セフィロス逆行物語 (怪紳士)
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第1章
第1話 プロローグ


そこは薄暗い地下の研究施設だった。

 

無機質で不気味な機械音が響いており、白衣を着た数名の研究者達が少し離れた位置から、

診察台に横たわった『俺』と体中に取り付けられたケーブルと繋がった計器を見比べて観察していた。

一人の研究者が資料を片手にこのプロジェクトの責任者に声をかける。

 

「ガスト博士、被検体の精神、肉体供に異常は見当たりません。

 ただ同世代の普通の子供に比べ筋力、知力は高い数値ではあります」

 

上唇に髭を生やし、眼鏡を掛けた黒髪の男〈ガスト・ファレミス〉はそれを聞き返答する。

 

「承知した、では今日の実験はこれで終了とする。

 宝条くんはいつも通り資料をまとめておいてくれ」

 

「わかりました」

 

長い髪を後ろで束ねた不健康そうな顔つきの男〈宝条博士〉はただ一言返事をすると資料を手に取り、早々に研究室から退室してしまった。

他の研究者達も後片付けをしている中、ガスト博士は『俺』に近づいて心配そうに声をかける。

 

「セフィロス、お疲れ様。

 いつも長い時間実験に付き合わせてすまないね。

 体調は大丈夫かな、気分が悪いところはあるか?」

 

『俺』はただ一言「ない」と答えると、ガスト博士は安心したようで優しい顔になる。

 

「そうか、それなら良い。

 ただもし嫌なら遠慮なく言ってくれても構わないんだよ。

 嫌がる子供を無理やり実験をさせる様なことはしたくないからね」

 

「……明日は何時からですか?」

 

「それなんだが明日はお休みだ

 ここのところずっと実験や観察ばかりだったからね。

 ゆっくり休みなさい」

 

「わかりました、では失礼します」

 

そう言って『俺』は研究室を後にした。

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

後片付けの作業をしている中で退室をするセフィロスを見届けた一人の研究員がガスト博士に質問をする。

 

「明日は休みにしてしまっていいんですか、宝条博士は明日も実験の続きをする気ですよ?」

 

「構わないよ、責任者は私だ。

 それにセフィロスは平気な顔をしているようだが、疲れているのが見て取れる。

 まだ子供なんだ無理もない……」

 

セフィロスを気にするガスト博士の言葉を聞いても何とも思っていないようで淡々と研究員は答えた。

 

「わかりました、では私から宝条博士に明日は休みであることを伝えておきます」

 

「うむ、すまないがよろしく頼むよ。

 しかし宝条くんもセフィロスに一声掛けてあげれば良いのにな」

 

流石に自分に問いかけをしてきたなら何か答えねばと思い、研究員は話題に上がった彼の妻の話を振ってみる。

 

「まぁ彼は根っからの研究者ですからねぇ、ルクレツィアさんが精神を病んでしまった時も

 何事もなかったかのように研究を続けていましたし」

 

「……そうだな」

 

虚ろな返事を研究員に返し、腕を組んで辺りを見渡すガスト博士。

周りの研究員達が作業を終わらせて続々と退室していく様子を見送りながら、この場所にガスト博士自身が、そしてあの子が居る理由を振り返ってみた。

 

 

 

――【ジェノバプロジェクト】

この世界には神羅カンパニーという大企業が存在する。

組織の中には専門分野ごとに振り分けられた数々の部門があり、そのうちの一つに科学部門と呼ばれる集まりがある。

そしてその統括の地位に就いたガスト博士が立ち上げた自分の科学者人生を捧げるといっても過言ではない大プロジェクト。

発端は地中深くから見つかったこの星の過去に存在したと言われる古代種のミイラ。

ジェノバと名付けたそのミイラを元に()()()()()()を目標としたこのプロジェクトは会社への貢献もさることながら己の純粋な探求心も過分に含んでいる。

そしてこれにより誕生したのがあの子【セフィロス】である。

 

そんなプロジェクトの申し子である彼には計画を円滑に進めるためにも秘密にしている事がたくさんある。

彼の本当の両親について伝えてない事もその一つである。

セフィロスの両親はガスト博士の部下であり、父親はこのプロジェクトにも参加している宝条博士。

母親は同じく神羅所属の研究員であるルクレツィアである。

しかしセフィロスは宝条博士の事を快く思っていない、宝条博士も彼をただの実験体としか見ておらず歩み寄る姿勢もないのでこのままでは両者の仲が改善することはないだろう。

母親のルクレツィアはセフィロスを生んですぐに彼をその手で抱くことすら叶わず隔離された。

これにはジェノバプロジェクトの管轄で行ったプロジェクト・Gという実験に原因がある。

子供を身籠っていたジリアンという女性研究員を被検体としてジェノバ細胞を埋め込み、体内の胎児にどう影響があるか、またジェノバ細胞が埋め込まれたジリアンの細胞を別の女性の胎児に直接移植したらどうなるかを試す実験であった。

しかしジリアンは自身が生んだ子供〈アンジール〉には愛情が芽生え、実験対象とすることが苦痛と感じ神羅カンパニーからの逃亡を図った。

結果はすぐに捕まってしまったが、その時のプロジェクト・Gは残すところ経過観察くらいしかなかった。

理由はセフィロスが誕生する直接の経緯となったもう一つのプロジェクト・Sがすでに主体となっていたからである。

その為ジリアン達は口外しない事と監視を条件に神羅カンパニーが建設したバノーラ村にて息子であるアンジールと一緒に軟禁という処遇に終わっている。

裏切者は処分するべきという意見もあったが、ガスト博士が貴重なジェノバ細胞が定着した被検体を処分するのは神羅カンパニーに取って損失であると説得したのだ。

何より息子だけは助けてくれと必死に懇願するジリアンを見て処分などという判断はガスト博士には出来なかったのである。

しかしこの事件により母親に愛情を抱かせてはプロジェクトの妨げとなると判断した宝条博士によりルクレツィアとセフィロスは引き離されてしまったのである。

異を唱えようにもジリアンの前例があり、さらに宝条博士以外の研究者や神羅上層部もその判断に賛同していたので、いくら責任者とはいえこの判断を覆すことは不可能であった――。

 

 

 

ガスト博士としてはいつかセフィロスに真実を告げようと考えてはいるものの、今の状況で真実を教える事は困難であることも感じている。

さらにルクレツィアの体にも異常が見られ、セフィロスとの件もあり肉体、精神ともに今は彼女についても慎重ならなければいけない状況である。

現在セフィロスにはジェノバ〈古代種〉を偽りの母親として教え、彼を生んだのち亡くなったと伝えている。

 

「本当にこのまま研究を進めて良いのだろうか」

 

既に研究室にはガスト博士以外誰もおらず、彼がぽつりと漏らしたその言葉を聞いた者は居なかった。

ガスト博士が最後に戸締りを行い、螺旋階段を上っていく。

ジェノバプロジェクト、今日の一日はここで終わりである。

 

真っ暗となった研究室だけが責任者であるガスト博士に迷いが生じている事実を知っていた。

 

 

 

 

 



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第2話 セフィロス

地下の研究室から螺旋階段を上り二階の部屋へ、そして西側にあてがわれた自室へ戻った『俺』は検診衣のまま寝床に潜り込む。

すでに背中まで伸びた銀色の髪がベッドに無造作に広がった。

ふと窓に目をやれば、かつての『オレ』が焼き払ったニブルヘイムの村の明かりがうっすらと差し込んでいる。

それを見た後、ゆっくりと目を閉じた。

そして毎晩自分の記憶を遡るのだ。

 

 

 

――ライフストリーム。

それは地上に存在する生命が命の灯火を失った時に還る場所。

星の中心に渦巻く、精神エネルギーでありこの星の歴史が刻まれている。

『オレ』はニブルヘイムの魔晄炉でクラウドにライフストリームへ落とされた。

そこで数多くの知恵と知識を吸収しジェノバと同化した『オレ』は星を我が物とするための行動を開始した。

しかし、それを阻止せんとするクラウド達の手により、大空洞の決戦に敗れ、最後はクラウドの手によって星に還ったはずだった……。

崩れゆく己の身体が、ライフストリームに呑まれていく中で自分が招いた数々の出来事が走馬灯として駆け巡り、意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

……目が覚めたのはこの部屋だった。

最初はライフストリームの中で見ている幻影かと思った。

部屋にあった鏡を見れば幼少期の自分が写っていた。

その後、あまり思い出したくもない実験を重ねる毎日が再び始まっていくと俺はこれが現実なんだという実感が湧いてきた。

なぜ自分が戻ってきたのかはわからない。

セフィロスというジェノバとなった自分を星が拒絶でもしたのか、かつての友が愛読していた物語にあった女神の贈り物なのか、それともやはり現実味はあるがライフストリームの幻影なのか、自分なりに色々と考えては見たものの、いまだに答えは出ない。

多くの知恵と知識を得たにも関らず何もわからない状況に俺は苦笑してしまう。

 

 

しばらくは時間の経過に身を任せてみたが、今の状況と『オレ』の記憶とを照らし合わせてもこれといった相違はないように思えた。

ただ一つ、俺がこのジェノバプロジェクトの事実を知っていることを除けばだが……。

過去と同じ実験・観察・学習の繰り返しで、研究者たちは、相変わらず俺のことを実験体としてしか認識されていなかった。

ただ幼少期に『オレ』が慕っていたガスト博士はこちらの世界でも俺の事を人間として扱ってくれていた。

とはいえ俺の母はジェノバだと教えられ、父親についても言葉を濁すばかりである。

無論、すでに本当の両親を知ってはいるがこれを伝えるべきかどうか悩んでいる。

これについては当時、最重要機密であり、俺が知っているとなれば誰が教えたのだとプロジェクト内で神羅による犯人探しが始まることが容易に想像できる。

きっと無関係な者が冤罪を背負わされるだろう。

何より俺がそれを伝えることで過去が変わることを恐れていたのだ。

分かっていれば先手を打てることも知らなければ後手に回ってしまう可能性もある。

 

 

他にも問題はある。

当時(現在)の俺はジェノバ〈古代種〉を埋め込まれた者として認識されている。

神羅は古代種の伝承にある()()()()に豊富な魔晄エネルギーがあると信じており、それを見つけるために立ち上げたのが本来のジェノバ・プロジェクトである。

そしてジェノバ細胞を埋め込まれた者が古代種となり、星の記憶から約束の地の場所を見つけるのが真の目的であった。

本当のジェノバは古代種ではなく、およそ2000年前に星を襲った厄災の事であるのだが、この時は誰一人知らない。

俺自身も過去にジェノバを古代種と勘違いしてしまったという情けない事実もある。

 

 

ガスト博士もやがて知ることになり、自責の念に苛まれ神羅カンパニーから失踪するだろう。

俺もガスト博士に付いて行きたいが、今の状態じゃ幼すぎて足手まといだ。

いくらジェノバ細胞により普通の人間と違って強化されているといっても今の時点ではまだガスト博士を守ることは出来ない。

過去では本人だけの失踪だから監視付きとはいえ見逃されていたのであり、俺が一緒に付いて行ったのではきっと即座に連れ戻されるか、最悪の場合は殺害されて闇に葬られるであろう。

それどころか古代種最後の女性とも会えず二人の間に娘も生まれないのであっては生意気な後輩に申し訳ない気がするのだ。

たしか博士失踪後はミッドガルで宝条によって戦闘に関する実験や訓練が始まっていくはずだ。

そうなったら過去以上に訓練に取り組むとしよう。

何か有ったときに最後に頼れるのは己の身体だ。

『オレ』以上に鍛えておいて損はない。

俺はまた戦いという道を歩んでいく事になるのだろうか。

だが前とは違う、神羅カンパニーや宝条に言われるがままではなくはっきりとした『俺』の意志だ。

今度は……今度こそは失敗の無いように生きていこうと思う。

『オレ』と関わって不幸になってしまった人達をまた同じようにさせるわけにはいかない。

 

 

そしてジェノバだ。

アレは紛れもなく『オレ』でありジェノバに乗っ取られたと言うことでは無いハズだ。

しっかりと記憶があるのが証拠だろう。

言い訳などするものか、過ちは認める、繰り返さない。

セフィロス……俺はいつかジェノバとは決着を着けなければならない。

 

 

決意を新たにして俺は静かに眠りについていく。

ニブルヘイムの明かりは、まだぼんやりと輝いていた。

 

 




セフィロスの一人称『オレ』はPS1のオリジナル
それ以外の作品は『俺』になっています
古代種だと勘違いしたニブルヘイム以降は『私』

この作品では『オレ』は過去のセフィロス
『俺』は現在のセフィロスです


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第3話 ガスト博士

セフィロスに休みを言い渡した翌日、朝食をとっている私の元に宝条博士が訪れた。

今日の休みを不服に思い、実験すべきだと進言しに来たのだと思っていたらどうやらそうでなく、別件で不可解な点が有ることが別の研究員から報告がありそれを伝えに来たと言う。

 

「ガスト博士、お食事中に失礼ではありますが、一つ報告があります」

 

「すでに食べ終わった所だ、気にしないでくれ。それより宝条くん、報告とは一体何かな?」

 

空になった食器を端にやり、宝条博士の報告に耳を傾ける。

 

「ガスト博士、それではまずこちらの資料を御覧ください」

 

宝条博士から差し出された資料を受け取り内容を確認する。

どうやらこのプロジェクトの最初期に行った動物実験についてのようだ。

 

「これはジェノバ細胞を埋め込んだラット達の経過を纏めた資料のようだが…」

 

「そうです、始めた当初から現在までのね」

 

椅子に腰を下ろしこちらを見つめながら話を続ける宝条博士。

 

「ラットについては数回試しただけですぐにサルによる実験をしたのはガスト博士も記憶にあると思いますがラット自体も経過観察は続けていたのですよ」

 

「それは知っているよ宝条くん、ジェノバ細胞に適合出来なかった個体は早々に破棄されて残ったのは1匹だけだったと記憶している、その後は観察だけなので別の研究員に任せたはずだが」

 

当時は神羅の上層部が結果を急がせるあまり早々にラットからサルに実験を移行したのを思い出す。

完全に安全を確認してから実験を進めて行きたかったのだが、当時は私も若く焦っていた気持ちも確かにあった。

ただサルをとばしてヒトで行うよう求めてきたのは流石に安全も不透明な状態では危険だと突っぱねた。

その後、サルの実験は比較的安定していたのでラットという種自体がジェノバ細胞と相性が悪かったのだと判断したのを覚えている。

 

「えぇ、その研究員からの報告は私がまとめていましてね、ラットはまだ生きているのですよ」

 

「まだ生きているだと……

 あの実験からはすでに5年以上も経過しているではないか!?」

 

思わず声を上げてしまったがすぐに落ち着き顎に手を当て考え込む。

実験用ラットの寿命はせいぜい3~4年、特別長生きだったとしても流石に5年以上は常識を疑う。

どういうことだと頭を悩ませているのをよそに宝条博士は話を続ける。

 

「私もね、最初は長生きだなくらいにしか思わずに気にも留めていなかったのですが流石に最近怪しいと思いましてね、昨夜そのラットを改めて調べたところなんと老化自体していなかったのですよ」

 

「老化自体していなかったということは、不老ということか?」

 

「さぁわかりません、なので詳しく調べるために今までジェノバ細胞を投与した実験体たちすべての細胞を改めて採取したいのですが構いませんよね?」

 

クックックッと怪しい笑みを浮かべながら宝条博士は私に提案をしてきた。

私はその提案を即座に受け入れ、指示を出す。

 

「当然だ、バノーラ村にいる監視員にも連絡して彼女達〈ジリアン、アンジール、ジェネシス〉からも採取するよう頼んでおこう、ルクレツィアくんは君が直接対応するようにしてくれ」

 

「わかりました、セフィロスはどうするのですか」

 

「あの子には今日は休みだと伝えてしまっている、採取だけとはいえ研究室に入れるのは忍びないので今日はいい、そっとしといてやってくれ」

 

セフィロスの件を聞いた宝条博士が不服そうな表情になり意見を述べる

 

「そうですか、私はさっさと済ませたいのですがね。

 まぁガスト博士がそうおっしゃるなら明日にしましょう」

 

「宝条くん、君はあの子の父親だろう、少しは気に掛けてやってはどうなのかね」

 

「気に掛けてより良い結果が残せるのでしたらやりますよ。

 今のところその必要は感じませんがね、まぁ善処します……」

 

最後は明らかにこちらの頼みが届いていない、ただ言葉を並べただけのような返事をして宝条博士は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

その後の研究結果で驚くべきことが分かった。

ジェノバ細胞に適合したものはある程度まで成長すると老化を止め不老となる。

いや正しくは、今の自分に必要な身体能力を維持するためにジェノバ細胞が働きかけているといった方が良いかもしれない。

バノーラ村に軟禁されているジリアンは後悔はしつつも現状を受け入れ再婚した相手と、息子の成長を見守っている。

それに対し精神が病んでいるルクレツィアは現実と妄想とが入り交じっており、時間の経過が自分でも分かっていないようでセフィロスの事はまだ赤子だと思っているようだ。

そして両者を見るとジリアンはしっかりと老いているのに対し、ルクレツィアはまったく老いていないのである。

アンジール、ジェネシス、そしてセフィロスと子供達もしっかり成長はしているので特に精神状態が大きな要因となっているようである。

さらに時が経つと子供達は普通の子供と比べて身体能力の上昇が凄まじいことがハッキリとデータで確認できるようになっていた。

この結果を聞いた宝条博士はクックックッといつもよりも若干高笑いしながら、「若い期間を維持できてさらにこの身体能力の高さならうまく利用すれば最高の兵士が作れるな」などと恐ろしい事を言う。

 

彼のその言葉を聞いたとき、実はとんでもない思い違いをしていたのではないかと恐ろしくなった。

古代種とは伝承によれば約束の地にたどり着くために長い旅をしていたのだという。

長い旅であるならば辛い状況に適応出来るように身体能力が高いのも、若い時期を維持しようとするのも納得は出来るが、果たしてそれで良いのだろうか。

私は自らをなんとか肯定しようと無意識に都合の良い解釈をしていたが、それもしばらくしたら不可能になってしまった。

 

実験体であったジェノバ細胞を埋め込まれたサルが世話係の研究員を殺したのだ。

さらに研究員だけではなく、襲われている研究員を助けようとした銃を持った警備員すらも殺してしまった。

その後、数名の警備員でサルにとどめを刺したそうだが、調査のため運ばれてきたサルを見て愕然とした。

それはサルとはとても呼べるような状態じゃない()()()であったのだから。

 

検証を進めていくと、身体能力がある一定まで向上し限界を迎えるとそれを超えるためにジェノバ細胞が突然変異を起こし身体構造を劇的に変化させる事がわかった。

その結果、安全のために残っていた実験体のサルたちはすべて処分された。

ヒトの方もすぐに処分し、プロジェクトを中止にしたほうがいいのではないかと唱える神羅社員や研究者もいたが、すぐに私は彼女達や子供達にも生きる権利はあると反対をした。

宝条博士、ホランダー博士など主要メンバーも賛同してくれていたおかげで、さらに厳重な管理を出来るよう研究所をニブルヘイムからミッドガルに移管する事に同意することで被検体達の生命は保障された。

ただ宝条博士達の反対理由は私とは恐らく違うだろうなというのも感じてはいる。

 

プロジェクト当初の私の目的、そして他のメンバーの目的との相違が深まっていったのはこの時からだった……。

 

 

 

 




ちょっと言い訳します

そもそもいきなり人体実験に踏み切るような人にイファルナさん惚れますかね?
さらにイファルナさんと出会う前は古代種自体のサンプルがないのに
何をもってジェノバ≠古代種だと判断したのですかね
古代種は実は凶暴だった等の伝承があったりしたら分かりますけど
あとジェノバは自由に擬態できる=細胞を変化させる事が出来ると解釈しています


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第4話 宝条博士

現在のジェノバプロジェクトがニブルヘイムからミッドガル本社に移管することが決まり、研究員達が慌ただしく引っ越し準備の作業を行っている。

地下室で必要な資料のまとめと要らない資料の処分を行っているとガスト博士が訪ねてきた。

 

「宝条くん、後で相談がある」

 

作業する手をいったん止めてガスト博士の方を振り向く。

 

「おやおや、私に相談とは珍しいですねぇガスト博士、どういったご用件で?」

 

「あまり他の人に聞かれたくない話なのだ、作業が一段落してからでいいから私の部屋へ」

 

そう言って去っていくガスト博士を見て私も彼に報告したい()()があるので丁度いいと考え、再び作業を進めて行った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

作業を終えたので部屋の前に行きノックをすれば中から「入りたまえ」と返事をもらう。

 

「失礼しますよガスト博士、先ほどの相談とはなんでしょう?」

 

扉を開ければいつもいる奥の机にガスト博士がおり、手のひらで手前の椅子に座るよう促して来た。

 

「宝条くんは何か飲むかね?」

 

そう言ってこちらの返事を聞かぬまま愛用のマグカップにインスタントコーヒーを淹れてストーブの上に置いてあるケトルを手に取りお湯を注いでいく。

 

「では同じくコーヒーを頂きましょう」

 

「わかった、少し待っていてくれ」

 

椅子に腰を下ろし待っていると、両手にマグカップを持ったガスト博士が近づいてきて左手のコーヒーを差し出してきたので「どうも」と受け取る。

ガスト博士はそのまま元の机に着いた。

受け取ったコーヒーを一口飲み相手に目を向けるとガスト博士が口を開く。

 

「相談とはこのプロジェクトが当初の目的にはたどり着くことは不可能な事だ」

 

予想の範囲に収まる内容だったので特に驚くこともなく、私はそのまま耳を傾ける。

 

「君も知っている通り、このプロジェクトは古代種を人工的に生み出す、そして古代…」

 

「古代種は()()()()()()()()が出来るから実験体達は何れ約束の地の場所を知ることが出来る、そしてそれを聞き出し約束の地を探し当てる、というのが目的でしたな」

 

「あ、あぁその通りだ宝条くん」

 

話を遮ったが言いたいことは同じだったらしくこちらの言葉に頷くガスト博士。

 

「それで、目的が達成出来ないというのはどういうことですか?」

 

「今から言う事はまだ口外しないと誓ってくれ」

 

「わかりました、約束しましょう」

 

神妙な面持ちで見つめてくるガスト博士は一呼吸置いて語りだす。

ガスト博士は自分のコーヒーにまったく口を付けないでいた。

 

「アレは……ジェノバは古代種などではない。

 全くの別の恐るべき存在、伝承に存在する()()だ」

 

「やはり、ガスト博士もそうお考えでしたか」

 

彼はこちらの返答に驚きを隠せないようで目を見開いている。

こんなガスト博士を見るのは初めてかもしれないなと思いながら私の()()と同じ考えに辿りついていた事を嬉しく思ってしまうのは何故だろうな。

 

「君も気付いていたのか……」

 

「まぁまだ仮説ですがね、とはいえサルの突然変異からして、どうも古代種とは明らかに別ものでありましょう。

 何処かに古代種の生き残りでもいればハッキリとするんですがねぇ」

 

「少なくとも古代種でないのは()()であろう。

 宝条くん、私は君とルクレツィアくんの子供にとんでもない事をしてしまった。

 謝って済む問題ではないが本当に申し訳ない。

 即刻このプロジェクトは中止にしよう、彼らが危険だ」

 

成る程、()()とは流石だなと思い、頭を下げ謝罪してくるガスト博士に目を向けた。

だがジェノバが古代種だろうが厄災だろうが私にとっては興味深い研究材料でしかない。

とはいえ、このままプロジェクトを中止にされたんじゃ私の好奇心は何で満たせばいいのか困ってしまう、それくらい魅力的な研究でもあるのだ。

 

「ガスト博士、お気になさらずに。

 アレについては今のところ安定していますしもう少し様子を見ましょう」

 

「しかし……」

 

「ここでプロジェクトを中止にしたほうがむしろ危険だと思いますがね、研究継続で神羅に利益をもたらすのが絶対条件として会社は実験体達の命を保障したんですよ。

プロジェクトが無くなればアレらはただの危険因子だ、即刻処分されるでしょうね」

 

「だが約束の地の場所へたどり着けないなら利益にするのは難しい」

 

確かに古代種でなければ約束の地の場所なんて分からないだろう。

だが、それとは別にジェノバ細胞は使い道がある。

無論それは神羅への利益にもなることであり十分に好奇心を満たす事である。

ただし目の前のお人好し博士は許可を絶対に出さないだろう。

 

「それに私はこの先も継続して研究なんか出来ない、怖ろしくなってしまったのだ」

 

目の前で頭を抱えて唸っているガスト博士を見て一つ思い付いた提案をしてみる。

彼にとっては悪魔のささやきにも聞こえるかもしれない。

 

「ガスト博士、それでしたら私がこのプロジェクトを引き継ぎましょう。

 今までの責任もすべて私が引き受けますよ」

 

「いやッ!そんなこと出来るわけないだろう、それじゃ私が逃げただけで何も解決はしない」

 

「違いますよ、逃げるのではなくて()()ですよガスト博士。

 貴方は今、だいぶ参っているようだ。

 責任者である貴方がそんな状態ではプロジェクト全体にも悪影響が出そうです」

 

()()という響きに動揺したのかガスト博士は口をつぐむ。

 

「一旦リフレッシュすればまた新たな解決の糸口が見つかるかもしれませんよ?

 だから()()()の休暇を取ってくださいガスト博士。

 なに、貴方が必要になったら私からまた声をお掛けします。

 ()()()()()達の命も必ず保障するよう私が会社と交渉しますよ。

 だからご安心ください、ガスト博士」

 

実験体の命は保障する、私は嘘は言ってはいない。

ガスト博士が淹れてくれたコーヒーは既に冷め切っていた。

 

 

 

 

 

 

 



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第5話 セフィロス その2

最近、屋敷内の様子が慌ただしいなと思っていたら、どうやら研究所をここからミッドガルへ移すようで、もうそんな時期かと時間の流れの速さに驚いてしまった。

子供のころはとても長く感じた年月も大人になれば短く感じるというのは肉体ではなく精神に依存するのは本当だったんだなと昔に知った知識を思い出す。

 

ということは、そろそろガスト博士がいなくなってしまう時期か。

過去の記憶では失踪という扱いになってはいたが果たしてどうなるのか、早めに今の俺の状況を打ち明けたほうがいいかどうするべきかと悩んでいると、過去と同じようにガスト博士から大事な話があると呼び出されてしまった。

 

部屋へ行くとガスト博士の他に宝条もその場に居る。

宝条の方には目もくれずガスト博士に「何の用ですか」と尋ねれば

 

「セフィロス、君に伝えなければならない事がある。

 このニブルヘイムの屋敷からミッドガルという場所へ引っ越しをすることになった」

 

「ミッドガルですか?」

 

「そうだ、ものすごく大きい街だ、君も驚くだろう。

 面白いモノもいっぱいあるぞ、楽しみにしていなさい」

 

たしかこの時、初めて別の場所へ行くということを知ったはずだ。

ミッドガルにはそれなりに興味を感じた覚えがあるが今の俺には何も湧かないな。

いやそれよりも、この時に宝条はこの場いたのだろうかと考える。

そもそも過去を知っているとはいえ全てを鮮明に覚えているわけではない。

この後少し経ったらガスト博士は失踪してしまうので秘密を打ち明けるなら今のうちかもしれないが、宝条には正直知られたくない。

仕方ない、まだ多少は猶予があるから今は諦めようと考えていると

 

「それと、次からはこっちの宝条くん……。

 宝条博士が君の責任者となるので覚えておくように」

 

「えっ……」

 

思わず声を出してしまったがそれも仕方ないはずだ。

鮮明な記憶はないとは言え、これに関しては絶対に聞いた覚えがない。

ガスト博士が失踪していつの間にか宝条が責任者に代わっていたのが『オレ』の記憶だ。

 

「そういうことだ、よろしく頼むよセフィロス」

 

クックックッと笑いながらこっちを見て話す宝条に俺は黙ってしまう。

 

「やれやれ、嫌われてしまったな」

 

「まぁ待ちたまえ宝条博士、きっとセフィロスも驚いているだけだろう」

 

たしかに驚いているがそういうことではないと言いたい。

いったん堪えてこちらの聞きたいことを質問する。

 

「なぜ責任者が変わるのですかガスト博士?」

 

「私は長期の休みを取ることになったのでね。

 その間、責任者がいないのはまずいという事で私が宝条博士に頼んだのだよ」

 

「休み……ですか、どれくらいなのですか?」

 

「それは……」

 

こちらの質問に言いよどむガスト博士を遮るように宝条が口を挟む。

 

「セフィロス、ガスト博士は大変疲れているようでね、お休みが必要なんだ。

 最初は君の事が心配だからと無理をして働こうとしていたんだがね。

 ただ君は私や他の人の言う事にもちゃんと従うようになっていたからそれなら任せられると私に権限を預けてくれたのさ」

 

それを聞いたとき思い出した。

確かに過去、この時期の『オレ』は宝条や他の研究者に対してはあまり従順では無い存在だったかもしれない。

ガスト博士が居なくなって周りに味方がいない状況になったからこそ子供の『オレ』は言う事を聞くようになったのだと。

些細なことではあるがもう知っている過去ではなくなってきているのだろう。

 

「ガスト博士は今日の夜から休暇に入るそうだ」

 

「そういうことだセフィロス、お別れだ、元気でな」

 

やはり知っている過去とは違う、記憶によればミッドガルでも少しはガスト博士は居たはず。

ガスト博士の言葉を最後にその場は解散になり、宝条は部屋を出ていき、俺も部屋を後にする。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

その夜、神羅屋敷を出ていこうとするガスト博士を玄関を出たすぐ側で待っていた。

やがて扉が開き、大きめのスーツケースを手に持ち、いつもの白衣ではなくブラウンのロング

コートを羽織ったガスト博士が出てきた。

こちらにすぐ気付いたのか、ガスト博士は近寄ってきて声を掛ける。

 

「見送りかねセフィロス、ありがたいが明日は早いんだからもう部屋に帰りなさい」

 

「ガスト博士、本当に出ていくのですか」

 

「あぁ、そうだよ、だからしばらくの間良い子にしているんだよ」

 

そのしばらくの間とは、本当はしばらくでは済まない事になりそうだと伝えたい。

その場に立ちすくんでいる俺をジッと見ていたガスト博士だが、俺が動こうともしないと判断したのか諦めて正門の方に向かって行く。

それを見て追いかけ、ガスト博士のコートを掴み問いかける。

 

「教えてください、ガスト博士は本当にお休みなのですか?」

 

その言葉を聞いた瞬間に何かを感じ取ったのかスーツケースを置きガスト博士は俺を抱き寄せた。

 

「セフィロス、本当に…本当にすまない、私を許しておくれ」

 

本当にすまないか……

過去の『オレ』が聞きたかった言葉だろうが聞いても本当の意味を知ることはないだろうな。

今だからこそわかる、これは単に研究所から居なくなることを謝罪しているのではないと。

 

「ガスト博士、俺は別に怒ってはいませんよ、むしろしっかり休んで下さい」

 

「すまない、セフィロス……」

 

そう言っていっそう強く俺を抱きしめるガスト博士。

 

お互い沈黙が続くが「そろそろ行かないとな」と腕を解いて俺の肩に手を置く。

 

「ガスト博士、もし俺が自由になったら博士に会いに行ってもいいですか?」

 

少々驚く顔をしたガスト博士だが、すぐに優しい顔になり俺を見つめる。

 

「あぁいいともっ!是非来てくれ、歓迎するよ」

 

「ありがとうございます。

 俺、楽しみにしていますね」

 

「あぁ約束するさ、その時は美味しい料理も振舞おう」

 

「約束…ハイ!約束です」

 

そうしてガスト博士は立ち上がるとスーツケースを持ち直し、正門を出て行く。

出て行ったあとも一度こちらを振り返り正門に居る俺に手を振ってくれた。

だんだん小さくなり、やがて見えなくなるガスト博士を見届ける。

これが今生の別れにならないようにする事を決意する。

 

時刻は既に深夜を回っている。

明日のミッドガルへの出発はもう少し遅くなってくれないかと、そんなことを考えながら部屋に戻っていった。

 

 

 




Q、さっさとすべて伝えればいいじゃん

A、英雄は不器用なんです


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第6話 ガスト博士 その2

プロジェクトを宝条博士に託し、セフィロスと別れて神羅屋敷を後にした私は着の身着のまま、まずコスモキャニオンを訪れた。

コスモキャニオンの住民は大きな岩山に横穴を堀ってそこを居住としており、また星命学と呼ばれる学問の聖地でもある。

星命学はこの星に渦巻く精神エネルギーとはどういったものか、また星と人はどう歩んで行くかを探究する学問で住民達は人々にそれを説いている。

此処に居られるブーゲンバーゲン殿とは昔から交流があり齢100歳を超えても元気で、とても博識な方である。

彼から私は数々の事を学び、古代種についての研究にも多大な影響を受けている。

ブーゲンバーゲン殿の家は岩山の天辺に建てられていて大きな天体望遠鏡が備え付けられている。

私が彼の家に連絡もなくやってきても、さらに神羅から離れた事を伝えても特に驚くこともなく「ホーホーホウ」と笑って快く向かい入れてくれた。

 

フヨフヨと浮かぶ緑の不思議な玉に乗っているブーゲンバーゲン殿。

最初、すべてを話すつもりはなかった。

あくまで気分転換と近況報告で済ますつもりであった。

しかしいざ、今までの事を話し始めたら歯止めが利かなくなってしまった。

彼はそんな私の話を真剣に聞いてくれた。

古代種の研究に行き詰ってしまった事、自分で立ち上げたにも関わらず投げ出してしまったプロジェクトの事、そのプロジェクトの被検体となっているセフィロスの事、そしてそれらに対する罪悪感も……。

 

こちらの話を最後まで聞いたブーゲンバーゲン殿は長く白い髭を撫でながら「これも運命かのぅ」と重い口を開けて語りだした。

曰く、自分にも孫のように可愛がっている子がいるが両親はすでに亡くなっていると。

曰く、その子は父親恨んでいるがいつかは真実を伝えたいとは思っていると。

曰く、そのいつかは自分にもわからないと。

 

「ガスト君、わしは君の倍以上は生きているがそれでも悩みは尽きないんじゃ。

 君はまだ若い、すぐに答えを出すことからいったん距離を置いてみてはどうかのぅ」

 

穏やか口調で諭すように彼は語ってくれて、こちらも少し気持ちが楽になった。

 

話が終わり、私がコスモキャニオンで一晩泊り早朝出ていくことを伝えると、アイシクルロッジにイファルナという女性が住んでいるので訪ねてみると良いと助言をくれた。

その女性はどういう人物なのか聞き返すと「それは会ってからのお楽しみじゃ」

とはぐらかされてしまった。

ついでに「な~に、前に君からもらった望遠鏡のお礼じゃよ」とも。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

コスモキャニオンから数日かけて北に向かうと雪に覆われた大地に存在するアイシクルロッジにたどり着く。

小さな村だがスノーボードやスキーを嗜む者ならば一度は訪れたいという場所だそうで凄いゲレンデがあるんだとか。

立ち並ぶ家々には雪が降り積もっており。この雪は一年中そこに存在する。

道端では子供たちが雪だるまを作って遊んでいる。

既に日は傾いてもうすぐ夜を迎える時刻。

外気も冷え込んでおり寒いので早く宿屋に入り一息つこうと思い、INNの看板が掲げられた建物に入る。

中を見渡すと真ん中に二階の客室に続く階段があり右側にカウンターとロビースペース。

左側に大きなストーブがあり部屋全体を暖めているようだ。

従業員と思わしき若い女性がロビーにあるテーブルに置いてある花を整えており、ストーブの側では体格の良い男性が熱の調整をしようと四苦八苦している。

ストーブに当たらせてもらおうと近づくと「危ないから近寄るな」と言われてしまった。

仕方がないのでチェックインを済ませ、宿屋の女将にイファルナという女性を探していると伝えてみる。

すると先ほど花を整えていた女性が手を止めこちらに歩み寄ってきて

「イファルナは私ですが…」

恐る恐ると、警戒をしているような顔つきで声を掛けられた。

 

それが彼女と初めて会った日であった。

 

 

 




作中で登場人物の年齢は公式でしっかりと明記されてなければ明確に設定する気はありませんがおおよそこれくらいかなとは思って書いています。

ブーゲンバーゲンは公式でFF7本編時間で130歳とハッキリ明記されています。
セフィロスはCCの時20代前半、本編で20代後半くらいのイメージです
ガスト博士が出て行ってから2年以上は経っているのが本編中の宝条博士のセリフからわかり
さらにエアリスの年齢を考えると神羅屋敷時代のセフィロスはかなり幼い年齢ですね


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第7話 宝条博士 その2

ミッドガルにある神羅カンパニーの本社は通称“神羅ビル”と呼ばれる70階建の超高層ビルとして存在する。

ビルを中心に鋼鉄の8枚のプレートが地上から柱に支えられて円形に配置されており、プレート上層には都市が存在し()()()()()()()が住む壱番街~八番街と分かれている。

プレート下層には日光を遮られたスラム街が存在し、上層部に住むことが叶わないか、もしくは拒んだ者達が暮らしており、そんな上層と下層を繋ぐための列車が今日も定刻通り運航している。

そしてミッドガルには中心部の地下に一基、プレートの先端上に等間隔に配置された八基の計九基の電力供給を司る炉が建っている。

()()()と呼ばれるこの炉を開発し管理することによって神羅カンパニーは世界に多大なる影響を及ぼす大会社に成長したのだ。

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

ジェノバプロジェクトの本社への移管が完了し、私が責任者になってからのセフィロスは特に変わった様子はなく、態度自体は相変わらず私を避けているようだが実験には素直に応じてくれている。

正直な話、慕っていたガスト博士が居なくなったとなれば、塞ぎ込んでしまうかもと少々心配はしたのだが杞憂だったようである。

その話をホランダーの奴にしたら「父性でも芽生えたか」と揶揄(からか)われた。

単純に塞ぎ込んで素直に言う事を聞かず実験が滞ってしまうのが嫌だったのだが、反論するのも面倒だと思ったので好きに言わせておいた。

ニブルヘイムからミッドガル本社の研究所に移って一番変わったことはセフィロスに対して戦闘訓練を始めたことだ。

あちらと違いこちらは戦闘シミュレーターがあるのでより詳細な検証や記録を付けやすい。

いずれは治安維持部門の兵隊を使っての訓練もしてもらう予定だ。

研究所自体の機械やシステムもあちらより整っているのでこっちの研究も捗り気分が良い。

戦闘訓練及びそれに関する実験には、当初神羅上層部は懐疑的な見方を持っていたようだが結果が出始めれば手のひらを返し、さらなる結果を求めてきた。

私自身もセフィロスの戦闘能力が予想以上に優れていたこともあって当初はバカにしていた奴らの鼻っ柱を折ってやることが出来て満足した。

そしてホランダーに「この親バカが」と言われた事には無視を決め込んだ。

ただ何より一番驚いたのはセフィロスが戦闘訓練は自ら進んで行っている事である。

他の実験はこちらから指示をしない限りは絶対にやらないが、戦闘訓練はセフィロスの日課となっているようで毎日戦闘シミュレーターを行っている。

これはかつての()()ジェノバの細胞が闘争心を駆り立ているのかどうか、セフィロスにいくつか質問して確かめてみる必要がありそうだな。

あとはそろそろ予算会議に向けて研究成果の提出と説明をしなければな。

まったく凡人どもに分かりやすく説明するのは何時だって骨が折れる。

とはいえそうもしないと研究の継続や予算が下りないから仕方がない。

そういった意味では説明が巧かったガスト博士が居ない事が残念である。

だが、ジェノバ細胞が古代種ではないと言う事実を知っている人間が居ないのは都合がいい。

そうだ、今回は私の考えるジェノバ細胞を使った()()を作る計画を提案してみるのも良いかもしれないな。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

セフィロスを探しに戦闘シミュレーターのあるフロアにきてみれば、ちょうど戦闘訓練を終えシミュレーター室から出てきた姿を目撃する。

セフィロスは汗をかいているようで一目散にシャワールームへと足を運んでいた。

そんな場面を見たとしても一切お構いなしと声を掛ける。

 

「セフィロス、いくつか聞きたいことがあるが良いかね、何すぐ終わる」

 

「……わかった」

 

相変わらず煙たそうにこっちを見つめてくるが、言う事は聞くので問題はない。

 

「君は毎日戦闘訓練をしているようだが戦いが好きなのかね?」

 

「別に好きではない」

 

「ふぅむ、体が戦いを求める衝動に駆られたりはしないかね?」

 

「しない」

 

必要最低限の言葉しか発しないが回答はしてくれるので気にせずに質問を続ける。

回答を聞けばどうやらジェノバ細胞が戦いを求めているという事ではなさそうだな。

しかしセフィロスが正直に答えてくれているという保証はないので、嘘を吐いている可能性も一考しておこう。

 

「…もう行って良いか?」

 

セフィロスもいい加減にしてくれという目つきでこちらを睨んでくる。

あまり気分を害しても益がないと判断したので、次の質問で最後にしよう。

 

「君は何のために毎日戦っているのだ?」

 

質問の内容を聞いたしたとたんに今まで即座に返事をしていたセフィロスが黙ってしまった。

そんなに変な質問をしたのだろうかと考えるが、一通り聞きたいことは答えてくれたので別に答えを聞けずとも問題ない。

 

「答えたくないのなら良い」

 

そう言ってその場を去ろうとしたらセフィロスは一言告げてきた。

 

「守るためには力が必要だからだ」

 

それだけ言うとさっさとシミュレーター室に併設されたシャワールームに入って行ってしまった。

 

「守りたいものねぇ、それはジェノバの意志か。

 それともセフィロス、君自身の意志かね」

 

クックックッと私の笑い声がその場に響いてた――。

 

 

 



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第8話 イファルナとガスト博士

「イファルナさん、ではお願いします」

 

そう言ってビデオカメラのボタンを押すガスト博士。

古代種について教えて欲しいと頼まれた私は古代種(セトラ)について知っているすべてを博士に話しました。

 

 

 

――セトラは“星読み”という特殊な事が出来る種族。星読みとは感覚的なものなので具体的な説明が難しく、言葉にするなら星との対話です。

およそ2000年前に先祖のセトラは星の悲鳴を聞いたそうです。

アイシクルロッジの周辺(ノルズポル)で星に大きな傷口が出来ていたそうでそれを見つけたセトラ達が星読みを行ったところ空から降って来た()()と衝突して傷つけられたと星は語りました。

地上にある生命力がエネルギーとなり星の修復をするため、たくさんのセトラ達が必死でエネルギーを絶やさぬよう土地を育てました。

しかし傷は深く、莫大なエネルギーが必要なため星自身が長い年月をかけて治していくほかなかったのです。

この周辺が一年中雪解けがないのもその影響です。

多くのエネルギーを必要とするためノルズポル周辺の大地は急速に枯れ、やがて星はセトラ達にこの土地を離れたほうが良いと伝えてきたそうです。

それを聞き惜しみつつもセトラ達は長年住んだ土地を離れることを決めました。

だけど旅立ちの準備をしている最中に()()()()がやってきたのです。

そしてセトラ達の親しき者……亡くなった母や兄に姿を真似て、幻影を見せ、近づきました。

親しげな顔で近づいた()()()()はウィルスをセトラに与え、それに侵された者は心を失った化け物となりました。

やがてノルズポル以外の場所にいた別のセトラ達も襲われたそうです。

セトラ達を襲った()()()()こそが空から来た厄災“ジェノバ”です。

ジェノバにより多くのセトラが亡くなっていきました。

そして星はジェノバを滅ぼすことを意識し始めました。

ジェノバを滅ぼす為に星は()()()()という存在を生み出しましたが、ジェノバとは戦うことはなくこの星のどこかで眠っています。

何故なら数少ない生き残りのセトラがジェノバを封印することに成功したからです。

しかし、封印がとかれジェノバが蘇る可能性がある限り、星も警戒を続けています。

星はまだ癒えていないのです。

そして今はもう、星の声はあまり聞こえない――

 

 

「……ありがとうイファルナさん

 今日は、このくらいで……」

 

そう言ってガスト博士は回していたビデオカメラを止める。

少し気分の悪くなった私は立ち眩みをしてしまった。

 

「大丈夫ですか、イファルナさん」

 

「はい……大丈夫です博士」

 

心配そうにこちらを見つめる博士に私は精一杯の返事をする。

 

私の顔色が優れないのを見ると博士は「今日の家事は自分がするのでゆっくりして下さい」と張り切って下に降りて行った。

 

博士と出会ってもうすぐ一年は経つのかな。

そんなことふと思い過去を振り返る。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

私はセトラ最後の生き残りであり、亡くなった両親からもおいそれと素性を明かさないようにと言われて育ちました。

私達セトラは特殊な力を持った種族で、それを狙った人間は決して少なくないと。

唯一それを知る人間は父の古い知り合いのブーゲンバーゲンさんという方で、私も一度だけお会いした事があります。

だけど私はあまり交流が無く、父が亡くなった時にその事を知らせるため、一度だけ手紙を差し出してそれっきり。

返ってきた手紙にはお悔やみの言葉と、生前の父と約束したセトラの生き残りがいるということは誰にも教えないから安心して欲しいという事が書かれていました。

ブーゲンバーゲンさんの紹介で私を訪ねてきたと博士がおっしゃった時はびっくりしたけど、私がセトラという事は伝えていないようで博士もなぜ私を紹介されたのか疑問だったみたい。

 

博士には自分はセトラだとは明かさずに、ただの一人の女性として接したわ。

だけど博士は逆に包み隠さずに教えて下さいました。

自分は神羅に所属して古代種の研究をしていた、しかし自分が主導したプロジェクトは失敗した、

あまつさえすべてを捨てて逃げ出してきたと……。

そんな話を聞かされた私は思っていた事を口にしました。

 

「博士はいったいこれからどうされたいのですか?」

 

「……わかりません」

 

それだけ言って博士は黙ってしまったのを憶えています。

 

 

――その後しばらくして博士は近くに古代種が暮らしていた都があるので、アイシクルロッジに滞在して古代種の研究を続けると告げられました。

私はそれを聞いた時、またこの人は過ちを繰り返すのかと思ってしまったのです。

でもどうやらそうではなくて、博士は私に聞かれたことの答えを伝えてきました。

 

「イファルナさん、私はもう一度古代種の研究をしたいと思います。

 でもそれは、利益を追求するためではありません。

 古代種について真実が知りたい。

 そして()()()()()をしたいのです」

 

「償い…ですか…」

 

「はい、このままでは古代種が化け物だったと不名誉な烙印を押されてしまう。

 でも私は彼等がそんな種族ではないと思うのです。

 時間はかかるでしょうがいつか本当の彼等を知りたい。

 そして真実を伝えていくことが償いだと私は思います」

 

これを聞いたとき、博士が決して私利私欲にまみれた人ではないと感じました。

彼は私達セトラに謝罪がしたい、謝罪をするために何が間違っていたのか知りたいのだと――。

 

 

そうした博士の真摯な対応を見たので、意を決して自分が古代種…セトラであることを彼に告白しようと思いました。

 

 

 

==========

 

 

 

イファルナさんが古代種だと告げてきた時は最初はからかわれているのかと思った。

でも彼女はそんな冗談を言う人ではないと知っていた。

なによりこちらに対して真剣な眼差しで言ってきた人を疑うなんて事は出来るはずもない。

そして私たちは二人で古代種の研究を続けた。

とうとう私は古代種が考えていた通り、いやそれ以上に素晴らしい種族だとはっきりとわかったのだ。

あの時の()()はジェノバが古代種ではないという事だけであって、古代種がどういった者達かまではわかっていなかったが、これで化け物ではないという事を確信を持って説明できる。

それも彼女が真実を打ち明けてくれて、研究を手伝ってくれたおかげだ。

 

 

――ある時研究に没頭するあまり身の回りの事はすべて後回しにしていたら

 

『まったく、博士って家事もまともに出来ないのね、そういうとこ私の父にそっくりだわ』

 

なんて小言を言われてしまったが、その日から彼女は私の身の回りの世話もしてくれるようになった。

いやはや研究どころか私生活までサポートしてくれるとはいくら感謝しても足りないくらいだ。

そんな事を考えながら私は研究記録として映像に残した大量のビデオカメラのテープを日付ごとに整理しようとしているのだが

 

「…父か、イファルナさんにはそう見えているのか」

 

思わず呟いてしまった言葉が私の心を締め付ける。

胸に抱いた淡い思いを否定する言葉を必死に頭の中で繰り返す。

彼女はあくまで協力者だ。

身の回りの世話も善意であってそれ以上ではない。

だいたい研究一筋のこんなイケてない男が()()対象になるはずがない。

そうだ、否定する材料はいくらでもあるのに肯定する材料は何もない。

私は科学者だ、証明する材料が多い方が正しいはず。

あぁなのに…なぜこの気持ちを破棄出来ないのか。

それに私の元部下達は夫婦間が破綻した者ばかり。

研究者なんてそんなもの。

万が一、いや億が一があったとしてもきっと、私も例に漏れず破綻するだろう。

そもそも子供を見捨てた私にはそんな権利は無いだろうな。

 

「私は父親になれなかった、なってはいけなかった」

 

すまない…すまない…何度心のなかで謝ったかわからない、かの少年を思い出す。

古代種だけではない、()()()()()も私はしなければならない。

正直に話した中でセフィロスの件だけは伝えられないでいた。

 

「ただ、約束は守ろう」

 

神羅を出るとき交わした約束。

そうだ、それを守るためにはまずイファルナさんに料理を教わろう。

また彼女にお願いすることが増えてしまった。

果たして引き受けて貰えるだろうか。

 

ビデオカメラのテープは一向に整理される気配はなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




恋愛描写はぶん投げますよ・・・
本編でも気付いたらくっついてたし・・・

Q、本編でビデオそんなになかっただろ!

A、宝条に回収されたんです、多分


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第9話 宝条博士と治安維持部門

「頼み事がある」

 

週に一度の検診日、パーテーションで仕切られた研究室の一角で検査を終えたセフィロスに体調の確認をしている時だった。

セフィロスの口からは滅多に出ない、もしかしたら初めて聞いたかもしれない単語に私の興味は引きつけられ、思わずペンを走らせている手を止めてしまった。

一体何の頼み事かと聞き返せば、()()()()をしたいと言ってきたのは流石に驚いたね。

いくらジェノバ細胞で強化され、通常の人間より強いと言ってもまだ一桁の年齢の子供が科学者を護衛するなどとは前代未聞だよ。

どういうつもりか問いただせば「守るために必要だから」と返ってきた。

そういえば大分前に守るために力が必要だとか言っていたがまさかな……。

一瞬浮かんだありえない考えを振り払い、まずはこちらが思い付く理由を質問する。

 

 

――よくよく聞くと本人は私の側に居られるなら良いらしく、別に会社として正式に役職を与えて業務命令として護衛に付きたいという訳ではなく、賃金を求めてる様子でもない。

 

「ふぅむ、ならば今の科学者(ワタシ)実験体(キミ)という関係と変わりはしないと思うのだがね」

 

「俺は、外に行くときにも付いていきたい」

 

「ほう、それは何故かね?」

 

そう聞くとセフィロスは口を閉ざしてしまう。

全くいつも肝心な事は絶対に話さないものだな。

何かを企んでいる事は明白だが、言いたくないなら適当な事でも言えばいいものを、嘘は()きたくないという事か。

 

「ちょっと待っていなさい」

 

そう言って私は座っていたオフィスチェアの背もたれに体を預け、セフィロスの希望を通す為にさてどうするかと腕を組み考える。

セフィロスの()()の管轄は科学部門だが、()()は神羅カンパニーだ。

神羅ビル内であれば社長室のような私自身もいちいち伺いを立てて許可を貰わないといけない場所以外は私が伴っていれば連れまわす事は可能だ。

セフィロス個人もある程度は自由に行動する事は許可されている。

外も必要であるなら許可を貰えばいい。

ただ、完全に私の個人的な考えだが、それが非常に面倒くさい。

外に連れ出すための許可を得るには詳細に説明しなければならないし、()()しないようにするための監視、また護衛も私とは別に手配しなければならずそんなことに労力を割きたくないのが本音だ。

つまり、逃亡の意志はなく、護衛もいつも通りで良いと示すことが出来ればいいのだな。

 

「まぁ、実力行使が手っ取り早いな。

 治安維持部門に実力を示しなさい。

 外に出るたびに護衛対象が増えたなどと文句を言われたくないのでね」

 

ため息を吐きながらそう伝えて私はデスクの上の受話器を取り、治安維持部門に内線を入れた。

 

 

セフィロスが退室したあと検査結果をまとめるため資料室に向かうと、後からホランダーも入室してきて私を見付けるなり突っかかって来た。

どうやら先ほどの会話をパーテーション越しに盗み聞きしていたらしい。

 

「セフィロスの奴、ガスト博士が居なくなったからお前に懐こうと必死なんじゃないか」

 

「馬鹿かね、君は」

 

適当に返事をしてあしらうつもりだったがあまりにも見当違いの発言してきたので思わず本音が出てしまった。

 

「いや-だがね、唯一慕っていた人間が突然いなくなった時、誰にすがればいいか。

 真っ先に思い付くのが一番交流がある相手だ。

 おまけにお前は責任者となって奴に対する態度を少しだが改めたじゃないか。

 そうなれば子供なんか必死に庇護を求めたがるもんさ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「今度の相手はいきなり居なくならないように常に側に居たい。

 だが恥ずかしくて素直になれないから()()()()()と言い訳を思い付く。

 まったくいじらしいねぇ」

 

コイツはセフィロスを何も分かっていない。

護衛に関してセフィロスが何かを企むのは大いに結構、むしろそうでなくては面白くない。

しかしホランダーの言う、ツマラナイ理由だったら私は心底残念に思うね。

 

「父親と明かすことの出来ないお前との不器用な親子関係なんて。

 まさに、感動を唄った三流映画じゃないか!」

 

ハッハッハッ!と頭の悪そうな笑い声上げ、言いたい事を言って満足したのかホランダーは何も持たずに資料室から出て行った。

私を揶揄(からか)うためにワザワザこちらまで来たのか、まったく能天気な男だな。

だから嫁が愛想を尽かしたのだよ。

 

 

 

==========

 

 

 

神羅カンパニーは魔晄炉の建設をするとき、決まって俺たち治安維持部門の兵隊を投入する。

最初はただの警備員という役割であり、周辺にモンスターがいるような地域では建設作業の邪魔にならないよう武器を手に取り討伐も行った。

そして神羅カンパニーが大きくなるにつれ俺たちは警備員から治安維持部門などという大層な役割に代わっていき、部署の雰囲気もさながらな一国の軍隊のようになってきていた。

 

部隊のメンバーと次の作戦のブリーフィングをしていると統括から呼び出しがかかった。

呼ばれた部屋に赴くと科学部門からの依頼があったのでそちらの業務を遂行しろとの命令だった。

また研究者が何処かに出向くのでその護衛任務かと思えば違うらしく、実験体と戦闘訓練をして欲しいと頼まれたらしい。

 

「実験体ですか?またヤツら何か変なモノでも作ったんですかね」

 

「セフィロスの事だ、わかるか?」

 

「あーはい、なんとなくですが」

 

セフィロスと言えば一昨年くらいにニブルヘイムから研究者達と一緒にミッドガルに引っ越して来たうちの一人で銀髪の子供のことだなと頭に浮かべる。

引っ越しのときには大量の隊員を配置して厳重に身の安全を確保して連れてきたのを覚えている。

確かにあの子は毎日戦闘シミュレーターを使って訓練をしていてとんでもねぇ奴だとは思っていたが所詮はシミュレーター、実際の戦闘とは勝手が違う。

あんなもん俺に言わせりゃバーチャルゲームと変わらねぇさ。

科学部門はあの子に相当入れ込んでるみてぇだが戦闘のプロフェッショナルである俺を実際の相手にするのは、ちと舐め過ぎじゃねぇか。

とは言え、科学部門の依頼は優先的に聞くようにとのお達しが社長から出ているらしく統括も断る気はなく俺も渋々引き受ける。

 

「子供とチャンバラごっこをするとでも思えばいいさ」

 

ガハハと笑いながら統括は言っていたが今はこんなことに気をかけてる場合じゃねぇんだ。

最近は魔晄炉の建設に反発する人間も増えてきている。

今は俺達が()()()()()がいつしか()()の命令が下るのも時間の問題だ。

 

お遊びなんかしてる暇はないぜ。

さっさと終わらすため俺は本気で行かせてもらう。

まぁ大事な大事な科学部門の秘蔵っ子だから殺さないようにだけは気を付けねぇといけないな。

 

 




宝条博士にとってのホランダーとジリアンの件
アレを「愛想を尽かした」で片づけるヤバい奴
おまけに自分の事を棚に上げて

CCより前の話なのでシミュレーターもアレより性能が落ちるものだと思いました。
なんかこの時代はカクカクしてそうなポリゴンのイメージ



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第10話 セフィロス その3

―――ッキン!

 

金属の弾かれる音が訓練室に響き渡り、後を追うようにカラン…と床に剣が落ちた。

 

「まっ、参った!」

 

紺色の隊服を着た治安維持部門の護衛兵が銀髪の少年に対して叫ぶ。

 

「オイオイ、圧倒的じゃないか…」

                 「アイツって俺たちの中じゃ一番強かったよな?」

        「はー賭けなくて良かったぁ」   

   「……オレ自信無くすわ」

                                    「すごいやつだ」

 

訓練室をガラス越しに見ていたギャラリー達が対戦を見た後、それぞれが思ったことを自由に言い合う。

注目を一手に引き受けていた少年は一礼をすると落ちていた剣を拾い尻餅を付きこちらを見ていた対戦相手に柄を向けて指し出す。

兵は何とも言えない表情で立ち上がってそれ黙って受け取ると早々に出口に向かう。

一度相手に振り向いて何か言いたそうな顔をしたが口には出さず訓練室から立ち去る。

兵と入れ替わるようにして白衣のポケットに手を突っ込みながら宝条博士が相変わらず不気味な笑いをして訓練室に入ってきた。

 

「素晴らしいなセフィロス」

 

ニヤニヤと見つめながら、セフィロスに評価を下す。

 

「……これで大丈夫か?」

 

「おやおや、折角褒めたのに相変わらずの態度だね。

 まぁいいとも、彼等も納得しただろうしこれで連れ出しやすくなった」

 

「……そうか」

 

目的は達成されたと判断したのかセフィロスは、必要最低限の返事をすると宝条博士に顔も向けずに訓練室から出て行った。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

訓練室を出た俺は待機場を目指し歩いていく。

宝条に護衛を申し出た時、思っていたよりもあっさりと奴は認めたので拍子抜けしてしまった。

理由を聞かれた際に「宝条博士が心配だから」とか「宝条博士を守りたいから」だとか適当な返事は考えてはいたが、実際口に出そうとするとどうしても言えなかった。

いや、()()()()()()()()が正しいな。

 

過去の宝条はガスト博士より引き継いだジェノバプロジェクトで後にソルジャーを作り出した男。

プロジェクトの責任者になり、俺との接触も多くなった。

『オレ』と違い自ら進んで戦闘訓練を始めるようになっている俺は既に大人の兵士なら相手にはならないくらい戦闘能力が上がっている。

そのため今の俺なら宝条に近付き過ぎて奴に何かされるような状況になっても対処できるだろうと考えた。

 

『オレ』はあまりにも奴と離れ過ぎていた。

だから取り返しのつかない事も知らなかった、間に合わなかった。

宝条を守りたいのではない。

宝条()()守りたいのだ。

 

奴を殺せば済むかもしれない。

だがそれは『オレ』が気に入らないと人間を殺してきた事と何が違うのか。

 

「何を考えているんだ俺は……」

 

時々、どうしようもなく自分が行っている事に理解が出来なくなる。

今自分が行っていることが正解なのか、答え合わせをしてくれる者などいないのだ。

そもそも正しいとはなんだ、間違いとはなんだ。

神になったかのように高尚な……いや御門違いな考えを持つ気はない。

ライフストリームで多くの知識を得て、すべてを知った気でいるようなそんな烏滸(おこ)がましい勘違いをしてしまった『オレ』には二度となりたくないものだ。

 

「いかん、少し頭を冷やそう……」

 

考え込んでしまったのか、ふと気付けばとっくに待機場に着いていた。

窓に目をやればプレート上層都市の光が見え、その先には魔晄炉が淡い緑の光を放っている。

腰を下ろし考えるのを止め、ジッとガラス越しにミッドガルを見ていると

 

「おい、おまえがセフィロスか」

 

いきなり俺を呼ぶ声がした。

誰だと後ろを振り向くと、金色の髪をした生意気そうな子供が座っている俺を見下ろしていた。

この神羅に俺以外の子供など居ただろうか。

例の古代種の娘はまだこの時は生まれてないはずだが……そもそも目の前の子供は男だな。

せっかく休ませていた頭を再び働かせ、記憶を探る。

 

「おい、このおれがよんだんだからへんじくらいしろ」

 

やたら高圧的な態度の子供に年甲斐もなくイラッとしてしまう。

待てよ、俺は今は子供だからいいのか。

 

「きさま、みみがきこえないのか」

 

もういい、コイツのために頭を使うのは止めだ、直接聞いた方が早い。

 

「お前こそ誰だ」

 

「このおれにそんなくちをきくとは、さすがだな」

 

「……答えになっていないが」

 

「ルーファウスだ、いづれおまえを()()()にするおとこだ」

 

そうか、コイツが神羅カンパニー現社長〈プレジデント神羅〉の息子ルーファウスか。

そう思いよく顔を見れば、成る程他人を見下す時の顔つきなんてそっくりだ。

 

「ふっ、おどろいてこえもでないか」

 

「あぁ、驚いたと言えばそうかもな、それで何の用だ」

 

そう言って俺は立ち上がりルーファウスの目の前に立つ。

頭一つ程度、俺の方が身長が高いようで、今まで見下ろしていたルーファウスの目は顔ごと見上げるかたちになってしまう。

 

「さっきのたたかい、みごとだったぞ。

 これからもきたいしている」

 

自分より背の高い相手に対しても怯むことなく態度も変えず、まるで帝王のごとく俺に言葉を投げ掛ける。

 

「……それはどうも。

 わざわざそれだけを言いに来たのか、おぼっちゃま?」

 

あまりにも態度がアレなので少し皮肉交じりで俺が質問をすると

 

「いずれおれはこのかいしゃのしゃちょうとなるのだ。

 “有能な人間を見つけたら自分のモノに(スカウト)しろ”

 パパからそうおそわったからな。

 だからおまえはおれの()()()にしてやる」

 

プレジデント神羅の息子への教育が垣間見れた瞬間だった。

それとこの頃はパパって呼んでるのか、それは知らなかった。

ライフストリームにもなかった貴重な情報だなと呑気な事を考えてしまう。

その時、通路の方からスーツを着た男が慌てた様子で近づいてくる。

 

「あーっ!こんなところにいたのですかルーファウス様」

 

どうやら男は使用人らしく、勝手に出歩いたルーファウスを探していたようだ。

俺に「またなセフィロス」と声を掛けたルーファウスは使用人には悪びれる様子もなく去っていく。

使用人は俺を見て軽く会釈をするとルーファウスに付き従って来た道を戻っていった。

どうやら俺の将来にタークスの席が用意されたようだ。

 

二人が居なくなると俺は再び腰を下ろし外を見る。

 

「アイツに顎で使われるのは御免だな……」

 

決まりかけた将来を真っ向から否定した俺だった。

 

 

 

 

 

 




セフィロスは書くの難しいですね
内面描写もそんなに多いキャラじゃないから余計に


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第11話 プレジデント神羅と宝条博士

――かつて()()()()()と呼ばれた会社があった。

その会社は兵器の開発や製造を生業としていたが、従来の石炭や石油に代わる新しいエネルギーについても模索をしていた。

そこで目を付けたのが星命学における精神エネルギーと言われる存在である。

神羅製作所が多大な金額をかけて精神エネルギーの研究を始めても競合する企業(ライバル)達はそんな不確かなモノにかなりの額を投資をするなど馬鹿げていると冷ややかな目で見ていた。

また、それで神羅が傾けば儲けものだとも。

その時は一気に潰してしまうか、それとも買収でもしようか、競合他社の役員達がそんな皮算用を考えていた。

将来逆の立場になるとも知らずに。

 

とうとう神羅製作所は精神エネルギーが星の地下に存在することを発見した。

さらに発見から時間を置かず、これを汲出し電力へと変換するための炉の技術を開発する。

この炉は社内にて精神エネルギーの研究及び開発時に付与されていた仮名称(コードネーム)、“魔晄研究”から名を取り“魔晄炉”と名付けられ、いつしか精神エネルギーも“魔晄エネルギー”と呼ばれるようになっていった。

 

魔晄炉を完成させ電力を供給する事業も着手した神羅製作所は各地のインフラ業を独占、会社名を()()()()()()()()()()と名を改め急成長、通称は神羅カンパニーと呼ばれる世界一の大企業としてこの世に君臨していた――。

 

 

 

神羅ビルの70階で金髪を後ろに流した恰幅の良い男〈プレジデント神羅〉が葉巻を吹かしながら、ミッドガルを見下ろしている。

先程、会議を終えて社長室に戻って一息ついているところだ。

外を見渡せば工事用のクレーン・デリックが散見し、このミッドガルはまだまだ開発途中であることが伺える。

己が開発した大都市を見てもプレジデント神羅の欲求は満たされない。

まだだ、更なる高みに神羅カンパニーを届かせ、世界を支配したい。

しかしそれは、各地に魔晄炉を建設するだけでは手に入らない。

かつての本業でもあった兵器開発にも力を入れねばならぬと。

 

 

 

 

 

「私はまだこんなところで終わらない」

 

現在、兵器開発部門には魔晄エネルギーを使用する兵器の開発に着手させている。

魔晄エネルギーを使って機動する兵器、魔晄エネルギーを攻撃に転用する兵器など試作品を次々と生み出しており、提出された成果とこれからの計画発表をもとに、先程の会議で検討した結果、予算の追加投資も決定した。

ただどうも物足りない感じがするのだ、失敗作の烙印を押すような酷い物を作っているわけでないのだがね。

とはいえ、計画発表の資料にあったマテリアの人工生成とそれにおける兵器転用は今の神羅に必要と感じたモノではあったので兵器開発部門には期待はしている。

 

それに引き換え科学部門はどうだ、ジェノバプロジェクトに何の進展も見られないじゃないか。

かつて魔晄研究ための地質調査で発見された謎のミイラ。

最初はそんなもの博物館にでも送っておけと思ったものだ。

しかし、科学部門の調査でそのミイラは古代種だと判明しジェノバと名付けられたそれを使っての古代種の復活、ジェノバプロジェクトをガスト博士が発案してきた時はなんとも魅力に感じたものだ。

特に私が興味を引き付けれたのは古代種の伝承“約束の地”。

至上の幸福がそこにあるというその場所には豊富な魔晄エネルギーに満ちているという推測。

そしてその場所を特定するために人工的に古代種を作り出し覚醒させ()()()()()()()

ガスト博士はなかなかどうして話が巧く、最初は馬鹿げた話だと思った私だが、最後は本当にあると信じ込んでしまった。

 

「しかしあのガスト博士がな……」

 

頭の中に浮かんだ元責任者の姿がだんだんと現責任者の宝条博士の姿に変わっていく。

“約束の地”は信じてはいるが、今の状況はジェノバプロジェクトではたどり着けないのではないかとも考えている。

実験体の覚醒はまだ報告されず、戦闘訓練の結果報告を聞くたび、私は目的から遠退いている気がするのだ。

たしかにあの戦闘能力は驚かされる、最近では治安維持部部門の実力者を倒してしまったとも聞いている。

息子が『パパがすかうとするまえにおれがすかうとしてやったぞ』と自慢げに話してきたのも覚えている。

幹部達はかなりの期待を寄せているらしいが、だからこそ疑うものが居なければならん。

誰もが諸手を挙げる状況は会社にとっては足を(すく)われる状況にもなりかねんからな。

 

葉巻を吸い終えた私は社長席に戻り、会議で宝条博士が提出してきた資料に改めて目を通す。

 

神羅に蓄積された魔晄の研究技術とジェノバプロジェクトで培ったジェノバ細胞の移植技術を合わせ兵士を作り出す計画書。

確かに兵器開発部門への物足りなさを満たす要素ではある。

だが宝条博士に本来の目的について問いただせば要領を得ない説明で言葉を濁してきた。

確かに今の神羅に必要な計画とは感じるが手放しに承認は出来ない。

だから宝条博士には、()()()()()()()()()()()()()を疎かしないという条件を突きつけた。

納得を行かないような顔で睨まれたが、最高責任者である私を説得させられない奴が間違っているのだ。

最初の目的は“約束の地”であって()()()()などではないのだからな。

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

先程の会議を終え研究室に着くなり私は自分のデスクで足を組みふんぞり返ってしまった。

 

まったく散々な目にあったよ。

あの男はこの研究の素晴らしさを理解出来ないのかね。

幹部共は私の計画に絶賛してくれたのに、これだから科学に疎い凡人は困るのだ。

たしかにガスト博士が提出したジェノバプロジェクトの発案書には期待が膨らむ内容で、説得力が凡人にも分かりやすいよう書かれていたが、アレは私に言わせれば児童書みたいな発案書だよ。

ガスト博士の置き土産がこんなところで足を引っ張るとは予想外だ。

 

とにもかくにも、与えられた条件を達成するためにはそちらの計画の見直しも必要だな。

社長の“約束の地”への執心を甘く見積もっていたのが私の落ち度か。

経過報告のためジェノバを使って約束の地へ辿り着く為の検証実験は何度か行っている。

その度に芳しくない結果が提出されているが、それは予定通りで、それらは仮説という名の虚偽だからだ。

私は既にジェノバでは辿り着く事は()()()と判断している。

ジェノバが古代種ではないと伝えたらプロジェクトの中止も十分にあり得るので伝える気はない。

また新しい仮説を立てる事も考えたが科学者としてのプライドもあるため、結果が分かっている事のバカバカしさにはうんざりしているところである。

 

深いため息を吐いて考え込んでいる私であったが、部下の研究員が何やら報告書を携えてやってきたのに気付いた。

 

「宝条博士、例の監視からの報告があります」

 

「なんだね、ツマラナイことだったら君を実験台にするよ」

 

「貴方が言うと冗談に聞こえませんよ」

 

冗談なものか、計画が承認されていれば私の中では実験台の候補になっているのだよ君は。

まぁこのままじゃそれも実行できそうにないがね。

 

「……内容は?」

 

「産まれたそうです」

 

「そうか、わかった、下がりなさい」

 

失礼しましたと部下が去り、置いていった報告書に目を通す。

必要な情報に素早く目を通し、ニヤリと口角を上げる。

ニセモノで結果が出せないならばホンモノを使って研究をすれば良いじゃないか。

おまけにサンプルが一つから二つになってくれるとはな。

まったくもって今の状況にこの報告は僥倖、実にめでたいな。

 

「出産祝いは……何がいいかね、ガスト博士……」

 

先程の研究員は、その後いつの間にか実験台候補から外れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




プレジデント神羅は中身はどうあれ経営者として有能だと思います。
宝条博士はあくまで科学者


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第12話 ガスト博士 その3

「あなた、またビデオ?

