美しき城へ続く道:「大和姉妹の事情」編 (Whiplash)
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「夏の偶像」
顔合わせにて


出会うところまで1話に収めよう!と考えて書いたらやたらとかかってしまった…。
もうちょっとすっきりした見た目にしたいので、あとで調整予定です。


 

 東京は渋谷、青山通り。世界でも指折りの乗降客数を誇る渋谷駅の、東口からは歩いて5分ほどのところ。その一角を占拠する大きな門と、広大な公園……を思わせる敷地がある。

 そこには、国内屈指の歴史を持ち、かつ現在も国内最大規模を保持しつづけるとある芸能プロダクション、その総本山がそびえ立っている。この公園を思わせる区画も、本堂たるビルを前にしたエントランスに過ぎない。

 夕闇の迫る18時。久しぶりに雨の多かった梅雨が明けて少しばかり経ったこともあり、この時間になっても変わらず太陽の熱が容赦なく襲い掛かっている。一部の人物に向けた帰宅・帰寮時刻であることを知らせる放送が敷地内には響き渡っており、敷地内の道を抜ける社員や所属タレントと思しき面々のほとんどはみな外にある門へ向かって移動していた。それを逆行して、最短距離で抜けようとする男女の姿がそこにあった。

 両者とも同じくらいの背丈、男の方は夏とあってかネクタイもなくワイシャツと黒のスラックスの典型的な「クールビズ」に沿ったビジネスウェアを、女の方はその豊満な身体を見せつけるがごとくの、Tシャツといわゆるチノ素材のショートパンツという出で立ちであった。2人は

「いやあ、アレが流れる前に門を通れて一安心でありましたな!入るための10秒すら煩わしく感じられる季節ですから!」

「全くだよ亜季さんや……」

と、夏特有の会話を繰り広げながら、敷地内でも最も高いビルへと向かっていった。

 

 建物にたどり着き、18時を過ぎて全館制御で大幅に弱められた冷房の、その残り香とでもいうべきものを少しでも味わいつつエレベーター前まで移動する。外にいるうちに滲んだ汗とともに体が冷えてしまわない、そのギリギリのラインを見極めて、18時上がりの面々で多少の混雑を見せるゴンドラの到着を待ちわびていた。

 そこから、換気のみで空調のないエレベーターの中で揺られて1分弱ほど。30階建てであるというこのビルの22階、その一角に、敷地内外での収録やレッスン、あるいはライブといった「アイドルのお仕事」がないときに2人が過ごす部屋が宛がわれていた。正確にはこの2人が属する、主に各種バラエティ系への出演を担うアイドルで構成された「プロジェクト」のメンバーのための部屋、とでも言うべきところであるが。

 この日は先ほど亜季と呼ばれていた女性--名を大和亜季といった--がメインパーソナリティを務める、ウェブラジオでのいわゆる「冠番組」の収録ということで、業務中こそ快適であったものの、いかんせん移動するだけでも太陽が容赦なく体内の水分を奪いに来る季節だ。

「ほい」

と、どこからともなく持ち込んできたペットボトル2本の片割れを、男は亜季に渡していく。亜季はそれを受け取り、

「ありがとうございます!」

と返しながら、蓋を回し開封する。そして中身を口にしていくが、吸収効率を考えてか、一気に飲み切っていくようなことはしない。とはいえ半分ほどは一息でなくなっていた。

 一息つくと、亜季はタブレットを、男の方はノートPCを取り出す。どうやら、この後は打ち合わせがあるらしい。亜季は以前に男から送られていた資料を開き、改めて眺める。

 この資料は以下のように書かれていた。

 

 

「夏の偶像」出演者打ち合わせおよび会場下見会について

 

会場:

ガーデンシティ仙台13階 ホールA+B

仙台市立運動公園総合体育館

 

目的:

出演者同士の顔合わせ、タイムテーブル最終決定、事前・当日段取りの説明、演奏順最終決定、会場設営等案内

 

参加対象者一覧:

ドリームアウェイ

indivisuals

炎陣

Pastel*Palletes

 

 「夏の偶像」。

 それは、青森発祥のよく似た名前を持つとある夏のロックフェスティバルに範を取った、全国各地のアイドルが招へいされるイベントである。こちらは第一回から現在まで、一貫して仙台市のアリーナ級会場で開催されており、土日の2日間で15000人近くを動員する、夏に行われるアイドルフェスの中ではそれなりに大きい部類に入るイベントと言える。両日ともに10時に開演して、18時までに、独自の視点から選抜された20組程度ずつが、来てくれたファンだけでなく、他アイドル目当ての観客に向けて思い思いのパフォーマンスを見せる、というのが主だった流れだ。

 今回、亜季達が所属するプロダクションからは仙台や東北出身のアイドルが所属するindivisualsやドリームアウェイ、最近は盛り上げ隊長としてフェスに的を絞っての出演をこなしている炎陣が出演を予定している。さらに、出演予定のうち数人についてはユニットとしての歌唱だけでなく、ソロ楽曲の歌唱まで予定していたりもする。

 

 閑話休題。

 資料を一通り読みなおし終えた亜季が、ふと、そういえばプロデューサー殿、と切り出す。

「スカウトいただいて少しばかりしたときに、妹のこともスカウトしていいぞ~といった趣旨の話をした覚えがありましたな」

そして、当時既に妹は別のお仕事についていたので、アレは冗談の類でしたが、と亜季は続ける。

「ああ、そういえばそういうのもあったな……それがどうかしたのか?」

プロデューサー、と肩書きで呼ばれた男が、随分立派な妹さんだな、と思いつつ訊き返す。

「実はこの春に、その妹が本当にアイドルとしてスカウトされて、デビューしましてなー。打ち合わせ資料の中に名前がありましたので、報告しておきたくなったのでありますよ」

「資料の中……え、もしかしなくてもPastel*Palletesの大和麻弥か?」

それに対して、そうでありますよ?とあっさりと肯定の意を返され、プロデューサーは少しばかり狼狽しつつも、うーんそうかぁ、と一瞬、言葉を選ぶ素振りを見せて

「あそこの事務所かぁ。麻弥ちゃんも苦労してそうだよな」

と曖昧に返す。とはいえ亜季にもおおよそ、何が言いたいかは伝わっていた様子で、

「まあそうでありますな。麻弥のこともありますのであまり物言いをつけるのはよろしくないと分かってはいますが……ご存じの通り、デビューイベントからしてあの有様でしたからな!立て直しも麻弥を含めた5人の自助努力あってこそだったと聞いておりますよ!」

「ホントにな……あの事務所は前々から一事が万事あんな調子だからなぁ。人が多いわけでもないのに色々行き届いてないというか。なんというか、上と下で統率がちゃんと取れてない印象だよ」

「麻弥から聞いた印象も、だいたいそんな感じだったでありますなー。麻弥の加入自体も、元々サポート役のような立ち位置の予定だったのを、他のメンバーからの推挙もあって急遽正式メンバーとして迎え入れられたという経緯だったそうですし。そんな流れでのデビューでしたから、アイドルとしてのあり方を尋ねられたりすることはありましたが……」

私も断じて正統派とは言えませんからな、いささか困ってしまいましてな、と亜季は続けた。

「うーん、周りにはそういうのもいるんだし、亜季自身のことでなくても、亜季から見た正統派の面々、って趣旨で伝えるとよかったとは思うな」

今思えばそうすべきだったとは思いますな、と苦笑いしつつも、亜季は

「ともあれ麻弥もアイドルとして軌道に乗れている様子で、なによりでありますよ!こうして、今回共演するに至るまでの人気も出ていることですしな!」

と続けた。

 まあそこは白鷺千聖が所属してることが大きいのでは?とは思いつつも、亜季の言葉に、そうだな、と頷きだけをプロデューサーは返した。

 それからは、2日後に迫っていた下見の段取りの確認をしつつ、確認に区切りがついて解散となるまでの間、時折アイドルになる以前の麻弥について話をしていたのであった。

 

------------------

 2日後。仙台駅から数分の位置にある貸オフィス、ガーデンシティ仙台。

 寮から7時20分に渋谷駅へ集合し、その後東京駅からは8時台の「はやぶさ」に乗って1時間半。集合時刻となっている10時ギリギリではあるが、ひとまずは前日泊することもなく移動に成功した、所属アイドル10名と引率者たるプロデューサーは、そのまますぐにやってきた「夏の偶像」主催者側のスタッフに誘導され、顔合わせや口頭での段取り説明等が行われる13階へと移動するのであった。もっとも、演者スタッフ合わせ、2日目の関係者として参加している者は全体で150名を超えるため、狭小な5台のゴンドラではしばしの待ち時間が発生してしまうのであるが。

 20分ほどかけてホール内に全員が移動する。どうしても1ユニットの人数が多いところから我先にと登っていこうとするため、5人以下3組で移動する亜季たちは後回しになってしまった。それゆえに、亜季たちがホールに入るころにはほぼ全員が入室を終えて、メンバーや関係者との雑談なり、あるいはスマートフォンのゲームに興じているという状態であった。

 そんな中、亜季は左側前方にいる5人組を見つけた。一番左側、桃色の髪の子はちょうど、自撮りでもしようというのか、スマートフォンを手に取り顔に向けてかざしだしたところであった。翠がかった髪の子は手持ち無沙汰とばかりに、所在なさげにあちこちに視線を向けている。クリーム色とも言える淡い色の金髪と、すぐそばにいる小柄なキノコ女子のそれよりも大分白みがかった銀髪の2人が顔を見合わせて、これはどうも譜読みをしているのだろうか。そして右端でなにやら考え事をしているのか、明るい茶髪の子が明後日の方向を向いている。

 いや、あれは考え事をしているのではない。17年近く、肉親として接してきているのだから、後ろ姿であっても見間違いようもない。で、あれば、亜季にはそれが「何をしてのものなのか」がすぐさまに推察された。すなわち、「脳内で練習」。この雑然とした状況で、彼女の、スタジオミュージシャンになる以前からの習慣がひっそりと行われているのだ。……結局のところはこちらも翠の子と同様に暇を持て余しているのだろう。近場に触りがいのない機材もないときはいつもこうだよな、と亜季はひとりごちる。

 そう、この5人こそがPastel*Palletesであった。左から、丸山彩、氷川日菜、白鷺千聖、若宮イヴ、と、一番右にいる麻弥から幾度か聞かされてきた名前を亜季は反芻する。もっとも、今から声をかけに行くわけではない。もう10分としないうちに会合は始まるし、会合が終わってからフェスの会場への移動が始まるまでにはそれなりに時間がある。その時にでも話をすればいいし、恐らくはあっちもそのつもりだろう。よって、一瞥だけした後、そのまま11人で、ちょうど横に広がって空いているところがあったのでそこに座ることとした。

 

 ほどなくして、案内をしていた数名とは別の、より年季の入ったスタッフと、その部下と思われるもう少し若い面々、合わせて10名ほどが入室してきて、待機していたアイドル達の前にやってきた。「年季の入った」スタッフが2、3度とマイクチェックをすると、だしぬけに

「はいそれでは、みなさんおはようございます!」

と挨拶を発し、それなりに雑然としていた雰囲気が一瞬で静まり返った。ここに、出演者打ち合わせが始まったのだ。

 

 とはいえこの打ち合わせの自体には、さほど特筆すべきことはなかった。

 まず改めての演者の紹介から入った。これはさすがに150人を超えているということで、主催者側から参加するユニット単位での紹介が行われるにとどまった。ただ、炎陣の名前が呼ばれたとき、他の演者、とくにPastel*Palletesの方から、熱の篭った視線がいくつか向けられていた。どうやら向こうも、亜季と麻弥の関係を多少なりとも聞いているようであった。

 続いて、演奏順の最終決定であった。「夏の偶像」の習慣として、基本的にはアイドル間のいわゆる「格」の違いのようなものは可能な限り一切無視し、すべて抽選で決められることになっていた。ただし、アイドルバンドであるPastel*Palletesと、今回はバックバンドが入ることになっている炎陣およびindividualsについては、楽器セット準備の都合上先んじて調整が行われ、順番が決まっている。Pastel*Palletesがオープニングアクトとなり、そして最後に炎陣、individuals、の順、という形だ。したがって、この3組は抽選をしている30分ほどの間、暇を持て余す形になった。ちなみに、ドリームアウェイは炎陣から遡ること5組ほど、16時からの枠に入った。

 そして、最後に資料がユニット毎に1~3部ずつ配られ、ゲネプロおよび本番当日の段取りについて、30分ほどの説明が行われた(同様の内容は下見の際に改めて話をする、とのことではあったが)。なお、ゲネプロは慣例に沿って逆順、したがって最初にチェックを行うindividualsをはじめとして、亜季たちとPastel*Palletesが出演する2日目の面々から先に行うこととなっている。

 そうして、のべ90分ほどが経過したところで、顔合わせはひと段落となった。

 

 運営スタッフから、会場下見の集合時刻を1時間半後として、それまでを昼休憩に当てる旨の指示が出され、一旦解散となった。

 他の事務所のアイドルとスタッフ達がそそくさと外へ出ていく中、亜季たちは横に広がりすぎたためにまずは集合することに時間を取られる羽目になった。しばらくしてひと固まりになり移動を開始しようとしたとき、今日の引率責任者であり、普段は炎陣に所属するアイドル5人を統括して見ているプロデューサー(亜季の担当とはまた別の、コワモテと言及せざるを得ない容姿の人物である)へ、失礼ですが、と少女の声が向けられた。

「貴方がこちらの3組の?」

「あぁ、そうですけども、Pastel*Palletesのみなさんで大挙して一体--」

と、だしぬけに身分を確かめに来た少女--白鷺千聖へ、統括プロデューサーが不審の目を向けようとしたその時であった。

「亜季姉!」

「おーよしよし、よーく来たなぁ」

とうとう我慢していたものが切れたのか、亜季の許へと麻弥が飛び込んでいったのだ。当然、統括プロデューサーの目が今度は亜季へと向けられることになり、

「……こりゃ一体どういうこったよ」

「はい!大和家長女の亜季であります!」

「次女の麻弥です!」

麻弥の手を引き、こちらの事務所の面々、Pastel*Palletesの面々双方に示すような位置に経つと、そう一言ずつだけ告げた。どうもある程度の事情を知っている様子のPastel*Palletesはさておいて、炎陣の方を見れば、みなみななにやら回心がいった様子で、ドリームアウェイの面々はあっけに取られている感じ。ただし、individualsについては、ごく薄い水色の長袖シャツの上にワンピースという出で立ちの少女--森久保乃々と、日焼け止めのための濃い色の長袖シャツに地方都市ではなじみ深いらしい「デビキャ」のロゴ入った半袖ブルゾンを羽織る少女--早坂美玲が顔を見合わせる中、キノコの絵が描かれたTシャツ姿の銀髪少女--星輝子だけは、ひどく驚き、目を白黒させている様子であった。

「というわけで--」

「ああ、みなまで言われずとも分かりますとも!お昼をご相伴に預かりたいのでありますな!」

「ええ、もう少し詳しくお尋ねしたいこともありますから」

「……みんなはいいのか?」

と、トントン拍子に話が進んでいく様子に、ドリームアウェイの2人は困惑しつつも曖昧に頷き、individualsの面々はまだ混乱気味の輝子以外の2人が再度顔を見合わせつつ、ゆっくりと頷き、その横で--

「いいんじゃないかな。アタシは麻弥さんの方とも知らない仲じゃないしなぁ」

と、リーゼント風の髪型をした少女--木村夏樹が真っ先に賛意を見せた。それに続くのは

「アタシも構わないケド」「いいんじゃねーか?」「おはなし聞きたーい☆」

とは、それぞれ松永涼、向井拓海、藤本里奈の言であった。

 

 そうして、Pastel*Palletes側の引率者がどこかへ行ってしまっているのに気づいた統括プロデューサーがそれに呆れつつも、しゃーねえ、連絡一本だけ向こうに入れといてもらえると助かりますわ、とだけ告げると、16人の大所帯となった面々はホールを出て、この貸し会議室屋が入居しているビルの1階に向けて移動を始めるのであった。




次回更新予定:2020/05/03


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2人の「大和」

キリのいいとこで次に回してるのでここだけは短めです。


 実は、先の貸会議室が入居しているビルの1階にあるレストランに、16人と大所帯になったこの面々を1か所に納めきれるテーブルがあり、亜季たちはそこへ向かうこととしたのであった。

 実際にレストランに入ろうとするとウェイターが一瞬ギョッとした様子を見せたものの、そのまま想定通りに大テーブルへと案内され、着座する。一辺に6~7人が掛けられるようなコの字型のテーブルで、厨房側の一辺にPastel*Palletesの面々がコの端から彩・日菜・千聖・イヴ・麻弥という順に、対面には炎陣が座り、残りにindividuals、ドリームアウェイ、統括プロデューサーが座る形となった。

 

「さてさて、どっから話を聞いたもんかね。奴さんはある程度は事情を知ってるようだけども」

「とりあえず……麻弥がアイドルになった経緯辺りでいいんじゃねえか?亜季もそこはちゃんとは知らねえみたいだけどさ」

「ええ、あくまでざっとしか聞いておりませんね。ちょうどいい機会でありますしな、では麻弥、よろしく頼む!」

メニューから思い思いに選んだ料理を注文し終えたところで、亜季たちの方から話を切り出すことにした。ただ、そう広くはない「メジャーデビューしたのアイドル」の輪の中にいる同士である以上、わざわざ自己紹介から入るというのもおかしな話だ。向こうが、国内最大規模のプロダクションに所属するこちらを知らないとは全く思えない。そして亜季たちも、アイドルバンドという形態を取って、結成からの数奇な経緯を辿って、赤丸急上昇を遂げたこの5人組を無視することなどあろうはずがなかった。そうでなくても大和姉妹という関係があり、まゆとイヴ、夏樹と麻弥のように以前に接点があったらしい面々もいるのだ。

 したがって、初めからもう少し込みいった話から入ろう、と拓海が提案することになったのはわりかし、当然の流れだった。

「元々、事務所にはスタジオミュージシャンとして所属することになっていたんですけどね--」

と切り出して、淡々と語っていく。

 この大和麻弥アイドル化までの流れは、Pastel*Palletesを少しでも知っているのであればまず知っている経緯であるから、本来はすべて省略すべきであるが、御存知のない場合にも配慮して端的に書いていけば以下の通りとなる。

・Pastel*Palletesはいわゆる「エアバンド」としての活動を見込まれていたが、さすがにドラムは誤魔化しが効かないためにちゃんと演奏した経験のある人物を立てなければならない

・この「ドラム役」選定がおおいに難航したことから、所属したてのスタジオミュージシャンであった麻弥をひとまずの代役として立てることになった

・しかしよくよく他のメンバーが確認してみれば、衣装とメイク次第でアイドルとしても充分やっていけるルックスだと発覚した

・満場一致という名のメンバーの独断により、Pastel*Palletesの正規メンバーとして迎え入れられることになった

 

この話に、

「ははぁ……私も身内の贔屓目ながら、アイドルに見劣りしない素質はあるものと確信しておりましたが、それを見いだされたということでしたら、実に喜ばしいことでありますな!」

といたく感心しきりの亜季に、

「いやいや、亜季さんと姉妹で……っていうことならこのルックスもすっごい納得ですよー」

と彩が乗っかり、そこに

「姉妹でアイドル--うん、るんっと来るー!」

と日菜が、あたしもお姉ちゃんはいるけど、さすがにアイドルになるつもりはなさそうだから、と付け加えつつ返していく。

「氷川……姉……そうか、Roseliaだもんな……」

「ああ、そっちはそっちで姉妹でバンドのギターやってるんだっけ。既にウチのアーティスト部門でも名前が挙がってるんだってな、Roselia」

「フフ……まだ結成3ヶ月なのに……すごいもんだ……」

と、輝子と夏樹が脱線気味にちょっとした事務所の内情を出すと、日菜はさっすがお姉ちゃんだー、と自分のことのように喜んでみせるのだった。

 

 そうしていささかビジネスめいたものも交じった話題が消化されると、今度は大和姉妹のプライベートな話へと移っていく。

「亜季姉は家を出てしばらく経っているんですよね、高校出てすぐですから、もう3年くらい。お知り合いのミリタリーショップにいたとしか聞いてなくって、急に街頭のビジョンに映る亜季姉を見た時はそりゃあもう、驚いちゃって。亜季姉はずっと前からこういう気風の人でしたけど、さすがにアイドルとは結びつかなかったですね……エヘヘ」

「聞いたとこじゃスカウト受けた時色々あったらしーよ?」

「イロイロ、ですか?気になります!」

「だいぶ無茶を言った、とは聞いてるよ。何なのかはいまだに教えてくれないケド」

「アレは若気の至りというものでありましてな……さすがにあまり語りたくはないのです」

と、亜季の方に矛先を向けたと思えば、しばらくすると

「そういえば麻弥もちょっと前から一人暮らしとは聞いているけど?」

「まあ……そこは2人とも後押ししてくれて。誰かがあっちに残ってたならまだしも、みんな東京住まいなんだし」

「それもそうかな……」

「2人分かれての一人暮らし……といっても、亜季チャンは入社時に前の家引き払って今は寮の個室割り当てってだけだし、麻弥さんも夏樹の話聞くに一人暮らし始めるころには多少なりとも収入があったって話だったか」

「そうですね--」

と、麻弥の方の話題が出ることもあった。麻弥のプライベートについては、どうやらPastel*Palletesの間でもごく限られたことしか分かっていない様子で、麻弥以外の4人はしばしば初めて知ったと言わんばかりの表情を見せてきた。

それから、料理がやってきて、みな一通り食べ終わった後も、この後の集合場所が近いこともあってしばらく話を続けていた。

「福岡って昔撮影でも結構怖いことがあって、どうしても治安の悪いイメージが拭えないけど、どうなのかしら?」

「うーん……場所によりけり、ですね。ジブンが住んでたあたりは自衛隊の基地があるんで、たまに脱走とかがあって騒ぎにはなりますけど、基本的には静かなベッドタウンです」

「ジエイタイ、ですか?」

「えーっと、前に聞いた話じゃ春日出身って話だったっけ?」

「Exactlyでありますよ涼!福岡最大、ひいては国内でも重要な拠点として、1個師団が配備されております!」

料理が届く前に一通り、姉妹の話は終わっていたこともあり、店を出るまでは2人の出身地である福岡にまつわる話題が中心になっていたのであった。

 店を出ると集合時刻15分ほど前、集合場所となる仙台駅前広場は歩いて数分ということもあり、一団は少しだけ早めに到着することができた。

広場の傍を通る道路には、既にフェスの会場でもある仙台市立運動公園総合体育館へ移動するためのバス、計5台が到着していた。バスの座席は午前中に渡された説明資料の中に含まれており、残念なことではあるが、亜季たちとPastel*Palletesは大きく離れた別のバスに割り当てられていた。

 既に他のアイドル達は乗り込み始めており、それでは会場で、とだけ告げると、一団はそれぞれのバスへと向かっていくのであった。

 

 広場から目的地の体育館までは45分ほどかかるとのことであった。出発時に簡単なアナウンスがあっただけで、運営側から特に何かが用意されているというわけでも無かったことから、バスの中では各々での雑談に興じることになる。それは炎陣の面々も例外ではない。ただし、話題は先のレストランでの会話を踏まえながらのものとなっていた。たとえば

「……で、アイドルとしての麻弥、ちゃんをどう思ってんだ?」

と、炎陣の面々に向けて拓海が尋ね、

「アイドルがどうとか気にしないでやるほうが、受けは良さそうな感じだと思ったかな」「曲はいかにもなアイドルポップスだけど、演出と演奏、器用に両立してる。そのうちドラムボーカルとかもやってきそう」

「普段の身だしなみはもーちょい気にしてもいいかもーだけど、こうして近寄ってみるとめっちゃキャわたんだったー☆」

「身内のことですから多少なりとも贔屓目はありますが、すでに充分にアイドルしている、と思いますよ?」

といった具合で、そこからPastel*Palletesの曲自体の話になったり、夏樹が「麻弥ちゃん含めてみんな頑張ってるとは思うけど、あの事務所がなぁ」と言ったのをきっかけに、Pastel*Palletesの所属事務所の話になったり。

 そうこうしているうちに、バスは体育館のある運動公園の敷地内に入り、バス用の駐車場に5台ともに停車した。そこからゾロゾロと降りてくるアイドル達の流れに飲まれる形になり、Pastel*Palletesの面々と再度合流することは叶わなかった。

 そこから、会場下見はつづがなく進められた。本番まで3週間ということで、アリーナ自体は貸切にして誰もいない状態になっているが、まだステージは影も形も見当たらない状況ではあるが、ゲネプロおよび本番の関係者受付のフロー、控室の位置と予定されている割り当て、アリーナと、設置予定のステージについて、おおよその広さの説明と確認、などといったことが80分ほどかけて行われていた。その中で控室の割り当てを確認したところ、自ら、あるいはバックバンド、何らかの形で楽器を使用するPastel*Palletes、炎陣、individualsについては同じ部屋に割り当てられることとなっていた(なお、ドリームアウェイはすぐ隣の部屋が割り当てられていた)。

 下見が一通り終了し、仙台駅へ戻るバスの準備が整うまでの20分ほど、控室として割り当てられた体育館内で2番目に広い会議室に、亜季たちは通されていた。入ってみると、既にPastel*Palletesの面々が先に入室し、各々で東京に戻った後について確認をしていた。相変わらず、引率責任者と思われる人物はどこかに行ってしまっているようで、姿が見えない。炎陣統括プロデューサーは、

「あの子らまーた放っておかれてるのな。下見の間も離れて話をしてんのが見えたけど、何をしに来たのか分かってないんじゃねえのか……」

とため息をつきつつ、相変わらず上意下達さえなっていない様子が透けて見えるPastel*Palletesの所属事務所のことを思う。

 かの事務所の評判は率直に言ってよろしくない。老舗とは言えない程度ではあるが、それなりの歴史があるにも関わらず、噂に聞く入れ替わりの激しさからか、特に現場管理という面で基礎的な部分が出来ていないことを露呈するようなトラブルをPastel*Palletesの一件以前からしばしば起こしていた。責任者もキーマンも不透明なままプロジェクトが進んでいて、連携して企画を進めていたこちらにしわ寄せが行ったことも1度や2度ではない。この2、3年はあくまでマネージメントに徹する方向に舵を切りなおしたという話だが、直近で2度、活動方針の転換やダブルブッキングによるドタキャンを食らった側からすれば、それも遅々として進んでいないように思われる。「マネージメントに徹する」ということをはき違えているように見えてならないのだ。

 そのため息が、Pastel*Palletesの耳にも入ってしまったようで、

「正直、慣れたくはないですけど、よくあることって思うようにはなっちゃってますね」

と、彩は苦笑いしてみせるのであった。

 

 やがて運営スタッフから声がかかり、行きと同じ座席に乗り込んでバスが進んでいく。

 16:05頃に仙台駅に着くと同時に、この日の行程はすべて終了、流れ解散となった。Pastel*Palletesの面々は挨拶もそこそこに駅へと姿を消していった。10分後の新幹線に乗り込み、19:00からのレッスンに間に合わせなければならなかった、という話を聞いたのは、だいぶ後になってからのこととなった。




次回更新予定→5/10 16:30


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「シンデレラバンド」

ここからオリジナルキャラの登場です。
元になった人物が全員バレバレでも、名前さえ出さなければセーフですよね(震え声)


 夏のアイドルフェス「夏の偶像」の顔合わせと下見、すなわちアイドルとしての「大和姉妹」の邂逅から2週間が経った。その間はレギュラーで抱えている仕事を消化しつつ、随時フェス本番に向けたレッスン等の準備が進められていた。特にバックバンドが投入される亜季たち炎陣や、あるいはindividualsの場合、レッスンでは主に「バンドサウンドに慣れて、合わせる」ためのメニューに時間が割かれていた。普段からある程度「生音」に慣れているのは、その手のジャンルで活躍をしている夏樹、涼、輝子くらいのもので、その3人でさえ、事務所全体で行う規模の大きいライブでは、ライブ構成の都合上カラオケ音源での歌唱を余儀なくされている、という事情を踏まえてのものだ。

 この「生音に慣れる」ための練習は、はじめのうちなかなか滑稽な光景が繰り広げられることとなった。爆音に慣れ切っている炎陣の面々は生の音圧を前にしてテンションが上がりすぎ、ついつい歌が走ってしまったり、ライブパフォーマンスのチェックで予定より暴れて息を切らしてしまったり、といった事態が見受けられた。一方individualsについては逆に、その音圧に驚いた美玲や乃々が歌を止めてしまう……どころか、乃々に至ってはバックバンドから離れるようにレッスンルームの隅に行ってしまうことすらある有様であった。

 とはいえそれもはじめの1日、2日のことで、先述の光景に苦笑いを浮かべていたバックバンドの面々も、少しずつアイドル達との呼吸も合ってきて、来たるリハ、ゲネプロ、そして本番に向けて期待を膨らませられるようになりつつあった。

 

 そうして「夏の偶像」本番から1週間前の土曜日。この日は都内2か所のリハーサル用スタジオを借り上げ、本番会場で行うゲネプロに先だって曲順で通してのリハーサルが行われることとなっていた。ゲネプロはあくまでも舞台演出の最終チェックであり、各日の出演逆順で、時間もごく限られてるため、対外的には本番前最初で最後のステージ通しの機会といえるだろう。余談ではあるが、楽器を使用するユニットが複数あることから、2日目組の会場となったスタジオは、1日目組が割り当てられたところよりだいぶ広いものとなっているらしい。

 リハーサル開始に先立ち、この日から合流する運営および演者側スタッフの挨拶が行われていた。運営側については上層部のうち実務に近い者、舞台監督、演出、照明、PA(音響)が挙げられるだろうか。そして、DJやバックバンドなど、アイドル本人以外で舞台上に上がる者がいれば、その合流もここからとなっていた。

 さてこれまでも触れてきた通り、亜季たちのプロダクションではこの「夏の偶像」から、「試験的に」バックバンドを投入することになっている。今回対象となる炎陣やindividualsをはじめとして、この事務所のアイドル達が歌う曲はソロ・ユニットを問わず、アイドル、クリエイター双方の色を濃く出した多種多様なものがリリースされている。その中には当然、所謂「ロック」「HR/HM」に分類されるものも多数含まれており、それらを大きな会場で、バンドサウンドで聞きたい、という要望も多数寄せられていた。そこで、現在企画されている「ジャンル別」をテーマとした大型ライブを大きなゴールとして、まずは今回の夏の偶像での2ユニット8曲、続いて8月末の定例ライブのうち12曲程度、を演奏するバックバンド、通称「シンデレラバンド」を5月から設置・招集し、準備が進められてきていた。メンバーについては、

1.バンド構成はギター2人、シンセサイザー1人、ベース1人、ドラム1人とする

2.将来的にアイドルが楽器を演奏する、となった場合の指導役となることも加味し、プロダクションのアイドルに楽曲を提供していること。ただしリズム隊であるベースとドラムは相互の連携を重視するため、その限りではないものとする

3.原則としてシンセサイザー担当がバンドマスターを兼ねる予定であるため、可能な限り編曲等、音響面の管理を担当した経験が多い者を選ぶことが望ましい

という基準を定めて選定が行われていた。

 

「炎陣とindividualsのバックバンド1stギター、とあと今日のリハの音響補助もやるJOEで~す」

 

明るい茶髪に、黒Tシャツとダークジーンズ。傍らにはライブ・レコーディングでよく使用しているというKiller Guiter Scaryのカスタム品を置く、中年に差し掛かろうかという風体の男はJOEと名乗った。彼は輝子と白坂小梅*1によるジャーマンメタル調のナンバー「Lunatic Show」や、夏樹と多田李衣菜のRock the Beatによる「Jet to the Future」の提供を行ったほか、いくつかの曲でギター演奏を務めている。夏樹にいわく「面白いギタリスト」であるとか。

 

「えと……同じく2ndギターのHEYです」

 

