ヒーローに憧れた1人の少女 (月の少女)
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登場人物

主に主人公とかかわりのある人に解説をつけています。


主な登場人物

 

 

 

 

ガビ【血濡れのガビ】

 

中学生。殺し屋でありS級ヒーロー。わけあって幼少期からマフィア≪ゴッド。ブル≫の集団に育てられカポ・レジーム(幹部)である。ガビの実の親とは物心ついたころから別れている。

 

めんどくさがりな性格で、自分の目的を阻止しようとする者には容赦せず殺しにかかる。だが、ヒーローとしての自覚もあり、人前では明るくカッコいいヒーローを演じている。性格がめちゃくちゃ悪いというわけでもない。

 

一度心を開いた人間には絶対に裏切らないという深い忠誠心的な心も持っている。

 

生まれたころから右目が魔眼、左目が千里眼になっていて人の心も行動も見通すことができたり遠くの景色も見渡すこともできる。それを活用しつつ達人並のナイフや武術を使いこなし戦う。

 

本来ならばS級のトップ3に入れるほどの力を持っているにも関わらず、ランキングのためにヒーローしているんじゃないと述べて活動報告をほとんどしていないため一向にランキングが上がっていない。

 

 

 

イブキ

 

ガビを育てたアメリカ最大のマフィア≪ゴッド.ブル≫の仕切るドンの息子。現在20歳。いわゆるアンダーボス。ドンである父がアメリカにいるため日本にいる2000人のファミリーを仕切る現在の日本でのドン。海外へも飛び回り主に恐喝や密輸をしている。滅多に殺人や暗殺をすることはない。すごくテキトー人間だが、ガビをはじめファミリーのことをすごく大事にしている。

 

 

 

 

ケンジョウ

 

ゴッド.ブルのカポ・レジーム(幹部)であり、ガビの元教育係。現在25歳。ガビに暗殺を教えたのはこいつである。イブキとは真逆の超真面目人間でナイフの使い手。カポ・レジームのトップであるためプライドが高く何事もスマートにこなす。主に暗殺や麻薬取引を行う。

 

 

 

 

マサオノ

 

ゴッドブルのドン。アメリカに拠点を置いている。

 

 

 

 

サイタマ【ハゲマント】

 

3年前、就職活動に行き詰っていた時アゴの割れた子供を怪人から助けたのをきっかけに、幼い頃に憧れていたヒーローになることを決意。

以後3年間ひたすらトレーニングと怪人退治に励み、頭髪が全て抜け落ちるほど自分を追い込んだことで無敵の強さを得た。

 

サイタマにとってヒーロー活動とは自分が好きでやっている『本気の趣味』だが、弟子のジェノスの誘いでプロヒーローになった。

 

敵をワンパンで倒せる...すなわち最強のヒーローと言っても過言ではないだろう。ガビはサイタマの強さを知っているため信頼する一方恐怖心も抱いている。

 

 

 

 

ジェノス【鬼サイボーグ】

 

サイタマに押しかけて弟子になったS級ヒーロー。サイタマに対して見下すものなどには容赦ない。

 

 

 

 

ガロウ【人間怪人】

 

人間でありながら怪人を自称して「ヒーロー狩り」に明け暮れている青年。バングの元弟子で流水岩砕拳の使い手。

 

 

 

 

バング【シルバーファング】

 

S級3位で老練の武術家。兄のボンブと並び武術界の大御所と呼ばれている。一番弟子のガロウをはじめ多くの門下生がいたが、今はチャランコ一人となっている。

 

 

 

 

タツマキ【戦慄のタツマキ】

 

S級2位でエスパー。B級1位の地獄のフブキの実の姉。

 

 

 

 

 

カミカゼ【アトミック侍】

 

S級4位でA級上位の弟子を持つ。その名の通り剣術を用いて戦う男。

 

 

 

バッド【金属バット】

 

S級16位。学ランにリーゼントなど昭和の不良のような外見。

 

 

 

 

キング【キング】

 

S級7位で人類最強...だが?

 

 

 

 

 

そのほか登場人物(原作にいる知っていたほうが良いキャラ)

 

 

ぷりぷりプリズナー

 

タンクトップマスター

 

閃光のフラッシュ

 

番犬マン

 

超合金クロビカリ

 

豚神

 

駆動騎士

 

ゾンビマン

 

ボフォイ博士(メタルナイト)

 

童帝

 

アマイマスク

 

ブシドリル

 

オカマイタチ

 

イアイアン

 

地獄のフブキ

 

ボンブ

 

チャランコ

 

 

 




というわけで、現在オリキャラは3名です。主人公ガビはマフィアの紅一点として育てられている設定です。現在はz市のサイタマが住むアパートに住んでいます。で、ここにいるキャラが全員でる保証はございません。ご注意を!


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ガビの日常編
血濡れのガビ


初投稿です!前回一度上げたんですけど、ミスが多すぎてあげ直しました!アドバイスなどよろしくお願いいたします!


ナイフを刺した感触はいまだに慣れない。ブスリと刺した後の生温い血も生臭い匂いもすればするほど吐き気がする。でも、こうでもしないと生きていけないから仕方ない。所詮、この世の中は弱肉強食なんだから。弱いものは生きていけない。それは人間だろうが怪人だろうが変わらない。生きている限り、強いものは人類のカーストの上に立ち続ける。弱者に差し伸べられる手など易々と出てくるものでもない。だから私は、強くなる。強くなって手を差し伸べてやる。そんな考えを巡らせて今日も偽善者の仮面をかぶり悪を断つ。それは【ヒーロー】なのか、【殺し屋】なのかわからない。ただ、とにかく平凡でいたかった。普通に暮らして、普通に学校行って、普通に愛してもらって、普通に死にたかった。けど、もう戻れない。それなら、今の状態でできる精一杯の平凡を作って平凡を楽しんでやる。だから、私の平凡を奪った【悪】を私は絶対許さない。今日も私は血を被りながら目の前にいる平凡を壊すものを殺そうとしていた。それの名を人は怪人と呼ぶ。

 

 

 

災害レベル【鬼】キリサキング。複数のA級ヒーローから救援要請を受けてz市内の公園に来てみればその場にいたであろうヒーローたちはほぼ瀕死の状態になっていた。流れる血に倒れる3人の剣士...s級4位のアトミック侍さんの弟子たちであるブシドリル、オカマイタチ、イアイアンの3人が倒れていた。この人たちは私が知る中でもそこそこ強いヒーローのはずだ。その3人がこんな状態になるってことは、この怪人は只者ではないんだろう。でも、災害レベル鬼を相手にしても周りの被害はほぼない。さすがアトミック侍さんの弟子だ。ここまで持ちこたえてくれたことを感謝しなきゃ...。しかし、この血の海にも慣れてしまったものだ。普通の人ならむせ返るような光景のはずだけどもはやなにも感じない。なんならこの血が当たり前に思えてしまうし、夕日に照らされて美しくすら感じてしまう。だからなのか、それに照らされるキリサキングはすごく不気味に見える。

 

 

 

「ふー...フッフッフ。めんどくさい奴らを片付けたとおもったらまた新しい人間が来たねぇ。せっかく子供たちを捕まえているのになかなか帰れないじゃないか...。あれ、よく見たら君もまだ小さいね。小学生ぐらいかな?ごめんね~、ここに来ちゃったらもう逃がさないから。」

 

 

よく見たら公園の向こう側には何人かの子供が捕まっている。なるほど、キリサキングって何人もこどもを連れ去っているんだっけ。あ、今回もそれが目的なのかな?

 

 

 

「えと、私は中学生ですけど。ついでに、ただの子供じゃあなくて...一応ヒーローなんですけど。ご存じじゃないですか?」

 

 

 

「しらないな...でもまあ、いいや。君も殺してあげる。それとも...向こうの子たちみたいに私についてくる?」

 

 

 

なんだろう、こいつ...すごい嫌だ。こんな感じの喋り方する人、裏があるから怖いんだよな。でもまあ、何とかしないといけないし子供も捕まってる。それに1つだけわかるのは、こいつを野放しにしたら100%危ない。けど、正直勝てる気がしない。

 

理由は2つ。1つ目。さっきまでトレーニングがてら15キロのランニングをしていたから体力があんまりない。2つ目。いま私は武器を一切持っていない。付け加えて、相手は手が刃物だ。明らかに無傷では済まなくなることが目に見えている。武術と剣術じゃあ相性が悪すぎる。どうにかして倒したいけどこのままじゃあ返り討ちにあって死ぬだけだ。

 

どうしようかな。まだ死にたくないしなぁ...と、頭の中で考えていたが、子供たちの解放が優先であり、別にこいつは殺さなくていい。無理して息の根を止めなくてもいいのだ。それに、イアイアンさんの剣が転がっている。人のものを許可なく使うのは心が痛むが...まぁ、仕方ない。よし、体力が持つか心配だけど負けたらその時だ。決心をした私はイアイアンさんの剣を持って構えた。

 

 

 

「子供たちの解放を求めます。そうじゃなかったら戦います。」

 

 

 

「そこではい解放しますなんて言うと思ったの?それに私と戦うなんて...すごいねえ。キミ、わざわざ自殺行為をしちゃ...」

 

 

 

相手の言葉をさえぎって切り込んだ。多分早くしないと真面目に体力が無くなる。何回も相手に向かって斬り込んで前に出る。そして相手の首から上半身にかけてを狙う。だが、剣は空を切って地面に落下する。相手の反撃が来たから空中に跳んで体を1回転させて攻撃をかわす。あまり使い慣れていないから剣が重く感じる。いや、重い。私の腕力じゃあ使いこなすのがきっと難しい。けど、戦えないわけでもない。接近戦になればきっと体の小さい私が有利になる。なら距離を詰めればいい。そう思って地面に着地する。そして一気に間合いを詰めて剣を刺そうとした。

 

 

 

「へぇ...さっきの奴らと違うねぇ。」

 

 

 

そう言って奴は両腕を私の首元に向けてきた。が、あまり体力が無い私は判断が鈍って一瞬動きが遅れた。とっさにしゃがむが頬が少し切れてしまった。体勢も崩れて、次はキリサキングが怒涛の攻撃を見せた。だけど、よけれないものではなかった。何とかすべてよけるとちょうどオカマイタチさんの剣が落ちていた。イアイアンさんのは重すぎて使いこなせないから急いで剣を持ち替えた。そした一呼吸おくともう一度間合いに入ろうとする。が、キリサキングはもういなかった。

 

 

 

「しまった、子供が...!」

 

 

 

思った通り、向こうは子供たちを連れ去ろうとしていた。誤算だった、戦いだけに気を取られていて子供のことまで考えてなかった。だけどここで諦める訳にはいかない。怪我を恐れたが私は剣を捨てた。そして一気に奴の間合いに入り込み蹴りを入れる。そして、相手がバランスを崩した時、ちょうど足元には捨てたオカマイタチさんの剣が地面に刺さっている。もう一度剣を持ち、腹に切り込んだ。

 

刹那、目の前には赤い血が流れていた。そして、奴が隙を見せた瞬間に子供たちを助けようとした。けど、一歩届かない。勢いがついた私の体は木に当たりそうになる。急いで体をひねって木を蹴り飛ばす。その反動でもう一度奴を切ろうとした。

 

 

 

「クソっ...もういっちょ届いてっ!」

 

 

 

そう叫んで剣を振り下ろした。しかも手ごたえはある。多分、これで奴は動けないはずだ。安心して剣をおろすと体がガクンと崩れ落ちた。

 

体力がないのに無理して戦ったせいか、体は悲鳴を上げている。相手が動けないうちに早く子供を助けよう。そう思って立ち上がろうとした。なのに、奴はまだ動いていた。

 

 

 

「あれぇ、もしかして斬られちゃった?子供のくせにすごいねぇ。こりゃあ、これ以上戦ったら死ぬかもねぇ。」

 

 

 

奴はずるり動いたかと思えば斬っていないほうの手で体を支えて立ち上がった。私は相手に弱いところを見せたくなくてフラフラと立ち上がった。けど、あれほど深く斬ったはずなのにまだ立てているなんて化け物だ。

 

 

 

「嘘でしょ、まだ立ててるの?」

 

 

 

「一応、雑魚どもよりは強いはずだからね。あーあ...悲鳴を聞けなくて残念だ。」

 

 

 

奴は子供たちを私のほうに投げ飛ばした。そして鋭い目つきで私のことを睨んだ。

 

 

 

「私をここまで追い詰めたのは君が初めてだよ。さすがにこれ以上戦ったら死んでしまいそうだし今日は帰ることにしよう。次は確実に殺してあげる。もちろんじわじわと苦しい痛みとともにね。名前を聞いておこう、ヒーロー」

 

 

 

驚いたことに奴はもう戦う気がないらしい。ここで殺してやろう...と思ったが、子供も解放されているしもう戦う必要性もない。それに、フラフラなのにここで戦えばこちらもただでは済まないかもしれない。私も剣を捨てた。そして、私は息を整えて奴の目をしっかり見た。

 

 

 

「私は...私はs級17位のガビ。ヒーローネームは血濡れのガビ。現役中学生で、殺し屋ですよ。私こそ、次は必ずあなたの息の根を止めて見せます。」

 

言い終えた瞬間、奴は私に背を向けてどこかへ消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奴が去ったあと、子供たちは泣きながら家に帰っていった。幸い、ケガはなくて病院ごとにもならなさそうだ。イアイアンさんとオカマイタチさん、ブシドリルさんたちは救急車で病院に運ばれて入院することになったらしい。そして私は何事もなかったかのように家に帰った。そう、それこそが平凡である。このことをヒーロー協会に言えばランキングは上がるだろうがそんなことのためにヒーローしているんじゃないし、めんどくさい。他の人が無事ならそれでいい。それが私の活動ポリシーだ。例えば殺し屋の依頼があったらまた別のポリシーが出てくるけど...まあ、それは別の機会に話そう。とりあえず、家に帰ったらお隣のサイタマさんに肉じゃがを作って持って行ってあげよう。

 

 

 

そんなことを考えていたらいつの間にか、アパートの前に立っていた。

 



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気乗りしない活動

現在、サイタマが一生懸命悪人を探しているところらへんです。


ちゅんちゅんとのんきな雀の声で目を覚ます。すがすがしいほどの朝日に照らされて今日もいい朝を迎えた...と思っていたが、残念ながらそうも上手くはいかないらしい。確かに、雀はいる。うるさいぐらいにちゅんちゅん言ってる。いや、かわいいしいいんだけども...。朝日だってすごいきれいだしまぶしいぐらいだと思う。

 

じゃあ、なんでいい朝じゃないかって?ズバリなんだと思う?それは、朝起きると全身が痛くてベットから一歩も動けないからだよ。もう、とにかく全身筋肉痛。これが上半身だけだったりしたらなんとかなるけど救いようがないほど足が痛い。走ることは愚か、立つことすらできない。そして、寝返りもできない。これはやばい。緊急事態である。そもそも、キリサキングが来なければこんなことにはならなかったはずだ。15キロランニングした時点で体はフラフラだったのにその後災害レベル鬼と戦うなんて今考えてみれば自殺行為にすぎない。いや、よく頑張ったよ、私。あの時よく死ななかった。生きてることに感謝せねば...。まぁ、寝てたらなおるだろう。そう思った私は布団を掛けなおしもうひと眠りする予定だった。

 

けど私は思い出した。今が朝だということを。そして今私は疲れ果ててお腹がすいていることを。それで今、私は体が痛くて動けない。つまりどういうことか?そう、私は朝食が食べれない。それは私の死を表す。食事は私の生活にとって絶対に欠かせないものである。いや、それって他の人も同じでしょって思う人もいるでしょう?いや、私の食欲はほかの人間とは比にならない。食べないとマジで動けなくるのだ。だから、毎日三食きっちり食べないと本気で死にかけてしまうのだ。だから今、私は超絶ピンチである。

 

どうしよう、どうしよう困ったぞ。アパート暮らしだから私一人しかいない。このまま時間が過ぎれば大変なことになる。けど、冷蔵庫までたどり着くことができれば食料は十分にある。だから体の痛みすら我慢できればいいのだが今日の筋肉痛は今までなった筋肉痛の痛みとは比にならない。誰かがこの部屋に来てくれたのなら話は別だが...いや、隣の部屋に人がいる。連絡先だって知っている。おぉ助かった。部屋に来てもらって食料を取ってもらおう!よし、電話をかけてsosを出すぞ!スマホならベットの横にあったからすぐにとれたし難なくこの危機を逃れることができそうだ。私は電話帳から隣の部屋の男の人の番号を見つけて電話をかけた。

 

「あ、サイタマさん?おはようございます。あ、起こしちゃいました?すいません。あの実は...」

 

隣の部屋の住人。それはおそらくどのヒーローよりも強いはずの現在C級ヒーロー。名前をサイタマと言う。そう、私がsosを出したのはそんな強いヒーローなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、そんなに強い奴いたんだな。」

 

「強いっていうかなんて言うか...結局、私の体力のなさが問題なんですけどね。あ、その中にゆで卵とか入ってるはずなんでちょっと探してくれません?」

 

サイタマさんがご飯とゆで卵、そして牛乳とヨーグルトを丁寧にジャムを添えて持ってきてくれた。ありがたいことに湿布までまで持ってきてくれた

 

「貼るから手出してみ。」

 

ご飯を食べる前に体の痛いところほとんどのところに湿布を貼ってくれたから体がスースーして気持ちがいい。少しだけ体が楽になった気がする。

 

「サイタマさんありがとうございます。朝からすいませんでした。」

 

「いや別にいいよ。てか、お前も災難だったな。ランニングの後に怪人と出会うなんて。中学生なのによく頑張るなぁ。」

 

サイタマさんはこの前プロヒーローになったばっかりだけど本当に強いのだ。私が今まで調べていた進化の家を同じくこの前S級になったのジェノスさんと一緒に一瞬で破壊したらしい。だが私は知っている。この前z市に来た蚊の大群の黒幕を倒したのはジェノスさんではなくサイタマさんだ。しかもワンパンで。この様子を私は遠くで見守っていたがあの人は強すぎる。おそらくこの前進化の家を破壊したのもほとんどサイタマさんがやったのだろう。

 

なぜかヒーロー協会はサイタマさんのことを全然認めていない様子だが絶対にこの人にはかなわない。もしサイタマさんを超える怪人が来たとしたらそれは世界の終わりだろう。それぐらい、彼は強い。キリサキングなんてものの3秒で倒せるだろう。

 

だからこそ、この人は怖い。そんな力を持っているからこそ裏で何を考えているかわからないのだ。仮にこの人を怒らせてしまったらまぁ死ぬな。普通に死ぬな。そう思ってしまうぐらいの何とも言えないオーラがある。ただ、私は今のところサイタマさんに対して悪影響を持たせるようなことはしていない。だから、怒らせないよう上手いこと機嫌を取っといてこの男をうまく利用できればいいなぁと思っている。

 

「サイタマさんこそ大変じゃないですか。C級なら一週間に一回活動報告しないといけないじゃないですか。」

 

「そうなんだよ。今3日やってるけど、町って平和だよなぁ。」

 

靴を履きながらしぶしぶと言ってドアを開けるサイタマさん。

 

「ま、何かあったらすぐ言えよ。またいつでもきてやるから。」

 

そういってサイタマさんは去っていった。...あれ、これって人助けだしヒーロー協会に言えばもう活動として報告できるんじゃない?と思ったけどどうでもよくなった。運んでくれた朝食を口にしてスマホのニュースを見る。どうやら今日は私の好きなアニメのグッズの発売が始まるらしい。買うっきゃないな。とも思ったがⅯ市で限定ハンバーガーも発売されている。どっちも行きたいがハンバーガーが食べたくなってきたし体もだんだん正常通りになってきた。ベッドから起き上がってエアーサロンパスをする。おこずかいも足りそうだしだんだん行く気満々になってきた。服を着替えて歯磨き、洗顔を軽く済ませて時間を確認する。Ⅿ市までは電車で1時間30分ぐらい。今から行けば昼前ぐらいには到着するだろう。私は時間を確認して駅に向かった。今日も楽しい1日が始まりそうだ。

 

昨日のキリサキングの来たことが嘘みたいにすがすがしいほど晴れている。すごくきれいな青空に気分も上々。何よりハンバーガーが楽しみで昨日のことなんかさっぱり忘れてしまった。こういうときだけ、私は自分がヒーローであることを忘れてしまう。普通の人からしたらいつものことなのかもしれないけど、残念ながら仕事をしているとなかなかそうもいかない。外に出かける時にはどうしても周りの目を気にしなければいけないしそもそも私は遊びに行ける日がいつも限られる。だから、遊びに行ける日はとても楽しく感じるし次いつ行けるかわかんないから存分に楽しみたくなる。

 

『ご乗車ありがとうございました。次はⅯ市中央です。お降りの際はお足もとにお気をつけてお降りください。次はⅯ市中央です』

 

アナウンスが聞こえて立ち上がると窓の外に人だかりができている。ハンバーガーかと思って思わず電車を降りると小走りで駅の外に出た。それは予想通りハンバーガーの店の周りに人が集まっていた。すごい人気らしくこれはすぐに買えそうにないなぁとおもって少し離れたところにあるベンチに座った。しばらくしても人が減りそうになかったら諦めて買いに行こうと思った。が、はっきり言って減りそうにもないし近くのカフェにおいしそうなナポリタンがあったからそっちを食べることにした。いや、でもここまで来て別のものを食べるのもなんか惜しい気もする。でも絶対時間かかるしなぁ。どうしよう。こんな時に自分の性格が優柔不断なことを恨む。でも、まぁ来たんだしハンバーガー食べよう。そう決めてしょうがなく並ぼうと立ち上がった瞬間だった。

 

「あ!ガビちゃんだ!」

 

小さな少年が私のことを指さして叫んだ。するとその場にいる人々は私のことを見た。そして

 

「本当だ、本物だ!」

 

「マジじゃんやばっ!」

 

などと少し騒ぎになった。まぁ無視するわけにもいかないから笑顔で手を振っておいた。そう、私が出歩くといつもこうなってしまうから出歩くのが大変なのだ。でもヒーローとしての私は観衆の前ではかっこいいヒーローとしていないといけない。めんどくさいけど観衆の相手もしなければならない。

 

「こんにちは、ハンバーガー人気ですね!買いに来たんですけどちょっと時間かかりそうですね~」

 

適当に言ってみたがその一言で私は得をした。

 

「え、ガビちゃんハンバーガー買いに来たの?おい、並んでるやつ道開けろ!ガビちゃんに先に買わせてあげようぜ!」

 

なんと並んでいた1人の青年がそんな声を上げてくれた。そして周りの人々も

 

「おう、先に買っていいよ!」

 

「どうぞどうぞ!」

 

などと優しい声が飛んでくる。なんて優しい人たちなんだ。すごい嬉しい。その言葉に甘えさせていただいて私はすぐにハンバーガーを買うことができた。

 

「ガビさんこんにちは!いつもお疲れ様です。ご注文は何でしょうか?」

 

店員さんまで私のことを知っていた。こういう時に早く買うことができるのは人気ヒーローの特権かもしれない。

 

「限定バーガーを1ついただけますか?」

 

「かしこまりました!少々お待ちください...」

 

バーガーができるまで私は周りの人たちのお話に巻き込まれてしまった。まぁ、いつもありがとうだとか、大変だよねぇだとかヒーロー活動に対しての感謝の言葉をずらずらといわれてるだけだった。いつものことだが、この人たちに対して返事をするのがすごく大変だ。私は聖徳太子じゃないんだからそんなに一気に話しかけられても困る。まぁ、応援してくれていることはとっても嬉しい。ただ、私は応援されるために

ヒーローしているわけじゃないから正直ファンなんて興味ない。でも、ヒーローという立場上ファンの立場にもなってお話をしなければならない。めんどくさい。

 

「怪人が出たぞー!」

 

だから、こんな状況な時には不謹慎ながら怪人さんが出てくれたほうがいい。まあ、倒すんだけどね。

 

「皆さん、店内から動かないでくださいね。すぐ倒しますから」

 

そう言って私は外に出た。いるのは災害レベル虎の雑魚だった。すぐに倒せるだろう。スッっと構えて相手を見た。

 

「S級ヒーロー、ガビ。お前を殺す!中学生ごときが調子乗るなよ!」

 

熊みたいな怪人がこちらを睨んでいる。なんだろ、間抜けそうな顔だ。睨まれても怖くないし。それに、周りに人がいるから早めに片付けたほうがよさそうだ。それにハンバーガー食べたいし。昨日は剣を使ったけど今日は普通に武術を使おうと思って独学で考えた拳法の構えをした。

 

「ごめんなさい、本来ならナイフで嫌になるほどずたずたにしてあげたいんですけど、ハンバーガー食べたいからなるべく楽に首飛ばしてあげますね。さようなら。」

 

右足を踏み出し左手でパンチを繰り出す。当然これぐらいでは死なないから左足で首を蹴り飛ばした。ここまで約2.7秒。災害レベル虎で普段通りの力を発揮したら私はこれぐらいの力で怪人を倒せる。まぁ、余裕だし大丈夫だ。そう思って背を向ける。後ろから追い打ちが来ていたがちょっと振り向いてナイフでちょちょんと斬ればすぐに死んでくれた。

 

周りの歓声が聞こえてきたが、こんなことをしているだけで私はヒーローとして認められているのだ。たったこんなことをするだけでだ。正直、周りのS級ヒーロー以外は弱いと思うしヒーローとしての志も低いと思う。でも、そんなことを思ってしまうような私は1番ヒーローに向いていないと思う。なのになんで私はヒーローしているんだろう?なんで周りは私を認めているんだろう?

 

「みんな無事ですか?ハンバーガーいただきますね。」

 

ハンバーガーを受け取り私は歓声の上がっている店内から逃げていくように去ることにした。

 

 

別に私はサイタマさんのように特別強いわけじゃないし特別ヒーローになりたいと思って活動しているわけじゃない。ヒーロー協会だって人に推薦されていつの間にかなっていただけだから自分から怪人倒しているわけではない。ただ、いつの間にかみんなからガビちゃんガビちゃんって言われるようになっていたから人前ではいい子のヒーローのふりをしているだけである。私の本性を見たらみんながっかりするだろうしヒーローとして認められなくなるだろう。それなのになんでみんな気付かないんだろう?

『プルルルルルルル』

 

スマホが鳴って電話に出る。聞こえたのは私の性格をこんなにひねくれさせてしまった張本人だった。ため息をつきながら電話に出た。

 

「何、どうしたの?」

 

『お、依頼来たから1回ここ戻ってこい。』

 

「は、今日なの?」

 

『うん。だからはよ来なよ。幹部がいないとファミリーもさみしがってるぜ』

 

あんまり気が乗らないがしかたない。それに、こいつは一応恩人だから断ることはできなかった。ヒーローとしてするべき行動ではないがこれが本業。殺し屋としての私の姿なんだから。

 

「...わかったよ。」

 

私の生まれ育った裏社会の主張、マフィア【ゴッド.ブル】のアンダーボスイブキの元にに私は向かった。

 

改めて言おう。私はヒーローだが殺し屋でもある。私はS級17位血濡れのガビでマフィア【ゴット.ブル】の幹部のガビでもある。

 

 

 



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偽善者

大体5000から10000文字で投稿します。


そもそも私はなりたくてヒーローになったんじゃない。たまたま気が立ってた時に八つ当たりで災害レベル鬼を倒してしまったのが始まりだ。しかも、A級上位ヒーローが苦戦していた奴をものの1分で倒してしまったらしくて、その戦いを見ていたヒーロー協会の人にスカウトされて私はいつの間にかヒーローになっていた。当時12歳で、とりあえず話を聞きに行くだけ聞きに行ってみればなんかすでに私が協会に入ること前提で話が進んでいた。そこで、私は自分がマフィアの一員だということを初めて人に言った。

私には物心ついた時から親がいなかったから、汚い路地裏で人に頼んで食い物をもらって何とか生死をさまようような生活をしていた。とにかく金があれば何でもなるってことだけはその時の私でもわかっていた。生活は苦しくて大変だった。なんで私を生んだんだろう、こんなことならいっそ生まれてこなくてもよかったのに...と毎日思っていた。それで4歳の誕生日の日に私はたまたま日本に帰ってきていたアメリカ最大のマフィア【ゴッド.ブル】のドンであるマサオノというおじさんに拾われた。この日が人生の転機だった。

次の日に目が覚めると汚い洋服からきれいな白いワンピースに着替えさせられていて、明るい広い部屋の中のベッドに寝かされていた。そして、マサオノは豪華な食事を持ってきてくれて私は思う存分貪り食った。そして、その日から私はマフィアの大家族と一緒に暮らすことになったのだ。

当たり前だけど、4歳の私はマフィアがどれだけ危ない組織かわかっていなかった。だから、私が初めて人の殺されているところを見たのはその次の年のクリスマスだった。アメリカに旅行へ行っているときにマサオノがある企業のスパイを銃で撃ち殺した。その現場に私は一緒にいた。まぁ怖かったし泣きそうになった。でも、その時にマサオノはこう言った。

「人を殺してでも生き抜かねぇといけない。そして、こいつみたいなスパイを殺すのも俺たちマフィアのビジネスだ」

 その日から私はたびたびマサオノの仕事やら麻薬取引の現場やら行くことになっていた。最初は怖いおじさんたちに囲まれるのが怖かったけどいるだけで

「なんだぁ、かわいい嬢ちゃんがいるじゃねぇかぁ」

と話してくれて小さかった私はとてもうれしかった。だから怖いおじさんたちにに囲まれるのはすぐ慣れた。でも、人が殺されたりするところは全く慣れなかった。いや、慣れちゃだめだけどマフィアの世界にいる限りは慣れないといけなかった。マサオノは私のことを凄腕の殺し屋にしたかったらしくおびえている私を見て

「すぐになれる」

と数年にわたって暗殺の現場に連れまわした。だからなのかだんだん人が倒れていようが血が流れていようが別に気にしなくなっていた。血の匂いや吐き気はするけどそれでも前みたいに震えてしまうようなことはなくなった。

8歳になって当時20歳で幹部になりたてのケンジョウという男が私にナイフや暗殺、武術の技術を教えてくれる教育係になった。私はのみ込みが早くて習い始めて半年で下っぱの奴らは倒せるようになっていた。そしてどんどん強くなり今現在は幹部になっている。

現代のマフィアは権力と金のために生きている。権力が上がれば自然に金が手に入るようになる。私は、ナイフを持ち始めて数か月で仕事に行くようになった。そして権力を手に入れるために多くの人を暗殺してきた。金も入った。幹部になって月に三桁は超えるような額の金が手に入る。とにかく、金と権力のためだけに私は人をだまし殺し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

こんな奴がS級ヒーローになっただなんて聞いたら世間も黙っちゃいないだろう。だから、ヒーロー協会はそのことを見て見ぬふりをして私をヒーローとして活動させている。そして自分が殺し屋であることもヒーロー以外には言うなと言われている。まぁ、自分から身元をばらすなんて馬鹿なことはしないししてもメリットがない。だから別にいう気もないし言ったとしたらS級の人たちだけだ。

 

 

 

そういえば、協会は私をスカウトしたことを後悔しているらしい。まぁそうだろう。ヒーロー活動なんて基本他力本願だし、困っている人たちがいなければ怪人がいようが放置しとくし、この前のキリサキングみたいに子供が死にそうになっていたらさすがに助けるけどあそこで仮にイアイアンさんたちが倒れていなかったらわざわざ戦うようなことはしなかっただろう。昨日みたいに観衆がいたらさすがに背を向けて逃げるわけにもいかないからいやいや戦ったけど別に意欲的に活動しているわけじゃない。協会はそんな私の行動に呆れているがなんでも私が戦えば強いほうだからやめさせるにやめさせられないらしい。私の中ではいつやめてもいいのだが、実はS級のヒーローさんたちと割と仲が良くて話すと楽しいし、金も入るからやっている。でも、マフィアの仕事はマサオノのために全力を捧げている。私を助けてくれた恩人だからあの人のためには全力で仕事をこなしている。でも、マサオノはアメリカに本拠地を置いているから、日本の拠点を仕切ってるのは彼の息子である。

私はこいつの言いなりになったと思っていると思ったらちょっと嫌になる。それぐらいこいつ大丈夫か?と思うようなアンダーボスなのだ。基本私は人に敬語で話すけどこいつにだけはタメ口で話している。いや、敬語で話したくない。そんなやつなのだ。なのに私はそいつの言いなりになってあいつの住むビルへ向かっている。

「待て、だれだ。顔を見せろ」

「私です」

警備員の下っぱにフードを外して顔を出す。そして彼は慌てたように

「も、申し訳ないですガビさん!どうぞ、アンダーボスのプライベートルームですね!」

と言ってきた。私はマフィアの中で最年少なのに何歳も年上の人が敬語で話してくる。正直、組織の中でもえらい人たちにもすれ違えばペコペコされる。権力っていうものがいかに大切かよくわかる。まぁ、悪い気はしない。

どうやら下っぱはアンダーボスのところまでついてきてくれそうだが、めんどくさいしひとりでも行けるから

「大丈夫、ひとりで行けますから」

と、断った。ビルの中はすごくキラキラしていていかにも豪邸って感じだ。私もz市のアパートじゃなくてここで住まないか?なんて誘われているけどサイタマさんとの関係を深めておくためにここには住まないことにしている。けど、私以外のファミリーのはここに住んでいる。だからいつか襲撃でもされるんじゃないかと不安になる。エレベーターで最上階まで上がる。いつも思うけど、ここの夜景はとてもきれいだ。そこだけはちょっとうらやましい。

そして最上階についた。そう、ドンの息子のプライベートルームである。たばこのにおいがするから入りたくないが仕方ない。ノックしてみて返事を待つ。すると

「誰~?ケンジョウ?」

と、間抜けな声が聞こえてきた。私はため息をついて

「依頼があったと聞いてまいりました、ガビですが」

という。するとドアが開いて彼が姿を現した。金髪の背の高い青年...すなわちドンの息子でアンダーボスのイブキだ。

「よぅ、ガビ。入れ入れ」

のんきそうな顔にチャラい態度。こいつがアンダーボスだなんてこの組織も終わってる。そもそもこいつはマサオノの息子のくせに全く似ていない。なんでもテキトーだし、女好きだし、人の暗殺はほとんど私に押し付けてくる。今日もそうだと思う。

「何、誰の暗殺?どっかのお偉いさん狙い?」

「まーまーいきなりそんな話すんなって。ほら、なんか飲むだろ?」

私とは大違いで仕事よりも自分のしたいことを優先している。だから、こいつの相手をするのもめんどくさい。ま、喉乾いてたからちょうどいいけど。

差し出されたオレンジジュースを受け取りこくりと飲んだ。コップを置いてどうにかして仕事の話にしようとしたが、向こうはおいしそうにワインを飲んでいる。仕事前なのに優雅な時間を過ごしやがって...と少々イライラするが、いつものことだから慣れている。

でも、今日はちょっとおかしい。いつもの無駄話に付き合っているが30分以上話しているなんて今回が初めてだ。きっとなんか企んでいるんだろうな...と思って話を聞いていたが一向に仕事の話が一向に出てこない。ちょっとおかしいな...と思って話を切り出した。

「仕事がないならかえ...」

その瞬間、私は体に違和感を感じた。めまいがして目の前がぐらりと揺れた。そして気付けば私はイブキに抱えられていた。

「仕事は明日の夜だよ。だから、今夜は俺と遊んでよ。」

にやりと勝ち誇った顔が本当に気に食わない。そう、こいつの恐ろしいところはそこだ。自分のしたいことは必ず成し遂げる。そのためには手段を選ばない危険な男。その迷いのない判断力で時にはファミリーの命を助けたことだってある。だからこそ、その力の使い方を間違えるとこうなってしまう。

「おまっ...何入れた?」

「んーとね、薬かな?さーさーベッドへどーぞ♪」

抵抗できなくて私はベッドに押し倒される。視界もぼんやりしてきて体も熱い。正直抱かれることはどうでもいい。体なんて何度も売ってきたから。だけど、仕事はどうなるんだろう?そう思って言葉を言おうとしたけどうまく口が動かない。するとイブキは上着を脱ぎながら

「仕事は気にしないで。明日俺と一緒に行くからさ。だから抱かれてろよ」

その笑い方が私は大嫌いだ。そして一晩、私はこいつに抱かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ねばいいのに」

「んなこと言うなって」

ビルの中にあるレストランのなかで、私たちは朝食を食べていた。歩いてたら転けて打ち所悪いところに当たって死んでしまえばいいのに...と、心のなかで叫んだけどこの人はしんでくれないらしい。

だいたいなんでこいつは仕事がないのにそう簡単に嘘がつけるんだろう?そこらへんの気が知れない。それに、年下の女に手を出すのもまぁいかがなことだろうか?私はお金出してくれるならどーぞって何回も体は売ったことがあるけど万が一なんも知らない女の子にこんなことしたら大変なことだ。時々ちゃんとこいつには脳ミソ詰まってんのかな?と頭を割ってみたくなる。今日もできることならやってみたい。

「あんたまさか、他の人に手ェ出してないよね?」

するとあいつはトーストを食べながら

「ほのふぁひりーにはおふぁえしかいらいじゃん」

と意味不明な言葉を言われた。呆れてものが言えないとはきっとこの事なんだろうな。

あいつはゴクンとトーストを飲みこみ、牛乳をひと口飲むと

「このファミリーにはお前しかいないじゃん」

と言ってきた。私しかいない...あぁ、なるほど。このマフィアの中では確かに私は紅一点。女は全然いない。だから手軽に抱けるのは私しかいない。そういうことらしい。

「間違っても他の人に手は出さないでよ?」

「え?俺、男には興味ないけど?」

「そーゆーことじゃなくて、ナンパすんなよって話だよ」

ため息をつきながらリンゴジュースを口にした。でも、こいつが呼び出す時は大概なにかある。まさかこれだけで終わるとは思えない。昨日、あいつが言ってたことが本当なら私とあいつで仕事に行くことになる。ただ、アンダーボスであるはずのあいつが動くのは至って稀なことだ。それこそ、他のファミリーではどうしようもないことなのだろう。

「で、仕事は?さすがにそろそろ言ってくださる?」

じっと彼を見ているとあいつは目を細めて

「真面目だこと」

と、つまらなさそうにあくびをして1枚の資料を取り出した。そこには刺青をした男が何人か写真で載せられている。

「今夜、こいつらが取引したいって言ってきたけど、海外の殺し屋だとさ。金で雇われて俺を殺す気だとよ。」

「え、良かったじゃん、殺されてきな?」

「悲しいこと言うなって」

ジョークで言ったが殺し屋となると確かにめんどくさい。海外の殺し屋は無駄にプライドが高くてめんどくさいしからみたくない。でも、あいつの命がかかっているなら正直行く以外の選択肢はない。あいつが仮に死んだら組織を切り盛りするのは誰になる?おそらく誰も名乗り出ることはないだろうし私だってゴメンだ。だからこいつには寿命が来るまではしっかり生きてもらわないといけない。組織の頂点に立つのはあいつしかいないのだから。

でもめんどくさい。行きたくない。ちょっとゴロゴロしてたい。これが近くのチンピラ相手だったらいくらでもぼこぼこにしてやるけど殺し屋はやっぱりめんどくさい。めんどくさい。うん、めんどくさいよ。それに、多分こいつは私以外は誰も連れていかないつもりだろう。

「ねぇ、まさかと思うけど2人で行くの?」

「え、逆にそれ以外なくない?」

やっぱりそうか。2人...アホなのか?何人か連れてってわしらなんか強そうですよ~、絡んだら殺すよ~っていうオーラ出せばいいじゃん。2人なんて絶対に相手になめられるやん。

って思ったけど怪人の相手するよりはマシか。それに、私が本気を出したらこの組織全部根絶やしにすることもできんことはない。なら大丈夫か。それにこいつだって簡単に死ぬようなやつじゃないし心配したわたしがアホだったのかもしれない。

「わかった、いつ出発?夕方?」

「おう、今日の夜に取引だ。M市の繁華街の路地裏で。もし向こうがホントにクスリ持ってきてたらもらっちまおうぜ笑笑コカインとかないかなぁ?」

前言撤回。やっぱりこいつは危ない。仕事を楽観視しすぎてる。きっと今日の仕事が終わったらまた部屋でワインとタバコを吸うつもりだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒のパーカー好きだよな。」

取引する路地裏に向かう途中、いきなり言われた。

「殺すとき、これしか着る服ないじゃん。目立たないし」

フードをもう一度深くかぶり直しながら言った。このパーカーは教育係のケンジョウが私の12歳の誕生日に買ってくれたものだ。目立たないし血がついても気にならない。普段着てもズボンと合わせやすい。そして、ヒーローのガビを隠すためにこの服を着ていたりもする。ヒーローとしての私はいつも目立つ色のジャージを着ているけど、殺しの仕事をするときは必ず黒か灰色のパーカーを着ている。顔を隠すためでもあり、汚れを隠すためでもある。そして、黒いマスクをつけてナイフを持てばバッチリ殺し屋の完成である。こんな奴が国を代表するようなヒーローだなんてきっと誰も思わないだろうからあえて地味な服を着ている。だが、隣に歩く人間はそれと真逆だった。

「そーゆー君は目立ちすぎじゃない?ホントにいかにも俺が親玉ですみたいな感じ」

「イカしてるだろォ笑笑」

イブキは逆に全身真っ白なスーツに身を包みタバコを吸うTHEドンって感じだ。なんでも目立ちたがり、ギラギラしたようなアクセサリーをガンガンつける。こんなんだから命狙われるんだよバーカ。

まぁ、見ての通り私たちは仕事の価値観も逆だし性格なんて全く合わない。まさに犬猿の仲になったっておかしくない。なのになぜ私たちが一緒にいるのかって?

それは、お互いを信頼しているからだ。

「うし、着いた着いた。ガビ、あそこ隠れてろ。死角で向こうから見えないから。」

「なんかあったらすぐ行くけど、へまして殺されないようにね」

言われた通りに私はビルの角に隠れた。もう相手たちは近づいているらしくギャーギャーと声が聞こえてくる。イブキはフワァとあくびをしてタバコを取り出した。

私はこいつが強いことを知っている。向こうだって私が強いことを知っている。お互いを認めているからこそあいつを信じて一緒に仕事をするのだ。まぁすぐには死なないし、大丈夫。不安なんてなくて大丈夫って思うのが当たり前だから別に平気なのだ。こいつが死にかけてしまったことなんて数えるほどだし、私だって人間相手にはケガなんてしたことない。私たちは常人を越えているバケモノだということを知っている。だからこんな状況でもあいつはタバコを吸っているのだ。

ゴッド.ブルのファミリーはほとんどが地下街やスラムで住んでいたような弱者ばかり。だから本来ならそろそろ他の組織に潰されていてもおかしくない。なのになんでここまで世界に名を知られているのか?

それは、ドンのマサオノが圧倒的な力を見せつけ周りのマフィアから強者を呼び寄せたこと、アンダーボスのイブキが日本やヨーロッパを飛び回って多くの仕事をこなしていること、幹部のケンジョウと同じく幹部である私ガビが殺し屋として他の組織や邪魔物を排除していることなど...そう、この組織のトップに立つやつらは強い。これは自画自賛ではなくれっきとした事実だ。

自分に与えられている仕事をスマートに終わらせてファミリーを弱者から強者にするための指導をしてしたっぱもどんどん強くさせるのだ。私たちトップの人間には相手を気遣う余裕がある。そしてドンに対して絶対裏切らないという深い忠誠心をそれぞれが持っている。ファミリー一人一人の団結力が強い故、力さえも強くなっているのだ。

「おいおいおい、まさかアンダーボス1人で来たのかよ!いい度胸してんなァwww」

相手が30人近くの仲間を連れてきているが、あいつは全く動じていない。

「あれれ、おっかしいなぁ...今日はクスリの取引のはずじゃあなかったですかい?」

わかっていながらもわからないふりをするイブキを見た相手のボスはゲラゲラと笑いながら言った。

「残念だったな、ゴッド.ブルのアンダーボスさんよぉ。俺たちはお前を殺しに来たんだよ。仲間を連れてくるべきだったなw」

イブキは少し動揺した態度のふりをして後ろで組んでいた手で私にGOの合図を出した。ゆっくりと頷き私はビルの後ろを通り今来ている組織たちの後ろに回った。こうすれば前にイブキ、後ろに私がいるから挟み撃ちで相手を叩ける。でも、もし私が後ろにいることがばれてしまえばちょっと危ないかもしれない。私は死ななくてもイブキは死ぬかもしれない。

そんな時に、私はもう一つの能力を使う。生まれつきの能力...誰にもないような特別な力。他の人からすれば恐れられるような究極の私の力。そう、誰の気持ちも、思っていることもすべてを見透かせるような魔眼とどこの景色でも見通すことができる千里眼の能力だ。なぜこの能力が使えるのかはわからないけど、人の気持ちが読めるととても戦いやすい。今回もそうだ。

「まぁこれも運命だ。死ねばいい、イブキさんよぉ!」

ボスの男は銃を構えて笑っている。裏から回って来た私は相手のボスを右目で睨みつける。すると、頭の中にはあいつの考えていることが分かってきた。

『こいつを殺せばあの方も喜びになられる、金も手に入る。』

『自分の味方にスパイがいるなんて思ってもいないだろうな』

『この銃には弾なんて入ってないが、こいつの命乞いする姿も見せてもらおうかな』

次々に浮かぶ言葉。いろいろ疑問が浮かんだがこいつは油断している。襲うなら今だ。

ナイフを取り出して私は後ろにいる幹部の男に近づき、男の肩をトントンとたたいた。男はびくっと震えて大声で叫んだ。

「だ、誰だてめぇ!」

その時、ボスの男を含めて全員が後ろを振り向いた。そしてイブキを除くその場にいる奴ら全員が目を見開いている。まぁ当然だろうな。幹部刺されているんだから普通驚くだろう。

私は刺したナイフを抜いた。血が紅い花を咲かせるように飛び散った。嗚呼、綺麗だな。そう思ってナイフを見つめる。やっぱり、ナイフを刺した感触はいまだに慣れない。ブスリと刺した後の生温い血も生臭い匂いもすればするほど吐き気がする。けど...最近はなんかどうでもよくなってきた。ナイフの血がポタポタと幹部の死体にこぼれる。白いスーツにこぼれると絵の具が染みているようでなかなかいい色をしていると思う。

みんなが唖然としている中、ボスの男がこちらに向かって言った。

「何者だ、お前はぁ!フードを外せ!こっちへ来い、イブキを殺す前にお前を殺してやるわ!」

そう言われたが、私はフードを外さずに近くにいる男たちをとにかく刺しまくった。小さい頃は生きるために人を殺していたけど、なんか悪いことを企む人たちって怪人を殺すときと同じ感覚になる。悪を滅するためならば私は躊躇なく人を殺せる。だから、今回イブキを殺そうとしたこいつらは悪だ。ならば殺すべきだなぁ...と、どんどん血しぶきをあげながら倒れていく人たちを哀れな目で見つめて刺していく。

私はマサオノがいなければ存在する意味なんてなかっただろう。だけど、今ならわかる。私は悪を殺すための正義を偽る偽善者だ。偽善者という仮面をかぶりグサリグサリと人を殺す。私の存在の証明はこれでしかできない。だから今日も仕事をこなす。そして存在しているってことを見てほしい。

この前、私のヒーローとしてのポリシーは『他の人が無事ならそれでいい。』と言ったはずだ。だけど、殺し屋としての私のポリシーは『邪魔者がいなくなればそれでいい』である。だから、邪魔者は消えるまで殺す。じゃないと気が済まないんだ。

「ヒィっっ!どうか、命だけは、命だけは...」

男たちは私をあくまでも見るかのようにおびえて震えている。あほらしい、生にどれだけしがみついているんだろう?本当に生きていたいならこんなところに来なければいいのに。まぁ、そんなにおびえた顔を見せられたらかわいそうになるからしっかり一発で刺してあげた。そのあとも悲鳴を上げる奴らを見たらすぐに殺してあげた。人数も大していなかったから数分で静かになり始めた。

 

 

 

そしていつの間にか、残すのはボスだけになっていたがボスもとうとう腰を抜かして座り込んでいる。ここで殺してやろうかとも思ったけど聞きたいこともあったから少し考えて

「イブキ、そいつ押さえといてよ。」

と言った。

「や...やめてくれ!俺たちは指示されただけで...頼まれて仕事やってんだ!命だけは...!」

「この期に及んで命乞いとは、助けようがないですね。」

ナイフを男の首に当てて睨みつけた。そしてまた私はゆっくり話し始める。

「いくつか聞きたいことがあります。答えないなら今すぐ殺しますし、答えてくれたらちょっとは逃がすことを考えてあげましょう。一つ目、あなたたちはどこの殺し屋ですか?二つ目、誰に頼まれましたか?そして三つ目...うちのファミリーも誰がスパイですか?」

するとイブキが反応した。きっと、ファミリーの中に裏切り者がいることに反応したんだろう。けど彼は黙ってボスの男に視線をやった。

一方ボスの男は震えながら汗を垂らして言った。

「お、お前が誰かもわかんねぇのに言うわけないだろう!」

そういえばまだ私はフードを被ったままだった。確かにこれでは失礼かもしれない。そう思って私はフードを外した。ボスの男はやっぱり驚いた。まぁ、S級ヒーローが殺し屋なんてしていたらその反応は当たり前だろう。

「お前は...血濡れのガビ!?なんで、なんであんたが...」

「正体はさらしましたよ。さぁ、質問に答えてください。それか...」

私はナイフに更に力を込めて首筋に当てた。男は悲鳴を上げているが私は気にせず問い詰めた。すると男がようやく話し始めた。

「お、俺たちは殺し屋じゃねぇ!アメリカのチンピラだけど金欲しさにつられてマフィアにやとわれてイブキを殺しに来たんだぁ!頼まれた奴はお前らのところのファミリーの誰かだけど言えねぇ!そんなことしたら殺される!」

「言わない...それでいいんですね?」

「あぁ言えねぇ!だから許してくれ!頼む!」

この時私はもう一度魔眼を使って心を読んだが本当に心からそう思っているらしい。だからイブキに合図をしてこいつを離した。そして立ち上がり

「わかりました...私はもう殺しませんよ」

と言った。すると男はパァァっと笑顔になり逃げようとした。だけどその刹那、耳をつんざくような音が隣で聞こえた。そして、男は倒れた。イブキが銃を下ろしてため息をつく。男は足を撃たれたらしく苦しそうにもがいている。その姿を見てイブキはツカツカと男のほうへ歩き胸ぐらをつかんだ。男は

「もう...殺さないって言ったのに...卑怯者がっ!」

と言ったがイブキは見下したように言った。

「ガビは殺さないって言ったけど、俺が殺さないなんて一言も言ってないな。」

と。そしてまた銃を出し今度は頭に一発撃ちこんだ。静まり返った路地裏には生臭い血の匂いだけが残っていた。またフードを被りイブキの方に歩き出す。イブキは今回珍しく人を殺した。普段ならあまり銃なんて使わないけど味方にスパイがいることに相当ショックを受けたのだろう。余裕がないようなあいつの姿に少し驚いた。

「...帰るか。ちょいと疲れた。昨日のワイン飲んで今日は早く寝よう」

ビルに向かって歩き出したあいつを追うように、私も歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人を殺した。躊躇なく、何人も。こんな奴ををヒーローと呼んでいいのか?私にはもう、何もわからない。

 

何回も私は怪人を殺してきた。でも、それをはるかに上回る人数の人間も殺してきた。S級ヒーローや協会の人間をのぞいてこのことは知られていない。

 

 

 

人間100年生きる中で誰もが死を辿る。でも...だからと言ってこんなにも簡単にその命を奪う私はヒーローとしても人間としても最低だ。

 

なのに私は、生きている。




次回から本編入ります。(深海王のところかな)


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海人族編
迷いと正義~vs海人族①~


学校再開したんで投稿遅くなります


イブキと仕事に行った日の夜。イブキは疲れはててすぐに寝てしまった。私も疲れたからアパートには帰らずビルに泊まろうと思った。だけどイブキの部屋にはいたくなかった。なんだか今のイブキは本当に疲れていたから一緒にいたらこちらまで嫌な気分になりそうだから。そう思った私は元教育係のケンジョウの部屋に向かった。

 

ビルの最上階の隅っこにある部屋をノックしてしばらくするとドアが開いた。

 

「...ガビか。久しぶりだね、ここに来るなんて」

 

「久しぶりです、ケンジョウ。泊まっていいですか?」

 

「もちろん。さ、上がって」

 

 

 

私と同じくここの幹部をしているケンジョウ25歳。イブキと違って真面目だし常識人だ。他のファミリーに対してはすごくクールに接しているけど私と一緒にいるときは優しいし私からしたらお兄ちゃんみたいなもんだ。今年で出会って5年目だけど、彼は今までずっと嘘をついたことがない。約束も守ってくれるしこの人より信頼できる人なんていないと思う。まぁ、イブキ見たいに年下を襲うようなことをするなんてまずしない。

 

ケンジョウに教育係としてついてもらっていたのは4年間。ヒーロー協会に入るまでの間だ。それまではずっとこの部屋で過ごしていたし、まだ年頃じゃなかったからケンジョウと一緒に寝ていた。(時々イブキとも寝ていたけどね)ただ、おそらくヒーローになってからは初めてこの部屋に来たと思う。ヒーロー活動はz市のアパートを活動拠点にしていたからこのビルには仕事以外で立ち寄らない。アパート以外で寝るならS級のヒーローの家に泊まらせてもらったかイブキに襲われるときぐらいだ。だから、ケンジョウとは本当に久々に二人きりになった。

 

部屋はイブキの部屋と同じぐらい広くてすごくキレイだ。彼はあまり贅沢なものを好まないけど、イブキがたくさん物を与えているからか豪華なものはたくさんある。この部屋のソファーが私は好きだ。座り心地がよくていつも来たら一番に座っている。ただ今日は体も精神的にも疲れてたからため息をついて座ってしまった。それを見たケンジョウは心配そうに横に座ってきた。

 

「...ずいぶんと思い詰めた顔してるね。最近会ってなかったけどなんかあったの?」

 

こんな風に気遣ってくれるのもケンジョウぐらいだ。何かあってもいつでも相談できてとても安心できる。

 

「いや...悩んでます。悩んでるって言うか、最近辛いです。」

 

「詳しく聞いていいなら聞くけど?」

 

ケンジョウの心配そうな顔がとても嬉しい。やっぱり、この人は優しい。この人になら何でも言えそうだ。あまり他人に私情を言うことはないけれどケンジョウには少し相談したくてついぽろっと本音を言った。

 

「...ヒーローになってから、ちょっと人を殺した後に辛くなるんです。S級ヒーローとしての立場もあるのに堂々と人を殺すことがちょっと嫌になるんです。」

 

「まぁ、そうなるよね。ヒーローが人殺すなんて周りの人が聞いたら確かに怖いかな。」

 

ケンジョウはうーん...と少し考えてからまた口を開いて言った。

 

「ガビはどっちが大切なの?殺し屋?ヒーロー?」

 

私は即答で

 

「殺し屋です」

 

って答えた。ケンジョウは少し苦笑いで

 

「即答だね...笑」

 

って言った。そして私の頭にポンポンと手を乗せて撫でてくれた。最近はこうやって撫でてくれる人がいないから少し動揺して顔が赤くなった。ケンジョウは私のことを見て

 

「年頃のレディになったね。だけどまぁ、ガビは大きくなってもかわいいね。俺からしたらいつまでも子供だな。」

 

と笑った。私は少しムッとして

 

「からかわないでくださいよ」

 

って反論した。ケンジョウはクスクス笑ってまた話し始めた。

 

「気を悪くしないでよ。別に本当のことを言っただけだよ?...あぁ、話を戻すけどさ、そうやって答えてもヒーローしてるってことはきっと心の中のどこかではヒーローとして頑張らなくちゃいけないってことがわかってるんだよ。俺はもう25だし職業として殺し屋やってるけどガビはまだ13だろ?成人するまでまだ7年もある。しかもマフィアにもヒーロー協会にも居場所はあるんだ。なら、ここでしっかり悩むべきだよ。それに、人を殺して申し訳ないって思うのは当たり前だよ。まぁ、仕事しているときにはどうでもよく思えるだろうし何も感じないかもしれないけど、仕事が終わった後って絶対殺しちゃったって辛くなるはずだよ。それは俺だってそうだしね。」

 

「ケンジョウもそう思うんですか?」

 

「さすがにね。まぁ、ドンみたいに狂うような数を殺してしまったら本当に何も感じなくなるかもしれないけどね。でも、ヒーローも殺し屋もしてるガビならそう思ってしまうのはなおさらだよ。」

 

ケンジョウは立ち上がって私を見下ろした。そしてにこりと笑って

 

「悩むことだって大切だよ。ただ、そうやってガビみたいに思えるってことは結局どちらも精一杯仕事しなきゃって思ってるからだよ。だから、その人格の良さが光ってヒーローとしても殺し屋としても君はみんなに注目されてるんだ。」

 

と言った。

 

私は少し意味が分からなくて首をひねる。ケンジョウはフゥとため息をついてソファから立ち上がる。ジャケットを脱いでハンガーにかけると私の分まで一緒にかけてくれた。

 

「そのうちわかるさ。でも、やっぱり気になるなら少し考えてみるのもいいかもね?風呂に行ってくるから寝といていいよ。さすがにもう一緒には寝られないだろうし、俺はソファで寝るよ。ガビはベッド使いな?疲れてるよね?」

 

そう言って彼は風呂に向かった。私は一人残されてケンジョウの言葉の意味をじっくり考えた。そして遠慮するべきかとも思ったけれど疲れていたからベッドに入りすぐに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのつぎの日から私はずっとケンジョウの部屋に泊まった。ヒーロー活動をしたくないのもあるけどファミリーの中にいるはずのスパイを捜す必要があったからだ。けど、何日経ってもそれらしき手がかりは見つからなかった。ケンジョウにも伝えたけど彼も何も知らなかった。毎日毎日捜しているがやっぱりわからなかった。

 

そんな中、z市に隕石が落ちてきた。あほらしい話だと思っていたが割と真面目にz市は壊滅していた。まぁ不幸中の幸いなのか私の住むアパートは無事だった。だけど風の噂ではなんかサイタマさんが隕石壊したのに町が壊滅したのがサイタマさんのせいになってるらしい。いいことしてんのにかわいそうだなぁって思った。正直どのヒーローよりも活躍してんのにそれが認められないなんてかわいそうだ。シルバーファングと新人S級ヒーロージェノスさんがいたらしいが明らかにあのふたりよりもサイタマさんが活躍したはず。何をしても認められないサイタマさんのことが少しかわいそうだと思った。

 

隕石事件からしばらく経ったある日。また事件が起こった。海人族と名乗る怪人がJ市内に大量発生した。

たまたま近くにいたから寄ってみたら確かにたくさん怪人が沸いていた。誰もいなかったら戦おうかな...と思っていたけどその必要性はなかった。

 

 

 

「只今大好評売り出し中のA級ヒーロー現在A級11位!このスティンガーを皆様どうぞよろしく!」

 

こーゆー奴こそ、本当にヒーロー向いてるんだなぁ。そう思いながら、私はビルの屋上で彼が戦う姿を見ていた。A級のスティンガー...なかなか強いらしいがこうやって人気取ろうとしているところを見るとちょっと残念になる。なんか、人気になりたいからヒーローしている風に見えてそれはちょっと違うんじゃない?って価値観の違いを抱いてしまう。まぁ、私なんて人殺しだしそっちのほうが大変かぁ。そう思ってビルの屋上からじーっと彼が戦う姿を見ていた。今はまだ災害レベル虎とか狼とかしか出てないからいいけどこれで鬼とか出てきたら洒落にならないな。早めにどうにかしないといけないのかなぁ?そんなことを考えながら私はあくびをして町を見回した。

 

全く関係ないけどこの前サイタマさんが大量のわかめいらないか?って言ってたような気がする。味噌汁にしたら割とおいしかったんだよな。

 

 

...って、なんか怪人増えてる。ひぃふぅみぃ...やばい、5体ぐらいいるじゃん。でも、私が戦うのは面倒だしスティンガー戦ってくれてるしなんか死にかけそうになったら助けに行こうって思った。それまでは住人の避難でも誘導しとくか。もしかしたらこの後なんか強いの来るかもしれないし。近くにめちゃくちゃ強い怪人がいるわけでもないし周りには逃げようとしている人が割とたくさんいた。近くに避難用のシェルターがあるからスティンガーが戦ってくれているうちに避難の誘導をすることにした。ビルからぴょんっと飛び降りて近くにいる人たちに向けて言った。

 

「付近にいるみなさーん!万が一の場合を考えて避難してくださーい!町の中心にあるシェルターが安全なのでそこに行ってくださーい!」

 

すると多くの人間は私の方を向いてガビがいるって騒ぎ始めた。だけど今は怪人が出ているから数分でみんなはシェルターの方に走り出した。よかったよかった。しっかし...なんでこんなに怪人が来ちゃうかねぇ。ヒーローの数も多いわけじゃないのにこうやって来ちゃうと対応するのがめんどくさいんだよな。本当だったら今日は家でアニメ見るつもりだったのに。それにスティンガーのほかにもきっとくるよね?なら家帰ったって平気かな?ここで逃げても別に大事にならないのなら帰ろうかな?どうせ他のヒーローも後から駆け付けるだろうし、私がいなくても今回は何とかなるかもしれないな。よし、帰ろう。

 

そう思っていたがちょっと天気が悪くなってきた。しかもまだ避難できていない人たちもいる。多分避難しないと仮にこの後災害レベル鬼とか出てきたら殺されちゃうし。避難して結果何も出てきませんでした~ならいいけど避難せずに殺されました~は洒落にならない。誘導を急がなくちゃ。

 

でも一つ気になることがある。威勢の良かったはずのスティンガーの声ももうきこえなくなってるのだ。さっきまではファンの前でかっこつけてるんだろうなぁって思ってたけどさすがに彼の性格上静かに戦うなんてことあるわけないし静かになってる=やられちゃったとか?えぇ、めんどくさい。戦わないといけないのかなぁ?そう思って私は嫌々海岸の方に向かった。そして同時進行で避難できてない人たちのシェルターへの誘導も行った。こうやって見るとあまりにも避難している人は少ない。多分まだ避難できてない人がいるんだろうなぁ...って思った。さすがに見殺しにはできないから一人一人に避難誘導はしたけれどJ市ってそこそこ広いから全員に言ってたらキリがない。そろそろ海岸に向かわないと雲行きは怪しい。

 

けど海岸に着く直前、スティンガーが戦っていたところよりも少し手前ぐらいに人だかりができていたからまずそこに行ってみた。どうせ怪人でもいるんだろうなぁって思ったら案の定そこには災害レベル虎と狼の二匹が暴れていた。しかも近くにいる人たちにも襲い掛かろうとしている。どうやら雑魚らしい。私は急いで一発蹴りを入れた。そして狼の方はそのまま首が吹っ飛んでくれた。

 

「な...お前は血濡れのガビ!?なぜここにっ!」

 

災害レベル虎のイカらしき怪人がたじろいでいる。なんか見た目がかわいいなぁって見とれていたが周りの人たちが怪我されちゃあ困るから構える。今日は自分の剣を持ってきた。大昔、神々の戦いで使われたと伝説になっている宝剣≪リベリオン≫。私の父さんが残した唯一の贈り物である。この剣は私の手でも操ることができるし、こいつを使ったときは負けたことがない。多分、災害レベル竜でも太刀打ちできると思う。

 

さて、向こうはビビッてるし一方的に倒せるな。でも、勝手に殺しちゃうのって向こうからすれば理不尽だよね。海に戻ってくれるなら別に殺さなくてもいいんだけど...一応聞いてみよう。戦いたくないし。

 

「えーと、暴れないでほしかったんですけど。とりあえず海に戻ってくださ...」

 

「う、うるせぇ!S級だから何だよ!こちとら海人族の中では強いほうなんだ!これしきのことで負けてたまるかよぉ!皆殺しだぁ!」

 

うん、話聞けや。

 

相手はなんかやけくそになったのかこっちに向かって突進してきた。周りの人は悲鳴上げてるけど...正直隙だらけだ。剣をスッと出して一振りする。そのあと斬りこもう...って思ってたけどもう剣振った瞬間首が切れてた。なんだ、雑魚の末端じゃん。つまんないんぁって思った。なんか、キリサキングと戦ってから感覚がおかしい。こんなに怪人弱かったっけ?みたいなちょっと物足りなさを感じる。サイタマさんはいつもこんな感じなんだろうな。そう思って振り向くと周りの人たちは歓声を上げていた。よかった、けが人はいないらしい。少しほっとして周りを見渡す。多分近くに怪人はいないだろう。

 

「おそらく、近くに怪人はいないはずです...危ないので、シェルターに避難してくださいね?さぁ、急いで!」

 

私が周りの人たちに言うと次々に走り出して町は静かになった。だけど海岸沿いでは戦っているのか轟音が止まない。しかもさっきのスティンガーの時とは比べ物にならない。推測だけど、たぶんスティンガーはやられたんだと思う。とりあえずさっきのビルに向かって走り出したけどなんか嫌な予感がする。なんだろう

、さっきよりも確実に町がボロボロになってるような...。それに雷までなってきた。もしかしてなんかあるのかな?そう思った瞬間だった。

 

「緊急避難警報!今回の怪人族襲来について災害レベルが虎から鬼に上がりました!」

 

...ほらやっぱり。大変なことになっちゃった。めんどくさ。そう思いながらもさっきいたビルへ向かった。たぶんこのままだと被害は出てしまう。海人族に支配されるのもなんか嫌だし、暴れられるのもイラつくし...。そんな思考が頭をめぐり、めんどくさいのには変わりがないけど私は怪人の元に向かった。急いで走ったが雨が降っているからか前が見えない。なのにやっぱりガンガンでかい音が鳴っているからきっとすごい激しい戦いが起きているのだろう。うわ、怖いわあ...そう思いつつ海岸近くに着く。A級のスティンガーといつ来たのかわからないが同じくA級のイナズマックスはすでに倒されていて意識がなくなている。ただ脈はある。重症だろうな、何か所か骨折してるし。まぁそうなっても仕方ないだろうけどよく戦ってくれた。と思って目をそらした時、私の目の前には信じられない人が倒れていた。

 

「え、ぷ、プリズナーさん?嘘でしょう?」

 

そう、S級ヒーローのぷりぷりプリズナーさんが倒れていた。彼が負けるなんて大ごとだ。彼はS級最下位の私に次いでS級16位のヒーローだ。だがまぁあまりランキングとかあまり関係ないし彼も強い。はずだ。なのになんで負けてんだよぉ...このままじゃ私一人で戦わないといけないじゃん。めんどくさいな。でも、なら怪人はどこにいるんだろう?そう思ってあたりを見回した。

 

怪人は海岸からちょっと離れたところにいた。そこでは見たこともない囚人服を着た男が戦っている。あれ、A級のヒーローかな?誰だろう?本当に見たことがない。けど戦ってくれるならそれでいい。少しでも時間稼ぎしてくれているのならありがたい。その間にドームの中の安全確認と協会の方に現状報告をしないといけない。どちらにせよ今日の私は戦う運命なんだ。覚悟を決めて私は走り出す。プリズナーさんたちに背を向けて私はシェルターへ向かった。そしてスマホを取り出し協会に電話をかけた。

 

「はい、こちらヒーロー協会本部です」

 

「もしもし?私です、ガビです」

 

「あぁ、ガビさん!もしかして今J市の近くにいたりしませんか?災害レベル鬼の深海王が暴れてて応戦しているスティンガーとイナズマックス、ぷりぷりプリズナーと連絡が取れないんです!できれば近くに行ってもらえませ...」

 

「現在J市の海岸近くです。A級は二人とも意識不明でぷりぷりプリズナーさんも戦闘不能です。現在はだれかわからないけど囚人服を着ている男が応戦中です。なので、応戦してくれている間に住人が避難しているシェルターに向かってそこを守ります。多分、シェルターを守らないとこの町は全滅します。メディアにこのことを伝えてください。絶対ここに近づくことはしないようにってテレビ局に言ってください!」

 

「え、プリズナーが!?りょ、了解です。あと、さっきz市のジェノスがそちらに向かうという連絡も入っています。なるべく急ぐとのことですが何とかして食い止めていただけると嬉しいです。」

 

「大丈夫です、これ以上ケガ人は増やしません。では!」

 

そう言って私はスマホの電源を切った。そして、また海岸の方から音が聞こえる...多分めっちゃ強いのだろう。本当に面倒だ。海で暴れとけって話だよ全くさぁ...。そう思いつつも、私はめずらしく真面目にヒーローの仕事をしていた。自分でもなんでこんなに頑張ってるんだろう?って思う。

 

多分だけどそれはケンジョウのせいだろう。なんか、この前ケンジョウが言ってくれたことがやたら頭から離れないのだ。

 

『きっと心の中のどこかではヒーローとして頑張らなくちゃいけないってことがわかってるんだよ。』

 

確かにそうなのかもしれない。だけど、だからと言って私の素の姿を隠してまですることなのかな?誰よりも正義感に溢れるわけでもなければ意欲的に活動しているわけでもない。そのうえ自分からやりたいって言ったわけでもない。今回だってめんどくさがってるし。なのにやっぱり戦おうとしている。それはなんでだろう?

