人間と人形の幻想演舞 (天衣)
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第一部
設定資料その1


超今更作ってないことに感想を見て気が付いたのでうp
今回は「人形遣い」をまとめました。ぽっと出ではない人達が中心です

その2ではオリキャラ達の手持ちにいる「人形達」を作る予定


 

 

登場キャラ(人形遣い)

 

 

・舞島 鏡介(まいじま きょうすけ)

 

 

今作の主人公。「現代」の出身で、15歳の中学生。

 

友達の誘いで博麗神社に行くことになり、そこで幻想入りしてしまう。

 

年の割には落ち着いており、比較的常識人。しかし、年相応なところもちゃんとある。基本的には前者の一面が強く、あまり自分を出さない性格。

偶に辛辣な一面も見せることもあるが、それは言葉を選ばず彼なりに気軽に接しているとも言える。相手によっては本心で言っているが…(妖精とか)

 

可愛いもの好きで、今回出てくるの人形も彼にとっては好ましい存在。「人形異変」により発生した人形達を道具とは思わず、気軽にやさしく接している。

時には過剰ともいえる人形とのスキンシップが目立ち、「女々しい」などの言葉をよく投げかけられる。実際、彼は細身でナヨナヨしていて男の子らしくはない。

だが、男の子として「女々しい」扱いされるのを結構気にしてはいる。

 

 

友達(大森)から東方projectのことを色々と聞かされたが、興味がなくほとんど聞き流していた為知識はほぼなし。(「東方project」というゲームの名前と、有名なキャラくらいしか知らないにわか勢)

 

ポケモンに関しては殿堂入り経験はあるので、今回の異変にはある程度適応出来ている。

アニポケのS氏のように友情パワーで人形達の未知の可能性を引き出す才能があり、人形遣いとしてもかなり強い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・光(ひかる)

 

 

幻想郷にある「人里」の住民。

 

巷で噂になった鏡介の元に現れ、「人形遣いになりたい」と申し出てきた少女。年齢は10歳。

性格はサバサバしており、無駄を嫌う。好奇心旺盛なお転婆娘でもあり、それが災いしトラブルを引き起こすことも…

 

寺小屋の生徒でもあり、慧音を始め人里にいる人物達とは交流があったりする。

 

博麗 霊夢を崇拝しており、彼女の異変解決手伝うことが光の冒険の目的。

 

 

初めて捕まえた人形が人形の為、振り回されることも多いが何だかんだ上手く扱えている。

 

最初らへんは鏡介について来ていたが、とあるバトルをきっかけに一人旅に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・準(じゅん)

 

 

幻想郷にある「人里」の住民。

 

寺小屋の生徒で、光(ひかる)とは一応同期。年齢は10歳。

性格は捻くれていて、可愛げがない。年上にも敬語は使わず、失礼極まりない態度をとる。群れることを嫌う為、基本は一人で誰ともつるもうとしない。

 

彼もまた人形遣いであり、ひたすらに人形遣いとしての「強さ」を追及している。その為強そうな人形を捕まえては試し、使えなさそうなら今後一切使わないをひたすら繰り返している。

目的の為なら手段を問わず、強い人形の為ならどこへでも行く為、鏡介や光と鉢合わせることも多い。

 

光を初めて人形バトルで負かした人物でもあり、光は彼も「ライバル」だと認識している。

 

 

 

※このオリジナルキャラクターはピクシブでリクエストを頂いたものです。アニポケの「シンジ」に寄せて欲しいとのことだったので、このようなキャラとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・博麗 霊夢(はくれい れいむ)

 

 

幻想郷にある「博麗神社」に住む巫女。

 

異変解決の為に人形遣いとなり各地を飛び回り調査をしている。

 

人形を道具としか見ていないが、人妖を惹きつける霊夢独特の魅力は人形達にも影響があるようで…懐いてくる自分の人形達に手を焼いているようだ。

博麗の巫女としての立場上、異変で発生した人形に対し情がわかないようにしているが長く接していく内に段々と葛藤をするように…。

 

異変解決に関してのプライドが高く、人形バトルの勝敗を人一倍気に掛け自分が負けることを許せない。

一度鏡介に人形バトルで負けて以来、彼を目の敵にするようになる。だが彼はここへ迷い込んだ外来人でもある為、時にはやさしさも見せたりも。

 

 

「人形異変」はこれまでにないタイプである為、霊夢も思うように力を発揮出来ていない。

ポッと出てきた外来人に異変を解決されては立場がないので、次第に焦りを感じるようになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・霧雨 魔理沙(きりさめ まりさ)

 

 

幻想郷にある「魔法の森」に住む普通の魔法使い。

 

霊夢と同様に異変解決の為に人形遣いとなり各地で調査をしている。

 

にとり、アリス、パチュリーと共に封印の糸・スカウター(人形のステータスなどを透視できるゴーグル型の装置)などの開発に携わった人物。

 

封印の糸を使わずに人形を仲間にした主人公に興味を持った。

主人公の先輩として色んなアドバイスを与えたり、アイテムの機能追加をしてくれる。

 

霊夢とは違い、この異変を楽しむ余裕を持っている。

 

 

 



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序章

初めまして。この小説を書かせて頂いてる、てんいです。

初の小説ですがよろしくお願いします。

この幻想人形演舞の小説を書き続けている人が、
個人的に探してもあまりいなかったので、衝動的に書きました。

この作品を読むにあたっての注意事項です。


・この小説は、東方projectの二次創作作品である「幻想人形演舞」、「幻想人形演舞~ユメノカケラ~」を元に執筆した三次創作の小説です。ネタばれ注意です。

・オリジナル展開多めです。オリキャラもいて、主人公もしゃべりますし何なら別パートで人形もしゃべらせます。

・原作とはキャラが違うところも多々あります。要はキャラ崩壊注意。

・つたない文章です。


それでも良ければ、どうぞご覧ください。

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。




「ねぇ…。」

 

「ねえ、起きてくれないかしら?」

 

何やら女性の声がする。

 

「……少しだけお話しましょ?」

 

「…ううん?」

 

目を開けると金髪のロングヘア―に大人っぽい紫の服を着ていて、変わった形をしている日傘?を差したお姉さんが目の前にいる。顔ははっきりとは見えない。

 

「やっと起きた。ごきげんいかが?」

 

「えっと…はい…元気です。…あなたは?」

 

「私?私は八雲 紫(やくも ゆかり)。初めましてかしら?」

 

…うん、知らないな。こんな綺麗な人。

 

「少なくとも、あなたのような美人を僕は知りません」

 

「あら、美人だなんて。ありがとう♪」

 

真っ暗な空間の中、謎の女性と会話をする。変な夢だ。

 

「突然だけど、あなたは幻想郷ってご存じ?」

 

「……あー、まぁ」

 

「…知らないかしら?」

 

詳しくはないが、友達から聞いたことがある。

東方projectってゲームの世界の名前?だったかな。

 

「幻想郷というのは、忘れられたものがたどり着く場所なの。

 いないとされているものが存在する世界。妖のたぐいも…」

 

「いないとされるもの…あやかし…」

 

何とも信じがたいがホントにそんな世界があるんだったら行ってみたいものだ。

 

「あら、興味があるという顔ね。フフフッ、私もあなたに興味があるの」

 

「へ!!?///」

 

思わず声を上げる。美人の女性のアプローチにドキドキしてしまった。恥ずかしい。

 

「折角だから、あなたの事を色々聞いてもいいかしら?」

 

「え!?あっはい…///」

 

グイグイ来るなこの人…こういうの慣れてないよ…。

 

「君は男の子?それとも女の子?」

 

「!お、男です…。」

 

何だか男らしくないと言われてるみたいでちょっとヘコむ。

可愛い物好きだし女々しい所があるのは認めるけど。

 

「フフッごめんなさい。少々、意地悪だったかしら?お名前は何ていうの?」

 

「…舞島 鏡介(まいじま きょうすけ)です」

 

「舞島 鏡介…フフッいい名前ね」

 

名前を褒めて貰えるなんて人生初めてだ。割とありふれた名前だし。

 

「え、えっと…こう言ってはなんですが、僕の事なんか聞いてどうするんです?」

 

「備えあれば憂いなし というでしょ?」

 

「これはあなたを示す大切なものですもの。しっかりと管理しなくては、ね?」

 

「は、はぁ…」

 

女性は何やら意味深なことを言って笑みを浮かべると、

 

『博麗神社前~、博麗神社前~………』

 

何やら低めの声のマイク音声が聞こえてきた。

 

「あら、そろそろ時間のようですわよ。時間というのは本当に早く過ぎてしまいますわ」

 

「…もしかしたらまた会えるかもしれませんわね。楽しみにしていますわ。」

 

「!ちょっとまっ…」

 

 

女性は姿をくらませた。

不思議な感じだった。こんな夢は初めてだ。感傷に浸っていたその時、

 

 

「ーーーーい!--きろーー!」

 

「ーーーッ!?」 

 

 

大声が耳元に聞こえ、体が飛び上がって目が覚めた。

ぼやけた視線が徐々にクリアになり、焦点を合わせるとそこには見覚えのある人物がいた。

 

「いつまで寝てんだ?もう着いたぞ」

 

「あ、ああ。ごめん、大森」

 

彼は大森 哲也(おおもり てつや)。

僕の友達で、東方projectオタクだ。今日は彼の聖地巡りに付き合い、こうして博麗神社(はくれいじんじゃ)にやって来た。

まぁ興味なかったんだけど……正直暇だったから断る理由もなかった。

 

「君達、もう終点だよ」

 

バスの運転手に呼びかけられる。

 

「すみませーん今降ります―!…ほら行くぞ」

 

「うん。」

 

急いで二人は運賃を払い、バスを降りる。

 

「「ありがとうございましたー!」」

 

元気よく挨拶をすると、運転手さんは手を軽く上げてバスを発進させる。

見送るバスは段々と小さくなり、ついには見えなくなった。

 

「さて、ついに来たぜ博麗神社!ここは一度行ってみたかったんだよ~!」

 

「それは何回も聞いた。」

 

テンションが高い大森を尻目に、次のバスの時間を確認する。

 

「うわ…三時間後か……田舎だからなぁ」

 

「んーまぁ大丈夫でしょ。三時間も観光できると考えればいいんだよ」

 

「いや-キツイよ三時間は……はぁ…」

 

予想以上の待ち時間に、行かなきゃ良かったと思わずため息が出てしまう。

 

「ほれ行こうぜ?早く行きたくて俺もう我慢できねぇよっ!」

 

「…はいはい。」

 

…まぁ行くといったのは自分だからな。さっさと済ませてしまおう。

いつもの調子で会話をしつつ、二人は博麗神社に繋がる石段へと歩みを進めた。

 

「…そういえばさ」

 

暇つぶしに大森に話題を振る。

 

「バスで寝てた時に変な夢見たんだよ」

 

「あん?どうせしょうもないのだろーが」

 

「やくもゆかりっていう綺麗な女性が出t」

 

「その話kwsk」

 

大森の顔つきが変わる。何て切り替えの早さだろうか。

  

「えっとその人がさ、こっちの事色々聞いてくるんだ」

 

「は?何それうらやま。ゆかりんに会ったとか」

 

「ゆ、ゆかりん?えーっと、しかもその人にアプローチされちゃったんだ。正直恥ずかしかった」

 

「な、何だと!?俺が罪袋だったらお前を抹殺するところだぞっっ!!パルパルパルパル」

 

大森が嫉妬の念を飛ばしてくる。相当羨ましいようだ。

夢であっても好きなゲームのキャラクターが目の前にいると嬉しくなるものなの

だろうか。正直、自分にはない感情だ。

 

「そ、それで!?ゆかりんはどうだったんだ!?やっぱりふつくしかったのか!?」

 

鼻息が相当荒い。正直キモイ。

 

「顔はハッキリ見えなかったんだけど…それでも美人とわかるくらいだった」

 

 

「ハーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

 

慣れてはいるが、ホント騒がしい奴だなぁ。

 

「いいなぁー俺も夢の中でいいから東方のキャラに会ってみてぇよぉーー!」

 

「ハハハ…」

 

そんな他愛もない会話をしていると神社の鳥居が見えてきた。

 

「もうそろそろかな?」

 

「おっキタキターー!よし俺が一番乗りだぁーーーー!!」

 

そういって大森は階段を一段飛ばしでダッシュする。

 

「ちょ!…まぁいいか。こっちは体力あんまりないしゆっくり行こう」

 

大森が石段を駆け上がっていく様子を見ながら、自分のペースで歩く鏡介であった。

 




どうも、てんいです。

この小説は、自分がピクシブに投稿したものをそっくりそのまま転載しています。
とりあえずは今書いてるところの途中まで投稿していくつもりです。


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第一章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


「到着っと」

 

ゆっくり歩き、鳥居へとたどり着いた。

 

「ここが博麗神社…」

 

大森曰く、聖地とのことであったが…。

思っていたよりも古ぼけた神社で、人の手が長い間加えられていないのか手水舎の水は枯れ、絵馬掛所に絵馬を誰も掛けていない。

人もまばらで、観光する場所にしては寂しい。

 

後、眼鏡をかけた女子高生がベンチで横になって寝ている。

いくらあんまり人が来ないからって無防備すぎやしないか?

 

…大森が一番すごい場所だと語っていたから多少は期待していたのだが…

 

「何かイメージと違うな…」

 

あいつの言うことを信じた自分が馬鹿だった。これじゃあ暇なんてとても潰せはしない。

もう二度とあいつの観光巡りは付き合わない。そう胸に誓い、本殿に近づく。

 

「…まぁ折角来たんだし、参拝くらいはやっていこう。簡単に」

 

あまり作法を覚えてないが記念ということで、ね。

 

「あー…鳥居くぐるときも作法があるんだった。まぁいいや」

 

水は枯れている為、手水舎の作法はカット。

 

なのでとりあえず参拝。まずは一揖。そして鈴を鳴らす。力強く。

 

次は賽銭。賽銭箱の中身は空っぽだ。

ちょうど五十円があるので五十円を静かに入れる。

 

小銭を賽銭に入れると、チャリンという心地いい金属のぶつかる音がするものだが、空なので当然そんな音はしない。下に落ちる虚しい音だけが鳴る。

 

「えーっと、確か二礼二拍手一礼…だっけ?」

 

最後にうろ覚えの作法をぎこちない感じにこなす。

 

「………ふぅ。まぁ、こんなものかな? やることやったし、大森を探すか」

 

境内を歩きながら周りを見渡す。しかし大森の姿は見当たらない。

 

「…どこ行ったんだよもう」

 

そんなに広い場所ではないのだから近くにいる筈だ。

 

 

「がやがや…」

 

 

向かって左側から誰かの話し声が聞こえてきた。声がする方へ行ってみる。

 

「それわかりますぅーーー!!」

 

「ホント最高だよねぇっ!!」

 

するとそこには大森と、見知らぬ眼鏡をかけた小太りの中年男性が何やら楽しそうにしゃべっている姿が見えた。

 

「ここにいたのか」

 

「お、舞島くん遅いぞ~!」

 

「そっちが勝手に先行ったんでしょ」

 

何やらウザったいテンションで話す大森。

機嫌がよろしいのだろう。

 

「今俺はこの同士の方と東方projectについて語り合っている所さ!この人すっごい詳しくてさぁっ!!もう止まらないんだよ!!」

 

「そ、そう」

 

同じ趣味を共有出来て嬉しいのだろうか、大森は早口になっていた。

すると中年の男性もこちらに話しかけてくる。

 

「君も東方projectを知ってるのかい?」

 

「え?いや僕はあんまり…この神社に来たのも成り行きというか、こいつに付き合わされてる感じなんです」

 

まぁ、こんなところにわざわざ来るなんてその手のオタクぐらいなものだろう。

誤解をされるのも無理はない。

 

「そうなんだね!じゃあこれを機に色々知ってほしいな。

 ここはね、東方projectシリーズの主人公、博麗 霊夢(はくれい れいむ)の住む神社のモデルとなった場所なんだよ」

 

「は、はぁ…そうなんですか」

 

 

中年の男性はつらつらと東方の知識や魅力を聞いてもいないのに語っている。

うーん…あんまり興味ないんだけどなぁ。聞いている振りをしておこう。

 

 

 

 

数十分後…

 

「ーーーというわけであって東方は素晴らしいんだよ!」

 

「ソウナンデスネ」

 

やっと終わった。大森といい、この手の相手は疲れる。

 

「よし!じゃあ東方の新入りさんの君に恒例のアレをしちゃおうかな!」

 

「え」

 

「お!アレやっちゃいます?」

 

何だ。何かが始まってしまう。大森もアレとか言わないで説明してくれ。

 

「さっきも言った通り、東方には数多くのキャラがいる。そこで君の中で気に入ったキャラをこの図鑑から選んでくれ!」

 

そういって中年の男性は、カバンから厚めの東方キャラ図鑑を取り出しこちらに渡す。

うわ、めんどくさい事になった。オタク怖い。

 

「さて、新入りの舞島くんはどういう子が好みなのかな~?」

 

大森がウザいテンションで問いかける。お前いい加減にしろ。

 

「え、えっと…」

 

「(新参は大抵、紅魔勢、優曇華(うどんげ)あたりを選ぶが…舞島はこういうのに疎い。何を選ぶか全く予想が出来ないから興味深いぜっ!)」

 

大森は今まで今まで見て来た新参の傾向からは違うのを選ぶであろう鏡介に、微かな期待を寄せていた。

 

「うーん…」

 

次々にページをめくっていく。あんまりキャラの詳細を見ずに。

 

「(…ホントにキャラが多いな。百は軽く超えている。キリがないぞ…)」

 

「「ワクワク」」

 

期待のまなざしでこちらを見るオタク二人。やめて欲しい。

 

「(…もう適当でいいや。次にめくった時のキャラにしよう。)」

 

そう心の中に決め、ページをめくる。

 

「えっと…このキャラです」

 

「お!決まったのかい?どれどれ…」

 

中年の男性はページの内容を確認する。後から大森も後ろから食い入るように確認。

 

「……ほほう」

 

「……まじか」

 

二人は内容を見るや否や、神妙な顔つきになる。

どうしたというのだろう。

 

「…僕は今までいろんな東方の新入りさんを見てきたけど、数多くのキャラの中でこのキャラを選んだのは君が初めてだよ。」

 

「まさかのですねこれは…」

 

二人は自分が選んだキャラに驚いている様だった。何かまずかったかな?

 

「えっと…そうなんです?」

 

「だがなんだろう。不思議と君にあっているというか…良い感じがするよ。うまく言えないけど。こんなこともあるんだね…。

 何だかおじさん感動しちゃった…うう…(´;ω;`)」

 

「えっちょっ!?」

 

中年の男性はハンカチを取り出し涙ぐんでしまった。

まさか泣き出すとは思わず、ビックリしてしまう。

 

「あーあ、なーかしたーなーかしたー」

 

大森がからかってくる。

 

「あ、あの何かすみません…」

 

「いや、いいんだ。久々にいいものを見させてもらったよ。むしろ礼を言わせてくれ。ありがとうっ!

 君のような子に出会えて、僕は新たな可能性を見いだせたよ!」

 

「まぁそれならいいですけど……」

 

 

…オタクってよくわかんないなぁ。

 

 

 

 

それからも二人の東方オタクは、推しや魅力を語り合っている。

もうすっかり同士(こころのとも)となっていた。

 

一方、話についていけない鏡介は神社の裏山に来ていた。

 

「ふぅ……」

 

散々オタク達に付き合わされて疲れたので、休憩しようとここに来てみたが…

 

「…何もないなぁ」

 

座れる場所も女子高生が横になってて座れないし、一か八かでこの裏山で座れる場所を探す事にしたが当てが外れた。

しょうがないので、その辺の木に寄っかかる。

 

しばらくボーっとしていると、

 

「……ん?」

 

視界の先に何やら小さな生き物がいる。

 

そしてその姿を見て驚愕する。

それは鏡介にとってつい最近見たものであった。

 

「(あれは…?確か夢に出てきた…そう、やくもゆかりって人だ…!…疲れてるのかな…)」

 

見たものが信じられず目をこすってもう一度確認する。

ついでに頬もつねってみる見る。痛い。これは夢じゃない。

 

「(どうなってるんだ?あれはバスで寝ていた時の夢だったはず…。それになんか小さい…)」

 

鏡介が目の前の光景に疑問を抱いていると、

 

「!」

 

こちらに気づいたちびゆかりは草むらの奥へ逃げてしまった。

 

「あ!ちょっと!」

 

あの先は山道になっている。どうする?追いかけるか?

でももしかしたら迷子の可能性もあるし…

 

様々な思考が巡る。そして、

 

「…ッ!」 

 

ほっておけないので追いかける事にした。

 

「おーい待って!その先は危険だよっ!」

 

ちびゆかりに呼びかける。

しかし返事はなくただ追いかけてくるのをひたすら逃げ回っている。

 

「はぁ…はぁ……ま、待ってってばっ!」

 

あちらの方が歩幅が小さいはずなのに一向に追いつける気配がない。

どうなっているのだろうか。

 

 

追いかけること数分。

ちびゆかりは湖にピタリと佇んでいる。

やっと止まってくれた。

 

「はぁ…はぁ…やっと追いついた。君、どこから来たの?親御さんとはぐれちゃったの?」

 

子供を怖がらせないような優しい物言いでゆっくりと近づいていく。

するとちびゆかりはこちらを振り向き、

 

「♪」

 

ニコリと笑った。良かった安心してくれたようだ。

ほっと息をつき、改めて事情を聞こうとしたその瞬間、

 

 

鏡介 「ーーッ!?」

 

 

突然、眩い白い閃光が鏡介を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

     ようこそ。コチラ側の世界へ………

 

 

       幻想郷はすべてを受け入れる………

 

 

           それはそれは残酷なことですわ………

 

 

 




大森君の出番は、ここで終了です。




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第二章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


 

突然眩い光に包まれ、思わず目を閉じてしまった。

数分経った後、光が収まると鏡介はゆっくりと目を開ける。

 

「…ッ何だったんだ今のは?…そうだ!さっきの子はっ!?」

 

あたりを見渡すとさっきいた小さな子はどこにもいない…完全に見失った。

 

「うーん…」

 

…でもよくよく考えたらあんな格好の子供がいるだろうか。幻覚でも見たのかな?

 

自分が見たのをそう解釈し、先ほど来た道に戻り始めると、

 

「ッ!?何だ!?」

 

目の前の草むらが揺れている。   

 

何かがいるようだ。無我夢中に追いかけてしまったがここは山道、しかも田舎だ。

野生の動物がいても不思議ではない。正直いって、かなり迂闊であった。

自分の行動を反省していると、草むらにいる何かが姿を現す。

 

 

「(まずいっ!)」

 

 

そこにいたのは、

 

「…えっ?」

 

金髪のショートヘアーに全体が黒のデザインの服、白いリボンを結んだ黒い帽子、そして綺麗な金色の瞳が特徴の身長が40cmくらいの三頭身の女の子だった。

三頭身の女の子はこちらをじっと見つめ様子を窺っている。

 

…なんだこの子は?さっき見た子と同じ仲間?

よく見たら人間の子供にしては小さすぎるし…ゲームやアニメのキャラを可愛らしくデフォルメした感じというか…何か現実離れしている。

 

「おい!何ボサッとしてんだ!」

 

「!?」

 

目の前の生き物のことを考えていると、横からこれまた金髪ヘアーに黒の服、リボンを結んだ黒い帽子、そして金色の瞳の女の子が駆け寄ってくる。

こちらは頭身を見るに人間のようだ。魔女っぽい恰好をしている。…ん?どこかで見たような?

 

「お前人形が出てきたのに何で何もしないんだよ!?」

 

「…人形?」

 

『人形(にんぎょう)』というワードに疑問を浮かべる。突然何を言っているのか。

 

「ん?お前人形を知らないのか?」

 

やってきた金髪少女は、少し考えた後にこう言った。

 

「…お前、もしかして外の世界から来たのか?」

 

…この子が何を言ってるのかサッパリわからない。ちょっと頭が心配になるレベルだ。

だが金髪少女は、話についていけない鏡介を尻目に話を続ける。

 

「そういう事なら教えてやる。いいか?目の前にいるあいつが人形だ。ある日いきなり現れて好き勝手暴れてやがる。」

 

「はぁ…」

 

人形?人形ってあの布に綿詰めたあの人形?日本の技術はいつの間に人形をあんなに精密に生き生きと作れるようになったのだろうか。

今まで見た事も聞いたこともないぞ。

 

「厄介な事に人形には人形しか対抗できない。だからこっちも人形を持っていれば戦えるんだがお前は…持ってないか。」

 

「えーっと…」

 

え?人形って戦うものなの?どゆこと? 

 

 

きょうすけは こんらん している! ▼ 

 

 

すると痺れを切らしたのか人形が、

 

「ん?」

 

「っ!?」

 

こちらに向かって走って来ていた。

 

「何かこっちに来てます…。」

 

「まずい!こいつらは本当に危ないんだ!ただの人間のお前じゃすぐにやられちまう!」

 

人形は鏡介の目の前に来てピタリと立ち止まると、またこちらを見つめている。襲ってくる様子はない。

 

「……」

 

本当に危険なのだろうか?こんなに小さな人形というものが。

 

この時の自分は正直、そうは思えなかった。

 

人形も何やら構って欲しそうにしている様に見える。そうだ、試してみよう。

鏡介はその場にしゃがみ込み、人形と同じ目線に立つ。

 

「お、おいやめとけって!何されるかわからないぜ!?」

 

「多分大丈夫です。敵意を一切感じないから。…おいで?」

 

優しい表情で人形に向かって手を出した。すると、

 

「♪」

 

嬉しそうに近寄り、その小さな両手で自分の手をギュッと握ってくれた。

 

「おっ」

 

やばい可愛い。思わず口角が少し上がってしまう。

 

「なっ…」

 

金髪少女は信じられないという顔をしている。

 

「…おいおい。まさか、お前に懐いたのか?」

 

「え?まぁ…そうなのかな?」

 

「♪~」

 

人形と戯れながら鏡介はそう答える。

 

「おかしいな。普通の人形は封印の糸を使わなきゃ言うことを聞かないはずなんだが…」

 

「人形が特別なのか…いやそれともお前が…なのか?」

 

「?」

 

金髪少女はまた考え込む。

 

「…うーん、よくわからんな。まぁ、わからんことをグダグダ考えてもしょうがない。とりあえず博麗神社で色々と教えてやるから私に着いてきな。」

 

「神社に?いいですけど……あっ!」

 

ここで自分が軽い遭難状態だったことを思い出し、声を上げる。

 

「どうした?」

 

「あーいや、友達と一緒に神社に来てたんだけどはぐれて一人でここに来ちゃったの忘れてて…もしかしたら心配かけてるかも。」

 

色々あって忘れてたけど、あいつの事スッカリ忘れてた。

あれからどれくらい時間がたったのだろうか。まだ神社にいるといいんだけど。

 

「…まぁ今はとりあえず着いてこい。ここは危険だから。」

 

「…?わかった。」

 

…何やらここは危ないから場所を移すとのことらしい。

どういう事かはわからないが、正直言ってこんな山道の奥に来てしまい帰り道が分からないので、とりあえず彼女の言うことに従う。

 

「…お前も来るか?」

 

人形に語り掛ける。元気よく首を縦に振った。着いてきてくれるようだ。 

 

「オッケー、いこう!」

 

鏡介はそう言うと人形を胸元に抱き抱えて立ち上がり、金髪少女の後に着いていくのだった。

 




主人公・舞島 鏡介が出会ったのは人形は?次回に続く!


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第三章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


人形を抱き抱え、金髪の少女の後をついていく。

 

「そういや自己紹介がまだだったな。私は霧雨 魔理沙(きりさめ まりさ)だ。よろしくな!」

 

「あ、はい。僕は舞島 鏡介(まいじま きょうすけ)です。こちらこそよろしく」

 

軽くお互いに自己紹介をし合う。…きりさめ まりさ?やっぱりどこかで…

 

「お、そろそろ着くぞ」

 

魔理沙の案内で無事に山道を降りることが出来た。

ひとまずは安心だ。

 

 

 

そして、再び博麗神社本殿前にやって来た。

 

「こっちだ。着いてこい」

 

「…え?」

 

明らかにおかしな現象が起こっていた。

まず、ボロボロだったはずの神社が見違えるように綺麗になっていた。絵馬掛所や手水舎もきちんとしている。そして賽銭箱の中身。…入れたはずなのに空っぽだ。

 

「おい!何うろちょろしてんだ?」

 

「え…あ…ごめん」

 

さっきから本当に何が起こっているんだ?こんなの普通じゃあり得ない。

 

鏡介は目の前の現実を受け入れられずにいるが、とりあえず魔理沙の後に着いていく。

 

「おーい、いるかー?」

 

魔理沙が勢いよく襖を開けると、そこにはお茶を飲んでくつろいでいる緑髪の巫女さんがいた。

 

「あら魔理沙さん。おかえりなさい」

 

「早速で悪いが、こいつの事なんだけど…」

 

「…ど、どうも…」

 

魔理沙の後に部屋に入り、そっと襖を閉める。

 

 

少女説明中……

 

 

「…なるほど。それで舞島さんをこちらまで連れて来たということですね。そういうことでしたら、説明は私に任せて下さい!」

 

「あぁ、説明は苦手だからな。そうしてくれると助かるぜ」

 

「…楽もできるしな」

 

魔理沙の調子のいい発言に早苗と呼ばれている女の人は苦笑いしつつ、

 

「コホン!」

 

咳ばらいをし、話を始める。

 

「私は東風谷 早苗(こちや さなえ)といいます。ここは舞島さんの住んでいる所から結界で隔離された場所。幻想郷(げんそうきょう)というのですけど」

 

「…えぇ!!?」

 

「!?」

 

鏡介の突然の大声に、人形はビックリする。

 

「(今何って言った?幻想郷!?それってゲームの世界に出てくるところだろっ…!?)」

 

「あれ、もしかしてご存じななんですか?それなら話は早いですね。えっと」

 

「ちょ、ちょっと待って!色々待って!」

 

頭を抱える。そんな馬鹿な話があるか。

 

「…あの、確認したいんですけど」

 

「…はい」

 

「僕は友達と一緒に博麗神社に観光に行ってたんですけど、その…僕の友達…大森っていうんですけど、そいつは…ここにいますか?」

 

自分は今、大分頭が混乱している。せめて身内がいないかを確認して安心したいという感情が働く。

 

そして、それを聞いた早苗は心情を察してこう言った。

 

「…ふむ、どうやら色々と混乱なさっているようですね。 分かりました、説明しましょう」

 

「…?は、はい」

 

細かく今の状況を説明する必要があると判断した早苗は、一旦話を切り替える。

 

「そっか。まぁお前からしたら今起きていることは理解出来ないよな」

 

「えぇ。最初に説明をするべきでした」

 

一から説明をし直してくれるようだ。常識のある優しい女の人で良かった。

 

「……お願いします」

 

「はい。では舞島さん。まずあなたが置かれている状況を説明しましょう」

 

「あなたは、神隠しにあってしまったのです。こちらでは『幻想入り(げんそういり)』と呼んでいますが」

 

「…神隠し?幻想入り?」

 

「はい。先程も言いましたが、ここは忘れ去られたものがたどり着く世界。

 普段なら、あなたのような一般の人達は結界で隔離されているこの世界に来ることは出来ません」

 

「…普段なら、ですか」

 

「…春頃でしょうか。突然人形が各地に現れ始めたんですが、未だに原因はわかっておりません。あまりの人形の数に、私達も対処しきれない状況です」

 

「……」

 

また人形というワードだ。どうもこの人形が今の状況に関係しているのか?

 

「とりあえず結界を強めて外の世界に影響は出ないようにしているはずなんですが…。こうして舞島さんが迷い込んでしまった以上、完全ではなかったようですね」

 

 

…成程。大体だけど理解は出来た。

未だに信じられないが、ここは幻想郷らしい。自分はその人形にこちらの世界に飛ばされたと、そういうことみたいだ。

 

…あの八雲 紫にそっくりな人形によって。

 

最後に一番聞きたいことを質問する。

 

「あの、それで聞きたいんですけど」

 

「はい、何でしょう?」

 

「元の世界、自分がいた世界にはちゃんと帰れるんでしょうか?」

 

「…それはおそらく今は無理です。結界を強めている状況ですから…」

 

早苗は申し訳なさそうな顔をしながらそう答える。

 

「…そうですか。分かりました」

 

 

「「「……………」」」

 

 

少し重い空気になってしまう。振っておいてなんだが申し訳なくなる。すると、

 

「…ん?どうした?」

 

人形が袖を引っ張っているので正面に人形を向ける。

表情を見るに心配してくれているみたいだ。

 

「…慰めてくれるのか?ありがとうな」

 

何ていい子なのだろうっ!

この人形が今回の神隠し…幻想入りだったか?を引き起こす原因になったみたいだけど、今の仕草で何でも許してしまいそうだ…。

思わず帽子越しに頭をなでなでする。

 

「♪~」

 

「あら、人形と仲良しなんですね!」

 

「え!?あ、まぁ…」

 

「あぁ、不思議なことにその人形は封印の糸を使ってないのにそいつに懐いてるんだ」

 

「へぇ、そうなんですか!それはすごい!」

 

「アハハ…」

 

シリアスな空気から一変、少し和やかになった空間の中で誰かが襖を開ける。

 

 

「こんなにぞろぞろと何の騒ぎ?」

 

 

茶髪のポニーテールに赤と白の服を着た巫女さんが襖から出てくる。

…こっちの世界の巫女さんは大胆な服装してるなぁ。

 

「お、ちょうどいいタイミングで戻ってきたな!この舞島ってやつ、外の世界から来たみたいだぜ!」

 

「ふーん……なんか多いわね最近」

 

「しかも人形が懐いてるんですよ!」

 

それを聞いた紅白の巫女は表情が険しくなり、こちらをじっと睨みつけた。

 

「ーッ」

 

すごい気迫だ。睨みつけるだけでこんなにオーラが出るものだろうか。

思わず息を飲む。

 

「……。関係はなさそうね。どうせ監視もついてることだろうし」

 

そう言うと紅白の巫女は表情が和らぎ、普通の人間として話しかける。

 

「舞島、だったかしら。余計な首は突っ込まないことね。どうせ今は帰れないんだから、この異変が落ち着くまでどこかで静かにしてなさい」 

 

「は、はぁ」

 

そう忠告すると紅白の巫女はスイッチを切り替えたかのように、

 

「ほら、私は疲れてるのよ。部外者は出て行った出て行った!」

 

部屋にいるもの全員を無理矢理、外に追い出した。

 

 








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第四章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


三人は博麗神社の本殿付近に佇んでいた。

 

「追い出されてしまいましたね…」

 

「はい…。」

 

「舞島さん、先ほどの方が結界を司っている博麗 霊夢(はくれい れいむ)さんです。口ぶりからして、やはり結界は弱められそうにないですね…。」

 

「…あの人が…」

 

大森と意気投合していた中年男性が言っていた人物の名前だ。

東方projectの主人公。…やっぱりここは幻想郷で間違いないみたいだ。

いまいち信用が出来なかったが、早苗の今の言葉で確信せざるを得なくなる。

 

「ま、そんな不安がることはないぜ!私がパパっと解決してきてやるからさ!お前は早苗とここで日向ぼっこでもして待ってな。」

 

「え?いやそれはちょっと…」

 

「あはは…」

 

この事態を女の子達に任せて自分だけ何もしないのはどうなのか。

…仮にも男だし?何か手伝えればいいんだけど…

 

「何だお留守番じゃ不満か?やめとけやめとけ。お前に出来ることなんて…」

 

そう言いかけて魔理沙は話を止め、

 

「…いや」

 

考え込む。

 

そして魔理沙は二ヤリと笑った。何かを思いついたようだ。

 

「それなら私がお前を試してやるぜ」

 

「え?試す?」

 

「さっき付いてきた人形がいるだろ?そいつを私の人形と人形バトルで戦わせるんだ」

 

「こ、この子を戦わせる!?そんな無茶な…」

 

小さく愛らしいこの人形を戦わせるという魔理沙の鬼畜発言に困惑する。

 

「おい舞島。あったばかりの時も言ったが、人形はお前が思っているようなただの可愛い生き物じゃない。手強くて弾幕も撃てるし普通に強いぞ。」

 

「え?あ、そういえばそんなこと言ってたっけ…」

 

「大体、人形がその程度の奴だったら私も霊夢もこんなに苦労してないっての」

 

「そうですよね…」

 

かわいい見た目に反して実は危険だというのは、自分のような可愛い物好きには認可しづらい、というかしたくないな…。

 

「それじゃ話を戻すぞ。お前とその人形の力を試してみようと思うんだが…そうだな、お前は初心者だからな。準備ぐらいはさせてやるよ」

 

何だか気は進まないが、この子を戦わせることになった。

 

「…あのー、ちょっといいですか?」

 

「何だ?」

 

「戦うっていったってどう戦うんでしょう?」

 

いまいち想像が出来ない。見た目は普通の女の子だし。

 

「…あーそうだった。まだ人形バトルをしたことなかったなお前は」

 

「人形バトル?」

 

魔理沙は軽く頭をかき、どうしたものかと考えている。

説明は苦手と言っていたからどうしたものか悩んでいるのだろう。

 

「…おい早苗。ちょっと付き合え」

 

「はい?」

 

魔理沙は早苗を呼ぶと、コソコソ話を始めた。

 

「あいつにちょっと人形バトルを教えてやってくれよ。戦いながらさ」

 

「私がですか?まぁいいですけど」

 

魔理沙と早苗は話し合った後、鏡介の見やすい位置に移動しお互いに一定の距離をとる。

 

「よし舞島。今からお前に人形バトルがどんなものか見せてやるよ」

 

「よく見ててくださいね~」

 

どうやらお手本を見せて貰えるようだ。

 

「はい、お願いします」

 

魔理沙と早苗による人形バトル(チュートリアル)が幕を開けた。

 

「行くぜ! まりさ! でてこいっ!」

 

そう魔理沙が言いながら何やらひし形の小さな宝石を勢いよく投げつけた。

すると宝石は光輝き、そこには魔理沙にそっくりの人形が出て来た。

 

「…おお!?」

 

思わず声を上げる。魔理沙がモデルの人形が出てくるとは思わなかったので不意打ちを食らった。

 

「こちらも行きますよ! さなえ! でておいで!」

 

早苗も続いて人形を出す。そして早苗にそっくりの人形が出てくる。

 

「おお…(自分の人形を持ち歩いているんだ…)」

 

「では説明しますね。まずはこのようにお互い戦わせる人形を出します。そしたらバトル開始です」

 

「始まったら次に指示を人形に出します。魔理沙さんお願いできますか?」

 

「おう! まりさ! 陰の気力だ!」

 

攻撃の指示を受けたまりさ人形は、手に持ってる箒を振り回し赤い弾幕を放つ。

赤い弾幕は一点に集中するように飛んでいきながら、さなえ人形を襲う。

 

「ーッ!!」 

 

放った弾幕を早苗人形はまともに受け、軽く吹き飛ばされる。

しかしさなえ人形はすぐに起き上がりスカートについた砂を払うと、定位置に戻り早苗の指示を待っている。

 

「(…どこかで見た感じがするな…)」

 

早苗のターンが回ってくる。

 

「では今度はこちらの番です! さなえ! 陽の気力!」

 

攻撃の指示を受けたさなえ人形は手に持っているお祓い棒をかざし、そこから青い弾幕を放つ。

青い弾幕は扇状に広がりながら、まりさ人形を襲う。

 

まりさ人形は飛んでかわそうとするが、

 

「ッ!?」

 

完全にはかわしきれず、何発か被弾し落下してしまう。

しかし落下したまりさ人形はすぐに起き上がり、少々悔しそうな顔をしながら魔理沙の指示を待っている。

 

「(…そうだ!ポケ〇ンだ!それならわかるっ!)」

 

「…とまぁ、こんな感じで人形達に指示を出して戦うのが人形バトルの基本です。

 バトルをして先に相手の人形を倒した方が勝ちとなります。舞島さん、おわかりいただけたでしょうか?」

 

これならば経験してるし少しは自信がある。殿堂入りしたし。

 

「オッケー、ばっちり理解できたよ!」

 

「お、珍しくいい返事だ!それじゃ改めてお前たちの力、試させてもらうぜ!早苗と場所交代して定位置に着きな!」

 

「わかりました」

 

「頑張ってくださいね」

 

早苗は自分の人形を宝石の中に戻し、移動する。

 

 

初めての人形バトル。

 

正直言って不安しかないが、このバトルがあの有名なゲームと一緒ならやったこと

がある。多少の自信がある鏡介は堂々とバトルフィールドに向かった。

 



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第五章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


鏡介と魔理沙の二人はお互いに一定の距離をとり、対面している。

 

「おっとその前に」

 

魔理沙は何かを思い出し、背負っているカバンを下ろし中身を漁る。

 

「ほれ、舞島こいつを受け取れ」

  

「!わわっと」  

 

魔理沙から何かを投げられ、それを受け取る。

小さな装置のようだ。それは某漫画のサイ〇人が使っていそうな見た目だった。

 

「そいつを右目に合わせるように装着してみな」

 

「?分かりました」  

 

渡された装置を言われたとおりに装着する。

すると、右目から何やら色んな情報の項目が表示されている。

 

「何ですかこれ?」

 

「そいつは通称スカウターだ。まだ試作段階だが、人形の情報がわかる優れものだぜ!お前にくれてやる。」

 

「ホントに?ありがとう!」

 

便利なアイテムを貰った。ちょっとデザインがアレだが贅沢は言うまい。

 

「えーずるい!私もそのかっこいいの欲しいです!」

 

「か、かっこいい…?」

 

早苗にはこのデザインはかっこいいらしい。…意外と変わり者なのか?

 

「まだ人形の事がわからない舞島はともかく、お前には必要ないだろ?こいつは初心者専用なんだよ、悪いな!」

 

「ブー」

 

早苗はスカウターが貰えず、不満げに頬を膨らませる。

 

「早苗の事はほっといて、舞島」

 

「え?あ、何ですか?」

 

「試しにお前の人形をそいつで見てみろよ。そいつ私は見覚えがないから名前がわかんないし。」

 

「そうなんですか?…じゃあ見てみます」

 

自分の人形に右目を合わせる。

 

人形はキョトンとした顔をこちらに向けている。

 

 

『名前:ユキ  種族:???  説明:???』

 

 

 

情報が出てきた。何か思っていたよりあっさりしている。

 

「えっと、この子の名前はユキというみたいです」

 

「ユキ?…うーん?聞いたことあるようなないような…まぁいいか」

 

「?」

 

まぁ、広そうな世界だし知らない人がいるのも無理はないだろう。

 

「よし。じゃあそいつの名前もわかったところで、そろそろ始めようぜ?」

 

「はい。始めましょう! 行くぞ! ユキ!」

 

ユキ人形は元気よく頷き、戦闘態勢に入る。やる気満々のようだ。

 

「よーし、そう来なくちゃな! いくぜ! まりさ!」

 

「b」 

 

まりさ人形は親指を立て、同じく戦闘態勢に入る。

 

「それでは、今回は私が審判を務めます。使用人形はお互いに一体。先に戦闘不能になったほうが負けです。いいですね?」

 

 

「「はい(おう)っ!」」

 

 

「では、始めっ!」

 

 

二人の人形使いによる人形バトルが始まった。

 

 

「こっちは先輩だからな。先手はお前に譲ってやるよ」

 

「…なら遠慮なく! ユキ!」

 

ユキ人形に向かい、攻撃の指示を出す。

 

「(さて、どう来る舞島?)」

 

 

 

「はたく こうげき!! ▼」

 

 

 

「「ズコーーーーーッ!!」」

 

魔理沙と早苗は、まるでコントの様にずっこける。

 

「…あれ?」

 

「??」

 

人形は指示の意味が分からず、こちらを向いて首を傾げている。

 

「…おいおい。さっきのバトル見てただろ?そんな物理攻撃はやってなかっただろうが!」

 

こちらが思っていたバトルとはどうやら違うらしい。

自分が持ってる知識から絞り出した渾身の技だったのだが…。

 

「いやぁ出来るかなと思って…初期の技だし…。アハハ…」

 

「まぁ、出来なくはないでしょうけど…。この人形バトルでは基本的に弾幕で勝負するのでそれに乗っ取ってくださね。その常識に捕らわれない技選択は嫌いではありませんが」

 

「は、はい。すみませんでした。」

 

「ったく。今度はこっちから行くぜ! まりさ! 陰の気力!」

 

まりさ人形は箒を振り回し、赤い弾幕をユキ人形に放つ。

 

「…!ユ、ユキかわして!」

 

ユキ人形に急いで指示を出すが、反応に遅れてしまい

 

「ッ!」  

 

数発被弾してしまった。ユキ人形は少し痛そうにしている。

 

「あぁ…!」

 

「技がわからないなら、スカウターの右耳あたりにあるスイッチを押してみろ。

 それでその人形が覚えている技がわかる筈だぜ。」

 

「え?こ、こう?」  

 

言われたとおりにスイッチを押してみる。すると右目から二つの項目が出てくる。

 

一つ目は青い文字で陽の気力、二つ目は白い文字で摩擦熱 と表示されている。

 

「あ、出ました。ありがとうございます」

 

「もう魔理沙さん?こういうことは事前に教えてあげないと」

 

「いやぁうっかりしていた。すまんすまん!やっぱ私には説明は向いてないな」

 

ハハハと笑う魔理沙とそれを見て呆れる早苗。

そしてスカウターの内容を見て重大なことに気付く。

 

「…あの、すみません」

 

「はい?」

 

「この技、えっと…よう?何て読むんです?」

 

そう、漢字が読めない!

別に馬鹿なのではなく、普段このような文字列をあんまり見ないから読み方が全然わからない。大森とかはスラスラ読めるんだろうなこういうの。

 

「あぁ、それはおそらく陽の気力(ようのきりょく)ですね。どの人形も陰(いん)と陽(よう)の気力のどちらかは必ず覚えているんですよ」

 

「へぇ…」

 

バトルの最中に漢字の読み方を教えてもらうというシュールな光景になる。

 

「あ、後一つあるんですけど…」

 

「はいはい」

 

「えっと…何て読むんだろう?ちょっと早苗さん確かめてくれませんか?」

 

「え!?いいんですかっ!?やったぁー!」

 

スカウターを一旦外し、早苗に渡す。

早苗は純粋な子供の様にキラキラした目で嬉しそうにスカウターを受け取る。

 

「おぉー!これはすごい!」

 

スカウターを装着し、こちらに振り向くと早苗は、

 

「ふん、戦闘力たったの5か…ゴミめ…」

 

どこかで聞いたことがあるセリフを僕に向かって低い声で言い放ってきた。

 

「ちょ、ちょっと早苗さん…?」

 

「フフッごめんなさい。一度やってみたかったんですよコレ!」

 

漫画キャラのセリフを言うなんて思わなかった。

どうやらあの有名な漫画タイトルを知っているらしい。

大森がやったらウザく感じるが、早苗さんがやると心なしか少し和む。

 

「…それで何て読むのかわかります?」

 

「はい。もう一つの技は摩擦熱(まさつねつ)です。 もしかしたらこの人形は炎タイプかもしれませんね」

 

「炎タイプ?…やっぱりポケ〇ンに似てるな…」

 

自分が知ってるあの有名なゲームの事が頭に過り、そう呟くと、

 

「ありがとうございました。…えっと悪いんですけど…」

 

「ええわかってますよ。ちゃんとお返しします。もう十分満足しましたし♪」

 

「アハハ…それなら良かったです」

 

そういうと早苗はスカウターを鏡介に返す。

普段はおしとやかだけど、どこかずれているというか変わった人だ。

 

「さてと、魔理沙さん。お待たせしました。バトルを再開しましょう」

 

「おう、退屈していたところだぜ!」

 

改めて二人の人形バトルが幕を開けた。

 




という訳で、正解はユキ人形でした。

どうも、てんいです。
ちょっとスカウターについて説明します。
スカウターは現段階では、


・人形の簡単な情報を見れる

・自分の人形が覚えている技を見れる


この二つの機能しかありません。後々、機能を追加するつもりです。

冷静に考えて、誰も見た記憶がない人形を何も知らない人が技などをどうやって
理解するのかと思ったので作ってみました。

今後もそういった理由付けでオリジナルアイテムを作るかもしれません。
ご了承ください。


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第六章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


 

普通の西洋人形使い 魔理沙が 勝負を仕掛けてきた!

 

 

「さっきは不意打ちみたいになっちまったからな。お詫びに、今回も先手はお前に譲ってやるよ」

 

まりさ人形は人差し指を軽く動かし、ユキ人形を挑発する。

それを見たユキ人形はムカッとするが、冷静になり鏡介の指示を待つ。

 

「…よし、じゃあ行くよ! ユキ! 陽の気力だ!」

 

ユキ人形に指示を出す。

 

するとユキ人形は両手を上げ、その瞬間に青い弾幕が放たれた。

青い弾幕は扇状に広がりばらけながら、まりさ人形を襲う。

 

「まりさ!こっちも陽の気力だ!」

 

「何!?」

 

まりさ人形は人差し指をユキに向けると、その指から青い弾幕を放たれた。青い弾幕同士がぶつかり合い、火花が散る。

そしてユキ人形の弾幕がわずかに残り、まりさ人形を襲った。

 

「ッ!」  

 

まりさ人形は対応しきれず、数発被弾する。

 

「…へぇ。少しは出来るみたいだな」

 

「まさか同じ技で来るとは…でも何とかなった。いいぞ、ユキ!」

 

「(^^)b」

 

 

まりさ人形の真似だろうか。

こちらを向き親指を立てて答える。可愛い。

 

「よし、反撃だまりさ!陰の気力!」

 

まりさ人形は箒を振り回し、赤い弾幕を放つ。

 

「次はそうはいかない!かわせ、ユキ!」

 

指示を受けるとユキは一点に集中した弾幕を、素早くジャンプしてかわす。

 

「よしえらい!」

 

よかった。今度はうまくいったぞ…!

 

「いいのか?むしろこっちはその行動を待ってたんだぜっ!」

 

「え…!?」

 

「まりさ! 距離を詰めてからもう一度 陰の気力だ!」

 

まりさ人形はユキに向かってダッシュし距離を詰めると、箒から赤い弾幕を放った。

 

「…!よ、よけて!」

 

指示を出すが、ユキ人形はジャンプして身動きが取れない。そして、

 

「ーーッ!!」 

 

弾幕をもろに食らってしまった。ユキ人形は数m吹き飛ばされる。

 

「だ、大丈夫かユキ!?」

 

「へへっ、今のは効いただろ!」

 

ユキ人形はしばらくして立ち上がる。

しかしフラフラだ。相当なダメージを負ってしまっている。後一発食らえばやられてしまうだろう。

 

「ほう、まだ立ち上がるか」

 

「…くっ!」

 

鏡介は頭を必死に回転させ、考える。しかしいい作戦は浮かばない。

 

「(…ここまでか?もう駄目なのか?)」

 

すると、

 

「舞島さん」

 

「…え?」

 

早苗が呼びかけてきた。

 

「人形バトルは攻撃するだけじゃありません。いろんな技を駆使して戦うんですよ。

 あなたの人形が覚えている技、もう一度見つめ直して下さい。諦めるにはまだまだ早いです」

 

「…早苗さん。…!そうか、まだ出してない技があった!」

 

「おいおい、お前は審判だろうが。舞島の味方すんなよー」

 

早苗のヒントで一つ希望が出てきた。

まだ出していないもう一つの技。これにすべてを賭ける。

 

「さて、そろそろおしまいにするぜ!まりさ!とどめの陰の気力!」

 

まりさ人形が力を込めて箒を振りかざそうとするその瞬間、

 

「ユキ! 摩擦熱!」

 

指示を受けたユキ人形は火の粉を纏い、それをまりさ人形に向けて飛ばした。

 

「!?」

 

それを食らったまりさ人形はお尻に火が付き、バタバタと暴れだす。

 

「な、何ぃ!?火傷にする技だとぉ!?」

 

「ーッ!ーッ!」

 

まりさ人形は火を消すのに必死で攻撃どころではない。

 

「…今がチャンスっ!ユキ! 陽の気力!」

 

隙だらけになったまりさ人形に、ユキ人形は力を振り絞り弾幕を放つ。

 

「くっ!まりさ!陰の気力で応戦しろ!」

 

まりさ人形も苦しみながら弾幕を放つ。

が、狙いが定まらず明後日の方向へ飛んでいってしまう。そして、

 

「ーーーーッ!!!」

 

もろに弾幕を食らってしまった。

まりさ人形は目を回し、倒れたままピクリとも動かない。

 

「……まりさ人形、戦闘不能!勝者は舞島さんです!」

 

早苗がまりさ人形の状態を見て、そう宣言する。

 

「や、やったっ!! ユキ、よく頑張った!」

 

「♪~」

 

感極まり、ユキ人形を抱きかかえ頭を撫でる。

ユキ人形も嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている。

 

「お見事です、舞島さん!」

 

「ちぇ、まさか負けちまうとはな。…戻れ、まりさ」

 

魔理沙は人形を宝石に戻すと、鏡介に歩み寄る。

 

「見事だ、舞島。初めてのくせにやるじゃないか。これならお前でも何か出来るかもしれないな」

 

「そ、そうですか?ありがとうございます」

 

魔理沙に認められ、ちょっと自信がつく。

 

「それじゃ後は早苗に任せて私はもう行くぜ!霊夢に負けてられないからな!」

 

そう言うと魔理沙は箒に乗ってすごいスピードでどこかへ飛んでいってしまった。

 

「(はえぇ…異世界すごい…)」

 

「…行っちゃいましたね」

 

早苗は魔理沙を見送った後、鏡介の方を見てこう言った。

 

「…私は舞島さんに人形が懐いたことが気になるんですよね。

 強化された結界を超えてきたこともありますし、舞島さんには何かある気がするんですよ。うーん…」

 

「(…やっぱりこの状態は異例なのかな?…あ、そうか。ポケ〇ンでいうところのボールを一切使ってないんだからな…)」

 

早苗は考え込んだ後、

 

「…そうだ!」

 

何かを思いついたようだ。

 

「人里(ひとざと)に人形について調べている人がいたはずなので、そこに行けば何かわかるかもしれません」

 

「人里…ですか?」

 

「はい。あそこでは色々な情報が聞けると思いますし、まずはそちらに向かってはいかがでしょう?

 私は霊夢さんが出かけたら、またお留守番を頼まれてしまうでしょうから一緒には行けませんが…けどその人形がいれば大丈夫です。きっと舞島さんの力になってくれますよ!」

 

「分かりました。じゃあまずは人里という場所に向かいたいと思います。どっちに向かえばいいんでしょう?」

 

「神社を出て西に行ったところにありますよ。途中に看板があるはずです」

 

「西ですね。ありがとうございます!」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

早苗に人里という場所を教えてもらったので、早速その場所に向かおうとすると、

 

「あ!待ってください!」

 

何かを思い出したようで、早苗は急いで追いかけてくる。

 

「忘れるところでした…。人形と一緒とはいえ、いきなり一人で山道を抜けるのは大変でしょうから、こちらで使えそうなものを探してきたんです!こちらをどうぞ!」

 

そういうと早苗は、何やら和風なデザインをした直径20cm程の四角い箱を取り出す。

 

「え?そんなわざわざありがとうございます!…この箱は何でしょうか?」

 

「これは人形を保管しておくボックスです。人形達のお家みたいなものですね。

 舞島さんがこれから人形を捕まえた際に、持てなくなった人形を入れるのに使ってください」

 

「…そんなに種類がいるんですか?」

 

「えぇ。それはもうたくさん」

 

「そうなんですか……あ」

 

ふと外の世界にいた頃の記憶が蘇る。そう、あの中年男性が出した厚めの本。      

あれには東方projectの百近くキャラがぎっしりと載っていた。

 

つまり、そういうことである。

 

「…はぁ…なるほど…了解です…」

 

「?えぇ、頑張って下さいね!後、こちらも受け取ってください」

 

そういって早苗は次に渡すものを取り出そうとする。しかし、

 

「…あら?」

 

スカートのポケットを漁っているが、そこに入れたものがないことに気付く。

 

「…おかしいですね?確かにここに入れたんですけど…」

 

「どうしました?」

 

早苗はしばらく探し続けるが、やはりどこにもない。そしてひとつの仮定を立てた。

 

「!まさか、魔理沙さんに盗まれた!?…もう、本当にあの人は手癖が悪いです!」

 

「えっと…?」

 

早苗はこの犯行をしたであろう人物に怒りを覚えた後、申し訳なさそうにこちらに事情を話す。

 

「…ごめんなさい。もう一つアイテムを渡すつもりだったのですが…。気付いたら手持ちからなくなってしまいました…」

 

「あらら。まぁ気にしないでください」

 

「渡したかったアイテムはこれなのですが…」

 

そういうと早苗は手持ちから、ひし形の宝石を出す。

 

「あ、これって…」

 

「そうです。私と魔理沙さんが戦った時にチラッと見たでしょう?

 これは『封印の糸(ふういんのいと)』っていいます。本来、人形はこれで捕まえることが出来るんです」

 

「なるほど…」

 

「これをいくつか舞島さんに渡すはずだったんですが…ごめんなさい。

 今はこれ以上持ち合わせがないんです。一応、休憩所に行商人の人がいたら買うとこが出来ますから」

 

「一般的に売っているんですね。わかりました!そこで買います」

 

「すみません、お願いします」

 

早苗は申し訳なさそうにこちらにお辞儀する。

 

まぁ、物をなくすなんてよくあることだ。

あまり責められないし、そもそも責めたくない。

 

「じゃあ、そろそろ行きます!ありがとうございました!」

 

「はい!行ってらっしゃい!」

 

 

こうして、人間と人形の不思議な冒険が始まったのであった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「♪~」 

 

封印の糸の入った小袋を楽しそうにぶら下げながら、一体の人形は消え去った。

 



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第七章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


早苗から人里に向かうことを提案された鏡介は、博麗神社の石段を下りて一の道に来ていた。

 

「…やっぱり地形が変わっているな」

 

外の世界にあった道路がそこにはなく、森と道が広がっている。改めて異世界に来たことを痛感する。

だがそれと同時にワクワクしている自分がいた。何せこんな体験、滅多に出来ない。

 

「よし、行こう」

 

坂道を下っていく。すると、近くの草むらが揺れた。

 

「ッ!早速来たか!?」

 

人形が現れる。

見た目は緑髪でサイドテール、そして背中から羽?みたいなものが生えている。

 

「(か、可愛い…!)」

 

人形はこちらを見て怖がっているのか、かなり警戒していた。

スカウターで見てみる。

 

 

『名前:だいようせい  種族:妖精   説明:臆病な性格』

 

 

妖精…。異世界の代名詞といえる種族だ。

 

「(うーん、どうするか…仲間に出来ないかな?)」

 

そう思い近づくと、

 

「…ッ!!」

 

ビックリして逃げ出してしまった。

 

「あいたっ!」

 

首に股がっていたユキ人形に頭を叩かれる。

人形は危ないと言われたのにあまりに軽率な行動であった。

 

「ごめんごめん、迂闊だったな」

 

「(`・ω・´)」 

 

人形のあまりの可愛さに思考停止で近づいてしまった。反省反省。

 

「人形には気を付けないとな」

 

そう言って先程よりも気を引き締めて進むと、

 

「ん?誰かいる…」

 

正面に男性の姿が見える。何やらそこに立ち止まり、誰かが通るのを待っているようだ。

 

「…一体何してるんだろう?…まぁいいか」

 

男性の前を通り過ぎようとすると、

 

 

「おっと!待ちな君っ!」

 

「え…!?」

 

「目と目があったら人形バトル!」

 

「ちょ、ちょっとそんないきなり!?」

 

 

 

新米人形使いの こういちが 勝負を仕掛けてきた!

 

 

 

「行くぞ! いけ! ナズーリン!」

 

「…仕方ない! ユキ!」  

 

ユキ人形は元気よく飛び出す。

まさかこんなに早く人形バトルをするとは思わなかった。

目と目があったらバトルなんて本当にあのゲームじゃないか。

 

相手の人形は、ネズミの耳が頭から生えていて黒色の服を着ている。

尻尾もあるようだ。籠を器用に持ち上げている。胸元には青い宝石をぶら下げて、手に金属の棒…ダウジングロッド?を持っていた。

 

ナズーリンと呼ばれている人形をスカウターで見てみる。

 

 

『名前:ナズーリン  種族:妖怪  説明:物を探すのが得意』

 

 

…なるほど。妖怪なんだ。

 

「ナズーリン! 陰の気力!」

 

男はナズーリン人形に指示を出す。

ナズーリン人形は手に持ってるダウジングロッドをかざして赤い弾幕を放った。

 

「かわせ! ユキ!」

 

ユキはジャンプしてかわす。

 

「そのまま 陽の気力!」

 

ユキは両手を広げ青い弾幕を放つ。

 

「なっ!?」

 

「(魔理沙さんとの戦いでジャンプの隙を狙われたからな。今度はそうはいかないぞ…!)」

 

弾幕はナズーリン人形を囲むように、扇状に広がりばらけて飛んでいく。そして、

 

「―――ッ!!」

 

見事に命中した。

ナズーリン人形は目を回し、倒れている。戦闘不能だ。

 

「負けちまったか…。やるなあんた」

 

「あはは…どうもです」

 

何なく勝利。こんなにうまくいくとは。

 

「この先も人形バトルをしかけてくる奴らがいっぱいいるから、気を付けなよ」

 

「あ、はい。わざわざありがとうございます」

 

男性に忠告を受け、鏡介は先に進む。

 

 

しばらくすると何やら建物が見える。

近くに看板があるので見てみた。

 

『疲れた時は休憩所!気軽にお立ち寄り下さい。』…と書かれていた。

 

「休憩所!ここだ」

 

早苗が言っていた休憩所という場所にたどり着いた。

とりあえず安心し、ホッと息をつく。

 

「よし、早速入ろうか。ユキ、お前も疲れたろ?」

 

「(´-ω-`)」

 

 

連戦続きだった為、ユキ人形も相当消耗している。そろそろ休息が必要だと思っていたところだ。

鏡介は休憩所へと足を運ぶ。

 

「いらっしゃいませ!」

 

休憩所に入ると、受付にいる待娘が元気よく挨拶をした。

とりあえず受付に向かう。

 

「いらっしゃいませ!人形の回復をしますか?」

 

「人形?…あぁ、そうか。人形の回復をしてくれるところなんですね」

 

ポケ〇ンセンターね。成程。

 

「えぇ、それでどうしますか?」

 

「はい、是非お願いします。ほら、ユキ」

 

ユキ人形を抱え、待娘に渡す。

 

「じゃあ、お願いします」

 

「はい!しばらく時間がかかるのでお待ちくださいね」

 

そう言うと待娘はユキ人形を抱え、奥の部屋に移動した。

 

「…さてと」

 

休憩所を見回る。

 

「…早苗さんが言っていた行商人の人はいなさそうだな…」

 

封印の糸というアイテムが欲しかったのだが…残念だ。

しょうがないので外に出て、人形の回復を待つ。

 

「まだ捕まえるのはお預けかー…」

 

そう呟き、近くの長椅子に腰掛ける。

 

「回復が済んだら次は人里行って、それからえっと」

 

あらかじめ次の目標を決めていると、

 

 

「…ッ……ッ」

 

 

「…ん?」

 

休憩場の後ろから何かが聞こえる。

 

「何だ?…誰かが泣いているような声が…」

 

気になってしまい、その声がする方へ向かう。すると、

 

「ヒック…ヒック…」

 

「…人形?」

 

紫のショートヘアーにお椀を被り、ピンク色の着物を着ている人形が泣いていた。

 

「(助けてあげたいけど…ついさっきユキに怒られちゃったからなぁ。近づくのはやめとかないと)」

 

鏡介は引き返そうとするが、

 

「(………でもやっぱり……!)」

 

自分の良心がそれを許さなかった。人形に近づき、しゃがみ込む。…また怒られちゃうな。

 

「どうしたの?」

 

「ヒック…(;_;)?」

 

人形は声に気付き、こちらを向く。

人形は何故か警戒する様子はなく、鏡介を真っすぐ見据えていた。

 

「怪我しちゃったの?」

 

泣いている理由をやさしく聞いてみる。

 

人形は首を横に振る。怪我してはいないようだ。

 

「じゃあ、何かなくしちゃっとか?」

 

「…」

 

人形はしばらく貯めた後に首を縦に振った。当たりのようだ。

 

「そっか…。じゃあ、僕が探すの手伝ってあげるよ!」

 

「…!」

 

人形は鏡介が言ったことに驚いた様子を見せるが、嬉しそうな顔を浮かべる。

 

「どういう物か教えてくれないかな?」

 

それを聞いた人形は、木の枝を持ってなくした物の絵を地面に描き始めた。

小さな両手で一生懸命描いている。可愛い。

 

しばらくして、絵が完成する。結構精密に書いてくれた。器用な子らしい。

 

「えーっと、木槌…かな?」

 

人形は頷く。それで合ってるみたいだ。

 

「オッケー、探してみるよ!」

 

人形が描いた絵を元に、なくした物を探してあげる鏡介であった。

 



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第八章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


人形のなくした物を探す鏡介。

しかし、一向に見つからない。かれこれ十分くらい探しているのだが、見つかる気配がない。

 

「困ったな…。こういう時に専用の道具があれば…」

 

ポケ〇ンでは、ダウジングロッドというアイテムで探すことが出来るが、生憎そんなものは持っていない。

 

「……ん?ダウジングロッド?……」

 

何かが引っかかる。

 

「あ!そうだ、あのネズミの人形!」

 

そう、先ほどバトルをした時に見た人形、ナズーリンである。

 

「スカウターにも探し物が得意ってあったし、きっとあの子がいれば解決だ!」

 

「…でも捕まえられないんだよなぁ…はぁ」

 

希望が見えたが、自分の置かれている現実を見て落胆する。

封印の糸は未だに買えていないのだ。

 

 

「…こうなったら…」

 

 

一の道の道中

 

「…なるほど、探し物か。いいぜ!俺のナズーリン人形の手を貸してやるよ」

 

「本当ですかっ!?ありがとうございますっ!えっと…」

 

「浩一(こういち)だ」

 

「はい!では浩一さん、早速ですが付いて来て貰えますか?」

 

「おうよ!」

 

先ほど人形バトルをした男性、浩一の手を借りることが出来た。

この人が持ってるナズーリン人形なら、なくした物を見つかるだろう。

 

「あ、そういえばバトルしたばかりだから、浩一さんのナズーリン人形も一回休憩所に行くべきですよね…」

 

自分でやっておいてこう言うのもなんだが、流石にボロボロの人形に手伝ってもらうのも気が引ける。

 

「ん?あぁ、その心配はいらないぜ。さっき人形に藤原煎餅(ふじわらせんべい)を食べさせたらスッカリ元気になった」

 

「藤原煎餅?」

 

「知らないのか?人形を回復できるアイテムだよ。その先の休憩所にある『甘味処(かんみどころ)』に売ってるぞ」

 

「へぇ…(なるほど、キズぐすりみたいなものか)。」

 

貴重な情報をくれた。後で買っておこう。

 

「あ、ここです。そこに人形がいるでしょう?あの子のなくした物を見つけて欲しいんです」

 

「ん?あの人形か…って!?」

 

浩一は人形の姿を見て驚く。

 

「…おいおい。まさか、こんなところで拝めるとはな」

 

「?えっと、どうしました?」

 

浩一の表情が変わる。

大森の時もだったが急に変わるとちょっと怖いからやめて欲しい。

 

「あいつの名前はしんみょうまる。ここらではめったに姿を現さない人形だって有名なんだぜ?」

 

「え?そうなんですか?」

 

どうやらしんみょうまる人形は、いってしまえばレアな存在らしい。

成程、それでこの反応なんだなと納得する。

 

「俺もこいつを求めて彼是二日探したことがあったが、一度も現れなかった。あんた、相当運がいいよ…」

 

「(^^;)」

 

しんみょうまると呼ばれた人形は、浩一の清々しいくらいの敗北顔を見てどうしたらいいか困っている。

本人に自覚はないようだ。

 

「…まぁとりあえず、この人形のなくした物を探せばいいんだな?出てこい! ナズーリン!」

 

宝石が光ると、ナズーリン人形が出てくる。

 

「ナズーリン。今回はバトルお預けだ。こいつがお前に物を探してほしいんだってさ。頼めるか?」

 

ナズーリン人形は静かに頷くと、しんみょうまる人形に近づき会話を始める。

何を言ってるのかはわからないが、特徴などを聞いているのだろう。

 

ナズーリン人形は手に持ってるダウジングロッドを垂直に持つとする目を閉じて集中する。始めるみたいだ。

 

すると勢いよくダウジングロッドが動いた。それは北西に向いている。

 

ナズーリン人形はその方向へ歩く。

するとその先には、何やら樽が置かれていた。更に近づいていくと、ダウジングロッドが見る見る開いていく。

 

どうやらこの樽に反応しているようだ。

 

 

「なるほど。道理で回りにはない訳だ」

 

「ナズーリン、お手柄だ!」

 

「b」 

 

ナズーリン人形は誇らしげに親指を立てる。

 

「中に入っているのかな?ちょっと探してみます」

 

そういって樽の中に片手を入れて探る。すると突然、

 

 

「…ッ!?いっったぁっ!!?」

 

 

何か噛まれたような痛みが走った。急いで手を振り回す。

 

「痛い痛い痛い!!」

 

必死な抵抗の末、何とか離すことは出来た。急いで樽から手を抜く。

 

「ったー…。な、中に何かいますよ」

 

「おいおい大丈夫か?」

 

「はい、何とか」

 

腕を見ると、綺麗な歯形が付いていた。

歯の形を見るに動物のような感じではない。人に近いような?

 

「それより、樽に何かいたのは確かです。もしかして中にいるやつが盗んだ犯人かも」

 

「だとしたら厄介だな。樽を攻撃したら盗まれたものを壊してしまう恐れがあるし…。」

 

「「うーーん…。」」

 

しばらく考えた末にひとつ作戦を思い付く。

 

「…樽をひっくり返して、そーっと持ち上げてみますか?」

 

「おーなるほど、いい考えだ。やってみるか!」

 

思い付いた作戦を実行してみる。二人で樽を囲んで持ち上げ、

 

「よし行くぞ! せーっ」

 

「のっ!」

 

ひっくり返した。それなりの重さだったので腕が痛い。

二人は樽から離れて様子を窺う。

 

「さてどうだ?」

 

「…妙ですね…音がしなかったですよ」

 

普通は中に物があると重力で下に落ちる筈。どうなってるのだろう?

 

そう思ったその瞬間、不思議なことが起こった。

 

 

「「 えっ 」」

 

 

何と樽が空中でひっくり返り、元に戻ったのだ。

 

 

「な…!?」

 

「一体どうなって…!?」

 

すると樽から何かが飛び出す。

 

 

「(# ゚Д゚)」 

 

 

「…人形!?」

 

「で、出やがった!」

 

 

樽の中にいたのは何と人形だった。見るからに怒っている。

 

「…!あんたの予想が当たってたみたいだぜ!あいつの手元を見ろ!」

 

「え?…あ!」

 

人形の手には金色の小さな木槌があった。

しんみょうまる人形が描いた絵にそっくりだ。間違いない。

 

人形は白と黒と赤の髪で、頭に小さな角が生えている。

そして至る所ところに矢印が付いた服を着ていた。

 

スカウターで確認する。

 

 

『名前:せいじゃ  種族:妖怪  説明:色んなものをひっくりかえす。』

 

 

「せいじゃ…か。まさか人形と遭遇するなんて…。ユキを預けているのにどうしよう…」

 

人形とバトルするとは思っておらず、何も出来ない。

 

「何だそうなのか?なら俺に任せろ!サクッとやっつけてやる!」

 

「…すみません。お願いします」

 

浩一はせいじゃ人形の前に立つ。この人がいてくれて助かった。

 

「そこの人形!俺が相手になるぜ! ナズーリン! 陰の気力だ!」

 

ナズーリン人形は赤い弾幕を放つ。

しかし、せいじゃ人形はこれを軽々とかわす。

 

「…結構素早いな」

 

向こうの反撃が来る。

せいじゃ人形は後ろを向き、そこから首を斜めに曲げ口からベロを出しポーズをとるとそこから紫の煙を出した。

煙はナズーリン人形を襲うが、何ともなさそうだった。

 

「へへっ、残念。鋼タイプに毒技はきかないぜ」

 

「おお…すごい」 

 

毒に完全耐性だったナズーリンはピンピンしていた。

 

「とっておきの攻撃を見せてやる!ナズーリン! 虎視眈々(こしたんたん)!」

 

ナズーリン人形は指示を受けると、せいじゃ人形を鋭く睨みつけた。

 

「ッ!」

 

せいじゃ人形は思わずビビってしまう。

 

「そこから 陰の気力だ!」

 

ナズーリン人形は赤い弾幕を放った。

 

「え?また避けられちゃうんじゃ…」

 

「まぁ見てろよ」

 

赤い弾幕はせいじゃ人形を襲うが、またかわされてしまった。

しかし赤い弾幕はそのまま真っすぐ飛ばずに、方向転換する。そして、

 

「ーーーッ!?」  

 

弾幕は見事に命中した。せいじゃ人形は目を回して気絶している。

 

「い、一体何が…?」

 

何が起こったのかわからず、浩一に尋ねる。

 

「今ナズーリンが使った虎視眈々の効果だ。あれを使った後に技を出すと、技が必ず命中するのさ」

 

「(。-`ω-)」

 

ナズーリン人形は腕を組み、ドヤ顔を決めている。なるほど、ロックオンしたのか。

 

「それより小槌を取り返さないと」

 

「あ、そうだった!…起きないでねー…」

 

鏡介はそっと人形に近づき、せいじゃ人形から小槌を回収する。

 

「よし、取り返した!」

 

「やったな!」

 

「何もかも浩一さんのおかげです!ありが…」

 

そう言いかけた瞬間、眩暈がした。…思ってるより疲れていたのだろうか。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

「あ…すみません。ちょっと疲れが溜まっちゃってたみたいです。…これをしんみょうまるに返してあげないと」

 

そう言ってしんみょうまる人形に小槌を返す。

 

「!!」

 

すごく感謝をしているようだ。顔もすっかり元気を取り戻していた。

良かった良かった。

 

「もう取られないようにね?」

 

しんみょうまる人形は元気よく頷く。

 

「うん。いい子だね…ッ……うっ……」 

 

…何だ?体が熱い。すごくだるくて…眩暈もひどい。顔も真っ青だ。

 

「はぁ………はぁ………ッ…」

 

そして、

 

「ッ!?」

 

倒れてしまった。段々と意識が遠のいていく。

 

 

「(……体が……思うように動かない……なんだ…これ?僕は…死んでしまうのか?…)」

 

 

「ーッ!ー-ッ!」 

 

「ーーい!ーーーーしろ!」

 




浩一(こういち)はゲーム内で魔理沙を除いて最初に戦うとこになる人形使いです。

故に出番を与えたかった!


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第九章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


「……ううん?」

 

目が覚めると部屋の中にいた。

 

「ここは…休憩所?」

 

自分はどうやら気を失ったらしい。誰かがここまで運んでくれたみたいだ。

すると隣から女性の声がした。

 

「あら、良かった。気が付いたんですね」

 

「あ、はい…。えっと、僕は一体…」

 

事の経緯を待娘に尋ねる。

 

「あなたは人形から毒を受けてしまって、命の危機に陥っていたんですよ」

 

「え…」

 

毒を?そんなのいつどこで?…あ、そういえば噛まれたんだっけ。

 

「命蓮寺印の命蓮茶を飲んでいなかったらどうなっていたか…。結構危ない状態だったんですよ?」

 

「…そうだったんですか。ありがとうございます」

 

そうか、あの人形は毒タイプだったんだな…

まさか、人生で毒を体に受けてしまうとは…正直死ぬかと思った。

 

「そうそう、あなたの人形。もう回復は済みましたよ。ほら、すぐそこに」

 

「(^-^)」

 

ユキ人形は鏡介の真横に座っていた。

 

 

「おかえり、ユキ。突然こんなことになっててビックリしたよな。ごめんよ」

 

そう言ってユキ人形の頭を軽く撫でる。

 

「♪~」

 

「…そうだ!あの、浩一さんはまだいますか?色々とお礼を言いたいんですけど…」

 

「浩一さんでしたら、外であなたを待ってるはずですよ」

 

あの人には散々お世話になった。一言でもちゃんとお礼を言わないと。

 

「そうですか、わかりました。もう体は大丈夫そうなので会いに行ってきます。ありがとうございました!ユキ、行こう」 

 

「お気をつけて!」

 

ユキ人形を定位置に乗せ、休憩所を後にする。

 

辺りを見回すと、

 

「あ、いた。浩一さーん!」

 

「ん?おぉ!あんたか!良かった無事だったんだな!」

 

待娘が言っていた通り、外の長椅子に座って待ってくれていた。

 

「この度は本当にお世話になりました。

 無茶なお願いだったにもかかわらず、付き合ってくれて本当にありがとうございます…!」

 

「いいってことよ!困ったときはお互い様さ!俺にとってもいい経験になったしな。…それに、ほれ」

 

そう言って浩一は下に指を差す。

そこには椅子の下に座り込んでるしんみょうまる人形の姿があった。

 

「あ、この子…」

 

「ずっとお前が来るのを待ってたみたいだぞ?」

 

「…!」 

 

来たことに気付いたしんみょうまる人形は、テクテクと近づいてくる。

鏡介はしゃがみ込み、顔を合わせる。

 

「お見舞いに来てくれたのか?何だか心配かけちゃったな。でも、もう大丈夫だよ」

 

「(^-^)」

 

やさしい人形のようだ。こうして待っててくれてたなんて。ホッコリしていると、 

 

「あいたっ」

 

ユキに頭を叩かれる。

また野生の人形と気軽に接しようとしているのでお怒りなのだろう。

 

「ユキ。この子は大丈夫だよ」

 

「……」

 

それを聞いたユキは、不満そうにしながらも大人しくなる。

 

すると、しんみょうまる人形は真っすぐこちらを向き、何か言いたげにしている。

 

「えっと、どうしたんだろう?」

 

「……もしかして一緒に行きたいんじゃないか?」

 

浩一がそう推察する。

 

「…一緒に来るか?」

 

「!」

 

それを聞いたしんみょうまる人形は嬉しそうに頷く。

 

「…そうか。うん、一緒に行こう!よろしくな、しんみょうまる!」

 

しんみょうまる人形を腕に抱えた。

 

「♪~」 

 

「…俺も本当はそのしんみょうまる人形欲しいけどよ、流石にそんなの見せられちゃあな。今回は見過ごすことにするぜ」

 

「アハハ…その…頑張って下さいね」

 

この人にいつか良い巡り合わせが来るよう願う。

 

「頑張れよ。えっと…そういやずっと名前聞いてなかったな」

 

「あ、これは失礼しました。僕は舞島 鏡介(まいじま きょうすけ)といいます」

 

そういえば名乗りもせずに頼み込んでしまっていた。

そのくらい必死になってたのかな…。

 

「鏡介、か。いい名前だな!困ったときはいつでも呼んでくれ!力になるぜ!これも何かの縁だ」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

浩一と別れ際の挨拶を交わした鏡介は、新たなる仲間と共に先に進むのだった。

 



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第十章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


休憩所を後にし、次の目的地である人里に向けて進む鏡介と人形御一行。

 

「♪~]

 

「…!」

 

ユキ人形は首に股がった状態で楽しそうに足をプラプラと動かし、

しんみょうまる人形は物珍しそうにあたりを見回している。

 

それを見て鏡介は、

 

「(あぁ…、癒される…)」

 

ニヤけ顔になってホッコリしていた。

 

…決してロリコンなどではなく、単に小動物のような癒しキャラとして鏡介は認識している。

 

今二人の人形を担いでいるが、この子達は驚くほど軽い。

それこそこっちの世界の人形ぐらいの重さだ。全然苦にならない。

こんな素晴らしい人形を作った人は間違いなく天才だ、尊敬する。「いいね!」 を何回でも押したい。

 

「…まぁ、この世界にSNSとかインスタなんてないよね。ははっ」

 

一人でそんなことを言っていると、

 

「おいお前!」

 

川の前にいた少年に話しかけられた。…これはもしかして、

 

「人形を待ってるってことは人形使いだな!俺の人形と勝負だ!」

 

 

…ですよねー

 

 

 

ワルガキ おさむが 勝負を仕掛けてきた!

 

 

 

「行け! ちぇん!」

 

こんな子供も人形を持ってるとは思わなかった。

もうちょっとこの和やかな時間を過ごしたかったが、仕方ない。

 

「よし、初陣だ! 行け! しんみょうまる!」

 

そう言ってしんみょうまる人形を地面に降ろす。

 

相手の人形は、猫耳を付けて赤い服を着た中華風な子だった。

猫の尻尾もあるが、二又になっている。やはり妖怪なのか?

 

スカウターで確認する。

 

 

『名前:ちぇん  種族:妖怪  説明:八雲 藍の式神』

 

 

「(八雲って…そうか。あの夢に出た人の苗字!家族なのかな?こんなのもいるんだ)」

 

スカウターの内容を見ていると、

 

「ちぇん! 陽の気力!」

 

「おっと…!」

 

相手が先に仕掛けてくる。

しんみょうまる人形が覚えている技をスカウターで確認しながら

 

「しんみょうまる! 陰の気力だ!」

 

攻撃の指示を出す。

 

指示を受けると、しんみょうまる人形は持っている小槌をかざして赤い弾幕を放つ。

赤の弾幕と青の弾幕はぶつかり合い、火花を散らす。そして、ぶつかり合った中で残った弾幕が飛んできて、

 

「「ッ!」」

 

お互いに数発被弾した。勝負は互角といったところか。

 

「もう一度だ! 陽の気力!」

 

「こっちももう一度 陰の気力!」

 

赤と青の弾幕がまたぶつかり合う。しかし今度は青の弾幕が劣勢だった。

しんみょうまる人形の弾幕がうまく青の弾幕を打ち消し、ちぇん人形を襲った。

 

「――ッ!」

 

ちぇん人形はまともに食らい、吹き飛ばされる。

 

「あぁ!?」

 

「いいぞ!」

 

ちぇん人形はまだ空中にいる。結構な高さだ。

ちょっとやりすぎかもしれない。

 

…ん?あの下って…川?

 

「「 あっ… 」」

 

当然、ちぇん人形はその川に真っ逆さまに落下する。

 

 

 

「「 ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!? 」」

 

 

 

「ガボゴボゴボボガボガボッ!!

 

まさかのアクシデント発生。

近くに川があったばかりに、ちぇん人形をそこに落としてしまった。

 

ちぇん人形はかなづちなのか、溺れているようだ。

すごく可哀そうだった。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「ご、ごめん!悪気はなかったんだ!」

 

「あぁ…早く助けないと!あの子水が苦手なんだ!バトルは一旦中止!」

 

男の子は相当慌てている。

どうやらもうバトルどころではない。急いで助けなければ!

 

「僕が助けてくるよ!ユキ!ここで待ってて!」

 

そう言って鏡介は荷物とユキ人形を置いて川に飛び込んだ。

 

「(((;゚Д゚)))」 

 

しんみょうまる人形はやってしまったという顔をし、それをユキ人形が宥める。

しんみょうまる人形にとって苦い思い出となってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、何やかんやでちぇん人形を助け出した。

 

「ごめんね?まさかこんなことになるなんて…」

 

「いや、いいよ。こっちも場所選ぶべきだったし。ちぇん、大丈夫か?」

 

「キュー…」 

 

ちぇん人形はかなり弱った様子で、もう戦うことが出来そうにない。

 

「俺はこの子を休憩所に連れてくよ。ありがとう兄さん。この子助けてくれて。」

 

「ううん、元々はこっちの責任だから。気にしないで」

 

少年はちぇん人形を宝石に戻すと、手を振りながら休憩所に向かっていった。

こちらも手を振り、やがて少年が見えなくなった。

 

「……寒っ!!」

 

当然だった。何せ川に飛び込んだのだから。

ふと、しんみょうまる人形の方を向くと、

 

「(´・ω・`)」 

 

かなり落ち込んでいた。罪悪感があるのだろう。

鏡介は、しゃがみ込んで励ます。

 

「まぁそんなこともあるさ。しんみょうまるは何も悪くないよ。僕の配慮が足りなかったんだから。ね?だから元気出して」

 

しんみょうまる人形は小さく頷く。良かった。あんまり落ち込んでるとこっちも参ってしまうからね。

 

「…そういえばユキはどこに?」

 

置いてきた場所に荷物はあったが、ユキ人形の姿がなかった。

どこに行ってしまったのだろう。

 

すると道の外れから何か音がする。何か地面を引きずっているような音が。

 

「…ッ…ッ」

 

ユキ人形が木の枝を探して一か所にまとめている姿が見えた。

 

「ユキ?何やってるんだ?」

 

「…!」

 

ユキ人形は集まった木の枝を燃やして、小さな焚火を作った。

炎タイプの知恵といったところだろうか。

 

「…まさか、温める為にわざわざ作ってくれたのか?」

 

「(^-^)」

 

川に飛び込んだのを見てあらかじめ準備をしてくれてたのだろうか。

何て気が利く子なのだろう。

 

「そうか!ありがとう、助かるよ!」

 

「♪~」

 

頭をナデナデする。

可愛くて、しかも賢い。人形はなんて完璧なのだ…。

 

 

 

ーーーその後、しばらくして、

 

「…よし!体も十分温まったし、先に進もう!」

 

ユキ人形の粋な計らいで元気になった鏡介は再び人里に向かった。

 




ちぇんの下りをやりたかったんだ。許してくれ!


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第十一章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


「あ、見えてきた!」

 

近くの看板を確認する。

 

『この先、人間の里』…と書かれている。

 

「何とかたどり着いた。ここで情報収集すればいいんだよね」

 

そう言いながら先に進むと、

 

「どいてどいて――っ!!」

 

「…え!?」

 

突然、女の子が全力疾走で走ってくる。かわそうとするが間に合わず、

 

 

「いたっ!!」

 

 

ぶつかってしまった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

思っていたよりかは衝撃が来なかったのでこちらは平気だった。

何か人にぶつかった感じではなかったような。…気のせいか。

 

「もう!何するのよ!ちゃんと前見てなさいよね!」

 

「ご、ごめん…」

 

ぶつかってきた少女は金髪で青い瞳をしており、赤と黒の服とロングスカートを着ていた。背は小さい。

金髪の赤黒少女は、こちらが人形を連れているのに気付く。

 

「……あんた、人形を連れてるのね。しかも封印の糸で制御せずに。ふーん……」

 

「…?えっと?」

 

「…まぁいいわ。ほらどいてどいて!私は忙しいのよ!また会わないことを願ってなさい!」

 

そう言うと金髪の赤黒少女は走って行ってしまった。一体何だったのだろうか。

 

「…?まぁいいか。行こう。」

 

謎の少女に出会いよくわからないことを言われたが、気にせず人里に足を運ぶ。

 

そして人間の里。通称・人里に到着した。

 

「ここが人里か。」

 

人里というのは、どうやら大きな村のようだ。

普通は〇〇村とかそういう名前だと思うのだが、何故「人間の里」という名前なのか。

 

「さて、とりあえずは休憩所を見つけよう。そしたら次は情報収集だ。」

 

しばらく人里を真っすぐ進むと近くに休憩所を見つける。そして休憩場に入って人形達を預けた後、辺りを見回す。

 

「…あ!あの人かな?」

 

早苗さんが言っていた行商人を発見。やっと見つけた。

 

「あの、すみません。あなたは行商人さんですか?」

 

「うん?あぁそうだけど。何か買っていくかい?」

 

良かった。これでやっと封印の糸が買える!やっと本格的に冒険が始まった気分だ。

 

「はい。ではえっと、封印の糸が欲しいです」

 

「封印の糸なら一つ、200円だよ。いくつ買うんだい?」

 

「じゃあ十個下さい」

 

「十個なら合計2000円だね。先払いでお願いするよ」

 

「はい、わかりまし」

 

ここで鏡介は重大なことに気付いてしまった。そう、ここでは自分の世界のお金が使えるのかということに。

 

一か八かで、鞄に入れてた財布から英世を二枚差し出す。

 

「お客さん、それはこっちの通貨じゃないよ」

 

「…ですよね…」

 

鏡介は財布にそっとお金を戻す。そして、

 

 

「orz」

 

 

落胆。すっかり忘れていた。

 

「そうだった…ここ日本じゃないんだった…」

 

「えっと…大丈夫かいお客さん?」

 

「…気にしないで下さい。…はぁ、どうしよう…」

 

ここでは一体どうやってお金を稼げばいいのだろうか?

これも早苗さんに聞いておけばよかったな。

 

「…お金がないんだったら、何かお客さんが持ってる珍しいもの買い取るよ?」

 

「…え?本当ですか!?えっと…」

 

行商人さんの一言で希望が湧く。何かないか?

売れるものを鞄から探していると、懐かしいものが出てくる。

 

「…あ、これは…」 

 

子供の頃、よく遊んでいたゲーム機だった。これでポケ〇ンデビューしたんだっけ。

 

「(…売るのは名残惜しいけど、他は必要だから売れないし…)」

 

「おや?それ、中々珍しいね」

 

行商人さんもこれを珍しがっている。売るならコレかな…。鏡介はそう決心し、二つ折りのゲーム機を行商人に渡す。

 

「どうでしょう?」

 

「ふ~む、これなら…そうだな。3000円で買い取ろう」

 

三千か。まぁ、結構ボロだしあっちで売るよりかはましな金額かな?

 

「分かりました。じゃあこれ売ります」

 

「毎度っ!」

 

行商人から3000円を受け取る。さらばⅮ〇ブラック…。

しかし、幻想郷の通貨はこちらの世界の昔あった通貨によく似ているな。

 

「じゃあ改めて、封印の糸を十…いや五個下さい」

 

千円を行商人に渡す。

 

「…はい確かに。毎度ありっ!」

 

行商人から宝石を五個受け取る。

最初は十個の予定だったがこっちのお金が使えない以上、数を減らすしかない。

 

その後、浩一が言っていた休憩所の甘味処で、藤原煎餅を2枚、それと「白玉団子(しらたまだんご)」という和菓子を1つ購入。所持金は残り900円となった。

 

「よし、こんなものかな。次は外で聞き込みしよう」

 

 

人里で聞き込みをすること数十分。

正直、人形に関する有意義な情報はあまり手に入れられなかった。

 

しかし、寺小屋という施設で人形の基本的な事を知ることが出来た。

 

まず、人形にはそれぞれ6つのステータスがあることだ。

耐久、集弾、集防、散弾、散防、俊敏。この6つで成り立っているらしい。

ポケ〇ンで例えると、耐久はHP(ヒットポイント)、集弾は攻撃、集防は防御、散弾は特殊、散防は特防、俊敏は素早さ。

 

次にタイプ相性の存在。

例えば、炎は水に弱い、水は自然(草)に弱い、自然は炎に弱い等々。他にも14タイプ存在するとのこと。

 

最後に印。

これは一体の人形に全部で五種類の印の内の一種類あるらしい。何の印かでどのステータスが高いかわかるそうだ。

 

…もう完全に一緒だよ!これポケ〇ンだ!

 

 

聞き込みをした中で、もうひとつ気になった情報がある。

 

この人里の名家である「稗田家」の当主、稗田 阿求(ひえだ の あきゅう)という人物。

その人は、この幻想郷のあらゆる種族の事について記した書物を書いているという。もしかしたら何か知っているのではないだろうか。

人形の回復が済んだら、まずはそこに向かってみようと思う。

 

「…それにしても」

 

鏡介は周りを見渡す。そこには野生の人形とバトルしたり捕まえたりしている人々の光景があった。中には人形と仕事をしたり遊んでいる人もいる。

 

「普通に人里にも人形が出没してるんだな。そしてその人形達をうまく活用している。…そんなに深刻な異変には見えないんだけどなぁ」

 

人形がこうやって人々の役に立っていたりするのを見ると、共存していけるのではないかと思わずにいられない。

 

「…ま、このままじゃ元の世界に帰れないって話だからなぁ。でも、仮にずっと帰れなくてもこっちは一向に構わないけどね!気楽に行こう」

 

この異変の調査はするが、何より楽しみたいと思う気持ちが勝る鏡介だった。

 



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第十二章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


「お待たせしました!人形もすっかり元気になりましたよ!」

 

「はい。ありがとうございました!」

 

人形達を引き取った鏡介は休憩所を後にし、聞き込みの際に聞いた「稗田家」の当主に会いに行くことにした。

 

 

稗田亭は休憩所の近くにあったので、すぐに到着。名家の当主様なだけあって、大きくて立派な家だった。

 

「はぇ~。おっきい家…。こんなとこ初めて来たなぁ」

 

目の前には門番がいた。偉い人なのだろうから当然だが、気安く会える人ではないみたいだ。

 

「あの、すみません」

 

「ん?何だね?」

 

えっと、どう言えばいいのかな?…まぁシンプルに聞いてみよう。

 

「ここの当主様に会いたいのですが、よろしいですか?」

 

「…君、ちゃんと招待されたのかい?」

 

招待?面識は一切ないから当然だが、ない。

 

「えっと、ないですね…」

 

「…ならここは通せない。当主様の招待がないとね」

 

うん。まぁ、分かってはいたけどね。

やっぱりそう簡単にはいかないようだ。出直そう。

 

「分かりました。では…」

 

「…ん?待て君。もしかして君は舞島 鏡介君かな?」

 

門番の人は何か思い出したように問いかける。

 

「え?はいそうですが…」

 

「…やっぱりそうでしたか!これは失礼。あなたが最近噂になっている人形使いだったとは!」

 

鏡介の名前を知るや否や、態度を改める門番。

 

「…え?噂になっている?僕がですか?」

 

「えぇ。何でも人形を封印の糸を使わずに仲間にする逸材だとか。…その二体の人形も?」

 

ユキ人形は最初に裏山で出会って、しんみょうまる人形は一の道の道中。

思えば二体とも糸もなしに僕に付いて来てくれている。実に不思議だ。

 

「え?あーまぁ、そうですね。この子達は僕の仲間ですよ」

 

「「(^_^)/」」

 

二体の人形は元気よく挨拶する。

 

「ならば話は別です。当主様があなたに興味をお持ちで是非お会いしたいとのことですから、どうぞ」

 

そう言うと門番の人は、鏡介を屋敷に案内する。

 

「(僕ってそんな有名人だったの?一体誰がそんなに広めたんだ?…浩一さんかな?)」 

 

いつの間にか噂になっていたことに驚きつつも、稗田亭に足を進める。

 

 

屋敷の中は和風で広くて部屋がいくつもあって、まるで旅館にでも来たかのようだ。

去年行った修学旅行を思い出す。

 

しばらく付いて行くと、一室の前に到着する。

 

「阿求様!例の人形使い、舞島 鏡介殿をお連れしました」

 

襖越しに門番の人がそう言うと、

 

「御苦労様です。その者をこちらに通してください」

 

落ち着いた女性の声が返ってくる。

 

「承知しました。…どうぞお入り下さい」

 

門番の人に手招きされる。何か緊張するな…。

 

「し、失礼します」

 

襖を開けると、そこには着物を着た紫色の髪の小柄な女性が座っていた。

この人がここの当主らしい。

 

「どうぞ、お座り下さい。楽にしていいですよ」

 

「あ、はい」

 

敷いてあった座布団に座り込む。

座ったことを確認した女性は、話を始めた。

 

「初めまして、私はここの当主を務める稗田 阿求(ひえだ の あきゅう)と申します。新聞の号外で、あなたが記事になっていましたよ。人形と仲良くなるのが得意だとか…」

 

「新聞?あぁ成程、それで知ったのですね。改めて、僕は舞島 鏡介です。宜しくお願いします」

 

「えぇ、宜しくお願いします」

 

 

少年説明中………

 

 

「…なるほど、早苗さんに人形について調べている人物の元に向かうよう言われ、ここに来られたのですね」

 

「はい、その人物をご存じでしょうか?」

 

「ご存じも何も、それは私の事ですよ。舞島さん」

 

…やっぱりそうか。大体予想は付いていたけどこの人であってたみたい。

 

「そうだったんですね。当たって正解でした。それで何かわかっていることはあるんでしょうか?」

 

「はい…ですが、私もすべてのことはまだ分かっていない状況でして…ごめんなさい」

 

この幻想郷の様々な人物を記したこの人でも、どうやら人形は未知の存在らしい。

初めてのケースなのだろう。

 

「うーん、そうなんですか…」

 

「分かっていることは、人形には人形の力しか通用しないということくらいなんです。人形の封印術が伝わってから里の自衛は出来ているのですが、解決策は未だに見つかっていない状況。

 ですから、舞島さんの封印の糸を使わずに人形を仲間にする知恵をお借り出来ないかと思っていたんです」

 

「成程…」

 

そういうことか。でも生憎そんな知識なんて大層なものはない。申し訳ないが。

 

「それで、何か特別なことをしているのでしょうか?それとも、マジックアイテムとか?」

 

「いえ、特には何も。気付いたら仲良くなってたって感じですね」

 

阿求はしばらく時が止まったかのように固まった。信じられないという心情が伝わる。

 

魔理沙も言ってたけど、やっぱり自分が特別なのだろうか。

 

「…何も使っていない?そんなことが…。人形に友情というものがあるとでも言うのですか?」

 

「えっと、はい。あるんじゃないでしょうか?こうやって仲良くなれたんですし」

 

それを聞いた阿求はしばらく考えた後、

 

「…どうやら、その力は舞島さん特有のものらしいですね。とても参考には出来そうにありません」

 

残念そうに小さなため息をつきながらそう告げた。

 

「はぁ…何かすみませんね、力になれなくて」

 

「いえ、いいんです。お気になさらないで下さい。こちらでも人形について何かわかったことがあればお伝えしますので」

 

「はい。ありがとうございます」

 

お互いあまり良い情報が得られないまま、話は終わった。

 

「…では、僕はそろそろ失礼します」

 

「はい、ありがとうございました。…あ、そういえば…」

 

退席しようとしたところ、阿求は何かを思い出したように話しかける。

 

「この里の周辺で、何か企んでいる者たちがいるという噂を聞きました。念の為、気を付けて下さいね」

 

この人里で何かを企んでいる、か。

見たところ、住民はたくましい人達だし多少のことは何とかなりそうだけれど。

 

「…分かりました。注意しm」

 

そう言いかけた直後、屋敷内で大きな衝突音が響き、

 

 

「ッ!?」

 

 

屋敷内に大きな揺れが起きる。

 

「あ、阿求様!大変ですっ!」

 

慌てて門番の人が報告に来る。どうやら緊急事態のようだ。

 

「一体何事ですか!?」

 

「はいっ!『人形開放戦線(にんぎょうかいほうせんせん)』と名乗る者たちが人里を襲っています!この屋敷も狙われているようです!」

 

「何ですって…!?」

 

「『人形開放戦線』…?」

 

その『人形開放戦線』という奴らが、この人里で暴れているらしい。

…何かポケ〇ンでも似たようなのがあったような。プラ〇マ団だったっけ。

 

「その者達の特徴は?」

 

「はい。5人組で、下級の妖怪や妖精の集団みたいです」

 

「……成程、そうですか。分かりました」

 

それを聞いた阿求は、声色を変えて僕にこう言った。

 

「…舞島さん」

 

「は、はい…」

 

 

「お願いがあります。この人里で暴れている『人形開放戦線』とかいうふざけた連中を…」

 

 

「ぶちのめしてもらえないでしょうか?」

 

 



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外伝1

※注意

この外伝は、私が書いている小説「人間と人形の幻想演舞」の人形視点のストーリーです。
その為、人形が普通にしゃべります。そのことを注意した上でご覧ください。

今回は主人公・鏡介との出会いから初めての人形バトルをするところまでです。


ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


…ここはどこ? 私は一体…

 

 

…そうだ。私はユキ。いつも誰かと一緒だった。

それ以外は何も思い出せない。

 

周りを見る感じでは森にいるみたいだけど、私は何でこんなところに来ているの?

 

…わからない。

 

 

あてもなくフラフラと彷徨う。すると誰かが私に声を掛けた。

 

「こんにちわ。初めましてかしら?」

 

「…?うん、初めまして」

 

女性だった。身長は私とほぼ同じで、大人っぽくて綺麗だ。

 

「私はゆかり。幻想郷を作った人物を元に作られたの」

 

「そ、そうなんだ」

 

女性の人は近くにある湖の方を見つめた後、私にこう言った。

 

「…手短に言いますわ。あなたは選ばれました。一人の人間にね」

 

「え、選ばれた?私が?」

 

「はい。あなたはその人間にこれから出会うことになります。名前は舞島 鏡介(まいじま きょうすけ)という男の子です」

 

「あなた、何言ってるの…?」

 

「すぐにわかりますわ。…では私はこれで」

 

そう言うとゆかりという女性の人は、空間から現れた不気味な裂け目の中に消えた。

 

「え、ちょっと!?」

 

何やら私は選ばれたらしい。舞島という人に。

 

「…うーん」

 

どういうことかは全くわからないが、その舞島という男の子がこれから来るとのことだ。話が急すぎる。

 

「…ま、いっか!とにかくその人に会えば何かわかるはずよ!」

 

しかし何事もポジティブに捉える私は、その人物の元へとりあえず向かうことにした。

 

 

草むらをかき分け、どんどん先に進むと声がする。

 

「ッ!?何だ!?」

 

男の子の声だった。この人だろうか。

 

「…!いたわ!それ!」 

 

声がする方へ飛び出す。

 

「…え?」

 

「え?」

 

ユキと男の子は互いの外見に驚く。

 

「(小さい…)」

 

「(大きい…)」

 

しばらく二人は見つめ合う。

 

「(この人が舞島っていう人?…何だろう、初めて会うのに知ってる人みたい…)」

 

すると横からまた大きい人がやってくる。

女の子のようだ。特徴が少し私に似ている。…それに何故か不思議と見覚えがあった。

 

なにやら舞島と会話している。そしてこちらを指差し、何かを伝えてるようだ。

 

「…もっと近くで見たいな」

 

吸い込まれるように舞島の元へ走っていくユキ。

 

何か、運命のようなものを感じた。この人に付いていきたいと心が命じていた。

女の子の方が慌てている様子だが、今そんなことはどうでもいい。

 

近くまで来た後、立ち止まる。

 

「(…一緒にいきたいな…連れて行ってくれないかな…)」

 

そう思っていたら、

 

 

「……おいで?」

 

「…!」

 

 

舞島がじゃがみ込んで手を差し伸べてくれた。やはりこれは運命だった。ユキは確信する。

 

 

「わーーーい!舞君好きっ!!」

 

 

思わず舞君の大きな手を、両手で抱きしめる。胸が暖かくなり、嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 

 

あ、舞君(まいくん)は私が付けたニックネームだよ!可愛いでしょ?

 

 

私に似た女の子が舞君と何か話している。どうやら移動するみたいだ。

 

「一緒に来るか?」

 

「うん!」 

 

舞君は私を抱き上げる。

 

「こ、こういうの何かドキドキするな。えへへ///」

 

舞君の体温を直に感じる。暖かい…。この時間がずっと続けばいいのにと思う私であった。

 

 

 

 

ーーー博麗神社本殿前

 

 

どうやら目的地に到着したようだ。

 

すると舞君は何やら当たりを見回って不思議そうにしていた。どうしたんだろう?

 

私に似た女の子に呼ばれて、神社にある家に上がる。

 

そしてその中で、緑髪の女の子と一緒に三人で会話を始めた。

話を聞く限り、舞君はどうやら神隠しにあってしまったらしい。元の世界にも帰れないとのこと。

 

舞君はそれを聞いて落ち込んでいるようだった。舞君の裾を引っ張る。せめて慰めよう。

 

「舞君…可愛そうに…。私が守ってあげるからね」

 

すると舞君は私の頭をナデナデした。気持ちが伝わったようだ。

 

「えへへ~♪」

 

撫でられるのが気持ちよくて顔がにやけてしまう。なんとも幸せな時間だ。

暗い感じから一変、和やかな空気になると誰かが入って来た。

 

全体的に紅白の服装をした巫女さんだった。…この人も何だか見覚えがある。

紅白の巫女さんは二人から話を聞くと、こちらを見てきた。

 

何かを見定めているようなそんな見方だった。しばらくして、

 

「…関係はなさそうね。どうせ監視もついてることだろうし」

 

そう言うとしばらく会話をした後、紅白の巫女さんは皆を部屋から追い出す。

 

 

そしてまた神社の本殿前に戻されてしまった。三人はまた会話を始める。すると私に似た女の子が、

 

「それなら私がお前を試してやるぜ。さっき付いてきた人形がいるだろ?そいつを私の人形と人形バトルで戦わせるんだ。」

 

それを聞いた舞君は私を戦わせることを躊躇っていた。

 

私が女の子だからかな?舞君って優しい!

 

…でも大丈夫だよ!私、強いから!

 

 

 

 

今、舞君は戦い方がわからないので二人にお手本を見せてもらっている。

 

基本的に弾幕を打ち合うだけなのでそんなに時間は掛からなかった。

舞君もばっちり理解したみたい。流石!

 

そして舞君と私に似た女の子の人形バトルが幕を開ける。

 

バトルの前に舞君は何やら装置を受け取った。そしてそれを私に向ける。

舞君はその装置で私を見たら名前で呼んでくれるようになった。

 

そっか、まだ知らなかったね!よろしく!舞君!

 

 

改めてバトルが始まる。

 

相手は私によく似た女の子、「魔理沙」の人形だった。

 

「うふふ、よろしくね♥」

 

「う、うん」

 

本人とはずいぶんキャラが違うようだ。

 

舞君の指示が来る。

 

 

「ユキ! はたく こうげき! ▼」

 

 

……ん?あれれ?何か予想外の指示を受けちゃったな。

はたく?平手で?私女の子だけどそんなバイオレンスな事しないよ?

 

 

舞君の方を向き、分からないと訴える。すると今度はあちらが仕掛けてきた。

 

「うふふ、くらいなさい♪」

 

まりさが箒でこちらに弾幕を放つ。

 

「…くっ!」

 

被弾してしまった。舞君が指示してくれたおかげで軽傷で済んだけど。舞君ナイス!

 

二人は改めて舞君に説明を始める。どうやら説明不足だったらしい。もう!しっかり説明してよ!

 

そして舞君は何やら受け取った装置で私を見ている。

どうやら技の把握をしてたみたいだった。うん、えらいえらい!

 

 

また改めてバトル再開

 

「ほら、かかってきなさい♪」

 

まりさは人差し指を曲げ挑発する。

 

「ムッ!さっき油断したけど次そうはいかないよ!」

 

舞君の指示が来た。

 

「食らいなさい!」

 

まりさに向かって弾幕を放つ。負けじと相手も弾幕を放ってくる。

弾幕はぶつかり合った後、ユキの弾幕がわずかに残り、

 

「いったぁ~い!」

 

まりさに数発命中した。

 

「…中々やるわね♪」

 

ふふん、どんなもんだい!」

 

舞君に向かってグッドサインをする。強いでしょ私?

 

「…ならこれはどう?そぉれ♪」

 

まりさは箒で弾幕を放つ。さっきよりも早い弾速だった。

 

「今度は当たらないよ!」

 

舞君の指示で弾幕をジャンプでかわす。

 

「…かかったわね♪」 

 

「え…?」

 

そう言うとまりさは、こちらにすごいスピードで近づき、

 

「そぉれ♪」

 

再び早い弾速の弾幕を放った。

 

「…!しまっ」

 

駄目だ。身動きが取れない…!

 

「きゃあぁーーっ!!?」

 

もろに弾幕を食らってしまい、数m吹き飛ばされる。

まさかあの弾幕がフェイクだったとは…完全にやられた。

 

「……くっ!うぅ…ッ…!」

 

何とか気絶しなかったが…今のは大分効いた。次食らったらやられる。

舞君も追い込まれてる。私が何とかしないと…

 

 

すると緑髪の女の子が戦いのヒントを出してくれた。

 

それを聞いた舞君は何か閃いたようだ。…舞君、君を信じてるよ!

 

 

「さぁ、これでとどめよ♪」

 

まりさが箒を振りかぶる瞬間に、

 

「…それ!」 

 

火の粉をまりさに飛ばす。

 

「!?」 

 

予想外の行動に対応できなかったまりさは、火の粉を食らってしまう。

 

「あ、あっちぃぃぃ!私のキュートな尻がーっ!」

 

やった!成功!流石は舞君!いい連携だよ!

 

「食らえーーー!」

 

弾幕をまりさに放つ。そして、

 

「いやぁーーーーんっ!」 

 

まりさを撃退。見事に勝利した。舞君も嬉しいのか、私に抱き付いて頭をナデナデしてくれる。

 

 

「えへへ~♪私も嬉しいよ~♪」

 

 

私達、いいコンビだね!

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…あの子、かわいいなぁ。う~ん、でも勿体ないわ。主に服がイマイチね…」

 

謎の人物はユキ人形を見ながらそう呟くと、姿を消した。

 

 

 




どうも、てんいです。

人形パートいかがだったでしょうか?
こんな感じで、ちくちょくストーリーに挟んでいくつもりです。


とりあえず、書いているのは大体ここまでなので次回から更新が遅れます。



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第十三章

人形開放戦線との闘い

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


「舞島さん、『人形開放戦線』とかいうふざけた連中、ぶちのめしてもらえませんか?」

 

阿求は、怖い顔をしながら鏡介にお願いをする。素早さがガクッと下がる勢いがあった。

どうやらこの騒動を起こしている五人組に対して物凄い殺意を抱いているみたいだ。

 

「行ってくれますよね?」

 

阿求の圧に、とても断れる雰囲気ではなくなり、

 

「は、はいっ!承知しましたぁ!」

 

承諾してしまった。面倒なことに巻き込まれたなぁ。この人普段は温厚だけど、怒らせるとヤバいタイプだ…。

今後、絶対に失礼がないようにしよう。

 

「そのさっき言ってた五人組を追い払えばいいんですよね?」

 

「えぇ。相手は少女ですが、一切の容赦はいりませんよ。二度とこんな真似が出来ないようにぶちのめして下さい」

 

「は、はぁ。」

 

「大丈夫ですよ。たかが妖精や下級妖怪の集まりですから。正直、雑魚ですよ。フフッ♪」

 

笑顔でおっかないことを言う阿求に、たじたじになる。

これがこの人の素なのだろうか。まじで怖い。

 

「その…善処します。ではそろそろ行ってきますね」

 

「はい、お願いします」

 

阿求は鏡介が騒動の元へ向かい襖を閉めるのを確認した後、

 

 

「…ふぅ」

 

 

ため息をつく。…いくら人形使いとはいえ、ちょっと無理を押し付けてしまった。

 

 

「まぁ念の為、他の人にも連絡は取っておきましょう。…小鈴大丈夫かしら」

 

 

一方、鏡介は誰かが門前にいることに気付き、様子を探っていた。

 

「もう、何で私が様子を見に行かなくちゃいけないんだよぅ…。ここの人おっかないのに、チルノの奴いきなり屋敷に向かって攻撃するんだから」

 

妖怪の少女は先ほど攻撃した阿求亭の中の様子を探っていた。じゃんけんに負けたばっかりに。

 

「万が一見つかったら何されるか…あぁ恐ろしい…これ以上近づきたくない…」 

 

「…」

 

「でも、私逃げ足には自信があるから!蛍だけど。決してGじゃない!」

 

どうやらこちらに気付いていない様子。

特徴は、緑のショートヘアーで頭に触角が生えてる男の子に見えなくもない子だ。

 

多分、いや絶対に、この騒動の関係者だ。会ったことはないが確信していた。怪しすぎる。

 

「(…多分『人形開放戦線』のメンバーで間違いないし、いっそこのまま屋敷に引き渡そう。かわいそうだけど)」

 

ちょうど屋敷の近くなのだ。その方がこちらが戦わなくて済む。ということで…

 

 

「ちょっと君。屋敷まで同行してもらうよ」

 

「え……ギャ―――――――ッ!!」

 

触角の子は何やらお札を張られると、奇声を上げてぐったりしてしまった。

 

「さぁ来い!」

 

「ま、待って!私はここに何もしてない!ホントだよっ!」

 

「言い訳は阿求様が聞く」

 

それを聞いた触角の子は、この世の終わりのような顔をし、触角の子は屋敷内に連行された。ごめんね…。

 

 

人形開放戦線、残り4人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにっ!?リグルがやられただと!?」

 

「あぁリグル…かわいそうな子。じゃんけんで一人だけ、クワガタが好きだからってチョキしか出さないばっかりに…」

 

「だが奴は四天王の中でも最弱…。我ら四天王の面汚しよ」

 

「五人なのに四天王とは~♪これいかに~♪」

 

 

「…」

 

 

意外とあっさり見つけてしまった。恐らく『人形解放戦線』の残り4人。

 

4人の内、3人が鳥や妖精っぽい羽根を背中に生やしている。

門番が言ってた特徴と一致もしているから間違いないだろう。

 

「でも、私達が見つかるのも時間の問題じゃない?」

 

「フフン、どんなやつがきたってそんなのサイキョーのあたいがコテンパンにしてやるわ!」

 

「流石チルノちゃん!かっこいいわ!」

 

「…ところでリグルがやられたっていうにんげんはアイツ?」

 

「「「 !! 」」」

 

見つかってしまった。

もしかしたらと思ったけど、流石に目の前にいるのに全く気付かない程、馬鹿ではないみたいだ。

 

 

「も、もう来たの~!?♪」

 

「仕方ない!ここはチルノに任せて、私たちは逃げるよ!」

 

「チルノちゃんファイト!」

 

そう言うと3人は、チルノという妖精を残してどこかへ逃走した。そして、

 

「そこのあんた!」

 

小さな青い妖精の女の子が話しかける。

 

 

「あたいたちは『にんぎょうかいほうせんせん』!けいかくのじゃまをするやつは、サイキョーのあたいがただじゃおかないよ!」

 

「いざ、せんせんふこくする!!」

 

 

どうやら人形バトルをするみたいだ。

 

 

 

 

人形開放戦線の チルノが 勝負を仕掛けてきた!

 

 

 

「いけ! あたいの人形!」

 

宝石が光ると、チルノの人形が出てきた。

 

スカウターで相手の人形を確認する。

 

 

『名前:チルノ 種族:妖精  説明:⑨』

 

 

…⑨?何だそれ。

 

こちらも人形を繰り出す。

 

「行け! ユキ!」

 

ユキ人形は元気よく飛び出した。

相手の人形…あの子が氷の妖精みたいだし、氷タイプと予想しているけどどうだろう。

 

「ちるの! いんのきりょく!」

 

「ユキ! 陽の気力!」

 

まずは牽制と言わんばかりの攻撃。お互いの弾幕はぶつかり合い、わずかにユキ人形の弾幕が押す。

 

「ーッ!」

 

チルノ人形が被弾する。

どうもユキ人形は弾幕勝負の勝率が高いように見える。得意分野なのだろう。

 

「いいぞ!」

 

「ぐぬぬ、これならどうだ!ちるの! うんぷてんぷ!」

 

チルノ人形は指示を受けると、七色の護符を周りに展開し始める。

 

「な、何だ!?」

 

「フッフッフ、サイキョーのあたいはここでいいのひいちゃうもんね!」

 

七色の護符はグルグルと回り始める。

まるでトランプのマジックのように動くその護符は、やがてひとつの護符へと変わった。その色は、青色だった。

 

 

チルノ人形の 集防が あがった! ▼

 

 

「…えっと、こっちは散弾だから集防が上がっても意味ないね」

 

「ちくしょーーっ!」

 

やっぱりこの子達は少々残念な頭をしているらしい。

 

「…じゃあ今度はこっちの番!ユキ、新技行くよ! 火遊び(ひあそび)だ!」

 

ユキ人形は手から炎を出して、それをチルノ人形に飛ばす。

 

最近覚えた新技「火遊び(ひあそび)」。

「摩擦熱」とは違い、攻撃としての炎技である。

 

「ーッ!」 

 

命中した。仮にこの人形が氷タイプなら、ひとたまりもないはず。しかし、

 

「…ッ」 

 

戦闘不能になっていない。まだ戦える様子だった。

予想が外れてしまったのか?結構、自信があったんだけどな。

 

「くそーこうなったらっ!ちるの! フロストエッジ!」

 

チルノ人形は手から鋭く小さな氷の礫をユキ人形に放つ。

 

「(…!この人形もしかして)ユキ! かわして!」

 

ユキ人形に回避の指示を出すが、

 

「ーーーッ!!」 

 

数発被弾してしまった。ユキ人形はかなり苦しそうにしている。

 

…そうか。この人形は「水」タイプだったんだ。「炎」は「水」に弱い…。

 

「大丈夫かっ!?ユキ!?」

 

「……ッb!」

 

苦しそうにしながらも、ユキ人形は元気に振舞っている。…ごめんっ!

 

「…?なんだかしらないけど、やったぞ!」

 

「(くっ…まずいな。しんみょうまるに交代するか?)」

 

しんみょうまる人形に目を合わせる。しかし、

 

「(>_<)」

 

しんみょうまる人形は首を横に振り、行きたくない様子だった。

…もしかして、この子も「水」タイプが苦手なのかな?

 

どうしよう。結構ヤバいな、この状況。

 

弱点の攻撃をされ、一気にピンチに陥ってしまった。このままでは負けてしまう。

 

「もーいっぱつくらえ!チルノ! フロストエッジ!」

 

「(まずいっ!ユキはもう動ける体力がない!どうしたらっ!?)」

 

チルノ人形の放った氷の礫が、ユキ人形を襲う。

絶体絶命のピンチ。もう駄目だと思ったその瞬間、

 

「まりさ! 原初の光(げんしょのひかり)!」

 

誰かの声がすると、光弾が数発こちらに飛んでくる。

そして、チルノ人形が放った氷の礫を見事に撃ち落とした。

 

「…え!?」

 

「何――っ!?」

 

誰かが助けてくれたようだ。声がする方向を向くと、

 

「よう、舞島!無事か?」

 

そこには魔法使い、霧雨 魔理沙の姿があった。

 

「…!魔理沙さん!一体どうしてここに?」

 

「あぁ、阿求の奴にお前の手伝いをするように頼まれちゃってな。ちょうどお前にも人里にも用があったし」

 

「そうだったんですね、助かりました!…ルール的に2対1になっちゃって卑怯な感じですけど…」

 

「あー気にすんな。こいつら人形使って悪さしてるみたいだし、正々堂々戦う必要なんてねぇよ」

 

そう言うと魔理沙はチルノの方を向いて話しかける。

 

「…さて、チルノ。少々おいたが過ぎたな。今度は私が相手になるぜ?」

 

「フン!だれであろうとあたいはサイキョーだからまけないぞっ!」

 

今度は魔理沙が戦ってくれるようだ。

 

「まりさ! エナジーボルト!」

 

まりさ人形は手から雷撃を放ち、そして、

 

ちるの「ーーーーッ!!!」

 

チルノ人形に命中。一撃で戦闘不能になる。恐らく今の技は「電気」タイプか?

一瞬で決着がついてしまった。

 

「ま、まさかサイキョーのあたいがまけるなんてっ!くそー、おぼえてろー!」

 

そう言ってチルノは人形を戻してどこかへ行ってしまう。

 

「いっちょ上がりっと」

 

何はともあれ助かった。魔理沙が助けに来なかったら間違いなく負けていただろう。

 

「魔理沙さん、本当に助かりました」

 

魔理沙にお辞儀をする。

 

「気にするな。後、そんな堅っ苦しくしないでいいぜ?普通にしゃべっていいぞ。むしろそうしてくれ」

 

ほぼ初対面の人と気軽に接するのは少々苦手ではあるが…仕方ないか。

本人に言われてしまったらそうしなければ失礼というもの。

 

「…分かった。ありがとう魔理沙さん」

 

「うーん、もっと言うなら「さん」もいらないが…まぁいいか」

 

「…そういえば、僕に用事があったみたいだけど?」

 

「あーそうそう。お前にやったスカウターについてちょっとな」

 

初めてのバトル時に貰ったこの「スカウター」というアイテム。

用事というのはこのアイテム関連らしい。

 

「これ?」

 

「あぁ。まだそいつは試作品だって話したよな?今回はそいつのバージョンアップをしに来たんだよ。流石に今のままじゃ不便だろ?」

 

どうやら魔理沙から貰ったスカウターをパワーアップしてくれるとのこと。

確かに人形の事を色々知った今、機能的に物足りなさを感じていたのでちょうどいいタイミングだった。

 

「なるほど、それは是非お願いするよ!」

 

「おう!じゃあちょっと貸してくれ。すぐ終わるから」

 

「うん」 

 

スカウターを取り外して魔理沙に渡す。

 

「ここをこうして…っと。…ほれ完成。はめてみろ」

 

「え?早っ!」 

 

本当にすぐに終わった。スカウターを装着してみる。

すると、自分の人形のタイプ、ステータス、印の項目が追加されていた。

 

「おぉ!ちょうどこの情報が知りたかった!ありがとう!」

 

「まぁ、実際にこれを作ってるのは私の知り合いだがな。機械に関してはピカイチだぜ?」

 

どうやらその知り合いがこの「スカウター」を作ったらしい。よく出来た機械だ。エンジニアなのかな?

 

「人形バトルで重要なのは相手の弱点を突くことだ。その機能があれば、それが多少はわかりやすくなるぞ。

 まだ見ていない人形のタイプまではわからんが、まぁそれは自分で捕まえていけばわかるはずだ」

 

「うん、わかったよ。ありがとう!」

 

「よし!スカウターのバージョンアップも終わったことだし、この騒動をどうにかしようぜ!」

 

「了解!」

 

スカウターをVer1.1にバージョンアップして貰った鏡介は、魔理沙と共に残りのメンバーを探すのであった。

 

 

人形開放戦線、残り3人

 



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第十四章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


残り3人の『人形開放戦線』のメンバーを探す鏡介と魔理沙。

 

「舞島、ここは二手に別れようぜ。私はあっち周辺を探すから、お前はこっちを頼む」

 

「分かりました」

 

「あーそれと、お前に人形バトルのヒントをやる」

 

「ヒントですか?」

 

「あぁ。今戦っている『人形開放戦線』の使っている人形は殆どが「闇」タイプだ。…もしかしたら、そこのお椀被った人形が役に立つかもな」

 

「「闇」タイプですか…」

 

ポケ〇ンじゃあ、そんなタイプなかったな。「悪」タイプみたいなものか?

 

魔理沙の助言によると、しんみょうまる人形がバトルの鍵になるらしい。

 

そういえば、この子のタイプは何だろうか。

ポケ〇ンとは違い、見た目ではさっぱり分からないので把握していない。

唯一分かっていることは、「水」タイプが苦手っぽいということ。

 

スカウターでしんみょうまる人形のデータを見てみる。ついでにユキ人形も。

 

 

『名前:しんみょうまる 種族:小人 説明:打ち出の小槌を扱える / タイプ1:鋼鉄 タイプ2:大地 / 印:青の印』

 

『名前:ユキ 種族:魔法使い 説明:??? / タイプ1:炎 / 印:黒』

 

 

情報が出てきた。しんみょうまる人形のステータスは、集弾が少し高めなのと、印の効果で集防も結構ある。それ以外は平均的だ。

そうか、複合タイプだったんだなこの子。

 

ユキ人形の方は、印の効果もあり散弾が頭一つ抜けて高い。その他のステータスもしんみょうまる人形に比べて高めであった。

 

しんみょうまる人形が役に立つと言っていたのは、このタイプが「闇」に対して有効だということなのか?

 

「大地」タイプは恐らくだけど、ポケ〇ンの「地面」タイプのようなものだろう。

それならば、「水」が苦手なのも頷ける。そして「闇」に有効かどうか…。正直、ポケ〇ン基準だとあまり効くイメージがない。

 

そしてもう一つのタイプ、「鋼鉄」。これはもう「鋼」タイプと見ていいだろう。

消去法ではあるが、そうなると…

 

「おっ、早速スカウターでタイプをチェックしてるな。そして見るに、「闇」に効くのはどっちかを推察している。関心関心!」

 

「…うん。何となくだけど、わかった気がする」

 

ありがたいヒントを貰った。これで何とか対抗できそうだ。

 

「じゃあ、こっちは頼んだぜ?」

 

「うん、任せて!」

 

そう言うと魔理沙は箒に乗って、空から残りのメンバーを探す。

 

こっちも手当たり次第走って探し回りながら、聞き込みもやってみる。

 

「あの、すみません」

 

眼鏡を掛けていて黒い帽子を被っており、変なマントを羽織った女の人に声を掛けた。…マジシャンみたいだな。

 

「ん?あれ、君もしかして外来人(がいらいじん)?」

 

「え?えっと…がいらいじん?」

 

「外の世界から来た人のことよ。その格好でわかるわ」

 

「あぁ、なるほど」

 

「しかし、私以外にもこの夢に入り込む人がいるなんて驚いたわ。…気を付けなさいよ。ただの夢じゃないから。

 ここで怪我をすれば現実にも影響が出て、最悪命を落とすかもしれないわよ」

 

「はぁ…」

 

確かに一度、毒で危ない目にあった。彼女の忠告は正しいだろう。気を付けなければ。

 

「…ってそうだった。ちょっと聞きたいんですけど、この辺で怪しい三人組を見ませんでしたか?妖怪と妖精のグループなんですけど」

 

「あー、そういえばさっきあっちでそんな奴らを見たような…」

 

そう言いながらマジシャンの女の人は、橋の先にある広場の方を指差す。

 

「あっちですね。早速行ってみます。ご協力、ありがとうございました!」

 

マジシャンの人に礼を言い、目撃情報の元へ向かう。

 

「…あの子、少々人が良すぎるわ。その真面目さが仇とならないか心配ね…。まぁ、私には関係のないことだけど」

 

 

目撃現場に到着。情報通り、三人組を見つけた。

 

「また来たわぁ~!♪」

 

「大ちゃん、任せた!」

 

そう言ってまた一人置いていき、今度は二人で逃走する。

正直一斉にかかればいいのにと思ったが、一人ずつの方がありがたいので黙っておく。

 

そして、「大ちゃん」と呼ばれている妖精がこちらに話しかけて来た。

 

「チルノちゃんは負けちゃったのね。でも、次はそうもいかないわ。 さぁ、私と遊びましょ!」

 

「人形バトルなら、受けて立つよ!」

 

 

 

人形開放戦線の 大妖精が 勝負を仕掛けてきた!

 

 

 

「行け! 私の人形!」

 

宝石から人形が出てくる。

 

が、しかし。そこにはもう一体の人形の姿があった。さっき戦ったチルノ人形である。

何やらチルノ人形は、精気を吸われたようにぐったりしている。そしてそばにいるだいようせい人形は、ツヤツヤになっていた。

 

一体何をしたんだ…?

 

「あぁ!チルノちゃんっ!私が溺愛しているチルノちゃん人形がっ!…でも、仕方がないわ。チルノちゃんが可愛すぎるのがいけないのよ…」

 

「(…これはひどい)」

 

…何か、やばそうな人形と人形使いだ。

 

しかし、この人形は見たことがある。

そう、一の道で最初に見た「だいようせい」という名前?の人形。野生で見た時は大人しそうに見えたけど、決してそんなことはなかった。

 

改めてスカウターで見てみる。

 

 

『名前:だいようせい 種族:妖精 説明:臆病な性格 / タイプ1:自然』

 

 

情報が出てきた。一度見た人形だから、今度はタイプまで分かるようになっている。

これは実にありがたい。

 

「相手は「自然」タイプ。じゃあ、ユキの出番だな!行くよ!」

 

自然は炎に弱い。故に「炎」タイプのユキ人形ならば、弱点を突ける。

 

「うわーん!チルノちゃん人形じゃなきゃ「炎」タイプに勝てっこないわ!」

 

「この勝負、貰ったよ!ユキ! 火遊び!」

 

ユキ人形の炎が、だいようせい人形を襲う。

 

「ーーーーッ!!!」 

 

だいようせい人形は火だるまになり、そしてやがて気絶してしまった。戦闘不能。

 

いちげき ひっさつ! ▼  といったところか。

 

「あーあ、負けちゃったわ…」

 

そう言うと、大妖精はスッっと姿を消す。

 

「!?き、消えた?…テレポートみたいなものかな?」

 

そういえば、以前大森から聞いたことがある。

東方projectのキャラ達にはそれぞれ一つ能力があるらしい。今のがそれなのか。

 

「…まぁいいか。早く残りのメンバーを探そう」

 

 

人形開放戦線 残り2人

 



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第十五章

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


 

残りの人形解放戦線のメンバーを探すこと数分。

 

「おーーい!舞島ーー!」

 

空から魔理沙の声が聞こえた。そして、地上に降りてくる。

 

「そっちはいた?」

 

「あぁ、さっきミスティアを追っ払った。後はルーミアだな」

 

どうやらもう一人倒してくれたらしい。

手分けして探した甲斐があったというものだ。すごく助かる。

 

「そのルーミアって子の特徴は?」

 

「金髪のショートヘアに赤いリボン、そして黒い服だ」

 

聞いている限り、ユキと少し特徴が似ているようだ。

…そう言えばオタクの人の図鑑を見た時、同じような特徴のキャラは結構いた気がする。容姿だけで覚えるのは結構大変そうだな…。

 

「分かった。じゃあ今度は一緒に探そう」

 

「あぁ、あっちはもう全部見回ったからな。残るはこの周辺だけだぜ」

 

 

二人で探していると、何やら村のはずれに道が続いていた。

 

「…ねぇ。あそこ怪しいと思わない?」

 

「あぁ、私もそう思ってたところだ。行ってみるか」

 

その道を進むと、

 

「見つかったのか―」

 

見つけた。最後の一人、ルーミアだ。

 

「もう逃げられないぜ?ここは行き止まりだからな」

 

「もー、あんたもしつこいなー。でも、ここで作戦の邪魔をされる訳にはいかないんだから!」

 

割とマジでこの人里で騒ぎを起こすと洒落にならない。主にここの当主、稗田 阿求がヤバいから。

 

「悪いことは言わない。もう騒ぎを起こすのはやめて欲しいな。…どうしてこんなことを?」

 

「私たちの目的は、使役された人形達の開放だ!そして、私は今回の作戦のリーダー!」

 

「え?リーダーだったの?」

 

「とてもそうには見えなかったぜ…」

 

この子達のことだから、適当にじゃんけんとかで決めたのだろう。あんまり頭よさそうにも見えないし。

 

「ぐぬぬ…馬鹿にして!こうなったら二人まとめて相手にしてやるのかー!」

 

2対1の人形バトルが幕を開ける。

 

 

 

人形開放戦線の ルーミアが 勝負を仕掛けてきた!

 

 

 

「ルール無視で悪いが、こっちはそんなの気にしてられないんでね。行け! まりさ!」

 

「行くよ!出番だ しんみょうまる!」

 

お互いに人形を繰り出す。まるでポケ〇ンのダブルバトルのようだ。

 

流石にこの状況では、相手もどうしようもないだろう。

 

「…フッフッフ。リーダー舐めるなー!行け! みんな!」

 

ルーミアはそう言うと5つの宝石を一気に投げ、人形を出した。

 

「な、何!?」

 

「…そうきやがったか。おもしれぇ!」

 

それぞれチルノ、だいようせい、リグル、ミスティア、そしてルーミアの5対の人形がいる。

 

初めて見る人形をスカウターで見てみる。

 

 

『名前:リグル   種族:妖怪  説明:虫と仲良し』

 

『名前:ミスティア 種族:妖怪  説明:歌うのが好き』

 

『名前:ルーミア  種族:妖怪  説明:そーなのかー』

 

 

とりあえず登録完了。みんな見事に妖怪か。

 

 

「それならこっちだって!ユキ!」

 

こちらも出せるのを出して対抗。うまく行くだろうか。…もう何バトルだこれ。

 

「…こっちも他に人形がいるけど、手の内は見せたくないからな。今回はやめておこう。こいつだけで十分だろうしな」

 

「そっか。頼りにしてるよ、まりさ!」

 

「b」

 

まりさ人形は任せろと言わんばかりにグッドサインする。

 

「早速行くぜ! まりさ! チルノに向かって エナジーボルト!」

 

魔理沙が仕掛ける。こっちの弱点である人形から優先して狙ってくれたようだ。

 

「わわっ!だいちゃん! 受け止めて!」

 

慌ててルーミアはだいようせい人形に指示を出す。

だいようせい人形は、目を瞑りながらも両手を上げチルノ人形を庇う。

 

「ーッ!」 

 

攻撃を受け止めた。様子を見るにあまり効いていないようだ。

 

「ちっ、流石にそう簡単にはいかないか」

 

相手も馬鹿ではないようだ。ちゃんとタイプ相性がいい人形を使って受けさせた。

 

「…魔理沙さん、今度は一緒にやりましょう。ユキの攻撃ならだいようせい人形を倒せますよ!」

 

アニ〇ケでもよくある展開、合体技。主に悪役が食らうやつ。

あれをこちらでも出来ないだろうか。

 

「おー、いい考えだ舞島!それでいこうぜ!」

 

魔理沙も結構乗り気だ。

 

「まりさ! もう一度あいつに エナジーボルト!」

 

「ユキ! まりさに合わせて 火遊びだ!」

 

まりさ人形の雷撃にユキ人形の炎が合わさり、混じり合う。

案外やれば出来るものだった。

 

電気を帯びた火炎が、ルーミア達の方へ飛んでいく。

 

 

「そ、そんなのありなのかー!?こんなの誰も受け止められないよー!」

 

 

攻撃はだいようせいに向かって飛んでいき、

 

「ーーーーーーッ!!!」 

 

攻撃がヒットする。当然耐えられるはずもなく、戦闘不能。

 

「おぉーすげぇ!やってみれば案外できるもんだな!」

 

「ホントにね。まさか、こんなにうまくいくなんて!」

 

耐久があるだいようせい人形を一撃で沈めたのを見て魔理沙は確信したのか、鏡介に耳打ちする。

 

「…なぁ。これ撃ちまくれば勝てるんじゃないか?」

 

「確かにこれ撃ってれば勝てるかもね」

 

ゴリ押しはあまり好きではないが、圧倒的パワーというのは正直見ていて気持ちがいい。

 

だいようせい人形を一撃で沈められたルーミアは、開いた口が塞がらず唖然としている。

どうすればいいか分からないのだろう。

 

「よし!私のまりさと舞島のユキの合体技!その名も「マユキ砲」だ!」

 

「…えっと、何かテンション高いね魔理沙さん?」

 

「へへっ、こういうのロマンあっていいだろ?弾幕はパワーだぜ!」

 

「う、うん。そうだね?」 

 

魔理沙はとても気分が良かった。

どうやら強い火力、もといパワーを求めるロマンはこの世界でも存在するようだ。

 

「行くぞ舞島!もう一発だ!」

 

「オッケー!」

 

お互い人形に指示を出し、「マユキ砲」を放つ。今度はチルノ人形を狙う。そして、

 

「ーーーーーーッ!!!」

 

ヒット。戦闘不能。

 

続けざまにリグル人形とミスティア人形にも放つ。

 

 

当然、一撃だった。

 

 

いつでも準備が出来ていたしんみょうまる人形は出番がなく、今の状況を見てきょとんとしている。

 

「…なんかごめん。しんみょうまる。この合体技が強すぎたみたい…」

 

「本来こいつに活躍してもらう予定だったんだがな…。いやぁすまんな!強すぎて!」

 

ハハハッと笑う魔理沙。確かにこの技だけでいいんじゃないかというくらい強い。

 

「さてと。後はルーミア人形のみ…ん?」

 

「…あれ?ルーミア人形はどこに?」

 

辺りを見回すが、見当たらない。

 

そして、いつの間に黒い霧が立ち込んでいた。

バトルしているこの辺りも真っ黒になっている。いつぞやの夢の中みたいだ。

 

「…そっちがそう来るなら、こっちはこうだ!夜陰(やいん)を限界まで積ませてもらったのかー!当てれるものなら当ててみろ!」

 

次々とやられていく間にルーミアは人形に回避が上がる技、夜陰(やいん)をこっそり積ませていたのだ。

ルーミア人形は霧の中に隠れ、どこにいるか分からない。

 

「…厄介なことになったな。これじゃあ攻撃が当たらないぞ」

 

「まずいですね…」

 

「反撃開始なのかー! ルーミア! ダークボール!」

 

霧の中から黒い弾幕が襲ってくる。技名から察するに、この人形は「闇」タイプと見て間違いないだろう。

 

「「 ーーーッ!! 」」

 

攻撃が当たってしまった。

 

「ユキっ!…くっ!」

 

ユキ人形はチルノ人形から受けたダメージが残っていたせいか、かなりヘロヘロだ。

 

まりさ人形は一発食らっただけで苦しそうにしている。もしかして、「闇」タイプが弱点?

 

 

一気に形成は逆転し、残された希望はしんみょうまる人形のみとなった。

 

「くそっ!こんな状況じゃ、他の人形出しても勝てるかどうか…」

 

何かないか?この状況を突破できる糸口は?闇……闇か。それを照らすものといえば…。

 

「…魔理沙さん、その人形のタイプは何?」

 

「ん?こいつは「光」と「雷」だが…」

 

「「光」タイプ…。」

 

なるほど。「闇」に弱い訳だ。そして、作戦がひとつ思い付いた。

 

「その「光」タイプの技で、この辺りを照らすことって出来る?」

 

「あぁ、出来ると思うぜ。しかし、こんな真っ暗じゃ攻撃は当てられないぞ」

 

「いや、いいんだ。その攻撃が当たらなくても。ちょっと思い付いたんだけど、魔理沙の人形で辺りを照らしたらルーミア人形がいるところを探れないかな?」

 

「…成程。試す価値はありそうだ」

 

「でしょ?そして姿をとらえたところで、しんみょうまるの攻撃を当てられれば…」

 

「何とか勝てるかもな。よし、ものは試しだ。やってみるぞ!」

 

「うん!しんみょうまる、頼んだよ!」

 

しんみょうまる人形は頷く。真剣な目だ。

 

作戦を実行する。

 

「まりさ! 原初の光を周りに撃て!」

 

まりさ人形は光の弾幕を辺りにばらまく。

 

「そんなことしても無駄無駄!当たらないよ!」

 

光り輝く弾幕は、明かりとなって飛んでいく。すると、

 

 

「……!いた!」

 

 

わずかにルーミア人形の姿が見えた。

 

「魔理沙さん!あそこ!」

 

「おう!これでも食らいな!まりさ! 閃光弾(せんこうだん)!」

 

まりさ人形はルーミア人形がいる方向に向かい光の玉を投げ、

 

 

「目を瞑れ、舞島、人形達っ!」

 

「ッ!」

 

 

玉が破裂し、眩しい光を放つ。

 

「ああああああ!!目がああああ!!」

 

まともに食らったルーミアとルーミア人形は視覚を一時的に遮断される。

 

「今だ!」

 

「うん!いっけ―――!!しんみょうまる!!」

 

「!」

 

 

しんみょうまる人形は全力疾走でルーミア人形に向かっていく。

そしてルーミア人形の懐に潜ったのを確認して、

 

 

「 ザ・リッパ-!! 」

 

 

しんみょうまる人形は輝針剣でルーミアに一太刀浴びせた。

 

新技「サ・リッパ-」。

しんみょうまる人形が経験を重ねて覚えた「鋼鉄」タイプの技である。

 

それを食らったルーミア人形は、

 

 

「………ッ!!」

 

 

倒れる。戦闘不能。

 

こちらの勝利だ。徐々に黒い霧が晴れていく。

 

 

「うぅ…そ、そんな馬鹿な…」

 

 

ルーミアは膝を落とし、落胆する。

 

「よっしゃ!ナイスだ舞島!」

 

「やったぁ!よくやったな二人ともっ!それにまりさも!」

 

頑張った人形達に頭を撫でる。

 

「「「 ♪~ 」」」

 

こうしてルーミアを見事撃退した鏡介と魔理沙であった。

 

 

人形開放戦線 全滅。

 



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第十六章

最初に言っておきます。リグル好きの人ごめんなさい。


ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。



人形戦線のリーダー(仮)、ルーミアを倒した鏡介と魔理沙。

 

「さぁ、もう手持ちは全滅しただろう。観念するんだな」

 

「……」

 

ルーミアは下を向いたまま黙っていた。

 

「確か、この騒ぎを起こした理由は「使役された人形の開放」だったね。そんなことをして一体何をするつもり?」

 

「……」

 

ルーミアは何も答えない。

 

「…だんまりか、まぁいい。舞島、こいつを阿求のとこに連れてくぞ」

 

「う、うん。そうだね」

 

埒が明かないので連れて行こうとしたその瞬間、

 

 

「…とりゃ!」

 

 

ルーミアは辺りを真っ暗にした。そして、

 

 

「みすちー!チルノ!」

 

 

ルーミアが上空に声を響かせると、

 

「任せて!♪~♪~~」

 

「凍っちゃえー!」

 

その上空から歌声と氷の弾幕が降り注いだ。

 

「くっ!舞島耳を塞げ!この歌声を聞いたら駄目だ!」 

 

「わ、分かった!…うわわわっ!」 

 

悪魔で威嚇射撃なのか、当たりはしなかったがまともに動ける状況ではなくなってしまう。

 

「二人ともナイス!この隙に逃げるよ!」

 

「えっと、こういう時何ていうんだっけ…そうだ!今日のとこはこの辺にしておいてやる!覚えてろー!」

 

そう言ってルーミアは、この場を逃走した。

 

「…痛っ!!」 

 

「…あうっ!」

 

闇を操れるルーミアだが、周りを暗くすると自分も先が見えなくなってしまう。 

 

「前見えないー!」 

 

ルーミアは頭などを何回もぶつけながら、森の中に逃走することに成功。だが、その頭にはたんこぶがいくつも出来ていた。

 

 

 

 

 

 

闇の空間が徐々に消えていく。

 

辺りを見回すが、どこにもいない。うまく逃げられてしまったようだ。上空にいた二人も姿はなかった。

 

「ちっ、逃げられちまったか。あいつらにしてはいい連携してたぜ」

 

「…今のがあの子達の力なの?」

 

「あぁそうだ。それぞれ「闇を操る程度の能力」、「冷気を操る程度の能力」、「歌で人を狂わす程度の能力」を発動させてきやがった。油断していたな」

 

「(「闇」、「冷気」…。持っている人形も同じタイプだったな)」

 

「…まぁいいか。既に一人確保してることだしな。お手柄だぞ舞島」

 

「え?あ…そう言えばそうだった」

 

門前にいた触角の生えた子。恐らく「人形開放戦線」のメンバーということで引き渡したが、今頃どうなってるだろう。

少なくとも、阿求に何かしらのお仕置きはされてると思うと少し罪悪感はある。

 

「とりあえず阿求のとこに一旦戻るぞ。「人形開放戦線」のこと、詳しく聞いておかないとな」

 

「うん」

 

 

 

少年少女移動中……

 

 

 

「あら、おかえりなさい。魔理沙さん、舞島さん」

 

 

「「(……うわぁ)」」

 

 

屋敷に戻って部屋を訪れるとそこには、触角の子に札を何重にも貼って縄で拘束し、目の前に殺虫剤をちらつかせている阿求の姿があった。

 

「んーーー!!んーーーーー!!!」

 

触角の子はガタガタ震えながら目の前の殺虫剤に拒絶反応を示し、泣いている。

やっぱり見た目通り虫の妖怪とかなのだろうか。すごく可哀そうだった。渡したのは自分だが。

 

「…ありゃ相当きてるな阿求の奴」 

 

「そうだね…。思った以上に怖いよあの人…」

 

阿求がご乱心の様子であることは、この状況から見て取れた。

 

 

「さて、お二人も来たことですしそろそろ始めましょうか。尋問を」

 

「死なない程度にしろよ?」

 

「その、ほどほどにね?」

 

 

尋問が始まる。

 

阿求は触角の子に貼ってあった口元の札を外す。

 

 

「さて、蛍の妖怪リグル・ナイトバグ。あなたにいくつか質問します」

 

「…」

 

「…が、その前に」 

 

「え」

 

 

阿求はリグルの後ろに向かい、殺虫剤を勢いよく放った。

するとそこには、何匹かの蟲の死骸が転がっていた。

 

…え?殺虫剤の威力じゃないでしょ…何アレ。

ポケ〇ンのにも似たものはあるけど、あれは軽い兵器だ。絶対おかしい。

 

「何やら背後に蟲を忍ばせていたようですね。縄でも解いてもらうつもりでしたか?」

 

「あ、あぁ、あっ…」

 

リグルは自分の考えが筒抜けだったことに絶望する。

 

「私は「幻想郷縁起」を書いている者ですよ?あなた達妖怪のことは知り尽くしています。もちろん、能力も。前にお聞きしましたよね?」

 

「…は、はい…」

 

「この殺虫剤は「八意印」の特別製でしてね。よく効くんですよ?」

 

「ひぃっ!!」 

 

笑顔で「八意印」の殺虫剤を振る阿求と、それを見て顔が真っ青になり震え上がるリグル。一体どっちが妖怪なのだろうか。

 

「苦しみたくなかったら、これから聞くことに正直に答えることですね。リグルさん?」

 

「はい…(あんなの食らったら間違いなく死ぬよっ!)」

 

今のを見て、リグルも観念したようだ。

これ以上この人を怒らせたら何されるか分かったものではないから賢明と言えよう。

 

「ではまず一つ目。「人形解放戦線」とはなんですか?」

 

「…に、人形開放戦線は、使役されてるすべての人形を束縛から解放する為に活動している団体だよ」

 

一応こちらはルーミアと戦った際にこの事は聞いている。

使役された人形の開放…。一体何でそんなことをするのだろうか。

 

「ふむ、何故そんなことを?異変の元凶ではありますが、今の幻想郷に人形は欠かせないものの筈ですよ。人形には人形でしか対抗できないのですから」

 

「…それは私も知らない。私達はただリーダーに言われたとおりに行動しただけだよ!」

 

…さっきのルーミアって子はどうもリーダーっていう感じじゃなかった。聞いてみるか。

 

「リーダーってルーミアって子のこと?」

 

「ちg…うん!そうそう!」

 

リグルは必死に首を縦にし、言いかけたことを誤魔化す。

 

 

「あ…。」

 

 

が、ダメッ! 阿求の耳は誤魔化せなかった。頭に殺虫剤を突き付けられる。

 

「さっきの言い分だと、この人形開放戦線を仕切っている別のリーダー格がいますね?答えて下さい」

 

「…え、えっと…メディスン・メランコリーっていう子…です…(あぁ、また別で怒られる…)」

 

やってしまったという顔をするリグル。知られたくなかったんだろう。

 

「メディスン・メランコリー…?」

 

「…成程、合点が付きました。彼女ならやりかねないですね。」

 

どうやらメディスン・メランコリーという人物が、この「人形開放戦線」を仕切っているそうだ。

 

「何者なのですか?そのメディスンっていう人物は?」

 

「メディスン・メランコリー。彼女は、人間に捨てられた人形が妖怪化して生まれました。その為、人間をひどく嫌っています」

 

「捨てられた人形が…」

 

「彼女は一度、「人形達の開放」を謳っていたことがあります。その時は地獄の裁判長に嗜められて大人しくしていましたが…

 この異変を機に、再度その野望を果たそうとしているみたいですね」

 

「……」

 

「彼女の能力は、「毒を操る程度の能力」。うかつに近づいてはいけませんよ?舞島さん。彼女は人間には容赦しません」

 

「…はい。」

 

 

その後もしばらく尋問は続いたが、有益な情報はこれ以上引き出せなかった。というか、持っていなかった。

 

「…阿求さん。もういいんじゃないですか?これ以上は見てられないです…」

 

「舞島の言う通りだ。本当にこれ以上情報は持っていなさそうだぜ」

 

尋問という名の拷問をされ続けたリグルは、

 

「あ…あ……もう…やめて…」

 

既に虫の息となっていた。

 

「…ふむ、どうやらそうみたいですね。仕方がありません、開放しましょうか。お願いします」

 

近くにいた門番の人が札や縄を解いていく。

リグルは抵抗する様子もなく大人しい。どうやら肉体的にも精神的にも完全に参っているようだ。

 

そしてフラフラと空に飛んでいった。まるで死にかけの蝉のように。

 

「…舞島さん、これからどちらに?」

 

阿求に今後の予定を聞かれる。

 

「うーん、そうですね…。とりあえずこの子たちを休ませて僕もちょっと休憩したいです」

 

「そうですか。大した名物もない里ですが、ゆっくりして行って下さいね」

 

「私もしばらくここにいることにするぜ。何かあったらここにいるから訪ねてきてくれ」

 

魔理沙は阿求亭にしばらくいるみたいだ。恐らく人形についての調査報告とかだろう。

 

「うん、ありがとう」

 

そう言って一旦別れた後、すぐに休憩所に到着。人形達を預ける。

 

「お願いします」

 

「はい。お預かりします!」

 

預けた後、近くの休憩スペースに腰掛ける。

 

「ふぅ。色々あって疲れた…」

 

休憩しながら、手にした情報と今後の方針を考える。

 

「(人形開放戦線…か。今後も関わってくるのかな。気を付けないと。メディスンって子が仕切っているみたいだけど…)」

 

「…あの」

 

「(後、今後どうするか…これはまだはっきりしていない。どうしよう…うーん…)」

 

 

「あのっ!!すみませんっ!!」

 

「おっ!?」 

 

考え事をしていて声を掛けられていたことに気付かず、驚いてしまった。

 

「やっと気付いた」

 

声を掛けた人物は、自分より恐らく年下の女の子だった。この人里の村娘といったところか。

 

「あなた、最近噂になってる人形使いさんでしょ?確か、まいじま きょうすけっていう」

 

「えっと、うん。そうだけど…」

 

「お願いがあるの。私…その…」

 

町娘はそう言って下を向く。

 

「…?」

 

しばらくして、覚悟が決まったのかこちらを真っすぐ見据えこう言った。

 

 

「…私、人形使いになりたい!」

 



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外伝2

※注意

この外伝は、私が書いている小説「人間と人形の幻想演舞」の人形視点のストーリーです。
その為、人形が普通にしゃべります。そのことを注意した上でご覧ください。

今回はしんみょうまる人形と主人公・舞島 鏡介の出会いから仲間になるところまでです。


ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


どうしましょう…。

 

小鬼のお方に騙され、まさか我が一族の秘宝「打ち出の小槌」が盗まれてしまうなんて…。

 

 

「騙される方が悪いのさ、少名(すくな)のお嬢様。ケッケッケッ…!」

 

 

自分が情けない。

 

早く何とかしないと…でもどうしたら?

 

戦う?多少剣術の腕には自信はありましたが…今はこの「輝針剣(きしんけん)」を使うことが出来ません。精々弾幕を放つことしか…。

そもそも逃げられた以上、見つけられないことには取り戻しようが…。

 

「…うぅ…っ…」

 

自分の無力さ、不甲斐なさに涙が溢れる。

 

「もうおしまいです…あれがないと私は何も…うわーーーん!」

 

涙が止まらない。

「打ち出の小槌」がない私なんて、一体何が出来るというのでしょうか。

自分の軽率な行動に後悔して絶望し、心が段々と暗くなっていく。

 

「私なんて……私なんて……」

 

ネガティブな感情がしんみょうまるを支配する。

 

しかしその時、

 

 

「どうしたの?」

 

「……え?」

 

 

壊れかけていたしんみょうまるの心に、一本の光る糸と針が通った。

 

 

 

 

 

私に声を掛けたのは、大きな人間の殿方でした。

小人である私にとって、この身長差は普通なので特別驚きはしません。

 

「………」

 

しんみょうまるは見つめる。自分でも気づかないうちに長い時間。

 

「(…はっ!?私ったら何を…///)」

 

何でしょう…このお方が放っている独特な優しい雰囲気は?とても暖かくて、落ち着く…。

 

 

その方は私の事情を知るや否や、一緒に探すのを手伝ってくれました。

さっき騙された私ですが、この方は悪い人ではない。そう信じられます。

 

殿方は小槌を探しながらも、落ち込んでる私を励まして元気づけてくれました。

「大丈夫、きっと見つかる」と、見ず知らずの私の為に一生懸命。

 

しばらくすると殿方は何かを思いついたようで、道の方に走っていきました。

そして戻ってくると、もう一人別の男性がやって来ます。

 

その別の男性は私を見て驚いているみたいです。

 

うーん、何やら私が「珍しい」と言っているみたいですが…急にそんなこと言われても困ります…。

 

 

すると別の男性は、宝石から私と同じくらいの大きさのネズミさんの人形を

出しました。どうやらこの人形の方が私のなくした物を探してくれるそうです。

 

「やぁ、君が依頼主かな?私はナズーリン。よろしく」

 

「えっと、はい。私はしんみょうまると申します。こちらこそよろしくお願い致します」

 

「早速だけど、なくした物の特徴を教えてもらえるかな?」

 

「はい。なくしたものというのは、我が一族の秘宝の「打ち出の小槌」という代物なのですが…」

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

「成程、大体わかった。しかし、ご主人といい何でそんな大切なものをなくすんだか…もっと大切にしたまえ。全く最近の奴は…」

 

「う…」

 

返す言葉もない。

 

「…まぁいい。お説教はこの辺にして、その秘宝とやらをこのダウジングで探してみるとしようか」

 

「はい、お願いします」

 

ナズーリン人形は目を閉じる。教えて貰った特徴をイメージしてダウジングロッドに神経を集中させる。

 

しばらくして、ダウジングロッドは勢いよく北西に向いた。

 

「こっちだ」

 

「(初めて見ました…生のダウジング…!すごいっ!)」

 

初めて見るダウジングにテンションが上がる。箱庭育ちの私には新鮮です!

 

 

ダウジングロッドが向いた先には、何やら大きな樽が置かれている。

反応から見るに、この樽に「打ち出の小槌」があるみたいだ。

 

すると殿方は樽に片手を入れ、何かないか探し始めました。すると、

 

 

「いっったぁっ!!?」

 

 

殿方は何かすごい痛みに襲われたようです。あぁ…大丈夫でしょうか…?

どうやら何かがそこにいるのは間違いなさそうです。

 

お二人は考えた後、協力して樽を持ち上げてひっくり返しました。

そしてしばらく様子を窺ったところ、何故か樽は一人でに空中に舞い、元の状態に戻ってしまいました。

 

「…やっぱりあの中に私の「打ち出の小槌」を盗んだ犯人がいますね。「ひっくり返す」あの能力は私も使われましたから、間違いありません!」

 

「ふむ、君がそういうならもう間違いないね」

 

すると樽の中から小さな影が飛び出して、

 

 

「誰だぁ?折角気持ちよく寝てんのにいきなり何しやがる!」

 

 

小槌を盗んだ犯人が姿を現した。

 

「見つけましたよ!さぁ、私の「打ち出の小槌」を返してください!」

 

「あぁ?」

 

犯人の小鬼はすこぶる機嫌が悪く、鋭く私を睨みつけました。こ、怖くないんですからっ…!

 

「これはこれは。こちらの罠にまんまとかかって、大事なものを盗られてしまった哀れなお姫様じゃないか。」

 

「こ、この卑怯者!私が一息ついているところを狙って…頭打ってすごく痛かったんですから!」

 

「そんな硬い被り物してるお前が悪いんだよバーカ」

 

「な…!これは私達小人族のアイデンティティーです!侮辱は許しませんっ!」

 

 

「落ち着きたまえ姫。相手のペースに飲まれているぞ」

 

「…!す、すみません…」

 

ナズーリン人形に言われ、冷静さを取り戻す。

 

殿方が何やら右目に付いている機械であの不届き者を見たところ、あの小鬼の名前は「せいじゃ」というみたいです。

…何でしょう。その名前を聞くだけで不快になっている自分がいます。前世で何かあったかの様に。

 

殿方は戦う人形が今いらっしゃらないみたいなので、代わりにもう一人の男性の方が ナズーリンさんを戦わせる形になりました。

 

「お気を付けて」

 

「何、心配はいらない。すぐ片付けるさ」

 

 

「ふん、雑魚が。かかってこいよぉ!!」

 

 

 

数分後…

 

 

 

「ば、馬鹿な…」

 

本当にすぐに片付いてしまった。ナズーリン人形に攻撃は無効化され歯も立たず、何とも無残な敗北だった。

 

「タイプ相性的に、お前に最初から勝ち目などなかったのさ」

 

「流石ナズーリンさん!」

 

見事せいじゃ人形を倒し、殿方が「打ち出の小槌」を私にお返しして下さいました。 本当にありがとうございます!

 

…しかし何やら殿方の顔色が優れないように見えます。大丈夫でしょうか…

 

そう思っていたら、

 

 

「!?」

 

 

殿方は倒れてしまいました。

大変!きっとさっき噛まれたところから毒が回って…!このままでは殿方が…

 

慌てて休憩所に向かい助けを求めにいったもう一人の男性。

 

 

「…もう時間がありません。今こそ、このお方に恩返しをする時です。……」

                            

 

 

 

         打ち出の小槌よ…

  

          この者の毒を打ち払いたまえ!

 

 

 

 

「打ち出の小槌(うちでのこづち)」

小人族であるしんみょうまるにしか扱えない秘宝で、どんな願いも叶えることが

出来る。しかし、それを使ったら使用者に対し代償が払われることになる。そして人形の使う「打ち出の小槌」では大した願いは叶えられない。

 

 

 

 

殿方の顔色が少し良くなった気がします。

これでとりあえずは一命を取り留められたでしょうか。本当に良かった…。

 

しばらくしてもう一人の男性と休憩場のお方が駆け付けて、殿方は搬送されて行きました。

 

「…どうかご無事で」

 

 

 

 

あれから約一時間。

しんみょうまるは休憩所の外で待ち続け、今後どうするか考えていた。

 

今回は親切な殿方にこうやって取り返してもらいましたが、またいつ襲われるかわかりません。

外は危険だと散々言われて育てられましたが…本当にどうやらその通りのようです。

 

あの殿方はどうやら人形使いであられるみたいでしたし…どうか仲間にしてもらえないでしょうか…。

 

それに…親切にしてくれた恩返しとして、私はあの殿方の助けになりたい。

 

 

そしてさらに一時間経った後、休憩所から殿方が元気な姿で出てきました。

無事に治ったみたいです。

 

私が殿方の方に駆け寄ると、殿方はしゃがみ込んで私に優しく語り掛けます。

お礼を言ってくれました。

 

…「打ち出の小槌」を使用したことは私だけの秘密にしましょう。

後悔はしていません。私の意志で使ったのですから。…でもおかしいですね?

代償が私に来るはずですが…今のところは何も起こりません。

 

 

私は殿方に付いていきたいが、言葉が通じないのでどうしたものかと困っていた

ところ、近くに座っていたもう一人の男性が、

 

「…もしかして一緒に行きたいんじゃないか?」

 

私の様子を見て殿方にそう伝えた。

 

「…一緒に来るか?」

 

「…!はいっ!」

 

「…そうか。うん、一緒に行こう!よろしくな!しんみょうまる!」

 

そう言うと殿方は私を胸元に抱き抱えました。

嬉しい…!そして…あぁ、殿方の胸元はこんなにも暖かいのですね……ポッ

 

…今度はもう一人の男性の方に助けられてしまいました。

 

 

そういえば殿方のお名前を聞いていませんでした。

ふむ…舞島 鏡介(まいじま きょうすけ)様、というのですね。素敵な名前です!

 

では、私はこれからこのお方を、親しみを込めて

「鏡様(きょうさま)」とお呼びします。

 

 

これからもよろしくお願い致しますね、鏡様♪

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一方、博麗神社。

 

「…あれ?何か身長がまた縮んだような…小槌使ってないのに」

 

少名 針妙丸は鏡を見ながらそう呟いた。

 



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第十七章

新たな人形使い(RSのミツル的な何か)登場!

ーー追記ーー
形式を意識して文章を一部変えたりしてみました。
多分、今出している全話(序章~17章)そうします。ご了承ください。


突然、村娘に「人形使いになりたい」と言われてしまった。

 

「…へ?」

 

あまりにも唐突で気の抜けた声を出してしまう。

 

「…えっと、君は人形使いになりたいの?」

 

「うん」

 

人形使いになりたいなんてまたポケ〇ンの「トレーナーになりたい」みたいなよくある展開だ。

 

「それは分かったけど、何で僕に頼むの?」

 

「だってあなた、最近話題になってるから。それに見るからに優しそうだし、私の頼みも聞いてくれるかな~って思って」

 

「…な、成程」

 

優しそう…そうだろうか。周りにはそう映ってるんだな。

 

どうやらこの子は自分の人形が欲しいみたいだ。

確かに人形使いになるのであれば、自分の人形は最低一体必要であろう。

 

「うーん…とりあえず今は人形達を預けているところだから、その間に色々話を聞かせてもらえる?」

 

「うん、いいよ」

 

 

 

少年少女会話中……

 

 

 

「…君は光(ひかる)ちゃんって言うんだね。光ちゃんは何で人形使いに?」

 

「えっとね、前に博麗の巫女さんが人形使って戦わせているのを見てすごくかっこ良かったから、私もあぁなりたいなって…」

 

「へぇ、霊夢さんに?」

 

「うん。私、困っている人達を助けられるような強い人になりたいの。でも、私には博麗の巫女さんのような力はないし…。

 でもっ!人形使いとしてなら私でも出来るって、そう思って」

 

「立派な夢だね」

 

彼女は博麗 霊夢のような強い人になって、人々を守りたいという夢を持っているようだ。

こちらとしてもその夢を手伝ってあげたいところだが…

 

「…でもね?強くなるといっても、並大抵の気持ちでなれるものではないよ?人形だって、僕達のような人間にとって危ない存在なんだよ?」

 

光はまだ幼い。自分よりも。そんな彼女を危険に満ちた人形達と関わらせるのは如何なものだろうか。

 

実際に一度危険な目にあった鏡介としては、悩ましいものであった。

 

「そんなの分かってるよ。覚悟はできてる。…だからお願いっ!」

 

「……」

 

光の眼は真剣であった。最初から覚悟は決まっているらしい。

そこまで意志が固いと、断るにも断りずらくなる。…しょうがない。

 

「分かった。人形の回復が済んだら、出来ることはしてあげるよ」

 

「ホント!?や、やったぁっ!!ありがとう舞島さんっ!」

 

光は心底嬉しそうにしている。頼まれると断れないのが、自分の悪い癖だ。

 

「舞島さん、人形の回復が終わりましたよ」

 

話もひと段落付いたところで、待娘に声を掛けられる。ちょうど人形の回復も終わったようだ。

 

「はーい。光ちゃん、ちょっと待っててね」

 

「うん!」

 

光は元気よく返事をする。余程嬉しいのだろう。

 

人形を回収し、二体に話しかける。

 

「二人共、ちょっとまた頼み事されちゃってね。付き合って欲しいんだけど、いい?」

 

「「 ? 」」

 

「あの子がね、自分の人形が欲しいんだって。その手伝いをしてくれないかな?」

 

しばらく人形達に軽く説明をして、協力してくれるようお願いする。

 

 

話を聞いた二体は、首を縦に振り、承諾してくれた。ホントにいい子達だ。

 

「光ちゃん、お待たせ。この子たちも協力してくれるみたいだから、一緒に捕まえよう」

 

「ありがとう!…それにしても、この子達はこの辺じゃ見ない人形だね。特に黒い子は私知らないわ」

 

「ユキのこと?そういえば魔理沙もこの子は知らないって言ってたっけ」

 

「鏡介さん、白黒の魔女さんとも知り合いなの?」

 

「ん?まぁそうだね。今回の騒動に協力してくれたり、便利なアイテム貰ったりで色々お世話になってるよ」

 

そう言いながら右目についているスカウターに指を差す。

 

「そうなんだ。気を付けてよ。あの人、手癖が悪いって有名だから。舞島さんの人形もその内盗られちゃうかもよ?」

 

「え…!?そ、そんな縁起でもないこと言わないでよ…」

 

そういえば、早苗さんも物がなくなった時にそう言ってたな。

あの見た目からは想像できないけど。…魔法の材料集めでもしてるのかな?

 

しかし、この子の言う通りちゃんと封印の糸で管理をしないと別の誰かに盗まれる…なんてことも起こり得ない。

アニ〇ケのS氏のピカ〇ュウみたいに(まだ盗まれてはいないけどね)。

 

割と重要なことに気付かされた。

 

「…じゃあ人形を捕まえる練習として、実際に僕の人形を使って実践するっていうのはどうかな?」

 

「あ、それいいね!私、勉強はしてても実践はやったことないからちょうどいいし!」

 

「二人とも、いい?」

 

元気よく首を縦に振る二体。

そういうわけで、まずは封印の糸を使って人形を捕まえる練習をすることにした。

 

 

少年少女準備中……

 

 

「という訳で、外で実際にやってみよう」

 

「はーい」

 

光はユキ人形と共に、しんみょうまる人形と対峙している。

一応、しんみょうまる人形には手加減するように言ってあるし、万一があっても大丈夫だろう。

 

「そうだった。光ちゃん、これ」

 

右耳に装着しているスカウターを外す。

 

「気になってたけど、それはどういうアイテムなの?」

 

「これは「スカウター」っていってね。これで人形を見ればタイプやステータス、覚えている技とかを把握出来るんだよ。貸してあげる」

 

「へぇ、それは便利ね!」

 

光にスカウターを渡す。

受け取った光は、装着してベルトを自分の頭のサイズに合わせて締める。

 

この子は寺小屋で人形の勉強をしていたらしいので、説明にあまり時間は掛からなかった。

 

「オッケー!じゃあ早速やろうよ!」

 

「うん。えーっと、封印の糸の使い方は…」

 

購入した際に付いていた封印の糸の説明書に目を通す。

 

 

『封印の糸を使用すると、野生人形を「封印状態」にすることが出来、「封印状態」の野生人形を倒すと仲間にすることが出来ます。人の持ってる人形に使ったら泥棒!』  以上。 

 

 

…成程、モン〇ターボールとは随分と違いがあるようだ。倒す必要があるんだね。

 

「じゃあ今から人形を捕まえる練習をするけど、この人形は僕のだから今回は僕に封印の糸を使わせてね?」

 

「うん、いいよ!」

 

「よし、じゃあ早速…それ!」

 

しんみょうまる人形に向かって宝石を投げる。

 

「しんみょうまる、ちょっと我慢してね?」

 

すると宝石は赤い糸となってしんみょうまる人形に絡みつく。そしてしんみょうまる人形の足元に赤い魔方陣が展開される。

 

これが「封印状態」というやつらしい。

 

「よし!この状態で倒せばいいんだよね!」

 

「う、うん…」

 

何だか拘束してるみたいでちょっとかわいそう…。罪悪感がある。

 

…でもこれからやり続けるんだから慣れないといけないと思うと、「人形の開放」を望んでいるあのメディスンという子の気持ちもわかってしまう。

 

その後何事もなく終わったが、人形二人の散り際の笑顔が頭から離れない鏡介だった。

 

 

しばらくして話し合いの結果、最初は人里で捕まえるのを提案したがあまり目立ちたくないようなので、一の道で捕まえることになった。

何でも親に内緒でやっているらしい。一応、書置きは置いてるとのことだが…まぁ、色々あるのだろう。細かいことは聞かないでおいた。

 

「一体どんな人形がいるんだろう…。楽しみだなぁ…」

 

光はこれからの出会いに胸を膨らませているみたいだ。

 

封印の糸を一つとユキ人形の入った宝石を貸してあげて、欲しい野生の人形が出たら捕まえるという段取りを予め決めた。

戦闘の方も練習もかねて光ちゃんに任せる。この辺の人形はそんなに強い人形がいないと思うから大丈夫だろう。

 

すると、近くの草むらが揺れる。

 

 

「お、早速来た?」

 

 

草むらから何かが出てくる。

 

野生のナズーリン人形だった。浩一さんがふと頭をよぎる。お元気だろうか。

 

「ネズミさんかぁ。うーん…」

 

「どうするの?」

 

「この子はいいかなぁ…。もっと私がビビッっとくる人形がいいなー」

 

ネズミの子かわいそう。速攻で倒されてしまう。もちろん一撃。

 

「よーし次行こー」

 

「う、うん」

 

その後も次々と人形が出ては倒されるというただの弱いものいじめな感じのレベリングが続いた。

ゲームにおいてレベリングは基本ではあるが…何だか虐待めいたことをしているような罪悪感を感じる。あまりいい気分とは言えない。

 

そして、約一時間が経過した。

 

「…もう多分ここにいる人形は全部見たと思うよ?」

 

「え?そうなの?」

 

中々光のお眼鏡にかなう人形は現れない。

 

「うーん、しょうがない。付き合わせてしまって本当に悪いんだけど、今度は人里で人形を探すわ」

 

「そうしよっか」

 

二人は来た道を戻ろうとしたその瞬間、

 

 

「…ッ!!?」

 

 

何か、殺気のようなものを感じて思わず背筋が凍る。

 

「…光ちゃん、今の感じた?」

 

「…うん、感じた。何、今の?あっちのほうから放ってるみたいだけど…」

 

光が指を差した道の方に何かがいる。…妖怪?それとも恐ろしい悪魔?

いずれにせよ、危険であることには変わりない。

 

「ここから離れよう、光ちゃん」

 

「…私、見てくる!」

 

そう言うと光は何かがいる道の方へ走って行ってしまった。

 

「ちょ、ちょっと!?危ないよ!?」

 

慌てて止めに入ろうと追いかける。

 

もしも危険な奴がそこにいたらただじゃ済まない。この世界にだってそういう存在はいる筈だ。

光がもし死んでしまったら、この子の親になんて謝罪すればいい?

 

必死に追いかけ、光の手を掴む。

 

「光ちゃんっ!だから危ないってば!」

 

「……」

 

光は立ち止まり、道の方向を見て固まっている。

 

「…?」

 

不思議に思い、後を追うように見上げると、

 

そこには、金髪で背中に天使の羽を生やした人形の姿があった。

 




これは何の人形か分かりやすいかな?次回、その人形の正体現る!

ちなみに光(ひかる)は、ゲーム内に登場する人里で人形使いになりたいと言っている
女の子から連想して作りました。今後の活躍にご期待下さい!


ーー追記ーー

やっと書き換えが終わったので、「台本形式」タグは消しておきます。


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第十八章

二人の前に佇む一体の人形。

金髪で、背中に天使のような綺麗な純白の翼を生やしているのが特徴的だ。

 

しかし頭に輪っかがないということは、天使ではなさそうだ。アホ毛は生えてるけど。

 

そもそも、こんなに恐ろしい殺気を放っている存在が天使であってたまるか。

 

スカウターは今、光が装着している。

どういった奴なのかを調べるくらいはしておきたいので、光に提案してみる。

 

「…ねぇ光ちゃん。幸いまだあの人形はこっちに気付いていないみたいだし、スカウターであの人形を見てくれない?」

 

「……」

 

光の返事がない。どうしたのだろう?

様子を見てみると、未だに固まっている状態だった。

 

「…おーい?光ちゃーん」

 

目の前に手を振ってみるが、反応はない。しばらくして、

 

「…はっ!?」

 

ようやく気付いた。怯えていたのか、それとも驚いていたのかは分からないが、正気に戻ったようだ。

 

「えっと、大丈夫?」

 

「う、うん。それより、この子の情報なんだけど」

 

自分が言う前に、光はあの人形を既にスカウターで見ていた。言う手間が省けたな。

 

「名前はげんげつで、種族は…悪魔なんだって。説明のところは何も書いてなかったわ」

 

「悪魔…か」

 

お前のような見た目の悪魔がいるか、と言ってやりたい。

だが殺気を放つ存在としては納得がいった。

 

すごく強そうで、どこか他の人形とは違う雰囲気を漂わせている「げんげつ」と言う名前の人形。

関わってはいけないような、危険な存在。いかにもそんな感じだ。

 

「…光ちゃん、あの人形はちょっとやめておこう?気付かれないうちに離れないと危ないよ」

 

僕の人形達でも倒せるかわからない。

光ちゃんも慣れてきたとはいえ、いきなりこんな強そうな人形と戦わせるのは余りにも危険すぎる。

 

「え?…でも私、あの人形かわいいし結構気になってるんだけど…」

 

光ちゃん、騙されるな。可愛いのは見た目だけだ。…多分。

どうも固まっていた原因は、見とれていたからだな…。

 

「…ねぇ舞島さん」

 

「な、何?」

 

待って。嫌な予感がする。もしかして…。

 

「私、あの人形を捕まえたいよ。だって強くて可愛いなんて最強じゃない!」

 

予感が的中。思ったより単純な理由で光はあの人形が気に入ってしまったらしい。

頭の切れる子だと思っていたが、こういうところもあるのか。

 

「でも捕まえるには倒す必要があるし、勝てるかどうか…」

 

「大丈夫!いざとなったら舞島さんも加勢してくれれば何とかなるよ!」

 

何気にこちらも巻き込もうとしている。コラコラ。

 

「よーし!じゃあそういうわけで先手必勝! ユキ! 出てきて!」

 

宝石からユキ人形が飛び出す。

 

「摩擦熱!」

 

火の粉をげんげつ人形に向かって飛ばす。まずは状態異常にするみたいだ。

 

「…!」

 

しかし、気付いたげんげつ人形はこれを回避。

 

「流石ね。フフッ、見込み通りよ!」

 

何故か光はそれを嬉しそうに評価している。

 

「よし!そこの人形!尋常に勝負よっ!私のものになりなさい!」

 

げんげつ人形に向かい指を差し、勝負を挑む光。意外と強い敵と戦うのが好きなタイプなのか?

それを聞いたげんげつ人形は怪しい笑みを浮かべる。どうやら向こうもやる気のようだ。

 

…もうこうなってしまっては仕方がない。やばそうだったらこちらもしんみょうまる人形で応戦しよう。

 

 

 

野生の げんげつが 飛び出してきた!(飛び出してはいない)

 

 

 

「行くよ! ユキ! 陽の気力!」

 

光の指示を受けたユキ人形は、青い弾幕をばら撒く。

 

ユキ人形は散弾が頭一つ抜けて高い。この弾幕を防ぐのは並の攻撃では出来ないだろう。

 

しかし、げんげつ人形は笑っている。余裕だといわんばかりだ。

そしてげんげつ人形は赤い弾幕を放つ。恐らく「陰の気力」であろう。

 

赤い弾幕はすごいスピードで飛んでいき、青い弾幕を打ち消しながらユキ人形に飛んでいく。

 

「あ! よけてユキ!」

 

間一髪、ユキ人形はぎりぎりで弾幕を避ける。

飛んでいった弾幕は木にぶつかると亀裂が走り、メキメキと音を立てて倒れてしまった。

 

当たっていたらと思うと…ゾッとする。かなりの集弾ステータスを持っているのはそれだけで理解出来た。

 

「…すごい!ますます欲しくなっちゃった!」

 

しかし光は今の光景を見て、更に気に入った様子だった。この子怖い…。

 

「じゃあこれならどう!? ユキ! 火遊び!」

 

ユキ人形は手から炎を出して攻撃する。

 

それに対してげんげつ人形は、紫色の弾幕を放って応戦する。

その弾幕は、炎を打ち消すと弾幕の弾数が増えながらこちらに飛んでくる。

 

「ユキ! 陽の気力で弾幕を打ち消して!」

 

素早い判断でユキに指示を出す。

アレを避けるのは流石に無理があるのでいい判断といえるだろう。

 

青い弾幕を放ち、弾幕同士がぶつかろうとしたその瞬間、

 

 

紫色の弾幕は殆どの青い弾幕をすり抜けていった。

 

「え…!?」

 

「すり抜けた!?」

 

予想外の出来事に戸惑う光。

正直、自分も驚きを隠せない。幻覚の類か?こんな技もあるなんて…。

 

ユキ人形も混惑しており、どうすればいいかわからずにいる。

 

そして、弾幕をもろに受けてしまう。

しかし当たった弾幕はわずか数発で、殆どはフェイクだったようだ。

それでもユキ人形はかなり苦しそうにしている。結構効いたらしい。

 

げんげつ人形はすり抜けた青い弾幕に少し被弾しつつも、笑っている。

 

「…まさか、幻覚を使ってくるなんてね。面白いじゃない…!」

 

更に光のげんげつ人形に対する好感度が上がる。

 

「…光ちゃん、僕もそろそろ参戦する。この人形、かなり手強いよ」

 

「出来れば一人で片付けたかったけど、しょうがないね。お願い!」

 

もう1対1にこだわっている余裕はないと判断する。

 

「行け! しんみょうまる!」

 

宝石からしんみょうまる人形が飛び出す。

 

「行くよ!光ちゃん!」

 

「うん!」

 

 

 

 

ーーー戦うこと数分。

 

一応何回かは攻撃を当てることに成功したが、それでもまだ互角。

いや、こちらが少し劣勢だ。

 

「…こ、この人形、攻撃力もすごいけど、耐久もそれなりにあるね。もしかして、レベルが高いのかな?」

 

「た、多分…そうだと思う。そうでなきゃ2対1でこんなに苦戦はしないはずだもん…」

 

戦い続けながら、考えを言い合う二人。

予め買ってあった回復アイテムも使い切り、段々と追い詰められていってる状況だ。正直かなりまずい。

人形達もボロボロで、あと何発耐えられるか…。

 

…やっぱり関わるべきではなかったのだ。こちらの判断ミスだ。

あの時しっかり止めておけば…。そう思わずにはいられない。

 

「…まだよ!まだ勝機はある!あきらめちゃダメよ舞島さん!」

 

光はまだやる気ではあるが…ここからどう巻き返せるというのか。

何か、大きな一撃でも与えられれば、いけるかもしれないけど…。

 

そのような非現実的な考えていると、げんげつ人形が攻撃を仕掛けてくる。

 

「来るよ、舞島さん!」

 

「…!」

 

げんげつ人形は、何やら手元に光(ひかり)を集めている。

 

「…何あれ?まだ見た事ない攻撃だよ…」

 

新たな攻撃技であろう。まだそんな技を持っていることに絶望感を感じる。

 

しかし、狙っている手元の先には人形はいない。

 

その先にいるのは、

 

 

「(…!ま、まさかっ!?)」

 

 

光であった。

 



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第十九章

※ほんのわずかに流血表現あり


圧倒的な力を見せつけるげんげつ人形。

その人形の攻撃の標準が、今度は光に向かっていることに気付く鏡介。気付くと勝手に体は動いていた。

 

 

「光ちゃんっ!!」

 

「…え?」

 

 

呼びかけるが、時すでに遅し。

無慈悲にも、白いレーザーは光に向かって飛んでいく。

 

 

「…くっ!」

 

 

咄嗟に鏡介は光を勢いよく押して、

 

「ぐぁ…っ!」

 

代わりにレーザー攻撃を受ける。

 

「…!ま、舞島さんっ!!大丈夫!?」

 

「…平気だよ、腕をかすめただけだから……っ!」

 

その様子を見ていたげんげつ人形は笑みを浮かべていた。まさか、人形使いを直接狙ってくるなんて…。

 

…分かっていたじゃないか。人形は危険な存在だということを。

特にあの人形は危ない。こうやって殺されそうになったのだから。

 

それにしても、痛い。血も出ている。

かすめただけなのに、手で抑えてないと耐えがたい痛みが体に走っていた。

 

人生で一番大きな怪我をしているのではないだろうか。

平和主義者な僕は、今まで喧嘩なんてしたことがないし。

 

そばにいたユキ人形としんみょうまる人形は、とても心配そうにこちらを見ていた。

そして駆け寄ってくる。…ありがとうな。

 

ユキ人形の方は…何か震えている。

よく見ると、目には涙を浮かべているのがわかる。

 

…そっか、人形も泣くんだな。僕の為に泣いてくれて、ありがとう…。

 

「…ユキ、しんみょうまる。僕はもう動けそうにないから、光ちゃんと逃げて」

 

人形達は激しく首を横に振る。でも、このままじゃみんなやられてしまう。

 

こういう状況になってしまったのは僕の責任だ。だから、せめてこの子達と光ちゃんは…。

 

 

そう思っていたら、突如ユキ人形に異変が起こる。

 

 

「ッ!?」

 

 

ユキ人形は眩しく光りだすと、体から金色のオーラと炎を周りに纏っていた。

 

「…ユキ?一体何が…」

 

何が起こっているのか分からずにいると、

 

「…!ま、舞島さん!」

 

スカウターを見ていた光は、何か驚いた様子で話しかける。

 

 

「ユキ人形のステータスが、耐久を除いて飛躍的に上がってるよ!」

 

「えっ…!?」

 

 

「そしてもうひとつ。技の項目なんだけど、これも増えてる! 「ヴォルケイノ」って技がっ!」

 

 

どうやらユキ人形は、原因不明のパワーアップをしたらしい。

 

「舞島さん、これならあの人形にも勝てるかも…!」

 

確かに、今のユキ人形なら太刀打ちできるかもしれないが…。状態が明らかに普通ではない。

 

するとユキ人形は指示を受けていないのに、げんげつ人形の方へ飛んでいき炎を飛ばす。一人で戦うつもりなのだろうか。

 

「(ユキ。お前…怒りで我を失ってしまったのか?)」

 

げんげつ人形も負けじと光(ひかり)の弾幕で返してくる。

 

勝負はほぼ互角だった。

げんげつ人形もダメージが少しづつ蓄積しているせいか、動きが鈍くなっているように見える。

 

後一撃、何か大きな技をぶつけられれば捕まえることが出来るかもしれない。

 

「…光ちゃん。さっき言ってた新しい技は「ヴォルケイノ」だったね?」

 

「え?うん、そうだけど…」

 

名前から察するに、この技は恐らく強力なものだ。この技を当てられれば…。

 

「使ってみて、その技。こっちもフォローするから」

 

「…分かった。やってみるよ!」

 

鏡介の言葉を信じ、光はユキ人形に指示を出す。

 

 

「ユキ! ヴォルケイノよ!」

 

 

ユキ人形は頷く。良かった。まだ理性は残ってくれていたようだ。

 

ユキ人形は、両手を上げて力を溜め始める。

その手元から火球が現れ、徐々に大きくなっていく。

 

発動に時間がかかる技らしい。思った通りだ。

 

 

それを黙って見ているはずもなく、げんげつ人形は先程自分を襲ったレーザー攻撃をユキ人形に放つ。

 

「させないっ!しんみょうまる! 防壁強化だ! ユキを守って!」

 

しんみょうまる人形はユキ人形の前に立つと、バリアを展開してレーザー攻撃を防ぐ。

 

「ナイスだしんみょうまる!」

 

初めて使う技だったけど、うまくいった。思った通り防御系の技みたいだ。

 

ユキ人形の手元の火球はまだ大きくなり続けている。ざっとユキ人形の身長と同じくらいだ。もう少しか…?

 

 

それを見てげんげつ人形は、紫の弾幕を放つ。幻覚を見せる厄介な技だ。

 

げんげつ人形もあの技を撃たれるのを恐れているのだろう。

 

「しんみょうまる!ユキを守ることに集中するんだ!」

 

指示を受けたしんみょうまる人形は、ユキ人形の元に来る弾幕を受け止める。

幻覚ではない弾幕のほとんどがユキ人形に向かっていたので、しんみょうまる人形も流石にダメージが蓄積され苦しそうだ。

 

「ごめん…!でも、よく耐えきったぞしんみょうまる!」

 

しんみょうまる人形は笑みをこちらに浮かべる。後でいっぱいナデナデしてあげよう。

 

「舞島さん、攻撃の準備が整ったよ!」

 

ユキ人形の手元の火球は先程の二倍の大きさとなっていて、これ以上大きさが変わらない。

もう打つことが出来る状態になっていると判断した。

 

 

「「 ユキ! いっけぇっ!! 」」

 

 

指示を受けたユキ人形は火球を勢いよく下に叩き付けた。

 

 

「「 えっ 」」

 

 

思っていた攻撃手段とは違うみたいだ。

 

すると、げんげつ人形の足元に火口が現れる。

 

 

「…!?」

 

 

焦るげんげつ人形。急いでその場から離れようとするが、

 

「おっと!そうはいかないよ!それっ!」

 

光、その隙を見逃さない。封印の糸を投げつけ拘束する。

 

身動きが取れなくなったげんげつ人形は、火口の中に真っ逆さまに落ちていく。

 

そして、物凄い噴火がげんげつ人形を襲った。

流石にひとたまりもないであろう。

 

やがて噴火が終わると、封印状態のげんげつ人形が降ってくる。

 

「た、倒した…の?」

 

恐る恐る近づく二人。

するとげんげつ人形は消滅していき、やがてひし形の宝石となって光の元に来た。

 

 

 

「「 ……や、 」」

 

 

「「 やったぁーーーーーっ!! 」」

 

 

 

無事にゲットすることが出来た。達成感がすごい。

 

今回手伝いであった鏡介も思わず自分のことみたいに喜ぶのであった。

 

 




とりあえず、今思い付いているところはここまで。

次回は結構、間が空くかもしれません。では。


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第二十章

ユキ人形の謎の覚醒により、げんげつ人形を捕まえることが出来た光。

一時はどうなることかと思ったが、二人で協力したおかげで何とか乗り越えることが出来た。

 

「舞島さん舞島さんっ!見てよコレ!」

 

そう言うと、光は手に持っているひし形の宝石を嬉しそうに見せた。

これにさっき捕まえたあの人形が入っている。天使のような悪魔という変わった人物、もとい人形であった。

 

「本当に捕まえたんだね…。今まで戦った中で一番強い人形だったよ…」

 

「そうね…。これも舞島さんとしんみょうまる、そしてユキのおかげよ。ありがとう!」

 

光の言う通り、ユキ人形のあの力がなければとても敵う相手ではなかっただろう。

 

何故急なパワーアップをしたのかは分からないが、そのおかげでこうしてゲット出来たのだ。

ユキ人形にちゃんと感謝をしなければ。

 

「ユキ、ありがt…」

 

鏡介が振り向くと、そこには頭から湯気を出しながら倒れているユキ人形の姿があった。

ユキ人形は倒れたままピクリとも動かない。

 

「ユ、ユキ!?大丈夫かっ!?」

 

慌てて駆け寄る。

ユキ人形はニコリと笑顔をこちらに向けていた。…良かった。意識はあるようだ。

 

「…舞島さん。ユキのステータス、元に戻ってる。あの「ヴォルケイノ」って技も今はなくなってるわ」

 

「え…?」

 

スカウターを見た光は鏡介にそう伝える。

 

「…もしかしてさっきの、結構無理なパワーアップだったのかもしれないね。それで今はオーバーヒートしてるんじゃないかしら」

 

光はユキ人形が起こした力についてそう解釈した。

確かに今の状況的には成立しているので、そう考えるのが無難であろう。

 

「…だとしたら、急いで休憩所で休ませてあげないと。一の道の休憩所が近いかな?行こう、光ちゃん」

 

「あ、うん。 戻って! ユキ!」

 

光はユキ人形を宝石に戻しながら、鏡介の後を付いて行く。

 

少し早歩きで進んでいく鏡介。ユキ人形のことが心配なのだろう。

急いでいるなら走ればいいものを、もう一人のペースに極力合わせて行動しているみたいだ。

 

「…優しいというか、不器用というか。私のこんな無茶なお願いも聞いてくれたし、本当にお人好しなのね舞島さんは。…苦労してそうだわ」

 

そう呟きながら、光も少し歩幅を広げて歩いていった。

 

 

歩くこと数分、一の道の休憩所前に到着した二人。

するとそこには見覚えのある顔が椅子で休憩をしていた。

 

「あ、浩一さん!こんにちは!」

 

元気よく相手に挨拶をする。

 

「うん?おう、鏡介じゃねぇか!しばらくぶりだな!」

 

すると気付いた相手はこちらに挨拶を返してくれた。

 

ここらで色々お世話になった新米人形使いの浩一(こういち)。

しんみょうまる人形の小槌を一緒に探してくれた親切な人だ。まだこの休憩所付近にいるとは正直思わなかったので会えて嬉しい。

 

「舞島さん、この人と知り合いなの?」

 

若干置いてけぼりな光は鏡介に問いかける。

 

「うん。この間お世話になったんだ。この子関連でね」

 

しんみょうまる人形の入っている宝石を見せる。

 

「へぇ、何回か見かけたからそうだと思ったけど、舞島さんはここでしんみょうまるをゲットをしたんだね」

 

「うん。…あっそういえば、浩一さんあれから見つけることは出来たんですか?」

 

思い出したように浩一に話題を振る。

以前からずっとしんみょうまる人形を探していると聞いてから随分経つ。もう流石に見つけていることであろう。

 

 

「…へぇ、そこの嬢ちゃん、何回か見つけられたんだな。良かったじゃ…ねぇか…っ……」

 

 

「(あっ)」

 

 

今の浩一の言葉と悔しそうな顔で察する。…何も言うまい。

 

 

「え?おじさんまだ見つけられてないの?」

 

 

光は子供特有の純粋な疑問を浩一にぶつける。

 

「…!ちょ!?」

 

それは言ってはいけない光ちゃん…!悪気はないんだろうけど、それが却って残酷だよ!

 

「ぐふっ…!!」

 

それを聞いた浩一は、精神を削られ悶え苦しむ。しかしそれを尻目に光は、

 

「うーん、確率で言うと私は30回くらいで2体見つけたから、大体15回に一回会えるはずなんだけど…おじさん探索が甘いんじゃないかしら?手伝おうか?」

 

「ぐうっ…!」

 

更なる精神攻撃を浩一に仕掛ける。もちろん悪気はない。

子供に負けて心配されるという屈辱が更に彼を追い詰めていた。胸に刺さるような感覚が浩一を襲う。

 

「…俺100回くらい人形に会ってるんだけどなぁ…。どうしてかなぁ……」

 

浩一はすっかり落ち込んでしまった。

 

「あらおじさん、何で落ち込むの?大丈夫よ、ポイントを絞って探せば会える確率は上がるわ。100回で駄目なら、1000回粘れば」

 

しかし光のターンは終了しない。…もう流石に止めないと浩一さんが持たない。

 

「はい光ちゃんそこまでっ!!休憩所で人形を休ませないとっ!! ね?」

 

「え?う、うん」

 

無意識に浩一の精神を削り続ける光に割って入り、休憩所に向かうよう催促する。

そもそも早くユキ人形達を回復させないといけないし、急がねば。

 

「…すみません浩一さん。あの、頑張って下さいね」

 

「……おう…」

 

声に覇気がなくなった浩一に申し訳ない気持ちになりながら、休憩所に足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人形の回復をお願いします」

 

受付嬢に二つの宝石を渡す。

 

「はい、ではお預かりします!しばらくお待ちください!」

 

「お願いします」

 

人形達を預けてる間、二人は待合室で腰掛ける。

 

「…光ちゃん?あんまり大人の人をからかってはいけないよ?」

 

先程の光の言動に注意喚起を促す。

一応、人生の先輩としてこの子のいけないところを指摘しなければと責任感を抱く。

 

「私はただ、あの人を助けようとアドバイスしただけよ?」

 

しかし本人は自覚なし。…うん、そうでしょうね。

 

「気持ちはわかるよ。でも、ああいう時は余計なことは言わずに相手を慰めるなりしないとダメ。いい?」

 

「…はーい」

 

不服そうにしながらも、光は返事をする。この子、言いたいことはハッキリ言ってしまうタイプなのだろう。

子供だからというのもあるかも知れないが、そんな感じがする。…僕には真似出来ないな。怖くて。

 

「…ふぅ。まぁ、わかってくれればいいよ」

 

こちらの話が終わったところで、今度は光が話を始める。

 

「ねぇねぇそれよりもさ。改めて人形捕まえるの手伝ってくれてありがとね。ホントに感謝してる」

 

話題を切り替え、こちらに対しお礼を言う。

あれはユキ人形が頑張ってくれたお陰で何とかなったところはあるが…。一体何だったのだろう。

 

だけど、とりあえずはめでたい。これで光ちゃんも晴れて人形遣いになれた。

捕まえた瞬間は、何だかこっちも嬉しくなっちゃったし。人助けをすると気持ちが良いな。

 

「気にしないで。それにしても、最初にこんな強い人形を捕まえられて良かったね」

 

「うん。これから私のパートナーになる訳だし、ちょっと挨拶しようかな?」

 

そう言いながら、光は宝石から人形を出そうとする。

 

「ちょ、ちょっと待って光ちゃん!」

 

「え?」

 

そう言いながら、鏡介は辺りを見回す。

あんなに凶暴な人形だったのだ。捕まえたとはいえ、暴れないとも限らない。

 

「…ちゃんと注意しながら、ね?」

 

「うん。危なかったら即戻すから安心して」

 

良かった。その辺は配慮してくれてるようだ。

この休憩所には特にお世話になっている。危険に晒されれば申し訳が立たない。

 

「…じゃあ行くよ。 出てきて! げんげつ!」

 

宝石をかざして人形を出す。

悪魔の人形、げんげつが出てきた。二人は身構える。

 

しかし、予想とは裏腹にげんげつ人形は大人しかった。

げんげつ人形は腕を組み、そっぽを向いている。プライドが高いのだろうか。

 

「げんげつちゃん、今日からよろしくね?」

 

光が挨拶を交わす。しかし、何も返してこない。

 

「うーん、素直じゃないなぁ。可愛い顔が台無しよ?ほら、スマイルスマイル!」

 

そう言って光はげんげつ人形のほっぺをつねる。

 

「…!!」

 

げんげつ人形は嫌がりながら、手を叩いて抵抗。後ろを向いてしまった。

 

「あんまり刺激するのは危ないよ…」

 

「フレンドリーに接したつもりだったけど、失敗みたいね…。拗ねちゃったわ」

 

光の何者にも恐れない度胸は見習いたいところだが、この人形は怒らせると辺りを破壊しかねないから心臓に悪い。

 

「何か、この子の興味を引くものはないかしら?そういうのがあれば打ち解けられそうだけど…」

 

「興味を引くものか。うーん…何だろう?」

 

悪魔が興味を引くもの。そう言われても基本穏やかじゃないものしか浮かばない。

でも、わざわざ天使の格好をしているということは意外と可愛いものが好きだったり?…駄目だ分からない。難しいぞ。

 

 

そして悩みながら試行錯誤すること数分が経ったが、結局何も分からず仕舞い。

 

「はぁ…参ったわね。私はこの子と仲良くなりたいだけなんだけどなぁ」

 

「出せるもの出したけど、何も反応しなかったね…」

 

見事なまでに全無視され途方に暮れていると、

 

「舞島さん、人形の回復が終わりましたよ!」

 

待娘から声を掛けられる。思ったよりも随分と時間が経っていたようだ。

 

「はーい。…ちょっと行ってくるね」

 

「いってらっしゃい」

 

人形を回収する為、受付の方へ足を運ぶ。

 

「お待たせしました!人形達もすっかり元気になりましたよ!」

 

受付の人は二体が入った宝石を持ってくる。すると片方の宝石が光り、ユキ人形が出てきた。

ユキ人形は出てくるや否や、水浸しになった犬の様に体を震わせる。宝石の中が居心地悪かったのだろうか。

 

「ユキ、おかえり。この中じゃ嫌だったか?じゃあ一緒に行こう」

 

「♪」

 

ユキ人形は元気よく頷く。そして頭を撫でてやると、嬉しそうな顔をする。かわいいやつめ。

人形の愛らしさに和んでいると、

 

 

「あ!ちょっとげんげつちゃん!?」

 

 

向こうから光の慌てた声が室内に響く。

 

何事かと思い振り向くと、げんげつ人形がこちらに向かい猛スピードで飛んできていた。

 

やられたユキ人形に逆恨みしているのか?だとしたら危ない!

一旦宝石にユキ人形を戻そうとしたら、

 

 

「「……え?」」

 

 

そこにはユキ人形を舐めまわすように見て興奮しているげんげつ人形の姿があった。

 




レア枠の人形は出ないときはとことん出ないよね。


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第二十一章

突然ユキ人形の元に飛んできたげんげつ人形。

 

何をするのかと思えば、ユキ人形をじっくりねっとりと見つめ始める。

ユキ人形は突然のげんげつ人形の行動に困惑し、恐怖で動けなくなっていた。

 

「…♪~♪~♡」

 

げんげつ人形はユキ人形の金色の髪を触り感触を確かめると、満面の笑みを浮かべた。

どうやらユキ人形の髪がお気に召しているらしい。ユキ人形はその行動に嫌悪感を示すが、げんげつ人形の圧力に逆らえないでいる。

 

 

「「(えぇ…)」」

 

 

その様子を見ていた光と鏡介もこのげんげつ人形の行動に困惑。当然であろう。

何せ、今まで見ていた様子とはまるで違う。その姿は何というか…変態っぽかったのだ。引くのも仕方がないというもの。

 

「…舞島さん、この子私が思っていたのと違う…。性格に難ある系だわ」

 

「…うん。まさか、自分を負かしたユキのことを気に入ってしまうなんてね…。変わっているというか…こ、個性的?だね」

 

光はこのげんげつ人形を素直じゃないだけだと思っていたのだろう。

それ故に今の光景を受け入れ難いのが見てわかる。こちらも自分なりにあの性格をフォローしてみるが、気の利く言葉が見つからない。

 

ユキ人形の何が気に入ったのかは正確には分からないが、普通ではないことは明らかだった。

髪を触っていたようだが、それと関係が?…良い匂いでもしたのだろうか?知らないけど。

 

そういう風に思っていた矢先、

 

 

「!!ちょっと何して…っ!?」

 

 

光は声を上げる。何と、げんげつ人形はユキ人形の服を剥ごうとしているではないか。

ユキ人形は抵抗しているが、徐々にそのベールが脱がされていって今にも見せられない状態になっていく。

 

「ひ、光ちゃん急いで戻して!」

 

「も、戻ってげんげつ!」

 

光が宝石をかざすと、げんげつ人形は抵抗するが宝石の中に吸い寄せられていく。

 

「うわっ!?」

 

光の持っている宝石がブルブルと震える。「出せ!」といわんばかりの暴れっぷりだ。

しかし、このままではユキ人形が色んな意味で危ないので出さないほうがいいだろう。至極当然の判断だ。しばらくして、宝石の震えも収まる。諦めたみたいだ。

 

「あ、危なかったぁ…」

 

安心したのか、光は一息ついた。

同じ女の子として、服を脱がされていくのはこれ以上見ていられなかったのだろう。

 

それと同時にユキ人形も泣き顔でこちらに飛びつく。おーよしよし。怖かったね。

 

「…とにかく、この子にユキを会わせちゃダメみたいね。今後注意するわ」

 

「うん、そうしてもらえると助かるよ…。こっちも気を付けないとね」

 

げんげつ人形の謎の変異を見て、二人はそう心に決める。

 

「「…お騒がせしましたー…」」

 

騒動を起こしてしまい注目の的になってしまった二人は、そのまま休憩所を後にする。

 

 

そして休憩所前に佇む。中に居づらい感じになってしまったのでしょうがないが、何か恥ずかしい。

 

だがひとまずは光の人形を捕まえるという目的は達成したので、今後の予定を決めることにした。

 

「光ちゃんはこれからどうする?やっぱり旅をするの?」

 

人形使いになって困った人を助けたいというのであれば、そうなるかと思い尋ねてみる。

 

「うーん、そうね……旅はしたいな。その方が人形使いとして強くなれそうだし」

 

この幻想郷はまだまだ色んな場所があり、そこには未知の人形達がいるのだろう。

自分もこれからの出会いに正直ワクワクはしている。何とも子供心を擽るではないか。

 

生まれて初めてポケ〇ンをやったあの日を思い出す。あの頃はタイプ相性なんて考えないで好きなやつでいってたっけ。

最初はみんな小さくてかわいいんだけど、進化すると大きくなっていって…。それがいつも悲しかった。

だから僕は、進化しないのとかを必死に使っていたんだよね。あぁ、懐かしい。

 

…あれ?そういえばこの人形達も「進化」はするのだろうか?

それで大きくなったりしたら…それはとっても悲しい。

しかし人形は見た目が女の子だから、これはちょっと危ない考えだな。いけないいけない。

 

「どうしたの?」

 

首を横に振る鏡介を、光は不思議そうに見ていた。

股がっていたユキ人形は落ちそうになり、頭にしがみ付いている。悪いことをしてしまった。

 

「な、何でもないよ。ほら、先に行こう?」

 

考えていたことを誤魔化す鏡介は、人里方面に歩みを進める。

しばらく歩いていると、

 

「…舞島さんはこれからどうするの?やっぱり旅の続き?」

 

光の方が自分がしたのと同じ質問を振ってきた。

 

「そうだね…僕は人形の調査をしながら旅をしようと思ってる。でも行く当てがないから、人里に着いたらまずは阿求さんの屋敷に行くつもりだよ。魔理沙さんもいるだろうし。」

 

早苗から人里に向かうように勧められ、自分はここまで来た。そこで聞き込みなどもやったけどあまり有益な情報はなし。

その後どうすればいいかも分からないので、とりあえず今後どうするかを聞いておこうと思う。何事にも目的はあったほうがいい。

 

「そっか。……じゃあ私もその屋敷に行こうかな]

 

それを聞いた光は、しばらく考えた後にそう言う。

用があるのはこっちの方なのに、何故光も行く必要があるのか。

 

「え?別に無理して付き合わなくても…」

 

「…私、舞島さんに恩があるからさ。少しでもその調査ってやつの手伝いしたいの。いいでしょ?」

 

光は人形を捕まえる手伝いをしてくれたことにすごく感謝をしているみたいだ。

別にそこまで気にしなくていいのに…。

 

しかしさっきまでの光の人形バトルの戦いぶりを見ていると、初めてにしては的確に指示を出していたし状況判断も良かった。

はっきり言って自分よりも人形使いとしての才能はあるだろう。手伝ってくれるというなら心強い味方だ。

 

「…分かった。光ちゃんの好きにして」

 

 

ーーーしばらくして人里に到着。

帰って来て早々、阿求亭に足を運んだ。

 

門番の人と挨拶を交わした後、屋敷内に案内され阿求達の元へ来ると当初の目的通り今後どうすればいいかの相談をする。

それを聞いてすぐに承諾してくれた阿求は、魔理沙と共に話し合う。

 

「…ふむ。それで、今後どこに向かえばいいか分からないと」

 

「はい、そうなんですよ。つい最近この世界に来たものですから地理がなくて。もし地図などがあれば、それがある場所を教えて頂けないでしょうか?」

 

当然ながらこの辺のことは何も知らない。だからまずは地図が欲しいところ。

役場みたいなところがあれば、そこにあるのだろうか?

 

「それならば、私が地図を持っているのでお渡ししましょう。…はい、どうぞ」

 

阿求は引き出しから地図を出して、それをこちらに渡してくれた。

 

「あ、ありがとうございます!しかし、よろしいのですか?」

 

「えぇ。私は滅多に外は出ませんし、舞島さんが持っていた方がいいでしょう。…それに私はもう内容も把握していますからね」

 

それを聞いた魔理沙は、補足するかのように話し始める。

 

「阿求はな、『一度見たものを忘れない程度の能力』を持ってるんだ。それであの膨大な「幻想郷縁起」も作ってるって訳」

 

「成程、そうだったのですね。では、ありがたく頂戴します」

 

阿求も能力持ちの人物だったようだ。…ということは彼女の人形もいるのかな?

人里に生息しているなら捕まえておくのもいいかもしれない。

 

「舞島、お前の次の目的地だが…。『魔法の森』に行ってみたらどうだ?ちょうど人里から西にあるぞ」

 

ちょうど地図を貰ったところで魔理沙が次に行く場所を示してくれた。

確認すると、魔理沙の言った通り西方面にあるみたいだ。『香霖堂』という場所も近くにある。

 

「そこに「アリス」っていうやつがいるから、そいつに今回の異変について何か知っているか聞いて来て欲しい。あいつは人形に詳しいし、個人で何か調べてるかもしれないからな」

 

確かに人形について詳しいなら、何か知ってる可能性も高いだろう。行ってみる価値はある。

 

「…分かりました。「魔法の森」に行ってアリスさんという人と接触すればいいんですね?」

 

ひとまず次の目的が決まった。向かってみるとしよう。

 

しかし、それを聞いていた光は一つ疑問を浮かべる。

 

「…魔理沙さんって確かアリスさんと知り合いよね?会いに行かなかったの?」

 

どうやら魔理沙はアリスと知り合いらしい。それを知っていた光は何故そちらが聞きに行かないのかと思ったのだろう。

確かに空を飛べる魔理沙なら、会おうと思えばいつでも会えそうではある。

 

「あー…、ちょっと前にものを借りていったら滅茶苦茶怒られちまってな。今は会いに行きずらいんだよ」

 

「…相変わらずですね、あなたは」

 

行けない理由を聞いた阿求は魔理沙に呆れる。

 

…成程、そういうことか。僕はその代理な訳だ。

光の言う通り、どうやら魔理沙の手癖が悪いのは事実らしい。あんまり気を許すと何か盗まれかねない。用心しておこう。

 

「…そういえば、光はどうする?手伝いをしたいんなら舞島に付いて行くか?」

 

魔理沙は光に対しどうしたいのかを訪ねた。

 

「そうね。とりあえずは付いて行くつもりよ。舞島さんが良ければね」

 

舞島の方を見ながら、光はそう答える。旅に同行してくれるようだ。

 

「僕は構わないよ。」

 

「良かった。しばらくの間だけど宜しくね!」

 

承諾すると光は元気よく返事をする。こちらとしても人が多い方が旅も楽しいだろうし悪い気はしない。

 

「それじゃあ、魔法の森の方はお前らに任せる。頼んだぜ!」

 

「私の方からも西の門を通れるようにしておきます。お気を付けて」

 

 

「「 はいっ! 」」

 

 

二人に見送られ、阿求亭を後にした。

 

 

場所は移り、光と鏡介は人里の休憩所にて旅の準備を進める。

 

「とりあえず長旅になりそうだし、回復アイテムは必須ね。舞島さん、お金ある?」

 

「えっと、今の所持金は900円だね。後、げんげつが持ってたこの本を換金すればもうちょっといくかも」

 

げんげつを捕まえた際に落としたこの本。読めないし使い道がわからないので売ろうと思っているが…。

所詮は本だからそこまでのお金になるとは思えない。とりあえず行商人に話し掛ける。

 

「行商人さん、この本売りたいんですけど」

 

「ふむ、それなら2500円で買い取るよ」

 

予想とは裏腹に高価なものだったようで、結構な値段だった。もちろん売る。

半分の1250円は光ちゃんに渡した。

こちらの所持金は2150円になり、アイテムを買う余裕が結構出てきた。

これで白玉団子を3つ、封印の糸を2つ購入する。残りは250円になった。

 

光の方は封印の糸を3つと白玉団子を1つ購入。

げんげつ人形は強いし、回復よりも仲間を増やすアイテムを気持ち多めにしたみたいだ。

 

「うん、こんなものかな。じゃあ行こう、光ちゃん」

 

「えぇ、早く行きましょ」

 

二人は休憩所を後にした。

すると、早速光が話し掛けてくる。

 

「そういえば舞島さん、腕の傷いつの間にか治ってるね?」

 

「…あ、そういえば。あんなに痛かったのに跡が塞がってる…。捕まえたから受けたダメージが消えたのかな?分からないけど」

 

げんげつの攻撃を受けた右腕の傷が何故か直っていることに今更気付く。

思えば不思議だ。サラリと適当な解釈をしたが普通は直るはずもないすると、宝石が光りだす。中からしんみょうまる人形が出てきた。

 

「うん?どうしたんだ?しんみょうまる」

 

しんみょうまる人形は鏡介の右腕をじっと見つめている。

すると何やら裁縫セットをどこからか取り出し、何かを伝えようとしている。

 

「…もしかして服の破れた跡を縫ってくれるのか?」

 

しんみょうまる人形は頷く。この子そんなこと出来るんだな。

確かに剣の見た目が裁縫の針だし、そういうのが出来てもおかしくはないけど。

 

「じゃあ、お願いしてもいい?」

 

鏡介は修繕がしやすいようにしゃがみ込む。しんみょうまる人形は嬉しそうに頷くと近づいて準備を始めた。

布を選んだりサイズを測ったりすると、やがてしんみょうまる人形は修繕し始める。

 

「へぇ、この子器用なのね」

 

光は感心しながらしんみょうまる人形を観察する。

 

「うん。人形って色々出来て賢いし、何だか愛着がわいちゃうよね。アハハッ…」

 

鏡介は笑みが零しながらそう答えた。

 

 

 

ーーー修繕をすること数分。

 

しんみょうまるは手を止め、頷く。終わったようだ。

見てみると、跡の違和感のない見事な修繕をしてくれているではないか。

職人技といってもいいくらい見事であった。

 

「おぉ!すごいよしんみょうまる!ありがとう、助かったよ!」

 

見事な仕事をしてくれたしんみょうまる人形の頭を撫でる。

 

「…舞島さんってさ、人形と接している時キャラ変わるよね。何というか、親みたいだわ」

 

これまでの鏡介の自分の人形に対する一連の仕草を見て、光はそう結論付ける。

 

「え?そ、そうかな…?」

 

「そうだよ。まるで本当の娘みたいに可愛がってるじゃない」

 

娘、か。あんまり人形をそういう風には考えたことはないけどな。

 

「うーん、どっちかというと子供というよりかは犬とかのペットって感じかな?」

 

「…え」

 

それを聞いた光は後ずさる。

 

「…舞島さん、そんな趣味が?」

 

光はかなり引いていた。

何か盛大な勘違いを生んでしまっている。言い方が悪かったようだ。

 

「ち、違うよっ!?あくまでペットみたいなって感じであって実際にそう思っている訳じゃないからね!?」

 

少女をペットとして扱うなんて、そんなロリコンよりも質が悪い趣味は持ち合わせてはいない。

必死に否定をし、この人形との接し方についての納得がいく常識的な答えを考える。

 

「…そうだね。この子達は、友達…かな。友達だから、何かしてくれるとこっちも嬉しいでしょ?そんな感じだよ」

 

我ながらいい答えを導き出す。

まぁ実際そんな感じで接しているつもりではあるし間違ったことは言ってない。

 

「な、成程。…まぁ舞島さんに限ってそんな危ない趣味は持ってないわよね…。疑ってごめんなさい」

 

光も納得はしてくれたようだ。良かった良かった。

 

実際に人里で人形を異常に溺愛している人とかいたし、良くないことをしちゃう人も少なからずいるのだろう。…自分もそうならないように気を付けないとね。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あれ?また身長が縮んでる…どうしてー!?」

 

少名 針妙丸は鏡を見てそう叫んだ。

 




魔導書って売価2500円で良かったよな…。


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第二十二章

(‘д‘⊂彡☆))Д´) パァン


人形の調査の為、魔法の森に向かう鏡介と光は人里の西門前にやって来た。

阿求から事前に知らされていた門番は、二人が五の道に通るのを許可。それを聞いた二人は先に進んでいく。

 

「おぉ…綺麗な道…」

 

門の先の風景を見て、鏡介は呟く。

川が道の左右に流れていてその水面には空が透き通り、日が差すことによりそれがキラキラと輝く。

こんなに綺麗な川を見たのは初めてで、都会育ちの鏡介にはすごく新鮮であった。

 

「…そう言えば舞島さん、その格好からして外来人だよね?この場所がそんなに珍しい?」

 

「うん。僕がいるところは化学とかが発展していて、こういった自然はもうあんまり日常ではお目にかかれないんだよ。だからちょっと感動しちゃった」

 

一の道に来た時も川はあったけど、あの時は余裕がなかった。

改めて見ると、この幻想郷は自然に満ち溢れていることが分かる。とても素敵な場所だ。

 

「もう、こんな場所で感動していたらこれから大変よ?幻想郷にはここよりすごい名所が沢山あるんだから」

 

「へぇ、それは楽しみ!是非行ってみたいなぁ」

 

道を歩き始めながら、二人でそのような会話をする。

これから色んな所に旅をするにあたって、鏡介の楽しみが増えた。

 

「この空だってね、僕のいる世界じゃこんなに澄んでいない時があるんだよ」

 

そう言いながら鏡介は空を見上げる。

 

「へぇ…。何だか信じがたいけど、それも化学ってやつのせい?」

 

それを聞いた光も同じく空を見上げる。

 

「そうそう、排気ガスなんかが空を覆ってしまってね」

 

「あー…そういえば幻想郷も一回空が一面赤い霧で覆われたことがあったわね。あの時は怖かったわ」

 

「え?そんなことが?…想像できないなぁ」

 

光の言ったことは恐らく、「異変」と言われているやつであろう。大森もそういうのがある言っていたような気がする。

今起こっている人形が溢れかえっているこの状態もそう呼ばれているみたいだし、異変というのは幻想郷に起こっている事件のようなものと認識していいだろう。

 

「でもね、あの異変は我らが博麗の巫女がズバッと解決してくれたのよ!あぁ、霊夢様…素敵だわぁ…」

 

この幻想郷の博麗の巫女、『博麗 霊夢』。

彼女とは一度会ったが、自分を初めて見た時のあの眼光は今でも覚えている。あれはこの異変と関係がある人物かあるいは元凶であるか見極めていたのであろう。

もし自分がこの異変を起こした人物だったとしたら…その場で退治されていたのだろうか。あの様子を見る限り、それはイエスだ。

 

「そして今回の人形異変、あの霊夢様も苦戦しているって話なのよね…。だからこそ、私は強くなってあの方の助けになりたい!なりたいのよ舞島さんっ!」

 

「う、うんそれは分かったから…」

 

霊夢のことを話すと途端に熱くなる光。憧れの人物だからだろう。

大森が推しのキャラを話す時も大体あんな感じだ。それに加えてあいつはキモイ。

 

「…舞島さん!私は今、霊夢様のこと語りたくてしょうがないから道中付き合って貰うわよ!」

 

「えぇ…また突然だね?まぁいいけどさ」

 

突然の光の話題を渋々受け入れる。

こういうのは大森で慣れているから平気ではあるし、博麗 霊夢に関する情報も聞けるならそこまで悪い話じゃないだろう。長い道中の暇も潰せて一石二鳥だ。

 

「まずは霊夢様の持つ能力!霊夢様の能力は「空を飛ぶ程度の能力」っていうの!」

 

博麗の巫女の霊夢が持っている能力は、空を飛ぶ能力だという。人間が空を飛ぶのは普通すごいと思うし誰しもが一度は夢見ただろう。

しかし、魔理沙も箒で空を飛んでいたしこの幻想郷ではその能力が特別な感じはしない。さぞすごい能力を持っているのだと思っていたが意外と地味な能力だった。

 

でも、それは彼女の強さは能力ではなく純粋な実力とも言える。

 

「一見地味に聞こえるこの能力だけど、霊夢様の空の戦いぶりはすごいのよ!どんな弾幕だって避けちゃうんだから!まるであの鳥のように翼を持っているみたいね!」

 

光はそう言いながら空を飛んでいる鳥を指差す。

 

「…ん?ちょっと待って。あれ本当に鳥?」

 

鳥に見えるその影は真っすぐこちらに向かってきていた。何かがおかしい。

すごいスピードでこちらに近づき、やがてその影は姿を現す。そこにいたのは、

 

 

「待ちなさいっ!そこのあんた!」

 

 

博麗の巫女、博麗 霊夢であった。

噂をすれば何とやら、まさかご本人登場とは…。

 

霊夢は何やら険しい表情をしているように見える。

何かまずいことをやってしまっただろうか?正直、あんまり覚えがないけど…。

 

「 キャーレイムサマー! 」

 

光は霊夢の登場にテンションが上がっているようだ。

目をキラキラさせながら手を振っている。しかし、霊夢は何も反応しなかった。それどころではないのだろう。

やがて霊夢は地面に華麗に着地し、こちらの前に立ち塞がる。

 

「あんた、私の神社にいたやつよね?名前はえーっと……そう、舞島だわ」

 

「は、はいそうです」

 

「私!私は光って言います霊夢様っ!ファンです!」

 

霊夢がしゃべっているところに割って入ろうとする光。その言動に霊夢もどう反応したものかと困っている。

 

「…光ちゃん?今霊夢さんは僕と話しているから静かにね?」

 

「え?あ、ごめん。嬉しくてつい…テヘへ」

 

興奮している光を一旦落ち着かせる。放置していたら話が進みそうにない。

 

「…いいかしら?」

 

「はい、すみませんね」

 

改めて霊夢は話し始める。

 

「あんた、早苗から聞いてなかったのかしら?この先は里の外。野生の人形がいて危険なの」

 

「はい、知っていますよ。道中に何回か野生の人形と遭遇しましたし」

 

それを聞いた霊夢は鏡介の容姿を見る。

怪我をしている様子はない。そして腰には二つの宝石がぶら下がっている。

 

「…人形使いにでもなったのかしら?そういえば、人形が糸を使わずにあんたに懐いたとか言ってたわね」

 

「はい。それで今は魔理沙さんの調査の手伝いをして」

 

その瞬間、霊夢の表情が変わる。いつぞやの鋭い眼光が鏡介を襲った。

一度経験していても怖いものは怖い。鏡介の額から汗が出始める。

 

「…あんた、まさか人形の件に首を突っ込むつもりじゃないわよね?」

 

「え、えっと、はい。助けて貰った恩に僕も手伝いたくて…」

 

「そう、立派な事ね。でもはっきり言って迷惑なの。異変解決は私のような専門家の仕事。あんたに邪魔をされると困るのよ」

 

「うっ…その、すみません…」

 

どうやら人形の調査が霊夢にとって迷惑らしい。異変解決を生業としている身からすれば商売の敵ということだろうか。

こちらとしては善意で手伝いしているし、そんなつもりは毛頭ないのだが…参ったな。

 

今のこの状況はよろしくはない。このままだと碌に旅も出来ないしどうにか誤解を解いておきたいところではあるが…話を聞いてくれるだろうか。

 

「あ、あの!霊夢様は今回の異変に苦戦を強いられているとお伺いしてるのですが、解決するのであれば人手は多い方がいいのではないですか?

 私達幻想郷の住民はいつも霊夢様に助けられてばかりなので、その…少しでもこの異変調査のお手伝いをさせて頂きたいのです!」

 

どうしたものかと悩んでいたところ、先に光が動いた。

光は元々人形使いとして強くなり霊夢の手伝いをしたいという目的があった為、そのことを真っ先に伝えたかったのだろう。

 

「あなた、人里の子ね?…気持ちだけ受け取っとくわ。でも、こればっかりは譲れないの。悪く思わないで頂戴」

 

「うぅ…そうですか…」

 

「安心して。こんな異変、私がパパっと解決するから」

 

霊夢に断られ光は落ち込む。…もはや口論では説得は難しそうだ。

 

あまりこの手段を使うのは望むところではないけど…一か八か試してみよう。

 

「…霊夢さん、ではこうしませんか?人形バトルで決着をつけましょう。あなたが勝てば僕らは大人しく調査を退きます。ですが、僕が勝てばこのまま調査を続けさせて貰う。どうでしょう?」

 

我ながらあまりにも無理矢理な提案だ。

だが、「郷に入っては郷に従え」ともいう。今のこの幻想郷ではこの決着の付け方は決して間違いではないはずだ。

このまま黙って何もしないくらいなら少しは抵抗してみせよう。

 

「……」

 

霊夢は考える。以外にも悩む余地がある提案だったらしい。そしてしばらくした後、

 

 

「…いいわ。それであんたらの気が済むならぶちのめしてあげる」

 

 

これを承諾。言ってみるものだ。

勝てるかどうかは分からないが、これはチャンス。絶対に掴まなければ。

 

「ありがとうございます。じゃあ、光ちゃんは審判をお願い」

 

「う、うん。分かった!」

 

こうして今後の旅の続きを賭けた人形バトルが幕を開けるのであった。

 



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第二十三章

鏡介と霊夢はお互い対峙している。

それを見ている審判を任された光は二人に確認をとる。

 

 

「…えーっ、それでは今回の人形バトルの説明に入りますっ!使用人形は2体!アイテムの使用はなし。途中の交代はあり。よろしいですか?」

 

「「はい(問題ないわ)!」」

 

 

今後の旅の続きを賭けた人形バトル。

何としてもこの戦いで霊夢に認められなければならない。

 

「では、これより霊夢様と舞島さんによる人形バトルを始めます!」

 

二人は身構える。ふと霊夢の目を見ると、何回か見たあの鋭い目をしている。真剣そのものだった。

あちらも負ける気は毛頭ないだろう。…だがそれはこちらも同じ。ビビっている場合ではない。いざ、勝負!

 

 

「始めっ!」

 

 

光の試合開始の合図が出される。

 

 

「行きなさい! あや!」

 

「行け! しんみょうまる!」

 

 

合図とともに二人は最初の人形を出す。

鏡介はスカウターで相手の人形を調べる。

 

 

『名前:あや  種族:鴉天狗  説明:趣味で新聞記者をやっている』

 

 

情報が出てきた。

てんぐ…かな?こちらの天狗は鼻が長くないみたいだ。

それよりも相手の人形の推測だ。天狗というのは確か…そう、風を操れると聞いたことがある。

となると、あの人形は風…つまり「ひこう」タイプに近いものだろう。黒い翼も生えているし信憑性は高い。

 

この推察が正しければ、鋼鉄タイプのしんみょうまる人形は比較的相性は良さげだろう。行けるぞ…!

 

「行くよ!しんみょうまる! ザ・リッパ-!」

 

しんみょうまる人形に指示を出す。

指示を受けたしんみょうまる人形は持っている輝針剣を輝かせ、それを構えながらあや人形に向かっていく。

 

「…あや!引き付けてかわしなさい!」

 

霊夢もあや人形に指示を出す。

あや人形は指示通りにしんみょうまる人形の攻撃を惹きつけた後、それをかわす。

 

「そこから フェザーショット!」

 

あや人形は翼から羽の形の弾幕を放った。

その弾幕はしんみょうまる人形に向かって一点集中して襲い掛かる。

 

「何のっ!しんみょうまる! 防壁強化だ!」

 

しんみょうまる人形はバリアを展開し、攻撃を防ぐ。まだまだ元気そうだ。

 

今の技は見た目で判断するに「ひこう」タイプのようなもので間違いないだろう。

この様子だと「ひこう」→「はがね」は効果がいまひとつなのはこちらも変わらないようだ。ポケ〇ン知識が生きた。

 

「ふーん、いい判断ね」

 

「…この勝負、負けられませんから!」

 

霊夢は鏡介に軽い賞賛の言葉を送る。今のは小手調べだったのだろう。

しかしタイプ相性が不利なのはあちらも知っている筈…。それに対し霊夢は余裕そうだ。何かを隠しているのか?

 

ふと嫌な予感がした。このまま攻めてはいけないような…そんな予感が。

 

「…しんみょうまる!一旦距離をとって!」

 

指示を受けたしんみょうまる人形は後ろへバックステップする。

 

「随分と慎重ね。何を恐れているのかしら?」

 

鏡介がとった行動に対し霊夢は疑問をぶつける。

 

「この状況で交代を選択しない辺り、対抗できる何かをその人形が持っているのでしょう?」

 

それを聞いた霊夢は表情一つ変えずにこう答える。

 

「…成程、思ったより頭が回るのね。ご名答。今から見せてあげるわよ。はたして防げるかしらね?」

 

やはり予想は的中していた。霊夢はあや人形に指示を出す。

 

「あや! ストライクショットよ!」

 

指示を受けたあや人形は右手を構えた。

 

「(…!一体どんな攻撃なんだ?防壁強化をつかっているし耐えられるだろうけど…念には念を入れてもう一回使わないとかな…)」

 

鏡介は警戒を強める。

そしてあや人形は勢いよく右ストレートを突き出すと、拳の形をした弾幕が放たれる。

それはものすごいスピードでこちらに飛んでくる。

 

「!?早い!?しんみょうまる! 防壁強化!」

 

しんみょうまる人形がさらにバリアを展開すると同時に拳の弾幕が着弾。

少しでも判断が遅れていたら間に合わなかった。

拳の弾幕はバリアを張っているにも関わらずひびを入れながら前進する。

やがて弾幕は打ち消すことは出来たが、しんみょうまる人形は苦しそうにしていた。

 

恐らくあの技は格闘タイプのようなものだろう。

格闘→鋼は弱点だ。これがわざわざあや人形でしんみょうまる人形と戦った理由。弱点を突く他の技を持っていたんだ。

 

とは言うものの、こちらは2段階も防壁強化を積んだのに何故こんなにもダメージを負ってしまったのだろう?

 

あや人形の集弾が高い?…だがしんみょうまる人形も集防が高い。これは説明がつかないだろう。

 

急所に攻撃が当たっていた?…いや、見た感じだとそんな風でもなかった。何となくだが。

 

もう一つの可能性としては、しんみょうまる人形のタイプは「鋼鉄」・「大地」の複合タイプ。

2つのタイプを持っているデメリットは弱点が増えることだ。例外もあるが。

そしてお互いのタイプの弱点が同じであることで発生する、「4倍弱点」。

これのダメージは計り知れないものだ。ヌ〇ーやガマ〇ルに草技をぶつけると沈むように、一撃必殺となることがほとんどだろう。

 

しんみょうまる人形が持っているタイプ、「大地」。

もしこのタイプに格闘が弱点であるならば、4倍弱点は成立するが…。

そういえば最近覚えたしんみょうまる人形の「大地」タイプの技「ストーンレイン」は、岩を相手の頭上に振らすという技であった。

あっちでも似たようなのがあったような…「岩落とし」だっけ?……あっ

 

「…!そうかっ!」

 

そう、これを見た時点で気付くべきだったのだ。

この「大地」タイプは「じめん」であると同時に「いわ」タイプでもあるということに。「いわ」タイプなら格闘が弱点なのも頷ける。間違いないだろう。

しんみょうまる人形に格闘タイプは「4倍弱点」だ。あの技だけは受けずにかわすことに専念しないといけない。

 

「その様子だと、今のこの状況のヤバさがわかったみたいね?弱点を突くことは人形バトルの基本よ」

 

「…えぇ。かなりまずいですね。ですが、まだ諦めませんよ」

 

「そう?もう一体の人形に交代してもいいんじゃないかしら?」

 

交代を提案されるが、そのような手には乗らない。

ここでユキ人形を消耗させるのは得策ではないし、霊夢が持ってるもう一体の人形は今までの経験上、あの人形であろう。

 

「そちらのもう一体の人形…恐らくあなたの人形の強さが未知数ですし、迂闊にこちらのエースを出すわけにはいきません。ここで必ずその人形を倒します」

 

防壁強化を2段階積んでいる今の状況の方が勝ち目はある。頑張ろう。

 

「へぇ、言うわね。やれるものならやってみなさいっ!」

 

霊夢は人形に指示を出す。

 

「畳みかけるわよ! あや! 韋駄天!」

 

指示を受けたあや人形は、風を纏う。

 

「こいつの速さは一級品よ。捉えられるかしら!? あや! 撹乱しなさい!」

 

あや人形はとても目で追えないスピードでしんみょうまる人形の周りを飛び回る。

 

「…!?」

 

しんみょうまる人形はあまりの速さに着いてこれず、混乱する。

 

「しんみょうまる! 惑わされるな! 目で追わずに音を聞くんだっ!」

 

指示を受けたしんみょうまる人形は、目を閉じる。

視覚ではなく聴覚を集中させ、どこにいるかを探り始める。

 

 

「ストライクショット!」

 

 

あや人形の攻撃が飛んできた。それをしんみょうまる人形は拳の弾幕を間一髪でかわす。

ちゃんと音を聞いてどこから飛んできたかを判断出来ている。えらいぞ!

 

「まだまだどんどん撃ちなさい! あや!」

 

容赦なく次々に拳の弾幕を放ってくる。

しんみょうまる人形はかわし続けるが、このままでは攻撃に転じれない。どうしかものか。

 

「…じゃあこれならどう!? あや! 穿突(せんとつ)!」

 

指示を受けたあや人形は、撹乱をやめてこちらに突進する。

 

「…! 防壁強化だ!」

 

突撃技?何にせよ、あちらから来るのなら受け止めて反撃できる…!

ここは攻め時。避けるべきではないだろう。…格闘技でないことを祈る。

 

バリアを展開するしんみょうまる人形。あや人形を受け止める体制が整う。

 

「かかったわね」

 

「え…!?」

 

霊夢から不吉な言葉が出る。

 

しんみょうまる人形が展開したバリアとあや人形が接触しようとしたその瞬間、

あや人形はバリアをすり抜けた。

 

「な、何!?」

 

「同じ手を食らうほど私と私の人形は甘くはないわよ」

 

あや人形の突撃がしんみょうまる人形に直撃する。しんみょうまる人形は軽く吹き飛ばさせる。

 

「しんみょうまる!?大丈夫かっ!?」

 

しばらくして立ち上がる。

様子を見る限り、ストライクショットと比べればダメージは少ないようだ。

あの技が格闘タイプじゃないのは確定。

だが、それでも今の攻撃は結構効いたようで、しんみょうまる人形はよろけている。

 

「あや! もう一度撹乱しながらストライクショット!」

 

霊夢が追撃を始める。

四方八方に放たれる拳の弾幕。しんみょうまる人形は懸命にかわすが先程の一撃が効いているせいか、数発被弾をしてしまっている。

やがて食らう方が多くなり、ついには限界まで追い詰められる。

 

「……くっ!」

 

「さてと、これで仕舞いよ! あや! 穿突!」

 

あや人形は突撃する。

もはやしんみょうまる人形に攻撃をかわす元気はない。このままではやられてしまう。

 

しかしその時、鏡介のスカウターが反応をする。

 

 

『アビリティ:「負けず嫌い」  発動』

 

 

「!?な、何だ!?」

 

情報が出てくると同時に、しんみょうまる人形の輝針剣が光りだす。アビリティ?というやつが発動したことで起こっているみたいだ。

ステータスを確認すると集弾が大幅に上がっている。一体何が?

 

「…しんみょうまる!?」

 

しんみょうまる人形は最後の力を振り絞り立ち上がると、剣を構えた。

そしてこちらを見つめる。…お前を信じるぞ!

 

 

「 ザ・リッパ-!! 」

 

 

斬撃と衝突音が同時に鳴り響く。

両者はピクリとも動かない。時が止まったかのように。

 

そして、しばらくするとあや人形の方が倒れる。

 

「…!や、やった!」

 

一発逆転。しんみょうまる人形が踏ん張ってくれたおかげで倒すことが出来た。まずは一体…!

 

「…同士討ちか」

 

「え?」

 

霊夢はそう呟く。そして、しんみょうまる人形も力尽き倒れてしまった。

 

審判の光は両者の状態を見て宣言する。

 

 

「…あや人形、しんみょうまる人形、共に戦闘不能っ!両者、残り人形は一体!」

 

 




「負けず嫌い」ってそんなアビリティじゃない?

