【白い初代遊星号の話】遊戯王5D's (ふれれら)
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白い初代遊星号の話

好評ボイスドラマ化しました
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「ぶは、何だよ遊星それマジで?」

「ああ」

鬼柳の住む一軒家に、酒瓶の音と笑い声が響いていた。

 

サティスファクションタウンにて。砂漠の夜は更けていく。

 

酒を持ち込んだのは遊星だった。

サテライト時代では滅多に手に入らなかった上物の酒に、鬼柳は機嫌良く遊星を迎え入れた。度数の高い酒は、研究明けの体にひどく沁みる。思い出話は夜通し弾んだ。

 

やがて、共通の思い出話もすっかりループし始めた頃、鬼柳はグラスをフラフラおぼつかなく揺すりながら機嫌良く笑った。

「じゃあ次は、オレが知らねえお前らの話ししてくれよ」

とグラスを傾けながら笑った鬼柳に、すっかり酒の回った遊星が、顔を真っ赤にして笑いながら語る、鬼柳が居なかった空白の時間。笑い声は絶えない。

 

「それで、ジャックがDホイールを盗んで、パイプラインを抜けてシティへ飛び出して…」

「はー! マジかよジャックやっべえな!」

ほどよく酒の回った鬼柳は、何を聞いてもケラケラと笑いながら、オーバーに楽しそうに聞いていた。笑い上戸だ。

そんな鬼柳の様子に気分が上向いて、遊星も口が軽くなっていた。だから、誰にも言うつもりの無かったことを、こぼしてしまったのかもしれない。

 

「すげーな!そんなふうにサテライトを抜ける方法があるなんてなぁ!それで実際に作っちまうんだからすげえよ!」

「オレ一人では無理だった。仲間の手助けあってのことだ。パイプラインの整備のラグが出来たのは、シティのゴミが増えて増設ラインが出来上がった後だ。鬼柳がオレたちを導いてくれなかったら、もっと前に潰れていたかもしれない。鬼柳の存在は希望だった。それだけは決して変わらない」

「お前もちっとも変わらねえなぁ。ああ、ちくしょー、オレも見たかったな、お前らがシティに飛び出す瞬間をさ!」

 

鬼柳は足を投げ出して、機嫌よく笑った。

 

「サイッコーに気持ち良かっただろうな! そんな最高のシーン見逃したなんて満足できねえぜ。でもアレか、ジャックもえげつねえなあ。あれだろ? スターダスト盗むわ、ダチ縛って海に投げ込むわ、せっかく作ったDホイールは壊して捨てちまうわだろ? お前らそれでよく幼馴染やってんなあ。なーなー遊星、お前怒ってねーの?」

「あまり悪く言わないでやってくれ。終わったことだ。全部デュエルでケリを付けた。まあオレも当時は随分キレたと思うが、元々アレはジャックに……」

 

口が滑って、あからさまに「しまった」という顔が出てしまった。鬼柳は目ざとく見つけて、にまにまと顔全体で笑いながら顔を寄せてきた。

 

「なになに、ジャックがどうしたって?」

「……なんでもない」

「かーくーすーなーよー! 水臭えなあ! お前がそーゆーツラすんのはすっげー恥ずいこと隠してる時! バレバレ!」

「う……鬼柳には敵わないな。これでも、ポーカーフェイスには自信があったんだが」

「なーなー、言っちまえって遊星。そーじゃねえと昔おまえが隠してたアレやコレやばらしちま……」

「わかった、わかったから。鬼柳、誰にも言わないか?」

「わーってるわーってるって」

「お前がその返事をするときは、だいたい守られた試しがない……言うなよ鬼柳、言ったら後でこっそりデュエルディスク改造してやり返すからな」

「うっっわガチじゃん、お前が改造したら何されるか分かったもんじゃねえじゃん」

 

ケラケラと笑いながら鬼柳はテーブルをやたら叩いた。全部酔っ払いの戯言だ。

 

すっかり苦笑して、遊星はもう一杯グラスを仰いだ。

しこたま酔ってなかったら、きっと言わなかっただろう話だった。

 

「確かに、もう何年も経ってるし、さすがに時効だろう。結局誰にも言わなかったが、アレは、最初に作った白いDホイールは────最初から、ジャックに譲るつもりだったんだ」

 

 

当時。鬼柳を喪い、ジャックは周囲を寄せ付けなくなった。いつもピリピリして、ジャックを慕うラリーにも冷たく突き放すような態度ばかり取っていた。

遊星は、Dホイールを完成させて、ラリーたちにスターダストが飛ぶのを見せて、そして最後にDホイールをジャックに譲ることで、ジャックと仲間の橋渡しをしようとしていた。関係修繕のきっかけを作ろうとしていたのだ。汚れの目立ちやすいサテライトで、目立つ白でわざわざ塗装したのはそのため。

