Pw:ゼロから始める精神魔道士 (たこぶゑ)
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プロローグ『空白から』

初投稿です。長文、誤字、脱字もある駄文です。

それでも読んでいただけると幸いです。


多元宇宙は愚か者を長く生かしてはおかぬ。有用な教訓となろう、生き延びられるのであれば

 

心の内で誰かの声を聞いた。

 

 

重い地鳴りの様に響く声が彼の精神を波立て、掻き立てる。

 

 

俺は誰だ

 

 

______……(わか)らない________

 

 

今有るのはここでは無いどこかの知識だけを残した空っぽな自分。

 

 

俺は何故ここにいる

 

 

______……(わか)らない________

 

 

どこか、とてつもなく遠い場所から来たという記憶とも言いがたい感覚が有るのみで何も答えは出ない。

 

 

 

俺は何をしてきた

 

 

_______……(わか)らない_______

 

 

今までなにをしてきたのかも、これからなにをするべきなのかも知らない、暗闇の中を歩いている様な漠然とした恐怖を感じる。

 

 

 

俺の名は

 

 

………………………………………………………………。

 

 

________ジェイス・ベレレン________

 

 

久遠の闇の中で空っぽの自分の内から独白を重ねて拾い上げた知識以外の確かな記憶(もの)

 

 

それが俺の名だ。

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「あなたは誰?」

 

鈴の音の様な澄んだ声が優しく鼓膜を揺らし、頭背に当たった柔らかい感触にジェイスの意識は覚醒した。

 

 

彼の瞳に(まばゆ)い日の光が溢れるばかり射し込み、開いた目蓋(まぶた)を細める。

 

 

「…ここは」

 

 

「ルグニカ王国辺境伯ロズワール・L・メイザース邸の庭よ。あなた、そこに倒れてたの。」

 

 

ジェイスは自身の現状をつらつらと口述された未知の単語で端的に述べてくれた声の方へと眼を向ける。

 

 

声の主は自身の目と鼻の先、思った以上に近い位置にいた白く美しい少女だった。

 

 

少女の淡く輝る紫紺色の眼に上から覗きこまれる形で見つめられている事に気付いたジェイスは自身の頭に当たる柔らかい感触の物を理解する。

 

 

膝枕

 

 

青少年が一度は夢見るシチュエーションにあって、ジェイスの心中はそれどころではなく。彼にとっては現状を把握することで精一杯だった。

 

 

(人間…いや、未知のエルフ?ハーフエルフ…なのか?)

 

 

「…きみは?…エルフ…なのか?」

 

 

「…ハーフエルフよ。私は……サテラ。ハーフエルフのサテラ」

 

伏せ眼がちにサテラと名乗った彼女を観察し、ジェイスは自身の持ちうる知識から目の前の少女が何者であるかを引き出す。サテラからは自分への不審感と何か違和感を感じる。

 

 

「ねぇ、あなたは誰?」

 

 

曇り一つの無い澄んだ眼で見つめるサテラはジェイスへと先ほどより強い口調で同じ問いを投げ掛けた。その眼からは強い疑心と少々の関心を感じる。

 

 

ジェイスは一瞬、目の前の見知らぬ相手からの問いに正直に答えるべきかと逡巡するが、真っ直ぐに彼の方を見つめる眼に気圧され彼は口を開いた。

 

 

「…俺はジェイス。ジェイス・ベレレンだ」

 

 

「…ジェイスね。ねぇ、ジェイス。あなたはいったい何者?どうしてここに倒れていたの?」

 

 

「……俺は……」

 

 

問われ、思考し、その答えを自分の脳内から記憶を引き出そうと試みるも

 

 

(…俺は…何者なんだ?なぜここにいた?……何も思い出せない…)

 

 

引き出そうとしても答えは見つからず、

サテラからの問い掛けにここ以前の記憶が存在しないことに彼自身が気が付いた。

 

 

唯一思い出せたことは自身の名前のみだが、これすらも正しいのか判断すらつかないのが彼の現状だった。

 