 この前とったばかりじゃないの!」

 

あきれる声がする方を向けば、これまたあきれた顔でこちらを見てくる妻の姿が目に入る。

 

「……そう言わないでくださいよ」

 

情けない声で、でも仕方ないじゃないですかと、そんな気持ちを込めて私は返答する。

だってカワイイんです、可愛くて仕方ないんです。

私と貴方の可愛い可愛い娘のエアリス。

親バカなのは重々承知しています、でも娘の成長の記録をちゃんと残しておきたいのです。

 

「そんなにカワイがってばかりじゃ強い子に育たないかもしれない……

 エアリスは、普通の子とは違うんだからこれからどんな人生が待っているか……」

 

「そんなこと言っちゃダメです!

 私がアナタとエアリスをどんなことをしても守ります」

 

そうです、貴方とエアリスは私にとっての宝なのです。

何があったとしても離しません……離すものですか。

そう言って私は妻を抱き寄せる。

 

「あなた…私、今とっても幸せよ」

 

抱いている手で妻の髪を撫で、私の後ろに回された彼女の手は優しく背中に触れてくる。

あぁ私も幸せだとも、()()まだ幸せだ。

私の中には常に、幸せな気持ちとそれに負い目を感じる気持ちが水と油のように存在する。

いつか向き合わなければならない事がある、そしてその時決断しなければならない。

だけど今はこの家族の時間を……

 

コンッコンッコンッと玄関をノックする音がした。

お互い抱き合ったまま私と妻は玄関の方に目をむける。

 

「いったいダレなんですかイイところで」

 

と愚痴をこぼせば、クスクス笑った妻が私を離れ

 

「は~い、いますぐ」

 

と返事をして玄関へ駆け出していく。

呑気な顔してその姿を見ていたが、すぐに私は険しい顔つきになった。

 

「久しぶりですねぇガスト博士」

 

扉から姿を現したのは神羅の兵と、そしてかつての部下の宝条博士だった。

兵を引き連れて訪ねてくるなんてただ事ではない。

近付いてきて兵を両脇に配置し、その真ん中に立つと手を後ろで組む宝条博士。

慌ててこちらに戻って来た妻を自分に抱き寄せ声を荒げる。

 

「――ッいったい何の用だね!?

 宝条くん!!」

 

「久々の再会なのにつれないですな」

 

軽口を叩きながら私と妻をマジマジ見つめる宝条博士に自分達の身の危険を感じる。

黙って彼を睨んでいると相変わらず不健康そうな顔が不気味に笑う。

 

「お子さんが産まれたようで。

 古代種であるイファルナ……奥方との間にね。」

 

「ッな!、何を言っているんだ!」

 

なぜ、何故なんだ、宝条博士は何でそれを知っているのだ。

心臓の鼓動が大きくなる。

頭で必死に落ち着けと繰り返すがこの状況がそれを許してくれない。

 

「もしや!ずっと監視()られてたのかっ」

 

「ガスト博士、ジェノバプロジェクト元責任者の貴方がそのまま野放しなんて。

 貴方が居た場所の事を考えれば自ずとわかる事ではないですか。

 まったく本当に()()()()()状況ですねぇ」

 

妻の怯える表情が目に入り抱き寄せる手に力が入る。

そんな私たちを見てもお構いなしに宝条博士は喋り続ける。

 

「実はですね、ジェノバプロジェクトとは別に計画を立ち上げようかと思いましてね。

 そこで丁度増えたサンプル達が必要なんですよ。

 まだ仮名ですがセトラプロジェクトなんて考えています」

 

「増えたサンプル達だと、ッまさか!だ、駄目だそんなことは私が認めない。

 妻も娘も手は出させないぞッ!

 帰ってくれ宝条くんッ」

 

「いやいや、そうも行きません。

 それにガスト博士、貴方もこのプロジェクトには必要なんですよ」

 

宝条博士は後ろに組んだ手を解き着ていた白衣のポケットに両手を突っ込む。

よく見れば右側の手でポケットを(まさぐ)っている、右のポケットに()()が入っている証拠だ。

 

「まぁこれを見ても同じ言葉が言えますかね、ガスト博士」

 

そういって右ポケットから手を取りだそうとする瞬間、妻が私の腕を振りほどき、宝条博士にすがりつく。

 

「お願いッ!わたしが、私がいればいいんでしょッ!

 だからエアリスと主人を見逃して!!!」

 

「な、何を言うんだイファルナッ!私がそんなことはさせないッ!」

 

必死に懇願をする妻を宝条から引き離し自分の後ろに隠す。

引き離されても微動だにせず、ジッと私達を見つめ口角を上げながらニヤニヤと笑っている。

 

「エアリス…ちゃんですか…

 カワイイ名前ですねぇ、実験するとき呼ぶのが楽しみです」

 

「貴様ぁッッッ!!!!!!!!!」

 

それを聞いた瞬間私は全身にカッと熱が広がり、恐怖など忘れて宝条博士に掴みかかる。

両脇にいた神羅の兵が肩に担いでいた小銃を構える。

奴らの銃口が完全に私の体を捉えた瞬間

 

「待つんだ」

 

玄関の方から声が聞こえ、宝条博士の襟を掴んだまま私はそちらに顔を向ける。

そこには、かつて私との再会を約束した銀髪の少年があの時より成長した姿でこちらを見据えていた。

 

「セフィロス、外で待機してなさいと言ったではないか」

 

「アレだけ大きな声が聞こえれば心配にもなる。

 ……手荒な真似はしないんじゃあなかったのか?」

 

両刃の剣を携えて、つかつかとこちらに歩み寄ってくるセフィロス。

 

「勘違いしないで欲しいな、私は手荒な真似はしていないぞ。

 見てみなさい、銃を向けているのはこっちの兵隊だ。

 私は命令すらしていない。

 ホラ、君たちソレを下げなさい」

 

宝条博士の言葉に二人の神羅の兵が私に向けていた小銃を下ろす。

 

「物はいいようだな……」

 

セフィロスは宝条博士の言葉に不満がありそうに答え、私の近くで立ち止まる。

私は掴んでいた宝条博士の襟を離すと、彼の方に体を向ける。

 

「ご無沙汰しております、ガスト博士」

 

「セフィロス…なのか、どうしてここに」

 

「貴方達を迎えに来ました」

 

懐かしい顔に緩んだ気がその言葉で再び警戒を始める。

 

「私は、いや私達は行かない、もう神羅とは手を切ったのだ」

 

その言葉を聞いた宝条博士はクックックッと笑いだして

 

「まったくさっきのゴタゴタで()()を出せなかったからガスト博士が勘違いしたままではないか」

 

そう言って右ポケットから取り出した物を私に差し出してきた。

 

「これは……私のIDカード、何故だ?」

 

神羅の社員証も兼ねているそのカードを宝条から受け取り裏面を見る。

私の名前、性別、生年月日が記載され【所属:科学部門】の文字も確認出来た。

 

「何故も何も、貴方はまだ()()中ですよ。

 あぁ大丈夫です、そのカードはちゃんと更新しておきましたから」

 

「私は会社を辞めたはずだが……」

 

社長(あの男)が貴方を辞めさせるわけないでしょう。

 今までの状況で休暇扱いは他と比べてだいぶ寛大な処置ですがね」

 

返す言葉が無くなる私に「とはいえ監視付きですがね」と悪態を吐く宝条博士であった。

 

 

 

 




原作だと夫婦の時間は一人称が「ワタシ」になるガスト博士
ここでは「私」に統一します
文字だけの小説で一人称表記がコロコロ変わるのは読みづらいと思ったのです。
イファルナさんも「わたし」じゃなく「私」です
なんかひらがなは幼いイメージついてしまうんですよね
あとセフィロスの正宗はそれで一つ話を作る予定なのでしばしお待ちください。


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第13話 イファルナ

何の前触れもなく訪問してきた銃を持った人達に怯え、慌てて主人の元に駆け寄った私は不気味な白衣の男と主人との会話に耳を傾けました。

話を聞けばその男は宝条と言うらしく、主人が話してくれたかつての部下だという事がその時わかりました。

どうやらこの男は主人以外に私と娘のエアリス…セトラを求めているらしく協力を要請してきたのです。

しかし、身の安全を全く感じない話に私は思わず男にすがりつきました。

私はどうなってもいい、娘と主人だけは見逃してと……

それを聞いた主人は私を慌てて男から引き離し、自分の体で私を隠すよう前に立ちました。

しかし、ニヤニヤとする男が娘の名前を口にした瞬間、主人は勢いよく相手の白衣の襟を掴みました。

両脇に居た人達が主人に銃を向け、私は「ッあなた!」と叫ぼうとした時……

 

その少年は現れました。

 

「待つんだ」と言って少年は冷たい表情を浮かべ私達の方に近付いてきました。

主人の前で止まると彼は表情も変えず淡々というのです。

 

「ご無沙汰しております、ガスト博士」

 

それを聞き主人の顔が少し優しくなったのがわかりました。

そして主人が少年の名を呼んだ時、私は初めてこの子が()()()()()ということを知ったのです。

少年を近くで見た時、私はゾッとしたのを憶えています。

なぜならかの()()の面影を感じとったからです。

そしてこの少年も私達を連れに来たと言った時、主人の顔は再び険しくなりました。

主人ははっきりと会社には戻らないと強い口調で伝え、それを聞いても少年はまったく表情を変えません。

その様子を見ていた白衣の男は、ポケットからカードを取り出し主人に差し出して言うのです。

主人は会社をずっと休んでいるだけでそろそろ戻って来いと、新しい計画には()()()必要なのだと。

白衣の男のとても説得とは言い難い説明を聞いても主人は頑なに言います。

 

「私は……戻るつもりはない、娘もイファルナも差し出すつもりもない」

 

その時、主人の言葉を聞いた少年は「わかりました」と言って持っていた剣を構えました。

警戒した主人は咄嗟に身構えましたが、少年は私達を背にして白衣の男達に剣を向けました。

そして少年は……セフィロスは言いました。

 

「俺が貴方達を守ります」

 

それを聞いた時、銃を持った二人はたじろぎましたが白衣の男は微動だにせずに口を開きました。

 

「ほう、これはこれは……

 だがセフィロス、君も知っている通り兵はまだ控えているのだぞ」

 

「ガスト博士たちを逃がすことくらいは出来る、俺はどうなってもいい」

 

それを聞いた主人は動揺していました。

その時、玄関の方からさらに数名の銃を持った人達が入って来たのです。

主人はセフィロスに声をかけます。

 

「セフィロスッ!、無茶だ、相手は銃を持っているんだぞ!」

 

「俺が時間を稼ぎます」

 

入って来た人達は銃を構え、白衣の男を守るように私たちを取り囲みました。

たじろいだ二人も状況を把握したのか銃を構えます。

この状況でも何一つ表情変えず臆することなく、セフィロスは私達を守るように剣を相手に向けています。

そして「早く逃げてください」と私達に促してきました。

でも主人は動きません、何かを迷っているようでした。

それを見た私は主人の気持ちをすぐに察して、言葉をかけました。

 

「あなた、私は大丈夫です」

 

「……すまないイファルナ、ありがとう」

 

言葉の意味を理解したのか私に謝罪をして主人は白衣の男に呼びかけます。

 

「宝条くん、君に従う、だからもう止めてくれ」

 

それを聞いた途端に、白衣の男は「そうですか」と呟き、周りに銃を下げるよう指示を出し、

 

「では向かう準備をお願いしますよ、ガスト博士」

 

それだけ言ってこの場から立ち去っていきました。

銃を下ろした人達もそれに釣られて出て行きセフィロスだけがこの場に残ります。

 

「貴方達の安全は俺が保障します」

 

それだけ言うとセフィロスも部屋から出て行きました。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

神羅カンパニーへ向かう準備をするための猶予を貰い、必要な物をカバンに詰めてると主人が近寄ってきて私に謝りました。

 

「本当にすまない、どんなことをしても守ると言ったのに…」

 

「あなた、別に嘘はついていないわ、私もエアリスも無事よ」

 

「しかし…」

 

言い淀む主人に抱き着く。

 

「あなたの事、私は信じています。

 向こうに着いてもきっと私達を守ってくれるって」

 

無言のままこちらを強く抱きしめる主人。

 

「それに、あの子の事。

 放っておけなかったんでしょう?」

 

 

――まだお腹の中にエアリスがいる時、一度だけ主人が話してくれた事がある。

その時は酷く弱気な声で言っていたの覚えています。

 

『自分は子供を見捨ててしまった事がある、父親になる資格はあるのだろうか』

 

私は薄々感じていました、子供が出来た時、すごく喜んでくれた主人。

だけどその夜酷く悩んでいた主人。

いつか話してくれるだろうと、そしてその時はしっかり受け止めてあげようと思っていました。

それを伝えたら主人は決意して話してくれました。

その見捨ててしまった()()な子供“セフィロス”の事。

そして最後に主人は言いました。

 

『もしセフィロスが訪ねてきたら、暖かく迎えて欲しい。

 そして私は彼の力になってあげたい』――

 

 

「あなた、あの子の力になってあげてください。

 私たちを守ろうとする、あの子は本気でした」

 

「……いやはや全部お見通しか、まいったな」

 

そう言って私から離れ、頭をポリポリと掻いて見せる主人。

そうこうしていると玄関が再び開かれ、白衣の男とセフィロスが入ってきました。

 

「準備はよろしいですか、ガスト博士」

 

声を掛けてきた白衣の男、それを聞き主人が返事を返しました。

 

「宝条くん、一つ条件がある。

 私はどうなってもいい。

 ただ危ない実験や、命に係わるような事は妻と娘には絶対にしないでくれ」

 

「了承したあとに、条件を付けるとはあなたも交渉が下手ですね。

 口が巧いとはいえそこは、やはり科学者ですか」

 

「……頼む」

 

頭を下げる主人を見て私も横に立ち一緒にお願いをする。

ただし、主人と違って私はどうなってもいいから娘だけは何もしないで、というお願いです。

 

「頼む…と言われましてもねぇ。

 そもそも実験内容を決めるのは貴方ですよガスト博士。

 私の仕事を増やさないで頂きたい」

 

「……は?」

 

どういうことだと不思議な顔になる主人をよそに話を続ける白衣の男。

 

「今回の計画の責任者は貴方ですよガスト博士。

 わたしはジェノバプロジェクトで忙しいのですよ」

 

「宝条、伝えていなかったのか」

 

「いやいや私は話そうとしたんだよ、セフィロス。

 ただ話す機会がなかっただけで」

 

全てを悟ったかのようにはぁーと深いため息を吐きながらセフィロスは「だから頑なに断っていたのか」と一言漏らしていたのが聞こえました。

厄災の面影はいまだに拭えない。

けど私はこの少年を信じてみようと思います。

 

そんな一連の状況でずっとスヤスヤと眠っていたエアリスを見て私はきっと強い子に育つわなんて思ったりして。

 

 

 

 

 




当初は5話くらいで辿り着く予定だった
この先は大幅にCCも含めた原作が変わっていきます。
何卒ご了承下さい。


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第2章
第14話 ガスト博士の復帰


「よし、今日の検査はこれで終わりにしましょう」

 

「はい、ありがとうございました、ガスト博士」

 

「私は宝条博士のところに寄ってから帰るので、先に帰っててください。

 帰り方はもう大丈夫ですよね?」

 

書類を纏めながら、心配そうにイファルナ()に言えば

 

「もう、また田舎者扱いしてー、大丈夫よあなた」

 

「いやいやアナタが心配なんですよ……」

 

と、気恥ずかしそう答えて、まとめた書類を封筒に入れる。

壁に掛けている時計を見れば15時を過ぎたと言ったところか。

妻は帰り支度が整ったようなので、一緒に検査室を出てエレベーターに向かう。

そうだ、とある事思い出し歩いている途中で今日の夕飯の事を聞き出せば

 

「うふふ、それは秘密ですよ。

 楽しみにしてて、それよりわかってる?」

 

と、今日のある計画について、念を押されてしまった。

私は別フロアの宝条博士に報告があるのでエレベーターで下の階へ行く妻を見送り、その後上の階へと昇る。

宝条博士のいるフロアに着き研究室に入室すると、ニブルヘイムの神羅屋敷じゃまずお目にかかれなかったような最新設備がズラリと並ぶのが目に入る。

会社に復帰して本社の研究所に入った時は「流石は神羅カンパニーだ」と科学者の側面を思わず覗かせてしまったものだ。

これまた神羅屋敷じゃ設置できそうにない巨大な培養カプセルの前に探していた人物を見つけたので後ろから声をかけた。

 

「宝条()()、今日の報告のまとめだ」

 

持っていた封筒を手渡せば、「どうも」と短い礼を述べて受け取りながら体を私の方に向けた。

 

「奥方はどうですか?」

 

「星の声はあまり聞こえないと言っている」

 

「……そうですか、まぁあとでコレを見せてもらいます」

 

そういって宝条博士は封筒の中も見ず脇に抱え込むと再び培養カプセルへ向いてしまった。

私も培養カプセルに目を向けると、体の一部が異形と化した人間が目を閉じて培養液の中で浮いているのが確認できた。

 

「中の彼は…どこから?」

 

「おや、気になるのですか、コレはただの犯罪者ですよ。

 罪状は……まぁどうでもいいですね。

 貴方がこっちの方に参加したかったら何時でもどうぞ」

 

「いや、遠慮しておく…

 では失礼するよ、お先に」

 

私は用件を済ますとそそくさと研究室を退出した。

かつて私の主導したジェノバプロジェクトは既に当初の目的は忘れ、全くの別物となっていた。

過去のあの時、宝条博士が口にしていた恐るべき事をとうとう実行に移していたのだ。

とは言え今の私にジェノバプロジェクトの計画を変更する権限はない。

今は私に与えられた職務を全うするのみである。

それを聞いたのはミッドガルに私達家族を護送する途中の時であった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

──ミッドガルの神羅カンパニー本社に向かっている途中の船の中で監視付きの下、私は家族と同じ船室をあてがわれていた。

ただ、私自ら協力することを申し出たのが功をそうしたのか、元から丁寧に扱う気だったのかわからないが思っていたよりは自由が利き、イファルナはエアリスをあやす傍ら外に出て海を眺めたりしていた。

 

「私、こんな近くで海を見るのは初めて」

 

そういって私に微笑む妻を見て私も少しは不安が取り除かれた気がした。

私は宝条博士にこの先どうなるのかを聞きに彼の居る部屋を訪れると、丁度向こうも私を呼ぶ気だったらしく「手間がはぶけましたね」と言ってこれからの事を簡単にまとめた書類を手渡して来た。

私は書類にざっと目を通す。

 

 

 

【セトラプロジェクト(仮)】

 

①概要

この度の計画は昨今のジェノバプロジェクトが当初の目的と相違があると指摘を受け、科学部門で検討を重ねるも修正が困難と判断。

そのためジェノバプロジェクト当初の目的を達成するために立案された計画である。

 

②計画の準備

・この計画は、神羅カンパニー科学部門の主導とする。

・この計画は、ジェノバプロジェクトの指揮下に置かれる。

・この計画は、()()()()()()が選任した者を主任とする。

・選任された主任はこの計画にかぎり()()()()()を持つものとして扱う。

・選任された主任が計画書の作成を行いジェノバプロジェクト()()()()に提出する。

・選任された主任の管理下で実験を行い、詳細は必ず報告書を作成する。

・計画書の提出期限は[μ]―ε γ λ1985年〇月×日とする。

 

 

 

「宝条くん、これは丸投げと言う奴ではないか」

 

私は計画書を見て、これはただの見切り発車では、という疑いを宝条博士に向ける。

 

「あの時言ったではないですか、実験内容は貴方が考えると」

 

「流石にここまでとは思っていなかったよ」

 

私は全身の気が抜けていくのを感じ、ため息を吐く。

 

「見ての通り計画の立ち上げとはいっても、ジェノバプロジェクト内での話になります」

 

「前の私の時と同じで統括はジェノバプロジェクトの総責任者も兼ねているのか?」

 

「そのとおりですよ、しかし統括もお優しいですなぁ

 ()()()()()()をしていた人間にいきなり新しい計画の主任のポストを与えるとは。

 きっと貴方への出産祝いのつもりなんでしょうなぁ」

 

主任に()()()()()を負わせるのは祝いと言うよりは懲罰のような気もするが。

ただ宝条博士の言う事も一理ある。

身勝手にプロジェクトを投げ出した人間にこのポストは破格の待遇でもある。

私に拒否権はない、甘んじて受け入れようと決意した。

 

「では早急に()()()()()()()()()()である私に計画書の提出をお願いしますよ、ガスト博士」

 

「わかりました、宝条()()

 

嫌味かのように強調して伝えてくる宝条博士に、いちいち言わなくてもわかっていると言いたいのを堪えて返事をしたら、嬉しそうにニヤニヤする宝条博士を見ることが出来て、彼の人間味溢れる部分を初めて見たような気がした──。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

研究室を後にした私は、更衣室にへ行き自分のロッカーを開け白衣を脱ぎカバンの中へしまうと掛けてある上着を手に取り羽織る。

今日の白衣はあまり汚れていないが妻には毎日白衣を持ち帰るよう言われているので約束を破らないようにする。

ロッカーの中にはしっかりとアイロンが掛けられ綺麗に畳まれた予備の白衣が数着ある。

過去の私だったら洗いはしてもここまで綺麗に畳まれた状況にはなっていないだろうな。

これも妻のおかげであり、私は果報者だなと誰もいない更衣室で照れてしまう。

とはいえこれはプライベートにかぎる話ではなく会社でもそうなのだ。

逃げた私を蔑み、邪険に扱うなんてことをする人間は一人もいなかった。

無論、内心は違うかもしれないが態度に出してこないだけでもありがたいと思う。

強いて言えば社長が、戻った挨拶に伺った時

 

『長い休暇だったなガスト博士、この次はないぞ』

 

と釘を刺されたくらいかもしれない。

 

ロッカーの中に忘れものがないと確認出来たらカバンを持ってエレベーターで1階のエントランスホールへ向かう。

1階に着けば、神羅製の車が何台か展示され中央には大きく【神羅】と書かれた自社のロゴマークが目に付く。

私はその近くで立ち止まると時計を見た。

時間はもうすぐ18時になろうかとしている。

待ち合わせの時間にはもうすぐだなと、あたりを見渡せば、今日の主役が私を見つけてこちらに向かってくるところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




人事権は統括です
[μ]-εγλはFF7における暦で1985年はエアリスが産まれた年です


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第15話 セフィロスのお宅訪問

研究室に立ち並ぶ培養カプセルの中に浮かぶ異形達をジッと見ていると、俺に気付いた宝条が近寄ってきた。

 

「興味あるのかね、セフィロス」

 

「別にない」

 

「そうか、それは残念だな」

 

そんなことは欠片ほども思ってないだろう、と横目で奴を睨んでいたら聞いてもないのに語りだす宝条。

 

「哺乳類、鳥類、昆虫類、爬虫類、両生類、魚類、あらゆる動物にジェノバ細胞を投与し、魔晄を当て続けた結果どうなるか観察をしているのだよ。

 どれも投与する前に比べ筋力が増大し、凶暴性が増し、中には傷の再生力が上がったものまでいるのだ。

 ただこんなモノは所詮は前座に過ぎんよ。

 本命はあっちにある培養カプセルの中だ」

 

そう言って宝条は巨大な培養カプセルを指す。

培養カプセルの中身は体の一部が異形と化してる人間の男。

この人間がある意味でプロトタイプ、実験体第壱号か。

 

「誰なんだ」

 

「まったくガスト博士もそうだが、そんなに気になるのかね。

 コレは犯罪者だよ、何をしたかは知らんがね。

 サンプルとして健康な男、出来れば体が丈夫そうな者を所望したらコレが送られてきたんだ」

 

犯罪者か、既にミッドガルの警察組織はほぼ神羅と言っても差し支えない状態だ。

奴の希望する条件ならばまずはそこから送ってくるだろうな。

少なくともこの人物は紛れもなく犯罪者だろう。

ただこの先どんどんエスカレートする要望に間に合わせるため、でっち上げられて検挙された者や社内の無能な社員、スラムの者も増えてくるかもしれない。

別に聖人を気取るつもりはないが、見過ごせないと考えるのも事実。

 

「いやいや、あの頃の私を煩わせていた余計な事から解放されてこちらに集中できるのは良い気分だ。

 これなら当初考えていた予定より()()()()()()()かもしれんな。

 ()()ガスト博士には感謝せねばならんなぁ」

 

クックックッと、何度も聞いてる微笑をまた聞かされてうんざりとした気持ちになるが、()()()()()()()という言葉は見逃せない。

それはつまりこの計画で創られた強化人間である兵士(ソルジャー)を戦いの場に出すということ。

ソルジャーとは、ジェノバ細胞を埋め込まれた後に魔晄を照射する事で通常の人間と比べ、圧倒的な戦闘能力を手に入れた存在。

ただし、誰でも成れるという上手い話でもなく、ジェノバ細胞への適合と魔晄の照射に耐えられる者でなければならない。

適性がある者の条件としては、精神力が強いという傾向があり、弱い者は適合不可となるか“魔晄中毒”と呼ばれる廃人化現象を引き起こす。

魔晄中毒とは幻覚を見るようになり、現実との区別が困難でうわ言を繰り返す状態の事。

とはいえそれは人間としての体裁を保っているのでまだマシかもしれない。

過去の神羅で隠蔽された事実の中には目の前の培養カプセルの人間のように異形となってしまった者もいるのだから。

 

取り敢えず俺はいったん思考を収め、これからの予定を伝える。

 

「宝条、前にも伝えたが俺はこれから外に出るが構わないか」

 

「あぁそれについてだが、君の行動範囲は私の一存で決めて良いと許可()()()

 なのでミッドガル内ならば自由にしてくれ」

 

「……だいぶ信用されているんだな」

 

「縛ってばかりじゃ見ることが出来ない事もあると思ったのだよ」

 

過去より交流は増えたがやはり宝条の考えは読めん。

ライフストリームで得たのは知識であって、個々の感情まではわからなかった。

だから奴が何をしたかは知っていても、何を思っていたのかはあくまで俺の予想でしかない。

既に『オレ』の時とは大きな相違が起こっている。

ソルジャーの技術確立は既に大幅に()()()()()

そしてこれから会う予定の人物が何よりの証拠。

ここから先はより注意が必要だ。

事態は悪い方に行く可能性があることも十分に考慮しなければならない。

 

「それなら、これからいちいち報告はしないがいいか?」

 

「……ご自由に」

 

それでも念のため確認をとり、宝条から言質を取ると俺は研究室を出てエントランスホールへと向かう。

エレベーターが開けば1階の【神羅】のパネルの前でガスト博士は待っていた。

俺に気付いたガスト博士が手を上げてこっちだという仕草をしてきたので、少し速足で近づく。

 

「ガスト博士、お待たせして申し訳ございません」

 

「いやいや私も今ここに着いたところだよセフィロス。

 気にしなくて大丈夫だ」

 

「外に出るという許可を貰いました。

 用というのはなんでしょうか?」

 

つい先程、外出はミッドガル内なら自由になったがガスト博士は知らない。

そのため事前に許可を取っておいてくれと頼まれていた件の結果を伝えた。

 

「あぁ君との約束を果たそうと思ってね」

 

「約束ですか?」

 

「なんだ忘れてしまったのかね、あの時は幼かったから仕方ないか。

 まぁ着いてきなさい」

 

すでに再会の約束は果たされていると思うが、他に何かあっただろうか。

俺はガスト博士は信頼しているが、流石に一言一句までは思い出せない。

とりあえず「わかりました」とガスト博士の横を付いていく事にした。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ガスト博士に連れられて着いた先はプレート上層部の伍番街。

とあるマンションの一室の前で立たされた俺に

 

「ようこそ我が家へ、さぁ入りなさい」

 

目の前の扉を開けたガスト博士がそう言って俺を自宅に招き入れた。

そう言えば最近になって神羅ビルから一家で引っ越したことを思い出した。

 

「……お邪魔します」

 

「ただいま、イファルナ。

 セフィロスを連れてきたよ」

 

中に通され、リビングに入ると同居人である嫁に声を掛けるガスト博士。

それを聞いたガスト博士の嫁は、キッチンで料理をしていた手を止めこちらに歩み寄って来る。

 

「お帰りなさい、あなた。

 それといらっしゃい、セフィロス()()

 

「あ…はい…お邪魔してます」

 

セフィロス()()などと生まれてこの方一度も、それこそ過去も含めて初めての呼び方に一瞬戸惑ってしまった。

 

「ふふっ緊張しているのかな?

 もしかして、あなたちゃんと説明していなかったの?」

 

「ちょっと驚かせようかと思ってね。

 あ、エアリスー今かえりましたよー」

 

俺に今日の用事を黙っていた理由を打ち明けた途端にガスト博士に飛びかかる存在が現れた。

二人の娘である。

 

「パパーおかえりー、きょうははやいねー

 このひとだぁれ?」

 

「私達家族の恩人だよエアリス。

 さぁご挨拶しなさい」

 

「こんばんは、はじめましてエアリスです」

 

俺にハキハキとした声で挨拶をするとペコリとお辞儀をする娘。

 

「……はじめまして。

 セフィロス……だ」

 

「さぁさぁ席に着いて、今日は家族で君を歓迎しよう」

 

ガスト博士の言葉を聞き周りを見渡せばダイニングテーブルには料理が所狭しと並んでいる事に気付いた。

料理をマジマジと見ているとガスト博士は俺の背中を押して席に着くように促す。

 

「今日は妻が腕によりをかけて君のために料理を作ったんだ。

 是非喜んでもらえると嬉しい。

 イファルナ、料理はこれで全部かな?」

 

「あとはシチューを少し味の調整して終わりよ」

 

そう言って台所に戻った嫁を見て、ガスト博士は俺の目の前に座り、グラスを差し出す。

俺はそれを黙って受け取るとガスト博士が机に置いてあった瓶の栓を開ける。

 

「これはバノーラ村の特産品である、リンゴを使ったジュースだよ」

 

「…バノーラ・ホワイト・ジュース」

 

「ほぅ、知っていたかね、すごく美味しいジュースでエアリスも好きなんだ」

 

ガスト博士が説明しながら俺のグラスにジュースを注ぐ。

いつの間にか俺の横の席にいた娘が「こっちもー」とグラスをガスト博士に向けている。

 

「さぁお待たせしました、シチューが出来たわ」

 

鍋を持ってダイニングテーブルにやって来たガスト博士の嫁がすでに用意されていたお皿にシチューを取り分け、俺の目の前に置く。

 

「お口に合うといいんだけど……」

 

「大丈夫だよ、セフィロスは好き嫌いせずなんでも食べる子だ」

 

たしかに出された食事を残すという事はないな。

ただそれは好き嫌いというよりかは栄養補給の意味合いが強い。

食事を楽しむという文化があるのは知っているが俺個人がそれを感じたことはない。

シチューが全員に行き渡るとガスト博士の隣に嫁も着席し娘に声を掛ける

 

「はい、エアリス、いつものお願い」

 

「てをあわせて、いただきまーす!」

 

娘と同じように親も手を合わせ「いただきます」というので俺も周りに合わせて真似をする。

さっそく盛られたシチューにスプーンをすくわせ自分の口に運ぶと俺は衝撃を受ける。

 

「…美味い」

 

それを聞いたガスト博士と嫁は安心したように二人そろって「良かった」と呟き笑顔になった。

 

「そうだろう、妻の手料理は世界一美味しいんだ。

 やはり、私が作らなくて正解だった」

 

「別にあなたの料理もまずいわけじゃないんだけどねぇ

 エアリスはあまり好きじゃないから、子供の口には合わないのかもしれないわね」

 

「パパのりょうりはしょっぱいのー」

 

家族(ファレミス家)の談笑を聞きながら俺は黙々とシチューを口に運ぶ。

気付けばすでにシチューは無くなっていた。

 

「セフィロスくん。おかわりはいかが?」

 

「……お願いします」

 

そう言って手を差し出して来たガスト博士の嫁に俺は空になったシチューの皿を渡す。

 

「シチューも美味しいが、こっちのパンも美味しいぞ、それからサラダにソテーに。

 全部美味しいから是非とも食べてみてくれ」

 

俺はハッとした。

料理を楽しむというのはコレの事をいうのかと。

そんな考えを抱くも興味は他の品に惹かれ、ただただすべての料理を()()()()平らげた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ではセフィロスを送っていく」

 

一人で帰れると伝えてもガスト博士は「いやいやこんな夜遅く子供を一人で出歩かせ事は出来ない」と俺を神羅ビルまで送ることを主張してきた。

頑なに言うので仕方なくお願いする。

 

「はい、気を付けて、()()()()()もまたね」

 

「ばいばーいおにいちゃんまたねー」

 

「お邪魔しました」とガスト博士の嫁と娘……イファルナさんとエアリスに挨拶をしてファレミス家を後にする。

 

 

 

――食事をしている中で何度か俺をセフィロス()()と呼ぶので呼び捨てでいいと伝えたのだが、初めは遠慮していたようで俺が気にしないと伝えればちょっと意地悪そうにでも優しく、

 

『そしたら貴方は私の事を何て呼ぶのかな?』

 

と逆に聞かれてしまった。

確かに一度も呼んだことがない、口を閉じ押し黙ってしまった俺を見かねて向こうは助け舟を出して来た。

 

『お姉さん…は流石に自惚れ過ぎね、おばさんで大丈夫よ』

 

『いやいやアナタはお姉さんでも大丈夫ですよ』

 

と隣で言ってるガスト博士は俺も見て、君もそう思うでしょ、と言いたげに目を配る。

それを見て迷った俺は

 

『イファルナさんでいいですか?』

 

『それでいいわ、()()()()()

 

と喜んだ顔をして俺の頼みを認めてくれた――。

 

 

 

「セフィロス、君を招くのに時間がかかってすまなかったな」

 

「いえ、そちらの都合もありますし、お気になさらずに」

 

ガスト博士たちが伍番街に移る前は神羅ビルで軟禁状態だった。

とてもお客を招くなんてことは出来る状態ではなかったので仕方のない事である。

アイシクルロッジから今までガスト博士以外との交流はなく、たまに見かけても会釈程度だったので、イファルナさんやエアリスとここまでお互い近い距離で話したのは初めてだった。

どうしても『オレ』の事もあり避けてしまっていたのだ。

 

「料理を振舞うという約束、思い出したかね」

 

「はい、でも博士の奥さんの手料理とは予想外でした」

 

「いやぁ私は誰の料理かまでは言っていなかったからね」

 

少しバツは悪そうに、でも嬉しそうにするガスト博士。

 

しばらくすると神羅ビルに着く前に少し話したいことがあると道中のベンチにガスト博士は腰を掛け、俺も横に座る。

 

「君がニブルヘイムで私と別れた後、戦闘訓練をしていたと聞いたのは驚いた。

 最初は無理やりやらされているのだと思ったら、どうやら自分から進んでいると聞いてさらに驚いた。

 最初は周りから自分を身を守るために必死なんだと思ったがどうやら違うようだね」

 

「………」

 

「今は大人に混じって実戦に出ている君を見ていると不安になってしまう」

 

「俺に止めろというのですか」

 

たしかにもう俺は既に実戦に投入されている。

ただそれは『オレ』の時と時期はあまり変わっていない。

 

「いや、君が望んでやっているなら私が止める権利はない」

 

「ご安心ください、俺の意志です」

 

「そうか、ただこれだけは覚えていてくれ、何かあれば今度は全力で君を守ろう。

 娘を持った今だからわかる、あの時の私は勝手な大人だった、最低だった」

 

「そんなこと…ありません」

 

その言葉は俺の本心かどうか自分でも分からない。

ただ今はそう返すしか言葉が見つからない。

 

「私は、今度こそ君の父親として振舞いたいと思っている。

 身勝手な自己満足かもしれないがね」

 

「いえ、そう言って下さるのは嬉しいです」

 

「ありがとう、セフィロス」

 

ガスト博士はベンチから立ち上がり「さぁ行こう」と俺に言う。

俺は黙ってついていく。

父親がどういうものかは知っているが、父親とはどういうものか、俺には正直まだ良くわからない。

ガスト博士が守りたいという気持ち。

俺が守る必要があると考える思考。

今の俺には頭で考えて行動は出来ても心で突き動かされるというのがない。

『オレ』から『俺』になった時知った感情は頭で理解しただけかも知れない。

『オレ』にはならないと考えるのが俺を阻害している……

 

「セフィロス、着いたぞ」

 

「あ…」

 

どうやらもう神羅ビルの目の前のようだ。

 

「ガスト博士、ありがとうございました」

 

「あぁまた来たかったら……いやまた呼ぶよ、()()だ。

 おやすみセフィロス」

 

そう言って来た道を戻るガスト博士を俺はニブルヘイムの時と同じようにただ見守っていた。

今度のガスト博士は一度も俺の方を振り向かなかった。

 

 

 

 

 




バノーラ・ホワイトが賞を取った時
すでにセフィロスは活躍していたという設定があります。
年ははっきりと分かっていませんが
その頃は少年だそうです。



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第16話 社長の方針・もう一人の科学者

ガスト博士が我が神羅カンパニーに戻ってからもう数年は経つ。

宝条博士が新しい計画のために必要になったので迎えに行くと言って連れてきたのだ。

監視をしていたことは知っていた、伴侶が出来て娘が産まれたのも知っていた。

その後“約束の地”を目指すための新たなプロジェクトにガスト博士を主任に据えたと報告してきたのは少々驚いたが。

一緒に提出してきた計画書を見た時、プロジェクト協力者にガスト博士の妻、ミセス・イファルナの名前があった。

ガスト博士がアイシクルロッジで古代種の研究を続けていた時の助手も務めており、なんと古代種の生き残りだそうだ。

それを聞いたとき私はガスト博士へ再び期待を寄せたのだ。

その答えは神羅カンパニーの利益となってもたらされた。

上がって来た報告内容に書かれている地域を探ると魔晄エネルギーが確かに他に比べ多く溢れており、魔晄炉建設の為の調査費用が削減出来た事で大いに役立った。

この調子でいけば“約束の地”を発見するのも近いと年甲斐もなく胸が高鳴ったのを憶えている。

しかし上手く事は運ばず、ガスト博士主導のプロジェクトも最近は進展が見られない。

そこで私は総責任者の宝条博士を呼び出し説明を求めた。

 

 

 

 

 

 

「宝条博士、古代種のプロジェクトはどうなっているのだ」

 

「その事についてですが、一旦休止にした方が宜しいかと存じます」

 

「どういうことだ」

 

こちらが鋭く睨みつけるもまったく怯む様子もなく眼鏡を上げて説明を続ける宝条博士。

 

「以前に古代種は“星との対話”が出来ると申し上げた事はご存知かと思います。

 ただどうやら星の声を聴くにも()()()()()というのがあるらしく、サンプルの一人であるイファルナの方はすでに衰えを見せております」

 

「嘘を吐いているという可能性は」

 

「それはあり得ませんね。

 私も何度かガスト博士と共に実験を行いましたが、娘の方が優れているとデータが出ています。

 どうやら雑種(ハーフ)というのはあまり関係ないようですね」

 

実験と言うと目の前の男は何をするか分からないが、ガスト博士の方はとても慎重で安全に配慮しているらしく、当初は娘を実験する気はなかったが成長するに従い、娘自体が『パパとママのおてつだいがしたい』と言い出したのでそれならばと何度か行っていたようだ。

家族そろって協力的なのは良い事である。

軟禁を解いて市内への居住を許可した甲斐があったな。

 

「それならば娘を主体にして進めればいいのではないかね」

 

「単純な理由ですよ、これ以上の実験を行う場合はサンプルが幼すぎて難しいのです。

 しばらくは監視のみで良いでしょう」

 

「……まぁ致し方ない、それは承知しよう。

 だが科学部門としての我が社への貢献はどうするのだ」

 

「ご安心下さい、もうすぐ戦場を一変させる例の実験体達を投入出来そうです」

 

実験体達、つまり強い兵を創るという奴がいま最も力を入れている計画か、最近人体実験も始めたと聞いている。

 

「ヒトを使い始めてから早いじゃないか」

 

「あの子が『自ら戦う意志が無ければ役に立たん』と言っていたのでね。

 神羅の兵から強くなりたいと思う者に施してみたところ、精神と肉体が安定したという結果が得られたのです」

 

さらに宝条博士の説明は続き、精神力が高い者が適性が高いそうだ。

どのような理由であれ戦う意志が有る者ということは精神力も高いという事で、神羅の兵をすべて一度適性検査を行いたいとも提案してきた。

 

「無論すべてに適性があるとは思っていませんがね、サンプルは多い方がいい」

 

「わかった、承認しよう。

 ところでその強化された兵士はなにか名称があるのか」

 

「【プロジェクト・S】を参考に考え出した計画。

 いずれはあの子が従える兵士達。

 【S計画】ソルジャー……」

 

 

……一通り報告を終えた宝条博士は部屋を去る。

 

「ソルジャーか……」

 

【プロジェクト・S】とはセフィロスのことか。

確かにあの子供はとんでもない奴だ。

作戦に投入すれば任務は絶対に成功させ、部隊損失は僅か……

いや兵員に限って言えばゼロである。

そのセフィロス程の兵士を量産しようというのだから確かに魅力的な計画だな。

奴は最後に『セフィロスを超えるのはありえませんがね』などと言っていたが、それでも既存の兵よりは強くなることは間違いないとも言っていた。

だったら協力しようじゃないか。

 

早速、私はS計画の為に兵の志願者が増えるよう広報に記事を書かせる指示を出した――

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

科学部門では月に一度、各々が携わるプロジェクトの責任者が研究成果を発表する報告会がある。

科学者として、また研究者として他のプロジェクトを知ることは自分の知識の幅を広げる、自分のプロジェクトへの新たなる発見に繋がるため余程の事がないかぎり科学部門に在籍する研究員全てが参加する。

私はその報告会に向けて、とある過去の資料をもう一度確認しようと思い資料室で棚を漁っていた。

 

「また奴の研究成果(自慢話)を聞かなければならないのも憂鬱だ」

 

目的の資料を探している時にふと口から漏らしてしまう。

いつも最後に発表するのは現科学部門統括でありジェノバプロジェクト総責任者の宝条である。

 

 

ガスト博士が居なくなった後、私は宝条との権力争いで、科学部門統括の地位は奴に奪われてしまった。

ジェノバプロジェクトの総責任者はガスト博士が奴を指名して休暇に入ったもんだから異議すら唱える暇も無かった。

科学部門統括の地位もジェノバプロジェクト総責任者となったならば予定調和の様なものだろうが、だからと言って納得は出来ない。

ジェノバプロジェクトには二つの計画、【プロジェクト・G】と【プロジェクト・S】があった。

過程は違うがどちらもジェノバ細胞が胎児にどう影響するかを実験する計画だった。

この二つの計画は当初ガスト博士は反対していたが、十分安全に配慮し胎児は同プロジェクト内の女性研究員3人の子供を本人達の合意の下で提供するという事でやっと許可が下りた。

ただ私と宝条なら許可が無くてもやっていただろうとは思う。

私の担当は【プロジェクト・G】。

まずは私の妻であるジリアンにジェノバ細胞を移植してお腹の中の胎児にどう影響があるかを観察。

それとほぼ同時にジェノバ細胞が定着したジリアンの細胞をもう一人の女性研究員の胎児に移植して同じように観察した。

()()()にジェノバ細胞が胎児にどう影響出るかという実験だったが経過は良好だった。

奴よりも早く成果も出せると喜んでいたのも覚えている。

なんせ宝条の担当する【プロジェクト・S】は()()()()()遅れ【プロジェクト・G】始動から季節が一巡するかどうかというくらい経っていた。

ただコレが逆に奴にとっての幸運となってしまった。

宝条はこちらの成果を見て、あろうことか()()胎児にジェノバ細胞を移植したのだ。

私はその時、奴は焦って無茶をしたな馬鹿め、と内心嘲笑っていた。

しかし、経過観察を重ねる内に【プロジェクト・S】は【プロジェクト・G】以上のデータを叩き出してきたのだ。

その内、私のプロジェクトは期待するデータが得られなくなり、代わりに宝条のプロジェクトは期待通りのデータを示す。

しかも、その期待通りとは当初より大幅に上方修正した値での事だ。

【プロジェクト・G】の子供達は赤ん坊の頃に失敗と判断された。

それでも私は成長すれば何か変わるのではないかと期待を寄せたがジリアンが子供を連れて逃亡する。

ジリアン達は捕まり処分はガスト博士の恩情もあって免れたが、ただ【プロジェクト・G】は完全に立場を失い経過観察を残し検証や実験などは不可能となった。

その間にも【プロジェクト・S】の子供、セフィロスはどんどんデータを更新していき、私は嫉妬と後悔に駆られた。

なぜ、最初に安全を取ってしまったのかと、自分も直接ジェノバ細胞を胎児に打ち込めば良かったと。

その後、ジェノバ細胞が古代種でないと疑いが持たれ、それがきっかけとなり【プロジェクト・G】の子供達も見直された。

データでは【プロジェクト・G】の子供達も普通の子供に比べれば非常に高い能力を示している。

だがセフィロスは……宝条の息子は()()()な数値だった。

セフィロスはそのあとも、戦闘に関する実験や検証でさらなる結果を生み出していった。

それも宝条が元々高めに考えていた予想を驚異的に上回る結果だったのだ。

しかし私はまだ【プロジェクト・G】に何か手掛かりがないかと完全に諦めきれないでいる。

 

 

資料室の棚に探している資料を見つけ手に取った瞬間に名前を呼ばれた。

 

「ホランダー博士も何かお探しかな」

 

私に声を掛けてきたのはかつての科学部門統括兼ジェノバプロジェクト総責任者のガスト博士だ。

 

「これはガスト博士、何か用ですか」

 

「私もちょっと気になる事があって資料を探しにね。

 そしたら君がいたので声をかけたんだよ」

 

「そうですか、私も探し物です。

 それよりもガスト博士が気になる事に興味ありますな」

 

「丁度君の持ってる資料だよ」

 

私と同じ【プロジェクト・G】の資料を探していたらしく、手に持っていた資料に指を指してくるガスト博士。

 

「そのプロジェクトで生まれた子供二人が神羅に来るそうじゃないか。

 一人はジェネシス、そしてもう一人は君の息子アンジール」

 

「ガスト博士も御存知でしたか」

 

「元とは言え責任者だ。

 改めて確認しておこうと思ってね。

 それに彼等の力にもなりたいと思っている。

 しかし何故神羅に来ようと思ったのかは知らないのだ」

 

「それはあのセフィロスに感化されたからですよ。

 仲間を見捨てず困難に立ち向かう勇敢な“英雄”にね」

 

最初は大げさだなと思っていたが、実際にセフィロスと部隊を共にした者達から聞けば、誇張でもなんでもなく絶対に仲間は見捨てない、困難な任務も自ら進んで従事し達成させると現場からも信頼を寄せられている。

それに目を付けた神羅の広報がセフィロスの活躍を記事にして祭り上げたのだ。

当の本人はあまり快く思っていないそうで

 

『手の届く範囲の事を精一杯やっているだけだ』

 

とだけ答えたそうだが、逆に奴の人気に拍車をかけ気付けば“英雄”などと大それた称号で呼ばれるようになっていた。

 

「…そうか、私はあまりその呼び名は好きではない」

 

ガスト博士は顰めた表情でそう呟いた。

彼はセフィロスが英雄と呼ばれる事に良い感情を抱いていないそうだ。

もしやコレは……

 

「ガスト博士、先程二人の力になりたいとおっしゃりましたよね。

 もし良ければ私の研究を手伝っていただけませんか」

 

「……どういった内容かね」

 

訝しむ顔で私の様子を探るガスト博士。

コチラも彼にそっぽを向かれないように言葉を選びつつ目的を説明する。

 

「私は宝条博士とは違いますよ。

 ただ単に子供たちが無事に成長していけるかどうか、

 ジェノバ細胞が悪影響を及ぼさないように研究を続けたいと思いましてね」

 

「そういう事なら、喜んで協力させてもらおうホランダー博士」

 

そう言って握手を求めた私の手をしっかり握り返してくる。

 

私は宝条とは違う。

奴は部下としてガスト博士の方から計画に加わるならともかく協力の依頼は絶対しない。

奴はガスト博士に多大なるコンプレックスを感じているからな。

でも私は利用出来るモノはすべて使う主義だ、結果を出すための過程なぞ拘らん。

あのガスト博士が私に協力してくれるなら、宝条を出し抜くことが出来るかもしれん。

仮に結果が出なくとも、宝条の人望の無さをついて奴を敵視する連中と手を組みガスト博士を担ぎ上げる。

そして宝条を今の立場から引きずり落とすという手もある。

地位に関して今のところあまり興味がない。

ただ奴の下というのが堪らなく苦痛だ。

今はガスト博士に対して友好的に振舞って利用し、宝条への復讐を成し遂げてやる。

 

「それにしても【プロジェクト・S】の資料は殆ど見当たらないな」

 

「それはニブルヘイムの方にほとんど置いてきていますね。

 宝条博士が『ニセモノの資料は必要ない、ホンモノは私が知っている』と言ってね。

 まぁ資料自体を破棄したわけじゃないですし、その時は邪魔にならないよう置いてきたんじゃないですかね」

 

「そうなのか、いずれ改めてそちらも確認しておこう」

 

奴のセフィロスへの執心はミッドガルにきてから目立つようになった。

ガスト博士が総責任者だった頃よりも二人の距離も近くなったように見える。

宝条はセフィロスから接近してきたと言っているが、私から見ればお前の方からも明らかに近寄っているよ。

私にセフィロスの研究成果を語る時のお前は少なくとも科学者には見えない。

ジェノバプロジェクトの研究は一時期、セフィロス一色だった事もあった。

宝条の事を毛嫌いする癖に()()()()()()()()()()()()()か自ら進んで戦闘訓練を重ねて結果を出すセフィロス。

セフィロスを実験体としか見てないと言い張るのに希望はなるべく叶えてやろうとする宝条。

 

お前達は間違いなく親子だよ、お互いが歪んでいる親と子だ。

その歪な状態、そこに付け入りさせてもらおうか。

 

 

「この資料は見終わったらガスト博士に届けます」

 

「そうか、ありがとう。

 では失礼するよ」

 

 

ガスト博士と別れた私は、私室に戻りガスト博士にお近付きの印として【バノーラ・ホワイト・ジュース】の1年分を寄贈するための注文書を書き始めた。

 

 

 

 




エアリスのパパママ呼びはも少し成長したら原作通りにする予定です。
にしてもおっさんしか書いてない。
原作じゃ逃げたエアリスは15年間協力要請はしても無理やり連れて行くまではしなかったので意外とそこらへんは弁えているのかただ執着がないのか……
宝条「ああ、イファルナか。元気にしてるのか」とかね

ジェノバプロジェクトの当時の背景はこの作品での解釈です。
実際は、
ガスト博士はGとSはあまり関与していなかったらしい ←責任者それでいいのか
計画は宝条とホランダーが率先して行った。
行った内容は書いてある通りだがなぜGが母体へ、Sが胎児へ直接になった経緯は不明
ジェネシスの実母は実際は不明
子供が生まれた順はアンジール・ジェネシス→セフィロスでズレはあるが同年代である
CCアルティマニアが参考文献です


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第17話 宝条博士の様子

神羅ビルには研究所と別に病気や怪我の治療を目的とする医療センターが設置されたフロアがある。

担当しているのは医務課であり、組織図では科学部門の管轄という事になっている。

しかし治安維持部門の管轄である総務部調査課【タークス】が統括命令よりも社長を優先とする社長直属のような扱いであるように、この医務課も所属する医師や看護師達を管理している課長が統括に近い役割を担っており独立した部門のような状況である。

課長本人も医術の心得がある医師で、部下達から親しみを込めて「院長」などと呼ばれている。

またガスト博士とは、娘や奥方の体調について非常に世話になっていたそうで、家族共々院長とは親しい間柄となっているそうだ。

院長はプレジデント神羅(社長)の主治医も担当しているためか課長であるにも関わらず権限が強く、科学部門統括である私でもおいそれと勝手に患者を連れ出すことは出来ない。

それどころか、患者がいる病棟に入る時もわざわざ申告しなければならず、面倒である。

 

 

私はここに預けられている実験体(アレ)の様子を伺うためにフロアの受付に声を掛ける。

滅多に来ないが、それでもジェノバプロジェクトに関係することであり観察は必要だ。

 

「901号室の患者に面会したい」

 

「承知しました、901号室の面会は院長の許可が必要なため少々お待ち下さい」

 

この医療センターは70階建の神羅ビルのうち占領フロア数が多く入院患者も多岐にわたる。

3桁のうち最初の数字は階層を表すのではなく、病気、怪我等の専門ごとの分類を目的としており、9は精神関係の数字である。

 

「はい、宝条統括が、はい、面会したいと……」

 

内線で院長に許可を取る受付を見てなぜ統括である私がいちいちこんな事をしなければと少し腹立たしく感じてしまう。

いずれは科学部門で完全に支配できるようにしてやろうと考えていると

 

「お待たせしました、許可は取れましたが他の面会者がいるので少々お待ち……

 あっ、ちょっと宝条統括!」

 

許可さえ貰えればどうでもいい、むしろアレに誰が面会に来ているのか確かめてやると、受付の呼び掛けも無視をして私は病室に向かった。

さて誰だ、アレの親類などはすでにいないはずだ。

いや厳密には居るのだがそれはあり得ない。

そう考えると面会するような人物は恐らく科学部門の関係者だろう。

この私に断りもせずアレに近付くとは場合によってはその面会者はこの神羅から()()()()()()()()()必要がありそうだな。

病室の前まで来た私は、入る前にその不届き者がアレとどんな会話をしているのか少し気になり、その場で耳を澄ませてみる。

 

 

「……がお世話になりました」

 

「そう言ってもらえると私もうれしいです。

 早く良くなって息子さんに会えるよう頑張りましょう」

 

中からはアレの他にもう一人の女の声がする。

 

「私は…あの子に会う資格なんかあるのでしょうか」

 

「有りますよ、母親が息子に会うのに資格なんか必要ありません」

 

私はそれを聞いて、この面会している女はもしや、と扉を開けた。

アレと会話をしていたのはガスト博士の嫁イファルナで、ベッドの近くの椅子に座っている。

扉を開けた私を見て、ベッドから私の方に体を向けた彼女は挨拶をしてきた。

 

「あら、宝条博士、ご無沙汰しております。

 うちの主人もお世話になっています」

 

「これはこれは、イファルナ殿、なぜこんな処にいらっしゃるのですか?」

 

「えぇと、最初は院長さんから年も近いので少し話し相手になってくれないかと頼まれまして。

 ただ、今は私が望んでルクレツィアさんと御会いしています」

 

今はということは既に何回か会っているのか、院長め余計な事をしてくれたな。

だがコレは直談判してそれを元に医務課の主導権を握るのも悪くないかもしれん。

 

「それにしても初めて会ったときは驚きましたよ。

 あの宝条博士にこんな美人な奥様がいるなんて……

 あっ、すみません」

 

「……大丈夫です」

 

「それに私と年が近いのにこんなに若々しくて、同じ一児の母として嫉妬しちゃいますわ。」

 

()()()()()()()()()()、と言いたそうに見るアレを他所に会話が止まらないイファルナ。

次から次へとアレと今までどんな交流をしていたかを語ってくる。

成る程、たまに来るたび、精神が安定してきた傾向があると思っていたが原因はこの女のせいか。

今までの会話から推測すればイファルナはセフィロスの本当の親について既に知っているのだろう。

ガスト博士が教えたのだろうか、しかし神羅にいない期間に口封じする気はなかったから仕方ない。

問題はそれをセフィロスに教えたかどうかだ。

当初はまったく交流が無かったはずだが、ある時を境にセフィロスはガスト博士の家に出向くようになっている。

 

「うふふ、夫婦の時間を邪魔しちゃ悪いわ、私はこれで帰ります。

 また来るわルクレツィアさん。

 宝条博士、失礼しました」

 

「イファルナ殿、セフィロスに両親の事は教えたのですか」

 

病室を出て行こうとするイファルナを呼び止め、抱いている疑問をぶつける。

 

「……ご安心ください、私()()伝える気はまったくありません」

 

「そうですか、貴方の御主人の立場もある。

 それについてはくれぐれも御内密にお願いしますよ」

 

私の返答を聞くと立ち止まり、立腹したような声色でイファルナは異議を唱えてきた。

 

「別に、主人の立場だとかそういう事を気にしているんじゃありません。

 本当の事をセフィロスに伝えるのは父親であるアナタの役目だと思うからです」

 

「それについては「それと!」

 

「言うつもりはありませんでしたが、やっぱり言わせてもらいます。

 もっとルクレツィアさんを大事にしてあげて下さい!」

 

「では」、と私を睨みつけてさっさと病室を出て行くイファルナ。

ガスト博士の嫁は思っていた以上に気の強い女だな。

まぁそれについては後日ガスト博士に詳しく聞き出す。

私は開けっ放しの病室の扉を閉めてベッドの近くに腰かけた。

 

「具合はどうだね」

 

「……セフィロスの事、アナタの口からも聞かせてもらえるかしら」

 

「そんなに聞きたいかね」

 

あの子の事は今までは話すことなどないと突っぱねていたが、なぜか今日は話しても良いと思った。

 

「クックックッ、いいだろう聞かせてやろう」

 

今はガスト博士の嫁が言うように私達なりの夫婦の時間とやらを過ごすとしようか。

 

 

その後、院長への直談判は結局行う事はなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「……以上で報告会を終了する。

 各自持ち場に戻りなさい。

 あぁガスト博士はこちらへ」

 

科学部門内での報告会議を終えたあと、私は会議室を出て行こうとするガスト博士を呼び寄せて、先日の件を問いただした。

 

「先日、奥方に会いましたがセフィロスの件はなんと伝えているのですか」

 

「あぁそのことか、イファルナから聞いているよ。

 妻が失礼してすまなかったね」

 

「いえ、それは気にしておりません。

 それより奥方がセフィロスに伝えないよう極力注意を。

 無論貴方もですよ。

 でないとアナタ方の扱いもまた改めねばなりませんよ」

 

少し脅しかけるように伝えるがガスト博士はあまり気にも留めてない。

 

「それについてなんだがね。

 私も妻と同意見で、君が伝えるべきなんじゃないかと思っている」

 

「ほう、何故ですか」

 

「最初はね、自分の立場なんか関係なく私が伝えなければならないと思っていたんだがね。

 そしてセフィロスの親に成ろうと思っていたよ。

 何度か家に呼んだりして家族の時間を過ごしたりした」

 

「……それで」

 

セフィロスがガスト博士達と家族ゴッコをしているのは把握していたが、止める気はなかった。

ガスト博士が神羅に復帰してもセフィロスは私に従順であったし不必要に機嫌を損ねる必要もないと思ったからだ。

 

「改めて君たちの関係をよく見たらね、セフィロスは()で宝条博士と接しているんだ。

 私に対してはどうも距離を置いている」

 

「そんなことは……」

 

「一度、宝条博士の事を呼び捨てにするのはどうかと注意したら

 『それはガスト博士には関係ありません』と言われてしまったよ」

 

セフィロスが私の事を呼び捨てにすることを改めるさせる気はなかった。

ただ言われてみれば私以外の研究員には何かしら敬称は着けていたかもしれん。

 

「昔、私が言った『気に掛けてやってはどうかね』という言葉。

 あの時の返事は守る気が無いように見えたが、嘘ではなかったんだな。

 神羅に戻って来た時、私が居た頃よりあの子との関係が改善していたようで驚いたよ」

 

「別にそんなつもりはありませんでしたよ。

 ただ向こうから近付いてくるのをわざわざ無下にする必要もないと思ったのです」

 

「それにセフィロスはジェノバは母親ではないという事を知っているではないかね。

 君が教えてくれたと言っていたぞ」

 

教えたと伝えられると語弊がある。

それはセフィロスが私の周りを一時期であるが護衛していた頃だろうか。

きっかけはなんだったか思い出せない。

たまたまジェノバの話になった、そしてセフィロスにキミの親だなんて私が言ったのだろう。

セフィロスはハッキリと私の目を見据えて

 

『ジェノバは俺の本当の母親ではないだろう』

 

『もうその話は聞く気はない』

 

どこで知ったかは頑なに言わなかったが、私はセフィロスにジェノバが母親ではないとは認めた。

しかしその後は本来続くであろう質問、本当の両親については一切聞いてもこない。

そしてセフィロスが本当の両親について知っているかどうか、この私ともあろうものが()()()()()()でいた。

 

「宝条博士、この件は君が伝えるべきなんだ。

 きっともうあの子は気付いているよ。

 君に対しての“宝条”はあの子なりの“親父”のつもりなんだよ」

 

「……下らない」

 

「あくまで私の意見だ、どうするかは君が決めるべきだろう。

 ただ私はこれからも親のつもりでセフィロスを支えていく」

 

ガスト博士は最後に私の肩に手を置くと「大丈夫だ」とだけ言って会議室から出て行ってしまった。

 

私がガスト博士の言っていた言葉を気にしないように努めた。

今の私とセフィロスとの関係を表す、最適な言葉を探し求めた。

私は、古代種の研究においてはホンモノであるガスト博士、貴方に任せますよ。

私は、古代種の研究においてはニセモノだった。

しかしジェノバの研究では私こそがホンモノの科学者となる。

 

 

実験体は……

奴は……

あの子は……

セフィロスは……

 

 

そう、私にとっての“()()()()

 

 

 

 

 

 

 




医務課なんて公式にありませんのでご注意ください。
医療目的の施設はあったんですけどね
あと精神病んでる人の話は否定しちゃだめですよ


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第18話 新しい統括候補

神羅カンパニーには治安維持部門と呼ばれる部署がある。

 

その名が示す通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()を目的としているため、治安を乱す者や対立組織に対して上層部が必要と判断すればこちらから兵を送り制圧する。

場合によっては排除も厭わない事もあり、年々その傾向は強くなっている。

過去においては一企業の警備部門に過ぎなかったのだが、神羅が大きく成長するに伴い、陸・海・空と戦力を充実させ今では一国を相手に戦争を始めるまでの規模に肥大化した部門でもある。

 

 

 

私自身は兵としての戦闘能力は有していないが、頭脳を買われて作戦立案や作戦補佐として従事し、治安維持部門内での立場を確立していった。

そんな時、新たに設立される部隊を私に任せるという話を統括から頂いた。

なんでも科学部門が現在行っている研究で、特殊な施術で戦闘能力を大幅に強化された兵をまとめ、特殊部隊として運用するために専任の指揮官が必要となりその役目に私が抜擢されたというのだ。