 

シェルターが見えてきたから私は急いで中に入って避難している人たちの状況を確認した。中の人たちは老若男女大勢の人たちがいる。私はこの人たちに事実を伝えなければならない。大声で中の人たちに言った。

 

「皆さん、聞いてください!今から外の状況を言います!」

 

みんな私の方を向いてざわつき始めた。そして私は口を開いた。

 

「まず、スティンガーとイナズマックスのA級ヒーローが応戦していましたが外にいる怪人にやられました。そのあと、S級ヒーローのぷりぷりプリズナーさんが応戦しましたが彼もやられてしまいました。なので、残っているヒーローは私だけです!」

 

その言葉を聞いた人たちは不安そうな声を上げている。当たり前だ、S級がやられたんだ。しょうがないと思う。でも不安をあおるためにここに来たんじゃない。

 

 

私は殺し屋だ。でも、いまこの状況になった時には私はみんなを守らなければならないヒーローである。正義感がなかろうが、意欲的じゃなかろうが、自分からやろうとしたわけでもなかろうが、私はもうヒーローなんだ。殺し屋かもしれない。マフィアかもしれない。でも、S級なんだ。こんなところでめんどくさいだのなんだの言っている場合じゃないんだ。

 

戦って、みんなを守らなければならない。

 

 

 

...でもそんなこと、ヒーローになった時からわかってるよ。

 

 

 

 

私はもう一度大声で言った。

 

「落ち着いてください!今、外では応戦してくれている人がいます。それに、私もいます!今から私は外に出ます。それで何とか奴を食い止めます。私は強いから負けることはおそらくないです。でも仮に私がやられることがあってもおそらくほかのヒーローたちが来ます。一瞬で倒されるようなことにはなりません!そして、私たちヒーローは絶対にここにいる皆さんの命を守ります!なので安心してここにいてください!」

 

そう言って私は踵を返した。そして歓声とともに外へ出た。あぁ、なんてかっこつけなんだ。これじゃあ本当に私がカッコいいヒーローみたいな気がしてきた。裏では人殺すような人間が偽善者ぶるなんてヘドが出る。

 

でも、やっぱり私はわからない。

 

『悩むことだって大切だよ。ただ、そうやってガビみたいに思えるってことは結局どちらも精一杯仕事しなきゃって思ってるからだよ。』

 

わかってる。でも、私は殺し屋なんだ。ヒーローなんか...ヒーローなんかする資格ないのに...!やめてしまえばいい。でも一度手を出してしまったことを無責任に辞めますなんて言えるはずがない。それに、表だけ見てしまえばああやってみんなは私に期待してくれているんだ。なのに逃げることなんてできない。戦うんだ、それしか道はないんだ。考える暇はない。やるしかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも

 

みんなはヒーローの気持ち、わかるの?

 

みんなは殺し屋の気持ちわかるの?

 

みんなは

 

 

 

 

 

 

 

 

.........。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は

 

なんで

 

なんで殺し屋なのか?

 

なんでヒーローなのか?

 

私は何がしたいんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらぁ?なーんかガキがいるじゃない。ここにいたのが不運だったわね。殺してあげるわ」

 

...気持ち悪い。第一印象はこうだが明らかに強い。そう、海人族のトップに立つ怪人、深海王。プリズナーさんまで倒してしまうほどの強さを持つ怪人。おそらく、キリサキングにも匹敵する。だけど、この前みたいにコンディションは悪くない。今なら多分、まともに戦えるはずだ。

 

「ふー...ちょっと今、吹っ切れてるんですよ。だから、調子いいはずなんですけどね。」

 

上着を脱いでtシャツ一枚になる。雨で濡れて少しサッパリする。そして相手はぎろりとこちらを睨んできた。それも、蛙を見つけた蛇のような目で。

 

「あなた、まさかヒーロー?かなわないって知っていながら自ら殺されに来るなんていい度胸ね、気に入ったわ。」

 

「...なんか、最近出会ってすぐに見下されることが多い気がするんですけど、一応S級なんですよ?それに残念なことに、そこらのS級とは違っていつ死んでもいいような覚悟はできているんでね。」

 

私は地面を蹴った。そしてあいつの足を蹴り飛ばした。あいつは油断していたのか遠くのほうまで飛ばされた。その姿を見てたら馬鹿らしくなってきた。

 

「...なんだ、この程度なんだ。つまんないな。」

 

でも、あいつはすぐに立ち上がってこちらの方へ戻ってきた。しかも、怒りの形相とともに。あーあ、怒らせちゃったかぁ。

 

「聞こえてんのよ。ころ...」

 

振りかぶった瞬間を見逃さなかった。ナイフではなくてしっかりとした剣で足を斬りこんだ。そのまま殴って蹴って斬り刻んでとにかく暴れた。なんだろう、すごい本能で暴れてしまっている。体の制御が効かない。まるで何かに操られるかのように

 

「...あはは。なんだ、油断してるじゃないですか。馬鹿みたいですね。」

 

いきなり、口が勝手に動いた。それと同時に体も勝手に動き始めてしまった。身に任せてとにかく動いた。おかしい、制御が効かない。私の思いとは裏腹の動きをするし全く思うように体が言うことを聞かない。

 

「な、このガキっ!」

 

「ほら、来てくださいよ。ガキ一匹殺すのぐらい、あなたからしたら簡単でしょうに?なに押されてるんですか?さっさと反撃してくださいよ。ほら、地上を支配したいならさっさと殺してしまえばいいじゃないですか。」

 

何を言ってるんだ、私。そんなこと思ってないじゃん。止まれ、止まってよ。

 

斬りこんで、相手がバランスを崩したところに向かって蹴りこむ。そして殴り掛かる。向こうは私のスピードに対応できていない。だからなのか私が攻撃したらずっと後ろにばかり下がっている。その攻撃が効いているのかはわかんない。本当になんでなのかわかんないけどとりあえず止まりたい。さっきから割とずっとフルパワーで動いているから体は限界だって言っている。なのに止まらない。止まってよって思うのに聞いてくれない。はやく終わってよ、さっきから息の根を止めれそうなときは何度もあった。今なら殺せそうだったってタイミングは何度もあった。なのに体はその瞬間だけ動きを止めるのだ。それをずーっと永遠に続けている。

 

けど、いきなりだった。意識がプツリプツリと切れたりついたりするようになった。でもそれで地面に倒れこむようなことにはなってない。いや、戦っている。怖いほど自然に体が動いている。意識が途切れてもすぐに電気がつくようにまた意識が戻る。目の前の景色は昔の映画みたいにコマ切れで見える。

 

「なーに止まってんの...よっ!!!」

 

気づけば目の前に拳が迫っていた。殴られてシェルターにぶつかる。しかも壁を貫通してシェルターの中に落ちてしまった。もちろんだけど避難していた人がいたからみんな声を上げて驚いている。でも構っている暇もないしそこまで痛くないから壁を蹴って外へ出た。

 

おかしい、体がいきなり痛くなった。けど、体は思うように動くようになった。さっきまで何をしていたのかも曖昧だけど言っている場合じゃない。私はすぐに剣を持って首を狙った。でも向こうはもう回復していた。すごいスピードでまた拳が飛んできた。さっきまでの良いコンディションならかわせただろうに今の私はスタミナ切れであと少しのところでよけきれなかった。でも、立てている。それが致命傷になるわけではなかった。ただやっぱりまた体が言うこと聞かなくなった。

 

「あれぇ、まーだ生きてるの?私のパンチ受けて立ってられる...いや、なんなら戦えるなんてありえないわね。」

 

体が痛くなったと思ったらまた痛みはなくなって、なくなったと思ったらまた痛み出す。それの繰り返しだった。もう、いっそ倒れて楽になりたいがそれもできない。苦しい、早く普通に戻ってほしい。そう思った時だった。いきなり目が焼けるように痛くなった。

 

「痛っ!」

 

目を押さえて私は座り込んだ。なんだろう、気持ち悪いといえばいいのか?とにかく今までの中で体験したことのないような痛みだった。痛みが治まることはなく、その間に何回も攻撃された。普段の私なら反撃に行けそうなのに痛みに耐えられない。頭の中にガンガンと音が響く。今日の私は何かがおかしい。なんだろう、なんでこうなってしまったんだろう?別に何かしたわけでもなくされたわけでもない。苦しい。誰かに助けてほしい。ねぇ、誰か助けて。この痛みを、誰か解放して!

 

刹那、気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その痛みに耐えれるか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前にとって想像を絶する痛み』

 

 

 

 

 

 

 

『例えるなら地獄』

 

 

 

 

 

 

『死んだほうが楽』

 

 

 

 

 

 

 

『そう思ったんじゃないか?』

 

 

 

 

 

 

 

『だが、耐えて見せろ』

 

 

 

 

 

 

 

『そうすればお前は』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『×の×××になって×××を倒すことができる。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうすればお前こそ真の...』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、私は胸ぐらをつかまれていた。しかもシェルターの中で。...目がいきなり痛くなって気を失ったんだっけ?で、今はどれぐらい時間が経ったんだ?周りの人のことがぼやけてよく見えない。なんでだろう、景色が赤い。

 

...赤い?

 

なにこれ。変なにおい。いや、違う。これっていつも嗅いでいる匂い。吐き気が私を襲う。しかもそれは私の目から流れていた。いつもなら人からあふれ出るものが見たことないようなところからあふれている。ドロッと生暖かい液体が流れ落ちる。怖かった。けど、恐る恐る触ってみる。

 

 

 

「...え、私なんで?」

 

手のひらには赤い血が滲んでいた。




もうネタ切れ


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三途の川〜vs海人族②〜

今回短めです。ごめんね。


~???~

 

 

強い痛みを与えたはずだった。あれには私ですら耐えることができなくて堕落したはずだった。しかもあいつよりももっと大人の時に。なのにまだ子供のあいつはなぜ目覚めた?なぜ生きている?...いや、なぜあいつは逃げないんだ?

 

...あいつは、私を受け入れるべき人間だった。だがこうなったが最後、残念だがあいつはもう支配されてもおかしくない。

 

あぁ、かわいそうな奴だ。きっとあいつなら真の×××になれたのに。

 

だが、あいつはまだわかってないのかもしれない。私という存在に。あの痛みに耐えた奴はこれで二度目。しかも、1人目は耐え抜いたがあいつのように立ち上がれなかった失敗作だ。あいつはきっと成功だ。あいつならまだこの力を使えるかもしれない。あいつは希望の光だ。なら...まだあいつは使えるな。死の淵に立たせてもあいつが逃げなければ成功だ。

 

...さぁ、戦え。そして私の期待に応えて見せろ。お前こそ私の...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の希望なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ないっ!」

 

避難していた人の声だろうか?その声もむなしく、私は殴られた。壁に激突して私は頭を強く打った。まぁ運よく頭はそこまで打たなかったし無事だが、ちょっと腕が鳴っちゃいけない音が鳴った気がする。多分折れたな。

 

「あらぁ、さっきまでの大口はどこへ行ったのかしら?まぁいいわ。最初は驚いたけどもう飽きたわ。殺してあげる。」

 

歯茎の血を吐き捨てて私は息を吐く。あいつはまだ余裕がありそうだな。けど、いつもの私ならこいつぐらい軽く倒せるはずなのになんでこんなにうまく動けないんだろう?ちょっと時間をかけすぎたから早くしないと向こうもどんどん強くなりそうだな。いや、強くなってるなぁ、確実に。

 

「いーててて...っと、まだやれますよ?私はまだ死ねませんからね」

 

余裕そうに言ってみたが余裕なんてない。今日は体が動かない(ていうか自分の意志で動かせないから)から勝てる保証なんてまったくもってないけど、ちょっとばかりは強がらないと周りの人を不安にさせてしまうから一応強がってみた。でも痛い。死にそう。

 

だけど、とりあえず死ぬまでは戦わないといけない。折れたであろう左手を少しかばいながら私は立ち上がる。左手が折れたせいでもう剣は使えない。あぁ、痛いなぁ。でもここを耐えたらきっとジェノスさんが来てくれる。それまでの辛抱だ。正直これ以上ケガしても何しても別に何も変わらない。一回ケガしたらそれ以上傷が増えようがもう一緒なことだ。ケガしたんならもうそれなりに暴れてやる。やけくそだ、やけくそ。多分なんとかなる。

 

今まで無茶しても死んだことなんてないし、死ぬような相手じゃないはず。落ち着いてやれば右手と両足だけでも十分戦える。息をすると骨が痛むから一回覚悟を決めて一撃に力を込めて戦えば大丈夫。よし、仕掛けよう!

 

...と思ったのもつかの間。スイッチを入れたはいいがそういえば今日は体が動かないんだったな。だるいわぁ...どうしようかな?そろそろ動いてほしいんだけどなぁ。さすがにこのままだったらみんな死んじゃうしー。...おい、体。聞こえてる?私ね、今すっごい困ってるの。だから動いて。ね?動いて?...動け。動けよ、動け、動け、動け。動け!

 

動けっつってんのに!

 

『動けっつってんのに』

 

そう思った瞬間、体が前に飛び出した。そして相手の胸に思いっきり激突しそうになって止まろうとする。が、勢いそのままちょうど前にあった右手が海底王の体を見事に貫通した。私はそのあともどんどん攻撃を仕掛けた。いや、仕掛けざるをえなかった。この体を止める方法が見つからなかったから。ボロボロの体で何度も体がやめてって悲鳴をあげているのに自分でも制御できない。

 

このままいけば本当に死ぬかもしれない。いや、死ぬことは別にどうでもいいんだ。ただここにいる人たちが全滅しちゃう。それが一番困る。私がへましてしまったのにヒーロー協会の信頼全体を国民からなくしてしまうことになるのがめんどくさい。だめだ、それだけはだめだ。体の限界は近かった。とにかく早く決着をつけなければいけない。だから、一回止まって、私の体。一回止まりたい。

 

『一回止まりたい』

 

そしたら見事に体はピッタシ止まることができた。だが今度は逆に全く体が動かない。まだ自分でも何が起きているのかわからなくてまたパニックになった。だがなんとなくわかった。心の中で思ったことが今、私の体の中に連動するようになっている。

 

少し考えてから私は念じてみた。

 

右手を前に出せ。

 

『右手を前に出せ』

 

そうしたらなんでだろう。思った通りに右手が動いたのだ。よし、すごい発見をしたな。これできっとまた自由に動けるようになるな。深海王を見たところ、今は無防備の状態だ。なら今行けば確実に仕留めれる。これで安心だ。なら思うことは一つ...この体を私の意志で動かせるようになれ。

 

『この体を私の意志で動かせるようになれ』

 

私は一回自由に動けって念じてみたらするっと体はいつもの感覚に戻った。よし、動ける...と思った瞬間だった。

 

『ズキィィン』

 

さっきの何倍もの痛みが体に伝わる。さっきまでもそこそこ痛かったけど体が自由になったと思えば耐えられないほどの激痛に表情を歪めてしまう。しかも、うずくまってしまうような痛みだった。いきなりの痛みに私は声にならない悲鳴をあげた。本当に痛くて立てない。戦うなんてもってのほかだ。立たなくちゃ...と思ってももう立てないし歩くことすら困難だろう。その間にも深海王はどんどん回復している。だめだ、このままだと本当に負けるかもしれない。でも...もうだめだ。立てない。

 

「っ...くそっ...なんでだよ、何が嫌でこんなに...」

 

視界がぼやけ始める。だんだん視点のピントも合わなくなり始めた。目の前が見えない。もしやこのまま意識が途絶えてしまうのかな?とも思ってしまうように頭がクラクラした。あーあ、やばいじゃん。ほんとに私、死ぬんだな。馬鹿みたいだよ、フルコンディションで負けるならともかくこんな変な感覚で自由に動けずに負けるなんて。あぁ、ひどいよ。神様がいるなら今すぐ時間を戻してほしいね。ついでに、自由に体が動くようにしてほしいもんだ。

 

『バキィっ』

 

何の音だろう、音が聞こえた。でも、意識が続かない。見えないし、とうとう気が遠くなってきた。

 

悲しいなぁ、こんなところで終わるなんて。ひどいよ、ひどいよ神様。もっと普通に生きたかったよ、私。最後の願いが届くならあと少しだけ、生きていたかったな。

 

そして私は何かに蹴飛ばされて壁にぶつかった。もう目が見えない。どんな状況かはわからないけどもうおしまいだ。首を圧迫されて息ができなくなる。抵抗もできない。一瞬、誰かが叫ぶ声が聞こえたが、最後までその声は届かなかった。

 

つまり、それは私の死を意味する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでいいのか?お前は力を手に入れたのに...。使い方が分かればお前は世界最強になれるのだぞ?』

 

気が付けば真っ暗な場所に1人、立っていた。先ほどのケガも一切なくていつも通りの私がいた。そして、頭の中には声が響いている。

 

 

...誰?それに、ここどこ?あの世?死んだ後だから...三途の川的なところかな?それとも地獄?ていうか、私はなんでまだ意識があるの?もしかして生きてる?

 

『いや、もうお前は現世にいない』

 

うん、どなたですか?あとここどこですか?

 

『ここはあの世と現世の間だ。そして私の名は...すまないが言うことができない。だが一つ言っておこう。今日、お前の体を支配していたのは私だ。』

 

え、体を支配...ってことは今日私の体がうまく動かなかったのってあなたのせいですか?あなたが私を操っていたんですか?

 

『あぁ、そうだ』

 

あぁ、そうだ...じゃないですよね!?私、死にましたよ!?え、あなたがどこのだれかは知らないですけどあなたは私を殺したも同然ですよね!?えええ、うそ犯人あなたなんですか!?ちょっと今日私がどんだけ苦労したと思ってんですか!?挙句殺されちゃったし、責任取ってくださいよ!まぁ死んだから責任もくそもないか...いや、なんか説明してくださいよ!

 

『...よくしゃべるガキだな』

 

ガキで悪かったですね!まだこう見えて中学生なんですよ、人殺し!とにかく説明してください!あなたは何者で、なんで私を支配?したんですか!?

 

『だから名乗れない。まだ言えない』

 

はぁ?無責任でしょう?納得いきません!すべて洗いざらい説明してください!あなたのせいで人が何百人も死ぬかもしれないんですよ?

 

『大丈夫だ、問題ないからな。あのシェルターに残された奴らは死なない。』

 

残念ながら問題大有りですよ!何を根拠にそんなこと言ってるんですか!ヒーローがいなくなったら死ぬにきまってるじゃないですか!

 

『ヒーローが全員死んだとは一言も言っていない。』

 

そーゆー問題じゃないんです!...って、ヒーローが死んでない?まさか私以外にもヒーローがまだいたんですか?それともジェノスさんが来てくれたんですか?

 

『ほかのヒーローもいたが、あいつらはおびえて動いてすらない。ジェノスとやらはさっきお前が殺された瞬間にたどり着いた。だがまぁ、少し来るのが遅かったな。もし来るのがあと数秒早かったらお前も助かってたかもしれないな』

 

ジェノスさん、来てたんだ...あーよかった。シェルターの人たちも安心ですねー。なら死ねるや。ふー、よかったよかった安心安心♪

 

『な...そんなに軽々とそんなことを言いやがって...お前は死が怖くないのか?』

 

いや、だって明日死ぬかもしれないって思っとかないと今回みたいに死んじゃう日がいつか来るかもしれないじゃないですか?現に今、死んじゃいましたし。でも、ジェノスさんが来たというならあそこのシェルターにいる人たちは無事に助けられるってことですよね?ならいいじゃないですか。

 

『つまりお前は死んでも死ななくても、あのシェルターにいた奴らが助かればそれでよかったってことか?自分の死が怖くなかったのか?』

 

まぁ、そうですね。結局今回の深海王が暴れた件で人が死んだらヒーロー協会の責任になるじゃないですか。私が失敗したことでヒーロー協会全体の信頼をなくすことは何とかして避けたかったんですよ。私の失敗を協会全体の失敗になっちゃダメですからね。ただ、本当にあなたが私の体を操っていたとするなら本気で恨みますよ?

 

『ほぅ…なぜだ?』

 

いや当たり前ですよ!私が本気で戦って死ぬならまだしも実力出しきれずに死ぬなんて…これほど悔しいことはないですよ!私ならあいつぐらいすぐ倒せますよ…。なのにあなたが邪魔するからぜーんぜんうまく戦えなかったじゃないですか!本当に最低です!

 

『…つまり、お前はまだ本気を出していなかったということか?まだ隠しているパワーがあるのか?』

 

私が本気出すときなんて滅多にないですしあいつぐらいなら本気を出さずとも勝てますよ!もう一回生き返れるならすぐに倒せます!まぁ、ジェノスさんいるなら大丈夫か。私はそろそろ天国にでも行かせてくださいよ~。

 

『...あのS級は奴に歯が立たない。』

 

...え、マジですか?

 

『あぁ。おそらく10分持たずに死ぬだろうな。だが、お前なら本当に倒せるんだな?』

 

は、なんでそんなことわかるんですか?...ていうか、本当に誰!?そろそろ恐怖すら感じちゃうんですけど...なんでそんなことを知ってるんですか?それであなたは私をどうしたいんですか?

 

『だから、私はまだ名乗れないし時が来たら全て話すと言っているだろうが。それに、今お前が知る必要はまったくもってない。』

 

いや、あります!ヒーローとして知る必要があります!だから聞かせてくださ...でも、結局死んじゃったから聞いたところでなんにもなんないか。なら、このままでいたほうがいいのかなぁ...?

 

『私には、お前を現世に生き返らせれる力がある。お前が本当に奴を倒せるのなら生き返らせてやらないこともないぞ?』

 

...その言葉、信じていいですね?なら今すぐにでも私は奴を倒しますけど?ていうか、そんなことをできる力を持っているなんて只者ではないですね、あなた。

 

『まぁな。ただし、もし生き返るのならば私の正体も目的も話さない。だが、その2つについてを聞かないというならばお前に私の力を少し与えてやろう。そうすれば、お前はさらに強くなるからな。さぁ、どうする?』

 

力...?詳しく教えていただけませんか?

 

『まず、お前はすぐに傷が治るようになる。つまり治癒能力を授けるということだ。すぐとは言ってもまぁ半日はかかるが...それでも今まで見たいに何か月も傷の回復は待たなくてよくなる。そして、お前のパワーをさらに上げることもできる。いわば最大値を上げるということになるな。あぁ、言い忘れていたがたまに夢の中で直接お前に私が話しかけることもあるかもしれないし、今回のようにお前を操ることもあるかもしれん。それでもいいのか?』

 

へぇ、なかなか使いやすい力ですね。正体も目的も気になりますけど、今優先すべきはあのシェルターの人たちを守ることとあの怪物を倒すこと。その力、有効活用させていただきますね。まぁ、操るのは時と場合を考えてお願いしますね。今回みたいになるのも困りますし。

 

『交渉成立だ。なら、今すぐ奴を倒してこい。お前は、私の...』

 

 

最後の方は聞き取れなかったが、私は光に包み込まれいつの間にかシェルターの中に倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バキィっ』

 

急いでシェルターに向かっていたが俺は間に合わなかった。目の前には血を流して倒れているS級、血濡れのガビの姿があった。ぷりぷりプリズナーがやられたという報告は聞いていたがまさかあのガビまで負けるなんて...只者ではないな、こいつ。

 

「あらぁ、まーた虫が湧いているじゃない。いくらやっても、私には勝てないわよ。まぁ、名前ぐらい聞いてあげるわ。」

 

深海王...俺も勝てるかわからないな。どうすればいいのやら。こんなとき、先生ならどうするんだろう?またすぐに倒してしまうのだろうか?いや、先生ならこんなやつ相手にもならないんだろうな。だが、俺も先生の弟子...こんなやつ、すぐに倒さねば。

 

「俺はジェノス。s級ヒーローのジェノスだ。深海王、今すぐにでも倒してやる。そこを動くな!」

 

俺は構えて奴に攻撃を仕掛けた。

 

「排除する...!」

 

 




学校始まったけどがんばって投稿続けます。


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正義の答え~vs海人族戦③~

やっと投稿できたぁ...学校あると全然かけないぃ...


 

 

 

 

 

「排除する...!」

 

 

 

 

 

その瞬間、俺の拳は奴に命中した。そして壁にぶち当たり遠くへ飛んで行った。この間僅か10秒。明らかにてこずったわけでもない。なんなら強い弱い感じる前に殴ってしまった。なのになぜ...なぜガビは死んだんだ?まさかと思うが、今ので終わりなのか?

 

 

 

「敵は...今ので最後なのか?」

 

 

 

それを聞いたが聞こえるのは避難している奴らのざわざわした声だけだった。そして少ししたらその声がざわめきが歓声に変わっていった。

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉ!すげぇ!」

 

 

 

「かっけー!」

 

 

 

「助かったぁ!」

 

 

 

どうやら今のが最後だったらしい。それにしては簡単だった。やはりガビが死ぬほどの奴でもなかったはず...よほどの危機だったらしいが何かあったのか?俺がそう思っていた瞬間だった。いきなり、俺は壁に吹き飛ばされた。そして、手が一本なかった。

 

 

 

「キレたわ。ぐちゃぐちゃにしてあげる。」

 

 

 

あいつがまだ生きていた。その事実に驚き半分、自分の甘さに呆れ半分だった。この前のモスキート娘の時もそうだが油断していい場面ではなかった。

 

 

 

「また油断......俺も学習が下手だな。」

 

 

 

ギギギ...と壊れかけた体を動かして俺は立ち上がった。コードの一部が切れてしまって火花が散っているがそんなことを気にしてはいられなかった。深海王をしっかり見ると俺は思いっきり叫んだ。

 

 

 

「シェルターから逃げ出せる者は今すぐ行け!俺が勝てるとは限らない!俺が奴の相手をしているうちに行け!」

 

 

 

人々は続々と恐怖の叫び声をあげて逃げまどっている。あるものは逃げ、あるものは怯えて立ち尽くし、あるものは子供の手を引き走る。だが、深海王はそんな姿を見てさらに動き始めた。

 

 

 

「一匹もぉおおおおおおおおおおおお逃がさなぁああああああああああい」

 

 

 

シェルターの外に出た人々を追うようにのそりのそりと外へ向かっていく。俺は奴を追うためにエンジンをフルパワーで稼働してすぐに追撃した。地面を蹴り、そのまま奴に向かって足を出す。蹴ったが、奴も俺に向かって拳を当てた。相打ちだ。そのまま体制を立て直して俺と奴との接近戦になった。互いに殴り、蹴り、とにかくすごいスピードでどんどん攻撃を繰り出した。休んだら負ける。とにかくずっと攻撃を止めなかった。もちろん俺にも余裕なんてないがそれは奴にも同じことが言えるだろう。ガビやプリズナーが体力を削っていたらしく、まったくと言っていいほど余裕は感じれない。切羽詰まった感じにも見える。まさに一進一退の攻防だ。終わる気がしないほどの長い間、俺は戦った。

 

 

 

ガビが死んだのもなんとなく理由がわかった。こいつには勝てない。今だから相手はできるが、体力が有り余っている状態なら俺も勝てる気がしない。今ですら辛いのにこいつがもっと強くなると思ったら寒気がする。悔しいが強すぎる。そろそろ手の内がなくなってきて押され気味になってきた。気力が切れかけたその時、その声は聞こえてきた。

 

 

 

「がんばれ、お兄ちゃーん!」

 

 

 

逃げている子供の声だった。その声を聞いて俺はハッとした。まだ逃げている人がいる。俺はヒーローなんだ。こいつらを助けなければいけない。それに...俺が諦めたらおしまいだ。ここで1度踏ん張ってこいつを倒さなければならない。絶対に、ここにいる人々を助けなければいけないんだ。そう思って頭を切り替えた。そして蹴りを入れようとした。...が、俺は信じられない光景を見てしまった。

 

 

 

「うるさい」

 

 

 

奴は口から何か液体を出して少女の方へ吐き出した。

 

 

 

「ガキは溶けてなさい。」

 

 

 

一瞬でわかった。あれは溶解液だ。つまりあれがかかってしまえばあの子供は死ぬ。それがわかった瞬間、深海王のことなんて気にもせず夢中で少女の方へ走った。守らなければいけない。その一心で飛び出した。間に合ってくれ…そう思ってとにかく走った。時間がスローモーションに見える。液体が徐々に下の方へ落ちていく。少女とその父親は信じられないという表情で立ち尽くしている。俺は前に進んだ。とにかく、前に。俺の命はどうでもいい。だからあの少女だけでも助けたかった。いや、あの少女を助けるんだ。それでこそのヒーローなんだから。だから、間に合え。間に合ってくれ!

 

 

 

『シュゥゥゥゥ』

 

 

 

消化液の溶ける音が聞こえた。そして俺は体の感覚がなくなっていくのを感じた。動けない。下を向くと怯えた顔をした少女がいた。あぁ、よかった。間に合ったのか。ケガもしてなさそうだし安心だ。そして俺はというと、体の約7割を損傷してしまったらしい。つまりもう…この場所に戦う者は誰1人いなくなったということだ。

 

 

 

子供を助けるためとはいえ、そうとうの痛手をしてしまった。このままじゃ大変なことになる。サイタマ先生が来てくれるなら話は別だが残念なことに近くに先生の気配はしない。どうすればいい...どうしたらいい?どうしたらこの状況を打破できるんだ?なんでもいい...とにかく避難をさせなければいけない。そう思った時、俺は不意に目線が高くなった。髪がちぎれそうだった。少し上を向くと深海王は俺の髪を掴まれていた。そして次の瞬間、体を思いっきり投げられた。俺はそのまま壁に衝突してシェルターの外へ投げ出された。そして気づいた。あぁ、終わったな...と。

 

 

 

地面に投げ出されて俺は倒れた。残念だが立てない。これでもう、俺に勝ち目はなくなった。深海王はわざわざ俺の近くに寄ってきた。そして冷たい声で言い放った。

 

 

 

「あなた1人だったらあんな溶解液かわすぐらい簡単だったでしょうね。まさかガキをかばって自滅するなんて私も考えつかなかったわ。あなたバカだけど私に軽傷を負わせたことは高く評価するわ。もう治ったけどね。それに...さっきのわけのわからないことで自滅したバカヒーローの方がまだまだ強かったわ。多分あいつが生きてたら確実に私は殺されてたのに勝手に死んでいくんだからアホらしいわ。」

 

 

 

ガビのことだろうか?自滅したということは奴にも何かあったのか?ということは奴が生きていたらこいつは殺せていたかもしれないのか?なら...ならやっぱり、俺はまだまだ弱いってことか。ならここで死ぬのも仕方のないことか。

 

 

 

「死ね」

 

 

 

その言葉が聞こえて俺は目を閉じて覚悟を決めた。仕方ない...俺にはサイタマ先生のようにはなれないんだから。

 

 

 

...そう思ってあきらめていた。が、いつまでたっても奴は俺に攻撃してこなかった。その理由はすぐわかった。そこには1人の男がいた。その男は吠えた。

 

 

 

「ジャスティスクラッシュ!」

 

 

 

自転車がガシャンという音を立てて奴の背中に当たった。そして、奴もまた振り向いた。その瞬間、男は口を開いた。

 

 

 

「正義の自転車乗り、無免ライダー参上!」

 

 

 

そう、奴はC級ランキングトップの無免ライダーだ。だが...だが、C級だ。たとえこれがA級でも勝てるかわからないのにそれをはるかに下回るC級だ。いや、彼に対し弱いと言っているわけじゃない。ただこの状況ではだめだ。勝ち目などない。俺は残る体力を使って

 

 

 

「よ、よせ」

 

 

 

と言った。そして周りの奴の声も聞こえてきた。

 

 

 

「む、無免ライダーだ!」

 

 

 

「無免ライダーが来てくれた...でも」

 

 

 

「......」

 

 

 

やはりそうだ。誰の目から見ても、C級ヒーローである無免ライダーに勝ち目はなかった。俺だけじゃなくて、ここにいる奴ら全員が分かっていたのだ。

 

 

 

 

 

「とうっ!」

 

 

 

無免ライダーは勢いよく走り出した。が、その姿を見る深海王はもう目に光など宿っていなかった。

 

 

 

「もう飽きたのよ」

 

 

 

だめだ、やられる。もう確実に結果は見えていた。あいつは負ける。そして俺もこの後殺される。もう今この状況で助かるという選択肢はなくなった。それほどに、奴は強かった。

 

 

 

「おりゃ!」

 

 

 

無免ライダーは思いっきりパンチを繰り出すが深海王はパシッっと何事もないようにパンチを止めてしまった。そして無免ライダーの右手を掴んだかと思えばその体をブンブン振って地面に何度も体を打ち付けていた。体が地面に当たるたびに無免ライダーは苦しそうに悲鳴をあげていた。見ているだけでつらかった。

 

 

 

「ぐふっ」

 

 

 

彼の悲鳴におびえていたのは俺だけじゃなかった。見ている奴らもつらそうな目でその光景をじっと見ていた。あぁ、これが絶望なんだとようやく実感した。

 

 

 

俺は無力だ。

 

 

 

ようやく実感した。

 

 

 

 

 

無免ライダーの体はとうとう空中に投げ捨てられ、大きな音を立てて地面に落ちた。そして奴は俺に向かって言い放った。

 

 

 

「あーごめんね。トドメ刺すの遅れちゃって。」

 

 

 

俺はもう何も考えれなかった。これがヒーローなのか?人を守れなくて何がヒーローなんだ?無免ライダーのように正義感に溢れる奴がいたとしても結局負けてしまうじゃないか。俺は何のためにここへ来たんだ、なんで勝てなかったんだ?もうこれで終わってしまうのか?あんな奴に負けて終わってしまうのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...だが、あいつは諦めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピチャン』

 

 

 

雨の雫がポタリと私の頬にあたる。周りを見渡すとそこはさっき私が死んだはずのシェルターの中だった。そしてキョロキョロとあたりを見回してみたが人はいなかった。が、先程まで使っていたであろうリベリオンがそこに落ちている。そして先ほどまで痛すぎて動かなかった体は全くと言っていいほど痛くなくなっていた。

 

 

 

...状況を整理しよう。まずさっき私は思うように体が動かなくて一回死んだはず。なのに天国か地獄か三途の川かどこなのかわからない場所で変な人に話しかけられた。で、なぜか生き返らせてもらってケガの治癒能力が上がったのと、私のパワーの最大値をあげてもらった...らしい。いや、結局のところよくわからん。あれが現実なのかもわからないし、あの話しかけた人が誰なのかもわからなかったし...とりあえず生きてる。

 

 

 

左目の千里眼で状況を確認するとシェルターの外ではC級の無免ライダーとジェノスさんがいた。まぁ、どちらも戦闘がまともにできる状況ではないだろう。そのうえ、深海王もやたらと強くなっていそうだし。だけど、今の私なら確実に仕留められる。100%。立ち上がって破れかけたジャージを脱ぎ捨てる。そしてすぐに外へ出て戦おうとした。

 

 

 

したのだが、私は立ち止まって考えた。ちょっと待て。今日の私、何かおかしい。なんでこんなに必死になってヒーローしてるんだろう?

 

 

 

命を軽々しく奪う人間が、本当にヒーローとしてこんなに必死になる必要は?

 

 

 

別にここにいる人を助けようがなにしようが私は人殺しだ。ヒーローでいる資格なんて私にないじゃん。なのに生き返ってまでこんなに戦うの?あのまま死んどけば楽だったかもしれないじゃん。どうせ、サイタマさんが来たらワンパンで終わるんでしょ?私がいる意味ないし。いや、そんなこと言ったら私以外にもしているヒーローが戦う意味なんてないか。サイタマさんは今回関係ない。関係ないわ、うん。だけど...私は、

 

 

 

 

 

私がヒーローとして戦う意味は?

 

 

 

ここで戦う意味は?

 

 

 

私が偽善者として生きる意味は?

 

 

 

なんで生き返ってきた?

 

 

 

なんであそこで死ななかった?

 

 

 

なんでまだ立ち上がるの?

 

 

 

なんで...

 

 

 

 

 

 

 

なんで...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なん...で?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでもやるしかないんだ。俺しかいないんだ。勝てる勝てないじゃなくここで俺はお前に立ち向かわなくちゃいけないんだ!!」

 

 

 

ふいに聞こえた声。この声はC級の無免ライダーの声だ。いや、待て待て。さっき戦闘不能じゃなかったの?もう体ボロボロなのになんでそこまで身を張ってまで...

 

 

 

 

 

 

 

違う

 

 

 

 

 

 

 

私馬鹿じゃないの?それは私がヒーローから逃げようとしているただの言い訳じゃん。あんなに戦おうとしている人がいるのになんで私が逃げるんだ。そうだよ、やるしかないじゃん。仮にもS級の私が逃げてどうする。C級が戦ってるんだよ?逃げるなんて馬鹿な事できるんか?できるわけないじゃん。あいつは命張って戦ってくれてるんだ。ならそれに応えなきゃダメでしょ。

 

 

 

いや、S級だからとかC級だからとかそんなの関係ない。ヒーローの血濡れのガビとしてここであいつを倒さなきゃいけない。目の前で助けを待ってる人がいる。目の前でボロボロになっても戦ってくれてるヒーローがいる。そして今、私にできることはなんだ?

 

 

 

答えは1つ。戦うだけだ。

 

 

 

立ち上がった私は深く深く深呼吸をして、少し小さくつぶやいた。

 

 

 

「誰だかわかんないですけど、ケガを直してくれてありがとうございます。あなたの目的は知らないですけど今すぐに深海王を排除します」

 

 

 

『期待しているぞ』

 

 

 

ハッキリ、頭の中でそんな声が聞こえた。そしてにやりと笑って私は外に出た。勢いよく右腕があいつの顔面に炸裂した。そしてどんどんパンチとキックを繰り出して一度遠くの壁に吹き飛ばした。聞こえてくるのは歓声。だが歓声なんていらない。歓声を送るべきはさっきまで戦ってくれていたヒーローたちだから。私にはそんな歓声をくれなくていい。

 

 

 

「...ガビ...か?お前...死んだんじゃ...?」

 

 

 

不意に下を見ると壊れかけたジェノスさんが苦しそうに倒れている。どうやら体の大部分を損傷しているらしい。随分と無理して戦ったんだなぁ...そう思った私はしゃがんで彼に話しかけた。

 

 

 

「すみません、遅くなって...なんでか生き返ってました。それよりジェノスさん、大丈夫ですか?」

 

 

 

「あ...あぁ。大丈夫だ。気にしないでくれ...だが俺よりあいつを...」

 

 

 

ジェノスさんが指をさす方向には満身創痍の無免ライダーが倒れている。こくりとうなずいて倒れかけている無免ライダーに手を伸ばす。

 

 

 

「無免ライダーさん...あなたのおかげで目が覚めました。ありがとうございます。あなたこそ、本当に強いヒーローです。私はすごい臆病者ですけど、いつかあなたのように胸を張って戦えるようになりたいです。だから...見ていてください。今ここで、あいつにとどめを刺して見せます」

 

 

 

そう言って彼の体を起こした。そして彼はわけのわからなさそうな顔で

 

 

 

「あ、あぁ。」

 

 

 

と答えてくれた。まぁ向こうからしたらわけがわからないだろう。当たり前だ。だけど私はそのまま深海王の元へ向かった。

 

 

 

前を向くと深海王はイラっとした顔でこちらを見ていた。いや...イラっとじゃなくて激おこの顔で睨んでいる...が正しい表現かもしれないな。

 

 

 

「何なのよ...さっき勝手に死んだはずでしょ?なんで生きてるのよっ!」

 

 

 

「知らないですよ。なんか勝手に生き返ってただけです。なんででしょうね(笑)」

 

 

 

煽るように言って私はにやりと笑ってしまった。そして拳をぎゅっと握りしめてすたすたとあいつの目の前に立った。見上げると奴はすごくでかかったし顔が気持ち悪かった。だけど別に怖くはなかった。だって今の私は...きっとここにいる誰よりも強いんだから。

 

 

 

「かかって来て下さいよ、深海王さん」

 

 

 

そう言って私は奴の胴体、手、足のすべてに殴り掛かった。そしてすぐに手も足も吹っ飛んだ。ちぎれた手も足も変な液体がどろどろとこぼれて汚い。溶解液が飛んできたがすぐにかわした。が、バランスが崩れてしまったから間合いが合わなかった。奴はおそらくすぐに手足を直してしまうから急いで攻撃しないとまた強くなってしまうだろうな...と、思ったがその瞬間奴は私の目の前まで迫っていた。

 

 

 

「なんなのよぉぉっ!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

 

パンチが飛んできてビビッてしまったが残念ながらそこまで痛くなかった。さっきまでの動きが嘘のように体が軽いし防御力も格段に上がっている。判断ミスでリベリオンは持ち合わせていないが武術だけでもなんとかなるだろう。このままだったらすぐ勝負がつくだろう。

 

 

 

体勢を立て直して殴られてしまった顔を少し拭う。相手は無茶苦茶に突っ込んでくるだけだから急いでかわして殴り返した。体の全体重をかけて一発蹴りを入れた。そのまま奴の体を貫通させてしまったから相手は動きが鈍った。そのすきを見逃さずに私は連続でパンチを繰り出した。おかげで相手はズタボロになってくれた。

 

 

 

「ふぅ...こんなもんか。さっきまでは余裕そうでしたけど、もう立てなさそうですね。」

 

 

 

汗をぬぐってもう一度相手にパンチをしようとした。多分、もう勝てるだろうから。なのにだ。奴はまだ生きていた。いや...すごい根性だと思うけどまた体を再生させている。どんだけ再生能力あるんだよ、こいつ。

 

 

 

「あんたは...私を本気で怒らせたわ。早く死ね。その体、全部ぐちゃぐちゃにしてあげるかねぇぇぇぇ!」

 

 

 

確かにスピードもパワーも確実にアップしている。さっきよりかは動きにキレが出ているから。でも所詮、災害レベル鬼だから大丈夫なのだ。私は強いから。

 

 

 

どんなパンチもどんなキックも溶解液もすべてが見切ることができる。遅いとは言わない。でも、早くはない。まだ、余裕で倒せる。ただ余裕かましていると足元すくわれちゃうからキリの良いところで決着をつけないといけなかった。だから私は少し本気になって蹴りを入れた。その足は見事に命中して急所にあたった。そして空中から落下。地面に体から落ちていった。

 

 

 

「な...なんで。さっきまでは全然弱かったのに...なんで...?なんでだよぉ!」

 

 

 

大声で叫ぶ奴はまるで獣のようだった。醜い獣...という言葉が似あうだろう。私はゆっくり近づき奴を見下ろした。そして言った。

 

 

 

「私にもわかんないですよ。でも、調子よくなったなったので倒しますね。深海族なんかに平和な人間界を乗っ取られたくないもので」

 

 

 

そう言って奴の体を粉砕しようとしたその時だった。いきなり奇声にも近い声で奴が暴れ始めた。暴れ始めた...というかなんかぐちゃぐちゃ動き回っている。ただ、溶解液が無差別に飛んでくるから近くにはいられない。しかたなく奴から距離をとるが...遠くから見たらよくわかった。これはあれだ。突然変異って奴だ。おそらくこれで最終形態だけど尋常じゃないほどでかい。暴れてしまえば町は壊滅するに違いない。ならその前に早く処理しなきゃいけない。

 

 

 

...早く処理しないといけないってわかってる。でも思ったことがある。

 

 

 

「っありゃぁ!」

 

 

 

思いっきり殴り掛かってみたがびくともしない。それどころか私の方があまりの硬さにじーん...と痛みを覚えるほどだ。

 

 

 

...やばい、勝ち目なくなちゃった。さっきトドメさしとけばよかった、と今更ながらに思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次の投稿は300年後ぐらいだな


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決着と雨~vs海人族戦④~

投稿遅くなった上みじかくてすいません。学校始まって忙しいんです(言い訳)。はい、今日で海人族戦ラストです。


あぁぁぁ、馬鹿だ。なんでさっき余裕かましてとどめをささなかったんだ、私。と、心の中でずーっと叫び続けている。みくびっていた、まさか硬質化するなんて思ってもいなかった。多分もう、相当本気を出さないと攻撃は通じないと思う。

 

さっき結構な勢いでパンチをしたがちょっとポロリと皮みたいなのが剥げたかと思えば一瞬でまた皮で覆っていく。その繰り返しで残念だがキリがない。しかも奴はすでに自我を失っている。おそらく知能はなくなてしまったのだろう。その代わりに何も考えずただひたすらに破壊と殺戮を繰り返そうとしている。

 

うーん、どうしたものか。まだ私は本気を出していないしやろうと思えば相手を吹っ飛ばすことは可能なんだろうけど...その代償にここの近辺も一緒に吹っ飛ぶからなぁ。だけどこのまま何もしなかったら負けちゃ...

 

「死ネェェェェェェェェェ!ギャハハハハッハハハハハハハハハ!」

 

「うわっ!?」

 

考え事してたから奴の体はボヤっと見えてたけど細かい動きまでは見れていなかった。だからいつの間にか奴の体が私の目の前にあった。間一髪のところで避けることができたけどどんどんスピードが上がってるように思える。それこそノロノロしてたらやられる。それどころか周りにいる人たちももしかしたら皆殺しにされるかもしれない。ならそろそろ私の方から攻撃を仕掛けたほうがいいかもしれないな。じゃないと奴はどんどん強くなってしまう。

 

そう思って私は一瞬チラッとシェルターのあった方向に目を向けた。避難している人たちはみんなで固まっているからおそらくここで私が強めの攻撃をしても被害を受けることはないだろう。なら大丈夫だ。私の体は無事では済まないかもしれないけど多分負けるようなことはないだろう。

 

少し奴と距離を取って深呼吸をした。滅多に使わない技だし体力を結構使うがしょうがない。私の三大奥義の一つ、我流『真空拳』の構えをする。もともと私は武術が苦手だったが、護身術はナイフ以外も必要だとケンジョウが3年かけて武術の基本を体に叩き込んでくれた。おかげで今では自分流の型ができて武術の方でも名人と言われるほどの実力を会得することができたし、ケンジョウ以外には負けたことがない。多分ケンジョウはS級に匹敵するほどの力を持っているんだと思う。なのに彼はヒーローにならなかった。たまたま彼はヒーローにならなかっただけで強いんだ。だから私も弱くないはず。今回こそきっと大丈夫だ。

 

真空拳...私はこの技があまり好きじゃない。一瞬、すごいスピードで攻撃に移るから私は息ができなくなるし体力の消耗は尋常じゃない。その代わりに私は結構な威力の打撃を体力の限界まで何本も出せる。奴の動きは一時的に止めることもできるだろうし、うまくいけば体の皮だって剥げることができるはずだ。ただ、間合いに入り込まないとあの技はうまくいかない。だからいい距離感を自分で取らなければならない。地面を思いっきり蹴る。そして奴の懐に入り込んだ。今ならいける...そう思った瞬間だった。

 

『ガツン』

 

何か大きな音がした。後ろを振り向くと避難用シェルターに奴の攻撃が当たったらしく壁が壊れかけている。しかもその壁のがれきは見事にも避難している人たちの真上にある。つまり...あのがれきが落ちれば生存者はゼロになる。

 

 

 

 

考えろ。

 

 

 

 

ここであの人たちを守るためにはどちらにしろ真空拳を使わなければならない。でもそうしたら奴は仕留めそこなう。倒すチャンスもそうそう来ないだろう。だからあの人たちを見捨てなきゃいけないかもしれない。いや、どうすれば正解?人を守るためのヒーロー、ならここでがれきを何とかするべきだ。けど殺し屋の私なら、ならここであの人たちを見捨てても心は痛まないはず。

 

...いや、バカだな私。悩まなくても大丈夫じゃん。私は今、多くの命を預かっている。そして、ここで戦うことのできる唯一のヒーローだ。仕留め損なったらまた仕留めればいい。その繰り返しだ。別に、今たまたまチャンスが来ただけでこのあともチャンスは何度でも来るかもしれない。来なくても作ればいい。なら、ここでとるべき行動は?

 

 

がれきを壊すことだ。

 

 

「真空拳...っ!」

 

急に凄いスピードで方向転換したから体にはけっこうなGがかかる。でも気にしてる場合じゃない。あと3秒もあればあのがれきは落ちる。とにかく急いでがれきの方向へ走った。そして、構える。スーっと深呼吸をして攻撃体制に移る。そして、息を止めて攻撃を開始した。

 

落ちてきたがれきは私のパンチと蹴りを一瞬のうちに何回も受けた。とにかく空中でこの固い石の塊を分解して避難している人たちに怪我をさせないようにしなければならない。砂になるまで攻撃を繰り返す...それは1秒にも満たないが、私はその間に何百もの攻撃を繰り返した。とにかく夢中でがれきを壊しまくった。だから、奴の姿なんてもう見えなかった。真空拳を使うと体が軽くなる。いつもよりもすんなりと攻撃ができるから目的に集中できるし余計なことが気にならない。だからこそなのか、私はがれき以外のことが見えないのだ。集中しすぎるが為に。

 

「バギィッ!」

 

大きな音をたててがれきはとうとう砂になった。がれきを壊すのには1秒もかからなかった。だけど奴はその1秒のあいだに私の近くまで接近していた。だけど、がれきのことだけに集中していた私は奴に気付けなかった。

 

「フハハハハハハハハッ!キエロキエロキエロキエロキエロ...キエロキエロオォォッ!」

 

ヤバい、死ぬ。そう思ったが、真空拳がまだ使える。とっさの判断でその場から体制をひねって攻撃をかわすことができた。まだ戦える。まだ体力は持つ。はず...だから私はまたやつのいる方向へ向かった。そして、先程とは比べ物にならないぐらいの攻撃をとにかくやりまくった。相手に隙を与えないようにとにかく殴りまくった。

 

でも、固い。固すぎてとどめはさせない。動きを止めることは可能だけどおそらくあいつは痛みなど感じていないはずだ。渾身の技を繰り出しているはずなのにまだ奴は倒れない。結構強いパワーで攻撃してるはずなのに...

ああ、マジできりがない。クソッ。しびれを切らした私はとうとう奴の首を狙おうかと思い始めた。首を切ってしまおう。そうすれば死ぬ。その上、奴の体は固いけどなぜか首の辺りだけは鱗におおわれているだけで硬質化はしていない。ラッキーだ。それなら狙うべきは首だ。

 

...いや、ちょっと待て。凄い問題を考えてしまった。その問題は、失敗した場合のときだ。首の付近を狙うと奴は私の体事態を噛み砕く可能性もある。つまり、私が攻撃を失敗すれば待っているのは...死、のみだ。成功すれば確かにいい作戦だ。けど、失敗すればここの市内は全滅。どうにかしたいからなにか行動を起こさなきゃいけないけど...無理だ。どうすればいいのかわからない。まぁ、悩む暇があれば行動しろって話だからとりあえず首狙ってみよう。で、危なそうだったらやめよう。うん、がんばれ、私。

 

「っ、オラァッ!!」

 

飛び蹴りをして奴の体に接近。首の根本を狙って足を前に出す。真空拳がいつまで持つかわからないけど、とにかく攻撃しなきゃ。次々に攻撃が当たり、奴はだんだん退き腰になってきた。私の方が完全に優勢だ。首の方もちょっと固いが手応えはある。真空拳のおかげだ。ただ、薄々思っていることがある。

 

「ギィェェェェェェェェェェッ!!!」

 

いきなりの奴の奇声に少し距離をとってしまった。だけどそのときに私は少しむせてしまった。ゲホゲホと咳き込むと私は口の中から鉄のような味がする液体を吐き出した。また、血だ。とうとう体力の限界が近づいている。当たり前だ、一応さっき1回死んでから体力回復したもののけっこうな時間を戦っていた。そりゃあ体もお疲れだろう。しかし、この前負けるわけには行かない。私はまだ戦わなきゃいけない。血を含む唾を吐き出してまた構え直す。ごめんよ、私の体。ちょっと我慢してね、あと少しだから。そう言い聞かせて私は叫んだ。

 

「真空拳、全開っ!!」

 

とうとう私は捨て身を覚悟で真空拳を全力で撃ち始めた。苦しいし、頭もずきずきする。でもやるしかない。ここまで来たらやけくそだ。とりあえず限界までやってみよう。

 

パンチと蹴り。今の私にはこれしかできない。仮にこの前のキリサキング戦みたいな感じだったら剣があったからもうちょっとましに戦えたと思う。まぁ、使いなれているナイフが1番いいんだけど...さすがに武術でこんなに強いやつと戦うのはなかなかない。いや、なかなかじゃない、はじめてだ。そろそろ決着つけたいし、もう早く帰りたかった。なんかダルいし。でも、今までにないぐらいこいつに勝たなきゃいけないって気持ちもある。負けちゃいけない戦いって今日みたいなことをいうんだろうと思った。そりゃ、今まででも負けたくない戦いは何度もあった。いや、毎回負けちゃダメだけど...でも、今回はなんかいつもと違う。なんかってなんだ?まぁいいや。とにかく、倒さなきゃ。

 

「グワァァッ!!」

 

奴の首にとうとう蹴りが炸裂した。そして、奴はとうとうバランスを崩した。今だ。そう思って私はすぐさま攻撃を強くした。なんどもなんども、ケンジョウに教えてもらった武術。今までの経験をすべて活用して必死に追い詰めた。いける、やれる。もう負けるイメージが思い付かない。だってもう、奴は立てない。もうあと一撃で倒せる、確実に。

 

奴の体は相変わらず皮で覆われているけど、私の攻撃によって上半身はもうボロボロになっていた。首を切り落としてしまえば奴は絶命する。きっと。だから私はすべての力をここで出しきらなきゃいけないんだ。ここで、奴に向かって一発殴ればすべて終わるんだ。だから、ここで私が決めなくちゃ。奴の姿をもう一度みた。視界はやつだけに集中して体の力を拳に集中させる。そして地面を蹴る。蹴って、奴の体に向かって拳を当てた。...当てたはずだった。

 

「バシャン」

 

水しぶきをあげて私は地面に落下した。けど一瞬、私は自分の身に何が起きたのかわからなかった。もしかして地面を蹴ったときに滑っちゃったのかな?どんくさいなぁ。でもまだあいつは動けてない。今から急いで向かえば問題ないよね。早くたたなきゃ...

 

...でも立てない。立てないだけじゃない、体が動かないんだ。ズキンってするし視界が安定しない。それにさっきまではなんともなかった呼吸が妙に荒くなっている。感覚もないけど口の中からダラダラと液体も出ている。だんだん鉄の味がしてきてその液体がまた血であることを理解した。そして気づいた。あぁ、さすがにもう限界だったんだ。私の体。もう、戦えなくなっちゃったか。くそっ、ここまで行ったんだからもう少しだけ戦わせてくれよ神様。だってもう、倒せる寸前なんだよ?なんてタイミングが悪いんだろう...まぁ私らしいか。

 

「ギギ...シネ、コロシテヤル...コノコムスメガ...」

 

もう意識も朦朧とするし何が起きているのかもわからないけど今度こそ殺されちゃうな、私。一度死にかけたんだ、二度目なんてないだろう。クソ~、倒したかったなぁ。でも、周りの人たちが殺されちゃうのかな?こんなに必死に戦っといて殺されるなんて...そりゃないよ。ただの無駄死にじゃん、私。もうちょっとで殺せたのに...あー、悔しい。私は死んでいいからせめてここにいる人たちだけでも誰か助けてあげて...だれか、ヒーローは?S級でもA級でも何級でもいい。だから早く...早くこの人たちを...!

 

すがる思いで私は千里眼を使った。期待なんてしてない。でも誰か周りに助けてくれる人がいないのか最後の力で探した。けど、うまくいかない。景色は見えるけどボヤっとしか見えない。ああ、だめだ。誰か...そんな気持ちで探していた。

 

「ククク、ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!モウナオッタ、ダレニモマケナイ!ワタシガサイキョウ!シネシネシネシネシネシネシネ...シネェェェェェェェ!」

 

だんだんと声が近づく。やばい、マジで死ぬ。どうもできない状況で私はとうとう諦めた。勝てない、もう無理だ。最後に見えた千里眼で誰かが近づいているように見えたけどもうわからない。きっとこの町はS級

が来ない限り崩壊だ。タツマキちゃんやバングさんがいたら勝てたのかな?まぁもういいや。もう負けだ。奴は強かったんだ。私は体の力を抜いて覚悟を決めた。

 

...でも、私は死ななかった。そして、彼は唐突に姿を現したのだ。

 

 

 

「おい、ガビ!?生きてる?大丈夫か?」

 

 

 

現れたヒーローはS級でもA級でもない。C級の新人ヒーローだ。C級ヒーローでもあり、彼は尚且つ...孤独なヒーローともいえるだろう。私が恐れる人物でもあり、尊敬する人物でもある。そう、彼の名は...

 

「あれ、サイタマさんかぁ...遅かったですね。もう私、ボロボロになっちゃったじゃないですか。」

 

「悪いな。雨が降ってたからおそくなっちゃったよ。」

 

C級ヒーロー、サイタマ。ここにきてようやく希望の光が現れたのだ。

 

「ねぇサイタマさん、もう早くやっちゃってくださいよ。こいつ、なかなか強いですよ。」

 

サイタマさんはちらりと奴の姿を観察した。が、奴はギャーギャーと奇声をあげているだけだ。まぁ見ているだけで頭痛もする。さっきまであいつと戦ってたと思うと少しめまいがする。こんなうるさい奴と戦ってたなんて、われながらすごい集中力だったんだな。まぁ、サイタマさんからすれば大したことないだろう。彼が勝てなかったらちょっと大変だけど...

 

「んじゃ、さくっと片付けるか...おい、お前!こんなにめちゃくちゃに暴れやがって...許さねーからな!謝るなら今のうちだぞ!てかうるせーし...ちょっと静かにしてくれ!」

 

そういってサイタマさんは奴に殴り掛かった。周りの人たちは何やってんだあいつ、みたいな目で見ていたがその数秒後、奴の体は見事に砕け散った。サイタマさんが来て1分も満たないうちに何人ものヒーローが苦戦した怪人をようやく倒すことに成功した。まぁ、当然だな。そう思っていたが、周りの人たちはそんなこと知らないから歓喜の声であふれかえっていた。

 

私はその歓声を聞いてとても安心した。サイタマさんがきてくれたおかげだ。私は疲れが一気にやって来てまぶたが重くなった。疲れたなぁ...そう思って私は成すままに少し意識を失った。ただ、今日の私は少し頑張ったなっていつもならずーっと自分を責めて眠るのに珍しく自分を称えながら眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビ...ガビ...ガビ!」

 

どれぐらい寝ていたのだろうか。私は明るくなった日差しを受けて白い天上の部屋に寝かされていた。辺りを見てあぁ、病院かとようやく理解した。死んだときにゲットした尋常じゃない治癒能力で私の傷はもうすでに治っていたから体の痛みは全くなかった。

 

そして、ふと横を向く。声をかけてくれたのは顔をみただけでイラつくあいつだった。

 

「ガビ、ずいぶん長らく寝てたな。おかげで毎晩寂しい夜を過ごしてたよ全く」

 

「永遠にボッチでいいじゃん、あんたは」

 

病み上がりだというのに私のクソ上司は病院に駆けつけていた。

 

 

 

 




次からボロス戦です


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ボロス戦
目覚めと大問題~ボロス戦⓪~


本当は本編も書きたかったけどそこまで書く気力なかったからオリジナル展開を書いたどん。


「へー、もう傷が治ってんだな~」

 

イブキは私の腕を触った。ここは確かにあいつ...深海王との戦いで大怪我をしていたが、素晴らしい治癒能力ですぐになおってしまった。あのおじさん、結局何者だったんだろ...なんて思ったが、治癒能力も私のパワーの最大値も上がって損することはない。ありがたく活用させてもらおうと思った。そして、この事をイブキにも説明しておこうと思った。

 

「なんか神様みたいなおじさんに治癒能力を授けてもらったよ」

 

「何その壮大な設定(笑)」

 

...説明しようかとも思ったけど、話すのも説明もめんどくさいし秘密にしとこう。そう思って私はなんでもないって呟いてあいつから目線を逸らして窓の外の空を見上げた。昨日とは違っていい青空だなぁって思って少しぼーっとしていた。なんか少ししんみりとしたいい雰囲気だったからこのまま寝てしまおうかとも思ったが、そんなオーラをぶち壊す発言と行動をクソポンコツアンダーボスがしてしまった。

 

「あー、そーいえば、ここら辺は怪我してないの?俺が診察してやろうか?」

 

そういってあいつは私の胸をムニムニ触ってきたのだ。正直カチンと来たから私は目線は外のまま千里眼であいつの正確な位置を見て

 

「あーごめん、手が勝手に動いちゃった」

 

とあいつの顔面を殴った。なんなんこいつ、エロオヤジか。こんなんがアンダーボスとかうちのファミリー終わってるな。そう思って鼻血を出すあいつの姿を見ていた。

 

「おまっ、お前千里眼使っただろ!使い方間違ってるぞ!正義のためにその目を使わないといけないんだぞ!しかもこんな近距離で普通使わないだろうが!」

 

「あんたの顔みたくないし、私は自分の心を守るためにあんたを殴った。だからこれはれっきとした正義ですが?なにか?そもそもあんたがど変態なだけでしょ?ど変態を殴って何が悪いんですか?え?」

 

「正論ぶちかますのやめろよ、ケンジョウか!!」

 

「ケンジョウは常に正論しか言わないし私はそれに憧れてあんたに正論言ってるの。てか、自分が変態だって自覚あるんだね。ほんとわかってるなら死ねばいいのに」

 

「もうちょっと言葉をオブラートに包みなさい!」

 

ぎゃーぎゃーと言い合いが始まっていつも通りの日常だなぁって思う。こんな平和な日々を過ごしてたっけ?と少し思った。なんかイブキはイラつくけど結局は憎めない奴なのだ。一応恩人だし...いや、あの事は関係ない。恩人だけど、あの事はもう忘れよう。

 

とにもかくにも、イブキは切っても切れない関係にあるし、とりあえず死ぬまで一緒に生きなきゃいけない奴なのだ。こいつがケンジョウみたいにもうちょっと責任感があってもうちょっと変態じゃなかったら普通にいい奴なのになぁ。けど、普段あいつがなに考えているのかなんて本当はわからない。もしかしてめっちゃまじめなこと考えてるかもしれない。私は気になって魔眼を解放してあいつの思考を読み取った。...が、しかし。

 

「...ねぇ、イブキ」

 

「どしたん?」

 

「頼むからさ、私以外の女の人には手を出さないでくれません?ナンパとかきしょいし、あんたがアンダーボスってばれたらどうしてくれるの?」

 

「え、今日ナンパしに行くなんていつ言ったっけ!?」

 

やっぱりこいつは女の体のことしか考えていないど変態だったのだ。馬鹿馬鹿しいというかアホらしいというか...もうどうしようもないけど、きっとこいつの精神年齢は小学生並みなんだろうなぁって思う。ほんと、気持ち悪い。

 

「ま、まぁいいけど。そうだ、俺このあと取引あるからそろそろ行くわ。そーいや昼前にケンジョウがお見舞いに来るって言ってたけど、どうせお前明日には退院だろうし痛いところもないだろ?なんか聞かれても痛いところないから大丈夫だし元気って言っとけよ?あいつ心配してたぞ。」

 

「え?あぁ、うん。別に体はなんともないけど...心配してたんだ、ケンジョウ。なんか申し訳ないな」

 

イブキはよっこらせと立ちあがり病室のドアを開けた。そして後ろを振り返りこう言った。

 

「ケンジョウは、お前のこと妹みたいに可愛がってるからあんまり心配かけんなよ。ま、俺もお前の体はだいす...」

 

そのあとの言葉は予想できたから冷たく

 

「はよ仕事行け、この変態クソヤロウ。」

 

と言い残した。イブキはニヤニヤしながら去っていったがマジで死ねって思った。やっぱりこいつは嫌いだ。体にしか興味ないとかマジ心腐ってんな。ほんとに一回女の人関連で大失敗でもすればいいのに。てか失敗していまえ。それで心折れて一生私の前に現れんなって思う。

 

...でも、イブキと話すのも退屈はしない。それに、ケンジョウに会えるのは嬉しいかな。早く会いたいなぁ。そう思って私は外の景色を見た。怪人がいなければ普通にイブキとケンジョウと暮らせたのかなぁ...普通に日常を楽しめたのかなぁ...ありもしないそんな平和な世界を頭のなかで妄想し始めた。

 

悪人がいなければ人を殺さずに済んで、怪人がいなければこんなに悩まずに済んで、悪い人がいなければみんな平和に生きることができて、みんなが笑顔に暮らせたんだろうな。いいなぁ、きっと幸せな世界なんだろうな。いつかそんな世界にいってみたいなぁ。きっとそうすれば私だってこんなにひねくれた人間にはならなかったんだろうなぁ...

 

って、なに考えてるんだ私。こういうこと考えてるときって大抵ろくなことないよね。ヤバい、また変なことに巻き込まれたりして...なんか宇宙人みたいなのが侵略してくるかもなぁ。ま、そんなことあるわけないか、うん。とりあえずケンジョウが来たらゆっくり話でもするかぁ。時計を見ると11時半だった。そろそろケンジョウも来てくれるだろう。私はベッドから起き上がり服を着替えた。入院してるときに着る服ってなんかダサいし動きずらいからいつものジャージに着替えたのだ。それに、きっとジャージの方がケンジョウは話しやすいと思う。病院の服だとケンジョウは私のこと心配しそうだから...そんなに心配しなくても平気だけどね。

 

『コンコン』

 

ドアを叩く音がして私はケンジョウが着たのだと思った。私はどうぞーって言ってベッドから起き上がった。そしてドアが開くといつものスーツでケンジョウは現れる...はずだったが、現れたのはケンジョウじゃなかった。羽織を着た刀をさす男性...口には笹を加えてゆらりと歩く姿はまるで武士だ。彼は私が尊敬するヒーローの1人、そして私がいつか勝ちたい剣士でもある。S級3位、『アトミック侍』ことカミカゼさんだ。

 

「よう、ガビ。久しいな。この前はイアイ達が世話になったな」

 

「ご無沙汰してます、アトミックさん。イアイアンさんたち、無事で何よりですよ。それに、私が駆けつけるまでに持ちこたえてくれて助かりました。感謝するのはこちらの方ですよ」

 

アトミックさんは先日のキリサキングとの戦いで私が駆けつけるまでに戦ってくれていたイアイアンさん、ブシドリルさん、オカマイタチさんの師匠である。剣術の使い手でよくお手合わせをしてもらっているが私は彼に勝てない。よくて互角ぐらいだ。リベリオンを使ってもなかなか勝てないしとんでもないほど強い。それにカッコいい。私の憧れの剣士だ。でも、なんで今ここに?会うのも久しぶりだけどそもそもお見舞いに来るような人ではないし...緊急の用事だろうか?