 

「…解らない」

 

 

「え?」

 

 

「…解らないんだ…。俺がいったい何者で、なぜここにいるのか…、名前以外何も覚えていないんだ」

 

 

「それはそれは、とっても困ったねえ」

 

 

サテラの方から彼女のものではない中性的な高い声が飛ぶ。

 

突然の第三者の声にジェイスは顔を上げ、声の方へ眼を向ける。

 

 

見ると、直立した猫の様な生き物がサテラの肩に頭を乗せて(もた)れかかる形で顔を覗かせた。

 

 

「きみは?」

 

 

「やぁやぁ、僕の名前はパック!見知らぬ不法侵入者兼不審者のジェイスくん?ちょっと君がすやすやおねんねしている間に身体をじーっくり、みさせてもらったよ?」

 

 

「…パック、やらしい」

 

 

「そりゃあもう!血気盛んなオスだもの!

…けど、いくら僕でも同性で違う種族の相手はご遠慮願いたいかな」

 

 

「きみは…いったい、どういう生き物なんだ?」

 

 

「精霊だよ。ご存知無い?」

 

 

鼻横のヒゲをピンピンと上下させながら言葉を話す猫らしきものをジェイスは凝視して、自身の知識の内からどういう生物かを検索するが、それが自分の知らない未知のものであると理解する。

 

 

「おや?異種返しのつもりかな?そんな男前にじぃーと見つめられると照れちゃうな。可愛い我が娘の膝枕を堪能しながら、こんなかわいい僕を間近で見れるなんて君はとっても幸運だねぇ」

 

 

「特別なんだからね!すごく(うな)されていたし、そんな状態で地面に寝かせて置くのも忍びなかったから!起きれる様だったら早く起きて!」

 

 

サテラは恥じらいからかその透き通る様な白い肌を少し紅潮させてむくれる。

 

 

「そう…か、君たちには色々と手を焼かせてしまったみたいだね。ありがとう」

 

 

ジェイスは少し紅くなっているサテラの膝から身を起こすと全身から感じる鈍い痛みとひどい倦怠感に耐えながら、彼女らの方に向き直り、頭を下げた。

 

 

「ねぇ、パック。この人…」

 

 

自身の頬をスリスリと触りながらはにかむパックと名乗った猫の方を向いたサテラはやや不安そうな顔で(ささや)いた。その様子から不安と困惑を感じる。

 

 

「とりあえず悪い人では無さそう…よね?」

 

 

言われたパックが眼を細めて品定めするようにジェイスを上から下まで凝視する。

 

 

「うーん、そうだね!きみの身体について色々気になるところはあるんだけど…それは置いといて、とりあえず邪気は感じないかな。でも名前以外何にも覚えてないなんて所謂(いわゆる)、記憶喪失者ってことなんじゃないかな?」

 

 

「…記憶喪失…」

 

 

パックが話した言葉をジェイスは呟く様に復唱する。

 

 

ジェイス自身、自分の状況からなんとなく思い当たってはいたが他人から言われることで始めて自分自身の現状を(かえり)みる事ができた。

 

 

自分は記憶喪失(ゼロ)

 

 

この実状を把握したジェイスは後先の全く見えない自分の状態に漠然とした恐怖と不安を感じ自然と身体が芯から震えが起き、吹き出た冷や汗がじんわりと肌を濡らす不快感が全身を包んだ。

 

 

「…ちょっと、大丈夫?ひどい顔になっているわ」

 

 

「無理はしない方がいいと思うなあ、またこの子の膝枕を堪能したいってことなら話は別だけど…」

 

 

「また倒れたって絶対にしてあげないんだからねっ」

 

 

「じゃあ、今度は僕が腹枕してあげようか?自慢だけど僕の毛並みの良さは精霊の中でも随一だと自負しているよ」

 

 

言ってパックは腹を軽く叩いてポムポムと小気味の良い音を出す。

 

 

