋ねた。

 

 

『私の名はアレイスター・クロウリー。この街の統括理事長、つまり、この学園都市で一番偉い人間だよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これがのび太と学園都市“初代”統括理事長──アレイスター・クロウリーとの初の会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園都市統括理事長。

 

 その役職名を聞いた時、のび太はごくりと息を呑む。

 

 まさか、そんな大物が自分に接触してくるなんて思いもしなかったからだ。

 

 

『おや、驚いたかね。それでこの街の長として聞きたいのだが・・・学園都市は楽しんで頂けているかね?』

 

 

「・・・確かに最初のうちは僕だって楽しんでいたよ。だけど──」

 

 

『命を弄ぶような事が許せなかった、と?』

 

 

「!? それが分かっているなら、何故!!」

 

 

 何故、あんなことが出来る。

 

 のび太はそう叫びたかった。

 

 しかし、出来なかった。

 

 人を殺している以上、自分も同じ穴の狢と成り果てている事に気づいたからだ。

 

 

『ふむ、確かにそうかもしれないな。だが、それで君はどうしたいのだ?』

 

 

「決まっているだろ!ドリーを助けたい!!」

 

 

『・・・そうか。では、私の言葉に従った方が良いと思うぞ』

 

 

「・・・どうしてだ?」

 

 

『君はクローンが短命だということを知っているかね?そして、その寿命を延ばすためには調整が必要なことも』

 

 

「・・・一応は」

 

 

 クローンが短命であり、寿命を引き延ばすには様々な調整が必要なことはドリーの事を調べた時に知っていた。

 

 だが、それとどう関係があるのか?

 

 のび太は首を傾げていた。

 

 

『そこまで知っているのならば、こう問おうか?クローンを調整できるような施設が学園都市以外にあるのか、と』

 

 

「・・・は?そんなものあるに決まって・・・いや、待て」

 

 

 そこでのび太は思い出した。

 

 それは量産能力者計画を調べた時だった。

 

 そこの一部には確かにこう書いてあったのだ。

 

 国際法で禁止されているクローン、と。

 

 

(もしかして、外ではクローンを造ることそのものが禁止されてる?)

 

 

 のび太はこの期に及んで、ようやくその点に気付き始めた。

 

 

『おそらく、君が思っている通りだよ。クローンの存在がバレれば確かに学園都市は非難に晒されるかもしれない。しかし、そのクローンの存在はその後どうなる?君の育てた恐竜・・・確かピー助君だったか?ピー助君がこの世界に残った場合と同じような扱いになるだろうね』

 

 

(この人・・・ピー助の事を知っている?いや、今は後回しだ。あの時、ドラえもんはピー助の事についてなんて言ってた?)

 

 

 この男が何故、ピー助の事を知っているのか気になったが、今は後回しにしてのび太は改めてあの時、ドラえもんが言ってた事を思い出そうとする。

 

 あれは先月、まだピー助を一億年前に送り届ける前にドラえもんが言っていた事だ。

 

 確かドラえもんはこの時代にピー助が居た場合についてこう言った筈だ。

 

 

『学者が研究のために解剖するか、見せ物にされて・・・。』

 

 

「!?」

 

 

 その時、のび太は気づいてしまった。

 

 このまま学園都市の庇護が無くなれば、ドリーもそのような運命を辿るという事に。

 

 

『気がついたようだね』

 

 

「・・・ええ」

 

 

『では、早速、私の用件を言わせて貰おう。基本的に私は君のやることに口出しはしない』

 

 

「・・・はい?」

 

 

 のび太はキョトンとした顔をする。

 

 てっきり何かを要求されるものかと思っていたからだ。

 

 

『心配するな。勿論、ドリーの庇護も行おう。仮に君が他に大切な人が出来たら、その庇護も行う。しかし、1つだけ条件がある』

 

 

「・・・言ってみてください」

 

 

『これから、学園都市に外から魔術師と呼ばれる者達がやって来るだろう』

 

 

「魔術師・・・ですか?」

 

 

 のび太は少しその言葉に驚いた。

 

 別に魔術師の存在を否定するわけではない。

 

 のび太は別世界ではあるが、魔法が発達した世界に行ったことがあるし、そもそも超能力というものがあるのだから、この世に魔術というものがあったとしても不思議ではない。

 

 しかし、それを科学の街の長から言われるとは思わなかったのだ。

 

 ちなみにだが、ここら辺ののび太の思想は通常の学園都市の人間とは異なる。

 

 学園都市の少年少女達は良くも悪くも科学という概念にドップリと嵌まっているせいもあり、科学で出来たもの以外を基本的には全く信じない。

 

 これは無能力者(レベル0)から超能力者(レベル5)まで共通している思考である。

 

 実際、学園都市の中でも有数と言っても良い頭脳を誇る筈の第三位などは、後にとある魔術師の少女から『ガッチガッチの科学脳』と称される程だ。

 

 例外は(意外なことではあるが)木原一族くらいであり、更には一部の魔術を科学で再現するというとんでもない事をやってのけたりもしている。

 

 

『うむ。君が2週間前に遭遇した者達の事だよ』

 

 

「・・・あれが魔術師だったんですか」

 

 

『そうだ。だが、本来ならば、彼らは学園都市に居てはいけない人物達なのだよ。いや、むしろ敵と断言しても過言ではないかもしれない』

 

 

 これは間違いではない。

 

 実際、科学サイドと魔術サイドは基本的に不干渉がルールであり、その立ち位置は冷戦時代のアメリカとソ連に近い。

 

 そんな中、科学サイドの総本山である魔術サイドの人間が居るという状況は、魔術の存在を知っている科学サイドの人間からすれば居心地の良い状態ではないだろう。

 

 もっとも、アレイスターはあまり気にしていない様子だが。

 

 

『これから学園都市を潰そうとして現れるであろう魔術師。君にはこれを打倒して貰いたい。それが私が出す条件だ』

 

 

「・・・分かりました」

 

 

『そうか。それならありがたい。では、1つだけ君に情報を与えよう。君は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争、という儀式を知っているかね?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、アレイスターが話した聖杯戦争。

 

 それはのび太を新たな戦いに導く事になる。




はい、これで第二章は終わりです。ちなみにですが、この話で出てきた聖杯戦争は後話で説明しますが、fateのものとは違います。


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聖杯戦争編
聖杯戦争初日 開幕


現在のそれぞれの作品の時系列

とある魔術の禁書目録・・・旧約第3巻後。

とある科学の超電磁砲・・・妹達編後。

インフィニット・ストラトス・・・恋に焦がれし四重奏後。

書かれていない登場作品については変化無し。


◇8月23日 夕方 ドイツ南部 アルークシティ

 

 ドイツ南部のとある街。

 

 そこにのび太は居た。

 

 

「しかし、ドイツか。滅多に来れる場所じゃないな」

 

 

 のび太はまだドラえもんが居た頃に、ドイツに行ったことがある。

 

 かつてのび太はミュンヒハウゼン城という城に家族で引っ越そうと考えていた。

 

 結局はご破算となったが、その城で起きたゆうれい騒ぎを解決したことは今でも覚えている。

 

 

(ロッテさん、元気にしているかなぁ)

 

 

 のび太は今では城の持ち主となった筈のロッテ・ミュンヒハウゼンという少女の事を思い出す。

 

 だが、すぐに気を引き締め、数時間後から開始される聖杯戦争について考える。

 

 

(そうだった。今は聖杯戦争に集中しないと)

 

 

 のび太はそう考えながら、のび太がドイツに来る切っ掛けとなったアレイスターとの会話について思い出した。

 

 あの時、アレイスターが提示してきたのは、この聖杯戦争についてだった。

 

 聖杯戦争。

 

 それは特定の場所で聖杯を巡って殺し合い、最終的にそれを手にした者が、聖人としての力を手に入れられるという魔術の儀式だった。

 

 なんでも、この街一帯を借りきって、死んだら生命を強制的に魔力に返還し、聖杯にその魔力が吸収されるという術式が張り巡らされている仕組みらしい。

 

 そして、一定の魔力が溜まったら聖杯に対象人物を聖人にするための力が備わり、最終的に聖杯を手にして聖人となった者が勝者というからくりだ。

 

 正直言って、これだけならばのび太が動く理由はない。

 

 聖人になることも興味はないし、そんなことのために命を賭けるなど御免だからだ。

 

 しかし、ある事情から、のび太はこの聖杯戦争に参加することとなった。

 

 それは── 

 

 

「まさか、フィーネさんが生け贄だなんてね」

 

 

 のび太は吐き捨てるように呟く。

 

 そう、この聖人の儀式は成就させるために、生け贄も必要だった。

 

 詳しいことは魔術に詳しくないのび太には分からないが、兎に角、勝ち残った人間を聖人に昇華させるには必要な儀式らしかった。

 

 まあ、例えて言うなら、魔力が火薬とするなら、生け贄は起爆剤といったところだろうか。

 

 そして、その生け贄にはフィーネが選ばれているということもその時知ったのだ。

 

 それを聞いた時、のび太はあの時助けられなかったことを今度こそ心底後悔していた。

 

 こんな事になるなら、あの時、もっと本気で護ったのに、と。

 

 しかし、後悔している余裕などない。

 

 なんとか取り戻さないといけない。

 

 そう思い、のび太は参加したのだが、のび太にはとある迷いがあった。

 

 

(本当にこれで良いのかな?)

 

 

 それはこのような事で人を殺しても良いのかという迷いだった。

 

 確かにフィーネを救いたいという意思に嘘はない。

 

 いや、そうでなくとも、元はと言えば自分の失態であるのだから、行動に移さなければ自分の気が済まないだろう。

 

 しかし、だからと言ってそれは本当に人を殺してでもやるべきことなのだろうか?

 

 もっと他に方法が有るのではないか?

 

 いや、そもそもこんなことをして本当に助けられたフィーネが喜ぶのか?

 

 そのような迷いがあった。

 

 人によっては『何を今更』、という場面だろうが、それでものび太は不必要な殺傷をあまり好んでいなかったのだ。

 

 

(でも・・・僕はやっぱりフィーネさんを助けたい)

 

 

 のび太はやはり迷っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同時刻 アルークシティ

 

 

「やっぱり、手強い奴ばかりね」

 

 

 アルークシティのとある建物。

 

 そこでは一人の銀髪の髪をした女性がローブを纏いながら、自らが調べた聖杯戦争の他の参加者についての情報を片手にそう呟いた。

 

 女性の名はアリア。

 

 この聖杯戦争に参加している魔術師の一人であり、その実力はかのイギリス清教の天才──ステイル=マグヌスを越えると言われている。

 

 まあ、とは言っても、アリアの年齢は30代前半であったし、一児の母でもあったので、14歳のステイルと比べるのは少々無理があったのだが。

 

 さて、そんな彼女が何故、この戦争に首を突っ込んだかと言えば、力が欲しかったからだ。 

 

 事の始まりは1ヶ月程前。

 

 彼女が持っている情報網に、禁書目録が科学サイドの手に落ちたという情報が入ってからの事だった。

 

 それを知った魔術サイドの人間は揺れざるを得なかった。

 

 当然だろう。

 

 禁書目録は魔術こそ使えないものの、10万3000冊の魔道書をその頭脳に記録しており、魔神に最も近い存在とされており(もっとも、魔神というよりは、どちらかと言えばアレイスターに近い)、それが自分達と不倶戴天の科学サイドの手に落ちたという情報が入れば、心穏やかでいられる筈もない。

 

 どうやらイギリス清教が懸命に隠蔽しているらしく、この情報を知っている者は極限られるのだが、その極限られる者の中にアリアが居たという訳である。

 

 そして、アリアは考えた。

 

 今のところ、公にはなっていないようなので魔術サイドの混乱は最小限であるが、公になるのも時間の問題だし、なったらなったで魔術サイドは大混乱となるだろう。

 

 とすると、その後に起きることはなにか?

 

 決まっている。

 

 科学サイドと魔術サイドの対立の表面化だ。

 

 これまでは世界の表を学園都市率いる科学サイド、裏を魔術サイドという形に、半分ずつ分け合うことで均衡を保ってきた。

 

 だが、禁書目録が学園都市の手に落ち、科学と魔術が邂逅した現在においては、それは一気に崩壊するだろう。

 

 場合によっては、世界で三度目の世界大戦などというとんでもない事態になるかもしれない。

 

 そして、その時にまず真っ先に学園都市と対峙するのが、ローマ正教だろう。

 

 ローマ正教は世界三大宗派の中でも最大の勢力を誇るのだが、それ故に世界の表側で幅を利かせる学園都市を一番不快に思っている。

 

 おまけに三大宗派の中でも一番排斥的な考え方が強いため、学園都市と手を組むことは万が一にも無いと断言しても良い。

 

 そして、両勢力にはそれぞれメリット、デメリットがある。

 

 まず科学サイドだが、こちらは学園都市一強状態なので、『学園都市の意見=科学サイドの総意』となる。

 

 最近では科学サイドの派生であるISサイドという勢力が出始めており、中でもそれを多数運用する先進国では、学園都市に反抗する勢力も増え始めているが、それでも経済的、技術の汎用性、ISの恩恵を受けている国や勢力の少なさなどから、学園都市の抱える勢力とは比べ物にならず、未だ世界的な影響力は学園都市より圧倒的に低い。

 

 なので、学園都市が決断すれば、すぐさま科学サイド全体が動き出す。

 

 要するに機動力が上なのだ。

 

 逆に言えば、学園都市が陥落すればそれは科学サイドの崩壊を意味するというデメリットもある。

 

 そして、魔術サイドであるが、こちらは中核をなす世界三大宗派はそれぞれ意見がバラバラだ。

 

 学園都市に敵対的であろうローマ正教、逆に比較的協力的らしいイギリス清教、様子見という形で中立を保っているロシア成教。

 

 以上のように三勢力の方針がそれぞれバラバラな為、当然の事ながら統率力においては学園都市より劣っている有り様だ。

 

 また、下手に学園都市を崩壊させてしまうと、科学サイドの崩壊によって世界中の秩序が乱れてしまう可能性が高く、そういう意味でも学園都市への慎重論を唱える人間も多い。

 

 まあ、ローマ正教はそれでもやるかもしれないが、どちらが勝つにしても世界が混乱することは明らかだろう。

 

 そういった時に必要になることは何か?

 

 それは力だ。

 

 確かにアリアは現在の魔術師としての実力だけでもそこそこ有るが、それだけで渡っていける程、魔術の世界は甘くはない。

 

 そういうわけで、アリアはこの聖杯戦争に参加していた。

 

 

「さて、あと数時間で始まるわね」

 

 

 アリアは静かに聖杯戦争が始まる瞬間を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、それぞれの思惑の下、8月23日午後8時。

 

 のべ3週間、21日にも及ぶ聖杯戦争が幕を開けた。



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聖杯戦争二日目 黒い炎

原作のガルパンのリトルアーミーは西住みほが小学5年生の頃に行われたと作中にありましたが、これだとガルパンの原作と矛盾(西住姉妹の年齢が2つ離れていることなど)してしまうので、続編のリトルアーミーⅡの高校2年生の5年前に合わせる形で、西住みほが小学6年生の時に行われたという形に独自に修正しています。


◇8月24日 夜 ドイツ南部 アルークシティ

 

 

「・・・不味いわね」

 

 

 聖杯戦争が開始されて1日が経過した。

 

 しかし、初日である昨日はド派手にやった戦いも、2日目となると、慎重になる人間が増えてきた為か、沈黙を保つ参加者が増えてきた。

 

 だが、それでも戦っている人間も居る。

 

 この19歳の大学1年生の黒髪の女性──中須賀エマもまた、その一人だった。

 

 

「囲まれてる・・・」

 

 

 エマは自分が包囲されている現状を実感していた。

 

 勿論、エマは建物の中に隠れているので、姿は見えない筈なのだが、魔術で探知する手段など幾らでもあるし、なにより彼女の戦闘経験によって培った勘は、複数の魔術師がエマが隠れているこの建物を包囲していることを告げている。

 

 

「さて、どうしようかしら」

 

 

 だが、そんな状況でも彼女が諦めることはない。

 

 彼女には家族も居るし、遠く離れた日本には留学中の妹だって居るのだ。

 

 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 

 もっとも、だったら何故こんな戦いに参戦したのか、人によっては突っ込みが入るだろうが、彼女も彼女でこの戦いに参戦することに意義があったのだ。

 

 それは力だ。

 

 しかし、それはアリアとは違う理由だった。

 

 何故なら、エマは禁書目録が学園都市の手に落ちたという情報を知らなかったし、特定の魔術結社に所属しているわけでもないからだ。

 

 それどころか、家族ですらエマが魔術師だということを知らない。

 

 エマはどちらかと言えば、魔術の世界に巻き込まれた身であるからだ。

 

 友達が偶々魔術師に襲われて、偶々魔術霊装を拾い、偶々それを活用したというアニメや漫画にありがちなまぐれの連続を経験した結果、彼女はこうして魔術サイドという立ち位置に居た。

 

 そして、気付けば『炎の魔女』という異名を付けられる程の魔術師へと昇格していたのだ。

 

 ・・・ご都合主義にも程があった。

 

 しかし、そんな彼女だが、別段聖人の力が欲しいわけではない。

 

 それどころか、そんなことのために命を賭けるのは御免というのび太とほぼ同じ考えを抱いていた。

 

 では、何故、そんな彼女がこの聖杯戦争に参加したのかと言えば、前述したように力だ。

 

 彼女の魔術は、相手を殺せば殺す毎に強化されるというかなり恐ろしい代物だ。

 

 魔女と言われるのはそこから由来されるのだが、それはさておき、彼女はこの戦いで出来るだけ魔術師を殺して力を蓄えたいと思っていた。

 

 まあ、それだけであったら何もこんな戦いに参加するというリスクを犯さなくても、普通の人間を殺せば良いのだが、彼女はそのような行為を嫌っていたし、そうでなくとも、そんなことを派手に行えばローマ正教に目を付けられて粛清の対象にされかねない。

 

 しかし、かといって魔術師を探してピンポイントに狙うというのも難しいし、そもそも別に彼女も闘争心の無い者を好き好んで殺したくはない。

 

 そんな中、開催されたのがこの聖杯戦争だ。

 

 ここには闘争心溢れる魔術師が沢山居るので、心置きなく殺して、力を付けられる。

 

 彼女はそう考えたのだ。

 

 もっとも、これでさえかなり恐ろしい考えであるが、彼女はこの春に、当時海外強化選手であった西住まほに敗れてから、何処か壊れていた。

 

 5年前、彼女がまだ中学生2年生だった頃に、当時1つ下の中学1年生だった西住まほと8月に1度だけ戦車道で対戦したことがあった。

 

 その時、彼女の率いていた戦車道チームは西住まほの率いるチームによって追い詰められており、彼女の負けはほぼ確定していた。

 

 まあ、それだけならば悔しいという思いはあっても、彼女はしょうがないと考えただろう。

 

 戦車道をやっていれば、負けることだってあるし、今回はそういうこともあると勉強になっただけでも良しとするべきなのだから。

 

 しかし、結果的にはかなり歯切れの悪い試合になった。

 

 何故なら、試合の最中、西住まほのチームの内の1つの車輌が崖から落ちそうになり、自分が助けようと走った時、西住まほは自分の仲間が危機的状況に有るにも関わらず、試合を続行し、自分の車輌を撃ち抜いて試合を勝利に導いた。

 

 当然ながら、この酷すぎる試合の終わり方には、エマは怒りよりも先に何が起こったか分からず、試合が終わって挨拶をした後も暫く上の空になったままだった。

 

 それから5年が経った春。

 

 西住まほは海外強化選手として活動する過程で、自分と再会した。

 

 その時、日本の去年の夏の大会(第62回全国戦車道大会)では、西住まほの妹であり、エマの妹のエミの友達でもある西住みほが味方を助けるために救助活動をしたと聞き、5年前の皮肉を返すように、エマはみほの行為を称賛しているとまほに言った。

 

 ・・・思えば、ここから色々と狂った気がする。

 

 いや、もしくは5年前のあの時から狂い始めていたのがこの時に決定的になった、という方が正しいのだろうか?