こういうのはね、雰囲気が大事なんだよ。


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第二十四章

鏡介と霊夢による人形バトル。

最初の人形同士の決着はまさかの引き分け。お互いに戦闘不能となった為、後は残り一体の人形でのバトルとなる。

 

鏡介は戦っていたしんみょうまる人形に駆け寄り、心配そうに様子を窺う。あちこちに傷を負っており、ボロボロだ。

あの時、「アビリティ」というものは発動しなければ相手の人形を倒すことは出来なかっただろう。本当によく頑張ってくれた。後はゆっくり休んで欲しい。

 

「…少し慢心していたかしらね。やられた」

 

そう言って霊夢はあや人形を宝石に戻す。

その表情からは、悔しさや怒りが伝わってくる。

 

「ったく、仮にもあいつの人形ならもうちょっと踏ん張りなさいよね。使えないわ」

 

霊夢は戦っていたあや人形に対して罵倒を口にする。

 

「…そんないい方しなくてもいいじゃないですか」

 

頑張って戦った人形に対しての霊夢の言い方に鏡介は不快感を覚えた。

思わず口が動いてしまう。

 

「別にいいでしょ?こいつはたかが人形。感情のない道具よ」

 

「…それは違いますよ!この子達にだって心はありますっ!僕達と変わらない!」

 

霊夢の度重なる人形の侮辱に、らしくない大声で反対する。

人形を愛してやまない鏡介にとって今の言葉は我慢が出来なかった。

 

「あんた、人形に随分と愛着が湧いているみたいだけど、こいつらはこの異変で発生したものよ。いずれ異変が解決されたらいなくなるの。

 そこのところ、分かってるのかしら?」

 

「…っ!」

 

「…その顔は分かってなかったわね。必要以上に肩入れすると後々がつらくなるだけよ。だから私はこいつらを「異変解決の為の道具」だって言ってるの」

 

そうか。考えたこともなかった。

この人形は今回の人形異変によって生まれた存在。人形異変を解決するというのは、同時にこの人形達とのお別れを意味するということだ。

 

もしかしたら、自分がやっているのは残酷なことなのかもしれない。…でも、それでもこの子達を戦いの道具と思うなんて自分には出来ない。

短い間の命だからこそ、精一杯その子を愛してあげるのが持ち主の定めではないだろうか。

 

 

「…それでも僕は、この子達を愛します。絶対に…!」

 

 

それを聞いた霊夢はため息をつく。この忠告は彼女なりの気遣いだったのだろう。

 

「そう。じゃあその覚悟、私が打ち砕いてあげるわ! れいむっ!」

 

宝石が光り、霊夢そっくりの人形が姿を現した。スカウターで見てみる。

 

 

『名前:霊夢  種族:人間  説明:妖怪には容赦しない』

 

情報が出てきた。どうやら霊夢も自分と同じ、「人間」らしい。

この世界の人間は一体どうなっているのか…。とても自分と同じだとは思えない。

 

…それは兎も角、この一戦で勝敗が決まる。手強そうだが、こちらも負けられない。

しんみょうまる人形を宝石に戻し、準備する。

 

 

「さぁ、あんたも次の人形を出しなさいっ!舞島!」

 

「えぇ!僕の最初の人形です! ユキ!君に決めた!」

 

 

熱くなって思わずアニ〇ケみたいなノリでユキ人形を宝石から出す。

 

 

「…次の試合、ユキ人形 対 れいむ様人形! これが最後の戦いとなりますっ!」

 

 

光は審判として今の状況を二人に再確認する。

自分の役割を遂行するという意志が強い。頼もしい限りだ。

 

光としては、憧れの霊夢の方を応援したいであろうが、この勝負には鏡介だけではなく光の今後の命運も掛かっている。

どちらにも勝って欲しいし、負けて欲しくないという複雑な心境であることは想像に難かった。

それにも関わらず…いや、だからこそ、こうして光は公平に振舞っているのかもしれない。本人のみぞが知ることではあるが。

 

 

「では……」

 

 

合図と共に、場に緊張が走る。光は手を挙げながら二人の様子を確認。

 

霊夢は先程の敗戦で顔つきが変わっている。次は絶対に油断しないという意志を感じた。

人形の方もお祓い棒を振り回しながらいつでも来いと言わんばかりだ。

 

鏡介はユキ人形と見つめ合った後、軽く頷く。

互いに信頼し合っている様子が見て取れた。そして真っすぐ対戦相手を見据る。

 

 

光は二人とも準備は出来ていると判断し、

 

 

「 始めぇっ!! 」

 

 

挙げている手を勢いよく降ろし、開始の合図を告げる。

 

「先手必勝! れいむ! 神降ろし!」

 

指示を受けたれいむ人形はお祓い棒を上にかざす。すると天から光が降り注ぎ、れいむ人形は光り輝く。

 

「回避を上昇させてもらったわ。これで攻撃を受ける確率を減らす!」

 

「なっ…!」

 

「(…今の技を使って回避を狙って上げるなんて。流石、霊夢様の十八番「巫女の勘」ね…)」

 

博麗の巫女、博麗 霊夢の強さ。

純粋なバトルセンスも勿論あるが、中でも恐ろしいのがこの勘の鋭さである。

彼女は開口一番で運に左右される技を迷わず使い、見事狙ったステータスを引き当てた。常人ではとても真似出来る芸当ではない。

 

一気に状況は劣勢になる。

 

「…こちらだって負けませんよ! ユキ! 火遊び!」

 

ユキ人形の放った炎はれいむ人形の方へと飛んでいく。さて、どう来る…!?

 

「 森羅結界! 」

 

指示を受けたれいむ人形は自分の周りを結界で覆う。そして当たると、炎が一瞬で打ち消されてしまった。

 

防御技も完備しているらしい。

 

「…そちらも随分と慎重ですね?回避率を上げたのに」

 

「あれはあくまで保険よ。いざという時のね」

 

過信はしない、ということか。

 

しかし、これでは正面から攻撃しても当てられない。

何か対策をしなければ。…あの防御技、仮にあの技のオマージュだったとしたら…。そう思い、ユキ人形に指示を出す。

 

「ユキ! もう一度 火遊び だ!」

 

ユキ人形は手から炎を放つ。予想が当たっていれば、この後の霊夢の行動であの技の性質を判断出来る。

 

「…れいむ! 陰の気力! 弾幕を打ち落としなさい!」

 

指示を受けたれいむ人形は赤いお札の弾幕を放った。

見事な命中率で、一発一発が炎に当たって爆発。その衝撃で砂煙が舞い起こる。

 

「(やっぱり今度は使わなかった!連続で使えないのは確定!…そしてこの視界の悪さ、使える!)」

 

作戦を思いついた鏡介はユキ人形に内密で指示を出す。

ちょっとずるいかもだけど開幕あんなことされたお返し、ということで。指示を受けたユキ人形は頷くと、れいむ人形の視界に入らないよう移動する。

 

しばらくして舞っていた砂煙は収まり、視界は元通りになっていく。

 

「…!人形がいないわね。どこに…」

 

霊夢はユキ人形を見失い、辺りを見回す。人形もキョロキョロと見回して探すがどこにもいない。

 

「…今だ! ユキ! 火遊び!」

 

ユキ人形は手から炎を出し、それを放つ。

 

「ッ!?上か!」

 

ユキ人形が上空から真っ逆さまに落ちながらこちらに急接近していることに気付く霊夢。

 

「森羅結界!」

 

れいむ人形は結界を張り、炎を打ち消す。

しかし、同時に接近していたユキ人形はれいむ人形が結界を発動し無防備になった瞬間を逃さずガッチリとしがみ付いた。

 

「何!?」

 

「よし、いいぞ!」

 

作戦は成功。何とか捕らえることに成功した。

これならば回避が上がっていようと技を当てることが出来る。

 

「れいむ!引き剝がしなさい!」

 

れいむ人形は前が見えない状態の中、お祓い棒で叩いてユキ人形を離そうとする。

攻撃を食らっているユキ人形は必死に耐えながら次の指示を待っていた。

 

 

「これなら避けれないよ!ユキ! テルミット!」

 

 

指示を受けたユキ人形は目を瞑りながられいむ人形の体に手を当てる。

すると手の先からバチバチと激しく音を立て閃光を放ち、火花が散る。

 

 

「ーーーーッ!!!??」

 

 

とてつもない痛みが走ったれいむ人形は、暴れ回る。

攻撃に集中していたユキ人形はその勢いに負けて吹き飛ばされてしまった。

 

思っていたよりもおっかない技だった新技「テルミット」。あれって溶接…だったよな?

火傷ってレベルではない。下手すれば命落とすぞ。

 

何はともあれ、これでれいむ人形に状態異常をかけることが出来た。

これは大きなアドバンテージ。思わず小さくガッツポーズをする。

 

「…やるわね。まさか直接的に当ててくるとは思わなかった。だけど、これも想定内!」

 

「え!?」

 

状態異常にされるのを予期していた?

まさか、あの人形は状態異常になるとステータスが上がるタイプか?だとしたらやってしまったぞ。

 

そう思っていると、れいむ人形は何やら懐から札を取り出しかざす。

するとかざした札は消滅し、れいむ人形の負った火傷跡が癒されていく。

 

「「治癒の符」を持たせて正解だったわ。そして、これがこいつのアビリティ!」

 

 

『アビリティ:「倹約家(けんやくか)」 発動。』

 

 

「わっ!?」

 

スカウターが突然情報を流す。ビックリした。相手が発動した時も出てくるのか。

 

れいむ人形の方を見てみると、先程使った治癒の符というアイテムがれいむ人形の手元に戻ってきている。

どうやら、人形には「アビリティ」という個別の特殊能力があるみたいだ。ポケ〇ンで例えるならば…「特性」か?

 

そうだ。今までどうしてこれを忘れていたのだろうか。

今まで発動することがなかったし、しょうがない部分もあるだろうが。

 

これは結構重要な要素だし、それを知っているかいないかは勝敗を分けるといっても過言ではない。

スカウターの機能の一つとして魔理沙に追加をしてもらいたい。結構マジで。

 

その為にも、この勝負に勝たなきゃ。

 




パソコンが逝ってしまい、投稿が遅れました。申し訳ございません。

次回以降は通常のペースになると思います!


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第二十五章

霊夢との残り一体の人形バトル。

この戦い、こちらが圧倒的に不利なことが分かった。

 

何せこちらの攻撃手段は「陰の気力」、「火遊び」による通常攻撃、「摩擦熱」、「テルミット」による状態異常くらいのもの。

そして相手の人形は回避が上昇していて防御技も完備、おまけに状態異常を回復するアイテム持ちだ。極めつけはアビリティでアイテムを消費させても無くならないと来た。

 

一度は技を当てることが出来たが、次はこうはいかないだろう。相手も警戒する。

勝ち筋を見つけられるよう別の手段を考えていく必要があるが…どうしたものか。

 

やはり、あの防御技の隙を突く作戦は良かったとは思う。後は攻撃技を確実に与えられれば…。

 

…!そう言えばまだ使っていない攻撃技があった。「斉射(さいしゃ)」という攻撃技。

確か必ず命中する効果だったはず…今の状況なら使えるのでは?

 

「…これならどうですか!? ユキ! 斉射!」

 

指示を受けたユキ人形はピンクの弾幕をれいむ人形に放つ。

また防御技を使うならそれでもいい。こっちはその隙を狙うだけだ。

 

「…れいむ! 神降ろし!」

 

「…!?」

 

一番予想しなかった指示を霊夢は出した。

何故ここでパワーアップを?回避は上がってもこの攻撃には意味がない。それはあっちも分かっている筈…。

 

れいむ人形はお祓い棒をかざして集中している。弾幕が迫ってきているにも関わらずだ。

光がれいむ人形を包み強化を果たすが、弾幕はもう目の前まで来ている。

 

「(…意図は分からないけど、これで一発当たる!)」

 

こちらとしては攻撃を当てられるのはプラスだ。

しかし霊夢は表情一つ変えないのが気になる。一体何を?

 

「れいむ! 突っ込みなさい!」

 

指示を受けたれいむ人形はこちらに向かって走ってくる。

だが、今は正面から弾幕が迫っている状態。これでは当たりに行くようなものだ。

 

「…!ま、まさか!」

 

嫌な予感というのは当たってしまうものだ。だが時すでに遅し。

弾幕がれいむ人形にあたろうとする瞬間、いつぞやの幻覚の弾幕のようにれいむ人形をすり抜けていく。

 

この「斉射」という技のタイプは「無」というもの。

それが相手の人形には効果がないのだろう。だから人形の強化をしたということか。やられた。

 

まだまだタイプ相性は勉強不足だ。

 

「今度はこっちの番よ! れいむ! 誘導弾!」

 

れいむ人形は大量の札の弾幕をユキ人形に向かって放つ。

それはユキ人形を中心に真っすぐ列を作りながら襲い掛かる。

 

「よく引き付けてからかわすんだ!」

 

ユキ人形は頷き、指示通りに札弾幕を引き付け少ない動きでかわす。

 

「軌道をよく見てるわね。…でもそううまくいくかしら?」

 

すると弾幕の軌道が突然変わり始めて、今度はユキ人形の動きを先読みするかのような

軌道になる。突然の変化に対応できなかったユキ人形は被弾してしまう。

 

「あんたの人形は避けるのが上手みたいだからね。今度は命中率を強化させてもらったわ」

 

「…くっ!」

 

あの時の強化はそれだったのか。しっかり対策されている。霊夢はそのチートに近い鋭い勘で確実に望んだ能力アップを果たしてきた。

相手としては堪ったものではない。チルノが似た技を使っていたが、どう考えてもそんな都合のいい技ではない。あくまでランダムなのだから。

 

これが博麗 霊夢、主人公の力といったところか。全く恐れ入る。

 

「…まだ、まだ何かあるはず」

 

それでも、いくら理不尽な戦いでもこのバトルに負けるわけにはいかないんだ。

考えるのをやめてはいけない。

 

「(ユキは火力はあるけど、技構成的に防御を固めることが出来ない。所謂パワータイプ。やっぱり、ここは攻めに転じないといけないよね…)」

 

ごり押しではあるが、そうでもしないと突破が困難だろう。

ユキ人形の火力でとにかく押して攻めまくる。これで行こう。

 

「…行くぞ! ユキ! 陽の気力!そして弾幕に続いて走っていくんだ!」

 

ユキ人形は指示通りに青い弾幕を打った後に続いて走っていく。

 

「やけになったのかしら!? 幻覚弾!」

 

れいむ人形は紫の弾幕を放つ。それは弾数を増やしていきながら襲い掛かる。

 

「…その技は見切っている! ユキ! 弾幕同士が当たっていないところを見極めるんだ!」

 

ユキ人形は走りながら弾幕を注視し、弾幕同士が着弾していく中に偽の弾幕がないかを

探す。すると一つだけ弾幕が透けていったのが分かり、ユキ人形は残っている自分の弾幕の後ろに回り込み弾幕を回避する。

狙い通り、距離を詰めることに成功した。

 

「よし!そこから 火遊び!」

 

「…ちっ!かわしなさい!」

 

ユキ人形の放った炎はれいむ人形に紙一重でかわされる。

まさかあの距離でかわすなんて…やはり回避率の上昇が効いているようだ。

 

「技の性質を知っていたとはね」

 

「光ちゃんの人形が使っていましたからね。経験が生きました」

 

霊夢は技を見切られたことに驚く。偶然ではあるがあの技は一度経験している。

…ということはれいむ人形のタイプはげんげつ人形と同じか?

 

あの戦いも決して無駄ではなかった。死にかけたけどね。

何故かあの時負った傷跡は残っていないけど、本当にどうしてだろうか。

 

「…ホントに油断出来ないわねアンタは。さっきのは結構危なかった(…悔しいけど、才能はあるわね)」

 

「次は攻撃を当てて見せますよ(やっぱり強いな…即座に対応してきた)」

 

 

「(す、すごい…。舞島さん、もしかしたら勝っちゃう?)」

 

 

霊夢は先程の行動を見て不服そうではあるが、鏡介を心の中で少し認め始めていた。

だが同時に譲れない、負けたくないという感情もある。彼女は異変解決の専門家。ぽっと出の外来人に異変関連で遅れを取るのは、彼女のプライドが決して許しはしない。

 

「(保険に回避を上げて正解だったわね…。攻めに転じてきたみたいだから防御技の「森羅結界」を使いたいところだけど、相手は逆にそれを狙っている。

 迂闊には使えないわ。…こっちも仕掛けるべきかしら)」

 

「(かわすことを優先したということはあの防御技の隙を狙ってるのはバレている。使わざるを得ない状況をどうにか作れないか…?)」

 

様々な思考が巡り合う。

 

「れいむ! 誘導弾!」

 

先に仕掛けたのは霊夢。指示を受けた人形は札弾幕を直線上に放つ。

 

「ユキ! ジャンプしてかわせ! そこから陽の気力!」

 

あの技を長く使わせてはいけない。その名の通り、当たるように誘導してくる厄介な技だ。

命中も上がって凶悪な性能と化してもいる。ユキ人形は青い弾幕を放ったが、同時に数発被弾した。そのまま落っこちてしまう。

 

「かわしなさい!」

 

れいむ人形は攻撃を一旦やめ、弾幕をかわす。

 

「まだだ! 摩擦熱!」

 

仰向きになりながらも、ユキ人形は火の粉をれいむ人形に放つ。

連続攻撃に流石のれいむ人形も完全にはかわし切れず、服に火がついてしまう。

 

「よし、当たった!」

 

「無駄よ。こっちには「治癒の符」がある!」

 

れいむ人形は治癒の符をかざして使用しようとする。

 

「ユキ! 使わせるな! 火遊び!」

 

「なっ!?」

 

素早くユキ人形は立ち上がり、手から炎を放つ。

とにかく攻め続けて行く。このチャンスは絶対に逃さない。

 

「(…成程。今度はその隙を突いてくるか。不味いわね…。あんまりこの状態を長引かせたらダメージが蓄積する)」

 

「(致し方ないか…) 森羅結界!」

 

霊夢は何とか治癒の符を使わせる為に防御態勢に入る。そしてれいむ人形は治癒の符を使用して、

 

 

『アビリティ:倹約家  発動』

 

 

アビリティでアイテムを元の状態に戻す。

 

そして同時にスカウターから何か他の情報が流れた。…!これは…。

 

「(よし、これで火傷は回復したわね。後は…!またいない!?)」

 

霊夢は火傷の回復に気を取られている余り、ユキ人形がどこかに移動したことに気が付かなかった。

 

「…また上か!」

 

上を見上げるとユキ人形は高くジャンプしていた。

その際、上を見上げた霊夢は日差しに思わず目を眩ませてしまう。手で眩しさを覆うことを忘れてしまう程に、彼女は動揺していたのだ。

 

 

「 ユキ! ファイアウォール !!! 」

 

 

大声で指示を出すと、ユキ人形は両手で炎の壁を作った。

炎の壁はこの道の幅を覆いつくす程の大きさとなって下敷きにしようとする。

 

「ファイアウォールですって!?…っく!」

 

「横なら兎も角、ここでは上からの広範囲技は避けようがない!」

 

「(…この大きさはとても避けられないわ。防御技も使ったばかり…くそっ!もう一度一か八か使うしか…!)」

 

眩んだ目を抑えながら、霊夢は思考をフルで稼働させる。だが、この状況で出来る選択肢はもう限られていた。

 

 

 

「行けぇーーっ!!」

 

「 …森羅結界 !! 」

 

 

 

「…ってこっちも巻き込まれちゃうじゃない!? うわわーー!!」

 

審判の光は炎の壁に巻き込まれそうになり、慌てて近くの川に飛び込む。

 

そして、炎の壁はれいむ人形を下敷きにしながら地面に着面する。

激しい熱気が辺りを襲う。川は干上がる勢いで蒸発していき、あたりの草花は焼け落ちていく。すさまじい威力だった。

 

「あっつ!?」

 

耐え難い熱気はトレーナーである二人にも容赦なく襲い掛かる。

 

「…離れた方がよさそうね。捕まりなさいっ!」

 

霊夢はこちらに飛んできて鏡介を担ぎ上げると、上空に避難した。

自分は軽く50kgはあるのだが、それを軽々と持ち上げたことに鏡介は驚く。それも視界がはっきりしない状態で、だ。

この世界の女の強さを実際に垣間見る瞬間であった。

 

…しかし、「ファイアウォール」が、覚醒した時に使った「ヴォルケイノ」並みの威力であることは予想外だった。

あれを使う場面はこれから考えた方がいいかも…。

 

 

 

しばらくして炎の壁は消滅。大丈夫だと判断した霊夢は鏡介を降ろし、元の位置に戻る。

 

「滅茶苦茶な威力ね。どうなってるのよあんたの人形は」

 

「…正直自分も予想外でした…。そう言えば光ちゃんは?」

 

川に飛び込んだのは見ていたが、無事だろうか。

 

 

「…ぷはっ!」

 

 

噂をすれば川から光が浮かんでくる。

 

「大丈夫ー?」

 

「大丈夫じゃないわよ!何よあんな攻撃危なすぎでしょ!」

 

こんな狭い道で広範囲技を使ったばかりに巻き込んでしまって申し訳ない。

 

「ほら、捕まりなさい」

 

すぐさま霊夢は飛んで光に駆け寄り、川から引き上げる。

 

「あ、ありがとうございます霊夢様!(はぁ~♪霊夢様に私手を握ってもらっちゃった…)」

 

「ぼさっとしてないで。審判でしょ?」

 

「あ、はい!」

 

光は我に返り、二体の人形の様子を伺う。二体の人形は互いに倒れていた。

 

れいむ人形は目を回し黒焦げになって倒れていて、ユキ人形は仰向けになりながらもかすかに意識はある。

 

「…えっと、結果を発表します!れいむ人形、戦闘不能! よってこの勝負…」

 

 

 

「舞島さんの勝利ですっ!!」

 

 

 

光は声高々に、バトルの結果を告げた。

 



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第二十六章

鏡介と霊夢による人形バトル。

ついに決着がつき、バトルを制したのは…

 

 

「…れいむ人形、戦闘不能っ!よってこの勝負、舞島さんの勝利ですっ!!」

 

 

外来人の人形遣い、舞島 鏡介であった。

 

「や…やったぁ!!ユキ、それにしんみょうまるも!よく頑張ったなぁっ…!!」

 

鏡介は倒れているユキ人形に駆け寄り抱き寄せながら、一緒に喜びを分かち合う。

抱きかかえられたユキ人形は嬉しそうに微笑んでいた。

 

「……」

 

その一方、霊夢は何も言わずに人形を宝石に戻す。冷静な行動であった。

しかし、宝石に戻した後にそれを強く握りしめていることから、感情を抑えているのが伺える。

 

「(負けた…初めて、負けた。今までずっと勝ち続けてきたのに…)」

 

博麗の巫女の敗北。

戦いの形はどうあれ、この幻想郷でそれは決して許されるものではない。霊夢は初めて味わった敗北に戸惑いを隠せずにいた。

 

「霊夢さん、これで旅を認めてくれますか?」

 

「…まさか、アイテムを持たせたことが敗因になるなんて、ね」

 

「え?」

 

「…何でもないわ。悔しいけど、私の負け。…調査をしたいのなら、あんたらの好きにすればいい。ただし、何かあっても自己責任よ。ここはそういう世界だから」

 

鏡介が話しかけると霊夢は何か口ずさんだが、どうやら認めてくれたようだ。

だがその後、霊夢はそそくさと人里へ行ってしまう。人形の回復をしに行くのだろうか。

 

「行っちゃった…」

 

「霊夢様…後ろ姿もカッコいい…」

 

「それにしても、勝てて良かったぁ…」

 

安心して力が抜けたのか、鏡介は思いっきり肩を降ろす。何せあんな無理矢理な要求をしたからには負けられなかった。

 

そして、今回もまたユキ人形には助けられてしまった。この子は何というか、いざという時に頼りになるな。

 

「あの霊夢様に勝つなんてね。やるじゃない舞島さん!…でも、霊夢様は確かもう一体人形を持っていたはずなんだけど、今回は出さなかったのかなぁ?」

 

どうやら光の知るところによると、霊夢は人形をもう一体持っていたようだ。

今回は自分が二体しか持っていないから制限してくれたのか?

 

「ちなみにどんな人形なの?」

 

「えっとね、炎を吹いて力持ちで二本の角が生えていて、いつもお酒飲んで酔っ払ってる鬼の人形よ。名前は知らない」

 

火を吹く力持ちの二本角の鬼…。こっちが知っている「鬼」と大体イメージは一致してるかな。

 

「(鬼か…。すごく強そうだけど、今回はあえて天狗の人形で勝負を仕掛けたんだね…)」

 

もう一体の人形の特徴を聞く限りだと「炎」、もしくは「闘」タイプは持っていそうだし、こっちの方が相性は有利だったのではないだろうか。

やっぱり手を抜いていたのか?いや、彼女は少なくともそんな甘いことはしないと思う。何か理由が?…いまいち腑に落ちないな。

 

「…ま、これで旅を続けることが出来るようになったんだし細かいことはいいじゃない。ほら、行きましょ?舞島さん」

 

「う、うん」

 

光は考え込んでいる鏡介を後押しして先に進む。

 

 

道中は本物の妖怪に出会ったり、人形遣いに勝負を挑まれたりで大変だったがワクワク

する気持ちが勝りあまり苦にはならない。やはり冒険とはいいものだ。

 

 

人形にも出会った。

人里で会った人形解放戦線が使っていたリグル、ミスティア、ルーミアの人形。

捕まえるかは迷ったが、人形の回復が済んでいない状態であった為今回は見送り。

仮に捕まえても結構弱点が共通していることもありバトルで使うかは怪しい。だけど、捕まえたらせめて可愛がることにする。

 

「あ、ここだ。…「香霖堂」って書いてる。うん、間違いない」

 

地図を確認して呟く。とりあえずの目的地である「香霖堂」に着いたようだ。

店の外には様々なものが置いてある。中にはこちらでも見覚えがあるガラクタや看板、

標識があるみたいだ。…一体何屋さんだろうか?

 

「ここって確か外から流れてきたものとかを売ってるちょっと変わった店ね。舞島さんにはちょっと退屈かも?」

 

「ふーん。外っていうと、僕のいる世界のことだよね?…そういえばここは「忘れられたものがたどり着く世界」なんだっけ。

 そうか、どおりで見覚えがあっても知らないものばかりなわけだよ」

 

光の説明でおおよそは理解出来た。

簡単に言うと、様々な中古のものを取り扱ってる店みたいだ。

 

「舞島さん、情報収集がてらに入ってみる?」

 

「うん、そうだね」

 

とりあえず店の中に入ってみることにした。ちょっとどういうのが置いてるかも気になるし…。

 

 

「ごめんくださ~い」

 

 

入り口のドアを開くと、小さく鈴が鳴り響く。

この感じ、何だか時代を感じる。

 

 

「いらっしゃい。…おや、初めて見る客だね」

 

 

声がする方に目を向けると、銀髪の眼鏡をかけた身長の高い男の人が座っていた。

この人がこの店の店主らしい。てっきりまた女の人だと思っていた為、正直驚いている。

 

「えっと、商品を見ても?」

 

「あぁいいとも。ゆっくりしていきたまえ」

 

店主の人は手元の本を読み返しながら返事をする。

 

「霊夢や魔理沙以外がここに来ることは滅多にないから、何だか新鮮だな。…ところで君、最近噂の外来人かな?」

 

「え?…えっと、もしかして新聞で?」

 

「あぁ。…そうか君が舞島君なんだね。魔理沙から色々聞いてるよ。僕はここの店主の森近 霖之助(もりちか りんのすけ)だ。よろしく頼む」

 

「あ、はい。舞島 鏡介です。こちらこそ宜しくお願いします」

 

挨拶を返すと鏡介は商品を見始める。そこには色々興味を惹かれる物があった。

男というのはこういうのが好きなものだ。すると、鏡介は一つの青い遊具に目が行った。

 

これは小学生の頃よく遊んだおもちゃだ。確か名前は「バトル〇-ム」。

懐かしい。CMは今でも覚えている。

 

それにしても、この世界はうわさが広まるのが早いらしい。まさかこんなところまで浸透しているとは…。

どうやら新聞を配っている人物がいるらしいが、なんという仕事の早さであろうか。

 

「…あのー霖之助さん。人形について知ってることはないですか?あ、私は光(ひかる)っていいます」

 

商品を見ている鏡介を尻目に、光が霖之助に聞き込みをする。

 

「うーん、残念ながら僕は人形についてはあんまり知らないな。この先の「魔法の森」に住んでるアリスっていう人物ならあるいは何か知ってるかもね」

 

「そうですか…。元々私達も魔法の森に向かってアリスさんに会うつもりだったんですが、あそこは瘴気があふれていて普通の人間は迂闊に入れないみたいなんですよね…」

 

光がここに向かう途中で思い出した。「魔法の森」には瘴気というものが溢れているということに。

これは耐性がない人じゃないと危険なものだ。しかし、どうにかしないと当然アリスという人物にも会えない。

 

だからここで何か対策できるものがないかと思い入ってみたが…。

 

「ふむ、それならこの「数珠(じゅず)」というアイテムである程度は瘴気の中を進めると思うよ」

 

そういって霖之助はこちらの世界にもよくあるタイプの球が大きめの数珠を取り出す。

 

「ホントですか!?それ下さい!」

 

「ひとつ100円で売ろう」

 

「…あっ」

 

光は懐から財布を出す。150円入っていた。これでは1つしか買うことが出来ない。

 

「…あーこれじゃ十分な数買えないなー…チラッ」

 

光は鏡介の方を何か言いたげに見つめる。

商品の鑑賞に夢中になってる僕への当てつけだろうか。

 

「…分かったよもう。霖之助さん、ここはアイテムの買取は出来ますか?」

 

「あぁもちろん。むしろ喜んで買い取るくらいさ」

 

自分が持ってる所持金でもちょっと足りなさそうなので、道中で手に入れた物を売却することにした。本当はもうちょっと見ていたかったけどしょうがない。

鏡介は鞄から次々にアイテムを出す。中には光の手柄の物もあったり。

何せ連戦続きでこっちの人形はボロボロ。練習がてら光に後半は戦って貰っていたのだ。

 

「銅銭が2つに時計が4つ、後砂金が1つだね。合計1100円になるが、いいかな?」

 

「はい。じゃあついでに数珠を…うーん、6つ下さい」

 

「毎度あり。数珠6つとお釣りの500円だよ」

 

鏡介は霖之助からお釣りとアイテムを受け取る。そして、光に数珠を3つ渡した。

 

「数はこれでいい?」

 

「うん、オッケー!お釣りは今回そっちが全部受け取ってね」

 

「そう?分かった。」

 

500円分のこの砂金は光が手に入れたものだったから渡そうと思ってたが、本人がいいと言うなら遠慮なく貰おう。これで所持金は750円となった。

 

「とりあえずはこれでアリスさんに会えそうね。霖之助さん、ありがとう!」

 

「どういたしまして。…そうだ君達、ついでに頼まれてくれないか?」

 

そう言うと霖之助は小さめの荷物を取り出した。

 

「これをアリスの下に届けて欲しい。この間修理を依頼されていたものなんだ」

 

「えぇ、いいですよ。修理も出来るなんてすごいですね」

 

鏡介は渡された荷物を受け取って鞄にしまいながら話す。

…ひょっとしたら霖之助も何かしらの能力を持っている人物なのだろうか?

 

「魔理沙がよくマジックアイテムを壊すものでね。こういうのは慣れてるんだよ」

 

「アハハ…成程、そういうことですか」

 

結構この人も苦労してるらしい。

しかしその表情から察するに嫌々というよりは好きでやってるという感じがする。

 

「じゃあ頼んだよ。「魔法の森」は店を出て東にある」

 

「はい。ありがとうございました!」

 

霖之助にお礼を言い、二人は香霖堂を後にした。

 




投稿が週一ペースになりつつある今日この頃

後、調べたら魔導書の売却額は1500円でした。ガバガバじゃねーか!


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第二十七章

鏡介と光の二人は、香霖堂の店主から聞いた情報を頼りに先に進む。すると森の入口が見えてきた。

 

「ここかな?」

 

「…うん、だと思う。入口なのにもう私気分が悪いわ…」

 

この森から溢れている「瘴気」というものの影響だろう。「魔法の森」はここで間違いなさそうだ。

 

「舞島さんは平気なの…?」

 

森の瘴気に当てられ気分を悪そうにしながら光は鏡介に尋ねた。

 

「うん、僕は何ともない。…光ちゃん大丈夫?」

 

「…大丈夫じゃない…」

 

光の顔色が悪い。この森から溢れている「瘴気」は、耐性がなかったら人体に悪影響を及ぼす。

香霖堂で先程購入した数珠がなければ先にはとても進めなかっただろう。

 

「光ちゃん、数珠を使っておこう?」

 

「そうだね…」

 

光は右腕に数珠をはめると、使用者を中心に球状のバリアを展開した。

このバリアが瘴気を防いでくれるみたいだ。

 

「ふぅ、少し気分が良くなったわ。効果覿面ね」

 

「もしかして、光ちゃんって体弱いの?僕は何ともないのに」

 

自分と光の影響に差を感じて鏡介は疑問に思う。この調子で魔法の森の探索が出来るのかが少し不安になってくる。

 

「いや、むしろ舞島さんが平気なのが不思議なんだけど。私じゃなくても普通はこうなるわよ」

 

「え…そうなの?何で僕平気なんだろ…う~ん…」

 

確かに言われてみれば不思議である。自分だって普通の人間のはずだ。特殊な能力なんて一切持ってはいない。

体に免疫などが出来ていない限りは普通は光のようになるはず…免疫?

 

「そういえば、人里に来る途中に人形の毒で死にかけたことがあったけど…それかな?」

 

身に覚えがある出来事を鏡介は思い出す。

正直あれは本当に危なかった。出来ることなら、あんな体験は二度と御免だ。

 

「…舞島さん、いくら人形が可愛いからって毒持ってる人形と接触したの?命知らずね…」

 

「え?いやそうじゃないよ!?いるとは知らずに樽に手を突っ込んだら嚙まれちゃったんだよ!?」

 

光にあらぬ誤解をされる。すっかり人形愛好家扱いだ。…まぁ否定も出来ないが。

 

「ほら、これで瘴気も怖くないから先に進むよ光ちゃん」

 

話題を咄嗟に切り替え、鏡介は森の奥へ進んでいく。

 

「あ!ちょっと待ってよー!」

 

話を途中で切られ慌てつつも、それに続いて光も後を追う。

 

 

そして魔法の森の中に入った二人は、景色に圧倒される。

 

「おぉ…すごい。正にファンタジーの世界だ」

 

さっきまでいた外とは別世界に来たような、そんな気分になった。

まず真っ先に鏡介の目を引いたのは大きなキノコ。こんな綺麗な色の巨大なキノコはあちらではまずあり得ない。

よく観察してみると、それは発光しているのが分かる。

 

「わぁ…綺麗…」

 

光も珍しそうに目の前のキノコを見ている。

でも流石に得体のしれないものではあるので触ることはしなかった。賢明と言える。

こういうのに限って危ないものだったりするのもファンタジーあるあるだし。

 

そして、こういった森には大抵あの種族がいたりする。

 

 

「あ!人間だ!捕まえてやる!くらえー!」

 

 

すると向こうから誰かの声が聞こえたと同時に何かを投げつけられる。これは…封印の糸か?

 

「あれ?捕まらない…何でー?」

 

声がする方に振り向くと、背中に羽が生えている女の子がいた。

噂をすれば何とやら。間違いない。おそらくこの子は妖精だろう。

 

人形解放戦線にも妖精が何人かいたようだが、その子らとは違って羽に特徴的なものは感じられない。

一般妖精といったところだろうか?

 

「ごめんね、僕らは人形じゃないんだ。…はい。今度はちゃんと人形に使うんだよ?」

 

「はーい」

 

投げられた封印の糸を妖精に返す。素直ないい子だった。

 

「そうだ。君アリスって人の住んでるところ知らないかな?」

 

この森に住んでる妖精だ。何か知ってるのではと思い道を聞いてみる。

 

「えっとねー、確かあっちにあった。ここからだと結構遠いよー」

 

妖精の指を指す方向に目を向けるといくつかの分かれ道があった。

あの先を進んでいく必要があるみたいだ。確かに道のりは長そうに感じる。

 

「うん、ありがとう。助かったよ」

 

「それほどでもないっ!じゃあねー!」

 

お礼を言うと妖精はどこかへ行ってしまった。

この世界の妖精は頭は悪いようだが、話せば分かる比較的温厚な種族らしい。

恐らくこの森にたくさんいるであろうから、聞いていけば迷わずには済みそうだ。

 

しかし、問題が一つある。

 

「光ちゃん、アリスさんを見つけるのにどれだけ時間がかかるかわからないし、この先着いていくのは危ないと思うよ」

 

そう、距離の問題だ。購入した数珠は合計6つ。自分の分を光に渡しても、

行きと帰り分まで持つか正直不安なところである。光は数珠がないとこの森にはいられないとなると、同行するのは危険であろう。

 

「…そうね。残念だけど、私は外で待ってる方が良さそう」

 

光もそれを薄々思っていたのだろう。言おうとしていたことを先に口にする。

 

「うん、ここは僕に任せて。後、数珠は光ちゃんにあげるよ。僕には無用の長物みたいだからさ」

 

500円分のお返しではないが、3つの数珠を光に渡す。

これから何かあってもこれでしばらくは大丈夫だろう。何事もないことを祈りたいが。

 

「ありがと。気を付けてね」

 

そう言って光は来た道を戻っていった。

 

「…さて、ここにも人形使いはいるだろうし戦えるように準備しておこう。あんまり待たせても悪いから急いで向かわないとね。」

 

さっきの妖精を見た限り、ここには人形を持っている妖精もいることが十分予想される。

 

鏡介は人形達を出して甘味処で購入した白玉団子を食べさせてあげた。

おいしそうに食べる人形達を見てこれには思わずホッコリ。

 

「…よし、行こう!ユキ、しんみょうまる!」

 

団子を食べ終わって人形達が元気一杯になったのを確認した鏡介は、森の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

一方その頃、光は無事に魔法の森の外に到着。

待ってる間暇なので香霖堂近くにいるお菓子を食べている妖怪に話しかけることにした。

 

「こんにちはー!それおいしそうですね」

 

「こんにちはぁ。あなたも食べる?一杯あるよ」

 

この妖怪は「静か餅」という妖怪だ。妖怪の中では友好的で人懐っこい性格をしている。

それを知っていた光は話し相手としてちょうどいいと判断し、接触を図った。

 

「じゃあ遠慮なく。いただきまーす!…甘くておいしい!」

 

「フフッ、まだまだ一杯あるわよぉ。どんどん食べて行ってねぇ♪」

 

おいしいと言われ嬉しいのか、どんどんお菓子を提供する静か餅の妖怪。

 

「…そうだ!げんちゃんにも分けてあげよ!出ておいで!」

 

宝石からげんげつ人形が出てくる。何回か戦闘をした為、回復をするにはちょうどいい。

 

「あらぁ?その人形、珍しいわねぇ」

 

妖怪はげんげつ人形を見てそう言った。

 

「そうなんですか?」

 

「私は結構ここら辺の人形に詳しいけど、この子は初めて見るわぁ」

 

「(…へぇ、私って相当運が良かったのかな?)」

 

げんげつ人形にお菓子を食べさせながら、光は妖怪の話を聞く。

普段はムスッとしているが、お菓子を食べている時は嬉しそうに頬張る可愛らしい一面を見せた。

これで変態じゃなかったらなぁ。この人…基妖怪は人形じゃないし大丈夫だろうけど。

 

 

光はしばらく妖怪と世間話をした。

妖怪の話によると、この森にはアリスの人形がいるらしくその人形は滅多に見つからないそうだ。おまけに強いらしい。

そのアリスの人形に興味を惹かれ、詳しく特徴などを聞いておいた。これは是非捕まえたい。

 

しかし今回は時間制限がある。なるべく効率的に探す必要があるだろう。

鏡介が帰ってくるまでに出来れば捕まえたいところ。

 

「…ん?」

 

ふと光は誰かに軽く突かれた感覚に見舞われ、その方向に振り向く。しかし、そこには誰もいなかった。

 

「呼びました?」

 

「?私はなにもしてないわよぉ」

 

話していた妖怪の仕業ではない。…気のせいだろうか?するとまた別方向から突かれる。

 

「な、何なの?一体誰が…」

 

「…あー、もしかしたら人形の仕業かもぉ。この森にはイタズラ好きの妖精の人形が一杯いるからねぇ」

 

「妖精の人形?…成程」

 

どうやら森の入った際に付いてきたらしい。自分は今イタズラをされているようだ。

 

「げんちゃん! 周りに人形がいないか見て!」

 

げんげつ人形に指示を出す。

同じ人形なら何か感じ取ってくれるのではないだろうか。

 

「…!」

 

すると早速反応があった。

げんげつ人形は真っすぐ何かを見据えている。そこに何かがいるみたいだ。

 

「げんちゃん! エンジェルラダー!」

 

げんげつ人形は何かがいるところに向かってレーザーを放った。

するとその何かが正体を現し、攻撃を回避する。

 

妖怪の言った通り、このイタズラは人形の仕業だった。しかも3体いる。

それぞれツインテールの活発そうな人形と栗みたいな口をしている大人しそうな人形、そしてロングヘアーで一人だけ黒髪のおっとりした人形だ。

さっきまで姿も見えず音も気配もなかった。きっとこの人形達の能力だったのだろう。姿がばれてしまった人形達は森の方へ慌てて逃げていく。

 

が、栗みたいな口をした人形が転んでしまい、二人に置いてかれてしまう。

何と運のない子だろうか。そして目の前には白い悪魔が微笑んでいた。悪夢のような光景に栗口人形はガタガタ震えている。

 

げんげつ人形はおびえている栗口人形を他所に髪を撫でまわす。

そして徐にファッションを見始めた。

 

「…!げんちゃんその子も守備範囲なの!?」

 

げんげつ人形は隅々までその人形の服装を観察。されてる側は失神寸前になっている。

しばらく観察した後げんげつ人形は頷く。何かが良かったようだ。そして、光のほうを向くと何かを訴えるような表情になる。

 

「…もしかして、捕まえて欲しいの?げんちゃん…」

 

げんげつ人形は頷く。この栗口人形が気に入ってしまったようだ。

 

「…まぁいいけどさ。優しくしてあげてね?」

 

げんげつ人形は不敵に微笑む。…それはどっちの意味なんだ?

 

若干納得がいかないが、げんげつ人形の機嫌を損ねるのはまずいと判断し捕まえることに。

光は栗口人形に向かって封印の糸を投げつける。

栗口人形は封印状態になった後、すぐに手元に戻ってきた。精神ダメージが相当大きかったのだろう。戦わずに捕まえられた。

 

「…ワーイニンギョウゲットシター」

 

「あらあら、可哀そうなルナ人形ねぇ」

 

妖怪が憐みの言葉を投げ掛ける。この人形は「ルナ」という名前らしい。

可哀そうではあるが、捕まえた以上ルナ人形とはこれから長い付き合いになるだろう。…使うかは怪しいけど。何かあんまり強そうじゃないし。

 

「…せめて大切にします。はぁ…」

 

これからの人形のゲットに不安を覚え始める光だった。

 



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第二十八章

魔法の森の中を進んでいく鏡介。

彼は人の身でありながら森から溢れている瘴気の中を物ともしない。あくまで仮定だが、あの時受けた毒がまさかこんなところで役に立つとは。

 

しかし、この森を歩く中で何匹もの妖精に絡まれた。主に人形バトル関係で。自分が思っていたより多くいた。

今はこうして道案内をして貰うまでに仲良くなったが、もう人形共々限界だ。

 

「ほら、あそこあそこ」

 

「アリスが住んでるとこ~」

 

案内して貰っている妖精達の指差す方向には立派な家が聳え立っていた。

この森の雰囲気に合った洋風の建物で、いかにも魔女が住んでいそうで幻想的だ。ここに「アリス」という人物が住んでいるらしい。

 

話によると「アリス」という人物は魔理沙と同じ魔法使いで、人形について詳しい人物とのこと。

今回の異変について何か情報を得られる可能性が高いということで、こうして赴いて来た。

 

「ありがとう、すごく助かっちゃった」

 

道案内をしてもらった妖精達にお礼を言う。

 

「うん、またあそぼーねー!」

 

「今度人形バトルのコツおしえてよねっ!」

 

「次はまけないぞー!」

 

「にんぎょーかいほーせんせんに興味あったら入ってねー!」

 

妖精達の激励の言葉に笑顔で手を振って答える。

今度来ることがあればちゃんと付き合ってあげよう。約束したし。…約一名妙なこと言ってた気がするが気のせいか?

 

そして妖精達はバラバラにどこかへ行ってしまった。

 

「…よし、じゃあ早速行ってみよう」

 

見送り終わった鏡介は洋風の屋敷へと足を運ぶ。

近くで見ると、このような森の中の建物であるにも関わらず壁に植物など一切生えたりしておらず綺麗な状態だった。

手入れが行き届いて、誰かが住んでいるということがそれだけで分かる。それもかなりの綺麗好きだろう。会うのに少し緊張してきた。

 

「コホン……御免下さい」

 

恐る恐る、木製のドアにノックを二回鳴らした。

インターホンは見たところなさそうなのでノック方式で住んでいる人を呼んでみたが…来てくれるかな?

というか、そもそもいなかったらどうしよう。その辺は考えてなかった。

 

「はいはい、今出るわ」

 

ドアの向こうから女の人の声が僅かに聞こえ、足音が徐々に近づいてきた。

音を聞いている限り、木製のフローリングの下を靴で歩いているように聞こえる。

 

そう言えば、こちらの外国では家の中で靴は脱がないらしい。まさか本当だったとは。

どうやら建物だけではなく、住んでいる人の風習も洋風なようだ。

自分のところでは家の中は靴を脱ぐ風習である為、これにはすごく違和感がある。

霊夢の家では靴は脱いだし、住んでる人によってこういった違いがあるのは少々ややこしい。

 

足音が止まると、目の前の木製ドアが開く。そしてドアの向こうから金髪で金色の瞳の女の人が姿を現した。

ある程度予想した通り、顔立ちや服装は洋風だった。しかし、まるで人形のようにその綺麗で現実離れした容姿に思わず時が止まったかのようにしばらく見とれてしまう。

 

「あら、人間が来るなんて珍しいわ。…迷ってしまったのかしら?」

 

「え…?あえーっと…」

 

意識が疎かになっていた為、話しかけられてハッとなる。見とれていたなんてとても言えない。

 

「えっと、は、初めまして。僕は舞島 鏡介と言って、今起こっている人形異変の調査をしている者で…迷って来た訳ではないです…」

 

とりあえず軽く自己紹介をする。

顔が熱い。鼓動も早くなっている。綺麗な女性を前に緊張してしまっているようだ。

 

「これはご丁寧にどうも。私はアリス・マーガトロイドよ。それで、私に何か御用かしら?」

 

妖精達の情報通り、ここに住んでいる人は「アリス」で合っていた。ひとまずは安心。

 

「今日はその…アリスさんに用があってですね、はい。…霖之助さんに配達を頼まれて」

 

「霖之助さんから?…そうだわ、例の物を修理に出していたのよ!わざわざ届けてくれたのね、ありがとう」

 

「い、いえ…それほどでもっ…」

 

用件を聞いたアリスは嬉しそうに笑みを浮かべる。

鏡介はそれを直視するのは色々ヤバいと判断し目を逸らしながら返答する。

 

「…こちらになります」

 

鞄から渡されたものを取り出し、アリスに差し出す。

 

「…うん、間違いないわ。ご苦労様。ここまで来るの大変だったでしょう?上がっていきなさいな。お茶を出すわ」

 

「えっ!?いや、うーん…」

 

アリスからお茶に誘われ動揺する。

この人から聞きたいことがあるからありがたい申し出ではあるのだが、女性の家に上がるのは人生経験上初めてだ。緊張するなというのが無理な話である。

霊夢の家にも上がってはいるが、あの時は状況が状況だったしノーカンだ。

 

「えっと、少しだけなら…。待たせている人いますので…」

 

「分かったわ。じゃあ、どうぞ上がっていって」

 

アリスに案内され、鏡介はアリスの家にお邪魔する。

 

 

 

 

 

 

一方その頃、魔法の森にて

 

「ねぇあの人間なにやってるんだろ?」

 

「さぁ?キノコでもさがしてるんじゃない?色黒の魔法使いみたいに」

 

妖精達は草むらで何かをしている人物を見てヒソヒソと話している。

イタズラ好きである彼女らは隙あらばちょっかいを出すものだが、その人物が放っている独特のオーラにビビッて手を出せないでいる。

 

「……」

 

妖精が群がっていることも知らず、光は草むらに隠れながら集中して何かを待っている。

その目先には数珠が置いてあった。

 

「…かからないわね。情報によるとマジックアイテムを収集してるらしいけど…もっと高価なものじゃないとダメかしら?」

 

光は静か餅の妖怪から聞いた情報を下に「アリス人形」探している最中だった。

鏡介が戻るまでに済ませないといけない為、効率的にやる必要がある。

 

「しょうがない。舞島さんには黙ってたけど、これを使っちゃおう」

 

埒が明かないので光は仕掛けるアイテムを変更することにした。

手に入れたアイテムは鏡介にすべて渡したのだが、実はこっそり自分で持っていた

ものがある。不思議な感じがして綺麗であった為、独占しようと思っていたのだ。

 

「この結晶をここに配置してっ…と」

 

光は数珠の代わりに綺麗な結晶をセッティングする。

恐らくマジックアイテムだろうし、絶対希少なものだ。これで来てくれるといいのだが。

 

「…!何か来た…!」

 

早速反応あり。さて、目的の人形であろうか?

 

「…♪」

 

近づいてきたのは黒髪の妖精の人形だった。外で見たのと一緒だ。違う。

 

「げんちゃん、陰の気力。追い払うだけでいいよ」

 

小声で一緒に張っているげんげつ人形に指示を出す。

げんげつ人形は赤い弾幕を人形の足元に向かって放った。突然の攻撃で人形はビックリして逃げ出す。

 

「ナイスよげんちゃん!…どうしたの後ろなんか向いて?」

 

げんげつ人形は視線を感じる方向に睨みを効かせる。

 

「!?何かこっち見てない!?」

 

「に、にげろー!!」

 

「ひぃーおたすけー!!」

 

こっそり見ていたことに気付かれた妖精達は一斉に逃げ出す。

 

「…妖精に見られてたのね。何されるか分からなかったわ。ありがと、げんちゃん!」

 

げんげつ人形はやれやれといった表情になる。

もっとしっかりしろってことかな。…うん、ごもっとも。

 

今度は周りに注意しながら光は引き続き見張りを始める。

 

「…!来た!」

 

人形が近づいてくる。今度は…金髪の人形のようだ。

 

「…赤いカチューシャに青い服、そして周りに小さな人形連れている…ビンゴ!ありす人形だわ!!」

 

聞いた情報と一致した人形の出現にテンションが上がる。

 

ありす人形は結晶のアイテムを珍しそうに眺めている。

そしてそれを持ち帰ろうと小さな人形を操り始めて隙だらけになったところを、

 

「今よ!げんちゃん 幻覚弾!」

 

すかさず光は人形に指示を出し攻撃する。

紫の弾幕がありす人形を襲うが、周りにいる小さな人形達が身代わりとなって本体に当たらなかった。

そして攻撃されたありす人形は結晶のアイテムを持ち出し逃げ出す。

 

「あ!逃がさないわよっ!後、それは返しなさーい!!」

 

逃げ出したありす人形を光はダッシュで追いかけていった。

 



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第二十九章

「…成程ね。人形異変については私も気になっていたのよ。」

 

アリス邸にお邪魔している鏡介は、お茶を頂きながら色々話をしながら情報収集をしていた。

ついでに人形達もお菓子を頂いている。それで聞いた話によると、彼女はこの異変には関係ない。

まぁ、そう都合よく異変の主犯が見つかったら苦労はしないか。

 

「でも、私も今のところ人形についてあんまり理解出来てないわ。分かってるのは、人形は私じゃない誰かの「魔力」で動いているってことくらいね」

 

「「魔力」…ですか。成程」

 

流石、魔法使いだ。「魔力」の流れというものが分かるのだろう。僅かであるが、新しい情報が入手出来た。

 

「この子達から直接聞き出せれば早いのだけど…しゃべれる生き物じゃないみたいだからね」

 

「ハハッ、確かにそうですね」

 

鏡介は人形達に目を向けた。

ユキ人形は洋菓子を頬張っていて、しんみょうまる人形は和菓子をお行儀よく食べている。実に可愛らしい。

 

「…フフッ、舞島さん嬉しそうね。人形が気に入っているのかしら?」

 

「え!?その…アハハ…そうですね。この子達にはいつも元気を貰ってますよ」

 

人形達を見て自然に笑顔になっている様子を見られてしまった。恥ずかしい。

 

「アリスさんも人形を作っているんですよね?さっきからお仕事をしているこの子達がそうなんですか?」

 

周りには忙しそうにリビングで動き続けている金髪のおしゃれな人形達がいた。

異変の人形とは違い、アリスが糸で操っていることから別の存在であることが分かる。

これを全部一人でやってのけているアリスさんは本当にすごい。まるで大掛かりな人形劇を間近で見ているかのようだ。

 

「そうね。「魔力」を使って一斉に動かしているのよ。おかげで人手には困らないわ。魔理沙にはこういうの無理でしょうね」

 

話の中でさりげなく魔理沙を貶す。最近物を盗まれたらしいのでご立腹なのだろう。

 

「魔法使いって結構この世界にはいるんですか?」

 

「私の知っている限りだと、そこまでいないわ。私と魔理沙、後はパチュリーくらいね」

 

意外と少ないらしい。ポピュラーな種族だと思っていたが、お陰で人物は絞ることが出来る。

 

「…そうね。一応パチュリーもこの件に関係がないとは言い切れないから、尋ねてみる価値はあると思うわ。地図は持ってるかしら?」

 

「あ、はい。持ってます」

 

鞄から地図を出して差し出すと、アリスは湖があるところを指差した。

 

「ここの「霧の湖(きりのみずうみ)」の畔に、彼女がいる「紅魔館(こうまかん)」はあるわ。赤くて大きな屋敷よ。ルートは…」

 

アリスは紅魔館までのルートを分かりやすく説明してくれた。すごく助かる。

 

「…分かりました。じゃあ今度はそこに向かってみます。ご協力ありがとうございました」

 

「どういたしまして。あそこは悪魔が住む館よ。せいぜい気を付けなさい」

 

お礼を言っていると、地図が気になったのかユキ人形が地図の上に乗り凝視し初めた。

 

「コラコラ、お行儀が悪いぞユキ……?」

 

ユキ人形を持ち上げてあることに気が付く。

 

「そう言えば、アリスさんってユキと特徴が似てますね…。もしかして元の人物と知り合いだったり?」

 

金髪なのもそうだが、何よりもあの金色の瞳がすごく似ている。

思わず姉妹と錯覚するほどに。

 

「いえ、残念ながら知らないわ。…でも、そうね。確かに似てはいるかも」

 

どうやら知り合いではないらしい。我ながら変な質問をしてしまった。

何となくそう思ってしまったが、何故だろう?不思議だ。

 

「まぁ、こういった特徴は幻想郷では珍しくないわ。例えば八雲の式、毘沙門天の弟子の妖怪、あと魔理沙とかね」

 

アリスは例として他の金髪で金色の瞳の人物を挙げる。

 

「そうでしたか。…何かすみません変なこと聞いちゃって」

 

「気にしないで」

 

紅茶を飲んでアリスは口元を隠す。何かを悟られまいとするように。

そして飲み終わった後、小さくため息を吐いた。

 

「あ、そろそろ行かなくちゃ。お茶、ご馳走様でした。人形達まで回復をさせてもらって本当に助かります」

 

外に光を待たせていることをふと思い出した鏡介はお暇する準備を進める。

 

「そう。もうちょっとお話を聞きたかったけど、仕方ないわね。道中気を付けて」

 

「はい、ありがとうございました」

 

鏡介は見送られ、アリス邸を後にした。

 

「あの子、結構勘が鋭いわね。…人間だった頃を思い出しちゃった」

 

アリスは鏡介を見送りながらそう呟いた。

 

 

 

その後鏡介はしばらく進んでいき、森の出口に向かっていると、

 

「!何か来る…」

 

何かが近づいてくる気配がした。また妖精だろうか?それとも人形?

これでもう何度目だろう。そろそろ勘弁してほしい。

 

そしてその何かが姿を現した。それは、

 

「…え?確か、光ちゃんの人形になった…げんげつ?どうしてこんなところに?」

 

突然現れたげんげつ人形に戸惑う。

恐らく別個体ではない。こんな怖い人形一度見たら忘れないから。

 

「…うわっ!?」

 

すると突然げんげつ人形はものすごいスピードで近づき鏡介の服の襟元を掴む。

そして、ものすごいスピードで引っ張られていった。

 

「わーーーっ!!?ちょっと何なのーーー!?」

 

げんげつ人形の引っ張る力に逆らえず、鏡介はそのまま森の中を駆け抜けていく。

ジェットコースターに乗ってるかのようなスピードで障害物をすれすれで避けながら。

 

 

数分後、げんげつ人形はやっと止まってくれた。一体何だというのか。

げんげつ人形が見つめている先を見てみると、妖精達が何やら集まってそこにあるものを見物している。

 

「…!?光ちゃん!?外で待ってたんじゃなかったの!?」

 

そこには瘴気に当てられ倒れている光の姿があった。

 

「ごめん!ちょっと通して!…光ちゃんしっかり!」

 

妖精達をかき分けて鏡介は光の下へ駆け寄る。

 

「うぅ……やった……ゲットした…わ」

 

良かった。まだ意識はある。今から急いで外に向かわなければ…!

 

「お騒がせしましたぁーーーー!!」

 

鏡介は光をおんぶして、森の出口に走っていくのであった。

 



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外伝3

※注意


この外伝は、私が書いている小説「人間と人形の幻想演舞」の人形視点ストーリーです。
その為、人形が普通にしゃべります。そのことを注意した上でご覧下さい。

今回は、げんげつ人形が光に出会ってゲットをされるまでと、その後の視点になります。



「…どこにいったのかしらあの子は」

 

げんげつ人形は一の道にてもう一人の人形を探していた。

名前はむげつ。ちょっと変わった子だが、たった一人の家族で私の可愛い妹だ。

突然、「出ていく。探すな」と書置きを置いて私の前から消えてしまった。

 

あんなに可愛がっていたのに何が気に入らなかったというのか?

ちょっとコスプレさせて私好みの玩具になって貰っただけなのに出ていくなんておかしい。

 

私は今、相当機嫌が悪い。誰でもいいからなぶり殺してやりたい気分だ。

手頃な相手はいないだろうか。…ん?

 

 

「春ですよー!」

 

 

…妖精か。中々良い金髪ロングヘアーね。

でも残念。今は愛でる気分じゃない。私に出会ってしまったことを後悔して死ぬといい。

 

「…!?な、何ですかー!?」

 

目にも止まらないスピードでげんげつ人形は妖精の人形の懐に潜り込む。そして、

 

「スーハースーハー…hshshs…イイ…」

 

「ひ、ひぃ…!?」

 

その妖精の髪を変態的に愛で始める。

気持ちの悪い感覚に襲われた妖精は身震いし、恐怖を植え付けられる。

 

「…はっ!?いけない、つい発作が」

 

我に戻るげんげつ人形。

ストレス解消で襲ったのに綺麗な金髪を見て反応してしまった。これではダメだ。別の奴にしよう。

 

「あなたじゃ私を満たせないわ。消えなさい」

 

「(え、えぇ…)」

 

げんげつ人形から解放された妖精の人形は何で襲われたのか疑問に思いつつ逃げ出げ出す。

 

「…ふぅ、殺すのはもういいか」

 

エナジーを吸引したお陰で機嫌が良くなったげんげつ人形は改めて妹を探し始める。

しかし、どれだけ探しても見つかることはなかった。

 

「…いない。匂いは残っているけど、もうここにはいないみたいね」

 

誰よりも妹を理解しているのに見つけることが出来ないなんて、姉としてこんなに屈辱的なことはない。段々とイライラしてきた。

この頃反抗期になって言うこと聞かなくなった時はまだ可愛い抵抗だと思っていたけど、よほどお仕置されたいらしい。会う時が楽しみだ。

 

 

…何やら向こうから誰かが来ている。人間が二人か。

この私に挑もうというのかしら?身の程知らずね。まぁ大方人形遣いでしょうけど。軽くひねってあげましょう。

 

 

どうやら近づいてきた人間はしばらく物陰で様子を見ている。

気配を消すのが下手でどこにいるかバレバレであった。だが、ここはあえて隙を見せて相手を引き寄せることにしよう。

 

 

「ユキ! 摩擦熱!」

 

 

攻撃が来た。軽々と避ける。まぁ分かっていたから容易だった。

さて、私に勝負を挑んだ愚か者の顔を見てあげましょう。…人間の女の子ね。

攻撃を避けられて何故か喜んでいるけど、タイプではないわ。

 

「やるわね!でも、負けないから!」

 

「…!」

 

げんげつ人形は相手が使っている人形に思わず見とれる。金髪の活発な少女だった。

 

「か…可愛い…」

 

「え?えっと、どうも…」

 

突然の言葉にユキ人形は反応に困ってしまう。

 

「と、とにかく勝負よ!」

 

「フフッ…。いいわ、遊んであげる」

 

笑みを浮かべ答えるげんげつ人形。その表情からは余裕が見られた。

もしくは別の企みがある可能性もなくはない。

 

「行くよ! それっ!」

 

ユキ人形は炎をげんげつ人形に放つ。

 

「(……何だ、あんまり大したことはないわね)」

 

攻撃を見たげんげつ人形はその動き、技の精度を見極める。そしてユキ人形の実力はそれほどないと判断した。

げんげつ人形は赤い弾幕を片手で放つ。その弾幕は炎を打ち消し、ユキ人形に向かってすごいスピードで飛んでいく。

 

「うわっ!?」

 

間一髪弾幕を避けるユキ人形。

避けた弾幕は木に当たるとそこから亀裂が走り、倒れてしまう。

 

「!?」

 

「言っておくけど、今のは一番弱い弾幕よ」

 

実力差を見せつけられたユキ人形に緊張が走った。足も若干震え始める。

 

「そ、それが何!?負けないわよ!」

 

ユキ人形はそれでも強気に振舞う。怖くないと自分に言い聞かせるように。

 

「じゃあ、今度はこっちの番ね」

 

げんげつ人形は両手を広げ、紫の弾幕を放つ。

それは最初は少数の弾幕であったが、段々と数が増えていきながら襲い掛かる。

 

女の子の指示を受け、急いで弾幕を打ち消しにいくユキ人形。

しかし弾幕と弾幕がぶつかる瞬間、互いにすり抜けてしまう。

 

「…!な、何で!?」

 

「幻覚よ、可愛い子ちゃん♪」

 

種明かしをしながら笑みを浮かべるげんげつ人形。弾幕は無慈悲にユキ人形を襲う。

 

「きゃああぁ…っ!!」

 

ユキ人形は弾幕に被弾する。

当たったのは数発だけだったのにダメージが大きかった。ユキ人形は苦しそうにしている。

 

「(あぁ、お持ち帰りしたい…。緊張して足が震えてたのに強がっちゃって。可愛い♪)」

 

あまりにも実力差がありすぎて別のことを考え始めるげんげつ人形。

先程のユキ人形の仕草に思わず胸がキュンキュンしてしまっていた。

 

「…あ」

 

それ故に透けてきた相手の弾幕を避けるのを忘れてしまう。

少しだけ弾幕に被弾してしまった。

 

「もう、油断しちゃったわ。あんまり痛くないけどね」

 

相打ちという形にはなったものの、ダメージ差は歴然。

これではまるで勝負にならない。もっと私を楽しませてはくれないだろうか。

 

そう思っていると、隣にいた人間の男が人形を出して加勢をしてくる。

 

 

…しかし、それでも戦況は大して変わらない。

多少ダメージは蓄積したものの、それ以上に相手は消耗してしまっているのだから。

 

「…はぁ。大したことないわね。正直ガッカリよ」

 

人形遣いだか何だか知らないが、そんな実力でよく私に挑んできたものだ。

私は弱い奴が嫌いだから、二度と絡んでこないで欲しい。

 

「…そうだ。直接人形遣いを殺ってあなたを直接手に入れてしまいましょう」

 

「!?な、何を言って…?」

 

いいことを思いついた。

どうやらお気に入りのこの子は封印の糸で制御されている様子だし、持ち主であるその人形使いを殺してしまえば晴れてこの子をお持ち帰り出来る。

 

我ながら天才的な発想だ。

 

げんげつ人形は不敵に微笑みながら、指先にエネルギーを込める。

 

「!や、やめっ…!」

 

ユキ人形はげんげつ人形が何をしようとしているかを理解して止めに入るが、

時すでに遅し。無慈悲にもレーザー攻撃は女の子を襲う。

 

 

しかし、男の子がいち早く反応して女の子を突き飛ばす。

そして代わりに男の子が被弾。かすり傷だが、とても痛そうにしている。

 

 

「ま、舞君っ!?舞君ーーーーっ!!」

 

「鏡様!?」

 

 

ユキ人形としんみょうまる人形は怪我を負ってしまった男の子に駆け寄った。

どうやら持ち主はこっちだったらしい。ラッキー♪ 向こうから当たりに行くなんて有難い話だ。

 

さて、次は外さない。とどめを刺す。

 

 

「……っ!?」

 

 

何か、強い力を感じた。一体どこから…?

…金髪のあの子から?さっきまで弱かったのにどうしたことか。

 

 

「貴様……よくも…」

 

 

 

「よくも、よくもよくもっ!!」

 

 

 

 

「舞君を傷付けたなっ!! うわああああァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

 

怒りの叫びと共に、ユキ人形は光り輝く。

 

そして全身に炎と金色のオーラを纏って立ち尽くし、真っすぐ相手を睨みつける。

その眼には涙があふれていた。

 

 

 

「(……やだ、素敵…)」

 

 

「本気、出しちゃうからっ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここはどこ?何故身動きが取れない?」

 

 

意識が朦朧としている。記憶もあやふやだ。

全身が熱い…何だ?どういう状況だ?

 

しっかりしろ、思い出すんだ…そう、人間の二人組が来て…金髪の私好みの子と戦っていて…それから……

 

 

「…!まさか、負けたの私は!?人間ごときに…ッ!」

 

 

屈辱だ。二人掛かりだったとはいえ、私はまんまと人間の道具にされてしまったみたいだ。

私達人形を捕獲し従わせる忌まわしい道具、「封印の糸」によって。

この私が誰かに屈しなければならないというの?冗談じゃない。誰が従うものか。

 

 

「出ておいで! げんげつ!」

 

 

外から声がした。…挨拶だって?そんなのお断りだ。

 

「ふん、誰が出てやるもんd…!?」

 

げんげつ人形の意思に関係なく、体が外に向かって吸い込まれていく。

必死に抵抗をするが、強制的に外に出されてしまう。

 

「…厄介ね…思ったより強力な封印だわ。どうにか抜け出せないかしら」

 

外に出されたげんげつ人形は思考を巡らせる。

私を捕まえた人間が何やら言っているがそんなことはどうでもいい。一刻も早くこの状況を解決しなければ。

 

「あの封印術…どうやら私達の動力である魔力が関連してそう、ぬうぇっ!?」

 

私を捕まえた女の子が突然ほっぺをつねってくる。突然のことだったので対応出来ず、変な声が出てしまった。

この人間…調子に乗って…!そんなに死にたいのかしら!?

 

その後も私を捕まえた奴らは様々な道具で私を弄んできた。

一体何の真似なのか分からないが馬鹿にされている気がしてならない。

クソッ…!これでは私が玩具ではないか。非常に不愉快だ。そういうのは妹の役割なのに。

 

「…!?あ、あれは…っ!」

 

一緒にいた男の子の傍に先程戦った人形が見えた。金髪で活発の可愛い子。

私の好みどストライク…!どうしても一つ言っておきたいことがある。その為に私は今から彼女に接触しに行く。

決してやましい気持ちはない。

 

「ちょ、ちょっと何!?あなたさっきの…?」

 

突然げんげつ人形に急接近され、ユキ人形は動揺する。

 

「…あなた、ユキっていうのね。可愛い名前…。あぁ、この金髪の触り心地といい香りといい最高…好き」

 

「ひっ!?な、何するのやめてっ!髪なんて触って何したいの!?」

 

ユキ人形はげんげつ人形の行動が全く理解出来ないでいた。

髪なんて他の人に触られたことがない。得体の知れない恐怖に襲われたユキ人形は動けなくなってしまう。

 

「…でも、その服がナンセンスね。私ならこの子に似合うファッションにしてあげられるのだけど…。そうね、じゃあまずは脱いでもらおうかしら」

 

「…え?」

 

げんげつ人形はそう呟きながらユキ人形の身包みを剝がし始める。

妹にもいつもやっていたので人前で服を脱がずことに一切の躊躇いもなかった。

 

「い、嫌ぁーーっ!!?変態変態変態っ!!!」

 

ユキ人形は泣き叫びながら必死に抵抗する。

服を脱がされては固まった体も反射的に動いたようだ。

 

「?あなた人形じゃない。別に見られるものなんて」

 

「そういう問題じゃないわよーーー!!」

 

今まで周りの人達はげんげつ人形を冷めた目で見ていたが、これはあまりにも破廉恥な

行動であった為止めに入って来た。持ち主である光は封印の糸を掲げ、元に戻そうとする。

 

「ぐっ!?お、のれぇ…!忌々しい…封印っ!邪魔を…するなぁ!」

 

出てきた時と同じ引力に逆らうげんげつ人形だが、その抵抗も虚しく戻されていった。

 

 

「うわぁーーん!舞君怖かったよぉーー!」

 

 

怖かったユキ人形は鏡介に思わず泣きつく。

 

いいところを邪魔され憤慨なげんげつ人形。怒りで暴れ回る。

 

「出せぇ!!ザッケンナコラー!!」

 

げんげつ人形はあちこちに飛び回り体当たりをする。

しかし当たってもまるで手応えがない。無駄な抵抗のようだ。暴れるのをやめて冷静になる。

 

次に魔力の流れを感知する為に集中し始める。…しかし駄目だ。

どうやら内側からあらゆる攻撃を遮断される作りのようで、これでは成す術がない。

 

「……ちっ」

 

どうやらこの封印から逃れることは出来ないみたいだ。

これを作った奴は相当人形を熟知しているみたいで、どうあがいても自力でこの封印を解くことは出来そうにない。

恐らく神の力でもない限り不可能だ。

 

本当に非常に気に入らないが、あの女の人間に従うしかない。

それもこれもユキちゃんにやられちゃったせいだ。…可愛いから許すけど。まさかあんなに強いとは思わなかった。

あの時の急激な強化は一体何なのか?彼女の中に感じたマジックアイテムの影響?それとも別の?

 

トリガーになったのはあの人間の男が怪我をした時だった。

 

…いずれにせよ、興味が沸く存在であることに変わりはない。これからも積極的にアプローチしよう。

 

 

そしてげんげつ人形は決心した。開き直ったともいう。「どうせ出られないのであれば、自分なりにこれから楽しみを見出そう」と。

 

話によると旅をするみたいだし?どうせならまだ見ぬ金髪娘達をこいつら人形遣いを利用して沢山見つけ出し愛でようではないか。

妹はまだ見つかっていないが、旅をしていればその内向こうから出てくるでしょう。「八の道」に戻ってたら少し面倒だけど。

 

しかし、言っておくが人間と慣れ合うつもりはない。

封印の糸で制御されている人形は人間と仲が良いみたいだが、私は違う。捕まったから仕方なく従っているのだ。

決して好きで一緒にいるわけではない。そこのところは勘違いするなよ…って一体誰に言ってるんだ私は。

 

「あ…この中外が見えるのね…!?うわ…何をしてるの?あの人間…」

 

宝石の中から外の景色が見てみると、一緒にいる男の子がユキ人形達の頭をナデナデしていた。人形を動物か何かだと勘違いしてない?

…まぁ、人間から見たら私達は小さくて可愛いペットなんでしょうね。あーやだやだ。

 

「…でも、ユキちゃんは幸せそう。あのお椀被った奴も。…訳分かんない」

 

理解に苦しむ。一体あれの何がいいのか。

私は金髪娘がいたらそれだけで幸せだし、他のことでああやって満たされるなんて到底

ありえないことだ。とても想像出来ない。というかお断りだ。

 

だからこの退屈な生活を少しでも満たす為にも、光とかいう人形遣いには精々色んな場所に行って貰うとしよう。

 



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第三十章

超!エキサイティン!!(今回は短めです。)




人形異変の調査の一環として「魔法の森」に向かい、アリス・マーガトロイドと接触した鏡介。

しかし、彼女は異変の関係者ではなかった。無駄足かと思われたが、代わりに人形に関する新たな情報を入手することが出来た。

 

アリスが言うには、人形は「魔力」で動いているそうだ。魔力を操ることが出来るのは「魔法使い」、又は「魔女」。幻想郷に住むそれらの種族は限られている。

最初に出会った人間の魔法使い、「霧雨 魔理沙」。先程会って来た人形遣い、「アリス・マーガトロイド」。

そしてもう一人、「紅魔館」という屋敷に住む魔女。名は「パチュリー」と言うらしい。

 

魔理沙、アリスは関係ないとなると、残るは一人。紅魔館の魔女だ。とりあえず次はこの人物に会ってみる。

 

 

…が、今は瘴気で倒れていた光を担いで全力疾走した為、非常に疲れている。

鏡介は近くの「香霖堂」で休憩をしていた。

 

「ハハッ、それは大変だったね。光ちゃんなら心配いらない。直に目を覚ますだろう」

 

「ホントに助かりました。ありがとうございます」

 

魔法の森での出来事を聞いた香霖堂の店主、「森近 霖之助」は鏡介に労いの言葉を掛ける。

咄嗟に休ませて貰えるよう頼んだにも関わらず、それを了承してくれたこの人には感謝の気持ちで一杯だ。

何せ人里まで距離もあるし、光を担ぎながらではとても辿り着けそうもなかった。

 

「気にすることはない。これも慣れているから…おや、これは一雨来そうだ」

 

「え?」

 

ふと窓に付いた小さな雨粒を見た霖之助はそう呟いた。

そして次の瞬間、屋根に水滴が落ちる音が建物に次々と響き渡る。雨が降って来たようだ。

そういえばここに来る途中、空模様があまり良くなかったのを思い出す。

 

「…その、申し訳ないんですけど…止むまで雨宿りしても?」

 

恐る恐る、鏡介は聞く。これは完全に計算外だった。

雨の中だと色々都合が悪くなる。主に人形関連で。何せ手持ちの人形達は軒並み「水」が苦手だ。

圧倒的不利な天候と言える。ポケ〇ン知識であるが。こんな状態でバトルを挑まれたら堪ったものではない。

 

「それは構わないが…恐らくこれから何人かここに来るだろうからそのつもりでね」

 

「…?はい、分かりました」

 

これから起こるであろうことを事前に知っているかのように伝える霖之助。

何を言っているのか分からずにいると、入り口の鈴が鳴る。本当に誰かが来た。

 

「うぅ…霖之助さんちょっと雨宿りさせて…。はぁ…」

 

頭と背中に翼を生やした銀髪の少女が店に入ってくる。何やら落ち込んでいる様子だった。

 

「…あ、確か…「朱鷺子」さん?」

 

「え?…あーっ!あの時の人間!何でここに!?」

 

鏡介はこの人物と面識があった。香霖堂に来る途中で会って人形バトルをしている。

本をなくした腹いせに、だ。全く迷惑な話である。

 

「その…あれから見つかったんですか?」

 

「…これが見つかった顔に見える?おまけに雨も降っちゃうしもう最悪よっ!」

 

結局探していた本は見つけられなかったらしい。それに、雨が降ってしまったから仮に

これから探して見つけても本は駄目になっていることだろう。

 

「博麗の巫女にボコボコにされるわこの人間にもやられるわ本は見つからないわ散々よ、もう…」

 

「…何かごめんね?」

 

何というか、とことん不幸な妖怪だった。

流石に少し同情せざるを得ない。あの時一緒に探してあげれば良かったなと思ってしまう。

 

そう思っているとまた鈴の音がした。また来客のようだ。

霖之助の言った通り、次々と香霖堂に誰かしらが集まって来ている。動じないあたり、これも慣れているなのだろう。

 

「お邪魔するわよぉ。雨宿りさせてぇ♪」

 

今度は香霖堂付近にいた妖怪だった。光が言うには確か「静か餅」という名前。いや、種族かな?

 

「…あらあら、その子結局瘴気に当てられちゃったのねぇ」

 

横になっている光を見て静か餅の妖怪はそう言った。

 

「何か事情を知っているのですか?」

 

「私が魔法の森にレアな人形がいるって話をしたら興味を持ってねぇ。どうやら捕まえに行ってたみたいよぉ」

 

「…成程。そうだったんですか」

 

あの時光が魔法の森にいた理由が判明した。てっきり妖精に何かされたとばかり思っていたが…。

この子はげんげつ人形の時といい、ホントに無茶をする。後で説教だな。

 

「…退屈ねぇ。霖之助さん何か本はない?」

 

しばらくの沈黙の中、朱鷺子が霖之助に話を振る。

 

「今は僕が読んでるこれしかないよ」

 

「えー…じゃあどうやって時間潰せばいいのよー」

 

雨はまだしばらく止みそうにない。

朱鷺子の言う通り、何か時間を潰せるものが欲しいところだ。

 

そう思い鏡介は辺りを見回すと、ひとつの遊具に目が行った。

 

 

「…あの、これなんてどうでしょう?」

 

 

鏡介はここにあった「バトル〇-ム」の存在を思い出した。

これは4人で遊べるものなのでちょうどいいと思った鏡介はこの遊具での時間つぶしを提案する。

 

聞いたところ3人は遊び方が分からないとのことなので、やったことがある鏡介が軽く操作の説明をして実際に遊んでみたところ…

 

 

 

 

「「「「  うおおおおおおおぉぉぉーーーーーーっ!!!  」」」」

 

 

 

 

これが意外と盛り上がった。

 

4人は両手でレバーを高速で動かして次々に出てくる球を発射し、相手のゴールにシュートする。

 

「今度は絶対勝ってやるーっ!うおおおぉぉーっ!」

 

「僕も負けませんよっ!うおおおぉぉーっ!」

 

「結構楽しいわこれぇ♪うおおおぉぉーっ!」

 

「ふむ、こんなに熱くなるのは久しぶりだ!うおおぉぉーっ!」

 

もうかれこれ5回戦目だ。

こういった遊具は珍しいのか、自分を除いた3人も夢中になって遊んでいる。

 

ちなみに現在の戦績は鏡介1勝、朱鷺子0勝、静か餅1勝、霖之助2勝。

見事に一人だけ負け続けている。彼女はここでも不運っぷりを発揮していた。

 

「うわっ!?また球が入った!くっそぉーー!」

 

だが朱鷺子はそれでも楽しそうに遊んでいた。

悔しさを首の動きで表現するその仕草はいつかのこの遊具のCMに出演していた子供を彷彿とさせる。

 

しかし、霖之助がこの遊びに興味を持ったのは正直驚いた。最初は渋々遊んでいたのに。

時間が経つにつれ徐々にハマっていったのだろうか?この人もやはり男なんだな。

 

「(…!出なくなった。この場の球で勝負が決まる…!)」

 

 

 

 

 「「「「  うおおおおおおおぉぉぉーーーーーーっ!!!  」」」」

 

 

 

 

4人は必死にレバーを動かす。

勝ちへの執着が両手を忙しくさせ、熱気が辺りを包む。その額には汗が滲み出ていた。

 

やがて最後の球が誰かのゴールに入っていく。

 

「…終わった」

 

場に球がなくなったのを確認した4人は、結果を見せ合う。

 

「…同点!?ど、どうなるのこれ!?」

 

「うーん、これは…」

 

結果は朱鷺子と鏡介の球が一番少なく、そして一緒の数であった。

 

「じゃあお互い1勝ってことで…」

 

まだ一度も勝ってない朱鷺子を気遣い、鏡介は1勝させる提案をする。

 

「駄目よ!それじゃ納得出来ない!ここは「じゃんけん」で決めるわよっ!」

 

しかし朱鷺子、これを拒否。あくまで勝者は1人に拘りたいらしい。

 

「…まぁ、朱鷺子さんがそれでいいなら…」

 

この子は自分の不運を自覚して欲しい。

フェアな提案だが、「じゃんけん」という運が絡む勝負なんて勝てる訳がないではないか。

聞いていた霖之助もこれには頭を抱えている。恐らく同じことを思ったのだろう。

 

「行くわよ!じゃんけんっ…」

 

「え、ちょ!」

 

不意打ちとばかりに朱鷺子は仕掛けてくる。

 

ここは負けてあげたい。心理的に考えろ。

大体勝ちに行く人は高確率で「パー」を出す。だからこちらは「グー」を出そう。

…いや、待て?相手が相手だし単純に「グー」を出す可能性も…?…ええい、ままよっ!

 

 

「「 ポンッ! 」」

 

 

お互いに片手の形を確認。

 

「……」

 

結果を見た朱鷺子は、絶望の表情を浮かべている。

 

 

…うん、知ってた。

 




…本編進んでねぇっ!どうしてこうなった!


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第三十一章

鏡介は今、香霖堂の前で休憩がてら外の様子を見ていた。

外風がバトルで熱くなった体を冷やす。雨粒が体に付くことを除けば非常に心地が良い。

雨は止みそうになく、まだまだここで厄介になることになってしまいそうだ。

 

すると、香霖堂のドアの鈴が鳴る。誰かが出てきたみたいだ。

 

「ふぅー…暑い暑い♪」

 

静か餅の妖怪だった。呟いた言葉から察するに涼みに来たのだろう。

湿気も相まって今室内は蒸し蒸しだ。無理もない。

 

「楽しんで頂けました?バトル〇-ム」

 

「えぇ、新鮮でとっても楽しかったわぁ♪ここに来て良かった♪」

 

静か餅の妖怪は小さく両手を動かしながら答える。

どうやら気に入ってくれたようだ。良かった良かった。そう言ってくれたら勧めた側も嬉しい限りである。

 

「この雨に感謝しないとねぇ」

 

「確かにそうですね。降らなかったらこうやって集まることもなかったでしょうし」

 

2人は空を見上げながら話す。鏡介は目線を少し落とすと、そこから人里が見えた。

そう言えば結構な坂道を登って来ていたので、こうやって見上げられるところまでいつの間にか来ていたみたいだ。

 

「……え?」

 

おかしなことに気が付く。

空を覆っていた雨雲が人里にはなかったのだ。この周辺にだけ集中して雨が降っている。

 

「…あの、何か変ですよこの雨」

 

「そうねぇ。どうやらこの雨は誰かの仕業みたいよぉ」

 

「え?知っているんですか?」

 

「まぁねぇ。こんないきなり天気が変わることは普通ありえないわぁ」

 

静か餅の妖怪はこの現象について何か知っているようだ。

 

「…これは恐らく、「人形」の仕業よぉ」

 

「人形が…?」

 

「えぇ。降らせている人形があの辺にいるんだけどねぇ。生憎私は人形持ってないし…チラッ」

 

指を指しながら静か餅の妖怪は何か言いたげにこちらを見てきた。

 

「…僕が行ってみましょうか?」

 

「ホントぉ?お願いできるかしら♪」

 

嬉しそうに静か餅の妖怪は答える。…まさか、この人最初からそのつもりで来たのか?

そう思いながら、鏡介は鞄から折り畳み傘を取り出して雨を降らせている人形がいるところへ向かった。

 

「あら、あれは…傘を収納できるマジックアイテムかしら?便利ねぇ」

 

見たことのないタイプの傘を目撃した静か餅はそう呟いた。

 

 

そして鏡介は雨の中、下り坂を慎重に下っていく。

 

「ここかな?」

 

ここは五の道の途中、ちょうど朱鷺子がいたところの分かれ道。

静か餅の妖怪が言うには、その分かれ道の先に雨を降らせている人形がいるらしい。

 

「…あ、この本は…。朱鷺子さんが探してたのかな?」

 

ビショビショに濡れている厚めの本が目の前に落ちている。朱鷺子の落とした本がどういう本なのかは知らないが、場所的に間違いないだろう。

焦って視野が狭くなっていたのか、こんなに分かりやすいところを見逃していたらしい。

こんな状態ではもう読めないだろうが、届けてあげよう。鏡介は本を手に持つ。

 

分かれ道に歩みを進め、そして現場に到着した。行き止まりであったが草むらが辺りに広がっている。

ここに雨を降らせている人形がいるらしいが…それらしき人形は見当たらない。いるのはここで見かけた人形ばかり。

 

雨が降っているせいか、人形は木の下で雨宿りをしている。

やはり、人形もこういった天候に影響されるみたいだ。自分の読みは当たっていた。

 

「…うーん、それらしき人形はいないなぁ。戻ろう」

 

どう見ても雨を降らせている人形が見当たらなかった鏡介は香霖堂に引き返した。

 

その様子を見ていた野生の人形達はそれをジッと見つめる。まるでそこに別の何かがいるかのように。

 

 

 

 

 

 

今度は上り坂を登り香霖堂に戻って来た鏡介は、

静か餅の妖怪にそこには何もいなかったことを報告した。

 

「…そっかぁ。お疲れ様ぁ♪」

 

「もう、嘘だったんですか?本は見つかりましたけど無駄足でしたよ」

 

騙された気分になった鏡介は、教えてくれた静か餅の妖怪に少し不満をこぼす。

 

「無駄足なんかじゃないわぁ。ちゃんと捕まえてきてくれてるじゃない♪」

 

「…え?何言って…」

 

「ほらぁ♪」

 

言ってる意味が分からずにいると、妖怪は傘に指を指す。鏡介はとりあえず傘を見てみることにした。

 

「…!?」

 

傘の布地から影が見えた。

ビックリして思わず持っていた手を放してしまう。それと同時に人形が傘から落っこちて来る。

 

人形は水色の髪で目が赤と青のオッドアイ、そしてベロを出した紫色の傘を持っていた。

 

「全然気が付かなかった…いつの間にくっついていたんだろう…」

 

この人形という生き物はとても軽い。故に傘に乗っていたことに今まで気が付けなかった。

落ちてきた人形は尻もちをついた為、打ったところをさすっている。

 

「この子だったのねぇ。天気を操っていたのは」

 

「えっと…」

 

鏡介はスカウターを人形にかざす。

 

 

 

『名前:こがさ  種族:妖怪  説明:こう見えて色々器用』

 

 

 

情報が出てきた。妖怪らしい。

「器用」というのはこういった天候関係のことであろうか?

 

「…どうしましょうか?」

 

「そりゃあ、倒すなり捕まえるなりしないとねぇ。ちなみにこの子、「水」と「風」タイプよぉ」

 

「…ですよね。「水」、入ってますよねやっぱり…」

 

雨を降らせるという時点で察してはいた。

こういう流れになるのは分かってはいたが、こちらの手持ちは「炎」と「大地」。

相性が圧倒的に不利だった。バトルをして勝てる相手ではないだろう。出来ることなら、仲良くなって穏便に済ませたい。

 

そう思っていたら、こがさ人形がこちらに飛び掛かって来た。

 

「うわっ!?」

 

鏡介は咄嗟に差していた傘を盾にする。

軽い衝撃が傘に伝わってきてそのままくっついてしまう。弾幕ではなく体当たりをするとは思わなかった。

 

「…あれ?」

 

くっついたこがさ人形はピクリとも動かない。

変に思った鏡介は恐る恐る傘を確認すると、幸せそうな顔をしている人形の姿があった。

 

「もしかして…この傘が好きなのかな?」

 

「みたいねぇ」

 

…これはもしかすると戦わずに済むかもしれない。

鏡介はこがさ人形に早速話し掛けてみる。

 

「ねぇねぇ、この傘が好きなの?」

 

こがさ人形は頷く。

彼是5年くらい使っている折り畳み傘で、自分としても結構愛着がわいている。

あんまり自分の家は裕福ではないので物は大切にするようにしているが、状況が状況だ。

 

「そっか。じゃあこれは君に譲ってあげるよ。その代わり、この雨を止ませてくれないかな?」

 

喜ぶ顔を浮かべたこがさ人形は元気に頷く。

そして、持っている傘をかざしてその先から一点の光を天に放った。

 

空にあった雨雲は光が当たったところから裂けていき、あっという間に天候が元通りになった。

 

「やった♪これで外を歩けるわぁ」

 

「す、すごい…」

 

変わった空の景色に驚きを隠せない。さっきまでのがまるで嘘みたいだ。人形の力ってすごいな。

 

「ありがとう。じゃあ約束だから、これはあげる。大切に使ってね?」

 

「♪」

 

折り畳み傘を丁寧に畳んで、それをこがさ人形に渡す。

こがさ人形は満足そうに折り畳み傘を両手で持ちながら去っていった。

 

亡くなった祖母から買って貰ったものだが、祖母はよく言っていた。

「困っている人の力になれ。」と。だからこれでいいんだ。誰かの為にやったのだから。

 

 

「…さて、光ちゃんは目を覚ましたかな?」

 

「もうそろそろだと思うわよぉ。行ってみましょうかぁ」

 

 

事の済んだ2人は香霖堂の中に入っていく。

 

するとそこには元気にバトル〇ームで遊んでいる光の姿があった。

 

「おかえりぃぃーーーうおおおぉぉぉーーーー!!!」

 

「良かった。治ったみたいだね」

 

光、朱鷺子、霖之助、ありす人形の4人は夢中で両手を動かしている。

…あれ?アリスの人形が何でここにいるんだ?

 

「なんか急に空が晴れたわねうおおおぉぉぉーーーー!!!」

 

「あ、朱鷺子さんコレ。一応見つけておきましたよ」

 

「ありがとおおぉぉーーーそこに置いといてええぇぇーーー!!!」

 

皆すっかり没頭しているようだ。

ここまで気に入ってもらえると嬉しいを通り越して逆に引く。

 

「それ終わったら、人里に向かうよ光ちゃん?」

 

「おkえええぇぇぇーーーーーー!!!」

 

光は両手を忙しくさせながら答える。

 

しばらくして決着がつき、光の圧勝だった。これで3勝目らしい。

結局最後まで朱鷺子は一回も勝てなかったとのこと。

 

「…よし。じゃあ霖之助さん、本当にお世話になりました。ありがとうございますっ!」

 

「ありがとうございますっ!」

 

鏡介と光は店主である霖之助にお礼を言い、人里に向けて出発する。

 

「何、気にすることはない。またいつでも立ち寄ってくれ」

 

「またねぇ♪」

 

「次は絶対勝つからー!」

 

霖之助と他の2人が見送ってくれる。それに手を振りながら答え、香霖堂を後にした。

 

「そういえば光ちゃん。さっきの人形どこで?」

 

「え?あー…ちょっと魔法の森でねー…アハハー」

 

「…やっぱりそうだったんだね。こっちがどれだけ心配したか分かってる?」

 

魔法の森で倒れていたのはやっぱりそれか。

小一時間叱ってやりたいところだけど、まぁこうして無事だったんだし今回は勘弁しておこう。次はないけど。

 

「ご、ごめんなさい。次は気を付ける…」

 

「よろしい」

 

本人も今回の件は反省しているらしく、素直に謝ってくれた。

まぁこの子もまだ自分より子供だし、間違えてしまうことはある。

 

「…あら?舞島さん、あそこに人形が立ってる…。何か持ってるわ」

 

光は目線の先にいる人形を指差しこちらに伝える。

 

「ん?あれはさっきの…?」

 

人形の正体は、先程雨を降らせていたあの水色の髪でオッドアイのこがさ人形だった。

とっくに何処かへ行ってしまったと思っていたが、まだこんなところにいたとは。

 

こがさ人形はこちらを見つめているようだ。

何だろう?お礼を言いそびれたから待っていたとかかな?鏡介はこがさ人形に近づき、接触を図る。

 

「舞島さんだから人形に対して不用意すぎるって!人のこと言えないわよっ!?」

 

「大丈夫だよ。この子とはさっき会ったんだ。…どうしたの?」

 

こがさ人形に話し掛ける。

するとこがさ人形は、鏡介があげた折り畳み傘をこちらに差し出す。その顔は少し元気がなかった。

 

「…え?…返してくれるの?」

 

こがさ人形は小さく頷く。

…もしかして使い古されたものだと分かってこちらに気を使ってくれたのかな?優しい人形だ。

 

「…そっか。でも、いいんだよ?それは僕の意思で君にあげたんだから遠慮しなくても」

 

それを聞いたこがさ人形はどうしたものかと頭を悩ませている。

「この傘は好きだけど、相手にとっても大事なものだしどうしよう?」と言ったところだろうか?

 

 

「…じゃあ一緒に来たらいいんじゃない?後ろめたい気持ちにならずに済むし、お気に入りの傘といつでも一緒よ?」

 

 

お互いどうしようかと悩んでいた時、光からの鶴の一声。

確かにその方がこちらとしてもいいが、こがさ人形の方はどうだろう?

 

「…どうかな?一緒に行く?」

 

「…!」

 

こがさ人形は少し考えた後、元気よく頷く。仲間になってくれるようだ。

 

「…!そうだ。折角だし、こがさの封印の糸はここにぶら下げておくね」

 

「?」

 

そう言いながら鏡介は折り畳み傘のストラップ用の穴に上手く紐を通し、そこに封印の糸を結び付けた。

 

「…!…♪」

 

こがさ人形は喜んでいる。気に入ってくれたようだ。

早速こがさ人形は封印の糸に飛び込んで中に入っていった。

 

「…あらあら、自分から入っていったわ。倒さなくても使役出来ちゃうなんて流石、舞島さんね」

 

「いや、今回は光ちゃんがフォローを入れてくれたおかげだよ。ありがとう」

 

こうして新しくこがさ人形が鏡介の仲間に加わるのであった。

 



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第三十二章

鏡介と光の二人は、五の道のあるところに来ていた。

 

「ここの先が「霧の湖(きりのみずうみ)」なんだけど…」

 

「これじゃ進めないわね」

 

アリスに教えてもらった道のりを頼りに進んでいたが、いきなり障害が発生した。

細く長い木が道を防いでいて先に行くことが出来ないのだ。

一見、木と木の間を抜けられそうではあるのだが…抜けようとすると謎の壁が邪魔して弾かれてしまう。「結界」というやつだろうか。

 

ポケ〇ンにも似たようなものがあって何で木の間を抜けられないのかと思ったものだが、成程。この木自身が壁を作っていたんだ。

 

「…よし、出てきてみんなっ!」

 

鏡介は手持ちの人形を全部出した。それぞれユキ、しんみょうまる、こがさ人形が宝石から飛び出す。

 

「え?何やってるの舞島さん」

 

光は鏡介の行動に対し疑問を浮かべる。

 

「この子達の技でこの木をどかせられないかと思ってね。今から試そうとしてる。」

 

「あぁ、そう言うことね。…でも人形の力でどうにか出来るものかしら?」

 

こういった障害物の撤去は、ポケ〇ンでは技を使わせて突破するのが定石だ。

とりあえず現段階の人形達でこの木をどうにか出来るか試してみよう。

 

「こがさ! あの木に向かって小夜嵐!」

 

指示を受けたこがさ人形は傘をクルクルと回して小さな竜巻を作り出し、

それを木に放つ。スカウターで確認したところ、これが一番植物に対して効きそうだった。

 

竜巻は木の方へ曲線状に向かって飛んでいき、やがてぶつかった。

しかし、数枚の木の葉が落ちただけで木はビクともしていない。

 

「…じゃあしんみょうまる! 木に向かって ザ・リッパー!」

 

指示を受けたしんみょうまる人形は輝針剣を光らせ、突撃する。

もしかしたらこれで一刀両断してしまうかもしれない。居合切りみたいに。

 

しんみょうまる人形が果敢に切りかかって輝針剣が木に当たる瞬間、硬いものが当たった時の鈍い音が響き渡る。

そしてしんみょうまる人形に当たった衝撃が手元から伝わり、思わず輝針剣を落としてしまう。そして涙目でこちらを向いた。相当痛かったらしい。

 

「ご、ごめん無茶させてっ!下がっていいよ」

 

鏡介はしんみょうまる人形に駆け寄り抱き抱える。ちょっとかわいそうなことをしてしまった。

 

「…よし、じゃあ最後はユキ。お前だ!」

 

「!」

 

ユキ人形は元気よく頷く。炎タイプであるこの人形ならばあるいは可能性が十分ある。

植物は良く燃える為、有効な筈だ。

 

「火遊び!」

 

指示を受けたユキ人形は手から炎を出し、それを放つ。

炎は木にぶつかったが、一切燃えることもなかった。明らかにおかしい。

 

「次だ! ファイアウォール!」

 

ユキ人形は両手をかざして炎の壁を作り出し、それを木に向かって放つ。

しかし結果は同じだった。木は燃えることはなく、そこに佇んでいる。

 

「…駄目か。やっぱりただの木じゃないんだな」

 

「みたいだね…。とりあえず、一旦人里に戻ろう?」

 

「うん、そうだね」

 

 

進めそうにないと判断した二人は、ひとまず人里へ足を運んだ。

 

そして二人は阿求亭に赴き、近状の報告をした。

 

「…成程、人形は「魔力」で動いていると。そして、そのことから魔法を扱えるものが怪しい。そういうことですね?」

 

報告を聞いた阿求は情報を簡単にまとめてから再確認する。

 

「はい。恐らく、ですが」

 

「…だそうですよ?魔理沙さん?」

 

「おいおい、私を疑うのか?確かに「魔法使い」だけどさ」

 

隣で聞いていた魔理沙に阿求は話題を振る。「魔法使い」である彼女を一応疑っているのだろう。

普段の行いが悪い為、疑われてしまうのは自然なことであった。

しかし本気で関係者とは思っていないような聞き方であるのでこれはほんの冗談であるのは容易に分かる。

 

「…言っとくけど、私は関係ないからな?私は異変を解決する側であって、起こす側じゃない」

 

こちらも魔理沙は今回の異変とは一切関係ないとは思っている。

現にこうやって異変解決をしようとしている人物が主犯な訳ないだろう。

 

「冗談はさておき、「魔法使い」、ですか。私が知っている限りだと、魔理沙さんの他に「アリス・マーガトロイド」と、後は「パチュリー・ノーレッジ」くらいでしょうか」

 

「他にはいたりしますか?」

 

「そうですね…「命蓮寺(みょうれんじ)」の住職の「聖 白蓮(ひじり びゃくれん)」という人物はいますね。ですが…正直今回の異変とは関係ないかと」

 

「と、言うと?」

 

「彼女が得意とする魔法は、「肉体強化」。人形を操るようなものではありません。そもそも彼女の今の立場上、このような異変を起こすメリットは一切ない筈ですからね」

 

「成程…」

 

命蓮寺というワードに聞き覚えがあるような気がする。しかし本当に微かな記憶である為、思い出すことが出来ない。

 

「そうそう、命蓮寺といえばここ最近人形用にアイテムを販売していますね。これです」

 

阿求は客人用に出されているお茶に手のひらを出してそう伝える。

 

「お茶、ですか?…あっ!」

 

そう、これは自分が毒を受けてしまった時に休憩所の待娘が飲ませてくれたものだ。

 

「このお茶には人形の状態異常を治す効果があるんです。もちろんこうやって人形以外が飲んでも普通においしいんですよ」

 

「へぇ、そうなんですか。そう言えば、僕も実はこのお茶で「毒」を回復したことあるんですよ」

 

「え?」

 

「あー…」

 

「はぁ!?」

 

鏡介の何気ない発言に一同が驚き、そして固まる。

 

「えっと、舞島さん毒を体に受けたことがあるのですか?」

 

恐る恐る、阿求は事の事実を確認する。その顔はすごく真剣であった。

 

「は、はい。ちょっと人形に嚙まれちゃって…」

 

「…人形以外にもちゃんと効果が出るのですね…驚きました」

 

「前に言ってたやつね」

 

「全く、人形には気を付けろって忠告しただろうが。その毒で死んでいてもおかしくなかったじゃねぇかよ」

 

「ハハッ…ごもっとも」

 

魔理沙の言う通りだ。運が悪ければ、あそこで自分の人生が終わっていたかもしれないと思うとゾッとする話である。

 

「…え、えっと!次の目的地なんですけど…紅魔館に行きたいと思っていてるんです。でも、変な木が邪魔をして通れないんですよ」

 

何か変な空気になったのを感じて鏡介は急遽、話題をすり替える。

 

「木?あぁ、異変と同時に現れたあの木ですか。あれは専用の道具がなければ切れませんよ。確か「香霖堂」にあった筈です」

 

「香霖堂に?…うーん、何だか間が悪いですね」

 

どうやら先程行った香霖堂にまた向かわなければならないらしい。

 

「…分かりました。じゃあとりあえず香霖堂に向かってみようと思います。では、僕達はの辺で」

 

「はい、お気を付けて」

 

そう言って鏡介と光は席を外し、阿求亭を後にした。

 




遅くなってすみません!


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第三十三章

8月は色々忙しくて全然進まず、期間がかなり空いてしまって申し訳ない!


「同じところをまた行くことになるとはねぇ。効率悪いわぁ…」

 

「ホントだね。まぁ、仕方ないよ」

 

旅支度をしながら光は軽い愚痴をこぼす。

確かにまたあの距離を歩くことになるのは結構面倒ではある。光の言い分はごもっともだ。

 

「うーん…今回は一人で私が行くわ」

 

「え?それは流石に悪いよ。僕も行く」

 

「いいのいいの!私に任せなさい!」

 

光は胸に手をポンと乗せる。

女の子一人に行かせるのは気が引けるからこちらとしてはその要求は飲めない。

 

「大丈夫よ。今の私には人形が3体いるんだから全然平気よ。舞島さんは休憩所でゆっくり休んでて」

 

「いや、でも…」

 

「い・い・か・ら!舞島さんはあたしと違ってほぼノンストップで歩き続けてるでしょ?少しは休みなさい!」

 

確かにここまで碌な休憩も入れずに旅をしていた。正直旅が楽しくて疲れなんて忘れていたのはある。

どこかでしっかり休もうとは思っていたのだが、きりのいいところが分からなくなってしまっていた。だから光はそれを見兼ね、こうして気を遣ってくれたのだろう。

 

「…まぁ、そこまで言うならもう止めないけどさ。森の時みたいに無茶しないでよね?」

 

「はいはい!じゃ、行ってくる!」

 

半ば強引に押し切られ、鏡介は渋々と了承する。

光はアイテムをいくつか購入すると、そのまま五の道へと足を進めた。

 

「行ってきます!」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

鏡介は門前で光を見送る。

少々不安に思うこの気持ちは初めて子供におつかい行かせるような、そんな感覚だ。

こちらを気遣って代わりに入って来てくれるなんていい子ではないか。

 

「…さて、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。休憩もいいけど、まずはこの人里を観光してみよう」

 

見送り終わった鏡介はそう言いながらゆっくり歩みを進めた。

 

「みんなっ!出てきて!」

 

歩きながら鏡介は人形達を封印の糸から出して一緒に観光する。たまには人形達とこういった時間を過ごすのも悪くないだろう。

 

今回は最近開設したという呉服屋に行ってみることにした。何でもここは人間の服ではなく、人形用の服を取り扱っているらしい。

恐らくこの異変に乗じて開いたのだろう。興味をそそられた鏡介は早速中へ入った。

 

中へ入ると、正面にいる受付の人から営業用の挨拶を掛けられる。

そして辺りを見回すと、こじんまりとしたおしゃれな服が並んでいてそれを他のお客が自分の人形に当てている様子が目に映った。

鏡介に抱っこされたり股がっている3体の人形達は興味津々なのか、食い入るように服を見つめているので目に入った服を手に取ってそれをこがさ人形に当ててみた。

それは上から羽織るタイプの水色のレインコートだ。

 

こがさ人形は目を輝かせて服を触り始めるが、どうしたら着れるのかが分からない様子である。

 

「えっと、試着させてみてもいいでしょうか?」

 

「えぇ、いいですよ」

 

許可を貰ったので鏡介はこがさ人形にレインコートを優しくエスコートしながら着させる。

思った通り、これが結構似合っていて実に可愛らしい。

色合い的にも合ってるし、雨に関連する服なのでイメージとしてもいい感じにマッチしている。こがさ人形もかなり気に入ってる様子であった。

これは是非買ってあげたいところだが、服というものは存外結構な値段である。この世界ではどうなのかは知らないが。

 

「服はどれも一着3000円となっておりますよ」

 

こちらが悩んでいたのを見越してか、近くにいた店員が声を掛ける。

服はこの世界でもそこそこ高いらしく、今の鏡介の所持金で払えるものではなかった。

「買ってくれないの…?」という表情でこちらを見つめるこがさ人形。こちらとしても何とか買ってあげたいが…

 

「…ん?あんたこんなところで何してんの?」

 

「え?」

 

突然店の中にいた女性に話し掛けられる。どうやらこちらを知っているような口ぶりであった。

振り返ると、奇妙なマントを羽織っていて眼鏡をしている学生風の女の人がそこに立っている。

 

「…あ!あなたはあの時の!その節はどうもありがとうございます」

 

「あ、あぁ…うん」

 

誰かを思い出した鏡介は頭を下げてお礼を言う。

そう、この人は人形解放戦線を探している際に聞き込みに協力してくれた人である。お陰で迅速に見つけることが出来た。

 

「…それで?何かあったのかしらその様子だと」

 

「あーいやその、この子に服を買ってあげようとしたんですけど…お金が足りなくて…」

 

「あぁ、そんなこと。…代わりに私が払ってあげよっか?」

 

「…え?そ、そんな悪いですよ!」

 

思わぬ提案を出せれ、鏡介は慌ててそれを拒否する。

 

「同じ外来人のよしみよ。それくらい奢ってあげるって。それに、その子もそれ気に入ってるみたいだし買ってあげなきゃ可哀そうよ」

 

「確かにそうですけど…」

 

「ね?ここはお姉さんに任せて」

 

そう言うと眼鏡の女の人は受付に向かい、早々に会計を済ませてしまう。

光の時といい、どうも自分は押しに弱いというか…きっぱりと断れない性格だ。

 

しかし、何故この女に人は自分に優しくしてくれたのであろう?

特別何も恩を売ってない。どうも気になる。

 

「あの、どうして?」

 

「うん?さっきも言ったじゃん。同じ外来人のよしみ」

 

そう言えばこの人は初めて会った時に自分を見た目で外来人だと見抜いていた。

眼鏡の女の人も恐らくだが、発言や服装からしてこちら側の人間なのかもしれない。

 

「ま、今回は特別よ。そういう気分だったというか、そんなところ。何かアンタほっとけないし」

 

「え、えっと…そうでしょうか…」

 

頼りにならないと言われてるみたいで、男として複雑な気分になる。

これまでも似たような経験をしているので猶更だ。

 

「じゃそういうことで、精々頑張りなさい舞島君」

 

そう言うと眼鏡の女の人は足早に去ろうとした為、慌てて鏡介は質問をする。

 

「あ!えっと、あなたのお名前は?」

 

「…ん?私は董子よ。宇佐見 菫子(うさみ すみれこ)。あなたより年上で先輩だから、そこんとこ気を付けてよ」

 

鏡介より年長者であり自身に対する強いプライドがある董子は、年上アピールを欠かさずに自己紹介する。

 

「はい!ありがとうございます宇佐見先輩っ!」

 

それに対し鏡介は、学生の年上の人に対する精一杯の言葉で菫子にお礼を言った。

 

 

「(宇佐見先輩…!いい響きじゃない…!)」

 

 

まさかの素直な返答に菫子は思わず頬が緩んでしまうが、恥ずかしいのでマントで口元を隠し後ろを向く。可愛い後輩が出来たような気分になる菫子であった。

 

「…あら、もう時間切れか…」

 

菫子は慣れたような言い方で自身が透明になっていることに反応する。

 

「え…え!?」

 

「それじゃまた!あー別に気にしないでまたいつでも来れるから」

 

その言葉を最後に、菫子は一瞬にして姿を眩ましてしまった。

今のは…テレポート?でも、どうやら自分の意志でやっている感じではなかったように見える…。今度会ったら詳しく聞いてみよう。

 

何はともあれ、先輩からの餞別で人形に衣装を買わせてあげることが出来た。

こがさ人形も満足しているのか、ニコニコと上機嫌である。

ユキ人形としんみょうまる人形は恨めしそうにそれを見つめているが服の取り合いになったりしない辺り、本当にいい子達だ。

お金に余裕が出来たら二人の分も買ってあげたい。合計6000円と結構高価だが…。

 

 

そのようなことを思っていたその時、男の人の悲鳴が人里の中心の方から響き渡った。

 




次回からいつも通りの投稿速度に戻ると思います。


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第三十四章

男の人の悲鳴が人里の中心の方から響き渡るのが聞こえた鏡介は、声がする方へ真っ先に向かう。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

「あ、あなたは最近話題の人形遣い様!お願いです、あそこにいる野生の人形を追っ払って下さい!うちの女房があの人形の毒牙に掛かってしまって…!」

 

男の人が指を指した方向を向くと、倒れている女の人と一体の人形がいるのが分かる。

どうやらあの金髪の人形が女の人を襲ったらしい。だが、人形の方は何故この人が倒れてしまったのか分かっていない様子で、ひたすらに女の人を起こそうと揺さぶっている。

そしてもうひとつ目に入ったのは、金髪の人形があちこちボロボロであったことだ。着ている服は破け、泥まみれであった。

 

「おい!どうした!?」

 

「!こ、これは…!」

 

自分の他に声を聞いて駆け付けた人達が到着した。

そして現場を見て大体の状況を把握し、すぐさま人形を追い払おうとする。

 

「行け! だいようせい! 陽の気力!」

 

「ちるの! 陰の気力だ!」

 

人里の人形遣い達は自身の人形を封印の糸から出し、あの金髪の人形を攻撃するよう指示する。

赤と青の弾幕が襲い掛かってくることに気が付いた金髪の人形は、自分が攻撃されていることに驚いていた。

金髪の人形は口元から紫色のガスを噴き出して弾幕から身を守ろうとする。それは人形のいる周辺を覆うように展開されていく。

襲い掛かった弾幕がガスに当たると、弾幕は通り抜けることはなくそのまま消滅してしまった。

 

「うっ…!ゴホッゴホッ…!ぐっ…うぅ…」

 

金髪の人形の傍で倒れていた女の人はその煙を吸ってしまったらしく、顔色が見る見ると悪くなってしまった。

それを見た人形遣い達はさらに危害を加えたと激怒し、攻撃の勢いを強めていく。

 

…何かがおかしい。見ている限りだと、あの金髪の人形自身に特別敵意があるように思えなかったのだ。

あの行動を見る限り、あの金髪の人形は自分よりも寧ろ倒れているあの女の人を心配しているようにしか見えない。でなければ、わざわざ覆うようにあのガスを出さない。

鏡介は金髪の人形をスカウターで調べてみる。

 

 

『名前:メディスン  種族:妖怪  説明:毒を操ることが出来る。』

 

 

「…!」

 

情報が出てきた。それと同時に驚く。「メディスン」…人形解放戦線のリーダーの名だ。

まさか、こんなところで彼女の人形に会うとは思わなかった。

 

阿求が言うにはメディスンは人間を忌み嫌っており、毒を操ることが出来る危険な妖怪らしい。

だが、メディスンの姿をしているあの人形はどうだろうか。

人間である女の人に攻撃が当たると危ないと思い、ああやって自分なりに守ろうとする優しさがある。

 

「…攻撃を止めて下さいっ!それじゃあの人を助けられません!」

 

思わず口が動いた。自分なら何とか出来るかもしれない。これはそう思ったからこその一言。

恐らくだが、あのメディスン人形は自分の毒が普通の人間にとって良くないものだと知らないだけなのだ。ならば、いつものように話して解決出来るのではないだろうか。

 

「でも、このままじゃ…!」

 

「僕に任せてもらえませんか?後、命連茶を持っていれば今すぐ作って来て下さい」

 

「…は?あれは人形に使うものじゃ」

 

「あれはちゃんと人間にも効果があります。実証済みですから」

 

先程まで戦っていた人形遣い達は鏡介の発言に唖然としながらも、言った通りに準備をしに動き始める。これでとりあえずはメディスン人形を刺激せずに済む。

 

「…さっきはごめん。怖かったよね?」

 

鏡介はそう言いながら、毒のガスの中に入っていく。

普通の人間なら触れただけで何かしらの悪い症状が出るだろうがこちらはあの小槌の件以降、こういったものに対する謎の抗体を得ている。好都合だ。

後一歩のところまで人形に近づくと、メディスン人形はこちらを見据え警戒している。当然と言えば当然だろう。

 

「僕は君を攻撃したりしない。安心して?」

 

そう言いながら鏡介はしゃがみ込み、笑みを見せながら人形と対峙した。

本来ならばゆっくりと打ち解けたいところだが、今はこの女の人の命が懸っている。

急がないと。この人形に敵意がないことを伝え、安心させて且つこの毒ガスを止めて貰わないといけない。

鏡介は自分が出来そうな精一杯の慰めを金髪の人形に行う。

 

「…大丈夫、大丈夫…。よしよし…」

 

両手で金髪の人形を持ち上げた後、胸に抱き抱えて優しく頭を撫でて励まし続ける。

ボロボロになっているメディスン人形の格好を見て、鏡介はそうせずにはられなかった。

一体どんな体験をすればこんな悲惨な格好になるのだろうか。可哀そうで仕方ない。抱かれたメディスン人形は突然の行動に驚き、体を震えさせていた。

 

すると、鏡介のスカウターが反応する。

 

 

『アビリティ:ポイズンボディ  発動。』

 

 

どうやらこの人形は触れるだけでも危険だったらしい。

アビリティ名がそれを物語っている。だが自分にはどうやら効いていない。ならば今この場でこの子の心を癒してあげられるのは自分だけだろう。

損な役周りなんて微塵も思わない。こうしてあげるのが当然。愛情を持ってこの人形と向き合うつもりだ。

 

「(あっ、寝てる…)」

 

いつの間にかメディスン人形の震えは無くなり、眠りについていた。

安心してくれたのか、それとも疲れていたのかは定かではないがとりあえずはこれで大丈夫だ。

周りの毒のガスは徐々に晴れていき、やがて青空の温かい日差しが差してきた。

 

「はぁ…はぁ…言われた通り、作ってきました人形遣い殿っ!」

 

「早くそれをこの人に!」

 

戻って来た人里の人形遣い達は急いで女の人に駆け寄り命連茶を飲ませる。

出来立てで熱いだろうが、そこは人形の力である程度飲みやすい温度に調整したらしい。

命連茶を飲んだ女の人の真っ青だった顔色が少し戻っているのが分かる。一命は取り留めたみたいだ。

 

「ありがとうございます。あなた様がいなければどうなっていたか…感謝してもしきれません。」

 

助けを求めていた人里の男の人がこちらにお礼の言葉を言う。

それと同時にこちらが抱えている眠ったメディスン人形を睨みつけた。

 

「…その人形の処分はどうしましょう?」

 

その言葉には怒りが込められていた。男の人からすれば自分の女房を殺そうとした憎い人形なのだろう。現に毒で殺されそうになっていたのは否定はできない。

 

「一応この子はこちらで預かる予定です。ですが、この子も悪気があってやった訳じゃありません。どうか許しては頂けませんか?この通りです」

 

鏡介は頭を下げ、まだ無知な子供同然であるメディスン人形の代わりに謝罪する。

まるでこの子の親になった気分だ。

 

「…人形遣い様がそこまで言うなら、もう何も言いません。そいつを許した訳ではないですが」

 

「…」

 

「今回の件で人里はその人形を受け入れなくなったでしょう。人里の人間に危害を加えてしまったのですから」

 

「…ではせめて、この子を治療できる場所に心当たりはないでしょうか?」

 

メディスン人形の負っている肉体的、精神的ダメージは深刻なものだ。このままだと助からない可能性が高い。

触れるだけで毒が移ってしまうこの人形では、休憩所に行ったところで門前払いとなってしまうだろう。

 

「…迷いの竹林にある永遠亭(えいえんてい)の八意 永琳(やごころ えいりん)殿なら、あるいは」

 

「永遠亭の八意 永琳さん…分かりました。ありがとうございます」

 

どうやら、紅魔館よりも先に行かなければならないところが出来たみたいだ。

 



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第三十五章

鏡介の腕の中で眠る一体の人形。

体に毒を持っていてあちこちがボロボロで弱っているこのメディスン人形を治せるかもしれない「永遠亭」という場所に今、鏡介は行こうとしていた。

 

既に阿求からもその道に続く道の通行許可は貰って来ている。

あちらからすれば立場的にも難しい判断だったが、こちらが責任を持ってこの子を引き取ることを条件に承諾してくれた。

 

鏡介が門番から許可を貰い、四の道を進もうとしたその時だった。

 

 

「ちょっと待てぇーーい!!」

 

 

後ろから叫び声が聞こえてきた。聞き覚えがある声だった。

振り返ると、そこには怒り顔をしている光の姿が見える。息を切らし、こちらを睨みつけていた。

 

「勝手にどこ行くのよっ!!あたし休憩しながら待ってるように言ったわよね!?もうっ!」

 

「…あ」

 

そうだった。元々自分は光が香霖堂に入っている間にここで足を休めていたんだった。

一連の騒動ですっかり忘れてしまっていたようだ。

 

「はぁ…まぁ、大方予想がつくけどね。その子関連でしょ?」

 

光は頭を掻きながらメディスン人形を指差す。

大分この子も自分がどういう人間なのか理解し始めているようだ。

 

何しろ馬鹿なくらいお人好し…特にこういった小さな命のことになると猶更こうなのだから。

 

「うん、この先の「永遠亭」に行けばこの子を治療して貰えるかもしれないんだ。だから…」

 

「…舞島さんねぇ!そうやって何にでも手を差し伸ばしてたらキリがないわよっ!」

 

「うっ…」

 

光が怒っているのは当然だ。

休めと言ったのにまた変なことに首を突っ込んで厄介事を持ち込むのだから。何を言われてもしょうがないというもの。

この前光の勝手な行動を叱ったばかりだというのに、今度は自分が怒られている。…人のこと言えないな。

 

「…ま、実のところちょうどいいんだけどさ」

 

「え?」

 

「香霖堂の店主さんに聞いたらあの木を切る道具、その「永遠亭」の人に貸してるんだってさ。だからどっちにしろ行くつもりだったの」

 

偶然にも次に行く目的地が自分が向かおうとしていた場所と一致していたらしい。良かった。

これなら行くことに迷いはなくなる。

 

「じゃあ早速…!」

 

「えぇ、行きましょ。…誰かさんのせいで余計なものが増えちゃったけど」

 

「…ちゃんと僕が世話するから…」

 

野良猫を飼うように説得している子と親のようなやり取りをしながら、二人は四の道を進む。

 

 

この4の道でもたくさんの人形に出会った。

木の中、水の中、草の中、壺の中に様々な人形が生息しており、新しい出会いによる期待と不安が鏡介の中で入り混る。

 

その中でも印象的だったのはくるみ人形とエリー人形だ。

くるみ人形の容姿は金髪のロングヘアーで、背中に蝙蝠の羽が生えている。もしかしたらこの子は悪魔か吸血鬼なのかもしれない。日光は平気みたいだが。

エリー人形の方は同じ金髪でカールをまいたヘアスタイル。曲がりくねった鎌を持っている。種族は見当がつかない。

この二体はスカウターで調べても詳しい情報が出ない。どうやらユキ人形と同じタイプらしい。

 

道を塞ぐように佇んでいて進めそうになかった為、初めて鏡介は野生の人形とバトルをして封印の糸でこの二体を捕まえる。

もちろん説得もしてみた。だが、応じてはもらえないし攻撃もされてはしょうがない。メディスン人形のこともあったし、半ば強引にどいて貰った。

そして二体は今、人形箱の中にいる。

 

「一緒に連れて歩かないの?」

 

「うーん、なんと言うか…メインメンバーとして連れて行くのは違うかなって。仕方なく捕まえた人形だし…」

 

「…意外とそういうのに拘るのね舞島さん」

 

これまで会って来た人形はちゃんと何かしらのドラマがあった。

だが、これはどうだろう。特別思い入れもない。自分勝手ではあるが、どうもメインで連れて行く気にはなれなかった。

 

「それにしてもさっきの人形達…まるで何かを守るかのように道を塞いでいたよね。こういうのってやっぱり元になった人物が関係しているのかな?」

 

「恐らくそうだろうね。この子達もきっと」

 

鏡介は自分の封印の糸を触りながら答える。

ユキ、しんみょうまる、こがさ、それにげんげつ。

こがさは出会ったばかりでまだどういう子なのかは分かっていないが、この子達人形の一体一体にもちゃんと個性がある。

ユキは元気で活発な女の子で、しんみょうまるはおしとやかな女の子。げんげつは…うん。変わった女の子だ。

 

とにかく、この人形という生き物を作った人物にはいろんな意味で興味がある。

一体どうやってこんな精巧な幻想郷の住民のコピー人形を作り出したのだろうか。何が目的なのだろう。

異変を起こす為なのか?だったら何故襲うようなことは基本せずにこの幻想郷で普通に生きているのか?疑問が尽きない。

 

人里に来た時も思ったのだがこの人形異変、別にそこまで深刻なものとは思えない。

寧ろ受け入れるべき存在なのではないだろうか。さっきみたいに通せんぼをする人形もいるにはいるが、基本人形は自分から襲うようなものは少ない。

妖怪なんかよりよっぱど無害に近い。それが共通で皆女の子なのは少し抵抗はあったが、今となってはもう慣れた。

 

 

「あ!休憩所よ舞島さん!」

 

 

そんなことを考えているうちに迷いの竹林付近の休憩所に到着したみたいだ。

 

二人は早速休憩所へ足を運ぶ。中は今までの休憩所とあまり変わらない。行商人がいるようだ。

人形を預け、回復を待ちながら鏡介はくつろぎ、光は行商人に話し掛ける。

 

「行商人さん、何かいいものある?」

 

「そうだね、これなんかどうだい?「スキルカード」っていってな…これを人形に使えば技を覚えさせることが出来るんだ」

 

「へぇ、面白そうね…。どういった技があるのかしら?」

 

「周りにバリアを一定時間展開する「フィールドプロテクト」と「フィールドバリア」に、状態異常を一定時間無効化する「幸運の虹」、後は人形の耐久を使って結界を展開する「バリアオプション」だ」

 

「ふぅん。ちなみにおいくら?」

 

「1つ10000円だよ。高価なものなんでね。後、これは何度でも使うことが出来る」

 

光は考え込む。所持金は150円。とても手が届かない。

しかし、光には隠し持っている綺麗な結晶があった。価値がどれほどのものかは分からないが、高価なものだと確信していた。

一か八か、光は交渉してみる。

 

「ねぇ、これとスキルカードを交換出来ない?」

 

「…驚いた。そいつは「魔力の結晶」じゃないか。それなら一つスキルカードと交換出来るぞ」

 

思った通り。つまりこれは1つ10000円の価値があったということ。

わざわざ取りに戻って正解だった。実は一人で香霖堂に戻ったのもこれが目的だったし。舞島さんには内緒にしておこう。

 

「ホント?じゃあこれ、ちょうだい♪」

 

「毎度ありぃっ!」

 

光はスキルカードを1つ、購入するのであった。

 



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第三十六章

四の道の休憩所で手持ちの人形の回復を済ませ、「迷いの竹林」前へとやって来た二人。

先程までの木々が一変、竹林へと変わったことで一層目的地である「永遠亭」へ近づいて来たことを実感する。

 

「魔法の森」とはまた違った「和」の雰囲気があるが、ここは名前から察するにここはすごく入り組んでいるのだろう。

メディスン人形のこともある。なるべく時間が掛けたくはないが…無事に目的地にたどり着けるのかは不安しかない。

 

「…光ちゃん、道分かる?」

 

「ごめん。私も来るのは初めてで…」

 

人形のことで頭がいっぱいで、行くまでの道のりをどうするか考えていなかった。

少し冷静さを失っていたらしい。闇雲に行ってみるのもいいが…こういう場所でそれは返って危険な気がする。

 

「でも、ここには迷った人を外に連れて行ってくれる案内人がいるらしいわ。その人に会えれば希望はあるんじゃないかしら」

 

「え、本当?時間もないしそれにかけるしかないかな…。どんな人なの?」

 

「銀髪ロングで赤い瞳、赤いもんぺが特徴的だからすぐに分かると思う。偶に人里の慧音(けいね)先生のとこに来てるのよ。妹紅(もこう)さんていうの」

 

成程。確かに特徴的だ。言ってる通り見れば一発であろう。

「もんぺ」というものは確か肩に紐を付けるズボンのようなものだったと記憶している。実際に来ている人は見たことはない。

この世界は実に色んな格好の住民がいるものだ。元がゲームの世界だからとにかく個性が強い。そんな世界に今、自分がいるのだと思うと本当に夢を見ているみたいに思える。

だが今まで経験してきた自身への毒の苦しみ、人形からの攻撃を受けた痛みがそれを否定していていた。本当にどうしてこんなことになってしまったのか。

 

鏡介は歩みを進めながら今一度それを考え始める。

元はと言えば大森の奴に付き合ったことが発端だった。

あれから時間はどれくらいたったんだ?やっぱり自分はあちらで行方不明扱いになっているのだろうか。そして新聞の記事にされて…やがては忘れ去られていくのか。

家族はどうしているのだろう。心配をかけてしまっているだろうか。連れて行った大森は責任を感じてしまっているだろうか。

 

自分が周りにどう思われているのかは基本気にはしないが、こういう状況になってはちょっとそういう気持ちも芽生えてしまう。

誰かに恨まれるようなことをしてきたつもりはない。だが、自分に自信が持てない性格である為どうしてもよくない方向に考えてしまうのだ。

 

「舞島さん、あそこに妖怪がいるよ」

 

光が前方にピンクの服を着た少女を見つける。

ハッとした鏡介は首を軽く横に振った後、それを確認した。兎の耳を生やしているあの背の小さな少女はどうやら妖怪らしい。

妖怪兎の方はまだこちらに気付いていない。そして手に封印の糸を持っていることから人形遣いであることは分かる。

話しかければ恐らく勝負を仕掛けられるだろう。出来れば避けたいところではあるが、ここに関する情報も聞きたいところなのでやらなければならない。

 

すると妖怪兎はこちらに気付いたようで、しばらく観察した後話しかけてくる。

 

「そこの人間!あなた人形遣いね?勝負よっ!」

 

案の定だった。人形バトルが幕を開ける。

 

「ここはまかせて舞島さん。行け! げんげつ!」

 

「行けー!うどんげ!」

 

両者の人形が封印の糸から出てくる。光は鏡介の代わりに人形バトルを引き受けてくれるようだ。

こちらがメディスン人形を抱えているのを見越して気遣ってくれたのであろう。何だかんだ優しい子だ。

 

「悪いけど一瞬で終わらせるわよ! 幻覚弾!」

 

げんげつ人形は紫の弾幕を放ち、

 

「そして 陽炎(かげろう)!」

 

うどんげ人形に幻術を見せ、惑わせた。

 

「え…?なっ…!」

 

妖怪兎はこの連携に対応することが出来ず、攻撃の指示は出すもののそれは明後日の方向に飛び外れてしまう。

そして攻撃がクリーンヒットして一撃で戦闘不能。宣言通り一瞬で終わってしまう。

 

「つ、強すぎる…。参った」

 

「さて妖怪さん。私達、永遠亭に行きたいのよ。道を知ってるかしら?妹紅さんの家でもいいわ」

 

げんげつ人形を宝石に戻しながら光は聞き込みをする。

 

「うーん、妹紅さんの家なら知ってるよ」

 

「じゃあ案内してくれないかしら?急ぎなの」

 

「…しょうがない。勝負には負けちゃったし、特別に案内したげる。付いて来て」

 

潔い性格のようで、妖怪兎は案内を承諾し竹林の中を慣れたように歩き始める。

 

「これで何とかなりそうね。…舞島さん?ボーっとしてると置いてくよ?」

 

「…え?あ、ごめん!」

 

鏡介は光の人形遣いとしての腕が明らかに上がっているのに内心驚きを隠せないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここよ」

 

しばらく付いて行っていると、道案内をしてくれている妖怪兎が竹林の中に建っている小さな一軒家を指差す。

見た目は人里にあるような一昔前のこちらの世界にある様式であったので、さほど珍しくもなく驚くようなこともなかった。

ここが妹紅という人物の家らしい。

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「ただの気まぐれだから気にしないで。それよりさ、また人形バトルしよ?今度はあんたと戦ってみたい。正直人間舐めてたわ」

 

「えぇ。この子の治療が終わった後なら」

 

「今すぐじゃダメ?」

 

「はい」

 

「ちぇー、分かったよ。約束だかんね?」

 

軽い口約束を果たすと、妖怪兎は足早煮竹林の中へ帰って行こうとする。

 

「それじゃね。しかしあんたも物好きだ。自分なら兎も角、そんなただの人形のことを優先するなんてね」

 

「何言ってるんですか。自分なんかよりも他の方を優先するのは当たり前です」

 

鏡介は当然と言わんばかりに妖怪兎の言っていることに対し、堂々と反論する。

自分よりもまず、他人のことを最優先。それが彼、舞島 鏡介の生き方なのだ。

 

その言葉に対し、妖怪兎は唖然としていた。

 

「…あんた、ただのド真面目なお人好しね。あたしには理解しかねるわ」

 

「私もー」

 

「光ちゃんまで!?…何か、そういう性分なんですよ僕…ハハッ…」

 

「ふぅん。変わってるね人間って。ま、精々頑張れば?…それじゃ」

 

そう言うと、妖怪兎は竹林の中へ消えていった。

 

「よし、じゃあ早速会いに行きましょう?」

 

「そうだね」

 

二人は妹紅の家の前まで歩いていく。

もちろんインターホンなどはないので、最初は大きな声で呼び出してみる。

 

「御免下さい!妹紅さん、いらっしゃいますか?」

 

聞こえるように言ったつもりだが、返事は帰ってこない。

今度は戸を軽く叩いてから同じように呼び出してみる。しかし、結果は同じであった。

 

「…もしかして、いないのかな?」

 

「寝ているんじゃない?…あら、開いてるわよ。入ってみましょうよ」

 

戸が開いていることに気付いた光は遠慮なしに中へ入っていく。

 

「ちょ、ちょっと光ちゃん!駄目だって!」

 

「急いでるんでしょ?そんなこと言ってられないわよ」

 

光の言ってることも一理あるが、非常識な行動はなるべく控えて欲しい。

これでは空き巣みたいではないか。

 

「あら、どうもいないみたいね」

 

この家はワンルームである為、いないことは玄関からでもすぐに分かったらしい。

内装は畳が何畳か敷いてある至って普通の和式部屋であった。

 

「せめて、この竹林の地図とかないのかなー」

 

「…まさか、中にまで入るつもり?」

 

「もちろん」

 

「…僕は絶対行かないからね。はぁ…」

 

やめて欲しいが、永遠亭へ行く為の手掛かりはここだけだろう。止めはしない。

…後でちゃんと謝っておかないと。

 

 

 

そして光のメモ用紙の地図を見ながら数分、ようやく目的地へとたどり着いた。

 

「こ、ここが「永遠亭」みたいね…」

 

「や、やっと着いた…。もう竹林はこりごりだよ…」

 

運よく妹紅の家にある永遠亭までの地図を写すことが出来て道のりは分かったのだが、途中で別の妖怪兎から人形バトルをこれでもかと言わんばかりに挑まれた。

もう両者ボロボロである。人里の人が言ってたことから察するにここは人形の回復も受け付けているだろう。早く診てあげてほしい。

 

「弱ったなぁ。強い人形遣いを探してこいなんて突然言われても…」

 

「人形が来てからあの二人、さらにエスカレートしてるよね。あーあ、あれの後片付けめんどいなぁ」

 

永遠亭の前で何やら二人の兎耳少女が頭を悩ませているようだ。

途中で遭遇した人形遣いが使っていた人形とそっくりであった。この永遠亭の人だろうか?

とりあえず話し掛けてみる。

 

「御免下さい。ここは「永遠亭」で間違いないでしょうか?診察をしてもらいたいんですが…」

 

「?あ、はい。診察希望者ですね。でも、今はちょっと…」

 

薄紫色のロングヘアーの赤い瞳をしている兎耳少女は永遠亭の方を見ながら申し訳なさそうに言った。

どうやら永遠亭の方で何かあったらしい。診察が難しい状況なのだろう。

 

すると、突然大きな爆発音が永遠亭の方から聞こえてくる。

 

「えっと、一体何が?」

 

「姫様と藤原のがまた派手に喧嘩しているのさ。人形でね」

 

「…あー、道理でいなかった訳ね」

 

「?どういうこと…?」

 

「「藤原の」っていうのは妹紅さんのことよ。ここの姫様とは何か強い因縁があるって聞いたことあるわ」

 

「…そうなんだ」

 

さっきの爆発から察するに喧嘩の規模は凄まじいものだ。

診察どころではないのは分かる。しかし、こちらも一刻も早くメディスン人形を治してあげたい。

となると、選択肢は一つであった。

 

「この喧嘩を止めれば、この子の診察してもらえますか?」

 

「え?まぁそうですね。しかし、あなた方人形遣いでしょうがあの二人は結構強いですよ?私達もさっきコテンパンにされたところですから」

 

「こう見えて私達、結構強いよ?ここに来る途中で消耗しちゃったけど、回復して貰えれば協力するわ」

 

「うーん…」

 

赤目の兎耳少女はどうしたものかと悩んでいた。

ぽっと出の人達に任せていいものかと思っているのだろう。信用がないのは仕方ない。

 

「いいんじゃない?あながち噓じゃなさそうだし。聞いた話だと私の部下達を倒してきたんだろう?」

 

するともう一人の黒髪の兎耳少女が話し始める。

言われてみればこの少女の見た目は竹林で会った妖怪兎たちと似ていた。違いがあるとすれば、ぶら下げている小さな人参の首飾りだろうか。

 

「もしかして、あの人形遣い達は仕組まれていたってこと?」

 

「ま、そういうことだね。テストは合格ってとこかな」

 

「てゐ、あんたいつの間に…。相変わらず抜け目ないわね」

 

「鈴仙とは違うのだよ」

 

ニシシッと笑うてゐ。成程、道理で道を塞ぐように立っていた訳だ。

 

「そう言うことならどうかお願いします。二人を止めて下さい!このままじゃ永遠亭が持ちません!…あ、人形の回復は私が」

 

そう言いながら鈴仙は鞄から救急箱を取り出す。

そして手持ち人形達の治療を手早く済ませてくれた。その時間は僅か数分。見事な手際であった。

ただ、残念ながらメディスン人形の方は「師匠」と呼ばれている人物でないと治療は出来ないらしい。

それほどこの子は重傷で特殊なんだとか。

 

「…これでよし。では案内します。付いて来て下さい!」

 

二人は鈴仙の案内の下、永遠亭に足を運ぶのであった。

 




FFCCリマスターにはまってて遅れてしまった。


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第三十七章

永遠亭では、使いであろう妖怪兎達が慌ただしく屋敷内を走り回っていた。

真面目に現状をどうにかしようとする者もいれば、只々パニックになっているだけの者もいるようだ。

そして、何だか屋敷全体が少し暑い。「姫様」と呼ばれている人物と妹紅の人形バトルの影響なのだろうか。

 

「とりあえず、師匠のいる診察室へ行きましょう!詳しい話はそちらで。向かって左側にあります!」

 

「は、はい…っ」

 

屋敷外で起こった爆発音は今でも定期的に聞こえており、中に入ることで一段と耳が痛いくらいに響き渡る。

空いている手で耳を塞ぎながら鈴仙の後に付いて来ると、目的の場所が書かれた看板とその奥に小さめの個室が見えた。

 

 

「師匠!お連れしました!」

 

 

鈴仙が戸を開け、大きな声で報告する。

するとそこには椅子に座っている一人の銀髪の女性がいた。赤と青のコントラストが特徴的な服を着ていて、その所々に星座が描かれている。

 

「あら、早かったわね。…その人達が強い人形遣いかしら?随分とまた可愛らしいトレーナーね」

 

「は、初めまして。舞島 鏡介と申します(また女々しい扱いされた…)」

 

「あたしは光って言いまーす」

 

男としてのプライドを軽く傷つけられ内心悲しんでいる鏡介を横目に、銀髪の女性は話し始める。

 

「永遠亭へようこそ。私はここで医者をやっている八意 永琳(やごころ えいりん)です。

 鈴仙から聞いているとは思いますが、今日はあなた方に協力して貰いたいことがあります。向こうで喧嘩をしている二人の仲裁です」

 

「はい、分かっています。…元々は永琳さんに診察をお願いしたくて来たんですけど」

 

「あら、そうだったの?…成程、あなたが抱えている人形かしら。見たところ、かなり衰弱しているようね。

 このままだと最悪死んでしまうわ。恐らく、身体の毒素が不足しているのでしょうけど…」

 

事を察した永琳はメディスン人形の様子を遠目で見ながら診断を始めると、聴診器をメディスン人形の胸に当てた。

 

「それで、この子は助かるんですか?」

 

「そうね。元になっている人物自体もだけど、この子は毒を糧に体を動かして生きている。今は衰弱状態になったことで、その体の毒素が消えかけているの。

 …ちょっとその人形をこちらに。私は触っても大丈夫だから心配はいらないわ」

 

「…はい」

 

鏡介はメディスン人形を永琳に渡した。説得力がある説明によってこの人が優れた医者であることは十分に分かり、心の中で安堵する。

永琳はメディスン人形を隅々まで観察し、少し考え込んだ後こう口にした。

 

「治すのはそこまで難しくはないわ。要はこの人形に毒素を与えてあげればいい話。だけど、まずはこの衰弱状態をどうにかしないとね。あなた、「命連茶」は所持している?」

 

「え?はい持ってますが…」

 

「それに入っている成分で私が衰弱に効く薬を作ってみましょう。お代は結構。但し、必ずこの騒動を止めて下さい」

 

「…分かりました!お願いしますっ!」

 

「私の「あらゆる薬を作る程度の能力」にかけて、必ずこの子を治して見せるわ。安心なさい」

 

その言葉を聞いて頷いた鏡介と光は、診察室を後にする。

 

 

 

「良かったじゃん。あの人形助かりそうで」

 

「うん…本当に良かった」

 

現場に向かいながら八意 永琳が信用出来る人物であることにホッと胸をなでおろす。

これまでの不安が解消された気分で、あの人には感謝してもしきれそうにない。

 

そして光と鏡介は今、騒動を起こしている2人がいる部屋の前で佇んでいた。

 

 

「おらぁ死ねぇ輝夜ああぁぁぁーーーーーーーっ!!!」

 

 

「はんっ!何度殺っても死なないわよ!そう言うお前が死ねっ!」

 

 

「お生憎様、あたしも死なねぇんだよクソがぁ!!」

 

 

2人の激しい闘いの叫びは外からでも煩く聞こえてくる。爆発音が鳴る度に細かい瓦礫が飛び散り、砂煙が舞う。

本当にこれが人形バトルによるものなのか俄かには信じ難いと思える程、それは激しいものだった。

 

「なーんか、すっごいことになってるねぇ」

 

「何だか入りずらいね…。でも、治してもらってるからにはちゃんと止めないと」

 

「相手は2人いるんだよね。やっぱり私達で一人ずつ相手にする?」

 

「…いや、前に僕が光ちゃんのサポートをしたみたいにタッグで挑んだ方がいいんじゃないかな。上手く説得できればの話ではあるんだけど…」

 

「あの2人が話を聞いてくれるかと言うと…正直不安よねぇ」

 

事実、今喧嘩をしている2人がコンビを組むとは思えない。非現実的だ。

メディスン人形を安全に治療できるようにする為にも、なるべく早くこの騒動を終わらせたいが…やはりそう上手くはいかないか。

鏡介はいい案がないか考え込む。

 

「まぁどうにかなるでしょ。さっさと行って片づけるわよ舞島さんっ!」

 

「え!?ちょっと!」

 

すると光は一足先に現場へと走って行ってしまった。何と言うかあの子は肝が据わっているというか、とにかく行動する派だ。

彼女のああいうところは自分も学ぶべきなのかもしれない。どうも自分は慎重に行動しすぎている節がある。

鏡介も急いで彼女の後を追いかけていく。

 

 

「そこまでよっ!2人共!」

 

「今すぐ喧嘩を止めて下さい!このままじゃ永遠亭がなくなっちゃいます!」

 

 

「「 …あぁん? 」」

 

 

現場に到着すると、そこは酷い有様であった。

人形バトルはどこへやら、そこには弾幕を撃ち合いながら喧嘩をしている2人と2体の姿があったのだ。

辺りは火の海。恐らく背中から炎の翼を生やしているあの妹紅という人物の仕業なのだろう。お互いに服はボロボロ。辛うじて見えてはいけない部分は守られてはいる。

不思議と体の傷は深刻なものはなかった。「死なない」という言葉と何か関連しているのか?所々に勝負の跡も見受けられ、辺りの床や壁には穴凹が出来ていた。

 

一方、二人と同じ人形の方はオリジナルの意志を受け継いでいるのか、指示が出されなくともお互いに喧嘩をしているようだ。犬猿の仲とはこのことだろう。

とはいってもやってることは服の引っ張り合いやほっぺの抓り合いなので、こちらはまだ可愛いものである。

 

「ちっ。あなた達は永琳の差し金かしら?邪魔しないで貰える?」

 

こちらに気付いた黒いロングヘアーの「輝夜」と呼ばれている人物はこちらが来た目的を察してか、面倒くさそうに蔑んだ目で睨みつける。

この屋敷の偉い人なのだろうが、あまりにも第一印象が悪い形での対面となってしまう。本当は綺麗な人なのだろうが今の状態では影も形もない。

 

「何?あんたら私達の邪魔するつもり?今いいとこなんだけど」

 

銀髪の赤いもんぺを着た「妹紅」も同じく邪魔そうにこちらを睨みつけている。すごく怖い。

勝手に家に上がり込んだことを今言えば、焼き殺されかねないだろう。それくらい機嫌が悪そうだった。まぁあれは光が勝手に上がり込んだのだが。

 

「妹紅さん久しぶりー!」

 

「ん?…お前は寺小屋の。どうしてここに?」

 

「ちょっと永遠亭に用があってさ。ここに来たのはついでと言うか…永琳さんに頼まれごとされちゃったのよー。ホントやになっちゃう」

 

「私の案内なしによく来れたな…。しかし、今は虫の居所が悪いんだ。こいつをぶちのめさないと収まりそうにない。火傷しないうちに下がっt」

 

「やれるものならやってみなさいよ~モ・コ・タ・ン♪」

 

輝夜が妹紅を小馬鹿にしながら煽ると、妹紅は怒りの炎の鉄拳を輝夜の顔面に容赦なく振りかざす。

その瞬間僅か1秒。輝夜もこれには反応が出来なかったらしくもろにクリーンヒット。

 

「あっぢぃぃぃぃーーーーーー!!!? よくもこの私の美しい顔面を殴ったわね!?」

 

「どうせすぐに再生するだろうが!油断してる方が悪いんだよ!ざまぁみろ!」

 

「…もう、許さんぞぉ!妹紅ぉぉーーーっ!」

 

輝夜は顔面を抑えながら、辺りに弾幕を展開し始める。

また派手に暴れるつもりだ。このままじゃキリもないし自分達も危ない。

 

「ちょ、ちょっと!このままじゃ永遠に決着はつきませんよ!どうせなら勝ち負けがはっきりする方法でやりませんか!?」

 

鏡介は間に割って入り、2人に提案をする。半ば命懸けだ。心臓の鼓動が明らかに早くなっているのを感じた。汗も出てきている。

だが、幸いにもそれを見た輝夜は自身の弾幕を消した。流石に無関係の人を巻き込まない冷静さは保ってくれていたようだ。

 

「はぁ?一体何で…」

 

「それはもちろん、人形バトルで!そして2ずつで人タッグを組むなんてどう?そうね…妹紅さんと私、輝夜さんと舞島さんペアでさ」

 

光はここぞとばかりに話に乗り、細かに説明し始める。

ちょっと予定とは変わってしまうが、この方が比較的平和に終わるであろう。ナイスだ光ちゃん。

 

「…まぁ、確かにこれならはっきりと決着はつくか。いいだろう。但し、輝夜は私にやらせろよ」

 

「私も異論はないわ。…まぁ元々は人形で勝負していたんだし?ボコボコにしてあげるわよ。手出さないでよそこの愚民」

 

「ぐ、愚民って…」

 

2人も承諾してくれたようだ。一時はどうなるかと思ったが、これで騒動も落ち着かせられるだろう。ただ、協力プレイは少々難しそうだ。

これで実質だが光との対戦にもなった。一見すると何でこちらが戦わなければならないのかと思わざるを得ないが…この頃の光の人形遣いとしての腕は格段に上がっている。相手にするのは正直恐ろしい。

 

こうして4人による人形タッグバトルが今、幕を開けるのであった。

 

 



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第三十八章

永遠亭の一室で紅蓮の炎が舞っている。

普段であれば大事であるが妹紅が放ったこの炎はこれ以上燃え広がることはなく、今はただこのバトルフィールドを彩るものとなっていた。

室温もまだ普通の人間でも耐えられる程度。恐らく妹紅が制御したのだろう。

 

そんな状況の中、鏡介、光、妹紅、輝夜の4人は今から人形バトルを始めようとしていた。

 

「軽くルールをおさらいするね。お互いの使用人形は1体。一応タッグバトルということで人形同士の協力は有りよ。いい?」

 

「オッケー」「問題ない」「異論なし」

 

光は他の3人に確認する。

本当は自分と光で組んで二人を仲裁する予定だったが、絶賛喧嘩中の妹紅と輝夜が一緒に組んでくれる筈がない。

光の提案のより2人が納得するであろう組み合わせとなった訳だが…何か打算はあるんだろうか。一応は信じてはいるけど。

 

「…で、お2人の人形の回復は済ませましたけども。これ、もしかして審判も私がやる形ですか…?」

 

「はいもちろん!お願いしますね♪」

 

バトルフィールドの真ん中で佇んでいる鈴仙。光が審判する人がいないということで連れてきた。

本人には妹紅と輝夜の人形の回復だけを頼んだらしく、今の状況を見て何となく察したみたいだ。…巻き込んでしまって申し訳なく思う。

 

「鈴仙、変な審議をしたら…分かってるわね?」

 

「は、はいぃ姫様ぁ!」

 

輝夜は口元を袖で隠しながら睨みつけ、鈴仙を威圧する。

このやり取りで何となくだが鈴仙の気苦労が伺えた。これが上司と部下の関係なのだろうが、どうか頑張っていって欲しい。負けるな鈴仙。

 

「そ、それではトレーナーは人形を出してください!」

 

 

「行け! ユキ!」

 

 

「お行き。 かぐや!」

 

 

「げんげつ! 出番よ!」

 

 

「ぶちかませ! もこう!」

 

 

鈴仙の号令と共に各トレーナーは戦わせる人形を繰り出す。

 

…ん?ちょっと待って。光ちゃん今何て言った?

嫌な予感がした鏡介は、ユキ人形の方を見る。

 

「…は、早すぎる…」

 

そこにはユキ人形にべったりのげんげつ人形の姿があった。

目がハートになりながら頬擦りをしているが、案の定ユキ人形は恐怖で固まっている。

 

「ひ、光ちゃん!?この前ユキ人形と接触させないよう約束したでしょ!?」

 

「ごめんごめんっ!でもこの子が一番強いから勘弁して!…ほらげんちゃん?言うこと聞かないと戻しちゃうよ?」

 

封印の糸を構えながら光がそう言うと、げんげつ人形は軽く舌打ちしながら元の場所に戻っていく。

知らぬ間にあの悪魔の扱いに慣れたようだ。げんげつ人形はすごく不服そうだけど。

 

「おいおい…大丈夫なのか?」

 

「ちょ~っと面倒臭い子だけど、実力は確かよ。安心して、妹紅さん!」

 

勝負になるのか心配になる妹紅に対し、光が自信有り気に答える。

確かにげんげつ人形は強い。2人掛かりで負けそうになった程に。今思うと、本当によく捕まえられたものだ。

 

「…愚民らしい弱そうな人形ねぇ。私のとは大違い」

 

「そ、そんなことありません!この子は僕の自慢の相棒なんですから」

 

輝夜は味方側であるユキ人形を見て軽く軽蔑する。

ふと、輝夜人形の方を見てみると欠伸をしながら気だるそうにしていた。そっち人形だってちょっと頼りなさそう…などとは言わないでおこう。

 

 

「では、これより姫様と舞島さんペア 対 妹紅さん光さんペアによる、人形タッグバトルを開始します!」

 

 

 

一方の人形サイド

 

「(じ、自慢の相棒…(ポッ)」

 

「照れてるユキちゃん可愛い…」

 

「何か変なのと組まされた…辛い」

 

「もう眠いんだけど…」

 

トレーナ側に対し、人形側は割と呑気だった。

 

 

 

「もこう!奴に 兜割(かぶとわり) だ!」

 

始まる人形タッグバトル。先に仕掛けたのは妹紅だった。

指示を受けた妹もこう人形は手から光の剣を作り出しダッシュして距離を詰めてから飛び上がると、それをかぐや人形に振り下ろす。

 

「森羅結界」

 

それに対して輝夜は特に驚く様子はなく、冷静に防御技の指示を出した。

かぐや人形は手をかざして結界を張り、もこう人形の攻撃を無効化。

 

「そんな単調な攻撃、当たる訳ないでしょう?馬鹿ね。まぁ、仮に当たっていたとしても大したダメージは受けないでしょうけど」

 

「ちっ…!相変わらず守りが硬いな…」

 

「(成程…ということはあのかぐや人形は散防が高いのね…。だったらげんちゃんは集弾アタッカーだし相性は良い!)」

 

もこうと輝夜のやり取りを見て光はそう分析する。

人形バトルに慣れてきた光は、もはや初見の技であってもその技が集弾か散弾かの区別がある程度は付くようになっていた。

 

「げんちゃん!かぐや人形に 幻覚弾!」

 

指示を受けたげんげつ人形は紫色の弾幕を放つ。

 

「…! ユキ! 陽の気力 であの弾幕を打ち消して!」

 

それを見た鏡介はユキ人形に迎撃の指示を出す。

ユキの放った青い弾幕は、本体である弾幕に当たって爆発を起こして攻撃を防ぐことに成功する。

 

森羅結界の隙を突いた攻撃…こちらが霊夢と人形バトルをした時にやったことを早速吸収しているようだ。

 

「あら、愚民にしてはやるじゃない」

 

「気を付けて下さいよ。その技、連続では使えないんですから」

 

「はいはい」

 

袖で口元を隠し、くすくすと笑う輝夜。先程の行動に対する自覚があるのかないのか…。

こちらが守ると分かってやったのだとしたらとんだ大物だ。この人は姫様らしいからありえない話ではないが。

 

「(…普通に攻撃を仕掛けてきたということは、やっぱり戦う気満々だな。はぁ…しょうがないか)」

 

多少は期待していたのだが、どうやら光は容赦しないらしい。

気は進まないが、どうにか勝ってこの2人の喧嘩を終わらせるしかないだろう。

 

「もこう! ファイアウォール!」

 

今度はまた妹紅が攻撃を仕掛ける。

もこう人形は炎の壁を作り出し、それを相手の人形2体に向かって放った。

このバトルフィールドの影響か、炎の壁は見る見ると大きくなっていって迫ってくる。

 

「こっちも ファイアウォール だ! ユキ!」

 

「!?同じ技…!?」

 

ユキ人形も同じように炎の壁を作ってそれを放つ。

壁同士が衝突すると、力と力のぶつかり合いによる衝撃と熱気が4人を襲った。

 

鏡介は今の攻撃を見て瞬時にこの状況を利用した。選出した人形を炎タイプのユキ人形にしたのも実はこの為だ。

水タイプのこがさ人形では周りの炎の影響で逆に威力が落ちてしまうだろう。妹紅は最初から自分に有利な状況を作っていたのだ。

 

「…驚いた。その人形も炎タイプか。私が炎タイプに有利なフィールドを作っていたのに気付いての選出か?大したもんだよ」

 

「か、輝夜さんの人形の防御力を貫くならそういう手もあるんじゃないかって思って…っ!」

 

「…確かにあれを食らったら痛そうね。妹紅らしい戦法だわ」

 

大方予想通りだったみたいで、妹紅が称賛の言葉をかける。

輝夜もあの技を見て少しは緊張感を持ち始めたようだ。

 

「!?馬鹿な!?こっちがパワーで負けてるだと?」

 

妹紅が炎の壁のぶつけ合いに自分の人形が押されていることに気付いた。

そして、もこう人形側の炎の壁は消え失せてユキ人形の攻撃が飛んでくる。

 

「くっ…!?」

 

「げ、げんちゃん上に逃げて!」

 

炎の壁が迫り、トレーナー2人は思わず部屋の両端に避難をする。

げんげつ人形も辛うじて避けられたものの、もこう人形は壁に巻き込まれてそのまま叩き付けられてしまう。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

妹紅が人形の心配をすると、食らった人形の方はしばらくして立ち上がり唾を吐く仕草をしながらフィールドに戻っていく。

攻撃がもろに入ったといえ、効果はいまひとつ。そこまで痛手ではなかったようだ。

 

「…やるじゃないか。如何せんこっちも燃えてきた。だが…それでも狙いはお前だ! もこう! 奴に 虎走り(とらばしり)!」

 

「…!?」

 

指示を受けたその瞬間、もこう人形は姿を消す。

標的はかぐや人形。何が起こったのか分からず、トレーナーである輝夜自身も眉を顰めている。

今まで人形バトルで戦っていて初めて見る技なのだろう。

 

「(…見えないのではなく、かなり高速で動いているようね。問題は反応出来るかどうか…)」

 

「…遅い!」

 

その言葉が掛けられると同時に、もこう人形は既にかぐや人形の懐に潜り込んでいた。

こちらが思考を巡らせているその間にはもう攻撃が飛んで来るなど誰が思うだろう。

 

「! 森羅結…」

 

「食らいなっ!!」

 

咄嗟に輝夜は防御技の指示を出すが、間に合わずに相手の攻撃が直撃してしまう。

距離を詰めて勢いが乗ったもこう人形の鋭い蹴りはかぐや人形を吹き飛ばし、壁に激突させる。

 

「…まさか、拡散技以外も使えたとはね」

 

「お前の人形を倒す為にわざわざ覚えたんだ。結構効いたろ?」

 

「まぁ、多少驚いたわね」

 

ほくそ笑みながら話す妹紅。確かに今のはさぞ気持ちが良かっただろう。

だがそれに対し、輝夜は冷静だった。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「問題ないわ。さっきのは初めて見る技だったから当たってしまっただけのこと。次はこうはいかない。…だけど、思ったよりダメージが大きいかしらね。」

 

輝夜は自分の人形がよろめいている様子を見ながらそう口にする。

あれだけ吹き飛ばされたのだ。当然と言える。

 

だが、それでも輝夜は表情を変えずにいるのが不思議だ。何故そんな余裕があるのか。

ルール上アイテムは一応禁止だ。それ以外の方法で回復でもさせない限り、人形は倒れてしまうだろう。

 

「身代わりがいる今の状況ならこの技を使える。愚民!私の盾になりなさい」

 

「い、今あなた身代わりって言いました!?…まぁいいですけど!」

 

輝夜が何かをする気のようだ。考えがあるのだろう。

だが、初めての協力がこれとは…。鏡介は何とも言えない気持ちになる。

 

「…後、僕は舞島 鏡介です。その「愚民」っていうのやめてもらえますか?」

 

「無事に私を勝利に導いたら、考えなくもないわね」

 

「…だったら、盾にでも何にでもなりますよ!」

 

「素直でよろしい…じゃあ行くわ。 かぐや! 胡蝶の舞(こちょうのまい)!」

 

指示を受けたかぐや人形は、ひらひらと品のある踊りを始める。

そしてその周りには光輝く蝶が舞い、とても美しく幻想的であった。思わず見惚れてしまう程だ。

しかし、今は人形バトル中。惜しいところではあるが、ゆっくりと見物することは出来ない。

 

「この技は体力を徐々に回復させる技。見ての通り、隙が大きいからね」

 

「…成程。これをしている間を守ればいいんですね」

 

鏡介はユキ人形に出来る防御手段を考える。

構成的にしんみょうまる人形のような防御技は一切ない。となると何かしらの応用が必要となるだろう。

2人を一気に相手をするのは困難と言える。迎撃するだけでは限界が来るのは明白だ。

 

「させねぇ! 虎走り だ!」

 

「…ならこれで! ユキ! ファイアウォール!」

 

迫ってくるもこう人形に対し、鏡介の出した指示は攻撃技、「ファイアウォール」。

炎の壁を放つこの技は広範囲を攻撃出来る。故に、その「広範囲」という特性を生かす。

 

「そのままキープして かぐやを守れ!」

 

「な、何!?」

 

ユキ人形は作りだした炎の壁を飛ばさず、かぐや人形を守るように展開する。

これにより、疑似的にだが防御壁を作り出した。

突っ込んできたもこう人形は炎の壁に弾かれてしまい、その衝撃で後ずさりしてしまう。

 

「くそっ!やるなあいつ…まさかそう来るとはね」

 

ユキ人形の作った炎の壁はフィールドの影響もあり、徐々に大きくなっていく。

ただでさえ散弾が高いユキ人形の火力がさらに上乗せされているこの状態だ。打ち消すことは容易ではない。

 

「うーん、これじゃ手が出せないな。こりゃ一本取られた」

 

光もこれにはお手上げで、手を出さずに無駄な労力は消費しないようだ。賢明な判断と言える。

おかげでこちらも十分な時間を稼げるのだが。

 

「…輝夜さん。そろそろいいですか?」

 

「えぇ、ご苦労様。お陰で体力は十分回復出来たわ。そしてこの状況、使える。フフフ…」

 

何やら不意に笑い始める輝夜。

その笑みは今までのクールさとは別に子供のイタズラ心のような、そんなあどけなさが少し感じられた。

 

「時は来た。今こそ奴をぶちのめす絶好の機会っ!」

 

笑顔とは裏腹に、物騒なことを言い始めた輝夜。

何だかこちらが悪者になった気分だ。

 

ふと、かぐや人形の方を見たらさっきと比べて元気になっているのが分かった。

きっと周りの蝶が回復してくれているのだろう。何とも便利な技だ。

 

「さて、と。じゃあ覚悟は良いかしら、妹紅?」

 

「!?て、てめぇ…まさか!?この炎の壁の向こうから一方的に攻撃する気か!?卑怯だぞ!」

 

「あらー?誰が炎タイプに有利なフィールドにしたのかしらねー?じゃあついでにもっと場を整えようかしら」

 

輝夜はこれを機に攻撃するための準備を整えるつもりらしい。

…自分でやっておいてなんだけど、これは中々酷い状況だ。やりたい放題出来てしまうぞ。

 

「さぁ、畳掛けるわよ! 気象発現(きしょうはつげん)!」

 

 

「 極光(きょっこう)! 」

 

 

輝夜の掛け声と共に、人形は天に光を掲げる。すると、眩しいほどの日差しがこの部屋を照らしていく。

部屋の中にいるのに、まるで夏の炎天下の中にいるかのような錯覚を覚えた。ただでさえ炎の中で暑苦しいのに、それが更に増した気がする。本当にやりたい放題するつもりのようだ。人間サイドからすれば勘弁願いたい。

 

「この気象は光タイプの技の威力を上げ、闇タイプの威力を半減させる。シンプルでしょう?」

 

「(天候と特徴が似てるな。「気象」か…)」

 

鏡介の中のポケ〇ン知識が久々に呼び起こされる。

こちらでは日照りや雨などではなく、また別の物が存在するらしい。こがさ人形の件で勘違いをしていたようだ。

ちゃんと覚えておこう。

 

「さぁ行くわよ! 原初の光!」

 

この圧倒的有利な状況を生かし、輝夜の反撃が始まる。

人形から放たれた光の弾幕は気象の影響で威力が上がり、通常とは比べ物にならないほどの破壊力をもたらす。

輝夜の狙いは勿論、妹紅だ。攻撃を受けている妹紅は人形に攻撃をかわす指令を出すのことに手一杯となる。

 

「くそ…このままじゃジリ貧だぞっ…!」

 

「そらそらぁ!いつまで持つかしら?」

 

前方には何者も寄せ付けない炎の壁、後方からは強力な攻撃が飛んで来る。

相手からすれば、まるで要塞を相手にしているような絶望感だった。

そんな不利な状況の中、何か打ち破る方法はないかと光は頭を必死に働かせる。

 

「(今の状況は「極光」っていう気象でかぐや人形の技の威力が上がっているのよね…光タイプの威力を上げるってことは…そうだ!この気象、私にも恩恵があるじゃない!)」

 

 

「げんちゃん! ライトアップ であの弾幕を打ち落として! 」

 

 

光が指示を出し、げんげつ人形による光弾が放たれる。

同じ「光」タイプの技なのでこちら側も威力が倍増。見事にかぐや人形の弾幕に押し負けることなく打ち落とした。

 

「…あら、その人形も光タイプなのね。てっきり「闇」だと思っていたのだけど」

 

「こんなに可愛い子が「闇」な訳ないでしょ?見た目通りの可愛い天使ちゃんなんだから!」

 

「いや、悪魔だろ」というツッコミを入れたい。

輝夜もこれには呆れ顔である。あの人形の中身を見抜いているからこその「闇」というタイプ予想だったにも拘らず、こんなにも単純な答えだとは思わなかっただろう。

頭を使う人、というよりは捻くれている人には逆に効果がある高度な騙し。まさか、あの人形それを狙ってあんな姿をしているのではあるまいか。

 

これは少し不味い状況と言える。げんげつ人形に火力を与えてしまった。

 

「…気象を使って後悔しているようだな、輝夜?なら今から更に後悔をさせてやるよ」

 

輝夜の僅かな表情の変化から心情を読み取った妹紅は、指を指し宣言する。

 

「お前のその回復技、こっちはそれを待っていた! 地相発現(ちそうはつげん)!」

 

 

「 朱雀(すざく)! 」

 

 

指示を受けたもこう人形の背に、紅く巨大な鳳凰が浮かび上がる。

 

「…やっば」

 

自分の人形に付いている胡蝶を見つめながら、輝夜はそう呟いた。

 



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第三十九章

紅蓮の炎と眩い日差しが辺りを覆い、その中央には紅き鳳凰が翼を広げている。

妹紅の人形の技によって生み出されたその鳳凰…またの名を「朱雀(すざく)」は、こちらに襲い掛かってくる様子はない。ただその場で佇み続けていた。

無害かと思われたが、朱雀が現れてからの輝夜の様子が何やらおかしい。先程までの余裕が一切なくなっている。

 

「…悠長にしている時間が無くなった。早急に片を付けないと…」

 

「あれは一体…?」

 

「地相発現「朱雀」(ちそうはつげん「すざく」)。あれはさっきの「気象(きしょう)」と同じようにその場全体に効果が発生する技。その効果は、「人形のスキル、技による回復手段をダメージに変換する」」

 

「ダメージに? …!そうか、輝夜さんの人形は今…」

 

「えぇ、そういうことよ。ちっ…!やられた」

 

かぐや人形の方を見てみると周りを舞っていた青白く輝いていた綺麗な蝶々が一変、赤黒く禍々しいものへと変わり対象者を蝕み続けている。

確かにこれは時間を掛けられない状況だ。かぐや人形自身は強気に振舞っているが、耐久が徐々に削られていっているこの状態を無視することは出来ない。

 

「…どうだ?老いることも死ぬこともない蓬莱人(ほうらいじん)にとって、これは堪らないだろう?輝夜よ。永遠の苦しみを味わいな!」

 

妹紅は皮肉を効かせた軽い罵倒を輝夜に浴びせる。

分かってはいたがやはりこの人はただの人間ではなく、「蓬莱人」と呼ばれているらしい。所謂、「不老不死」というやつだろうか。

本当に、この幻想郷には色んな人がいるものだ。

 

「まぁ、私自身が苦しんでいる訳じゃないけどね。まさか、脳筋なあんたがそんな小細工をしてくるとは思わなかったわ。」

 

妹紅の皮肉に対し、輝夜は何ともないように言い返す。

気丈に振舞ってはいるが、状況は最悪だ。こうなった以上、こちら側も攻めに転じざるを得ない。

 

「どうしますか?輝夜さん」

 

「やることは基本変わらないわ。妹紅の奴をひたすら狙う。でも、あっちも馬鹿じゃない。時間を稼ぐつもりだろうから、あんたは私を守りながらそれを崩す策を練ってなさい。

 …後、もう1人の人形は私じゃ相性が最悪だから、そっちがなんとかして」

 

「…はい、やっては見ます。注文が少々多い気がしますが」

 

無茶な指示だとは思うが、言っていることは間違っていない。

そろそろ光の方も何かを仕掛けてくるような気がするし、注意を向ける必要があるだろう。

 

「(さて、やったはいいが…まだ油断は出来ないな。どうにか時間を稼ぎたいところなんだが…)」

 

「妹紅さん。防御は私に任せて!」

 

妹紅が思考を巡らせていると、光が話し掛ける。

何やら自信有り気な表情だった。だが、今までの技構成の傾向から察するに、げんげつ人形にそのような技を覚えられそうにない。

一体どうするつもりなのだろうか。

 

「かぐや! 原初の光!」

 

輝夜の方が攻撃を仕掛けてきた。

肥大した光弾がもこう人形を襲ってくる。

 

「…ユキ! それを飛ばして!」

 

それと同時にユキ人形は守りに使っていた炎の壁をげんげつ人形に向かって発射。

恐らくさっきやられた迎撃を防ぐ為の攻撃だ。不味いぞ…どうするんだ?

 

 

「フフッ…買ってて良かったスキルカード! げんちゃん フィールドバリア!」

 

 

光が高々に技を宣言すると、げんげつ人形は自分ともこう人形に対して円状のバリアを張った。

バリアを張った瞬間に攻撃が被弾するが、大したダメージを負っていないのが分かる。

 

「小賢しい真似を…」

 

「(…あれは初めて見る技だ。いつの間にそんな技を習得させてんだ…?)」

 

攻撃を防がれた鏡介は初見のあの技に疑問を抱く。

霊夢戦でよく見た「森羅結界」とは違い、あれは終わっても場に残り続けているのだ。しんみょうまると同じステータスを上げるタイプの技か?

…いや、あの技は1人ではなく2人に発動した。だとすれば、味方全体に効果があるものと見ていいだろう。

しかし、攻撃を完全に無効化するものではないとすれば何故ほとんどダメージを負わずに済んだ?今はどちらもフィールドの効果で威力は上がっている筈なのに。

 

「ナイスだ光ちゃん!これであいつらの攻撃も怖くない!」

 

「あの2人、どっちも拡散技しか使ってこないみたいだからちょうど良かったわ。さぁ、どうする舞島さん?」

 

光の今の言葉で大体分かった。あのバリアは拡散技を軽減する効果があるらしい。

こちらにとっては確かに有効な手段だ。使う技はどれも拡散技なのだから教えてしまっても問題ない、と。

今まで使わなかったのは、こうして機を伺っていたということか。タイミングとしては完璧と言える。

 

「そら行くぞ! 虎走り!」

 

再び妹紅から攻撃を仕掛けてくる。もこう人形は俊足でかぐや人形に近づいて来た。 

バリアがある状態で尚且つユキ人形の炎の壁がない今、妹紅も守りではなく攻めに来るようだ。

「攻撃は最大の防御」という言葉を体現している。

 

「…森羅結界!」

 

だが、輝夜もそこはある程度予想がついていたのだろう。

もこう人形の攻撃に合わせ、しっかりガードを固める。

 

「甘い!まぐれは一度までよ!」

 

「だが、その技は連続で使えない! もう一度 虎走り だ!」

 

妹紅は連続攻撃を仕掛ける。向こうも技の特性を見切り始めたようだ。

すると、輝夜はこちらに向いてアイコンタクトを送った。「何とかしろ」ということか。

 

「ユキ! 斉射!」

 

ファイアウォールでは何かしらの対策をされる恐れがある。ならば、確実に相手を捉える方法を選ぶ。

ユキ人形が放った紫の弾幕は高速で動く相手を追跡し、当たるまで追いかけ続けるのをやめない。

弾幕の動きを観察し、鏡介はもこう人形の居場所を探る。

 

「…今だ! ファイアウォール!」

 

ここぞのタイミングで、攻撃の瞬間を炎の壁で防ぎ切ることに成功。

正直、結構ギリギリだった。

 

「ちっ!もうちょっとだったのに!」

 

「私には優秀な盾がいるのよ。残念だったわね」

 

いつの間にか自分はお姫様を守る護衛みたいな扱いになっている。

…まぁ、頼りにされているということなのだろうか。「愚民」より遥かにマシだし、悪い気はしなくもない。

 

「げんちゃん! エンジェルラダー よ」!」

 

そう思っていた矢先、攻撃が飛んでくる。

げんげつ人形の光の光線が炎の壁に衝突すると、激しい火花が散る。

今の気象でただでさえ高火力の攻撃が更に上がっている分、ユキ人形は徐々にその威力に押され始め、やがて炎の壁は消滅してしまう。

 

「もうその壁は使わせないよ、舞島さん!」

 

「…やるね、光ちゃん!」

 

もしも最初に炎の壁を張っていたら危なかった。読みは当たっていたようだ。

 

だが、このままこちらが守りに入ると長期戦は免れない。相手の思う壺となってしまう。

あのバリアを何ともしないほどの攻撃が出来ればいいのだが、そんな都合のいいものはない。あるとすれば、一度だけ見たユキ人形の謎の覚醒…。

しかし、あれはユキ人形自身の消耗も激しいもの。可哀そうだから、出来れば使いたくない。

 

「…次が最後になりそうね。しょうがない、あの技を使うしかないか…。まだ未完成なんだけど」

 

輝夜も自分の人形の状態を見て、そう判断する。

蝕まれ続けたかぐや人形からは苦痛の表情が見られた。もう時間がない。

 

「愚民、時間を作りなさい!大技をあいつにぶつけるっ!この技なら、バリアも関係なく倒せる筈よ。今のこの気象でしか使えないからね! かぐや! あの技行くわよ!」

 

「!わ、分かりました!」

 

また呼び名が「愚民」に戻ったことや、突然の無茶ぶりに抗議を申し立てたいところだが、今はそれどころではない。

かぐや人形はバリアに対抗し得る高火力な技を覚えているらしいので、ここは作戦に乗ることにしよう。あの時、しんみょうまる人形でやっていた時と同じように。

後、こちらとしても2人の決着はキチンと付けて貰いたいところではある。

 

「…!何かやるつもりだな!?そうはさせるかっ! もこう! ファイアウォール!」

 

「援護するわ! げんちゃん! ライトアップ!」

 

かぐや人形が何やら力を溜めていることに気付いた2人は、それを阻止すべく攻撃に出る。

 

「…ユキ! げんげつの方の攻撃を止めて! ファイアウォール!」

 

げんげつ人形の攻撃を光弾に切り替え、妨害を確実にしようとの考えだろう。

そうはさせない。もう片方の攻撃を受けてでもそれを止めないと…!しかし、こんな指示を出してしまうのはかなり心痛い。

それでも、指示を受けたユキ人形はこちらを向いてしっかりと頷いてくれた。意図を分かってくれているのだろう。ありがとう…無茶させてごめんね。

 

ユキ人形は指示通り、げんげつ人形の攻撃を防ぐことに集中し炎の壁を張って攻撃を凌ぐ。威力の上がった光弾は炎の壁に全弾命中し、お互いを打ち消した。

そして迫りくる炎の壁に無防備になったユキ人形は、かぐや人形をかばうように真正面から攻撃を受けて吹き飛ばされる。

 

「なっ…身を挺して攻撃を防いだだと!?」

 

「良い判断をしたわね…確かに炎の技ならまだダメージは少ない。正直、舞島さんらしくない戦法だけど。」

 

光のこの行動は読めなかったらしく、悔しそうな表情を浮かべた。

出来ることならこちらも別の方法を取りたかったのだが、しょうがないと今は割り切る。

 

そして、終わったらちゃんと謝っておかないといけない。「こんな人形遣いでごめん。」と、精一杯心を込めて。

そうでもしないと、一生後悔してしまうだろう。

 

 

「盾役!よくやったわ!そして、これで終わりよ妹紅! 天神の加護(てんしんのかご) !」

 

 

輝夜が指示を出すと、人形は眩い日差しの中に溜め込んだ光のエネルギーの球を放り込む。

こがさ人形がやっていたことに少し似ている気がする。一体何が始まるのだろうか。

 

すると次の瞬間、天から光の雨がもこう人形に向かい降り注ぐ。

 

 

「な、何だこの技は!?こんなの今まで見たことない!」

 

「まだ試作段階の技だからね。でも、威力は相当なものよ。気象が発生している時限定だけど」

 

 

「 蜂の巣にしてあげる。死ぬがいいわ! 」

 

 

四方八方から飛んで来る光の矢。凄まじいスピードで飛んで来るその攻撃には、妹紅もどうすればいいか分からず対応出来なかった。

無慈悲に攻撃を受け続ける自分の人形を黙って見ていることしか出来ない。

 

「…く、くそっ…!」

 

「駄目…!こんなスピードで不規則に飛んでちゃ迎撃出来ないわっ!」

 

いくらバリアを張っている状態であっても、限界がある。

止むことのない光の矢の攻撃は、もこう人形の耐久を確実に削っていき、やがては倒れこんでしまった。

 

「勝負ありよ、妹紅。まぁ所詮あなたはその程度だったという訳ね」

 

輝夜が勝利を確信し、妹紅に宣言する。

いつぞやの余裕のない表情はどこへやら、すっかり元通りとなって弱者を嘲笑い上機嫌となっている。

…こちらにも多少は感謝くらいして貰いたいのだが、これで決着はついた。

 

 

「…あぁ、参ったよ正直。だがな…まだ終わってないぜ」

 

 

「あら?まだやるの?往生際が悪いわね」

 

「忘れたのか?私の人形のアビリティを…」

 

 

 

 

『アビリティ:復讐の化身(ふくしゅうのけしん)  発動。』

 

 

スカウターが反応すると同時に、倒れた筈のもこう人形は起き上がる。

もこう人形はフラフラになりながら黒いオーラを出すと、そこから怨念のようなものが浮かんでくる。

 

「な、何ですかあれ…!?」

 

「(…そうか、私の人形は回復技に長けていたからあのアビリティは今まで脅威にはなっていなかったけど…っ!)」

 

再び輝夜から余裕が消える。

輝夜自身、今まで気にしてこなかったもこう人形のアビリティがここで牙をむく。

 

 

「 お前も道ずれだ!輝夜ぁ! 」

 

 

妹紅が叫ぶと同時に、黒い怨念はかぐや人形に向かって炎の形となって襲い掛かって来た。

恨みを形にして攻撃をするその様には、狙った者に対する強い執念が籠っているようだった。深い因縁があると言われているこの2人に繋がりを感じざるを得ない、そんな攻撃方法だ。

 

「ユキ! ファイアウォール だ!」

 

この攻撃を受ければ、かぐや人形もひとたまりもない。

鏡介はユキ人形に急いで指示を出し、壁を作り出す。

 

しかし、黒い怨念の炎はユキ人形の壁をすり抜けていった。

その炎の壁の正面にいた筈のユキ人形自身も、何故か無傷である。

 

「無駄だ。その炎は必ず倒された人形を焼き尽くす!」

 

「くっ…!」

 

そして、今まで「朱雀」の効果によって耐久を削られ続けたかぐや人形を怨念の炎は容赦なく焼き尽くした。

悶え苦しむ自分の人形を輝夜はただ見ているしかなく、さっきのお返しをされたことに対する苛立ちの表情を見せた。

 

そして間もなく、かぐや人形は倒れて戦闘不能。それと同時にもこう人形も糸が切れたかのように倒れた。

 

 

「…か、かぐや人形、もこう人形、共に戦闘不能っ!」

 

 

2体の人形の状態を見た審判の鈴仙は、両手を大きく上げて審議する。

 

「…鈴仙?先に倒したのはこの私よ!決して引き分けじゃないわっ!」

 

「え、えぇ!?でも同時に…」

 

「私の言うことが聞けないのかしら?」

 

「う、うぅ…」

 

審判である鈴仙の判定に対し、抗議を始める輝夜。納得がいかないのだろう。

上司の圧で鈴仙もたじたじになり、はっきりと判決が出せないでいる。

 

「鈴仙ちゃん、分かってるよね?どう見ても先に倒れたのはあいつだよな…?」

 

「あぅ…そ、そのぉ…えっとぉ」

 

「鈴仙っ!そんな奴の口車に乗らない!」

 

妹紅も負けじと抗議し始め、鈴仙は板挟みとなり容易に判決を決められない状況に陥る。

彼女の紅い目にも涙が浮かんでおり、身体も暑い空間にも関わらずまるで冬場のように震えていた。冗談抜きで可哀そうだ。

光に巻き込まれたばっかりに…申し訳ない。

 

だが正直、この判決は少々難しいと言える。

戦闘不能で発動するアビリティで相手が瀕死になった場合、ルール上はどうなるのだろう?

自分はポケ〇ンを本格的にはやっていない為、こういった細かいルールは把握していない。困ったな。

 

 

「…痛っ!?」

 

 

すると突然、上から何かの本が鈴仙の頭に落ちてきた。

鏡介は上を見上げるが、気象の影響で眩しくてよく見えない。うっすらと見えたのは、空間が閉じていく様子だけだった。

 

「な、何なの?…あ!?これ、人形バトルの公式ルールブックですよっ!?」

 

鈴仙が落ちてきた本の内容を確認すると何ということか。都合良く欲しかったものが降って来た。

…さっきの上にあった空間から誰かが落とした?一体何者だろうか?

 

これに載っているルールなら間違いはない。判決が出来ないでいた鈴仙にとってこれは正に、天からの贈り物だった。

 

 

「えっと……あ!ありました!『「復讐の化身」によるアビリティで相手が戦闘不能になった場合は…』」

 

 

早速、鈴仙は今の状況について掲載されているページを探し出した。

場に緊張が走る。審判である鈴仙の次の言葉で勝敗が決まり、決着はつく。

 

 

「…『アビリティを発動させた方の勝利となる』、とのことです…」

 

 

鈴仙は妹紅がいる右手の方を高く上げ、そう宣言した。

 




今更スカウターを初見人形に対して全然使っていないことに気付くアホがここにいたっ!
次回からはちゃんと使っていくから…許して…


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外伝4

※注意


この外伝は、私が書いている小説「人間と人形の幻想演舞」の人形視点ストーリーです。
その為、人形が普通にしゃべります。そのことを注意した上でご覧下さい。

今回は、五の道で雨を降らせていたこがさ人形のお話です。



今日も気ままに、特に目的もなくフラフラと飛んでいた。

空は雲一つない晴れ。正直、あまり好きな天候ではない。わきちは雨の方が好きだ。

 

こんなにも晴れていたら、今差している傘もただの飾りでしかない。うーん、どうしよう?

 

 

…そうだ。私が雨を降らせればいいじゃないか。

 

 

そう思って、この周辺一帯を雨にした。

 

 

 

ここは五の道にある広場の草むら。こがさ人形は雨の中そこで一人、遊んでいた。

元々そこには他の人形も生息していたのだが、雨が降ると一斉に周辺の木々に隠れてしまったようだ。

 

「あ、水溜まりだ!えいっ!」

 

雨によって出来た浅くて小さな池を、小さな人形は思いっきり両足で踏みつける。

水飛沫が飛び散る様を、彼女は無邪気に楽しんでいた。何故なら、それが好きだから。この「ちゃぷっ」って音が、いつ聞いても気持ちいいのだ。

 

だが、お陰で服はびちょ濡れ。他の人が見たら笑われちゃうだろう。

「傘を差しているのに何でそんなに濡れているのか」と。仰る通りで。

こがさ人形は少し、自分の軽率な行動に後悔した。

 

こんな子供っぽい性格だが、お洒落はしてみたい。だって女の子だし。

濡れても平気な可愛い服があればいいのだが…何故か一張羅な自分が憎い。

 

「…ね、ねぇ!一緒に遊ばない?ほら、案外濡れるのも悪くないよ?」

 

先程のことを誤魔化すように、こがさ人形は勇気を振り絞って木に隠れている人形に話し掛ける。

 

「冗談じゃないわよ!あんなの浴び続けたら倒れちゃうわよっ!」

 

「あんた、何のつもり?私達のテリトリーに突然攻撃なんて!」

 

しかし、帰って来たのは罵倒の数々。当然だった。

この雨は本来、攻撃技の一種。耐性がなければ他の人形がダメージを負うものだからだ。

 

「…??」

 

だがこがさ人形は、それを全く理解出来ていない。

 

いつもそうだった。自分で雨を降らせては周りに迷惑を掛けていることにこがさ人形は気が付かない。

それが原因で、人形の友達がいつまでたっても出来ないでいた。

 

「…!やばっ人間よ!きっと人形遣いに違いないわ!」

 

こちらに人が近づいていることに気が付いた野生の人形達は、そそくさと身を隠す。

こがさ人形も一応周りに合わせ、空を飛んで逃れる。

 

そして上から「人形遣い」という者を見物してみた。

どうやらこちらと同じように、傘を差しているようだ。それも、あまり見ないタイプの。

 

「…凄い。感じるわ…あの傘…」

 

こがさ人形は人形遣いが差している傘に見とれる。

すごく丁寧に使われている。長い間、愛用されてきたことがこがさ人形には分かった。

彼女にとって、それはとても好ましく映った。どうしてそう思うのかは分からない。だが、何故か心が温かいのだ。

 

気が付くと、こがさ人形は既に傘にしがみ付いていた。

 

 

 

ーーーそして、こがさが鏡介の人形となったのは、その後すぐのことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、貴方あの人の事、好き?」

 

こがさ人形は封印の糸の中で傘に話し掛ける。

一見すると奇妙な行動だが、彼女には物の言葉が聞こえるという特殊な能力が備わっていた。何故なのかは彼女自身も知らない。

 

そしてこの能力も、こがさ人形が周りから「気味が悪い」と避けられる原因の一つだった。

 

「うーん、そうねぇ…好きと言えばそうかも。だって、大事に使ってくれるから」

 

「…そっか。うん、分かるなその気持ち。何となくだけど」

 

傘の言葉に耳を傾け、こがさ人形は頷く。

「大事にされると嬉しい」というのは、彼女にとってはすごく共感できる感情であった。

 

「…でも、うちの主はお人好しが過ぎるのよ。聞いてくれる?」

 

「?」

 

「この人、傘を忘れてしまった見知らぬ子に迷わず私を貸すのよ?それも数られない回数!貴方も体験したでしょう?もう慣れはしたけど、もうちょっと色々警戒して欲しいわね!」

 

「ハハッ!確かにそうだね。正直、ビックリしたよ」

 

「まだあるわよ。あれはまだこっち側に来る前の頃だったかしら…」

 

傘は今までのこの人についてのエピソードを次々と話し始める。

今まで話し相手がいなかったが故に溜まっていたのだろう。歯止めが利かなくなり、こがさ人形は彼是数十分もの間ひたすら苦労話を聞かされる。

 

そして彼がこの幻想郷に来るまでの経緯、それからの冒険のことなども教えて貰った。

それで分かったのが、この人間が「超」が付くほどのお人好しで優しい人物だということだ。

 

「…とまぁ、そんなこんなで苦労してるのよ。ホント、嫌になっちゃうわ」

 

ようやく話が終わった。口ではそう言ってるが、本当にそう思っているようには聞こえない…というのは本人には言わないでおこう。

傘が言うには、この人とはもう彼是5年くらいの付き合いらしい。直接話したりすることはなくても、そこには確かに信頼や友情が芽生えていた。

 

「はー、何か全部話したらスッキリした!ありがとう、付き合ってくれて。…でも、良かったの?付いて来て?」

 

「うん。私ずっと一人で寂しかったから、貴方ともっと一緒にいたいの」

 

舞島 鏡介に「一緒に来ないか」と言われた時は正直迷ったけど、同時に嬉しくもあった。

何故ならこの傘とその持ち主が離れてしまうことなく、一緒にいられるのだから。

一度貰った時はそういったことを考えていなかったが、ちゃんと持ち主の手にあるべきだ。引き離すなんてとんでもない。

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。…でも、同じ人形の友達もちゃんと作った方がいいわよ」

 

「うぅ…で、出来るかな?私に」

 

「きっと出来るわ。ユキちゃんとしんみょうまるちゃん、とてもいい子だもの。貴方なら出来る。勇気を出して!」

 

「…う、うん、やってみる。ありがとう傘さん!」

 

人形達は封印の糸の中で姿は見えずとも、近くにいればコミュニケーションはとることが出来る。

こがさ人形は同じ鏡介の人形であるユキ、しんみょうまるに挨拶を試みた。

 

落ち着け。まずは深呼吸………ふぅ、よし。まずは…

 

 

「えーっと、は、初めまして!こがさって言います!オッドアイがチャームポイントだよ!好きな天気は雨で、えっと…そう!後、趣味で鍛冶とかやってます!これからよろしくね!」

 

 

軽く自己紹介。そして好きなものや趣味を言って…

 

 

「へぇーそうなんだ!わたしもあめ、すきだよ!」

 

「ふふっ!わたしたち、きがあうね!」

 

 

気が合い、三人は意気投合する。そして…

 

 

「「「 わーいわーい!うふふーあははー♪ 」」」

 

 

皆幸せ夢気分!周りはお花畑!ハッピーエンド!

 

「…よし、完璧!これで行こう」

 

いきなり行くのは恐いのか、こがさ人形は事前に会話シュミレーションを始める。それも一人で三人を演じながら。

今までずっとボッチであった弊害なのか、こがさ人形はどこかコミュニケーション能力が不足していた。

 

「あ、でも鍛冶はちょっと引かれるかな…女の子らしくないし…。うん、これは言わないでおこう」

 

「…」

 

「…あれ?思い返してみれば私、女の子らしい趣味何一つない…後そんな都合よくいったら苦労しないわ…」

 

こがさ人形は自分の妄想を思い返し、我に返る。

 

「…あのー」

 

「どうしよう…急に自信無くなって来た…やっぱり私に友達なんて…」

 

 

「 あのーーーっ! 」

 

 

「 …!!!?? 」

 

 

後ろ向きな気持ちになっていたこがさ人形の背後に突然、誰かの声が響き渡った。

ビックリし過ぎたこがさ人形は、まるでコントのように転がりながらその驚きようを表現する。

 

「(…わきち驚いたっ…!)」

 

「だ、大丈夫ですか!?…もうユキさん?突然そんなに大声出したら駄目ですよ」

 

「ごめんごめん、しんちゃん!どうも聞こえてないみたいだったからさ」

 

意識がぼやけている中、二人の声がした。

一人はおしとやかで、もう一人は元気で活発な感じの声だ。

 

「えっと、最近舞君の人形になった子だよね?初めまして!私はユキよ」

 

「…はっ!?ははははは初めましてっ!小生はこがさと言うしがない名前でありますっ!はいっ!」

 

即座に体勢を戻し、こがさ人形は挨拶をぎこちなく返す。

頭が混乱していたのか、言うつもりのなかった謎の語録が出てしまった。恥ずかしくて顔が真っ赤になる。

言いたいことが全く言えない。やはり現実は非常だ。これではとても友達になんて…

 

「こがささん、ですね。私はしんみょうまると申します。以後、お見知りおきを」

 

「は、はひぃ!よよ、よろしくでしゅ!」

 

舌を噛んでしまった。体の震えが止まらない。何てかっこ悪い…自分が嫌いになってしまう。

 

「あははっ!こがっち面白いね!」

 

見たことか。笑われてしまった…ん?

 

「こ、こがっち…?」

 

こがさ人形はユキ人形が言った「こがっち」という聞き慣れないワードに疑問を持った。

今までそのように呼ばれたことは一度もない。

 

「うん、こがさちゃんだから「こがっち」!どうかな?」

 

「…あ」

 

こがさ人形は初めての経験に、嬉しさの余り言葉を失う。

これは所謂、憧れていた「あだ名」というもの。友達の証と言える。こがさ人形にとって、これ程嬉しいことはなかった。

 

「ありがとう…ありがとう…ユキさん…嬉しい、です…う、うわぁーーーーん!!」

 

「え!?ちょ、ちょっと何も泣くことないじゃない!?」

 

「あらあら、ユキさんも罪な人ですね」

 

こうしてこがさ人形に、初めての友達が出来た。

 

 

「…そ、そうだ!記念に私こがさが祝いの雨を」

 

 

「「 それはやめて(下さい) 」」

 



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第四十章

もこう人形の最後の抵抗により、かぐや人形は力尽きた。

しかし、判定の難しい結果となってしまった為、審判の鈴仙は困ってしまったが…突然降って来たルールブックにより、結果は出た。

 

「鈴仙…今何と…?」

 

「で、ですから…『「復讐の化身」のアビリティによって先に相手が倒れた場合、そのアビリティを発動させた方の判定勝ち』とありますので…この人形バトル妹紅さんチームの勝利ぃいだだだだだぁーーーーっ!!?」

 

輝夜は両手で握り締めた拳を鈴仙の頭に押し付けると、それを激しくグリグリする。

怒りで力が込められたその攻撃は、鈴仙の頭蓋骨に深刻なダメージを与えていた。苦痛の声が部屋中に響き渡る。

 

「このっ…!このっ…!私の部下がどの口聞いてるのかしら!?えぇ!?」

 

「 い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛あ゛あ゛ぁ ぁ ぁ い゛!! ごめんなさぁーーーーい !!」

 

鈴仙はあくまでルールに従い、審判として公平な判決をした。従者の圧に屈することなく、だ。

無茶振りを要求したにも拘わらず、こうしてちゃんと仕事をしてくれた鈴仙に何も非などない。

 

「…あ」

 

「あのっ!鈴仙さんは何も悪くないです!ルールブックにそう記載されているんだったら、それで納得して下さい!」

 

鏡介よりも先に、光が口を開いた。お互い考えていたことは同じだったらしい。

元々審判をしてくれるよう頼んだのは光の方だ。気軽に頼んでいたとはいえ、鈴仙に対する申し訳なさが自分よりもあったのだろう。

 

「そうだぞ。今は鈴仙ちゃんがこの人形バトルの審判だ。その審判の判決には従わないと、なぁ?」

 

「ぐ……~~~っ!!」

 

妹紅も顔をニヤつかせながら、光に続き鈴仙の判決を肯定し始める。

自分の勝利を揺るがせない為か、ただ単に輝夜を追い詰めたいだけか…恐らく両方だ。

 

「…愚民っ!あんたも何とか言いなさいよ!こんなの納得いく!?先に倒したのは私なのに!」

 

駄目元でこちらに協力を求める輝夜のその顔には、最早姫様らしい気品はなかった。

子供みたいな駄々っ子と化した永遠亭の主に、鏡介もどうしたら良いかが分からない。

 

「…二人の言う通りですよ。ルールブックにそう書いてあるのなら、輝夜さん。貴方の負けです。僕も全力は尽くしたつもりですが…やられました。まさか、あんな勝ち方があるなんて」

 

「あんた私の味方なんでしょう!?関心してる場合っ!?…そう言うんだったら、せめてあの二人をぶちのめしなさい!まだバトルは終わってないでしょ!」

 

「……」

 

鏡介はしばし考える。

 

そして、導き出した。このバトルの終わらせ方を。

 

 

「光ちゃん、僕の負けだ」

 

「オッケー」

 

 

「なっ…!?」

 

 

抑々このバトルの目的は「二人の喧嘩の仲裁」。こちらはあくまでサポート。

納得がいく形であったかは兎も角、これで決着はついた。少なくとも勝者である妹紅は満足だろう。これ以上戦う理由はない。

 

「だってさ、輝夜!ざまぁねぇな!」

 

「あ…、あんたらグルだったのね…!?この私を騙そうとは、いい度胸じゃない…!」

 

輝夜はこちらを睨みつけ、恨み言を口にする。味方だと思っていた人に裏切られ、さぞご立腹であろう。

敵前逃亡をして申し訳ない気持ちもなくはないので、こちらとしても多少心が痛いのは事実だ。

 

だがそれ以上に、鏡介は意味のない戦いでこれ以上人形達が傷つくのを見たくはなかった。

 

 

「…認めない…認めないわよっ!こうなったら、弾幕バトルで」

 

 

「はいそこまで」

 

 

「…!?」

 

 

輝夜がまさに今、怒りの弾幕を放とうとした時だった。その背後から誰の静止の声が響き渡る。

それは最近聞いたばかりの声であった。

 

「え、永琳!?」

 

「舞島さん、よくやってくれました。…さぁ姫様、もう十分でしょう?今回は負けを認めて下さいな」

 

肩に手を添えながら、永琳は輝夜を説得する。

その顔は厳しくも優しい、まるで母のような温もりがあった。

 

すると溜め息を付きながらも、輝夜は周りにあった弾幕は徐々に消していく。抵抗を諦めたようだ。

 

「…ふん!人形バトルなんて下らない。二度とやるもんですかっ!」

 

負け惜しみを言いながら、輝夜はそそくさと部屋を後にして炎の中に消えていく。

不思議と炎は出ていく輝夜を燃やさなかった。これは炎を操っている妹紅の、せめてもの情けなのだろうか。

 

そして輝夜が部屋を出ると、同時に妹紅が指を鳴らして自身の炎を消し始める。

暴れ回っていたとはいえ、冷静になってみるとここの家主に対する迷惑を自覚し、この行動に至ったのだろう。

 

「…いやぁ、スッキリした!輝夜の奴の悔し顔も見れたことだし!」

 

「妹紅さん。次やる時は外でお願いしますね」

 

「うっ…わ、分かったって。そんな怖い顔しないでよ」

 

「それと優曇華。いつまでもそんなところで油売ってないで、ここの修繕をなさい」

 

「へ?あ…はいっ!今すぐに!」

 

永琳は注意喚起、指示出しを素早く行う。

実質的なここの主導権は彼女にあると言っていいくらい、それは的確な判断であった。

これに診療所もやっているとなると、忙しい身なのが伺える。

 

「それと、舞島さん。後、光さんも」

 

「はい?」

 

「仲裁の件、どうもありがとうございます。…それと、うちの姫が迷惑をお掛けしました。どうか、許してあげて下さいね」

 

「いえいえ、大丈夫です。全然気にしてませんよ」

 

「まぁ正直、ちょっと無茶な作戦だったよねー」

 

「あはは…」

 

これにて、永遠亭の騒動はひとまず解決したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喧嘩の仲裁も終わり、ようやく一息ついた鏡介と光。

二人は今、診察室で預けたメディスン人形の容態を永琳から聞いているところだった。

 

「…それで、どうですか?」

 

「えぇ、とりあえず一命は取り留めたわ。これで死んでしまうことはないでしょう。ただ…」

 

「ただ…?」

 

「しばらくは安静にしておいた方がいいでしょうね。…まだ心の、精神的なダメージが深刻なの」

 

「…そうですか」

 

神妙な顔で、永琳はメディスン人形の今の状態を話す。それほどメディスン人形は弱り切っていたのだ。

一体どんな体験をすればこんなひどいことに…本当にそう思わずにはいられない。

 

「正直、こちらとしては今のこの人形の状態をこれ以上良くは出来ないわ。いくら私でも、心の傷まで完全に治すのは難しいの。ましてや人形なら、尚のことね。…だから、後は貴方次第よ」

 

「え?」

 

「助けてくれた貴方になら、この子も心を開いてくれるかも知れない」

 

「僕が…で、でも、どうしたら?」

 

「そんなに難しいことじゃないわ。ずっと一緒にいてあげればいい。一緒にいてあげることで、安心させるの。これは貴方にしか出来ないから頑張りなさい。医者として私に言えるのは、それくらいよ」

 

「…分かりました。やってみます」

 

とは言ったものの、どう接したいいのだろうか。良くない接し方をして怖がられたりしたら立ち直れる気がしない。

カウンセラーの経験はまるでないし、果たして自分に務まるのだろうか。ハッキリ言って自信はない。

 

すると、それを見兼ねた光が話し始める。

 

 

「いつもの舞島さんみたいにすればいいじゃん。そんなに難しくはないじゃない?」

 

「いつもの……」

 

そうだ。自分はいつも、人形とは「友達」みたいに接してきた。時には笑い合って、喜びを分かち合って来たじゃないか。

僕に出来ることといったら、きっとそれだ。ならば、これから全力でメディスン人形と仲良くなろう。

 

「…そうだね。いつもの僕でいいんだよね!」

 

「そうそう。舞島さんはそうでなくっちゃ!」

 

光は何だかんだ気が利く子で、いつも助けてもらっている気がする。

気付けば、すっかり旅のパートナーだ。本当に助かっている。

 

「それじゃあ、よろしく頼むわよ。…あ、そうだ。これをその人形に」

 

永琳は小さめの壺を鏡介に渡す。かなり古びた代物で、壺の中からは何とも言えない毒々しい煙が立ち込めている。

自分は何とか触れるものの、まるで呪いのアイテムみたいだ。一体これは何なのだろう。

 

「この壺は?」

 

「これは「毒壺(どくつぼ)。毒タイプの人形が好むアイテムよ。この中にその人形を入れてあげると喜ぶと思うわ」

 

成程。これは使用者を選ぶタイプのアイテムらしい。ポケ〇ンでもよくそんなものはある。

効果を聞く限り、メディスン人形に相性ピッタリだ。

 

「いいんですか?」

 

「えぇ、せめてものプレゼントよ。使って頂戴。…君なら、持っていて影響もなさそうだしね」

 

「ありがとうございます…!じゃあ早速…」

 

鏡介は抱えているメディスン人形を優しく壺の中に入れてみる。

そして耳を澄ませてみると、心地よさそうな寝息が聞こえてきた。

 

「その毒壺は、毒タイプの耐久を回復させる効果があるわ。バトルでも有効に使えると思う。今日一日その中にいさせてあげれば、明日には体を動かせるくらいにはなる筈よ」

 

「…でも、これどうやって持っていくの?」

 

「あ、そう言えば…」

 

光が純粋な疑問をぶつける。

確かに便利なアイテムではあるが、この壺を手で抱えて持っていくのは少々厳しい。

万一割ってしまったら目も当てられない。どうしたものか。

 

「人形箱を持っているでしょう?その中に入れておけばいいと思うわ」

 

「人形箱、ですか?うーん…」

 

大きさ的に無理ではないかと思いつつも、鏡介は箱を取り出して入れてみようと試みた。

ちなみに道中で捕まえたくるみ、エリー人形はこの中に入っている。

 

すると、吸い込まれるように壺が箱の中に入っていった。どうやら何でも入る四次元ポケットの仕組みだったらしい。

封印の糸は兎も角、こんなものまで入ってしまうとは…異世界恐るべし。

 

「…中に人形が入っているんですけど、大丈夫でしょうか?」

 

「うーん、まぁ壺に手を出さない限りは問題はないと思うわよ」

 

とりあえず、後で二体には壺を不用意に触らないように言っておこうかな。

後、出来れば人形同士友達になってあげて欲しいし、元気になったらメディスン人形のお世話係もお願いしよう。

 

 

今まで出番がなかった二体の人形が、結構重大な仕事を任命されたことにまだ気付くのは先の話。

 

 

 

「…あ!永琳さんちょっと聞きたいんですけど」

 

光が何かを思い出したように永琳に尋ねた。

 

「何かしら?」

 

「すっかり忘れていたわ。えっと私、「木こり人形」をここの人に貸しているって聞いたんですけど…」

 

「…あぁ、それなら確かに香霖堂からついこの間借りたわ。…もしかしてそれを?」

 

永琳が何やら困った様子で聞き返す。何か不都合があったのだろうか。

 

「それが…あなた達が戦っていたあの部屋に置いていたのよ。状態を確認したけど、あんな炎の中にいたからか熱で駄目になって…はぁ…全くどう謝罪すれば…」

 

「ま、マジですか…」

 

頭を抱える永琳。それと同時に光も頭を抱える。

紅魔館へと続く道に立ち塞がっていた一本の細木。あれをどかさない限りは、先には進めない。困った事態になった。

 

「これがその木こり人形なのだけど…木を切る刃の部分が完全に溶けてしまっているのよ」

 

永琳は木こり人形を二人に見せる。確かに、これでは上手く機能してくれそうにない。

 

一応、鏡介はこの人形の形に見覚えがあった。前に魔法の森で合ったアリス・マーガトロイド。恐らく、彼女の作ったものだ。頼めば直してくれるかもしれない。

だが、そうなるとまた魔法の森に行くことになる。出来れば避けたいところだが…

 

そう思っていると、鏡介の傘にぶら下がった封印の糸の宝石が光り出した。

 

「…!こ、こがさ?どうしたんだ?」

 

宝石から出てきたこがさ人形は、まじまじと木こり人形を見つめている。というより、木こり人形が持っている「斧」の方だが。

そして考え込んだ後、着ているレインコートを脱ぎ、どこからか取り出したバンダナを額に結び付ける。

 

するとその後に続いて、鏡介の手持ちからユキ、しんみょうまる人形が出てくた。

そして集まると、3体で話し合いを始める。

 

「この子達、一体何をしようとしてるの?」

 

「…もしかして、直そうとしているのかな?この木こり人形を」

 

しばらくして、3体の人形は頷く。どうやら方針が決まったようだ。

木こり人形を協力して持ち出すと、急いでそれを屋敷の外に運んでいった。

 

「何何!?持っていっちゃったわよ!?」

 

「…あ、窓から皆が見える。どうするつもりなんだろう…?」

 

ある程度広い場所に出ると、木こり人形を置いて何やら準備を始める。

外でないといけないのだろうか?どうやらこがさ人形が指揮をとっているようだ。

 

悪いことはしないだろうと信じてはいるが…しかし、何を始める気なのだろう…?

 

恐る恐る、診察室の窓から3体の様子を見守る鏡介達だった。

 




さぁ次回はこがさ人形の本領発揮だ!


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第四十一章

鍛冶ってこんな感じでいいのだろうか…?



永遠亭の外で木こり人形を持ち出し、準備を進める鏡介の人形達。

木こり人形の斧の部分が駄目になっているのを見て、何かをしようとしているのは分かった。しかし、一体どうするつもりなのだろう。

 

鏡介達は診察室の窓の向こうから、その様子を見守る。

 

 

「…あ!何か始めたわ!」

 

 

最初に動きを見せたのはしんみょうまる人形。

自分で生成した岩を次々と地面に落としているようだ。これは「ストーンレイン」だろう。

 

生成し終えると、今度は岩を同じ大きさになるように自身の輝針剣で綺麗に切り揃えていく。

相変わらず見事な腕前で、あっという間に同じ大きさの長方形の岩を複数作成した。これは所謂、「レンガ」に近いものだろうか?

 

そして、それらを真ん中だけ開けながら正方形に組み立てていった。

 

「…?家でも作るつもり?それにしては小さいような…」

 

一段目を組み終えたところで、こがさ人形が袋を取り出した。

それをあらかじめ用意していた容器に入れると、白っぽい粉が出てくる。そしてその中に水、砂を加えると、手で混ぜた。

 

やばて灰色のどろどろした液体が完成すると、それをレンガの上に塗りたくる。どうやら外壁材を作っていたらしい。

しばらくそれを繰り返し、完成したのが釜戸のようなものだった。

 

 

次にしんみょうまる人形は、針を生成してそれを何本も地面に差す。これは最近覚えた「抜打(ぬきうち)」という技だ。

そしてこがさ人形がそれに手を添えると、針山が光を放った。

 

 

 

 

『アビリティ:冶金術(やきんじゅつ)  発動。』

 

 

「わ!?」

 

 

 

スカウターが反応した。

こがさ人形のアビリティをここで初めて垣間見ることになるとは思わなかった為、鏡介は驚いてしまう。

 

光が収まると、そこには金属で出来た作業台と道具一式が出来上がっていた。これがこがさ人形のアビリティ?

物質変換のようなものだろうか…そしてそれを好きなものに出来る能力、といったところか?

 

そう考えると、とても強力なアビリティに思える。金属…つまり「鋼」タイプ限定なのかもしれないが。

 

 

そしてその横では、しんみょうまる人形がすごいスピードで何かを作成していた。あれは…服だろうか?作業着のように見える。

こがさ人形への耐熱の為だろうか?一体どこでそんな都合のいい素材を手に入れたのか。

 

 

「まさか、あの人形は鍛冶でもしようとしているのかしら…」

 

 

一緒に見ていた永琳がそう呟く。確かにこれまでの行動を考えると説得力はある台詞だ。

小傘が斧の部分に注目していたし、そして何かをしようとする為にユキ人形としんみょうまる人形を呼び出していた。

現にしんみょうまる人形はこうして釜戸のようなものを作る原料である石、作業台と道具一式に金属を生成…そして作業着のようなものも今作っている。

 

「どうやら、本当にそうみたいですね。こがさにこんな特技があったなんて…」

 

「…マジ?舞島さんの人形って器用な子ばっかりね」

 

間違いない。ユキ人形はいることが何よりの証拠となっている。この作業にユキ人形が必要ということは、火力がいるということ。

これまで手伝いを主にやっていたが、ここからユキ人形の本領発揮ということか。

 

…それにしても即席で鍛冶をするなんて、人形は本当に凄いな。

 

 

しんみょうまる人形は忙しく動かしていた手を止める。どうやら作っていた作業着が完成したらしい。それをこがさ人形に渡した。

こがさ人形は作業着を普段服の上から着込むと、何と一寸の狂いもなくピッタリサイズだった。こがさ人形も満足の出来だったらしく、嬉しそうに手を握って握手する。

これにて、鍛冶をするための下準備は完了した。仕事を終えたしんみょうまる人形は、残った二人を木陰から見守る。

 

こがさ人形は木こり人形が持っている斧の刃の部分を器用に取り出すと、欠けている部分の真ん中に穴を開け始める。

そして目の前にあるしんみょうまる人形が作った残りの針を手に取り出し、アビリティによって小さな金属に変換すると、それを開けた穴にはめ込む。

 

こがさ人形はユキ人形の方を見つめる。それを見てユキ人形も頷く。いよいよ始めるみたいだ。

 

ユキ人形は炉の中に向かい、手から炎を出した。その状態をキープし、視線を自身の炎から離さない。

火力を一定に保ち続ける為、集中しているようだ。

 

こがさ人形はそれを見て手で軽く温度を確かめると、軽く頷く。どうやら要望通りの火力のようだ。

すかさずその中へ金属を埋め込んだ斧の刃を火傷しないよう火箸で掴み、入れていく。

炉の炎が勢いを増し、斧の刃を熱していくと最初は銀色だった刃は、やがてその色を変えてどんどん橙色に染まっていくのが分かる。

しばらく熱して、もう十分と判断したこがさ人形は一旦熱した斧の刃を取り出し、小槌を手に取ると勢いよく振るう。小槌と斧の刃がぶつかり合うと、心地よい音と共に激しく火花が散った。

 

「……」

 

人形達のその姿に、鏡介は思わず無言になり釘付けとなる。

光もまた、鏡介と同じように信じられないという表情で人形達を見て、永琳でさえも驚いた表情を隠しきれない様子だった。

この光景を見て人形の無限の可能性を感じざるを得なかったのだ。

 

「…私の人形にも、もしかしたら医者としての可能性があるのかもしれないわね…。人形の力というのを、少々侮っていたみたい。これは色々試してみる価値があるわ…フフッ…」

 

永琳は人形に対する考えを改めたようで、興味を惹かれたようだ。笑みが思わず零れてしまうほど。…その可能性とやらが、助手としてであることを祈る。

そう思いながら、鏡介は改めてこがさ人形達の方へ向き直った。

 

こがさ人形はしばらく同じような動きで、熱しては叩いて、熱しては叩いて……それを何度も繰り返す。辛抱強く、何時間も。

 

 

 

 

ーーそして日も落ちる頃。

 

ようやく叩き終わったらしく、斧の刃を用意していた水箱に付けた。水の勢いよく蒸発する音と共に、煙が舞う。

 

次の作業に火を使う必要ないので、こがさ人形はユキ人形に声を掛けて炎を出し続けるのを一旦止めさせる。

ずっと集中していて疲れたのだろう。手から炎を消したユキ人形は一息ついた後にその場に座り込んでしまった。

それをしんみょうまる人形が駆け寄り、手を差し出して笑顔で何かを言っている。「お疲れ様でした」といったところだろう。

この数時間、ひたすら炎を一定に制御し続けたのだ。疲れるのも無理はない。

 

その努力を無駄にしない為にも、こがさは集中して次の作業に取り掛かっている。真剣に金属と向き合い修復するその姿は、正に「職人」だった。

 

 

 

それからまた数時間が経ち、日はすっかり沈んで辺りが暗くなる。

こがさ人形はそこでただ一人、小さな明かりの中で黙々と斧の刃を調整していた。無駄な部分を取り除き、形を整えていく。

 

その後ろ姿をユキ人形、しんみょうまる人形、そして鏡介はただ見守る。邪魔しては悪いと思うので、なるべく静かに。

途中から鏡介はもっと近くでその雄姿を見たいと思ったので、こうして人形達と一緒にいる訳だが…小さくても職人の後ろ姿というのは何とも言えない迫力があった。

 

今夜は永遠亭に泊めて貰えることになったので、光は一足先に借りた寝室に移動している。疲れていたのか、布団に入った瞬間に即寝てしまったみたいだが。

あの子はまだ自分より子供。疲れを知らないが故に、溜まっていたのだろう。「寝る子は育つ」というし、たっぷり睡眠をとるのはいいことだ。ゆっくり休んで欲しい。

 

「…今、何時くらいなのかな。ここの時間は相変わらず、全然分からないや」

 

彼是どのくらいやっているのか気になった鏡介は、自分のスマホの時計を確認しながらそう呟く。明らかに午後の時間帯であるはずなのに、時計は午前を示している。

幻想郷は時間の流れが自分の世界とはまるで違うみたいだ。このスマホの時計は最早、何の役にも立たない。だがそれでもスマホを触ってしまうのは、最早あちらで染みついた癖と言える。

この世界の時間の図り方は、どうやらこっちの世界の一昔前の数え方になっているとのこと。光から軽く教えて貰ったが、未だによく分かっていないのが現状だ。

今度魔理沙に会ったら、時計機能をお願いしよう。…出来れば、数字で示してくれるやつで。

 

そのようなことを考えていると、こがさ人形がこちらを向いていることに気付く。

どうやらまた手伝って貰いたいらしく、手を振ってユキ人形の方を呼んでいた。休憩して元気になったユキ人形は立ち上がり、すぐにこがさ人形の方へ向かう。

ユキ人形がどうしたらいいかを聞いて、こがさ人形がそれに答えているのが何となく理解出来る。

 

説明を聞いたユキ人形は、炉に向かって両手で炎を出す。最初にやった時よりも火力の調整が必要な為、集中する。集中し過ぎて、思わず目が細まっている。

そしてこがさ人形はその中にまた斧の刃を火箸で突っ込む。こんな暗い中、ちゃんと見えているのかと心配になったが、暗闇の中でこがさ人形は今熱している斧の刃をただ一点を見つめていた。

焼き色を見極めているのだろうか?さっきよりも長く、炉の中で熱している斧の刃を見つめているように感じる。これも鍛冶の工程の一つなのだろう。

しばらくしてこがさ人形は軽く頷き、炉から斧の刃を出すとそれを速攻で水箱に入れる。浸けたり出したりを繰り返して冷め切ったのを確認すると、炉の中にまた軽く入れ直す。

 

やがてこがさ人形のグッドサインが送られる。それを見たユキ人形は手の炎を消し、親指を立てて笑顔で同じ仕草をした。そして〆は握手。

どうやらユキ人形の仕事はこれで終わりのようだ。今までの手伝いに対しての労いとして、こがさ人形なりのコミュニケーションなのだろう。

ユキ人形は元の休憩していたところへ戻っていくと、こがさ人形は斧の刃を両手で持ちながら研磨を始める。

 

「…お疲れ、ユキ。…じゃあ二人共、こがさも見られていると集中出来ないかもだし、退散しようか」

 

鏡介は二体にこっそりと話す。ユキ人形の役目が終わったのなら、後はこがさ人形だけで事が足りるだろう。

それに今のこがさ人形はすごく頼もしく見えるが、それは恐らく鍛冶に集中しているからで、普段は気が弱いというのも知っている。

ずっと誰かに見られながら作業するのはこがさ人形自体、本当は辛いかもしれない。一人の方が、返って集中出来るのではないだろうか。

後、「職人」は何となくだがそういう孤独的なイメージはある。

 

鏡介の提案に二体は頷く。こがさ人形と今まで関わって来た者同士として、想いが一致した。

 

「うん、ありがとう。じゃあ二人共、戻って」

 

鏡介は二体を封印の糸に戻す。

だが、このまま黙って帰ってしまうのも流石に悪いので、軽く応援くらいしておこう。

鏡介はなるべくゆっくりと近づいて、こがさ人形の傍に来るとしゃがみ込んで呟く。

 

「こがさ、頑張ってね。僕達はもう休むよ」

 

囁かれたこがさ人形は手を一瞬止めるが、一切向き直ることなく研磨作業に再度手を動かし始める。

聞こえてはいただろうけど今は集中しているだろうし、これ以上はよそう。

 

「…それじゃ、夜風で風邪ひかないようにね。お休み」

 

そう言うと、鏡介は立ち上がって永遠亭の玄関へと足を運んだ。そしてゆっくりと戸を閉める。

 

…よくよく考えると、人形は別に風邪をひかないのではないだろうか。変なことを言ってしまった気がする。

これではまるで頑張っている我が子を見守っている親だ。それも母の方に近い。男なのに…。

 

 

 

しかし鏡介の後悔とは裏腹に、その言葉を受けたこがさ人形の表情はどこか嬉しそうだった。

 




「冶金術」ってそんなアビリティじゃない?
こういうのはね、雰囲気が大事なんだよ。

それ出来るなら、わざわざ鍛冶しなくても直接生成してしまえばいいのでは?
こういうのはry


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第四十二話

いよいよスタイルチェンジが顔を出すぞー!(血反吐)
ついでにちょっとモチベも復活してきたぞー!



「……う…ん…?」

 

ふと目が覚め、真っ先に映ったのは天井だった。まだ眠い。意識が朦朧としている。

眠気に襲われ欠伸をする中、昨日会ったことを一通り思い出す。

 

確か、迷いの竹林に来て永遠亭を目指し…それから妖怪兎の人形遣いに沢山絡まれて…やっと着いたと思ったらまた厄介事に巻き込まれて…そんな感じだった気がする。

それでこがさ人形が木こり人形の斧の修理をやって日が暮れたから、永遠亭の一室を借りてこうして一泊だけ泊めて貰った。…こうして振り返ると、結構大変な一日だったように思える。

 

光もそうなのだが、こちらも結構疲れが溜まっていたらしく、布団に入ったら眠気が一気に来た。お陰で快眠ではあったが。

それにしても、久しぶりの布団は安心感があった。あちらでの暮らしも基本的に寝具は布団であった為、馴染みがある。野宿は正直御免なので、どうにか持ち運びできないだろうか。

この世界ならやってやれなくなないだろう。異世界だし。超ミニサイズに収納できる機能とか搭載出来ないものか。

 

鏡介はそのようなことを思いながら、ゆっくりと掛布団から出ようとする。すると、何かに引っ張られるような感覚がした。

 

「…ん?何かいる?」

 

服の裾を何者かが掴んでいるようだ。気になったので掛布団を捲ってみると、そこにはユキ人形がいた。

どうやら眠っているようだ。この人形はどうも封印の糸の中にいるのが嫌らしく、度々こうやって外に出ることが多い。

 

「フフッ、よく眠ってるな…」

 

ユキ人形の可愛らしい寝顔に癒された鏡介は、無意識にそっと頭を撫でる。

気持ちよさそうな寝息が聞こえて、鏡介の口角がぐ~んと上がった。

 

「…う~ん…霊夢さまぁ…」

 

すると隣からも誰かの寝言が聞こえてきた。光である。

寝言の内容から察するに、博麗 霊夢に関する夢でも見ているのだろうか。その顔はこれでもかと言わんばかりの満面の笑みであった。憧れの人物が夢に出てきてさぞ嬉しいのが伝わる。

…思えば、自分がこの世界に来たきっかけも、バスの中で見た夢だった。あれからそんなに時間は立っている訳ではないが、それもどこか懐かしく感じる。

久しぶりに大森のアホ面も見たいものだ。こんな生活を送っていること知ったら、一体どんな顔をするだろうか。まぁ、まず間違いなく羨ましがることだろう。ざまぁない。

 

「もう…駄目ですよぉ…私達女の子なんですからぁ…」

 

ちょっとした優越感に浸っていると、光の寝言が続けざまに聞こえてくた。…一体どんな夢を見ているのだろう。

枕を抱きしめ涎を出し、腰をくねくねしながら言っているその様は、何かいけないものを感じさせた。…うん、見なかったし聞かなかったことにしよう。そうしよう。

 

人形との癒しに空間に長くいられないことを悟った鏡介は、こがさ人形の様子を見に行くべくその気だるい体を動かした。

ユキ人形をそっと布団に寝かしつけ、立ち上がり大きく背伸びする。体の気だるさは幾分か解消され、一息つく。

 

寝室から出る為、襖を開くと妖怪兎達が既に修繕作業の為に働いていた。

相変わらず真面目に働く者とそうでない者がいるようだが、以前と違いそこまで忙しそうにしてはいない。順調に修繕が出来ているようだ。

するとこちらに気付いた人参の首飾りをしている妖怪兎が話し掛けてくる。

 

「やぁおはよう。随分遅いお目覚めだね」

 

「あ、うん。おはよう。えっと…」

 

「あー、そう言えばまだ名乗ってなかったね。私は因幡 てゐ(いなば てゐ)だよ。まぁ、ここの妖怪兎達のリーダーみたいなもんさ」

 

見た目とは裏腹に、落ち着いた雰囲気で自己紹介をする。そのことに多少驚くが、冷静に考えるとここは異世界。

彼女は自分なんかよりもずっと歳上だったりするのだろうか?恐らく彼女も見た目で判断するに妖怪なのは間違いないだろうし…。

非常に気になるが、女性に年齢を聞くのは失礼とされている。幻想郷ではどうなのかは知らないが。だが何となく命に関わりそうなので、聞くのは絶対にやめておこう。

見た目に惑わされず、この世界で人間ではなさそうな人物には常に気を遣おう。妖精を除いて。それが一番堅実だ。

「因幡さん、ですね?昨日は泊めて頂いてありがとうございます。」

 

「まぁ、この騒動を解決してくれた礼さ。それくらいはしないとね。…後、「てゐ」でいいよ私のことは」

 

「え?あ、はい……」

 

てゐから「因幡」という呼び名を変えるように指摘される。魔理沙や早苗の時もそうだが、この世界の住民は下の名前で呼ばれることに抵抗は一切ないように思える。

確かに上の名前で呼ぶことの違和感はこちらも感じてはいた。何と言うか、しっくりこない。これはあちらの世界では感じたことがない感覚だった。

本来であれは女性の下の名前で呼ぶことはつまり、信頼の証。言ってしまえば、「恋人」などが呼び合うものだ。だから特に親しくもない知り合い程度の仲では、まず言わない。

自分もそういった関係の女の人はいない為、今まで下の名前で言ったことはなかった。今思えば、何て恥ずかしいことを言っていたのだろう。

 

「…おーい、どうしたー」

 

「…え!?あ、ごめんなさい…」

 

考え事をしていて呼ばれていることに気付けなかった為、驚いてしまう。今更下の名前で呼ぶことを恥ずかしがっていたなんて、口が裂けても言えない。

 

「ん?何か、顔が赤いな……あらあらもしかして…」

 

「えっと…あのですね…」

 

「女の子を下の名前で呼ぶの、恥ずかしいんだ?」

 

てゐに反応を見られ、見透かされてしまった。恥ずかしさが抑えられなくなり、顔が熱さを増す。

そんな様子をてゐは面白がり、更にからかい始める。

 

「そっかぁでも他にも「因幡」の苗字はいるからねぇ。鈴仙がそうなんだけどぉ。だからぁ私のことは「てゐ」って呼んでくれなきゃ困るのよねぇ~」

 

「う…そ、それじゃ仕方ないですよn」

 

「あーでもぉ、何だか下の名前で呼ばれるのってまるで私達「恋人」みたいだねぇ?じゃあ私も、君のこと「鏡介君」って呼んじゃおうかなぁ?ねぇ、鏡介君?」

 

「……!!!///」

 

あの時考えていたことをそのまま言われ、恥ずかしさが最高潮に達した。

頭が混乱し、まるで機関車のように湯気が頭から噴き出す。汗ばんだ両手が無意識に動き、動揺しているのが丸分かりであった。

 

 

「…もう~嘘ウサ!冗談だってば~!…まさか本気にした?」

 

 

一通りリアクションを堪能し満足したてゐは、笑いながら嘘を告白する。

見た目が自分よりも幼い少女に軽く弄ばれ、何だか悔しい気持ちになった。

 

「もう、てゐさん…やめて下さいよそういうの…」

 

「いやぁごめんごめん!初心で可愛かったものだからつい」

 

「うぐっ…!」

 

てゐの言葉が心に刺さる。「可愛い」と言われるのは慣れてしまったが、男にその言葉は傷つくものだ。

 

「まぁ、それはいいとして。舞島君はこれからどうするつもりなのかな?」

 

「え?えっと、そうですね…一旦人里に戻って、それから紅魔館ってところを目指すつもりです」

 

「ほう、成程ね。そんな危ないところに行くんだ。何か対策はしているのかい?」

 

「いえ、特には…」

 

言われてみれば、これから行ことしている「紅魔館」という場所のことは何も知らない。

危険なところだというならば、てゐの言う通り何かしらの対策は必要となってくるだろう。

 

「それは危ない。ふむ、しょうがないな。特別にこの私が君に幸運になるアイテムをあげよう。私は「人間を幸福にする程度の能力」というのを持っていてね…効果は保証するよ」

 

どうやらてゐにも能力があるらしい。「幸運にする」…何だかイメージとはかけ離れているが…なんて、本人には言えない。

 

「え?あ、ありがとうございm」

 

「一つ10000000円ね」

 

「……」

 

てゐは手を差し出しながら、あり得ない程の高額な金を要求した。

本当は良い妖怪なのかもと期待したこちらの気持ちをどうしてくれる。

 

「冗談だって!もーそんな顔しないでよー」

 

「…まぁ、そんなことだろうと思いましたよ…」

 

「そーそー、世の中そんなうまい話はないんだよ、少年。ま、これから精々頑張りなっ!それじゃねー」

 

てゐはそう言うと、他の妖怪兎達のもとへ帰って行った。

一体何だったのだろう。単にからかわれただけのような…。

 

 

「…あなたに幸運が巡ってきますように…な~んてね。見てて危なっかしいからねぇあの人間は。…ちょっと、らしくなかったかな?」

 

 

てゐがこっそり能力を使ったことを、彼はまだ知らない。そして、この先永遠に知ることもないだろう。

 

 

永遠亭の玄関を抜け外に出ると、真っ先に鏡介はこがさ人形の様子を確認した。

するとどうだろう。こがさ人形はまだその場にいたのだ。つまり、真夜中から今までずっと修繕作業をしていたということ。

これには流石と言わざるを得ない。こがさ人形の今日中にはやり遂げるという集中力に感服する。

 

座り込んでいるこがさ人形は手を止めると、修繕していた斧の刃を片手で持ち上げる。

日光に反射して輝くその銀色の金属は、さっきまでの欠けていたあの斧の刃だ。限界まで研ぎ澄まされたそれは、まるで新品同様と言えるものに姿を変えていた。

職人の成せる業、というものだろう。実に見事な出来であった。

 

斧の具合をチェックして軽く頷くと、棒切れ同然となっている取っ手にそれをはめ込む。

するとさっきまでの棒切れは立派な斧となり、元通りの「木こり人形」となった。心なしか、斧を持っている人形も嬉しそうだ。

 

「…おぉ、すごい…すごいよこがさ!」

 

思わず鏡介はこがさ人形に対し、拍手をする。

その音に気付き、こちらに気付いたこがさ人形はビックリしつつも、嬉しそうに照れる。

 

「お疲れ様、こがさ!よく頑張ったね!」

 

頑張った我が子を褒める親のように、鏡介はしゃがみ込んで笑顔を向けながらこがさ人形の頭を撫でる。

こういうのに慣れていないのか、どうすればいいのか分からず少し困惑しているようだが、その顔はとても嬉しそうだった。

 

「ホントにお疲れ様。ゆっくり休んでね」

 

長時間の作業で疲れていることだろう。鏡介はこがさ人形の封印の糸をぶら下げた折り畳み傘を出して、こがさ人形を元に戻す。

 

「…さて、そろそろ光ちゃんを起こさないとね。いつまでも世話になるのは悪いし」

 

立ち上がった鏡介は、改めて永遠亭の中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…本当にもういいの?せめて朝の食事だけでも…」

 

「いいですよ。僕はただ、メディスンを診てもらいたくて協力しただけですから」

 

寝坊助の光を叩き起こしてこの永遠亭を出ようとする最中、永琳達が迎えに来てくれた。

ご飯の誘いを受けたが、食料は人里で既に買っているので丁重に断る。流石にこれ以上、世話にはなれない。

 

「そう、分かったわ。その人形、大事にしてあげなさい。まぁ、貴方なら心配ないでしょうけど」

 

「はい、必ず。…それでは、ありがとうございました!」

 

「お大事に。…あぁそうそう、姫様から舞島君に」

 

「?」

 

「「昨日は惜しくも負けたけど、今度は絶対に妹紅に勝つ。だから暇があればまた来い」…だそうです。あれでうちの姫は興味を持ったことには打ち込むタイプなんですよ。貴方さえよければ、またいらして下さいな」

 

「…えぇ、分かりました!」

 

永遠亭の姫、蓬莱山 輝夜との約束を交わし、鏡介達は永遠亭を後にする。

鏡介と幻想郷の住民との縁が、また一つ増えたのであった。

 

「…おう、もういいのか?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

予め永遠亭の外で待っていた妹紅が鏡介に確認を取る。

騒動を起こした罪滅ぼしに、帰りの迷いの竹林の案内を買って出てくれたらしい。いい人だ。

返事を聞いた妹紅は、竹林の中を歩き始める。それに二人も追いかけるように着いて行った。

 

「よろしくねー妹紅さん!」

 

「光ちゃん、今日も元気一杯だな」

 

「よーく寝たからねー!」

 

「ハハッそうかそうか」

 

歩きながら面識のある二人は会話する。

そう言えば妹紅という人は人里の寺小屋に来ることがあるって言ってたのを思い出した。恐らく、その経緯で知り合ったのだろう。

 

「…それにしても、光ちゃんに人形遣いの才能があったなんてね。正直、驚いたよ」

 

「へっへーん!すごいでしょ?私の自慢のパートナーよ!」

 

妹紅があの時の人形バトルでも光の戦いぶりを評価する。確かに強かった。一対一なら光の方が上かもしれない程には。

それに知らない技もいつの間にかマスターさせていたみたいだし、油断ならない。

 

「そこの舞島、だったか?お前も大したもんだよ。炎タイプの人形をあそこまで使いこなすとはな」

 

「え?そうですか?」

 

「あぁ。もうその人形、実力的に『スタイルチェンジ』も出来るんじゃないかな?」

 

「スタイル…チェンジ?」

 

聞き覚えのないワードに疑問を浮かべる。人形に備えられた機能の一つだろうか?

…だが、何となくだが予想は出来る。多くの経験を得てから出来ること…つまりポケ〇ンでいうとこのアレではないだろうか。

 

「そのスタイルチェンジっていうの、詳しく教えてくれませんか?」

 

「ん?あぁ、私の知っている範囲でなら構わないよ」

 

迷いの竹林を歩きながら、鏡介は妹紅のスタイルチェンジについての話に耳を傾ける。

 

それで分かったことは、スタイルチェンジというのは一定の経験を得た人形がその機能を使うことが出来、人形によって様々なものがあるという。

「パワー」、「ディフェンス」、「スピード」、「アシスト」、そして全共通の「エクストラ」。この5種類の内、全共通の「エクストラ」と後2種類の合計3つでスタイルを選ぶことになる。

スタイルチェンジすると全体的にステータスが上がり、スタイルによっては今までのものとは全く別のタイプになるものもあるらしい。

 

「…成程、勉強になりました。ありがとうございます」

 

「いいさ、道案内中の丁度いい暇つぶしになった。…あぁそうそう、後もうひとつ重要なことを言ってなかった」

 

「はい?」

 

「スタイルチェンジは自動で起こるものじゃないんだ。何か特別な装置が必要だったと思う。確か、河童が開発したものだったと思うけど」

 

どうやらポケ〇ンで言う「進化」とは結構な違いがあるようだ。

河童の装置となると、この今装着しているスタウターと似たような何かだろうか。

 

「そうなんですか…じゃあまだスタイルチェンジは先になりそうですね」

 

「流石に、私もその装置を持っている奴までは知らないんだ。悪いね」

 

「気にしない下さい。貴重な情報をありがとうございます」

 

「そう言ってくれると助かるよ……おっ、そろそろ出口だ」

 

話をしている間に、迷いの竹林の入り口にたどり着いたようだ。

この案内の時間は実に有意義な時間であった。後でこの件についても魔理沙に聞いてみよう。彼女なら何か知っているに違いない。

 

「それじゃ、私はここまでだ。気を付けるんだよ」

 

「うん、妹紅さんありがとー!」

 

「ありがとうございました!」

 

妹紅は後ろを向いて歩きながらも、手を振って返事をする。

そして、竹林の中へと消えていく。クールな女性であった。…あれ?あの人、女の人だよね?今更だけど。ただ単に、男勝りな喋り方をしているだけだよね?

 

 

「よう、二人共。調査は順調か?」

 

 

妹紅の性別に疑問を抱いていると、ここにもまた聞き覚えのある男勝りな喋りの魔女が佇んでいた。

 



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第四十三章

スタイルチェンジ先ってすっごく迷うよね
そして一番楽しい時間だと思う…思わない?