傍らにmoonのテレキャスター型、ESPのPotbellyを置き、ダークブラウンの髪、華奢な身体にはやや大きい白Tの上に、スタジオが冷えるのかライトグレーのパーカーを羽織り、JOEのよりはやや明るめのジーンズ、という風体の青年がその容姿に似合わず随分と低めの、しかしか細くも感じられる声でHEYと名乗った。こちらはindividualsへの「∀NSWER」を筆頭に、ロックナンバー以外のものも含め10曲近くを提供し、そのことごとくがヒットを飛ばすなど、今回のメンバーの中でも事務所との連携が特に深い人物と言える。当人は職業作曲家であると言って憚らないが、プロダクション内ではライブアクトの経験も豊富な、若手のエース的存在として、一目置かれる存在だ。

 

「ベースのSHINです、よろしくおねがいしまーす」

「ドラムのMAOです」

 

傍らにJiraud Fourier 4jjのカスタム品を携え、ポロシャツにタイトなスラックスという出で立ちの、他の面々より明らかに若く見える若者と、アロハシャツとネイビーブルーのジーンズの、こちらもベースを携えている方と同年代と思われる青年が立て続けにSHIN、MAOと名乗った。この2人がリズム隊を形成する面々であり、MAOは里奈に「Loveハズカム」を、そしてプロダクションの看板の一人であり、自身も大ファンであるという十時愛梨へ「ヒトトキトキメキ」を提供している。SHINは曲の提供等はないが、MAOとともに新進気鋭のフュージョンバンドを組んでいる人物であり、今回の「リズム隊は相互の連携を重視する」という方針に合致して選出された。

 

「バンマス兼キーボード、そして本日みなさんの音響面のチェックも担当させていただきます、SHUNです。今日1日よろしくお願いいたします!」

 

ストライプ柄の半袖カッターシャツに夏用と思われるスラックスといういでたちの、見た目からは年齢を推し量りがたい青年が、最後にSHUNと名乗った。初めての提供曲となった「メッセージ」をはじめとして、事務所全体で歌う曲の提供が目立つ。今回のフェスに関するところで言えば、佐久間まゆのソロ曲は全て彼が手がけている。「(最初に渡した)エブリデイドリームで本人からも担当プロデューサーからも強い信頼を得られた」とは、本人の談である。

 

 スタジオには最初にリハーサルを行うPastel*Pallettesをはじめとした順番が早い数組と、バックバンドとの調整が随時必要なためにリハーサルを通している予定の炎陣、individuals、といった面々が集まっており、一通り挨拶が終わると拍手が起きた。

 亜季は、最初ということで楽器が配置されているところにいるPastel*Pallettes--特に麻弥の方を見ながら挨拶を聞いていた。バックバンドの面々など、亜季たちにしてみれば物珍しくもないが、スタジオミュージシャンである麻弥にしてみれば錚々たるメンバーであるらしく、文字通り目を輝かせたとしか表現ができない表情をして、隣にいたイヴから何かしらの質問を受けるとその表情のまま熱っぽく語っている様子が見えたのであった。

 ともあれ、時間的に余裕の少ないスケジュールということもあり、挨拶が終わると少しばかりあわただしくPastel*Pallettesのリハーサル準備が始められた。手順としてはまず立ち位置のチェックからになる。本番のステージとは広さこそ異なるが、形状は可能な限り模すようになっており、大まかな確認には十分役に立つ。そうでなくても、バンドである以上リードボーカルを務める彩がそう大きく動くことはないので、ここで確認したことがおおよそそのまま適用できる。ただし今回はツインボーカルの曲も1曲含んでいるということで、そこだけは少しばかり時間をかけたうえで、ゲネプロでも改めて確認、ということになった。ともあれチェックは10分程度で終了し、通しで曲をかける段階になった。

 亜季は先の表情を見て、麻弥が入れ込み過ぎていないか心配していたものの、演奏が始まってほどなく、それが杞憂であることを--すなわち、演奏家(あるいはスタジオミュージシャン)としての麻弥の力量をまざまざと見せられることになった。

 麻弥以外の面々はライブアクトへの不慣れという面もあってか、日菜とイヴには時折目立ったミスタッチがあったし、千聖は、特にボーカルとしても入る段になるとまだテンポを守ることで精一杯という感じ、彩もリハーサルということで緊張からくる大きなミスはないが、まだ仕上げられる余地を大きく残している。

 それでも--曲としてきちんと聞ける形に整えられてるのは麻弥の、十代とは思えない老獪なテクニックあってこそだろう。最後に見た麻弥の演奏はいつだっただろうか。それからのさらなる研鑽を亜季は感じ取り、それならば「アイドルの先輩」としての力量をフェス本番ではしかと見せて行くことが必要だな、と思うのだった。

 

「はーい、おつかれさまです。まあちょっと今の設定と本番は大分音量面違ってきちゃいそうなんで、また改めてゲネでも確認したいですね--」

 

と、SHUNが告げ、JOEから

 

「分かってるとは思うけども、今回はみんながこれまで出てきた箱と比べてだいぶ広いと思うんで、そこの違い意識しつつあと1週間、頑張ってください」

 

等と二言三言あったのち、リハの様子を録音したSDカードを麻弥に手渡したところで、Pastel*Pallettesのリハーサルは一区切りとなった。

 

「「「「「おつかれさまです」」」」」

 

 ここで亜季としては話をしたかったところではあったが、どうやらこの後もフェスに向けたラジオへのゲスト出演や、今日のリハーサルの反省会と、それを踏まえたレッスンがあるとのことで、5人は早々にリハーサル会場を後にしていった。昼ごろには麻弥からのメールがあったが、「あのMAOさんのドラム、目の前で見たかった!!!」と相変わらずな様子で、亜季は嘆息するほかないのであった。

 

 時間は流れ19時半。さすがにこの時期でもとうに夕陽が沈んだこの時間から、ようやく炎陣のリハーサルが開始された。他の面々と同様に、立ち位置等のチェックから始まる。

 

「あれ、マイクの位置と違うところ出ちゃったな……すいませんもう1回で!--」

「まだ捌けが遅いー?これ以上足音立てたくはねーんだけど--」

 

今回は涼と拓海のソロから始まり、5人でのRockin' Emotion、純情midnight伝説へと繋ぐ流れで、ソロがそれぞれステージ左端、右端と偏った位置で始まること、曲後にはそこから中央、スタンドマイクに向かって移動が必要となることから、2人がライトの当たる所からどう捌けるかが主な焦点となり、それなりに時間を食うことになった。そこから、曲をかけての通しが始まる。これまでのカラオケ音源からバンドサウンドになったという変化はあれど、4曲いずれも、普段からライブでやっているいわゆる「定番曲」で固めていることもあってこちらはスムーズに進んでいく。音響面の調整は随時入ったものの

 

「これならゲネ本*2も大丈夫そーっすねー」

「あとは音量面だけあっち行ってから確認しときましょ」

 

と、大きな問題もなく進めることができたのだった。

 

 最後にindividualsも同様の流れでリハーサルを行った。こちらも、3人のソロ曲から、最後は中央に3人集まっての∀NSWER、というセットリストになっており、立ち位置と、まだライブ披露回数自体が少ない乃々と美玲のソロの調整、それぞれの確認が焦点となっていた。ともあれパフォーマンス慣れはしている3人であり、前日までのレッスンでおおよそ仕上がっている状態であり、時折バックバンドとの音量等でのやり取りをしつつ、おおよそのプランを固めて終えることに成功したのだった。

 

-----------------------------------------

 

 それからレッスンやフェス絡みの仕事をこなしていくうちにあっという間に時は過ぎ、本番3日前、仙台市立運動公園総合体育館。この日は2日目の出演者によるゲネプロが行われる。ゲネプロ翌日はもう本番1日目であり、全行程が終了した際には、1日目のオープニングアクトを務めるユニットのためにセッティングされた状態で撤収しなければならない。したがって、この日の順番としては2日目のヘッドライナー*3を務めるindividualsから開始し、2日目のオープニングアクトを務めるPastel*Palletesが最後、というふうになっている。そして、翌日もヘッドライナーからオープニングアクトに向かっての順番でチェックが入ることになっている。

 当然というべきか、この日最後にチェックを行うPastel*Palletesの姿はない。順番によって入り時間が指定されており、Pastel*Palletesの入りは確か17時であった、と亜季は思い返す。一方で捌けの時間は帰りのバスの時間以外指定されていないが、これが終わった後は、亜季たちもすぐに東京へと戻ることになっている。フェス直前であろうと、レギュラーのラジオ等の収録が入っているためだ。よってPastel*Palletesがきちんと仕上げられているかは、3日後の本番を御覧じろ、ということになる。

 

「麻弥ちゃんたちが見れなくって残念じゃーん?☆」

「前々からわかってたことではありますからな……本番で、控室からしかと見守ることにしましょう」

「この間のリハの後でも異様な気の入りようだったしサ、変に気負って空回りは勘弁だったしちょうどいいんじゃない?」

「いえいえ、そこは心配ありませんとも!あくまで麻弥を導くための一助になれば、ということですから!」

「そういうとこだと思うけどな……」

individualsの3人が立ち位置と演出の確認を終え、所定の位置に付いたのを、すでに敷設されたアリーナ席最前列から眺めつつ、冗談半分、本気半分のゲキを、4人は亜季に飛ばしていくのであった。

 

 さてそのindividualsの方であるが。

 ゲネプロではまず3人の立ち位置・動きや、チェックが必要な演出を見る前に、シンデレラバンド側のPA調整から始められることになっている。次の炎陣でも必要な音量が出ているか、程度のチェックは行う--が、ここではもう少し念入りに、ドラムの音がマイクを通じてきちんと拾われているか、ギターやベースの音はアンプからきちんと聞こえているか、シンセサイザーはライン出力できちんと音が出ているか、楽器側全体の音量バランス、…等々、事前にリストアップされている事項をステップバイステップで消化していき、適切に調整を終えたところから、設定をメモしていく。これが終わると、今度は3人でボーカルマイク、イヤモニ等、アイドルたちのパフォーマンスに直結する部分の確認に進んでいく。

 初めて使用する会場ということで、バンド側の調整にはそれなりの時間がかかっていたが、その間individualsの3人はずっと待機なのかというとそういうわけにはいかない。持ち時間は楽器を使用する分伸びているものの、それでも本番の持ち時間より多少長い程度の時間しか与えられていない。したがって、PA調整と並行して、実際の立ち位置のチェックおよびバミりを、スタッフと3人で行っていた。

 

「ここだと照明を顔の正面から受ける形に……なっちゃうな……身体一つ分……寄せる……フフ」

「あ、輝子さんが位置を変えてますね……こっちももう少し……」

 

輝子と乃々はソロ曲をステージ上下(かみしも)の両端で歌うことになっており、まずはその位置取りを、可能な限り2人が対称であることを保ちつつ、決定していく。

 

「スタンドがココで、それなら--」

 

対して、美玲については位置選択の余地がない。先んじてマイクスタンドの位置が決定されているのだ。バミッた上から、マイクスタンドと区別がつくよう、美玲のイメージカラーで彩られるペンで色を付けていく。

 最後に、∀NSWERで集まる位置を、美玲がソロ用にバミッたところを基準にして決めたところで、

 

「ではマイクとイヤモニ3人に渡してもらっていいですかー?」

 

と、ちょうどよくシンデレラバンドのキーボード、SHUNからの声がかかり、3人での音声チェックが開始される。とはいえ、マイクもイヤモニも、調整は初めてではない。普段からのルーティンに従い、まず(特にイヤモニが)正常に動いているかのチェック、音量が大きすぎないかのチェック、そして1フレーズずつ曲を流して、音量バランスの確認を行っていく。

 ∀NSWERまで一通り通した後、乃々のソロだけは大きく毛色が異なる(主にキーボードで、一部管楽器や打楽器の音を音源から流す形での演奏)ため、次の輝子のソロとの曲間でバンド側、PA側双方で設定変更が必要、完了時には必ず報告する、という旨の注意が出たところで、音声面のチェックは完了となった。

 すでに残り時間は少なくなっており、チェックはすぐさま、曲に合わせての照明等演出に移る。演出の切り変わりがある箇所を中心にざっとチェックしつつ、曲ごとの向きや使用する照明の種類、タイミングを担当者に改めて確認させる作業である。特にソロではいわゆるピンスポや転がしに対する位置確認が徹底されたし、最後の∀NSWERではレーザーやスクリーンを利用した演出も考慮しての調整がなされていた。残り時間ギリギリで全ての調整・確認を終えたところで……

 

「「「おつかれさま(…フヒ)(でした…)」」」

 

ようやく全工程を終えた。

 

 そのまま、急ぎ炎陣と入れ替わる。シンデレラバンド側のチェック作業は、あくまでindividualsとの差分チェック程度のものであるからそう時間はかからない。しかし、後ろ15分ではアンプや一部のスピーカー等、次の出演者が使用しない設備の撤収作業が入ってくる。したがって、時間が十分にあるとは言い難い。

 幸い、シンデレラバンド側はindividualsと同様のセッティングで行けることが確認でき、予定より少しだけ早くチェックを完了できた。

 

「お、結構早く終わったみたいだな」

「そろそろ集合かかりそうだね~☆」

 

と、3曲目以降の出番となる夏樹たちが、早々に位置チェックを終えて暇を持て余しているところで、先のindividualsと同様にSHUNから、ではチェックをー、と声がかかる。

 

「あれ、これ全然出てないな……すいませーん!」

 

夏樹が着けたイヤモニから音が出ずに交換するハメになるハプニングこそあったものの、それ以外はおおよそ問題なく、音のチェックを進めることができた。

 それからの12、3分ほどは、舞台演出のチェックを行っていた。とはいえ、individualsほど複雑な演出は使わないこともあり、急ぎ足でのチェックになった3人とは違い、舞台側と照明側でやり取りをしながらある程度ゆとりをもって作業をすることができた。

 

「もうちょい下手寄りに立つんで--」

「うわ、影でけえな……フットライト切っとくほうがいいか?--」

「こちらは大丈夫ですが、客席からちゃんと顔見えてます?--」

 

一つ一つ、気になるところを潰し、曲をかけて演出切り替わりのタイミングを確認し。さらにMCのチェックも、

「新情報近日公開!」

という字幕だけの、あからさまに何かを隠すダミーのスライドを使って行った。そうして確認すべき事項がなくなったことを確認すると--

 

「よーし、みんな撤収!ありがとうございました!」

「「「「ありがとうございました(ありりーん☆)」」」」

 

次の出演者がチェックを開始できるよう、少しばかりあわただしく10人での撤収作業が行われるのであった。

 

 その後のドリームアウェイについては、すべていつも通りのカラオケ音源を使用した演奏で、こちらも特段複雑な演出は特に使わない曲が並ぶことから、先の2組よりもつつがなく進んでいく。こうして亜季たちのプロダクションの面々は本番当日までに行う全ての作業を終え、確かな手応えを得て、翌日、フェス関連での仙台市内のラジオ出演のために移動するまでは一旦東京へと戻ることになる。

 --我々5人で、私なりの「アイドルとしての姿勢」を麻弥に示す。そしてドリームアウェイとindividualsが……アイドルって、思ったより「なんでもあり」の土壌なんだ、ということをパスパレの面々に見せてくれるのだろう。亜季はそうなることを願いつつ、他の面々とともに仙台駅行きのバスへと乗り込んでいった。

*1
後に輿水幸子・小早川紗枝・姫川友紀も歌唱した。

*2
ゲネプロと本番の略。

*3
多数のアーティストが出演するライブにおける最後の出演者、いわゆる「トリ」。




次回投稿:5/17 16:30(書き溜めの都合で延期の可能性あり)


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思い思いのパステルカラー

熱量の伝わるよう書けてるといいなぁ。


 8月に入って最初の週末、ついに「夏の偶像」が開幕した。1日目は例年通りの大盛況に終わり、いよいよ2日目、大和姉妹の出番がやってくる。

 Pastel*Palettes、炎陣ともに仙台市内のラジオに出演していたものの、あちらは2日前、こちらは前日と、出演した日時からして異なっており、結局4週間前の顔合わせ以降面と向かって話をする機会がないまま、亜季と麻弥は本番を迎えることとなっていた。

 10:00の開演を前に、段取りと機材等の最終チェックが簡単に行われたのち、出演者たちは割り当てられている控室へと通された。開演まで50分。

 

「やっと、話をする時間ができたね」

 

後から控室にやってきた亜季はそう切り出しつつ、麻弥のそばにある椅子へと座る。

 

「うん。メールでやり取りはあったけど、一応近くにいたはずのリハでも時間取れなくって。前々から、スケジュール的には分かってたけど」

「と、も、か、く、短くてもこうやって時間がとれてよかったよ。メールでは元気そうだったけど、それってユニットがうまく回ってることには直結しないわけだし」

「フヘヘ、亜季姉もミュージカル出た時そういうことあったっけ。で、こんな時に話って何かあったの?」

 

麻弥は急に話を持ちかけてきた姉へ、少しばかり訝しんで疑問を投げかける。亜季はそれに、いやあ、とPastel*Palletesの他のメンバーを一瞥した後、

「この間の顔合わせじゃパスパレの普段の様子って聞けなかったから。仲が悪いようには見えないけど」

 

と、声のトーンを大きく落として返していく。

 

「彩殿だっけ?あの子以外はアイドル志望でパスパレに来たわけじゃないでしょ、麻弥含めて」

 

と問われると麻弥は渋りつつも頷いて、肯定の意を示す。

 

「何をモチベーションにして活動してるのか、どうしても気になっちゃうよね」

 

亜季が、この間ちゃんと答えてあげられなかった自分が言えた義理じゃないけど、と付け加えて苦笑しつつ、2人は本題へと入っていく。

 

「ジブン含めて、今はそういうの考える段階にない、のかな……?」

「それは、結成して日が浅いから?」

「それもあるかも、だけど……まずは目の前のお仕事に全力でぶつかるので精一杯、みたいな」

 

エヘヘ、と恐縮する素振りで、頬を掻きながら力なく笑う麻弥。亜季は一息ついて、

 

「今は、それでもいいのかもね」

「そう、なのかな……」

 

 気がつけば、開演まで10分少々。Pastel*Palletesスタンバイお願いしまーす、と運営スタッフから声がかかり、5人が席を立つ。

 

「それじゃ、しっかり見てるからね!」

 

亜季の言葉に、はいっ、と力強く応えて手を振り、麻弥も控室を出ていく。気合いだ気合いー、だの、盛り上げ隊長頼むよーん、だの、炎陣の他の面々からもはやし立てるかのような檄が飛び交いつつ、5人は送り出されていった。

 

-------------------------

 

 10:00ちょうど。客席、ステージ、双方の明かりが一旦落ちる。後方にあるスクリーンには、この日の出演ユニットを紹介するVTRが流れている。

タイムテーブルが書かれていることもあってか、ここではあえて、出演順ではなく読みのあいうえお順で紹介がなされていた。そのため、出演順では最後も最後のindividualsや炎陣が早々に登場していた。

 そして、すべてのユニットが紹介され終えると、

 

「And... First Act is...」

 

大写しになる5人のプロモーション用画像。(事務所の公式サイト等でもよく使われているものだ)

 

「Pastel*Palletes」

 

そして歓声とともにスポットライトが彩へ向けて点灯しーー

 

『しゅわしゅわ はじけたキモチの名前 教えてよ』

音源から流れるストリングと、ショルダーキーボードからのグロッケン、クリーントーンのギターに合わせ、スポットライトに照らされた彩が「心中にとどめ置けない恋」を炭酸になぞらえた歌詞を歌い上げ始める。

『きみは知ってる?しゅわしゅわ! どり☆どり~みん yeah!』

今度はステージ全体が照らされ、同時にリズム隊の音も鳴り始める。そしてここでは彩以外もボーカルに参加し、さらに客席からも「しゅーわしゅーわ!どりーどりーみん!いぇい!」とコールが巻き起こる。

 

 先の『きみは知ってる?』から、ギターサウンドは日菜が使用するテレキャスター特有の「ジャギジャギ」感を強調したオーバードライブに変わり、それはイントロに入っても変わらない。ともすると典型的なアイドルポップスというべき曲調からは浮いてしまいそうであるが、そこは音量やフレーズによって奇妙にも調和がとれるように整えられている。

 イヴのショルダーキーボードは音色がブラスサウンドに切り替えられ、イントロでのメロディラインを奏でる。

 

控室。里奈が一人、観客のコールを後追い気味に唱えている一方で、

「音源は聞いてたけど、ライブでもあんな音出しに行くんだな」

「テレキャスが今にも曲調を叩いて壊しそう……違法スレスレ……フフ……」

「こんな危ないチョイスを前に平然としている……魂からロックなんだろうな」

バンドサウンドに一家言ある涼、輝子、夏樹が、日菜の音作りに対する度胸に称賛を送っていた。

 

曲は、彩が横ピースのポーズをキメたところでイントロを終え、いわゆる「Aメロ」に入る。ここからは再び彩の歌声が戻ってくる。

『お気に入りのグラス眺めながら そそぐ(cha,cha!) さわやか(cha,cha!) しゅわりん☆サイダー』

始めは再びクリーントーンに切り替えられたギターに乗せて彩の歌声、『そそぐ』は日菜と千聖、『さわやか』は麻弥とイヴがそれぞれ歌い、合いの手を残りの3人で入れていく。『しゅわりん☆サイダー』は再び彩が歌いつつ、合いの手が「たのし~!るんるん」と、他の4人、そして観客からあがる。

 そこから、『しゅわりん☆サイダー』でオーバードライブに切り替わったギターとともに、先ほどと同様の流れ。2人で歌うところでは他の3人と観客から「ぴょぴょん!」と合いの手が飛んでくる。

 

『きみの目 見ていると なんだか こころがパチパチ』

 いわゆる「Bメロ」に入り、音のつくり自体は変わらずも、「しゅーわしゅーわ!どりーどりーみん!」と、4人が観客とともに行うコーラスに至るまでタメを作る形になり、

『しびれて…アツい~!?』

合わせてコーラス「あーちちちちちのちー!」、そして一瞬の間。

 

『しゅわしゅわ 氷のダイヤに揺れながら そっと』

そこからサビに入り、5人でのユニゾンに変わる。キーボードは引き続きブラス音を奏で、第2のメロディラインとでもいった様相で、そこに重なるようにいわゆる「ウィンドチャイム」の音が鳴り、炭酸がはじけるイメージを強調していく。

『小さな 泡を 弾ませてる』

Aメロの締めと同様に、日菜と千聖、麻弥とイヴ、最後に彩の順でメロディを歌い、各所それ以外の面々や観客により合いの手が入る。そして最後の「わーくーわーくー」から間髪入れずに、

『キモチがあふれて 不思議と とてもドキドキで』

再びのユニゾン。そして、音源からのグロッケンの音とともに、彩の典型的な「アイドルの声」に乗せて

『甘くなるの…』

と紡がれる。観客もここが声の出しどころとばかりに「しゅーわしゅーわ!どりーどりーみん!いえい!」と、4人のコーラスに合わせて叫ぶ。『yeah!』にタイミングを合わせて、彩は再びの横ピース。(さすがに他の4人はそれどころではなかった)

 そして2番へ向かう10秒ほどの間奏。「イマドキのアイドルソング」としてはそうは珍しくないギターソロを、相変わらず曲調を壊すギリギリの音で日菜が弾いていく。

 

 そこからの流れはおおよそ1番と変わらない。しいて言えばAメロのはじめはドラムを最小限にして、ギターとグロッケンのような音、そして彩のボーカルに絞っていたことか。

 さてここまでの流れでおおよそお察しのことであるとは思うが、やはりこの曲--「しゅわりん☆どり~みん」については、まだ実際に演奏するのが前提になる前、すなわちいわゆるエアバンドとして売り出そうとしていた時期のものということで、ごくごく典型的な「アイドルポップス」と呼ぶべきものだ。もう少し正確に述べるならば、この後演奏されるであろう他の曲を含めて、Pastel*Palletesの曲は総じてアイドルポップスの枠組みから大きく逸脱するものではない。ギターサウンドはこれまでに聞いたとおり、奇妙な調和、と形容せざるを得ないくらいにポップスの枠から外れ加減のものではあるが、これはおおよそ氷川日菜のセンスに従うところのものであって、曲の方が初めからこの音前提で作られているわけではない。これは今の時点でPastel*Palletesが発表しているすべての曲で同じことが言える。

 では、彼女たちがわざわざバンドサウンドとしてそれらの曲を紡いでいるのはなぜだろうか。実態は事務所の行き当たりばったりの帰結だ、と言ってしまえばそれまでではあるが、あえてアイドルポップスをバンドスタイル--それもメンバー自身で演奏しにいく試みは、少なからず他の芸能事務所に影響を与えつつある。

 「バンドスタイルのアイドル」自体は珍しいものではない。しかし、そうしたユニットの楽曲は生演奏であることに引きずられる形でポップスの枠外--ロック、あるいはパンキッシュなものに向かっていってしまうことがほとんどであった。むしろそれが新鮮ということで、徐々にオーディエンスに受け入れられるようになり、今やその延長線上では、バンドサウンドを強く意識したコンセプトの(バンドスタイルでない)ユニット、あるいはアイドルの楽曲、という業界内の一つの文化が形成されている(さすがに星輝子のような存在は例外だが……)。そしてこの「バンドスタイルのアイドル」をはじめとして、いわゆるガールズバンドのムーブメントがこのアイドル文明がで巻き起こりつつある。これらのガールズバンドブームについては、背景にいるクリエイターによる、かつてのロック全盛期への回帰を求めた「アイドルへの抵抗」という面が強い。「バンドスタイルのアイドル」たちがラウドなサウンドを志向することになるのはこうした側面があってこそだろう。

 しかしPastel*Palletesはバンドとして形になった経緯もあって、それとは趣を大きく異にする。アートワークまで含め、「アイドルユニットがなぜか楽器持って演奏してる」という奇妙な状況を描き出すことに(今のところは)成功しているといってよい。それが意味するところは、彼女たちが駆け抜けるだろうこの先の軌跡によってしか、明らかにはならない。

 

閑話休題。

2番が終わると、この4分弱の曲の中でもっとも長い、25秒ほどの間奏が挟まる。ここではまずイヴのキーボードがメロディラインを紡いだ後、日菜がもはやロックに片足を突っ込んでいるのでは?と疑問を呈したくなるギターソロをプレイ。最後はしっかりとミュートし、続く最後のBメロにはその残響さえ残さない。

 

『きみの目 見ていると なんだか こころがフワフワ』

そこから日菜のひとストロークとともに彩の歌が再開され、「しゅーわしゅーわ!どりーどりーみん!」の合いの手。観客からは「おー はい!」の掛け声。

『ときめき…しちゃう!?』

合わせてタメを頂点に持っていくような「しーせんがきょろきょろー」のコーラスと観客からの合いの手。

『しゅわしゅわ 氷のダイヤに揺れながら そっと』

ここからは1番の歌詞の繰り返し。歌とともにギターのアルペジオが強調され、一瞬、さらなるタメが作られ、『氷のダイヤ』からはこれまでのサビ同様のユニゾン。

『小さな 泡を 弾ませてる』のところも再び日菜と千聖、麻弥とイヴ、最後に彩の順で歌いつつ、それ以外のメンバーのコーラス、そしてそれに合わせた、興奮最高潮の観客によるコール。そして再び5人でのユニゾン、そして--

『甘くなるの…』

「しゅーわしゅーわ!どりーどりーみん!いえい!」

大きな歓声。アイドルポップスでの典型的なブラスサウンド。最後までポップスという概念と喧嘩せんばかりのリードギター。それらを包んでまとめるドラム。ささやかに余韻を残すブラスサウンドとともに、曲は終局を迎えるのであった。

 

 歓声冷めやらぬ中、勢いそのままに次の曲が始まる。その最中に控室で--

「スタジオミュージシャンしてたって話の通りか。他の面々と違って歌いながらでも涼しい顔してやがる……っと、そのまま次の曲か」

「実はギターも弾けたりするのです、使う機会は当面ないでしょうが……おっと、集中集中」

麻弥の一挙手一投足に目を向け続ける拓海と亜季であった。

 

 さて曲の方である。始めはベースと、先ほどよりやや歪みを増したギター音がリズムを形成する。そこにいかにもシンセサイザーらしい、というほかない電子音で、キーボードが1小節ごとにオクターブを上げてリフを奏でていく。3小節目からはドラムも混ざりつつ、静かに、シリアスな幕開けだ。最初に入るボーカルも

『ゆら・ゆら・ゆら・ゆら Ring-Dong…』

と、曲名の一部を3回繰り返す形を取る。ただし、始めは彩が右手を頭より高いところに上げ、左右に振りながら降ろす、という振り付けとともに歌い、続いて千聖が演奏しながら、 最後は他の3人が、という順である。

 ともすれば、今度こそアイドルポップスを逸脱するのではないか、という前奏が明けると--

『きみを映した きれいな姿は “わたし”で見てた まぼろしだったの』

まずは音源からのドラムパターンと、オルガンを思わせるキーボードの音だけを頼りに彩が、

『ため息泳ぐ くもり空見上げ 与えられたレールを ひとり歩く』

他の楽器も演奏に戻り、引き続きベースを弾きつつ千聖が歌う。

 次の歌詞も彩、千聖の順で交互に、どこか吐き捨てるように。

『がんばれの言菓も』

『ねじれて届かなくて』

『さなぎのまま 閉じこめた羽根』

『素直に』

『なれずに』

彩の方から少し、千聖へと近づく。

『miss you…』

3度、彩、千聖、他の3人、という順で繰り返し、そして2人声を合わせ--

『ちぐはぐ lonely heart』

 

 --先の「しゅわりん☆どり~みん」とは異なり、クールでどこか綱渡りな状況を表す歌詞と曲調。それでありながら、リードはもっぱらキーボードの役割でギターの主張は抑えられている。歌に入ると曲自体は案外しっかりとアイドルポップした仕上がりだ。

 一方でこの歌詞、どうにもアイドルポップとしてはシリアスに過ぎる……が、同時にここまでの流れからは、曲一つの中で紡がれるドラマ性を予測させる。最近のアイドルの歌でも割とよく見かける方式だ。まだ世上に広く伝わってはいないが、どうも歌詞はレコーディングギリギリになって一気に書き上げられたものであることが示唆されている。時期から見て、ちょうど白鷺千聖が、さる著名な演出家の主宰する劇団の舞台に出演していたころであり--有り体に言ってしまえば、この歌詞は千聖のことを書いたもの、らしいのだ。

 

『こころ 揺らし 幕が ひらく きみの声で』

5人のユニゾン……ではなく、彩・千聖、他の3人と交互に歌い上げ、最後にユニゾン。

『ひらり生まれ』

『ひらり飛んだ』

『おんなじ』『世界』

『つよく』『今』

『息をして』

彩と千聖が交互に歌いながら、彩は千聖のポジションに近づき--

『真実にふれて』『溶けた』『かたいヴェールも』『ひかりとなって』

歓声とともに、背中合わせになり目配せしてそれぞれのパートを歌う2人。そこからの2人のユニゾン、日菜イヴ麻弥の3人でのコーラス。

2人が今度は徐々に離れていきながら、それぞれのパートを歌っていく。

『わたしたち』『ひとつに』

最後は5人のユニゾンで。

『美しく包んだ』

 

 1フレーズ終わった後の間奏でも、キーボードがストリング音でのリードをし続けている。おもむろにショルダーキーボードのポジションを変え、空いた左手でボタンを押す。すると先のしゅわりん☆どり~みんのブラスサウンドと似た別の音が左手から奏でられだした。

「……あの子ってパスパレ入ってから楽器始めたんだよな?」

「そのはず……器用なことする……フヒ」

初めてキーボードに触れて3か月半--それも仕事や学業の合間で練習している、という経歴に思えない上達ぶりに、思わず舌を巻く涼と輝子であった。

 

2番に入ってもパート分け等の流れは変わらない。違いはよりキーボードによるリードに寄った音作りと、今度は初期のポジションよりも千聖から離れていく彩の位置取りだろうか。距離だけではなく、2人の視線も大きく外れた状態がサビ前までしばらく続き、サビへと入る『うらはら lonely heart』でようやく2人が向き合う形となる。

 1番のサビでは背中合わせだった2人が、今度は彩の『伝えあう愛を』から見つめ合うように向き合って歌い、再び観客席からは歓声。そのまま彩は曲開始時のポジションに徐々に戻っていき、サビが終わる。