 

 しかし、単純に運が悪かった、とも言える。

 

 何故なら、2ヶ月前の6月に行われた日本の今年の夏の大会(第63回全国戦車道大会)の決勝で、西住みほ率いる大洗に敗れた後の西住まほであれば、おそらくエマの望んだ通りの答えが返ってきたかもしれないからだ。

 

 しかし、現実に彼女が西住まほに再会した時期は今年の春であり、その大会の数ヶ月前。

 

 しかも、この時、まほはみほが黒森峰から出ていってしまうことと、自分の不甲斐なさにイライラしており、エマの事をぞんざいに扱って冷たい言葉を返してしまった。

 

 

『ふん。一年も前に負けた試合を今になってもねちねちと言うとは、あなたも相当嫌味な人だな』

 

 

 ・・・エマに返ってきたのは、そのような言葉だった。

 

 実際、西住まほはこの時かなり苛立っていた。

 

 去年の夏の大会(第62回全国戦車道大会)においては、確かに西住みほの行動が敗北の決定打になった訳だが、それ以前から前兆はあった。

 

 その時の黒森峰は桐島という高校3年生の隊長を追い出し、強引に当時高校2年生だった西住まほを隊長に据えた西住流の宗家からの圧力によってそれに反感を抱いた3年生の大半と2年生の半数が一斉に黒森峰の戦車道から去ってしまい、選手の層がかなり薄くなっていた。

 

 当然、こうなるとまだ経験もあまり無い1年生も動員せざるを得なかったので、黒森峰全体の錬度の低下を招いていた訳なのだが、事はこれだけに留まらなかった。

 

 何故なら、その後にPTAからの介入があって、練習のやり方への口出しや、メンバーや車輌の選出などへも口を出してきたからだ。

 

 そのお蔭で、まともな練習が出来ず、更なる錬度低下を招くという悪循環に陥っており、それに比例するかのように、チーム全体の空気そのものもかなり悪くなっており、並の戦車道選手なら少しその空間に入っただけで逃げ出したくなるような雰囲気が蔓延っていた。

 

 まあ、そんな悪環境の中でも決勝まで勝ち進めたのは、一重に黒森峰の底力が凄かったと言えるのだろう。

 

 そして、まほからしてみれば、プラウダへの敗戦の原因は西住流の面々にもあったのだ。

 

 しかし、表立って言うことは出来ない。

 

 自分は実際に負けた訳であるし、そのような事を言って西住流の不孝を買ってスポンサーが下りてしまえば、ただでさえ半壊状態の黒森峰の戦車道が、崩壊というところまで持っていかれるのは自明の理だったのだから。

 

 だが、基本的に曲がったことが嫌いの西住まほはそれにイラついていたのは確かだった。

 

 そして、先の言葉を掛けられた後、エマとまほは戦車道で対決したが、敗戦してしまい、そのショックによって戦車道を辞めてしまった。

 

 加えて追い打ちを掛けるかのように、日本の今年の夏の全国大会(第63回全国戦車道大会)とほぼ同時期に行われたドイツの今年の夏の高校生大会でエミが隊長を勤める戦車道チームが1回戦負けしてしまった。

 

 その学校はドイツでも名門であったので、それは可笑しいと思ったエマがその理由をエミの顧問の先生に聞けば、なんでもエミがハーフという理由でチームメイトから嫌がらせを受けていたらしい。

 

 滑稽だった。

 

 たったそれだけの理由で大事な妹に嫌がらせをし、足を引っ張った挙げ句、敗戦の罪をエミに押し付けようとしたのだから。

  

 その時から、エマは完全に壊れるようになった。

 

 魔術はそれ以前にある程度身に付けていたのだが、それを期に更に夢中になるようになり、現在では炎の魔女と呼ばれるまでの実力者となった。

 

 そして、今回の戦いで出来るだけ多くの魔術師を殺し、力を蓄えて、自分を無茶苦茶にした全てを壊すことを目論んでいた。

 

 ちなみに聖人の力を欲しなかったのは、そんな借り物の力で壊したところで意味はないと思ったからである。

 

 あくまで使うのは自分の魔術。

 

 彼女はそう決めていた。

 

 

(・・・待ってなさいよ。西住まほ。あんただけは私の手で)

 

 

 彼女はどす黒い炎をその目に宿しながら、生き延びるための策を必死で考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、この数分後、この建物の周囲には消し炭となった人体が打ち捨てられるように転がっていた。



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聖杯戦争三日目~四日目 二人の女性の邂逅

◇8月25日 昼 アルークシティ南部

 

 

「現在のところ、街に居るのは32人か。いずれも動いていないって事は、やはり真っ昼間には動きたくないってことかな?」

 

 

 のび太はとある建物で、この街の近くにある街で買ってきたパンをかじりながらそう言う。

 

 ちなみに聖杯戦争中に街の外に出ることは許可されている。

 

 ただし、聖杯戦争終了時には街に居ないと聖人の儀式は受けられないからくりとなっており、なかなか迂闊には出られない。

 

 その為、聖杯戦争参加者の中にはあらかじめ食料を用意しておく者も居るのだが、敵対する側も当然それを狙ってくるため、一長一短だ。

 

 まあ、それは兎も角、のび太は自分以外の参加者がまだ30人以上残っていることを鑑みて、戦略を考案していた。

 

 ちなみにだが、これは今現在の時間帯である昼間に居る魔術師の数であり、のび太と同じように昼間は情報収集やこの街から出て食料を買ってきている魔術師なども居て、夜は50人以上の魔術師がこの街で活動を行っている。

 

 もっとも、この聖杯戦争には昼夜という時間帯制限は存在しない。

 

 元々この街には魔術師か、その関係者しか居ないし、そもそもどちらにしても自分以外の人間を殺す気満々の者達である。

 

 なので、こうしている間にも襲撃を受ける可能性があるのだが、流石にこのような真っ昼間に襲撃しては他の魔術師から狙われる危険もあるため、昼は活動しないというのは半ば暗黙の了解となっている。

 

 勿論、それを無視するような輩も居るのだが、そういった人間は少数派である。

 

 その為、のび太はこうして比較的余裕を持って作戦を立てることが出来たのだ。

 

 

「・・・」

 

 

 のび太は気配を感じてゆっくりと懐の拳銃を引き抜く。

 

 その拳銃の名はFive─seveN。

 

 のび太の愛銃であるHsHG─7のモデルとなった銃だ。

 

 何故こんな銃を持っているかと言えば、本来なら、学園都市製のHsHG─7を持っていきたかったのび太であるが、技術漏洩の問題から学園都市外へ持っていくことは断られてしまったのだ。

 

 その代わりとして渡されたのがこの銃だった。

 

 マガジンには20発標準マガジンが装填されており、計算上、一人に一発ずつ当てれば20人をやっつけられる事になる。

 

 そして、のび太が拳銃を引き抜いたのは、殺気を感じたからだ。

 

 聖杯戦争が始まってから、魔術師の気配を感じたことは昼夜、殺気云々問わずにある。

 

 特に夜のケースが多かったが、昼間のケースも無くはないのだ。

 

 そして、この聖杯戦争は戦う期間に昼夜の制限が付けられている訳ではない。

 

 ただ暗黙の了解として有るだけだ。

 

 勿論、前述したように少ないが、それでも運が悪ければ昼間でも襲ってくる。

 

 故に、のび太は殺気を感じた以上、油断することが出来なかった。

 

 これまで初日で二人、前日で一人の計3人の魔術師を葬ったのび太であるが、それ故に狙われる危険は高いと自負していたのだから。

 

 だからこそ、のび太は殺気の正体が自分の前に出てくるのを待った。

 

 

(・・・・・・・・・・・・・・行ったか)

 

 

 殺気は遠ざかっていき、のび太は一旦気を緩めるが、警戒は怠らない。

 

 怠ったら、命を捨てることにもなりかねないのだから。

 

 

「・・・ふぅ、ここも移動した方が良いな」

 

 

 のび太はそう思いながら、別の建物に移動するために外へと出た。

 

 

 

 

 

 

 ──少年に安息の時は訪れる様子はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月26日 未明 アルークシティ東部

 

 

「・・・・・・可笑しいわね」

 

 

 アリアはそう言いながら、周囲を見渡していた。

 

 彼女は先程戦闘を行って逃げてきた敵を追撃中だったのだが、その敵の行方が分からなくなってしまったのだ。

 

 別の魔術師に襲われて、何処かで死んだとかならそれで良いのだが、そんな楽観的な事を考えられるほど、彼女はバカでも、頭が可笑しくなっている訳でもない。

 

 故に、彼女はまだ敵が生きていると見ていたのだが、その行方が全く分からなくなってしまったのだ。

 

 

(一応、痕跡を辿る術式は発動しているけど、それが無いって事は・・・)

 

 

 何らかの痕跡を消す魔術を使って行方を眩まして逃げたか、それとも何処かに隠れているか。

 

 どっちにせよ、追撃は諦めるしかない。

 

 痕跡を断たれたという事は、彼女には追う術は無かったのだから。

 

 そうして立ち去ろうとした時・・・彼女は何かに気づいた。

 

 

「そういえば、なんだか焦げ臭いような・・・」

 

 

 それはプロの戦闘員であれば、とっくの昔に気づいていたであろう違和感。

 

 いや、アリアも一応プロではあったし、この焦げ臭さにも気がついていたのだが、彼女は魔術的な探知に意識を割いていた為か、その違和感についての解明を後回しにしてしまっていたのだ。

 

 そして、アリアが疑問に思ったのは主に2つ。

 

 何故、魔術的痕跡が無い中で、このような焦げ臭い臭いがするのかということだ。

 

 これが炎系の魔術を使って成した現象というのなら分かる。

 

 だが、そういう派手な現象はどうしても魔術的痕跡を残してしまう例が大半なのだ。

 

 勿論、例外は居るし、そういう痕跡を消す魔術もあるのだが、後者についてはこの魔術師しか居ない街の空間の中では魔術的隠蔽など無意味に等しい為、ほぼあり得ないと見て良い。

 

 ならば、何故こんなことをしたか?

 

 アリアの頭脳がその答えを弾き出す前──

 

 

 

ボオオオオオオ

 

 

 

 ──アリアの左横から膨大な炎が襲い掛かってきた。

 

 

「!?」

 

 

 アリアはそれを視認すると、すぐさま体を右に転がした。

 

 それによってアリアは、一瞬で燃え尽きる未来からは脱却したものの、完全にかわしきることは出来ず、左腕に火傷を負うことになった。

 

 

「くっ!」

 

 

 アリアはその痛みにも関わらず、直ぐ様近くの建物へと隠れようと走り出す。

 

 炎の魔術は相手に接することが出来れば、相手を焼き殺したり、火傷させたりする事が出来る強力なものではあるが、それでも能力の属性としては電気以上にスタンダードであり、対処する手段は山程ある。

 

 例えば、鉄の塊である建物内に逃げ込むこと。

 

 それが木造であれば、炎とは相性最悪であり、アリアの命が尽きることはまず間違いないが、鉄であるならば大抵の場合は燃えにくい素材で出来ている。

 

 勿論、強引に焼き切るという可能性もあるのだが、それでも素材を溶かすまでのタイムラグを利用して逃げることが出来る。

 

 アリアはそう判断して、近くにあった鉄製の建物に逃げ込むことを考えたのだ。

 

 この街には木造の建物も多いのだが、それでも鉄製の建物を多くある。

 

 しかも、アリアにとっては幸運なことに、その建物は15メートル弱という近距離にあった。

 

 だからこそ、その建物に向かって一直線に駆け出したのだが、それを見た襲撃者の反応は早かった。

 

 

 

ボオオオオオオ

 

 

 

 上から降ってきた炎の塊がアリアと建物の間に割って入った。

 

 アリアは慌てて足を止め、一旦バックステップで距離を取る。

 

 

「・・・」

 

 

 そして、炎の塊を睨みながら、どう切り抜けるかと頭をフル回転させている時だった。

 

 

「──なかなかやりますね」

 

 

「!?」

 

 

 そう言いながら、炎の塊の後ろ──先程、アリアが駆け込もうとした建物の中から一人の女性が姿を現した。

 

 その女性は炎に照らされた光によって容姿が露となっていて、東洋人特有の黒い髪を靡かせている。

 

 顔は東洋系の血も混ざっており、ハーフか、クォーターだと判断でき、もう数年もすれば、かなりの美女となることは確実な美しい女性だった。

 

 しかし、アリアは冷や汗を流す。

 

 彼女の中の戦士の勘が、彼女から得たいの知れないものが存在することを感じ取っていたからだ。

 

 

「あなたは?」

 

 

 不要な問い。

 

 この街には戦うための人間以外は存在しないのだから、こんな問いに意味はないのだ。

 

 しかし、アリアはそれでも聞かずにはいられなかった。

 

 そして、女性の方は答える義務も必要にもないのにも関わらず、律儀に女性の問いに返答する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、中須賀エマ(エマ=ナカスガ)と申します。少々の間ですが、お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それがアリアが初めて見た炎の魔女──中須賀エマの姿であった。



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聖杯戦争四日目 母娘

◇8月26日 朝 

 

 アルークシティの隣街。

 

 そこは今現在、魔術師やその関係者しか居ないアルークシティとは違って一般人も多数存在している。

 

 そんな街に朝という時間帯にも関わらず、やって来た一人の銀髪の少女が居た。

 

 

「え~と、ママが居るアルークシティまでは・・・」

 

 

 少女の名前はツェスカ。

 

 高校1年生の少女であり、数日後には日本の黒森峰という高校に留学することになっている少女でもある。

 

 彼女は1ヶ月以上前にとある赤髪のエース(中須賀エミ)がチームメイトと揉め事を起こしたのと、日本に行ってしまった為に、決定的に崩壊してしまった母校の戦車道の建て直しを計っていたのだが、これは容易ではなかった。

 

 それもそうだろう。

 

 主力選手は軒並み転校してしまい、止めと言わんばかりに、エースである中須賀エミも日本に留学する形で出ていってしまったのだ。

 

 ツェスカを含めた残った人員で建て直しを計っているが、はっきり言って選手の層が薄くなるどころか、チームを纏める隊長まで居なくなってしまっているというチームとしては致命的な打撃を負ってしまっているためか、なかなか再建は進んでいなかった。

 

 そんな中、ツェスカに交換留学の話が来たのだ。

 

 ツェスカは一も二もなく、この話に乗った。

 

 このままでは無為な時間を過ごすだけだと思っていたからだ。

 

 そこで母親にも伝えたかったわけだが、その肝心の母親が居らず、どうするべきかと考えていた時に、偶々アルークシティに繋がる手懸かりが家に残されていたのだ。

 

 ・・・この辺りは母親の致命的なミスと言えただろう。

 

 何故なら、彼女はその手懸かりを元にしてアルークシティに向かおうとしているのだから。

 

 ついでに言えば、彼女は聖杯戦争については何も知らなかったし、そこに母親が参加していることも知らない。

 

 いや、それどころか、危険だということで母親が近づけていなかったせいで、魔術そのものの存在すら知らないのだ。

 

 聖杯戦争の危険に気づけるわけもなかった。

 

 

「あと少しね」

 

 

 そう言いながら、ツェスカは東──アルークシティへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、彼女は知らない。

 

 そこが地獄であるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 昼 アルークシティ西部

 

 

「う~ん、やはりここは危ないな」

 

 

 のび太は唸りながら、この近くにあった拠点を放棄することに決め、別の場所に移動するために歩いていた。

 

 歩いているのは路地裏だ。

 

 勿論、街の住民は居ないのであまりこそこそする意味はないのだが、それでも見つかりにくいという意味では、路地裏が一番なのだ。

 

 

「・・・ん?」

 

 

 のび太はその時、視界の隅に中高生くらいの銀髪の少女を見た。

 

 すぐさま警戒体制に入るが、様子が可笑しいことに気づく。

 

 

「随分と無防備だな」

 

 

 まだ昼間であり、聖杯戦争が本格化する時間帯ではないが、それでもこの街は戦場であり、無防備な状態で居るのは危険だ。

 

 しかし、のび太の視界に入った少女はあまりにも無防備過ぎた。

 

 まるで『初めて来た街で迷っている迷子』のような空気を漂わせている。

 

 

「そんなわけ無いか」

 

 

 のび太はその考えを一蹴した。

 

 何故なら、この聖杯戦争は一般人は知らない筈であるし、そうでなくとも、このような緊迫した状況下で少女が戦争に参加していない一般人であると想像する方が無理がある。

 

 むしろ、油断させて誘っているといった方がしっくり来るのだ。

 

 

「関わらない方が良いな」

 

 

 のび太はそう思った。

 

 今は聖杯戦争中であるし、近くには魔術師も居るだろう。

 

 それを考えると、少女に構って油断して死ぬなどという結末はのび太も御免だ。

 

 なにより、のび太には魔術師たちを踏み台にしてでも叶えたい望みがあったのだから。

 

 なので、関わらないという選択肢が一番だとのび太は感じるようになっていた。

 

 

「さて、さっさと拠点を移すか」

 

 

 のび太はそう言いながら、少女から離れていった。

 

 ・・・ちなみに、少女はこの後も何人かの魔術師と遭遇するが、その出会った魔術師たちは奇しくも皆、のび太と同じ考えを持ち、関わり合いになるのを避けている。

 

 まあ、のび太はこの時点で少女と関わり合いになるのを避けたので、その事を全く知らなかったのだが、後に知ったのび太は、なんて幸運な女の子なんだと呆れ返ることとなる。

 

 ・・・もっとも、少女とは遠くないうちに再会することとなるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夕方 アルークシティ東部

 

 

「あの女・・・やってくれたわね」

 

 

 アリアは忌々しげにそう呟くと、物陰に隠れながら、左腕に出来た火傷の跡を右手で抑えていた。

 

 あれから半日以上が過ぎ、アリアはどうにかエマの追跡から逃れていたのだが、遭遇した時の戦闘で重傷を負ってしまっていたのだ。

 

 しかも、回復魔術はもう何時間も掛けているというのに、あまり治りは良くない。

 

 この事から、あの炎に何かからくりがあることは明白だった。

 

 まあ、魔術の世界にそんなことは珍しくはないのだが、アリアにとっては嬉しくない現状に変わりはなかった。

 

 

「兎に角、一旦、この街から撤退しないと・・・!?」

 

 

 その時、彼女は自分の目を疑うことになった。

 

 何故なら、自分が目を向けた先に、自らの最愛の娘が居たからだ。

 

 

「どうしてこんなところに・・・いや、待って」

 

 

 アリアはそこで思考を整理した。

 

 ここは魔術師同士が戦う場所。

 

 ならば、自分が知らないだけで、幻術を見せる魔術というのも存在するのかもしれない。

 

 そう考えたからだ。

 

 いや、むしろ、そちらの方が自然だとすらアリアは考えていた。

 

 常識的に考えて、自分の娘がここに居るわけは無かったのだから。

 

 だが、それでも──

 

 

(・・・放っておくことが出来ないのよね。母親の性かしら?)

 

 

 アリアはそう思いながら、少女の方へと近づいていく。

 

 それは母親の性が大半を占めていたのだが、それだけではない。

 

 あれが自分の娘だという可能性を捨てきれなかったのだ。

 

 元々、自分は魔術サイドの世界では名が知れており、恨みも多く買っている。

 

 その事を考えれば、嫌がらせとして、娘に聖杯戦争の事を知らせ、この地に向かわせたという可能性も有り得るのだ。

 

 ・・・もっとも、実際はただ単にうっかり自分が手懸かりをツェスカの前に残してしまったというだけの話だったのだが、そんなことは知らないし、気づかないだろう。

 

 人間、自分の間抜けな様は、よっぽどな失敗をした時か、人から指摘されるまで気づかないものなのだから。

 

 

(どのみち、この怪我じゃ、一時的でも撤退しなければならなかったし、もしそうだったとしたら先に落とし前を着けさせないと)

 

 

 アリアは居もしない策略者(強いていうなら自分自身だが、本人は気づいていない)に対して闘志を燃やしながら、娘と思われる少女の方へと近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夜 アルークシティ南部 路地裏

 

 

「・・・」

 

 

 アルークシティ南部の路地裏。

 

 のび太は、既に自らによって屍とされた2つの死体の前に立ちながら、次にどう行動するかを思案していた。

 

 

(今日はこんなところかな?この辺りに魔術師はそこそこ居るから、あまり大勢を同時に相手にしても危ないし)

 

 

 のび太は自分の能力を過信してはいない。

 

 確かに現状のところ、自分は勝ち続けているが、自分のバリヤを突破できる攻撃力を持つクラスの人間は居るかもしれないし、その攻撃が奇襲だろうがなんだろうが、直撃してしまえば自分は死ぬのだ。

 

 加えて、そもそも現実に破った人間が居るので、油断しようにも出来なかったとも言えるし、もっと言えば幾ら勝ったとしても、最終的にフィーネを失ってしまえばのび太の敗けなのだ。

 

 だからこそ、のび太はリスクを犯せない。

 

 リスクを負うのが自分だけならば良いが、それにフィーネの命が直結しているとなると、話は大幅に違うのだから。

 

 

「・・・!?」

 

 

 しかし、その時、唐突に近寄ってくる気配を感じて、のび太はそちらに銃を向ける。

 

 すると、そこには──

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ!こ、子供!?ていうか、なにこれ!えっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──殺し合いの場には不相応に騒がしい少女が居た。



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聖杯戦争四日目 刺客

◇8月26日 夜 アルークシティ南部 

 

 アルークシティ南部のとある路地裏。

 

 そこでは現在、小学生くらいの東洋人の少年が、中高生くらいの少女に銃を向けている。

 

 そんな異様な光景を晒しながら、少女に銃を向けている少年は、少女の顔をよく見ると、昼間に少年が目撃した少女だということに気が付いた。

 

 

(・・・この人って、昼間に会った無防備な人だよね?なんか、誰かに追われているみたいだな)

 

 

 のび太はそう思った。

 

 ちなみに追われていると思ったのかというと、その疑問の答えは極簡単だ。

 

 奇襲であるならば、のび太に銃を突きつけられた程度で、幾らなんでもこんな反応をする必要はないし、のび太を油断させて寝首を掻こうという魂胆だったとしても、その接触なら聖杯戦争が激化する夜ではなく、昼に接触してくるだろう。

 

 となれば、そのどちらでもない第3の状況。

 

 それは誰かに追われて、偶々のび太と遭遇してしまったという状況である。

 

 まあ、これは推測であるし、仮に本当にそうであったとしても、今更のび太に躊躇いはない。

 

 何故なら、少女がここに居るということは、彼女は聖杯戦争の参加者でもあるという事なのだから。

 

 そして、のび太はそのまま引き金を引こうとし──

 

 

「あ、あの!お願い!!ママを助けて!!」

 

 

 少女の言葉に、思わず指をピタリと止めた。

 

 

「・・・どういうこと?」

 

 

「ママが大勢の人に襲われてて・・・その間にも変な現象は起きるし、この街は可笑しいしで、もう何が起こっているのか分からなくて・・・」

 

 

「・・・」

 

 

 のび太はそれを聞いて、ゆっくりと銃口の先をツェスカから外した。

 

 もしツェスカの言っていることが正しいのだとすれば、ツェスカは聖杯戦争どころか、魔術のことも知らず、正真正銘、ここに迷い込んだだけの人間となるからだ。

 

 そんな相手に銃口を向け、殺すのはのび太でも抵抗があった。

 

 とは言え、戦闘態勢は解いていない。

 

 彼女が嘘を吐いている可能性も有るのだから。

 

 