藤原 妹紅に迷いの竹林を案内して貰い、入り口に到着した二人を待っていたのは、

 

「よう、二人共。調査は順調か?」

 

普通の西洋魔法使い、霧雨 魔理沙だった。

ちょうど会いたいと思っていたところに、何と幸運なことか。

 

「魔理沙さん。ここで待っていたんですか?」

 

「阿求から永遠亭に向かったって聞いてな。…そろそろお前にこれを渡そうと思って」

 

そう言うと魔理沙は懐からの平べったい長方形の機械を取り出した。

スタウターと比べると比較的に現代的な見た目で、こちらの世界の一般的な携帯である「スマホ」によく似ていた。

だが、何故この世界にこの機械があるのだろう?幻想郷というのは、「忘れ去られたものが流れ着く」場所だと聞く。

まさか、古いバージョンがもう人々に忘れられ、流れ着いてしまったとでもいうのか?そうだとしたら、何と悲しい事実だろう。

 

「こいつは「タブレット」。人形の能力を引き出したりするやつなんだ。お前の人形も、そろそろ頃合いだと思ってさ。ほれっ」

 

「っととっ…!」

 

魔理沙が投げた機械を危なげにキャッチする。

デリケートな機械なのだろうから、もうちょっと繊細に扱って欲しいものだが…今それを言うのはよそう。

 

「…これってもしかして「スタイルチェンジ」の?」

 

「何だ、知っているのか?ちぇ、驚かせてやろうと思ったのに」

 

「つい最近知ったもので…あはは」

 

「…まぁいいか。それじゃまずは、その機会の画面に映ってるのを見ろ。3つ項目があるだろう。」

 

魔理沙はつまらなさそうにしながらも、機械の説明を始めた。

言われた通りに画面を見てみると、「能力の強化」、「アビリティの変更」、「スタイルチェンジ」の3つの項目があるのが分かった。

やはりこれが妹紅の言っていた河童の機械で間違いなさそうだ。

 

「まず一番上の「能力の強化」。これは今までその人形が戦ってきて溜まったポイントを使って能力を上げることが出来る。試しにお前の「ユキ」を見てみろよ。項目を押せば人形の選択画面になるから」

 

「分かりました。えっと…あ、この「200」って書いているのがそれですか?」

 

「あぁ、そうだな。何だ結構溜まっているじゃないか。うん、戦ってきた証拠だな!関心関心っ!」

 

思い返してみれば、確かにユキ人形は一番バトルに使用している。最初のパートナーだけあって、思い入れが強い。気付けば自然と頼っている。

だが逆に言うと、他のしんみょうまる人形やこがさ人形が戦えていないということ。二体のポイントが、その結果を物語っていた。

ポイントというものが存在するのならば、これからはユキ人形ばかりに頼るのは得策ではない。これからはバランスよく戦わせる必要があるみたいだ。

 

「ほへぇ何この機械すごいわねー。画面に触るだけで操作出来るの?」

 

光が横から物珍しそうにタブレットを眺めている。やはり幻想郷の住民にとって、この技術は相当珍しいものらしい。

この世界の文明レベルを考えると、当然といえば当然だろう。何せ、まだ一般的に電気すら通っていないのだから。異世界らしい独自のエネルギーはあるのかもしれないが。

 

だが、凄いのはこの技術をあっさり自分のものにしている河童という種族だ。一体どんな妖怪なのであろうか。

 

「試しにポイントを割り振ってみろよ。それだけあれば、上限まで強化出来るぞ」

 

「はい、えっと…」

 

ユキ人形の項目から、どのステータスを伸ばすかを考える。ユキ人形の長所といえば、その高い散弾。そして俊敏さだろう。

下手にバランスよく割り振るよりは、長所を限界まで伸ばす方がいいのではないだろうか。そう思い至った鏡介は「散弾」と「俊敏」のボタンを操作し、それを限界値まで伸ばした。

 

「あ、そうそう。一度ポイントを振るともう振り直しは出来ないから」

 

「え」

 

魔理沙が思い出したかのように「人形の強化」のデメリットを伝えるが、その頃にはもう割り振りを決定してしまっていた。

 

「魔理沙さん…そういうことはですね…」

 

鏡介の呆れ顔に対し、魔理沙は「やっちまったぜ」と言わんばかりに、自身の頭を軽く叩いて舌を小さく出した。

反省しているのかが疑問に残るリアクションに苛立ちを感じざるを得ないが、事前に聞かなかったこちらにも少なからず非があったと思うことにしよう。

残りのしんみょうまる人形、こがさ人形のポイントの割り振りは慎重に検討しないといけない。

 

「それじゃあ今度は「アビリティの変更」だな!これはその名の通り、人形が持っているアビリティを別のやつにするものだ」

 

「別のアビリティ?それってどんなものにも変更出来るの?」

 

「いや、「その人形が備えている2つのアビリティの内から」、だな。大体の人形はアビリティを2つ持っているんだぜ。見てみろよ」

 

「…成程(そう言えば、ポケ〇ンもそうだったっけ)」

 

元となっているであろうゲームに当てはめ、納得がいった鏡介はユキ人形のアビリティをチェックする。

ユキ人形のアビリティは「火炎の衣(かえんのころも)」、「ポジティブ」の2つだった。実は手持ちの人形の中で唯一、アビリティが判明していなかったユキ人形だがようやくこれで確認できた。

このユキ人形が持っているのは「ポジティブ」の方らしい。効果は「相手に能力を下げられた時、散弾を上げる」というもの。今まで発動しなかった訳だ。

 

魔理沙の話から推察するに「アビリティの変更」は、この「ポジティブ」をもう一つの「火炎の衣」に変更できる機能ということだろう。

ちなみに「火炎の衣」は説明から察するに、防御型のアビリティだ。ユキ人形の特徴から考えるに、今の「ポジティブ」のアビリティの方が相性がいいように思える。変更の必要性は感じない。

 

「…ちなみにこの「アビリティの変更」も替えは効かないの?」

 

「いや、それに関してはポイントさえあればいつでも変更可能だ」

 

「そこは替えられる…ふむ」

 

「…おっと、これは言った方がいいか。突然だが、先に3つ目の「スタイルチェンジ」について説明しよう」

 

「…?」

 

「アビリティの変更」の説明をしていて何かを思ったのか、魔理沙は先に次の「スタイルチェンジ」機能の説明に入る。

 

「人形が多くの経験を得て初めて使える機能…それが、「スタイルチェンジ」だ。このスタイルチェンジなんだが、人形によって本当に様々なものになる」

 

「妹紅さんから一応、それは聞いてるよ。4つのスタイルと「エクストラ」っていう全共通のスタイルがあるんだよね?」

 

「うん、そうだな。「パワー」、「ディフェンス」、「スピード」、「アシスト」の中から2つ、それに加えて「エクストラ」。この3つから選ぶことになるぜ。それで、どうして先にこっちの説明をしたかなんだが…スタイルチェンジをすると、同時にアビリティも新しいものになることがあるからだ」

 

「…成程、そういうことか」

 

このアビリティの変化も、元となっているであろうゲームにあった特徴の一つだ。それをプレイしたことのある鏡介にとって、この仕様はしっくりくるものであった。

だがその横で話を聞いている光は、この複雑な仕様を必死に理解しようと頭に手を添えていた。確かにこれを一から理解するのは難しいと言える。

 

「つまり、「今の段階で覚えているアビリティがスタイルチェンジで全部変わってしまう可能性があるから、今すぐに替えるのは得策ではない」、ということ?」

 

「そういうことだな。まぁ、ポイントが余っているんだったらそこまで敏感になることじゃないさ(「人形の強化」にも同じことが言えるんだが…まぁいいか)」

 

「む、難しい…よく分かるわね舞島さん…」

 

さらっと重大なことを流した魔理沙。実は、その割り振ったポイントを元に戻せるアイテムは存在する。しかし、訳あって魔理沙はそのアイテムを所持していない。

人里に売っているのだが、その売っている店に問題がある。

 

「さてと、これで一通り説明したな。まぁ「習うより慣れろ」だっ!スタイルチェンジ、早速やってみたらどうだ?」

 

「そうだね。どれどれ…」

 

魔理沙の薦め通りに、まずはユキ人形のスタイルチェンジを実行してみることにした。タブレットの「スタイルチェンジ」の項目を選択し、事項可能な人形を確認する。

やはり、自分の手持ちの中でスタイルチェンジが出来るのはユキ人形のみ。他の人形達も早く出来るよう、育ててあげないといけない。そう思いながらスタイルチェンジ可能なユキ人形を選択し、どのスタイルにするかを考え始める。

ユキ人形がなれるスタイルは、「スピード」、「パワー」のようだ。ユキ人形の特徴に合っているスタイルといえる。

タイプを確認すると、「スピード」は元と同じ「炎」単体。「パワー」は「炎」に加え、新たに「水」も追加される。中々面白いタイプだ。そして最後の「エクストラ」。これがかなり異質だ。タイプは「水」を主体とし、

それに加え「歪(いびつ)」というものが加わる。そして極めつけは今まで散弾アタッカーだったのが一変,この「エクストラ」では集弾アタッカーになるのだ。正直、これも興味がある。

 

スタイルを一通り見たらどれも魅力的であったが故に、鏡介はすっかりどのスタイルにするか迷ってしまう。

タイプの関係で言えば、「水」はこがさ人形が既に持っているのだから、ユキ人形を「水」にしたら被りになる。そうなると、「炎」単体の「スピード」がいいのだろうか。

いやしかし、他の人形達のスタイルチェンジでタイプ関係がガラッと変わってしまう可能性も…?そうなると今決めるのは早計か?だが、自分の中の初スタイルチェンジをしてみたいという気持ちが抑えられない。

 

「私のげんちゃんも出来るのかな!?すたいるちぇんじ?っていうの!どういう感じになるのか気になるなぁ…ねぇ私にも頂戴よ!」

 

「もしかしたら出来るかもしれんが…生憎これ以上予備のタブレットはないんだ。悪いな光」

 

「えぇ~ズル~い!私もしたいよ~!」

 

横で光が駄々をこねている中、鏡介はユキ人形のスタイルチェンジ先を考える。

集弾アタッカーになる「エクストラ」だが…今まで散弾で戦ってきたユキ人形は正直、かなり頼りになった。それを急に集弾型にすると、返って違和感を感じて折角の長所を潰してしまう気がする。

そうなると、やはりユキ人形はこのスタイルが良さそうだ。

 

 

「…決めた。ユキのスタイルチェンジ先は、「スピード」スタイルだ!」

 

 

スタイルを決めた鏡介は、その項目に指を添える。そして、スタイルを決定したと同時にタブレットの画面にスタイルチェンジの派手な吹出しが現れる。

 

それは実際に携帯でゲームをやっているかのような、すっかり見慣れてしまった人間の目に悪そうな、そんな光景であった。

昔よくやった古いゲーム機のことが、ふと記憶から蘇る。今ではすっかり見ないが、きっと幻想郷のどこかに流れ着いていることだろう。

 

やがてスタイルチェンジが終わった。意外とあっさりはしているが、これでユキ人形は強くなったらしい。…見た目とか変わってしまってないことを祈る。

 

「本当にそれでいいか?スタイルチェンジは正真正銘、本当に替えが効かないぞ」

 

「うん。…まぁ、強化したステータス的にもこれが一番適任だろうしね?」

 

「…わ、悪かったって!」

 

鏡介は少々らしくない嫌味を零した。気楽に話している魔理沙だからこそのちょっとした冗談だ。

どうも友達感覚になると、辛口になりがちな節がある。主な被害者は大森だ。

 

「よし、これでスタイルチェンジは完了だ!早速その人形でバトルしてみないか?」

 

「いいじゃん!私も見たい!スタイルチェンジした舞島さんの人形!」

 

初のスタイルチェンジを終えた鏡介に、魔理沙は腕試しがてら人形バトルを申し込む。光もどうやらその提案には賛成のようだ。

こちらとしてもどのくらい強くなったのかを知るいい機会だ。願ってもない話である。

 

「いいよ!受けて立つ!」

 

「よし!じゃあ早速っ…! ぱちゅりー!」

 

答えを聞いた魔理沙は、その場に自分の人形を出す。紫色のロングヘアーに長めのワンピースの少女が姿を現した。

そして、「パチュリー」という名には聞き覚えがある。アリスが言っていた紅魔館に住む魔女。どうやら、彼女がそうらしい。

ぱちゅりー人形はバトルに駆り出されたにも拘わらず、手に持っている本を読むのに夢中のようだった。あまり気乗りしないのだろうか?

 

「こいつは最近は入った新入りでな。集弾にはめっぽう弱いが、散弾には鉄壁の防御力を誇る。まぁちょっと面倒臭がりなのが偶に傷だが…」

 

「(散弾…輝夜さんの人形と同じタイプか。しっかりユキ人形に対策をとってる。だけど!)」

 

 

「行け! ユキ!」

 

 

鏡介はユキ人形の入っている封印の糸を掲げる。

すると、炎が宝石の中から現れて地面に着弾。炎が燃え上がり、小さな黒い影が映るとそこから金色の瞳が輝く。

そして炎の衣が消え去ると、そこにはユキ人形が佇んでいた。

 

「ほう、中々凝った登場じゃないか!今度私の人形にもやらせてみようかな」

 

「すっごーい!」

 

「……お、おぉ…すっごくカッコいい…最高だよユキ!」

 

ユキ人形の粋な登場の仕方に、思わず息を呑んだ。姿はそのままなのに、どこか大人びたような感じがする。

だが、こちらの絶賛の声に対して元気よくVサインを送っているその姿は、紛れもない自分の知っている元気一杯な明るいユキ人形だ。

どうやらスタイルチェンジでは姿が変化したり、性格が変わってしまったりはしないようだ。ひとまず安心。

 

早速鏡介はユキ人形のステータスの変化をスカウターで確認する。

元々全体的に高水準だったのが更に上がっており、強くなっているのが分かった。特に「散弾」、「俊敏」が高く、他より桁が一つ多いという異常な数値を叩き出している。現時点ではトップの強さだ。

そして、もう一つ気になることがある。アビリティがどうなったかだ。鏡介はタブレットから「アビリティの変更」でその内容を確認すると…ばっちり変わっていた。「用量厳守(ようりょうげんしゅ)」と「突貫(とっかん)」に。

「用量厳守」は「毒タイプの技を無効化し、耐久を回復する」という効果で、「突貫」は「技の威力が上がるが、追加効果がなくなる」というものらしい。前とはまるで違う。

 

今の「用量厳守」は、状況が限定的すぎる気がする。とすれば、使い勝手が良さそうな「突貫」だろう。鏡介はポイントを使い、アビリティの変更を行った。

 

「…お待たせ。じゃあ行くよ! ユキ! フラッシュオーバー!」

 

鏡介が指示を出すと、ユキ人形は大きな火球を数弾頭上に作り出し、それを一斉に発射する。

弾速も早くなっているようで、その勢いはこれまでの炎や弾幕とは比較にならない程であった。

 

「なっ…!?は、早い!? ぱちゅりーよけ」

 

この弾速の速さは魔理沙を予想外だったようで、人形への指示が間に合わずそのまま火球がぱちゅりー人形に直撃する。

 

「…!だ、だがさっきも言った通りこいつは散弾に…!?」

 

「……嘘でしょ?」

 

散防に定評があったぱちゅりー人形は、ユキ人形の攻撃一発で黒焦げになり目を回していた。戦闘不能である。

魔理沙と光は、その圧倒的な威力に言葉を失う。スタイルチェンジして新しく覚えた技、「フラッシュオーバー」。まさかここまでとは…

 

 

「……す、」

 

 

「すごいよ ユキ!強くなったなお前っ!このこのっ!」

 

 

その成長ぶりに、思わず鏡介はユキ人形を抱きかかえて褒めながらほっぺをこする。その言葉が嬉しいのか、ユキ人形も満面の笑みでほっぺをこすり返す。

 

「いや参った。まさか一撃とはね…ま、こいつにもいい刺激になったろ。しばらくは不機嫌になるだろうけど。…スタイル先は決まったな」

 

魔理沙は負けをポジティブに捉え、今後の育成方針を呟きながらぱちゅりー人形を元に戻す。

鏡介の人形の力を前に、魔理沙の闘争心は燃え上がった。封印の糸を強く握りしめ、「次は負けない」という思いを抱く。

 

「(す、すごいわスタイルチェンジ!早く私もやりたいわ…!)」

 

その光景を見た光は、自分の人形も逸早くスタイルチェンジを果たしたいと思うのであった。

 




さぁ、ここからが本当の地獄だ…(色々とややこしくなる)


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第四十四章

「…という訳で、そのスタイル一つでも色んなタイプがある。極端なステータスになったりとかな」

 

「へぇ、中々面白いね」

 

魔理沙の人形についての話を聞きながら、鏡介達は人里を目指していた。

人形のスタイルチェンジを体験したということで、その奥深さを現在教えてくれている。これから色々と覚えないといけないことも増えてくるのだし、この話はすごく為になった。

 

「スタイルチェンジをやっていくとなると、考えることが一気に増えるぞ。ノーマルスタイルでのバトルとは次元が違う。これからは、スタイルチェンジをしている人形を相手も持っていると思った方がいいだろうな」

 

「確かに…そうだよね。気を引き締めないと」

 

スタイルチェンジによる強化は凄まじいものだった。「フラッシュオーバー」。人形をスタイルチェンジした際に習得した技の一覧に載っていた技だったが、まさかあれ程とは思わなかった。

これさえ使っていれば誰にも負けないのではないかと思えるくらいには、強力で無慈悲な威力であった。

…しかし、恐らくそれも長くは続かないだろう。慢心は敗北につながるであろうから、これからも人形達を十分に育成していく必要がある。

しんみょうまる人形、こがさ人形の二体も、一刻も早くスタイルチェンジを果たさねば。メディスン人形は…まだ戦闘が出来る状態ではないから無理はさせないでおこう。

 

「…おっと、そろそろ人里だな。門が見えてきた。さてと、それじゃ私はまたスカウターの機能追加を依頼してくるかな。もちろん異変調査の方が優先ではあるから早急とはいかないぞ」

 

「うん、分かってる。それじゃお願いね」

 

「おう!またな!」

 

これまでの帰り道で魔理沙に一通りのスカウターにつけて欲しい機能を話したところ、知り合いの河童に依頼してくれることになった。

「時計機能」、「自分の人形のアビリティ表示と詳細」。この2つが、主に追加してほしい機能である。自分の人形達がこの先色々な技を習得していく中で、それらをすべて自力で覚えられる気がしない。

最初の時計は兎も角、残り1つはどうか追加してもらいたいものだ。「アビリティ」を生かすには、事前にこちらもその能力を知っておく必要がある。今はまだ発動してからその能力がどんなものかを推察することしか出来ずにいる。

タブレットを見れば一応アビリティの詳細は見れるものの、バトル中にそれを確認する余裕はない。

 

「…魔理沙さん、行っちゃったね。これからどうするの?」

 

「うん。とりあえず、この人里で紅魔館へ行く準備を整えようか。まずは甘味処に行くから…休憩所かな?」

 

「オッケー」

 

箒で空を飛んでいく魔理沙を見送り、二人は人里へと足を運んだ。

 

 

 

そして人里の休憩所に到着すると、鏡介達は早速準備を開始する。

鏡介は迷いの竹林で得たアイテムの売却、光は行商人に商品を見せて貰っていた。

 

「これなんかどうだい?封印の糸より強力な「契約の糸(けいやくのいと)」だ!今ならたったの600円!」

 

「ふ~む…他には?」

 

「この数珠よりも多くの時間身を守れる「護符(ごふ)」っていうのもあるぜ!200円でどうだ!」

 

「あー、それは欲しいかも。私普通の人間の女の子だし…うん、これは買いね」

 

光は行商人の商品を一通り聞き、その中からどれを買うかを絞る。

 

「えっと、後これも」

 

「はいはい。これまた随分と集めましたねぇ。少々お待ちを~」

 

「お願いします」

 

鏡介は鞄に入れていたアイテムを出し尽くし、それを甘味処の待娘に鑑定させてもらう。

鑑定してもらっている間、行商人のところにいる光の元へ赴いた。

 

「どう?いいのあった?」

 

「「護符」っていうのは、こちらとしては買いたいわね。後、次点で「契約の糸」とかも。「護符」は香霖堂で買った「数珠」の上位互換で、「契約の糸」が「封印の糸」の強化版みたい」

 

「成程…「護符」は確かに光ちゃんは必要になるかもね。糸の方は…うーん。強化版、ねぇ…」

 

今まで封印の糸をポケ〇ンでいうところのモンスター〇ール…一番捕獲率の低いものだというのを忘れていた。何せ、今まで人形を「捕獲」するのではなく「仲間」にしていたからだ。

だが原作で考えると、そういったアイテムがあるのは納得出来る。「契約の糸」は恐らく、原作の「スーパー〇ール」というやつだ。今後手強い人形を捕まえるとなると、やはり必要か?

…いや、抑々この封印の糸というアイテムは、使えば即捕獲という代物ではない。あくまで「封印状態」にするだけで、その後はこちらが攻撃して倒す必要がある。

ということは、この「契約の糸」は「封印の糸」よりも「封印状態」にする確率が高い、というだけだ。…自分にはあまり必要性を感じないな。

 

鏡介は他人に取られないようにこのアイテムを使っているだけであって、決して「捕獲」目的には使わない。

「封印の糸」という人形の自由を縛っているこのアイテムは、個人的に嫌いだった。人形達と手を取り合い、仲間になることが彼なりの人形との接し方だ。

 

「そうだね、「契約の糸」は光ちゃんが買うといいよ。僕はいい」

 

「えーホント!?幾つ買ってくれる?10個くらい?」

 

「それはアイテムの売値次第かな」

 

調子のいい光を冷静に対処しつつアイテムの鑑定を待ってると、

 

 

「おい行商、売買しろ。こいつを売るから、一番性能がいい糸を8個よこせ。」

 

 

横から光と同じくらいの身長の目つきの悪い少年が割って入って来た。

男の子は金貨を行商人に渡し、アイテムの売買を交渉する。仮にも年上の人に対して傲慢で無礼な態度であった。何と感じが悪い少年だろうか。

 

「…悪いね。「誓約の糸(せいやくのいと)」は生憎売ってないんだよ」

 

「何?揃えが悪いなここの行商は…ちっ、まぁいい。だったら、「契約の糸」を5個だ」

 

「あいよっ!お釣り7000円ね」

 

行商人からのお釣りを受け取ると、そそくさと感じの悪い少年は休憩所を後にする。

この世界にもああいう人はいるらしい。行商人の人もよく怒らなかったものだ。自分だったら小一時間説教でもしてやりたいところだが。

 

「…あいつ、人形遣いになったんだ…へぇ」

 

光は先程の少年を見て驚いているようだった。彼について何か知っている風なことを呟く。

どうやらあの感じの悪い少年とは知り合いらしい。確かに年も近そうだし、この人里には「寺小屋」という学校のような施設もある。

二人が知り合いだというのは、何も不思議なことではないと言える。

 

「…さっきの子、光ちゃんの知り合い?」

 

「うん、まぁね。気にしないで、ああいう奴なのよ」

 

「あんまりお近づきにはなりたくないタイプだね…」

 

「ははっ、初めてあった人は皆、そう言うわね。まぁあいつ自身、群れるのが嫌いっぽいからねぇ。捻くれているって言うか、可愛げないというか。…でもま、久しぶりに会ったし、ちょっくら会いに行ってくるわ」

 

「え?あ、うん」

 

久々の再開に何かを思ったのか、光は先程の少年の後を追いかけて行った。

 

 

 

 

「お~い、準(じゅん)!」

 

「…?」

 

光の呼びかけに、その眼付きの悪さから繰り出される鋭い眼光を飛ばしながら少年は振り向き立ち止まる。

 

「…何だ、光か」

 

「「何だ」とは何よっ!折角、寺小屋仲間が会いに来たっていうのに」

 

「仲間になった覚えなんてないね。じゃあ俺忙しいから」

 

準と呼ばれる少年は光との再会を特に何も思っておらず、冷たい塩対応を見せると再び歩みを進めた。

 

「ちょ!?ま、待ちなさい!」

 

「…」

 

光の静止の声に耳を貸さず、準は歩き続ける。

 

「あんた、人形遣いになったの?」

 

「…あぁ」

 

質問を簡潔に答えながらも、歩みを止めることはない。興味がないのか、こちらを一切向くこともない。

 

「そういうの、全然興味なさそうに見えたけど意外ね。どうしてなったのよ?」

 

「お前には関係のないことだ」

 

準の態度は一向に変わらない。

光はどう言えば興味を示すかを、追いかける足を動かしながら考え込む。

 

「実はね…あたしもなったのよ、人形遣い!それも、とびっきり強い人形を手に入れてね!」

 

「…」

 

準の足が止まる。どうやら食いついたみたいだ。

ようやく話を聞いてくれる気になったのか、こちらを見据え口を動かす。

 

「…ほう、お前が?俄かには信じ難いが」

 

「むっ、本当よ!今から見せたげる! げんちゃん!」

 

光が封印の糸を投げると、宝石が光りげんげつ人形が出てくる。

 

「紹介するわ!私の相棒の げんちゃんよ!可愛くてとっても強いんだから!」

 

「……確かに強いな、「人形」は」

 

「そうでしょう、そうでしょう!」

 

不機嫌そうにしているげんげつ人形を見て、準はそれ相応の評価をする。

光はその言葉に鼻高々となり嬉しそうな顔を浮かべた。

 

「…だが、お前こいつを上手く扱えていないな」

 

「え…そ、そんなことない!今までだって」

 

「いや分かるさ。この人形の退屈そうにしている顔を見ればな。弱い人形遣いに使われて、この人形には同情するよ」

 

「…!」

 

準は光に対し、辛辣な言葉を浴びせる。

その言葉に光は体を奮いたて、怒りを露にする。

 

「…あったま来た!準、私と人形バトルよ!私が勝ったらさっきの言葉、撤回しなさいよねっ!」

 

「ふん、誰がやるか。事実を言ったまでだ」

 

「そう言いながら、負けるのが恐いんじゃないの?」

 

「…何だと?」

 

光の煽りに準はあっさりと乗ってしまう。こういったところは子供っぽさが残るようだ。

人形バトルをすべく、準は封印の糸を手に取り光を睨みつける。

 

 

「実力の差というものを教えてやるよ」

 

「ふん、言ってなさい!」

 

 

 

光と準は人里の広場で人形バトルをすべく、一定の距離で対峙していた。

人気のある場所での二人の対決に、通りすがりの人里の住民が物珍しさに自然と集まっていく。

 

「使用人形は一体だ。こっちも暇じゃないんでね」

 

「えぇ、それでいいわ」

 

ルールのおさらいをすると、早速二人は戦わせる人形を繰り出す。

 

 

「げんちゃん! 頼んだわよ!」

 

 

「ヘカ-ティア! バトルスタンバイ!」

 

 

げんげつ人形とヘカーティア人形が封印の糸から飛び出し、お互い対峙する。

余裕の表情を浮かべているヘカーティア人形の対し、げんげつ人形は何やら震えている。

 

「ど、どうしたのげんちゃん?」

 

「…ふん、無理もない。何せ、あの最強と名高い「地獄の女神」の人形なんだからな。恐れをなしたのさ」

 

「そ、そんな…」

 

準がげんげつ人形の震えている理由を推察する。光は今までのげんげつ人形からは考えられないリアクションに思わず困惑した。

自分が一番強いと言わんばかりのプライドの高い常に余裕を持った人形であった筈なのに、これは一体どうしたことか。

 

…だが、よく見てみると同時に手で口を抑え、何かを堪えている。そして次の瞬間、我慢出来なかったげんげつ人形は盛大に吹出し大笑いする。

 

「ちょ、ちょっとげんちゃん…!?…あー、そういうこと…」

 

げんげつ人形が笑ってしまった原因。それは、ヘカーティア人形のファッションにある。

頭には謎の3つの球体、黒い肩出しTシャツに大きく「Welcome Hell」の文字、赤、青、緑のスカート、素足という極めて奇抜過ぎるその恰好に、げんげつ人形は笑ってしまったのだろう。

…正直、こちらも少しその恰好に笑いかけていたというのは黙っておく。

 

これには余裕の表情を浮かべていたヘカーティア人形も流石に怒ったらしく、げんげつ人形に中指をたて威嚇する。

それに対しげんげつ人形は、親指を下に降ろすことで返答。お互いの目に、バチバチと火花が散った。

 

 

「げんちゃんがそんな相手に怯む訳ないよね! 流石よ! …じゃあ、そろそろ始めますかっ!」

 

「…命知らずだな。こいつを怒らせると只では済まんぞ」

 

 

二人の人形バトルが今、幕を開けた。

 




実は「準(じゅん)」というキャラは、ピクシブの方でリクエストを頂いたものだったりします。

基本そういうのは受け付けていなかったのですが、今後の展開に絡ませやすそうだったので思い切って採用してみました!彼の今後の活躍にご期待下さい!


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第四十五章

※急遽、文章追加しました!
お手数ですが、投稿して間もなく読んだという方は確認の方よろしくお願いします。
次話書いてて「これ前回で書くべきでは?」と思い至った次第です。本当に申し訳ありません!



鏡介は人里の休憩所にて、甘味処の待娘にアイテムの鑑定をして貰っていた。

一緒にいた光は知り合いの少年を追いかけて行った為、現在は一人で人形達と過ごしている。

 

「…という訳だからさ。エリー、くるみにはメディスンのお世話をお願いしたいんだよ。いいかな?」

 

エリー人形とくるみ人形に、人形箱の中にいる間のメディスン人形のお世話を依頼する。

ずっと人形箱にいるというのも退屈であろうから、何かやることを与えてあげたいと思ったのだ。

 

エリー人形とくるも人形は、お互いに見つめ合うと頷いた。そして、こちらに向き直すと手を大きく上げてやる気を見せつける。

どうやら承諾してくれたようだ。やりがいを感じているのか、その眼はキラキラとしていた。

 

「うん、ありがとう。それじゃあお願い」

 

人形達の頭に手を乗せ、笑顔を向ける。エリー人形とくるみ人形は、敬礼のポーズをして答える。

引き受けた仕事に使命感を感じているのだろう。頑張って欲しい。

 

すると、何やら休憩所が騒がしくなっていることに気が付く。

 

 

「おい、何か広場で人形バトルが始まっているってよ」

 

「へぇ、見に行ってみようかな」

 

 

どうやら人里で人形バトルが始まっているらしい。まぁ、珍しい話でもないだろう。

そう思い、話をしていた二体の人形を人形箱に戻す。

 

「舞島さん、鑑定終わりましたよ」

 

甘味処の待娘のアイテム鑑定が終わったらしく、こちらを呼んでいる。

鏡介はすぐさま向かい、鑑定結果を聞きに行く。

 

「どうですか?」

 

「はい、合計で3800円ですね。どうぞ」

 

待娘から合計金額を渡される。数の割には余り値段にはなっていないようだ。やはり、時計や銅銭では安い。

だが、これを地道に繰り返していればある程度は稼げる。気に病むことはない。

 

「よし、これで「護符」と「契約の糸」を少しは買えるかな。「契約の糸」は…買えて精々3個くらいか」

 

 

「あそこで人形バトルしているやつ、滅多に見ない珍しい人形使っているらしいぜ」

 

「戦っているのは天使のような見た目の人形と、変なファッションの人形らしい」

 

どれをどのくらい買うのかを考えている中、例の人形バトルの噂が聞こえてくる。

その内の「天使のような見た目」の人形に覚えがあった。そして、自分が知っている限りの天使のような見た目をしている人形を持っている人形遣いは今、外に出ている。

 

「…まさか、光ちゃん!?何で人形バトルを…?」

 

ここに来た知り合いの少年に会ってくると言い、この騒動が起きた。

そう考えると、バトルをしている相手は…会いに行ったという感じの悪い少年か?あまり目立った行動はして欲しくはないのだが…仕方ない。

 

鏡介は稼いだ所持金を自分の財布に戻すと、休憩所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「げんちゃん! ライトアップ!」

 

「フォースシールド」

 

げんげつ人形の光弾をヘカーティア人形はバリアを張って身を守った。

ヘカーティア人形はほとんどダメージを受けず、こちらを嘲笑っている。

 

「(…どうして攻撃をしてこないの?)」

 

「…」

 

準は何も喋らず、ただこちらが仕掛けてくるのをひたすら待っていた。

その行動に光は疑問を持つが、防御を固めることしかしない相手に躊躇もする必要はないという判断で攻めに転じる。

 

「…げんちゃん! 幻覚弾! そしてそのまま近づいて 陽炎!」

 

光はこれまで温存していた自身のコンボ技を繰り出す。

幻覚弾で惑わし、さらに陽炎で視界を惑わす二重の攻撃だ。

 

「…その行動を待っていた。自分から近づいてくるのをな」

 

「…!?」

 

今までの防御姿勢は作戦であることが、準の口から明かされる。

ヘカーティア人形は不気味で怪しい笑みを、突撃してくるげんげつ人形に向けた。

 

「ヘカーティア! 攻撃を受け止めて 咆哮(ほうこう)!」

 

ヘカーティア人形は迫りくるげんげつ人形の攻撃を受けながらも大きく息を吸い込み、至近距離で爆音を響かせる。

まともに受けてしまったげんげつ人形は、耳を抑える間もなく鼓膜に深刻なダメージを負って姿勢がふらつく。

 

「最初からお前の攻撃は十分受けられたのさ。まんまと騙されやがって」

 

「…!げんちゃん 飛んで上に逃げて!」

 

急いで距離を取ろうと光は指示を出すが、鼓膜をやられたげんげつ人形にはその指示は聞こえておらず動きを見せない。

 

 

「さて、とどめだ。ヘカーティア! タンブルプラント!」

 

 

ヘカーティア人形は指示を受けると同時に、頭に乗せている球体を赤いものから青いものに変更させる。

 

 

 

『アビリティ:三相一体(さんそういったい) 発動』

 

 

 

「…!」

 

鏡介のスカウターが反応する。

人形がアビリティを発動させたらしいが、人混みでその様子が見られないでいた。あそこで一体何が起きているのだろうか…?

 

 

「これがこいつの真骨頂だ」

 

 

「…姿が…変わった…?」

 

 

先程までの赤い髪、赤い瞳の姿が一変して青い髪、青い瞳へと姿を変えていた。

心なしか、前のさばさばしたような雰囲気も変わっている。落ち着いていて、優しそうな包容力のある女性へと変わっていた。

こんな能力、見たことがない。一人に人格が複数あるのか?準は彼女が「地獄の女神」であると言っていたのをふと思い出す。

元になった人物は何者なのか?準は一体どうやってこんな人形を?

 

青いヘカーティア人形は優しい笑みを浮かべると、その周りから太い植物の蔦が何本も生え、それをげんげつ人形に襲わせる。

何も抵抗できないまま、げんげつ人形はその蔦の餌食となってしまう。蔦はげんげつ人形を容赦なく締め付け、その体力を極限まで削っていく。

悶え苦しむげんげつ人形を、青いヘカーティア人形はまるで面白いものを見ているかのように笑い、見下し、蔑む。

その姿にげんげつ人形は怒りを露にし蔦を解こうとするが、その抵抗空しく意識を失ってしまう。

 

「げ、げんちゃん…!」

 

「…戻れ! へカーティア!」

 

戦闘不能と判断した準は、ヘカーティア人形を封印の糸に戻す。

それと同時に蔦は離れていき、げんげつ人形は解放されて地面に落ちてくる。

 

「これで分かったか?まぁ抑々、スタイルチェンジすらしてない時点で勝ち目なんてなかったがな」

 

「くっ……」

 

光は負けた悔しさから拳を握りしめる。

そしてげんげつ人形を封印の糸に戻すと、準に近づき睨みつけた。

 

「…何だよ?」

 

「あんた……!」

 

 

「(…いた!と、止めないと…!)」

 

ようやく人混みを抜けた鏡介は、光が準に今にも手を出しそうなところを目撃する。

女である光が男である準に手を出しそうになるという逆だと言いたくなる光景だが、喧嘩は止めないといけない。

 

 

「あんた……」

 

「あんた、そんな強い人形どこで手に入れたのよ!教えてっ!今すぐっ!さぁっ!」

 

 

光は準の胸倉を掴みながら、先程の人形のことについて詳しく聞き出そうとする。

その眼は純粋な好奇心で一杯であった。負けた悔しさはどこへやら、すっかりヘカーティア人形のことが欲しくなってしまったようだ。

 

「…っ!何だいきなり…!やめろこのっ!」

 

「嫌よ!あれだけ見せつけておいてそのまま帰るなんてさせないわっ!さぁ、どこにいるのその人形は!?」

 

「(くそ、何だこの馬鹿力はっ…!?さっきから全然放せない…!)」

 

準は光の手を放そうと必死に抵抗するが、一向にほどけなかった。

決して準の力が弱い訳ではない。光のその執念が成せる異常なパワーが強すぎたのだ。

これではさっきと逆の状況である。人形ではなく、人間としての実力は光に分があった。

 

「…話さないならこっちにだって考えがあるわ。この場であんたの恥ずかしいエピソードばらしてやる」

 

「ぐっ…このクソアマ…!わ、分かった話す。だから放せ」

 

「素直で宜しい」

 

脅しをかけた後の返答を聞き、光は笑みを浮かべてその手を放す。

この荒っぽい行動で彼女が強引な性格であることは前と変わらないことを、準は咳ばらいをしながら改めて再認識した。

 

「それで、どこに行けば会えるの?」

 

「ふん、信じられんだろうがな…「夢の世界(ゆめのせかい)」だ。俺がこの人形と出会ったのは」

 

「…は?夢の世界?え、じゃあ何?あんたは夢の中で人形を捕まえたと?」

 

「馬鹿馬鹿しい話だと思うだろうが、そうだ。…俺はもう行くぞ」

 

準は服装を整えると、その場を立ち去る。

そしてそのまま、五の道の方角へと進んでいった。彼もまた、何か目的があって人形遣いとなり旅をしているのだろうか?

 

「ちょっと光ちゃん?何やってるのもう…お騒がせしました~」

 

その場に立ち尽くしている光を、鏡介は急いで手を引き周りの人々をどかしながら休憩所へ連れ戻す。

 

 

「夢の世界、か…う~む」

 

 

引っ張られながらも、光は準が言っていた夢の世界のことで頭が一杯になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光は「夢の世界」というところにどうやって行くことが出来るのかを考えていた。

 

「夢の世界…夢なんだから、やっぱり寝ている時に行けるのよね。でも私、昨日永遠亭でぐっすり眠ったけどそんな世界には来た覚えがないわ…う~ん」

 

ただ単に眠っただけで行ける、という訳ではなさそうだ。抑々、それで行けたら皆人形を手に入れることが出来てしまう。

とすれば、何か特別な方法で行く必要がある。例えば、「アイテム」とか。

 

…そういえば、この前人里で妙な枕が販売されていたような気がする。確か、「スイート安眠枕」とかいうものだ。

その枕で夢を見ると、謎の女性が現れて色々聞いてくると悪評がついて以来、すっかり使われなくなったんだけど…

 

 

「(…あっ!そうじゃない!確か、準の親御さんが「スイート安眠枕」を持っていたわ!そうよ、絶対それだ!)」

 

 

光の仮説が、確信へと変わっていった。

あの枕で眠れば、きっと地獄の女神の人形が生息している「夢の世界」に行けるに違いない。あの人形じゃなくても、きっと他にも強い人形が沢山いる筈だ。

何としても強力な力を持つ人形はゲットしておきたい。異変解決をしている霊夢を助けたいという気持ちもそうだが、準にも少なからず対抗意識がある。

あそこまで完膚なきまでにやられたら、今度は逆にこっちが勝ってやりたい。光は準を人形遣いとして一人の「ライバル」と、そう認定していた。

 

「光ちゃん?買い物終わったよ。はい、これ」

 

鏡介が横から話し掛けてくる。どうやら、行商人との売買が終わったようだ。

予めこちらが注文した通りにアイテムを分けてくれる。

 

「とりあえず「契約の糸」、「護符」をそれぞれ3個ずつね」

 

「ん…あぁ、ありがと舞島さん」

 

正直、「契約の糸」が3個では心許ないが、贅沢は言えない。報酬は極力「山分け」と決めてある。

 

彼は本当に優しい人だ。思えば彼に人形を捕まえるのを手伝って貰ったのが始まりであった。本当に感謝している。

鏡介が戦えない時の代理が、初の人形遣い同士の人形バトルであった。緊張もしたが、勝った時の嬉しさは鮮明に覚えている。

そして永遠亭で初めて鏡介と戦った時のあのバトル、あれも忘れられない一戦だ。一対一ではなかったが、学ぶことも沢山あった。

 

「…えっとさ、舞島さん。お願いがあるんだ。…いいかな?」

 

「どうしたの?改まって」

 

この旅を通じて、光は人形遣いとしてもっと高みを目指したいと、そう思うようになっていた。

これまでの鏡介の人形バトルでの見事な戦いぶり、そして準に初めて打ち負かされた時の悔しさ。それらが光を新たな道へと導いたのだ。

 

「…今まで私、曖昧な気持ちで人形遣いをやってた。こんなんじゃ霊夢様を守れないって気付いたの。それに、あいつにも…」

 

「…」

 

「だから!だから私、もっと強い人形ゲットする為に色々個人で旅をしていきたいの。…駄目、かな?」

 

鏡介は光の言葉を受け止め、しばらく考える。

自分は異変の調査でこの旅をしている訳だが、光はそれにあくまで手伝うということで今まで付いて来ていた。正直、結構助けて貰ったことが多い。本当に感謝している。

だが、ここで突然の自立宣言。…やはりこれは、準という少年に人形バトルで負けたことがきっかけとなったのだろうか。

 

それに光には、「霊夢の役に立ちたい」という強い信念もある。確かに、異変調査を比較的のんびりとやっている自分にいつまでも付いて来ていてはそれも叶わぬ願いだと言える。

 

「…分かった。そこまで言うんだったら、僕は止めないよ」

 

「うん…ありがと。舞島さんなら、そう言ってくれると思ってたよ」

 

光は自分よりもしっかりした女の子だ。一人旅も十分やっていけるだろう。

返事を聞いて安心した光は、休憩所の外へと足を進める。

 

「…じゃあ早速で悪いんだけど、私もう行くね。私の旅立ち用のアイテム、ありがとね!」

 

「そ、その為のものだったの!?」

 

「ま、一応半分くらい私の稼ぎだし?別に文句ないっしょ?これからはそっちも一人で頑張っていってよね!」

 

「…ホントにもう、抜け目ないなぁ」

 

いつもの光が、調子のいいことを言ってくる。さっきまでの少し暗い雰囲気が、今はもうない。

光が何だか少し、大人になったというか…一歩前に進んでいったような感じがした。

 

「あーそれと、これも言っておくわ」

 

「?」

 

 

「これからは私達、人形遣い同士の「ライバル」よ!負けないからねっ!」

 

 

光は鏡介に指をさし堂々と宣言すると、足早に休憩所を後にした。

 

「…こっちだって、負けないさ」

 

鏡介は新たなライバルの登場に、胸を躍らせるのであった。

 




次回、光ちゃん夢の世界へ







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第四十六章

最初の語りはあれです。OPで流れるやつです
偶にはこういうのあってもいいかなと。今回は短め




幻想入りをした外来人の舞島 鏡介、人里で出会った光と準、そして異変解決の専門家である博麗 霊夢、霧雨 魔理沙。

それぞれが何かしらの目的で今、この幻想郷で起こっている「人形異変」に関わっている。

 

 

「 異変の調査もいいけど、もっと人形達と触れ合いたい 」

 

「「 もっと強い人形を手に入れ、人形遣いとして強くなりたい 」」

 

「 一刻も早く、この「人形異変」を解決しなければ 」

 

 

この「人形異変」について皆が思うことはバラバラであるが、物語は進んでいく…

 

それぞれの冒険は今、始まりを迎えたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

鏡介は光と別れた後、「紅魔館」へ行く準備を済ませると休憩所を後にした。

準備とはいっても特に大きな買い物はせず、主に回復アイテムの補充がメインだ。

お金の余裕がないものの、これまでの経験上「封印の糸」だけで事足りるし、「護符」も余程のことがない限り必要ない。

 

「永遠亭印のお薬は如何ですかー?」

 

五の道を目指し歩き始めようとしたら、近くから行商の声が聞こえた。どうやらこちらが最近行ってきた「永遠亭」のお薬を売っているらしい。

少し興味が沸いた鏡介は、その行商に話し掛ける。よく見ると、いつもの男の人ではなく傘帽子を被った女の人が商売をやっていた。

 

「…あら?あなたは舞島さん?」

 

「え…?僕を知っているんですか?」

 

「ほら、私ですよっ!永遠亭の鈴仙です!その節はどうも」

 

女の人が傘帽子を軽く外すと、見覚えのある兎の耳と紫色の髪が姿を現す。

最初に出会った時のブレザー姿とはまるで雰囲気が違った為、全く分からなかった。この格好は姿を隠す為の工夫なのであろうか?

…そういえば、この人里の中では妖怪であることを隠す為に姿を変えている者もいるという話を光から聞いた。これも、その一つなのかもしれない。

 

「今朝いないと思ったら、お仕事に行かれていたんですね。お疲れ様です」

 

「いえいえそんな。お世話になったのに碌にお礼も出来ず、申し訳ありませんでした。…姫様を止めて頂き、本当にありがとうございます」

 

鈴仙は鏡介に対し、お辞儀をして感謝を伝える。

こちらとしては当然のことをしたのだから、そこまで畏まらないで欲しいのだが…

 

「気にしないで下さいよ。…あぁそうだ、良かったらお薬売ってください。人形用ってあります?」

 

「ごめんなさい。まだ人形用は開発途中らしいんですよ。…代わりといっては何ですが、お礼も兼ねてこの「胡蝶夢丸(こちょうむがん)を差し上げます。お代はいいですよ」

 

鈴仙は背負っている籠から袋を取り出し、それを鏡介に渡す。

受け取った鏡介は袋を開くと、そこには紅い丸薬がいくつか入っていた。

 

「こちょう…むがん?」

 

「はい、これを寝る前に数粒飲むと悪夢を見ず、楽しい夢を見ることが出来ます。師匠の自作したお薬ですから、効果は保証しますよ!」

 

「はぁ、成程…疲れている時に良さそうですね。ありがとうございます!」

 

どうやらこれは夢見が良くなる薬らしい。流石、異世界のお薬だ。常識外れな能力をしている。

一人旅では何かとお世話になりそうだ。ありがたく貰っておこう。

 

「では、私も仕事がありますからこの辺で。異変調査、頑張ってください!」

 

「はい、お仕事頑張って下さいね」

 

 

 

 

 

五の道の「霧の湖」への通路に立ち塞がる一本の細長い木…前はどかすことが出来なかったが、今は違う。

 

 

「よし、これの出番だな」

 

 

鏡介は鞄から「木こり人形」を取り出すと、人形は細木に反応して動きを見せる。

宙に浮き、こがさ人形が新調した斧を構えると、それを真横に薙ぎ払った。細木は見事に両断され、先の道が切り開かれる。

 

「一体どんな技術で動いているんだろう…魔法って便利だなぁ」

 

手元に返ってくる木こり人形を回収しつつ、鏡介はその仕組みに関心を示す。

アリスが作ったであろうこの人形。手元で動かしていたのとは違い、まるで自分の意志で動いているようだった。

実に見事な作りであるが、今この幻想郷に溢れている様々な姿をした人形達は軽くその上を行っている。もはや一つの生き物といっても過言ではないくらいの出来だ。

正直、アリスがこの異変に何も関与していないことが不思議である。本人からすれば、興味を擽られる存在である筈なのに。

アリスと所縁のある者…その中の「紅魔館」のパチュリーという人物は今から会いに行くのだが、これもハッキリ言って期待は出来ない。

 

それとユキ人形とアリスの目の色や顔立ちが似ていたことは、やはり何か関係がある気がしてならない。抑々、ユキ人形の元になった人物の素性もはっきりしていないのだ。名前以外は。

しんみょうまる人形、こがさ人形は種族などがはっきりしている中、ユキ人形だけは謎に包まれている…これが偶然と言えるだろうか?

 

 

「…なんて、今考えても答えは出ないな。よし、進もう」

 

 

ユキ人形と直接話が出来ればいいのだが、そんな都合の良い展開がそう易々と訪れる訳がない。

一度魔理沙に聞いてはみたのだが、人形と直接話せるような機械はまだ当分無理だと言っていた。人形が話している言葉の理解は、それこそ人形でないと分からないのだろう。

 

 

 

 

五の道の霧の湖方面でも、やはり人形遣いとの戦闘と新しい人形との出会いが待っていた。

新しい人形の中でも目を引いたのが、人里で何回か会った女子高生、宇佐見 董子の姿をした人形だ。人形でも同じ帽子にマント姿で、摩訶不思議な力を行使してきた。

スカウターの説明によると、彼女は「超能力者」らしい。手にスプーンを持っていた理由は、それを見て納得がいった。

勿論仲間にしようと説得を試みたが、近づくと何故か酷く拒絶され逃げてしまった。今までにない反応だった為、少し心が傷つく。

 

今回結構な数の人形遣いと戦闘をした為、しんみょうまる人形の経験値が溜まりスタイルチェンジが可能となった。

タブレットを早速起動し、スタイル先を確認する。しんみょうまる人形は「ディフェンス」、「パワー」の2つようだ。

案の定スタイル先を迷ったが、スタイルは元のタイプと同じである「ディフェンス」に決定。「大地」タイプは使い勝手が良かったので、この先もそれを崩したくはないと思った次第である。

しんみょうまる人形の「ディフェンス」スタイルは、魔理沙の言っていたスタイルの中でも特殊なもののようで、「自分の集弾の威力を2倍、相手の集弾のダメージを半減」と、アビリティが強さの象徴となっているようだ。

これで残りのスタイルチェンジはこがさ人形、そして…まだ完全に仲間にはなっていないが、もう一体。

 

 

「…お、この辺がいいかな」

 

 

結構な距離を歩き、疲れた鏡介は小休止を挟もうと鏡介は河の畔に座り込む。そして、鞄から人形箱を取り出すとその中から毒壺を両手でそっと引き出した。

 

「…メディスン?起きてる?」

 

鏡介が呼び出すと、壺の口からひょっこりとメディスン人形の可愛らしい顔が出てくる。どうやらすっかり元気になってくれたようだ。

乱れていた金髪は綺麗になり、服も新調されている。

 

「ほら、見て御覧?河が日光に照らされて綺麗でしょ?」

 

河の方を指差しながら、メディスン人形と共に景色を楽しむことにした。

壺から出ることはしないものの、メディスン人形はその河を見つめてくれる。鏡介はそっと、怖がらせないように優しく頭を触るとメディスン人形は少しびっくりするが、嫌そうにはしていない。

 

 

『アビリティ:ポイズンボディ  発動』

 

 

スカウターが反応した。今この時にそんな情報は知りたくはないので、鏡介は右耳に手を伸ばしてスカウターの電源を落とす。

そして引き続き、メディスン人形との時間を過ごす。

 

「メディスン、大丈夫だよ。僕は君に酷いことなんてしないからね?毒は僕に効かないし、いくらでも甘えてくれていいんだからさ」

 

「それで…いつか一緒に来てくれて、助けてくれるなら…僕は嬉しいな」

 

頭を撫でながら、鏡介は自分の気持ちをメディスン人形に打ち明けた。

いつかユキ人形達と共にこの冒険を支えてくれる、パートナーとなってくれることを願って…

 

 

 

 

ーーそして気が付けば、すっかり日が沈んでいた。

 

今日はこの辺りで休もう。しんみょうまる人形が時間をかけて作ってくれた、この手作り寝袋で。

折角だし鈴仙から貰った「胡蝶夢丸」、飲んでみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あった!この枕さえあれば、夢の世界に…フフフッ…楽しみね」

 

鏡介が人里を出た頃、光は自宅の蔵に置いてあった「スイート安眠枕」を持ち出していた。

親に見つからないようこっそりと抜き足、差し足、忍び足で。

 

そして同じく蔵に置いてあったアイテムを入れる用の鞄を持ち出す。これからは沢山のアイテムを管理することになるので、これはその為の準備だ。

 

「まぁ、これくらい大きければ十分よね。よし、しゅっぱ~つ!」

 

大声を出さず呟くように言いながら、光はその場を去って行った。

 

 

 

そして鏡介と光、この二人の再開はあまりにも早く訪れることとなるのであった。

 



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第四十七章

今回は光、鏡介それぞれの視点でお送りします。

夢なら何やっても問題はないよね!



 

「…ここは?」

 

光は何もない暗闇の中に一人、佇んでいた。

どこを見渡しても一緒の黒い光景で、何も音は聞こえずただ静寂が支配するこの空間に、不気味さを感じられずにはいられない。

普段はお気楽でサバサバしている光でも、この暗黒の世界には気が滅入ってしまう。

 

 

「…おや、まだ私の枕を使用している者がいたのですね」

 

「っ!?だ、誰!?」

 

 

暗闇の中から突然、女性の声が響き渡る。驚いて声を荒げる光が可笑しいのか、クスクスと笑い声が聞こえてくた。

 

「な、何よっ!そりゃいきなりこんな空間で声を掛けられたらビックリするでしょ!大体あんた誰?」

 

「…いや、これは失礼。あなたの仰る通りです。では、姿を見せるとしましょうか」

 

闇の空間から、一人の女性が姿を現す。

髪は青く頭にはナイトキャップを被っており、白黒のボンボンを付けた白黒のワンピース、そして牛のような尻尾を生やした少女が暗闇の中ではっきりと映った。

 

「初めまして。まずは私の商品である「スイート安眠枕」を御購入頂き、ありがとうございます」

 

「え…は、はぁ…」

 

「私は夢の支配者、ドレミー・スイート。以後、お見知りおきを…」

 

ドレミーは丁寧にお辞儀をして光へ営業の挨拶を交わす。笑みは正直可愛いものではなく、あまり感じがいいとは言えない。

まさかそのような対応をとられるとは思わず、光は少したじろいでしまった。

 

「さて、本商品を御購入頂き、快適な睡眠を提供させて貰えているとは思いますが、私としてはまだまだこの商品をより良いものへと改良していきたいと考えております。

 そ・こ・で!なのですが、ご利用頂いているお客様にこの商品の感想を募集しております。どうでしたか?「スイート安眠枕」の使い心地は?」

 

ドレミーは続けて営業臭い言葉をつらつらと話し始める。恐らく彼女は妖怪なのであろうが、物に対するこだわりが河童並みだ。

そして同時に思い出した。この人物が人里で噂の「色々聞いてくる謎の女性」の正体という訳だ。これは確かに嫌だというのも分かる。

 

「か、感想?んーまぁ、そうね…私のような子供にはちょっとサイズが大きかったかも?」

 

「ふむ、成程成程。では、サイズにもっとバリエーションを持たせましょう。子供から大人まで安心して使える枕に」

 

ドレミーは手を忙しそうに動かし、手元の本に先程の内容を書き込む。

こっちはそんなことを言いに来たのではない。あちらのペースに飲まれては駄目だ。

 

「ねぇちょっと。そんなことよりも聞きたいことがあるの」

 

「はい?」

 

「あなた、ここの番人なのよね?だったら、「夢の世界」…強い人形が生息している場所知ってる?私、そこに行きたいの」

 

「…えぇ、まぁ。知ってはいますが…悪いことは言いません。止めておきなさい」

 

「…そんなに危険なところなの?」

 

「えぇ。あんな所に行くなんて、自分から死にに行くようなものなのだから」

 

先程までの胡散臭い口調を、夢の支配者に相応しい威厳のあるものに切り替えてドレミーは警告した。その言葉が嘘や冗談ではないことが、声色や表情からも伝わってくる。

だが、こちらとて引き下がる訳にはいかない。光は意思を曲げずにドレミーとの交渉を続ける。

 

「そんなの、上等よ!私にはげんちゃん達もいる!必ず捕まえて見せるわよっ!だから、お願い行かせて!」

 

「(…人形は持っているのね。まぁ、あの少年の時よりはまだ安心かしら…?)」

 

ドレミーは考え込む。この人は貴重な「スイート安眠枕」の購入者だ。そして、それを今現在も使用している。無下しようものなら、こちらの都合も悪くなってしまう。

ただでさえ夢の世界で溢れている人形達に好き勝手されているせいで、夢を上手く集められていないのが現状。となれば…

 

「…そこまで言うのなら仕方ありません。但し、こちらの出す条件を飲んで頂きますよ」

 

「え、ホント!?…一体どんな条件?」

 

「今から行くところの人形の数を倒すなり、捕まえるなりして減らして頂きたいのですよ。私は人形を扱えないので」

 

「何だ!そんなことならお安い御用よ!」

 

思ったよりも簡単そうな条件で安心した光は胸を張り、手を添えて条件を承諾する。

その返事を聞いたドレミーは、何もない暗闇から一つの大穴を開く。その中を覗くと、そこにはまた別の空間が繋がっているようだった。

 

「…では、案内しましょう。ここから先は狂気の世界よ。心して臨みなさい」

 

「う、うん!」

 

光はドレミーの案内の元、闇の中に出来た別空間への大穴に足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

大穴の先には、今まで見たことのない魔訶不思議な空間が広がっていた。

自分は星の綺麗な空間にいる筈なのに、その下は何故か地面が存在しない。初めての光景に光は不安を覚えるが、恐る恐る中に入ってみると足はちゃんと地面につき、落ちてしまうことななかった。

一歩前に進み足元を見ると、その先からは波紋が広がっていく。まるで水中を歩いている感覚だった。思わず楽しくなり好奇心が芽生えるが、今は遊びに来た訳じゃない。

光はその好奇心を抑え、隣にいるドレミーに話し掛ける。

 

「ここが例の強い人形達が生息する場所?」

 

「はい。ここは「第四槐安通路(だいよんがいあんつうろ)」。最近ここに人形達が溢れかえっていましてね…私としても正直困っていたのですよ。

 しかもその人形達は、私や前に月の都を襲った連中と同じ容姿をしている」

 

「ふぅん…ま、私にとっては天国のような場所ね。その「月の都」とかいうところを襲った奴ら、相当強かったんでしょ?」

 

「…えぇ、それはもう。実に狂気的(ルナティック)でしたよ」

 

ドレミーの言葉に、光は期待を高める。そこまの相手なら、戦力として申し分ないだろう。

準の使っていたあの「ヘカーティア」という人形の力を考えると、他の人形達だって相当な実力に違いない。

 

「こうしちゃいられないっ!早速始めましょ!」

 

「えぇ。人形はその辺をうろついていれば、あちらから勝手に来るでしょう。私はこれから少しやることがあるので…どうか処理の方、よろしくお願いします」

 

ドレミーは先程やったようにまた何もないところから大穴を開け、どこかに行ってしまう。

 

元々この「第四槐安通路」は、地球と月を行き来する為の通路である。万が一にも光が「月の都」に入ってしまうことがないように見張る必要があると判断したドレミーは、逸早くその通路への門の前に立つ。

「月の都」の方にも強い人形が生息しているのを知ったら、好奇心旺盛なあの少女は飛び込みかねないと思ったからだ。あそこは人の身が行くところではない。

 

 

「…お、来た来た!ドレミーさんの言う通り!」

 

 

通路を歩き回っていた光の元に早速人形が姿を現した。その人形は、ドレミーの姿をした人形。

あの妖怪の実力は正直未知数であるが、とりあえずは捕まえる方向で考えて光は臨戦態勢をとった。

 

「げんちゃん! 出てきて!」

 

封印の糸からげんげつ人形が出てくる。

出るや否や不機嫌そうな顔を浮かべているが、これは相手が金髪でないから。これまでのバトルで光が学んだことだ。

 

「ライトアップ!」

 

攻撃の指示を出すと、渋々と光弾をドレミー人形に向かって飛ばした。

ドレミー人形に光弾は直撃するが、あまり効果がないように見える。すると次の瞬間、すごいスピードでこちらの懐に潜り込む。

 

「え…は、早い!?」

 

その顔つきからは想像が出来ないスピードであった為、光は反応が遅れる。

そしてドレミー人形はげんげつ人形の耳元で何か歌のようなものを囁く。

 

「…!げ、げんちゃん急いで離れて!」

 

準とのバトルの記憶で何か危険を察知し、すぐさま光は指示を出す。しかし、その時にはもうげんげつ人形には異変が起こっていた。

身体が言うことを聞かないらしく、飛ぼうと羽を動かそうとしているのは分かるが一向に動かない。何か状態異常にされてしまったらしい。

 

「(…ちょっとヤバいかも。タイプもまだ未知数だし、見たところげんちゃんの攻撃がまるで効いていなかった。相性の問題?…それとも何かのアビリティが発動して?)」

 

「…戻って! げんちゃん!」

 

このままでは一方的にやられると判断した光は、げんげつ人形を封印の糸に戻す。

 

「ありす! 出番よ!」

 

続けて光はありす人形を繰り出す。今までげんげつ人形だけでどうにかなってきた為、滅多に出番はなかったがこの人形にそんな余裕はないらしい。

ここは皆で協力していく必要がある。

 

「バリアオプション!」

 

さっきやられたドレミー人形の囁き攻撃を対策する為、光は防御の策に出る。

ありす人形は人形達を操り、自分の周りに結界を張る。これで近づかれる心配は無くなった。

 

「ありす! デストラクション!」

 

ありす人形は人形から無数の弾幕を放つ。ドレミー人形はその攻撃をかわそうと横に動こうとしたその瞬間を、光は見逃さない。

 

「今よ! 足止め!」

 

指示を受けたありす人形は自身の人形を相手の方に寄せて、ドレミー人形の体を拘束した。

身動きの取れなくなったドレミー人形は逃れようと抵抗するが、人形から出ている電磁波がそれを妨害する。

 

「それっ メタルニードル!」

 

ありす人形は相手を拘束した状態で自身の周りに鉄の針を出現させ、それをドレミー人形に直撃させた。

攻撃を受けたドレミー人形は目を回して倒れる。戦闘不能だ。

 

「…あ、つい倒しちゃった。…まぁ別にいっか。次行こうっと」

 

捕まえるつもりが倒してしまい、後悔するが切り替えて次の人形を探す。

だが、ドレミー人形はどうもこの辺ではそこまでの力を持っていないように見える。というか、この程度がこの辺の一番の人形であるのなら正直ガッカリだ。

こっちは糸が3つしかなく、あまり気軽には使えない状況…使う相手は慎重に選ばなければ。

 

光は先程のドレミー人形が落とした戦利品を拾うと、まだ見ぬ人形と会う為に歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、ん?」

 

目が覚めると、そこは一面の宇宙であった。

プラネタリウムでも見ている夢なのだろうか?「楽しい夢を見れる」とのことだったが、これは果たしてどうなのだろう。綺麗な景色ではあるし、星を見ること自体嫌いではないが…

だがよく見ると、自分が横たわっている地面は透けており、また透けて見えるその下にも宇宙は広がっていた。ということは、これはプラネタリウムなどではない。自分が宇宙の真ん中にいるということになる。

何だその夢は?意味が分からない…今まで見たことないタイプだ。夢だからか、宇宙にいるにも拘わらず当然のように息が出来る。実に不思議な感覚だ。…いや、実際に宇宙に行ったことはないのだが。

 

「…あれ?僕の鞄?おかしいな…寝る時は降ろしていたのに…それに封印の糸まで?」

 

もう一つおかしなことに気付いた。夢を見る前、つまり寝る前は鞄や封印の糸は降ろしていた筈なのに、それを夢の中でしっかり持っているのだ。

試しに鏡介は封印の糸からユキ人形を出してみる。出てきたユキ人形は華麗に着地を決め、辺りを見回す。そして、どこにも相手がいないことに気が付くとこちらを振り向き首を傾げた。

 

「ごめんね。今回はただ何となく出してみたなんだ」

 

 

『そうなの?もぉ折角カッコよく登場するとこ舞君に見せようと思ったのにな~』

 

 

「え…?」

 

気のせいだろうか。何か、女の子の声がしたような…?しかも、ユキ人形の口が動くのと同時にだ。

他の誰かがいるのか…?だが、辺りを見渡してもそんな人物はどこにもいない。

 

「…気のせい…か?」

 

『どうしたんだろう?舞君、急に辺りを見渡して……はっ!?ま、まさか私と二人っきりになって何かするつもりなの!?だ、駄目だよ舞君まだそういうのは…!』

 

やはり、さっきから近くで声がする。そして、目の前には恥ずかしそうに顔を赤らめて体をくねらせているユキ人形の姿…これってつまり…

鏡介は試しにユキ人形に対し、しゃがみ込んで何か言葉を交わしてみる。

 

「ユキ、今日も可愛いね」

 

『…~~~っ!!?///も、もう~~舞君ったらもうもうもうっ…!!!///』

 

…やっぱり間違いない。この声の主は、「ユキ人形」だ。人形との言葉はこちらには理解出来ない筈…一体どうなっているんだ?

そして、自分の言葉を聞いて顔を抑え恥ずかしさを必死に堪えているユキ人形の姿は実に可愛かった。

 

『きょ、今日の舞君何だか積極的だよぉ…うぅ…いつも控えめで女の子みたいな舞君が…///』

 

「うぐっ!?」

 

思わぬところでユキ人形の言葉が刺さった。ユキ人形にも男の子らしくないと思われていたという事実を、この夢で暴露される羽目になるとは…正直知りたくはなかった。

だがしかし、こんな機会は滅多にないのではないだろうか?もっと、話をしてみよう。

 

「女の子みたいで悪かったな。…これでも結構気にしてるんだぞ?全く」

 

『……へ?』

 

今度は言い返すように、ユキ人形に話し掛けてみる。するとどうだろう。自分が言ったことに対する反応を示されたユキ人形は鏡介を見て唖然としていた。

どうやら、ユキ人形は鏡介に聞こえていないことを前提で今まで独り言のように喋っていたようだ。それはそうだ。人形だって、自分の言葉が理解されていないことを認識はしているのだろうから。

 

『な、何で舞君私の言葉分かって…え?』

 

「ユキ。どうしてか分からないけど、ここでは僕ら普通に喋れるみたいだよ」

 

『……えーーーーっ!!?嘘…まるで夢みたい…』

 

「うん、夢だけにね」

 

そう、これは夢だ。夢だから、今こうして信じられないようなことが起こっている。しかし人形も夢を見るとは…本当に生き物に近いのだと改めて実感する。

胡蝶夢丸でまさかこんな体験が出来るとは…鈴仙には感謝しなければいけない。この楽しい瞬間を、少しでも長く過ごしたいものだ。

 

『あれ?ちょっと待って…じゃあ今までの全部聞かれて…?』

 

「ユキは僕のこと、そんなに好きでいてくれたんだね。嬉しいよ」

 

『ぴゃああああぁぁぁァァ~~~~っ!!!??///わ、忘れてええぇぇ~~~~!!』

 

ユキ人形の恥ずかしさ全開の仕草を眺め、鏡介は頬が緩み癒されるのであった。

 

 

 

小さな狂気の人影の群れが、すぐそこまで迫ってきていることも知らずに…

 



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第四十八章

今回も二人の視点でお送りします。

ここのヘカーティア人形ホント異常に出ないよね~




「胡蝶夢丸」により、夢の世界に来てしまった鏡介。

何とここでは人と人形が普通に言葉を交わすことが出来た。やはり、夢であるからなのだろうか。

まさか、このような機会が訪れようとは思ってもみなかった。鏡介は今まで疑問に思っていたことを人形達に尋ねてみることにしたが…

 

「そっか…自分がどこの誰の元になっているかは分からないんだね」

 

『ごめんね舞君…私どうも記憶がなくなっているみたいで。あの時どうしてあの草むらにいたのかも、分かってないの…』

 

ユキ人形は申し訳なさそうに謝る。スカウターに載っている情報通り、本人も名前しか分からないようだ。

ユキ人形との出会いは他の人形達と比べ、どこか特別であった。一目見て何か強い繋がりを感じたというか…今思えば、あれは運命だったのかもしれない。

 

『ユキさんの出自…ですか。確かに私達とはどこか違うような雰囲気を漂わせていますよね』

 

『う、うん…私もそう思う。まるで別世界から来たような…上手く言えないけど…』

 

ユキ人形と一緒に出ていたしんみょうまる人形、こがさ人形も会話に参加してくる。もしもユキ人形がどこの誰かが分かれば、この異変について何かヒントを得られると思ったが…そう上手くはいかないようだ。

この二体の人形もこの世界では当たり前のように喋ることが出来るようだ。案の定、自分達の言葉が伝わっていることに最初は驚いていたが、今は落ち着いている。

 

聞いた話によると、しんみょうまる人形の元になった人物は「少名 針妙丸(すくな しんみょうまる)」という名前で、天邪鬼である「鬼人 正邪(きじん せいじゃ)」に唆されて異変を起こした過去があるらしい。

「鬼人 正邪」…確かしんみょうまる人形の小槌を盗んでいた小鬼の人形がそんな名前をしていた。あの人形に噛まれ、生死を彷徨ったとこは今でも忘れない。

しんみょうまる人形が持っている「打ち出の小槌」は、小人の一族にしか扱えない大事な国宝であった為、見つけてくれたことは本当に感謝しているらしい。

こうして人形自身の口からお礼を言われると、少し照れ臭かった。こっちは当たり前のことをしたつもりだったのだが、何ともくすぐったい気分だ。

 

そして、しんみょうまる人形の持つ「打ち出の小槌」についてだが、これはオリジナルに比べかなり力が弱いらしく、大した願いは叶えられないらしい。

そのことをしんみょうまる人形自身が力になれないと悔やんでいるようであったが、自分なんかの為に大事な国宝の力を使って欲しくはないので気にしないように言っておいた。

 

 

次にこがさ人形だが、やはり自分の持っている傘に惹かれていたらしい。こがさ曰く、「大事に使ってくれていることに、その傘自身も感謝している」とのこと。

この人形は何と道具の言葉が分かるらしく、こがさに人形が言うには自分の傘は性別が大人の女の人らしい。まさかのカミングアウトに驚いたが、感謝してくれていると聞くと大事に使ってきた身にとっては嬉しい。

どうしてこがさ人形は鏡介に付いてきたのかを聞くと、「孤独で寂しかったから」らしい。「ずっと一人で友達がいないことが辛かったところに自分が現れて、一緒に来ないかと言われたのが嬉しかった」…と。

まさか、こがさ人形にそんなつらい過去があったとは思わなかった。…だが、よく話を聞いてみると自分で雨を降らせては周りに迷惑をかけていたらしい。自業自得なところがあるのは、正直否定出来ない…。

だが、こがさ人形はこれからは一人ではないのだし、これからもユキ人形達とは友情を育んでいって欲しいものだ。

 

ふと、何故こがさ人形は鍛冶が得意なのかが気になったので尋ねたところ、理由はオリジナルである妖怪「多々良 小傘(たたら こがさ)」の影響らしい。妖怪としては半人前であるが、鍛冶は一級品の腕を持っているとのことだった。

天性の才能を持っていた彼女の得意分野を受け継いでいるからこうしてやることが出来るのだと、こがさ人形は語った。ちなみにしんみょうまる人形の裁縫の腕もまた、こがさ人形と同じでオリジナルの得意分野らしい。

 

 

自分の人形達について疑問だった点がこれで幾分か解消され、実に有意義な時間を過ごした。人形達が普段どう思ってくれているのかも分かり、こちらとしては嬉しい限りだ。

 

 

『…!鏡様、何か来ます…それも複数!』

 

『…な、何?この嫌な感じ…こ、怖いよぅ』

 

 

しかし喜んでいるのも束の間、何かが来ることを察知したしんみょうまる人形とこがさ人形は、急いでこちらに危険を知らせた。

何者かが群れでこちらに向かってきているようだ。

 

「一体何が…?」

 

『…恐らく、私達と同じ人形だね…それもかなり強い。舞君、気を付けてっ!』

 

どうやら野生の人形達がこちらに気付き、襲い掛かってくるらしい。

しかし、人形はこちらに危害を加えなければ基本は襲って来ない筈だが…気付かぬ内に何か不味いことをしてしまったのだろうか?

 

相手は強い人形だという。いざとなったら、無理はせず逃げるようにしよう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

鏡介が人形達と話をしていた頃、光は一体の人形に苦戦を強いられていた。

金髪のウェーブのかかったロングヘアーに黒いロングスカート、そして何より目立つのは後ろから見えている7本の紫色の尻尾のようなものの存在。

げんげつ人形がいかにも食いつきそうな綺麗な容姿であるが、生憎今は状態異常に掛かっているので迂闊に出すことは出来ない。

そしてこの人形、見た目とは裏腹に激しい攻撃を繰り出してくる。ありす人形も防御で手一杯となって、さっきからまるで手が出せない。

さっきまで戦っていたドレミー人形や変な格好をした妖精の人形とはまるで格が違い、とても強力な力を持っていた。

 

「ありす! バリアオプション!」

 

光は防御の指示を出すと、ありす人形は人形を操って自身の周りに結界を張った。

この技の欠点として、使う際に耐久を削られてしまうというのがある。使える回数に限りはあるものの、その分連続で使用可能という点は評価出来るが…このままではやられてしまう。

 

「(…この人形、強い。出来れば捕まえたいけど、いつ糸を使うか…)」

 

契約の糸の個数は3個。使う場面は慎重に決めなければならない。

どうにか相手の隙を突き、弱ったところを封印状態に持ち込みたい。

 

「…!来るっ!」

 

金髪人形は光弾をアリス人形目掛けて飛ばそうとしている。

この攻撃はげんげつ人形と同じ光タイプの技、「ライトアップ」だ。この攻撃なら、多少無理をしてでも突っ込んでも手痛いダメージにはならないか?

さっきからずっと打たれ続けてきたタイプの分からない謎の攻撃に比べたら、相性的にも遥かにマシだ。…よし、ここで攻める!

 

「ありす! かまわず突っ込んで! 足止めよ!」

 

指示を受けたありす人形は金髪人形が攻撃を仕掛けてくる中、真っすぐ突っ込んでいく。

光弾がアリス人形を襲うが、思った通り結界が働いてダメージは負っていない。そして間合いに入ったところをすかさず周りの人形達で捕まえて拘束した。

 

「よし、ナイス!そのまま 陽の気力!」

 

ありす人形の主力技である「乱反射レーザー」、「メタルニードル」いずれもこの金髪人形に対して効果が薄かった。恐らく相性の問題であろう。

だから確実にダメージを負わせる為、光は一番初期の技を選択して少しでもダメージを稼ぐ作戦に出た。

ありす人形は身動きが出来ず藻掻いている金髪人形に向けて、青い弾幕を浴びせ続ける。絵図としては最悪だが、これも捕まえる為…仕方がないというものだ。

 

「…今だ!それっ!」

 

頃合いを見て、光は金髪人形に向けて契約の糸を投げつけた。

糸は人形に絡みつき、拘束されながらダメージを負っている金髪人形は封印状態となる。

 

やがて攻撃を受け続け力尽きたのか、金髪人形の抵抗は止み動かなくなる。

 

「…やったの?はぁ…強かったなぁ。でも、これで戦力アップね」

 

相手が人形遣いであったらこうはいかなかった。心の中でそう反省しつつも、無事に捕まえられた喜びに浸る。

後はあの人形が契約の糸になって自分の手持ちに来るのを待つだけ…そう思っていた時、力尽きている金髪人形から何か黒い怨念のようなものが頭上に浮かんできた。

 

「え……っ!?ま、不味い!あのアビリティは…!」

 

光はあの攻撃に見覚えがあった。そう、永遠亭のタッグバトルで藤原 妹紅の人形がやっていたものと同じ「復讐の化身」である。

あの攻撃の威力は計り知れない。「バリアオプション」により限界まで耐久を削られたありす人形が今あの攻撃を食らえば…!

 

光がそう思っていた時にはもう、怨念はありす人形の方に迫って来ていた。金髪人形を拘束していて至近距離では避けようがない。

怨念は道ずれにするかの如く襲い掛かり、対象を蝕んでいく。そしてアリス人形は倒れ、金髪人形は元の契約の糸となり光の手元に返って来た。

 

「あ、ありす…!…駄目だ、もうこれじゃ戦わせることは出来ないわ…」

 

金髪の人形は無事にゲット出来たものの、手痛い犠牲が出てしまった。

げんげつ人形は今碌に戦えない状態だというのに、これではこれ以上の人形探索が厳しいものとなる。もうこの機を逃せば一生来れないかもしれないというのに…迂闊だった。

 

「……この子は使わないつもりでいたけど…」

 

光は自分の最後の手持ちが入っている封印の糸を見つめ、そう呟いた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

鏡介は走っていた。ただひたすら走っていた。迫ってくる狂った人形達に追われながら。

目が完全に逝っており、奇声を上げながら襲い掛かってくるその恐怖に、鏡介は気付いたら自分の人形達を戻し全力疾走していた。

 

一体何なんだあれは?これは楽しい夢ではなかったのか?こんなの、悪夢以外の何物でもないではない。「胡蝶夢丸」の効果が切れたのだろうか?

 

「…!危なっ…!」

 

鏡介は人形の放った弾幕を紙一重で避ける。殺す気で直接攻撃をしてくるなんて絶対に普通ではない。

弾幕が僅かにかすれた感覚からも、これは現実に起こっている…本当にこれは夢なのか?自分の中にある夢の定義が定まらなくなる。

 

しかし、まさか自分が人形から攻撃される羽目になるなんて…こういうことなら上位互換の「護符」をあの時買うべきであった。

数珠や護符は全部、光にあげてしまった。当時はそれで大丈夫だと思っていたが、今となっては後悔してもしきれない。こういうことも想定するべきだった。

こういう時に光がいればこの場を乗り越えることも出来そうだったが…彼女は一人で立派な人形遣いとなるべく旅に出たばかり。

こちらとしても彼女が何かを成し遂げようと努力をする姿を応援したい。だから、今ここで彼女がいてくれればなんて思うのは野暮というものだ。

 

 

そう、だから遠い目線の先にいる光と良く似た女の子も、きっと自分が微かに望んでしまったことで現れた幻なのだと…そう思っていた。

 

 

「…え!?ま、舞島さんっ!?どうしてここに!?」

 

 

声も似ていて、まるで本物…よく出来た幻だ。人形達は兎も角、光とは別で行動をしているのだ。流石にこれが現実である筈がない。

 

 

「…っていうか、何引き連れてんのーーーっ!!?」

 

 

自分の今の状況を見て、慌てふためいているようだ。そりゃこんな狂気の集団に追われているのを見たら無理もない。

危険と判断した光は、自分と同じように全力で逃げ出す。正直、そこにいたら邪魔だから一刻も早くこの幻には消えて欲しいのだが…それほど自分は彼女を無意識に頼っていたということなのだろうか。

 

「えっと、こういう時のアイテムはー…あった!」

 

光は逃げながら鞄から「護符」を取り出す。あぁ、今そのアイテムこっちが欲しい…

どうせ幻なのだしくれてもいいじゃないか。そう思わずにはいられない。…幻なんだし仮に貰っても意味ないんだろうけど。

 

「あ、やば」

 

だがどうしたことか。慌てていたのか光は「護符」を手元から離してしまいそれが宙に舞う。

まさかのアクシデントにこちらも対応出来ず…

 

「…ぶふっ!?」

 

目の前に飛んできた「護符」が引っ付いてしまった。口元が塞がれて息が苦しくなる。こんな一大事時にやってくれるなこの子は…!

走りながらも急いで引っ付いた札を取り出し、邪魔をしてくる光に対し鏡介は怒りを覚える。

 

 

 

 

 

 

…ん?触れ、た…?ちょっと待て…ということはこれ…現実?目の前にいる光は…まさか…

 

 

「この光ちゃん、現実ぅ!?どうしてこんなところに!?」

 

 

「今更!?それはこっちの台詞よーーっ!!」

 

 

驚きを隠せない。こんな形で再会してしまうとは…あまりにも登場が早すぎるのではないだろうか?

だが今はそんなことを考えている暇はない。早速だがこの札、使わせて貰う。

 

 

「悪いけど、これ使うよ光ちゃん!」

 

「あー!ずるいそれ私のなのに!」

 

「黙って奢らせた罰だよ」

 

「…まぁ仕方ないか…手伝うわよ舞島さん!」

 

 

二人はそれぞれ護符で結界を張り、狂気の人形達に立ち向かうのだった。

 

 

「あ、後出来れば命連茶、分けてくれない?」

 

「え、うん…いいけど…」

 

 

 



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第四十九章

めっちゃ長くなった



狂気に満ちた人形達と相対する鏡介と光。

「護符」で身を守りながら、二人は再会がてら今の状況を確認する。

 

「…それで?何なのこの人形達?どう見ても普通じゃないわよ」

 

「分からない…突然こっちを見るなり攻撃を仕掛けてきたんだ。普通はそんなことしてこないのに…」

 

光が今まで戦ってきた人形は、強かったものの突然人間に襲い掛かってくるようなことはしなかった。それに比べ、今のこの人形達はどうだろう。

明らかに様子が変であるし、異常なほど攻撃的でどこか狂っているとしか思えない。

 

すると、人形達は鏡介達目掛けて弾幕を放ってきた。様々な色をした弾幕が、放物線を描いて飛んで来る。

あまりの物量に避けようがなかったが、「護符」のおかげで何とか無傷で済む。…どうやら、悠長にしていられえる時間はなさそうだ。

 

「とりあえず、戦おう光ちゃん!」

 

「…うん、そうしたいのは山々なんだけどさ…そのー」

 

「?どうしたのこんな時に。らしくないね」

 

光の返事がおぼつかない。どうかしたのだろうか。

そういえば、光は先程「命連茶」が欲しいと言っていた。一つくらいならと渡したのだが…

 

「げんちゃんにこれ飲ませるまで時間稼いでくれない?変な状態異常に掛かっちゃったみたいでさ」

 

「成程、さっきのはそういうことか。でも、光ちゃんには他の人形がいるんじゃ?」

 

「うん、ありすはさっき野生の人形との戦闘でやられちゃって…ルナは、その…実はまだ実戦経験が一度もないの…」

 

「え?そ、そうだったの…?」

 

一度だけ光のルナ人形を見たことがあるが、かなり臆病な子であった。出してもすぐに封印の糸に籠ってしまう困った人形だと、以前光は口にしていた。

何故かげんげつ人形には気に入られているみたいで、それが余計外に出るのが怖い原因になっているのかもしれない。

 

「…そういう訳だからさ、少しの間だけげんちゃんに「命連茶」を飲ませる時間を頂戴!回復さえすれば、戦力になれるから!」

 

「分かった。何とかやってみるよ。 しんみょうまる!」

 

鏡介はしんみょうまる人形を繰り出す。

投げた封印の糸から白銀の光が現れ、それが地面に着弾すると鋭い剣山が突き出る。そしてその剣山が粒子状に消滅すると、そこにはしんみょうまる人形が佇んでいた。

 

 

『ふふっ、ユキさんの真似です』

 

「おぉ、凄い!カッコいい!」

 

『それほどでもありませんよ♪』

 

 

しんみょうまる人形は自身の輝針剣を騎士のように縦に構えながら、自信気にこちらを向くと笑顔でそう答えた。

自分達の人形の最近のブームなのか、登場演出に凝り始めたようだ。これは後に控えるこがさ人形にも期待をしておくとしよう。

 

「よし、それじゃあ行くよ! しんみょうまる! ロイヤルプリズム!」

 

『食らいなさい!悪しき者達よっ!』

 

しんみょうまる人形は自身の輝く剣を狂気の人形達に掲げると、そこから無数の虹色のレーザーを放った。

 

スタイルチェンジで使えるようになった技、「ロイヤルプリズム」。

「ストーンレイン」よりも威力のある大地タイプの技で、輝針剣が放つ光にしんみょうまる人形が大地の力を送り込み、それを放出することによって相手にダメージを与えているようだ。

見た目は「拡散」の技の部類に見えるが、れっきとした「集中」技である。何も直接攻撃だけが「集中」技ではないらしい…人形の技は奥が深い。

 

しんみょうまる人形の放った攻撃は、前方の人形達を一掃していった。技の威力もアビリティ「打ち出の小槌」のおかげで強力なものとなっていて、直撃した人形達は次々と打ち落とされて戦闘不能となっていく。

しかし、レーザーの軌道は直線状である為、それ以外の範囲の敵には当てるのは厳しい。「集中」技はその名の通り、弾幕やレーザーが一転集中したタイプの攻撃だ。相手が複数いる時の戦いには不利かもしれない。

 

攻撃をされた狂気の人形達は、攻撃を受けた対象に向けて反撃を仕掛けてくる。無数の「集中」と「拡散」の技が、しんみょうまる人形に向けて放たれた。

 

「…しんみょうまる! やせ我慢  で耐え抜くんだ!」

 

『はいっ…!』

 

「集中」技のみなら兎も角、「拡散」技は受ける手段がこれしかない。今まで使う機会がなかったが、今が使い時だろう。

何より、しんみょうまる人形にはある道具を持たせてある。瀕死寸前にまで追い込まれても大丈夫だ。

指示を受けたしんみょうまる人形は、身体に気を纏い歯を食いしばることで攻撃に備える。

 

『ぐっ…!うぅ…っ!!何の…これしき!』

 

攻撃を一方的に受け続けるしんみょうまる人形を見るのは心苦しい。声が聞こえる今、猶更だ。…だが、ここは我慢の時。

こういった場面を想定しなかった訳ではない。ユキ人形がうちのメンバーの「攻め」ならば、しんみょうまる人形は「守り」。

人形の長所を最大限に生かすことこそが、人形遣いというもの。彼女自身も、その役割を理解してくれている。

 

やがて攻撃が止んだのか、弾幕の激しさによって発生していた爆発の煙は徐々に晴れていく。そしてその中から未だ気を纏い耐え続けるしんみょうまる人形の頼もしい後ろ姿が見えた。

あのような指示は出したものの、無事でいてくれていたことに鏡介は安堵の溜め息を漏らす。

 

「大丈夫か?しんみょうまる?」

 

『…はい、何とか……では今こそ、このアイテムの出番ですね』

 

すべての攻撃を受け止めたしんみょうまる人形は、ボロボロになりつつも懐から札を取り出す。

これは旅の道中で偶然見つけた「生命の符」というアイテムで、持ち主の体力を回復してくれる便利なアイテムである。

人形が使う類のアイテムみたいなので、霊夢がやっていたのを真似して予めしんみょうまる人形に持たせておいたのだ。

 

しんみょうまる人形が札を掲げると、優しい光が対象者を覆って傷を癒していく。これで幾分か耐久を回復することが出来た。

 

 

「…ユキ! お前も加勢するんだ!」

 

 

鏡介は続けてユキ人形を繰り出す。

封印の糸は火の玉に変わって、地面に着弾し火柱が上がる。そして、ユキ人形は炎をかき消してそこに現れた。

 

『よーっし!私の出番ね!』

 

「うん!頼んだよ!」

 

このまま守りに入るのもいいが、ある程度数も減らさないといけない。そう判断した鏡介は、「拡散」技の使い手であるユキ人形で攻めに転じる。

 

「ユキ! フラッシュオーバー!なるべく広範囲に!」

 

『オッケー!あたしの炎で焼き尽くしてあげるっ!』

 

ユキ人形は両手を広げ力を溜めると、周りに無数の火球を作り出した。近くにいるだけでも熱く感じる程の高火力に、思わず視界が揺らぐ。

 

『そぉ…れっ!!』

 

ユキ人形が狂気の人形達に向けて両手を振りかぶったのと同時に、火球は一斉に人形達の方へ飛んでいった。

広範囲に広がる火の玉はまるで花火のように光り、この周辺を明るく照らし出す。そして爆発音と共に、次々と黒こげの人形が降ってくる様子が遠くから見えた。

狙い通り、人形をある程度一掃することに成功した。やはりユキ人形の火力は頼りになる。

 

 

「お待たせ舞島さん!…な、何か凄いことになってるわね…」

 

 

どうやら光の方が人形の状態異常回復を終わらせたらしく、こちらの方に来てくれた。

思ったより余裕そうな状況を見て、特別急ぐことはなかったと少し後悔しているような表情をしている。

 

 

『 ユ~~キ~~~ちゃああぁぁ~~~~ん!!!♪ 』

 

 

すると光の元にいたげんげつ人形は、凄いスピードで横を通り過ぎる。

そのことに光が驚いているのも束の間、戦っているユキ人形に思いっきりハグをしてきた。

…ユキ人形に好意を抱いているのは知っているが、いつ見ても凄いスピードである。

 

『ぎゃーーーーっ!!?また出たーーーーっ!!』

 

『ユキちゃんユキちゃんユキちゃんユキちゃ~~~~~ん♪あぁ、今日も可愛いよぉ…♪』

 

『は~~な~~し~~て~~!!舞君助けてよーーーっ!!』

 

そして知ってはいたが、ユキ人形はげんげつ人形を嫌がっているようだ。

助けを求められたし、一刻も早くげんげつ人形を引き剥がさないと…!

 

「光ちゃん!手伝って!」

 

「……き」

 

「…光ちゃん?」

 

 

 

「 キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!?? 」

 

 

 

「…今更それに突っ込むの…?遅くない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死闘の末、ようやくげんげつ人形を引き離すことに成功する。

とはいっても、最終的には封印の糸に入って頂いたのだが…正直、これではまともに戦ってくれそうになかった。

 

「はぁ…まさか、この世界で人形の言葉を聞くことになるとはね…私、げんちゃんにそんなこと思われてたんだ。正直、ショックね…」

 

「ま、まぁまぁ…そう落ち込むことないよ。あの子だっていつかは心を開いてくれるさ」

 

戻している際に、げんげつ人形が口にした言葉…「捕まったから仕方なくついてきているだけ」や「べたべた触ってきてうっとおしい」、他にも前に負けたことや今回の不注意な行動に対する駄目出し等々…

とにかく、今までの待遇に不満が溜まっていたようだった。流石の光もこの言葉は効いたらしく、かなり落ち込んでいる。

 

「ごめんね…舞島さん。折角治ったのにこれじゃあ…」

 

「気にしないで。げんげつとはさ、少しずつ理解し合っていけばいいよ」

 

「うん…」

 

喧嘩は誰にだって起こる。げんげつ人形だって口ではああいっているが、要はしっかりしろと光に注意をしただけだ。本当にそう思っているなら、とっくに光の元から逃げ出している。

げんげつ人形は少々不器用なだけで、本当は優しい人形…なんだと信じたい。

 

 

「だったら、今はこの子を使うしかないわね。 ルナ!」

 

 

光は封印の糸からルナ人形を出す。せめて少しでも助力出来たらと思い、出したのだろうが…

封印の糸から出されたルナ人形は辺りの狂気じみた人形達を見て怯えすくみ、身体を震えさせている。とても戦える様子ではない。

 

『な、何?何で私が…?うぅ…どうしてぇ…』

 

今にも泣きそうな声で、ルナ人形は絶望していた。

こんな戦いがルナ人形の初陣となるのは、正直可哀そうである。

 

「ルナ。お願い、もうあなたしか頼れる子がいないの。出来るだけ上手く戦って見せるから…お願い」 

 

「僕も出来るだけサポートはするよ。だから安心して?」

 

『む、無理だよ…私なんてありすさんやあの悪魔に比べたら…』

 

ルナ人形は首を横に振り、泣き顔で反対する。

レベルの強さも他と比べ圧倒的に劣るルナ人形では、確かにこの狂気の人形達を相手にするのは無茶な相談である。ルナ人形自身も、それを分かっているのだろう。

 

「別に無理に戦って勝つ必要はないの。注意を引き付けるなり、相手を妨害するだけでいい。貴方にはそれが出来るわ!」

 

『う…うぅ…ほ、本当に?』

 

「えぇ、大丈夫。私を信じて!」

 

『………うん、わ、分かった……』

 

光の説得により、ルナ人形はようやく戦う決心を固めてくれる。…これで二人の距離も、多少は縮まっただろうか?

 

だが、状況は正直良くはない。倒しても倒しても次々に狂気の人形達は増え続けていて、このままではこちらの人形も危ない。

何か、裏で操っている者がいるとすれば、それを叩かないことには事態は解決しないだろう。

 

「…光ちゃん、ルナのアビリティは「閃光(せんこう)だったね?」」

 

「え?うん、そうだけど…」

 

「やっぱり、これは誰かが裏で操っているとしか思えない。それを確かめて貰いたいんだ」

 

自分の人形達は生憎、空を飛べる羽を持っていない。宙に浮いている狂気の人形達の中を搔い潜れるのは、今の状況ではルナ人形のみ…。

そうなれば、今人形達と喋れるこの状況を最大限に生かす。

 

「僕のユキで天候を変えて光ちゃんのルナのスピードを上げるから、そのスピードを利用して何か怪しい奴はいないかを見つけてくれないかな?」

 

「…出来る?ルナ?」

 

『じ、自信はないけど…やってみるよ…。ちゃんと守ってね?』

 

「うん、任せて!」

 

こちらはルナ人形に近づく人形を打ち落とすことに集中し、援護する。

狙いが正確なしんみょうまる人形に、ここは頑張って貰おう。

 

 

「ユキ! 気象発現!」

 

「極光!」

 

 

『任せて!太陽おおおおぉぉぉーーーーっ!!!』

 

 

鏡介が指示を出すと、ユキ人形は天を仰いで大声で叫ぶ。すると天から光が差し込み、まるでそこに太陽があるかのような日差しが舞い降りた。

…ユキ人形は意外とボケをかますタイプだったらしい。

 

「わ!?ル、ルナが光っている!?」

 

「これがこの子のアビリティ、「閃光」の効果だよ。ルナの俊敏がこれで2倍になった筈!」

 

 

『体が軽い…こんな気持ち、初めてっ…!もう、何も怖くない!』

 

 

…何だろう。頼もしい筈なのに、どこかその言葉は何か嫌な予感を感じさせるものであった。まぁとりあえずは自信を持ってくれたようで何よりだ。

 

 

「よーっし!じゃあ、行ってきなさいっ!」

 

『う、うん…!』

 

 

光が掛け声と共に高く飛ばすと、光の速さでルナ人形は狂気の人形達の方へ飛んでいく。

それはげんげつ人形がユキ人形に迫ったスピードよりも、遥かに速かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルナ人形は高速で飛び周りながら、怪しい者がいないかを確認する。

日差しの恩恵を最大限に生かし、正面から迫ってくる狂気の人形を避けて、避けて、避けまくる。

後ろから迫ってくる人形達はすべて下にいる鏡介に任せ、自分の仕事を全うするべくひたすら動き回った。

 

「ルナー!頑張ってー!!」

 

光の応援の声も微かに聞こえる。…今まで何も出来なかったせめてもの償いとして、これくらいはしっかりとこなさないといけない。

いつも弱音を吐いて逃げてばかりだった私を信じてくれた光に、報いなければいけない。そんな気持ちが、内気なルナ人形を動かしていた。

 

『…!何か、いる!強い奴が…』

 

ルナ人形は近くで禍々しく強い気配を察知する。今飛んで行った辺りの、ちょうど真ん中の方からだ。

ルナ人形は急ブレーキを掛け、急ぎ引き返す。

 

 

「…!ルナ、何かを察知したみたいだわ!」

 

「あの辺からかな?丁度真ん中辺りだね」

 

 

ルナ人形の動きを見ておおよその場所を確認した鏡介は、引き続きルナ人形の援護をする。

 

「しんみょうまる! ロイヤルプリズム!」

 

『はあっ…!』

 

しんみょうまる人形の放った虹色のレーザー光線が、ルナ人形の後を追う狂気の人形達に見事ヒットした。

もう彼是20体は倒していったものの、やはり数は減っている気がしない。

 

すると、ルナ人形が何かを見つけたらしく、猛スピードでこちらに引き返してきた。

 

 

「何か見つかったの?ルナ?」

 

『あ、あのね!赤と青の服を着てて松明を持った、変な妖精がこの集団を操ってるみたいだった!た、松明を見せて狂わせているのを目撃したから、間違いないよっ…!ちょうどあの辺にいる!』

 

「…成程、やっぱり誰かが操っていたか…」

 

 

どうやら、読みは当たったらしい。あの狂気の人形達の群れの真ん中あたりに、人形達を狂わせている妖精の人形がいるようだ。

そいつをどうにかすれば、この事態をどうにか切り抜けられる。

 

「お手柄だね!ルナ!」

 

「やれば出来るじゃない!あっははっ!」

 

『わ、わーーっ!?ちょ、ちょっと高い高いーー!恐いよーー!!』

 

「もう、さっきまでもっと高い場所にいたでしょー?」

 

予想以上の働きに、光は思わず感極まってルナ人形を持ち上げて回り始める。

他の人形達には出来ないことを、ルナ人形は見事にこなしてくれたのが嬉しいのだろう。微笑ましい光景に、何だかこちらも嬉しくなる。

 

「…よし、じゃあ早速! ユキ! あそこに フラッシュオーバー!」

 

『おりゃーーっ!!』

 

鏡介はルナが言っていた場所に向けて攻撃の指示を出す。

今まで特定の敵を倒す精密さが求められていたが、今度は人形達を一掃するための火力が必要となる。

 

ユキ人形は自身で作り出した無数の火球を、人形達の群れの中心部に放った。

狂気の人形達は打ち落とされていき、その中から一体の目立つ人形が姿を現す。

 

金髪ロングヘアーで紫色のグネグネした帽子、米国の国旗の柄のワンピース、そして同柄のタイツという、奇抜過ぎるファッションの妖精の人形が。

紫色の炎を灯している松明も持っていることから、この人形が犯人で間違いなさそうだ。

 

スカウターで見てみる。

 

 

 

『名前:クラウンピース  種族:地獄の妖精  説明:テンションが高い』

 

 

 

情報が出てきた。何だか、どことなくピエロを彷彿とさせる格好だ。

妖精は妖精でも、彼女は「地獄の妖精」らしい。普通のとどこが違うのだろう?ファッションセンスだろうか?

 

 

『イッッッツ、ルナティックタァァァァーーイムッ!!よくぞ見破ったなぁ地上の妖精よ!!』

 

 

自分の姿を見破られたクラウンピース人形はテンションの高い掛け声を言うと、堂々と地上に降りて来た。

…やっぱり、妖精はどこのやつも馬鹿らしい。この状況で自分から来るか普通。どうやら、よっぽどやられない自信があるらしい。

 

『それじゃあ、お遊びはここまでにしよう。私は地獄の妖精、「クラウンピース」!ご主人様である、地獄の女神ヘカーティアさまの第一の部下であーる!(まぁ、最近いなくなっちゃったけど)』

 

「(…!「ヘカーティア」って、準が持っていた人形…こいつがその部下なのね…)」

 

何やら自己紹介を始めた。ここで暮らしているからか、喋り慣れているようだ。

無い胸を張り、自信満々に言っているそのアホっぽい姿はまさしく、自分が知る限りの「妖精」であった。

 

「…舞島さん、油断しない方がいいよ。こいつ、強いわ」

 

「え?で、でも…」

 

「私、一回あいつの上司…「ヘカーティア」の人形と戦ったんだけど、強さが桁違いだった。あいつも恐らく、相当強いわ。妖精だからって甘く見てると痛い目に合うわよ」

 

光が真剣な表情で相手の評価をしている。…もしかして、光ちゃんがあの時人里で戦っていたのがそうなのか?

それが本当なら、確かに油断出来る相手ではなさそうだ。

 

『私がここに来たのは他でもない。…そこの黒いおまえっ!おまえに一騎打ちを申し込みに来た!』

 

『えっ?わ、私!?』

 

どうやらクラウンピース人形が降りて来た理由は、「ユキ人形との勝負をしたいから」…だそうだ。

そんな理由で態々有利な状況を捨て、こちらに出向くとは…。ユキ人形も、まさかの名指しに驚きを隠せない。

 

『あたいはな、炎の扱いに絶対なる自信があったんだ…だが!お前のその火力はそれを僅かに、僅かに上回っているかもしれない!shit!正直悔しい!認めたくない!』

 

『はぁ…』

 

『…だから今ここでどちらが優れた炎使いか、ハッキリさせたいって訳よ!Do you understand?』

 

『え、えっと?う~ん…』

 

ちょくちょくアメリカンな言葉を混ぜながら、クラウンピースは一方的に話を進める。

言葉の意味が分からないユキ人形は首を傾げながら、こちらに振り向き困った様子で見つめた。

 

「…要は、ユキと戦いたいんだね?僕は別にいいけど…」

 

『あ、そういうことなの?舞君がそういうなら…分かった、いいよ!』

 

『いい返事だ!それじゃあ、行くぜぃ!』

 

クラウンピース人形は返事を聞くや否や、早速仕掛けてくる。

松明の炎を大きくし、それを掲げてこの周辺を包んでいく。何時ぞやの妹紅がやっていたような、炎のフィールドが出来上がった。

突然の行動に光とルナ人形は思わず炎の外に出てしまう。完全に離れ離れになってしまった。

 

 

『さぁ、熱く燃え上がるような最高の勝負をしようぜ!』

 

 

炎の中で突然、野生人形とのバトルが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こいつはどうだぁ!』

 

クラウンピース人形は手から炎を出して攻撃を仕掛けてきた。「火遊び」であろう。

もっと強い技が飛んで来ると思っていたが、案外大したことない。

 

「ユキ! こっちも 火遊び だ!」

 

『えーーい!!』

 

ユキ人形は手から炎を出し、それを相手に向かって放った。

炎同士がぶつかり合う瞬間、クラウンピース人形の方の炎は掻き消えてしまう。

 

『な、何ーーっ!?』

 

慌てるクラウンピース人形。辛うじてユキ人形の攻撃をかわしたものの、力の差は歴然であった。

何せこちらはスタイルチェンジをしている。まだノーマルスタイルであろうクラウンピース人形が最初から叶う相手ではない。これでは茶番もいいところだ。

だが、それでも納得はしていない様子で、クラウンピース人形は次の攻撃に出る。

 

『ぐぐっ…なら、これならどうだ!』

 

今度は炎の壁を作り出し、それをこちらに放ってきた。どうやら、覚えている炎技はユキ人形と一致しているらしい。

力の差を見せつける良い機会と言えよう。

 

「ユキ! ファイアウォール!」

 

『それっ!』

 

ユキ人形は手をかざして炎の壁を作り出すと、それを相手に放った。

炎の壁同士がぶつかり合う瞬間、案の定ユキ人形の方の壁が打ち勝っていく。分かってはいたことだ。

 

『嘘だろっ!?私の最大威火力なのにっ!?』

 

『ぎゃーーーーっ!?』

 

…何だこれは…これじゃまるで僕が弱い者いじめをしているようじゃないか。何だか気分が悪いなぁ。

 

 

 

「(どうなっているんだろう…案外苦戦しているのかな?)」

 

光は炎の中の様子を見ようとするが、全く見えない。

ルナ人形に上から見て貰ってはいるものの、中々帰ってこない。

 

もしも、あの舞島さんのユキ人形と互角に戦うような実力であるならば…あの人形を正直ゲットしたい。

光は密かに、そう企てていた。

 

『暑いぃ…ただいまぁ…』

 

「あ、おかえり。どうだった?」

 

『うん、それが…』

 

ルナ人形から聞いた中の様子は、こちらが期待していたようなことではなかった。

ユキ人形とは互角ばかりか、手も足も出ないとのこと。…まぁ所詮は野生の人形。スタイルチェンジをしていないと、やはりそんなものか。

 

「……そうね、うーん…でも育てれば化けるか…?」

 

『?』

 

光はルナ人形を見ながら、クラウンピース人形の可能性を模索する。

ルナ人形だって、こうしてしっかり役割を考えてあげれば強みが出た。妖精という比較的弱い部類でも、使い方次第では神をも凌駕する力を得られるかもしれない。

そして炎タイプの人形は今の手持ちにはいないし、丁度いい。後、金髪だからげんげつ人形も気に入ってくれる筈…いや何でそんなこと気にしているんだ私?

 

「…うん。やっぱりあの子、欲しいかもっ!」

 

 

 

 

 

『うぅ…こ、降参だ。ユキ…お前の炎, EXCELLENTだぜ…』

 

クラウンピース人形はこの戦いで己の弱さを悟り、辺りの炎を消して膝をつく。どうやら実力の差を思い知ったようだ。

まぁ、相手が悪かったとしか言えない。確かに野生にしては強い方であったが、それでもうちのユキ人形の方が上だ。

 

「終わったの?舞島さん」

 

「うん、勝負は僕らの勝ち。…これでこの世界の人形も落ち着くかな?」

 

「だといいんだけどねぇ」

 

彼女は妖精の人形だ。いたずら好きのこの妖精がまた悪さをしないとは限らない。

…だが今はそんなことよりも言いたいことがある。

 

「…ちょっと待っててね、舞島さん」

 

「?」

 

光は悔しそうにしている一体の妖精人形の元に駆け寄る。

近くに来ていることに気付き、顔を上げるクラウンピース人形に光は話し掛ける。

 

 

『…何だよ?笑いに来たのか?言っとくけどまだ完全に負けを』

 

 

「ねえ、クラウンピース。私と一緒に来ない?」

 

 

『…へ?』

 

 

光の突然の勧誘に、クラウンピース人形は言葉を失い戸惑う。

あんな無様な姿を晒したというのに、何故彼女は自分を真っすぐに見つめ微笑んでくれるのかと。

 

「ユキに負けてさ、悔しかったでしょ?私もね…初めて人形バトルで負けた時、ホントに悔しかった。貴方の気持ち、よく分かるわ」

 

あの時は好奇心で誤魔化していたが…あのバトルは光にとって忘れられるものではない。

スタイルチェンジの差で負けたようなものであるが、それでも負けは負け。このクラウンピース人形だって、もしもスタイルチェンジをしていたら勝っていたかもしれない。

 

 

「私達、上手くやっていけると思うの。その、何となくなんだけどさ」

 

『……』

 

「そうそう、私とさっき戦っていた舞島さんは同じ人形遣いで、ライバル同士なの!だから今度バトルする時はさ、うんと強くなってユキ人形を見返してあげましょうよ!…って気が早いか。返事を聞いていないのに…ははは…」

 

『……Oh venus…』

 

「え?な、何?」

 

『…お供しますぜ、新しいご主人様っ!』 

 

「ホント!?やったーー!よろしく、クラピー!」

 

 

光はクラウンピース人形を抱き抱え、満面の笑顔を浮かべる。

 

こうして光に新しい仲間が加わり、夢の世界に平穏が訪れるのであった。

 



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第五十章

夢の世界で襲ってきた狂気の人形達を操っていたのは、悪戯好きのクラウンピース人形であった。

ユキ人形に勝負を挑み敗北するも、光からの勧誘により晴れて仲間となる。

 

「…どうやら、周りの人形達も落ち着いたみたい。良かった良かった…」

 

「うん、やっぱりクラピーが操ってたのね」

 

クラウンピース人形を契約の糸に入れたと同時に、人形達の目が正常に戻っている。

自分達が今まで何をしていたのか分からないようで、辺りをキョロキョロとしていた。これでもう、暴れ出すことはないだろう。これにて一件落着だ。

 

 

「おや、思っていたよりも上手く処理してくれたようですね」

 

「…!?」

 

「あ、この声は」

 

 

突然、どこかから女性の声が響き渡る。鏡介はそのことに驚くが、光はこの声に聞き覚えがあった。

目の前の空間に穴が開き、そこから何者かが姿を現す。ナイトキャップを被り、白黒のワンピースを着ていて、何やら動物の尻尾のようなものを生やしている。

特徴から見るに、彼女も妖怪の一種か?

 

「これで私も仕事に集中出来るというもの。あの妖精の人形には、ほとほと困っていたのですよ」

 

「ドレミーさんもこの子に?」

 

「えぇ、それはもう散々…何せ、見たものすべてに襲い掛かるものですから夢の管理が一向に進まず仕舞いでしたよ。

 こちらからは手が出せない以上、こうして誰かに頼むしか奴を追い払う方法はありませんでした。本当に感謝しております」

 

目の前の妖怪は愚痴を零しながらも、光達に感謝の意を伝える為にワンピースのスカートを両手で持ちながら礼儀正しくお辞儀をした。

光は妖怪の行動を大げさに感じ、止めるように言っているが…こちらは完全に置いてけぼりである。彼女は一体、何者だろう?

 

「…光ちゃん、知り合いなの?」

 

「う、うん。「ドレミー・スイート」さんっていって、この夢の世界の管理人…みたいなものなんですって。私、ちょっとあの人に頼んでここに来させて貰ったんだ」

 

「何でまたそんな…強い人形ゲットの為とか?」

 

「うん」

 

「…だろうね。まぁ、そっちが言い出したことだしもう無理に止めないけどさ」

 

人形遣いとして一人前になる為、こんな危険な世界に来た光の度胸は買うが…一歩間違えればどうなっていたことか。

だがまぁ、こうして合流してお互い協力出来たことでこの困難を乗り越えられたのは幸運であろう。こちらだって光と会わなければどうなっていたか分からない。

今回のことは、大目に見てあげるとしよう。

 

「…さて、あなたにも感謝をしなくてはいけませんね、外来人の舞島 鏡介さん」

 

「…!ど、どうして僕の名を?」

 

「私は夢の支配者。夢を通して、この幻想郷で起こっていることは大体知っているのですよ」

 

「夢を…通して?」

 

「…それにあなた、あの博麗の巫女を人形バトルで打ち負かしたようですね?フフッ…」

 

「え…!?」

 

不敵に微笑み、こちらを見つめるドレミー。自分の名前を知っている…?新聞…はこの世界にはないだろうし、一体どうやって調べたのだろう?

そして今、自分と光、そして霊夢しか知らない筈の情報をさらりと口にした。彼女の言葉が嘘ではないことが、それだけで十分理解出来る。

 

「…確かに、僕は霊夢さんに人形バトルを挑みました。ですが、何で今それを?」

 

「いえ、何といいますか。あのバトル以来、彼女はどうも夢見が悪いようでしてね…余程あなたに負けたのが悔しかったのでしょう。

 何者にも捕らわれない彼女のあんな姿は初めて見たもので…その負かした人物は一体どんな人なのだろうと、ね」

 

「……そう、だったんですか」

 

「霊夢様が…そんな…」

 

まさか、霊夢があのバトルで負けたことをそんなに引きずっているとは思わなかった。

顔を見る限りでは平然としているように見えたのだが…何だか罪悪感が芽生える。

 

「博麗 霊夢はこの幻想郷の象徴…いわば英雄のようなものです。彼女もそのことは重々理解してるでしょう。

 だからこの人形異変の解決にも、彼女は皆から大きな期待を寄せられている…。プレッシャーも大きいでしょうね」

 

「…」

 

「彼女は負けというものを殆ど経験したことがない。まぁ、この間の異変では少々危なかったですがね…。私も彼女とは一戦交えたことはありますが、実際に強かった」

 

ドレミーは霊夢のことについて話し始める。この幻想郷の英雄…確かに、今までこの幻想郷を襲った様々な異変を解決してきた彼女は、人々からも慕われていることだろう。

その使命を見事全うしている彼女は立派である。まだ自分と歳も近そうな、一人の人間の少女であるというのに。

 

「ですが、今回の異変は今までのとは違う…異色なのです。博麗の巫女である彼女も、普段の力を思うように発揮出来ていない。当然です。彼女自身が戦う訳ではないのですからね」

 

「(…霊夢様、あの時は「ちゃちゃっと解決してくる」って言ってたけど…やっぱり無理してたんだ…)」

 

「それを見兼ねて八雲 紫が連れて来たのが…あなたですよ、舞島 鏡介さん」

 

「僕、ですか?」

 

自分がこの異変解決の為に連れて来られた…?あのバスで見た夢に出てきた女性、八雲 紫に?…頭が追い付かない。

どうして自分が選ばれたのだろう…「東方project」に特別興味もなかったのに。熱烈なファンである「大森」なら兎も角、どうして自分が?

 

「あなたは何か、この異変を解決する鍵になるという確証があったのでしょうね。それが何なのかは、連れて来た八雲 紫のみぞ知ることですが」

 

「…急にそんなこと言われても…困りますよ。僕にそんな力なんか…」

 

「そうでしょうか?あなたの人形遣いとしての腕は中々だと思いますがね。現に、あなたは博麗 霊夢を打ち破ったみせた」

 

「で、でも、それは霊夢さんが不慣れだったから…」

 

「えぇ。ですが彼女も生半可な相手に負ける程、弱い訳ではない。寧ろ、あなたに会うまでは無敗を貫いていた。あなたは実際にバトルをしたのです。彼女は手強かったでしょう?」

 

「…はい、確かにそうですね」

 

あの時ユキ人形が新たに習得した技がなかったら、自分は間違いなく霊夢に負けていた。

正直、運が良かったのだ。何もかもが。誰かに仕組まれていたのではないだろうかと、そう思わずにいはいられない程には。

 

あの時不思議なことに、「ファイアウォール」の威力が上がっていた。気になって技の説明を見てみると、「相手が道具を持っていたらそれを消滅させ、技の威力が上がる」と書いてあった。

つまり相手のれいむ人形が「治癒の符」を持っていたこと、これが功を成したということだ。…こんな偶然があるだろうか?

 

「…まぁ何が言いたいかと言うとですね、「異変を解決する者としての自覚を持ちなさい」と、そういうことですよ。

 寄り道をするのもいいですが、程々になさい。あなたは自分が思っている以上に、皆から注目されているんですからね」

 

「……」

 

そう言うと、ドレミーは片手をこちらにかざしてこう呟いた。

 

 

「…さぁ、もう目覚めなさい」

 

 

その言葉が聞こえた瞬間、二人の意識は遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

今まで寝袋で眠っていた鏡介は、その瞳を大きく見開いた。

木陰から差す光が眩しい。どうやら、もう朝のようだ。暁の空が神々しく光り輝き、今日の一日の始まりを告げる。

この幻想郷の風景は、いつ見ても素晴らしい。この世界に来てからというものの、自然の美しさに目を奪われっぱなしである。

 

鏡介は体を起こし、背伸びをしてから立ち上がると、寝袋を綺麗に畳んで鞄にしまう。

そして、目をこすりながら河の方に進んでいった。…一度やってみたかったのだ、河で顔を洗うのを。

鏡介は両手で川の水を汲むと、それを勢いよく顔にかけた。朝は冷えるので水が冷たいが、これは気持ちがいい…。眠気が一気に解消され、気分爽快となった。

 

「…異変を解決する者としての自覚を持て…か」

 

タオルで顔を吹きながら、夢の中でドレミーが言っていたことを思い出す。

あれは夢であった筈なのに、その時の状況の何から何まで覚えている。人形が喋り、光と再会し、狂気に満ちた人形達を退けて、ドレミーから霊夢のことを教えられ…。

身体が妙にだるく感じるのも、きっとそのせいなのだろう。快眠であったかと言われると、今回はそうでもなかった。夢の世界でも冒険が待っていたなんて誰が予想出来る。

 

霊夢のとこは正直気掛かりだ。ドレミーの言っていたこと…あのバトルでの敗北が、彼女にそんな影響を与えていたなんて…今度彼女に会った時、一体どう接すればいいのだろうか?

…また人形バトルを挑まれるとしたら、今度はそれ相応の覚悟をしなければならないのだろう。

 

それにもう一つ、ドレミーは気になることを言っていた。「あなたは自分が思ってるより、皆に注目されている」、と。確かに、幻想郷の情報の流れは早いように感じる。

この世界には新聞があるらしいので、皆はそれを見ているのだろうが…配っている人物は余程行動が早いようだ。一体どこで自分を見ているのだろう。怖い怖い。

今後も異変調査はいつも通り続けるつもりではあるが…紅魔館に行って収穫がなかった時のことは考えないといけない。自分がこの異変を解決する為に呼ばれたというのならば、今後はしっかり計画を立てなければ。

 

…それにしても、夢の世界で人形達と喋れたのは楽しかった。個人個人のことをより深く知ったことで絆が深まった気がする。いずれ落ち着いたら、メディスン人形とも話をしてみたい。

鏡介にとって、「胡蝶夢丸」は正に神アイテム。人形達とのコミュニケーションが出来る画期的な薬となった。…切らしたら今度、人里にいる鈴仙から買っていこう。

 

 

「…よし!そろそろ行くか」

 

 

朝飯を食べ終えて準備が整った鏡介は、紅魔館のある「霧の湖」へと足を進めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

スイート安眠枕を使い眠っていた光は、勢いよく起き上がる。そして慌てて周囲を見渡すと、その光景に溜息を漏らす。

 

ここは玄武の沢…妖怪の山の麓にある大きな河と垂直状に切り立った柱状の岩壁が特徴的な場所だ。

光はそこに生えている一本の木の上にいた。

 

「…やっぱり。夢の世界から帰って来ちゃった…もうちょっといたかったなぁ」

 

光は寝たままの状態で頭を抑えながら、元の世界に帰って来てしまったことを悔やむ。

 

収穫はあったが、例の「ヘカーティア」という人形は結局捕まえられなかった。出来れば欲しかったが、また夢の世界に行くことをドレミーが許してくれるかどうか…まぁ過ぎたことは仕方ない。

それに、今回の夢の世界での経験は光にとっても大きいものだった。他の人形達も運用次第で十分戦うことが出来るのが分かり、人形達に役割を持たせることの大切さを学んだ。

…しかし、げんげつ人形が夢で言っていた言葉…これは反省しなければならないだろう。最初のパートナーとして愛着があったのもあるが、今までげんげつ人形一体に頼り過ぎていた。

それがあの敗北、失態に繋がったことを決して忘れてはならない。ありす人形にも悪いことをした。…今後は、げんげつ人形を人形バトルで使うことを封印しようと思う。

 

 

「…クラピー!それにあなたも!」

 

 

光は木から飛び降り、契約の糸から2体の人形を出す。

元気よく飛び出すクラウンピース人形と、落ち着いた雰囲気のもう一人の金髪ロングの人形を見て、光は改めてあの世界で起きたことが現実であったことなのだと実感した。

 

「これからよろしくね!クラピーちゃんに…えっと…あちゃー、そう言えばこの子の名前知らないわ」

 

金髪ロングの人形の名前を知らないことに気付いた光。あの時は捕まえるのに必死だったから、後先を考えていなかった。

名前が分からないとこの人形に指示を出せない…困った…。鏡介の持っているスカウターがあれば一発で分かるのだが…

 

「…あ、そう言えばこの先って河童が住んでいるんだっけ。あの妖怪達の作った装置なら、この子のこと調べられるかも。通り道だし丁度いいわね!よし、しゅっぱ~つ!」

 

次の目的を決めた光は、人形を契約の糸に戻して先に進んでいくのであった。

 

 

げんげつ人形を使うのに恥じない立派なトレーナーとなる為に…

 

そして、本当は異変解決に苦戦を強いられている霊夢の助けとなる為に…

 




一章で二人の視点になるのは、今後も結構あるかも?です


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外伝5

※注意

この外伝は、私が書いている小説「人間と人形の幻想演舞」の人形視点ストーリーです。
その為、人形が普通にしゃべります。そのことを注意した上でご覧下さい。

今回は、メディスン人形のお話…なんですが、他二体の人形の方がメインかもです。

あと今回はかなり短め。



 

どうして…?

 

 

あんなに優しくしてくれたのに…どうして…

 

 

 

 

「もう近寄らないでっ!」

 

 

「あなたがいると周りが不幸になるのよっ…!この疫病神!」

 

 

 

 

どうして、そんなこと言うの?

 

どうして皆、私をそんな目で見るの?怖いよ…

 

私達、友達でしょ…?

 

 

 

 

「…もういらない、こんな人形…!」

 

 

 

 

どこに行くの?

 

 

どうしてこんな山奥に来ているの…?

 

 

 

 

…どうして、ここに私を捨てていくの?

 

 

 

どうして…………うして…………………シ…テ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台は舞島 鏡介が所持している人形箱の中。

そこにいる二体の人形はあまり出番がないことを悔やみつつも、いつも通りこの広すぎる一室で暇を持て余していた。

 

 

「ガッハッハッハ!所詮貴様なんぞ誰も守れはしないのだ!勇者エ-リーン!」

 

「…くっ!俺はまた…また守れなかったっ…!」

 

 

勇者エーリーンは膝をつき、自分の無力さを嘆く。

それを見下すように魔王くるみんはドスの効いた笑い声をあげ、勇者エーリーンを侮辱する。

 

 

「哀れだなぁ?こやつは最後まで言っていたぞ。「勇者が絶対に助けてくれる」となぁ。馬鹿なやつよのぉ」

 

「……!おのれっ…!」

 

 

勇者エーリーンは魔王くるみんを見据え、手に持った聖剣を握り締める。

大事なものを失った悲しみ、怒りをその刃に込めて…

 

 

「この私が頭から食らい尽くしてやったわ。醤油が絶妙なバランスで香ばしく、大変美味であったぞ!おまけに体力も回復だ! グワハハハハハッ!!」

 

 

「…魔王おおおおぉぉぉーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

手に持った聖剣を振り上げ、怒りのままに切りかかる勇者エーリーン。

それが魔王くるみんの狙いとも知らずに…

 

 

「馬鹿めっ!お前もあの世に行くがいい……むっ!?」

 

 

魔王くるみんが羽織っている漆黒のマントに触れたその瞬間、何か違和感を感じとる。

触った手を確認すると、そこには醤油がベッタリついていた。

 

 

「あーーーん!このマント高かったのにぃ!うぅ…手を洗ってから急いで洗濯しないと……そういう訳で勇者よ!戦いはまた後日」

 

 

「食らええええぇぇぇーーーーーっ!!!」

 

 

休戦を申し出るがすでに遅し。

勇者はもうそこまで迫っており、今にもその剣を振りかざさんとしていた。

 

 

「魔王っ!このっ!このっ!参ったか!」

 

「(痛い痛い痛い!)…フ、フハハ馬鹿め!そいつは本物だグオワーーーーッ!?(ちょ、ちょっと力強すぎっ!痛いってばぁ!エリー…!)」

 

 

勇者エーリーンはハリボテの聖剣で魔王くるみんの頭部を何度も叩き付ける。

それに対し、魔王くるみんは両手で頭を抑えながらその連続攻撃に苦しむ。

 

 

「グッ…わ、私を倒したところで第二、第三の魔王がこの世を闇に覆うだろう…精々その時まで恐怖するがいい…フハ、ハハハハハ…ハ……!!」

 

 

頭部にタンコブが出来ながらも、迫真の演技でそれを乗り切る。

魔王くるみんは最後に不穏な言葉を残し、この世界から消え去った。暗黒の世界に、光が戻ったのだ。

 

そして一点に集中する光達が、勇者を明るく照らし出した。

 

 

「…魔王は倒した。だけど、同時に大切なものを失ってしまった……それでもっ!私は負けない!私は勇者。この世界を守る使命があるのだからー!」

 

 

決め台詞を言うと、勇者エーリーンは聖剣を掲げ観客にアピールを行った。

その観客席には、禍々しい煙が漂う壺だけがポツンと置いてある。

 

そう、これは芝居劇。ただ一人に見せる為の、贅沢な芝居劇だった。

 

 

台詞を言い終えると集まっていた光は消え去り、天幕はゆっくりと閉じていく。

 

拍手喝采が起こる瞬間である筈なのに、その時の観客席は実に静かであったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どう、メディちゃん?我ながらいい線いっていたと思うのだけど…」

 

エリー人形は舞台を片付けて衣装を脱ぎ元の姿に戻ると、壺の中にいるメディスン人形に話し掛ける。

 

「……」

 

しばらくして、壺の中から一切れの紙が落ちてきた。

喋るのが恥ずかしいのか、メディスン人形はいつもこうやってコミュニケーションをとる。エリー人形は紙切れを拾い、内容に目を通す。

 

 

「えっと…「食べ物で遊ばないで」…ご、ごめん…今度から煎餅を粗末にしないわ」

 

 

返ってきた内容は、あまり喜べる内容ではなかった。しかし、これでも最初のころに比べたら大きな進歩である。

 

舞島 鏡介からメディスン人形のお世話を頼まれ、色んな方法でコミュニケーションを図ろうと試したのだが…最初は碌に相手して貰えなかった。

というよりかは怖がられていたに近いかもしれない。過去に何かがあったのだろうが…今はそれを知ることも出来ないでいる。

 

くるみ人形と一緒にどうにかしようと考え抜いて、出た結論がこの「芝居劇」だ。

直接面と向かって話し掛けるのではなく、こうして自分達を見せていくことでまずは警戒心を解こうという作戦である。

そして感想を何気なく聞くことで話題を提供し、自然とコミュニケーションをとっていく。

 

 

「あ、いたいた」

 

 

頭に出来たタンコブをさすりながら、くるみ人形がエリー人形の元に駆け寄る。

そしてさっきの連続攻撃のお返しと言わんばかりに、エリー人形の頭にチョップをかます。

 

「痛ったあぁぁい!?」

 

「力強すぎよ!もう、何も直接叩くことないでしょが!ハリボテでもめっちゃ痛いわ!」

 

「しかたないじゃない、しかたないじゃない!だって迫力がいると思ったんだもん!」

 

「大体、何であの「藤原煎餅」をよりにもよって姫役に抜擢したのよ!アドリブで適当に言ったけどシュールすぎるでしょあんなの!」

 

「だってぇ~他に使えそうなの他になかったし…」

 

くるみ人形は先程の芝居劇の役に対する駄目出しを口にする。

エリー人形に劇の内容はお任せしたものの、あまりにもツッコミどころ満載であったからだ。

 

「はぁ…やっぱり、芝居をやるにも人数が少なすぎるわよねぇ。もっと人数がいれば大掛かりなことも出来そうだけど」

 

「そうね…。せめて後10人くらいは欲しいわ」

 

たった二人で出来ることなんてたかが知れている。

それにこの人形箱に人形がもっと来れば、色々知恵を出し合うことだって可能だ。

何とか舞島 鏡介に、交渉の機会が欲しいところ。彼が主に捕まえる人なのだから。

 

 

「……」

 

 

すると、壺からまた一切れの紙が降ってくる。

 

 

「っとと!…「でも、前よりは面白かった」…メディ!ほ、本当に!?ありがとぉ!あぁ…嬉しくて涙が…」

 

「…ま、まぁ?メディが喜んでくれたならいいけどさ」

 

 

気を遣ってくれたのか、それとも素直な感想なのか…それは分からない。だがしかし、メディスン人形が初めて励ましの意を伝えてくれた。

その好意にエリー人形は嬉さで涙を流し、くるみ人形は照れ臭そうに頬を染める。

 

 

「…やるわよ、くるみ!何としてもね!」

 

「えぇ!メディが喜んでくれるような、人形達による最高の劇をっ!」

 

 

二体は向き合い、メディスン人形の為の芝居劇をより良いものにする決意を固めたのだった。

 



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第五十一章

紅魔館を目指し、まずはその道中にある「霧の湖」へとやって来た鏡介。

 

「霧の湖」という名の通り、この湖周辺は霧が立ち込めていて前が全然見えなかった。想像以上の視界の悪さに歩みも遅くなる始末。

まずは、この霧を何とかしなければいけないだろう。

 

「こがさ! 小夜嵐 でこの霧を払ってくれ!」

 

鏡介は封印の糸からこがさ人形を出し、風を起こす技の指示を出す。

こがさ人形は傘をクルクルと回して小さな竜巻を作り出すと、軽い突風を巻き起こした。

風を受けた霧は徐々に晴れていき、前方の景色が見えるようになった。大きな湖がそこにはある。

そして、そこには妖精の姿もあった。ついている。妖精に道案内をして貰えれば紅魔館にもすぐにたどり着けることだろう。

しかし、何やら妖精達はこちらを睨んでいるようだった。怒り顔で近づいてくる。

 

「ちょっと!いきなり何するの!?吹き飛ばされちゃったんだけど!」

 

「あたしらのナワバリをあらさないでよ人間っ!」

 

どうやら先程の突風に巻き込まれたらしく、大層ご立腹の様子。気付かなかったとはいえ、悪いことをした。

こちらに非があるのだし、素直に謝るべきだろう。

 

「ご、ごめんね?悪気はなかったんだ」

 

「うー…服がぬれちゃったわ…もう最悪!おまえなんかきらいだー!」

 

「きらいだー!べーっ!」

 

そう言い残すと、妖精達は霧の向こうへと消えていく。

ここの妖精にすっかり嫌われてしまったようだ。これでは道案内なんて頼める雰囲気ではない。困った事態になってしまった。

仕方ないので、引き続き濃い霧の中あてもなく足を進めていく。湖にうっかり落ちないよう、足元に気を付けながらゆっくりと。

 

 

しばらくすると、何やら遠くから歌声が響いてきた。

綺麗で透き通った歌声が、この視界が悪い不安と恐怖を和らげてくれる。声の質からして、歌っているのはどうやら女性のようだ。一体誰が?

鏡介は歌の聞こえる方角を頼りに、足を進めることにした。

 

 

「…あ、あれは…?」

 

 

湖の中に一人の少女の影が映る。どうやら歌っているのはあの人物で間違いなさそうだ。

普通に水中にいる時点で、人間ではない。恐らく妖怪…またはそれ以外の何かであるのは明白。

話し掛けるべきか…?あそこにいるのが友好な存在であるとは、決して限らない。最悪、襲われる危険もなくはないだろう。

どうすべきか悩む鏡介であるが、このままではいつ紅魔館に着けるか分かったものではない。意を決して鏡介はそこにいる人影に近づき、話をしてみる。

 

 

「あの、すみません」

 

「……ひゃっ!?」

 

 

突然の声に驚いたのか、歌っていた人影は湖の中へと潜ってしまった。

…少なくとも、危害を加えらえる心配はなさそうだ。鏡介は一息つき、ひとまずは安心する。

 

「すみません、驚かせるつもりはなかったんです。その…僕、実は道に迷ってまして…どうか話だけでも聞いてはくれませんか?あなたに危害を加えるつもりは一切ありませんから…お願いします」

 

臆病なようなので、鏡介は警戒をされないよう出来るだけ優しい言葉で湖に潜った者に話し掛けた。

すると、頭の影がひょっこりと姿を現しこちらに徐々に近づいてくる。

 

「…あなた、人間?どうしてこんなところに?」

 

「えっとですね、「紅魔館」に個人的な用事がありまして…その、さっきは驚かせてすみません」

 

恐る恐る、湖にいる少女は話をしてくれる。どうやら誠意が伝わってくれたようだ。

霧のせいでお互い顔や容姿は分からないが、声や雰囲気から危険はないと分かってくれたのだろう。…自分の女々しさがここでは役に立ったということだろうか。複雑だ。

 

「「紅魔館」?あんな危険なところに一人で行くつもり?やめておいた方がいいわ」

 

「…優しいんですね、あなたは」

 

「!い、いやそんなこと…」

 

「…でも、僕はどうしても行かなきゃならないんです。知っていたら教えて貰えませんか?」

 

最初は止めた少女だが、こちらの事情を汲んでくれたようで教えるべきか悩み始める。

 

「(あぁ、きっとあの人は紅魔館に連れ去られたお姫様を助ける為に一人であの悪魔達と戦うつもりなのね…きっと彼は一国の王子様なんだわ…

 何てロマンチック…私は…私は一体、どうすればいいの?彼をあの悪魔城へ導いてあげるべきなのかしら…)」

 

鏡介が紳士的な対応をした為に、少女は見えない相手に対して盛大な勘違いをしてしまう。

彼女は今までほとんど人と接したことがない為、根っからの箱入りであった。多少想像力が豊かなところがあるのだ。

そして悩み尽くした挙句、彼女は自分がすべき答えを導き出した。

 

「…分かりました。そういうことなら案内しましょう。付いて来て下さい、王子様!」

 

「え?あぁ、はい。お願いします(お、王子様?)」

 

鏡介は少女の一部の言葉に疑問を抱きつつも、少女の案内に従って足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここですわ、王子様」

 

霧の中、少女の影を付いて行くと正面にうっすらと赤い建物が見える。あそこが「紅魔館」らしい。

こんな視界の悪さでも分かるくらい、この周辺ではかなり目立つ色合いであった。この霧さえなければ、恐らく一発で発見出来たであろう。

 

「ありがとうございます!助かりました」

 

「いいえ、とんでもございません。お役に立てて何よりです」

 

少女の影は首を縦に振っているような動きを見せた。どうやらお辞儀をしたようだ。

それに、何だか急に口調が変わったような…気のせいだろうか?

 

「それでは、どうかあの悪魔からお姫様を救って下さいね~!私、応援しておりま~す!」

 

その言葉を最後に、少女は湖をジャンプしながら向こうに泳いで行ってしまった。

 

絶対に何か思い違いをしているぞあの少女。「お姫様」を救う?一体何のことだろう…

声からして大人しくて可憐な少女なのだろうと思っていたけど、少し変わった性格の持ち主のようだ。

 

だがこうして案内してくれたのだし、細かいことは後で考えよう。鏡介はそう思うことにし、先に進んだ。

 

 

紅い建物に向かい真っすぐ進んでいくと、さっきまでの濃い霧は晴れてその概要が明らかになっていった。

全体が紅く染まっているその名の通りの大きな館。今まで見てきた建物の中でも比較にならない大きさをしていて、いかにも悪魔とやらが住んでいそうである。

建物の前には門もあり、誰かがそのに立っているようだ。あれは門番だろうか?中華風な服装をしている赤髪のロングヘアーの女の人のようだが。

 

それに、この周辺だけ霧を魔法か何かで遮っているかのように見える。話を聞いた人達が言っていた「魔女が住んでいる」という噂にも、これで信憑性が沸いたというもの。

ここが「紅魔館」で間違いないだろう。とりあえずは辿り着いて良かった。

 

「とりあえず、あの人に話を…あ」

 

中に入れて貰う為に門番に話し掛けようとするが、何かデジャブを感じ思い留まった。そう、阿求亭での経験である。

こういった如何にもお金持ちの屋敷は決まって、事前にアポが必要となるもの。盲点だった。普通に考えて、このまま交渉したところで入れてくれる訳がない。

 

 

「おーい!そこで何やってるんだー?」

 

 

どうしようか考えていると、空から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

上を向く間もなく、箒に載った魔理沙は鏡介の前に着陸する。

 

「あ、魔理沙。紅魔館に着いたのかいいんだけど、許可を貰っていなかったなって…」

 

「許可ぁ?いらねぇよそんなもん。私いっつも勝手にお邪魔させて貰っているし」

 

「そうなんだ?でも、ここの人はそれを容認しているの?」

 

「私はいつもの常連客だからいいんだよ」

 

魔理沙は真顔で答えるが、本当にそうなのだろうか?…でも、魔理沙も霊夢と同じ異変解決の専門家。

光が言うには、かつてこの紅魔館の悪魔達が引き起こした「紅霧異変」に関わった人物らしい。

それにこの幻想郷は「昨日の敵は今日の味方」、「郷に入っては郷に従え」という精神である。実際ここの悪魔達とも仲が良いのかも?

 

「それに、ここの門番はいっつも寝ているからな。侵入されても仕方がないってやつさ」

 

「え?あれ寝てるの?」

 

目の前に人がいるにも拘らずこちらを向くことなく立ち尽くしているあの中華の女の人は、器用にも立ったまま寝ているらしい。目を閉じているのは強者特有のものかと思われたが、全然違った。

…もしかして寝ているのがバレないようにこんな寝方をしているのか?何と言うか、緊張感のない人だ。上司にばれたらさぞ叱られることだろう。

 

「ま、そういう訳だ。私はここの図書館に用があるからもう行くぜ。門は開いているし、お前も遠慮せず入っていけよ」

 

「うーん、何か悪い気がするけど…」

 

「…それに、ここの当主はお前に興味があるみたいだぞ?」

 

「え」

 

「じゃあなー!」

 

魔理沙にさらっと告げ口をされ驚く間もなく、魔理沙は紅魔館へと飛び去ってしまった。

ここの当主が僕に?…新聞はこんなところにも出回っているのか。夢の世界でドレミーが言っていたことは本当らしい。様々なところに自分の情報が出回っている。

本当に新聞を配っているのは何者だろう…自分がここに来てまだ3日程だし、こんな広い世界であるのにどんな配達スピードをしているのか。一度お目にかかりたいものだ。

 

 

「そういうことなら、入っても問題はない…よね?…それじゃ」

 

 

鏡介はゆっくりと歩を進め、寝ている門番を起こさないように中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館の門を抜けると、中庭が辺り一面に広がっていた。

手入れがしっかりされているらしく、整列した花達が綺麗に咲いてとても綺麗だ。悪魔が住んでい館には似つかわしくない程に。

そして、花壇の中には大きな噴水も見える。よく見るイメージ通りの西洋の館そのものだった。どうやら思っていたよりも、物騒な感じではないらしい。緊張も多少は解された。

 

 

一通り中庭を観察したところで、いよいよ紅魔館の中へ繋がる扉の前にやって来た。

開けようと両手を構えた瞬間、自動で扉が開いていく。…どうやら既に来ていることを知られているらしい。

うろたえながらも、鏡介は誘導されるままに中へ入っていった。

 

 

「…っこ、これは…」

 

 

中に入ると、そこにも全体が紅く染まった景色が広がる。正直、目に悪い。

紅い床、壁…紅い絨毯、紅い家具…ほぼすべてが紅い。何もここまで紅くしなくてもいいのではないだろうか。ここの当主のこだわりという奴か?

全体に広がる紅の色から、何となく「血」を連想させられる。ここの悪魔の正体が、何となくだが分かった気がした。

 

 

「ようこそ、紅魔館へ」

 

 

紅魔館の玄関から、何者かの声が響き渡る。

だが、どこを見渡してもそれらしき人物はいない。

 

すると、目の前に無数の蝙蝠が集まり出す。

 

 

「…!な、何だ!?」

 

 

蝙蝠達は徐々に人の姿を形どり、やがて赤い霧を発し消滅した。

するとそこには西洋の貴族らしい気品のある格好をした、背中に悪魔らしい蝙蝠の翼を持つ少女が一人佇んでいる。

 

 

「歓迎するわ。外来人、舞島 鏡介(今の中々決まったわね)」

 

 



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第五十二章

紅魔館へ訪れた鏡介を待っていたのは、青みがかった銀髪に紅い瞳、背中には蝙蝠の羽を持った少女であった。

服装は白に薄いピンクがかった色をした服に赤いリボンが所々に結ばれている。実際に西洋人形でありそうな、文化がまるで違う服装だ。

身長は低く子供のような容姿だが、どこか只ならぬオーラを放っている。紅魔館の悪魔…恐らく、彼女がそうなのだろう。

 

 

「待っていたわ、噂の外来人。私はレミリア・スカーレット、ここの当主よ」

 

 

両手を胸元に軽く添える独特のポーズをしながら、こちらに自己紹介を始める。彼女がここの当主らしい。

彼女から漂うカリスマがそれを象徴している。今まで会って来た人々の中でも、感じるものが違った。

 

「私は日光が嫌いでね…今まで直々に会うことが少し難しかったのだけれど、こうして会いに来てくれて嬉しいわ」

 

日光が苦手…ということはやはり、彼女は自分の予想通りの悪魔らしい。西洋では定番の「ヴァンパイア」…またの名を、「吸血鬼(きゅうけつき)」だ。

 

本当にこの幻想郷には色々な種族が存在している。人間、妖怪、妖精、魔女、蓬莱人、幽霊…きっとまだ見ていないものもあるのだろう。

今こうして現実ではないファンタジーのような体験をしている自分は、きっとラッキーな男に違いない。…友人や家族のことが気掛かりでなければ、どんなに良かったであろう。

 

 

「あの、期待して貰ってるところ申し訳ないんですが…僕ここに住んでいる「パチュリー」という人に会いに来たんです。聞きたいことがあって」

 

「え…?」

 

 

何やら誤解をしているようなので指摘をすると、レミリアは気の抜けた返事を返す。

 

「…何だ、私じゃなくて「パチェ」に会いに来たの?もう、それならそうと言ってよ。馬鹿みたいじゃない」

 

「す、すみません…」

 

「う~~~……」

 

レミリアは目に見えて落ち込んでいた。余程自分と会えるのを楽しみにしていたらしい…何だか申し訳ない気持ちで一杯になる。

さっきまでのカリスマはどこへやら、泣き顔で頬を膨らませ羽を萎らていた。子供をガッカリさせたような罪悪感が鏡介を襲った。

 

「もういい、帰る!お前は私なんかよりも「パチェ」に会いたいんでしょ!」

 

「えっ、あの…こちらの用事を済ませたら、レミリアさんにも付き合いますから」

 

「それを早く言いなさいっ!」

 

…あれ?この吸血鬼思ったより威厳がない…?見たまんまの子供なのでは…いや、止めておこう。

 

「「パチェ」に会いたいのなら、地下一階にある「大図書館」へ行くといいわ!彼女はいつもそこにいる」

 

「そうなんですね。分かりました」

 

「…それが終わったら絶対っ!絶対に会いに来なさい!部屋で待っているわ、舞島 鏡介!」

 

そう言い残しレミリアはまた元の蝙蝠の集団に戻ると、その場からいなくなってしまった。

何だったのだろう…自分の中の「吸血鬼」という存在の定義が崩れたような…。

 

鏡介はレミリアが自分の思っていたイメージと違ったことに若干の蟠りを感じつつも、鏡介は紅魔館のロビーを歩き始めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまり仕事をしていないメイドの格好をした妖精達に道を聞きつつ、歩いていていくと地下一階に繋がっているであろう階段を見つけた。降りてみると、薄暗い部屋の中に何やら大きな扉があった。

ここが「大図書館」への扉なのだろうか?目印の看板らしきものは何もない。だが何となくここだという確信があった鏡介は、両手で力いっぱい扉を引いてみる。

木材の軋む音と共に、ゆっくりと開いていく扉の先には明かりが灯っていた。大した光量ではなかった為、眩しくはなかったが代わりに少々カビ臭い匂いが鼻を突く。

地下にあるせいなのか、換気されていないようだ。あまり長くはいたくないかもしれない。

 

辺りを見回すと、床に紅い絨毯が敷かれていて莫大な量の本棚の中にびっしりと本が詰まっている。本は全部ここのものなのだろうか…試しに近づいて本を一冊取ってみる。

本を捲ってみると、読めない言語が一杯に書かれていた。見ているだけで頭が痛くなりそうだったので、早々に本を閉じて元に戻す。

この分だと期待は出来ないが、自分でも読めそうな本はないかと歩きながら探してみる。すると、あった。何と「漫画」である。結構古いもののようだが…早速読んでみた。

自分が知っている漫画とはずいぶんと形式が違って時頼どう読めばいいのか混乱したが、結構面白い。…っといけない、こんなことをしに来たんじゃないのに。

だが、この世界に漫画があることには親近感が沸く。もしかして早苗が漫画の真似をしたのも、ここにある漫画で知った知識ということだろうか。

 

他にも自分のいた世界のものは沢山あった。古い参考書や絵本、雑誌まで…とにかく色々置いてあった。

「大図書館」というだけあって、ここは様々なタイプの本が置いてあるようだ。図書館自体はあちらで結構利用していた身なので、何だかワクワクしてしまう。

 

気分が上がっていると、宙に浮いている本が目の前にあることに気付く。一体これは何の本だろう?

近づいてみると、本は自動でページを捲りその中に魔法陣が浮かび上がる。

 

「…?何だろう…」

 

「馬鹿!離れろっ!」

 

聞き覚えのある声が聞こえ、振り返るとそこには慌てている魔理沙の姿があった。

猛スピードでこちらに飛んで来ると、こちらの手を取って急ぎその場を離れていく。

 

その瞬間、魔法陣を浮かばせていた本からレーザー弾幕がこちらを狙うように飛び交った。

 

「捕まってろよっ!」

 

「う、うわぁ!?」

 

魔理沙は鏡介を箒の後部に乗せると、弾幕を振り切る為に出力を上げていく。突然のことで困惑しつつも、鏡介は何とかしがみ付いて落ちないよう箒を力一杯握り締めた。

 

「そらっ!」

 

魔理沙は自前のミニ八卦炉を構え、狙ってきている本に向かいレーザー弾幕をし返す。攻撃が直撃した本は魔力を失い、糸が切れたように落ちる。

どうやら無事に撃退出来たようだ。魔理沙はそれを確認すると、ゆっくりと鏡介を地面に降ろす。

 

「侵入者撃退用の罠に近づく奴があるかっ!下手すりゃ死んでたぞ!全く」

 

「ご、ごめん…まさかそんなものがあるなんて思わなくて」

 

軽率な行動をとった鏡介に、魔理沙は声を荒げ説教する。「侵入者撃退用」…まさか、防犯対策をしていたとは迂闊だった。

だが待て?こういうものがあるということは、実際ここへ頻繁に侵入してくる者がいるということではないか?

 

「パチュリーの奴、最近警備を厳重にしやがったな?これじゃあ借りに行くのも一苦労だ…」

 

「…ねぇ、この罠ってもしかしなくとも…」

 

「あん?」

 

「魔理沙のせいじゃないの?」

 

「…まぁ、そう解釈も出来るな!ハハハッ!」

 

「…」

 

思った通り、この罠は「魔理沙」対策として設置されていたものだった。とばっちりもいいところだ。全く勘弁して欲しい。

…だが、危ないところを助けて貰ったのは事実。攻めるのはよそう。光の言っていた魔理沙の手癖の悪さ…その一旦を今ここで間接的に垣間見えることとなった。

 

「それじゃ私はまだここに用があるし行くぞ。あ、パチュリーには内緒な?」

 

「…もう、物を盗るのも大概にしなよ?」

 

「盗ってるんじゃない。「死ぬまで借りてく」だけだ。死んだら返す」

 

「…何かさ、変わってるよね魔理沙って」

 

「照れるぜ」

 

「褒めてないよ?」

 

魔理沙が時頼言う謎理論は正直、理解が出来ない。…だが何だろう。あまり上手く言い表せないが、これが不思議と憎めない。

彼女が持つ顔の広さもこういった一面が成せる業…なのだろうか?友達に一人こういうのがいたら退屈しないのだろうとは思える。話していて実際楽しいし。

魔理沙と話していると「大森」のやつと話している気分になる。やはり、気軽に接しているからだろうか?あと恐らく、彼女の男勝りな喋り方も多分影響している。

身長的に見ても、多分自分と歳は大して変わらないだろうし…何だかんだ幻想郷の中で魔理沙とは一番自然と接することが出来ている気がする。

 

「それじゃ、今度は気を付けろよ?じゃあな!」

 

魔理沙はそう言うと、この広大な大図書館のどこかへと箒で飛んでいく。

 

だが借りも出来たし、一応ここの魔女には魔理沙が来ていることを黙っておこう…既に気付いている可能性は高いが。

あんな騒動を起こしてしまっては流石にバレるのも時間の問題だろうし、その時はその時だ。

彼女と違ってこっちはちゃんとした用事があるのだから、説明さえすれば一切問題はない筈。「パチュリー」という人が、話を聞いてくれる人であることを願おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言われた通りに今度は周りを警戒しつつ、鏡介は大図書館にて目的の人物の会うべく探査をしていた。

それにしても、広い。あまりにも広すぎる。歩き続けて10分は経つが一向に見つからないし、今自分がどの辺にいるのかも全然分からない。

見渡してもひたすら同じ光景…本棚の迷路に惑わされ続けこちらも正直参っている。魔理沙は何処かへ行ってしまったし、ここにはスタッフさんとかいないのだろうか。

初めてここに来て迷わない人などいないだろう。それこそ、空でも飛ばない限りは無理な話だ。自分にその能力が備わっていないことを悔やむ。

 

 

「…!誰かいる…」

 

 

視界に女の人が両手でバランスよく本を抱えながら低く飛んでいるのが見えた。

赤のロングヘアー赤い瞳、白シャツに黒のベストと赤ネクタイ、黒のロングスカートという格好をしていて、頭と背中にレミリアと同じ蝙蝠の羽がついている。

いかにも「秘書」という格好だ。ここの管理をしているのだろうか?そして恐らく、彼女も悪魔なのであろう。

 

所々に罠が設置されていて慎重になっているのもあって、鏡介は歩みを止めて思わず近くの本棚に隠れてしまった。

別に悪いことをしている訳ではないのだから、堂々とすればいいというのは分かっていたのだが…これでは返って怪しまれてしまうではないか。

 

そしてこれはチャンスだ。話を聞いて貰って「パチュリー」のいるところへの案内を依頼しよう。

もうこの図書館という名の迷路には、正直ウンザリだ。

 

 

「あの、すみません」

 

「うん?…今日はお客さんが多いですねー。貴方も侵入者ですかぁ?」

 

 

声を掛けるも、こちらを侵入者と認識される。まぁあれだけ罠が作動すれば嫌でも誰かが入って来たことは分かってしまうというもの。

だがその「侵入者」という誤解は解かなければならない。侵入者はあくまで「魔理沙」であり、自分ではない。

 

「いえ、僕はここの「パチュリー」さんという人に会いに来ただけなんですよ」

 

「パチュリー様に?なぁんだ、そうだったんですか。いやー、今ここは警備が厳重でしてねー。主にあの白黒ネズミのせいで…来るの大変だったでしょう?」

 

「えぇ、それはもう…とばっちりもいいとこでして」

 

最初のアレ以外は何とか避けられたものの、生きてる心地はしなかった。たった数分でも疲労感が半端ではない。

その話を聞いた秘書の女の人は、何とも言えない感じで苦笑いを浮かべる。

 

「たははー…まぁ悪く思わないでくださいねー?パチュリー様に用でしたら、私が案内しますので」

 

「助かります。仕事の途中にすみませんね」

 

「いえいえ~」

 

秘書の人が話の分かる人で良かった。一安心し、鏡介は彼女の後を付いて行く。

 

 

 

 

 

「パチュリー様~?お客様ですよ~」

 

図書館の迷路を抜け、広い空間に出たところで秘書の人はそこにいる人物を呼びかける。

そこには椅子に座り本を読んでいる女の人の姿…特徴的に「パチュリー」だ。一度、彼女の人形を見ているので間違いない。

 

「…えぇ」

 

パチュリーは一つ返事で返し、こちらを向くことはない。無言で手元の本のページを捲り、内容に目を通している。

人形の再現度は高いらしい…見た時の印象そのまんまだ。口数が少ない日陰の少女…正にそんな感じである。

 

「それでは私は仕事があるので~」

 

用事を済ませた秘書の人は、元の仕事場に戻っていく。

そして、鏡介とパチュリーだけがこの空間に取り残されて静寂が訪れる。

 

 

「「 ……… 」」

 

 

気まずい。話し掛けていいものか分からない。読書の邪魔をするのも悪い気がするし…。

 

こちらに興味も示さず、何も喋らないパチュリーに鏡介も口を動かしずらくなる。

 

 

「……私に何か?」

 

「え…あぁ、はい。その、今起こっている「人形異変」について聞きたいことがありまして…あ、自分はその調査をしている舞島 鏡介です」

 

 

どうするか悩んでいたところ、パチュリーの方から話を振られる。別に話し掛けても良かったようだ。

 

「そう…あなた、新聞に載っていたわね。それで?」

 

「はい。実はこの「人形異変」、人形は魔力で動いているという情報がありまして…

 ですから魔法を得意としている「魔法使い」、または「魔女」の方々が何かしら関係しているのではないかと思い、こうして尋ねてきました」

 

彼女は魔理沙、アリスに続くこの幻想郷に住む「魔法使い」…その中でも「魔女」と呼ばれている程の人物だ。

一番この異変を引き起こせる可能性はある。結果はどうあれ、どうなのかは聞いてみないといけないだろう。

 

「…要は私を「人形異変」の主犯だと疑っている。そういう訳ね。だけど生憎、私は全くの無関係よ」

 

「…そうですか。まぁ、そんな気はしていたんですけどね」

 

もう何となく察してはいたが、やはりパチュリーも外れ。

そうなると振出しに戻ってしまう訳だが、このまま帰るのも勿体ない。「魔女」である彼女なら、この魔力の詳細を知っているかもしれない。その可能性に賭ける。

 

「では、この人形を動かしている魔力について、何か知ってはいませんか?」

 

「…あの魔力が別の世界のものであるのは確かね。それがどこの何なのかは分からないけど、あれは相当高度な魔法よ。…私が知っているのはここまで」

 

「この世界のものとは別の魔力…ということですか。ふむ…」

 

幻想郷は外からは隔離された世界だ。今の話で言っていた別の世界というのはあくまで幻想郷の中にある、こことは別の世界ということだろうか?

割と有力な情報を得た。これである程度は場所を絞れるだろう。流石「魔女」というだけあって、魔法には詳しい人物であるようだ。

 

「ありがとうございます。良い情報を聞けましたよ」

 

「そう、用が済んだのならさっさとレミィのところにでも行って頂戴。

 何か色々仕掛けを用意していたみたいだから、精々相手になってあげなさい。その扉を向けた先にあるわ。…私も仕掛け作りに巻き込まれていい迷惑よ、全く」

 

お礼を言うが、パチュリーは特に気にすることなく不機嫌そうに次に行くべきところを示唆する。何やら道中仕掛けがあるとのこと。「レミィ」…恐らく「レミリア」のことだろうか。

お互いを愛称で呼び合う程には、親しい中であるようだ。彼女のところへは用が済んだら行くつもりだったし丁度いいが…あの扉の向こうには一体何が待ち受けているのやら。

 

気乗りはしないが、せっかくの誘いを無下にするのも気が引ける。鏡介は覚悟を決め、向こうにあるもう一つの扉へと向かうのだった。

 




次回、それなりにカオスになる予定!


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第五十三章

紅魔館の地下一階にある大図書館にて、パチュリーと話をしてきた鏡介。

本来はそのまま帰るところだったが、何やらここの当主に歓迎されている様子なので今から会いに行くこととなった。

自分が入って来た方とは別方向にある扉からレミリアが待っている部屋に向かうように言われたので、早速そこに向かう。

 

扉を開けると、紅色の廊下が姿を見せた。相変わらず目に悪い色合いをしている。

よく見ると妖精メイド達が封印の糸を手に持ち、こちらが来るのを待っていた。成程、まずは小手調べという訳だろうか。望むところだ。

 

 

 

人形遣いである妖精メイド達との人形バトル。

苦戦することは基本なかった。寧ろ、こがさ人形の経験値となってくれて有難いくらいだ。

軽く10戦はこなしたが、大した損傷もなく突破。この戦いでこがさ人形も晴れて「スタイルチェンジ」が可能となった。

 

こがさ人形のスタイルチェンジ先は「アシスト」、「スピード」の2つ。

アシストスタイルはステータスが尖ったものにはならないようで、全体的にバランスが良く隙がない。タイプは「水」「風」タイプと、今と変わりはない。

スピードスタイルは散弾、俊敏が大きく上がるというユキ人形と似たようなステータスになるようだ。タイプも「水」、「光」に変更される。

 

そしてもう一つ、「エクストラ」。これは散弾主体から集弾主体に変わるようで、低めだった集弾のステータスが大きく上がる。タイプは「水」と「音(おと)」。

中々面白いが、今覚えている技は散弾の技ばかり。スタイルチェンジしたとして、こがさ人形は思うようにその力を発揮出来るのだろうか…?

…いや、待て。「エクストラ」のアビリティをよく見てみたら、前に一度永遠亭前で目にした「冶金術」であった。「アシスト」、「スピード」スタイルではこのアビリティは別のものへと変わってしまうが、「エクストラ」では残るらしい。

「冶金術」のアビリティの効果は、『鋼鉄技を無効化し、集弾を上げる』というもの。散弾主体であった今のこがさ人形には相性が悪いと言わざるを得なかった。

こがさ人形の見せた鍛冶の技は見事である。そしてあれは「冶金術」のアビリティがあったからこそのものだ…それを容易に崩してしまっていいのだろうか。

いっそのこと「エクストラ」スタイルにして、集弾アタッカーとして一からやり直す方が、こがさ人形の為なのではないか?

 

…よし決めた。こがさ人形のスタイルチェンジ先は、「エクストラ」にしよう。鏡介はタブレットの項目をタッチし、こがさ人形をスタイルチェンジさせる。

 

スタイルチェンジが終わると、鏡介はこがさ人形を封印の糸から出す。

封印の糸は水の塊となり、地面に着弾し水飛沫が舞い散った。そしてそこには、目を瞑ったこがさ人形が静かに佇む。

 

「おぉ、綺麗だね!」

 

鏡介はこがさ人形の登場演出に両手で拍手を送る。こがさ人形は照れ臭さそうにしつつも、喜んでくれているようだ。

そして何か違和感に気付いたこがさ人形は、自身から湧いてくる不思議な力に少し戸惑っていた。…やっぱり、そうなるよな。

 

「こがさ、やっぱり僕は鍛冶をしている時のお前が一番輝いていると思うんだよ。…最初はその力を上手く使いこなせないかもしれないけど、僕が絶対ものにして見せる。だから、一緒に頑張ろうな」

 

「…!」

 

こがさ人形は自分の言葉に驚き、そして同時に頬を赤らめる。

自分の好きなことを尊重してくれたことが何より嬉しかったこがさ人形は、その言葉に力強く頷いた。

 

スタイルチェンジをしても集弾技は覚えなかったので、しばらくは攻撃技に乏しくなってしまうだろうが、そこは戦略で補うのが一流の人形遣いというものだ。

 

 

「あれが噂の人形遣い…流石ね」

 

「人形と心を一つにしているわ。何て尊いの…無理…///」

 

「あぁ、見て!あの人形の満面の笑みを…あれで飯3杯はいけるわあたし」

 

 

遠くから見ている人形バトルに敗北した妖精メイド達は、鏡介とこがさ人形の友情パワーの波に溺れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い廊下エリアを抜け、鏡介は次と扉の前に立つ。

今度は一体何が待ち受けているのだろう…最初は気乗りはしていなかったものの、ちょっとだけワクワクし始めている自分がいる。

 

鏡介は深呼吸すると、目の前の扉をゆっくりと開けていく。そして、一歩を踏み出した次の瞬間、

 

 

「え…!?」

 

 

何かが起動する気配を感じ、地面を見てみるとそこには魔法陣が描かれていた。

そして、謎の光が鏡介を襲う。

 

 

 

「うわあああぁぁぁーーーーっ!?」

 

 

 

光に当てられた鏡介に強烈な眩暈がやってくる。意識が遠のき、やがて倒れてしまった。

 

 

 

 

…まだ目が眩んでいる。一体何が起こったんだ?

まさか、こんなところに罠が仕掛けられていたなんて…もうないだろうと油断していたな。

こちらはレミリアの策略に、まんまと引っ掛かてしまった訳だ。…それにしても、何だこの空間は?さっきよりも広いし、やたらと家具やらが大きいな…今度は何をさせられるというのだろう?

 

 

『フフフッ…聞こえるかしら、舞島 鏡介?』

 

「!?」

 

『その様子だと、上手く起動してくれたみたいね。…ほー、結構可愛いじゃない。中は男のくせに』

 

「ぐっ…!?か、可愛いって言わないで下さい…」

 

 

どこからか、レミリアの声が聞こえてきた。

何やら水晶が宙に浮いていて、そこから観察したり話をしたりしているようだ。これは魔法の力で動いているのだろうか?

 

 

『可愛いわよ?自分の姿を鏡で見てみなさいよ。ほれっ』

 

「な、何を言って……!」

 

 

レミリアが話をしている通信魔法の水晶がこちらに近づき、鏡介の今の姿をハッキリと映し出す。

そしてそれを見た鏡介は絶句する。開いた口が塞がらないくらいには、衝撃的なものであった。

 

 

「な、な、何ですかこれ…まるで僕…」

 

『「人形みたい」…かな?えぇ、その通り。君は今、「人形」になっているのよ。パチェの開発した魔法によってね』

 

 

「…えぇーーーーーーーーーっ!?」

 

 

何ということだろう。水晶には見覚えのある愛くるしい少女の人形がいるではないか。これは確か…「ルーミア」の人形?

これが今の僕だというのか…?

 

え?何で?どういうことなの?女々しい僕に対しての嫌がらせですか?

 

頭が混乱する。頭痛がして蹲ると、水晶に映っている「るーみあ人形」も同じ仕草をしている。…見間違いであって欲しいかったが、どうやらこれは現実。

自分は今、人間ではなく「人形」となってしまった。いくら異世界でも、これはやりすぎなのではないだろうか?今流行りの「異世界転生」ってやつだよこれ。

おまけに性転換もしてしまったし…恥ずかしくて死んでしまいたい。

 

『安心なさい。試練が終わったら元に戻してあげるから』

 

「うぅ…何でこんな目に…」

 

嘆いている鏡介を尻目に、咳払いをしレミリアは話を始める。

 

『さて、そろそろ本題に入ろうか。次に君にやって貰うのは、「人形達の舞踏会」。実際に人形となることで人形達の気持ちを知り交流して、仲良くなる。これが課題よ』

 

「…人形達との…交流?」

 

『そう!人形と実際に喋れるなんて、滅多に体験出来ないでしょう?楽しそうだろう、そうだろう!?』

 

「えっと、はいそうですね…!?」

 

ぐいぐいと迫ってくる水晶に押し込まれそうにないながらも、鏡介(るーみあ人形)は返事をする。

こちらは一度「夢の世界」で経験済みなんですけどね…何て今言ったらさぞ悲しむだろうから言わないが、そういうことか。

確かに人形達と話をしたことで、こちらは前よりも一段と連携を組めるようになった。実際に効果はある。…しかし何で「舞踏会」なんだ?踊るということか?そんなの一度も経験がないんだが、大丈夫だろうか。

 

 

『まぁ、実際にやってみた方が説明するよりも早い。さぁ、舞島よ!まずは「一」の扉を進むがいい!』

 

「は、はい…!分かりました!」

 

 

ノリノリのレミリアの期待を裏切らない為にも鏡介(るーみあ人形)は言われるがままに、いつの間にかそこにあった大きく「一」と書かれている扉へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉を抜けると、そこはまるで別空間。どうやら開けた森の中のようだ。これも何かしらの魔法の一種だろうか?

レミリアの言っていたことを分析するなら、ここに野生の人形がいるのだろう。

 

空を見上げると、何やら文字が浮かんできた。「課題:人形達と遊ぼう」とある。

…成程。こうやってその場所に対するお題が出てくる訳ね。

 

 

「あ!るーみあだー!いっしょに「せんたいヒーローごっこ」やろうぜー!だいちゃんもいっしょに!」

 

「わ、わたしもやるの…?あれやるの恥ずかしいよぅ」

 

 

すると早速現れた。あれは確か、「チルノ」と「大妖精」の人形だ。前に「人形解放戦線」と名乗っていたメンバー達でもある。

だが、これは人形。本人ではないのだし、気にすることもないだろう。

何やら、「戦隊ヒーローごっこ」なるものを一緒にやりたいらしい。だいようせい人形は顔を赤らめ恥ずかしそうにしているが、まぁ聞く限り健全な子供らしい遊びだと思う。

だが、いきなり言われても何をすればいいのか全く分からない。ちょっと聞いてみるか。

 

「えっと、その「戦隊ヒーローごっこ」ってどうやるの…?」

 

「なんだーわすれちゃったのか?あたいとちがってバカだなーるーみあは!」

 

「ぐっ…あ、あははーそうなんだよーどうやるか忘れちゃったんだー」

 

妖精であるチルノ…の姿をした人形に軽く馬鹿にされ、鏡介(るーみあ人形)は怒りがこみ上げたが必死に抑えて馬鹿なフリをする。

そう、これは仲良くなる為の交流…これしきで怒っていてはこの課題に合格出来ない。そうだ、自分は今ルーミアなんだ…恐らくこの二人とは友達である妖怪だ。それを忘れるな。

 

 

「しょーがないなー。チョーテンサイでサイキョーなあたいがまたおしえてやる!まずはこうポーズをとってだな…」

 

「うんうん」

 

 

ちるの人形が今からやる戦隊ごっこのやり方を数分かけてレクチャーしてくれた。

ついでに聞いた話によると現在3人しかいない為、絶賛メンバー募集中らしい。

 

 

そして学んだことだが、妖精はとにかく「あやす」ことで上手くやり取りが出来る。子供を相手にするのと同じで、コツはこちらが「馬鹿」になること。

相手の機嫌を取り、「母」のような気持ちで接するのだ。幸い自分は今、人形とはいえ「女」。もうこうなったらやってやろうじゃないか。

 

 

「よし!じゃーさっそくはじめるぞ!我らっ!」

 

「…よ、妖魔戦隊っ…」

 

 

 

「「「 ソウナノカー! 」」」

 

 

 

鏡介(るーみあ人形)、ちるの人形、だいようせい人形の三体はそれぞれ決めポーズを取り、声高々に宣言する。

相変わらずだいようせい人形は恥ずかしそうにポーズをとりプルプルと震えている。…友達の為とはいえ、何だか可哀そうだ。

 

 

こうして約数十分の間、悪役のいないヒーローごっこをやり続け意気投合した。何だか子供の頃に戻ったような懐かしい気分だ。

そして最後には握手をし、友情を育む。…これで仲良くなったであろうか?

 

 

『…うん、いいでしょう。合格!次は「二」の扉よ!』

 

 

どこからかレミリアの声が響いてきた。どうやらこれで良かったらしい。

そして目の前に、「二」と大きく描かれた扉が現れる。

 

「もうかえっちゃうのか…?」

 

「うん、ぼ…私もう行かなきゃ。すっごく楽しかったよ!」

 

「そうですか…」

 

ちるの人形とだいようせい人形が寂しそうにこちらを見つめる。

本当に短い間だったけど、何だかこちらも名残惜しい気分になってしまった。

 

「またやろうね。いつになるかは分からないけど」

 

「…あ、あたりまえだー!おまえがいちおうリーダーなんだからなー!ぜったいだぞー!」

 

「ち、ちるのちゃん…」

 

ちるの人形は泣き顔で返事をする。

…正直これが最後になるかもしれないから絶対とは言えないのだが…あまり辛気臭くしてもアレなので取り敢えず笑顔で手を振っておく。

ちるの人形も少しは安心したようで、笑顔で手を振り返してくれる。

 

 

それを見て安心した鏡介(るーみあ人形)は振り返り、「二」の扉へと進んでいくのであった。

 




…大丈夫、だよね?


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第五十四章

分からない人用に言っておくと、元ネタは製作元が一緒である某二次創作リズムゲーム

そのままはどうかと思ったので、名前はこちらなりに変えております



紅魔館にて姿が小さな人形になってしまい、レミリアの用意した「人形達の舞踏会」なるものをやることになった鏡介。

 

まずは「一」の試練を難なく突破。次に「二」の試練へと挑戦をするところであった。

果たしてどのくらい用意されているのやら…

 

 

「二」の扉を抜けると、そこは見覚えのある風景。紅魔館の門前である。

今度は一体何をされるのだろう…辺りを見回してみると、やはり空に文字が浮かび上がっていた。

 

「侵入者を撃退せよ」…とある。今度はさっきと課題とは毛色が違うらしい。

 

 

『ここが第二の試練よ。今のあなたはここを守る門番「紅 美鈴(ほん めいりん)」となっているわ』

 

「え…!?あ、ホントだ…前と違う…」

 

レミリアの声がどこかから響いてくる。彼女の言う通り、気が付くと自分の体は「ルーミア」から最近見たことのある女の人の姿に変わっていた。

扉を抜けていく際に変えられたのだろうか…魔法恐るべし。

 

『美鈴は身体能力が抜群なのよ。…感じないかしら?溢れんばかりの力を』

 

「…確かに、そうですね…」

 

紅魔館の門前にいた、仕事をさぼり眠ていた中華風の女の人。彼女が「紅 美鈴(ほん めいりん)」らしい。

第一印象がアレだったから気にならなかったのだが、人形の身でもハッキリ分かる。鍛えられたこの肉体…一体どんな修行を積んで来たのだろう。

肉体だけではない。何やら体の奥から湧き出る謎の力…これは何だ?一度放出すれば、某格ゲーの「波動拳」でも出せそうではないか。

この人、こんなに強かったんだな…何で普段あんな感じなのだろうか。本気出せば魔理沙の侵入くらい軽く防げるだろうに。

 

…後、ルーミアにはなかったこの圧倒的胸囲の重み…で、でかい。何がとは言わないが。でも、そうか。大きい人って結構苦労しているんだな…。

 

『美鈴は門番の仕事をサボりがちなところがあるのが偶に傷ね。現にネズミが一匹入っているようだし…

 そういえばあなた、彼女とは一度会っているでしょう?ここに来たら招待するよう言っておいたのだけど、起きていた?』

 

「…あーえっと…彼女どうやら眠っていたので、そのまま黙って通らせて頂きました…」

 

『…うん、あいつ今月も減収。まぁ咲夜が後で叩き起こすでしょう』

 

どうやら普段からあの様子らしい。上司に何気なく報告してしまったが、どうか悪く思わないで欲しい。

鏡介(めいりん人形)は小さく合掌し、美鈴本人に対する追悼を行った。

 

『まぁそれは兎も角、ここの課題は単純明快。その力を使い、迫りくる敵をドンドン倒していけばクリアよ。一応ボスも用意してみたわ。人形となって実際に戦うことがここのテーマって訳ね』

 

「戦う…ですか。正直、自信ないですけど…」

 

『大丈夫よ、身体を動かしていく内に自然と分かってくる筈…ほら、早速来た』

 

「…!」

 

前を向くと、目の前に白い毛のフサフサした丸い生き物がこちらに向かって来ている。

とりあえず鏡介(めいりん)は戦闘態勢をとる為に構えようとするが、その時自然と体が動き中華っぽいあの独特の構えである「カンフー」のポーズをとっていた。

するつもりではなかったのに、こうすればいいと分かってしまった…何だこれは?鏡介(めいりん人形)は経験したことのない感覚に戸惑いつつも、迫って来ていた白い毛のふさふさした丸い生き物を迎え撃つ。

 

鏡介(めいりん人形)は呼吸を整える。目の前にいる白い毛のふさふさした丸い生き物…差し詰め、「毛玉」といっただろうところか。

その毛玉に意識を集中し、拳を引き足を大きく開いて構えると、強烈な「正拳突き(せいけんづき)」を放った。拳を食らい顔をめり込ませた毛玉は、その圧倒的パワーに耐えられず吹き飛ばされながら消滅していく。

 

何か身を任せたら出来ちゃったよ。あの生き物跡形もなくなっちゃったし…

鏡介(めいりん人形)は自分のやったことにも拘わらず、キョトンとした表情のまま固まる。

 

『そうそうその調子。…この人形という生き物は強い力を持っている。本人程ではないにしろ、凄まじいでしょう?』

 

「…はい。まさかこれ程とは…」

 

『実は今のあなたはかなりレベルの高い設定なの。しかも、まだ成長の余地を残している…。パチェもそうだけど、私にとっても人形は興味深い存在ね』

 

成程…この異常な力は実際にかなりステータスが高いからなのか。手持ちであるユキ人形達では現状こんな力は出せないと思っていたので、これで合点がいった。

本当に人形って凄い生き物なんだなと改めて実感する。今までにも何度かそれを感じてきたが、人形はずばり「可能性の塊」と言える。

 

そう思っていると、今度は二体の毛玉がこちらに迫って来た。今度は上下に分かれているようなのでここはひとつ、この溢れる気を上の毛玉に放ってみるか。

鏡介(めいりん人形)は両手を構え、上にいる毛玉に目掛けて「ブレイクショット」を放つ。丸鋸のような形をしたエネルギー弾幕は、上から飛んで来た毛玉を真っ二つに切り裂いた。

…やばい、某漫画の地球人最強の使うあの技みたいでカッコいい…。鏡介(めいりん人形)は自分の使う技に惚れ惚れする。

 

 

「!っと危ない…!」

 

 

だが下から来ていた毛玉の存在を忘れ接近を許してしまうが、それも難なく回避。

回避した勢いを逆に利用し、今度は鋭い回し蹴りである「チャージングスタン」をお見舞いする。当然、食らった毛玉は消滅。

最小限の動きでかわし、その隙を突く。実に鮮やかに決まった。

 

どちらかというとインドアで運動が苦手だった自分が今、こうして自在に動けているのが実に不思議だ。

身体を動かすことがこんなにも気持ちいいなんて…後で本人に頼んで色々教えて貰おうかな?

 

 

『中々やるわね。さぁ、今度は少し手強いわよ』

 

 

レミリアの忠告が聞こえてくると、さっきより少し大きめの毛玉が一体こちらに向かってきた。確かに今までのものと比べて耐久力はありそうだ。

鏡介はまず小手調べに少しい大きい毛玉に「正拳突き」を放つ。まともに食らった毛玉は顔がへこみ、動きが止まるが消滅はしない。これでは足りないようだ。

だがもう動けないようなので、とどめに片手に力を込めてそれを一気に振り下ろす「崩山掌(ほうざんしょう)」を食らわせる。

軽く地面にクレーターが出来、辺りはひび割れが発生するほどの衝撃。これには堪らず毛玉も消滅したようだ。…少しやりすぎただろうか?

 

だがそう思うのも束の間、次々と大きめの毛玉はやって来る。

強力な技を使った方がいいと判断した鏡介(めいりん人形)は呼吸を整え、エネルギーを片腕に集めると強大な拳を形成し、それで思いっきり振り上げる「天昇(てんしょう)」を放った。

巨大な拳を食らい天に吹き飛ばされた毛玉達はやがて見えなくなり、二度と戻ってくることはない。確認するまでもなく、毛玉は消滅していったのだろう。

 

まだ残っている毛玉達がいるので、今度はエネルギーを全身に込めてから飛び蹴りを放つ「捨命の型(しゃみょうのかた)」で突撃する。

下手をすれば使用者の命を落としかねない諸刃の攻撃…その威力はすさまじく、当たっていく毛玉達は激しく吹き飛ばされて塵も残さなかった。

毛玉を殲滅し、元に位置に返って来た鏡介(きょうすけ)は、大技の連発に少し息を切らす。

 

「はぁ…はぁ…流石に疲れた…」

 

強力な技はその威力と引き換えに、多少のリスクを伴う。身をもって経験した。

前にもユキ人形の覚醒時で使用し、その後倒れてしまったことを思い出す。こういった技はやはり使いどころを考える必要がありそうだ。

 

『あらあら、ちょっと張り切りすぎた?まだ最後のボスが残っているわよ。こんな調子で大丈夫なのかしら?』

 

「…や、やってやりますよっ!」

 

『…フフッ、それでこそ私が見込んだ人ね。これが最後の敵よ』

 

突然、目の前が影によって暗くなる。何事かと思い上を見上げると、空から何やら巨大な物体が降って来ていた。

それはこれまでとは比べ物にならない超巨大毛玉で、ざっと自分の身長の数十倍はあるだろう。流石の鏡介(めいりん人形)も、これには少したじろいだ。

地面に着地すると同時に、地面は激しく揺れてこちらの体制が崩れる。よく見ると頭上に王冠が乗っていた。どこか見覚えのあるフォルムだ。「キング毛玉」とでも呼んでおこうか。

 

これだけ巨大な敵だ。生半可な攻撃は効かないであろう。そう判断し、鏡介は先程使用した「天昇」を食らわすべく片腕にエネルギーを込める。

自分の人形にはこんな無茶はさせたくないが、今回は自分が人形。多少の無茶もしてみせよう。巨大な拳を形成し、鏡介(めいりん人形)はキング毛玉にそれを振り上げる。

 

確かに鏡介の右拳はキング毛玉に直撃した。しかしその刹那、その放漫すぎるボディに衝撃が吸収されてしまう。

それどころかその吸収された力が跳ね返り、こちらが吹き飛ばされてしまった。間一髪、空中で体勢を立て直すことが出来たが、あれ程の攻撃がまさかノーダメージとは…。

 

その後も何度か攻撃を食らわしてみたがまるで手応えがない。これは正攻法では勝つことが難しそうだ。

何か弱点はないのか?どこかにそれらしきものは…!あの王冠、少し怪しいな。ゲームで培った勘がそう言っている。

 

鏡介は両手を広げ、エネルギーを手元に集中し「ブレイクショット」を放つ。

すると、キング毛玉は何かを恐れたのか攻撃を受け止めることなく大きく息を吸い込み、強力なブレスで丸鋸弾幕を打ち落とす。

やっぱり、あの王冠の中に弱点がある。実はさっきの攻撃は囮で、本命は…

 

 

 

「 メテオ…インパクトォーーーーーッ!! 」

 

 

 

この使うのにチャージが必要な、「メテオインパクト」だ。

流星の如く降り注ぎ敵を打ち倒すこの大技…隙が大きいのでこうでもしなければ、直撃させるのは厳しかったであろう。

 

この攻撃により頭上にあった王冠は粉々に破壊され、丸見えになった頭が姿を現す。「ここが弱点です」と言わんばかりの絆創膏が見え、そこに自分が覚えている技の中での最大の技を叩き込む。

 

 

「……」

 

 

瞳を閉じ、自分の持つ全パワーをその拳に集中させる。後先を考えない。これで確実に仕留めるという絶対なる意思を持って、鏡介(めいりん人形)は技名を声高々に叫んだ。

 

 

 

「 真空っ!破断拳! 」

 

 

 

鏡介(めいりん人形)の拳が振り下ろされる瞬間、キング毛玉の脳天が勝ち割られて見る見るとそこを中心にへこんでいく。

攻撃を終えた鏡介(めいりん人形)はその場を離れ、静かに背を向けて佇む。そして次の瞬間、キング毛玉は光り輝くと盛大に爆発四散していった。

 

先程までやっていた「ヒーロー戦隊」みたいにカッコ付けてみたが、中々決まったのではないだろうか。ちるの人形達にもこの雄姿を見せてあげたかったな。

 

 

『お見事!よくぞ「毛玉・ザ・エンペラー」の弱点を見つけたわね。…正直悔しい気分だけれど(うー…頑張って作ったのに…)』

 

「いや、どうも…まぁ完全に勘でしたけどね……あ」

 

 

あれ程の大技を使用したこと、そして緊張の糸が切れたのが重なり、鏡介(めいりん人形)は立っていられなくなり尻餅をつく。…体がまるで動かない。

あの「真空破断拳(しんくうはだんけん)」という技…使うとこうしてしばらく動けなくなってしまうようだ。最後だったからって少し無茶をし過ぎた。というかあの毛玉、そんな名前だったのか。

 

 

『これで第二の試練もクリア。次は「三」の扉に…と言いたいところだけど、流石に休憩が必要かしらね?』

 

「…お、お願いします…」

 

 

レミリアの気遣いに甘え、鏡介(きょうすけ)はその場で横になり休憩を挟むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休息が終わり、次の「三」の扉へと進んでいった鏡介(めいりん人形)。

今度は誰の姿になり何をやらされるのか…それはここを作ったレミリアのみぞ知る。

 

扉を抜けると、そこは紅魔館の広大なベランダであった。そして自分の姿は…やっぱり変わっている。メイド服を着た女性に。

髪は銀髪のボブ。両端を三つ編みにしていて、そこに緑のリボンを付けている。紅魔館のメイドの一人だろうか…見るからに妖精ではなさそうだ。

そして身体の節々から何やら硬いものが…何だろう…!これは、ナイフ?護身用だろうか?それにしてはかなりの数だ。

 

 

『第三の試練にようこそ。あなたは今、私の誠実な部下であり、ここのメイド長である「十六夜 咲夜(いざよい さくや)」になっているわ』

 

「メイド長…ですか」

 

『咲夜はここの家事全般をこなしているわ。ここで唯一の「人間」でもあるわね』

 

 

この人はどうやら結構偉い立場にあるらしい。成程、人間なのか…って、え?こんな悪魔の住んでいる屋敷に人間…?正気か?バイトにしても場所を選んだ方が…

 

鏡介(さくや人形)は、元になった人物の素性に驚きを隠せなかった。

この世界の人間は何と言うか、本当に逞しいというか怖いもの知らずだと思う。レミリアに対して恩でもあるのだろうか?まぁ何か事情があるのだろうが…すごく気になる。

 

『さて、完全で瀟洒なメイド長になったあなたに次のお題よ。ここの妖精メイド達に紅茶を振舞いなさい』

 

「紅茶?…あ、何かいつの間にか手に持ってる…」

 

気が付くと、手元にお洒落な紅茶のティーポッドがあることに気が付く。

そして横にはカップを持った大量の妖精メイド達の行列がある。…まさか、これ全部を?マジ?

 

『メイド長たるもの、量の一切の狂いは許されないわ。ここではあなたの「正確さ」を見させて貰うわよ』

 

「えっそんな急に言われても」

 

『はい、それじゃスタート!』

 

レミリアの開始の合図と共に、待機していた妖精メイド達は一斉に動き出す。ご丁寧に列を崩さず並びながらだ。

とんだ無茶ぶりもいいところである。どれくらいが適量かも聞いてないし…ええいままよ!

 

鏡介(さくや人形)は一匹目の妖精メイドに紅茶を注ぐ。よくカップを見てみると、意味深な横線が張られていることに気が付く。

何だ、ちゃんと目安は教えてくれるのね…。ひとまずはどうにかなりそうで安心した。

 

目安のところまで到達したところで紅茶を注ぎ終えると、妖精メイドはベランダにある席へ向かっていった。だが、その妖精メイドはどこか悲しげな顔を浮かべている。

何かが駄目だったらしい。我ながら上手く注げたと思ったのだが…思ったより厳しい判定をしているようだ。レミリアの言う通り、本当に一切の狂いも許されないらしい。

これがメイド長の日常だとでもいうのか…骨が折れそうだ。

 

 

 

こうして次々と来る妖精メイド達に紅茶を振舞い続けること早30分…足が痛い。背中も痛い。本人の癖からか、いつもより背筋をピンと伸ばし続けているのだが、これがきつい。

人間の身である為、これは共感出来る痛みであるが…メイド長たるものその素振りを見せないようにしようとしてしまう。彼女はいつもこんな過酷な仕事を一人で…?

 

レミリアはこの試練のテーマを「正確さ」と言っていたが、これはどちらかと言うと「忍耐」に近いのではないだろうか。

痛みを我慢することで頭が一杯で、正確さがどうしても欠けてしまう。これではメイド長である本人には遠く及ばない…クリア出来るのかコレ?

 

 

「……はっ!?」

 

 

何か、妖精メイド達の列の向こうから威圧感を感じる。他とは違う何かが、いる。確実にいる。

鏡介(さくや人形)は紅茶を注ぎ続けながらその正体を恐る恐る見てみると、それは小さなレミリアの姿をした人形であった。大きめのカップを持ち、紅茶が注がれるのを心待ちにしているように見える。

 

その時、鏡介(さくや人形)に電流走る。

 

 

身体に力が漲り、落ちかけていた背筋を元に戻す。こ、これが本人の忠誠心だとでもいうのか…凄まじい精神力だ。

 

 

自身の主に振舞う紅茶。これだけは、絶対にしくじってはならない。

 

 

鏡介は(さくや人形)次にやって来るれみりあ人形に自分のすべてを捧げるべく、細心の注意を払ってその大きめのカップに紅茶を注ぐ。

ティーポッドから流れる紅茶がカップに渦を巻いていき、その様子をれみりあ人形はキラキラした目で眺めていた。主の嬉しそうな表情に思わず笑みが零れるが、今は紅茶を注ぐことに集中する。

数々の妖精メイド達に振舞った経験から、最も最適な注ぎ方を徐々にマスターしていった鏡介(さくや人形)。その腕は本人には及ばないものの、最早一流のものであった。

 

やがて紅茶を注ぎ終わり、鏡介(さくや人形)は静かに佇む。れみりあ人形は満面の笑みを浮かべ、その場でカップを片手に持つ。

香りを楽しみ、一杯飲んで味を堪能したところで、れみりあ人形はこう言った。

 

 

 

「ギリごーかくーー!」

 

 

 

れみりあ人形自身から、「可」の判定を貰う。鏡介(さくや人形)はそれを静かに聞き入れ、深くお辞儀するのであった。

 



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第五十五章

第三の試練を何とか乗り越え、次の試練に臨む鏡介(さくや人形)。

 

先に進む為に大きく「四」と書かれた扉を進んでいくと、そこは紅魔館の中庭にあった場所。広い花壇に囲まれたガーデンテラスだった。

くつろげるようにか、お洒落な西洋造りの机と椅子、そして日差しを遮る大きなパラソルが設置されている。

 

さて、今度は誰の姿で何をさせるのやら…鏡介はまず、自分の姿を確認してみる。

何やら先程より背が縮んでいて、肌は雪のように白い。服装は薄いピンク色をベースに所々に紅いリボンが施されているようだ。

そして背中から感じるこの違和感…何かが生えている。これは…蝙蝠の羽?ということは…

 

 

『ついにここまで来たわね、舞島 鏡介。ここがこの「人形達の舞踏会」最後の試練…そして最後に相応しく、今のあなたは私、「レミリア・スカーレット」の姿よ』

 

「…自分自身になっているなんて、気分がいいものじゃないと思いますが?」

 

『あら、そんなことなないわよ?この私という存在を直に感じて貰えているのだからね…フフッ、存分に堪能しなさい。滅多にない機会なのだから』

 

「…は、はい」

 

 

そういうものなのだろうか…自分だったら絶対に嫌だと思ってしまうが…。

余程、自分に自信を持っているのだろう。自己顕示欲が強い面倒なタイプのようだ。

 

…というか、今まで自分がなってきた紅魔館の面々は、この試練についてちゃんと了承しているのだろうか?

無理矢理上司命令でさせられたか、そもそも知らされていないのか…ここの人達って何かと苦労してそうだな。

 

『さぁ、この第四の試練についてだけど、テーマはズバリ…「カリスマ」よ』

 

「…え?」

 

ちょっとレミリアの言っていることが理解出来なかった。「カリスマ」って何だ?

意味は確か、「資質」とか「他者を引き付ける魅力」とかだったっけ…?それがテーマだとして、一体何をすると…?

 

『今からあなたにはここでくつろいで貰うわ。そうね、適当に本でも読んでいるのがいいんじゃないかしら』

 

「へ…?くつろぐ…ですか?」

 

『えぇそうよ。しばらくしたら、ここに忍び込んだパパラッチがやってきてこの私をあらゆる角度から撮影しようと姿を現すわ。

 それに対し、決して隙を見せず美しく華麗で、カリスマ溢れたポージングをとることで対応しなさい。それがここの試練内容よ』

 

「…??」

 

いまいち内容がピンと来ない。鏡介(れみりあ人形)は頭を抱える。まるで机の下にでも隠れているかのようにしゃがみ込みながら。

…あれ?自分は何でこんなポーズをとったんだ…?鏡介(れみりあ人形)は自分のとった行動にも拘らず、それに困惑の表情を浮かべる。これが本人の癖なんだとしたら、彼女はやはり年相応の子供なのでは…

 

 

『…どうやら理解が出来てないという反応ね。ふぅ…しょうがない。こんなこともあろうかと私自身でこの試練の「プロモーションビデオ」を撮っておいたから、まずはそれを見て。というか見なさい』

 

「あ、はい…ご丁寧にどうも…」

 

 

鏡介(れみりあ人形)がとった幼稚な行動には特に触れず、話を進めるレミリア。

どうやらこの試練でやることをあらかじめ「プロモーションビデオ」で教えてくれるようだ。そんなのを用意していたとは…自分のことだからか気合の入れようが違う。

 

『じゃあいくわよ、ポチッとな』

 

レミリアがビデオのリモコンを押す音が鳴ると、鏡介(れみりあ人形)の近くに映像が映し出される。これも恐らく魔法の技術なのだろう。

 

 

彼女曰く、これが最後の試練…まずはこのビデオをしっかり見て、内容を把握しようではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フフッ、御機嫌よう。私は紅魔館の主、レミリア・スカーレット。

 

今日は珍しく、昼間に外に出ているわ。普段は日が沈む頃に出るのだけれどね…今日は気分がいい。

噂の外来人、「舞島 鏡介」が我が屋敷に向かっているという話が耳に入ったのだから。全く、そんなの聞いたら居ても立っても居られないわ!

どうやら今起きている「人形異変」の調査をしてるみたいだけど、彼はきっと人形遣いとしての腕も立つ。是非一度お手合わせ願いたいわね。

 

さて、来る日に備えパチェの協力の元、バトルをする前にとある「ゲーム」を用意しようと思うのだけれど…説明したところで彼が完璧に理解して出来るとは限らないわね。

最後であるこの私「レミリア・スカーレット」の姿を模しての試練、それがどういうものなのか直々に説明をしてあげましょう。

まぁ?カリスマ溢れるこの私の華麗な姿を目にすれば、言葉など最早不要。始めましょうか…。

 

 

「咲夜っ!」

 

 

指を軽く鳴らし、レミリアは椅子に腰かけると手元の本を読み始める。何かが始ろうという中、日陰の中で静かに本を読み耽るその姿は、彼女の余裕の表れ。

「いつでも来い」という、忍び込んだパパラッチに対する挑発。そのパパラッチ役を買って出た紅魔館のメイド長は、草木の中でカメラを持つ手に汗を滲ませ彼女に挑む。

 

まずは正面から、咲夜はカメラを構えつつ草木から姿を現しレミリアのその隙だらけに見える姿を撮影しようとする。だが咲夜がシャッターのスイッチを押そうとした瞬間には、既にレミリアは動き出していた。

手元の本を机に置き、斜めの姿勢を維持しつつ両手を右から45度の角度、足は右を後ろに曲げて、左はそのまま斜め45度。両手の角度と同じ線を描いていた。これぞ正に芸術。

その堂々且つ大胆なポージングをしているレミリアの表情は、自信に満ち溢れていた。瞳を閉じ、自身の魅力、即ち「カリスマ」をパパラッチ(咲夜)に見せつける。

シャッター音と共に放たれた光がレミリアの姿を収めると、「決まった」と言わんばかりのドヤ顔をしながら元の席に戻り再び本を読み始めた。

 

あまりのカリスマに、パパラッチ(咲夜)は開いた口が塞がらない。完璧で瀟洒なメイド長であっても、今のポーズには動揺を隠せなかった。草木に一旦身を隠すも、まだ胸の鼓動が収まらないでいる。

しかしこれではいけない。主から果たされた使命を全うすべく、パパラッチ(咲夜)は顔を自身で叩いて再び動き出す。

 

 

 

今度は後ろからの奇襲をかける。少しばかり能力を使わせて貰った為、これは完全な不意打ちだ。流石の主でも、これはかわせまい…そう思っていた。

だがその考えは甘かった。レミリアはその行動を読んでおり、また手元の本を置くと今度はこちらに真っすぐ向き両手を後ろに組む。そして顔を横にして背中の羽を少しばかり広げてみせたのだ。

さっきの大胆なものから一変、少し儚げな表現で仕掛けるレミリア。だがそれでも、ドヤ顔であることは変わらない。

 

やられた。パパラッチ(咲夜)がそう思った時には、既にこのガーデンテラスにシャッター音が鳴り響く。我が主の異常なカリスマ性に感服せざるを得なかった。

胸の鼓動が更に高まり、抑えずにはいられなくなるパパラッチ(咲夜)は、草木の中で悶え苦しむ。息も荒い。これ以上やるのは危険かもしれない。下手をすれば命を落とす可能性だってある。

だが、それでもパパラッチ(咲夜)はカメラを構える。主の命令は絶対。そして自分は彼女に忠誠を誓った身…例えこの命尽きようとも果たして見せよう。

 

 

 

パパラッチ(咲夜)は決死の覚悟で主であるレミリアに対し、最後になるかもしれないシャッターチャンスを伺った。すると、レミリアはこの状況下で小さく手で抑えながら欠伸をし始める。

退屈のあまりか、彼女は自分から無防備な姿を晒したのだ。この主の欠伸さえもパパラッチ(咲夜)にとっては来るものがあったが、これはまたとないチャンス。ここが攻め時だ。

 

 

正面。比較的対応しやすいこの角度であっても、そのような醜態を晒していてはこの魂の一カメに十分なパフォーマンスは出来ない…貰った…!

 

 

だが、何ということだろうか。彼女は既に机に乗り万全の体制を整えていたのだ。あの行為が誘う為の陽動であることに、何故気付かなかったのだろう。

冷静さを失っていた自分が憎い。だが、今度はどんなポースが来ようとも耐え抜いて見せる…!

 

パパラッチ(咲夜)はカメラを覗き込み、その主の姿を目にした。

そこには、こちらに向けて「ぎゃおー!食べちゃうぞー!」と言いながら両手をワシワシさせ、こちらに無邪気な笑顔を向けるレミリアの姿が映し出される。

 

それを目にした瞬間、視界が真っ白になりどこかの血管が切れる音が頭の中で聞こえてきた。

 

 

パパラッチ(咲夜)の意識は吹っ飛び、その場で倒れる。その顔はどこか和やかで、鼻からは赤い液体が滲み出ていたという。

 

 

「…あれ?咲夜…?咲夜ぁーーーっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビデオはここで途切れている。

 

 

「(…何だこれ…)」

 

 

鏡介がこのプロモーションビデオを見て第一に思ったことがソレだった。これを自分がやれというのか…?

今までで一番出来る気がしない…こんな恥ずかしいことをやらされる身にもなってくれ…。

 

『…まぁアクシデントもあったけど、これがこの試練の内容よ。この私に相応しい、カリスマ溢れるポーズを期待しているわ』

 

「……は、はい」

 

あの映像を見ていると、「カリスマ」の定義がよく分からなくなってきた。威厳のあるようなものかと思えばそうでもなく、無邪気な姿がほとんどだったような…そういうのでいいのか?

「カリスマ」って何だっけ…そう思わずにはいられない。そもそも何でこんなことをやらなくてはいけないのか、これが分からない。

 

鏡介(れみりあ人形)は渋々椅子に腰かけ、机にあった本を手に取り内容に目を通す。…読めない。何語だこれ…まぁ適当に読んでるフリをしておこう。

 

「ポーズ…ポーズか。うーん…」

 

レミリアが望むそれっぽいポーズを考える鏡介(れみりあ人形)。今まで自分が人生で見て来た経験を思い出し、頭を必死に回転させる。

しかし、いいものは思い浮かばない。当然だ。写真を撮る際、そんなことをあまり意識をしたことがないのだから。

 

頭を悩ませている中、何やら後ろから草木が揺れる音がしてきた。それを聞いて焦る鏡介(れみりあ人形)は、半ばやけくそ気味にそれを迎え撃つ。

 

カメラを持ったあや人形が姿を現しシャッターを押そうする瞬間、鏡介(れみりあ人形)は立ち上がり片足を机に乗せ、カメラ目線でピースをしてみせる。

パパラッチがあの「咲夜」って人の人形じゃなかったことに驚いたが、それ以上に恥ずかしさが圧倒的に勝った。顔がすごく熱い…。

 

あや人形は写真を撮ると、すぐさま草木に隠れていった。これでいいのか…?

 

『まぁ、及第点かしらね』

 

ギリギリ合格だった。どうにかレミリアのご機嫌を損ねずに済んだようだ。こんなのを後何回もやらされるかと思うと、恥ずかしさのあまりどうかしてしまう…。

 

『少し顔にキレがないわね。もっと堂々としなさいな。仮にもこの私になっているのだからね』

 

レミリアは先程のポーズに対して注意喚起を促す。…急にそんなことを言われても困ってしまう。

そもそも自分はあまり自信も持てない性分である。今までは勢いで何とかやってきたが、それは悪魔で人形から貰った力に過ぎない。

 

こういった面は自分のあまり良くない部分だとは思うが、レミリアみたいになるなんて自分にはやっぱり…

 

 

『…自分に自信がないのかしら?舞島 鏡介』

 

「…!」

 

 

見兼ねたレミリアがこちらに話し掛けてくる。

言われたことが図星であっただけに、鏡介(れみりあ人形)の顔には動揺が浮かんでいた。

 

 

『駄目よそんなんじゃ。仮にも「男」なら、ウジウジしないで全力で望みなさい。それが幻想郷の異変を解決する者のあるべき姿よ』

 

「……」

 

 

…男なら、か。今まで女のような扱いをされて腹を立てていたが、そうか。今思うと、自分が変わろうとする努力をしていなかったんだ。

それなのに自分は…なんて馬鹿で愚かだったのだろう。レミリアの言う通りではないか。

 

『あら、少しはやる気になったのかしら?』

 

「…はい、何だか目が覚めた気分です。…次、いつでもどうぞ」

 

『フフッ、いいでしょう。果たして私を満足させることが出来るかしらね?』

 

「やってやりますよ。見ていて下さい!」

 

『…言うじゃないの。では見せて頂戴、あなたの全てをっ!』

 

内気だった鏡介(れみりあ人形)のカリスマ魂に火が付く。

 

ありとあらゆる角度からの攻めに対しても、鏡介(れみりあ人形)は屈することなく挑み続けた。時には激しく、時には静かに、時には無邪気に、時には男らしい勇ましさをパパラッチのあや人形に見せつけていく。

吸血鬼の身体能力をいかんなく発揮し、鏡介はとにかく全力を出し切る。例え椅子から転げ落ちようとも、痛がらずにすぐに立ち上がって弱みを見せないようにする不屈の精神。

これがレミリア本人による影響なのだとしても、そこには鏡介自身の変わろうとする意志が確かにあった。

 

 

 

こうして数分に渡りカリスマポーズをやり続け、あや人形はついに動きを見せなくなった。終わったらしい。

息を切らしながら、鏡介(れみりあ人形)は椅子に両手を乗せ体重をかけながら結果を待つ。

 

『…ふむ、やれば出来るじゃない。まぁポーズ自体は少し改善が必要でしょうけど、その努力に免じて今回は特別に合格かな。これにて「人形達の舞踏会」の全ての試練を制覇ね。おめでとう!』

 

「…あ、ありがとう…ござい…ます…っ……」

 

レミリアの言葉を聞いて安心した鏡介(れみりあ人形)は、その場で崩れ落ちた。

しかしその表情は成し遂げたという達成感に満ち溢れ、いい笑顔であったという。

 

 

『あらあら、お疲れのようね。咲夜にベッドまで運んでおくように言っておきましょう』

 




もうちょっとカオスにしたかったけど流石に自重した


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第五十六章


今回短めですよー。ちょっとモチベが低下した



 

自分は今、紅魔館の一室のベッドで眠っている。

仰向けの状態から見える景色は相変わらずの紅一色で、天井、床、絨毯、その他の家具の数々…何もかもが紅かった。

落ち着けるかというと、全く落ち着かない。せめて体を休めるこの空間は違う色であって欲しかった。

 

そして、体中の筋肉が悲鳴を上げている。これは所謂、筋肉痛だろう。

人形の身になっていたとはいえ、慣れないことをやらされ続けた結果だろうか…これではしばらく動けそうにない。

 

 

レミリアの言う通り、試練を終えた鏡介は元の「人間」の姿に戻っていて、近くにはいつの間にかなくなっていた鞄や封印の糸が机に置いてある。

恐らくここに連れて来てくれた「咲夜」という人が持ってきてくれたのだろう。

 

 

「………はぁ…あぁ……」

 

 

鏡介は顔を両手で抑えると、深く息を吐いた。顔も少し赤い。

 

人形になったかと思えば、人形と子供らしく遊んだり、毛玉と戦ったり、メイド達にお茶を振舞ったり…挙句の果てには写真撮影と来た。

自分で言ってて困惑する程には、訳の分からないことをやらされている。

 

まさか自分自身に試練が与えられるとは思わなかったが、何とも言えない達成感があるのもまた事実。勉強になることもあったし、無駄にはならなかった…かもしれない。

 

 

 

だが、鏡介はそれよりも強烈で刺激的な体験を、ここに連れてこられる際にしてしまったのだ。

 

 

 

「(……「咲夜」さんって人…)」

 

 

「(…めっちゃ)」

 

 

 

「(いい匂い、したなぁ……それに柔らかかったよ……)」

 

 

 

鏡介の顔の赤みが更に増していく。

 

あの時れみりあ人形の姿だった鏡介は、咲夜に介抱されここまで運ばれたという経緯がある。

その際にはまだ鏡介の意識は僅かに残っており、記憶があるのだ。彼女の「胸元に抱かれた」、確かな記憶が。

小さな姿であったのが余計に感覚を敏感にさせ、思春期の少年である鏡介は思い出すだけで恥ずかしさがこみ上げる。これでは立つものも立ってしまう…何がとは言わないが。

 

こういう時の自分は性別上「男」なのだと実感し、それがどうも虚しかった。…だが、これからは「男」らしくある為に変わる努力もしないといけない…今はそう思う。

内気だった自分がそう考えられるようになったのなら、あの試練の苦労だって自身の成長の第一歩にはなったのかな…?

 

 

しかし、あいつ…大森にはこのこと、絶対に言わないぞ…。墓場まで持っていく所存だ。

 

 

 

自分だけの秘密を守り抜く決心を固めつつ、鏡介は気を取り直して疲れた体を休めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠い目をこすりながら窓から外を見てみると、もうすっかり橙色の空模様。夕暮れ時のようだ。

鏡介は背伸びをし、まだ微かに筋肉痛で痛む身体を動かす。

 

このまま寝室にいるのもいいが、今は少し体を動かしたい気分である。とりあえず鏡介はこの部屋から出ることにした。

 

机にまとめてあった荷物を回収し、ドアを開こうと手を伸ばす。

 

 

「…どちらに行かれるつもりですか?」

 

「うぇ!?」

 

 

誰もいない筈だった背後から声が聞こえ、思わず変な声が出る。

慌てて後ろを確認すると、そこには銀髪のメイド服を着た女性が腕を組みながらこちらを睨んでいた。…勝手に出るのはマズかっただろうか?

 

そしてこの人は知っている。この紅魔館のメイド長である「十六夜 咲夜(いざよい さくや)」だ。

当主であるレミリア・スカーレットの従者でもあり、彼女に対する忠誠っぷりはこの身を持って知っている…のだが…

 

「…何故、そんなに目を背けるのでしょうか?」

 

「あ、いやその…」

 

彼女を直視出来ない理由…それは「あなたに抱かれたことを思い出してしまう」から。

 

…いやいやいや、こんなこと言ったら間違いなく引かれる…!絶対に言うな。こんなところで男気を発揮しなくていい。

彼女にとってあの瞬間は、ただお客様を寝室へ連れていっただけの出来事であり、決して他意はなかった筈だ。

 

「…どこか具合が悪いのですか?顔が随分赤いようですけれど…少し失礼しますわ」

 

「えっ…!?あ、う…///」

 

いつの間にか正面にいた咲夜におでこを触れられ、鏡介の顔は鬼灯みたいに紅くなる。

しかしそんな鏡介を特に気にもせず、咲夜は右手から伝わってくる温度を真剣に測っていた。

その際咲夜の顔が近づいていた為、更に鏡介のボルテージは加速する。

 

「(…熱いわね。やっぱりあの魔法は負荷がかかりやすいのかしら…お嬢様とパチュリー様に報告しないと)」

 

「ああああのっ!?だ、大丈夫ですから!(近い近い近いっ!!)」

 

無自覚に顔を近づけている咲夜を引き離そうとするも、「女性に乱暴なことをするのは良くない」という気持ちがそれを阻害する。

 

…もしかしてこの人、天然入ってる?この行動はいくら何でも無警戒過ぎなのでは?自分だったらからいいものの、他の男にこんなことをしたらどうなっているか。

まぁこんなところに仕えている位だし、この人も相当強いんだろうけど。…それにしても、綺麗だな…。

 

「まだ完治していないみたいですし、今日はもう大人しく休んでいて下さい。お嬢様には私から言っておきますから」

 

「…は、はい………」

 

鏡介の消えてしまいそうな小さい返事を聞いた咲夜は、その場から姿を消した。

 

先程からやっている彼女の瞬間移動…あれが彼女の能力なのだろうか?一体どんなものなのか気にはなるが、これでは外に出ようにも出にくい。

もう十分に休んではいるが、今日は彼女の言葉に甘えてここで厄介になろう。

 

 

しかし、また彼女…十六夜 咲夜という女性から強烈な体験をさせられてしまった…。もう彼女を見るのが色々と辛いよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は丑一つ時。妖怪達が活発になる前の真夜中に、レミリアはいた。

 

彼女の部屋にあるバルコニーに咲夜は現れると、そこに佇み空を見上げている主にお辞儀をする。

 

 

「お嬢様、ただいま戻りました」

 

「どうだったかしら、彼の様子は?」

 

「はい。まだ完全に完治していないようでしたので、今夜はゆっくり休むように言っておきましたわ。…恐らく、人形化の魔法の影響かと思われます」

 

 

空を見上げながら、レミリアは咲夜の言葉に耳を傾ける。

闇の中に佇んでいる吸血鬼の少女に清らかな月光が照らし出され、彼女の銀髪が煌びやかに輝く。

 

 

「そう、ご苦労様。今日はもうあなたも休みなさい(…?パチェはアレ後遺症は残らないって言ってたような…)」

 

 

レミリアの言葉を聞き、静かにお辞儀をした咲夜はその場から姿を消す。

 

 

「…明日は楽しい夜になりそうね」

 

 

不敵に微笑むレミリア。彼女はこの人形異変で突如現れた鏡介に大きな期待を寄せている。

 

 

彼の背負う「運命」。それを見通しながら…

 

 

 



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第五十七章

明けましておめでとうございます!

新年一発目の投稿だ!食らえっ!



窓から光が差し込んでくる。朝だ。

温かい日差しが眠気を覚まし、ベッドから起き上がる為の力を漲らせる。昨日しっかりと休んだ為、身体もすっかり元気になったようだ。

 

鏡介はベッドから離れて寝具を元通りに敷き直すと、封印の糸を取り出す。

 

 

「出てきて! みんな!」

 

 

3つの封印の糸からそれぞれユキ、しんみょうまる、こがさ人形が出てくる。

バトルじゃないと分かっている為か、今回は登場演出が特にない。まぁ、出てくる度にやっていたらキリがないし仕方ないだろう。気にしないでおく。

 

3体はこちらを見つめ、鏡介の言葉を待っていた。一体感…チームワークを感じる瞬間である。

 

 

「みんな、今日はレミリアさんとの人形バトルが控えている。僕が思うに、彼女は強敵…並大抵の力じゃ勝てない」

 

 

咲夜さんから昨日、伝言があった。「明日の夜、レミリアが自分との人形バトルを望んでいる」、と。

直接見るのは恥ずかしいので、すぐさまベッドに横たわり寝ているフリをしたが、確かに彼女はそう言った。

 

自分で言うのも何だが、人形遣いとしての腕には自信があるつもりだ。新聞にだってそのことは載っていることだろう。そんな自分に彼女は挑戦状を叩き込んできたのだ。

レミリアは今までの会って来た人達とは違い、人形について色々と知識を持っているようだった。そんな彼女の人形遣いとしての腕は未知数と言える。

 

今まで勢い任せな部分があったが、今回はそうはいかない。しっかりと作戦を練る必要があるだろう。

相手は間違いなく人形を「スタイルチェンジ」させているに違いないのだから。

 

 

決戦は今日の夜。だからそれまでに、人形達を少しでも鍛えておこう。

 

 

 

 

 

 

紅魔館にいる妖精メイド達に声を掛けてみたところ、何人か人形バトルの相手になってくれるようだ。

無理を承知で仕事中に申し出たにも拘わらず、快く承諾したことに少し違和感があるのだが…まぁいいか。妖精ってやっぱり気ままな子が多いのかな。

 

 

今回鍛えた人形は、こがさ人形だ。やはり現状攻撃手段が乏しい為、優先度は高い。

 

そして、こがさ人形がこの戦いで覚えた「幽霊アンサンブル」は、「相手の集弾の能力を下げる」という効果がある。

威力が控えめであるが、こがさ人形の集弾が高いのと音技でタイプが一致している為そこまで気にならない。上手く生かせば、バトルの際に有利な状況を作れる。

とりあえずは人形の鍛錬はこれで十分。後は、こちらの作戦次第だ。この調子でやっていこう。

 

 

…しかし、気になることが一つ。この妖精メイド達、自分の人形とのやり取りを見る度に何やら騒がしいのだ。

「尊い」、「一生見れる」、「末永く爆発して」等々…一体何を言っているのだろうか?ここの妖精はどうも変わった子が多いらしい。

バトルに参加していなかった妖精メイド達も、遠くからその様子を見てそれぞれ感情を露にしている…何だかここの仕事を邪魔してしまっている気がするから、これ以上やるのは止めておこう。

それに、騒ぎに乗じてメイド長が来る可能性も高いし…。

 

そう思い直した鏡介は人形を急いで戻すと、一目散にその場を離れていった。

 

「あぁ!?舞島様一体どちらへっ!?」

 

「お待ちになって!私、まだバトルしてなくってよっ!」

 

 

「ご、ごめん!もう十分だからーーーっ!」

 

 

極力、咲夜にエンカウントしたくない鏡介はそのまま紅魔館の外へと飛び出した。

そして玄関の扉を閉めると、一息つく。…ちょっと館内で騒がしくしてしまったかもしれない。後でレミリア達にも謝ろう。

 

「…ん?あなたは…確か舞島さん?」

 

「え?」

 

誰かの声が聞こえて顔を上げると、そこには庭の手入れをしている「紅 美鈴」の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、お嬢様から案内するように言われてたのに私ったら寝てしまって…あの後咲夜さんにこっぴどく叱られましたよー。何本頭にナイフが刺さったか」

 

「アハハ…」

 

花に水を上げながら、美鈴は世間話を始める。成程、頭に刺さっているナイフはそれか。その状態でピンピンしている辺り、彼女は妖怪か何かであるのは間違いない。

サボりの印象が強かったが、花の手入れとかはしっかりしているらしい。この広大な庭の管理を一人でやっているのだとすれば、何気に凄いことだ。

 

「それにしても、レミリアお嬢様と人形バトルですか。お嬢様は「人形」という存在に興味津々ですからねー。最近夜になると自分の人形を徹底的に鍛えてますし、正直かなり手強いと思いますよ」

 

「はい、僕もそう思ってます」

 

思った通り、レミリアは人形遣いとしてもかなり強いみたいだ。今まで戦ってきた誰よりも手強い相手になるかもしれない。

 

「それにしても、今日は天気がいいですねー。絶好の昼寝日和ですよ。まぁお嬢様にとっては最悪の天候なんでしょうけど」

 

「あぁ、確かに。雲一つない晴天ですね……あ」

 

美鈴の何気ない一言で、鏡介は対策を一つ思い付いた。

 

そう、天候…基「気象」だ。

今回はレミリア本人を元に作られた人形が間違いなく相手となる。それに対して有利に立ち回れるあの技を、こちらは持っているではないか。

 

タイプは今までの傾向状、「闇」が入っているは確実。ならば…!

 

 

「…ありがとうございます。美鈴さん!それとこの庭、ちょっと借りますね。迷惑は掛けませんから」

 

「え?あ、はい…?」

 

 

美鈴からヒントを貰い、鏡介はレミリアとの戦い方を掴んだ。

 

最後の仕上げをすべく、鏡介はこの庭の広間に人形達を出して本格的にレミリア対策の特訓を始める。

その際近くにいた美鈴も、ついでに特訓を手伝ってくれた。門番の仕事は基本暇らしいので、丁度良いとのことであるが…庭の手入れの仕事はいいのだろうか?

 

アビリティなども少し見直し、しんみょうまる、こがさ人形の振っていなかったステータス強化も済ませて準備は満タン。

 

 

 

 

そして、時刻は夕方となる。

 

 

「…よし!これで行こう」

 

 

レミリアとの人形バトルまで、もう残り僅か…出来るだけのことはやった。後はそれを実践していくのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精メイド達の案内の元、レミリアのいる部屋へとやって来た。

今夜ここで二人の熱い人形バトルが幕を上げる。…何だか少し緊張してきた。

 

 

「…失礼します」

 

 

息を呑み、鏡介はドアをノックして扉を開ける。

するとそこには台座に座り、こちらを待ち構えているレミリアとその従者の咲夜が隣に佇んでいた。

今夜の月は紅く、その月光が窓から差し込むことでこの明かりのない空間を怪しく照らしている。

 

 

「待っていたわ、外来人、舞島 鏡介。ようこそ私のバトルフィールドへ」

 

 

昨日まで接していた、どこか幼さが見えるレミリアはそこにはいなかった。

 

威厳に満ち溢れ、全く隙のない強者のオーラを放つ「夜の王」。薄い青の銀髪、雪のように白い肌、紅い瞳、大きな悪魔の翼…そのすべてが恐ろしくも美しい。

これが本来のレミリア・スカーレットだというのか…何という威圧感だろう。思わずたじろいでしまった。

 

 

「…ずっと楽しみにしていた…この時を。あなたと人形バトルをする、この時をね。「人形異変」が起き、そして突如救世主の如く登場した外来人の君とは、一度手合わせをしてみたかったんだ。

 人形をいとも簡単に制御し、しかも糸を使わずとも使役していたそうじゃないか。舞島、私はあなたという存在に興味が尽きない…君がバトルで一体どんな戦わせ方をするのか今から楽しみで仕方ない…!」

 

 

レミリアの静かで情熱的な熱意がこちらに伝わってくる。ずっと注目されていたのだと思うと、少し照れ臭くもなってしまう。

ここまで言われちゃあ、期待に応えない訳にもいかないというものだ。

 

 

…しかし、この場で人形バトルを始めるつもりなのだろうか?それにしては場所が狭いというか…色々とやりずらい空間な気がする。

 

「あの、バトルはまた別の場所で?」

 

「ふっ…その必要はない。その為の「咲夜」だ……始めなさいっ!」

 

「はっ…」

 

レミリアが命じると、咲夜はその青い瞳を紅く染めた。

その瞬間、空間が歪み出して部屋の広さが先程の何倍にも広がっていく。

何が起こっているのか分からくなっているのも束の間、人形バトルをするのに十分な空間がいつの間にか出来上がる。

 

そしてレミリアが指を鳴らすと絨毯に敷かれた床が機械的に開いていき、そこに新たな床が現れる。

それは大きく正方形に形どられたスタジアムにあるようなもので、真ん中にひし形の模様があって所々に白い線が引かれている。

まるで競技でもやるかのような、見覚えのあるものであった。

 

「フフッ、こちらで相応しい舞台を用意させて貰ったわよ。気に入ったかしら?」

 

「はい。これなら、周りを気にしないで済みますよ」

 

「あら、もっと驚くと思ったのだけれど。ちょっと残念ね」

 

「…もう何が起こっても正直違和感がないというか…慣れちゃったんですかね。アハハ…」

 

我ながら、すっかりこの幻想郷に染まっている実感が沸く。

普段周りで非現実的なことが起こりまくっているせいだろうな…「慣れ」というのは実に恐い。

 

「ルールはそちらの手持ちに合わせ、3対3。交代は有りよ。いいわね?」

 

「はい、お気遣い感謝します」

 

レミリアからこの人形バトルのルールを聞かされる。フェアな戦いを所望しているのか、こちらに合わせてくれたようだ。

メディスン人形はまだ戦わせるには早い為、こちらとしてはその提案は非常に助かる。

 

…さて、気を引き締めよう。

 

 

 

「 こんなに月が紅いから 本気で試合うわよ 」

 

 

 

レミリアとの人形バトルが今、始まるのであった。

 

 

 



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第五十八章


レミリアってこういう掛け声が好きそう

シロナさんみたいなの



 

紅魔館の主、レミリアが勝負を仕掛けてきた!

 

 

 

「 刹那より切り刻め さくや! 」

 

 

対戦相手であるレミリアが最初の人形を繰り出す。

初手は彼女の従者である「十六夜 咲夜」の姿をした人形…成程、レミリアの手持ち人形のコンセプトは紅魔館のメンバーということか。

さくや人形は腕を組みながら、静かにこちらを見据えている。クールな佇まいだ。

 

鏡介はスカウターでさくや人形を見てみる。

 

 

『名前:さくや  種族:人間  説明:完全で瀟洒な悪魔の従者』

 

 

情報が出てきた。

 

何度か見た人物ではあるので内容に特別驚きはしないが、小さくても本人にそっくりなので見ていて少し気まずい。

…だが、これは人形バトル。今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

 

「…行け! しんみょうまる!」

 

 

こちらも先鋒の人形を繰り出す。

鏡介の掲げた封印の糸が銀色の光を放ち、輝きを増していく。

 

やがて光が収まると、バトルフィールドには既にしんみょうまる人形が立っていた。

 

 

「ほう、同じ「鋼」タイプの人形か」

 

 

レミリアの口角が僅かに上がる。

 

…あれは一体何に対しての笑いなのか?どうも気になるが、ここは焦らず慎重に行かないと。

 

 

「こちらから行くぞ! 抜打! 」

 

 

先にレミリアの方から、人形への攻撃の指示が下される。

さくや人形は懐から無数のナイフを両手に持ち、それをしんみょうまる人形に向けて勢いよく投げて来た。

 

 

「こっちも 抜打 だ!」

 

 

負けじとこちらも同様の技でさくや人形の攻撃を迎え撃つ。

しんみょうまる人形は針の形をした剣気を周りに出すと、それを一斉に放った。

 

 

さくや人形のナイフ、しんみょうまる人形の針。二つの弾幕がぶつかり合う。

 

ぶつかり合う中でナイフと針は互いに消滅していく。しかし…

 

「…押し負けてる!?」

 

さくや人形のナイフ攻撃の相殺に対し、こちらの針の方が明らかに消耗が激しい。

 

攻撃をしているしんみょうまる人形の苦しそうな顔と、さくや人形の余裕の表情が、その力の差を物語っていた。

 

「…しんみょうまる! 鉄壁之構(てっぺきのかまえ)!」

 

このままではマズイと判断した鏡介は、すぐさま別の指示を出した。

指示を受けたしんみょうまる人形は、攻撃の手を止めて自身の体を鋼鉄にして防御の姿勢をとる。

 

一斉に襲い掛かるナイフ攻撃をその身一つで受け止めて、何とか軽症で済ませることに成功した。

 

 

「いい判断だ。あのままでは間違いなく直撃だったろう」

 

「…結構ギリギリでしたけどね」

 

 

まさか、同じ技でここまで差が出るとは思わなかった。

あのさくや人形…かなり鍛えられている。…いや、「アビリティ」の効果の可能性もあるか?

いくら何でも「抜打」であれは威力が高すぎる。あの技は出が早いが、威力はそれほどない。ここの野生で出会った時とは明らかに何かが違う。

 

流石「スタイルチェンジ」を果たした人形…これは一筋縄ではいかなそうだ。

 

 

「(…どうやら「抜打」のあの威力に疑問を持っているようだな。流石無敗の人形遣い、勘が鋭いな)」

 

 

鏡介の観察力に、レミリアは心の中で賞賛の言葉を贈る。

 

このさくや人形は「兵法者(へいほうしゃ)」というアビリティを持っており、威力の低い技であろうと高い火力を引き出せる。

完全で瀟洒な咲夜らしい、テクニカルなアビリティだ。

 

だが今それが分かったところで相手が有利になった訳ではない。むしろ、絶望をプレゼントしたようなものだ。

何せ、このアビリティにデメリットなど一切ないのだから。

 

「(…だが、妙だな。あの人形、しかも「ディフェンス」スタイルということはつまり…)」

 

しかしレミリアの方も鏡介の人形に対し疑問が生まれる。

人形について様々な知識を身に付けたレミリアは、あのお椀の人形が持っている「アビリティ」も把握済み…だからこそ、さっきの攻撃に違和感を感じた。

 

「(…いや、ありえない。わざわざあの強力なアビリティを捨てているとは思えない…いや、しかし……)」

 

限りなく低い、ゼロにも近いもう一つの可能性が、レミリアの判断を鈍らせる。

たった一つの行動が、このバトルフィールドに強い緊張感を生んだ。

 

「フフッ…面白いな、舞島 鏡介。今の攻撃、狙ってやったのか?だとしたら、物凄い才能だよ」

 

「…!」

 

レミリアの言葉に鏡介は驚きを示す。レミリアが先程のこちらの攻撃に違和感を覚えたらしい。

まさか、作戦がバレてしまったとでもいうのか?…いや、まだあくまで疑っているだけかもしれない。ここはしらばっくれよう。

 

「さぁ、どうでしょうね?」

 

「…ハハッ!成程成程!やはり君は面白い…これは、一筋縄ではいかなそうだなっ!」

 

こちらの返答に対し、笑いつつも闘志を燃やすレミリア。

 

それを合図に、2ターン目が始まっていく。

 

 

 

 

 

 

「今度はこちらから! しんみょうまる! 集中之構(しゅうちゅうのかまえ!)」

 

「!?」

 

指示を受けたしんみょうまる人形は、輝針剣を目の前に翳し瞑想する。

攻撃ではなく、強化を選択した鏡介に不意を突かれるも、レミリアはその隙だらけな的を決して見逃さずに攻撃に転じた。

 

「十文字(じゅうもんじ) で切り刻めっ!」

 

指示を受けたさくや人形は、両手にナイフを構えて突撃する。

 

その場を動かず、目を閉じて集中するしんみょうまる人形。敵が迫って来ようと動じず、ただひたすらその時を待つ。

 

 

「………よし!間に合った! ザ・リッパー で弾くんだ!」

 

 

しんみょうまる人形の目が見開き強化を果たしたのを確認した鏡介は、続け様に迫り来るさくや人形を迎撃する。

しんみょうまる人形はさくや人形のナイフによる二連撃を輝針剣で見事にいなし、攻撃を防いだ。

 

「ちっ…遅かったか」

 

僅かに判断が遅れたせいで敵の強化を許してしまったのを、レミリアは後悔する。

 

「(…あの場面で強化を選択したということは、やはりあの人形…可能性は高いわね。でも、この人形はここで落とさないといずれ劣勢になる…)」

 

レミリアは思考を巡らせる。

一見こちらが有利なこの対面、恐れることはない筈なのに…何かが引っ掛かる。何故、こちらの攻撃を誘ってきた?まるで何かを狙っているかのような立ち回りだ。

素直に「大地」技の攻撃を仕掛けて来ないのが不思議だ。それに、あのお椀の人形のアビリティの性質上、強化などせずとも十分な威力を出せる筈なのに?

 

「(…これはほぼ確定で、私の嫌な予感が当たってしまいそうかしら)」

 

勝ち筋を見い出せ…彼がそれを狙っているとして、どうすれば一矢報いれるだろう?今の敵の強化状況は…集弾と集防、そして命中も上がってしまっている。

自分の人形は集弾型…この状況は不利と言える。さくや人形ステータスを加味すると、反撃に一発は耐えられるだろう。…となれば、賭けに出るしかなさそうだ。

このままあちらのペースになってしまったら、状況がどんどん不利になってしまう。ここはもう大胆に攻めに転じる…!

 

 

「さくや! ダンシングソード!標的を確実に排除しろ!」

 

 

レミリアの怒号と共にさくや人形は両手にナイフを構え、それを天に掲げる。

すると小さなナイフから気が溢れて徐々に形に成していき、やがてそれは大きな剣へと姿を変えていった。

 

そして相手を切り裂くべく、さくや人形はこちらに真っすぐ突撃してくる。

 

 

「(…!来た!)」

 

 

鏡介はさくや人形の攻撃を見て身構える。

これは恐怖ではない。むしろ、この攻撃が来るのをずっと待っていたのだ。

 

 

そう。この日の為に、わざわざしんみょうまる人形の「アビリティ」を変えたのだから。

 

 

 

『アビリティ:達人の体捌き(たつじんのたいさばき)  発動。』

 

 

 

確かにその時、さくや人形の刃はしんみょうまる人形に振りかかった。

 

だかその刹那、しんみょうまる人形は攻撃を限りなく少ない動きで回避し、さくや人形の後ろを取る。

 

「…くっ!やはり、そういうことか!」

 

「そのまま投げ飛ばせ! しんみょうまる!」

 

指示を受け、笑顔で返したしんみょうまる人形はさくや人形を両手で押さえ込んだ後、力一杯に上へと投げ飛ばした。

上がった集弾のステータスの効果で抵抗が出来なかったさくや人形は、宙に放り出されてしまう。

 

「これなら外さない! 行け! ロイヤルプリズム!」

 

しんみょうまる人形の持つ輝針剣から無数の虹色のレーザーを放った。

地上にいるなら兎も角、空中ではこの攻撃を避けようがない。貰った…!

 

 

「…舐めるな!これを予想出来なかった私ではない! リフレクションミラー!」

 

 

宙に放り出されたさくや人形はレミリアの指示を受け、何とか体制を整え直した。

そして背後に鏡のようなものを生成し、しんみょうまる人形の攻撃に備える。

 

「な、何だあれは!?」

 

防御技の一種か?それにしては生成された位置がおかしい…どういった技なんだ?

 

鏡介が疑問に思っているのも束の間、さくや人形にレーザー攻撃が命中していく。

身を守る技ではなさそうに見える…では一体何だというのだ?

 

さくや人形の様子を見るに、何か我慢をしているようにも…

 

「…はっ!?ま、不味い! しんみょうまる! やせ我慢!」

 

鏡介はふと蘇ったポケ〇ン知識から、急ぎ防御の指示を下す。

 

指示を受けたしんみょうまる人形は戸惑いつつも、それに従い我慢する体制を整える。

 

すると次の瞬間、天から銀色の光線が降り注ぎ、しんみょうまる人形を容赦なく襲った。

激しい銀の光がこのバトルフィールドを激しく照らし出し、やがて何も見えなくなる。

 

 

 

 

 

 

…しばらくして、光は徐々に収まっていった。

 

様子を確認すると、しんみょうまる人形は苦しそうにしつつも何とかあの攻撃をやり過ごしたようだ。

…少しでも指示が遅れていたらやられていただろう。本当に危ないところだった。

 

「…まさか、この攻撃にも対応してくるとはな。こいつの隠し玉だったのだが」

 

「成程、通りで素直に攻撃してくれた訳です。これが狙いだったんですね」

 

こちらの反撃をあえて受け入れてのカウンター技。

「やせ我慢」があるしんみょうまる人形だから良かったものの、他の人形で受けていたら間違いなくやられていた。

 

「持たせて正解でしたよ。「生命の符」を」

 

ボロボロになったしんみょうまる人形は懐から「生命の符」を取り出し、耐久を回復した。

…とはいっても、少ししか回復は出来ていない。

 

さくや人形も強化された「ロイヤルプリズム」をまともに受け、足がふらついている。今の状況は五分五分と言えよう。

 

「(これで実質、「闘」技は封じられた。「リフレクションミラー」も、さくや人形の耐久が十分にないと意味がない……と、なると)」

 

 

「 さくや! 八幡神の加護(やはたしんのかご)! 」

 

「 しんみょうまる! 集中之構! 」

 

 

鏡介とレミリアは全く同じタイミングで強化技を指示した。

 

「…考えていることは一緒ということか」

 

「そうみたいですね」

 

さくや人形の後ろに古の神が現れ、対象者に力を与える。

 

しんみょうまる人形は目を閉じて瞑想を始める。

 

 

 

「「  ザ・リッパー!!  」」

 

 

 

そして、両者は同時に同じ攻撃技を選択する。

 

二体の人形はそれぞれの持つ刃を構え突撃し、そして一太刀交えた。剣とナイフの鬩ぎ合いが始まる。

両者一歩も譲らず、互いに押しては押されを繰り返しながら顔を近付けて相手を睨み合う。

 

やがてキリがないと判断した二体は、一旦距離を置いて次は斬り合いに発展させる。

しんみょうまる人形の輝針剣と、さくや人形のナイフの刃が激しく弾き合う金属音が、このバトルフィールドに戦いの旋律を奏でていた。

 

「頑張れ! しんみょうまる!」

 

「……」

 

鏡介は鼓舞をし、レミリアは静かに見守って戦いの行く末を見届ける。

 

 

そして弾き合う音が途切れた瞬間、一つの刃が宙に舞っていく。

それは一本のナイフであった。

 

無防備になったさくや人形にしんみょうまる人形は輝針剣を構え、横一文字に切り裂く。

 

背中を向け合う中、攻撃を受けたさくや人形はしばらく立ち尽くすが、やがて静かに倒れ込む。戦闘不能だ。

 

 

『…さくや人形、戦闘不能。しんみょうまる人形の勝ち、ね』

 

 

審判替わりに来たのだろう。いつの間にか来ていた浮遊している魔法水晶の中から、パチュリーの声が響く。

 

 

レミリアの手持ち人形、残り2体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…強い。流石だ、舞島 鏡介!これは期待以上だ!」

 

 

自分の人形が負けたにも拘らず、レミリアは嬉しそうにしていた。

負けたことよりも遥かに、強い者への出会いの喜びの方が上回っているのだろう。

 

「これでもかなり鍛えたつもりだったがな…まだまだということか。人形バトルは奥が深い…」

 

「…まだ勝負はついていませんよ」

 

「フフッ、そうだな。…しかし、その人形は厄介だ。ここで退場願おう」

 

 

「 ゆけ! 殺戮の破壊者 フランドール! 」

 

 

そう言うとレミリアはさくや人形を封印の糸に戻し、次の人形を繰り出す。

金髪のサイドテールに、赤と白の洋風の服装。そして、背中に生えている色鮮やかな宝石の羽が生えていた。

 

スカウターで見てみる。

 

 

『名前:フランドール  種族:吸血鬼  説明:気がふれている悪魔の妹』

 

 

情報が出てきた。

 

悪魔の妹…ということは、レミリアと関係がある人物なのか?

一見可愛らしい見た目だが、何だろう。あの人形から感じる殺気というか…光のげんげつ人形に似た狂暴性を感じる。

 

「さぁ、第二ラウンドだ! フランドール! オーバーレイ!」

 

レミリアが指示を出すと、フランドール人形は無数の閃光弾幕をしんみょうまる人形に放った。

 

「抜打 で迎え撃て!」

 

あの技を食らえば、耐久の減ったしんみょうまる人形はとても耐えられない。レミリアの言葉から察するに、「鋼」の存在が厄介なのだろう。

鏡介は出の早い技で、閃光弾幕を打ち落とすべくしんみょうまる人形に指示を出した。

 

閃光弾幕と針がぶつかり合うが、さくや人形と同じように徐々に押し負けている。強化したにも関わらず、だ。

フランドール人形のパワーがずば抜けているのもそうだが、やはり先程のダメージが響いてしまっているらしい。

 

「 鉄壁之構! 」

 

少しでも耐える為に、鏡介は同じように防御の指示を出す。

 

 

「ぬるい! ダークネススイーツ!」

 

 

しかし、レミリアはその行動を読んでいた。

「オーバーレイ」を耐えているしんみょうまる人形に拡散技の攻撃を無慈悲に、身動きの取れない相手に放った。

 

「…!」

 

やられた。そう思った時にはもう、しんみょうまる人形は闇の渦に捕らわれその体を蝕まれていた。

しんみょうまる人形の苦しむ悲痛な声が、バトルフィールドに絶望を与える。

 

 

そして、闇の渦から解放されたしんみょうまる人形はそのまま膝をつき倒れてしまう。

 

 

『…しんみょうまる人形、戦闘不能。フランドール人形の勝ち。まぁ、もう既に限界だったようだしね』

 

 

人形の様子を水晶越しに確認したパチュリーは、静かに判決を下した。

 

 

鏡介の手持ち人形、残り2体。

 



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第五十九章

遅くなりました



紅魔館の主、レミリア・スカーレットとの人形バトル。

 

紅き月の夜…捻じ曲げられたこの広大なバトル空間で、鏡介とレミリアは自身の人形達を戦わせていた。

 

 

二人の残り手持ち人形は、互いに2体。

レミリアの出している「フランドール」という名の吸血鬼の人形は、次の相手となる人形を無邪気な笑顔で待っていた。

 

「しんみょうまる。よく頑張ったな」

 

鏡介は戦闘不能となったしんみょうまる人形の元へ駆け寄り、抱き抱える。かなり無茶な戦わせ方をさせてしまったが、戦果は上々。相手の人形を一体倒すことに成功した。

本当によく頑張ってくれたと思う。笑顔を向けて頭を軽く撫でてやると、しんみょうまる人形もこちらに笑顔を向ける。

 

そして「お疲れ様」と声を掛けると、しんみょうまる人形を封印の糸に戻した。

 

 

「(あの人形…集中技も拡散技も扱えるみたいだな。火力も高い。タイプは見た限りだと、「闇」は確実。しんみょうまる人形なら有利に立ち回れたけど、今はもう戦闘不能…となると、出すべきは)」

 

「行け! こがさ!」

 

 

鏡介は気持ちを切り替え、次の人形を封印の糸から出す。

 

封印の糸が水の塊となり地上に落ちると、飛沫が飛び散らずにゆっくりと溶け込んでいく。その場から波紋が広がり、こがさ人形が姿を現した。

頭には鉢巻をまいて、服は永遠亭の時に着ていた作業着を身に纏っている…気合は十分といったところだろうか。実に頼もしい。

 

「ふむ、今度は「水」か。フフッ…さっきの人形といい、まるで私を対策しているかのような属性だ」

 

「…?相性的は別に…」

 

「そうじゃないさ。…まぁ気にするな、人形バトルには特別関係のないことだ」

 

レミリアが何やら意味深なことを言うが、自分では意味がよく理解が出来なかった。

…まぁ彼女は気にしなくていいと言ってるし、あまり深くは考えないでおこう。

 

 

『…それじゃあ第二ラウンド、再開』

 

 

「こがさ! 幽霊アンサンブル!」

 

「フランドール! パニックコール!」

 

 

両者が互いに攻撃の指示を出すと、こがさ人形の金槌を叩く音から奏でられる音符弾幕とフランドール人形の口からの音波攻撃が衝突した。

様々な音が複雑に混じり合い、不協和音となっていく。聞いているとおかしくなってしまいそうな雑音に、鏡介は思わず両手で耳を塞いだ。

 

音タイプの技の特徴として、基本的に凄く高音である為にこちらにも鼓膜へのダメージがいくことが挙げられる。

扱いには気を付けないといけない。耳栓は必須だろう。今度人里で探してみるか…あるのか分からないけど。

 

 

「(押し負けている!?馬鹿な…奴の方がステータスを上回っているだと?)」

 

 

レミリアはフランドール人形の攻撃が徐々に押されていることに気が付き、驚きを示す。

見たところ、レベルも火力もこちらの方が上だというのに…

 

「(…そうか!あの技は集弾ステータスを下げる効果がある……技の選出を間違えたかっ!)」

 

「フォースシールド!」

 

分が悪いと判断したレミリアは、防御技の指示を出す。

指示を受けたフランドール人形は口を閉じてバリアを展開し、自身の受ける攻撃を最小限に抑えた。

 

「…!隙が出来た…今だ! 激励(げきれい)!」

 

『私は出来る……やれば出来る子!天才鍛冶っ子のこがさちゃんでえええぇーーいっ!!』

 

こがさ人形は自身に鼓舞をして散防のステータスを大幅に上げた。

 

初めて使う為、何をする技なのかはよく分からないが…技名的にきっと控えのユキ人形とかが応援してくれているのだろう。

聞いた話によると、人形同士は封印の糸越しでも会話は出来るらしいから間違いない。こがさ人形の口が動いて何か唱えていた気がするが、きっと見間違えだろう。

 

よし…相手の集弾ステータスを下げ、こちらの散防ステータスを上げた。これで両方の攻撃に対応出来る態勢が整えられたと言える。

 

 

「…戻れ! フランドール!」

 

 

それを見たレミリアは、即座にフランドール人形を封印の糸に戻す。

 

流石、状況判断が早い。確かに今のままではこちらにダメージを通しにくく不利なのは明確だ。

そして、原作と一緒であれば「下がった能力は交代することでリセットされる」。これでフランドール人形の集弾ステータスは戻った筈だ。

 

集防に関しては、こがさ人形も自身で強化出来る。しかし、とあるデメリット付きだ。簡単には使えない。

だからこそこのスタイル…「幽霊アンサンブル」で相手の集弾を下げつつ少しでもダメージを与えることで常に不利な状況を押し付ける。

もし散弾で攻めてくるならば、「激励」で散防も上げて隙をなくす。我ながら、実に嫌らしい戦術だ。

 

そして、作戦は見事に成功。今のこがさ人形は散防が大幅に上がっているし、これで最後の人形がどちらの型であろうとも問題ない。

 

 

「まさか、早々にこいつの出番とはな…」

 

 

レミリアの最後の人形の名前、容姿はもう分かっている。それはそうだ。何せ、この前まで自分がその人形になっていたのだから。

 

 

「さぁ!これが私の切り札だ!とくと目に焼き付けるがいい!」

 

 

だが分かってはいても、相手の最後の人形だ。相当強いのだろう。油断は出来ない…そう思い、鏡介は身構えた。

先鋒のさくや人形であの強さを誇った人形遣いレミリアの切り札…その強さを侮ることをせずに。

 

 

そして、レミリアは見たこともない白銀の封印の糸を掲げ、唱えた。

 

 

「 永遠に幼き紅の女王! 「スカーレットアバター」! 」

 

 

「……はぁ!?」

 

 

鏡介の予想とは全く違った名前が、レミリアの口から宣言された。

 

 

スカーレット…アバター……?