さらに活躍次第では後々、新部門として独立させる案も持ち上がっており、そうなった場合は指揮官に命じられた私がそのまま統括として就任する可能性が高いとの事らしい。

特殊部隊名はソルジャー部隊、そして総隊長としては例の子供が任命されている。

 

この話は私にとって渡りに船であった。

私は()()()()を持って治安維持部門の統括への出世を目指し歩んでいたが現統括のハイデッカーは古参幹部の一人でありその席を次世代に譲る気配は一向になく、目的遂行のために新たな道を模索していた所だった。

以前ハイデッカー統括にいつまで仕事を続ける気か直接聞いてみた事がある。

 

『社長が引退するまでだガハハッ。』

 

豪快に笑いながら当分先だという意味の回答を貰った後に

 

『なんだ統括の座を狙っているのか。

 ラザード、お前は若すぎる。

 血気盛んな兵を束ねる者は“貫禄”というのも必要なんだ。

 お前の能力なら俺の次は統括になるさ、焦るな』

 

と言われてしまい、少々腑に落ちないが反論も出来ずに終わってしまった。

実際、兵をまとめあげる事において見た目というのも重要ではある。

私はハイデッカー統括より能力は劣ると思っていないが、だからと言って彼も能力が低いわけでもない。

たしかに“貫禄”と言われてしまったら若造な私に比べ所属年数が長く年上で豪傑なハイデッカー統括が現状は適任であろう。

新しい特殊部隊の指揮官への任命すると言われたこの話。

場合によっては統括としての地位、つまり最高幹部への昇格も有り得るとなれば断る理由がない。

早速、任命を承諾するとハイデッカー統括から後日改めて指揮下に入るセフィロスの紹介を実施すると言われた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

任命式当日、私は少し緊張していた。

新しい立場に就く事は出世を重ねた私には慣れていたので、ソルジャー部隊の指揮官になる事もいつも通りだと感じていたが、総隊長に就任している彼に面と向かって会うのはこれが初めてであった。

統括室の扉を開ければすでに少年の面影を残しながらも青年となった“英雄セフィロス”が静かに佇んでいる。

部屋に入ると統括に手招きされてセフィロスの横へと移動した。

必要な者が揃った事を確認出来た統括は私を掌で指しセフィロスに紹介する。

 

「お互いにこうやって顔を合わせるのは初めてだな。

 セフィロス、特殊部隊を指揮する事になったラザード主任だ。

 彼は非常に優秀でな、お前も存分に戦えるだろう」

 

セフィロスはハイデッカー統括の話を聞いて体をこちらに向け挨拶してくる。

 

「ラザード主任、これから指揮下に入るセフィロスだ。

 よろしく頼む」

 

「キミたち特殊部隊を預かる事になりました。

 ラザードです、こちらこそ宜しくお願いします」

 

そう言ってこちらの手を差し出すと、向こうも握り返してきてくれた。

後ほど部隊員の紹介も一人一人行う予定だが、まずは彼に信頼されないと話にならない。

部隊員から信頼されている彼にそっぽ向かれると全体の指揮も危ぶまれる。

お互い握手をしている私達を見て統括も安心したようで

 

「うむ、お互い納得しているようで何よりだ。

 今後とも更なる活躍を期待する。

 では以上だ、下がれ」

 

満足そうな顔して私達にそう言うと顔合わせはあっさりと終了してしまった。

部屋を出た私とセフィロスはお互い同じ方向に向かう。

セフィロスは私の一歩先を行く形で歩いている。

特別話すことなどないが、これからの交流も深める意味でもここは年が上の私から話を切り出すことにした。

 

「セフィロス、君の評判は聞いているよ。

 君の活躍は今やミッドガルだけじゃなく世界中に広まっているね」

 

「そんなものに何も価値はない」

 

私の言葉に何を思ったのかセフィロスは足を止め、こちらを振り向いてそう言い放った。

 

「そんな謙遜することないじゃないか。

 私も君…いや君達がもっと活躍出来るよう全力を持って取り組むつもりだ。

 そしてこの部隊を神羅内で部門として独立させよう」

 

「ラザード主任、貴方は俺達を利用して出世し統括となり、神羅の幹部になりたいと思っていますね」

 

出会って間もないのにいきなりの質問をぶつけてくるセフィロスに私は少々驚いてしまった。

だがこんな質問をされて誤魔化すのもいかがなものか。

ここは本音で話すと決め、セフィロスの目をまっすぐ見つめて私の考えを伝える。

 

「……そこまで言うなら君に対して取り繕うつもりはないから正直言おう。

 出世欲はそれなりにあるからね。

 申し訳ないが君達を利用してのし上がるつもりではあるよ。

 とは言え君達を無下に扱うという事はしないとも約束はしよう」

 

「その約束を守ってくれるならば俺達も貴方の期待に応えます。

 貴方自身が内心どう思うとも自由です。

 無論、明らかにおかしいと感じた命令には異議を唱えますがね」

 

「どうやら釘を刺されてしまったようだね、こちらも君たちに失望されないよう善処しましょう」

 

回答に満足したのかセフィロスは口元を緩めフッと笑い、「失礼します」と昇りのエレベーターに乗り去っていった。

 

「やれやれ、実は治安維持部門で手に負えそうにないから私に押し付けたのが真相だったりしてな……

 だが当初よりもやりがいを感じる仕事になりそうだ。」

 

自分に言い聞かせるような独り言を吐き、下がってくるエレベーターを待ちながら私もフッと笑っていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

後日、セフィロス立ち合いの下、他のソルジャー達とも顔合わせを終えた私は各人員の書類に目を通しながらこれからの方針を練る。

セフィロスには総隊長としての意見を聞きたいので残ってもらい、今は私の対面に座っている。

 

今までのソルジャー運用方法は一般兵の部隊に投入し部隊の戦力を上げる事が主であった。

更にもっと以前はセフィロスただ一人が特異な兵としての扱いであり、一般兵では彼に後れを取る場面も多々あった為、随伴出来る兵隊を求めて科学部門によって特殊な手術で身体能力を上げる技術が確立された事がソルジャー部隊設立の起因となっている。

募集を掛け志願した兵全員がソルジャーに成れた訳ではないが、それでも部隊を組める程度には兵員が揃った。

これからはソルジャーを主部隊とは別の特殊任務に就かせ敵地に潜入させ情報収集や奇襲をかけたり、強力なモンスターの退治を任せたりと少数精鋭としての作戦も出来るようになるだろう。

 

「手術を受けたソルジャー達のデータは一般兵と比べたら確かに能力は高い。

 しかし(セフィロス)と比べた場合は数段劣っているね」

 

既に数名のソルジャーは実戦も経験しており十分な活躍をしている者もいるがそこは個人差がある、全員が同じ能力とはいかないか。

 

「戦闘能力もそうだが指揮能力が全くなく、中には手に入れた力に自惚れているのか単独行動をする者も見受けられる」

 

「……俺の部隊であれば部下に勝手な事をさせるつもりはないが、そうもいかないのだろう?」

 

「まったくその通りで、従える者が君だけしかいないとなると結局運用できる部隊も一つしかないも同然だ。

 これでは同時に複数の作戦が展開出来ない」

 

「こればかりは経験しかないだろう」

 

この現実を受け入れ諦めたような顔してセフィロスがそう言った。

ソルジャーの手術は志願すれば経歴が関係なく神羅に入りたての新人でも受けられる。

そんな新人でも手術が成功すればそのままソルジャー部隊に配属となってしまう。

適合する身体を持つことが優先事項となっているこの現状の弊害であろう。

 

「そこで各員の能力ごとのクラス階級制度を設けたいと思っている」

 

「つまり優劣をつけるという訳か?」

 

「これは必要な事だ。

 各員の能力値を視覚化し認識させることで彼等がどれくらいの任務をこなせるか私以外の人間にも分かりやすくなる。

 部隊員は目標が定めやすくなり、外部から仕事の依頼がある場合に必要な部隊員の能力で指名が出来るようにもなる。

 ソルジャー部隊に配属されたからといって全員が同等の力を持っているという訳ではないとハッキリさせないと何時か間違いが起きるだろう」

 

「確かに俺が遂行可能な任務でも新人では荷が重いという場面は当然ある。

 それでどうクラス分けをするつもりだ?」

 

私の提案に思いのほか乗り気なようでセフィロスは興味深くこちらを見てきた。

 

「暫定的にではあるが3クラスで考えているよ。

 戦闘能力も高く作戦遂行の為に状況に応じて部下に適切な指示も出せる者を1st(ファースト)

 戦闘能力は十分あり、状況に応じての行動も可能だが部下を従える能力が足りない者を2nd(セカンド)

 手術を受けたばかりの新人や、作戦遂行能力が著しく低い者を3rd(サード)

 そしてセフィロス、君は1stだ」

 

「1stは俺だけなのか?」

 

「1stの指標はセフィロスを参考としたのでね、今のところは君だけだ。

 とはいえ君とまったく同じ能力にならなければ1stに昇進出来ないとはするつもりはない。

 それにこれはあくまで暫定的であって評価項目などはこれから精査していく予定だ。

 そしてこれが2nd予定の隊員達だ、そちらの意見も聞きたい」

 

そう言って私は2ndに任命予定の隊員が記された資料をセフィロスに渡す。

資料を受け取ったセフィロスは注意深く目を通していく。

 

「君の立場から見て不釣り合いなクラスの者が居たら遠慮なく言って欲しい。

 付き合いは君たちの方が長いんだ、データだけでは見えてこない何かもあるだろう」

 

「特にはないな、一旦はこのままでも良いだろう。

 ただ後々1stに昇格しても大丈夫だと思う者は何名かいるな」

 

「参考までに聞きたい、誰か教えてくれないか?」

 

1stにしても良い人物とは誰のなのか非常に気になった私に、セフィロスは資料から2枚の紙を抜き出しこちらに差し出して来た。

 

「とりあえず、この2名だ」

 

「アンジールとジェネシスか。

 確かに戦闘能力は他に比べ秀でているし、状況判断も適切だ。

 しかし私から見たら、部下への指示能力は未知数で把握しきれていない。

 だが君から見た評価はどうなのかな」

 

「アンジールは部下にも活躍の機会を与える指示を出し、普段も面倒見が良い人物だ。

 ジェネシスは単独行動の兆しはあるが、逆に自分の邪魔にならないように部下が勝手な行動を取らないよう指示はしっかり出す。

 正反対な二人だが1stには向いている」

 

「なるほど、私はそこまで気付くことは出来なかった」

 

私の質問に簡潔であるが的確な答えを出して来たセフィロスに感心して、改めて2枚の資料に見比べる。

この二人は同じ出身地であり、科学部門のホランダー博士とガスト博士から様子がおかしいようだったらすぐに報告をくれと頼まれている。

どうやら他とは違う手術が施されたらしいが詳細は教えてはくれなかった。

私も深追いするのは危険だと判断したのでその場で二人の頼みを了承し一旦切り上げたのだ。

ただいずれはこちらで調べて私のある目的に利用出来ないか探ってみるつもりではある。

その後も各隊員の私からの評価とセフィロスからの評価の照らし合いを続け、クラス制度の条件についてもいくつか意見を貰った。

その内の一つに1stへの昇進条件には1stからの推薦も必要とすることを設定した。

つまり現在の状況では1stはセフィロスただ一人なので、昇進するには彼の推薦を受ける以外に方法がない。

なので今は、アンジールとジェネシスが1st昇進への最有力候補となっている。

 

一通りの話が済んだので後はこちらでまとめると伝えるとセフィロスは最後に忠告をしてきた。

 

「アンジールとジェネシスは選択を間違える可能性もあるので注意して欲しい」

 

「それは状況判断がまだ正確という訳ではないという事かな?

 もちろん上司として適切な指示をするつもりです」

 

「……あぁ、よろしく頼む」

 

そう言って席を立ち退室していったセフィロスの背中を見送る。

彼が心なしか不安が残るような顔でお願いをしてきたので暫くは私の記憶に引っかかっていた。

 




当初ハイデッカーはこの時点では統括じゃないつもりで話を作りましたが
原作における時点でプレジデント神羅一番側近で古参幹部という設定なので
やっぱり統括ということにして話を修正しました。


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第19話 御曹司に迫る

【神羅ニュース!! ルーファウス神羅の躍進】

 

私達が勤めている神羅カンパニーの最高責任者であるプレジデント・神羅には息子が居る。

その名をルーファウス神羅。

将来は神羅カンパニーを背負っていくと予想されているこの若者の評価は神羅に入社するまでは甘やかされているボンボンという印象だったと一部の社員(詳細は伏せる)は語っていた。

しかし入社して実際に業務に携わるようになると瞬く間に頭角を現し、自身の有能さを身をもって周りに知らしめた。

また、社長の息子という立場に胡座をかいて社内で指示を出すだけという事はせず、街へ繰り出し自分の足で商売に繋がる営業活動を行い、時にはスラム街、時には魔晄炉、更には戦場にまで赴いて現地で調査や情報収集を行っていたことが社内外の人間の評価を変えた要因の一つとなっている。

なお子供の頃から付き人をしていた者が「何かあったら……」と不安と緊張感が治まる事を知らず、プレジデント神羅にルーファウスの身を案じて辞めさせるように進言したら

 

『ルーファウスが結果を出している以上、私は何も言わんよ』

 

とむしろ社長公認の言質を取る形になってしまった。

神羅カンパニーとしても彼には多大な期待を寄せておりこれからの活躍にも注目が集まっている。

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

神羅ビルのとある訓練室の中で二人の男が対峙をしている。

どちらも神羅カンパニー中では知らない人間はいないほど活躍中の若手のエースである。

片方は戦いを生業とする特殊部隊の総隊長を務める銀髪の英雄。

片方は戦いとは一見無縁な業務ながらも必死に食らいつこうと猛烈な攻めを披露している金髪の御曹司だ。

金髪の戦闘スタイルは銃を使った遠距離攻撃が基本だが、時には銃を鈍器の如く振りかぶって殴り、ある時は盾のように銃身で剣を受け止めるなんとも独特な戦い方であった。

 

 

 

 

剣先をこちらに向け構えたセフィロスが声を掛けてきた。

 

「かなりの期待を寄せられているじゃないか、こんなところで油を売っていいのか?」

 

社内報の記事を見たのか、こっちの攻撃をなんなく躱し余裕の表情で煽ってくるセフィロス。

 

「魔晄エネルギー時代に油など売れん」

 

「冗談の通じない奴め」

 

「存在自体が冗談みたいな奴がそれを言うか」

 

傍から見れば互角かのように軽口を叩き合いながらの戦っているが実際は違う。

奴は呆れた強さだ、ずいぶんと長く攻撃を続けているがこちらの有効打をまったく与えられない。

私が意地で澄ました表情を作っているのと違ってセフィロスのあっけらかんとした表情は正にその通りなのだろう。

スタミナだって殆んど消耗していないハズだ。

余計な事を考えるのは止め、目の前の相手に集中する。

セフィロスの足がわずかに踏み込むような動作をしたのを見逃さず次の攻撃に備えた。

どうやらその判断は間違ってなかったようで、備えた直後に奴の左手の剣が俺に襲い掛かってきた。

少しでも判断が遅れていれば危なかったであろうその攻撃を間一髪で躱し体勢を整える。

 

「よく躱したな、今のはうちの3rd連中でも難しいかもしれん」

 

「そうか、なら今の私はソルジャー3rdよりは強いってことになるのか?」

 

戦闘は止まっていても視線は常に相手を捉え続ける。

 

「まぁそうだろうな、ソルジャー手術を受けて適合すれば1stになる可能性もあるんじゃないのか?」

 

「そこまでの手術は必要ない。

 私は戦い専門の職に就く貴様達と違って他にもやることが有るのでな」

 

ハッ!っと奴の提案を鼻で笑い、乱れた呼吸を整えた。

ふと訓練室の時計に目をやると社長室に伺う予定の時刻が近づいている事がわかった。

 

「……もうこんな時刻か、付き合ってもらって悪いがそろそろ上がらせてもらう」

 

「別に構わないさ、また必要なら付き合ってやる、骨のある奴は大歓迎だ」

 

「骨のある奴か……

 私に対して上からの態度を取れる人間も今の社内じゃ貴様とプレジデント神羅(オヤジ)くらいだな」

 

社長へのイエスマンも多いが野心家の社員も多いこの神羅じゃ社長の息子という肩書でも臆することなく接してきた奴はそれなりにいた。

無論そんなことで機嫌を損ねるようなつまらない人間ではないと実力を持って黙らせてきたが、入社当初の敵だらけな状況は少し懐かしい。

 

「そういえば何時しか俺に対しての勧誘もして来なくなったな」

 

額の汗を拭っている私とは対照的に涼しい顔したセフィロスがそう言った。

 

「勧誘し続ければ私の部下になったか?」

 

「いや、ならんさ」

 

一切の迷いが無く言い放つので此方も未練などはない。

 

「だろう、無駄な事はしない主義なのでな」

 

「ならこの戦闘訓練はどうなんだ?

 護衛などいくらでも付けられるし、前線で戦うなんて事ないだろう」

 

私の立場を見たら確かにその疑問は湧くだろう。

その疑問こそ私を更なる高みへと目指す為の試練でもある。

 

「どんな権力を持っていてもいざという時、身を守れなければ意味がない。

 常に護衛が必ず居るわけでもなく、もしかしたら護衛が裏切るかもしれん。

 己の身くらいは守れるようにしておかないとな」

 

そして今のプレジデント神羅(オヤジ)にはその危機感が足りない。

財力、権力、武力と3つ揃っていると自負しているようだが武力そのものは本人自体に付与されている訳ではない。

万が一、命を狙うテロリストが目の前に現れたらどうするつもりなんだか。

 

「ほぅ、殊勝な心掛けだな。

 だがそれなら俺やタークス連中に命を狙われる可能性も考えないのか」

 

「もちろんそれも考えてあるが、本人を目の前にして喋る気はないぞ」

 

「……たしかにな」

 

現時点ではブラフだが、セフィロスとの交流は弱点を探る意味もある。

しかし交流の回数を重ねるほど弱点あるのかと疑いが増すばかりだ。

私のブラフをどう捉えたか分からないが向こうが腕を組み黙ってしまった。

なので話題を変えるため彼方の部隊の近況でも聞いてみることにした。

 

「そちらのソルジャー部隊は部門として独立するために精力を尽くしているようだな」

 

「主任が野心家なのでな、馬車馬のように働かされている」

 

憎まれ口を叩きながらもクックックッと愉快な表情で語るセフィロス。

主任となる事は大変有能であり十分な出世だが、そこから上の幹部となるにはまたさらに高い壁が存在する。

野心家であってもそこで立ち止まってしまう者はこの神羅じゃ珍しくない。

 

「そちらの主任はかなり優秀なようだな」

 

「俺達の以前は期待されていた若手のうちの一人だったらしいからな。

 期待の新人が今度は期待の統括になるかどうかというところだ」

 

「ラザードと言ったな、何時か顔を見せておくか」

 

「社内政治か?」

 

社内政治。

どこの部門でも当たり前のように行ってる出世や立場を守るための手段。

目の前の英雄のような圧倒的な存在でもない限り、有能だろうが、無能だろうがこれを疎かにすると後々の自分の状況が危ぶまれるという、神羅カンパニー内に蔓延る古臭い社風だ。

とは言え、私はコレを真っ向から否定する気はない。

自分がコントロール出来れば有利になるものだ、使えるモノは使うさ。

 

「まぁそんなところだな」

 

「実力でねじ伏せるタイプかと思ったらそうでもないのか」

 

セフィロスは「冗談のつもりだった」と口から漏らし物珍しそうな態度でマジマジと私を見てくる。

相変わらず奴の冗談は上手いとは言えんな。

 

「実力でねじ伏せるさ、そして私の派閥に加えるのも実力のうちだ。

 貴様にはわからんだろうがな」

 

時計を見れば次の予定まであまり余裕もない時刻になっている。

着替えの時間もあるのでいい加減訓練室を出なければ間に合わない。

銃から空薬莢を抜き出し、部屋を出て行こうとすると後ろから「今回の戦闘における反省点は?」と呼びかけられたので簡潔に述べる。

 

「距離の詰め方、隙を作る誘い方が下手、攻撃から防御に移るのが遅れる、こんなところだろう」

 

「上出来だ、よくわかっているじゃないか。

 欠点を自覚しているならあとはひたすら鍛錬だ。

 相棒でもいたらそこらへんはカバーしてもらう事も出来るんだがな」

 

「相棒としてのポジションにまで信用できる人間はそうそう居ないさ。

 ただアドバイスとして頭に留めておこう」

 

時間も差し迫って来たので会話を切り上げ訓練室の出口へ向かう。

「呼び止める必要はなかったな」と時計を見ながら私に言うので「では、失礼する」とセフィロスに別れを告げて訓練室を後にした。

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

偶像(アイドル)か」

 

先日、息子であるルーファウスが社長である私に提出してきたある計画書を手に持ちデスクで眺めながらそう呟いた。

内容はソルジャー隊員の一部を神羅の広告塔として使う計画である。

既にセフィロスが英雄として世に広まっており、それに憧れて神羅に入社してくる者もいるが、この現状をさらに強化して幅広い世代が神羅カンパニーに肯定的な感情を抱かせる事が目的だそうだ。

ウータイに武力介入して戦争を仕掛けたことは、社内外に関わらず神羅カンパニーを批判する声はあった。

ウータイ側が魔晄炉建設を拒み続け、あまつさえ我が社に対して敵対的な行動を取るため、こちらも神羅にとって大きな障害と判断した。

最初は少々脅しかけて、有利な立場から条約を結ばせるために対話の席に着かせる算段であったが、ウータイ側が思いのほか激しく抵抗してきたため、お互いの軋轢が大きくなり戦争にまで発展してしまった。

すでに当初の予定は大きく狂い、未だに争いが続く状態となっている。

神羅側の大義名分として【魔晄炉の建設はウータイ側の支配層が富を独占出来なくなるからとそれを拒み今も国民を苦しめている。神羅カンパニーはそんなウータイの人々を支配層から解放して豊かな暮らしを提供するために立ち上がった】となっている。

脚色は加えてあるが実際のところ全てが嘘というわけではなく、ウータイに勝利したあかつきにはあちらの国民に豊かな暮らしを提供する用意はちゃんとある。

こちら側から仕掛けた戦争であり、敗北は決して許されない。

 

「勝った方が正義なのだ」

 

そう独り言を吐き書類をまとめ、目の前に置いた。

ルーファウスの提出してきた計画は神羅カンパニー側が正義という印象を強くするために役立つ可能性を秘めている。

最近ソルジャー部隊を部門として立ち上げる話も纏まってきているため、この計画を行う時期として丁度良いかもしれない。

口元が寂しくなったので葉巻を吸うためにデスクの引出しに手を掛けたその時、向いにある階段からルーファウスが上がってくるのが目に入った。

息子に注目している私にあちらも気付いたようだが、焦る素振りもなく堂々と近付いてくる様に怖いもの知らずだった若い頃の自分を思い出す。

 

「書類には目を通していただけたようですね、社長(プレジデント)

 

親子であろうと、ここは会社であり私は社長だ。

デスクの目の前に立った息子は普段の生意気な態度を潜め、一人の社員として私に接してくる。

 

「あぁ、見せてもらった。

 計画については凡そ容認できる内容だ。

 だがお前の口から聞きたい。

 一番の問題となる偶像(アイドル)は誰だ?」

 

葉巻を出そうと引出しに伸ばしていた右手はいつの間にかデスクの上で左手と組んでいた。

 

「それは勿論、英雄(セフィロス)をはじめとした1st達です」

 

「注目をあまり好まない男をメディアに引っ張り出す事が出来るとでも?」

 

「別に彼等に歌って踊れという訳でも、TVショーに出演しろという訳でもありません。

 今より目立たせる。

 ただそれだけでいいのです。」

 

フッと言って髪をかき上げる仕草をして私の反応を伺うルーファウス。

最初は真面目な態度であったが徐々に本来のふてぶてしい本性がにじみ出てくる。

 

「1st達はただいつも通り任務や訓練に励んでもらえれば良い。

 彼らの戦いはそれが既に創作かと疑うようなヒロイックさに溢れ出ている。

 記録した映像や写真を広報が巧く編集し発信して世論を誘導していけば十分です。」

 

任務の結果報告や訓練の映像は私も目を通して知っている。

物語として見たら谷の無いようなモノだ。

 

「隊服も色だけでなくもっと1stと判りやすい物に。

 それから撮影する範囲も増やすべきです。

 彼等に演技など必要ない。

 そのままでも多くの人間を魅了します」

 

一通り話して満足したのかルーファウスは私に対して早く了承しろと言わんばかり睨んでくる。

 

「書類を読む限りではあまり予算は必要ないが見返りは大きい。

 やってみる価値はありそうだな」

 

「ではっ」

 

「許可を出そう」

 

「ありがとうございます。

 では早速準備を開始しますので失礼します」

 

そう言って私に対して軽い一礼をしてそそくさと社長室を後にしたルーファウス。

それを見た後、忘れかけた一服を思い出し引出しから葉巻を取り出す。

葉巻を咥えて火を点けると改めて私は書類に目をやった。

治安維持部門からソルジャー部隊が独立したら例の主任がソルジャー部門の統括だ。

部門への独立のためソルジャー達と共に奮闘していると聞く。

それに関してのエピソードもまた利用出来るだろう。

 

「それにしても()()()はソルジャーに入れ込んでいるな」

 

フゥーッと鼻から葉巻の煙を出して一息つく。

そして計画の承認印を書類に押したのだった。

 

 

 

 

 




神羅とウータイの戦争は約10年ほど続いたとされています。

ちなみに神羅は何歳くらいから活躍できるのか
ザックスは13歳から入社して16歳で既にソルジャーセカンド。
タークスのシスネも16歳で活躍。

能力さえあれば十代中盤で活躍できる土壌はあるみたいです。


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第20話 正宗(前編)

ソルジャー部隊として稼働し始めてどれほど経つだろうか。

部隊には発足以前からソルジャーとして治安維持の部隊に混ざり活動していた者達もいるが、ほとんどがソルジャーとしては新米であるため、ラザードとセフィロスはまず部隊強化が必要と判断し部下たちの訓練に勤しんでいた。

シミュレーターでの実戦を想定した訓練、治安維持の兵達との合同訓練の他にソルジャー個人の能力強化を重点においたソルジャー同士が直接対戦して行う訓練も行われている。

それは階級の上の者が下の者を指導したり、同じ階級同士で実力を示し合うなど隊員たちは互いに切磋琢磨して励んでいる様子だ。

セフィロスは総隊長として指導は満遍なく行っているが、実力差があり過ぎるのか、内容が厳しすぎるのか、あるいは単純に教えるのが下手なのか部隊内で直接本人に指導を頼んでくる者は多くない。

どちらかと言えば最近1stに昇進したアンジール、ジェネシス両名が模擬戦を挑んでくることが多く、時には二人同時に相手をする事もあるようだ。

その光景は時折、勉強のためと3rd、2nd達や一部の社内の人間に公開され、模擬戦とはいえソルジャー1st同士による戦いの次元の違いにただ圧倒されるばかりだという。

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

バキンッ!

 

 

 

「セフィロス、また剣を折ったのか……」

 

そう言って声を掛けてきた黒髪の男は対戦相手のアンジールだ。

あちらが放った魔法を剣で切り裂いたと同時に限界が来ていたのか俺の剣は刃が中心から真っ二つに割れていた。

 

「あぁ……

 やはりおもちゃの剣では駄目だな」

 

「おもちゃの剣というが、そっちの使い方が激しすぎるんだ。

 一応これでもソルジャーの支給品だぞ、そこまで粗悪品ではないはずだ」

 

折れた剣をジッと見つめる俺に対して構えを解き、まったくといった表情で説教を始めてきたアンジール。

自分の扱っている剣が壊れる場面は時々見られる光景である。

 

「俺の剣を見ろ、毎回しっかりと手入れしていれば問題なく使えるんだ。

 そっちが手入れを怠っているんじゃあないのか?」

 

そう言ってこちらに近付いてきて見比べてみろと言わんばかりに自分の剣を目の前に差し出してくる。

 

「最低限の手入れはしているが……。

 そっちこそ手の込んだ手入れをするくらいなら例のお守りを使ったらどうだ?」

 

彼が時々大事そうに磨いている、『オレ』とは因縁深い大剣(バスターソード)を思い浮かべ、反論する。

 

「セフィロスも知ってるだろ、個人的な武器の使用は禁じられている。

 それにアレは親が無理してプレゼントしてくれた大切なモノだ、消耗させたくない俺にはお守りにするのが一番なんだ」

 

「そうか、俺は親からプレゼントというのを味わった事が無いからな、羨ましいよ」

 

「おっと、そういうつもりで言ったんではない、気を悪くしたなら謝る」

 

俺の出生は神羅公表のプロフィールでは孤児となっている。

本当の事を明かせない科学部門の都合と英雄に神秘性を持たせたい広報側の目的が重なった結果だろう。

 

「気にしてない、大丈夫だ」

 

「スマン」

 

眉を下げ申し訳ないと言った表情をしているアンジールに気分を害していない事を伝えた。

それでもアンジールは持ち前の生真面目さからか謝罪の言葉を伝え、自分の剣を収めた後こちらの折れてしまった剣に目を向けてきた。

 

「しかしセフィロスが満足する武器などこの世にあるのか」

 

「アレならば……」

 

「その口ぶりから察するに何か心当たりがあるようだな」

 

俺の呟きに眼を鋭くしたアンジールが教えてくれとせがむようにこちらを見てきた。

『オレ』が扱っていた武器、身の丈程の刃を持つ刀【正宗】は残念ながらどのようにして入手したのかハッキリと覚えていない。

物心付いたときから振るっていたような気がするので時が経てば手元に来るだろうと考えていたらこのような事態になってしまった。

『オレ』が歩んできた歴史とは既に変わっているという事を加味せず安易に考えてしまった結果である。

現在は支給品の剣でなんとか凌いでいる状況だ。

アンジール程の愛着を武器に抱いているわけではないが、手に馴染んだ正宗が手に入るのなら早く欲しいものだと思ってしまう。

 

「俺達にこのガラクタは似合わないさ」

 

その時突然、明後日の方向から声がしたかと思えば、俺とアンジールのやりとりを傍目から眺めていた赤みがかった髪の男、ジェネシスが横から口を挟んできた。

 

「格の違いを敵に見せつけるために実力だけじゃなく見た目も大切だろう。

 こんな地味な剣ではなく1stである俺達にはもっと相応しい武器が有るハズだ。

 そう思わないかセフィロス?」

 

「確かに地味だな」

 

『オレ』の知っているジェネシスは柄に装飾が施された赤いレイピアを使っていた。

それと比べたら当たり障りのない普通のロングソードでは地味に感じるのも仕方ないと思い同意した。

 

「いやまて二人とも。

 まずは部下の見本となるように振舞うのが大事だ。

 個人武器を認めては規律が乱れるかもしれない」

 

俺とジェネシスを見て呆れた顔したアンジールが(たしな)めてきたがそんなことは気にも留めずにジェネシスは言い返す。

 

「しかしアンジール、お前はあの大剣を出来る事なら戦場に持ち込みたいと言っているじゃないか。

 使いもしない大剣を担ぐ姿はむしろ一番目立つと思えるが。

 俺達にそんなことを言う資格はないんじゃないのか?」

 

「うっ……。

 それを言われちゃ反論できない……」

 

正論を付かれ黙ってしまうアンジールを見てご満悦な表情を浮かべたジェネシスは、今度はこっちに向かって言い放つ。

 

「セフィロス、ラザード主任に直訴だ」

 

「そうだな。

 アンジールの言い分も分かるがジェネシスの言い分にも一理ある。

 それに俺自身、この支給品では満足に戦えない。

 ソルジャー1stの総意としてラザード主任に要望を出そう。

 二人ともそれでいいか?」

 

俺の提案にアンジールはため息を吐きながら「仕方ないか」と言って腕を組みジェネシスは「報告待っているぞ」と言ってニヤリと笑う。

二人はこちらの意見に同意したモノと見なしラザード主任に詳しく報告するため詳細な要望を聞き出すのだった。

 

 

 

==========

 

 

 

「新しい武器の要望?」

 

セフィロスから訓練報告を受けた後に要望があると言われ聞いてみれば、現在ソルジャーに支給しているロングソードでは不満があるらしい。

そしてその出所がセフィロス、ジェネシス、アンジールとソルジャーのトップクラスからであった。

 

「あぁ、俺の場合は武器の耐久度、ジェネシスは地味だと言っている」

 

「耐久度はともかく地味とは」

 

「まぁ最後まで聞いてくれ」

 

そう言われてよくよく聞いてみれば、弱い者が戦場で目立つのは自殺行為であるがソルジャー1stが行うのであればメリットもある。

敵からの注目を集めることで他の目的から注意を逸らしたり、こちらの脅威を相手に分かりやすく伝え戦意を喪失させるのに一役買う。

さらに好きな武器を使う事で気分が高揚し自身のパフォーマンスも上がるといった内容である。

 

「ジェネシスの一番の理由は最後だな」

 

「恐らくな、ただ間違った事は言っていないと思う」

 

「分かった、こちらで検討しよう」

 

「期待している、出来れば早急に頼む」

 

セフィロスにしては珍しくこちらに念を押すように頼んできたので内心驚いてしまったが顔には出さず報告を終えた彼を見送った。

これは絶対に期待に応えないとマズイと感じた私は迅速に行動を開始する。

 

 

 

その後、治安維持部門のハイデッカー統括に話を通して、調査した内容を会社に提出する資料として纏めている。

私なりにも検討を重ねたが、この件の許可を得るのは可能だと思っている。

ここ最近、3名のソルジャー1st達には神羅の広告塔にもなっている存在なので他のソルジャーと差別化されるのは神羅カンパニーに取っても歓迎すべき事なのだ。

存在を秘匿するような任務は基本的にタークスが請け負う案件であり、将来的にソルジャーが請け負うようになろうとも、その時は彼等とは別のソルジャーに命令を下せばいい。

そもそも今の1stは容姿が特徴的な上に大々的に会社がアピールしている存在であり、今更目立たないよう配慮することが難しい。

現時点で彼等に課されている一番の目的は()()()()()()する事なのである。

それを目の当たりにした味方は士気が上がり、敵は戦意を失う、活躍を聞いた民衆は彼等に魅了されるであろう……。

 

 

結果から言えばあっさりと承認を得られたのでそれを3人に伝えた。

それを聞いたジェネシスは早速見た目に関して自分好みの要望を出してきた。

剣を自分でデザインしたようで、絵も携えてきたのでそれを元にして発注を行った。

刀身が赤く、鍔に翼のような装飾が施されたレイピアが描かれていて、自身が愛読するLOVELESSという古典をテーマに、自分なりの解釈を加えて武器のデザインに昇華したと自慢げに語っていたのが印象に残っている。

 

アンジールは使用に関しては支給品のままで良いらしく、親から与えらえた大剣を戦場で担ぐ許可だけ求めてきた。

本人曰く「一人くらいは部下と同じ武器を使用する上司がいなくちゃ指導にも説得力が無くなるだろう」と言っていた。

確かに同じ武器を使っていて活躍している1stが居るというのは2ndや3rdにとって見れば武器の扱い方の見本になるし親しみも湧く。

部下の事まで考えて自分の武器を選ぶとは、と感心していたら「本音はただの貧乏性なんですがね」と言っていたがそちらは聞かなかった事にした。

 

問題はセフィロスである。

彼が自分の身長と同じかそれ以上に近い刃を持つ丈夫な刀と言ってきた時は聞き間違えたかと耳を疑った。

 

「刀……だと?」

 

「そうだ、刀がいい」

 

思わず聞き返してしまったが返答はやはり【刀】であり、私の耳はどうやら正常だったようだ。

【刀】と言うものを知らないわけではない、知っているからこそ疑問に思ったのである。

ウータイ地方に伝わる、独特の製法で鍛え上げられた細く反りの入った剣の事だ。

切るという事に特化し、その高い切れ味は物によっては鉄すらも一刀両断するという。

しかしその反面耐久度があまり高くなく、刃こぼれしやすいというデメリットもある。

おまけに彼の希望する刃渡りの長さの物は聞いたことが無い。

 

「セフィロス、君の要望は耐久性のある武器だと聞いた筈だ。

 刀と言うのはいささか希望する条件と合わないと思っているが?」

 

「一般的な刀ならそうかもしれんが、俺の実用に耐えうる刀は存在するハズだ。

 たしか【正宗】という銘だった気がする。

 すまないが調べてはもらえないだろうか」

 

「分かった、期待に沿えるよう努力しよう……」

 

はっきりとした回答は出来なかったがソルジャーの筆頭であり、一番貢献してくれているセフィロスの希望はなるべく叶えて上げたい。

だが兵器開発部門の武器に詳しい者に聞いたり、会社の資料を漁ったり、時にはスラムで武器の闇ルートを探ってみたが【正宗】という刀の情報は掴めなかった。

本来ならば刀の本場であるウータイで調査も行いたいが、神羅がウータイと戦争を始めてしまっているのであちらに出向いて調べるわけにもいかない。

 

「いかん、お手上げだ」

 

自分のデスクで額に手を当て、ため息を吐く。

耐久度だけならばバスターソードみたいな大剣を支給する事は可能だし、多少の耐久性を持たせた刀の支給も出来る。

だが、あのセフィロスが希望する刀だ、生半可な耐久性では満足しないだろう。

 

その時、デスクの内線が鳴り響く。

 

セフィロスへの説得はどうしたものかと考えていた脳を一旦切り替えて、やれやれと言った表情で受話器をとった。

 

《ラザード主任、社長がお呼びです。

 至急、社長室まで御出でください》

 

声の主は社長の秘書であり、こちらの予定の配慮など一切なく淡々と業務命令を伝えてくる。

プレジデント神羅が幹部でもない者を直接呼び出すなど、滅多にない事である。

一瞬私の目的がバレたかと頭をよぎったがバレるような心当たりはない。

目的については口外した記憶はないし、地盤を固めるために出世に励んでいただけで、今の所は()()()()()()()ような行動はしていない。

だが、呼ばれた以上は余程の理由もないこの状況じゃ断る事も出来ず、呼び出しに応じるしかない。

 

「わかりました、すぐに向かいます」

 

そう言って内線を切り受話器を元に戻す。

刀か耐久度、どちらかは諦めてもらうための理由は後回しだ。

私は意を決して社長室に出向く事にした。

 

 

 




ほんとあの刀の出所はどこなんでしょうね

ジェノバと融合したセフィロスはその場で生成してましたが。
少なくともソルジャー時代に使用していた現物は有るハズ。


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第21話 正宗(後編)

「お待ちしておりましたラザード主任、社長(プレジデント)が上でお待ちしております」

 

神羅ビルでは最上階の1フロアが社長室であり、その下の階は社長の側近たちのフロアとなっている。

69階にやってきた私は秘書に案内され、70階に繋がる階段を上る。

社長のデスクが見えて来た所で火が付いた葉巻を手に持ち席でふんぞり返ってるプレジデント神羅が上ってくる私に注目しているのがわかったので少し急ぎ足でデスクの目の前に立った。

 

「お待たせしました、ご用件はなんでしょうか」

 

「おぉ、来たか。

 まぁ楽にしてくれラザードくん」

 

そう言って社長は私を案内してきた秘書に下がるよう指示を出し葉巻を灰皿に押し当て火を消した。

楽にしてくれと言われても私は姿勢を崩さなかった。

 

「君の活躍は知っている、大したもんだよ。

 あの曲者だらけの治安維持部門でよくここまで出世したものだ」

 

「お褒めにあずかり光栄でございます」

 

自分の口から出た言葉とは裏腹に嬉しいとも思わない社長の賛辞に一礼をする。

 

「そこまで固くなる必要はない。

 どうだ、ソルジャー部隊の管理で困っていることはあるかね?」

 

自分の目的がバレたのかと警戒しつつ社長の言葉の意味を探る。

ここは問題ありませんと言いたいところだが、丁度頭を抱えている難題がある。

もしかしたら何か解決の糸口があるかもしれないと正直に話してみることにした。

 

「困っている事でありますか……

 実は弊社の英雄セフィロスが希望する武器を詮索しているのですが中々手掛かりがなく手詰まりな状況へと向かっております」

 

「正直でよろしい。

 その件に関しては私も把握している。

 そしてそれはこの後解決するだろう」

 

「御見それしました。

 ということは用件はその事でしょうか?」

 

セフィロスの武器については色んな所に聞きまわっていたから社長の耳に入っていても不思議ではない。

とは言え社長の手前、相手を立てる言葉もしっかりと付け加えておく。

 

「それもあるが、本来の用件は別にある。

 それはソルジャー部隊は部門として独立し君はその統括に就任するという事だ」

 

「ソルジャー部門……

 私が統括……」

 

正直、部門として独立するのはもう少し時間と実績が必要だと感じていたし、現治安維持部門の統括(ハイデッカー)からは何もアクションが無かったので私には寝耳に水であった。

 

「驚いているようだな、実績不足なのと統括からの話が無かったからか?」

 

「……その通りでございます。

 理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

「無論、説明はしよう」

 

私の考えを見透かしたかのように言い当てた社長は鋭い目つきになり、理由を説明し始めた。

内容を聞くと、本来であれば部門への独立にはもう少し実績と時間が欲しい所であったが、ウータイとの戦争によるこの状況下で治安維持部門の統括ハイデッカーには多くの負担が強いられており、その上で今までとは運用が異なるソルジャー部隊の管理までは荷が重いだろうという配慮。

またソルジャー部隊は独立させた方が戦略的に扱い易いという判断。

そして私自身の実績と期待値も含めてソルジャー部門を立ち上げても問題ないだろうという事らしい。

最後に神羅では幹部への就任発表は社長自らが、直接本人に伝えるのが決まりだというのだ。

 

「いくら評価が良くても最後は私自ら本人を見て決定を下すのだよ。

 出会って違和感を覚えた場合はその場で就任は取り消す場合もある」

 

世界一の大企業の社長が己の感覚で判断するというのだから、神羅カンパニーが如何に独裁で成り立っているかを物語っている。

 

「そういう訳でラザードくん。

 君は無事、統括として幹部に昇格だ。

 おめでとう」

 

表情が少し柔らかくなり、ハッハッハと笑いながら懐からソルジャー部門統括への発令書を差し出して来た。

 

「ありがとうございます」

 

私は両手で受け取り中を見て社長直筆のサインがしっかりと記されているのを確認した。

それを見た私は内心ほくそ笑んだ。

今まではたまたま運が良かっただけかもしれない社長の感覚便りの発令もこの私を就任させてしまった時点であてにならないと証明されたも同然だ。

母と自分を見捨てた()()()()()()()()()()()()を目的としているこの私を統括にしてしまったのだからな。

 

 

 

──『あの男は私達を見捨てたのよ』『スラムで生活する羽目になったのもあの男のせいよ』

  『恨むならあの男を恨みなさい』『すべてあの男が悪い』

 

私の母の口癖だった。

母は元々スラムの住民という訳ではく神羅カンパニーの社員としてプレート上層部に住んでおりプレジデント神羅とも恋仲だったそうだ。

しかし奴との子供、つまり私を身ごもった事が発覚した途端突き放され、会社からも退職に追い込まれたと言っていた。

頼る親もおらず他に就職も出来ずそのままスラムに流れ着いたそうだ。

母は終ぞ幸せになることなくずっと恨みを抱いたまま死んでいった。

 

『ラザード…あの男に…復讐を…』──。

 

 

 

私達がスラムで惨めな生活を送っていたのはプレジデント神羅が原因である。

母の恨みを晴らすため、私は復讐を誓い、神羅に入社してその機会を伺った。

そして今がその時ではないかと思う。

部屋にはプレジデント神羅と私の二人きりで他に誰もいない。

武器は持っていないが奴との対面している距離ならいきなり襲い掛かって首でも絞めれば殺すことは容易である。

だが警報装置を隠し持っているかもしれない、どこかに監視カメラがあり襲ってもすぐに警備が駆けつけるかもしれないという不安はある。

復讐した後この身はどうなっても構わないが復讐の失敗は避けたいので中々決断出来ずにいた。

その時、下の階から誰かが上がってくる足音がしたので後ろを振り返ると私と同じ髪の色をした人物がやって来た。

 

「取り込み中失礼する」

 

上がってきたのはプレジデント神羅の息子であり私とは腹違いの兄弟であるルーファウス神羅であった。

彼は布に包まれた長い()()()を抱えており、私の事など気にも留めずにツカツカとこちらに近寄って来る。

 

「ご注文の品だ、ここに置かせてもらう」

 

「あぁごくろう。

 ラザードくん、今の君が探し求めている物だ」

 

社長はそう言い、ルーファウスは持っていた物を社長のデスクに置いて布を取り払う。

目の前に現れたのは刃渡り2m以上は確実にある長大な【刀】であった。

それを間近で見た瞬間セフィロスの頼みが頭を過った。

 

「社長、コレはもしや【正宗】でしょうか?」

 

「そのとおりだ、君が探していた物だ」

 

「いったい何処で手に入れたのですか?」

 

あれだけ探しても見つからなかった【正宗】を見つけてきたプレジデント神羅。

敗北した気持ちではあるが好奇心が勝りついつい訊ねてしまう。

しかし私の質問に返答してきたのは私の横で立っていたルーファウスであった。

 

「手に入れたというよりは手元にあったんだ。

 それを加工して刀の形状にしたのがコイツだ」

 

「手元にあった……

 加工した……?」

 

元々プレジデント神羅が所持していたというのは分かった。

だが加工したとはどういうことだと詳しく聞こうとすると

 

「ルーファウス、写真を見せてやれ」

 

そう言って社長に指示を出された隣の息子は「コレだ」と写真を取り出して見せてくる。

写真には刃の先端が輪っかを作るかのように二股に別れ金色の謎の文様が刻まれた柄が赤いなんとも不思議な形をした大剣が写っていた。

 

「コレが加工前の【正宗】だ。

 この大剣が何故かずっと前から我が家の倉庫に仕舞われていた。

 そして一緒に古いメモがあり〈伝説のガードが使用した武器、正宗〉とあった」

 

社長はルーファウスの説明に「そうなのだ」と呟き補足を付け足す。

 

「メモの意味は正直わからん、しかし素人目に見ても不思議な存在感を放っていてな。

 科学部門で分析させたところ、少なくともこの星には存在しない素材で出来ており非常に丈夫な武器と言うのがわかった。

 さらに詳しく分析するために科学部門はありとあらゆる実験を行いたいと申し出てきたよ」

 

社長は口を動かしながら引出しから葉巻を取り出しシガーカッターで両端を切断している。

 

「科学部門にそんな許可を出せばそのままで返ってくる保障はないと思いますが」

 

「それも含めて許可を出した。

 貴重なモノかもしれんがそのままではただ飾っておくしか出来ん。

 原形が無くなろうともその分析結果が我が社の為になるならそちらの方がいい」

 

吸う準備が整ったようで社長は葉巻を口にくわえると神羅の文字が入ったライターで火をつけ一服し始めた。

独特の匂いがあたりに漂う。

それがまるで合図かのようにルーファウスが社長の説明を引き継ぐ。

 

「ものの見事に武器の原形が無くなっていたな。

 ただ分析は大いに役に立った。

 完全にとは言えないがある程度再現可能で特殊合金として今の神羅製の兵器に使われている」

 

「初耳です」

 

「それを知れたのも幹部昇格のおかげだな」

 

神羅に入社して以来情報収集に手を抜いたつもりはない。

段々に態度が大きくなってくるルーファウスが気になりつつも説明により幹部にならなければ知ることが出来なかった情報があると早速理解した。

ただその特殊合金の作り方は制作に関わる極一部の者と社長しか開示されないというので全てを知ることが出来るわけではない。

 

「ではその原型の無くなった武器がどうしてこうのように加工されたのですか?」

 

目の前の刀を眺めながら目下最大の疑問を解消すべく私はルーファウスに質問をぶつけた。

 

「あちこち欠けた状態の正宗(大剣)を復元するのは難しいと判断してな。

 ならばといっそのこと新しい武器としてコレに作り直した」

 

どうだと言わんばかりに掌をかざし正宗の紹介を強調するルーファウス。

そして葉巻を吹かしながら様子を見ていたプレジデント神羅も口を開く。

 

「形状を()にしたのはウータイの魂とも呼ばれる武器だからだ。

 その()をこの神羅が造り、それを装備したソルジャーが奴らと対峙する。

 しかも武器としての性能は自分たちの物より圧倒的にこちらが上だ、彼奴等はどう思うかね」

 

「物理的な面に留まらず精神的な面にも傷を残すでしょうね」

 

「そうだろう。

 我が社の()()が【刀】を希望せずとも、コレを扱わせる気でいたんだが丁度良かったよ」

 

悪辣な笑みを浮かべ、【正宗】を指さし葉巻を吹かすプレジデント神羅。

これが物語であったなら悪の総大将としての演技力は私も賞賛するだろう。

 

「さて、ラザードくん。

 これで君の問題は解決したな。

 それとソルジャー1st達の個人武器の使用を認める件だが、ついでに服装も変更だ。

 せいぜい目立つようにと伝えておきなさい」

 

「ご配慮感謝いたします。

 が、服装も自由とは?」

 

「なに、広報戦略の一環だよ。

 これからの神羅の顔となる部門のエース達だ、その方がより目立つだろう。

 一応何着かこちらでも用意してあるが気に入らなければ1st自ら見繕って構わん」

 

どうやら社を上げて新しい部門の存在をアピールしていくという事に力を注いでいくらしい。

新しい隊服はすでに該当するソルジャーの私室に届けたそうだ。

 

「ソルジャーも神羅の一つの部門となる。

 これからも君とソルジャーの活躍に期待している」

 

呼び付けた用事はもう済んだようで、部門となる場合の待遇などや詳しい内容はまた後日説明をすると言われ一旦はお開きとなった。

私の復讐の機会は次に持ち越されることとなった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

私は渡された発令書をスーツの内ポケットにしまい【正宗】を抱えて69階へ降りてきた。

そこで後ろから同じように降りてきたルーファウスから呼び止められる。

 

「ラザード主任、統括に就任おめでとう。

 挨拶が遅れたがルーファウス神羅だ、以後お見知りおきを」

 

「あぁ、ありがとうございます。

 こちらこそ遅くなりました。

 ソルジャー部隊を指揮しているラザードです」

 

初対面がプレジデント神羅の目の前で行う事になる可能性は十分にあり得たので特に驚きはしなかった。

ルーファウスの評判は把握しており、次期副社長との噂もすでにちらほら出るくらいの評価をされている。

彼に恨みはないが私の目的の邪魔となるなら排除することもいとわない。

 

「フフフッ、私はプレジデント神羅(オヤジ)以上に貴方を評価している。

 いつか頼った時は宜しく頼む」

 

「それはそれは……。

 こちらこそ何かあればよろしくお願いします。

 では失礼します」

 

世辞か本音か分からないが、私はこの場で彼との腹の探り合いは危険だと思い、早々に会話を切り上げてこの場を後にしようとした。

しかし私が抱えている正宗を見ながらルーファウスは引き留めるかのように言葉を放つ。

 

「【正宗】とは大層な名前だな。

 ()()()()()という意味が含まれている。

 自分が行っている事は果たして正しい事なのか、関わる者達は誰も分からない」

 

「何が言いたいのですか?」

 

彼の言葉に引っかかるものを感じて、エレベーターに向かう予定だった足を止めて振り向きながら私は少し強い口調で言い返した。

 

「その【正宗】は神羅が英雄に授ける。

 つまり英雄は神羅の為に刀を振るい、神羅の為に正義を行っていくということだ。

 ウータイに勝利した暁には神羅が世界を制し、その存在はより強固なものになるだろう。

 だが……」

 

ルーファウスは一旦言葉を飲み込み、真上に社長席があると思われる付近の天井に顔を向ける。

 

「その時、あの席に座るのはプレジデント神羅(オヤジ)ではない。

 もっと正しき人物がいると思わないか?」

 

この言葉を放った後、私の回答を促してくるかのようにこちらに視線を落としてくるルーファウス。

質問の意図は一体なんだと考えを巡らせる。

プレジデント神羅を社長の座から引き摺り下ろす同志を探しているのか、幹部となる者の社長への忠誠心を試されているのか今の私に断定出来る材料はない。

あまり間を置くのも怪しまれると判断してありきたりな回答で場を濁す。

 

「……その質問の答えを私は現在持ち合わせておりません」

 

「そうだろうな」

 

知っていたと言わんばかりにルーファウスは怪しげな笑みを浮かべ私に近付いて来るが歩みを止める様子はなくそのまま横を通り過ぎて行こうとする。

 

「いつかもう一度同じことを聞く時が来るだろう。

 答えを楽しみにしている」

 

通り過ぎる瞬間、忠告するように言葉を残しそのままエレベーターに乗りこの69階から姿を消していった。

どうやら私はルーファウスのおかげで、またやっかいな難題を抱える事になってしまったらしい。

 

「まったく……」

 

もう今月は何度出したかわからない、ため息が無意識のうちに口から洩れてしまっていた。

ただ既に抱えていた難題(正宗)はもうすぐ解決出来そうだと思い、セフィロスの居場所へ赴くのだった。

 

 

 

 




正宗のネタはFF10-2のシンラ君に関する裏設定を意識してます。
あと今回の話のラザードの母親の回想についてですが
アルティマニアシナリオスタッフインタビューで
『ラザードの母親がプレジデント神羅に捨てられた』
と言っているのとラザード本人は自分が息子だとプレジデントにバレてないと思っている様子なので子供の頃に面識はなさそうだなと思いました。
なので母親が捨てられた時期は身籠ったあたりかなと考えました。
あとは会った事もない父親に復讐を誓うくらいですから母親が言い聞かせていたんでは?と思いました。
逆に母親がまともなら恨みこそすれ子供に復讐を抱かせるような事は避けるでしょう。
ラザードがアンジールの細胞を埋め込まれコピーとなり復讐心が薄れたのもあくまできっかけであり100%自分の意志で決めた事ではないから本来の聡明なラザードに戻ったのだと思います。
逆に完全に自分で腹をくくった復讐なら簡単にアンジールの細胞に呑まれるラザードと人の意志を尊重しないアンジール(細胞)というのは何か違うかなと思い、その結果このような展開になりました。
賛否有るかと思いますが何卒ご容赦下さい。


アンケートへの投票ありがとうございました。
この先のお話も是非よろしくお願いします


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第22話 『オレ』と『俺』

アンケートありがとうございました。


会社からあてがわれた私室の窓に魔晄炉から溢れ出た淡い光が差し込むと、左手に持った正宗の刀身が輝く。

新しく支給された専用の制服、ショルダーアーマーのついた漆黒のロングコートを身に纏う。

コートの内側に追いやられた髪を外へと逃がせば、すでに腰に届くほどの長さとなった銀髪が現れる。

部屋には大きな姿見が備えつけられており、そこに目を向ければ、今とは違う時を歩んだ英雄(オレ)が当時と変わらぬ姿で立っていた。

 

「お前は今の俺を見てなんと言うのだろうな?」

 

鏡に映る己に言葉を投げかけるが当然向こうからの返答などはありはしない。

しかし頭の中ではオレが『虚しいな』と俺を嘲笑っているような感覚に陥る。

正宗を両手で持ち、静かに左頬付近で構えた。

鏡のオレも同じように構え、互いに微動だにせずに相手の目を睨み続ける。

閉ざされた空間で行き場を無くした空気がヒシヒシと皮膚を通してのしかかってくる。

沈黙が続く中、お互いが痺れを切らしたのか同時に口を開くが、声を発したのは俺だけだった。

 

「お前は俺であり、オレはお前だ。

 過去を含めて全てを無かったことにはしない。

 だが同じ道を歩む気はない」

 

構えた正宗をいっそう強く握りしめ、いつの間にか相手に向けた視線には殺気が宿っている。

傍から見れば己を見つめなおす、自分との対話など一種の自己啓発とも取れる行いだろう。

だが自分は時折、同一人物で有るハズの『オレ』が湧き上がってくるような感覚に苛まれる事がある。

 

「俺の邪魔をするな」

 

殺意を込めて言葉を放てば、どうやら気圧されたのか『オレ』は消え失せた。

俺は文字通りの意味で()()()()()()()()のだ。

張り詰めていた部屋の空気が徐々に穏やかになっていくのを肌で感じる。

それはあたりまえで、閉め切っていた部屋の入り口がいつの間にか解放され淀んでいた空気が流れ出ていたからだ。

部屋の扉が開いている事を、俺はその開いた張本人に声を掛けられてやっと気付いたのだった。

 

 

 

「セフィロス……何やってるのかな?」

 

いつの間にか俺の部屋に入り込んでいた少女が不思議そうな表情を浮かべこちらを真っ直ぐ見つめている。

 

「エアリスか、何時からそこに居たんだ?」

 

「ん~その長-い武器を構えたあたりからかな」

 

「そうか、何故声を掛けなかった?」

 

腰に手をやり、やれやれといった面持ちで疑問を返せば、エアリスは申し訳ないという顔を俯かせ理由を述べてくる。

 

「ごめんなさい。

 ノックしても返事がなかったんだけど、中から声がするから勝手に入っちゃって。

 声を掛けようとしたら『俺の邪魔をするな』っていうから……」

 

「それはエアリスに向けた言葉じゃない、気にしないでくれ」

 

彼女はこちらの返答を聞くと安心したのか笑顔になる。

 

「そうなんだ、なら良かった。

 セフィロスがすっごく真剣な顔してたから私迷惑かけちゃったかなと思ったんだ。

 でもそしたらホントに何やってたの?」

 

「……気にしないでくれ」

 

アレを言葉にして説明するのは難しいと思うので俺からこれ以上は触れないでくれと目で伝えるよう仕草をした。

晴れ晴れと明るくなっていた表情のエアリスが今度は「ふぅ~ん」と何かを察したような表情になり顎に手を当てる。

俺の姿を頭からゆっくりと足元に向かって観察していき、折り返すようにまた視線を戻すと俺の顔を見て「うん!」と頷く。

 

「その新しい衣装、良く似合ってるよ」

 

と無邪気な笑顔を向けて、俺の行なっていた事の追及はそれ以降してこなかった。

エアリスがこの姿の俺を見るのはたしかに初めてだったかもしれない。

何を察したかはわからないがそれ以上聞いてこないならばそれで良しと納得し、話題を変えるため部屋に訪れた理由をエアリスに尋ねた。

 

「どうして俺の部屋に来たんだ」

 

「あ、お母さんの検査の付き添いで神羅ビルまで来たんだけどね。

 最近セフィロスが家に来ないからどうしたのかなーって思って」

 

「ソルジャーの部隊が部門に格上げされたからな、俺も一応部門の主任という事になって仕事に追われていたんだ」

 

「へぇ~そうなんだ、セフィロスでも仕事に追われることあるんだねー」

 

意外!とでも言いたそうに後ろに手を組み首をかしげてこちらの顔のぞき込んでくる。

エアリスの透き通った翡翠色の瞳が俺の冷たい魔晄色の目を捉える。

 

「書類仕事は中々慣れなくてな。

 ()()()()()()()()ツケが今になって襲ってきたんだ」

 

「昔、サボってたんだ」

 

俺から少し離れ、エアリスがフフッと口元を抑えて笑っている。

 

「あぁ、最近顔を出せなかったのはそう言う理由だ。

 ガスト博士とイファルナさんの様子はどうだ?」

 

「お父さんはすっごく心配してるよ。

 お母さんは『あの子なら大丈夫よ』って言ってたけど気にしてるみたい。

 そうだ、今、お父さんの所に来てるんだから顔見せてあげてよ」

 

ガスト博士は毎日神羅に出勤しているはずだが、タイミングが合わないのかここの所会えないでいた。

イファルナさんは恐らく古代種関連の検査でガスト博士の研究室に居るのだろう。

エアリスが俺の手を引っ張り「一緒に行こうよ」とせがんでくる。

そこまでするならばと俺も二人に顔を見せねばなるまいと正宗を部屋のロッカーに仕舞い、エアリスと共にガスト博士の研究室を目指すのだった。

 

 

 

==========

 

 

 

最近家にセフィロスが来てくれないから、こっちから押しかけたら、前まで着ていた他のソルジャーの人たちと同じ制服じゃなくなって、真っ黒なロングコートを着て長い剣を持っていた。

鏡の前でポーズを取っていたのは新しい制服を自分にお披露目していただけだよね。

今までの雰囲気と少し変わった気がするんだけどそれは服装が変わったから、だからきっと気のせいだよね。

若干憂鬱な気持ちになっていた私を気遣ってなのか、お父さんの研究室に向かう途中セフィロスは私の事も「最近どうだ?」って聞いてきてくれた。

 

「最近星の声がね、お母さんより良く聴こえるんだ」

 

「セトラの星読みか」

 

「うん……お父さんや宝条博士が言うにはお母さんの方がセトラとしての能力が高いみたいなんだけどね。

 お母さんは私が()()()()()()()()()()()()()()()自分はもう衰えていく一方って言うんだよ」

 

「あまり嬉しそうに感じないな」

 

「だって」と言いかけて隣を見ると腕を組んで浮かない表情になっていくセフィロスが映ってしまいしまったと思う。

心配して声を掛けてくれたのに更に不安させてどうするの、と頭の中で自分に叱責される。

明るい話題を提供するため記憶をかき回し、駅で出会った同い年くらいの男の子の話を選択する。

 

「ん~あとね駅で財布落として困ってる男の子がいてね、一緒に探してあげたんだ」

 

「見つかったのか?」

 

私の歩く速度に合わせて横を歩くセフィロスがこちらに顔を向けてくる。

女の子と肩を揃えて歩く英雄が珍しいのか、周りを見ればすれ違う神羅の社員達はチラチラとこちら見てくるのでちょっと得意げな気持ちになる。

 

「うん、無事に見つかったよ。

 その男の子、ソルジャーになるためにミッドガルに来たらしくて『俺の英雄になる夢が始まる前に終わらなくて良かったー』って言ってた。

 そういえば名前聞くの忘れちゃった」

 

「成る程な、恐らくエアリスとソイツはまた会うだろうから心配するな」

 

「あれ、心当たりあるの?

 あ、新人ソルジャーにもしかして居たりする?」

 

私は胸の前で両手を合わせ閃いたかのように聞き返すと、穏やかな表情でセフィロスが「あぁ」と頷いてくれた。

 

「アンジールが活きのいいのが入って来たと言っていたから多分そうだろうな」

 

「そうなんだー、無事にソルジャーに成れたってことはちゃんと夢に向かってるんだね」

 

彼の夢が続いている事がまるで自分の事のように嬉しく思い頬がゆるむ。

その様子を見ていたセフィロスが口を開く。

 

「エアリスは何か夢はあるのか?」

 

夢と言われても今の私は普通が一番という凡そ思春期の女子らしからぬ幸せを感じている。

 

「普通が続く事かな。

 お父さんが居てお母さんが居てそれからおにい……」

 

喉まで出かかったセフィロスへ伝えようとした言葉を慌てて飲み込む。

セフィロスは私にその言葉で呼ばれることを酷く嫌がるの。

だから昔はそう呼んでたのに物心ついたときは名前で呼ぶようになった。

変な所で言葉が途切れてしまったので不自然に話題を変えるかたちになってしまうけど話を続ける。

 

「そ、そうだ!

 エルミナさんのところに教会のお花を植えたんだ、このミッドガルでもお花が育つ場所がちゃんとあったよ」

 

「そうか、スラムへ行くのは気を付けるんだぞ」

 

自分でも強引過ぎるなと頭で反省してみるも、セフィロスは気にもせず私の話に合わせてくれた。

エルミナさんというのは私がまだ小さいころ、間違えて列車に乗ってしまい伍番街スラム辿り着いて途方に暮れていた時に声を掛けてきて保護してくれた人だ。

その後、家族で改めてお礼を言いにエルミナさんの家に訪れた時、プレートの隙間から指す光が大地を照らす幻想的な雰囲気に幼い私がその場所をとても気に入ってしまいそれ以来、時々お邪魔している。

最初の頃はお母さんと一緒だったけど今は一人で訪ねる事も多くなった。

 

「お父さんはかな~り心配性なんだけど、セフィロスはお母さんと一緒の意見でスラムへ行くことは許してくれるんだね」

 

「エアリスは強いからな」

 

「もう、どういう意味それ」

 

むすっとした顔の私を他所についでに思い出したかのように「タークスも見張っているしな」と呟きながらクックックッと笑うセフィロス。

知らない人が見れば私を揶揄っているように見えるかもしれない。

でもセフィロスは本気で私が強いと思っているんだ。

 

伍番街スラム駅に迷い込んだ時、一切泣かなかった私を見てるから。

エルミナさんもやって来たお父さんやお母さんに『強いお子さんですね』って言ったから。

でも本当はエルミナさんに保護された後も怖くて、心細くて、もうちょっとで泣くところだったんだよ。

だけどセフィロスが誰よりも真っ先に駆けつけてくれて、駅舎で(うずくま)ってた私に

 

『もう大丈夫だ』

 

って初めて頭を撫でてくれた時、悲しさより嬉しさで零れ出す寸前だった涙で頬を濡らすことはなかった。

安心したら涙が出るって言うけど嬉しさが勝ると私は違うみたい。

 

 

 

物思いに耽っていたけど、いつの間にか私とセフィロスはエレベーターに乗っていて科学部門のお父さんの研究室はもうすぐという所まで来ていた。

二人っきりも終わりが近づいてきたので最後にどうしても聞いておきたかった事を質問する。

 

「ねぇ、次はいつ家に来れるの?」

 

「仕事が一段落したら必ず行こう」

 

「約束?」

 

「約束だ」

 

セフィロスがハッキリと()()と言ってくれたのが嬉しかった。

私達家族の前で聞けば家族との約束になってしまう。

だけどこれは私との約束だ。

 

星はセフィロスに対して何故か警戒をするように語り掛けてくる。

――それがイヤだ。

血が繋がってないから家族じゃない。

――それは違う。

『俺はエアリスにそう呼ばれる資格などない』

――そんなことない。

 

せめて心の中だけでも勝手に呼んじゃうから。

 

約束守ってよね、お兄ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 




FF7の没案にセフィロスとエアリスが兄弟という設定がありましたのでやってみました。
因みに初期案の原稿読むと姉がエアリスなんですよね
一部抜粋するとエアリスを生んだ母親が神羅に捕らわれてセフィロスを生むという設定だそうで。
そして没案では父親はどういう設定になるのか気になりますね


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第23話 いらっしゃいました!