「お願い・・・助けて」

 

 

 本来、このような事を自分より幼い子供に依頼するというのは可笑しいのだろう。

 

 加えて言えば、のび太の方も異様な空気を放っているのだから尚更だ。

 

 しかし、そんなことを気にしている余裕は彼女にはなかった。

 

 大好きな母親の命が危険に晒され、今正に奪われようとしている状況だったのだから。

 

 そして、それを聞いたのび太の決断は──

 

 

 

 

 

 

 

「分かりました。案内してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──少女の願いを叶えてあげる事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夜 アルークシティ南部

 

 

「・・・はぁ、はぁ」

 

 

「やっと追い詰めたぞ!」

 

 

 アルークシティ南部の、のび太が居る位置とは少し離れた東よりの場所。

 

 そこでアリアは遂に3人の魔術師の追跡によって追い詰められていた。

 

 

(・・・ツェスカは大丈夫かしら)

 

 

 アリアはそんな状況にも関わらず、追い詰めている3人の魔術師を睨み付けながら、先程逃した娘の事を心配していた。

 

 このアルークシティは現在、魔術師の巣窟だ。

 

 と言うより、相手を殺す気満々の人間しか居ない。

 

 それを考えれば、ツェスカを自分から離したのはかなり迂闊だったとアリアは今更ながらに後悔していた。

 

 しかし、ある意味では仕方のないことでもあった。

 

 なにしろ、それほどこの魔術師達はアリアを仕留めようと躍起になっており、アリアから冷静さを奪い取るほどだったのだから。

 

 

「あんた達、聖杯戦争の参加者じゃないでしょう?いったい何者?」

 

 

 アリアは追ってきた彼らが聖杯戦争の参加者じゃないという事には気づいていた。

 

 聖杯戦争の参加者は基本的に単独行動が基本だ。

 

 これは聖人になれるのが一人しか居ないということから、半ば当たり前の理屈ではあった。

 

 同盟などを組む場合もあるが、それも即席のものに過ぎず、連携などは裏切られる危険から基本的にないに等しい。

 

 しかし、この魔術師達の行動は、そんなことを気にしていないかのような綺麗な連携だった。

 

 そうなると、この聖杯戦争の直中の環境では異常に見える。

 

 となれば、聖杯戦争の参加者じゃないと考えるのが自然だろう。

 

 アリアはそう思って問いたのだが、当然魔術師達にそれを答える義務はない。

 

 ・・・しかし、勝利目前という油断もあったのか、情報をポロっと漏らしてしまう。

 

 

「そうさ、お前の言う通り、俺達は聖杯戦争の参加者じゃない。イギリス清教から派遣されたお前の刺客さ」

 

 

 イギリス清教。

 

 それは言うまでもなく、世界三大宗派の1つであり、英連邦諸国53ヶ国に影響を及ぼす巨大な魔術結社でもある。

 

 特にイギリスは魔女狩りの国として知られており、その系統の魔術はイギリス清教が得意とするものであり、アリアとは相性最悪の相手と言えた。

 

 しかし、何故、イギリス清教がこんなところに居るのかという疑問が残る。

 

 ドイツは言うまでもなく、英連邦諸国の所属ではない。

 

 どちらかと言えば、ローマ正教傘下の国だ。

 

 そんなところに堂々と忍び込んで暗殺行為を行おうとするなど、普通なら余程のリスクを確保しなければ行わない行為である。

 

 しかし──

 

 

「お前は知りすぎたんだよ。だから、こうして消されるんだ」 

 

 

「・・・」

 

 

 知りすぎた。

 

 それがなんのことなのかは、アリアには容易に想像がついた。

 

 禁書目録。

 

 10万3000冊という膨大な魔道書を記憶させられ、どういうわけか、学園都市に渡ることを許された人物。

 

 アリアは独自の情報網で早くからこの情報を入手していた。

 

 それ故に、これから起こる世界情勢の変化に対応するためにこの聖杯戦争に参加して力を得ようとした訳でもある。

 

 そして、イギリス清教にとって、その情報は“今のところ”バレては困る情報でもあるので、刺客を差し向けてくるのは理解できた。

 

 しかし、流石にこのタイミング刺客が送られてくるのは予想外に過ぎた。

 

 

「もしかして、娘をここに誘導したのもあんたらなの?」

 

 

 もうそうだとしたら許さない。

 

 そう思って発言したのだが──

 

 

「はぁ?」

 

 

 これは流石に魔術師にとっても予想外の問いだったらしく、首をかしげていた。

 

 当然だろう。

 

 魔術師達にとっては全く身に覚えが無かったのだから。

 

 

「あれ、お前の娘だったのかよ。道理で守ろうとした筈だな」

 

 

 魔術師達はツェスカがアリアの娘だという事は知らなかった。

 

 いや、正確には上層部は知っていたのだが、脅威になりそうにないとして、実行部隊の魔術師達には伝える必要がないということで伝えなかったのだ。

 

 ・・・とは言え、可能性としては完全に無いとも言えないところがイギリス清教の非道さでもあるのだが。

 

 しかし、今回のことに関しては、事実無根だった。

 

 まあ、もっとも──

 

 

「その娘の追跡には二人の魔術師を割いているからな。どうやら戦闘能力も無いみたいだし。お前の娘の運命は決定的だな。まあ、お前も今からあの世に行くわけだが」

 

 

 ──だからと言って、結論が変わるかと言えばそうではない。

 

 アリアがツェスカに禁書目録の話をしたかどうかの疑いは残っている。

 

 疑わしきは罰せよ。

 

 それがイギリス清教の基本的なルールであるので、ツェスカの抹殺は規定事項となっているのだから。

 

 そして、魔術師はアリアに止めを刺すべく、腕を振り上げながら、黒い球のようなものを空中に浮かべた。

 

 

「・・・」

 

 

 詰んだ。

 

 アリアはそう思った。

 

 ただでさえ、魔術師二人の追跡を逃れることは、魔術という概念はおろか、戦闘そのものすらしたことがないツェスカにとっては奇跡と言っても良い出来事だ。

 

 しかも、百歩譲って逃げられたとしても、この聖杯戦争の中で生き残れるとは到底思えない。

 

 

(ごめんなさい・・・ツェスカ)

 

 

 ツェスカは自分が十代の頃に産んだ娘。

 

 結局、相手の男とは別れてしまったが、彼女はツェスカの存在を疎むことなく、むしろ愛情をもって育てた。

 

 そして、少々そそっかしいが、真っ直ぐな少女へと成長した。

 

 だが、今の状況は自分の命はおろか、そんな大事にしていた娘の命さえも風前の灯という状況だ。

 

 その悲惨な有り様に、思わずアリアは娘に心の中で謝罪するしかなかった。

 

 そして、そんなアリアの様子を気にかけることなく、魔術師が腕を振り下げて黒い球をアリアにぶつけようとした時──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──1発の銃声が鳴り響いた。



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聖杯戦争四日目~五日目 親

◇8月26日 夜 アルークシティ南部

 

 のび太がツェスカの要請を承諾した後、まず行ったのはツェスカを追跡してきたイギリス清教の二人の魔術師の始末だった。

 

 これは案外、簡単に行えた。

 

 でくわした時に、銃弾を2発放つだけで解決したのだから。

 

 勿論、通常ならたったの銃弾2つでイギリス清教に所属するクラスの魔術師が簡単にやられるなどということはないのだが、聖杯戦争開始から既に4日経ち、常に戦闘のし続けで精神が研ぎ澄まされているのび太に対して、魔術師二人は今日到着したばかりであり、更に不幸なことに戦闘経験も浅かった。

 

 それでも女の子一人を追いかけるならば、十分すぎる戦力であったのだが、流石に戦闘経験豊富な超能力者(レベル5)、もっと言えば奇襲に近い状況で襲撃された為、魔術師二人が対応する前に、あっさりとその銃弾は二人の脳天を貫いた。

 

 当然、そうなって人間が生きているわけもなく、二人はそのまま絶命する。

 

 そして、その後、のび太はツェスカの案内を元に彼女の母親であるアリアの元に駆け付け、彼女に今正に攻撃を浴びせようとしていた魔術師に向かって銃弾を放ち、先程の魔術師二人と同じように脳天を貫いて絶命させた。

 

 

「な、なんだ!」

 

 

「どうした!!」

 

 

 残ったのは、魔術師二人。

 

 だが、その命も風前の灯だった。

 

 何故なら、命懸けの異能力バトルにおいて、状況を判断できないというのは致命的なミス行為だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼らが最期に見たのは、自分達の目前に迫る風速92メートルの風を収束させた2つの竜巻だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あ・・・あぁ」

 

 

 少女は尻餅を着きながら、その惨劇を見守っていた。

 

 無理もない。

 

 先程の拳銃でならまだ分かる。

 

 自分も戦車道で機銃や大砲などを扱ったことがあるので、ある程度耐性はあったのだから。

 

 しかし、最後の二人の魔術師が死んだ竜巻については違った。

 

 竜巻は風速92メートルという速度でスクリューのように回転しながら魔術師へと向かった為、風の刃によってスクリューに巻き込まれた人間のように、魔術師達の体はバラバラに切り裂かれてしまったのだ。

 

 高校生になったばかりの少女には、少し酷な状況と言えた。

 

 

「・・・」

 

 

 そんなツェスカを見ながら、のび太は無理もないと若干目を閉じた。

 

 なんせ、時々やっている自分でさえ気持ち悪くなる光景なのだ。

 

 女の子が見るに耐えないであろう光景だということは容易に理解できた。

 

 しかし、これは必要なことだった。

 

 形に拘って、万が一、自分が死んでしまえば元も子も無かったのだから。

 

 

「では、僕はこれで。後は自分達で何とかしてください」

 

 

 長居は無用。

 

 なんせ、ツェスカの方はこれで自分に対して恐怖を抱いてしまったであろうし、そうでなくとも母親の方から攻撃される危険もある。

 

 助けるという当初の目的を達成した以上、ここは立ち去るのが一番だろう。

 

 のび太はそのようなことを考えながら、暗闇に紛れるように二人の女性の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月27日 早朝 アルークシティ西部

 

 あれから一晩明けた早朝。

 

 魔術によって怪我から回復したアリアは、ツェスカと共にこの街を去ろうとしていた。

 

 それを見届けながら、のび太はこう思った。

 

 

(羨ましいなあ)

 

 

 それはアリアとツェスカの関係についてだ。

 

 アリアは今も母親として彼女を守ろうと、彼女に張り付いて護衛している。

 

 こんな狂気な空間の中ではそれこそが当たり前の行動なのかもしれないが、果たして自分がツェスカの立場に立って、のび太の母親がアリアの立場へと立たされた時、果たしてアリアと同様な事が出来るかどうかはかなり疑問だった。

 

 のび太の母親は決してのび太に愛情を注いでいないという訳ではなかった。

 

 少なくとも人並みには注いでいたとのび太は思う。

 

 だが、それだけだ。

 

 おそらく、今の自分を迎え入れてくれるような器は持ってはいない。

 

 勿論、それは親としては普通ではあったのだが、のび太はもう普通ではなくなっている以上、普通の親程度では困ってしまうのだ。

 

 

(・・・なんだか、冷めた思考だな)

 

 

 のび太はここ1ヶ月程の戦闘経験で身に付けた思考から、両親に対しての考え方が非常に冷たくなっている事を実感していた。

 

 おそらく、両親が死んだとしても、何も感じることは出来ない気がする。

 

 それは危ない思考ではあるのだろう。

 

 のび太にもそれは分かる。

 

 しかし、だからと言ってその思考に心が痛むかどうかは微妙だ。

 

 少なくとも、今ののび太には守るものがあったし、自分のした選択を後悔するわけにもいかないからだ。

 

 いや、そもそも学園都市に来る前から、その兆候はあった。

 

 

(あの時はドラえもんの道具に頼りっぱなしだったし、危険な状況だったから気づかなかったけど・・・)

 

 

 大冒険。

 

 それはのび太達5人(これはあくまで基本的な人数であり、冒険によってはドラえもんとのび太だけが別世界に行って戦ったり、5人の他にも人員が追加されたりする。と言うより、後者についてはそれが大半)の冒険であり、のび太も何度も危ない目に遭いながらもそれを切り抜けている。

 

 特にコーヤコーヤの時は顕著だった。

 

 あの時は本当に帰れなくなるかもしれないという覚悟を決めたのだが、よくよく考えれば、急いでいたとは言え、あまりにも迷わなすぎた気がする。

 

 勿論、コーヤコーヤがの状況急を要したことや、ドラえもんが何とかしてくれるかもしれないという淡い期待もあったのだろう。

 

 しかし、本当にそれだけだろうか?

 

 

(もしかして・・・僕はあの時から、両親が居なくなったとしてもあまり気にしないような冷たいやつだったのかな?)

 

 

 のび太はそう思うが、答えは出ない。

 

 と言うより、答えが出たとしても、あまり意味はないことだろう。

 

 どのみち、聖杯戦争を生き残ったとしても、両親と会うことはこれから滅多に、いや、もしかしたら一生無いのかもしれないのだから。

 

 

(・・・)

 

 

 だが、それでもあの母娘の存在がのび太に両親について考えさせられたのは確かだった。

 

 そして、この心の問いは、後に大いに役に立つことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夕方 アルークシティ東部 

 

 

「もうすぐ聖杯戦争が激化する時間帯ね」

 

 

 エマは沈み行く夕日を見ながらそう思った。

 

 現在は聖杯戦争の五日目。

 

 二日目から参加している彼女にとって、これは四日目となる戦いだ。

 

 自分でも、かなり戦闘に慣れてきた方だと思う。

 

 そして、自分の力が徐々に増していることも確かに実感していた。

 

 

(でも、足りない)

 

 

 しかし、それでも彼女は物足りなさを実感していた。

 

 彼女が考えていたのは、前述したように西住まほ、もっと言えば西住流そのものへの復讐だ。

 

 それだけをバネに生き残ってきた。

 

 だからこそ、西住まほや西住流の脅威が自分の中で無意識に大きくなってしまい、今ではヒーローの物語風に言えば、国家も滅ぼせる悪の組織という規模にまで昇華されていた。

 

 もっとも、実際にはそうではない。   

 

 現実としては、ほんの1ヶ月前まで文科省にすら自分の意見を押し通すのに手一杯な有り様だ。

 

 それは大洗VS大学選抜戦で当初、8対30、それも殲滅戦というふざけた試合を強要しようとした事実で分かる。

 

 学園都市のように強力な権限を持ち、表向きは文科省の傘下に有りながらも、実際はその上の日本政府に直接意見できるような立場とは訳が違うのだ。

 

 だが、彼女は西住まほや西住流への劣等感や、魔術という力に半ば呑まれてしまっている為か、その事を頭の隅にも入れていなかった。

 

 まあ、そうでなくとも、ドイツ人の彼女に日本の事を理解しろというのは少しばかり無理な話だったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、やがて日が沈んで夜となり、彼女の戦いは再び始まった。




今気づいたんですけど、劇場版って5人の編成が変わらないだけで、その劇場版ごとに他にも冒険に加わる人員が追加されていたりするんですよね。例・・・ピー助、美夜子、キー坊、ロップル、ソフィア、ピッポ、クルト以下略。


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聖杯戦争六日目~七日目 極限の街

◇8月28日 昼 アルークシティ北部

 

 

「ふむ、ここが例の聖杯戦争が行われている場所か」

 

 

 聖杯戦争六日目の昼。

 

 一人の学者風の男が聖杯戦争に参戦しようと、アルークシティを訪れていた。

 

 

「思ったより壊れていないのだな」

 

 

 男は感心したようにそう言った。

 

 男の想像する戦いとは、あちこちの建物を壊しまくって派手にやりあうというものであったからだ。

 

 もっとも、実際にはそのようなケースは少ない。

 

 実際、学園都市などでも一方通行(アクセラレータ)や垣根帝督はその強大な力を持ちながら、日々の戦いでビルを壊すなどのド派手な戦いをやっていない。

 

 これは学園都市上層部から目を付けられなくする為でもあり、また不必要に暴れてもなんの意味もメリットもない事から来るものだった。

 

 まあ、男にそんなことは分からない。

 

 そもそも、男は今回が戦いの初陣だったのだから。

 

 

「さて、私も活躍するとするか」

 

 

 男はそう言いながら、街へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、この1時間後、男は呆気なく死亡することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが聖杯戦争。

 

 力無き者、戦闘をやったことが無い者が決して立ち入ってはいけない儀式。

 

 そして、そんな空間を少年は生きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇8月29日 深夜 アルークシティ中央部

 

 

(七日目にもなると、魔術師ともほとんど遭遇しなくなったな)

 

 

 のび太はそう思いながら、周囲を警戒する。

 

 聖杯戦争七日目。

 

 流石にこの日数ともなると、初期から参加していた人間達は自分達の見つけた隠れ家に引きこもったりしてなかなか出てこなくなっている。

 

 実際、のび太も日が沈んでから活動を行っていたが、今のところ魔術師とは遭遇していない。

 

 

(でも、これは・・・ちょっと不味いな)

 

 

 のび太は少しばかり焦りを感じていた。

 

 引きこもる人数が増えたという事は、ある程度の魔力が貯まり、儀式が行われる際、その儀式の取り合いに参加する人間が多くなるという事でもある。

 

 加えて、参加している魔術師も徐々に強くなってきており、のび太でさえ油断できないほどになっている。

 

 特にここ数日で途中参加する者などは、初期から参加していたであろうのび太や魔術師達に、その殆どが駆逐されている程だ。

 

 正直言って、このままではのび太がこの聖杯戦争を勝ち抜く可能性はほぼ無いと言っても良い。

 

 そうならないように早めに決着をつけたいのだが、初日ならいざ知らず、現在ではあちらこちらに魔術師が散らばってしまっているので、短期決戦はほぼ不可能だ。

 

 

(まあ、ド派手に暴れまわれば可能かもしれないけど・・・そんなリスクは犯したくないし)

 

 

 のび太はそう思って、短期決戦を断念した。

 

 のび太が本気になれば短期決戦は容易だろうが、それで勝てる保証など何処にもないし、むしろ負ける可能性の方が高い。

 

 それほどこの聖杯戦争は甘いようにできてはいないのだ。

 

 そして、のび太も何処かの隠れ家に帰ろうとした時だった。

 

 

「・・・・・・ん?」

 

 

 のび太はこの街の東サイドから炎のようなものが立ち登っている事に気づく。

 

 それは夜の暗闇の中でもはっきりと赤く光っており、何処からどう見ても火事であるということは丸分かりだった。

 

 まあ、それは良い。

 

 おそらく、この街に居る魔術師の誰かが炎系の魔術を使ったとか、その程度であろう事は想像がつくのだから。

 

 しかし、問題はそれだけではない。

 

 なんと、その炎はどんどんと広がりを見せているのだ。

 

 

「なんだ?あれ?」

 

 

 のび太は疑問に思いながらも、物凄い嫌な予感を感じて、敢えてそちらの方に近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同時刻 アルークシティ東部

 

 

「ぎゃあああ!!」

 

 

「た、助けてくれ!!」

 

 

 アルークシティの東部は地獄へと変わっていた。

 

 炎の魔女──中須賀エマから発せられた炎は、東部の一区画の街並みを中心に次々と周囲の建造物を焼き払っていく。

 

 そして、その中には魔術師が隠れていた施設も含まれていて、数人の魔術師が脱出しようとしたり、あるいは脱出に間に合わずに焼き殺された。

 

 しかし、上手く建物から脱出できた者も、その寿命は長くはない。

 

 何故なら、脱出した魔術師を追うように炎は拡がりを見せて、脱出した魔術師を脱出に失敗した魔術師の後を追わせるかのように焼き払ったのだから。

 

 

「・・・」

 

 

 そして、そんな惨劇を成したエマは、無表情にそれらの光景を見つめていた。

 

 いや、本当に見つめていたという表現が正しいのかどうかも分からない。

 

 何故なら、エマは本来なら敵である筈の魔術師の方向を向いておらず、全く別な方向を虚ろな目で見ていたのだから。

 

 その光景は見ていた者が居るとすれば、間違いなく恐怖を覚えるものであり、おそらく霊が取り憑いたと言われても、思わず信じてしまうだろう。

 

 それほどの不気味さが彼女からは漂っていたのだから。

 

 

「モット・・・モット・・・」

 

 

 炎の空間の中で、彼女は思わずそう呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数分後 アルークシティ東部

 

 

「くそっ!これは不味いぞ!!」

 

 

 アルークシティの中央部よりの東部地域。

 

 そこにも既に炎は迫っており、徐々にのび太が居る位置にも近づいていく。

 

 そして、その炎を見つめながら、のび太は不味いという事を実感していた。

 

 それはこの街が燃えることではない。

 

 そもそもこの街には普通の民間人は現在のところ、ツェスカのように巻き込まれでもしない限りは居ないので、そんな心配はするだけ無駄だ。

 

 では、何を心配しているのかと言えば、この炎がこの街を焼き尽くすだけに留まらず、他の街に拡がらないかどうかだった。

 

 客観的に見れば、『そんな馬鹿な』と思うような妄想にも近い想像であったが、のび太にはこの炎がそれくらいの惨劇を呼ぶ気がしてならなかった。

 

 いや、のび太でなくともそのような想像はしただろう。

 

 何故なら、この炎はそれくらいの禍々しい雰囲気を保ちながら、燃えていたのだから。

 

 実際、のび太とは別ルートでこの炎を見たとある魔術師はのび太と同じようなことを実感していたし、もし何も知らない一般人がこの街に居たとしても、得体の知れない恐怖を覚えるくらいになっていただろう。

 

 まあ、それは兎も角、のび太が今すべき事と思ったのは、まずこの炎を消すことだった。

 

 だが──

 

 

「・・・消す方法がない」

 

 

 のび太の能力では消す方法が無かったのだ。

 