 

「だから白く塗ったんだ。結局、その前にジャックが乗っていったが」

 

当時ジャックが賭けデュエルで危ない橋ばかり渡っていたことを遊星は知っていた。そしてその賭け金でラリーたちを含む仲間に物資を仕入れていたことも。

ジャックは仲間思いだ。けれど、一度ジャックの中に生まれた亀裂は埋めがたい。

だから。ジャックがDホイールを持てば、みんなの希望の象徴をジャックが活かせば。もっとよい方向に、仲間の関係性が変わるんじゃないかと、願っていた。

 

「いま思えばオレの独りよがりも良いところだったが。ジャックはおしきせを喜ぶようなヤツじゃない。かえって怒り狂ったかもしれないな、想像が付く」

 

くつりと喉を鳴らして、遊星は笑った。ずいぶん酔っていた。鬼柳が静かに、酒の覚めた目でじっとこちらを見ていたことにも気付かないくらいに。

 

「言えなかったんだ。あの頃は。最初からジャックに譲るつもりだったなんて零したら、一緒にいたナーブたちはもっとジャックに怒り狂っただろうし、ジャックが飛び出してオレもやっと気付いたから」

「……何に?」

「重ねていたことだ、ジャックと鬼柳を。ジャックがどんどん人との関係を断ち切って、人が変わったように孤独を好むようになっていくのを見て、またお前の二の舞で失うんじゃないかと」

 

遊星は静かに自嘲を零した。ずっと昔の若気の至りを、懐かしく思い返しながら、苦いコーヒーと共に舐めるような苦笑だった。

 

「つまり、オレはジャックを女々しく引き留めようと必死だったんだ。ジャックは、むしろサテライトにいた頃より生き生きと喝采を浴びていた。そのときようやく自分の思い違いに気付いた」

 

砂漠の夜に、ため息だけが溶けていく。

 

「当たり前だったんだ、ジャックと鬼柳は違う。オレがしていたのは、ジャックを無理にサテライトに閉じ込めようとすることで、ジャックに善意で足枷を与えようとしただけだ。オレのその態度が、鬼柳との関係を拗らせたかもしれないことも、きっとジャックは、気付いていた」

 

「あの当時は、ジャックが一体何に怒り狂っているのか分からなかった。だが、敏感に感じ取っていたんだろうな、オレがジャックを引き留めようと必死だったことに。だからずっと距離を取っていた。一緒にダメになってしまわないように」

 

オレは鬼柳と一緒にいて、一緒にダメになっていってしまったから。

そう零して苦い追想を苦笑する遊星を、鬼柳はじっと黙って見つめていた。

 

「ジャックはサテライトを憎んでいた。鬼柳を殺したのは『サテライト』そのものだと考えていたんだろう。オレと違ってアイツは、サテライトを出ることを常に考えていた。オレたちがこのまま、サテライトに殺されてしまわないように」

 

「疑問も持たないままサテライトで一生を終えようとするナーブたちも、サテライトで生きようとするオレも、アイツにとっては怪物だっただろう。ジャックから見て、オレは鬼柳の時からずっと同じ過ちを繰り返しているように見えただろうな。でも、オレにとって、ラリーたちを見捨てて自分だけ外に出る選択肢なんて無かった。だから────」

 

ふっと、肩を落として遊星は静かに苦笑を締めくくった。

グラスの氷が、軋んでカランと音を立てた。

 

「オレは、ジャックがずっと出していたサインを見逃した。だから痺れを切らしたんだ。だから憎もうにも憎めない。そもそも、あれはジャックの物になるはずだった。アイツがしたことでオレがどうしても許せなかったのは、オレを引っ張り出す口実にアイツを慕ってるラリーを使ったことと」

 

カラン、氷が完全に溶けたのと、遊星が寝落ちたのはほぼ同時だった。

 

「せっかく造ったDホイールで、最後までオレとデュエルしてくれなかったことだけ────」

 

 

あとは砂漠の町の夜に溶けて、寝息だけがテーブルに落ちた。

 

寝息が数回繰り返された頃、鬼柳は静かにウィスキーをちびちびと舐めて、そうして肩をすくませた。

「だってよ。どー思う?」

「だめだなぁお前は」

 

安っぽい毛布をバサリと掛けて、白のコートが遊星の背後に立った。

テーブルに突っ伏して眠る遊星の肩に毛布。背後に立つ白い影。

最初から全部知っていた鬼柳は、すっかり肩を竦めて、足を組んでまたウィスキーを仰いだ。一切酔ったことを感じさせない態度で。現れた男が、鼻を鳴らした。

「このタヌキめ。キサマ本当はザルだろう。酔ったフリだけ上手くて、だからキサマは信用ならんというのだ」

「そう言うなよジャックー。お前が来てんの遊星にバレたくねーってごねるからなんとか潰して誤魔化してやったのにさあ」

「コイツに会うのは武者修行を終えて帰るときだと決めている」

「へーへー。その割にオレんとこにはタダ飯食いに来んのになー」

「所在がバレると芋づる式にクロウあたりもうるさい」

「あー、想像つくわー」

 