注意、この話は原作の過去に存在はしていたハズの人物をほぼオリキャラみたいな形で登場します。
何卒ご了承下さいますようお願い致します。





「俺は英雄になるんだ」

 

子供の頃に敵をバッタバッタと切り伏せて、快進撃で中央突破を果たす英雄をテレビで見て以来、俺は彼に強い憧れを持つようになった。

その後はテレビで特集を組まれるたび釘付けになり、新聞の記事は切り抜き、英雄の情報が載った雑誌は親にねだっては買い集めた。

我ながら熱に浮かされ過ぎていた気もするが、子供が夢中になればそんなもんだろうと自己弁護する。

そんな少年時代の俺だったが、ある時をきっかけに、ただの憧れが目指すべき夢に変わったのだ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

俺の出身であるゴンガガ村はミッドガルから西側に見てウータイに近い立地条件で、田舎とは言え魔晄炉があり稼働しているため継続的な魔晄エネルギーの供給が可能である。

そのため西側の戦地に赴く軍隊への補給や兵器の整備、戦場からの撤兵した者達の一時的な待機場所、野戦病院から移された傷痍兵の療養所等、軍の要所として役割を担っていた。

そのおかげか寂れた田舎にしては過ぎた賑わいを見せており、村の数少ない店の人達は『『『今が稼ぎ時だ!』』』といって軍人を相手に大盛況な様子だった。

中でも村唯一の食事処は屋内だけじゃ席が足りず、屋外に簡易的な席を設けて対応に追われており、店主は嬉しそうに『ゴンガガにもビアガーデンが出来たぞ』なんてこの村には似つかわしくない言葉を使っていたのを覚えている。

とはいえ、そこまでするほどに人が多く、村の大人だけでは人手が足りず、子供の俺も手伝いに駆り出される事は多々あった。

俺としては特に苦も感じず、御小遣いが貰える上に軍人達から都会や戦場といった色んな話を聞くことが出来たのでむしろ楽しくやっていたと思う。

ただ一番のお目当てであった英雄の話は、配属先が違うらしいのかゴンガガに来る軍人達の中で直接会った者がおらず、聞ける内容はメディアで知ることが出来る物と差異がなかったので、内心がっかりもしていた。

 

 

ある時俺はミッドガルへ帰郷する予定の一人の兵と出会う。

その男は気立てが良く物事を明け透けに言うの人で、他の兵が俺の事を『坊主』や『少年』と呼ぶ中一人だけ『ザックス』と名前で呼んでくるため、俺も彼の事を馴れ馴れしく『オッちゃん』と呼んだ。

オッちゃんは神羅の正規兵ではなく徴兵された人であり、任期が終わりゴンガガにしばらく滞在したのちミッドガルに帰るらしい。

本来ならもう少し早く帰れる予定だったらしいが戦況の変化で今になってしまったという。

オッちゃんとは良く顔を合わせて、その度に俺にいろんな事を物語ってくれた。

元々大工だったらしく兵役中は現地での建築作業が主だったと言っていたが場所は最前線であり陣地の構築は常に危険と隣り合わせだったという話は現場の生の声でありテレビではまず聞けないような貴重な内容であった。

 

ある日、オッちゃんが一人で飲んでおり、時計を見れば店もあと少しで業務が終了するという時間だった。

オッちゃんとはだいぶ仲良くなっていた俺はその日、ふと英雄について聞いてみたくなった。

英雄に会った事のある人物は今まで居なかったのであまり期待はしておらず物は試しと言う事だったが、予想外の回答が返って来たため俺は目を丸くしていた。

 

「んー俺は……。

 会った事あるぞ」

 

「えっマジ!?」

 

驚いた顔が徐々に満面の笑みになり「聞かせて!聞かせて!」と話を催促する俺に対して、ほろ酔い気分でだらしない顔つきだったオッちゃんが急に真面目な態度になり真剣な表情に変わっていく。

 

「ザックス、お前は英雄についてどう思っている?」

 

「そりゃーもう強くてカッコよくてとにかくスゴイ!ってことかな」

 

ニシシッと歯を見せながら感想を述べる俺を見て、フゥーッとため息を吐くと手に持っていたジョッキを机に置き、オッちゃんは語り始めた。

 

「お前の憧れたイメージを崩すようで悪いが、俺が出会ったあの子はテレビや雑誌で見るような輝く存在じゃなかった」

 

すでに周りには人がおらず、店主も厨房で店仕舞いの作業に取り掛かっているため、店内はさながら貸し切りのような状態だ。

俺はオッちゃんの話に固唾を飲んで耳を傾けた。

 

 

数年前、オッちゃんがいる部隊が本部を離れ新しい陣地構築のため戦場を移動中、敵の奇襲に遭ったそうだ。

本来ならば敵は一掃されているハズの場所で予期せぬ敵との接触。

工兵他に援護兵も随伴してはいたが応戦しても勝てる見込みはなく、すぐさま撤退を開始する。

しかしこの襲撃はあろうことか挟撃であった。

救援要請をするも、本部も襲撃を受けているという事実が判明し、《現地にて対処されたし》という返答を最後に通信も途絶えてしまったのだ。

前進も後退も不可能な状態で部隊は孤立し、その場で防戦に徹する事しか出来ずジリジリと追い詰められていく。

状況は絶望的であり、最初は生き残る事に奮起していた部隊連中も抗戦を続ける中、だんだんと絶望感が広がる。

おまけに部隊は徴兵された者が主であり、救援の優先順位も恐らく低いだろうという事実が隊員の心に影を落とす事に拍車をかけていた。

抵抗も虚しく味方が敵の銃弾で倒れていく。

 

「俺はもう駄目だと思って、故郷に残して来た女房に詫びながら死を覚悟したよ。

 その時、セフィロスが駆けつけてくれたのさ」

 

「やっぱり英雄じゃん!

 銀髪をなびかせながら颯爽と来たんだろ?」

 

「いや、ボロボロだった」

 

オッちゃんは俺の期待を否定するように顔を横に振りながらそう答えた。

 

「セフィロスはなんて言ったと思う?」

 

オッちゃんの問いに俺は何も答えられない。

あの英雄が戦場では満身創痍だったという事実を知り、脳が思考を止める。

 

『遅れてすまなかった』

 

英雄はそう言ってオッちゃん達に撤退を促し自身は殿を務めたそうだ。

退却中、後方に居た敵がどうなったのかと気がかりだったがそちらは既に全員倒されていた。

辛くも本部に辿り着きセフィロスがボロボロだった理由を聞けば本部を襲撃した敵を撃破し休むことなく救出に向かったからだという。

指揮官は当然、出撃する彼を止めたそうだ。

今まで命令には従順であった彼が初めて拒否を示したそうでただ一言理由を述べた。

 

『見捨てることは出来ない』

 

そして当時はまだ少年と呼べるほどの年齢だった彼がたった一人で敵陣を突っ切て来たのだ。

 

「部隊員全員が生存して故郷に帰る事は叶わなかった。

 ただセフィロスが来てくれなかったら俺も含め生き残った連中もみんな殺されていたさ」

 

その後、無事に生きて戻った英雄は治療が済み次第、命令違反で営倉入りを命じられた。

オッちゃん達は異議を唱えたそうだがセフィロスが甘んじて受け入れたという。

 

「ザックス、俺は神羅が作る英雄の映像は好きじゃねぇ。

 俺は実際の彼を見てあげて欲しいと思う」

 

力強く俺に訴えかけるようにオッちゃんは話してくれた。

すべてを語り終えてもう夜も遅いから家に帰りなさいと促されたが、話を聞いたうえで最後にどうしても気になる事があった俺はオッちゃんに質問する。

 

「オッちゃんにとって英雄……

 セフィロスはどういう人なんだ?」

 

「命の恩人だ」

 

躊躇なくハッキリと言い切ったその言葉。

その日、俺はオッちゃんの言葉を胸に刻み家に帰っていった。

 

 

 

オッちゃんがゴンガガからミッドガルへ帰省する当日。

俺はお別れの挨拶を、そしてあの日から自分なりに考え決意した目標を伝えるためオッちゃんの下を訪れていた。

彼はすでに荷物を纏めトラックに乗り込む寸前だったが、俺を見かけると運転手に「少し待ってくれ」と伝えてこちらに向かって手を上げた。

 

「よぉザックス、お見送りか」

 

「オッちゃん!俺、ソルジャーになるよ。

 そして英雄を目指すんだ!」

 

手を振りながら近づいてくるオッちゃん対して俺のいきなりの宣言。

だが特に気にしていないようで腰に手を当てハハハッと笑いながら俺の目の前に立った。

 

「そーか、何を思ったかは俺にはわからねぇがザックスが決めた事だ。

 途中で投げ出すんじゃねーぞ」

 

そういってワシャワシャと俺の頭を無造作に撫でるオッちゃん。

 

「ミッドガルに来るなら俺のとこにも顔出せよ。

 そんときを楽しみにしてるぜ」

 

「わかった!俺も次会う時は今よりカッコよくなって驚かせてやるぜ」

 

向こうが改めて住んでる場所と名前を俺に伝え、「忘れるなよザックス」と念を押してくる。

そんなやり取りも関係ないとトラックから短いクラクションが鳴る。

出発するから早くしろとの意味が込められているのであろう、オっちゃんが振り向けば運転手が荷台を指さしさっさと乗れと睨んでくる。

 

「またな、ザックス」

 

「またな、オッちゃん」

 

再開の約束が込められた短い別れの挨拶を交わしオッちゃんはトラックに乗り込んだ。

エンジンを吹かし出発したトラックを俺は見えなくなるまで目で追っていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

あの日から俺も成長し、故郷ゴンガガを飛び出しミッドガルに来てからどれくらい経つだろうか。

神羅の門を叩き、適合検査と試験を経て無事ソルジャーと成れた俺は任務と訓練に日々明け暮れている。

明日はとうとう2nd昇格試験、しかし俺は未だにオッちゃんとの再開は果たせないでいた。

 

「まさか3rdは寮生活で私用の外出禁止だとはな、ソルジャーに成る前に会っておけば良かったぜ」

 

ぼそりと愚痴をこぼせばそれを聞いた同室の同僚カンセルが俺を戒める。

 

「仕方ないだろう、軍人は個ではなく組織。

 ソルジャー部門は出来きて日が浅いから治安維持部門よりも慎重になっている所はあるだろうし、ソルジャーへの志願は誰でも可能だから俺達3rdの中には初めて軍人になった奴もいるんだ。

 そもそも事前に説明があっただろ」

 

カンセルが呆れた声で言うが、どうやら事前に説明があった()()()

説明会は初めて一人の長旅で疲れて寝てたし、規約書なんかサインをしたらさっさと提出してしまった。

 

「はぁ~俺、ミッドガルの観光もまだしてないんだぜ……」

 

「晴れて2ndに昇格すれば外出もある程度自由にはなるよ。

 だから明日の試験頑張ろうぜザックス」

 

「あぁ二人そろって昇格しよう!」

 

俺は自分にはっぱをかけるよう力強く返事をしてカンセルに向けて親指を立てる。

カンセルも同じように俺に向かって意思表示を決め「もちろんだ」と頷いた。

 

そう、2ndには絶対にならなければならない理由が俺にはある。

1stを目指すならば2ndは通らなければならない道である事。

ミッドガルに来た当初、駅で一緒に財布を探してくれた亜麻色の髪の女の子に改めてお礼に行く事。

名前も知らない上にだいぶ経ってしまったから見つかるか、そもそも向こうが覚えているか不安だけど……。

そして最後にオッちゃんとの再会の約束だ。

名前も住んでる場所もバッチリ覚えている。

 

『ザックス、俺は伍番街スラムのゲインズブールだ、しっかり覚えておけよ』

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしましたザックスです。

あとオリキャラ?のオッちゃんがなんで大工かと言うと、奥さんが
スラムにしてはだいぶ良い家に住んでる理由は廃材を利用して上手い事建てたのではないかと思ったからです。
原作でもそうだけどRは更に増築されていて彼女の家はとてもスラムに立つ家とは思えませんね。
ザックスの実家は1ルームだぞ……


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第24話 出会い

お気に入り1000突破ありがとうございます。




【人事発令99**】

 

本日をもって下記のとおり人事発令を実施する。

 

・ソルジャー・クラス2nd カンセル

 

・ソルジャー・クラス2nd ザックス

 

以上。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「よっしゃぁー!」

 

先日受けた昇格試験の結果をメール通知で受け取って見た瞬間に思わず拳を作り叫んでしまった。

 

「ザックス、気持ちは分かるが場所を考えろよ」

 

俺と一緒に試験を受け、同じく3rdから2ndへ昇格した同僚カンセルが、呆れた顔で窘める。

それもそのはず、ここは神羅カンパニーの食堂で時刻もちょうどお昼時。

人が多く、突然の発声に周りの社員から何事かと注目を集めてしまったようだ。

 

「おぉスマンスマン。

 でも嬉しくってさー、二人そろって昇格出来てよかったな」

 

「それについては同感だ、ただ他の奴らは落ちてしまったみたいだな」

 

先日の試験は俺達以外にも3rdが何名かいたが通知には記載されていないのでカンセルの言う通りなのだろう。

もし、あの場に居た全員が昇格出来ていれば、皆でミッドガルの街に繰り出して昇格のお祝いでもしたかったが現実はそう甘くはない。

ただ、待ちに待った2ndに昇格出来たのだから与えらえる権利は最大限活用したいと思う。

 

「なぁカンセル、全員では無理だったが折角だし二人で街にでも行くか?」

 

今まで散々抑圧されていた欲があふれ出し、目の前に座っている同期を誘ってみる。

そんな俺達二人の様子を見ていたのか、何処からともなくある男が声をかけてきたことで計画が脆くも崩れ去っていく。

 

「昇格直後に遊びに行くのは感心せんな」

 

「うわっ!アンジール、いつの間に!」

 

男はソルジャー・1stのアンジール。

後輩の面倒をよく見てくれる人物で俺やカンセルも任務に始まり戦闘訓練や指導でも大変世話になっている人物だ。

 

「いやいや遊びに行くわけじゃないというか……

 ちょーっと自分達へのご褒美が欲しいというか……」

 

「ち、違います。

 ミッドガルの街が襲われた場合を想定して、構造を把握するためパトロールを実施しようかと」

 

浮かれている所を目撃されて説教が始まると思い、慌てて言い訳をする俺達。

しかし焦っているので、どちらも整合性のないチグハグな内容になってしまう。

 

「おっと、別に怒るわけじゃないから安心しろ。

 むしろ適度に羽目を外すのは大事だ。

 3rdから昇格したのなら尚更今までの分も楽しんだ方がいい」

 

「なんだよー、よしそれならさっそく…「しかしっ!」

 

説教が無いと分かり安堵した俺が思わず口から出た言葉を強い口調で遮ぎったアンジールは話を続ける。

 

「手続きをしっかりしてからだ。

 昇格した者へ追加の連絡も来てるはずだからちゃんと確認はしろ。

 遊ぶのはその後でも遅くはない」

 

「あ、本当だ。

 追加でメール来てるぞ、ザックスも自分の携帯見てみろよ」

 

上司から指摘され自分の携帯を覗き込んでメールを見つけたカンセルが俺にも早く見るように促してくる。

先ほどの人事発令の通知画面で静止していた自分の携帯を急いで操作すると【2nd昇格についての連絡】というタイトルのメールがしっかり届ているのが確認出来た。

目を通せば、早急に身分証明であるカードの更新と2nd制服の受領のためソルジャー司令室来るようにという内容の指示が書かれていた。

 

「いいか二人とも。

 3rdと違って2nd以降は単独の任務を命じられる事もある。

 同じ部門の上司や仲間が居ないというのは間違いを指摘してくれる者が居ないという事だ。

 確認は絶対に怠る事のないようにな。

 そしてザックス、カンセル、昇格おめでとう」

 

そう言って立ち去っていくアンジールに俺達は「「ありがとうございます」」と一礼をする。

その後、席に着き食べかけの昼食を二人そろって口に掻っ込んで片付け、件のメールに従ってソルジャー司令室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「本日をもってソルジャー・2ndと任命されましたカンセルです。

連絡を受けただいま参上致しました」

 

「ソルジャー・2ndザックス、同じく参りました」

 

エレベーターを抜け、扉の無い司令室に入るとラザード統括がこちらを直視しており、俺達が名乗りを上げたのを確認してから口を開いた。

 

「うむ、素早い対応で良い。

 早速だが二人のカードを更新するのでこちらへ。

 制服についてはブリーフィングルームに用意があるので今のうちに着替えてきてくれ」

 

「承知致しました」

 

「わかりました」

 

統括に身分証であるカードを手渡し、ブリーフィングルームへ行く。

ブリーフィングルームは奥に作戦の打ち合わせを行う部屋と手前に出撃準備を行う部屋に分かれている。

手前の部屋には複数のロッカーが設置されていて、2nd専用ロッカーを開ければ同クラスの制服が並んでおり自分のサイズに合うものを手に取った。

長らく愛用した水色の3rd制服とも今日でお別れだ。

 

「2ndの制服は赤紫か、中々いい色だな」

 

「聞いた話によると敵の攻撃で色落ちすることもあるらしく、最前線の2ndの制服は青紫っぽくなるそうだ」

 

制服に袖を通しながら色合いに率直な感想を述べてると、情報通のカンセルが豆知識を披露してくる。

 

「つまり歴戦の証みたいなもんだな!」

 

「違う、前線は洗濯剤の漂白成分が強すぎるだけだ」

 

一部の1st達のように目立つ服装ではないが他とは違う色合いとなる事に特別感を見出し、楽観的な意見を口にしたら間髪入れずに否定する人物が奥の扉から現れた。

頭に過ぎった目立つ服装の一人、ソルジャー・1stジェネシスである。

 

「お前達、その制服を洗う時は注意しろ。

 使われている染料が違うからな」

 

「えっと……」

 

予想外な大物の登場に返答しようにも何を言えば良いのか迷っていると、彼は返事も聞かずさっさと部屋から出て行ってしまった。

 

「赤い服を常に綺麗に着こなしているあの人らしいアドバイスだったな、ザックス」

 

「お、おぅ……」 

 

戸惑っている俺を見かねて納得させるようにカンセルが発言する。

ちょっとしたイベントは有ったが着替えも終わったので司令室に戻ると丁度カードの更新も終わったらしく、ラザード統括がそれを差し出してくる。

 

「これで君達についての情報も正式に2ndとなったわけだ。

 会社も信用出来る者達と判断したことになり外出も基本は自由となる。

 改めて言う事でもないが、ソルジャーであるという事を忘れず節度を持ち行動すること」

 

統括は澄ました顔でこちらにソルジャーとしての振舞いを説いてくる。

受け取った自分のカードに目を落とせば2ndの文字が刻まれているのが確認できた。

身分証にしっかり記載されたことで自分が2ndになったという実感がより強くなりカードをじっくり見てしまう。

その時、この場に居なかった者の声が後ろから聞こえてきた。

 

「新しい2nd達か」

 

声にびっくりして後ろを振り向いてみると、そこには神羅の英雄で最初のソルジャー・1stセフィロスがいつの間にか姿を現していた。

 

「相変わらず来るのが早いね君は」

 

「遅いよりはいいだろう」

 

なぜここにという疑問が喉から出掛かったが統括の言葉がそれを押しとどめた。

セフィロスが当たり前だという態度を示しながら言葉を返す。

今日ほど1st達から声を掛けられる日は初めてかもしれないなと考えながら二人のやり取りを眺めていると、英雄の目が俺達を捉える。

 

「名前は?」

 

セフィロスとは入社式などで直接見たことは何度か有るが、このように近い距離で会うのは初めてだ。

その為カンセルと共に自己紹介をした。

俺達の名前を聞いて彼は確認するかのように名を呼んでくる。

そのついでに難問も付け加えて。

 

「ザックスとカンセルだな。

二人が目指しているものはなんだ?」

 

2ndになったばかりの俺達に心構えを聞いているのだろうか。

 

「えっと…その、はい一応1st…です」

 

隣のカンセルは緊張している様子で言葉を詰まらせながらもなんとか返答する。

自分も憧れた人物が目の前に居るこの状況で若干緊張はしたが、俺の夢は別に恥ずべきことではないと思い堂々と発表する。

 

「俺の夢は英雄になることです!」

 

それを聞いたカンセルは焦ったような表情になるが、セフィロスは一切表情を変えず「そうか」と頷き、統括は「フフッ」と不敵な笑みを浮かべる。

少しの間、司令室に沈黙が漂ったが耐えきれずにカンセルが恐る恐ると言った様子で質問をする。

 

「あの……

 なぜ、セフィロスさんがここに?」

 

カンセルの問いにセフィロスは単刀直入に事実のみを告げてくる。

 

「この後、統括とウータイでの軍事作戦について打ち合わせがある」

 

「そういうことだ。

 ここからは、公開制限がかかっている情報もあるため悪いが二人は退室するように」

 

現在神羅と戦争中であるウータイにはまだ出動した事はないため非常に気にはなる。

しかし上司の命令とあっては素直に従うしかなく二人して「「では失礼致しました」」と出て行こうとした。

その時セフィロスが俺達にある提案を伝えてくる。

 

「もし上を目指す覚悟があるならば何時でも鍛えてやろう」

 

「「はッ!ありがとうございます」」

 

突然の申し出に二人そろって頭が混乱したのか、なんと返していいのかわからず感謝の言葉だけ伝えてそそくさとその場を後にしてしまった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「セフィロスはああ見えて面倒見が良いんだ。

 本人の雰囲気が近付き難い感じだから勘違いされやすい」

 

あの日から数日が経ちアンジールとの訓練中にセフィロスから言われたことを聞いてみると、どうやら英雄はソルジャーがまだ部門ではなかった頃は部下の戦闘指導を積極的に行っていた様だ。

 

「しかしだな……」

 

「しかし?」

 

何か歯切れの悪いアンジールに不安を覚える。

何故なら自分なりに考えた結果、英雄になるため英雄に指導を受けるのは近道ではないかと思い、あの後に改めて伺い戦闘訓練をセフィロスにお願いして来週には指導してもらう予定だからだ。

 

「あいつは中々の苛烈な指導だから覚悟しておけよ」

 

アンジール曰く、訓練の具体的な例として敵を一撃で仕留めろと手本も無しに指示してくるそうだ。

 

「それって苛烈と言うより下手なんじゃないか?」

 

思った事をアンジールに問いただすも、否定も肯定もしなかった。

自分の中で不安と困惑が入り交じった感情になっていく。

 

「まぁザックスなら大丈夫だ。

 ……多分」

 

「多分ってなんだよ!」

 

こちらの心情を察してか励ますつもりでアンジールは言ったのだろうが最後の一言は余計だとツッコんだ。

あの日の事をカンセルは心臓にヘイストを掛けたようだと言っていたが俺はストップが掛かるかもしれない。

そんな思いを抱きながら訓練までの数日を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 




しばらくザックス目線かも


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第25話 ザックスとエアリス

鈍重な車輪がプレートに敷かれたレールを踏みしめる。

このミッドガルの物流を任される列車は物資の運搬は勿論の事、人々の移動手段も請け負う重要な交通機関だ。

車やバイクといった比較的余裕のある住民が利用するものと違い、決められた切符代を支払うのなら乗客の()を選ばないためスラムの住民でも使用している者は多く、またプレート上層部とスラム街の往来は一部関係者が使用する連絡路を除けば安全に目的地へ向かう移動手段でもある。

 

 

先程まで乗っていた列車が駅のホームから離れていくのを見送り「さてと」と一息つく。

俺は子供の頃ゴンガガ村で別れたオッちゃんとの再会を果たすため伍番街スラムに足を運んでいた。

本来ならばもっと早くスラムに向かいたかったのだが、2ndに成りたてにも関らず、任務に訓練とこれでもかと予定を詰め込まれ、中々自分の時間が作れなかったのだ。

正直、休み自体はあったのだけれどセフィロスの指導が厳しくて、慣れるまで休みは一日中爆睡してるなんて事はザラだった。

とは言えアンジールに事前に聞いていたので覚悟はしていたし自ら申し出た事でもあるので投げ出すつもりは一切ない。

同期のカンセルも俺より頻度は少ないが必死で頑張っているため互いに励まし合いながら続けられる。

なによりあの英雄が稽古をつけてくれる、またとないチャンスであり存分に活かすつもりである。

 

……ただ先日のシミュレーター訓練で神羅軍100人組手は流石にキツかった。

死に物狂いでなんとか目標達成したが、その後セフィロスが

 

『いずれは1000人組手を数回連続で行ってもらう』

 

と、鬼のような課題を提示してきた時は一瞬相手の正気を疑った。

いくら何でも無茶苦茶だと反論したが、向こうはそれくらい出来て当然だという態度を示すので自分の開いた口が塞がらなかった。

 

『ザックス、()()()を考えてそれくらいは達成してもらうぞ』

 

神羅軍1000人以上をたった一人で相手にする万が一ってなんだよっ!と思わず声を張上げたが『そのままの意味だ』としか言わないセフィロス。

その訓練を必ず行ってもらうという真剣な眼差しを向けられて俺の口からは乾いた笑いしか出なかった……。

 

 

 

ちょっと思い出してブルーな気持ちになってしまったが、切り替えてオッちゃんに会いに行こう。

数年ぶりの再会であり、元気よく会いにいかなくてはあっちも心配するだろう。

しかし目的地を目指して歩いていたつもりなのに何故か一向に辿り着かない。

 

「これってもしや迷子?」

 

まるで他人事のように呟きながらスラムを彷徨っている状況である。

一応、ホームを出た後に近くの人に「ゲインズブールさん家って何処ですか」って尋ねて大体の場所は教えてもらったのだけど、元々土地勘のないスラムじゃ地元住民の大雑把な説明を正しく理解できるはずもなく迷ってしまったようだ。

なんとかなるだろうと変な自信を持たず、もっと詳細に聞いておけば良かったと後悔してもすでに遅い。

仕方がないので来た道を戻ろうと思うが、考えながら歩き回ったせいか帰り道が分からない。

慌てて辺りを見渡しても人もおらず道を聞くことも出来ない。

 

「まいったな……」

 

頭を手で掻き途方にくれながらもう一度周辺を見回せば古びた教会が目に入った。

 

「迷える子羊に道を示したまえって奴か」

 

教会の外見からはとても人が居そうな雰囲気ではないが、他に選択肢があるわけでもなく駄目元で扉を開けてみる。

中に入ると至る所が朽ちて、さらに中央付近の床板は捲れて地面が見えておりそこから花が咲いていた。

外見からは想像も出来なかった貴重なモノを見つけ、興味本位に近づいてしゃがみ込む。

 

「へぇ、花なんてミッドガルじゃ高級品だよなぁ」

 

鋼鉄に覆われたこの巨大都市では花が自生してるなんて事はまずない為、物珍しさに思わず手を伸ばし掴み取ろうとした。

 

 

「待って、それまだ蕾」

 

 

その時何処からともなく少女の声で注意を受けて思わず顔を上げれば目の前にはいつかの天使が居た。

 

 

 

=========

 

 

 

教会のお花の世話を一通り終え、道具を奥の部屋に片付けて戻ると、お花の場所に見慣れない人が居た。

警戒して様子を探っていたら咲きかけてる蕾を摘み取ろうとするので慌てて声を掛けた。

私の声でこちらに向けた顔を見ると、いつかの駅で財布を落として困っていた男の子であり、第一声が「天使?」と言われて思わず笑ってしまった。

 

「残念、私はエアリス」

 

後ろで腕を組み、彼の顔を見下ろす形で自分の名前を伝えると、男の子も立ち上がる。

 

「俺、ザックス。

 あの時、財布を無くして困ってた俺を助けてくれたんだから天使さ」

 

「おもしろい事言うのね」

 

どうやら向こうも初めて会った時の事はしっかり覚えていたみたいで、ようやく彼の名前を知ることが出来た。

ザックスの発言に顔をほころばせば、向こうも白い歯を見せてキザったらしく微笑んだ。

お互いの自己紹介も済んだところで、何故この場所にいるのかという疑問が当然のように出てくる。

 

「ザックスはなんで教会に居るの?」

 

率直に尋ねて見れば、どうやらある人を探していたら道に迷ってしまったという。

探している人物を聞いてみれば、「ゲインズブールって人だ」と言い自分も良く知る者の名前であったから驚いた。

 

「ザックスが探している人が住んでるとこ、私知ってるけど一緒に行く?」

 

「おっマジ!?

 助かるよ、是非お願いします」

 

「いいよ、じゃあ行こう」

 

すでに教会での用事は済んでおり、ザックスの返答に頷き二人そろってその場を後にした。

目時地に向かう道中、彼はエルミナさんの旦那さんをなぜ探していたのかと言うことを話してくれた。

オジさんとの再会も数年ぶりなのであの頃に比べ成長し夢に向かって突き進む自分を見せて驚かせてやるんだと綺麗な目を輝かせて語るザックス。

それを聞いて私は、そんな()()()()()へ彼を案内出来る事を光栄に思った。

それにしてもどこかの英雄と違ってこんなに底抜けに明るくお喋りなザックスを見て同じソルジャーでもこうも違うのかと感じてしまう。

 

「それでやっとの思いで2ndに成ってさ、さぁオッちゃんに会いに行くぞって思ってたらもう任務や訓練が盛りだくさん。

 おまけにセフィロスの指導がもう厳しいのなんのって、参っちゃったよ」

 

「それでオジさんに会うのが遅くなっちゃったんだね」

 

ザックスの話す内容は次第にソルジャーに成ってから今に至るまでの事に進んでおり、私と馴染み深い人物の名前も登場するようになっていた。

彼の話は面白くて私はただただ相槌を打つばかりで自分の事はあまり話さなかった。

もしかしたら少し特殊な出生や現状である私は距離を置かれるのが怖かったのかもしれない。

向こうはそれを察したのかどうかは分からないが無理に聞いてくると言う事はせず、ただ沈黙時間も作らせないよう私を楽しませようとしてくれてるのが分かったので申し訳ない気持ちになったがそれと同時に嬉しくも思った。

 

 

 

==========

 

 

 

エアリスに連れられてオッちゃん()に向かう最中、こちらは色んな話をしたと思うが、あっちの口から話はあまりなかった。

まだ会って2回目だし、元々話すのが苦手なのかもしれない。

それに人それぞれ事情ってもんがあるので、彼女から話すまでは俺が聞き出すのは良くないと思う。

こちらばかりの話で申し訳ないが相手への質問攻めになるよりはマシだろうと出来るだけ自分の話で間を持たせた。

その間にも目的地へはどんどん近付いていたようで、そのうち開放感のある場所に到着した。

2階建の家が一軒存在しており、周りは故郷のゴンガガのように緑が生い茂って花が至る所に咲いているので本当にミッドガルなのかと疑ってしまうが、見上げればその証拠に上層プレートの先端が見えており、ここは中心部から端の方だというのがわかった。

 

「ここがザックスの探してた人の家」

 

そう言ってエアリスは玄関の前に立ちコンコンっとノックをした。

 

「こんにちは、エルミナさん」

 

事前に聞いていたオッちゃんの奥さんの名前をエアリスが呼ぶと家の中から「はいよ、ちょっとお待ち」と声がした。

しばらくして扉が開くと、大きなお腹を抱えた女性が現れる。

 

「いらっしゃいエアリス。

 ……っとそっちの人は誰だい?」

 

出てきた女性はエアリスに向けた笑顔のまま俺をチラッと見る。

 

「オジさんの知り合いだって人を連れてきたの」

 

「初めまして、俺はザックスと言います」

 

エアリスが掌を俺に向けるので、自分の口から名前を伝える。

それを聞いた女性は少し考える素振りを見せ、何かを思い出したかのように手を叩く。

 

「あんた、もしかしてゴンガガ村のザックスかい?」

 

「えッ! 俺の事知ってんの?」

 

「知ってるよ、うちの旦那が『ザックスはいつ会いに来るんだ』なんて時々ボヤいていたからねぇ。

 あの人は今、ちょっと仕事で出かけてるけど暫くしたら帰ってくるから上がって待ってて頂戴」

 

そう言って彼女は俺とエアリスを自宅に招き入れる。

入る間際にエリアスが肘で俺の脇腹をつつき「覚えてたみたいで良かったね」と小さな声で呟いて俺より先に家へ入っていった。

 

入ってすぐにリビングがありダイニングテーブルに座るよう促されたのでそこに腰を下ろす。

周りを見渡せば綺麗に整頓されており、内装はシンプルながらも堅実なデザインである。

そういえばオッちゃんは元大工だった事を思い出した。

すでに治安維持部門に居ない事は知っていたので、また大工の仕事でもやっているのかなと考えていたらエルミナさんが「お茶でも淹れようか」と言って台所に行こうとする。

するとそれを見ていたエアリスが待ったをかける。

 

「エルミナさん、私が淹れるからいいよ。

 だからゆっくりしてて」

 

「でも場所はわかるのかい?」

 

「ティーセットはコンロの上の右の戸棚でしょ、紅茶葉はその左」

 

遠慮するように言ったエルミナさんの言葉を、知ってるよといった得意げな顔で返すエアリス。

 

「それじゃ、お願いするねエアリス」

 

彼女から了承を得たエアリスは早速台所でお湯を沸かし準備を始める。

それを見てエルミナさんは自分の座ってる対面に着席して、傍からずっと二人のやり取りを眺めていた俺に向かって言うのだ。

 

「あの子は言い出したら頑固なところがあるからねぇ」

 

と微笑みながら。

 

 

オッちゃんが帰ってくるまでの間は二人から色んなことを聞いたり自分の事を話したりした。

エルミナさんが子供を身籠ったのでエアリスが心配して時々様子を見たり買い物や家事のお手伝いに来たりするそうだ。

だから他人のキッチンなのに勝手を知っているんだなと納得する。

そしてエアリスの淹れてくれた紅茶が丁度飲み終わる頃、タイミングを見計らったかのように待っていた人物が帰って来たのだ。

 

 

 

==========

 

 

 

「今帰ったぞー」

 

やや疲れた様子のオジさんが玄関の扉を開けて帰ってきた。

肩に担いでいた大工道具を玄関の脇に下ろすと拳で腰を叩きながらこちら見る。

 

「よぉエアリスの嬢ちゃん、いらっしゃい」

 

「お邪魔してます」

 

丁度私が影になってザックスが見えなかったのか、こちらにだけ声を掛けてきたので立ち上がってお辞儀をする。

しかしオジさんは明らかに見えているであろうザックスには特に反応もせず、ただ近寄って行った。

 

「オッちゃん、その久しぶり……」

 

お互いに顔は確認出来ているのに無反応なオジさんに対して、少し不安そうな表情で恐る恐る話しかけるザックス。

彼の座ってる横で立ち止まると、大きな手でザックスの頭を無造作にかき乱した。

 

「やっと来たか! 待ちくたびれたぞザックス。

 あの生意気な坊主がデカくなりやがってよう」

 

今まで無表情だったオジさんの顔が嬉しくてたまらないと言った表情になる。

 

「ちょっ、オッちゃん待った! 待った!」

 

「なーにが待っただ。

 街で嬢ちゃんと見慣れないソルジャーの男が一緒に居たって聞いたから不安だったんだけどよぉ。

 家に帰ってみたら嬢ちゃんと一緒におめーがいるじゃねぇか。

 顔を見た瞬間すぐザックスってわかったわ。

 女連れて来るなんてやっぱ生意気だな」

 

ワハハと気前の良い声を上げながら大口開けて笑うオジさんに、一向に頭から手を放してくれないので困り顔になっているザックス。

そんな二人の様子が可笑しくて、見ていた私もエルミナさんも自然に笑っていた。

 

その後、ザックスとオジさんの思い出話に花を咲かせながら私とエルミナさんで作った夕食を4人で食べ終わる頃には、すっかり夜遅い時間になってしまった。

比較的他のスラムより治安が良く歩き慣れている伍番街スラムではあるが、それでもこんな時刻に女の子一人は危ないということで、ザックスが私を自宅まで送っていくという話になった。

 

「ザックス、ガールフレンドをしっかり送り届けろよ」

 

「二人とも気を付けて帰るんだよ」

 

玄関を出た私達を心配そうに見送る夫婦に

 

「任せとけって」

 

と自信満々に答えるザックス。

 

「お邪魔しました」

 

と私は二人に頭を下げてお別れの挨拶をした。

 

 

 

──────────

 

 

 

「エアリス、今日はありがとう。

 おかげでオッちゃんと会えた」

 

帰る途中でザックスは今日の事について感謝の言葉を伝えてきた。

 

「私も凄く楽しかったよザックス。

 こちらこそありがとう」

 

お互いがお礼を言い合うので今日何度目かの笑顔をお互いが覗かせる。

 

「それにしてもオッちゃん、いきなりガールフレンドだなんて言うからびっくりしたぜ」

 

「あれ?

 私は嫌じゃないけどザックスは嫌なの?」

 

「えっ、あ、いやそんなことは……

 でもまだ出会って2回目だし、お互いもっとこう…その…」

 

私の言った事に対してやたら照れながらしどろもどろになるザックスを見てなんとなく察したので、勘違いを訂正してあげる。

 

「ガール、フレンドだよ、女の子のお友達。

 ザックスは私から見てボーイ、フレンド、男の子のお友達、OK?」

 

「あッ!そうか、そっちか……

 いや、スマンなんでもないよ」

 

「ふぅーん、何を思ったのかは聞かないであげる」

 

 

 

―――あの時照れ笑いをしながら誤魔化した彼は、私にとって初めて出来た同年代のお友達。

このお互いのくだけた感じが心地よく感じていた。

古代種の事、セフィロスの事、まだ打ち明けない事にしたのを覚えている。

 

その時はザックスが私に対して普通の女の子として接して欲しい思った私の我がままだった。

態度を変えられるのではないかという不安があった。

ただそれは杞憂で、何度か会ってるうちに真実を知っても態度を変えるような人間ではないと気付いた。

もしかしたらザックスの勘違いが本当になる時が来るかもしれない。

その時は―――。

 

 

 

その日、ザックスに無事送り届けてもらい家に入ると遅すぎる帰宅にお父さんが心配しすぎて寝込んでしまい、お母さんに「エルミナさんから連絡があったけど貴方からもちゃんとしなさい!」とお叱りを受け、あの約束以来また顔を出すようになって来ていたセフィロスが窘めるという()()()()()()()()()に出くわし私は深く反省したのだった。

 

 

 

 




原作より1年くらい早いイメージ
やっぱこの二人は応援したい。

リーブさん曰く地上と都市の行き来は列車かハイウェイだそうです。

何卒宜しくお願い致します。


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第26話 バノーラ組

久々の休日に俺は何処かへ出掛けるという事もせず、自室に籠り最近忙しくて疎かになっていたバスターソードの手入れを行っていた。

別に戦いの場で使用したわけではないが、持ち歩けばその分汚れだって付着する。

良く絞った柔らかい布で汚れを綺麗に落とした後、乾いた布で水分を入念にふき取る。

大切な誇りであるこの大剣は何時だって俺の心の支えだ。

 

「誇りと言えば、アイツも俺の言っている事がそろそろ分かって来ただろうか」

 

頭の中で言葉と一緒に登場した後輩がニカッと笑ってこちらを見ている。

もともと素質のある奴だと思っていたが、あんなに成長するとは驚いた。

普段はおちゃらけた態度で軽い奴だが、仕事には熱心に取り組み、向上心が高く3rd時代から注目はしていた。

2ndに上がってからは俺だけでなくセフィロスからも戦闘訓練を受けているようでメキメキと実力が向上しているのがわかる。

ザックス(後輩)はセフィロスの課題を達成する度に嬉しそうに報告してくるのだ。

可愛がっていた子犬を取られたような寂しい気持ちになるが同時に嬉しくも思う。

兄弟は居ないが弟の成長を喜ぶ兄の気持ちとは恐らくこういう感じなのだろうか。

そんなアイツも今もっともソルジャー部門の人手が割かれるウータイでの作戦にそろそろ従事する予定だそうだ。

 

「戦争も終わりが近いな」

 

ウータイとの戦争も俺達ソルジャーの投入により終わりが見えてきた。

ラザード統括はソルジャー部隊が部門になったことで彼自身も主任から統括となり権限が拡大し、戦況に応じて素早く部隊を展開出来るようになったこと、独自作戦により大胆な行動がとれるようになった事が大きいと話していた。

また作戦立案にセフィロスの意見が大変役立ったとも聞いた。

 

『まるですべて知っているかのようにセフィロスの予想が的中するんだ』

 

戦場で戦うだけでなく現在の戦局からどのように変化していくのか見通す能力もまた英雄に備わっている能力であり彼から学ぶべき事なのだろう。

そんなことを考えながらも作業の手は止めず、バスターソードの手入れは最後の仕上げである刀剣用防錆剤のコーティングに取りかかった。

 

「しかしコイツの事をもったいないといって出し惜しみも出来なくなってきたな」

 

先日、俺とジェネシスとセフィロスでシミュレーターを使った戦闘訓練を行った。

ウォーミングアップを兼ねてジェネシスと二人掛かりでセフィロスと戦闘を行った後、ジェネシスとセフィロスの一騎打ちを傍から眺めていた。

しかしお互いヒートアップしてしまったのかシミュレーターの耐用を大きく超える攻撃を遠慮なく繰り出す二人。

流石にマズイと焦りそれを止めるため無理やり攻撃の間に割って入った時、ジェネシスが使う赤いレイピアを受け止めた俺の剣が折れてしまった。

セフィロスの政宗はバスターソードの柄で受けたので少し傷が入った程度で済んだが。

ジェネシスは俺の折れた剣の刃先で左肩を負傷してしまったので戦闘訓練もそこでお開きとなった。

肩を押えシミュレーター室からジェネシスは出て行き残る者が二人となった時、俺の手に持っていた折れた剣を見ながら

 

『アンジール、その剣では本気のお前と戦えない』

 

そう言ってセフィロスもシミュレーター室を後にした。

 

今までセフィロスとの戦闘で手を抜くなんてことはしたことが無い。

そもそも手を抜けるような相手でもないのだ。

常に全力で挑んでいたつもりではあるが、セフィロスは何か確信めいた鋭い目つきをしてそう伝えてきたのだ。

俺はそれ以来ずっとその言葉が心に引っかかっている。

 

俺も1stであるが現状に甘んじることなく後輩に負けないようこっちも精一杯努力をしよう。

口をすっぱくして「夢を持て、ソルジャーの誇りを忘れるな」とザックスに言い聞かせたこちらの面目が立たないからな。

磨き終わり部屋に立てかけた俺の……我が家の誇り(バスターソード)に誓って。

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

〈ジェネシス様、お届け物です〉

 

インターホンから配達人の声がしたので扉を開けて荷物を受け取る。

差出人を見ればどうやら両親からの送り物であった。

箱を開けてみると爽やかなフルーツの香りが周りに広がり、中身を見れば地元バノーラ村の名物〈バノーラ・ホワイト〉がぎっしりと詰まっていた。

この果実はバノーラ地方でのみ採れる珍しいリンゴで、見た目は紫の毒々しい色合いをしているが果肉は白くて甘くしっかりとした歯ごたえは口当たりが良い。

非常に美味でそのまま食べて良し、ジュースなどにも加工するも良しとした地元の自慢の名産物。

 

「このバカリンゴ(バノーラ・ホワイト)は俺の家の樹に実ったやつだな」

 

バカリンゴと言う通称は実らせる時期が一年中であり収穫時期というものがないため季節感のないバカみたいな農作物という事からそう呼ばれているのだ。

実家の庭に植えてある樹は村で一番立派で美味しいバノーラ・ホワイトを実らせるので一目でわかる。

 

「手紙が入っているな」

 

リンゴと一緒に入っていた手紙は両親からのようで、封を開けて目を通す。

 

 ジェネシスへ

 

 最近実家に帰って来られない貴方のために立派に実ったバノーラ・ホワイトを送ります

 アンジールや職場の人たちと仲良く召し上がって下さい。

 貴方の活躍をニュースで見ない日はなく親としてとても誇らしく思います。

 でも一番は貴方が無事でいてくれることです。

 体に気を付けて、無理をしないように。

 

                              父と母より

 

 P.S 英雄にリンゴを食べて貰えましたか?

 

 

読み終わった手紙を元に戻し、バカリンゴを手に取り一口かじる。

シャリっとした触感とともにさっぱりとした甘さが口の中に広がった。 

 

「英雄か…」

 

ウータイとの戦争になり、英雄としての名を轟かせるチャンスが巡って来たと当初は思った。

戦争以前は少数精鋭として、または単独で任務に就く事が多く着実に実績を重ねて1stにまで昇りつめた。

だがこの戦争では一局集中投入と言うあまりにも常軌を逸脱した運用方法で作戦が展開されていた。

一般的な戦争における戦術論を知っていれば疑問しか感じないこの作戦。

手薄になる箇所が出来てそこを付かれたり、そもそも攻めるべき場所が間違っていた時にリカバリーが利かない危険性が存在するデメリット。

だが防衛に関しては治安維持部門の兵と新型自立兵器の物量にモノを言わせ固めることで解決。

攻撃に関してはラザード統括の的確な指示により敵が最も損害を被り指揮系統が麻痺する場所をセフィロス、アンジール、そして俺を同じ箇所に集中運用し中隊規模の2ndと3rdを従えることでその圧倒的な武力に物を言わせて一点突破で敵の重要な拠点の早期陥落させる。

いくら特殊部隊とは言えまるでベヒーモスのような突撃を繰り返すだけでは何れ破綻するだろうと、不安の声も上がっていたが主要部門の統括達はコレを支持したため作戦立案されてから実施までの期間は驚くほど短かったようだ。

 

そして実際に多大な戦果を挙げたことによりこの作戦は正しかったと証明された。

結局のところ敵が対策しようにも最強で無敵と呼ぶに相応しいこの部隊を防ぐ術が無いのだろう。

襲ってくるバハムートの群れを前にして出来ることなど無いように。

 

この戦争においては()()()()()()()はひと際目立つ存在になった。

だが各個人にスポットはそれほど当たる事はなかった。

単独での任務遂行を極端に制限されており、1stである俺の側には常に同じ1stのアンジールとセフィロスが居た。

俺達の働きに対して正当な評価は確かにある。

しかし俺個人が欲した称号を得られる機会はなかった。

 

 

『俺も英雄になるんだ』

 

 

先日の戦闘訓練でセフィロスと対峙した時に出た言葉。

己が何かに焦っているのははっきりわかる。

その時に負傷した肩をさすりながら英雄に関する記憶を思い返していた。

 

「俺は、英雄になりたいだけだ……」

 

手に持ったままのかじったリンゴは()()()()()()()

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

アンジールとジェネシスが神羅に入社して以来、細心の注意を払いながら二人の経過を観察していた。

過去に失敗と見放された事実があるにせよ、ソルジャーと成った彼らは即座に頭角を現していき、圧倒的な実力をもってソルジャー部門のエースとして活躍していた。

まだセフィロスには及ばないものの二人が協力し合えばソルジャー部門のトップとして君臨する可能性も十分期待できる。

上手く行けば私の研究は失敗ではなかったと証明し、更には宝条のセフィロス(傑作)よりも優れた結果を出すことで奴のプライドをへし折ってやることも出来そうだ。

 

だがその未来も先日の出来事で暗礁に乗り上げてしまった。

 

「プロジェクト・Gの結果がこのようになるとは」

 

共同研究をしているガスト博士がデスクトップに表示されたデータを見ながらそう言った。

表示されているデータはジェネシスが訓練中に負傷した時、治療の傍ら採取した細胞の検査結果だ。

彼はジェノバ細胞により普通の人間より治癒力が高い筈なのだが、いつもよりも傷の治りが遅く、より詳細に調べて見たところ、なんと細胞に劣化現象が起こっていたのだ。

 

「ホランダー博士、コレは早々に行動を開始しないと手遅れになるかもしれない」

 

私に向かって真剣な表情で一刻を争う事態であると伝えてきたガスト博士は早々に部屋出て行こうとする。

 

「あの、どこへ行かれるのですかガスト博士」

 

「宝条博士の所へ、報告に行く。

 その後、すぐにこの問題における対策・研究チームを発足して全力で事にあたる」

 

今は二人で細々と研究しているだけなので、奴にはこれと言って報告はしていなかったし向こうも何も言ってはこなかった。

しかし本腰を入れて大規模に研究するとなれば、相応の設備も人員も必要であり、その使用許可は統括に得なければならない。

だが私にもプライドがある。

失敗の烙印を押されていたプロジェクト・Gにさらなる欠陥が見つかったとなればこの先はずっと宝条どころか科学部門全体からも蔑んだ目で見られるであろう。

 

「待って下さいガスト博士。

 とりあえずはもう少し様子を見ると言う事で。

 報告にもまとめる時間も必要ですので……」

 

「そんな悠長な事は言っていられんよ。

 君はあの二人がこのまま()()していくのを黙ってみて行くというのかね。

 それに報告内容なら既に()()にまとまっている」

 

ガスト博士は自分の頭を指で指しながら冷静に私の目を見てそう言った。

ただ聞きなれない単語が出ていたのでその事に関して疑問を抱く。

 

「劣化ではなく()()ですか?」

 

「そうだ、劣化については正直なところ私の中で仮説の一つとして存在していた。

 ただ今までは決定打が無かったのでもう少し研究を進めてから君へと話そうと思っていたのだ、申し訳ない。

 だが症状がこうして発現した今、私の仮説が正しいとすれば、精神の崩壊を招く……。

 他のソルジャー達が何人か精神障害を患っているだろう?」

 

「あれはソルジャーに成るための施術で浴びせた魔晄が原因とされているハズですが」

 

たしか、ソルジャーの何名かは言動に一貫性がなくなり、幻覚を見ているような節があるため医務課にて治療中である。

ガスト博士が持論を展開する中で少々引っかかる部分があったので反論するが、そのあと続いた言葉によって納得するしかない状況になってしまった。

 

「待ちたまえ、話はまだ続きがある。

 ジェノバの細胞は精神状態に強く依存するのは過去の実験からわかっている事だ。

 魔晄中毒に陥ってしまった者達の身体機能は一般人に比べジェノバ細胞を埋め込まれたソルジャー達の方が酷く弱っている。

 という事は逆に肉体の劣化によりジェノバ細胞を持つものは精神に異常をきたす可能性も見えてくる」

 

博士の言いたいことは理解出来る。

だが私が直接携わり心血を注いだ研究結果(アンジール・ジェネシス)が量産型ソルジャー程度の精神力しか持ち合わせていないなど、認めたくはない。

 

「それにプロジェクト・Gには劣化だけではなく他に隠された真実があるような気がしてならん。

 科学者としての勘だがね」

 

そうだ、ただの劣化で終わらすなど出来ない。

ガスト博士の言うように何か他にはない結果を見つけて私の研究を認めさせる。

ならば悔しいが再び汚名を被り、充実した体制で研究を再出発させるのも一つの手だ。

ガスト博士の目からは本気で取り組むという気概を覗かせており、私も大規模に研究出来るとなれば今より捗る。

 

「……わかりました、不本意ではありますが統括に報告しましょう」

 

「君も納得してくれて良かった。

 あとは宝条博士が許可を出してくれれば助かるな」

 

「恐らくそれは大丈夫でしょう、ガスト博士ならね」

 

宝条はガスト博士に多大なコンプレックスを抱いているが、それはそれとして科学者としては認めている節も見受けられる。

理の通った説明さえすれば奴はガスト博士に充実した環境を用意するだろう。

ガスト博士のおこぼれという形みたいで癪ではあるが私の一番の目標は宝条を今の立場から引きずり落とす事だ。

自分のプライドは傷つくが背に腹は代えられない。

 

「善は急げですガスト博士。

 早速行きましょう」

 

「うむ」

 

私の言葉に頷いたガスト博士。

二人で連れ立って科学部門統括室に向かう途中、健全な理由ではないにせよ()()()()()()()()()()()()()()()という、久しく忘れていた気持ちが再び芽生えていた。

 

 

 

 

 




ほぼ繋ぎ回

誤字報告ありがとうございました。


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第27話 悔しい博士

ウータイとの戦争は『オレ』の時よりも早い結末を迎える事となり、アンジールとジェネシスが神羅から離れる事もなかった。

念のためなるべく隊を分けずに行動して動向を伺っていたのだが、そういった素振りも見せず終戦となった。

『オレ』の時は二人が()()()()とザックスに伝えたが、今の俺はあの神羅からの離脱を()()()と言うのは疑問が残る。

彼等の背景を知っている今だからこそ、何故その行動に移してしまったのかが分かるし神羅側にも責められる理由は十分あるからだ。

かく言う自分も過去に行った事を考えれば、尚更彼等を否定することも出来まい。

ただ彼等については、これから起こる悲劇が回避されたという訳でもないので、そのために自分が出来る事があるならば協力を惜しまないつもりである。

 

 

 

神羅ビルの資料室には二人に関係する【プロジェクト・G】の資料が保管されている。

資料室で目的の資料を読み漁り、自分の記憶と状況を頭の中で整理していく。

 

『オレ』の時は戦闘訓練で負傷したジェネシスがホランダーに傷の治療を受け、その過程でG()()()()()()が発覚。

ホランダーがその劣化を治す事を条件に神羅への復讐計画に協力することをジェネシスに持ちかける。

ジェネシスはそれを承諾し、作戦行動中に大量の3rd、2ndの部下を引き連れて失踪しアンジールも説得のため戦線離脱。

しかしアンジールの説得は失敗に終わり逆に自身の隠されていた真実を知りソルジャーの誇りを失い苦悩する。

ホランダーの治療方法もこの時点で確立されていたわけではなく研究段階なため、ジェネシスはホランダーに協力的だった。

引き連れて行った部下達にG細胞を埋め込み強化し、それを従え神羅ビルを襲撃したのでその後は完全に敵対することになった。

しかしアンジールは最後までホランダーの復讐を良しとせず、だからと言って神羅に戻る事も出来ずに最後はザックスの手によって倒され、バスターソードを後輩に託した。

その後ジェネシスとホランダーの関係は逆転していき、治療には俺の持つS細胞が必要と判明したので、『オレ』に対して提供を求めてくる。

しかしコレを拒否した『オレ』が()()()()居なくなってしまったため治療手段も一時失ってしまった。

その数年後、ジェネシスは紆余曲折あったが【女神ミネルヴァ】という存在に己を浄化してもらい劣化は無くなった。

 

「女神ミネルヴァ……。

 ウェポンの一種か?」

 

頭の中で記憶を整理していく過程で登場してくる謎の存在。

ジェネシスの劣化を防ぐのはこのミネルヴァの癒しとやらに頼るのがいいのだろうか。

 

「しかし、条件がわからん」

 

全く同じ条件にするには今のままでは非常に難しいうえに犠牲も伴う。

ライフストリームで得られた知恵と知識を総動員したいところだが実はそれも不可能である。

自分の体が成長するに従ってわかってきたことだが、古代種でもないので知恵や知識は直接ライフストリームと触れていなければわからない。

それは今の資料室のように必要な知識をライフストリームから引き出すからであり、またジェノバとの融合が肉体を変化させ脳の処理能力が格段に上がり多種多様な知識を覚える事が出来た。

ライフストリームに落ちておらず、ジェノバとの融合もしていない()()()()()では自分が深く関わった事やその他一部があくまで記憶として残ってるだけに過ぎないのだ。

 

「まずは真実を、あまりショックを受けないよう伝えるか。

 俺に出来るかわからんが……」

 

「ほう、それをあの二人に伝えるのか」

 

自分が呟いた言葉に反応する人物がいつの間にか側に居た。

口元を髭で覆われ、少々腹の出ただらしない体格にバノーラ名物リンゴ缶詰のTシャツを身に着け羽織った白衣からそのロゴを覗かせる男、ホランダーだ。

 

「ホランダー博士、何時からそこに?」

 

パタンッと閲覧していた資料を閉じて元の棚に戻し顔をそちらに向ける。

正直、気配には気付いていたが宝条と同じくあまり好ましい人物ではないため向こうが話掛けてこないのならばそれでいいと思っていたのだが、そうもいかなくなってしまったようだ。

 

「その資料を手に取ったあたりからだな。

 だいぶ熱心に見ていた様だが何故その資料を見ようと思った?」

 

「ガスト博士と貴方が今取り組んでいる研究が気になった」

 

「それで真実を知ってしまったという訳か」

 

ガスト博士本人から『ホランダー博士と共同である研究をしているのだ』と聞いていたのでプロジェクト・Gに関して改めて研究しているということは予想出来きておりホランダーの口ぶりでこの件は確定となった。

 

「悪いがあの二人にこの件を伝えるのは待ってくれ。

 それにその役目は私だ」

 

「今まで隠していたのにどういうことだ?」

 

「隠していた……

 まぁそうだろうな、だが準備をしていたのだ。

 もうすぐG細胞の優位性の証明と()()を克服する方法が見つかりそうなのだ」

 

()()ということは既に劣化の事は知っているのだろう。

定期的にあの二人の検査をしていた上に今はガスト博士も加わっているので過去とは段違いに捗っている事は想像出来る。

ただ優位性と言うのはコピー能力のことだろうか。

 

「どうやら驚いてくれたようだな」

 

「あぁ、少しな」

 

俺の返事に気をよくしたのかホランダーは聞いてもないのに語りだす。

その内容は双方向コピーという他者の細胞を取り込み、また自分の細胞を他者へ分け与え肉体を強化及び変化させる能力についてであった。

しかしながらジェネシスはその能力を使えば劣化現象が激しく進行するという事も同時に伝えられた。

更にもう一人についても。

 

「アンジールは今の所安定はしているが、この先劣化が起こらないという保証はない。

 そこで君に協力をして欲しいのだが……」

 

「俺に出来る事であれば協力しよう」

 

自分の持つS細胞を欲している事は予想できるがこの時点でその存在を知っている方が怪しいので知らないフリをしていた。

協力の要望を自分で出しておきながら俺が前向きな姿勢を見せたことでホランダーが驚いた顔を見せた。

 

「おぉ本当かね!?

 ならばさっそく君の持つSさ「ホランダー博士、それ以上はいけない」

 

何処からかホランダーの言葉を若干荒げた声で遮る者が現れた。

声がした方を見れば白衣のポケットに手を突っ込んで此方を凝視した宝条がそこに居た。

 

「宝条、何故ここに?」

 

「私だって科学者だ、資料室に居ることが可笑しいかねセフィロス。

 それよりもホランダー博士、アナタは何を勝手な事しているんですか?」

 

コチラの疑問を軽くいなされ、ホランダーの方に詰め寄りながら宝条は話を続ける。

 

「困るんですよねぇ、例の研究は承認しましたが、セフィロスに協力してもらうという説明は聞いていませんよ」

 

「け、研究の許可が下りたなら誰に手伝ってもらっても構わないではないか!」

 

焦りながらも嫌いな人物に屈しないという必死の思いがホランダーの表情から見て伝わってくるが、対照的に余裕を持った態度で不気味にあざ笑う宝条。

 

「それは他の誰かだったらの話ですよ。

 セフィロスならば一度私に話を通してくれないと。

 まぁそこまでしても()()()()()にはなるとは思いませんがね」

 

「ッき、貴様ッ!!

 言わせておけば、私の生み出した二人は失敗作では断じてないッ――!!!」

 

奴の見下した発言が決め手となり今まで溜まりに溜まった鬱憤が暴発したのだろう。

叫びながら今にも殴り掛かろうとするホランダーの腕を俺は咄嗟に掴み抑えた。

 

「離せ!セフィロス」

 

「落ち着けホランダー博士」

 

宝条はその様子を見ても微動だにせず表情を一切変えずに「やれやれ」と小さな溜息を吐く。

 

「手を出そうとするなど、自分で反論出来ないと証明しているようなものじゃないか」

 

ホランダーは俺を振り解くなど出来るはずもなく、歯を食いしばりながら火に油を注いだ相手を恨めしそうに睨みつけている。

果たしてジェネシス、アンジールを侮辱されたからなのか、自身の研究を否定されたからなのか俺にはわからないが、今回ばかりは相当に頭に来ている様子だった。

 

「宝条、いい加減にしろ。

 俺はホランダー博士に協力する、そっちの意見など知った事か」

 

このままでは埒が明かないと思い、自分の意志を奴にハッキリと示す。

向こうは少々考える素振りを見せるもすぐにどうでも良いといった投げやりな態度となり

 

「……そうかい、なら好きにするがいいさ」

 

そう言って資料室の奥に消えて行った。

視界から消えもう大丈夫だろうと抑えているホランダーの腕を開放する。

 

「すまんな、少しだが溜飲は下がったよ」

 

「宝条はああ言ったが、俺は貴方達の研究の方を信じる」

 

「そうか、その信頼はガスト博士が占めているのだろうがそれでも感謝する。

 詳しい内容は研究室で話そう」

 

信頼の大部分は当たっているが自分の記憶よりも幾分かまともなホランダーにも実は少々芽生えていた。

俺は言葉を濁すように返事をしたのだが、それでも向こうは宝条の思い通りにならない場面を見たことが嬉しいのか上機嫌となっている。

ホランダーに連れられて研究室に向かえばガスト博士がすでに中で待っており珍しい組み合わせで登場した俺達を見て「私が出る幕は無かったみたいですね」と全てを察したようだ。

 

S細胞の提供がこの先にある悲劇の回避に繋がればいいと二人の博士の説明を聞きながら期待を寄せるのであった。

 

 




誤字報告ありがとうございました


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第3章
第28話 転機


〈ソルジャー適性検査の結果通知〉

 

社員番号:××××××

  氏名:クラウド・ストライフ

  性別:男

  

  判定:不可

  

  理由:魔晄により精神崩壊を招く恐れが有り施術が困難と判断したため。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

ウータイとの戦争は神羅カンパニーの勝利で終わった。

ここミッドガルは勝利に沸き立つ市民で都市全体が軽い興奮状態と言っても過言ではないだろう。

テレビでも連日、ウータイとのこれからの関係についての解説ニュース、神羅カンパニーのヒストリー番組、各幹部に対するインタビュー等既に見飽きるほど流している。

しかし、そんな中でもついつい目についてしまうのはこの戦争で大活躍したとされるソルジャー部門を紹介する番組だ。

部門全体の説明、現統括から戦時中であった出来事の解説、各人員のドキュメンタリー等……

特に1st特集は当の本人たちはメディアに露出しないのにも関わらず視聴率が稼げるのかゴールデンタイムに何度も特番を組まれるほどだ。

子供時代の俺ならば食い入るように見たであろうが、今はその番組をあまり見たくはなかった。

 

 

 

『俺、ソルジャーになりたいんだ』 『セフィロスみたいな最高のソルジャーに』

 

 

 

故郷の幼馴染に夢を語り、希望に抱いて村を出た。

しかし俺は成れなかった。

夢だった職業に、憧れの存在に。

それでも、あの世界に名だたる大企業の一社員として、治安維持部門の制服に袖を通したときは少なからず誇らしかったし、前向きに考えようともした。

だけど身近でソルジャー達を見るようになれば、自分を誤魔化せるはずもなく、やるせない気持ちが何日も続いている。

でも俺はどうすればいいかわからず、日々の業務にひたすら真面目に従事するだけの毎日を送るばかりだった。

初めて届いた母親からの手紙には当たり障りのない故郷の日常や身の回りのちょっとした出来事の内容と共に『暇が出来たら帰っておいで』という文が書かれていた。

返信には自分でくだらないと分かっているのにプライドが邪魔をして『早く一人前になるためにしばらくは帰れない』とつい強がって出してしまっていた。

 

 

 

「そろそろ準備をするか……」

 

ボソっと呟き、制服に着替え装備の確認を行う。

今日の任務はミッドガルの下層にある弐番街スラムのとある一部セクターのモンスター掃討だ。

戦争も終わり、神羅カンパニーは滞っていた都市開発に再び力を入れるべく持て余している神羅兵を使い、プレート内部、スラム街及びミッドガル周辺の整理を進め始めていた。

モンスター掃討もその一つであり、またスラム街から通う神羅社員の安全確保やスラム住民の悪感情の抑制も目的に含まれているのだろう。

 

「仕事は仕事だ、切り替えて行こう」

 

やる気の出ない自分に対して口から声を出し己の尻を叩く。

そう言えば事前に聞かされている内容では今日の指揮を執るのはソルジャー部門の人間だそうだ。

治安維持部門の兵がソルジャーの指揮下に入るのはそこまで珍しい事ではない。

しかし弐番街スラムのモンスター掃討など、治安維持部門の兵だけで間に合うような任務であり、実際に数回はソルジャー無しで行っている。

強力で危険なモンスターが出たとの情報も聞いていないので尚更ソルジャーが必要なのか疑問である。

とはいえ俺がそんな事考えてもしょうがないと開き直って、かなり早いが遅れるよりは良いと思い集合場所に向かった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

神羅ビルのロビーを抜け、正面玄関に辿り着く。

指定された集合場所には、同じ制服の人間はまだ誰もいない。

代わりに目の前で何故か勢いよくスクワットをしている者が一人そこに居るだけだった。

服装からしてソルジャーみたいだが、今は集合時刻よりだいぶ早いので任務の関係者なのか、ただの筋トレ中の人なのか判断に困る。

声を掛けようか迷っているとあちらが俺に気付いたようでスクワットを止めこちらに近付いてきた。

 

「お、来たか!

 こんなに早く来るなんてやる気十分だな!」

 

「えっと、今日の弐番街スラムの任務でここに来たのですが」

 

「うん、俺もそれ。

 ソルジャー2ndのザックスだ、よろしくな」

 

アッ!?と思わず心の中で叫んでしまい、慌てて姿勢を正し、自分の所属を申し上げる。

 

「ッ失礼しました。

 治安維持部門、都市警備課、クラウド・ストライフ下級兵です」

 

「いやいや、そんなガチガチにやらなくて大丈夫よ?

 そっちは上下関係すげー厳しいみたいだけどこっちはあんまり気にしないから」

 

にこやかな表情でそう告げてくるソルジャーの人だったが、こちらとしては入社して以来コレで通して来たのだ。

いきなりしなくても良いと言われてもそこまで器用な人間でない事は自分が分かっている。

 

「ま、とりあえず気楽にしてくれクラウド。

 俺の事はザックスと呼んでくれて構わないから」

 

「ぜ、善処します」

 

「固いなぁ~、もっとこう、フレンドリーにいこうぜ!

 クラウドはどこの出身なんだ?