 一番手っ取り早いやり方は、この炎を発生させている魔術師を倒すことだが、炎の影に隠れているお蔭でどれがその主なのかは全く分からない。

 

 いや、そもそも主が居るのかどうかすら分からない。

 

 『魔術の術式の発生に失敗して、魔力を流し込んだは良いが、本人が死亡し、後は勝手にその魔術が発生した』などという可能性も有ったのだから。

 

 実際は主はキチンと居て、更に見れば一発で分かるような雰囲気も纏っていたのだが、この時点でののび太は知るよしもない。

 

 ならばと、次善の策である直接能力で炎を掻き消そうという方針に出ようとしても、その手段が無かったのだ。

 

 能力で風を起こして消すという手段はあるが、計算を間違えれば余計に被害が広がることになるし、大気中の水分を集めて消化しようにも、その程度では文字通り“焼け石に水”だろう。

 

 

「どうすれば・・・」

 

 

 のび太は途方に暮れていたが、その時だった。

 

 

 

ボオン

 

 

 

 先程までのび太の目の前で燃え盛っていた炎が突如として消えた。

 

 

「・・・・・・はぁ?」

 

 

 のび太はいきなりの現象に思わず間抜けな声を溢してしまう。

 

 しかし、仕方のないことだろう。

 

 なんせ、先程まで悲壮に明け暮れた思考をしていたのに、自分の預かり知れないうちに突如として問題が解決したのだから。

 

 

「なんだったんだ?いったい」

 

 

 のび太はそう思いながら、首を傾げた。

 

 そして、その後、周囲の捜索を行ったものの、焼け焦げた跡以外、何も見つけることが出来なかった。



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聖杯戦争八日目 魔物の炎

◇8月30日 朝 アルークシティ南部 

 

 

『・・・ふむ、それは“魔物の炎”かもしれないな』

 

 

 あれから一晩明け、一旦隠れ家の1つで休んだのび太は目を覚ますと、早速、アレイスターに電話をして炎のことについて聞いた。

 

 正直、アレイスターに相談する事が、あまり良い行為だとはのび太も思っていなかったのだが、現時点での魔術師の知り合いがアレイスターしか居なかった為、彼に聞くしかなかったのだ。

 

 それに一応、聖杯戦争については情報や武器提供などの間接的支援は行ってくれるという約束はされていたので、アレイスターはその問いに答えてくれた。

 

 

「魔物の炎?」

 

 

『そうだ。私も知識として知っているだけだが、18世紀に開発された魔術だよ』

 

 

 この魔術師、アレイスター=クロウリーは19世紀の後半から20世紀の初頭にかけて、魔術を大いに発展させた偉大な魔術師である。

 

 彼の名前は新約聖書にも名前が載るほどの超有名人物でもあり、現在の魔術の殆どはアレイスターが創ったと言っても過言ではなく、また同時にインデックスとはまた別な意味で魔神に近い人間という立場でもある。

 

 まあ、のび太はオカルトの勉強はしたことがないので、そんなことは知らないのだが、アレイスターがなんとなく凄そうな魔術の学者だという事は直感していた。

 

 しかし、そんなアレイスターでさえ、よく知らない魔術もある。

 

 特にアレイスターが魔術の基盤の造成や研究を行った19世紀の後半以前の魔術については、知識としてしか知らないものも多い。

 

 魔物の炎もその内の1つであった。

 

 

「聞くからに炎の魔術みたいですけど・・・どういったものなんです?」

 

 

『一言で言えば、危険な魔術だ。見た目はただの炎の魔術だが、相手を殺して魔力を吸収し、どんどんと強度を増していく。更には強度を増していくごとに魂が乗っ取られていく。それもある程度、宗教感という魔術の毒に対する防壁を持っている者が、だ。だから、基本的には誰も使わなくなった』

 

 

 通常、魔術というのはある毒が含まれており、使用する度に精神を蝕まれる要素がある。

 

 これをある程度緩和するのが、“宗教防壁”という精神的な防壁を持つ事が出来る“宗教感”であり、魔術結社の中で宗教団体が魔術サイドの主役を担っているのもこれが原因である。

 

 しかし、そんな宗教団体の持つ宗教感でさえも扱えないということは、それ以外の魔術師に扱うことはほぼ不可能だと見ても良いという事でもある。

 

 更に言えば、殺せば殺すごとに勢いを増すようになるという性質は言うまでもなくかなり厄介であり、尚且つ制御できないという事であれば、手に負えない代物と断言しても過言ではないだろう。

 

 だからこそ、魔物の炎などという欠点だらけの代物を積極的に使おうとする者など現れなくなった。

 

 それがアレイスターの言う魔物の炎の正体であった。

 

 

(なるほど、それで“魔物の炎”なんて呼ばれている訳か。確かに手に負えなさそうだね)

 

 

 倒せば倒すごとに、強くなる代償に扱っている魔術師の精神を乗っ取る魔術。

 

 よっぽど切羽詰まっている緊急の時に使うのなら話は違うが、少なくともそんな代物を常日頃から扱う者は居ないだろう。

 

 それは今も昔も変わりはない。

 

 しかし、そんな魔術を知ってか、知らずかに関わらず、常日頃から扱っている者が居て、しかも昨晩の事件もその人間が犯したものだとしたら──

 

 

「もしかして、術者は既に精神を乗っ取られている、とかですか?」

 

 

『まあ、そうだな。だが、それだけではない』

 

 

「と言うと?」

 

 

『この魔術は進行が進むごとに術者の中の特に一番大きな心理を大きくしてしまう。それがどういうことだか分かるかね?』

 

 

「・・・いいえ」

 

 

『例えば、憎しみや怒り、悲しみといった負の感情が強ければ、当然、その性格が増長される。逆に楽しみ、嬉しいなどの正の感情だったとしても、過ぎれば毒になる。つまり、どのみち良い方向にはいかないのだよ。そして、その増長される感情が怒りや憎しみだったとすれば、何処かに捌け口を探さなければ止まらなくなる』

 

 

「・・・」

 

 

 アレイスターの言葉は、流石は学問の街の長を勤めるだけあって分かりやすい。

 

 しかし、それ故に事態の深刻さも理解してしまい、のび太は冷や汗を流す。

 

 

「それで、止める方法は?」

 

 

『術者を倒すのが一番だろう』

 

 

 やっぱりそうか、とのび太が術者を倒すという決意を改めてしようとした時、アレイスターは思いがけない提案を行った。

 

 

『だが、打つ手が他に無い訳ではない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 夜 アルークシティ北部

 

 

「うっ、うぅ・・・」

 

 

 アルークシティ北部のとある建物の地下室。

 

 そこで炎の魔女──中須賀エマは悶えていた。

 

 

(ま、さか・・・これほどの負担が有る、なんて)

 

 

 元々、エマは魔術師の中ではかなりの新入りであり、何処かの宗教団体に入信しているという訳でもなければ、魔術結社に属しているという訳でもない。

 

 故に、魔術という代物が一種の精神的な毒を孕んでいるという事も後から知っていた。

 

 しかし、それを知った後も、エマは魔術を使い続けていた。

 

 理由はエマがその頃まで使い続けている魔術が、よりにもよって魔物の炎であった為、西住まほや西住流に対する憎しみのあまり、引っ込みがつかなくなってしまったからだ。

 

 もし別の魔術であれば、エマは魔術に対する恐れを抱いて2度と使わなかったかもしれないし、使ったとしても魔術の使用マニュアルをまず手に入れようと考えただろう。

 

 だが、現実はそうではなく、魔物の炎を使い続けたことで、彼女の精神はどんどん蝕まれていた。

 

 昨晩もそうだ。

 

 精神の蝕みが進み、炎を制御することが出来なくなっていた。

 

 にも関わらず、最終的に納めることが出来たのはのび太の存在だった。

 

 彼女は人格者だった。

 

 魔術師になって憎しみに身を落としたとはいえ、流石に子供を殺す気にはなれなかったのだ。

 

 その子供が聖杯戦争の参加者だということを認知しても尚、だ。

 

 戦う人間としては甘いと言われるだろうが、それでも彼女は精神を蝕まれ続けながらも、気力を振り絞って昨晩の魔物の炎を抑え付けたのだ。

 

 見る人が見れば、かなりの偉業だろう。

 

 しかし、その代償として彼女の精神の蝕みの進行は益々増していった。

 

 あの後はどうにかこの建物まで戻ってきたが、それが限界であり、彼女は現在、殆ど体を動かすことが出来なくなっていた。

 

 そればかりか、意識もどんどんと朦朧としていく。

 

 

(バチが当たったのかしら・・・ね)

 

 

 朦朧とする意識の中、エマはそう思っていた。

 

 元々、魔術を知った経緯こそ違うものの、魔術に本格的に手を出す切っ掛けは、西住まほや西住流に対する憎しみから生まれたもの。

 

 だが、それも今では本当に正しかったのか分からなくなってしまった。

 

 いや、正しくなかったということは既に分かっていた。

 

 なんせ、結果がこの様だったのだから。

 

 

(ふふ・・・我ながら・・・無様ね)

 

 

 大勢の人間の命を奪い、力を蓄え、また更に大勢の人間の命を奪い、力を蓄える。

 

 彼女がやって来たことは、この繰り返しだった。

 

 そして、肝心の西住まほや西住流に対する復讐をすることも出来ずに、こうして無様に床に転がっている。

 

 滑稽にもほどがある。

 

 それが彼女の感想だった。

 

 

(・・・エミ)

 

 

 そんな中でも、彼女が気にしていたのは、2つ年下の妹の事だった。

 

 先月から日本に留学したものの、その留学した経緯もまた酷いものだという事を彼女は知っていた。

 

 だからこそ、願う。

 

 日本では共に戦車道を歩む良い仲間に会えますように、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼女はその願いを最後に意識を落とすこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・彼女が願った妹の幸せは、既に半ば叶えられていた事を知るよしもなく。



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聖杯戦争九日目~十日目 炎の塊

◇8月31日 夜 アルークシティ北部

 

 

「居た居た。やっと見つけたよ」

 

 

 のび太は探していた人物──中須賀エマを発見して思わずそう呟いた。

 

 

「倒れてるけど、死んではいないみたいだ。・・・じゃあ、早速、始めないとね」

 

 

 のび太はエマの心臓に左手で触れ、彼女が死んでいない事を確認する。

 

 ちなみにのび太は知らないことだが、彼女は既に意識を失ってから丸1日が経過していた。

 

 だが、意識を失ってはいたものの、死んでいる訳ではないので、これから助け出すことも可能だと、のび太は考える。

 

 

「しかし、大変だったなぁ」

 

 

 のび太はとある準備を進めながら、1日半前の回想を行う。

 

 アレイスターの提案は簡単だった。

 

 このエマを蝕んでいる魔物の炎をエマの外へと出すこと。

 

 そうすれば、精神の蝕みは治まるだろうとの事だったが、ぶっちゃけのび太を使ったことが無いので、上手く行くかどうかは五分五分だ。

 

 副作用については、のび太は学園都市の通常の能力者とは違い、自分だけの現実(パーソナル・リアリティー)を構築していないので、少なくとも普通の能力者よりは問題なく魔術を行使できる。

 

 と言うより、のび太の能力は起動方法こそ学園都市の演算方式を使っているが、能力そのものは元から在った天然物の原石。

 

 なので、一般の能力者のように自分だけの現実(パーソナル・リアリティー)を構築するための薬物の投与も暗示も成されていなかったのだが、それで副作用が出るかどうかは正直賭けではあった。

 

 しかし、それでものび太は中須賀エマを救うことを決めていた。

 

 何故かと聞かれれば、それは分からないと答えるしかない。

 

 ただ、なんとなく、中須賀エマは自分が殺すべき相手ではない。

 

 そう感じただけだった。

 

 しかし、今は聖杯戦争の真っ只中。

 

 そんな中で人探しをすることは困難を極めたが、1日半という時間をかけて、ようやく二日前の魔物の炎の術者──中須賀エマを探し出した。

 

 そして、今、彼女を助けるために彼女と魔物の炎を切り離す魔術を発動しようとしていた。

 

 

「え~と、こうして、と。確か呪文は・・・──────────」

 

 

 

ボオオオオオン

 

 

 

 のび太がその魔術の呪文を唱えた時、火の玉のようなものが舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同時刻 アルークシティ北部

 

 のび太とエマが居る建物の施設とは少し離れた路地裏。

 

 そこでは一人の魔術師が行動を起こしていた。

 

 

「・・・・・・ふぅ」

 

 

 魔術師は路地裏から通りをチラッと見て誰も居ないことを確認し、そっと溜め息をつく。

 

 そして、直ぐ様走り出し、通りの真ん中に陣取り、ある術式を構築するためにルーンを周囲にばら蒔く。

 

 彼がやろうとしていたのは索敵用術式の魔術だ。

 

 しかも、ただの索敵ではない。

 

 特定の区画に居る敵をマーキングし、地球の何処に居ても追い掛けられるといった強力な魔術だ。

 

 時間制限はあるが、1日と意外に長く、更に簡単に出来ることから多用する魔術師も多い。

 

 

「よし、これで──」

 

 

 しかし、彼の言葉は最後まで続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボオオオオオオオオオン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如降ってきた炎の塊が男を一瞬で炭へと変えたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖杯戦争初期から生き残ってきた魔術師の一人である男は、何が起こったのか分からないまま、こうして呆気なく死亡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 深夜 アルークシティ北部 

 

 

「ふぅ、なんとか生き残ったか」

 

 

 あれから数時間が経過した。

 

 結果的に魔術の発動による副作用は無かった。

 

 しかし、直後に発生したのび太の周りを覆う炎の嵐によってのび太の周囲が一時的に酸欠状態となってしまい、更に密閉空間ということも相俟ってのび太は昏倒に追い込まれたのだ。

 

 幸い、のび太のバリヤが寝てる間も発動していたことで煙を吸い込む事はなく、一酸化炭素中毒などからは免れていたし、エマものび太のすぐ近くに位置していたことでのび太のバリヤの恩恵を得ることが出来た。

 

 そして、炎の塊が外に出る過程で建物に穴が空き、そこから酸素が流れ込んできた為、酸欠で死ぬという事態から免れている。

 

 しかし、酸素濃度が回復まで気絶していたことは確かであり、時間を喰ってしまったのは明らかだった。

 

 その結果──

 

 

「うわ。これは派手に燃えてるな」

 

 

 のび太は周囲の建物が所々燃えていることをその目で確認した。

 

 とは言え、2日前の時のように全体に燃え広がっている訳ではない。

 

 あくまで一部の建物が狙い撃つかのように燃えているだけだ。

 

 そして、それはたった1つの意思を持つ炎の塊によって成された現象である。

 

 

「・・・取り敢えず、ひとまずこの人を安全な所に運ばないと」

 

 

 のび太は近くに倒れたままとなっているエマに向かってそう呟いた。

 

 そして、彼女を近くの頑丈そうな建物に運ぶ。

 

 

「ここならひとまず大丈夫かな?まあ、と言っても・・・」

 

 

 のび太は窓から外の様子を見るが、先程のび太を襲った炎の塊があちこちで暴れ回っており、どういうわけだか建物が次々と炎上している。

 

 この調子だと、ここも長くはないだろう。

 

 

「あれを何とかするしかないか」

 

 

 のび太はそう言うと、炎の塊の討伐に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇9月1日 未明 アルークシティ南部

 

 

「・・・はぁ・・・はぁ。やっと討伐できたか」

 

 

 のび太は疲れのあまり、大きく息を吐く。

 

 炎の塊の討伐は意外な程に手間取った。

 

 それは炎の塊が意思を持っているかのように、近くの魔術師を次々とピンポイントで襲いまくりながら移動していた為だ。

 

 お蔭で魔術師とも交戦する羽目になってしまい、それが余計に被害を拡大させていた。

 

 しかし、先程、炎の周囲の酸素を抜いて燃やすものを無くしたことでようやく炎の塊を消すことが出来た。

 

 

「しかし、これは・・・大分死んだな」

 

 

 のび太はもはや半壊と言って良い程までに変化してしまったアルークシティの街並みを見ながら、思わずそう口に出してしまう。

 

 アルークシティのあちこちでは未だに火災が起きている建物が多数存在する。

 

 それはいずれも、魔術師達が隠れていた施設や建物ばかりだった。

 

 あの炎の塊は魔術師の命を求めて建物ごと、魔術師達を襲ったのだ。

 

 しかも、それは強力なものであり、聖杯戦争を初期から戦っている魔術師達が次々と死んでしまうほどのものであった。

 

 しかも、それからなんとか逃れた魔術師ものび太によって討伐されている者も居るため、魔術師達の数はこの一夜にして一気に激減した。

 

 おそらく、聖杯戦争の終結も今回の出来事で早まっただろう。

 

 

「なんか、複雑だなぁ」

 

 

 確かに聖杯戦争の終結が早まり、勝者となれる確率が上がったことは、本来ならば喜ぶべきことだ。

 

 しかし、こんな形でそうなるというのは、なんとも複雑な思いをのび太に抱かせる。

 

 その正体は、聖杯戦争を始める時にもあった『本当にこれで良いのか?』という思いだ。

 

 のび太は未だにそのような思いを持っていた。

 

 まあ、それが詭弁でしかないことは、のび太が一番よく分かっている。

 

 元々、この聖杯戦争は勝者がたった一人しか居ない殺し合い。

 

 最終的に殆どの人間が死に、生き残ったとしても勝者でなければ敗北の苦しみを味わうだけ。

 

 そんな戦いで、人の死を悲しんでいる余裕など、本来ならば無い。

 

 しかし──

 

 

「・・・」

 

 

 それでものび太は非情に成りきれずにいた。

 

 そもそものび太の性格からして、あまり殺しなどの稼業には向いていなかったのだ。

 

 それに初めて殺しを行ってから、まだ1ヶ月も経過していない段階。

 

 殺しに慣れろという方が無理があるし、そうでなくとも、のび太は人の死を“慣れ”という言葉で片付けたくはなかった。

 

 

「我ながら、甘いなぁ」

 

 

 のび太は苦笑しながらそう呟く。

 

 しかし、自分がその信念を曲げることはこれから先、おそらく一生無いであろうということは、この時から既に実感していた。

 

 ・・・そうでないと、心が潰れてしまいそうであったから。

 

 

「さて、あの人の所に戻るか」

 

 

 のび太はそう言いながら、その場から姿を消した。



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聖杯戦争十一日目~十二日目 友達

◇9月2日 朝 アルークシティ北部

 

 

「お帰りなさい」

 

 

 隠れ家に帰ってきたのび太を迎えたのは、中須賀エマだった。

 

 昨日の昼頃に目を覚ました彼女に、のび太はあの魔術はもう使えないことを知らせ、もうこの街から立ち去るべきだという勧告を行った。 

 

 しかし、それから1日。

 

 どういう訳だか、彼女はのび太の元から離れず、行動を共にしていた。

 

 

「もう帰っても良いんですよ?と言うか、帰った方が良いのでは?」

 

 

 この警告も何度したかも分からない。

 

 前述したように、彼女は力を失っており、戦うどころか、身を守る力さえないのだ。

 

 もっとも、現在のところ、先日の炎の塊の騒ぎによって魔術師に大量の死人が出た為、聖杯戦争に参加している魔術師は激減しており、のび太が昨日のうちに調べた範囲でも20人ちょっとしか居なくなっていたが、それでもなんの力もない人間にとって脅威なのは変わりない。

 

 だからこそ、出ていくことを奨めているのだが、何故か全く言うことを聞かなかった。

 

 

「いやよ。だって、私、帰るところ無いんだもの」

 

 

 エマは拗ねたようにそう言った。

 

 彼女は前述したように、大学1年生であるが、魔術に出会い、その修行をしていたことで現在、大学の講義には出ていない。

 

 それどころか、籍が未だに置かれているのかどうかすらも分からない有り様であり、もし退学という形になって家族に報告されていたとしたら、ノコノコと帰れないという事情があった。

 

 ・・・まあ、建前はそんなところだが、彼女には別な思惑もある。

 

 

「それに、あなたみたいな子供がここで踏ん張っているのに、ここで逃げたら私の立つ瀬が無いでしょう?」

 

 

「・・・」

 

 

 のび太は少々返事に困った。

 

 確かに今の今まで忘れていたが、自分はまだ大人に擁護されるレベルの子供だったのだ。

 

 そんな子供がこのような地獄の空間で頑張っているのに、自分が逃げる訳にはいかない

 

 それが彼女に残った最低限のプライドだった。

 

 ・・・もっとも、のび太からしてみれば、迷惑きわまりなかったのだが。

 

 

「・・・そうですか」

 

 

 だが、それでものび太は否定する気にはなれなかった。

 

 自分はこうしてフィーネを助けるためにここに来ているが、それが彼女の迷惑にならない保障など、何処にも無かったのだ。

 

 ただ、のび太が救いたいと思ったから、こうして赴いただけである。

 

 ・・・まあ、これらのことはのび太の無意識下の感情であったので、のび太は自覚していなかったのだが、少なくともこの感情がエマの行動を容認しているということは明らかだった。

 

 だからこそ──

 

 

「分かりました。その代わり、命の保証はしませんよ?僕にもやることが有りますから」

 

 

「ええ。それで構わないわ」

 

 

 命の保証はしない。

 

 そのような無責任なのび太の発言(もっとも、勝手に着いてきているのはエマの方なので、のび太が責任を取る義務はない)にも関わらず、エマは快く了承した。

 

 そんなエマを見て、のび太は口ではそう言いながらも、出来る限りの範囲で彼女を守ろうと、心の中で決意することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇9月3日 昼 アルークシティ北部

 

 9月3日の昼。

 

 聖杯戦争の対策を練っていたのび太に、ふとエマがこんな質問をした。

 

 

「そう言えば、あなた、学校は良いの?確か日本では9月の初めから新学期だった筈だけど・・・」

 

 

 日本ではその年の9月1日の曜日にもよるが、基本的に9月1日、つまり、一昨日は2学期の始まりだ。

 

 中でも、のび太は義務教育を受けなければならない年頃であり、学校をサボることは本来ならば許されない。

 

 日本に留学したこともあるエマはこの事情を知っていて、ふと気になってこの問いを行ったのだ。

 

 

「あー、そう言えば、そうでしたね」

 

 

 のび太は気のない返事をする。

 

 そう、今まで聖杯戦争をやっていたせいで忘れていたが、一昨日は新学期である2学期の始まりだった。

 

 もっとも、学園都市でののび太の立ち位置は少し異なるわけであり、ぶっちゃけ新学期が始まったところで学校に通うことは無い。

 

 その理由は超能力者(レベル5)と普通の生徒を同列に扱うのは難しいという建前であったが、本当のところは一方通行(アクセラレータ)の二の舞を恐れたのだ。

 

 一方通行(アクセラレータ)は5年前、第7学区にて様々な悲劇を巻き起こした。

 

 もっとも、それは上層部が一方通行(アクセラレータ)を極度に恐れたのと、様々な不幸が重なってしまった結果ではあったが、兎に角、この件を機に強力な超能力者(レベル5)は隔離すべきであるという考え方が学園都市上層部に出たのは確かであった。 

 

 そして、のび太も本来ならば、この措置に従って何処かの特別に造られた教育施設で勉学に励むというのが、本来の時間割り(カリキュラム)であったが、こうして聖杯戦争に出ている今、そのようなことは無くなっていた。

 

 

「でも、まあ、どのみち僕は別な施設で勉強をするとの事なので、クラスメートとかは居ないし、それほど問題は・・・あっ」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いえ、今日は親友の誕生日だった事を思い出しただけですよ」

 

 

 のび太は青い親友を思い浮かべる。

 

 そう、今から約100年後の22世紀の9月3日。

 

 彼は生まれた。

 

 しかし、彼は学園都市に来る前の7月の終わり頃、未来へと帰ってしまい、今年はその誕生日を祝うことが出来なかった。

 

 

(しかし、親友の誕生日を今の今まで忘れていたなんて・・・)

 

 

 のび太は自己嫌悪に陥った。

 

 流石に親友の誕生日を忘れるというのは洒落にならない。

 

 今年の誕生日を祝って貰えなかったのは自分も同じだが、忘れるなどという事が有ってはならないとのび太は思っていたからだ。

 

 

「親友、か。良いなぁ」

 

 

「? 何がですか?」

 

 

「だって私にはそんな友達、居なかったもの」

 

 

 エマは少し哀しげな表情をしながらそう言う。

 

 ここで言っておきたいことは、彼女は決して西住のような名家の出身ではなく、そういった意味で腫れ物扱いされるような事は無かったという事だ。

 

 では、それにも関わらず、何故友達が出来なかったのか?