ジェイスはそんなパックの冗談めいた軽口とサテラのキツい言葉の裏の献身と心配を感じ、少しだけ冷静さを取り戻すことが出来た。

 

 

「気遣ってくれて本当にありがとう、君たちみたいな優しい人達には会ったことが無いと思う。…覚えてないけど、きっと過去にも」

 

 

「勘違いしないで、これはただの同情。私があなたを見つけて使用人を呼びつけるのも悪いから、勝手に私が世話を焼いただけだから。

それに倒れている人を見つけちゃった助けるのは義務みたいなものだし、そのまま死なれても寝覚めが悪いだけだけだから」

 

 

早口で(のたま)い、フイと横向くサテラを尻目にやれやれとばかりにパックがため息を吐いた。

 

 

「ゴメンね。素直じゃないんだよ、うちの娘。ハーフエルフだからって毛嫌いする輩が多いせいで」

 

 

「この国ではエルフを差別しているのか?」

 

 

「エルフっていうより、ハーフエルフを…かな。まぁ、色々と込み入った事情があるんだよね」

 

 

パックの口ごもる様子からジェイスはこちらから聞くべき話題では無いと察するが、恩人達が軽んじられていることを知り自分の内から静かな怒りが湧くのを感じる。

 

 

「その人の人間性を見ずに種族だけにこだわるなんて、すごく…くだらないな」

 

 

「知った風なこと言わないで。そんな簡単な話じゃないの」

 

 

ジェイスが怒りのあまり口走ったことに対して、サテラはどこかもの悲しげな顔で反論した。

 

 

「…ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。ただ俺にとって君たちは見知らぬ自分を助けてくれた素晴らしい恩人だから」

 

 

「気休めだろうけど、…そうね、そう言ってくれるだけでも助けてあげて良かったって言えるわ」

 

 

サテラから刺々(とげとげ)しい感じが少し消えると、はにかむ様に少し笑った。

 

 

「私…、本当の名前はエミリアっていうの。嘘をついてごめんなさい。でも、あなたがどういう人か分からなかったから」

 

 

「本っ当だよね!サテラなんて悪趣味な名前使って!使うならもっとマシなものにしなさい!悪い娘め!」

 

 

「…ごめんなさい。とっさだったから他に思い付かなくて…」

 

 

しゅんとした様子でエミリアはパックに謝罪した。

 

 

サテラという名前が彼女らにとって良くない意味合いのものなのだとジェイスは察して、質問したいという好奇心を抑えた。

 

 

「それで?きみはどうするの?ジェイス。なにか今後の先行きは見えてる?」

 

 

「自分自身の素性も解らないから、正直先行きもなにもないよ。…助けられてばかりで申し訳ないが、出来れば何か助言を貰いたい」

 

 

「まずはロズワールと会ってみるのはどうかしら?ここはロズワールの領内だし、今のあなたって事情はどうあれ、不法侵入者という扱いだから…」

 

 

ロズワールと聞いてジェイスは先ほど、自分の起きがけにエミリアから先述された名前だと思い出す。

おそらくは自分が倒れていた庭一帯と少しの距離に見える壮観な邸宅の持ち主で有ろうと彼は推察する。

 

 

「ロズワール…という方がここの主人というと、きみはその方の親族に当たる人ということなのかな?」

 

 

「いいえ、彼な私の後見人で同居させてもらってはいるけれど、親族では無いわ」

 

 

「…なるほど、何か色々と複雑な事情が有るみたいだね」

 

 

ジェイスは難しい事情の話しを今するべきでは無いと判断し、とりあえず自身の今後の処遇に戻るため一旦話題を切る。

 

 

「それでその彼は今、あちらの邸宅にいらっしゃるのかな?」

 

 

ジェイスが自身が今いる場所から数十メートル離れた場所に有る、荘厳な邸宅に視線を移す。

 

 

「今は不在だから屋敷には居ないわ、でもすぐまた帰ってくると思うし、それまで部屋を使える様に私が一緒にレムとラム…使用人達に話してあげるから」

 