 

な、何だそれは…名前?いや、そんな名前の人いる訳が……だとしたら、何だ?

 

言葉の意味も分からないし、どういった奴なのかが全く予想出来ない……

 

 

「スカーレットアバター」という謎めいた名前が、鏡介の中で焦りを生む。

予想と違ったのもそうだが、何より正体が不明であることが一番の恐怖であった。一体何者だというのだ…「スカーレットアバター」は…?

 

 

「さぁ、闇の世界へ誘ってやろう。 スカーレットアバター! 気象発現「濃霧」(きしょうはつげん「のうむ」)!」

 

 

指示を受けた謎の人形はその姿を現さず、封印の糸から出つつ辺りを黒い霧で覆っていく。

 

 

「私の最後の人形に、果たして一発でも攻撃を当てられるかな?舞島 鏡介!」

 

 

「(…これは「気象」の一種!?輝夜さんが使っていたのとは全く違う…こういうのもあるのか)」

 

 

この見通しの悪い感じ…前にルーミアが人形に「夜陰」を最大まで使わせた状況に少し似ている。「闇の世界」…つまりこれは「闇」タイプが有利になるものと考えるのが妥当か?

「極光」と正反対の性質と仮定すると、「闇」が強くなって「光」が弱くなる。つまり「スカーレットアバター」のタイプは「闇」…なのだろうか?

 

「…こがさっ! 幽霊アンサンブル!」

 

だが、どっちしてもやることは変わらない。

こちらは散防が上がっているし、集弾もこの技で下げておけば問題はないのだから。

 

指示を受けたこがさ人形は金槌から金属の響く音を鳴らして音符型の弾幕を放つ。

しかし敵の居所が分からない状態で攻撃が当たる筈がなく、音符弾幕は虚しく宙を飛んでいく。

 

「フフッ、どこに攻撃しているのかな? ラプラスの目!」

 

不敵に笑いながらレミリアは人形に攻撃の指示を出す。

 

すると次の瞬間、こがさ人形の周りから無数の目が現れて取り囲まれてしまった。

紫色の不気味な瞳が、こがさ人形を暗闇から凝視する。

 

その光景に、こがさ人形は恐怖し竦み上がってしまう。気の小さいこがさ人形にとって、この闇の中の恐怖は耐えがたいものであった。

 

「怖いか? だが、容赦はしない。 怒号(どごう)!」

 

恐がるこがさ人形に、レミリアは更なる追撃を指示する。

瞳に恐怖しているこがさ人形に、暗闇から謎の人形は近づく。

 

「…!こがさ!後ろだ!」

 

鏡介が気付いた頃には、もう既に謎の人形は背後に立っていた。

 

霧のせいで未だに正体が掴めないが、それはどこかで見たことのあるシルエットだった。

…まさか、「スカーレットアバター」の正体って…

 

 

『 ぎゃおーーーーー!!!たぁべちゃうぞーーーーっ!!! 』

 

『 ひいぃやあああぁぁァァァーーーーーーーーっ!!!?? 』

 

 

背後からの突然の大声に、こがさ人形は全身が飛び上がりそのまま転げ落ちる。

辛うじて起き上がると目の前に紫色の瞳が映り、恐怖を倍増させた。こがさ人形は震えあがり、その場で縮こまってしまう。

 

「こがさ!気をしっかり!」

 

「これで上がった能力も元に戻った。…いや、むしろそれ以上に散防が大幅に下がったか?あの状態ではな」

 

「た、立って!立ち上がるんだっ!」

 

鏡介が必死に声を掛けるも、こがさ人形は恐怖で足が竦んでしまってまともに動けない。

 

 

「止めだ。 やれ!」

 

 

そして無慈悲にも、レミリアは動けないこがさ人形に対して攻撃指令を下す。

紫色の瞳が一斉に光り出し、そこから無数の弾幕が襲い掛かる。あまりの攻撃の激しさで砂煙が舞い、視界を更に悪くさせた。

 

「こ、こがさ…っ!」

 

こちらが判断を誤ったせいだ。迂闊な攻撃をしてしまったが故に、状況を一気に悪化させてしまった。

しかし、何も強化をしていないのに攻撃が当たらないなんて…この気象がそうさせているのだろうか?だとすると、このまま放置させては絶対にならない。

 

砂煙の中、鏡介は自身の軽率な行動を反省する。

 

攻撃が当てられない限り、こちらに勝ち目はない。どうにかしなければ…

 

 

やがて、砂煙が収まる。

 

そして「濃霧」は残ったまま、攻撃を受けたこがさ人形の姿が徐々に見えてきた。

 

 

『…こがさ人形、戦闘不能。…レミィに王手ね』

 

 

目を回して倒れたまま動かないこがさ人形を水晶越しに見ながら、パチュリーは判決を下した。

 

 

鏡介の手持ち人形、残り一体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、次の人形はあっさりと倒してしまったな。あの様子だと、まだ十分な経験値を獲得してないようだね」

 

「……ッ」

 

「一体目の人形は中々良かったのだがな。少しガッカリだぞ、舞島 鏡介。もっと私を楽しませてくれよ。なぁ?スカーレットアバターよ。お前もそう思うだろう?」

 

レミリアの傍に蝙蝠が集い、「スカーレットアバター」がその正体を現す。

 

その姿はレミリアと瓜二つの人形。白い肌に紅い瞳、血のよう真っ赤なリボンを多くあしらった薄いピンクの服。

本人に負けず劣らずのカリスマ性を感じさせ、圧倒的な強さを象徴していた。

 

レミリア人形は主の問いに頷くことなく、瞳を閉じながら静かに笑みを零す。

自分の人形達とはまるで違う。強者であることを自覚している凛としたあの佇まい…虚栄などではない、本物の実力者だ。

今まで会って来た人形とはまるで格が違う。

 

こんな気持ちになったのは、光のげんげつ人形と初めて出会った時以来だろうか。

 

あの時は、ユキ人形が謎の覚醒をして奇跡的に勝つことが出来た。しかし、それ以降は一度もアレは発動をしたことがない。

あの力があれば、今のこの状況をひっくり返せる可能性はあるが…期待はしない方がいいだろう。

 

 

もうやるしかない。こちらの最後の一体で精一杯っ!

 

 

「さぁ、最後の人形…出しなよっ!」

 

「えぇ、僕の最初のパートナーです! ユキ! 君に決めたっ!」

 

 

鏡介は手持ちの最後の人形が入っている封印の糸を掲げる。

封印の糸は炎の球となってバトルフィールドを掛け回っていき、通り過ぎた跡から火の粉が舞い上がる。

 

「…随分と元気のいい人形だな」

 

「アハハッ…まぁ確かに元気なやつですね。こいつは」

 

レミリアはユキ人形の登場演出に少々呆れ気味に感想を述べる。

フィールドを自由奔放に飛び回り続ける人形の姿に、レミリアの人形も溜息を吐く。

 

 

「(…だが何だ?あの人形から感じる特殊な「運命」は?………ほう、これは。フフッ…こいつ、中々面白い「運命」をしているね)」

 

 

思わぬ収穫に、思わずレミリアは笑みを浮かべる。

 

彼女が見えたものは何なのか、それは彼女のみぞ知ること。

 

 

 

 

そして炎の球は一通り暴れ回った後、鏡介のいる方のフィールドへ急ブレーキして戻って来た。

纏っていた炎が徐々に消えていくと、ユキ人形がその姿を現す。

 

「それがお前の最後の人形か。…ふむ、見ない顔だな」

 

「…頼むぞ! ユキ!」

 

鏡介の言葉に、ユキ人形はこちらを向いて元気よく頷いた。やる気十分のようだ。

しんみょうまる人形の分、そして今回無念の敗北となってしまったこがさ人形の分も頑張って欲しい。

こっちも出来るだけのことはやってみせよう。

 

『…それじゃ、そろそろ第三ラウンドを始めるわよ。…まぁ後一体でレミィの人形二体分を相手に出来るとは思えないけれど』

 

「言ってやるなよ、パチェ。この人形、案外健闘するかもしれんぞ?」

 

『あら、あなたがそんなことを言うなんて珍しいわね?…ま、ぶっちゃけ私は人形のデータ採集が出来ればそれでいいし、バトルの結果なんて正直どうでもいいんだけどね』

 

「…そ、そんな理由で?」

 

「…ハハハッ!成程!道理ですんなり審判を受けてくれた訳だ!」

 

 

パチュリーがここに来た理由は人形の研究、ということらしい。

それを聞いたレミリアはそのことが可笑しいのか、笑っている。緊迫したこの空間に、一時の安らぎが訪れた。

 

…だが、それもほんの少しの間のこと。

 

この勝負で結果が決まる。相手は人形が二体…何とか勝ち筋を見い出せ…!

 

 

「…さて、それじゃあ始めようか?舞島 鏡介」

 

「えぇ、そうですね」

 

 

『…第三ラウンド、開始』

 

 



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第六十章

黒い霧が辺りを覆っている…

 

そこは闇を好む者達の世界。視界は思ったより悪くはないのだが、光が一切入らないこの空間は人を不安な気持ちにさせる。実に嫌なものだ。

 

レミリアとの人形バトル…こちらの手持ちは後一体なのに対し、彼女はまだ二体残っている。

状況は最悪と言っていい。まさか一撃でこがさ人形がやられてしまうなんて思わなかった。

計算ミスだ。相手の強さを決して見縊っていた訳ではない…ないのだが、それでも相手の人形の強さが予想の遥か上を行っていた。

 

 

「スカーレットアバター! ウィンドジャベリン!」

 

「ファイアウォール で身を守るんだ!」

 

 

スカーレットアバター、基レミリア人形の旋風の槍による連続突きがユキ人形を襲う。

ユキ人形は炎の壁でこの猛攻を何とか防ぐが、一撃一撃が重く徐々に押される。

 

「ほう、その技を防御に使うか!面白い!」

 

「……っ(不味い、どんどん押されている。この人形相手にこれ以上は使用しない方がいいか…)」

 

やはりこのレミリア人形…強い。

攻撃力もスピードも、ユキ人形を遥かに上回っている。隙が出来ない。

「ファイアウォール」は元々攻撃技であり、防御技と比べると耐久性は乏しい。いずれ押し負けて手痛いダメージを負うだろう。

 

…これじゃあ、いつまで経ってもあの技を使えないままだ。どうにかして隙を作らないと…!

何か、何かないのか?相手に不意を突ける技を…そして、今のこの場の状況をよく観察するんだ。

 

 

「(…!あれは…そうか、咲夜さんの人形とのバトルの際に………そうだ!これを使って…!)」

 

「ユキ! ファイアウォール を飛ばしてそのまま 乱反射レーザー だ!」

 

 

ユキ人形は指示通りに張っていた炎の壁をレミリア人形に向けて飛ばし、そのまま無数の光線を放った。

 

「無駄だ!この中ではスカーレットアバターに攻撃は一切届かないっ!」

 

炎の壁が迫って当たりそうになったその瞬間、レミリア人形はその姿を蝙蝠の集合体に変えて攻撃をやり過ごす。

そのまま炎の壁は真っすぐ飛んでいくが、まだ攻撃は終わってはいない。次は、無数の光線が入り乱れてレミリア人形へと飛んで来る。

 

「当たってくれ…!」

 

「無駄だと言っているのに分からない奴だ…結果は同じさ!」

 

レミリアの宣言通り、さっきと同様に光線が当たる瞬間、レミリア人形はその姿を蝙蝠の集合体に変えてやり過ごす。

光線は壁と一緒に飛んでいく。

 

 

しかし、これこそが鏡介の狙いだった。

 

飛んでいた炎の壁に先程の光線が反射し、再びレミリア人形に向かっていく。

 

「…なっ!?」

 

「上手くいった…!」

 

「乱反射レーザー」の屈折を利用し、不意を突いた一撃。

流石のレミリアも予想出来なかったらしく、驚きの表情を浮かべる。

 

 

「…だが!この濃霧の中では「光」技は半減されている!そんな攻撃、弾くことなど造作もないわッ!」

 

「スカーレットアバター! スマッシュスピン!」

 

 

レミリアが指示を出すと、レミリア人形は体をこまの如く高速で回転させてユキ人形の攻撃を弾いた。

 

「フフッ、どうだ!お前の技の応用力、盗んでやったぞ!」

 

「…くっ!」

 

決死の攻撃を対応されて悔しがる鏡介の顔を見て、レミリアは嘲笑う。

レミリア人形の高速回転によって弾かれた無数の光線は、バラバラの方向に地上に向かって飛んでいく。地面に落ちては屈折も発動しない。

 

万事休すか…?

 

 

「良い攻め方だったが、このスカーレットアバターに傷を負わせるには至らなかったな。…さて、今度はこっちの番だ」

 

「……」

 

「スカーレットアバター! ナイトステ」

 

 

レミリアが指示を出そうとしたその瞬間、一筋の光線が彼女の人形を貫いた。

突然来た背後からの攻撃に、レミリア人形はひるんでしまう。

 

 

「……!?な、何だと!?」

 

「…今だっ!」

 

 

「 ユキ! 気象発現! 」

 

「 極光! 」

 

 

鏡介の叫びを聞き、ユキ人形は天に光の玉を捧げた。

 

 

そして、黒い霧に覆われたフィールドに闇を照らす光が差し込む。

 

霧は瞬く間に晴れていき、「闇」を退ける光の世界が展開された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(な、何だ!?一体何が起こった…!?完全に攻撃はやり過ごした筈…なのに何故攻撃が飛んで、尚且つそれが当たった…!?)」

 

レミリアは先程の現象に戸惑いを隠せないでいた。

日差しの中、咲夜に傘を差して貰いながら思考を巡らせる。

 

「(あの濃霧の中、まさか攻撃がヒットするなんて。…いや、それよりもどうして背後から攻撃が突然飛んできたというのだ…?)」

 

レミリアは辺りを見回し、そして考察を始める。

あの瞬間にあの外来人の人形が移動したとは思えない。精々、数秒くらいしか経っていなかった。

それに、あの人形のレベルだとまだそんなスピードは出せやしない。

 

…いや、そもそもの話だ。私の視界にはあの人形が正面にしっかりいたのだ。

だから、「背後に回り込んだ」訳ではなし。となれば…弾いた攻撃が再び何かに当たって屈折した…?

 

「……!おい、パチェ!お前の水晶か!?あの攻撃を反射させたのは!?」

 

『は?』

 

「この水晶にあいつの攻撃が当たったんだろ!なぁ!?やってくれたなぁおい!」

 

『…落ち着きなさい、レミィ』

 

浮いている魔法水晶の存在が目につき、文句を言うレミリア。

それをパチュリーは水晶越しに宥めている。

 

…何だか、急に彼女と初めて会った時に見せた幼い一面が出てきている。それ程衝撃的だったのだろう。

 

 

『レミィの考えは正しいわ。あれは確かに死角から反射させることで起きたものよ。ただ、反射させたのは私の水晶じゃない』

 

「……だったら、一体何が反射したと…っ!」

 

『…それは』

 

「それはあなたの人形が残した「一本のナイフ」ですよ、レミリアさん」

 

「…!」

 

 

レミリアは鏡介の指を指す方向を向く。

そして、さくや人形がしんみょうまる人形と戦った際に弾かれたナイフが地面に突き刺さっていることに気が付く。

その角度は、丁度レミリア人形の背後に反射する完璧な角度であった。

 

 

「そして攻撃が当たった理由は、あなたの人形が使った技「スマッシュスピン」。あれがあなたの人形の周りにある霧を一時的に晴らしてしまったから。

 あなたの人形のアビリティは恐らく、「気象が濃霧の時に人形の回避率を上げる」…でも、そのアビリティは「霧」の中にいないと発動しないようですね!」

 

「…ッ!?」

 

『してやられたわね、レミィ』

 

 

実際、危険な賭けではあった。そもそも「乱反射レーザー」がナイフに当たる保証など最初からない。

壁による反射を対応してくることは読んではいたのだが、本当に上手くいって良かった。

 

これで気象を上書きさせることに成功。

相手の弱点である「光」タイプを強化し、「闇」を半減させるこの「極光」のなかであれば、多少は有利に立ち回れる筈だ。

 

これでやっと、攻めに転じることが出来る。

 

 

「…戻れっ! スカーレットアバター!」

 

「殺戮の破壊者 フランドール!」

 

 

しかしレミリアは最初こそ動揺していたもののすぐに落ち着きを取り戻し、すぐさま交代を宣言。

そして、フランドール人形を場に出す。

 

「ユキ! スターフレア!」

 

だが、その際に出来る隙を鏡介は見逃さない。

出て来たばかりのフランドール人形に向かい、新しく覚えた「光」タイプの強力な技を食らわせる。

 

ユキ人形の放った天からの光弾が、フランドール人形を襲う。

 

攻撃は見事にクリーンヒット。レミリアは指示が間に合わないと最初から判断していたのか、何も言うことはなかった。

 

 

『アビリティ:癇癪持ち(かんしゃくもち)  発動』

 

「え…!?」

 

 

鏡介のスカウターが反応する。

 

 

そして、この場の空気が一変した。

 

とてつもない殺意の波動をフランドール人形の方から感じる。

攻撃をまともに受けてふらついているにも拘らずその姿は恐ろしいもので、最初に見た無邪気そうな顔はそこにはなかった。

それは、攻撃してきた相手に対する憎悪に満ちた恐ろしい表情。「悪魔」に相応しい紅く鋭い眼光が、ユキ人形に鋭く刺さる。

 

「な、何だこれは…!?」

 

「…ククッ、ハハハハハッ!君は何とも運が悪い…どうやら、こいつを本気で怒らせてしまったようだな」

 

殺意の波動に目覚めたフランドール人形は、禍々しいオーラを放ちながらユキ人形に向かい凄まじいスピードで襲い掛かった。

レミリアはその光景をただ静かに見つめている。

 

 

「さぁ、こいつの暴走を止められるかな?舞島 鏡介!」

 

「この状態になると指示を一切受け付けなくなる替わりに、絶大なパワーを得るっ!少しでもお前の人形にダメージを負わせ、確実に勝利させて貰うぞ!」

 

「くっ…!?」

 

『(…自分の能力を活用したこの戦術。私じゃなきゃ見逃しゃうわね)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺意の波動に目覚めたフランドール人形による飛翔からの丈夫な右拳が、ユキ人形に向けて振るわれる。

 

「よけろ! ユキ!」

 

ユキ人形はフランドール人形の攻撃をバックステップで回避した。

避けたことで地面に突き刺さったフランドール人形の右拳から、地響きと共に大きく亀裂が走る。

滅茶苦茶なパワーだ。あんなの食らったら戦闘不能では済まない。

 

「反撃だ! ユキ! フラッシュオーバー!」

 

指示を受けたユキ人形は、無数の火球をフランドール人形に向けて放った。

それに対しフランドール人形は「オーバーレイ」で対抗する。光弾と火球がぶつかり合い、火花が散っていく。

 

「…そんな!?ユキの方が押されている!?」

 

威力の低い技である「オーバーレイ」の方がユキ人形の攻撃を押している。

いくら気象で威力が上がっているとはいえ、元の技の威力はこちらが上だ。それでも負けている辺り、あのアビリティの恐ろしさを実感する。

 

「ファイアウォール で身を守れ!」

 

鏡介は素早く防御の指示を出し、攻撃に備える。

炎の壁を作り出したユキ人形の光弾が襲い掛かるが、何とか防ぎ切った。

 

しかし、既にその瞬間フランドール人形は目にも止まらないスピードでユキ人形に突進してきていた。

壁を張っていたにも拘わらず、それをすり抜けユキ人形は攻撃をまともに受けてしまう。

 

数m吹き飛ばされたユキ人形は何とか立ち上がるも、足元がふらついている。お腹を抑えていて、息も荒い。

 

「最大火力の「影走り(かげばしり)」は効いただろう?」

 

「(…あの技、防御結界をすり抜けるのか。不味いな、このままじゃ勝てない…!どうしたら…どうしたら突破出来る!?)」

 

未だ、かつてないほどの逆境であった。

人形バトルでこれ程のピンチは、これが初めてだ。この高揚感…これが、人形バトル…!

 

 

 

鏡介はその時、願った。

 

 

このバトルに「勝ちたい」と、心の底から願った。

 

絶対に「負けたくない」と、真に願った。

 

 

「!?」

 

「(運命が…変わった……!?)」

 

 

レミリアの紅き瞳から、強い兆しが映り込む。

それは彼女にとって望ましくない、受け入れ難いもの。

 

レミリアは唇を嚙み締めてそれを見つめる。しかし、それと同時に

 

 

「(……面白いじゃないかっ…!)」

 

 

この人形バトルの高揚感を、更に高めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うわっ!?」

 

 

突然、バトルフィールドに炎の渦が舞い上がる。

 

何も指示は出していない。それなのに、ユキ人形はその渦の中心にいた。

暴走しているフランドール人形は無理矢理近づこうとするも、炎の激しさに弾かれてしまっている。

 

「(な、何だ?こんな技、スカウターには…)」

 

「!?こ、これは…!」

 

鏡介はスカウターの異変に気が付く。

ユキ人形のステータスが大幅に強化されていき、約2倍近くまで跳ね上がった。

 

この現象、初めてじゃない。前にも一度、見たことがある。

 

 

これは…

 

 

『……舞君の気持ち、しっかり伝わったよ』

 

 

あの悪魔を倒す為の、奇跡の力だ。

 

 

 



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第六十一章

絶体絶命のピンチ。

 

強敵レミリアの前に、人形バトルで初めて「敗北」をしてしまうかと思われた。しかしその時、

 

 

「……ユキ?」

 

「な、何だあれは…?」

 

 

突然、炎の渦が激しく舞うとユキ人形は立ち上がる。

 

金色の気を全身から放って立ち尽くし、そして閉じていた瞳をゆっくりと開いた。

それと同時に、周りの炎の渦も消え去っていく。

 

 

「(間違いない。これはあの時の…)」

 

 

鏡介はこの現象に見覚えがあった。

光の人形である「げんげつ人形」を一緒に捕まえた際に見た、謎の覚醒現象。

 

スカウターの数値には、ユキ人形のステータスが大幅に上昇していることが示されている。

これによって一時的に覚えた技も数多くあり、それはどれも強力なものばかりだ。

 

何故これが今になって発動したのかは分からない。何せあれっきりだった。

 

しかし、この人形バトルに大きな勝ち筋が出来たのは間違いないだろう。

 

「…いけるか? ユキ!」

 

鏡介はユキ人形に呼びかけた。するとユキ人形は、こちらを向いて静かに頷く。

どうやらあの時とは違い、最初から理性をしっかり保てている。力を制御出来ずに暴走してしまうという心配はなさそうだ。いける、これなら…!

 

「…どんなトリックを使ったのかは知らないが、それでも暴走したこの人形は止められまい!」

 

レミリアの忠告と共に、暴走し殺意の波動に目覚めたフランドール人形は奇声を上げながらユキ人形に襲い掛かる。

「パニックコール」による、不協和音で聞く者を狂わせる音波攻撃が飛んできた。

 

 

「 ウルトラハイトーン だ! 」

 

 

鏡介から指示を受けたユキ人形は大きく息を吸い込むと、同じく強力な高音の音波攻撃を放つ。

そのままだと鼓膜がどうにかなってしまいそうなので、あらかじめ耳は塞いでおく。

 

強力な音圧のぶつかり合いが起こり、この空間全体に混じり合った音が響き渡る。

 

 

「…!?馬鹿な…タイプが一致している訳でもないというのに…!?」

 

 

闇タイプで一致している「パニックコール」の最大火力を、不一致である技でほぼ互角…それどころか、フランドール人形の方が僅かに負けている。

差は徐々に広がっていき、やがてフランドール人形に技が命中。そのまま吹き飛ばされた。

 

 

「 バーンストライク! 」

 

 

ユキ人形は炎を全身に纏い、猛スピードで突撃した。

そして吹き飛ばされている状態から更に追撃をする形で、フランドール人形を跳ね飛ばす。

フラン人形は宙に放り出されてしまった。

 

 

「 今だ! 彩光百花(さいこうひゃっか)! 」

 

 

ユキ人形は足を広げ、低く腰を下ろし、両手を構える。

すると、ユキ人形はその場から姿を消した。

 

「なっ…ど、どこにいった…!?」

 

突然の出来事にレミリアが困惑していると、宙に舞っているフランドール人形の背後にユキ人形の姿が現れる。

そしてそのまま、ユキ人形は両手に込めたエネルギーを無慈悲にその人形へと解き放った。

 

鮮やかな緑色の極太レーザー砲が、フランドール人形を勢いよく地面に叩き付ける。

 

 

「うわっ!?」

 

「ぐっ…!?」

 

 

その衝撃で発生した眩い閃光が、トレーナー二人を眩ませる。

 

 

 

やがて光は収まると、地面の中心には大きなクレーターがあり、その周りにはヒビが割れている。そしてそこには、フランドール人形が倒れていた。

攻撃を終えたユキ人形は華麗に着地を決め、腕を組みながら様子を伺う。

 

『全く、妹様の人形以上に滅茶苦茶な威力ね。……一応、確認はするわよ』

 

「(…妹様?)」

 

パチュリーはそれを確認すると、ゆっくりとフランドール人形の元へと移動する。

「もう見るまでもない」という言い方をしながらも、しっかり審判の役割を遂行してくれていた。

 

 

『…フランドール人形、戦闘不能。ユキ人形の勝ち、ね』

 

 

目を回しているフランドール人形を見て、パチュリーはそう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レミリアは口を開けたまま、先程のバトルの一部始終を見ていた。

何が起こったのか理解が追い付かず、唖然としている。

 

「(この私の目にも、まるで分らなかった。瞬間移動…?あれがあの人形の俊敏値だとでもいうのか?

 それに、あの人形の中にあるアイテム…「パニックコール」でも引き剥がせないなんて…くそっ!やはり、さっき見えたアレは…そういうことなのか)」

 

「…戻れ。フランドール」

 

レミリアは戦闘不能となったフランドール人形を封印の糸へと戻した。

 

彼女の中で、この人形バトルにおいて決めてある自己ルールがある。

それは「自分の能力で勝敗を操作しない」こと。人形バトルはフェアであるべき、そう思っているからだ。

 

だが、レミリアはその自分で決めたルールを破ってしまった。

何故か?それは「勝ちたかった」、「負けたくなかった」からに他ならない。

 

 

人形バトルは今まで無敗。自分以上に強い人形遣いはいないと、そう思っていた。

パチュリーの協力の元、魔法で作り出した仮想空間での人形バトルを毎日行うことで、レミリアは己の人形を鍛えている。

あらゆる人形のタイプ、技、アビリティを知り尽くした知識を生かし、完璧な作戦を立てての勝利…それがレミリアの人形バトルであった。

既に能力など使うまでもない領域へと、彼女は辿り着いていたのだ。

 

しかし、鏡介という外来人との人形バトルは今までのものとは何もかも違った。

予想もつかない行動、場の観察力、彼のバトルセンスはシュミレーションにはない独自性があり、レミリアはいつもの実力を出せていない。

それが何時しか焦りとなり、自身の能力である「運命操作」を使うことで、フランドール人形のアビリティを無理矢理発動させた。

 

…その判断がまさか、このような結果になろうとは思いもしなかった。

 

「…運命を捻じ曲げようとした報い、というやつか」

 

「?」

 

「こっちの話さ。…さて、これで一対一か」

 

レミリアは自身の人形の入った封印の糸を見ながら、そう呟く。

すると、魔法水晶がレミリアの元へとやって来た。

 

『これは、いよいよ分からなくなってきたわね』

 

「何だ、バトルの勝敗なんて興味ないんじゃなかったのか?」

 

『…あの人形の急なパワーアップに、少し興味が沸いた。それにあなたの人形が敵うのかも、ね』

 

「…私も、あんなのは初めて見た。面白い奴だよ、全く」

 

「(うーん…やっぱり、これってユキだけに起こる現象なのかな?)」

 

二人の会話と今までの経験から察するに、この強化は「ユキ」だけの特権らしい。

しんみょうまる人形やこがさ人形では起きない、特別な力。夢の世界で、二体がユキだけは他と何かが違うと言っていたのが引っ掛かる…それと何か関係が?

 

…いや、今それを考えるのはよそう。

 

 

「言っておくが、負けてやる気は更々ないぞ?」

 

 

レミリアは手に持っている運命の糸を強く握りしめ、鏡介を見据える。その瞳には、闘志が宿っていた。

 

 

「…はい、こっちだって!」

 

 

そうだ。今はこの熱い人形バトルを、精一杯楽しもうではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 永遠に幼き紅の女王!! スカーレットアバター!! 」

 

 

レミリアは最後の一体の入った運命の糸を掲げ、力強くその名を呼ぶ。

 

運命の糸は純白な白から漆黒の黒へとその色を染める。すると糸は無数の蝙蝠達へと変化し、バトルフィールドへと集まり出した。

そして蝙蝠達の集合体は一つの小さな人型となり、その背中からは大きな悪魔の翼が広がる。小さな人型は徐々にその姿を現し、目覚めた。

 

「スカーレットアバター」の登場である。

 

 

「さぁ行くぞ!舞島 鏡介!」

 

 

『…最終ラウンド、始め』

 

 

互いの人形が揃ったことを確認したパチュリーは、審判として最後の戦いの始まりを二人に告げる。

 

 

「スカーレットアバター! スピニングエア!」

 

「ユキ! スターフレア!」

 

 

風と光の弾幕が、互いを押し合いながら激しくぶつかる。

気象の恩恵でこちらに分があると思いきや、押し勝てずに均衡していた。やがて弾幕同士は激しく衝突し合う中で大きな爆発を引き起こす。砂煙が舞い、視界が悪くなった。

 

覚醒を果たしてようやく互角の勝負になる辺り、やはりこのレミリア人形は相当手強い。

 

「…クククッ、ようやくこの私の人形と互角に渡り合える相手が現れた。ならば、もう出し惜しみはしない!」

 

「…!(何かするつもりだ。止めないと…っ!)」

 

「ユキ! インフェルノ だ!」

 

 

レミリアが何かを企んでいるのを察知し、鏡介は先手を打つ。

ユキ人形に広範囲を焼き尽くす強力な技「インフェルノ」を指示し、視界の悪い中でも当てられるよう攻撃を仕掛けた。

灼熱の業火がうねりを激しく上げながら、レミリア人形に襲い掛かる。

 

 

「 まずはこの目障りな光を消し去るっ! 終焉の静風(しゅうえんのせいふう)! 」

 

 

レミリア人形は翼を大きく広げ、それを仰ぐことで風を発生させる。

そよ風程度のものにも拘わらず、その風はユキ人形の放った炎を寄せ付けない。

それどころか風は炎を容易に消し去り、そのまま相手を襲う。実際の風の強さとは矛盾した強烈な衝撃により、ユキ人形は大きく吹く飛ばされる。

 

「そんなっ!?「インフェルノ」がどうしてあんな技で!?」

 

「これは一応、奥の手だったのだがな…状況が状況だ。これで厄介な「極光」は消させて貰ったよ」

 

「…なっ!?」

 

レミリアに言われ、鏡介は上を見上げる。

先程までカンカン照りだった空は、紅い月を映し出す窓の照明へと戻っていた。

 

「(…そうか!さっきの技は…)」

 

「気付いたって顔だね。ご想像の通り、「終焉の静風」は気象をリセットさせ威力を倍増させる効果がある。

 これでさっき見た瞬間移動する技も怖くない。あの技は本来、力を溜める時間が必要な技なんだからな」

 

「くっ…」

 

「さて、これでこちらの攻撃の準備は整った!スカーレットアバター! ウィンドジャベリン!」

 

レミリア人形は手元に旋風の槍を生成し、それを手に持つ。

鏡介は身構えるが、攻めてくる様子はない。何をするつもりだ?

 

 

「刮目するがいい!「合体技」だ!」

 

「 スマッシュスピン! 」

 

 

レミリア人形は槍を持ったまま、その場で高速回転を始める。

 

風技と風技の融合により、回っているレミリア人形は何者も寄せ付けない大きな竜巻となった。

 

 

「フフッ、案外やれば出来るものだ!それ突撃ぃ!」

 

 

巨大な竜巻がユキ人形に向かいゆっくりと襲い掛かる。

その勢いに立っていられるのがやっとなユキ人形であるが、必死に踏ん張りながらもこちらを見つめ指示を待っていた。

 

「頑張れユキ! フラッシュオーバー だ!」

 

ユキ人形は両手から無数の火球を出し、それをレミリア人形に放つ。

しかし、竜巻と化したレミリア人形の力で無念にも攻撃が弾かれてしまう。

 

「…!?」

 

「無駄だ!もはやどんな攻撃も、このスカーレットアバターには通用しない!」

 

鏡介がそのことに驚くのも束の間、ユキ人形は竜巻に巻き込まれてしまい、上空へ大きく吹き飛ばされる。

竜巻に激しく振り回されて抵抗する力が失われたユキ人形は、そのまま頭から落下していく。

 

 

「…ユキ!目を覚まして!!ユキッ!!」

 

「ふん、もう終わりだ。奴はただでさえ負傷している状態。そのまま落下してお前の負け…そして、私の勝ちだ!」

 

 

必死に呼びかけるが、ユキ人形は目を覚まさない。

このままだと落下の衝撃で、間違いなくユキ人形は戦闘不能。こちらの負け…そんなのは嫌だ。勝ちたい…絶対に!

 

 

 

「  ユキィィーーーーーッ!!!!  」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鏡介の心の底からの魂の叫びが、バトルフィールドに響き渡る。

 

 

『……ッ!!』

 

「ば、馬鹿な!?一体あの人形のどこにそんな力が!?」

 

「…! ファイアウォール で着地の衝撃を和らげてっ!」

 

 

その声が届き、ユキ人形は目を覚ました。

ユキ人形は指示通りに炎の壁を地面に向け、そのままぶつけることで落下を防ぐ。

 

そのまま着地を決めるが、足元がおぼつかなく息も相当荒い。レミリアの言う通り、もう限界なのは明白だ。

次の攻撃で決めないといけない。相手はまだ一度もダメージを追っていないとなると、相当強力な技を当てる必要がある。

落ち着け…焦ってもいけないが、じっくり考える暇もないぞ。

 

あの竜巻攻撃は、恐らく正面からでは攻撃が全く通用しない。敵ながら見事な連携技だ。

あれをされ続けたらこちらにまず勝ち目はないだろう。どうにかして、あの状態から攻撃を当てる方法を考えなければならない。

 

…あの技を、どうにかして当てられればいけるか?しかし、どうやって?あれは隙の多い技だ。

ただやるだけじゃ警戒して発動前に迎撃されてしまうだろう。

 

相手は竜巻…巨大な渦……渦の安全地帯と言えば…

 

 

「(そうだ!上からなら攻撃が通るじゃないか…!でも、問題はどうやってあそこまで行くかだな…)」

 

「しぶとい奴だな…だが、これで止めを刺してやるっ! スカーレットアバター! スマッシュスピン!」

 

「回転を更に早めろっ!念には念を入れてな!」

 

『ちょっとレミィ。そんなことしたらこの空間のもの全部巻き込んじゃうわよ』

 

「じゃあパチェ、魔法で私と咲夜、舞島 鏡介を守るバリアを張れ!ここまで来たら絶対に負けられないっ!」

 

『…はぁ、しょうがないわね。ほいっと』

 

 

レミリア人形の竜巻が先程よりも出力を上げ、この空間を覆ってしまうくらいの巨大のものとなる。

鏡介、レミリア、咲夜には魔法で出来たバリアがある為、影響を受けずにいられるが…

 

「ユ、ユキ!」

 

ユキ人形はこの風の渦に再び飲み込まれてしまう。

 

「(くそ…このままじゃやられる!ユキの覚えている技…「ファイアウォール」では精々巻き込まれてる障害物の衝突を防ぐことしか出来ない。

 他の技だってこの状態じゃまともに当たる訳がないし、当然弾かれる。かと言ってこのままだと上に行くまでにユキが力尽きてしまう…)」

 

「(……待て?障害物…っ!)」

 

鏡介はある作戦が閃き、障害物を注意深く観察する。

理想的なものがないか一つ一つの障害物の材質まで見極め、そして見つけ出した。

 

 

「あれだ! ユキ! あの玉座に テルミット で金属部分に引っ付け!」

 

 

レミリアが鏡介を待っている際に座っていた玉座。

鏡介はそれに目を付け、僅かに存在する金属部分に賭けた。

 

竜巻の中にいる中、何とかユキ人形は飛ばされている玉座へしがみ付き「テルミット」で自身の両手を溶接する。

この固定された両手により、ユキ人形にかかる竜巻の負担を軽減させることに成功した。

 

「よし、いいぞ!ファイアウォール で他の障害物を防ぐんだ!」

 

「ちっ!悪あがきを…!だが竜巻の威力が上がったことでそのまま行けば天井にぶつかる!どっちにしても大ダメージだ!」

 

レミリアの言う通り、彼女の人形が作り出した強大な竜巻の頂点は天井に近いくらいになっている。

仮にこの竜巻からユキ人形が解放されたとしても、その勢いで天井に打ち付けられてしまうだろう。

 

 

「ユキ!天井に向かって バーンストライク!!」

 

「玉座ごと、突っ込めえぇーーーっ!!!」

 

ならば、こうだ。

半ば強引な手ではあるがその勢いを逆に利用し、更に「バーンストライク」での追撃をかます。

その強力なパワーによって天井は徐々に亀裂が走り、ついに…

 

 

「な…て、天井が…!」

 

『…あれまぁ』

 

 

「いっけえぇーーーーーーっ!!!」

 

 

ユキ人形は天井に大きな穴を派手に開けた。

両手にくっつけた玉座は砕け散り、ユキ人形は遥か上空…渦の中心にいる状態となる。

 

 

「ユキ! エンカレッジ!」

 

「(エンカレッジ…!?何故このタイミングで?)」

 

 

ユキ人形は口から音波を出し、渦の中心にいるレミリア人形に聞かせる。

 

 

「これで決めるっ! ヴォルケイノ だ!!」

 

 

天井の空いた空から見える紅い月が、眩く光る球体へと変わっていく。

それは徐々に膨らんでいき、強大となって太陽のような存在感を放った。

 

「(…!何か、大技が来る!…だが、幸いここからだと距離もあるし直撃は避けられる)」

 

「スカーレットアバター!攻撃を一旦中止して攻撃を避けることに……!」

 

レミリアは先程、鏡介がユキ人形に下した指示を思い出す。

「エンカレッジ」…攻撃技ではなく、補助技であるこの技の効果は、

 

 

「(一定の間、最後に使った技しか…使えなくなる!……し、してやられたっ!)」

 

 

レミリアは鏡介があのタイミングであの技を出した意味をたった今理解する。

そう、隙の多い大技を避けさせない為の技固定…レミリア人形はその間、ずっと「スマッシュスピン」を使い続けることになってしまった。

 

 

「…フッ、フフ……やはり、私が勝てない運命は変えられなかったようだ。…見事だよ、舞島鏡介」

 

 

レミリアは口元でそう呟き、竜巻の中心から太陽が落ちてくるのをただ静かに見守った。

 

 

そして太陽は地面に着弾すると、それに巻き込まれたレミリア人形と共に地面から巨大な火口が生えてくる。

火口は大噴火を引き起こし、火口の中に入っていたレミリア人形はそれに直撃…その勢いは天井を超えるぐらいの高さであった。

 

 

しばらくしてレミリア人形は黒焦げの状態で地面に落下。パチュリーが確認を行い、戦闘不能の判決が出た。

 

ユキ人形の方は気を失っている状態で落ちてきたのを、こちらで何とかキャッチ。こちらも戦闘不能の為、この人形バトルは「引き分け」となった。

 

「…舞島 鏡介」

 

「はい」

 

「今夜は本当に楽しかった。人形バトルの奥深さ、可能性を大いに感じたよ。本当にありがとう」

 

「いえ、そんな…」

 

人形バトルを終えたレミリアと言葉を交わし、握手する。

 

こちらだって、こんなに熱くなれたのは初めてだ。人形バトルがこんなにも楽しいものだったなんて…でも、やっぱりやるからには勝ちたい。

今回は引き分けになってしまったし、まだまだ勉強不足だと感じる一戦だった。

 

「実戦経験はやはり大事だな…まぁ、あまり外に出られない身としてはこれが結構難題なんだが。実を言うと、君が初めての実戦相手だったんだ」

 

「(あ、そっか…この人は吸血鬼だから夜にしか基本行動は出来ないよな…)」

 

鏡介はレミリアの境遇を理解し、少し同情した。

人間は問題なく朝から晩まで行動出来るものの、夜しか行動できないレミリアは時間がすごく限られる。

 

夜になると流石に人形遣いも全然いないし、滅多に人形バトルは出来ない。…だから、ここに僕を呼んだのか?

 

「…あの」

 

「?」

 

「もし良かったら、これからも人形バトルに付き合いますよ。異変解決が優先にはなっちゃいますから、いつになるのかはちょっと分かりませんけど」

 

「…!ほ、本当っ!?」

 

レミリアは鏡介の提案に羽をパタパタ動かし、嬉しそうな顔を浮かべる。

カリスマのある風格から一変、いつぞやの幼い部分のレミリアが顔を出したようだ。

 

 

「フフッ、今度やる時は絶対勝って見せるわ。覚悟しなさいっ!」

 

「こっちだって。負けませんよ」

 

 

鏡介とレミリアは互いに人形遣い同士のライバルと認め、友情を育むのであった。

 

 

 

『(…天井の修理、美鈴に任せるか)』

 

 

 



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断章1

「人形異変」の経緯みたいなやつです

あと投稿が空いてしまい、申し訳ありません!



ここは博麗神社。

 

この幻想郷にとって最も重要な場所であり、「博麗の巫女」である「博麗 霊夢」の住む住居でもある。

 

 

霊夢は今日も縁側でのんびりとお茶を飲んでいた。

 

 

「…ふぅ」

 

 

季節は春になろうという時期。

 

温かい日差しとまだ少し寒い外風に包まれる中、霊夢はこの時間をじっくりと堪能する。

手元にある和菓子を一口頬張ると、その次にお茶を一杯啜った。…美味しい。そう呟き、また和菓子を手に持ち一口…そしてお茶。これをしばらく繰り返していく。

霊夢にとってこの時間は至高の一時であり、一番の幸せである。

 

 

この頃、どうやら異変の予兆は見られないようだ。平和なのはいいことだが、仕事がないのも事実。

「異変解決」を生業にしている身としては、正直複雑なところである。

 

だが魔理沙みたいに他にやることがある訳でもないし、あったとしてもそれをやる気もない。

 

 

そう、つまりはこれでいいのだ。「異変」も、「他にやること」も、何もない。結構ではないか。

 

 

「…まぁ、お陰で稼ぎがなくてお金が尽きかけているんだけどね。はぁ…」

 

 

だが霊夢は自分が置かれている状況を冷静に考え、現実に直面する。

 

最後に貰ったのは…永琳からだろうか。あの異変は大変だった。というか、聞いていた話と違う。

「月の偵察部隊」、「夢の世界の番人」、「無口な月の賢者」、「地獄の妖精と女神」、「仙霊?」と今回も濃い連中の集まり…過去一番に苦戦したかもしれない。

 

いざ解決しても報酬が冒したリスクに全く見合っていない。ふざけるな。

 

ふと一連を思い出すとイライラしてきた。

 

 

「あーあ、早く異変起きないかなぁ…」

 

 

先程の思いとは全く矛盾したことを、霊夢は寝そべりながら呟く。

そして青空を見上げ、その眩しさに手を翳しながら大きく溜息を吐いた。

 

 

「…?何アレ……」

 

 

霊夢は空から何かが降っていることに気が付く。そして、

 

 

「ふぐぅっ!?」

 

 

それは彼女の顔面に落ちてきた。

完全に無防備であった為、対応出来ずに接近を許してしまう。…こんな姿、誰にも見られなくてよかった。

 

当たった感触は軽く、そして柔らかい。一体何が落ちてきたというのか?

霊夢はそのまま起き上がり、その正体を確認すべく両手で顔から引き離す。

 

 

「……っ!」

 

 

霊夢は落ちてきた物の正体を見て、言葉を失う。何せそれは、

 

 

「…何よ、これ……」

 

 

自分にそっくりの、小さな人形だったのだから。

 

 

 

 

 

 

「うーん…」

 

「異変起きろ」と思った矢先に、如何にもな存在が落ちてきた。

姿を見る限り、これはアリスの持っている「人形」と少し似ているが…?

 

物珍しいのでしばらく観察していると、その「人形」はまるで自分の意思で動いているような動きを見せた。

大きく欠伸をし、その場で横になって寝そべり始める。

 

「…行儀悪っ!?いくら私でもあんな…いや、う~ん……天気がいいと偶にやる…かも………っ!?」

 

霊夢に似た人形は寝そべった体制のまま、横の置いてある茶菓子に手を伸ばそうとしていることに気が付く。

 

 

「させるかぁーーーっ!!!」

 

 

霊夢にとって、その茶菓子は明日を生きていく為の貴重な食糧だ。断じて他の者に取られたくはない。

霊夢は素早い動きで懐からお札を出し、それを人形に向かって放った。

 

致し方ない。可哀そうではあるが、少々痛い目にあって貰う。

 

 

「えっ!?」

 

 

しかし何ということか。お札が人形に命中する瞬間、周りに結界が展開されてその攻撃を防がれてしまう。

 

霊夢はこの時、人形が自分自身を模してあるだけの存在ではないことに気付かせれることになる。

結界は自分の十八番…この人形もどうやらそれを使うことが出来るみたいだ。…しかし、どのタイミングで張ったのだろう?予備動作が一切なかったように見える。

 

「…なら、取り上げるまでっ!」

 

攻撃が通用しないと判断した霊夢は、茶菓子とお茶が乗っている木製の受け皿を飛翔しながら回収する。その間、僅か一秒。

茶菓子を掴んだと思っていた人形の手元が空を切った。そのことに驚く人形は大きな影があることに気付き、自然と上空を見上げる。

 

「ふん、ここならあんたも手の出しようがないでしょう?いい気味ねっ!」

 

「…~~~!!」

 

勝ち誇る霊夢に、人形は頬を膨らませている。どうやら怒っているようだ。

…どうやらこの人形は「飛翔」をすることが出来ないらしい。対抗して飛んでこないのがいい証拠だ。

 

「まぁ、兎に角これで明日の糧を死守出来たわね…って!?」

 

安心していた矢先に、人形がこちらに向かって弾幕を撃ってきていた。霊夢は間一髪、攻撃をかわす。

その弾幕は赤色で一転を集中するように放たれており、霊夢の得意とする「札」や「針」の攻撃ではなかった。

 

…ということは、あれは自分の分身…という訳ではないのか?

 

 

霊夢は人形の弾幕攻撃を避けながら、思考を巡らせる。

あの生き物が何者であるのか…仮に異変によって生まれたものであるとして、どうして自分とそっくりな姿をしているのか。

今までにないタイプの異変と言える。主犯者は私のことを知っている人物…新たな幻想郷の侵略者という訳ではなさそうだ。

こういったものを作ることが出来る人物といえば…

 

 

「…!」

 

 

すると突然、気の抜ける音が聞こえて来た。…それは霊夢にとって聞き馴染みのあるものだったが、鳴らしたのは霊夢自身ではない。

 

 

「……キュ~…」

 

 

人形からだった。弾幕を打ち続けて疲れた、というよりかは…

 

 

「あいつ、もしかしてお腹減ってるの?」

 

 

空腹で今にも倒れてしまいそう、といったところだろう。しばらくすると人形は耐えられなくなったのか、そのまま横になり動かなくなる。

その様子を見て、霊夢は呆気にとられつつ地上に降り立つ。拍子抜けにも程があった。

 

「おーい」

 

霊夢はしゃがみ込んで倒れた人形を指で突いてみる。すると、微かに動くと同時に情けない声を上げた。…もう本当に動けない程の空腹らしい。

その様子を見て霊夢は溜息を吐き、頭を搔く。…どうやらそこまで警戒する程のものでもなかったようだ。

 

「さて、どうしたもんかなぁこいつ。…それにしても、見れば見る程そっくりね私に…そしてそれを私に仕向けるなんて、相手も趣味悪いわね」

 

この刺客を送った相手は、恐らく自分と同じ姿をした者を攻撃しないと踏んだのだろう。…まぁ実際その狙いは的中しており、ためらっている自分はいたのだが。

しかし、そうなると何故この人形は最初から空腹なのだろうか?これも作戦…?相手の油断を誘うものの可能性も…しかしこの姿を見るに、それも何か違う気がする。

 

考えれば考える程、この生き物の謎は深まるばかりだった。

 

 

「…まぁいっか。ほっておきましょ」

 

 

そして面倒になった霊夢は、その人形を一日中放置することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

今日も霊夢は縁側でゆっくりしていた。いつもと変わらない風景を楽しみ、有意義な時間を過ごしてる。

 

「……あー、そうだった」

 

いや、変わっているところが一つあった。目の前に小さな自分とそっくりの生き物が転がっている。

昨日放置して、そのままの状態だ。どうやらあれから一歩も動いていないらしい。…死んでしまっただろうか?

そう思い観察してみると、まだ微かに動いている。だが昨日より弱っているようだ。このままだと本当に死んでしまうかもしれない。

 

ふと、小鳥が人形に止まった…ツンツンされている。餌だと思われているようだ。

人形はそれにピクピクと反応を示し、それにビックリした小鳥は飛び去る。

 

…何だか、段々と哀れに感じて来た。自分の姿をしているせいで余計にそう思う。

 

「はぁ、しょうがないわね。全く…」

 

見ていられなくなった霊夢は手元にある煎餅を一枚取り出し、人形の元へ駆け寄る。

そして人形を足で転がし、仰向けにした。

 

 

「食べる?」

 

「……!」

 

 

霊夢に煎餅を渡された人形はそれは嬉しそうにしていて、幸せそうに頬張っていたそうな。

 

 

 



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断章2

「断章」はおそらく全4話くらいになるかと思います



ここは博麗神社。

 

この幻想郷にとって最も重要な場所であり、「博麗の巫女」である「博麗 霊夢」の住む住居でもある。

 

霊夢は縁側に座り、悩んでいた。

 

 

「どうしよう…こいつ」

 

 

霊夢はその悩みの種の要因を遠目で見つめ、溜息を吐く。

 

 

この前、突然空から降って来た小さな人形。

 

「博麗 霊夢」と瓜二つの姿をしており、自分の意志で動くことが出来る。身長は一尺より少し大きいくらいで、体重はとても軽い。

何故かこちらの攻撃、主に弾幕が一切効かないらしく、おまけに人形自身弾幕も放てる…実に奇妙な生き物だ。

 

 

弾幕を打ってくる敵は別に珍しくもなんともない。この世界では至って普通である。

しかし、「こちらの弾幕攻撃を一切通さない」のは反則級と言える。「弾幕勝負」がモットーの幻想郷にとって、それは手の出しようがないも同然。

 

「……あ、コラッ!もう煎餅はあげないってば!」

 

「…!!」

 

人形に気まぐれで餌付けしてしまったのは失敗だった。あれ以降、どうやら自分に懐いてしまったらしく手を焼く日々が続くという始末。

居候はあの一寸法師だけで充分だというのに、これ以上面倒を増やさないで欲しい。…まぁ、今回は自分に非があるのは否定出来ないが。

 

「ちょ、ちょっと裾引っ張らないで!……もうっ!何なのよ一体…」

 

人形の思いがけない力で無理矢理引っ張られてしまった霊夢は、縁側の外へと連れ出される。…構って欲しいのだろうか?

こういうのを冷たくすると暴れて面倒になる。渋々だが仕方なく、付き合うことにした。

 

 

何をするのかと待っていると、人形は懐から毬(まり)を取り出してこちらに蹴りあげてくる。

 

どうやら、これで遊びたいらしい。

だがあれはずっと蔵に眠っていた物だった筈なのに。…どうしてこの人形はその場所を知っているのだろう?

 

「…っとと、ほいっほいっ…っと」

 

考え事をしている内に毬は霊夢の元に来ていたので、それを足で左右に蹴る。

これを使っていたのも、もうずいぶんと前…「陰陽玉」の制御の練習に使っていたのだが、それも最早懐かしい。あの頃は、まだ碌に空も飛べなかったっけ。

今よりも修行をサボっていて、「博麗の巫女」としての自覚も薄かったように思う。

 

霊夢が毬を蹴りながら昔を懐かしんでいると、人形はその姿を見て「すごい!」と言わんばかりに目を輝かせ、そして拍手をしている。…「自分」に褒められるって、何か変な気分だ。

 

「…そらっ!あんたもやってみなさいよ!」

 

何だか照れ臭くなった霊夢は、それを誤魔化すように人形へ毬をパスした。

 

だが、これは同時に人形の観察でもある。

この毬の存在を知っているのであれば、やはりこの人形は自分の分身のような存在の可能性はある。この毬だって、きっと先程自分みたいに軽々と扱えるだろう。

 

 

しかし、霊夢のその予想は外れてしまう。

 

蹴ろうとした人形の小さな足は空を切り、その勢いを制御出来ず盛大にコケてしまったのだ。

単純に毬が人形のサイズに対して大き過ぎた…というのもあるだろう。蹴る力だって最初にこちらに渡してきた時に確認済みだ。

 

一度だったらまぐれかも知れない…そう思い、霊夢はその後も何度か毬を蹴らせようとしてみた。

しかし、悉く失敗。一度は蹴れても、上手く反対の足側へと毬をコントロール出来ていない。う~ん、これは…

 

「下手くそ…ね」

 

その後も毬を足元に蹴ろうとする人形。しかし、結果は同じだった。

 

やはり、所詮は「人形」…といったところだろうか。どうやら姿形は似ていても、本物には到底敵わない「差」があるようだ。

人形のムキになった子供のような姿を見て、霊夢は少しばかり安堵する。

 

…しかし、これではまるで昔の自分を見ているようだ。気分がいいかと言えば、あまり良くはない。もしろ、少し見ていてイライラするぐらいだ。

力の入れ方がまるでなっていない。違う方法を試してみればいいのに…さっきから同じことを繰り返している。早く間違っていることに気付いてくれ。

 

…お?やっと学習したか?……あぁ、違う!そうじゃないっ…!もうっ、何で分からないかなぁ…見ていられない。

 

 

 

 

 

…気が付けば、霊夢は人形に毬の蹴り方をレクチャーしていた。

 

 

そして、今日一日をそれに費やした霊夢は布団に入った頃、そのことを大変後悔する。

 

「…何やってんだろう、私」

 

今日自分がやったことの無意味さ、更に人形が自分の布団の中に入り込んでくること…その両方に対し、霊夢は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人形が神社にやって来てからもう一か月が経った。

 

すっかり懐かれてしまい、隙あらば遊びに付き合わされる日々が続いている。

「相手をするほど暇ではない」と言いたいところなのだが、生憎今は異変も何も起こっていない状態が続いている。こういう時に限ってだ。

この人形の出現自体が「異変」なのかもしれないが、こういう時に真っ先に絡んでくる紫は今のところ現れる様子もないし、別にこの人形が何か幻想郷に異変を起こしている訳でもなし。

 

だから、特別退治をする理由もない。これが今の自分の出した結論だ。

 

…それ以前に、退治自体出来ないのだが。

 

 

しかしタダで居候させてあげる程、私は優しくはない。

この人形はある程度教えてあげれば簡単な仕事くらいは出来るのが分かったので、炊事、洗濯等を基礎から叩き込ませてみた。

同じ居候である「少名 針妙丸(すくな しんみょうまる)」と一緒に、現在は働かせている。

 

針妙丸は人形のことを気に入っているみたいで、妹分として可愛がっているようだ。

そして驚くことに、人形が何を言っているのかある程度分かるらしい。言っていること全部を完全通訳は流石に出来ないらしいが、それでも何となく理解出来るとのこと。

 

困った時は針妙丸に通訳して貰うこともあったりする。

 

「霊夢ー!洗濯終わったよー!」

 

「ん、早かったわね。じゃあ次は庭掃除ね」

 

人形の頭に乗っている針妙丸は霊夢の指示を聞いて庭を一望し、その果てしない広さに絶望する。

霊夢にとっては普通でも、針妙丸にとってはあまりにも広大過ぎる庭だった。

 

「うげー…この小さな体にそんな重労働させる気…?鬼なの?」

 

「何?文句言うんだったら飯は食わせないわよ。ただでさえ余裕ないんだから家は」

 

「…はーい分かりましたよぅ…行こう、二号ちゃん」

 

「!」

 

針妙丸はれいむ人形…基「二号ちゃん」と共に渋々掃除道具を取り出し、園内の掃除を始めた。

働かざる者、食うべからず。二体にはきっちりと働いてもらわねば。

 

 

 

季節はすっかり春となり、桜も綺麗に咲き始めた今日この頃。「お花見」という名の宴会の時期でもある。

今年も見事に咲いたが、お陰で園内には花弁がそこら中に散らばっている。今の内に掃除を少しでも終わらせておく必要があるのだ。

 

異変の後は宴会…それはこの幻想郷の一つの「風習」だ。私は結構この風習が好き。何故ならたらふく飯が食えるし、酒も飲める。

後、皆で集まってワイワイするのも案外嫌いではない。まぁそれらは私だけでなく、この幻想郷の住民の大半はそうだ。

 

だから、せめてその会場であるこの神社は綺麗にしておきたい。当日を何不自由なく楽しむ為にも。

 

 

そうそう、幻想郷の風習と言えばもう一つ。

この時期になると必ずここに尋ねて来る人物がいる。

 

 

「おーーーい、霊夢ーーーー!!」

 

 

空からこちらに呼びかける、一か月ぶりの筈なのに聞き飽きるほど聞いたその声の主は、

 

 

「遅いわよ、魔理沙」

 

 

普通の魔法使い、そして同じ異変解決の専門家である「霧雨 魔理沙」だ。

 

 

 

 

 

 

箒で空を飛んでいる魔理沙は、博麗神社に着地すべくこちらへ急行した。

その際に強い風圧が発生し、桜の花弁が舞い散る。

 

「ちょ!?う、うわあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「…~~!?」

 

どうやら花弁と共に針妙丸と人形も巻き込めれてしまったようだ。

それはいいのだが、折角花弁を一か所にまとめていたのにこいつは…

 

「…あのねぇ、こっちは今掃除してんのよ。散らかさないでくれる?」

 

「ん?…あぁ、悪い悪いっ!でもそこに散らばる花弁があるのも悪いと思うんだ。この時間だといつも終わらせてるじゃないか、掃除なんて」

 

「…えぇそうね。でも、今回はちょっと他にやることあったのよ」

 

「ふーん?まぁそれはそれとして、今回も大量に召集出来たぞ。紅魔館に白玉楼、永遠亭、守矢に地底の連中と…まぁほぼいつも通り全員だ。宴会料理や酒の量は期待していいぜ」

 

「よし来た!…この間の連中は?」

 

「うーん、まぁ誘おうと思ったんだけどな…月の奴らと鉢合わせるのどうなんだろうか」

 

「…まぁ、いいんじゃない?いざとなったら、優曇華(うどんげ)に何とか抑え込んでもらいましょうよ。懐かれてるみたいだし」

 

「それもそうだな!じゃあ、あいつらも誘っておこう」

 

このように、宴会の招集は機動力があって顔が広い魔理沙にいつも任せている。

そして、こちらはいつでも始められるように会場の掃除、準備をやっておく。これぞ「適材適所」というやつだ。

 

「ちょっとぉ~~!危ないじゃないのよ~~!」

 

「…ッ!…ッ!」

 

吹き飛ばされた針妙丸と人形が戻ってきて魔理沙に文句を言いに来た。

彼女自身悪気はなかったように見えるが、これは二体に怒られても仕方というものだろう。

 

「…!?」

 

その怒鳴り声を聴いて振り向いた実行犯の魔理沙は、二体を見て何故か驚いたような顔を浮かべていた。

 

「…なぁ霊夢。あの小さなお前によく似た生き物は?」

 

そう言いながら魔理沙は人形の方を指差す。

あぁ、そうか。魔理沙は初めてこいつを見るんだっけ。驚くのも無理はないか。

 

「あー…何か先月からここに住みついちゃったのよね。「居候その2」ってところかな」

 

「そ、そうか…」

 

魔理沙はそれを聞いて考え込む。一体どうしたのだろうか。

 

「…その、実はさ」

 

「ん?」

 

そう言うと、魔理沙は自身の魔女の帽子を脱いだ。

 

 

「…え」

 

 

するとそこには、魔理沙の頭に乗っかっている魔理沙にそっくりの人形の姿があった。

 

 



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断章3

最近出たゲーム達にすっかりモチベを奪われてしまった…モンハン楽しい…ポケスナ楽しいお…



ここは博麗神社。

 

この幻想郷にとって最も重要な場所であり、「博麗の巫女」である「博麗 霊夢」の住む住居でもある。

 

今日は一人、来客が来ていた。

 

参拝ではなくただ遊びに来るだけの、お賽銭も置いて行かない無礼な奴だ。名は「霧雨 魔理沙」という。

 

 

「まさか、私の他にも人形がいたとはな」

 

「それはこっちのセリフよ」

 

 

縁側に座りながら、霊夢と魔理沙は話をする。

聞けば魔理沙も一か月前に人形が空からやってきたらしく、今日まで面倒を見ていたそうだ。

 

「アリスの奴の仕業かと最初は思ったんだがなぁ。どうも違うらしいんだ」

 

「ふぅん。まぁ、あいつがわざわざそんなことする理由がないしねぇ」

 

用意した茶菓子を二人で食べ、お茶を啜ってホッと一息。これも魔理沙が来たらすっかり習慣となっている。

ただ飯食らいは普段なら許さないところだが、魔理沙に関しては違う。同じ仕事をして長い付き合いの中、二人の間には切っても切れない「縁」というものが生まれているからだ。

 

「…あんた食いすぎ」

 

「いいだろ~?私と霊夢の仲じゃないか」

 

…それに、この魔理沙にタダ飯代を請求したところで上手く回る口を使った屁理屈で誤魔化すに決まっている。魔理沙はそういうやつだ。

はぁ…一体これで何度目だろうか?縁は縁でもこれは「腐れ」なのでは?

 

 

「やっぱりこれ、異変の前兆かしらね」

 

「あぁ、そうだろうな。お前の人形を見て確信が持てたぜ」

 

一か月前、突如二人の元にやってきた人形。それは二人の姿に瓜二つで、ハッキリと自分の意思を持っている。

こちらからの弾幕攻撃は一切効かないという特性を持っており、その人形自身も弾幕を使うことが出来るようだ。

 

今までにない厄介な特性も持つこの人形に、こちらもどうすればいいか手を焼いていた。

しかし今日の巡り合わせにより、この異変の解決の糸口が少し見え始める。

 

「ねぇ魔理沙。一つ試したいことがあるんだけど」

 

「…私も同じ事考えてたんだ」

 

人形同士で戦うとどうなるか。

霊夢の人形と魔理沙の人形…この二体が揃った今、それを試すことが出来る絶好の機会だ。

 

思い立ったが吉日。霊夢と魔理沙は目を合わせると小さく微笑み、立ち上がる。

そして人形の方へと視線を向け、いざ始めようとしたが…当の二体の人形は互いに遊び合っていた。とても楽しそうで、邪魔をするのが申し訳ない程だ。

人形からしてみれば、自分と同じ種族に出会えた喜びがあるのだろう。針妙丸含め、すっかり仲良しになってしまったようだ。

 

これは誤算だった。二人は互いにどうしたものかと頭を悩ませる。

 

「うーん…これじゃあ戦わせるのは」

 

「厳しい…な」

 

今この二人を争わせるのは流石に良心が傷つく為、結局は戦わせないという結論となった。

どちらにしても、あんなに仲良くなってしまったら「戦え」と言ったところでやろうとはしないだろう。

 

「他に人形を持ってるやつがいればいいんだがなぁ」

 

「あんた色んなとこ行って来たんでしょ?持っている奴とかいなかったの?」

 

「…見ていない。というか、他に持っている奴がいるなんて今日まで思わなかったからな」

 

「案外、あんたと同じで存在を隠していた…っていうのもいたかもしれないわよ?」

 

「…お前が言うと、不思議とそんな気がしてならないぜ」

 

私や魔理沙だけじゃない…この幻想郷の住民の誰かが人形を所持している可能性はある。

確信などない。あくまで只の勘ではあるが、もしそうだとしたら明日の宴会でそれをハッキリさせよう。

 

「魔理沙、明日の宴会だけど……」

 

「……成程、それは名案だ!」

 

こういう時の魔理沙は、結構頼りになるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

 

天気は雲一つない快晴となり、博麗神社を舞台とする宴会は予定通り開かれることになった。

 

神社の園内ではそれぞれが自前の料理や酒を出し合っている。作ったところによって一つ一つに文化の違いが見られ、見ているだけでも十分面白い。

どうやら、今回は皆それぞれ新作を持ってきたようだ。早速、一人目に声を掛けてみる。

 

「あら、この印の入った饅頭は?」

 

「これかい?その名も、「地霊饅頭(ちれいまんじゅう)」さ!中の具は…フフフッ…」

 

「な、何が入ってんのよ?」

 

「それは、食べてみてのお楽しみ♪」

 

地霊殿の面々が出したのは、「地霊饅頭」。

見た目は普通の美味しそうな饅頭だが…この古明地 さとりのペットである火焔猫 燐(かえんびょう りん)、通称「お燐」が言う具の中身が少しばかり怪しい。

そんな危ないものを宴会に持ち出さないで欲しいものだ。どうか、食べれるものであってくれ。

 

 

気を取り直し、今度は紅魔館の面々のところへ赴く。

ここはいつも見慣れない菓子を出しているのだが、どうやら今回は違うようだ。

 

「珍しいわね、あんたのところが「水羊羹」なんて」

 

「いつも洋菓子だったからね。今回は和菓子にチャレンジしてみたのよ」

 

「へぇ、結構おいしそうじゃないの」

 

「当り前でしょう。何たって咲夜が作ったのだからね。そうね、名付けるのなら…「霧の水羊羹(きりのみずようかん)」!」

 

「…うん。まぁ、あんたにしてはまともなネーミングセンスね」

 

紅魔館の主、レミリア・スカーレットの従者である十六夜 咲夜が作った「霧の水羊羹」。

「霧」要素がどこから出てきたのかは謎だが…これは見事な出来だ。こんな菓子のレパートリーも存在したとは、流石は咲夜といったところだろう。

「完全で瀟洒なメイド長」は伊達ではない。「家にも一人欲しい」…なんて思ってしまう。

 

「…うちの咲夜はあげないよ?」

 

「な、何も言ってないでしょ別に」

 

「そういう顔していたけどね。クククッ…」

 

どうやら、完全に顔に出てしまっていたようだ。食べ物のことになると露骨に欲が出てしまう自分が憎い。

参加者の中では古株なレミリアには既にそれが分かっているようで、すっかりからかわれてしまった。

そしてレミリアの隣にいる当の咲夜はというと…目を閉じながら静かにそれを見守っており、何ともクールな佇まいである。…主の前だから完全にスイッチが入っているな。

 

 

「お~い、霊夢~~!やってるか~?…何だ、まだ全然飲んでないなぁ?」

 

 

横から当然聞き覚えのある声が聞こえて来る。これは…魔理沙だ。

振り返り様子を確認すると、お酒が入っているのがすぐに分かった。何せ顔が林檎のように赤い。これは完全に出来上がっている。

 

「お前もこの「白玉団子」、食べてみろよ!結構うまいぜ!」

 

「……あんたねぇ」

 

そう言って酒と団子を両手にそれぞれ持ちながら絡んでくる魔理沙の姿を見て、思わず溜息が出る。

例の作戦を忘れた訳ではあるまいな…?

 

「(…ちゃんと探してるんでしょうね?)」

 

「(まぁまぁ、そんな急いで探したってしょうがないだろ?…それに、お酒が入った状態ならポロっと喋る可能性がある。だからこうやって皆に酒を飲ませに行ってるんだよ。これからやることの為にもな)」

 

「(…な、成程)」

 

良かった。ちゃんと考えてくれていたようだ。何だか上手く言い包められてる気がしなくもないが…確かに魔理沙の言うことも一理ある。

仮にその人物が人形を持っていたとしても簡単には教えてくれないだろうし、お酒の力に頼ってみるというのは案外有りかもしれない。

 

「じゃあそういう訳で……おっ優曇華、飲んでるか~?」

 

「…ッ!し、静かにしてっ!見つかるじゃない!」

 

魔理沙は続いて木陰にいる鈴仙に絡みに行った。しかし、どうも様子が変だ。まるで何かから逃げているかのように見える。

鈴仙の目線の先には、つい最近の異変で会った人物がいた。長い金髪に全体が黒の服装をしており、背後から無数の尻尾のようなものが怪しく光っている。

その人物は辺りを見回し、誰かを探しているようだ。

 

「……うどんちゃ~ん」

 

「どこに…行ったのかしら」

 

その言葉を聞いた鈴仙は様子を伺うのを止め、隠れることに専念する。その時の表情は恐怖そのもの。鈴仙は息を呑み、気配を消してこの場をやり過ごす。

確かに鈴仙を探している時の彼女のあの威圧感…光が宿っていない眼を見開きゆっくりと迫りくるその姿は…怖い。怖すぎる。

これは逃げたくなるのも無理はないというものだ。

 

 

しばらくして、その人物はその場所を後にした。

それを見て安堵した鈴仙は木を背に座り込むと、疲れた様子で溜息を吐く。

 

「あぁ…死ぬかと思った……」

 

「な、何か大変そうだな?その…話、聞くぜ?」

 

月の都を襲撃してきた、自称仙霊の「純狐(じゅんこ)」。

あれ以来、鈴仙と仲良くやっているという話だったが…この様子を見るにそうでもないのかもしれない。連れてきて良かったのだろうか…。

一応、彼女だけでなく知り合いである地獄の女神の「ヘカーティア」とその部下の「クラウンピース」も今回はこの宴会に参加している。

地上に残った月の偵察部隊の二人も一緒だ。…鉢合わせないよう事前に注意はしている。

 

 

「昨日の敵は今日の友」。それが幻想郷なのだが、はてさて今回はどうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宴会はいつも通りの盛り上がりを見せ、参加者たちはその心地良い酔いに包まれていた。

ある者は花見を、またある者は「花より団子」と言わんばかりに沢山の料理を頬張り、またある者は自身の宴会芸を披露している。

 

魅せることにはこだわりが強い面々なだけに、宴会芸のクオリティは全体的に高い。

そしてそれを見た新しい参加者達は揃って感動するものだ。今回の異変に関わった面々はそれを見て拍手や歓声を上げている。

 

「凄いわ…一体どうやったのかしらね?うどんちゃん」

 

「へぇ~おもしろいわねぇ。今度私も何かやってみようかしらん」

 

「ご主人様がですか?それは実に狂気的(ルナティック)!!私も一緒にやりた~い!そうだなぁ…地獄巡りなんてどうです?」

 

「う~んそれもいいけど、やっぱり……」

 

どうやら自分達も何かやってみようと模索しているようだ。しかし、内容がとても穏やかではないのが気になる。

因みに追いかけられていた優曇華はその後無事に捕まり、純狐にガッチリと手を繋がれてしまったようだ。あれはもう逃げられないだろう。

 

「うどんちゃん…芸の手伝い、してくれるわよね?」

 

「………あ、あ…は、は…い」

 

先程の会話を全部聞いた後の純狐の圧のある質問に対し、鈴仙はこの世の終わりのような眼をしながら声を震わせる。

 

そして、彼女は次にこう言った。

 

 

「…あ、あの、私によく似た「人形」じゃ…だ、駄目です…かね?」

 

「(……!?「人形」だって!?)」

 

 

こちらが驚くのも束の間、鈴仙は懐から身代わりとばかりに自身の姿をした人形を純狐に見せ始めた。

その人形はまるで自分の意志で手足を動かしており、自立しているように見える。

 

「…小さな、うどんちゃん……………」

 

鈴仙自身あの時に死の危険を感じ、どうにかならないかと頭を回転させ、結果あの人形の差出すことで何とかこの場を乗り切ろうと思ったのだろう。

まさか例の作戦をやらずとも出てくるとは…兎に角これで可能性は高まった。他にもきっと所有者はいる筈。

 

差し出された当の鈴仙の人形の方はというと…何が起こっているのか分からず、抱えられている状態で純狐を見上げるようだ。

すると、鈴仙の人形は純狐に子供のような無邪気で可愛らしい笑顔を向けた。

 

「……!!!?…かわいい……」

 

純狐は本能的に鈴仙の人形を抱え上げる。そしてそれを愛でている彼女の姿は母性を感じさせ、いつもの怖さが一切なくなっていた。

 

鈴仙は純狐の様子を見て、恐る恐るとその場から逃げようとする。手を離された今しかチャンスはない…そう思った彼女の行動は実に早かった。

今まで見たこともない彼女の全力疾走は幻想郷一を獲れるレベルだ。そして永遠亭組の方へと行ったかと思うと、そそくさと八意 永琳(やごころ えいりん)の元へと隠れてしまう。

 

早速、魔理沙にこのことを伝えるべく辺りを見回した。帽子が特徴的な為、見つけるのは容易い。

 

「(…ねぇ、魔理沙。あれ)」

 

「(マジでいたな…。ホント、お前の勘はよく当たるぜ)」

 

合流した魔理沙も鈴仙の人形を見て、驚きを隠せないようだ。

純狐に抱きかかえられている人形の容姿、服装は元になっているであろう人物と見事に一致している。特徴はこちらの人形と全く同じ。

 

 

やっぱりいたんだ。他に持っている人物が…こんな形で見つかるとは思わなかったけど、純狐を呼んで正解だった。

 

 

「(…実はな、たった今私も見つけたんだよ。ほら)」

 

 

何と魔理沙の方も人形を待っていた人物を見つけていたらしい。

…笑いを堪えているようだがどうしたのだろう?魔理沙の指を指す方を見てみると…

 

「(…あ~、いるわね~確かに)」

 

そこにはレミリアの後ろにしがみ付いている咲夜の人形と、いなくなった人形を探しているであろう咲夜本人の姿があった。

 

 



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断章4

ここは博麗神社。

 

この幻想郷にとって最も重要な場所であり、「博麗の巫女」である「博麗 霊夢」の住む住居でもある。

 

だが本日は宴会。

霊夢だけではなく、幻想郷に住む少女達がこの博麗神社で酒や美味しい料理を楽しんでいた。

かつてこの幻想郷を紅い霧で覆った吸血鬼、「春」を奪った亡霊、永遠に夜明けが来ないようにした蓬莱人……かつて敵だった彼女らも今ではこの宴会を楽しむ者の一人。

 

皆種族は違えど、一度酒を交わせば同じだ。ここ幻想郷ではどんな奴でも「酒」を好まない者はまずいない。

心地良い酔いにその硬い殻を破り日頃の鬱憤を晴らす者もいれば、どっちが先に倒れるか飲み比べをしている者、その後ろで花見をゆっくり楽しんでいる者や自身の芸を披露し観客を盛り上げる者……何と楽しい空間であろうか。

 

 

このままこの宴会を有意義に楽しみたいところではあるのだが…今回はそれとは別に目的がある。

 

突然やって来た小さな「人形」。これを次の異変の前兆と見て、他に持っている人物はいないか。

それを今この宴会の中で魔理沙と探しているところである。

 

「今のことろ見つけたのは、純狐の傍にいる「優曇華」の人形と」

 

「レミリアにしがみ付いている「咲夜」の人形だな。私らの含め、これで計4体か」

 

幻想郷の住民達が集うこの宴会。

そこで一気に人形の持ち主を炙り出すこの作戦…今のところ順調と言っていいだろう。

正直なところ今回は情報だけ入手して、宴会が終わった後にこちらも人形のことを打ち明けるつもりだった。

しかしこれは嬉しい誤算だ。わざわざこの宴会に連れてきているとは、やはり持ち主達も気になっていたということだろうか?

 

「咲夜咲夜」

 

「…何かしら?」

 

「お前が探している奴はアレか?」

 

魔理沙が先程から何かを探している様子の咲夜に話し掛けた。どうやら人形について触れてみるようだ。

さて、どういう反応を示すのか。

 

「………」

 

「こいつ、いつの間にお嬢様のところに…」

 

咲夜がそう口にした時、その片手には既に咲夜の姿の人形がぶら下がっていた。

このマジックでも行ったかのような現象…どうやら能力を使ったらしい。時を止めてレミリアにしがみついていた人形を回収したのだろう。

能力をわざわざ使って回収する辺り、主人のレミリアに気付かれるのを避けているように思える。どうやら人形のことは周りに隠しているようだ。

 

「はぁ、もう隠すのは限界かしらね。あなたに見られてしまったし」

 

「その人形のことか?」

 

「えぇ。こいつは見た目こそ人形だけど、どうやら自分の意思を持っているわ。まるで生きてるみたいにね」

 

だが今回で諦めがついたのだろう。咲夜は自身の人形のことについて話し始めた。酒の酔いもあってか、次々と愚痴を零す。

神妙で複雑そうな顔から、彼女の今までの苦労が伺えるようだった。だがその雰囲気とは裏腹に咲夜の人形はレミリアから引き剥がされたことに憤慨なのか、ジタバタと暴れている。

その光景はまるで子育てに苦悩する親を彷彿させた。

 

「……成程。まぁ概ね私達と同じだな」

 

「?」

 

「実は私達の元にも来てるのよ。その人形ってやつ」

 

「霊夢と魔理沙の元にも?私だけじゃなかったのね…」

 

「後、優曇華のところにもどうやらいるみたいだぜ」

 

驚きの表情を見せる咲夜の気持ちはよく分かる。こちらもそれを知った時は衝撃だった。

そして彼女が次に思うことも恐らく一致する。

 

「……これは、もしかして「異変」なの?」

 

「まだ分からないけど、恐らくはね」

 

今まで何度か異変調査をした実績がある咲夜にとって、この現象に違和感を覚えるのは当然だった。

基本的に主人の命令で動く彼女にとっても、今回のこの異変は放置することが出来ないのだろう。

 

「…でも、問題はこいつらをどう処理するかね。こちらからは一切攻撃出来ないみたいだし」

 

「あぁその通り。そこでだ」

 

「私達はあることを試したいの」

 

「あること?」

 

「どうやら人形にも私達と同じ弾幕を打つ力がある。だから戦わせるんだよ、人形同士を」

 

「私達じゃ駄目でも、同じ人形ならまだ可能性はあるわ。…正直これが駄目ならちょっとお手上げね」

 

人形と人形。これらが実際に弾幕勝負をしたら倒すことが出来るのか。

思い付く限りの対処法ではこれが一番可能性はあるだろう。

 

「成程…確かに試してみる価値はあるわね。後は…」

 

「どうやって戦わせるか、だな。う~む」

 

三人はその場で思考を巡らせる。しかし、良い案は浮かばない。

霊夢と魔理沙の人形では争いに発展しなかったことを考えるに、そう簡単にはいかない問題だ。

もし人形同士で仲間意識があるとしたら…多少汚い手段を使わないといけなくなるだろう。例えばわざと人形を唆して怒りを煽ったりなどだ。

だが、人間としてそれは出来ればやりたくはない。穏便な方法を模索したいところだが…

 

「お~いそこの三人~♪なぁ~に辛気臭い顔してんのさぁ」

 

横から誰かの声が聞こえてくる。

その声の主は永遠亭に住む妖怪兎、「因幡 てゐ」であった。

 

てゐは3人の間に割り込んで顔を突っ込んでくると、酒の匂いが一気に充満してくる。相当飲んでいるようだ。

 

「おい馬鹿!止めろ酒臭ぇ!」

 

「…ふむ、どうやらその手に持ってる人形が悩みの種のようだねぇ?何だかここ最近現れたみたいだけど」

 

「!?…あんた、何か知っているの?」

 

「あー、言っとくけど私はそいつのことについては何も知らないよ。ただ、鈴仙の奴が似たようなのをコソコソと世話しているのをこの前見かけて気になってはいたんだけどね~。…まぁ今はあの侵略者の元にいるみたいだけど」

 

てゐはどうやら人形を見たことがあるらしい。

しかし何か有益な情報を持っているという訳でもなく、人形のことはそこまで知らないらしい。

聞くと面白そうだから鈴仙をわざと泳がせて遊んでいただけで、調査などは特にしていないようだ。

 

「何だよ期待させやがって…じゃあすっこんでな!私達はどうにかこの人形同士を戦わせる方法を」

 

「ん?何だ、そんなことで悩んでたの?簡単じゃないか。この宴会を利用すればいいんだよ」

 

 

「「「 え 」」」

 

 

不敵に微笑むてゐに三人は互いに顔を合わせた。

 

 

「あんたら、賭け事は好きかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何なの?この集まりは」

 

「おぉ。あの兎が言うには「本日の一大イベント」らしいぞ?」

 

「いつの間にこんな舞台を用意してたの?」

 

突如、博麗神社の広場に集められた少女達は宴会の最中にてゐに声を掛けられ、今から何が始まるのかも分からない状態で主催者を待ち続けていた。

全員という訳ではないが、参加者の半数が今ここに集結している。

 

「もしかして、プリズムリバー三姉妹の演奏かな?」

 

「うーん、てゐが主催なのが引っ掛かるけど…」

 

「まだ始まらないのぉ?早くしてよぉ」

 

各々が今から始まることを思い浮かべながら今か今かと心待ちにしている。

その様子を垂れ幕の陰で見ていた因幡 てゐは頃合いと見なし、舞台裏の方へと戻っていく。

 

「よし、じゃあ始めようか3人共。手筈通りにね?」

 

舞台裏で待機していた霊夢、魔理沙、咲夜は自分の人形達を抱えながらてゐの言葉に耳を傾ける。

即席で作ったこの小さな舞台で見せるものに向け着々と準備を進め、それを今から観客に披露しようとしていた。

 

「…ホントにやるの?」

 

「あぁ勿論だ。ここにいる奴ら全員にもちゃんと観て貰った方がいいだろうしね」

 

「しかしだな…」

 

「正直、複雑ね。人形とはいえ私達ソックリなのだし…」

 

しかし今からやることに対してあまり乗り気ではない。因幡 てゐが悪知恵が良く働く人物であることを改めて思い知ることになった。

だが現状、他に良い案が浮かばない。だからしょうがなく受けることにした。

 

そしてこちらの有無など一切聞かずに、てゐは舞台へ上がり挨拶を交わす。始めるつもりらしい。

 

 

「いやお待たせしました皆様!本日はお集まり頂きありがとうございますっ!!」

 

 

てゐの考えはこうだ。

 

 

「覚えているでしょうか?ここに集まる際に頂いた少しのお金…そしてお渡しした小さな紙切れを」

 

 

まずはこのイベントで参加費を貰う。そして

 

 

「実はアレ、参加費などではありません!今回のイベントの資金なのですッ!!」

 

 

それを今から始まるこのイベントの資金として扱い、それを

 

 

「今から始まるイベント…その名も」

 

 

 

 

「 東 方 人 形 劇(とうほうにんぎょうげき) !!! 」

 

 

 

 

報酬として扱うというものだ。

 

 

 

 

 

 

「東方…人形劇?」

 

「な、何が始まるの?」

 

「へぇ、「人形劇」…ねぇ」

 

「ムムッ、これはもしや新しいビジネスの予感」

 

会場が一斉にざわつき始める。

最早てゐから金を何気に騙し取られていたことなんてどうでもいいくらいの衝撃が全体に走った。

 

「さて、じゃあ説明しましょう!この「東方人形劇」のルールを!」

 

「ルールは至って簡単!今から登場する3体の人形達に「これだ!」と思った奴をBETする!見事当てた方達には今回の集まった資金額が与えられまーす!「人形」と言っても、今回登場するのはただの玩具じゃない。何と弾幕を放ち、自立している不思議な生き物さ!」

 

てゐはツラツラとこのゲームのルールを皆に説明し始める。

今までになかった新しい余興に誰もが新鮮な気持ちを覚え、夢中になってそれを聞いていた。

 

 

「…さて、ではそろそろご登場願いましょうか!本日の決闘者達を!」

 

 

「(…どうやら出番みたいよ)」

 

「(何か思ったより食い付きいいな。てゐの奴、こうなるって最初から分かってやがったのか?)」

 

「(……やっぱりお嬢様達にも見られるのね…)」

 

てゐの号令を合図に、三人は人形と共に動き出す。

どうも気乗りしない3人とは裏腹に、人形達は互いに闘志を燃やしていた。あの仲の良かった霊夢、魔理沙の人形も今は宿敵、いわばライバルとしてバチバチと火花を散らしている。

 

「全く、いくらあの豪華菓子セットが欲しいからってあんたらね…」

 

「菓子好きなのは知ってたが、ここまでとはな」

 

てゐは戦う理由のない人形達にこう言った。

 

「優勝者には今回の菓子をふんだんに取り入れた「ウルトラ有頂天セット」を進呈する」と。

 

 

人形達は大の菓子好きだ。甘党である者達にとって「ウルトラ有頂天セット」は正に至福の甘露。それを聞いた人形達はそれを手にすべく戦うことをいとも簡単に引き受けた。

まさかこのような方法で人形達を奮い立たせるとは…てゐの悪知恵も侮れない。自分達では到底考えつかなかった作戦だ。

 

 

「 それではエントリーナンバー1!! 我らが幻想郷の博麗の巫女 博麗

霊夢!!そしてその人形だぁ!! 」

 

 

「れ、霊夢だって!?」

 

「これはいきなり大物だわ…!」

 

「え、どういうこと…?あの人形、巫女と見た目が瓜二つよ」

 

「あれが戦うっていうのか?うーん、見た目は弱そうだけど…」

 

霊夢とその人形の登場に観客は一斉にざわつきを見せる。まさかいきなり彼女が来るとは思っていなかったのだろう。

そもそも人形が住民の格好をした奴なんて一度も聞いていないので余計に驚きを隠せないようだ。

 

 

「 エントリーナンバー2!! 魔法の森に住む魔法使い 霧雨 魔理沙!! そして人形ぉ!! 」

 

 

「おー次は魔理沙か!」

 

「あの魔理沙の人形、こっちに投げキッスしてる!可愛い♪頑張ってぇ~!」

 

 

「(…こ、こいつのこういう仕草を見ていると何だか嫌な感じがする…何でだろう?)」

 

 

声援に応える人形に対して魔理沙本人は何故か嫌悪感を覚える。

しかしそう感じる原因がよく分からないまま、彼女は舞台へと上がり終わっていった。

 

 

「 エントリーナンバー3!! 紅魔館の完全で瀟洒なメイド長 十六夜 咲夜&その人形!! 」

 

 

「あの人形の凛とした佇まい…やだ…カッコいい……」

 

「あら、いないと思ったら参加していたのね」

 

「…!」

 

こちらを見ている紅魔館の主、レミリアを発見した咲夜の人形は興奮し、即座に咲夜の手元から離れる。

まさかの行動に反応が遅れた咲夜本人を尻目に、咲夜の人形はレミリアの元へと一直線に飛び掛かった。

そしてそれを軽くキャッチしたレミリアは、咲夜の人形を撫で始める。

 

「♪~」

 

「フフッ、どうやら私のカリスマに惹かれてしまったようだな」

 

「し、失礼しましたお嬢様ッ!!今すぐ引き離しますので!」

 

 

「…やだ…可愛い……」

 

普段からは想像出来ない咲夜の焦りっぷりに会場はある意味の盛り上がりを見せる。

こうなってしまうことが予め分かっていたのだろうか、咲夜はこの状況に頭を抱える。そして主に向かい一礼すると、重い足取りで舞台へと帰って行った。

 

 

「えー、以上三体が今回の決闘者達となります!さぁ皆さん!どの人形が勝つのか、その紙切れに名前とサインを書いて投票箱へお入れ下さい!!」

 

 

てゐの選手紹介が終わり、観客である少女達は誰にするのかを予想し始める。

ここにいる誰もが人形の強さなど何も知らない為、全く勝敗は予想出来ない。

人形自身も今まで実戦経験もある訳でもない。だから実力は未知数と言えよう。

 

 

「順当にいけば「霊夢」が強そうだけど…戦うのは本人ではないからねぇ。正直これは予想が全くつかないよ」

 

「「魔理沙」の人形には何かやってくれそうな可能性を感じるわ」

 

「「咲夜」さんの人形だって侮れないと思うな。何たって「時を止めれる」んだよ?」

 

「いや、人形が能力を使うのかなんてまだ分からないじゃないの」

 

「私はもう第一印象で可愛かった子にしようかな♪」

 

 

皆がそれぞれ考えを述べ、誰にするのかを紙に書き始めた時…

 

 

「 ちょっと待ったああぁぁーーーっ!!! 」

 

 

観客席の方から誰かの静止の声が響き渡る。

 

その声の主は…

 

 

 

「その決闘、こちらも参加させて頂きますよ!」

 

「人形を持っているのだから、参加資格はあるでしょう?」

 

 

 

自身の人形を持った「東風谷 早苗(こちや さなえ)」と、「アリス・マーガトロイド」の二人だった。

 

 

 



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断章5

ここは博麗神社。

 

この幻想郷にとって最も重要な場所であり、「博麗の巫女」である「博麗 霊夢」の住む住居でもある。

 

この神社で恒例の宴会の中、突如開催された因幡 てゐ主催の「東方人形劇」。

霊夢、魔理沙、咲夜が持っている人形達をどうにか戦わせようと始まったこの催しは、意外にも盛り上がりを見せていた。

 

そして、今ここに新たな挑戦者が現れようとしている。

 

 

「こんな面白そうなイベント、選ばれた者である私が参加しない訳にはいきませんね!!」

 

 

一人は守矢神社の巫女であり、同時に神でもある「東風谷 早苗(こちや さなえ)」。

その片腕には同じ姿の小さな人形の姿があり、彼女の自信気な表情とポーズを真似て完全に意気投合している。見たところ仲が良いのだろう。

 

「(まさか、魔理沙が言っていたのと他にいたなんてね…これは思ったより厄介なことになってそうだわ)」

 

そしてもう一人は魔法の森にすむ都会派魔法使い、「アリス・マーガトロイド」。

その肩には彼女の人形が静かに座っていて、その人形自身もどうやら人形を従えている様子が見られる。アリスが教えたのだろうか…?

 

「ふぅん……まぁいいでしょう。よし、飛び入り参加で「早苗」と「アリス」もこのバトルに参加だぁ!!」

 

てゐは少し悩む様子を見せたが、すぐに二人の参加を認めた。同時にこちら側に目線を配り、軽く片目を閉じ合図を送る。

 

そう、これは決して予想外の出来事ではない。すべて彼女の思惑通りなのである。

大の決闘好きである幻想郷の少女達がこのイベントの戦いに参加しない訳がない。てゐはそこまで考えていたのだ。

事前にそのことは聞いていたものの、まさか本当に人形の所持者が現れるとは……こちらよりもずっと長生きをしているというのは強ち嘘ではなさそうだ。

 

「…さて、他にはいないのかな?人形を持っていたら参加資格はあるのですが?」

 

更にてゐは人形の所持者を炙り出す為に観客に問いかけてみるが、反応はない。どうやらもう隠し持っているのはいないのだろうか?

 

…いや、こちら側で知る限りではもう一人いる。

 

 

「うん?そこの金髪のお姉さん、そこにいるのはもしや人形かな?」

 

「?…あぁ、この子もそうなのね」

 

「どうです?是非とも参加して頂きたいんですがね?」

 

 

てゐは観客席にいる純狐に声を掛け、参加を促す。そう、彼女の元にいる「鈴仙」の人形もこのバトルへの参加資格があるのだ。

正確には鈴仙自身が持ち主なのだが、純狐から逃れる為の生贄として差し出したお陰で今は変わってしまっている。それでいいのか鈴仙。

そしてよく見ると、鈴仙の人形はブレザー姿から一辺、白衣に着せ替えされていた。しかもその中は…何も着ていない。人形でなければ完全にアウトだ。

 

純狐はてゐの提案に対し、どうするかを周りに相談し始めた。

相談相手であろうヘカーティアとクラウンピースは、面白そうだから行くように催促している。…さて、どうだろうか。

 

「……良いわ。そのバトルに参加しても」

 

「お、純狐行っちゃう?じゃあんたに賭けちゃおっかな」

 

「友人様頑張って~~!!」

 

どうやら参加するようだ。

不敵な笑みを浮かべているのが何やら気になるが、とりあえずは良し。

 

これで系6体の人形がこの場に揃い、検証するには十分な数になった。

 

 

「これで役者は揃った……さぁ皆様!!改めて投票の方よろしくお願いしますッ!!」

 

 

てゐの言葉を合図に皆が誰に賭けるかを考え、手元の紙に記入し始めた。

最初は半数しかいなかったこの観客席も、今や満員席となっている。どうやらこの賑わいに続々と集まって来たようだ。

 

今やこの場は幻想郷が注目する、一つのお祭りと化していた。

 

 

 

 

 

 

「はいは~い投票用紙はこちらへお願いしま~す」

 

 

ある程度時間が経つと、てゐは投票箱を背負いながら観客席から次々と名前の書いてある紙を回収し始めた。

書き終わった者が見え次第、選び終えた者のところへ忙しそうに走り回っている。流石、普段迷いの竹林を走り回っているだけあってスムーズに足が動く。

 

 

それがしばらく続き、やがて全員の投票を回収が終わった。

 

 

「さぁ、投票の方がすべて集まりました!!では次に、戦う組み合わせを発表しまーす!!」

 

 

「く、組み合わせ?」

 

「6体同時で戦うんじゃないの?」

 

投票箱を担いだてゐは突如ルールにないことを口走った。それに対し観客は困惑するが、こちらとしては助かる。

分割して貰った方が一斉に戦うよりも情報が得やすい。てゐもそれを気遣ってくれたのだろう。

 

「まぁ、試合を多く見れる方が確かに盛り上がるわよね」

 

「良いじゃん良いじゃん!!」

 

「中々盛り上げ上手じゃないの」

 

観客の方も異論はないようで、寧ろその方が良いという意見が多いくらいだった。

先程よりも盛り上がっているこの状況…てゐはこれも計算していたのだろうか。末恐ろしい。

 

 

 

てゐの考えたルールは、トーナメント方式。

 

「それぞれランダムで選ばれた3体同士で最初に戦い、それを勝ち進んだ者同士で決勝を行う」、といった内容だ。

 

 

 

つまり全3試合ということになる。

多過ぎず少な過ぎず。観客を退屈させない丁度良い調整と言えよう。

 

 

「早速組み合わせを発表いたします!!第一試合は……」

 

 

てゐはそう言うと、参加者達の名前の入った紙を入れてある箱に手を入れる。いつの間に作ったのやら。

そして箱の中をガサゴソと漁った後、3枚の紙を取り上げて確認し、数秒溜めて結果を発表する。

 

 

 

「 霊夢、 魔理沙、 咲夜 !! 」

 

 

「 そして残った 早苗、 アリス、 純狐(うどんげ人形)!! こちらが第二試合となりますッ!! 」

 

 

 

組み合わせが決まったようだ。最初の3人と、後から来た3人で見事に割れたらしい。

 

 

「東方人形劇」が、いよいよ始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけぇーーー霊夢ーーーーー!!」

 

「魔理沙ちゃん頑張れぇぇーーー!!」

 

 

多くの歓声の中、バトルフィールドへと駆け上がっていく。

同じタイミングで魔理沙、咲夜も到着し、今この場に選手が全員揃った。それぞれ三角の形に立ち尽くし、人形をそこへ放っていく。

 

「人形同士の戦い、この目で見させて貰うぜ」

 

「これが異変の手掛かりになることを切に願うわ…」

 

戦いの場は、てゐの作った即席舞台の中。

しかしこのままで戦うのは狭すぎるし強度に不安があるということで、いくつか手を加えて戦える環境を整えた。

 

まず河童の「河城 にとり」の協力によって舞台を頑丈に強化。

彼女は今回のイベントに乗り気らしく、自ら舞台の強化を申し出た。何でも「人形」という存在が興味深いらしい。

そして事情を少し話したところ、調査の手伝いも同時にしてくれることになった。

 

次に流れ弾幕を防ぐ結界の作成。観客は兎も角、神社に被弾しようものなら溜まったものではない。

この結界は狭い分強力なもので、人形にも出ることが出来ないようしっかり細工している。これでまず場外に出ることはないし、正々堂々戦うことが出来よう。

 

 

「人形同士の戦いの観察」と、「「ウルトラ有頂天セット」のゲットを掛けた熾烈な戦い」。

 

 

持ち主側と人形側の緊迫した雰囲気が、この戦いの場を支配していた。

 

 

「咲夜さあぁぁぁぁん!!」

 

「負けるなぁぁーーーーーーっ!!!」

 

 

観客席からは多くの声が飛び交っており、自身が賭けた人形の名前を叫ぶ声、または声援を送る声が大半を占めている。

中には即席で作ったのか、応援している人形の名前が入った旗を振る者の姿もあった。

 

正直なところ、こんなに盛り上がってしまうとは思っていなかったので、今のこの状況に緊張してしまっている自分がいる。

皆に注目されるのは慣れたつもりだったのだが…全く情けない。別に自分自身が応援されている訳ではないのに、何だか照れ臭くなってしまう。

 

 

…いけない。今は少しでも人形のことを調べなければならない時だ。集中しろ私。

 

 

 

「えー、皆様お待たせしました!!第一試合、れいむ VS まりさ VS さくや 人形のカード!!勝つのは一体どの人形なのかぁ!?」

 

 

 

てゐが何やら黒い棒状の物を片手に持ち、普段とは違う整った服の姿で颯爽と会場に現れ司会をする。やたらと声が響いて煩い…一体アレは何だ?

 

まさか、「外の世界」の物?そうだとしたら…「紫(ゆかり)」の奴もこの件に関与している?何を考えているんだあのスキマは?

こちらが必死に異変の前兆を調査している時にあいつ…随分と余裕じゃないか。

 

「では人形達にそれぞれ意気込みを聞いていきたいと思います!!翻訳は「少名 針妙丸(すくな しんみょうまる)」さんにお願いして貰いましょう!!」

 

「よろしく~」

 

よく見るとてゐの肩に針妙丸が乗っていた。…あいつも随分ノリノリじゃないか。まぁ別にいいけど。

 

「れいむ選手!!ずばり、自信の程は?」

 

「…『明日の食事の為、何としても勝たせて貰う』だって」

 

「成程!欲望に忠実ですねぇ!!結構結構っ!!」

 

 

 

「ハハハッ!!まるで本人みたいだ!!」

 

「貧乏巫女!!」

 

針妙丸の翻訳に、観客席から笑い声が響き渡る。…何だ、この辱めは。こいつそんなこと言ってるのか。

つくずくこの人形は私に似ているらしい。…というか誰だ?「貧乏巫女」言った奴は……後でシメる。

 

「では次に…まりさ選手!!どうですか?」

 

「…『私を応援してくれてる皆の為に頑張るわね♪』とのことです」

 

「おぉ、何と健気なのでしょうか!?是非頑張って頂きたいですね!!」

 

 

 

「魔理沙ちゃあぁぁぁぁん!!!」

 

「可愛いよおおぉぉーーー!!!」

 

本人とは違う魔理沙の人形の可愛らしい言葉に、会場は大いに盛り上がりを見せる。あちらの人形はこちらと比べ、随分と性格が違うらしい。

魔理沙は普段あのような言葉使いではないし、どちらかというと男勝りな喋り方をする。作った奴は何を考えているのだろうか?

しかし、どういう訳か人形の言葉を聞いた当の本人は青ざめたような顔をしている…どうした魔理沙?

 

「では最後に……さくや選手!!」

 

「…『お嬢様の為にこの勝負、勝たせて頂きます』」

 

「う~ん、従者の鑑ですね!!素晴らしいッ!!」

 

 

 

「可愛いだけでなくカッコいいなんて…好き……」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」

 

咲夜の人形は悪魔でクールに振舞い、この勝負に臨んでいるようだ。人形でもその忠誠心は変わらないようで、そこは流石といったところだろう。

…だが待て?これまでのあの人形の行動を振り返ってみると、何だかその忠誠心の在り方が少々怪しいぞ咲夜の人形?

 

 

「三体共、気合十分といったところですね!」

 

「人形達のやる気も伺えたところで…さぁ、いよいよ始まりますッ!!運命の女神は誰に微笑むのか!?」

 

 

 

「 「東方人形劇 」第一試合 !! 」

 

 

 

「レディ…………」

 

 

「ファイッッ!!!」

 

 

てゐの叫び声と共に、戦いのゴングが鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

人形達の戦いが始まった。

 

最初に動いたのはまりさ人形。相手の方へと走りながら手に持った箒を武器に戦うつもりのようだ。

 

一見ただの単純な物理攻撃かと思えば、それを振り上げた瞬間に赤い弾幕が直線状に放たれる。

攻撃を受けたれいむ、さくや人形はその場でジャンプすることでこれを回避。被弾を免れる。

 

しかしその行動を読んでいたのか、まりさ人形は空中で無防備となった二体を今度は両手から放つ青い弾幕で打ち落とそうとする。

放射状に飛び交うそれは二体の人形にゼロ距離で襲い掛かり、れいむ人形は咄嗟に壁を張ることで対応出来たものの、さくや人形は弾幕を避け切れなかった。

 

 

そして…被弾。空中で激しい爆風が巻き起こった。

さくや人形はすぐ立ち上がるも、少し苦しそうにしている…ダメージが入ったのだ。

 

 

「おーっとまりさ人形!!鮮やかなコンビネーションッ!!これにはさくや人形も被弾してしまったぁ!!」

 

 

 

「…おい、アレ!!」

 

「攻撃が効いてる…!」

 

 

やはりそうだった。

 

こちらがいくら攻撃してもまるで手応えがなかったのに、人形の弾幕にはこうもあっさりと食らっている。読みは正しかった。

 

 

「あぁ…!!咲夜さんが!!」

 

「 イイゾ~イイゾ~ま・り・さ♪オセオセまりさ~~!! 」

 

 

人形達の攻防に歓声が湧き上がり、会場はヒートアップ。

小さい体からは想像出来ない程の戦いに、観客も大盛り上がりのようだ。その歓声にまりさ人形も手を振って応えている。

 

 

 

 

しかしそれも束の間、今度はれいむ、さくや人形が攻撃を仕掛ける。

二体は同じ赤い直線状の弾幕を放ち、それはまりさ人形を挟み込むように展開されていく。

 

逃げ場がないように思えたが、一早くそれに気付いたまりさ人形は後ろバク転で軽やかに弾幕を避けた。

本人からは想像がつかない柔軟さを見せつけ、会場はまた盛り上がる。このまりさ人形…どうやら想像以上に出来るみたいだ。

攻撃を仕掛けるも失敗した人形達は悔しがり、さくや人形はその拍子に足元を崩してしまう。先程受けたダメージが響いているのだろうか。

 

まりさ人形はそれを見て、好機と見なし再度攻撃を仕掛けに行った。

突撃しながら箒を振りかぶり、紅い直線状の弾幕を展開。そして空いている手元に次の攻撃の準備をしている。

これで仕留める算段なのだろう。さくや人形、もはやこれまでか?

 

 

しかし、同じ戦法を食らうほど相手も馬鹿ではなかった。

さくや人形は懐からナイフを取り出し、迫り来る攻撃を迎え撃とうと構え始める。

 

「あいつ、何考えてんだ!?」

 

「……」

 

さくや人形は目線を迫り来る相手にのみ集中させ、攻撃をギリギリまで引き付けている。

そして当たってしまうかと思われた、その時だった。

 

 

赤い弾幕一発一発が斬り刻まれ、攻撃していた筈のまりさ人形の背後にさくや人形が構えている様子が映り込む。その人形の瞳は紅かった。

会場の皆はまるで時が止まったかのような感覚を覚え、しばし静寂が訪れる。

 

そして次の瞬間、まりさ人形の持っていた箒は横に真っ二つに割れ、同時にまりさ人形自身も足元を崩しながら徐々に倒れていく…一体何が起こったというのか?

 

 

「な、何と!?追撃に行ったまりさ人形が何故か返り討ちに合いました!!一体あの瞬間、何が起こったのかぁ!?」

 

 

攻撃を受けたまりさ人形は目を回して倒れている。その様子を確認し、てゐは戦闘不能と判断した。

 

 

「…どうやら、これ以上は戦えないようです!!まりさ人形リタイア!!賭けていた方、残念ッ!!」

 

 

てゐの司会に、驚きや悲しみ、そして歓喜する声が響き渡った。

このような展開は誰も予想していなかった為、今この場にいる全員がそれぞれ感情を露にしている。

 

「咲夜、今のって……」

 

「……えぇ、確かに使ったわね。私と同じ「時を止める程度の能力」を。でも…」

 

「でも…?」

 

「どうやら、私と違って短い時間しか使えないようだわ。アレを見なさい」

 

咲夜が冷静に指を指した方を見てみると、息切れして苦しそうな咲夜の人形の姿があった。能力を使った反動というやつか。

確かに、あの様子では次も使えるコンディションでない事が分かる。先程まで紅かった瞳も元に戻っているようだ。

 

 

二体の人形の攻防に、れいむ人形はすっかり置いてけぼりになったが、その隙を突くべく無慈悲にも疲れているさくや人形へと攻撃を仕掛けにいった。

ダメージを受けているのとそうでないのとは雲泥の差…結果としてれいむ人形に好機が訪れたのだ。れいむ人形は赤い直線状の弾幕を放ち、さくや人形に急接近していく。

 

さくや人形はナイフで弾幕を斬ることで何とか対抗するものの、能力が使えない為次第に劣勢になり、接近していたれいむ人形に強力な蹴り上げをお見舞いされる。

そして無慈悲な追撃の赤弾幕を放たれ、まともに攻撃を食らって抵抗が出来なくなったさくや人形は当然被弾。空中で激しい爆風が巻き起こった。

 

 

「おーっと、ここでれいむ人形!!無慈悲な連続攻撃ぃッ!!完全に漁夫の利だぁ!!」

 

 

 

「卑怯だぞーー!!」

 

「弱っているところを狙わせるなんて…博麗の巫女、汚い。流石汚いッ!!」

 

「貧しくなると心まで貧相になるのね。ホント最低ッ!!」

 

 

れいむ人形以外を応援している者達か、はたまた正々堂々勝負しなかったことに反感する者達によるブーイングか。いずれにせよ、酷い風評被害だ。

こちらがそういう風に命令した訳じゃないし、あれは人形本人の意思である。文句を言ってやりたいが、ここはグッと我慢……我慢しろ私。

 

 

「…さくや人形もここでダウンッ!!生き残ったのは…れいむ人形だぁーーーー!!!」

 

 

 

「れいむーーー!お前ならやってくれるって信じてたぞーーー!」

 

「勝った。勝ったけど…何だこの罪悪感は」

 

「やっぱり博麗の巫女は伊達じゃないわね」

 

 

歓声が一気に沸き上がる…どうやら決着がついたようだ。

まぁ正直勝ち負けはどうでも良かったのだが、今回の人形同士のバトルは中々興味深い情報を得られた。

 

 

 

さて、次のバトルはこちらも観戦しなければ。

 

 

 



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断章6

ここは博麗神社で開催された「東方人形劇」の舞台会場。

 

今回は観客の身として応援している幻想郷の少女達と共に二回戦を観戦している。

 

 

 

人形のことについて、分かったことは主に3つ。

 

 

「人形には人形の攻撃しか効果がない」、「本物には程遠いが、元になった人物の能力を扱える」、「人形は戦いを得て成長する」。

 

 

最初の情報はある程度予想は付いていたが、後の2つの情報は大きい。

まさか、姿だけでなく自分達の持つ能力まで模倣されているなんて思わなかった。あれは追い詰められた時の防衛反応だったのだろうか…?

さくや人形はそれを使い、迫り来る弾幕を自身の武器で迎撃、そして反撃してみせた。最初は弾幕しか使えていなかったのに、だ。

つまりさくや人形は、あの戦いの中で新しい攻撃手段を身に着けたということになる。成長したと言っていいだろう。

 

 

「ありす人形!!ここで防御の技を使い、うどんげ人形の攻撃をやり過ごしたぁ!!」

 

 

 

「いいぞアリスーー!!」

 

「うどんげぇーー負けたら許さないわよーーー!!」

 

 

てゐの司会のもと、盛り上がりを見せている第二回戦。

 

「早苗」、「アリス」、「鈴仙」の人形の戦いは、今のところこちらが見たものとはあまり変わり映えはしない。情報ゼロだ。

観客にとってはこれはただの余興だが、こちらにとっては真面目な調査に他ならない。だから、見ていて楽しいものはない。

早く人形について有力な情報を引き出したいところなのだが…まぁそう上手くはいかないらしい。

 

この二回戦の戦いで人形の使った技は、赤と青の弾幕。そしてありす人形がさっき使った防御結界。一回戦で見たものとそう変わらない。

気になることといえば、ありす人形がさなえ人形の青い弾幕に対しては先程の防御結界を使わなかったことくらいだ。

何か理由があるのかは分からないが、もしかすると自分の人形が使ったのとは性質が違ったりするのだろうか…?

 

そう考えると人形が使う技は種類が多く、そして複雑なのかもしれない。あくまでまだ仮定だが。

 

 

「…お、おおっと!!?うどんげ人形、突然白く輝きだしたぁ!!これは一体!?」

 

 

 

「何だ何だ?」

 

「大技かしら!?」

 

 

大きな動きがないかと思った矢先だった。うどんげ人形が白いオーラを纏い、瞳を紅く光らせ始めた。人形は漲ったかのように両腕を引き締め、力を解放しているように見える。戦いの中で成長したのか…?

何か技を繰り出す準備をしているのかもしれない…だが、何だろう。それにしてはアレに見覚えがあるような…それも最近。

 

「純狐ったら容赦ないわねぇ」

 

「出たッ!これはもう勝ちですねぇご主人様!!」

 

白く輝きだしたうどんげ人形は次の瞬間、目にも止まらないスピードでありす人形の背後を取る。

反応が出来なかったありす人形は辺りを見回し後ろにいることに気が付くも、すでに遅く強力な紫の弾幕攻撃を直に食らってしまった。そして張ってある結界に激しく衝突し、そのまま地面に落下する。

てゐが様子を確認したところ、どうやら一撃でやられてしまったみたいだ。

 

 

「な、何ですかアレ…!?まるでスーパーサイ〇人みたいですよー!?……アレ?でも何か見たことありますねぇ?」

 

「さ、さい〇じん?…それは兎も角、あの力…何か変よ」

 

 

持ち主である純狐の方を見てみると、何やら不敵な笑みを浮かべている。人形と同じ白いオーラを纏いながら…

 

 

……そうだ。そうだった…!この既視感の正体が分かった。

 

 

「悪いわね。この勝負、私の勝ちだ」

 

 

純狐がそう口にした時、うどんげ人形は自身の分身をさなえ人形の周りに作り出し、取り囲んでいた。さなえ人形はその光景に恐怖し、動けないでいる。

無数のうどんげ人形が指先の銃口を向けると、無慈悲な紫弾幕の嵐がさなえ人形を襲った。無数の爆発音が会場に響き渡る。

 

 

「私の人形~~~~~~~ッ!!?」

 

 

 

「ざまぁないわねん♪」

 

「ヒューー!!イッツ、ルナティックターーーイムッ!!!」

 

 

一部は盛り上がっているようだが、成程。

だから快くこのイベントに参加したのか。道理で素直だと思った。

 

 

 

静寂の中、やがて爆風は収まりバトルフィールドの様子が写される。

激しい攻撃を受けたさなえ人形はボロボロとなって倒れており、その近くには元に戻っているうどんげ人形の姿があった。

しかしうどんげ人形はさっきから辺りを何度も見回している。どうやら、今のフィールドの状況を見て困惑している様子だった。

もしや、純弧から力を与えられたことに今まで気付いていなかったのだろうか?

 

 

「………ハッ!?し、失礼!!あまりの急展開に実況を忘れておりました…!白く輝く出してから一変、圧倒的な力を見せつけたぁ!!まさかの展開ですッ!!」

 

 

「勝者、うどんげ人形ーーーッ!!!」

 

 

 

 

「な、何か知らんがスゲーーーー!!!?」

 

「穴場に賭けて正解だったわ!」

 

「おいおい、そんなの有りかよぉ!?」

 

 

放心気味だった会場の空気がてゐの司会により、一気に歓声が沸き上がった。

急な大声にビックリしたうどんげ人形は恐くなったのか、純狐の元へ逃げるように走り去っていく。

 

純狐は嬉しそうに人形を抱き抱えると、会場の方を見つめる。その視線の先は…どうやら自分のようだ。

こちらへ不敵に笑みを浮かべると、うどんげ人形の頭を撫でながら背中を向けて会場を後にしていく。…察するに今のは、「次はお前だ」といったところか?

 

 

…別に勝ち負けに拘ってはいないが、まぁ決勝戦も頑張りますか。主に人形が、だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波乱の展開で幕を閉じた、「東方人形劇」第二回戦。

純弧の持つうどんげ人形が勝利し、いよいよ勝者同士で争う決勝戦が始まろうとしている。

 

 

二回戦の戦いでこちらが得た情報は、「人形の潜在能力」。

それは、奇しくも純狐の使った「純化する程度の能力」で垣間見ることとなった。

 

「純化」とは、その生物の持つ純粋な力が引き出された状態らしい。

そして、純弧はそれを自在に操ることが可能な人物だ。うどんげ人形があのバトルで見せた強力な力…あれは間違いなくそれだろう。

つまり人形という生き物は、あそこまでの潜在能力を秘めた存在ということ…それに加え、一回戦で見た人形の学習能力の高さ。

この二つの特性から考えるに、人形の厄介さはこちらの想像を超えている。

 

もしも強力な力を持つ人形達が幻想郷で暴れ回ったとしたら…手に負えなくなってしまうのは容易に想像出来る。

そうなってしまったとして、私や魔理沙達でもどうにか出来なかったとしたら……駄目だ。どんどん悪い方向へと考えてしまう。

 

 

紫の奴はどうしてこれを放置しているのかが分からない。

まぁ、あいつの考えていることなんて誰も分かりやしないが、少なくとも幻想郷の脅威となるものは容赦しない筈の彼女が動いていないのはおかしい。

寧ろ人形という存在を早くも受け入れている…そういう風にも見えるではないか。

 

人形の脅威は、私の思い過ごしだとでも言うのか?

私は正直、人形が恐ろしい。こちらが直接攻撃して倒すことが出来ない相手なんて、今まで誰もいなかった。

今までそれが当たり前だったし、これからもそれが続くのだと思っていた。それが突然変わってしまうなんて誰が想像出来る?

 

 

 

「さぁこの「東方人形劇」、残す試合も後一試合となりました!!!果たして勝つのはどちらか!?予想の外れた方も是非、この戦いを最後まで見届けて下さいッ!!」

 

 

 

こちらが焦心に駆られている一方で、てゐの司会と観客の歓声が会場に響く。

最初は何とも思っていなかった声も、今では耳障りに感じてしまう。まるでこちらの心情など、どうでもいいと言わんばかりではないか。何とも苛立ちを感じる。

 

すると、何やら軽く触れられた感触が肩から伝わって来た。…れいむ人形だ。こちらを見つめ、心配そうにしている。

 

「苛立ちの原因はお前だ」

 

そう言おうと思ったのだが…口が静止を掛ける。何故だろう…いつもならハッキリものを言う私が一体どうしたことか。

情が沸いたとでも言うのか…?らしくない。本当にらしくない。こいつとはたった一ヶ月過ごしただけなのに。

 

人形にそっと手を添え、大丈夫だという気持ちを伝えてみる。

するとまぁ、何とも嬉しそうな顔を浮かべるではないか。だらしない顔をして…情けないったらない。これから戦うやつの姿とは思えないな。

 

 

 

「では早速ご登場願いましょう!!まずは何とも盛り上がりに欠けましたが、一切傷を負わずにここまで勝ち進んだラッキーガール!!」

 

「 博麗 霊夢 & れいむ人形ぉーーーッ!!! 」

 

 

 

司会であるてゐの軽い選手紹介の元、戦いの舞台へと足を進める。

その際、高い声援が聞こえて思わず少しだけたじろいでしまった。決勝戦だからか、先程よりも注目度が高いのだろうか?

てゐの紹介は実に気に食わないものであるが、決して間違ったことは言っていないから困る。まぁ今回は一対一の勝負だから、無傷とはいかないのではないだろうか。

 

 

 

「続きましてぇ、謎の力で他を圧倒した今大会のダークホースッ!!」

 

「 純狐 & うどんげ人形ぉーーーーッ!!! 」

 

 

 

反対側からゆっくりと、純狐が人形を抱えながら入場してくる。

声援を送られているにも拘らず、人形と戯れ自分の世界に没入しているようだ。

…そしてよく見ると、うどんげ人形の髪型が変わっている。ロングヘアーから短めのボブにしているようだが、アレは彼女の趣味か?

戦いに備えて邪魔な髪を切ったという可能性もなくはないが、恐らく髪型を変えたのは前者が理由だろう。何せ、あの溺愛っぷりだ。

うどんげ人形はすっかり彼女の玩具にされてしまっているが、人形はそんなに嫌そうではない様子に見える。むしろ、お洒落して貰って喜んでいるくらいだ。

 

そして今、決勝で戦う二人がバトルフィールドに揃った。

 

 

「よろしく」

 

「フフッ…うどんちゃん可愛い…フフフッ」

 

「……」

 

 

一応、純狐に声を掛けてみたが反応はなし。二回戦の時はこちらへ睨みをきかせていた癖に、こちらからだとこれか。

そんなに人形が可愛いか?勝つ自信があるからが故の余裕という奴だろうか?随分と舐められたものだ。

 

 

「…ねぇ」

 

「?」

 

「あいつの人形、ぶっ飛ばしなさい。いいわね?」

 

 

自身の人形に喝を入れる。

その言葉にれいむ人形は片腕をまっすぐ伸ばし、元気よく返事をした。

 

久々だ。こんなに誰かにムカついたのは。この大会が始まって以来、鬱憤が溜まっているのもあって余計にそう感じる。

神社が局地的な地震で壊された時と同じくらいか?戦うのが私でないのが残念でならない。

 

 

「さぁ、今バトルフィールドに二体の人形が揃いました!!果たして、優勝はどちらの手になるのかぁ!!?」

 

 

れいむ人形とうどんげ人形はバトルフィールドに放たれると、互いを睨みつけ火花を散らせた。

人形達による「ウルトラ有頂天セット」を掛けた壮絶な戦いも、いよいよ最後となる。

 

 

「 「東方人形劇」決勝戦 !! れいむ人形 対 うどんげ人形 !! 」

 

 

「レディ…………」

 

 

「ファイッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東方人形劇」の決勝戦が始まった。

 

 

「お前には万一の勝機もありはしない」

 

 

純狐は試合開始と同時に、自身の「純化」の能力を発動させる。

自身を白く輝かせると、うどんげ人形の体も同じ光を纏わせて限界を超える強化を果たした。

 

 

「純狐選手!!二回戦で一気に勝負を決めた強化術を早速使っていくぅ!!れいむ人形果たしてこれを打ち破れるのかぁ!!?」

 

 

人形は瞳を紅く光らせ身体を宙に浮かせると、自身の分身を何体も作り出してれいむ人形へと襲い掛かる。

うどんげ人形とその分身達は指先から赤い弾幕を放つ。同じ攻撃でも、圧倒的な物量でそれは凶悪な広範囲攻撃へと変わっていた。

当然れいむ人形は避ける選択をとるが、徐々にジリ貧になっていくのが分かる。そして、何発か被弾してしまった。

 

 

「…右上ッ!!そこに隙間があるわ!避けて!!」

 

 

気が付いたら私は、人形に安全な地帯へ誘導する指示を出してしまっていた。

あのままだとやられる…そう思ったら、口が勝手に動いてしまったらしい。自分自身、今取った行動に驚いている。

 

指示を受けたれいむ人形は、言う通りにその弾幕の隙間へ逃げ込むことで何とか被弾を免れる。

そして人形はこちらを見つめると、感謝しているのか笑顔を向けて来た。

 

 

「……ッ!?」

 

 

その時、頭から何か情報が伝わってくるような感覚がして、軽い痛みが頭に走った。何だ…今のは?

これは…人形の情報?「陰の気力(いんのきりょく)」、「障壁強化(しょうへきょうか)」…一体何のことだ?

 

人形が私にこれを伝えて来たとでも言うのか?…この言葉が何を意味するのかは分からない。

でも、人形にとって重要な情報…そんな気がする。博麗の巫女の勘が、そう言っている。

 

 

「……れいむ!あの右側の人形に 陰の気力 !!」

 

 

先程得た情報から、勘で人形に攻撃が出来そうな対象に指示を出してみる。

するとれいむ人形がその言葉に頷き、赤い弾幕で攻撃を仕掛けていった。その攻撃はうどんげ人形の分身へとヒットし、一体の分身を消すことに成功する。だが、攻撃したのは本体ではなかったようだ。

 

私が「陰の気力」を指示したら紅い弾幕を放った…ということは、さっきの攻撃がそれの技名ということになるのか?

 

「ほう、思ったよりやるな。ならこれはどうだ?」

 

純狐がそう言うと、攻撃を受けたうどんげ人形は更に自身の闇の虚像を作り出して月形の弾幕を仕掛けてきた。

直接指示をしている様子はない。どうやら彼女は、その能力で人形を「操っている」のだろう。こちらでは出来ない芸当だ。

 

 

「…!来るわよ!今度は 障壁強化 !!」

 

 

もう一つの技の指示を出すと人形は自身の周りにバリアを展開し、襲い掛かる月形の弾幕を防いだ。

しかし無傷とはいかないらしく、少しだけダメージを負っているのが分かった。完全防御が出来るものではないということか。

 

 

「こ、これはどうしたことでしょう!!?霊夢選手、先程から人形に直接指示を送っているぞぉ!?」

 

 

 

「何だ?さっきからあの巫女、人形に指示を出してるな」

 

「霊夢の奴、いつの間にそんな人形と意思疎通出来るようになったんだ?」

 

「すごい!人形の方もちゃんと言うこと聞いてるわ!」

 

 

放置して戦わせていた先程までのバトルスタイルの違いに、観客も徐々にざわつき始める。

先程から声高々に指令を出している為、聞こえてしまったのだろう。普通に恥ずかしい…だが、これは人形の扱い方の有力な情報となる。四の五の言ってはいられない。

 

しかし、今の状況は最悪だ。こちらが一方的に攻められ続け、先程の攻撃も本体へダメージを与えられていないのだから。

避け続けなければならない耐久スペルカードを味わっている気分だ。

 

「れいむ!分身に惑わされたら駄目よ!本体は必ず他とは何かが違う筈…よく観察しなさい!」

 

さっきまでれいむ人形は飛び回っているうどんげ人形達を慌ただしく目で追っていたが、指示をすると注意深く観察し始めた。

こうやってちゃんと言ってあげれば、人形の行動もある程度制御出来るようだ。

…でも思い返せば一緒に暮らした際に色々家事を教え、それをしっかり覚えられていた。当たり前と言えば当たり前ではあるのか。

 

 

人形の所持者が人形へと指示を出し、共に戦う。

 

最初はそんなの考えたこともなかったが、今はどうだろう?やってみるとそこまで違和感はない。

自分の中で感じるこの高揚感…一体これは何だ?分からない…分からないが、今はこの気持ちへ正直に従った方が良いと私の勘がそう言っている。

 

 

ここまで来たんだ。どうせなら、あいつをぶっ飛ばして優勝してやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 さぁここからどう攻めるれいむ人形!?未だうどんげ人形にダメージを与えられていませんッ!!! 」

 

 

さて、意気込んだは良いものの…試合はてゐの言う通り、まだうどんげ人形の優勢。

 

れいむ人形も健闘はしているものの未だ相手の正体は掴めないままで、こちらも分身の攻略法を見い出せずにいる。

注意深く目で追っている私やれいむ人形に対し、うどんげ人形も素早い動きで攪乱させることによって本体を悟られないようにしているようだ。

成程、相手も馬鹿ではないらしい。これは目で必死に追わせるのは止めた方が良いだろう。

 

相手は鈴仙の能力を持った人形…確か鈴仙の能力は、「狂気を操る程度の能力」。あの紅い瞳は光や音の波長を操り、幻覚などを起こすことが出来るようだ。

さっきから姿が消えたりしているのも、彼女の能力によるものだ。正直、厄介この上ない。

 

私が最初に鈴仙と対峙した時、どう攻略しただろうか…思い出せ。あの時は確か……

 

 

「……そうだ!音よ!目を閉じて耳を澄ませなさい!」

 

 

記憶から導き出した方法を指示すると、れいむ人形は目を閉じて耳の神経を集中させた。

そう、あれは見てはいけない。見て判断していたら騙される。だからかつての私は視覚ではなく、聴覚で相手を判断することにした。

…まぁ結局、最後は自分な勘を頼りに戦った気もするが。

 

鈴仙本人は「幻聴」を聴かせることも出来るが、どうやらあのうどんげ人形には出来ないようだ。

やはり、能力は人形の方が劣っているのは間違いない。まだ勝機はあるぞ。

 

 

「…!そうだ、分身でなかったら当たった時に感触がある筈…すれ違った時にも注意を払って!」

 

 

そして鈴仙と戦った際のもう一つの攻略法。

彼女はその能力を使って、本物と偽物のを織り交ぜる弾幕展開を得意としている。

本物は違和感のないよう分身と同じ動きで攻めてくるだろうが、当たった時の感触までは誤魔化せない。

鈴仙の弾幕は厄介だが、直前まで迫れば後はその時の感触でギリギリ判断することが出来た。

そしてあの人形は今、感触を誤魔化すには向いていない服装をしている。何せあのような白衣、すれ違った際には嫌でも当たってしまう。

 

 

無数のうどんげ人形の取り囲まれている中、れいむ人形は目を閉じながらも先程の指示を聞き、元気よく頷く。

そして何かに気が付いたかのようにその方向へと向き直ると、一直線に走り出した。どうやら何かを感じ取ったようだ。

その動きに合わせ、周りにいたうどんげ人形の分身達も何体か動き出す。

 

 

「 行くわよ! 陰の気力 !! 」

 

 

その人形の勘を信じ、迫り来る他の分身に向けて攻撃の指示を出した。

れいむ人形の放つ赤い弾幕は次々と分身を消していき、勢いは止まらない。うどんげ人形もそれを見て焦ったのか、自身を守らせる為に分身を一箇所に集め始めている。

やはり人形の勘は当たっていたようで、本体はれいむ人形が向かっている先にいるようだ。うどんげ人形自身がそれを教えてくれたようなものだ。

詰めが甘いというか、焦ると駄目になるのもしっかり投影されているのだろうか?何にせよ、これはチャンスだ。

 

うどんげ人形達は一斉に紫の弾幕を放ち、進行を妨げようとする。危ないかと思われたが、れいむ人形はしっかり音を聞き分け、本物に当たらずに無傷で進んでいく。

ここに来て自身の人形が覚醒していた。直接指示をせずとも、攻撃の特性を学習して判断が出来ているみたいだ。

 

 

「凄い!凄いぞれいむ人形ッ!!うどんげ人形の攻撃を紙一重で避け続け分身を消し、とうとう追い詰めたぁ!!」

 

 

 

「いけえええぇぇーーーーーーーーー!!!」

 

「負けるなれいむーーーーーーーー!!!」

 

 

会場の声援の中、遂に人形は捉えた本体の近くへと辿り着いた。

同時に頭から何か情報が流れてくる……これは…新しい技?もしや、あの一瞬で学習したというのか?

分からないが、今はこれを使った方が良い。その時何となくそう思って、その技名を力一杯叫んだ。

 

 

「 れいむ! 幻覚弾(げんかくだん) よッ!! 」

 

 

霊夢の指示を聞き、れいむ人形は手元から紫の弾幕を放つ。それはうどんげ人形が使っていたものと瓜二つで、全く同じ技であった。

まさか、相手の技を模倣したとでも言うのか?だとしたら、何という学習能力だろうか。

 

紫の弾幕は数を増していきながら正面にいる本体のうどんげ人形へと飛んでいく。

「幻覚弾」という名前の通り、幻覚で惑わせる性質の弾幕のようだ。自分には似合わないと思うが、まぁそこはあまり気にしないでおこう。

 

 

うどんげ人形には自分を守る分身がもういない。これでやっと、れいむ人形の攻撃が当たる。

 

 

そう思っていた。

 

 

「……なっ!?」

 

「!?」

 

 

れいむ人形の弾幕はすり抜け、そこにあった分身は消えていく。

そのことに私も、私の人形も驚きを隠せないでいた。まさか、あれも偽物?

 

本物は一体どこに?確かにあの方角にはいた筈だった。辺りを必死に見回すが、地上のどこにもその姿はいない。

彼女の能力は姿を消すことも可能ではあるが、あれは人形に使えるものではないだろうし使えるならとっくに使っている筈…一体どこに…!?

 

 

「……フフフ…ハハハハハッ!!」

 

 

すると、これまで沈黙を決め込んでいた純狐が突然笑い出した。どうやらあの現象は彼女の仕業らしい。一体何をしたというのか?

 

 

「あの状況からよく巻き返した。しかし、その答えにたどり着くまで思ったより時間が掛かったわね?」

 

「お前はそのまま真っすぐツッコんでくるだろうと読んでいた。勿論、私は先手を打った。もしもの時の為に、大技の準備をしていたのです」

 

 

「 不倶戴天の敵、嫦娥よ!見ているか!?この人形が間もなく倒れゆくその姿を! 」

 

 

「…くっ!?」

 

 

純狐は声高々にそう叫ぶと同時に、上空が紫色に染まる。

上を見ると、そこには紫炎を辺りに展開しているうどんげ人形の姿があった。…ということは被弾直前になって分身を作り、本体は上に逃げたということか。見事に騙された。

 

「この技はまだ消耗が激しいだろうが…お前の人形も最早避ける気力などあるまい!死ね!!」

 

「……!」

 

…駄目だ。彼女の言う通り、さっきの攻撃にすべてを賭けていた。

れいむ人形の体力はとっくに限界を迎えている…息を切らして苦しそうだ。もう、駄目なのか?

 

 

そして、うどんげ人形の無慈悲な攻撃がれいむ人形へと降り注ぐ。

 

紫炎がバトルフィールド全体を覆って、絶望がこの会場を支配した。

 

 

 

「 れ、れいむーーーーーーーーーーーーーッ!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫炎はやがて収まっていき、徐々にバトルフィールドの様子が映し出されていった。

そこにれいむ人形の姿はどこにもない。

 

 

言葉を失ってしまった。

 

短い間とはいえ、ここまであいつは頑張ったのに。どうして消えなくちゃいけなかったの?私が、私がもっとしっかりしていれば…。

後悔と悲しみで思わず拳を地面に叩き付けた。何故自分のことじゃないのに、こんな気持ちになっているんだろう?今日の私、おかしいな。

 

 

「フフッ…中々楽しい余興だったわ。私としたことが、ちょっと熱くなってしまったみたい」

 

 

純狐はゆっくりと降りてくるうどんげ人形を優しく抱えた。

うどんげ人形は力を使い果たしたのか、「純化」が解けてぐったりしている。

 

 

「え、えぇっと…これは純狐選手の勝ち…でいいのでしょうか?どうやら、れいむ人形は跡形もなくやられてしまったようですし…どう思いますか?解説の針妙丸さん?」

 

「か、解説!?え、ええっと……その……」

 

 

突如、解説役となった針妙丸は事実を言いにくそうにしている。当然だろう。

彼女もれいむ人形とは仲の良かった。私よりもだ。受け入れたくはないのだろう。「死んでしまった」ということを。

 

 

「そう…だね……。これは」

 

 

針妙丸が重い口を開きかけた、その時だった。

 

 

「…ん?いや、待って………あ!」

 

 

嬉しそうな声をマイク越しに響かせる。先程の暗い声色から一変、希望を見い出した針妙丸の声は会場をざわつかせた。

 

 

「い、生きてる!!まだれいむ人形はやられてないよ!!」

 

「…!」

 

 

れいむ人形はまだ生きている。

 

その言葉と指先の先には先程の攻撃で地面が抉れ、そして積み上がった瓦礫があった。確かによく観察してみると微かにその瓦礫が小刻みに動いている。

針妙丸の言っていたことが本当なら、れいむ人形はあの下に?

 

心配になり駆け寄ろうとしたその時、瓦礫が吹き飛んでそこから小さな影が出てくる。

 

その正体は…

 

 

「な、何と!?れいむ人形です!まだ生きています!何というしぶとさでしょうか!!?」

 

「ほら、言った通りでしょ!」

 

 

れいむ人形だった。あの大技を食らって生きていたのだ。何という奇跡だろうか。

しかも傷の状態を見るに、ほとんどダメージを負っていない。何故大丈夫だったんだ?

 

 

「ということは……この試合ッ!!うどんげ人形の事実上戦闘不能によって………」

 

 

 

「  博麗 霊夢 & れいむ人形 の 優勝ぉーーーーーーーーーーッ !!!!   」

 

 

 

てゐのジャッジによって「東方人形劇」の優勝者が今、ここに決まった。

 

 

 

 

正直、実感が沸かない勝利だったが…まぁ今は素直に喜んでおこうかな。

 

まぁ…一番嬉しいのはこいつだろうけどね。

 

 

 

 

 



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断章7

幻想郷の人形の所持者達は、突如現れた謎の生き物「人形」についての緊急対策会議を開いていた。

 

 

「今回集まって貰ったのは他でもない。この宴会で得た人形の特徴についての情報を整理して、それで私達が今後どう対応していくかを考えていきたい」

 

 

参加者は私を始め、魔理沙、咲夜、早苗、アリス、人形に興味が尽きない「河城 にとり」、それに加えて「稗田 阿求」の系7人。

人里の代表である阿求にもこのことは話しておいた方が良いという判断で、会議をする場所として稗田邸の一室を借りるついでに参加して貰っている。

純狐は呼ぼうにもあの決勝戦以来姿がなく、いつの間にか消えた。全くどこまでも勝手な奴だ。

 

「…それで、一体何なのですか?この「人形」という生き物は?「これが幻想郷の脅威になるかもしれない」、とのことでしたが」

 

「あぁ、説明しよう」

 

今初めて人形を目にした阿求に、魔理沙がその生態を説明し始める。

 

当の人形達はというと、れいむ人形が優勝賞品の「ウルトラ有頂天セット」を幸せそうに頬張っているのを横目に、他の人形達が恨めしそうに涙目で眺めている。

人形達にとって、あのお菓子の山は至福の甘露。それを独り占めされてさぞ負けた人形達もご立腹だろう。

しかし、あれは勝者にのみ与えられたご褒美。それを横取りせず、ただ悔しそうに眺めているのもそれをちゃんと理解しているからなのか。律儀な奴らだ。

 

「…成程。霊夢さん達では直接どうにも出来ない…それは厄介ですね。そうなると頼れるのは同じ「人形」しかないと、そういうことですね?」

 

「理解が早くて助かるぜ」

 

 

「…となると、決勝戦の霊夢みたいに人形をこちらで上手く制御出来るようにならなくちゃいけないわね。それにはもっと研究資料が必要になるけど…」

 

「真っ先に作るべきはやっぱり「マジックアイテム」だな。パチェの奴にも協力して貰うか」

 

「はいはい!それ私にも参加させておくれよ!そういうアイテム作りは得意だし!」

 

魔理沙、アリス、にとりの三人が何やら始めようとしているみたいだ。

「人形を制御する」…か。確かに、私の人形のような都合の良い動きを他の人形も見せてくれるとは限らない。

 

「そういや霊夢、どうしてあの時人形に直接指示を送ったりなんかしたんだ?人形もちゃんということを聞いていたし」

 

「「 陰の気力 !!」とか、大声で言ってましたもんねぇ。まるで人形が何を使えるのか分かっているみたいに」

 

私があの時見せていた行動に、周りから疑問を持たれているようだ。まぁ当然といえば当然だろう。最初は人形同士が戦うのを見守っていたのに、何故そう言った戦い方を突然始めたのかと思われるのは、至って自然なものだ。

 

「いや、何と言うか…「そうしなければいけない」ってあの時は思ったというか…私が最初に避けるよう指示して、人形がこっちを見つめてからかな…何だか頭痛がしてさ?それから分かったのよ。あいつが何を使えるのかを」

 

「ほうほう、つまり人形が直接霊夢さんに情報を伝えたってことになるねぇ。確か霊夢さんとその人形は先月くらいから一緒に暮らしていたんだってね?もしかすると、「信頼」してくれたのかもしれない」

 

「まぁ霊夢さんってどこか人を寄せ付ける魅力がありますし、人形も霊夢さんを気に入ってくれたんじゃないですか?」

 

そういうものなのだろうか?

確かにどこぞの魔法使い、酒好きの鬼、説教ばかりの仙人、悪戯好きの妖精3人衆等々……何かと神社に客は沢山来るが、そこに更に人形まで沢山来客したらいよいよ大迷惑だぞ。

そう考えると…人形に好かれるのはあまりいい気はしないな。扱いには今後注意しよう。

 

「咲夜。こちらから呼んでおいて何だが、レミリアのとこに戻らなくて良かったのか?」

 

「…お嬢様自身から、この会議に参加するよう言われたの。何でも、さっきの人形バトルに興味を惹かれたみたいでね」

 

あの人形達のバトルは幻想郷に住む少女達のほぼ全員が目にした試合であり、レミリアもそれに関心を示しているようだ。

レミリアだけではない。他の人物もあの試合を見て何かしら行動を起こしている可能性は大いにある。てゐに色々と任せた結果ああなったのだが、今思えばちょっとマズかったか?

 

 

 

 

 

そう。

 

この人形、悪用しようと思えばそれが出来る能力も秘めている。野心を持った人物に人形が渡ればどうなるか?

 

 

それをこの時の私は、まだ想像していなかったのだ。

 

 

 

 

 

「あなたの野望、簡単に叶える方法があるって言ったら…どうする?」

 

 

「…?」

 

 

 

 

 

「姉さん、そろそろいいんじゃない?」

 

 

「フフッ…そうね。始めましょうか…楽しい楽しい宴を、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、異変は起こった。その名も、「人形異変(にんぎょういへん)」。

 

 

人形は幻想郷各地に散らばり、それぞれの地域を縄張りとして幻想郷の住民達を困らせる。

この異変調査を依頼され、動いたのは我らが博麗の巫女の「博麗 霊夢」。

 

 

 

事前にそれを予知していた者達はそれに備え、準備は進めて来た。

 

 

魔理沙達魔法使いと河童の技術で作られた、人形を封じ込める「封印の糸(ふういんのいと)」。

 

人形の情報をある程度視認出来る「スカウター」。

 

沢山の人形を保管出来る、異次元に繋がった「人形箱(にんぎょうばこ)」。

 

 

これらのアイテムの開発により人形による被害はある程度は抑えられ、やがて「封印の糸」は幻想郷中に一般的に流通していくことになる。

 

 

戦わせることによって強くなる人形の特性を知った者は、いつしか宴会で行ったような人形同士のバトルをするようになった。

それはいつしか一つの「競技」へと発展していき、細かなルールを制定。「人形バトル」という名前を正式に決めた。

 

人形のその賢さに目を付けた者は、仕事の手伝いなどをして貰い生活のお供として活用し始める。

所持者は人形に感謝し、それに人形も応えることによって「信頼」が生まれた。

 

いつしか人形という存在はこの幻想郷にとってかけがえのないものとなり始め、住民達はこれが「異変」だということを徐々に忘れていった。

 

 

 

 

…だが、それは人形を悪用する者の発展も意味する。

噂によれば「人形解放戦線」なるものを掲げ、暴れ回っている集団がいるという。そういった者達の出現もこの人形異変がきっかけである。

 

使い方を誤れば、人形は凶器にもなる。このような危険な生き物は、やはりこの幻想郷にいてはいけない。

 

 

 

…私が解決しなければならない。この「人形異変」を。

 

 

 

「 行くわよ! れいむ !! 」

 

 

「!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…紫様、それは本当ですか?」

 

 

八雲 紫(やくもゆかり)の式神、「八雲 藍(やくもらん)」は主の言葉に驚きを示した。

 

 

「本当よ。今回の異変、霊夢でも解決が難しいのは明白でしょう?」

 

「……」

 

「本来、この幻想郷においてそれは絶対に有ってはならないこと。でも、受け入れざるを得ない事実であることもまた確か」

 

「…でもだからといって、外の世界に助けを求めるなど…もし万が一しくじればどうなるか」

 

「安心なさい。有力な情報を入手したの。何でもこの前会ったあの人間が言うには、今回の異変は外の世界の「ある遊戯」に似ている…と」

 

「あぁ、最近異変を起こしたあの人間の女ですか。何でも夢を見ている間だけこちらに来れるとか…それで、その遊戯とは?」

 

「えぇ。その者が言っていたのは「ぽけ〇ん」…という遊戯で、外の世界にはこれを極めたものが少なからず存在しているらしいわ」

 

「な、成程…」

 

「だから、もしその者の協力を得ることが出来ればこの異変を解決することが出来ると、私はそう見ている」

 

「…ですが仮に協力を依頼したとして、素直にそうしてくれるでしょうか…?」

 

「ふむ、そうね…確かにその問題はあるか。……藍、貴方に仕事を与えるわ」

 

「はい?」

 

 

 

「 探しなさい ! 強く優しい心を持った 「トレーナー」 をッ !! 」

 

 

 

 

 

 

 





第二部の予告的な何か




『我こそは、深淵より来る悪魔の使者ッ!!』


『 地獄の破壊者《ヘル・デストロイヤー》!!!(決まった…) 』


『は?てかマジイケてんじゃんソレwwwウケるwww』


個性溢れる(濃すぎる)新たな人形達ッ!!




「時代の主役はあたし達ぃ!」


「我ら不死身のぉ!」


「「 摩多羅二童子(またらにどうし) !! 」」


ある人形を求め、主人公に襲い掛かる新たな敵ッ!!




様々な出会いが舞島 鏡介を待っている!

続編、乞うご期待!



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第一部のまとめ的な何か

 

第一部はこれにておしまいです。

 

 

ここで各キャラごとの設定話や今の状態をおさらいをしていきましょう。

後、二部でスポットを当てたいキャラとかも。

 

 

 

 

 

 

まずは人間又はトレーナー達。

全員は流石にしんどいので、ある程度絞りました。

 

 

 

 

 

・舞島 鏡介(まいじま きょうすけ)

 

オリキャラその1。

 

彼は主人公ということで、結構ベタな設定にしました。簡単に言うと、コンプレックスを抱えた鈍感で心優しい性格の中学生ですね。

予め「東方」の知識を持っているかは悩みましたが、友達から名前くらいは聞いたことある程度という現実でもよくある知識量に留めました。

理由としては単純で、かつて同じ題材の小説を書いていた方々は大体「知識有り」だったからです。だったら敢えてこちらは「知識無し」にしようと思った次第ですね。

「幻想入りをきっかけに、「東方」という世界観に触れる」というのも乙かなと思いましたし、当初はその方が心情を表現しやすいと作者は踏んでいました。

…ですが、今思えば知識がある状態の方が原作プレイヤーのかつての感情を表現出来てやりやすかったでしょう。「知識無し」は小説初心者にはハードルが高かった気がしますね…;

 

幻想郷に起こった「人形異変」を解決する為に連れてこられた外来人である彼ですが、「幻想人形演舞」の元となった「東方人形劇」、その更に元である「ポケモン」の知識はある。

彼は所謂「ポケモンガチ勢」ではなく、本編やクリア後ストーリーまでやって対戦などのやり込み要素まではやらないタイプ。

 

ガチ勢のイメージとして、「孵化作業や厳選を繰り返し、ポケモン一匹一匹に愛情を注がない」というものがある。(勿論そうじゃない方もいらっしゃるのは重々承知してはおりますが、一応これがこの物語における「ガチ勢」の定義です)

外の世界で異変解決の適合者を探すにあたって、そういった人物は極力避けられた。そんな中、舞島は自分のポケモンを大切な友達として扱い、大切に育てている人物だった。

それが異変解決をする者として選ばれる決め手となって、導かれるように幻想入り。

 

人形と仲良くなり愛情を注げることこそがこの「人形異変」を解決するに当たっては重要となり、事実彼はポケモンとよく似た人形達の扱いに長けている。

今のところ原作で皆のトラウマである「霊夢」に勝ち、「レミリア」とは引き分けという戦績で今のところ負け無し。

 

果たしてこのまま無敗を貫けるのだろうかといったところですが、流石にそろそろ敗北を経験させた方が良い気がしますね~。

 

 

 

 

 

 

・大森 哲也(おおもり てつや)

 

オリキャラその2。

 

舞島の友達。見た目は一応眼鏡に小太りな如何にも「オタクです」という見た目をしている。

生粋の東方オタクであり、彼の博麗神社への聖地巡礼に付き合わされたのが、舞島の幻想入りのきっかけである。しかし、本当にそれは偶然だったのだろうか?

彼はあくまで幻想入りのきっかけ作りで生まれたキャラですので、幻想入りしてからは登場の予定はありませんでした。

 

ありませんでしたが…とある話の兼ね合いで、再登場の可能性有りです。良かったね!!

 

 

 

因みに名前の由来は、パっと浮かんだ「あぁ、いそう」と浮かんだそういう見た目の名前。

 

そして舞島君は相棒のユキ人形に因んで「マイ」の付く苗字で名前に、違和感のない下の名前を足した感じ。はい、割と適当ですw

 

 

 

 

 

 

・光(ひかる)

 

オリキャラその3。

 

人里に住む少女。年齢は10歳。

当時は主人公と旅を共にするパートナーにしようと思っていた枠。結局は霊夢に続くライバルポジに落ち着きましたが…

名前もアニポケヒロインをもろ意識してます。あまり女の子らしさのない、お転婆でお調子者な性格ですね。アニポケヒロインの性格をごちゃ混ぜにした感じ。…安直過ぎたかな?

 

寺小屋の生徒でもあり、光のライバルである「準(じゅん)」とは同級生。 

異変解決をしている霊夢に強い憧れを持ち、その手伝いをすべく旅立った。生粋の霊夢信者で、「様」付けは当たり前。これまでの霊夢の活躍はすべて記録している。

 

人形遣いとしては主人公に負けないくらいのバトルセンスがある。いわば天性の才能持ちで、同時に努力家でもある。

初めて手に入れた人形が「げんげつ人形」というとんでもないデビューを果たした少女。(尚、準はもっとヤバい人形の模様)

原作でコストの高い設定がされている人形達は強い分従えるのが大変難しい為、サトシのリザードンみたいな状態…とまではいきませんが、光はげんげつ人形の扱いに苦労しているのが今の現状。

 

 

舞島のライバルその1。

 

初めて人形バトルで敗北して以来、「このままでは駄目だ」と一人旅に出た光。

負かした張本人の準は勿論だが、同時に舞島も超えたい壁としてライバル認定している。だが舞島には恩もある為、困っていたら助けるくらいには親しい仲。

 

 

 

 

 

 

・準(じゅん)

 

リクエストキャラクター。

 

ピクシブでリクエストが届いて採用したキャラ。

リクエストして頂いた「ゾローク」さん、ありがとうございます。

 

「どう成長するのかはお任せします」とのことなので、ある程度自由に描かせて貰ってます。

そして「人里出身」という設定から光とは寺小屋での生徒同士でもあり、同時に人形遣いとしてのライバルでもあるという関係に。

個人で聞いたところ「アニポケのシンジに寄せて欲しい」という要望もあったので、性格は「只ひたすらに強さを求め人形を戦いの道具として扱う冷酷な子」という感じになりました。

二部では光メイン回の際に大体登場することになる予定ですので、登場回数自体は割と控えめになります。

 

 

バトルスタイルは人形ごとに役割を持たせる「ガチ勢」思考で、最初の人形は「ヘカーティア人形」という最強格の人形。

個体厳選も当たり前のように行っており、弱い個体はまず採用しない。まだ個体厳選の方法が確立されていない為、糸の消費が激しいのが最近の彼の悩み。

 

個体が弱かった人形の封印解除の為、唯一それを解くことが可能な「鍵山 雛(かぎやま ひな)」とは定期的に会っている。

そして来るたびに雛に叱られるまでがテンプレ。

 

 

 

 

 

 

・宇佐見 菫子

 

個人的にスポットを当てたいキャラナンバー1。

 

「人間」キャラ中心にしたい今作としては、現代世界と関係を持たせやすい菫子は出来ればもっと登場させたい。

幻想入りをしている主人公ですが、やはり「現代で失踪している」という状態を何とかしていきたいんですよ。例え現代とは流れている時間は違っても、戻るまでの一時凌ぎくらいはしないとね?

 

舞島とは人里で二回会っただけで今のところ接点があまり無いですが、彼女とも色々と関係を築かせたいところ。

 

年上マウントを取る董子…良い……

 

 

 

 

 

 

・東風谷 早苗

 

個人的にスポットを当てたいキャラナンバー2。

 

元現代人である彼女も何かと出番を与えたい。

原作では序盤で主人公に優しく接してくれたりアイテムをくれたりと「優しいお姉さん」なイメージなので、主人公の良き相談相手としての立場を全うして貰う予定。

職業柄、基本的には誰にでも穏やかな接し方をする彼女ですが、親しくなると段々口調が崩れる感じにしたいな~何て思ってます。はい、完全に趣味ですね。

 

 

 

 

 

 

・博麗 霊夢

 

原作ではトラウマになった人も多いでしょう。私は妖怪の山のバトルが一番印象深いですね。あんなん対策なしだとどうしようもないw

 

霊夢は異変が起こる前からその予兆を察知し、出来ることをやってきた。彼女の勘は良く当たる。

そして人形という存在を危険と見なしており、一早くこの異変を終わらせるべく調査を進めている。

異変解決を生業とし、これまでいくつもの異変を解決してきた霊夢は幻想郷にとって「英雄」であった。だから今回の異変もどうにかしてくれると、住民達は霊夢に期待をする。

しかし徐々に人形が幻想郷に馴染み、人々は脅威を感じなくなるにつれ霊夢は焦りを覚えた。このままでは幻想郷が人形に支配されてしまう…そんな思いを抱いていく様に。

 

そんな時に現れた外来人の舞島 鏡介。新たな異変解決者の登場により、霊夢の面子は丸つぶれとなってしまう。

彼に人形バトルで初めて敗北を味わされて以降、認められず何度か勝負を仕掛けてくるようになる。原作基準で。

 

 

舞島のライバルその2

 

何かポッと出の外来人に実力で先を越され、酷く憤慨な霊夢さん。「こんな真面目なの霊夢じゃない」という解釈不一致はあるかもですが、ここの霊夢はこんな感じです。

闇堕ちまではいかないものの、立場上苦悩は沢山します。だって霊夢も人間だもの。

 

 

 

 

 

 

・霧雨 魔理沙

 

最初は原作通りの出番にしようと思っていましたが、他にも主人公のアイテム事情などで関わりを持たせることにしました。

人形バトルの相手をするのもそうですが、主人公の持つ機械系アイテムの強化などをする関係も追加しています。

 

因みにオリジナルアイテムの「スカウター」と「タブレット」などの機械系は主に「にとり」。

「封印の糸」などのマジックアイテム系は「アリス」と「パチュリー」、そして魔理沙が担当。

 

異変の調査もしているが、霊夢と比べて必死ではない。

むしろ人形に興味を惹かれている側なので、解決することよりも更なる興味深い情報を求めて調査しているところがある。

 

 

真面目な舞島が唯一砕けて会話出来る数少ない相手。

気さくに接してくれと魔理沙自身から持ち出したのもあるが、何よりも同じ人間であり見た目が同い年くらいで親近感が持てるというのが一番の要因だったり。

そう考えると友達感覚でいられる魔理沙という存在は、突然異世界へ飛ばされた舞島にどこか安らぎを与えているかもしれない。

 

二部でもちょくちょく登場予定。

 

 

 

 

 

 

・稗田 阿求

 

どうしようと考えた結果、「普段は温厚だが怒らせたら怖い人」となりました。

 

まぁ彼女の立場上、今回の異変もすべて記録として残す義務があるから色々あるんです。

バカルテットが人里を襲ったのはアレが初めてではなかったので、リグルへの多少過激なお仕置きも止む無し。決してそう言う趣味ではない。

 

 

稗田亭は今後も一つの集会所として扱うので、必然的に阿求は度々登場することになるでしょう。

 

 

因みに「小鈴」は妖魔本がない為、この小説での出番はほぼ無いです。

 

 

 

 

 

 

・十六夜 咲夜

 

舞島をドキドキさせ、男の部分を覚醒させた女(尚、彼女は無自覚だった模様)。

今後もレミリアからの指令などで会うことになるかもしれない。頑張れ舞島。

 

彼女は人形異変の調査などは行っていない。理由は主がそれを望んでいないから。

咲夜自身も人形を気に入っている節があるので、尚のこと積極的に動くことはない。

休憩時間は主に人形と時間を過ごしているようだ。誰の人形と?…それは想像にお任せします。

 

 

 

 

 

 

・レミリア・スカーレット

 

原作のトラウマその2。高速アタッカーの脅威を思い知らされるボスですね。

アペンド版では多少マシになったけど、当時の皆の脳裏には十分焼き付いたことでしょう。

 

人形遣いとしての「強者」の一人として、あらゆるシュミレーションを繰り返して強くなったという設定に。「吸血鬼」という種族である以上、積極的に外に出て人形バトルをしているというのは個人的に違和感があったのでこうなりました。

 

ユキ人形の特別な力がなかったらまず負けていた相手で、かなりの実力者。

強い者を好むレミリアだが、あのバトルで舞島のこともかなり気に入ったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いてはオリキャラ達の持つ人形達。

今更ですが、人形達は元になった人物とは大分キャラを変えてます。

 

 

 

 

・ユキ人形

 

今作の人形サイドの主人公。

「なんでこいつ?」と思う人もいたことでしょう。ですが考えてみてください。

 

「炎属性」、「金髪」、「仲間が死ぬと本気を出す」

 

もう、この設定は完全に「主人公」でしょう?

まぁ個人の趣味も入ってないこともないですが、ピックアップした中ではこの子がベストでした。

 

 

運命の出会いを果たした舞島の最初の人形。

舞島に一目惚れをし、好意を抱いている。ユキ人形もまた、あの瞬間に運命の出会いを果たしたのだ。

 

元気溌溂でポジティブな性格。そして皆をまとめるリーダー。

記憶喪失になっており、自分がどこの誰なのか分かっていない。

 

ユキ人形の中に眠るアイテムの効果で、覚醒することがある。

アイテムの正体はアペンド版プレイした人ならピンと来るかな?

 

 

 

 

 

 

・しんみょうまる人形

 

舞島の初めて仲間にした野生の人形。

 

一の道で出会い、小槌を見つけてくれた恩返しとして付いて来る。

家宝を必死に探してくれた舞島の優しさに応えたいという気持ちが、しんみょうまる人形の秘めた想い。

 

口調はお姫様らしい上品な物言い。

裁縫を得意としており、主に主人公の衣服の修繕や即興の生活グッズの作成などをやっている。

 

 

原作でもお世話になった人は多いんじゃないでしょうか?かく言う私のその一人。

ディフェンススタイルでありながら「アビリティ」のおかげで火力もあるしんみょうまる人形ですが、「攻め」はユキ人形が担当なので、こちらは「守り」担当としました。

 

 

 

 

 

 

・こがさ人形

 

雨の日に出会った野生の人形。

 

五の道に雨を降らせていた困り者。

通りすがるところすべてに雨を降らせていた為、人形達にも疎まれていた。

 

こがさ人形には人の持つ道具の言葉や感情が分かるという特性があり、それを通じて舞島の持つ折り畳み傘を気に入った。

大事に使われていることが傘自身から伝わり、好感を持ったこがさ人形はその後仲間となる。

 

周りの人形達と今まで馴染めなかった為、どう接したらいいか分からず基本的には気弱な性格。

しかし鍛冶でスイッチを入れたら一変、性格がガラッと変わる。

 

 

エクストラスタイルが一番鍛冶職人っぽい特性持ちなのでそれを採用。「アシスト」と「スピード」も強くて捨て難いですが致し方なし。

スタイルチェンジ前からアビリティが「冶金術」という、結構無茶な設定にした異例のキャラですね。というか、「威嚇射撃」と「煙幕展開」をどうバトルで表現するかが面倒だったというのもあったり。

 

バトルスタイルは相手の能力を下げたり、自分の能力を上げたりと主に「補助」を担当。

 

 

 

 

 

 

・メディスン人形

 

人里で瀕死になっていたところ、舞島に拾われた人形。

前の持ち主に捨てられた過去を持つ。

 

「毒」タイプは人を選ぶもので妖怪などが好んで使う傾向がある。その為、耐性のないものは満足に扱えない。メディスン人形が捨てられたのはそのあたりが原因。

 

舞島に拾われて一命をとりとめたメディスン人形だが、心の傷は深く現在療養中。

一の道の一件で毒に耐性を持った舞島のケアで、少しずつだが回復していっている模様。

 

控え人形のエリーとくるみ人形とは言葉を交わしていく中で、唯一心を開いている。

 

 

 

所謂、アニポケの「捨てられた」枠です。

人選としてはこの子しかいないだろうということですぐ決まりました。

 

二部でようやくバトルに参加です。スタイルとかはもう決まっておりますのでお楽しみに。

 

 

 

 

 

 

・エリー&くるみ人形

 

旅の中、舞島の持つ「人形箱」で色々やっている影の主役組。

今はメディスン人形と仲良くなる為、試行錯誤しながらコミュニケーションをとっている。

 

この人形箱の中の小さな劇場で、見ている人形を笑顔にすべく人員増加を申請中。

 

 

 

この人形劇団で、本編とは違う「イフストーリー」などをここでやってみたいとか思ってます。

 

 

 

 

 

 

・げんげつ人形

 

光の最初のパートナー。

 

妹の失踪から一の道まで探しに来ていたところ、光に捕まった。

その際戦ったユキ人形に惚れ込んでおり、会う度にスキンシップが激しい。

 

金髪少女をこよなく愛する変態であり、光の人形になってからもそれは変わらない。

げんげつ人形の毒牙に掛かった人形は数知れず。

 

だが夢の世界での一件以来、光はげんげつ人形を封印中。

げんげつ人形が「弱い人形遣いの言いなりにはなりたくない」ということを光も理解しており、腕を上げていつか認めて貰うことを夢見て頑張っている。

 

バトルで初めて敗北を喫した準のヘカーティア人形には只ならぬ殺意を抱いており、いつかボコボコにするのが目標。

 

 

 

 

 

 

・ルナ人形

 

げんげつ人形の毒牙に掛かった人形。

 

光の手持ちではあるが、実戦経験はまるでなく今まで放置されていた。

自分に自信がない内気な性格で泣き虫。

 

だが夢の世界での活躍で光から可能性を見い出され、現在は立派なパートナーの一人である。

 

もう、何も怖くないっ!!

 

 

 

 

 

 

・アリス人形

 

魔法の森で光が命懸けで捕まえた人形。

光の手持ちの中で唯一まともな苦労人でもあり、実戦経験はげんげつ人形の次に積んでいる。

 

攻撃と補助のバランスが良く、オールラウンダー。

 

 

 

 

 

 

・クラウンピース人形

 

夢の世界で光が仲間にした人形。

 

自分の炎技に絶対の自信を持っていたが、それを舞島のユキ人形が筈かに上回っていた。

それを戦いで実感し、光の仲間となって強くなることを決意。ユキ人形を生涯のライバルと思っている。

 

とにかく落ち着きがなく、ジッとしていることが苦手な性格。

炎タイプなだけに世話の焼ける人形で、光も迂闊に封印の糸から出さないよう気を付けている。

 

 

 

 

 

 

・じゅんこ人形

 

夢の世界で光が捕まえた人形。

 

捕まえる際に光のアリス人形を戦闘不能にする程の力を披露。実戦経験はまだない為、実力の程は未知数。今のところは物静かでおっとりした性格。今のところは。

 

 

 

 

 

 

・ヘカーティア人形

 

準の最初の人形。

人形の中でも最高クラスの力を持つ。しかしその強さ故に扱いが難しく、手持ちに加え従えている者は数少ないとされている伝説級の人形。

 

 

準との出会いなどは外伝で補足しようと思います。

どのスタイルも強いヘカーティア人形ですが、その中でも象徴的な特性を持つ「エクストラ」を採用。アビリティの「三相一体」を駆使し、相手によって姿を変えて戦うのは絶対映える。もうこれ一択でしたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

以上になります。

 

二部で新しく登場するキャラはネタバレ防止の為に伏せておきます。まぁ当たり前ですね。

話の構想は大体固まったので、そろそろ二部の方を書き始めようと思います。もうちょっと待ってね。

 

 



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第二部
序章


どうも、てんいです。

こちらは第二部となっています。予めご了承下さい。



軽くおさらいしますと、原作の進行度的に言えば「紅魔館」まで進み、レミリアを倒しました。二部はその続きからとなります。



そして


・この小説は、東方projectの二次創作作品である「幻想人形演舞」、「幻想人形演舞~ユメノカケラ~」を元に執筆した三次創作の小説です。ネタばれ注意です。

・オリジナル展開多めです。オリキャラもいて、主人公もしゃべりますし何なら別パートで人形もしゃべらせます。

・原作とはキャラが違うところも多々あります。要はキャラ崩壊注意。

・つたない文章です。



それでも良ければ、どうぞご覧ください。



僕の名前は舞島 鏡介(まいじま きょうすけ)。

15歳の中学3年生で、好きなものはゲーム。そして何より「小さくて可愛い生き物」。

 

もうすぐ高校生になるということで、受験シーズンである僕は今…

 

 

 

「幻想郷」という、異世界に迷い込んでおります。

 

「人形」と呼ばれた可愛らしい生き物達と一緒に。

 

 

 

 

 

僕がここに招かれたのは幻想郷に起こった「人形異変」を解決する為らしい。何故僕なのかと聞きたいが、生憎それに答えてくれる者はいない。

ここに連れて来た張本人である「八雲 紫」はここに来てから一度も姿を現さないし、よりにもよってこの異変を解決しなければ元の世界へ帰る目途が立たないとのこと。

 

 

心配なことも多い中、僕は人形達と共に幻想郷を巡り回った。

 

博麗神社、人里、香霖堂、魔法の森、永遠亭、そして紅魔館……

 

 

 

流石ゲームの世界なだけあって、非現実的でこの世のものとは思えないものも沢山あった。正直言うと、少しこの旅にワクワクしている自分もいる。

こんな経験は人生一度きり…いや、普通だったらその一度さえも本来は有り得ないのだから。

 

そして現在は「紅魔館」におり、あのバトル後に主であるレミリアの計らいでもう一泊させて貰ったことろである。

もうすっかりお世話になってしまった。戦った人形達も、十分に体力を回復出来たことだろう。

 

 

 

各地を巡っていく中でも、色んな人物に出会った。

 

魔理沙、早苗さん、霊夢さん、浩一さん、阿求さん、光ちゃん、霖之助さん………うん、とにかく沢山出会った。

 

 

 

「 お~~~い!!舞島~~~!! 」

 

 

 

噂をすれば何とやら。この声は聞き覚えがある。

空からこちらに話し掛ける人物は、僕が最初に出会った幻想郷の住民だった。

 

 

「よう、しばらくぶりだな!頼まれていた機能、完成したぜ」

 

「本当?ありがとう、助かるよ」

 

 

魔理沙は背負っている鞄からチップのようなものを取り出した。どうやらあれでスカウターのバージョンアップを行うみたいだ。

早速スカウターを魔理沙に渡してバージョンアップをして貰う。

 

魔理沙は手慣れた手つきで側面の蓋を開けると、そこに先程のチップを入れた。

するとスタウターが起動し、現代のパソコンでよく見る緑のゲージが少しづつ左へ伸びていくのが分かる。

ウィンドウが複数展開されながら順調にダウンロードが進み、あまり時間も掛からずにゲージの色が緑一色となった。

 

「……よし、これで終わりだ。つけてみろよ」

 

スタウターの画面に「OK」の文字が映ったのを確認すると魔理沙はチップを取り出し、こちらにスタウターを返却した。

そして言われた通りにスカウターを装着し、機能を確認すべく懐から複数宝石を出す。

 

 

「 ユキ、しんみょうまる、こがさ! 出てきて!!  」

 

 

こちらが掲げた3つ宝石…通称「封印の糸」の中にいる仲間達を一斉に呼び出す。

その呼び声に応え、封印の糸から飛び出した「炎」の中からユキ人形、「銀の閃光」からしんみょうまる人形、「水滴」の中からこがさ人形が現れた。

 

3体の人形はこちらを向き、何をするのかと指示を待っている。

 

 

「皆おはよう。今からスカウターの機能をチェックするから、少しジッとしていてね?」

 

 

それを聞いた3体は元気よく頷く。うん、良い子達だ。

 

 

さて、まずは「こがさ」から。

 

 

 

『名前:こがさ  種族:妖怪  説明:鍛冶が得意 / スタイル:エクストラ  タイプ1:水 タイプ2:音 / 印:赤の印』

 

『アビリティ:「冶金術」 鋼鉄属性のスキルを無効化し、集弾が1段階上がる』

 

 

 

情報が出てきた。

 

こちらの注文通り、アビリティの詳細が追加されている。後、現在のスタイルも。

今までタブレットの「アビリティの変更」でしか確認出来なかったのがこれで解決した。

 

 

お次は「しんみょうまる」。

 

 

 

『名前:しんみょうまる  種族:小人  説明:打ち出の小槌を扱える / スタイル:ディフェンス  タイプ1:鋼鉄 タイプ2:大地 / 印:青の印』

 

『アビリティ:「達人の体捌き」 闘属性のスキルを無効化し、集弾が1段階上がる』

 

 

 

レミリア戦でアビリティの変更を行ったままにしていた。後でちゃんと戻しておこう。

このアビリティはあまりにも限定的だし、もう一つの「打ち出の小槌」の方が使い勝手は良い。

 

 

最後に、「ユキ」。

 

 

 

『名前:ユキ  種族:魔法使い  説明:??? / スタイル:スピード  タイプ1:炎 / 印:黒の印』

 

『アビリティ:「突貫」 確率で発生する追加効果のあるスキルの与ダメージが1.3倍になるが、 追加効果が発動しなくなる』

 

 

 

相変わらず説明の部分が分からないまま…か。

 

そしてユキだけに発動するアビリティとは別の力の正体も、未だに何なのかは不明。

ユキは本当に頼りになるが、その分謎の多い人形でもある。

 

 

 

 

 

「うん、問題なく表示されてるみたい」

 

「そりゃ良かった。今度は一回スイッチを押してみな」

 

「?」

 

 

魔理沙にそう言われ、スカウターのスイッチを押してみると現在の時刻が表示される。デジタル式のようだ。

この世界に時計というものが一つも見当たらなかったので、正直これは無茶かと思ったが…「にとり」という人物の技術力には驚かされる。

 

「外から流れ着いてきた物をヒントに作ったんだとよ。…結構苦労したらしいぜ?」

 

「おぉ!本当にこれは助かるよ!ここの時間間隔、全く分からなかったからね」

 

現代に住む者として、やはり「時計」がないとどうも落ち着かない。

今は恐らく早朝なのだが、何時何分何秒なのかは全く分からない状態だった。だがこれさえあれば、それも解決するだろう。

 

「…それにしても、現代じゃその時計とやらが必要なのか?私は無くても全く問題ないがなぁ」

 

「そうなの?じゃあ魔理沙は今の時間分かる?」

 

「さぁね?そんなのここじゃ何の意味もない。気にすることといえば、今の季節くらいなもんだよ。旨いもん食う為にな」

 

「……そ、そういうものなの?」

 

「あぁ、少なくとも私にとってはな」

 

言われてみれば、この世界では誰もが束縛も無く自由に行動しているように思える。

「~時までに家に戻らないといけない」という考えは、ここでは馴染みがないのだろうか?

 

 

「そう言えば、魔理沙って親はいないの?そこら中に飛び回ってて心配とかされない?」

 

「…ーーッ!」

 

 

その質問をした瞬間の魔理沙の表情と仕草からは、何か複雑そうな感情が読み取れた。

「言いたくない」というのが嫌という程に伝わって来て、自分は良くないことを言ったのだと悟る。

 

 

「あ…ご、ごめんっ!」

 

 

いつもの魔理沙からは想像がつかない、シリアスな表情。

それを見た僕は驚くのと同時に申し訳なくなり、思わず謝ってしまった。

 

「な、何で謝るんだよ?私は別に怒ってないぜ?」

 

「嫌なこと思い出させちゃったかなって感じたからさ…デリカシーがなかった。誰にだって言いたくないことの一つくらいあるのに…ホントにごめん」

 

「………舞島」

 

 

「…痛ッ!?」

 

下げた頭に魔理沙が箒を振り降ろす。

それは軽いものだったとはいえ、やはり彼女に対していけないことを言ってしまったのだろう。

怒るのも当然だ。

 

「お前な、他人に気を遣いすぎ。そういうの良くないぞ」

 

「…へ?」

 

魔理沙からの言葉は意外なものだった。

怒るといっても、まさかこちらが謝ったことに対して怒るとは思ってもみなかった。

 

「先に言っとくと、答えはお前が想像してるようなものじゃない。…お前さ、普段から人の顔色ばっかり窺ってるだろ?」

 

「う…」

 

「まぁ、その優しさを悪いとは言わん。だが、気を遣いすぎるのも体に毒なんだぜ?」

 

「……」

 

何だか、その言葉は前にもどこかで聞いた気がした。

 

「他人に気を遣いすぎると、自分が損をする」。

 

分かってはいるのに、どこかそれを受け入れられない自分がいる。それを見兼ね、魔理沙はこうやって説教してくれたのだろうか。…自分の学習能力のなさに、少しうんざりしてしまう。

 

 

「それにしても…プククッ…私に跪くその姿は実にお笑いだったぜ。ちょっと暗い顔の演技したくらいでなぁ」

 

「……!なっ…」

 

「いや~舞島はからかい甲斐があるな~~。ニシシッ♪」

 

「だ、騙したな!?このっ…!」

 

「おおっと!」

 

 

あれが演技だったという事実に、気持ちを蔑ろにされた怒りが芽生える。

怒りで顔が熱くなって思わず女の子にも手が出てしまう程には、理性がない状態となっていた。

そしてその攻撃を軽々しく避ける魔理沙。馬鹿にしているその憎たらしい顔つきに、こちらのボルテージも上がっていく。

 

「何だ、ちゃんと怒れるじゃないか!ちょっと安心したぜ」

 

「な、何を…!」

 

「年相応なとこもちゃんとあるんだなって思ってさ。お前、何か普段から大人しすぎてどうも心配だったんだ。この先も気を付けて行けよ!じゃあなーー!」

 

「…!」

 

そう言うと、魔理沙は素早く箒に乗って何処かへ行ってしまった。

 

 

大森以外でこんなに怒ったのは人生で初めてかもしれない。何だか、無性に負けた気分となる。年相応…か。

 

あれだけ自分を見せるのが怖かった筈なのに……

 

勇気を出すというのは、実はそんなに難しいことじゃないのかもしれないな。

 

 

 

自分の抱えていた悩みなんて案外ちっぽけなものではないのかと、そう思った鏡介は人形達を元に戻し、紅魔館を後にした。

 

 



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第一章

〇月×日、午前7時10分9秒

 

 

紅魔館を出た先に待っていたのは、清澄な湖。

どうやらこの時間帯は運よく霧があまり出ていないようで、不明であった霧の湖の全容が映し出される事となった。

 

霧の湖は自分が思っていたよりも広くはなく、遠くには紅魔館とは別の古い洋館、そして流れている河からは別の道があるようだ。

他にも湖の水面上では妖精達が無邪気に遊んだり、湖畔に座り込んで涼む姿が見える。妖精はこういった精気に満ちたところに大体いるらしく、きっとこの幻想郷の自然豊かな一面を象徴している存在なのだろう。

 

見ているとこっちも思わず涼みたくなるが、生憎今は異変調査の真っ最中。

レミリアからの予言を頼りに、次の目的地である「妖怪の山(ようかいのやま)」へ向かう予定がこちらにはある。当てがなくなった今、少しでも手掛かりがあるのならばそこへ行ってみるしかあるまい。

 

 

早速阿求から貰った幻想郷の地図を広げ、次の目的地である「妖怪の山」へのルートを確認する。

今いる「霧の湖」から湖へと流れる河…そこから道なりに進んで「玄武の沢」を抜けた先にどうやら休憩所があるようだ。ひとまずの目的地はここにしよう。

 

自分からすれば実にこれはアナログな検索ではあるが、ここは現代ではない。

どんなものでも楽に便利にするこちら側とは全く違うし、この世界の人々を見ていると如何に現代が「楽」に依存をしていることか。

かく言う自分も、そんな便利な物達に頼って生活してきた。いつしかそれが当たり前となって、今感じている「ここまで来た」という達成感のような感情がなくなっていたのだ。

現代もまだ今のように技術が進んでいない頃は、皆こうやって苦労しながらも充実した毎日を送っていたのだろうか?「妖怪」や「神」は、本当に存在していたのだろうか?

 

 

そんなことを考えながら、僕は河に続く道へと足を進めた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

河の道を進んでいくと、柱状の岩壁が綺麗に並んだ何とも不思議な谷川が姿を現す。

これも自然が作り出した芸術というやつであろうか…。今までもそうだったが、この幻想郷の自然の風景には驚かされてばかりだ。

 

地図を見返すと、どうやらここは「玄武の沢(げんぶのさわ)」と呼ばれているらしい。

「玄武」は確か、「朱雀」と並ぶ四神の名前だ。…もしかして本物もここにいるのだろうか?

有り得ない話ではない。何せここは異世界だ。四神が普通にいても何もおかしなことはない。もしも会うことがあったら、じっくりとその姿を拝みたいものだ。

 

 

さて、改めて見てみるとここにも人形は当たり前のように生息しているようだ。

ゆったりと羽衣を羽織った落ち着いた雰囲気の人形に、鎌を持った気だるそうな人形、大きな緑のリュックを背負った人形もいる。

早速スカウターで見てみることにした。

 

 

『名前:いく  種族:竜宮の使い  説明:空気を読める』

 

『名前:こまち  種族:死神  説明:サボり癖がある』

 

『名前:にとり  種族:河童  説明:機械いじりが好き』

 

 

情報が出て来た。

成程、魔理沙がよくいっていた「にとり」というのはあの人か。種族は河童ということだけど、自分が知っている河童とは大分姿が違う…まぁそれは今に始まったことではない。

ここに彼女の人形がいるということは、この場所はもしかすると河童達の住処なのかもしれない。「にとり」とは是非一度会ってみたいものだ。彼女の作った「スカウター」や「タブレット」があるおかげで人形のことを知ったり強化したり出来るのだから、お礼の一つくらいはしないといけないだろう。

 

そして見ている限り、どうやらこの辺りは水辺を好む人形が多いらしい。 

ここにいるほとんどの人形は恐らく「水」タイプなのだろう。実は今の自分の手持ちは「水」とは頗る相性が悪い。無闇に刺激するのは絶対に止めた方が良いだろう。

だがしかし、人形はこちらが危害を加えなければ襲ってはこない習性を持つ。何もしなければそこまで警戒しなくても大丈夫だろう。

野生の人形達が遊んでいる…何とも平和で可愛らしいではないか。こうやって見ていると、これが異変だということなんて忘れてしまいそうだ。

 

 

 

しばらくその光景を見ていると、空から微かに光が見えた。

流れ星かな?妙だな…まだ朝方なのに。

 

真っすぐに飛んでいるそれは、段々とこちらに近づいているように見える。…いや、流石に空の星が突然落ちて来るなんて…いくら異世界でもないだろう。

だが、確実にその物体はこちらへ近づいてくる。このままでは河に墜落してしまうだろう。

 

嫌な予感がして、すぐさま河から距離を取ることにする。

よく見ると落下してくるアレは星などではなく、一体の“人形”であった。

 

 

 

 

 

そして次の瞬間、凄い勢いで落ちてきた人形は河に墜落。

 

激しい落下音と高い水飛沫が舞い上がり、接近に気が付いていなかった野生の人形達は当然そのことに驚きその場から逃げ惑う。

そして、その中にいた羽衣を羽織っている「いく」という名前の人形は、今にも泣きだしそうになりながら体から電気を発生させている。ここは水場…あの人形が泣き出してしまうことで次に起こってしまう二次災害の発生は容易に想像出来た。

そして止めようとしたその時にはすでに遅く、いく人形は泣き出して体に溜めた電気が放出されてしまう。電気を通しやすい水場にいた人形達は瞬く間にその電気に襲われ、水タイプである人形達は次々と倒れていった。

 

先程まで平和だった河が一気に危険地帯と化し、近付けない状況となる。このままでは人形達が危ない。特に落ちてきた人形が心配だ。

急に落ちて来るなんてどう考えても普通じゃない。何か理由がある筈とすれば、誰かにやられて飛ぶ力がなくなっているのか?微かに見えたが、あの人形には翼が付いているようだった。そう推察すると、あの人形は「風」のタイプを持っている可能性が高い。

 

原作基準で考えて、「風」は「電気」に弱いと考えられる。

ただでさえ弱っている状態であんな電気を浴びているんだとしたら、あの人形はかなり危ない状態だ。下手をすれば死ぬ…それもあり得るだろう。急いで助けなければ…!

 

 

「 …しょうがない! しんみょうまる !! 」

 

 

宝石からしんみょうまる人形を呼び出す。

銀の閃光から現れたしんみょうまる人形は、こちらの指示を待っていた。穏やかな雰囲気ではないことを察してか、いつもより真剣な顔つきをしている。

 

 

「 ロイヤルプリズム だ!! …でも手加減はしてね。あの人形の暴走を止めるだけでいいから」

 

 

少々無理を言ってしまったが、しんみょうまる人形は快くその指示を受け入れてくれた。

しんみょうまる人形は輝針剣を掲げて光を一点に集中させると、その光を徐々に小さく調整する。流石、器用なだけあって頼りになるな。

 

やがて調整が終わり、その光をいく人形に向けて発射する。そして見事命中し、いく人形が気絶し川から流れる電気が収まるのが分かった。

それを確認してから荷物を降ろし、すぐさま河に飛び込んだ。…無事でいてくれ!

 

 

水中から落下した人形を探す。…だが見つからない。どうやら奥の方に沈んでしまっているらしい。水泳の経験を活かし、身体を下に向けながら足を動かし更に下の方へと潜る。子供の頃に習ってて良かった。

川底から何か小さな影が見える…いた。羽が生えた人形がぐったりと横たわっている。どうやら服が岩に引っ掛かっているようだ。

 

 

「(重い…中々動かない。頑張れ…男だろッ…!)」

 

 

そう自分に言い聞かせ、岩を両手でどかせようとする。少しずつだが、岩は動いている。息が苦しいが、もう少しだ。

全身を動かし、無我夢中で自分でもおかしいと思えるくらい必死になっていた。

 

そして、やっとの思いで岩を人形から救い出すことに成功。急いで人形を抱き抱え、上を目指す。

しかし、身体が言うことを聞かない…どうやら思っていたよりも体力を使ってしまったらしい。

普段体を鍛えていないのがここで響く。

 

 

 

 

不味いな…このままじゃ…自分も溺れてしまう……

 

 

無茶しすぎた……カッコ悪いなぁ………

 

 

 

 

薄れゆく意識の中、川底から見える日光の照りの綺麗さが、脳裏に深く焼き付く。

 

 

この光景はこれから死んで三途の川にでもいくのなら、忘れられない思い出となるのかもしれない。そう言えば「死神」の人形もあそこにはいたっけ…そういう暗示だったのかな。ハハッ…

 

 

 

…あぁ、誰かが僕の手を取って天に導いてくれる。お迎えが来たらしい。

 

さようなら、みんな……

 

 

 

 

***

 

 

 

 

真っ暗闇。

 

 

その中から自分の人形達の声が聞こえる…小さく揺らされている。

何故か胸の圧迫感と、口元が塞がれる感覚が…一体何だろう?

 

 

「……げほッ!?」

 

 

急に苦しくなり、体の中の水を一気に吐き出す。それと同時に、意識が戻っていった。

徐々に目を開けると、そこは玄武の沢の岬。…助かったのか?

 

ユキ、しんみょうまる、こがさ人形が一斉にこちらへ抱きついて来る。突然のことで驚いたが、理由は言われるまでもない…どうやら心配させてしまったようだ。

 

 

「良かった。気が付いたのね」

 

「?」

 

 

河から誰かの声が聞こえ、振り向くとそこには青い髪の少女がいた。

よく見ると耳元が鰓のようになっていて、人間でないことが分かる。恐らく彼女は“妖怪”だ。

河童…とはまた違うのだろうか?

 

「あなたが僕を助けてくれたんですか?ありがとうございます」

 

「いえ私なんか…私はただ溺れているあなたを陸に上げただけよ。後の救助はその…」

 

少女の視線の先を見てみるともう一人、女の子がいた。

 

 

「しばらくぶりね!舞島さん!」

 

 

その元気な声は聞き覚えあった。そう、人里で出会ったあのお転婆な少女だ。

 

 

「 ひ、光(ひかる)ちゃん!? 」

 

 

 



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第二章

人形を助ける際に河で溺れてしまった自分を助けたのは、二人の少女だった。

 

「無事で本当に良かったわ」

 

「も~舞島さん相変わらずなのね~。大方、その抱き抱えてる人形を助けようとしたんでしょ?」

 

「だ、だって死んじゃうんじゃないかと思ったらさ…」

 

行動の動機が読まれてしまう。自分はそんなに単純だろうか…。

光とは短い間ではあったが一緒に旅をした仲間で、今は自立して一人前の人形遣いを目指している。自分よりも年下であるにも関わらず、何とも逞しい少女であろうか。

“博麗 霊夢”への憧れが彼女を焚きつけているのだろうが、どうも心配だ。僅か10歳の女の子が一人旅など、普通では考えられない。親御さんも今頃泣いているぞ…。

ここは妖怪などが蔓延る世界だし、やっぱり危険であることは違いない。もしや、光も何かしらの能力を持っている可能性が?…う~ん、分からない。

 

それに比べ、自分は何故か“毒”などの有害物質の類が平気なこと以外は普通の人間である。何事もアニメの主人公のようにはいかないものだ。

どうせ異世界に来てしまったのなら、自分も覚醒の一つしたかった。無力な自分がどうしようもなく憎い。

 

 

「そう言えばお礼がまだでしたね。ありがとうございます。えーっと…」

 

「あぁ、まだ名乗っていなかったわね。私は「わかさぎ姫」って言うの」

 

 

河から半身を出している青い髪の少女、わかさぎ姫に改めてお礼を言う。

彼女が言うのは溺れた自分を岬まで運んでくれたらしい。何と心優しい少女であろうか。

 

「ここはあなたの住んでいるところなのですか?」

 

「ううん、普段私は霧の湖で暮らしているわ。ここには偶に綺麗な石を集めるのに寄ったりもするけど…今回は“この子達”があなたのこと教えてくれたから」

 

その言葉と同時に、河の中から小さな顔が一斉に出てくる。それはこの玄武の沢に生息していた人形達であった。

その中には“わかさぎ姫”と同じ姿の人形もいるようだ。こっそりスカウターで見てみる。

 

 

『名前:わかさぎひめ  種族:人魚  悦明:歌声がとても綺麗』

 

 

情報が出て来た。

成程、彼女は人魚なのか。半身を出さないでいるのはそもそも陸に上がれないからか…納得した。

 

となると、玄武の沢にいる人形とは友達であったわかさぎ姫は事情を聞き、自分を助ける為に河を伝ってやって来たということだ。

霧の湖からここまで大分距離があった筈だが、彼女が人魚だというのならば辻褄は合う。

 

 

「…ていうか、あんたも妖怪のくせに随分とお人好し。相手は見ず知らずの人間よ?」

 

「た、確かに「蛮奇ちゃん」と「影狼ちゃん」にもよく言われるけど……そんなに変かしら?」

 

「それに私が通りかからなかったら舞島さん陸に上がっても助からなかったかもしれないんだから、その辺感謝してよね?」

 

「ま、まぁまぁ光ちゃん。お陰で僕も助かったんだしさ…ん?」

 

 

光を宥めようとしたが、ある言葉が引っ掛かる。

わかさぎ姫ではなく“光が自分を助けた”という会話だ。どういうことだろう?

 

「う、うん…本当にそれはありがとう…私にはあんなのとても…」

 

「…え?光ちゃん…僕に一体何を?どうしてわかさぎ姫さんは顔が赤いんです!?」

 

この話題になった途端、何だか光以外の空気が気まずくなるのを感じた。

自分の人形達も光を恨めしそうに見ている…そんな光本人は何も気にしてないようだが。

 

 

 

「 たかが「人命救助」の一環じゃないの。それくらい誰だって出来るでしょ? 」

 

 

 

「 ~~~~~~~~~~~~~~!!!/// 」

 

 

「「「 ~~~~~~~~~!!!# 」」」

 

 

「(…あ~、成程)」

 

 

光の言葉と皆の反応から、事の事情を何となく察した。特に、“ユキ人形”の怒りっぷりが目立つ。

そうか、あの時感じた「胸の圧迫」と「口元が塞がれる感覚」は……胸骨圧迫と“人工呼吸”だったんだ。

 

…何だか、思っていたより大変なことになっていたらしい。

 

「あ、あなた何とも思わないの?と、殿方とくくく…口付け…するの…」

 

「…いや、何が?」

 

「だからその…人工呼吸ってつまり口と口を…ね?合わせるでしょ…?所謂、キs」

 

「ままま待って!わかさぎ姫さんそれ以上は言わないでッ!?」

 

口元を隠し、頬を赤らめながら光のやった行為を言おうとしているわかさぎ姫を必死に止める。

そのことについては意識はしないようにしていたのに、言葉にされると物凄く恥ずかしい。

 

「(まさか、こんな形で経験してしまうなんて…しかも年下の子供に……)」

 

冷静になってみると自分は今、光に「初めて」を奪われたということになる。…いや、男がそれを考えるものじゃないのか?

彼女なんて人生で一度も作ったことないし、どうもこういう知識がない。発想が女々しいだろうか…。

 

だが、光はただ純粋に自分を助けようとしてくれただけだというのも分かっている。だから、今回のは含めるべきではないだろう。

 

 

「…?まーいいわ。舞島さんが気が付いたなら私はもう行くよ。探している人形はここにいないみたいだし」

 

「え?あ、うん…気を付けてね。…因みにどんな人形なのそれって?」

 

「んっとねー、“神様”よ! それじゃね~!!」

 

そう言うと、光は颯爽とその場を後にしていく。

河の向こう側へと軽くひとっ飛びし、猛スピードで道を駆け抜けていくと、あっという間に山の方へと消えて行った…あれ?彼女本当に人間だよね?

何だか常識を超えた身体能力を身に着けているように見えるが気のせいだろうか…?

 

「…この辺にいる神様の人形と言えば、“守矢神社(もりやじんじゃ)”の神様のことかしらね?」

 

「守矢神社?」

 

「えぇ、妖怪の山にある日突然現れた神社なの。何でも「現代」から引っ越して来たんですって」

 

「へぇ…」

 

光が山に向かっていく様子を見ていたわかさぎ姫から、興味深い情報を得られた。

もしやレミリアの言っていた「妖怪の山に向かう運命」はそこを指し示していたのだろうか?

彼女の「運命を操る程度の能力」というものを最初に聞いた時は疑わしく思ったが、強ち嘘ではないのかも?

 

まぁとにかく、これで妖怪の山に行ってからの目標も出来た。

自ら現代から幻想郷へ引っ越してきた人達というのは興味がある。是非話がしてみたい。

人形についての情報が得られるかは微妙なところだが、こうやって色んな場所を巡ればいずれヒントの一つは見つかる筈だ。

 

「あなたも山に行くの?」

 

「あ、はい。でも、しばらく休んでから行こうと思います。取り敢えずはこの子の看病をしないと」

 

妖怪の山の方から河へと落ちてきた人形。

紫と白の色合いの服、ツインテール、そして黒い翼を持ったこの人形はこちらにしがみ付きながら眠っている。

小刻みに体を震わせているのを見るに、身体を冷やしてしまったのだろうか…そう言えば「鳥」って寒がりだったっけ?

天狗もそうなのかは分からないが、もしそうだとしたら少しでも抱いて温めてあげた方が良いだろう。…しかし、これではやはり不十分だ。

 

 

「“焚き火”をしよう。ユキ、しんみょうまる、こがさ、頼めるかい?」

 

 

「「「   !!!  」」」

 

 

元気よく返事を返してくれる。うん、良い子達だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

焚火をする為の薪を確保する為、来た道を戻って再び「霧の湖」へとやって来る。

沢山の木々に囲まれているここなら、薪となる木材も簡単に集められるだろう。

 

しかしどう集めようかと悩んでいると、落ちている木の枝を人形達が少しずつ拾って来てくれている。ユキ人形の指示の元、乾燥した枝を選んでいるようだ。何だか随分と手慣れている。

そういえば前にもユキ人形が自分の為に焚火を準備してくれたことがあったっけ。何だか懐かしい…。

 

「木こり人形」で手早く薪を作ろうかとも考えたが、あまり無闇に自然破壊をするのは良くない。完全に野暮というものだ。

それに、この「木こり人形」はあくまで進行の邪魔となる特殊な細い木を伐採する為の物。違う用途での使用は、修理をしてくれたこがさ人形にも失礼にあたる。

取り敢えず、こちらも同じように乾燥している燃えやすそうな枝を少しずつ拾い集める。

 

人手が多いと集まる時間も早く、僅か数分で十分な数の枝が見つかった。それをまとめて羽織っていた上着を縄代わりにすることで括り付けて持っていこうとする。

しかし、想像以上の重さで持ち上げたはいいものの、そこから中々一歩を踏み出せない…困った。その状況を人形達も心配そうに見ている。

 

一旦枝の束を下に降ろし、再び力を込めて持ち上げる。…しかし、駄目。

運ぶなんてとてもじゃないが無理だ。気合で何とかなると思っていたが、現実はそう甘くはなかった…自分が情けないな。

 

 

そう諦めかけていた時だった。

 

先程まであった枝の束の重みが急に軽くなるのを感じる。一体何が起こったのか?

まるで誰かが代わりに持ってくれているかのような、そんな感覚だ……まさかと思い下を見てみると、そこには下から支えてくれている“しんみょうまる人形”の姿があった。

しんみょうまる人形は両手で支えながらこちらに笑みを浮かべている。何という力持ちだろうか。

 

 

「あ、ありがとう。助かるよ…ハハハッ」

 

 

自分なんかよりよっぽど腕力のあるしんみょうまる人形に、己の無力さを痛感させられる。

そしてその様子を見ていたユキ、こがさ人形もそれに続いて下から枝の束を持ち上げるが、しんみょうまる人形程の力はないようであった。

だが最初の重さに比べ、今は大分軽くなっていた。

 

「よし、じゃあこれをあっちの方まで持っていくぞッ…!」

 

自分と人形3体で一緒のものを持ち、足元に注意しながらぎこちない足取りで進んでいく。

この何ともおかしな光景に、思わず笑ってしまいそうになる。これじゃあ自分が持っている意味がまるでないのだから。

 

 

でも、この子達の力になりたいという思いは嬉しいくらいに伝わってきた。

そう思うと、一見効率の悪いこの共同作業も偶には悪くはない。

 

…少し、見栄を張り過ぎていたかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び玄武の沢の畔に戻り、集めて来た薪で焚火の準備を行う。

手頃な石を土台にして、そこへ薪をある程度の数投入。そして火を付けて貰い、後は良い感じに燃え上がると思っていた。

 

だが、思うように薪に着いた火は燃え上がらない。火は上に上がっていくことはなく、これでは全然温かくなかった。

 

 

「……えっと、ユキ。やり方、教えてくれない?」

 

 

「焚火をやろう」と自分から言い出したものの、実はやり方はさっぱり。

適当に木を並べて火をつければいいなんて思っていたが、詰めが甘かった。

 

ここは一の道で自作していたユキ人形に相談してみることにする。

 

 

ユキ人形は付けた火を一旦消し、改めて薪を一から並べていく。小さな枝を下地にしていき、そこに大きめの薪を綺麗に立て掛けた。

そして火を付けると、徐々に火は上に燃え上がって見事な焚火となる。どうやら焚火には薪の大きさによって使い分けが必要だったようだ。

 

 

「おぉ…凄い!ユキ、ありがとう!」

 

「~♪」

 

 

賢いユキ人形の頭を帽子越しに撫でる。これで河に落ちた人形の冷めてしまった体も温まることだろう。

気が付けばもう時刻は午後5時を回っている…自分が溺れてしまってから今までで結構時間が経っていたらしい。

空も橙色になり、それを見て今日の旅の終わりを実感する。…全然進んでいない。今日中に妖怪の山の麓にある休憩所に着くつもりだったが、予定通りにはいかないな…。

 

 

でも、それが“旅”というものなのかもしれない。

 

予定通りにいかなかったけれど、こうしてわかさぎ姫やこの翼の生えた人形との出会いがあったんだ。だから決して無駄ではなかった。

 

 

 

今回の旅を軽く振り返りながら、河の畔で一行は野宿をするのであった。

 

 

 

***

 

 

 

[深夜のドールズトーク]

 

 

 

『舞君ぐっすり眠っちゃったね』

 

『無理もありませんよ。何せ鏡様はあの河で溺れてから今まで、ほぼ休まれていないのですから』

 

『ちょっと無理し過ぎで今後が心配…』

 

『そうですね…』

 

『うん…』

 

『…ユキさん、さっきから何をそんなに見ているのです?…あぁ、もしかして鏡様と一緒に寝ているあの天狗の方が羨ましいのですか?』

 

『!そそそ、そんなことないよ!?』

 

『でもあの子、相当弱っていたし…舞島さんがああするのもしょうがないんじゃないかな』

 

『分かってる…分かってるけどッ…!うぅ…ハグして貰っていいなぁ』

 

 

『…あの方はどうも山から落ちてきたみたいですけど…何があったんでしょう?』

 

『うーん、あの様子だと他の人形にやられたのかな?「あや」って小さく呟いていたのも気になるね』

 

『友達…だったりするのかな?その「あや」って子……』

 

『もし仲間になることがあれば、その辺も聞いてみたいね』

 

 

 

『そういえば、今回光ちゃんには助けられたね。でも、まさかあんな大胆な』

 

『こがささんそれ以上はいけません!!』

 

 

 

『  あああああああああああぁぁぁ~~~~~~~~~~~ッ!!!!!  』

 

 

 

『…思い出さないようにしていたのですよ?ユキさん…』

 

『ご、ごめん…迂闊だった』

 

 

 

 

 

『……あぁ、温か~い…♪』

 

 

 



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第三章

「後戸の国(うしろどのくに)」

 

 

摩多羅 隠岐奈(またら おきな)によって作られた、幻想郷に存在する異界の一つ。

 

そこには“扉”が存在し、幻想郷のあらゆるところに行き来できると言われている。その扉の数は実に数百、数千…いや、それ以上と言える。

摩多羅 隠岐奈の持つ能力は「あらゆる物の背中に扉を作り出す程度の能力」と言われ、彼女にかかれば幻想郷内で移動出来ないところはない。

そう、このいくつもの扉の正体は彼女の能力で作り出したものなのである。

 

 

 

摩多羅 隠岐奈は企んでいた。

 

“秘神”と呼ばれ、いくつもの神の名を持つ彼女は、最近になってまた一つの称号を欲していた。

 

それは、「人形の神」。

最近になって幻想郷で絶賛大流行中の「人形」という存在に、彼女は興味を惹かれていた。

今までいくつもの異変を見守って来た彼女だが、この「人形異変」は例外。いずれこの幻想郷の文化となり得るという確信があったのだ。

摩多羅 隠岐奈この流れに乗ることに価値を見い出し、その重い腰を上げて行動を起こす。

 

 

「人形の神」の称号を我が物とすれば、いずれ自分の存在を示す際に大きな威厳を得られるだろう。摩多羅 隠岐奈は椅子に腰かけながら膝をつき、拳を頬に乗せ、その光景を想像する。

 

 

「見える…皆が私を崇め、崇拝する姿が……フッフッフ」

 

 

摩多羅 隠岐奈は既に自分が持つのに相応しい人形に目星をつけていた。

彼女の能力である「あらゆる物の背中に扉を作り出す程度の能力」は、移動の他に“魔力”を送り込むことでその者の強化も可能。魔力を動力源としている人形には相性がいいのだ。

その能力があれば、あの人形の本当の力を開放出来る。あの人形の力があれば頂点に立つことなど容易い。

 

だが、自ら赴けば大いに目立つ…それは避けなければならない。そこで彼女は刺客を送り込んだ。

 

 

 

「いいな?どんな手を使っても構わん。必ずあの人形を私の元に連れてくるのだ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

一方その頃、鏡介御一行は人形達と周辺を探し回っていた。

 

 

「……どこにもいない」

 

 

玄武の沢で野宿し、明け方になって目が覚めたら看病をしていた人形がいなくなっていることに気付いた。あれだけ弱っていたのだからまだ体を動かすのは辛い筈…それなのに、もうこの周辺からすっかり消えてしまっている。

地面からも足跡などの痕跡は一切見当たらない。一応あの人形は飛べるみたいだが、あの状態で翼を動かすのは無理がある…一体どこへ行ってしまったのだろう。

 

誰かから“誘拐された”可能性もあるだろうか?

これは仮説ではあるがあの人形は狙われていて、逃げている際に攻撃され打ち落とされてしまった…とか?決してない話ではないだろう。

何せ人形はお金になるアイテムを持っているし、お金目当てにそういうことをやっている輩がいたって何も不思議ではない。今まで出会って来た人形遣いの中には、人形に対して少々過激な考え方を持つ者だっていた。

 

…考えれば考える程、嫌な想像が頭を支配する。あの人形の安否が心配になってきた。

 

 

 

「ありゃりゃ、何だか入りずらい雰囲気だねぇ~里乃」

 

 

「そうねぇ如何にもシリアス~って感じねぇ舞」

 

 

 

「―――えっ…う、うわッ!?」

 

 

背後から突然、二人の少女の声が聞こえてくる。

一切気配を感じなかった…まるで突然そこに現れたかのような登場に、思わず声を上げてしまった。

 

慌てて距離を取って二人の正体を確認すると、互いに緑とピンクのドレスに複数のリボンを凝らした白い前掛け、左右対称の曲がった小さく奇妙な帽子を被っている。

歴史の教科書であれと似たような帽子を見た気がしなくもない。それに手にはそれぞれ葉っぱの付いた枝と竹を持っていて、見れば見る程とにかく奇妙な二人組であった。

 

 

「だ、誰なんですかあなた達は!?」

 

 

「…アハハッ!ボクらが誰かだって?」

 

 

「クスクス…」

 

 

こちらの問いに対して笑う二人組。もしや、こいつらがあの人形を…?

 

 

「よく聞いてくれたね!普段なら教えてあげないけど、今回は特別サービスだ!」

 

 

緑の方の少女が元気の良い声で指を指し、二人は華麗にバク転してこちらから距離を離す。

こちらが見やすい位置にわざわざ移動してから何やら二人はポーズを決めている…一体何を始めるつもりなのか。

 

 

「 我らは偉大なるお師匠様に仕える神の使い!! 」

 

 

「 見よ! 」

 

 

「 聞け! 」

 

 

「「 語れ!我らの活躍がお前の障碍となろう!! 」」

 

 

突然二人は芝居をしているかのような身振りでこちらに語り掛けてくる。

その動きには一切の迷いや隙がなく、まるで何度も練習してきたかのような完成度であった。

 

 

「 童子が一人! 丁礼田 舞(ていれいだ まい)!! 」

 

「 童子が一人! 爾子田 里乃(にしだ さとの)!!  」

 

 

この芝居を見ている限りだと緑の方が前者で、ピンクの方が後者のようだ。

御丁寧な自己紹介で有難い。

 

 

 

「 時代の主役はあたし達! 」

 

 

「 我ら不死身の! 」

 

 

 

「「 “摩多羅二童子(またらにどうし)” !!  」」

 

 

 

舞と里乃がハモりながら決めポーズをとると、彼女らの背後から爆発音と共にカラフルな煙が上がってくる。戦隊物とかでよく見るアレだ。実物を見るのは初めてで、最早感動すら覚える。

 

 

「(う~ん、変な人達に絡まれてしまった)」

 

 

真っ先にそう思った自分の今の感情は、正に「虚無」というのに相応しいものだった。彼女らは“イカれている”と言っていい。あれは大森の系譜だ。

関わったら面倒くさいことになるのは、もう目に見えていた。そういうのは一人で十分だ。

僕は背を向け、引き続き人形の行方を心配しつつも妖怪の山を目指すことにした。

 

 

 

 

 

 

「…ってぇっ!?ちょっと!ボクらのこと無視しないでよ!!?」

 

「そっちが誰って聞いたからやったのに!」

 

 

ポーズを取っていた舞と里乃がこちらを呼び止めてくる。

確かにそれはそうだが、あの行動を見たら碌でもない二人組であることはすぐ分かってしまうというものだ。

彼女らは自身を“神の使い”とか言っていたが、「触らぬ神に祟りなし」という言葉もある。

ここは関わらないのが吉だ。

 

「もうっ!無視しないでって言ってるでしょ!」

 

「それはいくら何でもあんまりなんじゃない?」

 

早歩きで去ろうとしたがそれも束の間、舞と里乃はすぐさまこちらの正面に立ちはばかかる。

先へ通さないようにする際も二人はポーズを取りながら互いの右手を繋ぎ、左手を大きく広げていた。まるで無意識にやっているかのような動きだ。二人の仲の良さが伺える。

 

「先を急いでいるんです。あまり邪魔をしないで貰えますか?」

 

「そうはいかない。君を逃がしたら“お師匠様”に申し訳が立たないからね」

 

「例えあなたが用がなくても、私達はあなたに用があるの」

 

どうやら簡単にはどいては貰えないようだ。僕に用がある…?

あぁ、如何にも面倒くさい匂いがプンプンする展開だ…もういっそ話を聞いてあげて早めに解決した方が早いだろうか?

 

「…えっと、僕に何か?」

 

 

「フフッ…よく聞いてくれたね」

 

「ずばりっ!ボクらが用があるのは“ソレ”さっ!」

 

 

舞が意気揚々と指を指した先は、僕の下半身の辺りだった。それも中心に近い。

人の中心…それも男にあるものと言えば…ま、まさか…

 

 

「(え…もしかして、新手のセクハラ…?)」

 

 

「(…舞、指の差す方向がズレてるわ)」

 

「へ?」

 

「(そこは男の子の大事なところよ)」

 

里乃が耳元で指摘をして、舞はそれを目で確認する。

そしてこちらが引いている表情から自分のやった行為にようやく気付き、顔が徐々に赤くなっていく。

 

「ち、ちち違う!ボクが言いたいのは君の腰にぶら下がってる“ソレ”なのっ!!」

 

「もー、舞ったらおっちょこちょいなんだから」

 

舞は慌てて誤解を訂正し、指先を少し左にずらす。

その指先は、こちらが普段ぶら下げている「封印の糸」を指していた。

 

 

「お師匠様が、君の持つ人形を御所望なのさ!」

 

「あなたに恨みはないけれど、悪く思わないでね」

 

 

二人の言うセリフはまるでこちらの持つ人形も“奪う”かのような言い回しだった。

 

だが、この人形という生き物は同じ“人形”でないと攻撃を一切受けない。封印の糸にも入れている時点で、もしもの時の防犯対策もされている。

もし奪おうと直接触れようものなら、怪我では済まされないだろう。それは彼女らも流石に知っている筈…そうなると、彼女らは人形遣い?分かりにくいが、あれは人形バトルを仕掛けて来ているのか?

 

「えっと…もしかして人形バトルの申し込みでしたか?」

 

 

「「 え? 」」

 

 

「え?」

 

こちらの問いに対し、舞と里乃は気の抜けた返事を返す。

人形に用があるということはそういうことなのかと思ったが、この反応から察するに違うことが分かる。

 

「(里乃、“人形バトル”って何?)」

 

「(さ、さぁ?私達はただ“あの子の持っている黒い人形を連れてこい”としか言われてないし…)」

 

「(…もしかして、その人形バトルって言うのをやらないと人形をゲット出来ないのかな?)」

 

 

「…あのー?」

 

二人は背を向けてこちらに聞こえないように何かを話している。一体何がしたいんだろうかこの人達は?

まさかとは思うが、人形のこと何も知らなかったりするのだろうか?人形は随分とこの幻想郷に浸透している存在の筈なのに…もし本当にそうなら、彼女らは相当の“世間知らず”であることは間違いないだろう。…一応聞いてみるか。

 

「その…お二人は人形をお持ちではないんですか?」

 

「え……そ、そんなの持ってないよ?」

 

「私もそうね」

 

 

「……えっとですね、人形には人形でしか戦えないんです。だから、あなた方も自分の人形を持たないとバトルは出来ないですよ」

 

「えぇ!?そうなの~!?」

 

「し、知らなかった…」

 

どうやら、こちらの予想は当たってしまったようだ。…成程。

知識が何もないということは、当然人形を攫うようなことも出来ないだろう。ということは、この人達は看病していたあの人形とは無関係ということ。

 

別に悪い人達ではなさそうだ…仕方がない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…という訳で、捕まえるには「封印の糸」って言うアイテムが必要になりますので、まずはそれを買って下さい」

 

 

「うん、分かった!ありがとう知らない人!」

 

「勉強になったわ~」

 

簡易ではあるが、人形の捕まえ方や育て方を舞と里乃に教えた。

舞はこちらの両手を掴み、激しく振って感謝の気持ちを伝える。思ったより力が強く、少し腕が痛い…。だが彼女らの嬉しそうな顔を見ると、こちらも教えた甲斐があったというものだ。

 

「よ~し、早速お師匠様に人形を貰おうよ里乃!」

 

「そうね。フフッ、どんなのが貰えるか楽しみ」

 

どうやら二人の上司であろう「お師匠様」という人物に相談するようだ。

そう、捕まえるには最低でも一体人形を持っていないといけない。自分のように人形の方から仲間になるというというのは稀らしいから、妥当な判断と言える。

 

 

「それじゃ、ちょっと失礼」

 

「?」

 

 

舞がこちらの背後に立ったかと思うと、そこに手を乗せた。

それと同時に自分の背中に何かが出現するような奇妙な違和感を覚える。

 

そして次の瞬間、何か扉が開いたような鈍い音と共に、自身の背中から光が溢れた。

 

 

「え!?ちょ…えっ!!?」

 

 

「それじゃあね~知らない人!」

 

「また会いましょう知らない人」

 

 

二人はそう言いながら自分の背中の中に入り、忽然と姿を消した。

扉を閉じたような音が虚しく鳴り響き、何が起こっているのかが分からないまま事が過ぎていってしまう。

 

慌てて背中に手を当ててみるが、何もそこにはない。あれが彼女らの持つ“能力”ということなのか?二人が確かに自分の体に入っていった筈なのに、特に何も感じない…至って健康そのものだ。

 

そうか…背後にいたことに気が付かなかった原因の正体は、これか。

 

 

 

一連の出来事に不気味さを感じつつも、どこか納得のいった鏡介は引き続き妖怪の山に向かうのであった。

 

…だが、彼女らに出くわしたその朝から晩まで自分の背中が気になって仕方がなかったという。

 

 

 

 



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第四章

 

人形は基本的に各地へそれぞれ縄張りを持って生活している。

 

個体によってはそこにしかいない人形も存在し、そういう人形というのは大体は滅多に出現しない、所謂“超レア”な人形とされる。

 

故に競争率も高く、時にはそれを巡って人形使い達が醜く争うことも珍しくはない。

 

 

 

とある湖の周辺――

 

そこで人形遣い達は今日も草むらを搔き分け、その人形を探し続ける。

 

 

 

「どこだ!?どこにいるんだ〇〇こ様ーーーーーーッ!!!」

 

「ちくしょう!さっきから天狗の人形ばっかじゃねぇかよ!」

 

「俺だあぁぁぁーーー!!結婚してくれぇぇぇーーーー!!」

 

 

 

妖怪の山に聳え立つ守矢神社(もりやじんじゃ)。

その立地故に、かつてこの神社の参拝客は山に住む妖怪ばかりであった。

 

しかし“人形異変”が起こって以来、多くの人形遣いが旅の際にここを訪れるようになり、参拝していくことでそれなりの信仰を得られている。

この神社の巫女である東風谷 早苗はこの現状に有難みを感じつつも、どこか複雑な心情であった。果たしてこれでいいのかと。

 

必死になって人形を探し続ける人形遣い達を遠目に見ながら、早苗は今日も溜息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、みんなしてバカばっかりね。そんな探し方したって見つかりっこないのにさ」

 

 

草むらを掻き分けている人形遣い達を望遠鏡で覗きながら、私は軽く罵倒を呟く。

 

あの人形は偶然出会えるような、どこにでもいる人形ではない。あれではむしろ追っ払っているようなものだ。

彼らの軽率な行動により、目的の人形があの周辺に出現することは恐らくなくなった。

 

 

人形遣いの中でも“神様”クラスの人形を持っている者は殆どいない。

 

神クラスの人形ともなると、人形自身が相手を選ぶと言われている。仮に運よく捕まえても、弱い者には従わず扱いに苦労する話も多い。

私の持つ「げんげつ人形」も、その内の一体に含まれる。強大な力を持つが、扱いに困っているのが現状…今は使わないでいるが、いつか絶対に認めて貰う。その為にも、強くならなくては。

 

神クラスの人形を持つことはそのまま自身の強さにも直結する筈だ。今のメンバーでも戦ってはいけるが、やはり戦力強化は必要だろう。

 

絶対に強くなる。強くなって、そして私は……

 

 

 

 

「  霊夢様の助けとなるのよーーーーーーーーーッ!!  」

 

 

 

 

                「 ――となるのよーーーー…… 」

 

 

 

                        「 ―――のよーー…… 」

 

 

 

 

山彦が心地良く木魂する。いい気分だ。

 

この現象の正体は妖怪らしい。その当の妖怪は今、命蓮寺(みょうれんじ)というところで働いていると聞いたことがある。

となると、その妖怪は命蓮寺からこの山に向かって思いっきり叫んだのだろうか?その姿を想像すると、何だかおかしくて笑えてくる。

 

 

 

「…何一人で叫んで笑ってるんだ?気持ちが悪いな」

 

 

 

横から誰かが私の気分を害してくる。

その声には聞き覚えがあった。家が近いのもあって何かと絡むことが多かったからだろう。正直、どちらかと言うと嫌いな部類の人間だ。

 

 

「何よ“準(じゅん)”。あんたもいたの?」

 

 

彼は準(じゅん)。私と同じ、人里の寺小屋に通っていた男の子。そして、今は同じ人形遣い。

前に私は彼に初めて人形バトルで負けてしまい、それ以降個人的にライバル視している。

 

彼の持つ「ヘカーティア人形」には手も足も出せず悔しい思いをした。

だがそのお陰で“夢の世界”のヒントを貰うことが出来たのだから、決してあの経験も無駄ではなかったが…それでも私にとってあの敗北は脳裏にしっかりと焼き付いている。

 

「ここにいるってことは、そっちも神様の人形狙いって訳?」

 

「…まぁそんなところだ」

 

まさか私のとっておきの張り込みスポットが準と被っていたとは…これはマズい。

ここに来る人形遣いの連中は大体間抜けばかりだったから確実に狙えると思ったが、状況が変わった。恐らく彼の方が捕獲に慣れているだろうから、先を越されて盗られないようにしなくてはいけない。

 

「ちぇー、せっかくいい穴場見つけたってのに邪魔な奴が増えたなー」

 

「それはこっちのセリフだ。目星をつけていたところに…とんだ“お邪魔虫”だよ」

 

「お、お邪魔虫ですって~!?このっ!準のくせに!!」

 

「っと、気にくわなかったか?…あぁ、それとも“おてんば暴力女”の方が良かったかな」

 

こちらが怒りのまま振り上げる拳を避けながら、準は次々と罵倒を浴びせる。

寺小屋にいた頃はこちらが主導権を握っていただけに、今の彼の態度には苛立ちを隠せない。随分と生意気なことを言うようになったものだ。

 

「ふん、人形バトルじゃかなわないからってすぐ暴力に走るなよ」

 

「―――ッ!」

 

準の放った一言に苛立ちを感じつつも、人形遣いとして今の私はあまりにも惨めだ。実際、彼の言う通りである。私は上げていた拳を収め、一旦冷静になった。

文句があるのなら手持ちの人形同士で戦うのが、人形遣いというものなのではないだろうか。

 

…だがしかし、正直なところまだ私の実力は準に通用するとは到底思えない。

 

 

「………フンだ。今日のところは見逃したげる。別にそこにいてもいいけど、私の邪魔だけはしないでよね」

 

「はん、少しは利口になったじゃないか。そっちこそ邪魔すんじゃねぇぞ」

 

 

「~~~~~!!(この野郎…!)」

 

 

持っている望遠鏡に力を込める。我慢だ、私。

 

 

 

 

 

 

二人は嫌いなものが視界に入らないよう、お互い背を向けながら張り込みを続行する。

静寂の中、二人は望遠鏡を覗き込みながら姿を現さないか注視し続けていた。

 

 

時間は刻一刻と過ぎていき、日が沈んでいくと他の人形遣い達は日を改めるのか次々とその場を去っていく。

 

 

「今日しかチャンスはないのに…帰っちゃうみたいね。まぁ、その方がこちらとしてはありがたいけど」

 

「……」

 

「それにしても、本当にこの湖に現れるのかしら。全然姿を見せないじゃない」

 

「……」

 

「あんまり夜更かしするとお肌に悪いのになー早く来ないかなー」

 

「……」

 

 

何時間にも及ぶ待ち伏せにもそろそろ限界を感じて愚痴をこぼすも、隣の準は何も反応しない。

こんなやつでも暇をつぶすための相手になって貰いたかったが、彼にそんな気遣いが出来るような優しさなど備わっている筈もなく、ただの独り言となってしまう。

多少でも会話を期待したこちらが馬鹿であった。こいつの不愛想ぶりは寺小屋時代から何も変わっていない。

 

「あんたさー、その“ヘカーティア”って人形はどうやって捕まえたのよ?私、あの後夢の世界に行ったけど一体も見当たらなかったわ」

 

「……」

 

「…まぁよっぽど強い人形なんだろうし、あんたには凄い才能があったんでしょうね~。一体どんな人形使って倒せたのやら」

 

「……」

 

準の腰に巻いている封印の糸が複数あることに気付き、今度は少し話題を変えて準に聞く形をとってみたが、これも反応なし。

せっかくこちらが話し掛けているのに無視とは…いい度胸だ。あまり情報を与えないつもりでいるのか、彼の口は堅かった。全く、何を恐れているのだろう?ただ世間話をしたいってだけなのに。

 

「あーあ、“最強の”人形遣い様はさぞご立派ね~~!“弱い”私なんか、口も聞いてもらえないわぁ」

 

「……」

 

 

「…はぁ、うるさいなさっきから」

 

私のしつこさに観念したのか、ようやく準はその重い口を動かした。

不機嫌そうにこちらを睨みつけるが、生憎元から目つきが悪いので見慣れた顔つきである。

これが彼の標準なのだ。…準だけに。

 

彼の笑った顔など私は一度も見たことがない。そんなんで人生が楽しいのだろうか?

 

「…俺はもう行く」

 

「は?」

 

「あの人形は気まぐれだからな。ここから既にいなくなった可能性が高い。俺もあまり暇じゃないんだ」

 

そう言いながら準は荷物を素早くまとめる。狙っていた人形に見切りをつけた、というところだろう。彼の言うことが本当ならば、癪ではあるが私もこの場は諦めるべきだろうか?

 

「…後一つ言っておく」

 

「?」

 

「ヘカーティア人形は、俺が“初めて”捕まえた人形だ。だから仮に捕まえ方なんか聞いても、なんの参考にもならんぞ」

 

そう言い放つと、準はその場を後にしていった。

別れの挨拶も無しにそそくさと歩いて行く彼の背中も、すっかり見慣れてしまっている光景だ。

 

 

「…聞いてるならちゃんとその場で返事しろっての」

 

 

慣れてはいるものの、あの態度はやっぱり腹は立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから更に数時間粘ってみたが、一向に姿を現さない。

彼の言う通り、神の人形がもうここにいないのは間違いなさそうだ。

 

 

「ふぅ、流石にもう帰るか~。神社に一泊させて貰おっと」

 

 

荷物をまとめて立ち上がり、歩こうとした時だった。

 

小さな生き物の姿が見え、思わず立ち止まる。夜中でそれが何なのかは分からなかったが、どうやら元気のない様子であった。

 

手に持って近くで見てみると、それは弱った“蛙”であることが分かる。

可哀そうに…恐らくこの湖の周辺に住む蛙なのだろう。

 

最近は人形遣い達がこぞってこの神社を訪れている。恐らくこの蛙はその時誰かに蹴られでもしたのだろう。

 

そしてよく周りを見てみると、他にもたくさんの蛙の姿が見える。

それは踏まれて死んだ者や悪戯に手足をもがれた悪意のあるもの、人形の技を食らったような痕跡のある者まで様々だった。人形が見つからない腹いせ、というやつだろうか。

何とも胸糞悪い。蛙には何の罪もないのに、随分と酷いことをする。

 

 

私は、この蛙を神社に住む巫女さんに診てもらうことにした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……はい。これでもう大丈夫ですよ」

 

東風谷 早苗の治癒術により持ってきた蛙の怪我は完全に治り、元通りの元気な姿となった。

すると蛙は一目散に飛び跳ねて夜の暗闇の中へと消えていく。

 

「それにしても…あなたの話が本当なら、罰当たりもいいところです。諏訪子様が聞いたら、その人形遣い達を間違いなく祟るでしょうね」

 

「そ、そうなの?蛙とその“すわこさま”?っていう神様ってそんな親密な関係だったんだ?」

 

「えぇ、それはもう。…まぁ、滅多に人前に出ませんから案外知らない人も多いんですけれど」

 

そう。実はかく言う私もその“すわこさま”という神様は一度も見たことはない。

“かなこさま”は何度か姿を見たことはあるのだが、人前に出ないのはどうなのだろう。神というのは人々に信仰されてこそ存在出来るというのに。

 

もしや元になってる神様がこうだから、人形の方も滅多に姿を現さないということなのだろうか?

…いや、それもあるが姿を現さないのはそこに住む蛙達をイジメたせいである可能性が一番高い。

 

 

そうなると、その蛙を助けた私はもしかしてワンチャンある?

 

 

 

「早苗さん!その“すわこさま”って神様の容姿を教えて!」

 

 

「え?えぇ、いいですけど…」

 

 

 

神の人形、“すわこ”を捕まえる為のヒントを得て、心に火が付く光であった。

 

 

 

 



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外伝5.5


今回は外伝を二分割します。まずは準視点から



 

 

「――のところの奥さん、亡くなったらしいわよ」

 

「えぇ!?まさか、最近流行りの…?」

 

「あそこ、貧乏だったものね…永遠亭の人に診て貰えてたら…」

 

「旦那さん、奥さんが死んだショックで家に籠りっきりらしいわね」

 

「可哀そうに…まだ小さなお子さんもいるっで話よ?」

 

 

人里の住民達の井戸端会議がこちらの耳に入って来る。

 

最近のあのババア達の話題は、“とある家族のこと”で持ち切りである。

正直、聞きたくもない会話だ。寺小屋に向かう際にいつも通っていた井戸前がこうも嫌だと思ったこともない。

 

…そしてもっと嫌なことは、こちらが井戸前を通り過ぎると決まって静まり返ることだ。

奴らは俺の前でその話をするのがどうも気まずいらしい。

 

 

 

このババア達だけでなはい。

 

人里の奴らが皆、俺を見ると距離を取ろうとする。遠ざかろうとする。

まるで、可哀そうなものを見るかのような目を向けるのだ。

 

 

…くだらない。

 

 

 

 

 

 

寺小屋に着いても、その状況は基本何も変わらない。

誰も俺に話し掛けようとはせず、距離を取る。…まぁ、こちらとしても話をする気分ではないから、今の状況に不満がある訳でもないのも事実だ。

 

「なぁなぁ!授業がおわったら人形バトルしようぜ!」

 

「へへっ、こんどはまけないぞー!」

 

「今度、人形についての授業もやるんだって」

 

「まじ?おもしろそー」

 

どうやら最近巷で人気となっている「人形」のことで、生徒達が何やら盛り上がっている。

最初に人形が出た時はビビりまくっていた癖に、何ともおめでたい奴らだ。

 

人形を捕まえる方法が広まってからというものの、今ではすっかり人里の流行になっている。最早見かけない方が珍しいくらいだ。

 

「ねぇ昨日の霊夢様の活躍見た!?人形に指示して華麗に戦うあの姿…あぁ、カッコ良かったなぁ」

 

「あんたそればっかりねー」

 

「へっへ~ん!霊夢様の活躍は一個たりとも見逃したりなんかしないんだから!」

 

耳障りな声も聞こえてくるが、今は今日一日の飲食について考える。

あれから自炊しなければならない毎日となってしまった。お金もそこまでない以上、無駄なことには一切使えない。

身を削って小遣いを溜めてはいるが、正直生活していくのにこれっぽっちでは少なすぎる。

 

クソ親父が家事の一つもせず、安い酒を買って飲んだくれているせいで、こちらは本当にいい迷惑だ。あんな大人にはなりたくない。

 

 

「――ねぇ、あんたもそう思うでしょ~?」

 

 

自分の肩に手をのせて図々しく、一人の女子が今日もしつこく話し掛けてくる。

当然、俺は無視した。

 

「…ん~?それ今日の献立?なんか、如何にも栄養重視って感じね」

 

だがその女子はそれを気にすることなく、呑気に話し掛けてくる。…何なんだ一体。

 

「(ちょっと光!やめときなって)」

 

「(え~?別にいいじゃん)」

 

「(準君、多分おこってるよ?)」

 

それを見た周りの他の女子達が、光の行動を止めに入る。いつもこれの繰り返しだ。

そんな日常に、小さく溜息を吐いた。

 

 

…くだらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、僕ちゃん。団子買ってかない?」

 

 

寺小屋の帰り道に、最近店を始めている兎の見た目をした二人組が今日も絡んでくる。特に青い方がやたらとしつこい。当然そんなものを買う余裕はないので、今回も無視する。

 

“あの事件”が起こる前までは、あの店にも偶に寄っていた。

正直な話、黄色い方の作った団子の方が美味しい。青い方のは何と言うか、個性的な味がする。

 

…まぁ、今やそんなのどうでもいいことか。

 

「…今日も返事はなし、か」

 

「うぅ…私の団子をいつも買ってくれる貴重なお得意さんだったのになぁ」

 

 

 

「おーーーい!今日は彼女さんと一緒じゃないのかーーーい?」

 

「……う~む、何かあったんかねぇ?」

 

 

 

…くだらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最低限の買い物を済ませ、懸命に働き、そして家に帰ると不快な匂いが漂ってくる。

 

これは、酒だ。今日も飲んでるらしい。ご苦労なことで。

 

 

床で寝そべっているクソ親父を尻目に、今日も飯の準備に取り掛かる。

食材を切り分けてから水の入った鍋に入れ、火でグラグラと煮込み、ふと無意識に鍋の中を覗き込んだ。

 

 

「…このままじゃ駄目だ」

 

 

沸騰していく鍋を見ながら、ポツリとそう呟く。

元々裕福ではなかったにしろ、このままではいずれ金は尽きてそのまま餓死…なんて笑えない話だ。

 

稼ぎ頭がああなってしまい、自分なりに努力はしたものの…子供の小遣い稼ぎ程度ではこの先とても生きていけないだろう。

 

 

 

 

 

…だが、一つだけ。

 

一つだけ、考えてる稼ぎ方がある。働き先で小耳にはさんだ、とある情報。

 

 

最近この幻想郷で急速に流行している“人形”という存在。俺はアレに目を付けた。

 

聞けば人形は倒せば金になるアイテムを落とすというではないか。

ならば、人形遣いとなって倒しまくれば相当稼げる筈だと…そう考えたのだ。所謂、賞金稼ぎに似ている。

 

そういえば、今度寺小屋で「人形」についての授業があると言っていた。何とも丁度いい。

これで基礎の知識くらいは、そこで身に着けられるだろう。

 

 

…やるしかない。これも生きるためだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「――とまぁ、このように人形にはそれぞれ「タイプ」というものが存在する。そしてそれらは元になった人物のイメージに直結されていることが最近分かった」

 

 

寺小屋の先生こと、上白沢 慧音(かみしらさわ けいね)による人形についての授業が始まった。

この先生はやたらと無駄に話し込むので眠気との勝負になりやすいのが欠点だ。だが今日に限ってはそうもいかない。必要な情報を何としても身に着ける必要がある。

 

「せんせー!人形を戦わせて思ったんだけど、タイプにもしかして相性ってあるの?」

 

「お、いい質問だな。そう、〇〇〇の言う通りタイプにはそれぞれ相性というものが存在するんだ。例えば「自然」には「炎」が良く効くとかな。これらを把握しておくことは人形遣いにとってかなり重要だぞ」

 

「でもタイプっていっぱいあるわよね。ぜんぶ覚えるのって大変そう…」

 

「ふむ、そうだな…「実際にそのタイプ同士をぶつけるとどうなるか」をイメージするんだ。「植物」は「火」でよく燃えるし、「火」は「水」で消えてしまう。「水」は「電気」をよく通すし、逆に「電気」は「地」には全く通らない」

 

「あ、確かに!そう考えるとわかりやすいな!」

 

「まぁ、時にはその発想を変えていく必要性もあるがな。今度タイプの相性表も作ってやろう」

 

生徒達が楽しそうに人形のタイプについて学んでいる。

成程…思っていたより人形というのは複雑で奥深いもののようだ。まぁ、その方がやりがいはあるか。

 

「ん、もうこんな時間か。よし、今日の授業はここまでだ。皆、あまり遅くまで遊ぶなよ」

 

「は~い」

 

「せんせ~さよ~なら~」

 

どうやら今回はこれで終わりらしい。大まかだが、人形についての基礎知識は身に着いただろう。

 

 

だが、まだだ。

 

俺は先生が寺小屋を出ていくところを見計らい、先回りして待ち伏せすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…慧音先生」

 

「ん、準か。どうしたんだ?」

 

こちらに気付いた先生はしゃがみ込むと、そっと手を乗せてきた。

その顔はとても優しく、母のような温もりを感じさせる。

 

「…何の真似です?」

 

「あ、いやすまない。その…親御さんのこと、残念だったな。一人で大変だろう?」

 

 

「……同情なんていりませんよ。そんなことしたって、“かあさん”はもう帰ってこない」

 

「あぁ、分かってる。でも、お前は私の可愛い生徒だ。もし困ったことがあれば、いつでも相談に乗るからな。な、何なら私を母親と思ってくれても」

 

「それは結構です」

 

「そ、そうか?ハハッ、まぁよく考えたら私に出来ることは教えることくらいだった」

 

照れ臭そうにそう言う先生の優しさには、正直ウンザリした。

この人が家事の一つも出来ないことくらい、寺小屋の生徒は皆知っているからだ。元々出来もしないことを言わないで欲しい。

 

だが、彼女は寺小屋の先生。知識が豊富ならば、色々と役に立つ情報だって持っている筈だ。

 

「そうですね。では先生、俺の知りたいことを教えてください。さっきの授業で気になったことがあるんです」

 

 

「―――」

 

「…何ですかその顔は」

 

「あ、いや!ちょっと驚いてな。まさかお前がそんなことを言うなんて」

 

「悪いですか?元々そのためにここへ来たんですけど」

 

「いやいや、何も悪いことはない!!さぁなんでも聞いてくれ!!!」

 

自分の言葉を聞いた先生は笑顔で意気揚々とこちらに耳を傾ける。

役に立てることが余程嬉しいらしい…あの表情を見ればすぐに分かる。実に単純な人だ。

 

「まずは一つ目。人形は個体によって強さが違うのでしょうか?」

 

「おぉ、鋭いな!その通り。実は同じ人形でもステータスに違いはある」

 

「その基準は?」

 

「推察だが、恐らく元になった人物の強さという説があるな。例えば、博麗の巫女なんかが良い例だ。彼女の持つ同じ姿をした人形、かなり強いだろう?」

 

「博麗の巫女」の人形か。確かにアレは他の人形を圧倒する力を持っていた。

先生が言っていた説が正しいなら、人里に伝わっているあの書物の情報を見ればおおよその人形の強さが分かるだろう。

 

「成程、ありがとうございます。では二つ目。目星をつけた人形にはどうやったら会えるでしょうか?」

 

「基本的には、その人物にゆかりのある場所での目撃情報が多いな。そして人形はその場から離れることはなくて、決まった場所をナワバリにする習性があるらしい」

 

決まった場所にしか生息しない…。最近人里でやたらと外に出ていく者が増えていたが、あれはつまりそういうことだったのか。

そうなると、こちらも人里の外へ出ていく必要があるみたいだ。

 

 

「…では最後の質問です。一番強いとされる人形は、どの人形なのでしょうか?」

 

「む、中々難しい質問だな。ふ~む、そうだな…」

 

 

質問を受けた先生はしばらく考えた後、

 

 

「さっき述べた博麗の巫女、妖怪の賢者、地獄の裁判長、吸血鬼や月の姉妹達、鬼の四天王、色々と候補があるが……強いて言うならば」

 

 

指を一つずつ閉じながら候補を上げていき、そして答えを導き出した。

 

 

 

「 “地獄の女神”…だと、私は思うな  」

 

 

 

 

 

 

地獄の女神…そうだ。最近起こった、月の侵略者が地上に降りてきたという異変。

その発端となった三人組の内の一人に、確かそういった者がいたと聞いている。

 

だが流石の先生でも、その人形がどこにいるのかまでは知らないらしい。

 

 

聞いた噂では、その地獄の女神はあの博麗の巫女が手加減されてしまう程の力の持ち主だという。

それが本当ならば、確かに最強の名をもつのに相応しいと言える。

 

誰でもいい…その情報を持っている人物はどこかにいないだろうか?