 

 それはエミと同じ理由、すなわち人種差別だった。

 

 しかも、エマはエミとは違い、黒髪をしていて父親の血が多く混じっていた為か、エミよりも頻繁にその事で嫌がらせを受けた。

 

 それでも彼女がドイツ代表クラスの選手になり、隊長に就任できたのは、ひとえに彼女の実力が高かったからだろう。

 

 しかし、それが彼女を余計に追い込むことになり、結果的に孤立してしまった。

 

 だから、外国人である母親の血を多く受け継いだエミならあるいはと思った訳なのだが、そのエミもあの様だった。

 

 いや、むしろ、指示にろくに従わなかった分、自分より酷かったかもしれない。

 

 

「そうですか・・・」

 

 

 のび太はその事を説明されたが、人種差別についてはいまいちピンと来なかった。

 

 これまでのび太は大冒険で様々な種族や国の人達に遭遇して、その中にはのび太達を冷遇するような者達も居たが、それはどちらかと言えば“憎しみ”や“敵意”であり、根本的な人種差別ではなかった。

 

 だからこそ、戦いの中や恩を売ることなどによって、あっという間に解消されたのだが、人種差別についてはそう短期間でどうこうできる問題ではない。

 

 いや、一部の人間に限ってはそのやり方で人種差別を無くすことは出来るのだろうが、それでも全体的な人種差別の撤廃には焼け石に水だろう。

 

 加えて、のび太が最初に出会ったドイツ人がロッテのような“良い人”だったという事も、そう思わせる原因の1つだった。

 

 

「・・・じゃあ、僕と友達にでもなりますか?」

 

 

 のび太はそんなエマに手を差し伸べた。

 

 

「えっ?」

 

 

「だって、友達が居ないんでしょう?だったら、僕がその立場に立っても良い筈です。それとも、僕じゃ年が離れすぎていますか?」

 

 

「・・・いいえ、そんなことはないわ。・・・ありがとう」

 

 

 エマはそう言いながら、のび太の差し出された手を握った。

 

 年の離れた友人関係が誕生した瞬間であった。



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聖杯戦争十三日目~十五日目 戦線動かず

◇9月4日 夜 アルークシティ西部

 

 

「・・・いやに何も無いな」

 

 

 日が沈んだ後の空間の中、魔術師の男はそう言いながら歩を進める。

 

 男は最近この街に来て戦いに参戦することになった人間の一人だ。

 

 先日の学者風の男とは違って、戦闘をかなり嗜んでおり、その腕は魔術師の中でも平均より上といった辺りだった。

 

 しかし、そこそこの腕と経験を持っているからこそ、このような空間は逆に不気味に思えた。

 

 本来ならば、この時間帯は聖杯戦争が活発化する時間帯である。

 

 しかし、初期から参加して生き残っている古参組は、隠れ家に引きこもったまま、出てこようとしない。

 

 これは聖杯戦争はそのようなことが効率的に良いと判断されたのもあるが、一番の原因は4日前の炎の塊騒動だろう。

 

 あれによって、古参組が激減し、現在はその生き残ったほぼ全員が隠れ家に籠城している。

 

 そうでなければ、男はとっくに死んでいたか、何らかの大怪我を負っていた筈だ。

 

 残った古参組の魔術師は、どいつこいつも強い奴ばかりだったのだから。

 

 そうとは知らず、男は暫く彷徨きながら敵を探し続けていた。

 

 だが、結局、発見することはできず、夜は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇9月5日 朝 学園都市 第7学区 窓の無いビル

 

 聖杯戦争が開催されているドイツのアルークシティから遠く離れた日本の東京西部に存在する学園都市。

 

 そこは4日前にゴスロリ姿をしてゴーレムを引き連れた魔術師による襲来を受けたが、警備員(アンチスキル)の奮闘と某ツンツン頭の少年の活躍によって撃退し、現在はその傷もほぼ癒えていた。

 

 

『ふむ、プランは順調に進んでいるな』

 

 

 魔術師──アレイスター・クロウリーはそう言いながら、満足げに頷く。

 

 今現在、彼のプランは順調に進んでいる。

 

 プランの要である幻想殺し(イマジンブレイカー)は成長を続けているし、メインプランである第一位もアレイスターの思惑通りに事が進んでいて、特に申し分がない。

 

 ミサカネットワークも世界中に分散されているし、何もかもが不気味なくらい順調だ。

 

 唯一の懸念としては広域社会見学で現在アメリカに行っている第三位こと、超電磁砲(レールガン)が魔術サイドの人間と接触を果たしている事だが、これも許容範囲内の事であると、アレイスターは思っている。

 

 

『問題は第2プランの方だが・・・』

 

 

 アレイスターはそこでモニターに二人の写真を映し出す。

 

 一人は垣根帝督。

 

 “あの実験”で一方通行(最強の能力者)上条当麻(最弱の能力者)に負ける1日前に第0位(のび太)に挑んで敗北した学園都市第二位。

 

 本来ならば、形式上は一方通行(アクセラレータ)の予備プランとされたに過ぎず、実態は一方通行(アクセラレータ)を成長させる糧に使われる予定だった(・・・)少年。

 

 しかし、それはのび太を軸にした第2プランの存在によって、彼の存在は大きく変わることとなり、現在では第2プランのメインプランという地位にまで格上げされていた。

 

 そして、もう一人の黒髪のまだ幼い少女。

 

 彼女は計画の被験者である黒夜海鳥と上条率いるセイヴァーによって潰された暗闇の五月計画の生き残りの一人だ。

 

 彼女は本来のプラン通りに垣根帝督に接触し、本来の世界とは違ってその命を救われていた(・・・・・・・・・・)

 

 

「これで第2プランには2つの要素が揃った訳だが、まだ1つ足りないな」

 

 

 本来、彼のプランでは3つの要素が必要だった。

 

 1つは上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

 二つ目は一方通行(アクセラレータ)の能力。

 

 そして、最後にアレイスターが利用している問答型思考補助式人工知能、またの名をリーディングトート78。

 

 この3つが揃って初めてアレイスターのプランは機能するのだ。

 

 そして、第2プランもプランと同じような組成で組まれていて、上条当麻の位置に野比のび太が、一方通行の位置に垣根帝督がそれぞれ据えられていたが、リーディングトート78に該当するものが今のところ見つかっていなかった。

 

 

『さて、どうしたものか』

 

 

 そう言うアレイスターであったが、その声色に焦りは感じられない。

 

 そして、アレイスターはまたもや映像を変え、一人のまだのび太よりも幼いであろう少女のデータを映し出した。

 

 

『・・・いずれ彼女にご登場願おうか』

 

 

 赤い色をした液体の入るビーカーの中で、アレイスターはそう呟いた。

 

 彼女の名前は天坂 灯(あまさか あかり)。

 

 後にのび太に多大な影響を与える少女でもあった。

 

 

『だが、その前に野比のび太には彼と接触して貰わなければな』

 

 

 そう言ってアレイスターは最後に一人のデータを映し出す。

 

 そこには中性的な顔立ちをした中学生くらいの少年が写し出されていた。

 

 彼の名前は碇シンジ。

 

 5月頃にアレイスターが別世界から連れてきて、つい最近、超能力者(レベル5)の第8位となった少年だった。

 

 現在は霧ヶ丘付属中学2年生という身分となって学校に通っている。

 

 

『そして、彼の元居た世界も大分面白いことになっているな』

 

 

 アレイスターがシンジをこの世界に連れ込んだことで、元の世界は大きく変貌していた。

 

 具体的には向こうの世界では現在、第三使徒サキエル、第四使徒シャムシエル、第五使徒ラミエルが襲来し、ネルフによって殲滅されているが、前者二つは本来ならば碇シンジの乗った初号機が単独で相手をして殲滅したのだが、アレイスターが第三使徒襲来の一ヶ月前に碇シンジをこの世界に連れてきた為、急遽ドイツから回してきた弐号機が単独で殲滅している。

 

 第五使徒は本来の世界ならば、初号機と零号機が共同でやっつけた相手であるが、この世界では初盤に本来の世界の初号機よりもシンクロ率が高かった弐号機が序盤で出撃した為か、弐号機の損害(と言うより、パイロットへの影響)が増し、パイロットは昏睡状態になり、第五使徒戦はその時点でリタイアすることになった。

 

 そして、最終的に第五使徒殲滅は綾波レイの自爆によって殲滅されたものの、これによって本来の世界より早く綾波レイは二人目から三人目へと移る事になり、零号機は焼失することになった。

 

 つまり、碇シンジをこちらの世界に連れてきたことで、向こうの世界は本来の歴史よりも大規模な被害が催されたということになるが、アレイスターはそれを気にした様子はなかった。

 

 

『しかし、人類補完計画か。向こうの考えることも大概だな』

 

 

 アレイスターはそう言うと、次の瞬間には興味無さげに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇9月6日 未明 アルークシティ西部

 

 

「・・・」

 

 

 のび太は窓の外を警戒しながら見る。

 

 しかし、そこにはなにも存在しない。

 

 

「ふぅ・・・全く動かないな」

 

 

 のび太はこの膠着状態に若干のイラつきを込めてそう言う。

 

 6日前の炎の塊以来、ただでさえ膠着状態となっていたこの聖杯戦争は更なる膠着状態となっており、必然的に緊張状態によって参加者の神経を圧迫していた。

 

 

「まあ、落ち着きなさい。こういう時は黙って待つのが一番よ」

 

 

 エマはそう言いながら、のび太を宥める。

 

 

「そうは言いますけどね。こうも長く何も起きないと。却って不気味ですよ」

 

 

「うん、私もそういうことは有ったからよく分かるわ。でも、こういうのは焦ったら敗けなの」

 

 

 それは戦車道をやって来たからこそ言えるエマの意見だった。

 

 彼女は戦闘能力においてはのび太よりも低かったものの、経験というものに関してはのび太よりずっと多くの知識を持っていた。

 

 そして、のび太も本能でそれを感じ取ったのか、エマの言葉を聞いて若干気分を落ち着かせる。

 

 

「・・・そうですね。焦ったら負けですよね」

 

 

 ついでに言えば、負けたら終わり。

 

 そうなればフィーネを助けることはおろか、自分達の命が無事であるかどうかすらも分からなくなる。

 

 のび太は改めてその事を実感しながら、機会をずっと待つことにした。

 

 そして、今日も夜は過ぎ去っていく。




◇原作エヴァンゲリオンの世界

第三使徒戦~第五使徒戦。

パイロット、機体の損失無し。

◇今作エヴァンゲリオンの世界

第三使徒戦~第五使徒戦。

綾波レイ(二人目)、零号機消失。

まあ、被害をパイロットとエヴァンゲリオンに絞っただけでもこんな感じになっています。と言っても、両者の世界は碇シンジという人材が居るか、居ないかの差でしかないので、如何に原作シンジがどれだけ頑張ったかが伺えます。


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聖杯戦争十六日目~十七日目 ローラの企み

◇9月7日 夕方 アルークシティ南部

 

 

「ところでエマさん。あなたの妹さんってどういう人なんですか?」

 

 

「えっ?」

 

 

「いや、なんか。エマさんから僕の周りについて話しかけてくることはあっても、僕からエマさんに尋ねる事は有りませんでしたから、この際、聞いておこうと思いまして」

 

 

 のび太は少々気恥ずかしげにそう尋ねる。

 

 聖杯戦争は現在、自然休戦状態となっており、のび太達にも少しばかり余裕が出来始めていた。

 

 そして、のび太は前々からエマが話していた妹──エミについて詳しく聞くことにしたのだ。

 

 

「・・・良いわ、話してあげる」

 

 

 エマは快く了承した。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「うん、私に2つ下の妹が居るって話は前にしたわよね?」

 

 

「ええ。確かエマさんが大学1年生だから・・・妹さんは高校2年生ですか?」

 

 

「そうよ。それで戦車道については?」

 

 

「ああ、それ知ってますよ。確か6月頃に大笑ってところと黒森峰っていう高校が戦ったところを見ましたから」

 

 

 のび太は3ヶ月ほど前にテレビで見た第63回全国戦車道大会の事を思い浮かべながら、エマに向かってそう話した。

 

 ・・・ちなみにだが、黒森峰と戦ったところは、大笑ではなく、大洗である。

 

 あらかじめ知っていなければ非常に間違えやすい発音なので、勘違いされることも多い単語だが、のび太もその例に漏れず、誤った認識をしていた。

 

 しかし、残念なことにエマも大洗の事を聞くのは初めてであり、尚且つ日本に住んでいる訳でもなかったので、それを突っ込む事が出来なかった。

 

 

「なんか、なんとか姉妹の対決だとかでかなり盛り上がっていましたね」

 

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 

 エマは相槌を打つが、その“なんとか”の部分に“西住”という名字が入る事実を知れば、どう思ったかは分からない。

 

 まあ、のび太がその部分を忘れてしまっていたので、そんなifは有り得ないのだが。

 

 

「私の妹もね。その戦車道をやっていたの。ドイツの名門校でね。それもエースだったのよ?」

 

 

「へぇ、それは凄いですね」

 

 

 正直、戦車道をよく知らないのび太からしてみれば、どれだけ凄いことなのか分からなかったのだが、ただなんとなく凄いということは分かったので、相槌を打つ。

 

 しかし、気になることがあって、その点をのび太は尋ねた。

 

 

「しかし、“だった”ですか?ということは、今は・・・」

 

 

「まあ、怪我したとかそういう理由じゃないわ。ただ、その名門校が“元”名門校になっただけよ」

 

 

 そう、中須賀エミの高校は主力の選手が軒並み抜けてしまっており、去年の全国大会直前の黒森峰のような状態となっていた。

 

 いや、チームの練習どころか、再編成に四苦八苦している分、黒森峰よりも悪い状態かもしれない。

 

 しかも、その原因が黒森峰のように外からの圧力が掛かったという訳ではなく、内側のものから来ている。

 

 正直言って、あれでは建て直しに何時まで掛かるか分からないし、下手をすれば来年まで回復しない可能性すらある。

 

 とは言え、これらの原因は全部が全部、隊長である中須賀エミに有るわけではない。

 

 むしろ、隊長を認めず、嫌がらせを行い続け、挙げ句の果てには命令に従わなかった隊員達に8割方の責任があるだろう。

 

 まあ、とは言え、全員が全員、中須賀エミの実力を認めていない訳ではなかった。

 

 少なくとも、去年の隊長を勤めていた人物は認めていた。

 

 でなければ、中須賀エミが隊長に就任できる訳はない。

 

 ただ、隊員達がそれを認めなかった。

 

 それだけである。

 

 

「そうだったんですか。それでその後、妹さんは?」

 

 

「今は日本に留学しているわ」

 

 

「へぇ。じゃあ、日本に帰ったら会ってみたいですね」

 

 

 のび太は半ば冗談でそう言ったが、それが叶うかどうかは自分の運と実力次第であることはよく分かっていた。

 

 なんせ、まず聖杯戦争を生き残らなければならないのだから。

 

 

「その時は紹介するわ」

 

 

 のび太の言葉に、エマはそう返す。

 

 こうして、この日は何事もないまま過ぎていったが、翌日、聖杯戦争に悪雲が立ち込めそうな話がイギリスで行われるという事を、二人は知らずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇9月8日 深夜 イギリス

 

 日本の学園都市郊外にて、オルソラ・アクィナスと法の書(ただし、後者に関しては解読不能なので、事実上、存在しないも同然)を巡って学園都市、ローマ正教、イギリス清教、天草式十字凄教の四勢力がそれぞれの思惑の下に争っていた頃、その四勢力の1つ、イギリス清教の本拠地が存在するイギリスでは、イギリス清教の最大主教、ローラ=スチュアートがある報告書を読みながら、考えを巡らせていた。

 

 

「ふむ・・・なかなか膠着状態になりけているのよ」

 

 

 この不自然な日本語を使う金髪の少女にも見える女性──彼女こそがローラ=スチュアート。

 

 イギリス清教の最大主教であり、イギリス清教を束ねる長でもある。

 

 そして、彼女が見ているのは、ドイツのアルークシティで行われている聖杯戦争の状況だった。

 

 聖杯戦争は完全に膠着状態に陥っており、イギリス清教の魔術師が偵察のために入っても、攻撃されることはなかった。

 

 まあ、よっぽど近づいた者はあっという間に消されたが、それ以外は概ね大丈夫だ。

 

 

「・・・我等も参戦すべきでなりけるのかしら?」

 

 

 ローラはこの聖杯戦争に介入しようか迷っていた。

 

 一見、何気ない発言に思えるが、これは実は魔術サイドの世界では重大な問題になりかねない可能性があった。

 

 聖杯戦争は前述したように、ローマ正教の影響下にあるドイツで行われていたが、この儀式そのものにはローマ正教は関わっていない。

 

 それは考えてみれば、当たり前のことだった。

 

 この儀式を行うだけで魔術サイドの核兵器とも言える聖人が一人手に入るのだ。

 

 それを最大宗派とは言え、ローマ正教が主導でやってしまうとなると、魔術サイドの中のローマ正教の敵対勢力が黙って見ている筈がない。

 

 故に、そういう問題を起こさないようにローマ正教は聖杯戦争に関しては不干渉を決め込んでいた。

 

 そして、そんな状況の中でイギリス清教が聖杯戦争に介入するというのは、大きく問題が有りすぎる行為であるという事は言うまでもないだろう。

 

 何故なら、ドイツはローマ正教の勢力圏にある。

 

 そこに堂々とイギリス清教の魔術師を組織単位で送るという行為は、ローマ正教に堂々と喧嘩を売る行為に他ならないのだから。

 

 だが、ローラ、いや、その“中身”はそのようなことを気にする性格ではない。

 

 彼女はアレイスターとはまた違った形の外道なのだ。

 

 加えて、既にアレイスターはまず三大宗派の中でも最大宗派であるローマ正教との対決を望み、対立を深めようとしている。

 

 元々、それは彼のプランの1つに組み込まれているので当たり前の行為である。

 

 しかし、解せないのは聖杯戦争に人を送り込んだことだ。

 

 あれは最終的に聖人となるための儀式であるが、アレイスターがその派遣した人材が聖人になることを望むとは思えない。

 

 何故なら、それは彼のプランから大きく離れるであろう事態なのだから。

 

 しかし、現実に聖杯戦争には彼が送り込んだ人材が居るらしい。

 

 これはどういうことなのか、とローラは一瞬だけ思案する。

 

 だが──

 

 

「・・・まあ、どうでも良いけど」

 

 

 ローラはその理由を考えることを放棄した。

 

 どのみち、アレイスターが聖杯戦争に人を派遣した。

 

 この事実は変わらない。

 

 ならば、イギリス清教も戦力強化という意味で、これに乗る形で参戦しても良いだろう。

 

 例え“不幸な事故”によって、その派遣された人材の命が失われ、学園都市とローマ正教の2つと緊張状態となったとしてもだ。

 

 まあ、前者については考え難かったが。

 

 

「面白くなりけてきたのよ」

 

 

 ローラは口角を歪めて笑っていた。




ちなみに大笑と大洗ですが、作者もガールズ&パンツァーを初めて見た時、大洗(おおあらい)という発音を大笑(おおわらい)と勘違いしたりしました。まあ、大笑女子学園なんて、不自然な名前だと思ったんですけどね。女の子が主役のアニメなので、そういう洒落なのかと思ったりもしましたから。

それとローラの口調がなかなか難しい。原作者はよくこんなの書けましたね。


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聖杯戦争十八日目~二十日目 終盤戦

◇9月9日 深夜 アルークシティ中央部

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ。大丈夫ですか?エマさん」

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・ええ、大丈夫よ。いったい何が起きたの?」

 

 

「さあ・・・」

 

 

 のび太はエマに向かってそう返しながら、先程まで自分達が居て、現在は盛大に炎上したアルークシティ西部の街並みを見た。

 

 

(どう考えても魔術師の仕業だけど、まさか、街の一区画を丸ごと焼き払うなんて・・・)

 

 

 のび太はそう思うが、これが故意なのか、それとも事故なのかは咄嗟には分からなかった。

 

 エマのような事例も有ったからだ。

 

 この時点で原因を判断するには、あまりにも判断材料が足りなさすぎた。

 

 だが──

 

 

「ん?あれは・・・」

 

 

 のび太は燃えているアルークシティ西部のある場所を見る。

 

 そこには複数の魔術師が居た。

 

 

(なんだ?僕を脅威に思って複数の魔術師がチームを組んだのか?)