 

「あのアトミックさん、今日はなんの用事ですか?」

 

「お前の忘れ物届けに来てやったんだよ。ほら、リベリオン大切にしろよ?シェルターのなかにそのまま置いてあったらしいぞ」

 

あ、リベリオンの存在忘れてた。シェルターに置きっぱなしで戦ってたんだっけ?あー、ごめんねリベリオン。ちゃんと今度手入れしてあげるからね。そう思って私はアトミックさんからリベリオンを受け取った。

 

...が、おかしい。まさかこれだけのためにS級のアトミックさんがここに来るなんて普通なら考えられない。リベリオン届けるぐらいならヒーロー協会の下っぱにでもやらせればいいはずだし...これはきっと、裏でなにかがあるのだろう。まためんどくさいことに巻き込まれないといいけどな...私はリベリオンを壁に立て掛けるとアトミックさんに向かってしっかり目をあわせて話しかけた。

 

「で、次は何があったんですか?アトミックさんがわざわざここに来るなんてよほどの急用でしょうに」

 

アトミックさんは目を細めてほぅ...と私の方をみた。

 

「すごい見透かされてるじゃねぇかよ。相変わらず勘が鋭いな、魔眼でも使ったか?」

 

「あ、はじめから魔眼使えばよかったですね。そうすれば目的全部見れたのに...今から使おうかな?」

 

「いや、必要ねぇ。一から説明する」

 

そしてアトミックさんは椅子に腰かけて大声でイアイ!と言った。そのあと、イアイアンさんが廊下から現れて私にペコリとお辞儀をしてくれた。まるでヨーロッパの騎士のような鎧をつけているイアイアンさん。いっつも思うのだがあれって重くないのかな?アトミックさんの何倍も重そうだしなぁ...あれで戦うのって相当つらいはずだもん。私ならむりだな。で、イアイアンさんが来たのを確認するとアトミックさんはため息交じりに話し始めた。

 

「んで、単刀直入に言うとあれだ。非常召集だ。なんかまた、めんどくさいことがありそうだし万が一戦闘になったら厄介だと思うんだが...はっきり言って、雲行きは怪しすぎる。」

 

「まぁ、S級をわざわざ呼ぶぐらいですからね。よっぽどの緊急事態なのかも...了解です」

 

イアイアンさんは会話の間にアトミックさんにこそこそと何かを告げていた。その言葉を聞き終えたアトミックさんは

 

「おう、わかった。んじゃ、会議が終わるまではA市内で待っとけ」

 

とイアイアンさんにぶっきらぼうに言った。彼は丁寧に返事をしてまた私にもお辞儀をして病室から去っていった。その姿を見届けるとアトミックさんは私の方をじろりと見つめなおした。そして先程までの顔とは一変、深刻そうな顔で私へ語りかけてくれた。

 

「...非常招集ってのはほんとだ。だから今から俺と行くぞ。ただ、話しておかないといけねぇことがあるんだ。イアイの前じゃ言えなかったが、S級だけなら問題ない。ちょっとばかり重い話になるかもしれねえが我慢して聞け。実はな...ヒーロー協会内部でお前の暗殺計画が企てられているんだ。」

 

ズキンと胸が痛んだ。まさかヒーローに暗殺されるなんて。驚きと共に少し不安を感じた。今まで私はなんの躊躇もなく人を殺していたからよけいに、標的にされると思うと周囲に対する疑心暗鬼の気持ちが湧いてくる。まぁ理由も何となくわかる。どうせ私が殺し屋だからだ。ここ、ヒーロー協会にいる人々は町の人たちを本気で助けているが多くの人はA級やB級。どれだけ死ぬ気で活動してもランキングはせいぜいそれぐらいしか上がらない。だから、なんの努力もしていない私がS級にいるのは気に食わないのだろう。その上、どこから漏れたのかはしらないが私が殺し屋っていう情報もバレつつある。どうやらイアイアンさんにはバレていないらしいが、数名のヒーローたちにはこの情報が伝わっているらしい。

 

アトミックさんたちS級にははじめから伝えてあったしそもそも私のことを認めてくれているからいいけど、A級たちにはめちゃくちゃ嫌われている。多分、A級たちが狙っているんだろうなぁ...って思う。万が一のために魔眼を使ってみたけどアトミックは裏切り者ではない。本気で私のことを心配してくれている。彼は本当に正直な人だから協会の中でも信頼できる人だ。だから今日、このことを言ってくれたことはすごくありがたい。

 

「暗殺って...詳しいことはなにかわかりますか?」

 

「それがわかんねぇんだ。ひとまず、イアイたちは知らないらしいが、他のやつらは信用しない方がいい。まぁS級ではないから安心しろ。それに、このことはS級全員に伝えてある。よっぽどのことがない限り殺されることはないはずだから心配するな。ただ、狙われてるっていう事実は知っておけ」

 

「わかりました。あと、私が殺し屋ってことの情報がどこから漏れたのかはわかります?秘密事項のはずなのになんで漏れたのか心配で...」

 

「本当にわかんねぇんだよ。もしかしたらS級の誰かかもしれねぇし、協会本部のやつらが漏らしたのかもしれん。S級ではあってほしくないが...いや、そもそもS級とは考えにくいが、とりあえずまだわからん」

 

彼の言葉に嘘はなかった。本当に暗殺計画があるという事実しかわからないらしいし、誰が計画の中心人物なのかもわからない。困ったが手がかりがないのなら仕方がない。周りの人たちの行動をじっくり観察するしかない。進展があればいいけど…当分の間は他の人たちをみておいて不審な人がいたらその人たちを監視すればいいや。とりあえず今はおとなしくしておこう。

 

「了解です。でもまぁ、今はどうしようもないですし...とりあえずS級招集に行きましょう。それが終わったらもう一度しっかり考えて必要があればこちらから動きますから」

 

ベットから立ち上がりアトミックさんにそう言った。ため息交じりに言ってしまったが本当にめんどくさい。暗殺されるとファミリーに迷惑かかるしまだ生きてやりたいことあるし、彼氏は欲しいし世界を平和にしてから殺してほしいものだ。今、この状況では殺されたくない。ただ、悩んでいてもしょうがない。暗殺されるならされるで覚悟を決めて私も立ち向かえばいい話だしね。

 

さて、そんなことよりもS級の招集とは何だろう。まさか宇宙人でも攻めてきたかな?なーんて冗談を考えながら病室を出ようとしたが、私は忘れていた。そう言えばこの後ケンジョウが来るということを。アトミックさんに

 

「ちょっと待ってください」

 

と言って私はさらさらとメモを書いた。その紙をベッドの上に置いて私はとうとうヒーロー協会の本部へ向かった。今度はどんなことが待っているのか?とりあえず面倒なこと以外だったらなんでもいいけど何事もなく終わってほしいなぁと願いながらアトミックさんと共に歩いたのだった...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『非常招集がかかったので本部へ行ってきます。心配せずとも戻るので安心して待っておいてください』...か」

 

俺はその書置きを見てため息が出てしまった。この前ケガしたくせになんでまたすぐ動くんだ、あいつは。どれだけ体に負担がかかっているのかわかってんのか?まぁ、本人がいいならいいけどさ...

 

俺...ケンジョウは愛する家族のことを思って空を見上げた。イブキ君もあんな態度をとっているけど裏で苦労しているのは知っている。ガビだって、ヒーローと殺し屋の二つをこなすのはさぞ苦しいことだと思う。でも本人がやるって言ってるんだ。最後までどうなるかを見届けるのが教育係の俺の役目なんだ。だから、特になんにも追いかけたりはしないが...やっぱりちょっと心配だ。なんでだろう、なんでこんなに心配になってしまうのか、自分でもわからない。本当に家族すら愛せなかった俺が血のつながりのない奴らをなんでこんなに心配できるんだろう?...まぁ、いいか。そんなこと、気にすろことはない。

 

『プルルルルルル』

 

電話が鳴り、俺はスマホを取る。誰だろうと思いながら相手を見ると、とんでもない恩人が電話をかけてきた。われらがファミリーの頂点に立つ男からの電話だった。体には一気に緊張が走り、冷や汗まで出てきた。俺は見られているわけでもないのにスーツを整え、電話に出た。

 

「...久しいな、ケンジョウ。どうだ、元気にやってるか?」

 

「ドン、ご無沙汰しております。こちらは何も変わらず...して、ご用件は?ドンが電話をかけるなんてめったにないでしょうに。相当の大ごとでも起きましたか?」

 

「あぁ...もうあいつにばれたらしい。近く、計画を開始する。準備をしておけ」

 

絶望が、胸の中に広まった。信じられない、信じたくない。そんな現実をいきなりたたきつけられた。俺はしばらく沈黙したのち、気持ちを悟られないように無機質な声で

 

「了解いたしました」

 

と言い、電話を切った。そして、呆然とした。まさかあの計画がこんなに早まるなんて思っていなかった。いや、いつ起きてもおかしくなかったがこのタイミングで計画が開始されたらもう俺はガビに合わせる顔がない。このままじゃ、ガビも俺も、ファミリーも崩壊してしまうかもしれない。でも...やるしかない。それが俺の仕事なのだから。

 

劣等感と絶望を胸にしまい、俺は立ち上がる。これは仕事だ。そう自分に言い聞かせてまた今日も仕事をこなしていく...

 

 




さて、夏休み終わるから次の投稿も遅くなるだろうなぁ...ボロス戦は書くの楽しみかも(笑)



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大災害~ボロス戦①~

学校始まったけどボロス戦書くの難しい...原作に沿って書くのって実はめんどくさいんだよなぁ。


A市、ヒーロー協会本部。S級ヒーロー、メタルナイトによりシェルターの何倍も強固にできているこの建物は町のシンボルともいえるだろう。

 

今日ここにS級が呼ばれた理由はわからないがいきなり招集ってことはよほど大変なことが起きたのだろう。緊張感で張り詰める空気を感じる。私が足を引っ張ることにならないといいけど...ちょっと不安を抱えて会議が始まるのをひたすら待っている。ついてからしばらくたったが、アトミックさんはさっき私にあの暗殺計画のことを話してからあまり口を開かなくなった。すごい申し訳ない気持ちになったが相当私のことを心配してくれているらしい。すごくありがたいし心強い。でも、私は彼に合わせる顔はない。だって私は、人を殺しているから。そんな人間は狙われたって仕方ないと思う。そんなサイテーな人間を心配してくれるなんてなんていい人なんだろう。私はアトミックさんに

 

「ちょっとお手洗い行ってきます」

 

と告げて1人の場所へ逃げ込んだ。そしてため息をついた。確かに、私も悪い。けど、なんでこう...他の人まで巻き込んじゃうかなぁ。別に私だけ狙えばいいものをS級の人たちまで巻き込むのはやめてほしい。いや、私以外の人に迷惑かけるのをやめてほしい。妬みとかって実際人間にはある心だから仕方のないことだといえば仕方がないが、その妬みを理由に人に迷惑をかけていいわけじゃないと思う。八つ当たりはよくないってみんな小さい頃に教えてもらっているはずだしね。まぁ、今ぶつくさ文句を言ったり考えていても仕方ない。いや、仕方ないけどやっぱり不安だ。怖いなぁ...そう思いつつ気持ちを落ちつけるために顔を洗った。

 

最近ため息をつく回数が明らかに増えたと思う。ストレスフリーの生活がしてみたいものだと心の奥底では思うが、そんなことできるはずもないのだとしっかりわかってる。でも、無性にイラつく。嫌だなぁ、とおもって私はトイレから出た。

 

でも、ダメだ。ふわぁとあくびをしてグッと伸びをする。気持ちの切り替えのためにも深く深呼吸をする。確かにこの状況は私からすればとてつもなく嫌だ。でも、それを引きずってしまうことによってもっとストレスを感じてしまう。1度の切り替えでなんとか平常心を保てるようにしないと本当に大ケガするかもしれないから。それに...S級はみんなの鏡なのだから堂々としないと他の人にもその不安な気持ちが伝染してしまう。ヒーローとして存在するのならば、不安な素振りを周りの人間には見せてはいけない。よしっと前を向き、私はいつも通りの明るいガビを演じ始めた。気持ちを悟られることのないように、冷静に行動しなければ...もしかしたらいるかもしれない敵に襲われないよう十分な注意を払って歩き出した。

 

 

S級が集まるのには時間がかかっておおよそ2時間ぐらい待たされているだろう。ただ、だんだんと人も集まり始めている。私は会議室に向かい自分の席へ足を運んだ。会議室には当たり前だが見たことのある顔ぶれがそろっていた。まぁ、ブラストさんとメタルナイトさんの2人ほど来ていないがあの2人が来ないのもいつものことだ。別に驚きはしない。だけど私が驚いたのはなにも知らない人間からしたら場違いなB級がいることだ。私は彼のことをよくよく知っているからいいけど...

 

「...さ、サイタマさん?なんでここに?」

 

「あ、よお、ガビ。ジェノスについてきた。なんか面白そうだし」

 

毎度お馴染み、最強ヒーローサイタマさん。来た理由がなんか面白そうって言うところにいつも通りのマイペースな調子が伺える。正直、他の人たちからすればなんか面白そうって理由だけでB級がS級会議に来ちゃダメだろって思ってるはずだ。私がサイタマさんのことをよく知らなければ多分、いや絶対に私もそう思ってしまうと思う。けど、サイタマさんが来るのならどんな敵が来ても大丈夫だなーって肩の荷が下りた気がする。私の仕事はもうないな、きっと。彼の姿を見てそう思うのであった。...いやいや、待て待て。

 

「いやいや、サイタマさんいくら強いからってS級会議来ちゃだめですよ。多分なんかの極秘会議ですよ?今日。サイタマさんいたら負けることはないでしょうけど」

 

「ガビ、大丈夫じゃ。サイタマくんはいずれS級になる男じゃからのぅ」

 

私のツッコミに反応したのはS級3位のバングことシルバーファングさん。流水岩砕拳の使い手で武術の達人。高齢ながらS級の3位に君臨する彼はのんきにそう言った。彼はなぜか知らないがサイタマさんのこともサイタマさんの強さのことも知っているらしい。まぁ来ていいと判断したのはおそらく彼だろう。でも、だめでしょ。まだサイタマさんB級だし。さすがにだめでしょ。

 

「他のS級なんてほとんど気にしとらんわ。いちゃもんつけたのはタツマキぐらいじゃ。だから大丈夫だと思うがの。お前もそこまで気にしてないじゃろう?」

 

...まぁ、バングさんの言っていることは間違いなく正論だった。サイタマさんのことだ、きっとこれもただの暇つぶし程度に思っているのだろう。それに、気にしなければいいことかもしれない。他の人なんてどこ吹く風だ。別にどうでも良さそうに座っている。私はまぁそうですねと言ってお茶をすすった。余計なことを気にしてしまうのは悪い癖だ。目的だけに集中しなきゃ。気分転換にお茶をすすった。コクリと飲み干しスーッと深呼吸をした。頭の中をリセットさせて平常心になる。そのタイミングでちょうどヒーロー協会の人たちがやってきた。何分待たせる気なんだ全く...

 

「お待たせして申し訳ない。私は今回説明役を任されたヒーロー協会のシッチだ。メタルナイトとブラストは居場所がわからず連絡も取れない状況にあるらしい。これ以上待っても埒が明かないので緊急会議を始める...早速本題に入らせてもらおう。ヒーロー界の頂点に立つ君達に集まってもらったのは他でもない。今回は地球を救っていただきたい」

 

シッチという男は部屋に入ってきたらとにかく忙しそうに話し始めた。おそらくとんでもない事態が起きてしまったのだろう。地球を救っていただきたい...そんな言葉を使うなんてどんな非常事態なんだろう?そう思いながら私は足を組んだ。

 

「今回ばかりは超人揃いのS級でも命を落とすかもしれん。逃げるのも勇気だ。今なら辞退してもS級に籍だけは残してやる。だが今からいう話を聞いたものは逃すわけにはいかなくなる...その場合はことが終わるまでこちらで軟禁させてもらう。混乱は避けたいのだ。...皆、話を聞く覚悟はいいか?」

 

今までにない緊張感、そしてそれほどの事態が起きてしまったという恐怖。この2つが一気に私を襲ってくる。ヒッチが伝えようとしていることはすべて魔眼で見えてしまい、今日話されるであろうこともすべて理解した。まさか、まさかこんなことが起きてしまうなんて...自分の中でもありえないほどの焦りが全身を包み込む。

 

「その話......マジで俺たちを集めるだけの内容なんだろうなオイ...」

 

静かな雰囲気のなか、そういったのは金属バットさんだった。気が立っているのかいつもよりも顔が怖いしオーラもとてつもなく異様なものを発している。

 

「こっちはわざわざ妹の大事なピアノの演奏会を抜け出して来たんだ。大したことねぇ話だったらこの本部をぶっ壊すぞコラ」

 

あ、なるほど。妹さん大好きだもんな、バットさん。そりゃぁイライラするのも仕方がない。多分今からシッチさんが話すんだろうけど...まぁめんどくさいし、私の口から言おう。

 

「あの大予言者、シババワ様が死にました」

 

私が放った一言でこの場にいた全員の表情が凍りつく。多少のざわめきと共にゾンビマンさんは信じられないような顔でこう言った。

 

「あのシババワが!?誰かに殺されたのか?いや、その前になんでお前がそんなことを知っている??」

 

「あ、すみません。魔眼使いました。シッチさんが言いたいこと全部頭のなかにインプットできたんで...ここからは私が話しても多分問題ないんで私が話します。いいですよね、シッチさん?」

 

シッチはいや、待て...と言いかけたが、彼は私が話した方が手っ取り早いと思ったんだろう。任せたぞ、と私に言ってある1枚の資料を渡してくれた。シッチはこの部屋に残るらしいが、シッチの側近と思われる人たちは部屋から出ていった。私が説明するから付け加えなとが要らなくなったからだろう。S級の監視役のためにシッチ一人だけ部屋に残った。

 

「えぇと...半年先までの未来を占っていたら気が動転して息が荒くなり、咳が出たからのど飴を放り込んだら喉につまって窒息したらしいです。で、これから先はシババワ様なしで災害対策をしなければならないですが...今回の話の核はそれではありません。災害の予言を100%当てた彼女が最後に残したこのメモが話の核です」

 

私は机の上にそのメモを置き、みんなに見えるようにプロジェクターを使ってそのメモを空中に写し出した。そのメモに書かれている文字は...

 

「...地球がヤバイ?」

 

童帝くんが不安そうな声でそう呟いた。そして彼はそれに続けて

 

「ガビちゃん、くだらないよ。塾があるから僕帰っていいかな?」

 

と言った。まぁ、彼がそう思ってしまう気持ちはよくよくわかる。わかるけども、今回の問題はこれからだ。私は童帝くんにちょっと待ってと言い、話を続けた。

 

「シババワ様は必ず100%の確率で予言を当てています。洪水とか危険生物の発生とか大地震とか...けど、その際にあの方がヤバイ!という表現を使ったことは1度もなかったんです。つまり、今まで起きた洪水や災害レベル鬼、竜の怪人が襲来する危険が半年いないにある。ということを伝えたいのが今回の話の核です。...これでいいですか、シッチさん?」

 

「あぁ、大丈夫だ。だから頼む、半年以内に戦う準備はしておいてくれ!非力な凡人を代表していうが君たちが頼りなんだ!」

 

場を取り乱すような素振りと声でシッチはそう叫んだ。あのキングですら、キングエンジンを鳴らしている。ヤバイ、がどれほどのことなのかはわからないが、ずいぶんとおおきいなにかがやって来るらしい。まさか本当に宇宙人が来たりして...

 

「半年以内ってことは明日かもしれないし、今日かも知れないな」

 

不意にサイタマさんの声がして私は振り向いた。シッチさんは彼の姿を見るなり目を細めて

 

「ふむ!その通りだが君は誰だ?」

 

という。サイタマさんはそれを無視してどや顔で

 

「来て良かった」

 

といった。なにそのどや顔。決まってるけど完全な場違いだよ、サイタマさん。スベってるし。そんなことを考えていたそのときだった。

 

『ドゴォォォォン』

 

けたましい地響きと共にヒーロー協会本部が揺れた。私は椅子から落ちそうになってとっさに机をつかむ。尋常じゃないほどの揺れだった。外は大丈夫なのだろうか?まぁ少し強い地震程度だからちょっとだけ建物が倒壊したぐらいで済んでいるかもしれない。いやでも、ここはメタルナイトさんが作った丈夫な建物だから他の町はこれの何十倍もの被害をうける羽目になるはずだ。ということはA市はまさか壊滅していたりして...え、どうしよう。何が起きたの?混乱した私の頭を正気に戻したのはアトミックさんの声だった。

 

「ガビ、ぼさっとするな!千里眼を使え、外の状況を確認しろ!一刻も早く!!」

 

彼の叫びに私はハッと目を覚まし、すぐに千里眼を解放した。ぼやぁぁっとする風景がだんだん鮮明になっていく。そして、私の目に写ったのは5体ぐらいの天狗の怪人の姿だった。どうやら本部に集中攻撃を仕掛けているらしい。けど、私はそいつらではなくその上にある謎の宇宙船の方が気になった。街を多い尽くすほどの巨大戦艦。そして刹那、その戦艦から眩い光が発された。その光が目を眩ませて私は目を押さえて倒れた。

 

「おい、ガビ!どうした、何があった!!」

 

アトミックさんが駆け寄るとわたしはもう一度千里眼で外を確認した。しかしそこにはもうなにもなかった。変わり果てた姿を見て私は絶句したが、アトミックさんに肩を叩かれてゆっくりと呟いた。

 

「A市、ほぼすべてが全滅です...謎の宇宙船による攻撃で市内中心部は壊滅的な状態になってます。」

 

「ぜっ...全滅だぁ!?どういうことだ、もっと詳し...」

 

バットさんが言いかけたそのとき、部屋のなかに絶叫した声が響いた。声の主はシッチさんだった。

 

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!まさか、今予言の時が来るなんて誰が予想できる!?一瞬で...A市が、このまちが破壊されたらしい!」

 

「おい!なぜこの建物は無事なんじゃ!」

 

「この建物はメタルナイトさんによって他の建物とは比にならないほど強固にできている!!。だが、外は全滅だ。」

 

だんだんと焦りや恐怖よりもなにか行動しなければならないという気持ちの方が強くなってきた。このままだともっと被害が広がるかもしれない...その前にあの宇宙船を何とかしなきゃ...!そう思ったとたんに外の風景にある男の人が写った。見覚えのある鎧...あれは、イアイアンさんだ。彼はたった一人で出現した怪人と戦っている。

 

「アトミックさん、イアイアンさんがいます!彼、一人で戦ってます、早く行かないとやられちゃいます!」

 

私がそういった瞬間、アトミックさんは夢中で外へ向かって行った。きっと弟子のイアイアンさんが心配で仕方がないのだろう。他のS級...バングさん、バットさん、プリズナーさんたちも彼のあとを追って走り出していく。私は過呼吸になりかけているシッチさんに肩を貸して医務室へ向かい、タツマキさんやジェノスさん、童帝くん、クロビカリさん、キングさんたちと共に外へ出た。

 

 

 

 

 

 




ボロス戦はあんまりガビは活躍しません。あと、サイタマが戦ってるところは書きません。面倒なんで。もしそこが見たかったら原作の漫画よんでね。


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めんどくさいの一言に尽きる~ボロス戦②~

ごめんね、投稿遅くなった上短くて。学校始まってから忙しいのよ。


崩壊した街を屋上から見下ろし、私はため息をつく。こりゃぁ大変なことになっちゃったよ。たぶん、船のなかにいる敵さんもそうとう強いだろうしなぁ...てか、あれ宇宙船ってことは私が予言したこと当たったよね?宇宙人攻めてきたし。とんでもないフラグを立てちゃってたよ、私...あー、めんどくさい。

 

「とりあえず、地上の敵はあの4人に任せて大丈夫だと思いますけど...童帝くん、どう思う?」

 

「いや、ガビちゃんの言う通りだよ。あの敵はあの人たちに任せよう。ただ問題は...あのどでかい宇宙船だよねぇ...」

 

この場にいる全員で船を見上げる。でかいし、なかにはとんでもないなにかがいるのだろう。このままほっとくとまたなにか起きるかもしれないし、早めに何らかの対処をした方がいいかもしれない。

 

「あんな上空にいるし、うかつに手を出すと死ぬかもしれないですね。どうしよう...キングさん、何かありませんか?」

 

私はS級最強の男、キングさんに助けを求めた。地上最強の男で、他のヒーローからも一目おかれている。前に魔眼で心を読み取ろうとしたときには睨み返され、逆に私の考えていることを透視されたかもしれないのだ。あの人にはなんの手も出せないし、魔眼なんか使えない。次に使った日には確実にただでは済まないだろう。人類最強キングさん...恐るべしだ。そんなサイタマさんの次に私が怖がるキングさんならこの状況をきっと打破してくれるだろう。そう思っていた。

 

思っていた...が、しかし。

 

「俺はなにもできん。」

 

彼の口から出たのはその言葉だった。私は耳を疑い彼の目をもう一度見て、え?と聞き返した。彼は冷静な態度を取ったまま、また静かに語りだした。

 

「あんな上空に構えられたのでは攻撃する手段がない。謎の飛行物体は現在沈黙している...今のうちにメタルナイトを呼ぶのがいいだろう」

 

彼の言葉を聞いていたがなんとなく納得した。確かに船は上空にある。うかつに手を出すと返り討ちか大ケガか...まぁ、奇襲が成功する可能性は低い。逃げるように聞こえるかもしれないけど彼の冷静な考えだし、それが1番安全な戦いかたかもしれない。だけど、タツマキさんは黙っていなかった。

 

「なによそれ!情けないわね!あんたそれでも最強の男なの!?すでに町が一個なくなっているのにまた向こうに先手を譲るつもり?信じらんない!」

 

彼女は言いたい放題言っているが、その後ろでクロビカリさんが何とかして止めようとしているのを私は知っている。かわいそうに、クロビカリさん。早く止めないとキングさん怒っちゃうかもしれないのに...と、同情しながらタツマキさんを見つめた。ただ、タツマキさんの意見も間違っていない。これ以上待っていても向こうはいつ攻撃するかわからないから早めに行動を起こして倒さないといけない気もするのだ。だけどいざどっちをすればいいか考えると、どうすればいいかわからなくなる。

 

「どうしたもんかなぁ...」

 

私は空を見上げて考えた。多分今、サイタマさん以外は全員苦戦を強いられている。だから、サイタマさんが早いことラスボスを片付けてくれたら話が早く終わるんだけども、そう簡単にやられてくれないらしい。私は船内に入ったところでなにもできない。かといってここで迷っている暇はない。でもなにすればいいのかはわからない。あー。どうしようかなぁ。

 

千里眼で他のS級たちの様子を見る。ほかのS級4人の様子を見た。どうやら船の宇宙人のひとりと戦っているらしいが...多分分裂しているな。しかも強そうだし。私はこの場にいてもどうにもできないし、多分下の奴らを片付ける方が楽だと考えた。童帝くんに

 

「私、下行ってあの4人助けてくる」

 

と手短に伝えて地上へ降りた。童帝くんはコクりと頷いてまたどうするかを考えている。童帝くんはまだ10歳...S級の中でも最年少だ。あんなに小さい頃からこの厳しいS級に混ざるなんてとんでもなくつらいだろうに顔にも出さず誰よりも頭をフル回転させている。彼とはけっこう親しみやすい関係にあり、敬語も使わない。だからすごい頼もしいし、どんな策を考えても否定しない。それほどに彼のことは信じることができるから。そして、彼も私を信じて私を止めなかった。だから、あそこの敵は私が倒さなきゃいけないんだ。

 

上空からヒュゥゥゥと風が吹く。そして下の方を見ると4人と分裂したであろう敵が戦っている。私はふーっと息を吐いて新しい空気を肺に入れる。ヤバイな、あの4人が苦戦するなんてなぁ...困る、めんどくさい。分裂できるということはきりがないと言うことだ。早めに弱点を見つけて宇宙船の方が動き出す前に殺しときたい。千里眼でもう一度サイタマさんの様子を見る。どうやら彼もラスボスと出会えたらしい。ってヤバイな、怖そうだし強そう。まぁ、あの人は負けを知らないし負けたら仕方ない。とりま、私はあの怪人を倒さなければ...。っ、すごい風だなぁ。階段使うのめんどくさいし、このまま飛び降りるかぁ。バランス崩さないようにしなきゃ。

 

フワリと飛び降りて、蛍光のジャージを脱ぎ捨てる。空気抵抗はほとんどなくなり、一気に加速して地上に近づく。その間、私はリベリオンを引き抜いた。相手に気づかれないようなスピードで私は地上に着地。そして着地した瞬間、あの分裂している体を首、足、腕をバラバラに切り刻んだ。そして、あの4人と怪我をしているイアイアンさんを見つけた。でも目を凝らしたらよく分かる。イアイアンさんはただのケガじゃない...腕が、なかった。

 

「イアイアンさん、腕がっ...!」

 

そのまま駆け寄ろうとした。だがその瞬間、イアイアンさんは青ざめた顔で

 

「ガビ、来るな!後ろだ!」

 

と叫んでいる。そして、何かの気配。もしや...と思い後ろを振り返る。そこにはなぜか切り刻んだはずの化け物がまた復活していた。何個も体が合ったはずなのに1つにまとまってしまってさっきよりも大きく見える。それにこのままだと殺される。

 

「殺す」

 

その声とともに腕が飛んできた。だけど私は別におびえたそぶりを見せずにその場にしゃがんだ。すると見事、腕は空を切って化け物はバランスを崩した。狙っていたのはそこだった。リベリオン引き抜き、そのまま足を切る。そのまま胴体、頭も切り刻み風圧で切ったものを吹き飛ばした。瓦礫の上には散り散りになった体の破片がちらほら転がっている。その破片の一部を踏みにじってため息をついた。そして見下すように静かに言った。

 

「...殺すなんて、殺せもしないくせに軽々しく言わないでくださいよ。この前深海王と戦ったときに私は十分死にましたからね。もう、これ以上死にたくないんです。...まぁ、あなたはこんなんじゃ死なないでしょうけどね」

 

足元の破片がずるずると動き出してまた復活しそうになっている。後ろを振り向いて見ると破片がどんどん集まってきている。これじゃあきりがなさそうだけども、こんなに強いのなら確実に何かの弱点はあるはずだ。いや、絶対にある。おそらく物理的な攻撃には意味がないのだろう。(てか、イアイアンさんが4人に向かってさっき言ってたのにあの4人ずっと無視してるし...)かといって物理的攻撃以外はできないしなぁ。タツマキさんでもいれば潰してくれそうだけども...あいつの考えでも読めば少しはヒントが出てくるだろうか?と思った。が、そんな余裕を化け物は与えてくれなかった。

 

「あいつ、邪魔」

 

「一気に殺してしまおう」

 

「いいと思うよ」

 

また回復して敵意を剥き出しにされている。1人で片付けられないこともない。けど、動くのがめんどくさいし、後ろに強い人たちいるんだからうまくサボれないかと頭は悪い方向に考えてしまう。でも、5人でかかった方が強いし、明らかに勝率も上がるよね?なら5人で戦おうよ。うん、そうしようよ。と、自分を正当化した。結論、5人の方が強いしね。覚悟を決めて戦わなければ..ちゃんと考えを決め、私は4人に向けて言った。

 

「物理的攻撃は正直こいつに効かないと思います。でも、弱点は必ずあります。私の魔眼でやつの考えを透視させてみせるので、その弱点を見つけたら全員で叩きましょう。だからそれまで戦いましょう。私もなるべく攻撃を仕掛けて見せます」

 

そう言うと金属バットさんはバットをブンブン振り回して

 

「おうよ、やってやらぁ!!」

 

と、呼応してくれた。そして彼に続いてほかの3人も戦う準備を始めている。よっしゃ、このままなら行けるはずだ。落ち着いて、呼吸を整える。この前の深海王に比べてみれば楽なもんだ。4人揃えば怖くない。この化け物だってなんとかなるさ。リベリオンでもう一度切りかかる。けどまぁ一筋縄ではいかない。やつだって学習してるからうまく攻撃をかわすようになった。が、そんなこと想定内だ。それに、向こうの方が想定外だろうな。4人のめっちゃ強い男たちが襲ってくるのだから。しかも、私を殺すためだけに分裂した体を1つにしてくれたおかげで狙う的は1つに絞れている。よし、これで当分時間を稼いでくれるはずだ。

 

その間に私は早く弱点を見つけなきゃ。魔眼を発動させてすぐさま相手の方を睨み付ける...どこだ。弱点はなんだ、なんなんだ?焦る気持ちをおさえて私はすぐに心を読んだ。...しかし、私はすぐに絶望した。確かに心は読めた。読めたのだが、内容が薄すぎるのだ。

 

『まだばれてない、大丈夫だ。』

 

『これがばれるはずがない』

 

『早く排除してボロス様の所へ...』

 

と、こんな感じの気持ちしかないのである。ヤバい、弱点について有力な情報が一切ない。このままだとただ時間が過ぎていくだけだ、なにかしら情報を...!そう思ってとにかく魔眼を使い続ける。目を凝らして、とにかく探した。何度も何度も、弱点を見つけようとした。でも...

 

「クソッ...なんの情報もないなんて...ありえない」

 

なんの手がかりもないなか、4人はとにかく戦い続け、私は弱点を探し続けた。でもわかってしまった。これ以上待ったところでなんの手がかりも得られることはないだろう。なら、少しでも戦って体力を消耗させた方がいい。私もそろそろ諦めて参戦しようとした。

 

したのだが、またもや大問題を見つけてしまう。ふと魔眼を解放しようとしたそのとき、頭の片隅でなにか別のところで何かの計画が進んでいることを発見してしまう。それがなんなのかまではよくわからないから、私は全神経を集中させた。その計画が進められているのは宇宙船の中。気持ち悪い下っぱの宇宙人が幹部か何かに命令されてなにかを準備している...私はもっと目を光らせた。そして、その正体に気付いて絶望した。

 

『ゲリュガンシュプ様に言われた通り砲弾準備完了っと。地上にいるメルザルガルド様の周辺にいる敵に集中砲火せよとのことだが...』

 

なんと宇宙人は無数の巨大砲弾をここへ向かって発射させるつもりらしい。あんな量...残念だけどわたしだけじゃせいぜい半分しか対応できそうにない...あー、本当にめんどくさい。どうしよう...

 

 

 



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エスパーは気づいていた~ボロス戦③~

いまだかつてないほど短いですが書く時間がないんですよ。っていう言い訳です


ガビが焦っているその頃、タツマキはもう現状を理解していた。ガビは確かに自分を遥かに上回る戦闘能力があることをタツマキは認めていた。だが、彼女が相手にできるのはせいぜい人や生き物である場合であり、今回のようにとんでもなくでかいものが何百個も落ちてくる場合の対応は苦手だということは理解していた。だからこそ、ここはタツマキの出番である。

 

タツマキもこの砲弾には気付いていなかった。だが、すべてのことを気付いていなかったわけではない。ガビが必死に化け物の弱点を見つけようとしている時から彼女は空気を静かに揺らすほど集中していた。その時の空気の揺れはしっかりタツマキも理解していた。だからその空気の揺れに乱れが生じたとき、あぁ何かあったんだと悟り、この砲弾に気づくことができた。つまり、ガビが集中していなければこのまま砲弾が落ちていたことだろう。

 

残念ながら、この砲弾のことには彼女も一切予想をしていなかった為、タツマキ自身も少し驚いていた。しかしそれ以上にガビが砲弾に気づいてくれたことに感謝していた。やるじゃない、ガビ、と。プライドが高いタツマキは本人の前でそんなこと言わないだろうがしっかり心の中でガビのことを褒めていた。タツマキはまだ中学生の彼女が人を守ろうと行動する勇気があることをすごく感心している。その上、彼女が殺し屋という立場であったとしてもなにか迷いを見せるわけではなくなんなら誰よりも早く行動を起こす姿を見てこいつは次世代のヒーロー界を担う人材になるだろうと思っていた。だからタツマキは今日のガビの力を再確認して確信した。彼女は、誰よりも優れたヒーローだ。まさに戦神の申し子だろう。たとえブラストがいなくたって、この子と私がいればヒーロー協会はやっていけるはずだ。だから...今、ガビはこんなところでやられてはいけない。こんなところで、ガビを死なせてなるものか。私たちが生き残るためにも、人類を守るためにも、彼女は必要とされる人材ということに間違いない。だから私は彼女を守る。

 

タツマキはすぐに地上へ降下してガビのもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー、本当にどうしよう。考える時間なんてもう残ってない。真空拳使ったところで全部弾き返すのは無理だ...でもなにもしなかったらここは全滅。どうせあの化け物は復活するだろうしなぁ...でも、今できるのって真空拳ぐらいなんだよなぁ。どうしよう。てか、考えてる今この時間すら無駄なんだよなぁ...だからって他にいい案があるわけじゃないけどさぁ。あー、ヤバイ。今回こそ死ぬって。やっぱり私は死ぬ運命なのかな。なら仕方ないか。でもなぁ...あと少し早く気づいてたらタツマキさん呼ぶなりなんなりできたかもしれないのに。てかそうじゃん。タツマキさんいれば砲弾絶対弾き返せるじゃん。え、名案。タツマキさん呼べばいいじゃん。いやいや、今からじゃあ間に合わないのは明らか。でも...でもタツマキさんいたら絶対勝てるし...どうしよう。

 

「あー...助けて、タツマキさん」

 

空を仰ぐと見えたのは、晴天。空がとてもキレイだ。清々しいほどの広い空に絵の具を溶かしたような薄い青。なんだろ、絵に書いたような青空だ。なんかもう心が浄化されるような空だ。スッキリした気がする。

 

別に私は負けたっていいんだ。私が死んでも、他の人たちはきっと負けないから。ヒーローはこの世に一人じゃない。何人も、何十人も、何百人もいるんだ。私だけじゃない。だから...大丈夫。

 

そして覚悟を決めた。もうこれはどうしようもないから当たって砕けろだ。ダメ元で、あそこに突っ込む。死ぬかもしれないけど今度こそ仕方がない。なにもしないで死ぬよりはマシだと思うしね。だから私は諦めて真空拳の構えをした。そして壁を蹴り上空へ向かう。幸い、砲弾はまだ発射されていなかったけどそろそろ来る。何も気づいていない4人は驚いて

 

「なにやってんだ、ガビ!?」

 

と叫んでいる。私は地上に向かって

 

「お願い、伏せて!危ないです!」

 

と叫び返して、真空拳を発動させた。その瞬間だった。船が光った。砲弾が発射されて轟音が響く。数が多い。こりゃ無理だなって思ったけどとりあえず私がいるところから半径10メートルの砲弾はすぐに打ち返せた。が、それ以外のところを全く打ち返せなかった。下の4人はもちろんA市付近の町も消し飛ぶかもしれない。それぐらいの量が降り注いでいた。たぶんこのままだと爆風で私も上空も地上も全員吹き飛ぶ。あぁ、死ぬか。くそう。そう思いながらも私は方向を急転回させて残りの砲弾に向かった。そしてとにかく砲弾を止めようとした。このままじゃ終われない。負けるとしても、最善の策を尽くさなきゃ。まだ止めれる!だから早く…早く止める!止めてみせるっ!そう思っていた。

 

…なのにだ。なぜかピタリと体が止まってしまった。そのまま急降下するのかと思ったらそうでもなく体が空中で止まっている。深海王の時を思い出す。この前も確かこんな感じで止まったんだっけ。いや、今回はこの前のときみたいに意識がプツプツ切れたりする前ぶれがあるわけではなく突然に止まってしまった。だからこの前とは違うんだろうけど…また神様らしきおじさんが止めてるのかな?また体が動かないんだけど。てかのんきに考えてるけどヤバい、砲弾落ちる。そう思って焦りが止まらなくなった。が、私の目が正しければなぜか砲弾も一緒に止まっている。ピタリとも動かずキレイなプラモデルのようにずらりと並んでいるのだ。不自然に思ったその時だろうか、上空から大きな声が聞こえた。

 

「他のS級4人は何してんのよ。まさか下から傍観してるだけなの?頼りないわね!」

 

フヨフヨと浮く小さな体。緑色のクルクルした髪の毛。そして、黒色のワンピース。私はその人にゆっくりと地上に向かって体を連れて行かれる。この声の主を私は一瞬で理解した。S級のタツマキさんの声。危機一髪のところでようやく希望の光が現れてくれたのだ。

 

「全く…私がいないと何もできないんだから。まぁいいわ。砲弾、お返しするわ。」

 

タツマキさんが手のひらをクイッと上に向けると空中で止まっていた砲弾は宇宙船に向かって発射され、船が揺れるほどの大爆発を引き起こした。エスパーである彼女にとってこんなことは朝飯前なんだろうけど私にはあんなことできない。本当に一瞬だった。私が苦労したことを来た瞬間に解決してしまった。タツマキさんが来てくれたおかげで助かった。これであとは地上いるバケモノを倒すだけだ。そう思って体を動かそうとしたその時だった。タツマキさんは私を呼び止めた。

 

「ガビ、あんたのおかげで飽和に気付けたわ。感謝するわ、さすがね。あとね、あんたの戦闘能力ならあんなバケモノ一瞬で片付くはずよ。弱点とかそんなもの気にしなくても勝てるんじゃないの?早く始末して。」

 

そういって彼女は私を睨みつけた。おおぉ、視線が怖いけどなんだか期待されてるっぽいな。これは戦うしかないね。そう思い、私は小さくうなずいた。そして深く深呼吸をする。

 

...ただ深呼吸とともに考えたくもないことまで頭を過った。もう一人の自分がこう言っている。

 

『タツマキさんがいなかったら私は何もできてないけどね。それでよく戦おうとなんて思うよね。』

 

リベリオンは太陽の光を浴びて輝いていた。その光が、私の目を眩ませる。そして不安が襲う。このまま死んでたら、私はどうするつもりだったんだろう。私はぎゅっと握りしめて怪物に向かって走り出す。ナーバスに考えるな、ここで勝負を終わらせる。サイタマさんだって今頃きっと戦ってる。不安になってどうする。タツマキさんになんか頼らなくたっていけるはずだ。だから...

 

「こんなところで、私はもたもたできないんですよ、怪物さん...早く死んでください」

 

 

 

 

 

 

 




ごめん、次はちゃんと6000文字ぐらい書くから許して


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余裕なし〜ボロス戦④〜

よし、大変だったけど10月中に投稿できたぜ


戦っているけど、何かもやもやしている。いや、もやもやじゃない、イライラか。とにかく戦っていても自分の心に余裕が生まれなかった。なぜかって?そりゃあ簡単な話だ。今戦えているのも自分のおかげじゃないからだ。タツマキさんのおかげだった。タツマキさんが砲弾を撃ち返してくれたからみんな無事だった。今生き残っているのも全部タツマキさんのおかげだ。私はあの数の砲弾を前に何もできなかった。気付くことができただけで、それ以外は何一つできなかった。悔しかった。自分の無力さに腹が立った。でも、そんなことを言っている場合ではないことぐらい知っていた。だから何回も何回も切り続けていた。ただ無心に、あいつを塵にすることだけを考えて。申し訳ないが半ば八つ当たりをするように戦っていた。イライラする気持ちを抑えることもできずに切り続けている。

 

これはマフィアにいるときもそうだけど、こうやって血が上っているときって大抵仕事はうまくいかない。うまくいったとしてもすごく汚い勝ち方なのだ。スマートじゃないってケンジョウにも言われちゃう。でも、結果勝つことができたらそれでいいじゃんって思う。だって負けるよりかはましだから。それに、きれいな死体ってあんまり好きじゃない。別に殺すのも好きじゃないし血も、生臭い匂いも好きじゃない。でも、そのままきれいに残ってたらまるで寝ているかのように死んじゃうからそれがすごい嫌だ。

 

『ぐちゃっ』

 

手をもぎ取り首を引き千切る。そしてバラバラにする。これぐらい派手に刻めば生き返らないし見ていても残酷にしか思わない。綺麗なものは汚してしまえばいいんだ。綺麗に眠らないで、無様に死ねばいい。ごくたまに...今日みたいにイライラする日はこんな思考に至ることがある。殺し屋としての私ならば常にこうであるべきなのかもしれない。いや、ケンジョウのようにスマートであるべきかもしれない。答えは知らない。けどとりあえず今日はぐちゃぐちゃにしたい気分なんだ。

 

奴はまた生き返る。再生は早いけど問題ない。いつもよりも動ける、なぜか。なぜだ?なんか動ける。まぁ、どうでもいいや。とにかく早く...早くしなきゃ。こいつを殺す。殺すんだ。

 

「おらぁぁぁぁっ!」

 

バキィィンと鳴り響く金属の音。見てみればリベリオンが怪物の攻撃に耐えられず吹き飛ばされてしまっている。でも動じることはなかった。すぐさま真空拳に切り替えて攻撃を続けた。何度も分裂を繰り返しては再生する...相手はその繰り返しだから正直きりがない。でもやるんだ。殺すまでやるんだ...タツマキさんの作ったチャンスを無駄にできない、するもんか。

 

「早く…早く殺して…ボロス様に…!グギャァァァァッ!

 

相手もとうとう本気を出し始めた。けど今の私には通用しない。通用しないっていうか動きが遅い。真空拳のおかげだろうか?前よりもさらに精度が上がっているから余裕だ。攻撃を続け、そしてチャンスが訪れた。とうとう見つけた。赤い、ビー玉のようなものが。

 

「みーつけた」

 

相手はしまったと思ったのだろう。一瞬動揺する素振りが見えた。けど急所を見つけられてしまったという絶望を味あわせる前にその玉を潰した。そうしたら見事に体の一部が解け始めた。ようやくだ。これであとは同じ作業を繰り返すだけだ。崩れ始めた奴に体をすーっと近づいてさらに体を分裂させる。また時間がかかるかと思ったけどそうでもなく、玉は案外早く見つかった。1個、2個、3個。上半身のあたりからどんどん見つかるのだ。なん10個もあったはずの頭ははじけ飛びだんだんと頭の数は減っていっていることがわかる。

 

「くそっ...生意気な、生意気なっ!こんなガキに、やられてたまるかぁぁっ!」

 

玉を壊していくにつれて奴はどんどん焦り始めた。さっきまでの戦いとはまた違う。もう、余裕などないように見える。私からすればチャンスだしこの機会を逃すわけにはいかない。それに何度も再生しているからだんだんわかってきた。なぜ上半身から玉がどんどん見つかるのか。1個見つけてしまえばすぐに有利になったのはなぜか。なぜいきなり相手は焦り始めたのか。答えは明確だった。

 

「…頭から再生する。つまり、お前の心臓部であるその玉は再生するときに必ず頭にある。だから1個見つけてしまえばあとは再生する前に頭をやってしまえばいい。…1個見つけるのは大変でしたけど、それさえ終われば後は単純。頭から湧き出る玉を粉砕するのみ。簡単ですね…」

 

赤い玉を持って私はやつのボロボロになった頭を見てニヤリと微笑んだ。あぁ、時間がかかった。けどまぁようやく終わる。これでおしまいだ。ヤツの悲鳴を聞きながら、私はグシャリと玉を潰した。その玉が壊れる瞬間、何か心が傷んだ気がした。

 

「よっしゃぁ、これで全部頭が飛んだな!」

 

プリズナーさんが叫ぶとほかの人たちが私に駆け寄ってきた。よかった、無駄な怪我人を出さずに終わらせることができた。見たところイアイアンさんだけは腕が切れているけどそれだけだ。 

 

「よし…でも、まだあのでかいのが残ってるな…どうする?」

 

バッドさんの言葉を聞いてその場にいる全員が上空を見上げた。そう、幹部は倒したけれど1番問題な宇宙船は未だに浮かんでいるのだ。しかも千里眼で見たところ中には宇宙人がたくさんいる。そしてボスらしき人とサイタマさんが戦っているのも見える。うわぁ、レベチだわ。サイタマさんが負けたらどうしよう。そう思いながら千里眼を解放したがここにいる人たちにサイタマさんのことを言ってもどうせ信用してくれないんだよなぁ、きっと言うだけ無駄だし黙っとくか。だってサイタマさんだしどうせ死なないでしょ。

 

それよりあの宇宙船だけは落としてしまいたいなぁ…どうするかな。タツマキさんの方に目をやるとちょうど目があった。向こうにもなにか案があるのだろうか?わかんないけどとりあえず聞くだけ聞いてみるか。

 

「タツマキさん…なにか案ありますか?」

 

「やれるだけ落としてみるわ。てか、どうせあんたあんな上空行けないでしょ?あの宇宙船が落ちてきて中に宇宙人がいたら相手したら?それまでは見ときなさいよ」

 

そう言って彼女はまたフワリと空中へ飛び立ったのだった。うわぁ、さすがだな。私にはできないや。そう思って吹き飛ばされていたリベリオンを引っこ抜いたちょっと拭いといて背中に挿した。ふわぁ、もうすることないしあとはタツマキさんに任せるかぁ。そう思って宇宙船を見た。

 

…見たけどさ。なんかめっちゃ激しさ増してない?気のせい?轟音めっちゃ鳴ってるし只事じゃないよね?サイタマさん大丈夫か?心配になってきたぞ?まさか死んだ?死んでないよね?え、大丈夫?私は焦って千里眼を使った。するととんでもない事実が発覚した。なんとサイタマさん、地球にいなかった。

 

彼は、月にいた。宇宙飛行士でもないただの男性が月にいた。

 

…え、えええ?えええええ!?月!?いやいや待て待て、何があったら月にいけるの!?月だよ?moonだよ?え、まさか吹き飛ばされた?まさかの吹き飛ばされた!?えええ、えええええ?落ち着け私、何パニックになってんの、うん。深呼吸。すーーーーっ、はーーーーー。…いや月に人が着陸してるのにパニックにならないわけないよね!?って何1人コントしてるんだっ!なんで、なんで!?このままじゃさすがにサイタマさん死んじゃうでしょぉお?どうすんの、え、どーなっちゃうの?って思ってた瞬間、彼は月を蹴った。そしてものの数秒でまた地上へ帰ってきた。

 

『ゴォォォォォン』

 

きっと着地したのだろう、とてつもない音がして宇宙船が傾き始めた。タツマキさんが行動を起こす前に、サイタマさんが船を傾かせてくれた。

 

「船が傾いた!すごいぞタツマキちゃん!」

 

クロビカリさんがそう言っているが本人もそこまで手応えは感じていなさそうだ。それよりも私はその船の上で起こっている戦いのほうが気になった。千里眼は使いすぎて目が痛くなり始めたからもう使えなさそうだ。でもわかる、きっと今までの中で1番の強敵とサイタマさんは戦っているんだ。

 

私は結局なにもできない。彼みたいに特別強いわけではなければタツマキさんみたいになんでも操られるわけでもない。あぁ、なんて無力なんだろう。つくづくそう思わせるような戦いだ。悔しいなぁ、辛いなぁ。こんな中途半端な人はやっぱりヒーロー向いてないのかなぁ。そう思って轟く音を聞いていた。

 

戦いは終盤に差し掛かっているらしい、とうとう激しさを増してきた。船が落ちる前兆、という声も聞こえたがきっと大技の前兆なのだろう。船がすごく傾いた。爆音と爆風、それが同時に襲う。サイタマさんが放ったのか相手のボスが放ったのかは知らないがとにかく今まで1番の轟音とともにとうとう船が墜落し始めた。

 

「落ちる…」

 

そう呟いて上を向いた。瓦礫が降り始める。とうとう終わったのだ。サイタマさんが勝ったんだと確信した。

 

すごく、ネガティブな思考に傾いてしまった1日だった。きっと、自分に余裕がないからだろうなぁって思う。もっと、自分に自身があればこんなにムカつかなくても済んだと思う。ていうか、もしかして不快なオーラを周りに撒き散らしていたかもしれない。申し訳ないなぁ…ちゃんと自分をコントロールしなきゃなぁって思う。

 

私は自分に誇れるものがないけど、自身を持つことができる何かが必要だなって思った。

 

「エンジェルダーッシュ!!」

 

「おいオカマてめぇ先頭を走んな!遅いぞ!」

 

「くそシルバーファングめなぜそんなに速い!」

 

「今は対抗心燃やしてる場合じゃないでしょう」

 

…なんか前の4人はすごい自由だなぁ。すごく楽しそうというかなんというか。これぐらい戦うときに余裕があればなぁ。溢れ出る正義感っていうのかな、光り輝いて見えるしThe heroって感じだ。いつかあんなかっこいいヒーローになってみたいものだ。そう思っているうちに宇宙船は墜落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後はアマイマスクさんが様子を見に来たりメタルナイトさんが来たりした。アマイマスクさんは煽るようにS級たちと話していたが私は興味も何もなかったから完全スルー。なんかもめてたけど大丈夫そうだ。メタルナイトさんは何をしに来たか知らないけどまぁよくわからなかったしとりあえず会釈しといた。そしてサイタマさんも無事に宇宙船の中から出てきた。それこそ事情を知っているジェノスさんだけはすごい勢いで心配していた。タツマキさんがジェノスさんをふっとばしているのは見えたけど何はともかく無事で良かった。

 

「ったくなんでヒーローにはこうも問題児が多いんじゃ。なぁ、ガビ?お前もそう思わんか?」

 

いつの間にか隣にはバングさんがため息をつきながら立っていた。私なんか子供とは違って人生を長く生きている先輩だ、みんなのお父さんって感じがするけどきっと私とは見える世界が違うんだろうなって思う。

 

「え?あぁ…まぁ楽しそうだしいいんじゃないですか?なんか羨ましいですよ、人生楽しんでるんだろうなーって思いますよ。ほんとに。自分もあれぐらい自由になりたいものです。」

 

「…お前もあんなんになったら収集がつかんわい、やめてくれ。」

 

その言葉のトーンが本気だったから相当問題児に頭を抱えているんだと悟った。私は笑いながら

 

「冗談ですよ」

 

と言っておいた。イブキみたいな自由人がここにいたらもっと大変なんだろうけど…まぁ関係ないか。あんなキチガイどうでもいいや。

 

ひとまず、今日を最後にA市は地図から消えた。

 

宇宙人襲来、A市消滅は歴史的大事件として連日報道されたがしばらくすると報道は収まり誰も消えた都市の話はしなくなった。宇宙船はメタルナイトさんが回収してどこかへ移動させたらしい。そしてその後、ヒーロー協会本部は更に建物の強化改築を行い鉄壁の要塞を作り上げた。新しく道路を作り協会本部から伸びる道路でどの街にも迅速に駆けつけることができるようになった。A級以上の希望したヒーローはこの本部に移住する権利が与えられた。

 

…が、私が移住することはなかった。いや、する余裕がなかったという言葉が正しいだろう。 

 

入院していた病室に残っていた書き置き。ケンジョウが書いてくれたであろうその書き置きにはS級会議が終わればビルに戻ってこいと書いてあった。その手紙に書いてあるように私はビルに戻った。が、そこでは信じられない光景が広がっていた。大広間に行くと目の前に広がるのは血の海。下っぱたちが無残な姿で床に倒れていた。何日も前ではない、きっと数時間前に殺されたのだろう。まだ腐敗臭はそこまでしなかった。でも問題はそんなことではない。吐き気を我慢しながらその場に立ち尽くしていた。思考が追いつかない。どういうことだ、何があった?まさか裏切り者がやったのか?なんで、誰かこんなことを…?その時だった。いつも聞いている優しい声が悲鳴として聞こえてきたのは。

 

絶望した。

 

誰の声かはもう見当がついていた。でも信じたくない、あんな声聞きたくない。そう思いながら走り出した。悲鳴が聞こえた上のフロアへ。息を切らして、そして目に涙を溜めて。お願いだから無事でいて。ただただそれだけを願って走っていた。階段を登ると上のフロアは相当激しい戦いだったのだろう、さっきよりも壁には血がついていた。でもそれよりも目に入ったのは奥の白い壁に書かれた大きな文字とあるものだった。

 

〈ケンジョウは消えた〉

 

その横にあるのは私があげた指輪をつけていたはずだろう彼の右腕だった。そう、さっきの悲鳴はケンジョウが残したもの。そして誰が犯行したのかは知らないが急遽アメリカに呼ばれていたイブキ以外の日本にいたファミリーはほぼ全滅していた。

 

私は彼の生暖かい右腕を触った。そして、涙をその腕に溢した。突然の出来事、そして突然の別れ。その事実を信じることのできない心。すべてが突然だったのだ。泣き叫んで、一晩過ごした。その日を境にとうとう、私の心は壊れてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、とうとう行き詰まったか。シナリオ通りだ。役者も揃ったことだ、あの娘には楽しませてもらおうか。ククッ…想像以上だ、このままいけば最高な物語が仕上がるじゃないか。あいつにはわたしの最強の盾になってもらおうじゃないか。なぁ、お前もそう思うだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケンジョウ?




さぁさぁ次からはイブキとの会話が増えるぞい


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崩壊編
アンダーボスとして〜崩壊編①〜


今回からイブキたちがまた登場!オリジナルルートに入るのでここからアニメ2期に繋げたい!とりまマフィアたちが色々あるお話になってます


親父になぜかいきなりアメリカに呼ばれた。本当にいきなり。すごい急用だからって言われたけど今までそんなこと一度もなかったから正直何かあるんじゃないかと疑った。いや、本当はそれよりもめんどくさくて行きたくないのが理由だった。でもそのことをケンジョウに話したら何言ってんだすぐ行けって怒られた。それでもドンの息子かって笑われた。

 

あいつはいつもそうやって笑いかけてくれていた。小さい頃からずーっと。笑いかけてくれたし、だめなことをしたときには叱ってくれた。俺が怪我しそうなときにはすぐに助けてくれたし死にものぐるいで救ってくれたこともある。本当に俺のことを大切に思ってくれてたんだろうなぁって今更ながら思うのだ。

 

でもあいつがいない時。そんなときでも俺はちゃんとしているつもりだった。あいつがいなくてもひとりで仕事をこなしているつもりだったし、何か問題を起こしてもひとりで解決していた。ケンジョウがいたらいたときも強い俺だったし、ケンジョウがいなくてもアンダーボスとして強い俺のはずだった。アンダーボスという自覚を持ってファミリーをまとめあげていたはずだった。けど…こうやってひとりになったとき、どうしても一歩踏み出せないとき、あぁ、まだ半人前だって気付かされる。

 

「ゲホッ…おいクソ親父、こりゃどういうことだよっ…!」

 

A市が消えた1週間後、なぜか人質にガビを取られた俺は満身創痍になっていた。そして無理矢理ある契約を結ばれようとしていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の始まりは1週間前。ガビの見舞いに行ったあとの話だ。俺は病院を出たあとにすぐビルへ戻った。騒ぎが起きる前にケンジョウは同じくビルに戻ってきていてふたりで昼食をとっていた。そのときにケンジョウの側近である男がドン…つまり親父からの電話だと言って俺に電話を渡してきた。いつもと同じ、無愛想な声で今からすぐアメリカに来いと伝えるとすぐに電話を切ってしまった。わけわからんなぁと思いながらもケンジョウに促されて俺は荷造りをした。で、疲れてちょっと散歩をしているときにA市に宇宙船が飛来したらしい。そしてそれと同時刻にビルでも異変が起きた。裏切り者が動き出したのだ。

 

このこと…つまり裏切り者のことについてはケンジョウと長いこと相談してたし、大人数ではないと予想していたから仮に反乱かなんかがあっても大丈夫だと思っていた。でも、ケンジョウから助けてほしいと連絡があった時にはもう手遅れだった。詳しい現場についてはわからないがおそらく大人数が襲いかかったのではなく数人でじっくり下っぱの方から殺したに違いないと電話でケンジョウが言っていた。そしてあいつ曰く、襲ってきたのは人並外れた化け物だったとも聞いた。ケンジョウも認める相当な強敵だったらしい。まぁ、あいつが俺に助けを求めたことなんて今まで1度もなかったから本当に緊急事態っぽかった。電話を切って俺は急いで帰ろうとした。ケンジョウとファミリーを助けるために。でもその時に、裏切り者の仲間と思われる人物たちに囲まれたのだ。俺はそいつらを見て確信した。あぁ、こいつらやべぇなって。

 

別に体がでかいわけでもなければタトゥーを入れてるわけでもないし俺クソ強いですよ〜って感じの人ではなさそうだ。でも人数も何十人もいるわけではなく、たった4人の男達だ。ただその代わりに普通の人間の何十倍もの殺気を感じた。睨みつけられただけで少したじろいでしまう。なんだろう、人を殺し慣れてる感じがする。そしてコイツラを見るとなにかムカつく。なぜかわからないけど…なぜか。

 

そんなことを考えながらも頭の中ではこの状況どうやって打破するか考えていた。早めにこの場を離れてケンジョウの元へ行きたかった。けどこの4人をほっとくわけにも行かない。あぁどうしようかなぁ、先手必勝か?と迷っていたその時、奴らはとうとう動き出した。4人全員で一気に襲いかかってきたのだ。その攻撃を俺は即座に避ける必要があった。まぁ俺は反応出来たから別に焦りはしなかった。ひょいひょいっとかわして体制を立て直す。俺も一応簡単な拳法ぐらいなら使えるから接近戦もできる。いざとなれば銃使ってしまえばいいから割と余裕があった。

 

俺は右足を前に出しそのまま間合いを詰める。そして2人蹴り飛ばし1人の胸ぐらを掴む。もう1人は後ろから殴りかかってきたから避けてそのまま胸ぐら掴んだ方の男をそちらへ投げ飛ばした。なんだ、強くもなんともないじゃねぇかって思ってその場を離れようとした。しかし後ろからの気配を感じて俺はもう一度振り返る。その時、俺には見えてしまった。狂ったような男たちの笑顔が。なんとなくわかった。俺がこいつらにいらつく理由…それは簡単だった。こいつらは…親父と同類なのだ。狂ってる、確実に。

 

俺が親父を嫌いなのは人の心が欠落しているからだ。何をしようがずーっと不気味な笑みを浮かべたまま過ごし、機嫌が悪けりゃ人を殺す。ファミリーの中ですら気に入らないやつがいたらすぐに殺す。なのになぜあんなジジイのところに人が集まるのかいまだにおれはわからない。少なくとも、あんなやつのところにはいたくない。それは確かだ。

 

アメリカは日本と違って殺人、強盗などは日常的に起きているらしいがそれにしてもあのジジイは殺しすぎている。俺ですら近づきたくない。でも、うちのドンはあいつだ。みんなが頭を下げみんなが命令に従うのは仕方がないことなのかもしれない。でも日本にいる奴らは少なくともそんな奴らにしたくない。だから俺はファミリーに対しては割と近くにいるつもりだし全員とコミュニケーションしてるつもりだ。だからアメリカの本部とは違ってゆるいのかもしれない…けど、あいつと同じ道になんか行くもんかよ。

 

「…悪いな、俺はあのジジイ共みたいな狂ってる奴が大嫌いなもんでね。町やビルで暴れられる前に黙っていただきてぇな。っていっても抵抗するだろうけどな」

 

深呼吸。そして心を無にする。

 

 

 

 

 

 

いわゆる精神統一ってやつだ。ガビやケンジョウみたいに集中できるわけじゃねぇけども、それでも俺はできる。奴らは目をギラギラさせてチャンスをうかがってるが残念ながら俺がその前にやっつけてやる。自信があるから緊張も躊躇も何にもなかった。今は亡き母が使っていた形見のナイフ…右手に構え、そしてゆっくりと呼吸。ガビの見様見真似だが俺なりにアレンジしたつもりだしきっとあいつらにも有効だろうからそのまま体制を整えて突き進んだ。

 

「輪殺拳っ!」

 

ガビの使っている真空拳とは少し違うが少し似ている。ガビと同じで割とスピードを重視した技。ただ、ガビとは違ってる点は消耗が激しいことだ。俺自身拳法はあんまり得意じゃないし戦うこともあんまり好きじゃない。だから超短期戦にしか向かない。それにガビがいたら基本あいつに戦いは任せっきりだし。体力は元々ないから仕方がないけど持って数分。あと空中で弧を描くような軌道で蹴りやパンチをするのも特徴。あとナイフを使えば更に相手に深手を負わせれる可能性が上がる。失敗したら終わりだけど成功すりゃこっちのもんだ。

 

そもそもこの技を初見で受けて生きて帰ったやつはいないしこれを使ったら負ける気は一切しない。攻撃していて手応えしか感じないから。相手が4人だろうが関係ない、この技を俺に使わせたら悪いが終わりだ。10人相手でも勝てる、それぐらい強いはずだ。俺は相手がボロボロになるまで攻撃を続けて2人の首を折った。そして1人の首を持ち締め殺そうとした。しかし、1つだけ誤算だったことがある。

 

「お、オラァぁっ!」

 

一応ボロボロにしておいたはずの男の一人が俺に向かって突進してきたのだ。動きがイレギュラーで反応が遅くなってしまったのだ。いや、別に攻撃自体は大したことないのだろうけど俺はそいつの手に持っているものが気になった。針のような細いもの。それだけならいいのだがはっきりいってそれだけで終わるはずがない。その瞬間、俺は察した。ヤバい、毒かもしれない。俺は首を持っていた手を咄嗟に離して突進してきた男を蹴り飛ばした。顔面から血が溢れていたから当分の間は動けないはずだ。しかし、だ。

 

『グサリ』

 

足元に何か刺された。その事実を把握するまでに少しかかった。あれ?と思って足元を見る。細い針と流れる血。理解できた。なぜかさっきまで首を絞めていた男がなぜか動いて俺の足に刺した。そんなにすぐ動けるはずないのに手にはさっきの男と同じような針を手にしていた。すぐに針を抜いて男を刺殺す。そして男の服の布を破り刺された部分より上のところをその布で縛る。ナイフで傷口を切ると急いで毒を外へ出そうと血を絞り出す。でもできる応急手当はここまで。早くビルに帰ってそれこそ誰かに治してもらわなければ…毒が全て抜けていないのは自分のふらつく足取りでよくよくわかる。でもこのままじゃ悪化するだけだ、早くビルへ戻ろう。そう思って必死にビルへ向かったのだ。

 

吐き気、めまい、体の痺れ。歩いているうちにその異変はしっかり確認できた。もう早く倒れたい、そんな思いが頭の中を駆け巡る。でもダメだ、ケンジョウの援護もしなきゃ。こんな状況で俺が入っても足引っ張るだけか?いや、ケンジョウの盾にならなきゃ…あぁ、頭痛い。はやく、はやく行かなきゃ…ケンジョウを助けなきゃ…そう思いつつも体はうまく動かない。もちろん少しずつビルには近づいていた。でも体力の限界はすぐそこまで近づいているのも事実だった。クソッ油断してた。まさか足をやられるなんて…失敗だ。ふらつく足は痛みまで感じるようになってきた。それにもう、そろそろ意識持たない。ゴメン、ケンジョウ。俺もう限界だ。悪いけどこれ以上歩けない。目の前にはビルがあった。けどビルを見て安心したのかとうとう地面に倒れ込んだ。あぁ立ちたいけど眠い…!けど行かなきゃ、ケンジョウのところ…!這いつくばって階段のところまでたどり着く。周りには死体がゴロゴロ転がっていて匂いがきつかったがそれどころじゃない。とにかく上に、上に行かなきゃ…

 

遠のく意識の中上から悲鳴が聞こえた。ガビの声?なんでだ、なんでガビがここに?そんなことを思いながらもその声の余韻が消えた瞬間、俺は意識を失って倒れた。

 

 

次に俺が目覚めたのはその3日後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ…ん、んんっ?あれ、俺なんでここに…?」

 

気がつくと俺は病院のベッドに寝かされていた。手を出すと点滴をされていてベットから動けそうにない。ちょっと頭痛は残っているけどそれでも意識はハッキリとしている。自分ではどれくらい時間が過ぎたのかわからないけどどうやら長い間ねてたっぽい。晴れていた空はいつの間にか雨が降ってるから。フワァとあくびをして体を起こそうとするとお腹のあたりにちょっとのしかかっている重みのようなものを感じた。起き上がってみてみるとそこにはすぅすぅと寝息を立てているガビがいた。こいつなんでいるんだろ?と思いながら頭に手を添えポンポンと撫でておいた。しかし…よく見たらこいつ可愛くなってるな。顔つきがガキから女になってる…いっつも見てる顔のはずだけどよくよく見たら普通に可愛いな。胸触ったらバレるかな…

 

「…起きた瞬間胸触ろうとするのやめて」

 

「うぉっ、おまっ、い、いつから起きてたの!?」

 

「頭触られて起きた」

 

ガビは目を瞑ったまま口だけ動かしてそう言った。いや、いきなり起きるなよビビるじゃん…って思った。けど反面、ここにいてくれる安心感ってのも湧いてきた。

 

「俺、何日寝てた?」

 

「3日間。その間大変だったよ」

 

心なしかガビの声は疲れていていつもより元気がない。てか、ずーっと顔伏せたまんまだし何があったんだろ。…てかケンジョウとうなったんだ?あのあとなにかあったのか?まさか…そのことか?

 

「何があった?」

 

そう聞くとガビは肩を震わせ始めた。小さな嗚咽、涙、そして沈黙。それだけで何かあったんだろうな、と思った。けど様子がおかしすぎる。こんなにもつらそうなガビは久しぶりに見た。…いや、ガビがこんなにおかしくなる出来事って相当ヤバいはずだ。相当な精神的ダメージを負ったのか?本当に何があった?

 

「あのね…ごめん、イブキ…ケンジョウがね…」

 

次の瞬間ガビが放った言葉は俺の心にも深く刺さった。

 

「ケンジョウがね、死んだかもしれないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は割と早く投稿できたし次からも頑張らなくちゃなー。


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クソ演技〜崩壊編②〜

もうつかれたしこれからテスト期間だから次は11月後半に投稿になるかもしれない。


「ケンジョウが…死んだ?」

 

頭が真っ白になった。嘘だ、なんでそうなる?あのケンジョウが死んだ…だと?ありえない、そんなこと起きるわけない。なんで…なんでだ?そんなに相手が強かったのか?それともしくじった…?