 

「先に見つけたのが僕達じゃなかったら侵入者として管理局に通報されて今頃は牢屋の中でくさい飯を食べるはめになっていたんだよ?優しい優しいウチの娘に感謝してね」

 

 

「…そんなんじゃない、ラム達の仕事を増やしちゃうのも悪いから自分でやっただけだし、牢屋の中でぎったんぎったんにされるあなたを想像しちゃって憐れに思っただけなんだから」

 

 

「…本っ当にありがとう。いやほんとに 」

 

 

ジェイスは何も解らない今の自分が彼女らの言う責め苦を味わえば、どうなっていたか想像してしまい、改めて、彼女らに心からの感謝を述べた。

 

 

「とは言っても僕も正直きみの身体について、ベアトリスとロズワールも加えて話したいから、そのまま追い出したく無いんだよね。…別にイヤらしい意味じゃにゃいよ?」

 

 

「俺の身体…?」

 

 

疑問を呈するジェイスをパックは猫目を細めてじっと凝視する。

 

 

「きみの身体は普通じゃない。身体の奥底にとてつもないものがある。それがなんなのかは僕にも解らない」

 

 

ジェイスを凝視するパックの眼に未知のものへ対する好奇の色が光る。

声も先ほどまでのにこやかなものから一変して冷たい調子へと変わっていた。

 

 

「…本当にきみはいったい何者なんだろうね?ジェイス・ベレレン」

 

 

 

パックの値踏みするような質問がジェイスの空っぽ(ゼロ)の精神を小さく波立てた。

 

 

 




ボーラス様に敗北直後のジェイスなので記憶を失っております。

評価いただけると幸いです。

主人公のスバルは次話しから出ます。


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第一章1『エミリアの護衛』

第二話です。リゼロ本編の主人公ナツキ・スバルがこの回から出ます。(最後の方だけ)


「初めましてぇ、君がジェイス・ベレレンくんだねぇ?私はロズワール・L・メイザース。エミリア様と大精霊様から話は聞いているよぉ?何でも記憶喪失で庭園に倒れていたとかぁ」

 

 

「…疑わしいでしょうが、その認識で間違い有りません。メイザース殿、昨日は身綺麗にさせていただいた上に、食事と部屋を与えていただいたことに感謝致します」

 

 

「あはぁ、ご丁寧にどうもぉ、是非ともぉ私のことは親しみを込めてロズワールと呼んでいただきたいねぇ、敬称も無しだよぉ?」

 

 

エミリアとジェイスが出会った丸1日後、ロズワール邸宅にて衣食住の世話になり身綺麗になったジェイスが与えられた自室にて、

先ほど帰宅したばかりの邸宅の主人とその傍らに立つ桃色髪の従者と共に対面していた。

 

 

濃紺色の長髪に黄と青色のオッドアイ、整った顔立ちに道化じみた化粧をした180センチを超える長身の痩せぎすの貴族然とした青年という奇抜な見た目に、ノック無しに入室された時にはやや面食らったジェイスだったが、

 

その緩慢な喋り方に隠された、知性とカリスマ性を彼から感じ取り、少々恐縮していた。

 

 

…彼が無造作にジェイスの身体に抱き付くまでは。

 

 

「おやぁ?君、着痩せするタイプなのかなぁ、見かけによらずなかなか良い身体をしているねぇ」

 

 

「メイザー…、ロズワール、いきなりなにをするんですか?ほんと、なにを…、あ!尻を触らないでいただきたい、おい!ほんとにやめろ」

 

 

ジェイスは自身の尻に伸びたロズワールの手を掴み、もう片方の手で軽くロズワールの身体を押し、距離を取らせた。

押されてバランスを崩しかけたロズワールを桃色髪の従者が支える。

 

 

「あはぁ、なかなぁか鋭いねぇ!見えない位置の私の手に気付き、よぉく防いだよぉ、何かの加護が有るのかなぁ?」

 

 