 

 

 のび太はそう思うが、それにしてはやけに統率が取れている。

 

 それはとても付け焼き刃の連携でなんとか出来るものだとも思えないものだった。

 

 それに西部の区画を丸ごと焼き払う意味も分からない。

 

 確かに揺さぶりを掛けるという意味では有効かもしれないが、流石にあまりにも行動が大胆すぎるし、そこまでの行動をさせるような事を自分はしただろうか?

 

 のび太はそうも思ったので、結局、結論は出なかった。

 

 

「・・・どうするの?」

 

 

「そうですね」

 

 

 のび太は一瞬だけ戦うかどうか迷ったが、すぐにその思考を却下する。

 

 相手が何人居るかどうかも正確には分からないし、分かったとしても戦うにはエマをここに置き去りにすることになる。

 

 その間に別の魔術師に殺されました、などという事になれば、のび太はその判断を後悔することになるだろう。

 

 

「・・・撤退しましょう。っと言いたいところなんですけど・・・」

 

 

 のび太は別のところに避難することも考えたが、安易に行動に移すことも出来なかった。

 

 何故なら、これだけ大胆な行動を取る相手だけに、次に逃げた先でも同じような事をするのではないかという疑念を持っていたからだ。

 

 そうなると──

 

 

「ここで待機した方が良いかもしれませんね」

 

 

 ──ここで敵とにらめっこする道しか存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇9月10日 早朝 アルークシティ中央部

 

 

「イギリス清教?」

 

 

『そうだ。有力な魔術結社の1つでね。魔術サイドでは数少ない学園都市に協力的な組織だ』

 

 

 あれから一晩明け、結局、あれから新たな襲撃は無かったが、街の西側を占拠した魔術師達と一晩中にらみ合いをすることになり、のび太は少し眠たげとなっていた。

 

 そんな中、アレイスターの方から電話が掛かってきて、昨夜襲ってきた魔術師集団の大まかな情報を説明してきた。

 

 

「そのイギリス清教がなんでこちらを襲うんですか?」

 

 

『向こうは不幸な行き違いが有ったと言っている』

 

 

 何処が不幸な行き違いだ。

 

 のび太は内心でそう思いながら舌打ちする。

 

 向こうは自分達が居る場所にも関わらず、一切の警告をしてこなかった。

 

 ということは、明らかにこちらの存在を一切考慮していなかったとしか考えられない。

 

 いや、それどころか、故意的にこちらを攻撃した素振りさえある。

 

 それを考えれば、学園都市の味方だというアレイスターの言葉は、話し半分として受け取った方が懸命だろう。

 

 

「それで、その“不幸な行き違い”をしたイギリス清教とやらに、僕はどのように対応すれば良いんですか?」

 

 

 のび太は話の本題に入る。

 

 こうして、わざわざ電話をしてきた以上、のび太がイギリス清教に対して何らかの待機し対応を行うことを期待していると見た方が良いだろう。

 

 もしかしたら、イギリス清教の魔術師を警告の意味合いを込めて痛め付ける、最悪は殺せと言われるかもしれなかったが、昨日のお返しをするという意味でも、そう言われる事は万々歳だった。

 

 

『なるべく、イギリス清教の人間とは戦わないように』

 

 

 だが、アレイスターから返ってきた返事は、それとは全く真逆のものだった。

 

 

「はぁ!なに言っているんですか!?イギリス清教の連中はすぐそこに居座っているんですよ!?」

 

 

 そう、のび太の言う通り、イギリス清教は未だに焼け野原となったアルークシティの西部を占拠しており、何時のび太の居る中央部に侵入してくるか分からない状態だった。

 

 おまけに聖杯戦争に思いっきり介入してきている以上、無視するなど論外な話だ。

 

 そんな状況で“なるべく戦うな”など、無理難題にも程がある。

 

 のび太はそう思ったが、残念ながらアレイスターの意見は違うようだった。

 

 

『そうだろうが、今のところ学園都市は私は彼らとの戦いを望んでいないんでね』

 

 

 それはアレイスターの本心だった。

 

 最終的に彼はイギリス清教とも袂を別つつもりではあったが、それは今ではないのだ。

 

 今は先日敵対したローマ正教対策が第一であると、アレイスターは割り切っていた。

 

 

「・・・分かりました。ですが、向こうが手を出してきたら反撃はします。あと殺傷も控えますが、怪我くらいは負わせますよ?それでも構いませんか?」

 

 

 それはのび太の最大限の譲歩だった。

 

 むしろ、これすらダメと言われたらどうしようかとも思ったが、幸い、アレイスターはそこまで制限するつもりはなかった。

 

 

『結構だ。存分にやってくれたまえ』

 

 

 アレイスターはその言葉を最後に電話を切った。

 

 のび太は電話を元の位置に戻しつつ、事の詳細をエマに伝えるため、エマのところへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇9月11日 昼 アルークシティ中央部

 

 

「・・・昨日はああ言ったけど、本当にこれで達成できるかな?」

 

 

 のび太は建物の屋上から昨晩に更地となった(・・・・・・・・・)アルークシティ南部の街並みを見ながらそう呟いた。

 

 昨日の晩、西部に続き、南部が襲撃され焼け野原となった。

 

 やったのは同じイギリス清教だろう。

 

 何故なら、燃え上がる炎が一昨日の晩のものと全く同じだったのだから。

 

 幸い、のび太達はここから動かなかったので巻き込まれずに済んだのだが、これでイギリス清教がのび太の事を全く考慮していないことが確定された。

 

 

「・・・エマさん、あの炎の魔術の他に、何か魔術を使えますか?」

 

 

 のび太はエマにそう尋ねる。

 

 のび太はこの聖杯戦争が既に終盤戦を迎えていることを、直感的に悟っていた。

 

 となれば、エマに構っている余裕はない。

 

 魔術が使えるならば、それで自分の身をなるべく守って欲しかったのだ。

 

 とはいえ、あまり期待はしていなかった問いだったのだが──

 

 

「・・・ええ。一応、同じ炎系の魔術ならあれより弱いものが幾つか使えるわ」

 

 

 実はエマは魔物の炎の他にも、同じ炎系の魔術は幾つか使えるのだ。

 

 ただし、その中でも一番強力だったのが魔物の炎であったことから、その魔術は全くと言っても良いほど使っていなかったのだが。

 

 

「では、その中で安全そうなものを選んで急いで練習してください」

 

 

「え、ええ。でも、どうして突然そんなことを?」

 

 

「僕の予想ですけど、多分、聖杯戦争は終盤戦に入っています。これから壮烈な戦いになるでしょうから、今のうちに自分の身を守れるようにした方が良いです」

 

 

「わ、分かったわ。すぐに練習する」

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 エマは少々戸惑った様子だったが、最終的には了承してくれた。

 

 のび太はそんなエマを見ながら、視線をイギリス清教が占拠している西と南に向け、こう呟く。

 

 

「今日か、明日の夜辺りかな?決着が着くのは」

 

 

 理由は分からないが、のび太はそう確信していた。

 

 そして、この夜、東側がイギリス清教の集団によって破壊され、アルークシティの西南東の3つの区画が完全に占拠されることとなった。

 

 聖杯戦争はいよいよ終盤戦を迎えていた。



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聖杯戦争二十一日目 ジークフリートとの再会

◇9月12日 夜 アルークシティ中央部

 

 

「やはり、北側を攻めてきたか。こっちを完全に包囲するつもりだな」

 

 

 西、南、東と来て、この夜にイギリス清教が攻めてきたのは、のび太の居る中央ではなく、北側だった。

 

 どうやら、こちらを完全に包囲するつもりらしい。

 

 

「さて、なんとかならないかな?」

 

 

 のび太は思考をフル回転で回しながら思考する。 

 

 聖杯戦争はこの街での戦いが終わった後、この街から北に存在する教会に行って儀式を受けることとなっているのだが、向こうがこちらを包囲しようとしている以上、聖杯戦争が終わった時、どの方角から教会に行ってもイギリス清教の人間と接触することになるだろう。

 

 そうなると、当然、戦闘になる可能性が高い。

 

 

「いざとなれば腹を括るしか無いけど・・・」

 

 

 のび太はアレイスターからの要請を受けても、万が一の場合はそれを破る事も考慮のうちに入れていた。

 

 しかし、体力温存という意味合いからしても、なるべく戦闘はカットしていきたいという思惑もあるため、その点をのび太は悩んでいた。

 

 しかし、そんなのび太の悩みは思わぬところから解決されることとなる。

 

 

「・・・・・・ん?なんだろう?あれ」

 

 

 突然、空に文字が映し出された。

 

 しかし、ドイツ語で書かれていた為か、のび太はそれを読むことが出来なかった。

 

 こちらに来てから話す方は勉強して大分出来るようになったのだが、書くのと読むのはさっぱりだったのだ。

 

 しかし、隣にエマが居たことがのび太に幸運を呼び寄せる事となった。

 

 

「・・・聖杯戦争の殺し合いは終了した。ここに居る参加者はただちに教会に向かうように」

 

 

「えっ?」

 

 

「聖杯戦争、どうやら終わったようよ。あとは教会に行くだけみたい」

 

 

 一瞬、なにを言っているのか分からず、膠着したのび太であったが、事の重大さを再認識した為か、すぐに復活する。

 

 そして、エマに向かってこう発言した。

 

 

「エマさん、僕は教会に行ってきます。あなたは・・・」

 

 

「心配しなくとも、一緒に行くとは言わないわ。あなたが一人で行くのが一番早いでしょうから。ただし、約束して。絶対に生き残るって」

 

 

「はい!勿論です!!」

 

 

 エマの言葉に、のび太はきっぱりとそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇アルークシティ 北部

 

 

(結構ヤバイけど・・・逆に言えば、これはチャンスだ!!)

 

 

 教会の途中にある道であるアルークシティの北部は現在、イギリス清教の魔術師による攻撃の真っ只中にある。

 

 しかし、同時に攻撃の真っ只中にあるだけで、制圧までには行っていない。

 

 制圧の途中でこの北部を拠点としていた魔術師の抵抗を受けていたからだ。

 

 まあ、生き残りの殆どがのび太と同じく中央部に居たので、ここに残っているのは少数であったが、それでも包囲を嫌がったり、次は中央部に来ると予測して、当てを外した者達がここでイギリス清教に対する抵抗を続けていたのだ。

 

 そして、そんな混迷とした状況の中で聖杯戦争終了の合図。

 

 これは双方に混乱をもたらしたと言っても良い事象だろう。

 

 今頃、北部を侵攻したイギリス清教の魔術師の一部が教会に向かっていると予測されるが、それを考慮してもこれは十分なチャンスでもあった。

 

 

(・・・しかし、可笑しいな。魔術師と接触しない)

 

 

 のび太は違和感を感じていた。

 

 現在、のび太は何時ものように自分に掛かる重力を軽減させることで何百キロもの速度を出している。

 

 しかし、一直線に進んだにも関わらず、1度も接敵する様子がなかった。

 

 これは偶然だろうか?

 

 のび太はそのような疑念を持ちながら、教会に向けて一直線に進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数分後 アルークシティの北 とある教会

 

 

「うっ・・・なんだこれは・・・」

 

 

 のび太は漂ってきた死の臭いに、思わず眉をしかめる。

 

 これまでの戦いでのび太は何度も人を殺したり、死体を見たりして死への耐性を着けていた。

 

 しかし、そんなのび太をもってしてもこの状況は見るに堪えた。

 

 なんせ、教会のあちこちでは神父やシスターらしき人物達の死体が転がっており、その死体はどういう訳だか、ミンチのような血の塊に近い状態になっていたり、体が真っ二つに切られていたりと、とても凄惨な状態になっていたのだから。

 

 

「何が・・・いや、今は後だ。フィーネさんを探さないと」

 

 

 のび太はそう思うと、辺りを見回す。

 

 そして──

 

 

「・・・ん?これは・・・」

 

 

 のび太は教会の奥に怪しげな通路を発見する。

 

 扉は開きっぱなしになっていたが、どうやら地下に続く階段らしい。

 

 

「・・・行ってみるしかないか」

 

 

 ここ以外に手懸かりが無さそうな以上、ここを通って調べてみるしかない。

 

 そう判断したのび太は中へと階段を下りる。

 

 すると──

 

 

「うわっ。凄いな」

 

 

 階段を下りた先の地下には、大きな空洞が広がっており、氷の柱のようなものが何本も立っていた。

 

 

「まるで魔界歴呈の時に入った洞窟みたいだ」

 

 

 のび太は周りを見渡しながら、かつて魔法の世界に行った時に見た洞窟を思い返す。

 

 あの時は急いでいたので大して気にはしなかったのだが、もしかして魔術や魔法といった儀式はこういう場所で行うのが普通なのだろうか?

 

 のび太はそのような関係のない事を考えながら、空洞の奥へと進んでいく。

 

 そして、目的の人物を遂に見つけた。

 

 

「フィーネさん!!」

 

 

 彼女は空洞の奥に存在する巨大な台に、眠るように横たわっていた。

 

 それは映画で見るような怪しげな儀式に近い光景であったので、のび太は急いで起こした方が良いと考えて、彼女の元に急ごうと走り出す。

 

 だが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──待て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで一人の男に呼び止められた。

 

 

(ん?この声、なんか聞き覚えが・・・)

 

 

 聞き覚えのあるその声に、のび太はそちらの方を向く。

 

 すると──

 

 

「なっ!お前は!!」

 

 

 そこに居たのは、忘れもしない1ヶ月前に自分が敗れた男──ジークフリートだった。

 

 何故だかは分からないが、相当な量の血で彼はその身を濡らしている。

 

 しかも──

 

 

「エマさん!?」

 

 

 ジークフリートの右肩には、先程別れた中須賀エマが持ち上げられていた。

 

 どうやら気絶しているらしく、両手足はだらんと垂れ下がっている。

 

 

「お前、どういうつもりだ!!」

 

 

「・・・あなたこそどういうつもりです?ここは科学サイドの人間が立って良い場所ではない筈ですが?」

 

 

 ジークフリートはのび太の言葉に対して、当然の疑問を返す。

 

 そう、この聖杯戦争は本来ならば魔術師のための儀式。

 

 科学サイドの人間が携わって良い案件ではない。

 

 まあ、それを言うなら、元が聖人であるジークフリートが聖人になるための儀式である聖杯戦争に参加するのも、ある意味ではルール違反なのであるが、それを突っ込む者は居ない。

 

 

「そんなことはどうでも良いよ!!だいたい、女の子を犠牲にして聖人になる儀式をするなんて間違っているとは思わないの!!」

 

 

「・・・否定はしませんよ。私だってそう思っていましたから」

 

 

「えっ?」

 

 

 予想外の言葉がジークフリートの口から出て、のび太は驚く。

 

 しかし、ジークフリートはそんなのび太の様子を気にすることもなく、言葉を続ける。

 

 

「ですが、どうすれば良いんですか?お嬢様が存在することで、我々はローマ正教から付け狙われる可能性がある!!ローマ正教はどれほどの勢力を持っていると思います?20億ですよ!20億!そんな勢力に目を付けられれば終わりですよ!!私も、仲間も、その家族も!!」

 

 

 そう、実を言えば、フィーネにはとある秘密があった。

 

 それもローマ正教に少なくとも脅威と思われるに十分な素質が。

 

 彼らが本気になったら、ジークフリートの居る魔術結社はおろか、その家族まで抹消される可能性もある。

 

 だからこそ、彼らは聖杯戦争の生け贄にフィーネを捧げることで、ローマ正教を納得させようと考えていたのだ。

 

 しかし、件の少女は学園都市に居る。

 

 なので、彼らは宿敵の筈の学園都市と交渉してフィーネの身柄の権利を勝ち取ったのだ。

 

 まあ、相当な代償は伴ったが。

 

 しかし、その後、聖杯戦争に学園都市の人間が参加している事を知る。

 

 当然、魔術サイド側は学園都市に抗議したが、アレイスターは約束はフィーネをそちらが持っていくまでで、それ以後の約束はしていないと取り合わなかった。

 

 彼らは舌打ちをしながらも、独自に行動せざるを得なかった。

 

 それが彼の聖杯戦争への派遣だった。

 

 

「ッ!!・・・それでも、フィーネさんが犠牲にならなきゃならない理由には全くなっていないだろう!!」

 

 

 のび太はジークフリートの剣幕に一瞬怯んだが、すかさず反論する。

 

 これもまた、正論。

 

 例えば、普通の日常を過ごしてきた人間の元に突然怖い人がやって来て、『お前が生きていると俺達が危険なんだ。だから死んでくれ』といきなり言われて『はい、そうですか』と納得できる人間が居るわけはないのだ。

 

 ましてや、その人間は何も悪いことはしていないとなれば尚更だ。

 

 確かにジークフリートの言葉が本当ならば、気の毒だとは思うが、それでもフィーネがよってたかって大人の思惑に翻弄されて良い理由にはなっていない。

 

 ましてや、のび太は彼女を取り戻すために人を殺しているのだ。

 

 止まれないのは、彼もまた同じだった。

 

 

「──良いでしょう、戦って決めましょう。ただし、今の私は手加減出来なさそうです。子供でも容赦しません!!」

 

 

 そう言うと、ジークフリートはエマを放り投げる。

 

 のび太は心配げにそちらを一瞬見るが、気を逸らしてはいけないと、再びジークフリートの方を向く。

 

 

「・・・なるほど、引く気は無いようですね。では、行きます!」

 

 

 そして、ジークフリートは剣を手に、突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、2度目の超能力者(レベル5)VS聖人の戦いが始まった。



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聖杯戦争二十一日目 スキップ射撃

◇9月12日 深夜 アルークシティの北 とある教会 地下空洞

 

 のび太がジークフリートと戦闘を開始して、まず最初にしたことは戦場の場をその場から一旦離すことだった。

 

 言うまでもないことだが、この場にはフィーネとエマが居て、しかもどちらも気絶している。

 

 そんな状況下でここらで戦闘を行えば、勝っても負けても彼女達が死ぬ可能性は高い。

 

 そんなことになったら、勝ち負け以前の問題だ。

 

 だからこそ、のび太は離れた場所で戦う必要があるし、その間は防御と回避に徹しなければならない。

 

 しかし、当然のことながら相手が黙っている筈はないので、その間、のび太はジークフリートの猛攻に晒される事となった。

 

 

 

ドッゴオオオン!!!

 

 

 

 ジークフリートの緑の斬撃によって、柱が1本へし折られる。

 

 しかし、それはその1本だけではない。

 

 気づけば、何本もの柱がジークフリートの手によってへし折られていた。

 

 

(やっぱり、速い。だけど・・・)

 

 

 のび太はその速さに圧倒されながらも、1ヶ月前と比べると、それほど脅威には思えなかった。

 

 それは幾つかの理由がある。

 

 まず1つ目が、バリヤの強度が上がっていたことだ。

 

 元々、能動モードであれば聖人の通常の斬撃を防げる程度の強度はあったのだが、この戦いを経て更に進化しており、自動モードでも対物ライフルの狙撃に耐えられるし、能動モードに至っては核兵器の至近攻撃にも耐えられる程進化していた為、ジークフリートは早々にあの緑の斬撃を出さざるを得ない状態となっている。

 

 もう1つが動きに無駄が無くなっていたこと。

 

 のび太は戦闘経験を積み重ねることで、本能的に無駄な動きを少なくするようになり、その結果、聖人より鈍い(それでも通常の魔術師の身体強化よりは速い)動きにも関わらず、聖人の動きに反応して回避することが出来ていた。

 

 そして、最後に前兆の感知。

 

 これは偶然ではあるが、上条当麻も持っている能力であり、何らかの危険な兆候を直感的に感じて“事前に”反応するというある意味でチートな能力である。

 

 まあ、実際はこの能力を身に付けているのは、戦い慣れた人間の中でも極一握りだ。

 

 しかも、本人はそれを使っている意識は殆ど無い。

 

 戦い慣れた殆どの人間は殺気や視線などを感じて事前に察知するケースが多いが、前兆の感知はそういうのに関係なく、危機を直感的に感じ取るという能力であるので、これを完璧に身に付けた場合、どんなに隠れ潜んで攻撃しようとしても、奇襲はほぼ不可能になるか、効果が減衰されるというからくりになっている。

 

 もっとも、経験的な問題から上条のものには及ばなかったが、それでものび太はそれを駆使して、上手くジークフリートの攻撃から逃れていた。

 

 とは言え──

 

 

(あれを一撃でも喰らえばお仕舞いなんだよね)

 

 

 そう、万が一、あれがバリヤを貫いてしまえば自分はお仕舞いなのだ。

 

 理論的にはあの緑の斬撃は流石に核兵器には匹敵しないので、貫かれることはまず無いと見て良いのだが、“想い”や“心”などという安定しないもので異能の力が強化されたり、理論的には絶対に出来ないことが出来たりすることがあるのは、のび太達自身が証明したことだ。

 

 となると、喰らうのは良策とは言えないので、回避するのが一番なのである。

 

 そして、そうこうしているうちに、のび太の思惑通り、ジークフリートをフィーネやエマが居る地点から十分離すことが出来た。

 

 

(・・・ここまで離れれば十分か)

 

 

 のび太はそう思うと、持っていた拳銃──Five─seveNを取り出し、ジークフリートに向けて発砲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドン!ドン!