 

 間奏はまず、冒頭のメロディラインをキーボードでなぞるところから始まる。オクターブを変えて右手、左手、右手、左手と4回の繰り返し。メロディラインのリズムが危なっかしく揺らぎそうになるが、、そこに麻弥のドラムが寄り添って導く。

『ゆら・ゆら・ゆら・ゆら Ring-Dong…』

キーボードのリードに従いつつ、再び曲の冒頭と同様の3回繰り返し。パート分けもはじめと同じだ。

ドラムとキーボートがタイミングを合わせて音を出すブレイク。そのまま最後のBメロへ。

 そこからはこれまでの流れと同様であったが、目線は『あべこべ lonely heart』の歌詞に従い、彩と千聖で互いにどこか上手く重ならないように向け合っている。

『こころ 揺らし 幕が ひらく きみの声で』--再び、1番の歌詞に戻る。ただし、ここで音は一旦バックの音源とキーボードのみに絞られた。

それを保ったまま、徐々に近づく彩と千聖。

2番同様、ごく近い距離で顔を向けあう形で、2人は『真実にふれて』からの詞を歌い上げる。そのまま、今度は距離をほぼ変えずに、サビの終わりまで2人並んで歌を紡ぎ続けていた。

最後も、『ゆら・ゆら・ゆら・ゆら Ring-Dong…』を同じパート分けで3回、そこからキーボードで同じメロディを4回。最後の最後はギターがリードを取る形で締めくくり、2曲目もおおよそ無事に終え、5人のファンからと思われる歓声がしばし続いた。

 

 

 

「応援ありがとうございます!」と、彩から観客への感謝でMCが始まる。

 

「しゅわりん☆どりーみん、ゆら・ゆら Ring-Dong Dance、2曲続けておおきゅりしぃ……しましたぁ」

「あー彩ちゃんまーた噛んでるー」「やーめーて!」

 

日菜がはやし立て、千聖はくすくす笑い。観客席からも失笑が漏れる。彩は顔を赤らめつつもそれらを遮るように--

 

「はい、はい!じゃあ、私たちを今日初めて見たって人も……どれくらいいますかー?」

 

会場の5、6割ほどから「はーい」と声が上がる。

 

「じゃあ、みんな自己紹介しよっか!こういうのって順番あるんだっけ?」

 

麻弥の方を向く彩。麻弥の「ギターから、最後に彩さん、ですかね」という声が、小さくマイクに乗る。

 

「なーるほどー……じゃ、はじめるね!まずはギター!氷川日菜!」

 

しれっと、この後演奏されるとある曲のフレーズを奏でる。

 

「氷川日菜でーす!るんっ♪ってくるライブにしましょー!」

 

いささか野太い歓声。それがやむかやまないかというところで。

 

「それじゃあ次は……ベース、白鷺千聖!」

 

ゆら・ゆら Ring-Dong Danceの冒頭部分の演奏を挟む。

 

「白鷺千聖です。私たちのパフォーマンス、最後まで楽しんでいってくれると嬉しいです!」

 

Pastel*Palletes所属以前からの知名度もあってか、先ほどよりやや大きめの歓声。

 

「キーボード、若宮イヴ!」

 

同じくゆら・ゆら Ring-Dong Danceから、こちらは間奏部の一部を弾いてみせる。

 

「若宮イヴです!ブシドーの心で最後までがんばります!」

 

モデルをしていることもあってか、前の2人よりは黄色い歓声も聞こえてくる。

 

「ドラムス、大和麻弥!」

「上から読んでも下から読んでもやまとまや、大和麻弥です!」

 

麻弥だけは先に自己紹介をした後、最近のライブでのルーティンにしているらしい、スネアから、フロアとタムの交互打ち、2つのタムを8打ずつ、スネアに戻り、最後はクラッシュシンバル、そしてそれを手でミュート、という流れのソロを見せる。演奏しているジャンルの都合上ライブ中には目立つことのない彼女の技術へ、惜しみない歓声が送られる。

 

 

 

 そう、それは控室からも。

「まーーーーやーーーーー!!カッコいいでありますよーーー!!!」

「だーーーー!もうちょい声抑えろォ!」

「ショーコ、アキってあんなんだったっけ……?」

「さすがに私も初めて見る……フフ……」

 

 

 

「そして最後にリードボーカル……まんまるお山に彩を♡丸山彩でーす!」

 

紹介もラストということで、マイクを通した彩達の声の残響をかき消さんばかりに歓声が轟く。

 

「楽しい時間はあっという間で、次の曲が最後になってしまうんですが--」

 

えーっ、だの、まだ来たばっかー、だのという声が飛び交う。

 

「その、まえ、に!Pastel*Palletesからのお知らせをさせてくださーい!」

 

おーっ、と曲中や先の自己紹介とは違う歓声が上がっている。

 

「まずは、最新曲のはなまる◎アンダンテが好評配信中です!」

 

後ろのスクリーンに映し出されるジャケット画像。

 

「さらに、新曲「SURVIVOR ねばーぎぶあっぷ!」の発売と……」

「それに連動した特番の放送が決定しました!」

 

切り替わったスライドに別のジャケット画像が映り、続いて「連動特番の放送決定!詳細は続報をお待ちください!」と、文字のみのスライドが映される。再びの歓声。おめでとー、といった声も交じる。

 

「実はロケもまだこれからなので、詳しい内容などについては続報をお楽しみに!ということでよろしくお願いしますね?」

 

はーい、との観客席からの返事。スクリーンが消灯される。

 

「そしてなんと、この後のフェス終盤でも、私たちに関するお知らせがあるみたいです!おたのしみに!」

「それでは最後まで盛り上がっていこうね!せーの」

「「「「「パスパレレボリューションず☆」」」」」

 

一瞬の消灯。再び照明が点いて--

 

「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」

 

「この後も、楽しんでいってください!それではMCのみなさんよろしくお願いしまーす!」

 

-------------------------

 

 1番手のアーティストに向けたものとはとは思えない万雷の拍手と歓声の中、舞台袖へ捌けていく5人。

 

 5人が運営スタッフの案内に従って、控室へと戻ってきた。ここでも待ち構えていた、フェスTシャツ姿の炎陣、individualsから拍手で迎えられ、

 

「すっごいカワいかったじゃーん☆」

「いいもん見せてもらったよ、こりゃアタシらも負けてらんないねえ」「ああ!」

「アタシにも負けない気合、見せてもらったぜ!」

「ウチらも、これ以上に盛り上げないとな」「そうだね……しっかり、スイッチ入れてかなきゃな……」「やるくぼになりますけど……」

 

称賛の声が飛ぶ。

 

「みなさん……ありがとうございます!」

「ご期待に添えて、なによりです」

「お褒めの言葉、嬉しいです!ブシドーです!」

「ありがとーございまーす!」

 

互いに称え合う姿を見つめながら、亜季はふと思う。この控室が、着替え等を行うための衣裳部屋的な役割も与えられていることを考えても、この場にPastel*Palletesの関係者を一切見かけないのは妙だ。それどころか今日会場入りしてからずっと、かの事務所のスタッフを全く見かけていない。一体あっちの関係者たちはどうやって彼女たちの様子を確認しているのか。どうやって彼女たちを評価しようというのか。

 

 ともあれ、

 

「いいパフォーマンスだったよ!お疲れ様、麻弥」

「うんっ!」

 

Pastel*Palletesは切り込み隊長としての役割を十二分に果たしたのであった。




次回投稿予定:5/24 16:30(書き溜めの状況により延期の可能性あり)


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夕焼けとともにフルスロットル

(疲労困憊)


 10時から始まった「夏の偶像」2日目も7時間が経過し、機材準備も兼ねて、MCがつなぎつつの最後の休憩タイムに入っていた。15分くらい前までは控室にいたシンデレラバンドの面々も、設定等がゲネプロと同様に出来ているか最終チェックをするため、すでにステージへと移動済だ。

 そのシンデレラバンドについてだが、彼らは午前中関係者席にしれっと混ざって観覧しており、12:30の昼休憩に合わせて控室にやってきた。先のリハーサルでの麻弥の振る舞いでも分かる通り5人とも界隈では有名人であり、それを考慮すれば入室してきた麻弥がどうなったかについて、察するに余りあることだろう。ひとまずは、床の一角が緑茶まみれになったことだけを記しておく。

 

 16時からはドリームアウェイの出番となった。エブリデイドリーム、絶対特権主張します!、ギュっとMilky Wayの順で、いずれも2人での歌唱となった。

 エブリデイドリームについてはプロダクションの定期ライブ、外部のフェスを通じ、初めてまゆ単独以外での歌唱が行われた。ライトが点いてドリームアウェイが2人ともいると分かると客席はざわついていた。また、絶対特権主張します!については、歌詞の内容が特に佐久間まゆ側のイメージ戦略上問題となるため歌唱NGが出ている、という話が公然の秘密のように語られていた曲で、イントロが始まると同時に客席は騒然となった。いずれも後ほど、SNS等にて大いに話題となったという。ギュっとMilky Wayについてはまゆ・日菜子2人にある程度共通してある、甘ロリ風のイメージを強く押し出した曲になっており、先の2曲の強烈さを和らげるように2人の出番を締めくくるのであった。

 

 シンデレラバンドが準備から戻るとそのまま、彼らと一蓮托生となる炎陣、individualsとともに円陣が組まれる。ここからは休憩なし、ノンストップで1時間近くを駆け抜けることになる。気合の一つでも、しっかりと入れておきたくなるというものだ。

 

「シンデレラバンドの初陣、しっかりキメて行きましょう」

 

まずSHUNが、

 

「バンドの5人と……ドリームアウェイやパスパレに恥ねぇライブにしてくぞ!」

 

続いて拓海が、

 

「今日もウチらの個性……ぶつけていくぞ!」

 

そして美玲が順繰りに声かけをする。そして再度拓海からの号令で--

 

「シンデレラガールズ……アタシたち!」

「「「「ナンバーワン!!」」」」

 

先にパフォーマンスを終えていたドリームアウェイも交じって、全員で円陣を締めくくるのであった。シンデレラバンドに続いて控室を出る炎陣へ、Pastel*Paletteの5人、特に彩・麻弥・イヴが、一挙一頭足を逃すまいと熱視線を向けるのであった。……麻弥の視線は亜季と、シンデレラバンドへと向けられたものかもしれないが。

 

-------------------

 

 機材準備と場転のための休憩が終わり、17:20。

 

「And... Next Act is...」

 

「炎 陣」

 

 CDジャケットとしてもおなじみの、5人の腕組み仁王立ち画像が流れる。

 煽り映像が終わり、そのわずかな光さえも消えた暗がりの舞台上で、ゆらり、と数度人影が動く。

 

 まず、2本のギターが同時に鳴り始め、一方はリズムを刻み、もう一方はカッティングを駆使しながらリフをまずワンフレーズ、ボーカル抜きで奏でていく。そこからわずかに遅れ、下手側に向けてブルーのスポットライトが照らされていく。

 

「アタシの思い出の場所へこうして集まってくれたみんなに、聞いてほしいんだ、この歌を--」

 

そこには先の煽り映像で映されたものと同じ、青を基調とした炎陣指定の衣装「雷舞弩麗守-炎-」を着た涼の姿があり--

 

『探し続けてきた 自分だけの場所を 街に浮かぶ』

 

どこか、遠くを見つめながら、涼は歌唱へと入っていく。彼女のソロライブに通う者からすれば、それはこの曲における彼女のルーティンともいうべき動きだ。

 

 この一節を一息に歌い終えると、小さくシンバルの音が挟まりドラムとベースも演奏に参加し始める。

 

『しがらみとか すれ違いとか』

 

それは現在のプロダクションへやってくる以前のこと。実家を飛び出し、とあるアマチュアのバンドに所属していた時のことを思い返して、そして今の姿へと繋げていく歌、それがこの「One Life」であると、ファンの間ではまことしやかにささやかれている。当の本人はインタビュー等で当時のことを語ろうとはしないし、プロダクションの仲間内でも「ウチの事務所でも、アイツは特に昔話をしたがらないよな」ということで、当時の実態については不明なところが多いのだが。

 

『閉じてる目じゃ見えないさ』

 

ここでカウントを入れるようにハイハットが2度鳴り響き、下手側の一部だけ、明転。リードギターをはじめとして、全体的に少し音を上げつつも、リフや展開は最初と同様に流れていく。

 

『このままだと何も変わり映えしないだろう 気付いたハートを』

 

歌詞の内容と、楽器隊の音が上がったのに従い、涼も少し声の音量を上げる。

 

『開いてみて 叫んでみれば 世界に一つしかない』

 

それまでは身体を揺らす程度でおおよそ歌に専念していたが、『一つ』のところは右手を肩の前に掲げ、甲を客席に向け、人差し指を立てる。

 

『リズムが響き渡る それでいい』

 

今度は右手を握り拳にして、横に向けて胸の前に置く。それを『響き渡る』で解放して腕ごと前へ、音が広がるイメージを示す。

 

『心の声を ともに歌えば 進む先にも陽は昇るさ』

 

『陽が昇る』ところで右腕を一旦引き、サビに入ってからの握り拳のままに腕をゆっくりと突き上げる。

 

『夜明けに満ちた うす明かりには 期待も不安も映ってる』

 

掲げた握り拳をゆっくりと降ろし、顔の横に保持する。『期待も~』で、それまでやや下を向いていた顔を上げ、握り拳を解き、手のひらを客席に向けて、徐々に徐々に顔の前方へと運んでいく。歌いきるとそこから右腕は一気に腹の辺りまで引かれて--

 

『Only one life Just one life 行こうぜ』

人差し指を今度は立てた指が目立つよう、手の甲をステージ側に向けた状態で立て、一気に腕を突き上げる。指を立てたまま、腕ごと2度、手を回す。その勢いのまま、人差し指は観客席の方へ向けられ、手は再び顔の前に掲げられる。

 プロダクションの大型ライブでも鉄板の曲ということで、この会場を訪れた観客の中でも知名度は高い。イメージカラーの青味がかった紫や、曲およびジャケットのカラーである青のペンライトが振られている。サビが終わると、バンドサウンドも相まってか同時に大きな歓声が上がる。涼の

 

「声出してけよー!」

 

の煽りとともに、楽器の音に負けじと観客たちが「ッハイ!ッハイ!」と声を張り上げ、ボルテージを青天井に上げていく中、2番へと突入していく。

 

 さてこの曲についてであるが。今時珍しいくらいに、語るべきこともほとんどない直球のロックンロールである。変わったところといえば、アイドルの曲としては鳴っている音の数が随分と少なく感じられることだが、抽象的に語られる「アイドルらしさ」、例えば煌びやかで広い音域をカバーする音作り等を可能な限り排して、ロックとして仕上げたとするならば、そこまでおかしな話ではない。それでもCD等で音源を聞いてみると、サビでは3本目のギターと思われる音が鳴っていて、音の「スキマ」のようなものができにくいようにはなっているのだが。なお、今回のシンデレラバンドにおいては、この「3本目のギター」はシンセサイザーが鳴らしている。

 

 進行、流れというべきものは他のロック、ポップスと同様に1番から変化はない。振り付けは例えば『音で吹き飛ばそうぜ』で客席に手のひらを向けて腕を振り上げてみたり、サビでは『その手で捕まえればいいだろ』では掲げた手を、何かをつかむように閉じて腕をおろしてみたりと、いくつか異なる点はあったが。

 そしてサビが終わりを迎える。

 

『Only one life Just one life 走ろうぜ どこまでも』

 

1番同様の、人差し指を立ててそのまま腕ごと2度手を回す動作の後、右手を握り拳にして掲げるポーズを取り、ロングトーン。それに被せるようにリードギターのソロが奏でられ始める。ロングトーンを涼が切ると、2、3秒ほど歓声が響く。涼が今度は腕を振って煽ると、観客たちもそれに応えて「ッハイ!ッハイ!」と再び声を張り上げる。

 

『正解なんて決まらない 魂のせて贈ろう』

ギターソロが終わり、短いCメロに入る。今度は腕を肩の横へと振りながら、手を開く振り付けが入る。

 

『For you アツいステージの上から』

人差し指を立てて、まず客席へ、続いてステージを指してそこから腕を天に向かってゆっくりと振り上げていく。

 

 そして2度、ブレイクのリフがかき鳴らされると最後のサビへと突入する。鳴らされる音は一旦、リードギターと、シンセサイザーからのごく小さなピアノの音色のみになる。歌詞としては1番と同じであるが、顔は一旦うつむき加減になり、腕も降ろされる。そこから、手を開いたまま腕をゆっくりと突き上げると同時に、ドラムのフィルインが鳴り響き、通常の演奏に戻る。

 今度は歌詞が『視線を上げて』と続くのに合わせて前を向き、『期待や不安も背負ってさ』では手のひらを顔の前に掲げ、心の中で歌詞にある「期待や不安」と向き合う様を表現し--

 

『Only one life Just one life 行こうぜ 歌おうぜ』

手を頭の上に掲げ、人差し指を立ててそのまま腕ごと2度手を回す動作、続いて掲げた手を開く。最後はそのまま腕を素早く胸の前に引いて、そこからゆっくりと振り上げつつの、ロングトーン。

 

「ラストだぞー!」

 

の声とともに、「ッハイ!ッハイ!」と客席から飛ぶ。アウトロではマイクを持つ手まで、右手とともにエアギターのように動かす振り付けが加わる。そして裏では2回、4小節のギターリフが響くと最後にもう一音、ギターがサスティーンを効かせたものを鳴らし、余韻を残しつつの締めくくり。そのまま照明もすべて消灯されるのであった。

 

最後にもう一度、大きな歓声。

 

----------------------

 

 しかして、その余韻は上手側からの

 

「アタシを忘れちゃいねえだろうな!」

 

の一声とともにかき消される。赤い照明が上手側に灯されるとそこには、数か所ワンポイントで赤が入った「雷舞弩麗守-炎-」を着た拓海が、シングルジャケット同様の腕組み・仁王立ちで君臨していた。同時に、ドラムのツーカウントからギターと電子音がリードしてのイントロが始まる。

 そこから最初の5小節が終わると、腕を振りながら「ッハイ!ッハイ!」と2度ばかり、声でも煽る。それに応じる形で観客席からも「ッハイ!ッハイ!」との絶叫にも似た声が上がる。ギターによる、特撮作品を思起させるリードメロディがその掛け合いに華を添える。

 最初は上から左右へ2度、3度。続いて正面へ2、3度、客席への正拳突き。イントロの締めにはマイクを持つ左手を高々と突き上げる。

 

『全身を突き抜ける 想像を超えた衝動が アタシを動かす』

 

静かなAメロの入りとは対照的に、今度は右手を高く突き上げ、指差すように前方へと伸ばす。そのまま一瞬胸の前に手を移動させ、身体の横で腕を伸ばし、ひと回し、そしてツーステップ。

 

『轟音に包まれて 心臓が爆ぜ飛びそうに 激しく昂る』

肘を鋭角に曲げ、胸の前から徐々に引いていく。そこから腕は一旦脚の方まで降ろし、足を踏み鳴らすようなステップと同時に手のひらを前に突き出す。その後『激しく昂る』では音程の大きな跳躍に合わせて上を向く首の動き。

 

『真紅の決意(おもい) この身に纏い この世界の頂きへと 駆け上がるぜ』

 

肘から先を引き寄せながら、アロハのジェスチャー。そこから左を向いて手をほどきつつ前に出す。今度は右手を高々と掲げ、そして--

 

『覚悟決めろよ』

 

右足が自身の頭の辺りまでまっすぐに伸びる、きれいなヤンキー式ハイキック。着地後すぐに右前腕を前に出し、胸の前に握り拳を掲げる。

 

『Get Tough ぶちかますのさ Get Tough 暴走上等だろ』

 

観客たちも『Get Tough』を音源のバックコーラスに合わせてコールする。 振りとしては跳ねるように後ろを向きながら、胸の前にあった右腕を時計回りに大きく回し、下までたどり着き次第直ちに上へと突き上げる。右腕はもう一度時計回りに回転されると、左向きに半身の状態で前に突き出される。

 

『まだ見ぬ高み 今 確かめに行くぜ』

 

先の態勢のまま、右腕は煽るように前後へと4回突き出される。それに合わせて歌の裏では、観客席からの「ッオイ!」4連。それが終わると手が高々と頭上に掲げられる。

 

『Fire 空前絶後に Fire 最強の夢を見て』

 

身体ごとまず右を見て、今度は右手のひらを上に向けて開き、何かを掴もうとするかのように伸ばす。続いて同様に左を見て同じ動作。前に向き直って再び右腕を伸ばす。そこから、手はピースサインにして頭の横に掲げる。

 

『咲かせるのさ 炎の華を Wow Wow Haaah!』

 

掲げた手を胸の高さまで降ろしながら前に突き出し、腕をひと回しする。回し終えると同時に花開いたかのごとく手を、甲を前に向けて広げる。手の形を保ったまま、音程の跳躍に合わせて、肩を中心に回転させながら徐々に高く掲げる。

 

『Burning Soul 魅せてやるぜ』

 

跪きながら、斜めに切り裂くように、人差し指だけを立てた手を腕ごと降ろし、しゃがむことで連動して下がった顔を前に向ける、という一連の動作とともにサビ終わりのこのフレーズを歌う。

 

 そこからすっ、と立ち上がり、一旦観客席に背を向けて2歩、3歩、その間も腕で観客を煽ることを忘れない。煽りに応えて「ッハイ!ッハイ!」とコールが観客から飛び続ける。そこから向き直り、イントロと同様の正面への正拳突きからの振り付け。締めに鳴らされるギターはイントロの余韻をもたらすような音ではなく、ミュートがかかって2番へと突入していく。

 

 さてこの「炎の華」、作曲はいわゆる特撮作品の楽曲を数多く手がけていることで著名な、さるベテラン男性歌手によるものであり、楽曲自体も特撮ヒーローを思わせるロック調に仕上がっている。一方、歌詞については拓海が関わる他の楽曲にも提供しているとある女性作詞家が、拓海のパーソナリティや、アイドルになる前後の経緯に基づいて書き起こしたものであることを、取材等で明言している。

 この「拓海がアイドルになった経緯」については割合面倒な話だ。向井拓海は今となってはそれなりに珍しい「レディース上がり」のアイドルである。本人は肯定も否定もしないが、アイドルとして現在の担当プロデューサーにスカウトされたのもケンカ帰りだったという噂話が公然と語られるほどの、筋金入り・硬派だったとされている。レディースといってもこの10年のヤンキー・暴走族の類は、鉄の掟・服装・ケンカによって特徴づけられるものであり、バイクに跨ると基本的にツーリング勢とそう変わらず、交通法規も遵守している集団となっているのだが。(騒音については「タチの悪い」ツーリング集団レベルであることが多いが、拓海が頭を張っていたところはその辺ももう少し大人しかった)

 そんな人物がどのような経緯でアイドルとして成りあがっていくことを決めたのか?当の拓海はボカシながらも、スカウトを受けた直後に見学で訪れたライブにあることを、里奈とのユニット「ノーティギャルズ」結成時期の取材で語っており、「炎の華」のコンポーザーには担当プロデューサーを通じて、この「ライブ」にまつわるもう少し詳しいエピソードが伝えられているとのことだ。

 この「ライブ」以降、アイドルに対して感じた熱量を、バイクに跨り運転している時や、時にはレディース時代の光景と重ねながらぶつける、そのような歌詞が、先にも述べた通り、特撮ヒーローものを強く意識させるギターサウンドに乗せて歌われている。加えて、2番Bメロ、『アタマじゃなくて 心でわかる』からの歌詞のように、自身のアイドルとしての軌跡も、少なからず反映されているようだ。

 

 閑話休題。ライブの方に目を向けなおしてみると、

 

『コブシ掲げ 最高の果てへ Yeah Yeah Go!』

 

1番と同様の振り、展開から、最高音で5秒に渡るロングトーン。そこから歌詞は違えど1番と同様にサビを締めくくる。

 

「気合入れて叫べ!」

 

間奏に入ると拓海がさらなる煽りを入れ、それに応えて観客席からは「ッオイ!」と繰り返し飛びかう。実はわずか10秒とごく短い間奏を通し、リードギターからはソロが鳴り響き続ける。

 

『真紅の誇り 恥じないように この世界で咲き誇るさ 命掛けて』

間奏明け、最後のBメロ。2番までとはギター等が奏でるコードが変わり、緊張感・焦燥感を煽るものになっている。拓海の方はタイミングもあってか振りはカットし、ここでは歌うことに専念している。

 

『覚悟決めろよ』

ヤンキー式ハイキックも3発目。曲を通して大きな振りが続く曲であるにもかかわらず、まっすぐに、しなやかに伸びる脚のシルエットに陰りは見えない。

 

『Get Tough 燃え尽きるまで Get Tough 燃えさかるだけさ 本気の極みさあ確かめに行くぜ』

そこから最後のサビに入る。拓海の振り付けには変化がない一方で、最後ということで、最初の2小節ではしっかりサスティンのかかったギターが、1小節ずつ音を響かせる。2小節目ではスネアドラムがこの曲中一番の強さで叩かれ、もっとも音として目立つシーンになっている。そこから通常の演奏へと戻り、拓海の腕振りと連動した観客席からの「ッオイ!」4連もこれまで同様聞こえてくる。

 

『Fire 空前絶後に Fire 最強の夢だから 咲かせるのさ 炎の華を Wow Wow Haaah!』

1番では見るものだった「最強の夢」、向井拓海がアイドルとして「炎の華」となり咲くことが、ここでは己の意志として強調される歌詞に変わっていく。振りとしてはこれまでと大きくは変わらないが、締めくくりとばかりに顔までしっかりと上を向くようになっている。

 

『Burning Soul 魅せてやるぜ』

跪きながら、斜めに切り裂くように、人差し指だけを立てた手を腕ごと降ろす動作で締めくくる。そこから、イントロ同様の上下左右、正面への正拳突き。アウトロが終わると、締めくくりとばかりにギターから3度デッ、デッ、デッ、と同じ音が響き、それに合わせて拓海が腕組みをする。さらにとどめとばかりのドラムロールが開始されると、今度は腕組みを解いて、両腕を円状に、体の横を通るように回していく。頂点までたどり着いたところで、タイミングを図り--

 

「せぇの!」

 

最後のギター音とともに左下を向き、右腕の方は前腕を見せつける、いわゆるガッツポーズの形。ギター音がわずかばかりに余韻を残しながら、上手側が暗転していく。

 

-------------------------

 

 それが消え終わるかどうか、というタイミングで今度はステージ中央部の照明が点灯する。そこにはスタンドマイクが3本。その裏には夏樹、里奈、そして亜季の3人が立っている。中央部が照らされたということで、後方には先ほどまでは見えていなかったシンデレラバンドの5人の姿もある。

 その瞬間、2本のギターが同時にリフを鳴り始め、3人は手拍子のモーション。それに応えての観客席からのクラップも会場内に響く。すぐには歌に入らず、しばらくはリフとクラップを続ける様子だ。

 

「今日は見ての通り、バンドが入ってのRockin' Emotion!いつにも増して、ロックに…」

「「「決めるぜ!(決めるじゃーん!)(決めます!)」」」

 

「Say!1、2、1、2、3、4!」

 

「Hey Boy!?」

 

と亜季が振り、『Rockin' Emotion』は観客席の男子たちが叫ぶ。

 

「Hey Yeah ついてこれるか!」

夏樹が一声、それに地鳴りのごとく「ウオオ!」と観客からの声が応える。

 

「Hey Girl!?」

 

と里奈が煽って、『Rockin' Emotion』は観客席の女子たちが叫ぶ。最近ではすっかりおなじみとなった、この曲でのコール・アンド・レスポンス。

 

『Hey Yeah』

夏樹が「行くぜ!」と、呼びかけるがごとく叫び、

 

『Shake it Now』

3人でのユニゾン。

 

『Let' Go! Let's Try! Let's Shout! Let's Rock!』

続けざまに3人と観客が一体となって、歌う。

 

『いつもどっかで感じてたNoise Volume 上げて掻き消して どってことないフリでかき鳴らす Heart Beat』

まずは夏樹がソロで歌う。観客席を指差すように人差し指を立てて、スタンドをつかみながら身体の正面、まっすぐに右腕を降ろしていく。続いて肘を支点にして手を胸の前まで引き上げて、音量を上げるさまを、そこから手を二度三度振って、最後は振り上げることで何かをかき消すさまを表す。最後は心臓の前に手を置いて、胸を2度叩き、心臓の動きを示す。

 歌の後ろではリズムギターのバッキングとバスドラムが響くだけとなっていて、それを埋めるように観客からのクラップが打ち鳴らされるのが、現在定着したこの部分のルーティンとなっている。今回もその御多分に漏れず、大きなクラップ音が響いている。

 

『ちょっとセツナイ恋みたいだね 今夜奇蹟に抱かれあふれ出す 高鳴る想いに飾りはいらない』

クラップが止んで亜季のパート。夏樹の方を向いて指差し1回。「高鳴る~」のくだりで亜季も2度胸を叩くような動作を行い、歌詞の通りの「胸の高鳴り」を表す。

 

『本当のアタシをごまかしたくないよ ハウリング止まらない』

次は里奈が歌う。はじめ両手を眼前に持ってきて目を覆い隠し、手を広げたまま同じ軌道で顔の横まで戻し、2度振る。そして体の前に、手のひらを下に向けて腕を伸ばしまた2度振る。

 

『見せてあげるよ 熱くなれ』

サビへ向けて急速に盛り上げんばかりのユニゾン。3人ともに腕を腹の横で伸ばし、そこから徐々に頭の上に向けて円状に持ち上げ、ここでも2度、「熱くなれ」のメロディに合わせて肘から先を振る。スタンドマイクとなったことで両手が空いていることを生かした振り付けとなっている。

 

『刻め!今を!もっと激しく 最高のボルテージに胸震わせ』

入りに合わせての強くサスティーンのかかったギターのストロークとともにサビへと突入する。ここからサビの間はずっとユニゾンのままとなる。入りでは両手が開いていることをさらに生かし、左手は親指人差し指を立てて顔の横に、右肩から手先はまっすぐ伸ばして頭よりやや高い位置へ掲げるポーズ。そこから右手は下まで降ろして、一旦振りかぶるように持ち上げ体の前に振り下ろす。もう一度持ち上げて、1回、2回と回す。そこから身体を大きく広げるように両腕を肩の横へ伸ばす。一旦胸に手を広げたまま置き、再び体の前へ腕を伸ばす。

 

『たったひとつ たったひとつの ダイヤモンドみたいな輝きを掴む日まで』

手のひらを返して身体ごと腕を降ろし、人差し指を立てて再度腕を頭上に掲げる。再度手を開きながら胸の高さまで腕を再度降ろし、何かをつかむように手を握りこむ。短めのロングトーンに合わせ、また腕を頭上に掲げる。

 

『逃げちゃ No No No! 醒めちゃ Song Song Song!』

再び手は人差し指を立てた状態にして、腕を降ろしながら「チッチッチッ」と3度指を振る。腕を降ろしきった再度胸の前に移動させ、カウントするように指を3度振る。『No No No!』と『Song Song Song!』は歌に合わせて観客からも声が飛ぶ。

 

『叫べRockin’ Emotion!』

また手を高く掲げ、身体の正面を通して腕を降ろしていく。ギターが3連符のリズムで2度鳴らされ、サビからの流れのままに2番へと突入していく。2小節ほど、歌以外の音がギターのみになるが、また元に戻って、1番と同様の展開となる。

 

 さてこのRockin’ Emotionについては、木村夏樹本人による作詞作曲となっている。夏樹自身はロックの範疇であればなんでも聞く雑食タイプということで、夏樹の、夏樹による、夏樹のための曲、ということでもっとラウドな曲が上がってきてもおかしくなかったところではあるが、割合にポップス寄りの、アイドルソングと言っても通用はしそうなテイストに仕上げられている。これについて、当の夏樹は「ライブで、みんなで一体になって盛り上がることを何よりも大事にしたかった」という趣旨のコメントをしている。