 

「私が留守にしてる間にね…ファミリーのほとんどやられてた。ケンジョウの右腕だけ残されてあとは下っぱの死体が残ってるだけ。ビルの中全部ボロボロになってたよ。でも私…イブキはアメリカに行ってるもんだと思ってて…ずっと、これからひとりだって思ってて不安だったよ。でもまぁ…生きてるから安心はしたよ。頼れるのはもうあんただけだしね。」

 

泣きながらだし声も震えてた。だけどぶっきらぼうな言い方でもあった。なにか心がこもってないというかその言葉は俺の心に響かない。なんでだろ?元気がないのか?様子は明らかにおかしいしクールで冷静な時のガビともまた違う。こんな様子のガビは初めて見る。オーラが暗い…というわけでもないし、明るいわけでもない。今のこいつからは何も感じ取れない。

 

「なぁ…どうかした?元気ないぜ?」

 

「ケンジョウが死んだのに明るくなんかできない」

 

ごもっともだ。たしかにまぁ明るくはできるわけない。にしても今日のあいつは心をつかめない。いつもなら兄弟みたいな明るい会話ができるのに何も話せない。

 

「…私のせいだ」

 

ポツリと、そんな言葉が聞こえた。目は開かれない。ただ口を少し開けてか細い声でそう言った。

 

「私がいけなかったんだ。ヒーローになんかならなかったらずっとここにいられた。中途半端な気持ちで2つのこと同時にするなんて無謀だったよ、きっと。心の中では気づいてたよ、どっかで失敗するってね。それなのに私はやめなかった。こうなったのも、全部私のせいだ。だから…ここで全てやめてやるよ」

 

「…は?ど、どういうことだよ?やめてやるって…お前まさか死ぬつもり…!」

 

そこまで言うとあいつは俺の口に手を当てた。そして涙を布団に溢した。あぁ、苦しかったんだろうなぁと今更気づく。だってこいつまだ14歳なのに大人でも勇気がいる仕事を2つもこなしてたんだぞ?殺しなんて大人でもしたくねぇだろうによくやってた。ヒーローだってがんばってた。けどそれもケンジョウの支えがあったからだったんだろうなぁって思う。あいつがいなくなって、とうとう吐き出す事ができなくなる。彼という男がいなくなるだけなのに、ソレがつらいんだ。俺も悲しい。けどガビは、もっと悲しいんだろうなって聞いていて感じた。

 

でも、だからってそんな言葉を吐いていいわけじゃない。生きることを放棄することほどやってはいけないことはない。どれだけ辛くてもその言葉だけは言っちゃだめだ。人間としてそんな言葉は言っちゃだめなんだ。俺はガビに向かって少し強い口調で

 

「ふざけんじゃねぇ、冗談でもそんなこと言うなっ!」

 

と言ってしまった。ただ、言葉を発してからハッと後悔した。ヤバい、感情任せに言ったからキツイ口調になった。これじゃガビが傷つく。正気に戻るとあいつはビクリとも動かずにうつむいたままボソリと

 

「…冗談じゃないから大丈夫だよ」

 

と言った。ガビはゴソゴソとポケットに手を突っ込むとナイフを手にして俺に渡した。そこでようやくガビの目が見えた。一瞬ゾッとした。あいつの目に、もう光など宿っていない。あいつは既に目が死んでいた。

 

大体、ガビがこんなに病むのは初めてだ。ケンジョウと同じぐらい仲の良かった下っぱが死んだときもこんなに泣かなかった。いや、泣いてすらなかった。裏社会にいるならこうなるのも仕方ないことだよ。本人も死ぬ覚悟でこの仕事してたはずだし別に泣くことじゃないでしょ?あいつの分、私が頑張ればいい話だ。って。そうあっけらかんと言っていた。

 

「殺してよ…早く。このままじゃ生きてても辛いだけだ。自分で死ぬのは怖いからやだけどあんたが生きてるなら最後まで頼らせてもらうよ。…早く刺してよ」

 

本当に怖かった。あいつの目も、言葉も、声も、態度も。ぶっきらぼうで、感情も何もなくて、まるで抜け殻。ただ、自由になりたいという一心なのだろう。きっと死んで楽になりたいんだろうな。わかるようでわからない思いだ。なんでこいつがここまで苦しむ必要があったのか。なんで生きることを諦めるのか。ケンジョウが死んだという事実は変わらないけどだからといってここまで心を壊すなんて…いや、確かにショックだ。俺も信じられない。けど…なぜここまで追い詰められている?過去にあんなにあっけらかんとしていたあいつがここまで壊れる理由は何か?頭をフル回転させたが答えは一切出てこない。何があろうとこんなことにはならないはずだ。じゃあこいつはなんでこうなった…?

 

そして俺はできれば考え難い答えを1つだけ見つけた。ただ、確証はない。もしその答えが合っているのならばすぐにでも行動しなければ俺もガビも危ない。けど、確かめて間違ってしまえば取り返しはつかなくなる。リスクはでかい。手が震えるし、怖い。でもこれで違ったとしても合っていたとしても俺の行動はきっと正しいだろう。多分。この行動を起こしても後悔はしないと思う。

 

俺はナイフを受け取るとしばらくじっとそのナイフを見た。そのナイフはガビがずっと大切にしていたものだった。ガビを見ると手の震えはもう止まっていた。でもまだ涙を流していた。

 

「早く…早く刺してよ。殺してよ、イブキっ…!」

 

心が苦しくなる。こいつの悲痛な声に俺まで心を痛めてしまう。可愛そうで仕方がないしどうにか心を癒やしてやりたい。まだこいつには生きてほしい。そう思いながらナイフを見つめていた。そして深呼吸して呟いた。

 

「…俺がお前を刺せるわけねぇだろうがバカ」

 

そう言うとガビは急にガバッと起き上がり俺を思いっきり殴った。一瞬ビビった。俺は何度もこいつに手を出したけどこいつからは1度も暴力されたことがなかったから。あいつは泣きじゃくりながら俺に向かって罵声を浴びせた。

 

「何も知らないくせにっ!早く…早くしろよ!殺せよっ!」

 

ずっとそう言われて殴り続けられて俺はとうとうキレた。ガビの行き過ぎた態度に腹を立てた俺はとうとうガビの手を掴み床へ押し倒した。そして迷わず、俺はガビの胸にナイフを刺した。

 

「あぁァァッ!」

 

あいつは顔をしかめて苦しみ始めた。でも俺は何度も刺した。ずっと無心で、とにかく刺した。意識は途切れさせないようにずっと痛みを味合わせる為にゆっくりゆっくり刺した。無心と言ったけど正直嘘だ。怒りのほうが圧倒的にあったかもしれない。このガビに対しては怒りしか感じないから。本当に、過去1番キレた。

 

「ガバッ…ごめっ、ごめんなさ…あぁぁあっ!」

 

泣いている。痛みに苦しんでいる。でもこいつはもう許さない。殺してやる、ずっと痛みを感じさせながら悶苦しんで死ねばいい。死ね、死ね、死ねっ。そう思いながら刺した。ずっと。俺が心配してやってんのに、何なんだよこの態度。俺だって、ケンジョウがいなくて辛いのに、なんでこいつばっかり悲劇のヒロインやってんだよ。俺だってほんとは泣きたいし…逃げたいし…やめてやりたいよ、こんな仕事!なのにお前ばっかりなんなんだよっ!死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ! 

 

「あああああああああああああああっ!」

 

 

 

 

 

 

数分後、正気に戻った俺は呆然とした。あいつはとうとう意識を失いかけていた。きれいな顔も、髪も、俺が大好きだったガビはもうグチャグチャだった。ただまだ意識はあった。

 

「イブ…キ…なんでっ…ころし…たの…?あんたな…ら…殺さないって…しんじ…てたのにっ…あんた…しかいな…いない…って言ったの…にっ…!」

 

見ていられなかった。ヤバい、もう取り返しがつかなくなったって後悔していた。俺は自分自身で1番大切な人を殺してしまった。なんでだろう、なんであそこでキレたんだろう…別に良かったじゃないか。あいつも苦労してたって認めればよかっただけの話だったのにっ…ああ、ゴメンな、ガビ。あぁ…俺はなんてことしてしまったんだッ…

 

ガビのもとへ駆け寄ると俺はあいつの体を抱きかかえた。ヤバい、バカだ俺。なんで、どうして、なにかに取り憑かれたかのように動いてしまった。あいつはもう俺しかいないって…俺の事信頼してくれてたのに…どうしよう、これじゃあ俺もひとりになるしこいつはどんな思いで死ぬんだろう。もう責任取れないっ…!

 

「ガビっ…ごめん、ゴメンなぁ…俺、馬鹿だよなぁっ…!」

 

「イブキ…死のうよっ…こんな…せか…い、いたって…無駄だよ…!あんた…は地獄へ落ちて…しまえばいいん…だ、この人殺しっ…!!!!」

 

「あぁ、死んでやるさ…俺もこのあと一緒に死んでやるさ。俺は間違ってた。答えは違ってたんだ…いいよ、死んでやるよ、ゴメンなぁ…ガビぃ…っ」

 

俺は涙を流してナイフを自分の首元へ当てた。そして力を入れる。ガビに睨みつけられたまま、俺は覚悟を決めた。そして次の瞬間、俺はとうとう命を経った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『っていうシナリオがお前の望んでたものなんだろ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ…なんで…イブキっ…?あんた、ほんとに…イカれてるのっ?」

 

ナイフを捨てた俺はとうとうあいつの心臓にナイフを刺した。けど、さっきまで流していた涙は止めていつもの俺に戻っていた。いや、いつもの俺ではないか。さっきとはまた違う怒りを滲ませた俺、か。

 

「残念だったなぁ、怪人さんよぉ。最初からバレバレだぜ、お前の演技はなぁ…」

 

そう言うとガビは心配するような態度を取り始めた。つぶりかけていた目を薄っすらと開けて弱弱しく俺に手を伸ばした。そしてこう呟いた。

 

「と…とうとうっ…狂った…?」

 

「狂った…?ックククッ…アッハハハハハッ!」

 

俺は堪えていた笑いをとうとう爆発させ大笑いした。自分でもおかしいんじゃないかってぐらい甲高い声で。声が裏返ったかもしれない。それぐらい、今のあいつはみすぼらしい演技をしていたと思う。笑いが止まらないし、見下した。そして伸ばされた手をはねのけて笑うのをやめた。

 

「っハハッ…アホだなぁ、お前。」

 

冷静になった俺はハァ…とため息をつくと一気に殺意を湧き起こした。目を見開いてあいつを睨み倒す。怒りを抑えることができないからかすぐさま俺は手を出した。あいつの首元を掴むと俺は低い声でこう言った。

 

「まんまと騙されると思ったか?残念、俺を簡単にハメようなんて思わないことだな。あれだろ?ガビを殺してしまったっていう罪悪感に襲われて俺が自殺するっていうシナリオだったんだろ?あのまま俺が自殺してたらお前はバッチリ俺を殺したことになる。それともあれか?俺に刺せよって言ってたときに躊躇して油断してる俺を殺そうとしてたか?お見通しだね。芝居に付き合ってた俺もなかなか役者だな。あぁ、笑えるわ」

 

「ちょ…どゆこ、と…?」

 

「腐った芝居はやめろ。俺とガビが一体何年一緒にいたかわかってんのか?いつものガビと違いすぎてあからさまに別人にしか見えねーよ。大体さっき、お前は何も知らないくせにって言ったよなぁ?忘れないぜその言葉。そりゃ俺はガビじゃないからあいつの気持ちはわかんねーわ。でもなぁ…本当に何も知らないただの怪人に、あいつの何がわかるんだよ。もしあいつの気持ちを分かり切ってんなら、少なくとも俺を殴り飛ばしたりいきなりあんなにネガティブにはならないね。」

 

ムカついていた。とにかくはやく消えてほしかった。どんどん首元に力を入れていく。ゆっくりと、ガビにどんどん力を入れた。そろそろ絶命するはずだ。早く死んでくれ、偽物。俺のガビを汚すな。俺の中でしかわからないガビをまるでわかりきったかのように演じるのはやめろ。お前に、お前に何がわかる。あいつの努力も、苦労も、苦しみも、痛みも、偽物にはわからないだろう?なら初めからガビを使うな。

 

「お前らの目的は知らねぇさ。何考えてんのかもわからない。でもな…お前らの目的に俺のファミリーを…ケンジョウを、ガビを利用したことは絶対に許さない。黒幕の見当はもうついてるから安心しな。とにかく、ガビをわかりきったかのような口ぶりで何も知らないお前がガビを演じたことは絶対に許さねぇ。今ここで死ね。」

 

そう言うと俺は一気に力を込めた。

 

ただ死ぬ間際、あいつはふと小さい頃にしていた恐怖に怯える顔をした。怖くて恐怖に怯える小さかった頃のガビの顔を。弱くて無力なときのガビの顔を。そして、大きくなった今でも辛いときに見せるその顔を。死ぬ間際に、ガビはそんな顔をした。それを見たときに一瞬、俺は迷った。一瞬俺が本当にガビを殺しているような感覚になった。でもその迷いを振り切るように俺はとうとうガビの首を握りしめ、潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこであんな顔、普通しねぇだろ。あんな顔されたら誰でも躊躇するに決まってるだろ…一瞬本物かと思っちまったわ。にしてもまぁ、くだらねえ偽物だな。全く…」

 

へんな形の怪人は絶命してとうとうガビの顔から本来の顔に戻っている。きっとこの怪人はガビに化けて俺を殺そうとした裏切り者からの刺客なのだろう。バカバカしい。まぁでも、この状況だとガビは生きてるか死んでるかわかんねぇなぁ…ケンジョウはどうなのかわかんねーけどワンチャン俺と同じ状況のはずだよな、ガビは。だとしたら…裏切り者たちは一気に日本のファミリーの権力を潰しにかかってんのか。何考えてんだか…

 

汚れた服からいつもの白いスーツに着替える。きっと向かうべきところはアメリカだ。黒幕は大体検討がついてると言ったがもう確信した。黒幕は絶対にアメリカのファミリーの誰か。それはおそらく、俺の親父だ。親父が何考えてんのかは知らねぇ。でも、家の大切な家族を殺したこと、傷つけたことは絶対に許さん。ひょいひょいっと窓から飛び降りて電話を取り出す。ボタンを押すとすぐにここへ向かうとの連絡が入った。ファミリーの中にしか味方がいなかったら今回みたいになったとき頼れる人がいなくなる。でも俺みたいに人脈が広いとこういうときにも得をする。

 

ふと俺は思いたちガビのところへも電話をする。興味本位だった。かかればラッキーかなーと思って電話したから対して期待もしてなかったし正直出るとは思ってなかった。案の定、携帯からはいつまで経っても呼出音が続くばかり。まぁかかるわけねーか…しょうがない。と諦めて俺は電話を切ろうとした。その瞬間、繋がった。俺は安堵のため息を漏らしてガビに向かって話そうとした。…が、実際電話からした声は今1番殺したい相手だった。

 

「まさか生き残るとはな。さすが俺の息子…か。褒めてやる、イブキ」

 

そう、憎んでも憎みきれない男で俺の実の父親、マサオノの声だった。何年ぶり…それぐらい話していなかった。ケンジョウとはちょくちょく話してたらしいけど…ちょくちょくってほどでもないか、たまーに話してたらしいけど。俺は本当に久しぶりに声を聞いた。けど俺はその声を聞いただけで怒りに震えた。こいつ、何ゆうゆうとした態度を撮ってやがる。ファミリーを殺したのになんてそんな態度でいられるんだ。そんな思いを抱いた。だが俺もクールに装っておきたかった。余裕がないと相手に笑われるからね。スゥと息を吸って平常心に戻った。そして言った。

 

「散々日本で暴れまくりやがって…何が目的でケンジョウを殺した?ガビはどこにやった?」

 

親父は少し間を開けてから大きなため息を付き、そしてあざ笑うような口ぶりで俺に話しかけてきた。

 

「簡単に言うわけないだろう。もしここで言う奴がいたらわざわざ日本まで行ってこんな計画やらんわ。まぁでも俺も鬼ではない。計画については言わないが会いたいであろうこいつの声ぐらい聞かせてやる」

 

親父は少し電話から顔を話しておい、あれをもってこい!と叫んだ。

 

あれ?あれとはなんだ?会いたい?てことはまさかっ…そう思った時に俺の耳にあいつの声が届いた。だが、その声を聞いて俺は驚愕した。

 

「イブキっ…助けて、」

 

弱々しくてか細い声。本物のガビの声が、電話の奥から聞こえた。けどいつもの声じゃない。こいつは明らかに弱っている。なんかけっこうな勢いで疲れているような喋り方。てか息切れてるし相当なにかされてるらしい。暴力か、脅されてるのか、わからない。本当に下手したら死にそうな声だった。

 

けど意思表示できてる。ちゃんと、助けてって言えてる。それならば今俺はすぐにでもアメリカに行かなければならないなぁ…と思う。もちろん親父を殺すため、アメリカのファミリーを根絶やしにすることが目的だけどコイツをしっかり保護しなきゃ死んじまう。きっと早く助けなきゃあいつの体力持たねぇと思う。それに…残っているのは俺もガビだけだ。あいつ以外には頼れる相手もいねぇ。それにあいつも俺しかいなくなってきっと怖いはずだ。

 

「おい、なにされた?」

 

「色々だよ…声でわかるでしょ?」

 

「いや顔見えねーし」

 

…いや冗談で言ったつもりだった。けどあいつは本気でこの言葉を受け取ったらしくて体力がないはずなのにツッコミを入れてきた。

 

「あのさ…この状況で、冗談…言ってる場合じゃないっ…でしょ」 

 

「いや、ごめん。まさかそんな命からがらツッコまれるとは思ってなかった。ま、無事っぽいな。」

 

「よくこの声聞いて…無事って言葉が出て…きたね?」

 

…命からがらコントをするなんて、思っても見なかった。ま、とりあえずすることは決まった。あいつをこれ以上待たせるもんか。決心すると俺は

 

「クソ親父に伝えな。明日そこに行くってよ。首洗って待っとけってな。」

 

と、伝えた。そう言うと俺はすぐにプツンと電話を切った。一瞬、もっと声聞いときゃよかったなぁって思ったけどもとりあえずあいつがいきてることがわかったから万々歳だ。あとはしくじらなければこっちのもん。俺はやるぞ、あいつを助けるんだ。あいつと一緒に生きるんだ。その言葉を、心に刻んだ。

 

上空からゴォォォォォ…と大きな音がする。町中に現れた大きなヘリ。そしてガラガラとハシゴが降りてきた。俺はそれをのぼり、そしてヘリに乗り込んだ。ヘリの中には俺がここまで来るように頼んでおいた男2人が乗っていた。ハシゴを片付けるタバコ臭くて大柄の男、ジン。運転しているメガネをかけたいかにも根暗でめんどくさそうなカイト。小さな頃から見てきた二人組だ。ジンはよっこいせとヘリのなかのソファに座った。そして俺を見るなり見下すような声で

 

「坊っちゃんもとうとうお怒りかい?」

 

と言ってきた。ジンはタバコを俺に差し出している。俺はできるだけ相手をいらつかせないような作り笑顔をしてそのタバコを受け取る。そして吸わせてもらった。今までの気持ちをすべて吐き出すように煙を大きく外へ出す。そして、ゆっくりと言った。

 

「あぁ、さすがにこれ以上黙っておけねぇわ。だからちょいと手伝ってよ…狂人さん」

 

上目遣いで彼の瞳を覗き込む。ジンは俺の言葉を聞くなり驚いた目をした。そして次の瞬間、そのでかい体を揺らしてガハハっと大声で笑い出した。

 

「何かおかしいこと言ったかい、ジン兄ちゃん」

 

俺が問うとあいつは笑いながらこう答えた。

 

「いやぁ…見ないうちに坊っちゃんもでかくなったもんだと思ってなァ!そうだろ、カイト!こいつ、こんなにでっかくなりやがったぜぇ!?態度も言葉もなぁ!あのちっちぇえころのガキンチョ顔とは大違いだ!肝が座ってやがるぜぇ!!」

 

あまりの大声にヘリがさらに揺れを増してる気がしなくもない。ギンギンと声が響いて耳が痛くなる。そして運転席からは迷惑そうに

 

「はいはいそうですね。うるさいから黙っててくださいよジンくん…」

 

というめんどくさそうな声が聞こえた。だるそうな声とともに運転手のカイトは大声に負けないため息を何度もついている。そして今日1番のため息を吐いたあと、それ続けて愚痴り始めた。

 

「大体イブキ君もよくこんなめんどくさいことやるねぇ…僕ならこんなことしないよ。ほんと、みすみす命捨てに行くようなもんなのに…はぁ、ほんとにでかくなりすぎたよ。てか、タバコ臭いからやめてくんない?俺受動喫煙で肺癌とかなりたくないし」

 

と言う声まで聞こえた。俺は苦笑しながら

 

「ぼやきが聞こえてるぜカイトさん、悪かったって!無茶した自覚はあるから!タバコもやめるって!」

 

と答えておいた。ジンさんも一通り笑い終えてふぅと一息ついている。見た感じ、頼りなさそう?な人たちだ。でも、彼ら二人を俺は頼っている。こう見えて昔はファミリーのトップに君臨するような殺し屋だったからだ。

 

「まぁ坊っちゃんの頼みなら仕方ねぇ…おい暴れるぞ、カイトぉ!!」

 

「だから黙ってください、ジンさん。…ま、やるだけやりますよ。はぁ…」

 

このふたりも親父と同じ類の人を殺しなれてる人間。ただこいつらは、訳ありの殺し屋だった。ケンジョウのライバルであり、ケンジョウと俺の育ての親。それがこの2人だ。ただ、こいつらは組織を抜けざるを得ない大失態を犯した為に今は一線を退いている。でも、実力は確か。俺はふたりとともに、俺は親父のいるアメリカの本部へ向かった。

 

もう、空は晴れ虹がかかっていた。このまま、早く仕事を終わらせたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




新キャラ

ジン

ケンジョウの育ての親で元殺し屋。うるさい。麻薬なしでは生きられない薬物中毒者。野蛮な人間で殺すためならば手段は選ばない。



カイト

イブキの育ての親。何事もめんどくさがる。暗器使いで極力動かずに人を殺している。ジンのうるさい言動に常に苛ついている。


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揺れ動く精神〜崩壊編③〜

病みまくりの回です。今回はガビ視点で話が進みまーす。


暗い。暗くて何も見えないビルの中だった。血の生臭い匂いはだんだんと腐敗臭に変わっていくのだろう。だんだんと頭痛がするような臭い匂いに変わってきている。目を瞑っても眠れない様な劣悪な部屋の中に1人、座っていた。この部屋の電気は壊れ、階段の下にある部屋からの光がぼんやりと見えるか見えないかぐらいの暗闇だった。そして静寂が襲う。

 

けど誰かが近づいてきていることはなんとなくわかる。足音、殺気、声。意識ははっきりしていないけどそれでも誰かがこのガラ空きのビルに潜入したことはわかる。あぁ、わたしと殺されるのかなぁ…と思った。ずっと抱き抱えていたケンジョウの腕は、もう冷たくなっていた。

 

ヒーロー、殺し屋、そしてただのわたし。この3つの思いが頭の中をぐるぐる回っていた。あぁ、どうしようか。このまま生きても苦しいだけじゃないか。もう、このまま死んでもいいんじゃないかな?だって、もうわたし疲れたんだもん。よく頑張ってたし、これ以上辛い思いしたくないよ。だっめそうでしょう、ケンジョウ?あなたという1人の人間を亡くしただけで私はこんなにも辛くなるんだよ。だからもう、死んでも大丈夫じゃない?

 

 

 

『そんなわけないでしょ』

 

 

 

心の中ではそう言っているかもしれないけど、思考は完全に負の感情を流れさせようとしていた。だめだ、マイナス思考。止まれマイナス。そう思っていても体はだるくて動かない。もうダメだ。私はここで終わるのかもしれない。このまま暗い感情に押しつぶされて廃人になって気づいたら殺されてるかもね。…まぁいいか。ケンジョウの後を追うことができるんだから。天国には行けないかもしれないけど楽にはなれると思う。ならまぁいいか。そう思った。

 

 

 

爆音。

 

 

 

壁の爆発が起きて瓦礫が飛んできた。避けれなくて顔面に傷ができて頬から出血した。そしてそれに続いて銃の音もした。それも、腕に当たって痛かった。けど意識がぼーっとしていて痛みがおぼろげにしか伝わらない。でも、これだけはわかる。急に大柄の男が3人入ってきた。会話は英語だったから訳すのがめんどくさくて思考をストップさせた。ただ、こいつらに殺されるのは嫌だなぁ…と思う。なんか嫌。殺されるなら…痛みを感じずにスパッと死にたい。けどきっと、こいつらは簡単には殺してくれなさそうだ。脳筋って言葉が似合いそう。殴り殺してきたり、わざとピストルで苦しむようなところを打ってきたり。魔眼で見て見るとそういうことを過去にしているらしい。じゃあ私も同じ運命か。めんどくさい、どうしようか…どうしよう。そう思って私はナイフを構えた。

 

 

 

 

『そう思って私はナイフを構えた』

 

 

 

…ん?なんで私はナイフを構えたんだ?

 

反射的に体が動いたとしか言いようがない。なんか自然に体が動いたんだ。なぜか。さっきまで重くて仕方がなかった体はすーっと動いた。深海王のときの神様みたいなおじさんの時みたいに不自然に無理やり動かされてる感覚はない。本当に自分が動きたくて動いた感じだった。でもなんで、なんで動いたの?抗わなければ死ねるのに。なんで他人の意思じゃなく自分の意思で動いたの?ねぇ、なんでだよ。教えてよ、私。

 

腕の流血が酷くなってきてだんだんと意識がハッキリとしてきた。ヤバい、痛い。このままだと何もできなくなる。いや、何を言ってるんだ。それでいいんでしょ?死にたいんでしょ?ならこのまま死ねばいいんだ。だって抵抗したところで、こいつらに勝ったところで、これからなにをしたって…なにをしたって…

 

 

 

「なにをしたってケンジョウは帰ってこないんだよ、バカ。」

 

 

 

頬に涙が流れた。立つ足も震えてた。少し、嗚咽を漏らして泣いてしまう。昨日涙が枯れるまで泣いたはずなのにまだ私の目からは溢れるものがあった。あぁ泣き虫な私。もう我慢する必要ないじゃん。こんなに苦しい思いをしてまで生きる意味はどこあるんだよ。もう、生きる意味なんてないでしょう?

 

男3人は私を見て何か言っていたし、少し笑っていた。それがすごく気に入らなかった。なんで笑うんだよ。私がこんなに苦しんでいるのにお前らはなぜ笑う。歯を食いしばり、体に力を込める。正直、痛みが限界まで達していたけどヤケクソで立ち上がった。

 

とりあえず確実にやれるように間合いを詰める。そして行けるときに攻撃を仕掛ける。その繰り返しだった。死にたいはずなのに体は動く。いや、おかしいでしょ。なんで頑張るの、私の体。ケンジョウもいなくてイブキもアメリカにいる。誰もいない。そんな状況で何で私は生きようとするんだ。何をしたところでもう頑張る意味はない。意欲だってない。なら止まって。なんで死に抗う?このまま死ねばすべてが楽になるじゃないか。死ぬことがそんなに怖いの?大丈夫だよ。いずれ誰だって死ぬんだし。それよりも誰にも縛られず何も悩まされることもなく永遠に眠っとくほうが楽だと思うけどね?ほら止まれよ。ねぇ、止まってよ。何で生きるんだよ、ねぇ?そこまでして戦う理由はなんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『んなもん自分が一番わかってるでしょ、私?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐさり」

 

 

流れる血と男たちの叫び声。それを見ながら私は1人、笑っていた。…あぁ、そうだね私。そりゃ簡単だよね。こんなに死にたい死にたいって言ってバカなのかな?死を受け入れるときは常に無気力だ。でも、今の私は?残念、無気力もくそもない。元気なガビちゃんだ。めっちゃ動いてるし。なら何かって?この状態は。簡単だよ…きっと生きたくて仕方がないんだ。生きることしか頭にないんだろうね。だってまだ、私に生きたいって意思があるんだもん。ケンジョウが死んだからなんだよ?裏社会なんざいつ死んでもおかしくない。いつも名前の知らない下っぱがゴロゴロ死ぬじゃん。それと一緒だよ。私だって死ぬかもしれない、ケンジョウは死んだ。それだけだよ。こんなこと、ちっさいときから覚悟できてたことだよね。今更何悲しがってんだか。アホらしい。それにイブキがいないからなんだ?んなこと私に関係ないね。あいつがいなくたって別に平気だもん。なんならいなくなってくれてざまあみろって思う。神様から天罰が落ちたんでしょ、きっとね。…いやまぁいてくれたらそれはそれで嬉しいけど。まぁひとりでもなんとかなるでしょ。きっとね。

 

死体を蹴飛ばして唾を吐く。ボロボロになったビルを見て私はため息をついた。大丈夫でしょ。きっと私ならひとりだって上手くやれるさ。そう思ってビルの外へ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒーロー協会に相談するべきかどうか少し迷った。こんな私情を人に言うのは嫌だしそもそもこのことを大事にして人に言ってしまっていいのかもわからない。まぁ大丈夫かな…?いや、独断で決めたらだめだしここは様子を見たほうがいいのか…な?ひとりでうんうん考えてみたがまぁどの対応が正しいのかわかんないし、とりあえず今の状況で私ができることといえばアメリカの本部へ報告することぐらいだ。アメリカに行けばドンに会えるしなにかと安全かもしれない。かくまってくれたら万々歳だしね。てか大騒ぎになる前に早く撤収しなくちゃね…私はすぐさまアパートに帰って荷物をまとめようと考えた。プライベートジェットを誰かに運転してもらいたいな…なーんて考えてたけど…またおかしい。目眩がしてグラリと景色が揺れる。そういえば手から血が出てるんだった。大量出血か…ならやっぱり今晩はここにいたほうがいいか…な?とりあえず応急処置をして私は影に隠れる。人に見られたら騒ぎになるし、やっぱりここで休もう。そう思った。でも不意に、私の背後から声がした。

 

『そんな面倒なことしなくても大丈夫だろ』

 

 

恐怖

 

 

即座に周りを見渡す。けど、周りには誰もいない。人影もなければ足音も何もない。いきなりだ。背後は壁、横も壁。真上は星空が広がって前は外灯に照らされる道。どこかに誰かが潜んでいる…?いや、疲れたから幻聴が聞こえたのかな?わからない…しかも、あの声はもしや…いや、考えすぎだ。忘れよう。とにかく室内に入ったほうが安全だ。ボロボロになってるかもだけど多分大丈夫。壁を這い上がってビルに逃げよう。そしたら最上階まで上がればいい。セキュリティはまだ安全なはずだし、私やケンジョウ、イブキの部屋は鍵がないと入れないし超固いから他人の侵入は不可能に等しい。逃げるならそこしかない。私はすぐに手を伸ばして壁を登り始めようとした。そしてぐっと力を入れて窓に手をかけた。だが、その刹那。私の腕には一本の細い針のようなものが刺さった。

 

落下

 

地面に叩きつけられて私は意識を失いかけた。けどすぐに意識を戻す。やばい、と焦った。多分これ、毒だ。毒針だ。昔私がよく使ってた毒針だからよくわかる。超速攻で体内に入る猛毒で早く抜かないと短時間でも死に至るはず。私は急いで体を起こして針を抜こうとした。けど落ちたせいで骨が何箇所か折れてる。動こうとしても痛みのせいでうまく手が動かない。そのうえ痺れがもう伝わる。どうやら毒がもう効いてきているらしい。無理に動くとヤバそうだし痛い。でも抜かないと死ぬ。手遅れになってもおかしくない。私はなんとかして右腕に刺さった針を抜いて毒を抜こうとした。が、しかし。残念なことにこれ以上痛みに耐えることができない。体はもう動かない。体の疲労、落下したときの痛み、そしてこの毒針。私はおおよそ検討がついていた。この毒針を刺したのは私が昔から知っている人の誰かがやったのだと。この毒針は私が知っている人しか使わないはずだしこの独特なデザインは昔ドンが優秀な下っぱや幹部に配った非売品のもの。金を使った常人なら手も届かないぐらいの高価な針。これを持つものは知り合い以外は絶対にない。けど、これを使ったやつがどこにいるのかはわからない。けどまぁ、殺そうにも殺せないか。この状態じゃ。ま、それは諦めよう。ただ、このままだと本当に死ぬかもしれない。相手を殺すよりも自分の命を助けることを優先しなきゃ。でも体を無理に動かせば毒は早く回るし何もしなかったらそれはそれでまたゆっくりと毒は広がる。てことは残された選択肢ってあきらめることだけ…か。もうどうにもできない、ゲームオーバー。あぁ、くそ。ようやくメンタル立て直したのにこれかよ。つくづくついてないなぁ、私。

 

ってか、さっきの声。あの声も思い出せない。でも確実にわかる。会ったことある。でもわからない、やつは誰だ。誰だ、聞いたことのあるあの声は。心なしかいつも1番近くにいるはずの男、そばにいてくれる男、信頼している男のような気がする。いや、あいつの声を私が忘れるわけない、絶対。ならきっとあいつの声か。

 

『無理すんなよ、そのまま楽になればいい。ほら、苦しいだろ?早く目を瞑ってしまいなって。死にはしないから大丈夫。ほら、本能に従えよ。』

 

私は知っている、彼の声を。でも、思い出したくない。現実だと思いたくない。信じたくない。あいつではあってほしくない。ねぇ、なんでここにいるの?なんで嘘ついたの?裏切ったの?そう大声で言ってやりたい。けど無理だ、声を出すだけで精一杯だ。毒が完全に回って意識は途切れかけている。でも私は目をうっすらと開けて彼を探した。そして、最後の力を振り絞って私は呟いた。

 

「…なんでいるのさ…イブキ?」

 

私はそこで、力尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失っていた意識が戻ってきた。随分と長い間寝てたらしい、体がだるい。そして私は立っている。いや…立たされている、か。どうやら天井から伸びる鎖に手を繋がれ足には足枷をはめられている。身動きは取れないのか。困ったな、これじゃ逃げられない。てかここどこ?景色はぼやけていて上手くピントが合わない。ただ、目の前に誰かいるってことはわかる。はっきりとは見えないけど確かに人影らしきものが見える。ここがどこかはわからないし不安だ。ってか、何が起きたんだっけ?確かケンジョウが死んでビルで戦って疲れたから外からビルに入って寝ようとして…そこで襲われたんだっけ?でも記憶が曖昧だ。誰にされたかは覚えてないし、正直考えれば考えるほど頭痛がする。とりあえず今の状況を早く理解しないと…

 

「…あれ、意識戻った?意外と早かったな。もうちょい寝てても良かったのに。なんならずーっと寝てくれても良かったのにな」

 

…あぁ、そういえばコイツのせいだったな。私はようやく合いそうな視界のピントをこのクソ野郎に合わせてため息をつく。いつもと同じ、余裕に満ち溢れた表情に吐き気がする。なんだろう、この言葉に表せない感情は。ムカつきもしたけど生きていることを確認できてホッとしている自分もいる。本当に、複雑な気持ちなのだ。ただ素直に笑顔になることもできない。てか、こんな緊迫した状況で笑えるわけないか。それに今はこいつを少し疑いすらしているから。私はそいつをギロリと睨みつけた。私の視界の向こう。なぜかそこには、アメリカにいるはずのイブキがいた。

 

「どういうつもりで私を捕まえたのさ。てか、なんであんたはここにいるの?アメリカ行ったんじゃなかったの?」

 

「いやいや、お前を捕まえたのは日本だけどここは本部だぜ?ベガスの本部。アメリカに行ったなんて嘘に決まってんだろ」

 

なんの悪びれもなく。なんなら私を見下すような笑顔でそいつは言った。おかしい。気でも狂ったかのような態度。なんかいつも以上に心配する。こいつは何を考えてるんだ、とたまに思ったことがあったけど今日この場所でこんな余裕普通見せないだろうと思ってた。てか、普通に疑う、こいつのことを。日本のファミリーを裏切ることは前々から考えていたことなのか?なわけない。魔眼でもそんなこと一切読めなかった。まさか悟られないようにしていた?絶対にないな。第一、今までのこいつなら誰よりもファミリーのことを考えていたと思う。いや、事実ファミリーファーストの考えを彼は持っていた。なのになぜ裏切るようなことをしてしまったのか?私にはわからない。でも今なら読むこともできそうだ。あいつが今何を考えているのか知らないけど、とりあえず私は目に全神経を集中させた。魔眼発動。私は彼の思考を読み解こうとした。

 

…けど読めない。

 

思考がシャットアウトされている。読み取ろうとしても感情も思考も読み取れない。何を目的にここにいるかもわからないし、本当に何を目的としているか微塵も感じれない。ただひとつ、わかることと言えばこいつはいつものイブキじゃない。まるで別人だ。いつものヘラヘラしているイブキじゃなくて本当にただイカれている人間にしか見えない。いや、もしかして今までのイブキは演じていただけの綺麗事で固められていたイブキなのか?こっちが本性?とあいつに対する疑いは止まらない。けど、こんなこと考えてたらきりがないか。でもまぁ、こいつがどんなイブキでも関係ない。聞き出したいことはたくさんあるんだ。とりあえず、私は感情的にならないように深呼吸をしてからこう言った。

 

「…目的は?」

 

「お前の殺害。トップシークレットだったファミリーのスパイについてバレかけたからな。だからそのことについて知ってる奴らだけ殺そうと思ってたんだけどちょうどお前が留守になるからケンジョウだけ殺しとこって思ってたんだよ。だけど他の下っぱが俺に気づいちゃって大事にしたからめんどくさいけど全員殺したよ。ほんと、お前さえいなけりゃみんな生きてたのになぁ?残念だったなぁ」

 

一瞬、思考が止まる。言葉が出ない。何を言って何を聞けばいいのかわからない。けど、私は絞り出すような小さな声で1番聞きたかったことを声に出した。

 

「あんたがケンジョウを殺したの?」

 

苦しくって仕方がなかった。こんなこと聞きたくなかった。でも今のこいつならやりかねない。信じたくないけどこいつがやってもおかしくないんだ。だから恐怖を押しのけて、私はそう聞いた。でも、次の瞬間。イブキはさも当然かのように

 

「え、そうだけど?」

 

と言った。顔色一つ変えず、何を今更言ってんの?と。

 

怒り

 

その感情が私の心を埋め尽くした。けど、その一方で絶望もした。なんで裏切るの?なんで隠してたの?と。悔しかったし気付くことのできなかった自分の弱さ、疑えなかった弱さにも怒りが湧いた。何より1番辛かったのは、自分の味方がいなくなったことだ。もう、誰も信じれない。これ以上頼れる人はいなくなった。そう考えるのが怖くて辛くて仕方がなかった。震える体から涙も自然と溢れる。イブキという1番信頼していた奴も黒なのだ。もう、この感情の置き場すらなくなった。

 

「そんな顔すんなって。ケンジョウが死んだだけだろ?お前、昔ひとりだけ仲のいい下っぱいたけど今はいないはずだしお前は生きてんだからラッキーだと思えよ。死んでたかもしれねぇのにさ。」

 

あいつはもう、敵だ。そう自分の中で言い聞かせる。こいつは悪魔だ。善人ぶって味方という仮面をつけていた最悪の敵。こいつはもう、生かしておけない。そう思うと手と足にはまっていた足枷もフルフルと震え始めた。ずっと寝ていたおかげで体力は万全ではないが少し動ける程度には回復していた。もしかしたら手足の拘束は自分の力でも何とかなるかもしれない。力を込めてどうにか外そうとする。イブキは後ろを向いていたからこのことはバレていない。ごめんね、ケンジョウ。ごめんね、みんな。私のせいでみんなが死んじゃった。本当にごめん。私今からこいつを殺したらすぐにあの世にいくからね。心の中でそうつぶやくと私は覚悟を決めた。

 

でも、その後ろ姿から聞こえた声に私はとうとう堪忍袋の緒が切れた。

 

「お前はこれからも道具としえ使えるからな。アメリカの方でじっくり使わせてもらうぜ。ケンジョウみたいに使用期限が切れたら同じようにするけどな。ま、せいぜい頑張って動けよ」

 

 

 

 

プツン

 

 

 

 

人は怒りが最高に達したときに記憶がなくなるほどに狂うって昔聞いたことがある。けどそんなこと信じたことなかった。話を盛ってるだけだろうと思っていた。まぁ怒鳴ることとかはあるけど記憶が飛ぶことなんてあるわけない、と。

 

でも今日この瞬間。私は記憶が飛ぶほどに怒り狂った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血まみれのイブキ。

 

満身創痍の私。

 

震える拳。

 

流れる血。

 

倒れる私。

 

逃げるイブキ。

 

這いつくばった私。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プツリ。




えと、少し解説しますね。

イブキとガビに共通して行われたのはある怪人による精神攻撃ですね。藁人形に似ている怪人で誰にでも化けることができ2つの人形はそれぞれイブキとガビに化けました。災害レベルは鬼です。 

イブキはそれを乗り越えたけど残念ながらガビは偽物のイブキの精神攻撃に対して平常心になれずボロボロの体で捨て身の攻撃をしたけど残念ながら今意識を失いました。

次の回はガビが目覚めるところから始まります。 

けどテスト期間なんで。勉強するんで。そこは勘弁してくだされ。


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抵抗〜崩壊編④〜

すごい、頭の中ではストーリー構成ばっちりなのにかけない( ´∀` )


最上の思考は孤独のうちになされ、最低の思考は混乱のうちになされる。

 

 トーマスエジソン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は死ぬときに走馬灯というものを見るらしい。今まで生きていたときの情景や思い出が一気にフラッシュバックして時が流れるのがものすごくゆっくりになっていく。そして抗うこともできず、死ぬ。らしい。もしこの理論が正しいのならば、私はまだ生きることができる。この状況、思い出も情景もクソもない。ただ、汚い部屋の中にゴロンと転がっているだけだ。死ぬときのロマンチックな感じ?みたいなのは一切ない。でも深海王の時に1回死んだけどその時には走馬灯見なかったな〜。てことは走馬灯自体ただのガセネタなのかも…ネタではないか。ま、どうでもいいや。あぁ、体が痛い。私、なんかしてたっけ?そういえばさっきイブキがなんか言っててそれに私がブチ切れたんだっけ。ブチ切れる瞬間までは記憶があるし。そうだったわ。きっとその後暴れたんだろうなぁ…

 

痛みに耐えて私は立ちあがる。すると部屋の隅にイブキが座り込んでいた。息が浅い。このままほっとけば死ぬだろう。わ、血だらけ。私そんなに乱暴しちゃったんだ。あちゃー、やっちゃった。さすがにかわいそうだな、イブキ。と、思った。けど別に悲しくもなんとも思わなかった。だけども一応心の中で謝っておいた。

 

私はしばらくイブキを見つめた。

 

正直イブキが日本のファミリーを全滅させたことはまだ信じられない。命に対してそんなに軽い思いで過ごしていたわけではないはずだしアンダーボスとしてファミリーをまとめ上げてきた彼ならばこんなことをするわけがないと思っている。いや、断言する。イブキはこんなこと絶対しない。だから困惑した。なんでこんなことするのか。なんでそんなに悲しいこと言うのか。こんなのイブキじゃないってずーっと頭の中で否定し続けていた。なのに彼は私のこともケンジョウのこともファミリーのこともまるで物のような扱いでいたらしい。最後にはケンジョウが使用期限切れとも言った。そりゃキレるだろ。暴れても仕方ないでしょ。って自己解決させといた。まぁとりあえず思うことは、こいつクズだなって思うことだ。ほんとに死ねよってと思う。いや、冗談抜きでこんなやつ死んでもいいと思う。だからこのまま死んでほしい。

 

イブキのことをこんなに嫌いになったのは人生初かもしれない。かもじゃない、初めてだ。今までなんやかんやでこいつのことを心から憎んだことはなかった。無茶な仕事押し付けられても、誕プレに高級なスーツ買わされたことも、機嫌が悪いときに八つ当たりされても、欲求を耐えられないのかストレス発散なのか気分なのかそれは知らないけど当たり前のようにセックスの相手をさせられたときも。全部嫌だったけど嫌いにはならなかった。だって、イブキがいい人だって思ってたから。何を言われても苛ついただけで心の底から憎むこともなかった。けど、今のこいつはもう違う。こいつは殺すべき人間だなって確信した。

 

私はナイフを持ってイブキの前に立つ。かがんで、心臓のところにピタリとナイフを置いた。このままあと少しだけ力を入れたらナイフは貫通するだろう。私は息を吐いて心を落ち着ける。大丈夫、たった一瞬だから。一瞬グサって刺すだけ。だから私、頑張って動いてよ。心の中に暗示し続ける。大丈夫、大丈夫大丈夫。深呼吸を何度も続けてそう訴える。そして目を瞑る。グッと拳に力を入れてナイフを握りしめる。

 

でも、訴えるたびに手の震えは止まらなくなる。カタカタと肩も揺れて力が抜けていく。力を入れようとすると吐き気もする。ヤバい、怖くて仕方がない。孤独になることが。このままだともう誰も私を助けてくれない。ひとりじゃ生きていけない。どうしよう。さっきまでのところで充分覚悟はできているつもりだった。けど全然、覚悟なんかできてなかった。やっぱり、私はこいつを失うことを心のどこかで恐れてしまう。だからこいつは殺せない。ため息をついてナイフを落とす。ゆっくりと天井を見上げて私もまだまだ青いなぁ。と呟く。私の心の迷いもきっとこの心の甘さからできるんだと思う。私情を挟むのはいけないことだけどどうしても私にはブレーキがかかる。だめだな。変えなきゃ。そう思ってもなかなか変えられない私に腹が立つ。これがケンジョウなら躊躇なんかしないだろうになぁ…そう思った。

 

…ふと視線を落とす。こいつは一体何を考えているのか。昔から信頼していたから余計不安だ。今まで一度も不信感を出さなかったし突然こんなこと言われるのも怖い。なんで裏切るようなことをいきなり態度に出し始めたのか。本当に疑問だった。そして私は憐れむ目で彼を見つめる。

 

…あれ?

 

イブキのことで気になることができた。あいつの左腕。服に隠れていてよく見えないが手のひらだけ見たらなぜかキレイにさっきまでの傷が完治している。それ以外のところはすべてボロボロなのに左腕だけ。…いつからだ?少なくともさっきまではケガしてたはずだし。てか、手の位置も地味にズレてる。落としたナイフの30センチぐらい手前にあった手が今はもうナイフのすぐそこまで迫っている。気づけなかった。でもこうなってるってことはこいつまさか…意識はとうに戻っているのか?だとしたら考えられることは2つできる。1つはまぁイブキが裏切り者だったパターン。でももう1つなら…相当焦る。けどそっちだったら安心もする。確証ないけど確認するための方法は1つだ。怖いけどするしかない。生きるために。

 

私は吐き気と罪悪感を押しのけてもう一度ナイフを拾った。そして1度だけ、1度だけあの日のことを思い出し頭に暗示をかける。

 

 

あいつの本当の傷は?悪夢の傷はどこへいった?

 

 

そして思いっきり心臓を刺した。その瞬間、イブキは目をカッと見開いて奇声を上げ始めた。やっぱり、気を失っていたふりをしてたんだ。耳をつんざく声が部屋に響く。そして手が溶け始めているのも見える。あぁやはり、こいつはイブキじゃなかった。ただの偽物だった。不安で仕方が無かった心が楽になる。良かった、コイツはただの怪人なんだ。とりあえずたくさん刺した。死ぬまで刺した。そうするとイブキだったはずの謎の生き物はぐちゃぐちゃと表情を歪ませて地面へ倒れた。そして足からだんだん元の姿に戻っていった。あぁ、安心した。私は全身の力が抜けて床へ座り込む。

 

私は合っていた。イブキはこんなやつじゃないってずーっと思ってたから結局最後まで躊躇していた。だから偽物じゃない?って疑って良かった。このまま気づかなかったら死ぬところだった…てか偽物で本当に良かった。本当のイブキもどこかにいるんだ。ファミリーを殺したのかどうかまではわかんないけどとりあえず良かった。私が殺したのはただの他人だ。その事実に安堵のため息をついた。

 

ただこのことによって新たな問題が浮上してくる。ちょっと待った、私はなんで本部に?あいつが偽物なのは理解したけど誰に仕向けられたんだ?あれが単独で行動するとは思えないし…指示されて動いてたんならあれの仲間は近くにいるはず。ベガスって…何年ぶりだ?ベガスの本部ってこんな感じだったっけ?部屋は締め切ってあるから外の様子は確認できないし…とりあえず外出てみるかぁ。ファミリーもうろついてるかもしれなけど味方か敵かわかんないし警戒しなきゃ。

 

ガチャガチャとドアノブをひねっても開かないから仕方なくドアをぶち壊した。その瞬間、すごい悪臭がしてきた。思わず鼻を塞いでしまう。なんで?と思って私は周りを見渡す。危なそうな薬品、ゴミ、ネズミ、死骸。衛生管理が行き届いていない薄暗い廊下にはポツポツと壊れかけた電灯が光っている。汚い廊下をゆっくり歩き出す。ここが本当に本部ならば小さい頃には行ったことのない場所だ。そして危険な場所だとも思う。早くここから去らなければ。どこかにドアがあるはずだからそこからこの廊下を離れたい。なるべく汚れないようにゆっくり進んでいく。ぴちゃりと泥水と血が混ざり合う音がする。何をどうやったらこんなに汚くなってしまうのかが理解できないけど早く去りたい。気分が悪くなってきた。少し歩調を速めてとにかくドアを探す。電灯は私を急かすかのように光ったり消えたりしている。死体が何個か重なってたり頭がくらくらするようなガスまで吸ってしまったかもしれない。そんなこんなで5分ぐらいしたら私は大きなドアを見つけた。

 

錆びかけたドアには鎖で南京錠がついてある。数字を入れたらこのドアも開くだろう。このファミリーの暗号。私は覚えている。トリプル2、2月22日。この日が初代ドンの命日となっている。だから本部のどんな場所のセキュリティパスワードもすべて0222、なのだ。私はその番号を鮮明に覚えていた。迷わずに0222の番号を南京錠に入れる。思った通りがチャッと音がして鍵はあけられた。急いで鎖を外し錆びかけの大きなドアに手をかける。ギィィ…と音を立てながらゆっくりとドアが開く。でもドアから通じる場所も暗くて静かな場所だった。が、見覚えがある。いろいろな物が散乱している…棚に冷蔵庫に多くの段ボール。昔来たことがあるこの場所は確か倉庫のはずだ。本当に昔、数回出入りしたことがある。あぁ、そういえば一緒に来ていた下っぱが奥にあるドアの向こうには近づいたらだめだよって言ってた気がしなくもない。確かお化けが出てくるんだぞって脅されたんだっけ。まぁ確かに…お化けが出てきそうな廊下だったな。結局何のための廊下なのかはわかんないけど。とりあえず倉庫を出なければ。そしたら多分、本部ビルの10階に出るはずだ。10階より下は娯楽施設とかがあるけど私が行くべきは最上階、ドンの部屋だ。何があったのかを聞き出さなければならない。今のこの状況だったら裏で何かを仕組まれていてもおかしくない。

 

出口であろう扉をガラガラと開けて外に出る。眩しいくて目が開けられない。少し視界が白くなる。何回か瞬きをすると光に慣れ始めて景色も鮮明になる。そしてようやくピントが合ったその次の瞬間、私は体が凍り付いた。視界を広げると私は複数人の男たちに銃口を向けられていることに気づいた。あれ、何でこうなってるんだ?私、どうすればいいんだ?

 

焦りとともに思考を巡らせる。数えるとそこには約40人近くの男たちが私が出てくるのを想定していたかのようにずらりときれいに並んでいる。いや、これは想定してたんだね、確実に。じゃないとこんな人数ここに集まらないでしょ。まぁ並んでいることはいいんだけどこれからどうするかが問題だ。ファミリーの奴らに手を出すのは流石に気が引けてくる。それはこのファミリーたちが私の敵だとしてもだ。敵でも味方でもこいつらはファミリーなんだ、手は出せない。向こうが銃で撃ってこようが何しようがここは私がいるべき場所でいなきゃいけない場所でもある。最悪逃げればいい話。このファミリーには怪我なんかさせない。させてたまるか。どれだけ理不尽なこと言われても何されてもイブキとケンジョウさえ関わってなかったら殺されたって構わない。ただ、ボスとあったときにケンジョウを殺したのがここの思惑であるのならば殺してもいいかもしれない。けど…戦うべきは今じゃない。

 

 

「Hi, Gabi. long time no see」

【やぁ、ガビ。久しぶりだね】

 

男の中からひとり、背の高い白人の男がライフルを構えてこちらへ向かってきた。見覚えがある。そうだ、こいつはドンの側近の男だ。いつも横に立ってた…ジョンソンだ。小さい頃に何回か話したことがある。すごく真面目で良い人でドンに誰よりも忠実だった男だ。ケンジョウよりも真面目な男だったはずだ。けど、こんな形で再開は嬉しくもなんともないな。何をする気だろう、この男。

 

「Hi Johnson. Thank you for welcoming you. So what are you going to do?」

【こんにちは、ジョンソン。お出迎えありがとう。それで、何考えてるんですか?】

 

「Easy, until you follow Masaono's instructions. No other action is taken.」

【簡単、マサオノの指示に従うまでさ。それ以外の行動なんてしない】

 

「Did Don tell you to kill me?」

【ドンは私を殺せと伝えたの?】

 

その次の瞬間、ジョンソンの合図とともに一斉に弾丸が飛び出してきた。一瞬でやばいなって思った。反応できた私は足を踏みしめ、その勢いで空中にジャンプした。大部分は私の心臓を狙っていたからジャンプしたとともにほぼ玉を避けることができた。けどまぁ全員が全員私の心臓を狙っているわけではないから数個の弾丸が命中した。急所は避けられているけど地味に痛い。しかし…これだけ信じてきたファミリーも所詮ドンの言いなりか、アホらしいけど仕方ない。でもさぁ、ドン。なんで私を殺すんだ。私なんか悪いことしたっけ?勝手にヒーロー活動してるぐらいじゃないかな?ケンジョウを殺すのもきっとなんかの理由があるからだよね?でも…なんで?なんでこうなるのさ。何も言わないでやるなんておかしいね。このままじゃファミリーが崩壊しかねないよ?なんで…なんでだよ。

 

「…っクソ。なんで…!」

 

銃で撃たれてもそこまで致命傷には至らない。痛いけど立ってられる。でもそれは頭や心臓を運良く外れてくれたから。次ジョンソンがあのライフルで撃ってきたら確実にヤバい。何を考えてるのか知らないけど次のライフルはなんとかして避けないと死ぬ。…もしかしたら私は今日ここで死ぬかもしれない。いや、ほぼ高確率で死ぬと思う。ドンや側近たちに命を狙われる可能性は大いにある。けどそれは今じゃない。死ぬのは今じゃないんだ。ドンに真実を語ってもらえるまでは死ねない。死ぬもんかよ。何があろうとここでは生き延びる。ファミリーを傷つけずにここを離れてドンのもとへ行く。私が死ぬべき時は、真実をすべて知ってからだ。だから…

 

死ねないよ

 

真空拳の発動と共に、私は最上階へ向かう。50階の大広間に行けばきっとドンがいる。だからそこへ向かうんだ。そこにたどり着けばもうあとはどうなろうが問題ない。いや、問題ないわけではないけど…まぁいいや。とりあえず上に、行かなくちゃ。ライフルをできる限り避けて距離を取る。向かうは50階へ繋がる唯一の場所、5個のエレベーターだ。あそこじゃないといけない。階段は他のファミリーに出会うリスクが高い。緊急停止した時は逃げようがないけどもまぁそうなった時はそうなった時。最短かつ安全にドンのもとへ行けるのは間違いなくエレベーターだ。銃弾が当たろうが何しようが私は走った。無心でとにかく走った。

 

目指すは最上階だ。さぁ、動け。私の体。あと少しでエレベーターだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よっしゃ書きまくったるぜ。あ、ちなみに呪術面白くないですか?


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選択〜崩壊編⑤〜

やべぇこれ本編戻れるかな?と不安になっております皆様いかがお過ごしでしょうか。


エレベーターまであと少し。少しなんだ。だから邪魔しないでよ、みんな。私はただ、ドンと話したいだけなんだよ。ドンに死ねって言われたら諦めるから邪魔しないで。そう願いながら私は走る。銃弾がどれだけかすっただろうか。命中はしてないものの結構ストレスを感じていた。傷つけられないが牙をむくファミリーたち。どう考えてもこちらが不利なのにそれでも容赦しない彼らにイラつき、そして自身も守らなければならない焦りが沸いてしまう。あぁどうしようか。どうもできないか。くそっ、エレベーターこんなに遠かったっけ?もうちょい近かったよな?工事なんかしてないよね?なんでこんなに時間かかるの?

 

「くそっ…なんでかなぁ…」

 

地面が塞がれているから仕方なく壁を走る。銃弾があたらないように身をかがめて思いっきり逃げる。左右2方向からの攻撃は正直辛いが避けられないことはない。全神経を集中させればこれぐらいなんのそのだ。フワリと1回転して地面に着地。それと同時にそれき奥になにか見えてきた。光り輝く廊下の1番奥。とうとうエレベーターが見えてきたのだ。あ、良かった。あそこに行けばドンに会える。そう思うと不意に気が抜ける。気が、抜ける。それは1番してはいけないことだった。

 

 

痛み

 

 

…ヤバい、銃弾が左手に当たった。しかも突然のことで走るスピーが落ちて体の重心もぶれてる。こうなると今まで統一してきたタイミングが全てズレてしまうし相手からしたら大チャンスかもしれない。考えていても仕方がないが銃弾は未だに雨のように放たれる。その銃弾から逃げようと思っても逃げようがない。でもこのまま止まってしまえば更に傷が増える。立て直せ、私。銃弾全部避けるのは無理でもなんとか避ける努力をしたら傷は減る。少しでも前へ行くんだ。がんばれ、私。立つんだ。エレベーターは見えてるだろう。

 

「Don't let it go, shoot! Shoot and kill!」

【逃がすな、撃て!撃ち殺せ!」

 

ジョンソンの声がする。なんであの人はそこまで私を殺すことにこだわるの?ドンに会いたいんだ、それだけなのに。なのになんで殺すんだよ。魔眼を使ってみるが何も読めない。何を考えているんだ、彼は。あの偽物のときも考えは読めなかったけどこいつもわからない。なんで、なんで使えないの?すごく焦って何度も魔眼を発動させる。けどだめだ、何も見えない。その時、バシュッと、私の体を一粒銃弾が貫通する。痛い。倒れたい。けど立ち上がる。何があってもここでは倒れない。絶対、エレベーターへ行くんだ。止まるな、走れ。走るんだ。何があっても。銃弾は止まらない。でも目の前にはもう、エレベーターがあるんだ。ボタンを押せば扉は開く。さぁ急げ。もうちょっとだ。下っぱたちをスルリと避けて流れる血の傷口を押さえて私はとうとうエレベーターまでたどり着いた。よし、もう大丈夫だ。そしてボタンを押そうとする。

 

…いやちょっと待った。押したはいいけどエレベーター来るまでどうすればいい?しかもエレベーター来たとしても絶対後ろの人たち追いつくよね?いやもうジョンソン来てるもん。銃弾ここで避けろなんて袋叩き状態じゃない?え、いやなんだけど。てことはもうまさか…私、もう詰んでる?じゃあなに?ここまで命張って走ってきた意味は何だ?まさか無意味?えぇ…私かわいそうなんだが。だってもう勝ち目ないよね?もうちょい体力があったら抵抗できてたかもしれないけど腐るほど銃弾を撃ち込まれたこの体はこの人数相手に使い物にならないだろう。あぁ、どうしようか。次こそどうにもならない。はぁ…少しぐらい手出しても良かったかもなぁ。別に殺さない程度なら乱暴しても良かった気がしてきた。まぁどれだけ考えても後の祭りか。それに、きっと今からでもできることは何かあるはず。

 

エレベーターが最上階から降りてくる。てことは2、30秒ぐらいしたら降りてくるはずだ。でもそんな時間あれば多分後ろの奴らはここまで来るし私への攻撃なんて容易いもんだ。じゃあどうしようか…どうしようねぇ。でもなぜか私はポケットに違和感を感じた。ん?と思って私はポケットに手を突っ込む。するとあるものを見つけた。え、なんで私こんなもの持ってんだ?と少し疑問に思った。記憶をたどったら昔から確かに護身用にこれ持ってたなぁって少し懐かしくなる。まぁ一切使ったことないけど。とりあえず、この状況からしたらこいつは使える。足止め程度にはなるな。ゴソゴソとそれを取り出して私は叫んだ。

 

「Freeze! Stop shooting! Use this if it works!」

【動くな!撃つのをやめろ!動いたらこれを使う!」

 

それは毒ガス爆弾だった。万が一死にそうになったときに使う護身用の爆弾だ。小さい頃はよく使ってたし気づかないほどに当たり前のように私は持っている。ここ数年使ってないから存在を忘れてた…ナイス爆弾。これを使えばフロア全体にガスが広がり吸った者は5分で死に至る。しかも広がり方が尋常じゃないほど早い。きっとジョンソンはこれを使われてしまったときの想定がすぐにできたのだろう。一瞬で下っぱに銃を打たせるのをやめさせて、前進するのも中止させた。よし、時間稼ぎ完了。あとはエレベーターに乗るのみだ。私はゆっくりと後ろへ進む。その状況で、ジョンソンは口を開いた。

 

「Are you going to run away?」

【お前、逃げるつもりか】

 

私は爆弾を持ったままこう言った。

 

「I won't run away. I'm going to see Don.」

【逃げない。ドンに会いに行きますよ】

 

「Do you want to survive that far? Don ordered you to be killed.」

【そこまでして生き延びたいか。ドンはお前を殺せと命令したんだぞ】

 

「Then I'll show you dead in front of Don.I'm ordered by Don to die. At the end I will commit suicide in front of Don.」

【じゃあドンの前で死にます。私はドンに命令されて死ぬ。最期はドンの前で自害しますよ。】

 

ジリジリとジョンソンが詰寄ろうとする。私は爆弾をジョンソンに向けて突きつける。いつでも投げられる。もう怖くない。ジョンソンが何を考えてるのかは知らないけどもう関係ない。来るなら殺す。それだけだ。そしてようやくエレベーターが到着した。私はエレベーターに背を向けたままうしろへ歩こうとする。扉が開けば最上階まで上がれる。でも、まだ扉は開かない。その隙を狙ったのだろうか。ジョンソンが飛びかかってきた。開けよ、扉。そう思いながら私はとうとう爆弾を投げようと構えた。その時だった。

 

「Stop, Johnson.」

【止まれ、ジョンソン】

 

後ろから低い声が聞こえた。その声がこの場を雰囲気をたった数秒で凍らせた。ジョンソンは一瞬で動きを止めて姿勢を整えた。そして頭を下げる。さっきまでの殺意は一瞬にして消え去りまるでマネキンかのように1ミリも動かない。ジョンソンはファミリーの中でも上層部の方。この男が頭を下げる男なんて数少ない。他のファミリーたちも全員が姿勢を整えてピシッと立っている。あぁまさか自分から来てくれるなんてありがたいな。私はうしろを振り向き同じく頭を下げた。そしてこう言った。

 

「…ご無沙汰しております、ドン。」

 

「あぁ、久しいな。随分とみすぼらしいな。その血はどうした。まさか一方的にやられたか。」

 

表情を1つも変えずぶっきらぼうに言葉をかけるドン、マサオノ。イブキの父親でありファミリーのトップに立つ男。そして私を殺せとジョンソンに命令させたかもしれない男でもある。ドンは命の恩人だ。身寄りのない私を拾ってくれた上にファミリーとして迎え入れてくれた恩人。だからこの人には絶対逆らわない。逆らえない。何があろうと絶対に。死ねと言われたら目の前で死んで見せる。だけど、ジョンソンから聞いた情報だけだったら納得できない。今ここでドンの口から言ってもらえたら死んでやる。

 

「…ドンは、私を殺せとジョンソンに命令しましたか?」

 

「していたらどうする」

 

まるで私を試しているような口調。でも答えは決まっているし答えが間違っていたとしても後悔しないだろう。ドンの問いに対して私は

 

「言われたとおりに死にますよ。銃で撃つなりナイフで刺すなり好きにしてもらって構いません。自分で死ねというのならすぐにでも死んでみせますよ」

 

と即答した。しばらくの沈黙が続く。私はずっと、ドンの目を見ていた。目線をずらすことなくずーっと、見ていた。ドンも私から1度も目をそらさなかった。この時間は体感している時間よりずーっと長く感じていた。何を考えてるのか調べようとしたけどドンも何を考えているのかはわからない。魔眼の威力が落ちているのかな?調子が悪いだけ?もういいか、諦めよう。問いただす方が早いな。いや、問いただせるような立場じゃないし聞けるときに聞こう。

 

「…ガビ」

 

ふいにドンが口を開いた。そして懐からだろうか?銃を取り出して私に渡した。私がそれを受け取ると共にドンが私に言ってきた。

 

「…ジョンソンの隣にいる緑のネクタイの男、わかるか?命令だ、あいつを殺せ。今すぐにな。」

 

私は銃を構えて狙いを定めた。そして、一発で脳天に撃ち込んだ。ためらいもなく逃げもせず撃った。少し、罪悪感があったけどそれはたった少しの気持ちであった。罪悪感に押しつぶされそうな気持ちには全くならなかった。ドンは表情を崩さなかった。そしてまた話しかける。

 

「お前、俺がここまで来るまでにファミリーに傷をつけたか?」

 

私は正直に

 

「いいえ」

 

と答える。するとドンは私にもっと質問をしてきた。

 

「なぜさっきまでファミリーを傷つけなかった?お前は怪我をしているのに。危うく死ぬところだったはずだろう。現にお前は怪我をしている。」

 

「どれだけ私の命を奪おうとしたところで彼らは私達のファミリーですから。ファミリーには1つも傷つけるなんてことできません。」 

 

「ならなぜあの男を殺した?」

 

「あなたの命令ですから。逆らうことなんてしませんよ、私は」

 

「そうか…ジョンソンはお前を殺そうと必死だったんだろう?俺からの命令でお前を殺そうとしたはずなのになぜお前は逃げたんだ?死にたくなかったのか?」

 

「死にたくない…のもまぁ否定はできないですね。けど彼があなたの命令で動いたとしてももしかしたらその命令はただの嘘で私を殺そうとしただけかもしれません。本当にあなたからの命令なのかは確認できませんからね。でも今、目の前で死ねと言われたらすぐに死にますってさっきも言ったはずです。私は何があろうとあなたの命令には従う。命を懸けて。でもジョンソンのあの発言は本当の命令かわからなかった。なのであなたに会おうと逃げたんです。…ドン、わたしは死ぬべき存在ですか?」

 

ようやく、ドンは口を紡いだ。そしてため息をついてジョンソン!とあの男をここへ連れてきた。殺されるかな?と思ったけど覚悟はできていた。しょうがないかぁ、と思ったしドンの命令なら仕方がない。とりあえず、ドンの目を見た。するとジョンソンはすごく神妙な面持ちで私へ語りかけてきた。

 

「Gabi, I will tell you an important story. Listen carefully.」

【ガビ、今から大事な話をする。よく聞け。】

 

ジョンソンは1枚の資料を私に差し出した。その資料を見て私は驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【資料】

ファミリー内の裏切り行為

 

アンダーボスイブキを中心とするドンヘの暗殺計画発覚

[内通者] カポレジーム兼イブキの教育係 ケンジョウ

[内容] 非公開

[対応] 日本のファミリーの処分

     イブキ中心とする計画の関係者の処分及び暗殺

     教育係ケンジョウの処分及び暗殺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

 

 

 

 

自分でもどうすればいいのかわからないし何が正しいのかもわからない。正義とは何か。悪とは何か。もうこれは考えていてもきりがないな。そうも思った。ただ私は自分の正しいと思った方にについていくと決めたんだ。この思いはきっと揺れない。けど、それでもちょっと、苦しかった。

 

ドンに電話を渡されたときに正直何を言えばいいのかわからなかった。どう言えばいいのかもわからなかった。だからとにかく、今の気持ちを言ってしまった。

 

「イブキっ…助けて、」

 

弱音なんて言いたくなかった。こいつだけには。けどこの言葉こそ今1番言うべき言葉だろうなぁって思うから正直に言った。するとあいつは

 

「おい、なにされた?」

 

って真面目に心配してくれた。けどこれ以上弱音なんて言えないなぁって思って私は少し強がってしまった。

 

「色々だよ…声でわかるでしょ?」

 

説明するのもだるかったしこのあとアイツが来たとしていじられることが目に見える。弱みはなるべく少ないほうがいいから私はそう言った。するとあいつは

 

「いや顔見えねーし」

 

って言ってきた。…いやなに、アホなの?バカなの?こいつって思った。バカだしアホだなぁ…こんな状況で冗談言えるの頭おかしいって。言いたいことはたくさんあったけどとりあえず

 

「あのさ…この状況で、冗談…言ってる場合じゃないっ…でしょ」 

 

って言っておいた。

 

「いや、ごめん。まさかそんな命からがらツッコまれるとは思ってなかった。ま、無事っぽいな。」

 

無事じゃねーわ馬鹿野郎。と思った私は

 

「よくこの声聞いて…無事って言葉が出て…きたね?」

 

と答えておいた。本気で頭大丈夫?って心配する。けどまぁ内心、無事で良かったなぁ…って安心もする。いらつくしうざいし死ねば良いのにって思うけど実際死んだら困るし優しいところもあるからホッとした。そしてあいつは

 

「クソ親父に伝えな。明日そこに行くってよ。首洗って待っとけってな。」

 

と言い残して電話を切った。あいつらしいな、カッコつけやがって…と思う。優しいというか頼れるというか…まぁとりあえず明日本部にイブキは来るらしい。安心した。そして一気に力が抜ける。傷が一気に痛みだし、血がダラダラと溢れる。吐血した。それでも私は立とうとした。でもやっぱり力は入らない。私が進むべき道はどこなのか。答えを私は知っている。でもやっぱり…やっぱり…!