 

 

 

 のび太の拳銃から2発の銃弾が発射される。

 

 

(銃?)

 

 

 ジークフリートはいぶかしみながらも、『無駄なことを』と内心で思う。

 

 聖人は音速、あるいはそれ以上の速度で動く。

 

 そして、動くだけではなく、その反射神経もまた、常人はおろか、身体強化系魔術を使う魔術師などとは比較にもならない。

 

 しかも、拳銃、その中でも貫通力の高いFive─seveNは音速以上の速度で弾丸を弾き飛ばす事が出来るが、その弾丸は放物線に沿う形で一直線にしか飛ばない。

 

 故に、ジークフリートにとっては発射されてからでも十分に対処できる。

 

 まあ、音速で動いている自分に当たる未来予測を建てて、照準を向けて発砲したのは称賛に値するだろう。

 

 そんなことは常人では不可能であり、ジークフリートに十分な反射神経が備わっていなければ、そのまま弾丸を喰らっていた未来も有り得ただろう。

 

 しかし、現実はそうではない。

 

 だからこそ、彼は回避しようとして──

 

 

「!?」

 

 

 何かを感じたのか、回避という行動こそ変えなかったものの、余裕のある回避ではなく、かなり咄嗟の回避を行う。

 

 すると──

 

 

「うっ」

 

 

 突然現れた(・・・・・)2発の銃弾の内の1発がジークフリートの頬を掠める。

 

 何が起こっているのか分からなかったが、嫌な予感は続いていたので、必死に回避行動を取る。

 

 すると、先程の突然現れた銃撃(・・・・・・・)が連続でジークフリートに襲来し、彼の体のあちこちを蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・こりゃ、思ったより不味いな)

 

 

 のび太はFive─seveNに装填されていた20発の弾丸を撃ち尽くし、新しいマガジンを銃に装填しながら、冷や汗を流していた。

 

 先程、ジークフリートに与えた打撃。

 

 それはのび太が用意した切り札の1つだった。

 

 のび太はジークフリートのような身体能力が超人的な人間が出てくるのを、聖杯戦争前から想定していた。

 

 その為、切り札も幾つか必要だと考えて、のび太は聖杯戦争中もその切り札の発案と練習を行っていた。

 

 そして、その切り札の1つが今、ジークフリートにやった“スキップ射撃”だ。

 

 ワープという言葉をご存じだろうか?

 

 例えば、AからBの場所を移動する場合、通常のやり方ではどう移動しても、線という形でしか到着が不可能だ。

 

 しかし、空間から空間を直接、つまり、AからBの場所を繋げられればどうだろうか?

 

 大幅な距離のショートカットが可能だ。

 

 のび太もコーヤコーヤの冒険の時にドラえもんが話していたのを覚えていたので、この原理を知っていた。

 

 それで、のび太がやったのは、その距離のスキップだった。

 

 自分の前とジークフリートの前の2つの場所に空間ゲートを造り、そこに弾丸を撃ち込むことで銃弾の放物線の距離を大幅にカットしたのだ。

 

 普通の人間には全く分からないだろうが、聖人クラスになると、何もないところから銃弾が現れたように見えてしまうというかなりの反則技である。

 

 しかし、そんな反則技を駆使し、更に正確な銃撃を20発も撃ち込んでもなお、ジークフリートを仕留める事が出来なかった。

 

 彼もまた、聖人の加護によって前兆の感知に近い技術を備えていたのだ。

 

 もっとも、彼もまた無事では済まなかったし、向こうが危険と判断して距離を取っていたからこそ、大きな隙にもなりうる銃の装填作業が出来た訳である。

 

 しかし、切り札の1つを使った割りにはあまり効果が出ていないと、のび太は思っていた。

 

 もっとも、この切り札を使うのは、これが初めてなので習熟度という意味では今一つだったのだが、この点はのび太も甘く見ていて、ぶっつけ本番でなんとかなると思っていたのだ。

 

 まあ、それは兎も角、人というのは自分の切り札が効果が無かった場合、かなり焦る。

 

 特に余裕の無い状況では。

 

 のび太もまたその例外ではなかった。

 

 

(・・・落ち着け。まだ切り札はある。焦るな)

 

 

 のび太は自分に言い聞かせるようにそう思った。

 

 そして、再びジークフリートはのび太に向かって緑色の斬撃を浴びせようと猛接近して来る。

 

 のび太は再びスキップ射撃を行う。

 

 しかし──

 

 

「外した!?」

 

 

 まさかの事態に、思わずのび太は動揺する。

 

 実はこのスキップ射撃は弾道の距離をショートカット出来るという利点があるのだが、全く弾道の距離が無いという訳ではない。

 

 むしろ、タイミングを合わせれば出来ないこともないのだ。

 

 加えて、のび太はこれを使ったのがほぼ初めて。

 

 使い方にバリエーションはあまり無い。

 

 故に、パターンを覚えれば、回避できないこともないのだ。

 

 まあ、両者とも普通の人間には不可能な芸当だが、聖人であれば可能だった。

 

 ・・・とは言え、のび太も今までの戦闘経験と、このスキップ射撃を使ったのが初めてであり、ましてや聖人相手にあまり効果が無いと見ていたのもあって、一瞬だけ動揺したものの、すぐに我に帰る事が出来た。

 

 

「おおおおおおおお!!!」

 

 

 しかし、その時には緑色の斬撃はのび太の目前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシュウ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──地下空洞の中で、鮮血が舞い上がった。



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聖杯戦争二十一日目~最終日 終結

◇9月12日 深夜 地下空洞

 

 

 

ザシュウ!!!

 

 

 

 地下空洞にて、鮮血が舞い上がる。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 その斬撃によって、体を切り裂かれてしまったジークフリート(・・・・・・・)は、血を撒き散らしながらのび太の前に倒れた。

 

 

(・・・・・・危なかった)

 

 

 のび太は目の前の結果に安堵していた。

 

 のび太が使った手はなんのことはない。

 

 垣根帝督に勝った時と同じように、相手の攻撃を空間ゲートを通して相手の方に向かうように仕向けただけである。

 

 これがスキップ射撃に続く、のび太の切り札の1つだった。

 

 勿論、この方法は欠点もあるために、何度も使えばいずれは打開策も思い付くだろう。

 

 特に1度これにやられた垣根帝督には、2度と通用しないかもしれない。

 

 しかし、のび太にとっては幸いなことに、ジークフリートにとってはこの戦法は初見。

 

 しかも、彼はこの一撃で決めることに賭けていた。

 

 だからこそ、ジークフリートは何かしらの危険を察知しても押しきることを考えてしまい、のび太の術中に嵌まってしまったという訳である。

 

 ジークフリートにとっての不幸中の幸いは、のび太が空間ゲートの演算を少々計算ミスしていたことで、斬撃によって真っ二つになる未来が避けられ、肉体を切り裂かれる程度で済んだことだ。

 

 と言っても、普通の人間なら完璧なまでに致命傷であり、それどころか、とっくに亡くなっていても可笑しくはない怪我である。

 

 それを聖人の気力でどうにか踏ん張っており、必死に回復を行っていたが、聖人の斬撃、それも力の籠った斬撃を喰らった状態では如何ともし難く、どんなに頑張っても数時間は動くことは不可能な状態だった。

 

 

「・・・」

 

 

 そんなジークフリートにのび太は一瞬、止めを刺すべきかと迷うが、すぐに止める。 

 

 彼もまた、自分の生活のために一生懸命だっただけなのだ。

 

 それにこんな状態で止めを刺すほど、ジークフリートを恨んでいるわけでもない。

 

 今は一刻も早くフィーネを救出することが最優先だ。

 

 のび太はそう思いながら、その場を立ち去り、フィーネが居る場所へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──ほう、よく来たな』

 

 

 再びフィーネの元に来たのび太に向けて、そう喋るのは白色の精霊のような存在。

 

 それは言葉遣いこそ違うが、かつてのび太が精霊呼び出し腕輪で呼んだ雪の精の女の子にそっくりな容姿だった。

 

 

「君は・・・」

 

 

『話は雪の精から聞いておるぞ?なんでも、心優しい少年だとな』

 

 

 どうやら、雪の精とそっくりという訳ではなく、何らかの関係があるらしい。

 

 のび太はそう考えつつ、雪の精にある質問を行う。

 

 

「それで、僕に何か用かな?」

 

 

『お主は私の存在がどういうものなのか、知っているのか?』

 

 

「・・・ううん」

 

 

 のび太は素直に答える。

 

 聞いた感じでは雪の精に関係することが分かったが、それ以外は全く分からない。

 

 ・・・まあ、想像はできる。

 

 何故なら、先程からこの辺り一帯の空間の空気の温度が比べて物凄く下がっており、氷点下の温度にも達するかもしれないと感じていたところであったからだ。

 

 おそらく、天気を操る精霊か何かだと、容易に想像はつく。

 

 

『我が名は氷の精霊──フリーズ。この世界を凍結させかけ、封印されていた存在。その存在の役割は・・・まあ、お主達がかつて十万年前に封印したブリザーガと同じだと言っておこう』

 

 

 氷の精霊──フリーズはそう宣言する。

 

 そして、のび太はかつて聞いたブリザーガの存在意義を思い出す。

 

 確か『一時的に全球凍結させることで、生命の進化を促すテラフォーミングのために造られた』。

 

 そのような事を言っていた筈だ。

 

 無論、これは推測であり、完全な結論というわけではなかったが、おそらくはフリーズの役目はそれを指しているに違いはない。

 

 それが本当ならば、のび太は焦るべきなのだが・・・何故かのび太にはこの精霊がそんなことをやろうとしているようには見えなかった。

 

 なので、こんな質問を行う。

 

 

「本当にあなたは地球を凍らせる気が有るんですか?」

 

 

 ド直球な質問。

 

 のび太はこういう小細工的な会話はあまり得意ではない。

 

 それはかつてスネオにも『のび太はお世辞が下手だなぁ』と称された事からも明らかだ。

 

 もっとも、戦闘経験を積んだことにより、戦いの際にはそういった駆け引きを行うようにはなったものの、そういった事は未だに下手なままだった。

 

 だからこそ、真っ向勝負でこのような問いを行ったのだが、フリーズは一瞬だけキョトンとしながらも、その質問に答えてくれた。

 

 

「・・・なるほど、お主は意外に鋭いようじゃの。そうじゃ、私はそれを自分で望んでいる訳ではない。正確には誰かと契約して叶えるのじゃ」

 

 

(珍しい精霊だな)

 

 

 のび太はそう思った。

 

 何故なら、精霊呼び出し腕輪で雪の精や火の精を呼び出した時や、かつてマフーガの一部であったフー子も、かなり我の強い存在であり、己の力を積極的に誇示したがっていたからだ。

 

 だが、彼女の言からするに、そういう存在とは違うようだった。

 

 

「今はこの小娘じゃが・・・次はお主か」  

 

 

「・・・・・・は?」

 

 

「むっ?お主は我と契約しにこの戦に参加した訳ではないのか?」

 

 

「いや、僕はフィーネさんを助けに・・・」

 

 

「ああ、この小娘か。そうじゃの、契約者を強制的に代える代償としてこの小娘の命を生け贄にする訳じゃからの」

 

 

「・・・ん?」

 

 

 のび太はその話に何か違和感を持った。

 

 

「これって・・・聖人になる為の儀式なんじゃ・・・」

 

 

「? 何を言っておるのだ?そもそも聖人とは産まれもっての“体質”。儀式でどうこうできる問題ではなかろう?」

 

 

 のび太はその話に驚いた。

 

 まさか、この聖杯戦争の儀式が全く茶番だったなどという事は、想像すらしていなかったからだ。

 

 しかし、言われてみれば自分は聖人についてはよく知らない。

 

 ただ『凄い力が使える普通とは明らかに違う人間』という程度にしか知らなかった。

 

 いや、この話を持ってきたアレイスターもそのように言ってきた気がする。

 

 それがわざとなのか、それとも本当に知らなかったのかは知らないが、兎に角、アレイスターが持ってきた情報は誤情報であることはよく分かった。

 

 まあ、この際、そんなことはどうでも良い。

 

 元々、のび太は聖人になる予定など無かったのだから。

 

 

「いや、契約はしない。僕はフィーネさんを助けに来ただけですから」

 

 

「ふむ、なるほど。この小娘を、か。良かろう、此度の勝者はお主だ。ならば、お主に決める権利が有るだろう」

 

 

 フリーズはそう言うと、フィーネの方をチラリと見る。

 

 

「・・・ところで、お主の言うことを叶える前に1つだけ聞きたいことがある」

 

 

「なんですか?」

 

 

「例えば、この小娘が世界の敵だったとしよう。なんの罪が無くとも、だ。その時、お主は友人、家族を裏切ってでもこの小娘を守る気があるのか?」

 

 

「へ?」

 

 

 あまりにいきなり過ぎる問いと問題に、のび太は一瞬どういう意味か分からなかった。

 

 それはそうだろう。

 

 いきなり世界の危機がどうたらこうたら言われて、すんなり答えられる方が頭が可笑しい。

 

 別世界の本来の歴史で、中学2年生の少年が特務機関に連れられ、ロボット(正確には巨大な人造兵器)に乗って世界の敵と戦うことを強要されるという話があったが、あれで少年がすんなり乗ることを了承したら、その少年は頭が可笑しいという評価を下されただろう。

 

 故に、のび太がここで答えられなかったとしても、別段責められるものではない。

 

 

「・・・いや、流石にこの問いは人の身には性急すぎたな。だが、いずれこの問いの結論をお主は出すことになるだろうな」

 

 

 フリーズはそう言うと、粒子のようなものに姿を変えて、そのままフィーネの左腕に飛び込んだ。

 

 すると、そこにはまるで氷で出来たかのような腕輪が彼女の左腕に装着されていた。

 

 

「・・・なるほどね」

 

 

 のび太はその腕輪は、精霊呼び出し腕輪のようなものだと推測する。

 

 おそらく、あれに何らかの行動を行うことであのフリーズを呼び出せるようになっているのだろう。

 

 

「あっと、フィーネさんを早く起こさないと。あっ、そうだ!エマさんの無事を確認しなきゃ!!」

 

 

 そう言いながら、少年は慌ただしく動き出す。

 

 この数分後、気絶していたエマは意識を取り戻す事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、9月13日午前0時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィーネもまた、意識を取り戻し、聖杯戦争は事実上終結した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、あの時に行われたフリーズの問い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは後に、のび太にとって大きな選択を行わせることとなる。




ちなみにのび太の居る時代は、とある魔術の禁書目録や新版のドラえもんに合わせる関係で21世紀となっていますが、この話ののび太は旧版の劇場版も体験しています。ただし、話が被っているやつ(魔界大冒険、鉄人兵団など)は新版の方となっています。


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劇場版・とある魔術の禁書目録 のび太とエンディミオンの奇蹟
奇蹟の邂逅


はい、エンディミオンの奇蹟編の開始です。時系列は原作通りですが、原作を知らない人のために補足しておきます。

とある魔術の禁書目録・・・旧約第8巻後。

とある科学の超電磁砲・・・とある魔術と科学の郡奏活劇後。

とある科学の未元物質後(ただし、原作とは結果が少し違う)

インフィニット・ストラトス・・・専用機限定タッグマッチと同時期。

新世紀エヴァンゲリオン・・・JA暴走後(ただし、別世界の話な上に、シンジが居なかったので、原作とは違い、アスカの乗る弐号機が対処した)

こんな感じです。記載されていない作品に関しては変化無しです。


◇9月15日 昼 学園都市 第7学区

 

 学園都市の中でも中高生の学生が多い学区である第7学区。

 

 そこを二人の小学生の少年少女が歩いていた。

 

 

「ふぅ、なかなか暑いな」

 

 

 眼鏡の少年──のび太はそう言いながら、手をパタパタとして風を自分の方に送る。

 

 聖杯戦争終結から2日が経ち、学園都市に帰ってきたのび太達は久し振りの学園都市の街並みをゆっくりと歩いていた。

 

 しかし、夏はもう過ぎ去ったとは言え、つい2日前まで日本より緯度の高いドイツに居たのび太からしてみれば、この暑さは堪えた。

 

 

「ふふっ。本当ですね」

 

 

 そして、それは隣を歩く白銀の髪をした少女──フィーネもまた同じだったらしい。

 

 彼女が目覚めた時、真っ先に起こした行動はのび太に対して怒ることだった。

 

 何故、自分の行動を無駄にさせた、無茶をしたと怒ってきた。

 

 それに対しては、のび太も反論の余地は無かった。

 

 結果的に彼女の行動はのび太によって、その殆どが無駄となったのだから。

 

 しかし、その言をのび太は黙って受け止め、一緒に歩みたいと彼女に話した。

 

 彼女はその後ものび太に対して、何かを言おうとはしたが、なんだかんだで了承してくれた。

 

 ・・・後でこの時に言った台詞は、エマにからかわれる事となったが。

 

 まあ、それはさておき、その後も色々あって、彼女もまたのび太と一緒に学園都市へと帰ってきたのだが、彼女の通っていた小学校はどうやら退学扱いになっていたらしく、復帰までには時間が掛かる状況だった。

 

 と言うより、彼女自身は復帰するつもりはないらしい。

 

 必要なことはもう学んでいるのだそうだ。

 

 

「それより、アレ、本当に大丈夫なの?」

 

 

 のび太はフィーネにあることを聞いた。

 

 それは腕輪の事についてだった。

 

 どうやら、この腕輪はどういうからくりかは知らないが、氷の精霊──フリーズが凝縮された代物らしく、フリーズを呼び出すことはおろか、その力も一部使うことが出来るらしい。

 

 そして、学園都市で能力開発を行った体で魔術を普通使えば、普通は血管が破裂したりする筈なのだが、そういった兆候は今のところはない。

 

 まあ、これはフィーネが能力開発を受けたものにとっての魔術発動の鬼門である“魔力の製造”の必要がなく、ただ意識するだけで発動できるという点に有るのだろうが。

 

 

「ええ、今のところは問題ありません。ですが、あなたのあなたの説明を考えれば、使用は控えるべきなのかもしれませんね。・・・そう言えば、あなたの方はどうしでしたか?」

 

 

「ああ、僕の場合、魔術はどうやら数秒くらいは使えるみたいだね。でも、何度やってもそれ以上は出来ないんだ」

 

 

 実はのび太もまた、教えられた魔術を何度か行使して実験してみたが、結果は副作用こそ無いが、どんな魔術でも数秒しか使えないという結果に至った。

 

 これでは持続性の魔術は行使不能だ。

 

 まあ、逆に言えば瞬発的な魔術は行使可能なので、それを使ってみるという手もある。

 

 使う必要があれば、の話であるが。

 

 

「・・・そうですか」

 

 

「うん。まあ、気にすることはないよ。今のところ、平和だからね」

 

 

 盛大なフラグを口にするのび太だが、実を言うと、それは昨晩から始まりそうになっていた。

 

 昨日の晩、アレイスターが電話を掛けてきて一方的に暗部組織を結成すると言われて、そのメンバーにのび太も入れられてしまったのだ。

 

 まあ、この点は良い。

 

 のび太もなんだかんだ言って、アレイスターには色々と世話になっているのだから。

 

 しかし、リーダーになれというのはどういうことだろうか?