ロズワールはさも嬉しそうに笑うと、白手に包まれた両手で拍手をした。

 

 

「相手の感情を察知するのは得意なもので…、それでこれにはどういう意図があったんだ?初対面の相手に対しては過度過ぎるスキンシップだと思うんだが」

 

 

「なぁーに、君の身体のマナとオド、そしてゲートの様子を計らせてもらったんだよぉ、大精霊様から聞いてはいたが、君の身体はかぁなぁりぃ特殊だねぇ」

 

 

マナオドゲート、ジェイスは昨日、邸宅に招待を受け、身綺麗にさせてもらってから、パックとエミリアから同じ単語の説明を受けたことを思い出した。

 

 

「君もエミリア様と大精霊様から昨夜にも聞いてはいるんだろぉけれども、おさらいをぉしておこうかぁ。マナとオドとゲートについてぇ、君の認識を聞かせてくれるかなぁ?」

 

 

問うたロズワールの雰囲気が変わったことを、ジェイスは察知し、恐らくこの質問で自分を値踏みするのだろうと彼は察した。

 

 

「…マナとは大気に存在する魔力で有り、ゲートを通じてオドに蓄えられる。また、ゲートを使い、放出することによって6種の属性、火、水、土、風、そして陰と陽の魔法を行使することが出来る。…マナはオドで代用も出来るが、失われたオドは戻らず、尽きれば廃人となる…と簡略したがこんなところだろうか?」

 

 

「いいねぇ、その知識は元々知っていたのかなぁ?」

 

 

「いいや、エミリアとパックに教えてもらうまでは知らなかったな」

 

 

「ふぅむ…それはとぉってもおかしな話しだねぇ」

 

 

ロズワールはジェイスの対面から移動し、ベッドに腰掛けているジェイスの隣りに座り、その眼をじっと覗きこんだ。真っ直ぐに見つめる青と黄色のオッドアイからジェイスが感じるのは強い関心と疑念だった。

 

 

「…もう変なことはするなよ?」

 

 

「あはぁ、さっきはごぉめん。でも、今は真面目さぁ、ジェイス。君は記憶は無いけど知識は頭に残っているんだよねぇ?」

 

 

「あぁ、その通りだ」

 

 

「となるとぉ君はマナ、オド、ゲートという常識は元々知らなかったわけだぁ」

 

 

話しながらロズワールの関心がより強くなっていくのをジェイスは感じる。

 

 

「それはぁ生きていく上でぇ当たり前の知識だからぁ知らないのはおかしなことなんだぁけど…君の持つ特殊なマナに関係あるのかなぁ?」

 

 

「俺のマナ?」

 

 

「そぅ。私の見たところ君の身体を流れているマナは異質だねぇ」

 

 

「…マナが異質?どう異質なんだ?」

 

 

「まぁず、私の知っている六属性と一致しない物だし、正直、私にも未知のマナだぁ。それを踏まえて前の常識の話に戻るんだけどぉ…」

 

 

ロズワールはおどけた態度から一変した鋭い眼でジェイスを捉えた。

 

 

「…君、もしかして異世界から来てたりする?」

 

 

ジェイスはロズワールから急に発せられた威圧感に驚きながらも気丈さを保ったまま相対する。

 

 

「…なぜそう思うのか聞かせてもらえるか?」

 

 

「もぉちぃろぉん、まず第一に君と直接会って話しをしてわかったけど、君は常人以上に賢い。エミリア様、大精霊様から一度だけ教授された知識を私に説明出来る位だしねぇ、けれどさっきも言った通り、その知識は常識だ。この世界だと知らなきゃ生きていけない程にねぇ、君ほどの賢者が知識として知っていないのはおかしい」

 

 

「…第二に?」

 

 

「さっき言った君のマナだねぇ、今まで見たことも聞いたこともない色のついたマナだ。それもこの世界のマナじゃないと考えれば説明がつく」

 

 

「…まだ有るのか?」

 

 

「第三にぃー、まぁこれが最後だねぇ、__ラム」

 