面倒見の良い兄貴の仮面を剥がして、鬼柳とジャックは悪友のように雑に互いをあしらい合った。鬼柳がまたウィスキーを呑む。ジャックが遊星を見下ろして、不服そうに鼻を鳴らした。遊星が残したわずかな酒は、ジャックが立ったまま一気飲みした。ジャックは度数の高さに顔をしかめた。

 

「全くコイツと来たら。あれほど人前で酒を呑むなと教え込んだというのに」

「あーもしかして遊星のミルク注文ってジャックの仕込み?」

「こいつは呑むと幼くなるし記憶が飛ぶ。14の時に確かめた」

「お前ってそういうとこだけはお兄ちゃんしてるよなー」

「マーサに仕込まれた癖のような物だ、もう抜けん。当時のサテライトでは命取りだったからな、薬の耐性を確かめるのは当然だ。コイツも平和ボケが過ぎる」

「言ってやるなよジャックー。遊星だって、ちょっとぐらい浮かれたって良いじゃんか、なにせ」

 

鬼柳が、壁に向かって顔を上げて、ふっと笑ってウィスキーを仰いだ。

壁のカレンダーには、7月の文字が踊っていた。

 

「成人、だろ。可愛いじゃねえか、一緒に呑みたいって誘ってくるんだもんよ。オレとしちゃあ聞いてやらねえ理由もねえしさ」

「ふん」

「だいたい、ジャックが悪いんじゃねーのー? 一緒に呑もうと思ってた肝心のお前がシティに居ねえから、オレと呑みたがってわざわざ来たんだろコレ」

「うるさい。余計なことを言うな」

「拗ねんなよジャックぅ、役目盗られたからってさあ」

「いいかげん殴るぞ貴様」

「理っ不尽ー。へーへージャック様の言うとおりにしますよっと」

 

遊星の腕を肩に引っ掛けて、鬼柳は担ぎ上げた。

無言で踵を返すジャックに、鬼柳が「あ、帰んの?」と、完全に寝落ちた遊星のために声を抑えながら言った。一切起きる気配がないのは、慣れない研究疲れもあるだろう。どうやら徹夜で根を詰めていたようだから。ジャックは鼻を鳴らした。

「上のベッドはコイツが使うだろう」

「あージャック追い出されちまったなー。やっさしー」

「うるさい、帰る」

「ほいほいまた来いよー。……なあ、ジャック」

 

声を掛けた鬼柳に、ジャックが静かに振り返った。

 

「お前、気付いてたんじゃねーの。さっきの話」

「……気付かんわけがないだろう。いざ盗んで乗ってみたら、俺に身長にピタリと合ってチューニングされていたんだぞ」

ため息がこぼれた。

「だが、何もかも遅かった。俺も若かったということだ。あの鉄屑の町で腐っていったコイツを引っ張り出したことに、俺は断じて後悔も謝罪もせん。だが」

 

ジャックの目が一瞬だけ後ろめたそうに細まったのを、そのひどく珍しい表情を、鬼柳はグラス越しに薄目で見ていた。

 

「だが、壊したのは悪かったと思っている。トレーニング中にヘマをしてな、修繕の名目で回収されたあと、勝手に処分されていた。アレは、悪くない機体だった────」

 

空気を手で払い除けるように、「喋りすぎた」とだけジャックは言い残して、今度こそ玄関を出ていった。

 

遊星を担いだまま、鬼柳はクツクツ喉を鳴らした。「あーあ!」と手放しで笑って腹を抱えた。

 

「可愛いやつらめ! これだから手が掛かってしょうがねえ!」

 

背中で気持ちよさそうに寝息を立てる遊星を軽々おぶって、鬼柳は笑って階段を登った。

 

「あーあ。遊星の親父さんも無念だろーなぁ。一人息子のせっかくの成人の一番酒が縁もゆかりもねーオレじゃあよー。ジャックもアレぜってー拗ねてたしよ。オレは満足だけどな!」

 

鬼柳はたいそう満足そうに笑った。

 

「今夜だけでも良いから化けて出てやれよ。夢の中でもいいからさぁ。だよなぁ遊星」

 

どんな夢を見ているのか、鬼柳の背で気持ちよく寝息を立てる遊星が、幸せそうに笑った。

 

 

 

 

この数日後、ジャックはシティに帰ってきた。

彼らがそれぞれの未来へ旅立つ、少し前の砂漠の夜だった。



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