 

「つき立て団子は如何ですか~?」

 

「うちのは隣のよりも美味しいよ~~」

 

「こら、営業妨害は止めろって」

 

「だってぇ~いつもそっちばっかり買われるじゃんそんなのズルいよ~」

 

「変な創作団子ばっか作るからだろ。あんたはここの客の需要を分かってないね」

 

歩きながら考え事をしていると、団子屋である「鈴瑚屋(りんごや)」と「清蘭屋(せいらんや)」の店主が言い争いをしている。

何でもあの二人はいつも売り上げを競っているらしい。いつも黄色い方が勝っているようだが。

 

…一応、駄目元で聞いてみるか。

 

「おい」

 

「ん?おぉ、僕ちゃんいらっしゃい」

 

「あ!い、いらっしゃいませ!」

 

店前に立ち声を掛けると、こちらに気付いた二人は営業挨拶を交わす。

何回か顔を出したからか気に入らないあだ名をいつの間にか付けられているが、まぁ今は触れないでおこう。

 

「聞きたいことがある。情報次第では団子、いくつか買ってやるよ」

 

「ほ~成程~今回はそう来たかぁ」

 

「穢れた地上の人間のくせに、私達に指図すんの?いい加減に」

 

「従わないなら、もうお前の団子は一生買わないぞ」

 

「ごめんなさいこの清蘭めに何なりとお申し付け下さいッ!!」

 

『く、くそ…いつも足元見やがってこの野郎』

 

『まぁまぁ、小生意気で可愛いじゃない?』

 

何かと突っ張って来るこの青い方の扱いも、今やもう慣れたものだ。

この怒りを我慢している顔はいつ見ても実に愉快である。

 

 

「お前ら、“地獄の女神”っていうやつの人形のこと、なにか知ってるか?」

 

 

 

「「 ―――!! 」」

 

 

 

その言葉を聞いた2人は驚きの表情を見せる。

この反応は、どうやら当たりらしい。何事も聞いてみるものだ。

 

『…どうする?』

 

『まぁ、いいんじゃない?教えてもさ。どうせ普通来れない場所だし…』

 

二人はしばらく見つめ合い頷いた後、こちらに向き直ってこう言った。

 

 

 

「「  …あぁ、知ってるよ  」」

 

 

 



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外伝6

※注意

この外伝は、私が書いている小説「人間と人形の幻想演舞」の人形視点ストーリーです。
その為、人形が普通にしゃべります。そのことを注意した上でご覧下さい。

今回は、ヘカ―ティア人形と準の出会いの話。そしてその後の様子もちらほら。



 

あぁ、退屈だ。

 

満たされたい。誰かこの私の欲求を叶えてくれる奴はいないだろうか…

 

 

生まれてから今の今まで、私は本気の力を出したことなど一度もない。

どうしてか?簡単な話…周りが私よりも弱いからだ。

 

…いや、そうじゃない。私が強すぎるのか。

強大な力を持つというのは普通なら喜ばしいことなのだが、それは同時につまらなくもある。

 

 

かつてこの世界には私と同じの別個体が何体か存在した。

あいつらとはそれなりに良い勝負が出来たけれど、もうここにはいない。自分に相応しいと感じた者に付いて行ってしまった。

今やもう、ここには私が一人しか存在しない。

 

張り合える相手が誰もいないというのは、思っていたよりも私にとって毒となっているようで…今の生活には正直不満だらけだ。

 

強すぎるのも罪…そう思わざるを得ない程に。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「………」

 

 

暗い…一面真っ暗だ。

 

あの二人から地獄の女神の人形の行方を聞いてここまでやってきたが…本当にこの場所であっているのか?

あの情報に有り金殆ど叩いたんだ。これで出会えなかったら承知しないぞ。

 

 

「おや?あなたは私の枕の購入者ですね?」

 

 

「―――ッ!」

 

 

暗闇から女性の声が響き渡る。

辺りを見回してみるが、その声の主を発見することは出来ない。

 

 

「こちらですよ。こんばんわ」

 

 

すると空間の裂け目から、その声の主は突然姿を現す。

白黒のボンボンが付いた白黒のワンピースに青い髪、青い瞳、そして牛のような尻尾が生えている。妖怪の一種だろうか。

 

「おや、あまり驚きませんね。子供にしては大人びているようです」

 

「……」

 

「…うーん、あまり可愛げがないですねぇ。子供はもうちょっと素直であるべきだと思いますが」

 

こちらから睨みを効かされた妖怪は少し気まずそうにするが、それを特に気にすることなくゆっくりと裂け目から出てくる。

癇に障る奴だ…何だそのムカつく顔付きは。

 

「お初にお目にかかります。私はこの夢の世界の支配者、“ドレミー・スイート”。以後、お見知り置きを」

 

「あなたは確か…そう、人里でいつも孤独そうにしている「準」という名の人間の子供ですね。確か最近、母親を亡くしています。昨日は夢見が悪かったようでしたね。美味しくいただきました」

 

こちらはまだ名乗ってすらいないのに、ドレミーの口から自分の名が出てくる。

どこかで会ったことがあっただろうか…?いや、これが初対面の筈だ。何故知っている?

 

「驚いた顔をしていますね。さっきも言いましたが私は夢の支配者…夢を見る者のことなら何でも知っているのです。当然、あなたのこともね」

 

「皆が見ている夢の管理が私の主な仕事ですからね。この幻想郷に住む者のことなら、大体は把握しております」

 

噂ならば聞いたことがある。

この枕を買って眠った際に、妙な女性がやたらと質問攻めしてくると…その女性がこいつという訳か。

 

この上なく胡散臭いが、恐らく彼女は嘘をついてはいないだろう。

現に、この妖怪は初対面である自分の名と境遇を言い当てて見せたのだ。…最近夢で出てくたばかりの情報までも。

 

「さて、それでは改めて…本商品を御購入頂き、快適な睡眠を提供させてもらえているとは思いますが、私としてはまだまだこの商品をより良いものへと改良していきたいと考えており」

 

ドレミーの口から営業臭い言葉がつらつらと出始める。

これが例の質問責めの前振りというやつだろうか?付き合っていると時間が掛かりそうだ…何か手っ取り早い方法は……

 

 

「そ・こ・で!なのですが、ご利用頂いているお客様にこの商品の感想を募集しております。どうでしたか?「スイート安眠枕」の使い心地ぃヒィン…!!!///」

 

 

ドレミーが油断しているところで尻尾を思いっきり掴み、うっとおしい言葉を一時中断させることに成功する。

思った通り、ここが弱点のようだ。これで主導権は握ったも同然だろう。

 

「あ、う…ちょ、ちょっと!尻尾は駄目ですッ!!何をするんですか!!?」

 

「時間がないんだ。お前の用事にいちいち付き合ってる暇はないんだよ」

 

「(ち、力が抜ける…これじゃ振りほどけない……!)」

 

人里では妖怪の対策方法の一つや二つは誰でも知っている。中でも代表的なのがこの、尻尾掴み。

動物の特徴を持った妖怪は大抵尻尾が弱いらしく、こうなった妖怪は力を発揮出来ない。

 

絶対に逃がすものか。あの人形を捕まえる為なら何でもやってやる。

 

「聞きたいことがある。“地獄の女神”についてだ」

 

「地獄の女神?そ、それはもしや、“ヘカーティア・ラピスラズリ”のことでしょうか…?」

 

「ヘカーティア…成程、そういう名か。俺はそいつの人形を探してるんだ。何か知らないか?」

 

「さ、さぁ…私は人形にあまり詳しくは…アフンッッ!!!///」

 

どうもとぼけたような態度をしているので、ドレミーの尻尾を思いっきり引っ張る。今の主導権はこちら側だ。

 

「知らない筈がないだろ。お前はこの夢の世界の支配者なんだろうが」

 

「うぅ…そ、そういえば“第四槐安通路(だいよんがいあんつうろ)”で最近人形が出現はしていますが…いるとしたらそこではないでしょうか…?」

 

第四槐安通路…聞いたこともない場所だ。まぁ夢の中にまで世界が広がっていたなんて今まで知らなかったんだから当然か。

あの二人はこの地上に来る際に“ある通路”を通ったと言っていた。そしてその通路に最近人形が出没し、暴れ回っているというのを他の仲間から聞いたらしい。

更にその人形達の容姿は月の侵略者達とそっくりという情報もある。そう考えると、この妖怪の言っていることは本当だろう。

 

「よし、案内しろ」

 

「いやでも…あそこは今、大変危険で…」

 

「……」

 

「わ、分かりました!だからこれ以上尻尾を刺激しないで…!!」

 

こちらが強く尻尾を握ったことに何かを恐れたドレミーは手を翳し、空間を裂いた。

どうやらあの先が例の場所と繋がっているようだ。

 

 

…待っていろよ、へカ―ティアとやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉御!もうこの通路は完全にあたい達「ヘル・ヴィーナス」のものですねぇ!!もう向かうところ敵なしですよぉ」

 

「次はどこを攻めましょう?いっそこの世界丸ごといっちゃいますかぁ?へへへ」

 

グラサンを掛けた部下達が今日も私に次の場所を所望してくる。

血の気の多い奴らなだけに、まだまだ暴れ足りないらしい。

 

かつてこの第四槐安通路を巡った三大勢力の争い…それに勝利したのが私達「ヘル・ヴィーナス」。

 

「ルナティック・ファッション」、「ブラッド・ラピスラズリ」の二組に力の差を見せ、天下をとったのだ。

 

“とある地獄の三勢力”の模倣から始まったこの戦い…。

それは終わりを迎え、今や私はその全体を占める統領である。

 

「この世界をとるんなら…やっぱりあの“支配者”をやる他ないわよねぇ?」

 

「あぁ…そういやあたい達の部下に見た目が似てるのいますよねぇ。…あいつってそんなにヤバいんすかぁ?」

 

「そうねぇ…この私といい勝負出来るんじゃないかしら?あいつがこの世界を牛耳っていると言っても過言ではないし」

 

「マジっすか!?そりゃ狂気的(ルナティック)ですねぇ!!」

 

とは言ったものの、実際に戦ったら私の方が圧倒的に不利だ。

あの妖怪は無敵…いくら私が強くても、勝てるかどうかは正直分からない。

 

かつての「ルナティック・ファッション」と「ブラッド・ラピスラズリ」の組長…基私と同じヘカーティア達も彼女に挑んだが、悉く返り討ちにあっている。

それ程あの支配者は強大な力の持ち主だ…ある時は巨大な怪物に変身し、またある時はすべての攻撃を無効化する。

 

実際私以外のヘカーティアがいなくなってしまったのも、奴から力の差を見せつけられこの世界から飛び出たからに他ならない。

聞くところによると一人は吸血鬼、もう一人は魔界の神の元で力を付けている。最も、外に出てからはそんな当時の目標などすっかり忘れてしまったようだが。

 

 

「…まぁ、そんなことよりもさ」

 

「へい?」

 

「私はもう、この世界にそろそろ飽きてきた。あなたもそう思わない?ピース」

 

 

この夢の世界には長く居座って来たが、もっと日常に刺激が欲しい。

 

外の世界…そこには私より強い奴が沢山いるのだろうか?

私という存在には、ここはあまりに狭すぎた…恐らくかつてのあの二人もどこかそう感じていたのかもしれない。だから人形遣いの元に下るという道を敢えて選んだのだろうか?

 

私達人形は、ナワバリから決して外に出ることが出来ない。やろうとしても、何かの力が作用してそれを妨害される。

そしてさらに追い打ちをかけるかのように、この世界の支配者であるドレミー・スイートが私達をここから出られないよう何か細工をしているらしい。

つまり、ここから出るには他の誰かから外に出して貰うしか方法はない。

 

 

…しかし、私にもプライドというものがある。

ただのそこら辺にいるような人形遣いなんかに下るつもりなど一切ない。それなりの器量を持っている者でなくては。

 

それこそ、あの夢の支配者を上回るような…それ位の者であって然るべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強の人形を求める準、そして最強の人形遣いを求めるヘカーティア人形。

 

二人の願望は、意外とすぐに叶う事となった。

 

 

「………」

 

 

準は目の前にいる人形から感じる圧倒的な強者の放つオーラをピリピリと感じていた。

赤い髪、赤い瞳、個性的なTシャツ、そして何より頭と手のひらに存在する3つの球体…聞いていた情報と一致する。

 

間違いない、恐らくあれがヘカーティア人形なのだろう。成程、確かにこいつは大物だ。

 

 

「(…へぇ、あの夢の支配者を服従させるとは…中々の実力者のようねん)」

 

 

ヘカーティア人形は目の前にいるドレミー・スイートをまるで犬扱いしながらこちらを見ている少年に関心を示す。

 

見たところ普通の人間の子供って感じだけど、あの目つき…まるで誰も信用してない冷たい目ね。ゾクゾクしちゃう。

しかし、何という偶然だろうか。私が外に出たいと願った瞬間、彼はそこに現れた。見たところこれは夢ではない。

 

そして少年はただ一言、私にこう言い放った。

 

 

 

「おい、そこのヘカーティアとやら。俺の人形になれ」

 

 

 

これは所謂、“運命的な出会い”ってやつなのかしら?それとも新手の告白?

何にせよ、彼は私の部下達に取り囲まれている中で確かにそう言った。

 

 

『んだとぉ?あたいらが「ヘル・ヴィーナス」と分かっての所業かぁ!?10000光年早いんだよォ!』

 

『お前、今の状況分かってる?舐めてんのかぁ?あぁん?』

 

 

「雑魚はすっこんでろ。それとも、ここで今すぐ死にたいか?」

 

 

『う…!?』

 

『(な、何て殺意の籠った目だ…こいつやべぇ!)』

 

『(取り囲んだはいいけど、あたいらで勝てるんかな…)』

 

 

彼の威圧に、すっかり私の部下達もビビってしまっているようだ。

 

成程…要するに彼は人形遣いで、私を捕まえたいということか。

器量としてはさっきの一連で大体分かった。肝は備わっているし、悪くない。合格だ。

何よりあの貪欲で、憎しみに満ちたあの瞳が気に入った。どうなったら普通の人間があんな風になってしまうのやら。

 

 

 

『オーケーオーケー、付いてってあげる』

 

 

 

あの恐れを知らない度胸は、幼さ故の無知なのか?それとも、余程の器を持つ者なのか?

この目でじっくり見極めさせて貰おう。

 

…後、純粋に外の世界には興味があるしね♪

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「 ヘカーティア! ブラックホール  」

 

 

追い詰めた“レミリア人形”が逃げないよう拘束し、封印の糸を構える。

紅魔館以外にも生息している夜にしか姿を現さないレミリア人形がいるという噂を聞きつけ、「霧の湖」までやってきた。

レミリア人形は捕まえる人形の有力候補ではあったのだが「紅魔館」にしか生息していない為、実質諦めていた。だから今回は絶対に逃がしたくない。

 

こういった自身で縄張りから出ている人形は、他とは格が違う…同じ人形の中でもステータスが高い良個体が殆どだ。必ず捕まえる。

 

封印の糸を使用し、紅い糸がレミリア人形を二重に拘束した。

 

 

「 スターフレア! 」

 

 

指示を受けたヘカーティア人形は頭の球体を「異界」から「月」に入れ変える。

すると今までの赤い髪や瞳が金色へと変貌し、無邪気なテンションの高いヘカーティア人形へと人格が変化した。

 

 

『 Go to Hell♪ 』

 

 

元気な掛け声と共に、無慈悲な光弾が上から降り注ぐ。

逃げられないレミリア人形は抵抗空しく、その光弾を全弾食らってしまう。

戦闘不能となったレミリア人形は封印の糸へと入っていき、準の手元に返って来た。

 

 

まずは一匹。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

今度は手当たり次第に妖怪の人形をターゲットにして戦闘不能にしているという、博麗の巫女の人形。

これは迷惑している者からの退治の依頼のようなものがあったので、それを自分で引き受ける形となった。

 

妖怪に過剰な反応を示すとのことなので、適当な雑魚の妖怪人形を適当に捕まえて囮にしてみる。

こいつは蛍の妖怪らしいから、役目としてはうってつけだろう。

 

すると、野生の“れいむ人形”が草むらからその姿をあっさりと現した。

人形は気が立っているのか、まるで鬼のような形相をしており、それを見た妖怪人形は白目をむいて倒れてしまう。どうやら気絶したようだ…全く、情けない。

 

 

「 ヘア―ティア! バトルスタンバイ! 」

 

 

封印の糸からヘカーティア人形を繰り出す。

そして相手を見たヘカーティア人形は見定めをし、怪しく笑みを浮かべた。どうやら相手に不足はないらしい。

 

「 ストーンスパイク! 」

 

早速こちらから先制攻撃を仕掛ける。

指示を受けたヘカーティア人形は頭の球体を「異界」から「地球」に入れ変え、青い姿へと変貌する。そして地面から無数の槍上の岩を野生のれいむ人形の足元に発生させた。

 

それに気づいた野生のれいむ人形はすぐさまバックステップで攻撃を回避し、反撃と言わんばかりに懐から無数の針をヘカーティア人形に向かって投げ出した。あれは「メタルニードル」だろう。

 

「 フォースシールド 」

 

だがそんな攻撃はこちらも予想済み。

頭の球体を「異界」に戻したヘカ―ティア人形は自身にバリアを張り、ダメージを最小限に抑える。的確な弱点を狙ってきた辺り野生にしてはかなり賢いようだが、この技の前ではそんなの関係ない。そしてその攻撃は封じさせて貰おう。 

 

「 負の嘲笑(ふのちょうしょう) 」

 

指示を受けたヘカ-ティア人形は目を紅く光らせ、野生のれいむ人形を嘲笑うかのような顔で見下す。

 

その恐ろしい顔を直接見てしまった野生のれいむ人形は先程使った攻撃技で対抗しようとするも、技が出ないことに戸惑っていた。

それもその筈…この「負の嘲笑」という技は相手が最後に使った技の魔力を枯渇させる効果がある。

 

全く気付かぬ内に、れいむ人形は少しずつヘカーティア人形に追い詰められていたのだ。

 

「 タンブルプラント 」

 

頭の球体を再び「地球」に変えたヘカーティア人形は、地面から無数の太い蔦を生やしてそれを野生のれいむ人形へ襲わせる。

この数は避けきれないと判断したのか、野生のれいむ人形は結界を張って身を守るが、次々と蔦に絡まれて身動きが取れなくなってしまう。

 

「無駄だ。 負の嘲笑!」

 

結界で身を守っていることに集中しているところへすかさず追い打ちをかけ、今度は「森羅結界」の魔力を切らす。

自分を守る術を失った野生のれいむ人形は蔦に締め付けられ、徐々に体力を奪われていく。

 

そして頃合いを見て封印の糸を取り出し、使用して紅い糸が野生のれいむ人形を二重に縛る。

 

 

「 止めだ。 シューティングプレス! 」

 

 

指示を行けた青いヘカ―ティア人形は指先にエネルギーを込め、それを野生のれいむ人形の真下に落とす。

 

 

『 さようなら、弱き民よ 』

 

 

優しい笑みを浮かべた青いヘカーティア人形の最後の言葉と共に、地面から強力なエネルギーの大爆発が起こった。

野生のれいむ人形は大きく吹き飛ばされてからしばらくして地面に衝突し、封印の糸の中へと入ると準の手元に返ってくる。

 

「…よし。戻れ、ヘアーティア」

 

これで当初の目的だったレミリア、れいむ人形の良個体をゲット…順調に事は進んでいる。

野生の人形からの地道な小遣い稼ぎもいいが、そろそろ人形遣いの持つ人形達にターゲットを変更してみるか。

 

そうすれば、今よりも余裕が出来る…俺はあのクソ親父とは違うんだ。

 

 

 

 

 

 

あれから俺は幻想郷縁記を見ながら完璧な人形を探した。

 

色んなタイプの人形に勝ちまくるようなコンビネーションを探した。

 

 

この俺が世界で一番強いということを、証明してやる。

 

 

 

 



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第五章

 

「 号外ーーー!号外ぃーーーーー!噂の外来人の号外だよーーーーー!! 」

 

 

 

空から何やら叫び声が聞こえる…一体何だろう?

そして同時に新聞が空から舞っているようだ…一枚取ってみる。

 

見出しは…「玄武の沢で大事件!!人形による電撃で河に住む者は大迷惑!?」とある。

 

この出来事は…つい昨日のことだ。いつの間に目撃されていたのだろう?

詳しく内容を見ると、一部大げさではあるもののその時の状況などが詳しく掲載されていた。…あの光とわかさぎ姫との一部始終までもだ。

「里の女の子と熱いキスを交わし」という記載は全くの誤解だ。あれはあくまで人工呼吸の一環と彼女自身も言っている。これが広まったら誤解を生んで大迷惑だぞ…。

 

 

「あやや!“私の新聞”を噂の外来人が読んでいますねぇ」

 

「うおっ!?」

 

 

新聞に夢中で接近に気が付かず、声に驚いてしまう。

いつの間にいたのだろう…ここの住民は普通の登場が出来ないのだろうか?正直、心臓に悪い。

 

 

「初めまして、あなたが舞島 鏡介さんですね?私は射命丸 文(しゃめいまる あや)と言います」

 

「は、はい…どうも」

 

「お噂は兼ねがね聞いていますよ。外来人でありながら、異変解決の為に頑張っていらっしゃると」

 

 

相手はどうやらこちらのことを知っているようだ。

彼女の第一声から考えると、この人がこの新聞を書いた張本人で間違いなさそうだ。

 

何故か文に既視感があると思ったら、前に霊夢と人形バトルをした際に見た人形と同じ見た目をしていたからだった。つまり、彼女がその元になった人物という訳か。

スカウターの情報にも、確か「天狗」とい書いてあった覚えがある…成程、やっぱり妖怪って種族ごとにちゃんと服の特徴があるんだな。

 

「いやはや、ここであったのも何かの縁です。妖怪の山を登るのであれば、是非とも“天狗の里(てんぐのさと)”にもお越し下さい!」

 

「え、えぇ。まぁいいですけど…」

 

「お?言質とりましたからね~?沢山取材致しますので宜しくお願いしますよ!ではまた!」

 

そう言うと文は一瞬でその場を飛び去る。…つい返事してしまい、約束を作ってしまった。大丈夫だろうか?

 

呆気に取られていると強烈な風が遅れて舞い上がり、思わず浮き飛ばされそうになった。

上を見上げると、妖怪の山へ消えていく一つの影が…何という非常識なスピードであろう。

 

 

天狗の里か…そこに行けば、あのいなくなった“はたて人形”にも会えるだろうか?

 

 

 

 

***

 

 

 

 

畔を道なりに進んでいくと、そこには洞窟があった。

 

中に入ってみるとそこは薄暗くてジメジメとしており、どこか心を擽られる。男なら、一度は洞窟探検というものに憧れるもの…それが今、ここで叶ったのが何だか嬉しい。

 

そして、やはりここにも新種の人形が生息していた。

緑髪で常に回転し続けている大きな赤いリボンが特徴の人形、全体が青で統一されていて髪の結い目に金色の串のようなものを挿している人形の二体ともう一体…何やら洞窟の天井に桶がぶら下がってるのが見える。

あれも恐らく人形…なのだろうか?

 

気になりつつも先に進むと、その桶は頭上に来たのを感知したのか突然下へ急速落下。当然こちらはそんなことをするなんて思ってもみなかったので、反応が遅れてしまう。

 

そしてぶつかりそうになったその時、手持ちの封印の糸が反応して素早く自分の頭上で実体化した。しんみょうまる人形である。

しんみょうまる人形は急速落下している桶に対し、咄嗟にヘディングで打ち返した。桶はぶつかった衝撃で激しく揺れて、吊るしていた縄が切れてしまい明後日の方向へと飛んでいく。

 

 

「し、しんみょうまる!!大丈夫か!!?」

 

 

こちらが技を命令する余裕もなかったが故の苦肉の策だったのだろう…お椀を被っているとはいえ、とても痛そうにしている。

そのお椀自体はヒビ一つ入ってないくらい丈夫なのが、猶更頭への衝撃に繋がったのだろう。

 

「僕を守ってくれたんだよね…ありがとう。よしよし」

 

涙目になっているしんみょうまる人形を痛くないように撫でる。もし自分が直接食らっていたらどうなっていたか…感謝してもしきれない。

これは急いで休憩所に行って治療して貰わないといけなくなった。しんみょうまる人形はとてもじゃないが戦闘が出来る状態ではなくなっている。

 

だが何ということだろう。道の途中には水路が広がっており、これでは先に進めそうにない。

水路を渡ることが出来る手段と言えば「波乗り」だが…人形で果たしてそれが可能なのか?…いや、人形では人を乗せて運ぶのは無理があるだろう。

泳いで渡る?しかしそれでは荷物が濡れてしまいかねない。こがさ人形なら水中でも平気だろうが…と、そう思った矢先、またも手持ちの封印の糸から人形が飛び出す。こがさ人形だ。

 

こがさ人形は胸をポンポンと叩き、こちらに両手を出す。まさか、荷物を持ってくれるというのだろうか?

ありがたいのだが、こちらのからっているリュックサックはそれなりの重量だ。果たして大丈夫か?心配ではあるが…折角申し出てくれたのだ。試しにリュックサックを降ろして持たせてみることにした。

するとどうだろう。こがさ人形は少々重そうにしながらもリュックサックを両手で持ち上げる。流石普段から鍛冶をやっているからか、結構力はあるようだ。

もしやスタイルによって変わったステータスの影響もあるのだろうか?…しかし、これでは問題が一つある。

 

「…その状態で泳げる?」

 

「…!」

 

こちらの疑問にこがさ人形はハッとした表情になり、そのまま固まってしまう。

そしてそっとリュックを降ろし、すっかり落ち込んでしまった。そこまで考えが及ばなかったのだろう。

 

「い、いいんだよ!気持ちだけでも十分嬉しかったからさ」

 

体操座りで沈んでいるこがさ人形を慰めるように優しく頭を撫でる。

引っ込み思案なこがさ人形が力になろうと勇気を出してくれたのだ…そこはちゃんと褒めてあげよう。

 

 

しかし、困ったな。

現状では安全にこの水路を突破する手段が思いつかない。早いところ先に進みたいのに…

 

 

 

「 んんっ!何やらお困りのようだね! 」

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

突然洞窟に響き渡る謎の声。

どこからの声なのかが分からず、辺りを見回してもそこには誰もいない。

 

すると水面から三本の水飛沫が一斉に舞って、その三つの影は見事な地上への着地を決める。

その正体は前に人形として会った「にとり」と似た服装をした三人組であった。それぞれ黒、金、緑の髪色をしている。

 

 

「こんにちわ!初めましてですかね?」

 

「困っている人形遣いさんの声が聴こえたわ!」

 

「…水のトラブルはお任せあれ」

 

 

「……」

 

 

急な出来事に頭が追い付かないが…うん、落ち着こう。

もう散々こういうシーンには出くわした。そろそろこちらも慣れなければ。

 

恐らくだが、この子達は「河童」だろう。あの緑の帽子と青い作業着のような服装、でかいリュックが何よりもの証拠だ。

言っていることから察するに、こちらを助けに来てくれた…のか?

 

「えっと、君達は何者かな?」

 

 

「私達は人呼んで、“モブカッパーズ”です!」

 

「主に水上のトラブルの専門をやってま~す」

 

「…よろしく」

 

 

「…そ、そうなんだ?」

 

水上のトラブル…ということはこちらがこの先に進みたがっていることを知ってわざわざ来たということか。

確かに自分はこの水路の先に進みたい。そう考えると彼女らの登場はまさにこちらにとって助け舟と言える。

 

「そういうことなら丁度良かった。僕たちはこの水路を通りたいんだけど、泳いでいくにはちょっと厳しくて困ってるんです」

 

 

「成程成程!そういうことでしたら我らにお任せ下さい!」

 

「この河童特製の「三秒で出来上がる安全ゴムボート」があれば、もう水路なんて軽々と行けちゃうよ!」

 

「…簡単に伸縮出来て場所もとらない特注品…お客さんは運がいいよ。さぁさぁ、乗ってみなさい」

 

そう言って金髪の河童は小さくて黄色いゴムボートを膨らませると、水上にそれを浮かばせる。

眼鏡をかけた緑髪の河童から催促され、試しに乗ってみると…

 

「す、すごい。これだったら確かに水上の移動は簡単ですね」

 

 

「そうでしょうそうでしょう!何せ、水と密接に関わっている我々“河童”の作った自信作ですから!」

 

「後ろにあるモーターの操作で移動だって超楽チンだよ~」

 

「このカプセルで収納して、いつでも好きな時に出せるのだ…」

 

 

「(ど、どこの天才科学者だよ…凄い技術だなぁ)」

 

これは願ってもいない展開だ。収納に困らないゴムボートとは、何と都合の良い代物だろう。

是非とも欲しいところだ。…だが、その後の展開にも凡そ見当がつく。色んなゲームをやって来た自分の勘が、そう言っている。

 

 

「 こちら、税込みで“300000”円となっています! 」

 

 

…やっぱりそうか。

 

 

 

三十万…とてもじゃないが払える金額ではない。

上手すぎる話だとは思ったが、そう甘くはないということか。

 

「すみません。そんな大金、僕は持っていません…」

 

 

「あれれ~?そうなの~?そりゃ残念だなぁ~」

 

こちらの返答に対し、金髪の河童はどこかワザとらしい仕草を見せる。

そして他の二人の河童と目を合わせ、軽く頷くとこう言った。

 

 

「支払えないというのなら、こちらをお渡しすることは出来ません。ですけど…」

 

「我々の要求に答えてくれれば、あのゴムボートを“タダ”で譲るのを検討してもいい」

 

 

ふむ、成程…所謂これは交換条件というやつか。

今の言葉で察するに、この河童達は最初からそのつもりでこちらにコンタクトを取ったのだろう。

騙された気分で少々悔しいが、こちらとてあのゴムボートはこの先に絶対必要となる。彼女らの要求とやらを聞こう。

 

「いいですよ。どんな要求ですか?」

 

 

「おぉ、流石は盟友さんです!実は…」

 

「あたしらのアジトが“人形解放戦線(にんぎょうかいほうせんせん)”とかいう奴らに占拠されてしまったんだよね~」

 

「…非常に困ってる。助けて欲しい」

 

人形解放戦線…確かメディスン・メランコリーという人物が率いる人形で悪事を働いているという集団の名前だ。

ここでその名前が出てくるとは…何にしてもそれを聞いたら見過ごすことは出来ない。人形を悪いことに使うなんて間違っている…!

 

「…分かりました。その人形解放戦線を追い払えばいいんですね?」

 

「やって頂けるのですか!?いやぁ、流石はかの有名な人形遣いさんですね!」

 

彼女が言っているのは、もしや新聞の情報だろうか?

さっきの文という天狗と言い、自分もすっかり有名人になったな。何だか照れる。

 

 

「(ほっ…断られなくて良かった~)」

 

「(案外上手くいくもんだね~)」

 

「(相当なお人好しとは聞いてたけど、ここまでとは)」

 

 

モブカッパーズに連れられ、河童の技術で水中へと進んでいく鏡介だった。

 

 




モブ河童の喋り方はふし幻TODを参照してます




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第六章

暗い水底の中、三人の河童達に付いて行く。

 

今日程人並みに泳げるスキルがあって良かったと感じたことはない。何という貴重な体験だろうか。空気を送らなくとも、人の身である自分が今こうやって水中で呼吸が出来ているのだ。ゴーグルがなくてもはっきり水中の全容が分かる。

心配だった鞄の浸水も特殊なバリアで濡れることは一切ない。

 

やはり、河童の技術力はすごかった。

 

 

「(舞島さん、何をしているんですか?はぐれちゃいますよ?)」

 

「あ、すみません…つい。こんな体験初めてなもので」

 

 

感心しているのも束の間、黒髪の河童がこちらに目線を送りスカウター越しから話し掛ける。

魔理沙から貰って今までお世話になって来たこのスカウターは元々河童の作った物…当然他の河童達も同じのを持っていた。

防水は勿論のこと、こうやって“通話機能”も搭載されていたらしく、現在水中で河童達の声が聞こえるように使用している。

 

「(人間って不便だよね~。水中だと息も出来ないし会話も儘ならないんだからさ)」

 

「(…河童の偉大な発明に感謝するのです)」

 

「ハハ、ありがとうございます。しかし凄いですねコレ…まるで魚にでもなった気分ですよ」

 

「(いや~実際あたしら河童には必要がないんだけどねぇ。何せ河童のアジトは滅多に他の人を入れることなんてないし)」

 

確かに言われてみれば河童は水中でも問題なく生活が出来る種族だ。

となると自分を覆っているこのバリア装置は自分のような水中では自由が利かないものに配慮した発明と言えるだろう。

 

「(実はにとりさんの発明なんですよね、それ。まさかここで役に立とうとは思いませんでしたよ)」

 

「(…にとりさんは河童の中でも変わり者。人間を好んでいる)」

 

「(まぁ河童って変人多いし珍しくはないんだけどぉ…その中でも結構異質かなぁ)」

 

 

「(そ、そうなんだ?)」

 

“にとり”…これは魔理沙からもよく聞いていた河童の「河城 にとり」で間違いないだろう。

彼女らの言っていたことから察すると、河童は妖怪の中でも人間に特別友好的という訳でもない…のだろうか?

この三人は少なくとも自分に対して比較的友好的に思えるが、それも人間好きであるにとりのお陰なのかもしれない。

 

 

「あ、そろそろ着きますよ。我々のアジトに」

 

 

どうやら話をしている間に目的地へと近づいたらしい。

 

薄暗い水路から一点の光が差し込んでいる…あの先が「河童のアジト」か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光の目指し一直線に向かい着いた先には明るく綺麗な水の中であった。

薄っすらではあるが、いくつか建物のようなものも見える。そして上を見上げるとそこには太陽も存在していた。

眩しさはあまりなく、そこから見える輝く水面が綺麗でつい見とれてしまう。あちらでは絶対に考えられない、一切の穢れがない湖であった。

 

 

「(みんなー!人形遣いを連れてきたよー!)」

 

 

黒髪の河童が目的地に着いたところで仲間に声を掛けているようだ。

しかし、恐らく地上にもいるであろう河童達に水中からコンタクトが取れるのであろうか?こちらが行っている通信を向こうもやっているのだろうか?

 

そう疑問に思っていると、何やら水中からいくつもの影がこちらに接近してくる。

魚影にしては少し大きい…いや、あれは恐らく…

 

 

「(何だ、思ったより早かったじゃないか)」

 

「(そいつが例の人形遣い?うーん…何だか頼りない感じだけど)」

 

「(に、人間だ…)」

 

 

影の正体はやはり、ここに住む他の河童達であった。

中には男の河童も複数いるようで、こちらを品定めするような視線を感じる。

 

「(…あれ?何だかさっきよりここにいるの増えてない?戦っていたんじゃ?)」

 

金髪の河童は水中にいる河童の数に違和感を感じているようだ。

どうやら人形解放戦線と人形バトルをしていた河童もいたらしい。そしてよく見ると、その河童達は身体のあちこちに傷を負っていた。

 

質問を受けた河童達は少し気まずそうにしながらも事情を説明し始める。

モブカッパーズの三人以外は現在スカウターを装着していない為、何を話しているのかは分からない…しかし、その表情は暗かった。

 

「(…事は思っていたよりも深刻になっているらしい)」

 

「(うん、どうやらそうみたいだね…)」

 

黒髪の河童と緑髪の眼鏡河童が今の状況があまりよろしくないことを悟っている。

今の話と状況から推察するに、人形解放戦線の襲撃で大半の人形遣いの河童達がここに追いやられている…そういうことなのだろうか?

 

人形解放戦線は人形を使い、様々な悪事を働いていると聞く。実際、人形による無差別な攻撃が人里でも行われていた。

そして今ここでも戦う人形がいなくなってしまった者に容赦なくその牙を向けた跡が見られ、河童の服の損傷具合がそれをはっきりと物語っている。

 

「(お待たせ。聞いたところによるとね?人形解放戦線の中に一人、とんでもなく強い奴がいるらしいよ。皆そいつにやれらたんだって)」

 

聞き込みが終わった金髪の河童はこちら側に戻ってくると、今のこの現状を伝えてくれる。

人形解放戦線の中の実力者となると、リーダークラスだろうか?今まで会てきた中で言うと「ルーミア」という人物が一応それに当たったが…戦った感じではとてもそれだけの実力があるようには見えなかった。

金髪の河童の言う“とんでもなく強い”という表現から考えると、それ以上の実力を持つ大物があそこにいるということなのだろう。

 

「(で、でもこっちにはにとりさんがいます!河童の中では一番強い人形遣いなんですから、きっとどうにかしてくれますよ!)」

 

 

「(…あたしをお呼びかな?)」

 

「(うわっ!?い、いらしたんですか!?)」

 

「(あぁ。全く、あの妖怪には参ったよ。まさかあそこまで人形をつかいこなすとはね。…やぁ盟友、待っていたよ)」

 

黒髪の河童の背後から、ガスマスクを付けたもう一人の河童が現れる。

自分のスカウターからもその声ははっきりと聞こえた…こちらに語りかけてくるこの河童は恐らくあの人物で間違いない。

 

 

 

 

 

 

河童はガスマスクを取ると、青髪のツインテールが水中にユラユラと浮かび上がる。

 

魔理沙からその名を聞いてから、野生の人形を見て容姿は分かっていた。

しかし、こうやって実際に会うのはこれが初めてである。

 

「あなたがにとりさんですね?あなたの発明した道具には本当にお世話になってます」

 

「(こっちも魔理沙から話は聞いてるよ。中々の腕前の人形遣いだってね。改めて、河城 にとり(かわしろ にとり)だよ)」

 

「舞島 鏡介です。よろしくお願いします」

 

「(ひゅい!?)」

 

「え…」

 

互いに挨拶を交わし、握手をしようとこちらから手を差し出すとビックリされて遠くに逃げられてしまった。

驚かすつもりは一切なかっただけに、こちらまでその反応に驚いてしまう。

 

「(…あの人、人間好きなのにいざ接するとあぁなんですよねぇ)」

 

「(初対面は特に、ねぇ?)」

 

「(…器用なんだか不器用なんだか)」

 

 

「アハハ…何と言うか、まぁ…うん」

 

にとりという人物はどうやら人見知りなところがあるらしい。かつての今より奥手な自分が脳裏に浮かび、少しだけシンパシーを感じる。

…だが、今後会った時は距離感というものを意識しておこう。あ、ちょうど帰って来た。

 

「(い、いやごめん!つい逃げてしまった!君はただ握手しようとしただけだよねごめんね!?)」

 

「い、いえ大丈夫ですよ。そんなに気にしてませんから」

 

こちらに戻って謝っているにとりをよく見てみると、彼女も服のあちこちが損傷している。

他の河童達と同じく地上で人形バトルをしていたのだろう。モブカッパーズが言うには彼女は実力者らしいが、それでも敵わない強敵…ここを襲っている人物は一体何者なのだろう?

 

「…それで、僕がここに呼ばれたのはやっぱり?」

 

「(うん、恐らく君が考えている通りだ。…盟友だもん、助けてくれるよね?)」

 

その強敵が果たして自分で何とかなる相手なのかは、正直分からない。

それに今はしんみょうまる人形が実質的な戦闘不能状態…残されている主力はユキ、こがさ人形のみだ。こんな不利な状態でいけるのだろうか?

 

 

…いや、一度受けた依頼だ。

それに河童達には間接的とはいえ、色々とお世話になっている。ここでその恩をきっちりと返すべきだろう。

 

 

「えぇ、勿論です」

 

 

「(うん、ありがとう!!やっぱり持つべきものは盟友だねっ!!魔理沙の言ってたとおりだ!!)」

 

 

そう言うとにとりは笑顔でこちらの手を両手で握り、力強く握手しながら左右に振る。先程の臆病ぶりはどこへ行ったのやら。

何にせよ、信頼してくれているのなら嬉しい限りだ。

 

 

「(…あぁ!!?みんな大変だ!み、湖が…!)」

 

「(不味いぞ…どんどん汚染されて行ってる。このままじゃここも危ない!)」

 

「(もう駄目だ…おしまいだよ…)」

 

 

河童達が湖の異変に気付いたらしく、上を見上げると紫色の靄が透明な水面を徐々に浸食している。

 

これはまさか、「毒」?誰かがこの湖に毒を流し込んでいるらしい。

湖に逃げ込んだ河童達に対する追い打ちだろうか…何と卑劣な手段であろう。

人形がこの毒を送り込んでいるのだとすると、「毒」タイプを使う人形遣いがいる可能性は高い…と、今はそんなことを考えている暇はない。

 

自分は兎も角、河童達はこのままでは毒でやられてしまう。不味いぞ…。

 

 

「(…少々早いが仕方がない。皆!強力な助っ人が来たんだ。もうひと踏ん張り頑張ろう!)」

 

「(いいか?これは「人形バトル」じゃない。我々のアジトを取り戻す為の戦いだっ!今こそ河童の力を見せる時!!)」

 

 

にとりが弱気になっている他の河童達に激励の言葉を掛け、士気を高める。

弱音を吐いていた河童達もにとりの言葉に表情を変え、やる気に満ちた顔付きとなってその言葉に耳を傾けていた。

 

 

「(あんな寄せ集めの妖精集団なんかに遅れを取ってちゃ河童の名が廃る!反撃開始だぁ!!)」

 

 

「「「「「  ( おぉーーーーーーーー!!! )  」」」」」

 

 

そう言いながらにとりが手元に用意したスイッチを押すと、湖の底のあちこちに穴が開き、そこからいくつもの大砲が現れる。

その大砲の砲台の中に次々と河童達は乗り込み、飛ばす方角を定めていく。

 

 

「(ほら、あんたも乗った乗った!)」

 

「え?ぼ、僕も乗るんですか!?」

 

「(当たり前だ。正面から突撃してみろ。待機している人形解放戦線から一斉攻撃が飛んできて速攻お陀仏さ)」

 

 

成程、その為の大砲という訳か。しかしこれは…まるで某64ゲームのようではないか。

まさか、「人間大砲」を人生で経験することになろうとは…本当に大丈夫なのかは心配だが、なるようになれだ。

 

とりあえず他の河童達と同じように足から入り、砲台から顔だけを出した状態となる。…意外とコレ、居心地良いな。

 

 

「(じゃあ、今から軽く作戦を言うよ。まず、君は我々の切り札だ。よって人形解放戦線のボスを相手にして貰う。だけどその際に他の邪魔が入る可能性が高い。あいつらは人形バトルのルールなんて知らないと言わんばかりに、集団で襲ってくるからね)」

 

「(だから我々は人形解放戦線の雑魚達を相手にする。これで君はボスを倒す事だけに集中出来て戦いやすい筈だ。頼むよ!)」

 

 

「わ、分かりました!」

 

 

要は自分がボス、河童達が雑魚を担当という訳か。実にシンプルで分かりやすい。

そのボスを倒せば撤退して雑魚も皆いなくなってくれる筈…よし、頑張ろう。

 

「(…では、ここからは非戦闘員であるモブカッパーズが発射合図を出しますよ~!)」

 

「(目標、舞島さんはにとりさんの工房!他は雑魚殲滅用の陣形!方角、着地点…共に問題なし!)」

 

「(発射5秒前…4…3…2…1…………)」

 

 

 

「「「  (ファイアーーーーー!!!)  」」」

 

 

 

モブカッパーズの合図と共に一斉に轟音が水中から響き渡り、まるでミサイルでも飛ばしたかのようにいくつもの飛行雲に似た泡が一直線に発生する。

それらに一つ遅れて、自分が乗っているにとりの工房に飛ばす大砲が徐々に中から力を溜めている…足元がすごく熱い。靴は果たして大丈夫だろうか。

 

「(では、いってらっしゃいませ!)」

 

「(頼んだよ~)」

 

「(…健闘を祈る)」

 

モブカッパーズに見送られ、舞島は大砲で盛大にぶっ飛ばされるのだった。

 

 

 



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第七章

「あ~あ、退屈だな~。河童達みんなやっつけちゃったからすることないよ~」

 

「ちょ~ひま~」

 

「あ、そういえばさ~この専用衣装さ~白と水色の色合いいいよね~。ついでに髪もそめてみたの」

 

「いいな~私まだ下っ端だから許しが出ないのよね~」

 

 

河童のアジトは現在、人形解放戦線の支配下にあった。

そのメンバーである妖精達はその圧倒的な数で河童達を倒したはいいが、することがなくなってしまい呑気におしゃべりを始めている。

 

はたから見ればとても平和で、制圧されたような様子はなく…何故こんな連中にやられたのかと思ってしまう程である。

 

 

「はぁ~あ。あたしも早くしゅっせした~い」

 

「…あ、見て!まだ真昼なのに流れ星よ!それもたくさん!!」

 

「ホントだ~!よ~しねがいごとを三回言うぞ~」

 

 

「しゅっせしますようにしゅっせしますようにしゅっせしますようにっ!言えた~~!」

 

「…ところでしゅっせってな~に?」

 

「え?それは…アレよ。きっとつよくなること!たぶん!ようするにいっぱい人形遣いたおせばいいんだよ!」

 

「なるほど~」

 

 

妖精達が馬鹿丸出しな会話をしていると、空から見えている複数の星は軌道を変えて地上へと向かう。その正体は目で見ても分かることは決してない。何故ならそれは、“隠されている”から。

妖精達には精々、あれは大気圏に入って来た隕石…要は流れ星か何かにしか見えていないのだ。

 

 

そしてそれを特に注視していなかった妖精達は敵の接近に気付くことが出来ず、着地を許す。

 

 

「な、なんでこいつらがここにいるの~!?池にとびこんだんじゃ…」

 

「…しかもかこまれてる~~~!!」

 

 

ステルス迷彩を解き、次々と姿を現す河童達。

敵を取り囲むように組まれたこの「雑魚殲滅の陣」により、妖精達にとって不利な状況を作り出すことに成功する。

一人一人を確実に倒す為のこの陣形は、複数で襲いかかる卑怯者達への対抗策…一度やられた屈辱を決して忘れない河童達の秘策であった。

格下である妖精に舐められているのを黙っている妖怪など、幻想郷に誰一人としていない…ましてアジトを乗っ取られるなど言語道断だ。

 

 

何が起こっているのか分からず混乱している妖精達に、代表であるにとりが前に出て言い放つ。

 

 

 

「 随分と好き勝手やってくれたね妖精共…今度はこっちの番だ。反撃開始ぃ!! 」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「 ―――おおおおぉぉうおおおおおぉぉーーーーーーーーーーッ!!!!?? 」

 

 

 

河童達が人形解放戦線を取り囲んでいる頃、自分は未だ空にいた。

現在、自分とは思えないような奇声を上げながら物凄いスピードの中で雲の中を泳いでいる最中である。

 

水中で張っていたバリア装置のお陰か、空気抵抗は殆ど感じないが…いやそれでもこれは怖い、怖すぎるっ!恐らく着地もこのバリア装置が衝撃を和らげてはくれるだろうが、物凄い高いところへと上っていくこの体験は並の人間にとって恐怖でしかない。

 

雲の中のいるせいで今自分がどこにいるのかが全く分かりはしない。

着地点も事前に予測していたようだったから心配はいらないだろうが、見えないというのはやはり心の中で不安を煽らせてしまう。

…しかし、一体どこまで飛んで行ってしまうのだろう?しまいには宇宙へ行ってしまうのではないだろうか?

 

そう思っていた矢先、段々と飛ぶ勢いが落ちてくる感覚がしてきた…どうやらここから地上に向かっていくらしい。

流石にそこもでは行かないかという安堵と、ちょっと見て見たかったという期待は入り混じりながら雲を通り過ぎ、下を見ると幻想郷の全体が目に映る。

意外にもそこまでは広くはないらしい…少なくとも自分の住んでいた国と比べてもその差は明らかなものだった。

 

東から博麗神社、人里、そこから西に行ったところに香霖堂、魔法の森がある。人里から南には迷いの竹林、永遠亭にいってそこから霧の湖、紅魔館、そして今ここ玄武の沢。

自分が訪れた場所だけでも、幻想郷の約半分近くは埋まっている…後行っていないのは近くに聳え立っている大きな山と、魔法の森の奥に存在する何やら一面紅い場所と、迷いの竹林方面にあるそれぞれ白と黄色が特徴的な場所くらいだろうか。

こんなに遠目ではそれが何なのかは分からない…だが、これは覚えておいて損はなさそうだ。

 

 

「 ( 舞島!舞島!聞こえるかいっ! ) 」

 

 

スカウター越しに河童のにとりから通信が入る。

彼女とその仲間達にはこちらよりも先にアジトへ潜入し、人形解放戦線の雑魚を相手にして貰っている。

 

「どうしたんですか?」

 

「(いやなに、君が今から戦う相手のことを教えておこうと思ってね。何も言ってなかったし)」

 

「…あぁ、そう言えばそうですね」

 

言われてみれば、自分が今から戦う相手のことは何も知らない状態だった。

河童の中でも実力者と言われているにとりがやられてしまったという強敵…一体どんな奴なのだろう。

 

「(そうだな。まず、奴ほど人形を扱うものとして適任者はいないと言える。妖怪の一種だろうが、その中でも異質…恐らくだが奴は、人形が思っていることやどういった使い方で強さを発揮するのかを熟知している。それはデータによるものじゃなく、奴の生まれ持った“才能”ってやつだ)」

 

「それは、強敵ですね…僕で勝てるのでしょうか?」

 

「(うん、多分奴の手持ちすべてが相手だったらまず勝機はない。君の手持ち数から考えてもね。でも)」

 

「でも?」

 

「(私が前に戦ってから3体の人形を既に戦闘不能にしてある。だから、まだ君にも勝機はギリギリあるさ。…まぁ私の手持ち5体に対して3体の犠牲に留めたんだから相当なんだけどね)」

 

「…その人形遣いの名前は何です?」

 

「(名前は…っと、すまない!人形解放戦線の攻撃が激しくなってきた!すまないがここまでだ!兎も角、頼んだよ盟友!)」

 

弾幕の飛んで来る音がスカウターから流れるのを最後に、にとりとの通信が途絶えてしまう。

結局、人形解放戦線幹部クラスの人物の名を聞くことは出来なかった。

 

 

そうこうしている内に、地上が近づいて来た…その先には一つの工房がある。あの中に例の人物がいるのだろうか?

 

 

…アレ?これまさか、直撃する?

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……ほら、これ食べて元気出して」

 

 

人形の口元に体力回復用の菓子を近づけるが、人形は小さく横に振りそれを拒む。

いつもなら喜んで食べるが、河童の人形から最後に貰った技が効いていて顔色が悪い…これは所謂「衰弱」状態。勝ちが見えていたからと油断していた。

 

この子は自身で状態異常を回復させる手段を持たないので、現状ではどうしようもなくなってしまった。アイテムも充実してなくて枯渇している…この子を今すぐ戦線復帰させるのは厳しいか。

 

あの河童が去り際にはいたセリフ…「次に現れる人形遣いが、必ず貴様を倒す」、だったか。

確かに今の状況からあいつよりも強い人形遣いが来たら、流石の私でも厳しいかもしれない。だが、そうなる前にこちらは先手を打った。

私の人形による“毒霧”を、この建物にあらかじめ蔓延させておいたのだ。この毒はどんな奴でも耐えられない神経毒…例え吸わないようにしていたとしても人形が発している特殊な毒の前では無意味。私や私の人形以外のいかなる生物は、この建物に入った途端にお陀仏である。しかもここは私が最後に戦ったあの河童の工房。外から間接的に攻撃される心配も要らないだろう。何せ河童にとってもの作りをする場である工房は命の次に大事なものであるからだ。

だからこうやって立て籠ることで奴らは正面ドアからご丁寧に入ることしか出来ない。我ながら完璧な作戦だ。

 

しかし、さっきまで静かだった河童のアジトがどうもまた騒がしくなった。

どうやら私の人形が湖に毒を流し込んだことで奴らも焦ったのだろう。最後の抵抗といったところか?

 

ここを落とせば人形を狭い空間に閉じ込める忌々しいマジックアイテムの生産を止めることも出来る。あれで人形達は洗脳され、いいように操られてしまっている。それは決して許されることではない。

 

 

私は必ず異変によって現れた人形達を救ってみせる。そして、この幻想郷における人形の地位向上を…

 

 

 

「 おわあああああぁぁぁーーーーーーっ!!? 」

 

 

 

「………は?」

 

 

 

上を見上げていたら、天井が突然崩れ落ちていった。何が起きたのかは分からない。

私は看病していた子が危ないと感じ、咄嗟に庇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――つ、着いたのかな…?」

 

 

にとりの工房に屋根から突っ込む形となってしまい、ものの見事に破壊してしまった。

何せ雲のあるような高い所からの急速落下だ。こうなるのも仕方のないというものだろう。

 

中に入ることには成功したらしいが、果たして幹部はいるのだろうか?砂埃と紫色の霧でよく見えないが、見当たらない。

だがここの近くに入る筈…立ち上がって探索を進めようとした時だった。足元に何かが当たる感触を覚え、下を向くと…

 

「……うわぁ!?な、生首ッ!?」

 

足元には金髪の少女の頭だけが転がっていた。あまりのショッキングな出来事に声を上げ、顔が青ざめてしまう。

まさか、自分がやってしまったのか…?あれだけの落下の威力だ、もしやそれに巻き込まれてしまって…!?自分の犯した罪に落ち着きをなくし、あたふたしていると転がっていた頭がゆっくりと宙に浮かび上がった。

 

嗚呼、自分は今からこの少女に一生呪われ続けるんだろう。そう覚悟を決めた瞬間だった。

 

 

「…まさか、天井から来るなんて思わなかった」

 

「…へ?」

 

 

「 コンパロ コンパロ 毒よ集まれー 」

 

 

生首が突然喋り出し呆気に取られているのも束の間、辺りの漂っていた紫の霧が彼女の元に集まる。そしてバラバラになったのであろう体のパーツが次々と修復を始め、やがて元通りの体へと復元された。

 

「ふぅ…久しぶりに使ったわ、この能力」

 

頭の僅かな歪を両手で直しつつ、そう呟く彼女の姿にはどこか見覚えがあった。

背は小さく、金髪で青い瞳、赤と黒の服に同色のロングスカートを履いているこの少女を僕は知っている。本人にも、人形にも会っている。

 

 

間違いない。彼女は“メディスン・メランコリー”。

 

人形解放戦線をまとめるリーダー…成程、通りで皆が敵わなかった訳だ。

そして、少なくとも人間ではないことは明白…にとりの言っていた“異質”というのも先程の能力を見れば一目瞭然と言えるだろう。

妖怪という存在の身体の構造はよく知らないが、一度バラバラになったにも拘らず辺りに血の一滴も流れてはいないのは明らかにおかしい。

一の道で最初に彼女とぶつかった時に感じた違和感は間違ってはいなかったということだ。

 

「…あら?よ~く見たらあなた、見覚えがあるわね。確か一の道で私にぶつかって来た…」

 

「はい、舞島 鏡介です。名乗るのはこれが初めてでしょうか」

 

「まいじま…ふぅん」

 

メディスンはこちらをまじまじと睨み、見定めるようにこちらを遠目で観察する。

一見純粋なようでどこか距離を感じさせるその妙な行動は、人間を毛嫌いしている彼女の癖なのだろうか?

 

「毒を蔓延させているこの空間でピンピンしているのも気になるけど…どうしてここに来たのかしら?」

 

「あなた達を止めに来たんです。何故ここを襲うんですか?」

 

「…ふん、あなたには関係ないでしょ。強いて言うなら、“人形の解放”ね。そう言えばあなた、人形はどうしたの?確か2体くらい連れてたわよね?」

 

「え?あぁ、それならここに」

 

「!…そう、所詮あなたもそうなのね」

 

腰に付けている封印の糸を見たメディスンの表情が一変する。

その表情には怒りや憎しみが込められているのが分かり、この道具を心底嫌っていることがよく分かった。

 

「あなたはきっと使わないと思っていたのに…やっぱり人間は信用できないっ!これではっきりしたわ!!」

 

「な、何を言って…?」

 

「この河童のアジトはね、その忌々しい封印の道具を生産している中心地なのよ!この道具さえなくなれば人形達は“解放”される…自由になれるの!!」

 

「…!」

 

ここが封印の糸の生産地…成程、そういうことか。

確かにメディスンが率いる人形解放戦線の目的である“人形の解放”を成し遂げるには、ここを襲うのが手っ取り早い手段であろう。

しかし、この行為によって今度は河童達が甚大な被害を受けてしまっている。それは決して許されるものではない。彼女を止めなくては…!

 

 

「…そんなことはさせない! ユキ!」

 

「あら、やるというの?見たところその子しか出せる手持ちがいないようだけど…随分舐められたもんだわ!」

 

 

彼女の言う通り、しんみょうまる人形は戦闘不能状態でこがさ人形はこの毒の霧の中では起用が難しい。だから今の手持ちは実質ユキ人形一体しかいない。勝てるかと言われたら正直厳しいだろう。

 

 

「こっちの人形達は毒に対する特殊な訓練を受けている…フフッ、ズルいなんて言わせないわよ?私達に人形バトルのルールなんて適用されないわ」

 

 

「 あなたとあなたの人形の力、見せて貰うわ! 」 

 

 

 




例の非公式MODの制作者様から、追加された内容をこの小説に反映させてもいいという許可を頂きました。

ですので今後あんな人物や人形を遠慮なく出していこうと思いますので、よろしくお願いします。





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第八章

 

人形解放戦線をまとめるリーダー、メディスン・メランコリー。

 

人形異変に乗じて幻想郷で様々な悪事を働き、そして今も尚それをやり続ける彼女を、僕は何としても止めなければならない。

 

 

「 こころ! いきなさい! 」

 

 

メディスンの声に応じ、ピンク髪の無表情な人形が飛び出した。スタウターで見てみる。

 

 

 

『名前:こころ  種族:妖怪  説明:能楽好きな面霊気』

 

 

 

情報が出てきた。

 

こころ人形の周りには様々な表情をしているお面が浮かんでいる。

この毒霧の中で平然としているということは、「毒」…?いや、メディスンは人形に特殊な訓練をしていると言っていた以上、そうとは断言出来ない。

…どうも得体が知れない妖怪だ。どういったタイプなのかが想像しづらく、戦う側としては厄介だ。

 

 

「 ユキ! 出番だ! 」

 

 

こちらも封印の糸から手持ちの人形を繰り出す。

この毒霧…普段であれば人形にとっては苦しいものとなる。だが、こちらはそれに対する対抗手段を偶然にも持っていた。

 

 

「…ふぅん、少しは頭が回るようね。このフィールドの対策って訳?」

 

「えぇ。まぁそんなところですよ。これであなたの人形の放った毒は効きません」

 

 

『アビリティ:用量厳守(ようりょうげんしゅ)  発動』

 

 

ユキ人形のもう一つのアビリティ、「用量厳守」。

その効果は、「毒属性のスキルを無効化し、HPを回復させる」というもの。

 

つまりこの毒霧のフィールド内ではユキ人形はダメージを負うどころか、逆に回復することが可能となる。まさにうってつけのアビリティだった。

 

「(…成程。あの河童の妙な余裕はこれだったのね。さて、どうするか)」

 

こちらにとって圧倒的有利な状況にも拘らず、メディスンは至って冷静にそれを受け止めている。

今のままではいくら攻撃したところで回復されてしまい、あちらにとっては嫌な展開となる筈だ。流石にそうなればこの毒霧も消すことだろう。

もしそうしてくれれば、控えのこがさ人形を出しやすくなる…というのが理想的な流れだ。

 

「もしかしなくても、この毒霧を無くすことが狙いなのかしら?」

 

「!?…そ、それはどうかな」

 

「隠さなくても分かるわ。私には人形の声が聞こえるんだからね。その道具から「今ここから出たら毒で苦しいだろうな…」って声が小さく聴こえてきた。つまり、これはその子を出しやすくするための誘導なんでしょう?」

 

人形の声…にとりの言っていた通りだ。

どうやらメディスンは封印の糸越しでもハッキリと声を聞き取れるらしい。嘘を言っているようにも聞こえない。下手なハッタリを言っても彼女には効果はなさそうだ…。

このメディスンという妖怪、かなり厄介だな。

 

「…だとしたら何ですか?」

 

「別にぃ?少なくともこの毒霧を消すのは勿体ないってハッキリ分かっただけ♪」

 

 

「こころ! 水の舞(みずのまい)!」

 

『アビリティ:千変万化(せんぺんばんか) 発動』

 

「な…!?」

 

突然の不意打ちに対応出来ず、こころ人形が技を繰り出すことを許してしまった。

こころ人形が自身の周りに水を発生させながら舞を踊ると、やがてそれは大きな水の塊となってユキ人形に向かってくる。

 

そしてかわす指示を出す間もなく直撃してしまい、ユキ人形は水疱の中に閉じ込められてしまった。

 

 

「ユキ…!」

 

「あっはは!油断したわね!」

 

 

水の中で悶え苦しむユキ人形を、ただ見ていることしか出来なかった。

 

メディスン・メランコリーが今までの常識が通用する相手ではない…それがやっと分かった瞬間である。

 

 

 

 

 

 

対象を閉じ込めている水疱は数秒後、下へと落ちてはじけ飛んだ。

ユキ人形は束縛から解放はされたものの息が出来ずにいた為、膝をつきながら咳払いをしている。

 

「くっ…!大丈夫か、ユキ!?」

 

「さてと、これで状況は五分五分になった」

 

「ど、どういう意味だ?」

 

「あら?知らないのね、あの技の効果を。…その右耳に付けている機械でも見て確認してみなさい」

 

あの技…?先程使っていた「水の舞」という技のことだろうか。

急いでスカウターを確認し、ユキ人形の状態を見てみる。

 

 

『名前:ユキ 種族:魔法使い 説明:??? / タイプ1:水 / 印:黒の印』

 

 

基本情報、ステータス、アビリティ、スキル…特に異常は見受けられないように思えた。

だが、それはすぐに間違いであると気付く。明らかに一つだけおかしいところがあったのだ。

 

それはユキ人形の属性である。ユキ人形の現在の属性は「炎」であった筈…それが今は「水」となっている。

この事実はポケ〇ンをやったことのある者ならば何を意味するかが大体理解が出来る。交代先がいないこの状況下で一番やられてはいけないことをされてしまった。

 

ユキ人形の売りは“火力”と言ってもいい。そしてその火力が引き出されているのは、人形自身の属性と使う技が“一致”しているからこそ引き出されるものだ。

ところがその条件の一部を書き換えられてしまったらどうなるか?もちろん、火力は出なくなり長所が丸々失われる事となる。…やられた。

 

「…でもアビリティはまだ変わっていない。例え攻撃力は落ちてもこちらにまだ分があります」

 

 

「フフッ…果たしてそうかしらね? こころ! サンダーフォース!」

 

『アビリティ:千変万化 発動』

 

 

「…――ッ!」

 

こころ人形から漂っている面の一つが頭へと装着されると同時に、あの人形の持つアビリティが発動した。そしてこころ人形の被っている大飛出の面から電気が放出され、ユキ人形へと襲い掛かる。

 

しかしあの人形のアビリティ…先程の水技を使った際も発動していたが、一体何なのだろうか?

 

「ファイアウォール で防いで!」

 

今のユキ人形の属性は「水」…十中八九「電気」技であるあの技をまともに食らう訳にはいかない。

ユキ人形は炎の壁を生成し、それを放つことなく身を守る手段として使う。補助技による防御手段を持たないユキ人形の絡め手だ。

 

炎の壁により相手の電撃が直撃することは免れたが、その攻撃を受け止めているユキ人形がいつもより苦しそうに堪えているのが分かる。

やはり「水」属性になったことにより「炎」技を上手く使えていない…徐々に押し負けて始めているようだ。

 

「面白い使い方だけど、電気を通しやすくなったその子にそれは荷が重いんじゃな~い?」

 

メディスンがユキ人形の状態を見て、笑みを浮かべながら煽り始めた。悔しいが彼女の言う通りである。

しかし、わざわざそのようなことを口にするとは随分な余裕だ…負けない自信があるというのか?だが今はそれどころでは…このままだとユキ人形が危ない!

 

 

「…壁を放してその場から離れるんだ!」

 

 

指示を受けたユキ人形は炎の壁をそのまま放出して手から離し、勢いよく右方向に飛び込んで攻撃をかわした。そしてかわした電撃は直線へと飛んいき、凄まじいスピードで通り過ぎて壁に衝突。後を見ると当たったところを中心に大きな穴が開いていた。

その光景はあの技が如何に威力が高かったか、そして同時に人形自身の攻撃力が高かったかをハッキリ物語っている。

 

ユキ人形の放った炎の壁が電撃を押しのけたのはほんの一瞬…少しでもかわすのが遅れていたらそのまま放った壁ごと吹き飛ばされてしまっていただろう。

正に紙一重…危なかった。いくら「用量厳守」の効果があるとはいえ、一撃でやられてしまっては意味がない。

…あれだけの威力だ。もしやこころ人形の属性は「雷」なのか?だが先程は「水」技も使っていた…いや、あれはどちらかというと補助技に当たる。

 

よく考えろ…「妖怪」という種族は幅広いが、ちゃんとした特徴はある筈。確かスカウターには「能楽好き」とあった。能楽は確か踊りだ…最初に使った技の名前は「水の舞」…となると「水の舞」を覚えている理由は属性というよりかはその妖怪に合ってる技だからではないだろうか?

 

「…如何にも「考察してます」って顔ね。精々悩んでるといいわ! タンブルプラント!」

 

『アビリティ:千変万化 発動』

 

考える暇を与えないと言わんばかりにメディスンは人形に攻撃の指示を出す。

お面を大飛出から猿のお面へと変更したこころ人形は地面から巨大な植物の蔦を生やし、それをユキ人形へ襲わせる。

 

…やはりあの人形が技を繰り出す瞬間、必ずあのアビリティが発動している。そしてその時お面も別の物へと変えていることも気になる。

だが、今は攻撃をどうやり過ごすかを考えよう。植物ということは「自然」…「炎」なら相性はいい筈だ。

 

「 フラッシュオーバー だ! 」

 

ユキ人形は両手から火球を出して攻撃する。火球の大きさが以前よりも小さいが、あの植物を焼くには十分だ。

 

しかし、その予想は大きく外れることとなった。

強大な植物の蔦は火球に当たりながらもその勢いを落とすことなく向かって来ている。まるで火力が足りていない。

もしやあの技も相当な威力を誇っているとでも言うのか…?「電気」の他にも「自然」を持っている複合タイプ?そうだとしたら何という組み合わせだろうか。

完全に「水」属性に対して弱点を突いてくるこの構成…その為の「水の舞」だったらしい。

 

「 韋駄天(いだてん) でやり過ごすんだ! 」

 

これは勝てないと判断し、急いでユキ人形に指示を出す。

あの「タンブルプラント」という技は恐らく相手を追尾するタイプの技…一度かわしたところであっさり捕まってしまう。ならば、素早さを上げて距離を取るしかない。

ユキ人形は元々スピードスタイルであり、この技を使うことによる俊敏値の上昇は大きい。この攻撃をやり過ごすことも可能な筈だ。

 

指示を受けたユキ人形は風を身に纏い、体を宙に浮かせながら植物の蔦の猛攻を次々とかわしていく。

そのスピードは蔦が追いかける速度を遥かに超えており、こころ人形が攻撃を当てることは困難となっていた。

 

「いいぞ、ユキ!」

 

「…ちっ、面倒ね。 バーンストライク!」

 

『アビリティ:千変万化 発動』

 

痺れを切らしたメディスンはこころ人形に別の攻撃指示を出す。

指示を受けたこころ人形はお面を猿からひょっとこへと変え、炎を纏いながらユキ人形目掛け突進する。

今度は「炎」…どうやらあの人形は多彩な技を使いこなせるらしい。だが、その技は今のユキ人形に効果は薄い…どうして急にそんな技選択を?

 

よくは分からないが、正直避けるのは容易い。

だがここは敢えて受け止めることで一気に距離を詰め、反撃で叩く。仮にダメージが痛かったとしても「用量厳守」で回復される。だから何も心配はいらない。

 

 

「 受け止めろ! 」

 

 

…この時、まだ自分はメディスンの攻撃指示の意図が読めていなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「 撃て!バブルドラゴンッ!! 」

 

 

にとりの合図と共に他の河童達は人形達へ「シャボン玉」の指示を出す。

人形達の吐く泡の一つ一つが一か所に重なり合い、巨大な泡へと変貌していく。その巨大な泡を今度はにとり達河童が一斉に銃を構えて発射した。

 

 

「 う、うわ~~~~!!?何よあれ~~~!? 」

 

「 ひぃーーっ!!た、助けてーーー!!! 」

 

 

攻撃を受けた人形解放戦線の妖精達はすっかりパニック状態…ゆっくりと迫り来る巨大な「シャボン玉」に恐れをなして逃げ出していく。

飛べばいいのにわざわざ走って逃げだす辺り、やはり所詮は妖精である。

 

「おっと、逃がさないよ!あや! ツイスター で泡をあいつらに吹き飛ばしちゃえ!」

 

指示を受けたあや人形は持っている扇を一振りして風の弾幕を撃ち出す。

風の弾幕によって勢いを増した「シャボン玉」は逃げ惑う妖精に当たってはじけ飛び、泡とはとても思えない…最早一つの爆弾のような威力で敵を殲滅していった。

 

「へっへん!どうだ、これが我ら河童の力だ!!」

 

「に、にとりさん!また増援が来てます!これじゃキリが…」

 

「何情けないこと言ってるんだ!舞島があいつを倒すまで何としても持ちこたえるんだよ!」

 

ひっきりなしに沸く人形解放戦線の増援がまた空からやってきている。

最初は優勢だったものの、これではジリ貧…これだけ数に差があるとは思ってもみなかった。

 

「でも、あの外来人で本当に勝てるの?もし勝てなかったら私達おしまいじゃない…」

 

「博麗の巫女か知り合いの魔法使いにでも頼めばよかったのに、何であいつなんだよ?いざとなったら人形とか関係なく力づくでも」

 

「駄目だ。あいつらは今異変調査でそれどころじゃない。…それと言っておくけどあいつは力づくで抑えちゃ駄目なんだ」

 

「ど、どういうことだよ?」

 

「仮に博麗の巫女が自身の力でメディスンを倒せるとしても、この幻想郷において奴を直接消すことは絶対にやってはいけないんだ。もし欠けてしまえば、この世界の均衡が崩れてしまう…言わばそれは“タブー”なのさ」

 

「……」

 

「だから、あいつとは“人形”で戦うしかない。そして今、それが唯一出来る可能性がある存在があの「舞島 鏡介」なんだよ」

 

「…それにな、舞島には優しい心がある。他の奴にはない、“相手を思いやる気持ち”ってやつがね。私はそれに賭けたいんだ」

 

 

 



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第九章

炎を全身に纏い、空中にいるユキ人形へ突撃する無表情なこころ人形。

 

比較的にあちらが優勢だったこの状況の中、何故急にそのような技を選択したのかは分からない。だが、これは大きなチャンスだ。

攻撃をあえて正面から受け、反撃させて貰おうではないか。

 

 

「 受け止めろ! 」

 

 

「(掛かったっ…!)」

 

 

こちらがそうやって指示を出した時のメディスンの顔は正に計画通りだと言わんばかりだった。

 

その行動こそ、彼女の狙いだとも知らずに…

 

 

「 こころ!そいつを羽交い絞めになさい! 」

 

 

メディスンがそう言うと同時に、二体の人形は激しく衝突する。

今のユキ人形の属性は「水」…対してこころ人形はそれに対して「炎」技で攻撃を仕掛けた。効果はいまひとつ…正直ユキ人形は殆どダメージを負わなかったことだろう。

しかし、メディスンの狙いはダメージを与えることではなかったのだ。それは衝突した後の光景を見れば一目で分かった。

 

「ユ、ユキ!?…ど、どうして拘束されて!?」

 

「あはは!まんまと引っ掛かったわね!こころ、放すんじゃないわよ?」

 

ユキ人形はこころ人形の攻撃を受け止めた…そして今、何故かこころ人形はユキ人形を手足を雁字搦めで拘束している。

何故敢えて不利な属性で来たのかをここでようやく理解し、そして後悔した。その誘いに乗ってしまった自分の軽率さに苛立つ。

 

素早いユキ人形に対し、敢えて不利な攻撃をして反撃を誘う誘導…そんな戦い方があったとは。

 

「防戦一方に追い込めば、攻めのタイミングを伺うのは当然…だから敢えてチャンスを与えたのよ」

 

「……くっ」

 

「この子は技の威力こそ高いけど、素早さがないせいで当てるのに苦労することが多い。さっきみたいにね…だから私はそれを解決する為に対策を考えた。元々この子は「格闘」の属性を持っていた人形…だったら接近戦に持ち込めば“確実”に攻撃を当てられる有利な状況を作り出せるんじゃないかってね」

 

「…!急いで離れるんだ、ユキ!」

 

彼女の言葉から嫌の予感がしてユキ人形に指示を出す。

ユキ人形も必死にこころ人形の拘束を解こうと抵抗するが、力の差があるのか全く動けないでいる。

 

にとりの言った通りだ。

このメディスンという妖怪は人形の生かし方を熟知している…どうすれば勝てるのかを分かっている。

自分ではまず思いつかない作戦だ。今まで会って来た人形遣い達とはまるで視点が違う…これは確かに彼女しか持っていない“才能”というやつだ。

 

「無駄無駄。その人形のステータスじゃ、この拘束は決して解けはしないわ」

 

「その足、封じさせて貰うわよ。こころ! ストーンスパイク!」

 

 

『アビリティ:千変万化  発動』

 

こころ人形のお面がひょっとこから般若へと変わり、ユキ人形は顔面を鷲掴みにされてしまう。

力の差に悶えるユキ人形を、こころ人形は無表情で見つめる。何を考えているか分からない…しかしお面の表情が怒りに満ちているその異様な様は、相手を委縮させるには充分過ぎた。

そしてこころ人形は下へと急速落下し、ユキ人形を頭から地面へと激しく叩き付ける。落下した地面には罅とクレーターが出来上がっており、その技の威力もまた高かったことを証明していた。

 

 

「ユキ…!?」

 

「フフッ…最早これまでね」

 

 

 

 

 

 

こころ人形は押さえつけていた手を顔面から離し、一旦距離を取る。そして両手に扇を出したかと思うと、愉快に踊り出した。

 

「よくやったわね。褒めてあげるわ」

 

上手く技を決めたこころ人形に、メディスンは頭を優しく撫でた。

こころ人形は無表情なものの、お面が般若から翁へと変わっている。…喜んでいるのだろうか。

 

 

メディスンの巧妙な作戦により、初めて技をまともに食らってしまった。

今の技は恐らく「大地」属性…「水」には等倍だ。一撃で戦闘不能とはならないものの、受けたダメージは大きい。

しかし、そのダメージは辺りを漂っている毒霧を取り込むことですぐに修復されることとなった。

 

 

『アビリティ:用量厳守  発動』

 

 

ユキ人形は顔を左右に振った後、すぐに立ち上がる。

見たところまだまだ元気なようだ…ひと先ずは安心したが、どこか様子に違和感があった。

傷はないはずなのに、足元が妙にふらついている…疑問に思い見てみると、ユキ人形の足に重りのような岩石が付着していた。

 

まさかあれは、「ストーンスパイク」の追加効果?…そうか、足を封じるとはこのことだったのか。

 

「これでその人形の素早さは完全に封じたわよ。これで攻撃は避けられない…チェックメイトね」

 

「……!」

 

メディスンの言う通り、これではまともに移動することなど出来はしない。完全に的と化してしまっている。

例えこちらから攻撃を仕掛けても、今のユキ人形には火力もない…完全に八方塞がりである。

 

もう、駄目なのか?

 

 

…いや、まだ手がなくはない。ユキ人形を一旦手持ちに戻せばまだ…!

 

 

「おっと、それを戻すことがどういう意味か分かっているのかしら?」

 

「…な、何を言って」

 

こちらがユキ人形の封印の糸を構えた直後、こころ人形の弾幕が頬に掠る。

あまりの一瞬の出来事に呆然としていると、頬から徐々に痛みが走る。何事かと頬を拭うとそこには真っ赤な血液が付着していた。

 

背筋が凍る…汗が伝う…。この感覚は「恐怖」というものだ。

 

今、自分は下手したら死んでいたのか…?

 

 

「私はね、相手が人間だろうが容赦なく人形に攻撃させるわよ。今はあなたが人形を所持しているから付き合ってあげてたけど、それをしまうなら次はあんたが標的ってわけ」

 

「……――ッ」

 

 

どうやら自分は大きな誤解していたらしい。メディスン・メランコリーという人物を…。

 

ここに来てから今まで接してきた幻想郷の住民達は、殆どの人が友好的だった…だが彼女は違う。

阿求の言った通り、彼女は殺すことに何の躊躇も待たないくらいには人間を酷く嫌っているのが今の言葉や行動で嫌でも分かる。

今思えば、彼女が時折見せていた妙な優しさはあくまで“人形”に向けられていたものでしかなかった。

 

…だが、何故人形がそのようなことに手を貸さなくてならない?人形が罪を重ねる必要などない…やるならメディスン自身でやればいい。

 

「そんなことを人形にさせるのは止めて下さい。可哀そうではないですか」

 

「…ふん、あんたにそんなことを指図される謂れはないわね。それに私は何も強制なんかしていない。これはこの子の意思よ」

 

「え…」

 

「…この子は人里で人間に捕らえられて、酷い扱いを受けていた。気持ち悪いくらい遊ばれ、触られ、時には暴力を受けて…そして最後には捨てられた。この子が自分で言っていたことよ」

 

「!そんな…」

 

あのこころ人形にまさかそんな過去があったとは…あまりに悲惨だ。

やはり、人形遣いにはそのような外道もいるということを再認識させられる。皮肉なことに、どこの世の中もそれは同じらしい。

 

「だからそういう境遇であるこの子を、私は替わりに引き取ったの。どいつもこいつも結局同じ…遊ぶだけ遊んで、飽きればあっさりと捨てる!」

 

「こころ! タンブルプラント!」

 

 

『アビリティ:千変万化  発動』

 

お面を般若から猿に変えたこころ人形は巨大な植物の蔦を地面から生やし、身動きの取れないユキ人形を絡めとった。

そのまま持ち上げられ、身体を巻き付けられたユキ人形はきつく締め付ける蔦に苦しむ…「水」に「自然」は効果抜群だ。このままでは戦闘不能になってしまう。

 

 

 

 

 

 

「可哀そうにねぇ…あんな人間に付いて行きさえしなければ、この子もこんな苦しむこともなかったでしょうに」

 

「…!ユキを放せっ…!」

 

「あなた達も所詮、あの人間に道具で縛られている哀れな子羊…ってところなんでしょ?ねぇ?」

 

まるで聞こえていないかのようにこちらを無視し、メディスンは縛っているユキ人形に語り掛ける。

何とかしないと…でも下手に動けばさっきのように攻撃されかねない。全く情けない話だが、この時自分の意思とは裏腹に足は言うことを聞いてくれなかった。

少しは人として成長出来たと勝手に思っていたが、それは大きな思い違い。生か死かの直面に対し、自分は臆病でただ見ている選択しか出来ない無力な人間だったのだ。

 

 

『ふ、ふざけたこと言わないで!舞君とはそんな薄っぺらい関係なんかじゃない!』

 

『…そう…ですっ!鏡様は…私達を捨てるような薄情な方では…決してありませんっ!』

 

『ま、舞島さんはモノを大事にする心をちゃんと持ってる…信頼出来る人だよ…!』

 

 

「……あらそう。随分と好かれてるのね、あのまいじまっていう人間…理解し難いわ」

 

「やっぱり、“あの道具”のせいでおかしくなってるのね」

 

一人でそう呟いたメディスンは、ゆっくりとこちらへ向き直った。

その目線の先は自分の手元にある道具で、憎しみの籠もった睨みを利かせている。

 

 

 

「 解放してあげるわ 」

 

 

「 “ニューロトキシー” 」

 

 

 

メディスンは懐から一凛の白い花を取り出し、それをこちらに振りかざす。

すると巨大な白い花が複数生成され、こちらにフワフワと飛んで来る…これは一体何だろうか?

 

『…!いけません!鏡様、離れてっ…!!』

 

『舞島さん!危ないっ!!』

 

 

「さようなら」

 

 

突然、封印の糸からしんみょうまる人形とこがさ人形が飛び出した。

焦った様子の二体はこちらに全速力で向かってくる…そして次の瞬間、こちらに飛んできた巨大な花達は次々に光を帯び、一斉に爆発を起こした。

 

 

『 ま、舞君!?しんちゃん、こがっちーーーーーーーっ!!! 』

 

 

激しい爆風の中、ユキ人形の入った封印の糸がメディスンの足元に転がる。

 

『……あ』

 

「あっははは!なんだ、最初からこうすればよかったんだわ!」

 

メディスンは高笑いしながら封印の糸を拾うと、力強くそれを握った。

そして手を放すと、腐食した黒い宝石が砂のようになって徐々に消え去っていく。

 

 

「さてと、あの人間は消えた。この道具も壊した。あなたは自由…“解放”されたのよ」

 

『……』

 

「あぁ、さっき出てきた人形達なら安心しなさい。元々人形以外の攻撃は効かないんだから、死んではいない筈よ」

 

『……』

 

「フフ…最早私を止めることなんて誰も出来はしない…あの博麗の巫女でもね!これはいい見せしめになったわ」

 

「ほら、わざと気絶しない程度にダメージを抑えてやったしもう大丈夫よ?これからは私が面倒を」

 

 

『…あ、ああぁあっ…ぐ』

 

 

「…?どこか具合でも悪いのかしら…見せて」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ちくしょう!何処にいるのか分かりゃしない…「カモフラージュ」はやっぱり厄介だな」

 

「…しかも相手の人形全員対象だからな…奴ら、こっちの動きを学習しやがって」

 

透明となった人形達に翻弄され、思うように攻撃を当てられない河童陣営。

あの三人組が来てから状況が一変してしまった。

 

「人形でも力を合わせればこれくらいは出来るんだから」

 

「はーっはっは!姿が見えなきゃ攻撃も当てられまい!それそれー!」

 

「ふふ、ここを占拠したら光学迷彩は私達がいただくわ」

 

援軍である人形解放戦線のサニー、スター、ルナによる奇策は、意外にも確実に敵を追い詰めていた。計算外の戦力に苦戦を強いられ、今度は河童側が窮地に立たされる。

 

「え?ス、スター…?」

 

「良い考えね。確かに人形達みたいなこと私達が出来ればイタズラし放題だわ」

 

「ルナまで?…ほ、ほら!私の能力あるじゃん?ね?別にそんなのいらな」

 

「ヤバいわ…わたし達てんさいかも?そうと決まればここにあるやつ全部貰ってみんなで盛大にイタズラしちゃおう!」

 

 

「イイネ!」

 

「さんせー!」

 

「イヤッフーー!」

 

 

「……ピエン」

 

 

スターの妙案により妖精達の士気が上がっている。…一部を除いて。

考えが単純なだけに、こういう時の妖精の行動力は時として恐ろしいものだ。

 

「統率力はないものだと思っていたが、思ったよりやるようだ。…正直ちょっと甘く見ていたな」

 

「そろそろ限界だぞ…もう戦える人形も少ない。どうする、にとりさん?ここは一旦出直した方が」

 

「……駄目だ。あいつら、ボスのところに誰かが来ているのに気付き始めてる。今ここで奴らに負けちゃ今度は舞島が狙われちまうんだ。それだけは避けないと」

 

そうは言ったものの、この状況を覆せるような作戦は思い付きそうもない。

メディスンにやられた人形達の回復さえ間に合っていればこうはならなかったが…相手を見誤った。

 

 

…しかし舞島とメディスンの戦いは想像以上に激しいものとなっているようだ。外からでもハッキリ分かるくらいには建物から音がする。

自分の工房にそのまま突撃させたから多少の損傷は覚悟したものの、これは思ったよりも重症かもしれない。

 

 

「!に、にとりさんアレ!工房から凄い光が…!」

 

「…な!?」

 

 

突然、舞島達のいる工房の窓から白い閃光が漏れ始める。

あまりの眩しさにその場にいる皆が注目する程の眩しい光がにとりの工房から溢れていた。

 

そして次の瞬間、閃光は輝きを増して建物全体を包み込む。

 

 

 

「…!ま、不味い!皆伏せろ――――――ッ!!!」

 

 

 

嫌な予感というものは、嫌でも当たってしまうものだ。

にとりの工房を中心とした巨大な炎柱が天に昇り、辺りの物を盛大に破壊していった。

 

爆発の風圧に備え、河童達は何とかその場に伏せることで留まれた。しかし人形解放戦線の妖精達は皆、一人残らずその爆風に吹き飛ばされてしまう。

まともに飛んでいられない程の強烈な威力があそこで今、確かに起こったのだ。

 

 

「…!く、来るぞ!バリア展開!身を守れ!」

 

 

驚くのも束の間、破壊された建物の残骸、崩れた岩石の嵐がこちらへ飛んで来る。

しかし素早い判断でバリアが間に合い直撃は避られけた。そして仲間達も傷一つなくやり過ごしたようである。

 

 

改めて、今何が起こったのかを調べる為に工房の様子を伺う。

 

 

「あの馬鹿でかい火柱は一体何だ?舞島の人形なのか…?それともメディスンの?」

 

「…一体あそこで今、何が起こっているというんだ?」

 

 

 




余談ですが、メディスンが使用した弾幕の「ニューロトキシ―」は東方ロストワードで登場したオリジナル弾幕です(多分)。舞島君、基本何も毒効かないからこれしかなかったんや…許して。



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第十章

あれ…私、何で倒れてるんだろう?

 

それに、何だか熱いし煙たい…どうして辺りが炎に包まれてるの?

 

 

記憶が曖昧になってる。思い出せ…一体何があった?

 

 

 

『あ……あ……』

 

 

 

…今のは、こころの声?

 

何だか凄く怯えている…どこだ?どこにいる?

 

 

 

『…………』

 

 

 

近くにもう一体、誰かがいる。

 

凄い殺気を放ちながら…

 

 

「…そうだ…わたしがあの人形遣いを」

 

 

段々と以前の記憶が蘇る。

 

そうだ、あの“まいじま”という人形遣いを私がこの手で殺したんだ。

そして拘束していた人形に話し掛けたら突然、物凄い爆炎が発生して…私はそれに吹き飛ばされた。

 

そうなると、あの殺気を放っている人形はもしや…

 

 

『……ろしてヤる』

 

 

『ヒッ……!?』

 

 

あの、黒い帽子を被った金髪の「ユキ」という名の人形…!

 

こころが危ない…!

 

 

「こころ! バーンストライク!」

 

 

『アビリティ:千変万化  発動』

 

 

今の状態で「炎」の攻撃を受けるのは不味い。

せめて属性だけでも変えなければ…そう思い、咄嗟に「炎」技の指示を出した。

 

こころのお面が「猿」から「ひょっとこ」へと変わろうとする。

 

 

しかし、それに対しユキ人形は「猿」のお面を片手で鷲掴み、こころ諸共地面へ叩き付けることでそれを拒んだ。その行動に恐怖し震えるこころを、ユキ人形はその鋭い金色の眼で睨みつける。

 

生まれたての妖怪である「秦(はたの) こころ」の人形に、初めて「恐怖」という感情を植え付けた瞬間であった。

 

 

『 燃やシ尽くしテ あげル 』

 

 

「 …!こころっ!にげ 」

 

 

そう言おうとした時にはすでに遅く、こころはユキ人形の出した炎によって丸焼きにされてしまう。

激しい炎に包まれで逃げることも出来ず、悲痛の声を出して苦しむこころを、私はただ黙って見ていることしか出来なかった。

 

 

何…?一体何なの?あんな人形、見たことない…。

 

 

 

 

 

 

私が困惑している間に、ユキ人形は出していた炎を収める。そして黒焦げとなったこころをこちらへ投げ飛ばした。

こころは…言わずもがな、戦闘不能となっている。…正直、生きているだけ本当に良かった。

 

しかしユキ人形はそれに満足することはなく、こちらへと一歩ずつ歩みを進める。

あの目…あの表情…まさか、あの人間を殺した恨みということか?理解し難いが、あの人形は余程私が憎いらしい。

 

 

「……え?な、何で…」

 

 

足が、震えている?

そんな馬鹿な…同じ人形である彼女に、私ですら恐怖してしまっているとでも言うのか?

 

 

 

どうする?まだ私には人形がいるけど…勝てるの?

 

一目見ただけで分かる。さっきまでとは比べられない力になっていることが。

…だが、見たところまだ「水の舞」と「ストーンスパイク」の効果を引きずっている…そこに付け入る隙はあるか?

 

 

『 駄目ッ!! 』

 

 

「!?」

 

『駄目…あの子のチカラ、普通じゃない。このままじゃメディが殺される…今すぐここから逃げて!』

 

「で、でもっ…!」

 

『大丈夫、全力で逃げれば追っては来れないよ』

 

「……」

 

 

「うん…分かったよ、スーさん」

 

 

スーさんがそう言うのであれば、私はきっとそれに従った方が良いのだろう。

彼女は私よりもあの子達について知っているのだから…。

 

 

私は倒れているこころ人形を抱き抱え、急いで飛翔してその場を立ち去った。

 

 

『…!マテ…にがさなイッッ!!』

 

 

だがユキ人形がそれを大人しく見逃す筈もなく、すぐさま「韋駄天」を使用した飛翔で後を追う。

 

自分の出せる最大の速さで空を飛んでいく…スピードの差は僅かにこちらが上。スーさんの言う通り、このまま行けば振り切れるかもしれない。

だが足に岩石が付いた状態であのスピードを出しているのを見るに、今のあの人形のステータスは今までの比ではないことがよく分かる。

 

『 燃えろォォーーーーーーーッ!! 』

 

「なっ!?」

 

怒り狂ったユキ人形の火球攻撃が次々とこちらへ飛んでくる。「フラッシュオーバー」だ。

今のユキ人形は「水」属性の筈なのにその火球はこちらの想像を軽く超えた大きさと数で、どう考えても避けようがない範囲であった。

 

 

『ま、不味い!メディッ…!!』

 

 

スーさんもこの攻撃力は予想外だったのだろう。

私が当たりそうになったところに咄嗟に前に出て、自ら身代わりになろうと庇う体制に入った。

 

 

駄目だ…あんなのまともに食らえば、まず戦闘不能では済まされない。

 

スーさんが死ぬところなんて、見たくない!

 

 

『…ッ!?メディ!?』

 

「馬鹿…!一人でカッコつけないでっ!」

 

 

私は庇おうとしているスーさんを、逆に胸元に抱いて庇う。

 

この子が私の為に傷つくなんて、とてもじゃないが耐えられない。それくらいなら私が傷ついたほうがマシだ。

 

 

 

…そう言えば、私があの人間を攻撃した時も、持ち主の人形達はこんな風に助けようとしていたっけ。

 

あの時の人形達も、もしかして同じ気持ちだったのかな…

 

 

もし…もしもそうだとしたら……

 

 

 

 

 

 

「 チルノ! アイスコフィン! 」

 

 

「…え?」

 

 

チルノ人形はその場から冷気を操ると、こちらの飛んできている火球をすべて凍結させた。

 

 

「ドレインシード で吸い尽くしちゃえ!」

 

 

だいようせい人形はユキ人形に向かって種を飛ばし発芽した後、蔦を絡ませ動きを封じる。

 

 

「 リグル! リンゴ爆弾 だ! 」

 

 

そこから追い打ちをかけるように、リグル人形がリンゴ型の弾幕を相手に何発も投げつけ、

 

 

「 神速エアレイド~~~♪ 」

 

 

ミスティア人形の風の弾幕が次々とユキ人形を切り裂いていく。

 

 

 

…突然の出来事の連続に頭が追い付かないが、どうやら私は助かったらしい。

チルノ、大妖精、リグル、ミスティアが人形を駆使し、ユキ人形を襲う。

 

 

「ど、どうしてあんた達がここにいるのよ?配属はここじゃないのに」

 

 

「おーえんよーせー?がこっちにもかかってたからな!わざわざとおいところから来てやったぞ!」

 

「それで今向かってたところなんだけど…何やらリーダーがピンチそうだったので助太刀に来たんだ」

 

「全く、ひどいじゃないか。私らを差しおいてそんな楽しそうなことしてたなんて」

 

「そうね~~あっちは退屈だものぉ~~♪」

 

 

「……はぁ」

 

 

成程、つまり私以外の奴が勝手にここに他所から応援呼んだってことか。

やはり妖精達を指示通りに動かすのは厳しいようだ。いつも好き勝手に行動してしまう。

 

…まぁ、今回はその勝手が功を奏したからお咎めは無しとしよう。

 

「…それで、私達はどうすればいいの?」

 

「どうもこうもないわよ…目的は粗方達成した。今から撤退するところなの」

 

「え~~?つまらないなぁ」

 

大妖精の質問に素っ気なく答え、アジトである鈴蘭畑方面を目指そうと飛んでいく。

タダでさせ許可なく所属から離れ、来るにしても遅いし、文句を言われる謂れなどない。

 

だが、私を殺そうとしているユキ人形の進行を止められたのは大きい。これで逃げる時間は十分稼げるだろう。

 

流石のあの子も、あれだけの攻撃を受けてしまえば流石に…

 

 

『 ……邪魔ヲ するなァァーーーーーーーーーッ!!! 』

 

 

「げ…!?」

 

「そ、そんな…効いてないの!?」

 

 

何ということだろう。

 

あれだけの一斉攻撃を受けたにも拘わらず、ユキ人形は怒号を轟かせながら炎を全身に纏う。

拘束していた蔦を焼き払い、邪魔者を排除するべく音波攻撃を仕掛けてきた。

恐らく「ウルトラハイトーン」だろう。

 

「歌なら負けないわよ~!いっけぇ~~♪」

 

ミスティアも負けじと人形で「ウルトラハイトーン」を仕掛ける。

高音の音波同士が衝突し、鼓膜を破壊するような爆音が空に響き渡った。

 

私を始めとしてミスティア、大妖精、リグルは咄嗟に耳を防げたものの、チルノは苦しそうに頭を抱えている…間に合わなかったようだ。

 

「…!?ま、まさか私の人形が歌で負けちゃうなんてぇ♪」

 

衝突した音波の競り合いはまるで勝負にならず、ユキ人形の圧倒的なパワーで押しのけられる結果となった。

押し負けたミスティア人形は大きく浮き飛ばされて持ち主の元へと帰って来る。…戦闘不能だ。

 

…不一致属性であんな高威力を叩き出すなんて、どう考えても普通ではない。一体どうなっているんだ?あの人形の持つアビリティは「用量厳守」である筈…あれではまるで……

 

『メディ、今のあの人形はアビリティを2つ持ってる』

 

「(やっぱりそうなんだ…「突貫」…技の追加効果をなくす代わりに、威力を底上げしてる。でも、それだけじゃない感じね)」

 

『うん、恐らくだけどあの子自身も気付いてない“小さな欠片のようなもの”が、強い力を引き出しているんだろうね』

 

「(……)」

 

『今のあの子を見ていると、とてもあの力を制御しきれていない…振り回されている。あの変化はどうやら精神や心の状態で大きく変わってくるらしい』

 

「(…つまり、私があの人間を殺したことで力が悪い方へ作用しまったの?)」

 

『恐らくは、ね』

 

あのような人間に、そんな影響力があったとでも言うのか?

…だが、あの子の憎しみに満ちた様子を見れば、スーさんの言っていることには信憑性がある。

 

 

『メディ、このまま逃げてもあの人形は一生僕らに牙をむけてくるかもしれない。…どうする?』

 

 

「(……)」

 

「決まってるでしょ」

 

 

 

 

 

 

あの子もまた、私達と同じ悲しき人形。救うべき対象だ。

 

 

『…!それは』

 

 

スーさんが私が懐から出したアイテムに驚く。

取り出したのは封印の糸…それも只のではない。対象を“必ず”封印してしまうという代物だ。

これは唯一、あの河童達による開発で生まれた産物ではない。どこから来たのかも分からない。分かっているのは、河童達はこれを元に「封印の糸」という紛い物を大量に作っているということ。

 

使う日は一生来ないと思っていたし、出来ればこんな道具など絶対使いたくはない。

白く輝くひし形の宝石…「運命の糸」。私はこれを一つだけ持っているのは何故か?それは河童の複製の生産を完全に止める為、襲撃して盗んだからに他ならない。

不思議なことに、このアイテムは私の能力でも腐らせることが出来なかった。何か特殊な細工らしく、正直扱いに困っていたところだ。

 

…あくまで一時的。一時的な束縛手段としてこれを使う。

どうせ今の状態ではまともにあの人形と対話など出来はしない。

これであの子が大人しくなったら運命の糸は用済み。どうにか破壊して二度と複製を生産出来ないようにしてやる。

 

 

「皆どいてっ!」

 

 

運命の糸をあの子に向かって構える。

4人はその声に反応し、すぐさま道を開けた。…そういえば、いつもなら5人いる筈なのに今回は一1人いないことに今更気付く。

 

確か、一度だけ人里組のリーダーに任命した…

 

 

「 皆既日食(かいきにっしょく) なのかーーー!! 」

 

 

人形の指示を出す声が上から響き、空が突然暗くなった。見上げると丸い月が浮かんでいる。

 

指示の内容から察した者達は慌てて下を向く。やがて黒い球体が月を侵食し始め、見るものを狂わせた。

まともに目を合わせてしまったユキ人形とチルノは視界を奪われ、その場で項垂れる。

 

「今だ!突風(とっぷう) で追い返しちゃえ~~~!!」

 

今が好機と見たルーミアは「突風」でユキ人形をどこか遠くへと吹く飛ばしてしまった…おい、こいつマジ何してくれてるんだ?

「突風」は相手を強制で交代させるという技…しかし持ち主がいない今、あの人形はどこまでも飛んで行ってしまう。

 

飛んだ先は…妖怪の山だ。

今そっちに行けば河童達に見つかる恐れがある…深追いは出来ない。

…だが、あそこにも私の部下が沢山配置されている。

 

この場は諦めるが、しっかり伝達はしておこう。

 

 

「チ、チルノちゃんしっかり!大丈夫、今私が看病してあげるね…デュフ」

 

「流石“元”リーダー!決めるところは決めるっ!」

 

「元は余計なのかーー!」

 

 

…こいつには後でお説教だ。

 

 

 





皆既日食はリアルで直視は駄目です。気を付けよう!






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第十一章

 

『――――っかりしてッ!!』

 

 

『――――まさんッ!!』

 

 

 

誰かの声がする。

 

その声はぼんやりとしていて上手くは聞き取れない…まるで夢の中から無理矢理叩き起こされているかのような、そんな感覚だ。

まだあちらにいた時は、子供の頃に親から毎日起こして貰っていたことを思い出す…最近は自分で起きれるようにはなったものの、それでも偶に寝坊しちゃうことが多々ある。

 

 

『――ではなりません!鏡様…!!』

 

 

『――に行っちゃダメだよッ!戻れなくなる…!』

 

 

段々とこちらを呼ぶ声がぼんやりと聞こえるようになった。

何やらとても焦っているような声色をしていて、言っていることも縁起が悪いものばかりだ。

 

…どういう訳かは分からないが、自分は窮地に立たされているのだろうか?

 

 

そう言えば、さっきから声の他にも別の音が聞こえる。

せせらぎだろうか…静かに聞こえてくる、この安らぎを感じさせる環境音……

 

 

ここは、河?

 

今、自分はどこにいるんだ?

 

 

「おやおや、これまた随分と若い人間だ。…外来人かな?」

 

 

…誰だ?さっきの声とはまた別の、女の人の声だ。以前と比べ、こちらの声はハッキリ聞き取れる。

 

 

「…う~ん、でもまだ微かに生命を感じる。まだ“送る”には早い」

 

 

送る?一体何を言って…

 

 

 

「 さっさと戻ってやんな、仲間達の元にさ 」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……――――はっ!!?」

 

 

何か物凄い衝撃が走り、飛び出すように目が覚める。

 

何故だか分からないが、ついさっきまで自分は死んでいたかのような感覚が残っている…何故だろうか?ここは…病室?一体どうしてこんなところに?

 

「――ッ」

 

ベッドから動こうとすると少し身体が痛む……あぁ、そうか。

確かメディスンから攻撃を受けて、それでしんみょうまる人形とこがさ人形が咄嗟に突き飛ばしてくれて…助かったのだろうか。

あんなに殺傷力のあるものだとはまるで気付いてなかったから、ああしてくれなかったら自分は間違いなく死んでいた…人形達に感謝しなければ。

 

状況を粗方整理して落ち着いてきたところで天井を見てみると、それはどこか見覚えのある光景であった。

前にもこの天井を見たことがある…そう、あれは確か光とまだ旅をしていた時のことだ。

弱っていたメディスン人形を看病して貰うべく訪れた場所で、あそこで喧嘩の仲裁を頼まれたことはよく覚えている。

 

ということは、ここはもしや…

 

 

「失礼します」

 

 

ノック音が2回聞こえ、誰かがドア越しに語り掛ける。

ゆっくりと開くと、兎の耳を頭から生やした紫色のロングヘアー、赤い瞳をした人物が部屋に入って来た。

 

彼女ともこちらは面識がある。「鈴仙」だ。

本名はもっと長いが、面倒だろうからそれでいいと本人も言っていた。今回はいつものブレザー姿ではなく、白衣で看護師の格好をしている。

 

「…あっ!?舞島さん、目を覚ましたんですね!良かったぁ」

 

「ど、どうも」

 

こちらが目を覚ましたことに安堵し、鈴仙が一息つく。

一見大袈裟にも感じたが、反応から見るに自分は重症だったのだろうか?

 

「あの…自分はどれくらい眠ってたんですか?」

 

「えーっと、ざっと計算して“3日”ですね。酷いお怪我をされてましたし、あなたは元々外の世界の人です。痛みに耐性がないのも無理はないと師匠が言ってました」

 

「3日…」

 

そんな長い時間、自分は意識がなかったらしい。心配をされるのも仕方ないか。

あの時、人形達が助けてくれなかったらと思うと…ゾッとしてしまう。

 

…そういえば、自分の人形達はどこに?

病室を見回してみるが、荷物はあるものの封印の糸を始め人形達がどこにもいない。

 

「あぁ、舞島さんの人形達なら師匠の下にいますよ。人形達も怪我を負っているようでしたから、ついでに診てくれたんです」

 

「そ、そうですか…良かった」

 

この永遠亭で腕利きの薬師である“師匠”こと「八意 永琳」。彼女の元にいるのならばひとまず安心だ。

自分を庇って頭を強打している「しんみょうまる人形」、毒霧の中から無理矢理出て来て助けてくれた「こがさ人形」、そしてメディスンと人形バトルをした「ユキ人形」…皆それぞれ傷を負っている状態だった。

 

「あ、こうしちゃいられない!私、皆を呼んできますね!」

 

そう言うと鈴仙は急いで病室を後にする。

バタバタと走り去っていく音がドア越しから聞こえ、徐々にそれは小さくなる。余程早く会わせたいのだろう。

 

 

…まぁ、確かにこちらも早く会いたいけれども。

 

 

 

 

 

 

鈴仙が病室を飛び出して数分、再びドアから2回ノック音が響いてきた。

 

 

「失礼するわ」

 

 

先程とは違う声がドア越しから聞こえてくると、ゆっくりとドアが開く。

それぞれ永琳、輝夜、鈴仙、てゐが入室し、あっという間にこの病室は手狭となってしまった。

 

「あら、本当に目を覚ましたのね。そんな怪我なんて私にはかすり傷にもならないのに、全く情けない男だこと」

 

「姫様。この人は普通の人間、私達とは違います。…後、軽々しくそのような発言はしないで頂けると」

 

「は~いはい」

 

 

「「はい」は1回です、姫様」

 

「…は~い」

 

輝夜の軽蔑に、永琳が注意喚起を促す。まるで母とその子供だ。

…そう言えば、輝夜も喧嘩をしていた妹紅という人物も「死なない」という発言をしていたことを思い出す。

だが永琳が先程の発言を静止させる辺り、あちらにとっては知られたくない事情なのかもしれない。あまり深くは聞かないでおこう。

 

「ごめんなさいね?これでも姫はあなたを心配してるんだけど、何分素直じゃないの」

 

「は?ちょっと永琳デタラメ言わないでよ!私がこんな愚民の心配なんかする訳ないでしょ?」

 

「その割には定期的に病室にお見舞い来てたウサ」

 

「…ッ」

 

てゐによる追撃の目撃証言により、ぐうの音も出なくなった輝夜はそっぽを向いてしまう。そうか、心配してくれていたんだな。

相変わらず口は悪いようだが、彼女も結構いいところはある人らしい。

 

「ふんっ、目を覚ましたんなら少しは私の為に働きなさい。前に伝えた約束、まさか忘れてはいないでしょうね?…さっさとリハビリなり何なりすれば?」

 

輝夜は怒った口調でそう言い、そそくさと病室を後にする。

ドアを思いっきり閉めた音が響き渡り、部屋にしばしの静寂が訪れた。…どうやら機嫌を損ねてしまったようである。

 

「…てゐ、それはあまり言わない方が良かったわね」

 

「あちゃ~、やっちまいましたなぁ」

 

「…でも、嬉しいですよ。見舞いに来てくれてたなんて」

 

「そ、そうだ!私達だけじゃなくてあなたの人形達も一緒に来てるんですよ!ほら」

 

鈴仙の言う通り、彼女の胸元にはこちらの手持ちであるしんみょうまる人形、こがさ人形が抱き抱えられていた。

二体はこちらを見るなり嬉しそうに互いの顔を合わせると、胸元を離れて勢いよく自分の元へと飛び込んだ。僕はそれに驚きつつも、何とか二体を受け止めることに成功する。

よく見ると二体の目には涙が浮かんでいた…余程心配だったのだろうか。

 

「うん、ごめんな。もう大丈夫だから」

 

そっと優しく、2体の頭を撫でた。

撫でられている2体はまるで悪いことをしてしまったかのようにこちらを見つめている。

巻き込んでしまったのはどちらかというとこちら側だというのに…僕は何と幸せ者なのだろうか。

 

「フフッ、人形に愛されているのね。微笑ましい限りだわ」

 

「え…あ、はは……」

 

永遠亭の面々に見られていることを忘れていた為、少しばかり恥ずかしい思いをしてしまった。

人形のことになるとどうも周りを意識しなくなってしまう…でも可愛いから仕方ない。

 

「そうそう、ついでにこの前来たこの子も診させて貰ったわ。…もう精神面の方も大分回復したようね。これなら普通の人形のように動けると思うわ」

 

「そうなんですか?…良かった」

 

永琳の胸元にも、こちらが預かったメディスン人形が抱き抱えられていた。確かに以前と比べ、表情が明るくなった気がする。

ということは、エリー人形とくるみ人形がちゃんとお世話をしてくれたということだ。こちらも定期的にケアはしていたものの、一番の功績はあの2体に違いはない。

 

そうとなればメディスン人形にも少しずつ、バトルなどを教えてみよう。

どのような技を覚えているかはもう把握している…ユキ、しんみょうまる、こがさ人形とはまた違った戦い方が出来る筈だ。戦略の幅も広がることだろう。

 

 

…ん?待て。

 

そういえば、この場にいない人形が一体いる。

 

 

「…あの、ユキはどこに?まだ完治していないんでしょうか?」

 

 

こちらがそう問うと、どこか複雑そうな顔をして誰も口を開かなかった。

 

病室に再び静寂が訪れたが、話さない訳にもいかないと言わんばかりに永琳が皆と顔を合わせ、話し始めた。

 

 

 

「…あなたの待つユキという名の人形は、あなたが搬送された時から既にいなかったわ」

 

 

 

 

 

 

「……―――え」

 

 

永琳の放った言葉を聞き、頭が真っ白となってしまう。

あまりにも衝撃的過ぎて口が開いたまま動かず、気付いたら体が小刻みに震えていた。

 

「そ、そんな…どうして!?」

 

「それは…私にも分からないわ。可能性として言えるのは、あなたが倒れている時に何かあって行方を晦ましたとしか」

 

「ここに搬送して下さったにとりさんは言うには、「戦っていた工房が吹き飛ぶ程の大きな火柱が上がった」と聞いてます。…何か覚えはありますか?」

 

「火柱…?…うーん」

 

鈴仙が聞いた証言から出た「大きな火柱」という単語について考えてみるが、浮かんで来るものはない。

まだ頭が混乱していて思考が上手く働いてくれない…自分でもハッキリ分かるくらいには動揺しているみたいだ。

 

すると手元を優しく握られる感覚が伝わった。恐らくしんみょうまる人形とこがさ人形だろう。

2体が心配してくれているのが伝わる。…少しだけ、落ち着きを取り戻したようだ。ありがとう。

 

 

恐らくその火柱というものが上がったタイミングは、自分がメディスン本人からの攻撃を受けたその後だ。

少なくとも、自分とメディスンが人形バトルで戦っている間は互いにそのような技を使っていない。工房が吹き飛ぶ程の威力というにとりの証言からも、とてつもない力があの時に発揮されたのが分かる。

あの場にいたのは自分を除いてユキ人形、こころ人形、そしてメディスンのみ。その中でも炎を上手く扱えるのは元のタイプがそれであったユキ人形だ。

 

ユキ人形は初めて仲間にした大切なパートナーで、他の人形にない不思議な力があり、一度その力を発動させたユキ人形は大幅にステータスが強化される仕組みになっている。

いつもは使えない強力な技も一時的に覚え、強敵達ともそれで渡り合ってきた……ということを僕は一同に伝えた。

 

「…成程。ちょっと聞きたいのだけど、ユキ人形はどういう時にその力を発動させるの?」

 

「え?…うーん、それがよく分かってなくて」

 

「覚えている限りで何かないかしら?その時の状況とか」

 

「えっと…最初に発動したのは一の道で光ちゃんと人形を捕まえていた時でしたね。あの時はその野生の人形が強すぎて歯が立たなくて、光ちゃんも僕も危うく死んでしまうところでした」

 

「ふむ…他に何かない?どういったタイミングで発動したとか」

 

「…あ、そうだ。光ちゃんが人形に狙われたのを、僕が咄嗟に庇って怪我をして…確かその時です。ユキの様子が変わったのは」

 

永琳がこちらの証言を聞き、手元のファイルにメモを取り始める。

どうやら細かく当時の状況を知りたいらしい。普段から患者に対してカルテを取っているだけあって、一切の迷いのないペン捌きであった。

 

「他の場所で発動したことは?」

 

「紅魔館のレミリアさんとの人形バトルで、ユキ人形しか残っていない状況で窮地に立たされた時ですね。残りがユキ人形しかいなくなった時、「負けたくない」と強く想ったんです。そしたら…」

 

「発動した…と?」

 

「はい」

 

2つの力が発動した際の状況を書き留め少し考え込んだ後、永琳はすぐにその口を動かした。

 

「一つ言えることがあるわ。恐らくその力の発動はあなた…つまり“舞島さん”が大きく関係している可能性が高い」

 

「ぼ、僕が?」

 

「まぁハッキリとは言えないけど、この力は舞島さんが「怪我をした」、「負けたくないと強く想った」ことで発動している。まずあなたが絡んでいる見て間違いないと思うわ。そして、これはあくまで推察だけど…もしかしたらユキ人形のその特別な力はその子自身の“心”と関係があるかもしれない」

 

「ユキ人形の…心?」

 

「人形にも感情があるわ。一般的に喜び、怒り、悲しみ…というものね。正にあなたの人形があなたが無事で涙を流していたでしょう?そして、あなたが動揺しているのを見て安心させようとさっき手を握った。相手の感情を理解し行動するような知性も、人形にはあるのよ」

 

「…はい、そうですね。凄いと思いますよ」

 

人形はまるで人と大して変わらないような感情的で優しい一面を持っている。

それは旅をしてきた中でもよく見てきたし、愛らしい一面だと思う。

 

「そしてそれは勿論、ユキ人形にも備わっているもの。だから発動のトリガーとしてはこれが一番濃厚ね。後はその力そのものを引き出している物の正体だけど……舞島さん、ユキ人形に道具は?」

 

「いえ…それがユキにだけは道具を持たせられないんです。持させようとすると何故か弾かれてしまって…当時はそこまで気にならなかったんですが、もしかして?」

 

「そのもしかして…は、恐らく当たりね。ユキ人形自身、何か道具を最初から所持している可能性があるわ。気付いていないということは、体内に内蔵でもされているのかしら…?」

 

 

「でも、これである程度はハッキリしてきた。ユキ人形は何かしら自身を強化するアイテムを持っていて、それはユキ人形自身の心の大きな変動で発動する…こんなところかしら。碌に検証もしていない以上、これが正しいとは言い切れないけれど…筋は通るわ。そして、行方を晦ましてしまったのも恐らくあなたが攻撃され、殺されたと思ってしまったことによる力の暴走……といったところかしらね」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

暗くなった窓の景色から綺麗な月が見える…今夜は満月らしい。

ベッドから出られない自分に、美しい夜空が微かながらの癒しを与えてくれる。…眠れないのだ。

 

何故眠れないのか?

それは勿論、ユキ人形のことが心配であるからに他ならない。

 

永琳の言っていたユキ人形についての推測…本人は確証はないと言っていたが、あれは全部正しいと自分は思う。

夢の世界でしんみょうまる人形とこがさ人形もユキ人形は他とは何かが違うと言っていた。

 

今まで謎だった強力なあの力の働きも、十分すぎる程辻褄は合っている。

夢の世界で明らかになったユキ人形の性格は、明るく純粋で…自分のことを好いてくれている感じがした。だが自分の名前以外は何も思い出せず、どうしてあの時あの場にいたのかもよく分かっていない…今思えば、ユキ人形は何者かによってあそこへ連れ出された可能性がある。

 

 

そしてそれが自分の中で決定的となったのは、まだ元の世界にいた時の出来事だ。

 

大森と一緒に喋っていた中年男性から「東方キャラ図鑑」を見せられ、好きなキャラを選べと言われて…当時の僕は何も分からなくて適当に選んだ。

 

そのキャラこそ、まさしく「ユキ」だった。そうだ、あの瞬間からもう始まっていたんだ。

 

…ということは、あの人はここの住民ではなかったということか?あの時の夢も全部…最初から仕組まれていたとでも?

大森も、このことを知っていて僕をあの神社に?

 

 

頭が痛い…考えれば考える程、それは酷くなってしまう。

これでは余計に眠れそうにない…もういっそ寝ない方が良いのではないだろうか。

こんな状態ではいい夢など到底見れそうにないし、こういった時の胡蝶夢丸を飲む気も、今は到底起きない。

 

そして出来ることなら、今すぐにでもユキ人形を探したい。

人形達を封印の糸に戻す際に気付いたが、ユキ人形の分の封印の糸だけがなくなっていたのだ。

なくなった原因として考えられるのは、やはり「メディスン・メランコリー」の仕業だろう。彼女はこのアイテムを心底嫌っている様子だった。

あの時攻撃されてから彼女の手によって強奪、又は破壊されたと考えるのが妥当だろう。

そうなると、行方不明であるユキ人形は野生として扱われ、誰かの手によって捕まってしまう危険性がある。ユキ人形が他の人形遣いの手に渡ってしまうなど…考えたくもない。

 

体さえ満足に動かせれば、今すぐにでもここから出て探し出したいが…やはり痛みが生じる。

永琳からは最低でも後1週間と診断を受けたが、そんなに待っていたら手遅れになるではないか。

 

 

「…!?」

 

 

突然ドアから2回ノック音が聞こえてくる。

こんな夜中に誰かが来るとは思わず、驚いてしまった。誰だろう?

 

「おや、起きてたんだね。くく…狙い通り」

 

怪しい笑みを浮かべて入って来たのは“因幡 てゐ”だった。そして彼女に抱えられているのはメディスン人形。

何故かメディスン人形の服装が赤と黒のロングスカートから一変、ピンクのチェック柄のフリフリ兎耳へと衣装を変えられてる…本当に何故だ。

 

 

「 ねぇ、私と取引しない? 」

 

 

 



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第十二章

「メリークリスマスッ!!(バチバチ)」




月夜の晩に突如病室へ現れた因幡 てゐ。

 

彼女が申し出た「取引」とは一体何なのか?

 

 

「と、突然なんですか?それに、取引って…?」

 

 

自分が抱いている因幡てゐの印象は、正直あまりいいものではない。

何故なら、ここにいた頃彼女には呼び名に対してからかわれた挙句、いいものを売ると言われ騙されたからだ。…今度は何を企んでいる?

 

「まぁまぁ、何もそんな警戒することはないって」

 

「お人好しで人形好きな舞島くんのことだ。今すぐにでも、行方不明の“ユキ”とやらを探したいんじゃないの?」

 

「!…そ、それは」

 

「今回の取引の内容は正に“ソレ”について。…どう?悪くないでしょ?」

 

てゐの言う取引の内容が、自分の思っていることとそのまま一致している…確かにこれは聞く価値のある話なのは間違いない。

 

…いや、待て。彼女のことだ。恐らくこれはただの親切ではない。

これは悪魔で“取引”だと、彼女はそう言っているのだから。

 

「もしこの取引に応じてくれたら、今すぐにでもそのユキ人形を探せるようにしてやるよ?…“この人形”を使ってね」

 

「…?それはどういう?」

 

「お師匠さまが言うにはね、この人形は人を治療することが出来る才能があるらしい。最も、その治療の元は勿論「毒」だから、一歩間違えればタダじゃ済まないんだけど…あんたなら万が一でも平気だろう?」

 

「な、成程。その子にそんな力が…」

 

自分が負っている傷を、メディスン人形ならば治せる…と、そういうことらしい。

もしその話が本当ならば、こちらとしては非常に助かる話だ。しかし…それに対して彼女は間違いなくこちらに何かを要求することだろう。

 

一体何を求めるつもりだ?

 

「そして、私が出す条件は…これだ」

 

「……」

 

てゐはこちらに笑みを浮かべながら、片手の親指と人差し指を丸めている。

あまりにも単純な動作…だがその意味は、中学生の自分でも何となく理解は出来た。

 

 

「 舞島くんが今まで稼いできたお金、換金出来るもの全て…これが私の出す条件 」

 

 

…この展開、何時しか見た漫画でも似たようなものを見た。

 

患者の命、お金…どっちを取るか?という選択だ。

 

 

あの漫画に登場する人物がその局面に立った時、大体の人物が異議を申し立てる。当然だ。

お金というのはその人のこれまでの人生で積み上げてきたもの…そう簡単に割り切れるものではない。

 

そして、それはこの世界でも同じことが言える。

お金がないとアイテムも碌に買うことが出来ず、旅はとても厳しいものとなるのは必然だ。

最初の内はそれにとにかく苦しまされた…人形の持つ換金アイテムはこちらにとって非常に貴重なのだ。そして鞄の中には今、沢山の換金アイテムが入っている。人形バトルを積み重ね、ここまで地道にコツコツと集めてきた。

野生の人形を倒して稼ぐ輩も中にはいるそうだが、そんなことは今まで一度もしたことはない。

そんな虐待にも近い行為をやることは、僕の人形愛が決して許さない…絶対にだ。

 

だから、答えなんてとうに決まっているのだ。

 

 

「分かりました。その取引、応じます」

 

 

「ニシシ…ま、そう言うと思ったよ。じゃあ遠慮なく」

 

 

そう言うとてゐはウキウキしながら自分の鞄を漁り、入っている全てのものを調べ始めた。

 

時計、砂金、魔導書、魔力の欠片、ビンテージワイン、魔力の結晶……次々と換金アイテムが姿を現す。思えばあんな鞄によくこれだけのものを詰め込めたものだ…今思うと不思議でならない。

 

自分の今の所持金を含めると総額で約100000相当くらいにはなるのだろうか?…うん、まぁユキ人形のことを思えば全然安い金額ではないか。

 

「なんだ、思ったより集めてないじゃん。もっとあると踏んでいたんだけど…まぁ言い出したのは私だ、ほれ行ってこい」

 

「!……」

 

メディスン人形はてゐの元を離れ、ゆっくりとこちらへ走り始めた。

小さな足で頑張るその姿は、今のピンクのチェック柄の衣装と兎耳フリフリが相まってすごく可愛らしい。

そして近くに辿り着いたもののベッドまで上がれないメディスン人形を、僕は優しく抱き上げた。

 

メディスン人形はこちらに手をかざすと、何かが流れ込むような感覚が…これは恐らく人形の毒だろう。

一見危険なようにも見えるが、毒も上手く調合すれば薬になるということを聞いたことがある。永琳がこの子に才能があると言ったのも、その特性を知ってのことだろう。

要はその使い方次第で、その特徴は大きく変わるということだ。そして何より、自分が毒に耐性がある体であることがこの治癒力に一番影響している可能性は高い。

 

開始して数分も経たない内に徐々に体の傷が癒えていくのを感じる。凄い…もう痛みは消えた。まさかこんなに効き目があるとは。

直してくれたメディスン人形の頭を、そっと撫でる。メディスン人形は嬉しそうにこちらに無邪気な笑顔を向けた…以前では考えられない表情だ。

役に立てたのが余程嬉しいのだろう。メディスン人形自身、純粋で優しい性格なのがよく分かる。

 

 

「これからよろしくね」

 

「!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「はぐれないように付いて来て下さいね~」

 

 

妖怪兎の案内の元、真夜中の迷いの竹林を抜けていく。

夜の暗闇に包まれているこの竹林をたった一人で抜けるのは流石に無理があるので、てゐに頼んで案内役を手配して貰った。

そのお陰で順調に竹林の出口にまで行くことが出来、ひとまずは安心だ。

 

「ありがとうございます、助かりました」

 

案内のお礼を言うと、妖怪兎は手を振りながら再び竹林の中へと消えていく。

こんな真夜中だと言うのに元気な様子を見せられると、やはり自分達とは違うのだと改めて実感する。妖怪は基本睡眠を必要としないというのはどうやら本当らしい。

 

そんなことを思っていたら、欠伸が出始める。安心した反動なのか、逆にこちらが眠たくなってきた。確か病院で目覚めたのが今日の朝頃…スカウターは今、夜中の3時を示している。普通の人間なら、とっくに寝ている時間だ。

 

…駄目だ。こんなところで眠っている場合ではないぞ舞島 鏡介。

一刻も早くユキ人形を探さなくてはならないんだ。無理の一つくらいしないでどうする。

 

頬を両手で叩き、眠たい目を擦り前へ進み始める。まずやらないといけないことは、情報収集だ。

永琳はユキ人形があの場にいなかったのは力の暴走であると考えていた。そしてそうなってしまった原因は人形解放戦線リーダー、メディスン・メランコリー。

ユキ人形の怒りの矛先が彼女に向かったのだとしたら、それを追いかけていなくなった可能性が高いだろうか?

 

とにかく、まずは目撃者などを探っていく必要がある。目指すは、人里だ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…そうですか。ありがとうございます」

 

「あぁ、では失礼するよ」

 

道行く人に声を掛けてユキ人形を見ていないかと聞いてみるが、今のところ成果はなし。

スカウターの時刻は午前10時…到着したのが午前6時だから、聞き込みを始めてから4時間も経つことになる。

 

もう、ここらで潮時だろうか?

人里のほぼ全てを回ったつもりだが、ここまで目撃者がいないとなると…この周辺には来ていないないのかもしれない。

 

「…ッ」

 

立ち止まっていると眠気も襲ってきた。足元がふらつく…慌てて近くの橋に身を寄せ、それを何とか静止させた。

 

せめて、せめて何か手掛かりだけでも掴みたいのに…

 

 

「(このままじゃユキは……くそっ!)」

 

 

寄っかかっていた橋の柵を握り拳で叩く。

こうしている間にもユキ人形が苦しんでいるかもしれないというのに、一体何をしているんだ自分は。

 

 

「…あら?あなたは、舞島さん?」

 

「!」

 

 

女性の声が聞こえ、振り返ってみるとそこには“稗田 阿求”とその従者が一人佇んでいた。

 

あぁ、そうだった!ここには幻想郷のあらゆることを記録している阿求がいた!彼女ならきっと…!

 

 

「!な、何を」

 

「阿求さんっ!ユキを…ユキをどこかで見ませんでしたか!?何でもいいんです、あなたなら知ってるでしょう!?」

 

「……」

 

 

「お願いします!もうあなたしか頼れる人gおおおおああああああああああああああああッッッ!!!??」

 

 

両肩を揺さぶりながら阿求に尋ねている最中、何か電流のようなものが体から伝わり痺れてしまう。

身体が言うことを聞かない…そのまま仰向きに倒れた僕を、従者が軽く持ち上げて肩に乗せる。

 

 

「舞島さん。何があったのかは知りませんが、少し頭を冷やして下さい」

 

「人里で私に手を出すのは御法度…これがあなたじゃなかったらどうなっていたか」

 

 

薄れゆく意識の中で、阿求の声が聞こえる。

確かに、ちょっと冷静さを失っていたのかな…でもだからってここまでしなくても……

 

 

「目元にもクマが出来ていましたし、体は大事にしなさい。…宿を取っておきますから、そこでしばらく休んでいくこと。いいですね?」

 

 

「(護身用で持っていた河童印の特製スタンガン…こんなところで役に立つとはね)」

 

 

 

 




次の投稿は正月過ぎて落ち着いてからとなります。良いお年を!



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外伝7

※注意


この外伝は、私が書いている小説「人間と人形の幻想演舞」の人形視点ストーリーです。
その為、人形が普通にしゃべります。そのことを注意した上でご覧下さい。

今回ははぐれたユキ人形が、とある人形に出会う話です。


 

「グ……くぅッ!はぁ…はぁ……」

 

 

嗚呼、我ながら自分の力が恐ろしい…今宵も我が腕の中で暴れている。

 

 

「暗黒神アスモディよ…し、鎮まれ……ッ!」

 

 

右手に宿る我が力の根源…それを制御するのは決して容易いことではない。

この溢れんばかりの“やみのちから”…流石の私でも、“終焉の右腕(エンド・オブ・ライト)”を使わざるを得なかった。

 

フフ…一体我が肉体はいつまで持つのだろう?

契約の代償として受けたこの“烙印(スティグマ)”は我の寿命を削り、そして苦痛を与える。

 

だがそれでいい。

奴を…奴をこの手で倒す為ならばこの苦痛…何ということはない。

 

 

そう、誓ったのだ。

 

あの地獄のような屈辱、束縛の日々から逃れる為に……

 

自由をこの手で掴む為に……

 

 

 

「 …―――――ッ! 」

 

 

 

遙か東……負の力を感じる。まさか、奴か?

 

…いや違う。奴はもっと、言葉では言い表せないような不気味さがある筈だ。

これは別の、この世のものではない何か。敵か?それとも…

 

 

いずれにせよ、行ってみる価値はありそうだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

草木を掻き分け、気配のした場所まで辿り着いた。

辿り着いたが…自分が想像したようなものはそこにはなく、人形が一人倒れているだけだった。

 

容姿は全体的に黒く、髪は金髪…どことなくその色合いは親近感を覚える。黒ってカッコいいし。

しかし、金髪か。これは奴に狙われたらタダじゃ済まないだろうな…可哀そうに。

 

さて、この行き倒れをどうするべきか?

そういえばさっきこの山で何か大きな音が聞こえたような気がするが、もしかしなくとも彼女が原因だろうか?

どうやら深刻な怪我も負っているようだし、先程まで誰かと戦っていた可能性が高い。…微かだが、魔力を感じる。まだ死んではいないようだ。

それに、彼女からは私と同じ匂いがする。もしかすると“同胞(なかま)”なのかもしれない。

 

これも何かの縁…助けてやるか。

 

 

私達の源は魔力…ならば、それをこやつに注入してやれば回復する筈。

さぁ、“禁断の左腕(フォービドゥン・レフト)”の出番だ。

 

 

「 フンッ!! 」

 

 

ありったけの魔力を、金髪人形へと流し込む。

 

「…?」

 

何だ?こいつの体から、何か不思議な力を感じる。

まさか、あの時感じた負の力はこれか?これは…凄い。近くにいるだけでビリビリと伝わってくる。

 

「……―――っぷッ!!」

 

すると金髪人形はすぐさま目を覚ました。流石は我が力…効果抜群といったところか。

その過剰な量の魔力に思わず気持ち悪くなってしまったようだが、それも仕方なし。普段抑えている力を解放させた、その反動というやつだろう。

 

「あ、あれ…私一体?」

 

「それにここ、どこなの…?舞君は?」

 

…どうやら彼女は軽く混乱しているみたいだ。何か事情があるように思える。

取り敢えず彼女を落ち着かせるべく、会話を試みた。

 

「やぁ、目が覚めたようだね」

 

「!?だ、誰あなた?」

 

「倒れていた君を丁度見かけたものでね。ほってはおけなくて、こうして助けたのさ」

 

「そ、そうなんだ?助けてくれてありがとう!私はユキよ。あなたは?」

 

「フッ…名乗る程の者ではない。そうだな…“暗黒の殺戮者(ダークネス・スレイヤー)”とでも呼んでくれ」

 

「?えと、だーく……?う~ん、長いから“だーくん”って呼ぶね!」

 

「だ、だーくん…?」

 

「駄目かな?」

 

「あ、いや別にいいけど…」

 

ヤバい。この人“陽”だ。

 

おかしいな…私と同じ匂いがする奴って大概“陰”なのに…この人何かすっごく眩しいんですけど?

まるで太陽のような、私のような闇の者には釣り合わないというというか、多分…いや絶対に会話が通じない。

 

いや、まぁ?元々自分とまともに話が出来る友達なんて一人もいなかったし?別にいいけどね?

 

「ねぇ、だーくん。ここがどこだか知ってる?」

 

「え?ここは妖怪の山で、結構頂上に近いけど…」

 

「!…そうなんだ。…みんな、無事かな…」

 

「…もしかしてお前、人形遣いの人形か?何があったんだ?」

 

「うん…さっきから思い出そうとしているんだけど、どうして自分もこうなったのか分からないの。最後に覚えているのは、あのメディスンっていう妖怪に舞君が…」

 

そう言いかけたところで、ユキ人形は俯き黙り込んだ。

どうやら、思い出したくないことを思い出してしまったらしい。ちょっと悪いことをした。

 

「…それでね、そこからの記憶が全く思い出せないの。はぁ…」

 

「まぁ、その…なんだ。そのはぐれた仲間達はきっと無事さ。希望を捨てるな」

 

「だーくん……うん、そうだよね!私らしくなかった。何事もポジティブポジティブ!!」

 

さっきまでの落ち込みどこへやら、すっかり元気になってしまった。

何という単純さ…少し呆れもしたが、その思考が少し羨ましくもある。

 

「よーし!それじゃあ早速、舞君達を探しに行こう!」

 

「あぁ、頑張ってくれ」

 

「え?」 「え」

 

 

「「 …………… 」」

 

 

恐らく主人であろう人物の捜索を意気込んだユキは、こちらの反応に対し何やら疑問を抱いている。おいおい、勘弁してくれ…そんな眼差しを向けないで欲しい。

こちとら自分を鍛える旅の途中ぞ?そんなことをしている場合じゃ……いや、待て。

 

これはむしろ、彼女に眠る力を手に入れる絶好のチャンスではないか?あの時感じた異常な魔力…あれは恐らく彼女自身の力ではない。

彼女の性格からしても、力の根源は“陰”ではなく“陽”の方。ということは、彼女の中に眠っているアイテムがあの力を引き出したのだろう。

途中まででいい。どこかで隙を見つけて、あのアイテムを手に入れさえすれば後は消えるだけ。

それで今までよりも強大な力を入手出来るのなら、私は…!

 

 

 

「  お前が、欲しいッッ!!!(決まった…)  」

 

 

 

「へ?」

 

「…もしかして、あなたも変態なの?」

 

 

しまった。「の力」が抜けてしまった。

テンションが上がるとつい舞い上がってしまうな。フッ、これも我が“(カルマ)”…か。

 

 

…ん?「も」ってなんだ?

 

 

 

 

 

 

先程の発言の誤解を解き、ユキと同行することになった。

 

山を下山する間、とにかくユキから話し相手として付き合わされることとなったが、その話の殆どが“舞君”とやらについて。

何でも舞君とは運命的な出会いをしたらしく、ユキはそんな彼に好意を抱いているらしい。人形と人の恋…果たして人間の方がどう思っているかは知らないが、関係としてはかなり珍しいケースだ。

その舞君自身も人形という存在にはかなり愛着を持っているらしく、手持ちの人形皆が彼を信頼しているとのこと。…本当だろうか?どうもユキの過大評価のような気がしてならない。

そんな聖人な人形遣いなんて、本当に存在するのか?私が見てきた人形遣いというのはどいつも人形をペットか道具のように扱っている。どうせ我々人形の気持ちなんて考えもせず、自分の都合の良いように利用しているんだ。舞君とやらも所詮人形を着せ替え人形のようにして遊ぶ変態野郎に違いない。

 

「それでね~?舞君は人形バトルも強いんだぁ。今のところ負けなしなんだよ!凄いでしょ!」

 

「…まぁ、人形の方は強いのかもしれないな」

 

「ぶーー!そんなことないもんっ!舞君の指示は毎回的確なの!それに普通思い付かないような奇策だってやっちゃうんだから!」

 

今度は舞君の今までの人形バトルについて話が始まってしまった。

ふぅ…やれやれ。取り敢えず聞き流しておこう。

 

 

「…!誰かいる」

 

「え?」

 

 

歩いていた目線の先に人間が1人、佇んでいる。

 

見たところまだ少年だが、異様に目つきが悪い。何となく嫌な感じがして身を隠そうとするが、それよりもあちらが気付く方が一足早かった。少年は冷酷な目でこちらを調べ始める。

 

 

「ユキ人形に〇〇〇人形だと?ここは生息域ではない筈…となると、強個体の可能性が高いな」

 

「…とりあえずキープだ。 れみりあ!」

 

 

そういうと少年は誓約の糸を構え、同時に手持ちの人形を繰り出す。

 

「ま、まさかあいつ、我らを捕まえる気か!?」

 

「えぇーー!?」

 

不味い、人形遣いになんか捕まってしまったら我が旅路は間もなく終焉を迎える。

そんなの冗談じゃないぞ…逃げなければ!

 

「!逃がすか、おらっ…!」

 

だがそれを見す見す逃す筈もなく、少年は糸をこちら糸を投げつけた。

緑の糸が拘束し、魔法陣が自身の周りに展開される…一体これは?

 

…だが何となく、これはヤバい状態だということは分かってしまう。

 

「だーくん!その状態で戦闘不能になったらあの子の人形になっちゃうよ!こっち!」

 

「…!」

 

ユキがこちらの手を繋ぎ、林の方へと駆け出す。

何とお人好しなやつ…だが今はそれに従う他ないのも事実だ。

 

「だ、大丈夫!いざとなったら私が囮になって少しでも時間稼ぐから!」

 

「……」

 

「私は舞君の人形だから、捕まったりなんかしないし!」

 

「…あの」

 

「?」

 

 

「あなたの身体にも、魔法陣が思いっきり出てますが」

 

「…!?えぇ何でぇ~~~~!!?」

 

 

ユキの無能さに思わず頭を抱えた。

 

後ろを振り返ると、当然だが少年が我らの後を追ってきている…鬼の形相だ。

何故自分がこんな目に合わなければならないのか?こんなことになるなら、助けなければ良かった…。

 

 

「 スピニングエア! 」

 

 

れみりあ人形に指示を出し、こちらを攻撃する人形遣い。風の弾幕が次々とこちらへ飛んでいき、確実に我らを狙う。逃げる先に数発撃ちこんでひるませた後、こちらの自由を奪うよう的確に足を被弾させられてしまう。…敵ながら見事な攻撃だ。

…フッ、これも運命(さだめ)か。最早ここまで…我が人生、実に悔いが残るものとなった。

 

「だ、だーくん…あきらめちゃダメだよ…ッ!」

 

ユキが懸命に呼びかけるが、もうそれに反応する気力もない。

力を欲した者の哀れな末路…これは“審判(ジャッジメント)”なのだ。

 

 

「 止めだ。 ギガンティック! 」

 

 

橙色の閃光がこちらに迫って来る…ハハッ、綺麗な最期の光景ではないか。

 

せめて、あいつにだけでも復讐をしてやりたかった…な……

 

 

 

「 …―――姉…様…… 」

 

 

 





遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。正月は何分投稿が出来ずにいたので間が開いてしまいました。

次回からは通常の週1ペースに戻りますので、今年もよろしくお願いします。



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第十三章

目が覚めると、視界には天井が映った。何だろう…この状況、デジャブを感じる。

ただ、その天井はこの前見たものとはまた違う。辺りを見回してみると、案の定見慣れない部屋だった。

 

身体は…特に異常はない。問題なく動かせる。そもそもどうしてこんなところにいるのだろう?

確か、稗田 阿求に会ってからユキ人形の行方を聞こうとして…そしたら突然体が痺れて……

 

「…!」

 

ベッドから起き上がり、スカウターで今の時刻を確認する。

 

午後9時06分…あれからもう11時間も経ってしまっているではないか。

 

急いで荷物をまとめ、部屋を出ようとした。しかし部屋の前には阿求の側近である男が立ち塞がっており、ここから出してはくれない。

最低でも明日まで体を休めろ…とのことだった。

 

 

「ユキ…」

 

 

大人しく部屋に戻り、ベッドに座り込みながらそう呟く。

嗚呼、悪い人形遣いに追いかけられて怖い思いなどしていないだろうか?変な奴に絡まれたりしてないだろうか?心配だ。

今すぐにでも探したい。もういっそ、あの男を人形で無理矢理どかそうか?…いや、それは出来ない。阿求もこちらの気を遣って宿を取ってくれている。既に満身創痍であることに気が付いたのだろう。後何よりも、人形にそんなことをさせては決してならない。冷静になれ、舞島 鏡介。

 

永遠亭の無断退室に関しては因幡 てゐの協力があったが、今回ばかりはどうにも出来ない。

何せ、ここは民宿の3階。ドアには見張りがついており、窓から出ようにも高すぎて出られないという八方塞がりの状態だ。

 

 

明かりの付いた部屋の中、不安と焦りに押し潰されそうになっていた、その時…

 

 

「…?」

 

 

コンコン、と外側から窓を叩く音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

実に不思議なことであった。ここは3階なのに、どうしてここの窓を外側から叩くことが出来る?

…いや、ここの住民は空を飛べる人も多いから別に不可能なことではないのか。またこんな夜中に、一体誰だろう?

 

恐る恐る窓の方を見ると、小さな人影が見えた。このサイズ感…まさか人形か?

すりガラスである為、何の人形なのかは特定出来ない。しかしこの部屋に用があるということは、少なくともただの人形ではないだろう。

 

どうしよう?開けるべきか?

僕を始末しようと人形解放戦線のメディスンが送ってきた刺客…という可能性も、決してなくはない。

 

 

「みんな、出てきて!」

 

 

封印の糸から人形達を出し、万全の態勢を整える。いざという時の護衛として。

どうか、敵意のある人形でない事を願いたいものだが。

 

「よし、開けるぞ……せーの、それっ!」

 

横から慎重に窓のロックを解除し、勢いよく窓を開ける。

しんみょうまる、こがさ、メディスン人形はそれと同時に戦闘態勢に入るが、すぐにそれを止めてしまった。

戦う必要がないと判断したのだろう。すぐにこちらも窓の外にいた人形が誰なのかを確認する。

 

茶髪のツインテールに紫と黒のチェック柄のスカートが特徴的な人形…更に言うと耳は尖がっていて背中には黒い鳥の翼が生えている。

僕はこの人形に見覚えがあった。あれは結構最近の出来事だ。旅の途中、この人形が妖怪の山から玄武の沢へ突然落ちてきて、河に沈んでいったところを救助した記憶がある。

看病した翌日に突然いなくなってしまったので心配していたのだが、この様子だとすっかり元気になってくれたようである。

 

…そういえば、この人形のことはスカウターで調べていなかったな。あの時は助けるのに必死で忘れていたが、何という名前だろう?

 

 

『 名前:はたて  種族:天狗  説明:あやとはライバル関係 』

 

 

情報が出て来た。「はたて」というらしい。

最初に会った時に推察した通り、やはり彼女は“天狗”らしい。霊夢の人形である「あや」と特徴がいくつか一致していたので、これは分かりやすい部類だろう。

だが、その同族である「あや」とはライバル…というのはどういうことだ?仲が悪いのだろうか?

 

はたて人形は部屋の中に入ると、早速自分の人形達を集めて何やら話し出した。

人形の言葉は一切こちらに分からないが、様子を見るに自分の人形達はそれを聞いて喜んでいるようだ。一体何を話して言るのだろう…き、気になる。

 

話を聞いていたしんみょうまる人形はこちらの心情を察したのか、僕の鞄の中を漁り始める。

取り出したのは「胡蝶夢丸」…そうか、確かに夢の世界ならば人形の言葉も理解出来るではないか。ナイスだ、しんみょうまる。

 

 

早速一粒飲んでみる…だが待てよ。そう言えばこちらは今起きたばかりで眠気が全く…あれ?メディスン何を?うわぁ、何て綺麗な景色だろう。

毒とはまた違う…確かこれはメディスン人形の技の1つ、「幻惑の花粉(げんわくのかふん)」だったか?

 

青白く輝く綺麗な花粉に見とれてると、突然目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「う…ん…?」

 

目を覚ますと、そこには辺り一面の宇宙が広がっている。

…どうやら、無事に夢の世界に来ることが出来たようだ。

 

『鏡様。こうして話すのもしばらくぶりですね』

 

「あ、うん。そうだね」

 

『舞島さん!ちょっとこの子を引き剥がしてよぅ!あたし毒に弱い…うぐぅ』

 

「え?」

 

『…… …… ……///』

 

『メディスンさん、恥ずかしがることはないですよ?ほら、私の手を取ってください』

 

『……う、うん』

 

『ぜぇ、ぜぇ…ふぅ、助かったぁ』

 

…しんみょうまる人形、何だか皆のまとめ役になってきてるな。

そういう性分なのか、真面目なところはどこか親近感を覚える。本当に良い子だ。

メディスン人形はしんみょうまる人形と手を繋ぎ、こちらを恥ずかしそうにチラチラ見ている。直接話すのはまだ勇気がいるようだ。

一方、こがさ人形はメディスン人形にしがみ付かれたことで体力を消耗してしまっている。そう言えば、「水」は「毒」に弱いんだったか?真っ先にしがみ付かれた辺り、メディスン人形はこがさ人形に懐いているのだろう。…頑張れ、こがさ人形。

 

 

『…で?アタシのハナシはいつ聞くんだって』

 

 

「あ…ご、ごめん」

 

 

はたて人形が横から会話を切るように言葉を刺す。

そう、この世界に来た目的は彼女の話を聞く為…呑気に観察している場合ではなかった。

 

『すみません、はたてさん。では、例の話を鏡様にもお願いします』

 

『ん、おけ。じゃ、とりまコレ見て』

 

「?」

 

はたて人形は手元の機械を操作し始める。あれはまさか…実物は見たことがなかったけど、“ガラケー”なのか!?通称、“ガラパゴス携帯電話”。僕の時代には既に絶滅した携帯電話で、今は生産していない代物である。何故それを彼女が?

 

そうか、ここは忘れ去られたものが辿り着く場所。現代に住む皆が存在を忘れたことで、ここに流れて来たんだ。

…ちょっとだけ、どういう構造なのか興味がある。だが、今はその欲求を押し殺しておこう。

 

『えーっと……あ、あった』

 

ピッピッという軽快な機械音をひたすら鳴らし続け、ようやく探していたものを見つけた。検索などが出来ない仕様なのだろう。

はたて人形がケータイの小さな画面から見せて来たのは、1つの写真であった。

 

「!こ、これは」

 

『そ。これ、あんたの知り合いでしょ?アタシが一応保護したんだけど』

 

「ユキがどこにいるのか知ってるんだね!?一体どこに!?」

 

『…落ち着きなって』

 

「あ…」

 

気が付けば阿求同様、はたて人形の肩を激しく揺さぶっていた。どうも、ユキ人形のことになると我を忘れてしまう。

だけど、こうして無事なのが分かっただけでも大きな収穫だ。

 

写真にはユキ人形ともう一人、知らない人形が気持ちよさそうに眠っているようだが…この変わった服を着ている人形は一体誰だろう?

ユキ人形の知り合い…なのか?この顔付き…似たような者を何回か見たような気も…誰だったか?

 

『そんで、今こいつらは妖怪の山の入口にある休憩所の近くにいる。会いたかったらソコにいきなよ』

 

「わ、分かった。ありがとう……でも、何で助けてくれたんだい?」

 

『……ん~…まぁ』

 

こちらの質問に対し、急に歯切れが悪くなるはたて人形。

人差し指で頬を軽く掻いた後、すぐさま後ろを向いてしまった。

 

『…一応、あんたには1回助けられたし?アタシ、貸しは作らない主義だから』

 

『じゃあ、確かに伝えたから。これで貸し借りなしってことで』

 

そう言うとはたて人形は光を帯び、夢の世界から姿を消す。

随分あっさりしたお別れだったが、何でだろう。あの人形とはまた会う気がする。

 

要約すると、はたて人形はあの時助けたお礼としてわざわざユキ人形の情報を伝えに来たということだ。何と言うか、必死になって助けた甲斐があった…というべきなのだろうか?見返りなど、こちらは一切求めていなかったというのに。

 

…それにしても、あの時はたて人形に何があったのかは謎のままであり、少し気になるところではある。あんな酷い怪我をどこで負ったのだろうか?あの山はそんなに危険なところなのだろうか…そう考えると、ちょっと怖いな。

 

 

だが、今は彼女の言った情報を頼りにユキ人形の元へ行くとしよう。

 

待っていろ、ユキ…!

 

 

 



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第十四章

「あ、看守さん。もう充分休みましたので!それじゃ僕もう行きますからっ!」

 

「え…お、おいっ!せめて朝食を取りなさい!」

 

 

早朝から予め準備を整え、ダッシュで民宿を後にして走り去った。

 

突然の退出に頭が追い付かない稗田の使いである看守は止めようとするも既に遅く、開きっぱなしのドアがユラユラと揺れている音が虚しく響く。

当主に無礼を働いた不届き者の勝手な行動に腹を立てるも、自分が急いでいることも同時に理解していた看守は渋々それを受け入れ、民宿の受付に謝った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

五の道の北へ行き、途中の邪魔な細木を木こり人形で伐採し、爺さんから人形バトルを挑まれるも急いでいるので丁重に断り、そこから霧の湖へと進んで、玄武の沢へと辿り着く。

 

流石に疲れた……息がすごく上がっている。時間の方は午前7時半を指しており、ここまで約30分くらいの時間が経った。そして、重大なことに気が付いてしまう。

 

 

河 が 渡 れ な い 。

 

 

はたて人形の言っていた休憩所はこの河の反対側の位置にあり、徒歩で行くことが出来ない。

こんなことが前にもあった気がする。洞窟の先の湖を渡れなくて困ったことが…。

あの時は特徴のあるようでない3人の河童達から「特製ゴムボートを譲る代わりにアジトを救ってくれ」と頼まれたが、人形解放戦線であるメディスン達と対峙した際に僕は怪我を負い、治療の為永遠亭に運ばれた。

今の今まですっかり忘れていたが、まだ自分は水辺を移動する手段を何も持っていないのだ。ポケ〇ンで言う、「なみのり」が出来ない進行状況である。

 

あの河童特製のボートさえあれば、この河を渡るくらい造作もないだろう。だが、あれから河童のアジトがどうなったのかは結局分かっていない状態な訳で…。

折角近くに目的地があると言うのに……ここはやはり、泳いで渡るしか方法はないか。

 

 

「おいおい、何考えてるんだよ!?人間がここを泳いで渡るなんて自殺行為だよ!」

 

「…今日は河の流れが速い。見て分からんのか?」

 

 

「…!こ、この声は」

 

 

「おやおや、私達を覚えてくれてましたか。…とうっ!」

 

聞き覚えのある声が聞こえてくると同時に、河から水飛沫が3つ飛び交う。

見事な着地を決めて現れたのは、いつしかのモブ・カッパーズであった。

 

“噂をすれば何とやら”とは、正にこのことだろう。

 

「この前は本当にありがとうございます。これに懲りて奴らも襲撃をしなくなるといいんですけど…何だか、またどこかで悪さしそうな予感がしますよ」

 

「で、今日来たのは例の約束の品を贈呈!はい、どうぞ!」

 

「…早めに向かって正解だった。結果的に」

 

金髪の河童から河童特製ゴムボートの入った小さなカプセルが渡される。

 

マジでナイスタイミングだ、河童達!もう早速使わせて貰おう。

 

「ありがとう!じゃあ僕急いでいるからっ!」

 

河に向かってカプセルからゴムボートを出し、空気が膨らんだところで早々に搭乗する。

夢と希望を胸に抱き、僕は操縦のハンドルを力強く握った。ゴムボートのエンジン音が心地良く鳴り響き、未知の世界への旅立ちを夢見て目の前の赤いスイッチを押す。

 

 

「それじゃあ、にとりさんや河童の皆にも宜しくね!」

 

 

河童達に別れを告げると、ゴムボートは猛スピードで河を一直線に突っ切っていく。

先程とは比にならない量の物凄い水飛沫が顔面に直撃し、呆然と立ち尽くすモブ・カッパーズ。

 

 

「操作説明しようと思ったのに、行っちゃったね」

 

「多分アレ、激流とかを渡る用の“ターボスイッチ”押しちゃったよねぇ。大丈夫かな?」

 

「…頑丈に作ってあるし、仮に事故っても恐らく問題はないだろう」

 

「う~ん…まぁ、操作説明書も一緒に入ってるから大丈夫かな?よし、じゃあアジトの復興に戻ろう!」

 

 

「「 おーーー! 」」

 

 

 

 

 

 

ゴムボートはモーターボートの如く河を走り、順調に目的地の休憩所へと近づく。

流石は河童の作った発明。凄い速さだ。何なら速過ぎるくらいだ。ブレーキを掛けないと危ないレベルだ。

 

そう言えばこのゴムボートの操作方法、全然分かっていない。どうしよう…勢いで発進してしまったぞ。先を急ぐ余り、そこらへんの順序を全部端折ってしまった…ヤバいヤバい。

 

「えっと、これでもない…多分これでもない」

 

それっぽいものを探してみるが、それらしきものが見当たらない。というか、分からないが正しい。…不味いぞ。このまま行けば河の途中にある橋に激突する。操作説明書とかないのか?

ゴムボートの周りを調べると、あった。モブ・カッパーズが丁寧に用意してくれたであろう、ゴムボートの操作説明書が。早速目を通す。

 

「えっと、下のペダルを踏みながらこのレバーを下に…ってぇ!?」

 

しかし目を通すのも束の間、すでに河の途中にある橋がもう5mのところまで接近していた。

駄目だ、間に合わない…!

 

 

 

「 うわああああぁぁぁーーーーーーーッ!!? 」

 

 

 

橋との激しい衝撃でゴムボートから突き飛ばされた僕は、そのまま宙に放り出されてしまった。

中々の高さだ…このまま地面に激突すればタダじゃ済まない。どうする?考えろ…考えるんだ、舞島 鏡介!

 

「…!そうだ!」

 

「 こがさ!出てきて! 」

 

この状況を打破する策を思い付き、封印の糸からこがさ人形を出して抱き抱えた。

こがさ人形は突然の指名に「え!?わたし!?」と言わんばかりのリアクションでこちらを見て涙目となっている。こんな危ない局面に呼び出してしまい、臆病なこがさ人形には本当に申し訳なく思う。でも、今はこの人形の技に賭けるしかない。

 

 

「 こがさ!地面に向けて “リバーススプラッシュ” だ! 」

 

 

最近になって覚えたこがさの新技、「リバーススプラッシュ」。

こがさ人形の周りに水柱を出して攻撃する技であり、相手を迎え撃つように使うちょっと変わった技だ。この技であればこちらに直接的なダメージはなく、且つ着地を和らげるクッションとなってくれる筈…頼む、上手くいってくれ!

 

こがさ人形は怖くて泣きながらも持ち主を信じて技の指示を了承し、力を溜め始める。

そして地面から間欠泉のように勢いよく水柱が噴射すると、こちらを受け止めるように直撃した。

やはり水なので当たっても平気だ…そのままそれに乗ってから落下の勢いを殺し、地面に降り立つ。…成功だ。

 

「ふぅ、危なかった。…あぁごめんなー無理させて。僕もちょっと焦り過ぎだったよ」

 

こがさ人形が今だに泣いているのを見て、慰めるように優しく撫でる。完全にこちらに非がある行動だった。全く、これでは昨日と同じではないか。また僕は目の前のことに焦っていたらしい。

…今回の出来事でちょっと頭が冷えた。反省しよう。

 

 

「(……しょっぱい)」

 

 

こがさ人形の技で被った水は、まるで海を思わせるような味がした。

 

 

 

 

 

 

河童特製ゴムボートには傷一つ付いておらず、橋の方も特に破損していない。

ゴムだからか、激突しても大したダメージはなかったようだ。良かった。やはり河童製は凄い。

安心したところでカプセルへと収納し、振り向くとすぐ傍には休憩所がある。目的地に辿り着くことが出来たようだ。

 

さて、ここにユキ人形が匿われているという話であったが一体どこにいるのだろう?

はたて人形の写真には、ユキともう一人の人形が大きな木の下で眠っている様子が映っていた。それを目印に探せば見つかるだろうか?

 

早速周囲を探してみるが、人形達はどこにもいない。それらしき木を虱潰しに当たってみても、見つからない。参ったな。予め詳しく場所を聞いておくんだった。

 

 

すると、上空から一体の人形がこちらに向かって来る。あれは…あの時のはたて人形だ。

もしかして、ずっと後を追っていたのだろうか?どうしたのだろう?

 

はたて人形は急いでケータイに文字を入力し、言いたいことを伝える。

成程、確かに文字ならばこちらでも簡単なことなら理解出来る。こういう時に便利な道具だ。

 

 

『ヤババッ!!☆あの子ココからいなくなっちゃってる~!!(>_<)きっとあいつに見つかった可能性大!!』

 

 

…何だか一昔の女子高生さを感じさせる文章なのは兎も角、“あいつに見つかった”?

一体誰のことだろう?まさか、人形ハンターか何かの類だろうか?だとしたら危険だ。今すぐ追いかけないと!

 

 

「すみません!この辺りにユキ人形がいませんでしたか!?」

 

 

すぐさま休憩所で聞き込みを開始し、一つでも情報を集める。

取り敢えず、目の前の暇そうにしていた男性に声を掛けてみた。男性はこちらの声に気付き、振り返る。

 

 

「…ん?お前はもしかして…舞島か!?」

 

「え…こ、浩一さん!?どうしてここに!?」

 

「そりゃこっちのセリフだよ。…まぁ人形遣いたるもの、人形求めて色んな所に冒険してみたくなるもんだよなー!ハッハッハ!」

 

 

懐かしい…まさか一の道で知り合った人形遣いの“浩一”と、こんなところで出会うとは。僕はどうやら運が良いようだ。

 

「説明は後です。今はあなたの人形の力が必要なんです!どうか、お願いします!」

 

「…何だか事情がありそうだな。よし、この俺に任せときな!ナズーリン!」

 

浩一はこちらの意図を汲み取り、封印の糸からナズーリン人形を繰り出す。

そう。彼の持つ人形はダウジングを得意とし、無くしたものを探すことが出来ると言う特技がある「ナズーリン」という人物が元になっている。

しんみょうまる人形の打ち出の小槌の捜索の時にはすっかりお世話になったものだ。今度はこれでユキ人形がどこに行ったのかを探して貰おう。

 

「ナズーリン。早速だが仕事を頼む。…それで、何を探すんだ?」

 

「僕の人形、ユキを探して欲しいんです。訳あってはぐれてしまって…まだそんなに遠くには行ってないと思うんです」

 

「オーケー。ナズーリン!ユキという人形の気配を探ってくれ!」

 

ナズーリン人形は手に持っているダウジングロッドに集中し、ユキ人形の行方を探る。

普段なら“人形”を探すというのは困難であろうが、ユキ人形は普通の人形とは違って身体の中に何か特別なアイテムが内蔵されている。だからそれを上手く感知出来れば、ユキ人形の気配を探ることも出来ると踏んでの提案なのだが…果たしてどうだ?

 

「!出たぞ」

 

ナズーリン人形の持つ人形が西の方角へ傾く。

どうやら、ここから西の方角にユキ人形がいるらしい。

 

「ここから西というと…“中有の道(ちゅううのみち)”を通ることになるな」

 

「“中有の道”?」

 

「“三途の川(さんずのかわ)”へと通じる道なんだけどよ。まぁ安心しろ。幽霊共が屋台とか開いてて、案外賑やかなところさ」

 

「…そ、そうなんです?」

 

確か、“三途の川というのはよく生死を彷徨った者が見ると言われている川の名前だ。そこへ続く道に、幽霊達が屋台を開いているだって?そんな馬鹿な話があるのか?

 

 

「…信じられないって顔してるな。まぁ、行ってみれば分かるさ。健闘を祈るぜ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

浩一の人形が示した通り、休憩所から橋を渡って西の方角へ進んでみると、1つの看板があった。

 

「この先、中有の道。幽霊、怨霊注意!」と書いてある。…どうやら、幽霊などがいるのは本当のようだ。

 

この先にユキがいる…よし。少し怖いけど、早速探しに行こう。

 

不安で強張る足を前へ前へと進ませ、中有の道を進んでいく。すると、早速何やらおいしそうな匂いが漂ってくるではないか。この醤油の香ばしい匂い…まさか、焼きそばか?…そういえば、今日はまだ何も食べていなかったな。

食欲をそそられ、匂いの元まで辿っていくと、そこには頭に三角頭巾をかぶった白い霊体が忙しそうに鉄板に向かいヘラを動かす様子が見える。

それは何とも言えないシュールな光景で、色々とツッコどころ満載であった。この世界では霊は普通に見えるものらしい。

 

 

…それは兎も角、腹をすかしている状態のこの匂いは反則ではないだろうか?正直、今すぐにでも食べたい…でも駄目だ。ユキを探すまでは我慢しろ。

こうしている間にも、ユキは苦しんでいるかもしれないではないか。

 

欲求を何とか抑え、引き続きユキ人形を探す。

しばらく歩いていると、様々な屋台が集まっている大通りに何やら人だかりが出来ているのが見える。

少し気になり、その中の様子を覗いてみると…なんと!そこには写真に写っていたもう一人の謎の人形をおんぶしているユキ人形がいるではないか!

 

やっと見つけた。ユキ人形は切羽詰まった表情で息を荒げながら、何かから必死に逃げているようだ。

足元もおぼつかなく、今にも倒れてしまいそうだ…待ってろ、すぐ助けてやる!

 

 

「ユキ」

 

 

「 待ちやがれ!絶対に逃がさないぞ…こんなレアな個体、滅多にいないからな! 」

 

「 まさか、こんなところにいるとはね!さぁ、大人しくお師匠様の人形になるんだ! 」

 

 

「「 …ん? 」」

 

 

「…!?」

 

 

何ということだろうか。

自分よりも先に、少年と薄い緑髪の少女が遮るようにユキ人形の前に立ち塞がった。そして互いに睨み見合っている…。

 

この状況に、僕は戸惑いを隠せないのだった。

 

 



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第十五章

中有の道にて、旅先の仲間達の協力により行方不明となっていたユキ人形を発見することが出来た。

 

しかし、そこには既に別の先客達がユキ人形を狙っている姿が…

 

 

「こいつは俺が先に見つけたんだ。手出するんじゃねぇ」

 

「何を言ってる!こっちこそ君より先にこの人形狙ってたんだ!邪魔しないでよねッ!」

 

 

ここまで逃げて行き倒れてしまい、気絶しているユキ人形を尻目に、少年と何処かで見た少女がユキ人形を巡って言い争いを始めている。

 

あの薄い緑髪に複数のリボンを凝らした緑のドレスに白い前掛け…そしてあの奇妙な形をした帽子。間違いない。

少女の方は以前、僕の前に突然現れてユキ人形を狙ってきた“丁礼田 舞”だ。

 

彼女は“お師匠様”という人物へ献上する為に僕のユキ人形を狙っているらしい。確かに彼女からしてみれば、僕の手持ちになっていない今のこの展開は好都合だ。

状況としては、ここにいたら偶然見つけたので捕まえようとしている…といったところか。あの時はあまり気にはしなかったが、何故僕のユキ人形が狙われているのだ?

そういえば、彼女の他にもピンクの色違いの格好をした“爾子田 里乃”という人物もいた筈だが…今ここにはいない。

 

 

と、今はそんなことを考えている場合ではない。急いで2人を止めないと!

 

 

「 ま、待って下さい!その子は僕の人形です! 」

 

 

間に割って入ることで言い争いを静止させると、邪魔をされた2人は当然こちらを睨みつけてくる。

特に少年の目付きは鋭く、今にも殺されてしまいかねない殺気を放っていた。見たところ僕より小さく明らかに年下の少年であるが、恐らく彼も人形遣いだろう。

 

「…お前の人形だと?もっとマシな嘘をつくんだな。お前の人形であるならば、糸で封印状態になる訳がないだろ」

 

「!そ、それは」

 

どうやら少年は僕の言うことに疑いを持っている。しかも、ユキ人形を一度捕まえようとしたみたいだ。そうか。はたて人形の言っていた“あいつ”とは、彼のことだったのか。

 

だが確かに、彼の言うことはごもっともだ。嘘をついていると思われてもしょうがない状況と言える。さて、どう説明したものか…

 

「ありゃりゃ、誰かと思えば君か!う~ん、出来れば会わずに事を収めたかったのになぁ…残念残念。あ、この前はどうもね」

 

「え、あ…はぁ」

 

舞の方は嬉しそうな表情でこちらの手を握り、再会の握手を交わしてくる。

言っていることに反して会えて嬉しいのかそうでないのか、よく分からない反応にこちらも半ば困惑してしまう。

この前…というのは人形について色々教えてあげた件についてだろうか?むしろ、「何故人形について何も知らなかった」と言いたい。

 

「…そうか、さてはお前らグルだな?第三者を装って俺を騙そうとしているんだろう?そうはいかないぞ」

 

「 ヘカ―ティア! バトルスタンバイ! 」

 

突然少年は自分の人形を繰り出し、こちらに対峙し始める。

赤い髪に赤い瞳、文字の入ったシャツを着ている攻めた格好をしている人形が宙に浮きながらこちらにプレッシャーを放つ。

 

 

『 名前:ヘカーティア  種族:地獄の女神  説明:3つの体を持つ 』

 

 

情報が出てきた。

 

〝地獄の女神”…通りで強そうなオーラを放っている訳だ。あの人形…恐らくかなり強い。元から種族自体が強いというのも勿論そうだが、かなり鍛えられている。

などと、思わずスカウターで調べてしまったが…彼は一体何を考えているのだろうか?

 

 

「人形バトルだ。勝った奴がこの人形を手に出来る…実にシンプルだろう?…まぁ、お前らなんかが俺の人形に勝てるとは到底思えないがな」

 

「いいねっ!その提案、乗った!」

 

 

「(お、おいおい…ま、不味いぞ。この展開は…)」

 

 

「 さぁ行け! 僕の人形! 」

 

 

舞は少年の無茶な提案に乗り、自分の人形を繰り出す。出てきたのは舞自身を元にした人形だった。

まい人形はその場踊りながら決めポーズを決めている。何とも本人がやりそうなことだ。

 

 

『 名前:まい  種族:不明  説明:背中で踊ることでその者の生命力を引き出す 』

 

 

とりあえずスカウターで調べて見たが、種族が不明…?

彼女は一体何者なのだろうか。謎は深まるばかりだ。

 

「(見たことない人形だな…一体どこに生息しているやつだ?俺のまだ知らないところがあるってことなのか…?)」

 

少年の方も、舞の人形を見て何かが引っ掛かっているようだ。

だがすぐに切り替え、戦闘態勢を整え直すと人形に指示を送るべく口を動かそうとしたその時、

 

電気を帯びた弾幕が、ヘカーティア人形に向かって飛んできた。

 

 

「…――ッ!右だ! フォースシールド!」

 

 

少年はすぐさま別方向からの奇襲に反応し、防御の指示に切り替える。

ヘカ―ティア人形は素早く反応し、右方向からの電撃から身を守ることでダメージを最小限に抑えた。

 

今の攻撃は自分は勿論、舞の人形のものでもない。第三者からの攻撃である。一体誰だ?

 

 

 

「 もーーー!げんちゃんどこいくのよーーー!? 」

 

 

 

「…!?こ、この声は」

 

 

それは、こちらにとっても聞き馴染みのある元気な声であった。

 

 

ヘカーティア人形に向けて奇襲を仕掛けてきたのは、金髪で白い翼を持つ人形だった。あの人形は…“げんげつ人形”だ。

げんげつ人形は目にも止まらない素早さで相手に突撃を仕掛けると、そのまま取っ組み合いへと発展させる。そして空中で派手な弾幕勝負が繰り出された。

何だかヘカーティア人形に対して強い憎しみを抱いているかのような、そんな表情でげんげつ人形は相手を攻撃している。

 

そうだ、思い出した。

 

 

「はぁ…はぁ…あれ?舞島さん…それに準まで?」

 

 

そう、以前旅を共にしていた人形遣いの〝光(ひかる)”だ。彼女とこの目付きの悪い少年は知り合いで、人里で一回人形バトルをしていたことがあった。

その際、げんげつ人形は完膚なきまでに叩きのめされていた記憶がある。それであんなにヘカーティア人形に対して攻撃的なのか…納得した。

 

「もうっ!舞島さん観察してないでげんちゃんを止めてよ!ほら、そこのあんたも!」

 

「ぼ、僕も!?」

 

「このまま2体が派手に暴れちゃったら、この辺一帯が消し炭になっちゃうって!」

 

「む~…バトルの邪魔されて頗る腹が立つけど、しょうがない。里乃の様子も気になるし」

 

どうやら、先に喧嘩する2体を止めなければならない展開になってしまった。…ユキ人形との感動の再開はしばらくお預けらしい。

 

気絶しているユキ人形ともう一体の人形をこちらで抱き抱え、とりあえず光達に応戦することにした

 

 

 

 

 

 

ヘカーティア人形とげんげつ人形…2体の激闘は止まることを知らない。

 

互いに人形遣いの指示も無しに技を仕掛け合い、どちらかが先に倒れるまで攻撃を続ける。

受け流した流れ弾や地上での激しい攻防により、辺りはすっかり焼け野原だ。互いの力が強力な分、周りの被害も尋常ではない。

 

 

「何だ何だ?新手のパフォーマンスかぁ?」

 

「いいぞ~!やれやれ~!」

 

 

だが2体の様子を目撃した観光客達はこれを余興と勘違いし、逆に盛り上がっている。

観光客達はすっかり戦いを見守る傍観者となってしまい、誰の協力を得ることが出来なくなってしまった。

 

…よく辺りを見回してみると、紫色の煙が充満しているのが分かる。そして、その煙を出しているのは赤い着物を着た紫髪の人形。

正確には、人形が咥えている変わった形の煙草から…これは、何だか嫌な感じがする。

 

 

「みんな、この煙を吸っちゃ…」

 

 

「里乃~どっちに賭ける~?」

 

「ん~そうねぇ。私は変なTシャツ着た方かなぁ」

 

 

「私のげんちゃんが強いに決まってるもん!だからげんちゃん一択だわ!」

 

「ふん、どれだけ強くなろうが俺のヘカーティアには到底敵わないさ。ざっと計算して、9:1くらいのダイアグラムだな」

 

 

気を付けるよう声を掛けるが既に遅く…皆この戦いを楽しみながら観戦してしまっている。

やはり、この煙は人を狂わすような効果があるみたいだ。このままではこの中有の道という地名自体が無くなりかけない。

あの煙を出していた人形は…駄目だ。この視界の悪さじゃまともに探せはしない。何と傍迷惑な人形だろうか。

 

考えろ。暴れているのはあくまで、げんげつ人形だ。

ヘカーティア人形はそれに対し応戦しているに過ぎない…だが敢えてその挑戦を受けるのは、あの人形の性格なのか?それとも、ただの気まぐれなのか?

 

いずれにしても、げんげつ人形をどうにか止めることさえ出来れば、この騒動は収めることが出来る筈。それには光の協力が不可欠なのだが…今は煙でおかしくなってしまっている。

 

「ちょっと失礼するよ」

 

正気を失っている光から、げんげつ人形用の封印の糸をこっそり拝借する。

こうなったら、こちらで無理矢理封印の糸に戻すしかないだろう。だが、どうやって誘導しよう?

 

 

げんげつ人形は確か、金髪の人形に目がないという性質を持っていた筈だ。現にユキ人形にべったりだった記憶が強い。

ならば金髪の人形に止めるよう直接お願いしてみたりとか?今抱き抱えている意識がないユキ人形ともう一体…この人形も一応金髪だ。

 

やはり、似ている。写真で見た時もそう思ったが、実物を見ると本当にそっくりだ。

こんなに似ていて全くの無関係だとは、どうも思えない。

 

 

…賭けてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 おーーい!げんげつ!こっちだーー! 」

 

 

上空で戦っているげんげつ人形に大声を上げてみるが、まるで反応なし。

分かってはいたものの、聞く耳を持たないのか、集中していて周りが見えていないのか…恐らく両方だろう。

 

どうにかしてこちらに気付いて貰わないといけないようだ。…しょうがない。

手持ちの人形達にも協力して貰おう。

 

「 しんみょうまる! メディスン! 出てきて! 」

 

封印の糸から2体の人形を繰り出し、一通りの作戦を伝えた。

今回やるのはバトルではない。げんげつ人形を大人しくさせる為の誘導だ。作戦を悟られては決してならない。

よって口頭での指示は一切やらず、身振り手振りなどでやることとする。

 

今のげんげつ人形はタイプに「雷」が含まれているようなので、今回はこがさ人形の活躍はあまり見込めない。

しんみょうまる人形なら「大地」タイプなので「雷」を無効化でき、最悪他の技でも「鉄壁之構」や「やせ我慢」で耐え忍ぶことが出来る。注意を引き付ける役としては適任だろう。

 

「よし、頼んだぞ!」

 

「「 ! 」」

 

早速げんげつ人形が再び地上戦へと切り替え、こちらに近づいてくる。

ヘカーティア人形と戦い続けてはいるものの、徐々にげんげつ人形の方の勢いが弱まっているみたいだ…やるならここしかない。しんみょうまる人形の方と顔を合わせ、作戦を実行する。

 

しんみょうまる人形は雷の弾幕を発射しようとするげんげつ人形の前に立ち塞がり、それをその身に受け止めた。

作戦通り、無効化して懐に潜ることは成功。邪魔をされたげんげつ人形は怒りを露にし、邪魔者を排除すべく次の攻撃に移る。

別のタイプの技を仕掛けると判断し、今度は片目を閉じて合図した。それを見たしんみょうまる人形は「鉄壁之構」を発動し、自身の集防を上げ攻撃に備える。

そして「幻」の集弾技を見事受けることに成功。大したダメージを負わずに済んだようだ。

 

それを見て完全にキレたげんげつ人形は、全身に力を込め始める。

これは…どうやら大技で一気に蹴散らそうとしているように見える。だが、そういう技は決まってデメリットがあるのがお約束。

しんみょうまる人形に向けて片手を大きく挙げて合図を送り、げんげつ人形の大技に備えた。そして、同時にげんげつ人形の溜めが完了する。

一気に放出される無数の弾幕が、しんみょうまる人形に向かって無造作に飛んで来る。それに対し、しんみょうまる人形は「やせ我慢」ですべてを受け止め、耐え忍んで見せた。

 

技を放ったげんげつ人形は足をつき、息を切らし始める。やはり、あの技には代償があったようだ。この状態ならば、メディスン人形も起用させることが出来るだろう。

 

「げんげつ、もう止めるんだ。今の君じゃ、あの人形には勝つことは出来ない」

 

「……」

 

こちらの言葉に、苦悶の表情で睨み返すげんげつ人形。…やっと僕の顔を見た。

半ば強引ではあったが、頭に血が上ったやつはこうでもしないと耳を貸してはくれない。

 

「聞きたいことがあるんだ。…この人形に、見覚えないかな?」

 

「…!」

 

こちらがユキ人形と一緒にいた人形を見せると、げんげつ人形は驚きの表情を見せた。

…やはり無関係ではなさそうだ。ユキ人形を見た時とは、明らかに反応が違う。

 

思い返してみると、初めて会った時げんげつ人形は何かを探していた。もしや、あの時一の道にいたのもこの人形を探していたからなのか?

だとしたら、僕らはそれを邪魔してしまったということになる。嫌われるのも、無理がないのかもしれない。

 

そんなことを思っていると、げんげつ人形は再び怒りの表情となってこちらに技を仕掛けようと電気を放出し始めた。

関係のあるであろう人形が目の前にいるにも拘らず、だ。まさか、この人形はげんげつ人形の宿敵か何かだったのだろうか?

不味い…今この距離で技を撃たれたら怪我では済まない。急いで合図を送り、人形に指示を出す。

 

その途端、げんげつ人形の背後から青い鱗粉が舞い、眠気を誘った。

疲れていたのだろう。げんげつ人形はすぐさまその睡魔に負け、その場で眠ってしまった。…普段は恐いが、眠った顔は可愛い。

 

「ありがとう、メディスン」

 

「♪」

 

保険を用意しておいてよかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「あ、あれ?私一体…」

 

「…くそ、何が起こったんだ?」

 

 

「あれ~?僕今まで何を?」

 

「もう、舞ったらおっちょこちょいなんだから」

 

「むむ!里乃こそ、折角あの人形見つけたのに呑気に店回っちゃって!どこ行ってたんだよぅ!」

 

「ごめんごめん。でもここの食べ物美味しいわよ?ほら」

 

「あ、ホントだいい匂い…ってそうじゃなくて!」

 

人形同士の戦いが終わったと同時に、一斉に皆が目を覚ます。決闘自体がなくなってしまった影響だろうか?

どうやら今までの記憶がなくなっているらしく、今の状況にとても困惑しているようだった。

 

「光ちゃん」

 

「あ、舞島さん。…そうだ、げんちゃんは!?」

 

「この中で眠ってる。何とか僕達だけで抑えたんだ」

 

「えぇ?す、すごいね。私なんか、まだ言うことを聞かせることも碌に出来ないのに」

 

光はどうやら未だにげんげつ人形とは上手くやれていないらしい。

夢の世界で喧嘩して以来、ずっとなのだろう。少し不憫だ。

 

どうにかしてあげたいが…それにはまず、げんげつ人形への理解が必要となってくるだろう。

顔立ちが似ているこの人形との関係性についても、いずれは知らないといけない。

 

「全く、自分の人形も制御出来ないとはな。とんだ迷惑だ」

 

「!…準」

 

「まぁ俺のヘカーティアの様子を見るに、今回も相手にならなかったようだがな。暇そうに欠伸してやがる」

 

横から準が割って入り、光に嫌味を言い放つ。

彼の言う通り、宙に浮いて付いて来ているヘカーティア人形には傷一つ付いておらず、余裕の表情を浮かべている。

あれだけの攻防をしていたのに、あの人形にとってはお遊び程度だった…ということか。何とも恐ろしい。

 

「さて、色々と邪魔が入ったが…その人形、今度こそ寄越して貰おうか」

 

「だ、だからユキ人形は僕の人形だって言ってるだろ」

 

「その嘘は聞き飽きたな。じゃあ何故、その人形は野生化している?しかも、俺が最初にそいつを発見したのは“妖怪の山”なんだぞ?そもそも、お前はどこから来た?少なくとも山にはいなかったよな?」

 

「…それは」

 

人形解放戦線によって封印の糸がなくなってしまい、そのまま永遠亭へ搬送されて……何て、そんなことを言ったところで信じて貰える気配がない。

この少年、疑り深いのもそうだが頭も切れる。くそ、困ったな……どう乗り切ろう?

 

「……」

 

「どうした?もう言い訳が思いつかないか?ならさっさと」

 

「このアホッ!!」

 

「…ッ!!」

 

しかし圧に一切屈することなく、光はゲンコツで準の頭を叩いた。

知り合いだからか、それとも光自身が強すぎるのか。その行動には一切の迷いがなかった。

 

光のこういった強気なところ、僕も少しは見習いたいところだ。

 

「その人形は正真正銘、舞島さんの人形よ。私、実際この目で見て知ってるからね」

 

「…ってぇな!!この暴力女!」

 

「何ですって!?このー!!」

 

ゲンコツを食らって頭に来た準はそのまま光と取っ組み合いのけんかを始めてしまう。

2人共大きく暴れ回っている為、辺りはすっかり砂埃…今度はこっちが喧嘩か。こういうところを見ると、彼らもまだ子供というか、何と言うか。

 

取り敢えずこのままだとボロボロになりそうなので、急いで喧嘩を止めた。

 

 

「ぜぇ…ぜぇ……フン!まぁ、今回はその人形を見逃してやる。お前も人形遣いなら、人形の管理くらいまともにしやがれッ!!」

 

 

準は捨て台詞を吐き、そのまま中有の道を後にしてしまう。

納得はいってなさそうだが、どうやらユキ人形が僕の人形だというのは理解はしてくれたようだ。

光の証言のお陰と言っていいだろう。本当に助かった。

 

「助かったよ。光ちゃん」

 

「いいっていいって!げんちゃん大人しくさせてくれたお礼だよ」

 

「…それにしても、女の子なのに喧嘩強いんだね」

 

「え?そう?普通じゃない?」

 

「……アハハ、まぁうん」

 

やはり、幻想郷の女は強いな。

 

「何だか、僕らの出る幕はなさそうだね」

 

「…今日は帰りましょうか。たこ焼き、後で食べましょ。お師匠様の分は…まぁいいか」

 

「賛成!」

 

 



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第十六章

中有の道の一件が片付いたそのすぐ後、僕は急いで妖怪の山の前にある休憩所へ直行した。

途中で会った光も一緒に付いて行き、人形の入った封印の糸を待娘に預ける。

 

 

取り敢えず、これでようやく落ち着くことが出来るようになった。

積もる話もある。光とこれまでの旅路について話し合うことにした。

 

「へぇ、やたら異常な身体能力しているとは思ったけど、それって河童の発明なんだ?」

 

「うん。まぁ私、流石にか弱い女の子だしね~。これくらいは用意しとかないと」

 

「(か弱い…?)まぁ、確かに危険は多そうだよね。そういえば、あれから何か人形を仲間にしたの?」

 

「そうねぇ。最近だと、“すわちゃん”とか仲間にしたよ。…そうだ!ついでに今の私が持ってる人形ちゃん達、みんな紹介するね!」

 

 

「 それ!出てこーーい! 」

 

 

そう言いだすと光は手持ちの人形達を封印の糸から次々と出し始める。

様々な形をした属性が光を中心に集まり、それぞれが実態化してその姿を現す。

 

「えっとね、右からアリス、ルナ、クラピー、じゅんこ、そしてさっき言ってた“すわこ”だよ!どう?凄いでしょ?」

 

「光ちゃん、もう6体持ってるんだね。僕は…まだユキ含めて4体か(人形箱の人形含めたら一応6なんだけど)」

 

結局、あの時やむを得ず捕まえたエリー人形とくるみ人形は未だに人形箱の中でお留守番だ。

一時期はメディスン人形のお世話をお願いしていたが、もうその役目も終わってしまっている…これからどうしたものだろうか。

 

それにしても、光が既に人形を6体揃えて実質パーティが出来上がっている状態だったとは。

初めて見るのもいるな…どこか大人びていて落ち着きのある黒い服に身を包んだ人形。確か名前は“じゅんこ”と言ったか。

こちらが物珍しそうに見ていると、じゅんこ人形と目が合う。少し驚いたが、じゅんこ人形は目が合った自分に対し微笑むと、ゆっくりお辞儀をし始める。

おぉう…思わずこちらも腰を落として返してしまった。礼儀正しいんだな…どこか品のある人形だ。

 

そしてもう一体、見覚えのない人形がいるようだ。ゴシックロリータに身を包んだ、ウェーブ金髪の人形。

その手には紫に燃える松明を持ち、乱暴にそれを振り回しては他の人形達に当たりそうになっている。落ち着きのない人形だ。

ルナ人形がそれを止めようと声を掛けるも、聞く耳を持っていないのか止まる気配が全くない。段々と自分に自信を無くし、涙目になるルナ人形…頑張れ、負けるな。

アリス人形もそれを見て止めに入ったが、それも聞こうとはせず遂には休憩所を走り回ってしまった。あんなに松明を振り回しながら暴れては火事になりかねない。

 

「光ちゃん、戻した方が…」

 

「あぁ大丈夫。すわちゃん、お願い」

 

この状況で妙に落ち着きのある光がそう言うと、肩に乗ってカエル座りをしているすわこ人形はコクリと頷く。

すると口を開き、そこから長く鋭いベロがゴスロリの人形へと発射された。

あまりの速さに呆気を足られているのも束の間、背後からの接近に気づかないゴスロリの人形はその舌の餌食となってしまう。

そしてすわこ人形の口へと吸い込まれ、その中で必死にもがくゴスロリの人形の下半身がジタバタ暴れるという情けない姿が晒される。

さながら獲物を捕まえるカメレオン…いや、蛙?を彷彿とさせる一連であった。その間、僅か3秒。

 

「うんうん、相変わらず見事な捕獲ね。…もうクラピー?建物の中では暴れないでっていつも言ってるでしょ!」

 

「…え?その子、あの時の?ず、随分格好が変わったね?」

 

「そうなのよ。恐らく…いや間違いなくげんちゃんが原因なんだけど…」

 

元々僕らが夢の世界で会ったクラピーことクラウンピース人形は、某英国の国旗を彷彿とさせる色合いの奇抜なファッションをしていた。

それが今は黒のゴシックロリータとは…一体どういった心境の変化があったのだろう?げんげつ人形の趣味の被害者にしては、それをノリノリで本人は着こなしていた気がするが?

 

「…――…――、………――ッ!…――…―――!」

 

その秘密を教えたいのか、クラピー人形は自慢げに説明を始める。

しかし、僕ら人形遣いには人形の言葉というのは全く持って理解出来ず、更に言うとまだ口の中にいる状態だから仮に分かってもまともに聞こえはしない。

どうやらちょっと間の抜けている人形のようだが、光はそんなクラピー人形を手持ちとしてちゃんと愛用しているらしい。

そして最初は使う気にならなかったというルナ人形も、今や光のパーティの一員…立派になったものだ。自分の人形でもないのにこういった成長を目の当たりにすると、何だかこちらまで嬉しくなる。

 

 

こちらも早く、6体の人形パーティを完成させたいものだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「お待たせしました。人形ちゃん達、すっかり元気になりましたよ~」

 

「ありがとうございます」

 

 

休憩所に預けたユキ人形達が回復したようなので、待娘から封印の糸を返却して貰う。

早く顔が見たいので早速ユキ人形を封印の糸から出し、その名を呼んだ。

 

 

「ユキ…!」

 

「…!!…!!」

 

「ごめん、ごめんよ」

 

 

こちらが強く抱きしめると、ユキ人形も同じく小さな体で抱き返す。…泣いているようだ。

無理もない。どこか分からない場所に突然行ってしまい、その時から今までずっと“準”という少年に追いかけ回され、危うく捕まりそうになっていたのだから。

僕があの時メディスンの攻撃を食らわなければ、こんな思いをさせずに済んだ筈だ。人形遣いとして、全く情けないことこの上ない。

 

「良かったね、舞島さん!」

 

「うん。…本当に」

 

光を始め、彼女の手持ちの人形達がユキ人形に無事会えたことを祝してくれる。何だかちょっと照れ臭い。

しかし、その中にげんげつ人形はいない。どうやら、未だに封印の糸の中のようだ。

 

いつかは皆と打ち解けて他の人形達とも仲良くしている姿を見たいものだが、やはり難しい話なのだろうか?

せめて探していたと思われるあの人形と会わせられれば、少しは光の言うことも聞いてくれるようになると思うのだが…そういえばユキ人形と一緒に預けられていたのにどこに行ったのだろう?

 

辺りを見回すと、なんとこっそり出口から逃げ出そうとしているではないか。

こちらが声を掛けると目が合い、逃げるように外へと駆け出そうとする。急いで追いかけようとするが、すぐにその必要性はなくなった。

 

「…ッ!」

 

ちょうどその時、休憩所に入ろうとした浩一と鉢合わせし、前を向いていなかったその人形は勢いよくその男の足にぶつかってしまう。

そしてその反動で後ろにゴロゴロと転がり、元の場所へと逆戻りしてしまう結果となってしまった。

 

 

「な、何だ?この人形は?」

 

 

目を回している謎の人形を見て、困惑する浩一。

 

ナイスディフェンスです。

 

 

 

 

 

 

「…ほぇ~。確かに、この人形げんちゃんにそっくりだね」

 

「もしかして姉妹とかか?ハハッ、まさかなぁ」

 

気絶している謎の人形について光、浩一と一緒に色々と考察し合う。

そういえば、この人形はまだスカウターで調べていなかった。よし、見てみよう。

 

 

『 名前:むげつ  種族:悪魔  説明:??? 』

 

 

情報が出て来た。

 

“むげつ”…どう考えても“げんげつ”と結びつきのある似たような名前、そして“悪魔”という種族。もしや、本当に姉妹だったりするのか?

もしそうでなかったとしても、これで無関係な訳がない。だが、何故あの場から逃れようとしたのかが少し気になる。

 

するとユキ人形がむげつ人形に駆け寄り、体を揺さぶり身の心配している。

そう言えば、ユキ人形がむげつ人形を守る行動をとっていたことを思い出す。遭難した先で偶然知り合ったにしても、ここまで親身になっているのには何か理由がありそうだ。

夢の世界にでも行けば人形と直接話は出来るが、その為には必ず“睡眠”が必要となる。だが寝る時間ではない為、それを今すぐには実行出来ない。人形の技で無理矢理寝かされるのは、どうかあれっきりで勘弁願いたい。

人形の言葉をその場で翻訳してくれるものが早く欲しい。河童の方々に頼めば何とか出来るだろうか?今度魔理沙にでも話してみようかな。…普段どこにいるのか全然分からないけど。

 

「あ、起きたみたい。お~い、大丈夫~?」

 

目を覚ましたむげつ人形に、光が軽く声を掛ける。すると朦朧とした意識でそれを聞いたむげつ人形は突然、全身が凍り付くような悪寒に襲われ竦み上がる。

何か恐ろしい気配を感じ取ったかのような反応、そして全身の震えが目に見えて伝わった。冷汗をかき、顔は徐々に青くなるその様は悪魔に似つかわしくないものであり、そこには威厳など何もない。

 

「え…?ど、どうしたの突然?」

 

「凄く怯えられているけど…光ちゃん何かした?」

 

「いやいや、私初対面だって!」

 

光に対し、並々ならぬ恐怖を感じているむげつ人形。

一体何を恐れているというのだろう…光は何も知らないということは、もしかして…そういうことか?

 

「…光ちゃんの“げんげつ”が、もしかしたら怖いのかも?」

 

「げんちゃんが…?」

 

この説がまだ確定した訳ではないが、もうほぼ確実にそうであろう。

げんげつ人形がわざわざ生息地から離れていたのにもこれで辻褄が合うし、あの拒絶はそれに対する嫌悪感からというのがしっくりくる答えだ。

あの場から逃げようとしたのもその気配を感じたからで、むげつ人形のコスプレのようなメイド服も、げんげつ人形に着せられたものと考えると納得がいく。

現に光の手持ちにも、その傾向があった。

 

 

「 もしかしたらむげつは、姉妹であるげんげつの支配から逃げてきた…? 」

 

「……あー…」

 

 

むげつ人形の異常な拒絶反応、そしてげんげつ人形の変態的な性格から考え、光はどこかその答えに納得をする。

あまりにも覚えがありすぎるし、それを容易に想像出来るからであろう。

 

 

 

 

数分による討論の結果、流石に可哀そうなので今この二体を会わせるのは止めることにした。

 

そしてむげつ人形だが、ユキ人形の強い志望もあって僕の手持ちへと加わる事が決定する。

勿論、むげつ人形自身の意志を聞いてからの判断とし、あくまで加入は一時的なものではあるが…冒険の仲間が増えたことは嬉しい。

 

 

さぁ、いよいよ妖怪の山へ出発だ。

 

 

 



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第十七章

遂にSODの要素解禁



 

「(…何だ、あれ)」

 

 

妖怪の山の登り口が、動物の姿をした何かで塞がれている。

それには地をつく為の足が存在せず、実体もハッキリとないことから“幽霊”の一種であると予測出来るが、何故あんなところにいるのだろう?

まるで誰かが来るのを待っているかのような、そんな素振りをさっきから見せている。

 

話し掛けるべきか悩んだが、このままでは先に進めない。取り敢えず、あの霊に声を掛けてみることにした。

 

「あの…そこ通りたいんですけど」

 

「!」

 

「ややっ!貴方様はもしや、舞島様でございますか?」

 

こちらが声を掛けると、男の声で喋る動物霊。オスだったようだ。

喋ること自体は予想出来てはいたが、思っていたよりも礼儀正しい言葉遣いをしている。

見た目は哺乳類のような顔つきで、クリクリした目が特徴的な動物。主に水族館などで見た覚えがある。

小動物特有の可愛らしさとは裏腹の渋めな男性の声に、シュールさを感じられずにはいられない。

 

そして口ぶりからすると、あちらはどうも自分を知っているようだ。

この前会った文という天狗がばら撒いた新聞が原因だろうか?

 

「…はい、一応僕がそうですが」

 

「やはり!!噂は兼々伺っております。何でも、人形異変の調査をしているとか」

 

「そうですね。それで今、この妖怪の山に登ろうと思っていたところです」

 

「それはそれは!見ず知らずの“外来人”であるにも拘らず、熱心な心意気でございますね!」

 

そんなことまで知っているのか…あの射命丸という天狗にはそれを話した覚えはないが、他の誰かから仕入れたのだろうか?

しかしこの動物霊、その場を譲る気が一切ない。遠回しに邪魔になっていることを伝えたのだが…ワザとなのか?

 

「それで、舞島様。調査の方は順調なのでしょうか?」

 

「え?…いや、うーん」

 

正直な話、今のところこの人形異変の調査は殆ど進んでいないに等しい。

どこから来て、誰が作ったのか…何も分かっていない状態だ。

 

「その様子だと、順調とは言い難いようですな。そこでなんですが…少し、話を聞いては貰えないでしょうか?」

 

「話…?」

 

「はい。実はその人形異変の影響で、我々の住む場所が荒らされてしまっていましてですね…困っているのですよ」

 

動物霊は事情をつらつらと話しているが、それに付き合う程暇ではない。

と、言いたいところだがこの手の者は下手に止めるのも悪手な気がする。仕方ないので、一通りは聞いておこう。

 

「我々の宿敵が“偶像”を作ってからというものの、一向に手を出せず仕舞い。嗚呼、何とも歯痒い…せめて強力な助っ人がいてさえくれればよいのですが…」

 

「“偶像”…ですか?」

 

「えぇ。厄介なことに、それは人形でないと全く太刀打ちが出来ない。正に無敵の兵隊ですよ。奴らも知恵が回るものだ」

 

人形でないと太刀打ち出来ない…?それではまるで、こちらの良く知っている人形そのものを言っているようではないか。

…まさか、宿敵というのは“人形”というものを作った人物のことを言っている可能性が?もしそうだとしたら、これは異変調査の大きな足掛かりとなる。

 

この話、もっと詳しく聞いておいた方が良さそうだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

あの動物霊の言っていたことはこうだ。

 

彼らの住処である畜生界(ちくしょうかい)に存在する人間霊保護施設、”霊長園(れいちょうえん)”。そこに突如として神が降臨し、人間霊を支配して占拠。

その神が例の人形を作り、霊長園だけでは飽き足らず彼らの住処である畜生界にも進行を始めた。当然人形を持たない動物霊達は成す術もなく、敢え無く撤退する羽目に。

そして住処を追いやられた動物霊達は自分の噂を聞きつけ、ここまで助けを求めにやって来た。

…ということらしい。

 

その霊長園に現れた神というものが、恐らく人形を作った張本人。この異変の元凶という線は十分にある。

しかし、そうだとすると何故こちらの世界にも人形が溢れかえっているのかの説明がつかないような気がする。野生の人形達も、こちらから危害を加えなければ特になにもしない。

今や多くの人形遣いが人形達を当たり前のように使役している。時には生活のお供として、時には戦わさて…色んな人形の姿を今まで見てきた。

 

謎はまだまだ多いこの人形異変…しかし、異変の調査をしている身としてはこの手掛かりを追いかけたいのも事実。

それに地獄の世界だけではなく、いずれは他の世界にも進行を進めるつもりなのだとしたら…その野望は止めなければならないだろう。

 

 

 

そして僕は今、その霊長園に行くべく“三途の川”へと赴いたことろだ。

 

 

「…どうしてだろう。この景色、初めてじゃない気がする」

 

 

思わず感じたことを口にしてしまう。

聞くところによると死んだ者が霊となり、ここ三途の川を渡るとされているらしい。

まだ死んではいない筈なのに、どうしてここに来た覚えがあるのか…?

 

よく見ると河の桟橋に船が泊まってある。近くに来てみると、その中に女の人は横たわっている姿が見えた。

倒れているのかと心配になり、声を掛けようと近づいたら心地よさそうな寝息が聞こえてくる…どうやら寝ていたようだ。

 

彼女は恐らくこの河の船頭か何かなのだろうが、明らかにサボってはいないか?

それに女性の傍に置いてある先の曲がった巨大な鎌…彼女は一体?

 

「コケ―、小町さんったらまた寝ちゃってますー」

 

「!」

 

後ろからまた別の声が聞こえ、振り返ってみると少女が困った表情で寝ている女性を見ていた。

白とは言い難い薄黄色の翼、ワンポイントだけ赤い同色の髪、そして同色の尾が特徴的な少女…鳥類を彷彿とさせるその見た目は彼女を“妖怪”だということをハッキリ示している。まず間違いないだろう。

 

「おや、あなたは…生きた人間のようですね。ここはあなたのような者が来る場所ではないですよ?」

 

自分の姿を見るなりここにいることを否定されてしまう。妖怪にしては、随分と心優しい性格のようだ。しかし、残念ながらその気遣いに応えることは出来ない。

何故なら僕は、この地獄の世界に行きたいのだから。

 

「すみません。僕、霊長園ってことろに行きたいんですけど」

 

「!…霊長園に?」

 

“霊長園”という言葉を聞いた途端、少し表情を曇らせる妖怪の少女。危険な場所…ということなのだろう。だがそれは百も承知。異変調査の為なら、多少の危険も乗り越えなければならない。

 

「どういった目的であそこに行きたいのかは存じあげませんが、それは容認出来ません」

 

「一応僕、人形遣いです。人形が危険ということなら問題ありませんよ?」

 

「そうではありません。確かに人形も危険ですが、あの世界はそもそも動物霊達が激しい抗争を日常茶飯事繰り返しているような危険地帯なんです。興味本位で行くようなところではないのですよ」

 

動物霊…妖怪の山であったあの霊のことを言っているのか?見た目はそんなに獰猛な獣という感じではなかったが…彼女の忠告を聞く限りだとかなり狂暴らしい。

 

「ふわぁ~~~……何ださっきからうるさいねぇ。ゆっくり眠れないじゃないか」

 

少女と喋っている最中に、船の中で寝ていた女性が目を覚ます。大きな欠伸をした後、伸びをしてこちらの方を向くとひどく驚き、すぐさま立ち上がった。

 

 

「 こ、これは庭渡(にわたり)様!!いらしていたんですね!!? 」

 

 

庭渡(にわたり)と呼ばれた少女を前に、まるで上司に挨拶をするかのような言葉遣いで喋る女性。

赤いツインテール赤い瞳、着物のようなロングスカート、そして茶色の腰巻をしている。身長は自分よりも高く、手元にはやはり先程の変わった形をした鎌を持っている。

 

「おや、ようやく起きたようですね小町(こまち)さん。そのまま寝ているようでしたら、耳元で叫んでいたところですよ」

 

「そ、そりゃ勘弁してくださいよ…ハハ」

 

どうやら小町(こまち)と呼ばれている女性は庭渡よりも身分が低いらしく、頭が上がらない様子だ。

見た目からは想像が出来ないが、庭渡はそれなりに偉い立場にいる人物らしい。まぁ、幻想郷ではよくあることだからそこまでは驚きは少ない方である。

 

すっかり話から置いて行かれてしまったが、どうにか霊長園に行く方法を教えては貰えないだろうか?この小町はどうやら船頭のようだし、何か知ってるかも?

 

「あの…」

 

「うん?誰かと思えば、この間の外来人じゃないか。何だ?遂に死んでしまったのか?」

 

「いや、彼は生きてますよ。何でも畜生界の方へ行きたいそうなのですが、流石に一般人を連れて行くのは賛同しかねます」

 

「ふ~ん、そういやお前は最近噂になってる舞島ってんだろう?新聞で見たよ。何でまたそんなところに?」

 

小町はまるで一度会ったことがあるかのようなことを言っているが、まるで覚えがない。

この光景にどこか見覚えがあることと、何か関係があるのだろうか?

 

しかし、これは良い展開だ。小町の話題振りからこちらの異変調査の事情を話せば、上手く説得できるかもしれない。

あの新聞がこんなところで役に立つとは…一部如何わしい文章もあるものの、幻想郷の住民達に知って貰うには一役買ってくれたようだ。

 

 

「実は……かくかくしかじか」

 

 

 

 

 

 

「…ふむ、成程。異変調査の一環、ですか。確かにこの人形異変、私達地獄の者からしても早期に解決して欲しい案件でございます」

 

「人形遣いとしても腕が立つなら、畜生界の方へ行っても襲われる心配はないんじゃないですかい?庭渡様?」

 

「……分かりました。そういうことでしたら、案内しましょう」

 

 

あくまでこの人形異変を解決する手掛かりを得る為…という利害の一致により、霊長園へ行くことを許可して貰った。

 

まぁ、実のところを言うとそれは口実であり、純粋に人形を作った人物に興味があるというのは、ここだけの話。

 

 

いざ、畜生界へ。

 

 

 

 



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第十八章

人形異変の手掛かりとなり得る情報を手にし、僕は三途の川へと赴いた。

 

その目的は畜生界と呼ばれる世界に存在する霊長園に突如現れた、“神”の存在との接触。

何でも畜生界に住む動物霊達は、その神が作った人形達に住処を追いやられてしまったと言う。

 

 

今回はその動物霊達に侵略者の退治を頼まれ、こうして霊長園へと向かっている訳であるが…

 

そんなことよりも、その人形という存在を作り出した“神”という存在。

そのワードに非常に興味を惹かれている自分がいる。何故か?無論、人形が大好きでとても愛おしい存在であるからだ。

 

まるでに人間のように体を動かし、感情があり、手先も器用な人形は今や僕にとって愛すべき生き物であり、掛け替えのないパートナーである。

そんな人形という生き物を作ったとされる人物にこれから会える思うと、ワクワクが止まらない。

 

「舞島さん、ここを抜ければ間もなく畜生界となります。心の準備は宜しいですか?」

 

自分の上着を両手で持ち上げながら飛行している庭渡 久侘歌(にわたり くたか)は、畜生界に通じるであろう境目へと来たところで問いかける。

彼女から一度言われたことだが、畜生界は人間が踏み入れるべきではない危険な場所らしい。いくら人形を持っているとはいえ、それでもやはり心配なのだろう。

だが、もう自分の意志はとっくに決まっている。

 

「問題ありません。むしろ、今すぐにでも行きたい位ですっ!!」

 

その問いかけに対し、僕はハッキリと答えた。シンプルに、分かりやすく。

それを聞いた久侘歌は、こちらの謎の積極性にしばらく考え込んでしまう。

 

「(…恐れるどころか、行くこと自体を楽しんでいる?無知故の純粋さか、それとも…)」

 

畜生界のことをよく知っている久詫歌はこの矛盾を少し疑問に思っているようだ。

だが、考えがまとまったのか彼女はすぐさま顔を上げると小さく頷く。どうやら自分の決意を受け止めてくれたようだ。最早止めるのは野暮だと、そう感じたのだろう。

 

 

「 分かりました。では、行きますよ。畜生界へ 」

 

 

そう言うと久詫歌は飛行スピードを上げ、地獄の関所を通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

関所を通ったその瞬間、一面の背景が紅く染まっていく…そして風が頬を激しく伝ってくる。…冷たい。

地面を見ると何もない殺風景な大地にが目に映る。そこには一切の生命は存在しなかった。まるで未開の星にでも来たかのような感覚になる。

木も、生き物も、集落の一つも、見渡す限りどこにも存在しない。ただ一面の真っ赤な大地のみが、延々と続いている。

自分が想像していたようなマグマが燃え滾る架空の世界など、そこにはどこにもありはしなかった。

 

…こんなに暗く、寂しい世界がこの世に存在していたなんて。

 

「…人間の、しかもまだ幼いあなたには少々堪えるでしょう?…あぁそうだ!」

 

「?」

 

この殺風景な光景を目の当たりにした自分に対して、久詫歌は何かを思いついたようであった。

とは言っても特に何かを直接する訳でもないようで、疑問に思っていると小さな鳴き声が聞こえてくる。これは…どうやら鳥の鳴き声だ。

気が付くと、自分の懐に小さなヒヨコが入っていた。

 

「畜生界へたどり着くにはまだ時間が掛かります。ですから、その子の相手をしてあげて下さい。多少は気持ちも和らぐでしょうから」

 

「ピ!」

 

どうやら、これが久詫歌の思い付いたことらしい。成程…確かに小さくて可愛らしいフォルム。あぁ、癒される。

彼女なりの優しい気遣いに、思わず感動してしまう。この方は天使か?こんな妖怪もいるんだなぁ…何だか彼女が天使を通り越して“神様”にも見えてきたぞ。

 

「あ、ありがとうございます!それで、この子は何と呼べば?」

 

「その子はピーコちゃんって言います。どうか可愛がってあげて下さいね」

 

ピーコちゃんか。どこかで聞いたこともなくはないが、良い名前だ。

 

さて、まずはどこを撫でられるのが気持ちいいのかじっくり確かめようかな?

 

 

 

 

 

 

こうして僕はピーコちゃんと戯れながら畜生界への道中を過ごし、大変有意義な時間を過ごす。

ピーコちゃんの方もスッカリ自分に懐いたようで、可愛らしいお友達が出来た。人形達とはまた違う、マスコット的な可愛さ。

うん、やはり小動物は良い。久々に堪能したなぁ。

 

「…――ッ!!」

 

「きゃ…!」

 

癒され気を抜いていたその瞬間、突然強風が吹き荒れる。

飛んでいた久詫歌も前に進めない程の逆風がしばらくの間続き、その衝撃で手元にいたピーコちゃんが飛ばされてしまう。

 

「ピ~~~!?」

 

 

「――ッ!ピーコちゃん!!」

 

急いで手を全力で伸ばし、何とかピーコちゃんを掴んで救うことに成功する。

少しでも判断が遅れていたらそのままどこかへ飛んで行ってしまうところだった…正に間一髪。

この咄嗟の反射神経も、人形バトルを積み重ねた成果かもしれない。特別運動が出来る訳でもなかった自分も、成長している実感がある。

 

しかし、その強風による被害はそれだけではなかった。

 

「…!」

 

被害を受けているのは主に飛んでいる久詫歌。原因は突然の強風。

それはこれまで会って来た少女達の格好に共通していることで、こちらの一般的女性の格好でも起こり得る出来事だ。

こういったハプニングに起こってしまった、“見えてしまうもの”。それが自分の目に、今ハッキリと映ってしまった。

 

人によっては幸せを感じる者もいる。自分は…どうなのだろう。それを見てしまって、今どう感じたのだろうか?

でも、不思議と鼓動が早まって体も熱くなっているような?いけないことなのに、この気持ち…所詮本能には逆らえないということなのだろうか。

急いで忘れようとするも、それは一向に消えることはなく…

 

「…どうやら収まったようですね。大丈夫でしたか?舞島さん」

 

「え!?あ、はい…」

 

「?何やら顔が赤く…!も、もしや風邪をひいてしまいましたか!?すみません、私ったら防寒の用意も碌にせずに…ど、どうしましょう!?」

 

「い、いや別に僕は」

 

「こうなったら……えいっ!!」

 

「むぐッ!!?」

 

凍えているであろう自分を心配し、何とかしようと思ったのだろう。

久詫歌は僕を胸元に抱き締め始め、冷えた体を温めようとする。確かに一時間程度強風に晒されてはいたものの、別に風邪などは引いてはいないのだが…。

 

 

いや、そんなことよりもこの状況だ。服越しに柔らかい感触が顔に伝わってくる…ヤバい。

これは死ぬ…色んな意味で死んでしまう。安らかな死を迎えてしまう。ただでさえアレを見てしまった後のこの追撃…何という強烈なコンボ。

全神経を持って何とか理性を保つことにしか集中出来ない…耐えろ。耐えるんだ。……すっごく温かいぞ、畜生ッ!!あぁ、頭がおかしくなるッ!!?

 

偶にこの世界の住民は無意識にこういうことをする…咲夜がそうだった。

もうちょっと女として警戒心というか…まず男を知って下さい。こんなことされたら色々勘違いされますきっと。

大森とか絶対ヤバいですよ?こんなことされた暁にはきっと獰猛な獣となって、この畜生界の住民になってしまいます。間違いなく。

 

「私の体、結構温かいですから今はこれで我慢して下さい。もうちょっとの辛抱です!急いで霊長園へ向かいますよ!」

 

よく聞き取れなかったが、霊長園へ向かうらしい。顔を胸元に抱き締めたまま。

 

抱き締めたまま。

 

 

早く…早く終わってくれ……

 

このままだと、自分も獣畜生の仲間入りしてしまいそうだ……恐るべし、地獄。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

久詫歌の飛行スピードが徐々に落ちていく…地に足が付く音が聞こえ、声を掛けられた。

 

「ここまで来ればもう寒くはありません。体調の方は大丈夫でしょうか?」

 

「え、えぇ。身体の方は特に問題ないです」

 

「それは良かった。…さて、ここが件の“霊長園”でございますよ」

 

ようやくハグから解放され、辺りを見回すと暗い世界が広がっていることに気付く。

しかし照らす為の電灯らしきものはちゃんと用意されており、道の整備やアウトドアテーブルとチェア、ベンチなどが置かれていて不思議と現代の世界の雰囲気に近い。

この場所を例えるならば、夜の国立公園……そういった表現が正しいだろうか。とても地獄の世界とは思えない、憩いの場のような空間がそこには確かにあった。

 

「では用がお済みになりましたら、ピーコちゃんを通じて連絡して下さい。では!」

 

久詫歌はどうやら帰りも送るつもりでいてくれるようだ。こちらとしてはその提案は非常に助かる。しかし、帰りまでに何か防寒対策を講じていく必要性がありそうだ。

彼女に一切悪気がないのは分かる。だがもうあんな恥ずかしい思いは御免だ。

 

 

 

畜生界の方角へと飛んでいく久詫歌を見送り、改めてこの霊長園の探索を始める。

 

辺りは人形が潜んでいる草むらが沢山生い茂ってる…そして野生の人形も何体かいるようだ。スカウターで見てみる。

 

 

『 名前:えいか  種族:水子の霊  説明:石を積むのが上手 』

 

『 名前:うるみ  種族:牛鬼  説明:河で漁業を営んでいる 』

 

『 名前:くたか  種族:神  説明:平等と利他を優先する、礼儀正しい神 』

 

 

情報が出てきた。

 

中々個性的な人形達がここにもいるようだ。…というか久詫歌さん、本当に神様だったのか。動物的な特徴だったから気が付かなかった。

何の神様なのかはこのスカウタ―では一切分からないが、今度会った時にはちゃんと態度を改めた方が良いのだろうか?

 

まだまだいるので、どんどん調べる。

 

 

『 名前:やちえ  種族:吉弔(きっちょう)  説明:人を欺き、すべてを見下している組の長 』

 

『 名前:さき  種族:驪駒(くろこま)  説明:力こそ全てだと考えている戦闘狂の組の長 』

 

『 名前:ゆうま  種族:饕餮(とうてつ)  説明:非常に強欲で、単独を好む組の長 』

 

 

情報が出てきた。

 

うーん、漢字が読めない。そして、説明が少しおっかない。見た目は可愛い人形なのに。

そして、どうやら3体はそれぞれ喧嘩をしている。それも複数体のでの殴り合い、噛みつき合いの泥臭い争いで、だ。

余程仲が悪いのだろうか?どことなく不良同士の喧嘩に近いような…とにかく、そういうのとは無縁である自分にとって近づき難い光景であるのは確かだった。

これではまるでヤクザの抗争…同じ草むらに生息しているえいか、うるみ、くたか人形達は逆らうことが出来ずにテリトリーを狭められてしまっているではないか。

 

喧嘩をするのはともかく、他の人形達に迷惑をかけているのは頂けない。

正直こんなことをしている場合ではないのだが、このままほっておくことが出来ない自分もいる。

人なら絶対に無理だが、今回の相手は人形…それならば、自分でも何とか争いを止められるかもしれない。よし、やろう。

 

 

「 みんな! 出てこい! 」

 

 

甲高く、手持ちの入っている封印の糸から人形達を呼び出す。

その声を聞いた人形達はそれに答えるように光の塊となって飛び出すと、自分の前に一斉に集結した。

実体化を果たし、それぞれユキ、しんみょうまる、こがさ、メディスン人形が現れる。むげつ人形は…出てきてはいないようだ。

 

やはり、まだ仲間だと思ってくれていないのだろう。自分の手持ちに加入したのも本当に突然のことで、戸惑いがあるのも当然と言える。

だが、むげつ人形ともその内打ち解けていきたい。それに、ユキ人形があんなに必死になって庇っていた理由も気になる。二体はどういった関係なのだろうか。

 

…出てきてくれないのならば、せめてむげつ人形はこの戦いを見届けて欲しい。

それで少しでも自分に興味を持ってもらえれば、少しはこちらに話をしてくれるかもしれないから。

 

「 よし、まずはユキ!あの人形達の注意をこっちに向けるんだ! フラッシュオーバー! 」

 

指示を受けたユキ人形は元気よく頷くと、自身の周りから火球を生成してそれを喧嘩している人形達へと放った。

喧嘩に夢中でその攻撃に対応できなかった人形達は対応出来ず、攻撃をまともに食らって何体か吹き飛ばされてしまう。倒れた人形達の様子は…気絶はしていない。だが、あの様子ではまともに戦うのは最早不可能であろう。

ユキ人形の火力であれば普段なら一発で気絶するような威力なのだが、ちゃんと指示の意図を読み取り手加減してくれたようだ。

 

攻撃を仕掛けられた人形達は当然怒り、今度はこちらに牙を向け始める。

こちらに飛んできながら様々な属性の攻撃が一斉に放たれた。だが、そんなことは予測済み。

 

「 しんみょうまる!メディスン!攻撃を受け止めろ! 」

 

指示を受けた2体はそれぞれの得意とする属性の攻撃を引き受ける。

野生の人形はスタイルチェンジをしていない。よって技での対応をする程の火力はないだろう。

しんみょうまる人形は集弾、メディスン人形は散弾をそれぞれ担当し、弾幕の応酬を最小限のダメージでやり過ごすことに成功させる。

自らの役割をちゃんと理解出来ている。うん偉い、偉いぞ。

 

「 最後に、こがさ! リバーススプラッシュ で人形達に反撃だ!! 」

 

2体の傍ですっと力を蓄えていたこがさ人形は、その合図と共に我慢を解き放つ。

すると前方の地面から、間欠泉の如く水が広範囲に放出して人形達を一掃。天高く舞い上がった野生の人形達が上へ、下へと行く様を見届け、バトルは終了。

 

これで争いをしていた人形達は全員大人しくすることが出来た。

 

 

さて、説得をすると共にダメージを負った人形達を回復させよう。

治療が出来るメディスン人形もいることだから、あまり時間も掛からない筈だ。

 

 

 

 

 

 

一通り人形の治療を終え、ベンチで一息つく。流石に数も多かった為、メディスン人形も同様に座って休憩タイムだ。

メディスン人形に労いの一声かけ、頭をそっと撫でると喜びの表情を見せる。ゆっくり休んで欲しい。

 

正直なところ、治療している途中でまた暴れられることも予想されたが、打ちのめされた人形達は意外にもしおらしくなって抵抗することは全くなかった。

それどころか、こちらを倒したことを称賛しているのかどうにも懐かれたみたいで、平和的に終わると言う意外な結末を迎えることとなり…何でもやってみるものだと実感したくらいである。

 

こちらの要望を承諾した野生のさき、やちえ、ゆうま人形達は自分達がしていたことを他の人形達に謝り、今ではすっかり仲良しになっている。

この光景を見ていると、本当にやって良かったと思える。争いのない世界…何と素晴らしいことだろうか。

 

 

「いやぁ、お見事お見事」

 

 

「――ッ!?」

 

 

背後から突然、誰から声と共に拍手が聞こえてくる。

そのことに驚いて声の聞こえた背後を慌てて確認すると、一人の少女が佇んでいた。

 

髪は金髪、赤い瞳をしていて水色の服を纏った少女…更に頭に奇妙な形の角を生やし、背中には大きな甲羅と大きな尻尾という何とも言い難い見た目。

だが、この人物は人形でたった今見たところだ。“やちえ”…確かそんな名前である。まさか本人が突然現れるとは思いもしなかったので、驚きが隠せないでいる。

 

よく見ると彼女の周りには見覚えのある動物の霊が漂っていた。妖怪の山で会った奴と一緒だ。

もしや、彼女はこの霊と何か関係のある人物?だとしたら、彼女はあの神とは敵対関係にあるということになる。

こちらにとっては味方…というには少し違う人物の可能性は高い。それに、人形の説明によると“人を欺く”ことを得意とするらしい…油断は出来ないだろう。

だが、一応自分は動物霊に協力する態で話は付けてあるのも事実。どうしたものか…

 

「何やら色々と考えているようですが、そんなに警戒しなくて大丈夫ですよ。舞島 鏡介さん」

 

「!」

 

顔に出ていたのか、すぐに八千慧から考えを見透かされてしまった。

一見表情は笑っているように見えるが、あの冷酷な目…人を見下しているような、下に見られている不快な視線だ。

この圧力…まるで自分など小さな虫かのように思え、すっかり気押されてしまう。冷汗も出始めた。

 

初めてかもしれない。幻想郷の住民を“怖い”と感じたのは。

 

「あなたはやはり、人形遣いとしてとても才のある人間のようです。私の見込んだ通りでした」

 

「人形をここまで巧みに操るその技術…ぜひ我々も参考にしていきたい。でも、その前に…」

 

ゆっくりと、彼女はこちらに足を運び言葉を吐く。

逃げ出したいのに、体が言うことを聞かない。一体、自分はどうしてしまったんだ…?

 

 

「 あの目障りな“造形神(イドラデウス)”を、排除してきて下さいな 」

 

 

肩に両手を添え、耳元に囁くように、そう言い聞かされた自分は、何故かその言葉に「はい」と返事をしてしまった。

逆らうことも出来たであろう。だがそれを拒む何かが、あの瞬間に芽生えてしまったらしい。

 

 

造形神(イドラデウス)”を倒す。

 

その目標を得た僕は彼女の案内の元、神のいるその場所へと赴くのであった。

 

 

 



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第十九章

言われるがままに八千慧の後に付いて行き、辿り着いた先は大きな洞窟だった。

 

洞窟の入り口には土で作られたであろう黄土色の像が2体、左右にそれぞれ置かれている。

この像は元の世界でも似たものを見たことがある。…実際はもっと小さかったような気もするが。

 

「霊長園の墳墓内部…ここの奥に奴はいます」

 

彼女の言葉に「はい」と返事をしてしまう。

倒すつもりなど微塵もないと言うのに…何故だかそれを彼女に対して言うことが出来ない。

だが幸い、意識などはハッキリしている。これならば間違っても戦いにはならないであろう。

 

 

「…あぁそうだ。一つ言っておきます。もし万一にも倒し損なうようなことがあれば」

 

 

「あなたの親しい友人、もしくは家族…その方々がどうなるでしょうねぇ?フフ…」

 

 

「…――なッ!?」

 

 

八千慧からの突然の脅迫が、僕の全身を恐怖で強張らせた。

 

仮にもしこれが本当だとしたら…僕はそれをやらざるを得なくなる。

これがハッタリであるという可能性も少しは疑ったが、彼女を一目見てすぐに分かった。あの冷酷な目…他人の命を何とも思っていないような、そんな性格が滲み出ていた。

流石は地獄に堕ちた狂暴な獣達を束ねる人物だ…故に頭も切れる。どうすれば人を恐怖に陥れられるかという残忍さ、狡猾さが見て取れる。

 

相手を従わせる為なら、それもやりかねない。

 

そう思わせることにより、その言葉に信憑性が生まれてしまった。

自分がお人好しな性格であることを理解してのこの脅迫…正直、効果覿面だ。

 

「良い報告を期待していますよ。…それでは」

 

そう告げた僅か数秒の間に、八千慧はその場から姿を消してしまう。

 

しばらく時が止まったかのように立ち尽くす。…大変なことになってしまった。

自分はただその造形神とやらに会いに来ただけなのに、今やそれを倒さざるを得ない状況に…やられた。人形について知ろうという考えがまさかこんな結果を招いてしまうなんて、誰が想像出来たであろう?

 

 

改めて、ここが地獄であることを再認識させられたような気がする。

ここに来る覚悟を問う久詫歌のあの言葉…その重みをたった今、痛い程感じた気分だ。

畜生界に住む者のことをよく知っていたからこそ、そこへ行くことに反対していた…今思えば、あの時その言葉を素直に受け止めていれば良かった気がする。

しかし僕は行くことを選んでしまった。だから、これは自業自得であることは明白。故に進むしかない。

 

何でもこの霊長園という場所は、死んだ人間霊達の保護施設らしい。今のところ霊の1人さえも見当たらないが。

もし自分が死んでしまったとして、その魂がここに来てしまうことになるのだけは勘弁願いたいものだ。まぁ、こちらはまだ死ぬつもりなど毛頭ないのだが…これまでこの世界で何回か死にかけたのも事実。こんなこと人生で何度も経験なんてしたくないというのに。

ここの人間霊達の仲間入りをしないよう、精々死なない程度に頑張っていくことにしよう。

 

 

覚悟を決め、僕は墳墓の入口へと足を踏み入れる。

途中、何やら視線を感じた気がするが、ここにいるのは自分1人だけ。

 

…まさか、この入口の土偶?いや、そんな筈は…でもこの世界じゃそうとも言い切れないのが怖いところ。念の為、近くまで寄り観察するがピクリとも土偶は動かない。…考え過ぎだったか?

 

少々腑に落ちないが先程の視線は気のせいということにし、僕は墳墓へと入っていった。

 

 

『 ……シンニュウシャ ケイホウ シンニュウシャ ケイホウ !! セントウブタイ タダチニ シュツドウセヨ !! 』

 

 

入口の土偶の目が赤く光り、墳墓内部へと伝達される。

だがそのことに僕が気付くのは、ずっと後のことであった。

 

 

 

***

 

 

 

 

「いやぁ、それにしても相変わらずの手際でしたね統領!あの人間完全にビビってましたよ」

 

「カワウソ。戻っていましたか」

 

 

「あの人形遣いの情報をいち早く入手し、マークしていた甲斐がありましたね。人形の情報チラつかせればすぐに食いついてきちゃって、実に滑稽ですな。利用されているとも知らずに…チョロいもんです」

 

「…さぁ、それは怪しいところですがね。あの人間、少々勘が鋭いところもある。だから先手で脅しをかけたのですが…」

 

「えぇ?私にはとてもそうは見えませんがねぇ」

 

 

「…まぁいずれにせよ、あの厄介な邪神さえ何とかしてくれれば、我らは格段に動きやすくなる。奴らに後れを取らない為にも、あの人形遣いには活躍して貰わなければ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

僕は今、走っている。

 

入口にいたのと同じ種類で、尚且つ意思を持って動いてくる土偶の群れから必死に逃げている。

 

 

「逃げるでない!大人しく捕まるのだ!」

 

「獣共の仲間め!我ら埴輪兵団の力、思い知らせてくれる!」

 

 

おまけに喋るこの土偶…もとい埴輪(はにわ)達。見た目に反して結構足も速く、一向に振り切れる気配がない。

こんな悪趣味な生き物も造形神が作り出したと言うのか?作っているのは人形だけではないとは薄々思っていたが、もっといろいろあっただろうに。

ちょっとばかり造形神の美的センスを疑う…だが相手を動揺させるには充分な見た目をしている為、ある意味防衛としては成功しているのが悔しいところ。

 

「…しょうがない!」

 

キリがないと判断し、振り返って封印の糸を構える。相手は埴輪だ。

無機物相手なら、人形での攻撃も躊躇しなくてもいいだろう。

 

「 行け! こがさ! 」

 

封印の糸から水の塊が現れ、地面に弾けるとその場にこがさ人形が登場。

相手は土偶…所謂“土”だ。水でも被せれば、形を保てなくなって動かなくなる筈。

 

すると埴輪兵団は足を止め、自分の人形を見て一斉にざわつく。こちらに攻め入ろうとはしない。

好都合だ。このまま引き下がってくれれば…

 

「 ゆけい! ラルバ! 」

 

埴輪兵団の1体は、それに対抗するように自身の封印の糸から人形を繰り出してきた。

そう、あの土偶も1人の人形遣い…だが思い出してみると、造形神は人形によってこの霊長園を占拠したという。ということは、それを操る人形遣いもまた同時に存在するということ。

つまりこの埴輪兵団はこの墳墓の侵入者を撃退する見張りでもあり、その一体一体が皆人形遣い…その数は千など軽く越えている。

成程、動物霊達が敵わなかった訳だ。造形神はこの圧倒的な戦力をもって、この場を制圧したのだろう。正に無敵の戦力と言える。

 

…と、関心をしている場合ではない。こんなの一人で相手に出来る量でないぞ。

だが埴輪兵団はいつの間にかこちらを逃がさないよう周りを取り囲んでおり、どこにも逃げられる隙がない。

 

 

もう、やるしかないようだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「侵入者か。性懲りもなく獣共が攻め込んで…ん?あれは…人間か?」

 

「…如何なさいますか?」

 

「そうねぇ…」

 

「恐らく彼は人形遣い。こんな危険なところにいるということは…それなりに腕もたつのかしら。私の自慢の作品である、あなたよりも」

 

「そのようなこと、あろう筈が!私は〇〇〇様の」

 

「もう、冗談よ?う~ん…まだまだ本物の人間には遠いわねぇ」

 

「…!申し訳ございません。この詫びは私自ら」

 

「そんなことしなくてもいいわ。それより、あなたも早く合流なさい」

 

「はっ!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「こがさ! アクアカッター だ!」

 

 

指示を受けたこがさ人形は自身の持つ傘を振りかざして水の刃を撃ち出す。

通常の技よりも出の速い攻撃に対応出来なかった相手の人形はもろに食らってしまい、戦闘不能となる。

 

もう、彼是21体は倒しただろうか…?少し集中力が切れ始めているのを感じる。

まともに休憩させてくれないせいで頭をいつもより酷使しているせいだろう。

いくらこちらが上手く対応出来たとしても、次々と埴輪兵団は選手交代しながら無限に人形バトルを挑んでくる。

 

ふと視線をずらすと、こがさ人形も息を切らして疲れ果てていた。当然だろう。

一切の交代も無しにここまで頑張って来たのだ。多彩な積み技を持つこがさ人形は耐久戦が得意だが、こうも連続だと流石に厳しい。

そろそろこっちも選手を交代しないといけない。誰にする?積み技と「やせ我慢」を持つしんみょうまる?それとも同じディフェンススタイルになったメディスン?

ユキは…火力はあるが長期戦には向かない。…いや、攻撃は最大の防御という言葉に則って一撃で人形を倒すのも有りなのか?

 

数の暴力とは正にこのこと。卑怯だと言ってやりたいが、侵入したのはあくまでこちら側。このやり方に異議を申し立てることなど出来はしない。

むしろ、人形解放戦線のように人形遣いを直接攻撃してこないだけまだマシと言える。

 

 

「…戻れ! こがさ!」

 

 

…出来る限りの抵抗はしてみようじゃないか。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

…どういうことだ?

 

霊長園の外の人形達があんなに大人しく…しかも、他の人形と手を取り合っているんなんて。

こんなことは有り得ない…一体誰が?

 

「…まさか、あの人間?私が作らなかった優しさの感情が、あの人間によって芽生えたとでも言うのか?」

 

あの人形達はあくまで獣達への兵器として作りだした偶像(アイドル)…これではまるで使い物にならないではないか。まさか、獣共はこれを狙って…?

 

…神の神域を冒すだけでは飽き足らず、私の造形物をも…あの人間、どうしてくれようか。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「メディスン! マナの恵み!」

 

 

指示を受けたメディスン人形は傷ついた体を天からの光を浴びることによって修復させる。

事前に「命の泉」を張り、さらに「毒壺」を持つことによって、タダでさえ高い散防のメディスン人形は最早軽い要塞と化していた。

それでも弱点なので危なくなれば「ミアズマ」と「マナの恵み」でひたすら耐え続け、相手を猛毒で戦闘不能にする。これはポケ〇ンでも中々嫌らしい戦法の一つだ。

 

「くそくそっ!何故倒せないのだ!? 火遊び で焼いてしまえ!」

 

苛立ちを隠せない埴輪兵士は闇雲に人形に指示を出し、こちらへ攻撃させ続けようとする。

だがミアズマを食らってしまい体力を蝕まれている人形は最早技を繰り出すことも出来ない。完全に動きが鈍っていた。

 

「 ダストボム! 」

 

その隙を一切見逃すことなく、メディスン人形に攻撃の指示を出し追撃させる。

メディスン人形は自身の周りに漂わせている紫の霧から毒の塊を生成し、相手にそれを直接ぶつけてダメージを負わせることに成功。

弱っていた相手の人形は耐えられるだけの体力は残っていなかったらしく、敢え無く気絶。戦闘不能だ。

 

…これで、48体目。実質の永久機関を作れたことはかなり大きいが、そろそろこちらも限界が近い。視界も段々とぼやけている…こんなに一気に人形バトルをするのはこれが初めてだ。

 

 

「成程、我ら埴輪兵団の精鋭達を次々と倒していくその強さ。君はどうもタダの人間ではないらしい」

 

「…――ッ!」

 

 

埴輪兵団の中から女性の声が洞窟内に響き渡る。

その声を聞いた兵団は一斉にその方向へ向き、そして畏まった。

 

「!だ、団長ッ!!?」

 

「ここは我らにお任せを!団長が出るまでもございません!」

 

どうやら声の主である女性は“団長”と呼ばれているらしい。通りで埴輪達の態度が全然違う訳だ。

だが部下の声を聞くことなく前へ前へと進んでいくその人物は、やがてはっきりとその姿を自分の前へと現した。

 

「お前達ではこの者に勝つことが出来ん。私が相手になろう」

 

ダブルお団子結びの金髪セミロング、同色の瞳、鎧のような黄土色の服、両腕には籠手が付いている。

まるで実際に戦うかのような…もう服というより、装備というのが正しい。そして手には周りにいる埴輪と同じデザインの棒上の何かが握られている。

今までにないタイプの住民だ。この兵団をまとめる者なのだろうか。見たところ、彼女は自分と同じ人の顔をしているようだが?

 

 

「私はこの埴輪兵団の長を務める、杖刀偶 摩弓(じょうとうぐう まゆみ)と申す。いざ、尋常に勝負!!」

 

 

 

 

 

 

摩弓が繰り出したのは、やはり彼女と同じ姿をした人形であった。

早速スカウターで見てみる。

 

 

『 名前:まゆみ  種族:埴輪  説明:主への忠誠心が強い 』

 

 

情報が出てきた。

 

まず最初に驚いたのが、彼女もあの周りにいる奴らと同じ“埴輪”であったことだ。

彼女を作ったであろう造形神は、何を思って人型埴輪を作ったのだろうか?

 

「先手を打たせて貰おう。 急襲(きゅうしゅう)!」

 

摩弓が指示を出したその瞬間、まゆみ人形が目の前から姿を消す。

不味い。スカウターの情報に気を取られていた…!一体どこに!?

 

「…そこだっ!!」

 

気が付くといつの間にかメディスン人形の背後にまゆみ人形が背を向けて立っており、手に持っている棒上の何かを構えると、それを思いっきり相手の背中に刺突する。

不意を突かれたメディスン人形は身体をよろめかせ、動くことが出来ない。大きな隙が生じてしまう。

 

「(し、しまった…!)」

 

 

「 今だ! 一閃(いっせん)! 」

 

指示を受けたまゆみ人形は棒状の何かの先端を右手、その下を左手に持ち替え構えた。

そして腰を低くして集中力を高め、またもや姿を消したかと思うとその場に僅かな土煙が舞い上がる。

 

切り裂くような斬撃音が静かに残響し、相手に背を向けた状態でまゆみ人形が姿を見せる。

 

右手には刃が付きだされた状の何かが握られ、軽く斜めに一振りし柄にあたるの部分を器用に何度も回すとゆっくりと鞘へと戻す。

完全に収めたその音が聞こえたその刹那、攻撃をされたメディスン人形は時が戻ったかのように致命的なダメージを負い、その場に倒れてしまった。

 

 

「 メ、メディスン!? 」

 

 

僕は慌ててメディスン人形の方へと駆け寄る。

…駄目だ。目を回して気絶してしまっている。完全に戦闘不能だ。くそ、あの時油断しなければ…!