 普段、夏樹のソロライブでこの曲を歌う際には自ら一部リズムギターを演奏していたりする。しかし、事務所の大型ライブやアイドルフェスに出演する際は、カラオケ音源での歌唱なのもあってギターを持つ機会はこれまでなかった。この「夏の偶像」ではバックバンドが付くということで、ソロライブ以外で初めてギターを持っての歌唱を行うチャンスであったが、今回はステージ設備の問題、1人で歌うわけではないという事情、「アタシも一目置いてる頼もしい2人に任せたい」という本人の意向から手ぶらで出ることを選択したようだ。

 

さて曲の方は、2番のサビも終わりを迎えるところになったが、ここでは先ほどのコールアンドレスポンス含みの展開ではなく、

 

『ざわめく街で ざらつく日や泣きたい日は 祈るように空を仰ぎ また始めればいい』

 

それまでのパッション溢れる、ポジティブな言葉続きだった歌詞から一転、何か心に澱が生まれるような出来事があったかのような詞が挟まる。それに合わせて振りも、左手はマイクを掴んだまま、右手は手のひらを広げて胸の上に置き、歌い上げるような動作になる。そこからまず顔が上を向き、右手は開いた状態で徐々に頭上に向けて挙げられていく。

 

 間奏に入ると「Hey!」と腕を振りながら2度声を上げて煽る。それに応えて「ッハイ!」と観客からも声が飛ぶ。そこから3人は、スタンドを持って前後左右に、倒れたり動いたりしてしまわない程度に傾けたり、エアギターをしてみたり、と間奏の15秒ほど、裏ではリードギターを務めるJOEのソロが奏でられつつ、思い思いに暴れる。

 ギターソロが終わり、2度、ドラムがスネアとフロアタムで3連符を刻むタイミングで、3人は左手でマイクを掴み、視線はマイクを見つめるように下を向く。照明も全体を照らすものはほぼ消えて一旦薄暗くなる。

 

『いつもどっかで感じてたNoise』

まず里奈にスポットライトが当たり、同時に顔を上げる。右手を胸に置いたまま歌う。歌以外の音は一旦リズムギターとドラムだけになり、1番冒頭部と似た響きに変わる。

 

『気がついたら 消えてたんだ』

亜季の周りにも照明が灯され、それと同時に顔を上げて歌い始める。右手が肩の高さで2度振られる。

 

『未来にKiss投げて 見上げるよ True Sky』

夏樹も照明が当たると同時に顔を上げる。顔の前まで右腕を挙げると、肘を曲げて、投げキッスのように腕を振る。さらに観客へ向けての指差しをして、サスティーンのかかったJOEのギター音がミュートされると最後のサビに入り、2番までのサビと同様のポーズ。後の展開も2番までと同様になり、最後は1番サビと同様に観客とともに「Bye Bye Bye!」、「Burn Burn Burn!」と3回。そして--

 

『熱い Rockin’ Emotion!』

JOEのギターが高音域でビブラートを発しながら曲が締めくくられるのであった。

 

「「「センキュー!」」」

 

-------------------------

 

 センキュー!の声が響いた直後に、一瞬消灯。歓声鳴りやまぬままに、改めてステージ全体が照らされる。

 

「みんなサンキューな!」

 

拓海の声とともに、一旦、3人がマイクスタンドからマイクを外して移動する。

 

「One Llfeと」

「炎の華」

「そして3人でのRockin' Emotion」

「3曲続けて聞いてもらったぞー!」

 

歓声。ダンダンダンと3連符のようにMAOが3連でドラムを打ち鳴らし、裏ではベースが1音鳴る、バンド形式のライブではよく見かけるルーティン。それが止むと再び歓声。両端にマイクスタンドが1本ずつ追加で置かれ、亜季と涼がその後ろに立つ。

 

「ところでー、アタシは宮城でのライブって初めてなんだけどー」

「アタシは事務所のライブで、このアリーナでやって以来だね。ちょうどソロでのシングル出したての時にやらせてもらってサ、よーく覚えてるよ。他はみんな初めてなんじゃないか?」

「そうだな、宮城でのライブ自体、その時くらいしかやってないはずだし」

「事務所には3人、宮城出身がいるようでありますな!」

「アレ、3人とも仙台からだった気がすっけど……?」

 

 

 

控室。

 

「駅の周りとかは他所からの人がすごくって……泉のアウトレットによく行ってました♪」

「ウチも一応青葉だ!だいぶ山寄りだケド……穂乃香ってどうなんだ?」

「ここが近い、とは言っていたけど……宮城野かしら?」

「合ってるってことでよさそうだな!」

 

 

 

「合ってるらしいとのことです!」

「そーか、良かった良かった、んで話戻すとよ、涼はここでやったっつーことで話聞きてえんだけど」

「事務所では散々話しただろうよ、まだ足んないってか?」

「それなりに前のライブだし、今改めてここに来て、あの時のことがどう思い出されるか、が大事なんじゃないか?」

「だねー☆」

「そうだな……」

 

そうして、涼はこのアリーナでの思い出を、短いながらに語る。One Lifeは自身のソロライブに先んじて、事務所の地方アリーナツアー、その開幕戦となるこの地で初披露だった。当日は全国的に、春の嵐と呼ぶべき大荒れの天気となり、公共交通機関で会場最寄りまでたどり着けるかが懸念されたり、物販や入場待機の列で観客が雨ざらしにされる光景が繰り広げられるなど、開演前はネガティブな意味で注目される有様であった。

 

「あの時は開演前から疲れてるだろうファンのみんなをちゃんと盛り上げられるか、プレッシャーが半端なかったけどさ」

「湿気を吹き飛ばす風になった、等々当時のSNSには書かれておりましたな!」

「ああ!自分の歌に、ちゃんとみんなを元気づける力があるとわかって、とてもうれしかったよ」

 

「さーて、楽しい時間ってやつは早いもんでよ、次の曲でラスト」

 

炎陣より前の、多くのユニットよりもひときわ大きい、えー、まだきたばっかー、という声が飛ぶ。

 

「……の前に、次のインディヴィの奴らはノンストップで駆け抜けるって話だそうだから、亜季!」

「はい!我々から、いくつかお知らせをさせていただきます!じゃあ1枚目どうぞ!」

 

後ろのモニターには、今日事務所を代表して参加している3ユニットのメンバーのソロ楽曲、そのジャケットが数枚表示されている。

 

「というわけで、今日披露されたOne Lifeに炎の華をはじめとして、我々や、ドリームアウェイ、individualsのメンバーが歌うソロ楽曲が、各配信サイト様にて販売中であります!是非とも!この機会にアイドル一人一人の個性が詰まった楽曲にも触れてもらえると幸いでありますよ!では続いて里奈殿!」

「は~い、今出てきたかな?」

 

モニターには、「SummerEnd Story」「LV一般販売実施中」と出ている。

 

「夏の締めくくり-ってことで事務所総出のライブを横浜アリーナでやるんだけど、全国30か所でライブビューイングもするから、今日初めてアタシら見て興味出たーって人は来てほしいなー。じゃーなつきちー」

「任されたよ!で、このライブについてなんだけど……」

 

「機材解放席追加決定!」の表示。歓声。

 

「現地の方もチケット追加されるってことで、続報を待っててくれな!んじゃ涼!」

「はいよ!このライブさらにさらに追加情報があるんだ!」

 

「バックバンド参加!」と、現在演奏している5人の集合写真が表示される。おー、っとどよめく観客席。

 

「というわけで今日アタシたちの曲を彩ってくれてる後ろの5人が、今度のライブにも出てくれるってことで、んじゃ紹介しようか!」

 

顔を見合わせて、せーの、とやや小さく声をかける。

 

「「「「「シンデレラバンド!」」」」」

 

シンデレラバンドの面々が手を振る。歓声。

 

「これから度々アタシらのサポートとして来てくれるってことらしいから、今日いるみんなは覚えて帰ってくれよ!」

「んで最後に!もう一つ!」

 

「ゲストアイドルが登場!」のスライド。歓声。

 

「このSummerEnd Storyにゲストが出てくれることになったんだ!今日はその紹介もしようと思う!ゲストで来るのはー……こいつらだ!」

 

Pastel*Palettesのロゴと、公式ページでよく見かける5人の集合写真。おおー、っと再びのどよめきが起きる。

 

「今日、ド頭で切り込み隊長として盛り上げてくれたPastel*Palettesの5人が、アタシらのライブにもやってくる!」

 

 

 

再び、控室。

 

「ついに発表になったわね……」

「思っていたより歓迎ムードみたいで良かったです!」

「うーん、ゲスト扱いって初めてだよね!るんっ!てくるライブにしたい!」

「うー、今日の出番は終わったのにもう緊張してきた……」

「今から緊張ってさすがに早すぎるっスよ……2曲やるうち、片方はまだレコーディングし終わったばかりのですから、不安になる気持ちはわかりますけど」

 

五者五様の反応をする中で、輝子が5人の方へと近づき、声をかける。

 

「私とはあっちでも共演だな……改めて、よろしく……フフ……」

 

 

 

「というわけで、お知らせは以上だ!さあテメーら!余力なんて残そうと思うんじゃねえぞ!最後まで盛り上がっていってくれよな!」

煽りに応じて、うおおおおお!、と地鳴りのような歓声。

 

-------------------------

 

ズンタタッタ、とMAOが小気味よくドラムを打ち鳴らし始める。2小節目からはスタンドマイクの後ろで5人が、ドラムに合わせた手拍子を始める。それに、観客席もクラップで応える。

 

「それじゃ最後に一言ずつ!まずは涼!」

「またここで歌えてよかった!次もあるとうれしいかな!じゃあ次は亜季!」

「牛タンは、いいぞ。*1次のindividualsまでしっかり楽しみきってくださいね!つづいて里奈殿!」

「みんなおいしいごはん食べて帰ってちょ♪ 次はなつきち!」

「こうしてバックバンドと合わせてのライブ、これからも楽しみにしててくれよ!んじゃ、後は隊長よろしく!」

「次にアタシらに会う時のために、まずはここで燃やし尽くしていけよ!」

 

ギターの音が入り、本格的に曲が始まる。

 

『ハンパな気持ちはいらねえ』

まずはセンターにして特攻隊長の拓海からボーカルが入る。

 

『どんな時でもガチが信条さ』

続いて、上手側2番目にいる夏樹のパート。

 

『仏恥義理義理 Yeah!』

もっとも上手側の亜季が夏樹に続く。右腕を振って煽り、観客も「Yeah!」と叫ぶ。

 

『落とし前ってやつ』

順番は下手側に移って里奈がのパートになる。

 

『C’mon! C’mon! Alright』

最後はもっとも下手寄りの涼のパート。右腕を高く掲げて2度回す。

 

『キッチリつけるぜ』

5人でのユニゾン。

 

 イントロに入ると、まず右手をスタンドの前まで突き出したポーズから、続いて両腕を広げ肘は直角に曲げ、両手は顔の横に、顔と高さに置いて、左、右と計8回上下に振る。4回ごとに左足、右足を振る。それが終わると握り拳のまま、水を掻くように手が前へと突き出される。彼女達の親世代よりも前であろう80年代、当時のとある流行曲群に合わせて全国各地で踊られていた「ダンス」を模したものと思われる振り付けだ。

 5人は腕の動きに合わせて「ッオイ!」と煽り、観客席からも「ッオイ!」と怒号のごとくレスポンスがある。

 締めには一度マイクを握りなおす動作をして、ボーカルへと入る……のであるが。

 

『闇を照らすテールランプ 連なり揺れる海岸線』

まずは夏樹の歌唱から始まる。もうこの時点でCD等の音源とは大きく異なる歌唱順である。右手で右を指差し、そのまま頭上へ。手を広げて顔の横へ。手のひらで顔を撫でるようになぞり、右へ、肘を支点に2度腕を回す。

 

『柄にもないね潮の香りに切なさが不意によぎる』

音源通りではAメロを最初に歌うはずの亜季はここを歌っている。人差し指を立て、顔の横で2度振って降ろし、左手をまっすぐ頭上まで挙げて、最後は両手を顔の横に広げる。

 

『覚悟なんてとっくに決まってんだろ?ついてきな』

次に歌うのは涼。腕を降ろしたところから、両腕を左右に振り、その後は親指を立てた右手を後ろへと振ってついてくるよう催促するさまを示す。

 

『女は度胸!不器用なりに 純な気持ちを見せてやるから』

Aメロの締めは里奈が務める。炎陣が出演するライブをよく見に行くファンにはよく知られたことであるが、ライブにおいてはこの歌唱順にすることが定番となっている*2。最後はマイクを握り締めて、Aメロを締める。

 

『煌めく星屑の海浮かぶ Lonely heart, Only night かっ飛ばして』

Bメロ前半は拓海のソロとなる。「Lonely heart, Only night」のところは歌よりも観客席を煽ること優先で、叫ぶような声になるのがライブでは恒例であり、観客もその煽りに応えて後拍で「ッオイ!」と4回叫ぶレスポンスを返す。

 

『研ぎ澄ませたこの想い 解き放つのさ Are you OK?』

マイクを握りしめたところから、右腕を右上に、左腕を左下に広げて何かを開けるかのような動作。そこから左手でマイクを掴み、右手は親指・人差し指・小指を立てるロッカースタイルの手つきで、2度観客席を指すように腕ごと振る。「OK?」から一拍遅れて「フッフー!」と観客からの声が飛んでくる。

 

『Midnight気合上等!夢に特攻Let’s Go!キメるぜ』

2度右腕を、観客席を煽るときと同じ要領で振る。振り終えた右手でマイクスタンドを掴み、左手はマイクを握ったまま、左斜め前方へ2度左足を踏み出すと、それに従ってマイクスタンドが大きく倒れる。元に戻して「夢に特攻」で1回、「Let’s Go!」で1回腕を振って煽る。腕の動きに観客が合わせて「ッオイ!」と2回。そこから親指・人差し指・小指を立てて右腕を振り下ろす。

 

『さあ限界なんて追い越して風を切ったその先で未来を見ようぜ』

肘を軽く曲げた状態で両腕を左右に振って上下させつつ、足はツーステップ。 左手はマイクを持ち、右腕を刀のように右斜め後方へ振り、続いて人差し指を立てて振り上げ、身体の前を通すように降ろし、歌詞の未来を切り開いていこうという意思を振り付けでも表し続けつつ、1番が終わりを告げる。

 

「まだまだ声足んねえぞ!エンジン全開で来い!」

「「「「「宮城ー!」」」」」

 

 この「純情midnight伝説」はもはや説明不要の、炎陣のフラッグシップたる楽曲といえよう。音作り、リフ、コード進行、歌詞、振り付け、いずれも80年代の流行として一定の地位を得たヤンキー、不良もののバンド・歌手を強く意識したものになっている。これは炎陣というユニットのコンセプト自体がそこにあるのと同時に、その中心たる拓海、そして真っ先にメンバー選出となったた里奈のイメージあってこそのものであるが、そこに上手く適応させられる3人を見つける、という作業は容易ではなかったことだろう。

 それと同時に、炎陣の各種ライブにおける(メタな意味での)役割が確立された楽曲でもある。曲調、多数あるコールアンドレスポンスの箇所、メンバーの存在感、いずれをとっても、この楽曲をやるならば、常にそのパフォーマンスをもって、観客ののテンションを最高潮に持っていくことが求められるようになっている。必然として、この楽曲は事務所主体のライブではライブ最終盤での演奏となることが大半であるし、ユニット単位でフェス出演する場合は今回のように締めで歌うのが常である。それだけ、この楽曲の立ち位置が出た当初から定まっていた証でもあるが。

 

 さて曲の方は展開が同様の2番も終わりに近づいている。控室の方は、次に間髪入れず登場するindividualsが既に移動した中で、Pastel*Palettesもドリームアウェイもあまり控室できっかけもなくはしゃぐタイプではない面々で、おおよそ静かなものであった。ただし、彩とイヴはずっと腕を振って小さい声でコールしているし*3、麻弥は何にかは不明だが、食い入るようにモニターを見続けている。

 

2番サビの終わりから、間奏に入る前にワンフレーズ。

『さみしがりの天使たちが 今日もまた』

前半は拓海がソロで歌う。右、左と腕を開き、手を顔の高さに運んで、1、2、3、4と徐々に腹の辺りまで降ろしていく、という振りが2度繰り返される。

 

『きわどいライン 攻め抜く命の炎燃やして』

後半は全員でのユニゾン。まず右手、続いて左手でスタンドをなぞる。両掌を開いてもう一度、今度は膝を軽く曲げる程度の高さから、スタンドを上になぞる。軽く飛んで足を開き、左手はマイクを持ち、右手はガッツポーズの形から下へ弾みをつけて頭上に高々と掲げて開く。

 

この曲、間奏が案外と長い。具体的には25秒ほどあり、この日炎陣として披露してきた3曲いずれもより長い。他の曲同様、その間はHEYによるギターソロが鳴り響き、ズンタタッタ、とMAOがイントロ同様のリズムを刻んでいる。そして5人は腕と声で観客席を煽り続け、観客もそれに応えて「ッオイ!」と繰り返し叫び続ける。

 

『Baby走志走愛 マブい感情純情ナメんな』

再び拓海が1人で歌う。マイクを左手で握りながら、右は手のひらを上に向けて腕ごと頭上から降ろしていく。それから右手で胸を1度叩き、両手を頭上に挙げ、右手を上にして手首同士を2度叩き合わせる。最後は両手を広げつつ、両腕を小さく円状に開く。

 

『もう全開バリバリ捧げば ハートは祭りさ楽しもうぜ』

4人、途中から拓海も合流して5人でのユニゾン。両手でマイクを握りしめた後、右手は離して、身体の前で人差し指を立てて2度回し、突き上げて最後のサビへと入っていく。

 

 そして最後のサビは1番と同様にマイクスタンドを倒してみたりもしつつ進んでいく。しかし、サビが終わってもすぐにはアウトロには入らない。ここからが最後にして最大の盛り上げどころだ。

 

「「Oi Oi Oi!」」 『そうさ今宵は』

絶叫も同然の「オイオイオイ!」が観客席から響き、炎陣の5人と会場一体となってのユニゾンが形成される。

 

「Ai Ai Ai!」『 愛の集会(つどい)さ』

先ほどは煽るように腕を突き上げていたが、ここでは両手で身体を仰ぐように手を振る。

 

「Boom Boom Boom!」 『胸のエンジン』

左手は左上に掲げ、右手を手首軸で回転させてタイヤが回転するさまを表す。

 

『今 うなりを上げて伝説になる』

裏で「Ban Ban Ban!」とコールする習慣もおおよそ浸透している*4ようで、歌がかき消えんばかりの勢いで観客席からのコールが響く。

 HEYのギターが鳴り響く中、アウトロでも5人はひたすらに腕を振り煽りつづける。それに応えて観客席も「ッオイ!」と叫び続ける。

 

そしてアウトロが終わり、最後まで鳴っていたピアノの音まで消えたところで、拓海からの

 

「センキュー!」

 

の声とともに全照明が消灯。炎陣のパフォーマンスは幕を降ろすのだった。

*1
食べに行く暇があったのかは不明。

*2
せいぜい、里奈と涼の順番が入れ替わることがあるくらい。

*3
声を大きくするのは千聖の目があるので難しそう。

*4
実際浸透してほしい。




次回投稿予定:6/6 17:00(執筆状況により繰り上げの可能性あり)


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それは侵掠すること胞子のごとく

 自らのパフォーマンスを終え、individualsと入れ替わるように控室に戻った炎陣の5人を、控室で見ていたPastel*Palettesとドリームアウェイの面々が出迎える。

 

「おつかれさまです!」

 

と真っ先に声をかけてきたのは彩であった。

 

「おう、お疲れ!」

「おつかれぴょ~ん」

 

等々、彩たちへと返すと、亜季は麻弥の方へと近づいて、

 

「ちゃんと見ててくれたかな?」

「うん!」

「シンデレラバンドの面々に気が行ってたりはしなかった?」

「そ、それは大丈夫、ちゃんと亜季姉たちの方を見てたって……」

「ホントに?じゃあ……」

 

と、実際に何を見ていたか訝しんだ亜季は、いくつか炎陣のパフォーマンスについての質問をしていく。3つ目辺りで既に答えに窮し始めた麻弥は結局、6つ目ほどで観念し、

 

「うう~ごめんなさい~……やっぱり自分で楽器をやる身としてはどうしても……」

「まあ別にそれで怒ったりはしないからさ、何も私たちの方だけに、麻弥にとって有用なヒントが落ちてるわけでもなし」

 

アタシらから得るもんないって言われんのも悲しいけどなー、と拓海が茶々を入れてくるのを無視しつつ、

 

「まあちょうど、一番タメになりそうなユニットの出番だし、それ見ながらまた考えよっか」

 

------

 

 炎陣が控室に戻った辺りのタイミングで、煽りVTRが流れていた。

 

「Today's Headliner ...」

 

「individuals」

 

 ロゴと、撮影用にだけ使っているという意匠を統一したコスチュームの3人が映し出される。

 それが消えると数秒、完全に暗転したところから、下手側にピンスポ。シンセサイザーからのストリングスと、音源側のハープの音からなる数秒のイントロ。

 

『こんにちは お元気にしてますか? 私は今もりのくにで暮らしています』

 

引き続きシンセサイザーが奏でるストリングスの音と、音源側のグロッケンがバックに流れる。そこへ、へにょっ、としか表現のしようのない、アイドルの歌としてはやや特異的な声が乗る。序盤の歌詞から読み取れるように、この曲では乃々を思わせる少女が森の中へと隠遁した後、「あなた」宛へ送った何通かの手紙、という体の歌詞となっている。このよう体裁をとったな曲としては、さるシンガーソングライターの「風に立つライオン」という曲が著名であるが、こちらは実在したとある医師(あるいはそれをモデルにした人物)と、日本に残してきた恋人のやりとりという体であって、あくまで歌い手は語り部に過ぎない。一方で、こちらは差出人が乃々を思わせる少女ということもあって、全体として歌詞は私小説めいた雰囲気を醸し、乃々の歌唱も自らの心情をモノローグとして語るかのようになっている。

 

しばしその編成でのオケが続いた後、ピアノも合流して、

 

『正直ムリって 何度も 何度も思いましたけど それも今はいい思い出です』

 

両手が空いていれば、指先をつつき合わせているのではないか、と思わせるように左手を振りつつ、身体を左右に2度振り、一旦胸の前に左手を置く。そこから胸の上で手を2度回し、人差し指を立てて一旦前に突き出す。一旦引っ込めて、今度は手を広げて前に出し、頭上までゆっくりと振り上げる。目線も、手の動きに合わせて上下させる。

 ハープは2度鳴って。

 

『都会の公園を走るリスさんのように ビルの屋上を渡るツバメさんのように--』

 

まずリスの手つきをイメージさせるポーズから左右に身体を振り、続いて鳥の羽ばたきを表す手振りをしながら左右に身体を振る。腕を狭めて前に出し、気合を入れるかのようなポーズ。

 

『虹の光に包まれたきらめく世界で--』

 

歌詞としては、身の上話、近況報告が終わり、どうもこの頃は隠遁を始めて日が浅いのか、サビではかつて「あなた」と過ごしていた時のことを、感謝とともに綴っていく。「彼女」は誰が自分を取り巻いていた「やさしい世界」を誰が形成し、守り抜いてきたのか、それに薄々勘づき始めている中で、あえて別れを選んでいたのだ。

 そして手紙の締めとして。

 

『照れくさいから お手紙ですみません』

 

一瞬、音が消えるか消えないか、というほど小さくなり、

 

『もりのくにから愛をこめて ありがとう ありがとう』

 

器用にも両手でハートを作りそのまま、1通目の手紙は、ここで終わっていた、という体で1番が締めくくられる。

 

 ここから、30秒余りとやや長めの間奏に入る。編成としてはサビまでと変わることはなく、メロディラインはストリングスが、その後ろではピアノが鳴っている。余談であるが、この曲中を通して基本的には流れ続けるストリングスは、作曲者の希望もあって、すべて実際に奏者を呼んで演奏させているという。内訳としてはヴァイオリン6名、ヴィオラ2名、チェロ2名の計10名であり、CD等に付属のライナーノーツにも、全員の名前が掲載されている。今回はさすがにその面々を呼ぶことは叶わず<<ref>>検討の俎上にも載らなかった。主にスペースの問題ではあるが。<</ref>>、どこまで再現できるかは、SHUNの腕にかかっている。

 間奏の締めくくりでは一旦すべての音が消え、JOEによるアコースティックギター(アコギ)の音、正確には、アコースティックシミュレーター(アコシミュ)を通したエレキギターの音のみがアルペジオを奏でる。JOEはアコースティックの方も弾けるクチである、とのことであるが、今回は設備との兼ね合いもあって、アコシミュを利用しての演奏となっている。

 

 控室。

 間奏中、拓海が何か叫びたそうにうずうずしているのを、他の4人がたしなめる中で、亜季と麻弥は何かを話すでもなく、乃々の聞き入っていた。ただ、間奏の締めのところでは麻弥が「あ、そこはアコシミュなんすねー……」と呟くのみであった。

 

『何度も手紙を奥ってすみません 私はもりのくにで生きています』

ギターに加えて、ピアノもアルペジオで合流してくる。歌詞は1通目とうって変わって「生きています」から始まり、「もりのくに」がこれまで過ごしていた「やさしい世界」とは全く異なる厳しい環境であることを示唆している。振りとしても胸の前で左手を何度か握るような動作になり、上手くいっているわけではない様子を表す。

 そこから、1通目同様の近況報告が入る。食糧1つ確保するために、生傷が絶えないさまを、左手で膝を擦る動作で表す。

 

『私のいなくなった街はどうですか?』

 

オケからギターの音が消え、これまで同様のストリングス中心の編成に戻る。ここでは「あなた」の近況を尋ねる歌詞になっている。街の様子は変わりないだろうと推測し、それを踏まえて、「あなた」の様子も変わりないことを希求する、という内容だ。

 

 しかし、本当に変わってないほうが、「彼女」の希うことに沿っているのだろうか?

 歌詞の中でも「いい、のかな…」とあるように、何かを抑え込んでいるかのような内容になっている。

 

 先ほど、似た体裁をとっている「風に立つライオン」との相違を、視点の違いという形で述べてきたが、それ以外は同曲とのオマージュと思われる要素がいくつも指摘されている。2番冒頭、ギターの音をメインにしている部分があることはその典型例といえるだろう。

 したがって、「風に立つライオン」を踏まえて、この歌詞のようなことが乃々と誰かとの間に実際に起きていたのではないか?という疑問は、発売当時のインタビューでも自然となされることになった。これについて、乃々本人は「雑誌には出せないような顔」で強く否定していた、と当時の記事に記載されている。歌詞については、乃々と担当した作詞家が何度か直接やり取りをしながら制作されたとのことである。本人と作詞家による回答で一致するところを取り上げると、この当時乃々が書いていた物語に基づいて練り上げられたもの、ということになる。一方で、「もりのくにから」を制作していた当時は、アイドルとしてのあり方に悩んでいて、書いていた物語にもある程度それが反映されていた、とは乃々の弁である。

 これを踏まえれば、この「いい、のかな…」も、(「彼女」が意識してないにせよ)反語的に捉えたほうがいいのではなかろうか、と考えられる。

 

 閑話休題。

 2枚目の手紙は、都会というものが「彼女」の気風に根本的に合わなかったことが続いて述べられている。そこからサビに入って、馴染めないなりに生きていけた、すなわち「「やさしい世界」を誰が形成し、守り抜いてきたのか」について、「ようやくやっと 気づくことができました」と今度は確信を得たところで、また両手ではハートを作り、愛をこめて、と綴って2枚目の手紙は終わっている。

 

 3通目の手紙は途中から。毛虫に襲われ、怖くなって泣いてしまったことを、乃々が目の下を擦る振りをしつつ、告げている。

『こんな時にあなたがいたらって何度も何度も思いました』

と、2枚目にあったように、「もりのくに」の厳しさに当てられ、「あなた」をより直接求め始めている様子が見える。そして--

 

『街は街で大変で もりはもりで大変です』

『同じ大変でも 街にはあなたがいて もりにはいないから』

とうとう、「もりのくに」の厳しさに耐えかねかけていることを文面にも率直に表すようになる。それを伝えることに一つ、躊躇を見せつつも、

 

『一度、遊びに来る、というのはいかがでしょうか』

熊が冬眠から覚めて、カエルが繁殖期を迎える4~5月ごろに、「あなた」から「もりのくに」を訪ねてほしい、と文中で提案してくる。

 

『迎えに来てほしいとか そういうのじゃないですから…』

照れ隠しか、本心を伏せたいのか、「もりのくに」が、いかに素晴らしいところであるかを伝え、見に来てほしいだけである旨を言い立てている。<<ref>>ツンデレか?<</ref>>そして、最後の手紙の締めは、こう綴っている。

 

『また会える日を楽しみにしています。』

『最後まで聞いてくれて ありがとう』

『ありがとう』

一礼。

 

 こうして、実に7分20秒と「アイドルが歌う曲」としては恐ろしく長尺な1曲が幕を下ろし、照明も一旦フェードアウトする。

 観客席からは、アイドルライブには珍しく歓声はごく少なく、拍手の音が大きく響くのだった。

 

---------------

 

 またまた控室。

 

「うぉああああああああああああああああ!!もりくぼぉぉぉぉぉ!!!」

 

とうとう押さえきれなくなった拓海が叫びだす。それを引き気味に横目で見ながら、麻弥以外のPastel*Palettesの面々が、乃々の内面をすべてさらけ出すかのようなパフォーマンスに、惜しみなく称賛の拍手を送る。

 その裏で。

 

「どうだった?」

「すごい頑張ってる……確かストリングスって音源では生演奏だったから、それを1台のシンセサイザーであそこまで再現してるとなると」

「いやそこではなく……」

 

ズレたところで感心する麻弥と、それに呆れる亜季である。

 

---------------

 

『強く深くひっかいて 見える全て Claw my heart』

電子感を前面に押し出したシンセサイザーとともに歌い出し、そこからドラムとギターも合流する。「ひっかいて」、「Claw」では美玲が右手を前に突き出し、指は手のひらと指先が平行になるよう曲げる。

 イントロは歌い出しと同じ音のシンセサイザーがメロディとなるリフを2度繰り返し、ドラムのフィルインから、JOEのリズムギターが同じ音の三連符、ボーン、とベースが鳴って、ギターはまた同じ音程でより細かく刻み、ベースが歯切れよく三連符のメロディ、引き継いでHEYのリードギターが同じ音の単音4つで締める。

 

『大人しく懐いてばっかじゃ退屈だし』

ベースの音が同化して、聞こえてくるのはほぼギターとハイハットのみという中で再びボーカルが入ってくる。

 

『縛られた過去の中から飛び出そう』

徐々にハイハットの音が大きくなり、スネアロール。続いてギターとシンセサイザーが1拍半ずつ鳴らす、オクターブ違いのユニゾン。そして冒頭同様の引っ搔くポーズとともに、客席と一体になっての--

 

「Year!」

 

再び、ギターとシンセサイザーのユニゾン。メロディも同じ。

 

『分かってるひとりきりでは生きれない』

ベースとリズムギターについては先ほどと同様のコード進行を繰り返すが、ここからはHEYによるリードギターが交じってくる。

 

『ならどうしてこんな想いが生まれたの』

締めのロングトーンの裏ではギターとベースの音が消える。パンキッシュな音から、シンセサイザーの電子音(微妙に音が変わって、くぐもったようなタッチになった)にクラップが交じる、ダンスミュージックを思わせるような音作りに変わる。

 

『闇夜なんて振り払って 爪痕残してやるッ』

ボーカルは美玲自身の声を加工して作られたバックコーラスにしっかりと重ねる。そこからスネアロールを挟んで、ボーカルからドラムまで同期して音を鳴らす。最後にフィルインとして鳴ったベース音の余韻が残る中で--

 

「さあ吠えろ!」

 

『ノイジーネイルで今をかき鳴らせ 刺激的な夢を描こう 何度でも強く深くひっかいて 朝焼けまで進め』

サビに入っても、ボーカル以外のメインを司るリフはシンセサイザーが奏でている。その裏でギターがユニゾンしてせわしなく動く。

 