 

「はい、ロズワール様。」

 

 

ロズワールの傍らに立っていた桃色髪の使用人はその名前を呼ばれると純白のハンカチに包まれた何かをロズワールに手渡した。

 

 

「君がぁここに宿泊している間に衣服を洗濯させてもらったんだけどぉ、その時、君の所持品を見させてもらってねぇ、その中にこんな物が有ったよぉ」

 

 

ロズワールは手に持ったハンカチを開いて中身をジェイスに見せた。

 

 

そこにあった物は金属製の二つの籠手と鞘に納まった短剣だった。

 

 

「これらを見てぇ、君自身はどう思うかなぁ?」

 

 

「…俺があなたの立場なら真っ先に刺客かと疑うな」

 

 

「そうだよねぇ、今が悪い時期というのもあって私もまずはそう考えて君の持ち物と武器から身元を調べようとしたんだぁ、そしたらびっくりだよぉ!これらは見たことも無い金属で出来ているじゃないかぁ、これが第三だねぇ」

 

 

「要するに、俺の知識にこの世界の常識が無く、身体には未知のマナが流れていて、未知の金属の装備を持っていた…ってことで異世界から来たんじゃないかと言いたいわけだな?」

 

 

「そういうことだぁよ、君自身はどう思うかなぁ?」

 

 

「確かにあなたの話しは理に叶ってはいるが、俺は何も覚えていないし、証明しようが無い」

 

 

「証明は出来ると思うよぉ、君の知識のままにその未知のマナを使って何か魔法を使ってみてはくれないかなぁ、頼むよぉ」

 

 

ロズワールは子供の様な興味に満ちた眼でジェイスを見つめながら請願した。

 

 

「念のために聞くけれど、俺に拒否権は無いんだろう?」

 

 

「あはぁ、君にはぁまだ王選候補者たるエミリア様とその後援人である私に放たれた刺客という疑いは晴れていないんだよぉ?何より、君はぁ友人の頼みを断る様な薄弱な奴なのかいぃ?」

 

 

言われてジェイスは諦めた様に薄く笑うと、意識を自身の両手へと集中させ、自身の感覚の向かうままに放った。

 

ジェイスの両手から放たれた、青色の(もや)はロズワールの目と鼻の先で揺蕩(たゆた)いながら、徐々に形創(かたちつく)り、その形はジェイスの姿と瓜二つのものに変化した。

 

ロズワールは自身の前に現れた二人目のジェイスを目の当たりにして眼をきらきらと輝かせ、その傍らに佇んでいた桃色髪の使用人も目を白黒させた。

 

 

「あはぁ、男前が二人になったねぇ。呪文も無しにこんな高度そうな魔法が使えるなんて、すごいよぉ。この魔法の名前を教えてくれるかなぁ、それと何か他に出来る魔法はあるかい?」

 

 

「この魔法は幻影術(イリュージョン)、幻を生み出す魔法だ。後はマナを水と氷に変化させる魔法と召喚魔法、…それと精神魔法というものを少々」

 

 

「へぇ!召喚魔法に精神魔法、とぉっても興味深いなぁ、それらは見せてくれないのかぁい?」

 

 

「あいにくと召喚魔法は発動してここに喚ぶとずっと存在することになるから世話をする必要が出てくるんだ。幻なら簡単に消せるんだけどね、こんな風に」

 

 

言ってジェイスがパチリと指を一つ鳴らすと、ジェイスの姿の幻は青色の(もや)に戻り、そのまま霧散し消えた。

それを見たロズワールは少し残念そうな顔を見せる。

 

 

「そして、精神魔法だけど…、…これは正直あまり見せたくたいな」

 

 

ジェイスがやや暗い表情で話すと、それが興味を惹いたかロズワールの眼光が怪しく光った。

 

 

「ほぉーぅ、それは何故かなぁ?そして、そもそも精神魔法とはどういう物か聞かせてくれるかなぁ?」

 

 