 

「…寝ていいぞ」

 

何かを打たれた。睡眠薬だろうか?まぁとりあえず今は何もできることがない。私は本能に抗うことしかできないのだ。あぁ、ケンジョウ。私はこれで良かったのだろうか。私にはもうわからないや。

 

とにかく、明日か。明日が来れば全てがわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フワァ…あれ、おはよ、カイトさん。ってすげぇクマ(笑)大丈夫?そろそろ着く?」

 

「…15分ぐらい?てか、ふたりともよくそんなに気持ち良さそうに寝れるよね。人が頑張って運転してやってんのにさぁ」

 

「ごめんって!てかジン兄ちゃん爆睡じゃんウケる」

 

「僕からしたらなんにも面白くないけどねぇ…てかいつでも突撃できるようにするんでしょ?ジンさん寝てちゃだめじゃない?そろそろ起こしといたほうがいいよね?」

 

「あー、そうかもなぁ。…おい、ジン兄ちゃん起きて。そろそろ着くってよ。ほら起きて!」

 

「んー…なんだよ人が気持ちよく寝てるってのに起こすなよなぁ…ってなんだぁ?カイトお前、すげークマじゃねぇか!笑えるわぁガハハハハっ!」

 

「突き落としますよ」

 

「怖えぇわカイトさん(笑)マジトーンだめだって」

 

「坊っちゃんもう起きてんのか!早起きだなぁ!ほれ、飲め飲め!美味いぞ!」

 

「朝からドンペリってヤバいわジン兄ちゃん。ま、貰うけど(笑)」

 

「…ジンさん本気で降りてもらって構わないですよ」

 

「だからマジトーンストーップカイトさん(笑)」

 

「てかイブキくんほんとに大丈夫?死ぬかもよ?」

 

「え、俺が?死ぬわけねーじゃん。なんやかんや大変なことあっても俺全部乗り越えてきたし今回も大丈夫っしょ。ちょっと遅めの反抗期だと思えば可愛いもんだよ。」

 

「世界一の問題児だね。めんどくさい…」

 

「そもそもなんだよぉガビってやつはそんなに弱いのかよ」

 

「本気になりゃ強いんだろうけどね。あいつの弱点、親父だから。親父の前では親父の言いなりになる。ろくに動けないのも仕方ねーわ。今回ばっかりは俺たちにしか対処できねぇと思うけどな。知らんけど」

 

「知らんけどって…はぁこれで死んだりしたくないけどなぁ。あとジンさん、ドンペリ取り上げますよ?」

 

「うるせぇな、仕事ちゃんとすりゃいいんだろ?坊っちゃんに俺とお前。3人揃えばなんとかなるだろ!」

 

「…まぁそうかもしれませんけどね。」

 

「お、見えてきた。…じゃあふたりとも頼むぜ。俺の大事なガビなんだ、絶対助けるぜ」

 

「頼もしいアンダーボスじゃねぇかよ!おいカイト期待されてるぜ俺たち!」

 

「…酔っ払ってませんよね、ジンさん」

 

「殺すぞお前!暴れてやるわこのやろう」

 

「酔ってるっぽいなこりゃ…まぁイブキくん、やるべきことはちゃんとするから。それに、このファミリーもそろそろ痛い目見るべきだし。」

 

「やっべ、今までで1番頼もしいわふたりとも。ケンジョウの仇だ。本気で、よろしく頼むわ。あ、でも1つお願いがあってさ…」

 

 

 

 

 

3分後、ラスベガス本部にアンダーボスのイブキ、元カポレジーム兼教育係ジン、元カポレジーム兼教育係カイトが本部に突撃を開始。このときファミリー総出で立ち向かったが開始60分ですでに全体の約半数のファミリーが戦闘不能になっているのを発見される。が、いずれも息はしており命に別状はない。

 

 

 

 

 

 

 



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復讐〜崩壊編⑥〜

割と長くなってしまった。今年最後の投稿ですわ。


「やべぇめっちゃ突破されてる!ワンチャンフロア全滅ありえるぞ!」

 

「マジかよ!でも逃げたらドンとジョンソン様に殺されるぞ!」

 

「いやこれ逃げなくても殺され…ってうわぁぁ!来たぁっ!バケモンが来たぞぉっ!逃げろぉぉっ!」

 

次々に倒れていくファミリーたちも最初に比べたら数がだんだん減ってきた。ジン兄ちゃんもカイトさんも効率よく進めてくれるからありがたい。そのうえちゃんと頼んだことまで守ってくれてるから本当に助かる。助かりすぎて調子乗りそうだわ。なーんて冗談を抜かしている場合ではないのだが、俺達3人は本部に侵入することに、ちゃんと成功していた。まぁここまではうまくいくと思っていた。逆にうまくいかなかったら困っていたところだ。ただ、ここからはうまく行くとは限らない。

 

ここ、アメリカの本部の奴らは割とめんどくさい。カポレジーム(幹部)…ガビやケンジョウと同等の地位にいる男があと5人いる。そのうえ幹部の下にいるソルジャー(構成員)、またさらに下にいるアソシエーテ(準構成員)たちのレベルも日本とは段違いなのだ。…まぁアソシエーテ半分ぐらい倒しちゃったけどな。でも問題は100パーここからだ。ソルジャーたちはいいとして幹部5人がめっちゃ面倒なのだ。多分上層部に侵入したことはすでにばれてるはずだからこのまま突っ込めば返り討ちにあう可能性もなくもない。だからまずはここにいるアソシエーテを全部倒す。そのあとソルジャーたちやってカポレジームの順番だな。中途半端に強い奴らは1回倒しといたほうがきっと楽だ。群れられると困る。てか3人でやってもこんなに時間かかるのはやっぱり人並み以上に強いのだろう。俺達3人だからまだ勝ててるけど多分ヒーローと同じぐらい…強いやつならB級と同じぐらいの強さだと思う。だりぃなぁ…てか本気で気を抜いたらやられそうで怖い。ただ俺としては今すぐにでもあのクソ親父のもとへ行きたいんだけどなぁ。ガビがどんな目にあっているのか知らないけど早く保護したい。はぁ…あと何分こいつらと戦えばいいんだ?そう思っていたとき、ジン兄ちゃんの声が響く。

 

「おい坊ちゃん!お前ここいるより早く上行ったほうがいいんじゃねぇかぁ!?」

 

「え、だめっしょ。この量いける?さすがに多くね?てかそんな大声で言っちゃだめじゃない?」

 

「大丈夫だろ!多分!」

 

全然大丈夫じゃないだろ。大声で言われたせいでアソシエーテの視線が僕にみんな集中しちゃったよバカ。その気持ちはカイトさんも同じだったらしい。彼はまたため息をついていた。けどそれと同時に俺に声をかけてくれた。

 

「なんで大声で言うんですかジンさん…まぁ多いけど量は強さに比例しないよ。それに僕達なめないでよ、イブキ君。僕たち一応、強いからさ」

 

カイトさん、惚れました。一応強いってかっこいいかよ。強いこと知ってるわ大丈夫だよ。あー、かっこよ。でもそれで2人になんかあったら困るし仮にここへ幹部が来たら大変なことになるよねー。どうすべきかなぁ、残るべきか?けど事実この2人は強い。ドンペリ飲んで酔ってるジン兄ちゃんも普通に強いし、カイトさんは何があろうと焦らない。昔このファミリーにいたときは親父の次に恐れられていたのは間違いなくこの2人だ。俺やケンジョウをここまで育て上げたのもこの2人。ファミリーのレベルアップをさせたのも2人。この2人のおかげでこのファミリーが成り立ったと言ってもおかしくない。…けど、この2人が裏切るような行動をあの親父はしてしまった。狂人…そう呼ばれることになったのも親父のせいだ。全部…全部親父が悪い。親父がいなければこいつらはまだ…そっか。俺がするべきことはあの親父をすぐにでも殺すべきことか。そうだな。それに2人は余程のことがなければ死なないはずだ。ここにいてくれるならそれはありがたい。一刻も早くガビを保護したいしここでもたつくのも時間がもったいないな。敵のことに関しては不安が残っているけど俺は上へ向かうことにした。

 

「…じゃあ任せていいかい?」

 

「もちろん。腕は鈍ってないから安心して、ジンさんも僕も負けるはずないからね」

 

「ほら行け!早く終わらせて帰ろうぜぇ!」

 

俺は二人の声を聴くと人ごみを避けて上のフロアへ向かった。ガビを助ける。そのことで頭がいっぱいだった。後ろから追手が来るのがわかる。けど相手なんかしてられない。早くしなきゃ。急がなきゃ。ガビがこれ以上傷つく前に。焦る思いを抑えてとにかく上へ走った。

 

 

 

 

 

-----side カイト-----

 

「…ふぅ、行きましたね。イブキ君も大きくなったもんだ」

 

「坊ちゃんも頼もしい男になったなぁ!こりゃいい飲み相手になるぜ、ガハハハハ!」

 

ジンさんの言葉を聞いて僕はわかりやすいようにため息をつく。相変わらず、この人は危機感がなさすぎる。もはや危機感という概念がないのだろうかと疑ってしまう。まぁちゃんと仕事してくれてるからいいけども。いやしかし、さすがに出過ぎたことを言ってしまった。確かに量は強さに否定しない。それは事実。だがこの状況、正直苦しい。二人でこの量はさすがにきついだろう。いくらジンさんと僕が強くてもこの人数は想定外だ。いや、アソシエーテは行けるけどそのあとに残るはずのソルジャーや幹部たちがめんどくさい。いつ死んでもおかしくない。半分倒せたけどこれ以降戦ったところで僕らの体力が減るだけで相手が有利になる姿が目に見える。イブキ君を一刻も早くドンの元へ向かわせたのもこれ以上彼の体力を消耗させないためだ。彼をこれ以上ここで戦わせたら作戦は失敗しかねない。おそらく彼をこの場から遠ざけたのは正解だったと思う。でも残った僕たちは最悪の場合…だめだ頭を働かせろ、最善策を見つけるんだ。考えろ、常に考えろ。思考を止めるな、マイナス思考になるな。イブキ君を死なせてたまるか、僕たちがここで死んででもここにいる奴らは食い止めなきゃいけない。僕は…僕たちは教育係だった。教え子を助けるのは当然のこと。僕が死のうが何しようが彼が生きてたらそれでいいんだ。

 

僕がしなきゃいけないのはイブキ君の追撃に回る奴らを止めること。だから目の前の敵を見るんじゃない。視界を広げてイブキ君が行った方向を見なきゃいけないんだ。よし、行こう。多分ここで僕が踏ん張らないとイブキ君の思いもすべて無駄になる。

 

深呼吸

 

地面をフワリと蹴る。そして針を投げて群がる奴らの首元に刺す。そしてすぐにバタバタと群れが倒れる。きりがないしこれがいつまで続けれるのかもわからない。イブキ君の言いつけも守ってるから死ぬかもしれない。けど頑張らなきゃ。頑張るっていうか、多分これからもこんな大仕事やってこない。そのうえこんなに憎たらしい場所に仕返しできるのも今しかないと思う。

 

「…集中」

 

愛用の暗器は使い慣れてるから百発百中。ちゃんと毒まで塗ってあるうえに体を痺れさせる薬も混ぜてある。僕はジンさんみたいな力もないし正面からぐわって人を殺すタイプでもない。裏方って感じだろうなって自分でも思う。言い方によっては性格が悪いような戦い方だとも思う。多分だけど僕ほど戦いにくい相手はいないと思う。近すぎず遠すぎずの距離で当たったら結構ダメージを食らう暗器を飛ばす僕。僕はヤダ。だから相手が嫌だろうなぁって思う距離から攻撃に入る。どれだけ敵が多くても絶対に手を止めない。なんとかしてここで相手を止める。止めてやる。

 

「おい、足止めんな!攻撃食らうだろうが!」

 

「んなこと言ったって止まんなくても攻撃当たるから…ガハッ」

 

「や、やめろ!逃げさせてくれ…うわぁぁぁっ!」

 

無心。とりあえず無心で投げ続ける。首元だ、そこへ打てば倒れるから。そう思って投げ続けた。狙いを定めて数秒に5本ずつ。休まずにずーっと。僕は我ながら集中力があるほうだと思う。だから一回始めた攻撃はそう簡単に終わらない。目的が終わるまで永遠に続く。だから終わるまでのこの時間は相手は地獄でしかないと思う。とりあえず悲鳴は人がまばらになるまでずっと聞こえてた。気にならなかったけどね。最後の一人が終わるまで淡々と投げ続けたけども最後の人が倒れた瞬間とりあえず全身から汗が噴き出してきた。

 

あぁ、くたくただ。あんまり体力ないから腕が痛い。腕が疲れた。集中しすぎてあんまり記憶ないけどまぁとりあえずイブキ君を追う人はいなくなったでしょ。良かった…さてジンさんのいるフロアから離れちゃったけどあちらさんはどうしていることやらだ。正直心配で仕方がない。あの人確か酔っぱらってたよな。心配になってきたぞ?え、大丈夫だよねぇ、きっと。もう疲れたし仕事したし次のするべきことができるまでは休憩しときたいな。てか、休憩しとこう。何分ぐらいしたんだろ?よくよく見たら皮むけてるし。一瞬のように時間は過ぎたけど実際体感時間よりもずいぶん長い時間が過ぎてたんだろうな。まぁここまでは満点だ。調子いい。あとはイブキ君にかかって…

 

「ありゃ、ずいぶん荒らしたね。そんなにこのファミリー恨んでました?カイトさん」

 

「恨んでなかったらこんなにしないでしょ普通。いや、敵にしたら怖いねぇ」

 

過去の記憶のフラッシュバック。初めてファミリーに手を出した日、ファミリーが崩壊した日、僕が人間不信になった日。そしてファミリーを抜け出した日。悪夢の夜の再来だ。殺意が無意識にこみ上げてくる。悪いけど前言撤回。もう一回集中しろ、自分。イブキ君には本当に申し訳ないけどこいつらの相手をするのは仕事じゃない、私情だ。こいつらだけはちゃんと俺が始末しなきゃ。こいつらはここで会ってようが会ってなかろうが野放しにできない奴らだ。殺す、絶対に。もう一度針を出す。皮がむけてるのは気にしない。ただ今度こそこいつらは殺さないと取り返しがつかなくなる。

 

「…ジンさんの次は僕の番か?いつまで経ってもおこちゃまでいられるなと思うなよクソガキ共」

 

「カイトさん怒ってます?やめてくださいよーもう過ぎたことをそんなに怒らなくても…」

 

言葉を言い終える前に俺は針を投げた。残念なことに2本とも外れてしまったが顔をかすらせることはできた。それに興奮したのだろうか?二人は思いっきり頬を上げてニヤニヤし始めた。

 

「イヒヒっ怒ってらぁ!こりゃあやりがいあるなぁ。ねーラク?」

 

「ウフフっそうだねぇ!こりゃあおもしろいよなぁ。ねーリク?」

 

歯をむき出しにして向こうもピストルは構えた。俺は針を捨てて毒入りナイフを構える。針は大人数のときには使いやすいけど数人しかいないときは命中率がなぜか低くなる。こういうときにはナイフを投げたほうがいい。毒入りだから当たれば即アウト。すごい使いやすい。さて、防弾チョッキは着ているから大丈夫。それにもうこれ以上、奴らの好きにはさせないと心に誓っているから負ける気もしない。ゴット.ブル最凶の双子、ラクとリク。数年前、ジンさんを騙して殺そうとした張本人であり次期ドンを狙う男たちだ。ドンへの忠誠?そんなものあいつらにはないだろう。あいつらがドンになれば色々終わる。今のドンもアホだけどあいつらはもっとアホ。ていうか危険人物なのだ。ほっとけるか。今ここで息の根を止めてやる。深呼吸。そして右足を踏み出しナイフを投げた。攻めはしない。けど威嚇程度に投げておいた。

 

「…逃げるなら今のうちじゃないの?」

 

「えーいきなりナイフ投げてくるとかこわーい。こんな大人になりたくないね、リク」

 

「こんなんだからカイトさんはドンに嫌われたんだね、ラク」

 

煽りは気にしない。こいつらの言うこと全部聞いていたら身が持たない。受け流しておかなくては。数回投げて怒りを表した。向こうもようやくスイッチが入ったらしい。上着を脱いで戦闘態勢に入った。そして7本目を投げ終えた瞬間だった。

 

ズキン

 

ふと、頭痛。しかし同時にピストルの音に気づく。さっと視界を絞る。左右からの銃弾は両方とも肩より上の高さで飛んできていることがわかった。ギリギリ回避できる。2回目の攻撃に向けてナイフを出しながらその場に伏せる。続けて何度も発砲されている。けど避け切れる。そのまま立ち上がって投げる。躱して投げる。それを繰り返した。間合いは詰めすぎず遠すぎずのところで投げ続けた。ナイフを投げ続ければいつか無くなる。けど向こうの球も無限ではない。このままの状態を維持できたらこっちの方が確実に有利になる。あいつらは遠距離攻撃をひどく苦手としている。だから銃弾が尽きたその時は確実に仕留めれる。それまではこの間合いでいく。 

 

「ほーら早く早く!殺しちゃうよー?」

 

壁際に行ったとき、とうとう逃げる場所がなくなった。仕方なく壁を走る。バンっ、とずっと発砲する音が耳に響く。多分躓けばもう死ぬと思う。なんとかバランスを取ってナイフを投げる。同時に必死で逃げる。投げてまた逃げる。それを繰り返すだけだ。そしてこいつらを殺すんだ。とにかく早くこいつらの息の根を止める。

 

「早く死んでよ、カイトさん。あなたの居場所なんてもうないんだよ。」

 

「そうだよ、カイトさん。お前はファミリーから逃げたんでしょ。もう僕たちの計画の邪魔しないでよ」

 

20歳。ラクとリクはイブキ君と同い年。でもこいつらと彼は天と地ほどの差がある。人間として。イブキ君はああ見えてしっかりしている。優しいし、強いし、何より誰よりも責任感が強い。そして、だれよりも命を大切にする人だ。僕にだってあんな人にはなれないだろう。なのにこのふたりは感謝という言葉を知らないのだろうか?うまくいかないことは全て放り投げ、自分の行動にも責任にも責任を一切取らない。人をおもちゃのように使って殺すなんて日常茶飯事。挙げ句の果てには育て上げた教育係…僕とジンさんを邪魔者と認識して殺そうとしたのだ。

 

まぁ別に僕は怒ってない。ただ、彼らのことを誰よりも大切にしていたジンさんに手を出したことが本当に許せない。そしてドンがその二人の行動を見てみぬふりをしていることも腹が立つ。けどドンはイブキ君がなんとかしてくれるはず。だから僕はこいつらを殺すんだ。

 

「俺達ドンに気に入られてるんだ!」

 

「ドンに捨てられた落ちこぼれに用はないよ!」

 

落ちこぼれ…そうだ、ファミリーを捨てた僕たちは多分落ちるところまで落ちた。だからこそ心から言える。

 

「…落ちこぼれねぇ、僕に似合う言葉だ」

 

バランスの良い二人の攻撃。荒削りな部分もあるけどそれでも相手に攻撃させないようにする戦術は認めざるを得ない。だから僕はほとんど逃げ回っているだけなのにちょっと辛い。攻撃と逃げること同時にしようと思ったら大変なのだ。僕がナイフを投げることはとてもとてもリスクのある行動なのだ。下手したらマジでここが墓場だ。でも向こうもそろそろ集中力が切れる頃だ。あと少しの心房だと思って逃げる。

 

それにしてもアホほど動くな、コイツら。見ないうちによほど調子に乗ってたらしい。それにドンに気に入られてると言ってたけど、どれだけ自分たちに自身を持っているのやら。ジョンソンに比べたら全く大したことないのに。僕ですら、あの男には勝てる気しないし。そのうえ地位のためになら手段を選ばない卑劣な行動。さすがにやりすぎだな、そろそろ墓穴をほっても構わない。

 

「…自意識過剰もほどほどにしろよ」

 

そう言っておいた。その時、顔面に向かって銃弾が飛んできた。とっさにナイフで顔を守る。その銃弾が当たってナイフが折れる。折れたナイフは3つに折れた。破片が当たるかもしれない。そう思って僕は体をひねらせて地上へ着地した。その破片が勢いよく飛んでいきリクの右腕に刺さった。なんという幸運だ。これほどラッキーなことはない。リクがよろける。僕はそれを見逃さなかった。銃弾を当たるの承知で突っ込んだ。そのままリクを思いっきりナイフで刺して蹴る。そのままナイフを構え直してラクとの間合いを詰める。相手がひとりになった。僕にとってはとんでもないチャンスだった。ラクは突然のことに焦っていた。

 

「カハッ!」

 

リクのうめき声が少し聞こえる。しかしその声を聞いた直後。

 

バン

 

右耳に銃弾が当たった。激痛が走る。一瞬顔を歪ませてしまったが手元は狂わないからラクへもナイフで攻撃を続ける。気づかれないようじわじわ間合いを詰めることができているから戦っていくうちにラクとの距離が縮まっている。そして僕はナイフを離してラクを殴る。ピストルも蹴り上げて手から離すことに成功。

 

「いったいなぁ…やめてよカイトさん!」

 

ラクが殴りかかってきた。さっと躱して身を翻す。リクがピストルを拾おうとしている。ナイフを投げてあいつの右手に刺す。痛みに耐えきれなかったらしく、あいつから悲鳴が聞こえる。塗ってある毒は特別なものを使ってるから数分、長くても15分で死に至るはず。リクは片付いたも同然だ。じゃあラクに集中できる。僕はラクの方へ向き直った。しかし彼は豹変していた。怒りがあらわれるその顔はさっきのヘラヘラした雰囲気とは大違いだ。

 

「…カイトさん、リクをいじめんなよ。」

 

ラクは少し声を小さくして呟いたかと思うとピストルを2つ持った。ヤバい、面倒だ。まさか2つあるとは…でもそろそろ頃合いだ。僕はナイフをもう一度構えて投げた。ラクは同時に2つのピストルで僕を狙った。けど残念ながらどちらも外した。すごく苛ついているのだろう。震えから手元をコントロールできていない。

 

「焦ってんのバレバレだよ?」

 

ナイフは残り30本。残りの暗器も残り僅かだ。うまくこの場を乗り切りたい。コイツラさえ片付ければもう大丈夫だと思う。それにリクもそろそろ限界だろうな…精神的にも体力的にも。ここでもう一つ何か心を折る一言でも言えたら完璧なんだけどなぁ。確証のある発言ではないけど何か言うなら今がチャンスだなぁと思って僕は口を開いた。

 

「…君たち知らないと思うけど、ドンは時期ドンにジョンソンを指名してるらしいよ。少し強いからってちやほやされてると思ったら大間違いだから気をつけろよ。お前らドンに気に入られてると思いこんでるらしいけどドンはジョンソン以外誰も期待してないからな。」

 

僕が言い放った言葉のあとに、ふたりは目を見開いた。

 

ズキン

 

僕の胸にに銃弾が当たる。動揺してやがるな、バカ。ただ大丈夫だ、狙い通り。奴らが焦るときは大抵動きについていけなくなる。別の言い方をすればあいつらは周りが見えなくなる。だから殺るなら今。今しかない。痛みが増す前に僕はナイフを構えた。周りを見渡す。邪魔者はいない。神経を手に集中させて力を込める。そして、全て投げた。もちろん、リクには当たったしラクも反応が遅かったから足に刺さる。小さくうめき声を上げて床へ倒れる。シナリオ通りにナイフは当たった。ふたりともすぐに苦しみ始めたし息が上手くできていない。リクに関しては吐血もしている。行けた、これで完了。二人は恐らく片付いた。これで、これで大丈夫。

 

「…痛いだろ?それ、即効効く毒だからすぐ呼吸困難になるはずだよ。あの時も、ジンさんは同じように苦しんだんだ。お前らも楽しめよ、その痛み。地獄に行ってもそんなに苦しむことはないと思うしね」

 

二人は地面を這いつくばって小さく、小さく何か呟いている。聞く気はない。けど見ていて無様だと思った。あぁ、悶苦しむその姿。まるで過去の僕たち。見ていて腹が立つ。そこをどいてくれ、早く死んでくれ。過去を思い出すからさ。気持ち悪い、早く、早く、早く、早く!

 

「…ドンの、おきに…いりは…ラクとリク…って言ってたん…だ!」

 

足元を掴まれて僕はふと足元を見る。ラクとリク。ふたりとも僕の足を掴んでいた。苦しみながら、咳をしながら、掴んでいた。お気に入り…そんなに嬉しかったか?別にお気に入りだから何かあったわけじゃないだろ。ただ認められていたかもしれないということに酔っていただけだろう。調子に乗って、上の連中や教育係にも手を出してファミリーを狂わせた張本人たち。ファミリーを壊したのはこいつらだろ。自業自得だ、ざまあみろよ。そう言ってやりたかった。けどまぁもう顔も見たくないし声も聞きたくない。手を振り払って僕は汚れた手を拭く。ハンカチがいつもよりベタついた。久々に見た人間の血。血の紅色はこんなに汚かったのかと思った。ラクとリク。人生で1番憎たらしいこの2人を殺せたのはすごく達成感がある。でもそれと同じぐらいに疲労感も覚える。はぁ、だるい。そろそろ飲み物でも欲しいな…入口戻んなきゃ。

 

プツン

 

集中が切れた。感覚がだんだんなくなっていく。やばい、倒れるかも。視界が歪んでる。僕はそのまま身を本能に任せて倒れた。耳、胸、体のいたる所の痛み。ヤバい、立てないなぁ。それに多分、気付かなかっただけで相当な量血が溢れてる。大量出血で死んじゃうな。途中で応急処置でもしてたら変わってたかもだけどさすがに放置しすぎた。集中しすぎて傷口ふさぐのも忘れてたし。まぁこの二人倒せたしいいか。ジンさんの仇も取れたしあとは何とかなるよ、多分。あとの3人はイブキ君とジンさんがなんとかしてくれるし。今回はふたりの死に顔を拝めただけで万々歳だ。あぁ、疲れた。てか大体ここまで飛行機運転してあげたの僕だよね。寝不足な僕がここまで頑張るとかすごいよね。でもまぁ、最後にここで仕事できたのは良かったかな。復讐…かな。言うとしたら。あの二人への復讐。あの日からずっと二人への怒りの炎が冷めることはなかった。でもようやく、楽になった。満足だよイブキ君。

 

「無様…だね」

 

後ろを振り向くとそこにはある男が立っていた。

 

「いつの間に日本語喋れるようになったの?すごいね…僕なんか英語喋ろうとする努力すらしたことないのに」

 

男…ジョンソンを見ながら僕は喋った。いつぶりだろう、こいつと話すの。長い間会っていなかったからいつの間に日本語会得してるんだとちょっと驚いた。けど、こいつは全く変わってなかった。なんか冷たい。けどいつも感じられる人としてのぬくもり。まるで兄のような感じがする。

 

「ガビは英語で話してくれた。日本語は話せるけどぎこちないからあまり使いたくない」

 

「辞書でぎこちないの意味調べてきなよ。悪いけど流暢すぎる」

 

「…ならいいけどね」

 

冗談混じりに少し話したけど意識は遠のいていく。だんだん眠くなってきた。そろそろ終わりだろうな。けどできるのならばもう少しだけ、話していたい。ジョンソンには話したいことがあるから。だから少し話そうと体を起こせるだけ起こそうとする。

 

「無理するな、痛いだろ。そのままでいい。力尽きるまではここにいるつもりだ。あと…なぜお前はファミリーを裏切った?お前がファミリーを去ってからずっと、それを聞きたかった。教えてくれ、カイト」

 

「どんなことを言い出すかと思ったらそんなことか。うぅん…いろいろ理由はあるけどさ…」

 

まだ話せる余力はある。こいつには言ってもいいかな。そう思ったから僕は疲れた口を動かした。

 

「あいつら…ラクとリク。あとドンが壊れたからだよ。このファミリーは弱者に手を差し伸べていた。けど今は?残念だけど虐殺しかしないドンを見ても僕は何も魅力を感じないね。それに教育係としてあの2人を育ててたけどあんなに落ちぶれた奴らとは悪いが顔も見たくないし一緒の場所にいるだけでヘドが出るからね。」

 

「そんなにあいつらが嫌いだったか」

 

「嫌いっていうか…まぁ嫌いか。あの日からあいつらとドンを人間としては見れなくなったね。人間の仮面をつけた殺戮人形にしか見えない。あと変な権力争いに人を巻き込むのも本当に嫌だった。アレのせいでジンさんがどれだけ…ゲホッ」

 

どうしよう、僕も吐血しちゃったよ。なんか息しにくいし。しかもなんか…苦しい。まだ話してたいのに。でもなぁいいか。無理して生きなくたっていい。このまま寝よう。あぁ、疲れた。本当に。なんかすごい大変な人生だった気がする。たくさん人を騙したし殺した。最後まで殺して終わる人生とか泣けてくるね。生まれたころからそうなる人生だったのかな。まぁそれでも充実した人生だった。いろんな人に出会えたしいろんな経験ができた。多分、僕の人生にはいい風が吹いていたと思う。ジンさん、ジョンソン、イブキ君、そしてドン。いろんな人に出会えて、生きる理由を見つけられて、本当に幸せだったんだろうなぁって思う。最後まで殺したけどきっと、人の役に立つこともできたと思う。できることならもう一度、ジンさんに会いたい。酒の飲みすぎに気を付けてくださいね。煙草も一日一箱とか吸っちゃダメですからね。イラつくからって仕事を放棄したらダメですよ。…あぁ、考え出したらきりがない。もう一回会えたらなぁ…

 

「…ジョンソン、お願いがあるんだけど。いい?」

 

「できることなら」

 

僕はできる限りの笑顔を浮かべてこう言った。

 

「ジンさんに会ったらさ…僕を困らせるようなことは二度としないでくださいねって。そう伝えてくれない?」

 

「会ったら必ず伝えるさ。俺はドンの指示に従うだけだがお前の行動は称賛する。さすがだと思ったよ」

 

ジョンソンの言葉を聞いてすごく安心した。そして笑顔を浮かべたまま目を閉じた。なのにだ。

 

『カーイトさん♪』

 

やっぱりあの日のことが頭に過る。あぁ、せっかく楽になれるのにやっぱりあの悪夢は最後まで僕を付きまとうつもりだ。くっそ、死んでもなお、僕を呪うつもりか、あの二人は。もういい、一人にさせてくれよ。お前らのせいで…僕はどれだけ…!

 

『安心してよカイトさん』

 

『僕らはこれからもカイトさんのこと…大好きだからさ』

 

二人の姿が頭の中で想像される。まるで現実のように。まるで生き返ったかのように。僕もラクもリクもさっきの場所に立っていた。いつまで経ってもこいつらは僕を困らせる。かつての教え子がここまで黒く育つなんて思ってもいなかった。死ぬ間際まで離してくれないとか…ほんと、大嫌いだよ。あいつらのせいで本当にくそみたいなことも味わえたね。歩いて、奴らの前まで行く。そして首を絞めた。二人の首を、強く。強く締めた。なんでかな、涙が出てきた。苦しいのかもしれない。けどまぁ大丈夫。きっとすぐ死ねるから。とりあえず何も考えずにあいつらが倒れるまで首を絞めた。あいつらは何も言わなかった。ただ、にこやかに笑っていた。それはあいつらが倒れてからもずっとだった。倒れても、笑っている。その笑いが、その顔が、いつも大っ嫌いだった。

 

「僕は…きっとこれからもお前らのことが嫌いだから頼むからもう、ここに現れるな。僕はもう疲れたんだ」

 

静寂。静かになった。僕はただ奴らの屍を見つめることしかできなかった。二度目。二度目はさすがにそこまで罪悪感を感じなかった。けど楽にはまだ慣れない。早く死にたい。もう、もう無理だ。これ以上は疲れたくない。仕事は、終わった。その時だった。屍がむくりと立ち上がって二人の甲高い笑い声が頭の中に響く。あぁ、最悪な死に方だな。あいつらとはあの世でも付き合わなければいけないのか。そう思って意識を失った。

 

あとは頼むよ、イブキ君。バイバイ、ジンさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…死んだか、カイト」

 

確認ついでにそう呟いたが返事はない。死んでしまったか。古き友が、また死んだ。こいつとが一番付き合いが長かったと思う。ガビの件もだが、私もよくめんどくさいことに巻き込まれるなぁ。だけどこうやって知り合いが減るのはすごくつらいことだと思う。物心ついた時からずっとここにいたから別に人が死ぬのは慣れている。けどカイトには死んでほしくなかった。あいつがどれだけ苦労していたかもわかっていたしジンのことも分かっていた。だからこそ死んでほしくなかったのだ。それに今回、あいつが生き残ったとしてもおそらく私は奴らと敵対する立場にいたと思う。でも、たとえそうであったとしても私はあいつを殺せなかったと思う。さぁ、どうするべきか。もう、ファミリーは崩壊直前だと思う。今回ばかりは本当にどうしたらいいのかわからない。ガビ…彼女一人でこれだけ世界は歪むのか。本当にめんどくさいな。あぁ、やめてくれ。もう何が正しい?ドンに従うべきか。でも彼に従ってもこれ以上壊れるだけではないか?いや、何を言っている。私はドンに忠誠を誓ったじゃないか。当たり前のことじゃないか。でも…私はあの人が正しいとは思えない。ドンはもう狂っている。できることなら…もうみんな殺したい。ドンも、イブキも、ガビも、ファミリーも。みんな死んでしまえばいい。でも今するべきは…

 

ジンとイブキを殺すことか。

 

 

 

 

 




カイトが言っている過去の話はあえて書きません。あえてです。ていうかこの崩壊編パート⑩以上かかる気がする…本編戻りたい…ガロウさんとかそろそろ出したい…皆さん良いお年を


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尊敬~崩壊編⑦~

~やばいっ今回めっちゃ長くなっちゃったけど本気で崩壊編終わんない気がする。本編戻りたいどうにかして()


坊っちゃんは小さい頃から利口だった。いや、利口というか人とは何か違っていた。へらへらしているようで全く行動が読めない。そのうえ強い。理解力は人並み以上、行動力もあり誰よりもファミリー思いの少年だった。俺が教育係として育てたということになっているが、実際には俺の方が坊っちゃんからたくさん学んだ。俺はただ人を殺すことが好きだった。人を殺すのが快感だった。それだけの理由で人を殺し、このマフィアにスカウトされた。正直ファミリーなんかどうでもよかった。だから気に入らないやつにはすぐに手を上げていた。ケンカは何回もした。とにかく人を殺せる。それが嬉しくて仕方がなくてここにいた。だから教育係に任命されたときはずっと仕事を放棄しようと考えていた。だって考えてみろ?成人男性がまだ10も満たないガキの面倒見るなんて普通ありえない。だからドンにわかりましたとは言ったが基本何もしない予定だった。

 

その時、坊っちゃんは8歳でケンジョウが13歳だった。

 

ケンジョウのことはよく知っていた。なんでも、ドンのお気に入りの少年だと言われていたし実の子供であるイブキよりも溺愛されていた。が、彼は気に入られてるということで調子に乗ったり他の奴らを不快にさせるような行動は一切しなかった。いつかドンを支えるために毎日対人格闘術やナイフを学び誰もに認められるように着々と力をつけて行っていた。そんな真面目なガキを俺は嫌った。もともとピシッとしてる奴らが嫌いだったからな。だからピシッとしてる奴にはカイトみたいなやつと相性が良かったんだろうなと思った。結果、確かにあいつらの相性は抜群だった。で、坊ちゃんはというとこれはこれはやんちゃだった。まぁあれだ。どいつもこいつもドンの息子ってだけでペコペコしてたから小さいころから甘やかされてたんだろうと思う。まるでケンジョウとは真反対のガキだった。ただそれは噂の話。実際俺は坊ちゃんを一度も見たことがなかった。興味もなかったし興味を持とうともしなかった。生意気なガキならいっそ殺そうとも思っていた。俺が生活するうえでイブキというガキは俺に何も影響を与えなかった。だから坊ちゃんと初めて出会ったときにも特に何も思ってなかった。ただのガキ。第一印象はそれだった。てきとうに相手をして明日からはもうカイトに押し付けるか。こんな子守なんてごめんだね。そう思った。何の魅力も出会ったときにはなかったからな。俺は次の日から本当にイブキの部屋に行かなかった。カイトはドンに怒られないようにイブキの相手を数日していたらしい。うん、それでいい。俺はいつも通りの日々を過ごしていた。適当に人を殺して毎日遊んでいた。そのころにはもう坊ちゃんのことなんて忘れ去っていた。

 

なのになぜまた俺が坊ちゃんの教育係を引き受けたのか。それは坊ちゃんが起こしたある行動がきっかけである。なんと坊ちゃん、突然俺の部屋にやって来たのだ。しかも入ってくるなりベットにダイブ。そしてベットでゴロゴロ。何やってんだこのクソガキって思ったよ。人の部屋に勝手に入って何くつろいでんだ。一瞬殺そうかとも思った。けど坊っちゃんは俺の姿を見るなり真面目な顔して話し始めた。

 

『ねぇお兄さん。人殺すの…得意だよね?僕ね、人たくさん殺してお父さんに認められたい。本当の教育係はお兄さんなんでしょ?教えてよ、人の殺し方』

 

驚いたよ。8歳児がこんなこと言いだすんだから。目が違う。前にあった時のただのガキの目ではなく、見ただけでプロの殺し屋に匹敵する殺意を感じた。8歳児がだぞ?久々に震えたよ。こいつただものじゃねぇなぁってわかった。けどまぁこれだけでいいよ教えてやるなんて言わねぇ。こいつが本物か俺の目で見てやろうと思った。

 

『…カイトに教えてもらえばいい話じゃねぇか。悪いが断る、早く出な』

 

冷たくそう言って俺はわざとそっけない態度を取った。さぁ、どう出る?このまま帰るか?どう言い訳する?こいつは強くなるだろうなぁって一瞬で確信した。だからこそここで見極めてやる。ここで何を言う、ガキ。

 

『カイト君に教えてもらってもケンジョウには勝てない。同じことをあの人から教えてもらってもケンジョウも同じことを学んでるんだ。理解力はあいつに欠けてるからね。でも噂に聞くとお兄さんは特別技術力を磨いてるわけではないんでしょ?本能に従って戦うだけ。僕に必要なのは理性を捨てること。お兄さんみたいな野心的な部分を磨くことだ。あとのことは言われなくても一人で磨いて見せる。だから僕に教えてよ。気に入らなかったらいつでも捨ててもらって構わない。でも僕は間違いなく強くなれると思う。そのためにはお兄さんの力が必要だと思ってる』

 

『ドンに認められたいだけでそんなこと言ってんのか?自信があるのはいいことだが年上に向かって指図とはすごい度胸だな』

 

『別に指図したつもりはないよ。思ったこと言っただけだし。』

 

『無自覚ならより一層生意気だな。そんなんだからドンに嫌われたんじゃないか?』

 

『そうだろうね』

 

『ドンにもう一度好かれたいからか?ドンに見てもらいたいからか?だから俺に強くしてほしいのか?』

 

今、俺が言った言葉がきっと本心なんだろうなぁと思っていた。そりゃ誰でもそう思うだろってことを言った。それを素直に認めるのか、強がるのか。こんなことを子供に言うなんて我ながら大人げないなぁと思う。さすがにかわいそうだなとも感じるし俺なら言葉に詰まると思う。まずこの時、俺は子どもに好奇心を抱いた。自分の分析を自身を持って言える。いいところも悪いところも主張できている。自身の課題を立て、問題解決に必要な策までしっかり組み立てられている。そして大人にひるまない態度もだ。生意気だが捉え方を変えたら全然問題ない。むしろマフィアという世界で生きるためには必要な素質だと思った。ただ、先ほど言ってしまってから思ったがこいつの気持ちを全く考えずに放った言葉だったから完璧なガキでも傷つくだろう。正直謝りたい。言葉を訂正しようと口を開き始めた…けどその心配はなかった。坊っちゃんは俺の言葉が終わったあとにすぐこう言った。

 

『うん、好かれたい。認められたい、見てほしい。それもある。だけどね、僕の1番の目的は認められたあとにあのお父さんを殺すことだよ』

 

…ある意味ちゃんと認めた。けどサラッとおっかないことを言っているな。てか本当にこいつは8歳か?目と言動は悪いが立派な大人だ。この言葉は偽りの言葉とは思えない。心の底からの本音でこの言葉を言ったのだろう。そう思うとすごく怖い。恐ろしいな、このガキは。恐ろしいが、おもしろい。世界のどこを探してもこんな出来上がったガキは出てこないな。そう思った。ククッと笑いがこみ上げてくる。このガキは出来上がっていて、イカれてる。俺はもしかしたら、こういうやつを探していたのかもしれない。こういうやつを同士として認めたかったのかもしれない。ずっとそうなんだろうなって考えていた。このガキはいつか俺と同じような人間になってくれる。そう思って坊っちゃんの教育係になることを決意したのだ。

 

それから俺は坊っちゃんを5年指導してこのファミリーを去った。

 

思えば出会ったときのあの言葉は今日のためにあったのかもしれないな。ドンを認めさせれたのかは知らないがドンを殺すということができる大チャンスは今日、この日しかない。坊っちゃんはそのために戦ってんだ。そして坊っちゃんに恩返しができるのも今日が最初で最後だ。

 

あの日から俺は坊っちゃんにできるだけ貢献したつもりだった。坊っちゃんが実現したいこと、坊っちゃんが思ったこと、坊っちゃんの望んだこと。全てとは言えないが初めて信頼できる人間に出会い、この子供と共に生きたいと思えた。教育係という立場だが親に愛されなかった子どもにできること全てをしてきた。なのに坊っちゃんは俺をあまり頼らなかった。俺が教えることは素直に聞いたが、それ以外のことで困ったことがあってもひとりで解決しようとした。坊っちゃんは頭が良かったから俺に迷惑かけるようなことはなかなかしなかったし自分にとってメリットのない行動は一切してこなかった。たまに危険なことをしようとしたがそれは必ずひとりだった。他人を巻き込まなかった。だから昨日、ジン兄ちゃん助けてって言われたときにようやく頼ってきたか…と少し誇らしかった。だから今日は本気で坊っちゃんの目的を成功させようと思っている。

 

「おいおいおいおぃぃっ!ここにいる奴らは早く逃げたほうがいいぞぉ?俺に殺されたいやつは来ればいいがお前らがあのドンに従うって言うなら俺はここで皆殺しにしてやるよぉぉっ!」

 

彼は力の使い方をちゃんとわかっていた。だから弱者をいたぶるような真似は見たことがなかった。俺はその姿を見て人を安易に殺すのをやめていた。坊っちゃんから学んだことの1つだ。でも今日ばっかりはそんなこと言ってられねぇ。ここで倒す、このザコ共を。坊っちゃんを助けられるのは、坊っちゃんに恩返しできるのは、今日ここしかない。でも今日はすごい量を相手しなければいけない。死ぬ気はないが死ぬかもしれない。だからふざけてられない。本気でこいつらを潰す。早く済ませて坊っちゃんの援護をしなければ。

 

俺はふーっと息を吐き出すとそのまま1番近くにいたやつに殴りかかる。そのままの勢いで右、左といる奴らをなぎ払っていく。俺の武術に敵うものはこのファミリーにはいないだろう。俺のでかい体と自分でも鬱陶しいほどの体重。普通に頑丈なこの体に勝てるやつはなかなかいない。勢いさえ乗ってしまえばあとは俺の独壇場。やりすぎないように手加減しつつもしっかりと攻撃する。調子がいい。このままだったら10分なくても片付けられるだろう。

 

「オラオラぁっ、逃げんなよぉっ!」

 

とにかく目の前の奴らを戦闘不能にさせる。あぁ、やっぱり楽しい。人をいたぶるのはこんなに快感なのか。しばし忘れていたこの感覚。タバコよりも酒よりもクスリよりも楽しいんだよなぁ。坊っちゃんと出会う前に味わっていたこの感覚が蘇ってくる。あぁ、幸せだ。これも1つの生きがいだと心から感じた。だからこのゴミのような人間たちを倒すのは苦でも何でもなかった。なんなら楽しすぎて気分が自然と上がる。一歩間違えたら殺してしまいそうだ。けど…こんなに倒しても人か減らないから少し驚いた。しかもだんだんと強い奴が集まってきている。疲労はそこまでないが気を抜けばやられるだろう。集中力を閉ざさないようにしなければいけない。ふーっともう1度息を吐きだして暴れる。獣のように、とにかく人をなぎ倒していった。

 

「くそっ、こいつなんでこんなに動けるんだよ!」

 

「化け物かよこいつは…?」

 

フラフラとしている者、立ったまま動けずにいる者、勇敢に立ち向かったが無残に倒れていく者。そして、弱音を吐く者。十人十色というが、このファミリーは個性が豊かだな。人それぞれすることが全然違う。笑えるほどになんの考えもなく突っ込んでくるやつが多い。ドンの命令ってそんなに逆らえないものなんだろうか?知らねぇけど上の命令に素直に従ってるやつらには自分の意志がないんだろうな。アホみてぇだ。とりあえず潰すやってやろう。右手を振り上げて集団に殴りかかった。その後も向かってくる奴らに攻撃をするだけの繰り返しだった。単純だなぁ、って思うよ。かわいそうだ、したっぱ。意志というものも何もなく戦うのはみすみす命を捨てるようなものだろうに。自分がこうしたいから戦う、とか目的ありきで戦うのはいいかもしれないがコイツラみたいなモブには悪いが負けねぇな。あたりがだいぶ静かになった。これでそろそろ坊っちゃんのところへ行けそうだな。よし、行くか。安心してこのフロアを去ろうとした、その瞬間だった。

 

「…ジン先輩。」

 

後ろから声がした。振り向くとそこには過去の友が立っていた。おおぉ、懐かしいな。そう思って俺は振り返った。数年越しに会ったが雰囲気も何もかもこいつは変わっていない。驚くほどに何も変わってなくて一瞬過去の思い出に浸ってしまった。そして歯を見せながら豪快に笑った。

 

「おぉ…久しぶりだな、スー!ガハハっ、何も変わってねぇなぁ!お前髪型ダサいって言ったのにいつまで経ってもロン毛かよ!」

 

「久しぶりっすね先輩。恥ずかしいので…髪型と服装には触れないで下さい。やっぱりこれが1番落ち着くんですよう」

 

俺の後輩、スー。中国生まれの日本育ち。ファミリー1の臆病者で俺の1歳年下のカポレジーム。まぁ、俺と真逆な性格だな。酒は飲めねぇ薬も怖い、挙げ句の果てにはタバコも苦手。そんなやつがこのファミリーの恐れられるカポレジームの1人なのだ。笑える、こんなやつが幹部とか臆病すぎて何もできないだろう。ずっと前からそう思ってる。いや実際そうだ。こいつが近くのチンピラに襲われそうになってるの見かけたことがあるけど涙目になって僕は何も持ってませんすみませんだから許してください…って命乞いしてるところも見たことあるし、ドンに怒られてるとき本気で泣いてたし。俺なんか怒られたところでへーへーすいませんっていうだけなのに。まぁ、とりあえず気弱なのだ。こいつは。必要最低限仕事をしたがらないし人も全く殺したがらない。必要だったら殺るぐらいだ。だからこんな場所に来るのはおかしい。わざわざ自分から面倒なことに手を出すなんてこいつはしないと思う。思いつつもここにいるという事は何かをやりに来たんだろう。きっと、何かを。俺は一通り笑い終えるとふぅ、と息を吐いてこう言った。

 

「んで、何しに来た?」

 

するとスーはすごく嫌そうな顔をしてボソリと呟いた。

 

「…ジン先輩殺せって。ドンに言われたので仕方なく来ました」

 

しれっとすごいこと言うなこいつ。まぁドンに目をつけられるのも仕方ないか。裏切り者でしかも本部に乗り込んだんだ。放っておかれるわけがないな。大暴れされたら向こうは大変だろうし。てことはカイトも狙われるのか?いやぁそりゃ困るな。じゃあ殺すかこいつ。

 

「てことはお前俺を殺す気か?いい度胸じゃねぇかかかってこいやオラァっ!」

 

「ひぃぃっ!べ、別に僕自分の意志で殺そうとなんかしてないですって!ドンに!殺さないとドンに殺されるんですよ!」

 

「大丈夫大丈夫。ドンが殺さなくても俺が殺してやるからよぉ」

 

「何も大丈夫じゃないですよバカ!」

 

とんだ茶番だなぁ…と思う。けどこいつの恐ろしいところはどれだけ気弱でも目的を果たすことだ。どれだけ危険な仕事も自分にとって不利益な仕事でもこいつは必ず成し遂げる。前に死にかけたことだってあるのに死にかけの状態で仕事を続けていた。ドンヘの忠誠はファミリーの中でもある方だと思う。ある方だと思う、というか多分誰よりもドンのことが好きなんだろう。だから今回も本気で俺を殺しにかかると思う。いや、めんどくせぇわ。俺、あいつのこと殺したくねぇし。

 

「お前、俺が殺しても文句言うなよ?」

 

「文句言いますよ!てか僕は死にませんよ。ジン先輩が俺に殺されることになってんだから!」

 

「勝手に俺を殺すな」

 

戦うってことはどちらかが死ぬまでだしな。俺は甘くねぇからどちらも生きようなんて偽善者臭い言葉は絶対に言わねぇ。言わねぇしやらねぇ。だからこいつを敵として認識したら絶対に殺す。そう心に決めている。だからこいつが攻撃してきたらすぐに戦闘態勢に入るべきだと思う。殺したくねぇけど…な。こいつに限っては俺が心を許す数少ないファミリーの1人だし後輩でもある。別のカポなら容赦せんが…こいつは少しだけ気が引ける。少しじゃねぇなぁ。殺したくねぇわ、こいつは。けどやる口実ならいくらでも作れるな。俺はフーッと息を吐き出しこう言った。

 

「スー、お前俺殺したあとどうするつもりだ?」

 

「え?あ、えっと…多分次はイブキさんを殺すのに援助しにいかないと行けないと思いますけど…」

 

「決まりだ。殺す」

 

「え、なんでいきなり!?って…うわぁぁぁっ!」

 

右拳を振り左で追い打ち。そのまま一方的に攻め続けスーのバランスを崩させる。逃げ遅れを狙って体を蹴り上げる。空中で何もできない間に次々と攻撃を繰り出す。休む暇はねぇ、とにかく戦闘不能まで追い詰めて殺す。これは仕事なんだ。私情なんか入れてたまるかよクソが。

 

「カハッ!」

 

あいつの苦痛な声を無視してそのまま壁に追い詰める。スーが武器を取る前に畳み掛けてしまおう。俺はとにかく殴り、蹴った。あいつは対人格闘術が昔からできなかった。運動神経も悪けりゃビビリ。人を殴るなんてできやしねぇただのガキだった。今は人並みにできるかもしれねぇけど悪いが俺には到底及ばねぇ。俺に武術で勝とうなんてしても無駄に決まってる。それぐらいの実力差が生じているんだ。

 

でも...これじゃあいじめじゃねぇかよ。なんでここまでしなきゃいけねぇんだ。そんな思いが一瞬頭をよぎる。けど今のこいつは敵なのだ。殺さないと俺も殺される。だからそんな甘い考えしていられない。とにかく息の根を止めるんだ。じゃないと…じゃないと坊っちゃんも、カイトも…あいつらがしてること全部水の泡になっちまうか...

 

「せ、せんぱっ…い、もうやめて…!」

 

 

ドクン

 

 

思い出してきたのはふたりの少年たちの姿。泣きながら訴えてくるその目が俺にはどうしてもそらせなかった。どれだけクズみたいなことをしてもコイツラも教え子だもんな。そんな甘い考えで俺は殴るのをやめたんだそしてとうとう俺は戦うことを放棄したんだっけな。そしたらなんでか俺はそいつらに

 

撃たれたんだっけな。

 

ガクンと視界が歪む。倒れかけたが何とか体勢を維持して立つ。スーが攻撃してきた。まぁめっちゃ効いてる訳じゃないけど気をそらす為には十分いい攻撃だったな。よっこらせと立ち上がるとスーは俺に向かってチャカ(銃)を向けてきた。切り替えすげぇな。こりゃ思い出に浸る余裕はない。やっぱり早めに決着着けなきゃな。俺は大きく手を振ってそいつに殴りかかった。しかしそいつはヒラリとかわして反撃してきた。武術はそこまでだがこいつのチャカの扱いには惚れる。それほどうまいのだ、こいつは。だからきっとこのまま戦いが長引けば俺の体力がなくなった頃に必ずあいつは仕留めてくる。なんとかしてそれは避けたい。はやく殺さなければ。

 

あいつは顔から出ている血を拭って血の交じる唾を吐き出した。そしてチャカを2丁、俺に向けてこう言った。

 

「先輩こんなんだからラクリクに負けたんじゃなかったんすか?これじゃあ二の舞になりますよ?」

 

あいつの目はもう怖がりで臆病なスーの目じゃねぇな。今のあいつは獲物を睨み付ける虎の目。肉食動物と化したスーの姿だ。臆病なこいつがカポとしてやれてる理由はこれだ。スイッチの切り替えと目的に対する執着心。このスイッチ入られるとなかなかめんどくさい。こうなるとスイッチ切れるまでずーっと集中し続けるのだ。もう、スイッチ入っちまったからもう戦闘態勢崩せねぇ。今のあいつはドン以外誰にも止められねぇ。それほどにあいつは今強い。...俺、死んでもおかしくねぇな。さて、このままだと向こうはチャカ撃って攻撃してくるはずだ。俺もこのままおとなしく立ってるわけにもいかねぇしちょっくら暴れなきゃなぁ。それに少しイラついたことがあるし動くのにはちょうどいい。言いたいことは言っておかなきゃな。ふーっ...俺はあいつの視線に目を合わせてわざと近づきながらこう言った。

 

「ラクとリクには負けたんじゃねえよ...そもそも俺があいつらとは戦わなかったんだ」

 

ボソリとそう呟くと俺は迷わずスーのところへ飛び込んだ。殴り蹴り大きく後ろ蹴り。しかしあいつはヒラリとかわしてチャカを撃ってくる。かわすのが難しい。あいつは正確な位置に弾を撃ってくる。気を抜けば当たるだろう。ふーっと息を吐きながら攻撃、そして同時にかわす。攻撃が当たってあいつがダウンするまでこれは続くだろう。この状況なのはスーも同じだった。あいつも同じように攻撃とかわすのを同時にしている。けどあいつは不意に壁の方へ行って壁から上の方のパイプに乗り移った。右手と両足でパイプに捕まりあいつは俺を狙い始めた。しまった、空中にあいつをやっちまった!攻撃が始まったとき、ようやく俺はその事に気づいた。ここに降り注ぐ弾丸の雨から逃げながら俺は打開策を考えた。

 

そもそも空中戦に武術は使えねぇ。あのドラゴンボール見たいに空飛べたら話は別だけど俺は飛べないから無理だわ。だからスーは空中から俺をずっと狙い続けられるが俺はなにもできない。ただ逃げ回ることだけしかできないのだ。クソっ、どうするべきか。弾切れ狙うしか方法ねぇよな。もうそれ以外どうしようもねぇ。けどそうしたら俺の体力が持つかわかんねぇ。案外ボーッとしてるときに弾が当たってもおかしくねぇしな。いや、仕方ない。このまま弾切れ狙いで行こう。逆に考えてそれ以外方法ないわ。結局この結論に至った俺はそこから数十分走り逃げ回り続けた。いやぁ、めんどくせぇ。なんなんだこいつは。そう思うほど腕が上がっていて驚いた。ガンガン弾を撃ってくるししかも基本避けにくいところに狙ってくる。実際何発か顔を掠ったり足に命中している。気にするほどでもない痛みだがあまりにも出血が多いと多分大変だ。なんとか避けきりたいところだが全部避けるのは不可能。距離を置いたところであいつの命中率は変わらねぇ。とにかく走りながら避けるしかない。けどパイプさえ折ってしまえば大丈夫じゃねえか?そう思って俺は方向転換した。パイプは下の方を折れば上はあまり固定されてない。グラグラして落ちてくるに違いない。俺は壊れかけたパイプめがけて一直線に走り出した。そしてパイプを大きく蹴った。その瞬間、胸に何かが当たった。

 

バキィィィン

 

パイプの下の方は粉々になって吹き飛んだ。するとスーが捕まっていた上の方はグラグラし始めあいつもやむなくそこから飛び降りた。スーはバランスを崩しながら落ちてきたがちゃんと着地した。そこまでダメージを負ってないようだ。すぐさまチャカを構え始めたから俺もすぐ応戦しようとする。何か当たったという感覚はあったがそれが何なのか自分で理解していなかったから俺はそのままあいつに突っ込もうとしていた。だが、一歩踏み出した瞬間俺は止まってしまった。待った、なんか銃弾当たってるよな?と。気付いたのが遅かった。血がボタボタと滴り落ちて紅の水たまりができているのに俺はそのことに一切気づいていなかったのだ。仕方なく上着を脱いで傷口のところに巻く。深く呼吸をして酸素を回す。痛くは、ない。だから立ててるしめまいも何もない。ただ自覚症状がないから突然倒れるかもしれない。気にしてられねぇがとにかく応戦するぞ。そう心に決めて前を向く。しかしなぜか、スーはもうスイッチが切れていた。あいつは涙を流してその場に立っていた。そしてチャカを降ろした。一瞬意味がわからなくてポカンとしてしまった。いや、いくら経ってもわからない。なんでこいつ、泣いてんだ?俺まだ死んでねぇぞ?なんなら今殺すチャンスだろ。何してんだよ。

 

「先輩、すみませっ…僕…!」

 

「チッ、お前のせいで意識保つだけでも苦しいわ。くそっ、これじゃいつ死んでもおかしくねぇわ。もう勝ち目ねぇし殺してもいいぞ」

 

やけくそになってそう言ってしまったがまぁここで殺されたところで後悔はあまりない。そのうえこいつの成長も見ることができた。だからこいつならこの後もやっていけると思うしこいつに殺されるのもなかなか悪くない。カイトには申し訳ねぇが先に逝かせてもらおう。そう思ってるのにあいつはなぜか立ち尽くして泣いている。なんかやったか俺?泣かすようなことしてねぇよな?と思う。

 

「先輩...聞きたいことあるんですけどいいですか?」

 

あいつは俺の姿を見てそう言った。俺は何考えてんだこいつ…と思いながらもため息をついておう、と答えた。正直何恐ろしいこと聞いてくるんだ?と少し怯えてもいた。

 

「ラクリク事件…あれがあったからカイトくんと先輩はやめちゃったんですか?」

 

ラクリク事件…か。思い出したくねぇこと思い出させやがって。少しだけ口をつぐむことを考えたが、俺はそのままため息をついて説明することにした。多分、こいつには教えなきゃいけない気がするからな。これからを生きるこいつにとって。

 

「…あぁそうだよ。そりゃ嫌にもなるだろ身内に殺されかけたらよぉ。いつ裏切られるかわかんねぇっていっがいと怖いんだよ」

 

ラクリク事件は俺がまだ正式にファミリーにいたときに起こったある事件だ。二人目の教え子たちが起こした裏切り行為か?なんかした覚えはねぇけど殺されかけて息も止まっちまったんだよな。いやぁ怖い怖い。おかげで人間不信になってファミリーやめるきっかけになっちゃったってことよ。それも、割と才能あるやつら二人だったから坊ちゃんの次に手塩にかけて育ててたから結構ショックだったな。俺単純だから坊ちゃんみたいなやつがそこらへんにごろごろ転がってるもんだとずーっと思ってた。だからラクもリクも坊ちゃんと同じような心構えをしているもんだと思っていたよ。なのにあいつらは権力にしか目がないただのガキどもだった。その事実に驚愕したよ。だから俺は坊ちゃん以外には何も伝えずにこのファミリーを去ることにしたんだ。あ、俺のことを唯一昔から知っているカイトもともに去ったよ。あいつはまぁ俺のこと結構好きだったらしいからな。俺が殺されかけたってのに処罰も何しないファミリーたちに嫌気がさして俺についてくることにしたらしい。くそみたいな話だよな?でもまぁ俺も死にたくなかったしまだやり残してることが腐るほどあった。このファミリーにいてもまた殺されるターゲットになるのも嫌だし正直誰が味方かなんてもうわかんなかった。だから俺は、ファミリーを捨てたんだ。あの事件をきっかけに。

 

「…先輩がいなくなった後、ずっと後悔してたんですよ、僕」

 

スーはうつむきながらそう言って俺のほうを見た。

 

「先輩、すみません」

 

「は?何をだよ。後悔もくそもねぇだろあの事件お前に関係ねぇし」

 

「あの事件、本当は知っていたんです。ラクリクがひそかに計画していたの、ずっと知ってました。だからあそこで止めるべきだったんですよ…!だけど俺はここで止めたらあの二人に殺されるんじゃないかって聞かなかったふりをしてその場を逃げました。そしたら本当に、次の日に先輩が殺されかけちゃったんです…!あそこで逃げなければ…きっと先輩はあんな思いせずに済んだのに!そのことを分かってるのに僕は…今あいつら二人と同じことをしました。」

 

…何言ってんだこいつは。本気でそう思ってしまったから俺はつい笑ってしまった。こいつ、実力は成長してるけど心はやっぱり成長してねぇな。笑えるわぁ。血を流していることも忘れてスーのところへ歩き出した。そしてポカリと頭を殴ってドアホって言った。

 

「おまえが何で涙を流しているのかは理解できねぇ。殺す相手は目の前にいるのに過去に囚われ続けて躊躇し続けてるの見たらこっちが腹立つわボケぇ」

 

「で、でも…僕先輩の過去知ってるからこそ殺すなんて…やっぱり無理です。あなたを今、傷つけてしまったことを後悔してます。僕は、あなたを殺せません。なのでここで死にます、僕。カポレジームとして恥ずかしいですっ…!」

 

やべぇ、キレた。俺は本気でスーを殴った。マジで殴った。そして本気で怒鳴った。

 

「甘ったれるんじゃねぇっ!お前、今まで何の躊躇もなく人殺してきただろうが!お前はドンに認められてる!実力も確かだ!お前を慕う奴らだって何人もいる!なのになんだ?今更人殺すのが怖いだぁ?ふざけたこと抜かすんじゃねぇっ!俺は今、何者でもねぇ!ゴットブルのファミリーじゃねぇからな!今の俺は、お前が殺してきたようなただの部外者の人間だ!過去の思い出になんか浸るんじゃねぇ!ラクとリクがなんだよ?今の俺には関係ねぇな!だから殺されかけたって問題ねぇさ。過ぎたことは何も影響しねぇから。なのにお前はお前自身に何にも関係ねぇ事にずっと囚われてんのか?あほか!お前はただ、ドンからの命令を忠実にこなさなきゃいけねえんじゃねぇの?違うか!?俺は今、坊ちゃんのためにここにいる。坊ちゃんの目的を果たすためにな!だからここにいる奴らは根絶やしにでもなんでもする覚悟だよ!お前はそれを止めに来たんだろ!?何泣いてんだガキかよ!そろそろ成長しろや!そんなやつがカポをする資格はねぇ!」

 

…言った。スーに散々言ったら気が済んだ。言いたいこととにかく言ったしこれで俺は満足だ。これで殺されようがあいつが勝手に死のうがむしゃくしゃした理由は言ったんだしもうやるべきことはしたはず。あとはあいつを殺せることができれば万々歳だが、だんだん傷が痛み始める。止血したとはいえ出血量が多すぎたかもしれない。坊ちゃんには悪いがここまで足止めしたんだ。頑張ったし、あとはカイトか坊ちゃんが何とかするだろ。気付けばもう、ほかの奴らは気を失って倒れてるし残すはスーだけ。でもこいつはもう大丈夫だ。見た限り、こいつはもう決意したらしいしな。

 

「…僕、まだ先輩に比べたら未熟ですね」

 

「当たり前だボケェ。俺が何人殺したと思ってんだ。お前みたいに気弱な人間じゃねぇもんでな。まぁ、どっかの誰かさんが撃ってきた弾が効いてきていつまで持つかわかんねぇけど」

 

スーはやっぱり泣いていたしいつもみたいに気弱だった。けどこいつはきっと、坊ちゃんに匹敵する才能を持っている。間違いない。だからきっとここであいつは生きるべきだ。俺はまぁいいだろ。仕事も言いつけもちゃんと守った。教え子たちには未来を託しても大丈夫だ、きっと。坊ちゃんも、スーも。これから頑張ってくれるはずだしな。最後まで俺は教育できた気がするから大丈夫。

 

「先輩、僕がトドメを刺してもいいですか?いや、僕がするんだ。ここから動かないでくださいね」

 

「…近づいてみろ、俺がガバって立ち上がってお前を殺すからな」

 

別に脅したつもりはなかったっがあいつは不意に足を止めてしまった。そしてぶるぶると手が震えていた。あぁ、こんなにいい教え子がいるなんて俺は幸せだなぁ。いろんなことがあったけど最後にこいつに殺されるのは教育係として嬉しい。マゾではないけどまぁ興奮したよ。ほんとに殺されるんだなぁってね。

 

「最後まで怖い先輩ですね」

 

チャカが俺の頭に向けられた。スパって死ねそうだ。いいね、あと数秒しかないだろうが生きるという感覚を最後まで楽しませてもらおう。これが俺の生き様だ。

 

そして、発砲音。その瞬間、何かがよみがえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、ジン兄ちゃん』

 

『なんだい坊ちゃん』

 

『俺、今日ケンジョウに勝ったんだよ。ナイフを首元まで当てれたよ』

 

『ようやくケンジョウに勝てたか!よかったじゃねぇか』

 

『でも、お父さんは褒めてくれなかった。認めてくれるかなぁって思ったんだけどね。何でだろう?』

 

『…それぐらい坊ちゃんに期待してるんだ。大丈夫、俺は坊ちゃんの頑張りわかってるからなぁ』

 

『うん、ありがとうジン兄ちゃん。じゃあお父さんを殺す直前になったらさすがに認めてくれるかな?』

 

『あー、そうかもな。よし、俺は坊ちゃんの教育係だからな。もし坊ちゃんが本気でドンを殺す時があったら本気で手伝ってやる!』

 

『ほんと!?もしジン兄ちゃんの友達が敵でも俺のこと助けてくれる!?』

 

『もちろんだぁ!死のうが何しようが最後まで戦うからな!よし、そのために頑張るか!おらかかってこい!』

 

『よし、今日こそジン兄ちゃんたおしてやるっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃弾が止まったように見える。けど体は動かない。あぁ、坊ちゃん。最後までいられなくてごめんな。でも今の坊ちゃんならドンに認められると思う。だから頑張れよ。俺は一足先に逝くけど頼むからすぐにあの世に来るなよ。ちゃんとガビを助けて悔いのない人生送ってから来いよ。それまでちゃんと地獄で待ってるからな。

 

一瞬、痛みを感じた。最後は良い人生だったと思えた。

 

 

 

 

 

 




ラクリク事件ってあとからすごい大切な事件になるのでまだ詳しく書きません。さて、カイトもジンも死んだけど二人とも真逆な性格なので死に方も逆にしました。カイトは最悪な人生の終わり方、ジンは最高な人生の終わり方になりました。ジンを殺したスーはこの後少しだけ出てくると思いますがやっぱり罪悪感に潰されそうになってます。割と戦ってる部分は少なめに書いてますが書くのが大変なんすよ。戦闘シーンって何書けばいいのかわかんないし適当に書いちゃってます()次回はイブキ回になります。


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断ち切り~崩壊編⑧~

…崩壊編、めんどくさくなってきた。本編とどうやってつなげよう?