 

…いや、冷静になれ。あの人形のスピードは例え目で追っていても対応出来なかっただろう。

「急襲」という技はスピードに優れていて、相手を必ずひるませる効果がある。どちらにしても、避けようがなかった。

人形の弱点…それも属性だけでなく攻撃のタイプまで的確に付かれては、例えディフェンススタイルでも一撃でやられてしまう。

あの人形、土偶だからといって「大地」属性ではないのか?複合タイプの可能性となると、しんみょうまる人形と同じという可能性も…?

 

「さぁ、次の人形は誰だ?」

 

腕組をしながら摩弓は次の対戦相手を志望している…まゆみ人形の方も同様に同じポーズだ。

さっきの「鋼鉄」属性の攻撃に相対するのならば、やはりこの人形だろうか?

 

気絶しているメディスン人形に一声かけ封印の糸に戻し、次の人形を繰り出す。

 

 

「 こがさ! 出番だ! 」

 

 

まだ相手の人形の攻撃範囲がいまいち掴めていない。ここは慎重にいかなければ。

 

純粋な強敵を相手に久々の緊張感を感じた僕は、思わず息を呑むのだった。

 

 

 



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第二十章

人形を作った造形神(イドラデウス)がいるとされている霊長園墳墓内部。

そこで僕は土で出来た造形物の集団、埴輪兵団に囲まれてしまう。

 

無限に続く人形バトルを乗り越えた先に埴輪兵団のリーダー、“杖刀偶 摩弓(じょうとうぐう まゆみ)”が立ち塞がった。

 

「次はその人形か。……ふむ」

 

「?」

 

こがさ人形を出したのを見た摩弓は少し考え込んだ。

悩む…ということは、「水」に対して彼女の人形は相性が悪いのだろうか。

だが、こちらは埴輪兵団との連戦でかなり消耗している。勝てるだろうか…?

 

「…そんな手負いではまともに戦えまい。医療隊!その者を治療してやれ」

 

「!?」

 

自分の人形を見た真弓は予想外の行動に出た。

敵である筈のこがさ人形をナース姿の埴輪達がその場で救急して消耗した耐久を回復させる。

様々な医術を受けたこがさ人形は体力、魔力共に万全の状態となった。

 

「ど、どうして?僕は敵なんですよ?」

 

「袿姫(けいき)様は私に侵入者の実力を図るよう命令された。人形がそんな状態では命令を遂行出来ない」

 

袿姫?それが例の造形神の名前か。

自分を倒しに来た相手に対して随分と余裕のある待遇だと少し驚いたが、これはまたとないチャンスが来た。

 

つまりここでその実力を示せば、造形神である袿姫という人物に会えるのではないだろうか?

 

「私に負けるようでは、袿姫様には到底敵わぬ。だから早々にお前を倒し、侵入を諦めて貰おう」

 

こちらの人形が万全になったのを確認した摩弓は改めてこちらに警告する。

どうやら簡単に負けてやる気はないらしい。…望むところだ。

 

 

 

 

 

 

「 では行きますよ!こがさ! 土砂降り(どしゃぶり) で自分を強化して! 」

 

 

指示を受けたこがさ人形は持っている傘を閉じ、頭上に発生した雨雲から降り注ぐ恵みを一心に受ける。「水」属性のこがさ人形にとって水、特に雨水は正に力の源。この効果によりこがさ人形の集弾、集防が上昇する。

その代わりに俊敏が下がってしまうデメリットがあるものの、相手の出方を伺う戦法がメインのこがさ人形にとってはあまり気になるものにならない。

相手の技を見てすぐに分かった。あのまゆみ人形の攻撃スタイルは集弾であることを…このバフは彼女にとって嫌なものである筈だ。

 

「……」

 

しかし摩弓はこがさ人形の技を見ても特に表情を崩すことなく、それを見守っている。

どういうことだ?攻撃が通りにくなることはバトルにおいてとても不利になるというのに、どうして何もしてこない?

 

「…なら!こがさ 幽霊アンサンブル!」

 

今のところ相手が何を考えているのかが分からない。普段ならばこちらがその行動をするつもりだったが、仕方ない。

そっちが来ないのなら、こちらから仕掛けていこう。指示を受けたこがさ人形は金床を地面に生成し、懐から取り出したハンマーで力一杯打ち付けた。

その際に鳴る金属音が音符の弾幕となって、相手に向かって飛んでいく。

 

「幽霊アンサンブル」は攻撃技であると同時に、相手の集弾を下げる効果がある。

あちらとしては、絶対に食らいたくはない技だ。さぁどう来る?

 

「…右にかわして バリアオプション!突っ込め!」

 

指示通り、最小限の動きで弾幕をかわしたまゆみ人形は自身の周りに埴輪の身代わりを展開させ、こがさ人形に接近する。

相手の行動パターンとしてはほぼ予想通りだ。ならばこちらはそれに対応するまで。

 

僕はこがさ人形にアイコンタクトを送り、迎撃態勢を整えさせる。

 

「 十文字(じゅうもんじ)!! 」

 

まゆみ人形による杖刀の2段切りが襲い掛かる。だが集防が上がっているこがさ人形にはそこまで痛手にはならない。そう思っていた。

だが想像よりも相手の火力は凄まじく、真向に斬撃を受けたこがさ人形は大きく吹く飛ばされてしまう。

 

「ま、負けるな!反撃の リバーススプラッシュ だ!」

 

こがさ人形は吹き飛ばされながらも何とか両手で踏みとどまり、地面から湧き出た巨大な水柱を相手に向かって放出することに成功させる。

これはバフが掛かっていなかったら危なかったかもしれない。あの人形…スピードもそうだがパワーも相当ある。

 

相手の攻撃の後に発生したことにより、より威力の増したリバーススプラッシュがまゆみ人形へと襲い掛かった。

しかし相手は先にそれを見越してか、事前に「バリアオプション」を展開している。結局はダメージを負わせることが一切出来ないのが悔しいところ。

…流石に手強い。兵団の長を務めるだけはある実力だ。

 

「 水に向かって スパークジャベリン! 」

 

「!?」

 

だが相手はこちらの想像を超えた策でこの技に対抗した。

電気を帯びた槍を手元に生成したまゆみ人形は水柱に向かてそれを投げつける。

水は電気を通しやすい。その特性を利用した応用…彼女は最初からこれを狙っていたとでも言うのか?

 

雷の槍が貫通した水柱は電気を帯びた敵味方も関係のない無差別な攻撃と化し、近くにいるこがさ人形も危険な状況となってしまった。

その場から今すぐ離れたいところだが、今のこがさ人形は俊敏さを失っている。当然避けられるはずもなく、おまけに「土砂降り」で水を被っているせいで余計に電気を通りやすい。

全身が痺れて苦しむこがさ人形に対し、バリアオプションで難を逃れているまゆみ人形。格好の隙を晒した相手に、構える。

 

「 追撃の スパークジャベリン で止めだ!! 」

 

Eこがさ人形は「雷」が4倍で通ってしまう。…最もダメージを与えられる最善の攻撃だ。

 

雷の槍がこがさ人形の胸元を貫き、そこから何万ものボルトが全身に伝わってくる。前が見えない程の凄まじい光の点滅が繰されると同時に、こがさ人形の悲痛な声が墳墓内部で響き渡る。

反撃も抵抗も何も出来ず、こがさ人形が戦闘不能になるのを見ていることしか出来ない…完全にしてやられてしまった瞬間であった。

 

やがて攻撃を終えたまゆみ人形は静かに槍を抜き、自分の持ち主の元へと軽やかに跳躍する。

こがさ人形は…言うまでもなく戦闘不能。読みが甘かった…まさか、「雷」技があるなんて。

 

「さぁ、次だ」

 

「…ッ」

 

悔しさから自然と自身の唇を噛み締める。

今まで自分がしてきたようなことを逆にされてしまうと、こんなにも動揺するものなのか。

戦闘不能となったこがさ人形を封印の糸に戻し、謝罪の念を心の中で伝える。僕がもっとしっかりしていれば、絶対に上手く戦えていた。

 

だが、自ずとあの人形の属性が絞れたような気がする。「雷」を持つということは、それに相反する「大地」属性という可能性は少なくとも考えにくい。

そして「一閃」、「十文字」といった刀物を使う攻撃手段。恐らく、あの人形は「鋼鉄」属性ではないか?

 

そこまで威力がない技であるあの「十文字」の火力の高さも引っ掛かる…アビリティは技の火力を上げるタイプのやつだろうか。

詳細はまだハッキリしないが、あれを直に食らうのは今後避けた方が良さそうだ。

 

 

「次はお前だ! しんみょうまる!」

 

 

こがさ人形のバトルで得た相手の情報…決して無駄にはしない。

 

 

 

 

 

 

しんみょうまる人形を出した理由は主に2つ。

 

1つは「鋼鉄」属性に対して有利に立ち回れ、且つ相手の「雷」技を無効化出来ること。

相手の弱点を突くことは人形バトルの基本だ。「鋼鉄」に「大地」は効果抜群を取ることが出来る。

更に「雷」は「大地」に効果がない。よって先程の「スパークジャベリン」をしんみょうまる人形に出すことが出来なくなり、技範囲を狭められる。

 

そしてもう1つは、最後のユキ人形へと繋げる為だ。相手がもし「鋼鉄」ならば、「炎」であるユキ人形でも弱点は突ける。

だが相手にまだ隠し玉が存在しているという可能性も捨てきれない。こちらのエースを出すのにはまだ情報が足りないのだ。

まゆみ人形が仮に「大地」属性の技を持っていたとしたら、耐久のないユキ人形は一撃でやられてしまう。しかし元になった真弓の「埴輪」という要素を考えると、持っていても何ら不思議ではない。

いや、むしろ絶対に持っているという確信がある。人形というのは元になった人物に習った属性、技を持つ特性があるのだから。

 

そういう意味では、あの人形が「雷」技を持っていたことは正に予想外だった。

それも自分が水を使った技を使うのを読んでのあの行動…一切の無駄がない完璧な指示と言える。

 

「…どうやら色々と思考を巡らせているようだ。顔を見ればハッキリ分かる…だが無駄なこと。君に私の人形は倒せない」

 

「!」

 

「君の戦闘スタイルは先程のバトルで凡そ分かった。中々の腕だが、まだまだ動きに無駄が多い」

 

「先程の応用も君の兵団達との戦い方をトレースし、得たものだ。君はそれに対応出来なかった」

 

「最早この勝負、結果が見えている。降参したまえ」

 

「…――ッ」

 

勝ち筋を見い出している自分に対し、摩弓は無慈悲な言葉を投げかける。

様々な人形遣いとバトルをしてきた中で、こんなことを言われたのは初めてであった。

 

圧倒的な強者が放つ台詞に威圧され、思わず飲まれそうになる。

幹部でこれならば、それよりも上の立場である造形神(イドラデウス)はどれほどの実力だと言うのか?…少なくとも、自分など相手にもならない領域なのだろう。

 

確かに彼女の言う通り、このまま戦っても勝てる見込みがない。何せ相手の人形を1体も倒せてはいない状況だ。

少し慢心していたもかもしれない…これまでが順調すぎたのだろう。勝手に自分は人形バトルのセンスがあると思い込み、自覚はなくともどこか心の中で天狗になっていた。

情けない話だ。相手の力量も碌に測れないなんて…

 

 

…だが、しかし。

 

霊夢の時も、レミリアの時も、僕はギリギリだった。追い詰められ、必死に考えて考えて、何とか勝ちに繋いできた。

そしてそれを実現させてくれたのは、他でもない人形達。この子達はまだ、少しも勝負を諦めてなんかいない…僕を信じてくれている。

 

「確かに、このまま戦っても勝てないかもしれないですね」

 

「でも、諦めませんよ。僕の仲間達はまだ戦おうとしている。どんなに格上の相手であろうとね。なのに僕が弱気になってちゃ、この子達に申し訳ないでしょう?」

 

「…理解出来んな。つまり君は人形達の為に戦うと?」

 

「えぇ。それが僕の人形遣いとしての在り方です」

 

しばしの間、墳墓に静寂が訪れる。取り囲んでいる埴輪達もこの時は野次を飛ばすことはなく、時が止まったかのように動かない。

不味い…少し寒いことを言ってしまっただろうか?でも本当にそう思って言ったから別に後悔はしてないぞ…?

 

あぁ、でもしんみょうまるはこっち見て嬉しそうに笑ってる。ありがとうな。

 

「人間というのは面白い。超えることの出来ない壁を前にしても、怯むことなく挑み続けるその心意気。…造形である私達にはないものだ」

 

「…そ、そうです?」

 

静寂の中、最初に口を開いたのは摩弓だった。

どうやら摩弓にとっても先程の言葉は心打たれるものがあったらしい。ちょっと救われた気持ちになる。

 

 

「面白い。ならば超えて見せよ。最強の戦士であるこの私をっ!」

 

「…ッ!」

 

 

怒号のような大声でそう叫んだ摩弓の気迫は凄まじく、鬼にでもなってしまいそうな恐ろしい形相であった。

まるで物語の最後を締めるラスボスの風格…埴輪兵達もその姿を見て強縮してしまっているではないか。

 

 

「 さぁ、来るがいい!勇気ある人間よ!! 」

 

 

摩弓の持っている杖刀の力強い地面への突きが、次の勝負が始まる合図となった。

 

…意外とそういうノリが好きだったりするのか?埴輪兵団長殿。

 

 

 

 

 

 

「 先手必勝!しんみょうまる 抜打 だ!! 」

 

 

しんみょうまる人形が放つ無数の針の弾幕がまゆみ人形に向かって飛んでいく。

相手は防御手段として「バリアオプション」を持っているが、あの技は使う度に自身の体力を削っている。そう何度も使えるような便利技ではない。

よって「バリアオプション」を使うとしても、食らうとしても、攻め立てることにより確実にまゆみ人形の耐久を減らすことは可能となる。だが、相手もそれを想定していない筈がない。簡単にはいかないだろう。

だが今は少しでも相手の技の情報が欲しい。今度はどう返す?

 

「 臨戦 !相手の攻撃をいなせっ! 」

 

相手の取った行動は、ステータスを上昇させる技。

杖刀を抜き両手持ちで刃を横に構えたまゆみ人形は集中力を高め、迎撃態勢を取ると飛んで来る針弾幕を次々とその杖刀で打ち落とした。

 

「 霊石乱舞(れいせきらんぶ)! 」

 

お返しと言わんばかりに、今度はまゆみ人形の方から石礫の弾幕を放つ。

やはり、「大地」の技を持っていた。予想は当たりだったらしい。

 

「鋼鉄」の入っているしんみょうまる人形に「大地」は効果抜群…威力が上がっているのもあって、まともに食らう訳にはいかない。

ここは先程見せた相手の人形のテクニック…早速奪わせて貰おう。

 

「 集中之構 で弾幕を打ち落とすんだ! 」

 

指示を受けたしんみょうまる人形は手に持っている輝針剣を両手持ちし、縦に構える。

「集中之構」は集弾、命中を同時に上昇させる技。相手の先程見せた「臨戦」も、性質上は同じようなものに感じた。

アビリティの「打ち出の小槌」を持つ今のしんみょうまる人形ならば、きっと行ける筈だ。

 

複数飛んで来た石礫を、しんみょうまる人形はその輝針剣で両断していくことで攻撃をやり過ごす。成功だ。

「霊石乱舞」の威力自体はさほどなかったことから、属性が一致していない可能性がある。となれば、やはり「大地」属性は持ってはいないという仮説は正しいかもしれない。

 

「なんと、今度はこっちが真似をされるとは!…だが、まだ終わりではないぞ」

 

気が付けば正面にいた筈のまゆみ人形の姿が消えている。

手ごたえのない攻撃とは思っていたが、今のは囮の牽制攻撃だったらしい。こちらが気を取られている内に、既に別の攻撃の指示が出されていたのだ。

 

だけど、こういう時は大抵どこにいるか決まっている。

 

 

「上だ! しんみょうまる バックステップで回避!」

 

 

指示を受けたしんみょうまる人形は頭上から刃が突き刺さろうとしていることに気付き、後ろに大きく一歩下がる。

その僅か1秒もない程の間にまゆみ人形が勢いよく刃を地面へと突き刺し、無事難を逃れた。

 

「よく分かったな。これで終わらせるつもりでいたが、思いの他やるではないか」

 

突き刺した際の大きな揺れ、ヒビ、そしてクレーターが技の威力の高さを物語っている。食らっていたら間違いなく戦闘不能だったであろう。

自分も過去にこの戦法を実行した経験がここで生きた。この隙は見逃さない。

 

「 ロイヤルプリズム! 」

 

地面に突き刺さった杖刀を抜く時間を利用し、しんみょうまる人形は剣先から虹色の光線をまゆみ人形に放つ。

攻撃タイミングとしてはバッチリだ。相手からしたら避けようのない状況…!

 

もし「バリアオプション」を選択したとしても、今ならまだまだこちらが攻め立てるられる。形勢がこちらに傾きかけた。

 

「ハンマー投げ で攻撃を弾きつつ、反撃!」

 

「(な、何!?)」

 

だが摩弓はこの不利な状況にも冷静に、そして大胆に対応してくる。

棘付きの鉄球を手元に生成し、それを力一杯自分ごと横に回転させる事で発生する“遠心力”で「ロイヤルプリズム」の軌道をずらす。

そしてその勢いをそのまましんみょうまる人形に向けて手を放すことで棘付鉄球を真っすぐに飛ばした。これを受け止めるには威力が高すぎるし、生半可な攻撃では相殺出来ないだろう。

 

「スクリューロック で迎撃だ!」

 

出し惜しみをしている場合じゃない。ここは最近覚えた新技の1つ、「スクリューロック」の出番だ。

この技はどんなに頑丈なものにでもダメージを与えることの出来る特性を持ち、相手の上がっている能力を無視出来るのが主なメリット。

これで頑丈な鉄塊を砕き、反撃をやり返す事も可能だろう。

 

指示を受けたしんみょうまる人形は大きな尖った岩の塊を生成し、それを高速で回転させ、ドリルのように飛ばす。

鉄塊と岩が激しくぶつかり合い、橙色の火花があちこちに飛び散る。威力自体はほぼ互角…だが、こちらの技の性質上、徐々に鉄球に綻びが生じてこちらが優勢となり、やがて鉄球は岩に貫通させられる。

 

「…成程。良い技の選択だ」

 

「バリアオプション! 相手に接近しろ!」

 

摩弓は遂に「バリアオプション」の選択をとる。

地面から埴輪のダミーを生成し、迫り来る岩がそれに吸い込まれていくことで直撃を免れた。

 

これで2回目だ。あの技を繰り出せるのは精々、後1回。それが限度だろう。徐々にまゆみ人形にも疲れが見え始めているのが分かる。

いいぞ。確実に追い詰めてはいる。このまましんみょうまる人形で倒せれば万々歳であるが…油断はしない。

 

「ロイヤルプリズム!近づかせるな!」

 

接近してくるまゆみ人形に向かい、しんみょうまる人形は再び虹色の光線を剣先から飛ばす。

「集中之構」で威力と精密さが上がっているこの技を、消耗している状態でかわすことは難しい筈だ。

 

「バリアオプション で構わず接近!」

 

「な…!?」

 

いとも簡単に、その言葉は放たれた。

更に「バリアオプション」を張ることでダミーを作り、攻撃をやり過ごす。

 

これで3回目…最早まゆみ人形の耐久は限界に近い。

この摩弓の選択…まさかここで勝負を決めてくるつもりなのか?急に力押しな戦法で仕掛けてきているような…理由は不明だが、これは大きい。

 

大きいが、相手に接近を許してしまう結果となったのは事実。

もう通常の攻撃技が間に合うような間合いではなくなってしまった。

 

 

「 そこだ!! 十文字ッ!! 」

 

 

摩弓は最後の一撃を放つかの如く怒号で人形に指示を出し、それを受けたまゆみ人形は杖刀による二段切りを繰り出そうと構える。

 

駄目だ。ここで防御に回ったらやられる…!

 

 

しかし、それに対して対応出来る技をこちらはまだ1つ持っている。

玄武の沢でしんみょうまる人形が僕を庇った時、偶発的に身に着けたあの技が…!

 

 

「 不動心(ふどうしん) で受け止めろ! 」

 

 

指示を受けたしんみょうまる人形は頷き、頭にかぶっているお椀を肥大化させてそれを盾代わりに攻撃を受け止めた。

耳鳴りがする程の金属音が、激しく墳墓内に反響する。

 

「な、何だと!?」

 

相手の人形の攻撃は見事防ぐことに成功。

流石の摩弓もこればっかりは驚いたようだ。だが、この技はこれで終わりではない。

 

「 いっけぇっ!!! 」

 

盾代わりに受け止めたお椀を手に持ち、力を蓄えたしんみょうまる人形は勢いよく一歩前進する。

そう、この技は防御と攻撃を同時に繰り出す技で、カウンターのような使い方が可能。しんみょうまる人形の“守り”の力を“攻め”に転換させる特殊な技だ。

 

「(不味い…!) ――で――――っ!!」

 

攻撃が当たったその時、摩弓の声もかき消される程の衝撃が訪れた。

まゆみ人形はお椀の盾によるバッシュをもろに食らい、そのまま大きく吹き飛ばされる。周りにいる埴輪兵達を次々に巻き込みながら、やがてその先の壁へと叩きつけられてしまう。

 

 

「(やったか!?)」

 

 

相手の耐久はもう風前の灯火だった。あれは流石に直撃している。やった…勝てたんだ。

 

 

確かに当たったという手応えから勝ちを確信し、胸に手を当てて安堵するのだった。

 

 

 



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第二十一章

杖刀偶 磨弓との人形バトル。

 

相手のまゆみ人形にメディスン、こがさ人形は倒されてしまったが、バトルの中で相手の人形の特徴を掴む。

次に出たしんみょうまる人形で徐々に相手を追い詰め、新しく覚えた技を上手く食らわせることに成功した。技の衝撃により大きく吹き飛ばされ壁に打ち付けられたまゆみ人形の姿は、巻き起こった土煙のせいでまだ確認することは出来ない。

だが相手は「バリアオプション」の代償で大きく耐久を削っていた。しんみょうまる人形が使った技である「不動心(ふどうしん)」を耐えられるとは、到底思えない。

 

「…お見事。今のは私も少し驚いたぞ。だが」

 

「…――ッ!」

 

徐々に砂煙が晴れ、中の様子が明らかになる。そこにはまだ倒れていないまゆみ人形がこちらに歩み寄ってくる姿があった。

だが、心身共に限界なのだろう。その足はおぼつかなく、今にも崩れてしまいそうである。息も相当荒い。

 

そしてよく確認するとまゆみ人形の右腕が破損している。普段ならばとても見ていられないくらいグロテスクである筈だが、その部分はまるで陶器が割れたかのように無機質なもの。

実際には分からないが、恐らく自分の人形達の身体の構造とは少し違うのだろう。

 

 

「この私の人形に「やせ我慢」を使わせたのは君が初めてだ。…そして、今から使うこの技も初めて使う。何せこんな状況にもならなければ使うことの出来ない特殊な技だ」

 

「君は誇りに思っていい。最大限に高まったこの技を食らう、その第一人者となれるのだから」

 

 

「 風前の灯(ふうせんのともしび)! 」 

 

 

指示を受けたまゆみ人形は精神を集中させ、闘気を限界まで高める。

地面が揺れ、崩れていた周りの石達が宙に浮かび上がり、巻き上がる風が頬を伝うのを感じる。何という力だ…思わず息を呑む。

すると破損している右腕に闘気が集中し、やがて1本の巨大な腕が生成された。

 

「 行けッ!! 」

 

合図と共に、しんみょうまる人形へ突撃するまゆみ人形。

もう耐久がほぼ無いに等しい状態にも拘らず、その足は速い。出した闘気で痛みに耐え忍んでいるのだろう。

主に対する忠誠心の現れがあの人形をあそこまで強くしているのだとしたら、敵ながらあっぱれと言わざるを得ない。

 

「抜打 だ!」

 

だが、相手の人形は後一撃でも貰えば倒れるような極限状態。

それならば相手がこちらへ来る前に、何としても仕留める。逆にあの技を食らってしまったらしんみょうまる人形はタダでは済まないだろう。

あの一撃をどうにか耐えるという選択肢もなくはない。だが、それは最終手段。この状況では食らう前に倒すというのが、最善の答えだ。

 

「集中之構」によって威力と命中精度の増したしんみょうまう人形の技は確実にまゆみ人形を狙うが、まゆみ人形はそれを新しく生成した右腕で弾き飛ばす。

そのまま怯むことなく前へと迫るまゆみ人形と、それを迎撃しているしんみょうまる人形の距離は少しずつ縮まってい様子が自分の中で焦りを生んでしまった。

 

「(あの人形のどこにそんな力がある?どうして攻撃が効かないッ!?)」

 

もしや、あの「風前の灯」という技は「闘」属性?

駄目だ…しんみょうまる人形の技はどれも「闘」に対して相性が悪い。

そしてあの技に対し、接近戦を挑むのがどう考えても愚策だ。確実に力負けするだろう。

「ザ・リッパー」や「鎧通し」、「不動心」などは実質使えないと考えた方が良い。

 

「…!(もうあんなところに!?)」

 

思考を巡らているほんの一瞬の間、まゆみ人形が既に間合いを詰めていた。

 

駄目だ、もうこれしかない!どうにかこの一撃を耐え、相手の限界による自爆を狙うしか方法はない。大丈夫。これさえ使えば、まず戦闘不能にはならないのだから。

 

「しんみょうまる! やせ我慢 だ!」

 

まゆみ人形渾身の右ストレートが、しんみょうまる人形の腹部へと深く突き刺さる。

刺さる衝撃がしんみょうまる人形の背中まで貫通し、致命的な一撃を貰ってしまうこととなったが、しんみょうまる人形は気絶していない。

どうやら、こちらの指示がギリギリ間に合ったようだ。

 

まさか、今度はこちらが「やせ我慢」を使う羽目あるとは。

だが技を使ったまゆみ人形は膝から崩れ落ち、完全に無防備。倒すなら今が絶好のチャンス。

 

しかし、「やせ我慢」を使ったしんみょうまる人形の方も同じくお腹を抑えながら膝から崩れ落ちており、これでは技を出すことが出来ない。持っている輝針剣を地面に差し何とか踏ん張ってはいるものの、最早戦えるような状態ではなかった。

が、ここまでよく頑張ってくれたと思う。しんみょうまる人形のこの活躍はバトルに大きく貢献したと言えよう。

 

「ここまで、ですね。そちらの人形も最早戦えない筈です」

 

「あぁ、そうだな。私もあの一撃に全霊を込めたのは事実…そして君は見事それを受け切った」

 

 

「…だが、それも私の計算の内だとしたら…果たしてどうかな?」

 

「え…?」

 

 

「 応急手当(おうきゅうてあて)! 」

 

「…ッ!!」

 

そう言い放ち、磨弓は人形に指示を出すと地面から小さな埴輪達がまゆみ人形に向かい土をかぶせ始める。

小さいながらも巧みな手つきで土を全身を覆い、役目を終えた埴輪達は一斉に帰っていく。

まゆみ人形は大量の土に塗れた状態となり、ピクリとも動かなくなってしまう。

 

 

「 も、戻れ!しんみょうまる!! 」

 

 

 

 

 

 

不味いことになった。

 

この技を許してしまえば、しんみょうまる人形の懸命な努力も無駄になってしまう…!

攻撃や補助だけでなく、そんな技も隠し持っていたなんて。

 

「 ユキ! フラッシュオーバー だ!! 」

 

封印の糸から急いでユキ人形を繰り出し、迅速に技の指示を出す。

指示を受けたユキ人形は出てくると同時に大きな火球を土に塗れたまゆみ人形の方へと飛ばし攻撃する。

 

土塗れ状態のまゆみ人形に次々と火球は当たり、そして爆発を起こす。

何とか間に合った…だろうか?

 

「……」

 

しかし、当の磨弓はそれに対し特に苦い顔もしていない。

むしろそれも想定通りという澄ました顔付きで、こちらに不安を煽ってくる。

 

「残念だったな。交代の判断は悪くなかったがもう遅い」

 

「な…!?」

 

爆発が収まり、徐々に煙が上がるとそこにはビクともしていない土に塗れたまゆみ人形の姿がハッキリと映る。

ユキ人形の高火力を持ってしても、あの状態を崩すことが出来なかったというのか?

高温により固まった土は徐々に崩れ、まゆみ人形本体が姿を現すと先程まで受けていた傷が修復されてしまっている。

失っていた筈の右腕も完全に元の状態へと戻ってしまい、こちら側はまた振り出しに戻されてしまう。

 

攻めに特化しているあの人形がまさか回復技まで持っているなんて思わなかった。相手の動きが鈍るあのタイミングで発動させる為に、ワザと決死の攻撃を仕掛けるとは…かなりの博打ではあったが、まんまと乗せられた。

最後の切り札としてユキ人形を残していたことが帰って仇となってしまうとは…土に塗れた状態では、まともに「炎」技など通る筈もない。

せめて別の技にしておけば少しはダメージを与えることが出来たと思うと、非常に悔やまれる。

 

だが、後悔しても遅い。もうこちらの戦える人形は実質ユキ人形のみ。やるしかない。

 

「弱点の属性に対策を講じるのは当然のこと。そして君の最後の人形が「炎」であることで、勝利は確定した」

 

「 気象発現「黄砂(こうさ)」!! 」

 

磨弓がそう指示すると同時にその場で回転し、激しく砂煙を巻き起こすまゆみ人形。

何か「気象」を発動させるつもりらしが、そうはさせない!

 

「 ユキ! スターフレア だ! 」

 

相手の技を妨害すべく、「炎」以外の技で攻撃を仕掛ける。

だがその場で回転し続けるまゆみ人形は星の光弾を軽く弾き飛ばし、無効化されてしまった。

 

あまりの激しさに遂には砂塵で前が見えなくなり、これでは相手がどこにいるのかも確認することも出来ない。

気が付けばこの辺り一帯には砂嵐が舞い上がっており、このフィールド全体が土に塗れた状態となっていた。

 

「この風は我々埴輪にとっては恵みの雨に等しい。だが、そうでない者にとっては辛い環境」

 

「…!」

 

これは…今まで見てきた気象では最もポケ〇ンに近いものかもしれない。

その場にいる者を容赦なく蝕むこの悪天候…これは間違いなくあの「すなあらし」だ。

 

そうだとすると、これは不味い。早々に決着を付けなければいけなくなった。

ユキ人形が「炎」でダメージを受けるのに対し、相手は特に影響を受けないという圧倒的不利なこの状況。

 

ユキ人形であれば気象を上書きすることも可能だが、相手がそれを許す筈もない。それにこちらが気象を発現させる際は完全無防備。

今のまゆみ人形は「臨戦」により攻撃、命中などが強化されており、まともに攻撃を食らってしまったら耐久の低いユキ人形は間違いなく戦闘不能となる。

それだけは、絶対に避けなければならない。

 

今ユキ人形が使える炎以外の攻撃技は「斉射」、「乱反射レーザー」、「スターフレア」、そして覚醒時にしか使えなかった「彩光百花(さいこうひゃっか)」だ。

この中で唯一相手にダメージを与えられる見込みがあるのは「彩光百花」であるが、この技は気象が「極光」でない限り発動には溜めが必要となる。

一撃も貰えないと言うこの状況下で相手に隙を晒すというのは自殺行為に等しい。当てるのは戦法として現実的とは言えないだろう。

 

「ユキ! もう一度 スターフレア だ!」

 

そうなるとやはり、威力が2番目に高いこの技を打つしか選択肢がなくなる。

あの回転が止まった今なら攻撃がまともに通る。だが、そう思って撃ったユキ人形の技はまたしても弾かれてしまった。

視界は悪くともこの砂嵐の中、確かに攻撃を当てたにも拘らずだ。

 

「さっきも言っただろう?この砂嵐は私達のフィールド。勿論、それには私の人形も含まれる」

 

「ま、まさか…」

 

「見るがいい。砂…即ち“大地”を一身に受けた私の人形の、その強固な守りの力を」

 

「!」

 

まゆみ人形の姿をよく確認してみると、全身に土で出来た鎧を身に纏っている。

まさか、あの回転で鎧を同時に生成していたとでも言うのか?

 

「君が放った「炎」技の余熱が、この守りをより強固な物へと変化させた。最早生半可な攻撃は効かないと思った方が良いぞ」

 

何ということだ。

あの人形の唯一の欠点であった耐久の低さが完全に克服されてしまった。

 

…僕は勝てるのか?このどうしようもない程完璧な相手に?

 

 

「 さぁ、始めようか?第2ラウンドを 」

 

 

 

 



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第二十二章

「壁」、それは越えられないものを意味する。

 

人形バトルにおいて今まで負けることのなかった自分に今、初めて大きな壁が立ち塞がった。

 

その相手は墳墓の守護者、杖刀偶 磨弓。

人形の強さは勿論、指示の的確さ、状況判断、機転、弱点への対策…どれをとっても完璧。

自分もそれらの能力には多少自信があったのだが、今やすっかり打ち砕かれてしまった。

上には上がいるということを嫌でも思い知らされた気分だ。

 

 

吹き荒れる砂嵐の中、クールに対峙するまゆみ人形。

本来攻めに特化している筈であるあの人形は今、「大地」の力で得た鎧によって守りの力も大幅に上昇している状態である。現にこちらの攻撃はどれも弾かれ、本体には一切のダメージが通らなかった。

ユキ人形の得意とする「炎」攻撃も今の状態では通用せず、返って鎧をより強固にしてしまうだけ…正直、勝てる気がしない。「水」属性であるこがさ人形がやられたのは大きな痛手だった。

あの時彼女が「バリアオプション」で耐久を削ってまで早々に決着をつけてきたのは、この形態があったからという訳だ。

そして同じく「大地」に有利の「自然」を持つメディスン人形も、今は戦闘不能。もう戦えるのは、今バトル場に出ているユキ人形しかいない。

「勝利を確信した」という磨弓の台詞が脳裏に蘇る。

 

 

…だが、まだ勝負を完全に諦めている訳ではない。

他の人形にはない、追い詰められた時に“覚醒”する能力を、ユキ人形は持っているからだ。勝てる見込みがあるとすれば、唯一それしかない。

 

永遠亭で永琳から聞いた推測では、ユキ人形の覚醒は持ち主…つまり自分の状態に大きく関係している。

それが正確な情報なのかはハッキリ分からない。だが、今まで発動した状態から考えれば信憑性は高いだろう。

 

そして、残り人形が1体というこの追い詰められた状態は発動条件として充分に満たしていると言って良い。

 

後は、僕が願うだけ。一か八か、やってやる…!

 

 

「(頼む。ユキ…!)」

 

 

目を瞑り、ユキ人形に呼びかけるように強く願う。

前に発動したレミリア戦の時のことを思い出し、出来る限りの感情を込めてみる。

 

…しかし、何も変化はない。

反応を見る限りはユキ人形もこちらの気持ちに気付いている様子だが、例の現象は起こらなかった。

気持ちが弱かったのか?それともまだ条件が満たされていないとか…いや、流石にそれは考えにくい。この状況はどう見てもこちらが劣勢だ。

 

…やはり、まだこの状態については謎が多すぎる。任意で発動させるにはまだまだ早いようだ。

 

「いきなり目を瞑ったかと思えば…この期に及んで現実逃避か?」

 

「…神頼みのようなものです。こんなに追い詰められたのは初めてですからね」

 

「神はこの地獄で袿姫様只御一人…慈悲など与えると思うか?そんなことに意味はないぞ」

 

「えぇ、そうですね。でもまだ僕は諦めない。ここまで頑張ってきた人形達の為にも、精一杯足掻いて見せます!」

 

 

「 …いいだろう。ならば見せてみろ!お前達の力をッ!! 」

 

 

最後の戦いが今、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

「こちらから行くぞ! 十文字!」

 

先に動いたのは磨弓。今まで初手は後攻に徹していた彼女だが、この形態となってからは強気な姿勢を見せている。

余程、今の鎧の形態が負けないという自信がある…そういうことだろうか?

確かに、現状あの鎧を攻略する術をこちらは持っていない。今攻め立てられればこちらはどうしようもなく、出来ることがあるとすれば相手の攻撃に当たらないようにするくらいだ。

 

「ユキ! 韋駄天 で空に逃げるんだ!」

 

指示を受けたユキ人形は風を身に纏い、まゆみ人形の攻撃を紙一重でかわした上で空へと逃れる。

危なかった…少しでも判断が遅れていたら相手の「十文字」を食らっていたことだろう。あんな頑強な鎧を身に着けているにも拘らず、スピードは一切落ちていないようだ…デメリットなしとは少々ズルい。

 

「成程、時間稼ぎと言ったところか。しかし、あまり時間を掛けてもお前の人形が苦しむだけだ!」

 

磨弓の言う通り、今はフィールドが砂嵐になっている状態。僕の予測が正しければこの砂嵐はその場にいる人形に対してダメージを蓄積させる…「大地」属性を除いて。

本来は相手のまゆみ人形にもダメージは蓄積される筈だったが、鎧を身に纏うことでそれを回避している。つまり今は相手の得意フィールドの中で戦わされて時間も掛けられず、攻撃も鎧のせいで全く通らないという圧倒的不利な状況…という訳だ。

唯一この状況を脱する糸口があるとすれば、「気象」はいつまでも続かないということ。今発動しているこの「黄砂」という気象も、時間が経てばやがて収まる筈。なら、せめて今はこの視界の悪さだけでも解消したい。

 

「…それに、私の人形が空を飛べないと思っていたのか?」

 

「え…!?」

 

 

「 ライジングサン で空へと飛べ! 」

 

 

指示を受けたまゆみ人形の鎧が変形し、背中に戦闘機の翼のようなものが出来上がる。

翼の噴射口から光が溢れた次の瞬間、ジェット機の如くまゆみ人形は空へと飛んでいく。

 

まさか飛ぶ術まで持っているなんて…!

あまりの飛ぶスピードの速さに咄嗟の指示を出せず、そのままユキ人形はまゆみ人形の突撃を食らってしまう。

 

「ユキ…!」

 

地面に叩き落されたユキ人形は砂漠と化したフィールドに埋もれながらもすぐに立ち上がり、付着した砂を振り払って体勢を整え直す。

幸い今の攻撃は「炎」属性だった為、ユキ人形も大したダメージは受けてはいない。

しかし参ったな。これでは空にも逃げられない。…流石、「完璧」というだけある。時間稼ぎも対策済みという訳か。

 

 

“攻撃だけでなく、色んな技を駆使して戦う”。

 

初めて自分が人形バトルをした際、早苗が教えてくれたことだ。相手は正に今、それを実行して上手く戦っている。

今一度、ユキ人形の技を確認して何か策はないか考えてみることにした。

 

 

「摩擦熱(まさつねつ)」、「テルミット」、「気象発現「極光(きょっこう)」」、「エンカレッジ」、「韋駄天」…

 

 

この中で使えるものがあるとすれば…やはり「エンカレッジ」だろうか?

「エンカレッジ」は相手が最後に使った技をしばらくの間使わせる固定技。レミリア戦に一役買ってくれたのをよく覚えている。

状況次第では相手の隙を作ることが出来る…だが、相手にそれを悟られてはおしまいだ。使うのなら、慎重にタイミングを見極めるべきだろう。

 

「隙だらけだ! 虎視眈々(こしたんたん)!」

 

「…!」

 

思考を巡らせている間に磨弓から技の指示を出され、ユキ人形へとターゲットマークが表示された。

鋭い目付きを刺すように放つまゆみ人形は目前のユキ人形を威圧する。

 

「どうやらもう、そちらには打つ手がないように見える。ならば、我が人形の奥義で早々に葬ってやろう…逃げられるとは思わんことだ」

 

「(く、くそッ…!)」

 

あの技は確か…そう。浩一のナズーリン人形が見せた技だ。効果は「次の攻撃が必ず当たるようになる」というもの。

どうやら今から放つ技で確実にユキ人形を仕留めるつもりでいるらしい。彼女の言う通り、今の状態で逃げ回っても攻撃は必ず当たる。

 

…おしまいだ。そんな技を出されたらもうどうしようもない。仮に今のタイミングでエンカレッジを出したとしても、ある程度離れているこの距離感では対応される。

 

「人形の持つ全ての技を使った時、初めて使えるこの大技…まさか使う日が来るとはな」

 

 

「 食らうがいい!! 奥の手(おくのて)ッ!! 」

 

 

まゆみ人形は杖刀を抜き、その刃に大地の力を収束させる。砂に塗れたこのフィールドを最大限に生かし、杖刀は徐々に大きな土の大剣へと変えていく。

やがて完成した大剣はまゆみ人形の数倍の大きさを誇っており、それを片手で持つその姿はさながら一騎当千の大将軍。あんなものをまともに食らったら、誰であろうと一撃で戦闘不能となるだろう。

 

「久々に私の人形を本気にさせた人形遣いよ。まだ名前を聞いていなかったな。…名は何という?」

 

「…舞島 鏡介(まいじま きょうすけ)です」

 

「舞島 鏡介…良い名だ。1人の強者として、その名を覚えておこう。…さらばだっ!!」

 

 

 

 

 

 

狙いを付けたまゆみ人形が、ユキ人形へと真っすぐに突撃する。

 

大地を纏った巨大な刃を携え、確実に獲物を捕らえる狩人…こちらはその標的(ターゲット)といったところか。

最早動くことも許されず、只々あの大剣に壊されることを待つことしか出来ない…何と虚しいことだろう。座して死を持つなんて。

 

 

「…――ッ!!」

 

 

絶望している自分に激しい頭痛が襲い掛かる。思わず頭を抱え、必死に痛みを抑えていると、目元のスカウターが突然更新された。

 

 

『 ユキ人形:新スキル習得 』

 

 

…何だ?こんな時に、ユキが新しい技を覚えた?

 

 

「…え?」

 

 

その詳細を見て、驚愕する。こんな都合の良いことがあるだろうか?

 

もしかしたら、この圧倒的不利なこの状況をひっくり返せるかもしれない。…でも、何で?

 

 

…いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

やるんだ!ここしか当てられるタイミングは、恐らくない!

 

 

 

 

 

 

大剣を構えたまゆみ人形が確実にこちらへ迫って来ている。

鎧の変形による背中のブースターで助走を付けながら、物凄い速さでまゆみ人形は迫って来ている。

 

「(…まだだ。もうちょっと近くに!)」

 

それを慎重に、冷静に見て、新技を使うタイミングを計る。

これを使えるのは、1回だけと考えた方がいい。これをそう何度も使える程、ユキ人形は本来器用ではない。

そもそも何でこのような技を覚えたのかも、全然分からない。普通に考えれば有り得ないことだ。

 

まゆみ人形が距離を詰め、大剣を振るべく両手持ちで力を蓄え始めた。

 

その動作を見て、ここぞとばかりに覚えた新技の指示を出す。

 

 

「 …今だ、ユキ! ウォーターカノン !! 」

 

 

「…!?な、何だとッ!?」

 

 

指示を受けた「炎」である筈のユキ人形の手元から、巨大な水砲が打ち出される。

属性が一致しておらず決して強力ではないかもしれないが、今のまゆみ人形の状態なら…!

 

「…っく!大剣で防御せよ!!」

 

まさかの「水」技の登場は、流石の磨弓も予想が出来なかったのだろう。

限界まで助走をつけた今のまゆみ人形はかわし切れないと判断し、防御の指示を出す。良い判断だ。

水を被ることで今の無敵の鎧が崩されれば形勢は一気に逆転し、負ける可能性が生まれてしまう。

 

…だが、こちらが狙っていたのは正にその行動!

 

「あの剣に向かって スターフレア!」

 

水砲がまゆみ人形の大剣に当たったと同時に、星の弾幕が直撃する。

すると水を被ったことで柔らかくなってしまった大剣はあっさりと砕け散り、元の金属で出来た杖刀へと戻ってしまう。

 

「テルミット で杖刀を左手にくっ付けるんだ!」

 

「 …そして、 エンカレッジ!! 」

 

指示を受けたユキ人形はまゆみ人形の持つ杖刀を橙色に光る左手で力一杯握った。

水分が蒸発する音とユキ人形による「エンカレッジ」のメロディがまゆみ人形の耳に反響していく。

 

「よし!」

 

連続指示出しで一気に畳み掛け、何とか自分の作戦通りの展開へと持っていくことに成功した。

これでまゆみ人形は杖刀を使った攻撃が出来ず、技を「奥の手」で固定されたせいでそれ以外の技を一時的に使えない。

 

…形勢逆転だ。

 

 

「 右手で 彩光百花 !! 」

 

 

こんな悪天候では放つのに少々時間は掛かるだろうが、最早それは問題にならない。

 

身動きも取れず、至近距離ならこの技も当てられる。

ユキ人形は右手にエネルギーを込め、それを徐々に一転に集中させていった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…!何だ、この光は?」

 

「墳墓内部に光が集まっていますよ統領!こりゃ一体?」

 

霊長園の草むら、そしてそこに住む人形達の放つ生命の輝きの収束。

地獄とは思えない、そんな眩しく煌めいた光景が確かにそこにあったのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「 いっけぇ!! 」

 

 

存分に溜まったエネルギーを、ユキ人形は一気に右手から放出する。

虹色の極太光線をまゆみ人形は至近距離で食らい、土で出来ていた鎧は自然の力で少しずつ装甲が削られていく。

直撃しても尚、辛うじてその場に踏み留まるまゆみ人形だがそれも徐々に押し出されていき、遂には耐えきれず放出され続ける光線の中へと消えていった。

 

 

やがて放ち終わった跡はくっきりと地面が抉れており、その奥に鎧の砕けたまゆみ人形がうつ伏せに倒れている。

動く気配もなく、近づいて様子を確認すると目を回している…戦闘不能だ。

 

「…初めて負けた。それも人間に」

 

悔しがる磨弓を横に、ユキ人形に称賛の声を掛ける。

バトルの終わったユキ人形は力が抜けたのかそのまま仰向けに倒れ込むも意識はハッキリとしており、顔を覗き込むとこちらに満面の笑みで両手を上げる。どうやら抱っこして欲しいようだ。

よく頑張ったユキ人形を胸元に抱き上げ、頭を撫でる。すると嬉しそうにしながらも段々とウトウトし始め、眠りについてしまう…寝顔が何とも可愛らしい。

余程疲れていたのだろう。僕はそっと頭を手から離し、ユキ人形を封印の糸へと戻す。…ゆっくり休んでくれ。

 

今回ばかりはこちらも負ける覚悟をした。この結果も、あの時「ウォーターカノン」を習得したから出来たものであり、実力とはとても言い難い。

こちらはやられたのが2体、重症が1体なのに対し、相手はようやく1体…あまりにも犠牲が多すぎる。

 

たった一体の人形に、ここまで追い詰められた。その強さは素直に称賛に値する。本当に強かった。

多種多様の技を使いこなしここまで戦えたのは、人形もそうだが磨弓という人形遣いの実力の高さがあってのものと言えるだろう。

 

「埴輪兵団が作られてから、こんなことは初めてだ。…奴らも恐ろしい策を考える。生身の人間がこんなに強いとは思わなかった」

 

「?」

 

「いいだろう。この勝負、私の負けだ。もう私に人形は残されていない」

 

 

「…そしてたった今、袿姫様から伝言が入られた。私を打ち倒した人間に興味がある、と」

 

「そ、それって!?」

 

その質問に、磨弓は静かに頷く。どうやら向こうから会いたいということらしい。

やった…ようやく会える。人形を作った神様に…!

 

 

「舞島殿には袿姫様に会う資格がある。…着いて来い」

 

 

「(…いよいよだ。どんな人物なんだろう?楽しみだなぁ)」

 

 

磨弓に案内され、意気揚々とそれに続くのであった。

 

 

 



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第二十三章

 

霊長園墳墓内部にて起こった人形バトルは辛くもこちらが勝利。

同じ手持ち数での人形バトルなら負けは確実であったが、自分はどうやらこのバトルを通じて力を試されていたらしい。

その勝負の様子を見ていたであろう人形を作った造形神(イドラデウス)の“袿姫”という人物から直接招待を受けたことで、現在埴輪兵の長である杖刀偶 磨弓から袿姫のいるところへ案内させられている。

 

初めてここに来た時は周りを見る余裕が全くなかったが、この墳墓内部は目が凄くチカチカする。

というのもこの墳墓、壁の至る所に光る謎の模様が施されていており、それがまるで電光掲示板のように点滅していて眩しい。

「墳墓」というくらいだからもっと地味で寂しい感じを何となくイメージしていたのだが、それとは真逆でここ主張が激しい派手な洞窟だ。

少し目を凝らして光っている模様が何なのかを調べてみるも、こんなの学校の授業でも全然見たことがない。昔の象形文字にも見えなくはないが、一体どういったものなのだろう?

 

後を着いて行きながらそう言ったことを考えていると、前を歩いていた磨弓がこちらを向いて話を始める。

 

「ひとつ問いたい。舞島殿は何故、袿姫様にお会いしたいのだ?…やはり、お前も獣共の仲間なのか?」

 

「え?う~ん…まぁ表向きはそうですけどそうじゃないと言いますか…別に敵意なんてこれっぽっちもなかったんですよね」

 

「?…それはどういう?」

 

最初は興味本位でこの霊長園に赴き、そこで怪しい女性から脅迫を受けてやむを得ず造形神(イドラデウス)を倒す流れとなってしまったが、今思えば何故あんな要求を素直に呑んでしまったのだろう?

いくら自分が正直者であるからといって、あんな如何にもな嘘に踊らされて…冷静になって考えると、自分の身くらい守れる強い人達がそんな簡単にやられる筈などなかった。

 

「…もしかすると、舞島殿は鬼傑組の奴らから洗脳を受けていた可能性があるな」

 

「え?せ、洗脳…?」

 

「正確には鬼傑組の組長、吉弔 八千慧(きっちょう やちえ)からだ。奴には相手の“逆らう気力を失わせる”という能力がある。今後は気を付けることだ」

 

「そうか、通りで…」

 

磨弓から事の真相を告げられ、今までの自分の不可解な行動に納得する。

そんな恐ろしい能力があるとは…今後は初対面の人…特に妖怪などには少し警戒心を持つべきなのかもしれない。

 

「…着いたぞ」

 

案内をしていた磨弓は立ち止まり、目的地に着いたことを告げる。そこには更に奥へと通じる洞穴が存在していた。

中の様子は真っ暗で何も見えない。だが、入り口からも伝わってくるこのプレッシャー…やはり神様というだけあってタダ者ではないようだ。

 

「ここが、袿姫様がおられる間だ。くれぐれも失礼のないように」

 

「は、はい!」

 

注意喚起をしたところで磨弓が再び歩みを進め始めたので、それに続いてこちらも後を付いて行く。

いよいよ造形神とのご対面…心なしか緊張している自分がいる。楽しみであった筈なのにいざ会いに行くとなると怖さの方が勝ってしまっているようだ。

ここに侵入し、力を試された自分はこれから何をされるのか…?それを深く想像してしまっているからだろう。

 

 

 

 

 

 

洞穴の中へと進み、徐々に深部の全容が明らかになっていくとそこには大量の埴輪達が左右縦並びとなってこちらを出迎えている姿があった。

だが兵団のように動くものではないらしく、そこにあるもの皆が全く同じポーズを取り、ズレなど一寸もない綺麗な並びで置かれている。

これらも全て造形神(イドラデウス)が作ったオブジェなのだろう。…こうして一列に並んでいるとより一層シュールだな。

 

「お待たせしました、袿姫様」

 

磨弓が敬礼をしているあの人物…彼女がどうやら“袿姫”らしい。

緑色の頭巾を被った青いロングヘアー、赤紫の瞳、そして首元にある三色の勾玉ネックレス、更に黄色いワンピースの上から着ている頭巾と同色のエプロンには複数のポケットが付いており、中からは小道具が沢山見える。

その姿はさながら造形、彫刻作家の姿を彷彿とさせ、見た目は自分が想像したような威厳が全くなかった。

 

「ご苦労様、磨弓。もう下がっていていいわよ」

 

「…承知致しました。引き続き、警護に戻ります」

 

だが、ここに入る前から感じていたあのプレッシャーは間違いなくそこにいる彼女から放たれており、見るものを威圧している。

間違いなどでは決してない。彼女こそが造形神(イドラデウス)…人形を作った神様だ。

 

「…さて、まずは自己紹介でもしましょうか。私の名前は 埴安神 袿姫(はにやすしん けいき)。霊長園の人間霊達が呼び出した神です」

 

「に、人間霊達が呼び出した?それはどういうことです?」

 

「…そう、あなたは知らないのね。ここ霊長園にいる人間霊達が畜生界の動物霊から奴隷のように虐げられているということを」

 

「…――ッ!!」

 

袿姫の口から衝撃の事実が告げられる。

彼女の言うことが事実ならば、自分は人間霊を虐げる側の手伝いをしていたということになる。

表向きだったとはいえ、人の身でありながら何ということをしてしまったのだろう。

 

「私はそんな人間霊達を救うべく招喚された救世主…という訳です。ご理解頂けたかしら?」

 

「そう、だったんですね…」

 

どうやら、自分が思っていたよりも動物霊というのは質の悪い集団だったようだ。

まさか人間霊を奴隷扱いしていたなんて…一時的にも味方をしてしまったことを心から悔いる。

僕はあの悪い連中に良いように利用されただけだったんだ。

 

 

「そう気に病むことはありません、舞島 鏡介。私は貴方を許します」

 

「!け、袿姫様…」

 

 

袿姫様が優しい微笑みで両手を広げるその神々しい姿に、思わず見惚れてしまった。

 

何という…何という慈悲深さだろうか。

 

あんなに可愛く、賢く、そして強い生き物を創造して下さった袿姫様自身も、こんなに素晴らしいお方だなんて。

彼女は正に自分が想像していたような理想の神様そのものである。あぁ、やはりここに来て正解だった。

こんなに救われた気持ちになるのは生まれてで、今は胸のつっかえが取れたような晴れやかな気分である。こんなのもう、崇拝せざるを得ない。

 

彼女の作った埴輪も色々あって最初は受け入れ難かったが、ちょっと可愛いかも…。

このフォルム、何とも言えない目と顔、セクシーなポーズ…こうして見てみればちゃんと愛嬌のあるものじゃないか。

 

「……えっと、話をしてもいいかしら?」

 

「あ、すみません。つい…」

 

「私の造形物を気に入ってくれるのは嬉しいですが、来て貰ったのは何も作品鑑賞の為ではありません。…貴方の持つ不思議な能力についてです」

 

「…?の、能力…ですか?」

 

「…少し、待っていなさい」

 

袿姫様が目を閉じ、集中し始めた。何を始められるのだろう?

 

疑問に思っていると彼女の目の前に黄土色の粘土の塊が現れ、ポケットにある小道具達が宙に次々と浮かび始める。

直径40cm程の粘土の塊はその小道具達の手により少しづつ形作られていく。まさかこれは…やっぱりそうなのか!?

凄い…直で作られる様子が見られるなんて、こんな貴重な経験が果たしてあるだろうか。

 

宙に浮かびながら粘土を形成している小道具達は、まるで一つ一つが意志を持っているかのような繊細な動きで頭、体、手足を形作る。

その様子は言うなれば“神の手”と呼ぶのに相応しい、奇跡の業…これは目が離せない。

しばらくして人形の凡その型を作り上げた袿姫様は次に頭の目、鼻、口のパーツ作りに取り掛かる。先程よりも更に集中力を研ぎ澄ませたようだ。

職人による細部の緊張感がこちらにまで伝わってくる…ここは万一失敗でもすればやり直しが効かないのだろう。

 

「……こんなものか。まだまだ完璧とはいかないわね」

 

袿姫様が及第点と言った表情で完成した人形の顔を眺めている。完成品に納得のいっている様子はなく、彼女のストイックな一面が見受けられた。

日々自分を磨いていらっしゃるのだろう。この子達はこんなに可愛いのにまだ上を目指そうだなんて…流石、向上心の塊だ。

 

顔のパーツを完成させた袿姫様は次にポケットから絵具を取り出し、これまたポケットから出したパレットにそれぞれ赤、白、黄色の3色を出す。

宙に浮いた筆達がそれらを混ぜていくことで新しい色合いを生み出すと、黄土色の粘土で出来た人形の型に全身塗り込む。

一切のムラなく塗り上げられた型は、やがて見覚えのある自分達の人形と同じ肌色となった。

 

「後は足りないパーツを付けていけば……」

 

袿姫様が生み出した服や髪、顔のパーツの一部達が人形の型に集まっていき、どんどん自分の知っている“人形”へと姿が変わっていく。

パーツ達がそれぞれの決まった位置に組み合わされて全てが揃ったその瞬間、型が光輝き前が見えなくなる。

 

「お待たせしました」

 

光が弱り、前を向き直すとそこには人形を片手で持っている袿姫様の姿があった。

どうやら完成されたらしい。感動で思わず拍手を送ってしまった。

 

「す、凄い!その子、もう動くんですか?」

 

「いや、これはまだ抜け殻のようなもの。これに私の魔力を注ぐことで初めて貴方達の知る“人形”となるのです」

 

「…ですが注ぐ前に1つ。貴方にはこれからこの人形と接して頂きます」

 

「え?」

 

 

 

 

いきなり袿姫様から作り出した人形と接するようお願いされてしまった。

一体どうしてそんなことを…?用というのはこれのことだったのか?

 

「え、えぇいいですけど」

 

「ありがとうございます。…では、行きますよ」

 

「そうそう、この作品は侵入者を撃退するように製造されています。ですから当然貴方に攻撃をするでしょう。しかし、それに対して対抗してはなりませんよ」

 

袿姫様が人形の抜け殻に魔力を注ぎながら物騒なことを言い出す。

どうしてこんなことをさせたがるのか袿姫様のお考えは理解出来ないが、下手をすればこの人形に殺されるかもしれないのか。

実際に人形からの直接攻撃は何度か体験したものの、あれは人の身で受けていいものではない。それなりの殺傷力を持っている。

しかもそれに対して一切抵抗をするなという口止めまでされた。…よくは分からないが、つまりあの人形と争うことはせずに仲良くなればいいのか?

人前でそれを実行するというのは中々に恥ずかしいが、仕方ない。

 

「さぁ、人形が間もなく動きます」

 

「…!」

 

先程まで座り込んで下を向いていた抜け殻の人形が魔力を得たことで顔を上げ、閉じていた目をゆっくりと開ける。

 

服装からしてもう大体分かってはいたが、やはりあの人形は…

 

 

『 名前:けいき  種族:神  説明:偶像を作り出す神 』

 

 

袿姫様ご本人の人形だ。

見比べるとやはり本人と瓜二つの容姿…この完成度は見事という他ないだろう。

 

目を開けたけいき人形は自分を見るなり表情を強張らせ、すぐさま立ち上がる。

どうやら早速敵とみなされたらしい。…さてどうするか?仮にも相手はあの造形神(イドラデウス)の人形だ…今まで見たことのないような凄い攻撃を繰り出してくるに違いない。

常に警戒しておかないと、自分はあの人形に殺されてしまうことになる。

 

けいき人形の動きに注目し、いつでも来ていいよう構えるとけいき人形は何やら地面の土を手で捏ね始めた。

楽しそうにそれを実行しているけいき人形にこちらも緊張が解かれてしまい、構えていた体勢が崩れずっこけそうになる。

何だあれ?泥団子でも作っているのだろうか…一応仲良くなることが目的ではあるし、一緒に遊んだ方が良い…のか?

試しに距離を縮めようとけいき人形の方へと歩き始めてみる。だがその瞬間、接近に気が付いたけいき人形はこちらに向かって作った泥団子を勢いよく投げつけた。

突然のことで反応が遅れた僕はそれを顔面に食らい、その場でうなだれる。…痛い。これってまさか人形の技の一種なのだろうか?油断していた。

 

痛む顔面を抑えて反省している間にけいき人形が泥団子をもう1つ投げつける。だが、事前に知っていればどうということのない球速だった為、今度は避けてみせた。

すると当たらなかったのが悔しかったのか、けいき人形は頬を膨らませて地団駄を踏んだ。可愛らしい。

次を投げるべく手を伸ばすがもう弾切れらしく、今度は手を振り回しながらこちらに向かって走ってきた。…まさかの物理攻撃?最初の頃の自分を思い出すなぁ。

もしや、技を全然覚えていないのだろうか。あれはもう、最後の悪あがきとでもいったような攻撃方法だ。

 

これはもう、食らっても大したダメージにならないだろう。

敢えて攻撃をそのまま受け入れ、足元をポカポカと叩かれてみる。うん、マッサージみたいでむしろ気持ち良い。

人形の方は必死に侵入者を撃退しようと頑張っているようだが、これではただ可愛いだけ。やがて力を使い果たしたのか、息を切らしたけいき人形は攻撃を一旦止める。

物理的だが距離は一気に縮まった…仲良くなるのなら今だろう。鞄からおもむろに藤原煎餅を取り出し、餌付けを試してみる。

しかしけいき人形はそれを手で弾いて拒み、今度は伸ばしていた手に噛みついた。

 

「…痛ったたたッ!!」

 

痛みが走るも、しばらくして噛む力は弱まり手から離れてしまう。もう抵抗する力もないのだろう。

ポケ〇ンでいう「わるあがき」は反動のダメージが物凄く、この人形もそれの影響で酷く弱った可能性が高い。

 

「袿姫様。攻撃でなければ、人形を出しても構いませんね?」

 

「 メディスン! この子を直してあげて! 」

 

封印の糸からメディスン人形を繰り出す。

磨弓との人形バトルの後、埴輪兵団の医療隊からしっかり治して貰ったので元気は一杯だ。

 

「(…何だ?あの人間は一体何をするつもりでいる?人形に戦うこと以外など…)」

 

メディスン人形は倒れてしまっているけいき人形の様態を確認すると少し考え、手をかざした。癒しの光がけいき人形を包み込み、治療を始める。

その様子を袿姫様は信じられないという表情で物珍しそうに見ているようだ。…そんなに驚くことでもないような気もするのだが?

 

やがて治療を終えたメディスン人形に労いの一声かけ、封印の糸に戻す。

けいき人形は自分に何が起こったのか分からなかったようであるが、先程と比べスッカリ元気になった。

 

「大丈夫?」

 

「!……ッ」

 

優しく声を掛けてみると、敵意はあるものの躊躇いのある葛藤の表情を見せる。敵である僕が助けたという認識をしているのだろうか?

実際はメディスン人形がやってくれたことなのだが、この変化は大きな進展…心の距離を縮める大チャンス。

敵意を見せず、敵ではないという意志をちゃんと見せれば、きっと分かってくれる筈だ。

 

「僕は君の敵じゃないよ。君の主を傷付けるような真似もしない。僕はただ、君と仲良くなりたいだけなんだ」

 

「……」

 

「怖くないよ…ほら、おいで?」

 

…そう言えば、初めてユキ人形に会った時もこんな感じで歩み寄ったんだっけ。

ユキ人形が手を握ってくれた時は本当に可愛かったなぁ。この子もあの時みたいに笑顔で…

 

 

「 (……痛ったあああぁぁぁぁいッッ!!!?) 」

 

 

けいき人形に伸ばした手をまた噛まれる。だが声に出すといけないので押し殺し、何とか堪え抜く。

笑顔だ笑顔…とにかく警戒心を解くんだ…!

 

 

「…大丈夫。僕は君の味方だよ」

 

 

「……」

 

 

「………」

 

 

こちらの笑みの崩れない様子にけいき人形もようやく相手に敵意がないことを理解したようで、噛むのを止めてくれる。

そしてこちらの手を恐る恐る慎重に片手で繋ぐ…どうやら分かってくれたようだ。

 

「…やはり、貴方だったのですね。私の作品達にあのような変化をもたらした人物は」

 

「?」

 

「(まさかこのような策を講じられようとは…あの人形達も使い物にならなくなった今、どう対抗すれば?)」

 

一通りの出来事を見て袿姫様は何か納得をされたようだ。

何か不味いことでもしてしまったのか、袿姫様は自分を見て困った様子でいる。

 

…!もしかして仲良くなってはいけなかったのだろうか!?だとしたら僕は何という失態を…!?

 

 

「「 (さ、最悪だ……!) 」」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「フフ、今更気付いても遅い。お前の作った“偶像”はもう、こちらにとって何も怖くはなくなった。数なら我らに分がある…今に見ていろ邪神」

 

 

 

 



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第二十四章

作られた人形とのやり取りを見て確信を持ち、そして絶望する袿姫様。

 

一体どうしたのだろうか?

 

 

「私はもう駄目だ。はぁ…何が造形神だ…駄女神もいいところじゃない」

 

 

…もしかすると、自分は大変失礼なことをやらかしてしまった可能性がある。

先程まであんなに神々しくあられた袿姫様がすっかりネガティブモードに突入してしまった。

こんな弱弱しい姿を自分は見たくなかった…今からでも出来ることがあれば償うべきだろう。

 

「袿姫様!お気を確かに!袿姫様ッ!!」

 

「袿姫様!僕に出来ることがあれば!」

 

「あぁ、私の崇高な作品達が…あれだけ作るの苦労したのに……うぅ……」

 

「…まさか、霊長園の人形達が一斉に戦意喪失してしまうとは…!舞島殿、君は大変なことをしてしまったようだな」

 

「え…?」

 

膝から崩れ落ちた袿姫様を支えながら、磨弓はことの深刻さを伝えてくる。

 

外の霊長園の様子を写したモニターには自分が改心させた人形達が手を繋いでルンルンスキップをしている姿があった。

あぁ、何て平和な世界なのだろう。正に理想郷…ユートピア。見ているだけで幸せになれる。

 

「えっと、これの何が問題なの?」

 

「…私から説明しよう。袿姫様はあまりのショックで幼児退行なされた」

 

「!?な、何か小さくなってるような…」

 

 

「 うわーーーーーーーーん!!! 」

 

 

「…分かっているとは思うが、この霊長園に住む人形達は袿姫様が御自身で作られたもの。この人形達は元々、畜生界の獣共に対抗する為の戦闘道具として運用しており、獣共は人形を持たぬ故何も抵抗が出来なかった。正に無敵の兵団だったのだ」

 

「…!」

 

「だが、君がここにきてしまったことでそれは覆された。霊長園の人形達に優しさが芽生え、見ての通り戦うことを完全に放棄している…。最早戦力として残っているのは今ここにいる埴輪兵団のみだ」

 

「幸い、我ら兵団の人形遣いの持つ人形が残ってはいるものの…袿姫様がこんな状態ではまともに力を発揮出来ない」

 

「そ、そんな…僕のせいで…」

 

何ということだろう。

まさか好意でやったことが袿姫様を追い詰めてしまったなんて…これは大変なことになってしまった。

 

それにしても、さっきまで大人の女性くらいだった袿姫様は今や小学生くらいの見た目となり、その場で泣き喚いてしまっている。

本当に幼児退行してしまってるじゃないか…冗談抜きに。神様ってそう言う体質なのか?

 

「この幼児退行の原因は恐らく、人間霊の信仰が一気に薄れてしまった影響だろう。…全く、あちらから呼んでおいてなんと身勝手な連中だ」

 

 

『袿姫様はもう駄目だ。俺達は一生奴隷のままなんだ…』

 

 

『このお方を呼んだはいいものの、俺達の立場なんて結局変わりはしなかった!』

 

 

『気色の悪いものばかり作って、どうも胡散臭かったんだよあの神様…止めだ止め』

 

 

 

人間霊達の絶望している声が洞穴に響き渡る。信仰…即ち信じる心が人間霊達から消えてしまっているということか?

 

「ここの人形は勿論、我ら埴輪兵団も袿姫様が作られたもの。このまま袿姫様が力を失えば、我らも存在を保てなくなる。…敗戦は時間の問題だな」

 

…これは完全に、ここへ来た僕の責任だ。何とかしないと…!

 

 

 

 

 

 

僕の愛する人形を作った神様…それが今、自分のせいで力を失ってしまった。

それは人形の存在にも大きく関わることであり、もしこの神様がいなくなってしまうと人形はどうなるか?

磨弓の言っていたことから推察するに、埴輪同様存在を保てなくなってしまう可能性が高い。

それは野生の人形達も、自分の大切なパートナー達も皆いなくなってしまうということ…そんなのは絶対に嫌だ。

 

そして人形を作り出した袿姫様も同様、守るべき存在である。こんなに素晴らしいお方がいなくなることは世界の損失だ…あってはならない。

偶像など信じていなかった自分が唯一信じられる神様…それが彼女、埴安神 袿姫様。あの優しい笑みが今も忘れられないのだ。

 

 

…確か、神様は“信仰”で力を得るんだったな。

僕1人の信仰でどうにかなる訳ないけど、それで少しでも力を取り戻せるのなら…

 

「 袿姫様ッ!! 」

 

「ふぇ…!?な、何よ放して!」

 

袿姫様の小さくなってしまった強く手を握り、言葉を交わす。ストレートに自分の気持ちを伝える為に。

それに対して袿姫様は掴まれた手を放そうと必死に抵抗している。当然の反応だろう。

 

「…まずは謝罪します。僕はあの獣達にまんまと騙されてしまい、結果袿姫様をこんな姿にしてしまいました。本当に申し訳ありません」

 

「そ、そうよ!全くいい迷惑だわ!」

 

「ですが、私は袿姫様を本当に尊敬しています。この気持ちに嘘なんてない…信じて下さい。元々僕はあなたに会いにここまで来たのですから」

 

「…わ、私に?どうして?」

 

「貴方が人形という存在を生み出した素晴らしい方だからですよ。僕は初めて人形を見た時、本当に感動したんです。こんなに理想的な可愛らしい生き物が存在しているなんて…とね。だから、その人形を作った人にも是非会いたくなったのです」

 

「……ふ、ふぅん?」

 

「それに、袿姫様は敵である僕を一切咎めることなく許して下さった。真実を告げられなければ、あのまま僕は動物霊達のいいようにされていたでしょう」

 

 

「……正直、僕なんかのちっぽけな思いじゃ元になんて戻れないとは思います。でも、それでもこれだけは伝えさせて下さい」

 

 

 

「 僕は、貴方を心から信仰致します。埴安神 袿姫様 」

 

 

 

「 …―――ッ!!!/// 」

 

 

 

…よし、言いたいことは全て伝えた。後は僕と僕の手持ち達で何とかしよう。

せめて時間稼ぎくらいはしてやる。…もう動物霊達は攻め込んできているのだろうか。

 

 

「 ………、………… 」

 

 

袿姫様、どうかご無事で…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!こ、これは……」

 

来た道を引き返し外の方へ向かっている最中、埴輪兵の残骸を発見する。

無残に破壊された埴輪兵をよく調べてみると集団で襲われたような痕跡が残っている…酷いものだ。

磨弓が言っていた通り、信仰が弱まった影響で埴輪兵達も力が弱まっているらしい。僕を唆した動物霊達は最初からこれを狙っていたのだろう。

確かに袿姫様の力の弱まった今ならば、人形をわざわざ使役する必要なく力づくで叩くことが出来る…悔しいが、よく考えられた戦略だ。

 

 

「いやはや、まさかこうも上手くいくとは思いませんでしたよ。あれだけ厄介だった兵団も今やすぐに壊れる出来損ないだ」

 

「――ッ!お前は!」

 

 

道の奥から聞き覚えのある声が響きわたり、一気に警戒を強める。

もう、あの声の主のいいようにはされない。聞く耳を持つな…

 

「しばらくぶりですね。舞島 鏡介さん。この度はご協力感謝しますよ」

 

「……」

 

「…だんまりですか。ハハッ、嫌われたものですねぇ」

 

吉弔 八千慧…畜生界を支配する組織の1つ、鬼傑組の組長。

 

僕は彼女に洗脳され墳墓へ乗り込み、結果として埴輪兵団から敵として認識されてしまった。

意識はあったにも関わらず逆らえないあの恐怖…思い出しただけでも身の毛が逆立つ。

 

「…何も知らなかったとはいえ、人間霊を苦しめるようなことを“人間”である僕にさせるなんて……最低ですね、貴女って」

 

「そんな怖い顔をして…正直、全然似合いませんよ?」

 

こちらの言葉に対し、軽く嘲笑で返した八千慧にますます怒りが込み上がる。

自分自身の至らなさに怒ることはよくあれど、他人に対してこんなに怒りを覚えたのは本当に久しぶりだ。

 

「おやおや、それは何の真似です?」

 

「……」

 

「まさか、その身1つで我々に立ち向かおうと?人形も使わずに…?」

 

「ギャハハ!こりゃ傑作だ!こんなか弱い人間に何が出来るってんだぁ?」

 

「何だよあのポーズ!素手で俺達と殺り合おうってかぁ?舐められたもんだなおい!」

 

その場で立ち塞がる自分を見て、滑稽だと動物霊達が馬鹿にする。

確かに、僕は格闘技の1つも習得していないし今まで誰に対しても暴力だけは振るって来なかった。身体の見た目だって明らかに頼りない…これが無謀な行為なのは分かっているつもりだ。

そして人形に協力を求めないのは、自分なりのこだわりである。この子達を人形同士のバトル以外で、争いの道具として使いたくはない。

だから、この場は僕自身で何とかしてみせる。

 

「こんな雑魚、わざわざ統領が出るまでもねぇ。いいっすよね?」

 

「…えぇ、好きにしなさい」

 

動物霊1匹が前に出る。どうやら小手調べでも始めるつもりらしい。

 

顔だけの一見可愛らしい動物霊は徐々にその正体を現し、大きな二足歩行の獣へと豹変する。

これが畜生界の動物霊の本当の姿…何とおぞましい獣だろう。

 

 

「へへへ…久々の生身の人間だ。簡単には殺さねぇぞ?…じゅるり」

 

「…――ッ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

―――何だ?

 

この、底から湧き上がってくるような活力……胸の高まり……私は一体、どうしてしまったのだろう?

 

 

「袿姫様、ご無事ですか?なにやらお顔が赤くなっていらっしゃるようですが…」

 

 

…そうだ。

 

あの人間の思いを聞いてからだ。私がこんな風になってしまったのは…

初めてだったのだ。今まであんなに純粋な尊敬を向けられたことなど、一度もなかったから。

 

 

私は人間霊に救いを求められ、この地に招喚された造形神(イドラデウス)

救いを求めた者達を救う為、私は疲れ知らずの埴輪の兵士達を作り出すことで獣共を追い払い感謝されることで、今まで信仰を得てきた。

 

しかし、それで人間霊達の“奴隷”という立場が変わった訳ではない。

結局は支配者がすり替わっただけという事実に、人間霊達も薄々気が付いていたのだろう。

私の力がなくなったことが何よりもの証拠…自業自得だ。仮にあの人間がここに来なくとも、直に私は負けていたのだ。

我ら神は偶像…人々の信仰がなければ存在など出来はしないのだから。

 

本来、私は消える筈だった存在…しかし今、舞島 鏡介という1人の人間の信仰によって生き永らえた。

 

 

…ならば、やることは1つだろう。

 

 

「…!?袿姫様、その御力は…!」

 

 

今なら出来るぞ。最高の作品達が…!

 

 

 



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第二十五章

 

僕は今、大きな獣霊と戦っている。

 

とは言っても、人生で戦闘経験など一度もない僕はただ相手に一方的で無慈悲な暴力の数々を受け続けていた。痛いか苦しいかと言われたら、至極その通り。

僕は今まで争いとは無縁に育ってきた…だって、怖いじゃないか。痛い思いをしたり誰かを傷付けるのは…凄く怖い。

 

「おらどうしたぁ!?守ってばかりじゃ勝てねぇぞぉ!!」

 

「…ッ!!くっ…!」

 

大きな獣霊はこちらを挑発しながら拳の連撃を浴びせ続ける。

あまりに抵抗をしないから痺れを切らしたのだろう。喧嘩が日課の動物霊からしたら、無抵抗な自分に苛立ちを感じるのは無理もない。

ここは畜生界。地獄に堕ちた血と殺戮を好む獰猛な獣達の巣窟…自分とは真逆の生き方をする者の住む世界…争いの温床。

 

 

僕がこの場で人形を出し、この動物霊達を追い払うよう指示を出せばすぐにでも解決するかもしれない。

袿姫様がやったようにすれば、こんなことをされずに済んだかもしれない。

 

でも、それでは互いにやってることが一緒だ。

袿姫様は人形を作った素晴らしい神様…だけど間違っている。人形は争いの道具ではない。

それをどうか、分かって欲しいのだ。

 

「吹っ飛びやがれッ!!」

 

「ぐあっ―――!?」

 

大きな獣霊の止めと言わんばかりの最後の一撃を腹部に受け、壁に叩き付けられる。

血反吐を吐いてその場で項垂れる自分に対し、観戦している獣達は弱い弱いと嘲笑っている。

息が荒い…意識も段々遠くなってきた。

 

気が付くと腰に付けている封印の糸が激しく揺れている。これは…ユキの入っている糸だ。

他の糸も、小刻みに揺れているのを感じる。今すぐにでも出たいのだろう…だが、駄目だ。

 

それぞれの封印の糸を、手で抑え込むことでそれを拒む。我慢してくれ…どうか今だけは。

 

「…ちっ、まだそんなつまらねぇことするつもりか」

 

「ここまで無抵抗だとやりがいもねぇなぁ。もう飽きたし食っちまうか」

 

「……ッ」

 

大きな獣の牙…そして垂れる涎。

これから喰われるという恐怖から、足が震え始めた。…でも逃げない。例え死んでも。

 

「所詮この世は弱肉強食…弱い奴から死ぬんだよ」

 

 

「 今のお前みたいになぁッ!! 」

 

 

獰猛な獣の大口がこちらへ迫ってくる。

どうせこの体はもう動かせない。目を閉じ、覚悟を決めて死を受け入れた数秒後には刺さるような刺突の音が聞こえた…あぁ、きっと僕は噛まれたのだろう。

そしてこのまま噛み砕かれて肉となり、獣の養分となる…まるでサバンナの草食動物にでもなった気分だ。

 

 

…だが、おかしなことが1つある。

潔く死を受け入れたにも拘わらず、先程から痛みも何も感じない。死ぬって案外そういうものなのだろうか?

 

「が……ア!?」

 

僕を喰っている筈の獣霊の声が聞こえる。何やら苦しんでいるような悲痛な声。

明らかに様子が変だ…何が起こった?恐る恐る、閉じていた目を開けてみる。

 

「な…」

 

驚愕だった。僕を食べようとした大きな口に棒状の物が刺さっている。

そのことにやられた獣霊の方も驚きを隠せず、困惑しているようだった。

 

 

「 ぎゃあああああ!?何だこの槍はぁ!?俺様の口が、口がぁ!!ああああアアアッ…!! 」

 

 

遅れたように激しい痛みの感覚に襲われる獣霊。

僕は何もしてはいないし、人形だって勿論出してはいない。どうやら獣霊は他の誰かから攻撃をされたようだ。

刺さっている槍の刃先は獣霊の喉元にある…ということは、後ろから?

 

微かに、後方から足音が聞こえてくる。それも1つじゃない。

パカラパカラというこの独特な音とリズムは、馬?こんなところに馬なんて存在するのか?いや、動物の蔓延るこの世界では珍しくはないが…

だが仮に聞こえた音の正体が動物の馬だとして、それが僕を助けるというのは一体どういうことだ?

 

 

「大丈夫か!舞島殿!」

 

 

この声は…そうか。僕を助けてくれたのはどうやら磨弓のようだ。

後ろを向くと何やら沢山の影と土煙がこちらへ向かっている。

 

「嘘だろ…造形神の力は弱まったんじゃないのか!?あ、ありえねぇ!!」

 

「な、何だよありゃあ!?まるで戦国じゃねぇか!!」

 

影がハッキリしていくにつれ、動物霊達はその圧倒的な軍勢の正体に絶望した。

正直、こちらもその正体には大変驚いている。何故ならあれは…

 

 

「 埴輪兵団ッ!敬虔な信徒、舞島殿に加勢すべく参上した!! 」

 

 

先程までとはまるで違う、埴輪の馬に跨った磨弓団長率いる新制埴輪兵団達だったのだから。

 

 

 

 

 

 

人形バトルで見せたまゆみ人形の鎧の姿を彷彿とさせる、完全武装の兵団がこちらへ攻め込んだ。

墳墓で初めて会った時よりも遥かに強そうな見た目となった埴輪兵団はすぐさま陣を張り、僕を守るように列を組んでいく。

 

「どういうことだ?造形神(イドラデウス)が完全に力を取り戻しているなど…貴様、一体何をした!?」

 

ハ千慧のかつてない程の動揺ぶりが顔にハッキリと現れる。

余程今の状況が信じられないのだろう。こちらも袿姫様がこんな力を隠していたなんて思いもしなかった。

 

「簡単なこと。お前は“舞島 鏡介”という人間をみくびっていたのだ」

 

「何だと…?」

 

「確かに我々にとってはこの舞島 鏡介という人間は正に脅威。戦闘用の人形達に優しさを植え付け、それを作った袿姫様にまで被害を及ばせる程の影響力がある」

 

磨弓の視線がこちらへと向かれる。知らなかったとはいえ、僕が大変なことをしてしまったのは事実。

だからこうやって敵陣に単騎で乗り込んだ。罪滅ぼしにはならないかもしれないが、せめてもの償いの為に。

 

「そう、私の作戦は完璧だった筈…奴の人形遣いとしての腕と反吐が出る程の甘さを利用し、人形を無力化させ、あの邪神の力だって弱まった…なのに何故また取り戻している?」

 

「舞島殿は最初から袿姫様に危害を加えるつもりなどなかったのだ。あの時力を失った袿姫様に、舞島殿は手を差し伸べ、そして心から信仰なさった」

 

 

「 お前の敗因は彼の袿姫様に対する尊敬の気持ち…即ち“想いの力”を侮っていたからに他ならない!! 」

 

 

「―――ッ!?」

 

…そうか。袿姫様が力を取り戻したのはあの時の僕の言葉がきっかけだったのか。

何とか自分の想いをぶつけようと必死に伝えた甲斐があった。

 

「人間霊の味方である我らを人間の手で壊滅させるつもりが、逆にその人間の手によって身を滅ぼす……実に愚かだ、吉弔 八千慧」

 

「……ちっ!」

 

「この戦力差だ…やり合うだけ無駄というもの。だが今すぐにこの霊長園から立ち退くならば命までは取りはしない。早々に去れッ!!」

 

「(ど、どうします統領?さすがにこれは不味いんじゃ?)」

 

「(我々にあの脳筋共のような高い戦闘力はない。…仕方がありませんね)」

 

 

「…今回は我々の負けを認めましょう。ですが、いつか必ず邪神を倒して見せる…如何なる手段を使ってもね。それまで精々首を洗って待っていなさい」

 

 

そう言い残し、八千慧率いる鬼傑組は墳墓から姿を消した。良かった…袿姫様を守れたんだ。

しかし、こんなひ弱な僕では時間稼ぎしか出来なった。磨弓が加勢しなければ僕はあの時、間違いなく死んでいただろう。

 

 

「舞島殿、感謝する。お陰で袿姫様を失わずに済んだ。…大丈夫か?」

 

「え、あぁ多分、だいじょ…ぶ……」

 

 

ヤバ…安心したら一気に今までのダメージが……こりゃ重症だな。

 

また永遠亭送りだけは…勘弁……

 

 

「 舞島殿?しっかりしろ、舞島殿ッ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

目を開けると、視界には一面の宇宙が広がっている。

どうやら僕は夢の世界にいるらしい。…ここにいるということは、ギリギリ死なずには済んだのだろうか?

 

『…良かった。気が付いたんですね』

 

隣からしんみょうまるの声が聞こえてくる。

振り向くと、他の自分の仲間達も全員集合しているようだった。

 

何やら皆、心なしか表情が怒っているような…?

 

 

「 一体どうし…って痛たたたたッ!!? 」

 

 

どうしたのか尋ねようとしたその時、人形達による攻撃が一斉に襲い掛かる。

その攻撃方法は両手を存分に使うことで行う、所謂「駄々っ子パンチ」であった。

先程の獣霊からの攻撃に比べれば全然可愛いものであるが、受けた傷跡が身体に残っているせいか肉体的にも、そして精神的にもダメージが入ってしまう。

 

「おうふ……ど、どうして?」

 

『どうしてじゃありません!また死にかけるような無茶をして…どれだけ私達が心配したと…!』

 

『舞君のバカバカバカッ!!どうして私達にやらせなかったの!?舞君が死んじゃったら私……私……』

 

『ま、舞島さんはもう少し自分を大事にするべきだよ…!』

 

『きょーすけ、しんじゃイヤ……メディかなしい……』

 

「!み、みんな……」

 

…成程。僕があの時、出てくることを拒んだことに対して怒っているんだ。

だけどこの子達だって出ようと思えば出れはした筈…なのに敢えてそうしなかったのはこちらの気持ちを汲んでくれたからなのだろう。

そう考えると、今受けているこの仕打ちも当然…悪いことをした。

 

 

このパンチは、すごく効いたな。

 

 

ノックダウンされながら、僕はしみじみとそう感じるのだった。

 

 

 



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第二十六章

 

 

「 えぇ!?人形を作られたのは袿姫様ではないのですか!? 」

 

 

 

こちらの問いに対し、袿姫様は静かに頷く。

 

目が覚めて早々に衝撃の事実が発覚してしまった…袿姫様が全て作られたものだと思っていた人形は、元々は自分の創造物ではないらしい。

しかしそうなると、1つの疑問が生まれることになる。

 

それはやはり、本当の人形の生みの親。

袿姫様ではない以上、当然他の誰かが作ったということになる。一体誰なんだ?

 

「袿姫様はご存じなのでしょうか?」

 

「それは、私にも分かりません。私はただ、自身のファインセラミックスによって人形に限りなく近い“偶像”を生み出しただけ…これは本物とは程遠い偽物です」

 

ファインセラミックス……それが袿姫様の創造する御力の名称のようだ。

ということは、袿姫様はどこかで人形の存在を知りそしてそれを模倣したと、そういうことになる。

模倣というには余りにも自分の知っている人形と酷似していた為、こちらも今まで全く気付かなかった。

そして袿姫様の言い分から察するに、自身の作った人形達の完成度には納得がいってなかったことも伺える。

 

「そうだったんですね。でも、どうしてそれを僕に?」

 

「……あ、貴方にはそれを知る権利があると、そう判断したから」

 

「?」

 

突然目線を逸らし、袿姫様は顔を横に向けてしまう。

何か言い淀んでいるような、気まずそうなその様子を見兼ねた杖刀偶 磨弓が前に出てくる。

 

「コホン、つまり袿姫様は舞島殿に嘘偽りを信じ込ませたくはないのだ」

 

「私は、貴方が思っているような理想の神様ではない。力を得るため人々の信仰を利用した最低な悪魔…邪神なのです」

 

力を失った袿姫様に失望していた人間霊達の台詞を思い出す。

「結局は支配者がすり替わっただけ」というあの不満の言葉は、袿姫様の行いに対する評価だったのだろう。

 

「うーん……本当にそうでしょうか?」

 

しかし、あくまでそれは人間霊達の見解…救いと自由を求めた者達の身勝手な言い分ではないだろうか。

仮に僕が人間霊の立場ならば、袿姫様の行いをこう考える。

 

「だって、やり方はどうあれ袿姫様は奴隷扱いだったその人間霊達を救われたではないですか。事実、これまで信仰を得られたのもその立派な行いの成果と言えます」

 

「……だが、結果的に私が人間霊達を」

 

「袿姫様が行ったのは「支配」なんかじゃなくて、「保護」……なのではないですか?」

 

「!」

 

「舞島殿の言う通りです。袿姫様はこれまで人間霊達を救いたい一心で霊長園を守り続けました。それを奴らが欲を出したばかりに…」

 

「奴らは元々、地獄に堕ちた罪人達。救いの手を差し伸べられるような立場ではないにも拘らず、袿姫様の慈悲深いことを良いことに付け上がるとは……全く嘆かわしいものだ」

 

どうやら磨弓もこちらと意見が同じらしく、人間霊達の我儘ぶりに苛立っている様子が垣間見えた。

人間は欲深い生き物…それが行き過ぎてしまった結果こうなってしまったと考えると、同じ人間としてやるせない。

そして僕自身も、袿姫様の作られた人形を台無しにしてしまったという経緯がある。決して許されることではないだろう。

 

「袿姫様、僕が人間を代表して謝罪します。本当に…申し訳ありません」

 

「!舞島殿、何を!?」

 

反省の意を示すよう、袿姫様に向かい深々と土下座をする。

僕が興味本位でここに来なければ、何の問題なく守り続けられていたのだ。これくらいのことはしなければ、示しがつかない。

 

「舞島 鏡介。貴方はむしろ私を救って下さいました。謝ることなどありません……顔を上げて下さい」

 

「…袿姫様」

 

ゆっくりと歩み寄り、座り込んで同じ目線に立ち、優しい微笑みで語り掛ける袿姫様の姿が眩しすぎる…嗚呼、やはり彼女こそ尊敬すべき神様だ。

この世界に他の素晴らしい神様がいたとしても、僕の心はこの先変わることはないだろう。

 

「ですが、獣達はまだ霊長園の奪還を諦めてはいません。またいずれここへ攻め込んでることでしょう。舞島 鏡介…人間の貴方がここに居続けては、命が幾つあっても足りません。さぁ、もう地上に戻りなさい」

 

袿姫様のどこか寂しさを感じさせるその言葉を聞き、胸が苦しくなった。

出来ることならばこのまま袿姫様に一生付いて行きたいが、こちらも人形異変の解決という目的がある。

それは袿姫様と同じようにここ幻想郷へ呼ばれ、そして求められたことに他ならない。

 

「それと安心なさい。貴方の人形を愛するその気持ちに免じ、これからは人形に頼らず奴らと抗戦します」

 

「!ほ、本当ですか?」

 

「はい、人形は私が取り扱うには少々難のある生き物のようですから。……それに今は人形などに頼らずとも、充分に対抗出来る力があります。お陰で今まで以上に強力な造形術が出来るようになりました。感謝しますよ、舞島 鏡介」

 

「(……あ、あんなに実直で真っすぐな信仰は初めてだったけど)」

 

途中で袿姫様のお顔が少し赤くなったような気がするが、こちらの気持ちが伝わってくれたようで本当に良かった。

これで、ここの人形が争いの道具にならすに済む。流石、袿姫様は本当に話の分かるお方だ。しかし……

 

「では、霊長園にいる人形達も?」

 

「えぇ、貴方にならあの子達も喜んで着いていくでしょう。どうか、私の代わりに面倒を見てあげて下さい。……それと、これも」

 

「あ、その子は」

 

袿姫様は思い出したように手元から持ってきたのは、先程自らの手で作ったけいき人形だった。

どうやら作り立てのこの子も同時に面倒を見て欲しいようだ。けいき人形自体もそれを望んでいるのか、こちらに対し純粋で綺麗な眼差しを向けている。

 

「この人形は生まれたてでまだ弱い…しかし、育てればその能力を存分に開花させていく筈。必ずや貴方の力となってくれるでしょう」

 

「…分かりました。ありがとうございます」

 

けいき人形を託され、実際に持ってみると早速違和感があった。…重い。どうやらこの子は他の人形に比べ、身の丈に合った重量があるようだ。

こうしてみると、確かに今まで仲間にしてきた人形達とは作りに違いがあるのがハッキリと分かる。…持ち続けるのは中々にキツイ。

だが、それでも精一杯愛して見せよう。何せ、この人形は袿姫様の手から直接頂いたものなのだから。

 

これで手持ちの仲間は6体…むげつ人形がまだこちらと一緒にいるかの確認を取れていない状態であることを除けば、取り敢えずの人形パーティは完成だ。

今はまだ戦えるのは4体でも、これから徐々に経験を積んでいけば6体同士の人形フルバトルも出来るようになる。戦力の幅が一気に広がり大変だろうが、それがやがて普通になる時がやって来る…頑張らなければ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「――という訳なので、久詫歌さん。この子達も一緒にお願いできますか?」

 

「……これ皆、ですか……?」

 

ピーコちゃんの連絡を通じて先に霊長園で帰りを待っていた庭渡 久詫歌は、僕と一緒にいる人形達のその量に圧巻していた。

全員を仲間にしたは良いものの封印の糸が不足していたことを懸念していた為、けいき人形以外は現在そのまま着いてきている状態である。

 

「いやー、流石の私でもこれらを一気に運ぶのは……せめて半分以上は減らして頂かないとまともに飛べませんよ?」

 

「そ、そうですか。う~ん困ったなぁ」

 

袿姫様の作られた人形達は一体一体がはそれなりの重量で、それが軽く30はいる。今思うと、無理難題なお願いだった。

わざわざここまで連れてきてくれた久詫歌を何度も往復させるような重労働をさせるのも気が引ける……さて、どうしようか。

 

振り返ってみると、霊長園の人形達は目をウルウルさせがながらこちらを見つめている。あぁ、そんな目で僕を見ないでくれ……そんなことされたら猶更置いてはいけないじゃないか。

せめて、余った人形達をどこか収納できる様なアイテムがあればいいのだが……

 

「……あ、そういえば」

 

そうだ。あるじゃないか「人形箱」が!

しばらくご無沙汰であったが、くるみ人形とエリー人形が入っているこの人形箱に入って貰えば問題は解決だ。

 

 

「 みんなー!この人形箱の中に入っていってー!! 」

 

 

人形箱の蓋を開け、人形達の目の前に置き、体操のお兄さんの如く手招きする。

こちらの声を聞いた人形達は最初は戸惑いがありつつも、1人が入っていくとファーストペンギンの要領で次々と後に続いて行った。

突然これだけの人形が来たことにくるみ人形とエリー人形も驚くだろうが、バトルなどの出番がない彼女らもこれで寂しくはないだろう。

 

全員が入ったことを確認し、人形箱を持ち上げてみるが重さは全く変わらない。……結構凄い発明ではないだろうか、これ。

 

「コケ―……驚きました。優れたマジックアイテムですねぇ」

 

「……自分からやっておいてなんですが、すんなりと入ったことに結構驚いているんですよね」

 

ここに来てからというもの、普段では有り得ない現象ばかり目の当たりにしている。

そして何より、ぞんな非日常にすっかり慣れてしまっている自分が怖ろしい。

 

皆が当たり前のように空を飛び、出会う人や妖怪は皆基本的に美少女で、誰もが一度は憧れる「魔法」が実在するこの世界は本当に退屈しない。

しかし、いつまでもそれが続くかと言われれば、違う。旅の終わりはいつか必ずやってくるだろう。

自分の世界へ帰った時、生活に支障がなければいいのだが……なんて、前もそんな風に感傷に浸った気がする。

 

 

「では問題も解決したことですし、そろそろ帰りましょうか?舞島さん」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

背中の翼を広げた久詫歌は僕の上着を掴み、天高く飛翔する。これで、この畜生界ともしばらくはお別れだ。

 

心残りがあるとすれば、やはり袿姫様の安否が心配である。人形がなくとも充分に戦えると袿姫様は言っていたが、あれは嘘だ。

あの時は三勢力の1つが相手だったから良かったものの、もしそれらが結託したら流石に埴輪兵団だけではとても守り切れない。

袿姫様の心変わりは本当に嬉しかったが、結果的に僕は獣霊達の方に手を貸してしまったような気がする。

 

「思い詰めた顔をしていますね。ですが、大丈夫ですよ」

 

「……え?」

 

「貴方のした行動は、絶望していた人間霊達を再び奮起させました。あの造形神(イドラデウス)の力は今まで以上に強大になっていることでしょう。あの様子であれば、まず負けることはなさそうですね」

 

「(まぁ、最も行き場をなくした動物霊達が再び地上へ攻め込む可能性もあるにはあるのですが……その時は博麗の巫女が何とかして下さることでしょう)」

 

久詫歌の励ましが心にしみる……そうか、それならば多少は安心だ。どうか負けない下さい、袿姫様。

傍におらずとも、いつでも心は通じていますから。

 

……それにしても、久詫歌はどこでその事情を?今までずっと見ていたのだろうか?

 

「えっと、ピーコちゃんからそのことを?」

 

「いえ、違いますよ。……ここの霊達です」

 

 

「―――ッ!?」

 

気が付くと、久詫歌の周りには大量の人魂が取り憑いていた。

そのことにビックリして思わず体勢が崩れかけたが、久詫歌がすぐさまバランスを取り何とか落下を逃れる。

 

「アハハ、すみません。突然でビックリしましたよね?」

 

「……えぇ本当に。久詫歌さん、霊と喋れるんですね」

 

「まぁ、これでも地獄の関所に務めてますからね。当然ですよ」

 

そうか。まるで天使のような善人だから完全に忘れかけていたが、彼女もこの地獄に関連のある人物だ。

実体のない幽霊と会話が出来ても、連れているのも何ら不思議はなかった。

 

すると、1つの人魂がこちらに近づく。

 

 

『……サナイ』

 

「え……」

 

『……クタカサマノ……〇〇〇……ミタオマエ……ユルサナイ……』

 

「…―――ッ!!」

 

『ナニイロ……ダッタ……ンダ……オシエロ……』

 

「………いや、あれは事故で……」

 

『オシエナイト……ノロッテヤル……!』

 

 

「?どうしましたか舞島さん。何やら顔色が悪く……ハッ!?まさか風邪を!?」

 

 

この帰りの道中、またしても僕は地獄を味わうことになった。

 

息が出来ず、霊達の恨みつらみをひたすら耳元で囁かれながら……

 

 

 

 

 

 

もう僕は、この状況を深く考えるのを止めることにする。

 

そして少しでも時間を有効に使うべく、今回の件について軽く振り返ってみた。

 

 

造形神(イドラデウス)、埴安神 袿姫。

 

人間霊達の決死の祈りによって招喚され、見事その役目を果たした僕の尊敬する神様。

袿姫様との接触が人形異変の大きな足掛かりとなるかと思われたが、彼女は自身の能力で人形を模倣したに過ぎず、異変の元凶ではなかった……異変調査はまた振り出しへと戻される。

だが袿姫様の役目を果たさんとするその姿勢には、心を動かされるものがあった。そして改めて自覚する。

 

自分がここ幻想郷に来た、その理由(わけ)……その責任の重さを。

 

 

現状、人形異変を解決しなければならない大きな理由…それはやはり「人形解放戦線」のような人形を使った悪事を働いている者の存在が大きい。

その活動は人形異変を解決しない限りは絶対になくならならず、長引けば長引く程苦しむ人も当然増えていく。やはり霊夢が言っていた通り、人形異変は早々に解決しなければならないのだろうか?

その為にはまた人形を作った本物の人物との接触を図る必要がある訳だが……正直、このまま探しても埒が明かない気がしてならない。

 

 

……いや、待て?

 

ならばむしろ「人形解放戦線」との和解を目指してはどうだろう?悪用する者をなくすために人形を取り上げるのではなく、悪用する人そのものがいなくなれば?

もしそれが実現すれば、幻想郷で人間と人形が共に歩んでいける道が出来る……そうだ。そうじゃないか!どうしてそれにもっと早く気付かなかったのだろう!!

 

 

「ふごごーーーー!!(それだーーーー!!)」

 

「うひゃあ!?ど、どうしたのですか急に!?」

 

 

青臭い理想かもしれない。でも、僕は叶えてみせるぞ。

 

人間と人形の共存を。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「本当に良かったのですか?舞島殿を我らの仲間にすれば、大きな戦力となったでしょうに」

 

「確かにそうね。でも、あの人間はそのままが一番美しいわ。それを土と水で固めてしまっては台無しよ」

 

「……左様ですか。私も、あのような純粋な人間とは初めて会いました」

 

「久しく忘れていたわ。作品に愛情を込める、造形師(クリエイター)としての心を。彼はそれを思い出させてくれた」

 

 

 

「 ありがとう、人の子よ。貴方のこれからの旅路に、祝福があらんことを 」

 

 

 




舞島君、Cルート突入


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AS1 宇佐見菫子の起床



まとめでチラッと話していたやつです。

そんなには長引かないと思います…多分。




 

 

「ん~~~……はぁ~」

 

 

瞑っていた目を覚まし、体を軽く伸ばすことで眠気をある程度解消させる。

このまま顔を洗いに洗面所に向かうのが私のルーティーンであるが、今日ばかりはそれを実行に移すことは出来ない。

何故ならここは外。いつもの私の家ではない。仕方がないのでまだぼんやりとした意識の中、これからの予定を整理する。

 

 

今からすること……それは“ある人物”との接触だ。

まさかこの私が、この世界で赤の他人と関わることになろうとは。

先輩風吹かせて頼みを聞いてしまった私も私だが、可愛い後輩の為だ。ここはお姉さんが一肌脱いで進ぜよう。

 

 

……空はもう夕暮れ時といったところだろうか。

人気もすっかりなくなっている。まぁその方が探しやすいし丁度いい。

 

意識を集中させ、目的の人物の居所を探る。

まだそう遠くへは行っていない筈……今頃、既にそこに存在しない人物を1人で必死になって探しているかもしれない。

 

 

「……いた。あの森の中ね」

 

 

遠視(えんし)」。

 

これは最も日常でお世話になっており、「透視(とうし)」と同じく探し物に非常に便利な私の生まれつきの能力である。

人探しなんてホント、何年ぶりだろうか。

 

身体的特徴は聞いていた情報と一致している。彼で間違いない。

読み通り、突然いなくなった友人を闇雲に探しているようだ。あの辺りは野生の動物も生息していた筈……謂わば危険区域。

距離からして、森のかなり深いところまで行ってしまっている。このままでは彼まで遭難し兼ねない。

 

警察沙汰になればこちらとしては面倒だ。早いこと探し出すとしよう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「はぁ……はぁ………クソッ」

 

 

残り僅かな充電のスマホのライトを頼りに、森の中を彷徨うこと約3時間……

 

あいつは一体、どこに行ってしまったんだ?どうして一切電話にも出ない?

 

最初は飽きて先に帰ってしまったのかと思ったが、舞島は文句は言ってもそういうことはしない人間であることはよく知っている。

神社にいた周りの人達は誰も舞島を目撃していないし、少なくともこの博麗神社からは出ていないのは確かだ。

 

となれば、舞島がいる可能性が高いのは最後に行っていた神社の外れにあるこの森ということになる訳で。

俺が夢中になってあの東方ファンと話していたのはせいぜい数10分……そう遠くには行っていないと高を括ってしまった結果、今に至る。

 

「まいじまぁ……いだら返事じでぐれよぉ………なぁ」

 

光がなければ何も見えず、誰も来ない暗闇の世界の中、不安と恐怖によって暗い感情に支配されてしまった俺は自分の軽率な行動を悔いた。

俺のせいだ……俺が博麗神社に行こうなんて言わなければ、こんなことにはならなかった筈だ。

もし仮にあいつが遭難してて死んじまったら、親御さんに何て詫びればいいんだ?両親は勿論、可愛い妹だっているのに。

悲しむ舞島の家族の顔が目に浮かんでくる……ごめんなさい。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

駄目だ。暗い感情がどんどんエスカレートしている。

もういっそ、このまま俺も同じ末路を辿ってしまった方がマシなのかもしれない。

親友を見殺しにしてしまった罪を背負ってのうのうと生きるなんて、とても耐えられないではないか。

 

 

「……――ッ!!」

 

 

そう思い始めたその時、近くで草むらが揺れる音が聞こえてくる。

 

「――舞島!?」

 

今まで誰とも遭遇しなかったこともあって、俺はこの揺れの正体を何にも疑わなかった。

舞島であってくれという願望もあったのだろう。とにかく俺はそこにいる誰かに向かい、必死に呼び掛けた。

 

スマホのライトを当てて、揺れた周囲を照らしてみる。

 

「……え」

 

その正体を見て、腰を抜かす。……俺は本当に馬鹿だ。

揺れの正体がどうして人だと決めつけた?こんな森の奥深くに生息しているような奴なんて、少し考えれば分かっただろうに。

デカい図体、茶色い体毛、唸り声……あれは紛れもなく……

 

 

「 く、熊だああぁぁーーーーーーーーッ!!? 」

 

 

野生の熊……生まれて初めて遭遇してしまった。出来ることなら、人生で一度たりとも経験なんてしたくなかった。

こいつは動物園で見るのとは全然違う、飢えた獣そのものなのだから。

さっきから体の震えが止まらない……このままでは間違いなくあいつの餌になってしまうというのに、体が言うことを聞いてはくれない。

嫌だ、死にたくない。どうして?どうして俺がこんな目に遭わないといけないんだよ?さっきまで死んだ方がマシと思っていたのに、いざ危機的状況に陥るとこれだ。

全く情けない。これが人食い妖怪のルーミアのような可愛い女の子なら、潔く死を受け入れられたのだろうが。

 

……でも、分かっているんだ。東方が好きな俺にだって、それくらい分かっている。そのような者が実在ないことくらい。

だが、こうやって博麗神社に来たのは心の中でいるんじゃないかと、そう希望を抱いていた自分がいたからなのだろう。

 

ここだけではない。俺は東方projectにまつわるスポットをこれまでいくつも巡って来た。いつも舞島を巻き込んで。

あいつにとってはつまらない退屈な時間であった筈なのに、何だかんだ言いつつも付き合ってくれる。だからつい、俺も調子に乗ってしまった。

今回も、いつものように終わると思っていた……

 

ごめん、舞島……俺が馬鹿だったよ。

 

 

蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっている獲物を、狩人が徐々に迫り来る。

動きが全体的に遅く見えるような……そうか。これが走馬灯ってやつなのだろう。

 

 

この世に生まれて約15年、短い人生だった。

 

嗚呼……願わくば、覚めることない幻想を………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――光が見える。

 

ぼやけた視界に映る、ユラユラと揺れる1つの光……これは一体?

あれ?さっきまで近くにいた熊がどんどん遠ざかっていく……怖いのか?

 

…よく見たら、あの光は火だ。浮遊している火の玉だ。そうか、動物からしたら火は恐いもんな。

しかし何で火の玉がこんなところに発生しているのだろう……?俺は何もしていないのに。

すると今度は熊が宙に浮かび、縦横無尽に振り回されていく。そこから熊は何者かの攻撃で好き放題されてしまい、最終的には地面に叩きつけられる。

恐怖を感じた熊はその場から逃げ出し、俺は訳も分からない内に危機から脱した。

 

「あ、有り得ない……こんな現象、常識を超えている。まるで魔法じゃないか」

 

俺はいつの間にファンタジーの世界に迷い込んでしまったのだろう?

もしかしてラノベとかによくある、異世界転生ってやつなのか!?

 

「魔法じゃないわ。“超能力(ちょうのうりょく)”よ」

 

「―――ッ!?」

 

「“発火念力(パイロキネシス)”。聞いたことはないかしら?……ま、知らないわよね。如何にも頭悪そうだし」

 

背後から女の人の声が聞こえてくる。どうやら彼女がさっきの炎を出し、助けてくれたようだ。

会って早々に悪口を言われた気がするが、そんなことはどうでもいい。

 

「あ、あなたは……?」

 

姿を確認すべく振り返ると、黒い帽子にマントを羽織った謎の女性がそこにいた。

何だ、この人……?どう見ても格好がまともじゃないぞ。この世界の魔術師か何かだろうか?

 

まさか俺は、本当に来てしまったのか?異世界に?

 

そうだとしたら、こんなに嬉しいことがあるだろうか?

とうとう俺の夢が叶ったんだ……よし、ここは1つ。

 

 

「……お姉さん」

 

「 俺の仲間になってくれ。そして、共に魔王を倒そう!! 」

 

 

「………」

 

「どうやら、まだ寝ぼけているようね」

 

 

異世界に転生したということは、俺は差し詰め“勇者”ポジション。

彼女はそんな俺の栄えある仲間第1号として……って、お姉さん?そんな怖い顔してどうしたんだい?

え、なにその標識?凄く見覚えがあるなぁ確か車が止まらないといけないやつだったような?おかしいな~ここは異世界の筈じゃ……

 

 

「―――ひでぶゥッ!?」

 

 

脳天に「止まれ」の標識が叩き付けられ、意識を失う。

 

それは俺の目を覚ますには、充分すぎる程の威力だった。

 

 

 



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AS2 宇佐見菫子の交渉

 

 

「う~ん、まだ目を覚まさないわ。ちょっと強く叩き過ぎたかしら…」

 

 

博麗神社のベンチに保護した例の人物を寝かせ、約20分が経過。

見つけた際に気が動転していたようなので、自己流ショック療法を施したのだが……思いの他、威力が強すぎたらしい。

 

 

保護した人物の名は「大森 哲也(おおもり てつや)」。

現在、幻想郷で人形異変の調査をしている元現代人「舞島 鏡介」の唯一の親友であり、腐れ縁でもあるとのこと。

今回受けた依頼は正にその舞島君からのものであり、一緒に来ていた彼のことがどうしても気掛かりであったようだ。

 

そして、その勘は見事に的中。私が来なければ、彼もあのまま行方不明となっていたに違いない。

力も持たない人間が1人で森の深くにまで行くなんてあまりにも無謀な行為だが、動機は凡そ見当がつく。いなくなった舞島君を探していたのだろう。

所謂、友情ってやつなのかな?……私にはあまり理解出来ない感情だ。

 

「………あ、あれ?ここは?なんで俺、神社に……?」

 

そうこう言っている間に、大森という人物が目を覚ましたようだ。

どうやら今の状況が理解出来ておらず、軽く混乱している……といったところか。あんなに深くにまで入った森の中から抜け出していることに違和感を感じているのだろう。

確かに、普通ならこんな短時間であの森を抜けだすのは不可能。しかし、私は生まれついての超能力者。その理由は実にシンプル。私が彼を「瞬間移動(テレポーテーション))」であっという間にここへ移動させたからに他ならない。

通常、自分以外のものを「瞬間移動(テレポーテーション)」で移動させるのはほぼ不可能とされているらしいが、私くらいにもなるとそれも容易い。何たって天才だし。

 

「おはよう、大森君」

 

「――ッ!?あ、あなたは……さっきのお姉さん?な、なんで俺の名前を知ってるんだよ?」

 

声を掛けるなり、私の素性を疑う姿勢を見せる。まぁ当然の反応だろう。

だがこれは先程の様子と比べれば冷静な判断能力を取り戻しているという証拠でもある。私の自己流ショック療法も少しは効果があったらしい。

 

「君の知り合いから頼まれてね。事前にあなたのことは聞いていたの。本来、人助けなんてやるような趣味はないんだけどさ」

 

「俺の知り合い?………あ!」

 

「そう。まぁ君の知り合いなんて本当に限られているでしょうから、すぐに分かるわよね。あんまり友達いなさそうだし?」

 

「うぐ……(痛いとこ突くなぁ)そ、それよりもっ!!知っているんですか?あいつがどこにいるか!!生きてるんですか!?」

 

舞島君の話題をした瞬間、目の色を変えて接近してきた。

正直、あまり近付かないで欲しい。彼自身まだ気が付いていないようだが、今近付かれると私はかなり不快な気分になってしまう。

あんな恐怖体験をした後だから責められはしないものの、気が付けば私は無意識に彼を「念力(サイコキネシス)」で押し返していた。

 

「………な、何も吹き飛ばさなくても」

 

「いや、ごめん。でも今は私から半径1m以内に近付かないでくれない?ほんっと無理だから」

 

「(ひ、ひどい……)」

 

「それで、君の知り合い……舞島君のことだったわね。結論から言うと、彼は死んではいないわ。ただ、この世界からはいなくなっているけどね」

 

「!そ、そうか。そりゃ良かった……でも、“いなくなってる”ってどういうことなんだよ?」

 

「………」

 

さて、どう言ったものだろう。あの世界のことを、彼に打ち上げるべきなのだろうか?

一応、舞島君から聞いた話によれば彼はそれについて深い知識と強い関心があるらしい。

 

ならば、話しても問題はないか?

 

 

「大森君、よく聞きなさい」

 

 

「 舞島君は、神隠し……“幻想入り”したのよ 」

 

 

 

 

 

 

「…―――は?」

 

「……ぷっ、 アッハッハッハッハッハッ!!何だ姉さんも同志だったのか!?最っ高な冗談だぜソレ!!」

 

舞島君失踪の真実を告げたその瞬間、大声で笑い始める大森。

この笑いは本当に面白さから来ているものなのだろうか?……いや、違う。

 

 

「ここが有所ある東方のスポットだからって、ないないないwwwそりゃ俺だって何度も憧れたもんさ!“幻想入り”ってやつによぉ!?」

 

「 それをあの! 東方を碌に知らない舞島が! 現在進行形で体験してるってのか!? ふざけんじゃねぇぞッ!! 」

 

 

この反応……どうやら、逆効果だったみたいだ。

大森を安心させるどころか、かえって彼の逆鱗に触れる結果となってしまう。

 

今まで外の世界での人付き合いを極力避けてきた弊害か、私はこういった時の気の利かせ方には乏しい。困ったな……どうしたものか。

 

「あんた、よくこんな状況でよくそんなこと言えるよな。冗談も程々にしろッ!!……俺は行く」

 

「どこに行くつもり?そっちはさっきの森よ」

 

「知ってるよ!あいつは……舞島はまだ見つかってない。俺が……俺がやらないと」

 

不味い、またさっきの森で舞島君を探すつもりでいるようだ。もう彼はこの世界にはいないというのに。

失敗だった。大森は私が思っていた以上に精神的余裕を失っている。

 

超能力で進むのを止めるのは簡単だ。

しかし、今は彼に信じて貰う為の材料が足りていない。言葉だけでは信憑性に欠けるだろう。

 

せめて何か、あの世界の存在を証明出来るものさえあれば……

 

 

「……!?あ、あなたは」

 

 

急いで森へ侵攻する大森の前に、誰かが立ち塞がっている。

 

どうやら大森はその人物を知っているらしい。

 

 

 

「 やぁ、同志大森君。そんなに急いでどこに行くんだい? 」

 

 

 

 

 

 

小太りの眼鏡をかけた中年男性が、気さくに片手を上げて大森に話し掛ける。

しかし、私にはその正体が何となく読めた。少なくとも、彼は人間ではない。

 

「ど、同志藍太郎殿……いらしていたんですね。でも、今だけはそこを通して下さい!友達が危なくて……!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて。まずはあの眼鏡のお嬢ちゃんのところに戻ろう?」

 

「で、でも……」

 

「大丈夫、君のお友達なら心配いらないから。……ね?」

 

「………」

 

中年男性は肩に手を乗せ、優しく諭すと大森は言う通りにこちらへゆっくりと戻って来た。

流石、過去に数多の人を惑わしてきただけのことはある人物だ。私にはとても真似出来ない。

 

「……ふぅ、全く。彼女が手を出さずとも、私が安全に保護する予定だったのだがな。お陰で随分と予定が狂ってしまったよ」

 

「え?ら、藍太郎さん何を言って」

 

「まぁいいさ。……この姿もようやく役目を終える」

 

ベンチに大森を座らせ、一息ついた中年男性は意味深なことを口にするとその姿を徐々に変化させる。

輝く金色の尾が何本も中年の男性から生え、耳も尾と同色の動物的な特徴となり、男性の服装も青色の前掛けを垂らした白い法衣のようなものへと変わった。

 

そこには九尾の大妖怪。そして、八雲 紫の式でもある「八雲 藍(やくも らん)」の姿があった。

 

 

「(えっ!?な、ええぇっ!!?ああああれは正しく……ら、ららららららんしゃまああぁぁ!!?う、う、嘘だろ、こんな……俺は夢でも見てんのか……!?) 」

 

 

大森は憧れだったものをその目で拝んだ嬉しさからか、動揺を隠せないようだ。瞬きを一切せず、夢中になって目を輝かせている。

無理もない。実在しないと思われた人物が突然目の前に現れたのだから。さっきから自身の頬を抓り、現実なのかを再度確認している……さぞ痛かっただろう。

 

八雲 藍がどうしてこんなところにいるのか分からないが、幻想郷に来た舞島君に与えられた役割を考えれば理由は明確だ。中々に大胆な手を使う。

実のところ、私があの異変の仕組みについて言及したのだが……それだけ状況がひっ迫しているということなのだろうか?

 

やはり、今回の舞島君の幻想入りについては私も決して無関係ではなかった。

内心そうではないかと思っていたからこそ、極力彼の助けになるべく今回の依頼を引き受けたというのに……これではまるで格好がつかない。

 

「大森、彼女の言っていることは正しい。舞島殿には今、幻想郷でとある異変の調査をして貰っている。だが安心しろ。その異変が無事に解決された暁には、我らが責任を持って元の世界に帰す。約束しよう」

 

「へ?あ、は、はい……(俺、生らんしゃまと喋ってる……やべぇ……ふつくしい……)」

 

しかし、彼女の登場は正直かなり助かった。実際に幻想郷の住民と接触すれば、舞島君が幻想入りしたという事実の信憑性も一気に高まる。

当の本人はあまりの衝撃で言っていることが頭に入ってなさそうだが、ひとまずはこれで大森は安全だ。

 

 

 

 

 

 

だが、舞島君幻想入りの問題点はまだ1つ残っている。正直、こちらの方が重要だ。

いつかは外の世界に帰れるとはいっても、舞島君のいないそれまでの間を一体どうするのか?これが難題だ。

 

最初は私の催眠術で何とか誤魔化そうと考えていたのだが、かけるにしても人数に限度はあるし流石の私でも関係のない一般人達への能力行使には抵抗というものがある。

実際、彼の存在を維持出来る具体的な解決策を見いだせていないのが現状だった。しかし……

 

 

「……使えるわね」

 

 

“八雲 藍”という存在。

 

それがこの問題を解決出来る唯一の手段となってくれる。先程披露した中年男性の変装は実に見事であった。

一般人にはまず見分けがつかない完璧な演技と、容姿の高い再現度を併せ持つ彼女の能力さえあれば……!

 

「(ねぇ、ちょっといい?)」

 

「(む……何だ?私にはまだ仕事が残っているから手短に頼む)」

 

「(仕事?……どんな?)」

 

「(無論、大森の保護だよ。ここに置いて行く訳にもいかんだろう?ちゃんと家族の元へと送らねば)」

 

妖怪でもそんなことを考えるのか。

そういえば彼女は妖怪の中でも珍しく、家族のいる部類だった。だからそういった感情も一応持ち合わせているという訳か。

 

「(成程ね。ちなみに、その後はどうするつもり?)」

 

「(その後……というと?)」

 

「(いなくなっている舞島君の穴埋め、しなくてもいいの?そっちの家族だって心配するでしょ当然)」

 

「(………)」

 

「(そういえば、そうだな)」

 

……どうして大森の家族への配慮が出来て、その考えには至らないのか。

これは聞いてみて正解だった。本来頭の良い筈の彼女も、長い間外の世界にいたせいで少々知能が低下しているみたいだ。

きっと慣れない生活で疲れ切っていたのだろう。

 

「(そこで相談なんだけどさ。藍さん、戻って来るまでの間だけ「舞島君」になっててくれない?)」

 

「(私が?……正直、この世界の人間の変装はもう御免だ。そもそも、私が紫様に与えられた任務はあくまで異変解決の適合者を探すことであってだな)」

 

「(どっちにしろ、結界が強化されている今帰れなくて暇でしょ?いいじゃないのそれくらい。紫さんには私が話付けとくから、ね?お願い)」

 

「(断る。紫様の命令ならともかく、貴様の要望を聞く謂れはない)」

 

成程成程。意志は固そうだ。

 

流石はあの八雲 紫の忠実な式神……その誇りは今だ失われてはいないらしい。立派な忠誠心と言えるだろう。

だがそんな彼女を一発で堕とす方法を、私は知っている。

 

いくら大妖怪と言えど、動物としての本能に逆らうことは出来ないものだ。

 

 

「(……油揚げ)」

 

 

「(……!)」

 

「(この世界で一番高級な油揚げ、是非食べてみたいとは思わない?……しばらく食べてないんでしょう?)」

 

「(ッ……な、何を言う。そんな誘惑には乗らんぞ……!!………ッ)」

 

言葉では抵抗してみせているものの、耳と九本の尻尾の動きはそれを完全に否定していた。

そしてこの反応……察するに大好物である「油揚げ」がこの世界にも存在していることを知らなかったらしい。

人里に来れば必ず買っていく程の油揚げ好きには、さぞ堪らない一品……さっきから八雲 藍も口元を隠し、ソワソワして落ち着きがない。

 

何せ、幻想郷より技術の発展が進んでいる世界の高級油揚げだ。彼女はその存在の魅力に今、間違いなく惹かれている筈。

さて、後もう一押しすればいけるか?

 

「(この機会を逃せば、きっと一生食べられないわよ~?いいのかな~?)」

 

「(う……ッ!)」

 

 

「(もし言う通りにしてくれたら、そうね……解決した後も定期的に持ってきてあげていいけど?)」

 

 

「 (……~~~~~ッ!!) 」

 

 

この止めの言葉が決め手となり、交渉は成立。

 

舞島君失踪の穴埋めは、無事に果たされるのであった。

 

 

 

 






さっすが~、董子様は話がわかるッ!




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AS3 大森哲也の嫉妬

 

俺は今、奇跡を目の当たりにしている。

 

俄かには信じられない光景が俺の目には映っているのだ。

それは決して夢などではなく現実で……正直な話、さっきから頭が碌に回っていない。

きっと、その人物の非現実的な容姿の美しさに見とれてしまったのだろう。

 

オタクなら誰もが一度憧れ、夢見たであろう。“仮想上のゲームキャラ”との出会いを。

でもそれについて知れば知る程、その夢は叶わないことに気付いてしまう。現実は非情であることに絶望してしまう。

俺は、そんな残酷な現実から目を逸らし続けた哀れな人間だった。

 

 

「……大森」

 

 

だが、今こうしてその夢は果たされることとなる。

俺の目の前にいる人物は、紛れもない「東方project」のキャラクタ―、「八雲 藍」その人……いや、妖怪なのだ。

偽物などでは決してない。本物……本物の彼女がここにいる。

 

俺には分かる。幾千ものコスプレを見てきた俺には、ハッキリと分かる。この人は他とは全然違う。声も、体格も、九本の尻尾の艶具合も……怖いくらいにリアリティがありすぎる。

その中でも確信的なのが、さっき見せた人への変身能力。俺の目が節穴じゃなければ、あの芸当は普通の人が出来るような手品(こざいく)レベルではなかった。

どんなに完成度の高いコスプレイヤーでも、実際に能力を行使することなど出来はしない。所詮、コスプレは様々な道具を用いて行うキャラクターの変装に過ぎないのだから。

 

誤解はしないで欲しい。決してそういう趣味を持っている人達を非難している訳ではないのだ。

しかし、今ここに「本物」という圧倒的存在が目の前にいる。それも実在する筈のない“仮想キャラ”の「本物」が、だ。

こんなものを目の当たりにしてしまったら、今までのが霞んでしまうのも仕方がない。

 

嗚呼、生きてて良かった。

 

 

「 大森ッ!聞いているのか? 」

 

 

「…―――へあぁっ!?」

 

 

感傷に浸っていて外の声に気が付かず、何とも情けない声を出してしまう。

さっきからこちらを呼んでいたのは、当の「八雲 藍」だったようだ。いや、ここは敬意を込めて「らんしゃま」と呼んで頂く。

らんしゃまが俺の名前を呼んでくれてだけで有難みを感じる程に、今の俺は幸福に満たされる。もっと呼んでくれ、らんしゃま。

 

「少し事情が変わった。君を家に送り届けて終わりのつもりだったが、今後も協力せねばならない」

 

「……え!?マジっすか!?」

 

「そう。この作戦は協力者無しでは果たせないのだ、大森。君という協力者がね」

 

ヤバい。らんしゃまが、俺を、頼ってくれている……だと!?

何だこの展開……え?俺ってまさか主人公だったのか?聞き間違えじゃないよな?頬を抓る……痛い。夢じゃない。よし!

 

大森 哲也、ここは漢の見せどころだ。

他でもないらんしゃまの頼みとあらば、聞かない理由などありはしない。さぁ、何でも言ってくれ!

 

 

「 大森。私はたった今から、“舞島 鏡介”になる 」

 

 

「………はい?」

 

 

らんしゃまが何を言っているのか、俺には分からなかった。

らんしゃまが何故、あいつに化けるというのか……絶賛幻想入りしているかもしれない舞島の奴に?らんしゃまはそのままでいいのですが?

 

「分からない……という顔だな。要は彼がこちらに帰ってくるまでの代役さ」

 

「このままいなくなってる状態は流石に不味いでしょ?替わりが必要ってわけ」

 

「あ、あぁ……成程。そういうことっすか」

 

そうだ。俺が必死になってあいつを探していたのって、元を返せば行方不明者となることを恐れたからだった。

さっきお姉さんとらんしゃまの言っていたことが事実なら、あいつはしばらくこの世界から存在が消えることとなる。らんしゃまはその代わりを引き受けてくれるという訳か。

その提案はこちらとしても非常に助かる。俺があいつを連れて行ってしまったようなものだったのだから。

 

……しかし、1つ腑に落ちない点がある。

 

「あの、どうして舞島は幻想入りしたんすか?異変の調査をして貰ってるとか言ってましたけど、あいつにそんな特殊な能力なんてないっすよ?」

 

「……ふむ、君には話しておいた方がいいか。よし、説明しよう。……構わないな?」

 

「んー……まぁ、しょうがないね」

 

らんしゃまはお姉さんに横目で証言の確認を取り、今回の幻想入りの真実を語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ何だ?この博麗神社の参拝も、全部仕組まれたものだったのかよ!?」

 

「その通り。舞島殿の唯一の知り合いである君の好奇心には、正直助けられたよ。後は紫様が彼を導き、こちら側に来て貰う。実に簡単だったよ」

 

「(そういえばあいつ、バスの中で見た夢でゆかりんに会ったって……そういうことだったのかよ)」

 

「さて、彼でなければならなかった理由だが……それは単純だ。彼が今回の異変に適した知識を持ち、且つ純粋であったからに他ならない」

 

「異変に適した、知識……?」

 

幻想郷で言う“異変”というものはその言葉通り、幻想郷で起こった事件を意味する。

大抵は主人公の「博麗 霊夢」や「霧雨 魔理沙」が中心となって解決するのがいつものお約束である筈……例えその2人でなくとも、他に「十六夜 咲夜」や「魂魄 妖夢」や「東風谷 早苗」など、異変調査をする人材は沢山いる。なのにどうして?

 

「まぁその辺については、私から説明するわ。その方が分かりやすいだろうし」

 

「今、幻想郷で起こっている異変は通称「人形異変」って言われていてね。この異変の原因である「人形」って生き物は、幻想郷の住民のあらゆる攻撃手段が通用しない厄介な存在なのよね」

 

「え、何そのチート……攻撃が効かないって相当ヤバいんじゃ?」

 

「そうね。いつもなら霊夢さん達が華麗な弾幕で元凶を懲らしめて異変は終了……というのが当たり前だった。今回のこの「人形異変」はかなり異質なのよ。今のところ、分かっているのは人形には同じ人形でしか対抗出来ないってことくらい」

 

「そして、実際に戦わせてみたら人形は戦いの中で成長し、様々な技を覚え、個体1つ1つに属性を持っていることも判明した。私はそれを見て、あるものを連想したわ」

 

お姉さんの話を聞いていて、俺もとあるゲームのことが頭に過った。

そして同時に、何故こちらの世界の住民が幻想郷の異変を解決しているのか、何となくだが理解する。

 

「それってまるで……ポケ〇ンじゃないか……」

 

「そう。人形は草むらや洞窟、果てには建物の中に生息し、そこを縄張りとしている。……あまりにも共通点が多すぎるの。ポケ〇ンとね」

 

「そこで私がこの異変のことについて色々と情報を提供した結果、この世界の住民の力が必要という結論が出たってわけね。そして選ばれたのが……」

 

「舞島……ということですか」

 

成程。そういうことだったのか。

確かにあいつは、このゲームのことについての知識は十分にあると言っていい。やり込み要素にはあまり手は出してはいなかったものの、舞島のあのゲームに対する愛情は本物だ。

 

だが、またしても腑に落ちない点が出てきた。それは、ポケ〇ン知識を持っているのは何もあいつだけではないだろうということ。

俺だってこのゲームに関してはやり込んでいるし、知識も申し分ない。正直、舞島よりもポケ〇ン知識が深い奴なんて他にも大勢いるだろう。

 

その中で何故、「舞島 鏡介」が選ばれた?

 

「そ、それならですよ?例えばほら、俺とか?ポケ〇ンの他にも幻想郷のことだって詳しいし?選ばれてもよかったんじゃないですか?なんだったら今からだって」

 

「いや、君では駄目だ」

 

もしかしたらという希望に掛けた俺の言葉は、らんしゃまの一言であっという間に消え去った。

それを聞いた俺はらんしゃまの方を向いたまましばらく呆然としてしまい、それを見たお姉さんも呆れたように溜息を吐く。

 

何故だ?何故俺では駄目なんだ……?

 

「さっきも言ったと思うが、この異変において必要な人材は知識と、“純粋な心”なのだ。君にはその純粋な心が欠けている」

 

「因みに、人形は皆幻想郷の住民達の容姿で背丈は40cmくらいの三頭身らしいわよ?」

 

「はぁ!?何その究極可愛い生き物……そ、想像するだけでご飯三杯いけるッ!!めっちゃ会いたい!!そして愛でたい!!」

 

「……うわ、キモ」

 

お姉さんのストレートな毒舌が、俺の心に突き刺さる。だってそんなん可愛すぎるでしょどう考えても。

というか舞島の奴、そんな羨ましい状況の中にいるのか?何だか心配を通り越してムカついてきたぞ。マジで俺と今すぐ替われ。

 

「「人形」という生き物は持ち主の心に強く影響されるの。アンタみたいな邪な心を持っている奴に、人形と心は通わせられないでしょうね」

 

「おうふ……そんな殺生な」

 

「……今回対象者(ターゲット)を絞るにあたって、君のようにこちら側の世界に詳しい存在はすぐに除外した。理由は彼女の言う通り、さっきのような邪な心を抱いてしまう可能性が高いからさ」

 

「人形には人に近い感情が存在する。そんな下心などすぐに見抜かれ、弾幕で攻撃されるぞ。君もまだ死にたくないのなら、幻想郷に行きたいなど思わないことだな」

 

「……!に、人形ってそんなに危ないんすか?」

 

「うむ、殺傷力は私達の弾幕とほぼ互角……成長度によってはそれ以上を誇る。それだけ危険な一面を持つ生き物なのだ、人形は」

 

悲しいかな、どうやら俺のような人間には人形と心を通わせられないようだ。

しかし話を聞く限りだと、人形という存在はどうも危険らしい。弾幕を人の身が受けたらタダでは済まないことは、俺だってよく知っている。実際受けたことなんてないけど、食らえばピチュるのは不可避だろう。

 

でも幻想入りという夢を叶える為ならば、死ぬことなんて怖くない!

 

……と言いたいところだが、森であんな体験をしてしまった後だ。今の俺には、そんな無謀な発言など言えはしないし、ましてやこの世界からいなくなることで家族に心配をかけるようなことなど、出来はしなかった。

 

「現に、人形を使って悪さをしている連中もいてな。そいつらは心に深い傷を負った人形達を保護し、この異変を機に勢力をつけて人形の地位向上を訴えている。……最早、我々だけでは手に負えない状態なのだ」

 

「私も、これから舞島君には出来るだけのサポートをするつもり。私が連れて来ちゃったようなもんだからね」

 

「………わ、分かりました」

 

「……あいつは、舞島は……最近どうなんですか?」

 

俺は兎も角、舞島は幻想郷のことなんてこれっぽっちも知らない。

あいつだって俺と同じ、普通の人間なんだ。弾幕の1つでも受ければ、それだけで簡単に死んでしまう。

それがいきなり異変解決をするなど、そんな重大な役割を果たせるのだろうか?正義感が強い奴なだけに、無理ばかりしていないか心配だ。

 

「あぁそれね。私も最初は心配だったけど、見た目に反して逞しく生きてるわよ。人形とも上手くやれてるみたいだし、今のところ順調に進んでると言っていいわ」

 

「舞島殿は紫様の監視下にある。万が一何かあったとしても大丈夫さ。安心するといい」

 

「……そっすか。そりゃあ良かった」

 

「じゃあお姉さん。もし今度、あいつに会ったら伝言いいっすか?」

 

俺はベンチから立ち上がり、お姉さんに伝言を耳打ちする。

最初は近づくと吹き飛ばしたお姉さんだったが、今度はそれをやらないようだ。何かしら心情の変化があったのだろうか?

 

「………クスッ、分かったわ。伝えとく」

 

「頼みます」

 

「でも、それはそれ」

 

「え?」

 

 

「……―――そげぶっ!!?」

 

 

俺はお姉さんの謎の力で吹き飛ばされる。……気のせいだったようだ。

 

はい、正直迂闊でしたとも。

 

「まぁ、何だ。短い間だが、これからよろしく頼む」

 

「………あい」

 

こうして、俺とらんしゃまによる現代記は幕を開けた。

 

それは俺にとって、短くも生涯忘れることのない日々となるだろう。……幻想郷に選ばれなかったのは残念だがな。

 

お前のその豪運には思わず嫉妬してしまうが、舞島……ありがとう。必ず、異変を解決して帰って来いよ。

 

 

 

 






AS(アナザ―ストーリー)はこれにて終了。次話は本編戻ります




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第二十七章

 

 

『 断る 』

 

彼女が初めて僕に発した第一声は、何とも冷たい一言だった。

思えば初めてかもしれない。人形からそんな言葉を投げかけられたのは。

 

しかし、誰もその言葉に対して責めることなど出来はしない。何故なら、彼女は僕らと共に行こうと思った訳でもなく、望んで仲間になった訳でもないから。

あくまで僕の勝手な判断であり、身の危険から保護するという名目で手持ちに加わって貰ったのだ。彼女からすれば、その行為はさぞ迷惑だったであろう。

恨まれても仕方のないこと……やはり、今からでも彼女を野生に返すべきだろう。

 

『ま、待って舞君!私、まだ“だーくん”に何にもお礼出来てない!』

 

「?ユキ、何を言ってるんだ?だーくんって……?」

 

『……私のことを言ってるのさ』

 

むげつ人形の入った封印の糸を処分しようとした矢先、傍にいたユキ人形が必死にそれを止めさせた。

そういえば、ユキ人形がむげつ人形を仲間に迎え入れるように提案したことを思い出す。何か深い理由でもあると言うのだろうか?

 

『私があの山で死にかけていたのを、だーくんが魔力を注いで助けてくれたの』

 

「!…そうだったのか、君が」

 

『だーくんは私の命の恩人……だから力になってあげたいの。舞君、いいでしょ?』

 

成程、行方不明になっている間そんなことがあったらしい。そうなると、その時ユキ人形は永琳が仮定していた暴走状態だったのだろうか?

そうだとしたら、ユキ人形は戦闘中に魔力を使い果たし、山で行き倒れていたということになる。まさかそんなに危険な状態だったなんて……助けてくれたむげつ人形には感謝するべきだろう。

 

『勘違いしないでくれ。私はただ、こいつから感じた“負の力”に興味を持っただけ……そして、それは“外れ”だった』

 

「外れ……?」

 

そう言うとむげつ人形はユキ人形に向かい、“1つの宝石”を投げ渡した。それは紫色に光る小さなものであり、見たことのないアイテムだ。

ユキ人形自身もそのアイテムには見覚えがないらしく、手に持ちながらもその正体が分かっていない様子でいる。すると紫色の宝石はユキ人形の体内に溶け込むように入っていき、消えてしまう。

 

「な……!?」

 

『え!?ど、どういうこと!?』

 

『そいつはお前の体内に内蔵されていたマジックアイテムさ。私がお前に近付いたのは、そのアイテムの欲しさ故だった。……しかし、残念ながら私が持っていても効果は発揮しない仕組みらしい。だから返した。……もうお前には何の興味もない』

 

『…!』

 

 

『私には、力が必要なんだ。あいつに負けない力が……』

 

「それはもしかして、光ちゃんの“げんげつ人形”のことかい?」

 

『………あぁ、その通りだ。まさか人間の元に下っているとは思わなかったが、奴は以前よりも遥かに力が増しているようだった。だから、こんなところで呑気に遊んでいる場合ではない……悪いがな』

 

“力”……か。大方、その目的は復讐の為といったところであろう。

このまま僕と一緒にいることのは時間の無駄であり、何の得も得られない……そう思っての発言だったに違いない。

 

「いや、むげつ。寧ろ君はラッキーだったと思うよ」

 

『何?どういうことだ?』

 

『だーくん。どうして貴方のお姉さんはあそこまで大きな力を身に着けたと思う?』

 

『む、それは……分からない。もしや、あの少女に秘密が?』

 

「そう。人形が次の段階に進む為には、僕達人形遣いの力が必須なんだ。……薄々感じていたんじゃないのかい?自分の成長の限界に」

 

『!……確かに、ある日を境に全く技を習得出来なくなったが』

 

やはり、彼女自身もこれ以上の成長の見込みはないのは理解していたようだ。

スカウターで彼女の現在のステータスを確認した時、まだ彼女が「ノーマル」であることは既に分かっていた。

「スタイルチェンジ」を果たさない事には、人形の真の力は決して発揮されることはない……例え1人でどれだけ頑張ってもだ。

そういう意味では、むげつ人形がユキ人形と出会ったことは正に幸運だったと言える。

 

「このタブレットを使えば、僕は君をスタイルチェンジさせることが出来る。要は強くなれるんだ」

 

『………』

 

神妙な顔つき……しかしまだ疑っている。興味はあるが、葛藤している……そういった複雑が感情がむげつ人形から読み取れた。仕方がない。少し、タブレットの機能を見せるとしよう。

 

 

 

 

 

 

「スキルポイント」自体は流石今まで1人で鍛錬をしてきたおかげか、豊富に溜まっているようだ。これなら多少贅沢に使っても問題はない。

まずは彼女の持っている「スキルポイント」を使い、「能力の強化」をしてみることにした。

 

むげつ人形は「散弾」が高い人形みたいなので、まずはそこに「10」、試しに振ってみる。

 

『……ッ!?な、何だ!?力が……力が溢れる!?貴様、一体何をした!!?』

 

『うん、最初はビックリするよね~。気持ちは分かるよだーくん!』

 

『はぁ……はぁ……右腕が……疼くッ!封印が、解けてしまう!し、鎮まれぇ……!』

 

「一応、これがタブレットで出来ることの1つだよ」

 

たったの「10」でこの反応……何やらさっきからよく分からない発言をしているが、自分の力の増大に驚いているのは確かだ。ちょっと面白いので、今度は小刻みに「5」ずつ振ってみる。

 

『……ッ!?う、うわあああああぁぁぁーーーーーー!!?』

 

『だ、だーくーーーんッ!!?しっかりしてぇ!!』

 

「(……別にそこまで大きな変化はない筈なんだけどなぁ)」

 

その場で項垂れ始めるむげつ人形を、ユキ人形が懸命に呼びかけている。何だかこっちが悪いことした気分だ……いささかオーバーリアクション過ぎないか?

彼女の姉といい、「悪魔」というのは変な奴しかいないのだろうか?

 

だが、ここまで来ると色々試したくなってしまうものだ。

今度は彼女の持つ「アビリティ」を見てみよう。「アビリティの変更」からむげつ人形の持つアビリティをチェックすると、「残虐(ざんぎゃく)」、「闇の力(やみのちから)」というものを持っているらしい。

今は「闇の力」に登録されているので、今度はそれを「残虐」へと変更してみた。

 

『!!……今宵も、我が右腕は血を欲している。我に、生贄を捧げよ』

 

『だ、だーくん?何だか言ってることが怖いよ…?』

 

『ぐ……!私の中のもう1人の人格が……殺戮の衝動が……抑えられない!!ユキ、私を…殺してくれ。君を……傷つけたくない……』

 

『え、えぇ!?そんな……だーくんッ!!』

 

『 アビリティ:「残虐」 散弾が1.5倍になるが、拡散スキルの命中が0.8倍になる。』

 

……やはり、性格が変わるという項目は一切ない。ということは、あれは彼女の奇行の一種ということにいなる。彼女は中々に濃いキャラクターのようだ。

しかし、このままでは純粋なユキ人形は本当にむげつ人形を介錯しかねないので、アビリティを元の「闇の力」へと戻しておいた。

 

「とりあえず、これで信じて貰えたかな?僕らが使うこのタブレットの効能をさ」

 

『……どうやら、嘘ではないらしいな。この力があれば、奴にも対抗出来るやもしれん』

 

『 頼む、人間!私に……私に力をくれ!! 』

 

「………」

 

仰向けになりつつも、至って真剣なむげつ人形を無下には出来ない。

だが、この力を授けるべきか迷っている自分もいる。何故なら、今の彼女には「復讐」しかないからだ。

こちらとしては、復讐心を持ってこの力を振るうようなことをして欲しくはない。そんな子に育って欲しくはない。

だから、僕は彼女にある課題を出すことにした。

 

「分かった。でも、それには条件がある。君がその条件を飲むのなら、望み通りスタイルチェンジをしてあげるよ。その内容だけど……」

 

『……!わ、私にそのようなことをしろと言うのか?』

 

「出来ないと言うなら、この話は終わり。僕の仲間になるんだったら、この条件は絶対だからね」

 

『ッ……い、いいだろう』

 

「うん、分かった。これからよろしく頼むよ、むげつ!」

 

『……ふん、お前の方が余程悪魔だ』

 

「え?そ、そうかなぁ?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

〇月×日、午前08時06分

 

いよいよこの妖怪の山を登山することになった。

 

前に来た時に通せんぼをしていた動物霊はもういなくなっている。正直、少し安心した……今度会ったら何をされるか分かったものではない。

奴らにはすっかり騙されてしまったので、当分知らない人物の勧誘は懲り懲りだが、霊長園墳墓内部での人形バトル、そして袿姫様との出会いは僕の旅の記憶の中で鮮明に刻まれた。

あの一連の出来事は、この世界の暗い部分を知るいい経験だったのかもしれない。世の中そんなにうまい話はない……いつしか“因幡 てゐ”が言っていた言葉の意味が少し分かった気がした。

あの時、僕が死ななかったのは本当に運が良かったのだろう。助けられることを計算していた訳ではない。単に放っておけなかっただけで、後先考えずに夢中だった。僕はもう少し、自分を優先すべきなのかもしれない。

 

「おーい、鏡介ー!奇遇だなーー!」

 

「?」

 

誰かから声を掛けられる。聞き覚えのある声だ。

そこには直前の休憩所でばったり会った「浩一」が手を振ってこちらに向かって来ている姿が見える。

こちらも手を振り、軽く談笑を交えると、やがて一緒に妖怪の山を登っていく流れとなった。危険が伴うこの妖怪の山の道中で彼の存在はとても有難く、心身共にリラックスが出来たように思える。

 

「……へぇ、この山にはそんなにレアな人形がいるんですか?」

 

「あぁ。天人様の人形に仙人の人形、そしてこの山に聳え立つ「守矢神社」の神様の人形……より取り見取りさ」

 

人形遣いである浩一は各地の人形の生息に詳しく、今回も色んな話を聞くことが出来た。

僕はこの世界のことにはまだ疎く、当然人形の生息地なども全く知らないので大変勉強になる。しかし、詳しいからといってそのレアな人形達をゲットできるかはまた別の話で、浩一さんは相変わらずレア人形を1匹もゲットが出来ないでいるらしい。

彼のこの不幸体質を見ていると、自分が如何に恵まれているかを実感する。

 

「……そうだ!久々に人形バトルしないか?」

 

「え?」

 

「へへ、俺もあれから密かに特訓したんだ。腕試しにどうだ?」

 

浩一から突然、人形バトルを申し込まれる。

だが、その申し出はこちらとしても助かる提案だった。何故なら、こちらも新しい仲間の力を試してみたかったからである。

まさかこんなに早く実戦を行えるなんて、今日は運がいい。

 

「いいですよ。じゃあ、この橋の上でやりましょうか?」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 

 

 



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第二十八章

 

 

中堅人形遣いの こういちが 勝負を仕掛けてきた!

 

 

この感じ……実に懐かしい。

 

彼と初めて会ったのは「一の道」。まだ仲間がユキ人形しかいない頃だった。

突然、彼から人形バトルを仕掛けられた時は慌てたものだ。特別苦戦するようなことはなかったものの、あのバトルの記憶は鮮明に残っている。

幻想入りした際に会った魔理沙を除けば、一番最初に遭遇した人形遣いだった。

彼の相棒であるナズーリン人形には久度となく助けられている。失せ物や人形探しに一役買ってくれた、僕にとってもありがたい存在だ。

もしかしたらユキ人形やしんみょうまる人形は少々戦いにくいかもしれない。

 

なので、こちらは今回その2体を除いた人形達で勝負を挑む。丁度、実力を計りたかったところでもあった。

 

 

「 よっしゃ行くぞ!まずはお前だ! きょうこ! 」

 

 

浩一の出した最初の人形は、緑髪で犬のような特徴を持つ人形だ。

両手に箒を持ち、やる気に満ちた元気のいい声を出している。気になることといえば、サングラスとロックな黒い服装をしていることくらいだろうか。

……よく見たら箒だと思っていたものの先端にはマイクが装着されている。な、何故そんなものを?

 

 

『 名前:きょうこ  種族:妖怪  説明:山から聞こえてきた声に山彦をする習性がある 』

 

 

スタウターで情報を確認するも、この外見についての言及は一切ない。元々こういう格好なのだろうか?

少々疑問は残るが、今は人形バトルの最中。こちらも最初の人形を出すとしよう。

 

 

「 行け! むげつ! 」

 

 

掲げた封印の糸が暗黒の物体となり、空へと飛翔した後に地面へ落下する。

発生した深淵から赤い瞳が怪しく光ると、不気味で恐ろしい笑い声を上げた。まるで危険な者を召喚してしまったかのような気持ちになる……伊達に“悪魔”ではないらしい。

やがて暗黒の物体は消え去り、むげつ人形が静かに佇む。……今回の登場は今までの誰よりも凝っていたような気が。

 

「むげつ人形か。これまた滅多にお目に掛れない奴を持ってるじゃねぇか」

 

「え、そうなんですか?」

 

「あぁ。少なくとも、この辺りじゃ見かけない。しかしそれにしても……中々個性的な人形だな。まぁ、人のことは言えんが」

 

浩一はこちらのむげつ人形を見て、素直な感想を述べる。確かに、そう思われても仕方のない人形だとは思う。

何せ佇み方や仕草の一つ一つもどこか変だし、いつの間にか体に包帯や眼帯を身に着けているからだ。スタイルチェンジの影響だろうか?その恰好はどこか痛々しい。

そういえば、スタイルチェンジの際に「闇」を残すようしつこく要求していたが……?

 

「えっと、どうか温かい目で見てやって下さい。そういう子なんです……」

 

「お、おう。そうだな!人形にもいろんな奴がいるもんだよな!うん!よし、じゃあそろそろ始めるぞ!」

 

 

 

 

 

 

「早速行くぜ! きょうこ 雷雲の瞳(らいうんのひとみ)!」

 

指示を受けたきょうこ人形はマイクに向かって声を荒げると、その振動で電気を帯びた弾幕が発生し、こちらへと飛ばした。

その速度は決して早くはないものの、弾幕同士が電気の束を連ねることで隙間のない広範囲な攻撃となっている……これをかわすのは容易ではなさそうだ。

 

「月の加護(つきのかご) だ!」

 

しかし、こちらにはそれに対抗出来る積み技がある。「月の加護」は散弾と散防を同時に上げる技だ。

そして「雷」はむげつ人形に等倍……そこまで大したダメージは受けないだろう。

 

天から降り注ぐ月光をその身に浴びたむげつ人形は、きょうこ人形の放った「雷雲の瞳」を真正面から食らう。

身体中から激しい痺れが伝わっているようだが、当のむげつ人形が苦しんでいる様子は一切ない。目論見通り、殆どダメージを負わずに済んだようだ。

 

「ダメージは少ない……か。だが、追加効果はしっかり貰ってくれたようだな!」

 

「!」

 

むげつ人形の様子を見てみると、体から微弱な電気が発生している。これは「麻痺」状態か?

成程、浩一の狙いはどちらかというとこの追加効果の方だったらしい。まんまとやられた。

 

「これでそいつの足は封したぜ!さぁ、ここからはこいつの時間だ!」

 

「「幻」に「音」は効果抜群!仮に他の属性で来ても、この距離なら対応出来るぜ!……貰った!」

 

浩一はこの有利な状況を作り出したことで勝ちを確信したようだ。

確かに、このままではむげつ人形が一方的にやられてしまう。本来ならばここで交代などをするべきなのだろう。

 

しかし、その必要はない。

 

 

「 むげつ! 正直者の大嘘(しょうじきもののおおうそ) だ! 」

 

 

「(!?な、何だその技?聞いたことないぞ…!?)」

 

 

こちらの技の指示に身構える浩一だが、特に何かが起こる様子はない。

唯一やったことといえば、むげつ人形がきょうこ人形に向かって指パッチンをしたくらいだ。

 

「……?な、何だかよく分からんが、そんな大した技ではなかったようだな!きょうこ ハウンドノイズ!」

 

浩一はきょうこ人形に攻撃指示を出すも、虚しく声が響いただけ。風が吹き、しばしの静寂となる。

疑問に思った浩一は同じ言葉を繰り返すも、結果は同じ。どうやらまだ、自分が何をされたのか理解出来ていないらしい。

 

「お、おいきょうこ、何やって……ッ!?」

 

不思議に思った浩一がきょうこ人形の方に目線を合わせると、そこには体が痺れて動けないでいるきょうこ人形の姿があった。

何が起こったのか分からず、うろたえ始めた隙をみすみす見逃す僕ではない。

 

「アンノウンフレア!」

 

指示を受けたむげつ人形は紫の光の玉を生成し、きょうこ人形へと飛ばした。

身体が痺れて動けないきょうこ人形はその攻撃を避けられるはずもなく、着弾と共に激しい閃光が発生する。

「アンノウンフレア」は威力のある「幻」属性の技だが、ただの攻撃ではない。「雷雲の瞳」の「麻痺」効果同様、もろに食らった者はその光に惑わされ、「混乱」してしまう追加効果がある。

スタイルチェンジの際に戻ってしまったアビリティ「残虐」の効果で命中率に難を抱えているむげつ人形だが、有利な状況さえ作ってしまえばそれも解決。

うん、これは良い戦いが出来たと思う。

 

光が収まると、目を回した状態でフラフラと千鳥足なきょうこ人形が……狙い通り、「混乱」状態になったようだ。

浩一は意識を取り戻すよう懸命に呼び掛けるも、一向に目を覚ます気配はない。……最早、こちらから手を出す必要もなさそうだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……成程なぁ。俺もまだまだ知識が足りなかったみたいだ。しっかしお前、しばらく見ない内に腕上げたなぁ」

 

「いえ、それほどでも……浩一さんこそ、以前よりもかなり強くなってますよ」

 

「何言ってんだ。俺の戦法をかる~く破っておいて謙遜すんなって」

 

先程の一戦で悟ったのか、今回の人形バトルは浩一の降参という形で幕を閉じることとなった。

あの時何が起こったのか種明かしをすると、浩一は納得と共に悔しそうなリアクションを取っている。賑やかな人だ。

詳しく調べてみると、「正直者の大嘘」はむげつ人形がかなり経験を積まなければ使うことの出来ない技らしい。今まで一人でストイックに鍛錬し続けてきたむげつ人形だからこそ、この技を覚えられたということだ。

因みにその効果は「自分の掛かっている状態異常を相手に移し、自分の状態異常を直す」というもの。戦況を一変出来る大技であることは先程の戦いで十分理解が出来た。

 

「今のお前なら、並の人形遣いなんて相手にならないだろうなぁ。それくらいには強いと思うぜ」

 

「えぇ?そ、それは言い過ぎじゃあ?」

 

「いやいや、これ結構マジで言ってるぜ?他の手持ちだって相当強くなってるみたいだし。……一体どんな鍛錬したらそんな強くなるんだって聞きたいくらいだぞ」

 

人里、永遠亭、紅魔館、玄武の沢、霊長園……色んな戦いがあったのは確かだが、強くなったという実感はあまりない。

というか、そんなことを気にしたことがなかった。何かと人形バトルをする機会が多いのは事実だが……

 

「……多分、鍛えられたのは僕が異変調査をしていることで名が広まっちゃったからでしょうね。天狗の人達が新聞ばらまいたりしているみたいですし」

 

「あぁ、それなら俺も見たぜ。……そういや、一緒に写ってた女の子は彼女か何かか?確か、前に一緒にいた子だよな?」

 

「――ッ!!」

 

そうだった。あの新聞には光との関係の捏造が書かれていたのだった。

今思うと腹立たしくなってきた……天狗の里に赴いた際には苦情の一つでも言ってやろうか。

とにかく、この誤解は至急解いておかねばならない。だがしかし、救急の為とはいえ光がやったことは事実なのが厄介だ。

下手な言い訳はかえって怪しまれてしまうだろう。

 

「……ダハハッ!そんな顔しなくって分かってるさ!あの天狗の書く記事なんざ全部信用しちゃいけない。まぁ、今後は気を付けるこった」

 

「うぐ……は、はい」

 

苦悩が顔に出ていたのだろう。浩一は事情を察してか、笑ってこの話題を早急に終わらせてくれた。これが大人の対応というものか。

何だか恥ずかしい気分だ……顔が熱い。人形バトルは勝てても、心理戦はまだまだ敵いそうにないな。

 

「それじゃあ俺は今から最近発見された“鉱山”にでも行くが、お前はどうする?」

 

「えーっと、僕は取り敢えず「天狗の里」に寄るつもりです」

 

「……おいおい、マジか?途中までは一緒だが……精々気を付けろよ?」

 

「えぇ。お気遣いどうも……」

 

事実、天狗の射命丸 文に言質を取られた以上、そこへ行かざるを得ないのだ。

もし約束を破れば、またありもしないことを記事に書かれることになりそうで怖い。彼女の機嫌を損ねる行為は極力しない方がいいだろう。

浩一の向かう予定の“鉱山”も少々気になるところだが、今はこちらが優先だ。

 

こうして僕は浩一の案内の元、険しい妖怪の山の中へ本格的に入っていくのだった。

 

 

 



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第二十九章

 

橋を渡った先にあった洞窟を浩一と共に抜けると、2人の少女が何やら言い争いをしていた。

 

「もうっ!姉さんは何も分かってないわ!」

 

「それはこっちのセリフよ!」

 

いくつもの紅葉が重なっているようなスカートが特徴的な少女と赤い帽子の横に葡萄が乗っている少女は行先を塞ぐように立っており、先導役の浩一もどうしたものかと困っている。

無理に通ろうとはしないのは、それなりの理由があるのだろうか。僕らは無言で互いに顔を合わせ、腕を組みながら首を傾げた。

 

「!そこのあなた、丁度良かったわ!」

 

「私達の話を聞いて行きなさい!」

 

「(お呼びだぜ。有名人)」

 

2人の少女はこちらの存在に気付くや否や、早速絡んできた。どうも自分は面倒事に巻き込まれる体質のようだ。

しかし、ここで断れば先には進めそうにないので、渋々2人の話を聞くことにした。

 

「秋といえば美味しい作物!!柿、栗、茄子、さつまいも……この沢山の実りこそ、秋の象徴よね!!」

 

「はぁ」

 

「違うわッ!!秋といえば紅葉!あの美しい彩りこそ、秋の象徴よ!!」

 

「えっと、はい。確かに?」

 

「実りはまだまだあるわよ!松茸に葡萄に南瓜に」

 

次々と続いていく少女達の言葉の圧に耐えかね、浩一に視線を送る。

だが浩一はまるで面白いものを見ているようにニヤつきながら後ろで静観を決め込んでおり、助けてくれる気配は一切ない。

どうやら、この2人の問答にきちんと受け答えをする必要がありそうだ。

 

とりあえず「両方あっての秋だ」という当たり障りのない返答をしてみると、2人は目が覚めたかのように納得し感謝され、すぐさま仲直りしてしまう。

葡萄を乗せた少女から握手され、さつまいもの良い香りが鼻を刺激する。「今年は期待しててね」という謎の言葉をかけられ、2人は山の奥へと消えていった。

 

「えっと……これで良かったんですか?」

 

「あぁ、彼女らは「秋姉妹」と言ってな。“秋を司る神様”なんだよ」

 

「え!?か、神様!?」

 

さり気なく明かされた衝撃の事実。自分は今、“秋を司る神様”と接触していた。

何か失礼なことを言っていなかっただろうか……?途端に心配になってくる。そういうことは早く言って欲しかった。

 

先に進みながら話を聞いてみると、紅葉のスカートの方が姉の“秋 静葉(あき しずは)”で、帽子に葡萄を乗せた方が妹の“秋 穣子(あき みのりこ)”というようだ。

姉妹というのは顔付きから何となく察していたが、神様というものはどうも見た目では簡単に判断出来ない。この山には特に神様が多く生息しているらしいので、今後は注意していこう。

 

噂によれば姉の方は時期が来ると葉っぱ1つ1つを丁寧に色付けし、それがあの美しい一面紅葉の景色を生み出しているのだという。量を考えると途方もない作業だ。

妹の方は豊穣神らしく、穀物や果物といったものの出来を司っているとのこと。人里に住む住民の多くが豊作をこの神様にお祈りしており、人々から敬われている有難い存在らしい。

秋姉妹はその人気ぶりから一部でカルト的な崇拝をされているらしく、彼女らを侮辱するようなことをすればタダでは済まないとのこと。……僕はどうやら命拾いをしたようだ。

 

 

そして浩一曰く、僕のあの時の返答は80点。……何を採点しているんだこの人は。

秋へのリスペクトが足りないと言われたが、僕の信仰する神様はたった1人だ。それは譲れない。

 

 

 

 

 

 

あれ以降、特にこれといった障害もなく順調に先へと進んでいき、やがて1つの集落へと到着する。

 

和風な建物が並んでいるところは人里に似ているが、住んでいる人達は少し違う。

ここに住む者皆が白と黒が基調の装束を身に纏い、頭には白いボンボンが垂れ下がった変わったものを被っている。

この特徴的な格好は天狗である「射命丸 文」とほぼ一致していることから、ここが目的地の“天狗の里”であることはすぐに分かった。

 

浩一とは途中の分かれ道でそれぞれ別になり、今はもうここにはいない。

「気を付けろ」という言葉のみを残していったが、実際のところ嫌な予感はしているのはこちらも同じだ。

今の自分はこの世界で何かと注目を集めている。射命丸 文がそうであったように、ここに住む天狗達にとって僕は恰好の“ネタ”なのだ。下手したらしばらく返してくれない可能性が非常に高いだろう。

だが行くといってしまった手前、立ち寄る以外の選択肢はない。……覚悟を決めよう。

 

 

「あややっ!誰かと思えば舞島さんではありませんか」

 

 

天狗の里へ一歩踏み出すと同時に誰かから声を掛けられる。

この聞き覚えのある口癖から、姿を見ずともそれが誰であるかはすぐに分かった。早々にお出迎えとは何と用意周到なことか。

 

「こんにちは。約束通り、寄らせて頂きましたよ」

 

僕の前に突然風のように現れ、片足で立ち腕を組みながら対峙する射命丸 文。

だがいつものスマイル顔とは違い、真逆の複雑そうな表情をしているようだ。

 

「いやはや、何ともタイミングの悪い時に来られましたねぇ。今は取材するどころの騒ぎではないのですよ。………」

 

「?」

 

「よもや、あなたではないですよね?」

 

文はこちらの全身をまじまじと観察した後、突拍子もないことを言い放つ。

そしてすかさず天狗による目にも止まらないボディチェックが行われ、されるがままに持ち物検査をされてしまった。

訳の分からないまま事が進み、粗方調べ終わった文は元の場所に戻って来る。しかし、不機嫌そうな状態は変わっていない。

 

「えっと……何かあったのですか?」

 

「まぁ、そういうことです」

 

言われてみれば他の天狗達も何やらピリピリした様子でどこか機嫌が悪そうに見える。

どうやらこの天狗の里で何かが起こっているらしい。このようなことをする輩がいるとして考えられる線は、やはり……

 

「“人形解放戦線”の仕業……でしょうか?」

 

「えぇ、恐らくは。まだ断定は出来ませんが、我々天狗にこのようなことをする輩は他に思い当たりません」

 

本当に、僕は事件に巻き込まれる体質だ。

 

 

 

 

 

 

文の話によると、事件の内容は“窃盗”とのこと。

 

前回の河童のアジトの時と比べればまだ可愛いほうだが、盗まれている物はどれも天狗にとっては大事な商売道具で、あれがなければ仕事が出来ない程の必需品のようだ。

盗られた物を探している天狗達の怒りに満ちた表情はそういうことだったらしい。

 

天狗のような妖怪相手に気付かれず盗みを働くことから、犯人は相当な手練れであることが分かる。

 

「誰かそのようなことの出来る人物に心当たりは?」

 

「そうですね……気に掛かる点があるとすれば、博麗神社の近くに住んでる“光の三月精”の姿を最近見ないことでしょうか。もしかしたら、彼女らも人形解放戦線の仲間に……?」

 

「“光の三月精”?」

 

「「サニーミルク」、「スターサファイア」、「ルナチャイルド」という3匹の妖精の名称ですよ。イタズラのプロです。その者達の持つ能力故にね」

 

「彼女らの持つ能力は単体こそ弱いものの、合わせれば脅威となります。簡単に説明しますと、「音」と「姿」を消せる上に、捕まえようとしても「気配」を探って逃げられるという厄介な相手なんです」

 

「(うわぁ……なんて質の悪い集団……)」

 

成程、そんな能力があれば確かにイタズラし放題だと納得する。

だが仮に彼女らが人形解放戦線だとして、今回の窃盗の動機は一体何なのだろうか?人形解放戦線がここを襲う理由とは一体……?

 

「文さん。人形異変が起こってから、この里で何かしていることはありますか?」

 

「していることですか?……ふ~む、特別思い当たりませんね。新聞のネタが尽きなくて有難いというくらいしか」

 

「新聞……やはり、人形解放戦線のことも?」

 

「えぇ勿論。何せこの幻想郷全体に喧嘩を売っている集団ですからね。こちらにとっては格好のネタですよ!今のこの状況もね!……最も、そのネタを書く為の道具一式は盗られてしまっている訳ですが」

 

そう言いながら文は両手を挙げ、やれやれと溜息を吐く。

記者にとって必須な道具と言えば、メモ帳やペンといった道具達。これらはきっと彼女にとっても命の次に大事なものだったに違いない。

この状況を記事に書けないという文の残念そうな顔と手をもどかしく動かしている様子が、それを鮮明に物語っている。

 

「しかし、私には今回の人形解放戦線の行動は理解しかねますね。もし仮に私が敵の幹部ならば、幻想郷の情報源であるこの里を襲うような真似はしません」

 

「それは、一体どういうことですか?」

 

「考えてもみて下さい。様々な情報を流しているこの里は、人形解放戦線にとってはむしろメリットが多いのですよ。敵というのは、自分達の恐ろしさを世界に知らしめるものでしょう?」

 

「あっ!た、確かに」

 

「……でもまぁ、頭の悪い妖精が大半を占める集団です。大した理由はないのかもしれませんがね」

 

……いや、どうもこれは単なるイタズラとは思えない。

盗んでいる物がピンポイントで商売道具なのを考えると、明らかに狙った犯行であることが分かる。

 

妖精だけならばこれが単なる偶然という線もあり得るが、人形解放戦線は妖精だけの集団ではない。

幹部のメディスンを始めとした“妖怪達”も多々存在していることは確認済みだ。人里で遭遇した5人組は頭が良さそうには見えなかったが、彼女らの他にもメンバーがいる可能性は充分考えられるだろう。

 

 

そういえば、人形解放戦線は只の寄せ集めにしては統率が取れ過ぎているような気がする。河童のアジトの占拠がいい例だ。

もしかしたら、今回のような妨害作戦を計画、指揮をする参謀のような立ち位置がいるのかもしれない。

 

……やはり、色々と知る必要があるな。“人形解放戦線”について。

 

 

 



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第三十章

 

天狗の里へ無事到着したは良いものの、既にそこでは人形解放戦線による悪事が及んでいた。

商売道具を盗られた天狗達は正体の掴めない犯人に惑わされ、あろうことか身内に疑いをかけ合う始末。こうなることを狙っていたのだとしたら、妨害としては充分成功していると言えるだろう。

このような犯行を行う動機はまだ不明であるが、少なくとも人形解放戦線にとって何か都合の悪いものがこの天狗の里にあるのは間違いない。

 

個人的にはその“動機”を何としても突き止めていきたいところだが、今はこの窃盗事件を解決することが先決だ。

それにここは幻想郷唯一の“新聞”が作成されている場所……様々な情報がこの里には保管されている筈だ。ここになら「幻想郷縁記」にも載っていないような裏の情報もあると踏んでいる。

最初は成り行きだったが、この事件を解決すれば欲しい情報を射命丸 文を始めとした天狗達から聞くことも出来るだろう。

 

「それで、文さん。今回の窃盗事件の犯人は“光の三月精”で間違いはないんでしょうか?」

 

「先程仲間に聞いたところによると、彼女らは以前の河童のアジトを襲撃したメンバーの中に混じっていたそうです。まず間違いないかと」

 

その時、僕は工房で幹部のメディスンと戦っていたから気が付かなかったが、証拠としてはかなり有益な情報だ……流石は天狗といったところか。

だが、問題となるのはその三月精とやらをどうやって捕まえるかだろう。聞くところによれば相手は姿も見えず、足音などもしない。気配を悟られて逃げ足も速いと来た。

単独で探していてはまず見つけることは出来ない。

 

 

「 みんな!出てきて! 」

 

 

ここは僕の人形達にも捜索をして貰うことにしよう。人や妖怪には見えずとも、人形達になら何かを捉えられるかもしれない。

手持ちの入った全ての封印の糸から人形を出し、それぞれ手分けして捜索を開始した。ユキ、しんみょうまる、こがさ、メディスン、むげつ、けいき人形達と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捜索を開始して約15分経過。

 

やはりそう簡単にはいかないようで、未だ三月精を見つけることは出来ずにいる。残念ながら人形達にも透明となっている人物の実体は掴めないようだ。

何処かに身を潜めているのだろうか?今は歩き回っていないのかもしれない。

 

そう思っているとユキ人形がこちらを呼んでいるのが見える。何かを発見したようだ。

急いで現場を確認すると、そこには1つの樽があった。どうやらここに誰かがいるのを感知したらしい。

サイズから考えると妖精3匹くらいならギリギリ入らなくもないし、いる可能性はあるだろう。

 

「一の道」で痛い目を見た経験を生かし、警戒しながら恐る恐る蓋を開けて中身を確認してみる。

 

「あ……」

 

1体の人形が弱弱しく、くまの出来た目でこちらを睨みつけたが、すぐに目を逸らす。

何か小さな機械を狭い空間で1人、ただひたすらにいじっている……人形の全容は暗くてよく見えない。

その孤独な姿にどこか既視感を感じた僕は、そっと蓋を閉じる。うん、何も見なかったことにしよう。そういう人形もいるよね。

 

ユキ人形は例の三月精を見つけられたのかと期待の眼差しでこちらを見ている。褒めて貰いたいのだろう。

僕は黙って笑顔でユキ人形の頭を撫で、改めて捜索を再開する。頭を撫でられたユキ人形は少々疑問に思いつつも、満足気だった。

 

 

 

 

 

 

合流したユキ人形と共にこちらも三月精を探し回っていると、通り過ぎていった井戸から何かが飛び出す。

敵かと事を構えるがその正体は三月精ではなく、またも人形だった。

 

「(な、何故そんなところから?)」

 

井戸から出てきたのは、ずぶ濡れとなったむげつ人形。

地上への帰還の際に華麗な着地を決め、日の光を浴びながら目を閉じ、天を仰いで愉悦感に浸っている。

何かとカッコつけたい性分らしく、見ていて退屈しない面白い子だ。

 

しかし、井戸にいるという発想はこちらにはなかった。

むげつ人形のその自信ありげな顔から多少の期待が膨み、三月精を見つけたのかと聞いてみると、むげつ人形は静かに微笑み右手を顔に乗せることで返答する。

……しかし、そこからは何も進展はない。むげつ人形は表情を変えず同じポーズをとり続け、そのまま固まってしまった。

 

しばらく静寂が続き、一迅の風が吹くとむげつ人形はくしゃみをした。どうやら体を冷やしてしまったらしい……ずぶ濡れだったのだから無理もない。

その様子を見てユキ人形が駆け寄り、むげつ人形をハグして体を温めてくれている。実に微笑ましい光景だ。

 

 

むげつ人形の質問に対する無言から察するに、井戸の中に三月精はいなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

探索を再開し、しばらく歩き回ると今度はしんみょうまる、こがさ、メディスン人形がこちらへと駆け寄って来た。

あのグループも何かを見つけたらしく、それを僕に伝えに来たのだろう。早速案内して貰い、現場へと急行する。

 

しんみょうまる人形達が見つけたのは、地面に残った足跡だった。

ここに住む天狗達の履いている特徴的な下駄とは違い、一般的な靴の形をしている。しかもそれが丁度3人分あることから、三月精のものの可能性はかなり高い。

 

「でかしたぞ!」

 

有益な証拠をつかんだ仲間達を称え、皆の頭を優しく撫でる。

その様子を見ていたユキ人形もどさくさに紛れて並んだので、騙されるフリをして撫でてあげる。欲張りさんだ。

 

 

3人分の足跡は見事に彼女らの通った道筋を示しているので、その跡を辿っていくと行き当たりに“3つ”の茂みが不自然にあることに気付く。

辺りに草木の生えていないこの場所に“3つ”の隠れるのに適した茂みがある……どう考えても怪しい。

 

「もしも~し?」

 

試しに気軽に声を掛けてみるが、返事はない。あくまで沈黙を貫くつもりなのか?

仕方がない。少々気が引けるが、強引な手を使させて貰おう。

 

「けいきさm……けいき!あの茂みに向かって 陰の気力!!」

 

胸元に抱き抱えてえているけいき人形に攻撃指示を出す。牽制で驚かしてみる作戦だ。

この子はまだ生まれたてで力も弱い。例え被弾しても大したダメージにはならないだろう。狙いもまだまだ正確に定まらないので全弾直撃はしない筈だ。

 

けいき人形の放った紅い弾幕が茂みに何発か当たったが、特に反応はない。

これは流石におかしいのでいないと判断し、茂みの中を手で直接漁ってみると、盗まれた天狗の商売道具を発見した。

やはり三月精がここを隠れ家として使っていたのは確かだが、今はまたどこかへ行ったらしい。

そして、その痕跡はもう足跡としては残っていない。流石にヤバいと気付いたのだろう。妖精はその羽で空を飛べる……今度ばかりは探し出すのは厳しそうだ。

 

三月精がいなかったことで気を落とす人形達だが、これは大きな収穫と言える。

何せ、犯人の隠れ家を見つけられたのだ。これを生かさない手はないだろう。

 

 

 

 

 

 

「う~ん……」

 

タブレットと睨めっこしながら指を激しく動かす。

もしかしたら人形のアビリティの中に透明の相手の実態を掴めるものがあるかもしれない。そう思い、現在調べているところだが……僕の手持ちの中にはいなさそうだ。

三月精を捕まえる作戦は閃いたものの、どうやって彼女らを計画通りに動かすかが問題となっている。人形達には引き続き探索をして貰っているものの、頭の悪い妖精でも下手な痕跡はもう残してはくれないだろう。

この作戦は三月精の動きを掴まなければ意味がなく、どこにいるのかを把握しておく必要があるのだ。

 

「……あ、けいき?お行儀が悪いよ?」

 

抱っこしていたけいき人形はまるで子供のように自分の親指をしゃぶっている。あんまりいい癖とは言えない。

それを聞いたけいき人形はそっぽを向き、ご機嫌斜めになってしまう。……もしかして甘えたいのだろうか?そういえば、今日けいき人形だけは撫でていないことに気付く。

僕が他の人形を撫でているのを見て、羨ましくなったのだろう。これは気が利いていなかった。

 

「今日の技はいつもより遠くに飛んでいたね。偉いぞ」

 

「…♪」

 

この人形を下さった袿姫様はこの子を大器晩成の人形と仰っていた。今はまだ小さな力だが、いずれは誰よりも強い人形となるポテンシャルを秘めているらしい。

だが、この子は生まれたばかりで戦い方も碌に知らない赤子同然の人形……責任も多く、苦労は多そうだ。子供を授かる人というのは、こういう気持ちなのだろうか。

しかし、けいき人形の嬉しそうな可愛いらしい顔を見たらそんな蟠りも吹き飛んでしまう。実を言うと慣れない山登りで体力も消耗していたのだが、この子の笑顔を見たら幾分マシになった。

因みに何故けいき人形を常に抱っこしているのかというと、この子はまだ歩くのが下手でよく転んでしまうからである。本当にまだ赤ちゃんのような人形なのだ。

 

撫で終わりご満悦なけいき人形は次にキョロキョロと辺りを見回し始める。生まれたばかりなら当然知らないこともいっぱいだ。見えるもの全てが新鮮なのだろう。

時々何かを追うように視線が反れているようだが、どうやら目の前を通り過ぎる蝶々を見ていたようだ。

ふと、けいき人形の手元にその蝶々が止まる……それは綺麗なモンシロチョウだった。初めて見る生物を不思議そうに観察する様子を静かに見守ってみると、けいき人形は大きく口を開けた。

 

「って駄目駄目ッ!!それは食べ物じゃないんだよ!?」

 

恐らく蝶々を食べようとしたけいき人形を慌てて止める。そうだった。赤ちゃんは何でも口に入れようとするんだった。

一連の騒動に驚いたモンシロチョウはその場から飛び去っていく……命拾いをしたものだ。

 

「あ!?ちょっと!?」

 

しかし諦め切れないのか、けいき人形は僕の胸元から離れてまで逃げるモンシロチョウを追いかけ始めた。

まさかそのような行動に出ることは予想出来ず、反応が遅れてしまう。何があの子をそこまで焚きつけるのだろうか?あまり美味しそうには見えないが……

 

けいき人形はモンシロチョウを口に入れるべく、ひたすらジャンプしながらそれを試みるが中々捕えることが出来ない。

そして、またもけいき人形の懸命な噛みつきが空を切ったこと思われたその時だった。

 

 

「  いっっったああああぁぁぁーーーーーーーーー!!??  」

 

 

見えない何かに噛みつき、そのままぶら下がるけいき人形の姿がそこにはあった。

そして同時に悲痛な叫び声が里中に響き渡る。

 

「 痛い痛い痛いッ!!もうっ!離れなさいッ!! 」

 

見えない何者かから地面に叩き付けられるけいき人形を慌てて拾い上げる。顔面にあざが出来、泣いてしまった。優しく撫でてやる。

だが、これは思わぬ幸運が訪れたようだ。

 

「な、何でここにいるのが分かったの!?あいつらには見えていない筈なのに」

 

「油断したわね……体制を整えた方がいいんじゃない?」

 

「うぅ、せっかく綺麗に手入れしたのに……歯形も着いてベトベト……もう最悪……私も帰りたい」

 

「よ、よし!一旦てっしゅーよ!」

 

誰にも聞こえないと思い、声を出している犯人の証言はこちらにバッチリ漏れていた。突然噛まれた衝撃で能力が切れ、そのまま使い忘れたのだろう。やはり、所詮は妖精だ。

思っていた形とは違ったが、運よく作戦通りの展開になってくれた。今回の功労者は間違いなく、けいき人形と言える。

 

 

ようやく尻尾を掴んだ。後は追い詰めるだけ……イタズラもここまでだ。

 

 

 



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第三十一章







 

「ねぇ、スター?」

 

「なに?」

 

「気のせいだといいんだけどさぁ」

 

「うん」

 

「あたしたち、今すっごくピンチなんじゃないかしら?」

 

「……そうねぇ。四面楚歌……いや、八面楚歌ってかんじかしら」

 

「きっとあの人間がみっこくしたんだわ!一体どうしてこうなったの!?」

 

「ルナがドジふんじゃったから……かしら?」

 

「あ、あの人間の手に持ってた機械ぬすもうって言ったのはサニーじゃない!」

 

「え?」

 

「急にターゲットをあの人間に変えたのはサニーでしょ?わたしたちの作戦はあくまで天狗達の妨害だったのに!」

 

「えーっと……そ、そんなこと言ったっけなぁ?アハハハ」

 

「うーん、やっぱり今回の戦犯はサニーね。ルナのもはや救いようもないレベルのドジっぷりを一切考えなかったの?やるなら事前に相談して欲しかったわ」

 

「……あ、あたしがわるいって言うの……?」

 

「「 ………… 」」

 

「あたしは……あたしはわるくないわよ!だってリーダーが言ったんだもん……そうよ、リーダーがやれって!」

 

「こんなことになるなんて知らなかった!誰も止めようとしなかったでしょっ!あたしは悪くないっ!あたしは悪くないっ!!」

 

「……どうする?逃げようにもこんなに囲まれちてちゃこっそり抜け出すことできないし、あきめたほうがいいんじゃ……スター?」

 

「私は投降するわ。ここにいると、馬鹿な発言にイライラさせられる」

 

「な、なによ!?あたしは人形解放戦線をすくおうとしたのよ!?」

 

「……変わってしまったのね、サニー。幹部になってからのあなたは、まるで別人だわ」

 

「スター!ルナまで……!うぅ……どうしてよ!どうしてみんな私を責めるのよ!?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

行き当たりにある不自然な3つの茂みを四方八方取り囲み、様子を伺う。

取り囲んでいるのはこの里に住む天狗ほぼ全員である。こちらが隠れ場所を文に伝えたところ、瞬く間に広まっていったらしい。

まぁ元々そうなるように仕組んだのだが、こうも早く里全体に伝わっていくとは……流石は情報とスピートが売りの天狗だ。

 

こちらが思い描いていた作戦である隠れ場所への誘導、そしてそこから逃がさない為の包囲は見事成功したと言える。

とはいえ、散々盗みを働かされ殺気立った天狗達の圧は凄まじく、このままでは犯人である三月精が殺されかけない。

 

「文さん、皆には僕の旨を伝えてくれましたか?」

 

「えぇ。“あくまで包囲だけに集中し、攻撃などの一切の手出しは無用”ですね。勿論、伝えてありますとも。……しかし、どういったおつもりで?」

 

「それは、いずれお伝えします。今はちょっと言えません」

 

「ふむ……まぁいいでしょう。こちらは商売道具さえ帰ってくればいいですし」

 

ここに来た時の天狗達の怒りに満ちた表情を見た時から、このことはあらかじめ考えてはいた……そうしなければ折角のチャンスが水の泡になってしまうからだ。

僕の理想を叶える為には、人形解放戦線のメンバーと接触は必要不可欠になる。ここで死んでしまっては困るし、逃がすこともしたくはない。

 

 

さて、取り囲んではいるものの相手は人形解放戦線だ。どんな手段で対抗するかは予想出来ない。

人形バトルを正々堂々やるような集団ではないことを加味し、予め手持ちの人形達には臨戦状態になって貰っている。

出来ることなら戦わず、平和的に解決するのが望ましい。だが当の三月精はこの天狗の里で散々悪事を働いてしまった手前、そうは問屋が卸さないだろう。

 

「……―――!(誰か出てくる!)」

 

不自然に並んだ3つの茂みが揺れ、場に緊張が走る。

また透明になって逃げる、或いは人形などによる攻撃を仕掛けるのかと思われた彼女らの取った行動……それは余りにも拍子抜けなものだった。

黒髪の青い妖精と金髪の白い妖精は茂みから出て来るなり両手を挙げ、こちらに戦う意志のないことを示し始める。

その光景はさながら立て籠っている犯人が説得され、連行されていく刑事ドラマのような……違うところがあるとすれば、こちらからは特に何もしていないということ。一体どういう風の吹き回しだ?

 

「こんな不利な状況で抵抗するほど、私達もバカではないわ。こうさんこうさん~」

 

「うぅ…どうしてこんな目に」

 

黒髪の青い妖精の言うことから推察するに、彼女が「気配」を探る役割らしい。恐らく、逃げられないよう囲まれていることにいち早く気付いたのだろう。

それにしてはあまりにも潔すぎる気もするが、彼女は妖精にしては冷静な判断能力を持っているようだ。

一方、涙目になっている金髪の白い妖精にはどこか既視感があった。この自信のなさそうで大人しそうな感じは……思い出した。光の手持ちにいた「ルナ人形」だ。

成程、ということは彼女がそのオリジナルである「ルナチャイルド」ということか。よく見ると、月のような形をした綺麗な羽にはくっきりと歯形が付いている。

どうやらけいき人形が偶然噛みついたのは彼女だったらしい。……何と不憫な子なのだろうか。罪悪感が思わず芽生えてしまった。

 

「!」

 

ふと、この状況は不味いと判断し、急いで自分の手持ち人形達を封印の糸に戻した。見られてはいないだろうか?

 

 

―――大丈夫だ。

 

運が良かった……幸い、2人共正面を向いていなかったことから目撃は避けられたと思われる。

ここで見られしまったら、今後の活動がしにくくなってしまう。抵抗の意志はないようだし、見せていないものは極力見せないようにしなければ。

 

 

しかし妙だ。三月精は3人組の筈なのに、今ここにいるのは2人。

ということは、後1人がまだ茂みの中に潜んでいるということになる。もしや、まだ何か企んでいるのだろうか?

 

「茂みの中が気になるのなら、覗いてみるといいわ。そこに盗んだのが全部あるから」

 

黒髪の青い妖精はこちらにそう言い残し、天狗達によって2人は連行されていく。もう1人の妖精はまだ取り残されたままだ。

その言葉が誘導であることは明白だが、今更になって何かを仕掛けるにしても既に遅すぎるし、特別警戒はしなくても良さそうだ。

 

 

 

茂みに耳を澄ましてみると、何故か泣いている女の子の声が小さく聞こえてくる。

疑問に思いつつ、とりあえず茂みの中を漁ってみると金髪の赤い妖精が1人寂しく泣いていた。

 

文から聞いた話では仲良し3人組との話だったが?

ここで何があったのか状況が飲めず、只々困惑してしまう。喧嘩でもしたのだろうか?

 

「だ、大丈夫……?まぁ、元気出しなよ?」

 

憐みを感じ、思わず軽い励ましの言葉を金髪の赤い妖精に掛ける。

金髪の赤い妖精は顔を見上げ、こちらの存在に気付くなり怒りを募らせ……

 

 

「 う、うるさい!あんたに何が分かるの! 」

 

 

怒号を発する。何故怒られてたのだろうか……。

 

だが、彼女の気持ちは僕にも何となく分かる。僕も似たような経験があったからだ。

あの時の僕は後先も考えず、友達も出来ない子供だった。そのせいで学校にも、親にも迷惑をかけた。忘れてはならなかった、僕の戒め。

時が過ぎて、次第にそのことを忘れようとしていた。罪は決して消えないというのに。

 

「僕も……僕のせいで、友達たくさん傷つけてしまったから……だから君の気持ち……わかるんだ」

 

 

「 あなたなんかと一緒にしないでよ!あなたなんかと……うぅ…… 」

 

 

……しかし、今の金髪の赤い妖精には僕の言葉は届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして天狗の里で起こった盗難事件は、意外とあっさり解決することとなった。

実体さえつかめば簡単だったというのもあるが、その実体を偶然とはいえ見事捉えてくれたけいき人形には感謝しなしればいけない。

 

「舞島さん。天狗の里を救って頂き、ありがとうございます」

 

「あ、いえそんな」

 

「それにしても迂闊でした。我々天狗がまさか妖精ごときに出し抜かれるとは……一生の不覚ですよ。まぁ、お陰でいい“被写体”はゲット出来ましたけどね。フフ、さてどうしてくれましょうか」

 

「……?」

 

「あぁ、こちらの話です。どうかお気になさらず」

 

文が何かを企んでいるようだが、今はそんなことよりも情報だ。

ここにしかないような情報が少しでも欲しい……今のこの状況なら、それも容易に聞き出せる筈だ。

 

「文さん、貴女が過去に書いた新聞を読ませて頂くことは可能ですか?」

 

「!えぇ、出来ますとも出来ますともッ!!もしや、「文々。新聞」の愛読者でしたか!?」

 

何故か嬉しそうに返答し、こちらの手をブンブンと握手されてしまう。そんなに喜ぶものなのだろうか?まぁいいか。

そういうことにしておいた方が話を進めやすそうだし、少々嫌ではあるがここは媚びを売っておこう。

 

「ちょっと調べたいことがあるんです。貴方の素晴らしい新聞なら、それが出来ると思いまして」

 

「お目が高いですねぇ!この「文々。新聞」、清く正しい情報が売りですので何でも仰ってください!」

 

前に見たこの人の新聞にも、その記事は存在した。それなりのスペースを使ってだ。

あの時は全く関心がなかったが、今はその情報こそ最も注目すべき内容である。

 

 

「“人形解放戦線”について取り上げた新聞……その全てを、見せて下さい」

 

 

 





愚かな“劣化複写(レプリカ)”サニー

原作演舞で粗末な扱いを受けるサニーミルク可哀そう可愛い





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第三十二章

 

 

 

【謎の集団出現!その名も“人形解放戦線”】

 

突如、謎の集団が突如人里へ現れた。その正体はメンバー6人による少数集団。

“人形の解放”を人里に住む人々に訴えてたが、相手にされず。人形の危険性は里の者達にも認知されていたものの、「封印の糸」の開発により実用性の方を評価された模様。

 

リーダーと思われる1人を見た博麗の巫女が即刻里から追い出した。放置すれば人間に危害を加える可能性が考えらえたのだろうか?

 

 

 

 

 

【人形解放戦線、人里に出没】

 

前の騒動から早数日、人形解放戦線が再度人里に出現。「人形達が苦しんでいる」と供述するもまた相手にされず。

今は人間達が人形と生活を共にし始めた時期でもあり、それらを手放すことに賛同出来ない者が多いのが原因か。

聞く耳を持たない者達に怒りが爆発しそうなリーダーを目撃した阿礼乙女の指示により、またも里から追い出されたようだ。

 

それもその筈。リーダーだった者の正体は「メディスン・メランコリー」。

彼女が人間に対して強い憎しみを抱いた妖怪であることは阿礼乙女もよく知っている。かつて「幻想郷縁起」の取材を行った際も、地獄の裁判長の有難いお説教がなければどうなっていたか。

 

 

 

 

 

【人形解放戦線、また人里に】

 

また数日後に人形解放戦線が人里へ出没し、今すぐに「封印の糸」を使用を止めるように訴えた。

素性が一部にバレているメディスン・メランコリーが言うには、あのマジックアイテムは不完全で人形に悪い影響を与えているとのこと。

しかし、現状「封印の糸」がなければ人形を制御出来ない状況であり、彼女の懸命な呼び掛けには誰も耳を傾けなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

この記事は春頃……つまり“人形異変”が起こって間もなく書かれたものである。

 

その中身は自分が想像していた物とは違っており、人形解放戦線の比較的地道な活動内容が記載されていた。

目を通している限り、この頃は特に悪事を働いていた訳ではないようだ。むしろ、活動内容としては良いことをしているようにも見える。

リーダーであるメディスン・メランコリー自らが出向いているのを見るに、それが彼女の意思でもあったのだろう。

 

“「封印の糸」が人形に悪影響を与えている”……か。成程、それで製造元の「河童のアジト」を襲撃したのか。

もしこの話が本当ならば、今すぐにでも使用を止めるべきなのだろうが……現状は出来ない。その理由は、正に「封印の糸」の存在だ。

このアイテムで制御しない限り、人形は“野生”と扱われてしまう。野生の人形は誰のものでもない為、もし他の人に「封印の糸」を使われたら簡単に強盗が可能となる。

それを対策するには、同じ「封印の糸」でこちらの所有とするしか今のところ方法はない。何とも皮肉なものだ。

 

 

 

 

 

 

次々と新聞の記事を読み漁ってみるが、どれも同じような内容が続く。

 

もうこれ以上有益な情報は引き出せそうにないだろうか。まぁ人形解放戦線の過去を知れただけでも収穫だろう。

そう思いながら最後と決めた新聞の記載に目を通すと、思わず体が硬直する。

 

 

「人形解放戦線、人里を襲撃……!?」

 

 

最初のものから約2か月後の新聞に、衝撃的な事件が記載されていた。

その内容は「今まで地道に呼びかけ続けてきた人形解放戦線が、人形を率いて人里を襲った」というもの。

確かに今まで呼びかけに一切応じてくれなかった憤りがあったとは思う。だが、それを加味してもこの暴動はあまりに唐突すぎる……不自然だ。一体、人形解放戦線に何が……?

 

内容に目を通すべく新聞を両手で開き、読むことに集中する。

人里への襲撃を始め、他にも「人形の持つ金品目的の大量虐殺」、「裏での希少な人形達の密漁」等々……様々な悪事を働いていると書かれているではないか。

わざわざ人々に“解放”を訴えたのも、全てはこの為だったとでも言うのか?そうだとすれば、人形解放戦線が非道であることは否定出来ない。

 

文はこれを渡す際、ハッキリ言っていた。自分の新聞は“真実”しか書かないと。

あの言葉に嘘はないように思う。だからこそ、突きつけられた非情な現実も“真実”なのだろう。

 

 

やはり、人形解放戦線は倒すべき“悪”なのか?

 

 

それを確かめる為にも、まずは捕虜となっているであろう三月精から話を聞いておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

三月精と面会すべく、天狗の里の詰め所に出向いたはいいものの、何やら穏やかな雰囲気ではない。

どうやらまたしても何かがあったらしいので、現在仲間の証言を伺っている射命丸 文に話を聞いていた。

 

「何があったんですか?」

 

「あぁ、舞島さん。それがですね……捕まえた三月精の内の2匹が、忽然と姿を消したみたいなのです」

 

「――!」

 

連行していた烏天狗の証言によると、目を離したほんの一瞬の間に2人がいなくなったらしい。加えて、あの僅か数秒であの場から逃げられる筈はないとのこと。

瞬間移動?もしくは時を止めたのか?正直、この世界ではそんな非常識な力がいくつも存在している。しかし、今回それを行ったのは悪魔で“妖精”だ。そんな強大な力を持っているようにはとても思えないが……?

 

「“サニーミルク”。彼女がいない限り、姿が透明になることなどあり得ません。あの時、三月精は確かに別々だった筈……一体何が?」

 

金髪の赤い妖精のサニーミルクという妖精はあの時、2人と仲違いをして一緒ではなかった。現に、今も捕まっている状態である。

そして逃げた2人の能力はそれぞれ「音を消す能力」と「気配を探る能力」であり、この世界の住民は基本的に能力は1つだけしか持たない。

そう考えると、別の第三者、もしくは何かしらの道具を使用した可能性が高いか?

 

「………あ」

 

河童のアジトが襲っていたメンバーの中に、三月精も一緒にいたという文の証言を思い出す。

 

能力の他にも姿を消す手段……そうだ。間違ない。

アジト奪還の際も、河童達が全員使用していたあの道具ならば、この奇妙な現象も辻褄が合う。

 

「“光学迷彩”ですよ。きっとそれを使ったんだ」

 

「光学迷彩を?そんな代物をあの三月精が持っていたと?……必要ないでしょうに」

 

通りで素直に捕まったと思ったが、見事に裏を掻かれてしまったようだ。

透明になれる手段を持つ者にとって“光学迷彩”は絶対に必要ないもの。それをあの妖精達が理解していたのかはともかく、不味いな。

 

これでは人形解放戦線についての話を聞くことが出来ない。今のところはまだ詰所に残っているのは、仲違いしたサニーミルクのみ。

今の状態で情報を聞き出せる望みは薄いが、こうなってしまっては仕方がない。予定とは違うが、サニーミルクと話をしてみよう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

大方、サニーミルクと話をし終わった。結果は……

 

 

 

「 あんたと話すことなんてないッ!! 」

 

 

「どうせあたしは劣化版……」

 

 

「人生オワタ\(^o^)/いや、妖精だから妖生?まどっちでもいいやアハハ!」

 

 

 

と、大体こんな感じだった。

 

感情がおかしくなっているのか、怒ったり悲しんだりと不安定な状態となっており、まともな話など一切出来やしない。

あの様子ではしばらく立ち直れないと見た。少なくとも、敵の立場にある僕ではどうにも出来ないだろう。いくら妖精とはいえ、あれは少々可愛そうである。

……まぁ、こうなってしまった原因は間違いなく僕なのだが。

 

 

僅かに引き出せた情報もあるにはある。それは、僕が人形解放戦線から狙われているということ。

どうやら河童のアジトの一件で目を付けられたらしく、見つけ次第襲うよう命令されているらしい。今後、遭遇することがあれば気を付けておいた方がいいだろう。

 

 

「………やっぱり、やるしかなさそうだな」

 

 

小声で内なる決心を固め、詰め所を後にした。

今のこの状況……上手く利用すればことを有利に進められるだろう。ただ、それ相応の覚悟も必要となる。

 

目指すべき場所も、ある程度は定まった。全ては人形の為……きっとものにして見せる。

 

 

 

 

 

外に出てみると、活気のある天狗の里の情景が目に映った。騒動が収まったことで、道具が戻って来た者達は忙しそうに働き始めている。

ある者はペンを動かし、ある者は大剣と盾といった武具を持って里の見張りをすることで、それぞれ役割を果たし合っていた。

しかし、何やら武器を持っている白髪の天狗は黒い翼を持つ天狗に顎で使われているみたいだ。上司と部下の関係性なのだろうか?上司のキツイ言葉に対し、白髪の天狗は黙って頭を下げている……少し、嫌なものを見ている気分になった。

 

「辛気臭いお顔をしていますねぇ。こんな光景は当たり前ですよ、舞島さん」

 

「――うわッ!!?」

 

突然、至近距離で宙に逆さまの状態で顔を合わせてきた射命丸 文に驚く。その登場の仕方は予想外だった。

文は正面に向き直ると器用に地面への着地を決めた。その際、いつも片足で立つのは天狗特有の癖みたいなものだろうか。

 

「今回の騒動は、警護に当たっていた白狼天狗の不始末と言えます。まぁ、透明になられては見つけられないのも仕方がないのでしょうがね」

 

「……何だか理不尽な気がします」

 

「我々天狗は縦社会です。下の者の扱いなんて、こんなものなんですよ」

 

「………」

 

「さてさて!こうして道具も戻ってきたことですし、改めて取材の方をさせて頂きますよ!」

 

暗い話題から一変、切り替えるように営業スマイルで話し掛ける文。

そう言えば、ここに来たそもそもの目的はその取材の約束を果たす為であった。出来ることなら忘れていて欲しかったのだが。

 

 

「さぁさぁ!ここで話すのもなんですから、あちらの方d」

 

「やぁ、射命丸。随分と元気そうじゃないか」

 

 

意気揚々と僕を取材しようとしていた文の肩に、誰かが後ろからポンと手を乗せる。

その人物がいつの間に文の背後を取っていたのかという驚きよりも、その声を聞いた彼女の青ざめた顔の方に思わず目がいってしまった。

顔を見なくとも誰なのか分かっているらしく、向き直ることはしない。いや、出来ないのだろう。

 

「い、飯綱丸様……?めめ、珍しいですねぇ?」

 

「あぁ、久しぶりに出向いてみようと思ってね。……だが、まさかこのような事態になっていたとは」

 

「妖精相手に出し抜かれる……これは天狗にとって一生の恥だな?」

 

「ハハハ……いやぁ、本当に」

 

青い髪、青い頭巾、青いワンピースに黒いマントを羽織った文の上司に当たるであろう飯綱丸と呼ばれた人物は、手に持った三脚を自身の右肩に乗せて威圧している。

どこか余裕を感じさせる雰囲気を持っていたあの射命丸 文が嘘のようにビビっている様子から、これから何が起こるのかを予期しているのかもしれない。

 

そして次の瞬間、肩に乗せていた三脚は弧を描きながら勢いよく射命丸 文の背中を捉え、致命の一撃を与える。

その様はまるでゴルフでもしているかのような綺麗なフォームであり、さながら文はそのボール。そのまま天へと飛んでいってしまった文は特徴的な断末魔と共に段々見えなくなってしまい、遂にはお星様となってしまう。

妖怪の身で受けてあれだけの威力……人間の僕が受けたら跡形も残らないだろうな。

 

「君が舞島 鏡介だね?里を救ってくれたと聞く。感謝するよ」

 

「おっと、自己紹介がまだだったね。私は“飯綱丸 龍(いいずなまる めぐむ)”。まぁ、中間管理職のような立ち位置にいる者だ」

 

「あ、はい……ど、どうも」

 

礼儀正しい挨拶をされ、流れるように握手を交わす。

さっきの威圧的な態度と暴力的な一面から急に律儀になったりと、何かと読めない人物で少々困惑する。

……あの様子だと、文の取材はしばらく延期だろう。

 

「ここは何もないところだが、せっかく来たんだ。休憩も兼ねて、ゆっくりしていくといい。それでは、さらばだ」

 

そう言うと龍(めぐむ)はその場で翼を広げ、風のように去っていった。

文が来るのが珍しいと言っていたことから、普段は別の場所にいるのだろう。この里に全ての天狗がいるという訳ではないらしい。

これが所謂、“階級制度”というやつなのだろうか?天狗の社会は現代のそれにすごく似ている。

 

 

ここに来てから少し妖怪という存在に憧れていたが、もしなれても天狗にだけはなりなくないと強く思うのだった。

 

 

 



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外伝8



※注意


この外伝は、私が書いている小説「人間と人形の幻想演舞」の人形視点ストーリーです。
その為、人形が普通にしゃべります。そのことを注意した上でご覧下さい。

今回は舞島に助けられたある人形の話です。




 

暗い水底の中に沈んでいく……電撃のような衝撃が走り、意識が遠のいていく……随分と派手にやられた。

あいつら……一体どこまで非道なのだ?醜さの塊のような、あの欲望に満ちた目はもはやこの世の生き物などではない。

 

あぁ、奴らが憎い……殺してやりたい。仲間がやられたことをそのまま奴らにしてやりたい。

 

……だが、もう碌に体も動かせない。自分の中の魔力が尽きかけているのが分かる。

この恨みを晴らせない悔しさから、唇を強く噛み締める。

 

 

「……?」

 

 

――ふと、ぼやけた水面の光に1つの影が現れた。

 

それはゆっくりとこちらに近付き、私を誘うように手を差し伸べる。

 

 

生きたい。まだ、死にたくない。

 

そう強く願っていた私は、相手が誰なのかも知らずにその手を取ってしまった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「 ―――ッ!! 」

 

 

目が覚めると、私は誰かの腕の中にいる。しまった、油断していた。

急いでこの拘束から逃れようと体を動かすと、全身に痛みが走る。……駄目だ、逃げられない。

迂闊だった。まさか敵の罠だったなんて……しかし待て?仮にもあいつらならば、こんなことはせずにあの妙なマジックアイテムを使う筈だ。

 

少し冷静になってみると、抱いている本人の静かな寝息が聞こえてくる。

そして抱き締めている誰かは怪我を負っている私を痛めないよう、それでいて私の身体が冷えない力加減で優しく抱きしめているみたいだ。

温かい……しばらくこうしていたいという気持ちが芽生える程の心地良さが、起きたばかりの私に再び眠気を誘った。

 

 

いや、寝ては駄目だ。

 

あいつらが私を追って来る可能性もある。個人的な事情に、この人を巻き込む訳にはいかない。

そう意気込んだはいいが、この拘束を一体どうやって抜け出そう?強引ではあるが、技を使うか?

だが、それでは死にかけていた私を介抱してくれた恩を、仇で返すことに……そう思ったところで、我に返る。

 

そもそもの話、この人が味方だという保証だってないではないか。何を躊躇する必要があるというのだ?

人間なんて、所詮は私利私欲の為に他者を傷付ける身勝手な連中……私達の住処を襲ったあいつらがいい例ではないか。

 

故にこの人を信用する謂れなど、どこにもありはしない。

いくら拘束されているとはいえ、技の1つくらいならギリギリ放てる。私は風を身に纏い、弾幕を放つ準備に取り掛かった。

 

 

「 駄目~~!! 」

 

「ひゃッ!?」 

 

 

突然の第三者からの声に、思わず攻撃を中断してしまう。

声の聞こえた距離から、かなり近いところにいるようだ……一体誰が?

 

「駄目だよぉ……わたし達、まだそんな関係じゃあ……えへへ」

 

辺りをよく見てみると、私を抱いている腕にしがみ付くように、他の人形が眠っていた。

髪は金髪で服装が全体的に黒いその人形は、どうやら夢の中にいるようで、幸せそうに眠っている。

どうやら、今のはただの寝言だったらしい。

 

……この平和ボケしている状況から、助けてくれた人があいつらの仲間だという線は完全に消えた。

こんなに人形が懐いているような人が、非道なことを行うとは到底思えない。危うく私は、あいつらと変わらなくなるところだった。

 

「まいくぅ~ん、しゅきしゅきぃ……」

 

「!?」

 

金髪の黒い人形は腕をよじ登っていくと、主人であろう人の顔元にまで迫り、信じられない行動を取る。

人間と人形がそのような関係性を持つことなど、有り得るのだろうか……?私はあまりの刺激の強さに耐えられず、目を閉じてしまった。

 

「んん……」

 

行為に勤しんでいる人の腕の力がほんの一瞬、緩んだのが分かった。

この好機を逃すべきではないと判断し、私は何とか身体を動かし腕の中からの脱出に成功。自由の身となることが出来た。

 

 

拘束から逃れた途端、夜風が身を凍えさせる。河が近いのもあり、結構冷たい……人形でありながら鳥でもあるこの身には少々堪える。

あの腕の中の温かみがまた恋しくなってしまったが、後悔はしていない。これでいいのだ。

 

すぐさまこの場を立ち去ろうとしたが、ふと思い留まる。せめて、助けてくれた人の顔くらいは覚えておこう。

私は懐から携帯を取り出し、写真を1枚撮った。

 

「(……可愛い顔してんじゃん)」

 

写真で露になった男とも女とも捉えられる中性的な顔立ちに、思わず素直な感想を抱く。

こんな一見頼りなさそうな人間が、川に沈んでいた私を助けてくれたのか……全く無茶をしたものだ。

 

人形の仲間達との写真は今までたくさん撮ってきたが、人間の写真はこれが初めてだった。

まさか私の写真フォルダに人間が入ることになろうとは、微塵も思わなかった。私の嫌いだった、あの人間が。

 

……っと、いけない。あんまり見ているとまた変な感情を抱いてしまう。私は急いで携帯を閉じ、背中の翼で飛んでみようと試みる。

 

「――ッ」

 

動かしたら少々痛みが走るが、何とかいけそうだ。山の中腹くらいならば、小刻みで何とか到達出来るだろう。

「天狗の里」にさえ戻れば、生き残った仲間がいるかもしれない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ヒッキー @TarunonakaOchituku

 

なるほどぉそのようなことがあったのですなぁ

 

 

 

 

ひめ  @notHotate

 

もうまぢしぬかとおもった~(>_<)

 

 

 

 

ヒッキー @TarunonakaOchituku

 

して、その人間とやらはどのような人物で?画像キボンヌ

 

 

 

 

ひめ  @notHotate

 

画像を添付しました

 

 

 

 

ヒッキー @TarunonakaOchituku

 

むむっ、こやつ新聞で見ましたぞ。確か最近になって異変解決をしている外来人だったような

 

 

 

 

ひめ  @notHotate

 

ガチ!?オニやばぁ

 

 

 

 

ヒッキー @TarunonakaOchituku

 

それにしても中々イケてる顔をしていますな

恐らく男子でしょうが仮に女子の格好をしたとしたら全く区別出来ないでしょうぞwww

 

 

 

 

ひめ  @notHotate

 

それな。いきゃめん~ってカンジ

 

 

 

 

ヒッキー @TarunonakaOchituku

 

時にひめ殿?聞きたいことがあるのでござるが

 

 

 

 

ヒッキー @TarunonakaOchituku

 

この前会った際、携帯の待ち受け画面が確かこれだったでござるが……もしやお気に入りですかな?

 

 

 

 

ひめ  @notHotate

 

は?んな訳ないじゃんナニいってんの?アタシが人間なんか気にするわけないし!!!!

あんなひょろガリ君なんて全ッッッ然タイプじゃないし!!!!!!ホントムリなんですケドッッッ!!!!!!!!(# ゚Д゚)

 

 

 

 

ヒッキー @TarunonakaOchituku

 

動揺が隠せてませんぞwwwww誤魔化しが下手ですなwwwww

返信する前も大分固まってましたぞ?wwwww

 

 

 

 

 

ひめ が退室しました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「  ホントマジカム着火インフェルノォォォォォオオウッッッ!!!!  」

 

 

携帯を勢いよく閉じ、思わず怒号を発しながら携帯のやり取りに終止符を打つ。

因みに“ヒッキー”とは私と同じ“人形”であり、同名同種族の知り合いである。私とは違い、滅多に外には出ない引きこもりだが、命辛々天狗の里に駆け込んだ際には世話になった。

私よりも頭が良くて頼りになるが、その分下手な誤魔化しが効かない面倒臭さも兼ね備えている……それがヒッキーだ。正直、苦手なタイプ。

ヒッキーとはこのような状況になるまで、一切関わってこなかった。気の合う私のダチ達は皆、あいつらにやられてしまっている。絶対に許さない。

 

情報通でもあるヒッキーの協力もあって、あいつらがこの妖怪の山のどこかに身を潜めていることは何とか判明したのだが……簡単には尻尾を掴ませてはくれない。

やはり、人形の2人体制では探索に限界がある。この広大な妖怪の山を細かく調べるというのは、人形の身で行えるような簡単なことではないようだ。

 

されっぱなしというは、私は一番嫌いである。……しかし、私のやっていることはハッキリ言って無謀だ。例え運よく見つけられたところで、勝てる見込みもない。

かつてこれほどまでに、力が欲しいと思ったこともないだろう。

 

 

……“舞島 鏡介(まいじま きょうすけ)”。

 

新聞で名前だけは知っていたが、まさかあの時の人間がそうだったとは。

この前助け出した「ユキ」という名の人形の持ち主……他の人形達も彼を慕っているように感じ、それが何だか羨ましかった。

私は“人形遣い”というものに碌なイメージを持たなかったが、どうやらそれは偏見だったらしい。人形遣いの元にいくというのも、案外悪くなのかもしれない。

というのも、「人形遣いには人形の力を引き出す能力がある」と、ヒッキーは言っていた。私個人の力に限界を感じている今、そうせざるを得ないというのもある。

 

 

しかし、問題はきっかけだ。

 

私自身が人形遣いから必要とされなければ意味がない。……どうしよう。

 

 

「(癪だけど、ヒッキーに相談してみるか)」

 

 

私は溜息を吐きながらも、先程連絡を絶った友人に対し渋々文字を打つのだった。

 

 

 

 



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第三十三章

 

妖怪の山の奥地に、新たなスポットが発見される。

最近になって認知されたこの地域には見たことのない新種の人形達が生息しており、噂を聞きつけた人形遣い達が続々と集結している。かく言う私のその1人。

 

 

“虹龍洞”と呼ばれたこの鉱山の周辺には今や沢山の人形遣い達が群がってしまい、これでは碌な捜索も出来やしない。

相も変わらず非効率で雑な探索な為、人形も警戒心が高まり中々姿を現さないでいる。こちらからすれば本当に邪魔で迷惑な連中だ。

 

だが、幸いにも準の奴はまだここに来ていないようだ。こういったところには真っ先に来そうなものなのだが……邪魔をする者がいないというのは探索において非常に助かる。

 

 

今回、私が狙いを付けたところは虹龍洞の内部。正直な話、現状そこにしか行けない。

そしてこの内部の構造はどのようになっているのか、それは未だに分からない状態となっている。理由は恐らく虹龍洞の内部は危険地帯だからだ。

話によればあの中は酸素が薄く、人間が来るところではないらしい。実際、そんな状態で野生の人形に襲われれば常人はひとたまりもない。

しかし、私にはこういう時の為の秘密兵器がある。それがこの「酸素吸引マシン」だ。

これは河童の技術で作られた、体内に酸素を送る機械。いつもは5cm程の小さなカプセルで収納している。こういうところを探索する為には欠かさない代物だ。これで酸素問題は心配いらない。

 

そしてここを探索する際、もう1つ注意しなければならないことがある。それは野生人形が襲い掛かって来ることへの対策だ。

洞窟は外の草むらとは違い、全体が人形のテリトリーとなっている。いつどこから襲われてもおかしくはない。そこで活躍するのがこの“勾玉”という市販されたマジックアイテムである。

 

“勾玉”はその名の通り、曲がった石の形をしている対人形用アイテムで、その効果は「人形をしばらくの間、寄せ付けなくする」というもの。

一見すると今回の私の目的には不都合であるが、これは正確に言うと人形自体が近付かなくなるという訳ではない。悪魔で使用者を守る“結界”を張るものであり、人形は普段通り襲い掛かってくる。

なのでこちらから人形へコンタクトを取るのであれば、特に何も問題はない。この「勾玉」というアイテムは所謂、いつか舞島さんに買って貰った「数珠」や「護符」の上位互換に当たるものだ。

夢の世界での経験上、これがあれば虹龍洞に生息する人形の攻撃を貰ってしまう心配もないだろう。数も無くなる心配がない程には十分にある。

 

私がカプセルを近くに投げると割れて煙を上げ、酸素吸引マシンが目の前に現れた。

そして勾玉を1つ使用し、自身の周囲に結界が張られたかを確認する。……数珠の時よりも遥かに強固な橙色の結界が、私を守ってくれているみたいだ。

よく見るとどことなく霊夢様が身を守る為に放つ結界に似ており、霊夢様に守られているという妄想が頭を支配して口から涎が垂れる。もしかして、霊夢様お手製だったり?

もしそうだとしたら、行商から買い占めた私の判断は間違っていなかったということだ。

 

 

思わぬところで士気が高まり、私は意気揚々と酸素吸引マシンを背負って虹龍洞の内部へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

中に入って真っ先に目に着いたのは、壁にある色取り取りの綺麗な宝石の塊。

流石、鉱山というだけあってここには様々な鉱石が埋まっている。一儲けくらいやろうと思えばいくらでも出来てしまいそうなくらい、ここには希少なお宝が沢山あるようだ。

しかし今回の目的はお金儲けではなく、ここに生息する人形探しだ。こんなものに目をくれている場合ではない。

 

「……ん?」

 

しばらく進んでいると、頭上に1つの小さな影があることに気付く。

上を見上げたら早速新種の人形が私に近寄って来ている。

 

 

『 名前:みすまる  種族:???  説明:??? 』

 

 

私はすかさず装着していたスカウターで人形の情報を確認する。

 

このスカウターは舞島さんが持っていたものとは別物で、玄武の沢で偶然出会った“にとり”という河童の妖怪から半ば無理矢理貰ったものだ。

ただ、「未だ判明されていない新種の人形を調査し、それをこちらへ提供すること」を条件付けられた為、この人形は是が日にも捕まえる必要がある。

スカウターを始め、軽やかな大ジャンプを可能にする「スーパージャンパー」、自力では行けない高所を登れる「のぼ~るアーム」、酸素の薄い場所もへっちゃらな「酸素吸引マシン」。

これらも全て、その条件に基づいて借りたものに他ならない。お陰でこの妖怪の山の移動はすごく楽になった。

 

しかし貰ったスカウターが旧型であるせいか、新種の人形は調べても名前しか分からないのがもどかしい。まぁ、無理矢理借りたのだから贅沢は言うまい。

このみすまる人形の特徴としては亜麻色の髪とあちこちに付けてある大量の勾玉、そして“陰陽玉”に座る形で乗っていることだろうか。

またしても霊夢様の使っている陰陽玉とそっくりで、もしかしたらこの虹龍洞にいらっしゃるのではないかという勝手な期待を寄せて辺りを見回す。が、当然いない。

溜息を吐きつつも気を取り直し、目の前のみすまる人形の観察を再開する。

 

どうやら闇雲に攻撃を仕掛けてくるような気性の荒い人形ではないらしく、先程から私の持つ何かに関心を持っているようだ。

人形の目先からある程度察し、試しにそれを左右に動かしていくとみすまる人形もそれにつられて動き出した。恐らく、私の持っているこの勾玉に興味を惹かれているのだろう。

数に余裕もあることだし、未使用の勾玉を試しにみすまる人形の差し出すと、驚きつつも喜んでそれを受け取った。

 

するとお礼なのか、今度はみすまる人形の方からアイテムを貰う。これは……魔力の欠片だ。

魔力の欠片は一般的に人形が落とすマジックアイテムだ……割には合わないが、ここは文句を言わずありがたく受け取っておこう。

勾玉は陰陽玉との関連性もあるし、それで関心を持っている可能性が高いだろうか?少なくとも、妖精や妖怪の類ではなさそうだ。

 

色々と考察をしていたその時、みすまる人形は手持ちに持っていたもう1つの勾玉を貰った方と交互に合わせて合体させた。

一体何をしているのかと疑問に思っていた次の瞬間、なんと光を帯びた2つの勾玉が1つの“陰陽玉”へと変化している。

 

 

「(なん……だと……)」

 

 

――衝撃の事実が発覚。

 

「みすまる」、“陰陽玉の制作者”だった。

 

 

博麗 霊夢ファンとして、この事実には度肝を抜かされた。

あの霊夢様の愛用している陰陽玉……まさか本人が制作したものではなかったとは。これは数ある私の霊夢様情報の中でも最新の情報だ。

ということは、このみすまるという人物は霊夢様と深い深い関連があるに違いない。思わぬ収穫だ。

 

新たな発見への感謝の意を込め、みすまる人形に合掌する。

それを見たみすまる人形は乗っている陰陽玉から降りて静かに目を閉じ、腕を後ろに組みながら感心するかのように頷いた。少々態度が偉そうだ。

……いや、実際にみすまるという人物が高貴な存在の可能性も?よく見ると裸足だし。

 

「ははぁ~~みすまるさま~~ありがたや~~」

 

今度はその場で跪き、崇める形でみすまる人形に感謝の意を伝えてみる。

するとみすまる人形の身体から後光が差し、神々しい姿へと変貌。これで確定した。信仰によって力が上昇する特徴は、間違いなく“神様”のものだ。

神様ということは、もしかすると物凄い力を秘めた人形なのかもしれない。私はこの出会いに運命を感じた。

 

 

 

しかし、このみすまる人形には重大な欠点がある。それは……

 

 

“金髪ではないこと”だ。

 

 

 

 

 

 

いつの間にか、私の手持ち人形は“金髪であること”が必要条件となってしまっていた。げんげつ人形の趣味によって……

それに気が付いたのはつい最近。ルナ、アリス、クラピー、じゅんこ、すわこ……気が付けば、私の手持ちは皆揃って金髪だったのだ。

 

この妖怪の山に入って私がこれだと思って捕まえようとした金髪じゃない人形達は、げんげつ人形の手によってことごとく妨害されている。

夢の世界での一件以来、少しでも仲を深めようとはしているのだが中々上手くいかない。舞島さんのようにどんな人形とも心を通わせるのは、そう簡単ではないようだ。

最初の頃は素直に言うことを聞いてくれていたのに、一体どうしてだろうか?思えば、スタイルチェンジを果たしたくらいから露骨に態度が変わった気がする。

封印の糸から無理矢理出始めたのもその頃……今の私は、げんげつ人形の持つ力にふさわしい器ではないのだろうか。

 

言うことさえまともに聞いてくれれば間違いなく“最強”と呼ぶにふさわしい実力を兼ね備えているのに、私自身が未熟なせいでそれが叶わない。

今のげんげつ人形は完全にお荷物な状態……いるだけの存在となってしまっている。

 

 

しかし、今回ばかりは邪魔をさせる訳にはいかない。にとりとの約束がある。

手持ちに加えないにしても、調査の為には捕まえなければならない。……しかし、どうやってげんげつ人形を止めればいいのか?

 

私の今の人形達では、とてもじゃないがげんげつ人形に敵わない。げんげつ人形は私が一番最初に捕まえた人形であり、最も成長している。

比較的レベルが同一のルナ、アリス人形は「幻」に弱く、相性も不利。他のメンバーはまだ十分に育ち切っていない。

おまけに集弾、散弾両方での攻撃が可能。俊敏値もかなり高く、攻撃を当てるのも難しいと来た。

 

 

「……ッ!」

 

 

いけない。

 

どうして私はげんげつ人形を倒す方法を考えているのだろう。

仮にも私の人形だというのに……馬鹿な考えをしてしまった自分の目を覚ますべく、両手で頬をパチンと一発叩いた。

そんなことをしたって一時的な解決にしかならない。溝が深まることをしてしまうところだった。

 

……でも、本当にどうしたらいいのだろう?

 

今まで他人との関係で悩んだことなんて一度もなかった。自慢ではないが、持ち前の明るさで誰とでも仲良くなれると自負していたところがあった。

人形とも、今までと同じように接して仲良くなってきた。……げんげつ人形を除いて。

 

 

原因は何だろうか……やはり、妹の人形の件?元々、げんげつ人形は妹の人形を探しに一の道までわざわざ来ていたと考えられる。

そこに私と舞島が邪魔をしてきて、捕まって、こき使われて……やっと会えたと思ったら、また引き裂かれて。

 

そう考えると、恨みを買うのも当然だ。仕方がないではないか。

私は強い人形遣いになることばかりに気をとられ、人形の気持ちを一切考えていなかったのだから。

 

 

謝りたい。そして、改めて色々話したい。

 

でも、人形の言葉は私に分からないし、一体どうしたら……

 

「……あ」

 

あるではないか。人形と話せるアイテムが。初めてげんげつ人形と言葉を交わした、あの場所が。

 

 

 

 

 

 

折角出会えたみすまる人形と一旦お別れし、虹龍洞内部の外に出る。

今の状態では捕まえるとこも儘ならないことに気が付くのが遅れ、とんだ無駄足となってしまった。

 

 

しかし、これは私の越えなければない壁。

げんげつ人形としっかり話をする。それが今、真っ先にやらなければならない重大な任務だ。

 

その結果がどうなろうと、私はそれを受け入れなければならない。

 

 

……さて、今夜はどこで寝ようか?

 

 

 



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第三十四章

 

目を開け、辺りを見回すとそこは一面真っ暗な空間だった。

 

相変わらず、ここに来ると不安な気持ちにさせられる。

一度だけ興味本位で来たことのあるこの場所は、私にとってあまりいい思い出がない。

狂暴化した人形達に集団で襲われ、相棒だと思っていたげんげつ人形からは刺さる言葉を投げかけられた。……今でもよく覚えている。

 

しかし、新たな出会いや発見もあった。

クラウンピース、じゅんこ人形とはこの世界で出会い、今まで使っていなかったルナ人形の強みもここで理解することが出来た。

この子達は今やすっかり私の旅のパートナーだ。頼りにさせて貰っている。

 

だが今思えば、それもこれも全て“舞島さん”がいてくれたお陰だ。あの時は疑問に思う余裕すらなかったが、あの時どうして彼も夢の世界に来ていたのだろう?

「次に会った時はライバルだ」と宣言しておきながら余りにも早すぎる再会で、思い出すと可笑しくて笑みが零れてしまった。

 

 

「おやおや、誰かと思えばいつかのお嬢さんではありませんか。何やら1人で楽しそうですねぇ」

 

 

「 わひゃっ!!? 」

 

 

目の前に突如現れたドレミーに驚かされ、反射的に奇声を上げてしまった。その反応を見て、またしてもドレミーはクスクスと笑っている。

ここが真っ暗どころか音もしない虚無の空間だからか、より一層彼女の不意打ちには対応出来ない。

 

「もう!ドレミーさんビックリさせないでよ」

 

「いや失礼。良い反応をされるものですからつい……あぁそういえば、あなたの意見を参考に安眠枕を改良してみたところ、売れ行きが上がりましてね。とっても感謝しておりますよ♪」

 

「え?あぁそうなの?」

 

「夢の世界の人形達も、あなたと舞島 鏡介さんのお陰で随分と大人しくしてくれています。まぁ、統率をしていた人形がいなくなったというのもあるのでしょうけど」

 

どうやら以前私が聞かれた安眠枕の使い心地の内容を取り入れたようだ。思ったことをそのまま適当に言っただけなのだが、案外それが良かったらしい。

この夢の世界を仕切っているドレミー・スイートでさえ人形の暴走には一切手を出せないとなると、いかに人形という生き物に危険性があるかを実感する。

巷で噂の人形解放戦線など、人形を悪用する集団が現れるのも非情だが仕方のないことかもしれない。

 

「それで、今回はどのような用件でいらしたんです?また「第四槐安通路」にご用事で?」

 

「ううん、違うの。今日はちょっと人形と話がしたくてね」

 

「人形と?ほう、それはまた何故?」

 

「べ、別にいいでしょ何だって」

 

「あらあら、何やら言いにくい事情がおありのようで。大変ですねぇ」

 

本当は知っているくせに敢えて理由を尋ねる辺り、このドレミーという妖怪はいい性格をしている。

そのお尻から生えたユラユラとうっとおしい尻尾を引っ張ってやろうかと、手をワキワキさせてバレない程度の怒りを表現してみせた。

 

「まぁ冗談はさておき、そういうことでしたらこの間のお礼も兼ねてお力になりましょう。このような空間では落ち着いて話も出来ないでしょうからね」

 

「――!?」

 

ドレミーがそう口にしたその瞬間、空間に歪みを生じた。

 

そして気が付けば私は足が地についておらず、そのまま落ちていく。突然の大空からの急速落下に頭の処理が追い付かず、訳も分からない中で情けない悲鳴を上げた。

 

「いってらっしゃ~い」

 

風を切る音で微かにしか聞こえない呑気な声、そして腹立たしい表情で片手を振っているドレミーが落ちるにつれてだんだんと小さくなっていく。

私は一言の文句も言う余裕もなく、その光景を只々眺めていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

常人ならば助からないような強い衝撃を、その地面は優しく吸収してくれる。

その弾みで私の体は再び宙を舞い、着地してはまた弾みを繰り返すこと約30秒……ようやく止まってくれた。

 

「……な、なんだったのよもう」

 

案の定、体には一切の損傷は見当たらない。ここが夢の世界で良かったと心の底から安堵する。

着地の際、どことなくスイート安眠枕の感触に似た心地いい柔らかさがあったような気もするが、何もいきなりこんな体験させなくてもいいのではないだろうか。

おまけにあんな大きな悲鳴を上げて……思い出すだけで恥ずかしい。ここに私以外の人がいなくて良かった。

 

それにしてもここは……さっきまで青空の中にいたというのに、気が付いたらまた別の世界に来てしまったようだ。

今度は柔らかい桃色の雲の上に乗っていて、大きな甘い食べ物や動物のぬいぐるみ、手作り感のある星の飾りがたくさん上からぶら下がっている。

見れば見る程可愛らしく不思議な世界で、思わず見とれてしまった。

 

『いつまでボーっとしているのかしら?全く情けない』

 

「 ひょわッ!? 」

 

呆れたのような声が背後から聞こえ、またも反射的に奇声を発してしまう。

この声にも私は聞き覚えがあった。忘れもしない。

 

「……げんちゃん。また糸から出てきたの?」

 

『嫌な予感がしたからね。先に脱出しておいたの。……きっと今頃、他の人形達は伸びているんじゃないかしらね』

 

「え?………あっ!」

 

げんげつ人形の忠告から事情を察し、急いで人形達を封印の糸から出してあげる。

 

『うぅ……目が回る~~』

 

『き、気持ち悪い……』

 

『へへ、なかなかCrazyな体験だったゼ……うっぷ』

 

『……み、未知の冒険であった』

 

ルナ、アリス、クラウンピース、すわこ人形は私が空中で激しく弾み続けた影響をもろに受けてしまったようで、体調が悪くなっている。

この様子から察するに、人形達も封印の糸の中で激しく揺らされていたのだろう。申し訳ないことをした。

 

『はぁ、少しは私達のことも意識して貰いたいものね』

 

「ご、ごめんなさい……」

 

『それもこれは今に始まったことじゃない。あなたの無茶な移動に付き合わされる身にもなって欲しいわ』

 

げんげつ人形の言う通り、河童の発明品を貰ってからの私は今程じゃないが激しく動き回っていたかもしれない。

その度にこのような悲惨ことになっていたとなると、確かに今後気を付けるべきだろう。

 

『げんげつ、なにもそんなにキツく言うことはないでしょう?この子はまだ子供なのです。元気があるのは大変宜しいことだと思いますわ』

 

『じゅんこ、あんたは甘すぎるのよ。子供だからといっても限度はあるわ。しっかり躾をしないとね』

 

『そういうあなたは光ちゃんに意地悪をし過ぎです。私達のマスターは光ちゃんだという自覚が、げんげつにはあるのですか?』

 

『ふん、ないわねそんなもの。あんた達のような間抜けと一緒にしないでくれる?』

 

『……聞き捨てなりませんね』

 

げんげつ人形と言い争いになっているじゅんこ人形から赤黒い炎が大きく燃え広がった。

9本の尻尾のように揺らぐその炎には深い憎しみが込められていて、今にもげんげつ人形を襲おうとしている。

 

「――ッ!じゅんちゃん落ち着いて!?」

 

『光ちゃんどいて。そいつを殺せない。そして何より、光ちゃんを侮辱したわ』

 

「喧嘩はダメ!私なら大丈夫だから……それに、げんちゃんの言ってる事も間違ってなんかいない。後先を考えない未熟者なのはホントだもの」

 

『………光ちゃん』

 

こちらの言い分を聞いたじゅんこ人形は静かに炎を収め、大人しくなる。じゅんこ人形が時々げんげつ人形と喧嘩をしていた原因は、まさか私に対することだったのだろうか。

じゅんこ人形はいつも私を気遣ってくれる優しい人形だ。今回こうして人形の言葉を聞き、それをより一層感じることが出来た気がする。そして、げんげつ人形が私をどう思っているのかも改めて……

 

「げんちゃん。私、あなたのことをまだ何も知らないわ。私の何が気に入らないのかも……分からない。だから、教えて欲しいの」

 

『………』

 

「このままずっとげんちゃんと仲が悪いのは嫌なの。我儘なのは分かってる!……でも、お願い。出来ることなら“何でも”するからっ!」

 

『(光ちゃん……)』

 

じゅんこ人形が見守る中、私は勇気を振り絞りげんげつ人形に思いを伝えた。

緊張しているのか、調子が狂い裏声になってしまったことを恥ずかしながらも、げんげつ人形の回答を待つ。

 

『………いいわ。お望みとあらば遠慮なく言ってあげる』

 

「!」

 

『……何もそんな顔しなくても』

 

「え?あ、ごめん。えへへ」

 

どうやら嬉しさが顔に出ていたらしい。でも、話してくれるとは思っていなかったから無理もない。

やっとげんげつ人形のことを少しでも知れるとなると、感情が表に出てしまうのも仕方のないことではないか。

 

その様子を見て、「止めておけばよかった」という顔をしつつ溜息を吐いたげんげつ人形は渋々話を始める。

 

 

『私があなたを気に入らない1番の理由はね』

 

 

『 “どうしようもなくダサい”からよ 』

 

 

 

「……ほえ?」

 

 

 



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第三十五章

 

突如として始まった、げんげつ人形による寺小屋めいた真似事。

 

一式の机と椅子に座らされた私は訳の分からないまま、その授業を聞かされているところだった。

 

『まず、おしゃれの基本となるのは「カラー」、「シルエット」、そして「ファブリック」の3つよ』

 

「か、からー……?しる……??」

 

黒い板に白い字で書かれた聞いたことのない言葉に困惑してると、察したげんげつ人形は無言で書かれている言葉の下の方にそれぞれ「色合い」、「輪郭」、「素材」と付け足す。

意外と優しいところがあると関心をしていると鋭く睨まれたので、とりあえずは口を閉じることにした。

 

「えっと、げんちゃんセンセー質問いいですか?」

 

『……どうぞ』

 

「そもそも、「おしゃれ」って何?」

 

いつも寺小屋でやっているような私の素朴な質問に、げんげつ人形は信じられないという顔をした後、頭を抱えながら溜息を吐く。

おかしなことを言った覚えはないのだが、この反応を見るにやはり言ってしまったのだろうか。

 

『あ、あなたね……仮にも女の子なんでしょう?本気で言ってるの?』

 

「いやゴメン。あたしそういう知識、全ッッッくないんだよね~。ハハハ」

 

『……はぁ、成程ね。今の言葉で合点がいったわ。どおりでダサいわけよ』 

 

「??」

 

げんげつ人形の言っていることは分からないが、どうやら今の私は「ダサい」らしい。

だが、何となく「ダサい」という言葉があまり良い言葉出ないことだけは分かる。

 

『いいこと?女の子として生まれた以上、「おしゃれ」は義務のようなものなの。こいつらをご覧なさい』

 

そう言いながらげんげつ人形は後ろに向かって指を指した。

そこには何故か一列に整列させられていた私の人形達が正面に佇んでいる。

 

『あなたの捕まえた人形達も人間と同じ“女の子”。そして皆ちゃんとおしゃれをしているのよ』

 

『例えばこのアリス。青を中心とした色合いに、白と赤の三色(トリコロール)で、綺麗にまとまって見えるでしょう?』

 

「……た、確かに言われてみれば(と、とりころーる?)」

 

『次にルナチャイルド。全体を白と黒の明暗(モノトーン)で統一させている。彼女の名前にある“(ルナ)”にも掛かっていて、個性が出ていると言えるわ』

 

「な、成程?(ものとーん……?)」

 

『そしてクラウンピース。元の服装もある意味で個性的だったけれど、私の判断で“赤と黒のゴシックロリータ”に変更させて貰ったわ』

 

『イエ~~~イ!!どうだご主人!!かっちょいいだろ~~~!!』

 

『“地獄の妖精”とのことだから試しにこのコーデを着せてみたのだけれど……思いの他マッチしているわね。前と比べたら少々窮屈でしょうけど、戦闘のことを考えてちゃんと動きやすく作っているから安心して』

 

『あっちもケッコ―気に入っていたんだけど、この服の方が全身から炎の力がみなぎるんだZE!!ありがとな、げんげつの姉御ッ!!』

 

『(……まぁ、それ作ったの全部私なんですけどね。はぁ、あの時は碌に眠れなかったわ)』

 

「急にクラピーの服が変わって何事かと思ったけど、そういうことだったんだね(アリスちゃん、一体どうしたんだろう?)」

 

『じゅんこは……そうね。これは所謂、民族衣装(ネイティブ)だからあまり参考にはならないかも。私は嫌いじゃないけどね』

 

『すわこも似たようなものかしら。これは昔の時代に上流階級の女性が着ていたとされる旅装束(ガーブ)ね。……でも、下がスカートなのは始めて見たわ』

 

聞いたことのない単語がげんげつ人形の口から次々と放たれるも、あんなに熱弁している彼女に対し水を刺すのはどこか忍びなく感じ、結局言い出せなかった。

分かったことはげんげつ人形がおしゃれが大好きだということと、意外と仲間のことをちゃんと見ているということだ。

 

普段他の人形達と絡んでいる姿を見なかった為、げんげつ人形は皆から孤立してしまっていると勝手に勘違いをしていたが、それは誤解だったようだ。

ちゃんと皆のことにも関心を持っていることが先程の言葉で分かり、ひとまずは安心した。

 

 

 

 

 

 

『……とまぁ、一通りこいつらの着こなしを見てきたけれど、要はおしゃれというものは組み合わせが重要なの。少しは分かった?』

 

「う、うん!何となくだけど」

 

正直、話の半分以上は何を言っているのか分からなかった。

普段行わないような授業内容だった為、慧音先生と比べれば全然退屈はしなかったが、こっちはこっちで聞いていても付いて行けないというジレンマがある。

辛うじて覚えていることといえば、最初に言っていた3点くらいだろう。

 

『ふぅん?……じゃあ、今から実践して貰うわよ』

 

「え」

 

『「え」じゃない。ここは夢の世界でしょう?服ならあるわ』

 

「そこの人形の言う通り。ここではあなたは何者にもなれる」

 

「うわぁ!?アンタまたいつの間に!!?」

 

横から割り込むように会話に参加するドレミーにまたしても不意打ちを食らう。

何が起こるか分からないこの世界は、私にとって心臓に悪いことこの上ない。

 

しかし困った。いきなりそんなことを言われても、生まれてこの方ほぼ一張羅だった私の着物が別の物になることがまず想像出来ない。

寺小屋の皆だって私と同じような服だったし、今までこれが当たり前だったのだから。

 

『今のあなたは言うなれば「村娘A」。どこにでもいる只の住民。でも今は違う。ハッキリとした目的を持った、1人の人形遣いなの』

 

改めて自分の着物に着眼してみると、薄い無地でおしゃれとは程遠く、長旅であちこちに損傷が見られ、何ともみずぼらしい外見だ。

これではげんげつ人形が物申すのも無理もない。こうして言われて初めて、私が個性のない地味な服装だということを自覚出来た。

 

 

「さぁ、光よ。イメージなさい。なりたい自分に」

 

 

「………」

 

 

なりたい自分……そうか、いるではないか。この旅の原点となった、私の中の英雄が。それだったら……!!