『Here and now』

サビ終わりではギター・ベース・シンセサイザーがタイミングをシンクロさせて1小節1音を伸ばし続けることで展開に一瞬のブレーキをかける。そこからはイントロと同じリフをシンセサイザーが奏で、締めにおけるリズムギターの三連符、ベース一音、ギターによる三連符と同じ音程の細かい刻み、ベースの三連符のメロディ、リードギターによる単音4つ、という展開も同じ。

 

 さてこの「Claw my heart」、同じ事務所のアイドルが歌うソロの中では後発の部類に入る曲であるがその分、本人のパーソナリティを反映させるという点では、これまでのノウハウがしっかりと生かされていると言えよう。ジャンルとしてはさしずめ「ピコリーモのスクリーモ抜き*1」であり、この後間違いなく歌われるだろう∀NSWERも下敷きになっていることは言をまたないことだろう。ただし∀NSWERと違ってこちらの場合は、先のBメロにも表れているように、ここ数年のメタルコアやオルタナティブロックと呼ばれるジャンルでのトレンドに沿って、ダンスミュージックからの影響も強く受けている。これは、individuals以外の、白坂小梅、的場梨沙とのラフ&フィアーズや藤本里奈とのShock'in Pink!、最近では砂塚あきらとのMy-Style Revoといったユニットからのイメージに基づくところが大きいようだ。

 

 さて曲の方は2番のサビが終わり、間奏に入るところだが、この間奏が先ほど述べた「ダンスミュージックの影響」を最も色濃く受けているところである。まず、リードギターが長さ2小節のリフを繰り返す裏で、EDMでよく用いられる、サイレンにも似たキューン、という音(ビルドアップ・ライザー、あるいはライザーサウンド)が、徐々にキーと音量を上げつつ響いてくる。一旦強くエフェクターを強く効かせたギターの音だけになった後、再びギターが別のリフを奏で、ライザーサウンドも先ほどよりキーを上げて、ジェット音のような音も交じって急勾配で盛り上げにかかる。盛り上げ切ったところでベースが3音。そして……

 

『Don't stop 獲物をrock on

捕まえるぞ Like a lone wolf

もう逃がさない Gothic night

Monster Attack 喰らえShow time

Break out 首輪はStandard

Roar ついてこい そうだStand up

3、2、1 shout! 振り向かずに叫ぼう』

 

右手で右耳を押さえ、首を左右に傾げてラップパートであることを示す。ここでは2小節ごとに1文になっていて、「Stand up」までは例えば「rock on」と「lone wolf」のように、2文1セットである程度韻を踏むように作られている。

 裏ではギターとシンセサイザーが極端ではないものの低音を鳴らし、ドラムも意図的にテンポを落としたかのように鳴らすことで、メタルコアにおけるブレイクダウンの類似物を形成している。もっとも「Break out~」からはそれも解除され、ラップパート前にも鳴らされた、サイレン調のライザーサウンドが再び聞こえてくる。ジェット音のような音も再度合流してくると、ラップパート開始前同様加速度的にライザーサウンドのキーが上昇していき、ラップパートの終了とともに頂点となって緩む。

 

 またしてもクラップが鳴り響いて、最後のBメロ。

『遠くまで響くように 今は絶対届くと信じているから』

これまでと異なり、Bメロの締めは少しだけ伸びて、「信じているから」は半音上げとなる。ロングトーンが途切れると、シンセサイザーのEの単音に、スプレーのようなシューッという音が交じったものだけが聞こえる。それらも無くなって無音となり--

 

「さあ吠えろ!」

 

最後のサビに入る。入りでは後ノリのリズムで同期して各楽器が鳴らされ、フィルインから以前のサビと同様の進行に戻る。それもあっという間に終わりを告げ、

 

『Claw my heart』

最後のサビが終わり、アウトロに入るとイントロ同様のリフが鳴らされる裏で、

 

「Wow wow」

 

の声が美玲から、そして観客席から、タイミングを計ったように2度、重なって聞こえてくる。最後もイントロの締めと似た展開の裏で、強く歪ませたギターの音が途切れ途切れに刻まれ、ギューン、とピックスクラッチの音が鳴ると

 

『Wanna be a dreamer』

 

右手を顔の横で広げるポーズ。

ファッションモンスターここにあり、とばかりの歓声とともに消灯。

 

---------------

 

「美玲ちゃん、私よりずっと年下でこれだもんねー。ファッション含めて見習うところがいっぱい……」

「アヤさん、ファッションはまず自分に合ってることが大事ですよ!」

「そ、そんなプライベートでの服装が似合ってないかのような……」

「……この際だから改めて言っておくけど、バレたくてああいう奇抜な服を着ても、現状の知名度じゃ気づかれようがないわよ」

「えー……」

「あははは!」

 

 美玲のパフォーマンスを肴にプライベートでのファッション談義に花を咲かせるPastel*Palettesの面々を横目に、

 

「さーて、次は輝子だな」

「噂には聞いてますけど、見るのは初めてですね……」

「アイドルってアタシらが思ってるより随分懐が深いんだなー、って思わされるモノ、見せてくれると思うよ」

 

炎陣と麻弥は、輝子による猛き「咆哮」の幕開けを、今か今か、と待っていた。

 

---------------

 

 暗転はそのままに、絶叫(シャウト)が響く。

 

「来たぜ宮城ィ……iyaaaaaaaaaaaaaahaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

ドラムによるカウント代わりのフィルイン。紅色に染まる照明。

 

『invade!』

 

先のClaw my heartと比べても段違いに歪んだギターをバックに、強烈なロングトーン。炎陣の後、もりのくにからで一瞬クールダウンし、Claw my heartで再度盛り上げられてきたここまでの空気を、また別方向に一変させる。それはまさしく、森林へと侵掠をかける茸の胞子のごとく。

 

「hyaaaaaaaaaaaaaaaaaaahahaaaaaaaaaaaaaahaaa!!」

 

音源通りの、哄笑交じりのシャウトがさらに叩き込まれて--

 

「Mush up!」

 

1回目は観客と輝子が同時に発し、2回目は輝子が観客席を煽り、それに続いて観客が応える。*2そしてバックでピックスクラッチの音が響く中に。

 

「かかってこい!!!」

 

観客も応えて猛烈な「ウォォ!」という歓声。

 

『光満ちる街の裏 夢を拒む地下で 絶えず続くとめどなく うごめく闇の声』

ここでは音程の上下は小さく、しかし発声は激しく、吐き捨てるように。裏でリズムを刻んでいるギターも、基本的に音の動きは小さく抑えている。

 

『爪弾きされたバラバラの切れ端をより合わせ 伸び上がる糸は唸る ままならぬ日々に』

歌の方は先ほどの吐き捨てるような発声から一転、歌い上げるようなものに変わる。バックではギターだけでなく、シンセサイザーの電子音が聞こえるようになってくる。

 

 そこに、コーラスに合わせて「マラスミウス・オレアデス*3」と観客席がグロウルを模した低く、くぐもった声を上げる。

 

「今夜ついに動き出す 傘を開き立ち上がれ」

 

この部分も音源上コーラスがあり、観客席からのコールも飛んでいる。音程の関係もあってか、Aメロ序盤のような吐き捨てるような歌い方に再び変貌するが。

 

『一度叫べば 姿あらわし 二度叫べばたちまちに増え』

 

先ほどまでの激しいものからやや歪みが抑えられた、妖しいギターリフをバックに、またしても歌い上げる方に発声が変化する。

 

『力へとみなぎる時は まさしく今』

力強いロングトーンでサビ前を締める。このタイミングで、単に赤いシーリングライトやフットライトで照らされるだけでなく、赤や緑のレーザーが方々へ放射されるようになり--

 

『世界よ踊れ! 七色に狂い咲く毒の華で』

一気に音程が跳躍するサビ冒頭でも、声に揺らぎはない。裏で鳴るコーラスに合わせ、「行こう立とう七色に 行こう立とう 毒の華」と観客が引き続きくぐもった低い声でコールする。「毒の華」も輝子のボーカルとしっかりと合わせてきている。

 

『喰らい尽くせ』

輝子が右手で口を模して、何かを食べるような動作。そこから身体ごと、腕を降ろし、一気に腕を振り上げメロイックサイン!

 

「Mash up!」「Mash up!」「「全部を!」」

 

リードギターは左手だけでなく右手でもチョーキングをしたり、ピックスクラッチやタッピングを交えながら、わずかな時間の間奏を埋めていく。

 

 この「毒茸伝説」は彼女のファーストアルバム*4の発売にあたり、先行シングルカットされてヒットを飛ばした1曲である。音作り自体は、まあまあ古典的なメタルの音をさせているが、曲を象徴するギターリフが間奏までを含めて存在しなかったり、そもそもギターの音が聞こえづらいところがあったり、ドラムも手数や音の重さといったところが抑えられていたり、と、昨今様々に生み出されたサブジャンルでも備えているような、音を重たくする要素が欠けている。また、この後現れる間奏もメタルとして捉えようとすると、いささか困惑させられる展開をしていたりする。以上の点から、ヘヴィメタルとして評価するには特異的なところが少なからず存在する1曲だが、今回はバンドサウンドが加わったことにより音の重みについては大きく積み増しされている印象だ。歌詞については、作詞を担当した人物がキノコについての歌詞を書き下ろしてきたのを、輝子が手直ししたものとされている。その結果、この曲は「侵略」を想起させる物騒な単語選び*5とは裏腹に、その意味するところは輝子による、目の前で群生するキノコがすくすくと生長していくことを祈願するものになっている。

 なお、2番のコーラスでは「プシロキベ・アルゲンティペス」という茸の名前が歌われている。これは和名でヒガシシビレタケとされているもので、国内の法律上で「マジックマッシュルーム」と分類されているキノコの代表格といえるものである(ただし、中毒事故の多さという意味で)。1番の同じ位置に現れる「シバフタケ」がまがりなりにも食用である一方で、なぜマジックマッシュルームが出てくるのかについては、このキノコが当初、見た目の類似点からかアイゾメシバフタケという名称で報告された、という歴史的経緯に基づいていると推測されている。*6

 

「Slash down!」「Slash down!」「「脅威を!」」

 

手刀を縦に振り、キノコソード。そしてひときわキーの高い『Invade!』。そのまま転調して間奏に入る。数小節もすると拍子まで8分の6に変化している。それに合わせてゆっくりとしたヘドバン。

 

『アソベヤ ウタエ チカラツキルマデ』

 

リバーブのかかったコーラスと重ねて、メタルとはいささか異なる調子で歌い上げていく。ギターは2人が1小節分のリフをユニゾンしてひたすら繰り返している。

 

「「指ならせ 手を叩け 伸びて行く為の術 壁際を生えて行け 扉まで辿りつけ」」

こちらはリバーブなしのコーラスが裏で鳴っており、観客も輝子とともに歌っている。

 

『ユラメキ アオグ ソラニアコガレル』

ここは前半と同様。ギターリフも延々と同じ進行、同じキーで繰り返される。

 

「「指ならせ 手を叩け 伸びて行く為の術 土の中くぐり抜け」」 「地上まで辿りつけ!」

途中までは「指ならせ~」と同様に観客席とともに歌い上げていたが、最後は音程を度外視してシャウト気味に、まくしたてるように叫ぶ。

 どどーっ、と歓声。裏ではAメロ等と同様のエフェクトが効いたギター。それらが消えて、リバーブの効いたコーラスのような電子音。

 

『かちどきの歌 虹色に崩れ去る昨日を蹴って』

オーバードライブ程度に歪みを抑えたリードギター、薄くハイハットの音。そこから強いディストーションのかかったギターの単音。輝子のボーカルはサビと同様のメロディラインを、抑え気味に、ウィスパーボイスのように息交じりの発声で歌っていく。

 

『開けよ道 Cut up…』

輝子の発声が元に戻る。ボーカル以外はフロアタムとバスドラムのみになり、そこからシンセサイザーが合流。そして--

 

「恐怖を!」

 

ここでも、力一杯の絶叫。

 

『世界よ変われ! 朝露に燃え上がる夢の華で』

最後のサビ、裏では「行こう立とう何度でも 行こう立とう夢の華」と、観客によるコールも聞こえてくる。

 

『晒し尽くせ』

「Wake up!」と輝子のさらなる絶叫ののち、「「……狂気を!」」と、輝子と観客のユニゾン。

 

 そしてもう一度『Invade!』。最後の追い込みとばかりに観客を煽りながらの細かく刻むヘッドバンキング。

 

「「全部を!」」

 

最後にもう一度メロイックサインをキメての締め。けたたましい、と形容せざるを得ないほどの歓声。

 

 

---------------

控室。

 

「アイドル、アイドルってなんなのよ……」

「噂には聞いてたけどこれは……うごご……」

「ぶ、ブシドー……」

 

輝子のパフォーマンスに困惑を隠せない3人。

 

「すっごーい、こういうのもありなんだね!」

 

るるるんっ♪と付け加える日菜。その様子を見て、あらあら、とまゆは微笑ましく見守る。

麻弥と炎陣の面々は奇妙な空気に晒されたそれ以外の面々を脇に置いて、

 

「実はソロライブも何度か見に行ってますけど、相変わらず……ですね」

「あぁ、相変わらずだ。事務所全体でやるライブの時も、輝子のソロってだけで空気変わるくらいのインパクトがあるよ」

「でけぇ会場でバンド入りの毒茸は初めてだったけどよ、さらにやべえのがお出しされたと来たもんだ」

「まったく、輝子殿にはいつも驚かされますな。で、麻弥」

 

部屋のモニターを注視してた亜季が、麻弥の方を向いて問うことには。

 

「答えは見つかりそう?」

「うん、見えてはきた、かな……」

「近いうちに聞けるの、楽しみにしてるから」

 

そして、3人でのMCが始まろうかというところ。

 

「ではここのみなさんは希望されてるということで、準備お願いしまーす」

 

運営スタッフからの誘導に従い、この部屋にいたドリームアウェイ、炎陣、そしてPastel*Palettesの面々が、一旦控室を後にする。

 

----------------

 

数秒消えていた照明が、色を元に戻して再び点灯する。そして美玲が

 

「よーし集合だッ!」

 

と一声かけると、乃々と輝子もステージの中央にやってくる。

 

「ていうわけで、ウチらのソロ、3曲続けてお届けだ!」

 

ウォォ、という歓声に交じり「もりくぼォ!」「最高だったぜ!」「ヒャッハー!」等々、別の声も交じる。

 

「さァて、このフェスのラストを飾る曲に行く前に私らからもお知らせ……」

「はないんですけど……」

 

ハハハ、と会場にひとしきり笑いが起きる。

 

「今日、炎陣に続いてウチらの演奏をしてくれたシンデレラバンドのメンバー紹介だ!いくぞッ!」

 

「ギター1、JOEですけど……」

ヘヴィメタル等で聞くような攻撃的な早弾きのソロを、時折観客を煽りながら弾いていく。自身がレコーディングでもギターを務めた「ØωØver!! -Heart Beat Version-」の冒頭部分を交えつつソロは続き、ピックスクラッチ、そしてミュートして締める。

 

「ギター2、HEYだァ!」

この日は演奏されない輝子のソロ曲「Pandemic Alone」のサビ部分、そのリードギターを、この後も使用するドロップBチューニング*7用のギターでかき鳴らす。自ら作曲した曲でもあるから、ライブアクトであることを差し引けば演奏は慣れたもので、最初の数音で気づいた観客からおおーっという驚きの声と、HEYを煽り立てるようなコールが飛び交う中、ワンフレーズ弾き切って締める。

 

「ベース、SHIN!」

各弦ずつ確かめるように鳴らした後、最近のライブでよくやっているというソロベース用の曲をワンフレーズ披露する。右手は一定間隔ごとに弦を叩くようにして、微弱なノイズのような音を立てつつ、主に人差し指と中指を使って、時には親指がわずかばかり触れて、オクターブ単位の音程の跳躍*8をが現れたりもする。左手はフレットの端から端までせわしなく動き、時には押さえたところから弦を上下させて音程を揺らす。淡々と弾き続け、30秒ほどの長さで構成されたワンフレーズ分が終わると、全ての弦を一通りかき鳴らして締める。

 

「ドラムス、MAOですけど……」

まずはスネアとタムタムを確かめるように叩き、そこからスネアロールを中心として、今回セットされている各シンパルをルーティン的に叩くと、続いて足元にセットされているツインペダルを高速で踏みつけつつのスネアと各タムタムのロール。そしてツインペダルを踏みつけ続けながら、おもむろに取り出したペットボトルを開け、一気飲みしながら右手はシンバルを連打する一芸で締める。

 

「そしてシンセサイザー、アンドバンドマスター……」

「SHUN!」

まずはピアノを皮切りに、上下2台のシンセサイザーと足元のフットスイッチをフルに使用して次々と音色を変化させていく。上下を行き来したり、2台同時に弾いてみたりしつつ、サンプラーを通じてリズムも自動で鳴らしだす。最後はピアノに戻して、彼が昔から弾き続けているという、とあるクラシックの曲の一節で幕を下ろす。

 

アイドルフェスであることを忘れるワンシーンに、1人紹介され、ソロを披露する毎にこれまでとは異質な、拍手と指笛交じりの歓声が飛び交うのであった。

 

そしてMAOがバスドラムを踏み始める。

 

「それじゃあ……いよいよフェスも締めくくりだッ!」

「楽しんでもらえると、うれしいですけど……」

「最後はもちろん、分かっているなァ!?」

 

この日一番といって過言でない歓声。

 それとオーバーラップするように、ドラムがハイハットとバスドラムを鳴らす裏で、まずはベースが1小節ごとに音を上下させる、4小節のリフを2回。

 ベースの音が消え、続いてギターの2人が弾き始める。JOEはサスティーンを強く効かせ、音程の変化があるごとに弾きなおす。HEYはJOEとユニゾンしつつ、先のベースと同じリズムで音を鳴らす。

 そしてシンセサイザーが、頭の音だけ1拍伸ばし、他は八分音符で構成されたキーボードリフを4度奏でる。

 最後は全員で同様に8小節弾き、楽器の音がミュートされて、カーン、という音が響いて--

 

「これがウチらの」

「「「∀NSWERだ!」」」

 

ドラムのフィルインをきっかけに、individualsのキラーチューン、「∀NSWER」が幕を開ける。メロディラインはシンセサイザーが奏で、一方ドラムはツインペダルをひたすら踏みつけながらリズムを形成していく。ギターは歪みを毒茸伝説と同様にしてシンセサイザーとのユニゾン、ベースは先のライブ用イントロでのシンセサイザーと同様のリズムで刻んでいく。

 

『誰もが一つ』『ヒトツダケ』

まずはセンターにいる美玲が、4度、右手で観客席を方々に指差し、一つタメを作って、腕を真上にゆっくりと上げながら歌い、上手側の輝子は美玲の声が消えるか消えないかというタイミングで、コーラス的に「ヒトツダケ」と続ける。

 

『熾烈な闘争』『イキノコレ』

今度は下手側の乃々が、上げていた右腕を、広げていた手を巻き取るように握り拳に変えつつ胸まで降ろし、一瞬のタメから、前に突き出す。そこから腕を再び縮め、顔の横で、「闘争」に合わせて2度前腕部を振る。声も先ほどの「もりのくにから」とは異なり、乃々なりに∀NSWERのインストに寄せて作ったものとなっている。それに続いて、先の美玲の時と同じタイミングで、輝子のコーラス的な「イキノコレ」が挟まる。

 

『ツメを噛んで待つより』

輝子が客席を指差し、手を足の付け根まで一瞬降ろして一気に顔の上まで上げ、頭を傾げつつ手を顔の横まで持っていく。

 

『振りかざして切り裂け』

乃々は右手を身体の左から右へ円状に回し、顔の右横でカウントするように手を二度振ったのち、それをまず左脇腹辺りまで一気に振り降ろし、今度は右肩の横まで斜めに振り上げて、切る動作をする。他の2人も、タイミングを合わせてまず右上から、続いて左上から何かを切る動作をしている。

 

『もがき続け彷徨い』

美玲が先の「切り裂け」での動作から繋いで右腕を大きく広げ、手を広げたまま側頭部へと移動させる。

 

『暗闇さえ味方に』

輝子と乃々のユニゾン。一瞬マイクを両手で持った後、手を頭上まで一気に持ち上げて、ゆっくりと降ろす。美玲はその間仁王立ちしている。

 

『Cry heart』『癒せないキズも』

いかにもな電子音からピアノと似た音に移行したシンセサイザーと、ツインペダル連打からハイハットとシンバルのみを鳴らすように移行したドラム、そしてサスティーンがかかった低音を鳴らすギターとベース。それらをバックに、美玲が英語のロングトーン、それに重ねて乃々が歌う。乃々は右手を、身体を裂くように動かし、何かに傷ついたさまを表す。

 

『Lightning in the dark』『やるせない想いも』

再度、美玲が英語歌詞で締めには、突き出した右手で下を指差しつつのロングトーン。それに重ねて輝子が歌う。一度右腕を広げた後、胸の前に持ってきて心中に秘めたモノを表す。

 

『ともに行こう』

乃々は手のひらを上に向けた状態で腕を前に出し、一気に頭上まで振り上げつつ歌う。そして--

 

『With me!』

3人のユニゾン。

 

『解き放て』「限界を超えて」

低音がより強調され加減なのを除いてイントロ等と同様の構成になったオケをバックに、ユニゾンから続けて、まずは乃々が、

 

『打ち破れ』「カラを捨てて」

再びのユニゾンから、続いて美玲が吠える。

 

『代わりなんてきかない』

首を傾げつつ、輝子が(そう、アイドルの世界では個性そのものな輝子が)この歌詞を歌うのに続き、

 

『オマエだけの音色を』

指を顔の前で数回回しながら、ユニゾンへと戻る。

 

『To give you answer 地平の果てまで 鳴らせ』

ユニゾンのまま、人差し指を立てた状態で方々へ右腕を振り、最後は上下に2度振った後、頭上までゆっくり持ち上げながら、ロングトーン。締めでは始終ピロピロと響き続けていたシンセサイザーの音が一瞬消えて、低音をことさらに強調している。

 

 ∀NSWERも先の純情midnight伝説同様の、individualsというユニットの何たるかを表す曲といえよう。後にClaw my heartの下敷きにもなっているように、シンセサイザーによるリフが耳に残りやすい曲であるが、こちらはいささか方向性が異なり……

 

『月夜に響く遠吠え』『ムリジャナイカナ…』

 

現在流れる2番の冒頭のように、すべてのパートで低音をフィーチャーする箇所がいくつかあり、このような音作りや、各パートにおけるリフのリズムから、メタルコアやdjentと呼ばれるジャンルの影響を強く受けているとされる。本曲中はこのような低音の強調ににょってノイズを思わせる作りになっていて、シンセサイザーのリフと合わせてエレクトロコアど真ん中の仕上がりというべきものになっている。

 余談ではあるが、評論家から見たメタルコアやdjentの影響が大きかったのか、この曲は発表後しばらくしてラウドロック・ヘヴィメタル系の雑誌でも取り上げられるに至っている。*9

 また、影響を受けたジャンルの関係上歌唱も、先の毒茸伝説のように「吐き捨てるような」というところまでは行かない(なので輝子はむしろ抑え気味)ものの、荒く、客席へと意志をぶつける様な、強い発声が求められている。これについては制作時の話として、乃々は関係者らのイメージを覆して、そのような声を案外あっさりと出せるようになっていった、というものがある。後日、本人に聞いたところによれば、「仮歌をもらった時は無理だと思ってて、でもやらないわけにも行かないから、当日はヤケになって、歌が崩れるかもとか気にせずやったら、あっさりOKが出て当惑した。あの感触を忘れずにライブではやっている」とのことだった。*10

 振り付けも、この種のインストが鳴り響く曲としては(あるいはこの激しさ故なのか)大きく、素早くやらなければならないものになっている。先の乃々のエピソードにもあった通り歌については極めて順調だった一方、振り入れには時間を要したとのことで、美玲についてはこの曲をライブでやる際、眼帯を付け続けるかどうかが真剣に検討されたという話が出るほどだったという。*11

 

 こうしてサウンド、歌唱、ダンス、演出、全てにおいて、個性をぶつけあうことを、苛烈な戦いになぞらえた、荒々しくラウドなこの曲も、2番が終わりを迎えて、間奏に入るところになっていた。

 まずはSHUNのシンセサイザーとHEYのギターがユニゾンしてメロディラインを形成し、JOEのリズムギターとSHINのベースが、これまで同様の「強い低音」を作る。続いて、シンセサイザーの音がピアノと似たものに変わり音量が抑えられ、リードギターが複雑なリズムのリフで、低音部をより厚くする。djentの影響が最も大きいと思われる箇所である。

 それをバックに、3人がヘドバンをするかのごとく下を向いて(輝子に至っては実際にヘドバンしている)激しく手を振って客席を煽り、観客はそれに裏打ちのリズムで「ッハイ!」と叫ぶことで応える。

 

 この間奏も20秒弱で幕を降ろし--

 

『旅路に迷うもいい』

まずは乃々が歌う。歌詞は乃々が常日頃からインタビュー等でも語っている「アイドル活動への迷い」を反映したものといえよう。

 

『孤独を纏うもいい』

次は美玲が。かつての、一匹狼であることを良しとした自身のことを表したかのような歌詞が割り振られている。

 

『だが見失うな』

続けて輝子。アイドルという肩書で活動している少女たちの中でも、一際目立った存在が呼びかけるかのごとく歌う。

 

『己はそう』

『信じて』

先に述べた∀NSWERの制作過程で、3人はそれぞれの個性・あり方について見つめなおす機会があったという。どのようなものか、詳しくは語られていないものの、その結論がどうであったかは、現在の3人のライブパフォーマンスを見れば想像に難くない。この歌詞もそれを表していると言えよう。

 

『No doubt!』

一瞬、シンデレラバンドからの音がすべて無くなり、3人の声だけが響く。

 

『何を知って』

シンセサイザーの音はなく、ギターも最低音に近いところを奏でる中で、まずは輝子が歌い、

 

『忘れるか』

美玲が引き継ぐ。

 

『それさえも』

乃々が、本曲中でもひときわ強く、硬い声を張り上げ--

 

「∀NSWER!」

 

と同時に、パーンッ、という乾いた音が響き、テープと紙吹雪がステージ中に舞う。ステージには3人とシンデレラバンドを囲うように。もちろん、舞台で演奏を続ける8人はこの演出を知っていて、ゲネプロでもチェックしている演出である。会場がどよめきとも歓声ともつかない声を上げる中、最後のサビは続いていく。

 

『答えに限りはない』

美玲が発破をかけるかのようなこの歌詞を歌い上げると続けて、

 

『全てを巻き込むような』

3人が、頭上で腕を激しく回しながらのユニゾン。

 

『To give you answer 個性の嵐を起こせ』

 

2番までと同様の振り付けであったが、最後は「個性の嵐」を見届けんとばかりに、右腕を徐々に上げつつ、顔も上を向けてのロングトーン。

 アウトロも腕を振って煽り、観客がそれに応える。最後はサスティーンの効いたギターの音とともに、手を広げ、眼前に掲げるポーズで締めた。

 

「みんなありがとなッ!individualsでした!」

 

と美玲が言う傍らで、乃々から拓海へマイクが渡される。

 

「おーし、みんないるな?んじゃあ改めて……」

 

というと、演者側のマイクが切られる。そうして、会場に残っていた面々による

 

「本日もご来場ありがとうございました!」

 

の生の声とともに、「夏の偶像」は2日間にわたる日程を全て、終えるのであった。

 

----------

 

みな、わちゃわちゃとしながら控室へと戻って、着替えも終わり。この日亜季たちの引率を担当していた、「ロック系のアイドルおよびユニットからなる部署」を統括するプロデューサーがやってきた。シンデレラバンドのデビュー戦ということもあっての起用であったらしい。

 

「おーっし、みんなおつかれ!」

 

「「「おつかれさまです」」」「おつかれちゃーん」「おつかれさま……フフ」

 

プロデューサーが一声、ねぎらいの声をかけ、

 

「パスパレも、ドリームアウェイも、炎陣も、individualsも、トラブルなく終えられて安心したよ」

 

と続ける。それぞれに、今日の演奏ぶりについて、その充実感を表す言葉が口をついて出てくるのに割って入って、

 

「さて、このフェスではケータリングはお昼までしかなかったね。……積もる話もあるようだし、ここにいるみんなで打ち上げ、というのはどう?」

 

とプロデューサーが提案してきた。

 

「……それって私たちも、ってことですか?」

「ああ、もちろん。今日のところは君たちがいないと話が始まらないね」

 

それに君たちの事務所のスタッフ全然見当たらないし、現地解散じゃ寂しかろう、とまではさすがに口にしないプロデューサーである。

 千聖がこの日の現場管理者だという人物へ電話をするが、繋がらず。SNS経由でメッセージだけ送り、

 

「……事後承諾ということで、何とかしてもらいましょうか」

「出ないんじゃしょうがないよ~」

 

等々、Pastel*Palettesの面々が口々に言う中、

 

「それじゃあ、荷物の確認済ませたら出発ですな!」

 

 そうして、亜季たちは衣装等が搬出されたのを見届けると、仙台の街へ向けて繰り出すのだった。

*1
エレクトロコアというべきでは?という説は一理あるのだが、電子音という観点ではエレクトロコアの守備範囲がピコリーモの想定範囲より広い(インダストリアル的な、ノイジーなものも射程範囲内にある)ためこの表現を採用している。

*2
Mush up警察だ!原曲のコーラスを踏まえればこれが本来のコールだ!いい加減浸透しろ!