「精神魔法は文字通り精神に関する魔法で、簡単なもので相手を眠らせたり、意識を乱したりする。高度なものだと相手の精神を乗っ取って操ったり、記憶を書き換えたり出来る」

 

 

ジェイスの言葉を聞いて、ロズワールの顔色が変わる。

 

 

「…それはとぉてぇもぉ恐ろしい魔法だねぇ」

 

 

「それが俺が見せたくないと言った理由だ、やむを得ない場合以外はあまり使いたくはない。それに…」

 

 

「それにぃ?」

 

 

「これはあくまでも持論だが…精神は俺にとって大きな武器だが、同時に大きな弱点でもある。高度な精神魔法を使っている際は自分自身の精神も無防備になるから危険なんだ」

 

 

「ということはぁ、君にとっての切り札という訳だねぇ。でも、その切り札と弱点をホイホイと私達に話してしまっていいのかなぁ?」

 

 

ロズワールの疑問にジェイスは肩をすくめて明るい笑みを見せて答えた。

 

 

「この国の事情はエミリアとパックから聞いているし、今は少しでも自分のことを明かして信頼を得たいからね。何よりも俺たちはもう友人なんだろ?」

 

 

「あはぁ、そうだねぇ。さっきは君を刺客なんて疑って悪かったよぉ、それで君と友人同士になった所で提案なんだけどぉ、…君、うちで雇われてみないかぁい?給金は出すし、衣食住の保証もするよぉ。他に行く当ては無いんだろぉ?」

 

 

「…あぁ、しかし、いいのか?俺の様な、どこの誰とも解らない奴を雇い入れて」

 

 

「君とぉ直接話をして信頼出来ると分かったしぃ、何よりその能力はとぉっても有用だぁ。…ここで逃して他で雇われるのも避けたいしねぇ」

 

 

「それが本音に聞こえるな、…いいだろう、あなたの申し出を請けよう。しかし、雇われるとは言っても何をすればいいんだ?」

 

 

「まずはぁ4日後にエミリア様が王選の関係でルグニカの街へ向かわれるからぁ、付いていってぇ警護をしてほしい。私は今日の夜にも発たないといけないからねぇ」

 

 

「今日また発つのか、随分と多忙なんだな」

 

 

「まぁねぇ、これでも辺境伯だからねぇ、私」

 

 

言ってロズワールはおどけた様に笑ってみせた。

 

 

「屋敷のことについてはぁその後かなぁ。まずこの後の3日間はゆっくり休んでよぉ、じゃあそろそろ失礼しようかなぁ」

 

 

言い終えてベッドから立ち、出口の扉を開けた途中「あ、そうだぁ」とロズワールがジェイスへ向き直った

 

 

「これは私の興味本意で聞くんだけどぉ、君、エミリア様のために命は捨てられる?正直に教えてよぉ」

 

 

急な問いにジェイスは面食らうも、ロズワールの態度と裏腹な真剣な眼差しに真剣に思考し応える。

 

 

「…いや、エミリアは確かに恩人だし、彼女のために命を張って戦うことは出来るが、命を捨てることは俺には出来ない」

 

 

「ほーぅ、それは何故だぁい?聞かせてくれるかなぁ」

 

 

「俺には記憶は無いが、しなければいけないことがある様な気がする。それを(ないがし)ろにして、エミリアを優先することは出来ない」

 

 

ジェイスはロズワールの真剣な眼差しに応える様に、真剣な眼で見て答えた。

 

ロズワールはジェイスの答えを聞いて満足した様に笑うと手をヒラヒラと振った。

 

 

「ありがとうねぇ、それじゃあ4日後によろしく頼むよぉ」

 

 

言ってロズワールはジェイスの部屋を従者を引き連れて後にする。

 

「…彼女のために命を捨てる騎士は現れてくれないものかねぇ」

 

 

誰にも、傍らの使用人にすら聞こえない声で、ロズワールは呟いた。

 

 

_____________________

 

 

「…まさか、初仕事からこんな事になるなんてな」

 