 好きな子とかいる?」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

初対面なのに近い距離間でコミュニケーションをとってくるソルジャーの人……ザックスは神羅カンパニーの中でも一際目立つ存在で部門を超えて名前が広まるくらいには社内でもちょっとした有名人だ。

2ndながら1st並みの戦闘能力が有り、あの英雄から直々に手解きを受けるソルジャー部門が期待する次世代のエース。

人柄も良く、お調子者だがやるときはやるという、まるで物語の主人公みたいなタイプの人物。

俺も話だけは聞いていたが実際に会ってみると噂は本当だという事が雰囲気からすぐに感じ取ることができた。

彼に戸惑いながらも任務のメンバーが集まるまで会話を続けていれば、人付き合いの苦手な自分がいつの間にか自然体のまま話が出来ている事に気付くのに時間はかからなかった。

 

「そういえば、今日の任務って指揮はザックスが行うの?」

 

「そのとおりだぜ。

 そして俺の1st昇進にもかかっているんだ、実はな―――」

 

ザックスは右手の親指を自身に向けながらそう言って、今日の任務の重要性をアピールし説明を始めた。

聞くところによれば他にもう一人ソルジャー1stが同行してザックスが部隊を率いる能力が有るかどうかを見極めるというのだ。

 

「つまり昇進はその人次第ってわけ?」

 

「そーいうこと。

 ま、同行する1stはアンジールっていう俺を推薦してくれた人だしまぁ大丈夫だろ」

 

昇進のかかった任務なのにどこか楽観的で、あっけらかんとしている彼を見て自分にもこれくらい図太い神経があればなどと羨ましく感じていた。

そのうちに集合時刻が近付くにつれて、他の一般兵もチラホラ現れ始め、10分前には1st以外は全員揃う形となった。

メンバーは俺含めて5人であり横一列に並ぶ。

目の前には正面玄関を背にする形で一人一人をしっかりと見据えて頷きながら腕を組み仁王立ちしているザックスが居る。

 

「よーし、全員揃ったな。

 後もう一人ソルジャーが来るからそれまで休めの姿勢で待機だ」

 

「「「「「ハッ」」」」」

 

「それにしてもアンジール遅いなぁ、飯でも食い過ぎて腹でも下したか」

 

任務開始まで残すところ数分もないのに一向に現れないソルジャー1stに対して突拍子もない事を口にして「アハハッ」と笑うザックスであったが背後から登場した人物によってその表情はすぐ様ひきつる事になった。

 

 

 

「残念ながらアンジールは来ないぞザックス」

 

「ゲッ!セフィロスッ!」

 

予想だにしなかった英雄の登場により現場にはピリッとした空気が走り、休めの状態をとっていた俺達一般兵は全員すぐに直立不動の姿勢になった。

 

「聞いてないよ!」

 

「推薦者が監督したら可笑しいだろう」

 

「うぐッ、た、確かに」

 

ガクッとうなだれるザックスを見て呆れた表情で腰に手を当てる英雄。

 

「まったく、大丈夫か?

 今日の俺は一切何もしないからな。

 それから一般兵諸君、この任務に俺は居ない者と思って欲しい」

 

初めて間近で見た感動も一瞬で過ぎ去り、こちらに顔を向けて話す英雄に対して残った印象は()()()()()()()()()()()だった。

 

 

 

 




クラウドはまだ入社して2か月立たないくらいのイメージです
原作時系列的にBCよりも前ですね
クラウドの登場シーンだけ並べるとBC→CC→本編となるんですが
BCではけっこう尖がってます
CCだと仕事に慣れてちょっと余裕が出てきた感じはあります。


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第29話 間一髪

「まぁ、気を取り直して任務を始めるとするか」

 

監督のあてが外れ、うなだれていた様子だったが、すぐに立ち直るザックス。

改めて任務の概要を説明し、質問が無いと分かればザックスは隊長として治安維持部門五名の兵を従え、弐番街スラムへと向かった。

その後ろを少し離れた位置から黙って付いてくる英雄に気を取られそうになるが、本人から居ない者として扱えと命令があった以上、五名の兵は気にしないよう努めた。

 

 

 

スラムのモンスターは基本的に人が集まるような場所には出現せず、主に居住区から離れた場所に生息している。

しかし、住民が間違って生息地に足を踏み入れてしまったり、モンスターが居住区の方に出現し家屋や食料を荒らされたり、人が襲われたりなどの被害は少なくない。

一部の住人は自警団を結成しモンスターの駆除を行っていたりするのだが、負傷者が出るだけならまだ良い方で場合によっては命を落とす者もいる。

そのため、神羅にあまり好意的でない住民であっても神羅兵によるモンスター掃討は、一応感謝はしているのだ。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

出発から間もなく居住区画から外れた現場に辿り着いた一行。

見渡す限りでは、複数のモンスターがそこかしこに確認出来る。

また、距離を置き観察に徹しているのかいつの間にかセフィロスの気配が無くなっていた。

 

「ではこれから駆除に入る。

 陣形はお互いが邪魔にならず、かつ何かあれば助けに回れる程度の距離を維持。

 先陣は俺が切るので、2名は補佐。

 3名は周囲の警戒及び索敵を頼む」

 

「「「「「了解致しました」」」」」

 

存在が消えたセフィロスを特に気にする事もなくザックスは命令を下す。

五名の兵は了承し準備が整い次第、少し群れから離れたモンスターをターゲットにする。

狙いを定めたザックスが先制攻撃を仕掛け戦闘を開始した。

 

一匹目が倒れる頃には近い位置に居た二匹がこちらの存在に気付き戦いを挑んでくる。

二匹倒せば四匹と倒す度に、周囲のモンスターはどんどん数を増やし襲いかかってくる。

そのような状況でも苦戦することもなく、ザックスは手に持つ剣を振るい敵を次々と撃破していく。

 

 

(やっぱりソルジャーはすごいな、俺なんかとまるで違う……)

 

 

クラウドはソルジャーの戦いぶりを間近で見ることが出来た興奮とは別に、自分が成れなかった存在に対しての悔しさも感じてしまう。

そんな複雑な心境を抱きながらも与えられた仕事を懸命にこなしていればいつの間にか襲ってくるモンスターは居なくなり、辺り一帯の殲滅は完了していた。

 

「よし、一旦戦闘はここまでだ。

 戦闘態勢は維持したまま他にモンスターが居ないかくまなく確認。

 この場の安全が保障されたと判断出来たら任務完了とする」

 

「ザックス殿、あちらに不審な影が見えたのですが…」

 

ザックスの指示を聞いた索敵担当の兵が山のように積み重なった瓦礫を指さして報告する。

 

「分かった。

 俺が確認してくるから残りはこの場で待機していてくれ」

 

そう言って五名の兵を残し、ザックスは教えられた場所に駆け足で向かっていく――。

 

 

 

 

 

ッギャオォォォォォ!!!

 

 

 

 

 

突然、耳を劈くような重低音の唸り声が辺り一帯に響く。

 

「なんだ今のは」

 

「敵か!」

 

その場に居た兵達はすぐにお互いが壁作るようにして警戒し周囲を見渡す。

それとほぼ同時に固まった五名の頭上がまだ昼だと言うのに暗くなる。

気付いた者が即座に上を見上げればそれはモンスターの影であった。

 

「オイ!アレはベヒー」「あぶねぇ避けろ!!!!」

 

ザックスが大声で叫ぶ。

 

「ギャッー」「うわぁぁぁ!!!」「ヤバッ」「――ッ!」「えっ!?」

 

〈ドシンッ!〉と大地を揺さぶり着地した巨体。

兵達は戦闘態勢を維持したままなのが功を奏したのか、全員が即座に回避行動を取ることが出来た。

クラウドを含む三名は無傷で済んだが残り二名は致命傷は免れたとはいえ、衝撃で吹っ飛ばされて体勢を崩し倒れてしまう。

 

「なんでベヒーモスがこんな場所に!」

 

巨体の正体はベヒーモス。

先程倒したモンスターたちとは比べ物にならないくらい危険で凶暴な存在であり一般兵ではとてもじゃないが敵う相手ではない。

グルルと喉を唸らせ、鋭い眼光が倒れた兵に狙いを定める。

 

「お前ら!逃げろぉ!!!」

 

自分の位置からでは助けが間に合わないと感じたザックスが声を張り上げる。

それと同時に敵の気を惹きつけようとイチかバチかで自分の剣をベヒーモスに向かって投げつけるが残念ながらかすりもせず地面に落ちる。

狙われた兵はこの世の終わりと言った絶望の表情を浮かべ、体を思うように動かすことが出来ない。

敵の背中に生えた真っ赤なたてがみが逆立ったかと思うとその巨体に見合わぬスピードで襲い掛かった。

 

「―――ッ!」

 

声も出せず、ただ目をつむり死を覚悟したが、ベヒーモスの鋭い爪が兵の身体を引き裂くことは無かった。

兵は目を開けるとなぜ自分が無事なのかという事をすぐに理解した。

何故なら拾い上げたソルジャーの剣で攻撃を受け止め自分を庇っている金髪の同僚が目に入ったからだ。

 

「ク、クラウド!?」

 

あのベヒーモスの攻撃を一般兵が受けとめるという信じがたい光景。

だが目の前に起きている事は事実であり、必死で受け止めているクラウドは叫ぶ。

 

「は、早く!逃げて!!!」

 

その精一杯の言葉が出た直後に無事だった他の二人が即座に倒れ込んだ二名をそれぞれ担ぎ上げベヒーモスから距離を取った。

攻撃を阻止されたベヒーモスは不服そうな顔をしながらもう片方の爪でクラウドの剣を振り払う。

 

「あッ!」

 

剣は宙を舞いベヒーモスの後方に突き刺さる。

すぐ剣を取り戻しに行こうとするクラウドだったがベヒーモスの尻尾が鞭のようにしなったかと思うと身体を瓦礫に叩きつけれてしまう。

体を強く打ち付けられ立つこともままならぬクラウドに二本の巨大な角が狙いを定めた。

敵の足が地面を強く蹴り上げ、その巨体が突進してくる。

 

(ティファ…ごめん…)

 

故郷の幼馴染との約束を果たせなかった後悔が襲う。

最後に一目会いたかったと思い自分の結末を受け入れようとしたクラウド。

ベヒーモスの角が彼の体を貫かんとした瞬間、二つの斬撃がベヒーモスの首と胴体を切り落とす。

そして生命維持が出来なくなった巨体はそのまま地面を滑るように倒れ込んだ。

 

 

 

「やるじゃないか、()()()()

 

「あッぶねぇぇぇぇぇ!ギリギリセーフッ!」

 

 

 

息も絶え絶えになりながら自分が生きている事を実感したクラウドは命の恩人に顔を向ける。

二人のソルジャーによって絶体絶命の状況は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

「今回の任務の評価だ」

 

そう言って報告書をデスクに座るソルジャー部門統括に提出するセフィロス。

ラザードは受け取った書類に軽く目を通しながら「君の意見は?」と本人から直接聞きたいという事も伝えた。

セフィロスは“そこに書いてあるだろう”と言いたげな目を上司に向けるが素直に従い説明を始める。

 

「ザックスについては、クラス1stになるために必要な能力は備わっていると判断した」

 

「判った。

 こちらとしても映像を見た結果、ザックスは1stに相応しいと感じた。

 正式な手続きをしたのち、1st昇進の通達を彼に出すだろう」

 

ラザードは言い終わると見ていた書類を手元に置きデスクの上で両手を顔の前で結び一息ついた。

今回の任務にはザックスの見極めとは別にもう一つ目的があった。

それについて目の前で佇んでいるセフィロスに問いただす。

 

「あぁセフィロス、楽にしてくれて構わないよ。

 さて治安維持部門から引き抜く人材の選定だが、今回の報告書を見ると1名か……

 名はクラウド・ストライフ。

 過去にソルジャーの適応試験を受けているが、魔晄耐性が低く不可判定になっているね」

 

「ソルジャー適性は有っても無くても良いのだろう?」

 

楽にしてくれと言われたのでセフィロスは遠慮なく壁に背を向けて寄りかかり腕を組んで答えた。

 

「そのとおり、今回の引き抜き条件は能力が有る者としているが、その判断は治安維持部門との合同任務に就いた1st達に任せている。

 既に数十名の候補が上がっているよ」

 

「そんなにか……」

 

それほど興味もないのだろうか、伏せた顔をそのままに淡々と返事をするセフィロス。

 

「フフフ、まだこれでも少ないほうさ。

 今回はこちらも初めての試みだからあまり大きくは出来ないが、受け入れ態勢が万全に整い次第、大量にこちらの部門に呼び込むつもりだ」

 

「治安維持部門は潰すつもりか?」

 

「潰しはしないさ、ただ社内の治安維持部門による長年の影響を考えたらそろそろ対抗馬が必要だろうと考えてる」

 

「逆にこちらが不利になる可能性は?」

 

伏せていた顔をラザードに向けたセフィロスは彼の発言を訝しんだ。

 

「無い……とは言い切れない。

 しかしここで行動を起こさなければソルジャー部門が無くなる可能性の方が高くなる」

 

ウータイ戦争が終わった現在、神羅は膨れ上がった軍事予算の見直し、戦時中に結成された部隊や研究チームの統合や解散を行い、雑多に入り乱れていた状態を改善するべく組織の再編に取り掛かっている最中である。

その中でも治安維持部門は予算削減の影響が大きく、統括であるハイデッカーが必死にプレジデント神羅へ交渉しているとのことだ。

そしてそれは、数年前に独立したソルジャー部門にも降りかかってしまい、治安維持部門への再統合の話が持ちが上がっているのである。

 

「ハイデッカーは傘下ではなくなったソルジャー(俺達)が活躍したことが面白くないのだろうな」

 

「恐らくそれもある。

 だが再統合はソルジャー部門の予算をそのまま治安維持部門の予算へと充てる狙いもあるのだろう」

 

「しかし、ソルジャー適性の無い者も引き抜くならそれ相応の理由が必要だがどうするつもりだ?」

 

「それについては考えがある。

 セフィロス、これを」

 

ラザードは懐から真っ白な何も書かれていない封筒を取り出すとセフィロスに受け取るように差し出してきた。

セフィロスは黙ってそれを受け取り、中を見ると作戦指令書が入っていたので内容を確認する。

 

「コレは……」

 

「アナログな方法で申し訳ないが、電子だと色々と厄介なのでね。

 内容を把握次第処分して欲しい」

 

「この情報はどこから」

 

「とある協力者からのご提供だ。

 この作戦、任せても良いか?」

 

ラザードは内容を確認し終えたセフィロスの口元が僅かに緩んでいるのを見て、彼も同意したものと見なした。

 

「作戦決行までは数日しかない。

 準備が出来次第、目的地へ向かってくれ」

 

「了解した」

 

その場で弱めのファイアを唱え作戦指令書を消し炭にすると、セフィロスは部屋を後にした。

ラザードはその姿を見送ると一人になった部屋で静かに呟いた。

 

 

 

 

 

「アバランチにはソルジャー部門存続のための()()となってもらう」

 

 

 

 




なんでベヒーモスが居たのかはご想像にお任せします。


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第30話 反抗期

時は少し遡る――――――。

 

 

 

ソルジャー部門統括室にて二人の金髪の男が対峙していた。

片方はデスクに座り、書類を覗き込んでいる。

もう片方は両手を白いロングコートのポケットに突っ込んで相手の様子を興味深く観察していた。

 

『副社長、コレはいったいどういう了見でしょうか?』

 

『貴様に利用価値があると判断した。

 だからこの情報を開示した。』

 

副社長と呼ばれた男は最近その地位に就いたばかりの若造であり年上のソルジャー部門統括に臆面もなくそう答える。

少し前に視察と言う名目で突然ソルジャー部門にやってきたのだが、2,3適当な質問をしたのち一緒に居たタークスに退出を命じて、懐から取り出した書類の束を差し出して来たのだ。

 

『貴様も知っての通り、ソルジャー部門は解体の危機に瀕している。

 それは、最大の脅威であったウータイが我が神羅によって打ち負かされた事に起因する』

 

ソルジャー部門(うち)は結構な予算を割かれていましたからね。

 戦う相手がいないのでは金食い虫でしょう』

 

『なので戦う相手を用意した』

 

如何にも悪巧みをしていると言いたげに不敵な笑みを浮かべるルーファウスを目の前にして、ラザードは再び手渡されていた書類に目を通す。

内容は〈アバランチ〉と呼ばれる反神羅の武装組織についての情報の他、近日に軍港都市ジュノンで行われる予定の演説でプレジデント神羅を襲撃するという治安維持部門が真っ青になるような情報が記載されている。

 

『元々アバランチを使ってプレジデント神羅(オヤジ)を亡き者にしようと思ったが、今の神羅の現状を考えると分裂しかねない。

 アレでも組織の長としての役目は果たしているからな』

 

『副社長が社長の暗殺を企んでいたと私が上に報告する可能性は考えてないんですか?』

 

実のところラザードはルーファウスが反神羅組織と何らかの形で繋がっているという事までは掴んでいた。

そしてこの情報をプレジデント神羅に対する復讐へ利用出来ないか計画を練っていた最中でもあった。

しかし、まさか本人から自己申告があるとは思っていなかったので顔には出さないが内心驚いているのだ。

 

『フフフッ、私は貴様が戦時中ウータイ側に会社の情報を流していたの知っているぞ』

 

このルーファウスの発言にラザードは少し顔を顰め伏せた。

ウータイの件は紛れもない事実である。

 

『無論、その証拠もこちらの手にある』

 

戦争も終盤に差し掛かる頃にはウータイ側も大規模な作戦を展開する力もなくなり、敵大将を打ち取るべくミッドガルにスパイを潜入させるようになっていた。

プレジデント神羅の行動予定を教えることで、スパイを利用し復讐しようと考えていたが、逆にそれを利用しソルジャーにスパイを捕獲させ部門の活躍に一役買っていた。

とは言え情報の提供は紛れもない裏切り行為であり、ルーファウスの発言もブラフではなく既に証拠も押さえているのだろうと勘付いたラザードは誤魔化しは無駄と判断した。

 

『何が目的なのですか?』

 

『単刀直入言う。

 社長の椅子を頂く。

 それには私に協力的な人間が必要でね、白羽の矢が立ったのが貴様だという訳だ」

 

()()()()に巻き込むつもりですか?』

 

()()()()だから巻き込むんだ』

 

ラザードは若干下がっていた眼鏡を中指で押し上げ『成る程』とただ一言呟く。

ルーファウスの言葉に込められた意味は、すなわち自分がプレジデント神羅の実子であり、腹違いの兄とバレているという事だ。

 

『別に仲良しこよしをしろという訳じゃない、私が貴様を利用するように、貴様も私を利用すればいい。

 目的のためには何でもするのだろう?』

 

『フゥ』と全てを諦めたかのように一呼吸置くと、顔を上げルーファウスの目を見据えた。

 

『わかりました…ではあなたの考えをお聞かせください』

 

弟に憎たらしい笑顔を向けられて、兄は観念せざるを得なかった――――――。

 




ウータイに情報を流していたという話ですが
CCではあるイベントで当時のユフィから「金髪の男がオヤジ(ゴドー)にソルジャー名簿を渡していた」という事が発覚します。
そして金髪の男は誰なのかアルティマニアのQ&Aで開発者に質問していますが、開発者側が「想像にお任せします」という回答ですのでこの話ではラザードにしました。
なお史実とだいぶ異なる状況の為会社の情報としています。

ちなみにルーファウスがアバランチと繋がっているのはBCにて確定しています。

それと先に謝罪しますがBCはかなりさらっと終わらせますので何卒ご了承くださいますようお願い致します。


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第31話 解散

「な、なんでこいつらがここにッ!?」              「騙されたのか……」

 

      「クソッたれ、ソルジャーはジュノンに居ないんじゃなかったのか!!!」

 

   「死んでも星に還るだけだ、怯むな!」    「リーダーが来るまで持ち応えるんだ」

 

「もう駄目だぁ」   「ごちゃごちゃ言ってねぇでお前らも戦……ぎゃあぁぁぁぁ」     

 

     「オイ!今一人やられッッ――」

 

 

 

 

本来であれば成功した()()しれないアバランチによるジュノン襲撃作戦。

アバランチ側が事前に、とある()()()から入手した情報によれば、今回のジュノンにおけるプレジデント神羅の演説には治安維持部門の兵しか警備に配置しないらしく、タークスが常に護衛に就いている普段の状況と比べたらまたとないチャンスであった。

兵力の差はあるものの警備兵だけならば奇襲により十分勝機はあったはずなのだが……。

実際に事を起こしてみれば、何処に潜んでいたのであろうか大量のソルジャーが現れて、今回の作戦に参加したアバランチ兵は成す術もなく無力化されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

(私がみんなを…救い出す)

 

漁船にカムフラージュしたアバランチの小型船が人気のないジュノンの港に静かに停泊する。

船の中からやや暗めの茶色の髪をした女性が港に降り立つと、纏っていたマントが風になびく。

 

「無茶です、エルフェさん。

 街にはソルジャーが大量にいて先発隊はすべてやられたようです。

 ここは一旦引きましょう」

 

「ダメ、今助け出さないと神羅に何されるかわからない……」

 

エルフェと呼ばれた女性は海を背にしてジュノンの都市を睨みつける。

その飴色の目には憤りと共に揺るぎない決意が宿っていた。

 

「しかし、シアーズさんとの定期連絡も数時間前から途絶えています……。

 撤退のご決断を!」

 

「私は……、私はアバランチのリーダーだ!

 ここで仲間達を見捨てるわけにはいかない!」

 

随伴してたアバランチ兵の必死の説得も虚しく、エルフェは制止を振り切り突入しようとする。

その時――。

 

 

 

 

ッガキィィィン!!!

 

 

 

 

「なッ!!?」

 

エルフェが気配を感じた時には既に攻撃が届く直前であった。

咄嗟に装備していた剣でなんとか受け止めることが出来た……いや出来てはいなかった。

自分の剣と相手の刀がぶつかった衝撃で彼女は仲間もろとも吹っ飛ばされてしまった。

 

()()は受け切れなかったようだな」

 

攻撃を仕掛けてきた者の魔晄色の目が冷たい眼差しで倒れ込んだエルフェを見下ろしている。

 

「セ、セフィロス……」

 

目の前にいるのはソルジャーの中でも圧倒的な戦闘能力を持つと言われる神羅の英雄であった。

一緒に居たアバランチ兵はエルフェが盾になる形であったので一命は取り留めた様だが衝撃の余波で気を失っている。

 

()()()()()

 

剣で身体への直撃は防いだのにもかかわらず、エルフェは立ち上がるのが困難なほどダメージを受けていた。

 

「クッ…こんな…もの……」

 

仲間の為、やられるわけにはいかないという思いを胸に剣を杖のようにして体をなんとか持ち上げるエルフェ。

そして目の前の敵に対して根性で剣を構えた。

それを見てセフィロスは応えるように正宗を向ける。

 

「ハァ…ハァ…。

 わたし……た…ち…の……邪魔をするなぁ!!!!」

 

「眠っていろ」

 

自分の言葉に対する敵の返答が耳に届くより早く、正宗の峰がエルフェの身体に食い込んだ。

 

「あぐッ……」

 

既に満身創痍な彼女には見切れるはずもなく、その一撃で気を失ってしまう。

意識を失った体がその場に倒れ込もうとするがセフィロスの右腕が優しく支えた為、彼女が固いコンクリートに激突することは無かった。

セフィロスはそのまま彼女を右肩に担ぎ、その場を後にしようとした。

すると街の方から遅れてやって来たソルジャーが彼の元に駆け寄ってくる。

 

「セフィロース、こっちは大方片付いたぜ……ってオイオイ、女の子になんてことしてんのよ!」

 

自分の名を呼ぶ声が聞こえたのでセフィロスは足を止め、呼び止めた声の主へ顔を向けた。

 

「ザックスか、安心しろ殺してはいない。

 それよりアンジールとジェネシスから連絡は?」

 

「あ、あぁミッドガルで待機していたアンジールはタークスと協力して魔晄炉を爆破しようとしたシアーズって奴を捕獲したみたいだ。

 こっちに居るジェネシスはフヒトって奴を倒しちまった。

 多分、そいつが今回のジュノン襲撃の指揮を執ってたみたいで、他のアバランチ共も投降し始めたぞ」

 

「ならば俺は撤収する、現場の指揮はお前に任せる。

 その後、報告書をまとめておけ」

 

「えぇっ!?あっ、ちょっと待っ…」

 

つい最近、1stに成ったばかりのザックスにとって今回の任務はいつも以上に張り切っていたのだが、最後にめんどくさい役を拒む隙も無く命じられてしまい困惑する。

押し付けてきた当本人はザックスに指示を出すと担いだエルフェと共に近くで待機していた神羅のヘリにさっさと乗り込みミッドガルへ帰還してしまった。

 

「帰ったら文句の一つくらいは言わせてもらうからな!」

 

不満を口にしながらも部下たちに指示を出し現場の後始末を必死でこなすが、被害状況、詳細となった敵の情報、作戦費用の支出計算など、この後の報告書の量が途方もない事になりそうで今から頭を抱えるザックスであった。

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

セフィロスがジュノンから連れて帰ったエルフェは敵のリーダーという立場であるため、神羅では最重要参考人としてタークス(総務部調査課)に引き渡された。

タークスとは表沙汰には出来ない仕事を行う少数精鋭の集団である。

戦闘能力だけ見ればソルジャーのトップ層には及ばないモノの諜報、隠蔽、裏工作、暗殺、護衛など多種多様な特殊任務に携わり、それらをこなせる能力が必要なため、オールラウンダー(万能選手)といった性質が強い。

当然、敵から情報を引き出す()()()()()も心得ており、今回もいつもと同じような仕事になるとタークス達は思いつつ準備を進めていた。

しかしその中で一人だけ動揺を隠し必死で平然を装っている人物がいる。

エルフェと同じ髪の色をした中年の男性、タークスの主任であるヴェルドだ。

 

(まさかフェリシアなのか…!?)

 

過去にあった、とある事件で瀕死の重傷を負い、科学部門にて治療を施されるも行方不明になったと聞かされていた最愛の娘フェリシア。

その娘に瓜二つであるエルフェは現在薬で眠らされタークス専用の尋問室で拘束されている。

 

「ヴェルド主任、準備が整いましたので尋問開始の許可をお願いします。」

 

「今回の尋問にはもう少し事前情報が欲しい。

 詳しい報告書が提出されるまで待て」

 

「……承知しました」

 

いつもなら準備が整い次第、即座に開始する尋問に珍しく待てとの命令が下されたので少々違和感を覚える部下。

しかし同時に信頼する主任の言葉であるため、特に問い詰めることもなくその場は素直に従った。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後ヴェルドは最大の選択を迫られる事になる。

何故なら科学部門からフェリシアの身体情報とエルフェの身体情報を照らし合わせたところ完全に同一人物であるとの結果を突き付けられたからだ。

つまりアバランチのリーダーはヴェルドの実の娘である事が確定する。

 

 

『この事実に関してはあなた(ヴェルド)の立場もあるでしょう。

 ()()()()貴方方に任せますよ、クックックッ』

 

 

科学部門の仕事は分析とタークスへの報告までが責任の範囲である。

その先の情報の扱い、開示する相手の選択、社長への報告はタークスの仕事である。

報告を受けたとき、ヴェルドは悩みに悩んだ。

行方不明と言われた時から娘の事は片時も頭を離れることなく時間を見つけては捜索を行った。

手掛かりは中々掴めなかったが、それでも何処かで生きていること信じて諦めることはしなかった。

やっと再会出来たのに、自分の置かれた立場のせいで素直に喜べない。

だがヴェルドはエルフェ(敵のリーダー)フェリシア(自分の娘)と知ってしまった以上、既に道は決まっていた事を悟り腹をくくった。

 

(私はタークスとして失格だな)

 

会社に忠誠を誓う身として、仕事よりも私情を優先するなど言語道断である。

 

社長(プレジデント)、申し訳ございません)

 

ヴェルドはこの日、一身上の都合により神羅を退社することに決めた。

ただし正式な手続きを踏んでの退社ではない。

会社の暗部であるタークスの人間が神羅を去る場合、情報漏洩を起こさないようにする事が絶対である。

故に会社を辞めるという事は命を失うという意味だ。

尋問を先延ばしにするにも限界がきている。

娘という情報は自分がせき止める事が出来る立場であっても科学部門のアノ男が知っている以上気掛かりである。

退社する上で唯一の心残りは信頼している部下たちを裏切る事だった。

本当ならば正直に話して謝りたいと思っているのだが、タークスとして信頼してるからこそ彼等には話すことは出来ない。

知ってしまえばその時点で敵対である。

その逆でヴェルドの手伝いを望まれてもそれはそれで茨の道。

今の生活は破綻し部下共々神羅から付け狙われる逃亡生活である。

 

もう後には引けない。

ヴェルドはタークス主任と言う立場を最大限活かしエルフェ(フェリシア)の救出と逃走ルート確保の準備に取り掛かったのだった。

 




BC本編でもジュノンの演説は襲撃されてからタークスを呼び寄せていますから
油断していたのでしょうね。


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第32話 無意識

技術と言うものは実用化されたらそこでお仕舞いという訳ではない。

研究段階でどんなに完璧な理論を構築していようとも、運用し始めたら新たな問題点が浮上してくるなど当たり前の事である。

そしてそれは、科学部門の宝条博士が開発したソルジャーの手術も同様であった。

手術の重要な要素はジェノバ細胞を移植する部位や量、魔晄の照射濃度や時間、手術を受ける者の状態や選別である。

これ等を様々なパターンで検証し、実際に検体へ手術を施す事で調査を重ねソルジャーの手術は実用化に漕ぎ着けたのだ。

ただ初期の頃は元になった()()()()()に近付くよう完璧さを求めジェノバ細胞及び魔晄の濃度が高めに設定されていたので適合者が非常に少なかった。

それはプレジデント神羅の許可を得て行った神羅兵十数万全員の適合検査の結果が全体の1%にも満たなかったという事が物語っている。

とはいえ厳しい条件下で適合した者達の能力は別格であり、セフィロス、アンジール、ジェネシスを除いた残りのソルジャー1st達は全員この手術を受けた世代でもある。

しかし適合者があまりにも少なすぎるという事でソルジャー部門及び会社から【改善せよ】との指示を受けた宝条は()()ソルジャー手術の改良に着手していたのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

「宝条博士、改良型ソルジャー手術は()()も無事成功したようです」

 

数か月前に神羅カンパニーに入社して科学部門へ配属された新米の研究員が最近ソルジャー手術を受けた兵士のカルテを宝条に手渡しながらそう言った。

 

「ふーん、そうかね」

 

「改善命令が出た当初、博士は不服そうだったと聞きましたが、こうやって結果を出すのは流石ですね!」

 

科学部門統括でもある宝条に気に入られたい様子なのか安っぽいおべっかを使う新米であった。

だが言われた当本人は全く意に介さずカルテを受け取り軽く目を通すとすぐに突き返した。

意識は上の空といった様子だった。

 

「……あの、あまり嬉しくないのですか?」

 

宝条のこの様子を理解出来ないようで疑問を投げかけた新米だったが、それを見た古参研究員はその行為が如何に愚かであるかを知っており頭を抱えた。

 

「君ねぇ、こんなのは成功して【 ア タ リ マ エ 】なのだよ。

 ソルジャーの廉価版だよコレは」

 

部下の見当違いな問いかけに変なスイッチが入ってしまったようで宝条はまくしたてるように言葉を続ける。

 

「本来ならば手術をブラッシュアップさせてより()()()()に近い存在を創るべく研究をするべきなのに行っているのは改良とは名ばかりの改悪だ。

 だいたい適合者を増やすための手法など私は初期段階で既に考え付いていたモノだ。

 それを今まで【 あ え て 】外していたのだ。

 だってそうだろう、この手術はオリジナルのジェノバ細胞ではなく人体へ定着後に変異した細胞を使い魔晄の濃度も照射時間も大幅に減らしている。

 そこまですれば拒否反応だって起きにくくなるのは赤子でも分かる。

 ただそうして出来上がるのはせいぜい神羅兵よりちょっと強い程度3rdにも劣る出来損ない。

 まぁ本人の努力と才能次第じゃ2ndくらいならなれるかもしれないが……」

 

宝条の御高説に逃げ場失い、新米は周りの研究員に助けを求めるように目を向けた。

だが誰も関わりたくないのか目をそらす。

それどころか神羅屋敷時代からジェノバプロジェクトに関わっている古参研究員はむしろこの状況にした責任を最後まで果たせと重圧を彼に向けていた。

 

「おい、聞いてるのかね。

 そもそもソルジャー自体が()()()()に劣っているのだからこれは劣化の劣化だ。

 廉価版という呼称もまだ優しいな……

 (ごみ)だ!(ごみ)が相応しい!」

 

改良型手術で創られるソルジャーにベストな称号を見つけたようで少しは気が晴れた様子の宝条。

そしてそのまま「今日は終わりだ!」といって研究所から出て行ってしまった。

残された新米研究員はやっと解放された安堵でその場にへたり込んでしまう。

それを見て近寄った古参研究員は彼に声を掛ける。

 

「宝条博士に声を掛けるときは実験以上に気を使うんだな」

 

コレが科学部門、特に宝条の研究に携わる者であれば必ず受けるであろう通過儀礼というのを身をもって知った新米であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

研究所から自分の研究室兼科学部門統括室に帰った宝条はデスクに勢いよく座ると頭を切り替えた。

そして科学部門の新たなる方針を定めるべくデスクに散らばった資料や報告書に目を落としていく。

現在の科学部門はジェノバプロジェクト・古代種研究・ソルジャー技術開発と主要となっている全てが停滞という有様だ。

この状況は当然プレジデント神羅にも見破られており現研究の催促及び新たな会社への貢献を求められ、特に医療方面の技術研究も注力しろと命令を下されている。

 

「まったく、統括というのも楽ではない」

 

そう独りごちる宝条は数日前にタークスへ報告した例の捕虜のレポートがふと目に留まる。

邪魔は書類を全てデスクから落とすと、頬杖を突きながらコレが使えるか思考を巡らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例の捕虜はタークス主任ヴェルドの娘、フェリシア。

そして過去に少女(フェリシア)の執刀医を担当したのは宝条である。

少女は肉体の損傷が酷く人体における重要ないくつかの器官が既に機能していなかった。

そこで過去に部門内で発案されていたマテリア融合手術を実施する事にした。

元は強い兵士を創り出す為に提唱された数ある案の一つであった。

しかしソルジャー手術以上に適合者が少なく、戦闘可能な程に人体へ馴染むまでは数か月、場合によっては数年も掛かると判明し、コストに見合ったリターンが全く得られないため早々に破棄されている。

ただ治療目的であれば〈かいふく〉〈ちりょう〉〈そせい〉のマテリアが一定の効果が得られるという結果もあったので、科学部門傘下の医療チームが細々と研究は続けていたのだ。

どのみち普通の治療では助かる見込みもない、死を待つだけの少女。

助かるかもしれない僅かな可能性に賭けて手術を施し、失敗しても責められる筋合いはなかった。

 

手術はニブルヘイムの神羅屋敷で行われ、特に問題なく終わる。

後の経過観察についてだが、宝条はあの頃ソルジャー手術の技術開発も佳境に入っていた事もあり、たかが少女に自分の時間を取られるなど堪ったものではないと考えていた。

残りは医務課にすべて任せてしまおうとミッドガルへの移送を治安維持部門に依頼したのだが、あろうことか移送中に原因不明の事故を起こして車両が炎上大破してしまう。

生存者はおらず、遺体の確認が出来なかった者は行方不明者として事故は処理されたそうだ。

原因不明については「反神羅組織に襲われたのでは」と社内で憶測が飛び交っていたが宝条にとっては()()()()良かったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この娘、生きていたとはな」

 

その発言から自分が執刀した少女に対してどれだけ興味が無かったのかうかがい知れる。

ただ数年越しの検査で埋め込んだマテリアが身体と拒否反応を起こさず順調に機能していた事が分かったのは収穫である。

肉体的損傷は問題なく回復しており、それどころか通常のヒトよりも強靭な肉体となっていたのだ。

 

「近々ある幹部会議で社長に進言するか。

 コレでも役には立つだろう」

 

タークスの尋問が終わり次第、あの娘は貴重なサンプルとして科学部門に提供してもらおうと企んだ。

神羅に敵対した者であるため、要望は難無く通るだろう。

 

「ヴェルド主任には()()()科学部門のために……

 うん、私は今なんと言ったのだ?」

 

なぜ自分の口からこんな言葉が出たのか不思議に思ってしまう宝条。

この娘の研究にはそこまで意欲が湧いていない事が原因なのかと頭を抱え込む。

 

「うーむ、今度ルクレツィアに話してみるか……」

 

思わず口から出たのは、これまたらしくない言葉である。

数年前は数か月に一度くらいしかルクレツィア()の様子を見ていなかった。

それがいつの間にか一月に一度になり最近は週に一度という頻度になっていた。

この件は医務課の中ではちょっとした話題となり、なぜ頻度を上げたのか直接宝条に聞いた看護師がいたのだが返って来た言葉は「気分転換」だそうだ。

もちろんこの発言の真意は誰も分からないが、少なくとも自発的に通っているのは確かだった……。

 

 

 

 

 

「宝条博士」

 

ふと声が聞こえた。

考え込むと周りの様子に対して疎かになるのが宝条の悪い癖である。

どうやらこの時も声を掛けられるまで近付いた人物を認識できていなかったようだ。

 

「おや、副社長。

 いらしていたのですか」

 

顔を上げた宝条の前にはデスクを挟んでルーファウスが居た。

そしてその傍らにはタークスも確認できる。

 

「タークスまで連れていったいに何の用ですかな?」

 

アバランチの捕虜(それ)についてだ、失礼」

 

言葉と同時にルーファウスは先程まで宝条が見ていたレポートに手を伸ばし、お構いなしにデスクから取り上げる。

そして悪びれる事もなくパラパラと紙をめくり、内容を確認していく。

だが宝条は特に腹を立てる様子はない。

 

「ふむ、宜しければ私の口から直々にその娘の有用性について御説明致しますが?」

 

「その必要はない」

 

そう言って一通り見終わったレポートを整え、側に居るタークスに渡すルーファウス。

 

「この件は無かった事になる」

 

「……おっしゃる意味がよくわかりませんな」

 

「そのままの意味だ。

 まぁこちらにも色々と都合というものがあるのだ」

 

ルーファウスは側に居るタークスにチラリと目をやり、察しろといった面持ちで疑問に答えた。

その返答に「ふぅーむ」唸り腕を組む宝条。

そして数分の沈黙の後、考えがまとまったのか宝条から話し出す。

 

「まぁ命令とあらば従うのもやぶさかではないですがねぇ……

 何せ、貴重なサンプル、タダで見逃せと言うのは些か釣り合いが取れないというモノ」

 

宝条にしてみれば、これは当然の主張である。

彼自身はあの娘に対してそれほど興味は高くないとはいえ、ここ最近目立った動きの無い科学部門には役立つ存在。

それを見逃せと言うのは()()として素直に賛同は出来ないのである。

 

「無論、宝条博士が言う事も一理ある」

 

「ほう、それでは」

 

「従って頂けるなら、次回の幹部会議の時は格別の配慮を心がけよう」

 

傍から見れば一体どちらが頼みを申しているのか分からぬくらい偉そうな態度である。

それとは対照的に、後ろに控えた黒髪のタークスが「どうかお願いします」と謙虚に頭を下げていた。

 

 

 

 

 




ジルコニアエイド「解せぬ」

CCのソルジャーは特別感あるのに本編じゃ雑魚敵だったのでもしかしたらこんな背景が有ったのかなと思いました。


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第33話 幹部会議

神羅ビルのとある一室に鬱々たる空気が漂よっている。

プレジデント神羅(社長)を上座に据えて副社長及び各部門の統括が一堂に会する幹部会議。

社長から向かって右側の席には手前から、副社長ルーファウス、ソルジャー部門統括ラザード、都市開発部門統括リーブが着席。

社長から向かって左側の席には治安維持部門統括ハイデッカー、兵器開発部門統括スカーレット、宇宙開発部門統括パルマー、そして科学部門統括宝条博士が順に着座する。

議題は組織の改革と予算編成について。

すでに会議開始から数時間は経つ。

ソルジャー部門と治安維持部門を除いた各部門については既に協議を終えていた。

各統括は凡そ納得した様子であり、中でも科学部門統括は()()()と言った表情である。

そして各々は残りの2部門の動向を観察していた。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

プレジデント神羅は吹かし終えた葉巻を灰皿に置いて各統括の顔を見渡すと次の部門へと話を進めた。

 

「では次のソルジャー部門の件についてだが…」

 

社長(プレジデント)、ソルジャー達は再び一部隊として治安維持部門の傘下にくだってもらい規模を縮小して予算を他に充てるべきです」

 

待ってましたと言わんばかりに社長の言葉を最後まで聞くことなくハイデッカーが再統合の重要性を説き始める。

 

「この資料を御覧になっても分かる通り、ここまで膨れ上がったソルジャー部門の予算は会社の大きな負担となりますし、すでに大きな脅威の無い現状、治安維持部門だけあれば会社の守備は問題ありません」

 

この言葉には事前に社長と密談を重ね、ほぼ決定事項という段階まで進めていた裏があり、ハイデッカーは公式の場で正式な回答を貰う事を今日まで待ちわびていた。

他の面々も薄々気付いてはおり、この茶番は冷めた目で見ていたのだが、一人だけ真っ向から異議を申し立てる者がいた。

 

「ふむ、守備は問題ないと申しますかハイデッカー殿。

 それでは先日のジュノン襲撃の件についてどう説明されるのですかな」

 

かけた眼鏡のレンズ越しから不服そうな目つきで睨みつけるラザード。

 

「その件については、見ての通り社長(プレジデント)は無事である。

 そもそもお前の所(ソルジャー部門)が居なくてもこちら側のみ(治安維持部門)で対処可能であったのだ。

 余計な事をして必要のなかった会社の金を使ったそっちこそどう説明する?

 俺はソルジャー部門存続のための自作自演とまで疑っているんだぞ」

 

ハイデッカーは声を上げ力強く反論した。

 

「では一つ一つ説明いたしましょう。

 アバランチは社長(プレジデント)の居たジュノンのビルを占領しようと襲撃をかけましたが、当初警備にあたっていた兵では対応に遅れ易々と敵の潜入を許しています。

 また応戦した警備兵ではアバランチ兵の奇襲に終始圧倒されていたとの証言も有ります。

 さらにミッドガルで未遂に終わった敵の破壊工作も後手だったではありませんか。

 これらを踏まえると、そちらの戦力だけでアバランチに対処可能だったとは到底思えません。

 ついでに捕らえた敵リーダーとやらはセフィロス曰く、『強敵……であった』と報告を受けています」

 

「そ、そんなのはあくまで推測だ。

 確かに初動はそうだったのかもしれんがすぐに増援が来て敵を制圧するハズだったッ!

 それにミッドガルはタークスが対応しただろッ!」

 

「その増援ですが一体何時間かけてミッドガルからジュノンへ向かう予定だったんでしょうね?

 タークス側はソルジャーのおかげで何とかなったとも言っていましたが。

 まぁ次の説明に移ります。

 ソルジャーの派遣費用ですが、もともとジュノン近郊で訓練プログラムを()()から予定していましてね。

 今回、対応に当たったソルジャー達は()()()()その場に居合わせたに過ぎません。

 訓練は中止となりましたが出費は当初の予算内で収まっています。

 あぁ訓練計画を疑うのならそちらで調べてもらって構いませんよ。

 ()()()()()()()()()()()にしっかり記載されていますのでね」

 

「お前ッ…!!」

 

両手に作った握り拳に爪を食い込ませ額に青筋を立てるハイデッカー。

そんな状況をお構い無しと涼しい顔で更に説明を続けるラザード。

 

「最後に自作自演とおっしゃいましたが、()()()()()()()のどこを調べてもアバランチとの接点などありません。

 むしろ、社長(プレジデント)の演説に警備兵だけしか配置しなかったハイデッカー殿の方が疑わしい。

 なぜタークスを配置しなかったのですか?」

 

「言わせておけばッ!!!

 いい加減にしろよ、青二才がほざきやがってぇッッ!!!」

 

とうとう顔を真っ赤にして怒りを爆発せたハイデッカーは会議の場というのも構わず怒鳴り散らした。

 

「タークスを使ってお前をケツの穴まで調べ尽くしてやるぞ!

 それにあの演説でタークスを配置しなかったのは社長(プレジデント)が必要「それ以上の発言は慎みたまえ」

 

その怒号を遮ったのはそれまで一言も喋らず背もたれに踏ん反り返りながら二人を眺めていた副社長のルーファウスであった。

 

「な、何故ですか副社長。

 アイツは俺のことを…神羅創設時から社長(プレジデント)に尽くして来た俺を疑っているんですよ!」

 

突然の横やりに焦り、必死に自分の正当性を訴えるハイデッカー。

だが、それがどうしたといった態度でルーファウスは言う。

 

「貴様はまだ立場がわかってないようだな。

タークスは治安維持部門の課であり君はその統括だ。

 確かにタークスは社長直属のような扱いになってはいるが、あくまで責任者は君だろう。

 私が遮らなかったら、自分の失敗を棚に上げ、()()にその責任を擦り付ける発言をすることになっていたぞ」

 

「そ、そんなつもりは…」

 

自分の発言を思い返し、額から汗が滲んでいるハイデッカー。

しどろもどろになりながら必死でその場を取り繕う言葉を考えている様を見て各統括はあきれた様子であった。

ただ、そんな彼に対し助け船を出す者が居た。

 

「ハッハッハッ!

 してやられたなようだなハイデッカー君」

 

この状況に似つかわしくない笑い声が部屋に響き渡る。

その場に居た者達の注目を一手に集め、愉快そうにプレジデント神羅は手を叩いた。

そして弁明をしようとするハイデッカーを鎮め、ラザードに確認をとる。

 

「確かに、ソルジャー部門は重要であるな。

 今回は現状維持という方向で調整しよう。

 それでいいかねラザード君?」

 

「ありがとうございます。

 ですが一つお願いがございます」

 

「ほぅ、続けたまえ」

 

「今回の件で治安維持部門の問題が浮き彫りとなりました。

 こちらでフォロー出来たから良い物を毎回こういう訳にはいきません。

 またソルジャー部門も完璧ではなく、少数精鋭と言うのは時として弱点となりえます。

 そこでさらなる増員が必要と考えます。

 具体的にはこちらの部門で直轄として動かせる兵を治安維持部門から引き抜く許可を頂けませんか?」

 

この言葉に異議を唱えようと勢いよく椅子を立ち上がるハイデッカーだが、プレジデント神羅はそれを手で制する。

それを見届けたラザードは再び話し出す。

 

「今までは任務の度に兵を治安維持部門に要請していましたが、今回のようなテロリズムには迅速な対応が肝心。

 即応展開するためにもソルジャー部門の規模拡大は重要です」

 

さらにラザードの意見を後押しするようにルーファスが付け加える。

 

「私もそれは必要であると思う。

 さらに言えばその引き抜きにはタークスも含めるべきだ。

 いくら社長(プレジデント)の命令が優先と言えど、時には統括自身が己で考え指示を出さなければならないだろう。

 失礼を承知で言わせてもらうが現状よりソルジャー統括の方が相応しいと考える」

 

「ば、馬鹿な事を言わないでもらいたい。

 それではソルジャーに戦力が集中し過ぎてしまうではないか!」

 

社長に宥められていたハイデッカーであったが流石にこの件に関しては許容できないようだ。

 

「その戦力を有効活用出来ていなかったのは何処の誰であったかな?

 それに聞けば魔晄炉襲撃犯を確保出来たのはソルジャーとの連携が上手く行った結果らしいじゃないか。

 ならばより業務を円滑に運べるよう、部門を同じにした方がメリットはあると思うのだがね」

 

煽るように事実を突きつけハイデッカーを黙らせ、有用性を訴える副社長。

それを聞き顎に手を当てて考え込む社長であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変ですッ!」

 

突然、会議室の扉が勢いよく開かれると息を荒げた兵が飛び込んできた。

 

「何事かね、今は会議中だぞ」

 

「申し訳ありません。

 ですが緊急事態です。

 ヴェルド主任が、捕虜を連れて神羅から居なくなりました!」

 

「なんだって!?」「えらいこっちゃ!」「クックックッ」「あら、それは大変ねぇ」

 

兵の報告に各統括はそれぞれ反応を示した。

そんな中ルーファウスは冷静を努め、ハイデッカーに確認を取った。

 

「捕虜の管理はタークス、逃がしたのはその主任。

 つまり治安維持部門の失態だ、コレの責任はどうするのかな?」

 

「お、俺は、そ、そんな」

 

狼狽え、顔が青冷めていくハイデッカー。

タークス主任と言うのは神羅の秘密を社長と同等レベルに把握している存在だ。

それが逃げたとなれば神羅の積み重ねてきた数々のモノが崩れ去る危険をはらんでいる。

この尻拭いは誰がやるのか、今のハイデッカーに任せるのは不安が残ると、この場の誰もが考える。

そんな中、立候補する者がいた。

 

社長(プレジデント)、今すぐ私に指揮権を下されば情報を流失させることなく適切な処置を行います」

 

「君がなんとかするというのかね、ラザード君」

 

「はい、ソルジャーとタークスを総動員して無事()()して御覧に入れます」

 

「私が言わんとしてることが分かるようだな。

 よろしい、今から総務部調査課(タークス)はソルジャー部門の管轄とする」

 

社長からその言葉を聞いたラザードは起立して一礼をする。

 

「では急を要するため、失礼ではございますがこのまま退室させていただきます」

 

「うむ、期待している」

 

社長の返事を聞くとそのまま会議室を後にしたラザード。

そしてその様子を黙って見つめていたルーファウス。

この一連の結果に二人は内心嘲笑っていた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

その後、会議はお開きとなり各統括及び副社長が退室していく様子を社長は見送っていた。

しかし、一人だけ椅子から立ち上がる気力もなく魂が抜けたように呆然としてるハイデッカー。

二人以外の人間が居なくなると社長は葉巻に火を着けて呟いた。

 

「一本とられたようだな」

 

「プ、社長(プレジデント)この度は大変、大変申し訳ありませんでした」

 

「ま、これでもう一度自分を見つめ直せ」

 

社内では傲慢で有名なハイデッカーだが、まるで別人の如く借りてきた猫のように縮こまっている。

長い付き合いとなっているこの男の様子を見て少しは不安を解消してやろうと思ったのか、社長は笑みを浮かべながら語り掛けた。

 

「しかし、あの二人は昔の()達を思い出すじゃないか、なぁ()()()()()()

 

 

 

 

 




小ネタ
残りの統括の反応

パルマー「シドちゃん!ロケット打ち上げは絶対に成功させよう!」

リーブ「ミッドガルに加えてウータイの開発も……やることが沢山だ……」

スカーレット「暫くは目立った活動が出来そうにないわねぇ、バカンスでもいこうかしら」

宝条「いやぁこんなに予算を割いてもらって何だか申し訳ないですなぁ、クックックッ」




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第34話 昔話

『オヤジのやり方じゃこの会社はもう成長しない』

 

『大きくなれるチャンスを自ら逃すなど馬鹿げている』

 

『俺がもっともっと凄い会社にして見返してやる』

 

『俺についてくる奴は今以上の待遇を手に入れることが出来るぞ』

 

『そうか、お前は俺についてくるか』

 

『俺を信じたお前にはきっと素晴らしい高みを見せると約束しよう』

 

 

 

 

 

 

 

============

 

 

 

 

 

 

 

「…………懐かしい夢を見たな」

 

神羅ビルの社長室、デスクで俯いていたプレジデント神羅が重い瞼を開ける。

何者かの気配により先程まで夢の中にあった彼の意識は現実に引き戻されたのだ。

その存在は目を覚ましたばかりの社長にタイミングよく近寄っていき声を掛けた。

 

社長(プレジデント)、お目覚めのところ失礼致します。

 出発の準備が整いました」

 

「あぁそうか、もうそんな時間か」

 

ゆっくりと顔を上げたプレジデント神羅は、正面に男性が居る事を確認した。

黒い長髪をオールバックにして後ろで結んでおり、身に着けた黒いスーツと革靴は埃一つなく、男性が身だしなみに常に気を使っている事を物語っている。

 

「はい、既にリーブ統括は目的地へ向かっております。

 しかし、お疲れのようでしたら明日にする事も可能ですが」

 

「大丈夫だ、予定通りウータイへ向かう。

 頼むぞツォン君」

 

「それではヘリポートへお願い致します」

 

ツォンはごく最近、タークス主任に昇進したばかりの若者であり、今回が主任としての初仕事であった。

ヘリポートへ向かう社長に歩く速度を合わせ、不快にならないようにエスコートする。

 

「今日の護衛は君だけかね?」

 

「いえ、もう一人。

 すでにヘリポートで待機しております」

 

「そうか、今回はジュノンの件みたいにならんといいが……」

 

ツォンに念を押すかのように思っている本音を口にする社長。

アバランチによるジュノン襲撃事件はまだ記憶に新しく、今回は主任になったばかりの若造が担当だ。

今回の向かう場所は元敵国のウータイである。

その目的は建設中の魔晄炉の視察及び、相手首脳陣との都市計画や雇用についての協議。

命を狙われる危険性はジュノンの比ではないので不安になるのも仕方ない事である。

 

「ご安心下さい。

 神羅の最高戦力が社長(プレジデント)の安全を保障します」

 

そう言って社長の不安を払いのけるように屋上への扉を開けたツォン。

開かれた先に用意された自社製ヘリコプターの近くには、彼の言葉に嘘偽りはないと証明する人物が控えていた。

 

「確かに君の言う通りだな」

 

「ウータイでは私とセフィロスが責任を持って御守り致しますのでどうかご安心下さい」

 

社長とツォンに気付いたセフィロスは軽く頭を下げる。

その様子を見ながら二人はヘリコプターに近付くとツォンが後部キャビンの扉を開き掌を向けた。

 

「ウータイまでは距離があるためジュノンで高速船に乗り換えます。

 そこまでは私がヘリコプターの操縦を致しますので社長(プレジデント)はこちらへ」

 

「うむ、よろしく頼むよ」

 

ツォンの案内に従い後部キャビンに入り席に腰かける社長。

社長のシートベルト装着を確認した後、ツォンは外で待っているセフィロスに声を掛ける。

 

「セフィロス、移動中は任せたぞ」

 

「承知した」

 

そう言ってセフィロスは頷き、社長と同じキャビンに乗り込むと向い合う形で着席する。

ヘリコプターは駆動音が大きくお互いの声が聞き取りにくくなる。

そのためツォンは二人にマイク付きヘッドフォンの装着をお願いして扉を閉め操縦席に着いた。

 

《それでは出発致します、少々揺れますのでご注意下さい》

 

ツォンの声がヘッドフォン越しに聞こえるとエンジンが始動しメインローターの回転数が上がっていく。

機体の振動はだんだん大きくなっていくが、やがて離陸するとそれも収まった。

安定飛行に入ったヘリコプターはこれより目的地に向け空の旅を行うのである。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

どれくらい時間が経っただろうか。

機内ではセフィロスが腕を組んで空を眺めている。

プレジデント神羅はつい、いつものように懐を弄り葉巻を探そうとした。

だが自分の手が体を固定するシートベルトに気付いたようでそっと呟いた。

 

「おっと、今はフライト中だったな」

 

その発言にチラッと顔を向けるセフィロスだったが間が悪かったのか社長と目が合ってしまう。

 

「口元が寂しくなるとつい、な」

 

言い訳をして苦笑する社長。

そして自分に顔を向けたセフィロスに対して()()()()()()()()といった様子で話し始めた。

 

「君とこうやって二人きりなのは初めてだな」

 

「ツォンが居ます」

 

「操縦席とここには隔たりがある。

 まぁそう嫌がるな」

 

「そういうわけではありません」

 

素っ気ない態度で応じるセフィロスを見ても社長は不愉快な気分にはならなかった。

むしろ神羅にはルーファウスの他にこんな態度を取れる奴がまだいたのかと関心を抱く。

 

()()が世話になっている」

 

息子と言われ、セフィロスはどちらの事だと考える。

表向きの息子はたまに戦闘の指導をしているし、世間に明かしていない息子は自分の上司だが謙遜の意味で言っている可能性もある。

なんと返答するか悩むが、社長の次の言葉でそれは無駄な事だと判明した。

 

「二人の事だ」

 

「……ラザード統括が息子と知っていたのですか?」

 

「なるほど、君は知っていたか」

 

鎌をかけられた事に気付いたセフィロスは社長に対して警戒心を抱き睨みつけるも、相手はまるで意に介さず「フッフッフッ」と余裕の笑みを浮かべている。

 

「その物騒な目を向けるのは辞めなさい。

 これでも雇い主なんだがね」

 

「なぜこんなことを?」

 

「あの英雄を揶揄ってみたかったのだよ。

 社長特権と言う奴だ」

 

『オレ』の時代含め殆ど関わりのなかった相手であるがセフィロスは複雑だった。

この男もジェノバが化けた己の分身が刀で貫き命を奪っている。

将来の神羅カンパニー(プレジデント神羅)次第では理由は違えど再び同じ結果になるのではないかと……。

 

「ときに君は父親についてどう思っているのだ?」

 

「俺に父親は……居ません」

 

「あぁ、そういえば()()()()事になっていたな。

 なら言い方を変えよう。

 父親とはどのような存在だ?」

 

「……家族を守り、子供に尊敬される存在だ」

 

社長の問いかけに知識として知っている事を答えるセフィロスであった。

しかしどうやらそれは見透かされていた様である。

 

「まるで本で知ったかのような回答だな。

 それとも何か物語の登場人物でも見てそう思ったのかね」

 

「何が言いたい?」

 

この一連のやり取りにセフィロスは険しい表情になっていった。

だがそれを見て動揺するくらいなら社長は初めからこのような事などしない。

 

「昔話をしたいのだがいいかね?」

 

「それが答えに繋がるのなら」

 

相手から了承を得られたことで社長は「ゴホンッ」と咳払いをして喉を整えた。

そして童話のような決まり文句から始めると、さっきの問答に終止符を打つ為語りだした。

 

 

 

 

━━━昔あるところに小さな会社があった。

規模はそれほどでもないが長い歴史があるその会社は主に機械製品を作っていたそうで、年月をかけて確立された技術力は非常に高く、他社では真似のできないモノも多かった。

それに目を付けた時の政府はその会社に兵器や武器の製造を打診した。

けれど当時の社長は人殺しの道具を製造するのは反対であった。

ただ、その社長のドラ息子は違った。

既に同じ会社で働いていたのだが、非常に野心家でせっかくの大きな儲け話、社長を説得して会社を大きくしようと目論んだ。

しかしドラ息子の説得に父親は首を縦に振る事は無かった。

だから説得する相手を変えた。

あの手この手で必要な社員を味方に付けて社長を追い出した。

そして会社を一新して再出発すると兵器や武器を主要に据えて、さらにはインフラ事業も立ち上げ会社を大きく成長させる。

その後、依頼主であった政府すらも配下に置き、遂には世界一の大企業となった━━━。

 

 

 

 

まるでノンフィクションのような昔話にセフィロスは聞き入ってしまう。

自分が所属している神羅カンパニーは世間ではプレジデント神羅が一代で築き上げたという事になっている。

とある会社というのが実在したのかどうか()は確かめる術はない。

なのでこの話はあくまでフィクションなのだ。

 

「その後の社長は?」

 

セフィロスは話に出てきた社長(父親)の末路が気になった。

 

「会社を追い出された後は息子と縁を切って批判する立場をとった。

 そしてそのまま死んだ」

 

「そうなのか」

 

「ただ遺品整理でドラ息子の活躍や会社の記事の切り抜きが大事に保管してあったというおまけ付きだがな」

 

「ならば、なぜ二人は仲違いをしたまま?」

 

セフィロスは疑問に思う。

なぜそこまでしていたにもかかわらず歩み寄らなかったのかと。

その答えをプレジデント神羅が遠い目をしながら答えた。

 

「父親だからな、息子に弱みは見せたくなかったのだろう」

 

「弱み……」

 

「まぁ世間じゃ君が言った父親像があるべき姿として正しいという事になっているだろう。

 私もそれは否定はせん」

 

そこまで言うとプレジデント神羅は視線をセフィロスに戻し声に力を込める。

 

「神羅はルーファウスに何れ譲ろうかと思っていたが、奪い取る気ならそれに応えようではないか!

 最後まで敵として、壁として立ちはだかってみせるぞ。

 コレがバカ息子共に対して相応しい役目(父親)だからだ。

 そちらはどうなのだろうな?」

 

「……それは……宝《そろそろ目的地到着します、着陸の際は揺れるのでお気を付けください》

 

セフィロスが社長に何か確認をしようとした時、フライト直後からまったく音沙汰の無かった声がヘッドフォンに響き渡る。

そしてそのまま会話することなくうやむやになってしまい、着陸態勢に入ったヘリコプターがジュノンのヘリポートへ降下していった。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

「お疲れさまでした、無事に到着致しました。」

 

後部キャビンの扉が開かれツォンが二人に労い言葉をかける。

磯の香りが混じった空気が機内に入り込んできた。

 

「この後は船に乗り換えるのであったな」

 

「はいそうです。

 セフィロス、申し訳ないが念のため先行して船の様子を頼む」

 

「了解した」

 

ツォンの指示に了承したセフィロスは一目散に港へと向かっていく。

それを見届け、プレジデント神羅はゆっくりと後部キャビンから外へ出る。

 

社長(プレジデント)は私の護衛で一緒に船へ向かいます」

 

「わかった。

 ところで君もあの話を聞いていたな?」

 

「えぇ、ですが他の人間には決して話はしません」

 

「いや、そうではなくて一つ付け加えておこうと思ってな」

 

社長の語った昔話になんだろうかと首を傾げるツォン。

 

「ドラ息子に真っ先に賛同したのは体格のいい大男だったそうだ」

 

 

==========

 

 

 

『俺はあんたについていくぜ、ガハハッ』

 

 

 

==========

 

 

「そうですか」

 

「まぁ最近はいいとこ無しが続いているようだがな、ハッハッハッ」

 

どんな人物であれ、その立場に就くという事には理由がある。

ただの幸運だけでは難しい、それなりの説得力が存在する。

過去において右腕としてその能力を存分に発揮しドラ息子を支えたその大男。

その話を聞いてツォンは少し元上司を見直したらしい。

 

 

 




プレジデント神羅ってゴマすりだけで出世させてくれるような人物じゃないと思うので
ハイデッカーがあの地位に居るのはそれなりの活躍や信頼があったのだろうという憶測

ただし息子には甘い


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第35話 新体制

「本日を持って諸君は治安維持部門からこのソルジャー部門へ異動となった。

 前の部門とは勝手の違う部分が多々あるとは思う。

 君達には色々と苦労を強いるだろう。

 数々の困難も待ち受けていると思って欲しい」

 

 

神羅ビルには数百名は収容可能な多目的ホールが存在し、今日はソルジャー部門が使用許可を取っていた。

そこで俺を含む元治安維持部門の者達が整列して、壇上のソルジャー部門統括の言葉に耳を傾けている。

なぜこのような大規模な異動があったのかというと、一月ほど前にソルジャー部門が新体制を発表した事が発端だ。

内容は同部門内で候補生の枠を設けるという事であった。

しかし、誰でもその候補生に就けるわけではなく、事前にソルジャー部門が独自に調査を行っていたそうで、適性があると判断された者のみ候補生になれる権利があるという。

正直、自分には関係のない事だと思っていたが、発表直後にソルジャー部門から呼び出しを受けた。

まさかと思い伺ってみると、俺が候補生となる能力が十分に備わっているとのことで、異動するかどうかの選択肢を与えられた。

 

 

「しかし強制してここへ連れてきたのではない。

 ソルジャー部門への異動を希望したのは他ならぬ君達である。

 当然、皆既に覚悟は決まっているのだろう」

 

 

返事をするまでの猶予は1週間と言われたのでその間じっくり考えた。

ミッドガルに来て知ることが出来た、故郷を出るまでいかに小さい世界で生きていたのかという事を。

憧れだけではない現実。

間近で見た誇張無しのソルジャー達の実力と覚悟。

自分が本当に彼等のようになってやっていけるかどうか。

 

 

「今後の予定についてだが、まず複数のグループに分けそれぞれ専任の者が君たちを受け持つ。

 その者が一旦は直属の上司となり、また教官でもある。

 彼等の指示に従い、まずはソルジャー部門に慣れて欲しい」

 

 

見返してやりたい奴らがいる。

安心させたい人がいる。

約束を果たしたい人がいる。

一度は諦めたソルジャーへの道。

そして俺は二度目の決意をした。

 

 

「最後になったが、我々は君たちを歓迎しよう。

 ソルジャー部門の更なる発展に貢献することを期待する。

 以上」

 

 

夢に向かって再び歩むことを――

 

 

 

 

 

――ラザード統括の話が終わると、その日は解散となった。

皆は忙しくなる明日へ向けて早めの休息を取るため、移り住んだばかりであるソルジャー部門の寮へ向かっていく。

俺は、少し用事があったので街へ向かうため神羅ビルのエントランスまで下りてきた。

するとそこで以前任務を共にしたソルジャー1stのザックスと、黒いスーツをビシッと着こなし栗色でウェーブが掛かった髪の女性が何やら話をしているのが目に入る。

会話を邪魔をするのは申し訳ないが、これから上司になる人に一言挨拶をするべきだと思い近寄っていくとザックスが俺に気付いたらしく先に声を掛けてきた。

 

「よぉクラウド、統括の話はもう終わったのか」

 

どうやら候補生になった事は既に知っていたらしい。

顔を合わせたのはコレで2回目のハズなのに陽気に話しかけてくれたおかげ緊張が和らいだ。

なので俺も前と同じような態度で返事をした。

 

「うん、思っていたよりあっさりと終わったよ。

 治安維持部門の時は延々と神羅の社員となる心構えを聞かされたから拍子抜けしちゃった」

 

「アハハッ、ハイデッカー統括は話長いもんね」

 

俺の言葉を聞いたザックスと一緒に居た女性が笑いながら同意してきた。

社内では見かけたことのない人であり、もしかしたらザックスの恋人?なんて考えが一瞬過ぎったがすぐに相手が自己紹介をしてくれたおかげで、勘違いしたままにならずに済んだ。

 

「初めましてだよね?

 私はシスネ、所属は総務部調査課よ。

 一応今度から同じ部門になるわね」

 

そう言って彼女は片手を目の前に差し出して来た。

それに応えるようこちらも彼女の手を握り挨拶を交わす。

 

「こちらこそ初めまして、()()()()()候補生のクラウドです。

 それにしても総務部調査課って事はつまりシスネさんは…」

 

「思ってる通りだぜクラウド。

 シスネはタークス、すっごいエリートだぜッ!」

 

「なんでザックスが誇らしげなのよ、まぁ悪い気はしないけど……。

 そしてあなた(クラウド)にとっては明日から直属の上司になるからヨロシクね」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

ラザード統括が話していた担当者の件は当日になるまで誰になるか分からず、てっきりソルジャーの誰かが受け持つのだろうと思い込んでいたので驚いてしまった。

 

「あなた、さっき()()()()()候補生って言ってたけどラザード統括は恐らく一言もそうは言ってないハズよ」

 

彼女の指摘を受けて思い返してみると、確かに発表の場でも人事発令でも先程も()()()()()()()の候補生としか発言していない。

これも自分が勝手に都合よく解釈していたのだろうか。

という事はもしかして俺はソルジャーではなくタークスの候補生なのかと不安になる。

 

「いや、その言い方!