*3
シバフタケのこと。欧州では傘の部分を焼いたり干したりして食すらしい。

*4
「The Invader on Earth」とかそんなタイトルがついてそうなやつ。

*5
ただし概ね輝子の年齢相応の物騒さに抑えられてはいる。

*6
なお、シバフタケはホウライタケ科、ヒガシシビレタケはモエギタケ科と全く別種のキノコだ。

*7
一番上の弦(6弦)を本来のEから2音半、それ以外の弦を1音半ずつ下げたチューニング。

*8
いわゆる倍音、ハーモニクスと呼ばれる音が出ている。

*9
影響を強く感じさせた理由としては、イントロ等で流れているギターリフのリズムが、djentというジャンルの様式美を完成させたとされるとあるバンドの楽曲とよく似ているから、というのが有力。

*10
のちの「やけくぼ」である。

*11
どうなったかはご存じの通り。




次回投稿予定:6/14 17:00


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「大和姉妹式サバイバル」
大和姉妹式サバイバル指南(準備編)


※本作中の描写は銃刀法に配慮したものとなっております


 アイドルフェス「夏の偶像」より2日後、新宿。現在の時刻は9時45分。

 前日は仙台から戻ってすぐに仕事をこなしていた亜季だったが、この日は1日オフ。久しぶりに趣味の時間……と行きたいところであったが、この日は妹たる麻弥からの要請を受けて、その身柄は「午前10時に待ち合わせ」という約束で新宿駅南口に置かれることとなった。

 

 そもそもの始まりは、フェス終了直後、炎陣・individuals・ドリームアウェイ・Pastel*Paletteの4ユニット合同で行った打ち上げにさかのぼる。打ち上げ開始から2時間を超え宴もたけなわ、もうしばらくすると翌日も仕事がある面々のことを考慮して解散になろうかという頃合いに、再度亜季の席までやってきた麻弥が

 

「こんな場でお仕事の話っていうのもなんだけど……」

 

と切り出してきたのだ。

 

 麻弥の説明によれば、「仕事の話」は次の通りであった。

 フェス中でも発表していた通り、Pastel*Palettesの新曲と、それに伴う地上波での特番の制作が決まっている。問題はこの「特番」にあると、麻弥の弁だ。

 特番の企画が、新曲(こちらはレコーディング済らしい)のタイトルにひっかけて、日本の領海内にあるとある無人島でのサバイバル、というものなのだが、企画の詳細がなかなか伝わってこず、決定事項が届いたのがフェス直前の金曜、ロケ開始となる木曜までちょうど1週間だったという。しかも決まったのは

・飲料等に使用する水のみ、十分な量が供給される

・「サバイバルに当たって必要だと思う物」を1個だけ持ち込むことができる

だけという有様。今回に関しては(そもそも準備期間的に無茶な企画を持ち込んでいるという点を除けば)事務所側の問題ではなく、制作側のスケジュールが破綻気味であることに起因しているようで、千聖に曰く「何もそっちまでこっちみたいな体質にならなくても……」と呆れ顔だという。

 さて、ここからが本題になる。持ち込むための「サバイバルに当たって必要だと思う物」について、ある程度見当はつけているものの、島の状況すら分からない現状では、麻弥の知識からくる判断だけではどうしても心許ないのだという。そこで、亜季に助力を願い出ることにしたのだ。趣味の時間に当てたかったのか、亜季は一瞬逡巡したものの、

 

「こっちの買い物にもついてってもらうことになるけど、それでいいなら」

 

と、ひとまず応じることにしたのだった。

 それから、翌日の仕事の合間に、具体的にどこで購入するか等を打ち合わせて、この日を迎えていたのだ。

 

「おまたせ!」

 

 集合時刻10分前に、手を振りながら麻弥がやってきた。サスペンダー付きのカーゴパンツに、モノトーンのノースリーブシャツ2枚重ね着、ベージュの帽子。亜季側の、七分丈のTシャツにデニムの短パンという出で立ちと合わせて、この2人の関係はどう思われるのだろうか。ここまで堂々とされて、2人が姉妹であることにはまだしも、アイドルであることに思い至る者などそうはいないのだ--それが2人にとっていいことなのかはともかく。

 

「って、またそういう格好してる……腕出ちゃうの着るんなら--」

「大丈夫、さすがに日焼け止めは塗ってるってば。亜季姉だって、そのへん無頓着な方だけど大丈夫?」

「さすがに何度も注意されたら覚えもするというものだよ?」

 

 2人して互いの服装を咎めるところから始まったが、それも長続きはしない。今は8月上旬、夏真っただ中。いくら日焼け止めは完備しているといっても、さすがに長い時間外で陽に照らされたままでいるわけにもいかない。2人は早々に会話を打ち切ると、正面の横断歩道を渡り、上階に高速バスターミナルを備えるビルをくぐり抜けて、「新宿タイムズスクエア」という別のビルを目指す。

 ここには、日本全国の地方都市に出店している業界最大手のホームセンターが、2階から8階の7フロアにわたる大型テナントとして入居している。2人はそこで、番組から提示された「必要だと思う物」を選び、購入しようという段取りになっている(無論、経費精算のための諸々も持参している)。

 開店は10時ということで、早めについた2人は5分ほど待たされる形になってしまったものの、開くと同時にまっすぐホームセンターへと向かっていく。

 

「さて麻弥、忘れてないとは思うけど復習だ!サバイバルにおける優先順位は?」

「位置伝達手段の確保、水の確保、火の確保!」

「よろしい!今回は救助を待つ必要はなくて、水はあるって話だし、火を起こす手段の確保……のために、取り回しのいい道具が最優先。となると……多分麻弥も同じ結論だよね?」

「うん、十徳ナイフを探すつもりでいたよ」

「やっぱりだねー」

 

ホームセンターへの道すがら、2人は何を買うつもりか確認し合う。

 

「さすがにナイフって誰かしら持ってきそうな気もするけど」

「女の子4人、無人島でナイフを振るう場面が思い浮かぶとは思えないかな……」

「食事の時は--」

「サバイバルで自炊しなきゃいけない……ってなったら、可能な限り何も使わずに作れるって発想に行きそう」

「うーむ、確かに」

 

などと、買い物予定の延長線上として、ナイフを持ち込むことへの意義を討議しているうちに、エスカレーターは目当てのものが置いてあると思われるフロアまで到達していた。

 このフロアは主だってアウトドア用品が並ぶところであり、その一角に、いくつか、十徳ナイフ、あるいはアーミーナイフと呼ばれるものが置かれていた。

 

「ホントに色々ついてるのも置いてあるけど……今回ナイフ以外で使い道ありそうなのってせいぜいルーペ、リーマー*1、ハサミくらいかなあ?あんまり色々ついててもしょうがないし、ルール的に十徳ナイフの一部だから、で通すのも難しくなってくるから……」

「うーん、それならこれは--」

 

と亜季は、リーマーこそついてないが、ナイフ以外にルーペ、プラスドライバー、ハサミなど6種類の道具が付随しているものを提示してきた。

 

「ドライバーがついてるから、時間はかかるけどリーマーの代用も一応OK……じゃあこれで決まりで、色々ついてるのはダメって言われたときのために普通のナイフも買っておきたいかな」

「打ち上げでもボソッと言ったけど、「必要だと思う物1個」っていうのもだいぶ解釈の幅がありそうな指定だし、それでいいと思うよ。あ、ナイフはちゃんとしまえるものを選んで、現場移動中に捕まったら説明に一苦労するからね*2

「経験者は語る、というところ?」

「無駄口はよろしい。あと、レジは私が通しとくから*3

「はーい」

 

というやり取りがあったのち、麻弥は買い物かごを亜季に渡して、いわゆるシースナイフ*4が置かれているコーナーを探し始める。10分ほど、これは見つかったら言い訳が効かない、こっちはいくら何でも短すぎる、と見繕ったのち、

 

「よし、これなら大丈夫だと思う」

 

と呟いたのちに麻弥が渡してきたのは、刃渡りがギリギリ6cm未満*5で、ブレード部分が3mmを超えていて、置かれている他のナイフと比べて厚めのものであった。お値段は税込みでちょうど1万円。ちなみに先の七徳ナイフは5000円ほどだ。

 

「なるほど、念には念を入れて、ってところかい?」

「そうそう、ちょっと降りてきてる情報が少ない以上はこうでもしないと」

 

などと、二言三言確認するように交わすと、亜季はナイフの入ったかごをレジへと持っていくのであった。

 

----------

 

 会計が終わると、2人は店を出てエスカレーターを再度降りていく。ナイフ2本は「すぐに取り出して使用できない」という法的な建前を守るために、レジを通した端から、麻弥のザックの中深くに、麻弥が持参した布で巻いて仕舞われていた。シースナイフも鞘に納めたうえで、何かの弾みで音が鳴らないような巻き方をしており、道中で咎められることはないだろう。2人は開店時に利用した入口のある2階に戻り、タイムズスクエアを後にしていった。

 5分ほど後、2人は再び南口に戻っていた。

 

「こっち戻るんなら……アキバの店に?」

「最近は何もかも触る暇全っ然なかったからね、エアガン以外も見ておきたいのさ」

 

続けて、そんな時は手堅い選択こそ肝要でありますぞー、とおどけてみせる亜季。言葉は必ずしも直接的ではないものの、行先について肯定の意を示していた。

 

 現在の秋葉原がどのような場所かについては語るまでもないところである。その末広町駅側から御徒町駅にかけては、駅間のわずか300mほどの間にサバイバルゲームの専門店やミリタリーショップが10店舗以上立ち並ぶ「ミリタリー界の巡礼路」であることも、その道の人物たちには説明不要の事項だ。エアガン及びその各種備品を販売している専門店から、迷彩服やミリタリーシャツ等の軍装品を中心として取り扱うショップまで、店舗のバリエーションも幅広い。

 

 改札を抜け、黄色の帯の電車に乗り込んで揺られること18分ほど。秋葉原駅から出た2人。

 

「時間もまだ大分早いし、いくつかはしごして回るつもりだけど」

「大丈夫大丈夫、こっちの用事は思ったよりサクッと済んじゃったし」

 

はいな、と亜季が返しつつ、2人は電気街口を通る。ラジオ会館やゲー〇ーズを脇に見ながら大通りへ。大通りを、信号待ちも含めて3分ほど歩くと神田明神通りへと入り、すぐさまジャンク通りへ折れていく。通りで最初に突き当たる十字路を渡ってから左に曲がると、最初の目的地付近に到着した。

 

 そこは幅7mほどの、レンガ状の壁面で出来た4階建てのビルがそびえ立っている。このビルの3階にはオーソドックスな(エアガンを含めた)サバイバルゲーム用具の専門店が入居しており、そこが亜季の目的地というわけだ。この店の母体はオンライン販売を主体とした企業であって、実店舗運営に対しては今一つ熱心でないという評判ではあるが、そのようなところをこの辺りでの亜季の行きつけにしているのには、当然訳がある。

 実は道路を挟んで向かいには屋内サバイバルゲームフィールド*6があり、買ったそばから試し撃ちに転がり込んだりができるのだ。もっともこれは、全く資本関係もなくほぼ同時期に開店したというだけで、偶然の産物ではあるのだが。

 

「今日はフリー*7だったはずだし、撃っていくのもありだったけど……」

 

道路の向かいにできている、50を優に超えているだろう人だかりを見やると、これは無理そうかー、と亜季が呟いた。つぶやきを聞いた麻弥が、

 

「じゃあ、買っていくだけ?」

 

と尋ねると、

 

「か、見ていくだけになるかも」

 

と返すやり取りがあった。店舗に入ってからはこのやり取りの通りとなって、最終的には「忙しさにかまけて切らしたままにしてた」というバイオBB弾の補充だけは行って、この店を出ることとなった。

 

 店を出ると大通りへ戻り、地下鉄の末広町駅へ向かって進み続ける。そのまま末広町駅の直上まで達したところに2か所目の目的地があった。

 

「あー、そういえばこの店ってナイフも置いてたような……もしかして二度手間だったり?」

「いや、この手のショップで手に入るヤツは基本的に「見つかると言い訳が利かない*8」ものばかりなんだ」

 

麻弥の疑問に亜季は、だからオススメはできないしホームセンターを選んだ、とキッパリ返しつつ店へと入っていった。

 

 ここでの亜季は、衣類以外の軍放出品を漁っており、決してミリタリーに明るいとは言えない麻弥から手に取った物の用途を尋ねられるごとに、一つ一つ説明をしたりもしていた。そして、「今後のサバゲーで雰囲気作りに使えそう」という観点から、

・鉄製の弾薬箱(いわゆる「アモカン」と呼称されるもの)

・ガスマスク用バッグ

をその場で購入した。加えて、いわゆる「T字ハンドル」のスコップも注文して、後ほど寮へと届ける算段を整え、バッグを弾薬箱に詰めると、ひとまず店を後にした。

 

 2人は夏の炎天下をさらに前進していく。2人とも暑い中での行動には慣れたものではあるが、限度というものがあるのも事実。道中で購入した水分があるとはいえ、末広町駅からのわずか150mあまりが、さながら「バターンの行進」のごとくだ。

 JR側の御徒町駅前を抜けて1分弱、もう少し歩けばいわゆる「アメ横」にたどり着くところに、最後の目的地があった。そこは軍放出品を含めた、迷彩服等のいわゆる「ミリタリーファッション」をメインに取り扱うショップであった。これまで立ち寄った2店舗とは異なり、近くにある「アメ横」の各種店舗同様の店頭で、さらに半ば露店のごとく路地まではみ出して営業をしていた。

 ここでは買うものをおおよそ決めていたようで、迷彩色のカーゴパンツ(ショート・ロング1本ずつ)とタクティカルシャツ*9を数枚、ドックタグなど小物を数点、衣類のサイズをざっと確認した程度ですべてさっさとひっつかみ、レジへと持っていく。この店では、麻弥も何か尋ねたりする暇も必要性もなく、亜季の荷物持ちとしてひたすら動き回ることとなるのであった。

 

 

 

 こうして亜季の買い物もひと段落し、先の店で購入した衣類等は弾薬箱へと詰め、2人は再び秋葉原へと戻ってきていた。ふと時計を見れば、12時を20分ほど回ったところ。

 共に全日オフではあるものの、麻弥についてはこの後事務所のスタジオを借りての自主レッスンを予定しているという。とはいえ時間的にもこのまま解散、というわけにもいかず、2人はひとまず線路沿いにあるラーメン屋に立ち入ることにした。それなりの人気店であり、着席するまでにさらに15分ほどを要することとなった。

 この店はトッピングや味の多彩さがウリであるようだ*10。麻弥は並盛だけ野菜のみ増量、亜季はサイズ自体を大盛りにして注文する。

 

「それにしても」

「なに?」

「いや、私にこうやって手伝いさせに来たり、今回の企画にはだいぶ入れ込んでるね、って思って」

「うーん……ジブンの知識を活かせる仕事だから、ってところかな」

「なるほど、フェスの時に言ってたのはそういうこと?」

「もちろんそれが大きいんだけど……今まではずっと、新しく覚えることばっかりだったからっていうのもあるかも」

「ふむふむ、とにかく目の前の仕事を……ってところから、一歩踏み出すわけだね」

「フヘヘ……そう言われるとちょっとむずがゆいかも」

 

などと、今日のこと、これからのことについて話していると、ラーメンがやってくる。

 

 --腹ごしらえを終えた2人は、家路に向けて、まずは駅へと歩き出すのだった。

*1
手回しの穴あけ工具。いわゆる千枚通し。

*2
銃刀法を考慮。軽犯罪法や都条例は無視。

*3
18歳未満の人物がアウトドア用ナイフをレジに通すことに対して、店舗側からはNGが出る。

*4
折りたためず、鞘に納めるタイプのナイフ。

*5
銃刀法(以下略)

*6
「お一人様歓迎」を掲げており、実際1人での利用も多いらしい。

*7
その場にいる参加希望者をチーム分けして行う、店舗主催の対戦会。

*8
無論、刃渡り的な意味で。

*9
サバイバルゲームの際によく着られている長袖シャツ。

*10
スープもあっさり目にできたり、こってり一辺倒になりがちな秋葉原のラーメン屋としては珍しい店らしい。




次回投稿予定:6/21 17:00


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大和姉妹式サバイバル指南(実践編)

 姉妹での買い物から11日後。すなわち、Pastel*Palettesの無人島ロケから8日後の夜。

 この日、亜季の姿は自宅ではなく、プロダクション側で用意している寮にあった。この寮は、元々バブル崩壊とともに運営コスト高で経営が立ち行かなくなったホテルを改装したもの、ということもあり、1階と最上階をはじめとして、いくつかの階層に「集会室」という名目でラウンジが設置されている。今回は亜季の相談を受けて、5人の中で唯一の寮暮らしをしている拓海が「集会室」のうち一つを押さえて、炎陣の面々を呼びだした形だ。

 

「おーっす」

「10分前ー、ちょーどいいタイミング?」

 

亜季がラウンジに入ると既に他の4人は揃っており、拓海と里奈が声をかける。

 

「お待たせしました!みんな揃っているようでありますな!」

「つまめるもの、ちゃんと買ってきたか?」

「あんまり変なの買って来られても困るよ」

「もちろん!この通りでありますよ~」

 

涼と夏樹の問いかけに亜季はそう応えて、ドサドサと、テーブルの上に置いたのは意外にもチョコレート……というか、ブラ〇クサンダーの詰め合わせだ。袋が次々と開かれて、ブラッ〇サンダーの山が出来上がる。

 

「お、おう」

「まあ、飽きにくい味だからいいけどサ……」

「こんな時間に甘いもんかぁ」

「やーん、お腹周りが気になっちゃうカンジー」

 

などと、ブツクサ言われてしまう評価ではあったが、みなそうは言いつつも、各自紙コップに飲み物を入れ、山のように積まれたブラック〇ンダーに手をかけていくのだった。

 

 そうこうしているうちに、時刻は21時。

 今回Pastel*Palettesの面々に割り当てられたのは、毎週金曜21時から2時間割り当てられている、いわゆる「単発特別番組枠」と呼ばれるものだ。プライムタイム*1の後ろ半分という、デビューから四半期程度のアイドルユニットが占有する番組枠としては、あまりに異例のものであった*2。これが実現したのは白鷺千聖の知名度が考慮されたのに加えて、別の大型企画が撮影途中の不祥事で没になったことで、その穴埋め企画として急ピッチで進められた、という噂もまことしやかにささやかれているが、炎陣やそのPの間でも、あくまで噂としてしか聞こえてこない、与太話の類とされている。

 

「お、9時だな、始まんぞ」

 

直前のCMが明けて--

 

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 『新人アイドル × 無人島サバイバル!?』という字幕とともに男声のナレーションが入る。

 

「今夜の金曜プライムショー*3!Pastel*Palettesが挑むのは新曲発売をかけた無人島でのサバイバルミッション!?」

 

麻弥の「もし遭難でもしたら……」という声をバックに『テレビの企画を超えた事態が発生!?』という字幕が画面に被せられる。

 

「番組の企画という枠を超えたガチンコサバイバルに発展かー!?」

 

島を見て回る5人。

 

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「あ、島に小屋とかあったんですね」

 

「急に難易度下がった気がすんぞ」

 

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「うぅ……私、も、もうダメ……かも……」

 

「だ、ダメです……彩さん。諦めちゃダメですっ!」

 

吊り橋の上でうずくまりそうになる彩と、そこに声をかける麻弥。字幕は『ミッション失敗の危機!?』と被せられ、

 

「そして道中では企画中止のピンチも!?」

 

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「やたらと麻弥がフューチャーされてる気がしますな……」

「たまたま切り出しやすいところに麻弥ちゃんがいただけだと思うケド……」

 

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5人の、目線の先にある光景に見とれているかような驚きの表情に、『ミッションの先にあるものとは一体!?』という字幕がかぶさる。

 

「探検の果てで、5人が見たものとはー!」

 

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「あ、ロケ地だいたいわかりましたね」

「マジでか?」

「みんなで何見てるのかも見当ついてますけど、バラしてしまうのは野暮でありますよー」

 

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「パスパレー!探検隊ィー!」

 

80年代を想起させるような赤色のフォントの『パスパレ探検隊~無人島を征くアイドル~』というタイトルで、画面が埋められる。*4

 

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「あっ、そーゆーノリ?」

「まあ、麻弥の報告聞いててそういう気はしてましたな……」

「もしかしてー、日帰りロケだった?」

「らしいですよ?」

 

----------

 

『8月某日』の字幕。

 

集合シーンなども特になく、「一行は日本の領海ギリギリに位置する、とある無人島へと向かっていた」というナレーションと、チャーターしたと思しきクルーザーで移動している映像が流れ、それが終わると今度は海岸に5人が立っている様子が映された。

 

「すっごくキレイな海だねー!人もいないしプライベートビーチって感じー。なんかるんっ♪ってしてきちゃった」

 

と、日菜が海の方を見ている一方、

 

「スタッフさんたちが用意したのは飲み水だけみたいね。他は現地調達……」

 

『ルール1:水以外は原則現地調達。』

 

「本州から赤道側に近づいただけあって、じめじめとまとわりつく感じが増してますね……」

 

と、状況確認をする千聖と麻弥。ふと麻弥が視線を別方向に向けると、挙動不審な彩を見つける。画面下部に『?』の字幕。

 

「って彩さん、さっきからそわそわしてますけど、どうしたんです?」

 

「あはは……ほら、さっきスタッフさん携帯預かりにきたでしょ?」

 

「そうでしたね」と頷く麻弥に向けて、彩が続ける。

 

「いつも持っているものを持ってないと、なんだか落ち着かなくって」

 

「そう、今回の企画では私物の持ち込みに制限がかけられているのであーる」と、ナレーション。画面下部に『ルール2:私物は一人1つだけ持ち込み可。』と字幕。

 

イヴが何やら尋ねると、千聖がブランケットを取り出す。その裏で「最初に持ち込んだものを取り出したのは白鷺千聖ォ。どうやらブランケットを持ち込んだ様子ゥ」とナレーション。

 

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「どうなんだこれ……」と拓海が亜季の方を向く。

 

「まあ、所詮TVの企画ということで持ち込む分にはそう悪くはないと思いますな……」

 

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「あたしはおねーちゃんの写真!」

 

苦笑いする麻弥を背景に、「氷川日菜が取り出すのは、まさかの1枚の写真ン~」というナレーション。

 

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 4人が唖然とする中、里奈の

 

「てかこれ、顔出しちゃってだいじょーぶなん?」

 

という妙に冷静なツッコミ。

 

「あー、姉もそれなりに名が知れ渡ってるしなぁ……さすがに許可も取ってると思うぞ」

 

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映像では少しばかり時間が飛んで。

 

「それで……無人島に到着したのはいいけど、これから私たち何をすればいいんだろ?」

 

「確か、スタッフさん達が用意したミッションをクリアしていくんですよね?」

 

『ルール3:新曲発売は次々と与えられるミッションのクリアが条件。』という字幕が画面下部に。

 

「ミッション……真剣白刃取り、などでしょうか?」

 

イヴの発言に、彩の顔が映し出され、その右上にやや小さく『!?』と字幕の表示。

 

「え、危険すぎない!?もし失敗したら……」

 

「さすがにそう無茶なものはないでしょうけど、この暑さだし、ある程度タフな事態に耐える覚悟はいりそうね」

 

彩と千聖の顔を映して、「不安の色を隠せないふたぁ~り~」というナレーション。「しかし丸山も気合を入れ直しィ……」

 

「みんな生きて帰ろうね!新曲発売のためにも私、頑張るからね!」

 

静寂。4人の顔を映しつつ、『?』と画面の3分の1ほどを覆う字幕がフェードイン。

 

「……あれ?みんなどうしたの?」

 

「……いえ。彩ちゃんは頑張らなくても大丈夫よ」

 

「千聖ちゃん、それどういう意味!?」

 

「ほら、彩ちゃんあれだし……」

 

「彩さん、何かあったらすぐジブンに相談してくださいね!不測の事態でも対応してみせますから!」

 

「私もです!アヤさんに何かあればこの木刀で守ります!」

 

「なんと若宮の持ち込んだ品は木刀であったァ~」木刀にフォーカスしながらの、ナレーション。

 

----------

 

炎陣一同、爆笑。

 

「ヒヒヒッ、木刀……サバイバルで木刀……」

「あーおなかいたーい!」

「これは……予想外ですありますな……!」

 

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彩の顔を映しつつ、「丸山が複雑な心境に陥る中ぁ、5人にカンペが提示されるゥ……と、その時!」と、ナレーション。

 

「ちょっといいでしょうか?ミッションの前に島を1周させてもらえるとうれしいです」

 

映像が手を挙げていた麻弥にフォーカスしつつ、ナレーションは「なんとミッションの前に島を見て回りたいと、大和からの提案ン~」。

 

5人が何やらスタッフから聞いている様子を映しつつ、「スタッフからもOKが出るゥ」とのナレーション。

 

「それじゃ、直射日光を避けて森を通っていきましょう」

 

5人が出発する後ろ姿。

 

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「あ、これ多分最初のミッションを潰してますな……」と亜季がこぼすと、それに

 

「マジか」「やっちまったなぁ麻弥ちゃん」

 

などと涼と夏樹がからかうような口調で応じる。

 

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ホームビデオの映像に切り替わり、森の外縁部を歩いている様子がしばらく映し出される。裏ではナレーションが「探検の一歩を踏み出した5人、果たしてこの島の外周はどれほどのものなのかァ」などとのたまう。

 

森の一角を定点的に映して、画面の下3分の1ほどを覆う『30分後』の字幕と、「そして30分後ォ……」というナレーション。

 

「ひとまずこれで一周……特に危険はなし、と。それじゃあ、今度は島の内側に入ってみましょう」

 

森の中を、今度は島の中央に向かって歩いている様子を映しつつの、「森の中へ分け入っていくこと数分……とその時ィ!」。

 

「あれ、みんな見て!」

 

彩が何やら指差している様子を映しながらナレーションが「何やら見つけた様子の丸山ァ。果たして見つけたものとは?」と発する。

 

木のプレハブ小屋。「なんとそれは無人島に似合わない小屋であったぁ……」とナレーション。5人が入っていった映像に「小屋の中を見て回るとォ……」とさらに被さる。

 

「少し前まで人が住んでたのかしら?」

 

「マヤさんの言う通り、ここなら拠点にできそうです!」

 

「そうですね……じゃあ、ここで休憩してこれからのことを……」

 

映像が『と、その時!』という字幕の裏で一瞬止まった後再度動き出し、ナレーションが「と、そこにスタッフが入ってくるゥ」と被さる。

 

「え、スタッフさんどうしたんですか?」と麻弥が言う中で、何やらスタッフが示した様子。それに千聖が

 

「あ、カンペ出てるわね」

 

と発する。

 

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「これはまた先回りされそうになってましたな……?」

「なんだか頼りねえ撮影スタッフだなあ」

 

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2度目くらいのCMを挟み。

 

カンペを見ている麻弥と千聖を映しつつ、「ここで提示されたのはぁ~、食糧集めェ~。ちょうど昼時ということもあってのミッションであろうかぁ~」というナレーションが被さる。

 

「まるで兵糧攻めみたいですね!」

「その例えはちょっと違うと思うわ……それにしても、飲み水以外は本格的に自力で何とかしないといけないのね」

 

またしても一瞬画面が止まり『その時!』という字幕、合わせて「ここで意外な人物が助け舟ェ~」というナレーション。

 

「ふっふっふ~、食べ物を集めるなら……じゃん!」

 

彩が取り出したのは1冊の本。

 

「私の持ってきた図鑑がきっと役に立つはず!」

 

麻弥達が中身をあらためる様子の裏で、「どうやら非常に役立ちそうな図鑑だァ~」とナレーションが挟まる。

 

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「いいチョイスだと思いますよ。キノコだけは別ですが」との亜季のコメントに、涼たちは

 

「キノコはアイツに任せるのが一番だよな……」

 

などと、ごく小柄な銀髪の、恐ろしくキノコに詳しい少女を思い浮かべつつ、ぼやく。

 

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「早速、調達に向かおうとする4人にぃ……ここでまたしても大和からの提案がァ~」というナレーションと、『大和の提案。』と字幕。

 

「それじゃ、取りに行くメンバーを決めましょうか」

 

「えー、みんなで採りに行かないのー?」

「みんなで行った方がたくさん食べ物みつかるんじゃ……」

 

「メンバーからは不満の声ェ~」とのナレーション。

 

「ジブンたちはこの島に着いたばかり、つまり誰もここへの土地勘がない」

「「土地勘」」

「そんな状況で全員で探索して……遭難でもしたら、それこそミッション達成どころじゃありません。ですから、待機班と捜索班の二手に分かれるのがよろしいかと」

 

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「これテレビの企画なの忘れてねーか?」

「ええ、私もそう思いますね」

「日菜ちゃんも彩ちゃんも乗せられちゃってるカンジ~?」

 

「のろしだの大声だの、本格的になってきたぞ」

「千聖サン、みんなして撮影なの忘れかけてるのに気づいてるな?」

 

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「大和の提案に乗せられる形で班分けに入るゥ~」と、ナレーション。

 

「それじゃ、早速班分けしよ!待機する人たちは誰にする?」

「ん~、彩ちゃんは残ってた方がいいと思うなー。なんとなくだけど」

「えっなんで!?」

「それなら私も彩ちゃんと一緒に残ろうかしら。何かあったら心配だから」

「アヤさん、たくさん食料を確保してくるので楽しみにしててくださいね!」

 

「なんか、みんなの中で私は待機班って決まってない~!?」

 

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炎陣一同、2度目の爆笑。

 

「いやー……彩ちゃんの普段の扱いがわかるよな……これ、アハハ」

「フェスでも噛んでましたし、そういうことなのでしょうな!」

 

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再び、映像がホームカメラに変わる。

 

「今こっちからるんって感じがした!きっと食べ物だー!」

「ヒナさん!あまり遠くへ行くとはぐれてしまいますよ!」

「大丈夫大丈夫!」

 

「と、ここで氷川の足が止まるゥ……」とナレーション。

 

「あ、この木変な形してる!麻弥ちゃーん!これはどう!?」

「これならばっちりです!……それじゃあ、次はこれにっと……」

 

「今回大和が持ち込んだナイフで、目立つ木へと傷をつけていくゥ……大和曰く、目印として覚えやすくするためとのことだァ」というナレーションとともに、画面右下に『※銃刀法など法令には充分配慮しております』の字幕。

 

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「あ、結局普通のナイフ持参になったんですね」

「普通じゃねえのも用意してたって口ぶりだな」

「実は、はじめ十徳ナイフを持ち込もうという算段だったんですが……さすがにNGがでたようですなあ」

「十徳って……それ認めたら何でもアリだな」

 

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ナレーションの「さらに森の中を西側へ歩いていく3人……とその時ィ」というセリフの終わりとともに、映像が一瞬止まり、画面中央に『とその時!』の字幕。

 

「ねえねえ、あそこの木見てみて!あそこに何か、るんってくる丸いものが見える!」

「あ、ホントですね!」

「ちょっと待ってくださいね!早速図鑑で調べてみます!」

 

「なにやら木の周囲に生っている果実を発見した3人ン……果たしてェ……」というナレーション。

 

「えーっと……おおっ!これ、食用で、しかもかなりおいしいらしいですっ!」

「やりましたね!あの果物を採ればミッション達成ですね!」

 

「なんと、見つかったのは熱帯で採れるキイチゴの仲間であったァ~。人数分の採取を行うとォ、3人は小屋へと戻っていくゥ」とのナレーション。

画面中央に『ミッション達成!!』、右下に『※法令には充分配慮して撮影を行っております』の字幕。

 

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「なかなかやるじゃねえかアイツら!」

「あの島、キイチゴ生ってるんですなぁ」

「見るとこはそこなのか……」

 

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場面は小屋に戻り、「待機組にも何やらあった*5様子だがァ、ひとまず、採ってきた果実を5人で分け合うゥ……」というナレーション。

 

「それでマヤさんが、帰りに迷わないよう木に印をつけてたりして、帰りも全く迷わず帰ってこれたんです」

「ねー、麻弥ちゃん大活躍の巻!ってかんじー」

「あはは……ちょっと、恥ずかしいですね」

 

食べ進めつつ話をしている5人の映像の裏で、「道中での様子を語りつつゥ、キイチゴの仲間だという果実を堪能しているとォ……」というナレーション。

 

「あら、またカンペね」

「えーっと、次のミッションは『この島にある、幻の花畑を探せ』?」

 

「どうやらァ、この島のどこかには開けた場所があり、そこは花畑になっているというゥ……」というナレーション。

 

「この島結構広いし、見つかるのかな……」

「はいはーい、ヒントくださーい!」

 

「氷川がヒントを要望するとォ、意外にもスタッフは快諾し、現在いる小屋から南方にあると伝えるゥ」とのナレーション。

 

----------

 

「昼時でありますから、影などで方角の推測をするのも難しい、さてどう切り抜けたのでしょうな」

 

----------

 

「南……」

「方角の把握もミッションの一部、ってわけね」

「あたしはあっちが南だとおもうなー!」

「日菜ちゃんの勘は頼りにしてるけど……もしも、で遭難してしまったらマズいわ、ここは慎重に行きましょう」

「……とりあえず外に出ましょうか、手がかりになるものがあるかもしれませんし」

 

玄関から出ていく5人を映しつつ、ナレーションは「外に出て、方角特定の手がかりを探そうとするがァ」。

 

「うーん……太陽ほぼ真上だし、これじゃ昇ってきた方角なんてわかんないね」

「収録前には、腕時計で方角を確認する方法*6も確認してて、それならこの時間でもわかるんです。ただ……」

「腕時計も持ち込みアイテム扱いだった、と」

「はい、そこは見落としてましたね……」

「うーん、木に南!とか西!とか書いてあれば楽なのになー」

 

『解決に導く意外な方法とは?』という字幕とともにCMへ。

 

----------

 

「全然わかんなーい。あっきー、何か知ってる?」

「はい。……恐らくは麻弥も、今の日菜殿の言葉で思い出されるかと」

「まじでー?」

 

----------

 

CM明け。

 

「うーん、木に南!とか西!とか書いてあれば楽なのになー」

 

画面が止まり、「この氷川の言葉を聞いた大和、どうやら方角の謎を解く手がかりにたどり着いた様子だがァ……」というナレーションが被さる。

 

「麻弥ちゃん、急に座り込んでどうしたの?」

「いえ、木の根元を確認したくて……」

「コケくらいしか生えてないと思うけど……」

「そう、コケなんです。コケが特にたくさん生えているところって、そこには陽がめったに射し込まない、つまり、その方角が……」

「……あっ、北、ですね!」

「はい!ただ、1、2本じゃ偶然かもしれませんからみなさんにもコケの生えている方向を確認してもらえれば、と」

 