 

頭の中でイメージが形となり、ポンッという軽快な音が鳴ると共にピンクの煙が噴き出した。

 

 

「ほう、赤と白の紅白の服装に、大胆な脇出し……これは?」

 

 

徐々に姿を現す私の容姿は、どうやら頭に浮かんだものと完全に一致しているようだ。

試しに自分の姿を軽く見渡すと、本当に一度はなってみたかったあの人へと変わっている。凄い……まるで夢が叶ったかのような気分だ。いや、この場合すでに叶っているが正しいか。

 

「どうどう?げんちゃん似合ってる?」

 

審査をするげんげつ人形に感想を聞いてみるも、げんげつ人形は呆れた顔付きをしていた。

一体どこが行けなかったのだろう?

 

『……あのね。博麗の巫女になんてなってどうするのよ』

 

「え?そういうことじゃないの?」

 

『真似ることを完全に否定する訳じゃないけどね……今やっていることとは趣旨が違うわ。はいやり直し』

 

「うー……」

 

げんげつ人形曰く、これでは駄目らしい。名残惜しいが、理想であるこの姿を渋々捨てることとなった。

 

改めて頭の中で考えを巡らせる。しかし、先程と同様霊夢様の事が真っ先に思い浮かんでしまい、中々イメージ作りが上手くいかない。

やりたくはないが、今は別のことを考える時間……心を鬼にして、頭の中の霊夢様を一時的に振り払う。ごめんなさい……!

 

「(確か、色合いが重要で……統一感とかいうものも意識して……そして……)」

 

あぁ駄目だ、やはり難しい。おしゃれというものは複雑怪奇だ。

女というのは皆、こんな難しいことを当たり前のようにこなしていると言うのか?……信じられない。

考えれば考える程ドツボにはまっていき、イメージがまとまらなくなってしまう。

 

『……どうやらまだ、自分の姿を上手くイメージすることは出来ないみたいね。仕方がない』

 

埒が明かないと判断したげんげつ人形が指を鳴らすと、色取り取りの服達が次々と目の前に現れる。

軽く100を超える服を揃えると、次にげんげつ人形は仲間の人形達に向かって指を鳴らした。

 

『ひゃあ!?』

 

身体に異変を感じたルナ人形は、気が付くと何故か大きな姿鏡へと姿を変えていた。

それを見た他の人形達は嫌な予感を感じ、ある者は息を呑み、ある者は諦め、ある者は無反応、ある者はウキウキしている。そして、げんげつ人形の指は鳴らされた。

 

『あら、私なのね』

 

選ばれたじゅんこ人形は意外だという反応をすると、人が4人くらいは入れそうなカーテン付きの大きな四角い箱へと姿を変える。

そして元がルナ人形である姿鏡を宙に浮かせ、四角い箱の中に取り付けたようだ。

 

一体、何を始めるつもりなのだろう?

 

 

 

 

 

 

「えっと、げんちゃんこれは?」

 

『ダサくてセンスのないあんたの為に、予め服を用意してあげたのよ。まずは着てみて、そこから自分に合いそうなものを探しなさい。そして、あの箱はあんたが着替えをする場所ね』

 

「……やっぱりげんちゃんってさ。何だかんだ言いつつ、優しいよね」

 

『……あ?』

 

「ぎゃあごめんなさいッ!!?」

 

聞きたくもない不快な言葉だったのか、げんげつ人形は私の目の前に雷を落とす。

あれは確実に当てるつもりだった……紙一重で避けられなかったら今頃丸焦げだっただろう。

 

『下らないことを言っている暇があるんだったらさっさと選びなさい!このちんちくりんがッ!!』

 

「わ、分かったよう。う~んと」

 

どうやら今の言葉は彼女にとって禁句らしい。今後は気を付けた方が良さそうだ。

しかし、人里では見たことのないようなおしゃれであろう服がこんなに沢山……正直、少しワクワクしている自分がいる。さてどれから試そう?

 

これか?それとも、これ?いや、やはりこっちのほうが……う~んでも……

 

『………~~~ッ!!あぁもう、じれったいわねッ!!』

 

「!?」

 

『まずは何でもいいから着てみなさいって言ってるのよ!!ほらこれ!!はい中に入る!!』

 

「ちょ!?み、耳引っ張んないでッ……わーーーーッ!!?」

 

服を選び兼ねていることに腹を立てたげんげつ人形は、色んな種類の服を各1着ずつ選別しそれを私に渡した後、私を素手で試着室に放り込むのだった。

 

 

 




光サイドは次で恐らく終わります




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第三十六章

 

「ね、ねぇげんちゃん」

 

『……なによ』

 

「この服、着方全然わかんない……」

 

今、私の手にしているこの服には帯や肌着といったものは一切存在せず、あるのは上下が一体化している服ただ1着のみ。

どうやって着ればいいのか、全く想像が出来ない。何せ、生まれて初めて他の服に袖を通すのだ。ましてや和服しか縁のない私には、洋服の着方など分かろう筈もない。

 

『誰か、代わりに着させてやって頂戴』

 

「ふむ。ではその役目、この私が果たしましょう。失礼しますよ」

 

 

「……うわっ!?またあんたいつの間に!?」

 

「まぁまぁ、着方が分からないのでしょう?私が教えてさしあげます。さぁ、それをこちらへ」

 

「う、うん」

 

試着室の中にまたもや突然入り込んできたドレミーは、私の持っている服を受け取るとそれを下にそっと置いた。

その仕草に何をしているのかと疑問を抱いていると、ドレミーは次に私をその服の丁度真ん中にある隙間へと立たせる。

 

「では、それをそのまま両手で持ち上げて下さい。おっと、ファスナーを開けるのを忘れずに」

 

「ふぁすなー?ど、どれのこと?」

 

「後ろに金属で出来た留め具のようなものがあるでしょう?そうそれです。それを下に降ろして下さい」

 

「わ、なんか一気に締めが緩くなった気がする。えっと、そしてこれを持ち上げてから……あ、そっか。ここに袖を通せばいいのね」

 

徐々に服の仕組みを何となくではあるが理解し、それらしい形へとなっていく。

しかし、先程のファスナーとやらを降ろしたせいか手で押さえていないと服がすぐにずれ落ちてしまう。

 

「着終わったところで、先程開けたファスナーをもう一度閉めればよいのですよ。……はい、これで完成です」

 

「……あ、ありがと」

 

何もかも一からやって貰い、少々気恥ずかしいがこれが完成形だそうだ。

一見薄すぎるのではないかという印象を受けるが、着てみれば違和感など全然ない。それどころか、あの和服のような窮屈な感じがなくなって開放的だ。

清涼感があって、尚且つきちんと着ているという満足感……こんなものがあったなんて。

 

「どうですか?生まれて初めて他の服を着た感想は?」

 

「………」

 

いつも見てきた私がそこにはいなかった。

姿鏡に映っている見知らぬ少女は、その上品な見た目にそぐわない仕草でこれが現実なのかを必死に確認している。

 

正直、自分じゃなくなったようで少し怖いと感じた。

だが私のしている動きと一緒のことをしているということは、やはりこれは私なのだろう。

 

「白のワンピース、中々お似合いではないですか」

 

「わんぴーす……?それがこの服の名前?」

 

「はい。一般的に洋服は上下に分かれているものが多いですが、ワンピースはそれを1つで構成しているのです。かく言う私の服も、あなたと同じワンピースなのですよ。ほら」

 

「なっ―――!?」

 

服が繋がっていることを証明しようと取ったドレミーの行動を見て、反射的に顔を覆ってしまう。

無理もないではないか。女の子として容易に見せてはいけない部分を躊躇なくさらけ出すのだから……この妖怪には恥じらいというものは無いのだろうか?し、信じられない。

 

「フフ、何を赤面なされているのですか?女同士ですし、別に気になさることはないでしょう?」

 

「え?う~ん……た、確かに?(そういうものなのかな……私が気にしすぎ?)」

 

「それはそうと……んしょっと。ほらこの通り、私の服にはファスナ―が存在しない代わりに首回りが伸縮性のあるものとなっていてですね。基本、下から着るのですよ」

 

今度は服の特徴を見せるべくドレミーは着ているワンピースを下の方から脱いでしまった。

華奢で女の子らしい抜群な体型に私は目のやり場がなくなり、彼女の話を聞くどころではなくなる。ワザとか?ワザとやっているのか?どうして表情一つ変えないで話が出来る?

 

……いや、落ち着け。ここでまた動揺したら彼女の思う壺だ。平常心を保たなければ。

そうだ。ドレミーも言っていたように、私だって女。むしろ観察するくらいの気持ちで臨もうではないか。

 

ドレミ―が履いているのは私と同じような形状の“パンツ”だ。しかし私の物とは大分布の面積に違いがあって、よく見ると小さく彼女に似た動物の刺繍も入っていて可愛らしい。

そして胸の方にも着目すると見たことのないものを着ている。それは胸に付いた豊満なものを包み込むよう、且つ見えてはいけないものを隠すよう精巧に作られているようだった。

「さらし」ならばわたしも巻いてはいるのだが、一体あれは何という着物だろうか?

 

「おや、これに興味がおありで?これは“ブラジャー”といってですね。その胸のサイズに合わせて様々な種類がございます。私のは谷間や胸の大きさの強調を目的としたものですね」

 

「このようにストラップやサイドベルト、そしてホックで固定して、落ちないようにしているのですよ」

 

「へぇ……」

 

ドレミーは帽子が邪魔にならぬよう片手でそれを上げ、その場で一周回りながらブラジャーの構造を説明してくれる。

見えない部分にもこうやって精巧な技術で拘るなんて……おしゃれとは奥が深い。

 

 

 

 

 

 

『……まだ決まらないの?』

 

私の始めて見る物への興味関心に浸っているところに、げんげつ人形のイラついた一言が耳に入る。

そう、これは私の服を決める為のテストのようなものであったことを危うく忘れかけていた。彼女を怒らせると後が怖い。

ドレミーも似合ってるといっていたことだし、とりあえず今着ているこのワンピースという服を見せよう。

 

「ごめんげんちゃん。お待たせ!」

 

勢いよく試着室のカーテンを開け、待っていた皆に自分の姿を見せると、『いい感じ』、『可愛い』等々の人形達の歓声が沸いた。嬉しさからか、思わず笑みが零れてしまう。

しかし、げんげつ人形だけは表情を一切変えることなく私の服を真剣なまなざしを向けている。今の彼女は正に、“審査員”という立場にあるかのような威圧感があった。

 

『……駄目ね』

 

そして一通り見終わった後、私に突き刺すような一言を浴びせる。

その言葉に他の人形一同が驚き、言われた私自身も強い衝撃を受けてしまう。どこがいけなかったのだろうか。

 

『まず第一に、服があなたと合っていないわ。その白のワンピースは人に“清楚”な印象を与えるもの。イメージと全くかけ離れているわ』

 

「うぐ……ッ!」

 

「私は良いと思いますがね。普段とのギャップがあるではないですか」

 

『まぁ、確かにそういう見方もあるでしょう。じゃあ、駄目な理由の2つ目を言いましょうか』

 

『あなたの使っている小道具(アイテム)と相性が悪い』

 

「……あ、あいてむ?」

 

『まぁ、あれを小道具として分類していいものか分からないけどね、馬鹿でかいし。……カバンよ。カ・バ・ン』

 

「あ、あぁそれのことね。……でも、それのどこがいけないの?」

 

『想像してみなさいな。その見た目であのカバンを背負っている姿を……清楚なイメージが台無しよ』

 

「……た、確かにそうかも」

 

実は1人旅に出る際、少しでも多く物を持てるようにと私は自宅の蔵の中に眠っていた大きいカバンを勝手に拝借した。ついでにスイート安眠枕も。

あのカバンは舞島さんが背負っていたような無駄のない洗練された作りなどではなく、私の身長の半分くらいの縦幅という大きさをしているのだ。

汚れや傷が入っていることから、このカバンにはそれなりの年季があることが分かる。恐らくこれは昔、父と母のどちらかが仕事用に使っていたものなのだろう。

今思うと、このカバンは私が容易に持っていってもいいような安いものではなかったかもしれない。ただでさえ両親には黙って旅に出た手前、帰ってきたらこっぴどく怒られる未来が見える。

 

 

『今一度、自分に合いそうなスタイルというものを考え直すのね。私はそんな服を着るの絶対に認めないわよ』

 

「は、はい……」

 

『後、あのカバン自体は確かに馬鹿でかいけど、デザイン的には悪くはないわ。無理に変えろとは言わない。今度は自分の身に着ける小道具(アイテム)を意識してコーデなさい』

 

 

……仮にもおしゃれ初心者に対して、無理難題を押し付けるなぁ。

まぁ、何でもするといったのは他でもない私だ。やってやろうじゃないか。

 

げんげつ人形のアドバイスを頭に入れ、私は再度試着室のカーテンを開いた。

 

 

 

 

 

 

試着室の中で、自分のイメージについて真剣に考えてみる。

 

少なくとも、“清楚”とはかけ離れていることは今の一連で分かった。

言われてみれば、私はほんの少々乱暴なところがあって女の子らしさはない。くやしいが、納得は出来た。

 

では一体、私に合うものとは何だ?私って、周りからどう見られているのだろう?

正直、どう思われようが気にしない質なので今まで考えたことなどなかったというのが現実だ。こういう時は、他の人に聞いてみるのがいいのだろうが……今ここにはほとんど人がいない。

仮に知り合いである準の奴に聞いたとしても、「お転婆」、「暴力女」という回答しか返ってこないのだろうし、舞島さんは相手を気遣って当たり障りもないこと言いそうで、本音を喋ってくれなさそうだ。

 

「ドレミーさん的には、私ってどういう人?」

 

「ん~そうですねぇ。退屈しない、いじり甲斐のあるという印象でしょうか?」

 

「……まぁ、アンタはそう言うわよね」

 

あれ?私って実は碌なイメージがない……?何だか、自分に自信がなくなって来たんだけど。

……駄目だ、他に当てが思い当たらない。どうしたものか。

 

『……ひ、ひかる……は』

 

「?」

 

ドレミー以外いない筈の試着室から第三の声がぼそぼそと聞こえてくる。

この大人しくか細い声には何度か聞き覚えがあった。

 

「ルナ?一体どこから……あ」

 

夢の世界の不思議な力で姿鏡へと変えられたルナ人形。よく見たら上の淵の部分に小さな顔がついていることに今更気付く。

どうやらこの姿になっても喋ること自体は出来るらしい。ということは……

 

『光ちゃん、何かお困りのようね』

 

試着室に変えられたじゅんこ人形も、ルナ人形から続くようにこちらへと喋り掛けてきた。

上から声が聞こえてきたのでそちらを向いてみると、やはりじゅんこ人形の顔が天井に張り付いている。ちょっと怖い。

 

「……そうだ!2人共、私のイメージを聞いてもいい?」

 

どうして忘れていたのだろう。今まで一緒に旅をしてきた人形達も、れっきとした私の友達はないか。

今はげんげつ人形や外にいる人形達には聞きづらい状況だし、この子達の意見は大変貴重だ。是非聞いておきたい。

 

『……ひ、ひかるは、とっても明るくて優しい人……だと思う。わ、私みたいな日陰者も……ちゃんと引っ張ってくれる……から』

 

「え……そ、そうかなぁ?えへへ……ありがと!」

 

ルナ人形は顔を背け赤面しながらも、懸命に自分の想いを伝えてくれている。

その愛らしい姿に思わず笑みが零れ、気が付いたら私は姿鏡となったルナ人形を抱きしめていた。

 

『そうねぇ。光ちゃんは思い立ったら自分で行動する事が多いわ。“活発的”という表現が正しいのかしら』

 

「活発的……私が?」

 

『えぇ。時々はしゃぎすぎて周りが見えなくなってることもあるけど、それも愛嬌だと私は思うわ』

 

「あ、あはは……」

 

そうか。こうやって他の人に聞いてみると、自分は行動派な性格らしい。

そのせいで時に周りに迷惑をかけていたということが、今やっと分かった気がする。

げんげつ人形も言っていた通り、私は取った行動の後先を考えないし思ったこともすぐ口にしてしまう。

でも、それが全部悪い方向に行っていた訳ではなかったんだ。こうやってそれを肯定してくれる人がいてくれたのだから。

 

 

「おや、その顔は……どうやらテーマが定まって来たようですね」

 

「うん!!」

 

 

今なら、良い着こなしが出来そうだ。

 

 

 

 

 

 

試行錯誤を幾度となく繰り返し、着方をドレミーに教わりながら徐々に自分のコーデを形にしていく。

その過程を私は心から楽しみ、気が付けばすっかりおしゃれの虜になっていた。どうしてこの世界を今まで知らずに育ってきたのかと勿体なく感じる程には、おしゃれが好きになった。

 

 

最初は人形遣いとして強くなれればそれでいいと思っていた。だって、私の中では霊夢様の助けとなることが全てだったのだから。

他のことなんて考えもしなかった。興味も関心もなかった。もっと言えば、女として生まれたことにも蟠りがあった。

 

だがどうだろう。今は心から女で良かったと、そう思える。

こうやっておしゃれをすることで、今まで只の村人だった私が憧れである博麗 霊夢様のように綺麗で、美しくて、そして強い。そんな女の子に一歩近づけたような気がした。

 

まさか自分を着飾ることがこんなに楽しいものだったなんて……あぁ、もっと色々と試したい。

だけどおしゃれとは無縁だった私は現在、余りにもその知識に欠けている……何ともどかしいことか。こんなことなら、もっと真剣にげんげつ人形の話を聞いておけばよかった。

生まれて初めてかもしれない。霊夢様以外のことを、こんなにも知りたいと思えたのは。

 

 

「……よし」

 

 

出来た。私なりに色々と考え、ほぼ自力でコーデを完成させたがどうだろうか。

ルナ人形、じゅんこ人形、ドレミーは絶賛してくれたけれど、先程のげんげつ人形の辛口評価を聞いた後だと油断は出来ない。

動きやすさを意識し、思い切って足を出してみたが今見ると中々に大胆な格好だ。ちょっと恥ずかしいかも……和服しか着てこなかった弊害がある為か、余計にそう思える。

でも、これであればあのカバンを背負っても最初と比べれば違和感はないし、色合い的に問題もない筈。

 

 

私は試着室のカーテンを勢いよく開き、今一度自分のコーデを待っていた皆に見せた。

しかし、最初とは打って変わって人形達の反応が全然返ってこない……だが、これは恐らくげんげつ人形が集中する為に予め皆を黙らせたのだろう。

邪魔にならぬよう静かに、且つ心配そうな顔持ちの人形達が見守る中、審査は始まる。

 

『………』

 

審査員であるげんげつ人形は先程よりも長く、真剣に、私のコーデを見定めていた。

速攻で駄目出しをされなかったのは進展……なのか?

 

『ふむ……まぁ、そうね』

 

『及第点といったところかしら。見れるようにはなったわ』

 

「―――ッ!ということは!?」

 

『……ギリ合格よ』

 

 

「 ッッッぃやっったぁーーーーーーー!!! 」

 

 

初めてげんげつ人形から褒められてつい嬉しくなったのか、私はげんげつ人形を抱きしめ顔をスリスリと擦り付けてしまう。

ヤバいと気が付いた時には既に遅く、身体から激しい電流が流れ、全身が痺れて頃焦げとなった。

だが痛みなんかよりも嬉しさが勝っていたのか、その後も笑っていた私を見てアリス、クラウンピース、すわこ人形も可笑しくて笑っている。

そしてその光景を見たげんげつ人形も乱れた髪やしわの出来た服を整え、やれやれといった表情を見せていた。それはいつもと比べ、比較的穏やかな姿だったように思える。

これで、げんげつ人形も少しは私のことを認めてくれるだろうか?

 

 

「よーーし!じゃあ早速今日からこの服で冒険を」

 

『いや、ここ“夢”だから。目が覚めたらなくなってるし』

 

「あ……」

 

 

「……じゃ、じゃあ次の目的地は人里!!まずは服を探すわよっ!!」

 

 

『『『『『  お、おーーーーーーー!!!  』』』』』

 

 

一連の流れを遠くで見守っていたドレミーは現実はそう上手くいかないであろうことを予測し、目を細めて口元を猫のように開き、彼女に対して憐れみを抱いた後、強く生きるよう切に願うのだった。

 

 

 



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第三十七章


一部のまとめで言ってたやつ準と雛のやつ。一話で終わります



 

妖怪の山に存在する、とある1つの洞窟。

本来、そこは天狗の里、守矢神社へ行く為の只の通り道なのだが、この洞窟には他のところへと通じる“裏ルート”がある。

そしてそのルートに行く際には、必ず「数珠」、「護符」、「勾玉」等の自身を守るアイテムを忘れてはならない。早速、「護符」を1つ使用する。

 

このルートを知っているのは一部の人形遣い……恐らく自分しかいないだろう。

少なくとも、このルートを通っている他の人形遣いを今のところ見かけたことはない。かく言う自分も、“ある人物”に案内され初めてその道に気が付いたのだ。

どうやら上手いこと行き止まりであるかのように道を偽装していたようで、今まで誰もその道へ来ないようにしていたらしい。

そう。“裏ルート”とは、正にその“ある人物”が人知れず住まう場所なのである。

 

ある人物とは妖怪の山の中で偶然知り合い、彼女の持っている能力が旅の目的の中でかなり使えると知って以来、こうして協力させている。

その能力は人形を扱う上で抱えていた悩みを一気に解消出来る便利な力であり、彼女にしか行使出来ない。だから彼女と会えたのは正に僥倖だったと言えよう。

 

 

 

 

 

 

偽装された裏ルートへの道を教えられた通りに潜り抜けて梯子を下っていくと、知られざるもう1つの出口が姿を現す。

そして抜け出した先の一軒の小さな小屋。これが、ある人物の住まう家だ。

 

周りには何もない断崖絶壁で危険な立地……如何にある人物が他人との関りを絶っているのかをその情景が鮮明に物語っていた。

だが生憎、自分はその人物の力を借りにこうやって赴くことで彼女のその意思を捻じ曲げている。別にどう思うこともないのだが。

 

「(……いるな)」

 

張っていた護符の結界が小屋から溢れている負の力に反応している。丁度、ある人物は家に帰っているらしい。

まぁ、何度もここに来ている内に段々と彼女のいる時間帯を把握してきているのだから当然だ。

 

「おい、いるんだろう?」

 

家のドアをノックし、能力を使わせるべく彼女を呼び出す。

居留守することもあったからいつもより念入りにやっておく。

 

「………はぁ、また来たの?」

 

痺れを切らした不快そうな家の主がドアを小さく開け、スキマから顔を覗かせる。

まるで人形のような容姿をした赤と黒のワンピース、髪と瞳が緑色をしているのが特徴である彼女の名は“鍵山 雛(かぎやま ひな)”。

人々から払われた“厄”というものを溜め込む神様で、近くにいるだけでその者に不幸をもたらすらしい。それを彼女自身もよく自覚しているようで、このような人気のない場所に住んでいるのも人を不幸にしない為だとか。

だから俺はそんな危険すぎる彼女の能力を、この「護符」で未然に防いでいるという訳だ。

 

「今度は大量にあってな。ほら、さっさと上がらせろ」

 

「そ、それが仮に人にモノを頼む態度?……ホント、あなたって厄いわね」

 

口ではそう言いつつも、雛は入り口のドアを開けて客人を迎え入れる。そして丁重にお茶菓子を用意し、相手をくつろがせる気遣いまで見せた。

人を避けているとはいっても、本音はそうではないのだろうか?妙な神様だ。でもタダ飯はありがたいので遠慮はしない。

まぁ、こちらはあくまで雛の持っている不可思議な力が目当てでここに来ているに過ぎない。そうでなかったら、わざわざこんな危険人物と誰が関わるものか。

 

雛はこちらが渡した大きな布の包みを慣れた手つきで解くと、そこから大量の“封印の糸”が転がり出す。

それを見た雛はいつも悲しそうな暗い表情を見せ、溜息を吐く。

 

「いつまでこんなことを続けるつもり?」

 

「納得出来る個体が見つかるまでさ。強さを求めるのなら、これくらいしないとな」

 

「……そう」

 

「今回はお説教しないんだな」

 

「どうせ何言っても聞かないのでしょう?もう分かっているもの」

 

最初に依頼した時は「人形を何だと思っている」だの「可哀そうだ」だの言われたものだが、いい加減に彼女も諦めがついたらしい。

人形なんて所詮は道具。いらないものは用済み……何もおかしくなんかない。至極真っ当な結論だ。

 

 

「やると最初に言い出したのはお前だろ」

 

「……えぇ、その通りね。あなたはまだマシ。こうやってちゃんと“返しに”来ているのだから」

 

 

雛がこう言うのには訳がある。

 

 

今よりも少し前のことだ。俺はいつものように妖怪の山で人形の厳選をやっていた。

草むらから出てきた1匹の人形を、いつものように捕まえるつもりで封印の糸を使った。しかし、何故か糸は弾かれてしまう。

そう、その人形は既に誰かの所有物だったのだ。だが、人形遣いと思われる人物は周りのどこにも見当たらない……この状況が何を意味するのかは容易に想像出来る。恐らく、“捨てられた”のだろう。

だが同情などという下らない感情は生憎持ち合わせてはいない。とんだ無駄足だったと切り替えて次の標的を探そうとした時、その人形の前に“鍵山 雛”が現れた。

 

彼女は人形と目線を合わせるよう屈み、優しい表情でその人形に挨拶をする。

だが、その優しさを向けられた人形は逆に泣き出してしまい、雛はそれに困惑……そして目の前にいた俺に「何故この子は泣いてしまったのか」と急に絡んできた。

当時は彼女が何者なのかを知らなかった俺は、面倒だと思いつつもその人形が捨てられたことを仕方なく話し、泣いた原因も元の飼い主に対して何かしらのトラウマがあるのではと伝える。

それを聞いて憐れみを感じた雛は、人形にそっと手を添えて意識を集中させる。何をしているのかと疑問に思っていた次の瞬間、人形から噴き出る黒い靄が彼女の元に集まったかと思うとそれを吸収するように体内へ取り込む。

すると糸が静かに切れるような音が響き、その人形の足元には解けた糸のようなものが残っていた。

 

その解けた糸のようなものは封印の糸を使用する際に発生するものと類似しており、何をしたのかと問うと彼女はこう言った。

 

“返した”、と。

 

それがどういう意味なのかを即時に理解した俺は思った。「使える」、と。

 

これが彼女との出会いだった。

 

 

……その後、あらゆる不幸が俺に襲い掛かり、危うく命を落としかけたところでようやく彼女の正体に気が付き、以降はこうして厳重に対策をしているという訳だ。

 

 

 

 

 

 

封印の糸が開発され、人形遣いが急増している今のご時世……ああやって無造作に捨てられる人形も決して珍しくはない。

そのことを知った雛はこうやって自身の力を駆使し、せめて野生に返すことで呪縛から解放させている。もの好きな神様だ。

 

どうして彼女は人形の解呪が出来るのかというと、封印の糸が一種の“呪い”のようなものであるからだと言う。

呪いは所謂、厄と同等の存在。そして、雛は普段から河から流れてくる雛人形に溜まった厄を集めてそれを溜め込んでいる。それと同じ要領でやれば、呪いは解呪されて人形から封印の糸が解けるらしい。

 

 

俺は捕まえた外れの人形を逃がしたい。そして雛はその人形を解呪することで厄を集められる。そう、つまりこれは互いにとって利益のある話なのである。

 

「……はい。これで全部解呪したわ」

 

「ん、もう終わったかのか」

 

雛もすっかりこの作業には慣れたようで、いつもより早く解呪を済ませたようだ。

今回もさぞ沢山の厄を溜め込めたことだろう。しかし、当の彼女はというと浮かない表情でどこか不機嫌な様子。まぁ、終わった後はいつもこうなのだが。

出来ることならばやりたくはないという心情は容易に読み取れる。しかし、この人形異変が起こってから厄を溜めた雛人形が流れてこなくなった現状、彼女もこれをやらざるを得ない。

何故なら厄は彼女が生きる為に必要なもの……“原動力”だからだ。

 

無論、こちらも逃がしたい人形の提供を止めるつもりは毛頭ない。解呪の能力は強い人形探しの効率をよくする上で、大いに役に立つからだ。

旅立って間もない頃は野生の人形を闇雲に沢山捕まえ、荷物が封印の糸で嵩張ることが煩わしかったものだが、ここではいらない人形をタダで一気に消費出来る。

もうお金に困って封印の糸を使用することに迷いを生じることも無くなった。お陰で良個体探しも順調に進み、強さにも磨きがかかっている。

 

 

また来るという俺の言葉に対し、雛は返事をせず野生化した人形達を外へ連れ出す。

雛はいつもこの解呪の作業に対し、否定的な態度をとることが多い。現状、解呪は彼女が生きる上で必要なことだというのに……その考えは理解に苦しむ。

 

「ったく、いい加減気持ちを切り替えろよ。お前にとって悪い話じゃないんだし、人形がどうなろうと別にお前には関係ないことだろうが」

 

「厄を集めるのは私や雛人形で充分よ。少なくとも、この人形達はあなた達に不幸にされる為に生まれたんじゃないわ。そのことを忘れないで」

 

「……ふん、そんなの知ったこっちゃねぇ。誰かが幸福になれば、必ず不幸になる奴もいる。当然のことだろうが」

 

こちらの回答に対して埒が明かないと悟ったのか、雛は呆れた様子で「厄いわね」と呟き、そのまま野生の人形達を元の住処へと帰しに空へ飛んでいく。

 

 

この人形異変は、強い奴ほどのし上がれる。金を得られるんだ。

弱い奴など只飢えて、死ぬのを待つしかない。あの時だって、金さえあれば……

 

俺には手段を選んでいられるような余裕なんてない。この世は弱肉強食。生き残る為だったら、人形だろうと神だろうと利用してやる。

 

 

 

 



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第三十八章

 

東の端、幻想郷と外の世界を隔てる位置に存在する博麗大結界。そして、そこの境目に存在する博麗神社。

その立地故に参拝客が人が寄り付かないこの場所で、現在2人の少女による人形バトルが勃発していた。

 

 

「 れいむ! 飛翔乱舞 ! 」

 

「 何の! サンダーフォース で迎撃だ! 」

 

 

れいむ人形の風を纏った神速の突撃は、まりさ人形の放つ電撃攻撃を華麗に回避する。

その無駄のない最小限の動きはまりさ人形の懐へ潜り込むには十分すぎる程の練度であり、辛うじてまりさ人形は身を守る体制は取れたもののダメージを受けてしまう。

幸運だったのは、雷タイプに風タイプの攻撃が効果いまひとつであったことだろうか。

 

「(……速いな。こりゃ真っ向勝負じゃ勝てっこねぇぜ。どうしたもんか)」

 

 

「 ステルスマーダー 」

 

「いっ!?やべっ……!」

 

思考を巡らせる時間を与えない霊夢の猛攻。

霊夢の指示を受けたれいむ人形はその場で両腕をクロスし、自身を透明にすることで姿を消す。

 

どこにいるか分からない、いつ攻撃が来るか分からないという恐怖が魔理沙とまりさ人形に重くのしかかった。

まりさ人形にはこういった状況を打破出来るような補助技を覚えておらす、別の人形に交代をするしかない。

 

「 ……戻れ!まりさ! 」

 

何度目か忘れてしまう程の、交代の判断。自分が如何に霊夢の術中に嵌っているかを嫌でも自覚してしまう。

初手のあや人形の一斉射撃に成す術なくやられ、残りの人形はまりさ人形含め後2体のみとなったのが痛かった。霊夢の方はまだ1体も消耗していないというのに、これは酷い。

 

余りにも強すぎる。一体どんな特訓をすれば、あそこまでの領域に到達出来るというのだろうか?

れいむ人形がスピードスタイルであるまりさ人形に素早さで勝るなんて、最早普通じゃない。技を拘っている訳でもなく、種族値的に考えても普通有り得ない現象だ。

単純にレベルに差があったり何か積み技を使った訳でもなく、限界まで霊夢の手で鍛え上げられた結果、あのような無駄のない最小限の動きを体得してしまったらしい。

どうやっても越えられない筈である種族値の壁を容易く突破しているお陰で、さっきからこちらの計算は狂わされてばかり。

 

博麗 霊夢は才能の塊だ。おまけに勘も鋭い。それは今まで幻想郷で起こった異調査の際、嫌でも目にしてきた。目にしてきたが……まさか強さにある程度の法則性がある人形のバトルにおいて、こんなことが起きるなんて思いもしなかった。

普段から真面目に修行なんてしてこなかった彼女がここまで本気になっているというのも、明らかに普通じゃない。一体どういう心境の変化だろうか?

 

「……降参だ。もうどうしようもないぜ」

 

「あら、そう。まぁ残りがあのもやしっ子人形しかいない時点で、あたしの勝ちだったかしら」

 

「れいむ人形相手にパチュリー人形は相性が最悪だ。この状況になるのを狙ってやがったな?」

 

「さて、どうかしらね?それよりも、疲れたからちょっと休憩しましょ?茶菓子とか用意するから、縁側で少し待ってなさい」

 

「……お、おう」

 

私の知っている霊夢とは思えないおもてなしに少々困惑するも、私は縁側に座って一息つくことにした。

 

人形バトルをやっていると、主に喉が渇く。

 

 

 

 

 

 

いつものお茶、それに合ういつもの茶菓子を乗せたお盆を、霊夢がいつものように持ってくる。

そしてそれを縁側の床にそっと置き、それを左右で挟むように2人が座る。いつもの光景だ。

いつもと違う箇所があるとすれば、私達の人形達が縁側と外でそれぞれ一緒に遊んでいることだろう。

 

バトルはバトル、それが終われば仲の良い友達として喧嘩をすることもなく人形達は楽しそうに遊び出す。

ある者は追いかけっこを、ある者はバトルで荒れた神社の境内のお掃除を、ある者は私達と一緒に茶菓子とお茶を堪能しているようだ。

因みに私のまりさ人形は1人だけ神社にある姿鏡に映る自分を見てうっとりしている。それホントに止めてくれ。

何故だかは分からないが、あの人形の行動全般に拒絶反応を起こしてしまう自分がいる。見ていると不快で仕方がないのだ。

自分と同じ姿をしているからだろうか?それとも、別の?……分からない。

 

 

『 名前:まりさ  種族:人間  説明:嬉しくなると「うふ、うふ、うふふふふふふふ」と笑う 』

 

 

スカウターで徐に私の人形の情報を見る。改めて思うが、私はそんな笑い方なんて決してしない。

というか誰だ?この説明書いた奴は……もっとあっただろ。「魔法の森に住む普通の魔法使い」とか「異変解決のプロ」とか。

この内容について、スカウター開発者のにとりは「人形に登録されてあった情報をそのまま起用したに過ぎない」と言っていた。作った奴を見つけた暁には、絶対にそいつをとっちめてやろう。

それにしても、あの時は舞島の奴にこれを見られなくて本当に良かった。

 

 

ふと、れいむ人形の方へ目を向けると、毬を針妙丸や他の人形達と一緒に蹴り合っている。

人形は基本的に本人と似た行動をすることが多いが、れいむ人形も私のまりさ人形と同じく本人らしくない妙な行動をしている事が多い。

 

「(……もしかして、あいつの人形も?)」

 

私と霊夢の仲は、他の誰よりも長い。だから色んな事を知っているつもりだ。

実は巫女になりたてのあいつは空を飛ぶことさえ出来ず、異変解決の際は大きな亀に乗っていた。修行の末その必要なくなった現在、あの大きな亀は神社の池でのんびりぷかぷかと浮かんでいる。

以前は攻撃手段も乏しかったらしく、陰陽玉を相手に向かって蹴るという破天荒な行動もしていた。……もしや、それがあの毬を蹴って遊ぶ行動と関係しているのか?

そうなってくると、異変の元凶は過去の私達を人物に絞れることが出来るが……最も可能性がありそうなアリスは外れ。今のところ他に当ても浮かばない。

ここでない異界の者が元凶であるという線も考えたが、人形はこの幻想郷に住む少女達ほぼ全員分作られている為、それも薄そうだ。正直、この人形異変を起こした元凶は私も霊夢も未だ見当もつかない状態である。

 

異変調査であちこち回ることには慣れているが、ここまで手掛かりが見つからないのは今回で初めてだ。だが、正直言って私はこの異変に関してそこまで危険性を感じていない。

野生の人形達は基本的にこちらが危害を加えない限りは大人しいし、こうして封印の糸を使うことで暴走することなく制御が出来る。言うことを聞かせることだって可能だ。

私やアリス、パチュリー、にとりの手で開発されたこのマジックアイテムは中に入っている限り人形の持つ魔力を大幅に減少させ、「封印」という名の通り、内側から壊されることは決してない。

そして、それを最初に考案したのは“アリス”だった。まるで人形の仕組みを最初からある程度把握しているような、そんな理解度が彼女にあったことは今でもよく覚えている。

だからこそこの人形異変に何かしら関わっているではないかと私は疑ったのだが、「こんな高度な魔法技術、私には真似出来ない」とアリスはあの時ハッキリ宣言した。

 

あいつともそれなりの仲だ。その言葉が嘘ではないことくらい、その悔しさに満ちた瞳を見れば容易に分かった。

だとするならば何故、彼女はこの技術に関して詳しかったのだろうか?単なる偶然だったのか?同業者だからなのか?

アリスの目指している完全な自立人形……それが今、幻想郷中に溢れ返っているこの現状を彼女は一体どう思っているのか?

……まぁ、ストイックなあいつのことだ。少なくとも、穏やかではないことは確かだろう。

 

 

 

 

 

 

物思いにふけりながらも、霊夢の用意した茶菓子に手を伸ばすが、数が全然減っていないことに気付く。

よく見ると霊夢の方の茶菓子も全然進んでいない。どうやら霊夢も何か考え事をしているらしい。

とはいっても、最近の霊夢の考えることといえば……

 

「……まぁたあいつのとのバトルシュミレーションやってんのか?」

 

「………」

 

「お~~い霊夢~~?」

 

 

「―――え?あぁごめん。何か言ってた?」

 

「茶菓子にてもつけずそこまであいつのこと考えるなんて、らしくないな」

 

「……別にいいでしょ。ほっといてよ」

 

聞くところによると、霊夢は外来人である舞島 鏡介に初めて人形バトルで敗北を喫したらしく、それ以降このようになってしまっている。

私達はこれまで数々の異変を解決してきた実績がある。そしてそれは幻想郷の均衡を保つことにおいても重要なことだった。それがどうだ。

ぽっと出の外来人にその立場を奪われ、異変解決を生業にしている者達のプライドはボロボロ。霊夢は未だ、外来人でありながら異変解決をしている彼を認めていないのである。

 

舞島 鏡介の人形バトルの腕では確かだ。まるで最初から知っていたかのようなあの凄まじい適応力は、彼の唯一無二の武器……正に“能力”と言えるもの。

それに勝ろうと努力するのなら、並大抵のものでは駄目だ。それを霊夢も理解しているのだろう。私が度々ここに呼ばれては人形バトルに付き合わされるのも、それの一環。

今日だけでもう20戦程やっただろうか?お陰で最初は他所他所しかった人形達もすっかり互いに慣れ、凄く仲が良くなった。

 

「それでどうだ?少しは参考になったか?」

 

「えぇ、そうね。お陰でこいつらも強くなったし、タイプごとの立ち回りも掴んできた。次は絶対負けないわ」

 

「そりゃあめでとさん。……しかし、珍しいな。お前がここまで本気(マジ)になるなんて。明日槍が降ってもおかしくないぜ」

 

「魔理沙、あんたも分かってるでしょう?人形の危険性を。悪用されれば人形は兵器同然……人里で起こったあの事件、忘れた訳じゃないわよね」

 

「……あぁ、人形解放戦線の奴らが起こした暴動だろ。紫が一切動かないのが不思議なくらいだったぜ」

 

「当時はまだ誰もが人形遣いとして未熟だったわ。少なくとも人形解放戦線の奴らよりね……私も何も出来なかったわ」

 

“人形には人形でしか対抗出来ない”……一見、シンプルで分かりやすいこの人形異変のルールが今、この幻想郷を最も苦しめている要因となっている。

私達自身の強さでなく、人形遣いとしての力量がこの幻想郷の強さを表す基準として成り立ってしまったのだ。特に、人形解放戦線を率いるリーダーの実力は別格で、未だ誰も手出しが出来ない。

 

あの暴動の時、霊夢が現場へ到着した頃には惨澹たる有様だった。

家を焼かれ、人形の毒を受け苦しむ人々……安全な筈だった人里とは思えない光景が目に映った。

博麗の巫女を目撃した住民達は藁にもすがる思いで彼女に言った。「助けてくれ」、と。

 

これが、霊夢が人形異変を危険視した最もな理由だ。

 

 

「あの外来人は人形の危険性をまるで分かっていない。……これ以上、この異変に顔を突っ込むべきじゃないわ」

 

「そうか?舞島はほっといても大丈夫な気もするがなぁ。人形バトルの腕も立つし、他人に危害加えるような奴じゃないしさ」

 

「私の勘が言ってるのよ。近々、あいつは何か行動を起こすってね。だからすぐにでも止めたいの」

 

「舞島が?そんな野心抱くようなキャラじゃないぜあいつ」

 

 

そうは言ったものの、霊夢の勘というのは恐ろしく当たるもの。

先程の人形バトルでもそれは嫌という程味わっているし、今までもその鋭い勘で異変の元凶を突き止め、無事に解決してきている。

最も、その勘は今起こっている人形異変では何故か働いてくれないらしく、今もこうして調査中なのだが。

 

 

人形を愛する彼が、この幻想郷に何か脅威をもたらす……そんなことがあるとでも言うのか?

 

 

 

 



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第三十九章


見た目と特徴から、即決でした



 

「(……うわ)」

 

 

天狗の里を後にして早々、僕の目に飛び込んできたもの。

 

それを敢えて一言で言い表すなら、“狂気”。

 

 

「 「さぁ、行くか」の声を聞き! 」

 

「 光の速さでやって来た 」

 

 

僕の行く先を遮るかのように存在するそれらは、軽快なステップとキレのあるダンスを絶え間なく続けながらこちらに喋りかける。

次の目的地である守矢神社に向かおうと意気込んだ矢先、突然背中が光り出した。そして、気が付いた時にはこの有様である。

 

 

「 風よ! 」

 

「 大地よ! 」

 

『 大空よ! 』

 

 

幻想郷(せかい)に届けよデンジャラス!」

 

「月まで届けよクライシス」

 

 

2人と1体の猫の特徴を持った人形……どこかで見たことのあるような組み合わせが、こちらの事情そっちのけで無駄のないパフォーマンスを披露。

どうやら新しい人形を仲間にしたようで、息もピッタリ合わせられている。

 

 

『 名前:ミケ  種族:招き猫  説明:「金」か「客」、どちらかしか招くことが出来ない 』

 

 

あちらが勝手をするのなら、こちらも勝手に調べさせて貰おう。

成程……招き猫か。三毛猫は珍しい気がするが、説明を見るにどうやら能力が中途半端になってしまっているのだろうか?。

 

 

「天使か悪魔かその名を呼べば!」

 

「誰もが震える魅惑の響き」

 

 

緑とピンクがイメージカラーのクレイジーな2人組。

また性懲りもなく僕の人形を狙いに来たのだろう。出来ることなら、もう二度と会いたくはなかったのだが……厄介なことに背中の扉からいつでも会えてしまうから縁を切ることは物理的に不可能となってしまっている。

 

 

「 情熱の童子、丁礼田 舞! 」

 

「 平静の童子、爾子田 里乃 」

 

『 気丈の反発者、ミケ! 』

 

 

『「「 さぁ集え! 真多羅神の名の下に! 」」』

 

 

台詞の最後に決めポーズをとる二童子withミケ人形。

大きな「M」のロゴが輝かしく彼女らの背後に映っている……かのように見えなくもなかった。

無駄にカッコいいのが腹が立つなぁ。

 

 

 

 

 

 

さぁ、気持ちを入れ替え僕は次の目的地である守矢神社へと足を進めるとことにした。

いやしかし、今日もいい天気だな。絶好の旅日和……

 

「いや待て待て待てぇ~~~~い!?」

 

「待ちなさ~~~~い」

 

『待つのにゃ~~~~!?』

 

見なかったことにして先に進もうとしたが、3馬鹿はそれを許してはくれなかった。

さり気なく行けばバレないと思っていたのだが……仕方がない。適当に相手して、満足するまで付き合うか。

変人は下手に刺激すると何するか分からないし。

 

「……今日は何ですか?」

 

「無論!君のお陰で無事人形遣いデビューを果たしたから、こうして勝負に来たのさ!」

 

『来たのにゃ~~~!』

 

「あなたのユキ人形を、人形バトルで勝って貰い受けるわ」

 

二童子曰く、彼女らの上司に当たる人物が僕の持つユキ人形を欲しているらしい。

確かに、僕のユキ人形は他の人形にない特別な力がある。恐らくその上司に当たる人物もそれを知って狙っているのだろう。

……あれ?何だかこのポジションってまるでサトシの〇カチュウみたいだな。確かにカラーが黄色と黒という共通点は一致しているけれど。

そして、彼女らの行動はそれを執拗に狙い続けるあの3人組を彷彿させる。喋るミケ人形の存在がそれをより際立たせ、まるで最初からそうであったかのような違和感の無さだ。

違いがあるとするなら、僕の言ったことを忠実に守った上で堂々と人形バトルを仕掛けてくる誠実さだろうか。

というか、さっきから当たり前のように喋っているあのミケ人形は何者だ?通常、人形の喋っている言葉はこちらには分からない筈だ。

特別な個体?それとも、何かカラクリでもあるのだろうか?

 

「……えぇ。その勝負、受けてもいいですよ」

 

「お、ノリがいいね!!じゃあ早速!」

 

「いかせて貰うわよ」

 

以前遭遇した時、彼女らに人形について色々と教えてあげたという経緯がある。

わざわざこうやって準備をしてきたのを無慈悲に断るのは流石に気が引けたので、人形バトルの申し出を受けることにした。

最も、例え僕が負けたとしてそれが相手のものになる訳がない。僕が自分から渡さない限り、ユキ人形を奪うのは実質不可能である。某3人組のように卑劣な手段を使ってくるのなら話は別だが。

だが、いくら頭のネジは外れている彼女らでもそのような行動を起こすような者でないことは、これまでの行動で何となく分かっている。心配はいらないだろう。

だから、この勝負で実力の差をハッキリさせ、ユキ人形付け狙うのを諦めて貰う。

 

「あ、因みに人形バトルは一人ずつじゃないといけません。人形バトルはルールをしっかり守りましょうね」

 

「え?そうなの!?……分かった!じゃあまずは僕が相手だね!」

 

 

「頑張れ~~舞~~!」

 

『頑張るのにゃ~~~!!』

 

 

 

 

 

 

勝負の結果は、僕の圧勝。

 

 

舞と里乃の敗因は至ってシンプル。人形がスタイルチェンジをしていないことだ。

スタイルチェンジをしているかどうかは、人形のステータスに大きな差が付く。残念ながら、勝てる要素は初めから無いに等しかった。

 

「君のユキ人形、強すぎだよ~~~!!」

 

「手も足も出なかったわ……こんなにも実力の差があるなんて」

 

『ひ、ひぇ……』

 

倒すどころか一発も攻撃が出来なかった舞と里乃、そしてそれを見ていたミケ人形は実力の差に絶望しながらもその場で哀愁漂うダンスを踊り始める。

踊り続けないと死んでしまう呪いか何かに掛けられているのだろうか?本当に狂気的で愉快な3人組だ。

 

「……ところで、君は戦わないのかい?」

 

『冗談いうにゃ。あたしは非戦闘員なのにゃ』

 

「?それはどういう」

 

「あー……それは僕から説明するよ」

 

どうやらこの喋るミケ人形は事情のある人形らしい。

舞と里乃は互いに目を合わせ、このミケ人形をバトルに出さなかった理由を説明し始めた。

 

「まず、僕らには「背中で踊ることでその者の“生命力”と“精神力”を引き出す」という能力があるんだ。因みに僕が生命力、里乃が精神力ね」

 

「ず、随分と限定的な能力ですね?」

 

「フフ、それがそうでもないの。“お師匠様の能力”と合わせることで、簡単に条件は満たせるわ。あなたも身に覚えはないかしら?私達はあなたの“背中”から現れるでしょう?」

 

「……あ」

 

そうか。以前、舞と里乃が僕の背後に突然現れたのも、光り輝く僕の背中に帰って行ったのも、そのお師匠様と呼ばれる人物の仕業だったのか。

成程、確かにその組み合わせだったらその限定的な能力も機能する。

 

「それで、試しに人形に対して僕らの能力を使ってみたところ……」

 

「どういう訳か、言葉を発するようになってしまったの。その代わり、技を一切使えなくなってしまったみたい」

 

「やっぱり、楽して強くはなれないみたいだね~~アハハ!」

 

「(えぇ……)」

 

そんな単純な理由で能力を行使したのか……巻き込まれた人形はさぞ迷惑だっただろうに。

憐れみを感じながら被害者であるミケ人形の方に目を向けるが、ミケ人形は呑気に猫座りで自身の右手を舌で舐めており、特に気にしているような気配はない。

 

「元に戻してあげることは?」

 

「う~ん、時間が経てば元には戻るけど」

 

「当の本人が、このままがいいって言っているのよねぇ」

 

「え?」

 

『あたしは元々戦うのが嫌いにゃん。むしろ人間と話せて便利だし、何も不満なんてないのにゃ~♪』

 

ミケ人形がそれで幸せならそれでいいのだが……でも、そうか。

様々な性格の人間がいるように、人形の中にもバトルを嫌う者がいる。考えてみれば、それは当たり前のことだ。

 

「そんなことよりも、また人形のこと色々教えてよ~~!」

 

「強くなる秘訣、是非ご教授して貰いたいの」

 

「え?ちょ!?」

 

舞と里乃は僕の両腕をそれぞれ左右で胸元にガッチリ抱き締め、サンドイッチのように挟み込む。

 

立場的には敵同士の筈なのに、何故か彼女らは僕に対して好意的な姿勢を向けてくる。それが逆に怖い。

かと言って悪意があるようには全く見えないし、2人は余程の天然……いや、マイペース?が正しいか。

 

「(僕ら、お師匠様の言いつけで自由に外に出して貰えないんだ)」

 

「(だから、この機を逃すともう駄目なの。お願い)」

 

「―――ッ」

 

左の方から舞、右の方から里乃の声がそれぞれの耳に伝わってくる。

身震いしてしまう程の甘い囁きに、思わず胸の鼓動が上がっていく。おまけに両腕からも伝わる2人の胸の感触……やや右のほうが豊満だろうか?

って、何を考えているんだ僕は!?だ、駄目だ、このままそれを続けられたらどうかしてしまう。

 

 

「――わ、分かりました!教えますからッ!!だから一旦離れて下さい!」

 

 

「本当!?やった!!」

 

「作戦成功!言質取ったわ!」

 

僕の言葉を聞いた2人は互いにハイタッチを決めている。まさか色香を使ってくるとは……油断した。

だが、断れば次は何をされるか分からなかった。これで良かったんだと、そう思おう。

 

 

 

こうして僕はまた舞と里乃に人形について知っている知識、バトルのコツを教えたあげた。

最初は嵌められたことで腹を立ててはいたものの、あの時2人の言っていたことが僕は妙に気になってしまい、結局は協力してしまっている。

僕はやはり、甘いのだろうか?相手は僕の人形を狙う敵だと言うのに、こんなことをして……でも、感謝を述べてくる2人を見ると僕は嬉しくなり、結局は許してしまった。

 

あの事件以来、少しは人を疑うことを学んだつもりだったけど、やっぱりそう簡単には変われないということか。我ながら情けないな。

 

 

 

 

 

 

再び僕の背中の中へと帰った舞と里乃。

 

神出鬼没なバックダンサーズと次に会った時、更に強くなっていることだろう。

無論、負けてやるつもりは毛頭ないが、前回のように簡単にはいかなそうだ。自分のせいで。

 

「……もう夕方だ」

 

時計は午後5時を回っていた。少し急ぎで目的地に向かう必要がある。

人形がいるとはいえ、夜の幻想郷は少々危険だ。ましてはここは妖怪の山……野良の妖怪が複数いても何ら不思議ではない。

 

 

僕は川に沿って駆け足で山道を登り、守矢神社を目指すのだった。

 

 

 



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第四十章

 

流れている川に沿って山道を進むこと、約1時間。

 

元々、家からあまり出ない弊害で足腰が鍛えられていないせいか、さっきから歩く度に自身の足から痛みと生じる。

そろそろ着かないと限界だ……空も夕日が沈んできて段々と暗くなっているし、ここは山なので当然街灯なんて人工物はない。

ある程度道が整備されているとはいえ、ここはまだ僕の住む世界に比べて発達が遅れていることを考慮していなかった。

 

 

不安な気持ちの中、先を進んでいくと2つの分かれ道が目前に現れる。まっすぐ進む道と、左へ進む道……もう暗くて先の様子が見えなくなっている状態だ。

時間がないというのに、これは嫌なシチュエーションに出くわした。正解はどっちだ?

 

ここでひたすら考えていても埒が明かない。疲れていた僕は運頼みで先に進む道を指先で交互に差しながら、1人で言葉を交わす。

真っすぐ、左、真っすぐ、左……場合によっては命に関わるかも知れない選択を、よりにもよってこんな安直なことで決めようとしている。

きっと後になって馬鹿だったと後悔するのだろう。だが、やってしまったものは仕方ない。現在唱えている呪文に自分の命運を掛け、道を定めようではないか。

 

「(……真っすぐか)」

 

呪文を唱え終わり、止まった指先は正面の道だった。僕は左の道を素通りし、真っすぐに足を進めていく。

どうせ確率は2分の1、ヒントもない完全な2択だ。迷う余地など最初からない……と、見苦しい開き直りをしながら。

そして次の瞬間、前方不注意で僕は強く頭を打ってしまい、痛みに耐え兼ねその場で悶絶。どうやら堅い何かに衝突したみたいで、ぶつけた頭を抑えながら前を向くとそこには大きな岩が立ち塞がっている。

道の途中に不自然に生えたその大岩は完全に山道を隔てており、このままでは先に進むことは出来そうにない。こっちの道は現状諦めるしか無さそうだ。

 

 

となると、残るは先程通り過ぎた左の道しかない。

そちらも行き止まりなら……今夜はこの山道で野宿だろう。覚悟を決め、左の道へと進む。

 

一歩進んだところで硬い何かを踏んだような音が聞こえ、下を向いてみる。それは石で出来た階段だった。

それを確認した僕は、心の底から安堵する。理由はこの人工物の存在が意味することを、疲れた頭でも容易に理解出来たからに他ならない。

 

 

やっと着いたんだ。守矢神社に。

 

 

 

 

 

 

息を荒げながらも、一歩ずつ石段を上るがもう外は暗い。

明かりの一つも存在しないこの山を、何の対策も無しに歩いては非常に危険であることが今回でよく分かった。

 

「――ッとと」

 

疲れからか、僅かに階段を踏み外してしまう。不味いな……足の痛みも増してきた。

正直、このまま先に進むのは身体的に考えても無謀だ。しかし、明かりのなるものは現在持ち合わせてはいない。

目的地まであと少しだと言うのに、なんと口惜しいことか。

 

「!」

 

そう思っていた時、封印の糸から人形が1体飛び出した。暗くて見づらいが、その正体はどうやらユキ人形のようだ。

ユキ人形は手から徐に炎を出して、自身が明かりとなれることをアピールしてくれている。

そうか。更に言うとユキ人形には光タイプの技もあるし、周辺を照らすには持ってこいである。もっと早く気が付くんだった。

 

 

「 ユキ、 気象発現「極光」! 」

 

 

指示を受けたユキ人形は光の玉を生成し、それを天に掲げた。

降り注ぐ光はまるで室内で電気を付けたかのように行先を鮮明に映し出し、僕の進む道をはっきりと示してくれる。これで安心だ。

技を出し終わったユキ人形は僕の肩へとジャンプして飛び込んだかと思うと、褒めて欲しそうに期待の眼差しを向けたので、一言お礼を言いユキ人形の頭を撫でてやった。

 

人形は本当に愛らしく、頭もよく、頼りになる存在だ。もし人形がいなかったら今頃僕は、その辺で野垂れ死んでいても何ら可笑しくはない。

それくらいこの幻想郷には危険が多く、これまでに何回人形の力を借りてきたことだろう?本当に感謝してもしきれない。

 

 

周囲が明るくなったことで、心の中に芽生えた始めていた嫌な気分もすっかり晴れている……が、過信してもいけない。

この技には確か3分程の時間制限がある。それまでにはこの石段を登り切りたいところ。顔を上げ、後どれくらいあるのかを確認してみた。

 

「(……結構あるな)」

 

てっぺんに見えた神社の入口を示す鳥居、そして現在自分がいる場所と比較してみると、この石段を約4分の1程度登っていることが分かった。

明日は筋肉痛確定だな……ひたすらに坂道を登るはやはりキツい。しばらくは登山なんて御免だ。

こんな時、行きたい場所にパッと移動出来る手段があれば楽なのだが。

 

「……行くか」

 

なんて、そんな都合の良いものがあったら苦労しない。僕は重くなっている足を何とか気合で動かし、足早に石段を登っていく。

不思議なことに、足から来る痛みがあるにも関わらずその動きは実にスムーズだった。こんなに無理が効くのは、僕がまだまだ若い少年だからなのだろう。

今なら苦手だった体育の授業も、良い成績が残せるのではないだろうか?……まぁ、当時は休んでばっかりだったけどね。

大森の奴は見た目に反してまぁまぁ運動出来る“動けるデブ”を体現したような奴だったから、よくそいつと比較されて周りから馬鹿にされたものだ。

今思えば、それはあいつが「東方project」に纏わる様々な聖地に行ったことで自然と体力が付いたからなのかもしれない。今の自分みたいに。

あいつ、今頃自分が幻想郷に来ていることに嫉妬しているんだろうなぁ。帰ってきた時がうるさそうだ。

 

 

そんなことを考えている内に、僕は石段を全体の半分以上を登り切っていた。

残り4分の1程度……何とか登頂出来そうだ。肩に乗っているユキ人形もまるでアトラクションに乗っているかのように堕ちないようしっかり掴まりながら楽しそうにしている。

そういえば、旅に出たばかりの頃は僕に跨りながら着いて来ていたんだっけ。ユキ人形は封印の糸よりも外に出ている方が好きなのだろう。

封印の糸でしっかり防犯はしていることだし、無理に封印の糸の中にいて貰うことはないのかもしれないな。

 

 

「 おーーーい!舞島さーーーーん!! 」

 

 

「うわっ!?」

 

 

あと少しというところで、鳥居の前にいる誰かから声を掛けられた。

走っていたこともあり、元気のいい声にビックリした僕は石段の角を踏んでしまい、バランスを大きく崩してしまう。

 

「あ、危ない!!」

 

「(やばッ――!?)」

 

この高さだ。転んでしまえばタダでは済まない。

ユキ人形も僕の下に来ることで頭を打たないよう支える体制に入ろうとする。他の人形達も同じように僕の危機を察し、封印の糸から出ようとしているのが分かった。

鳥居の前にいる人物も、助けようと飛翔してこちらへ向かっているようだ。

 

人は死ぬ直前、動きがゆっくり見えるようになると聞いたことがある。今の状況が正にそれなのだろう。

今この場にいる皆が、僕を助けようと必死になっていた。だが僕には分かる。“間に合わない”と。

 

 

僕はこのまま死んでしまうのか?……冗談じゃない。こんなことで死ぬなんて絶対に嫌だ。

 

―――動け。動いてくれッ!

 

 

しかしその願いも虚しく、僕は疲れ切った体を動かすことは出来ない。

このまま頭を強く打ち、無様に下へ下へと転げ落ちてしまう未来が見える。

 

もう駄目だ。そう諦めかけた時、“奇跡”は起こった。

 

 

「――うお!?」

 

 

後ろから吹いた激しい突風が倒れかけていた僕の体を浮かせ、僕を空高く吹き飛ばした。

訳の分からないまま僕は宙へと放り出されてしまい、情けなく声を上げる。

 

しかしその直後、飛翔していた人物がすぐに僕の両腕を掴むことで落下を免れる。

よく分からないが、僕は助かったらしい。

 

 

 

 

 

 

「 本ッッッ当にすみません!!私のせいで危ない目に合わせてしまって!! 」

 

 

「い、いえいえ。こうして助かったのですから」

 

緑のロングヘアーの大胆な巫女服を着た女の人は頭を何度も下げ、さっきからこちらに何度も謝罪している。

悪気はなかったのは十二分に伝わったから、もう特に気にしてはいない……と言っても聞かないのだろう。何せ、相手からしたら石段を踏み外してみすみす死なせてしまうところだったのだ。

まさか、こんな形で再会することになろうとは。

 

「早苗さん、あの時あなたが僕がキャッチしてくれたからこうして無事無傷でいられたんです。だからもう」

 

「私ったら、舞島さんがわざわざ家の神社に参拝に来てくれたのが嬉しくてつい大声を上げてしまいました。長い登山でお疲れなことを配慮するべきでしたよね……本当に御免なさい!私に出来ることなら何でもしますから!!」

 

「(ま、参ったな……)」

 

早苗さんはどうしても自分を許せないらしく、こちらの言葉を聞き入れる程の余裕がなかった。

もういっそ、何かをして貰った方がこの場は収まるのではないだろうか?

 

とは言っても、咄嗟には思い付かない。一旦、足を休めたいという願望はあるが……

 

 

そう思っていた次の瞬間、気の抜けた腹の虫が小さく、そして鮮明にこの場にいる皆の耳に入ってくる。

ひとまず目的地へ着いて安心してしまったのだろう。そういえば、朝から何も口にしていなかったことを思い出す。

 

「えっと、申し訳ないんですけど……何か食べ物ありますか?」

 

「!それなら、今から夕飯を準備するところだったので一緒に食べて行ってください!!沢山振舞いますよ!さぁどうぞ中へ!!」

 

そう言うと早苗さんは猛ダッシュで神社の中へと帰って行ってしまった。

恐らく今から夕飯の支度を始めるつもりなのだろう。しばらくは携帯食料ばかり食べてきたし、偶にはこういうのも悪くないか。

ここは遠慮せず、早苗さんの夕飯を頂いていくことにしよう。

 

 

 

 



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第四十一章

 

「………ん」

 

 

重くなった瞼をゆっくりと開けると、見知らぬ天井があった。

どうやら先程まで自分はこの部屋の布団でぐっすりと眠っていたらしい……どうしてだったか?眠くて上手く働かない頭で軽く振り返る。

 

 

まず、ここは守矢神社。昨日の夜7時過ぎ頃に到着して、早苗さんに夕飯を御馳走して貰った。

久しぶりの温かい飯とおかずと汁物に感激して、他人の食卓にも拘らずおかわりをしてしまい……今思うと少しは遠慮するべきだったかもしれない。

そして僕が長旅であちこち汚れてしまっていたのを見た早苗さんが「遠慮はいりません!」とお風呂までも無償で貸してくれたりと、本当に至れり尽くせりだった。

お陰で今日は気持ちのいい朝を迎えられている。旅の疲れもすっかり取れたかと思ったが、起きようと動かしたその足はとても重たい。どうしてこうなったと一瞬困惑するが、その原因はすぐに分かった。

 

慣れない山登り、筋肉のない自身の足腰、それが無理に負荷をかけ過ぎてしまった結果だろう。太ももから下の辺りの筋肉がパンパンに膨れ上がり、炎症になってしまっている。

そう、所謂これは筋肉痛と言われるもの……日々の運動不足がここに来て響くとは。流石に丸1日でこの妖怪の山を登り切るのは少々無理をし過ぎた。

このままでは碌に動けない。どうしたものかと困り果てていると、封印の糸から人形が出てくる。

 

「メディスン?どうしたんだ?」

 

封印の糸から出てきたのは、僕の手持ちであるメディスン人形。

どうやら筋肉痛で足が重くなってしまったのを察し、居ても経ってもいられなくなったのだろうか?

メディスン人形はその小さな身体で一生懸命布団の下側を捲ると、僕の足の様子を真剣に見始める。

筋肉痛は病気などの類ではないが、このままでは立ち上がることも儘ならない。ここはメディスン人形の好意に甘えることにしよう。

 

メディスン人形は両手を僕の足に優しく当てて癒しの輝きを放つと、筋肉通によって膨らんでいた足が徐々に治っていくのを感じる。

しばらくしてメディスン人形が治療を終えた後、試しに足を動かしてみると炎症による痛みはほぼ収まっていた。どうやらまた腕を上げたらしい。

この短時間でバトルだけじゃなく、治癒の精度も着実に上げている……経験を積み重ねてきたのもあるのだろうが、やはりこの子は永琳が言ったように才能があるのだろう。

 

「お陰で大分楽になったよ。ありがとう、メディスン」

 

無償で治療をしてくれた礼としては割に合わないだろうが、せめて感謝の意を示そうとメディスン人形に優しい笑顔を浮かべながら撫でてやる。

撫でられたメディスン人形は目を閉じて頬を赤らめながら嬉しそうにしているものの、本来ならば治療費を払わなければならないレベルだ。

僕はカバンから「有頂天セット」を取り出し、メディスン人形に与えることでせめてもの謝礼を示す。本来、これは人形がダメージを負った際に使用する回復アイテムだが、同時に人形の好むお菓子でもある。

紅魔館で偶々発見したこの「有頂天セット」は、人形ならば誰もが口にしたい至高の一品……喜んでくれる筈だと思っていたが、当のメディスンは首を横に振ってそれを拒んでしまう。「お礼なんていらない」と言ってくれているのだろう。

ちゃんとしたお礼をしたいのに困ったなと悩んでいると、メディスン人形以外の封印の糸から人形が飛び出した。そして一目散に「有頂天セット」へ嚙り付こうと飛び込んでくる。

 

「こ、こらっ!これはお前たちに渡すんじゃないって……うわ!?」

 

ユキ、こがさ、けいき……そして普段は大人しいしんみょうまる、むげつ人形までもが、この「有頂天セット」という甘露に手を伸ばしている。

この食いつきようは異常だ……何かヤバいものでも入っているのかと疑うくらいには人形達が正気を失っている。それほどまでにこの「有頂天セット」は魅力的なのだろうか?

よく見ると、メディスン人形も口元を必死に隠しているではないか。この反応を見るに、先程は食べたいという欲を抑えて無理をしていたらしい。

 

「……よし。じゃあここは皆で仲良く分けて食べようか?」

 

考えてみれば、メディスン人形以外も普段から僕の力になってくれている。ここは日頃の感謝の意を込めて、普段より豪華な食事を皆に与えることにしよう。

メディスン人形の分を少し多めにし、他をそれぞれ均等に分け与えることで「有頂天セット」を人形達に分配する。これ1個しかなかったので少々物足りない量かもしれないが、さっきから人形達は目を輝かせて口元も緩み切っている……一切の不満は抱いていなさそうだ。

そして皆が一口、「有頂天セット」を食べる。するとどうだろう。その名に恥じない、正に“有頂天”と呼ぶにふさわしい幸福感に満ちたとろけ顔を皆が浮かべている。

あの一切笑わないむげつ人形までもが、今はこの甘露の虜となっているようだ。初めて見るむげつ人形の笑顔……思わずこちらもほっこりした気持ちになる。「有頂天セット」、恐るべし。

 

「――あ」

 

ふと、視線を感じたのでその方向を向いてみると、早苗さんが襖からこちらを微笑ましそうに覗いていることに気付く。

一連を見られていたことに気が付かなかった僕は恥ずかしくなってしまい、無言でメディスン人形達を封印の糸に戻し、まるで何事もなかったかのように話を切り出す。

 

「えと、お、おはようございます」

 

「あら、もうすこしそのままお戯れになってても良かったのに♪舞島さん、本当に人形と仲良しなんですね。フフフッ」

 

「……い、いつから見てました?」

 

「んと、「メディスン?どうしたんだ?」辺りですかねぇ」

 

「―――う」

 

身体が段々と火照っているのを感じ、悟られまいと目線を逸らすが早苗さんはそれを面白がるようにこちらへ近寄って来る。

その行動に驚いてしまった僕はグイグイ来る早苗さんを思わず両手で押し返すものの、中々めげる様子を見せてはくれない。

止めてくれ。ここの女の人達全員、僕の世界の人間の顔面偏差値を軽く超えているから直視すると色々危ないんだ。ホント止めてくれ。

 

「いや、ちょっとホントにッ(近い近い近い近い近い近い!!)」

 

「あらあら照れちゃって……舞島くんったら男の子なのに可愛いですね♪……ん?」

 

僕の反応を面白がる早苗さんは何かを発見したらしく、手を止めて下の方を向いたと思うと、そこから強力な音波攻撃が繰り出された。

その衝撃を直で受けた早苗さんは大きく吹き飛ばされ、その先にあった襖、壁を貫通し、錐揉み回転を起こしながら吹き飛ばされてしまう。

貫通していった襖と壁には早苗さんを象った穴が綺麗に開いており、音波攻撃の威力の強さを鮮明に現している……まるでギャグ漫画のようだ。

音波攻撃を起こしたであろう犯人を確認すべく下を向くと、ユキ人形が頬を膨らませながら不満気にこちらを睨んでいる。

 

「……やりすぎだぞ。ユキ」

 

こちらの指示も無しに攻撃をするなんて、これが初めてだ。

僕を助けようとしたのは分かるが、どうしてユキ人形は機嫌が悪いのだろう?

有頂天セット、量が少なかったかな?

 

 

 

 

 

 

「先程は僕の人形が失礼を……その、怪我の方は大丈夫ですか?」

 

「えぇまぁ……ちょっとビックリはしましたけど、心配には及びませんよ」

 

「本当にすみませんでした!……ほら、お前も早苗さんにちゃんと謝るんだ。今後は人に向かって技を使うのは絶対にダメだぞ」

 

「アハハ……まぁ私も不用意に舞島君をからかったのが悪いですから」

 

食卓で朝食を用意して貰いながら、僕は神社で起こった一連の騒動についての謝罪をする。

だが、事件を起こした当のユキ人形は未だにむくれていて反省の色が全く見えない。本当にどうしたのだろう……こんなことは今まで一度もなかったのだが?

 

「いいんですよ舞島さん。私も昨日あなたを危険な目に遭わせちゃいましたから、これでお互い様です」

 

「第一、早苗はこれくらいで動けなくなるような軟な鍛え方はしていないさ。それに治癒術の心得もある」

 

「まー壊れちゃった壁とかの修繕はキッチリして貰うけどね~?」

 

「……謹んでお受けします」

 

この神社の神様である八坂 神奈子(やさか かなこ)洩矢 諏訪子(もりや すわこ)の2人も、この食卓にて朝食を取りながら自然に会話へ参加している。

当時はまさかこんな身近に神様がいらっしゃるとは思っておらず、昨日の夕食の際に早苗さんの紹介を聞いた時は驚きを隠せなかったものだ。

だが、実際話してみれば意外とフランクで接しやすく、袿姫様とはまた違う親しみやすさのようなものを感じる。まるで、一世帯の家族とでも話しているかのように。

 

「も、もうお話はこれくらいにしましょう?ご飯冷めちゃいますから、ね?修繕なら私もお手伝いしますし!」

 

「はい、じゃあ手を合わせて」

 

 

「「「「  いただきます!  」」」」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

今日の朝食も、本当に美味しかった。特にあの味噌汁が絶品……毎日でも飲みたい。

親には決して言えないが、家の味噌汁よりも美味しかったと言えるくらいのクオリティだった。

 

あんなに美味しく感じたのは、久しぶりのまともな食事だったから?いや、違う。

明らかに早苗さんの料理レベルが一回り上であることが要因だろう。他の家事全般を卒なくこなせる辺り、彼女のレベルの高さが伺える。

 

「舞島くん?ボーっとしちゃって、一体どうしましたか?」

 

「え?あぁいや別に。それじゃあ修繕の方、始めましょうか」

 

「はい、やっちゃいましょう~~!」

 

巫女服から一変、動き易そうな服装となった早苗さんはトンカチを片手に長袖を捲って気合を入れる。

清楚な見た目からガラッと印象が変わったにも拘わらず、不思議と全く違和感がない。それどころか、こっちの方がむしろ楽しそうにしているくらいだ。

次々と木の板を取り出してはトンカチで心地良いリズムで叩き、釘を打ち付けていく姿はまるで一流の職人の姿そのもの……僕なんかよりも全然逞しく男らしかった。

 

こちらも修繕作業をしながら何気なく彼女の作業の手際の良さの秘訣を聞いてみると、人手がいないから自然とこうなったとのこと。

神様2人がそういった作業を基本やることはなく、家事その他諸々全てを早苗さんに一任しているらしい。こう見えて結構の苦労人であるようだ。

 

「それにしてもあなたの人形、あの頃から随分と強くなってますね~」

 

「ハハ……まぁ色んなことを経験しましたから」

 

「それに見たところ、人形6体も連れているようですね。大丈夫なんです?」

 

「?大丈夫、とは?」

 

「だって、並の人形遣いなら精々3体が限度になりますよ?舞島くんはバトルなんかで混乱しませんか?」

 

「うーーん、いや別に?寧ろちょうどいいといいますか、安心しますかね」

 

「……ふ~む、やはり舞島くんは特別な力があるのですね。はっきりとそう言い切れるなんて、正直羨ましいです」

 

どうやら、僕みたいに人形を限界まで連れているのは極めて稀らしい。

だが言われてみれば、今まで会って来た人形遣いの中で3体以上人形を持っている者は少なかった気がする。

そう考えると、僕と同じように人形を6体連れている光も結構凄いということか?

 

 

僕はこの異変についての前知識が豊富にあるが、それはあくまで偶然。

そうじゃない者からしたらしたらこれは前例のない一からの勉強……確かに傍から見れば僕は異常なのかもしれない。

だがそれも、最初に魔理沙と早苗さんが人形バトルの基本を教えてくれたから理解出来たのであって、全部自分の力で成し得たものでは決してないのだ。

ここに来た当初、状況が理解出来ず混乱していた僕を宥めてくれたのもこの2人だった。本当に感謝している。

何か僕に出来ることがあれば、何でもやってあげたいのだが……!そうだ!

 

 

「早苗さん、良かったら今度、早苗さんが好きな漫画とか持ってきますよ」

 

「え!?そ、その申し出は大変嬉しいですけど……一体どうやって?ここにはそんな代物、滅多に来ませんよ?」

 

「実は、ちょっとした“コネ”があるんです。それで」

 

 

いい機会だ。

 

そろそろ先輩と接触したいと思っていたことだし、連絡を取って守矢神社に来て貰うことにしよう。

 

 

 



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第四十二章

 

「 ぜぇ……ぜぇ……あーーもうっ!絶ッッ対に明日筋肉痛確定じゃない!!もう最悪!! 」

 

 

「せ、先輩……すみません。まさかこんなことになるなんて」

 

僕と同じ外の世界の住民であり、協力者でもある宇佐見 菫子先輩の悲痛な怒号が守矢神社内に響き渡る。

菫子先輩は外の住民でありながら“超能力”を扱える近年稀な天才少女らしく、今回ここに来て貰う際もその能力を遺憾なく発揮するのだと、そう思っていたのだが……

 

「ど、どうしてわざわざ徒歩で来たんですか?先輩ならその能力で簡単に来れたんじゃ?」

 

「あのね……いくら私でも行ったことのない場所に瞬間移動なんて出来ないの。飛翔するにもこんな大荷物じゃ飛べやしない。……あー足痛った」

 

「……ごめんなさい。僕の配慮が足りてませんでした」

 

早苗さんに渡そうと頼んだ某人気格闘漫画の単行本全巻セット、これが董子先輩を最も苦しめた要因だったようだ。

この世界の住民にとって、飛翔は日常的に使われているもの……菫子先輩もここではそうだったのだろう。超能力を扱えること以外は普通の人間である先輩が、容易に山を徒歩で登れるような足腰を持っている筈もない。それに加えて、大量の漫画本という非常に重たい荷物も抱えていた。

お陰で菫子先輩の体力は限界を迎えたようで、現在は客室にて休憩をとっている。

 

「後輩!!ぼさっとしてないでジュースと焼きそばパン買って来なさいよ!!」

 

「えぇ!?こ、ここは幻想郷ですからコンビニなんて多分ありませんよ!?」

 

「はぁ!?先輩の言うことが聞けないのかしら!?私にこんな重労働させといて、タダで済むとでも?」

 

すっかり不機嫌になってしまった菫子先輩の無茶振りがこちらへ無慈悲に襲い掛かってくる。

このままだと肝心な要件を伝えられない……ここは先輩の機嫌を取ることをまず優先すべきだろう。

 

まず、菫子先輩は非常に疲れている。

原因は言わずもがな、ここに来る際の重労働だ。まずはそこから解決していこう。

 

「 メディスン! 出てきて! 」

 

僕の声に応える様に、兎耳ナース姿のメディスン人形が封印の糸から飛び出した。

一通りの用件を伝えると、メディスン人形は先輩の様子を確認すべく前進する。

 

「な、何よいきなり!?何かこっち来たんだけど?」

 

「まぁまぁ、ちょっとだけそのままでいて下さい。今診てくれていますから」

 

「……?え、えぇ」

 

言われるがまま、菫子先輩はメディスン人形に身体を預けるようにその場から動かず様子を見てくれている。

突然の人形の登場に少々困惑気味だったが、襲ってくる気配がないのは伝わったようだ。

 

身体の状態を見終わったメディスン人形は早速両手をかざし、癒しの光を放つ。すると先輩はまたも何事かと驚くが、徐々に体が楽になっていくのを感じ愉悦な表情を浮かべていた。

だがこちらにそれを見られていることに気が付いた先輩は威厳を取り戻すべく、咳払いをしてすぐに表情をリセットする。バレバレではあるが、一旦ここは見なかったことにしよう。

 

「お体、楽になりました?」

 

「……ん、まぁ」

 

「フフ、それなら良かったです」

 

「――ッ(そ、そんな顔されたら何も言えないわよ…!)」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

とりあえず菫子先輩が元気になったので、本題であるこちらの要件をざっと伝える。

しかしそれを聞いた先輩は渋い表情を浮かべており、あまり乗り気ではない。

 

「……君、それ本気で言ってる?」

 

「はい」

 

こちらの正気を疑うかのような深い溜息……余程馬鹿な発言をしたということなのだろうか。

確かに、無謀であることはこちらも十分承知している。だが、僕はどうしても知りたい。

 

「お願いします!これは菫子先輩にしか頼めないんです!」

 

「はぁ?な、何で私なの?それ別に私以外でも出来るんじゃ……」

 

菫子先輩は僕の考えた作戦の選出基準に疑問を持っているようで、どうも納得がいっていない様子だ。

確かに説明も無しにそんなことを言われても困るというのはごもっとも。少々焦っていた。

 

「……分かりました。では、どうして董子先輩でなければいけないのかを今から話します」

 

「まず、第一に菫子先輩は元々幻想郷の住民ではありません。あくまでそちらから来ているという立場にある。それは逆に、“この世界にいないことも決して珍しくはない”ということです」

 

「う……た、確かにそうだけどさ」

 

「そして次に、僕と同じ“人間”であること。もしこれが妖怪などの種族だとしたら、同族にバレてしまう可能性がある。鼻の利く者も、この世界には多いでしょうから」

 

「まぁ、そうね」

 

「そして最後。これが、菫子先輩でなければいけない最大の理由です。それは……」

 

 

「 僕らって、身体的特徴の相性がいいんですよ 」

 

 

「…………」

 

「は?」

 

途中までは渋々納得のいっていた菫子先輩だったが、最後の理由を聞いた途端、気の抜けたような声を発してしまう。

そして僕の発言に悪寒を感じたのか、菫子先輩はその場で後ずさりしながらまるで不審者を見るかのような目を向ける。

 

「えっ、何、キモッ、引く……シンプルに引く……」

 

「!ちょ、ちょっと待ってくださいっ!これは決してそういう意味じゃ!?」

 

「それずっと調べてたってこと?だとしたらマジでキショいんだけど……」

 

不味い。

 

何やら相当な誤解を生んでしまったようで、さっきから菫子先輩の貶しが止まらない。

当然だが、先程の言葉に下心など微塵もありはしない。ただ作戦上必要な事実を述べた、それだけである。

だが、今のこの状況は非常に宜しくない……どうにか菫子先輩の説得を……

 

「 話を聞いて下さい!これはこの作戦を決行する上で重要な 」

 

「  近付くなッ!!この変態中学生ッッ!!!  」

 

「 う、うわあああぁぁぁーーーーーーーー!!? 」

 

この部屋に存在するありとあらゆる物体が宙に浮かんで、それが僕に向かって襲い掛かった。

 

これは、女性に対する言葉を選ばなかった僕に対する“罰”なのだろう。

 

 

言い方1つで印象というのはこうも悪くなるのだと、僕は今更ながら学んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「一体どうなされたのですか?大きな音が聞こえたので見に来てみれば、先程漫画を下さった女の子が凄い勢いで飛んでいってしまってて、舞島君は何故か家具の下敷きになっていますし」

 

「いや、まぁその……」

 

早苗さんに治癒術を施して貰いながら、どうしてこうなったのかという状況説明を求められる。

言えない……意図せず変態的な発言をしてしまって相手を引かせてしまい、挙句に正当防衛されたなど……口が裂けても言えない。

 

「趣味の話をしていたら、考え方の違いで少々言い合いになってしまいまして……それで」

 

僕はその場で適切且つ違和感ないであろう嘘の説明をし、その場をやり過ごす。

それを聞いた早苗さんは少々考える素振りを見せたもののそれで納得してくれたらしく、それ以上の追及はしなかった。

「そういうこともありますよね~」などと、まるでそれが日常的であるかのように……優しい人だ。

 

「舞島くん、意図せず喧嘩をしてしまって今はどういうお気持ちでしょう?」

 

「え?えっと……そう……ですね。やっぱり、悪いことをしたなって思ってます……」

 

冷静になってみると、僕の考えた人形異変の解決につながるであろうこの作戦……完全に人頼みであることに今更気付く。他人からすれば、巻き込まれて迷惑もいいところ。

それを最初から何も配慮していないのだから、こうなるのは仕方がない。やはり、博麗 霊夢や魔理沙と同じように異変の元凶を探すことが一番最善なのだろうか。

 

「……成程。私はその喧嘩の詳しい事情を知りはしません。ですが人生、そして外の世界からこの幻想郷に来た者の先輩として、1つだけ言えることがあります」

 

「舞島くん、幻想郷ではですね……」

 

 

 

「 “常識に囚われてはいけない” のです!! 」

 

 

 

「 ――――!! 」

 

 

 

 

 

 

「常識に囚われてはいけない」。

 

その言葉は、不思議と今の僕の心に強く響いた。「感銘を受けた」とは、正にこういうことなのだろう。

 

 

「私もここに来たばかりの頃、ここの人達との接し方に悩んでいました。ですが、霊夢さんを始め色んな方達との弾幕勝負(たたかい)で分かったんです。今までの常識は捨てねばならないと」

 

 

一見、それは何の根拠もない譫言にも聞こえるだろう。

しかし、それは違う。ここは異世界……外での常識なんて、ここで通用する訳がないじゃないか。

 

 

「 信念を曲げてはなりません!!たった一度喧嘩したからってなんですか!!信じるものがあるのなら、迷わず突き進むっ!! 」

 

「……そうすればきっと、奇跡は起こるかもしれませんよ?」

 

 

「………早苗、さん」

 

 

声高々にそう宣言する早苗さんの表情には、迷いというものは一切感じられない。

思わず憧れを抱いてしまうような誇らしい姿……僕も、ああいう風になれるだろうか?

出来ることならなりたい……いや、違うな。なる。なるんだ。変わろうという、その気持ちを待つんだ。

 

 

僕は人形がこの世界からいなくならずに済む方法を探りたい。

現状、人形がこの世界にいることで発生している不祥事について……お陰で決心がついた。

 

 

「ありかとうございます、早苗さん」

 

「あ、ちょっと!動くと傷がまた開いちゃいますよ!?」

 

「大丈夫です。これくらい、何ともありませんから!」

 

 

菫子先輩が飛んでいった方向に目掛け、僕は飛び出す。

それは新しい試みへの第一歩……始まりである。

 

「(ああ見えて、ちゃんと男の子なのね)」

 

勝手な行動に腹を立てるも、どこか嬉しそうにしている現人神の姿がそこにあったのだった。

 

 

 



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第二部のまとめ的な何か





 

どうも、てんいです。

 

 

第二部はこれでおしまいとなります。さぁまとめの時間だ!

テーマは第二部の主な登場人物の動かし方の振り返りや話していなかった裏話、反省点等々……

 

まずは人形遣いサイドから。多いからまとめたい人だけで。

 

 

 

 

・舞島 鏡介

 

二部で書いた身体の特徴からも分かる通り、この幻想郷において人形無しでは非常に無力。

毒や瘴気といったものが効かないという特徴以外は至って普通のか弱い男の子。この冒険の影響で多少は逞しくはなったかもしれませんが、まだまだ幻想郷の少女達には遠く及ばないことでしょう。

いや、それは流石に相手が悪いか。

 

二部の彼は何かとトラブルに突っ込んでいってはボロボロにされてましたね。

正直、人形達がいなかったら積んでいるレベルで無茶をしています。小町さんが軽く「こんにちわ」したくらいには。

お陰で次々と縁は出来ているものの、いつかその無茶が祟ってしまわないか心配なところ。

 

 

この世界に住む人々と人形の共存を望む彼は、人形を使って悪事を働く「人形解放戦線」に目を付けた。

彼の起こそうとしているある作戦とは、一体どういうものなのか?それは第三部にて明らかとなります。

 

 

 

 

 

 

・大森 哲也

 

彼のその頃を描いたAS(アナザーストーリー)。

時間軸的には幻想郷サイドは人里で舞島と光が別れたくらい(第一部の二十四章辺り)で、現代は舞島の神隠しから約5~6時間後くらいとなります。

夜のくまさんに襲われかけ、スーパー超能力JKに助けられたと思ったらその場で気絶させられ、あらゆるものが出てしまっているせいで強く拒絶させられてしまう可哀そうな奴。

 

舞島の計らいにより、協力者である宇佐見 董子の手で山の遭難を何とか免れた彼ですが、幻想入りした舞島とは打って変わって異変解決適合者探しをしていた藍しゃまとまさかの現代生活を絶賛満喫中。

あれ?むしろ誰よりも幸せ者なのでは?

 

そして今更ですが、安直などこにでもいそうな名前にしてしまったせいで一部の方に不快な思いをさせてしまった可能性があります。よって、ここで謝っときます。

 

 

この度はッ!!  誠にッ!!  申し訳ございませんでしたぁッ!!

 

 

 

 

 

 

 

・光(ひかる)

 

オシャレの「オ」の字も知らないチンチクリンな彼女。だけど、やっぱり中身はれっきとした女の子。

今までそれらへの関心がなかった彼女にとって、夢の世界の出来事は忘れられないものとなったことでしょう。

 

僅か10歳という年齢で人形遣いとして独り立ち。人形遣いとしては稀な6匹の人形所持者。河童の発明品を比較的穏便に貰って、妖怪の山を軽く踏破。

喧嘩は同い年の男達には今のところ負けなし。やはり、幻想郷の女は強い。

 

 

ちな、彼女の服装のイメージは東方の二次創作などでよく見られる江戸の町娘の着ているような着物。準は演舞原作の「ワルガキ」の着ているような和服。

本編でこれまでそれらの描写があまりなかったことから分かる通り、作った当初はそこら辺考えていませんでした。

 

この作者、迂闊ッ!

 

何ならこの作者、主人公の舞島の服装とかも当初何も考えていなかった!

 

 

後付けっ……!圧倒的後付けっ……!(ホントすみません)

 

 

この作品の準レギュラー兼もう一人の主人公として、いつまでもパッといない地味な恰好というのは流石に宜しくない。まぁそれが良いと思う奴も、もしかしたらいるやもしれませんが。

 

第三部での光はどういう見た目となっているのか?そして、憧れの博麗 霊夢の助けとなる夢は叶うのか?

 

 

 

 

 

 

・準(じゅん)

 

目付き悪い暴言吐き俺に近付くなオーラ全開な彼ですが、それでもずかずかと駆け寄ってくる光には苦労を強いられている模様。

昔はもうちょっとマシだったが、ある事件をきっかけに普通の生活とは程遠い過酷な人生を歩んでいる。そりゃ荒れもするわな。

 

第二部ではそんなに登場はしませんでしたが、第三部ではある情報のファクターとなる予定。

 

 

 

 

 

 

・浩一

 

何かと主人公とバッタリ会う人形遣い。彼はれっきとした幻想郷の大人の住民(モブ)でもある為、何かと頼りになる。これまでも何度か舞島の助けとなって来た。

元ネタは原作にて一の道で最初に会う「新米人形遣いのコウイチ」です。手持ちもナズーリン人形なのでそれをそのまま採用してます。その地域のレアな人形を探してはいるものの、いつも出会えないでいる可愛そうな人です。

実際、これは私の原作プレイ時の経験の具現でもあります。ヘカーティア人形は4時間余裕で溶けました。当時、布教した友達がそれを5分足らずで出した時は発狂したものです。懐かしい。

 

第三部にも、彼は当然の如く登場予定です。

 

 

 

 

 

 

・宇佐見 菫子

 

もうお分かりでしょうが、彼女こそが舞島幻想入りの元凶です。人形異変の仕組みを紫に言及したのが、結果的に舞島を幻想郷へ招くことになってしまったというね。

でもそれについては彼女自身よく自覚しているし、極力彼の協力をすることで罪滅ぼししている。プライドが高い性格なので度々不機嫌になることも多いが、素直で真面目な“舞島”という可愛い後輩が出来たことは満更でもなさそうだ。

実は「先輩」と呼ばれたのは、彼が初めてだったりする。

 

 

第二部の最後、舞島に何かをお願いされた董子。

 

一度は断ったが、彼の意志は固い。彼女の返答は果たして……?

 

 

 

 

 

 

 

・東風谷 早苗

 

どうしても登場させたくて最後に半ば無理矢理ねじ込んだ守矢神社編。

美味しいご飯で舞島君の胃袋をキャッチし、2人きりはさり気なく「君」付けで徐々に距離を詰めていく抜け目ない女……ただ、生憎ライバルは多い模様。

はい、ギャルゲー脳ですんません。

 

 

第三部に登場するかは、正直まだ決め兼ねています。

 

 

後、二部では咲夜さん登場機会を完全に逃してしまいました。ゴメンネ

 

 

 

 

 

 

・博麗 霊夢

 

妖怪の山での霊夢との戦闘をスキップしたことについては、今後の展開的な都合で2人を鉢合わせる訳にはいかなかったという経緯があります。

当初は原作通りの展開を予定していたのですが、ふと「こっちの方がよくね?」となってしまい……もっとしっかりプロット組んで取り掛かれって話ですよね。

 

替わりに修行の様子を書いてみたんですが……正直言うと霊夢に関してはもっと掘り下げるべき話を用意はしていました。

なのでそれらを回収する為にも第三部ではなるべく登場させたいですね。

 

 

 

 

 

 

・霧雨 魔理沙

 

第二部は最初の登場以来、霊夢の修行相手くらいしか出番を作れませんでした。ちょくちょく登場予定とは一体……

先に言っておくと、第三部は魔理沙達の手で開発された「封印の糸」についても深堀していくので、何とか出番は与えられるかと。

 

こうなってしまったことの反省点としては、スカウター情報に鬼形獣組を普通に記載したことですね。相手は登録されていない筈の未知の人形なのに、どうして普通に記載されちゃってるのか?

あれが無ければ会うきっかけなんて正直いくらでも作れました。だからあれほどプロットをきっちり組めと……

 

 

 

 

 

 

・丁礼田 舞 & 爾子田 里乃

 

所謂、ロケット団をもろ意識した第二部からの刺客。

でも幻想郷に対する悪事は人形解放戦線が既にしている為、彼女らには舞島のユキ人形を狙う役となって頂きました。

最近は喋るミケ人形という仲間まで増え、騒がしさに磨きがかかった。にゃ~んてにゃ!

 

登場の際の口上はアニポケの台詞をそれっぽくアレンジ。

出る度にそれを言う関係上、そこまで頻繁には出せませんでした。

 

 

第三部でも、彼女らは舞島の前に現れることでしょう。

 

 

 

 

 

 

以上、人形遣いサイドのまとめでした。

 

お次はオリキャラ達の持つ人形達。これまた個人でまとめたい奴だけ。

 

 

 

・ユキ人形  舞島の人形第1号

 

舞君大大大大大好きな人形。舞島の手持ちの中で、こんなに純粋な好意を抱いているのはユキ人形のみ。

理由は”運命的な出会い”をしたからに他ならない。「ラブ」と「ライク」で言うと、圧倒的「ラブ」。

 

力が暴走したり舞島と離れ離れとなってしまって野生化したりと、第二部では結構災難な目に遭った印象。

むげつ人形があの時気まぐれを起こさなかったら、魔力が切れて生命活動を停止していたことでしょう。

磨弓戦の時の新技習得も、この出来事が深く関連しています。原作での各スタイルの属性からも、その才が充分ありますからね。

因みに、「ウォーターカノン」は原作でPユキが最後に覚える技です。最近になってからだったかな?

 

 

第三部から、彼女の中に眠っていたマジックアイテムの正体についても解き明かしていきます。

 

 

 

 

 

 

・しんみょうまる人形  舞島の人形第2号

 

技のレパートリーも若干増え、守り担当らしい戦闘もこなせるようになりました。

「不動心」のような原作ではまず使わないようなロマン技も、お話の中では活躍させたいですよね。

 

だけど人形バトルでは何かとやられ役が板についてしまっているのも事実。

これは他の人形達にも同様に言えることですが、そろそろユキ人形で〆る展開も単調でつまらないかも?

 

 

 

 

 

 

 

・こがさ人形  舞島の人形第3号

 

正直、道具の言葉が分かるという設定は別に必要なかったですね……。

仲間になるきっかけとして作った設定ですが、他にやりようなんていくらでもあった気がしてならない。

 

鍛冶屋をやっていることから攻撃方法に少々個性を持たせた結果、シュールギャグになってしまいバトルの緊張感がなくなってますね。

まぁ1体くらいこういうのいないと息苦しいじゃん?

 

 

 

 

 

 

・メディスン人形  舞島の人形第4号

 

正式に仲間になる際に着ていた服装ですが、元ネタは東方ロストワードに登場するメディスンのコスチュームにあった「うさみみ衛生兵」です。気になる人は調べて見てね。可愛いゾ!

エリー、くるみ人形、そして舞島の懸命なケアによって無事元気な姿になったが、退院早々治療とバトルの両立で大忙し。頑張れメディスン。

 

医術の才能は十二分にありますが、それは偏にメディスン人形自身の持つ優しさがそうさせました。

この子は人形……オリジナルのような人を酷く憎む気持ちなど最初からありはしないのです。あの時人里で舞島と出会ったことは、彼女にとって幸運だったことでしょう。

 

 

そういえば、この子を捨てた不届き者はいずこへ?

 

 

 

 

 

 

・むげつ人形  舞島の人形第5号

 

こういった厨二キャラを一度書いてみたかったのですが、思いの他難しく苦戦しました。そういった過去を経験していないもので……あれやってる人すげぇですね。立派な才能ですよ。

仕草や言葉遣い、その全てが“痛い”彼女ですが、本性は悪魔そのもの。力への執着心は他の誰よりも勝っています。

 

ギャグキャラは間に合っていたので、彼女には他と違う強者の風格を演出しています。実際レベル一番高いからね。

只、扱いの難しさも一番高い。姉には負けるけど。

 

 

 

 

 

 

・けいき人形  舞島の人形第6号

 

SOD要素からまさかの参戦。

舞島の手持ちの中で初のコスト120族なので「大器晩成型」ということに。まだまだ生まれたばかりの赤ん坊に等しい存在なので、とにかく躾が大変。

何かとトラブルメーカーな子ですが、それが功を成すこともあったりなかったりします。

 

一応、何のスタイルにするかは決めています。でも戦闘の参加は終盤でしょう。

 

 

 

 

 

 

・はたて人形  今のところ野生の人形

 

これまたやってみたかった「ギャル」を形にした次第です。はい、完全に私の独断と偏見でキャラ付しました。

元々はたてというキャラ自体がそれを模しているところはあるので特別違和感はないと思います。ちょっとストレートにしただけ。

 

何かワケありな事情を抱える彼女ですが、気になっている舞島へのアプローチは未だ果たせていない模様。

 

 

 

 

 

 

・げんげつ人形  光の人形第1号

 

スタイルチェンジを果たしてから光の言うことをあまり聞かなくなるのは原作の原作のオマージュ。〇〇〇はそっぽを向いた!

でも長い付き合いになってきたことで少しづつだが心を開いて……いやどうだろう。変人だから気まぐれかも?

 

変人と言えば、着せ替え魔になった経緯として東方人形劇の様々なコスプレ衣装を出したかったというものがあったり。原作の原作リスペクトってやつ。

ちな、クラウンピース人形が着せられたゴシックロリータは「炎」タイプの威力を上げる効果があります。それを小説の中で反映させる気はないですが。

 

 

 

 

 

 

以上、人形達サイドのまとめでした。

 

 

 

 

反省点が多い。多過ぎる。キリがないくらい。

 

第二部は人形の細かな描写があまり出来ていなかったように思いますね。特にバトル面。

正直、第三部もバトルがそこまで予定されていません。だからせめて人形の表情や仕草といった描写はもっと頑張っていきたいですね。

 

誤字にも極力注意していきたいところ。

指摘されて初めて気が付いたものも多く、如何に知識不足でチェックが甘いかを思い知らされました。

 

来年はその辺を踏まえ、慎重に進めていくことにします。

それではこの辺で。少々早いですが、皆様良いお年を。

 

 

 



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第三部
序章



新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。



 

 

幻想郷。

 

 

それは僕の住んでいた場所とは常識が異なる異世界。少女達が当たり前のように空を飛び、魔法という名の奇跡を扱う未知の領域。

そこに住んでいるのは人間を始め、妖怪、魔女、幽霊、神様といった異世界特有の種族達……空想上の生き物達だ。

 

生き物と言えば、最近になってこの幻想郷に出没した者達がいる。それは、“人形”。

人形はこの世界に住む少女達の姿をしている身長40cm程の可愛らしい生き物である。しかしただ可愛いだけではない。

この人形という生き物は人形遣いが従えることで戦うことが出来、且つその経験を得て成長することが出来る。まるでロールプレイングゲームでもやっているかのような仕組みは瞬く間に幻想郷中に広がり、一種の競技と化した。

やがて「人形バトル」と呼ばれたその競技は、今幻想郷で最も流行しているコンテンツだ。

 

だが、いつの時代もそれを悪用する者は必ず現れる。

現在、「人形解放戦線」という名の集団が人形を使って幻想郷全土に対しイタズラや破壊工作を行っていることが確認されており、住民達を困らせている。

彼女らの動機は未だ不明。しかし実際にそれを指揮している人物に一度会ったことで分かったことがある。それは、“人形の解放”。団の名前の通り、彼女らの目的は人形達を自由にさせること。

現に人形を捕まえるマジックアイテムである「封印の糸」の開発現場を襲い、幻想郷で起こったことを記事にして幻想郷中に報道している集落に対しても妨害を働いていた。

そして、その集落で見た過去の人形解放戦線を取り上げた記事の内容……僕はどうしてもそれが気になり、実際に確かめる必要性があると判断する。

 

 

だが、それを実行するには協力者の存在が不可欠……そして、“誰にもバレないようにする”ことが重要だ。

 

そう。今やこの世界で有名人となってしまった僕がそうなるには、どこにでもいる存在……“無個性(モブ)”になる必要性があった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

[紅魔館]

 

 

「……他の種族になれる魔法ですって?」

 

大図書館の魔女、パチュリー・ノーレッジは本を捲りながら視線をこちらに向けることはない。

だが呆れたような声色から、馬鹿なことを言っていると感じられているのは間違いないだろう。

 

「まぁない訳ではないけれどね。何故そんなものを?」

 

「えっと……実は」

 

僕は事細かにその魔法を欲している理由を説明した。人形解放戦線の過去と今の違い、リーダーのこと、烏合の衆にしては統率が取れている等々……

相変わらず本を読むことに集中しているパチュリーだが、こちらが説明をし終わると同時に呼んでいた本を静かに閉じる。そして、ようやくこちらに目線を合わせた。

 

「成程。要は潜入する為にその魔法を探していると」

 

「はい」

 

「作ってあげてもいい。但し、条件があるわ」

 

そう言い放ち、パチュリーはその白くか弱い指先を僕の封印の糸に向けた。タダという訳にはいかないらしい。

もちろんそれは想定していたのだが、まさか僕の人形に用があるとは。

 

「あなたの人形……「ユキ」といったかしら?それを私に調べさせて頂戴」

 

「ユキを?ど、どうして?」

 

「レミィとの戦いで見せたその人形の力、ちょっと興味があってね。時間は取らせないわ。こちらが魔法薬を完成させると同時に返す。……どうかしら?」

 

「………」

 

ユキ人形の入った封印の糸に視線を移す。すると糸が光り出し、飛び出そうとするユキ人形を僕は慌てて両腕で抱えた。

2人の話を聞いていたのだろう。また離れてしまうのが嫌なのか、僕の腕に小さな両手でしがみ付く。

ユキ人形はメディスンとの戦いで一度僕と離れ離れとなってしまった経験がある。あんな思いはもう二度と御免なのだろう。無論、それは僕も同じ気持ちだ。

せめて今くらいは、一緒にいてあげないといけない。

 

「預けている間、僕も一緒にいては駄目ですか?」

 

「……邪魔をしなければ、別に構わないわ。当時の話を聞きておきたいし」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして一晩の研究の末、魔法薬は完成した。

 

宣言通り、そこまで時間は掛かることはなくスムーズに事が進んだのは魔女であるパチュリーの豊富な知識があったからに他ならない。

魔法については専門用語のオンパレードで理解は出来なかったものの、ちゃんと注文通りの効果は発揮されるらしい。

 

「そうそう。1つだけ言っておくことがあるわ」

 

「?」

 

「それを飲んだら確かに望んだ他種族になれる。ただ、一度なってしまえばもう戻ることは出来ないから」

 

「え……」

 

「そのことを肝に銘じなさい。それじゃ」

 

そう言い残し、パチュリーは自信の寝室のドアを閉める。

とんでもない発言を聞いた僕はそのまま立ち尽くしてしまい、しばらくの間動けないでいた。

 

 

 

 

 

 

「すぅーー……はぁ」

 

 

深呼吸して冷静を取り戻し、改めてこの魔法薬の効能を再確認する。

 

この魔法薬の効能は、“望んだ他種族になる”。例えば、この世界に多く存在する妖精や妖怪などになることが可能ということ。

人形解放戦線はそういった種族の集まり……人間などまず相手にされないだろう。ましてやリーダーは人間を嫌う妖怪のメディスン・メランコリー……下手をしたら殺さね兼ねない。

だからこの魔法薬を飲んでその種族になれば、人形解放戦線の新たな仲間として迎え入れて貰うことも出来る筈。潜入としてこれ以上良い手はない。

 

だがそれと同時に、この薬は“二度と元には戻れない”という副作用付き。

僕がこの薬を飲んでしまえば、人として生きることが出来なくなる。

 

 

正直、こうなるであろうという覚悟はしていた。

しかし、いざその場面に直面すると……怖い。人であることに未練がある覚えなんてないが、不思議と恐怖を感じている自分がいる。

冷汗が額から流れ、身体が僅かに震えている……本当にいいのか?後悔しないだろうか?そう思うと、余計に恐怖感が増していく。

どうしても一歩を踏み出せない……そんな時だった。

 

 

「――!」

 

 

不安に押しつぶされそうになっている僕を見てか、封印の糸から一斉に人形達が飛び出し、心配そうにこちらを見つめる。

 

ユキ、しんみょうまる、こがさ、メディスン、むげつ、けいき……僕の可愛い人形達。

 

人形異変によって生み出された謎の生命体。僕はこの人形達に今まで沢山の愛情を注いできた。

だが人形異変が解決されてしまえば、この子達は恐らく……

 

そんなの……

 

 

「(嫌だッ……!!)」

 

 

身体の震えが止まる。

 

覚悟を決めろ、舞島 鏡介。人でなくなるからなんだ。僕は人形達が幸せに暮らしていければそれでいい。

 

僕は魔法薬の入った瓶の蓋を開ける。

後はなりたい種族をイメージし、これを飲み干すだけ……

 

 

ごめんなさい。僕は、人を止めます。

 

 

 



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第一章

 

〇月×日、午前1時09分

 

 

僕は妖怪の山にある集落、「天狗の里」の前までやってきた。

 

普段ならこんな真夜中の妖怪の山の中を歩くなど非常に危険で自殺行為に近いのだが、こちらにはそんなことをせずに済む手段がある。

それがこの、「スキマップ」と呼ばれる移動を主な目的とした道具だ。これは一度行ったことのある場所へ即ワープが可能な、謂わばポケ〇ンの「そらをとぶ」のようなもの。紅魔館への移動がスムーズにいったのも、このスキマップのお陰という訳だ。

因みにこのアイテムをくれたのは二股の尻尾が特徴的な「橙」という妖怪の少女で、いくら待っても来ない自分に痺れを切らして自ら守矢神社へ来た。山奥にある「マヨヒガ」と呼ばれる場所に住む橙は僕をこの世界へ呼んだあの八雲 紫の式神の式神らしく、このスキマップもその八雲 紫の能力を元にしたアイテムだと言う。

これを渡す際、八雲 紫に感謝をするように言われたが……呼んでおいて一向に姿を現さない人物にそんな感情は沸いてこない。だが便利は便利なので、その点においてはきちんと感謝しよう。

 

 

さて、僕がここに来たのは他でもない。人形解放戦線への潜入の第一歩を進める為だ。

以前ここへ来た際、三月精がここに住む天狗達に対し妨害行為を働いていたのは記憶に新しい。そして偶々通りががった僕がそれを解決したことで三月精の一人、サニーミルクが捕まるという結果となった。

僕は考えた。“何のアポもなく人形解放戦線に入ることは難しい”と。そこで、ここに捕まっているサニーミルクの出番だ。

彼女ら三月精も人形解放戦線のメンバーであり、今後付き合うこととなる一時的な仲間……彼女をここから救出して信頼を勝ち取ることで、スムーズに潜入を進められるという算段である。

 

人形解放戦線を内から変えることさえ出来れば人形がこの世界に害をなす存在とみなされずに済むと、僕はそう確信している。

そして新聞で過去を見る限り、人形解放戦線は最初から“悪”ではなかった。そうなってしまったのは何か理由がある筈……僕はそれを知りたい。

その為に僕は姿を変え、内部へ潜入することで少しでも情報を集める決心をしたのだ。

 

 

 

モブとして新たに生まれたばかりの僕にはアテがない。同族の知り合いもいない。だから、これからそれを作っていく。

 

そう。これは人形達を救う為の、僕の孤独な戦いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「(……思っていたより多いな)」

 

 

天狗の里の様子を遠くから伺ってみると、門番を始めとした見張りをしている天狗が数名いることが確認出来る。

この前の騒動で警戒が一層強まったということだろうか?これは見つからずに潜入するのは骨が折れそうだ……1人ならば。

 

「むげつ、いいかい?」

 

小声でむげつ人形を天狗の視界に入らないところへと繰り出す。

待っていたと言わんばかりにカッコよく登場したむげつ人形は目を閉じ、腕を組みながらドヤ顔でこちらの指示を待つ。

 

「ウィルオウィスプ でまずは天狗の里に威嚇射撃して。門番が動き次第、一緒について来てもらうよ」

 

思っていたのとは違ったのか、指示の内容を聞いて渋い表情をするむげつ人形だが言う通りに青い炎を天狗の里に向けて数発放った。

放射状に飛んだ火の玉は天狗の里に命中し、遠くから爆発音は聞こえてくる。そこに住む者や建物にはちゃんと当たっていないようだ。

そして何事かと見張りの天狗達が現場へ急行していく姿も見えた。一時的だが侵入する隙が生まれる。

 

「くるみ、君も出てきて」

 

むげつ人形に続き、このタイミングでもう1体の人形を繰り出す。

いきなりのご指名に少々緊張しているくるみ人形だが、頑張るまいと気合を入れてこちらの指示を待つ。

 

「僕が暗がりを移動する間、 夜陰 で姿を隠して。翼のある君になら、僕の走るスピードにも追いつける筈……頼んだよ」

 

少々無理を強いる指示ではあるが、これはくるみ人形にしか頼めない仕事だ。今の僕では精々1体しか人形を担げないのだから。

「幻」や「闇」属性の技は目くらましが可能な手段も多く、今は夜という好条件……やり方次第では見つからずに目的地へとたどり着けるだろう。

 

 

「(……よし、行くぞ)」

 

 

両手で頬を軽く叩き、一息いれ、自身の計画を実行に移すべく僕は2体の人形と共に天狗の里に向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

中へ潜入を果たすと、案の定天狗の里は軽い混乱状態となっていた。

突然の、それも真夜中の奇襲……相手の正体も分からないのだから当然だろう。

 

それにここの天狗達はつい最近にも人形解放戦線の妨害を受けている。まずそいつらの仕業とみなし、躍起になって探すに違いない。

だから少しでも隠れる手段を増やしておいた。闇夜に紛れ、姿を消す「夜陰」の本来とは違った使い方は、自称人形解放戦線のリーダーであったルーミアから着想を得た。

まさかあの経験が生きる日が来るとは思いもしなかったが、お陰で今のところは誰にも見つからずに済んでいる。人生、何が為になるか分からないものだ。

 

「!」

 

天狗が2体、こちらへ向かってくるのが見えた。

まだ距離はあるが、数分間ひたすら走り続けた弊害でくるみ人形も「夜陰」を張り続けるのが苦しくなっているのが分かる。一度どこかに身をひそめる必要性がありそうだ。

目の前にある使えそうなものは夜を照らす1丁の灯篭……となると、むげつ人形の出番だろう。

 

「むげつ、 蜃気楼 で姿を隠して」

 

光源さえあれば、夜でもこの技は機能する。

夜に明かりのない集落なんてまず存在しない。だからそこを利用することで隠れる為の手段として利用させて貰うのだ。

 

「くそ、一体どこのどいつだ?こんな真夜中に奇襲とは」

 

「どうせ人形解放戦線の奴らだろう。人形持っているからって調子に乗りやがって……今度会ったら〇〇〇〇して〇〇して、最後は見せしめとして〇〇してやる」

 

 

「………」

 

こちらが丁度隠れている目の前で、天狗達の会話が聞こえてくる。

息の出来ないくらいの至近距離、少しでも音を立てれば見つかる緊張感が襲い掛かった。

姿を消していると言っても、音や気配は消せていない。動くことは許されず、今はただ通り過ぎるのを待つしかなかった。

 

「(……行った、か)」

 

天狗達が遠くへ行ったのを確認し、苦し紛れに息を吐く。止めたのは僅か10秒程度だったが、走った後なので相当キツかった。

危なかった……もし見つかって再程言っていたことを実行されたらと思うと背筋が凍る。悪いことなど、これっきりにしたいものだ。

 

 

 

その後も天狗達の目を掻い潜り、1回も見つかることなく目的地である牢屋小屋へとたどり着くことが出来た。

人よりあらゆる器官が優れているであろう妖怪達も、流石に夜の暗闇には敵わないようだ。しかし、まだ油断は出来ない。

牢屋小屋の前にも天狗が1体見張っているのが見える。こういう時に大体1人はいる、騒ぎが起こっていようと決して動かず自分の仕事を全うするタイプ……なんと面倒な。

大きな剣と紅葉模様の盾で武装しており、白い犬の特徴を持つ天狗……確か、白狼天狗と言ったか。あいつがいる限り、サニ―ミルクの元へ行くことは出来ない。さてどうする?

 

「……そこにいる奴、出てこい。いるのは分かっているぞ」

 

「 ッ!? 」

 

気配を悟られたのだろうか。牢屋の見張りをしていた白狼天狗が独りでに喋り出し、武器を構える。

不味いと感じ、急いで逃げようとするも白狼天狗の向いている方向はこちらとは正反対だった。どうやら、僕の他にもそこに誰かがいるらしい。

しかし、そうだとして一体誰なんだ?一緒に来た覚えなんて当然ないし……

 

「む……――ッ!貴様ッ!!」

 

存在に気付いた白狼天狗に対し、青い弾幕を扇状に放つことで挨拶する別の侵入者。

それを自身の盾で身を守り、一気に距離を詰めようと突撃して剣を振るう白狼天狗だが、その攻撃は当たることはなく空を切る。

見失って辺りを見回す白狼天狗の背後から今度は風を纏った弾幕が数発飛んでいき、白狼天狗は間一髪バックステップでそれをかわす。

 

「くっ……小癪な!」

 

気配のする方へ次々と攻撃を繰り出す白狼天狗だが、どれも当たることはない。

まるで相手の動きを熟知しているかのように白狼天狗の連続攻撃をいとも簡単に避ける別の侵入者……相当強者であることは間違いないだろう。

 

そして戦いに夢中になっているお陰か、白狼天狗は牢屋小屋からどんどん距離が離れていっている。

これは中へと入る絶好の機会だ。それに気のせいか、こっちの存在に気付かれないように上手く白狼天狗を誘導してくれているような……?まぁいずれにせよ、すごく助かった。

 

僕はなるべく音を立てないようにし、扉をゆっくりと開いて牢屋小屋の中へ潜入を果たすのだった。

 

 

 



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第二章

 

明かりの1つも存在しない、外よりも薄暗く何もない空間。

常人がこんなところに居続ければ不安と恐怖でいずれ精神崩壊するであろう。罪を犯した人に与えられる罰……それこそがこの「牢屋」だ。

本来ならこんな場所に用などなかったのだが、個人的に必要となってしまった。何故ならここに捕まっている“ある人物”と接触を図らなればならないからだ。

 

僕の予想では、牢屋越しから「助けて」と呼んでいるものだと思っていたのだが、声は全くと言っていい程聞こえては来ない。

人形解放戦線のメンバーである三月精の1人、サニーミルクがここにいるのは間違いない筈。……眠っているのだろうか?

 

ここで声を上げると外に聞こえてしまう可能性がある。仕方がないので、牢屋を1つ1つチェックして回るしかなさそうだ。

 

 

 

 

まずは1つ目の牢屋。

 

鉄格子の外を覗き込んで中を探ってみるも、誰もいない。簡易な寝床にも眠っていない。

比較的綺麗なところを見るに、今までここは使われたことがないのだろう。ここにサニーミルクはいない。外れだ。

 

 

 

 

続いて2つ目の牢屋。

 

1つ目と比べると使わている形跡が見受けれられる。

つい最近までここに誰かがいたのは分かるが、今はもぬけの殻のようだ。釈放されたのか?

人形解放戦線としてここでイタズラをしたサニ―ミルクが、そう簡単に許されるとは思わない。恐らくここにもいなかったと考えられる。

 

 

 

 

そして3つ目、これが最後の牢屋だ。

 

ここにも中に誰もいない……かと思ったが、隅っこの方に小さな人影が見える。

だが、あれはサニーミルクであるかは薄暗くてはっきりとは分からない。確かめてみる必要がある。

 

「むげつ、 スターフレア を手元に凝縮させて」

 

抱き抱えている自分の人形に技を指示する。

明かりを灯すのならばユキ人形の出番なのだが、諸事情により今は手元にいない。よって、唯一この技を覚えているむげつ人形しか候補がいないのだ。

 

むげつ人形は難しい顔をしながらも「スターフレア」を発動し、星の弾幕を放つ前の段階をキープさせる。

狙い通り、そこを中心に光が集まっていって牢屋の中が照らされていくと、隅っこから金髪のツインテールが顔を覗かせる。やはりあそこにいるのはサニーミルクだ。

様子を見るに、体育座りで俯いているみたいだが……

 

「………?この、光は………う、うぅ………もうやめて………」

 

背後から光が照らされていることに気が付いたサニーミルクは恐る恐るその方向を向く。

まるで恐ろしいことをされるのを予期しているかのようなビビりっぷり……ここで一体何があったというのか?

 

「……あれ、あの天狗じゃ、ない?………ッ!」

 

「ルナ、スター!あなた達なの……!?」

 

彼女は恐らく、光越しに映る僕のシルエットを見てそう思ったのだろう。

三月精はサニーミルクを始め、ルナチャイルド、スターサファイアの仲良し3人組。自分を助けに来てくれたとだと期待をするのはごく自然な思考だ。

あの様子を見るに、今にも壊れてしまいそうな危ない状態だったのは容易に想像出来る。

 

 

「……え?あなた、だれ……?」

 

 

「えっと……こ、こんばんわ」

 

 

……希望から絶望に突き落とされた顔をされると、何だか悪いことをした気分になるな。

 

 

 

 

 

 

鉄格子越しにあいまみえることになったサニーミルク。

こちらとしては2回目のご対面なのだが、あちらはそう思っていない。何故なら今の僕は違う姿をしているから。

会ったこともない人物に声を掛けられるのは誰しも疑問を抱くものだ。それもこんなシチュエーションでならば猶更そうなる。

 

「はぁ……期待した私がバカだった。……またヒドイことするの?」

 

「ち、違うよ!僕は天狗達の仲間じゃない!君を助けに来たんだ」

 

「え……わ、私を?どうして?それに見ない顔だし、少なくともメンバーじゃないわよね?」

 

……理由か。

 

人形解放戦線に潜入する為……なんて言える訳がない。

仲間に頼まれたというのも、後々になってバレるのがオチだ。しまったな、その辺をあまり考えていなかった。

 

「……実は、僕もよく分かっていないんだ。どうしてこんなことをしているのか」

 

「わ、わからない?」

 

「うん。でもね、放っておけなかったんだ。毎日毎日、ここの天狗達にひどい目に遭わされている君を見ていると勝手に体が動いてた」

 

「アハハ……おかしいよね?ホント」

 

「……… ………」

 

碌な言い分が思い付かず、理由になってない理由を述べてしまう。これではまるで説得力がない。

考えろ、舞島 鏡介。この場を切り抜ける最善の答えをその頭で導き出すんだ!

 

 

「君をここから救いたいんだ。ここで生まれた、同じ仲間として」

 

 

……だ、駄目だ。ストレートで単純な答えしか出せない。僕はなんてヘタレなのだろう。

 

もっとあった筈だ。相手を納得させるような、上手い説得が……これではただの馬鹿ではないか。

こんな根拠もない理由で、サニーミルクを味方につけることなんて出来る訳が……

 

「う、う……」

 

「え……!?」

 

僕の言葉を聞いたサニーミルクの目から涙が溢れている。不味い、怖がらせてしまったのだろうか?

彼女が今ここで泣き出してしまっては、外にいる見張りの白狼天狗に気付かれ兼ねない……こうなればスキマップを使って多少強引にでもここから出すしかないか?

 

 

……いや、落ち着け。スキマップは便利な分、転送できるのは一1人までという制約がある。

それに原因はよく分かっていないが、現在彼女はルナチャイルド、スターサファイアの2人と仲違いをしている状態。そしてこんなところに1人きりになったことで、心身共に弱り切っている。

仮にそのような精神状態で助け出したとしても、今後味方として役に立ってくれる見込みはない……まずはサニーミルクの心のケアをしていく必要があるようだ。

 

「……そっか。今まで散々ツライ目に遭ったんだもん。見ず知らずの僕を信用できないのも無理ないよね。ごめん」

 

「だけど、これだけは分かって欲しい。僕は君の味方だよ」

 

「………」

 

今晩の内に彼女を仲間にするのはとてもじゃないが現実的でないことが分かった。彼女を説得をするには時間を掛けていく必要性がある。

徐々にこちらへ心を開いてくれるのを待つ……今はこれしか方法がない。焦らず、じっくり作戦を遂行するんだ。

 

スキマップのワープ地点に、「天狗の里 牢屋」を設定しておくことで、サニーミルクにはいつでも会いに行くことが出来る。

牢屋越しから見えないところでワープすれば、この何とも言えない不気味な移動手段を見られることもなく安心だ。注意点としては牢屋の見張りをしている天狗に存在を気付かれないようにすることか?

 

 

「それじゃ、僕はもう行くよ。明日、またこの時間に会おうね!」

 

「……!ま、待って!」

 

「?」

 

「あなたは、一体?せめて名前だけでも教えて……!」

 

 

「僕は……」

 

 

「 僕は “マイ”。 通りすがりの、ただの妖精だよ 」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

“妖精のマイ”。

 

 

これが僕の新しいもう1つの姿。人形解放戦線へ潜り込む為に作った個性なきモブ。

最初はバレるのではないかと内心ヒヤヒヤしたものだが、妖精であるサニーミルクには一切バレてはいなかった。

実際、彼女は精神が危うい状態であった為バレなかったのは偶々だったという線もなくはないが……少なくともパッと見の外見では分からないというのは間違いない。

今後ともこの姿を取っていることへの問題点はあまりなさそうで、少し安心はしている。

 

「ん?あぁ、ごめんごめん」

 

横から裾を引っ張られたので確認すると、力のない羽ばたきをしているくるみ人形が休養も申し出ている。

何せ人形箱から外に出るのは久しぶりだったから体が鈍りきっていたのだろう。随分と無茶をさせてしまった。

 

「ありがとう、おかげで助かったよ。ゆっくり休んで」

 

くるみ人形の「夜陰」のお陰で闇に自身の姿を隠すことが出来たが、元々暗い中わざわざそれをしなければいけなかったのはちゃんとした理由がある。

それは自分が着ている服装が「白」を起点とした色合いで、夜でも目立ちやすいからに他ならない。その為、見つかる危険性を少しでも減らしておきたかったのだ。

 

 

妖精となった今の僕の見た目は、ここに住む幻想郷の少女達を多少意識したものとなっている。

青白いセミロングの髪、白い大きなリボン、ボタン付きの白いワンピース、そして背中には少し小さめな透明の天使の翼を模した羽がある。僅かだが本物のように羽ばたく動作も可能だ。

 

そして、これらのセンスは僕の発想ではなく、他の人物の手によって一から作られた。

つまりこれは「妖精になりきる為の服装」……よく出来た“偽物”である。この綺麗な髪もウィッグ、要はカツラだ。

 

 

 

 

……あの時、僕は結局「他種族になる薬」を飲まなかった。いや、正確には“飲めなかった”が正しい。

僕が薬を飲もうとした直前、ある人物にそれを止められてしまったことで人から妖精になることが叶わなかった。そして、禁忌に触れようとしたことを酷く怒られる羽目となり、使用を直ちに止めるように忠告される。

止めた人物の今まで見たことのない怒りの表情を見て初めて、僕はとんでもないことをしようとしていたのだと気付かされたのだ。

 

僕を止めたその人物はこう言った。

妖精になるなら他にもやりようはある筈だ、と。そんな方法なんてある訳ないと思っていたが、意外とどうにでもなるという結果が今の僕が取っている姿そのものである。

ここに至るまで様々な経緯があり、色んな人が協力してくれた……感謝してもし切れない。

 

 

だからこそ、僕は成し遂げる。協力してくれた皆の為にも。

 

まずは人形解放戦線のメンバー、サニーミルクの心のケアを実行する。

さぁ、ミッション開始だ。

 

 

 



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第三章


菫子回です。高校1人暮らし設定はこちらの完全な妄想でございます。
その辺は公式で描写されてなかったと記憶してるので




 

 

「 しんみょうまる! ロイヤルプリズム ! 」

 

 

「 こがさ! リバーススプラッシュ ! 」

 

 

「 メディスン! ポイズンボム ! 」

 

 

「 けいき! 霊石乱舞 ! 」

 

 

室内に響く人形の攻撃指示。だが実際にここで人形同士が戦っている訳ではない。

これは大きな独り言……詰まるところシュミレーションである。隣が出払っているタイミングを見計らい、こうして孤独で虚しい練習をしている訳だ。

 

 

「えっと……どうも。僕は舞島 鏡介です。僕は人形を愛しています」

 

「ちょ、ちょっと止めて下さいよ菫子先輩ッ!………」

 

 

「よし、こんなものか」

 

 

私は立て掛けたスマホに映っているカメラ越しの赤いボタンを押し、撮影を止める。

そして次に予め撮っておいた「舞島 鏡介」の先程と同じ動きをしたものと比較してみる。

 

「うん。大分掴んできたわ」

 

声のトーン、指示を出す際の仕草、表情……我ながら完璧な仕上がりとなってきた。

彼は男ではあるが声質や仕草が割と女に近いお陰で演技に関しては特別苦労はしない。だが……

 

「問題は人形バトルの腕っぷしよね。はぁ……全く、私は人形遣いでもないのにホント無茶言うわ」

 

舞島君に頼まれた次の依頼。

それは、「彼が妖精に変装している間、正体を悟られないようもう一人の彼になりきる」というものだった。運動以外は大体こなせる私を信頼してのお願いなのだろう。

舞島君は今、幻想郷に蔓延っている人形達がいなくなるのを阻止すべく、内から原因を取り除くという無謀な戦いに身を投じている。本当に馬鹿だ。

 

勿論、最初は止めるよう説得はした。だが、彼の意思は固い……それ程までに、舞島君は「人形」という生き物を愛してしまっている。

そんな彼の必死な思いをぶつけられ、押し負けてしまった私はこうして彼になりきる為の練習をしている訳だ。……私も大概ね。

 

天才である私がわざわざこんなことをやる動機は勿論、彼を巻き込んでしまった罪滅ぼし。他に理由なんてある訳ない。

そうだ。他意などない……少々顔立ちが整っているからって調子に乗らないで欲しい。まぁどうせ、当の本人はこのことに関して無自覚なんだろうが。

 

「はぁーー疲れた!ちょっと休憩っと」

 

雑念を払うかのように頭から思いっきりベッドに飛び込み、いつものようにスマホをいじって気分転換へと洒落込む。

今まで幻想郷内で撮った写真を眺め、当時の思い出に耽るのが最近のマイブームだ。初めて幻想郷に来た時の高揚感、自身が起こした異変、心境の変化……本当に色々なことがあった。

頬を緩ませながら指を動かし、フォルダ内に並べられた写真をスライドさせていると、あるものに目がいく。それはつい昨日撮った1つの写真……妖精姿の舞島君。

 

「(………やっぱり、可愛いわね)」

 

心の中の感想を呟きながら無意識にその写真をタッチしてしまい、妖精姿の舞島君が画面いっぱいに拡大される。

綺麗すぎて直視出来ない程眩しく、キラキラと輝いて見えてしまうような圧倒的ビジュアル……まるでカリスマモデルのようだ。前々から中性的な顔立ちだとは思っていたが、化粧も一切無しでここまでのレベル……彼は近年稀に見る逸材だろう。

流石にウィッグやまつ毛など部分的に改良は加えられているものの、あまりにも元の素材が良すぎる。「実は女の子でした」と言われても信じるくらいには。

もしネットでこの姿を世界中に見せれば一躍人気者となれるのだろう。……まぁ彼、そういったことには興味関心がなさそうだけどね。勿体ない。

 

 

しかしこのコスプレ、人形解放戦線に潜入する為のものらしいが不思議な点がある。それは、彼の身長だ。明らかに前の身長と比べて小さい。

舞島君の身長は凡そ私と変わらないくらいにはあった筈……それが何故、妖精と同じくらいの身長に突然なったのだ?

あまり想像したくないが、禁忌に触れるような行いをした可能性も?正直、人形の為なら何でもする彼ならやり兼ねない。今更ながら心配になってきた。

 

「……あーあ、めんどくさ。何で私、こんなこと引き受けちゃったかな」

 

私は超能力者であって魔法使いではない為、それを知る術はない。だけどこれだけは分かる。

舞島君は本気だ。本気で自分の目的を成し遂げようとしている。

 

ならば私は彼の協力者として、そして先輩として、彼の思いに応えるだけだ。

 

 

 

 

 

 

「……うっわ。マジでサイズぴったりじゃん」

 

変装用に舞島君から譲り受けた服一式に袖を通してみるとあら不思議。

男性用の筈なのだが、窮屈なところもなく問題ない。彼の言った通りだった。

 

因みにこれを渡された時、彼は今まで一張羅で冒険してきたせいか物凄く臭かったのでこちらで洗濯済み。

聞けば何度か川に飛び込んでからそのままの状態らしい。馬鹿か。

 

 

舞島君が最初に「体の相性がいい」などとほざいた時には正気を疑ったものだが、確かにこれはパッと見では入れ替わっていることなど誰にも分からない。

茶色のキャップ帽、黒のパーカー、灰色の無地のシャツ、そして青のジーンズというこの服構成、新鮮だが実に中学生っぽい服装である。

こうして着てみて分かったが、体つきまでほぼ一緒とは……彼の日頃の運動不足が伺える。まぁ人のことは言えないけど。

 

「………」

 

「女」である私の鏡に映った、仮の「男」としての姿……それを見て気付いたことが1つある。

そして「ああ、確かにこれは私が適任だ」と納得すると同時に、「あのガキ見るところ見てやがる」という舞島君に対しての怒りが込み上げてきた。

 

試しに横から全身を見てみても、その部分の膨らみは男と何ら変わらない。

今までそんなに気にしてこなかったけど、私って……

 

 

「 こんなに小さかったっけ……?orz 」

 

 

膝と両手を地面に突き、自身の女としての部分になるモノの貧相さに絶望する。

……いや、プラス思考で考えよう。さらしとか無理に巻く必要性がなくなったと考えればいいんだ。

噂によれば、持っていたは持っていたで肩こりに一生悩まされるらしい。あれもいいことばかりじゃないんだ。そうだ、むしろ私がそんなの持ったら損をするに決まってる。

 

 

うん、やめようこの話。

 

 

気を取り直して、次に取り掛かるべき変装の手順を確認してみる。

舞島君と私、その違いとして真っ先に挙げられるのはやはり、私のかけているこの「眼鏡」だ。彼は眼鏡などしていない。

人生で一度も付けたことはないが、ここは「コンタクトレンズ」に変える必要性がある。

 

次に目や髪の色。しかしこれに関しては共に茶色で一致している。まぁ同じ外の世界の同じ国に住む住民であることから、そのような特徴の一致は何らおかしくはない。

だから髪留めを解いて借りているキャップ帽の中に隠すだけで、見た目は簡単に再現可能となる。この2点の外見の要素も、私を代役と決めたきっかけだったのだろう。

 

そして最後、細かな顔のパーツだが……これは奇跡的にどこも問題がなかった。

二重である目、鼻、唇、耳の大きさや特徴からなる私と彼の顔つきには差があまりなく、そっくりさんであったことが判明。

世界には同じ顔が3人いるという。私に生き別れの兄弟がいるという話は聞いたことない。ということは、偶然にも舞島君がその同じ顔の人らしい。これは天文学的な確率、なんと都合の良い話だろうか。

今まで自分の顔付きになんて特に関心がなかったが、こんなものを見せられたら嫌でも気になってしまう……改めて見ても、やっぱり私って地味だな。

幻想郷に来て色んな人に会い、常々感じたことだが……もうちょっと見た目気にした方がいいのかな?

 

 

なんて考えている内に窓から見える空は雲1つない綺麗な橙色となっていて、すっかり夕暮れ時だった。

私はリモコンに手を伸ばし、カーテンを閉じ、電気をつけ、壁に掛けられた電波時計を確認する。

 

 

「うん、まだ時間はあるわね」

 

 

現在、時刻は午後17時過ぎ……お隣が帰ってくるまで後1時間くらいはある。

今度は変装をした状態で色々と練習をしてみよう。

 

 

 

 

 

 

その後、スーパーに行き、夕飯を食べ、シャワーを浴び、歯を磨いて、気付けば時刻は午後10時を回った。

明日から「舞島 鏡介」として本格的に幻想郷へ出向くことになる。丁度、今は学校は夏休みを迎えているのもあって寝放題……つまり、行き放題という状態だ。

出されていた宿題はもう全て終わってるし、こちら側に関しては何も心配いらないだろう。私は電気を消し、冷房を切ってベッドに潜り込むことで眠る準備を始めた。

 

奇妙な形ではあるが、今日から私は人形遣いとなる。

でも実はポケ〇ン経験者でもある私はそれに対してさほど不安はない。何たって子供の頃はアニメだって見たことがあるのだ。

あの頃は友達がいなかったから、どうあがいても図鑑を全部埋められなかったっけ……懐かしいな。舞島君はどうなんだろう?あの大森って奴と一緒にやってたりしてたのだろうか。

 

「菫子、先輩………」

 

ふと、以前呼ばれた自分の名称が脳裏に浮かび、つい口にしてしまう。

部活など、上下関係が築かれることで生まれる「先輩」というワードが、こうも心地の良いものとは思ってもみなかった。

人と極力関わらないようにしてきたこの人生だが、内心少し憧れていた部分はあったのだろう。我ながら単純で呆れる。

 

 

……あれ?ちょっと持て。

 

あちらではそれが普通だから気にしてなかったが、男の人に下の名前で呼ばせるのって傍から見たら……

 

 

「……… ……… ………」

 

 

 

 

 

 

[午後11時半過ぎ]

 

 

 

「(ヤバい……何とか寝ないと)」

 

 

寝る前に色々と考えてしまった結果、寝付くことが出来なくなったのでスマホという最終睡眠兵器を取り出す。

そこから睡眠に良さそうな動画を漁り、枕元に置きながら目を閉じて耳を澄ますことで雑念を取り払う作戦だ。

 

舞島君と幻想郷で落ち合うのは今夜0時。何やら急用とのこと。

このままだと約束の時間に間に合わなってしまう。ここは何としても寝なければならない。

 

 

「全く、何であんなこと考えてしまったんだか……らしく、ない……な」

 

 

微睡みに支配され、瞼が段々と重くなっていくこの感覚……ようやくあちら側に行くことが出来そうだ。

めんどくさいけど、今日から頑張ろう。

 

 

 



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第四章

 

〇月△日、午後11時55分、人里前。

 

 

この人気のない且つ妖怪に襲われる心配もない安全な場所にて、僕はある人物と待ち合わせをしている。

 

ここはかつて博麗 霊夢と初めて人形バトルを行った「五の道」。当時は流れている川の綺麗さに感動をしたものだが、この世界に慣れてきた影響だろうか?日常の風景として見慣れたような感覚がある。

だがそれでいい。今の僕はこの幻想郷に住む只の妖精……妖精とは自然そのものだ。それが当たり前でなければむしろおかしくなる。きっと、夜にしか見れないこの川に映し出された清めの月光すらも特別美しいとは思わないのだろう。

 

僕はまだ妖精になったばかりで、それらの生態については何も知らない。

今日も一日中研究しようと魔法の森にいる妖精達と会話を試みたが、出てくるのは中身のないどうでもいいものばかり。最初に見てから薄々感じていたことだが、基本妖精というのは遊ぶこととイタズラすることしか頭がないらしい。

単純という意味合いでは面倒もなく気軽に絡みやすいが、情報などを聞き出す上では知能が低く結果が期待出来ない……後先が不安だ。

 

現に、魔法の森にて偶然にも「人形解放戦線」を名乗る妖精とコンタクトが取れたのだが、肝心の本部がある場所を聞いても何も知らなかった。

聞くところによると人形解放戦線はそれぞれの場所に支部を持っており、彼女はここ「魔法の森」担当らしいのだが1人でやることがなく暇らしい。勧誘は受けたものの配属が支部であること、そして暇つぶしに遊び相手が欲しいという目的が見え見えだったので丁重にお断りした。

もし彼女が本部のメンバーならば話が早かったのだが、既に目星は付けてあるので問題ないだろう。

 

しかし思い返してみると、今まで会った妖精達にも個性というものがあった。

極度のバカだが他にない氷を操ることが出来る「チルノ」。他と比べて知能があり落ち着いた性格だが、どこか変態チックだった「大妖精」。

同じく他と比べ一見頭が切れそうだが何やら不幸体質っぽい「ルナチャイルド」。何を考えているか分からずいまいち読めない「スターサファイア」。そして、現在天狗の里で捕まっている「サニ―ミルク」。

こうやってまとめてみると、人と同じように妖精にも色んな性格の者がいる。つまりそれは僕みたいな性格の妖精がいても違和感はないと言えるのではないだろうか?魔法の森で会った妖精達は少なくとも僕を仲間だと思っていたみたいだし、案外このままでも問題はないのかもしれない。

一応、念には念を入れてこの姿の間だけ“生命力”を溢れさせることで人だとバレないようにしたのだが、もしかしたらこれも余計だった可能性がある。

 

 

「……はぁ」

 

一日中魔法の森を歩き回っていたせいで疲れてしまった。僕はその場でしゃがみ込むと同時に溜め息をつく。その深さ故か、水面から僅かに波紋が広がった。

余り体力がない僕が疲れを知らない無邪気な子供のような妖精達に付き合えばこうなることは明白。人形の相手はあんなにも楽しいのに……人付き合いというものはやはり苦手だ。

月光煌めく透き通るような水面下……揺れる波紋のその先から見えた僕の暗い顔は、まるで真実を映し出す鏡のように的確で……そう、これが本当の自分。弱くて、無知で、愚かな己の姿。

本当は、他人と関わることが怖くて怖くて仕方がないんだ。

 

「遅いな、先輩……」

 

既に約束の時刻だというのに、未だ菫子先輩が来る様子はない。このままだとネガティブな思考がどんどん沸き上がってくるので、出来れば早く来て欲しい。

だが急な呼び出しではあったし、まだ準備が出来ていないのかも?だとしたら申し訳ないことをした。

 

それにしても水辺の近くからか、夏場だと言うのに体が冷える。その場で体操座りをして極力身を寄せ、冷えを少しでも凌ぐも温まることは叶わない。

あぁ、ユキ人形の炎の温かさが今は恋しい……今手持ちにいるのならばすぐに出したいが、生憎それが入っている封印の糸は別の場所にある。

実は今、ユキ人形に加えて「しんみょうまる人形」、「こがさ人形」、「けいき人形」の4体は僕の手元から離れ、預けられている状態だ。

 

勿論、それにはちゃんとした理由がある。それは人形の言葉を封印の糸越しでもハッキリ聞き取れるリーダーの“メディスン・メランコリー”の存在だ。

「舞島 鏡介」という人間は今、人形解放戦線から「指名手配犯」として扱われており、完全に“敵”として認識されている。何せ組織のリーダーにまで直接喧嘩を売ってしまったのだ。当然と言えば当然と言える。

そのせいで大ぴらに見せていない筈の僕の手持ち、ユキ、しんみょうまる、こがさ人形の存在が他のメンバー達にバレてしまった。けいき人形もつい最近メンバーであるルナチャイルドの羽を思いっきり噛みついたせいで存在が知られてしまっている。完全にアウトだ。

仮にメンバー達は上手く誤魔化せたとしても、本物を知っているメディスン自身に見られればどこにも逃げ道がなくなり、一貫の終わりだ。

だから僕は信頼出来る人に人形達を預け、潜入している間の“一時的な代わり”を頼むことにした。それが、菫子先輩である。

 

あの人とは初めて会った時から本当によくして貰っている。同じ外来人のよしみだとよく言ってはいるが、お人好しな先輩もいるものだ。

僕の通っている世界の中学校では特に部活に所属していないので「先輩」という敬称は馴染みがないのだが……存外悪くない。

菫子先輩は口や態度こそ少々上からなところもあるが、素直になれないだけで本当は優しい人だということを知っている。有言実行する確かな強さと信念も持っていることも……正直、すごく憧れる。

自分とはまるで正反対な強い人間……だからこそ信頼出来るし、僕の代わりにあの子達のことも任せられた。

 

 

「あいつら、元気に……してる……かな」

 

 

疲れから来る急な眠気が意識を薄れさせ、朦朧状態となる……そこで僕はかつての記憶の夢を見る事となった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「 バカ野郎ッ!!これはそんな軽い気持ちで使っていいものじゃねぇぞ!! 」

 

 

「――か、軽い気持ちでなんか」

 

「い~や、お前は何も分かってない。どうせ自分はどうなってもいいとか下らないこと考えていたんだろ?」

 

「そ、それは……」

 

「……言ってみろよ。どうしてこんなものに頼ろうとした?」

 

 

 

 

「成程。人形解放戦線への潜入と改心をねぇ」

 

「うん、それが出来れば人形がいなくならずに済むと思って」

 

「はぁ……じゃあ、仮にもしこれを使って目的を果たしたとしてだ。その後どうするつもりだ?一生お前は妖精として生涯を過ごすのか?」

 

「……うん、そのつもりだった」

 

「やっぱお前バカだよ、大バカ。こんな救いようもないバカ、生まれて初めて見たんだぜ」

 

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない」

 

「お前は現代人。帰るべき場所があるんだ。人であることを捨てるような親不孝者になるんじゃねぇ」

 

「!………ご、ごめん」

 

「分かりゃいい。お前はそれでいいんだよ」

 

「え?」

 

「それにな、妖精になりたいなら他にいくらでもやりようはある。あいつらも所詮バカだからな。そうだな、例えば……」

 

 

 

 

「でも、そうなってくると問題は身長の高さだよね。僕と妖精とじゃあまりにも差がありすぎるよ」

 

「心配すんな。知り合いに大きさの調整が出来る都合の良い奴がいてな?逆のことまで出来るかは詳しく知らねーけど、そいつにお願いしてみるぜ」

 

「……今更だけど、魔理沙ってホント色んな人と縁があるよね」

 

「そうか?まぁ確かに言われてみればそうかもなー?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「 ―――て。ほら、起きてっ! 」

 

 

「……ふぁ?」

 

 

誰かから肩を揺さぶられたことで夢から覚め、ぼんやりと人の輪郭らしきものが目に入る。

起こしてくれたであろうその人物をしばらく見つめ、誰なのかを確かめようとするが何故か顔を背けられた。恥ずかしがり屋なのだろうか?

もっとハッキリ確かようと目を擦り、段々と視界が開けてきたところで再度その人物を確認する。

 

この服の特徴、背丈……間違いない。僕を起こしたのは、紛れもなく“舞島 鏡介”だ。

 

そうか、彼がかの有名な現代人の……人形、遣い………

 

 

「 うわーーーーーッ!!!ドドド、ドッペルゲンガーだーーーーー!!? 」

 

 

「え!?ちょ、ちょっと」

 

「ぼ、僕まだ死にたくない!!あっ――」

 

 

目の前で起こっている怪現象に混乱してしまった僕はここが川の近くであることを忘れていた。足を踏み外し、正面から転落してしまう……が、川と顔面スレスレのところで落下がぴたりと止まる。

それはまるで、全身金縛りにあったかのような感覚だった。

 

 

「は?えっ……―――ぅうおおおおおおおおお!!!?」

 

 

状況を理解する間もなく董子先輩の指先がクイッと上に向けられると同時に僕は宙に投げ飛ばされ、彼是3回目となる空中旅行を体験する事となった。

そして元いた場所に上から衝突しそうになったその直前、先程やられた時と同じ力が今度はこちらを守るように包み込み、落下の衝撃を抑えてくれる。

だが突然のことで困惑していたのもあって、その力が解除された瞬間頭から着地をするという間抜けな姿を晒す。仰向けに倒れた状態の僕に、見覚えのある人物が屈みこみながら呆れた顔で様子を伺う。

 

「目が覚めたかしら?」

 

「……は、はい。お騒がせしました、先輩」

 

 

 

 

 

 

「ったく、君がこれ提案したんでしょ?こっちがビックリしたわ」

 

「ハハ……すみません。完全に寝ぼけてました。……それにしても、ここまで完成度が高いとは思いませんでしたよ」

 

「癪だけど、君の言った通り服のサイズはピッタリだし特徴もほぼ一致していたからね。不思議なこともあるもんだわ」

 

「……僕ら、実は姉弟とかじゃないですよね?」

 

「いやいや、私1人っ子だし」

 

自分のことだからこそ分かる。今の董子先輩の姿は、まるで鏡に映ったかのように僕と瓜二つだ。

僕には妹が1人いるだけで、兄妹の関係しかない。世界には似た顔が3人いると言う話もある……それが“宇佐見 董子”という人物だったということなのだろう。

最初に変装して貰おうと着目した時には、身長とぱっと見の特徴しか見えていなかった。こういった機会がなければ絶対に気が付かなかっただろう。そう、これは幸運……つまり奇跡。

 

自分の中でそう結論を出し、気持ちも少し落ち着いたところでいよいよ本題に入ることにした。

 

「先輩、それで今日呼び出したのはその……ちょっと作戦が難航しておりまして」

 

「その様子だと、説得が上手くいかなかったのね?」

 

「はい、あの妖精の心の傷は思っていたよりも深いみたいです。まぁ、僕がそうしたようなものなんですけど……だから少し予定を変更しようと思います」

 

「まぁそうなるわよねぇ……分かったわ。聞かせて」

 

 

 

 

少女(?)説明中...

 

 

 

 

「……うん。まぁ、言ってることは分かるけどさ」

 

「はい?」

 

「これ、要は君が過去に行った場所巡りじゃない。この姿じゃ超能力も迂闊に使えないってのに……どんだけ歩かないといけないのよこれ」

 

「アハハ……気が付けば僕もたくさん冒険してますねぇ」

 

「「アハハ……」じゃないわよッ!……まぁ、引き受けたのは私だしちゃんとやるけど!」

 

董子先輩にやって貰うこと……それは“存在の証明”に他ならない。

いくら僕そっくりに変装しているとはいえ、ただそこにいるだけでは当然不審に思われてしまう。僕という人間は現在、異変調査をしなければならない立場にある。今この幻想郷に蔓延っている「人形」をどうにかしなければならないという義務を押し付けられているのだ。

今思えば、僕の取っている行動はそれに疑問を持ったことで生じた小さな反抗でもあるのだろう。だから僕は周りとは違うやり方で「人形」という存在がもたらしている被害を無くし、異変を解決する。

 

このことを知っているのはこの世界でまだ一部の協力者だけ……だが、いずれも僕の考えが無謀であることを主張しているのも事実だ。

理想を語っているのは分かっている。でも、見捨てられない。こんなに大事になってしまった存在を、みすみす死なせたくはない。妥協したくない。諦めたくないのだ。

 

「当初の予定では、僕が活動時間外に人形バトルのコツとかを教えるつもりだったんですけど……タダでさえそんなに多くは時間が取れない中、この始末です。もうそんな猶予もなくなってしまいました。ごめんなさい」

 

「いいって。君のスカウター借りてから大体の人形の仕様は理解出来たし、特に問題はないわ」

 

「流石ですね。頼りになります」

 

「だからこっちは心配御無用!あんたは潜入と情報収集にだけ集中しなさい」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

董子先輩は大抵のことはすぐにモノに出来る程には頭が良く、要領もいい。

だから、彼女の言ってることは信用してもいいだろう。非常に頼もしい限りだ。

 

「じゃあ、今日はこの辺で解散しましょう。お疲れ様でした」

 

「あ、ちょっと待って。その前にちょっといいかな?」

 

「え?はい……スマホなんか持ってどうしたんですか?」

 

「いいからいいいから。舞島君そこに立って。違うもっと右……そうそうその辺」

 

「……??」

 

「う~んそうね……こういうポーズとってから笑って見せて」

 

「こ、こうですか?」

 

「うん、まぁそんな感じ。それじゃ」

 

指示通りの場所に立たされ、謎の指定をされるがままに従う。

そこにカシャリという音とフラッシュ……まさかこれは、撮られた?

 

「やりゃあ出来るじゃないの。まだちょっと堅いけど」

 

「せ、先輩?いきなり何を?」

 

「さっきから君、どうも暗い顔だったからね。今は良くても、今後もそんな辛気臭い顔してると印象が良くないんじゃない?仮にも妖精なんだからさ、もっと明るく行きましょうよ」

 

「……!」

 

「それじゃね、只の妖精さん♪」

 

そう言うと、董子先輩は忽然と姿を消した。時間なのだろう。

しかし、痛いところを突かれた気分だ。確かに今の僕の姿はあまり妖精らしくなかったかもしれない。よく見ているな、先輩も。

 

「このままでいい」だなんて、随分と甘えていた。

妖精はバカだが、誰1人として暗くなんてなかった。皆明るくて、気楽に、思うがままに生きていた。

だから、この姿でいる間の僕は明るい道化でなければならない。今からでも、笑う練習しないと……!

 

 

「………にぃ」

 

 

川に映し出された妖精の笑顔はまだまだぎこちないものの、最初に映っていた弱い自分はもうそこにはいない。

そう思い込むことで、ほんの少しだけ強くなれた気がするのであった。

 

 

 



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外伝9


※注意


この外伝は、私が書いている小説「人間と人形の幻想演舞」の人形視点ストーリーです。その為、人形が普通にしゃべります。そのことを注意した上でご覧下さい。

今回は三部に入ってからの人形箱の様子となります。



 

どうもこんにちは。最近ご無沙汰だったマスター・舞島 鏡介様の人形箱の自称門番、エリー人形です。

ある日、四の道にて相棒のくるみ人形と門番としての使命を全うしていたところ、鬼の形相をしていた当時のマスターに捕まえられ、以降何故か心の傷を負ったメディちゃんの世話役に任命されるという破天荒な人生を送っています。

 

「毒壺」という殻に閉じ籠った彼女を外に出す為の苦労は並大抵のものではなく、何かある度に警戒され毒をまき散すので堪ったものではない。相棒のくるみ人形がもがき苦しむ姿を見て、あの時ほど私が「鋼鉄」属性で良かったと思った日はなかった。

それでも諦めず、試行錯誤を繰り返して自分達なりに接触を図り、初めてこちらに喋り掛けてくれた時の感動は忘れもしない。最も、初めの内は紙に書いた言葉を使っての会話だったのだが。

 

しかしその生活も長くは続かず、いざ役目を終えてメディちゃんが無事心の傷から立ち直り戦線へ復帰すると、我々はすっかり空気……脇役となった。最近は人形箱を開く機会に乏しいのもあり、マスターにでさえ存在を忘れられた可能性がある。

でもいいのだ。私達のマスターの力になるという意思は、メディちゃんがしっかりと受け継いでくれる。同期のくるみ人形も、それは同じ気持ちの筈。

 

「元気かなぁ?メディちゃん……仲間と上手くやれてるかなぁ?」

 

「大丈夫よ。“選ばれし者達(レジェンズ)”はマスターと似て強くて優しい方達なんだし、心配いらないって」

 

「何だか、子が親元を離れていったような気分。ああやって立派に成長してくれたのは本当に嬉しいけど……離れていってしまうとやっぱり寂しい、よ」

 

「エリー……そうね。ずっと世話をしてきたもんね。でもきっと大丈夫、メディはああ見えて強い子だから」

 

落ち込む私の肩にそっと手を添え、慰めの言葉を掛けてくれる親友の優しさが心に染みる。

するとそれに続くかのように人形箱にいる他の人形達が次々と私の元に集まり、その悲しみを包み込むかのようにハグをしてくれた。

 

「えいか、うるみ、やちえ、さき、とうてつ……ハハ、みんなありがとう」

 

最近仲間になったこの人形達は「霊長園」にてマスターの強さ、そして優しさに心打たれた者達。

その際、メディちゃんから献身的に治療を受けたのが当時の荒んだ心に響いたのだろう。以来、メディちゃんは彼女らから“聖母”のような扱いをされている。

そんなメディちゃんの過去を皆に話したところ、揃って号泣……だからこそ、こんなにも気持ちを共有してくれているのだと思う。作り手は違えど、やはり同じ種族……“仲間”なのだ。

唯一違いがあるとすれば、体の構造だろうか?彼女らは私やくるみ人形と違って、「土」から出来ている。

その為か、体が硬く重量感がある……つまり、皆からハグをされているこの状況は嬉しいのだが非常に苦しいのです。ヤバいヤバい、これ以上は中身出ちゃうから!!

 

「 みんな~~~!!大変大変、大変ですよ~~~!!大ニュースですぅ~~~~~!!! 」

 

慌てた様子でこちらに飛んできた霊長園仲間の1人、くたか人形の大声が人形箱中に響き渡ったことで皆の関心がそちらに向けられる。

悪意のない圧死から何とか逃れられホッとするのも束の間、彼女の口から衝撃の事実が告げられた。

 

 

「 マスター・舞島様の精鋭、“選ばれし者達(レジェンズ)”のユキ様、しんみょうまる様、こがさ様!そして我らの希望の星、けいきちゃんの実質的な一時休戦によりっ! 」

 

 

「 私達が穴埋めとして手持ちに加わることが決定致しましたぁッ! 」

 

 

 

 

「「「「「「「  な、なんだってーーーーーーーー!!!??   」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

“マスター・舞島様の手持ち”……それは我々補欠要員にとって、一度は見る夢。

あの舞島様に使って頂けることはここにいる人形達にとってこれ以上ない幸福であり、大変名誉な称号である。

 

 

やっと出番が回ってきた。

 

 

そう確信した皆の心は、一目見ただけで分かる。期待に満ちた目、自身の活躍を頭の中に思い描く様……実に満たされていると言える光景だ。

えいか人形は積み石をひたすら上に上に乗せていくことで感情の高ぶりを現し、うるみ人形はこのめでたい出来事を抱いている石の赤子に涙目で優しく報告し、くたか人形は馬鹿でかい声量の鶏声を上げ、とうてつ人形はケタケタと1人笑いながらスプーンに入っている何かを啜り、やちえ人形は表情こそクールだが尻尾が正直で、さき人形は自慢の腕っぷしを早くマスターに見せつけたいのか、さっきからシャドーボクシングを入念に行っている。

かく言う私も、実戦を行える絶好のチャンスに胸を躍らせている。この私自慢の鎌を、やっとまともに生かせる時が来たのだから。

 

「……ん?みんな、ちょっと待って」

 

「どうしたのくるみ?」

 

「くたかちゃんが言っていたことをよく思い出して。聞いた限りでは、今の欠員は4名……そして、ここにいる私達は全員で8名。ということは……」

 

「!ま、まさか!?」

 

 

「 選ばれるのは、“4人”だけ……? 」  

 

 

 

             「 4人だけ…… 」

 

 

 

                「 4人だけ…… 」

 

 

 

 

 

その時、人形箱内にいる全て人形達に電流走る。

 

 

「……ふん!」

 

「がッ!?」

 

「さ、さき!?一体何を!?」

 

 

突然、さき人形は目の前にいるうるみ人形を腹パンし、ダウンさせたことで一気に注目を浴びた。

痙攣しながら泡を吹き倒れているうるみ人形だが、しっかりと石の赤子を担いだままなのはどこか硬い意志を感じさせる。

 

「フフフ、所詮この世は弱肉強食。弱い奴からいなくなるんだ」

 

「なっ!?」

 

「……アタシはな、マスターに選ばれるためなら何だってするぜ。そして」

 

 

「 「よく頑張ったね」って言って貰って、頭をナデナデして貰うんだぁーーーーー!!! 」

 

 

「わ、わたしだって選ばれたいわ!抜け駆けは許さないんだから!」

 

「面白い。その戦い、何が何でも勝たせて貰いますよ」

 

「ケケッ、イイね!そうコなくちゃ!」

 

「コケーーーッ!!私こそがマスターに相応しい人材なのです!!」

 

「負けて堪るもんですか!!」

 

くるみ人形の一言、そしてさき人形の暴走がさっきまで幸せだった筈の空間をバトルロワイヤル会場へと変化させる。

様々な色合いの弾幕が飛び交い、拳と拳のぶつかり合うカオスな状況が一瞬にして出来上がってしまった。

 

「どうしよう……くるみ?」

 

「と、とにかく無理にでも止めさせないと!こんなに暴れたら人形箱(ここ)が壊れちゃうわ!」

 

「で、でも止めるにしたって2人じゃ絶対手が足りないわ。私達、あの子達よりも圧倒的に弱いし……」

 

「……た、確かに」

 

実戦経験がゼロで只の野生人形だった私達と、元々戦闘用を想定して作られた人形達とではあまりにも実力に差がありすぎる。

今この戦場に飛び込んでしまえば、私達はあっという間に戦闘不能になる……もう、この暴動を抑えることは絶対に不可能と思われた。

 

そう諦めかけていたその時、開いていない筈の人形箱の外から僅かに光が漏れた。そして、何故か室温が上昇したように思える。

上を見上げると何やら小さな光が徐々にこちらへ落ちてきているみたいで、それはやがて無数の炎の玉であることが分かった。

 

「……!?な、なに?あのデカい火球は!?」

 

「こっちに飛んで……ギャーーーーー!!??」

 

まるで天罰であるかのように人形達を襲う火球は着弾時に爆発を起こし、巻き起こった黒煙が辺りを覆ってしまう程の威力がある……直撃を受けた者は戦闘不能となっているがやりすぎない程度に手加減はしているようだ。

何が起こっているのか分からない残りの人形達は慌てふためき、辺りを見回すがそれを静止するかの如く一本の針が首筋に向けられた。敵わないと察した相手は両手を上げ降伏を示し、一切の抵抗を止める。

積み石を積んでいたことで火球から難を逃れた者もいたが、安堵する間もなく下から噴き出した水柱に打ち上げられ撃沈。これにて、事態は凡そ片が付くこととなった。

これだけの実力者揃い……相当の手練れであることは言うまでもないだろう。そして同時にその正体が誰なのかも察しがつく。

 

黒煙が少しずつ晴れ、この事態を急速に鎮めた人物が明らかとなった。

 

 

「もう、様子を見ようと来てみればまた喧嘩して!あなた達いい加減しなさい!」

 

「け、けいきちゃん……あまりおんぶされてる状態で暴れないで下さい」

 

「(ひえ~すごく視線集めちゃってる……)」

 

 

「ど、どうして皆さんがここに!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「(一体どういうこと?なんで“選ばれし者達(レジェンズ)”がこの人形箱に来てるの?)」

 

「(知らないわよ!何かあって一時的にマスターと一緒にいれないらしいけど……)」

 

怪我の治療を受け、一箇所に集められた人形達は反省の意を示せと言わんばかりに正座をさせられていた。

たまたま隣にいたくるみ人形に耳打ちをしながら今のこの状況について問うが、ここにいる誰もがそれを知らない。

 

「さて、聞いた限りじゃ私達の休戦については知っているみたいだし、早速本題に移ろうかな?」

 

「皆様、鏡様は敵地への潜入に伴い、仮の姿を取られる決断を致しました。しかし、その敵地の幹部は私達と同じ「人形」……顔が割れている者がいては正体がバレ兼ねません」

 

「リーダーのメディスンって人、どうやら封印の糸越しでもハッキリ私達が見えるみたい。下手したらこの人形箱にいてもバレるかも……って痛い痛い!!けいきちゃんほっぺ抓らないでッ!!」

 

「だぁーーー!キャッキャ♪」

 

「そこで顔の割れていないあなた達の出番って訳ね!今日はそれについてと激励の言葉を伝えにこうして初めて人形箱に来た訳なんだけど」

 

 

「 どうしてこうなったの? 」

 

 

この状況に困惑しているのは“選ばれし者達(レジェンズ)”も同じ。

そして、その答えを教えるように喧嘩の原因を作り出した人物へと一斉に目線が集まっていく。

 

「だ、だってよ!替わりと言っても定員はたった4人なんだろ!?だったら、その中でも強い奴が選ばれるに決まってるじゃないかッ!!だから」

 

「だからと言って、仲間内で揉めて良い訳じゃありません!それにもしこのことを鏡様が知ったら、さぞ悲しむでしょうね」

 

「―――ッ!!」

 

「覚えていますか?あなた達が鏡様に改心させられた時、言われた御言葉を?」

 

「……「決して争わず、何があっても仲良く」」

 

思い出したかのように呟いたさき人形の言葉に、しんみょうまる人形は静かに頷く。

教えに背いた罪悪感からか、その場で泣き出してしまうさき人形を“選ばれし者達(レジェンズ)”は寄り添い、そして優しく慰めた。

 

「鏡様は約束なさいました。我々人形が誰にも悪用されない平和な世界にしてみせると」

 

「人間である舞島さんが、他人である筈の私達の為にここまで頑張ってくれてる。だったら」

 

「少しでもその気持ちに応えてあげないとね!」

 

「う、ぐす……は、はいッ!ごめんなさあぁぁい!!うわーーーん!!」

 

あのいつも強気なさき人形がこうもあっさり……あんなに素直な彼女の姿を見たのは初めてだ。

そしてその姿を見た他の人形達も争いに便乗してしまったという愚かな行為を恥じ、共に涙を流す。流石は“選ばれし者達(レジェンズ)”……私とはまるで格が違う。

 

だがしかし、本来ならばこの騒動は人形箱の代表である私がちゃんと止めるべきだった。

もしあの時誰も来ていなかったらこの場が地獄絵図と化していたのは間違いないだろう。己の弱さが憎い。

 

「あ、そうだ。穴埋めの件だけど安心して!舞君はちゃんと皆を平等に使うつもりだから!」

 

「前から人形箱にずっと入れっぱなしだったこと、気にしているみたいだったからね」

 

「まぁそういう訳だからみんな!私達の代わりに頑張ってきて!」

 

「皆様が鏡様の御力になるよう尽力して下さるならば、私達としても嬉しい限りです」

 

選ばれし者達(レジェンズ)”から思わぬ朗報を受けた人形達は顔を向き合い、感情が高ぶることで歓声が一気に沸き上がる。

出番のない子なんて1人もいない……その言葉でどれだけ私達が救われることか。本当に良かった。

 

「いや~めでたいわねエリー!私達、ようやく出番が回ってくるのね!」

 

……そういえば、誰かさんが定員が4人しかいないと言ったことでこの騒動は始まったのだった。それを言った人物は確か?

 

「な、何?も~悪かったわよだからそんな目で見ないで!」

 

 

 



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第五章

 

暗い暗い牢屋の中、妖精2匹は身を寄せ合い静かに会話する。

 

 

「友達から聞いたよ。派手に喧嘩しちゃったんだって?」

 

「……うん」

 

「どうして?いつも3人は仲良しだって聞いたよ?」

 

「それは……」

 

「?」

 

何かを思い出したような表情をしたまま、固まってしまったサニーミルク。

体中をプルプルと震えさせ、どうも心配になり声を掛けようとしたその瞬間……

 

 

「 そうよッ!こうなってしまったのはルナとスターのせいじゃn 」

 

 

溜まっていたものを一気に出すかのような甲高い大声で叫び出す。僕は慌ててその口を両手で塞ぎ、外の様子を確認した。

……特にざわついた様子はない。幸い、気付かれなかったようだ。止めるのがあと少し遅かったら危なかっただろう。全く心臓に悪い。

 

「サニーちゃん、落ち着いて?外の看守に聞こえちゃうから」

 

「あ……ゴメン。ねぇマイ聞いて?ヒドイのよ?」

 

「うんうん」

 

“喧嘩の原因”、これは一見どうでもいい話かもしれないが、重要な情報だ。上手くいったら人形解放戦線の内情もいくつか引き出せるかもしれない。

それに三月精には元の仲の良い状態に戻って貰わなければ困る。そして喧嘩を収めるにはまず当人を落ち着かせ、話を聞くこと。その原因をきちんと理解し、どちらに非があるかを判断すれば自ずと解決への道は開ける筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――と、いうことなの」

 

サニーミルクによる主張を一通り聞き終わり、それに対し自分なりに意見を述べてみる。

とはいっても、それは至極単純な一言で充分事足りるものであった。

 

「うん。サニーちゃん何も悪くないね……」

 

「そうだよね!?ホントに悪くないよね!?おかしいよね!?」

 

言っていたことを簡単にまとめると、「「サニーミルクの能力」という透明になる手段があるにも関わらず、何故かルナとスターは同様の効果を持つ河童の光学迷彩の方に執着。挙句にいらない子扱いされた」。

確かに彼女は何も悪くないし、あまりに唐突で理不尽な差別と言える。サニーのショックが大きいのも、その不条理さが一番の原因と見た。

これも一種のイタズラなのだろうか?妖精の考えることはよく分からない……まだまだ勉強不足だ。

 

「その舞島っていう人間を狙ったのも、彼が指名手配犯だったから……って言ってたね。どういう人なの?」

 

「えっとね、「外来人の見た目をしている弱そうな人間で、自分の人形を都合の良いように洗脳している外道で、毒を吸っても何故か平然としているヤバいやつ」なんだって!似顔絵もあったから分かりやすかったわ!」

 

「……ふ、ふ~ん」

 

どうやら人形解放戦線の間では舞島 鏡介という存在は悪者とされている。

何せ指名手配犯だ。そういう扱いを受けるのはある程度覚悟していたのだが、いざ直接的に聞かされるとあまり気分のいいものではない。勿論、気持ちを悟られないように平静は装うのだが。

しかしこうやって聞くと確かに一部の特徴が「ヤバいやつ」なのは否定出来ないかもしれない。これでは現代に帰ってきた時に色々と支障が出そうで怖いな……

 

「とにかく、サニーちゃんは一度その人形解放戦線?とやらの本部にちゃんと帰るべきだと思うよ。なんにも悪くないんだからさ」

 

「……ヤダッ!あんな奴らの元に帰るくらいならここにいたほうがマシだもん!」

 

「寂しくないの?」

 

「マイがいるから平気!」

 

目を堅く瞑り、子供のように駄々をこね、その場から動かないことを表明するサニーミルク。

自分に対して信頼を置いてくれるのはいいのだが、この形はあまり望ましいものとは言えない。

彼女がこの様子では人形解放戦線への潜入は難しくなってしまう。何とか説得を試みなければ。

 

「ルナとスターのことはいいの?友達なんでしょ?」

 

「あんなやつら、友達でもなんでもない!もうぜっこーよ!」

 

「………」

 

「喧嘩は日常茶飯事だったけど、今日という今日はもう我慢の限界よ!顔も見たくないわ!」

 

「……サニーちゃん」

 

「ッ!?」

 

気が付けば僕は正面からサニーミルクの両肩を強く掴んでいた。

サニーミルクの負った心の傷は深い。しかし、それでも言っていいことと悪いことはあるものだ。

先程彼女の言った言葉は、今まで演技をしていた妖精である僕を衝動的に動かしてしまう。

 

「ルナとスターは僕なんかよりずっと長い付き合いなんでしょ?冗談でもそんな心もないこと言うものじゃない。取り返しがつかなくなって後悔したって遅いんだよ?」

 

「ッ!?ッ!?」

 

「以前、僕も同じような経験をしたことがある。思い返すと今でも後悔する程、嫌な思い出だよ。あいつは笑って許してくれたけど、いつかちゃんと謝りたいと思っている……つまり何が言いたいかって言うと、友達を大事にしないと駄目だってことで」

 

「……うっ……ぐす」

 

「あ……!えと」

 

サニーミルクが追い詰めらてしまったことで泣き出したのを見て、ようやく正気に戻る。

慌てて僕は“マイ”に戻り、サニーミルクに対して言い過ぎてしまったことを深く謝罪した。

 

 

 

 

 

 

時間を掛けて何とか落ち着かせたは良いものの、あれから牢屋の中は少々気まずい空間となった。

先程まで友達だった筈のサニーミルクからは明らかに距離を感じる……完全にやってしまった。何をやっているんだ僕は。

感情的になってしまうなんてらしくない。どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか。

 

「……マイ」

 

「え!?……な、なにかナ!?」

 

まさに不意打ち、そんな状態でまさか話し掛けられるとは思っていなかった僕は声が盛大に裏返ってしまった。

キョトンとしたサニーミルクの顔を見てまた泣き出てしまうと焦り、思いつく限りの言い訳を必死に考える。

 

「い、今のはえっと……そう!発声練習だよ発声練習!思いっきり声を出すって気持ちがいいでしょ?」

 

その言葉を最後に、牢屋は静寂に支配される。

無理のある理由を言ってしまったことへの羞恥心に押しつぶされそうになって謝ろうとするが、それよりも先にサニーミルクの口が動いた。

 

「ここで大声を出しちゃダメって言ったのマイじゃないの」

 

「あ……そ、そうだった」

 

「「 ………… 」」

 

「フフッ」

 

「アハハッ」

 

「ウソが下手くそね~マイ。でも、これでお互い様!」

 

僕の言ったことが余程可笑しかったのか、サニーミルクはこちらに向かって笑みを零してくれている。初めて見た彼女の眩しい程に純粋で無邪気な笑顔は、僕の暗くなっていた心を明るく照らし出してくれた。

まさか妖精の単純さに助けられる日が来るとは思わなかった。何とも馬鹿馬鹿しい……だが、このまま仲が拗れてしまうよりは幾分マシであろう。

こっちが彼女を救おうとしていた筈なのに、今回は逆に自分が救われてしまったようだ。

 

「それでね?マイ。さっき言おうとしたことなんだけど」

 

「私、戻るわ。人形解放戦線に。そしてルナとスターに思いっきり文句言って、そしたら今度は仲直りするの。だって友達だもんね!」

 

そう発言するサニーミルクの顔からは最早かつての陰りはない。

何だかんだ暴走してしまった僕の行動が功を成した……ということか?だが曲がりなりにも、こちらの思いが伝わってくれたのは素直に嬉しい。

 

「あ、でも」

 

「?」

 

「どうやってここから出よう……?人形も没収されてるし」

 

ようやくサニーミルクがここから出るのを決心してくれたようで、こちらとしては一安心。そしてこの事態も想定済み。

それをいつでも行えるよう、こちらは予め準備はしておいたのだから。

 

「あぁ、もしかしてこれのことかな?」

 

「え?それって……私の封印の糸じゃない!どうやって取り返したの?」

 

「それは……」

 

看守の目を掻い潜っての盗み、偽物へのすり替え……あまり公にするべきではない盗人行為だ。

いや、妖精なのだからこれもイタズラの範疇と解釈すればいいのだろうか?でも妖精にそこまでやれる賢さがあるかどうかと言われたら果たしてどうだ?

……彼女といる時は妖精らしからぬ言動をすべきではない。ここは適当な理由にしておこう。

 

「ここに来る途中拾ったんだ。きっとサニーちゃんのものだと思って取っておいたの」

 

「へぇ、天狗って案外マヌケなのね。うっかり落としちゃうなんさ!アハハ!」

 

「ホ、ホントだね~」

 

よし、信じてくれた。流石にきついかと思ったがやはりそこは妖精。バカだ。

扱いやすいという点はこういう時に非常に助かる。少なくともサニーミルクは素直で疑うことを知らない純粋な子であることは今のでよく分かった。

 

他人とはいえ騙すのは少々心苦しいが、今後ともこういったやり取りは必然的に増えていく。僕は嘘を何度もつき続ける道化となる。目的を果たす為に。

 

 

……今後は、ああいった暴走は極力抑えななければ。

 

 

 



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第六章

 

「 さきッ! 君に決めた! 」

 

僕の掛け声に応え、さき人形が封印の糸から元気よく飛び出した。

出るや否や、さき人形は体をほぐすようにステップ踏みながら自慢の脚技を軽く何度か繰り出している。やる気は十分だ。

そしてこちらを向いては早くやらせてくれと言わんばかりに攻撃指示を心待ちにしている……流石は畜生界の一派の統領を務めている人物の人形だ。何かと血の気が多い性格である。

だが、その性格が今はとても心強い。何故なら今回の標的は並大抵の力では突破が難しいのだから。

 

「サニー、今からここを脱出するよ。あの壁を破壊してね」

 

「えっ!?……そ、そんなことできるの?」

 

「うん、でもその為にはもう一体の人形の協力も必要なんだ。サニーちゃん、さっき僕が渡した人形を出して?」

 

「わ、分かった! サニー! 」

 

僕の言う通りにサニーミルクは自身の人形を封印の糸から出す。

サニー人形は長い拘束から解かれた開放感からか、何だか気だるそうだ。さっきから欠伸やら背伸びやらと非常にマイペースで戦う気が全くない。……そして、とうとうその場で眠り出してしまった。

 

「も、もう!しっかりしなさいよ!」

 

「いや、大丈夫。お陰でこっちの準備は整ったから」

 

「へ?……うわわっ、なんかマイの人形すっごくパワー上がってない!?」

 

さき人形の持つアビリティ、「強気(つよき)」。

その効果は「場に出た時、相手の能力を見て集弾、散弾のどちらかを一段階上げる」というもの。その判定は相手の集防、散防のどちらが数値が低いかで決定する。

今回はサニーミルクの人形のステータスを見て集防の方が低かったので、さき人形は「集弾」の能力を上げた。予めスカウターで見ておいたスキル構成から考えても、集弾の方がさき人形にとって相性が良い。

まぁ、これに関しては事前に魔法の森にいた野生人形の情報を集めていたので予想通りの結果だ。

 

そしてこの火力であれば、牢屋の壁を容易に破壊することが出来る筈。

 

 

「 さき! 捨命の型(しゃみょうのかた)! あの壁を思いっきり壊すんだ!! 」

 

 

攻撃指示を許可されたさき人形は腰を落として橙色の闘気を全身から放つ。

この「捨命の型」というのは絶大な威力を誇る「闘」属性のスキル。闘気を纏い、捨て身覚悟で突撃する諸刃の刃……しかし今回の相手は動かない的。

だからこそさき人形はいつも以上に時間を掛け、強力な一撃を放つつもりでいるのだろう。しかし、想定外なことも起こる。

そのあまりに強いパワーがこの妖怪の山全体を大きく揺らしたのだ。そうなれば当然、妖怪の山に住む者達が全員目が覚めてしまう。一時的とはいえ、大異変が起こしてしまった。

 

「ななななんかこれやばばっばばくないいいい!?」

 

「とととりあえず一旦離れよううううう!?」

 

離れるとは言ってもここは牢屋の中なので隅っこに寄るくらいしか出来ないものの、今さき人形の目の前にいると壁諸共吹き飛ばされかねない。

保険として持っていた護符を1枚使い、サニーミルクと共に身を護る。

 

 

「 さき、もう十分だ!撃って! 」

 

 

これ以上この揺れが続くと異変を察知した天狗達が集まってきて脱出が困難になる。

僕は急いで指示を出してさき人形から発生しているそのパワーを一気に放出させた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「何だったのですかあの揺れは?一体どこから……」

 

「牢屋からですッ!!何か強大な力があの牢屋の方から出ていましたッ!!」

 

「な―――!?こ、これは……」

 

「牢屋の裏の壁が……破壊されている!?それに近くにいた仲間達も気絶しているぞ……」

 

「馬鹿なッ!あの牢屋は妖精如きが壊せるような作りではないぞ!?」

 

「………」

 

「(あの妖精の人形は事前に取り上げられていた筈……誰かが侵入して手引きした可能性が高いか?候補として真っ先に挙がるのはスターサファイアとルナチャイルドでしょうか……しかし、仮にこれが三月精の仕業だとしたらこのような芸当など出来ない。となると)」

 

 

「 まだそんなに遠くへは行ってない筈です!手分けして探しなさい! 」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

暗い暗い獣道をサニーミルクの手を引きながら必死に走る。

だが短い歩幅のせいでいつも以上に進みが遅く、さっきから思ったように前進することが出来ない。

 

「ねぇマイ!飛んで逃げれば良かったんじゃないの!?」

 

「空中は天狗の得意分野だ!見つかるリスクが高すぎる!だったら草木に身を隠せる地上の方がいいよ!」

 

「じゃ、じゃあマイがここにくるときに使ってるっていう瞬間移動は!?」

 

「あ、あれは僕1人しか対象じゃないんだ!サニーちゃんは運べないの!……っていうか、それが使えたらとっくにやってる!」

 

「なるほど!マイって頭いいんだね~!」

 

全力で走りながら会話をすることで余計に体力を使い、息は荒れ、段々と体が言うことを聞かなくなってくる。

身体を無理矢理縮ませた影響なのか、いつもより体力がなくなってしまっているらしい。予定ではこのまま逃げ切るつもりだったのだが、想定外が重なって大いに計算が狂ってしまった……サニーミルクはまだ平気そうだが、このままだと追いつかれてしまう。

 

 

「今、何か物音がしなかったか?」

 

「そこか!?」

 

 

「―――ッ!!」

 

不味い。遠くから天狗の声が聞こえてきた。

奴らと僕とじゃ移動スピードに差があり過ぎる。一旦どこかへ身を潜めないと……!

 

「(サニーちゃん、隠れてッ!)」

 

「(う、うん。でも大丈夫?相当つかれてるみたいだけど……)」

 

「(……な、なんとか耐えるから)」

 

音を立てぬようなるべく息をするのを我慢するが、現在体力のない僕にとってそれは地獄であった。

無理もない。さっきまで息切れしていた状態だったのだから……こんなに暗くては相手がどこにいるのかだって分かりやしない。

隠れるにしたって今の状況はあまりにもこちらに分の悪い駆け引きだった。

 

「この辺にいるんだろう?出てこい!」

 

「おい、こっちに脱走者がいるぞ!来てくれ!」

 

位置を特定した天狗が他の仲間を呼び始めている。もうこの場をやり過ごすことは絶望的だ。

こんな筈じゃなかった。壁を壊す際、騒ぎを大きくし過ぎた。まさか、さき人形にあそこまでの力があるなんて。

なるべく穏便に事を進めたかったのだが、仕方がない。今いる僕の人形達で、この場を切り抜ける。

もうそれしか助かる道はない。そう思いながら封印の糸を握り締め、覚悟を決めた時だった。

 

 

こちらを捜索をしている天狗達の方に向かって、1つの風の弾幕が飛び交う。

 

 

「む……ぐわッ!?」

 

 

暗闇からの突然の攻撃に対応が出来なかった天狗はそれを直で食らって軽く吹き飛ばされた後、木に頭を打ち付ける。

気絶する天狗を見て警戒態勢に入った他の仲間達は辺りを見回し、攻撃した者の居所を探り始めた。

 

何が起こったのかは分からないが、また誰かがこちらを助けてくれている……?いずれにせよ、これはチャンスだ。

 

「(今のうちに遠くに行こう!……――あ!?)」

 

「(マイ!?)」

 

だがそれも、僕が蔓に足を引っかけ転んだことで台無しとなる。

転んだ衝撃で草木は大きく揺れ、小さな葉っぱ同士が確かに触れ合ってしまった。哀れにも、僕はこの千載一遇のチャンスを無に帰してしまったのだ。

 

 

あぁ、今度こそ終わった。少なくともその時の自分はそう確信していた。

 

 

 

……だが、悪運が強いとはこのことらしい。

 

 

「――……?――ッ!……??」

 

 

何とも不思議なことが起こっていた。

さっきからこちらの声が出せない……いや、出しているのだがその声自体が僕に聞こえていないような感覚だ。

それにあの時転んだ際の草木が揺れる音だってこちらには聞こえなかった。向こうにいる天狗の声はハッキリと聞き取れるにも拘らずだ。そしてこちらの存在に気付いていない辺り、天狗達の耳にも全く入らなかったということになる。……一体どうなっているんだ?

 

 

安堵と混乱が混じり合ってどうにかしてしまうそうになっていた僕とサニーミルクを、誰かが強く手を握りそのまま奥へと引っ張った。

突然のことで大変驚いたが、今はこの場を一刻も早く立ち去りたい。そして今は周囲の音がしないという好条件。となれば、答えは1つだ。

 

僕らは無我夢中で走り出した。天狗達の手が届かない場所まで……

 

 

「――ッ、――ッ、――……ッ!!」

 

 

だが疲れが溜まっているから、すぐに息は切れてしまう。

どうやら音は消えても疲れまでは消してくれないらしい。いや、今はそんなこと考えるよりも足を動かさないと……!

 

 

この手を誰が引っ張ってくれているのか、それは今のところ暗闇で特定することは出来ない。

聴覚も視覚もない状況下で唯一分かるのは、引いてくれている手は僕らと同じくらい小さいこと、そしてサニーミルクがどことなく嬉しそうなことくらいだった。

 

 

 



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第七章

身を潜め、草木を掻き分け、やがて辿り着いた先は僕がかつて通った整備されている守矢神社へ続く道だった。

まだ追手が来ていないか、警戒しながら耳を澄ませてみる……先程抜けてきた暗闇の獣道からは何も聞こえては来ない。

 

「……大丈夫。もう気配はしない」

 

そしてそれが確信的となる一言が付け加えられることで、ここが安心であることがより保証されることとなった。

こちらを助けてくれた人物の1人は敵だらけの獣道の中、僕らを安全な方へと導いてくれた信頼と実績がある。そんな彼女は言うのであれば間違いはない筈だ。

無事に脱獄出来て安心した僕らは喜びを分かち合うように手を繋ぎ合って輪を作り、その場で回りながらピョンピョンと跳ねる。

 

 

それにしても、僕らを助けてくれた人物は一体誰なのだろうか?

今では当たり前のように接しているものの、空にはまだ日が昇っておらず視界は悪いまま。さっきまでいた獣道に比べればマシなのだが、それでも目の前の人物を特定するにはまだまだ厳しい暗さだ。

しかし妖精であることを演じる為、細かいことを気にせずノリでここまで来てしまった……我ながら馬鹿な行動をしている。

 

「ありがとう、おかげで助かったよ!えっと……」

 

そんな状態で軽く礼を言おうとしたのが災いし、僕は目の前の人物に対して疑念を持たせるようなミスを犯してしまう。

先程まではまるで知り合いのように接していた相手のことを実は何も知らないなんてそんなおかしな話、ある筈がない。

 

「?あなた私達のこと知らないの……?“人形解放戦線”なのに?」

 

だがそれは相手も同じだったようで、僕のことを仲間だと思っていたような口ぶりを見せている。

言っていることから察するに、どうやら僕を“人形解放戦線”だと誤解していたらしい。だが、そう思うのも無理はない。

青白い髪、白い服装……これらの見た目の特徴は人形解放戦線に所属する妖精達の特徴とほぼ一致している。唯一違いはあるとすれば、花飾りの有無くらいだろうか。

それに加え、こんな真夜中だ。よく観察しなければ初対面でその違いに気付くのは非常に困難と言える。

 

「ごめん。あいにく僕は人形解放戦線じゃないんだ」

 

「そ、そうなの?天狗に捕まってた筈のサニーを連れていたから私てっきり……」

 

「ん~?人形解放戦線じゃないなら、どうしてサニーを助けたりしたの?……怪しいわね」

 

「えと、それは」

 

「マ、マイはメンバーじゃないけど友達なの!だから疑うのはやめてっ!」

 

疑いの目を向けられた僕をサニーミルクが必死に庇ってくれる。それを見た彼女らは互いに顔を向き合い、この行動から嘘でないことを信じ、それ以上の追及はしないでくれた。

やはり持つべきものは味方だ。そしてこの一連の会話で分かったことがある。

人形解放戦線の関係者、あの獣道から逃げる際に見せた不可思議な能力、そして何よりサニーミルクの彼女らのことを知っているような素振り……そう、こうやって冷静に情報を整理してみれば彼女らの特定というのは実に簡単だったのだ。

彼女らは……

 

 

「それにしても、ルナ、スター……!助けに来てくれたのね!」

 

 

三月精の残りの2人である「ルナチャイルド」、そして「スターサファイア」。

まさか仲違いしていた筈の人物がここに来ていたとは全くの予想外だった。彼女らに会うのは人形解放戦線の本部だと思っていただけに少々予定は狂ったが、この状況は全然悪くない。

むしろ好都合だ。人形解放戦線に取り入る為には仲間は少しでも確保しておきたい。

 

 

 

 

 

 

「成程、君達がそうだったんだね。サニーちゃんから話はよく聞いていたよ。僕の名前はマイ。生まれたばかりの妖精さ」

 

「そっか、生まれたばかりなら知らなくて当然よね。改めて、ルナチャイルドよ。よろしくね」

 

「で、私がスターサファイアね。ごめんねぇ疑ったりして」

 

「ハハ、気にしないでいいよ。君達からすれば僕が怪しいのはごもっともだからね」

 

誤解も解けたところで互いの自己紹介を軽く済ませ、交流を進める。

三月精は今後仲良くなるメリットが大いにあるだろう。ここに住む妖精グループの一員となり、仲良くなることはこちらの目的1つだからだ。

人形解放戦線のメンバーの大半は妖精だ。その為目立たぬよう内部を調査をする上では動きやすく、困った時にも扱いやすい。

彼女らにとって、この活動はあくまで遊びの延長戦に過ぎない。であれば、僕の動きを不審に思うようなこともわざわざしない。実に都合がいい存在である。

 

 

先程の問いかけには少々焦ったが、“サニーミルク”という味方を作っていたのが功を成した。

このまま人形解放戦線内部への潜入を果たしたいところだが、その前にやることが1つ残っている。それは“三月精の関係の修復”だ。

 

彼女らは久方ぶりの再会を喜んでいるように見えるが、その心の中には蟠りが残っている。

その理由はそもそもどうしてこうなってしまったのかを考えると、火を見るよりも明らかだった。

 

「……水を差すようで悪いけど、サニー?2人に言いたいことがあるんじゃない?」

 

「へ?……あ,そうよ!あんたたちよくも私を売ったわね!」

 

「(忘れてたなこりゃ)」

 

 

「だ、だって!サニーが命令と違うことやるのがいけないんでしょう!?」

 

「指名手配犯ねらってなにがわるいの!?それも命令のうちでしょう?ルナは頭堅いのよ!」

 

「でもそのせいで指名手配犯に見つかっちゃったじゃない!サニーはもうちょっと考えてから行動してよね!」

 

「な、なにを~~~!?」

 

きっと再会できた喜びで今までとんでいたのだろう。思い出したかのようにサニーミルクは自分を裏切った相手に対し、溜まった怒りをぶつける。

それを聞いたルナチャイルドも同じくサニーミルクに当時の不満を口することで対抗。両者とも一歩も譲る気はなく、睨み合うその目からは火花が散っているかのようだ。

一方、スターサファイアはというと争いに加わる気はなく、ただ面白そうにその様子を見ている……どうも彼女は他の妖精とは違って何を考えているのかいまいち分からない。

 

「(君はあそこに入らないの?)」

 

「(え~?だって私はしっかりと反対してたんだからなぁんにも悪くないわ。悪いのは勝手な行動をしたサニーとドジふんじゃったルナだもん)」

 

「(そ、そう……)」

 

しかし本当にそう思っているのならばどうしてここに現れ、僕らを助けたのか?

それはこの行動が、何よりもの答えとなっている。

 

「スターもスターよ!私というものがありながら光学迷彩使おうって言いだして!」

 

「だってぇ、こっちのほうが色々と楽なんだもん。……それに」

 

 

「 ヒドいわッ!!私達、今まで3人でやってきたじゃない!スターの裏切者ぉ!! 」

 

 

「………いや、サニーちゃん。ちょっと待って」

 

スターサファイアが何かを言いかけたのを、僕は聞き逃さなかった。

彼女がサニーミルクがいるにも拘らず敢えて光学迷彩を使った理由……どうやら単なる気まぐれなどではなさそうだ。

 

「スターちゃん。もしかしたら、光学迷彩を使っているのには何か理由があるんじゃない?」

 

「え?」

 

予想は当たっていたようで、図星をつかれたスターサファイアは少々気恥ずかしそうに顔を背ける。

その様子を見たルナチャイルドはもう隠す必要はないと提案し、それを渋々受け入れたスターは口を動かす。

 

「だって、サニーったらここのところ働きすぎで能力の質が明らかに落ちてるから、それで」

 

「スターはね?サニーが少しでも楽できるように気遣ってたのよ」

 

「ッ!……そう、だったの?」

 

「もう、余計なこと言わないでよルナ」

 

「本当のことでしょ?もっと早く言えばよかったこんなことにはならなかったんだからスターも共犯よ?」

 

ルナチャイルドの言う通り、スターサファイアが天狗の里に来る前にそのことをサニーミルクに伝えてさえいればこんな思いをせずに済んだのは明白だ。

恐らくだが、サニーミルクがあの時僕を無理にでも襲ったのは“光学迷彩”という自身の替わりとなる存在が彼女を惑わせ、功を焦ってしまったからではないだろうか?

そうなると今回の騒動の元凶はスターサファイアなのでは……?という視線が犯人へと集まっていった。

 

「……わ、悪かったわよぉ。ちゃんと謝るからぁ」

 

観念したかのようにそう言ったスターサファイアは謝罪の念を告げようとサニーミルクの前に立ち、彼女だけを一点に見つめる。

恐らく、最初からその自覚はあったのだろう。その顔付きは真剣そのものだ。何だかこっちまで緊張してきた。

 

「すー……ふぅ」

 

スターサファイアが胸に手を添え、目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。

その一連の動作が彼女もまた緊張していることを鮮明に表し、場の空気が自然と静まり返っている。

何だか思わず応援したくなる気持ちが芽生えた僕は心の中で「がんばれ」エールを送り、ルナチャイルドと共にその様子を見守った。

そして、遂に出た言葉が……

 

 

「 ごめんね~サニー♪ゆるしてちょ♪ 」

 

 

「(かっっっるッ!?)」

 

 

これである。

 

信じられないことにこのスターサファイアという妖精、真剣な場面にも拘らずウィンクしながら舌を出し、前屈みになりながら閉じた右手を地蔵の様に縦に構えるという暴挙に出た。

何も悪びれてないどころか煽りにさえ感じるこの行動、流石のサニーミルクもこれには……

 

「う、う、う……」

 

ほれ見たことか。そのふざけた態度を見てサニーが今にも泣きだしそうになってしまった……無理もない。

サニーミルクが天狗の里で受けてきた仕打ちを考えたら、これは余りにも……

 

 

「 うおおおぉぉぉ~~~~!!!スタァ~~~~!!!心の友よおおおぉぉぉ~~~~!!! 」

 

 

「(えぇ~~~~!?なんで~~~~!?)」

 

 

と、そう思っていた僕のモノローグは完膚なきまでに打ち砕かれてしまった。

何処かのガキ大将が言ってそうなセリフを盛大に吐いたサニーミルクは涙と鼻水と塗れの顔の状態で勢いよくスターサファイアの胸元へ抱き着くと、それを受け止めたスターサファイアは頭を撫でてあげている。

どうやらスターサファイアの奇行なんかよりも、2人が自分の為に行動してくれていたことの方がよっぽど嬉しかったらしい。僕だったら3日は口を聞かなくなる位の苛立ちを感じるところだ。

単純なのか、それとも懐の広い大物なのか、まぁなんにせよ無事和解?したようで良かった良かった。

 

ふと隣を見てみると、ルナチャイルドがこちらに指を指して「お前の姿はお笑いだったぜ」と言わんばかりの変顔をしている。

その顔は実に苛立ちを誘うもので非常に腹が立ったが、握ったその拳を上げることは何とか堪えた。

 

 

 

 

 

 

何やら思っていたよりもあっさり仲直りしてしまい、少々呆気にとられながらも僕は“アジト”という場所に向かって歩き出すこととなった。

三月精曰く、アジトは人里方面の「五の道」から左に行った先にある「六の道」に存在するとのこと。そういえば五の道を行く途中、やたらと妖精が通せんぼしていた場所があったのを思い出す。もしやその先のことだろうか?

そしてその先には人が滅多に寄り付かないことで知られる「無名の丘」という場所があり、そこが実質的な人形解放戦線御の本拠地となっているそうだ。

どうやら三月精は人里で会った5人組と同じく人形解放戦線の副リーダー兼メンバーの採用係を任されているというそれなりに偉い立場らしい。先程のやり取りを見ているとそれをしっかりやれているのかがやや不安ではあるのだが。

 

しかし、まさかこんなにも早く内部へと近付けるなんて今日の僕はついている。三月精に予め目星をつけておいて、本当に正解であった。

 

「あ、見て!夜明けだわ!」

 

サニーミルクが刺したその方角から、世界に光が灯っていく。

青い夜空に白い雲、そして夕焼けの様に赤い太陽による色のグラデーションがとても美しい……こんなに綺麗なものは初めて見たかもしれない。

 

「今日のは特に綺麗じゃない?」

 

「うん、絵になるわね」

 

「ホントホント~」

 

まるで祝福するかのようなその風景は、見る者を次々と魅了していく。

僕は無意識に両手の親指と人差し指でカメラを作り出し、その中を覗き込んだ……確かに、絵になるかもしれない。

こんなに素晴らしいものを見ていると、異変なんて最初からなかったとさえも感じてしまう。

 

 

僕の住む世界でも、かつてはこのような美しい風景が見れた。……だが、それも過去の話。

発展が進むにつれて自然は壊され、気が付けば周りは人工物や排気ガスが蔓延る「都市」へと変わってしまった。

何かを得るには、何かを犠牲にしなければならない……残念ながら、それが僕の世界における現実だ。

 

ここは、幻想郷はどうなのだろう?

少なくとも、今のところ幻想郷は僕にとっては平和な世界に見えているが……もしもそれが仮初の姿だとしたら?

この美しさが、何かを犠牲にした上で成り立っていたとしたら?そう考えてしまう自分が怖い。

 

「な~にボケ~っとしてるのマイ?おいてくよ~」

 

「!……ま、待ってよ」

 

考えてみれば、僕はまだこの世界のことを何も知らないままだ。……いや、むしろ知らない方がいいのかもしれない。

良い夢というのは、覚めなければ幸せなものなのだから。

 

 

 



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第八章

 

“妖精のマイ”が天狗の里にてサニーミルク奪還を目論んでいるその一方、ある少女も同じく行動を開始していた。

かつてその外来人の少年が歩んできた道を辿るように……

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

こうやって実際に歩いてきたことで、その道の長さを改めて実感する。

 

博麗神社、一の道、人里、五の道、香霖堂、魔法の森、四の道、迷いの竹林、永遠亭、霧の湖、紅魔館……軽く挙げただけでもこれだけの場所を彼は訪れているらしい。

 

今はやっとのこと四の道の休憩所へとたどり着いたところが、足腰はもう休めと言わんばかりに痛みが走っている。

現代では瞬間移動(テレポーテーション)、ここでは飛翔に頼っていた弊害か、学生にも拘らず私は長距離を歩くことに慣れていない。

さしずめ今の私は何にも特別な力のない、か弱き女の子だ。ある意味、貴重な体験をしているのかもしれない。

 

 

 

だがこれは、私なりのケジメ。言うなれば“贖罪”だ。

 

春頃にこの人形異変が起こり、私が真っ先に感じたこと……それは現代のあるゲームとの類似点。

過去に幻想郷で異変を起こしてしまった経歴のある私はこう思った。「皆の役に立つことが出来るかもしれない」と。

まさかそれが1人の少年の人生を狂わせてしまうことになるなんて、当時の私は考えてもいなかった。

 

最初に舞島 鏡介を人里で見た時、まさかと思い魔理沙に彼について聞いてみたことがある。

嘘みたいな速さで行われる人形のと打ち解け、初めてとは思えない人形への的確な指示出し、属性相性の理解の速さ等々……嫌な予感は当たりだった。

そう、彼こそが人形異変を解決すべくここへ攫われてしまった例の主人公(てきごうしゃ)だったのだ。

 

幻想郷は私にとっては楽園だったが、それはあくまで特別な者の感想。ただの一般人にとって、ここは常に死と隣り合わせの危険地帯だ。

偶然迷い込んだのならともかく、彼は八雲の手によって意図的に連れてこられている。完全に被害者と言っていい。そしてその原因を作り出したのは、他でもないこの私。彼にもしものことが遭ったら、一体私はどう詫びればいい?

当の本人は意外にも今の状況を楽しんでいる節があるものの、だからといって放っておくのは違う。なるべく味方をして、少しでも彼の力になってあげる。

 

……それが、今の私に出来る罪滅ぼしだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが永遠亭に続く道ね。……うわぁ、名前の通り迷いそうな竹林だわ」

 

充分に足を休め、改めて今回の目的地を再確認する。

舞島君が弱っている野生のメディスン人形を見て貰うべく訪れた場所……彼はこの場所にこれまで2回お世話になったらしいが、その2回目の際に八意 永琳に黙って病室を出て行ったらしい。

仕方のない事情があったにせよ、会いに行く際はどうかそのことを謝っておいて欲しい……とのことだ。本来ならどうして他人の尻拭いをしなければならないのかと思うところだが舞島君の代役を引き受けた以上、役目はきっちり果たす。

 

だが、問題はこの「迷いの竹林」という場所を如何に切り抜けるかだ。

過去に異変を起こした際に来たことがあるが、実際どういった構造なのかは全くと言っていいほど知らない。

こういうのは決まったルートで行かないとゴールにたどり着かないのが鉄板だ。あぁ、あの時みたいに妹紅が道案内をしてくれればなぁ。

 

「……!」

 

そう思っていた私の心の声を聞いていたかのようなタイミングで、竹の揺れる音が聞こえてくる。誰かがこちらに向かっているようだ。

もしや、本当に妹紅が来てくれたのではないか?という期待を胸にその方向へと目をやるも、やってきたのは頭に兎の耳を生やした妖怪だった。

 

「あ、舞島さん!もしかして永遠亭まで行きたいんですか?」

 

「え?」

 

突然知らない妖怪に話しかけられ困惑するも、顔見知りであるかのような口ぶりであることから恐らく舞島君の知り合いの1人なのだろう。

丁度永遠亭に行きたかったところだし、話に合わせて案内して貰った方が良さそうだ。

 

「うん、丁度行きたかったところなんだ。お願い出来る?」

 

「わかりました。では案内するので、ちゃんと付いて来て下さいね!」

 

極力彼に似せた自然な声のトーンで話したが、特に怪しんでいる様子はない。完全に私を「舞島 鏡介」だと思い込んでいるようだ。

この様子なら、余程のことをしない限りバレる心配はない。さすが私。

 

 

 

「筍を目印に進むのがコツなんですよ~。えっと、3だから……こっち!」

 

妖怪兎はこの迷路を抜ける為の秘密を自慢げに話しながら私を案内してくれる。

確かに、竹林というだけあって道の周りには筍もいくつか生えているみたいだ。それを数えるのがここを抜ける為のヒント……?どういうことだ?

 

「次は0だから、ここで一旦来た道を戻りま~す!」

 

分かれた道の連続、そしてさっきから数えている筍の数とそれに対する方角の関係性……成程。大体分かった気がする。

 

「さてさて次は」

 

「上……でしょうか?」

 

「おぉ、正解!よく分かりましたね?」

 

「ハハ、何となくそうなんじゃないかな~って。どうやら当たったみたい」

 

道を決める際の筍の数……これはどうやら数がある程度決まっているらしく、3の倍数の数であることが分かった。

そして「筍の数は最大12まで」、「向かう方角は東西南北の4つ」という特徴から推察されるもの。それは、“時計”だ。

 

つまり「3」は東、「6」は南、「9」は西、「12」は北という風に時計の盤面に沿って考えるということ。

筍がない場合もあったが、それは所謂「0」……針の位置は「12」と同じだから北が正解。こうやって解いてしまえば案外簡単なものだった。

何だか拍子抜け……もっと「ここにはどうやっても絶対に抜けられない呪いが掛かっていて、それを解く為には「じんめんじゅ」みたいな大ボスを倒さないといけない」的なものを少し期待したのだが。

 

「いや~、この様子だと私の案内は今後要らなさそうですね~」

 

「いやいや、当たったのはホントに偶然で……きっと、あなたの案内が正確で分かりやすかったからですよ」

 

「え、そう?……へへ、褒めたって何も出ないからね!」

 

しかし思い返してみれば、以前妹紅が迷ってしまった私を案内してくれた際、周りの筍なんて一切見ていなかった気がする。

もしや、このチープな謎解きを作った犯人はここに住む妖怪兎達……だったりね。

 

 

 

「着きましたよ~!こちらが永遠亭です」

 

法則通りに進んだ先に見えたのは、一軒の和風建築物だった。どうやらここが「永遠亭」と呼ばれる場所らしい。

だが仮にも過去に異変を起こした者が住まう場所にしては案外こじんまりとしている。妹紅曰く、ここには彼女の宿敵である“輝夜”という月のお姫様が住んでいるとのことだが?

ざっと見たところ、この建物の大きさは霊夢の住んでいる神社よりかは少しあるくらいの規模しかない。もっと「紅魔館」くらいのクオリティを想像していたのもあって、この事実には少々驚かされている。

 

「お陰で迷うことなく来れました。ありがとうございます」

 

「いえいえ、また必要になったら呼んでください!あ、そういえば」

 

「?」

 

「姫様と八意様、見たところあなたに大変ご立腹でしたが……一体何しでかしたんです?」

 

「え!?あー、それはその」

 

「えっと、上手くは言えないのですが……ちゃんと謝った方がいいと思いますよ?」

 

「は、はい……」

 

我慢、我慢よ。宇佐見 菫子。ポーカーフェイスで乗り切るのよ。

これからより一層理不尽な責めを受けることになるんだから、こんなところでくじけちゃ駄目よ。

 

と、そう自分に言い聞かせることで心の安定を図る。

今は舞島君なら八意 永琳に対し、どうやって謝るのか?それだけを考えなければらならない。

やはり普段は馬鹿真面目な子だし、こういう場面ではきちんとした礼儀正しい対応を見せるのだろう。

だがそれでも許しを請われなかった場合、“アレ”も考慮するべきか……?プライドをかなぐり捨てるのが最大の問題点だが、止むをえまい。

今の私は「宇佐見 菫子」ではない。「舞島 鏡介」だ。

 

 

役目を終えて帰っていく妖怪兎を短く手を振って見送り、息を整え、永遠亭の門を潜った私は扉の前に立った。

自分のことではないと言うのに、何だか緊張している……変な気分だ。何故こんな感情を抱いている?失敗することを考えてしまっているからか?

あぁ、何とも私らしくない。もっとしっかりしてくれ。

 

気合を入れ直すべく両手で両頬を1回、パチンと叩いた。い、痛い。強くし過ぎた。

……馬鹿をやっていないで、さっさと要件を済ませよう。えぇそうしよう。

 

私は扉を握った手の甲で2回ノックをして「御免下さい」と、中の人に聞こえるように言い放った。

普段ここは診療所のような立ち位置の施設らしいので、これできっと看護師的な役割の人が出迎えてくれる筈だ。

 

「はいはい、診察をご希望の方ですか?」

 

その予感は的中し、早速ドアのガラス越しから1つのシルエットが薄っすらと映る。

そして横スライドで戸が開くと、赤い瞳と紫色のロングヘアーが特徴的な少女が顔を出した。

この人は知っている。確か、「鈴仙・優曇華院・イナバ」とかいう変な名前の妖怪だ。ここに住んでいたのか。

 

 

「 ―――あああぁぁ!!?ままま、舞島さんッ!?どうして……!? 」

 

 

「しばらくぶりですね。その節は皆様にご迷惑をお掛けしました」

 

鈴仙は私の姿を確認するや否や、まるで死んだ者を見たかのような驚きぶりを見せた。

だが彼女のこの過剰な反応も仕方のないこと。あちらからすれば、突然姿を消して今の今まで音信不通だったのだ。もう死んでしまったと思われてもおかしくはない。

 

とりあえず私は、何故いなくなったのか事の事情を一部伏せながら話すことにした。

 

「……それで、あの夜僕は1人でユキを探しにいったという訳です。我ながら、ホント身勝手ですよね」

 

「本当ですよッ!!あの朝様子見に来たら急にいなくなってて、てゐや他の仲間に聞いても何も知らないし、姫様からは何故かとばっちり食らうし……」

 

「……どうやら鈴仙さんには特にご迷惑をかけてしまったようですね。本当に、申し訳ありませんでした」

 

「え……いやあの、私なんかに何もそこまでして頂かなくても……ど、どうか顔を上げて下さい!もう終わったことですし!」

 

「……許して、下さるのですか?」

 

私は鈴仙に対し、私は「舞島 鏡介」として深々と腰を折ることで謝罪の念を誠実に伝えた。

あくまで代役である為、本当のことを言うと心からの言葉ではないのだが、この様子を見るに彼女には十分過ぎる謝罪だったようだ。

もっと責められるものだと思っていたが、こう見えて案外小心者なのか?……いや、これはどちらかと言うと謝られることに慣れていない感じに近い。

恐らく、彼女には自己肯定感というものが不足しているのだろう。可哀そうに。

 

「優しいのですね。こんな僕を許してくれるだなんて……ありがとう」

 

「ひゃい!?ちょっと舞島さん、何を!?」

 

「この気持ちを、鈴仙さんに分かって欲しいんです。いつも仕事を頑張っている、鈴仙さんに」

 

「え、えぇ!?」

 

せめてもの慰めとして、私は鈴仙の手を両手で握ることで感謝の気持ちを伝えた。多少臭く。

どうしてわざわざこんなことをしたのか?当然、彼女がこうすることでどういった反応を見せるのか興味をそそられたから……と、いうのは建前。

 

私は基本的に舞島君の味方であるつもりだが、1つだけ直して欲しい欠点がある。それは、“鈍感さ”だ。

彼は漫画やアニメの主人公宜しく、女心に対し極めて鈍感だ。無自覚であんなことやこんなことを平気で行う……私に対してもデリカシーのない一面が見て取れた。

だから今こそこの立場を利用し、元に戻った際に彼の普段の言動や行動が如何に罪深いものかを嫌でも理解して貰う。これはその為の第一歩だ。

 

「も、もう分かりましたからッ!十分気持ちは伝わりましたからッ!そ、そうだ是非師匠や姫様にも顔を出していって下さいきっと私なんかよりもずっと心配していましたからねッ!!」

 

動揺しているのを誤魔化すように、半ば無理矢理手の拘束を解いた鈴仙は足早に中へと案内をし始める。少々やりすぎただろうか?まぁいい。

私は「お邪魔します」と一声かけ、彼女の後に続くように永遠亭の中へと入っていく。

 

 

「(よし、ここまで積極的にアプローチしても偽物だと気付かれてる様子はない。ひとまずは安心ね)」

 

 

そして自らの演技力に自信を持った菫子は、小さくガッツポーズするのだった。

 

 

 



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第九章

 

玄関で靴を脱ぎ、素足となって廊下へ進むと足元から木床の軋む音が小さく聞こえてきた。

こうやって普段通りに歩くだけで、それは鳴り続ける。こちら側に来てからよく聞くこととなった生活音の1つだ。それ程この世界の建物というのは全体的に古い。

だが、この一昔前の診療所みたいな雰囲気……案外嫌いではない。むしろフェイバリットだ。

 

「今日は患者さんが多いみたいですね」

 

「え?えぇまぁ……人形異変の影響で今や人だけでなく人形も同時に診ていますからね。嬉しいやら悲しいやら……」

 

私と鈴仙以外にも、竹林で見た妖怪兎達が廊下を走り回って仕事をしている姿が見える。ここに住む妖怪達は働き者が多いようだ。

仮にも幻想郷に住む妖怪がここまで統率されているのは珍しい。上の者の持つ指導力というものが伺える。

 

「では、ここで並んでお待ち下さい」

 

「あ、はい。分かりました」

 

どうやら先客が何人いたようで、すぐには会えそうにない。まぁここは診療所でもあるのだから仕方ないだろう。

順番待ちをしている者は主に咳をしている者や身体をダルそうにしている者が殆どだが、中には自身の人形を診てもらおうとしている者なども数名見受けられる。

鈴仙の言った通り、診る対象が多くて大変そうだ。施設の設備と患者の数が見合っているかがちょっと心配になる。

 

「……おい、そこのお前」

 

「え?ぼ、僕ですか?」

 

突然、前の列にいる男性に話し掛けられた。何やら怒っているようだが、覚えがない。

もしや舞島君の知り合いなのだろうか?しかし、予め聞いていた人物達とは彼はどれも一致しない。

恰好を見るに人里に住んでいる一般人のようだが?

 

「えっと、僕になにか?」

 

「いや?別にどうもしていないさ。ただ、この診療所の天使である鈴仙ちゃんがさっきからお前のことをチラチラ見てるのが気になってしまってよ」

 

「てめぇ……まさか俺らの鈴仙ちゃんに手ぇ出してないだろうなぁ?」

 

気が付けば後ろの1人だけでなく、更に後ろの人達までこちらに話し掛けられている。そして逃げ場をなくすように取り囲まれてしまった。

敵意むき出しの目付きと表情が何故か初対面の私に向けられていることに疑問を感じるが、その原因は先程の言葉で何となく察した。

 

「そ、そんなことしてませんよ!?大体、何を根拠にそんな」

 

「嘘をつくなッ!じゃあその頬の手の跡は何だ?鈴仙ちゃんのものじゃないのか!?」

 

「え?……あーいやこれは別に」

 

「あの優しい鈴仙ちゃんが暴力を働くなんて……お前一体何をしたんだゴラァッ!!」

 

「俺らでさえやったことのないことを抜け抜けと……許さんッッ!!」

 

面倒なことに、どうやら彼らは鈴仙の熱烈なファンだったらしい。

いくら弁解をしても聞く耳を持たない。

 

落ち着け。状況を整理しよう。

あの時、気合を入れようと叩いた頬……恐らくあれが炎症したことで軽く痕が残ってしまっているのだろう。

赤く腫れた頬、加えて鈴仙からの目線……これらがピースとなってしまい、男達から邪な疑惑を持たれてしまっている。

さてこの状況……どうしたものか。超能力が使えない以上、強引な手は使えないし。

 

「おいおいさっきからなぁに黙ってんだよ?何とか言えや」

 

「さっきからクールに考え込みやがって……いてこますぞコラ」

 

「仕方がない。鈴仙ちゃんのファン第一号であるこの俺が直々に制裁を」

 

 

「 皆さんお静かにッ! 」

 

 

「「「「 はいッ!すみませんでした!! 」」」」」

 

男達の手が出るその直前、その様子を見ていた鈴仙の一喝が室内に響き渡ることで事態はあっけなく収まった。

反省した男達は速やかに元の列に戻り、大人しく順番を待っている……何という切り替えの早さだ。一見物騒な連中に見えたが、彼女の言うことには大人しく従うらしい。

ファンのあり方としてはまぁ、健全……なのかな?

 

それにしても、第三者からの怒りを買うことになるのは想定外だった。

だが鈴仙は確かに女の私から見ても美人だしスタイルもいい。そもそもここにいる少女は皆、絶世の美女ともいうべき存在ばかりだしね。

今回のことは私にも少し非があったし、今後は彼女にちょっかいを出すのは止めておこう。

 

 

 

 

 

 

「……では次の方、どうぞ」

 

それなりに長い列を並び続け、とうとう私の順番が回ってきた。

普段よりもワントーン落とした圧のある呼び声がドア越しから聞こえてくる……まぁ、カルテに記載してある名前見たら分かっちゃいますよね。

 

「失礼します」

 

だがそんなのは百も承知。

呼ばれた私は勢いよくドアをスライドした。するとそこには足を組みながら椅子に座ってカルテに目を通している白衣を着た大人の女性がいる。

恐らく彼女がここの医者であり、実質的な永遠亭の主でもある「八意 永琳」で間違いない。

 

「しばらくぶりね、舞島さん。今まで一体どこに行っていたのかしら?」

 

「……――ッ」

 

「……まぁいいわ。優曇華?朝の診察はここまでよ。幸い、もう後はいないようだし。それと午後の診察は貴女が担当しなさい」

 

「わ、分かりました!師匠!」

 

そう言うと鈴仙はすぐさま診察室を後にした。大方、これ以上患者を受け付けない様にする為の準備と言ったところだろう。

じっくりと話をしたいという意志は感じるが、向こうの機嫌があまり宜しくはないのは顔を見ただけで分かる。

 

「さて、まずは軽く前回の診察をおさらいしましょうか。舞島さんは丁度1週間前に河童のアジトで重傷を負い、河城 にとりの手でここまで搬送されました。3日間も意識は戻らなかった状態で、身体はまだまだ動かせる状態ではなかったとここに記載されていますね」

 

「は、はい……」

 

「だけどその翌日、メディスン人形共々あなたは突然姿を晦ました。それも私達に黙って、ね」

 

覚悟はしていたものの、いざ正面からこの事実を突きつけられると返す言葉もなくなる。

それ程「舞島 鏡介」と言う人間がしたことはここの人達にとって迷惑な行為だったということだ。全く、これをどうして私が替わりに受けなければならないのか……何とも複雑だ。

まるで悪いことをしちゃった子供の代わりに謝っている親のような、そんな気持ちである。

 

「それに関しては、本当に申し訳なく思っています。でも、あの時の僕はユキのことがどうしても心配で……」

 

「えぇ、まぁそうでしょうね。あなたがどうしてこんな行動に出たのかは容易に想像出来た。でも、医師の言うことは素直に聞くものよ?只の人の身があの状態のまま旅を続けるなんて無理あったのだから。正直、今そうやって動けていることにだって違和感を感じているわ。一体何があったの?」

 

「メディが、僕を癒してくれたんです。あなたの知恵を授かったお陰で治癒能力に目覚めたんですよ」

 

「……はぁ、やっぱりそういうことなのね。あなたさえよければここの助手として今後働いて貰う予定だったのだけど、まさかこんなことになるなんて」

 

小さく溜息を吐き、片手で頭を抱える永琳。

実際は因幡 てゐの取引によって脱出したというのはここだけの秘密である。彼曰く、本人から口止めされているらしい。まぁ当然よね。

 

「あ、あのっ!どうか償いをさせては貰えませんか?僕に出来ることなら何でも致しますから」

 

「へぇ、何でも?」

 

「はい。まぁ僕は人形遣いであること以外は本当に只の人間ですので、限りは大いにありますが……」

 

その言葉を最後に、しばしの静寂が診察室を覆った。

深くお辞儀をしながらずっと頭を下げているせいか、余計に気まずさが増していく。

「何でも」は言い過ぎだっただろうか……?

 

「舞島さん。さっきも言ったけれど、あなたは只の人の身。あの時負った傷は簡単に治せるようなものではなかった。仮に治癒能力のあるメディスン人形の力があったとしても、今のあなたはまだまだ完治には程遠い」

 

「償いたいという気持ちがあるのならば、まずはここでちゃんとした治療を受けて頂戴。医者として、患者を死なせるのは心苦しいもの」

 

永琳が舞島 鏡介を心配する気持ちが痛いほど伝わってくる。

彼ならば、この気遣いを無に帰すような真似など絶対にしないだろう。だが……

 

「ごめんなさい、それは出来ません。私には人形異変の調査するという使命があります。申し訳ありませんが、ここに長居することは出来ないんです」

 

「またあなたそんなことを……そんな身体じゃ今は良くてもいずれガタが来るわ。悪いことは言わない。今すぐ治療を受けて」

 

「他のことはありませんか?例えばここのお手伝いとか……あ!掃除なんてどうでしょう?ここは何かと大きいし、人手が足りていないのでは?」

 

「いや、それは別に」

 

 

「 お願いします!ここにはお世話になった以上、何か恩返しをしなければ気が済まないんですッ! 」

 

 

そう言って私は永琳さんにグイグイと詰め寄った。至近距離になっても、永琳は至って冷静に私を押し返そうとする。そこは流石と言ったところか。

だがここはこちらの意見を押し通さなければならない。ここで治療を受けるなど、変装がバレる危険性が高すぎる。

 

しかし永琳も自身の言葉を取り消すつもりはないようで、一向に言うことを聞こうとしない……こうなれば最終手段。

都合が悪くなった時に使う私の必殺技、“催眠術”を使わざるを得ないようだ。これはとあるアニメの真似事をしてみたらなんか出来てしまった、超能力とは別にある私独自の特技。

この技の成功率はざっと6割といったところ……多少強引な手ではあるが、これもバレてしまうリスクを減らす為だ。

 

私は超能力を使う要領で相手の瞳に意識を集中させる。この距離なら、外さない。

「月の頭脳」だか何だか知らないが、私の方がワンランク賢いというところを見せてやる。そう覚悟を決め、相手を洗脳しようと試みたその瞬間……

 

 

「それじゃあ私の相手をして貰おうかしら、愚民?」

 

 

黒の長髪の女性が突然入って来て、それを遮った。

 

 

 

 

 

 

「あら姫様、一体何用ですか?」

 

「鈴仙からそいつが来ているのを聞いてね」

 

“姫様”と呼ばれた黒髪の女性……知っている。妹紅のライバルと噂の「蓬莱山 輝夜」という人物だ。

彼女は「蓬莱人」と呼ばれる不老不死の存在で、同じ境遇の妹紅とはしょっちゅう殺し合いをしているという物騒な仲らしい。妹紅さんがああいった感じなので、てっきりその姫様とやらもカッコよくてワイルドなイメージがあったのだが、これは……凄い。

彼女の容姿は、まるで御伽話に出てくる「かぐや姫」そのもの。美しく艶やかな黒髪、整いすぎて最早人形かと錯覚する完璧な顔面……同じ「女」とは思えないものが目の前に存在している。

 

「そんなことよりも永琳。今日はその愚民、こっちが借りていくから」

 

「姫様まで何を勝手な……彼はまだまだ万全な状態ではないんです。今回ばかりは我慢して下さい」

 

「こっちは長らくお預け食らってもう我慢の限界なの。見たところ別に元気そうじゃない。ほらいいから渡しなさいよっ!」

 

「駄目です。諦めて下さい」

 

輝夜が右腕を、永琳が左腕を掴んで私を取り合う。

な、何だこの状況……まるでマンガみたいではないか。まさかモテモテ主人公あるあるのシチュエーションを体験することになろうとは。実に良い、代役も引き受けて見るものね。

 

「じゃあこうしましょう。私はその愚民と今から人形バトルして、永琳がその様子から体調を判断する。それなら文句はないでしょ?」

 

「怪我人が人形バトルなんて余りにも危険過ぎます。もしものことがあってからでは遅いんです。その提案は許可出来ません」

 

「ここの主はわ・た・し!あなたは主の言うことが聞けないのかしら?」

 

「ッ!――……」

 

永遠亭の主である蓬莱山 輝夜の上下関係を分からせるかのような発言が、永琳の勢いを一瞬で止める。

事実であるが故か、永琳もそのことに対して反論する気はない……不満は分かりやすいくらいに顔に出ているようだが。

 

「……全く、都合の良い時だけその権限を振りかざして。私は止めましたからね」

 

「よろしい♪じゃあ行きましょうか、愚民?」

 

「は、はぁ……」

 

頭を抱えながらブツブツと愚痴を零している永琳を他所に、私は輝夜に手を引っ張られていくのだった。

 

やはりどの世界においても、姫というのは基本わがままなのね。

 

 

 



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第十章

 

天狗達の目を掻い潜り、玄武の沢、霧の湖、五の道と道なりに進んできた三月精と妖精のマイ。

ここまで離れてしまえば流石の天狗も手出しはしないようで、これ以上の追跡はしてこない……僕らは助かったのだ。

各々の力は弱くても、協力し合うことで乗り越えることが出来る。これは正にチームプレイが成した結果と言えよう。

まぁかく言う僕は只々三月精の後をひたすらついて来てただけなんだけど……何の能力も持たない一般人だから仕方がないとはいえ、流石に申し訳ない気持ちになった。

 

「おっと、よく分かんないけどこの先は……あ、サニーじゃない!」

 

「つかまったってきいたけど、無事だったのね。よかったぁ」

 

「イザベル、ローズマリー!心配かけたわね」

 

人形解放戦線の本部である鈴蘭畑に続く道の「六の道」への入り口には相変わらず妖精達が見張りをしていたが、三月精を見た途端に態度が一変する。

三月精と見張りの妖精達はしばらくの間談笑を交え、その後すんなりと道を譲ってくれた。

以前僕が立ち寄った際には通れなかっただけに、味方の心強さを実感せずにはいられない。

 

「?あれ、その子はだぁれ?」

 

「(ギクッ!)」

 

三月精と一緒に通ろうとしている見知らぬ妖精の存在に疑問を抱いた見張りがこちらをマジマジと見ている。

ここまで来た際の疲れからか、話し掛けられることを想定していなかった。どう言っておくべきか。

 

「あぁ、この子はマイって言うの。最近生まれたんだって」

 

「マイはこれから人形解放戦線に入ってくれる仲間よ。仲良くね!」

 

「へぇ~そうなんだ!どこかで見た顔だなーって一思ったけど、きっと気のせいよね!」

 

「う、うん。僕ら初対面だよ……?」

 

「よろしくね~マイちゃん!」

 

「こちらこそ、よろしく」

 

考える間もなくサニーミルクとルナチャイルドが僕のことについて説明してくれたことで疑いが晴れる。ありがとう、2人共。

だが仮にも門番ならその辺をもっと厳しく取り締まるべきだと思うのだが……考えてみれば妖精がきちんとその役割を果たせる訳がないか。

きっとここを立ち入り禁止にしている意図も全然理解していないだろうし。

 

 

 

 

 

 

「よ~~し!じゃあ追手もまいたことだし、ここからは飛んでいくわよ!」

 

「賛成~……はぁ、ようやく足を休められる……」

 

「?どうしたのマイ?あなたも早く飛ぼうよ」

 

六の道に来て早々、サニーミルクが飛翔の解禁を提案。確かにもう天狗が追ってきてはいないから安全だ。

だが1つ問題がある。それは僕が“飛べない”ということ。この背中に付いた羽はあくまで偽装用の飾りに過ぎない。いくら職人のアリスと言えど、この羽に飛ぶ機能を加えることは出来なかったのだ。

せいぜい自分の意志で羽ばたくくらいのことしか、この羽には出来ることがない……つまり、僕は不完全な妖精なのだ。

 

「僕、実は飛ぶの苦手なんだ。皆は気にしないで先に行っておいてよ」

 

「えぇ!?そ、そうなの?」

 

「そんなに立派な羽がついてるのに……」

 

「まぁごくまれにそういう子はいるけどねぇ」

 

三月精はそれぞれ違った反応を示し、先に行くという提案を受け入れずにどうしようかと考えてくれている。

彼女らが僕を仲間だと信頼してくれているのだと分かって思わず嬉しくなった。あぁ、仲間っていいな。

 

「私達3人で持ち上げれば何とかいけないかな?」

 

「それいいわね!じゃあ私こっち持つから!スターはあっちね!」

 

「はぁ~い」

 

 

「「「 せぇーーーーのっ!!~~~~~!!! 」」」

 

 

三月精は力を合わせ、僕を空へ送り出そうと持てる力を物理的に限界まで引き出す。空を飛ぶ発想としてはゴリ押しもいいところで何も幻想的(ファンタジー)ではない。

だがせっかく三月精が僕の為に必死に頑張ってくれているんだ。だから僕はその言葉を外には決して出さず、静かにその行く末を見守ることにした。

無駄な行為だと分かってはいるが、その気持ちに少しでも応えようと自分も背中にある飾り羽を動かす。

 

足が地面から少しづつ、離れていく。本当に少しづつではあるが上に上に体が浮いた。

凄い。これは本当に飛べるかもしれない……と、思った僕の期待はその高度と共に見る見る落ちていった。

そして、ゆっくりと元の地面に無事に着陸する。振り出しに戻った。

 

「だ、ダメだーーー!!マイが意外と重いよーーー!」

 

「三人がかりならいけると思ったのになぁ」

 

「手ぇ痛ぁ~~い」

 

どうやら妖精の持つ力はその外見と全く遜色のないものだったらしく、飛翔は失敗に終わってしまった。

今の僕は子供同然の体重の筈なのだが、それでも持ち上げるには三月精があまりにも非力過ぎた。皆で力を合わせてもどうにもならないものもある……僕らはこの瞬間、悲しい事実を叩きつけられたのだ。

 

やはり皆で一緒に飛んでいくのは無理なのかと諦めかけていたその時、僕の手持ちの封印の糸が突然光った。

 

「ッ!……く、くたか?」

 

封印の糸から出てきたのはくたか人形。どうやら先程の様子を見て居ても立っても居られなくなったらしい。

くたか人形は「ここは私にお任せください!」と言わんばかりに胸をトンと叩き、飛翔のお手伝いを志望した。この自信に満ち溢れた顔……何と頼もしい。

そうじゃないか。3人で駄目ならば4人だ。

 

「くたかも協力すれば、もしかしたらいけるかも?なんて」

 

「え~~?人形にそんな力あるかなぁ?」

 

「大丈夫、こう見えてこの子達は力持ちなんだ。ね?」

 

「ッ!」

 

僕の問いに対し、くたか人形は元気よく2回首を縦に振る。

それに僕は以前、久詫歌本人から直接この身を運んでもらったという経験もある。それを考えれば、飛んでいく能力においては現状の手持ちの中で一番であることは確実だ。

 

「じゃあ今度こそ……!」

 

 

「「「 せーーーーのっ(~~ッ!!)!! 」」」

 

 

「……――おぉ?」

 

「本当だ、これなら……!」

 

「いけちゃうかもぉ?」

 

二度目の飛翔チャレンジの手応えが早速三月精の反応から見られる。

くたか人形の羽ばたきが三月精の負担を軽減し、さっきよりもスムーズに上へと僕の身体が浮いていく。

 

「……うわわ!?」

 

その勢いは止まらず、気が付いたら道を覆う木々などあっと言う間に飛び越え、遂には幻想郷を見渡せるまでの高度に達する。

ちょ、ちょっとこれは……高すぎやしませんかね?

 

 

 

 

 

 

「どうどう?初めて空を飛んでる感想は?」

 

「うん、これはすごいや。風が心地いいね」

 

「でしょでしょ!?気持ちいいでしょ!?私はシャバから出た後だからか余計にそう感じる~♪」

 

「(シャバ……?ど、どこでそんな言葉を?)サ、サニーちゃんは久しぶりの外だもんね」

 

「うん!それもこれもマイのおかげよ!ありがとね!」

 

「ううん。こちらこそ、3人がいなかったらどうなってたか……」

 

「それにしても、今回ばかりは本当に危なかったよね。正に“大脱走劇”ってかんじだったもの。天狗はしばらくこりごりね……」

 

「え~?私は結構たのしかったけどなぁ?」

 

「スターはのんきすぎッ!」

 

空の旅の道中、何気ない会話で盛り上がる。

道中苦しかったことも、過ぎればこうやって話題の種となって明るい空間を作り出してくれる。旅とはいいものだ。

 

最初こそこの高度の高さに慄いたものだが、今はその恐怖も風と共に流されてしまったようだ。

それにサニーミルクとルナチャイルドが前を、くたか人形が中心、スターサファイアが後ろを支えてくれているお陰で、バランスの良い安定した飛翔を実現している。

変なことをしない限り落ちることなど決してありえないと、そう確信していた。

 

「……あぁ!?スター、ちょっと何やってるの?」

 

「ん?何って……“スカート捲り”だけど?人形ってしたぎとかちゃんと履いてるのかな~って思ったら気になっちゃって……はっ!こ、これは」

 

またしても、スターサファイアの奇行が発動してしまった。くたか人形の真後ろにいることをいいことに、くたか人形にイタズラを働いたようだ。そして何やら驚いている。

仮にも袿姫様がお作りになられた尊き生命に対し、そのような行為を働くなんて不敬な……流石に擁護できないぞ?

因みに被害者のくたか人形は自分がされていることをあまり理解していないようで、特に気にせず僕を運んでいる。羞恥心は備えられていないらしい。

 

「それで中なんだけどぉ……コショコショ」

 

「な、なんですって!!?」

 

「ははは、はいてnんぐぅんんッ!!?」

 

衝撃の真実にサニーミルクが何か言いかけたのをルナチャイルドは片手を使って阻止。その影響で飛翔が乱れ、ユラユラと揺れながら少しずつ下降。

突然の出来事に対応出来なかったくたか人形は元のバランスに戻すべくルナチャイルドの支えていた左側の舵を調整し、その場で踏ん張ってくれたことでその勢いは何とか止まった。

ホッと安心するのも束の間、いつの間にか誰かが僕の着ている衣装のスカートをガッチリ掴んでいることに気が付く。犯人は言わずもがな、スターサファイアだ。

 

「ちょ、ちょっと止めてよ!?」

 

「ご、ごめぇん。だって急にバランス崩れちゃうんだもん~……そ~~」

 

「どさくさに紛れて覗こうとしないでスターちゃん!?」

 

スターサファイアの好奇心は留まることを知らず、今度は僕のスカートの中身に興味を示し始めた。

不味い不味い……万が一のことは考えてちゃんと用意はしてはいたが、いざとなると凄く恥ずかしい。男の子の筈なのに、見られたくないという感情が心の底から湧き上がる。

いや、男でも下着は見られるのは人によって抵抗があるものだ。別に変では……ってそういうことじゃなくて!くそ、両手が今動かせないから一切の抵抗が出来ない。このままだと本当に不味いぞ。

最悪の場合、僕が女ではないことまでバレてしまう危険性が……

 

 

「――ッ!ヘァ……」

 

 

「 ッッックチュンッ!!! 」

 

 

「え?」

 

「あ」

 

後ろにいる誰かさんが、くしゃみによってうっかり手を放してしまった。そんな予感がする……するとどうなってしまうか?

4人でようやく保たれていたバランスは一気に崩れ落ち、下へと真っ逆さまだ。

 

 

 

 

 

 

「 うわあああああああぁぁぁーーーーーーーーッ!!!?? 」

 

身体中にぶつかる激しい空気抵抗が、これから起こるであろう惨劇をド派手に演出している。

パラシュートなどという安全装置なんて当然存在しない。だって何も落ちたくて落ちた訳ではないのだから。それもこれもスターサファイアが元凶だ。

こうなったことを少しでも悪びれて今からでも助けようと追いかけるのならば、僕はまだ彼女を許すだろう。だがスターサファイアは落ちている僕を一切助けようとしない。その理由は恐らく、ここから落下して最悪死んでも「一回休み」になるだけだと、そう楽観視しているからなのだろう。マジで覚えておけ。

 

 

落下しても尚、必死に抵抗している3人の頑張りもあってか本当に僅かではあるが勢いが落ちている……しかしもう地面に近いのもあって、このままだと絶対に助からない。

この世界に来てから何度死にかけているかもう分からないが、こんなマヌケな死に方などあってたまるか。まだ、まだ助かる方法がある筈。諦めてはならない。

 

ここはまた人形達の力を借りよう。上手く衝撃を和らげるような、今の場面に適した方法……やはり「水」だろうか?

現在、僕の手持ち内で「水」を扱える人形はくたか人形とうるみ人形……くたか人形は僕を支えている状態で動けないから、実質使えるのはうるみ人形だけ。

覚えている水属性の技は「シャボン玉」と「アクアソニック」のみ。この中だと「シャボン玉」が一番使えそうだろうか?