 クラウドが不安そうな顔になっちまったじゃねーか」

 

「ごめんごめん、大丈夫よ。

 ソルジャーにも成れるチャンスはあるわ」

 

どうやら自分の内心が分かりやすく表情に出ていたようで向こうがクスクス笑いながら続きを説明してくれた。

 

「まぁ明日になればわかる事だから今更隠す事でもないわね。

 あなた達の候補生ってのはソルジャーかタークスって事なのよ。

 今回、候補生の殆どはソルジャー適性の不可判定を受けた人たちなの。

 あなたもそれは身に覚えがあるわよね?」

 

「はい、確かに俺は不可判定でした。

 ただ統括の話では訓練次第でソルジャーになれるという事でした」

 

「まず今までソルジャーが行っていた訓練ってのはソルジャーの手術を受けられる適性が有った人前提の訓練なの。

 で、今回の候補生は適性が無い人ばかりだからまずはタークス式の訓練を実施してもらうわ。

 何故なら私達タークスはね、特別な手術は何も受けていないのよ」

 

タークス達の事実を告白された俺は衝撃を受けた。

彼等の戦闘能力を直接見た事はない。

しかしタークスの任務に同行した同僚からはソルジャーに引けを取らない強さだったと聞いたことはある。

なので何かしら肉体改造は受けている物だとばかり思っていたのだ。

 

「ソルジャーの手術ってのは裏技みたいなモンでさ、タークスは言うなれば正当に鍛え上げたトップアスリート。

 俺は正直尊敬してるんだ」

 

「あら、嬉しい事言ってくれるわねザックス」

 

「まぁな。

 つまり今までのソルジャーは即戦力を求められたけど、クラウド達はじっくり鍛え上げるって事だ」

 

彼女の説明を補足するようにザックスが分かりやすく教えてくれる。

同じ任務で二人は良いコンビネーションで戦っていたのだろうという事が伺える。

 

「そういう事よ、まずはソルジャー3rdと同等までは鍛えてあげる。

 その後、ソルジャーからの指導に切り替わるわ。

 因みに戦闘能力以外にも光るモノがあればそのままタークスとしての道もあるからね」

 

「タークスの道はソルジャー以上に厳しいけどな」

 

戦争も終わり、部門内の余裕が出来た。

予算も()()()潤沢に分配されたらしい。

なので次世代の育成に力を注いでいく方向になったのだそうだ。

 

「そういうわけなんですね。

 シスネさん、明日から宜しくお願いします」

 

そう言って俺は彼女に頭を下げた。

 

「死んだ方がマシってくらいビシバシいくから覚悟してね」

 

「頑張れよクラウド。

 プライベートな特訓なら俺も付き合ってやるから。

 なんなら1st総出で鍛えてやるぞハハハッ」

 

なかなか恐ろしい事を満面の笑みで言い放った二人は「明日ね」「またな」と言って立ち去って行った。

 

話を聞いてちょっと臆したがすぐに立ち直る。

俺はもう後ろを振り向かないと決めたのだ。

決意表明としてこの後故郷へ二通の手紙を出す気でいる。

 

一通は母への手紙であり、今まで誤魔化していたことを正直に謝り、その上でソルジャーになるために心機一転したこと書いた。

 

そしてもう一通は……初めて出す幼馴染への手紙。

 

 

 

 

 

 

 

 

―ティファへ―

 

 ろくにやり取りもしていないのにいきなり手紙を送ってごめん。

 だけどどうしても伝えたい事があるんだ。

 俺はミッドガルへ来て神羅に入社したけど実はソルジャーになれなかったんだ。

 自信を無くして、恥ずかしくて君へ報告が出来なかった。

 でもソルジャー部門から候補生として誘われた。

 ソルジャーになるチャンスを貰えたんだ。

 あの時、給水塔で交わした約束。

 今度は俺から改めて伝えるよ。

 

 ティファ、君が困っていたら俺は絶対に助けに行く、約束する。

 

 

 

 




手術受けてなくてもソルジャー並みかそれ以上に戦える人間がそこそこいるFF7の世界って……。

シスネのグループは比較的マシだと思いますよ多分

さてこの章はこれで終わりです。
次の章はアンジールとジェネシス(ともしかしたらホランダー)にスポットをあてます。
また今回のように間を置かずに読んで欲しいので書き溜めて一気に投稿します。
毎度申し訳ありませんがしばらく時間を下さい。
宜しくお願いします。



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第4章
第36話 新療法開発


【神羅ニュース!!科学部門が新しい治療法を開発】

 

昨日、神羅カンパニー科学部門より魔晄中毒患者に対しての新しい治療法を開発したとの発表があった。

魔晄中毒とは魔晄を浴びて精神に異常をきたしてしまう症状の事である。

患者の多くは魔晄に関する仕事に携わっていた者達であったり、神羅カンパニーの開発した一部兵器のエネルギーは魔晄であるため事故などにより()()達が中毒者になるケースも少なくない。

これまで有効な治療法が確立されておらず、中毒者本人の時間経過による回復に頼る以外無かったが今回の発表により状況は一変したと言ってもいいだろう。

この新療法は科学者であるホランダー氏が主導する研究プロジェクトで開発したとされており、氏いわく『本来は別の目的であったが、応用すれば魔晄中毒の改善にも繋がると思い開発に至った』とコメントしている。

同部門統括の宝条氏は『皆様の……お役に立てれば幸いです』と謙虚な対応であった。

我が社の社長は『まずは臨床試験でより正確なデータを集め、安全であると確定次第、一般市民への治療に許可を出すつもりであるが、苦しむ人々に為に一日でも早く開始できるよう全社を挙げてこのプロジェクトを支えていくつもりである』と前向きな姿勢を見せた。

ホランダー氏のプロジェクトの成果は魔晄中毒に苦しむ患者達が大いに期待できる発表であったと言えよう。

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

「ガスト博士、コレで良かったのですか?」

 

自身の携帯端末で神羅カンパニーの広報から発表された記事を見ながらホランダーはラボの片隅にある休憩所で缶コーヒーを片手に一服しているガストに向かって言った。

 

「自信を持ちたまえホランダー博士」

 

「しかしこれでは私の手柄みたいでは……」

 

今回の治療法はガストの発想の転換により生まれることなった物であり、記事のどこにも彼の名が無い事にホランダーは珍しく後ろめたさを感じていた。

 

「無論、手伝ってくれた他の研究員達のおかげもあるが、一番の手柄は君が一人でも〈プロジェクト・G〉の研究を続けてたからだ。

 元々の基礎研究があったからこそ出来たモノで私はちょっと知恵を貸したに過ぎんよ」

 

「まぁそこまで言っていただけるなら素直に受けておきます」

 

「それでいいんだ、それにあの宝条くんの驚いた顔が見れただけで私は満足だ」

 

この新療法が出来た事を二人が報告した時の宝条は『まさかコイツが!』とでも言いたそうな表情であった。

魔晄中毒者の治療に関しては会社から科学部門に要請は出ていたが宝条は他にやることがあるとずっと後回しにしていた。

ある意味でホランダーは一矢報いることが出来といえよう。

 

「さて、ジェネシスとアンジールの治療についてだが……」

 

ガストは手に持っていた缶コーヒーを飲み干してこの研究の本来の目的を切り出した。

 

「改めて確認するが、一番の問題はジェノバ細胞の持つ()()()()()()による情報の拡散。

 そしてそれによる身体の劣化だ」

 

空になった缶コーヒーをゴミ箱に捨て、ラボのモニターでデータを見ているホランダーの横に座り話を続ける。

 

「双方向コピーとはG細胞自身の持つ情報を他の細胞に与え、与えられた細胞はその性質を受け継ぎ変化し、元々持つ情報はG細胞へと引き抜かれる現象。

 これは古代種の言い伝えによるジェノバが古代種に化けてウィルスをまき散らし、感染した古代種が心無い化け物となってしまったという事に一致している」

 

データに表示されている数値を指で指しながらお互いに認識のズレが無いか相手の顔の反応を見ながら説明を続けるガスト。

 

「その数値はアンジールのG細胞、ジェネシスのG細胞の2種類を更に他細胞へコピーを行わせたサンプルとそうでないサンプルに分けて、経過を観察したデータだ。

 アンジールの細胞はコピー前後ともに劣化はあまり見られないがジェネシスはコピー後に大きく劣化しているし、コピーをしなかった細胞でも時間経過とともに僅かだが劣化が生じている」

 

「プロジェクト・Gと言っても厳密にアンジールとジェネシスはまったく同じ過程で誕生したわけではないので、そこで差異が生まれたんでしょうな」

 

「うむ、ジェノバ細胞を埋め込んだ母体で生まれたのがアンジールだが、ジェネシスはさらに間接的な過程でジェノバ細胞の投与されたのが結果的に不完全な形になってしまったのだろう」

 

そう言ってキーを押しモニターに表示されている画像を切り替えるガスト。

次に表示されたのはセフィロスの細胞…つまりプロジェクト・Sで誕生したS細胞に関するデータであった。

 

「G細胞が双方向コピーと言う変化を伴う能力ならば、S細胞は他の影響を受けず情報も拡散しない不変の能力。

 本来のジェノバはこの両方の特性を備えていたわけだから、G細胞のみというのは不安定になるのも理解できる」

 

S細胞とG細胞は補完し合っている……正確にはお互いに相手を抑制する存在。

しかし片方が欠けているならば、それぞれの細胞は能力を存分に活かす結果となる。

G細胞は常に変化を求め続け、やがて劣化を引き起こす。

そして……。

 

「仲間を増やすことも出来ず、他者の情報も取り込めない。

 本来とは状況が違う、そんな状態だからこそS細胞は己のみで完璧な()となった……それがセフィロスですか」

 

この世に生を受けた時、その肉体は完成されていた。

S細胞はヒトのカタチを保ったまま。

 

「まぁ私としては彼個人の努力もあったからと思っているのだけれどね」

 

「S細胞を使い、G細胞の劣化という名の変化を止めるのが治療に繋がるわけですか。

 そしてそれは魔晄中毒の治療にも応用できたという訳ですな」

 

ホランダーの問いに簡単な解説を改めて説明するガスト。

その内容は魔晄中毒の詳しい原因について。

魔晄中毒の直接の原因はライフストリームからくる多種多様で膨大な情報が接触者の脳に流れ込むため。

常人では脳が耐えきれずキャパシティーオーバーさせ自我が崩壊するという事がこれまでの研究で分かっていた。

新治療の原理は押し寄せた情報をG細胞の能力で取り込み脳の負荷を下げ、S細胞で情報と混濁し散らばってしまった意識を個として再び確立することにより自我を取り戻すというものである。

もちろんソルジャーの施術に使うような純度の高いオリジナルのジェノバ細胞は一般人に対して危険もあるので、使用するのはG細胞とS細胞を参考にして作られた改良型ジェノバ細胞である。

 

「魔晄中毒治療に関しては治験でも今の所問題は出ていない、患者の状態も良好だ。

 だがこの治療法はあくまで応用であり本来の目的である二人の治療に関しては……」

 

ガストはその先の話を言い淀んだ。

そしてその理由をホランダーが口にする。

 

「二人の()()()()()という目的は達成出来ますが、この治療を彼等が受け入れるかどうかは分からない。

 なにせソルジャーとしての能力は失われる結果になりますから」

 

ガストに変わってホランダーがモニターの画面を変えると二人の治療方法の概要が表示された。

その治療方法は簡単に言えば変化を求めるG細胞を不変のS細胞で抑え込む。

人の手ではS細胞とG細胞の均衡は取れない。

そもそも本来のジェノバとは別の成長を遂げてる肉体を今更元通りとはいかないのだ。

故にG細胞の不活性化が出来る限りであった。

 

「……彼等がソルジャーであることに強い拘りを持っているのは知っている。

 それに関しては素直に応援してあげたい、が……」

 

「ガスト博士、この件は私から彼等に伝えます」

 

ホランダーの発言を聞いたガストは彼の顔を見た。

 

「君が……そうか……」

 

ガストはずっと前から、それこそ共同研究を持ち掛けられた頃から気付いていた。

自分が宝条に対抗する為に利用されている事に。

今回の研究は全てが二人の為を思っての行動では無い事を。

 

「原点は貴方のジェノバプロジェクトでしょうが、プロジェクト・Gの責任者は私です。

 それが筋かと思います」

 

当時はそれでも良いと思って手を取った。

そうでもしなければプロジェクト・Gには関われなかっただろう。

長い付き合いだ、彼の人となりなどは判っている()()()であった。

 

「うん、そうだな、それがいい」

 

「納得して貰えたようで何よりです」

 

そう、所詮は()()()である。

学者たるもの証拠も無しに決めつけるなどもってのほか。

学者たるもの観察眼に優れていなければならぬ。

僅かな変化を見落とすようであれば学者としての先は長くない。

 

「私も年を取ったな」

 

「何を言っておられるのですか、まったく」

 

「いや、特に意味はないよ……。

 これから先も全面的に私は協力するからヨロシク頼むよ」

 

ガストは右手を差し出し握手を求める。

 

「まったく頼もしいかぎりです」

 

ハハッと笑ったホランダーは差し出された手をしっかりと握り返した。

 

 

 

バノーラ・ホワイトジュース一年分は最初に受け取った年から、毎年ファレミス家に届いている。

 

 

 

 

 

 

 




天才と言われながら描写の少ないガスト博士。
二次創作としてはある意味ありがたい存在でもあります。


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第37話 アンジール

「敵に後ろを見せるとは、余程の自信家か愚か者だ」

 

アンジールの背中に刀を突き付けた存在が、感情の無い声でそう告げた。

傍から見れば絶体絶命としか見えない状況であるが、彼にとってはそうではない。

 

「そうだな、俺はその自信家で愚か者だったよ」

 

アンジールは、言われた内容に心当たりがあったようで、怒りとも悲しみとも取れる表情を浮かべている。

その返答に特に反応する事もなく刀が振り下ろされるがその刀身が男を刻む事は無かった。

何故ならそれより早くアンジールが振り向き、剣で攻撃を防ぐとそのまま反撃に転じたからだ。

 

一撃、二撃、三撃……アンジールが連続で斬り込むも相手は刀でそれをなんとか受け流す。

だが、六撃目の斬撃でとうとう体勢を崩されてしまい、その隙に最後の七撃目が叩きこまれると、刀を振るっていた存在はそのまま膝から倒れ込んでしまった。

倒したことを喜ぶ事もなく、アンジールはただジッと見つめていたが、やがて目の前に“Mission complete”の文字が出現する。

倒した存在の姿が徐々に透けて行き、やがて空間へと消え去った。

その後、周囲の状況が神羅ビルにあるトレーニングルームへと変貌していく。

中央に立っているアンジールはヘッドギアを外すと、一言呟いた。

 

 

 

「弱い……な」

 

 

 

───ソルジャー用の仮想訓練にはセフィロスを参考にしてプログラムされたデータが存在する。

ただ実際は訓練用というより挑戦という意味合いが大きい。

毎年、仕事に慣れて調子に乗り始めた何名かの新人ソルジャーが挑んだりするのだが、まったく手も足も出ずズタボロに返り討ちに晒され泣きを見るのがお約束だ。

そもそもデータとはいえ模した相手は、あの英雄であり、1stレベルでやっと倒せるかどうかという設定難易度である。

しかし、このデータを「弱い」と言ってのける事が出来る者達も居る。

日頃からセフィロス本人と直に刃を交え精進している彼等にしてみれば、所詮はデータ。

『ホンモノと比べたら1割にも満たない』と口を揃えて言う有様に部下たちは遥かなる高みにいる彼等に対して尊敬、畏怖、嫉妬、諦め等様々な想いを抱いていた───。

 

 

 

「俺は……どうしたら……」

 

 

 

ヘッドギアを持ったままアンジールは微動だにしない。

 

 

 

『君はジェノバプロジェクトによって生まれたんだ』

 

『過程に差異はあれどセフィロスもジェネシスも同じだよ』

 

『望むのであれば治療しよう、無理強いはしないがね』

 

 

 

先日、ホランダーから告げられた数々の事実が常に頭の中で渦巻いており、それ以降は事あるごとに自問自答を繰り返す日々となってしまった。

今日だってこのミッションを自暴自棄のように何回も繰り返している。

自分が目標と掲げる人物を、例えデータであっても倒すことでまるで己のアイデンティティを保つかの如く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

葛藤に苦しむアンジールの後方から扉が開く音がした。

 

「アレ、この部屋は使用中だった?」

 

開いた扉の先に居た人物がそう言ったのでアンジールは振り返る。

やってきたのは子犬であった。

 

「ザックスか……」

 

「ごめん、アンジールが使ってるとは思わなくて。

 でも、外のパネルには何も表示されていなかったんだけどなぁ」

 

どうやらアンジールがミッションを終えて立ちすくしていた間にだいぶ時間が経っていたようで、その間に反応がなかった機材がスリープモードに入ってしまい、ザックスを勘違いさせてしまったらしい。

また安全のための扉のロックもミッションが終われば自動で解錠される。

 

「もう終わってるから気にするな。

 俺は出て行くから好きに使え」

 

アンジールは近寄って来たザックスに持っていたヘッドギアを渡すとそのまま部屋から去ろうとする。

それを見てザックスは何か閃いたようで、引き留めた。

 

「ちょっと待って。

 もし良ければ俺達の訓練の様子を少しでいいから見てくれないかな、頼むよ」

 

一人ではないという事を告げられ、足を止めて聞き返すアンジール。

 

「……俺達とは?」

 

「今、面倒見ている後輩が居てさ。

 ただ他人からもアドヴァイスを貰った方がいいかと思って。

 指導に関しちゃアンジールが一番だしね」

 

「まぁ……別に構わないが」

 

この時のアンジールは自分自身の精神が不安定な事を自覚しており、その状態であまり人とは関わりたくないというのが本音であった。

しかし彼は頼られたら無下には出来ない男でもある。

 

「やった、ありがとう。

 おーい入って来いよ」

 

ザックスは許可を貰えたのが嬉しいようで、満面の笑みでお礼を伝え、部屋の外に居るであろう人物に声をかける。

それに応じるように、ひょっこりと姿を現したのは、金髪のツンツンヘアーが特徴的な青年だった。

彼は恐る恐るといった面持ちで部屋に入って来ると初対面であるアンジールに頭を下げて挨拶をする。

 

「は、初めましてアンジールさん。

 候補生のクラウドです、よろしくお願いします」

 

「そうか、君が……」

 

目を掛けているという後輩は2ndか3rdだとアンジールは思っていたのだが、まさか候補生の方だとは思わなかったので少々驚いた様子であった。

 

「どうしたんですか?」

 

「あ、いやスマン。

 こっちこそよろしくな、クラウド」

 

二人の挨拶を見届けたザックスがクラウドに手招きをして呼び寄せる。

クラウドはもう一度頭を軽く下げ、そそくさと招かれた方に近寄った。

 

「挨拶も済んだことだし早速始めようか」

 

「はい、今日もお願いします」

 

「じゃあクラウド、まずはこのヘッドギアを付けてくれ」

 

渡したヘッドギアの付け方を教え、これから行う訓練内容の説明をするザックス。

その様子を見るにクラウドは今日が初めてのシミュレーターらしく、ヘッドギアで顔が半分隠れた状態でも緊張しているのが読み取れた。

一通り説明したザックスは携帯端末を取り出し訓練ミッションを選択する。

 

「準備はいいか?」

 

「大丈夫です!」

 

「それじゃミッション開始だ」

 

その言葉を合図に始まった二人の訓練を腕を組んでただ見つめるアンジールであった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ザックスによるクラウドの指導訓練は滞りなく行われていく。

最初は簡単なチュートリアルミッションでシミュレーターに順応させる。

余裕だと言わんばかりにあっさりとやってのけたクラウドを見て、次はソルジャーが就く実際の任務を参考にしてプログラムされたミッションに挑戦させる。

今回は複数の敵兵及び機動兵器を相手とする討伐ミッション。

先程のチュートリアルとは違いやや苦戦しているようだが、何とか必死になって作戦完了させるとザックスが作戦評価に基づいて良かった所、直すべき所などを指導していく。

その時のクラウドは向上心の塊と言っても過言ではないくらい真剣な眼差しで上司の言葉を真摯に受け入れていた。

そんな彼等の様子を見てアンジールは感心していた。

 

(中々ガッツがあるじゃないか)

 

新体制となったソルジャー部門では、ソルジャー候補生の教育はタークスが受け持つ。

担当している人間によって多少の差はあるものの、訓練内容は非常に厳しく、大多数の候補生達は毎日をやっとの思いで過ごしている。

ではなぜ候補生であるクラウドがソルジャー1stであるザックスから指導を受けているのか。

答えは簡単、タークスの訓練プログラムとは別に()()()()()()をザックスにお願いしたからだ。

無論ザックスとて、本来の仕事は別にあるのでこれは本人の好意によるものでもある。

そんな二人の事情を察したアンジールはかつて自分がザックスを指導していた時のことを思い出す。

 

(あの頃のザックスもこんな感じだったな)

 

 

 

───まだザックスがソルジャーに就任したばかりの3rd時代。

そしてアンジールもザックスの事を新人の一人としか認識していなかった時代。

新人達は見習い用に組まれた訓練と座学をひたすら続けるのが日常だった。

普通の新人であれば、その日の過程が終わると何もする気が起きず食事をとって寝るだけの毎日。

だがザックスはそれを終えても余暇を削って我武者羅に自己研磨に励んでいた。

当然オーバーワークであり、見かねたアンジールが無茶なトレーニングは意味がない事を忠告したが、相手からは予想外の回答を貰う事になった。

 

『俺の夢は英雄になる事です』

 

濁りの無い真っ直ぐな目を向けて、力強く上司に意見した新人。

その言葉に一瞬固まってしまうが、すぐにその()()を理解したアンジールは豪快に笑った。

そして、そこまでの覚悟ならば、自分が直々に鍛えてやろうと考えた。

この時を境にザックスへの個人指導が始まったのである───。

 

 

 

(あの子犬が、とうとう親犬か……しかし俺は……)

 

時は流れは早い。

今や立派に成長したザックスは新たなる群れのリーダーとなり、未熟な子犬たちを導く存在。

子犬は夢に向かって全力で駆け抜ける。

若者達の青春が今のアンジールにとっては眩しく感じる。

いや、眩しいだけならまだ良かったかもしれない。

内に秘めるは黒い靄が渦巻く感情。

己の目指していた夢が手の届かぬ場所へ行ってしまうかもしれない不安。

輝く後輩達を目の当たりにして今の自分が彼等に()()()()()があるのか自己嫌悪をしてしまう。

 

アンジールがまたもや闇に片足を捕らわれている間に、いつしか二人の訓練は直接指導に移り変わっていた。

 

「踏み込みが甘い!

 クラウド、剣を振るときは腕の力じゃなく体全体を使うんだ!」

 

「はい!」

 

気合が入った声量に気付かされ、なんとか平常心を保つアンジール。

今は余計な事を考えずに意識を後輩達に向けた。

 

「よしもう一度だ、全力でかかってこい!!!」

 

「わかりました!!!」

 

腹の底から声を張り上げた二人が、剣を構えた。

ザックスは受けの体勢になる。

クラウドは体を捻り剣を大きく振りかぶった。

先の助言のとおり、体の全てを使いザックスに挑む。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

一撃!

 

さらに二撃!!

 

そして己が出せる全ての力を込めた三撃目!!!

 

 

 

 

 

バキンッ

 

 

 

 

 

ザックスの剣がクラウドの技に耐え切れず折れてしまった。

折れた刃が床に落ち、トレーニングルームに金属音が響き渡った後、沈黙が空間を包み込んだ。

 

 

 

 

「クラウド!!!

 スゲーじゃねぇーか!」

 

それを破ったのはザックス。

折れた剣の事など気にもせず歓喜した。

対するクラウドは息も絶え絶えの状態である。

 

「ハァ…ハァ…、ザックスの“連続斬”と比べたら……。

 俺なんてまだ()()しか斬り込めない……」

 

「何言ってんだよ、今の時点で3回も斬れたら上出来だっつーの。

 な、アンジール?」

 

ザックスはアンジールに同意を求めた。

だが返って来た言葉は回答ではなく質問だった。

 

「今の剣技は、俺の……どうして?」

 

「そりゃそうさ、()()()()に教えて貰ったからな。

 同じく弟子には教えないと」

 

「おまえの師匠はセフィロスではなかったのか?」

 

「いやいや何言ってんのよ!

 剣のイロハを教えてくれたのはアンジールじゃん。

 そりゃセフィロスにも世話になっているけどさ。

 なんていうか、あっちは特別講師って感じで、俺の師匠は後にも先にもアンジールだよ」

 

真剣な眼差しではっきりとアンジールにそう伝えるザックス。

アンジールの目にはかつて夢を語ったあの時の新人(ザックス)と重なった。

先程から横で見ていたクラウドが付け加えるように話す。

 

「ザックスはいつも言ってましたよ。

 『アンジール流に入門したからには覚悟すべし』って」

 

「ウータイでは武術の教えを何とか流って言うらしくてそれを真似してみた」

 

「まったく、なんだそれは……」

 

利き腕を前に突き出し親指を立て、誇らしげにするザックスを見て、アンジールは少々呆れたような顔をする。

だがその表情とは裏腹に感情に渦巻いていた黒い靄は薄まり、一筋の光が射し、まるで道を示すような感覚が湧いてきた。

 

(“アンジール流”か……、ザックスがここまで言ってくれるとは……)

 

アンジールは思う。

自分の教えは既に英雄によって上書きされているのではないかと考えていた。

そんなことで不安になっていた弱い自分が居た。

だがしかし、どうやら大きな勘違いを起こしていたようで己を恥じた。

 

(今がその時だな…)

 

そして決意する。

 

「そこまで言うならおまえ達に俺の()()を伝授する」

 

「「全て?」」

 

ザックスとクラウドの言葉が重なる。

アンジールは深呼吸をして、心に決めた決意を言葉にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「セフィロスに決闘を申し込む!」

 

 

 

 

 

 

 

 




クラウドの口調に関して
ザックスとクラウドは友達ですが
それはそれとして教えを乞う時はちゃんとそれなりの態度になると思う。


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第38話 漢の闘い

ミッドガルより東北、カームとの間に広がる荒野。

魔晄炉の影響か草木が枯れた大地。

人が足を踏み入れようものならそこに(ひし)めくモンスターに瞬く間に襲われ命を落とすことになるだろう。

 

今、その地に人が居る。

だがモンスターが襲う事は無い。

それどころか生存本能がその近辺は危険だと察知して距離を置くように散らばっていった。

 

強者である筈のモンスターが弱者に成り下がった瞬間。

生きとし生けるもの全てが平伏しているような感覚。

日光を遮る幾重にも重なった暗雲。

強風が吹き荒れ砂埃が舞上がる。

穏やかとは無縁の環境。

 

それは圧倒的な重圧を放つ()()()()()の存在によって生み出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「覚悟はいいか、アンジール」

 

「そっくりそのまま返すぞ、セフィロス」

 

険しい目つきの二人がお互いを睨みつける。

間の距離はミッドガルの列車一両分といったところか。

アンジールが背負っていたバスターソードを掴み、目の前に持ってくると瞼を閉じてわずかに祈る。

そして、正面に佇むセフィロスに向けて構えると、向こうもそれに呼応するように正宗の切っ先でアンジールを捉えた。

 

この二人の闘いを見届ける者は3名。

ザックス、クラウド、そして二人から離れた位置にジェネシス。

彼等は一言も話さない。

ただただ、固唾を飲んで勝負の行方を見届けるだけである。

 

対峙する二人が武器を構えて微動だにしないまま時が経つ。

 

 

 

風が止んだ。

 

 

 

両者の脚が大地を蹴った。

互いの距離が一瞬で縮まったかと思うと、バスターソードがセフィロスの体に襲い掛かる。

それを読んでいたと言わんばかりに正宗が攻撃を受け止めると、そのまま払いのける。

とは言えそれで体制を崩すアンジールではなく、即座にもう一度斬りかかった。

しかし、またしても正宗によって防がれてしまう。

斬ってはいなされ、切りかかっては受け止められて。

 

弾かれ。

 

避けられ。

 

阻まれて。

 

止むことを知らない金属音が鳴り響き、互いに一歩たりとも譲る事のない激しい攻防が続く。

 

「まだだッ!!!」

 

己の声で気合を込めたアンジールは、正宗ごと押し切るため全身に力を込めた。

 

「甘いぞ!!」

 

セフィロスが一喝して、受けたままのバスターソードを思い切り弾く。

そのまま今度は正宗の鋭い突きがアンジールを襲う。

 

「ッと!危ねぇッ!」

 

ギリギリでそれを躱したアンジールは一旦距離を取るため、セフィロスを正面にして後ろに跳んだ。

次の攻撃に備え、相手の顔を確認する。

不敵な笑みを浮かべた英雄が相手を見上げていた。

かと思うと瞬間、そこに居たセフィロスが消え、アンジールに差し迫る。

 

「遅い」

 

相手の半身ほど高いポジションに出現したセフィロスが真っ二つにする勢いで切りつける。

バスターソードがなんとか斬撃を防ぐも勢いは殺せず、そのまま落下先の地面に叩きつけられた。

落ちた所を中心とした周囲が土煙によって覆われる。

 

様子を見届けようとしたセフィロスが若干離れた場所に着地しようと片足が地面に届く間際。

 

「そこだぁぁぁッ!!!!」

 

そこを待っていましたと言わんばかりに土煙の中からアンジールが飛び出す。

察知したセフィロスは構えるが、全体が乗った突撃をその場で受け止める事は出来なかった。

後方に押しやられ、両足によって地面に描かれる電車道。

だがどこまでも続く線路など存在しない。

 

「次はこちらの番だ!」

 

自分が敷設した線路を辿るようにその原因となった目標に向かって瞬く間に反撃を開始する。

しかしアンジールもあの攻撃で仕留められるとは微塵も思ってはいない。

向かってくる相手に再び仕掛けるべく、すぐに動き出す。

 

局地戦。

 

次の空中戦。

 

そして機動戦。

 

その場に留まることなく至る所で衝突を繰り返す二人。

 

両者の姿が蜃気楼のように、あちらこちらに出現する。

 

金属のぶつかる音が、発生源を特定出来ない程に四方八方で響き渡る。

 

大地は正宗により切り刻まれ、岩はバスターソードによって砕かれて、攻撃の爪痕が辺り一面に発生した。

 

 

 

だが拮抗していた戦いにも終わりが訪れようとしていた。

 

 

 

「ッチ!」

 

アンジールが僅かに顔を歪ませた。

正宗の刃がアンジールの左二ノ腕を切りつけたのだ。

それを合図かのようにお互いが距離を置く。

 

「アンジール!血がッ!」

 

ザックスが驚いた。

目まぐるしい戦闘が一旦収まったことで、戦いを見守っていた者がやっと声を出すことが出来たのだ。

 

「心配するな、たいした事ない」

 

二ノ腕から流れ出た血が肘へと伝わり、そこからポタポタと大地を赤色に染める。

本人は平気だと言うが傍から見れば痛ましい様である。

 

「まだ続けるか?」

 

負傷した対戦相手に降参を提案するセフィロス。

 

「冗談を言うなよ、セフィロス」

 

フンッと鼻を鳴らしてアンジールはバスターソードを正面に構え直す。

 

見た目に反して傷が浅い事は攻撃を与えたセフィロスも理解している。

降参の呼び掛けは彼なりの“掛かって来い”という扇動なのだ。

 

「そうか」

 

静かに呟いた彼は正宗を両手で左頬付近に構えてアンジールに強い眼差しを向けた。

お互いに武器を構えたまま身じろぎ一つせず、辺りは再び静寂に包まれ始めた。

両者共に次の攻撃に己の全て注ぎ込む為、最大限の集中をしているようである。

 

 

 

次が最後。

 

 

 

お互いに言葉で確認し合った訳ではない。

だが、声を出さずともそれぞれ相手が考えている事は判っていた。

それは何故か、深く考える必要などない。

二人に聞いて返ってくる答えは至極単純であろう。

 

 

 

 

 

 

『セフィロスだから』

 

『アンジールだから』

 

 

 

 

 

 

ザックスは師の覚悟を。

 

クラウドはソルジャーの誇りを。

 

ジェネシスは友の決断を。

 

それぞれが行く末を見守っている。

 

 

 

そして……その時は来た。

 

 

 

「行くぞッ!!!」

 

セフィロスが先に動く。

構えた正宗から繰り出されるのは【八刀一閃】。

目にも止まらぬ速さで七撃の攻撃を繰り出し、最後の八撃目で相手へトドメを差す。

単純ではあるが、セフィロスの圧倒的な実力が最もダイレクトに反映される技である。

 

「そう簡単にやらせるかッ!!!」

 

アンジールが雄叫びのように声を張り上げ、負けじと斬りかかった。

 

正宗とバスタードソードが交差する。

 

一撃目は、弾かれた。

 

二撃目は、切り払われる。

 

三撃目は、防がれる。

 

四撃目は、叩き返された。

 

五撃目は、受け止められる。

 

六撃目は、せり合った。

 

七撃目は、切り上げられる。

 

「終わりだッ!!!」

 

「さいごだッ!!!」

 

八撃目を、打ち込んだ正宗。

 

八撃目を、突き差したバスターソード。

 

二人は今持てる全ての攻撃を相手にさらけ出した。

 

そして共に最初の立ち位置を交換したかのように互いに背を向け立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝敗は決した。

 

「八撃目をモノにするのは苦労…した……んだ……ぞ……」

 

膝から崩れ落ち仰向けに倒れたのはアンジールだった。

 

「アンジールッ!!!」

 

それを見て駆け出し側に近寄るザックス。

 

「アンジールさんッ!!!」

 

クラウドも後を追うように走り出す。

 

「アンジール……」

 

ジェネシスはその場に留まった。

 

 

 

駆け寄ったザックスは膝をつくと倒れているアンジールの顔を覗き込む。

右手にはバスターソードがしっかりと握られていた。

 

「アンジールッ!しっかりてくれ」

 

アンジールの周囲には血溜まりが出来ている。

息も絶え絶えなっているがその表情は決して苦痛に歪んではおらず、むしろ正反対の晴れやかな顔であった。

その表情を見て少なからず安堵したザックスはいつの間にか二人の方を向いていたセフィロスに声を上げる。

 

「セフィロスッ!いくらなんでもやりすぎじゃないか!」

 

「…………」

 

抗議に対して沈黙しているが、その表情は何処か寂しそうであった。

やがてクラウドもアンジールの側に近付くと目線を合わせるべく跪いた。

尚もザックスはセフィロスに問い詰める。

 

「黙ってないで何か言ったらどうなん──「狼狽えるな!!!ザックスッ!!!」

 

弱りきっていた姿からは想像も出来ない程の声量でアンジールは一喝した。

辺り一面に響いたことでその場にいた全員が彼に顔を向ける。

 

「セフィロスは俺の本気に同じく本気で応えただけだ」

 

「でも……」

 

「俺に恥をかかせるな、後から文句を言うなんて男が廃る。

 それにあっちを見ろ」

 

アンジールの視線がセフィロスに向けられる。

 

「見ろって言っても……えッ!?」

 

言われて同じ方に顔を向けたザックスが目を見開いた。

一見すれば何ともなさそうに平然と立っているセフィロスであったが、足元にはアンジールと同じように血が広がっていた。

その出所を探ってみれば、よく見ると彼の黒いロングコートの脇腹付近が血で滲んでいるのがわかった。

 

「俺だってちゃんと一矢報いてるんだぞ……」

 

アンジールのその言葉に反応するようにセフィロスが口を開いた。

 

「その大剣(バスターソード)()()()()()()……」

 

「当たり前だ、俺の家族の想いが込められているからな」

 

「成る程な」

 

「だが、まだまだ強くなる」

 

そしてアンジールは右手に持ったバスターソードをザックスの目の前に突き出した。

 

「ザックス、受け取れ」

 

予想だにしていなかった展開にザックスはどうしていいか困惑した。

アンジールはそんなことは関係ない早く受け取れと顎を動かす。

 

「お前がセフィロスを超えろ」

 

「そんな、俺には……」

 

「英雄に成りたいんだろ?

 だったらここで尻込みしてるようじゃ無理だな」

 

アンジールはたじろぐザックスに発破をかけ、真剣な眼差しを向ける。

その様子に気合を込められたのか、ザックスは決心したようで、差し出されていたバスターソードに手を持ち受け取った。

 

「俺の夢……その剣と共に託したぞ」

 

「アンジール……」

 

ザックスの言葉にアンジールは微笑む。

一呼吸置くとバスターソードから完全に手を放す。

そして最後の力を振り絞り、離した右手で拳を作り高々に空へと突き上げた。

 

「聞いたか、セフィロスッ!

 見たか、ジェネシスッ!

 これが俺の答えだッ!!!」

 

大きな声で力強く叫んだ。

名を呼ばれた面々はただ黙って見届けている。

アンジールは満足気な表情で伸ばした腕を地面に寝かせる。

彼の両目が穏やかにゆっくりと閉じていく。

 

その様子を見たセフィロスは傷を負わされた腹部を掴む。

そこはかつての『オレ』がバスターソードによって貫かれた箇所。

だがあの時味わった奢り高ぶっていた屈辱とは程遠い感情が湧き上がっていた。

 

ジェネシスは見届けた後、何も言わずにアンジール達を背にミッドガルへ戻っていく。

長年の付き合いである幼馴染。

彼の全てを受け入れられたかどうか、ジェネシス自身はまだ完全にとはいかなかった。

 

ザックスは気が付けば両目に涙を浮かべていた。

託された夢を胸に抱き、これから自分を奮い立たせ更なる高みを目指さなければならない。

だけど、それでもこの瞬間はそんな覚悟から解放されてただ優しく時間の流れに身を任せても許されるだろう。

 

クラウドは今、頭ではなく心で()()()()()()()()を感じ取ったのである。

自分がこれより歩んでいく人生の道しるべ。

体を張って伝えてくれた偉大なるソルジャーに心から敬意を払った。

 

 

 

 

 

そんな彼等を照らすように曇り空はいつの間にか晴れていた。

 

 

 

 

 




本編でもこの二人の真剣勝負見たかったなぁ……


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第39話 バスターソード

医務課の病室でただ天井を眺めている毎日。

 

気怠さが抜けない。

ずっと疲労感が溜まっている。

負傷した肉体はまだ痛みが残っている。

 

「これが普通というヤツなのか……」

 

少し前ならすぐに回復したことが、今は一週間も引きずっている。

しかし常人なら数か月はリハビリを要するほどの負傷である。

あの闘いを()()()()()()()()()()という可能性の低さに目を反らせばであるが。

 

上体を起こし、両手の指を何度も開いたり握ったりしている。

この状態で体を問題なく動かせるのは日々積み重ねた鍛錬の賜物であろう。

ジェノバ細胞の影響はなりを潜めたが努力はちゃんと肉体に残っているらしい。

 

周囲を見渡すと自分以外は誰も居ない。

個室なので当たり前と言えばそうなのだが、入院とは無縁の人生だった為、暇でしょうがないのである。

今までは、そんな時バスターソードの手入れをするのがお決まりだった。

だがその大剣も既に手元から離れている。

 

「良い機会だ、ゆっくり休むか」

 

そう言って起こした体を再び横にしようとする。

その時“コンコン”と扉をノックする音が聞こえた。

 

「開いてるぞ」

 

扉の向こうに居る人物にそう伝える。

「「失礼します」」と入って来たのは夢を託した男とその弟子。

片方の背中にはかつての誇りが背負われている。

 

「よく似合うじゃないか、ザックス」

 

「元の持ち主から言われると照れるな」

 

後頭部をポリポリと掻きながら照れた顔でベッドの枕元付近にある椅子に腰かけるザックス。

だが椅子は一つしかないためもう一人は側で立ったままである。

 

「この部屋に椅子は一つしかないんだ。

 なんならベッドの足元にでも座ってくれて構わないぞクラウド」

 

「お気遣いありがとうございます。

 でも大丈夫です」

 

そう言うと後ろで手を組んで休めのポーズを取るクラウド。

いくら本人が良いと言っても、まだそこまで交友の無い上司に言われて素直にベッドに座る事は抵抗があるのだろう。

 

「そうか、気を遣わせてスマンな」

 

「いえ、こちらこそスミマセン」

 

そしてチラッと座ってるザックスを見て、こっちは遠慮なく座るだろうなと思った。

目が合ったザックスが心配そうに聞いてくる。

 

「体はもう大丈夫なのか?」

 

「まぁボチボチと言ったところだな」

 

「そっか、でも無事で良かったよ」

 

「そっちはその後どうだ?」

 

外界との接触が限られた病室。

あの後、ソルジャー部門がどうなったか気になっている。

 

「アンジールは表向き過労って事になっているよ。

 ()()()()は色々と話せないだろ?」

 

「だろうな、しかしその口ぶりからするとお前達も真相は知ってるのか」

 

「一応……ね」

 

戦闘が終わるのを見計らっていたかのように神羅のヘリがやって来て倒れた俺を搬送した。

後日、二人はラザード統括から統括室に来るよう伝えられ、その場にいたホランダーやガスト博士から()()()()()()()は説明を受けたそうだ。

 

「アンジールさんはコレで良かったんですか?」

 

「未練はないな」

 

返答に二人は神妙そうな顔をこちらに向けた。

何かを言いたそうではあるが、上手く言葉に表せないといった様にも見受けられる。

ならば少し語らせてもらうとしようか。

 

「セフィロスとは何度も試合をした事はある。

 何れも俺は本気を出していたが、敵う事は無かった。

 アイツとの決闘は今までの自分よりも全力にならなければ勝てないと思ったんだ。

 それこそ己の身を案じるような戦い方じゃ無理だろうとも……な。

 だから命を失う覚悟で挑んだ」

 

二人が驚いた顔をしたが構わず続ける。

 

「だが、万一生きてる様なら例の治療を施してくれと博士に頼んでいたんだ。

 つまり死のうが生きようがソルジャーとしてはあの決闘が最後のつもりで全てを懸けた。

 結果は御覧の通りだが、お前達に俺の全てを見せることが出来たと思っているが……」

 

見れば二人とも固い表情に覆われ、ただ黙っている。

ザックスは両手で力強く膝を掴んで震えており、クラウドはいつの間にか後ろに組んでいた手を体の横で拳を結んで俯いている。

自分ではそれ程重い話をしたつもりはないのだが、聞かされた方はそう捉えなかったようである。

このままでは永遠に解除されない沈黙(サイレス)が罹ったままになってしまう。

俺としてもそれは不本意であるため逆に問う事にした。

 

「何か聞きたいことはあるか?」

 

腕を組んで彼等の顔を交互に見る。

それでも押し黙る様子を見てさらに「気にするな」と付け加えることでようやく一人がおそるおそる口を開く。

 

「あの……アンジールさんの最後の剣技、名前は何ですか?」

 

「名前か……そうだな……」

 

意表を突かれた質問に少し考え込んでしまう。

セフィロス相手に最後の八撃目まで繋ぐのは容易ではなかったが、実際の所、何か特別で特殊な連撃という事は無い。

重要なのは相手の動きに合わせ、確実に叩き込む技量と一撃一撃に全力を込めるためのスタミナ。

要は基本が重要となる。

そういえばザックスは“連続斬”と言って五連撃繰り出していた。

名前を付ける行為が戦意向上や闘志を燃やす事に繋がるのは理解しているのでそこは否定しない。

 

「俺も気になるな、アンジールの命名センス」

 

もう一人もさっきまでの表情はどこえやら、ここぞとばかりに食い気味に興味を示してきた。

自分で質問を募っておいてノーコメントは流石に無しだろう。

 

正直な話、技名は……ある。

自分だって男だからな、そう言う事は考える。

ただちょっと恥ずかしくて堂々と表に出すのは避けていた。

 

二人は額に手を当て眉間にしわを寄せた俺を見て、答えを今か今かと待ち構えている。

ある意味でセフィロスとの決闘よりも覚悟がいる。

ただ後には引けない。

“全てを見せる”と宣言したのだから。

恥ずべきことなどない。

堂々としろ。

 

 

 

武神覇斬(ぶしんはざん)だ」

 

 

 

「武神覇斬……すごくアンジールらしいな!」

 

「あの技に相応しい格好いい名前だと思います!」

 

「そ、そうか」

 

思っていたより好評で思わず照れてしまった。

神をも斬り伏せるとの意味を込めて名付けたのだ。

同時にもう一つの候補“大凶斬り”にしなくて良かったとホッとする。

重苦しい雰囲気は一変された。

俺は表情を戻し二人を見据える。

 

「俺は……見たいんだ。

 ザックスが俺を超え、ザックスの教えを受けたクラウドがさらに超えて。

 俺が今まで走って来たソルジャーの道がどのように繋がっていくのか」

 

「アンジール……」

 

「アンジールさん……」

 

 

新しい()を見せてくれ。

新しい()()にさせてくれ。

そいつ(バスターソード)は、俺からお前達に繋げるバトンさ。

 

声には出す必要はない。

ザックスは英雄を、クラウドは最高のソルジャーを目指せばいい。

これは俺の勝手な願望さ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしッ!」

 

気合を入れた声が病室に響き渡った。

ザックスが突然両手で自分の頬をパチンッと叩くと、勢いよく立ち上がり背中のバスターソードを掴んだ。

そのまま俺が祈っていた時のように正面で垂直に構える。

 

「あの時はしっかり返事が出来なかった。

 だから言わせてくれ」

 

目を瞑り深呼吸をした。

 

「ありがとう」

 

穏やかな表情で感謝の言葉を述べられた。

どうやら想いはしっかりと伝わっているようだ。

 

「良い返事だ」

 

今まで見た事のない爽快な笑顔の自分が二人の瞳に映っている。

ザックスの背中に再びバスターソードが背負われる。

そういえば新しい持ち主に言い忘れた事が一つあったのを思い出した。

 

「バスターソードの手入れは怠るなよ?」

 

お別れだ、バスターソード。

今までありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ソルジャー1st・アンジールは今、この瞬間をもって退役となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バスターソードは5年も放置されたら性能は当然落ちると思う。

次はジェネシスです
お楽しみに


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第40話 ジェネシス

獣たちの戦いが世に終わりをもたらす時 

冥き空より、女神が舞い降りる 

光と闇の翼を広げ至福へと導く『贈り物』と共に

 

LOVELESS序章より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()になった気分はどんなもんだ?」

 

G細胞の不活性化治療受け病室で安静にしているアンジールへ、ジェネシスは淡々とした口調で質問をした。

 

「まぁなんというか、体がだるいな。

 早く慣らしてさっさと体を動かせるようにしないと」

 

「元のようにはいかないんだぞ」

 

「それはわかっている。

 ただそれでもジッとしているのは性に合わん」

 

微笑しながら問いに答えるベッド上の男を見ても彼は複雑な心境であった。

今まで共に英雄を目指し、そしてその先を夢見て切磋琢磨してきた幼馴染。

この神羅に入社する前、互いに熱く語ったあの志は無くなってしまったのか。

 

「後悔は無いのか?」

 

「無い」 

 

間を置くこともなく相手の目を見て潔く答えたアンジール。

その目に嘘偽りがないという事は長年に渡り苦楽を共にしたジェネシスが分からない等という事は無い。

さらに言えば先日のセフィロスとの一騎打ち、後輩に託したバスターソードの件。

どちらも己の目でしっかりと見届けたジェネシスは嫌と言うほど理解はしているのである。

だからこそ彼は友の口から後悔しているという言葉が欲しかったのかもしれない。

同じ道を歩んできたと思っていた幼馴染が一歩先に行って、自分が置いて行かれた気がしてならないのだろう。

 

「そうか」

 

ただ一言そう告げると椅子から立ち上がり病室を出て行こうとした。

それに対して背中越しに「また来てくれ」とだけアンジールは言葉を掛ける。

ジェネシスは一瞬立ち止まったがとくに振り向くこともせず「あぁ」とだけ頷きそのまま病室から去っていった。

 

目指していた夢を根本から打ち砕かれる真実を突き付けられた時、アンジール自身が相当ショックを受けている。

プライドの高いジェネシスにとっては尚更残酷な事であるのは明白であろう。

しかしアンジールは説得をしようとは思わなかった。

言っても聞かないからではなく、言う必要が無いと考えているからだ。

 

「俺に出来たんだ、アイツにだって出来るさ」

 

一人残された病室で静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

【 LOVELESS 】

 

それはこの世界に古くから伝わる叙事詩。

何時頃から詠われ始めたか定かではないが世界中に多くのファン及び研究家が存在するこの物語は数多くの解釈が存在し、それに伴って様々な書籍、演劇、映像作品が作られてきた。

原文に従って忠実に再現された作品、登場人物の一人に焦点を当てたスピンオフ、見解を大幅にズラした問題作等、古典叙事詩であるが古臭さ感じさせぬよう様々な角度から多くの新作が発表され今もなお沢山の人々を魅了している。

 

そして、この物語が好きならば是非とも一度は訪れたい場所がミッドガル八番街のLOVELESS通りと呼ばれる区画である。

毎年新作を上映する劇場を筆頭に、LOVELESSをテーマにしたカフェやBAR、関連グッズを販売するショップ、変わり種として劇中に登場する建物をイメージしたホテルなどが建っており、通り沿いでは定期的に関連イベントが開催されるなど、ファンによるファンのための聖地としてミッドガルでも有数の観光地として賑わっている。

 

また通り歩き、耳をすませば、

 

「ねぇねぇ、今回の新しいLOVELESS見た?

 英雄役の人がチョーカッコイイの~」

 

「ワタシは放浪役の人が好みかなぁ」

 

「そういえば今年からメイン3人は全員新しい人になったんだっけ?」

 

「ちょっと、今回の見所はそこじゃないわ!!!

 今までの古典的演出から脱却を目指して、かのLOVELESS研究家で第一人者であるジェネシス様の新解釈を取り込んだ意欲作よ。

 役者に注目するのもいいけど、新しい演出や脚本を原文と比較してどのような考察が盛り込まれたかを真剣に………」

 

熱狂的な信者が弁舌を振るい、友人のファンをひかせている。

こんな光景だって珍しくもない、むしろ名物みたいなものだ。

 

 

 

そんなLOVELESS通りを正面に見据えた位置にある八番街の噴水広場。

そこにある人物がベンチに腰掛けLOVELESS叙事詩の書物を読んでいた。

 

「女神の贈り物、手にする者が英雄か、それとも英雄へ授けられるモノなのか……」

 

街を往来する人々など気にする素振りも見せず、淡々と独り言を口ずさむその男。

サングラスで顔を隠し、いつものロングコートは違うショート丈の赤いライダースジャケットを着用しているソルジャー1st・ジェネシスである。

お忍びのつもりなのだろうが、こんな申し訳ない程度の変装では大した意味を成さず、周囲の人々に神羅の3大ソルジャーの一人だと既に気付かれている。

しかしながら、まるで忍んでいないこの有様に誰も声を掛けないのは本人が近付き難い威圧を放ち、他者を寄せ付けないからであろう。

それは遠目から熱い眼差しを贈るジェネシスのファンであっても搔い潜るのは難しいようだ。

 

 

 

「あれ、ジェネシスさんですか?」

 

しかし、そんな事気にも留めず話し掛ける奇特な人物も居たようである。

 

ジェネシスが読んでいた叙事詩をパタリと閉じて顔を上げれば、ワゴンを引いて物珍しそうな顔つきで自分を見ている少女に気が付く。

瞬間、セフィロスと一緒に居た時、その場にたまたま居合わせた少女が自己紹介をしてきた事を思い出した。

 

「君は確か、エアリス」

 

「あ、嬉しい。

 覚えていてくれたんですね」

 

「レディの名を忘れる無粋な男ではない」

 

ニコリと笑った少女にクールな表情で返す。

 

「見掛けたのでつい声掛けちゃいましたけど御迷惑でしたね、ごめんなさい」

 

どうやら叙事詩を読んでいたところを邪魔をしたと思っているらしい。

ジェネシスにとっては既に穴があくほど見た書物。

纏まらない考えを思考の外に追い出し、精神を落ち着かせるため、()()の自室ではなくこの広場で叙事詩を開いたのだが、当初の目的は既に達成され現在は惰性で読んでいたに過ぎない。

故に邪魔をされたなどと微塵も感じていないようである。

 

「気にしなくていい」

 

サングラスを外し、ジャケットの内ポケットへ仕舞う。

ふと、エアリスの引いていた花柄ワゴンに入っているモノが目に付いた。

 

「それは?」

 

「あ、コレですか?

 えーと、家に届いたジュースです」

 

ミッドガルでは珍しい花を売る少女として少し有名になっている彼女。

そのワゴンには本来、丹精込めて育てた色取り取りの花が乗っている。

ただ何故か今日はバノーラ・ホワイト・ジュースが積まれていた。

 

「それ、量が尋常ではないな」

 

しかも買い物カートよりも幾分容量があるワゴンからあふれるほどの山盛りで。

 

「お父さんの仕事仲間が毎年くださるんですけどね。

 ありがたいんですが、ちょーっと……

 というか、今年はかなり量が多いんですよ」

 

送り主はホランダーであるが、今年の量は去年と比べて倍どころの騒ぎではない。

毎日ファレミス家の人間が一人一本飲んだとしても消費仕切れない圧倒的な物量。

英雄に半ば押し付ける形でいくらか渡しても尚も余るその多さ。

そもそも体型を気にする女性や血糖値の注意が必要になった年齢の男性が毎日飲めるわけもなく、とは言え捨てる事など出来るはずもない。

頂き物に文句を言うのは気が引けていた少女の父親も、流石に今年の量には一言申したらしいので来年からはおそらくまともになるだろう。

エアリスはかろうじて笑みを浮かべてはいるが、あからさまに困っている様子だった。

 

「だから、お裾分けをしようと思って」

 

「お裾分け?」

 

「そう、スラムのお得意様へね」

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、こんなに!

 子供達も喜ぶわ、ありがとうエアリス」

 

「気にしないで下さい。

 こっちこそ、お花をいつもありがとうございます」

 

手を合わせ喜ぶ女性はスラム街にある孤児院の園長。

 

「それにしても意外な人も一緒で驚いたわ」

 

「フフッ、でしょ?」

 

エアリスはいたずらっぽく笑った。

 

 

 

この孤児院。

スラム街にあるとはいっても外観はレンガ造りで割と立派な建物であり、日当たりも良いため立地場所に目を瞑れば、好印象な物件である。

住んでる子供たちも衣食住に関しては十分行き届いているようで、顔色も健康そのもの。

毎日飛び回ってよく遊び、よく食べ、よく眠るという子供らしい生活は送ることが出来ている。

ただその一方で如何せん嗜好品に乏しい事は多少なりとも不満は抱えてるようで、それは子供たちにとって当然の主張であろうと言うのも園長は理解しているため、あれやこれで試行錯誤を繰り返している。

 

エアリスは時々、頼まれてこの孤児院に花を届ける事がある。

花を見て笑顔になる子供達を見るのは彼女にとっても至福のひと時だそうだ。

 

ただ今回、その役目は花ではない。

 

「ねーこのジュース飲んでいいの?」

 

「こっちにもチョーダイ」

 

「ワタシもほしい!」

 

「ぼくもぼくも~」

 

「おにいちゃんだれ?」

 

ワゴンに積まれた大量のバノーラ・ホワイト・ジュース目の当たりした子供たち。

まるで宝物を見たかのように目を輝かせて屋内外から集ってくる。

早く頂戴とあちらこちらでやんちゃに騒ぐ様に園長もエアリスも微笑んでいた。

 

「安心しろ、全員の分はある。

 だから順番に並べ」

 

ワゴンに群がる子供たちを制して落ち着かせ、全員に行き届かせる役目は普段の印象から想像するのは困難な赤い男の担当。

口調はやや乱暴に感じるが、特別子供を疎ましく思っているわけではなく、ただ単に接する事が滅多にないだけの経験不足。

ならば何故このような場所にいるのか、理由は二つ。

 

一つ、重い物を運ぶレディをそのまま無視するのは彼のポリシーに反するから。

ましてや八番街からスラム街の距離を運ぶと聞けば、女性が申し訳ないと断っても無理矢理にでも引き取っただろう。

なお、実際にジェネシスが手伝う事を申し出れば

 

『ホント!

 助かります、ありがとう』

 

とあっさり承諾され、人の好意は素直に受け取るエアリスらしい回答であった。

 

二つ、開発者として消費者の声を聴きたかったから。

下手な知恵を付け、やたら面倒くさい言い回しで味を評価する大人ではなく、純粋さに溢れる年端もいかない子供たちであれば、偽りのない真の評価であると考えたから。

 

 

 

「さぁさぁ、ちゃんとおねえちゃんとおにいちゃんにお礼を言って、頂きましょう」

 

子供たち全員がジュースを手にしたのを見届けた園長は手を叩きながら言い聞かせた。

手に持ったジュースを大事そうに持ち、口々に「ありがとう」とお礼の言葉を述べると、嬉しそうに次々に口を付けていく。

 

「おいしい~」

 

「あま~い」

 

「うめーーー」

 

「リンゴの味ってこうなんだ」

 

「ぼく、こんなのはじめて」

 

バノーラホワイトジュースの甘くさっぱりとした味わいが口の中に広がり各々が感想を述べる。

ゴクゴクと喉を鳴らし、地面の渇きに降った雨の如く胃を満たしてく。

その様子に、肩を並べニコニコと笑顔を向けるエアリスと静かに見つめ腕を組むジェネシス。

 

「このジュース、セフィロスも好きなんだ」

 

「へぇ、あいつがね」

 

隣の少女の発言を特に疑う事もせず、面白い情報を手に入れたと男はほくそ笑む。

 

「ジュースを作った人、凄いと思う」

 

「何故だ?」

 

「だって、こんなにも沢山の笑顔で溢れさせる事が出来るんだよ」

 

見渡せば、満面の笑みを浮かべる子供たちがたくさん居るではないか。

 

「本当の英雄ってその人かもしれないね」

 

「……………」

 

ジェネシスは特に返答はしなかった。

その沈黙は肯定なのか否定なのかは本人にしかわからない。

気付けば彼の表情はいつもと変わらない能面の様な無表情に戻っていた。

 

 

 

子供にとってジュース1缶飲むのは少々時間がかかる事だろう。

ある程度の感想を聞いて用事は済んだと感じたのかジェネシスはミッドガル上層部へと帰るため黙って孤児院を後にしようとする。

それを見た園長は彼に駆け寄った。

 

「今日はありがとうございました、ジェネシスさん」

 

本業を考えると彼も忙しい身なのだろうと察していたので引き留めるような事はせずに深々と頭を下げた。

ジュースに夢中になっていた子供たちもひとしきりに飲み干したようで、園長の行動が目に入ったのか、同じように駆け寄っていく。

 

「赤いおにいちゃん、ありがと~」

 

「またきてねー!」

 

「ジュースごちそうさまでした!」

 

「すっごくおいしかった~」

 

「こんど、おにいちゃんのおはなしききたい」

 

彼は感謝を伝えられて、なお黙ってその場を後にほどの礼儀知らずな男ではない。

たまたま一番近くに居た女の子の頭をポンッと掌で撫でる。

撫でられた女の子はちょっと驚くも嬉しいのかはにかんだ。

そして駆け寄った全員の顔を見渡しポツリと言った。

 

 

「仲良くな」

 

 

先程までの無表情とは違い、軽い笑みが零れている顔で。

そして元来た道を歩いて行く。

後ろから再度呼び掛け、手を振る子供たちに自身の右手でひらひらと返事をして。

 

 

 

その場を最後まで見届けていた少女はクスクスと顔をほころばせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




小ネタ

ガスト「セフィロス、このジュース持って行ってくれないか」

セフィロス「いや、流石にこの量を頂くわけには……」

イファルナ「まぁ、遠慮しなくていいのよ」

エアリス「こんなにあっても飲みきれないの」

ガスト「キミならこれくらい平気だろ」



セフィロス「……ありがたく、頂戴します」





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第41話 女神の贈り物

入院した原因を公表するわけにもいかないので表向きは“過労”という事になっているがアンジールの元に見舞いに訪れる人間は後を絶たない。

それは今まで数々の人達との出会いを無下にせず、大切にしてきたからに他ならない。

そういった部分においてもザックスはしっかりと見習っている。

受け継がれるのは剣技だけではない、流石師匠といった所だろう。

 

さて本日訪ねてきたのは、ある意味で原因の一つとなっている人物でもある。

その者は手荷物を携えており、ベッドで上体を起こして居た病室の主に近寄ると側に置いてあった椅子に座り語り掛ける。

 

「体調はどうだ?」

 

「おかげさまで、すこぶる悪い」

 

得意気な顔をして答える男。

それを聞いて安心したように笑みが溢れる男。

 

「それは何よりだ、クックックッ」

 

「治ったら一杯奢れよ、ハッハッハッ」

 

()るか()られるか。

お互いのプライドを掛けた大勝負。

一歩間違えればソルジャー部門に大きな禍根を残す事になったかもしれない。

しかし、どちらも一切の手加減をせず全力で戦ったからこそ後腐れなく笑い合えるのだ。

 

「アンジール、コレを」

 

「セフィロス、もしや見舞いの品か?」

 

「この状況でそれ以外なんだと言うのだ」

 

「いや悪い悪い、ちょっと意外だったもんでな。

 ありがたく頂こう」

 

実のところセフィロスが病室に入ってきた時に手に携えていた()()()()()()()()をアンジールはずっと気になってはいた。

あの英雄が、更には自分(おとこ)に対して花束を携えてくるのは予想外であり、ここへ来る道すがら出会ったファンにでも押し付けられたのかと疑っていたのだが、実際は真っ当なお見舞いの品であり、処分に困って渡されたなんていう悲しい事にならずに済んだようだ。

 

「最初は紙袋(そっち)だけだったんだが、エアリスに持っていけと言われてな」

 

「あぁ成る程な。

 という事はコレが噂のあの()が育てたという花か」

 

 

噂と言うのは自分の一番弟子が逢引している女性が居るっぽいという話が1年ほど前からソルジャー部門内でひっそりと広まってる件である。

その相手はスラムでお花の世話しているという事が判明しており、アンジールは恐らくガスト博士の娘ではないかと察しは着いていた。

というのもジェネシスの場合と同じく、エアリスとセフィロスが一緒に居るところに偶然居合わせたり、セフィロスと一緒の時にエアリスが訪ねてくるという事が何度かあり、アンジールも面識はある。

ミッドガルで花を育てている女性は誰だと聞かれたら真っ先に思い浮かべるくらいにはエアリスが花に愛情を注いでいる事も知っていたので、噂を知った時にモノは試しと『ザックスと会ってるのか』と直接聞いてみれば、彼女は『はい』と嬉しそうに答えてくれたのだ。

 

なお、余談ではあるが母イファルナは誰よりも早くザックスの存在に勘付いており、父ガストは何も知らない。

 

 

「お見舞いの花は明るい色の花が良いといって持たせてくれた」

 

「そうか、一番日当たりのよい所に飾っておこう。

 彼女にもありがとうと伝えといてくれ」

 

「わかった」

 

そう言ってコクリと頷くセフィロスを見た後、アンジールはもう一つのお見舞いの品に手を伸ばす。

紙袋から取り出してみればこれまた予想を超えた品物であり目を丸くしていた。

 

「こっちはバノーラ・ホワイト・ジュース。

 おぉ、しかもッ!