散って、周囲の木を調べていく4人の映像に、「大和の言葉を受けてェ、周囲に生えている木をつぶさにチェックしていく4人ン……そしてェ」とのナレーションが被さる。

 

「この辺りの木は一通り見終わったね!」

「それで、南はどっちかわかったー?」

「はい、みなさんが調べてくれたコケの情報を踏まえれば……こっちが南、です!」

 

----------

 

「千聖サンだけ、なんか変な方向向いてないか?」

「アレ、スタッフの顔見てるやつだろ」

「め、メタ読みでありますか……」

 

-----------

 

坂道を登っている5人の映像とともに、「コケを元に方角を特定した5人は移動を続けるゥ」とナレーション。

 

「だいぶ登ったしそろそろ……あっ!」

 

何かを指差す日菜とともに「そこにはァ」というナレーションと、『目線の先には!?』という字幕。

そして今度は反対側にカメラが向く。止まった映像は谷と吊り橋が映り、SEとともに『謎の吊り橋!』という字幕。

 

「うわ……この先向かうには吊り橋を渡るか、一旦下りて川を渡るか、ですけど」

「下りるなら、またどこかから上らなきゃいけないんでしょ?それはキツイかも……」

「それなら、これを渡るしかないわね……」

 

そのまま編集点なく映像を流しつつ、「そこで吊り橋を確認する5人だがァ、明らかにボロボロな橋を見てさすがに怖気づいた様子ゥ……」というナレーションだけが被さる。

 

「隙間から川が見えてる……やっぱり他のルート探したほうが……」

「そこまで行くと、ちょっと危険そうですね……それじゃあ……」

 

「迂回路を探そうとするパスパレの面々にスタッフからカンペがァ……」というナレーション。

 

「え、花畑に向かう途中なのに!?」

「緊急ミッション、ですか……?」

 

『緊急ミッション:吊り橋を渡れ!』という字幕と「そんなわけでェ、道中で緊急ミッションが追加ァ……」とのナレーション。

 

-----------

 

「こりゃあ……」

「アドリブで追加ってやつー?」

「ちょっと、念には念を入れるなら避けるべきなんですが……」

「撮れ高が足りないって?」

「そのようですな-……」

 

-----------

 

橋の入口から数歩。

 

「わぁ~いいじゃん、彩ちゃん、早く渡ろ!」

「あっ日菜ちゃん、腕を引っ張らないで~」

「いいじゃん一緒に渡ろうよ~」

「心の準備が~」

 

嫌がる彩をバックに「さすがにィ、心の準備ができていない様子の丸山ァ……」のナレーション。

 

-----------

 

「いやー、これは彩ちゃんの反応が普通だと思うけど」

「踏み板の配置がベタな隙間の開き方をしてるの以外、老朽化は見当たらないので、橋が丸々落ちることはなさそうですが……」

「踏板のせいで全部危なく見えるよな……」

 

-----------

 

「その後ようやく移動を始めた一行だったがァ……」のナレーション。

 

「うわわわ、いやあああああ!なんかすっごいゆれてるぅ~!」

 

 

まず「どうやら先を行く氷川が跳ねるように移動してるせいかァ、橋全体が揺れている様子ゥ……後ろからくる3人も怯え気味だがァ……」

そして『決してマネをしないでください』の字幕とともに「氷川は気にせず進んでいくゥ……」とのナレーション。

 

画面が止まり、さらに続けて、字幕とナレーションで『そしてついに』と。

 

「もうダメかも……これ以上進めない……みんなごめんねぇ」

 

「とうとう止まってしまった丸山の足ィ……果たして運命やいかにィ……」というナレーションと、『撮影中止か!?』との字幕でCMへ。

 

-----------

 

「時間的にもいよいよクライマックスという感じですな……」

「日菜ちゃんはこれを見越し……てはなさそうだな」

「どー見ても天然だろアレ」

 

-----------

 

CM明け。

「このミッションだけは……ごめんね……」

 

「今にも泣きだしそうな丸山ァ……撮影継続の危機であったがァ……その時ィ!」とのナレーションの終わりに合わせて『と、その時!』の字幕。

 

「ダメです彩さん……諦めちゃダメです!」

 

「揺れないよう気を使いながら、丸山の近くへと出ていく大和ォ……」とのナレーション。

 

「しっかりしてください!こんなところで立ち止まってちゃダメです!」

「麻弥ちゃん……?」

「彩さんは今まで、この吊り橋なんかより険しい道を、諦めずに進んできたじゃないですか!こんなところで止まったら、彩さんのこれまでを否定することになりますよ!」

 

「大和の様子に驚く一行ゥ……」とのナレーション。

 

「ジブンの腕につかまってください!1人で進めないなら、ジブンが彩さんの背中を押します!」

 

「そのまま丸山の腕を掴み移動を開始する大和ォ……」とのナレーション。

 

「……そうだよね、何があっても諦めないのが『丸山彩』、だもんね!ありがとう……」

 

「歩を進めること数分……」とのナレーション。

 

「やった~!渡り切った、渡り切ったよぉ~!」

 

-----------

 

「よかったぁ~」

「帰ってきたときの麻弥の様子から切り抜けはしたんだろうなとは思いましたが……ひやひやしましたな」

 

-----------

 

「そしてさらに歩くこと15分ほどォ」とのナレーション。5人が何かを見ているさまを映しながらCM。

 

そのCM明け。

「え……みんな見て……この景色」

「花びらもヒラヒラ舞っていて、カブキみたいです!ここがミッションのお花畑ですね!」

「見渡す限りお花お花お花だぁ~、るるるるんってきちゃったー」

「ふふ、これほどの景色を見せられたら……」

「今までの疲れも吹き飛んでしまいますね!」

 

『ミッション達成!』の字幕に、「見渡す限り花ばかりの絶景ィ……」とのナレーション。

 

-----------

 

「これが噂の花畑でありましたか」

「そういや、この島のこと知ってる様子だったな」

「ええ、雑誌で見たきりではありますが……」

 

----------

 

しばらく花畑と、その手前で談笑する5人の様子が流れつつ「そう、今回は専門家監修の元、ここを最終目的地としてミッションが組まれていたのだァ……大和らの機転により、人知れず達成されたり、回避されたものもあったがァ、番組としても一定の盛り上がりを提供できていれば何よりであるゥ……」とのナレーション。

そして画面が5人を中心としたものに変わり、『最後のカンペ。』との字幕に「と、ここで最後のカンペがァ……」とナレーションが被さる。

 

「特別ミッションですか!?えーっと」

「山頂で新曲の告知を叫ぶ……?」

 

「なんと、代表で一人、花畑をバックに新曲「SURVIVOR ねばーぎぶあっぷ!」の告知を叫ぶことになるというゥ……」

 

「一人で叫ぶ姿を想像するとなかなか恥ずかしそうですね……さて誰が行ったものか……」

「こういうときは……ねー!」

 

全員ある一点……というか彩の方を見る。

 

「ちょっとー!なんで私を見てるのー!」

「「「「お願いね(おねがーい!)(お願いします!)」」」」

「んもー!さっき私の苦手なことの話聞いてたでしょー!」

 

右下に『※渡り切った後の雑談で「本番が苦手」というコメントをしていた』との字幕。

 

彩が仕方なしに花畑に背を向けて立ち、他の4人は一旦カメラの後ろへと下がる。

 

そして--

 

----------

 

「いやーよかったなー……しっかし麻弥ちゃん随分と大活躍だったな!」

「私仕込みの技術でありますからな!しっかりと教えたことを実践できていてなによりでした!」

 

麻弥の「強みを生かせるようになる」という目標への一歩を踏み出した様子に、亜季がひとまずの安堵を覚える裏で、「SURVIVOR ねばーぎぶあっぷ!」をバックにしたエンディングが流れていくのだった。

*1
19:00~23:00にわたる時間帯で、各局の看板番組が並ぶ。特に19:00~21:00は俗にゴールデンタイムと呼ばれる。

*2
VelvetRose、miroirといった、亜季たちの事務所肝いりの後発組でもさすがに無理だったほどには。

*3
テレビ局側が単発特別番組枠に便宜的につけている名称。

*4
筆者注:どのようなフォントだったかはベースになっているイベントのバナーを探してみてください。

*5
著者注:[本気・パニック]白鷺千聖のエピソードを参照。

*6
恐らくはhttps://www.keishicho.metro.tokyo.jp/smph/kurashi/saigai/yakudachi/mamechishiki/950962348243615746.html のこと。




次回掲載予定:6/28 17:00


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「道は拓かれる」
”ジブン”なりのやりかたで


 Pastel*Palettesの特番放映から1週間少々経った8月最後の日曜日、時刻は午前8時。Pastel*Palettesの5人の姿は、新横浜駅近くの、国内指折りの大きさを誇るアリーナにあった。

 かねて*1より発表されていた、亜季たちのプロダクション主催で行われる定期ライブ、その拡大版とでもいうべき1dayアリーナライブ「SummerEnd Story」へのゲスト出演。夏のしめくくりを飾るこのイベントの、17時の開演を前に、まずは9時からゲネプロが行われることとなっていた。

 

 以前に出演したフェスとは違い、この「ゲネプロ」はすべての演目について1曲通しで流し、都度音声面と、舞台演出のチェックを同時におこなう方式となっている。また、順序もはじめからおわりまでセットリスト通りで行うことになっている。*2さしずめ、各曲に対する「通し稽古」とでも呼ぶべきだろうか。

 

 そんな場に、ゲストとはいえ演者としてやってきた5人であったが。

 

「うわぁー、ロビーからもうひっろーい!」

「これが……関東屈指のアリーナ……」

「この間の「夏の偶像」も一応アリーナ級の会場でしたけど、ちょっと格が違いますね……」

 

日菜以外はみな一様に、「夏の偶像」すら大きく上回る会場の威容に飲まれそうになっていた。彩など、早くも声も上げられず顔を青くしているありさまで、次に緊張していただろうイヴに、

 

「アヤさん、本番どころかリハーサルもまだですよ!」

 

と檄を飛ばされる始末である。

 なだめすかして、何とか彩を立ち直らせると、5人は関係者口から入る。案内のままにまずは控室へ向かう途上、この日5人につく事務所のスタッフと合流した。

 

 これまでのゲストを呼んだ定期ライブでは、レギュラーの出演者とは別の控室・ゲネプロ等は必要な時刻での入りで最小限のチェック・出演が終わると即退出、という待遇にすることも結構な割合であったそうだが、今回は亜季を含めた演者数人の希望と、ライブ運営側上層部の厚意もあって一部演者と同室・レギュラーの出演者と同様のチェック・ゲネプロから終演後まで滞在可能、という扱いがなされることとなった。以前から別部門でも関わりのある事務所として、ライブにおける管理面でのノウハウの共有もある程度意図しているものと思われる。……が、ブッキングした演者以外にやってきたスタッフが1人だけ、という状況はその意図が伝わっていないことを示しているようであった。

 

 控室にはひとまず荷物を置きに来たくらいで、ほどなく運営側のスタッフから、控室と別口で用意されている集会室*3への移動を促される。事前に5人が聞いたスケジュールによれば、ここでは楽器周りの上げ下げをはじめとした大まかな段取りの最終確認が中心だが、当日までに変更となった演出内容があれば、それも伝達されることになっている。

 

「えー、おはようございます。本日のアリーナ公演、午前中の早い時間ではありますけどもリハーサルのほう進めていこうと思います」

 

舞台演出を担当している、中肉中背の、赤みがかった茶縁の眼鏡をかけた男性により、説明が進められていく。金曜の会場設営以降に2回行ったという、演者抜きでのリハーサルの結果を受けていくつかの変更点が報告されていたが、特にPastel*Palettesの面々と関係のある事項はない。続いて、今回から定期ライブにもシンデレラバンドが投入され、そして楽器を使用するということで、事故防止も兼ねて改めての上げ下ろし*4の段取りが確認される。こちらはセットリストの都合上5人にも関係があるため、何度も聞いたことではあるが改めて、これまで聞いた内容との違いが発生していないかを確認していた。

 

「……さて、本日はシンデレラバンドとは別に楽器を使って演奏される方がいらっしゃいます、というわけでね、リハーサルで舞台上がられる際にも改めて紹介しますけども、本日のゲスト出演者、Pastel*Palettesがすでに後ろにいらしています」

「「「「「よろしくお願いします!(しまーす)(いたします)」」」」」

 

亜季たち、レギュラーの演者側も「よろしくお願いしまーす」などと声をかける。が、亜季、夏樹、輝子といった、ある程度顔なじみのある面々はともかく、そうではない、初対面の演者は「本当に大丈夫なのか?」という疑念を、その多寡によらず顔に滲ませている。(どこか試すような表情の5人組やら、関心があるのかないのか、泰然自若とした様子のボブカットの演者やらもいたが)

 

 亜季たち顔なじみの者も、その様子について無理もないことだとは思う。なにしろ今日のPastel*Palettesが登場するタイミングは、楽器設置のために設けられている休憩明け。単なるゲスト出演者でではなく、ある種の露払いとしての役割--休憩をはさんだことで緩んだ空気の会場を温めなおし、シンデレラバンドおよびレギュラーの演者たちへとバトンタッチすることが求められているのだ。

 

「それでは1日事故なく進めていきましょう、よろしくお願いいたします!」

「よろしくお願いします!」

 

いささかの不穏をはらみつつも、その場は一旦解散となった。5人は炎陣の面々をはじめとした、同じ控室の面々で固まって移動する。

 

「いやはや、先ほどは失礼しましたな」

 

リハ前からあんな空気を出してしまうとは、と亜季が代表して、Pastel*Palettesの5人に向けて陳謝する。

 

「いえ、セットリストをもらった時点で何を任されているのかは理解してますから」

「結成3ヶ月のゲストに休憩明けを任せる、なんて聞いたら、私たちが同じ立場なら不安にもなりますって」

 

千聖と彩が、亜季の言葉に恐縮する中で、

 

「フレちゃんみたいにバックバンド付で歌う子たちで先にトークして温めておくし、ケセラセラだよ~」

「英語でもフランス語でもないんですね……」

 

同じ金髪でも千聖とは異なって、いかにも異国の出身という顔立ちをした女性--宮本フレデリカがどこか暢気な声かけをし、イヴがつい、脱力したようなツッコミを入れてしまう。結果的に空気を和らげてみせたフレデリカであったが、それが当人の、いつものおちゃらけから来たものなのか、本当に空気を読んで実行されたもの*5なのかは、誰にも分からないのであった。

 

---

 

 控室に到着して動きやすい服装に着替えると、すぐさまリハーサルでの所定の位置への移動となる。着替え自体はそれなりに急ぎでのものであった。が、はじめからそういう服装であったらしい、フレデリカや、ベリーショートに近い黒髪をした少女--速水奏をはじめとした、全員が10代であるとは到底思えない大人びた顔立ちをした5人組--LIPPSの面々からの、「フェスの映像見て、共演を楽しみにしてた」だの、「不安がってた子たちもやさしさからだよ」だの、「噛んだりとか含めてかわいいところが見たい」だのという、激励半分からかい半分の言葉をかけられながらのものでもあった。

 控室の面々が全員着替え終わり、事前の水分補給などしていると、まずはLIPPSと炎陣が、ステージが設置されている方へと誘導され、Pastel*Palettesの5人はそのあとしばらくしてから案内がかかり、()()()からアリーナ内部へと通されていく。

 Pastel*Palettesの5人が入ってきたのは、このライブの開幕を告げる「BEYOND THE STARLIGHT」がちょうど流れ始めたところであった。ここでは、いつもの定例ライブよろしくまず全員がステージの両袖から入って指定の位置に立ち、「私たち、シンデレラガールズです!」という掛け声をきっかけに曲がかかる、という流れになっていた。

 もはや様式美というべき手順を踏んでいることから、ここでは音響面、演出面いずれもつつがなくチェックが進んでいた。この時間帯はもっぱら、初めての会場ということで懸念されている各種のトラブルについて、応急的な対処のレクチャーがなされていった。と、一通りその辺りの説明が終わったところで--

 

「さて、Pastel*Palettesのみなさんにはもっと近くに寄ってもらって、先輩方の様子をまずは客席から目に焼き付けてもらいましょうかね」

 

ホラホラ、と、軽口とも何ともつかない舞台演出の一声により、客席最前部から10列ほど後方、ファンとしては近さと全体の見えやすさが両立された垂涎の位置からの見学と相成ったのである。

 

 そこからしばらく、ライブ前半に固められた、打ち込み音源による楽曲の確認が行われていく。それは、出演者のソロ曲のうち、明らかにシンデレラバンドによる演奏に無理がある*6ものから、夏を表すのにふさわしいパッション溢れる曲たちであったりとか、どこか沖縄を感じさせる音、本来はちっちゃい子によるものであろう音頭だったり、続けてなぜか非公式な感じの音頭であったり。どちらかといえば季節重視で、これまでも事務所の様々なアイドルが歌ってきた曲を中心に選択されており、いわゆるユニットの曲は大きく絞られているものの、メンバーが揃っている曲*7については、後半に回されたもの以外しっかりと含まれていたりもする。

 

 そうして前半戦が終了し、現在の確認事項が終わると次は前半の締めくくりとなる「イリュージョニスタ!」、というところで

 

「ではパスパレのみなさん準備お願いしまーす」

 

と声がかかる。いよいよ、5人の出番がやってくるのだ(まだリハーサルだが)。

 

 5人は一旦、控室へと戻る。

 ドラムは共用、イヴのみが使用するショルダーキーボードは、事前に搬入して台に置いてあり、出番終了時にイヴが持ち帰る、という段取りになっており、彩を含めた3人については日菜と千聖を待つ形になっている。ギターやベースは前日に調整した上で引き渡しがあったが、最低限のチューニングのチェックを日菜と千聖、各自で行っていく。

 

「よし、昨日と同じ状態になったかしら」

「こっちもオッケーだよ!」

「はい、こっちから聞いていても、どちらも大丈夫ですよ」

 

ほどなくして弦楽器組の最終調整が終わり、楽器は一旦スタッフへと引き渡される。それを確認すると、誘導係と思われるスタッフの1人が、今度は5人をステージ方面へと案内していく。

 

---

 

 「イリュージョニスタ!」のチェックが終了し、休憩明けに短く挟まれるトークの内容確認が行われているところに、Pastel*Palettesの5人が現れる。5人は、既に楽器のセッティングが完了している台の上へと乗り、イヴ・日菜・千聖はまずは目視での接続確認を行う。

 日菜(ものの20秒くらい!)、イヴ、千聖の順で、麻弥に向けて確認が終わったことを示すハンドサインをすると、今度は麻弥が再度確認して、いつもの機材との位置関係と微妙に違っているところを修正したり、を3人分行ったところで、麻弥も両腕で〇を出してきた。そして--

 

「さておおよそトークの内容もまとまったところで……どうやら後ろにいるみんなの準備もできたみたいですねぇ。んじゃあ、音出ししてもらってる間にみんな移動しよっか」

 

演出担当がそう言うや否や、舞台上にいた10人ほどの演者たちは捌けていく。どうやら控室等へと向かっているようだ。とはいえ5人に気にする余裕は……

 

「がんばりまーす!」

 

日菜は捌けていく面々の声に応えて手を振っていた。これには麻弥と千聖も苦笑い。

 そして他の演者たちが捌けきるかどうか、というタイミングで音出しが開始される。

 

「ではまずドラムからお願いします、イヤモニも随時確認してもらってよろしいですか」

 

というPAからの指示に、おのおの了解を示すハンドサインをする。

 

「ではバス*8からー!」

「スネアお願いしまーす!」

「次はタム回してくださーい」

「では3点*9でおねがいしまーす」

 

矢継ぎ早に飛んでくる指示に、何事もなかったかのように応える麻弥の姿は、さすがに(駆け出しとはいえ)スタジオミュージシャンであったことの名残といったところか。そこを抜きにしても、Pastel*Palettes結成以来それなりに場数を踏んできたということでもあるが。

 ともあれ、つつがなく麻弥のチェックは終わるものと思われたが、

 

「んー、ちょっとドラムのマイク位置動かしましょうかね。微妙にノイズ乗っちゃってる感じに聞こえるので」

 

という指示とともに、ドラムの音を拾うために設置されているマイクの位置が、わずかではあるが先ほどよりドラムから遠くなるようにずらされ、

 

「では改めてバスから--」

 

ともう一度、先ほど行ったルーティンを行うハメになってしまった。今度は問題なしということで、

 

「じゃ最後全体でー……イヤモニ大丈夫ですか?」

 

(チェックのしようもない麻弥以外の)各自で、両腕で〇を作るなどのサイン。それを見て。ではOKですので続いてベースください、とPAからの千聖への指示が入る。まず今日弾く中での最低音(4弦の2フレット目、頻出)、続いて2曲目で何度か現れる最高音(1弦の12フレット目)をしばらく鳴らし、そして音程の上下動が激しい、1曲目のサビで弾くリフをひたすら、本番同様に弾いていく。

 

「オッケーです!他のエフェクト等ありますか?」

「特にありませんね」

「ではベースも一旦おしまいで、次ギターください!」

 

はーい、と手を挙げて応えると、まず両曲で頻出する最低音(6弦の1フレット目)に始まり、続いて1曲目のギターソロで出現する最高音(1弦の20フレット目付近)を鳴らし、2曲目のAメロをひたすら鳴らしていく。

 

「はいオッケーです、他ありますか?」

「2曲目ちょっとだけエフェクターちがいまーす」

「ではそちらもお願いしまーす」

 

日菜からの申告に沿って、先ほどと同様のルーティンでチェックを行うよう指示を出し、日菜は2曲目用の設定へと、フットスイッチで切り替える。こちらもつつがなくチェックが進んでいく。

 

「はい大丈夫です。ベースとギターについてもイヤモニ通ってましたか?」

 

PAから再度の、イヤモニに関する質問に、各自で大丈夫、の意を示すハンドサイン等をする。

 

「ではキーボードお願いします」

 

イヴもベースやギターと同じ要領で進めていく……のだが。彩ほどでないものの既に緊張しているためか、手がうまく動いてくれない。

 

「ちょっと音小さかったのでもう一度お願いできますかー?」

「すみません、お願いします!」

 

数秒ほど、瞑目して一つ深呼吸。目を見開くと、再び音を出し始める。今度は本番同様の音量で出すことができた。

 

「はいOKです。こっちはライン入力ということでまた確認なんですけども、イヤモニにも音は通ってますか?」

 

すぐさま、大丈夫とのジェスチャー。

 

「ではマイク行きますね、まずはコーラスをする4人から、さっきのチェック順でそのままお願いしますー」

 

続けて、マイクのチェックが始まる。まず、麻弥のみ*10が使用するヘッドセットのチェックが行われ、続いて他3人のハンドマイクを、チェックしていく。*11トレーナーから教わったチェック方法(ハ行を伸ばして発音する、というもの)に従って、各自で進めていく。

 こちらもつつがなく終了すると、最後に、メインボーカルである彩の番となる。こちらはほぼコーラスのみの4人と同様のチェックを簡単に行ったあと、1曲目のサビを歌うことでチェックを進めていく。

 

「はい、大丈夫です」

「それじゃあ、まず入りから1曲やってMCまで行ってみましょう……あ、じっくり見たい子は観客席来ちゃっていいからね」

 

思いの外スムーズに音出しを終えた直後、演出家がしれっと告げた一言に、主に彩とイヴが震えあがることになった。

 

「じゃあ一旦はけてもらって……ここでMCが「続いては……この曲です」って言ってそれきっかけでー、キュー」

 

 一旦、待機位置へと移動した5人が、入りの切欠指示とともに入場してくる。バックではしゅわりん☆どり~みんのオフボーカル版が流れ、モニターにはPastel*Palettesの紹介ムービーが映されている。実際にはこの紹介ムービーを映すモニターくらいしか光源がなくなるが、現在は多少薄暗くする程度で進行している。彩が台の段差から降りるところで若干躓いたものの、大きく転倒してしまうようなことはなく、建て直すことに成功した。

 そして、全員が所定の位置につくと音が小さくなり、イヴ・千聖・日菜が音を軽く確認していく。BGMが音が完全に消えたところで、全員で顔を見合わせあい、うなづく。そして、改めて麻弥とイヴが見つめ合う格好になり、麻弥がドラムスティックを打ち鳴らしながら4カウント。スネアとショルダーキーボードの音が同時に鳴り出して--

 

 

 

 サスティーンを効かせたギターとショルダーキーボードから奏でられるストリングスの音が徐々に消えていく。見ている人数のせいかまばらではあるが、この後しばらく間が空く演者が集まっている観客席の一角からは、拍手も起こっていた。

 

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

「……はい、OKです!とりあえず、こっちの設定は2曲ともさっき合わせた通りで大丈夫でしたけども、イヤモニ等、違和感あれば今のうちにお願いします」

「……千聖ちゃんは?大丈夫、うん、日菜ちゃんは……聞くまでもなさそう、イヴちゃんと麻弥ちゃんもおっけー……はい、大丈夫です!」

 

彩が後ろを見回し、他の4人にそれぞれ確認していく。特段異常はなかったのか、千聖は直接大丈夫だと声をかけ、日菜はニコニコしてサムズアップ、イヴと麻弥はそれぞれ大丈夫である旨のハンドサインを出してきたことから、彩は問題がなかった旨を報告し--

 

「それではPastel*Palettesのみなさん、チェック完了です。おつかれさまでした!」

「「「「「おつかれさまです!」」」」」

「では、この後シンデレラバンドのみなさんが来ますので一旦サオモノ*12とショルキーは持ち出していただいて、アンコール部分のチェックの時間になりましたら、また持参してください」

 

5人のリハーサルは幕を下ろしたのであった。

 

---

 

 舞台演出からの指示に従って作業を行い、再び控室。渡し終えた直後、ケータリングルームが開いたとの案内を聞いて、日菜は早々にそちらへと向かっていった。まだ一応チェック箇所もあるのだから、と千聖が止めようとしたものの失敗してしまった上に、イヴも一緒に引きずられて行ってしまっていた。

 麻弥がモニターの方に目を向ける。モニターからは、亜季が所属している、炎陣とは別の、タイアップで結成されたユニットの曲である「Max Beat」が流れていた。

 

「うぅ……高垣楓さんや十時愛梨さん、それに……さっきはリハーサルの緊張で考えてもなかったけど、LIPPSの人たちとも共演……今更だけど……」

 

彩が、今になってまたに緊張し始めた様子でうつむいており、その様子を見た麻弥と千聖が苦笑する。

 

 ともあれ、ひとまずはリハーサルを無事に終えることができた。MCはさておき、ライブについてはPastel*Palettesの中では慎重派な2人にも十分な手ごたえが生まれてきている様子だ。もちろん、修正したいところはまだ多数あるのだろうが、特に1曲目--「SURVIVOR ねばーぎぶあっぷ!」はレコーディングすらここひと月での話であるから、ライブアクトについてはこれから演奏を積み重ねていく中でブラッシュアップしていけばいいのだ。

 そして今舞台上にいる亜季に言わせれば、麻弥の中ではなによりも--「ジブンなりに何ができるのか」に従って動けるようになってきてるのだという。彩やイヴのように、普段から声をかけたりして、精神的な支柱になるのは、今はまだ難しい。それでも、練習やライブ前、みんながやりやすいよう先んじて機材のセッティングしたり、機材に問題がありそうな時に確認したり、チューニングが大丈夫か(特に、チューナーを使わない日菜について)外から見たり。これまで目の前の仕事に追われていたなりにやっていたことのうち、何が・どのように他のメンバーのためになっているか、分析してやれるようになっているのだ、と。

 

 

 

 日菜たちもほどほどに食べて一旦満足したのか戻ってきた後、さらにしばらくすると、再び5人に声がかかる。アンコール前までリハーサルが進行したので、先ほど指示があった通り、一旦楽器隊で持って引き上げた機材を再度台へと戻す作業へと向かうこととなった。

 5人がステージ袖に置かれた台へ着くと、舞台上ではアンコール1曲目となるM@GICが流れていた。日菜・千聖・イヴはそれを聞いてか聞かずか、黙々と再度の設置・機材設定をしていき、特に機材設定についてはあいまいなところがあれば、順次麻弥へと尋ねていく。

 

「イヴさんもこれでよし……再設置終わりました!」

 

麻弥が作業終了を報告すると、本番での、ドラム以外の楽器類の取り扱い(舞台袖で待っているスタッフに手渡し)について説明がなされ、麻弥が順次必要な点をメモをしていく。

 そこまで終われば、あとは控室に戻ることになる……はずなのだが、実はもう一つだけ、舞台上でやることが残っていた。アンコールのMC確認も終わったのを見たスタッフが、5()()()()()()()()()()()()。そして、受け取った5人はステージ袖へと向かっていき--

 

---

 

16時50分、ウェイティングルーム。この日の出演者が全員集まり、円陣を作る。その様子をスタッフ共々、Pastel*Palettesが遠巻きに見ている。

 

「それじゃあ、夏の終わりにピッタリの、熱いライブにしていきましょう~。シンデレラガールズ、わたしたち~」

『ナンバーワン!』

 

 

 

 そして、17時……出演者数人による開演前の諸注意ののち、アリーナ全体が消灯される。

 

「わたしたち~」

十時愛梨の、漏れ聞こえてくる普段の様子からは想像できない、アイドル然とした掛け声を切欠に--

 

『シンデレラガールズです!』

ライブが、幕を開ける。

*1
筆者注:5話を参照。

*2
本公演のように、途中で楽器の設置・使用があるライブでは逆順にしておくのが普通だが、この日のセットリストではアンコール前に撤去作業を行うことになっているため、正順で行うという判断になった。

*3
本番中はウェイティングルームに変わる。

*4
今回、楽器は移動用の台に乗せられた状態で使用する。

*5
時折、そういう姿を見せるらしい。

*6
バンド編成の一部楽器が使われていないとか、シンセサイザーが担当しなければならない音が多すぎるとか、その辺りが理由になりがち。

*7
たとえば、白菊ほたると鷹富士茄子からなるミスフォーチュンが揃っていたりする

*8
バスドラム。

*9
スネア・ハイハットシンバル・バスドラムのこと。ステージ上で行われているのは、この3つを使って適当にリズム刻んでくれ、という指示。

*10
この「SummerEnd Story」には、残念ながら三村かな子らの出演がない。

*11
余談だが、アンコール後最後に歌うとある曲にも途中から、5人が参加することになっているのだが、麻弥はそのままヘッドセットを装着しなおして歌うことになるらしい。

*12
ギターとベースのこと。




次回、最終回&エピローグ。
投下予定日時:7/5 19:00


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道を拓いて

 --ライブが進んでいく。

 年々インフレしてるとすら感じられる、今年「も」猛烈だった暑さを象る楽曲たち--「Orange Sapphire」や「SUN♡FLOWER」、あるいは「いとしーさー♥」も含まれるだろうか。いずれもCDでの歌唱メンバーが1人ずつしかいないが、前者2つはもはやそれが例え0人でも演奏される定番曲である一方、「いとしーさー♥」まで押さえられていたのは、オーディエンスに意外だと受け止められただろうか。また、「銀のイルカと熱い風」も前半戦のうちに演奏されたが、こちらはOrange Sapphire以上に季節もメンバーも気にせず演奏される曲ではあるので、ここに含めるのは多少ためらわれるか。

 夏は夏でも納涼感を感じさせるのは小学生組のいない「なつっこ音頭」*1からの多田李衣菜・向井拓海・二宮飛鳥による「でれぱ音頭*2」、「とんでいっちゃいたいの」辺りであろう。

 それらの、ライブのタイトルに沿って選出された曲たちに加えて演奏される、バラエティ様々なソロ曲や、メンバーがそろっているユニットの曲もいくつか演奏され、前半戦はあっという間に過ぎ去っていく。

 

 前半の締めくくりとなる「イリュージョニスタ」が始まろうかというところで、ライブ運営スタッフがPastel*Palettesの5人を呼びに来る。

 

「時間ですので準備お願いしまーす」

「「「「「はい!」」」」」

 