 

ジェイスは4日前の出来事を思い出しながら街の街道から暗い路地裏へ駆けていた。

 

事が起きたのは数分前、エミリアとジェイスがルグニカの街に到着してしばらくの出来事。

 

ジェイスが初めてルグニカの街を訪れるということで街を案内してくれるというエミリアの計らいにより、街の中をしばし散策していた矢先の事、ジェイスの傍らを歩いていたエミリアにスリを働いた橙色髪の少女を追ってジェイスは街中を駆け回っていた。

 

 

「おいっ!止まれ!」

 

 

「へっ、ばぁーか!追い付いてみろよ、のろまぁ」

 

 

ジェイスは自分の数メートル前方を走っている橙色のショートヘアをなびなせた少女へと声を上げる。

 

 

その声をあざ笑いながら、多少余裕の有る様子で彼女は自分の後方を走るジェイスを挑発している。

 

 

「…ッ!クソガキ…!」

 

 

ジェイスは少女の挑発に乗るかの様に走る速度を上げて、少女の背中へと迫る。

 

 

ジェイスの見たところ少女は街の地理にも慣れており、普段からこういった行為を生業(ならわい)としている様子とその身軽そうな体型から韋駄天のごとき足の速さでは有るが、ジェイス自身も負けてはいない。

 

「ちょっとどけどけどけ!そこの奴ら、ホントに邪魔!」

 

ジェイスに思わぬ神からの助力、見ると路地裏の先で風体のよろしく無い男三人と、それと対面して石畳の上で身体を折り畳む様な姿勢で頭を地面に着けている黒髪の青年が路地を塞いでいた。

 

ジェイスはもう少しで少女の背に手が掛かるといったところで、少女は路石を蹴って大きく跳び上がり、その勢いのままに、路地の壁を蹴って、蹴って、そのまま屋根まで登った。

少女は成すすべの無いジェイスの方を見下ろしにこやか笑う。

 

「じゃーな、変なフードの兄さん。野良犬に噛まれたとでも思って諦めな、そんでそこの兄ちゃんゴメンな! アタシ忙しいんだ! 強く生きてくれ」

 

 

「って、ええ!?マジで!?」

 

少女は捨て台詞を吐いてすぐにジェイスの見える場所、つまり、見下ろしていた頭上から姿を消した。そして、足元の青年はそれを名残惜しそうに見送る。

 

 

「くそっ!」

 

 

ジェイスは悪態をつきながらも諦めた様子を見せず、自身の内のマナに意識を集中させる。

 

そして、知識のままに呪文を口走り手の先から浮き出る青白い文字で紋章を描いた。

 

 

「来い! 雲のスプライト(Cloud Sprite )!、ドレイクの使い魔(Drake Familiar ) !」

 

 

ジェイスが声を出すと、ジェイスの描いた紋章から蝶の様な羽根の生えた、パタパタと飛ぶ手乗りサイズの小さな人型の生き物とジェイスと同じ位の全長の恐竜のプテラノドンめいた両翼を持った身体に、脚に鋭い鉤爪を持ち、頭は鋭い牙の羅列した獰猛なトカゲを想わせる生物が現れた。

 

 

「スプライト、ドレイク、屋根の上を走る小柄な人間を追え、可能ならば捕まえて来い」

 

 

ジェイスが端的に指示を出すとスプライトとドレイクと呼ばれた生物は少女が登っていった屋根の方へと飛び上がり姿を消した。

 

 

ふぅ…と一息ついたジェイスは自身のすぐ周囲を見回し、男四人からの注目に気付いた。

 

ジェイスは暫し、人差し指を目頭と鼻の間に置いて深呼吸をし、彼らを見て、一言発した。

 

 

「…それで?こちらはどういう状況なんだ?」

 

 

 




ジェイスの描写にちょこちょこ《~の様に感じる》と有るのは彼自身まだ記憶が無くなって、自身のテレパス(精神感応)の能力をコントロール出来てないという設定です。




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