 これは数量限定の特別な奴じゃないか!!」

 

バノーラ村の特産品であるバノーラ・ホワイトというリンゴを使用した飲料品として有名なバノーラ・ホワイト・ジュース。

実は店頭に並ぶ品物とは別にスペシャルパッケージが存在する。

使われている原材料のバノーラ・ホワイトが他と比べて一味違うらしく、実る樹の本数が少ないため大量に供給出来ない。

そのため年に数回の数量限定販売となってしまうのだが、その人気から毎回仕入れる事が出来た百貨店や商店で争奪戦が繰り広げられるほどである。

当然、普通のジュースより洗練された味わいであり、飲んだ人曰く「女神の贈り物」と形容出来る代物だそうだ。

外装にも手が込んでおり、鮮やかな紅色の木箱を開ければ、煌めくルビー色に染められたシルクが顔を覗かせ、はぎ取れば情熱的な赤色のラベルが巻かれたボトルを手にする事が出来る。

贈呈品としても一級品だ。

 

「まさかここでお目にかかれるとはな。

 ずっと飲んでみたいと思っていたんだ」

 

「そう言ってもらえると苦労した甲斐があった」

 

あのセフィロスが並んでまで買った商品であるが、手に入れた後に“故郷の品物なのだから飲み飽きているのでは?”という考えが過ぎってしまい実際に渡してみるまで不安があったのだが杞憂だったようだ。

 

「マジで嬉しいぞ。

 ところでコレに使われている原材料は知ってるか?」

 

手に持った紅い箱をセフィロスの方に向けながらアンジールは質問する。

 

「バノーラ・ホワイトじゃないのか?」

 

「あ、いやその通りなんだが、そうじゃなくてだな…」

 

首を傾げながら問いに聞き返すセフィロス。

意志疎通が上手くいかなくて頭をかくアンジールであったが、自分の聞き方が悪かったと反省し言いたかった事を伝えようとする。

 

「このジュースに使われてるバノーラ・ホワイト(バカリンゴ)は特別でな。

 それが実る樹を育てたのが……」

 

 

 

 

ガラッ

 

 

 

 

突然開いた病室の扉。

二人がそちらに視線を向ければ、アンジールが言葉で説明するよりも先にその本人が登場してしまったようだ。

 

「アンジール、入るぞ」

 

「ジェネシスか。

ノックぐらいしてくれ、驚いたじゃないか」

 

「それは失礼した……

 なんだ、セフィロスもここに居たのか」

 

軽い謝罪を述べたジェネシスはセフィロスが座っている椅子の側に立つ。

彼もまた手に袋を下げていた。

 

「席を外したほうがいいか?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

「居てもらっても問題ない」

 

幼馴染だけにした方が良いかと気を利かせるセフィロスであったが、両者から留まっても良いと許しが貰えたのでそのままの形で残る事にした。

立ったままのジェネシスはアンジールが手に持っている物に目を落とす。

 

「それはセフィロスからの贈り物か?」

 

「あぁそうだ、ついさっき貰った。

 コレの秘密を教えようとした時に丁度お前(ジェネシス)が来たんだ」

 

「それで結局そのジュースに使われているのは何が特別なんだ?」

 

どうやら中断された続きが気になるようでセフィロスにしては珍しく催促する。

それを見てジェネシスは特に表情を変えることもせず、おもむろに下げていた袋に片方の手を突っ込むと中から()()()()を取り出してセフィロスの目の前に差し出した。

 

「コイツがそのジュースに使われているバノーラ・ホワイト(バカリンゴ)だ」

 

「コレがそうなのか」

 

差し出されたバカリンゴを手に取ったセフィロスは角度を変えながら物珍しそうにじっくりと眺めていた。

ジェネシスはその様子を黙って見ていたが、何か言いたそうな雰囲気であった。

それを代弁するかの如くアンジールが口を開く。

 

「食ってみろよ、セフィロス」

 

「いいのか?」

 

「良いよなジェネシス?」

 

そう言って彼に目を向ける。

 

「もともとお前(アンジール)への見舞いの品だ。

 その本人が良いなら構わない」

 

口には出さないが“まったく素直じゃないな”と思うアンジールであった。

 

 

 

 

 

彼が少年だった頃に語った夢がある。

 

『両親と一緒に英雄セフィロスにリンゴをごちそうする』

 

セフィロスと出会ってもう10年以上経つだろう。

アンジールはジェネシスが中々アクションを起こさないもどかしさを感じてはいたが、あくまで本人のペースを尊重していた。

そして遂に……。

待ち望んだいた親友がセフィロスにバカリンゴを差し出した瞬間が来たのだ。

あのバカリンゴはジェネシスが子供の頃から大事に育てた樹に実ったもの。

そして今はバノーラ村に居るジェネシスの両親が大切に世話をしている。

アンジールの一言は“ちょっとぐらいは手助けしてもバチは当たるまい”と思っての提案だった。

 

 

 

 

二人が見守る中、バカリンゴを豪快に丸かじり、シャリッという音が響く。

無表情のまま口の中で味わい、やがて飲み込んだ。

 

「美味しいな」

 

ただ一言告げる。

続けて二口、三口とかじり付く様を見せつけれられたら鈍い者でも気付くだろう。

決してお世辞ではないと。

 

「セフィロスの食いっぷり見てたらこっちも食べたくなってきた。

 俺にもくれ、ジェネシス」

 

右手をジェネシスに向けてバカリンゴを要求するアンジール。

黙って差し出された右手にバカリンゴを乗せるジェネシス。

 

「もう一つくれないか?」

 

その側で既に芯だけとなったバカリンゴを手に持ち、おかわりを要求してきたセフィロス見てアンジールは笑った。

 

「ハハハッ!大分お気に召したようだな」

 

「あぁ、気に入った」

 

「ここに置いておくぞ。

 セフィロスと存分に食べてくれ」

 

彼はベッド横の小さなテーブルにバカリンゴの詰まった袋を無造作に置くと、用は済んだとばかりに病室から出て行こうとする。

 

お前(ジェネシス)は食わなくていいのか?」

 

引き留めるように声を掛けた。

前回とは違い今度はしっかり足を止め振り向くと、ターコイズブルーの瞳を二人に向ける。

それに応えるようにアンジールとセフィロスは彼に注目した。

 

 

 

「既に腹は満たされてる」

 

 

 

「フッ」と鼻を鳴らし幼馴染が口にしたその言葉。

意味を理解するのに時間は必要なかった。

 

「ならば、良し」

 

そして神羅で出会った、もう一人の友も察したように口を開く。

 

「見送りは必要か?」

 

提案を受けたが柄じゃないと首を横に振る。

そして軽く息を吸ったかと思うと最近は見ることが無くなっていた彼の詩人癖が久方ぶり発揮される。

 

「身に宿る欲望が、無垢なる微笑に浄化され、(まこと)なりてを知る。

 友と道を別つも当て無き放浪は幕を閉じるであろう。

 それは決別ではなく、歩むは希望の道。

 女神の贈り物を受け賜わる時こそ、約束の場所現る。

 3人の道はそこで再会を果たす」

 

艶めかしい口調で詠われたその一節を耳にして二人は少々驚いた。

嫌と言うほど散々聞かされた【LOVELESS】であり、おかげで覚える事になった叙事詩。

だが、先ほどの内容は全く持っての未知。

顔を見合わせ「そっちは知っているか?」とアイコンタクトするも互いに浮かぶのはクエスチョンマークである。

その様子に苦笑しながら、ジェネシスは答えを提示する。

 

「俺が導き出した、己自身がこれから目指す【LOVELESS】さ」

 

「それが答えか」

 

「ふむ、なるほど」

 

伝えたいことを全てさらけ出して満たされたのだろう。

難しい顔で意味を考える二人とは対照的に満足気な顔を見せるジェネシス。

そして程無くして別れを告げる。

 

「さよならだ」

 

しばらくして、神羅カンパニーで彼を見掛ける事が無くなった。

 

 

 

 

その後、ソルジャー1st・ジェネシスの退職が公表された。

 

 

 




ジェネシスの話が一番難産でした。
いや、ホントに。


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第42話 ホランダー

「長い休暇も今日で終いか」

 

ソルジャー1stの黒い制服に着替えたアンジールが病室をゆっくりと見まわした。

カーテンが全開になっている窓からは珍しく晴れたミッドガルの空が広がりを見せており、日の光が部屋を照らす。

肩に手を当て、腕をぐるりと回せば今までよりも体が重く感じるのが少々もどかしい。

 

退院前はリハビリ及び、どの程度の実力は残っているのか検証も兼ねてトレーニングルームに入り浸る計画を考えたりしていたが、その前にやるべき事を呟いた。

 

「世話になった人には挨拶せんとな」

 

入院中、沢山の人がアンジールのもとを訪れ、心配する声や、見舞いの品を受け取ったのだ。

義理堅い彼にとっては自分の事はよりも優先するべき事だと思うのは当然の事である。

 

既に退院許可は下りているため病室を出て行くだけなのだが、念には念をという事で荷物の最終チェックを行うべく、ベッドの上にある詰め込み過ぎて膨れがっているボストンバッグに手を伸ばした。

丁度その時、外に人の気配を感じたので、アンジールは手を止めて入り口の方に顔を向けた。

 

「なんだ、あんたか」

 

開かれた扉から入って来た人物を見て放った第一声。

羽織った白衣のポケットに両手を突っ込んだ出で立ちの男。

この病室最後の来訪者となったのはホランダーであった。

 

「調子は……どうだ?」

 

病室に訪れる多くの人間が口にしたであろうそのセリフ。

だが妙に歯切れの悪い物言いである。

アンジールは、聞いた中で最も()()()()()()と感じた。

 

「そうだな、今の所は問題ないな」

 

「今の所は、か……」

 

「まだ体を存分に動かしていないんでね」

 

「そう言う事か……」

 

その発言に続く言葉は無かった。

しばらく見合ったまま沈黙が続いたが、用が無いならばとアンジールはベッドに振り向いて荷物の確認を黙って再開する。

 

ホランダーが実の父親という事は既に知っている。

明かされた時期はアンジールが己の体に秘められた真実をジェネシスと共に説明された最中であった。

その時はガスト、ホランダー両者に対して胸倉を掴み殴りたくなるくらいの衝動に駆られた。

しかし隣に居た幼馴染が今にもファイガを発動しそうなほどに身を震わしていたのを目にして冷静になれた。

こみ上げてくる怒りを辛うじて理性で抑え込んだアンジール。

今は説明をすべて聞く方が重要だと考え、ジェネシスを抑えながら両博士に話を続けるよう促し、なんとかその場は事無きを得て終わったのである。

 

その後の展開は現状の通りである。

自分の肉体については受け入れた。

己の進むべき道も見つけた。

だけど実の父親という件だけは認める気は無かった。

 

「ジェネシスは、結局治療を受けなかった」

 

アンジールの背中を見ながらホランダーは話掛ける。

 

「知っている」

 

確認作業の手を止めることもなく簡潔に返答された。

あっさりとした対応で再び沈黙が訪れるのが気まずいと思ったのだろう。

それならばと思い立った表情でホランダーは情報を追加する。

 

「治療を受けずとも、コピーを行わなければ急激に劣化が起こる事は無い。

 後は大きい肉体の損傷や激しい感情の揺さぶりも無い方が良い。

 ジェネシスが神羅(ここ)を去る時はメンタルも以前と比較して大分安定しているよう見受けられた。

 少なくとも数年は大丈夫だろう。

 あやつはゆっくり時間をかけて答えを出すだろうさ」

 

「それも知っている」

 

アンジールから素っ気ない態度で返事が返ってくる。

 

「むぅ…そ、そうか。

 先日あたりにガスト博士が伝えたのだな。

 あぁそうだ、博士が今日此処に居ないのはどうしても確認したいことがあるらしくて()()()()()に赴いているのだ。

 退院に立ち会えないのは申し訳ないと言っていたよ」

 

いつの間にか白衣のポケットから出ていた両手。

自分の言葉に合わせるよう手を忙しくなく動かす様子に焦りが感じ取れる。

 

「まったく、俺に聞きたいことあるんだろう?」

 

アンジールは深い溜息を吐きながら作業を止めて振り返った。

この神羅カンパニー(かいしゃ)は本当に面倒くさい性格の奴が多い。

ホランダーも例に漏れずその一人だろう。

再び対面した彼は口を噤み黙り込んでいるが、心当たりがあるのか目は泳いでいる。

 

「そんなに俺は待てないぞ、確認が終わればここを出て行く」

 

追い打ちをかけるように促す事でようやく髭に覆われた口が開いた。

 

「…なぜ治療を受けようと思った?」

 

「そりゃあ、セフィロスと本気で戦ってザックスに夢を託したからだ。

 あんたも知ってるだろう」

 

「違う、それはおまえが納得するに至った結果だ。

 それら以前におまえは私に治療を頼んできただろう。

 例え死ぬ気だったとしても……だ」

 

結局のところアンジールも全てをありのままに話すような事はせず一部誤魔化したようだ。

しかしどうやら相手に見抜かれてしまったらしく、彼の眉毛がピクリと動く。

面倒くさいのはお互い様だった。

 

「……セバスチャンを知ってるか?」

 

「後輩のソルジャーだな」

 

「そうだ、少し注意に欠くところはあったが素直な奴だ。

 負傷で入院する羽目になっても見舞いに行けば『早く復帰したい』とよく言っていたよ」

 

ホランダーに合わせていた視線を若干、右方向に外してアンジールは語る。

 

「見舞いに行く度に段々と言動がおかしくなっているのがわかった。

 俺や戦友のエッサイの見分けも付かなくなっていった。

 次第にうわ言を繰り返すようになってしまった。

 そして、魔晄中毒と診断された」

 

「魔晄かジェノバ細胞、あるいはどちらも適性合格ラインが間際だと大きな肉体の損傷は中毒の原因に成りえるからな」

 

「後輩が己自身すら誰かもわからぬ様になってしまったのは悲しかった。

 だがそれ以上に、何もしてやれない自分に腹が立った」

 

不甲斐なさに嘆き、握られた拳には力が入り掌に爪が食い込んでいる。

 

「その頃の魔晄中毒は、基本的に患者の自然治癒に頼るしかない。

 それもかなり低い可能性だった」

 

「だが、あんたは治療法を開発した」

 

アンジールが外していた視線を再び戻す。

先程よりもいっそう強い眼差しでホランダーを見つめた。

 

「意識が戻ったセバスチャンに会った時、お礼を言われたんだ。

 『見捨てず何度もお見舞いに来てくれてありがとうございます』と。

 その時あんたに……()()()()()()()に感謝したんだ」

 

清々しく言い切るアンジールを直視出来ないのか今度はホランダーが視線をずらした。

予想外の言葉に少々戸惑っている様子である。

 

「別に、おまえに感謝されるために開発したわけではないぞ」

 

「そんなことは百も承知だ。

 善意と良心で開発したわけでもない事なども分かる。

 それでも俺は魔晄中毒から立ち直った後輩を見てそう思わずにはいられなかったのさ。

 その時に踏ん切りがついた。

 不活性化治療を受けても良いとね」

 

「真実を受け入れたんだな」

 

「全てじゃない。

 父親としてあんたを受け入れる事はないだろう。

 俺にとっての父はバノーラの地に眠ってるただ一人だけだ。

 でも……そうだな……」

 

もったいぶったように言葉尻を濁す。

()()を口にする事をためらっているのか「う~ん」と唸り頭を悩ませている。

その様子を見ているホランダーは急かすような事はせずに静かに待つ。

 

やがてアンジールは一呼吸置き意を決した。

 

「科学者としてなら……認めている」

 

「………」

 

再び静寂に包まれそうになる病室。

偽りなくさらけ出して身軽になったのか、勢いにまかせたのか。

照れる素振りは一切なく、彼は真摯に告げた。

 

「そう言う事か」

 

それを見たホランダーはフッと笑う。

 

「そう言う事だ」

 

そして対するアンジールも口元を緩ませた。

 

 

 

両者の表情が互いに思っている今の相手に対する感情なのだろう。

過去、根深く断絶されていた関係に橋が架かった。

修復の可能性はゼロではない。

 

「この先、どうするんだ?」

 

ソルジャーとしての道は断たれた為、アンジールの動向は気になるところだ。

 

「村に戻って土いじりでもしようかと考えたが、見届けたい奴らがいるんでな。

 ソルジャー部門には残るつもりだ」

 

「教官にでもなるのか?」

 

「それも良いが、実はラザード統括から次の統括にならないかと提案を受けてな」

 

実はかねてよりラザードは先を見越して次期統括候補を探していた。

条件は現場を知る、判断も的確、部下からも慕われている人材。

その点ではセフィロスも候補に成りえるのだが、大勢を率いるという点でアンジールに軍配が上がる。

何より一番不安なのは他部門との折衝。

統括となれば避けては通れない会議、交渉、下準備。

時には相手側に花を持たせる柔軟さも必要なためコミュニケーション能力に秀でるアンジールが適任だと判断。

故郷に帰ろうか迷っていたアンジールに【待った!】を掛けて口説き落としたのだ。

 

とはいえ話は簡単ではない。

統括の推薦だけでは統括候補(出世コース)に乗ることは出来ても辿り着くには不十分である。

 

統括とは神羅の幹部も兼ねる。

幹部に名を連ねるには社長面接の他に筆記試験があり、その問題の出題範囲は多岐にわたる。

基礎教養から始まり、各部門に関する科学、薬学、医学、地質学、建築学、工学、航空力学、軍事学、更には民俗学に宗教学等も基本は頭に入れておきたい。

世界を統べる大企業神羅カンパニーの幹部には広い視野が必要というわけである。

普段一癖二癖どころか一部は人間性に難ありとまで言われている現統括達だが、ああ見えて頭脳が常人とは出来が違うということを思い知らされる。

因みに過去に出題された問題は基本的に極秘扱いであるが何故か出回る過去問が幹部を目指す者達の間で高価格で取引されているらしい。

 

ソルジャー部門にも筆記試験はあるのだが重要視されるのは身体の適性であり、最低限の常識と知能を推し量る程度のモノである。

社外じゃ憧れの存在となるソルジャーも社内規則に従えば平社員。

求められるのは頭脳労働ではなく肉体労働である治安維持部門やソルジャー部門の現場職員(闘う者達)は幹部への出世は険しい道のりである。

 

 

「入院中に手渡された参考書を眺めてたんだが、放り投げたくなったのが何度かあったよ」

 

やれやれといった面持ちで掌を上に向ける。

 

「そっちの統括に教えてもらえれば良いではないか、あの男(ラザード)はスラム出身で統括までのし上がった奴だぞ」

 

「朝から晩まで休みなく働いてるラザード統括に更なる負担を強いるのは申し訳なくてな。

 かと言ってこっち方面(試験勉強)で気兼ねなく頼める奴も居ないのが悩みどころだ」

 

解決の糸口を見いだせないこの状況。

「参った、参った」と苦笑いで誤魔化すアンジールだが事は深刻である。

そんな彼の様子を見てホランダーは一つ提案を思い付く。

 

「私が教えてやろうか?」

 

それは今までの事を考えたら拒否される可能性が非常に高い。

むしろ断られて当たり前で内心はダメで元々という気持ちの上で発言したものだった。

 

「そうか!その手があったか」

 

「あ、あぁ…まぁな」

 

予想外の反応である。

思いのほか食い気味に来られて、思わずたじろいでしまったホランダー。

しかしこの提案は案外悪くはない。

かつては科学部門のトップを賭けた権力争いを宝条と繰り広げた男。

統括への執着は年々薄まりつつあるが、それでも完全に諦めたわけではない。

一応は試験対策は行っており、科学のみならず他の分野も知見は深い。

また職業柄、説明と解説はお手の物であり存外講師としても適任だったりする。

 

「いやー助かった」

 

「嫌ではないのか?」

 

先程とは打って変わって「良かった、良かった」と高笑いしているアンジール。

ホランダーは率直に疑問であった。

だから恐る恐る問いただしたが、返って来たのは素直なモノだった。

 

「それはそれ、これはこれって奴だ」

 

不器用に見えて案外器用な男、アンジール。

心の内の問題を抱え込まない今、この男はいまだかつてないほど自由である。

若干ふてぶてしくニヤリとする様を見てホランダーはとある記憶がフラッシュバックした。

 

『私は利用出来るモノはすべて使う主義だ、結果を出すための過程なぞ拘らん』

 

昔から自分の中に存在する性分。

厚かましいのは承知の上で“自分と似ている”と思った。

無論、アンジールの方が何十倍もマイルドであるという前提ではあるが。

そして、それに気付いた彼は自然と口角が上がってしまっている。

 

「なら、必要な時は研究室に来るといい。

 私は科学部門じゃ腫れ物扱いでね、嬉しい事に()なのだ」

 

「そう言う事なら、今度お邪魔させてもらおう」

 

「何時でも良い」

 

そう言って、くるりと振り向く。

 

「待ってるぞ」

 

病室を出るためにしばらく時間がかかりそうなアンジールに一言告げ退出する。

自分がどんな表情をしているのか判っていないのかニヤけた表情を晒しながら。

 

 

 

 

 

廊下に出たホランダーはオートクローザー(勝手に閉まる)の扉をわざわざ手でしっかりと閉めた。

何故なら室内から死角となる右側の場所に潜んでいた、鬱陶しい気配を放つ者に中を見せたくなかったからだ。

 

「盗み聞きとは良い趣味をしてるな、宝条」

 

「貴方が私を褒めるとは珍しい」

 

途中からずっと感じていた気配。

アンジールは視線を外した時、丁度宝条のいる辺りを見ていたので気付いていたのだろう。

ホランダーは疎ましいといった視線を送りつけたが、丁度その立ち位置では蛍光灯の光が宝条の掛けている眼鏡のレンズに反射しており相手の表情が読み取れない。

宝条は口元を小刻み動かし、いつものように嫌見たらしい皮肉で不快に笑う。

 

「だいぶ仲がよろしいじゃありませんか、ねぇ?

 失敗作にも情は湧くものなんですか?

 是非とも後学のために一度ご高説を拝聴したいモノですなぁ、クックックッ」

 

かつては、この男に煽られようモノなら腸が煮えくり返るほどであった。

だが今は、その感情が湧いてくることがない。

 

「一つだけ言っておこう」

 

「なんでしょう?」

 

ホランダーは無視を決め込んで立ち去っても良かった。

ただどうしても今この場で宣言したかった、いや、しなければならなかった。

 

自分の為にも。

 

相手の為にも。

 

「科学者の誇りを忘れるな」

 

「……はぁ?」

 

「まぁつまり、そう言う事だ」

 

得意げな顔をしたホランダーはそれだけ言って去っていく。

呆気にとられた宝条は何も言い返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 




この章は終わりです。
次が最後の章、ニブルヘイムとなります。


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最終章
第43話 緊急招集


最終章です。


闇が果てしなく広がる。

 

上下の方向さえわからぬ漆黒の空間。

 

泥濘に覆われたかのように自由が阻害され、そもそも肉体が()()にあるのかもわからない。

 

安らぎと嫌悪が共有している摩訶不思議な感覚に焦燥と心地良さが同居する。

 

 

 

 

 

「セフィロス」

 

 

 

 

 

男とも女とも聞こえる声が自分を呼んだ。

 

周囲を見渡すが己以外は誰も居ない。

 

気配が無いと言った方が正しいだろうか。

 

 

 

 

 

「……来なさい」

 

 

 

 

 

尚も声が続く。

 

返事をしようにも言葉が出ない。

 

もどかしさと焦りに苛まれ、何かしたくても行為自体が妨げられて足掻く事すら出来ない。

 

 

 

 

 

「セフィロス、こちらへ来なさい」

 

 

 

 

 

あぁ、この声は……。

 

聴きたくないな……。

 

耳を塞ぎたいよ……。

 

 

 

 

 

「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」

 

「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」

 

「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」「セフィロス、こちらへ来なさい」

 

 

 

 

 

黙れ、黙れ、黙れッ!

 

呼ぶな、呼ぶな、呼ぶなッ!

 

消えろ、消えろ、消えろッ!

 

 

 

 

 

「セフィロス、早く来い」

 

 

 

 

 

頭ガ、イタイ──。

 

誰カ、タスケテクレ──。

 

アレハ、アノ血二マミレタ奴ハ──。

 

 

 

 

 

「彼の地で待っているぞ、クックックッ……」

 

 

 

 

 

『オレ』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

 

悪い夢を見た。

目覚めて飾り気のない天井を見上げながらセフィロスは思った。

しばらくはベッドから上体だけ引き起こした状態で気怠そうにぼんやりとする。

いつもならば、さっさと身支度を済まして部屋を後にするのだが、今日は思うように身体が動かない。

片手で顔を覆うように額を抱え、「チッ」と舌打ちをする。

 

家具は体格に見合った大きさのベッド。

その横に小さな引出し付きのテーブル。

装備と着替え、最低限の日用品しか入っていないロッカー。

最近買い換えた大きめの黒い冷蔵庫。

備え付けの大きな鏡。

窓からは見える景色はミッドガルの街と魔晄炉。

温かさかけらも感じない、金属が剥き出しの壁。

見慣れた代わり映えのしない殺風景な自室が何故か無性に腹立だしかった。

 

けたたましく鳴り響く、携帯電話の着信音。

慌てる素振りも見せず、ゆっくりとサイドテーブルの上で充電していた携帯電話を手に取る。

画面を見れば着信相手は己が慕う博士の娘。

 

朝早くから珍しいな、と通話ボタンを押した。

 

「セフィロスッ!ねぇ大変なのッ!お父さんが、お父さんがッ!」

 

電話に出るなり耳に響く切羽詰まった声。

ただ事ではない様子が受話器から伝わってきた。

胸騒ぎがしたが、こちらも焦っては相手がさらに取り乱すだろうと冷静を務める。

 

「ガスト博士に何があったんだ?」

 

「出張先で大怪我をして、それでッ」

 

「──ッ!」

 

驚きのあまり声が詰まった。

一瞬脳裏に過ぎった嫌な映像。

ガスト博士が自分の元を去る。

そうであって欲しくないと振り払う。

 

「とにかく、エアリスも落ち着いてほしい。

 いま何処だ?」

 

「医務課だけど、でも、でもッ!」

 

「わかった、すぐ俺もそちらへ向かう」

 

まだ落ち着けない様子がエアリスの震えた声から察することが出来た。

アレコレ考えるのは後回しだ。

ベッドから跳ね起き、急いで着替えると勢いよく部屋を飛び出し最短ルートで目的の場所へ向かった───。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

医務課、手術室手前の待合所。

ベンチソファで俯いて静かに震えるエアリスと横に寄り添って肩を抱き励ますイファルナ。

反対側には申し訳ないと言った面持ちで二人を見つめるツォンがいる。

手術室入り口の赤色灯は朧げな明かりを灯している。

 

「状況はッ!?」

 

セフィロスはその場に到着するなり開口一番で声を張り上げた。

3人の注目が一挙に集まったが問いに答えたのはツォンであった。

 

「今、緊急手術を行っている所だ」

 

「そんなことは見ればわかる。

 なんでガスト博士が手術を受けている?」

 

「それは…すまない」

 

「確か、おまえ(ツォン)が常に博士を監視(みて)いたハズだな。

 どうしてだ?

 何故こんな事になっている?」

 

ツォンは珍しく感情的になっている英雄に驚きながらもバツの悪い表情を作り目を逸らしてしまう。

セフィロスは尚も問いただそうと彼の両肩を掴んで揺さぶるが再び「すまない」としか返って来ない。

その様子を見かねたイファルナがセフィロスを諫めようと口を開いた。

 

「止めなさいセフィロス、彼は悪くないのよ」

 

まるで駄々をこねる子供を叱りつけるような口調。

彼女に注意をされてセフィロスは自分が冷静さを欠いていた事に気付く。

肩を掴んでいた両手を離して謝罪する。

 

「すまなかった」

 

「いや、大丈夫だ。

 詳しい説明は後々すると約束しよう」

 

恐らくだが、イファルナとエアリスを目の前にしては開示出来ない情報もあるのだろう。

二人の母子をチラッと横目で見たセフィロスは一旦は事態をのみ込んだ。

 

手術室の赤色灯が暗くなる。

 

室内から手術衣に身を包んだ宝条が若干疲労を感じさせながら出てきた。

その後ろから看護師がストレッチャーに乗せられた眠っているガストを運んでくる。

イファルナとエアリスはすかさず駆け寄り心配そうに見つめ声を掛ける。

 

「あなたッ!」

 

「お父さんッ!」

 

マスクを顎にずらし、やれやれといった顔を周囲に見せた宝条は二人に向かって手術の結果を述べる。

 

「ガスト博士は無事ですよ、命に別状はないでしょう」

 

宝条の言葉を聞いて安堵する女性二人であったが、セフィロスとツォンは表情が硬いままであった。

特にセフィロスは執刀医が宝条という事が信用ならないようで疑いの目で強く睨みつけている。

男性二人が訝しんでる事に気付いたのか宝条は謂れのない非難を取り払うため勝手に弁解を始める。

 

「ガスト博士は、我が科学部門にとって変えの利かない貴重な人材だよ。

 真っ当に治療を行ったから安心したまえ」

 

「本当か?」

 

その言葉を聞いても素直に安心は出来ない。

セフィロスからしてみれば『オレ』の記憶も相まって仕方のない事だろう。

正直に話しても自分への疑いが晴れないので心底めんどくさい気持ちになる宝条だったが意外な所から助け舟が出された。

 

「宝条の言っている事は本当だ」

 

遅れて手術室から出てきた男が宝条の正当性を示すように擁護した。

その人物が覆われたマスクを外せばかつては手入れを怠り好き放題伸ばしっぱなしだった髭が今や綺麗に整えられたホランダーが現れる。

 

「最初から最後まで私も手術に携わっていたからな、誓って宝条は妙な真似はしとらんよ」

 

「そうか」

 

「安心しました」

 

ホランダーに庇われた事が不愉快なのか、それで納得したセフィロス達が面白くないのだろうか。

宝条はムスッとした表情で鼻を鳴らす。

 

「余計な真似を」

 

「お前は自分が思っている以上に人に信用されていない事を自覚したらどうだ」

 

「貴方もそうでしょうが」

 

「まぁな」

 

言い返されてもダハハッとニヤケ面を晒してケロっとした様子のホランダーにまたもやイラっとしてしまう。

あの一件から憑き物が落ちたようにこざっぱりとした性格になり、宝条は彼に少々苦手意識を持ち始めていた。

 

既にガスト博士は病室に運ばれ、それに付き添うようにエアリスとイファルナもその場を後にしていた。

助手の看護師達も皆持ち場を離れており、いつの間にか手術室周囲は会話をしていた博士二人とソルジャーとタークスの4名のみ。

ツォンは辺りを見回して必要な人間しか残されていない事を把握した上で宝条、ホランダー両名に話しかけた。

 

「お二人とも手術でお疲れのところ申し訳ありませんが、ソルジャー司令室にお越し下さい。

 改めて今回起こった詳細を御説明させていただきます。

 またこの件に関しては既にラザード統括に報告をしているのですが、科学部門からご意見を伺いたいと申しております」

 

「それは今日じゃなきゃ駄目なのかね」

 

「少しは休ませてくれないか」

 

大仕事を終えた後にすぐお願いをされ、露骨に嫌な顔で不服を申し立てる博士二人。

流石のツォンも直後は気の毒に思ったようで、譲歩を提案する。

 

セフィロスは何も言わずに見守っていた。

 

「では今日の正午からということでどうでしょうか?

 それくらいでしたら私の一存で可能です。

 しかし後日と言うのはお受けすることが出来ません。

 急を要するためご理解下さい」

 

ホランダーはそれならば致し方無いという表情で納得した様子だ。

しかし多少の譲歩では腑に落ちないようで、宝条は尚も意見に食らい付く。

 

「はぁ……、科学部門の人間でいいなら代理人ではどうかね?」

 

「残念ながら不可能です。

 ラザード統括の命令内容は()()()()()()()()()()()()()()()()()が条件です。

 ()()()()()のガスト博士は現状では難しい。

 ならば()()()()()かつ【プロジェクト・S】責任者の宝条博士、そして【プロジェクト・G】責任者のホランダー博士。

 お二人以外は考えられません」

 

「しようがないですね、まったく……」

 

淡々と事実を羅列するツォンに対して反論材料が無くなってしまったようで渋々と了承した宝条。

そのやりとりをジッと眺めていたセフィロスだが、丁度マナーモードにしていた携帯がメールを受信したようでポケットの中で震え出した。

とりだして内容を確認すると、先ほど目の前で繰り広げられていた事と一致するかのように、ラザードから《緊急招集》が発令されていたのだった。

 

 

 

 

 

 



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第44話 彼の地へ

ガスト博士及びファレミス家の監視はタークスが任された仕事の一つであった。

神羅から一時離れ、アイシクルロッジに居た頃から監視は行われていたが、ツォンがその役割を引き継いだのは一家がミッドガル伍番街に居住の許可が得られて移り住んだ時期からである。

この頃には社長も宝条統括も()()()()()()()()()との判断を下していた。

その為、警告も兼ねて監視はファレミス家にも秘匿する事なく伝えられた。

最初こそ嫌悪感を示していた様だが、ツォンが家族のプライベートを邪魔するような立ち回りは行っていなかったため、監視されているにも関わらず、ある種の信頼が一家との間で生まれていたのだ。

 

そんなツォンから今回の事の顛末を聞く為、もうすぐ正午を迎えるソルジャー司令室に集ってくる人物達。

既にいつものデスクに座り待機をしているラザードを除けば、一番最初にやってきたのはセフィロスである。

全く全容の掴めていない状況に少々苛立ちを隠せない様であり、早く聞かせろと言った面持ちであった。

 

「ツォンはまだ来ていないのか」

 

入ってくるなり、説明すると約束した相手がまだ居ない事に不満を覚えソルジャー統括にぶつけるが、ラザードは軽くいなす。

 

「指定の時間までまだ数十分はあるからね」

 

「統括には既に報告をしていると聞いた。

 アイツが来ないならそっちからでも良いから早く教えてくれ」

 

「それは時間を過ぎても来なかったならば私から説明しよう」

 

じれったいという雰囲気を纏ったセフィロスが睨んだが、相手は気にも留めずに待ちの姿勢を貫いた。

そのやりとりが終わると同時に背後から声を掛けられる。

 

「気持ちはわかるが、一旦落ち着け」

 

現れたのはアンジール。

引退はしたが仕事場で着る服がないのかソルジャー1stの制服に身を包んだままである。

 

「……仕方ない」

 

友の説得を受けてもまだ納得のいかない様であるが、とは言え言葉通り落ち着く事が出来る辺りある程度の整理はついているようだ。

そんな様子から数分後には神妙な顔を覗かせる髭面と不貞腐れた眼鏡の白衣二人と共にポーカーフェイスの黒いスーツマンが登場する。

必要なメンバーは揃ったようで、ツォンは統括デスクの左側に立つと説明の許可を求める。

 

「ラザード統括、全員揃いました。

 説明を始めてもよろしいでしょうか?」

 

「よろしく頼みます」

 

統括を横に据えたツォンに残りの者達が注目を集める中、彼は今日までの出来事を淡々と語り始める。

 

「事の始まりは、ガスト博士からニブルヘイムに行きたいと相談を受けたのです。

 なんでもかつての研究資料が神羅屋敷に残されているらしく、博士はどうしてもそれを確認したいと申しておりました。

 タークスの立場から言わせてもらえばミッドガルを離れ、遠方に赴く事は歓迎すべき事ではないのですが、社長からは『神羅に不利益をもたらす様子でなければある程度好きにさせて良い』と通達を受けていましたし、そちらに居る宝条統括に確認すれば『別に構わない』との回答を貰えたため、私も同行する形でニブルヘイムに向かいました」

 

「そんなことはここに居る全員知っているだろう、さっさとその先を話したまえ」

 

眉間にしわを寄せた宝条がまどろこしいと声を上げる。

彼が言う通りこの件に関しては、ラザードはツォンを通して、それ以外はガスト本人からニブルヘイムに行く事は聞かされていた。

 

セフィロスは聞いた当初、()()()()には近寄って欲しくないと思ったが口にするのは躊躇った。

己の秘密を未だに打ち明けていない状況下、ガスト博士にその理由を聞かれても、上手い言い訳が思い浮かばなかった。

何より嘘を吐いて不信を買いたくなかったのだ。

 

宝条の茶々に「そうでしたね…」と溜息を吐きながらツォンは説明を続ける。

 

「ニブルヘイムに付いた後しばらくは、ガスト博士は神羅屋敷の地下室で資料の確認をしておられました。

 私もその側で常に見張っていましたが博士に変わった様子は有りませんでした。

 到着してから1週間経った頃、必要な事は確認できたのか『ミッドガルに戻ろう』と仰ったので帰りの手配をしたのですが、その最中に村の住人から最近停電が多いという話を聞いたのです」

 

「それについて私も都市開発部門に確認を取った。

 一応その報告はリーブ統括まで届いていたようだが、現地調査に派遣する作業員のスケジュール調整が上手く行かないそうだ」

 

事前に報告を受けていたラザードが正午までに調べた情報を補足する。

この魔晄炉は老朽化が進んでおり補修を含めた改修計画も視野に入れていたそうだが戦争中の予算配分ではそこまで手が回らなかったようである。

終戦後やっと予算の目途が付いた矢先の出来事でリーブは頭を抱えていたという。

 

「えぇ、村の住人もいつ頃になったら人を送るんだと不満を言っていましたよ。

 それを見かねた博士が代わりに確認しようと提案したのです」

 

「ガスト博士は生物遺伝子学が専攻であるが、工学にも明るい。

 何より人が良いから見過ごせなかったんだろうな」

 

髭に手を当てながらホランダーが呟く。

基本的に魔晄炉のメンテナンス及び新規開発は都市開発部門の技術者及び研究者が担当であるが、過去における魔晄の電力変換システムの開発には科学部門も多分に関わっていた。

当時のガスト博士も協力しており、その第一号基であるニブルヘイムの魔晄炉は設計含めて彼も把握している。

 

「迎えが来るまではまだ時間がありましたし、魔晄炉の不具合を先延ばしにするのもよろしくないと思いましたので博士の提案を受け入れました。

 道中の護衛も私一人で事足りまして、問題なく魔晄炉に辿り着いたのですが外見上の異変は見受けられず中に入って調査を始めました。

 最初は一緒でしたがその後は別行動となりました」

 

「なんで、あんたは常に一緒じゃなかったんだ?」

 

ずっと腕を組んで黙っていたアンジールだったがそこに関しては疑問に思ったようだ。

セフィロスもそれに同意するように目を向ける。

 

「あの魔晄炉は古いモノで今の最新型のように管理室で全て一括操作は出来ないのです。

 特定の箇所は一人が管理室で計器の動きを、もう一人は現場で操作盤のスイッチや弁の開閉を手動で行わなければならず、勝手詳しいガスト博士が操作をして私が計器の動きを確認していました」

 

30年以上も前に造られたモノである。

最初期の魔晄炉は手探りの状態で建造された部分が散見される。

当時の技術では取り入れられなかったシステムも有りメンテナンスの部分においても最適化なされておらず不便を強いられた。

ツォンは納得した様子のセフィロスとアンジールを見て話を進める。

 

「見てて欲しいと頼まれた計器は全て確認したのですが博士が中々戻って来ませんでした。

 なのでこちらから迎えに行こうとした時、上の方から何か落ちる大きな物音がしたので慌てて駆けつけるとカプセルの並ぶ部屋で博士が倒れていたのです。

 どうやら階段から転げ落ちた様で頭部から血を流し足も骨折していたので即座に応急処置を施し、迎えを急遽魔晄炉に変更しました」

 

魔晄炉が建つニブル山は本来ヘリコプターでは着陸出来ない険しい地形であり、大きなメインローターの騒音は凶暴なドラゴンを呼び寄せる。

その為、普段は徒歩と神羅社員専用のロープウェイを併用して辿り着く場所だ。

だが不幸中の幸いにして今回ツォンとガスト博士を迎えに来るパイロットはタークスの中で操縦桿を握らせたら右に出る者は居ないと言われる人物。

この一刻の争う事態、針に糸を通すような操縦技術で障害物を避けて魔晄炉付近でホバリングさせることにより無事に二人を回収し、フルスロットルでミッドガルへ戻って来たのだ。

 

「移動中、私は博士のバイタルに注意を割く一方で報告も行いました。

 本社にてラザード統括が迅速に対応して頂いたので、途中の給油も手術の手配も円滑に進める事が出来た訳です。

 その後は皆さんもご存知の通りですね」

 

そこまで話すとツォンは後ろで手を組み一旦中断した。

それを引き継ぐように話の主導権はラザードへ委譲する。

 

「ガスト博士の診断結果を拝見しました。

 身体的外傷の他に魔晄中毒も併発しているとのこと。

 それから察するに、意識が朦朧として階段を踏み外した、というのがこちらの見解です」

 

「魔晄中毒だとッ!?」

 

セフィロスが驚き、ラザードに詰め寄った。

それを見たホランダーが安心させるため現在の状況を伝える。

 

「幸いガスト博士から検出された魔晄は微量だ。

 アレくらいならば数日も経てば回復する」

 

「そう……か」

 

「まぁ魔晄炉の調査じゃ珍しい事じゃない。

 大方、漏れ出た魔晄に当てられたんだろうさ」

 

今日の出来事を考慮すればセフィロスがいつもより落ち着いていられないのは仕方ない。

が、それを踏まえても少々不安定が過ぎるようでアンジールが「大丈夫か?」と心配していた。

そんな中、宝条は科学部門を招集した必要性が未だに感じないのでしびれを切らし質問を投げつける。

 

「話を聞いていればただの事故で済む事じゃないか。

 我々を呼び付ける必要性はあったのかね?」

 

一連のやりとりを静かに見ていたツォンがそれに答えた。

 

「先程の説明で省きましたが、実は私が駆けつけた当初、ガスト博士は辛うじて意識が有りました。

 そして階段の上を指さしてこう言ったのです」

 

 

 

 

 『アレは……ジェノバ……ではない……』

 

 

 

 

ツォンが明かした事実にソルジャー司令室の空気が一変した。

かつての厄災を冠する言葉。

科学部門が主導する計画名。

ソルジャーに移植される細胞。

この場に呼ばれた面子は何かしら深い関りを持っているその存在。

各々が驚いた様を見せる中ラザードは表情悟られないよう顔をやや伏せて両手を結び冷静を努めた。

 

「ニブルヘイムの魔晄炉は少し不可解な点が多い。

 魔晄炉全般の管轄は都市開発部門だが、あそこだけ科学部門との共同管理となっている。

 おまけに権限は科学部門の方が優先だ。

 おかしいと思いましたよ。

 ()()()()()()()が予期せぬ事とはいえ部下のスケジュール調整に難儀するなんてね。

 あの魔晄炉に立ち入る場合は科学部門の人員も同伴する事が条件としてあった。

 ならば、そちらが歩調を合わせない限り難しいのも頷ける」

 

同じ統括という立場として事実を強く突き付けるが宝条は何も答えない。

 

「ガスト博士が指し示した先には【JENOVA】と書かれた扉があったと報告を受けていますよ。

 そして明らかにそこから博士が出てきた痕跡もあったと」

 

「私は博士と魔晄炉内部を一通り見ましたが魔晄が漏れている場所は確認しておりません。

 しかし一か所だけ見てない場所が有りました。

 ラザード統括が申した扉の先です。

 見回ってる最中、博士に確認しても『ここは……見なくて良い』と言葉を濁されてしまいましたが。

 応急処置の後、近付いて見れば何故か扉がロックされており中を確認する事は叶いませんでした」

 

「やれやれ、タークス主任が聞いて呆れるね」

 

やっと口を開いたかと思えば息を吐くように嫌味を伝える宝条だが、そんな事気にする素振りも見せずツォンはただ事実を言った。

 

「お恥ずかしながら、先代(ヴェルド)主任の引退騒動で満足な引継ぎが出来ませんでしたので」

 

タークス、それも主任となれば神羅のほぼ全ての情報にアクセスできる権限を持つ。

だが全ての情報が第三者でも確認出来るようになっている訳では無い。

特に超がつく機密となれば文章及びデータで存在させる不安から口頭でのみ伝えられる場合もある。

副社長の指示のもと、()()()()()()()()()()()()()()()を極力避けていたのがここにきて仇になったようだ。

 

そんな現タークス主任の事情は把握済みのソルジャー部門統括。

新たな情報会得の為、科学部門統括へ率直に伺った。

 

「宝条統括、今回の件について知っている事を全てこの場で教えて頂けないでしょうか?」

 

「さぁ、私にもわからないね」

 

そのとぼけた回答に一同は注目したが宝条本人は至って真面目な様子だった。

セフィロスが今日一番の眼力で己より背の低い博士を見下すように視線を投げつけた。

 

「誤魔化すとはいい度胸だな宝条」

 

「はぁ、まったく人の話は最後まで聞くものだよ」

 

凄まれても臆することなく半ば呆れたように咎めると、宝条は司令室に居る顔ぶれをゆっくり見回した。

ダランと体の横で力が抜けていた両腕を後ろに回すと、面倒くさそうに語りだした。

 

「扉の先には書かれていたモノが()()されている。

 が、今現状はそれしか言えませんなぁ。

 なにせここ数年、私はまったくあの場所(ニブルヘイム)の魔晄炉には足を運んでいないものでね。

 今どうなっているのかなど知る由もないのだよ」

 

「確かに言われてみれば……。

 だいぶ前からお前さんにしては珍しくフラフラ出歩かず本社に籠りっぱなしだったな」

 

事実を裏付けるようにホランダーが口を挟むが、宝条は気にも留めない。

アリバイ証明の感謝だってしてない有様だ。

 

「しかしだね、私としてもアレをしばらくぶりに確認しようと考えていたところだ。

 丁度良い、ソルジャー部門に科学部門統括から依頼を出そう」

 

「依頼ですか?」

 

宝条の言葉にラザードが顔を上げた。

 

「ニブルヘイム魔晄炉の調査だよ、調査。

 こういった状況不確定な現場に向かうのはキミ達の十八番だろう。

 後はそうだな……。

 確実に任務を遂行してもらうため【英雄】を指名しよう。

 他のソルジャーはどうでも良い」

 

言いたい事だけ伝えて「後は好きにしてくれ」と振り返りソルジャー部門に丸投げて司令室を出ていこうとする。

そんな態度なので疑り深く目を向けていたセフィロスの目は一層鋭くなっていた。

だがその後に、宝条が告げた事に対して目を見開いてしまうのである。

 

「あぁそれと、その任務には科学部門として私も同行させてもらおう。

 よろしく頼んだよ、セフィロス。

 クックックッ───」

 

不気味な笑いを響かせて、宝条はセフィロスの視界から消えていった。

 

 

 

 

 

 

 





BCではヘリコプターから飛び降りたタークスがニブル山の山頂付近に着地しているため神羅製ヘリコプターは少なくともニブル山以上の高度は飛べるようです。
ちなみにロープウェイもBCでは存在しています。

神羅製ヘリコプターB1式の航続距離はアルティマニアによると推定140海里(約260㎞)とのこと
が、コスタ⇔ジュノン⇔ミッドガルの距離がどう考えても近すぎる事に……
まぁCCでデザインが変わってるんで性能も変わってるでしょう(願望)

余談ですがCC、Rの神羅ヘリのモチーフであろうUH-60ブラックホークは航続距離は583㎞
最新型は増槽込み+最も効率の良い航行で理論上最大航続距離2,000㎞以上

神羅の技術+ファンタジー特有のすごい材質や力学+超燃費でなんとかなりそう





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第45話 行ってきます

朝の目まぐるしい騒動から一変した平穏な時の流れ。

ひと時の安らぎを享受するかのようにベッドで深い眠りに就いている夫の顔をイファルナは座って静かに見つめていた。

手術を終え、この病室に運ばれてから日は既に落ちており、医務課全体も消灯時間を迎えようとしている。

ガストの体に繋がれた心電図が安定した凹凸を描く。

一定のリズムを刻む無機質な電子音が生きているという証拠を提供してくれていた。

 

このまま目が覚めないのではないか。

 

そんな心の不安が拭い切れず、ただただ側に居てやる事しか出来ない自分がもどかしい。

古代種である彼女が祈るべき存在は、世に生きるすべての生命を包み込む星。

だが星は答えない。

文明に染まり過ぎたのか、年を取り衰えたのか、父と母を失ってから再び築く事が出来た家族という安寧に溺れたのか。

いいや、それは全て関係ない。

ただイファルナ自身が星の声に傾聴しないだけである。

違うと耳を塞いだ。

聞きたくなかった。

聴き入れなかった。

無視をして、受け入れず、目を逸らした星の声。

 

その理由は───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入っても良いですか?」

 

病室と廊下を隔てる扉をノックする音と共に男性の声がした。

そろそろこの場に訪れる頃合いかな、と思っていたので特に驚くこともせず。

 

「ええ、大丈夫よ」

 

そう言って許可を出せば「失礼します」と入ってくる長髪の逞しい男。

 

「貴方の事、待っていたのよセフィロス」

 

「それは……お待たせして申し訳ない」

 

「フフッ、気にしなくて良いわ。

 この人にも貴方の顔を見せてあげて」

 

夫の顔が良く見えるようにと、イファルナは立ち上がりベッドの枕横付近をセフィロスに譲る。

入ってきた時は心配そうな表情であったが、博士の顔を覗き込んで無事を確認出来たことでようやく安堵したようだ。

 

いつもと変わらない落ち着き払った雰囲気に戻っているセフィロスを見て、ふと今朝の手術室前に駆け付けて来た事を思い出す。

あの時、本人としては平静を装ってるつもりだったのだろう。

しかし、彼に両肩を掴まれたツォンが頭を勢いよく振られ、黒い髪が前後左右に暴れていたのを目の当たりにすれば、素人目に見ても取り乱している事が分かってしまった。

その時、イファルナはこれといって抵抗する事もないツォンが少々気の毒に感じたので止めるよう注意したのだ。

だが後になってキツク言い過ぎたかな、と申し訳ない気持ちになっていた。

 

「今朝はちょっと強く言ってしまって、ゴメンなさい」

 

突然の謝罪で不思議に思ったセフィロスであったが、すぐにその理由が分かったのだろう。

彼女の方に体を向けるとやんわりと否定した。

 

「いえ……むしろ、こちらが頭に血が上っていた事に気付かせてくれたので感謝しています」

 

「優しいのね」

 

「そんな事ありません」

 

「そんな事あるわよ。

 優しくないヒトはこの場に来ないわ。

 それに、その表情だって出来ないもの」

 

指摘されたセフィロスは穏やかな表情からハッとした顔に変わった。

かと思うと彼女から逸らして口元を片手で覆う。

それを見たイファルナがクスッと笑った。

笑われた本人は気恥ずかしいのかすっとぼけたように話題を変えようとする。

 

「そう言えばエアリスは?」

 

「あの子には夫の着替えを取りにいってもらってるのよ」

 

連絡を受け、家の事を放り出し慌てて神羅に駆けつけた彼女達。

状況が落ち着けば、そのまま回しっぱなしなっていた洗濯機、消し忘れたかもしれない電気等、気になってくるのも仕方ない。

ここは母親に任せてエアリスは一旦様子見も兼ねて家に帰る事になったのだ。

 

「この人()ずっと働き詰めだったの。

 休日って概念がこの会社にはないのかしらね。

 これを機にしっかり休んで欲しいわ」

 

ついでに娘と二人暮らしを満喫するわ、と冗談めかして付け加えるイファルナ。

セフィロスには余計な心配を掛けさせまいという見え透いた強がりが伝わってくる。

暫くミッドガルを離れる予定の彼にとっては博士だけでなく彼女達も心配事である。

 

「もし、何かあればアンジールを頼って下さい」

 

ソルジャー司令室を後にする際、万一を考え密かにファレミス家の身を託した友。

今の彼にとっては、後にする神羅に残る者で一番信頼できる人物である。

 

「……そう。

 貴方は行くのね?」

 

己ではなく友の名を口にした事で、今回の事件調査を行う任務は正面のソルジャーが請け負ったとイファルナは察した。

 

「今日中には神羅を発ちます」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

言葉と同時に病室の扉に向かおうとしたセフィロスを引き留めた彼女は、机に置いてあった自分のハンドバッグに身を寄せる。

中を開けて何かを探し出したが、すんなりと見つかった様で、その手には白いリボンで綺麗にラッピングされ上質な布地で作られた小さい袋が収まっていた。

 

「はいコレ」

 

「何ですか?」

 

「いいから開けてみて」

 

疑問を浮かべながらも、差し出された小袋を受け取ってリボンを解く。

中から出てきたのは無色透明で掌半分ほどの大きさをしたガラス玉みたいなもの。

銀色のチェーンが通された石座に取り付けられており、さながらペンダントトップのようになっていた。

 

「コレは一体?」

 

「セトラに伝わる御守りよ」

 

「という事はマテリア……。

 にしては魔力も何も感じない」

 

「エアリスに渡してる御守りとはちょっと違うと言うか、多分本当に極一部のセトラしか知らない物ね」

 

エアリスが母から受け継いだのは純白に輝く【白マテリア】

究極魔法【ホーリー】の発動の鍵となる古代種達が幾世代も重ねて受け継いできた護りの秘宝。

セフィロスにとっては『オレ』とも非常に因縁深いモノであり、対となる破壊を司る【黒マテリア】と共に記憶に刻み込まれている存在。

星の(みなもと)が凝縮された結晶であり古代種の知識が宿っているとされるマテリア。

が、手渡された無色透明のマテリアは全く心当たりがないどころか、神秘的なパワーすらも皆無である。

 

「そのマテリアに不思議な力はないわ。

 セトラの知識も星の記憶もない……。

 でも、だからこそ新しい想いを憶えていく、ある意味でセトラと相反する御守りなの」

 

「つまり伝承から消されたと?」

 

「う~ん、消されたと言うよりご先祖様達が伝えて来なかったんじゃないかしら。

 これは亡くなった祖母から聞いたんだけど『すでに我が一族しか憶えていない』って言っていたしね」

 

過去の記憶が無いというのは古い知識に捕らわれない為。

何もないのはこれから満たされていく為。

そして、これからの未来を紡いでいく為。

 

ライフストリームに満たされ、叡智に触れる事が出来れば真意は判るかもしれないが今となっては憶測である。

 

「なぜ俺に渡したのですか?」

 

わたし達(ファレミス家)から貴方へのプレゼント。

 本当はもっとしっかりとした時に渡そうと思っていたのよ。

 でも今を逃したら後悔すると……そう思ったの」

 

マテリア生成過程でエネルギーを吸いだされた魔晄石。

それをガストが丁寧に成形して、イファルナが細工を施し、そしてエアリスが綺麗に包んだ。

星ではなくヒトの想いが籠ったセフィロスへの贈り物。

 

セフィロスは手に持ったマテリアに目を落とす。

無色透明のそれは光を反射して周囲の景色を球体に映し出しており、そこにはぼんやりとした姿の自分と彼女も表れていた。

暫くはじっくり眺めていたが、やがて口を開く。

 

「あなた方からは今まで色々なモノを貰いました。

 しかし、この場で湧き立つ己の感情を適切に表現出来るほど俺は詩人ではない。

 でも……言うべき言葉は分かります」

 

「何かしら?」

 

首を傾げて微笑むイファルナが問い掛けた。

しばし黙ったセフィロスであったが、意を決したように真っ直ぐと彼女を見た。

 

「嬉しいです、ありがとう」

 

その言葉を聞いて静かに「良かったわ」と呟くイファルナ。

隣で寝ているガストも心なしか喜んだ顔付に見えてくる。

この場にいないエアリスも大いに喜ぶ姿が思い浮かぶ。

 

目の前で早速、身に着けようと(そうび)するセフィロスであったが、なにせ初めて手にする物である。

慣れていないチェーンの引き輪が首の後ろで上手く掛からないようだ。

四苦八苦しているのを見かねて手を貸すことにした。

 

「貸して、着けてあげるわ」

 

「いえ、大丈夫です」

 

最初は断りを入れた。

だが差し出されたイファルナの右手が引っ込む事はなくそのまま。

 

「大丈夫じゃないでしょう、ホラ貸しなさい」

 

こんな所で意地を張っても無意味。

観念したセフィロスは素直に応じて椅子に座る。

彼女は慣れた手つきで後ろ首に手を回すと銀髪をかき分けた。

されるがままに身を任す。

何故か不思議と心地良いと彼は思う。

 

「ハイ、出来た」

 

言われて立ち上がり、自分の胸元に目をやった。

交差するサスペンダーの位置に沿うようにマテリアが存在感を放っている。

 

「どうですか」

 

「凄く似合ってるわ、男の子だってそれくらい色気付いても良いのよ」

 

「色気付く……」

 

イファルナの発言に戸惑うセフィロス。

アクセサリーの類はからっきし。

そもそも身に着けようなんて考えた事もない。

任務を言い渡し待機させている後輩二人は片耳にピアスをしていたな、と脳裏に一瞬だけ過ぎる。

 

そしてきっかけはなんであれ、その流れで出発時刻が迫っている事に、ふと気が付いた。

 

「そろそろ向かいます」

 

そう言って再び出口に歩き出すセフィロス。

今度は引き留めず優しく見送るイファルナ。

 

“必ず戻ってくるのよ”

“貴方の帰りを待っている人がいる”

“体に気を付けて”

 

まだまだ一言では言い表せない、伝えたい事は山ほどある。

だけど、そんな全てを包容する、たった一言に集約させた言葉があった。

 

「行ってらっしゃい」

 

扉をくぐる間際に耳に届いたセフィロスは立ち止まり振り返る。

 

「行ってきます」

 

しっかりした声で彼女…、いや、彼女達に告げて扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───会話の無い静寂な病室が訪れる。

まだまだ目覚める様子の無いガストにイファルナは語り掛けた。

 

「ねぇあなた。

 私は……誰がなんと言ってもあの子の事を信じます」

 

始めてセフィロスを目にした時、彼はまだ少年だった。

背後に重なった厄災の影。

成長するに従って影は潜めるどころか濃くなった。

 

星は語り掛ける。

全ての生命と袂を分かつ、この星に取って忌むべき存在と。

 

イファルナも最初は忠告として受け取っていた。

でもセフィロスと歳月をかけて接した思い出がそれを否定した。

 

星は彼を拒絶した。

星を滅ぼす邪悪なモノ、排除すべきモノと。

 

だからイファルナも聞くのを辞めた。

古代種としてではなく、一人の人間として彼を見ようと決意した。

そして子を持つ母としても。

 

だから未来は分からない。

 

 




次の話からニブルヘイムです。


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第46話 ニブルヘイム

「クラウド、大丈夫か?」

 

大地を離れた空の上。

ニブルヘイムに向かうヘリコプター内部にて。

キャビンの後方に座ったザックスが心配そうに隣に居るクラウドの背中をゆっくり擦っていた。

 

「な、なんとかダイジョウ…ブ…」

 

「そうか、まぁ無理すんなよ」

 

二人にとっては前日、それも日の傾きかけた時刻に突如言い渡された緊急任務である。

統括に呼び出されて内容を聞けば、ニブルヘイムの魔晄炉調査であった。

科学部門の社員が事故に遭い同部門の宝条統括が早急な解決を望んでいるという説明を受けて、その日のうちにミッドガルを出発する事になってしまった。

 

「ッフン、ただの移動でそこまで体調が悪くなるとは情けない。

 よくもそんな虚弱な体質で兵士になろうと思ったものだね」

 

「……すみません、宝条博士」

 

具合が悪いのも相まって申し訳なさそうに俯くクラウドへ、正面に着席する宝条が鼻を鳴らして当てつける。

ミッドガルからここまで半日以上、給油以外は狭いヘリコプターの中であり、体は常に揺さぶられていた。

乗り物に酔いやすい者にとっては地獄の空間というのは想像に難なくない。

 

「だいたいキミは見習いだろう?

 今回の任務じゃ足手まといじゃないのかね」

 

クラウドが指名された理由は、目的地の出身という事で魔晄炉までのガイドとなっていた。

送電が安定しない中でロープウェイの使用は極力避けるべきだとして山道を使ったルートに決定されたからである。

が、当の本人は自分の必要性が薄い事はなんとなく感じていた。

自分に嫌味を言ってくる宝条に食って掛かかりそうになっている隣の親友が選ばれたのは理解できるだろう。

彼はアンジール、ジェネシスと引退が相次いだ現在のソルジャー部門で実績、実力共に堂々のナンバー2であるからだ。

最重要と称された今回の任務にセフィロスがサポートとして任命したのも頷けるというもの。

 

「まぁ、せいぜい邪魔にならないようにしたまえよ」

 

「オイッ!アンタ言い過ッ──」

 

「宝条、おまえがこちらに『好きにしてくれ』と言ったから、俺がこの二人を選んだのだ。

 文句があるなら自分に言うべきだろう」

 

目に余る宝条の態度。

流石に我慢できなかったようでザックスが一言物申す。

だが、被さるように宝条の横に着座したセフィロスが苦言を呈し、それに遮られてしまったので文句は譲る形になってしまった。

 

批判を受けた宝条は僅かに考える素振りをしながらローター音が響く天を仰ぎ、そしてすぐに視線を戻した。

 

「たしかにそういえば………そうだったな。

 いやスマンね、見習いクン」

 

「い、いえ…平気です…」

 

彼らしからぬ素直さで謝罪をするが一言多い。

とはいえクラウド自身、事実であると認識をしていたのでそこまで気にはしていなかった。

ザックスは少々不服そうではあるが、本人が良いならそれ以上は余計だと判断したようで再び後輩の背中を擦り始める。

そして幾何かの不安の中、もう一つ新たに追加になりそうだと溜息が出そうになるが、何とか堪えたセフィロスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて一行を乗せ飛行していたヘリコプターの目前に、目的地の魔晄炉が建設されたニブル山が見えてくる。

窓から見えたその山の麓に視線を移せば小さな村が目に入る。

中心の広場に給水塔が有り、それを囲むように家屋が建ち並ぶ。

少し離れた小高い場所には大きな屋敷が存在感を放つ。

村の入り口近辺の開けた場所にヘリコプターは着陸すると、後方キャビンの扉が開かれて、ソルジャーと科学者がその大地に降り立った。

4人が居なくなったヘリコプターはメインローターの回転速度を上げ、空に戻ると来た方角へ飛び去って行く。

それを見届けた時、空の色はほんのり朱に染まっていた。

 

「やっと着いたなー、ここがニブルヘイムか」

 

窮屈な空間から解放され、凝り固まった体をほぐすように両手を組んだ腕を前方に伸ばしたザックス。

そのまま入り口を前にして進む気配の無いセフィロスに質問をする。

 

「それで早速魔晄炉に向かうのか?」

 

「今日はもう遅いから無理だろう」

 

日が落ちた山道は危険である。

足元は暗く、踏み外して崖下に転落したら助かる見込みもない。

おまけに道中は夜行性のモンスターがひしめいている。

ソルジャーだけなら大した問題ではないが今回は科学者を伴っているのだ。

視界を奪われた中で襲われる危険性を考えたら、可能な限り安全を取る事も大切な判断である。

この場にいる責任者としてセフィロスは指示を下す。

 

「出発は明日の明朝、集合場所はあそこに見える屋敷の門の前だ。

 宿は既に取ってあるので各自十分な休息を取って万全にするように」

 

命令を聞いた上でザックスが「じゃあ」と何か言いかける。

だが同時に村の入り口に向かって歩きだした宝条に注目を奪われてしまう。

 

「私は先に休ませてもらうとしよう。

 キミらと違って体が丈夫じゃないのでね」

 

そう言って村に入ってすぐ側にあった宿屋の中にさっさと入ってしまった。

それを確認したセフィロスは先ほどの続きをザックスに促す。

 

「何か聞きたいことがあったんじゃないか?」

 

「あ、あぁ休息とは言ってもまだ寝るまで時間あるし何かやることが有ればと思って」

 

「特に無い」

 

ぴしゃりと一刀両断され、片言のように「ソウデスカ」とだけ返す。

やる気が空回ってちょっといじけてる黒髪の後輩、先程から一言も喋らず何かに緊張している金髪の後輩。

そんな二人を軽く笑ってセフィロスは続ける。

 

「俺は個人的に調べ物があるから屋敷へ行くがお前達は好きにしろ。

 それと、家族や知り合いと会って来てもかまわないぞ」

 

そう言って彼は村の奥にある屋敷へと向かってしまった。

残された二人は顔を見合わせこれからどうするかを話し合う。

 

「クラウドはどうする?」

 

「俺はティ…母さんに会ってくるよ」

 

「そういえば故郷だもんな」

 

お互いに知り合ってまだ間もない頃、二人で自分達の出身は魔晄炉以外何もないと笑い合っていた時をザックスは思い出した。

 

「もし良ければ、ザックスの事を母さんに紹介したいんだけど…」

 

「別に構わないぜ、俺も友人として挨拶しておこうと考えていたところだ」

 

クラウドは遠慮しがちに伺ったが、相手が快く了解してくれたことで笑顔になる。

だがそれも束の間、ザックスの携帯電話が着信音を響かせる。

仕事の連絡かと思った彼は、一旦隣の人物へ「ちょっとスマン」と片手を立てて断りを入れた。

 

《もしもーし》

 

「エアリス!?」

 

電話に出てみるとお相手はミッドガルに居る意中のガールフレンド。

意外な相手に驚いた。

 

《突然ごめんね》

 

「あ、いや」

 

ザックスはつい先ほど自由を手に入れたばかりである。

しかし直後に約束を取り付た相手が横におり、電話を耳に当てながら気に掛けるようにチラッと見やる。

スピーカーから聞こえる透き通った女性の声はザックスと携帯電話の間から漏れ出ており、近くにいるクラウドにも聴こえていた。

 

《どうしても声が……聴きたくて……》

 

いつもの活発な少女には珍しく弱弱しい嘆き。

瞬間、ザックスは心配そうな面持ちとなった。

その表情変化と儚げな声で状況を察したクラウドは、電話先まで聞こえないよう小声で友人に話しかける。

 

俺の事はいいから

 

「本当にスマン!」

 

ザックスは一瞬受話器から口を離してマイクを片手で覆うと素早く詫びを入れて再び電話口に戻った。

その様子を見てクラウドは邪魔をしてはいけないと思い、その場をそっと離れていく。

 

《お仕事中だったかな?》

 

「全然そんな事ないよ、だから気にすんな」

 

《良かった》

 

「それより声が聴きたかったってどういう……」

 

《色々あったんだ、不安になっちゃって》

 

ザックスはエアリスがガスト博士の娘という事をまだ知らない。

それは辿れば彼女が古代種(セトラ)であるという事実に繋がるため。

父と母から無暗やたらに言いふらさぬようにという子供の頃からの約束だった。

 

「えッ、大丈夫かよ?」

 

《今は落ち着いてる。

 でも、そしたらだんだんザックスの声が恋しくなって》

 

神羅側、主にタークスもその存在秘匿には力を入れている。

ジュノン襲撃時にジェネシスが倒し身柄を拘束した、アバランチの星命学者が古代種に関する情報を嗅ぎまわっていた事実も拍車をかけた。

故に古代種自体はどういった人達か知っている者は数多くも、誰がセトラであるのかはごく少数の関係者しか知らない。

 

「俺の声で良ければいくらでも聞かせるさ」

 

《ありがとう、嬉しい》

 

「どういたしまして」

 

エアリスの表情は読み取れないが、その声色から安心した事が伝わりザックスも安堵した。

それを皮切りにしばらくは他愛のない話が続いた。

ザックスが作ったワゴンの事、お花の売れ行き、スラムでの出来事など。

別に今話すべき重要な事ではない。

内容によっては2度3度も聞いた事だって含まれている。

だけどその取り留めのない会話が、エアリスにとってもザックスにとっても心地良く喜ばしい事なのだ。

 

《ねぇザックス》

 

「どうした?」

 

《お仕事、大変?》

 

「エアリスの声が聞けたから平気」

 

何時だって迷いのない真っ直ぐとした声が心の弱った彼女には堪らなく温かい。

ザックスは決して無理にエアリスの身の上を探るような真似はしなかった。

不自然なくらい親兄妹について話さない事は、絶対気になっているハズなのにそんな素振りすら見せずにいた。

デリケートで一緒に居たら常に綱渡りになるような女と自分で評するエアリスだったが彼は難無く接してくるのだ。

だからこそ彼へ隠し事をしている後ろめたさを感じてしまう。

 

「俺さ、この仕事終わったら伝えたい事があるんだ」

 

《なに、突然?》

 

「今は言えない、直接会って言うって決めたから」

 

《……わかった》

 

唐突な宣言だったが、エアリスは彼の伝えたい事はおおよそ予想出来た。

自惚れでもなんでもなく、今までの積み重ねから導き出される答えがあった。

そして、それは彼女が内に秘めている想いと同じであった。

 

《私もあるよ、ザックスに伝えたい事》

 

「なんか、お互い様だな」

 

《ふふ、そうだね》

 

惚れるきっかけ、好きになったところ。

該当する理由を持ち合わせる人物は他にもいたかもしれない。

運命、奇跡、赤い糸。

使い古されたロマンを示す言葉で装飾することは可能だ。

しかし偶然と片付ける事も否定できない。

 

「会いに行くよ」

 

《うん、待ってる》

 

「約束する」

 

《約束だね》

 

だが現実は一つ。

その時、その場で男と女は出会い、互いに惹かれ合った。

二人が時間を掛けて愛を育む過程の先、予想通りの結果に辿り着こうとしているだけなのだ。

次に会う時、ザックスはエアリスの秘密を知るだろう。

でも彼なら拒むことなく受け入れるのは疑う余地が無い。

 

《お仕事頑張ってね、じゃあまた》

 

「あぁまた」

 

名残惜しそうに通話ボタンを押し余韻に浸る。

電話をしまったザックスが小さくガッツポーズをして気合を込めた。

彼等が辿るその先は、きっと沢山の祝福に溢れているだろう。

 

 

 

 

 

 

 




この二人はいきなりプロポーズしそうだ。


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第47話 既知の真実

「あの様子じゃ、長くなるだろうな」

 

電話に出たザックスを見守るように静かに離れ、自分の家に向かうクラウドはふと独り言を溢す。

 

『このあと人と会う約束があるんだよね』

 

『先日さ、花を売って歩いたんだけど』

 

『ミッドガルの服屋って高いんだな』

 

仕事中、訓練中、食事の席で事ある毎に聞かされた内容。

本人は決して惚気る気は無くただの世間話といったつもりである。

とはいえ聞く側にとっては俗に言う恋バナ以外の何物でもない。

その相手がさっきの電話先の人物である事はザックスと親しくする者ならすぐ分かるだろう。

()()彼女ではないらしいが時間の問題だろうというのが、それを知る者達にとっての共通認識である。

 

(仕方ないよな、ザックスだって男だ)

 

あの時、電話を切るように促せばザックスはクラウドに従ってくれた可能性は高い。

だけど好きな相手からの電話を遮るなど友人と言えど野暮な真似は行いたく無かった。

何よりクラウド本人が自分に置き換え考えた場合、絶対に不満を感じるだろうというのを理解していたからだ。

 

(俺だって電話にティファが出れば……)

 

そんな彼の脳裏に過ぎったのは幼馴染。

だが思い浮かんだと同時に急に恥ずかしくなり頭を勢いよく振ってかき消した。

照れが残る顔でふと前を見ればいつの間にか実家の前だった。

ミッドガルへ向かった時から一度もニブルヘイムに帰っていないクラウドにとっては数年ぶりの我が家。

玄関を開ければこの時間は、夕食の準備でキッチンに向かう母親が居るはずだ。

 

(母さんビックリするかな)

 

何せ緊急任務だった為に行先を告げられても一報をいれる暇など無い。

久しく顔を見せていない息子が突然帰省すれば驚くに決まっている。

とは言えすぐに笑顔になって温かく迎え入れてくれるだろう。

クラウドの母、クラウディアはそんな心優しい人である。

 

(手紙じゃ特に変わった事は無いと書いてあったけど)

 

自室の机の引き出しに大切に保管してある母との手紙。

ソルジャー候補生になった事、頼れる上司や友人が出来た事を伝えて以降、クラウディアも一安心したのか“彼女は出来たの?”“いい人いたら母さんにも紹介してね”といった文章がよく目につくようになった。

無論、クラウドは嘘を吐かず正直に()()()と答えて返信している。

が、面と向かえば改めて根ほり葉ほり聞いてくるだろう。

母親とはそういうものだ。

 

そもそもソルジャー部門の候補生達に出会いなどまったくない。

一日のスケジュールは起床から就寝まで厳しく管理され、職場は男性だらけ。

僅かに許されたプライベートで出会いを求める頑張り屋も居たりするのだがクラウドはザックスとの特訓に時間を費やしている。

故に女性との繋がりなど築く暇もない。

あえて言えばクラウドが配置された候補生グループの上司はタークスの女性である。

ただ、大きな手裏剣一つで見習い数十人を軽くあしらい、過酷な訓練を強いてくる鬼教官に恋愛感情を抱くのは無理な話だ。

 

振り返ればなんとも花も色も無い青春であるがクラウド本人は満足して……いない。

やっぱり彼も男であり、親しい友人が女性との話をすれば羨ましい気持ちを抱くのは当たり前。

恋愛など()()()()()と言えるならどんなに気が楽か、今の状態でそんな事を言ってもただの強がりである。

 

折角久々に再開するのに、ある意味悲しい状況を細かく説明する羽目になるかもしれない。

下らないかもしれないが年頃男子にとっては至極真面目な問題。

そんな()()()()()()を想像してしまい玄関を開けるのは思わず躊躇してしまったクラウドであった。

 

一旦家から離れて深呼吸。

そして乱れた心を落ち着かせる。

 

(だいたいなんで俺の恋愛事情がそんな気になるんだ)

 

親の心子知らず、その逆もしかり。

家全体が見える位置まで下がったクラウドは腕を組んで溜息を吐く。

 

(ティファは手紙でそんな事聞いてこなかったのに)

 

女の子が恋愛の話題を同世代にまったく振らないのは()()()()()()()()()が存在する。

しかし女性とまともに関わった事が無いクラウドがその意味を知る機会など無かった。

彼にとってはただ聞かれたくない事を聞いてこなくてありがたいとしか思っていないのである。

 

ティファとの話題はもっぱらミッドガルについてである。

都会に憧れを抱く女の子と言った感じで流行の服や映画、珍しい食べ物について。

後はクラウドと同じようにミッドガルへ向かった同郷の男子が何をしているかなど。

仕事に関しては守秘義務が課される事があり詳しくは書けず、それとなく伝えるのみに留まっていた。

 

(そういえばティファもこっちに来たいけど父親が許してくれないなんて書いてあったな)

 

ぼんやりと実家の隣にあるティファの家を見た。

村の長でもある父親と二人暮らしの彼女。

クラウドがティファに会うのを躊躇うのは父親であるロックハート氏の存在もあった。

 

小さい頃に母親を亡くしたティファは死をよく理解出来なかった。

地元では生きては超えられない山と言われていたニブル山に死んだ母親が向かったと考えて探しに行ったのである。

険しい山道でありティファが連れ立った友達が引き返す中、幼きクラウドはただ彼女を心配する一心で追いかけた。

追い付き帰ろうと言ってもティファは聞き入れない。

やがて彼女は足を踏み外し崖をすべり落ちそうになる。

クラウドは慌てて助けようとするが間に合わず、それどころか同じように落ちてしまったのだ。

幸いにも引き返した子供の一人が村の大人に山へ向かった事を報告しておりすぐに救助はやって来た。

ただクラウドは膝を擦りむくだけで済んだのに対してティファは7日間も意識不明の状態に陥ってしまった。

過去にこんなことが有れば大切な一人娘が都会へ行くのを反対したくなるのも頷ける。

 

(もしかして俺がミッドガルに居るのも原因の一つかも)

 

当時の状況、父親から見れば妻を亡くしたばかりの上に、部屋の片隅で泣いていた娘はいつの間にかいなくなったのだ。

心労が重なり慌てふためいた彼が急いで駆け付けた場所に居たのは、軽症のクラウドと重症のティファ。

娘を連れ出したように見えたクラウドに責が向かうのも仕方なかったかもしれない。

口下手な子供のクラウドに状況を上手く説明できるはずもなく、彼女の父親からは娘を危ない目に合わせた奴としか認識されていないのだ。

ただクラウドやクラウディアが狭いニブルヘイムで村八分にされなかったのはロックハート氏が公私混同を弁えていた部分もある。

 

(アンジールさんは己を知り、誇りを持てるようになれと言っていた)

 

あの時、そして現在もクラウドの中に抱えているのはティファを救えなかった悔しさと悲しみ、臆病だった自分に対しての情けなさと怒り。

有耶無耶にして村を出てしまったが、今は面と向かって彼女とその父親に誠心誠意謝罪したいとも考えている。

本人は無意識だがミッドガルへ出たクラウドは多くの人と関わるようになり肉体だけでなく精神的にも立派に成長をしていたのだ。

 

「…………」

 

クラウドはおもむろに顔を上げた。

視線の先にはティファの家の2階の窓が見える。

 

(あそこに机があって、隣に化粧台があって、クローゼットもあって)

 

その窓の奥は子供の頃に初めて入った彼女の部屋。

記憶を辿りながら間取りを思い浮かべていった。

 

(ピアノがあって、ベッドがあって、そしてティファが……)

 

部屋全体のイメージが脳内に完成し、残すはその部屋の主のみ。

窓からこちらを見下ろす彼女がもう少しで再現出来そうなった間際、勢いよく窓が開いた。

 

「誰なのッ!人の部屋をジロジロ見……」

 

「……居た」

 

「えッ、もしかしてクラウド!?」

 

開いた窓から顔を覗かせて、驚ろいているティファ。

日も傾いたのでカーテンを閉めようと窓に近付いたのだろう。

見知らぬ格好の人物が自分の部屋を見つめていたら、声の一つもかけて追っ払てやろうと考えるのも不思議ではない。

だが窓を開けよくよく見れば、特徴的なチョコボ色の頭にツンツンな髪型の男性。

知り合いにそんな者は一人しかおらず、顔は記憶に有る幼馴染にそっくりだ。

数年の成長を感じたうえでしっかりクラウド本人とティファは認識したのである。

 

「いつ帰って来たの?」

 

「いや、えっと……」

 

「ちょっとまってて、今そっちに行くから」

 

言うなり素早く下まで降りてくると玄関を開けて勢いよく飛び出して来る。

部屋でくつろいでいたのか、簡素な格好であり紺のショートパンツに大きめの白いシャツを着ていた。

 

「え、なんで?