気が付けば、本番の時がやってきていた。おのおの緊張の色はあれど、出来への不安はない。手ごたえはリハーサルで掴んだ通りだと、その顔が物語っている。

 移動した先では、この後休憩中に出される台の、その上に乗った楽器たちのチェックをまず行う。本番中ということで音は出せず、改めて配線等に問題がないかだけを見ることになる。各自でチェックを行ったあと、再度麻弥が確認し、異常がないことを認めると、ちょうど、レギュラーの出演者全員による

 

『--Have a Good Night♪』

 

が聞こえてきたところであった。

 

「後半戦も、今まで以上に盛り上がっていこうね!」

 

ピンク髪の少女--城ヶ崎美嘉が休憩前を締めると、演者たちが一旦舞台裏へと消えていく。入れ替わるように、楽器を乗せた台の移動が開始される。

 

「ただいまより、10分間の休憩に入ります--」

 

裏では、休憩に際してのアナウンスが入る。時刻は18時10分を回ったところであった。

 舞台裏へ戻ってきた面々から、「期待してる」、「お客さん、驚くよー」、「気合です」といった声がかけられる。亜季などは、もはや言葉は不要か、麻弥たちに向けてサムズアップだけをして送り出していた。

 台の設置が終わり、出音のチェックをしているさまが聞こえてくる。必要があればスタッフに紛れて出向く必要があったが、今回は大丈夫のようだ。

 それらが止むころには、間もなく休憩終了であることを告げるアナウンスが聞こえてくる。

 

「私たちも円陣、しよっか」

 

アナウンスが聞こえてくる裏でふと、彩がそのようなことを提案してくる。

 

「……別にいいけれど、急ね」

「うん、円陣いいね!さっき見ててるんっ♪てきてたんだ!」

「そういえば、剣道部でも団体戦の前などにはやっていますね、ブシドーを感じます!」

「バンドらしくていいと思います!」

 

4人から、おおむね快諾を得られたところで、彩が、遅れて4人が、手をかざす。

 

「まんまるお山に……」

「パスパレー!」

 

彩の声に割り込んだのは、他の3人と比べて乗り気でなさそうだった千聖で--

 

「「オー!」」

「ブシドー!」

 

円陣はいささか、締まらないものになってしまったが、彩を筆頭に緊張はほぐれてくれた様子だ。

 

---

 

「--それじゃー、そろそろ次の曲に行ってみよー」

「次の曲は……」

『この曲です!』

 

休憩明け、客席に向けてウェーブを要求するなどの煽りを入れつつ短いトークを挟み、次の曲の始まりを告げると、一旦照明が落ちる。観客は、休憩の間に搬入された楽器群を見て、この後の展開を察している様子だ。

「しゅわりん☆どり~みん」のオフボーカル版が流れだし、ステージ上のモニターには

 

「Today's Guest...」

「Pastel*Palettes」

 

と、Pastel*Palettesのロゴが表示される。事前に幾度となく告知されていたことからこの登場は予期されたものであったようで、観客席からはしっかりと歓声が起こる。

 まだ照明がつく前に5人は所定の位置につく。照明が再び点灯するまでに軽く音出しをして、チューニングに問題がないことを確認する。各自、準備が終わったことを確認し、全員で顔を見合わせあい、うなづく。そして、改めて麻弥とイヴが見つめ合う格好になり、麻弥がドラムスティックを打ち鳴らしながら

 

「5、6、7、8!」

 

4カウント。リハーサルと同様のルーティンから、曲が開始される。

 

 まずはスネアとショルダーキーボードの音が同時に鳴り出す。よく言えばきらびやか、悪く言えばキンキンとした、鉄琴のような電子音を下支えするように、スネアロールが響く。高速なロールが4小節続き、ラスト1小節の4拍目直前に日菜が、2弦の5フレット辺りからグリッサンドでさっと往復する。それに彩の「せーのっ!」という掛け声が被さる。

 

『ファイファイファイオー!ファイファイファイ! \ねばーぎぶあっぷ!/ ファイファイファイオー!ファイファイファイ! \ねばーぎぶあっぷ!/』

5人でのユニゾン。あわせて、歌詞通りの合いの手が観客席からも飛ぶ。日菜・千聖ともに、イントロから動きがやや多く、歌いながらで弾くのはなかなか難しいフレーズがあるが、日菜は軽快に、千聖もどうにかリズムを崩さずに弾くことが出来ている。

 

『雨、雪、嵐が吹く どうしようもないそんな日は』

日菜の跳ねるようなアルペジオをバックに、彩のボーカルが響く。『そんな日は』に重ねて、「そう!そう!あるね!」と、コーラスと観客席からのコールが重なる。

 

『とにかく進むしかないの!アイドル人生は甘くないね…』

ここも、最初のフレーズとコード自体はほぼ同様……なのだが、このフレーズでは日菜は2小節ごとにハンマリングとプリング*3を活用した、速いアルペジオを使用している。『アイドル人生~』からは、素早く通常のコード弾きに戻してもみせる。いずれも、オーディション合格の少し前というギターの開始時期からすれば驚異的とも言える技術だ。

 

『泣きたいときは、泣けばいいのです。』

Bメロに入り、日菜のアルペジオは3弦付近を使用し、フレットもボディ寄りの位置を選択することで先ほどよりオクターブ単位で音が上がる。それをバックに彩が歌い、フレーズの末尾に合わせて「エ~ン!エ~ン!エ~ン!」と、4人のコーラスと観客からの合いの手。

 

『怒ったときは、怒ればいいのです。』

続けて、フレーズの末尾に合わせて「プン!プン!プン!」と、4人のコーラスと観客からの合いの手。

 

『ガマンするのは』

ここでは合いの手として「カラダに毒ですっ!」とコーラスと観客席からのコールが重なる。

 

『歩けないなら 後ろから押してあげる!』

再び日菜はコード弾きに切り替えた後、ハイポジション側からのグリッサンドを合図に、5人、そして観客からの

 

『\せーのっ!/』

 

で、サビへと突入する。

 

『5人ピースでうまれた☆[ほし]たち 夢のてっぺんまで \コッチだよ/って引っぱって』

サビは再び5人でのユニゾンに変わる。千聖は左手の細々とした動き、日菜はスタッカート交じりのコード弾きを要求されながら、そしてAメロBメロでは出番の少なかったイヴも、ここではボーカルと同じ音域に入り、楽器隊側でのボイシングにおける高音部を確保しながら、の歌唱となり、急に鼻歌を歌いださんばかりの日菜はともかく(若干スタッカートの怪しい瞬間はあるが)、千聖とイヴは何とか両立しているというところだ。なお、これまでと比べ圧倒的に高速な楽曲なのにも関わらず、涼しげな顔でドラムボーカルをこなす麻弥については考えないものとする。

 

『支え合い、許しながらも進むんだ!』

ここは「5人ピース~」と同じ進行。フレーズの締めでは、この曲の要所要所で挟まる日菜のグリッサンドがあり、

 

『(チャチャチャッ♪)拍手で (チャチャチャッ♪)おめでと! 言える日までは…☆』

「チャチャチャッ♪」はこの曲用の同期音源にあるコーラスだが、音がやや小さめで、観客からの合いの手が入ることが前提になっている。この会場の大部分でも、観客によるコールしか聞こえてこない。

 

『(チャチャチャッ♪)みんなで (チャチャチャッ♪)目指すよ サイコーへ!』

「チャチャチャッ♪」のところでは一瞬楽器の音を消して、ボーカルだけになるようにしなければならないが、麻弥が少しだけ出音を大きくしてアクセントをつけ、4人ともそれなりに揃ったタイミングでミュートすることが出来ている。麻弥による工夫はあれど、短期間で必要なクオリティまで持っていけたのは練習と、場数を踏んできた成果と言えよう。ここでも、音源のコーラスに合わせて、観客によるコールが聞こえてくる。

 1番が終わると入りの緊張が解けてきて、観客のコールや歓声に気づいたのか、彩の表情が綻ぶ。

 

「ありがとうございます!Pastel*Palettesでーす!」

 

歓声。

 

 

 

 ウェイティングルーム。

 

「彩ちゃん、カタさとれていいカオしてんじゃーん☆」

「あの白鷺千聖がバンド組まされてベース弾いてる、って言うから興味本位で見てたけど……本番でもだいぶ様になってるわね」

 

LIPPSの5人がやいのやいの言っている傍らでは、

 

「リハーサル通り出来てる……よかった……フヒ」

「あの子も……楽しそうにしてる……」

「バンドという形でやるにはきらびやかすぎるけど……悪くないね」

 

衣装はメタル用ながらまだ「オフモード」の輝子と、金髪で片目が隠れた少女--白坂小梅、頭の方々にピンクや水色のエクステをつけた少女--二宮飛鳥が、それぞれに所感を述べあう。

 

 別の一角では、

 

「おっし、ファンからの声援もいい感じに来てんな!」

「発表してからアタシらでしっかり宣伝したかいがあった感じだね~」

「麻弥ぁ……いいぞぉ……今日も輝いてるぞぉ……」

 

炎陣の面々がいつも通りのはしゃぎよう。

 

 そして--十時愛梨と、この日の出演者のなかでも一際年上と思われるボブカットの女性……高垣楓--多忙ゆえに定期ライブにはめったに現れない、事務所を代表する2人が真剣な表情で見守っている。

 

 

 

 さてこの「SURVIVOR ねばーぎぶあっぷ!」については、多くを語る必要はないだろう。何しろ、プライムタイムのシメに流れた曲である。1週間少々前に放映された特番の直後に、各種サイトで配信が開始され、特番によるタイアップをおこなった分しっかりと売上等への反映があったという。楽曲としては、これまでライブで演奏してきた曲や、「はなまる◎アンダンテ」と比べると、ギターとベースの音がより全面に押し出された曲である。が、この種の曲も今となってはアイドルの歌としては珍しくなくなり、しっかりアイドルポップスの範囲内に収まっている。観客側に求める合いの手がこれまでよりずいぶんと多いことも、アイドルの曲らしさを助長しているだろうか。その一方で、テンポはこれまでの曲と比べ物にならないほど速く*4、特番で行ったようなサバイバルと、アイドルの道の険しさを絡めた歌詞と合わせて、これまでとは別の方向性を打ち出そうという試みがなされている。

 

 閑話休題。

 

『(チャチャチャッ♪)みんなだ ありがとう☆』

 

 2番も終わり、間奏へと入る。サビ終わりでテンポを落とすような歌い方になり、間奏に入ると一旦拍子も3/4に変化する。日菜は左手をネックの中央付近に触れさせてのピッキングハーモニクス*5。それに合わせ、イヴもこの曲で一貫して使用してきた音色でバッキング*6をしていく。

 再び4拍子に戻ると、今度はショルダーキーボードの音がエレクトリックピアノに変わり、こちらがメロディラインを紡ぐ。入れ替わるように日菜のギターはバッキングとなるコード弾きに一旦切り替わる。10秒ほどそれが続き、イヴが弾き終えると歓声。その歓声をかき消すように、今度はギターソロが始まる。曲自体の速さもあってか、例によって「アイドルの曲」としては浮いてしまいそうなほど激しいプレイであるが、相変わらずギリギリのところで曲との調和を崩さずにいる。その激しさを保持したままに、曲はクライマックスに入る。

 

『5人いるには訳がある 乗り越えられない試練なんてない! さあ、いくぞ~っ!』

短いがこの曲にはいわゆる「Cメロ」があり、ここがそれに当たる。やや早口で歌うこの部分も基本的にはユニゾンなのだが、「さあ、いくぞ~っ!」は音源では5人で歌っているところ、彩が叫ぶように呼びかける。

 

『\フレッ!フレッ!パスパレ~!/』

呼びかけに応えるように、歌詞、そして5人の声に合わせて、観客たちの合いの手が飛ぶ。

 

「ありがとー!」

 

日菜のバッキングギターとイヴのメロディラインによるフィルインをバックに、彩が感謝の叫び。そして--

 

「せーのっ!」

 

楽器の音が一瞬消えて、Pastel*Palettesと観客一体での掛け声。そして最後のサビへとなだれ込んでいく。ここからは1番と同様の展開、歌詞、コールだが、クライマックスとあってより会場一体となっての演奏に変わっていく。

 

『(チャチャチャッ♪)目指すよ 』

「サイコーへ!」

 

次に備えて、彩のみで声を張りつつ、勢いはとどまることなくサビが終わる。そしてそれに被せるように、

『ファイファイファイオー!ファイファイファイ! \ねばーぎぶあっぷ!/』

まず4人と観客で。

 

『ファイファイファイオー!ファイファイファイ! \ねばーぎぶあっぷ!/』

そして彩も合流し、5人と観客で歌う形を3回繰り返す。それも終わると、麻弥のはテンポを落としながらタムを回していき、日菜と千聖がサスティーンをしっかりかけ、麻弥が軽くかき回しをする。イヴも締めにかかるよう短く音を鳴らし、最後は日菜のグリッサンドで幕を下ろす。

 

大きな歓声。

 

 

 

 ウェイティングルームも、拍手と……

 

「いいぞぉ麻弥ぁ!」

「やっかましい!」

 

ひとかどの、賑わい。

 

 

 

「大きな声援ありがとうございまーす!改めまして……」

 

彩が左右、後ろと見て。

 

「「「「「Pastel*Palettesです!」」」」」

 

曲が終わった直後と同様の大きな歓声。

 

「ええっと、発表がちょうど3週間前のフェスで、この「SURVIVOR ねばーぎぶあっぷ!」なんて初出し、配信して1週間ちょっとだったから、どれくらいパスパレやこの曲のこと知っててくれてるか不安だったんだけど」

「コールおっきかったねー、るんっ♪ってしちゃった」

「イヤモニつけてましたけど、声援がしっかり聞こえてきて……心強かったです」

「みんな、ありがとー!」

 

三度の歓声。

 

「そ・れ・で・も、今日初めて私たちを見る人もいるみたいなので、メンバー紹介をしてこうと思いまーす!」

 

歓声に交じって、「噛むなよー」などと聞こえてくる。

 

「もー、そんな簡単には噛まないです!それじゃあまずはギター、ひきゃ……氷川日菜!」

 

「るん♪ってする声援よろしくね、氷川日菜でーす!」

 

先の「SURVIVOR ねばーぎぶあっぷ!」における、間奏入りでのハーモニクスからのタッピングを再度披露する。

 

「ドラムス、大和麻弥!」

 

麻弥も、同曲の冒頭を多少アレンジしたスネアロールとタム回しを行い、最後はシンバルを叩いてすぐに手で掴んでミュートした。

 

「上から読んでも下から読んでもやまとまや、大和麻弥です!」

「続いてキーボード、若宮イヴ!」

 

先ほど日菜が弾いた箇所の直後にあるキーボードソロの前半部を弾く。

 

「若宮イヴです。みなさんの声を力に変えます、ブシドー!」

「そしてベース、白鷺千聖!」

 

イントロを弾くと、どこを弾いているのか気づいた一部の観客からコールが起こる。

 

「ありがとうございます。白鷺千聖です、最後まで楽しんでいってください!」

千聖が自己紹介すると、やはり子役としての知名度なのか、歓声に交じって千聖ちゃーん、などという声が他の面々よりはっきりと聞こえる。

 

最後は例によって千聖が引き継いで、

「それじゃ最後はボーカル!」

「まんまるお山に彩りを、丸山彩でーす!」

 

歓声の中に、噛んじゃったねー、などと聞こえてくる。

 

「あーちょっと!なにもなかったんだからね!」

 

1曲やった後とあって紅潮していた顔をさらに赤くする彩である。観客席からは実際に噛んだときよりも大きな笑い声。一つ深呼吸。

 

「さて、楽しい時間もあっという間で……次で最後の曲になります!」

 

えー、まだきたばっかー、などの声が飛び交う。

 

「この曲は、あの……パスパレが始まってからずっと歌ってきた曲で、この間のフェスでも最後に歌ってきたので、みんなも知ってくれているんじゃないかな、って思ってます」

 

おー?っとの観客席からの声。

 

「それでは聞いてください。「パスパレボリューションず☆」!」

 

 

 

 イヴがエレクトリックピアノの音でメロディラインを奏でる。裏では同期用音源からアコースティックギターがバッキングとして鳴らされている。4小節、この構成が続いた後、音源からブラス音が聞こえてくるのに合わせ、ドラム・ベース・ギターも曲に入ってくる。

 日菜は1小節分のストローク、続く1小節ではバッキングのような刻むコード弾き。そこからはイヴに代わってメロディリフを弾き始める。

 

『I・MY・ME!I・MY・ME・MINE! I・MY・ME!I・MY・ME・MINE!』

彩以外の4人でのコーラスと、やはりライブでの知名度があるのか、先ほどよりしっかりと観客席から聞こえる合いの手が重なり合う。歌を意識してか、ギターとベースは「I・MY・ME!~」のリズムに合わせたタイミングで音が鳴らされ、バックではイヴのショルダーキーボードから電子音のリフが奏でられる。

 

『自信をなくしたら ひろって(届けよう) いつでも(わたしがねっ!)』

ギターは一小節分ずつ、軽くサスティーンをかけたコード弾き。ベースは八分のピック弾き。キーボードの音は彩のボーカル付近の音域で第二の主旋律とでも言うべきメロディラインを奏でる。最初期の曲であるためか、コーラス優先で同期音源からの音も多く、先の「SURVIVOR ねばーぎぶあっぷ!」と比較すれば技術的には負担の小さいものになっているだろうか。「届けよう」と、「わたしがねっ」は4人でのコーラス、それに重ねて観客席からの合いの手も飛ぶ。

 

『きみが持つヒカリを知るひとは 神様だけじゃないよ?覚えててっ♪』

楽器隊の変化は、ギターが八分刻みになったことと、ドラムのリズムくらいか。そして「じゃない~」のところで、観客席からは「せーのっ、はーいはーいはいはいはいはい!」と、いわゆる「警報」が発せられる。

 

『わたしときみの色あわせたら ナイス☆カラーができるかな???』

日菜のギターは跳ねるようなアルペジオになり、千聖のベースも主に裏拍を取るものになる。麻弥がリズムの中心をハイハットからシンバルへ移行させる。観客からは手を叩きつつ「おーっ、ハイッ!」と、いわゆるPPPHと呼ばれる合いの手が入る。

 

『信じるスパイスかけたら 心がキュンと溶けだして 輝きだすキズナたちが生まれたの…』

イヴが音色をブラスサウンドに切り替えて、引き続き第2の主旋律というべきメロディラインを紡ぐ。観客の合いの手も「ッハイ!」を裏(偶数)拍に入れるものに変わり、最後にブラス音に乗せた軽快な「フッフー!」とともに、サビへとなだれ込む。

 

『パスパレボリューション☆☆☆ どんなことが起きても』

5人でのユニゾンに変わる。ベースはAメロと同様に戻る一方、初期の曲ということなのか、歌いながら、ということで日菜のギターは四分のコード弾きになっている。(細かなタイミングや強弱の付け方は独特ではあるが)

 

『自分(らしく) カラフルにミラクルを!』

「自分」と「カラフルに」は彩が一人で、「らしく」は彩以外の4人と観客で、「ミラクルを!」は5人で歌う。

 

『想いの色がパレットにダン!ダンシング!』

ここは一貫して5人でのユニゾン。

 

『おんがくの(しゃらら~ん♪)』

彩のボーカルに、1拍置いて、4人での「しゃらら~ん♪」、それに重ねて観客席からも「しゃらら~ん♪」の声が飛ぶ。

 

『キャンバスに』「1!2!」

『夢のうた』「3!yeah!」『描こう!』

彩のボーカルの裏拍に、4人と、観客席の合いの手が重なった声が被さりつつ、1番が終わりを告げる。

 歓声とともに、日菜のギターソロ。そして再びの『I・MY・ME!I・MY・ME・MINE!』コールが2回。

 

 

 

 再びウェイティングルーム。

 

「これが、その……「仕切り直し」のライブで披露した曲、だったっけ」

「はい……その前のこともあって、他人ごとじゃないって気持ちになって、ライブを見に行ったんです……」

 

二つ結びの長い黒髪の小柄な少女--中野有香の問いかけに、こちらも黒髪だが、ベリーショートの、有香よりは背の高い少女--白菊ほたるが応える。

 

 そう、この曲の話をするにはPastel*Palettesというユニットの成り立ちに触れざるを得ない。Pastel*Palettesのことを多少なりとも認知していればおおよそみな知っていることではあるが、このユニットは元々いわゆる「エアバンド」路線であることを伏せて売り出される予定であった。しかし--デビューイベントでのトラブルと、それに伴う告知なき「エアバンド」路線の露見、そしてそれに伴うバッシングから、大きな方向転換を迫られたこの一件。今となって、アイドルがアイドルポップスを自ら演奏する、という路線が整ったと言えば聞こえはいいが、その実は、Pastel*Palettesの面々が所属する事務所の行き当たりばったりの体質を、嫌というほど思い知らされるこの一連の騒動によるものでしかない。

 バッシングを跳ね返しての仕切り直しに向けて動くその最中で提供されたこの曲は、ユニット名(略称)を曲名の一部に冠し、自らを、聞くものを勇気づける存在として定義するものであった。それは皮肉にも、当時の逆風一辺倒なメンバー達自身を、まずもって勇気づけるものとなっていたのかもしれない。

 曲としては、他の曲と比較してバンド形態で演奏することが意識された作りになっている以外は、普通のアイドルポップスである。楽器を演奏する4人がコーラスで入るところは簡略化されているところが多かったり、キーボードはほぼ単音で構成されていたり、ベースが作るリズムはかなり単純なものになっていたり、配慮らしきものも(どの段階でそうなったかは不明だが)見受けられる。曲の構成もポップスの王道構成をなぞるごく単純なものだ。

 

 この後バンドメンバー入れ替えを繋ぐMCなどで出番が近い面々が出払っていて、このウェイティングルームにいる面々もごく少人数になっている。その中で2人が祈るように、そしてそのそばで、ショートの黒髪の女性--鷹富士茄子が、笑みをたたえながら見守る先では。

 

『自分自身を』「1!2!」

『つらぬいて』「3!jump!」『GO!』

 

観客と渾然一体となって生き生きと、本来の曲の意図を反映したパフォーマンスを見せる5人の姿がある。

 

 

 

 構成の単純さもあり、今どきのアイドルソングとしてはこの曲はかなり短い部類に入る。2番が終わり、短いギターソロが再び始まる。例によって、オーバードライブの効いたテレキャスター型特有の音はアイドルポップスとしては苛烈なものであるが、しかしここでもギリギリ浮くことはない。

 

『パスパレボリューション☆☆☆ どんなことが起きても』

10秒少々のギターソロが終わると音が一旦、彩のボーカルと、イヴのボーカルとユニゾンしたキーボードだけになる、いわゆる「落ちサビ」特有の展開となる。『起きても』のタイミングで残りの3人も演奏を再開し、ボーカルも5人でのユニゾンに戻る。

 あとは1番の繰り返しとなり、

 

『キャンバスに』「1!2!」

『夢のうた』「3!yeah!」『描こう!』

 

最後ということでより気合の入った合いの手を観客から受けると、音源のキラキラ~と形容される音に、最後にストリングサウンドに切り替わったイヴのショルダーキーボードの音が重なり、クレッシェンドしながら曲が締めくくられる。

 

 歓声の中、やり切った、という達成感をにじませる表情のままに、彩は他の4人をぐるり、と一瞥し、せーの、の掛け声をかけて--

 

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

*1
歌唱担当はこの日の出演者から身長低い順の4人が選出された。

*2
多田李衣菜と本田未央によるラジオ番組の4代目テーマソング。拓海と飛鳥はどういうわけかゲストとしてこのラジオによく呼ばれる。

*3
いずれも、左手で弦をひっかく・叩くように弾いく奏法。

*4
BPM200。ちなみにはなまる◎アンダンテで166ほど。

*5
左手で所定の位置に軽く触れることで、開放弦で鳴る音の0.5~2オクターブ上の音を鳴らす奏法。《ref》で4弦と3弦を鳴らし、右手を伸ばして2弦のボデイ付近を叩いて音を出す《ref》いわゆる「タッピング」という奏法を使っている。

*6
メロディライン以外のパートを演奏すること。あるいは、メロディライン以外のパートのことを指す。




エピローグ:7/6 19:00投稿予定


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And, then...
エピローグ:美しき城へ続く道、あるいは嵐の前触れ


 ライブも大詰めのウェイティングルーム。

 出番が終わり、ゲストであるPastel*Palettesを含め、演者全員に配布されたオレンジのライブTシャツへと着替えた5人が、部屋に設置されているモニターを見つめている。他の演者たちは、今眼前で流れている「さよならアロハ」を歌っているか、この後のMC、そしてアンコール前最後の曲となる「GOIN'!!!」のために全員出払っている。

 舞台上には有香をセンターとして、夏樹、里奈、愛梨、フレデリカの5人。どんなエフェクターを使ったのか、スティールギターの音色をある程度再現したエレキギターに乗せて、ライブのタイトルである「Summerend Story」そのものと言える歌詞を紡いでいた。それももう終盤だ。

 

『夏の終わり告げる優しいメロディ』

里奈の、炎陣やソロでの歌い方とは異なる優しく呼びかける歌い方。

 

『二人の影 遠くなってゆくよ』

フレデリカも、先ほど「Tulip」を歌った時とは全く異なる、何か*1を思い返すような歌声だ。

 

『明日になればまた「いつも」に元通り』

有香の歌い方も、他の曲で見せるような力強さは極力抑えている。

 

『愛しい夏の日を胸に』

夏樹はソロライブ等でバラードを歌う時の、語りかけるような歌い方。

 

『さよならアロハ』

終わりを惜しむ感情をにじませた声の愛梨。

 

『本当にありがとう』

しゃららん、と消え入るように曲が終わる。

 

「終わっちゃうんだね……夏も、ライブも」

「そうね……」

「あれ、千聖ちゃんまでアンニュイな感じ?めずらしーね」

 

日菜の言う通り、珍しく千聖までしんみりとした様子である。

 

「一応まだ出番はありますから、あんまり緩み過ぎないようにしましょう」

「そうですね、ライブすべて終わるまでがブシドーです!」

「ふふ、セットリストがよくできてて、つい浸ってしまったわね」

 

振り返りのMCが続く様子を、5人が静かに見つめていた。

 

---

 

 アンコール。5人は同じライブTシャツに着替えた面々を見送り、引き続きウェイティングルームに待機していたが、アンコール1曲目である『M@GIC☆』が終わったタイミングで、運営スタッフから声がかかる。

 

「パスパレのみなさん準備お願いしまーす」

「「「「「はい!」」」」」

 

舞台袖に着いて、

 

「今度はみんなに混じって歌うんだよね……あー緊張するー」

「そう?むしろいっぱいいるんだから、気楽にやれると思うけどなー」

「憧れの人がいっぱいいるから緊張するんだよう……」

 

彩と日菜のやり取りを見ながら、麻弥はゲストとしての出番の後、まだウェイティングルームにいた姉から受けた言葉を反芻していた。

 

「今日まで麻弥もしっかり頑張ってきて、その成果も目に見える形で現れてきて、たぶん麻弥の中にもしっかりとした手ごたえが生まれてきてると思う。だから……これからも切磋琢磨していきましょうな!」

 

そう、この日から、亜季と麻弥の関係は少しばかり変化を見せる。単なる姉妹、そしてアイドルとしての先輩・後輩というだけでなく、同じ道に踏み込んだライバルともなるのだ。

 

「それではー、最後はいつも通り、この曲で終わりたいと思いまーす!せーのっ」

 

『お願い!シンデレラ』

 

それぞれに、心境を整えているうちに、最後の曲が幕を開けていた。

 

 

 

「では、ゲストのみんなにももう1度出てもらいましょう」

 

そんな、楓の言葉とともに舞台上に再び現れる5人。観客席が沸く。

 

「それでは改めまして」

「「「「「Pastel*Palettesです!」」」」」

 

そこからは2番の割り当てられた部分を歌いつつ、舞台の端から端まで移動して観客への挨拶をしていくことになる。5人も、舞台各所での声援に応えつつ舞台を周っていく。どれくらいの人が自分たちを覚えて帰ってくれるだろうか、などと考えているのだろうか。

 

 

 

「今日私たちと一緒にライブを盛り上げてくれた、ダンサーさんとシンデレラバンドのみなさんでーす!」

 

 舞台を回り終えて再び所定の位置に戻ると、この「お願い!シンデレラ」も最終盤となる。ダンサーと、シンデレラバンドが舞台の一段高いところに立って挨拶して、声援に応える。

 Pastel*Palettesの5人は、レギュラーの演者たちが並ぶ列の裏に回り、混じって歌い続ける。最後のサビは2回繰り返しとなっており、1回目の締めとなる『動き始めてる 輝く日のために』のところでは演者・観客全員で「もう1回!」という合いの手を入れていく。同時に、舞台上にはテープが飛び出してくる。

 

『お願い!シンデレラ 夢は夢で終われない』

 

『叶えるよ 星に願いをかけたなら』

 

『みつけよう! My Only Star 探し続けていきたい』

 

『涙のあとには また笑って スマートにね でも可愛く 進もう!』

 

ああ願わくば、今日5人が拓いた道が、美しき城へ続かんことを。

 

---

 

 夢のような1日が終わり、ステージが解体されていく様子をPastel*Palettesの5人が見学している。

 5人の表情は、自分たちの力を出し切り、それを観客に受け止め、しっかりと声援をもらえたことへの充実感に満ちている。

 

その5人を、亜季と担当プロデューサーが見つけて、足を止める。5人を見つめる亜季たちの表情はなぜか、渋面である。

 

「……亜季、パスパレのみんなについてはどう思う?」

「……5人は徐々に一体となって、栄光へと突き進み始めていると思います。ただ……」

「あーみなまで言わなくてもいい。そもそも、あの話から下っ端が1人だけ送り込まれてる時点で、あそこの担当者たちが相変わらずなのはわかりきってたし」

 

 5人がライブに参加している間、Pastel*Palettesのスタッフと称して送り込まれた女性について、手の空いていた何人かのスタッフとプロデューサーでその行動を追跡していた。その結果案の定、Pastel*Palettesの5人とは控室で分かれて以降全く合流しないまま、ライブ運営側の様子ばかり見学していたり、それも行く先が尽きれば、関係者席に出向いて営業をかけようとしてみたり(トラブルになりかけたので止めたが)、と一体何しに来たのか、と言わざるを得ない様子であった。事務所の人間が、人を管理するところを見ずに一体何を見ようというのか、追跡班は呆れるばかりであったという。

 あんまりな様子にその女性を捕まえて問いただすと、どうも直属の上司--すなわち、担当者からろくに指示もないまま送り込まれたのだという。マスコミには新人に「とにかく質問してこい」とだけ言って送り出す習慣があり、毎年春になると、各社芸能部からの新人への対応に頭を悩ませる、というのが恒例なのだが、まさか事務所側でそのようなことがまかり通っていようとは。

 事務所は、あるいは担当者は、Pastel*Palettesを一体どう扱いたいのか。事務所の上層部と担当者の間でも食い違いがあるように思える。正当に評価ができず、足並みも揃えられないまま仕事だけ割り振って、苦労するのは当の麻弥達だというのに。聞くところではこの夏を区切りとして、Pastel*Palettes自体の活動は縮小し、個々人の活動を優先するような動向があるのだという。今、5人が人気を得ているのはPastel*Palettesあってこそだと、全く分かっていない手合いの所業だ。本当にそれを実行しようものなら、直近は(確かに内定が出ている案件も多数あるので)上手くいくだろうが、その先はどうか?早々に先細りすることはまた目に見えている。

 亜季たちとしては、5人にまた要らぬ負担がかかることを思うと心苦しくて仕方ないが、さりとて、提携しているとはいえ所詮は同業他社。深く立ち入ることはできないだろう。

 

 夏の終わり、輝ける道を拓いたはずの5人の行く先に嵐が待つことを、亜季たちは予感していた。

 --「その時」まで、あと3週間ほど。

*1
断じて不倫とかそういう類のものではない、絶対にだ。




It will continue to the 2nd chapter of Pastel*Palettes "もういちど ルミナス"

AND after that...

Here will come the latter tale

"二人の臨時講師"

of the crossover story

"美しき城へ続く道"


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