 

「 うるみ! 頼んだ! 」

 

今は手が使えないので大きく叫ぶ形でうるみ人形を呼び出した。

呼び声に答えたうるみ人形は地面に降り立つも、この状況下を見て驚愕する。こんな形の初投入で申し訳ない。

 

「うるみ! シャボン玉 をなるべく大きく作ってクッションを作るんだ!」

 

苦し紛れの策だが、今はもうこれに頼るしかない。

初めての実戦で困惑しながらも、うるみ人形は言われた通りにその場でシャボン玉を生成し、徐々に膨らませる。

 

「いいぞ、その調子だ!そのままもっと……!」

 

シャボン玉は見る見る膨らみ、やがて人間1人を支えられるくらいの大きさになった。

これなら、いけるかも……!

 

「(よし!思った通り、感触は柔らかくてクッションには最適……!?)」

 

落下した体とシャボン玉が接触した瞬間、何かが弾けたような音が虚しく響いた。

そしてさっきまであった筈のシャボン玉がなくなっていることに気が付く……そして絶望した。

どうやらノーマルスタイルでは十分な強度を実現することは難しかったらしい。今度こそ終わった。僕の人生が。

 

あの時くたか人形も一緒に「シャボン玉」を作れていれば何とかなったのかもしれないという後悔を胸に、僕は潔く死を覚悟する。

そしてその後の姿を三月精が見たら、僕が皆を騙していたことも同時にバレてしまう訳で……ハハッ、なんて最悪な死に様なんだろう。

 

せめて、人形異変を解決してから死にたかったな……

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「私にこの子の服を作れって?しかも妖精としてのものって……正気かしら?」

 

「頼むよアリス!いつも一から人形作ってるお前ならそれくらい楽勝だろ?」

 

「お断りよ。彼とは知らない仲ではないけど、どうして私がそんなこと」

 

「何だ、ホントは出来ないのか?当てが外れたかなぁ」

 

「そうじゃないわ。そこまでする義理がないってだけ。そもそも、舞島さんは人形異変の調査をしているんじゃなかったの?遊んでいる場合?」

 

「おい、何もそんな言い方」

 

 

「 遊びなんかじゃありませんッ!! 」

 

 

「 ―――ッ 」

 

 

「これは僕が旅の中で出した人形異変解決の糸口……そしてそれを成し遂げるには、人形をこの世界に居続けてもいいようにする為には、どうしてもそれが必要なんです。だからお願いします、アリスさん」

 

「アリス、こいつ私が止めなかったらこんな禁忌に触れようとまでしてたんだ。どうもパチュリーが作ったみたいだがな……でも、こいつの意思は本物だ。だから私からも頼むよ」

 

「………(人間を止めようとしてまで、ということか)」

 

「分かっているとは思うけど、姿形を似せたからといって本物になれる訳じゃない。正直かなり無理のあることをしようとしているわ」

 

「ア、アリスさん?何を?」

 

「動かないで。今採寸を取ってるから」

 

「協力してくれるのか?」

 

「……あくまでこの一度きりよ。でも、その前に1つ聞いて」

 

「舞島さん、人間と妖精というのは生物として全く異なる存在よ。妖精は死んでもしばらく経てば生き返るけど、人間は一度死んだら二度と戻らない」

 

「そして妖精はこの世界において最も下……謂わば底辺。だからいとも簡単に殺される。まぁ、アレらには人間と違って“死”という概念すらもないんだけど」

 

「………ッ」

 

「舞島さん、改めて聞かせて頂戴。それでもあなたは“只の妖精”として敵地にで乗り込むつもり?」

 

 

「 あなたは死を前にした時、平然でいられる? 」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

死の間際、過去の出来事が不意に蘇った。走馬灯という奴だろうか?

 

「ここは、どこ?」

 

辺りを見回す。……空だ。一面水色の綺麗な青空。僕は、死んだのか?

 

「やっほ~マイ、生きてる~~?」

 

「ひゃ!?……ス、スターちゃん!?」

 

死角から突然、スターサファイアが僕に話し掛けてくる。

彼女はさっきまで上空で落ちる様を傍観していた筈だ。ということは、まだ僕は死んでいない?

駄目だ、状況が全然分からない……一体どうなっているんだ?

 

「!そうだ、サニーちゃんとルナちゃんは!?」

 

「風でみんな吹き飛ばされちゃったねぇ。そんなに遠くにはいってないし、たぶん大丈夫だとは思うけどぉ」

 

「か、風……?」

 

「そこの人形が起こした風~。ほら、ちょうどあなたを1人で抱えてるの」

 

「え?」

 

スターサファイアの指が刺した方を見てみると、大きな黒い翼を持つ何かが僕を空中で支えていた。

この黒い翼……まさか、さき人形が僕を助けに?最初はそう思ったのだが、腰に付けているさき人形の入った封印の糸は赤く光っていて、中にまだいることがハッキリと分かる。

さき人形の他に、このような特徴を持った人形を僕は持ってはない。

 

 

では、この人形は一体誰なんだ?

 

 

 



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第十一章


今更だけど三部は視点が頻繁に変わります。
主に「マイ(舞島)」と「舞島(菫子)」が中心かな?



 

飛ぶことの出来ない僕を救ってくれた謎の人物。

 

唯一分かっていることは“大きな黒い翼”を持っていること。何せ後ろから持たれている状況だ。その正体を見ることは今のところ叶わない。

その人物はたった1人で僕を持ち上げているにもかかわらず、三月精とくたか人形が持っていた時よりも飛翔を安定させていた。

 

「えっと、助けてくれてありがとう……?」

 

お礼を言っても返事が帰ってこない。どうやらスターサファイアの言う通り、後ろから僕を掴んでいるのは本当に“人形”らしい。

だが、どうして僕は助けられたのだろうか?この人形の行動の動機は?親切な野生人形なのか?それとも人形遣いの指示で……?

 

「考え込むのはいいんだけどぉ、一旦地面に降りた方がよくなぁい?サニー達の様子も気になるし~」

 

「え?あぁ、確かにそうだね。……いいかな?」

 

僕の言葉を聞いた黒い翼の人形はしばらく間を置いた後、徐々に高度を下げていった。

目に映る景色が空から地上へと変わっていく……差し詰めガラス張りのエレベーターにでも乗っているかのような体験だ。

特別重そうにしている様子もない為、安心して任せることが出来るのは大変ありがたい。

 

もうすぐ地面に降り立つというところで、その人形は自身の翼を羽ばたかせて落下スピードを調整する。

風で黒い羽が舞い散る中、僕の足が地面に付く……無事に着陸成功だ。

 

「マイ!良かった、「一回休み」にはならなかったみたいね!」

 

「イタタ……もう、何がどうなってるの?マイは助かってるみたいだけど……」

 

地上では既にサニーミルクとルナチャイルドが僕の帰りを待ってくれていた。

服に葉っぱや枝があちこちにくっついている辺り、突如吹いた風によって草木に飛ばされたことがよく分かる。

その姿を見たスターサファイアは2人のことをケラケラと笑い始め、やがて喧嘩が始まった。

 

 

喧嘩する3人を他所に、僕は一緒にいた筈のうるみ人形とくたか人形の捜索を始める。

軽く辺りを見回してみると、一本の木だけ何かがぶつかったような丸い跡は残っているではないか。

すぐにその木の方へ向かい、下を見てみると……いた。どうやらうるみ人形はこの木に頭からぶつかり、そのまま気絶してしまったらしい。

そして僕は感動した。気絶しているにもかかわらず、しっかりと石の赤子を抱いていたことに……彼女は母の鑑だ。

僕はその志に敬意を払い、称賛と労いの言葉を掛けてからうるみ人形を封印の糸へと戻した。

 

 

 

うるみ人形のいた場所とそれほど遠くないところにくたか人形もいた為、回収してから元の場所に戻るとまだ三月精は喧嘩をしていた。この3人は本当によく喧嘩するようだ。

それ程仲の良い証拠でもあるが、事件が起こる度にこれでは埒が明かない。この姿でいられるのにも限界がある……どうにか止めよう。

 

話を聞いている限り、この喧嘩は笑われたことと言うよりかは僕が危うく「一回休み」になりかけたことが原因らしい。だったら……

 

「皆、僕なら気にしてないから喧嘩は止そう?」

 

「止めないでマイ!あの時スターが手を離したのがいけないんじゃない!今回ばっかりは許さないんだから!」

 

「サニーちゃん落ち着いて。スターちゃんがあの時手を離したことには心当たりがあるんだ」

 

僕はそう言った後、スターサファイアの服に付着したあるものを取り出す。

それは片手で摘める程軽く、小さくてフワフワした物体だ……考えてみればこうなるのは必然だったのかもしれない。

 

「これは僕の人形、“くたかの羽”だ。きっと飛んでいる際に何枚か抜けていたんだろうね。スターちゃん、あの時くしゃみをしてしまったのはこれが原因なんじゃないかな?」

 

「あ~、言われてみればそうかも~?突然なにかが鼻に入ってくすぐったくなったのよねぇ」

 

「あの時、スターちゃんが僕を持ち上げていたポジションはくたかの真後ろだった……悪いのはむしろこっちだよ。気が付かなくてごめんね?」

 

「いいのよぉマイ?分かってくれればね♪」

 

スターサファイアの悪気のなさを見た僕は拳をグッと堪えることで自身の感情を隠す。

本当は彼女がくたか人形や僕のスカートの中身に興味を示したことが発端であるところを必死に庇っているというのに、このフリーダム妖精は……やはり彼女はどうも苦手だ。

こちとら時間の都合上、罪を被ってでも喧嘩を早く終わらせて先に進みたいだけに過ぎない。

 

 

「はい、もう喧嘩はここで終わりっ!先に進もう!」

 

 

僕は手を2回叩いた後、半ば強引に三月精の背中を押してアジトへの案内を催促させた。

 

 

 

 

 

 

三月精による案内の元、徒歩で六の道を進んでいく。飛翔は現状では危険が伴う為、今回は見送ることとなった。

 

六の道には沢山の人形遣いがいるようで、道中何回も人形バトルをしている様子を目にした。どうやら通せんぼをしていたのは僕と言う1人の人間に限定していたようだ。

ここにいる人形遣い達はどれも精鋭揃いで、人形がスタイルチェンジをしている者が大半を占めている。あの機能はタブレットを持った者の特権だと思っていたのだが、こうしてみると自力でスタイルチェンジを果たしているパターンもあるのが分かる。

だがその場合、スタイル先を自由に選ぶことは不可能になっており理想の形にはなるのは難しいだろう。河童の技術でそれらを自由に選ぶことの出来る自分は大変恵まれているのだと、改めてそう実感した。

 

 

「着いたわ!ここが我々人形解放戦線のアジトよッ!」

 

 

入り組んだ長い道中を終え、僕らは遂に人形解放戦線のアジトへと辿り着く。

だが僕の想像していたような建物はそこにはなく、その全容に思わず唖然としてしまう。

 

「どうしたのマイ?ビックリして声も出ない?」

 

「あぁごめん。うん、まぁ……ある意味でビックリはしたかな?」

 

「アジト」と呼ばれたその場所の姿は、これまでも何回か見てきた一般的な木造建築の小さな小屋であった。

とてもじゃないがアジトと呼ぶには余りにもお粗末で安っぽい……この「人形解放戦線アジト」という看板がなければ絶対に気付かないレベルだ。

仮にもあんなに多くのメンバーを率いた集団がこんな小さな小屋をアジトとしているなど、何かの冗談としか思えないのだが?

 

「まぁ、アジトといってもここは主に作戦会議とかめんせつ?ていうのをやる為だけのところなんだけどね」

 

「そしてマイにはぁ、今からそのめんせつ?ってやつを受けてもらうね~?リーダーから新しく入る子に必ずやるよう言われてるから~」

 

「大丈夫よ!ただ私達のしつもんに、てきとーに答えてくれるだけでいいからさ!今から準備するからちょっとだけ待ってて!」

 

「う、うん。分かった」

 

そう言って三月精は小屋の中へと入っていき、僕に対する面接の準備に取り掛かる。

面接、か。あっちではもうすぐ高校生になる僕にとっては決して避けられない面倒なものだが、まさかこんな形でやるなんてね。

 

小屋の方に耳を澄ましてみると、ドタバタと忙しそうに動き回っているような足音と想像以上に中が散らかっていたことに対する怒りの声が飛び交っているようだ。

まだまだ時間が掛かりそうなことも分かった為、僕はしばらく小屋の隅っこに腰かけて休憩することにした。

 

「………ん」

 

座って気を緩めた瞬間、一気に眠気が襲い掛かる。

瞼が重い……視界がぐらりと下がっては上がり、下がっては上がりを繰り返している。今の僕は子供といっても元の姿と特別体力に差はないみたいだ。

 

思っていた以上に、僕の身体には疲れが溜まっていたということか……まぁこれから忙しくなるだろうから、今の内に休んでおくのは悪くないかもしれない。

 

 

ちょっとだけ、休憩しよう……

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「うん、出来るよ」

 

「めっちゃあっさり……!」

 

「流石、針妙丸は話の分かる奴だぜ」

 

「でも何回もは使わないでね。使い過ぎてまた代償が来るの怖いし」

 

「分かってるよ。お前に迷惑の掛からない範囲でやるのぜ」

 

「(成程、魔理沙が言っていたのは「打ち出の小槌」のことだったのか)」

 

「針妙丸さん。その小槌の効果はどれくらいの間持ちますか?」

 

「う~ん、そうだな……内容にもよるけど、「ちいさくなりたい」っていう願いで1人だけを対象なら“7日”辺りが限界だと思う」

 

「(1週間……まぁ及第点かな。でも、ちいさくなること以外の内容……例えば、「空を飛べるようになりたい」とかも追加で願うと更に猶予が短くなってしまうのか。……)」

 

「因みに、「妖精になりたい」と願うことは?元に戻れる保証があるのなら、それが一番早いのですが」

 

「それはちょっと大きすぎる願いだよ。かつて私が異変を起こした時よりもキツい代償が飛んで来るから絶対ダメッ!禁止ッ!!」

 

「わ、分かりました」

 

「となると、舞島自身がちいさくなるのは最後の仕上げにした方が良さそうだな。さて次は……服だな。その恰好で妖精は無理があるし」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……――ッ!まぶしっ」

 

 

夢の中にいた僕を、パシャリと白い閃光が無理矢理目覚めさせる。

ぼんやりと思い出してみると、遠くからその音は何度も聞こえていたような気がする……一体誰が?

 

「あれ、君は確か……」

 

「……!」

 

目の前にいたのはかつて僕が助けた茶髪のツインテールが特徴的な天狗の人形、“はたて”であった。

どうやら起きるとは思っていなかったらしく、僕の顔を見て大変驚いているようだ。

 

だがすぐに咳払いをし、冷静さを取り戻したはたて人形は手持ちの携帯電話をイジり出し、僕に見えるように画面を向ける。

はたて人形が僕に見せたのは人間の姿の時の僕の写真……そして、変装すべく魔理沙と共に赴いた各地域の様子を写した写真だった。

言葉が伝わらないことを見越してのこの行動は、僕に何を言いたいのかを明確に示している。はたて人形は、僕の正体をちゃんと知っているのだ。

 

だが、どうしてまた僕の前に現れたのだろう?

以前、夢の世界で彼女は助けて貰った借りを返す為にと行方不明となったユキ人形の居場所を教えてくれた。それでもう借りは充分に返している筈……だから彼女からすれば、もう僕に関わる理由などない。

ま、まさか僕が天狗達を敵に回してしまったことによる報復で、さっきの情報を外部に漏らす気でなのはないだろうか……!?

 

「ま、待って!これには深い理由が……!?」

 

慌てて弁解しようとする僕をはたて人形は片手で「待った」をかけることで静止させ、首を小さく横に振った。

どうやら僕の想像していたような動機は一切ないようで、ひとまずは安心する。……だが、そうでないとすれば一体どういった目的で僕にコンタクトを?

 

思い当たる節がない僕を呆れ気味に見つめるはたて人形は痺れを切らしたのか、黙々と携帯電話をイジり出す。

はたて人形はさっきよりも長めにイジった後、内容がハッキリと分かるように眼前まで飛んで近付けてきた。何やら大変不機嫌なようだ。

 

『アタシ実は何度もキミのこと助けてあげてンですケドッッ???何で気付いテくれないカナァ??????(ノД`)・゜・。』

 

「え?………あ、そういえば?」

 

そうだ。これまでのことを思い返してみると、僕は危ないところを何者かに助けられたことが何回かあった。

最初は確か……守矢神社へと続く階段から落ちそうになった時だ。謎の風が僕を浮かばせたことで、頭を強打せずに済んだことがある。

その後の牢屋にいる門番の天狗の注意が逸れた時や追い詰められた際の援護……あの時は余裕がなくて深くは考えもしなかったが、これらの出来事は全てはたて人形のサポートによるものだったのか?

 

「そうか。ということは“あの時”も君が僕を助けてくれたんだね……ありがとう。君は命の恩人だ」

 

僕の感謝の気持ちに対し、はたて人形は顔を逸らしてクールに息をつくことで返事を返す。

気持ちは受け取っておく……といったところだろうか?表情にこれといった変化も見られない。珍しいタイプの人形だ。

 

『で、アタシはいれば空からの偵察とか動かぬ証拠の撮影とかあと飛んで運んだりとかデキて??めっっっちゃお得なんだけドなぁ???(^-^)』

 

『いないとこれから先MJD鬼ヤバだと思うケドなぁ??????(0_0)』

 

「(あ、圧がすごい……)」

 

携帯電話の文章から、自身の有能さをアピールしていることがひしひしと伝わってくる……要は仲間になりたいということだろうか?

確かに妖精として潜入捜査をしている身としては、彼女の能力は非常にありがたいものばかりだ。あちらから仲間になりたいと言うのならば、断わる理由なんてどこにもない。

 

「分かった。今日から君は僕の仲間だ。でも、1つだけ聞かせて」

 

「どうして“僕”なんだい?他にも人形遣いはごまんといるのに、どうして僕に拘るの?」

 

「………」 

 

はたて人形は言うべきか悩んでいるのだろう。返事を考え込んでいる様子が伺えた。

何やら訳あり……というやつだろうか?

 

『ある組織に恨みがある……とだけ』

 

しばらくして、短いながらも先程とは裏腹の真面目な文章が返ってきた。

「恨み」……過去に何があったのかは分からないが、僕を見るその真剣な表情から冗談ではないことは充分に伝わる。

 

『さてと!そんじゃまずはその封印の糸ってやつでアタシをダチにして♪(^-^)』

 

暗くなってしまった話題を早々に切り替え、はたて人形はいつもの調子でこちらに携帯電話で話し掛けてきた。

あまり触れられたくない部分だったのだろう。申し訳ないことをした……これ以上の追及は止めておこう。

 

「うん、よろしくね」

 

『よろ~(^_^)/』

 

僕は言われるがままに封印の糸を彼女に向かってかざし、はたて人形を自分の手持ちとして登録する。

現状はまだまだ謎の多い人形だが、心強い仲間が増えたことをまずは喜ぼう。

 

 

「 お~~~い!!めんせつの準備、出来たよ~~~!!入って来て~~~~!!! 」

 

 

丁度いいタイミングで、三月精のお片付けも終わったようだ。

 

さて、いよいよここから僕の妖精としての冒険(せんにゅう)が始まる。

ぶっつけ本番の気持ちで、この面接も取り組んでやろうではないか。

 

 

僕がここを変えてみせる。絶対に。

 

 

 







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第十二章

 

〇月×日、午前6時過ぎ、晴れ。

 

 

現代へと帰ってきた私は変装を解き、着ていた服を洗濯機にかける。今回の冒険だけで沢山の汗をかいたからだ。

これは彼から託されている替えの効かないたった1つの代物。これがなければ変装は絶対に不可能となる……大事な一張羅なので扱いには気を付けなければならない。

それにしても昨日ひたすら歩いたのと蓬莱山 輝夜の人形バトルに約半日付き合わされたせいか、異常に疲れが溜まってしまった。永琳のドクターストップが掛からなければ恐らくもっと付き合わされていたと思うとゾッとする。

 

人形バトルの結果としては、特にこれと言って苦戦することはなかった。流石は舞島君と長い間苦楽を共にしてきた相棒達だ。

人形達は変装しているとはいえ初対面の私の指示をちゃんと聞いてくれるし、何より鍛えられていて明らかに強さが違う。特に「ユキ」という人形はその中でも別格だ。

私の“発火現象(パイロキネシス)”なんかとは比べ物にならない程の炎を操り敵を燃やし尽くすその圧倒的な攻撃力は、戦っている時の妹紅さんを彷彿とさせるカッコよさと美しさがあった。

強くて可愛くて頼りになる……確かに舞島君の言う通りだろう。変装が必要なくなったら私も自分の人形、持ってみてもいいかもしれない。

 

 

だが利便性がある分、悪用された際の危険性も今回の人形バトルで理解出来た。

誰にも太刀打ち出来ないような人形が悪しき手に渡ってしまう……もしそんなことが起こってしまえばどうなるか?

“人形には人形でしか対抗出来ない”という決められた誓約(ルール)がある以上、誰も太刀打ち出来ず簡単に支配されてしまう。

あの異変解決の専門家である霊夢さんや魔理沙っちでさえ、人形自身には直接手が出せない。過去に人里が人形達によって襲われたという記録もあるくらいだ。

人形は確かに賢い生き物だが、その心は非常に純粋……育てる人や環境によって性格に大きく差が生まれる。ヒトで言う、“子供”のようなものだ。

舞島君のような心正しい人物が育てた人形に危険性はないが、それが邪な心を持った人物となると話は変わってきてしまう。

 

例えば人形を使った様々な災害……ここでいう「異変」なども、使い方次第でいとも簡単に起こせる。

というのも、人形にはその元となった人物と同じ能力が備わっているという高度な技術を持つ生物だ。その効力は本人と比べれば微々たるものではあるが、人形は同じものが複数体存在している。

幻想郷の住民が持つ能力の中には強大なものもいくつかあるようなので、それを実現出来てしまう可能性があるだけでも充分な脅威となり得る……恐ろしい話だ。

 

 

「人形解放戦線」のような弱者の寄せ集めでさえ人形の力があればやりたい放題……この現状はかなり深刻な問題だろう。

その中でもリーダーをしている「メディスン・メランコリー」という人物は加減を知らない危険な妖怪で、放っておけば何をしでかすか分からない。

聞けば活動内容もどんどん過激になっているみたいなので、早いところ止めないと取り返しがつかなくなる。

 

世界の命運は、舞島君の行動にかかっていると言っても過言ではないみたい。

 

 

「ふぁ……ん」

 

 

一通り考え終わって、疲れからか誰もいないことを良いことに私は口を大きく開けて欠伸をしてしまった。

だがまだ寝てはいけない。この洗濯が終わって、外に干して乾いたらまた着る。それでやっと準備完了なのだから。

 

それまでの間、どうやって時間を潰そうか?

スマホやゲーム、パソコンなどは寝るのに影響が出そうだから論外として、外に出るような用事も別にないし……久々に朝食でも摂ろうかな?

室内で軽い運動とかも今後の役にも立つだろうから取り入れてみよう。無理のない程度に。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

同日、午後1時、晴れ。

 

 

無事に幻想郷へと着いた私は今、人里に来ていた。

ここにも舞島君と面識のある人物が何人かいるようなので、コンタクトという名の目撃情報を取ってみようと思う。

まぁ言ってしまえば私のやることはその辺をうろつき回ることであり、明確な目的はないのだ。焦らずのんびりと、いつもの彼を演じていればいい。

 

「あ、いたいた」

 

さっそく第一村人を発見。

知り合いなのでこちらから遠慮なく声を掛けるとしよう。誰かと話しているようだが、まぁ問題ないでしょう。

 

「こんにちは浩一さん。奇遇ですね」

 

「ん?おぉ舞島じゃないかっ!」

 

こちらから声を掛けると、元気の良い返事が返ってきた。

彼は「浩一」。舞島君が幻想郷で初めて知り合った男性。不思議と会う機会が多く、その度に助けてくれる良い人らしい。

人形遣いでもある彼はいつもレアな人形を探しているが、運がとことん悪く会えないことが殆どだという。……暇なのかしら?

恰好は人里でよく見かける和服……能力を持っているような特別な人物という感じには見えない。正に幻想郷に住む一般人といったところだろう。

 

「今日は人形、探していないんです?」

 

「ハハッ!今日は休日ってやつだよ!まぁたまには故郷に帰って一息入れようと思ってよ」

 

「あぁ、確かに歩き回ってると疲れちゃいますもんね。実は、僕も今日はここでゆっくりしていこうと……あ」

 

浩一と話をしている最中、視線が刺さっていることに気が付いた私は思わず会話を止めてしまう。

前の方を見てみると、1人の少女がこちらを睨みつけている……状況を見るにさっきまで浩一と話をしていたのは彼女だったらしい。「邪魔をするな」という彼女の憤りが嫌と言うほど伝わる。

 

「えっと、すみません。もしかしてお取込み中だったでしょうか……?」

 

「あーいやいや!別に気にしないでいいぞ、うん!ちょ~っとばかしめんどくさい奴でさ……でも悪気はないんだ。だからよ、仲良くしてやってくれると嬉しい」

 

「………」

 

そう言いながら浩一は少女の肩をポンポンと叩き、挨拶するよう一歩前に出す。

外見は和服を着た人里の住民と言った感じだが、身体的特徴から浩一とは年齢には大きな差が感じられる。肌は私よりも色白で健康的とはとても言えない。

しかも少女は紹介されたにもかかわらず、一切口を動かそうとはせず目も合わせようともしない。“嫌悪”が全身から滲み出ているかのようだ。瞳にも生気というものが感じられないし、その下にはくまがびっしり……印象が良くない。

ここ人里には「光」という彼女と近い年齢の女の子の知り合いがいるようなので、最初は彼女がそうなのかとも思ったが……これを見る限りどうやら別人だ。聞いていた性格とはまるで正反対だし。

 

「僕は舞島 鏡介って言います。さっきは会話を邪魔しちゃってすみません。浩一さんとは仲良くさせて貰ってるものですからつい話し掛けてしまって」

 

「………」

 

「あ、もしかしてお2人は親子……だったりするのでしょうか?随分と歳が離れているみたいですし?」

 

「………」

 

「……そ、そういえばあなたのお名前聞いてませんでしたね!よければ教えて頂いても」

 

「………」

 

「えっと……あ!封印の糸をお持ちということは、あなたも人形遣いなんですね?実は僕もそうで、浩一さんには先輩として色々とお世話になってるんですよ。もしかしてあなたも?」

 

「………」

 

「う……その……」

 

段々と言葉が詰まっていき、遂にはこちらもだんまりとなってしまって空気が悪くなってしまう。さっきからこちらがボールを投げても、全くと言っていい程返ってこない。

相手はキャッチ出来ないのではなく、そもそもボール自身にまるで興味がないようで心が傷つく……私も一時期似たようなことをしていたが、される側に立つと如何によくないかが分かってしまう。

彼女の氷のように冷たい目……逸らされてはいるものの、まるで世間や周りに何も期待していないような、見下しとは少し違う無関心とも言うべき態度だった。

 

「あー……その、なんだ?いきなり過ぎてこいつもちょっと緊張しちゃってるんだろうよ!まぁ許してやってくれ!」

 

「そうそう、こいつは“幸恵(さちえ)”。娘とかじゃなくてな、まー所謂顔見知りだよ。ここ人里じゃ、住んでるやつ皆そんな関係だと思ってくれ」

 

「あ、あはは……成程」

 

浩一が間に割って入ってくれたことでこの地獄のような時間を何とか回避することが出来た。感謝しかない。

しかしその空間を作り出した幸恵はというと全く反省の色を見せず、むしろうるさいと言わんばかりの苛立ちを露にしている。そしてこちらにもハッキリと聞こえるような舌打ち……さっきから相手を寄せ付けない素振りが目立つ。

もしかして、彼女は不良娘というやつなのだろうか?駄目だ、彼女とはこの「舞島君」という聖人の皮を被った私でさえ仲良くなれる気が全くしないわ。

 

「っと、時間か……舞島、俺達そろそろ行かねぇと。また会おうぜ!」

 

「あ、はい。またどこかで」

 

「ほれ行くぞ?」

 

「………」

 

日の昇りで時間を確認した浩一はこれから用があるらしく、幸恵と共に人混みの中へと消えてしまった。また人形を捕まえに行くのだろうか?

あの幸恵という少女、正直なところ印象がかなり悪いが一緒にいた浩一が聞いた通りの善人だったお陰で何とか事なきを得た。反省点としては、彼女は人形遣いだったようなので人形を実際に出してコミュニケーションをとってみても良かったかもしれない。

舞島君ならば、恐らくそうした筈だ。まだまだなりきりの精度が足りていないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、舞島さんだ!お~~い!!」

 

人里を歩いていると甲高く元気のいい声で誰かが話し掛けてくる。

声の特徴的に、どうやら幼い女の子のようだ……もしや例の「光」という人物だろうか?私は声のした方へと振り返り、それを確認する。

 

「しばらくぶりね~!元気してた?」

 

「……え~っと?」

 

目の前にいたのは回りとは明らかに雰囲気の違う少女だった。

それ自体は特に珍しい話ではない。幻想郷は多種多様な種族の住民達が個性豊かな恰好で暮らしている狂気の異世界。

故に、人里のような江戸時代を思わせる背景にそぐわない奇抜なファッションをしている者も沢山いる。だが、この子はその辺のベクトルが少々違う。

何と言うか……恰好が現代的で私や舞島君のところの文明に近い。もしや彼女、外来人だろうか?

 

私は舞島君からこのような特徴を持つ少女の情報は聞かされていない。しかし、向こうは私……舞島君を知っている。

こんな、“ライトブルーのショートパンツ”に“白Tシャツのへそ出しルック”という大胆且つ活発的な恰好をしている女の子が舞島君の知り合いだとでも?

 

「やだな~もうキョトンとしちゃって。私よ、わ・た・し!」

 

やや強調気味に自身をアピールするこの少女……せめて名を名乗って欲しいところだが、素直にそれを問えば何かと怪しまれるかもしれない。

よく観察して、この子が一体誰なのかを当てる必要がある。他に目につく物と言えば、背負っている大きなカバンくらいだが……いや、待て?あのカバンは確か?

 

「……も、もしかして光ちゃん……なの?」

 

 

「 あったり~!もしかしなくても光で~っす!! 」

 

 

「ハハ……何というかその……随分とイメチェンしたんだね?」

 

「まぁね~!ビックリしたっしょ?」

 

どうやら彼女は本当に“光”だったようだ。今の彼女は事前に聞いていた服装とは余りにも違いがある。人里によくいる和服を着た村娘という話だったのだが?

背中に背負った大きなカバン……唯一あれが光の特徴として一致していたのが幸いだった。

 

当てられて上機嫌な光は、理由(わけ)を聞いて欲しそうに上目遣いでこちらを向いている。

 

「その服、一体どこで?ここにそんな服は売っていなかったと思うけど?」

 

「気になる~?まぁ話すと長くなるんだけど……ちょっと歩きながら話そっか?」

 

 

 

 

 

 

「―――と、いう訳なの!因みにこれ、アリスが一晩で縫ってくれたんだ!人形ってホント器用よね~!」

 

「へぇ、それは凄いや」

 

外見は大人びたもののやはり中身は年下の女の子ということもあり、話の半分くらいはどうでもいいことだった。

要約すると家に帰って来てファッションについて色々と相談したところ、親が外の世界からの掘り出し物として“ある本”を譲ってくれたらしい。

その中を見てみると見たことのない恰好をした女の人達がズラリと載っていたとのこと。凡そ、忘れ去られてここへと流れ着いたファッション誌か何かだろう。

つまり、光のこの格好はそれを参考に作って貰ったということになる。彼女の人形には余程腕の良い裁縫職人がいるようだ。

 

確かに、この幻想郷に服屋というものは1つも存在しない。人形異変が起きてからは呉服屋というものが出来たようだが、そこですら人形専用のものしか置いていなかったくらいだ。

それ程ここ人里に住む人達にとって、ファッションというのはあまり関心がないものなのだろう。文明の違いもあるので仕方がない部分があるにしろ、やはりどこか寂しいものはある。

 

「私、げんちゃんに言われて初めて気が付いたんだ。自分がもっと輝けることにね。それで思ったの!呉服屋がやってる人形の服装の自由を、人里の皆にも取り入れるべきだってね!」

 

「初めは霊夢様をお手伝いしたい一心で始めた旅だけど、それよりもっとやりたいことが出来ちゃった……へへ、自分でもビックリしてるよ」

 

「つまり、夢が出来たんだね?いいことじゃない」

 

どうやら光は旅の中で「服屋になりたい」という夢が出来たようだ。この歳でそういった人生の目標が出来るのは立派と言える。

私としても、その夢は是非とも応援してあげたいところだ。彼女の夢は、幻想郷をより良いものにするその第一歩となるのだから。

 

「でもい~~っぱい問題があるんだ。まず、服を作る為の素材を調達する手段が今のところないの。皆に提供する上でアリスが最初から持ってる奴だけじゃとても足りないし……舞島さんいい場所知らない?」

 

「え?う~ん……僕はその手の知識には疎いけど考えられる手段としては、“リサイクル”かな?」

 

「“りさいくる”……?」

 

「そう。「再利用」って意味で、例えば住民の皆から使わなくなった服を回収するのさ。それを分解してしまえば、実質タダで生地は手に入るでしょ?」

 

「ッ!!舞島さん天才ね!?その手があったわ!こうしちゃいられない、早速出掛けてくるわっ!!またね!!」

 

そう言うと光はダッシュでその場を後にし、片っ端から住民に声を掛け始めた。

見るに早速言われたことを実践しているのだと考えられる。行動力の化身だ……私にはとても真似出来ない。

 

「ま、またねー……」

 

私は既に見えなくなった光を見送るように、小さく手を振って別れを告げる。

彼女の走っていく先々には砂煙が舞っている……遠慮なく人を巻き込んでいくあの積極性、正に“嵐のような女”の称号を持つに相応しい元気っぷりだ。

 

夢、か。私は当時、これと言ったものがなかった。

強いて挙げるならば幼少期に迷い込んだかもしれない「幻想郷」という異世界にいつか自力で来ることが目標だったのだが、それはこうやってあっさり実現された。今やっている舞島君の手伝いも、無事に彼が成し遂げれば終わってしまう。

そろそろ、自分の将来を真剣に考えてみてもいいのかもしれないな。

 

 

 



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第十三章

 

 

 

「……あ」

 

人里を歩いていた私は、もう1人の舞島君の知り合いが前方にいることに気が付く。

 

先程会ってきた人達に比べれば接点はあまりないものの、挨拶くらいはしておいてもいいかもしれない。

私は声を掛けようと一歩一歩、彼女に近付いた。見たところ、珍しく人里の住民と話をしているようだが?

 

 

「……――ッ!!?」

 

 

それは彼女にある程度近付いた瞬間だった。

感じたことのある悪寒が、全身を震え上がらせる……危険を感じた私はすぐに人気のない路地へ駆け込むことで身を隠した。

 

しかしこの既視感(デジャヴ)の正体は何だ?一体どこで?恐怖の中、必死に頭を働かせた。

 

「(そ、そうだ。この感覚、“あの時”の……)」

 

思い出した。あれは私がここで異変を起こした時……害をなす者と対峙した際に放っていたものと似ている。

一見、普段と変わらないように見えるがそれは違う。この異様な威圧感(プレッシャー)……彼女は今、“切り替わっている”んだ。

 

 

霊夢さん……魔理沙っちが言うには異変調査が上手くいってなくてこの頃機嫌が悪いとのことだったが、想像以上だった。

恐らく異変解決の専門家としてのプライド、人里の人間達からの期待、舞島君という救世主(ライバル)の出現……これらが重くのしかかり、彼女は焦っているのだと思う。

いつもなら現場へ急行して異変の黒幕を見つけ出し、それを直接撃退することで解決してきた彼女にとって、この「人形異変」は異例中の異例だろう。

起こしたであろう人物候補として真っ先に挙げられる「アリス・マーガトロイド」は、今回の異変とは全くの無関係。アリス自身、こんな大それた芸当は1人ではとても出来ないと証言している。

 

春頃から始まって未だ解決の糸口が見えないこの「人形異変」……一体誰が、どんな目的で起こしたというのだろうか?

 

 

 

 

先程まで感じていた威圧感(プレッシャー)が薄れたのを感じ、路地裏からこっそり覗き込んでみるともう霊夢さんはその場から姿を消していた。どうやら次の現場へと向かったらしい。

異変調査の為、普段は各地を転々と飛び回っている筈の霊夢さんだが、今回は聞き込みを中心に活動をしているようだ。それ程手掛かりになるようなものが今のところ掴めていないのだろう。

彼女の十八番である“巫女の勘”も、この異変では上手く働いてないように見える。

 

「?これは……」

 

先程まで霊夢さんがいたところに、封印の糸が1つ転がっていた。手に取ってみると、赤い光が淡く灯っている……使用済みであることは間違いないが、始めて見る状態だ。

話していた一般住民の方は人形遣いではなかったようだし、恐らくこの封印の糸は霊夢さんのもので間違いない。喋ることに夢中で落ちていることに気が付かなかったのだろうか?

仮にも「博麗の巫女」とあろうものが落とし物とは、意外と抜けている一面もあったらしい。まぁ、そういった可愛げもある方が私は好きだけど。

 

 

しかし、霊夢さんは一体どういう聞き込みをしていたのだろうか?少し気になる。

何せ、彼女は舞島君とは全く別の目線で異変調査をしている立場だ。希望は薄いが、もしかしたら何か有益な情報が聞き出せるかもしれない。

私の持っている手段としてこういった場面で使えそうなものといえば、やはり“残留思念感応(サイコメトリー)”……になるのだろうか?

この能力は簡単に言えば「物体に残された記憶を読み取る」というもので、主に過去にそこで起こったことを調べるのに役に立つ超能力の1つ。この状況にはうってつけだ。

 

だが、正直私はこの能力に強い抵抗がある。何故なら子供の頃、何も知らずにこの能力を使って殺人の記憶を見てしまい、強烈な精神的ショックを起こしたからだ。

強い殺意、悲痛な叫び声、飛び散る血飛沫……僅か数秒くらいではあったものの、子供が見るには余りにも過激で生々しい映像だったのは覚えている。

以降、それがトラウマになってしまって使うことは二度と無くなった。高校生になった今も、それは変わっていない。

 

……でも、光ちゃんの夢へとまっすぐ進む姿を見ていたら不思議と勇気が沸いて、何だか怖がっていたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

あの時はまだ子供でどういったモノが映し出されるのか分かっていなかっただけ……今は違う。見る前から覚悟していれば、使ってもきっと大丈夫。

 

 

「すぅ、はぁ………よし」

 

 

僅かに震える手を握り締め、私は先程の現場へと足を運んだ。

残留思念感応(サイコメトリー)”を発動させる条件は、“物に触れる”こと。「物」というのは結構幅広く、実際の現場や持ち主の遺品などは勿論、湖や沼といった場所でも通用する。

特に、“液体”を含んだ物の方が記憶を透視しやすいという。私が子供の頃に触れた物が正にそれ。赤い液体が付着した凶器だった。

 

「(……感じる。それも結構強いわ)」

 

超能力は、その者の資質によって効力に差が生まれる。

例えばこの“残留思念感応(サイコメトリー)”にも「断片的な記憶」しか読み取れない者と「秒単位の長期的な記憶」を読みとれる者が存在する。私はどうやら後者のようだが、そういったものは大きな資質があるらしい。

この封印の糸に残っている残留思念も、私の目にはハッキリと視えている。つまりこれは霊夢さんにとって強い印象が残っている代物ということ。

 

あの霊夢さんが大事にしている封印の糸……気になる。非常に気になる。未だ謎の多い友人の知られざる一面を見られるかもしれないと思うと、好奇心が止まらない。

気が付いたら私の心はすっかり「視たい」という感情に支配され、“残留思念感応(サイコメトリー)”を発動させていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

    「また飲んでるの?人形でもあんたは変わらないわね……」

 

 

         「ッ!ッ!~♪」

 

                 「霊夢~、そう言ってる割には満更でもなさそうだぞ~?」

 

 

  「―――!正拳突き でとどめ!……よし、上手くいった!」  

 

 

 

         「うわ、抱き着くなって……ああ、もう!分かったから離れなさい!」

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

     「馬鹿な奴だ。まんまと罠に掛かりやがって……今頃人里は滅茶苦茶だろうさ」

 

 

 「な……こ、これは!?」

                    「人形解放戦線、あいつらだけは……!」

 

 

  「私のせいだ……私がしっかりしてないから……」

 

 

       

 

 

    「 弱い人形なんていらないわッ!出ていってッ!! 」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「―――!………ッぅ!!」

 

 

記憶の読み取りが終わると共に、激しい頭痛が襲い掛かった。高い素質を持つとこういう時に損だ……頭痛程度の軽傷で済んだのは幸いか。

私は右手で頭を抑えながら、視えた情報の整理をする。

 

物が物である為、ハッキリとした映像こそ映し出されなかったものの、あれは間違いなく“博麗神社での出来事”だった。

声の主は霊夢さん、それに魔理沙っちもいただろうか?後、人形も……姿は見えなかったけど、恐らくこの封印の糸の中にいた人形である可能性は非常に高い。

だが気になったのは後半の記憶……霊夢さんは誰かに嵌められたのだろうか?人形解放戦線って言ってたけど、もしかしてそいつらに?

その後の霊夢さんの後悔の念、そして怒り……まさかこの封印の糸は……

 

 

「ねぇ、そこのあんた」

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

考え事をしていて無防備だった私の背後から突然、女の人の声が割り込む。

ビックリして普段は出さないような声が漏れたので慌てて口を塞ぐも既に遅く、完全に聞かれてしまった。そして会いたくなかった。

 

「あれ、あんたどこかで見たわね。確か……そう、舞島 鏡介だわ」

 

「イヤーヒトチガイジャナイデスカネー」

 

「……誤魔化せてないわよ」

 

駄目元で鼻を抑えて声を変えてみたものの、彼女には通用しなかったようだ。

一目で見分けがつく格好なので無駄な努力であったことを痛感しながら、観念して聞き覚えある声の方へと振り返る。……ああ、やっぱり霊夢さんだった。

敵意むき出しな顔付きでこちらを見据えている……怖い。

 

「ふん、見た目通りの女々しさね。……言っておくけど、私はまだあんたを同業者とは認めてないから。やたらとこの異変に首を突っ込んでいるようだけど、警告よ。これ以上関わないで」

 

「そ、そんな!僕はただ」

 

「素人にこの異変が解決出来る訳ない。たまたま才能があるからっていい気にならないで欲しいわね。あんたみたいなのは人形(どうぐ)達とごっこ遊びでもしてるのがお似合いよ。おすすめはしないけどね」

 

「ッ!そ、そういう霊夢さんは何か解決の糸口が掴めているんですか?プロなんですから、当然僕なんかよりも進んでいるんですよね?」

 

「……黙りなさい。あんたにそんなことを聞かれる謂れはない」

 

「そう仰るということは、やはり掴めていないんですね?「博麗の巫女」も、案外大したことないじゃないですか」

 

「何ですって……?」

 

「……あなたに彼の何が分かるって言うの?勝手な憶測で決めつけるんじゃないわよッ!」

 

「………は?」

 

「(ッ!しまったーーー!?)」

 

気が付いた時にはもう手遅れ……あの瞬間、確かに私は舞島君の演技を完全に忘れていた。

ヤバいヤバい、さっきとは比べ物にならない殺意がこちらに向けられている!何であんなこと言っちゃったの私!?

 

 

「ちょっと何言ってるのか分かんなかったけど、いい度胸ね。その吐いた唾、飲むんじゃないわよ……?」

 

 

霊夢さん形相を見るのが恐ろしくて直視出来ない……どうやら私は霊夢さんの逆鱗に触れる発言をしたようだ。

今の彼女を例えるのなら、「鬼」……だろうか?怒らせてはいけない者を怒らせてしまった自分を呪わずにはいられない。

 

しかしおかしな話だ。私がこんなにも感情的になるなんて。

霊夢さんの言葉が、そんなにも気に入らなかったのだろうか?……それとも、舞島君を侮辱されたのが嫌だったのかな。

でもその結果、私はこれから消されることになる。これまで他人との接触を避けてたきた私の死因がこれとは、何と皮肉なことだろう。

 

 

ごめんなさい、舞島君。

 

時間稼ぎ、もう出来そうにないわ。

 

 

 

 



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第十四章

 

目の前にいる殺意マシマシな博麗の巫女こと霊夢さん、そしてその原因を作った私こと宇佐見 菫子(変装中)。

 

迂闊な発言から彼女の怒りを買ったことで今、私は絶対絶命のピンチを迎えている。

私は決して戦えない無力な人間ではないが、今は変装している人物として振舞わなければならない事情がある。そして、霊夢さんにこのことがバレるのも勿論マズイ。

話していて分かったが霊夢さんは舞島君に対してあまりいい印象を持っておらず、むしろ邪魔な存在として認識されてしまっている。そして恐らくだが、人形解放戦線に対する強い恨みも……もし舞島君が今、人形解放戦線にいることを知ってしまったらもう「外来人」ではなく「敵」とみなすに違いない。

「最初から舞島君は私だった」という嘘も、異変を起こしたという前科のある私が行うにはあまりにもリスクが高い行動だ。

 

霊夢さんはさっきから喧嘩しようとする人がよくやるパキポキ音を首や拳から鳴らし、こちらを見据えている……女であるにも拘らずその覇気は凄まじい。

だがこちらとしても引く訳にはいかない。少なくとも、私が霊夢さんに言ったことは間違ってなんかいないのだから。ここで無様に謝ったりなんかしたら、それこそ一生後悔する。

 

 

「だったら、人形バトルではっきりさせましょう。それで僕が負けたら、お望み通りこの調査を降りますよ」

 

「……へぇ、随分と潔いのね。1回勝った相手だからって甘く見られているのかしら?だったら先に言っておくけど、同じようにいくとは決して思わないことね」

 

 

「そうでしょうか?この間とは違うのは僕も同じですし、案外楽に勝ててしまうかも」

 

「ッ……上等じゃない。後悔しても知らないわよッ!!」

 

 

霊夢さんが封印の糸を手に取り、人形を繰り出そうとしている。

 

もう後には引けない。この勝負、絶対に勝って

 

 

 

「  待て待て待てーーーーーーーーー!!!  」

 

 

 

覚悟を決めたその時、上空からこれまた聞き覚えのある声が響き渡ったと思うと、箒に乗った少女が急降下しながら私達を止める様に間へと割って入る。

この金髪、この黒のエプロンドレスは……間違いない。「霧雨 魔理沙」こと魔理沙っちだ。どうしてこんなところに?

 

「おいおいおい!こんなところでいきなり人形バトルやろうとするなよ!場所をわきまえろッ!」

 

「………ちっ」

 

「ご、ごめん……ちょっと頭に血が上ってたみたい。確かにそうだね」

 

魔理沙っちに言われて初めて気が付いたが、いつの間にか私達の周りには人が集まって来ていた……今ここで人形バトルなどすれば周りに危険が伴う。

それに冷静に考えてみれば、いくら人形が強いとはいえ初心者があの霊夢さんに勝てる見込みがあるとは到底思えなかった。

どうやら先の戦いで少々図に乗っていたようだ……反省しよう。

 

「お前らなぁ、仮にも同じ目的を持ってる仲間なんだからよ。もう少し仲良くやろうぜ?」

 

2人の様子を確認した魔理沙は事の経緯をある程度察したのか、すぐさま話を切り出す。

魔理沙っちの方こそ、よく霊夢さんと異変解決競争をしているイメージなのだが……と言うのは止めておこう。今の彼女は“こちら側”だ。

こうやってわざわざ止めに入ったのも、やらかした私のフォローということなのだろう。

 

「霊夢、いい加減こいつのこと認めてやったらどうだ。何がそんなに気に入らないんだよ?」

 

「ふん、別にいいでしょ。……こっちだって生活が掛かってんだから邪魔されたくないだけよ」

 

「本当にそれだけか?お前の舞島に対する敵対心はハッキリ言って異常だぞ」

 

「そういうあんたこそ、やけにそいつの肩を持つのね。らしくないのはお互い様だと思うけど」

 

「まぁこいつの師匠みたいなもんだからな。ここまで育てたのは私と言っても過言じゃないんだぜ?なぁ?」

 

「え?うんまぁ……ハハ」

 

背中を軽く叩きながらアイコンタクトしてこちらに話を振る魔理沙っちにとりあえず合わせたが、見事な口八丁手八丁ぶりだ。

師匠かどうかはともかく、舞島君は彼女に何度も助けらていると聞いている。彼女のおかげでこの世界と人形異変のルールを知れたし、人形を扱う上で必要不可欠な「スカウター」や「タブレット」までくれた。

そして今もこうやってこちら側に協力をしてくれている……こうやってまとめてみると、どちらかと言えば「恩人」に近い存在と言える。

 

「この間、河童のアジトで騒動があっただろ?あれだって、私とこいつが解決したんだぜ?」

 

「……あぁ、人形解放戦線が攻めて来たってやつか。そういえば新聞にもなってたわね」

 

「そうそう、まぁ取り逃がしはしちまったがあのリーダー相手に善戦してたんだぜ~こいつ?まぁ師匠の教え方が良かったんだろうな!」

 

なるべく戦わずして私の実力を認めさせようとしているのが話の内容からも伝わってくる。

霊夢さんも顔にこそ疑いの念は感じられるが矛盾している点が見当たらないからか反論はしない。何故なら新聞には「舞島 鏡介」の名前が実際に挙がっていたという証拠があるからに他ならない。

嘘の中にも真実をきっちり混ぜることで、相手を信じさせるこのテクニック……流石は魔理沙っちと言ったところか。

 

「……少しはやるようだけど、それでも私はあんたを絶対認めない」

 

「お、お前いい加減に……!」

 

「魔理沙は黙ってて」

 

しかし、霊夢さんの考えは一向に変わる兆しを見せない。

彼女もまた曲がることのない信念を持った「博麗の巫女」……他人の口だけで簡単に意見を変えるような安い心は持っていないらしい。

 

「……“3日後”よ。3日後の酉の刻、私の神社に来なさい。そこなら思う存分やれるでしょ?」

 

「私を納得させたいんだったら、その実力を直接見せることね」

 

そう言うと霊夢さんは飛翔で上空へと舞い上がり、あっという間に遠くへ行ってしまった。

隣で面倒なことになってしまったと帽子越しにポリポリ頭を掻く魔理沙っち……追いかけないところを見るに、ああなった霊夢さんはもう止められないと内心悟ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

「ったく、今のあいつには極力関わらない方がいいって言っといただろ?何やってんだよ」

 

「う……ご、ごめん。私だってそのつもりではあったんだけど」

 

「お前のこと上からずっと見てたんだが、口喧嘩してたよな?そんなに感情的な奴じゃないと思ってたんだがなぁ」

 

「……いやその、自分でもよく分かんないっていうか」

 

「はぁ?なんだよそれ」

 

正直に「頑張っている舞島君を馬鹿にされたのが気に食わなかった」なんて誰にも言える訳ない……妙な誤解を生みそうだ。

何だか、変装している時の私は自分でも予想が付かない行動をしがちだ……一体どうしてだろうか?

 

あぁ、いけないいけない。もっと理性的にならなければ。

気持ちを切り替えようと私はおもむろにポケットからある物を取り出し、それを話題の種として提供した。

 

「魔理沙っちさ、これのことなんか知ってる?」

 

「?それは……封印の糸か?ん、こりゃ人形が中にいない状態だな。誰の落とし物だ?」

 

「霊夢さんよ。記憶の内容を直接見たから間違いないわ」

 

私がこの封印の糸に“残留思念感応(サイコメトリー)”を使用した際、記憶の中には霊夢さんだけでなく魔理沙の姿も僅かにあった。

その内容から読み取るに、事の詳細は持ち主よりも当時近くにいた人物に聞いた方が良いと思われる。霊夢さんと魔理沙っちは互いに長い付き合いだ……希望的観測ではあるが、聞いてみる価値はある。

 

「へぇ、お前そんなことも出来たんだな。ふむ、霊夢のか……」

 

「……ッ!だとしたらそいつは……いや、だが……」

 

「魔理沙っち、どう?」

 

「……うん、まぁ、そうだな」

 

歯切れは悪いが、どうやら魔理沙っちはこの封印の糸について覚えがある……が、複雑そうな表情から言いにくいことだということも同時に伝わる。

やはり私が見た記憶の通り、当時何かしらの事件があったのは間違いない。

 

 

とりあえず私は、魔理沙に見た記憶の詳細を事細かに説明することにした。

博麗神社での出来事、人形解放戦線への憎しみ、人形を突き放す声……その全てを、覚えている限り話した。

 

「……そうか。やっぱその封印の糸、“あいつ”のものか。まだ持っていたなんてな」

 

「“あいつ”って?」

 

「“伊吹 萃香(いぶき すいか)”……正確にはその人形、すいか人形だな。「(おに)」って種族の妖怪さ」

 

 

「あいつら「鬼」は、大概の奴は酒と力比べが好きで、嘘を心底嫌う。人形もそれは同じだったみたいでな……本人同様、あいつはすぐに霊夢のことを気に入ってたよ。霊夢も、あいつのことは可愛がっていた」

 

「なのに、霊夢さんはそのすいか人形を突き放したっていうの?そんなのあんまりじゃない……一体どうして?」

 

「……私は霊夢本人じゃねぇ。知りたいなら、あいつに直接聞くしかないさ」

 

「そう、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞島君から頼まれていた変装とアリバイ作りが、霊夢さんとの人形バトルの結果によっては終わりを告げてしまうこととなってしまった。

この勝負の敗北は、同時に舞島君の異変調査の終わりを意味する……しかもそれを言い出したのは他でもない舞島君(わたし)であり、引くことは決して許されない。

彼がこれ以上異変に関わらないということは私としても当時は望んだことではある。この世界とは無関係の人間が、これ以上危険な目に遭う必要なんてない……そう思っていたからだ。

だが彼は、この異変によって生まれた人形、そして私が大好きなこの「幻想郷」という世界の為に奮闘してくれている。そんな彼を、私は応援したい。

 

 

それにこの勝負、考え方を変えればチャンスでもある。

 

何故なら、この勝負に勝って話を聞くことさえ出来れば、人形解放戦線についてまた新しい事実が判明する可能性があるからだ。

舞島君としては1人でその情報を集めるつもりだったろうが、私だってその役には立ちたい。

 

しかし、問題はその霊夢さんにほぼ素人の私がどうやって人形バトルに勝つかだ。

魔理沙っち曰く、霊夢さんは天才肌であり才能の塊……唯一欠点があるとすればその才能ゆえ努力を怠っていたことなのだが、この人形異変での彼女は違う。

今までの常識が通用しないこの異変で、今も人形バトルの腕を磨き続けるくらい彼女は大きく変わった。お陰で付け入る隙は全くと言っていい程なくなっている。そんな彼女に、勝つ見込みは果たしてあるだろうか?

幸い猶予は3日あるが、それまでに互角かそれ以上の実力を身に付けなければならないと思うと現状とてもじゃないが現実的ではない。腕のある人形遣いで霊夢さんと一度戦った経験のある舞島君は今頃、人形解放戦線の本拠地にいるだろうし、他に頼れる人なんて……

 

 

「……あ」

 

「ん?どうした董子、そんな期待の眼差しを向けて……お、おい?まさか、冗談だろ……?」

 

 

いた。いたわ。

 

目の前に、それも舞島君よりも人形バトル経験があるであろう人物が……!

 

 

 

 



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第十五章

 

一面に広がる白く美しい花々が一面に広がっている。

 

下に垂れ下がり、まるで鈴のような形のお花達……ヒュウと風が吹くとそこからは気品のある良い香りが漂う。

自然豊かな幻想郷だからこそ見られる、また違った趣のある素晴らしい光景だ。

 

だが美しいものには棘があるように、ここでたくさん咲いている「鈴蘭」という花には毒が含まれている。

ここは通称、「無名の丘」とも呼ばれている曰く付きのスポットであり、人間が決して近づかない場所であるという。

そんな危険な場所に来るような変人は、人の身でありながらあらゆるものが平気になってしまった僕くらいのものだろう。そして、今この隠れた名所を堪能出来る数少ない人間も恐らく僕だ。

 

このまましばらくこの景色を楽しむのもまた一興だが、今回の目的は別にある。

僕は鈴蘭を極力踏まないよう避けながら正面に見えている小さな人影へと近付き、新人として挨拶をすることにした。

 

「今日からここで働かせて貰うことになりました、マイです。よろしくお願いします」

 

「?………あ、そう。また増えたのね」

 

この鈴蘭畑の奥でただ1人佇み、こちらの挨拶に慣れた様子で受け答えする小さな少女の名は「メディスン・メランコリー」。

見た目こそ花を愛でる可憐な乙女であるが、その体は血が通っていない「毒」を原動力とした人形……正確には、ここで捨てられた人形が妖怪化したという悲しき存在だ。

そして、幻想郷で起こっている人形異変を利用し悪事を働いている集団、「人形解放戦線」のリーダーであり創設者でもある。

 

そんな彼女の野望は“人形の地位向上”。

これまでの活動を見るに、人形解放戦線は一見すると各地でイタズラばかり働くろくでなし集団のようにも見えるが、本質は人形が「利用されている」という状態に対して抗議の意を示している“レジスタンス”のようなものに近い。

「河童のアジト」の襲撃が最も分かりやすく、あそこで生産されていた「封印の糸」というマジックアイテムへの不満が強く現れていた。

 

しかし過去の新聞を見る限り、立ち上げた当初からそういった過激な妨害活動をしている訳ではなかったというのがどうも引っ掛かる。

ここへわざわざ潜入を試みたのも、その真意をこの目でハッキリさせるため……そして出来ることならば、説得して心を入れ替えて貰いたいとも思っている。

 

「あれ、あんたよく見たら“制服”に着替えてないじゃない」

 

「せ、制服ですか?」

 

「そ、アレがないとこっちの仲間かどうか見分けつかないんだから、さっさとサニー達から貰ってきなさい。いいわね?」

 

そう言ってメディスンは司令官の如くカラクリの右人差し指をこちらに向けて命令してくる……が、背が小さいので威厳よりも可愛らしさの方が勝っていた。

 

彼女の言う通りその制服とやらを取りに向かおうとするが、ふと僕は最近のアジトでの出来事を同時に思い出す。

僕が面接に受かってここの一員となった際、三月精は“何か”のストックがもうないことに酷く慌てていたのだ。そして、最終的に「まぁ別に問題ないでしょ~」と笑って開き直っていたような?

つまり、それが制服だったということだ……やっぱり必要なものだったんじゃないか。

 

「すみません、恐らくですが制服はもう余りがないものと思われます」

 

「……あいつら、そういうことは早めに報告しなさいよね……はぁ、しょうがない。とりあえずはそのままでいいわ」

 

正直、妖精に細かな仕事を任せること自体が間違っていると思うのだがこれに関しては無理もない話だろう。

集まっている人員の大半は暇つぶしの妖精ばかり、妖怪のメンバーだって低級の頭の悪そうな者しか今のところ見ていない。

むしろ、今まで閉鎖的な環境にいたメディスンがよくこれだけのメンバーを集められたものだとさえも感じる。

 

そんな寄せ集めの組織だが、不思議なことに統率だけしっかりと取れているようで、命令にはちゃんと従うし与えられた仕事をサボる様子もなかった。

それ程のカリスマが、リーダのメディスンにあるとはさっきの会話から見てもあまり感じない。やはり裏で糸を引いている人物がいる筈だ……その正体も、この目で確かめていく必要がある。

もし、それが今回の異変の“黒幕”なのだとしたら都合がいいのだが、果たしてどうだろうか?

 

「さて、ここの一員になったからにはこの世界で存分に暴れて貰うわ。あいつら人間に思い知らせてやるのよ……人形解放戦線(わたしたち)の脅威ってやつをね」

 

「は、はい!頑張ります!」

 

「……あんた、妖精にしてはえらく真面目ね」

 

「え!?い、いや~そんなことないよ~とりあえずさからうヤツみ~んなやっちゃえばいいんだよね!」

 

「その通りよ(なんだ、気のせいか)」

 

咄嗟にアホっぽく振舞うことで何とか疑いの目から逃れる……メディスンが案外単純で助かった。

確かに、ここに来るような妖精の態度としては少々硬過ぎたのかもしれない。敬語を使っている妖精なんて明らかにおかしいではないか。

忘れるな、今の僕は“妖精”だ。もっと気楽な態度でいないとここで自然に溶け込むことなんて出来ない。そう、魔理沙と話しているようなフランクさを意識すればきっと大丈夫。

 

 

 

 

 

 

「そういえば新入り、あんた人形は?」

 

「もってるよ!」

 

「そう、なら支給は要らなさそうね。ちょっと見せて貰える?」

 

「え?うんいいけど……むげつ、はたてっ!でておいで!」

 

メディスンの要望通り、僕は現状手持ちに加えているむげつ人形と新たに仲間となったはたて人形を封印の糸から呼び出す。

今後彼女と絡んでいく以上、こういう状況になることも予想されたので僕はユキ人形達を変装中の菫子先輩の元へ予め預けたと言ってもいい。もしここで見られでもしたら即身バレして大変なことになっていたことだろう。

しかし一体何をするつもりなのだろうか?もしやよくないことをされるのではと脳裏に不安がよぎるも、何を思ったかメディスンは視線を落としてじっくりと人形達を観察し始める。

その目は真剣で、まるで何かを見定めるかのようだった。

 

むげつ人形は相変わらずカッコつけたがりのようで、目を閉じながら下を向き、右手で顔を覆ったかと思うとそれを勢いよく掻き上げた。

そして腕組みしている片手で片目を覆いながら相手を見据えているむげつ人形を、メディスンは特に変だと思う様子はなく屈託のない笑顔を向けた。

 

「こんにちわ、悪魔の人形さん。私はメディスンっていうの。よろしくね」

 

『……あ、あぁ。よろしく』

 

むげつ人形もその対応に思わずたじろいだようで、さっきから動揺しているようだ。

変質者扱いしない無邪気な優しさにどこか既視感を感じているような、褒められ慣れていないからどう返せばいいか分からないという複雑そうな感情が目の泳ぎ具合である程度図れた。

 

『むげっちゃんマジきゃわなんですけど~www』

 

その様子を面白がってか、はたて人形は自身の携帯電話の写真機能でむげつ人形をパシャパシャと撮っている。

それに気が付いたむげつ人形は撮るなと言わんばかりに携帯電話を取り上げようとするが、はたて人形は背中の翼で空へと逃れることでそれを拒否した。

意外といたずらっ子なのだろうか?それとも単にむげつ人形をからかいたいだけなのだろうか?僕の周囲で繰り広げられる追いかけっこを眺めながら考えてみるが答えは出ない。

 

「ふーん、仲が良いのね。……それにしても、天狗の人形は久しぶりに見たわ」

 

「え?」

 

「さてと、それじゃ審査の結果だけど……いいわ。合格よ」

 

「??えっと、いったい何を見てはんだんしたの?」

 

「決まってるじゃない、ここでやっていけるかよ。その子らは少なくとも大丈夫。人形の中には戦うのが嫌な子もいるからさ、そういう子は予め野生に返してるの」

 

確かに、そう言った人形は僕も一度見たことはあった。どうやらメディスンは人形に対してはちゃんとした優しい心を持っているようだ。

いくら人形解放戦線といえど、戦意のない人形を戦わせるような真似はしないらしい。この事実は少々意外だった。

 

どうやら、メディスンにはまだ説得の余地があるように感じられる。

もっと積極的にコミュニケーションをとっていきたいところだが、初日からズケズケと絡んでいったら流石に怪しまれてしまうだろう。

どうにかここで功績を上げて、周囲からの信頼を得る必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

「それで、ぼくはこれからどうすればいいのかな?」

 

「ん?あぁそうね。どこに就いて貰おうかしら…………あ、そうだ。確か、“マヨヒガ”って場所を占拠しに向かってたグループが救援要請を出していたんだったわ」

 

「マヨヒガ……妖怪の山のほうにあるところだね」

 

「えぇ、まぁ丁度良いわね。それじゃあ初仕事として、あんたにはそこの救援に行って貰うわよ」

 

新人の初仕事としてはいささか厳しいように思えるが、これは手柄を立てるチャンスだ。

あの山へ戻るのは天狗の里の一件があるのでリスクは高い。だが今は、はたて人形と言う頼もしい空のお供がいる。心配はいらないだろう。

 

「うん、わかった!がんばってくるね!」

 

元気よく返事をした僕は、人形解放戦線メンバーとしての活動を本格的に開始するのであった。

 

 

 



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第十六章


お盆シーズンは次回の投稿が大分空いてしまいますのでご了承ください



 

周りからバレないように手持ちのスキマップ駆使し、守矢神社前までやってきた。

登録されている転送先の中ではここが一番「マヨヒガ」に近いみたいだったので来てみたものの、最初にここへ来た時は暗くてろくに視覚情報がなかった為だろうか?まるで始めて来たような新鮮な気持ちにさせられる。

そして、先に進むにあたって早くも問題が発生することとなった。

 

進む道の先に、1つの大岩が行く手を阻んでいた。そういえば以前、これに顔をぶつけた記憶が微かにある。

背が小さくなったせいか、それは見上げなければてっぺんが見えない程には大きく、そして頑強。壊すには相当な破壊力を要求されることだろう。

細い木と同様、これも結界のようなものが発生しており横からは通り抜けることは出来ない仕組みになっている。一体誰がこんなはた迷惑な代物を置いたというのか?

 

 

このままではマヨヒガへ行くことが出来ない。

スキマップは当然行ったことのない場所へは行けないし、かといって壊すというのも現実的とは言えない。

何故ならこれと同じような仕組みだった細い木には、あらゆる人形の攻撃が一切通用しなかったからだ。試すだけ人形達の労力の無駄であろう。

もしかしたらこれにも、専用のアイテムが必要なのかもしれない。だが今は持ち合わせてはいないので、何か別の方法で向こう側に行く必要がある。

 

すると腰の封印の糸が1つ、小さく揺れてこちらに呼びか掛けていることに気が付く。

これは……どうやらはたて人形が僕を呼んでいるみたいだ。何か考えがあると言うのだろうか?

 

僕は早速、はたて人形の入った封印の糸を掲げ、呼び出す。

出てきたはたて人形は携帯電話に予め打っていた文字をこちらに見せてくる。

 

『アタシの翼ならキミを向こうまで運べる』

 

「あ、確かに」

 

『でも今のままじゃ運ぶのマジつらたんなんよね~』

 

『むげっちゃん曰く、キミの持ってるタブレットってやつがあればアタシ達人形を更に強くできるみたいじゃん?だからチョイ試しに使ってみてよ』

 

「分かった。ちょっと待っててね」

 

そういえば、まだはたて人形の詳しいステータスを見ていなかった。

ポケットからタブレットを取り出した僕は早速、はたて人形のステータスやスキル、アビリティをチェックしどういった特徴があるのかを確かめた。

 

 

はたて人形。属性は「風」単体。

持っているアビリティは「威嚇射撃(いかくしゃげき)」と「望遠(ぼうえん)」。

スタータスはというと……まだノーマルスタイルだからか俊敏が僅かにあることくらいしか特徴がないようだ。まぁそれはノーマルスタイル人形の殆どが該当するので問題ない。

注目すべきはスタイルチェンジでどう化けるだ。はたて人形は既にスタイルチェンジが可能なレベルに達していた為、今からでもチェンジ先を確認することが出来る。早速見てみよう。

 

 

1つ目は「パワースタイル」。属性は「風」に加えて「無」の複合属性。アビリティも「威嚇射撃」が「一斉射撃(いっせいしゃげき)」というものに変わる。

 

どうやらはたて人形のパワースタイルは攻守ともにバランスの整ったステータスになるらしく、集弾と散弾どちらもいける万能型となるようだ。

天狗の人形にしては俊敏の値が並程度なのは気になるが、他とは違った幅広い戦い方が出来そうでこちらの興味を引く。

 

 

2つ目は「アシストスタイル」。属性は「風」に加えて「幻」の複合属性。アビリティは「望遠」が「早目(はやめ)」となる。

 

散防と俊敏が高く、補助のスキルを中心に立ち回るその名の通りの型のようだ。人形バトルにおいては一役買ってくれそうで中々悪くない。

しかし、「幻」の属性がむげつ人形と被っていることが気になる。

 

 

最後に「エクストラスタイル」だが、属性は「風」に加えて「歪」が複合されるようだ。

アビリティもガラリと変わって「威嚇射撃」が「身軽(みがる)」、「望遠」が「テンションアップ」となる。

 

ステータスはパワースタイルの集弾を散弾に殆ど分け与えたようなバランスで、アシストとはまた違うトリッキーな印象を受けた。

これまた他にはない戦い方が出来そうで大変魅力がある。

 

見たところ、どれも悪くない選択肢で非常に悩ましい。

人形バトルの戦術面で考えていると日が暮れそうなので、ここはそれ以外でのサポート面でひとまずスタイル先を考えることにする。

まず、今のはたて人形の役割を考えると小さな人間を1人運べるような運搬力が必要だ。運搬力……それは即ち筋力であり、恐らくステータスの数値でいう「集弾」の高さがそれに匹敵しているのではと思われる。

その根拠として、以前人形達が荷物を持つ手伝いをしてくれた際にしんみょうまる人形だけは他と比べて明らかに運搬能力が高かった。「打ち出の小槌」のアビリティによる集弾の倍増が、それを実現させたのだろう。洞窟の湖を渡ろうと奮闘したこがさ人形も、自分の身長よりも大きいそれなりに重い荷物を何とか持てていた。

それにもう1つ、あれは河童のアジトでメディスンと対峙した時のことだ。メディスンのこころ人形にこちらのユキ人形が羽交い絞めにされ、一気に追い込まれたことがあった。

必死に逃げるよう指示する僕に、メディスンは言った。「その人形のステータスじゃ、この拘束は決して解けない」と。そして、それは宣言通りだった。

つまりそれはユキ人形とこころ人形の集弾ステータスの差……いわゆる筋力の差が大きくあったということだ。そうなると、必然的にチェンジする先は……

 

「(「パワースタイル」、ということになるか)」

 

3つの中で1番集弾のステータスが高く全体的にバランスの良い「パワースタイル」が、最も相応しい選択だと言えるだろう。

 

「はたて、今からスタイルチェンジを始めるよ。ちょっと体に違和感があるかもしれないから予め備えておいてね」

 

『おけまる~~~んじゃヨロ~~~(*^_^*)』

 

何だか心なしかテンションが高いはたて人形に向け、僕はタブレットの項目にある「パワースタイル」をタップした。

英語表記の「スタイルチェンジ」の吹出しが画面に表記されると共に、はたて人形の体から光を放たれる。

 

しばらくその様子を見守っていると10秒と立たぬうちに光は収まっていき、そこにはいつもと変わらないはたて人形が身体の異変を確かめていた。

だがいまいち変化が分からないはたて人形は両手を握ってみたり翼で軽く飛び回ったりと世話しない様子で動く回る。新しい力を手にすることにワクワクするのはまぁ分かるが、ここまで敏感なのは珍しい気がする。

 

はたて人形は一通りの動作を済ませた後、やがて確信へと変わったのかこちらに笑みを浮かべ、軽く頷いた。どうやらスタイルチェンジの結果には満足してくれたらしい。

 

「よし、それじゃあ早速僕を岩の向こうまで連れて行ってくれない?」

 

『おっしゃ!まかセロリ~!!(*^▽^*)』

 

 

「―――お、お、おおおぉぉーーーーッ!!?」

 

 

はたて人形が僕の背中の裾部分を掴んだ瞬間、一気に上へと体が浮上していく。想像以上のスピードに思わず声が出てしまった。

気が付けば既に視界には青い空が一面に広がっており、聞こえてくる翼の羽ばたきと同じタイミングで体も揺らされている。

三月精に運んでもらった時よりも力強い安定感があることから、スタイルチェンジによって求めていた人1人運べるくらいの飛行能力を得ていることがよく分かってひとまずは安心だ。

 

しかしこの様子なら、そのまま目的地へと直接飛んで行ってしまった方が早く目的地へ到着出来るだろう。

そう思った僕は早速、上空からマヨヒガのある場所を直接探し出す。大岩を超えた先の中腹辺りに存在するらしいのだが……

 

「?何だかあそこ、怪しいな」

 

山の中に、霧の掛かった地域が見える。

分かりやすくいかにもな雰囲気を醸し出しているあの場所こそ、マヨヒガなのではないだろうか?それにあそこにあるのは……うん、行ってみる価値は充分にあるようだ。

 

「はたて、ひとまずあの場所まで飛ばして!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~~ヒマだなぁ~~~もうみはりはあきたよぉ」

 

「だよね~……なんかおもしろいこと起きないかな」

 

「でも“あの妖怪”からのめーれーだったし~?さすがにさからえないよねぇ」

 

「この先には誰も通すな~とかいってたけど、あそこで一体何やってんだろ?」

 

「しらな~い。っていうかキョ―ミな~い」

 

「だよね~……あ、鳥が1羽とんでる」

 

「ずいぶんおっきいなぁ。天狗ともちがうっぽいし」

 

「……あれ?なんか、凄い勢いでこっち来てない?」

 

 

「 ちょちょちょっとーーー!!? はたてストップストップ!! 止まってえええぇぇぇーーー!!? 」

 

 

「「 ギィヤアアアァァーーーーーーーーッ!!!?? 」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自身の出したスピードに急ブレーキを掛けたはたて人形は、川に飛び込む一歩手前でようやく静止した。

その際、発生した風の衝撃によって近くにいた妖精2匹を吹き飛ばしてしまったようだ。しかも、あれは恰好からして人形解放戦線であったので申し訳なさが半端ない。……まさかあそこまで急降下していくとは思っていなかった。

ゆっくりと僕を地面に降ろしたはたて人形は、早速携帯電話でのやり取りをする。

 

『ごめーーーん!!!!うまく力を制御できんかったーーーーー!!!!(T_T)』

 

「ううん、いいよ。気にしないで」

 

スタイルチェンジをして早々、力を上手く使いこなすのは至難の技であろう。

はたて人形を責める謂れなどない……むしろそれを配慮しなかった人形遣いにこそ責任がある。

 

『ブッ飛ばしちゃった奴ら、人形解放戦線だよね?うまく着地出来てれば聞き込みが出来たかもしれないのに……ホントゴメン』

 

さっきまでの元気はどこへやら、肩を落としてすっかり落ち込んでしまったはたて人形。役に立つと言った手前、責任を感じているのだろう。

真面目なのはいいことだが、あんまり気を張っていると精神衛生上よろしくはない……が、そんなの人に言えた身ではないから言及するのは止めておく。

 

「それに情報を引き出すチャンスはまだあるんだ。ほら、あそこ」

 

指を指した先には、人形を回復させる施設である休憩所が1件立っている。実は上空から見下ろした際、既にあることを確認していたのだ。

あそこに行けばこの辺の地理に詳しい人も泊っている可能性もある筈。マヨヒガについての情報を諦めるにはまだまだ早い。

 

だが今の僕は仮にも人形解放戦線に所属している一端の妖精。

余計なことさえしなければバレる心配は殆どないだろうが、用心しておくに越したことはないだろう。

 

あ、ついでに甘味処で回復アイテム買わないとな。

 

 

 



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第十七章

 

「あらあら可愛らしいお客さん。おつかいかな?1人で偉いね~♪」

 

 

休憩所の受付待娘から開口一番、子供のような扱いを受けてしまう。

扱いに困惑した僕だが、今の姿のことを考えればその態度にはある程度理解は出来る。出来るが……思春期待っ最中の僕にその言葉は少々むずがゆしさを感じてしまうので止めて欲しい。

 

「ううん、ちがうよ。ぼくニンゲンじゃないもん」

 

「え?……あら本当だわ。妖精がここを利用するなんて珍しい……ごめんね~?」

 

「………と、とりあえずこれのかんてーをおねがいします!」

 

僕は予め用意しておいた別の鞄から集まっていた大量の換金アイテムを急いで待娘に渡し、その辺の大人サイズの椅子に無理矢理腰掛ける。

先程の大声で注目を集めてしまったからか、周りからの視線が痛い……先程の待娘の言う通り、妖精がこの施設を利用することはあまりないのは本当らしい。あまりの気まずさに顔が自然と下を向いてしまう。

 

「(あの子可愛い……妖精かな?)」

 

「(何か恥ずかしがってる……)」

 

「(顔真っ赤だ……色白だから余計目立ってるよ)」

 

心なしか、僕を見ている者達が笑っている気がする。この一連の出来事で自身のトラウマが堀り起こされ、身体も震えてきた。妖精如きが人間様の施設に入ったのがいけなかったのだろうか?

マヨヒガの情報収集もここでするつもりでいたのに、こんな状況では人に話し掛けづらい。早く鑑定、終わってくれないだろうか。

 

 

しばらくして先程話した待娘の方をチラリと覗いてみるが、鑑定は終わっていない。まだこの地獄がしばらく続くのが確定した。

視線は時間と共に大人しくはなったものの、状況が変わっているかというとそんなこともなく……アリスが服を見繕う前に言っていたことをふと思い出した。人間でないだけで、こんなに扱いが違うなんて。

しかし、これでは埒が明かないのも事実。……勇気を持つんだ自分。ちょっとでも情報を集めるんだ。

 

「……あ、あの」

 

「へ?お、俺ッ!?ななな、何かな!?」

 

「ぼく、マヨヒガってばしょさがしてるんだ。どこにあるかしってる?」

 

「マ、マヨヒガ?う~ん、噂には聞いたことあるけど俺は知らないなぁ」

 

「そ、そっか。ありがと」

 

「いいいいいやこちらこそ!うんッ!!それじゃ!!!」

 

「……?」

 

何だか話し掛けた一般男性の様子が明らかにおかしかった。突然休憩所を去ってしまったし……きっと妖精の僕なんかに声を掛けられて不快な気持ちになったのだろう。

軽いショックは受けたものの、こんなことでめげている場合ではない。少しでも早くマヨヒガについての詳細を……次だ次。

 

「ねぇねぇ」

 

「おや可愛いお嬢ちゃん。わしに何か用かな?」

 

「マヨヒガってばしょしらない?」

 

「?……あぁ、お菓子が欲しいのかのぉ」

 

「いや、マヨヒガについて……」

 

「そこに甘味処があるから、これで好きなものをお買い。イタズラは程々にな」

 

そう言って翁は僕の小さな手にそっとお小遣いを渡し頭をポンポンすると、休憩所を去っていく。

長く生きていそうだったので色々知っていそうだと踏んだのだが、耳が遠かったらしく要件を勘違いされてしまったようだ。

子供の頃、おばあちゃんに似たようなことをされたなぁという懐かしさと、またしてもこの容姿が原因で情報を得られなかったというやるせなさが混合し、心の中がぐちゃぐちゃになった僕は手元にある只々お金を眺めることしか出来なくなっていた。

 

 

 

 

 

 

その後も入れ替わりで訪れてくる客達にマヨヒガについて尋ねてはみたものの、収穫はゼロ。未だ進展はない。

 

この容姿か?この容姿がいけないのか?

あまりの上手くいかなさに思わず自身のウィッグに手を伸ばすが、それを外すことまではせずに何とか踏み止まった。

こんなことならもっと事前にマヨヒガのことについて調べてから向かえばよかった……嗚呼、こんな時“あの人”がいてくれたらきっと目的地について教えてくれるのに。

そんな希望的観測にすがることしか出来なくなっていた僕は呆然としていたせいで目の前の人に気が付かず、その人の足に頭が衝突してしまう。

 

「ったた……」

 

「ん?あぁすまんな嬢ちゃん。大丈夫か?」

 

「は、はい。だいじょうぶです」

 

「それなら良かった。いやー俺も不注意だったぜ、これはお詫びだ」

 

翁と同じく、ぶつかってしまった中年くらいの男性は小さな僕の手に物を握らせると受付の待娘の方へ行ってしまう。

何を貰ったのかを確認すると、またお金だった。物乞いをしている訳でもないのにどんどんお金だけ溜まっていく……こんなものよりも今は情報が欲しいのだが。

それにしても今の声、何だか聞き覚えがあるような?

 

「おう、ちょいとこいつら預かってくれ」

 

「あら浩一さん、こんにちわ。今日はここで張るんですか?」

 

「ハハッまぁね。この山は如何せんターゲットが多くてよ」

 

 

「浩一さ~ん何か買っていってよ~!どうせ張り込むんだったら一杯回復アイテムいるでしょ~?」

 

「分かった分かった!お得意さんの俺が今そっちに行くって」

 

 

「浩一よぉ、人形の情報何か進捗ないか?」

 

「あーすまんな、生憎新しいネタはないんだ」

 

 

「浩ちゃん今度こっちの仕事手伝ってくれよ~。人手が足んなくてさぁ」

 

「おういいぜ。この張り込みが終わったらな」

 

「浩一」と呼ばれた男性が休憩所に来るや否や、先程まで静かだった空間が一気に騒がしくなる。

話の内容から察するに彼はどうやら常連の人気者らしく、話し掛けてきた人達に囲まれて忙しそうだ。

 

だが僕の運もまだまだ捨てたものじゃない。まさか会いたかった人物がこんなに都合よく、しかも目の前に現れようとは。

浩一さんはこちらも何度もお世話になった人物で、この幻想郷のことについても詳しく頼りになる。きっとマヨヒガについても何か知っているに違いない。

今すぐにでも話し掛けたいところだが、先客達がまだまだ彼を放してくれそうにない。あの中を掻い潜るには今の僕はあまりにも小さく非力過ぎるので、ここは空くのを待つことにしよう。

 

……人望あるんだなぁ、浩一さん。

 

 

 

 

 

 

時間が経ち、頼んでいた換金アイテムの鑑定も終わって一通り買い物を終えた頃には浩一さんの周りも落ち着いたようで、ようやく前に進める状態となった。

但し、この姿の僕は浩一さんとは当然ながら初対面である。間違ってもいつもの調子で話し掛けないように気を付けよう。

 

「あのぅ、おにいさん」

 

「ん?嬢ちゃんか。何だ?俺に何か用か?」

 

「うん。ぼく、マヨヒガってところにいきたいんだ。でもここのヒトたち何にもしらなくてこまってたの」

 

「マヨヒガにねぇ……好き好ん行こうってやつは初めて見たな。何でまたそんなとこに?」

 

「そこにトモダチがまよいこんじゃったみたいなの。おにいさん、みたトコロいろんなことしってそうだし………おねがい」

 

僕はここで菫子先輩から授かった「目を潤わせながら上目遣いで相手の手を小さくキュッと握る」を実行し、作戦の成功率を上乗せした。

その容姿だからこそ覚えるべきであると朝までみっちり叩き込まれた禁断の業の1つだ。先輩曰く、か弱さをあざとくアピールすることがコツで、大抵の男はこれでコロッといってしまう……らしい。

 

今の僕に、もはやプライドというものは存在しない。あるのは目的の達成するという硬い意志だけ。その為なら何だってする。

まさか禁断の業の餌食となる最初の相手が浩一さんになるとは思ってもみなかったが、初めてにしては上手くやれたという実感はある。さて、どうだ?

 

「悪いなぁ嬢ちゃん、マヨヒガには俺も行ったことはねぇんだよ。そればっかりは……って、何か凄い顔で固まっちまってるが大丈夫か?」

 

「……あ、いや、なんでも……ないです」

 

「な、何もそんな落ち込まなくてもいいだろ!?」

 

せっかく恥を捨ててまで禁断の業を使用したというのに大して効いていなかったこと、そして奇跡的に訪れた最後の希望がいとも簡単に断たれたことによる絶望で僕はその場から崩れ落ちてしまう。

終わった……彼ですら知らないような場所に一体どうやって辿り着けばいいというのか?このままでは人形解放戦線からの信用を得るどころではない……目的を達成出来ない。

 

だが、同時に別の転機も訪れる。

放心している僕を見て動揺する浩一さんをよそに、一連を見ていた周りの客がざわつき始めると非難の声が1つ、また1つと飛び交い始めたのだ。

 

「こんないたいけな少女の心を傷つけるなんて、浩一さん最低ッ!」

 

「見損なったぞ浩一ッ!!」

 

「ぐ……お、俺だってそんな暇じゃなくてだな」

 

どうやら自分が子供の姿であるが故に、周りからの同情が集まりやすくなっているようだ……そしてこの時、僕は悪魔的な作戦を思い付いてしまう。

今の自分の容姿を最大限に、そして状況によっては相手を半強制的に操ることが出来るこの業……ここで使わずいつ使う!

 

「ひっく……はやく……はやくたすけないとボクのともだちが……おにいさんがてつだってくれないと、もう………う、うわああああぁぁぁん!!!」

 

「え!?ちょおま……!」

 

 

「「「 泣~かした泣~かした~ 」」」

 

 

「(て、てめぇら後で覚えてろ……!)」

 

 

「あらあら浩一さん、小さな子を泣かせるような人にはこれはお返しできませんねぇ」

 

「お、おいおい受付嬢まで……それだけはマジで勘弁してくれって!……あぁもう分かった!分かったからもう泣くな嬢ちゃん。手ぇ貸してやるからッ!!」

 

人形を預かっていた受付待娘の協力もあって、作戦は無事に成功。アドリブで行った「嘘泣き」の効果は絶大だったようだ。

董子先輩から授かったこの業、最初は役に立つのか不安ではあったが……この姿も案外マイナス面ばかりではないらしい。

 

そう思った僕は、少しだけ先の未来に希望が持てたのだった。

 

 

 

 



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第十八章

妖怪の山の中腹にあった休憩所で浩一さんと再会した僕は、素性を隠しつつも無事マヨヒガ探しの協力を得ることに成功した。

半ば強引な手で連れられ困った様子の彼だが、僕は知っている。彼が探し物を探すのにピッタリな人形を所持していることを……

 

「嬢ちゃんよ。マヨヒガについてだが……さっきも言った通り、俺も実際には行ったことがねぇ。だからそれを一から探すことになる」

 

「そこでこいつさ。 出番だ!ナズーリンッ!」

 

浩一さんがそう言って自身の封印の糸を掲げると、中から全体的にグレーのカラーリングをしたネズミの妖怪少女のナズーリン人形が召喚される。彼女にも本当に世話になりっぱなしだ……なので「ありがとうございます」と心の中で合掌しておこう。

先程休憩所で回復して貰い、元気になったナズーリン人形であるがその表情はいつも通り冷静沈着、実にクールである。何と頼りがいのある人形であろう。

 

「ナズーリン、仕事だ。今回は少々厄介だぞ。何せ手掛かりもクソもないからな」

 

浩一から告げられる仕事内容にナズーリン人形は難色を示すも、しょうがないといった様子でそれを承諾する。こういった無理難題にも慣れているのだろう。

 

「今回探すのは“場所”だ。この山のどこかにある「マヨヒガ」を、お前の能力で探し出してくれ」

 

頷いたナズーリン人形は早速、首にかけているペンデュラムを外してそれを片手にぶら下げる。今回はいつもやっているダウジングロッドではない別の方法で探すようだ。

ナズーリン人形は少し考え事をした後、ペンデュラムに向かって喋り始める。一体何をしているのだろう?

 

「あれはな、自分の言った質問の答えを振り子の動きで判断する手法なんだ。恐らく、マヨヒガ関連の質問をしているんだろうな」

 

「ふぅん……」

 

不思議そうに見ている僕を気遣ってか、浩一さんはペンデュラムのダウジングについて簡単な説明をしてくれる。

色んなダウジングの手段があるのだなと関心を示しているのも束の間、ぶら下がっているペンデュラムが早速揺れ始めた。ナズーリン人形の集中力が高まるのを遠巻きに感じる。

彼女の邪魔になってはいけないと、僕は思わず前のめりになっていた姿勢を正して息までも止めてしまう。

 

ペンデュラムは小刻みに揺れ、やがて少しづつ斜め方向へと傾いていく……ペンデュラムにこれ以上の動きのないことから、どうやらこれがダウジングの結果らしい。

 

「ありゃあ外れ。もしくはハッキリとした答えじゃない時の動きだな」

 

この結果を見て再び考え込んだナズーリン人形は何かを掴んだような顔つきを見せ、ペンデュラムにさっきとは違うで質問をし始めた。

彼女の集中力が高まり、ペンデュラムは再び揺れ始める……すると今度は右回りに円を描き続けるという違う動きを見せる。そしてペンデュラムの宝石部分が青い光を帯び、点滅し始めた。

 

「お、どうやら当たりだ。しかも近いぜ!」

 

浩一さん曰く、これは良い方の結果だそうだ。だが「近い」とはどういうことだろう?

そう疑問思っているとナズーリン人形がこちらを向いていることに気が付く。普段からジト目であるナズーリン人形だが、今はより一層目つきが鋭い……ま、まさか?

 

「……どうやら、ペンデュラムは嬢ちゃんに反応しているみたいだぜ?」

 

「ほぇ?」

 

 

 

 

 

 

ペンデュラムが僕に反応している……?一体なぜ?

 

ナズーリン人形がペンデュラムに質問した内容はこちらには分からない。

だが、少なくともマヨヒガ関連であることは間違いない筈……ということは、僕自身がマヨヒガに関連するものを既に持っているとでも?

 

示している物がどれのことなのか分からない僕を見越してか、やれやれといった様子でナズーリン人形は余ったもう片方の手にダウジングロッドを持って先の方でこちらの鞄をつつく。

どうやら答えは僕の手持ちの中にあるということらしい。早速僕は新調した小型サイズの鞄を一旦地面に降ろし、中身を確認することにした。

 

 

鞄の中には先程買った回復アイテムが沢山入っている……というかそれしかほぼ入っていない。

旅の途中で手に入れた「木こり人形」や「ゴムボート」などのアイテムは変装中の菫子先輩が所持している。舞島 鏡介でない僕が持っているのはおかしいからだ。

あと残っているものといえば橙から貰った「スキマップ」くらいだが……

 

「おい、そのよく分からん不気味なマジックアイテムに反応してしてるみたいだぞ」

 

「え?」

 

確かに、スキマップを鞄から取り出したらペンデュラムの点滅がさっきよりも激しくなっている……つまり、これがマヨヒガに関連するものなのか?

 

「……まぁ気になることは色々あるが、とりあえず嬢ちゃんが持ってるそのアイテムを一旦こいつに預けてくれ。後はこいつが何とかしてくれるさ」

 

「う、うん」

 

スキマップとマヨヒガの関連性はよく分からないが、ここは浩一さんの言う通りナズーリン人形に預けた方がよさそうだ。

僕が地面にスキマップを置くと、それに近付いたナズーリン人形は尻尾を自身のスカートの中に潜らせる。数秒たった後、尻尾が戻って来たかと思うと器用に何かを引っ掛けているようだ。あれは、籠……だろうか?

その小さな籠を取り出したナズーリン人形は何かを呼び出すように一声掛けると、中から可愛らしい小さなネズミ達がひょっこり顔を出した。そしてナズーリン人形は籠をスキマップへと近付けるよう尻尾を動かし、子ネズミ達はそれをクンクンと嗅ぎ始める。

 

「ああやって使役しているネズミ達に匂いを覚えさせて、目的のものを探させるんだ。中々便利だろ?こいつ」

 

「あ、そうだ。鞄の中はきっちり閉めておけよ?ほっといたら中の菓子類を全部このネズミ達に食われちまう。経験者からの忠告だ」

 

「えッ!?わ、分かった!!」

 

浩一さんの忠告を聞いて慌てて鞄のチャックを閉じたのと同時に、ナズーリン人形が匂いを嗅がせた子ネズミ達を野に放っていく。正に紙一重であった。

危うく買ったばかりの回復アイテムを食い荒らされるところだったと安堵する僕を、浩一さんは面白いものを見るかの様に手を叩いて愉快に笑っている……心臓に悪いことはやめて欲しい。

 

 

 

 

 

 

数分経った頃、放った子ネズミ達が元の場所へと帰って来て捜索の結果を飼い主であるナズーリン人形に報告している。

その報告を聞いてからこちらへと向いたナズーリン人形は小さく、そして確信に満ちた顔で頷く。どうやらマヨヒガの手掛かりが見つかったようだ。

 

「よし、早速行ってみようぜ」

 

「うん!」

 

子ネズミ達の情報を元に歩き始めるナズーリン人形へ続くように、僕と浩一さんも後を追う。

人形の歩幅に合わせて歩いている為ゆっくりではあるものの、確実に目的地へ近づけている。浩一さんとナズーリン人形には感謝しかない。

 

やがて前と左に分かれた道が現れるが、既に答えを知っているナズーリン人形は立ち止まることなく左の道へと歩を進めた。

因みに僕が不時着した場所はこの道を前へ進んだところの近辺であり、結果的には物凄く近い場所に目的地があったということになる。「灯台下暗し」という奴か。

 

「うん?ちょっと待て……確かこの先は」

 

浩一さんが何やら不穏な言葉を発すると同時に、ナズーリン人形がピタッと立ち止まった。

目的地に着いたのかと前方の確認してみたが、その先には沢山の木々が生い茂っていて道が存在しない。所謂、行き止まりだ。だがナズーリン人形は真っすぐ指を指し、目的地がここであることを強く主張している。どういうことだろうか?

 

「……まさか」

 

そう言って目の前になる木々に近付いて行った浩一さんは、ゆっくりとそれに触れる。すると触れた場所がすり抜け、目の前のものが実体ではないことが判明する。

 

「やっぱりか、通りで誰も知らない訳だよ。まさか幻術で隠されていたとはね……ん?!」

 

先程まではいつも通りの様子だった浩一さんだが、上方向へと目をやった瞬間、突然見たことのないような顔つきに豹変する。

後を追うようにこちらも同じ方向を確認してみるが、そこには特に変わったものは見つからない。それとも、既にいなくなってしまったのだろうか。

 

「……そうか、どこにもいないと思ったらこんなところに」

 

「ど、どうしたの?」

 

「すまない嬢ちゃん。俺はちょっと急用が出来ちまった。マヨヒガはこの先で間違いないだろうから、後は自力でその友達とやらを探すといい。じゃあなっ!!」

 

「え……?ちょっと!?」

 

そう言い残して浩一さんは幻術の掛かっている道先へと消えていってしまった。

彼のあんな切羽詰まった顔を見たのは初めてであった為か、自分でもビックリするくらいに動揺している……だが彼のことだ。余程レアな人形がそこにいたとかそういう理由だろう。

 

 

そう思うことにした僕は、偽りの行き止まりの先を進むことにしたのであった。

 

 

 



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第十九章

 

浩一さんのナズーリン人形によって発見されたマヨヒガへと続く道。

 

今までそれは幻術により巧妙に隠されていたのだが、偶然持ち合わせていたスキマップが場所を特定する為の大きな手掛かりとなったようだ。本当に、偶然にも程がある……こんな幸運の連続に最早恐すら感じてしまっている自分がいる。

だが、これでようやく救援要請を送っている仲間達の元へ向かうことが出来るのだ。今はこの幸運を最大限に生かす事だけを考えよう。そう決心し、僕はマヨヒガへと進む。

 

 

 

 

 

 

「ここが、マヨヒガ……」

 

それがマヨヒガへと初めて足を踏み入れ、少々落胆気味に僕が呟いた最初の一言であった。

きっと内心期待していたのだと思う。マヨヒガという場所が異世界特有の魔訶不思議な空間であることを……だが実際は只の小さな山村というのが現実だったらしい。

建物の損傷具合、そして周りに人が全くいないことから、ここは随分前から廃村になってしまっていることも分かってしまう。どうやら思っていたよりもマヨヒガという場所は暗く寂しく場所であったようだ。

 

こういった場所には決まって何かろくでもないが住み着くものである。例えば盗賊、狂暴な妖怪又は妖獣、或いは霊の類等々……物騒な者達が大半だ。探索する際には注意が必要にある。

そもそもこの場所から救援要請をかけられたのだから、マヨヒガという場所に何かしらの危険な者がいるのはもう分かりきっている。用心し過ぎるくらいが丁度いい。

こういう場面でこそナズーリン人形のダウジングの力を借りたかったのだが、生憎持ち主の浩一さんは一足先にこのマヨヒガの奥の方へと行ってしまっている。となれば、自分の力で何とかするしかない。

 

 

「 みんな、出てきて!! 」

 

 

僕がそう叫ぶと手持ちにある全ての封印の糸が輝き、そこから光弾が飛んでいって地面に1つずつ着弾していく。

その光の中からむげつ、メディスン、はたて人形を始め、くるみ、エリー、えいか、うるみ、くたか、やちえ、さき、とうてつ人形もそれぞれ実体化し、こちらの指示を心待ちにしている。

自分で言ったこととはいえ、ここまでカッコつけて出すつもりは正直なかったのだが……まぁいい。やる気があるのはいいことだ。

 

「今からこのマヨヒガをくまなく探索するよ!地上の方は「むげつ、メディスン、エリー、えいか、うるみ、やちえ、さき、とうてつ」、上空からは、「はたて、くたか、くるみ」、翼のある君たちに任せるね。……あ、でもくるみは太陽の光が苦手だったか。じゃあ陸上のペアに入れた方がいいよね」

 

「ここはまだ未開の土地だ、探索中に何が起こるか分からない。特に地上組の単独行動は危険が伴うだろうから、ある程度ペアを組んでいこうと思うよ」

 

こちらの指示内容に対し、人形達は嫌な顔一つ見せず従順な態度で耳を傾けてくれている。出番を心待ちにしていた者達の期待の眼差しが何とも眩しい……中にはこれが初陣の者も何人かいる。

作戦の都合上人形バトルをする機会が乏しい分、こういったところでキチンと活躍の場を設けてやらねば。

 

「そうだな……全部で9人だから、3人組を3つ作ろう。組ごとにリーダーも決めた方がいいよね……じゃあ、まずはメディスン!」

 

実はメディスン人形はしんみょうまる人形に次いで周りに対しての面倒見がいい。旅の中で傷の手当をしていく内に自然とそうなっていったのだろうが、今の彼女はもう立派に自立している。

 

指名されたメディスン人形は恥ずかしそうにしながらも1歩前へと出て小さく頷き、リーダ役を快く承諾してくれた。それを見ていたエリー、くるみ人形はまるで成長した我が子を見るような優しい表情で見守っている。

そういえば、最初にメディスン人形のお世話を任命したのがこの2人であったことをふと思い出す。

 

「じゃあ、メディスンペアの残り2人はエリーとくるみにお願いするね?」

 

「「 !! 」」

 

その言葉を聞いたエリー、くるみ人形の反応からは驚きと歓喜の感情が伺える。

ペアになれて嬉しいのか、早速3人は手と手を取り合って話をしているようだ。内容は相変わらず人間の僕には分からないが、きっと今まで出来事や思い出を共有しているのだと思う。

 

「さて、まずはこのマヨヒガがどういう構想になってるかを知っておきたいな……はたて!上空から全体図の写真を撮って来て貰っていいかい?」

 

『りょ!』

 

「そして次のペアは、「むげつ、えいか、うるみ」の3人。リーダーは、う~ん……「むげつ」にお願いしようかな?それじゃ、皆ペアごとに一旦整列して!」

 

普段あまりやらないような指示だというのに人形達は特に戸惑うことなくこちらの言われた通りにペアごとに分かれ始め、リーダーのメディスン、むげつ人形を先頭に縦へと整列してくれる。

凄い、何という順応力だ……教えてもいないのに。まだ指名されていないやちえ、さき、とうてつ人形もとりあえずその場の空気を読み3人で列を作っている。

 

 

するとちょうどはたて人形がこちらへと戻ってくる。携帯を軽くイジった後、すぐにこちらへ見せると頼んでいたマヨヒガを上空から撮った写真が映し出されていた。

成程……広くはあるものの案外そこまで複雑な構想はしていないらしい。だが救援要請を掛けているという人形解放戦線のメンバーらしき姿はこの写真からは発見出来ない。

やはり、どこか安全な場所へ身を潜めている可能性が高いだろうか?

 

「じゃあメディスンペアは付近の下層エリア、むげつペアはあの階段を上った先にある中央エリア、残ったやちえ、さき、とうてつは僕と一緒に付いて来て貰うよ」

 

全体図を凡そ把握した僕はすぐさまペアを組んだ人形達に担当するエリアを割り当てる。

探索する場所を指示された人形達はそれぞれ承諾の意をこちらへ示し、散り散りとなっていった。

 

さて、こちらも動きますか。

 

 

 

 

 

 

さきペアと共に移動を開始した僕は現在、とある地点に向かっている。

多くの草むらと古屋が並ぶこのマヨヒガの中に1つだけ、離れに存在する家があったのが妙に気になったのだ。これは僕の勘だが、ああいった場所には大抵重要なものが隠されているのが定石。

同時に危険が伴う可能性も高いが、その為のボディーガード。さきペアには血の気の多い戦いを好む人形達を集中させているので、万一戦闘になっても問題はない。そういった役割は本人達も本望であろう。

さっきから堂々と草むらを歩いていても全然野生の人形に遭遇しないのも、さきペアの人形達が四方からガンを飛ばしていて威圧感を感じているからだろうか?

自分からやっておいて何だが、これではまるで不良グループだ……あまりいい気分はしないが、戦闘にならない分は楽が出来ているのでまぁ良しとしよう。

 

 

そういう状況だったお陰か、目的地へは何の問題もなく到着してしまった。

見た目は今まで見てきたのと同じ古屋のようだ……だがこちらの方が少しだけ大きな作りの建物に見える。他にも細かな違いとして、ここの古屋にだけまだ引き戸がしっかり付いている。

それはつまり、ここに何かが寝泊りしている可能性があるということだ。僕はそっと戸に耳を澄ませてみることにした。

 

 

「・・・ ・・・ ・・・」

 

 

僅かではあるが、声が聞こえてくる。それも複数人だ……声質的に女だろうか?

如何せんこの世界の住民は女の割合が多いようなので今更驚きはしないが、それだけではまだ警戒を解くには早い。

アリスは言っていた。妖精になったからには殺されても文句は言えないと……だから一件安全そうでも用心に用心を重ねておく必要性がある。

 

「3人共、戦闘準備!僕がノックしたらすかさず前へ出て」

 

こちらの指示を了承し、やっと出番かと肩と腕を鳴らす人形達。それを確認した僕は早速、戸に向かって勢いよく2回ノックする。

そしてすかさず僕は3歩後ろへ下がり、人形達がこちらを守るよう前へと出ることでいつでも戦える体制を整えることに成功した。後は反応を待つのみだ。

 

 

「・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・」

 

 

おかしい……間違いなく中には誰かがいる筈なのに、全く反応がない。居留守でもされているのだろうか……?

その後も全然やってこなくて埒が明かないと感じた僕はもう一度、戸に耳を澄ませてみる。先程よりも集中して。

 

 

「 ――――!―――――じゃ!? 」

 

 

「 ―――しよ~――ミ~!? 」

 

 

「 ――――――の――――――――だわ……―――――ね…… 」

 

 

会話の全容は分からないが、さっきのノックに対して驚きと絶望の反応を示してる……ように聞こえなくもない。

とりあえず言えるのは、警戒するような相手ではなさそうだということである。人形達に戦闘態勢を解くよう合図すると、案の定ガッカリした様子だった。この分だと、今回この子達の出番はないだろう。

しかし、そうなってくるとこの中にいるのはもしかして………

 

「ひゃあ!?」

 

突然、考え事をしていた僕の肩を誰かが突いて来たのでビックりして女々しい声を上げてしまう。

振り返ると空の偵察にいっていたはたて人形が僕の反応に小悪魔チックな笑みを浮かべていた。この反応を見るに、ワザと気配を消して近づいたらしい……意外とイタズラ好きなのか?

それはともかく、彼女がここに来たということは何かしらの報告があるということだろう。

 

『マヨヒガの探索、みんな大体終わったみたいだヨ。でもこれといったものは特に見つからなかったみたい(>_<)あ、ついでに調査済みの子達にはここに集まるよう言ったといたから』

 

「そっか、ありがとう。助かるよ」

 

携帯の文章から察するに、皆に結果を聞いて回ったり連絡したりと色々働きかけてくれたようだ。気が利いている。

人形達と手分けしたお陰で効率よく探索を進められたし、調査結果から行方の分からない人形解放戦線メンバーの居場所も大きく絞り込むことが出来た。というか、ほぼ確定した。

 

後はメディスン、むげつ人形のペアが戻って来るのを待つだけだ。

 

 

 

 

 

 

はたて人形の言う通り、しばらくして他の人形達もそろぞろと帰ってきた。

人形達が一生懸命小さな足で歩いている様子はいつ見ても可愛くて癒される……などと思っている内に皆が集合してこちらに注目している。

いけないいけない、久しぶりに人形達の愛らしい姿を見てつい顔が緩んでしまっていた。気を取り直して全員いるかを確認しよう。

 

「むげつ、メディスン、エリー、くるみ、えいか、うるみ、………あ、あれ?」

 

一通りの点呼を終えた僕は違和感を覚える。くたか人形が……いない?

確かくたか人形ははたて人形同様、空からの偵察に行かせていた筈だ。はたて人形もくたか人形としっかり連絡は取ったと思われる。

試しに空を見上げて探してみるが、やはりいない。どこに行ってしまったのだろうか?

 

するとハッと何かを思い出した様子のえいか人形はこちらに喋りかけた。だが、人形の言葉はこちらには分からない。

それを一早く察知したはたて人形はえいか人形の証言を携帯で翻訳してくれる。

 

『そういえばさっきまで屋根の上で羽を休めていたのを見たって言ってる。これってやっぱ事件カモ(+o+)』

 

……考えたくはないが、くたか人形は何者かに襲われた可能性がある。一刻も早く探し出さなければ!

 

 

 



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第二十章

 

くたか人形の姿がないことに気が付いた僕はすぐさま手分けして捜索を開始した。

人形達も積極的に探してくれたお陰で、マヨヒガ全域を探し回るのはそこまで時間が掛からなかったが……皆の浮かない様子を見る限りだとその答えは聞くまでもない。

草むら生い茂る外全域を始め、全ての古屋の中もくまなく調べた筈だ。なのに、一向に見つからない。

 

僕の知る限りだと、くたか人形は真面目で誠実な人形だ。間違っても仕事を放棄してどこかへ行くような子ではない。

こうなってくると、既にマヨヒガとは違う場所にいる可能性も出てくる。そうなったら探し出すことは非常に困難だ。

 

「……みんな、ありがとう。沢山働いて疲れたろうからゆっくり休んで」

 

僕は震えている手を必死に抑え、人形達を封印の糸へと戻す。

ユキがいなくなったあの時のような苦しみが、頭の中でふつふつと蘇ってくる……こんな苦悶の表情、人形達には見せたくない。

 

 

僕のせいだ。

 

僕が皆のことをちゃんと見ていなかったからこんなことに……授けてくれた袿姫様にも何とお詫びすればいいんだ?

自分の無力さに身体は脱力してしまい、もうどうすればいいのか分からなくなっていた時だった。

 

「あれ、お前こんなところでどうしたんだ?友達は見つかったのかよ?」

 

「……え?」

 

聞き慣れた男の声が聞こえ、振り返るとそこには先に行っていた筈の浩一さんの姿があった。

倦怠感の抜けていなかった僕は膝を落としたまま藁にもすがる思いで雪崩る様に彼にしがみつき、遂には泣きついてしまう。

 

「いやマジでどうした!?しっかりしろッ!!」

 

 

 

 

 

 

浩一さんから必死に宥められ、何とか気持ちが落ち着いた僕は事の事情を全て話した。

今日ほど浩一さんの存在がありがたいと思った日はない。こうやって簡単に気を許してしまうくらいには、彼のことを信頼しきっている自分がいる。

 

「ありがとう、ございました……その」

 

「嬢ちゃん。もう立てるか?」

 

「え?……う、うん。大丈夫」

 

「よし!その行方不明になった嬢ちゃんの人形、俺も一緒に探してやるよ。これも何かの縁だ」

 

浩一さんにとって、“マイ”という人物は今日初めて会ったばかりの女の子であって、あちらからしてみればこんなの迷惑もいいところだ。なのに、彼は嫌な顔1つせず真剣に接してくれる。

彼が皆から信頼され、人望がある理由が、この時何となく分かった気がした。

 

「ここはこいつの出番だな。 あうん!でてこい!」

 

そう言って浩一さんが出したのは今まで見たこともない新しい人形だった。

カール状の緑色の長い髪に同色の動物らしい尻尾、南国を彷彿とさせるような赤と白を基調としたシャツと短パン、鈍色の耳と同色の立派な一本角といった特徴を持つ少女の人形。名前は「あうん」というらしい。手足は人間と同じであるにもかかわらず、姿勢はお座りした状態の四つん這いでどこか犬っぽさがある。

現在スカウターが手元にないのでどういった種族なのかは特定出来ない。経験上こういった動物的な特徴は妖怪であることが多いが、あの独特な形の耳は妖怪のそれとは少し違う気がする。しかもこの見た目、どこか既視感があるような?だがそれが何なのかを思い出すことは出来ない。何ともどかしいことか。

 

「あれ?今回はナズーリンには頼まないの?」

 

「あー……ちょっと事情があってな。今は休勤なんだよ」

 

「?」

 

「ま、そのうち分かるさ。探すことにおいては手段が限られるが、こいつも中々の活躍をしてくれるぜ?嬢ちゃん、その人形の匂いとかが付いたもの何かないか?」

 

「そんな都合のいい……あ、いやあるかも。これとか」

 

僕はカバンについていたくたか人形の羽を浩一さんに渡す。

これは以前、三月精と共に協力して飛翔を試みた際に何枚か抜け落ちたのが服やカバンなどに付着したもの。綺麗にする暇がなかったのでそのままの状態だったが、それが結果的に功を奏したみたいだ。

 

「柔らかめの白い羽……あんま見ない種類だな?まぁいい。あうん、こいつの匂いを覚えてくれ」

 

「あうあうっ!」

 

指示を受けたあうん人形は元気よく鳴き、鼻先に近づけられたくたか人形の羽の匂いを嗅ぎ始める。やること自体はナズーリン人形のやっていたことと同じ手法であるようだ。

あれだけ探して見つからなかったくたか人形の行方だが、きっと浩一さんなら何とかしてくれる……今はそんな気がしてらならない。彼にはそれくらいの安心感がある。

 

「……よし、覚えたな。じゃあ早速匂いの元を探してくれ」

 

「あうっ!」

 

浩一さんがそう言うと、あうん人形は顔を下に向けて地面の匂いを嗅ぎながら這うように先導を始める。

他の人形と同じ人型の姿なのにもかかわらず、犬のような仕草がしっくりくるのは何とも不思議だ……一生懸命主の為に働いている様は無性に応援したくなる。

だが、これがくたか人形を行方を知る為の最後の希望でもある……頼む、どうか見つかってくれ。

 

 

 

 

 

 

しばらく後を付いて行っていると、あうん人形は1つの古屋へと入っていった。匂いはそこに続いているらしい。

だがそこは既に僕と人形達が捜索した場所だった。どこかに見落としがあったのだろうか?

 

「!あう、あうあうっ!」

 

あうん人形がこちらへ何かを伝えようと鳴いている……どうやら部屋の中に敷いてあった1枚の畳の下を示しているようだ。

僕と浩一さんは顔を向き合い、協力してその畳を外し勢いよく持ち上げて中身を確認した。すると……

 

「うわっ!!?」

 

黒い何かが猛スピードで疾走し、古屋の中から逃げ去っていく。突然の出来事でそれが何者なのかを捉えるは叶わなかったが、恐らくあいつがくたか人形を攫った犯人だ。

僕は急いで逃げていった者を追いかけようとしたが、浩一さんから手を掴まれたことでそれは阻止される。

 

「おい落ち着け。探してたの、こいつじゃないか?」

 

「え……――!く、くたかッ!!」

 

浩一さんが指を指した先には、のびているくたか人形が横たわっていた。急いで浩一さんと共に持ち上げていた畳を横にどかせ、僕はくたか人形を抱きかかえて容態を確認する。

耳を澄ませると、僅かだが唸り声が聞こえてくる……気絶しているようだが、命に別状はないようだ。本当に、本当に良かった。

 

服には引きずられたかのような泥汚れといくつかの毛の付着が見受けられ、首筋には1つの噛み跡がある。しかしそれはたいした大きさではなく、大型動物のそれではない。

畳の床下という狭いところを好み、今まで姿を見せなかったことを考えると警戒心も強く、付着している毛はサラサラ。これらの特徴が当てはまる動物は……

 

「浩一さん、これってまさか……」

 

「あぁ。犯人は、今も遠くからこっちを見てるみたいだぜ?おーよしよし、よくみつけたな~」

 

「くぅ~ん♪」

 

尻尾を振って喜ぶあうん人形を横目に後ろを振り返ると、そこには確かに犯人がいた。

四足歩行、丸顔、三角形の耳と鼻、そして同色の毛の尻尾を生やした尻尾、誰もが知ってるそのジャンルの人気者、その名も“猫”だ。その可愛らしさからか、世間ではにゃんこ、ぬこ等々の愛称で呼ばれることもある。かく言う僕も猫は好きだ。

つまり今回の騒動はここに住み着いていた野良猫の仕業であり、只の動物の気まぐれだったという訳だ。とんだ取り越し苦労だったという呆れを通り越して、最早笑えてくる。浩一さんがナズーリン人形に仕事を頼めなかった理由もこれで納得した。“ネズミ”のナズーリン人形からすればここは確かに地獄でしかないだろう。

 

床下にいたであろう猫は安全圏の外からこちらの様子を伺っていたが、しばらくするとまた逃げ出してしまう。まぁ野良猫であれば妥当な反応と言える。

 

「………」

 

無事に保護したくたか人形を封印の糸に戻しながら、僕は先程の猫の容姿に若干の違和感を覚える。先程の猫、野生の割には毛並みはある程度綺麗で体つきも健康的だったのだ。

ここは幻術によって隠された廃村で、住んでる人は誰もいない。村中くまなく調べたが食料なんてものは勿論残されていなかったし、ここの外に出るなんて危険でとても出来ない筈……なのにどうして生きていられるのだろう?

 

しかし、その疑問はすぐに晴らされることとなった。

 

 

「 お~~い子分達~~~!!ご飯もってきたぞ~~~!! 」

 

 

誰かを呼び出す声がマヨヒガ中へ響き渡ると同時に今まで影の中に潜んでいた様々な色柄の猫達が一斉に物のスキマから顔を出し、声の主の元へと駆け抜けていく。

 

そう、マヨヒガは猫の村だったのだ。

 

 

 

 

 

 

「(ありゃあ妖怪だな。確か“(ちぇん)”って名前の……本物は初めて見たぜ)」

 

「(僕も人形でなら見たことある。見た感じ、ここのリーダーってところかな?)」

 

夢中になって餌の魚を貪る猫達……そしてその中心にいる猫の特徴を持った妖怪少女、橙は誇らしげにその様子を見守っている。

初対面のフリこそしているものの、実は彼女とは舞島 鏡介の時に一度会ったことがある。わざわざあちらから出向いてきて「スキマップ」をこちらに提供し、小言を言われたのは記憶に新しい。

だが、これで今回起こった奇跡の連続にもある程度の合点がいった。子ネズミ達の嗅いだスキマップに付着していた匂いというのは恐らく彼女のものだったのだ。

 

「(ふーむこの状況、見つかると面倒そうだからこっそり退散したいんだが……流石にここからじゃ距離があるな)」

 

「(……だったら、僕があの子を気を引く。そのうちににげて)」

 

「(だ、大丈夫なのか?)」

 

「(うん。浩一さんにはたくさん助けてもらったし、こんどは僕が助けるばん!)」

 

こちらには橙と話をする為の交渉材料も、ここから遠ざける手段もある。きっと大丈夫。

今回の件、浩一さんには何から何までお世話になったんだ。これくらいはしてあげないと割に合わないだろう。

 

 

僕は隠れていた古屋から堂々と彼女の前に躍り出た。すると当然、その物音を聞いた橙はこちらの存在に気付く。

ここは本来、人の寄らない秘密の場所……橙は驚きの表情と共に警戒の念を強める。手先の長い爪を構えて臨戦態勢を整える橙に怯むことなく、僕は前へと進んだ。

 

「(……妖精?でも匂いは人間だわ。何なのこいつ)」

 

得体の知れない相手にどこか恐怖を覚えている橙は相手の接近を許すも猫達の視線を感じ、すぐに正気に戻る。リーダーしてのプライドだろう。

橙は猫らしい奇声を上げてこちらに飛び掛かり、鋭利な爪をこちらに振り下ろした。

 

「ニャ―――ッ!?」

 

が、それを僕の人形達(ボディーガード)が許す筈もなかった。

封印の糸から出てきたとうてつ人形は自身のスプーンで橙の爪を弾き、続いてやちえ人形は口から炎を吐くことで相手を半強制的に遠ざけ、とどめに懐に潜り込んださき人形の強力な蹴りが橙の腹部に命中する。

こうなることを想定しきれず、まともにくらった橙は蹴られた腹を抑えながらその場で膝をついてしまい、事態はあっという間に収束。少々やり過ぎた感は否めないが、これは正当防衛。先に手を出してきたのはあちらの方だ。

 

「少しは落ち着きましたか、橙さん?」

 

「あいたた……な、なんで私の名前を?」

 

「僕ですよ、ほら」

 

「!?ま、まさかあんたまいjんぐ~~~~~!!?」

 

スキマップを見せることで理解は得たものの、口を滑らせそうになったので橙の口元を塞ぐ。正体が協力者以外にバレたら計画が台無しになる。

彼女はこちら側の部類だからいいものの、後ろの浩一さんにこのことを聞かれたくはない。

 

「(訳あって今僕は「マイ」という妖精として振舞ってます。合わせて下さい)」

 

「(???よく分かんないけど、分かった。気に入らないけど、あんたは紫様が連れてきた救世主。悪いようには出来ないし)」

 

案外、聞き訳が良いようでこちらとしては非常に助かる。後は浩一さんが逃げられるよう、橙を遠ざけるだけ……ここは“彼女達”を利用させて貰おう。悪く思わないでくれ。

 

「あ-そういえばあっちの方にあやしいやつらがろうじょー?していたんだよねー」

 

「え?そっちって私の家の方角なんだけど……あ!じゃあ子分達が言ってた家荒しってきっとそいつらのことね!とっちめてやるわ!」

 

こちらの話を聞いた橙と子分の猫達は足早にその現場へと急行していく。どうやらあの家が彼女の住処だったらしい。

何はともあれ、これで浩一さんがここを離れる時間が作れた。遠くからアイコンタクトを取り、それを見てこっそりその場を後にしていく浩一さんを確認した僕は急いで橙の後を追うのだった。

 

 

 



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二十一章

 

「ユキ! フラッシュオーバー!」

 

「甘いぜ!そのまま受け止めろパチュリー!コールドレインだ!」

 

「(ッ!不味い……名前的に水属性のスキル!?)」

 

こちらの攻撃技が来ることを狙いすましたかのように、魔理沙は自身の人形に何やら大技らしいスキルの指示を繰り出してきた。私の予想が当たっていれば、「炎」は本家と同じく「水」に弱い……相性は最悪といっていい。

あのパチュリー人形、どうやら「炎」だけでなく「水」の属性も兼ね備えていたようだ。今まで隠していたのも、あれを使うタイミングを待っていたから?……成程、どおりで露骨にユキ人形と対面させたがる訳だ。

魔理沙の指示を受け、持っている本を開き呪文を唱え始めるパチュリー人形……すぐに攻撃を飛ばす様子はない。幸い、「コールでレイン」というスキルは発動に時間が掛かるものらしい。

徐々に室内の天井から雨雲を発生させてはいるものの、既にユキ人形の放った火球とパチュリー人形の距離感は避けられないところまで来ている。だがその状況をパチュリー人形も、人形遣いの魔理沙でさえも特に気に留める様子もない。

やがて火球はそのまま命中し、火球の爆発音が鳴り響く……舞い散る砂煙から身を守りつつ、私は魔理沙がどうしてあのような指示を出したのか?その意図を読み取るべく思考を巡らせた。

 

「(いくらタイプ相性が良いからって、ユキ人形の火力をまともに受けたらタダでは済まない。流石にスキル発動を中止させることくらいは………ッ!?)」

 

上を見上げると頭上に発生している雨雲は未だ消えておらず、むしろどんどん大きくなっていってることに気が付く。まさか、スキルがまだ中断されていない!?

フィールドが砂煙が舞う中、動揺する私を見た魔理沙はニヤリと笑い、パチュリー人形に攻めの合図を送り出す。

 

 

呪文を詠唱し終えたパチュリー人形が指をこちらに向けると、キラキラと光を放ちながら流れ星の如く降り注ぐ大粒の雨がユキ人形目掛けて襲い掛かる。

弾幕と弾幕の間に一切の間隔のない、斜め上から飛んでくる全方位攻撃……これをかわすのは到底無理だと、私は瞬時に悟った。

 

「 ファイアウォール でガードしてッ!! 」

 

ここで交代は悪手だと判断した私は舞島君のよく使うファイアウォールの応用をユキ人形に指示し、直撃を避ける選択を取る。

ユキ人形は指示通り、両手をかざして炎の壁を生成するとそれを傘代わりとして降り注ぐ雨から守るよう上に向けた。

生成した炎の壁による熱気がこちらにも伝わってくる……普段の大きさでは駄目だと判断したのか、いつも以上に巨大な壁を作り上げたようだ。

 

「――!へぇ、面白い使い方だな!でも、長くは持たねぇぜ?」

 

分かってる。

 

「水」と「炎」の属性相性を考えれば、こんなのは一時凌ぎにしかならない。持ってせいぜい数秒……だけどそれでいい。

恐らくだが、ユキ人形ではあのパチュリー人形に勝てる見込みはない。ユキ人形もそれを察してか、こうやって時間を作ってくれている。やるなら今だろう。

 

 

「 そらそら!!どんどん降らせろッッ!! 」

 

 

こちらが動けないことを好機と見たのか、魔理沙はパチュリー人形に引き続き攻めの指示を出している。

煌めく雨粒の1つ1つが炎の壁に当たることで弾け、激しい衝突音と眩しい光が場を支配していく……これではフィールドがどうなっているのか何も分からない。

……いや、むしろこういった状況になった今がチャンス。私は考えた作戦を実行すべく素早く手を動かし、送り主に届くよう出来るだけ声を上げた。

 

 

そして次の瞬間、炎の壁は無数に降り注ぐ雨によって掻き消え、その下にいるものに容赦なく天罰を下す。

弾けた雨の小粒が数滴、私の素肌に当たった………冷っっったい!!?思わず体が跳ねてしまう程の極寒の冷たさ……こんな雨が直撃してしまったら如何なる生物も瞬時に凍り付くことは想像に難くない。

いくら人形同士の経験(レベル)に差があったとしても、これをユキ人形が受けなくてよかったと心から思う。

 

仮想のものとは違うこの緊張感……面白いわ、人形バトル……!

 

「へへ、どうだ?こいつの宿敵に対する執念が生んだ1回限りの大技だ。今頃カチンコチンだろうよ!」

 

炎と水のぶつかり合い、それによって発生した激しい蒸発の霧が充満し、フィールドを包み込む。

確かにこちらの“炎の壁(たて)”は、相手の“極寒の雨(ほこ)”の猛攻に耐えられず、貫かれてしまった。だが……

 

「……?何だ、この水音は!?どこから……」

 

「お返しよ、魔理沙」

 

「――ッ!パチュリー下だ!よけ」

 

焦る魔理沙の声をかき消すように、間欠泉に匹敵する巨大な水柱が立ち上った。

パチュリー人形はそれに巻き込まれ、高く高く打ち上げられた後、頭から地面に強く叩きつけられる。

 

「 パチュリー!! 」

 

叫ぶ魔理沙をよそに、人形と同じ名前の審判が水晶越しに容態を確認するべくゆっくりと近付く。

 

そして数秒の沈黙が流れた後、低い声で判決が下された。

 

 

『……パチュリー人形、戦闘不能。この勝負、舞島 鏡介の勝ち』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ~~~まさかあの瞬間に交代してたとはなぁ~~~!初めて負けちまったんだぜ!」

 

3日後に霊夢さんから人形バトルの申し出を受けた舞島 鏡介……の代役である私は、魔理沙っちを巻き込んで紅魔館のバトルフィールドで実戦演習をしていた。

現在は休憩ということで、主のレミレア・スカーレットのもてなしによって用意された茶菓子を人形達とご馳走になっている。特に人形の回復アイテムとしても使われているこの「霧の水羊羹」という和菓子、人間が食べても美味しい代物というのは意外だった。

人形達も用意された菓子を頬張ってはとろけた幸せそうな顔つきをしている……確かに、こういった一面を見ると人形達が愛らしくなるのも分かる気がする。先程までは戦っていた筈の人形達も、この時は仲良く休憩時間を一緒に満喫しているようで微笑ましい。

 

人形バトルの戦績としては、かれこれ5回に及ぶ人形バトルを得てようやく1本取れたといったところ。

やはり元となったゲームの知識が多少でもあるというのは大きい。手持ちの人形の理解力と瞬時の判断力が限界まで問われるこの実戦にはまだまだ苦戦させられているものの、大分コツは掴んできた。

 

「いや~正直私もこんなにうまく決まるとは思ってなかったわ。やっぱ私って天才?魔理沙っち~」

 

「……まぁそうかもな(すっげー腹立つが短期間であんな芸当出来るんだから言い返せねぇ)」

 

パチュリー人形の技が炎の壁を削っていたあの時、私はユキ人形からこがさ人形にチェンジして既に反撃の準備を整えていた。

人形バトルの最中、残り耐久の少なかったこがさ人形だったが、散防ステータスの高さ、そして大きく耐性を持つ「水」属性スキルの攻撃であれば何とか耐えられると踏んで「リバーススプラッシュ」を指示。

大量の水の蒸発で霧が立ち上ったことは少々計算外だったが、それも結果的には魔理沙の判断を鈍らせる良い材料になっていた。運が良かったとも言える。

 

「でも魔理沙っちのその人形も大したもんだよ。まだレベルも低いのに、もうそんな大技使えるなんてさ」

 

「ああ、あいつ初めて負けて以来ずっと新しい魔法の練習してたんだ。パワースタイルになったのも、ユキ人形に勝つためなんだぜ?……本当は別のスタイルにしたかったんだがな(主に弱点の一貫性が)」

 

「へぇ~そうなんだ(魔理沙も苦労してるのね)」

 

「だが流石は舞島の人形だ。集弾の攻撃だったっていうのもあるんだろうが、まさか一撃とはね。経験の差が出ちまったってとこかな」

 

「でも、浮かれるんじゃねぇぞ?今の霊夢の実力は私なんかとは比にならない領域に達してる。柄にもなく必死に努力をしてるからな、あいつ」

 

「……うん。あの時の霊夢さん、ちょっと怖かった。それだけ本気ってことよね」

 

魔理沙の人形達と舞島君の人形達のレベル差はスカウターで見たところ、約10以上もの差がついている。対等な勝負とは言い難い。

ハンデがあってようやくこの結果だ。本番の霊夢さんとの戦いでは、ほぼ互角のステータスとなることが予想される……それをきちんと理解しておかないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、人形達も回復したところだしそろそろ演習再開といこうか!」

 

「そうね。……?あれ、ちょっと待って」

 

数10分程の談笑を交え、封印の糸に人形達を戻そうとしたところで私は異変に気が付く。

しんみょうまる人形とけいき人形がいなくなっていたのだ。先程までは確かに一緒にいた筈なのに……魔理沙と会話していた間にどこかへ行ってしまったのだろうか?

 

不味い、話に夢中になって目を離したのは迂闊だった。

舞島君が何よりも大切にしている子達だというのに……急いで探さないと!

 

 

すぐさま私は超能力の1つ、“透視(クレヤボヤンス)”を駆使して辺りをよく見回す。

働く妖精メイド、そしてそこで忙しそうに指示を送っているメイド長など、様々なものが遠隔からまるでレントゲン写真のように映る中、1つだけ異常な光景が目に入った。

それは人形達の倒れた姿……戦慄するが、確かこの紅魔館には住む者と同じ姿の野生の人形が住み着いていると魔理沙っちが言っていた。

1つ1つの特徴を見てみるとしんみょうまる人形やけいき人形らしきものはこの中にはいない。だが、この異常な事態はいなくなったことと無関係とは思えない。

 

 

「ごめん魔理沙っち!勝負はあの子達を見つけてから!ついでに一緒に探してちょうだい!」

 

「わっ、ちょっと待てってそんな引っ張るな!!言われなくても行くって!!」

 

 

何だか、嫌な予感がする。

 

不安を感じた私は自然と魔理沙の服の裾を掴み、人形達の住み着いてしまったエリアへと走り出すのだった。

 

 

 



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第二十二章

 

けいき人形としんみょうまる人形の行方を“透視(クレヤボヤンス)”で追い、一刻を争うと判断した私は自身を“空中浮揚(レビテーション)”させながら紅魔館地下1階の大廊下を掛け抜けていた。

瞬間移動(テレポーテーション)”を使えれば一番良かったのだが、生憎私がここに来るのは今日で初めて。なので当然、この迷路のようになっている地下1階の構造なんて分かる筈もない。そこで、一緒に連れてきた魔理沙っちの出番。

彼女は何故かここの構造にやたら詳しい。理由はまぁ見当は付くが、この場のガイド役としては最適の人材と言える。

 

「菫子、ホントにこの先で合ってんのか?」

 

「……まだ分かんない。でも霊夢さんの言葉を借りるなら、私の勘がここって言ってる」

 

「あいつならまだしも、お前の勘って……まぁいいけどさ」

 

私の“透視(クレヤボヤンス)”が捉えた情報では、この迷路の先にある広間で大量の人形が倒れていた。

普通は野生の人形同士が争うなんてことはない筈……そしてこのタイミングでけいき人形と針妙丸人形の姿が同時に消えているのだ。何か関係があるとしか思えない。

 

 

しかし妙な話だ。

まだ赤子同然であるけいき人形がどこかへ行ってしまうのはまだしも、しっかり者のしんみょうまる人形までどうしていなくなってしまったのだろう?

考えられる線としては、しんみょうまる人形はけいき人形がいなくなっていることに気が付き、1人で探しに行ったとか……?でも、それなら何故こちらに助けを求めなかった?

 

……私は舞島 鏡介本人ではない。今までの思い出がある訳でもない。

だから私に出来ることは、手遅れにならないように務めることくらい。この嫌な胸騒ぎが、私の杞憂であることを願う。

 

 

 

 

 

 

「な……こ、こいつは」

 

「………うそ」

 

現場に到着した私達は、そのあまりにも悲惨な有様に動揺を隠しきれなかった。

同時に後悔の念が押し寄せた……あの時この子達から目を離していなけば、と。

 

黒焦げとなっている人形の山の中に、混じっていたのだ……けいき人形と、しんみょうまる人形の倒れた姿が。

もう遅かった……?どうして嫌の予感というのはこうも当たってしまう?

 

「おい、しっかりしろ菫子!こいつらはまだ死んじゃいねぇ、助かるかもしれねぇぞっ!!」

 

「……!」

 

そうだ、魔理沙っちの言う通りしっかりしないといけない。

今は何よりも冷静に、そして確実に人形達の保護を実施する必要がある。この大お怪我…恐らく回復アイテムではどうにもできない。

少なくとも素人の私では人形の治療は不可能。時間帯も深夜を回っていているせいで、休憩所はどこも閉店している。永遠亭も恐らく無理だ。

この状況下で人形の治療が出来そうな人物……人形は魔力で動く生き物という話だ。だったら魔法に詳しい人物、この場にいる魔理沙っちやパチュリー・ノーレッジが適任だろう。

後は……そうだ。確か舞島君の人形の中に、医者の心得があるのがいた。彼はまだこの時間帯は起きているだろうか?……いや、今は緊急事態。少しでも手が多い方がいい。

例え寝ていたとしても、無理矢理叩き起こす必要性がある。それにあの変なアイテムのおかげで、ここにはすぐに来られる筈だ。

 

 

『 舞島君、舞島君……!急いで紅魔館の大図書館に来て!アンタの人形がピンチなの!!急いでッ!! 』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

数分後、爆音で大図書館の入り口の扉が勢いよく開く。

 

中から現れた人物は身体を宙に浮かせながら全速力でこちらに向かい、最短で私達の前へと現れた。

 

 

「せ、先輩ッ!一体何があったんです……!!?」

 

 

背中に黒い翼を生やした妖精……のコスプレをしている男の子、舞島 鏡介が私に事情を問いかける。

精神感応(テレパシー)”で聞いた私の声色から、只事ではないことは察したのだろう。表情からもかなり焦りが見受けられる……当然だ。彼の人形に対する愛情の深さはよく知っている。ましてや自分の人形のことだ。

 

「舞島君、急いで治療の手伝いをして欲しいの。メディスン人形を貸して!」

 

「わ、分かりました!出てきて メディスン!はたても、翻訳でサポートに回るんだ!」

 

早速、舞島君は封印の糸からメディスン人形を呼び出す。

そして背中の黒い翼が小さくなって、天狗の人形もこちらに向かってくる……どうやらあの翼は人形のものだったようだ。

 

「おう急いでくれ!重傷なんだ!」

 

魔理沙っちの救援を求める叫び声が館内に響く……人形に対する知識はある程度持っている彼女達だが、治療についてはそこまで精通していない。2人だけでは手が足りないのだろう。

私は舞島君のメディスン人形を抱き抱え、急いで魔理沙っちの元へ向かう。

 

どうやら、重傷なのはしんみょうまる人形らしい。けいき人形は気絶こそしているものの、そこまで大した怪我はなかったらしい。

あそこで一体何があったのかは気になるところだが、今はメディスン人形にしんみょうまる人形の治療を優先させなければ。

 

胸元から降ろされたメディスン人形は早速、しんみょうまる人形の怪我の具合を確認。

そしてすぐに治癒の手を患部に当て、目を閉じて集中し始めた。メディスン人形の手元から淡い緑色の光が灯り、場に緊張が走る………それはまるで成功率の低い大掛かりな手術結果を待つかの如く、居心地の悪い静寂だった。

 

 

 

 

 

 

「 ごめんなさい……!!私がちゃんと見ていれば、こんなことにはッ!! 」

 

 

私は舞島君に事の顛末を一通り話し、頭を下げて謝罪した。彼は気にしない様に言ってくれてはいるが、今回の事件の原因は私の不注意にある。

何よりも、彼が一番大切にしていたものを傷つけるいう最悪な行為に対する責任が、私をそうさせていた。

 

「先輩、もう……もういいですから」

 

「でも……!」

 

「けいき人形を先輩に預けたのは僕です。まだ人形の扱いになれていない先輩に、赤ん坊であるあの子を託した側にも責任はあります。それに……」

 

「……それに?」

 

「実は、つい最近僕も人形を見失ってしまったので気持ちは分かるというか……まぁこっちは無事だったんですけど」

 

「そ、そうなんだ?」

 

「そうなんです。僕って結構おっちょこちょいでして……人形達がいないとホント駄目駄目人間って感じですよ。アハハ」

 

この場を少しでも和ませようとしているのだろう。同じ体験談をすることで共感性を示し、私の罪悪感を薄れさせようとしているのが伝わった。

しっかりしてそうな彼でも、そんなことがあるとは意外だった……お陰で少しは気が楽になったような気がする。優しいな、この子は。

 

「おい、治療終わったぞ。とりあえず一命は取り留めたぜ」

 

 

「「 うわッ!!? 」」

 

 

間に割って入るように、魔理沙っちが治療結果の報告をこちらに伝えてきた。

良かったと安堵する私達だが、何やら魔理沙は帽子を深くかぶって表情を隠し、気まずそうにしている。

 

「何か、あったの?」

 

「……あぁ。パチュリー、こいつらにもあれを」

 

「ふぅ……疲れたからもう休みたいところだけど……これを見なさい」

 

そう言って見せられたのは、しんみょうまる人形の体内の様子を写しとった魔法による映像だった。

開かれた本の魔法陣の上に写されたそれは、ゆっくりと回転しながら視覚的に全体をこちらに伝えている。

 

「結論から言いましょう。しんみょうまる人形は……」

 

 

「 もう、戦えない 」

 

 

 



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第二十三章

 

魔理沙っち達の治療により、何とか一命を取り留めたしんみょうまる人形。

しかし、パチュリーから出された診察結果は実に残酷なものだった。

 

「た、戦えないって……一体どういうことですかッ!?何で!?」

 

「――ッ、今からその理由を、話す、から……」

 

「舞島ッ!気持ちは分かるが一旦落ち着け!こいつは体が弱いんだ」

 

「あ……ご、ごめんなさい」

 

動揺してパチュリーの肩を激しく揺する舞島君を、魔理沙っちが慌てて止めに入る。

解放されたパチュリーは苦しそうに咳払いを数回した後、呼吸を整えてからしんみょうまる人形の体の様子が映った映像に示し棒を立てた。

 

「説明するわ。まず、これはこの人形が治療を受ける前の身体を写し取ったもの。複数箇所に及ぶ暴行の跡が見受けられる。治療によって外傷はほぼ修復できたものの、問題はここ」

 

そう言ってパチュリーが示し棒を刺した場所は人形の体の中心の左部分。人でいう心臓があるところだった。

見てみると、水晶のような球体にヒビが入っているのが分かる。

 

「さっき私が言ったことは、この部分にひびが入っちまったことに大きく関係してる。大事な話だ、よく聞いてくれ。……パチュリー頼んだ!」

 

「……人形という生物には「結界」というものが存在している。これは人形以外の攻撃を一切受け付けない強固な障壁で、私達も未だ解明出来ていない未知の技術……人形異変の根幹とも言うべき要素ね」

 

「だけど、この大怪我はその理論から大きく矛盾している。本来、人形がダメージを負うというのは体内の魔力指数である「耐久値」の減少でしか現れないものであって、外的損傷を負うことなんてスキルが結界を貫通したとしても起こり得ない。まぁ例外もあるにはあるけど、少なくとも今回この人形が受けたダメージの1つ1つは決して大きなものではなかった」

 

「つまり、事件当時は人形に備えられている筈の結界が機能していなかったということ?」

 

「……原因は分からないけど、そういうことになるわね」

 

成程、確かに言われてみれば人形はいくらダメージを負ったとしても怪我をしていたり服が破れたりなんかはしていない。

それに比べて、今回のしんみょうまる人形の大怪我は身体だけでなく着ている衣服、身に着けているものなどにも甚大な被害が及んでいる……その差は歴然だ。

あの時、あの現場で一体何が起こったというのだろうか……?誰が彼女をこんな目に?何が目的で?どうして一緒にいたけいき人形は無傷で済んでいる?謎は多い……だが、いずれにしても許し難いことなのは確かだ。

 

……そういえば、説明の途中にあった「例外」という言葉の最中、一瞬だけパチュリーは舞島君の方に目線を合わていた。

身に覚えがあるのかと私も舞島君の様子を確認してみるが、どうやら当の本人はそのことに全く気が付いていない。……気のせいだったのだろうか?

 

「――で、でも!魔理沙達のおかげでこの子は助かったんでしょう……?それがどうして戦えないことに繋がるんですか?」

 

舞島君の焦りのこもった声が解説しているパチュリーに向けられる。

まだ理解出来ないのか、それとも現実を見たくないのか……とにかく今の彼はとても冷静ではなかった。私だって内心はそうだ。

しんみょうまる人形が戦えなくなることは、実質戦力の半減に等しいのだから。

 

「……そうね、これは実際に見て貰った方が分かりやすいかしら。魔理沙?」

 

「任されたぜ。……こいつも一緒にいた方がいいな」

 

何かを任された魔理沙っちは自身の人形を1体しんみょうまる人形の隣に並べ、懐から取り出したものを真っすぐ構えた手と手の間に浮かせる。それを見て私は戦慄した。

魔理沙っちが構えているその姿には見覚えがある。そこから放たれるスペルカード「恋符「マスタースパーク」」は、その一帯を軽く消し炭にする程の高出力極太レーザーだ。

私も一度戦った際に体験したことがあるが、そのあまりの威力の強さにかすっただけでも体が吹き飛ばされてしまった……食らったら絶対にタダでは済まない。「弾幕はパワー」をモットーとする彼女の代名詞とも言える必殺技。

 

「ちょっと待って!!しんみょうまるに何しようとしてるんだ!!?」

 

慌てて止めようとした私よりも先に、舞島君が魔理沙っちの前に立ってやろうとしていることに対して抗議の意を示した。

私と同じく、魔理沙っちのやろうとしていることに対して嫌な予感を感じ取ったのだろう。だが魔理沙は構えを解く気はないらしく、まっすぐ前を見据えている。

 

「心配すんな。ちょっと浴びるだけだ」

 

「え?」

 

「ちょ、魔理沙っち――……!!?」

 

そう言い放った魔理沙っちは、庇っている舞島ごと光線を発射する。

血迷ったのかと錯乱する私だが、その数秒後の結果は思っていたものとは大きく違っていた。直線状はどこも損傷がなく、食らった筈の者達は皆無傷……どういうことかと魔理沙っちの手元に視線を向けると、自ずとその答えが分かった。

魔理沙っちが構えていたものは「八卦炉」ではなく「懐中電灯」で、そもそもマジックアイテムではなかったようだ。つまり今放たれたのはレーザーなどではなく、殺傷力のない只の照明だったということ。全く、驚かせてくれる。

 

「は、はれぇ~~……なんらかからだがぁ……」

 

その光を浴びた舞島君はというと、全身から力が抜けたような情けない声を上げながら膝から崩れ落ちてしまっていた。

成程、あの光には対象を脱力させるような効果があるらしい。パチュリー達が見せたかったものを凡そ理解した私は、同じくその照明を浴びた人形達の反応を確かめる。

 

魔理沙っちの出した人形は、あの照明を浴びていたにもかかわらずピンピンしている。まぁ当然であろう。

さっきパチュリーが説明した通り、結界がこの人形を攻撃から守って無効化したという結果の現れだ。見るべきは、もう1体の方。

 

私はゆっくりと、舞島君のしんみょうまる人形に目を向けた。……するとやはり、食らった持ち主と同じ反応を見せていた。

それが何を意味するのかは、最早言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

「これで分かったろ?こいつがもう戦えない理由が」

 

「……まぁスキルはまだ使えるみたいだけど、今のこの状態でバトルをし続けるのはどう考えても自殺行為でしょうね」

 

「――……えぇ。どうやら、そうみたいね」

 

魔理沙っちとパチュリーの示した実演により叩き付けられた現実が、私と舞島君に重くのしかかった。

 

“結界が発動していない”。話を聞いている限り、それは人形にとってかなり致命的だ。

人形バトルは、人形同士の結界が発動していないと成立しない勝負。しんみょうまる人形の安否を真剣に考えるならば、もうあの子をバトルに参加させるべきではない。

 

「……治すことは出来ないんですか?」

 

「現状、それは不可能よ。人形の心臓部分であるこの物体は幻想郷に存在しないオーパーツ。元に戻せる人がいるとするなら、作った本人くらいでしょうね」

 

「私達も最善は尽くしたんだが、どうしてもここだけは修復出来なかった。元に戻すんなら、新しく作り直すしかないと思うぜ」

 

その言葉を聞いた舞島君は小さく返事をした後、俯いて黙り込んでしまう……無理もない。

今まで一緒に戦ってきた仲間が突然、こんな形で離脱してしまったのだ。その落ち込んだ後ろ姿を見るだけで、私の胸は更に痛む。

 

するとしんみょうまる人形がゆっくりと舞島君の元に駆け寄り、笑顔をこちらに向けた。

「はたて」という名の人形も隣についており、何やら手持ちの古い携帯電話で文字を打っている……何か彼に伝えたいことがあるみたいだ。

 

「…………―――ッ……そっか……うん、ごめん。いつまでもくよくよしてちゃ駄目だよな」

 

「しんみょうまる。お前の分まで僕、頑張るよ」

 

何やら励まされたらしい舞島君は涙を拭き、しんみょうまる人形の頭に優しく手を乗せて同じく笑顔を向ける。少しだけ元気を取り戻したようだ。

彼を心配させまいとああいった行動に出たのだろう……優しい人形だ。一番ツラいのは、もう戦えなくなった彼女自身だろうに。

 

「そういや舞島、ついさっき人形解放戦線の一員になったんだろ?あまり長居すると流石に怪しまれるんじゃないか?」

 

「あ、それもそうだね……じゃあ、僕はそろそろ戻ります。しんみょうまるのこと、お願いしますね」

 

「うん、分かった。急に呼び出してゴメンね?今後はホント気を付ける」

 

「もう、それは気にしなくていいって言ったじゃないですか。先輩こそ頑張って下さい。では」

 

そう言って舞島君は入ってきた時とは正反対に、出る際こちらに向かってお辞儀しながら大図書館を後にした。

どうやら順調に潜入が出来ているようでひとまずは安心だが、問題はこちら側だ。今まで頼りになったしんみょうまる人形が戦線離脱したことで、霊夢さんとの人形バトルへの勝率は絶望的になった。

この先しんみょうまる人形抜きで、果たしてやっていけるのだろうか?……正直なことを言うと、自信はない。

 

「あ……!?」

 

ふとしんみょうまる人形に視線を向けると、既に彼女はその場で倒れ込んでいたことに気付く。

もう元気になったように見えていたが、無理してそういうフリをしていただけのようだ。とりあえず私は急いで彼女を担ぎ、机の上に横にさせることで安静にさせる。

 

「人形も持ち主に似るんだなぁ。無茶ばっかしやがって」

 

「えぇ、全くよ………ん?」

 

魔理沙っちと話をしている中、誰かがズボンの下側を引っ張っているようなので、視線を下げてみる。

すると、そこにはけいき人形が顔を覗かせていて、何か言いたげに小さくジャンプし続けていた。

私は他と比べて何故か異様に重い彼女を何とか持ち上げ、その意図を何とか読み取ってみる。

 

「……… ……… ………」 

 

赤ちゃんのようなわがままで甘えん坊な感じは一切なく、ただまっすぐこちらを見据えて全身を動かし、何かを必死に伝えている。

相変わらず人形の言葉は分からないが、何となく「戦いたい、強くなりたい」と言っているような気がした。そうなのかと聞いてみると、けいき人形は元気よく首を縦に振る。

けいき人形は赤子だからか今まで人形バトルには関心もなく、一度も参加してこなかった。実際、この子は他と比べたらあまりにもレベルが低く、戦力として数えるには弱すぎる。

 

だがしかし、このタイミングで起こったけいき人形の心境の変化、その要因は恐らく………

 

もしそうだとしたら、無下にする訳にもいかない。

 

「ま、どちらにしても本番での使用人形は3体。そいつで戦う以外、選択肢は残されていないぜ」

 

「……そうね」

 

魔理沙っちの言う通りだ。こうなった以上、贅沢なんて言ってはいられない。

後2日、死ぬ気でこの子を本番までに仕上げていかなくては霊夢さんに勝つことなんて不可能だ。やってやる。

 

「という訳で、これからビシバシいくわよけいき!しっかりついて来てよね!」

 

「!」

 

「――った!!……?」 

 

一瞬、ビリッと静電気のようなものが手元に伝わったような?

でもこの子はの属性は「大地」だけだった筈、きっと気のせいだろう。

 

 

 



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外伝9.5


※注意


この外伝は、私が書いている小説「人間と人形の幻想演舞」の人形視点ストーリーです。その為、人形が普通にしゃべります。そのことを注意した上でご覧下さい。

今回は紅魔館で起きた事件の内容となります。



 

 

それは、私達が人形バトルを終えて休息をとっている頃。

 

足元に1つの手紙が落ちていることに気が付き、それを読み上げた私は思わず戦慄してしまう。

 

「……――ッ!」

 

柄にもなく持っていた手紙をしわくちゃにしてしまった私は、皆に悟られないようこっそりと地下1階へと足を運ぶ。

 

 

まさか、“あいつ”がまだ私を狙っていたなんて……

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「よぉ、久しぶりだなぁ姫さん?来てくれて嬉しいよ」

 

「………やはり、あなただったんですね」

 

地下1階の指定された場所で待っていた手紙の送り主が、品のない不快な声色で話し掛ける。

赤と白のメッシュが入った黒髪、複数の矢印の連なったような装飾のワンピースを着た怪しげな彼女は、かつて世間知らずだった私から「打ち出の小槌」を奪った人形。名は確か、“せいじゃ”。

当時は鏡様のお陰で何とか小槌を取り返すことに成功し、盗んだあいつ自身も浩一さんの人形によって懲らしめられて事件は無事解決。あんな目に遭った手前、もう悪事を働くのに懲りたものだと思っていましたが……この様子だと、全く反省していないようです。

 

「それにしても、1人で来るなんて随分と勇気あるじゃない?余程急いでいたのかなぁ?」

 

「白々しい……あなたがそう指定したのでしょう?」

 

「あーそうだったそうだったぁ!ギャハハハハハッ!」

 

手紙の内容はこうだ。

 

“仲間の1人を預かった。助けたければ今すぐここの地下1階の奥にある広間にお前1人で来い。遅れたり他の連中にバラしたら仲間の命はないと思え。”

 

内容通り、せいじゃの近くには私達の仲間がいる……けいきちゃんだ。遠目から見た限り、ぐったりとした状態で意識はない。あいつに気絶させられたのだろう。

けいきちゃんは私が人形バトルをしていた際、参加はしていなかったが封印の糸からは出されている状態だった。狙われたのは、きっとその時だ。

 

「今すぐけいきちゃんを解放しなさい。さもないと……」

 

「おいおい、今の状況分かってるぅ?そんな要求呑む訳ねぇだろ」

 

「―――ッ!」

 

せいじゃは自身の鋭い爪をけいきちゃんの喉元に当て、逆にこちらを脅迫してくる。

あいつが「毒」を持っている人形であることを知っていた私は逆らうべきではないことを瞬時に悟り、戦闘の構えを解く。

 

「そうそう、それでいいんだよ」

 

「人質とは卑怯な……一体、何が目的ですか!?」

 

「決まってんだろ?“復讐”さ……さて、ガキの命が惜しかったらこっちの言うことを聞いて貰おうかぁ?」

 

「まずはてめぇの持ってる剣と小槌をこっちに渡せ。そこから投げてだ。妙な気を起こすなよ?ククク……」

 

「………」

 

「 どうしたぁ!?はやくしろぉ!! 」

 

「……分かりました」

 

要求通り、輝針剣と打ち出の小槌をせいじゃの足元に滑らせるように投げる。今の私は丸腰同然……これで戦えなくなった訳ではないものの、失った物の代償は大きすぎる。

特に、打ち出の小槌を失うのは今の私にとってはかなりの痛手……何故なら私の持つ同名のアビリティ「打ち出の小槌」は、あれが手元にないと発動させることが出来ないのだから。

 

「クヒヒヒ……これで今のお前はザコ同然。思う存分痛めつけられるっ!」

 

そう言って不敵な笑みを浮かべたせいじゃは、空いている手の指先から弾幕を生成し始めた。

それを見て私は、今から自分がどういう目に遭うのかを理解してしまう。

 

 

 

 

 

 

「おらっ!これでも!食らいやがれッ!」

 

「――ッ、く……」

 

逆らえないことをいいことに、私はせいじゃからの弾幕攻撃を正面からひたすら受け続けました。抵抗の許されない一方的な虐殺が、少しづつ、確実に、私の体力を奪っていく。

本来、この程度の攻撃であればほぼダメージなんて受けない……ですが、今の私には「打ち出の小槌」による加護がありません。このままではやられてしまうのも時間の問題……一体どうしたものか。

 

「……ちっ、気に食わねぇ。さっきからちっとも苦しそうな顔を見せやしない……これじゃ面白味がねぇなぁ?」

 

「!おぉそうだ、いいこと思い付いたぞ!お前、“結界”を解けよ」

 

「……!?」

 

「出来ないとは言わせねぇぜ?分かってるよなぁ?」

 

爪を再びけいき人形に向け、要求した内容を強要するせいじゃ。

確かに、せいじゃの言う通り「結界」は私達の意思でいつでも解くことは出来る。だが、自らそんなことをする人形なんてまずいない。リスクがあまりにも大きすぎるからだ。

「結界」は私達人形に備えられた対弾幕(人形以外)用バリア。その強固な守りは、如何なる外敵の攻撃から身を守ってくれる私達になくてはならないもの。

そんな「結界」を自ら解くというのは、人形にとっては一種の自殺行為……「結界」のない人形の体など、人間とさほど変わらない。下手をすればそれすら下回る。

 

本来ならばこんな無茶な要求、絶対に呑めない。呑める訳がない。しかし……今はそれに従わなければけいきちゃんの身に危険が及んでしまう。

仲間を見殺しにするなんて、私には出来ません。

 

「――!クク、フヒヒヒ……ブヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!そうそうそれでいいんだ!!」

 

「あぁどうなっちまうんだろうなぁ?結界のない状態で攻撃を受けちまったらよぉ!?」

 

私が結界を解除したのを確認し、愉悦に満ちた顔でこちらを見るせいじゃの顔は実に歪んでいた。……あんな奴には死んでもなりたくないものです。

だが奴の言う通り、こうなった状態で攻撃を受けるなんて今まで経験がない。いくら威力の低い攻撃であっても、結界のない状態で食らってしまったら……

 

「そらよッ!!」

 

「――ッッ!!が……ッ!!?」

 

せいじゃから放たれた1発の弾幕が、私の片足に命中する。

生身で受けたダメージが、食らった箇所から直接伝わってくる……結界越しに食らった時とは比べ物にならない物理的な痛みが、まるで電流の如く体に走っていった。

 

「ヒヒ……そうだ、その顔だ!!どうだ?痛いか?苦しいか?ヒャハハハハハハッ!!」

 

こちらが苦しそうにしているのを見てご満悦となったせいじゃは1発、もう1発と弾幕を私に放ち続ける。

食らう度に私は苦痛の声を上げ、それを聞いたせいじゃの欲が少しずつ満たされていく。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!く……うぅ……」

 

「どうしたぁ?早く立てよ……いいのかぁこいつがどうなっても?」

 

正に地獄のような時間だった。悪者というのはこういう時、頭が回るらしい。

出来るだけ長く苦しませるよう、すぐには止めを刺さず体の複数箇所を攻撃して私をいたぶり続けて楽しんでいる。最初に片足を狙って弾幕を撃ったのも、万一私から抵抗されるのを防ぐ為。

人質を大いに利用し、休むことさえ許されず、やりたい放題暴力の限りを尽くす外道……許せない。だが、無力な私は未だそれに抗えずにいる。

 

もし、このまま攻撃を許せばじきに体内の魔力も尽き、私は機能停止……人間で言うところの「死」を迎えてしまう。

せめて人質を解放させることが出来ればこんな格下の相手に遅れなど取らないというのに……悔しい。だが、ここでやり返したら奴は間違いなく人質の体内に毒を流し込み、それに侵されてしまったけいきちゃんは悶え苦しむ。あの時の鏡様と同じように……。

今は解毒する手段も、それをやってくれる人材も傍にいない以上、それだけは絶対に避けなければならない。

どうすればいい?どうすれば、このピンチを切り抜けられる?……鏡様なら、この圧倒的不利な状況をどう乗り越える?

 

……そうだ。鏡様はどんな時でも諦めず、いつも周りの様子を気にかけ、それを最大限に活用していた。

私達の様子、相手の攻撃の軌道、バトルフィールド、その後どうなるかの予測、次の一手……そう、まずは見極めなさい私。

1つずつ、冷静に今の状況を整理し、打開策を練るのです。

 

 

まず、私の体の具合は……正直、かつてないくらいボロボロ。こんな状態で自由に動き回るのはまず無理だろう。

でも、全く動かせない訳でもない。右足こそ負傷しているものの、左の方はまだ生きている……1度限りなら、玉砕覚悟で相手に向かって飛び込むくらいは出来そうだ。

 

次に、私の中にある魔力の残量……これも体と同じくかなり消耗してしまっている。スキルを使用できるのも、せいぜい“2回”が限度。

失敗は絶対に許されない……やるなら相手に気付かないような死角からでなければいけません。そして死角となりうるのは、やはり頭上からの攻撃。

相手が私への攻撃に夢中になっている今、直接視界に入りさえしなければまず気付かれはしない筈だ。

 

最後に、私と輝針剣の距離感は……良かった。それほど遠くはないみたいだ。

これならば何歩か踏み出していった際、回収して取り戻すことも出来る……よし、シュミレーションは大体整った。

 

後はタイミングを伺うだけ……せいじゃが隙を見せたその瞬間、次はこっちから仕掛ける。

 

 

 

 

 

 

「さぁて、次はどこを狙おうかなぁ?」

 

「………ひとつだけ」

 

「あん?」

 

「ひとつだけ、聞かせて下さい。あ、あなたは……目的を聞かれた際、これは“復讐”だと……口にしていましたね?」

 

「あぁ、そう言ったなぁ。それがどうした?」

 

「それは……“私”に対する復讐ですか?それとも……」

 

「……ククッ、まぁ冥土の土産に教えてやろう。お前の考えてる予想は恐らく当たりだ。本当の狙いは別にある」

 

「オレが本当にブチ殺してぇのはな、あの「まいじま」ていう人間なんだよ。……あいつさえ、あいつさえいなけりゃ!!」

 

先程の余裕の態度から一変、明らかに様子が変わったことに気が付いた私はせいじゃの遥か頭上に「ストーンレイン」を仕掛ける準備を始める。感づかれないよう、慎重に。

しかし魔力が尽きかけている弊害か、岩石の生成がいつものようにいかず、数もせいぜい1個が限界のようだ。これでは充分な威力を発揮するのにまだまだ大きさが足りない……ここはなるべく時間を稼いだ方がいいだろう。

 

「一体、何が?」

 

「……あいつらにやられて以来、オレは居場所を失って路頭に迷うハメになった。野生人形界隈も厳しい世界でなぁ?その区域にとって邪魔と見なされた奴は即刻追い出されちまうんだ。そしてその情報は瞬く間に他の場所にも広がって、気が付けばオレの居場所はどこにもなくなっちまった」

 

「お陰で今は寝るとこさえ碌に確保出来ねぇ……てめぇに分かるか!?やっとの思いで見つけたあの場所を奪われ!どこからも受け入れられず!!生死を彷徨い続けたオレの苦しみが!!?」

 

……確かに、言われてみれば正邪の着ている服はボロボロ。顔も以前と比べてやつれている……どうやら苦労があったのは事実らしい。

だが、それは元を正せば私の小槌を口先八兆で騙して奪い去ったことが原因だ。これは所謂、自業自得。同情の余地もない……そう思っている間も、私は神経を研ぎ澄ませて岩石の生成を続ける。

小石達がどんどん一箇所へと集まっていき、今の岩石の生成率は凡そ6割といったところ……もう少し、もう少しで準備が完了する。

 

「だからあそこを追い出されたその瞬間、誓ったんだよ。あいつだけはオレの手でブッ殺してやるってな……しかし、ただ普通に殺すのはつまらねぇ。そこで……」

 

「……まずは私達、という訳ですか。へ、反吐が出るくらいの……悪党、ですね」

 

「ヒャハハ!お褒めの言葉ありがとうよ!あいつは自分の人形を心底大事にしてるみたいだからなぁ?精神攻撃ってやつだよ」

 

 

あと、あと少し……!

 

 

「……さぁて、おしゃべりはここまでだ。まずはテメェを暗殺し、そしたら次はあの全身黒の金髪女だ。そうやってじわじわと減らしていって、あの人間にも味わせてやるのさ……大事なもんを奪われる絶望ってやつをなぁっ!」

 

 

「 死ねぇッッ!! 」

 

 

憎悪の感情の高ぶりからか、正邪は片手を大きくかざして先程よりも強力な攻撃を仕掛けようと力を溜め始める。

 

明らかな隙……!そして奴の頭上に作っていた岩石の生成も、たった今完了した。

仕掛けるなら、今しかありません!

 

 

 



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外伝10


今年最後の投稿です。
いつもながら早めですが、皆様良いお年を!



 

復讐の機会を伺っていた人形、せいじゃの卑劣な罠に掛かった私は仲間であるけいきちゃんの命を人質として握られた。

その際、結界を解くよう命じられた私は身体のいたるところを痛めつけられ、今世紀最大のピンチを迎えている。だが、このままいいようにされていては犬死もいいところ……バレないよう死角からの攻撃を準備することで、反撃のチャンスを伺っていた。

幸い、隙を見せてくれたお陰で奴の遥か頭上に一つの岩石を生成することには成功している。後は放つタイミングを計るだけだが……

 

 

「 死ねぇッッ!!! 」

 

 

「……!」

 

 

これは、明らかな隙!やるなら今しかない!

 

大きく力を溜めているせいじゃに向け、生成していた岩石の浮上維持を解き落下させる。これさえ当たれば、後は奴の足元に転がっている輝針剣を拾って一太刀浴びせるだけ……!

 

「………それにしても、随分なめられたもんだ」

 

「……?」

 

「気付いてないとでも思ってたのかぁ?」

 

様子を伺いながら飛び出す準備をしている私をまるで嘲笑うかのように、せいじゃは溜めた大弾幕の標準を真上に変更して勢いよく放った。

落下していた岩石はせいじゃの弾幕に命中し、亀裂の入った岩石は大きく音を立て崩れ去っていく……その衝撃で砂煙とバラバラとなった岩の破片が舞い、視界は一気に悪くなってしまった。

 

「ヒャハハ!粉々に砕けやがった……相当魔力に余裕がないらしいなぁ?」

 

「な、なぜ………!?」

 

「表情でバレバレなんだよぉ姫さん?こちとら毎日生きるか死ぬかの地獄を味わってきたんだ。視えるんだよ……そういった僅かな変化がなぁ」

 

「ぐッ――!?か、は………」

 

「不意を突くってのはなぁ……こういうことなのさ。覚えとけや三下」

 

腹に弾幕を食らった私は、その場で倒れ込んでしまう。

視界が悪い中の完全な不意打ちであった為、いつも以上にダメージを負ってしまった……最早、立ち上がる余力も残っていない。

 

「ケケケ、それに比べこっちはいい演技してたろ?こっちが感付いていることにまるで気が付かなかった……テメェみたいな甘ちゃんがオレを騙すなんざ10年早ぇんだよ!」

 

返す言葉もない……奴には私の考えが全てお見通しだったらしい。

やはり、慣れてないことを実践するのはリスクが高かった……騙すことにおいては、相手が完全に一枚上手だったようだ。

 

 

 

 

 

 

「………んあ?」

 

 

 

 

 

 

「さぁて、約束を破ってしまった悪い子には罰を与えないとなぁ?」

 

「……ッ!や、やめて!けいきちゃんだけは……けいきちゃんだけは見逃して下さいッ!!どうかッ!」

 

「往生際が悪いぞカスがッ!!最初に忠告したよなぁ?抵抗したらこいつの命はねぇってよぉ!」

 

機嫌を損ねたせいじゃが、けいきちゃんの首筋目掛けて毒を流し込もうとしている……もう駄目だ。

最後の賭けだった攻撃もかわされてしまい、もう打つ手は何も残されていない。

 

「可哀そうになぁ?お前が抵抗さえしなければ、こいつも苦しまずに済んだものを……」

 

「――ま、待ってくださいッ!人質をなくすのは、復讐を目論んでるあなたにとって何にもメリットはない筈!やるなら私だけに……!」

 

「安心しろ。こいつが死んだら次はテメェが人質になる番さ……計画に何の支障もないね」

 

「………くっ、うぅ……っ……」

 

「(鏡様……けいきちゃんを守れなくて、ごめんなさい。私1人では力不足でした……)」

 

 

「ギャハハハハハ!!いいねぇその泣きっ面!そうだ、そうやって自分の愚かしさを悔やんで絶望してろッ!!ブヒャヒャヒャヒャヒャッッ!!!」

 

 

ゆっくりと、せいじゃの爪がけいきちゃんに近付く。

物理的にも精神的にもやられてしまった私は、まるで走馬灯のように映るその光景をただ黙っていていることしか出来ない。

 

私のせいだ……私さえ抵抗しなければ、けいきちゃんが犠牲になることなかった筈なのに。

あぁ、涙が止まらない……視界がぼやける……何が“鏡様の頼れる相棒”だ。こんなにあっさりやられて……本当に、情けない。

 

 

自責の念に捕らわれ続け、視界情報を失っていた私の耳元に鈍い刺突音が聞こえてきた。

きっとせいじゃの爪が刺さった音だろう……これでもう、けいきちゃんは助からない。私のせいで……

 

「………―――は?」

 

……だが、何かがおかしい。仮に今、毒を流し込まれているのだとしたらだ。どうして時が止まったかの様に誰も苦しむようなこともなく、こんなにも静かなのだ?

そして何故、加害者である筈のせいじゃがそんな間の抜けた声を出す?

 

感じた違和感を確かめるべく、私は涙を拭いて目の前のせいじゃに目を向ける。するとそこには、驚きの光景が広がっていた。

 

 

「………い」

 

「 いっっっっったあああああぁぁぁぁーーーーーーーーッッ!!!??こ、こいついつの間に目ぇ覚まして……ッ!!? 」

 

 

「あぁうううぅぅーーーッ!!!ふがふがーーーーー!!!」

 

 

「 ぐおおぉぉ痛ええええぇぇーーーーー!!!?? く、くそがッ!!離せッ!離しやがれってんだこのガキッ!!! 」

 

 

なんと、人質にされていたけいきちゃんが目を覚ましてせいじゃに噛みついている!

痛みに耐えかねたせいじゃは毒を流し込んでいる場合ではなくなったようで、けいきちゃんを振り解くのに必死になっているようだ。

 

……悪癖だったけいきちゃんの噛みつき癖に救われるなんて思ってもみなかったが、これはまたとない好機!

寧ろここで攻めなかったら、もうチャンスなんて二度と訪れないだろう。……こんなところで横になっている場合じゃない!

 

「………はぁ、はぁ……ッ」

 

気力でどうにか立ち上がり、揺れ揺れで不安定で危うい視界を何とか凝らし、自分に出来そうなことを探ってみる。

もう私の体内には魔力が残っておらず、スキルの行使は不可能……あの時、どうやら通常よりも多くの魔力を消費したらしい。

そうなると、私に出来ることは1つしかない。

 

「 離せ……っつってんだろうがッッ!!! 」

 

「ふぎゃ!!」

 

私は最後の力をふり絞ってせいじゃの元に走る。

全身に走る激痛を歯を食いしばって耐え、“やれかぶれ”な一撃をお見舞いする。

 

「ぐッ――!!?……ク、ハハ、ヒャハハハハハッ!!」

 

「……!(う、受け止められた!?)」

 

「そんなボロボロの体じゃまともな攻撃できねぇだろうが!ましてや小槌の力のないお前なんて……――な!?」

 

「形勢、逆転ですね……!!」

 

突撃する際に手にした「打ち出の小槌」が光り出し、倍化した最後の抵抗でせいじゃを大きく吹き飛ばす。

私の頭の硬さが、功を奏した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

「けいきちゃん!無事ですか!?どこか怪我は?奴に変なことをされませんでしたか?」

 

「あぁう♪」

 

「……大丈夫そうですね。よ、良かった……これからは常に私達の傍にいて下さい。いいですか?」

 

「だぁ!!」

 

「フフ、いい子ですね。……怖い目に遭わせて、本当にごめんなさい」

 

私はけいきちゃんを抱きしめた。

けいきちゃんがこんな目に遭ってしまったのも、すべては私のせいだ。だからせめて、謝罪の気持ちだけでも伝わって欲しい。

それが今の私に出来る、精一杯の贖罪だ。

 

……念の為、吹き飛ばした正邪の方を見てみたがどこにもいない。人質を失い不利だと悟ったのか、既にこの場から逃げたようだ。

またいつか、卑怯な手でこちらの命を狙ってくるかもしれない。このことは、きちんと仲間の皆にも伝えておかなければ。

 

「さぁ、皆の元に帰りましょう。きっと心配してるでしょうから………?」

 

けいきちゃんの手を握り、一階へ向かおうとした瞬間だった。

通路の方から、大量の人形達の人影がこちらへ向かってくるのが見える。

 

もしかして、皆が心配して迎えに来てくれたのだろうか?

そうであってくれと願った私は大きく手を振り、向こうにこちらの存在を懸命に伝える。

 

 

 

だがしかし、帰って来たのは1発の弾幕……そんな淡い期待はあっさりと、秒で裏切られた。

こちらに向かっていたのは、この紅魔館地下1階に住み着いた野生の人形達。吸血鬼、メイド、魔女、小悪魔の姿をした人形達が鬼の形相でこちらを見据えており、気付けば私とけいきちゃんは四方を取り囲まれていた。

 

「我らの住処を荒らす不届き者達よ、今すぐここを出て行け。さもないとタダでは済まさん」

 

「ま、待ってください!私がここで戦っていたのは理由が……――ッ!?ぐ………ああぁ……ッッ!!」

 

突然、私の胸の奥に激しい痛みが襲い掛かり、思わず膝をついてしまう。誰かに攻撃された訳じゃない。

 

これは……私の体の限界、というやつだろうか?まぁ、魔力のない状態で……あんな無茶をしたのだ。ガタが来てしまっても、何ら不思議では、ない………

 

 

「ッ!?まぁま!!まぁま!!」

 

 

「……何があったのかは知らんが、害をなす者は排除させて貰う。かかれッ!!」

 

 

段々と意識が遠のいていく……一斉に突撃してくる野生の人形達……避けれそうなくらいには動きはゆっくりだが、私の体は言うことを聞いてくれない。

 

 

「……うううううううううう~~~~~」

 

 

このまま、私は死んでしまうだろうか……?鏡様の成す人形が害と見なされず共存出来る世界を、この目で見れないまま野垂れ死ぬのか?

 

 

「ああああああああ~~~~~……ッッ!!」

 

 

……最後に、鏡様に……名一杯………撫でられ、たいな……

 

 

「よく頑張った」って、褒めて……

 

 

 

「  ぴィィああああああああアアアぁぁぁーーーーーーーーーーーッッッ !!!  」

 

 

 

青白い稲光が眩しく辺りを照らし、近づく者に鉄槌を食らわしていく……ハハ、とうとう幻覚でも視え始めてしまったのでしょうか……?

 

うん、きっとそうだ。こんなに近くにいるのに、私は平気だし……これは夢か何かなのだろう。

 

 

最後に見る景色としては、いささか都合がよい気もするが……あぁ、もう何も見えない。音も、聞こえない。

 

 

さようなら、みんな……

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

その後、駆け付けた董子様一向に助けられた私は、実質のバトル引退を告げられる。

 

そして同時に助けられていたけいきちゃんの変化を見て、あの時の光景は夢でも幻でもなかったことを知った。

 

 

 

 



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第二十四章


投稿がかなり遅れてしまい申し訳ありません!モチベ死んでました!明けましておめでとうございます!!今年もよろしくね!!!



 

「おはよう同士たち!今日も太陽がさんさんと輝いていて、ぜっこーのかいほー日和ね!」

 

 

早朝、人形解放戦線の副リーダーである三月精のサニーミルクによるアジトへの緊急招集。

早い時間に起こされまだまだ眠い中、ひと際大きい声が皆の眠気を吹き飛ばすかの如く狭い室内に広がった。

 

「今日あつまってもらったのは他でもないわ!私達の新しいなかまをしょーかいしようと思ってね。マイ!」

 

「え……?」

 

サニーミルクに突然名前を呼ばれ、彼女の刺された指先から自然と注目がこちらに集まってくる。

メンバーの妖精達からは「誰?」「見かけない子だ」といった様々な言葉が小さく飛び交い、不審感と興味が入り混じったような反応が向けられていた。

 

それを聞いて僕は、まだ人形解放戦線のメンバーになったことが全体に浸透していなかったことに気が付く。

あの時は三月精からの雑な面談で即メンバー入りし、リーダーのメディスン・メランコリーから唐突に仕事を与えられ言われるがままに行動したが、この組織全体への正式な挨拶は確かにしていない。周りの反応もごもっともと言える。

 

「ほらマイ、ぼさっとしてないで前に出て!」

 

正直、組織内で目立つのは避けたかったところなのだが……この状況下で断るのは流石に止めた方がいいだろう。

この世界の妖精は仲間同士の信頼が厚い。故に、ここで消極的に接するのは群れの仲間外れとして扱われ兼ねないリスクのある行動となる。

ここで情報収集をしようとしている身としては、そうなることは非常に都合が悪い。

 

呼ばれた僕は1歩1歩前へと進み、サニーミルクの隣に並ぶように立つ。集まっていた視線が前に出たことでより一点へと集中し、無意識なプレッシャーを生む。

まるで転校してきた学生が初めて挨拶する時のような緊張感が、こちらに重くのしかかってきた。

 

落ち着け、相手は妖精。緊張なんてすることない。簡単に自己紹介と挨拶して、それで終わり。

そう、いつも通りの“マイ”を演じるんだ。

 

「えと、その……マイ……です。よろ……しく」

 

だが気持ちとは裏腹に、僕の口はいうことを聞いてはくれなかった。

か細い声と背けられた顔、簡単にしてもあまりに最低限過ぎる挨拶というそれはそれは印象最悪な行動をかましてしまう。

大衆の前で何かをするのが昔から苦手な僕には、この状況はまさに地獄。人形達の前では平気だったからある程度は克服できたと思ったのだが、どうもそれは気のせいであったらしい。

これから大きなことを成そうとしている人の姿とは思えない……。

 

こんな挨拶を聞いたメンバー達の反応は当然、良いものではなくさっきからヒソヒソしながらこちらを見ている。

第一印象というのは大事だというのに……こんなことでは今後の活動に支障が出てしまう。今からでも何とか印象の挽回を……

 

「あ~、この子実はけっこーシャイなのよ。皆の前で話すの恥ずかしいみたいね!いや~私としたことが気が利かなかったわ~!」

 

「へ~そうなんだ~」

 

「そういう子もいるよね~」

 

「大ちゃんにそっくり!」

 

隣にいたサニーミルクが気を利かせ、静かになった場を少しだけ盛り上げてくれる。伊達に妖精達の代表を努めてはいないということか……何にせよありがたいフォローだった。

更にサニーミルクはこちらの肩を組み、顔を見合わせてウインクすることで何かを伝えている。そこに圧などは一切なく、もっと気楽にやっていいという心の温かさが感じられた。

 

「マイはすごいのよ!たった1人で天狗の里になぐりこんで向かってくるやつらをちぎっては投げちぎっては投げ!連れてる人形も見たことないものばっかりで、とにかく強い!私の自慢の友達なの!」

 

「「「 おぉ~~~~!! 」」」

 

サニーミルクによる僕の活躍を聞き、再びこちらに注目が集まる……内容が少々誇張されているが、今はそれについてツッコむべきではないだろう。

というか、最早それどころではないというのが正しい。

 

「マイちゃん人形みせあいっこしよ~!」

 

「そのふくかわいいね!ほしいな~!」

 

「あなたどこからきたの~?わたしは魔法の森!」

 

僕はあっという間にメンバーの妖精達に囲まれてしまい、様々な質問や要望を聞かされ人気者となってしまった。

 

 

 

 

 

 

「ふん!それ、果たしてほんとーかしらねっ!?」

 

加減を知らない無邪気な妖精達にもみくちゃにされそうになっていた最中、バンと扉の開く音が鳴り響く。それなりに大きな音であった為か、取り囲んでいたメンバーの妖精達もそちらへと注目したことで拘束が解かれる。

正直、途中から服や髪も触られ始めていて身バレするのではとヒヤヒヤしていたところだったので、助かった……。

 

「あ、あれは」

 

「ミルミだ。きっといつものやつね……」

 

「どうせまたいびりにきたんだわ」

 

「ミルミ」と呼ばれた妖精がアジトへと乱入したことで周りが一気にざわつき始める。

ミルミはここにいる妖精達とは違って青や白の髪や同色を基調とした制服といった格好はしておらず、金髪で向日葵の花付帽子に明るい青緑色のワンピースを着ているメンバー内の変わり種である。

 

「あんた、あんまりちょーし乗るんじゃないわよ!しんいりがデカい顔できるほどここは甘くないんだからね!」

 

ミルミはまるで嫌な上司のような高圧的な態度をこちらに見せてくる。

察するに、入って早々ちやほやされている僕が気に入らない……といったところだろうか。

 

「あ~ら、そのしんいりについ最近たすけられたのはどこのどいつだったかしら?」

 

「うぐ……あ、あの時はよゆーがなかったんだもん!そうするしかなかったの!あそこ猫のザコ人形しかいないからかんたんに占拠できると思ったのに……」

 

つい最近の失態をサニーミルクに突かれ、ミルミは苦し紛れの言い訳を言っている。当時のミルミ曰く、向かってくるちぇん人形達を撃退し続けていたところ九尾の人形が鬼の形相でこちらに攻撃してきたらしい。

そいつはかなりの力を持っていたようで、メンバー4人がかりでも歯が立たず手持ちが全滅。そして追い詰められた結果、あの小屋に籠城していたとのことだ。

マヨヒガを探していた際、幻覚で道を隠していたという人形と特徴が一致している。恐らく同一人物で間違いない。そういえば浩一さん、あの人形を見た途端目の色を変えて追いかけて行ったがその後どうなったのだろう?

話を聞く限りだと、その襲ってきた九尾の人形はただ人形解放戦線からちぇん人形達を守っていたようにしか聞こえない。もし捕まえられたのだとしたら、あそこにいるちぇん人形達の今後が心配になる。

 

「こ、こんかいは運がわるかっただけよ!つぎはもっと人員ふやしてせめればあんなやつ!」

 

「いやあんた、いい加減に……!」

 

「……サニー、ここは僕が」

 

当時、一緒に活動していたメンバーであるフェリシー、エディ―ス、レンリの証言によれば、今回の襲撃はここのリーダーであるメディスン・メランコリーの指令ではなくミルミ自身の独断行動。

ここ人形解放戦線の活動内容とは、人形達の自由と地位向上を目指すというもの……仮にもそんなスローガンを掲げている組織が、野生の人形の住処を荒らすような真似をするのは褒められたことではない。

最近活動が過激になってきた背景には、こういった存在がいることが1つの原因なのだろう。

 

彼女には、“教育”が必要だ。

 

 

 

「ミルミちゃん、おはよう!あらためてじこしょうかいするね!僕はマイ!」

 

「――な、何よ、なまえくらい昨日きいたから知ってるし」

 

「うん、でもあの時はまだメンバーじゃないようなものだったから!ここのルールとかもぜんぜん分からないしめーわくかけちゃうかもだけど、これからよろしくね!」

 

そう言って僕は笑顔で右手を差し伸べて握手を求めるが、ミルミはそれをはたいて振り払う。

どうやら彼女は他の妖精達のように単純にはいかないらしい。

 

「うーん、僕はただミルミちゃんとなかよくなりたいだけなんだ。僕、なにかミルミちゃんにきらわれるようなことしたかな?」

 

「ふん、しんいりが気安くはなしかけるんじゃないわよ。それにね」

 

 

「 あたしはッ! 副リーダたちの次にッ! えらいんだからねッ! 」

 

 

こちらに指差ししながらズイズイと顔を近づけ、ミルミは僕にそう忠告した。役職の違いはあれど皆友達のように接している中、彼女だけは上下関係をえらく気にしている。

成程、人間にもいろんなタイプの性格がいる様に、妖精にもこういったイレギュラーが一定数存在しているようだ。

 

「へぇ、そうなんだ!どおりでカリスマあるなぁって感じたわけだよ!」

 

「そ、そう?えへへ、まぁでちゃってるかぁオーラってやつがねぇ~」

 

少しおだててみたらミルミは嬉しそうに顔をニヤけさせ、あっという間に上機嫌となった。やはり、その辺は妖精か。

だが現状、今の僕の立場では彼女を更生させるのはどう考えても厳しい。何せメディスンの指令を無視して好き勝手するような厄介者だ……したっぱの僕の言うことなどに耳を貸す筈がない。

 

「……ねぇねぇ、いったいどうやったらミルミちゃんみたいに偉くなれるの~?」

 

「そりゃあやっぱ、“バトルの腕っぷし”よ!あたしはそうやってのし上がっていったんだからね!ま、あんなザコ達にまけるようそなんてぜぇ~んぜんなかったけど~?アッハッハッ!!」

 

憎まれ口をたたきながら武勇伝を語るミルミ。

愉悦に浸っている彼女は実に腹立たしいが、同時に解決のヒントもくれた。単純明快で助かる。

 

「ふぅん……それならさ、今からバトルしない?」

 

「はぁ?あんたまさか、あたしに挑むっての?」

 

「うん!僕もミルミちゃんみたいになりたいんだ~。ここでは人形バトルのつよいメンバーがえらいんでしょう?」

 

「まぁそうだけれども……あんた話きいてたぁ?あたしはここで1番つよいのよ?」

 

「「「 (したっぱ達の中で、な) 」」」

 

「うん、聞いてたよ。だからこそ挑みがいがあるかなって。……それとも」

 

「な、なによ」

 

 

「万一でも、まけるのがこわいとか?」

 

「―――ッ!!!な、な」

 

 

こちらの煽りを真に受け、顔が真っ赤に染めて怒りを露にするミルミ。

絵にかいたような小物だ……次にミルミが言うセリフも容易に想像できるというもの。

 

 

「上等よ!!表に出なさい、わからせてあげるわッ!!」

 

 

怒り狂ったミルミはこちらに指を指してそう言い放ち、アジトの外へと出ていく……どうやら誘いに乗ってくれたようだ。

この決闘は、僕の強さを周りに示す大きなチャンスでもある……必ずものにしよう。

 

 

さて、分からされるのがどっちか?それをハッキリ教えてあげなければ。

 

 

 

 



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第二十五章

 

自称、人形解放戦線最強の妖精ミルミ。

 

その彼女に対し、人形バトルを申し込んだ僕はアジトを出てすぐのそれなりに広くてバトルにちょうどいい草原に呼び出される。

後ろで観戦するサニーミルクやメンバー達、そして向かいには怒り顔でこちらを睨みつけているミルミ……逃げ場のない、八方塞がりの状態と言えるだろう。

 

しかしこの状況に持ち込んだのはむしろこちら側の作戦。バトルの強さで成り上がることの出来るというルールならば、それを利用しない手はない。

ミルミは“したっぱの中では1番”という、絶妙な立ち位置の存在だ。それよりも強いことさえ証明されれば僕の立場は一気に上となり、この組織を内側から変えていくという活動もスムーズに行える。

何より、リーダーのメディスン・メランコリーの目にも止まることでコンタクトを取りやすくなる筈だ。

 

「使用人形は2体よ!ギッタンギッタンにしてやるんだからッ!!」

 

「うん、楽しい勝負にしようね!」

 

「~~~~~!!ば、ばかにして!!ときこッ!!」

 

余裕の態度を見せる僕に、彼女の怒りのボルテージは上昇。何とも扱いやすい。

ミルミが繰り出した人形はときこ人形、香霖堂で会った朱鷺子という妖怪の姿をかたどった人形だ。懐かしい……元気にしているだろうか?

 

 

「ステルストラップ よ!!」

 

 

こちらが人形を出す前から、ミルミはスキルの指示を出し先制を打つ。

指示を受けたときこ人形は金属で出来た小さなブロックをフィールド全体にばらまく。そしてそのブロックは無重力の様に空中で留まったかと思うと透明となって消え、見えなくなってしまった。

 

流石は人形解放戦線……ルールに則った正々堂々のバトルなんてしないという訳か。

攻撃系のスキルではないようだったが、初めてみるスキルだ。「トラップ」というからには、罠的な何かだというのは理解出来るが……

 

「ふふ……さぁ、あんたも人形だしなさい!」

 

不敵な笑いを浮かべるミルミ。成程、伊達にしたっぱ達のトップを名乗ってはいないようだ。卑怯とはいえ、ちゃんと意味のある行動をしてこちらに不利な状況を作り出した。

恐らくだが、あのスキルはポケ〇ンでいうところの「まきびし」に近い性質のものではないだろうか?でなければ、わざわざバトル前で放つにはメリットがない。

 

しかし僕もそれにやられてあげる程馬鹿ではない。むしろ先にそれを見せてくれたお陰で対策を考える時間が出来た。

僕は今から出す予定である人形の入った封印の糸を口元に寄せ、バレないように作戦を伝える。

 

 

「……よし、はたて!行ってきて!」

 

 

僕が呼び出したはたて人形が外へ実体化したその瞬間、透明化していた小さな鉄のブロックがキラリと光り、こちらへ一直線に飛んで来る。

それに気が付いたはたて人形は1発の弾幕を放って翼を大きく広げ、上空へと飛び立つことでギリギリ被弾を避ける。思った通りだ……やはりあれは人形が出るタイミングで作動するタイプの罠だった。

「風」属性を持つはたて人形にも発動したところを推察するに、「まきびし」というよりかは「ステルスロック」に近いものなのだろうか?

 

「な……ハ、ハハハッ!運よく避けられたみたいだけど、その罠はターゲットにあたるまで追尾しつづけるのよ!むだなてーこーだわ!」

 

「……――ッ」

 

ミルミの言う通り、上空を見上げると未だはたて人形は追尾しているステルストラップの弾幕から逃げ続けている……成程、厄介な性能だ。

最初は実力を見るため様子見をするつもりだったのだが、悠長に構えている訳にはいかなくなったらしい。こうなれば短期決戦に持ち込む。

 

「はたて、攻めるよ!ときこ人形に突っ込んで!」

 

上空からこちらの指示を聞いたはたて人形は追尾するステルストラップをギリギリまで引き寄せてかわし、そのまま相手のときこ人形へと急降下する。

そして当然、その動きにステルストラップも後ろから続いていく。距離は少し離れてはいるものの、まだ脅威が残った状態での交戦だ……不利な状況なのは何も変わってはいない。

 

「ツイスタ― だ!」

 

「馬鹿ね、はさみうちにしてあげるわ! ウィンドジャベリン!」

 

こちらの攻撃指示に対し、相手も同じくそれに続く。だがそれを実行することは叶わないだろう。

ミルミはステルストラップを掻い潜られたという衝撃に気をとられ、こちらが仕掛けた“ある行動”を見落としていたのだ。

 

「え……な、なんであたしの人形ひるんでるのよ!?」

 

「本当はトラップに掛かってしまった時の痛み分けだったんだけどね!」

 

実は、はたて人形には封印の糸から出たら素早く「急襲」のスキルを発動させるよう予め指示を出しておいたのだ。

そうしておけば仮にトラップによってダメージを負ってしまったとしても、相手側もしばらくは行動が出来なくなって状況をイーブンに持ち込める。

だがはたて人形は「急襲」を放ちながらも見事トラップをかわしてみせた。トラップが追尾型であったのは計算外だったが、相手からの妨害さえなければ凌ぐことはそう難しくはなさそうだ。

 

 

 

「……ときこ戻って! ミスティア!」

 

「急襲」を食らって動揺していたミルミだったが、以外にも冷静で素早く人形の交代を実行した。

そして出てきたのは「ミスティア・ローレライ」の姿をした人形……これまた懐かしい顔だ。とはいってもあまりいい印象のない人物、基妖怪ではある。いずれはあの5人組とも関わってくことになるのだろうか?

 

しかし何故、不利である筈の「音」属性である筈のミスティア人形を場に出したのだろう?「音」に「風」は効果抜群……まさか知らない訳ではあるまい。

疑問に思った僕だが、その答えはすぐに分かった。

 

「あんたがしかけた攻撃が「風」でよかったわ。これがこの子のアビリティよ!!」

 

「風」属性集弾スキルの「ツイスター」、それもはたて人形のアビリティ「一斉射撃」によって強力となった筈の弾幕が、気流となってミスティア人形の周辺に漂い始める。

まさか、アビリティによって無効化されたとでも言うのか?……正直、妖精がそこまで頭が回っていることにビックリしている自分がいる。

 

「その技、固定させて貰うわよ! エンカレッジ!!」

 

「(ッ!しまった!!)」

 

こちらが気を取られている内に、先手でミルミは人形に指示を送る。

風を纏ったことで、はたて人形よりも遥かに素早いスピードで背後に回ったミスティア人形は自身の歌声を披露。そしてそれを直接聞いてしまったはたて人形は、使えるスキルに制限を掛けられてしまった。

「エンカレッジ」は僕もよく使う技、どういう効果はよく分かっている。今のはたて人形は「ツイスター」しか使えない為、「風」を無効化するアビリティ持ちのミスティア人形に対して完全に無力だ。

こうなってしまっては、こちらもむげつ人形に交代するべきなのだろうが……相手は「音」属性。加えて今のミスティア人形は俊敏値が上がっているお陰で確実に先制を取れる状態にある。

更に言うとむげつ人形の今のアビリティは「残虐」というもので、散弾スキルの威力を上がる代わりに命中率が落としている……いくら高レベルのむげつ人形でも、今の風を纏ったミスティア人形に対してスキルを当てられるかどうかは正直博打だ。

それにステルストラップの件もある……ここはやはり、はたて人形で粘っていくしかなさそうだ。

 

「さぁてと、お相手はこっちに手出しできないし~?今のうちにうたっておどるわよ~ミスティア! ハピネスダンス! ブレイブソング!! ハピネスダーンスッ!!! 」

 

調子に乗り出したミルミはミスティア人形に引き続きスキルを指示。しかし攻撃系のスキルではなく自身のステータスを上げるスキルを優先している。

これはいわば、“起点にされている”という奴だ。ちゃんとまだ見ぬ相手のもう一体の人形への戦闘準備を整えている辺り、中々のやり手と言える。これはもう、むげつ人形でも対抗出来ない状態になったかもしれない。

 

 

だが、相手が最後のスキルを使用したタイミングで「エンカレッジ」の効果も同時に切れたようだ。

相手に限界まで積まれて勝つのが絶望的な状態となったが、それを打破する手段をはたて人形は持ち合わせている。それを使えば、今の状況を逆に利用することも可能な筈だ。

 

 

上空では、ステルストラップの追跡から逃れ続けているはたて人形が飛び回りながらも何とかこちらに目を合わせ、指示を待っている。

ちょうど「エンカレッジ」が切れたこのタイミング……攻めるなら今だろう。僕は軽く頷きながら斜め下に向けた右人差し指が真っすぐ立てた左人差し指に向かって突っ込んでいくジェスチャーを送る。それを見て意図を理解したはたて人形は同じ手順でトラップをかわし、相手に急降下した。

 

「ふん、もう小細工もないからこんどこそはさみうちよ! きょーかされたじょーたいのこれを受けられる!?」

 

 

「 無限音階(むげんおんかい)!! 」

 

 

ミルミがそのスキルの行使を指示すると、ミスティア人形は大きく息を吸った。

可愛らしいダンスと勇ましくも美しい歌声によって温まった会場……そこから放たれる「無限音階」は、上空を覆ってしまうほど広範囲に螺旋状の譜線弾幕を複数生み出した。

上がればあるほどに高音になっていく音階、それが音符の弾幕となりながら譜線の中で不規則に展開されていく……これを全てかわすのは困難であろう。

 

「 はたて 順風 だ!!なるべくミスティアに近付いてっ!! 」

 

少しでも被弾を減らすべく、はたて人形に回避率を上げるスキルの指示を出す。

体を回転させ、ミスティアと同じく風を纏ったはたて人形は音符の迷路をスピードを落とさずに駆け抜け、姿が見えなくなってしまった。

 

「バカね、まっすぐ突っ込んでたえられるとでも思ってるの!?そのままやられちゃいなさい!!」

 

音符弾幕に埋め尽くされはたて人形の位置が掴めない中、被弾したであろう音だけが数回響き渡る。

いくら属性相性が有利とはいえ、火力の上がった大技を食らい続けるのは流石に堪える筈だ……何とか耐え切ってくれることを願いながら、僕は音階の範囲外である箇所にだけ視点を向ける。

 

 

「……な!?う、うそでしょ!!?」

 

 

だがしかし、その期待にキチンと応えてみせるのがはたて人形。

傷を負いながらも音階の嵐を抜け、翼を畳ませながら再度こちらの方に視線を合わせた。その姿を見てはたて人形自身も何をするつもりなのかを分かっているようだったので、僕は黙って指を指すことでその許可を降ろす。

その動作を見て小さく口角を上げたはたて人形は、その姿勢を保ったまま腕を前に突き出して槍の如く相手に向かって突撃した。

 

「……で、でも残念だったわね!こっちは防御もカチカチにあげてるんだから!!そんな攻撃――」

 

ミルミがそう啖呵を切るのも束の間、はたて人形の突進がミスティア人形の周りを囲っていた防御障壁をすり抜け身体ごと貫通する。

僕がはたて人形に指示したのは「穿突」。相手の能力変化を無視する攻撃……そして、これで条件も整った。

 

「――ッ、ま、まさか防御を貫通するなんて……で、でも!!まだ人形は倒れて」

 

「いや、もう勝負はついたよ」

 

「へ?……――あ」

 

現在、攻撃を食らったミスティア人形の立ち位置ははたて人形のすぐ後ろ。そして、はたて人形にはまだステルストラップの追跡が残っている。

それが何を意味するか?答えは簡単だ。

 

 

「 ミ、ミスティアーーーーーーー!!!?? 」

 

 

透明の鉄のブロックが、追い打ちと言わんばかりにミスティア人形に襲い掛かる。

もう1つの狙い……それはトラップの軌道上に相手を誘導させることだった。正直こんなにうまくいくとは思っていなかったが、これもはたて人形との連携が上手くいったお陰だろう。

 

ステルストラップの直撃を受けたミスティア人形は目を回して戦闘不能。

思ったよりも大きなダメージを負ったことから、やはりあれは「鋼鉄」属性を秘めていた可能性が高い。それも固定ダメージ系且、属性相性次第では大ダメージを負う……何と恐ろしいスキルだ。

もしこちらが食らっていたら、「闇」属性のむげつ人形含め結構危なかった。

 

……ああいったトラップの対策は、考えておいた方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「う、嘘よ……てしおにかけて育てたあたしの人形がやられるなんて……それも、はいったばかりの新人に……」

 

バトルの最中だというのに、ミルミは負けたショックからか目の前の現実を受け入れられていないようだ。

……何やら雲行きが怪しくなったような?

 

「……みとめない。みとめないみとめないみとめなあああぁぁぁいッ!!このあたしをさしおいて!!このおおおぉぉぉ!!!」

 

発狂気味にそう言い放ち、ミルミは僕に向かって殴り掛かろうとこちらに向かってくる。

自棄になってしまったのか、このまま人形バトルをやっても勝てないと悟ってしまったのか?どちらにしろ、今の勝負で彼女のプライドがズタズタになってしまったのは間違いない。

 

 

「だ、だめだよミルミちゃん!おさえておさえて!!」

 

「これはえっと……そう!きっと、「びぎなーずらっく」ってやつだよきっと!つぎやったらかてるかもしれないよ?」

 

「はなせフェリシー!!エディースぅ!!あたしはこいつを許さないいいいいィィィッッ!!!!」

 

「……やめなよミルミ、みんなみてるって」

 

「うるさいレンリ!!あたしはここのナンバー1なのよ!?ここまでくるのにどれだけ苦労したかしっt……あぁいたああぁぁい!!そこは!!そこはかんべんしてえぇ!!?」

 

ミルミの蛮行を見兼ねた仲の良いであろう妖精3人組が彼女を力づくで取り押さえる。

そしてレンリの慣れた手つきによる関節技がミルミの抵抗を無に帰したところで、この事態は収束を迎えることとなるのであった。

 

 

 

 



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第二十六章

 

ミルミとの人形バトルに勝ったその翌日。

 

その活躍は僕の思惑通り、他のメンバー達やリーダーのメディスン・メランコリーの耳にも入ることとなった。そして僕はバトルの腕と知能性がある程度認められ、「下っ端」から「部隊長」へと一気に昇格。

「部隊長」とは、副リーダーの次に偉い役職。部下の下っ端を数人引き連れることが許される立場で、僕に負ける前のミルミが就いていた役職らしい。ミルミは僕に負けたこと、そしてこれまでの身勝手な行動の数々が露見されたことで「下っ端」へと逆戻り。本人は相当落ち込んでいたようだ。

そして更にミルミを僕の部下にするよう、メディスンから直接命令を受けたことで現在は僕の部隊の一員となっている。メディスン曰く、また勝手な行動をしないよう常に監視をして欲しい……とのことだ。厄介払いをされているような気がしなくもないが、放っておいたら何しでかすか分からないというのは同意だったので渋々だが了承した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「君が噂のマイだね?私はリグル、今日はよろしくね」

 

「うん、よろしく!」

 

「早速だけど、今回の作戦を振り返るよ。今日ここでやるのは“人形の解放”さ。1体でも多くの人形を自由にしてやるって仕事ね」

 

人形解放戦線副リーダーの1人であるリグル・ナイトバグの指揮の元、僕らは霧の湖へとやってきた。

前に会った時はルーミアという妖怪がリーダー(副リーダー)だった気がするのだが、どうやら降格したらしい。まぁ人里での作戦失敗が大きかったということなのだろう。

だがリグルもリグルで当時阿求から拷問掛けられたから碌な活躍がない。一度も人形バトルをしたことはないのだが……実は強かったりするのか?

 

「あの、質問いいかな?」

 

「ん、何かなマイ?」

 

「そもそも、どうして“人形の解放”なんて活動をしているのかな?僕、ここに入ったはいいけどそのへんのことぜんぜん知らないんだ」

 

“人形の解放”……聞く限りだとメディスン・メランコリーが始めた活動らしいが、何の為にやっているかまでは詳しく知らない。

人形解放戦線を内側から変えるには、まずはその内情を詳しく知っていく必要性がある。

 

「はぁ?あんた、そんなこともしらずにはいったわけぇ?あたまだいじょうぶぅ~~?」

 

「妖精がそんなことを気にするなんて珍しいな……まぁいいや、教えてあげる」

 

リグルの言う通り、この活動の意味を問う妖精など普通はおかしい……僕がこんなことを聞いたのは他でもない。こういう妖精以外のメンバーと交流する機会がなければ全然情報が得られないからだ。

下っ端妖精の大半は人形使って暴れられるのが楽しいからという理由で入っているものが多く、人形の解放など当然意識していない。ここの妖精達を束ねている副リーダーポジションの三月精達も、どちらかというと楽しんでいる側……仲良くなったのはいいが得られる情報自体は少ない。

そうなると、残っている人物は人里で最初に出会ったあの妖怪のメンバー達……それが僕にとっての唯一の希望だ。

 

「まず、このことを語る上で“封印の糸”の存在は欠かせない。なんせ、人形の解放するきっかけになってるマジックアイテムだからね」

 

「ふ、封印の糸が?」

 

「うん。今でこそ人形達を使役するのに広く使われている安価で手に入れやすいマジックアイテムだけど……実はこれ、とんだ“欠陥品”なんだ」

 

「――ッ!け、欠陥品だって!?」

 

「まぁ、私も詳しいことまでは聞かされてはいないんだけどね?メディスンが言うにはこれって人形の体にあまりよくないらしいんだよ。何でも、寿命が削られているとかなんとか……?だから、少しでもその拘束から解放させてあげようっていうのがこの活動の本質って訳ね」

 

「そう!これはぜんいあるかつどーなのよ!」

 

まさか、僕達人形遣いが普段から使っている“封印の糸”にそんなデメリットが存在していたなんて……開幕から衝撃の事実を聞かされてしまった。

そうか……だからあの時メディスンは封印の糸の製造元である河童のアジトへ襲撃を?あれは決して無差別な破壊行為などではなかった訳だ。

彼女の封印の糸に対する異常な嫌悪も、ここから来ているということで間違いだろう。

 

「……でも、リーダー以外のみんなは普通に封印の糸を使ってるよね?それはどうして?」

 

「う……痛いとこ突くね。それはまぁ、あの子が特別というか……不本意ながら私達もこれに頼らないと人形を扱えないんだよね。でも、それもあくまで活動を続けている間だけの話。終わればみんな封印の糸を手放すつもりさ」

 

「実際、野生の人形を封印の糸なしで使役するのはかなり危ないんだよ?基本警戒されてて近づくと容赦なく攻撃されるのが殆ど……つまりリーダーはその辺りの才能に相当恵まれてるってことね」

 

「ふふん、きいておどろけ!リーダーは人形のことばやかんじょーがわかるのよ!まいったか!!」

 

リグルとさっきから隣でうるさい部下のミルミの証言を聞き、人形解放戦線の目的や行動原理は割とハッキリとしてきた。

どうやら“人形の住みやすい世界を作る”という一点においては、目的はこちらと合致しているらしい。“人形を解放する”……確かに今の話を聞いたら、彼女らは人形達の為に正しい行動をしているように聞こえる。

 

だがしかし、僕とメディスンの思想には決定的な違いがある。それは……

 

 

「お、そうこうしている内にターゲット発見だ。マイ、ミルミ!あの人形遣いを狙うよッ!」

 

 

その世界に、僕ら人形遣いがいるかどうかだ。

 

 

 

 

 

 

「はーーもう!霧で前が全ッッッく見えないわっ!うっかり湖に落ちないように気を付けないとなぁ……これ一張羅なんだし」

 

 

霧の中、不幸にも今回のターゲットになってしまった人物の元気な声が聞こえてくる。

シルエットとしては、大きなカバンを背負った人間の子供のようだ。

 

「女の子1人か……恰好を見るに外来人みたいだね」

 

「(……?なんか聞き覚えのある声のような)」

 

「ねぇどうしてかくれてるの?こそこそしないで、さっさとやっちゃいましょうよ」

 

「いや……前に外来人には酷い目に遭わされたからね……念の為、ここは慎重に行くべきだ」

 

これは恐らく、人里で会った僕こと「舞島 鏡介」のことを言っているのだろう。

「そのひどい目に合わせた奴、目の前にいますよ」とカミングアウトしたいところだが、それは心の中で留めた。

 

「まずは様子見。この子に先陣を切って貰って相手の力量を図るよ。……お願い!」

 

リグルは小声でそう言い、指先からそれなりの大きさである虫を1匹、目前の女の子に向かって放った。

霧が発生して視界情報がほぼ遮断されていて、そこから大きな羽音を立てて近付く黄色と黒の警戒色が特徴的な虫……こんなの常人ならすぐに悲鳴を上げて逃げ出してしまうことだろう。

 

しかし、その少女に既視感を感じていた僕はどちらかというと虫サイドの方を心配していた。僕の予想が正しければ、この後あの虫は……とそう思った瞬間だった。

少女の肩から、赤くて伸縮性のある粘液を纏った細長い何かが飛んでいった虫を素早く縛っていく。捕まった虫はそのまま肩にいる何者かの方向へと吸収されていき、数回に及ぶ租借とそれを飲み込む生々しい音が虚しくその場で響き渡るという恐怖劇場が目の前で開演される。

 

 

「 うわあああぁぁぁ!!? ア、アレクサンダァーーーーーーーッッ!!! 」

 

 

「あれ、また虫食べてるの?ホント蛙みたいな子だなぁ」

 

1つの命の終わりを悲しむリグルだったが、恐怖はまだ終わってはいなかった。

先程は見えなかった少女の肩から小さな赤い瞳が光り始め、さっきから草影に隠れている筈の僕達を捉えて離さない……攻撃されたことに対しての警戒か?もしくはこちらへの警告なのか……とにかくあの瞳からは尋常じゃない圧を感じる。

少しでもおかしな動きをすればやられる……そう本能が告げていると察した僕達は、まるで蛇に睨まれた蛙の如くそのまま固まってしまっていた。

 

「それにしても、紅魔館は一体どこなのかしら?赤い生地を大量に手に入れられるって聞いたのに……こんなことなら、もっと事前に情報集めとくんだったなぁ」

 

こちらがプレッシャーで動けないその一方で、女の子は呑気にも目的地への行き方が分からずさっきからウロウロとしている。

湖沿いに進んでいけば案外アッサリ着くと、今すぐにでも教えてあげたい……。

 

 

 

 

 

 

 

「いやーさっきは酷い目に遭ったね……やっぱり外来人は怖いよ。次はもっと弱そうなやつを狙おう」

 

「っていうか、さっきのいったい何だったの……?こわすぎでしょ……」

 

その後、何とかメンタルをリセットした僕達はリグルの指揮の元、引き続きターゲットの人形遣いを探し続けていた。

リグルの放っている蛍達が光を放つことで先程より多少は視界がクリアになっているのだが、よくよく思えばこんなところにわざわざ足を運ぶ者がいるのか正直疑問だ。

 

「あ、ターゲット発見!2人組だね……また子供みたいだ」

 

とそう思ったのも束の間、リグルがまた人形遣いを発見したらしい。こんな視界の悪い場所だが、意外と人形遣いが集まるスポットなのだろうか?

前に来た時は全然遭遇しなかったのだが……それは単に僕が出会わなかっただけなのかもしれない。前に道案内をしてくれたあの「わかさぎ姫」という人魚、もしかして人形遣いと鉢合わせないよう誘導してくれていたのかな?

 

「あれはどうも人里の人間みたい……うん、狙い目だね。よし、新人のマイ君!君に最初のミッションを与える!あいつらの人形を回収、基解放してきなさい!」

 

「えぇ!?僕!?」

 

リグルの突然のご指名には驚いたが、これは期待の新人という看板がある以上避けては通れない道……致し方ない。

しかし正直なところ、相手の人形を奪うような行為は絶対にしたくない。何より、僕の人形達に悪事を働かせるなどもってのほかだ。

まずは相手の様子を伺うことから始めよう。僕は2人組の子供のところへゆっくり歩みを進めた。

 

「……!だ、誰よあんた」

 

「あ、いや……なにしてるのかなぁって気になっちゃって……」

 

「はぁ?冷やかしってわけ?いま忙しいんだからあっちいけ!」

 

こちらの存在に気付くなり威嚇してくる強気な女の子に気圧されながらも、周りの状況を観察する。

すると、もう1人の男の子は膝をついて泣き出しているようで、先程の女の子は周囲の草むらを掻き分けている。

もしかすると、女の子は男の子の無くしたものを探しているのかもしれない。

 

「ぐす……おねえちゃん、この子だぁれ?」

 

「知らないわ、どうせここに住んでる妖精か何かでしょ。それよりもさっさと見つけないと……」

 

「見つけないと?」

 

「……お、お化けが出るのよこの辺。だから早いとこ見つけて帰りたいのッ!!……もう!よりにもよってこんなところで封印の糸なくして!!リョウのバカッッ!!」

 

「ご、ごめん姉ちゃん……」

 

どうやらこの姉弟の2人はなくしてしまった封印の糸を探しているらしい。これは……もしかしたら何とかなるかもしれない。

封印の糸を持っていないのでは人形解放どころではない……という適当な理由をつけ、僕は隠れて様子を見ているリグルとミルミをその場に呼び出した。

 

「ミルミ、この辺でそういった噂ってあるのかな?」

 

「あー、まぁそうねぇ……この辺っていたずら好きの人形がおおいから、もしかしたらそいつらのしわざなんじゃない?」

 

「じゃあリグル、まずはこの子の封印の糸を探すところから始めようよ。これも人形の為、文句はないよね?」

 

「むぅ~……(理念からはギリ外れてない……のか?)」

 

こちらの提案に難色を示すリグルだが、間違った行動ではないことは事実。故に悩んでいるのだろう。

人形を解放するにも、まずはその人形自身がいなければ意味はないのだから。

 

「……まぁ、取り戻してから解放すればいい話だしね。別にいいんじゃないかな?」

 

「えーー!?あたしははんたーーい!!なんでそんな人助けみたいなこと」

 

「ミルミちゃん。君は今、僕の部下だってこと忘れたの?命令違反はリーダーに即報告するからね?」

 

「……そ、それだけはかんべんして」

 

人形解放戦線は現在、“悪”としての認識をされている。まずは、そこから改善していこう。

時間は掛かるだろうし、僕に与えられた時間も少ない……だがそれでも、出来る限りのことはするつもりだ。

 

 

 



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第二十七章


何故ここにやつがいるのか、それは誰にも分からない。割とマジで分からない。
三の道よりは体感出やすいけれども



 

 

ミッション1「なくなった封印の糸を探せ!」

 

 

これが人形解放戦線としての僕の初任務。ざっくり言うと、霧の湖で封印の糸をなくしてしまった少年の手助けだ。

一緒にいる部下のミルミと副リーダーのリグルを巻き込んで、僕は糸を無くした少年と同行していた姉と思われる“フミナ”という少女から証言を聞き出していた。

 

「ここに入るまでは、確かにリョウの腰には封印の糸があったわ。だからそんなに遠くには落ちてない筈なんだけど……全然見つからなくってさ」

 

「……成程、そうなんだね(じゃあ、皆でこの辺の草むらを探索をしても意味はなさそうだな)」

 

今いる場所は、霧の湖の入り口からはそう遠くはない。その範囲のどこにもないのであれば、最早考えられる原因は1つ……“お化けの噂”だ。

ミルミが言うには、ここにはイタズラ好きの人形が生息しているらしい。正に、いかにもな容疑者ではないか。

 

だがしかし、気になる点もある。それは周りからは人形ではなく、“お化け”だと認知されていること。

いくら視界の悪い状況下でも、この2つを見間違えるなんてことがあるだろうか?

 

「ミルミ、そのイタズラ好きの人形ってどんな特徴なの?」

 

「え……あ、あたし普段ここにはあんまりこないしそこまでは知らないわよッ!」

 

「じゃあ情報を集めてきてくれない?ここにも妖精は住んでるし、その子達なら何か知ってるかも」

 

「はぁ!?そんなの、あんたがやりなさいよ!!なんであたしが」

 

 

「……… ……… ………」

 

 

「……ああもう!分かったわよッ!!」

 

無言の圧に負け、渋々湖の妖精達に会いに行ったミルミの収穫を待ちながら、僕とリグルは引き続き姉弟から当時の話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

「……“正体が分からない”?」

 

「う、うん。噂によると被害に会った人達は皆、“見たものがそれぞれ違う”らしくて……例えば“恐ろしい怪魚”を見たという人もいれば、あれは“妖精”だったという人もいて、中には“光の玉”が攻撃してきたっていう人も」

 

「(成程……それで“お化け”って言われてる訳か)」

 

弟のリョウの証言で、犯人の特徴を大体掴むことは出来た。だが、聞く限りだとその犯人は中々厄介な相手らしい。

変身能力持ちということであれば、まずは偽物の中から犯人を見破る必要性に迫られてしまう。この視界がすこぶる悪い霧の中で、だ。

犯行をするのにこの場所を選んでいる辺りも、やり方をしっかり理解している証拠だ。正体の分からないものを、人は怖がる習性がある。

 

「……ただいま~」

 

「あ、ミルミおかえり。何か収穫あった?」

 

「まぁ、あるにはあるんだけどさぁ……内容にはきたいしないでよ?」

 

霧の湖に住む妖精達に聞き込みをしてきたミルミだが、どうも浮かない表情をしている。

何やら内容に予想がついてしまうが、一応その結果を聞いてみるとしよう。何か新しい発見があるかもしれない。

 

「うん、聞かせて?」

 

「……とにかくみんないってることがバラバラだったの。“けもみみのはえたよーかい”だとか、“おきな”だったとか、“ゆうれい”が~……とか。もうわけわかんなくて。それ人形でもなんでもないしっ!」

 

やはりというか、こちらでも見たものがそれぞれ違う。さっき聞いたばかりの話だ。

唯一分かったことといえば、犯人は“見る者によって姿が変わる”ということくらいか。

 

「ミルミ、他には?これを聞いて気付いたこととかない?」

 

「えぇ?………そ、そんなこと急にいわれてもわかんないわよ!バカなの!?」

 

「リグルは?」

 

「う~ん、そうだな………妖怪、翁、幽霊……………ん?そういえば」

 

「最初にここに来る時、予め人形遣いが何人いるか偵察をしようと虫達を飛ばしたんだけど……その時に聞いた面子と一致してるよ」

 

「――ッ!」

 

どうやら犯人は相当狡猾な手段で道行く人を襲っているらしい。

自身のやったことを湖にいる人物達になすりつけ、正体を悟られないようにする。イタズラにしても相当質の悪い手法で虫唾が走る。

こんな汚いやり方をしている犯人が、人形であって欲しくないものだが……こういう時の嫌な予感というのは大体当たってしまう。

 

「でも問題はどうやって化けている犯人を見極めるか、だよね。実際に攻撃して確かめるとか?人形だったら分かりやすいだろうし」

 

「いやそれは駄目だよ!仮にそれが本物だったら取り返しがつかなくなっちゃう」

 

「そ、それもそうか。人里の人間に危害加えるのは流石に不味いよね……あーヤバい、思い出すと悪寒が……」

 

リグルは顔を真っ青にしながら自身の軽率な発言を反省している。恐らく、過去に阿求に退治されそうになったことを思い出したのだろう。

反応を見るに、彼女にとってあの出来事はトラウマになっているようだ。

 

「一応、相手が“人形”と仮定するならば方法はあるよ。ちょっと危険は伴うかもしれないけどね」

 

「……な、なによ!?」

 

僕とリグルが作戦を話し合う中、暇そうにしているミルミにふと視線が集まる。

こういった作戦には、“囮”というものが必要であることはお約束だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちょーてんセット~~、うちょうてんセットはいらんかね~~?一度たべたらとまらないうちょーてんセット、ほしいならはやいもの勝ちだよ~~」

 

 

草むらの真ん中に立って言われた通りの呼び込みを実行しているミルミを、僕らは遠巻きに見守る。

こんな視界が悪い人気のない場所で籠を持ちながらただ1人、大きな声で場違いな売り込みをするというシュールな光景が、ここ霧の湖で繰り広げられていた。

 

「……マイ、本当にこんな作戦で人形が捕まえられるの?あれって人形の回復アイテムみたいだけど、そんなもので釣れるとは……」

 

「大丈夫だよリグル、僕を信じて」

 

今ミルミに持たせてるのは「有頂天セット」というアイテム。

数ある人形用回復アイテムの中でも最高級の品であり、人形の大好物でもある。過去に自分の人形達にもこれを与えたことがあったが、他と比べて食いつきが段違いであった。

野生なれど相手は人形……であれば、こんな至高の甘露をちらつかされて黙っている筈もない。さっきから人形の入った封印の糸達もその方向に向かって揺れ続けており、「食べたい」という思いがハッキリと伝わってくる。

そっと封印の糸に手を添えることで何とかそれを抑えるが、それでも欲求に抗えず小刻みに動き続けている様子から改めてその中毒性を思い知る。有頂天セットが一般で市販されていない理由が何となく分かった気がした。

 

 

「 ギャ―――ーーッ!!?きた!きた!ホントにきたわーーーッ!! 」

 

 

すると早速、ミルミが恐怖と驚きが混じったような声色で叫び出す。

彼女の言う通り、霧の中からは大きな翼と鋭い爪をもった妖怪の影が現れている。そのシルエットにどことなく既視感を感じていると、次の瞬間……

 

 

 

「 ぎゃおーーーーーーー!!!たーーべちゃーーうぞーーーーーー!!! 」

 

 

 

怖いようなそうでもないような、おぞましい脅し文句の叫びが湖中に響き渡る。

 

 

「 いやあああああぁぁぁぁ!!?ゆ、ゆるしてぇーーーーー!!? 」

 

 

「ミルミ、これは相手の出している幻だ!騙されないで!」

 

「だ、ダメだ!完全に足が竦んじゃってる!……仕方ない、リグル! リンゴ爆弾 だ!」

 

動けなくなってるミルミを見兼ねたリグルが自身の人形に素早く指示を出し、彼女を援護する。

リグル人形の出したリンゴ爆弾は見事妖怪の影に当たり、小さな爆発を起こす。その爆風で影は消え去り、その影響で霧も少しだけ晴れ渡るとその場には一体の人形が倒れていた。

 

「……チルノ人形だ。この辺に多く生息している野生人形だね。ということは、この人形が今回の犯人……?」

 

「いや、恐らく違うよ。この子、盗んだものを持っていないもの」

 

「え?こいつがはんにんじゃないの?」

 

「………(どういうことだ?犯人が化けている訳じゃないのか?)」

 

 

「!ミ、ミルミ!有頂天セットは!?」

 

「え……あ、あれ……ない!!いつのまにッ!?」

 

こちらが幻の正体に困惑している間に、ミルミの手元から有頂天セットがなくなっていることにリグルが気付く。

 

やられた、もう既に犯人は盗みを成功させている後だったようだ。

有頂天セットの匂いに釣られた別の人形を利用して別のものに見せることで注意をそっちに向けさせ、その隙に本命の品を頂く……何という完全犯罪、僕らは見事に嵌められたという訳だ。

 

「……いや!諦めるのはまだ早いよ!ほら、上を見て!」

 

「?何か、光ってる……?」

 

リグルの指差す方向に目を向けると、上空には確かに緑色の淡い光が複数点滅している“何か”がいる。

法則性のない俊敏な動きをするそれはこの世界観には全くと言っていいほど合わず、異様な存在感を放っていた。

 

 

 

「こんなこともあろうかと、有頂天セットの入った籠の中に“蛍達”を忍ばせておいたのさ!つまり、犯人はあいつだ!」

 

いつの間にそんなことを……だがともかく、リグルの意外な有能さに助けられ真犯人を見つけることには成功した。

しかし……あれは果たして本当に人形なのだろうか?下から見る限り、どう見ても怪しい飛行物体にしか見えない。

 

「……まさかあれ、“ぬえ”人形?」

 

「ミルミ、知ってるの?」

 

「あんなヘンテコなのりものにのってるやつなんて、それしかないわ。は~なるほど、あいつならさっきのげーとーもなっとくなっとく」

 

幸いにも、真犯人は自分の位置が特定されていることも知らず呑気に有頂天セットを夢中で頬張っている……捕まえるなら今しかないだろう。

ただし、チャンスは1回しかないものと考えよう。あの素早い動きで、且つこんな視界の悪い霧の中では戦うにしても追いかけるにしても分が悪い。

 

「あの人形、つねにかみなりまとっててなぁ……あたしのてもちじゃ相性わるいわ」

 

ミルミが言うには、ぬえ人形はどうやら「雷」属性を持った人形らしい。

つまり、「大地」属性の人形ならば攻撃を受けることなく接触できるだろうか?丁度、今の僕の手持ちには「大地」の人形を持つ人形が複数いる。

“乗り物”と言っていた辺りも、飛行物体とは別にもう1体の何かが上に乗っていると見ていい。つまり乗り物さえ何とかすれば、無力化すること自体は簡単なのではないだろうか?

 

今こそ、この子達にしかない個性を存分に生かす時かもしれない。

 

 

 



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第二十八章


人形の持ってる劣化版程度の能力、バトルでも使えなくはないよね



 

霧の湖にて、道行く人々にイタズラしていたとされる「ぬえ」という名の人形。

謎の飛行物体に乗っているその子は今、僕らの遥か頭上で奪った有頂天セットを頬張っている最中……そこが安全圏だと思っているのか、すっかり警戒は解いている。

だがお生憎様、リグルのつけた有頂天セットの籠の中に潜む無数の蛍達によってぬえ人形は現在位置が特定された状態。後は、どうやってあの人形を捕まえるかだが……

 

「よし、ここは僕の人形に任せてよ」

 

「何かいい策があるの、マイ?」

 

「まぁね、要はあの乗り物さえどうにかしてしまえばいいんだ。この子でね」

 

そう言って僕は1匹の人形を封印の糸から出す。

赤い牛の角と尻尾、左右に分かれた白黒カラーの髪色、そして何より石で出来た無機質な赤ん坊を抱えているのが特徴のうるみ人形である。

 

「……なにそいつ?あたしそれなりに人形のことくわしいつもりだけど、この人形はじめてみたわ」

 

「うん、私も始めて見た……どこでそんな人形を?」

 

「え?あ~……ま、まぁ細かいことはいいじゃない!世の中広いんだから、まだ見ていない人形がいても不思議じゃないでしょう?」

 

うるみ人形を見るや否や、ミルミ達は物珍しそうに関心を向けられてしまった。

そうだ。この子達は袿姫様から託された人形達は霊長園にしか生息していない、ある種特別な人形。当然、周りからの認知などされている筈もなかった。

 

「と、ともかく!!この子の持つ“能力”があの人形を捕まえるのに役立つ筈なんだ。でもその為には、この子をあの乗り物に直接引っ付ける必要性がある」

 

「な、成程?……でも、その人形は翼とかないから自力で飛翔出来ないよね?」

 

「それなら、アンタがもってるあのカラスの人形つかえばいいんじゃない?」

 

「それも考えたけど、恐らくそれだと羽ばたきの音で感付かれちゃうと思うんだ。それに、ほら」

 

霧の中にいる飛行物体からは、まるで雷雲の如く微弱ながら電気が広範囲に放出されているのが見える。

あれはつまり、警戒を解いてはいるものの近付くものを迎撃する対策はしっかり講じているということだ。

 

「「風」属性のはたて人形があそこに近付くのはハッキリ言って危険だよ。だから何か別の方法であそこまで飛ばしたいんだけど……」

 

これは失敗の許されない一発勝負……万一にも失敗し逃げられてしまえばそのことを学習され、捕まえることは最早絶望的だ。

音の比較的ならない、電気も食らわない、そして素早く上空まで届けられる方法を模索する必要性がある。

 

「うるみなら、「大地」属性を持っているから引っ付く分には何も問題ない。だからあの飛行物体の目の前にうるみが到達さえ出来れば……」

 

「う~ん、流石に私の虫達じゃ電気には対抗できないよ?」

 

「まぁそうだよね。何かいい方法ないかな……」

 

 

「じゃあさ~?もういっそ、人形ちょくせつぶんなげればいいじゃない?かるいんだし、よくとんでくとおもうけど……って、こいつおっっっもッ!!?」

 

 

そんな乱暴な方法なんてやるわけ………ん、いや待て?その案、意外と悪くない作戦かもしれないぞ。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあうるみ、お願い」

 

こちらの考えた作戦を一通り聞いたうるみ人形は静かに頷き、両手に抱えた石の赤子をこちらに託される。

何とも言えない寝顔をしている小さすぎる赤子のシュールさに多少困惑していると、既にうるみ人形は仕事を終えて戻ってきていた。どうやらそんなに時間は要らなかったようだ。

 

僕が今回うるみ人形を起用したのは他でもない。この子の持つ“身近な物の重さを変える程度の能力”に目を付けたからだ。

人形である以上、オリジナルと比べ対象に制約が掛けられてはいるものの、あの人形のサイズに合わせた大きさの飛行物体であれば恐らく問題はない。

そして、この能力には双方の使い道がある。そのことに気が付いたのは、あの時ミルミの放った一言だ。

 

早速僕は頼んでいた物を受け取り、テストを兼ねてうるみ人形が頼んでいた物を片手で上に数回放り投げてみた。

子供の状態にもかかわらず、軽く1mくらいの高さまで到達している。その感触から、こちらの思い通りにいったことを確信した。

 

「うん、ばっちり。ありがとうるみ、これで遠くまで飛ばせる。……後は手筈通りにね」

 

袿姫様の人形達は皆、粘土から作り出された為かオリジナルと比べて大分重たい。だが、“封印の糸に入った状態”ならば話は別だ。

そしてそれを遠くまで飛ばせてしまうくらいに“軽く”してしまえば、あの飛行物体のいるところまで糸が届く。

 

 

僕は頭の中で浮かべた人生で一度もやったこともない投球の構えを取る。

かつてテレビで見た野球の中継をイメージし、投げる糸を胸元に、送る位置を真っすぐ見据え、いもしないのに首を縦に振って準備完了。

糸を受け止めてくれるキャッチャーは当然、そこには存在しない。その役割を果たすのも、恐らく自分自身……1人で壁当てをしているようなものだ。

普段の運動をしない僕では、投げた球が壁に当たる前に数回地面にバウンドし、跳ね返ってくる頃には勢いが失われていて戻ってこないのが関の山。

しかし今ならどこまでも遠くに飛ばせるような、そんな気がしてならない。

 

 

「 (いッッッけえええええぇぇぇぇぇ!!!) 」

 

 

腕を振りかぶり、僕はあの飛行物体目掛けて全力でうるみ人形の入っている封印の糸を投げつけた。

投げる際、どうやら感情が高ぶってしまったようだがそれは何とか声に出さず心の中に留める。こんな大声、聞かれたら相当不味い。

 

空を切り、回転しながら勢いよく飛んでいく封印の糸……速度は申し分ない。

ぬえ人形がそのことに気が付いている様子もなく、撃退用の電磁波エリアに入っても異常を検知できていないようだ。

封印の糸はその高い防犯性を実現する為、簡単には壊れない仕様で出来ている。頑丈なのは勿論、耐電、防水、防火等々の機能が備えられたマジックアイテム……壊すなんて簡単には出来ない。

 

 

しかしいくら軽くなったとはいえ、自身の投げた糸が無事にあの飛行物体の元に届くかは正直不安が残る。

幸いにも狙いにズレはあまり生じていないようだが、僕は如何せんスポーツ全般素人……全力の投球なんて今回が初めて。球を自在にコントロールする技術など、当然持ち合わせてなどいない。

そんな奴が投げる球はやはり思い通りの方向には行ってくれないもので、最初こそ真っすぐ飛んで行っていた封印の糸も徐々に左方向に進路が曲がっていった。

 

どうする?中にいる人形に指示を出すにしてもここからでは遠すぎる。だからといって声を上げるとぬえ人形に気付かれてしまうのは明白。

あともう少しであそこまで届いたのに……そう諦めかけていた時だった。

 

「(……ッ!う、うるみ!?)」

 

このままでは届かないと事前に察したのか、うるみ人形は軌道が曲がり切るその前に封印の糸から飛び出し、飛行物体目掛けて手を伸ばした。そして、見事に片手で飛行物体の円盤部分の端を掴むことに成功する。

その衝撃で飛行物体は大きく揺れ、元々の人形自身の重さもあってか大きく傾いた。ぬえ人形はさぞ驚いたことだろう。

あのイタズラ人形にとって、今までその飛行物体は沈む筈のない豪華客船だっただろうが……それも間もなく泥船へと変り果てる。

 

しかし、うるみ人形もアドリブでよくしがみついてくれた。もし届かなかったらと思うと凄くヒヤヒヤしたものだが……これが“母の意地”というやつなのだろうか。

何にせよ、彼女のファインプレーを無駄にする訳にはいかない。僕は大きく息を吸った。

 

ぬえ人形も侵入してきた何者かを急いで振り払うべく不可思議なSFチックな機械音を鳴らしながら上下左右に動き続けているようだが、もう遅い。早急に地上へと降りてきて貰おう。

溜めた力を天にまで届くような声量に変え、指示を出す。

 

 

「 うるみ!! その乗り物をうーんと、重くするんだッ!! 」

 

 

人生の中で一番の大声がこの霧の湖へと響き渡ると同時に、飛行物体はまるで重しを科せたかのように下へ下へと落下。

落下するにつれて徐々に低くなっていく機械音と共に、飛行物体は間もなく地面へ激しく激突した。

 

 

 

落ちた衝撃で激しく土煙が舞う中、僕の元に涼しげな顔でうるみ人形が戻ってきた。

そしてゆっくりと両手を上げ、こちらが持っている赤子の返却を要求してきたので早々にお返しする。動揺のないクールなその姿に、思わず気を飲んだ。

彼女を封印の糸に戻しながら僕は、初陣にて巻き込み事故で気絶させたことを心の中で謝罪する。

 

気を取り直して改めて落ちた飛行物体に目をやると、そのシルエットにはどこか見覚えがあった。

“Unidentified Flying Object”……僕の世界に存在する人気のソース焼きそばにも、その名前は使われている。

こちらの一般的な認識と違う箇所があるとすれば、ボディが全身“赤色”ということくらいだろうか?本物は初めて見た。というか、実在したことそのものに驚きだ。

 

 

 

 

 

 

「……あった」

 

落下した飛行物体……基UFOの近くから探していた物を発見。あの人形が盗んだリョウの封印の糸だ。

他にも様々な盗品らしき者が辺りに散らばっているようで、ぬえ人形の手癖の悪さが伺える……ついでに回収しておこう。人里の住民の物が大半だろうから、この姉弟にでも預けておけば返っていく筈だ。

ちなみに、本体と思われるぬえ人形自身はというと落下の際に頭を強く打ったらしく、少し離れた場所で気絶していた。UFOに乗ってるくらいだからどんな宇宙人が出てくるかと身構えていたが、その正体は黒髪で同色のワンピースを着ているような少女人形だった。……少しだけ、拍子抜けした自分がいる。

放っておくとまた同じく悪いことを繰り返すだろうと判断し、現在は「拘束」という名目で封印の糸に捕らえてある。

 

「どうもありがとう!!大事なパートナーだったんだ!」

 

「これからはなくさないよう、しっかり持っているんだよ?」

 

「うん!僕、人形解放戦線のこと誤解してた。実はいい人達だったんだね!」

 

「……あ、ありがと。弟の人形取り返してくれて。それじゃ私達、もう行くから」

 

互いに手を振り合い、僕らは霧の湖を後にして人里に帰っていく姉弟の背中を見守る。

これで霧の湖に起こっていた奇妙な現象もなくなり、人が通りやすくなるだろう。良いことをするのは気持ちがいい。

 

「……っていうかっ!!人形のかいほーするんじゃなかったの!!?これじゃあむだぼねじゃないのよ!!」

 

「ハハ、まー偶にはこういうのもいいんじゃないかな?……ちょっと、懐かしい気分になったし」

 

「え?懐かしい?」

 

「――!あぁいや!何でもないよ。気にしないで」

 

ふと我に返ってしまったミルミを他所に、リグルが意味深な一言を漏らす。“懐かしい”だって?

追及されるのが嫌なのかはぐらかされてしまったが、気にするなというのは無理な相談だ。……だが、今追及するのは止めておいた方がいいだろう。

僕はまだここに入ったばかりの新人……リグルにここに長く所属してる大先輩。滞在する時間はなくとも、情報収集する際の段階もある程度は踏まなくては怪しまれる。

 

「いやいやいや、ぜんぜんよくないわよ!!リーダーにどうほーこくするのよこんなの!?いまからでもあいつらの人形むりやりにでも」

 

「ミルミ、勝手な真似はしないでよ?それをするのは僕が許さない」

 

「ぐ、ぐぬぬ~~~……目の前にいいカモがいるってのに」

 

「それにさ、ほら」

 

暴れそうなミルミを抑制しつつ、僕は遠くに見える兄弟の方を指差す。

そこには弟のリョウの人形が再開を祝して喜びのスキンシップを行っている微笑ましい双方の笑顔が、沈みゆく夕日に美しく照らされていた。

 

「あんなに仲良しの2人を引き離すなんて、絶対にするべきじゃあないと思うな。僕は」

 

「な……そ、そんなバカみたいなりゆうで……… ……… ………」

 

「ふん、まーこんかいはと・く・べ・つ・に?みのがしてあげるわよ」

 

「フフ、じゃあ2人共、今日はそろそろ帰ろうか?……それにしても、今回も収穫なしかぁ。流石に怒られそうだな」

 

あの一言からあの一言から、彼女が今回僕の行動に異を唱えなかった理由が薄っすらとだが見当がついた。やはり、ここは只の迷惑集団という訳ではない。

過去の人形解放戦線……やはりこれを詳しく調べてみる価値は充分にありそうだ。そしてその鍵を握るのは、恐らくリーダーのメディスンと古参である人里を襲ったあの4人組。

 

少しずつでもいい。まずはこの人達との交流を深めていこう。

 

 

 



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