 どうしてクラウドがここに?

 何かあったの?」

 

少し興奮した様子で質問攻めをしてくるティファに身じろぐクラウド。

心の準備が出来ていなかったので面を食らったが、とは言え久しぶりの再会で嬉しい気持ちもあり笑みが零れた。

急かす彼女をなだめる様にしてクラウドはここまでの経緯を丁寧に説明していった。

 

 

 

 

 

「そっか緊急任務だったんだね」

 

「うん」

 

事前に連絡が欲しかったと言いたかったが緊急じゃ仕方ないとティファは思った。

そもそも月1程度の文通でしかやりとりしない彼等にとっては緊急でなくとも事前連絡は難しい。

彼女の家に直接電話を掛けるのは父親の件もあり好ましくない。

どうすればいいか少し悩む仕草をしながらクラウドをじっくり見れば、昔は同じくらいだった身長が追い抜かれていた事に彼女は気付く。

 

「手紙で知ってたけどこうやって見ると嫉妬しちゃうな」

 

「えッ、それってどういう事?」

 

予想しない言葉に再び驚いた様子を見せたクラウド。

それにティファはクスッと笑いながらも続ける。

 

「だって、男の子ってみんな都会に行っちゃって私より早く大人になるんだもの。

 なんだか自分だけ置いてかれている気がするの。

 こうやって立派になったクラウドを見ると余計にね」

 

「俺はまだ見習いだ、夢もまだ叶えちゃいないさ」

 

「ううん、クラウドはとってもカッコいいよ。

 想像を遥かに超えててびっくりしちゃった」

 

ティファからの賛辞にクラウドは思わず目を逸らしてしまう。

見かねた彼女は自分の言った言葉の意味にハッとなったようで頬を赤らめる。

その場に誰も割り込めない甘酸っぱい空間が出来上がった。

 

暫くはお互い喋らずに沈黙が続いたが、それを突破するようにクラウドの携帯電話がメールの着信音を告げる。

驚きの連続で思わず取り出してしまい、その場で確認してしまう。

差出人はザックスからで《先に宿へ戻る》との事であった。

それを端から見ていたティファが突然指を差して声をあげる。

 

「クラウド、それ!」

 

「あッ、ごめん、つい…」

 

「ちがうよ、そうじゃない」

 

配慮も無しに携帯をいじった事に注意をしたわけじゃないようだ。

 

「ケータイ持ってたの?」

 

「えっと、まぁ会社の支給品だけど」

 

「じゃあメールアドレス教えてよ」

 

クラウドの心臓は、人生でこんなに負担を強いられた事は無いだろうと言いたかった。

ドキドキと波打つ鼓動は耳を澄ませば聴こえそうなくらい高まっている。

 

「ティファって携帯持ってるの?」

 

「何、こんな田舎娘がケータイなんて持ってるわけないでしょって思った?」

 

「いやいやそんな事ないッ!」

 

両手と首を全力で振って否定するクラウドに「冗談よ」と微笑み、ショートパンツのポケットから自分の携帯を取り出した。

 

「じゃーん!」

 

そう言って手に持った神羅製一般販売モデルの最新機種を見せる。

得意気なスマイルが眩しく、そして可愛らしかった。

そのまま互いに赤外線で連絡先を交換する二人。

【ティファ・ロックハート】の文字が表示された携帯のアドレス帳。

クラウドはその画面を覗き込んだが、直後に登録されたばかりの相手からメールが届く。

 

《これでいつでも話せるね》

 

ティファがなぜ今まで恋愛の話を振らなかったのか。

それはどうやら()()()()の方であったが、クラウドがその意味を知るのはもう少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて神羅カンパニーが研究施設として使用していた場所、通称神羅屋敷。

最後に使われたのは何時なのか、ジェノバプロジェクトで何名もの研究員が滞在していた時期はかなり昔と証明するように、放置された家具や機材には埃が被っている。

だが目を凝らせばほんのわずか、人の居た形跡はある。

つい最近、ガスト博士が調べ物のためこの神羅屋敷を訪れていたからだ。

 

博士の軌跡を辿るように、セフィロスは地下施設に向かう。

螺旋階段を下りれば、壁面は岩肌が剥き出したまま梁と支柱で補強されただけの洞窟が現れる。

その先を進み扉を開けば実験室が、そして己の出生に関する真相が保管された資料庫がある。

年中通して一定の温度と湿度が保たれるこの地下施設のおかげで、当時の資料は劣化が少なく鮮明に内容や記録が確認できた。

 

資料庫のほの暗い電灯の下、中央に備え付けられた大きな机、その周りを囲むように配置されている身の丈以上の本棚は、かつて『オレ』が初めて訪れた時よりも綺麗に整えられていた。

恐らくガスト博士が確認しやすいように整理したのだという事は容易に想像がつく。

おかげで血眼になって読み漁り、探し回った『オレ』の時と違って目的のモノは簡単に手に取る事が出来た。

 

【プロジェクト・S】で生み出された実験体の出生と成長を記した資料である。

胎児の頃からミッドガル本社へ移るまで、セフィロスの成長が事細かに記載された分厚い書物。

()()の人間であれば親が記録したアルバムを眺め過去の自分に懐かしむところであろうが、残念ながらそんな情緒あるモノでもないのだ。

目を背けたくても、脳が理解を拒否しても、真実は変わらなかった。

打ち震え、絶望した『オレ』と違い、今ではただの事実確認である。

内容に関しては『俺』が協力的であったために、過去より幾分か充実しているが、大きな違いはない。

一定のリズムでページをめくり、流し読みするが特別に目を引く情報は無かった。

 

セフィロスはこれといった反応もせず黙って元の位置に資料を戻すと次の書物に手を伸ばす。

 

本棚から取り出したのは【ジェノバプロジェクト】の主題ともいえるべき【古代種(ジェノバ)】の研究資料。

だが先程の見た己の記録とは違い、こちらの資料には真実は記されていない。

古代種とは程遠い存在、言い換えればニセモノの情報が記載された書物。

そして『オレ』が絶望の淵から怒りに駆られ、星の支配者として君臨する事を目論むきっかけとなったモノでもあった。

 

「滑稽だな……」

 

盛大な勘違いを起こし、魔晄炉の底、ライフストリームに落とされてようやく真実を知ることになったが今となっては深い溜息が出るばかりだ。

一通り眺めるも過去と変わらぬ情報で今の自分には目ぼしいモノなど何も無く、セフィロスは資料を仕舞い地上に戻ろうと決めた。

しかし先ほどから背後にうっすらと感じていたうっとおしい陰険な気配。

それをまとった白衣の男が行く手を阻んでいるのである。

 

「何の用だ」

 

「クックックッ、開口一番がそれか。

 キミのその反応を見るに、やはり真相は既に知っていた様だね」

 

「……あぁ、知っていたさ」

 

「何時、何処で、何から、もしくは誰から教えて貰ったのだ?」

 

通路の中央に立ち止まった宝条が、眼鏡のズレを指先で直しながらセフィロスを見る。

だがセフィロスはその質問に拒否を示す。

 

「答える義理はない」

 

「……そうかい」

 

両者の間に不穏な空気が漂い、お互い顔色を一切変えず淡々と言葉を交わす。

その後は暫くは睨み合っていた二人だったが、どちらから声を掛けることもなかった。

ただいたずらに時が経つ事に、しびれを切らしたセフィロスは強引に変化のない雰囲気を打ち破る。

 

「話が無いなら俺は行くぞ」

 

そう言って宝条の避けて横切り出口に向かう。

扉に手をかけ、いざ出ようとした。

直後、背後から宝条の声で引き留められる。

 

「知っていたのなら一つだけ教えてくれたまえ。

 キミにとって私はなんだね?」

 

その言葉に思わず立ち止まりはしたものの、セフィロスは首を僅かに背後に振るのみであった。

口角が下がった口元の端も確認できない程の浅い首振り。

宝条の位置からではセフィロスの表情は確認しようもない

再び沈黙の間が訪れるが、先ほどよりも時間は掛からなかった。

 

「明日の出発は朝早い。

 さっさと寝ておくことだ」

 

答えになっていない返事をしたセフィロスは、開きかけの扉をくぐり外へ出て行った。

残された宝条は珍しく静かであり、地下に不気味な笑い声が響き渡る事はなかった。

 

 

 

 

 




何もなければ年相応の少年少女だったハズ。


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第48話 魔晄炉

魔晄炉へ発つ当日。

ザックスとクラウドは集合場所へ着くなり軽いストレッチをして、今日の任務に意気込んでいた。

二人とも前日の事もあってか、やる気に満ちており予定時刻間際にセフィロスと宝条が到着した時には最高潮。

だが、セフィロスの口から放たれた待機命令に盛大に肩透かしをくらう羽目になってしまったのだ。

 

「ここで待機!?」

 

「そうだ、まずは俺と宝条だけで魔晄炉へ行く。

 お前達は村で待っていてくれ」

 

「説明をお願いしても良いですか?」

 

クラウドの疑問は当然であった。

本来聞かされていた彼の役割は魔晄炉のまでの道案内だ。

納得するかは別として、理由を教えて貰わねば待機をするにしても最適行動を取りにくい。

 

「あの山道は俺も昔に登っていて知っている。

 元々二人を魔晄炉に連れて行く気は無かった。

 本来の理由は万が一の為だ」

 

「万が一って、あんたいつもそれだな」

 

明確な理由なく濁された回答にザックスが口を尖らせた。

特に彼は幾度となくセフィロスから『念の為』『もしもの場合』『万が一』といった事を聞かされていたからである。

 

「まぁ何か考えがあってのことだろうし、深くは突っ込まないけどさ」

 

ザックスがはっきりとした意味を要求することはしない。

任務失敗が今までに無かった事。

命令に背いた場合の方が実際に危険だったという結果の積み重ね。

それ以上にセフィロスという人間を信頼している事が大きかった。

いつもならこのまま作戦開始となるはずである。

 

「お前達は今の俺がどう見える?」

 

しかし今日に限っては違った。

 

「え、いきなりどうした?」

 

「……命令だ」

 

真面目な顔をした上司が今の自分を評せと理由の分からない事を言ってきたのだ。

ただ表情からして冗談の類ではない事は明白だった。

部下の二人は戸惑いながらも正直に答える。

 

「うーん……変な事聞いてきたけど、そこも含めて普段通りかな」

 

「そうですね、いつものセフィロスさんです」

 

その返答を聞いたセフィロスは「そうか」とだけ呟く。

そのまま何かを言うべきか迷ってるように二人を見つめていたが、やがて重い口を開いた。

 

「俺に異常が見られた場合、この任務の指揮者はザックスだ。

 クラウドはそれに従うように」

 

任務に携わる部隊の長が何らかの理由で指示を出せなくなった場合、それは別におかしい事ではない。

予め決められた者や二番目の階級者へ指揮権が移行するのはマニュアルにも記載されている。

軍事に携わる者ならばしっかりと頭に叩き込まれている事だ。

 

「りょーかい。

 そうならない事を祈ってるぜ」

 

「了解です」

 

重要な事は何度も繰り返すなど珍しくない。

二人にとっては、別行動を取る上司が確認の為、改めて伝えてきた。

それ以上でも以下でもなかったのだ。

 

「では、魔晄炉に向かう」

 

「やっとかね、待ちくたびれたよ」

 

セフィロスが出発を告げると、口を閉じていた宝条が今日初めての言葉を発した。

待機を伝えられた二人は村からニブル山を目指す黒と白の背中を静かに見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村を出てから魔晄炉に向かう道中、二人の間には一切の会話が無かった。

ソルジャー1stが先導して辺りを警戒し、科学部門統括がただ黙って後ろを付いていくだけ。

これと言ったトラブルが無かったせいも有り、最後まで沈黙が解かれる事なく、ひたすら山登りに勤しんだのみで目的地に到着してしまう。

そこは、くすんだ色の岩肌が辺り一面に広がり、村へエネルギーを供給するパイプラインが地面に突き刺さっている。

道すがら草木といった生を感じさせる存在はほとんど無かった、あるいは枯れていたのだが、彼等の前にそびえ立つ無機質の炉塔は人々を豊かにするという謳い文句で建てられた代物である。

 

「宝条、これから中へ入るが念のため俺のそばから離れないでもらおう」

 

「まぁそこはキミの指示に従うよ」

 

「……中の細かい詮索は後回しだ。

 最初に事件の場所へ向かう」

 

「どうぞ、ご自由に」

 

やけに素直な宝条を後目にセフィロスは正宗を構えると、気を引き締めて魔晄炉の中へ足を運ぶ。

目を配らせて注意しながらガスト博士が倒れた場所を目指す傍ら、内部はかつて『オレ』が訪れた時と変わっていない事を認識する。

あの時と違うのは伴っている人物が信用出来る後輩か、油断ならぬ科学者かという事だけであった。

辺りを注意深く見回すセフィロスとは対照的に、宝条は自分の前を歩く英雄にだけ目を向けていた。

 

しばらく進めば、とうとう二人は例の部屋へ到着する。

中央には階段が敷設され上まで伸びており、左右にはパイプに繋がれたカプセルが壇上に並んでいる。

カプセルに付いた円形の小窓からは淡い魔晄の光が漏れていた。

そして、その中身は……。

 

「ここへ来るのも久しぶりだ……どれどれ」

 

足を止めた宝条がポツリと口にすると、おもむろに近くのカプセルを覗き込む。

 

「ほぅ、中々立派に成長しているじゃないか」

 

そして、ご満悦な表情をカプセルから引き離すとニヤニヤと笑みを浮かべていた。

だが、そんな宝条の背中にはいつの間にか正宗の切っ先が向けられており、その持ち手が淡々と告げる。

 

「その実験体は何処から調達したんだ?

 内容によっては二度とミッドガルへ帰れなくなるぞ」

 

「おやおや、何の話だね?」

 

「シラを切るつもりかッ!」

 

「全く話がつかめないね」

 

宝条の回答に思わず声を荒げたセフィロスであったが、よくよく見れば両手を後ろに組んだ博士の顔は本当に知らぬ存ぜぬを主張しているようで演技とも思えなかった。

不思議に思ったセフィロスは一旦正宗を収めて、宝条をどける様にカプセルの中を見る。

 

「これはマテリア!?」

 

目に入ったのは魔晄で満たされた容器の中で浮かぶ人工マテリアであった。

想定していたモノとは違う事実に驚くセフィロス。

その様子に宝条は首を傾げながらも説明を始めた。

 

「コレは魔晄エネルギーを凝縮してさらに冷やすシステムだ。

 そうやって神羅のマテリアは作られる。

 この事は民間人だけじゃなく、一般社員にも秘密となっているのだよ。

 さらに言えばソルジャー部門でも扱っているマテリア合成システムとは根本的に違うシロモノだ」

 

「それは知っている……」

 

「ふぅむ、それにしては大分驚いているように見えるがね」

 

神羅製人工マテリアの制作過程は企業秘密であるため、宝条の言う通り神羅の社員であってもおいそれと知る事は出来ない。

とは言えセフィロスは一般社員の枠組みから外れているので知ろうと思えば可能である。

そのおかげで当時の『オレ』も魔晄炉に繋がれたカプセル()()の使用目的を知っていたのだ。

だが彼の記憶の中でカプセルは、別の目的の為に利用されていたという事実があった。

 

「お前はこの中にヒトを入れてモンスターを創っていたんじゃあないのかッ!?」

 

そう言って小窓から目を離し、振り向いたセフィロスはカプセルを拳で勢いよく叩きつける。

ガンッ!という大きな音が部屋中に響き渡る中で宝条は至って冷静であり、丁寧にセフィロスの発言を否定していった。

 

「成る程、ヒトを魔晄漬けにしてモンスターを創り出す……か。

 確かに過去、ソルジャーを創り出す過程で似たような実験はしていた。

 キミも幼少期に何度かミッドガルの研究室で見ているだろう?」

 

「あぁ、覚えているとも」

 

思い出される昔の科学部門本社研究所。

大小様々なカプセルに押し込めてされた実験サンプル達。

 

「なら話が早い。

 あんな実験はその時で終いだよ。

 アレで得られる結果はホンモノより遥かに劣るまがいモノ。

 わざわざ設備も古いこの場所で行う必要など何処にもない。

 時間の無駄だ」

 

身に覚えのない疑いを跳ね除ける様にハッキリと告げる。

困惑しているセフィロスをよそに宝条は階段に向かって歩き出した。

「待てッ」という制止にも耳を貸さず博士は一歩、また一歩と階段を上がっていく。

 

「キミは時々、確信めいた事を言う。

 まるで直接自分が見てきたと言わんばかりのようにね。

 それをどうやって得た知識なのか、私は常々疑問に感じていたよ」

 

上りながら語り掛けてくる宝条へ、セフィロスも追いかけるように続いた。

彼が丁度追い付き、二人が肩を並べたのは階段を全て上り切った場所。

【JENOVA】と書かれたプレートの扉の前だった。

 

「私は、その答えはこの先にあると考えている」

 

いつもの不気味な笑みは潜め、宝条らしからぬ真剣な顔だった。

セフィロスはその先に存在するモノを知っている。

しかし同時に知らないという状況にも陥っている。

彼の今まで歩んできた過去が大きな変化を迎えている今、実際に己の目で確認して判断するしかないのだ。

 

「ふむ、カウンターの魔晄濃度は正常値だな」

 

「…………」

 

「さて、今から開けてみよう」

 

ガスト博士はこの先で魔晄中毒になった疑いがあるため、宝条はまず内部の魔晄濃度を測定した。

事前に校正も行った測定機器で異常が見受けられないため、そのまま扉のロック解除作業に取り掛かる。

黙って作業を見つめるセフィロスを無言の肯定と捉えたのか、その都度確認を取る事はしなかった。

やがて解錠され重厚な金属で出来た扉が、室内の気圧変化により空気が抜ける音とともに開かれる。

 

「では、行こうか」

 

そうして先立って宝条が扉をくぐるが、異常を察知したのか直後に立ち止まった。

 

「マズイッ、宝条下がれッ!」

 

セフィロスも何かを察したように叫ぶ。

 

「ウ、ウ…あ、たまが…」

 

宝条がその場で頭を抱え込み膝をつく。

 

「何故だッ!何故こんな大量の魔晄がッ!」

 

セフィロスはどうしてそうなったか理解出来なかった。

測定機器で検知出来なかった部分に滞留していた魔晄が圧力差によって入り口側に吹き込んだのだろうか。

しかし科学部門統括の宝条がそんな些細なミスなど犯すはずもない。

だが実際は見渡せば室内は高濃度の魔晄に満ち溢れている。

それはさながら星の中心で()()()()()()()()()()()()()かのように錯覚するほどに。

 

「おいッ!大丈夫かッ!」

 

「な、何という……」

 

セフィロスは宝条にすぐ駆け寄ったが、既にうつ伏せで倒れ意識は無くなりかけている有様だった。

()()では数秒で発狂、もしくは昏睡に陥る環境下、一刻も早く外に連れ出さなければならない。

その為、博士を抱え込もうとセフィロスはしゃがみ込むが、その時

 

 

 

 

 

“セフィロス”

 

「…ッ!」

 

 

 

声が聴こえた。

 

 

 

“セフィロス、待っていたよ”

 

「誰だッ!!」

 

 

 

耳ではなく頭の中に直接。

周りを見回しながら正宗を構える。

 

 

 

“セフィロス、さぁこちらへ”

 

「そこかッ!!!」

 

 

 

語り掛ける主は部屋の奥に潜んでいた。

邪魔な人形(ジェノバドール)が正宗によって切り裂かれる。

 

 

 

“やっと会えたな、クックックッ”

 

「ま、まさか……」

 

 

 

支持を失った人形が魔晄炉の底に落ちていく。

遮っていた物が消えた事でようやく対峙した存在。

水槽に拘束されたそれは身体こそ朽ちているが、顔はかつて見た母を思わせる古代種の女性ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは同じ顔を持つ者(セフィロス)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 




残すところあと3話です。


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第49話 ジェノバ

「そんな……まさか……」

 

目の前に存在するのは、自分と同じ顔を持つモノ。

セフィロスは必死に平常心を保とうとするが相手がそれを邪魔するように語り掛ける。

 

“こうして魔晄に満たされた空間のお陰で、ようやくお前とまともに意思疎通が出来る”

 

発していないハズなのに何故か耳に残る相手の声。

顔だけでなく声も己と同じという事が嫌悪感を増大させた。

 

「村の停電の原因はお前の仕業かッ」

 

“くみ上げた魔晄を操るなど星の全てを知った私には造作もない事だ”

 

必死で頭に響く声を振り払い、自分の過去を今一度振り返る。

あの時の『オレ』は確かにジェノバと融合した。

だが目の前の存在は約2千年前の地層から発掘されて、この場所に保管されていたハズである。

何より己の肉体がしっかりと存在する今、自分の姿でジェノバがそこに居る事実が頭を混乱させた。

 

「もしかして宝条が……」

 

やがてセフィロスは一つの仮説を思い付いた。

宝条が秘密裏に自分の細胞をジェノバに投与したのではないかと。

 

“残念だがそこに転がっている哀れなコンプレックスの塊は全く関係ない”

 

だがそれは、あっさりと否定されてしまった。

思考を読まれ声に出さなくとも考えが伝わってしまう。

ついでのように高濃度の魔晄の中で倒れている宝条を貶しあざ笑っていた。

 

“しかしお前と相対したにも関わらず、尚も意のままにする事が叶わぬとはな。

 流石の精神力だ”

 

「俺を支配しようとしても無駄だッ!」

 

嬉しくもない褒め言葉に啖呵を切った。

だが次に聞かされた言葉でその勢いは消え去った。

 

“クックックッ、ニセモノとは言え私の純粋なコピーという訳か”

 

「コピーだとッ!?」

 

コピーと言う言葉にセフィロスは感情を揺さぶられる。

ジェノバ・セフィロスは何も知らない様を見下しながらも少しずつ情報の開示を行う。

 

“お前は最後の戦いに敗れた後、再びその肉体に意識が戻って来たと勘違いしているようだが……。

 正しくはこのジェノバの体に意識が戻って来たのだ”

 

その事実を聞いた瞬間、セフィロスの目が見開き、同時に右手で顔半分を覆った。

 

「だとしたら……俺の…記憶は……」

 

“ほう、察しがいいな。

 その記憶は私がオリジナルの肉体に与えたものだ。

 この朽ち果てた体では()()()()()()()()()()()()

 

過去においては首無しの状態になろうとも本社研究所のカプセルを破り、擬態してプレジデント神羅を刺し殺す事が出来た。

だが逆に言えば衰えた肉体はその程度が限度である。

その証拠に、その時点では大した戦力でもなかった者達に倒されてしまったのだから。

水槽の者が示す満足とはあらゆる障害や強敵を排除して、己の野望を達成するための()()()()()()()()()の事。

 

“本来であればお前を操りオリジナルの肉体を取り込む予定だったのだ。

 しかしあの人形(クラウド)とは違い頭の中で囁くのが精一杯だった。

 それすらもほとんど行う事が出来なかったがな”

 

セフィロスの脳内に魔晄を通して相手の声と一緒に真実が流れ込む。

まるで魔晄中毒に罹るかのように大量の情報が押し寄せ、自己崩壊が進む。

 

明らかになった真相はこうだ。

操れないと判断した奴はこの世界のセフィロスも同じ道を歩むと考えた。

だがそうなってしまった時、そのセフィロスとジェノバに宿った者で主導権の争いが起きる可能性があった。

最悪の場合は両者共倒れとなり消滅する事を懸念していたのだ。

そうなる前に先手を打ち、オリジナルの肉体が幼い時にジェノバ細胞を通して記憶を上書きしたのである。

それは即ち真のセフィロス・コピーであり、コピーは明確な主従関係を無意識に刷り込まれる。

セフィロスは今、その無意識下に植え付けられたジェノバに宿る相手を主とする本能が表面に現れかけていた。

 

“記憶を与えたお前を今までずっと観察していたが、なかなかどうして興味深かった。

 まさか、宿敵である古代種にあそこまで懐かれるとはな。

 それどころか過去の償いでもするがごとく目に付いた者達は片っ端から救い上げて行く。

 英雄という呼び名を忌み嫌っていた癖に英雄を目指す姿は滑稽だった”

 

「うる…さい…黙れ……」

 

“しかし頑なに過去の記憶がある事を誰にも打ち明けないのはどうしてか?

 私にはわかるぞ。

 お前が世界に行った事を知ればガスト博士も、イファルナやエアリスも、アンジールやジェネシスも、ザックスやクラウドも……。

 そのほかにお前を慕う者達は皆離れていくだろう。

 それが怖いのだろう、恐ろしいのだろう?

 元より孤独な人生であったが、一度手に入れた安寧はさぞかし甘美なものであっただろうな”

 

かつての所業が走馬灯のごとく駆け巡る。

選ばれし者と烏滸がましい考えに至り行った虐殺の犠牲者。

己が神を目指し星を支配しようとした時に敵対した者達。

幼き頃感じた罪悪感、間違いを犯さないと決めた自分は何だったのか。

 

“しかし私はお前を拒絶したりはしない。

 お前を創り出した私は全てを肯定しよう。

 母の愛情を切望する渇いた心を満たしてあげよう。

 私と一つとなり愚かなる人類を粛清し星を導くのだ”

 

セフィロスは手に持ったままの正宗を引きずり、たどたどしい足取りで水槽に浮かぶ存在に近付いていく。

宝石のような淡いグリーンだった瞳が濁り深緑色を見せている。

 

“さぁおいで、セフィロス”

 

彼の表情は、もはや考える事を破棄したように虚ろとなっていた。

 

「母さん……」

 

セフィロスはゆっくりと水槽に両手を伸ばす。

そして徐々に力を籠める事で水槽に触れた部分から亀裂が走る。

 

“クックックッ……”

 

もう少しでオリジナルの肉体が手に入ると厄災は静かにほくそ笑んだ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クァッ クァッ クァッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突に響く下品な声。

その不意を突く笑い声の出所は先程からずっと入り口付近で倒れている宝条であった。

いつの間にか仰向けで大の字になり、大口を開けて笑っている。

 

「いやぁ成る程、成る程。

 お陰様で謎が解けたよ」

 

“お前はさっきまで魔晄中毒に成りかけていたはずッ”

 

手繰り寄せていたセフィロスは一旦さて置いて、ご機嫌な様子の宝条に注目するジェノバ・セフィロス。

 

「こんな貴重な場面で魔晄中毒に罹るなんて科学者として機会損失だよ。

 実にもったいない」

 

“異常な奴め”

 

常人には耐えられない濃度の魔晄。

だが常人ではない者にとっては別だった。

 

「おまえがこの魔晄に様々な知識を流し込んでくれたおかげで私はまた一つ賢くなった。

 別の世界の話など、こうやって体験をしなければ非科学的だと一喝していたところだ。

 お礼を言おう、ニセモノ君」

 

“ニセモノはお前が創ったコイツだろう。

 先程の話を理解出来なかったのか”

 

その者は目前の水槽越しに俯いた状態で立ち竦むセフィロスへ目を動かして指し示した。

だからどうしたのだと、愉快そうに宝条は立ち上がる。

余裕綽綽といった顔付きで白衣に着いたホコリを払い、ついでにズレた眼鏡を掛け直す。

 

「理解はしてるとも。

 そのうえでおまえをニセモノだと言ったのだ」

 

“魔晄で頭がやられた様だな”

 

「至って正常だがまぁいい、おまえにも分かりやすいように説明しよう。

 セフィロスへ記憶を与えた事により人格を置き換えたと考えているようだが、それは本来当たり前の事だよ。

 記憶は人格形成に多大な影響を及ぼすが、本質はそこじゃない。

 だいたい記憶の有無で別人と言うのなら、昨日までの私と真実知った今の私。

 どちらかがニセモノでホンモノになるというのだ。

 過去を知った上でどういった人物となるかはその者次第であり、コピーだなんだとはまた別の問題。

 まったくこんなレベルの事も理解出来ないようじゃおまえを創った奴はやはり三流だな」

 

“自分で自分を三流呼ばわりか”

 

その言葉に宝条は盛大に呆れて深い溜息を吐くと、両掌を上に向けやれやれと言った仕草をする。

 

「おまえが呑気にセフィロスと話している間にそっちの世界の宝条(わたし)も垣間見させてもらったが……。

 あれは本当に私かと疑うばかりの愚か者だな。

 優秀な科学者は殺す、貴重なサンプルは死なす、大切な最高傑作は壊れてしまう。

 あまつさえ碌な臨床実験も行わず自分の身体を検体にしてモンスターになるとは。

 よくもまぁあそこまでやることなす事全てが裏目に出たもんだと感心すら覚えるよ。

 反面教師というヤツで記憶に刻んでおこうかね、クックックッ」

 

お得意の御高説が矢継ぎ早のごとく宝条の口から飛び出してくる。

その様に水槽の中にいる存在は情けなくも気圧されてしまった。

 

「そもそもおまえが本当にあちらの世界でセフィロスだった者なのか怪しいのだよ。

 なんというか……フリをした誰かという印象を受ける。

 まぁこれは私の()という奴なんで証拠は提示出来ないがね」

 

“もういい、お前を過去に殺せなかった事は今になってこの時の為だと考えよう。

 体は動かなくとも精神は自由なのだ”

 

存在を否定された怒りと、口では勝てないと踏んだ悔しさがジェノバ・セフィロスを駆り立てたのだろう。

その者はマテリアが無くとも魔法は使えるという事実がここにきて活かされようとしていた。

 

“死んでしまえ!!!宝条!!!”

 

赤い眼光が輝いたかと思うと急激に宝条の周りを取り囲むよう熱が発生する。

だが、そのまま温度は上昇することなく宝条の身体を燃やし尽くす事は無い。

何故ならジェノバ・セフィロスの集中力がいきなり途切れ意識が消えかけたのだ。

さらに水槽を満たしていた溶液が急激に減っていくのが分かった。

 

“な……ん……だ……”

 

若干遅れて強烈な痛みを感じた奴は、視線を宝条からすぐ手前に戻すと原因をつきとめた。

 

それは気迫に満ちたセフィロスであった。

 

水槽を突き破った彼の正宗が自身の口から一直線に脳を貫いていたのだ。

操ることも出来ず、魔晄を導体として暗示掛ける事でようやく精神のわずかな隙を付くことが出来た相手である。

ジェノバ・セフィロスが宝条に気を取られた間にセフィロスは自らを取り戻すことが出来たのだろう。

光を取り戻した魔晄の瞳が力強い眼差しで徐々に曇っていく赤い目を捉えていた。

 

「ずに……のるな……」

 

セフィロスは正宗を持つその手に力を込めると全身全霊をもって強烈な一太刀を浴びせた。

水槽ごと一刀両断されたソレを完全に消滅させるべく、範囲を絞り威力を最大限にしたフレアを唱える。

 

“そ……んな……ばかな……”

 

最後に過ぎったその言葉。

皮肉にもセフィロスがジェノバと融合する前、クラウドに返り討ちにされヒトとして最後に上げた断末魔の叫びと同じだった。

崩れゆく赤眼に映っているのは冷笑した宝条。

哀れな末路を迎える者に最後の手向けとして、博士は言葉を贈るのであった。

 

「消え去る前に勘違いを一つ訂正してあげるとしようか。

 この世界のホンモノはおまえではなく()()()()()()()()()()()()ただ一人だ。

 お分かり頂けたかねニセモノ君」

 

 

 

 

 

 





Q、どうして宝条博士は魔晄の中で意識を保てたの?

A、宝条だから


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第50話 英雄

先程までは平気そうな様子の宝条だったが、肉体強化は行われていない普通の身体。

緊張感の中で気張っていた精神が急に緩めばたちまち立ち眩みを起こし倒れそうになった。

床に身体を強打する前にセフィロスがとっさに支え、そのまま肩を貸し魔晄炉の入り口付近に連れ出した。

その場の壁に寄りかかるように座らせると、セフィロスは携帯電話で村に待機させたザックスに連絡を入れる。

 

「ザックス、宝条が高濃度の魔晄を浴びてしまった。

 早急に医療班を魔晄炉に寄こしてくれ。

 いや、こちらは大丈夫だ。

 だから、詳しくは後だ。

 とにかく、すぐに手配を頼む」

 

電話の向こうで詳細を聞き出そうとする相手に手短に用件を伝え問答無用で通話を切る。

 

「やれやれ、年は取るもんじゃないね」

 

若ければ平気だったとでも言いたげに宝条は笑う。

あの魔晄の濃度ではセフィロス以外じゃ数秒持つか怪しい。

とんでもない事を言ってのける科学者に呆れつつも、そんな博士のお陰で危機を乗り越えたのだからセフィロスも頭が上がらない。

片膝を付き宝条に目線を合わせ、電話の結果を伝えた。

 

「しばらくしたら迎えが来る。

 それまで安静にしているんだな」

 

「キミは……やはり行くんだな」

 

「まだやらなければならない事があるからな」

 

ジェノバ・セフィロスが満たした魔晄に触れた事で、宝条はセフィロスの真実と歩んだ歴史を知る事になった。

その中でセフィロスの思考ともある程度共有され、この先彼が為さなければならない事も察していたのだ。

 

「今回の依頼、結果を私に報告するまでが任務だぞ」

 

「解っている」

 

セフィロスがこれから向かう場所は宝条も理解している。

戻って来れない可能性も十分あることもだ。

腰を上げて正宗を携える彼を見上げながら約束を交わす。

 

「報告は必ず聞かせてもらおう」

 

「承知した」

 

「ならば行ってきなさい」

 

フッと笑ったセフィロスが魔晄炉の奥に消えていくのを宝条はただ見送る。

その姿が視界から消えると暫くして意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔晄炉の最深部。

直近までジェノバが存在していた場所に充満していた魔晄は、まるで干潮のように引いている。

しかしそのおかげで部屋の惨状があらわになり酷い有様であった。

配管は損傷し至る所から魔晄が漏れ、ケーブルは千切れその先から電気がバチバチと光っている。

中央に鎮座した水槽はジェノバと共に真っ二つにされ片方は炉の中腹辺りで引っ掛かかっていた。

残った片方も中身と一緒に原形が分からぬほど破壊されている。

その後ろの壁はセフィロスが加減せず切り裂いたのでニブルヘイムの空を見渡せる細長い穴が出来上がっていた。

 

セフィロスは損害調査の為にこの場に戻って来た訳ではない。

彼は足元の遥か下、白緑(びゃくろく)に輝く魔晄の溜まりを見下ろしていた。

 

「そこにいたか」

 

返事などあるはずもないが、確かに存在する何か。

本人はその者が呼ぶ声を聴くことが出来たのだろう。

向かうべき場所が判明したようで一片の迷いなくその身を魔晄へ投じたのだ。

 

まるで高速列車の窓に映る景色のように連続する光と闇が交じり合う。

物質として壁が存在する訳ではないがトンネルのようにセフィロスの周りを筒状に繋ぎ目的の場所へと誘い込む。

時間の経過は永遠とも一瞬とも感じられる不思議な感覚であった。

セフィロスがその感覚を覚えたのが()()と認識出来るようになった時、辺り一面に光が点在する空間に到着し、彼は黒い大地へ降り立った。

 

その様子をずっと見つめて待ち構えていた人物。

同一にて異質なる者、己と対峙したる存在。

漆黒のコートを身に纏い、艶めいた銀色の髪をなびかせていた。

瞳に宿る淡い緑と鋭い瞳孔が互いに視線を交差させる。

 

「ここは?」

 

「過去も未来も無い、世界の垣根も存在しない場所」

 

セフィロスの疑問に対する返答は同じ声だった。

 

「世界の垣根?」

 

「おまえが存在するように、違う歴史を歩むオレ達が無限にいるのだ」

 

その者はそう言って腕を頭上に伸ばし指を鳴らす。

すると彼方で輝いている光が数個。

彼等の周りに吸い寄せられるよう近付いてきた。

 

「光をよく見るんだな」

 

セフィロスは集まった光に目を凝らす。

それには映画のように自分の姿が映し出されていた。

 

「これはッ!?」

 

「オレ達の一部だ」

 

自分が知るクラウド達と戦う己も居れば、知らないクラウド達と対峙する自分もいる。

鍵のような剣を持つ少年と刀を交えるセフィロス。

リングに上がり素手で戦うセフィロス。

ピエロの様な者と会話するセフィロス。

金を稼ぐことに躍起になるセフィロス。

丸いピンクに吸い込まれそうになっているセフィロス。

このように映像には様々なセフィロスが存在した。

例え天地がひっくり返ろうともありえない事やってのける自分が数多く存在する事にセフィロスは驚愕する。

その中にはジェノバに完全に支配されたセフィロスも見受けられた。

 

「おまえの世界のジェノバはライフストリームに溶けたオレ達の一部を記憶として取り込んだ。

 そしておまえをニセモノと呼んだが、実際は自分をセフィロスと思い込んだだけの愚かな生き物であった」

 

魔晄炉で水槽ごと貫き切り裂かれ消し炭になったジェノバに対しその者はせせら笑った。

そんな厄災をあざける者へ映像から顔を向けたセフィロスは問う。

 

「俺は一体何者なのか?」

 

「そうだな、己をかつての英雄と勘違いしていたセフィロスとでも言っておこう」

 

その者が言う通りセフィロスは正真正銘、やって来た世界のセフィロス本人であった。

宝条の言うホンモノは決して間違いでなく、正しく本質をついていた。

かつての記憶から憶えた罪悪感や良心も、植え付けられたのではなく始めから本人に備わっていたもの。

無論、他のセフィロス達にも有ったものだが、彼等を取り巻く歪な環境が次第にそれらを変質させた。

何とか理性で保っていたが、決定的だったニブルヘイムの出来事で失う事になってしまった。

 

「この場所は全ての原点であり、そして終着点」

 

その者は両腕を仰々しく広げて周りの空間を示す。

 

「お前はここで神になったのか?」

 

「さあな、オレは数多に存在する世界への干渉は出来なかった。

 ここから抜け出す術を知らず、自ら命を絶つことも出来ないのだ。

 世界を見るということ以外は何一つ不可能だった……」

 

遠い目をして再び腕を上げると今度は手を振り払った。

それを合図にセフィロスの周囲に集まっていた光が元の位置に戻っていく。

彼等は何もない空間でお互いに向き合った。

 

「だが運命を切り裂きここへやって来た者が居た。

 そして()()()()の刃をおまえに向ける事が出来る。

 この意味は分かるな?」

 

携えた正宗を引き抜きセフィロスに向けた。

それに応じる様に彼もまた正宗を構える

鏡と思うほど同じ外見の二人だが正宗を持つ姿は互いに左手と対であり、片方の胸元には無色のマテリアが煌めいている。

 

()()がお前の答えか」

 

真剣な表情のセフィロスとは対照的に不敵に微笑む相手。

 

「オレに可能性を見せてくれ」

 

挑発するかのように言葉を投げかけてきたその者へ、セフィロスは距離を詰め切りかかる。

最初の一撃は真正面から。

だが相手は刀で応える事なく、その身を反らして避ける。

攻撃を外し後方へ向かったセフィロスは振り返り斬撃を跳ばすが、あっけなく切り払われた。

 

もう一度攻撃を繰り出すべく相手へ近づくセフィロスだが、今度はあちらも動きだして反撃する。

何度か正宗同士が火花を散らし交わったが決着が付かず、向こうが距離を取ろうと下がる。

セフィロスはそれを許さず追撃した。

右、左、斜め下、頭上と四方八方から手を緩めることなく連続で切りつける。

 

退避を封じられ、その場でセフィロスの攻撃を刀で受け続ける相手。

しかし防戦一方で追い詰められていたと思いきや、その者の表情は緩んだままである。

むしろ苦戦を強いられていたのはセフィロスであった。

周りをぐるりと囲むようにあらゆる角度から攻め立てるが、全て華麗に受け流されていた。

 

「どうした、おまえはその程度か」

 

一方的に攻め続けるが決定打を入れられないセフィロスを煽る。

それを聞いた彼は顔付きに変化はなかったが癇に触ったようで攻撃は更に激しくなった。

しかし状況は変わらず、その者は平然と刀で受け止め続け、表情は余裕のままである。

 

「──くッ!」

 

とうとう正宗が弾かれて生じたわずかな隙にその者からの一撃がセフィロスの体を突き刺す。

顔を顰めるが即座に自分の腹部に刺さった刀身を掴もうとした。

が、それを見越したように相手は素早く正宗を引き抜くと血を払う。

 

「同じ手は食わん、経験しているからな」

 

過去の苦い思い出を笑っていた。

そんな様子を見てもセフィロスは諦める事はしなかった。

刀を腹から抜き取られても怯むことなく、素早く両手で正宗の柄を握りしめると眼光鋭く目標を捉える。

あちらは血を拭ったばかりの刃を構え直した。

セフィロスが懐に飛び込む様に踏み込むと、全ての力を振り絞った渾身の一撃がその者に襲いかかる。

そのまま再度お互いの刀が交差するかに思われた。

 

「なッ!?」

 

だが、それは叶わなかった。

セフィロスの正宗は相手の刀身を砕き、そのまま持ち主の右肩から左脇腹にかけて袈裟斬った。

 

「確かに()()()()()は経験豊富だろうなッ!」

 

確信めいたようにセフィロスは叫ぶ。

二つに分かれた正宗。

切っ先を持つ刃は弧を描き地面に突き刺さった。

そして己の武器と同じように二つに分かれた身体。

頭と左腕が有る半身が右腕と下半身を残した肉体からずり落ちる。

切断面から血が流れる事は無く代わりにライフストリームが溢れ出していた。

下半身はそのまま倒れ、頭のある半身は仰向けに横たわる。

 

「限界だったか……」

 

飛んでいった刀身を見ながらそう呟き、左腕に残る折れた正宗を頭上へと持ってくる。

その者の体が光に包まれて徐々に薄まっていく中、その刀は確かな存在感を示していた。

刀身には先程の戦いで出来たモノではない、無数の古い傷跡が残っている。

 

「武器に執着するなどなかったが、何故かコレ(正宗)は手放せなかった……」

 

かつてのセフィロスと共にするように魔晄炉の底へ落とされた正宗。

その後、星の中心であるライフストリームで迎えたクラウドとの一騎打ち。

多くの想いが込められた十五の連撃を強く刻まれた刀は、肉体とは違い星に還ることなくこの場所に流れ着いたのだ。

まるで主人の下へ帰るようにもう一度『オレ』の手に収まった。

別の時空、再び復活を目論むセフィロスが必要ないと捨て去ったモノ。

ヒトであった頃の記憶を宿す魂として。

 

その者はゆっくりと左腕を降ろすと深呼吸をする。

先程貫かれたお腹を右手で抑え静かに見守っていたセフィロスへ告げる。

 

「帰るなら自分の()に聞け。

 お前の帰還を待つ者達の声が聴こえるはずだ」

 

「…………」

 

その者の体は地面がハッキリ見えるほどに透けていた。

もう一つの別れた下半身はすでに跡形も無く消え去っている。

 

「オレには居なかった……」

 

悟ったように告げる。

寂しさ、悔しさ、諦め。

客観的に見れば負の感情が乗せられた言葉だが本人は感傷に浸る事すら叶わぬほど心を失いつつあった。

焦点が定まらない目が遥か遠方を見つめているが認識しているかさえ怪しい。

そんな相手の顔に近付くよう側で膝を着いたセフィロス。

手を伸ばし消滅しかかっている左手をそっと掴むと自分の胸へ持っていく。

消えかけの指が拍動する肉体、そして無色のマテリアにかすかに触れた。

 

「お前は思い出にはならないさ」

 

その者は一瞬驚いた顔をする。

しかしセフィロスが決して憐れむつもりではないと理解すると優しく笑う。

 

「なるほど……これが英雄か……」

 

彼は静かに目を瞑りそして完全に消え去った。

クラウドに敗れた時は血に塗れた顔を歪ませて、無念と共にライフストリームへ肉体を霧散したが、目の前で星に還った『オレ』は全てを受け入れたように穏やかな表情だった。

傍らには折れた正宗だけが残されていた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

黙祷を捧げるようにしばらくじっとしていたセフィロスだったが、やがて立ち上がると胸のマテリアを高々と掲げて周囲を見渡していく。

すると透明な球体を通して一際輝く大きな光が目に入る。

目的の場所を見つけた事に安堵したセフィロスは、折れた正宗を拾い上げると勢いよく地面を蹴った。

目指す光に近付けば自分の知る者達の声が聴こえてくる。

 

『チクショーッ!次は絶対勝つからな』 

 

『俺、ずっと憧れていたんです』

 

『貸したLOVELESSはもう読んだか?』

 

『次はサシじゃなくて後輩達も誘って飲むか』

 

『クックックッ、素晴らしい、新記録だ』

 

『S細胞の提供は本当に感謝しているよ』

   

『作戦の成功には君にかかっている、任せたよ』

 

『貴様程の社員は、やはりそうそういないものだな』

 

『助かった、タークスを代表して礼を言おう』

 

『我が社の新しいプロモーションに出てくれんかね?』

 

『今度、我が家でキミの誕生会をやろうと考えてる』

 

『ふふっ、自分の家だと思ってくつろいでいいのよ』

 

『お花、キレイでしょ?セフィロスに見て欲しかったんだ』

                  

歩んできた人生の中、自らを必要としてくれた者達の確かな言葉。

セフィロスの身体を包み、帰るべき世界へと誘う手引き。 

それは温かく、穏やかで、心地よい。

素晴らしい想いに導かれた英雄は自分の居場所へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足。

本作の一人称『俺』セフィロスは、
セフィロス(原作)の記憶を持ち自分をセフィロス(原作)と勘違いしていたセフィロスです。
なので逆行はしていません。

そしてジェノバは、
セフィロス(原作)の記憶を持ち自分をセフィロス(原作)と思い込んでしまったジェノバです。
こっちも逆行したわけじゃありません。

最後の『オレ』も厳密には時を遡った訳ではなく
過去も未来もない場所に閉じ込められた訳です。

今作の逆行とは国語における本来の意味
『進むべき方向と反対の方へ進むこと』がテーマでした。

ただ本作は創作界隈における逆行のカテゴリではあると思いますので
タグは外しません。
どうかお許しください。
宜しくお願い致します。


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第51話 エピローグ

ニブルヘイム事件から数週間、魔晄炉で中毒に罹った宝条及びガスト博士は無事回復した。

特に宝条の浴びた魔晄は途方もない量であり回復には相当な時間がかかると見込んでいたのだが、日を追うごとに正常になっていく様を見た医師たちは開いた口が塞がらなかったという。

 

結果的に、先に万全の状態となった宝条が未だ退院できてないガスト博士の病室を訪れていた。

珍しい来訪者に目を丸くした博士だったが、歓迎するように近くの椅子へ着席するよう促した。

 

「やぁ調子はどうかね。

 まぁ見たところ良さそうだからさっさと本題に入るとしようか」

 

本当に体調を気遣っているかも怪しい素振りで宝条は自分のペースに持ち込んでいく。

二人がまず行った事は、あの場で見た事についての意見のすり合わせである。

宝条は言わずもがな、ガスト博士も例のジェノバが操っていた魔晄に触れ、知識の一端を垣間見ていたのだ。

意識が戻ったガスト博士はあの出来事については幻だったのだろうかと半信半疑であった。

しかし古代種である妻に話せば静かに首を振り、何より非科学的な事を嫌う宝条が興奮気味に語るのを見て考えを改めた。

 

「別の世界を観測できる。

 とても素晴らしい事だと思わないかねガスト博士。

 それを突き止めた暁には膨大な知識を、見た事も無ければ存在しないような事も認識出来る。

 極端な話、私が不老不死にでもなって時間を掛ければこの世界に存在する全てを解き明かす事は可能かもしれん。

 だが選ばれなかった選択肢、歩まなかった歴史というのは予想は出来ても真実は分からない。

 なにせ分岐した別の道はその時点で失われるのだからね」

 

ガスト博士は自分が若い頃、仲間に夢を語る時を思い出した。

今目の前にいる人物はその時と同じ。

まるで童心返ったように目を輝かせているのは失礼だが少々不気味でもあるが。

 

「今回の出来事こそ私の永遠のテーマに相応しい。

 他の世界を認知出来るという事はこちらが仮ではあるが上位世界とも言えるのではないか。

 いや、そこも含めて追求していかねばならんな。

 どちらにしろそのきっかけに触れる事が出来た私達はなんと幸運か。

 あぁ素晴らしい、好奇心と知識欲が留まる事を知らない」

 

両手を大きくふって手振り身振りで話す宝条。

彼がこんなにも感情を込めるのは長い付き合いのガスト博士でも初めて目にする光景だった。

 

「とはいえ、まずは社長を説き伏せねばならんな。

 新プロジェクトの立ち上げだ」

 

ガスト博士は嫌な予感がした。

 

「そこでガスト博士にはジェノバプロジェクトを承認させた時の様な凡人にも分かりやすいプレゼンを頼みたい。

 私の説明は高尚過ぎて社長はおろか幹部達も置いてきぼりになってしまうようでね」

 

「ジェノバプロジェクトについてはどうするんだ?」

 

「今回の件に行き着いたから結果オーライとでも言ってしまえばよろしい。

 そもそも()()()()()()()()()()()()なんぞこの星には存在しないので何時かは失敗と報告しなければならなかった。

 まぁ良い言い訳が出来たとでも考えよう。

 一応はアナタの面目も保たれますよ」

 

クックックッと口角を上げる彼を見るに、早い話尻拭いはお前がしろと言われている気分だった。

プレジデント神羅が目指す約束の地とは、資源が無尽蔵に存在する場所という考えである。

ただ残念ながら古代種達が旅をして求めた本当の約束の地はそうではない。

 

「はぁ…まぁ…途中で投げ出した私が巡り巡って矢面に立つ事になるのも運命か」

 

「ガスト博士の奥方が魔晄の使用に難色を示していた理由もハッキリした。

 その辺りをついでに突いても面白いかもしれない」

 

魔晄炉の周辺は草木が枯れて、動物がその地から居なくなるというのは事実として存在する。

時が経てば回復するだろうと楽観視する者もいれば、一生渇いた大地となると予想している研究者も多くいる。

そしてこの二人は、魔晄の使用は大地を衰えさせ、そして星の破滅へ導くという結果を知ってしまった。

 

プレジデント神羅(あの男)の説得には骨が折れるでしょうが別に会社自体を否定する訳じゃない。

 神羅カンパニーが安定してこの星を支配するには、という謳い文句でも付けておけばそこまで無下にはしないと思いますがね。

 これからの研究には既存の設備とは別の新しい装置やシステムも必要だ。

 予算が潤沢にあり、他者に邪魔されない落ち着いた環境も欲しい。

 パトロンは必要だ、これからも会社を私の為に利用させてもらおう」

 

不敵な笑みで展望を語るこの男は決して星の為だとか人々の未来を憂いてなどと正義を振りかざす訳ではない。

たまたま自分が欲するものの先には世界の安定が必要不可欠だからだ。

ヒトの本質は変わらないが目的はいくらでも修正出来る。

 

「キミはやっぱり変わらんな」

 

呆れたように溜息を吐いたガスト博士だが、表情はどこか喜びもあった。

 

「私は自分勝手な人間でね、アナタもご存知でしょう。

 とりあえず科学部門は全面的にガスト博士を支持しますよ。

 差し当たってソルジャー部門と都市開発部門あたりは事前に懐柔でもしておきますか」

 

神羅カンパニーにある要の六部門。

そのうち半数が現在の方針に意を唱えれば、いくら絶対者であるプレジデント神羅でも考え直さねばならないだろう。

反神羅の敵は多かったが、外部からその牙城を崩すには至らずどの組織も失敗に終わっている。

しかし、内部からの改革ならばどうか。

新たなる新制神羅となり人々と真に寄り添うのか、二つに割れ真っ向から対立するのかはまだ分からない。

尚、この話を聞いた宇宙開発部門の統括は「だからわし、宇宙から脅威が来るって言ったじゃないか」とちょっと誇らしげだったという。

 

必要な事は一通り話した宝条は別れの挨拶もそこそこに病室を出た。

自分の研究室へ戻る最中にふと独り言を呟く。

 

「さぁ早く帰って来なさい。

 私はキミからはまだ聞きたいことが山ほどあるんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永い永い旅路。

幾千、幾万の時が経つ錯覚を起こすほどに。

己の帰るべき場所、自らが関わりを持つ所。

地表にライフストリームが湧き出る場所を目指し突き進んだ。

やがて辿り着いた場所は炉の建設の為に魔晄の掘削作業を行っていたウータイ地方。

這い出た場所には建設途中の機材と神羅の看板が見えた。

緑が生い茂る自然豊かなその地に導かれたのは星の悪戯か。

ならばミディールでも良いだろうに、かつて敵対していた場所に到着してしまった辺り皮肉にも思えた。

 

大地を踏み立ち上がれば自分は生きているという実感が湧いた。

しかし同時に先程までは和らいでいた腹部の痛みが襲ってくる。

魔晄の中では一種の麻酔が効いているような状態だったのだろう。

どちらにせよ早く治療をしなければならない。

空は暗く星が見えるという事はつまり夜。

周囲には誰も居なかった。

夜目はきく方だが視界がやたら暗いのは限界が近い証拠。

腹を抑えて光のある方へ目指したがその先から記憶は途切れてしまった───。

 

 

 

 

 

───再び記憶が繋がりだしたのは数日後だったらしい。

らしいというのは俺の治療を施した人物がそう言っていた。

周囲はウータイのエスニックさを感じる部屋であり、体を横たえているのはベッドではなく床に直接敷くタイプの寝床。

枕元の横には正座した者がこちらを見つめている。

この地方の代表である男。

彼の娘が倒れていた自分を発見したのだという。

過去に敵対していた者をどうして助けたのか問うとあちらは答える。

 

「無論、思う所はある。

 だが弱った相手に石を投げるなどウータイ戦士の名折れ。

 ましてや、かつて勝利を掴めなかった相手にするなど笑止千万。

 他の者にも決して手出しはさせん。

 貴殿は安心してゆっくりと傷を癒されよ」

 

「……お気遣い感謝致します」

 

戦場では敵としか認識しなかった相手。

今の様な状況になり、初めて理解出来た誉れ高いウータイの戦士。

もっとたくさんの世界を、そしてヒトを知れという星からの説教という事か。

俺に対する拒絶は少しずつだが軟化してきたのかもしれない。

 

男が部屋を出て行ったあと私物を確認する。

ソルジャーの制服は衣文掛けに吊るされており、心なしか綺麗なっていた。

正宗は流石に部屋に無く、どこかに保管されているのだろう。

武器を本人から隔離するのは当然だし仕方ない事だ。

ただ携帯電話は側にあった。

手を伸ばし画面を見れば返信するのが億劫になるほどの着信履歴とメールの数々。

とりあえず統括に一報は入れなければと思い電話を掛けようとしたが、直後に電源が切れてしまった。

充電器は当然持っていない。

そもそもあったとしても今いる部屋にコンセントが見当たらない。

 

「今は回復に専念しろということか」

 

胸元に存在する御守りを掴み、俺は再び眠りに就いた───。

 

 

 

 

 

───それから暫くして。

体が完全に回復した俺は会社へ戻る事を決める。

着ていた民族衣装を綺麗に畳んで、久々にソルジャー1stの服に袖を通す。

屋敷の玄関では俺を見送るために主人と娘が待っていた。

 

「お世話になりました」

 

「うむ、達者でな」

 

「この御恩は忘れません。

 いつかお礼をさせてもらいます」

 

深々と頭を下げた俺に男は愛想よく笑って言う。

彼のお陰で最初は警戒していた住民も危険がないとわかるや否や結構な頻度で声を掛けて来た。

ミッドガルじゃ特定の者以外はまず話しかけてこなかったので最初は戸惑ったものだ。

でも嫌な気持ちは一切しなかった。

 

「気にするでない。

 が、どうしてもというならウータイでの日々を忘れないように。

 あと社長にヨロシク」

 

「わかりました」

 

成る程、食えないお人だ。

戦に負けたウータイが混乱せず人々が穏やかでいられるのも頷ける。

本当の意味でヒトの上に立つという事。

ジェノバと融合した己では成しえなかった事だろう。

 

「ハイ、アンタの刀」

 

「すまない」

 

娘が抱えていた自分の身長以上の刀を俺に差し出してくる。

 

「しっかしワザワザ傷だらけの柄に変えるなんて変わってるね」

 

住民の一人である武器職人。

正宗に興味を惹かれた事がきっかけで俺とよく話す間柄になった。

何回か話すうちに一つ無理を承知で持ち帰った形見に刀身を移せないかと頼んだら快く引き受けてくれたのだ。

自分で頼んでおきながら疑問に思っていたら理由を説明してくれた。

扱う者の魂とまで呼ばれる刀。

それを己に任せてくれるということが信頼されたという証明であり名誉な事だと。

 

「かもな」

 

不思議な顔をして俺を見上げる娘に対して刀を受け取りながら軽く笑う。

 

「そうだ、オヤジへの礼はともかく、発見したアタシにはちゃんとお礼してよね。

 とりあえずマテリア10個でいいよ。

 アタシは優しいんだ」

 

ふふんと鼻を鳴らす娘に対して、こちらも中々抜け目のない性格をしているなと思う。

 

「ホントはアンタが四六時中身に着けてるその透明なマテリアが気になるけどね。

 それを寄越せとは言えないよ。

 イヤ、アンタがくれるというなら貰ってあげてもいいけどさ」

 

言葉とは裏腹にチラッと物欲しそうな眼を向けられる。

 

「クックックッ、中々お目が高いな」

 

「でしょでしょ?

 だから恩人には対するお礼にはある意味ピッタリじゃない?

 いや別に無理ならしょうがないけどさー」

 

どうやら何か盛大な勘違いを起こしているようだ。

このマテリアは受け取った当初から一切の魔力を感じないただのガラス玉。

当然この娘にとっては大した品物ではない。

だが俺だけにわかる、俺だけが知る大切な想いが宿ったモノ。

かつて求めた黒マテリアなんぞと比べられぬほどのマテリア。

 

「コレは究極のマテリアだ。

 悪いが手放す事は出来ん」

 

胸元にあるマテリアを手に取り見つめて思う。

白でも黒でもない無色。

何物にも染まらない、これからどう歩むかは自分次第。

まずは心配してくれた者達にしっかり顔を見せに行こうと。

 

マテリアに映った自分の顔はとても嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで終わりです。
ここまで読んでくれた方、評価、お気に入り登録、コメント、誤字の指摘等々。
皆さま本当にありがとうござました。

あのキャラはどうなった?
あのキャラが出てないじゃん。
と思われるかもしれませんが私の力量不足で捌ききれませんでした。
期待していた方、本当に申し訳ございません。

特にヴィンセントについてはDC編も考えていて宝条とルクレツィアとの関係性の変化を書きたかったんですがそこらへんは別の話で何れ書けたらなとも思っています。

その時はまたよろしくお願いします。




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