さっきから結構走っているけど久々に来たからだろうか。昔は散々通ったはずのこの廊下さえ見慣れない景色に変わっていた。なんでだろう、なんか違う。静かで、冷たい。冷めきったような雰囲気が漂っている。すごく嫌な気分になる空気だ。はぁ、気分わりぃ。早く親父のところまで行きてぇのに。まぁ、気分なんかどうでもいいんだけど。それよりもだんだん悲鳴が聞こえなくなっている。カイトさんとジン兄ちゃんが頑張ってくれたのだろう。無事だといいけど…大丈夫か?大丈夫だよな。そう信じてとにかく親父の部屋に進む。

 

「おい、イブキが来たぞ…っておわぁ!」

 

「おい慌てんなよ…落ちつけぇ!」

 

「おい逃げんな!ドンに殺されるぞ!」

 

数は少なくなっているとはいえちらほら人はいる。あまり手を出したくはないが邪魔だ。殺さない程度に手を出して黙らせておく。そして進む。単純な作業に見えるかもしれないが割と疲れる。まだカポとは会ってないけどもそろそろ遭遇してもおかしくない。早めに倒しておきたいけど…どうするかなぁ。てかガビ大丈夫なのか?それが心配だ。簡単には死なないだろうけどそれでも心配だ。何とかしないといけない。…大丈夫だとは思うけどまぁ急ぐか。

 

「ごめんよ、先を急ぐんだ。少々乱暴するけど悪く思うなよ」

 

いつもなら何も感じずにすんなり倒すことができるのになぜだろう、すごく後ろめたい。いや、理由はわかってる。いくら今は敵だとしても結局は同じファミリーの仲間。手を出すこと自体本来ならするべきではない相手たちだ。だから、鈍い。今日の俺は鈍い。怪我をしているわけでもなんでもないけど反応がいつもよりも遅くなっている。それに疲労が半端ない。あの二人にもお願いしたが、カポ以外には殺さない程度に攻撃している。間違いなく、幹部でもないこいつらには何の非もない。こいつらは上に命令されて動いているだけ。何の非もないのに殺すなんて俺もそこまで鬼ではない。ただ邪魔だから戦闘不能程度にはしなければいけない。結構めんどくさいが手加減しつつ攻撃しなければならない。その手加減を俺はどれぐらいまでしていいのかわからない。だから時間がかかるし思い切って攻撃もできない。それが今日俺をてこずらせている一番の要因だ。ここにいる奴ら皆殺しにしていいなら話は別だがそうもいかない。だから疲れる。だから嫌。

 

とにかく親父を殺したい。そして早く、ガビに会いたい。だから俺は戦う。だから俺は進む。どうにかして助けたいから、どうにかして会いたいから。多少の犠牲が出てきてしまってもあいつは助けなきゃいけない。がんばって、俺が助けるんだ。ケンジョウがいない今、助けられるのは俺のみだ。ガビの為…と思えばいきなり体が多少楽になった。体の力が抜けて罪悪感はあるがさっきよりも鈍さは少なくなった。

 

「…イブキさん」

 

突然耳元でささやかれたその言葉に俺は身を強張らせる。が、反応できたからすぐさま右足で蹴りを入れる。カポレジームで一番臆病で気弱な男、スー。殺しのスキルはジン兄ちゃんに匹敵する。ジン兄ちゃんのことを慕っていたはずだ。ファミリーの戦力の要のはず。The、陰キャって感じの男だしこいつには波がある。良いときは良いし悪いときはとことんやる気がない。そんな男なのだ。話したこともあまりないけどとりあえず静かな男…のはず。けどなんか…元気なくね?どしたんこいつ。血まみれだし、泣いた跡あるし、服ボロボロだし。てか違う、現在進行系で泣いてるな、こいつ。そう思って蹴ったあとだけど申し訳ない気持ちを持ちつつ心配して話しかけた。

 

「スーさん…だよな?あれ、どしちゃった?なんで泣いてるんですかい?」

 

スーさんはヨロヨロと立ち上がり泣きながら口を開いた。

 

「イブキさん…だよね」

 

「え、あぁうん。ごめん、蹴ったのそんなに痛かった?悪気ないから許して?」

 

冗談交じりにそう言ってみたが反応がない。ただぽろぽろ涙を零して泣いていた。どうすることもできないまま俺は立っていた。なんかあったんだろうな、と思ってただ彼を見つめていた。数分、沈黙が続いた。静かな空間に嗚咽だけが響く。そしてスーさんはようやく口を開いた。

 

「ごめんなさい、イブキさん。僕は…、ジンさんを先程、この手で殺しました」

 

ヒュッと一瞬息が止まる。あぁ、なんでかな。めまいもする。やばい、ジンさんが死んだ。俺のせいで。大切な人を失ってしまった。あの人は殺されちゃダメな人なのに、殺されてしまった。俺が無茶言ったからだ。後悔が押し寄せて目の前が揺れて見える。めまいが止まらない。やってしまった。その言葉が頭の中をリピートしている。

 

けどすぐに切り替えた。ふーッと息を吐き足に力を入れる。飛び出した俺は泣いているスーさんを掴みナイフで切り裂く。あぁ、俺は今人を殺している。その感覚をなるべく感じないように機械的に刺しまくった。弱り果てているであろう心に加えて体まで傷つけてしまうのは申し訳ないな、と少し悲しくなった。最後に口をパクパク動かして何かを言っていたがわからない。けど、辛そうってことはしっかりわかった。同情はできないが俺は小さくゴメンな、と彼に言った。心臓をグサリと刺すのは好きじゃない。俺はそもそも他人に手を出すことが本当にない。人には、生きてほしい。仕事であろうとほとんど他のファミリーに殺すことを頼んでいる。だって死んでしまうのは嫌だし死んでほしくない。俺は死にたくないとずっと思ってる。それはきっと誰でもそうなんだろうと思う。だから俺はわざわざ人を殺して未来を奪いたくない。生きてほしい。ジンさんも、スーさんも、他の奴らも。生きていてほしい。けど、そんな綺麗事は今回は言えない。言ってたらきりがない。気持ち悪いがとにかく立て直す。数人…いや、数十、数百人死んでしまったとしても関係ない。申し訳ないが今優先すべきはガビの救出と親父の殺害。ここで俺が止まったらジンさんの死が無駄になってしまう。スーさんも本来なら何も悪くないはず。だけどスーさんはあの親父の仲間。カポなら特に容赦できない。だから申し訳ないがここで死んでもらわなければいけない。だって、今のスーさんは敵だから。

 

「…敵、だもんな」

 

ナイフが胸を貫通していた。殺しってのはスマートにするべきなんだろう。こんなに派手にしていいもんじゃないと思う。なるべく足跡を残さないように短期間で一瞬で殺すべきだと思う。だからスーさん、今痛かったんだろうなって思う。ぐちゃぐちゃになっている彼はまるで化け物の様だった。ごめん、仕方ないんだよと心の中で繰り返すけどそれでも気持ちは晴れない。

 

仕方ない。

 

仕方ない?

 

目的のためだったら人はいくらでも殺していいのか?

 

わからない。

 

頭の中がごちゃごちゃだ。たった1人目の前で倒れているだけでこんなに思考は狂ってしまうものだったか?と過去を思い出すが残念ながらそんなわけではなさそうだ。いくら目の前で人が殺されても今日みたいに罪悪感に襲われることはなかった。いやまぁ今までも罪悪感ゼロってわけじゃないけど。とにかくわからない、これはしていいことだったか?ガビを助けるためにこんなに犠牲を出していいのか?

 

ちょっと待て、あの少女一人のために俺はここまでやってきたのか?いや、親父を殺すためだ。でもガビを助けることも大切だった。ん、何のためにアメリカに来たのかわからなくなってきた。ガビのため?親父のため?何のため?何のために戦った?

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ、何が正しいんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

…わかんねぇな。

 

「…ねぇ、何が正しいと思う?俺さ、ぶっちゃけ早く帰ってガビと寝たいんだわ。でも、ガビ1人のためにここまで犠牲を払っちゃったことは本当に申し訳ないと思うんだよね。だから…いやもうよくわかんねぇわ。何が正しかったかもうわかんねぇ。人殺したことあんまりねぇからよくわからんけど人殺すのって辛いよな…ジョンソン」

 

「俺にもわかんねぇよ、イブキ」

 

後ろにいる男には答えを求めたつもりだったが残念、こいつも迷っていやがった。親父に誰よりも忠誠を尽くしてドンを誰よりも支えている男、ジョンソン。多分、親父の次に手強い相手である。こいつは命令に従わないことはない。私情を挟まないしド親父の為に常に行動している。だから俺を見つけてしまったから真っ先に俺を殺さなければならないといけないはずだし今こいつの前にいるのは危険だと思う。普通に殺されてもおかしくない。いつものあいつなら喋る隙も与えず敵を殺すはずだから。なのに今は、攻撃してこない。ていうかなんか声が疲れている。スーさんもジョンソンも精神的に疲れているらしい。俺も病みかけてるけど…なんかあったんか?そもそも俺が油断しているだけでもしかして殺されちゃうか?わっかんねぇ。今ここで殺すべきなんだろうけど…なんでだろう、今のあいつの声を聞く限りここで今すぐあいつを殺す気には全くなれない。目的があったとしても今はこいつに攻撃なんかできない気がする。よくわからない感覚だ。でもまぁとりあえず向こうが戦う気がないのならここで少しあいつとは話がしたい。

 

ナイフと持っていた銃を懐から出して床に置く。そして両手を挙げて後ろを振り向いた。

 

「あんたが何考えてんのか知らんけど今戦う気ないだろ。ならちょっと話したい。俺も今は攻撃する気にはなれない。本当なら今すぐにでもガビ助けるべきなんだろうけどそれより話したい。」

 

「…奇遇だね、俺もだ」

 

あいつも武器を下ろして胡坐をかいた。そして俺にも座るように合図をしてきたから俺も素直に床に座る。今のこいつは絶対に攻撃してこない。確信できる。だからちょっと話したい、ここで。こいつには聞きたいことがたくさんある。と、思ったがそれより先に向こうが苦しそうな顔で話し始めた。

 

「…お前はよくやってるよ、日本で。お前こそ今のドンにふさわしく見える。俺の目から見たらな」

 

重々しい口調だが明らかに心からそう思っているような声だった。敵であるはずの俺に言う言葉ではないしあいつは今しれっと親父を否定した。本当におかしい。昔のあいつとはかけ離れている態度と言動。心配になるほどおかしくなっている。何があった、アメリカで。何があってジョンソンは変わった?何があって今ファミリーはおかしくなっているんだ。

 

「なぁジョンソン。何があったのか聞きてぇ。何でいきなり日本を攻めたのか。何でいきなりケンジョウを殺したのか。何でいきなり変な行動を起こしてるのか。あと…親父は何した。明らかにおかしいだろ。あんたが親父に対してそんな意見言ってるところなんて今まで見たことねぇ」

 

「…話せば長くなるさ。だけど時間がない。今の俺はもう何をすればいいのかもよくわからん。けど、このファミリーを救えるのはイブキ、お前だけだ。」

 

床に置いてあった銃をあいつは壁に投げ捨てた。そしてはぁとため息をついてぐちゃぐちゃになった紙をポケットから取り出して俺に渡した。なんだこれ。不審なものではなさそうだな。そう思って俺は紙を受け取る。その紙を開いて俺が読み始める前にあいつはおい、と言ってこちらを向いた。が、そのあとはバツの悪そうな顔になってうつむいてしまった。何考えてんだ?としばらく見つめていた。そしてはぁ、とため息をつきながらこう言った。

 

「今回ばかりはドンが何を考えているのかわからない。このままだとファミリーは間違いなく崩壊する。さっきまでは指示に従っていたが…もうだめだ。頭が狂いそうだ。」

 

「く、狂うだぁ?なんだ地獄絵図でも見たか?それともなんだ、死にかけたか?まぁ死にかけにしては身なりが綺麗だけどよ」

 

心配と冗談を混ぜつつ言ってみたが向こうは顔を青ざめながらいや、違うんだ…と言った。そしてこの世の終わりのような深刻な顔をしてうつむいている。ジョンソンはしばらくこちらの瞳を見つめ続けていた。そして、こう言った。

 

「…さっきカイトが息を引き取ったんだ。その時にイブキもジンも殺さなければいけないって思ってたけどね…もうあの人が正義だとは思えない。」

 

さっきと同じ感覚でまた頭がフリーズした。カイトさんも死んじまったなぁ。と、胸が締め付けられた。ふたりとも、俺が巻き込んだせいで死んだ。それが辛くて、少し視線を落としてしまう。やばい、巻き込むんじゃなかった。あの人たちは死んだらいけなかったはずなのに、と後悔も襲う。けど仕方ない。その一言で終わらせるしかない。血も涙もない言葉だが今はつべこべ言ってられないんだ。深呼吸。今はそれよりもジョンソンだ。何が正義かわからない…どういうことだ。まさか親父のことをあいつは裏切るつもりか?あの忠誠はどこへ行った?

 

「お前親父は?別に殺してしまったことは仕方ねぇ。今の俺たちは敵同士だから。けど…お前親父を否定したか?」

 

「俺が尊敬したのは力に溺れるのではなく弱者にも手を差し伸べて弱者に未来を与えていたドンなんだ。けどもうドンは変わってしまった。俺にはどうにもできないんだよ…だからイブキ、助けてくれ…俺は、あの人をドンとして認めたくない。あの人は…いやあいつはただの怪人なんだ!俺はどうすればいいんだ、怪人の奴隷にならないといけないのか?違う、俺はカポでありファミリーの秩序を守るべき者だろう。だから俺はあの人を止めなければいけないのに…もう何が正しいのかわからない…!」

 

怪人

 

その言葉にふと、違和感を持つ。怪人はガビが倒すべき奴らのことだと理解していたつもりだった。その表現を親父に使っただと?ということは親父は相当壊れちまってるらしいな。あのジョンソンが親父を否定するなんて考えられない。それほどに危険なのか?今の親父は。

 

「…本当に教えてくれ。何があった?」

 

「まずその紙を見ろ。俺にもよくわからない、その文書はな」

 

そういえば紙持ってたな、とぐちゃぐちゃな紙を開いてみる。するとどういうことだろうか、にわかには信じられない内容がそこにはズラズラと書かれている。それは、大切な人の命…ケンジョウやガビに関わることまで。疑問ばかりが頭を埋め尽くす。

 

「…裏切り?俺が親父を殺す計画を立てた?んなことしてないぞ、俺。しかも内通者って…ケンジョウ?待て、どういうことだよ…」

 

「わからない、勝手に作られた文書だ。これをいきなり俺たちに押し付けてイブキたちを殺せと言われたんだ。ある日突然な。」

 

「…突然?お前じゃあ理由もよく知らずにみんなを戦わせてたってか?理由も知らずにカイトさんとジン兄ちゃんを殺したのか?」

 

「理由はあったさ、ドンの命令だった。ドンに言われたことを行動に移しただけ。でも…今は命令に従えない。従いたくない、あの人に」

 

すごくむかついた。命令?命令ならわかる。けど…その後の言葉が引っかかる。従えない?逃げ道のような言葉に腹が立った。あの人たちの命を奪っておいてなんでそんなこと言うんだこいつは?

 

「…従えない?そんなセリフは命を奪う前に言えよ。殺した後になって後悔するとか遅いんだよ。それじゃまずいケーキを食いかけて残すようなもんだぞお前ふざけてんのか」

 

そう言うとあいつは顔をまっ青にして俺の腕を掴んだ。いきなりの出来事に俺は体をビクリと揺らす。見ればジョンソンはブルブルと体と声を震えさせながらとにかく必死そうに違う、違うんだ…と呟いている。どういうことだよ…と、ため息をつく俺に対してジョンソンは必死そうにこう伝えた。

 

「違うんだイブキ、あの人は…本当におかしいんだ!多分死んでしまった二人もあの人に殺されるより他のカポに殺される方がマシなんだ!お前も出会ってしまえばきっと殺される…俺はもういい、耐えられない。俺の正義とあの人の正義はもう違うんだ…だから、ここで殺してくれっ、あの怪人にだけは殺されたくない…!」

 

「は、はぁ?何がイカれてんだ?」

 

「数ヶ月前いきなりだ。いきなりドンがファミリーの奴らを殺し始めた。無差別にだぞ…?それで数ヶ月の間に何百人も死んでる。そしたら身内も殺すだの何だの言い始めて日本のファミリーを潰す計画が練られ始めたんだよ。それで、それでお前もケンジョウもガビも狙われてたんだ…でも、でもケンジョウは本当はド」

 

ぐちゃり。

 

一瞬のことすぎて目の前で何が起きたかわからなかった。あれ、時間止まったか?いや、なわけない。手は動くから。景色も一瞬ぼやける。あれ、めまいするな。少しボーッとして深呼吸。落ち着いてきたから立ち上がろうとして床に手をつくと生ぬるい液体が手のひらについてしまった。慣れかけてしまいそうな感触。それを拭ったときに吐き気がする生臭い匂いにも気がついた。理解した。あぁ、血か…と。景色のピントが合って何が起きているのかわかった。そこには目を見開いたままのジョンソンの首が転がっていた。胡座をかいて座ったまま、首だけが転がっていた。別になんとも思わなかった。敵だし。こんな臆病者がカポのトップだなんてヘドが出るね。俺は唾を吐いて後ろを向いた。そしてあくびをした。…親父、壊れたんだな。改めてそう思うと少し悲しくなった。俺はため息をついてフロアをあとにした。その時にちょっとカタリと音がして後ろを振り向いた。不気味にも、ジョンソンの首がこちらを向いていた。

 

…結局ジョンソンは必要としていた情報を多くはくれなかった。偽造の報告書、親父の命令。そしてアメリカでも起きていた虐殺。わかっているのはこの3つだけだ。しかし俺が聞きたかったのはそれの原因。なぜそうなってしまったのか事の経緯を1から説明してほしかったんだよ。なのに、教えてくれなかった。そのまま死んじまった。アホみたいだな、と呟く。まぁ期待した俺が馬鹿だったか。てか、あそこまで人は追い詰められるんだな、笑える。みっともない死に方だよ。まぁ、あれの殺し方がスマートだから静かだった。そこだけは認めよう。

 

目の前の大柄な男の姿。ひたひたと音を立てずにこちらへやって来る男は外見だけ見れば前とは変わらない。

 

俺の親父、このファミリーのドンであるマサオノ。何を考えているかもわからない。ただ、不気味。何もされていないのに目の前に現れるだけで背筋が凍る。冷や汗まで出てきた。存在するだけで空気が凍てつく。あいつの周りはいつも、冷たい。そう思った。無言のまま、その男は俺のいる方向へ歩いてきた。俺はただ何もできずに立っていた。攻撃されるか?と思ったが彼は俺の横を通り過ぎたあと、ボソボソ何かを言っていきなりジョンソンの首を蹴った。それから残された体に火をつけた。何やってんのか理解できなかった。なんでいきなりそんな無残なことするんだ?と思った。ただ、燃えるときの匂いが臭かった。そして、熱かった。無機質な表情を俺はただ見つめる。その顔がイラつく。親父に対して俺はジョンソンの体を燃やし尽くす炎のように怒りが湧き上がる。

 

「…おい、何やってんだよ親父」

 

地面を踏みしめて親父に対して構える。最終決戦だ、こいつを殺してガビを救う。それを成すために俺は思いっきりマサオノに殴りかかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回含めて5回以内でガロウ編入りまーす。


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そして、崩壊〜崩壊編⑨〜

ごめん、もう無理に終わらせちゃった!めんどくさかった!なんかもうすごいめちゃくちゃになってるけど許して!


親父に向かって殴りかかろうと地面をけった。そしてその拳は親父の腹に命中した。よし、やった。そう確信した俺はそのまま右足で顔を蹴り、左足で脛をひっかける。何度も打撃を与えたうえで最後に息の根を止める。そのために左足をかけて親父を押し倒す。バランスを崩してしまえば親父は何もできない。だから今、初っ端からチャンスだ。結構ダメージを与えたはずだと思って俺は体重を左足に乗せる。そして倒す。

 

俺よりも重いはずの親父の体は結構簡単に地面に倒れた。よし、行ける。

 

「何考えてんのかしらねぇけどよ…俺はお前のことが嫌いで憎くて仕方ない。それは否定しない。だけど裏切り行為?そんなこと考えも行動もした覚えない。罪もない大切なファミリーバンバン殺しやがって…挙句の果てにはジョンソンまで?とうとう狂ったか。」

 

俺は上から親父を見下してそう言った。そのまま俺は親父の首を絞めようと転がった体にのしかかる。そして、首に手を当てる。力を入れていってどんどん首を潰す…そうしようとした瞬間だった。突然、目の前が真っ暗になった。あれ、なんでだ?と思った時、不意に目の前に少女が現れた。そして彼女は呟いた。

 

『…ダメだよ、乱暴しちゃ。』

 

俺の腹のあたりにいつの間にか親父の拳が当たっていた。その状況を理解をする前に猛烈な痛みが俺を襲う。

 

「っ…!」

 

バランスを崩してその場に膝をついた。そして追い打ちをかけられる。ヤバい、これじゃさっきと逆だ。このままだと俺が危ない。てか何だよ親父、こんなに強かったか?親父がこんなに動けるなんて…どんな体の構造してやがる。頭の中で愚痴をこぼしながら俺は止まらない攻撃をとにかく受けていた。どうしようか、本気で何もできない。てかさっきの子供、誰?誰だよあいつ?

 

『…イブキ、私のこと助けに来たんでしょ?』

 

時間がスローモーションになってまた女の子が出てくる。いや、見覚えがある。嘘だろ、ガビ…?ガビだよな。でも、薄い…?影みたいだ。まさか幽霊?なわけない、あいつはガビだよな。え、嘘だろ?何あいつ?何者…?

 

『イブキ、もうこれ以上戦わないで。これ以上戦ったらドンもみんなも壊れちゃうよ…!』

 

親父に攻撃されているのに痛みを感じなくなった。それよりもこの少女に夢中になってしまった。泣きそうな顔に震える声。あぁ、こいつはガビだ。本物のガビだ。影はない。ちゃんとした肉体がそこにあるわけではない。でも、ガビだ。なんでここにいるんだ、ガビ。

 

「違うだろ、ガビ…こいつはみんなを殺したんだぞ?仲間も、ケンジョウも全員…」

 

『バカっ…もう止まって!ドンを殺さないでよっ…これ以上、私の大切な人たちを奪わないでよ…!ケンジョウもいなくなってドンもいなくなったら私はどうすればいいのさ!私の帰る場所はどこに行っちゃうの!!』

 

帰る場所。

 

そうか、そうか。こいつからしてみれば親父は本当の父みたいなもんだろうな。だからこいつは今、お父さんを殺したら帰る家を無くしちゃうって言いたいのか。でもダメだよな、こいつは敵だから。もしかしたらお前の命だって取るかもしれないんだから。俺はお前をただ守りたいんだ。だから、止めないでくれよ。

 

「ごめんなぁ、ガビ。今回ばっかりは、黙って見といてくれよ…!」

 

何十回も殴られたからきっと骨が折れた。けどその痛みを気にせず体をぐるりと回して親父の攻撃をようやく避けることができた。立ち上がって飛び蹴りを親父の首元めがけて食らわせる。バキィっと大きい音が鳴った。手応えがあった、確実にやった。だって骨、ボキって音したもん。今のは重たい一撃だった。過去1手応えあった。そう思って俺はハァ。と地面に立った。肋骨が痛え。てか全身痛い。けどその痛みよりも心の方が更に傷んだ。あれが本物のガビではないと思う。いや、100パーない。けど、それでも、心が痛い。あいつの気持ちがわからないからこそ、今回はあいつの気持ちに同情できないからこそ、痛い。でもこれは正しい行動だったと思う。これは殺すべきだったんだと思う。親父は首を変な方向に曲げられたまま直立していた。ざまぁみろ、クソ親父。その体を睨んでからハァ、とため息をつく。苦しいよなぁ、みんな。だって人間だから。

 

思うことはみんな違うだろうし目的だって違うはず。それが違うから誰かが嫌な思いをする。全員が思い通りに行くなんて都合がいい世界じゃないんだ、現実は。だからこそ、みんな悩むんだろうなぁって思う。手を黒に染めることだって相当嫌なはず。命を奪うなんてもっと心苦しいに決まってる。その上ガビはヒーローだ。正義の、ヒーロー。黒と白、どちらも演じなければならないガビにとって大切な人というのは数少ない心休める人たちなのかもしれない。だから親父は、ガビにとって必要な人なのかもしれない。けど、殺さなければいけない現実がある。あぁ、辛い。心底そう思って親父を見た。

 

「……………………。」

 

親父は俺と遭遇してから1度も喋らなかった。何を思って戦ったんだ、あいつは。本当に何を考えていた?あいつは…本気で何が目的だったんだ?あっけなく死にやがって…これじゃ他の奴らみんな無駄死にだったんじゃね?いや、そんなこと言っちゃだめだな。俺のために、俺のわがままのために二人とも死んじゃったんだから。たまたま親父が簡単に倒せただけだったんだ。うん、そうだ。終わりがたまたまあっけないだけだもんな。でも…嫌だな。とりあえず、帰りたいなぁ、日本に。あれ、そういえばガビは?ガビどこだよ!?あいつ連れて帰らなきゃ…どこにいるのかねぇ。あいつを助けに来たのにあいつを忘れてどーするよ。親父に背を向けて歩き出してさっき来た廊下を引き返し始めた。はぁ、体痛ぇ…動かねぇな…。治療してもらわねぇといけないかもな。そう思った、その時だった。

 

『バキバキバキ』

 

不穏な音がして歩きかけていた足を止める。後ろには死んだはずの親父しかいないはず。なのになんで音がするんだ?もしや…いや、まさかな。そんなわけないよな。自分の中でそう言い聞かせる。だって俺、さっき絶対にやったもん。だから生きてるわけねぇ。そう信じて後ろを振り返る。するとそこには想定外の現実が待っていた。曲げた首をバキバキと手で直して元通りになる親父の首。何で生きてんだよ、さっき俺はやったのに。仕留め損なった音ではなかった。あれを食らって生きてるなんて化け物だろ、絶対。体の構造おかしいだろ。

 

「おい、嘘だろ親父ぃ…なんで生きてんだ。何で生きてやがる!俺は…さっき、お前を殺した!首を折ったはずだろう!なんで…お前の体はどうなってんだ!」

 

焦りからかそんな言葉を思わず言ってしまう。でも親父は顔色一つ変えずにただそこに立っている。何を考えてるのかわからない冷たい無表情な顔。一言も声を発さずにただ治した首を擦っていた。体を庇いながらも俺はもう一度戦闘態勢に入る。だって危険だから。こいつはしっかり息の根を止める。ただ、戦う前に俺はあいつに聞かなきゃいけないことがある。だから姿勢は保ったまま口だけ動かす。

 

「てめぇ、ガビは?ガビを誘拐して何をする気だ。あとアイツをどこに監禁してる?目的も何も知らねぇけどあいつには手を出すな。俺を殺すのは勝手にしろ。だがガビをこれ以上傷つけんな」

 

怒りと焦りが交じる。無論、俺は殺されない。ガビと俺で一緒に帰るんだ、日本へ。それまでは絶対に死ねない。ここで居場所を突き止められたら1番楽だがまぁそんな簡単には口を割らないはずだ。力ずくでも聞き出したいがあの親父はどうしたことかずーっと黙りこくっている。もしかしたら永遠に口を開かないかもしれない。そうなればまぁ殺すことが最優先だが自分で探しに行くのもありかもな。いや待て、こんな広い本部から探し出せるか?多分無理だよなぁ。ならやっぱり言ってもらわなきゃ困る。あぁ、どうする。どうすれば聞き出せる?あー、戦いたくねぇ。結構悩んでいたその時、突然親父は口を開いた。

 

「…お前は、同じ匂いだ」

 

「…は?」

 

今日初めて発した言葉が謎めいていてよくわからない。同じ匂い?気持ちわるっ、誰と同じ匂いなんだよ。いや、開口一番にそんなこと言うぐらいだから結構大事なことを言ったんだよね、今。きっとそうだよね、うん。なら…俺は誰と同じ匂いなんだ?洗剤はレノ〇ハピネス使ってるけどガビと同じ香水使ってるからなー。てことはガビと同じ匂いってことか?いや待て待て。いくら何でもこの場面でそんな発言する?普通。いや、しないよねって話だよね。うーん…どういうことだ?悩んでいる俺をよそに親父は廊下の近くにあるドアに手をかけて俺の方を向いた。そして口数少なくこう呟いた。

 

「…部屋で、すべてわかる。来い。」

 

そして親父はドアの向こう側に消えた。

 

「おい待てよ!」

 

傷ついた体を引きずって俺はドアへと向かう。そしてここが、親父の部屋だということにようやく気付いた。あぁ、この廊下は親父の部屋の近くにある場所だもんな。てことはここが目的地か。はぁ…と息を吐く。多分この先に俺は知るべきものが待っているんだと思う。だからここは迷わずに部屋に入るべきだ。そう確信して俺はドアを開けた。そこには親父と、地面に倒れる一人の少女がいた。あぁ、なんだ無事じゃないか。現状を確認出来て俺は安堵のため息を漏らす。そして親父へと目を向ける。親父はやっぱり、無表情だった。

 

「…来たか。」

 

「あぁ来たよ。とりあえずガビを渡してもらおうか。話はそれからだ。」

 

「まぁ待て。それよりも久々の再会なんだ。少し戯れようではないか。」

 

「さっき十分戯れた。それで満足だろ?ていうか何で生きてんだ、バケモンかよ」

 

「さっき…あぁ、そういうことか。さっきのことはあっちにしか記憶に残らんからな。今の私は、何もかもを超越しているから安心せい」

 

意味不明な言葉を告げられて俺の頭には?マークが5個ぐらい並んだ。もともと頭はイッちゃってると思ってたけどこりゃ重症だな。とうとう中二病まで拗らせたかクソ親父め。相手するのもめんどくさいと思って足を踏み出した。だが親父はにやりと笑ったかと思うとバキバキと体をうねらせ始めた。うねるっていうか…なんだこれ。まるでドラ〇ンボールの敵キャラが最終形態に変身するような感じだ。アニメでしか見れないその光景が今、現実で起こっている。信じられない。怖い。率直にそう思った。

 

「…息子よ、今からお前に話をしよう。いや…契約だ。その契約に従えばガビは解放してやろう」

 

轟音とともに部屋の窓ガラスが割れる。あまりのでかい音で、俺は耳をふさいだ。ガビの頬に、ガラスの破片が一つ、刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにかの音がして目が覚めた。私は朦朧とした意識の中、ふー。と息を吐いた。眠い。二度寝したいな。けど立ち上がる。立ち上がらないといけない気がしたから。何かに操られるように私は起きた。んー、それで私、何をしていたんだっけ…電話か。イブキに電話をしたんだ。それでそのあと寝てたんだっけ。いや、眠らされたか。ドンになんかクスり入れられちゃったんだよなぁ。危ないやつじゃないといいけど。ていうかイブキ、大丈夫かなぁ。多分ドン、本気で殺すつもりなんだろうな。かわいそうに…でもドンの命令だから仕方がないよね。私はカポだもん。ドンの命令に背くなんてこと、できないよ。悪いけど手出しできないしなんならドンの命令に従わざるを得なくなるからイブキは今日、死ぬかもなぁ。

 

さて、状況を整理しよう。イブキはこっそり進めていた計画がケンジョウによって暴露されて本部から攻撃されたと。あの報告書が本当だとすれば今のアメリカは真っ先にイブキを殺さなきゃいけない。だから今、イブキは殺されかけている。で、日本にいるファミリーには敵が潜んでいる可能性があると考えてアメリカは日本を潰しにかかっている。納得できる。うん、正しい行動だな。本当ならば日本に送った殺し屋がイブキをとファミリー全員殺して終わりのはずだったのにイブキが無駄に強いから殺し屋を送ったのにそいつらが返り討ちにあっちゃってイブキと私は生き残っちゃったと。だからドンは必ず命令に背かない私を人質にしてイブキをアメリカに呼んで殺そうとしている。で、人質としてドンに協力することになった私は偽りの助けを求める電話をイブキにかけてしばらく寝ていたと。…すっごいややこしいな。けどまぁ頭の中は整理できた。

 

けどなぁ…私に隠してイブキは本当にドンを殺すつもりだったのだろうか?あの計画書が本物だとすればケンジョウはイブキの行動に責任を取って死んだということになる。そうなりゃ悪いのはすべてイブキだ。何で言ってくれなかったんだろう。いや、普通そんなこと人には言わないか。でもそもそも日本のスパイは?日本のファミリーの中に裏切り者がいるって言ってたのはどうなったんだ?そのスパイはどこへ行った。イブキ云々の前にその裏切り者がいたからファミリーごたつきかけてたんじゃなかったっけ。そうだよね、多分。そもそも、イブキのことを魔眼で見た時もエロい事以外考えてなかったし…裏切り、本当にしようとしたんだろうか?イブキあいつ、何をするつもりだったんだ?それでスパイは誰?黒幕は誰…?

 

もう、わかんないな。

 

思考も視界も真っ暗だった。まぁ何が起きているのかはまとめたしあとはどうこうどうすればいいんだろ?…あれ、そういやここどこ?何かの音で目が覚めたのに音もなければ光もないところに、私は何故か立っていた。なんだ、ここ?なんかよくわからない場所だ。なんもないし匂いもない。ただ暗いな…いや、なんか知ってるような?来たことある気もするし。しかも、音じゃない。声だ。声が頭の中で響いているんだ。そうか私は声で目覚めたんだ。てことはここの場所には心当たりが出てくるな…前一回だけ来たはずの場所かもしれない。あの世と現世の狭間。深海王と闘っているときに来た場所だ。てことは…いるよね。あの人。なんかすごい人。

 

神様っぽいおじさん、いらっしゃるんですよね?

 

『馬鹿野郎なかなか目覚めないから散々声をかけてやったのにずっとぐーすかぐーすか眠りやがって。どれだけ眠りが深いのだお前は』

 

やっぱりいた(笑)久しぶりですね、深海王の時はありがとうございました。でも…ここに来ちゃったってことはもしや私、また死にかけちゃってます?

 

『いや、死にはせん。ただ私が声をかけなければずっと昏睡状態だっただろうな。相当眠っていたから。声をかけてもあんなに起きないのはもはや病気ではないのか?』

 

一回寝るとなかなか起きれないんですよね。で、別に死なないんですね?よかった、安心です。でもそれなら…なんで私はここに?だってあの世とこの世の狭間ですよね、ここ…?

 

『前回はな。今回は違う、私がお前の夢の中に入り込んだんだ』

 

え、しれっと気持ち悪いこと言いましたよね今?

 

『どこがだ。お前が困っているだろうと思って来てやったんだぞ私は。感謝の気持ちはないのか無礼者』

 

へー神様も大変ですね、ご苦労さまです。

 

『助けてやらんぞ?』

 

うそうそごめんなさいってふざけました(笑)んで、困ってることもお見通しか…さすが神様。

 

『…前から気になってはいたが、私は神ではないぞ?』

 

え、神様じゃないんですか!?えーじゃあ何者なんですかぁ?そろそろ教えて下さいよう気になりますよぅ。

 

『まだ時が来ておらん。時が来れば一から十まで何でも教えてやる。だが今日は時間がない。この場所にもいれて5分だ。伝えたいことだけすぐ伝えるからよく聞け。…そういえばあの小童は大丈夫なのか?相当心も体も傷ついておるぞ』

 

小童?あぁ、イブキのことですか?いやあいつはだって…ドンを隠れて殺そうとしていたんですよね?なら仕方ないんじゃないですか?自業自得だと思いますよ。まぁイブキを騙した電話は少し心が痛みましたけどね、うん。

 

『…やはりか、あやつは何を考えておるのかわからぬ。生かしておくと大変になるな。…ガキ、お前こそ騙されておるぞ?』

 

…やっぱりそうか。何かおかしい気がしたようなしなかったような感じだったんですよ。てことはドンにまんまと利用されちゃいました、私?

 

『ほほう、わかっておったか。まぁ私の目から見てもあの小童が突然反乱を起こすようには見えなかった。事実、しばらく監視していたがあやつは心優しい人間だった。人間思いの優しい奴じゃ。だからこそ、お前にはあやつを助けなければならないはずだろう?』

 

イブキはやっぱり…何も悪くないんですね。で、あなたは何を知っているんですか?何をどこまでわかっている?今、ファミリーの中で何が起きているんですか?

 

『悪いが今回の事はよくわかっておらぬ。私も忙しいのだ。だから全ては把握しておらぬ。ただな、私が把握している限り、あのドンはあまりにも危険だ。まぁ私が知っている限りの少しの情報なら提供してやらんこともない。』

 

良かった、じゃあ教えてくださ…

 

『待て。さっきも言ったが私が知っている情報は少ないのだ。だから何が起きているかもお前の疑問に全て答えられるわけではない。だから情報を知ってしまったがばかりに逆に混乱を招く可能性がある。それでも聞くか?』

 

あー、なるほど。次起きたときに情報が完結しないまま戦うといらないことまで考えちゃう…的な?

 

『まぁそういうことだ。まぁお前ならばどうせ聞くだろうが念の為に言っておいた。聞くだろう?』

 

もちろん。わかることはすべて教えて下さい。

 

『…まず、この前マサオノが別のマフィアに殺されかけたのだがそのことを知っておるか?』

 

あー、そういえば。噂程度には聞いていましたよ。この前と言っても1年ぐらい前の話だろうけど…なんでも、銃で胸を打たれて意識不明になったとか。あの話、本当だったんですね。

 

『そうだ。イタリアかどっかに行ったときにやられたらしい。おそらくその時久々にあやつは命の危機を感じたのだろうな。一命はとりとめたもののそれから数か月しても自分が死ぬ悪夢に魘されておったのだ。その様子はずっと確認しておった。おそらく長い間戦わなさ過ぎて自分の腕が鈍っていることに気づかなかったのだろうな。もともと奴はプライドが高い。だからその時に改めて力というものの大切さがわかったのだろう。』

 

まぁドンが殺されかけるなんてイレギュラーなことですけどね。普通ありえない。周りの奴らの警備が甘かったんでしょう。でもやっぱり死にかけるのはトラウマなのか。無敵のマサオノと呼ばれただけあって自分の命の危機というものを知らなかったんでしょうねぇ。

 

『多分な。昔から自分が強すぎるが故に誰もが知っているはずの負けるという恐怖を知らずして生きていけた。生死を彷徨うことなど経験しなかったからこそあの事件でショックを受けたんだろう。それだけのことで奴は自我を失いただ誰にも負けない強さを求めるようになってしまった。だからあのドンはもう昔の奴ではない、別人だ。自分の命と強さだけを考え無差別に人を殺している。常に自分の身に危険がないようにするためだろうな。小童を狙ったのもあやつが反乱を起こして自分を殺されないようにするためだ。変な言いがかりをつけて殺そうとしているのはそれでだな。』

 

それじゃまるで走れメロスのディオニスだな(笑)人のことを信じることができなくなったのか…つまりイブキや日本のファミリーの裏切り行為はすべてドンが作った作り話ということですよね?

 

『そうなる。理由は知らんがファミリーの崩壊だってやろうとすればできるだろうな。いや、もはや崩壊させようとしているのではないか?』

 

…崩壊、か。誰がそんなこと望むんだろう…私には到底、ドンがそんなことするとは思えませんけどね。昔のドン、ならばの話ですけど。

 

『今のあいつは放っておくと何でもするだろうな。まだ前まではジョンソンとかいうやつが行き過ぎていることはちゃんと止めておった。だからあのファミリーはそれでもバランスを保てることができていた。が、とうとうジョンソンまで殺したからな。今あいつを止めることができるものはおらぬ』

 

殺した…?ドンが誰よりも信頼していたあの人にまで手をかけたんですか…信じられない。

 

『ドンの命令で小童の仲間も2人死んでおる。カポはお前以外全員もう殺された。残っておるのは大量の下っぱとドン、そして小童のみだ。その小童もおそらく時間の問題だろう。』

 

ドンは1年という短期間でそんなに強くなられた…?いや元々強いはずだけど、どうして…?

 

『とにかく与えられる情報はここまでだ。とりあえずお前は小童を助けなければならないだろう?今与えた情報を踏まえて戦ってこい。』

 

わかりました…でも、

 

『なに、言いたいことはわかる。ドンはお前の主だ。従うべき人であるのだろう?だから本来ならば小童を殺すべきだと。だけど小童も助けなければいけない。だからどうしていいのかわからない…と。かんたんに言えばそんな感じか、お前の心境は?』

 

いやほとんど考えてることと同じですよ。以心伝心じゃないですか。…ていうか、さっき言ってたことがわかりましたよ、混乱を招くってこういうことか。そうだよね、私はどちらの味方もできない。どっちかを殺さなければいけない。私が守りたいのはイブキだ。でも守るべきはドンだ。だから…どうしようかなぁ。何をどうすれば正しいのか。

 

『悩みたいのならここで悩んでいけ。ただし、現世とここにいる時の流れは等しい。ここにいると同じ時間ほど向こうにも時間が流れる。それを考えたうえで行動しろ』

 

…わかりました。でも、とりあえず…もうちょっとだけ、ここにいさせてください。

 

『あぁ、気が済むまで悩むが良い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラスの破片はあちこちに落ちていた。俺の体には深く刺さらなかったものの掠れて切れてしまった部分がある。それよりもさっきの風で吹き飛ばされたから打撲かもしれない、痛い。そして気がかりなのはガビの頬。人形のように整った顔に流れる一筋の血がまるであいつの涙のように見えて心苦しくなった。その先にいる親父は…いやもうあいつは親父じゃねぇな。人だった何かはこちらを光の宿らない黒い目で見つめている。もともと筋肉はついていたがここまで巨大な体に膨れ上がるとは予想外だった。来ていたスーツはビリビリに破けウジャウジャしている体毛が伸び体全体を包み込んでいる。まるで獣のようだ。

 

「まず結論から言う。私はお前を仲間として引き入れたい。どうだ、たったそれだけだ。」

 

「…いまさら何言ってんだ?ファミリーだから同じ仲間だろ」

 

「違う。今までとは違うのだ。私が求めるのは誰にも負けない唯一無二の最強という力だ。弱者などは必要ない。私がほしいのは強者。強き者のみだ。力は金では買えぬ。だから私は強くなるためにプライドを捨てた。」

 

人外の何かはそう言って自分の体を見つめていた。俺は鼻で笑うとそいつに向かって言ってやった。

 

「金で買えないのはわかるがプライド捨てたからってそんな体になるわけねぇだろ。努力しなきゃ力はつかねぇよ。それともあれか?とうとう危ねえクスリにでも手ぇ出したか?」

 

「いや、覚醒剤や麻薬なんかでは手に入れられない、この力は。持続的に続くうえに老いることもない。そして圧倒的な力を作る。それを可能にするのが…これだ。」

 

親父は懐から禍々しいオーラを放つ1つの個体を取り出した。赤紫の脈打つ肉塊という不気味な代物。なんだこれ、汚いな。よくそんなもん素手で触れるな。ぐちゃぐちゃとしたその肉塊は異様なオーラを放ち絶対体に良くないものだなぁと思わせる。そんなものを何故こいつは持っている?そして…これはどういう用途で使うものなんだ?それを聞こうとしたときにあいつの口からは耳を疑うような言葉が発せられた。

 

「これを食うだけで強くなれる。人間だった頃の何倍もだぞ?食うだけで最強の力を手に入れられるのだ」

 

人間だった頃?

 

その言葉を聞いた途端、疑問に思っていたことジョンソンが言っていた言葉。そしてさっきの言葉が繋がって最悪のシナリオが思い浮かんだ。いや、まさか。でも…ありえない話ではない。もしかするとこいつは力のためにプライドだけではなく色んなものを捨てたのかもしれない。俺は恐る恐るあいつに疑問をぶつけた。

 

「おいまさかお前…力のために、人間であることまで捨てちまったか…?」

 

肯定してほしくない。そんなわけないだろう、と言ってほしかった。けど、あいつは俺の言葉を聞くなりすぐに

 

「あぁ、そうだ。」

 

と答えた。自分の体に鳥肌が立ってすぐにこわばることがわかった。恐怖で全身が震える。そして汗が吹き出た。こいつはもう、俺が知る親父じゃない。人ですらない。力に溺れた欲の塊だ。そう、もうこいつは…

 

 

 

「私は人間ではなく、怪人になったのだ。」

 

 

 

いきなり地面から触手のような物が伸びてきて呆然とする俺に巻き付いた。反応が遅くて俺は逃げることができなかった。その上抵抗してもどうにも逃げられない。傷ついた体でもどうにかして足掻こうと必死にもがくがなんの意味もなくただ拘束された。しかもだんだんと首に巻き付いてきている。じわじわと圧力をかけられて首が圧迫される。息ができない。窒息する。が、ギリギリのところで止められて俺は怪人の方へ視線を向けることができた。そこには俺と同じ状況になっているガビの姿が見える。ただガビの方にはまだ首元に触手は行き届いていない。

 

「ゲホッ…おいクソ親父、こりゃどういうことだよっ…!」

 

掠れた声で必死に言葉を発した。あいつは悪びれる様子もなく

 

「なに、抵抗しなければこれ以上危害を加えるつもりはない。ただ今から言う契約を破棄したら…わかるな?」

 

と言ってきた。いや、契約の内容も破棄したあとに起きることも大方想像はできる。だからこそ抵抗したい。けど従わなければガビは眠ったまま殺されてしまう。そんなことになってたまるかよ。だから今の俺には従うという選択肢しかない。そのことが悔しくてたまらない。でも実際今の俺が今のこいつに勝てるとは思えない。それにガビを救うことが今一番すべき行動だ。俺の体がどうなろうとガビが無事に生きてくれるならそれでいい。だから俺には

 

「…わーったよ」

 

と答えてしまった。ただそのあとに俺はひとつ考えた。いや、想像した。これから起こりうるだろう未来のことを。想像というか多分絶対ガビならこうなっちゃうんだろうなぁ…と思うことを考えた。ガビを苦しめずにこれから日本で生きてもらうためにはどうすればいい?そう考えた時にはこの策が一番だった。俺がそばにいてあげられるのならそれが最善策だが残念なことにできなさそうだ。だから俺はこいつに頭なんて下げたくないがそれができるのか聞いてみた。

 

「お前、なんでもするからガビを日本に帰してくれ。あと、頼みがある。絶対に指示には従うからそれが可能ならしてくれないか?」

 

「ガビがそんなに大切か、お前は。」

 

「うるせぇ。…あいつには幸せになってほしいんだ。だから聞く。それが可能なら今すぐにでもしてあげてほしい」

 

「聞くだけ聞いてやろう。まぁ、お前がこれから忠実に私の仲間として働くのであればな。」

 

本当に悔しい。本当に悲しい。でも今はこうするしかない。俺は情けない気持ちと罪悪感に浸りながらこう告げた。

 

「…記憶操作ってのは可能か?」

 

「!…ほぅ、興味深いな。私にはできんがまぁできる奴がいる。なにを操作するつもりだ?」

 

「俺たちファミリーの記憶を全て無くす。忘れさせるんだ。それも、あいつの目が覚める前にな。じゃないとあいつ、俺やケンジョウのことで人格が壊れちまう。絶対に。だから記憶を抹消してくれ。そうしたら俺はお前になんでもするさ。頭だって下げるし靴だって舐める。死ねといわれたら死ぬしなんでもする。だから絶対に、ガビに手ぇ出すな。それだけ絶対に約束しろ」

 

「…そうか。まぁいいだろう、ひとつ駒は消えるが所詮壊れかけだ、ガビは今後一切私は手を出さん。その代わり、お前には働いてもらおう。壊れるまで私の手駒としてな。」

 

その言葉とともに拘束がようやく解けた。首元が楽になって急に酸素が入った。おかげでむせた。そして意識が遠くなる。体に相当負荷がかかっていたらしい。言いたいことはちゃんと言えたからあとはガビの無事を祈るばかりだ。ただ…申し訳ない。死んだ二人にも、死んでいった日本のファミリーたちも、ケンジョウにも、そして何よりガビにも。けど、状況がこれだからな。悪いけどこれが最善策なんだと思う。許してくれ、ごめん。

 

「…っ?」

 

自然と涙が出た。何年ぶりだろう、泣いたのは。すごく、苦しい。心が。あぁ、どうしよう。今になってすごく、せつない気持ちになってきた。ごめんね、ごめんね、ガビ。こんな俺を、助けることができなかった弱い俺を、許してくれ…!

 

「…そうだ、いいニュースを教えてやろう。おい!ちょっと来い!」

 

「…はい」

 

ぼやける視界に聞いたことのある声。それが誰なのか俺にはわからなかった。ただあいつは呼んだ男に俺にあれを摂取させておけと伝えている。その会話が終わり怪人はガビを連れて部屋を出た。残された俺とその男。男は

 

「安心してください。」

 

と言って頭をなでてくれた。その感覚が懐かしくて少し心地いい。そして気付く。こいつの正体に。

 

「…おま…まさ、か…っぅ」

 

 

意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、イブキを助けます。やっぱり、イブキは大切だから。ここまでして私を助けてくれるなんて嬉しいし、お礼が言いたい。だから、今から行ってきますね。私はイブキと一緒にいたいから。

 

『…そうか。答えが出てよかったな。』

 

はい、長居してすみませんでした、行ってきます。

 

『あぁ、ちょっと待った。』

 

え、どうかしましt

 

【ばちん】

 

…あれ?今なんか、大きな音しませんでした?

 

『…気のせいだろう。それより何をしておる。早くいけ』

 

あ、はい!急がなきゃ…

 

『あぁ。目が覚めればM市に着くからな』

 

え、M市?なんで?だって私が助けるべきは…

 

…助けるべきは………

 

……………。

 

…、私は何してたんだっけ。なんで悩んでたんだっけ。なんでこんなに急いでたんだっけ。

 

何で私、さっきまで苦しかったんだっけ…?

 

『…M市とA市に怪人が現れてどっちに行くのか迷っていたんだろう、お前は』

 

…そうだったっけ。あぁ、そうだった気がする。で、帰ったら一緒にワインを…

 

ワイン?誰と?

 

だって私…

 

母さんと父さんに捨てられてからはZ市でずっと生きてた。なんでかヒーローになったけどいつも一人だった。帰る家なんてあのアパートだけだった。

 

…帰っても、誰もいないのに私は何を勘違いしてるの?何変なことを言ってるの?

 

『早くいけ。いつまでも寝ぼけるんじゃない』

 

あ、はい!ごめんなさい!行ってきます!

 

 

 

 

『…行ったか。さてまぁ何とも言えん終わり方だな、本当に。この結末は誰もがバットエンドだ。真実を知ることもできずにあの小娘は記憶を無くし、小娘を守り切れなかった小童はあの怪人に良いように使われる駒になってしまったか。まぁ所詮あやつも所有物にすぎん。勝手にやらせておくとしよう。そして小娘の記憶は良いように変えておいたからな。あの小娘は私の希望だ。小娘は私が丁重に管理せねば。…はぁ、長かったな。とりあえず、小娘以外の記憶は変わらんから日本に帰ったらまた大変なことが起きそうだ。だが当分の間は私も引っ込んでいるとしよう。ちょいと働きすぎた、少し眠るとしようか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう十分、あのファミリーもケンジョウも怪人も小童も小娘も、崩壊したな。退屈はしないしシナリオは十分順調だ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からはアニメ2期に戻って行きます。まぁここからはガビちゃんどんどん病んでいきますよ、きっと…。あえていろいろ書かないからね。あとさ、感想が欲しい。


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人間怪人編
日常〜人間怪人編①〜


さて、本編戻る&空気登場


私はなぜか路地裏で目を覚ました。暗い生臭い路地裏は見るからに治安が悪い。横には大きいビルがあるけどそのビルもボロボロだった。表のとおりにどてみたらなにか騒ぎになっていた。殺人でも起きたのかな?そんなことを考えながらビルを横目にその場を去った。なぜか吐き気がした。…さて、タンクトップベジタリアンさんが何者かにやられたという救援要請があったのとM市に災害レベル鬼の怪人が出現して救援要請があった。私は同時に来た救援要請のどちらを受けるかですごく悩んでなぜか神様じゃないけど神様っぽいおじさんのところで長い時間休んだ。迷ったあげく、M市の災害レベル鬼を退治することになって今私はM市に来た。うん、そうだ。でも、なにか心が苦しい。けど理由はわからない。ストレスかなぁ…

 

しかしそれよりも罪悪感に潰される。タンクトップベジタリアンさんはもうすでにやられちゃったから助けようがないなぁって思ったからM市に来たけどなんか見捨てちゃったみたいで申し訳ない…ゴメン、ベジタリアンさん。悪気はないんです、と心のなかで謝った。今度お見舞いに行くからそれで許して。まぁそれはし良いとしてさ…なぜか体に変な痕みたいなのが複数箇所ある。宇宙船が来たあとには何もしてないはずなのに。けどなんか長い間すごく苦しんでた気がする。精神的にも、心身的にも。何もなかったのに…疲れてるのかな?やばいな、ストレス怖すぎでしょ。まぁよくわかんないけど、痕が気になる。気にする必要はないかもしれないけどね。

 

M市の外れで怪人がウジャついてるらしいからとりあえずそこへ向かう。途中、でっかい電光掲示板で昼のニュースをやっていた。なんでもマフィアのビルで大量に人が殺されているのが発見されたらしい。裏社会なんてよくわからないからなんとも言えないけど世の中も物騒だなーって感じた。けどあるき出そうとしたら足がもつれかけて転びそうになる。そして全身から尋常じゃない量の汗が出てきた。無意識になぜか、体が震えていた。気持ち悪かった。体調を崩したのかもしれない。ただ、胸に穴が空いている気がする。ま、どうでもいいんだけどね。そういえば最近、徐々に怪人の発生率が上がっているらしい。ズボラで気分屋な私の行動に呆れ果てているヒーロー協会もとうとう私に助けを求めざるを得なくなって私に救援要請を求めた。そんなのタツマキさんがどうにかしてくれるだろうに…と思うけどそれでも私はヒーローだから行かなければならない。そこに、助けを求める人がいるのだから。

 

現場に着くと数匹の怪人が人々を襲っていた。結構でかい。災害レベルは確かに鬼ぐらいだが…狼ぐらいも数匹いるな。怪我人も出てるし早めに対処しなければ。とりあえず私は一番近くにいたモブキャラっぽいやつを蹴った。すると周りの怪人たちは私の存在に気付いたらしい。周りの人たちを襲っていた怪人たちは標的をすぐに私に切り替えた。

 

「ぐへへへへへ、こいつもももも、俺の餌ににににく、喰ってやるうううううう」

 

ウツボカズラのような怪人がこちらに向かって攻撃してきた。こいつが鬼だ。甘い匂いで誘惑させてから捕食するつもりらしい。本物のウツボカズラと似た体の作りをしているらしい。でも残念。鼻詰まってるから効果ないです、その匂い。攻撃をヒラリとかわして右足を振り上げる。踵を落としてそのまま懐から出したナイフで葉っぱを切り刻む。すると中からは溶解液と溶けかけた人々がバタバタと出てきた。そこを狙ったかのように2体の怪人が襲いかかってくるが両足で蹴り飛ばしビルに体を打ち付けていた。別の怪人が前から特攻攻撃してきたがナイフですぐに息の根を止めた。後ろにいる数体の怪人は逃げようとしたがそのまま追撃。4方向に逃げたが右左にナイフを投げ前のやつの首を取ってから後ろにいるやつを飛び蹴りで仕留めた。ナイフが刺さって怯んでいるところにもう数本打ち込んでしっかりと殺した。静寂に包まれ先程までいた怪人たちは全て息絶えた。私が来てからものの2分程度で終わってしまった。楽な仕事だなぁ、と率直に思った。

 

そして周りからの歓声が、なぜか今までの中で1番清々したかった。心からヒーローやってる、と思えるから。いや、今までなんであんなに後ろめたい気持ちになってたんだっけ?やっぱ、疲れてるのかもな。ナイフを持って確認する。うん、知らんけどやっぱり私はちゃんとヒーローできてるな。いいヒーローだな、と自画自賛した。なんか本気で今までで1番達成感が溢れた。こんなにもヒーローという仕事は誇らしかっただろうか?素直に人を守ることに対して喜びを感じている。手元のナイフを見て私は安堵のため息をついた。でもそのナイフを見たらなにか、心のなかでは引っかかるけども。

 

人々の拍手喝采を浴びながら私はZ市のアパートに戻った。あぁ、気が楽だなぁって思う。

 

 

 

 

その夜のことだった。私は久々にほっぺが落ちかけた。

 

「…美味しいっすね、肉」

 

「だろ?何か知らんけどスーパーで安かったんだよ。これ結構高級な肉のはずなのにな。」

 

私はサイタマ宅(サイタマ宅といっても隣の部屋)に呼ばれて夜ご飯をごちそうになっていた。なんかジェノスさんが私に用事があるらしい。けどその相談の前に食事をすることになった。目の前にはなんかすごい高級そうなお肉たちが並び焼き肉を食べている。しかもしっかり美味しい。黒毛和牛の様だ。いい具合に脂が乗っていてジューシーだしご飯のお供になる。絶妙なバランスに箸が止まらないし止まれない。ひたすらもぐもぐ食べて味を堪能した。そのときの私の口の中はまるで天国だった。

 

「お前、本当に嬉しそうだな。そんなに美味しいか、肉?」

 

「あいにくジェノスさんみたいにうまく料理できないんですよ。毎日ジェノスさんの料理食べれるサイタマさんが羨ましいです。」

 

「いや、俺的には毎日いてもいいんだけど」

 

「ならこれから毎日通いますよ」

 

そしてサイタマさんとジェノスさんとゆっくりとお話していた。平和ボケしそうなぐらいな日常になにか懐かしさを感じる。最近のゲームのことやニュースのこと。そして食後にはアイスを食べた。ハーゲ〇ダッツはこんなにおいしいものだったのかとこれまた感動を覚えた。そのあとにはサイタマさんに誘われてスマ〇ラをして遊んだ。こんなにサイタマさんはゲームが得意なのかとちょっと驚いた。そしてひとしきり遊んだあとにジェノスさんからの相談を聞くことにした。

 

「今日の朝、シルバーファングの弟子のチャランコがうちに来たんだ。なんでも急に実践稽古だと言ってあいつをボコボコにしたうえ破門だといって道場から追い出されたらしくてな」

 

「あのバングさんが?弟子に手を出すような悪い人ではないでしょうに。何か理由でもあるんですかね…?」

 

「その理由にある程度関連付けられる事件がもう一つあってな。そのことをお前に相談したかった。ガビ、今日も数名のA級がヒーロー狩り…人間怪人の被害にあったらしい。お前はなにか知っている情報はないか?」

 

私は最初ピンと来なかったが少し考えると心当たりが出てきた。

 

「…ヒーロー狩りってあれですか?あのベジタリアンさんを襲ったあの人です?」

 

「あぁそうだ。シルバーファングの一番弟子だった男らしい。ガロウという名でとにかくヒーローを襲いまくっている。目的は知らんが早急に排除しなければならない。それでバングがガロウの討伐に名乗り出て後を追っている。なんでも協会本部で事件があったらしいが本部はそれを隠している。でも一つ言えることは激しい戦いになるほど周囲の人を巻き込む可能性が高くなる。だからバングはチャランコを遠ざけたと考えている。でもバングが追っているとしても俺もS級たちも黙って見ているわけにもいかない。怪人たちが増えている今だからこそあまり重要視はされていないがあの男は危ないと見ている。あいつの討伐は今我々がすべき最優先事項といっても過言ではない。お前も討伐に協力してくれないか?」

 

その言葉を理解するのにちょっと時間がかかったがまぁ理解できた。ただ一つ疑問が浮かんだ。

 

「ジェノスさん、そのガロウさんって人は…人間なんですか?人が人を攻撃してるんですか?」

 

「あぁ。何でだろうな、本当に理解ができない。まぁガロウもだが事実を言わない協会本部にも不信感を抱くがな」

 

人間が人間を攻撃するのか。そう考えるとちょっと驚いた。ジェノスさんの話を聞く限り結構危ない男なんだろう。うかうかしていると私ももしかして攻撃されるかもしれない。十分注意して過ごさなきゃな。それにそんな危ない人を放っておくわけにはいかないと思うしこれは協力せざるを得ない。そんな悪人がこの世に人間としていることに驚いた。私はすぐに

 

「もちろん協力させてください。そんな人を放っておいたら大変なことになりかねないです。ちゃんと粛清させますよ。」

 

と言った。ジェノスさんはすまない、と言って皿洗いに戻った。私はその横でまたゲームを始めた。人間怪人。その男のことについて少し考えていたが何を考えてヒーローを攻撃するのかやっぱり私には理解できなかった。けど私はこんなに正義に燃える女だっただろうか?なんか今日おかしい気がする。今までと何かが、違う。何が違うのかはわからないけどヒーローにやりがいを感じて正義に燃えている。…何が原因だろうか。そんなこともゲームをしていたらすぐに忘れてしまったけども。

 

その夜は夜遅くまでずーっとゲームをしていた。本気でサイタマさんが強い。話に聞くとキングさんと特訓したらしい。いや人類最強ゲームするんだすごいなぁと謎の感動をしてしまった。そして深夜になってようやくサイタマさんは寝落ちした。片付けをして私は部屋に戻ろうとした。しかし部屋に戻る直前にジェノスさんが玄関で私のことを呼び止めた。

 

「ガビお前、本業のほうは大丈夫か?何かあればすぐに言え。お前の事情は重々承知しているから困ったことがあれば協力する。」

 

なんのことかちんぷんかんぷんだ。本業?とは。本業はヒーローで私の事情…親がいないこと?かな。ヒーロー活動ずぼらだけどやっていけてるか?親がいなくて大変だってことは重々承知しているから何かあればすぐに協力するよ…ってことかな?まぁよくわからんからとりあえずペコリと頭を下げて

 

「ありがとうございます」

 

と言って部屋に帰った。歯を磨きながら考えた。本業とはなにか。私は変なことをしたのだろうか?そんな覚えはないけれど…まぁヒーロー活動頑張れよってことだろう、きっと。最近は怪人討伐もまばらだったし。そういうことにしておこう。口をゆすいだら急な眠気に襲われる。深夜2時、いつもなら寝てる時間だ。冷蔵庫の中の水を一口飲む。そしてベットに倒れ込みそのまま意識が途絶えた。今日は何か調子が狂うような一日だった。よくわからないけど明日は通常運転できるようにしなきゃ。そう思って私はよだれを垂らしながら深い眠りについたのだ。

 

私はその頃、タンクトップマスターさんや無免ライダー、バングさんの弟子であるチャランコさんが人間怪人にやられているなんて思いもせずにぐっすり正午過ぎまで寝ていたのである。その事件を受け、私は起きた途端にヒーロー協会本部へ呼び出された。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも思うがヒーロー協会もそんなに渋々私に頭を下げるのなら早く解雇してくれたらいいのに。どんだけ私のことを嫌っているんだ本部の職員共は。ずらりと並ぶ協会職員たちは私に向かって切羽詰まったように頭を下げているが魔眼で心の内を調べてみたら

 

「お前しかいない、ガロウを倒してくれという」

 

と発言した言葉とは裏腹に

 

『なんでこの犯罪者予備軍のようなガキにこちらが頭を下げねばならんのだ。いや、スカウトした私たちが悪かったか…』

 

なんてことを考えていた。笑えるなぁ。なに、犯罪者予備軍って。私そんな悪いことしたっけ?ナイフ使ったことかな…いや武器だし別に大丈夫だよね。じゃあ何か他に問題あったっけ?ないよね。そんなに私の自己中な行動が嫌なのか、こいつらは。と呆れてしまった。多分私を妬んでるんだよね、きっと。だからって裏でそんなことを思っているならわざわざ嫌な顔されてまでここにはいたくない。ウザいわぁ殴ってやりたいなぁ。そんな気持ちを抑えつつこの人たちの言い分を聞いてあげている私はとんでもなく優しいと思う。暴力を振るうわけでもなく嫌な態度を取るのでもなくただニコニコ笑い過ごせる私は偉い。まぁそのガロウって人は遅かれ早かれ倒さなきゃいけない人だろうしジェノスさんにも言ったが私はこの事件については全面協力するつもりだ。めんどくさい気持ちがないわけではない。でもしっかりするつもりだし協会の奴らを見返してやりたい。なによりガロウにやられた人たちの分の痛みを、与えなければならないはずだ。

 

「はい、やりますよ。やりますけど、そんなに私に頼るのが嫌なら協会から追放していただいてもいいんですよ?」

 

でもイラついている事実もある。私はありったけの笑顔で協会の人々にそう言い放った。その瞬間、全員から冷や汗が流れてくるのが分かった。あほかこいつら。ガキだからって私のことなめすぎじゃないかな(笑)と思う。12歳の頃の私に言ってやりたい。こんなくそみたいな協会、入らなくていいよって。孤独に一人で生きていればいいんだよって。孤独…私はずっと、一人だったっけ?