 

 のび太はその点が疑問だった。

 

 自分がリーダーに向いているとは、どう考えても思えなかったからだ。

 

 加えて──

 

 

(まさか、エマさんもメンバーに加わっているなんてね)

 

 

 中須賀エマ。

 

 あの聖杯戦争が終わった後も、何故か自分について学園都市に来た人物。

 

 彼女も暗部組織のメンバーの一人に指名されていた。

 

 しかし、彼女は魔術師であり、学園都市の宿敵である筈なのに学園都市の暗部に入れて良いのだろうかとのび太は思うが、実際は魔術師であるエツァリや魔術と科学の両方に関わる人物が暗部組織に入っていたりしているので、それを考えればエマが暗部組織に入れられるのも別段不自然なものではない。

 

 まあ、二人とも、のび太が知らない人物でもあったのだが。

 

 そして、今のところ、その新たな暗部組織の上部組織のメンバーは自分を含めて3人。

 

 今日の夜、残りの一人に会うことになっている。

 

 しかし、上部組織は四人が基本だそうなので、あと一人は何処かで選ばなければならないだろう。

 

 

(まあ、今は良いかな)

 

 

 4人目については自分が選んで良いことになっている。

 

 アレイスターが選んだ3人目の人間についてはよく分からないが、その人物が余程の役立たずでもない限り、もしかしたら4人目を選ぶ必要は無くなるかもしれない。

 

 

(・・・なんにしても、フィーネさんやドリーだけは護らないとね)

 

 

 フィーネは学園都市の暗部とは無縁であるが、ドリーの方は存在そのものが学園都市の暗部の1つである。

 

 聖杯戦争期間中は調整も兼ねて、冥土返しに預けていて無事だったらしいが、それも何時まで安全かは分からない。

 

 加えて、かつて学園都市でジークフリートや魔術師と交戦したところからするに、学園都市内部も絶対に安全とは言えない。

 

 ということは、必然的にフィーネも狙われる対象となるだろう。

 

 更に面倒なのが、この二人の狙ってくる相手が魔術サイドと科学サイドに別れてしまっていることだ。

 

 どちらか1つだけなら、面倒も比較的少ないのだが、それぞれが別勢力に狙われているとなると、場合によってはのび太だけでは対処が不完全になるかもしれない。

 

 のび太はそう思いながら、改めて本当にどうしようか困っていた。

 

 

(まっ、いっか。取り敢えず、今はそういった事は忘れよう)

 

 

 のび太は半ば現実逃避的にその結論に至る。

 

 そして、その時だった。

 

 

 

 

 

 

「~~~♪~~~♪~~~♪♪」

 

 

 

 

 

 

 

 のび太とフィーネの耳に、あの奇蹟の歌声が聞こえてきたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗な歌声だね」

 

 

 何か病み付きになりそうだ。

 

 のび太がそう思うほど、高校生くらいの薄桃色の髪をした少女が歌う歌は綺麗だった。

 

 

「ええ、本当にそうですね」

 

 

 フィーネもまた同感らしく、のび太の言葉に相槌を打った。

 

 そして、歌が終わると、二人は思わず拍手を行った。

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

 その少女はのび太達を含めた歌を聞いてくれた群衆に対してお礼を言う。

 

 

「良かったら、私のサイトからダウンロードしてみてください!」

 

 

 そう言っていたので、後でダウンロードしてみようかなとのび太は思った。

 

 そして、群衆の大半が立ち去り、その少女と高校生くらいのツンツン頭の少年シスター服をしたのび太より若干年上そうな少女、のび太達2人の計5人がその場に残される。

 

 

「凄い凄いすごーい!とーても素敵だったんだよー!」

 

 

 シスター服をした銀髪の少女がそう言うのに、のび太は思わず頷いてしまう。

 

 なんせ、自分の中ではかつて聞いたピッポの歌と同等と思えるほど、綺麗な歌声だったのだから。

 

 少なくとも、ジャイアンの歌などと比べると、月とスッポン以上の差がある。

 

 

「えへへ、ありがとう・・・きゃっ」

 

 

 アリサは照れ臭そうにお礼を言うが、移動している時にコードに足が引っ掛かり転倒しそうになる。

 

 すぐさまのび太は能力を用いて地面と少女の間に空気のクッションを造って助けようとしたが、その前に上条が動き、アリサを抱きすくめた事で事なきを得る。

 

 しかし──

 

 

「・・・・・・あっ・・・えっ、と・・・」

 

 

 ツンツン頭の少年と少女が抱き合うような感じになってしまい、ツンツン頭の少年は気恥ずかしげに声を溢す。

 

 

「ごっ、ごめんなさい!!」

 

 

 状況を確認したのか、少女は顔を真っ赤にしながら上条から慌てて離れる。

 

 

「あっ、いや、こっちこそごめん・・・」

 

 

 ツンツン頭の少年はそう言いながら謝る。

 

 しかし──

 

 

「とうまぁあああああ~~」

 

 

 それを許さない人間が一人居た。

 

 そう、銀髪のシスターである。

 

 そして、シスターの少女は恐怖で震えている少年の頭に向かって容赦なく噛み付き、辺り一帯に少年の悲鳴が響き渡った。

 

 

「あははは・・・」

 

 

 のび太はそれを苦笑しながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、《奇蹟の存在》によってプランの要である《幻想殺し》と第2プランの要である《空間支配》が邂逅を果たした。

 

 これが物語にどのような波及をもたらすのか、この世で知る者は誰も居ない。



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夜の話し合い

◇9月15日 夜 学園都市 第7学区

 

 

「初めまして、碇シンジです。よろしくお願いします」

 

 

 その日の夜、のび太とエマは合流してもう一人のメンバーであるシンジと会合を行っていた。

 

 

「ああ、うん。よろしくお願いします。僕の名前は野比のび太です。こちらは中須賀エマさん」

 

 

「中須賀エマです。よろしくね」

 

 

「あっ、はい。よろしくお願いします」

 

 

「それと僕に対しては敬語じゃなくて良いです。そちらの方が年上みたいなんで」

 

 

「分かった。じゃあ、よろしく」

 

 

「うん、それでシンジさんは仕事は出来ますか?」

 

 

 のび太はそれを聞く。

 

 仕事。

 

 暗部の言葉が表す仕事と言えば“殺人”である。

 

 これが出来るかどうかで、のび太のシンジの扱いは大きく変わるのだ。

 

 ちなみに実力の方は問題ないと踏んでいる。

 

 何故なら、シンジは学園都市9人目の超能力者(レベル5)である空力系能力者(エアロマスター)であるからだ。

 

 序列は第8位と、超能力者(レベル5)の中でも一番低いが、それでもレベル5であることには違いないのだ。

 

 

「うん、元々、フリーの暗部だったからね。人を殺したことも何度かは」

 

 

「分かりました。じゃあ・・・・・・魔術については?」

 

 

「・・・知っているよ。まあ、半信半疑だけどね」

 

 

 のび太の問いに対して、シンジはそう答える。

 

 学園都市に居た日数が1ヶ月にも満たないのび太は『能力者も魔術師も大して変わらない』という考え方が強いのに対し、シンジは学園都市に来て既に4ヶ月。

 

 学園都市の科学の概念や能力の科学的現象について、ある程度刷り込まれており、学園都市の一般の学生とさして変わらない考え方となっていた。

 

 故に、いきなり完全に科学を介さない魔術の存在など、あまり信じられるものでもなかった。

 

 とは言え、全く信じていないという訳でもない。

 

 元々、超能力そのものが幾ら科学で解明できると言っても、今までの自分の概念を容易に覆すものであったので、容易にその存在を受け入れられなかったという事情もあったのだ。

 

 それは4ヶ月が経った今も、心の奥底にある。

 

 だからこそ、一般的な学園都市の学生よりは魔術の受け入れは早かった。

 

 ある意味、同じ“異常現象”と一纏めにする考え方をすることが出来たからだ。

 

 

「じゃあ、話は早いですね。近頃、魔術勢力による学園都市への侵入、攻撃が発生しています。これを迎撃するのも我々の仕事に入ります」

 

 

「うん、まあ、それも聞いてる。でも、やっぱり難しいね」

 

 

「はい、魔術師相手となると、よっぽど上手くやらなければいけませんから」

 

 

 3人は思わずため息をついてしまう。

 

 このフレンドは魔術に対抗することも考慮されて編成された組織であるが、実は魔術師と殺害する際には、幾つかの制限が設けられていた。

 

 その1つが、無断での殺害禁止である。

 

 殺害する際には、アレイスターの許可が必要なのだ。

 

 まあ、それでも逆に言えば、許可が出れば問題ないのだが、許可が出なかった場合、どうするか?

 

 更に言えば、魔術師と偶然遭遇してしまった場合、殺さずに交戦するというのはなかなかに難しい。 

 

 相手は殺す気で掛かってくる可能性が高いのだから。

 

 そして、それが今後の問題点にもなるであろう事は容易に想像がついた。

 

 だからこそ、彼らは頭を悩ませていた。

 

 

「では、今日のところは仕事もないことですし、解散としましょう。シンジさん、明日からよろしくお願いします」

 

 

「分かりました」

 

 

 そう言いながら、シンジは踵を返して立ち去っていった。

 

 そして、エマも帰ろうとしたのだが、その前にのび太が声を掛ける。

 

 

「あっ、エマさん。ちょっと待ってください」

 

 

「? どうしたの?」

 

 

「実はちょっと調べて欲しいことがあって」

 

 

 のび太はそう言いながら、昼間に会った3人の写真を渡す。

 

 

「この3人がどうかしたの?」

 

 

「ちょっと気になることが有りましてね」

 

 

 のび太は昼間に会った鳴護アリサ、そして、ツンツン頭とシスターの少女の二人組をそれぞれ何処か可笑しいと思っていた。

 

 もっとも、前者については勘でしかない。

 

 あの歌と彼女の話を聞いて、なんとなく調べておくべきだと思っただけだ。

 

 特に怪しいとか、そういうわけではない。

 

 しかし、後者の二人組については違う。

 

 幾らなんでも真っ昼間からシスター服、それもシスターには不似合いな白のシスター服を着ているなど不自然であったし、コスプレであったとしてもやはり気になる。

 

 魔術は宗教的意味合いを大きく含んでいるとのことだったので、彼女が魔術サイドと何らかの関わりを持っているのではないかとのび太は疑っていた。

 

 そして、ツンツン頭の少年。

 

 あれは自分と同じ類いの人間の匂いがした。

 

 もしかしたら、学園都市の命令で魔術サイド関連の人物である彼女の護衛を受け持っているのではないかとのび太は踏んでいた。

 

 ・・・まあ、結局は憶測でしかない。

 

 ただのコスプレ少女かもしれないし、男の方はその少女を何らかの理由で受け持っているだけであり、特に魔術サイドと深い関連はないという可能性も否定できなかったのだから。

 

 

 

「分かった。一応、調べてみるね。と言っても、私は学園都市に来たばかりだし、もしこの3人が学園都市の機密関連の人物だったら、細かいことは分からないかもしれないわよ?」

 

 

「構いません」

 

 

「でも、さっきの子に調べてもらうのも有りだったんじゃない?」

 

 

「会ったばかりの人を流石に信用できませんよ。特にこの世界ではね」

 

 

「・・・分かったわ、じゃあ、明日には報告を入れるから」

 

 

「お願いします」

 

 

 のび太がそう返すと、エマはその場から去っていった。 

 

 それを見届けたのび太は、現在はその3人と一緒に居るフィーネと合流しようと思ったが、直後にマナーモードにした携帯が震えていることに気づき、それを手に取る。

 

 

「フィーネさん?」

 

 

 表示されている名前に気づき、彼女に何かあったのではないかと、のび太は少々慌て気味に電話を手に取る。

 

 

「もしもし、どうしました?」

 

 

『ああ、のび太くんですか!?ちょっと今、魔術師の人達に襲われていて・・・上条さんが護っていてくれているんですけど・・・』

 

 

 彼女は慌ただしげにそう言う。

 

 よく耳を済ませると、爆発音が響いており、事態が深刻であることが伺える。

 

 

「分かりました。すぐ行きます!」

 

 

 そう言うと、即座に電話を切って彼女の元に向かうことにした。

 

 

(それにしても、ふざけた真似をしてくれたな!)

 

 

 のび太は激昂する。

 

 彼女は能力者ではなく、魔術師と言った。

 

 まさか自分達が話し合った直後に、すぐに行動を起こしてくるとはのび太も思っていなかった。

 

 魔術サイドにも対抗するように結成されたものの、まだ発足して、本当に間もないフレンドが流石に魔術側から監視されていることはないと思っていたからだ。

 

 それが外れてしまい、のび太は自分の迂闊さに思わず舌打ちする。

 

 もっとも、実際は偶々、のび太達が話し合っていた直後の時間帯と相手側の暴走が重なった結果だったのだが、のび太がそれを知るよしはなかった。

 

 加えて言えば、のび太が怒っているのはそこではない。

 

 再び彼女が魔術サイドの世界に巻き込まれたという事に対する怒りだ。

 

 それは彼女を護ると誓ったのび太を激昂させるには十分だった。

 

 しかも、彼女が連絡してきたということは他の人間も巻き込まれているという事でもある。

 

 彼女はあまり自分を戦わせたくなかった様子であり、本来巻き込まれたのが彼女だけであれば、彼女はのび太に電話しなかったかもしれない。

 

 それはそれでのび太としては問題なのだが、おそらく彼女はどうこうしている人間が襲われている現状に、そういった事が一時的に頭の中から吹っ飛び、自分のもとへ助けを求めたのだろうとのび太は推測していた。

 

 更に言えば、少なくとも電話の内容からするに上条というあのツンツン頭の少年が巻き込まれている事は間違いない。

 

 手段を選ばない魔術師達に嫌悪感を抱きつつも、そんなことはどうでもいいと頭の隅に追いやる。

 

 どちらにしろ、自分が彼女達の元へ駆け付けなければならないのは分かりきっているのだから。

 

 そして、のび太は自分に掛かる重力を軽減し、その軽減された重力から生み出された脚力による速度によってフィーネの元へと急行した。



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情報封鎖

◇9月15日 深夜 第7学区 公園

 

 

「逃げられたか・・・」

 

 

 のび太はそう言いながら、念のためと周囲を見渡す。

 

 その公園には確かに破壊の跡があった。

  

 あちこちに存在するおそらくはフィーネが魔術を使って対処した結果であろう氷があちこちに散らばっており、爆弾か何かを使って爆破したような跡、おまけに焼け焦げた構造物とそれによって融解した際に倒壊したであろう柱がのび太の目に映る。

 

 どう考えても、激しい戦闘のあった後だ。

 

 実際、武装した部隊らしきものが展開した後始末を行っている。

 

 それを尻目に、のび太はフィーネを探す。

 

 すると、その彼女がこちらに駆け寄ってきた。

 

 

「のび太さん!?」

 

 

 その元気そうな声にのび太は安心しつつ、彼女に声を掛けた。

 

 

「ああ、無事だった?」

 

 

「ええ、上条さんとアリサさんが守ってくれました」

 

 

「そう、良かった」

 

 

 本当に良かった。

 

 のび太は真剣にそう思っている。

 

 何故なら、ここで拐われたりしていれば8月のあの時の繰り返しになるか、最悪、その場で殺されるかのどちらかでしかないのだから。

 

 思わず安堵しながらフィーネを迎えるのび太の元に、上条達3人がやって来た。

 

 

「二人とも、早速で悪いんだけど、取り敢えず早く家へ帰ってくれないか。この場に留まるのは危ないからな」

 

 

「あっ、はい、分かりました。すぐ帰ります」

 

 

 のび太はそう言うと、フィーネの手を引き、去っていこうとする。

 

 ここに居ても良くはないというのは、のび太も同意見であるからだ。

 

 すると、その去り際に上条が一言こう言った。

 

 

「ちゃんと送ってってやれよ」 

 

 

「あ、はい」

 

 

 上条の言葉にのび太はそう返しながら、のび太とフィーネはその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇9月16日 朝 学園都市 第13学区

 

 あれから一晩明け、のび太は魔術師の再来襲に警戒しつつ、昨夜、エマに頼んだ件の報告を聞いていた。

 

 

「──鳴護アリサは霧ヶ丘女学院の高校1年生で無能力者(レベル0)。上条当麻は鳴護アリサと同年齢で同じく無能力者(レベル0)、ですか。なるほど、それでシスターの方は?」

 

 

『それが全く無いわ』

 

 

「全く?いや、ID登録とか有るでしょう?」

 

 

 のび太はいぶかしむ。

 

 ID登録は学園都市に住むどの人間にも実施されている筈だ。

 

 仮にそれが重要人物だったとしても、偽名を与えられるか、情報を少なくするかで誤魔化すのが普通であって、IDが存在しないなどという事は無い。

 

 のび太はそう思ったのだが──

 

 

『いや、本当に全く無いのよ』

 

 

「そんな馬鹿な。それじゃあ、まるで不法侵入──」

 

 

 そこまで言いかけたところでのび太は気づく。

 

 

(待て、不法侵入者?その可能性は考えていなかったな)

 

 

 ひょっとしたら、あのシスターは何らかの魔術によってあの学生を洗脳して寄生しているのではないか?

 

 のび太の脳裏に、その考えが浮かんだ。

 

 勿論、実際には洗脳されていない。

 

 仮にそんな魔術をかけられていたとしても、右手が頭に触れるだけで中和されてしまう。

 

 だが、のび太は幻想殺しの存在など知らないので、本当にそうではないかと疑い始めていた。

 

 もっとも、後者の寄生しているという考えはあながち間違いでもない。

 

 実際、彼女がすることは食う寝る遊ぶなどといった事だけで家事はしていなかった(と言うより、機械などを壊すので家主がさせなかった)し、特に“食う”の部分については世話をしている少年に悲鳴を上げさせる程だったのだから。

 

 おまけにベッドは彼女が使って家主である少年は風呂場で寝ていたりするので、これではどちらが家主だか分からない。

 

 ・・・結論から言うと、事情をしなければそう思われても仕方の無い所業を銀髪シスターはやらかしていたのだ。

 

 むしろ、今まで誰も突っ込まなかったのが不思議なくらいである。

 

 

(ダメ元で、アレイスターさんに聞いてみるか?いや、こんなことで借りを作りたくないし・・・自分で調べてみるか)

 

 

『? どうしたの?』

 

 

「いえ、なんでも。それより3人、いえ、上条さんと鳴護さんの住所って分かりますか?」

 

 

 インデックスを含めた3人と言いそうになったが、そのインデックスの情報が無いことを即座に思い出して言い直す。

 

 すると、エマからは思わぬ返答が返ってきた。

 

 

『それがね。上条くんの方も何故か情報が少ないのよ。年齢とかの基礎情報は分かるんだけど後は真っ白。住んでいる住所どころか、高校、それと保護者の名称や実家の住所すら全く分からないわ』

 

 

 あまりにも厳重な保護体制にのび太は眉をしかめるが、これは勿論、プランの為の保護体制である。

 

 アレイスターは上条当麻を成長させるべく、戦いの場を用意していたのだが、魔術を除いて自分の傘下である科学勢力にはなるべく不確定要素を入れないようにしていた。

 

 故に、仮に上条当麻の事を詳しく調べてもあまり情報がでないようにしていたし、科学側で学園都市に反抗的な人間がどうやっても彼に辿り着かないように色々と工作もしていた。

 

 勿論、こんな真似をすれば何時かは上条が学園都市にとって重要な人物であることに気づくだろう。

 

 何故なら、情報が少ないということは、それだけ怪しいということも意味しているのだから。

 

 もっとも、セキュリティを突破されても出てくる上条の情報は少ないようにされているので、結果的に上条まで辿り着く為には学園都市を隈無く探して上条を見つけなければならないのだが。

 

 ちなみに両親の情報も記載されていないのは、両親を人質に取られて、上条が学園都市の手から放れる危険性を排除した為である。

 

 しかし、のび太はそんなプランなど知らないし、自分を主軸とした第2プランがアレイスターの手によって進められているということも全く知らないのだ。

 

 だからこそ、上条の不自然さを感じ取れてはいても、それがなんなのかまでは分からなかった。

 

 

(暗部の人間だから情報が隠されているのか?いや、それだけじゃないような・・・)

 

 

 学園都市において、学生の中で無能力者の占める割合はゆうに6割居るらしい。

 

 ということは、学生の数は全体で180万人以上居るので、実質、無能力者は100万人以上となる。

 

 それならば、幾ら暗部の人間とはいえ、木を隠すなら森の中という考え方で敢えて情報を公開する手もある。

 

 しかし、そうしないということは、もしかしたら学園都市にとってはかなりの重要価値を持った人物なのではないかとのび太は考えるが、所詮は憶測に過ぎないと、一旦その思考を封じ込めた。

 

 

「分かりました。二人についてはこちらで改めて調べてみます。それで、鳴護アリサさんは?」

 

 

『そっちについては住所まで分かるわ。あと、彼女は何か不思議な能力を持っているみたい。それが注目されて霧ヶ丘女学院に所属していると書かれてあるわ』

 

 

 そっちは隠されていないんだな。

 

 のび太はそう思いながら、益々、上条当麻の異質さを嫌でも理解してしまう。

 

 ちなみに学園都市に来たばかりのエマやあまり学園都市に長くは居ていないのび太は知らないことであるが、霧ヶ丘女学院は本来ならば高位能力者しか入れない学校だ。

 

 そんな学校に無能力者(レベル0)の彼女が居るのは、その不思議な力が評価されてのことだった。

 

 まあ、今のエマの説明を聞いて霧ヶ丘女学院が学園都市の中でも上の学校の方であるという事はのび太も分かったのだが、逆に言えばそれ以上の事は分からないし、今はそんなことを気にする必要はないとのび太は考えている。

 

 

「それで、肝心な鳴護さんの住所は?」

 

 

『えーとね』

 

 

「あっ、いや、待ってください。盗聴されているかもしれないので、メールで送ってください」

 

 

『・・・ああ、そうね。ごめんなさい』

 

 

「ああ、いえ、こちらこそ。では、よろしくお願いします」

 

 

 のび太はそう言いながら、電源を切った。

 

 

「・・・・・・ふぅ、学園都市に帰ってきて早速これか」

 

 

 のび太は憂鬱だった。

 

 まあ、聖杯戦争という大きな戦いをやり終えて僅か数日でまた新たな戦いが起こりそうな気配がするとなれば、のび太でなくとも憂鬱な気分になるだろう。

 

 

「まあ、流石に地球崩壊なんていう案件ではなさそうだし、なんとかなりそうかな」

 

 

 物騒な事を言いながら、のび太は同居しているフィーネをどうするか考える。

 

 が、これについてはすぐに結論が出た。

 

 

「・・・エマさんに警備を頼むか」

 

 

 のび太が考えたのは、エマにフィーネの警備を頼むことだった。

 

 彼女ならば、ある程度信頼できるし、よっぽどの実力者が来ない限りは問題ないとのび太は思っていた。

 

 仮に実力者が来たとしても、時間を稼げるほどの腕はあるのだ。

 

 ここは彼女に任せるのが最善策だろう。

 

 

「そうと決まれば、また連絡しないといけないな」

 

 

 のび太はそう言いながら、彼女からのメールを一旦待つことにした。

 

 そして、数分後、エマからメールが送られてくる。

 

 それを以て、のび太もこの案件に本格的に関わっていくが、のび太は知らない。

 

 この案件がのび太の思っている以上に大きなものであるということを。

 

 そして、下手をすれば、地球崩壊とまではいかないが、その半分ほどの現象であれば起こりうるということを。



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