 

「ガビ、すまない。お前の事情は分かっているつもりだが…こんな風に思ってしまう奴らもいるんだ。理解してくれ。無論、この前のこともニュースになっていたからな。お前が辛い思いをしていることは知っているがお前の助けを待つ人がいるってことはわかっていてくれ。」

 

シッチさんが後ろからやってくる。けどこの人が何を言っているのかわからない。事情?なにそれニュース?なんかあったっけ?まぁいいけど、この人は本当に申し訳ないって思っているらしい。ここの協会の人の一部が私を嫌っているだけで実際に私のことを必要としている人もいる。それは事実だ。だからシッチさんにはちょっと冷たい視線を送りながらも

 

「…私がいるときには頭の中で考えていることも気を付けてくださいね。全部お見通しですから」

 

と吐き捨てた。そして私はもう一つ、シッチさんに言いたいことがあったからついでにそのことについても言っておいた。

 

「そういえば、協会でこの前なんかあったらしいじゃないですか。ちゃんと、資料貰って見ましたよ。なんでも、悪党を集めて人格の善悪問わずに戦闘に長けているものに怪人の対応の協力を求めたと…悪人に手を借りるなんてこの協会もとうとう腐りきりましたか?呆れましたよ。」

 

「その言葉は聞き飽きた!だがこれ以外に方法がないだろう!!じゃあお前はこの状況を対処できるのか!?」

 

いきなり叫ばれてちょっとビックリした。こちらさんも色々ストレスは溜まっているっぽいな。でも悪いがこちらもストレス溜まってるから八つ当たりしてしまう。こちらも謝るつもりはないから言い返してやった。

 

「私が働けば文句ないですよね?あんなバカみたいなことしてガロウみたいなのがまた出たらどうするおつもりで?本当に、変な行動はやめていただきたいです。」

 

「今まで気分でしか行動しなかったやつが何を言う!」

 

「これからの行動で示しますよ。ヒーローは人を助けるものであって黒い人間がするべきものではないでしょうに。そこらへん、しっかり考えていただきたいものです。」

 

これ以上話すと切れそうだから私は自主的に部屋を退出しようとした。だがシッチはまだ文句を言っていた。この協会も、本当に腐ったもんだな。心の底からそう感じて私は協会本部をあとにした。

 

 

 

 

 




空気、いかがだったでしょうか?ガビが少し正義というものに染まりつつありますね。なんか、迷いがなくなったっていうか…まぁ心のもやもやはありそうだけども。


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崩れる正義~人間怪人編②~

やっばい書きながらめちゃくちゃすぎて自分でもストーリー把握できないwもうだめだ、話として成り立ってない気がするみんなごめんw


「待ってください、ガビさん!!」

 

部屋から退出した後、後ろから女性職員が私のことを追ってきた。彼女は息を切らしながら私の服の裾を引っ張って必死そうにこう言った。

 

「ガビさんが苦しいことだってわかってます!辛いことだってわかってます!でも今世界が大変なことになりかけているんです!協会本部の職員だって初めてのことだからみんな焦って仕方がないんですよ!だから…だからシッチさんに謝ってくださいよ!」

 

ちょっとびっくりした。すごいな、堂々と意見言えるなんて。裏でぐちぐち言う奴らの何倍の偉いと思う、この女の人。でも実際、私が活動をさぼっていただけであって本気でやればその口だって黙らせることができるんじゃないかな?と思う。それにガキっぽいがさっきは私は悪くないと思う。謝る必要ないと思うし協会が悪人に頼るあの行動は明らかにおかしいと思う。それに対して私の意見を言っただけだし別に悪くない。はずだ。それも言わないといけないなぁって思う。だから女性職員に対してもしっかり私の意見を言おうと思って向き直った。

 

「…いや、何考えてるか知りませんけどさっきのは私の意見を言っただけです。悪人にまで手を借りるのはおかしい。自分の思ったことを口にしただけです。でも確かに活動をダラダラしている私もおかしかった。それは認めますよ。だから私はこれから真面目に仕事するって言っただけ。何も悪気もないしおかしいこと言ったつもりもございません。そもそも、悪人にヒーローと同じことをさせるなんて…それはもう、ヒーローじゃないじゃないですか。ヒーローは正義の象徴であるべき存在。それを悪人にさせたらどうなりますか?もうヒーローの定義が壊れちゃいますし市民だって心から感謝するとは思えない。第一、調子に乗って更なる問題を起こすであろうトリガーにもなりかねませんしね。」

 

マシンガントークのようになってしまったが思ったことは言った。それに向こうもあっけにとられたのか知らないが口を閉ざして俯いている。ちょっと調子に乗りすぎたかな。まぁ、こちらに非がないわけではないし少しかわいそうだ。そう感じた私は女の人に会釈をして足早にその場を去った。この協会が全部悪いわけではないし全否定するつもりはない。ただ、ちょっと私の意見と合わなかったから意見を言った。それだけのことなのだ。悪人に頼ることが気に入らなかったし私のことが嫌いならヒーローやめさせてくれればいい。無理して取り繕ってまで私に働いてほしいだなんて笑わせないでほしい。気に入らなければすぐにでもやめてやるのに。

 

「まぁまぁいじめてやるな。かわいそうじゃねぇか。」

 

その声には聞き覚えがあって私はふと振り向く。アトミック侍さんだ。彼に言われてしまっちゃ仕方がない。私はため息をついてアトミックさんの方を振り向く。アトミックさんは呆れた顔で私を見ているが私だって反論したかったんだよ。っていう目で彼に訴えかけた。それを察したのか何なのか知らないが

 

「こいつにもこいつなりの考えがあるんだ。わかってやってくれ。」

 

と職員にボソボソと言っていた。そして私にはこう言った。

 

「おい、行くぞ。なんか奢ってやる。」

 

お、奢りか。それなら行っても損しないな。それにその時、私は朝ごはんも昼ごはんも食べていないことに気がついた。どうりでイライラするわけだ(?)よし、奢ってもらおう。そう決めた私は女性職員にもう一度頭を下げた。そしてアトミックさんの後を追う。見たところ私と似たような内容を聞かされたっぽい。魔眼で彼の思考を探ったところそれっぽい考えがちらほら浮かんでいた。てことはこのことについてはアトミックさんも知っているのか。それをわかった上で止めてくれたのならばさすがだな。常に冷静なところに尊敬してしまうな。こういう姿を見ると私もまだ未熟だな〜と思う。心のコントロールも気をつけなきゃなぁ…と思ってアトミックさんに呟く。

 

「…私は間違ってますか?」

 

「いや、わかるけどな。お前の気持ちも。でも職員の気持ちもわかる。あいつらだって人手不足で焦ってるんだ。でも悪人に頼るのは良くねぇ。俺たちS級が更に頑張らないといけねぇってことだろ。陰でコソコソ言うのは知らねぇけどよ。」

 

「いやなんでそのこと知ってるんですか」

 

「廊下に聞こえてた。」

 

「あらお恥ずかしい。でもほんと、色々とその通りですね。まぁさっきのはさすがに頭に血が上っちゃいましたけど…私も言動には気をつけなければ。」

 

「人間だから仕方ねぇけどな。まぁ協会の連中のことは気にしなくていい。それよりお前に伝えときたいことがあるんだが…何がいいか?」

 

「え、じゃあとりあえず寿司食べたいっす。回らないやつ」

 

「奢ると言ったが少しは遠慮しろ。まぁいいけどな」

 

アトミックさんのことは多分協会のヒーロー含めて誰よりも信頼できる。信頼というか…頼れる。剣の繋がりもあるけど色々と関わりがあるからだろうか。話してて気が楽だ。だからこんな何気ない会話でも重い話でも心の奥にある本当の思いが言葉になる。自分を取り繕うことをあまりしない。取り繕いが0ではないけどもそれ以外の人よりは話しやすい。だから楽だ、色々と。ヒーローとして、人間として。この人のことを尊敬できる。

 

そして彼と私は要望通り回らない寿司屋さんに来ていた。日が暮れて店内には仕事帰りの人や家族連れ、お偉いさんたちで賑わっていた。まぁ私達も実は結構有名人だ。店内に入った途端ざわめきが起こった。プライベートなんでと言って写真や握手は断ったが愛想は振りまいておいた。こういう姿を見て憧れる子どもたちがいるといいなぁと思った。どういうことかこの店の大将とアトミックさんは知り合いらしい。特等席を用意してもらってそこで食べることになった。何個か注文をした後に私たちはお茶をすすって寿司を待っていた。

 

「…さて、待つ間に色々言いてぇんだが。とりあえず協会の連中からは何聞いた?」

 

「ガロウの討伐のことを。なんか怪人の出現率が上がって人手が足りないらしくていろんなことに手が回らないらしいですね。バングさんたちが討伐に向かっているけど明らかにあの人たちだけでは足りないだろうからお前も協力してくれって言われました」

 

「…ま、似たようなことだが俺とはちょっと違ったな。まぁわかった。ガロウの討伐もよろしく頼む。だが俺が伝えたいのは例の件だ。A級たちの。」

 

一瞬で冷や汗が流れ始めた。あぁ、そういえばあったな、そんなことが。確かA級の何人かによる…

 

「私の、暗殺計画か」

 

「あぁ、そうだ。動きがあってな。なんでも、アマイマスクが正義を気取る奴には制裁を与えなければならないと数人のA級に言っていたらしい。お前なのか誰なのかは知らないが警戒しておけ。奴が行動を起こせばとことん最後まで追い詰めるはずだ」

 

アマイマスク。A級一位であるヒーローであり俳優やアーティストをこなす男。A級一位という立場に見合った強さ、ヒーロー名にも取られている甘いマスクで人々からの人気はおそらく私よりも高い。ただ私はこの人が嫌いだ。性格はクールで誰よりも正義感が強い。が、正義感の強さが行き過ぎて「悪」に対しては例え人間であろうと容赦がなくい。宇宙船事件の金属バットさんたちに対してもだったけど敗れたヒーローに対しても辛辣な発言をする。そういうところが好きになれない。…いやでも私何にもしてなくない?なんか悪いことしたっけ?さぼったことぐらいだよね。さぼることってそんなにダメなことなんだ。気をつけよ。

 

「へいお待ち、大トロでやんす」

 

「おう、まぐろ三昧も1つ頼む」

 

「私はいくらおねがいします」

 

ぱくりと大トロを食べてみたらすごく美味しかった。世の中のマグロはこんなに美味しいのか…感動。しかも奢りでこんなに美味しいもの食べられるなんて最高すぎる。さすがに今度なにかお礼をしなくては。ていうか次々に注文しているアトミックさんもすごいな。金持ちだ。なんてことを思ってた。しかし、アマイマスクさん、何を考えているんだ。私のことなのか?いや、誰を狙っているかすらわからないけどとにかく警戒したほうがいいかもな。

 

「…さぼること、そんなにダメかなぁ。」

 

「いや別にさぼることを言ってるんじゃねぇだろうけどな。あれだろ、お前のことが気に入らない奴もいるってことだろ。ま、そこらへんS級は全員理解しているからそこまで気にしなくていいと思うけどな。お前も強いし。でも何かあるかもしれんから油断はするな」

 

私のことが気に入らない?それは…妬み?なのかな。まぁいいや、とりあえず才能がない人たちのちょっと大きいいやがらせだと思えばいいや。暗殺なんて行き過ぎているとは思うけど。とりあえず

 

「まぁあんまり会うことないですけど気にしときます」

 

と言っておいた。アトミックさんはそのことを伝えたかったらしい。その話が終わったらとにかく寿司の話になった。

 

「食いたいもん食えよ。全部払ってやるから」

 

「遠慮しないでいいならどんどん食べたいですけどね。流石にここまで高級だとバクバク食べるわけにも行かないもんで。流石にちょっと気が引けますよ」

 

「待て待てここに行きたいって言ったのお前だぞ遠慮やめろ」

 

「じゃあ会計が何万円になっても文句言わないんですね」

 

「言うかアホ」

 

「じゃあ大将、うにと卵追加で。あ、ついでに鯖も」

 

とにかく空腹を満たせるほど満たしておこう。私はどんどんと寿司を食べて会計が終わるころにはおなかがいっぱいになりすぎて体が動きずらくなっていた。アトミックさんは嫌な顔一つせずにお金を払ってくれたが本当に申し訳ないと思う。今度ほんとに何かお礼をしなければと思った。

 

「…なんかごちそうさまでした。おいしかったです!」

 

「そうか、よかった。あともう一つ言っておきたいことがあったんだが…」

 

彼はいきなり顔を曇らせながら心配そうにこう言った。

 

「お前、本当に困ったら俺のところへ来い。まだ中学生なのに一人でそんなに頑張らなくてもいいんだ。それにニュースも見たが辛かっただろ。イアイ達だっていつでも歓迎するって言ってる。もし困ればすぐに頼れよ。」

 

まただ。ジェノスさんもだけどこの人たちは何をそんなに心配しているんだ?ニュースって…んん、よくわからない。どんな返答したらいいんだろう?でも、ひとつだけわかっていることはあったから私は彼の目をしっかりと見てこう言った。

 

「私は…生まれた時から孤独ですから。ごめんなさい、心配かけて。これからはちゃんと仕事しますから、安心してください」

 

そういうと彼は少し疑問を浮かべたような表情をしたがそのあとすぐに

 

「そうか、わかった。とにかく困ったことがあればすぐに言え」

 

と伝えてくれた。そして私たちは解散してそれぞれの帰路についた。

 

 

 

 

 

 

しかし、私は妙な視線を感じていた。あまり人々の目につかない路地裏から帰ろうとしていたがなぜかずっと見られている気がする。気がするんじゃない。見られている。その視線が怖すぎてとうとう私は足を止めてしまった。なんだ、怪人かな?そう思って千里眼を使ってみるが残念ながら怪人ではなく、人間だった。しかし不運なことに一番会いたくない人間だったが。

 

「…何しているんですか、アマイマスクさん。こんなところで待ち伏せなんて相当な暇人ですね」

 

「ちゃんとした理由があってここにいるつもりだけどね。まさかこんなにすぐ見つかってしまうとは。まぁいい。ちょっと話したいことがあってね」

 

物陰から現れたのは先ほどの会話にも出てきたA級ヒーローのイケメン仮面、アマイマスク。アトミックさん曰く、暗殺計画を企てているかもしれない人間だ。警戒しろ、という言葉を思い出してしまった私は無意識に震えが止まらなくなる。が、相手に弱みを見せてはいけない。暗殺計画のことは一旦頭の片隅に置いて平常心を装う。そして

 

「どうされたんですか?何か急ぎの用事でもありました?」

 

と聞いてみた。すると彼は私の目の前に立ちずらずらと話し始めた。

 

「急ぎの用事…というより君自身のことについてだ。まず、今。怪人の出現率が上がってヒーローは不足している。なのにS級とA級の差は明らか。明らかなレベルの差がある。それを分かっているかい?」

 

「え、あぁはい。よくわからないですけどS級はそこそこ強いですよね。A級はなんか…言っちゃ悪いけど微妙ですよね。」

 

「それを分かっているならいいんだ。だから協会は悪人にまで手を借りようとしたんだろうね。だけど悪人たちは一人残らずボロボロにされたらしいね。確か…ヒーロー狩りに。だけど僕は少し疑問があってね。あの悪人たちは全員ボロボロになったというのに…君はなんでそんなにのうのうとしているんだい?」

 

ん、私?どういうことだ?って一瞬思考がストップした。刹那、彼の拳が私の右頬を掠った。私は理解ができなかった。彼が何をしているのか。けど私の思考を遮るように彼の言葉は続いた。

 

「なんだ、君はヒーローという地位を持っているからと言って他人事だと思っていたのかい?そんなわけないだろう?君だって裏社会側の人間なんだ。僕が見逃すと思ったかい?」

 

「う、裏社会?」

 

本当にわからない。何を言っている?私、最近人と会話が合わなかったり思い当たる節がないことばっかりだけど…なんかあったのかな?

 

「アマイマスクさん、教えてください。私、ただのヒーローでしょう?少し活動がまばらになっていたからってそんなの怒らなくても…」

 

「ヒーロー?よくもそんなことが軽々と言えたもんだな、人殺しが!!」

 

『人殺し』

 

脳裏に浮かぶ赤色の液体。

 

「何言ってるんですか、人殺しって…」

 

「お前はもう裏社会で黒に染まってしまっている!ヒーローである人間は常に白であるべきなんだ!お前はどうだい、もはや灰色じゃないか。どんな相手だろうと人を殺してしまえばお前は悪人だ。人を助けるはずのヒーローが人を殺していいと思っているのか!?」

 

『裏社会』

 

脳裏に浮かぶナイフを持つ私の姿。

 

「私はただのヒーローでしょう?ただなぜかスカウトされただけであって…それ以外は何もしていない!裏社会って何ですか!」

 

「とぼけるなよ。今までお前が殺し屋として何人も人を殺してきていたことは知っているさ。そんな奴らがこの前集められていたんだ、本部に。お前も一緒だろう?なぜほかの連中はやられてお前はそうやって生きている!今までもそうだ!少しばかり強いからと言って市民の目を欺き人を殺し続けやがって…そんな奴にヒーローをする資格はない!お前だって一歩間違えればガロウのようにだってなりかない!よってここで、僕たちA級ヒーローで殺し屋であるガビを粛清する!」

 

数名のA級たちがさらに現れた。なんだ、こいつら。顔はよく見えないけど私を殺しにかかっている。何で…何でこんなことするんだ?身に覚えのないアマイマスクさんの言動に…悪人と呼ばれる私。人を殺した?裏社会の人間?本当によくわからない。混乱する頭の中、私はヒーローに攻撃ができないから何とか攻撃をかわしながら叫んだ。

 

「私が何したっていうんですか!何があったのか教えてくださいよ!私はただ…ただ生きているだけなのに!ただのヒーローなのに!」

 

「うるさい!お前は…お前はヒーローじゃない!ヒーローの仮面をかぶっただけのただの犯罪者だ!」

 

誰かの攻撃が、私の胸に突き刺さる。何で…何でそんなこと言うの?何で私を攻撃するの?私が何をしたっていうんだ。そんなに私は悪なのか?

 

『いや、事実、お前は人を殺していたぞ』

 

誰かの声。そして衝撃的な事実が頭の中に流れ込んでくる。

 

ナイフの感触

血の匂い

絵の具のような赤

そして、転がる死体。

 

…これが知りたかったことじゃない。まだ、大切な何かを忘れている。でも分かったことがある。私は、人を殺した犯罪者だ。

 

『…お前が知りたい事実はこれだけじゃないだろうがな。悪いが、これだけでやめておく。壊れてもらおう、ガビ。腐ったヒーローどもの時代を変えるのはお前だ。』

 

さらに流れてくる誰かの思い。

 

ランキングが上がりたい

S級だからってちやほやされやがって

S級には叶わない

邪魔

邪魔

邪魔

 

…ヒーローの思考?てことはこの人たちは、ランキングのためにヒーローをしているの?ただ、自分を認めてもらいたくて嫌々戦っているの?

 

「じゃあ、正義って何?」

 

深海王の時に出た答え。それは戦うこと。戦うことが正義だって思っていた。でもじゃあ、今戦っているこの人たちも正義のために戦っているの?

 

「さぁ死ね、ガビ!お前は…必要ない!!」

 

総攻撃が始まった。よけてもよけても続く攻撃。そして、私は一切攻撃ができない。これじゃあまるで弱い者いじめじゃないか。やめてよ。ヒーローがそんなことしていいわけないじゃん。やめてよ。痛いよ。心も体も。ねぇ、そんなに私が憎いの?お願いだからやめて。違う、私も何か行動を起こさなきゃいけない。でも、何でだろう。頭が回らない。何か、欠けているせいで。何かが足りない。必要な何かが、大切な何かが。私にとって何よりも大事なことを、思い出せない。その何かが心のどこかで引っかかって何もできない。

 

でもふと、誰かの思考がまた、浮かぶ。

 

『…あいつには幸せになってほしいんだ。』

 

懐かしい匂い。そして思った。私は、誰かに必要とされている。誰なのかは思い出せない。でもきっと、誰かに必要とされているんだ。だから私がすべきことが今、見つかった。私はこの人を見つける。絶対に。必要としている誰かを探し出すんだ。

 

…でもその前にすべきことも見つかった。この人たちの思考を読んでみても何が正義なのかは読み取れない。でも分かる。私を攻撃しているこの人たちは本当のヒーローじゃない。理想のヒーローじゃない。アトミックさんみたいに本当になすべき正義を分かっていない。こいつらこそ、ヒーローをわかりきったふりをしているただの凡人だ。思えばここから、私は壊れ始めたのかもしれない。ただ、思う。このヒーローたちをヒーローとして認めたくない。

 

事実私はヒーローにふさわしくないと思う。人を殺してしまったという事実があるのだから。でも、それならば。ヒーローという立場さえ捨ててしまえばこの腐りきったヒーローたちを変えることは可能ではないか?いや、違うな。ヒーローなんて変えなくていいんだ。何が正義かなんてわからない。多分、みんなわからない。だから世界の基準を変えてしまえばいい。この世界を全て黒に塗りつぶしてしまえばいい。もう、どうでもいい。こんな奴らが白だなんて反吐が出る。私に必要なのは、この世界を変えることだ。今の正義が白ならば私が正義を黒に変えてやる。だから、私はここでやめてやる。ヒーローという立場を捨ててやる。

 

「…革命だ」

 

この世界に革命を起こしてやる。絶対に、変えるんだ。この腐りきった世界を。そして私は、私を必要としている誰かと幸せになるんだ。それ以外の人たちなんてどうでもいい。ただ、私だけが生き残ればいいんだ。

 

そう考えた途端、私の心の中でセーブされていた色々なリミッターが外れた。あのタツマキが異変を感じ取るほどのパワーが、私の体の中からみなぎった。

 

その日私は、アマイマスク含めるA級数名を意識不明の重体にまでさせる大事件を起こした。そしてその日限りで、私はヒーローをやめた。

 

そして、心が壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝。俺は雀の声で目を覚ました。朝日に照らされて俺は体を起こす。んん…俺はここで何を?周りを見るとゴミ袋が散乱しておりカラスも何羽かいた。どうやらゴミに囲まれて寝ていたらしい。なーんか昨晩の記憶があいまいだが…まぁいい。とりあえず今日もヒーロー狩りをするとしよう。俺は立ち上がって昨日のケガの具合を確認する。支障はない。よし、行こう。そう思って歩き出そうとした。その時だった。俺は朝一で素晴らしい獲物を見つけた。おぉぉぉ!あれはまさか…S級ヒーローのガビじゃないか!?何でか知らないがゴミ袋の横で横たわっていた。数か所怪我をしているが…チャンスだ。とどめを刺すか。俺はすぐに奴の体を蹴り飛ばして無理やり起こそうとした。

 

「…だ、れ?」

 

よろよろと立ち上がったあいつは目を覚ましたとたんに俺の姿を見つめてきた。よし、殺す。そう決めた俺は名乗ろうとしてガビに近寄ろうとした。が俺はすぐに、体が動かなくなった。否、動かせなかった。奴の姿を見て、俺は硬直した。違う。こいつ、ガビだけど…ガビじゃねぇ。明らかに違う。こいつは正義のヒーローなんかじゃない。そう思わせるような狂気に満ちた殺意を感じた。

 

「あなたも、ヒーロー?ヒーローなら、殺す。から、来いよ」

 

数本のナイフを突きつけられた俺はこいつが理解できなかった。いや待て、ヒーローだろ?何しているんだ。ヒーローなら殺す…だと?よくわかんねぇ。でもとりあえず、殺したい。俺は息を吐いてあいつの殺意を感じさせなくなるぐらいの声でこう言った。

 

「俺は、ヒーロー狩りのガロウだ。ヒーローじゃねぇけど、俺はお前を殺す。S級ヒーロー血濡れのガビ。覚悟しろ!」

 

「ヒーロー狩り…か。ああ。なるほど。じゃあ、あなたは味方、か」

 

奴はナイフを懐にしまって安堵のため息(?)をついていた。訳が分からない。何を考えている?あいつはヒーローだろ。俺を殺さなきゃいけないんじゃないか?いや、そもそも俺が、味方…?

 

「あなた…ガロウさんは、私の、ことを殺すの?でも、私は、あなたのこと、殺さない。だって、私と同じ。あなたも、ヒーロー嫌いでしょ?」

 

たどたどしい言葉に生きる気力を無くした目。よくわからないが…もう殺意はなくなっている?あぁ、よくわかんねぇ!!なんなんだよこいつは!S級だろ!?

 

「ちがう、ヒーローじゃない。私は、ヒーローにも、協会にも、失望した」

 

「!…考えを読みやがったな。お前、何するつもりだ!何考えてやがる!」

 

「あなたは、仲間。私は、腐った世界を変えるんだ。正義を装う、腐った連中を殺すんだ。」

 

「は、はぁ?」

 

「…疲れたの。なりたくもない、ヒーローとして、頑張ってたけど。もう、私には、大切なものが亡くなったから。だから、ダメなんだよ。すべて変えて、必要としている、誰かを、見つけるんだ…」

 

こいつ何言ってる?よくわかんねぇ。なんだこいつもしかして…壊れている?

 

「ねぇ、ガロウさ、ん。私、あなたが必要。だから、お願い。一緒にいて、よ。もう、1人は、嫌だから」

 

そう言ってガビは倒れた。

 

…いや、展開が謎すぎる。どういうことだ。でも分かる。こいつ本気で、壊れている。そしてあの殺意。あれは本物だ。あいつはなぜか、本気でヒーローを憎んでいるように見えた。ということは本当に、あいつは仲間なのか?俺と同類か?あぁもうじれったい何考えているんだ!こんなガキ、ほっとけばいいだろ!もうこいつはヒーローじゃないんだろ?ならほっとけばいい…

 

「…も、ひーろーじゃ、ない、か…ら…いじめない…で。ひとごろしだから…みとめ、る…から」

 

途切れそうな意識の中、あいつはそうやってぼやいていた。その姿がなぜか、過去の俺と重なる。こんなガキどうでもいいはずなのに、本能的に助けなきゃいけない気がした。

 

「…くそっ」

 

あほみたいだと思った。でもなぜか、俺はこいつを助けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、病みましたよ、ガビちゃん。この展開どう思います?感想ほしい!今回に限っては書き直すかも…しれない。なんかこのまま行くとガビはどんどん病みそうだよね。それでいいのかな?わかんねぇなぁ


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からっぽ~人間怪人編③~

ちょっとだけ、ガロウさんとの絡みを入れてみました。ガビちゃん、病んでるというか壊れちゃったというか…?


いつ目が覚めたのかすらわからない。意識がいつ始まっていつ途切れてしまったのか全く分からない。ただ心が軽くなった気がする。今まで制御していたはずの何かがなくなったからだろうか。何も演じなくていい。何も取り繕わなくていい。ただ、ありのままの自分でいればいい。そう思うと心が軽い気がするのだ。

 

周りには、誰もいない。また、孤独なのか。

 

1人。

 

あぁ、1人かぁ。それってこんな感覚だっけ?わからない。何か、違う。違うんだ。今までは辛かったはずなのに、何も感じなくなった。何も感じない。痛くもなければ悲しくもない。いや、そもそも悲しいってなに?それはどんな感覚なのかな?もう、忘れちゃったよ。感覚がわからない。

 

思考がぐちゃぐちゃだ。

 

あれ、私なんのために生きてるんだっけ?生きる目的って何?あぁ、思い出した。ヒーローの抹殺。そして私の必要な誰かを見つける。それを実行しなければならないんだったな。その2つのためならば何を捨ててもいい気がする。何を犠牲にしようともこの2つを今は成さなければならない。そんな気がするんだ。多分心が軽くなったんじゃなくてこの2つ以外のことが壊れてしまったんだ。それにこの2つ以外のことをしようとは思えない。だから、動かなきゃ。まだ完全には壊れてないから、私は。もう少し頑張って何かを掴めたら楽になれるから。だから…!

 

無気力

 

体が動かない。…だるいな。やっぱり動かなくていいのかな。でも、やらなきゃいけないことは…いや、無理は、しなくていいよね。立ち上がりかけたけど立てなかった。いや、違うなぁ。なんだろう、体が言うこと聞かない。何かに押し付けられて立てない…みたいな。どうしてだろう。無理矢理にでも立とうとしたらなんとかフラフラとは立てるけど…いや、ダメだ。次の瞬間、視界がぐるりと回った。何の感覚もなくてびっくりした。あぁ倒れちゃうな。踏ん張らなきゃ…頭の中ではそう思ってもなぜか体は固まったままだ。どうしてかはわからない。けど、身に任せたらいいか。別に倒れても何もないか。倒れたからって死ぬわけじゃない。ちょっと痛くなるだけ。だからそのまま頑張って立つ必要はないか。重力に負けて体が傾いた。倒れたら痛いのかな。いや、痛みなんて今更どうでもいいか。

 

スローモーション

 

そして地面に近づいた。倒れる。…なのに、角度が変わらない。しかも体が何かに支えられている。でも見えない。誰、誰?

 

「おい、何してる。どんだけ体が痛んでると思ってんだ。まだ寝とけ」

 

誰かの声がして私はまた、何かに寝かされた。体には一切力を入れてない。てことは、私を持ってくれている人がいる。ここは…どこだろう。何かの小屋?この人は誰?

 

「ったく…朝からぶっ倒れやがって。昼過ぎまでぐーすかぐーすか寝ていいご身分だな。ヒーローなのかヒーローじゃねぇのかわからんが」

 

あぁこの人は…人間怪人、ガロウ。そうだったな。私は朝、確かこの人に何かを言った。何か…何かを。覚えてないけど。でも朝話したという事実はしっかり覚えている。けどなんでこの人がいるの?この人は何が目的なの?なんで私はこんなに手当てされている?

 

「なんで、助けたの。もともとヒーローだった私を、殺したくないの?」

 

「…お前がヒーローだろうが何だろうが目の前でガキがぶっ倒れてたらそのまま帰るわけには行かないだろ。」

 

理解できない。けど、助けてくれたのは事実。だからお礼、言わなきゃ。それで、帰らなきゃ。帰ったら私は、何をするんだっけ…

 

…違う。もう私に居場所はない。帰る場所をなくしたからこの人に助けを求めたんだ。帰る場所と、戦う意味をほとんどなくしたんだったな。この人ならきっと私をわかってくれる。本能的にそう思ってこの人のところに助けを求めた。うん、そうだったな。

 

「助けてくれて、ありがとう。聞きたいことが、あるんだけど」

 

「…なんだ」

 

「あなたは、なんで私を、助けたの?」

 

素朴な疑問だった。私は一応昨日までプロヒーローだった人間だ。そんな私がこんなにボロボロになっていたとしても果たしてヒーローを恨んでいる人間が私を助けるだろうか?子供だから助けられたのか?さっきも言っていた気がしたけどよくわからない。まぁ少なくとも私だったら同じ立場になったとしても絶対に助けない。なのにこの人は私を助けた。その上手当てまで…こんなに親切をされるほどの人間ではないはずなのに。

 

「さっきも言ったろ。ガキが死にかけてるのはほっとけねぇ。…あと、俺に似ていた。それだけだ。」

 

「その子供が昨日までヒーローだったとしても?」

 

「でも今日はヒーローを恨むただのガキなんだろ?」

 

確かに。それで私は…ガロウさんに似ている?どういうことかよくわからないけど似ているらしい。でも助けてくれたのならまぁ私を殺す気はないらしい。少しばかりは協力を求めても大丈夫そうだ。この人に、私の目的を言おう。もしかしたら協力してくれるかもしれない。

 

「…あなたは正義についてどう思う?」

 

「は?」

 

「私、この世界に必要なのは正義だって、今まで思ってた。でも、正義って何なのか、もうよくわかんないんだ。不平等の正義。今のヒーロー協会は、不平等なんだ。正義を装うランキングしか目に見えていない、凡人たちが、揃ってるだけだと思う。でも、それって正義じゃないよね。だけど、悪心っていうのはどんな人にも揃ってると思うんだよ。だから、私は不平等の正義じゃなくて平等な悪がこの世に必要なんだと思う。」

 

「…平等な、悪?」

 

「だって、悪を見えるように成してしまえば生きていることにすら、みんな感謝するようになると思うんだ。そうなれば、ヒーローなんていらないよね。」

 

「…興味ある。詳しく聞かせろ」

 

彼は目をギラつかせて私の方を向いた。私は思ったことを淡々と口に出した。彼が同情してくれるかもしれないという期待を寄せて。

 

「昨日、少しだけ覚えてるけど。私のことを倒しに来たA級が私のことを見て、やめてくれ。もう、こんなことしないからって、言ったんだ。倒される寸前ににね。ということは、みんなにこういうことを見せつけたら、誰もがおとなしくなるんじゃない?生きていられることの尊さを、悪でこの世に知らしめてやるんだよ。昨日のA級たちはランキングに目が眩んでて、本当の正義をわかってない。ということは、中途半端な正義なんていらないんだよ。この世に必要なのは、白じゃなくて黒。悪なんだ。でも悪の執行も、強者がするからこそ、意味がある。半端な悪じゃない。何もかもを染めあげる真っ黒でやるんだ。人々に恐怖と、絶望を。そのためにヒーローを倒す。私の目的はこれだよ。ガロウさん、私に協力してよ。あなたも、ヒーロー嫌いでしょ?」

 

ガロウさんは頭をポリポリと掻きながら私のことをじーっと見つめていた。そしてなんとも言えない顔で

 

「…ほんとに、俺そっくりじゃねぇかこいつは。頭がぶっ壊れたか、元ヒーローは。」

 

と呟いた。理解できないけどとにかく私はガロウさんに似ているらしい。ということはこの人も似たような目的なのだろうか?そもそもこの人のゴールは何なんだろ?わかんないけど…とにかくこの人は私を攻撃してこない。敵としては認識されていないのだろうか?

 

「ガロウさん、は私のことをなんだと思ってるの?」

 

「知らねぇよ。…強いて言うならこっち側の人間だ。」

 

彼はバツの悪そうな顔をしてそう言った。

 

そして私の体をベタベタと触られた。この人は変態なのかと思ったがそうではなく私の体に巻かれている包帯を変えてくれているらしい。傷口は痛む。けど、早いうちに手当をしてくれていたのか変な菌は入っていないっぽい。そしていつものように治癒されているから傷が治りきっているわけではないが多分昨日よりはマシになっている。

 

「傷の治りが早えな。」

 

「うん、元々早いほう。だから、人よりは治るの早い。けどまだ痛む。」

 

「痛くなかったら本物の化け物だろ。変えるからじっとしてろ…手間かけやがって。少し我慢してろよ」

 

ピリピリした痛みが全身に伝わる。お世辞にも丁寧とは言えない包帯の変え方に少し不満を持ったが特に何も言わずじっとしていた。血がこびりついた包帯は赤黒く染まっていて嫌だった。

 

「これ変えたらヒーロー狩りに行く。お前がどうするのかは知らねぇが悪化はさせるなよ」

 

バツが悪そうな顔から一転真剣な顔つきになり嫌な顔ひとつせずに包帯を巻いてくれている。よくわからない人だな。何を考えているのかな。不思議な生き物を見る目で私は彼を見つめた。ヒーロー狩りだから悪い人、と思いこんでいたがそうではないらしい。ちゃんと優しいところもあるんだなぁ…って感じた。だからこの人はきっと、怪人に成り切れないだろうな。本能的にそう考えてしまった。

 

こっち側の人間とは。それだけが1つ、気になって仕方がなかった。

 

「私は、今いる怪人たちは気に入らない。けど今いるヒーローも、気に入らない。私の邪魔になりそうな人たちは、潰す。ヒーロー狩りも、場合によっては行くかもだし、行かないかもしれない。」

 

そんな気持ちを抑えて私はこう呟いた。

 

彼は不思議そうな顔をした後、汚くなった包帯を地面に捨てた。彼の目に私はどう映っているのだろう。ドアの向こうへ消えた彼をただじーっと見つめていた。私はしばらくぽつんと座って思考を止めた。彼なら私の道を照らしてくれるだろうか。ちょっと考えてから目を瞑った。

 

また、意識が途切れそうだった。

 

『やめろ、止まれ』

 

誰かの声。

 

誰だろう。

 

…だめだ、わからないね。けどどうでもいいんだ、私にはきっと関係ないから。

 

本能に身を任せ瞼を閉じる。

 

また、闇が昇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか朝が来た。外に出てみようと思ってドアを開けた。なのに、何故か。青いはずの空が灰色だった。色鮮やかな木々の緑も灰色だった。私の見る景色すべてに、白と黒以外の色がなかった。私の心の感情とともに、私はあるべき色まで忘れてしまったらしい。

 

ムカデの怪人が街に現れたのはその日のことだった。わぁ、でかい怪人だー、と思って見ていた。すごいなぁ。見上げながらそう感じた。私はその日、特に何も考えることなくガロウさんについていった。なにか特別な理由はない。ただ、この人の示す道を求めて後ろを歩いていた。何も考えていない。空っぽの頭で彼にただついていった。だから何も気にならなかった。人の視線も声も。

 

今の私は前の私と違う。髪も切って地味なフードをかぶっている。だから私をガビだと気付く人間はあまりいないはず。ただ、ガロウさんに集中できる。ガロウさんを、私は知りたい。すべてを探究したい。

 

ガロウさんはその時、金属バットさんと戦っていた。

 

私は邪魔になりそうだから近くのビルの屋上に行くことにした。私がヒーローをやるのもありかと思ったけどガロウさんがすごく嬉しそうな目で彼を見ていたから私は諦めたのだ。美味しそうな獲物を見つけた獣の目。彼は、獣のようだった。

 

わたしもヒーローを見て本能的に殺意が湧いてきたがぐっと堪えてガロウさんの言動と行動をじっくり眺めていた。面白かったし、勉強になる。動きのパターン、障害物の多い路上での戦い方。そして、S級ヒーローを押す勢いで戦う彼の姿に驚いた。レベルの高い技に攻撃に対しての対応も今まで見た武術家の中でもピカイチの技術だ。見ていてとても楽しかった。でも驚いたのはガロウさんだけじゃない。金属バットさんもだ。タフな体力。気合いだけでなんとかしようとする精神が私には理解できない。なんであんなに怪我を負っていてもなお戦えるのか。多分、今あの人数カ所骨折してるはずなのに。原理もクソもないという発言にも驚かされた。気合いって、すごい。率直にそう思った。…まぁ、ガロウさんが優勢なのは変わらないのだが。もともと少し怪我をしていたバッドさんだ。そもそもここまで戦えているのがすごいと思う。だからこそこの人はいつ倒れても、おかしくない。

 

流水岩砕拳

 

金属バットさんの野蛮トルネードに対して繰り出したその技。初めて実際に見たが出てくる言葉は、すごい。ただそれだけだった。流れる水のように攻撃を受け流し続けてそして最後にバッドさんを吹き飛ばした。なんて技だ。こんなにすんなりとS級を倒すなんて…ヒーロー狩りを名乗るだけあって実力も十分にあった。ガロウさんは、本物の強者だ。私は彼が欲しい。彼のすべてを知り尽くしたい。きっと私は、彼が必要だ。そう感じた。

 

ただ私は彼をずーっと見つめていたが何か、ほかにも視線を感じて少し違和感があった。

 

「おいガキ!!俺は観察されるのが大嫌いなんだ、降りてこい!片付いた」

 

ビルの下からガロウさんの声が聞こえた。私はボロボロになったバッドさんを見つめながらゆっくりとガロウさんのもとへ向かった。ガロウさん、そいつまだ、生きてるよ。言いたかったが言うのをやめた。このままにしていても彼ならちゃんと始末してくれると思ったから。だから急いで下に降りるのではなくゆっくり階段を下りたのだった。別にあのまま飛び降りて着地だってできないことはなかったが。

 

「…あぁ、なるほど、あなたたちか。視線の正体は」

 

階段を降りた後に別のビルから2つの影があった。地面を見下ろす彼らの視線は不気味。そう言うしかなかった。多分あれ、怪人だな。そう気づきながらも私は彼らをスルーした。どうせ、ガロウさんに用事なんだろうし。何もしなくたって向こうから何かしらのアクションを起こすはずだ。そう信じて私はガロウさんがいるところに歩いた。

 

けどまだ、彼はとどめを刺せずにいる。

 

金属バットの妹、ゼンコ。彼女がガロウさんの前に立ちはだかっている。

 

「お兄ちゃんは私の前で暴力見せないって約束したの!だからもう終わり!」

 

彼は攻撃をしていなかった。なんなんだこいつは、という目でゼンコを見ていた。ただそれだけで、まったく動かずに立ち尽くしている。

 

…なんで?目の前に獲物がいるのになんで狩らないの?目の前にヒーローがいるのになんで狩らないの?

 

「がはっ…!」

 

「!?おにいちゃ…!」

 

ナイフを金属バットに刺した。そしてゼンコのほうには催眠薬を含むハンカチで口を覆い眠らせた。まぁナイフは腹に刺したからまだ死んでないと思うけど痛みが蓄積された体なら大分苦しむはず。気を失えない程度の攻撃だからとどめを刺すまで痛みと戦い続けなければいけない。あぁかわいそうに。痛いだろうなぁ。哀れむ目であれを見つめた。

 

「おい、お前…!」

 

ガロウさんとは言うと信じられないような目でこちらを見ていた。いや、私のほうがガロウさんのしている行動が信じられない。だから思ったことをガロウさんに言ってやった。

 

「いや、当然のことしただけ。私は、ヒーローが嫌いだから。それより、とどめを刺さなかったことに驚いた。ヒーロー狩りの覚悟は、その程度?」

 

そう言うと彼は黙り込んでしまった。図星か。彼の戦闘能力に関しては指摘すること0だけどこういう心の甘さはちょっと目立っているな。そこだけちょっと、気になる。きっと彼は、優しい人間なんだろうな。だからこそ、こういうところで甘さが出るんだろうな、と感じた。

 

「…そいつはどうするつもりだ」

 

転がっているバッドさんを指差して彼は言った。もう彼は虫の息だ。放っておけばどうせ死ぬだろう。けど、万が一の事を考えておくとしっかり刺しておいたほうがいい。ナイフを取り出して私はもう1発、彼にナイフを刺した。彼は小さなうめき声を上げて血を流した。

 

「…ヒーロー狩りなら、これぐらい普通だよね。」

 

「あぁ、そうだな。目が覚めたぜ…」

 

私はナイフをしまってフードを外した。血の匂いはするけどやっぱり色は見えない。

 

灰色に、堕ちたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




多分、怪人協会の怪人並みに残虐無道な女の子になっちゃったよ。どうなんだろ、こんなに壊れて大丈夫かな?あの、文句、アドバイス等あれば感想頼むよ。


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不信〜人間怪人編④〜

自分でも何書いてるのかわかんなくなってきた…なんか伏線回収追いつきそうにないよねこの話。書き直したい。


金属バットを倒したけど私はその後にするべきこともしっかりわかっていた。眠らせたゼンコの体を抱き上げて道路の横へ座らせておいた。多分数十分すれば目が覚めると思うけどさすがにあの場所に横たわらせたままだと危ない。それに、ゼンコはヒーローじゃない。何の罪もないただの子供だ。だから、金属バットのように雑に扱うわけにもいかないのだ。

 

…あとちょっとだけかわいそうだとも思った。私から見たらバッドさんは憎いヒーロー。けど、ゼンコから見たら家族。家族が目の前でボロボロになっていたら嫌だろうな。とは、思う。けど私はヒーロー協会を潰すんだ。だから躊躇なんかしていられない。だから金属バットはやった。特別バッドさんに恨みがあるわけではないけれど。協会の人間ならばやる。それがたとえ、アトミックさんのような真の正義を貫く人間だったとしても。あの腐った協会にいるのならどれだけ良い人だとしても同類だ。ひいきや差別はできない。協会全てに平等な悪で制裁を与えるためには心を無心にしてやらなくては。

 

さてと、バッドさんたちは片付いたとして。まだやることはある。

 

「…ガロウさん、観察されるのが、嫌なんだよね?」

 

「あぁ。それがどうした」

 

「なら…こいつらも、気にならなかったの?」

 

ゼンコに近づく黒い影を私は蹴って一瞬で塊を吹き飛ばした。

 

私は知っていた、コイツらの存在を。向かいのビルから眺めていた不気味な影。そして、人ではない何かと認識させるようなオーラ。そして、不快にさせるような空気。私の気分を害する存在。そして確信できた、こいつらは怪人だ。ヘドロのような怪人と鳥の怪人。2体ともさっきまでは攻撃もせずじーっと眺めていただけだった。…ただ、多分だけど雑魚ではない。そこら辺に湧き出る雑魚よりはそこそこ実力のある怪人だ。まぁ倒せないほどの奴らではないのだけども。とにかく、怪人がそこにいる。

 

「ずっと感じてた気持ち悪い視線の正体はお前とこいつらか…よく気づいたな。」

 

「…向かいのビルに、いたから。いること、知ってた。でも1回で、仕留めそこなった…こいつ、液体っぽいけどやろうと思えば、いける。これ、殺す?」 

 

ゲボゲボと汚い声を出す怪人。一発で殺し損なったけど次ならいける。私は地面に這いつくばっている怪人を睨めつけてもう1度構えた。さっきの蹴りは本気じゃなかった。本気どころか5割程度だった。にもかかわらず相手は死にはしないが相当なダメージを負っている。だからもう少し本気でやれば一瞬で片付く。こいつらは弱者だ。

 

私に必要ない、こいつは。

 

本能的にそう思った。ガロウさんのように必要としない。だから殺しても問題ないだろう。目障りだ。右足を踏み込んで殴りかかろうとする。ガロウさんだって止めはしないだろうし。なんならその行動を望んでいたと思う。殺すことに躊躇もしない。おまなら、いける。そう思った。しかしその時。

 

「待て、ヒーロー狩り!そしてそこの小娘!」

 

上空から聞こえた声に私はふと足を止めた。

 

あぁ、鳥の怪人か。

 

私はバサバサと降りてきた彼の姿を見て動くのをやめた。ガロウさんはそいつを警戒して睨みつつ私に協力要請をした。

 

「2対2か。やれるか、ガキ?」

 

「数分で、片付く」

 

私も少しだけ警戒しつつ連携を取ろうとしていた。とにかくめんどくさい。大事になる前にやってしまいたいから息を合わせて攻撃を始めようとしていた。イライラするし、めんどくさいから早く終わらせたいのだ。結構な苛つきが収まらないからそれをこの鳥の怪人にぶつければいいのか、と思った。しかし鳥の怪人は私たちの殺気を感じ取ってもなおゆうゆうとして立っている。そして口を開いて話し始めた。

 

「我々は敵ではない、ヒーロー狩り…そして小娘。お前は何者だ。見る限り、ヒーローにも匹敵する力を持っているように見えたが。」

 

実は私も人にじろじろ見られることが嫌いだ。なんか恥ずかしいし、怖いから。だからこいつに見られていたと思うとちょっと嫌だ。それに何を考えているのかわからない人にべらべら自分のことを話したくない。何なら今すぐにでも殺して不安な気持ちを静めたい。

 

「名乗る必要、ないよね。私は、ヒーローが嫌いなだけ。あと、めんどくさい怪人も、嫌いだよ。だから、あなたもやるよ。」

 

構えると自然と殺気が沸いてくる。自分でもわかる。殺したい。その気持ちが襲っている。だけど彼も私の殺気を感じとったらしい。少したじろいでいる様子が伺える。でも彼はすぐにゆうゆうと立ち、そしてまた話しだした。

 

「ほう。だがまぁいい。ヒーロー狩りはもとよりお前も似たような感情を抱いていることがわかった。これを見たらお前たちも興味が湧くはずだ」

 

彼はどこからか2枚のカードを出して私とガロウさんに手渡した。見るとそこには、4文字の言葉と見にくい絵が書いてあった。

 

「怪人協会…?」

 

ヒーロー協会ならぬ、怪人協会。なんだこれは。まさか怪人にもヒーロー協会みたいなまとまりがあったとは。目的はよくわからないけど…ヒーロー協会潰すつもりなのかな。で、ヒーローを憎んでいそうなガロウさんにスカウトでも来たのだろう。同じ、ヒーロー潰しの連中として。それで私はおまけかな。来てみたらなんかいたみたいな感じだろう。

 

「ついてくるがいい。我々のアジトに案内してやろう」

 

鳥の怪人はそう言って私達の方を見つめた。

 

ただ、私は全く興味がない。何かをするときは絶対にこじんまりとしている方ががいいのだ。私は縛られることが嫌だ。集団の中にいて縛られることは苦痛でしかない。自分からこんな集団の中には入りたくない。それにきっと、目的がこの人たちとは合わない。大まかな目的は同じかもしれない。でも細々としたことは合わないはず。なんか、この人たちは悪役なんだろうな。根っからの悪役。でも、私は灰色だ。ヒーローだけを壊したい。最終目標がヒーローの殲滅。だけどこの人たちはヒーロー狩りなんてただのステップとしか見ていないんだろう。一般市民も巻き込むだろう。だからきっと合わない。私は、無意味な争いは望んでないから。ガロウさんはどうなんだろう。もしかして…入るのかな。入るとしたら私にはそれを止める権利はないし何もできない。何なら敵対する相手にもなるかもしれないな。でもそれは私が嫌だ。ガロウさんは近くにいてほしい。それに、あんな集団に入る人ではあってほしくない。だから行かないことを信じたい。彼は、真っ黒にはなってはいけない。

 

その願いが通じたのか、彼は紙をビリビリと破り捨ててこう言った。

 

「興味ねぇ。失せろ」

 

その言葉を聞いた瞬間、安堵のため息をついた。安心したし、本当に嬉しかった。それにさすがだなぁって思う。何かに縛られるわけでもなく、ただ己の信念を貫き通そうとする姿に尊敬したし今まで出会ってきた人間の中で一番素敵だと思った。

 

「ふっふっふ…」

 

その様子を見ていた鳥の怪人は不気味に笑っていた。そしてばさっと翼を広げたかと思うと思わず見とれてしまうぐらい綺麗な羽を見せた。美しい羽に、少しだけ気を取られてしまった。鳥の怪人は余裕をもっているのか知らないが私たちを攻撃するつもりはないらしい。ただ、意味深な言動を残した。

 

「今のは見なかったことにしてやる。だが近いうちに必ず…再び会うことになるだろう。今後もお前たちがヒーロー狩りとして活動を続けるのなら…な。」

 

そして空気的な存在だったヘドロ怪人も

 

「憶えとけよ!」

 

と言いどこかへ消えてしまった。

 

暗い路地裏で残された私たちはただ立っていた。なんだったんだ、さっきのは。不信者に間違いはないけど怪人がわざわざあんなことをすることに驚いた。怪人も多発しているようだし気を付けよう。あと、これからなんかあった時は自分で何とか身を守れるように普段から気を引き締めておこう。

 

隣にいるガロウさんは何かを考えていた。何を考えているんだろう?ちょっと気になって魔眼を発動させた。

 

『ズキン』

 

何かの痛み。激痛が目を襲う。声が出ないほど痛かった。この感じ…どこかで感じたことがある。なんだろう、この痛みは。あまりの痛みに私はよろめく。そして目を抑えた。生臭い。血が流れているのか。理解した、目から血が流れているんだ。それに思考が何も読み取れない。何も見えない。なんでだろう、調子が悪いのだろうか。右目から涙のようにあふれる血をガロウさんはすぐに気づいて目を押さえてくれた。

 

思い出した、深海王の時と全く同じだ。あの時も確か目から血が出ていた。景色が赤くなって焼けるように痛いこの感覚は今でも鮮明に覚えている。けど…何で今急にこうなった?確かあの時はあの神様的な人が私のことを操っていたはずだけど…

 

…あぁ、なるほどね。

 

痛みをこらえつつ、私は呟いた。出てきてよ、と。

 

そしたら急に、眠気がした。

 

 

「…気色悪い」

 

ガロウさんがそう呟いたのが聞こえた。気色悪い…か。それは私に対してなのだろうか。それすら確認できないのが怖くて仕方がなかった。その意味を聞く前に、私は瞼を完全に閉じた。そしてまた、例の神様っぽい人が現れた。

 

『お前は壊れているかと思っていた。もうただの人形になっているかと思ったが…案外そうでもなさそうだ。シナリオは少し狂ったがな。まぁ、悲劇としては十分成り立つだろう』

 

何の、話?

 

『いや、何でもない。こっちの話だ。それよりガキ、普通にしゃべれんのか。言葉が片言で聞きにくいぞ』

 

…うまく、喋れないの。わざとじゃなくて、ほんとにしゃべれない。なんでだろう。

 

『それに言葉遣いもだ。今まで敬語だっただろう?』

 

使う必要、がないと思う、から。それに、喋ると息が詰まりそう。

 

『…見た感じ壊れていそうだがな。芯はしっかりしているのか。』

 

あなたの、目的はなに?まだ、時は来ないの?

 

『もう少しだ。あと少しで奴らは動き出す。それまで待つんだ。』

 

…結局、あなたにとって、私は何?なんで操ったの?

 

『お前を試しただけだ。どこまでの心を持っているか、確かめたかった。強いて言うならば、品定めと言ったところだ。』

 

…品定め?私は商品なの?

 

『まぁ、深く考えるな。お前のことはずっと見ている。どこまで強くなるかを観察して楽しむ。それだけだ。なんの問題もないだろう?』

 

ずっと見てる?楽しむ…?キモいよ。

 

『ガキ。誤解を生む言い方をしたのは悪かった。だが私は変態ではないから安心しろ。まぁとにかくお前がどれくらい強い心を持っているか試しただけだ。…でも想定以上だ。最高の器になるぞ、お前は。まぁ、きっとこれから時が近づく。真実はそこで全て教えてやる。私の目的も、ガキのすべきことも。それまではまぁ自分の好きなように生きるがいい。ヒーローも、倒していくがいいさ。あの人間怪人にでもついていけば上手くやるだろう?』

 

私がどうなるかは知らないけど結局あなたが何をしたいのかわからないのがすごくもやもやした。でも、私は近いうちにヒーロー協会を変えるよ、絶対に。

 

『まぁとにかく、お前がちゃんとした意思を持っているのであればここで私が止めるべきではない。すまんな、ガキ。今日のことは忘れてくれ』

 

…あなたもしかして、私を使おうとしてる?

 

『時が来たら教えるさ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、ガロウさん。寝てた。」

 

私は彼の膝の上で起きた。目の血はいつの間にか止まっていた。

 

「ちょうど1分気を失ってた。なんかあったか?」

 

私は立ち上がって深呼吸をする。上に気配を感じていたからピョンっと飛び上がりビルの上から奇襲を仕掛けようとしていた怪人を掴み取った。そして攻撃をされる前に地面に叩き落としそのまま潰した。怪人の名はカオハギ。災害レベルは鬼ぐらいあったはずだ。顔を剥ぎ取る予定だったのだろうが剥ぎ取られる前に息を止めた。こんなに簡単にやれるものなのか…と少し感動した。

 

「…ちょっと、神様不信になりそう。私は、誰にも囚われずに生きたいなって思った。ヒーロー協会を抜けたと思ったら、今度は神様に、悪用されそうだよ。きっと、あの人は敵だ。」

 

少し呆然とするガロウさんに私はそう告げた。

 

何か怪しい。あの神様的な人の不審な行動にそう思った。



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対峙~人間怪人編⑤~

実は投稿してから1年経ちました。ここまで続けられているのもこの作品を見てくれる読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


カオハギの残骸を蹴散らして私はため息をついた。ガロウさんは心配そうに私を見つめているが私はその心配そうな顔ですら不安になる。この人もなにか隠しているんじゃないかと。狼らしく、私を食べてしまうのではないかと。私は、彼に食われるかもしれないな。そう考えると身を縮こませてしまう。心臓の音が聞こえるほど、不安だった。

 

神様っぽい人…未だに目的を言わず私の観察を続けているということは今の私だってどこかで見られているかもしれない。いや、そもそも彼は何者なのだ?人間ではないのは確かだ。殺されかけた私を生き返らせたのはあの人だしパワーを強くしたのもあの人。けど私をなんの報酬もなく助けたりするメリットはあるのだろうか?私を助ける行為は言ってしまえばボランティアだ。色々と私を助けてくれているけど…あの人の力は計り知れない。おそらく結構何でもできるんだろうけど、もしかして私を良いところまで育ててその後は自分の手駒として使うつもりなのだろうか?とにかく目的が見えないのが不気味で仕方がない。彼は味方だと今まで思い込んでいたけどもそうでもなさそうだ。彼は何を考えている?あぁ、いっそ殺してしまいたい。そうしたら、何も悩むことなんてないのに。

 

偏頭痛。そしてイラつきからナイフを投げ捨てた。

 

「ガロウさん、ごめん。私、イライラする。多分、一緒にいたら迷惑かけてしまう。」

 

吐き気とだるさを押し切り、私は立ち上がる。なんでこんなに、私は辛い思いをしているのだろうか。いや、勝手に自分で辛いって思い込んでいるだけかもしれないけど、それでもなんか嫌だ。ガロウさんもなんで私を殺さないのかわからないし、とにかく不安だ。なんで元ヒーローの私を警戒も何もせずに近くに置いてくれているのか。彼も私を使おうとしてるのか…?

 

あー、思考がだめな方向に行っている。切り替えなきゃなぁ。

 

頬をバチンと叩く。私は一度ブルーになると機嫌はなかなか治らない。この不機嫌がガロウさんにも伝染るのではないか、それが心配だ。だからここは彼と距離をおいたほうがいいのではないかと思った。なのに彼はため息をつきながらこう言った。

 

「弱気になりやがって…さっきまでの獣みたいな目はどこ行きやがった」

 

私はガロウさんにまた頬をペチンと叩かれ、右手をぐいっと引っ張られた。半ば無理矢理に歩かされて

 

「おらっ、歩け。気分とかどうでもいいから行くぞ。ヒーロー狩るんだろ。」

 

と路地裏から街へ出た。そして続けて彼は私が投げたナイフをわざわざ取ってくれた。そして少し黙って歩き出した。黙々と手を引いて歩いた。いつまで喋らないんだろう、と思った瞬間、彼はポツポツ話し始めた。

 

「お前の目に惚れてたんだよ、俺は。本能に身を任せて殺意を剥き出しにしていたその目が、助けを求めたいだろう昔の俺みたいな虚ろな目が、人間の本質を描いたその目が、俺は好きなんだよ。だけど今のお前はなんだ、ただの壊れた人形じゃねぇか。1回1回いちいちネジを回さないと動けねぇのかよ…ったく。」

 

彼は表情1つ変えずにそう言っていた。理解できなかったけど、私は彼に好かれていたらしい。ならば私は、この人について行っても悪いようにはされないのかと思った。心から信頼できるわけではない。だけど、それでも。ちゃんと心の内を話してくれる彼はすごく優しいなって思った。

 

「さっきの怪人もだがヒーローに対しても残虐非道だな…全く、ナイフでグサグサ刺しやがってよ。正直ビビッたぜ。殺人狂か、お前は。金属バットの時は妹が来た時点でボロボロだったし、あれで満足したつもりだったけどな」

 

「とどめは、さしたかった。ヒーローも怪人も、生きてたらなんか嫌だからさ。」

 

この人だって敵かもしれない。なのにスラスラと言葉は出てきて本音が漏れる。別に言わなくたっていいだろうことがポロポロと自然に溢れるのだ。何だろう、この感覚は。別に彼は私と深く関わりがあるわけでもないのになにか優しい。

 

 

そういえば、さっき目を覚ましてからもう1度魔眼と千里眼を試したけど何故か使えなくなっていた。生まれつきの能力がなくなるなんて何事かな?なんて思ったけど、私は実際あまり気にしていなかった。それよりも、ガロウさんに対しての信頼する気持ちが少しずつ芽生えていた。とにかく、手を引かれて私は彼としばらく歩いた。なぜか隣に人がいるだけで、懐かしい感覚に襲われたのはなぜだろうか。彼が無理やり握っている手は、何故かすごく暖かくて心地がいいのだ。無性に懐かしい匂いがする。けど…今はどこにいるかもわからない。誰なのかもわからない。実際にいるかもわからない。けどなぜか、横にいる人は昔の何かを思い出させる。

 

「私は、おかしいかな」

 

言いたくもなかった言葉が突然、漏れた。今までの私と今の私。人格すら変わっちゃったんじゃないかとずっと思っていた。明るく、誰にでも優しく接していただろう白かったガビはどこかへ消えた。その一方でよく思い出せない人を殺していた黒のガビも、どこかへ行った。全てが無くなって壊れた灰色のガビが、ここにいる。灰色は、おかしいだろうか?答えてくれるのは彼だけだった。

 

「…もとから狂ってたのか?それともここ最近狂ったのか?よくわかんねぇけどよ、俺は別に気にしねぇ。ただ、お前は俺に害がねぇとは思う」

 

よくわからない返答に戸惑ったけどとにかく私は大丈夫らしい。彼に何をされるかよくわからないけども、彼のことは信頼しても大丈夫だ。きっと。

 

「心を病んでるのは、そんなにいけない、ことかな?」

 

「俺はそうは思わねぇ。別にいいだろ、そこまで考えなくても」

 

「私のこと、嫌いにならないでね、ガロウさん」

 

「気持ち悪いな、いきなりそんなこと言うなんて。…いやまぁ、俺がお前を拒絶することは多分ない。」

 

乱暴に掴まれた手なのに、やはり心地よい。そう思えてしまうのはなぜだろうか。彼は私の何なのだろうか。答えはまだ、見つかりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガロウさんはまたヒーロー狩りに行くらしい。でも、妙に体がだるかった私はQ市に向かうガロウさんを途中のI市まで送ってそのまま少し休憩していた。また夜に、ガロウさんがよく行く公園のところで待ち合わせをしようと誓って別行動をすることにしたのだ。ガロウさんは待ち合わせをする公園でよくヒーロー好きな子供とよく話しているらしい。私もあの付近に行ったことがあるけどあそこらへんは確か森が近くにあったはずだ。静かな場所は好きだから少し休んだらすぐに移動しようと思った。まぁ、木々の緑は見ることができないけれど。

 

どれだけ見渡しても、見えるのは白と黒。視界すら狂ってしまうのが悔しくて仕方がない。白黒にしか見えない世界は案外つまらないものだと思った。どれだけ私は心を病んでいるのか、今まで私はどうやって生きていたのかわからないけど、よく我慢して生きていたもんだと少し自分に感心した。死ぬのも嫌だけどなんの目標もなく生きることも辛いなって思った。でも、ガロウさんはそれをきっと変えてくれる。彼こそが、私の希望かもしれない。彼は私の、示す道になるだろう。

 

青いはずの空も、今の私は灰色にしか見えない。ただ永遠に続く広い空を見た。周りの人々の悲鳴が聞こえるまで、私は灰色の空を眺め続けていた。鳥が1羽、バサバサと飛んでいた。鳥は自由なんだろうな。見えなくなるまで鳥の行く先を眺めたあと涙が出ていた。鳥になりたい。ふと、そう思った。

 

私は悲鳴の聞こえた方に体を向けた。もう動きたくない。けど、なんの関係もない民間人が困っているのをほっとくわけにもいかない。彼らはヒーローじゃないから。私はただの偽善者かもしれないけどそんなの関係ない。ただ、目障りな怪人は消えてしまえばいい。心からそう思う。

 

いくつもの目を持つタコの大きな怪人は建物を捕食し始めていた。おそらく相当硬質化が進んでいる。このままでかくなると厄介だろう。まぁ、倒せんことはない。てか余裕だろうな。遠目から見ていたがヒーローらしき人達が何人か応戦している。意味もない攻撃をただ続けて逃げ回っている。おそらくB級。何もできずにおろおろして挙句の果てにはなぜか牛乳を飲んで強くなったと思い込んだガイコツっぽい奴が攻撃を仕掛けて自爆をしている。いや、バカなのあの人?と呆れた。ダサいなぁ。

 

そのあとA級の奴らが群れてやってきた。6人ぐらいだろうか。多分あの中に、この前アマイマスクと一緒にいた奴らも混ざっている。確信はないけどそんな気がする。ということはあの中に偽物ヒーローがいるのか。殺してやりたいな。

 

まぁそれは置いといて…何をするつもりか知らないけどあいつらじゃ歯が立たないだろうな。それに私は知っている。群れている奴らの特徴を。群れるのは自分が弱くて自信がないから。群れる奴らは自信がなくて弱い奴ら。所詮一人では行動できない奴らである。それを知っているがゆえに軽蔑の目で私は彼らを見た。あほらしい奴らだな…と哀れんでまた攻撃態勢に入った。ヒーローも殺してやりたいけどその前にあのでかいやつを何とかしたい。なんか、あいつがいると視界がうるさくなるから早めに殺してやりたい。そのあとじっくりヒーローたちをやればいい。だるい体も何か目的ができると自然に動くようになる。息を止める。そしてビルまで走る。

 

A級の総攻撃が始まろうとしたその時、私はタコの目を一つ、蹴って潰した。

 

生き物である以上最大の弱点は目であるなんてことは常識だ。目が潰れてしまえばあとは痛みに悶え苦しむだけだろう。ナイフよりも素手や脚のほうが攻撃が深く入る。私は人並み以上の武術で何個もある目を次々に潰して行きそれと並行してバタつきそうな足をうまく蹴り飛ばした。ちぎれた足は大きな音を立てて町に落下した。足で暴れないからこれで被害は小さくなるはずだ。よし、次。無駄に時間をかけずに最短距離で移動する。潰す、切る、走る。それを数秒の間に終わらせる、それだけだ。暴れかけている部分にはしっかりと攻撃を入れて動けないようにする。そしてその作業をタコの目が最後の一つになるまでやった。最後の目に飛び蹴りをして攻撃を止めた。あっという間に目は潰れたから血の雨がそこら中に降り注いでいる。

 

足は蹴り飛ばしたからないけど無駄にでかい本体はそのままだ。それもどうにかしなきゃいけないから私は仕方なく真空拳を使った。これ以上の硬質化をされると戦った後に足と手が痛くなりそうだから。それにこれを使えば大抵の奴らは死ぬし。

 

「…真空拳っ」

 

本体の体が殴るたびに弾け飛んでいることにすぐ気づいた。たいしたことない、倒せる。ただ体がでかいから全部を倒すのには時間がかかった。じわじわと体を削って相手の肉片をばらばらとまき散らし、ようやく終わりが見えてきた。あー、これもだるいな。ちょっと面倒になってきてしまった。不意に視線をそらしてA級の顔を見るとこちらのほうを信じられないという目で見ていた。そりゃそうだろう。今の私はガビじゃない。ショートの髪に地味なフードははたから見たらただの一般人だろうから。そんな奴がいきなり現れて苦戦していた怪人を目にもとまらぬ速さで攻撃したんだ。びっくりするのも仕方がないだろう。まぁ、あとでこいつらもやるけどね。

 

冷たい視線を彼らに向けて私はタコを蹴り上げた。

 

すると、突然だった。変な考え事をしていたらいきなり上から何か磁石に引っ張られる感覚が体を襲う。周りの空気も変わる。一瞬でその場に緊張が流れ、周りの建物も地面も揺れ始めていた。まぁ私は踏ん張ったけど満身創痍のタコは肉片や足とともに上空へ飛んで行った。なんとなく察しはついていた。おそらく、あれが来た。そうなると私は仕事をしなくても済むんだろうな。タコが飛んでいったのを確認して服や手についた汚れを払い落とした私はまた上空を見た。

 

タコはアルミ缶のように潰された後綺麗なボールの形に姿を変え一瞬のうちにまた地上へ落ちてきた。否、落とされた。しかも目の前に。多分あれは意図的に私の目の前にタコの残骸を落としたんだろう。あと数歩前にいたらタコボールに直撃していた。それぐらい絶妙な位置にあいつは落としてきた。つい睨んでしまった。向こうも私を睨んでいた。

 

「あとあのガキ…何者だ?」

 

「知らんがただ者ではなさそうだぞ。あのタコをほぼ倒してたしな」

 

後ろの奴らはざわついているけどそんなことはお互い気にしていなかった。多分向こうは私に勘づいている。裏切ったことも、バットさんのことも、すべて。だから、本気でかかってくると思う。そうすると、私も容赦しなくていいんだ。勝手に解釈したけど気が楽だ。何も考えずにやればいいだけなんて楽すぎる。私は地上に降りてきた彼女を見つめていた。彼女はため息をついて私を睨んできた。私がそっけなく無視していると向こうはようやく口を開いた。

 

「何やってんのよ…あんた、裏切ったの?それともヒーローなの?中途半端なのが一番迷惑なんだけど?」

 

「裏切った…?最初に裏切ったのは、そっちだよ。アマイマスクに、A級に、彼らの思考をそうやって捻じ曲げた協会本部。悪いのは、そっち。私はただ、その腐ったヒーローの在り方を変えるだけ。平等な悪こそ、世界を変えるんだよ、タツマキさん」

 

ボロス戦の時に感じた彼女の優しさは今はどこにも見当たらない。もう、敵として認識されてしまった。けど知っている、私は彼女のに対してはるかに上回る戦闘能力があることを。この人が今何をするかは知らないけど、多分私を倒すつもりだ。もう、私が堕落してしまったことを悟った彼女は私が何か行動を起こす前に殺してしまったほうがいいと判断したのだろう。上等だ、私だってあんたを倒すよ、タツマキさん。あんたさえやればヒーロー協会は潰したも同然。今ここで、潰し合おうじゃないか。

 

「失望したわ、ガビ。あんたはもうヒーローじゃない、敵よ」

 

「…私も、もうヒーローに存在する価値を感じない。それはあなたにも、言える。お互い様だよ、タツマキさん」

 

タツマキさんは建物を次々と持ち上げて私のほうに向けていた。もう始めるつもりか。さすが、行動が早い。超短期決戦でやるつもりだ。あぁ、こりゃ普通にやったら負けるな。けど打開策ならいくらでもあるし、やれるだけやってしまおう。集中して、タツマキさんを見つめた。あんまり使いたくなかったけど対応が簡単なのはこの技だ。私は深く深く、息を吸う。そして肺に溜まった空気をすべて吐き出した。

 

私の三大奥義の二つ目。もっとも危険な技でありもっとも相手には有効な技。これを使えば数日は体が痛んでしまうけどタツマキさん相手なら仕方がない。ここで技を出し惜しんだら殺されるかもしれない。躊躇したほうがこの勝負、負ける。久々の本気だからすごく不安だけど私は目標を定めて声を出した。真空拳に続いて二つ目。相手を錯乱させる催眠術。

 

『夢幻呪魂』

 

この技は過去数回しか使ったことのないとても危険な技だ。最悪の場合、死に至る。ただそれも、使いすぎなかったら次の日に痛い思いをするだけであってそれ以外はなんの問題もない。

 

これを発動している間、私は死者の魂を自由に操ることができるようになる。あのタツマキに精神攻撃が聞くかはわからない。でも幻覚だって簡単に見せれるし基本、何でもできる。それに加えて私の戦闘能力があれば勝ったも同然なのだ。

 

とにかく、倒す。ヒーローは、この世に必要ない。

 

現れ始めた死者の魂と憎しみに悶える彼らの声を私は聞いた。その声と姿を、私はタツマキさんに向けた。死者の大群よ、群れて喰え。この化け物を。

 

彼女の目が微かに揺れたのが私には見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タツマキVSガビ。最強と最凶の戦いが幕を開けようとしていますが、この描写は次回1回で終わらせます。それほどの短期決戦になると思われます。



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失せた戦慄~人間怪人編⑥~

ごめんなさい、ごめんなさい。投稿が遅れたのにもかかわらず内容薄くてごめんなさい。


死者の魂は形になった。黒い黒い影が、地面から張って出てきて影は最初は点のような小さな影だったのにあっという間にタツマキさんを囲む大きな影となった。何十、何百もの亡霊はあたりの空気を不穏にさせて野次馬たちにを知らず知らずのうちに後ずさりさせていた。しかし周りの人々には見えていない。タツマキさんにしか見えていないのだ、あの亡霊たちは。なぜかというとこいつらの正体がタツマキさんに殺された怪人達の亡霊なのだから。

 

戦慄のタツマキ。行方不明のブラストがいない今のヒーロー協会での最大戦力とされる女。超能力は使い方によっては災害になりえるほどの強力なものであり、相当の強者でなければ彼女に傷を負わせることは不可能だろう。証拠にあのシッチが「正攻法で彼女に勝てる生命体はこの世にいない」と言っていた。ヒーロー協会のS級ですら恐れる彼女の力はまさに最強。どんな生命体であろうと彼女に勝てるものは少ないだろう。

 

しかし私はそれを否定する。私なら、彼女を殺せる。

 

薄ら笑いを浮かべて私は亡霊たちを操った。彼らはうめき声と怨念をむき出しにしてタツマキに襲い掛かった。黒い影を払い除けようとしてタツマキさんは衝撃波を使ったが、それが効いたのは周りの人々と建物、そして私だけだ。私は多少攻撃が来ることを予測していたから吹き飛ばされることはなかった。周りの人たちは思いっきり飛ばされていたが。まぁ私もノーダメージというわけではない。さすが災害級の力を持つタツマキさんだ、私もちょっと踏ん張りがきかなくて背中を打った。

 

しかし、影たちはタツマキさんを覆ったままだ。彼らに衝撃波は全く効いていない。彼らはタツマキさんを嘲笑うかのように物理的攻撃を始めた。いつも、タツマキさんが怪人たちに向けて赤子の手をひねる用に繰り出す技を彼らも使い始めたのだ。タツマキさんほどの威力はないが彼らの総攻撃により彼女は空中から動けなくなっていた。タツマキさんが珍しく動揺したのが分かった。普段ならば数分…いや、数秒で片付くごみのような敵が群がってそのうえ攻撃が効かないのだ。結構な威力の衝撃波なのにびくともしない彼らを見て背筋が凍っている様子が見える。

 

タツマキさんは超能力さえ使えなければただの人。所詮人間、敵ではないのだ。

 

亡霊たちはタツマキさんの体をとにかく痛めつけていた。引き千切ろうとしたり殴ったり蹴ったり刺したり、とにかくやりたい放題攻撃していた。私はそれを、地上で見ていた。姿は見えるのに、声は聞こえるのに、何の攻撃も通じない亡霊にイライラしている彼女の表情がすごく快感だった。あの女もこんなみすぼらしいリンチを食らうことがあるのかと思うと妙にうれしかったのだ。そのうえ、彼女はイライラと共に恐怖を感じている様子がうかがえる。タツマキさんは昔、この亡霊たちがまだ生きているときに殺した。一度殺したはずの亡霊に襲われ、罵られ、殺されかけて、とんでもないほどの恐怖を感じている。空中にいる彼女はもはや何もできずただおびえていた。

 

そんな状況でも彼女のむなしい反撃は続いていた。亡霊たちにもだが、私にも少しずつ攻撃してきていた。私はなにも焦ることなくひょいひょいと攻撃をかわして彼女の無様なやられぐあいを見ていた。

 

しかし、あの亡霊たちはずっと使えるわけではない。彼らをそのまま放置しておくと私の魂を彼らがいるべきあの世に持っていかれるのだ。そして抜け殻になった私の体が、亡霊たちに乗っ取られる。だから使えるのはせいぜい数分。しかも代償も大きい。おそらく彼らが帰った後は体が悲鳴を上げる。彼らの魂をあの世からこの世に持ってくるのには私の集中力を使いまくる。頭に結構な負担がかかるのだ。その代わり、一度彼らを呼んでしまえばもうこちらの独壇場。私を倒すことは不可能だ。亡霊たちに阻まれるから何もできずにただリンチされるのだ。証拠として、あのタツマキさんが今太刀打ちできていない。

 

亡霊たちは彼女を地上に引きずり降ろして服もボロボロになるまで攻撃を続けていた。可哀想に、数分囲まれただけなのにこのザマだ。所詮人間、仕方ないだろうとは思っていたがまさかここまでボロボロにしてくれるとは思わなかった。亡霊たちに感謝しなければ…。

 

『シネ…シネ…タツマキノセイデ…オレタチハ…!』

 

楽しそうにやってるなぁ…って見ていた。それに気持ちよかった。快感だ。こんなに面白いほどにやられるタツマキさんが。こんなに苦しそうにするタツマキさんが。私にとって快感でしかなかった。超能力を使わなければ赤子の手をひねるようにやれる。それが面白くて、嬉しくて、私たちの動きは止まらなくなった。亡霊たちの動きはだんだん勢いを増していた。このままにしておけばタツマキさんには勝てる。何もしなくてもこのままで行ける気がする。抵抗する事さえ困難になりつつあるタツマキさんの姿を見るとそんな考えすら浮かんでくる。それはわかっているけど勝てることの代償に私の魂も彼らに連れ去られるだろうな。見ているのは楽しいけどそれで私が死んだら元も子もない。残念だがあと数分頑張ってもらってそしたら自分の手で何とかしよう。

 

それで、ヒーロー界に絶望を与えてやる。最強の女を殺せば世の中の人々は恐怖で震え上がるはずだ。れっきとしたヒーロー狩りとして世の中に名を轟かせる。ガロウさんにも、認めてもらう。それで、世界を平等にする。平等な悪で世の中を統制するんだ。統制したら…

 

統制したら…

 

したら…

 

 

何になるんだろ?

 

ヒーロー殺して、世の中悪で黙らせて平和にして、そのあとに何が残るんだろ?

 

人々は生きることに感謝するようになる。悪さも何もしなくなってただの平凡な日々を過ごすことになる。

 

それでいいのだ。いいかもしれない。

 

けどその先に待つ未来に、何の価値がある。何を目的に関係のない民間人まで巻き込まなければならない?

 

私が消したいのはヒーローだけ。それ以外は興味ない。

 

だから…こいつさえ殺せば…

 

…まぁ、今考えなくてもいいか。とりあえず今は、この人を殺せばいい。

 

ただ、無心で。

 

「そうだよ、私。何、言ってんの。」

 

亡霊達をさらに召喚する。自分は間違ったことしてないって言い聞かせて平常心でいるために、心の動揺を誤魔化すように、亡霊たちを呼び出す。なぜ迷った、私は。ただ普通に、こいつらを消したい。あぁ、早く。早くこの女を、殺したい。視界から消したい。

 

亡霊たちに対して、タツマキさんはもう抵抗できなくなっていた。良い様だ。そう思いながら取り出したナイフを日光に反射させる。殺すなら今だ。タツマキさんはもう瀕死だからここで殺る。殺れる。

 

「っ…痛。」

 

頭に頭痛。そして体が重くなった。…そういえば亡霊、やけになって使いすぎたのかもしれない。これ以上は体の限界だって自分の体が危険信号を出してくれたんだ。ふと立ち止まると亡霊たちは最初に出した何倍もの数に増えていた。黒い影の塊はいつの間にか大きな渦になりまるで本物の竜巻のような大きなものになっていた。こんなに召喚してたらそりゃ体も疲れるわ。逆にこんなに多く引き連れてるのによく私の体はもってるもんだ。自分をほめたたえたい。さて、たくさん働いてくれたしそろそろ帰ってもらおう。都合がいいように使ったけど本当に、タツマキさんがこんなになるまでいじめてくれて嬉しかった。

 

もう一度、深く深く息をして肺にたまった空気を全て吐き出した。

 

「亡霊さん、ありがとね。夢幻呪魂…封印」

 

亡霊たちが次々と薄くなり徐々に天へ昇る。忌々しい敵を散々嬲って満足したらしい。彼らはごみを見るような目でタツマキさんのことを眺めて消えていった。でも、たまに敵は私のほうを見て

 

『また遊ばせてくれよ、現世は楽しいわ』

 

と不気味な笑いを浮かべて帰って行くことがあった。なんだあいつら、ちょっと怖いな。と思いつつ私は彼らが全員消えるのを待った。空がいつの間にか、曇り始めていた。

 

全員消えたのを見ると私はタツマキさんのほうへ向かった。懐からナイフを取り出して。

 

そのきれいに磨かれたナイフはよく反射してまるで鏡のようにすべてのものが映し出された。周りの景色もすべてが反射されて見える。私はふと、ナイフに映った自分の顔を見る。そして、自分におびえた。おびえるほどに狂気的な笑みを浮かべる私の姿がそこにはあった。

 

『気付いたか、ガビさんよぉ』

 

思いっきり、自分を殴る。

 

どうやら体を少し乗っ取られかけている。今、この技の使い過ぎによって少し意識がふらふらし始めていた。でも落ち着いて、また深呼吸をする。呼吸が痛かった。あぁ、なんだよ。私もボロボロじゃんか。そう思って私はまた自分の顔を殴る。痛い。けどこうするしかない。自分の体を痛めつければ亡霊にだって痛みは感じる。だから帰れ。私はこいつを殺すんだ、今しかない。亡霊さん、今度私が戦ってあげるから帰ってくれよ。右手のナイフを左手に刺して激痛が走る。

 

『かえら、ない。ようやくもどっ、てこれた、から』

 

「…今は邪魔なんだよ。帰れ。また遊んであげるから、さ。何なら今、ここで身を犠牲にして、死のうかね。そしたら、あなたも道ずれで死ぬけど、ね」

 

口から血が出てきた。血が止まらない。視点がふらつく。亡霊なりの抵抗らしいがこんなものでは屈しない。私はナイフを首元に当てて呟いた。

 

「ほら、出ろよ亡霊。あんた、死ぬよ?」

 

キュッと体が全く動かなくなった。完全に乗っ取られたか…と一瞬思ったがそれなら私は今、こんな風に思考を働かせるなんてこと不可能だ。本当に乗っ取りならば今はあの世に連れていかれたはずだ。だから生きてるし乗っ取られてはいない。けど体はさっきまで動いてた。なぜ突然固まった?疲れているなら地面に横たわるはず。おい、なんでこんなんになってるの?疑問に思っていたがその疑問はすぐに解決された。

 

体が宙を浮いた。そして、落下した。落下したことの衝撃は痛くなかった。けど、精神的ダメージは受けた。あぁ、こいつバケモンだ。どうしようもないほどのバケモンだ。心の奥底で少しだけ恐怖が芽生えた気がする。

 

死にそうな体でヨロヨロと立ち上がり抵抗するタツマキさん。体中から血が出て服もビリビリに裂かれて満身創痍の状態だろうにまだ彼女は立ち上がった。気持ち悪いな、不死身なのかこの女は。もう、やめてよタツマキさん。死んでよ。

 

「あんた…調子に乗りすぎなんじゃ…ないの…?」

 

周りの建物が浮き始めた。いつものように何個も何個も上げるわけではないが少しずつ、小さいものから浮き始めている。なぜだろう、こんなに彼女が戦えるのは。ここまでして立ち上がれるなんて頭がおかしいとしか言いようがないのに。さすがだ…って言葉しか思いつかない。しかもあの人のケガ、尋常じゃないはずだ。体はボロボロだし手足から血は流れているし。よく動けるな。普通の人ならもう攻撃できないぐらいの大怪我だろうに。なんであの人は…なんでまだ動けてる?

 

建物がこちらに飛んできたが伏せて回避した。建物はそのまま後ろのビルに直撃した。立ち上がったけどまだ瓦礫は飛んでいてその破片が体に刺さる。さっき左手に刺したナイフの血は止まっていない。殴ったせいで頭が回らない。けどもういいんだ。今私がどうするべきかはもうわかった。おそらくこの戦いは泥試合になる。だから汚い手を使ってでもどうにかしなければならない。それにもう、わかった。タツマキさんが強い理由は人と違うから。人と違う戦法だからだ。だから彼女の弱点…私が狙うべき場所はわかっている。

 

もうどうにでもなれないい。

 

私は走りだした。それに伴ってタツマキさんは攻撃を強めた。私は瓦礫を避けて、建物を避けて、そしてタツマキさんのもとへ行く。残念ながら彼女は少ししか体力が残っていない。だからバリヤーは攻撃をしながらの状態で使えないはずだ。だから攻撃さえ避ければもうどうにかなるはず。今のあの人は、自分を守る余裕がない。

 

でもすごいなぁ、タツマキさん。建物、瓦礫を操作できている時点で褒めたいよ。もういいよ、動かなくて。そんなボロボロの体で無理しないでいいんだよ。早く楽になりたいでしょ?いいよ、死んでくれれば。早く死ね。

 

建物が降ってきた。さすがに避けれないから思いっきり殴った。小さな建物だったから破片になって空へ舞った。その時、タツマキさんが話しかけてきた。

 

「あんた、何が目的でこんなことしてるのか知らないけど…もう犯罪者よ…?」

 

何を言い出したかと思えばそんなことか。未だに私のことを見捨てていないらしい、この人は。とんだお人好しだな…だけど私はあなたを求めない。だから突き放すよ、タツマキさん。

 

彼女を怒らせる方法を知っている私は口を開いてこう言った。

 

「いいよ、べつに。ヒーローに、憧れているわけじゃないし。犯罪者…いい響きだね。腐ってるよ、協会は。それに、A級にもB級にも、存在価値を感じない。もちろんC級も。あなたの、妹にも。この協会は必要、ない。S級の上位ぐらい、じゃない?ちゃんとした、人は。」

 

「…もういいわ、死んで」

 

体が急に動かなくなる。あぁ、怒らせちゃった。やっぱりフブキさんの名前だしたらダメだな。とんだ過保護のお姉さんを持つとフブキさんも大変だな。さて、これで彼女は理性なんて消えてしまったはず。本気で私を殺すつもりだろうな。このまま圧死させるつもりで念力を彼女は使い始めた。どこからそんな力が出ているのか知らないけどめっちゃ苦しい。もしや死ぬか?と思ったがそんな不安がよぎったのも一瞬だ。残念、タツマキさん。こっちには勝機がある。

 

「うっ…え、見たほう…がいいよ」

 

彼女が上を向いた時、さっき破片となった建物の残骸が彼女の頭に当たる。そして、とうとう彼女は力尽きてその場に倒れた。たった数秒の出来事だった。あの最強の女は、残骸に打たれて負けた。なんてザマだ、アホらしいな。鼻で笑いながら倒れた彼女を見た。

 

タツマキさんの弱点は頭。脳を使えなくしてしまえば彼女は超能力を使えない。そうすれば私の完全勝利だ。意識を失って白目を剥いた彼女はただの人間だった。最強の女と呼ばれた彼女はもうどこにもいない。

 

笑いがこみ上げる。そして、笑った。狂ったように笑った。あぁ、勝ったよ私は。誰よりも恐れられているヒーローに勝ったんだよ。ザマァ見ろヒーロー協会、これであんたらもおしまいだろ?こいつさえ殺せばあとはどうにかなるだろう?あー、いい気分だ。これこそ、ヒーロー狩りじゃないか。手段は選ばない、これもれっきとした正攻法だろ、シッチさん?私こそ、最凶の女になれる。これで、あの腐った協会も潰せる。そう思った安心から笑いが止まらなかった。お腹がよじれるまで、涙が出るまで、私は彼女を見て笑った。そして刺した。何度も、刺した。オーバーキルってこういうことなのか…って笑いながら刺した。戦慄のタツマキも死んだらただの人間。死んでしまえ、ヒーローめ。そして無に帰れ。この世にヒーローはもういらないんだ。

 

笑い疲れてナイフを捨てたとき、空は暗くなっていた。黄昏時も近い、そろそろ息の根を止めてガロウさんの所へ戻ろう。それに、体がだんだん痛くなってきた。亡霊たちを使いすぎた。

 

でも、あの亡霊たちを召喚させて私の思うように動かすのにも結構技術がいる。普通の人なら召喚させたとしても亡霊に一瞬で体を乗っ取られてもおかしくないらしい。そんな技を使えるのもヒーローにはいなかった。私も、タツマキさん並に強くなれているんじゃないかと思う。彼女は物理的攻撃が効かないが本気を出せばS級も倒せると思う。今の私は、強い。それを証明したい。だからこの女を、殺す。

 

血の海に倒れる彼女の体を殴り殺そうとした…その時だった。体に何かが当たった。

 

その後も何か粒のようなものが体に当たり続けた。あぁ、銃弾が当たっているのか。後ろを振り向くと今まではいるのかいないのかもわからなかったA級ヒーローたちがずらりと並んで攻撃を始めている。…多分タツマキさんと私の攻撃の巻き添えを食らったから体は痛いんだろうけど。それで束になってかかってこられるのもなかなかめんどくさい。本当ならばちゃんとタツマキさんにとどめを刺しておきたいけど…まぁ、あれだけグサグサ刺しとけば普通死んでるか。あのまま放っておこう。

 

それに、今日のこの事件で証明されたはずだ。ヒーロー狩りとしての私の存在が。犯罪者としての私の存在が。これで私は戻れない。後戻りできないところまっできたんだ。だから胸を張って生きよう。どうしようもならないところまで歩いてしまったのだから。笑うと、いきなり視界が明るくなった。色が、戻ってきた。なぜかいきなり空の色も、あたりの景色も、すべての色がモノクロからカラーに変わった。なぜだろう、少し吹っ切れたからだろうか?そういえば、ストレス性なんたら病的なものかもしれないな。そんな病気なんて世の中にたくさんあるし気づかないうちに発症したのかも。まぁいい、とにかくこれで暗い道も歩めることだろう。今日こそ、ヒーロー協会滅亡の第一歩だ。

 

「…A級さん、私はこれからも、ヒーローを狩る。犯罪者として、ヒーロー狩りとして、生きていく。だからそのうち、あなたたちのところへ、戻ってくるよ」

 

銃弾を避けて飛び上がった。そして、あたりの瓦礫をいくつかA級のほうへ蹴り飛ばして攻撃を足止めした。そのすきにビルや建物が倒壊して廃墟になった街を見渡した。あぁ、何もない。こんなに二人で暴れたのかと感動した。私はその場から早足に去った。ガロウさんに会いたい。ガロウさんに、褒めてほしい。その一心で彼のいる公園へ向かった。

 

色が戻った世界は綺麗だった。けど、言葉はまだスラスラ言えなかった。

 

 

 

 




私、バトルシーン書くの苦手なんです。だからすごい時間がかかったんです。けどテスト期間はいるからまた投稿遅くなると思います。受験生だから大変なんすよ。


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余韻〜人間怪人編⑦〜

逃げて逃げて公園までたどり着いた。長らく走っていたからだろうか、汗が吹き出していてベタベタしていた。少し水を浴びたい…水道はないだろうか。私はようやくスピードを緩めてあるき出した。が、そこで何かの糸が切れたらしくその場に倒れ込んだ。

 

あぁ、疲れた。こんなに集中して戦ったのいつぶりだろう。しかも体に相当負荷かかってたらしい、一度倒れたらそのまま立ち上がれない。…くそ。全身が痛い、痛すぎる。体をよく見たら傷だらけだ。その上汗が傷口に染みている。頭も痛い。さすがにあのタツマキさんと戦って無傷でいられるとは思っていなかったがここまで痛いのか…酷い有様だな私の体は。全身が熱いし体に熱を帯びているらしい。水、水が欲しいな。どこかにないだろうか。

 

日が暮れたあとの公園は怖くなるほど静かだった。でもその静けさよりも痛さと暑さで狂いそうだから蛇口の水を使いたい。私は誰もいないことを確認して水道へ向かう。そして痛む手を我慢して伸ばして蛇口を捻った。力加減ができなくてすごい量の水がドバドバと落ちてくる。その勢いに逆らって水を飲む。が、うまく飲めなくて口からボタボタと水が流れ落ちる。体が水分を拒否しているのだろう、喉の奥に水分が行き届かない。けど飲まないと死ぬ。飲まないと本当に気を失いそうだ。私は我慢して水を無理やり喉に流し込んだ。けど無理やりだったから気管支に詰まった。しばらくむせたり吐いたりすることが続いて辛かった。息ができなくなって死にかけたけどどうにか喉を潤すことができた。

 

その後は水を頭から被って体の火照りを収めさせ、傷口もきれいに洗い流した。変な菌でも入ったらたまったもんじゃない。けど、深い傷口に触れるとどうしても痛くて声にならない悲鳴が溢れる。戦っているときは狂ったように楽しくて痛みなんかよりも彼女を痛めつけることに必死だった。でも正気に戻ると普通に痛い。それに…久々に亡霊呼んだから頭使いすぎた。頭も痛い。だからあの技は使いすぎると危険だったのに少し夢中になると攻撃をやめる自制もできなくなるな。タツマキさんを倒すことも大切だったけど自分の体をいたわることも大切だ。これからは良いところで身を引こう。タツマキさんは身を引くタイミングがなかったけど最強と呼ばれたあの人を倒せたんだ、ほかのS級はもっと戦うときに余裕ができるはずだ。次はもっと冷静に戦おう。

 

体がびしょびしょになった。そのまま私は水を垂らしながらずるずると歩いた。寝床さえあればどこでも寝るけど…さすがに公園のベンチで寝るわけにはいかない。どうしようか、森の中で寝るか?いや、虫がいそうだからなんかちょっと嫌だ。ほかに良いところ…どっかないのかな。

 

森の中に入って休める場所を探した。すると公園の脇に古い大きな影があった。なんだこれ?歩調を速めたいが傷が痛むから一歩一歩ゆっくりと歩いてふらつきながらもその影にたどり着いた。近づいてわかったがどうやら建物らしい。疲れすぎて入口が見えないがとにかく手探りで中に入れないかを確認する。この中に入れば多分安全だ。だから早く、早くここを開けてほしい。手が痛いがとにかく壁を触って触って歩きまくる。数分したらようやくドアが見つかって中に入る。

 

そして、ふらふらと倒れこんだ。そして、瞼が重くなる。そろそろ限界の様だ。ここまで入っておけばもう安心だ、襲われることはないはずだ。ガロウさんは大丈夫かな、生きてるかな。そんな不安も疲労にさえぎられて私は一瞬で眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『誰だあいつ』

 

『ちっちぇえ。どこの娘だ?』

 

『でもドンが連れてるってことはそこそこ裕福な子供なのか?』

 

…夢かな。ぼやけて景色までは見えないけど。

 

『なんでも、あの若造が面倒を見るらしいぞ。』

 

『あの二人の事件から少ししか経ってねぇのに可愛そうになぁ。ラクもリクもへらへらしてるのに坊っちゃんと若造はずーっと真剣だもんなぁ。』

 

だんだん鮮明になってきたがこの男たちが誰なのかはわからない。スーツ着てて怖そうな人たちだな。それに…すごい豪華な建物の中らしい。どこもピカピカしている。けどなぜか懐かしい気がするような居心地が悪いような不思議な感覚になる。ここに来たことなんてないはずなのに。

 

『てか可愛いな。なんて娘だ?』

 

『…わかんねぇ。可愛いけどな、ワンピース似合ってるし』

 

『知ってる。あれだ、ガビって名前らしいぞ。四大天使のガブリエルからとってガビって名前になったらしい』

 

…この夢では私がヒロインでワンピースを着た可愛らしい少女は別世界の私らしい。いいなぁ、現世の私もこれぐらい恵まれた生活なら楽しかっただろうなぁって思うし夢の中の世界の私は多分地位が高い。あれぐらいチヤホヤされながら生きてみたいもんだ。多分この夢の中のような世界で生きていたら幸せだったんだろうなぁ。

 

『あー、あの子か。あれだろ?親がいない捨て子だろ?ゴミ捨て場に捨てられてたって』

 

聞いたところだと生まれた時の生い立ちは私に似ている。それなのに彼女はみんなに一目置かれていて羨ましい。いいなぁ…切実にそう感じていた。

 

『坊ちゃんは可愛がるつもりらしいな。部屋ではずーっとべったりらしいぞ』

 

『羨ましいな。イブキ君も幸せ者だな』

 

…イブキ?

 

 

 

途端に会話が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと誰かの話声が聞こえた。何か夢を見ていたはずなのにその夢は思い出せない。なのになぜこんなに胸が苦しいのかはわからない。けど、体の痛みよりも胸が締め付けられて涙が出る。ぽろぽろ零れている涙は止められない。苦しくてたまらない。でも、思い出せない。何でこんなに苦しいのか。何でこんなに涙が出るのか。わからない、その理由を知りたいのにもやもやする。そして悲しい。何か、私は忘れている気がする。誰か教えてよ、何でこんなに涙が出るのか。

 

「なんで、なんだろう」

 

声は震えていない。ただ涙が出ているだけ。なんでだろう。わからない。湿った地面に寝ころんだまま、頬を伝っていく水は止まらない。

 

とりあえず立ち上がってみる。体の痛みはあまり引いていないが少し寝て疲労は落ちて楽になった。呼吸はできるし体に力も入る。いつまでも寝ているわけにはいかないからとりあえずガロウさんの所へ行きたい。溢れ出る涙もどうにかして止めたい。人前で泣くのは恥ずかしいから頑張って涙を堪える。呼吸を止めて、息をせずに立って涙を止めた。そして顔を拭って平常心に戻る。よし、いつも通りの私でいよう。そう言い聞かせて声が聞こえる方へ歩き出す。

 

するとそこにはガロウさんともうひとり、見たことのない子供がいた。ちょっとポッチャリしていてブサイクな顔をしている。何者かわからないけれどガロウさんの知り合いだろうか、とても仲よさげに話している。ガロウさんは私の存在に気づいたのかこちらを見るなり

 

「おぉ、起きたか。死んだかと思ったぞ」

 

と言ってきた。なにか言い返そうと思ったのだが、それより先にガロウさんの姿がボロボロなことに気づいて一瞬言葉を失う。しかも熱がありそうだ、見るからに体が火照っている。その状態でよく喋れているなぁ…と少し感心する。

 

「体、大丈夫?」

 

何か言おうとしたのだがこの言葉しか出てこない。普通に心配するぐらい彼はボロボロだった。けど機嫌がいいのか

 

「別にこれぐらい大丈夫だろ。次会ったときはあの犬野郎狩ってやる…」

 

と言っていた。殺意むき出しっぽいしなんか元気そうだし大丈夫なのかな…。いや、でもガロウさんこの前から戦いっぱなしだから体は疲れてるはず。元気そうに見えるだけで普通に休まないと体がそろそろ限界を迎えるはず。今日のところは休ませたほうがいいな。

 

「おじさん、この人誰…?」

 

「あ?いや、連れだ。で、強くなる方法だったな。周りにバカにされたり命令されたくなかったらな、強くなりゃいいんだよ。どうだ、いいこと聞いただろ?」

 

子供はすごく気弱そうな男の子だ。見るからにいじめられっ子なんだろうな、この感じ。強くなればいい…とガロウさんは言ってるけどこの子に一歩踏み出す勇気があるとは思えない。ずっとビクビクして怯えてる。他人を怒らせない、不機嫌にさせないように空気を読んで嫌と言っても強いやつの言いなりになる。そんな姿が目に浮かぶ。可愛そうだと思うし助けてあげたいって昔の私なら思うのだろうか、今の私はあの子供がどうなろうとどうでもいいようにしか思えない。助けてと言われたら助けるのかもしれないが私の命をかけて救おうとは思わない。

 

「え…強くなれば…って…いや…そんなの当たり前じゃん」

 

戸惑うのも当然だよ、と言ってあげたい。彼は強くなれないから困っているのだから。まぁ結論としてはその答えであっていると思うけど彼が欲しいのは結論ではなく過程。結論に至るまでの方法が彼には必要だし欲しいものなんだろうと思う。けど強い人にはそういう感覚なかなかないんだろうとは思う。現に今、ガロウさんはこう発言したから。

 

「そうだ!当たり前だ!!何だお前知ってたんじゃねーか!」

 

「いや、当たり前だけど、そういうのじゃないと思う…よ」

 

我慢できなくて小声でそう呟いてしまった。でもガロウさんは気にすることなくケラケラと笑っている。子供は困ったような目で彼を見つめているがきっとガロウさんもなんとなく意味は理解しているはず。だからまぁ、うん。大丈夫かな?とは薄々思ったりもする。

 

私は未だにガロウさんがどんな人間なのかわからない。子供相手にこんなに優しい姿を見せられたらただのいい人にしか見えないからだ。私は他人に興味なんてないから子供がいようとこんなに優しくできないと思う。だからやっぱり、ガロウさんはいい人なのだ。きっと、黒になりきれない灰色ってところだろう。でも中途半端だから嫌い…とかそういうのではない。むしろガロウさんのことは好きだ。けど、私とは違う悪なんだろうな。感覚が似ているようで微妙に違う。やはり彼は不思議な人だと改めて思う。

 

「おじさん、それより傷は大丈夫?」

 

「おじさんじゃないって何度も何度も言ってるだろうが。お前だってボロボロじゃねぇか。ほら、家に帰れ」

 

まるで無視を追い払うかのようにシッシと手を振り追い払おうとするガロウさん。それを見て子供はおずおずと出口に向かっていった。けど、そんな平和な空間に私は少しピリついた空気を感じた。

 

…外か?

 

私は出口の方を見つめた。何か感じるのだ。…外から何かが見つめているかのように殺気が伝わる。不審に思った私は外に出ようと痛む体の部位を押さえて歩き出す。外になにかいたら面倒くさいが放っといてなんかされたら困る。勘違いかもしれないが念には念を入れてあたりに不審な人がいないか確認しておこう。そう思ったから私は外へ行こうとしたのだ。しかし、私は気づいてしまった。ある誤算をしていたことを。

 

「じゃ、おじさんまたね」

 

ドアを開けようとする子供。危険かもしれない外に彼は出ようとしていたのだ。ドアを開けると外から日差しの日差しが眩しかった。そして子供は外へ出ようと私達に背中を向けていた。

 

何故か、反射的に体が動いてしまった。気づけば私は外へ飛び出していたしいきなり降り注いだ銃弾の雨から子供を守るために体を抱きかかえてその場に伏せていた。彼らは子供の姿を見ずにただただ銃を乱射しまくっていたから伏せながら土煙の上がる道を通り抜け安全な建物の裏に逃げ込んだ。どうやら人は前に集中して移動したらしく建物の裏にも人がいた形跡があったが今はいないようだ。

 

「…え、お姉さん…?何が…」

 

子供は今何が起こったのか理解できていないらしく混乱している様子だ。でもまぁその方がいいだろう。さっきの様子だとこの子供はガロウさんや私の正体を知らない。このお年頃だったらヒーローに憧れを抱いているはずだし私達のことを知ればショックを受けるに違いない。てか、この場所は離れさせないと危険だ。彼に何かを悟られる前に私はここから彼を離させるように彼を説得させることにした。

 

「…ここ、危ない。から、この森を通って君の家に、帰って」

 

森の奥を指して私は言葉を続けた。

 

「この先は、公園に繋がっているから、そこまで行けば安全。さっきの人は、怖い人たちだから。だから、帰って」

 

「え…でも、おじさんたちは?」

 

「ガロ…あの人は、私がなんとかするから大丈夫。早くしないと、怖い人に、襲われるから」

 

ガロウさんという固有名詞を出すと後々面倒くさいことになりそうだから言わなかった。そして子供の手を引っ張って森へと連れ出した。

 

「え、怖い人って…もしかして怪人?」

 

私も相手は誰かわからないからその言葉をスルーして子供の手を引っ張る。もしかしたら本当に怪人かもしれないしただの悪人かもしれない。けど相手は別に誰だっていい。とにかく私の敵ということはわかった。とにかく無心だ。別に助けたいとかそういうのじゃない。反射的に反応してしまったけど、この子供がいたらガロウさんは気を使ってしまう。そのためだ。子供のためとかじゃない。子供がいるだけで子供の命もガロウさんの命も私の命もみんな危なくなってしまうのだ。だから必死でこの子を安全なところへ返そうとした。

 

「お姉さんはヒーローみたいだね」

 

その言葉を聞いて吐きそうになった。あぁ黙れこの野郎。ヒーローなんて、私は君が思っているほど白ではないんだよ。だから黙っていてくれ。もし君がそんなこと言ったら今いる私が悪者みたいになってしまうじゃないか。私は正義の在り方を変えるからヒーローなんかじゃないんだよ。ヒーローなんて言葉を出さないでくれ。そう言いたくて私は口を開いた。

 

「…君は、ヒーローが、好き?」

 

その言葉を自分で言ってからハッとした。何を聞いているんだ私は。なんでそんなことを聞いた。そんなこと聞いて何になる。そういうことを言いたいわけじゃないのに…てか、私はヒーロー嫌いなんだからそれで自己完結させたらいいんじゃないか。この子供に私は何を言わせたいんだ私は。ヒーロー嫌いとでも言わせたいの?

 

「え?うん。好きだよ。かっこいいもん。」

 

そう言うと子供は少し戸惑いながらも森の方を見て

 

「…怖いけどじゃあ帰るね。バイバイ、お姉さん」

 

と早足に去っていった。かっこいい、か。私は何を求めてそんなこと聞いたのかな。どんな答えが欲しくて、どんな答えで安心しようとしていたのかな。なんだよ、あの子供に助けでも求めてたのか?馬鹿らしい。なんで今あほみたいな質問したんだ私は。ヒーローなんて反吐が出るのに。いや、もういい。忘れよう。変に考え込まないほうがいいだろう。

 

痛みだした傷跡を我慢してガロウさんの元へ戻る。相手が誰なのかを確認したいし案外小屋がぶっ壊れてるかもしれない。心配だ。それに、ガロウさんは多分無理してる。怪我あるはずなのに子供の前では気丈に振る舞ってたけど実際苦しいはず。少しでも力になりたい。ガロウさんまで失いたくない。ガロウさんだけは、ガロウさんは絶対に無くさない、何があっても。彼が私の救いなんだ。彼がいなくなればまた自暴自棄になってしまう。それは嫌だ。ガロウさんの力になって、ガロウさんに認められて、2人の望む世界にするんだ。正義を塗り替えるんだ、2人で。

 

回って小屋に戻ると彼の周りにはヒーローが群がっていた。飛び出そうとしたけど今の体で無茶したら返り討ちにあうかもしれない。いつもなら余裕だけど今日は冷静に行こう。油断したら負けるかもしれない。分析しなきゃ。周りにいるA級とB級…どこかで見たことがあるような人もちらほらいる。ていうか昨日のA級もいる。なんだ、こいつらか。それにヒーローのデータなら昔見たヒーロー名鑑を全て暗記しているからそこに載っている情報ならすべて頭にインプットされている。その情報だけでもガロウさんに伝えなきゃ。ばれないように小屋の屋根へ上ると私は下の人たちに見えないように身をかがめて叫んだ。

 

「A級デスガトリングっ!」

 

その声が聞こえたのか何か話していた彼らの声が静かになった。ちょうどいい。そのすきに私はヒーロー名鑑に載っている情報をとにかく大声で伝えた。

 

「左腕部に、連射式の鉄砲を連結しており、反撃の隙も与えずに怪人を、駆逐する。一度に大勢の相手をするのも、得意。1人で戦況を、ひっくり返す力がある。」

 

いらない情報は省いてどんどん私は言っていく。その声に気付いたヒーローたちは私の姿を探し始めたらしい。ガロウさんだけ狙うよりも私を狙ったほうが向こうは大変だろう。逆にこっちはガロウさんにも私にも少々余裕が出るから楽だ。

 

「A級スティンガーっ!」

 

息が切れそうだし正直体が痛すぎてまともに戦える気がしない。でもこの情報があって少しでもガロウさんの力になるのなら私はいくらでも声を枯らせる。この場をどうにかして乗り切らなくちゃ。ガロウさん、聞こえてるかな。聞こえてるよね。大丈夫、大丈夫だよ。このままガロウさんが戦いやすい環境にするんだ。それでこいつらを叩く。私は体をどうにかする。言い終わったら助けに入る。戦って邪魔にはならないと思う。痛みは我慢できる。だからやるぞ。

 

「…どこだ、裏切り者め。」

 

下からそんな声が聞こえた。裏切り者か…お前らもそうだろって口を大にして言いたい。けど今はそんなこと言ってられない。とにかく急いで情報を言いまくった。その間にガロウさんは既に攻撃を受けていた。が、情報に耳を傾けてくれているらしく派手な攻撃はまだ始まっていなかった。ガロウさんは私の情報を待ってくれているんだ。だから私は早く言わなくちゃ…と休まずに話し続けた。話すたびに喉が痛くなったし背中もジリジリする。それを我慢しているからか途中で声が何度も裏返った。それでも私は、彼に伝え続けた。

 

「B級メガネ…ゲボッ…特に特徴ない、から大丈夫。以上っ…!」

 

「…助かったぞ」

 

ようやく言い終わって息が詰まった。私はしばらく深呼吸を繰り返して体の調子を整えようとした。落ち着け、もう大丈夫だ。情報は伝わった。あとは戦うだけだ。傷を気にしながらも私は立ち上がろうとする。

 

しかし、その瞬間、頭上から何かが降ってきた。よく見えないが何本も線のようなものが空から降ってきているのだ。線ではないな、矢か。矢ってことは…まさか、

 

「矢の…雨!」

 

身をよじってかわした。B級99位のシューターが使う技で確か毒が塗ってあるはずだ。あれを食らったらとうとう動けなくなるはずだ。早めに仕留めたほうがよさそうだな。てか、まさかここの場所がばれたのかな。ここに攻撃が来るなんて…困ったな。降りるにもどうやって降りればいいのかわからない。多分さっきはガロウさんを見つけたから入り口付近に人が集中したんだろうけどもう周りを囲まれているかもしれない。もうやられるの覚悟で突っ込んだほうがいいかな。いや、落ち着け。普通にやればこいつらなんて瞬殺だろう。今焦る必要はない。堂々と戦えばいいじゃないか。

 

屋根の上に立ち上がって私は両手を広げた。するとガロウさんから私のほうに一気に視線が集まる。一気に注目の的だ。

 

「ガロウさん…私、できるから。戦う。だから、無理しないで」

 

屋根を飛び降りて一気に間合いを詰める。別に相手は誰だっていいんだ。1人でも敵は減らしたいから一番最初に攻撃を仕掛けた奴からやろう。

 

「悪に堕ちたガキが。そもそも人殺しがヒーローなんてできねぇんだよ!!」

 

スティンガーのタケノコが私の目の前に迫る。けどそれを待っていたんだ。タケノコの先端をつかみそのままひっくり返す。棒の部分がくるりと回りスティンガーはつかんでいた棒とともに体をぐるりと回された。バランスを崩した今こそ攻撃のチャンスだ。一瞬だけ真空拳を開放して私は胸ぐらをつかみ一発腹パンをした。よろけたのを見て私はもう一度蹴りを入れた。ただ周りも黙って見ているわけじゃない。銃弾やら矢やらがたくさん飛んできた。けど私は動けなくなったスティンガーを盾にして前に走った。

 

「ガロウさん、A級お願い」

 

スティンガーで攻撃をかわすとそのままシューターの弓をつかんで折った。そして矢を拾って彼の体に刺しておいた。

 

「がはっ」

 

シューターの悲鳴を聞くとそのまま右の木に体を投げ飛ばしてやった。次はどこだ。あたりを見渡すけどA級たちはガロウさんの相手で手一杯っぽい。それなら私は残りのB級をどうにかしなきゃな。そう思った時、後ろで大きな銃声が鳴った。銃弾が肩に当たったのに気づくと一気に方向転換をして銃声のなった方を探す。すると銃を持つ男の姿を確認した。接近戦が苦手なB級のガンガンだ。ヒーロー名鑑には近づく前に終わらせると書いてあったが残念、私のスピードは並大抵のものじゃないのだ。

 

「銃弾当たったところ、痛かったんだけどな」

 

地面からの反射でうまく踏み切れた。ガンガンは何度か発砲してきたが全部外れた。彼のもとへたどり着くと私は銃を奪い取り彼に撃ちこんだ。そのままワイルドホーンが突っ込んできたがガロウさんのところから飛んできたスマイルマンのけん玉に衝突した。その隙に私は折れかけた木の幹をなぎ倒してワイルドホーンが動けないようにした。ここまで2分。さすがに二人になると視界が広くて戦いやすくなる。残ったのは鎖ガマとデスガトリングの二人だけだ。あっという間に片付く…けがをしていてもこの程度の奴らになら勝てるのか。余裕だな。と思ってしまった。でもそう思ったのも一瞬だった。

 

「っつ…!」

 

やっぱり体は正直だ。もう無理動くなって言ってる。いや、そうだよね。さすがにここまで動かしたらきついよね。それに肩の銃弾痛い。血が流れてるし早く出血止めたい。ふらりと立ち眩みがして倒れそうになった。その瞬間を逃がしてくれなくて鎖がとんできた。反射的に体が動いたから何とか避けたけど無理に間合いを近づけたらめんどくさそうだ。遠距離からでも通じる攻撃があればいいんだけどな…あ、銃あるんだったな。

 

構えて右足を狙う。その銃弾は見事一発で命中して彼は動きが鈍くなった。一瞬じゃん、単体だったら。そのまま左足も撃って体を蹴り上げた。体が痛くてもこの程度なら余裕だな。ガロウさんのほうは少しうるさかったがどうやら決着がつきそうだ。私は痛む体を抑え込んで近くの木陰に座り込んだ。昨日のタツマキさんとの戦いで結構体力を奪われているのに連戦はさすがにきつかった。このままできることなら寝させてほしい。

 

『バギィィン』

 

気付くと目の前にはデスガトリングの銃が転がっていた。私は安心して眠ろうとした。

 

「が…ろうさん。ちょっと、疲れた。寝て、いい?」

 

「あぁ、寝とけ。さすがに俺も疲れた。水…水が欲しい」

 

嵐のような朝だった。いきなりの奇襲に満身創痍の二人が戦う羽目になって結果的には勝てたけど…体の負担は尋常じゃない。さすがのガロウさんも休ませないときついだろうな。今日は一日ゆっくりしたい。

 

なのにだ。

 

良いことが続くように悪いことも一回あるとどんどん連鎖して続いていくらしい。それが偶然なのか必然なのか、それはわからない。けど少なくとも言えるのはこの状況が絶望的だということだ。

 

後ろから轟音と共に閃光。そして爆風。その正体は一瞬で分かった。

 

「…最悪だ、タイミングが」

 

そう呟いた私は立ち上がった。体の痛みは引かないけど彼が来たからには戦わないと殺される。

 

「応援要請の信号を確認して来た。発信源は…アイツの端末か。」

 

彼は私の姿を見ると悲しそうな目で私のことを見つめてきた。

 

「見たところ例のヒーロー狩りと…ガビか。もうお前も敵だ。どんな理由があろうと排除する」

 

ジェノスさんは私たちを本気で殺しにかかろうとしていた。でも、私の体はもう、限界で立ち上がってもよろめいてしまう。

 

最悪。絶望。そんな言葉が頭の中を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 




原作よりも二人は体がボロボロっていう設定にしたつもりでした。子供をかばわない代わりに体の回復がうまく行ってないってことにしておいたんでまぁ原作と体力の差はあまりないです。ちなみにガビはもう動くのきついぐらいまでに追い込まれてる…設定です。


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堕天使の決意〜人間怪人編⑧〜

人間怪人編ラスト!!ようやくアニメ2期部分が終わった…ガビもだんだん心に変化が出てきたり…?


ジェノスさんが現れてからいきなり、何か罪悪感を感じるようになった。何故かはわからない。親交があった人だからだろうか?いや、それならタツマキさんだって親交あったから違うな。なんか悲しいし暗い気持ちになってしまうけど、それがなぜかはわからない。でも、ガロウさんに対しての目は殺気に溢れているのに対して私に向けられた目は悲しそうな目であることに気付けた。あぁ、なんか私が悪いことをしているような気持ちになってしまう。実際、ほかの人から見たら私はもう悪人なんだろうな。

 

「おい、さがっとけよ。S級が来たんだ、俺がやる」

 

「でも…ガロウさん、もう、ボロボロだ、よ?」

 

「馬鹿か、お前のほうがずたずたになってるだろうが。おいS級!!こいつに手を出すなよ!!もう死にかけだ!」

 

ガロウさんはジェノスさんにそう言っていたが彼はそれを無視してじっと私のほうを見ている。何か言いたげなその瞳が私の心を痛ませる。そんな目で見ないでよ、哀れむような目で見ないでよ。まるで私がかわいそうな人みたいじゃないか。私は選んでこの道に来たんだ。だからそんな心配しないで。

 

「…だから俺は、何かあればすぐに言えと言ったんだ。アトミック侍も、S級の奴らはみんなお前を理解していたさ。なのになんで、裏切ったんだ」

 

「何かあれば…?私はずっと、生まれた時から、孤独だった。1人で生きてた。それに、私はヒーロー協会の在り方は、おかしいと思う。この協会は、間違っている。だから、変えるんだよ。正義の在り方を。S級は確かに強かったよ。確かにみんな優しかったよ。でも、協会関係者なら関係なく、倒さないといけないんだよ」

 

「孤独…?お前には大切な家族がいたんじゃなかったのか!?無くしたからと言って今までの過去を否定して現実から逃げるつもりか!!」

 

家族?過去?なんだそれは。そんなもの、私にはないじゃないか。ずっと1人。ずっと孤独。家族のぬくもりも、大切な人の大事さも何もわからずにずっと生きてきたじゃないか。

 

「…家族なんて、いないよ?」

 

なぜだろう、いきなりジェノスさんに殺意が沸いてきた。私の何がわかる。なにを分かったつもりになって私に話しかけているんだ。やめてくれよ、そんなに私に優しくしないでよ。やっぱり私は、ヒーローとはうまくやっていけない気がしてきた。やっぱり、戦いたい。ふらつきながらも私はガロウさんのもとへ歩く。

 

「ねぇガロウさん。私、お荷物になりたくない。けど、戦えるところまで、戦いたい」

 

視界がぐらぐらして吐きそうになった。限界だってきっと言ってるんだろうな。でも、戦いたい。戦いたいんだ。だからお願い…私も、!

 

「やめろ、もう動くな。お前気付いてんのかよ…あちこち出血してるだろうが。俺だけで何とかするから休め」

 

ガロウさんはジェノスさんのほうへ向き直って攻撃を始めようとした。その間際、彼は私のほうを見て少し暗い表情をしてこう言った。

 

「よく見とけ、怪人が勝つ瞬間を。俺たちが強いことを証明するぞ」

 

激しい攻撃が途端に始まった。でもガロウさんも疲れているんだ。体力満タンにジェノスさんの攻撃に対してなかなか対応できていない。ジェノスさんの動きはやはり早くてガロウさんの通常の動きだけでは避け切れていない。体力をあまり消耗したくない様子だがやっぱり彼は流水岩砕拳を使ってい始めてようやく彼らのまともな戦いが始まった。ガロウさんの動きは怪我をしているにもかかわらずやはりなめらかであの技を使うだけで早くもジェノスさんが苦戦し始めた。回避だけに全神経を注いでなおかつ反撃も視野に入れながら戦っている。どれだけ戦闘のセンスがあるんだ、この人は。けど、それに対してジェノスさんも十分な化け物だ。圧倒的なスピードとパワー。それに敵に対する躊躇のなさも今までのヒーローには持ち合わせていない。いつものガロウさんならまだしも今のあの人からしたらとんでもない強敵だ。この二人…正直どっちが勝ってもおかしくない。

 

「くっそ…視界が…!」

 

そう呟きながらガロウさんは前傾姿勢になり四足歩行の態勢になった。そして、ただ激しい戦闘の音だけが耳に響く。ジェノスさんが動揺してる間に彼はジェノスさんの手を引き千切ってしまった。これで優勢になった。あぁ、これでガロウさんが勝つな。そう思った。けどなぜだろうか。いきなりちぎられたジェノスさんの手が動き始めた。ガロウさんの首につかみかかって来てまるでロケットのように火を噴き始めた。そしてガロウさんは木にたたきつけられ何かワイヤーのようなもので固定されてしまった。

 

「ガロウさんっ!」

 

私はとっさに彼のもとへ行って助けようとした。だが私のもとにもそのワイヤーが巻き付いて近くの木に固定された。やばい、動けない。けど彼を助けなきゃ…早く彼のもとへ行かなくちゃ…!

 

「そこにいろ、ガビ。お前だけは助けてやりたい。だからおとなしくしていろ。ガロウを片付けたらお前は協会へ連れていく。大丈夫だ、まだお前はやり直せる。だから黙っていていろ。こいつの肩を持つような真似をするな」

 

「嫌…だ、離してよっ!」

 

私はできる限りの抵抗をするが全く動けない。ミシミシと木が鳴るだけで何もできない。でも、もうガロウさんが危ない。早くしないと本当に死んじゃう。

 

「おいふざけんなよ…そいつに手を出すなって言っただろうが…!」

 

「黙れ。そもそもお前がガビに何か吹き込んだんじゃないのか!」

 

「違うっ!私の意志で、堕ちたんだよ!ガロウさん、なんも悪くない!悪いのは、協会なんだよっ!」

 

私の叫びもジェノスさんには届かない。あの人の正義はこういうところで邪魔になる。お願いだから聞いてくれ。彼は何も悪くないんだ。だからお願い、止まってくれ。

 

「それにしてもよぉ…次から次へとヒーローどもがよっぽど俺に注目してくれているんだなぁ。人気者になれて嬉しいぜ!」

 

彼は冷たい目でガロウさんを見つめこう言った。

 

「今世界は混乱の中だ。凶悪な怪人組織の出現によって治安が破綻しようとしている。ヒーロー協会が一丸となって対処しなければいけないときに…お前のような小物にいつまでも手間をかけている場合じゃない。わかったら…消えろ」

 

小物…?違う、ガロウさんは小物なんかじゃない。そこらのヒーローの何倍も自分の信念を貫き通そうとしようとしている。そんな彼を侮辱したのか。彼がどれだけかっこいいのかわからないのか。なんで…なんでなのさ。やっぱり、ヒーローは何もわかっていないじゃないか。私たち、裏切られた人たちの気持ちなんて少しも分かってくれないんじゃないか。

 

「俺が小物だぁ!?だったら協力してくれよ鬼サイボーグ!テメェを狩れば世間は更に怖がってくれるよなぁ!?」

 

ジェノスさんがとうとう焼却で木の幹を焼いてしまった。やばい、ガロウさんが…死んじゃう!!と思った。けど彼は間一髪のところで身をかがめて何とか避けれていた。そして折れた幹で固定されたワイヤーを引き千切っていた。よかった、生きてる。しかし…様子がおかしい。髪をぐしゃぐしゃにして彼は立ち上がった。そして髪の色が赤くなっている。とうとう覚醒したのか、ガロウさんは。もうきっと、彼は止められない。そして私のワイヤーがプツリと切れた。ガロウさんがどうやら切ってくれたらしい。

 

「ガロウさん…大丈夫?もう、無理したらだめだよ?これ以上したら、しんじゃう!」

 

そう言うと彼は少し笑って

 

「俺はそんな簡単にくたばらねぇよ」

 

と言ってくれた。そしてもう一度大声でジェノスさんに叫んだ。

 

「怪人協会なんて目じゃないどんなヒーローも叶わない!最強の怪人が!!ここにいるって皆に教えてやれ!!!」

 

「そんなものは存在しない」

 

また戦いがヒートアップする。でも私は何もできない。体の痛みが増すばかりだ。悔しい…くそ。でも、とにかくガロウさんがかっこいい。彼ほど憧れを抱く人間はこれからの人生で現れないだろうとにかく頑張れって言ってあげたい。とにかく勝ってって言ってあげたい。頑張れ、頑張れガロウさん。

 

その時だった。

 

「怪人協会でーす。ガロウさん、ガビさん、あなたたちをお迎えにあがりました。ピンチなんでしょ?助けてあげます。」

 

いきなりすごい量の怪人たちが現れてジェノスさんを襲い始めた。そして気持ち悪い花の怪人が私たちのもとへやってきた。うん、気持ち悪いとしか言えないけど…なんで突然?この前も来てたけど私たちに何の用事なんだろう。そんなに協力的じゃない私たちのことをなんでそんなに欲しがるんだろう?

 

「ウチの上の者があなた達の功績をたたえて幹部として招待すると言ってるんですよ。良かったですね」

 

「幹部…?いや、興味ない。」

 

「俺も同意見だ。いらねぇ、失せろ」

 

私は花の怪人の顔をあまり見ていなかったがやはり不気味なオーラを放つ怪人はぷちぷちと茎をのばして私たちのほうを見つめているらしい。

 

「いやいや今度はそういうわけには…こっちも命令なんでね」

 

なにかされるかもしれないな。そう思って身構えた。しかしその必要はなかったらしい。なんといきなり花の怪人が切り落とされた。一瞬過ぎてわからなかったが後ろの方かららしい。ぼとぼとと切り落とされて無残も残骸が転がっている。汚い血だな…そう思いつつ後ろを振り返るとジェノスさんがナイフを構えて立っていた。

 

「ヒーロー狩りが…まさか怪人協会と繋がっていたとはな。昨日は負けたが学習した…想像を絶する怪人はまだまだ多く存在するのだと。もう警戒を怠ることはない。そして今日の俺は昨日より強い。いつどんな脅威が現れようと迎え撃つ用意がある。サイタマ先生は折れにヒーローの高みを目指して精神を鍛えろと言った。それが少しつかめてきたところだ。この程度の奇襲でやられたりしない」

 

サイタマ

 

その名が出てきたときに私は現実に戻された。あぁ、最強の男か。そういえばあんな化け物がいたな。どれだけ頑張っても勝てない相手が、この世には存在するんだった。あぁ、あきらめるしかないのだろうか。どう抗ってもヒーローたちにはかてないのだろうかと。一瞬そう思った。でも、あの人は別物だと考えよう。ほかの奴らに勝てばいいんだ。最終的にはサイタマさんだって人間だし勝つ方法はこれから考えればいいや。だから考えすぎないようにしよう。

 

ジェノスさんはガロウさんをもう一度焼却をしようと構えた。私はそれを止める。それで、ガロウさんを守ろうと目の前に立って両手を広げた。

 

「ガロウさん、と私は…正義を塗り替えるんだ。だから、邪魔すんな…!!」

 

それで私は、彼を守ったつもりだった。なのに私は彼を守れていなかった。なぜか、後ろを見たらガロウさんは吹き飛ばされていて焼却もされていなかった。何が起きたのかわからなくて見渡してしまった。するとそこにはまた1人、強敵が現れてしまった。

 

「ジェノス君、ここはわしらに譲ってくれんか」

 

そこに、シルバーファング…バングさんが立っていた。そして彼の後ろには見知らぬ強そうな男の人が立っていた。あぁ、また絶望的になってしまった。これ以上はもう、どうにもできない。そう感じてしまった。私はふらふらとよろめいてしまった。無理だ、これ以上は。ジェノスさん1人ならまだしもバングさんとあの謎のおじいさん…あのおじいさんも多分ただ者じゃないからもう何もできない気がする。さすがにこの状況を打破するのは難しいだろうな。

 

てか謎のおじいさんも拳法の使い手らしく怪人を一瞬で倒してしまった。これでガロウさんとバングさんの一騎打ちは決まったようなもんだ。で、おじいさんは怪人の相手。私は…何もできない。このままジェノスさんを倒すか?…やるだけやるか。戦闘態勢に入ってジェノスさんを見つめるが彼は右手を出して私に止まれと合図してきた。

 

「これが最後だ。俺はお前と闘うつもりはない。お前はヒーローだ。だから今からでも俺はお前を救ってやる。もうやめろ」

 

ジェノスさんに罪悪感が沸く理由が分かった。彼は何も悪くないんだ。ジェノスさん。あなたは何も悪くない。悪いのは協会本部とA級たちなんだ。だからそんなに優しくされると心が動きそうになる。あなたの優しさに壊れてしまいそうになる。もう一度みんなと笑いあって日常を楽しみたい。そう思ってしまう自分がいることに気付いていた。でも私は、私の覚悟は絶対に揺るがせない。

 

「うん、嫌だよ。私は、変える。この世界の正義を変える。だからあなたは、敵なんだ」

 

嫌われるのを覚悟してそう言った。私は戻らない。過去を捨てて前しか向かない。ガロウさんが命を張って今戦ってくれているんだ。だから私も戻れない。

 

「私は、ヒーローじゃないから、あなたの知るガビじゃない。ヒーローなんて、大嫌いだよ」

 

 

 

向こうは攻撃してくるだろう。そう思っていた。なのになぜか、彼は手を出してこなかった。

 

「…この状況で、お前を殺すなんて…俺には無理だ」

 

あちらは私が傷だらけなのを知っているから戦う気になれないらしい。全く戦おうとしない。私は殺すつもりだったのになかなか踏み出せなくなっちゃったじゃないか。これじゃあ何もできずにただ立っているようなもんだ。ていうか昨日みたいにスイッチが入らない。昨日のタツマキさんの時には何の躊躇もいらなかったのに今は殺意がないわけではないけどなかなか踏み出そうとする勇気が出ないのだ。

 

「殺しても、いいのに。私、ヒーロー嫌い。なのに、ジェノスさんは…心から嫌いに、なれないかもしれない」

 

小声でそう言うと彼はため息をついてしまった。

 

「…でも、私はいずれ、この協会すべてを壊す。それが、今日じゃなかったとしても」

 

「でもそれは今じゃないのか。ダメだな、俺も。情は捨てているつもりだったがやはり捨てきれないらしい」

 

殺したい、ヒーローを。そんなことを考えていたはずなのになぜかこの人は今すぐ殺す気になれない。向こうの殺意がないと私も戦う気になれない。なんて臆病なんだろう…私は。恥ずかしいな、これで覚悟を決めたなんて堂々と言えないよ。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

横から大きな声が聞こえて私ははっとガロウさんのほうを見る。そこには、ボロボロのガロウさんがいた。

 

バングさんが明らかに優勢。同じ流水岩砕拳を使っているが完成度が全く違う。バングさんのほうは攻守一体完璧な動きに対してガロウさんはもうボロボロで無茶苦茶な形になっている。どれだけ攻撃をかわそうとしてもかわすことができていないうえに反撃をしても返り討ちにあうだけ。木にたたきつけられて立ち上がれないガロウさんに対してバングさんはずっと猛撃を続けている。もはやいじめじゃんあんなの。こんなにボロボロになってるのになんでそこまでして攻撃を続けるんだ。

 

「そこまでしてなぜあいつに執着する。」

 

「執着?違う、よ。今の私に必要なの、あの人なんだよ。私の生き方は彼のおかげで変わる。」

 

「お前が言う正義とはなんだ。俺にはまだ、それが理解できない。」

 

「…一部のA級、意見がおかしい。まるでランキングの為に、戦ってるみたい。」

 

ジェノスさんはまだ理解できていないらしいがこれ以上を語るつもりはなかったからその場で口をつぐんだ。それよりも私は、彼のやられ具合を呆然として眺めていた。助けようがないほど、彼は劣勢だったしバングさんと謎のおじいさんが強すぎる。これじゃあ助太刀できない。

 

「おかしいよ…もうガロウさんボロボロ…なのになんで、あそこまで追い詰めるの…?」

 

「それほど追い込まれることをやつはしたんだ。仕方がない。」

 

でも、こんなのひどすぎる。あの強すぎる二人がボロボロになったやつ相手に本気で戦っている。そんなの可哀想すぎる。そこまで本気になる相手じゃないはずなのに、なんでそこまで殺そうとするんだよ。こんなのまるで…弱い者いじめじゃないか。

 

ガロウさんはの顔はもう血だらけだった。腕だってもう、上手く機能できていないし目も片方潰れかけてる。なのに彼は、まだ立っている。

 

…ボロボロになる青年の姿が別人の誰かと重なる。景色が一瞬で変わってどこかの建物になる。それがどこで彼が何かはわからない。どの記憶から呼び起こされたのかもわからない。けど、今私の目の前に映る誰かの姿とガロウさんの姿が重なってしまう。ボロボロになりながらも立ち続けて戦い続ける誰かの姿と、ガロウさんの姿。誰だあの人は。懐かしい感覚に襲われて私は息が詰まった。何かの為に戦い続ける。決して諦めずに立ち続ける。その姿が目に焼き付いてしまうのだ。けどなぜだろう。あるのかないのかわからない記憶の青年は倒れてしまう。ボロボロの体のまま横たわり涙を流して意識を失ってしまった。…誰なんだ、あの人は。

 

『ごめんなぁ、ガビ。』

 

フラッシュバックする景色。豪華なビルの部屋の中で私は誰かに抱かれていた。抱かれている私の姿を、私は幽霊のように傍観していた。人だということはわかる。でも、顔がわからない。顔が見えない。あなたは誰。ここのビルはどこ。何で私はひとりじゃないの。いつか聞いたことのあるような誰かの声。誰なのかわからないあの人は、妙に私の心を動かそうとする。あなたは誰なの。あなたは私の何なの。何のために私の前に現れるの…?

 

ストン、と何かが落ちた。

 

『っ、はぁ。あぁいいねぇその顔。余裕がないその表情。もっと見せろよ可愛い顔を。』

 

気付けばその男は私の目の前に迫っていた。ただ傍観していたはずだったのに私はベットの上で押し倒されていた。抱かれているという感覚はない。ただ、視点がそこに移っただけなのかもしれない。それでも、この男の正体がわからなくて不安になっているのは事実。その表情を見透かしたこの男の存在が怖くてならない。

 

…なのに、怖いのに、落ち着いてしまう。ここにいたら、本音が出てしまいそうになる。彼の喋り方が、私を素直にさせる。彼の雰囲気が、私の肩の力を抜いてくれる。まるで、前の私に戻ったように、落ち着いていた。そしてだんだん、意識が彼のほうへ吸い込まれる。自分の思考よりも、彼の言葉のほうに意識が集中し始めた。

 

『ほら、我慢すんなよ。もっと声出せよ』

 

…出せるなら出したいに決まってる。でも、もう声の出し方がわかんないんだよ。喋りたくてもうまく喋れないんだよ。前みたいにうまく、表情も言葉も感情も、何もかもコントロールできないんだよ

 

『強がるなって、ほら。限界なんだろ?もっと自分に素直になれよ。さらけ出せって、お前の本性』

 

…でも、自分の本性を出しかけてたら周りの人には嫌われたし裏切られた。私を否定したんだ、ヒーローたちは。素直になっても嫌われて私は嫌な思いをするんだ。だから、自分を隠してただ目的のためだけに動いていた方が何も考えなくて、楽だよ。

 

『そうやって恥ずかしがるなって。大丈夫だよ、俺はお前のこと大好きだから。どんな姿になっても、お前のことは受け入れる。だから早くっ…もっと欲しがれよ、欲をなぁ?理性なんかいらないだろっ』

 

そして、彼は私の首元に顔をうずめて激しく抱きしめてくれた。

 

『ほら、いけよ』

 

 

どんな欲だろうか。食欲?睡眠欲?性欲?なんだろうな。いろいろあるんだろう。でも、私が求めているものはなんだろうか。私は1人で生きてきたはずだけど孤独が嫌いで、怖い。でも、大切なものはすぐ身近にあったりする。ジェノスさんはじめとするS級のヒーローもそうだし助けてきた町の人の笑顔だってそうだ。それにガロウさんも私にとって大切な人だ。私は、そんな彼を、無くしたくない。生きる道を示してくれた彼を、誰かわからない懐かしい人と似た匂いのする彼を。

 

大切な人を私は二度と、失いたくない。

 

だから私は、人を殺すんだよ。

 

どんな姿になっても受け入れてくれる人がいるのならば私はそれでいいんだ。この世の全員に好かれなくたって、誰か一人でも私を必要としてくれる人がいて、誰か一人でも私を受けいるてくれる人がいたらそれで十分なのだ。

 

多分今、その存在はガロウさんなのだ。

 

なぜ私はこんなにも壊れたのだろうか。抱え込んできたものがあほみたいだ。考え込んで、勝手に自分を追い詰めて、誰かに裏切られただけでこんなに悲しくなって。馬鹿じゃないか。あの人たちは、私の大切な人じゃない。私の大切な人に言われたのならまだわかる。でも彼らは私に何の関係もない。それだけのことでここまで壊れる必要なんてなかった。私はちょっと、思い込みがすぎちゃっていたのかもな。

 

抱いていた彼の手が緩くなりするすると押し倒されていた体制からキスをされた。そして電気が暗くなり薄暗い空間になった。どうやら寝るらしい。彼は私を軽く抱きしめながら寝ようとしていた。私は彼にされるがままに後ろから抱きかかえられていた。

 

『…お前、俺がこうでもしないと素直になれないのかよ』

 

耳元でボソリ、そんな声が聞こえた。別にそういうわけじゃない。心のどこかではわかってたけど自分では気付けなかった。ただそれだけのことなんだ。別に素直になれないわけじゃないんだ。いや、心のなかでわかっていたのならそれを何故隠そうとしたんだ?やっぱり強がって素直になれてないんじゃないか。なら…この男の人には何故かすべてがお見通しの様だ。

 

『そうやって我慢ばっかりしてると体に毒だぞ?欲深い人間になれよなぁ…あーあ、俺だけ求めてくれねぇかなあ。』

 

例えば我慢しなかったとして、この人は受け入れてくれるのかな。ガロウさんは受け入れてくれるのかな。きっと、受け入れてくれるよね。私はいい子ではいるべきだと思っていたけど自分を封じ込めているつもりはなかった。けど気づかぬうちにそれで自分を苦しめてここまで心の傷口は広がってしまっていた。これからは無理をせずに自由に生きよう。自分が思うように、自分が生きたいように。何も抱え込まずに、肩の力抜いていこう。そう決心した。

 

「あなたが私を受け入れるのなら自由になりたいよ」

 

『俺はいつでも待ってるよ。だってお前が好きだから』

 

男の人の顔が、一瞬浮かぶ。笑顔に溢れた彼の顔が、何かを思い出させた。ナイフ、血、ビル。私が血濡れと呼ばれるようになった理由が次々に思い出される。根拠はない。でも、私は。私は思ってしまう。

 

この人のことを、私は知っているんじゃないかと。

 

その瞬間、建物から私の意識は離された。視界が真っ白になり私は1人、何もない空間に立っていた。ぼーっとさっきのことを思い出した。あのベットは、何度か行ったことがある気がする。良い気分だとは言えないけど、懐かしいのは間違いない。そして、あの場所にいたら私は自然と本音が出てしまった。たどたどしかった話し方…否、話し方を忘れてしまったはずの私から言葉が出てきた。話し方を思い出せた。あの場所で、私は自分に素直になれたんだ。彼が何者で私と関りがあるのかはわからない。でもきっと、大切な人だ。

 

ガロウさんとあの男の人は、私のことを拒絶しない。彼らはいつでも、私のことを待ってくれているのだ。だから抱え込まなくても大丈夫だ。私はこれからも好きなようにしていけばいい。だから今だって、自分が正しいと思える行動をしたらそれでいいのだ。それが正しくても正しくなくても1人じゃないんだから。1人じゃなくて彼らがいる。だから今も自分が思うように行動しよう。  

 

私のことを信じてくれているはずのガロウさんを守るために、私は今から動くんだ。

 

気がつけば横にはまたジェノスさんがいて、目の前にはガロウさんがボロボロになって死にかけていた。彼を守る、絶対に。右手にキスをして決心する。私はできる、ガロウさんを守る、と。

 

「ジェノスさん、ごめん。やっぱり私あなたを倒す」

 

私は右手に力を込めてそう言った。彼は驚いた表情でこちらを見ていた。いきなり何を言うんだって言うような顔だった。私だって体は痛いし動きたくない。否、動けない。もう限界は近づいている。けど、まだ体は動く。私の原動力になっているのは何か。それは、戦い続ける彼の姿だった。

 

あの人は弱いものの辛さと苦しみを十分に理解している。弱者の気持ちを誰よりも感じていた。だから、あの強者たちに対しても怯まずに戦い続けている。そんな彼を私は尊敬する。

 

そんな彼を、私は守りたい。だから邪魔者は消さなければいけない。袋叩きにされている彼を見捨てることはできないんだ。

 

そう、それが今の私の答えなのだ。

 

「なっ…?」

 

ジェノスさんの右手と左手は一瞬にして空に飛ぶ。そして胴体を切り離して地面を蹴った。その音が聞こえたのか何なのか知らないがバングさんと謎の男はこちらの方を向いて一瞬だけ攻撃を止めた。その時に、私はまたガロウさんをかばうように両手を広げて二人の前に立ちはだかった。

 

「…もう、やめて。これ以上攻撃しないで。」

 

「お主はなぜ堕ちてしもうた?なぜガロウを庇う?場合によってはお前も殺すぞ、ガビ。」

 

バングさんは過去一番私のことを睨んでいた。そこまで憎いのか、ガロウさんが。そこまでおかしいか、私が彼を庇うのは。そこまで嫌うのか、私がヒーローを裏切ると。本当に、馬鹿みたいだ。

 

「庇う?違うよ。この人は、私の生きる意味をまた教えてくれたんだ。気付かせてくれたんだ。あんたらみたいな、表面っ面の正義じゃない。彼の正義こそ、世界を変えることのできる、平等な正義だということをね。」

 

勝手に走り出した。あぁ、体が動く。痛みを感じない。音も聞こえない。視界も景色全てをとらえているわけじゃなくてあの二人しか見えない。多分、ゾーンに入った。底なし沼のようなところに理性が落とされてしまって今は残った本能だけでしか動けない。けど、こうなったら私はもう止められない。ガロウさんを救うまでは、私は止まれない。

 

流水岩砕拳はいつも通りかわすことが難しくて攻撃がいくつか当たってしまった。けど痛くない。それよりも早く、ガロウさんを助けたい。私は、彼を守るんだ。その一心で攻撃を重ねた。隣の男もまとめて相手をした。けど、なんでか知らないけど体が軽い。とてもスムーズに動いてくれて私こそ流れるように攻撃できている。

 

「話し方も、笑い方も、生き方も。全部、ヒーローに奪われたよ。苦しいし、辛かったよ。けどもう、気にしない。私は、自分に正直に生きたいんだ」

 

バングさんを吹き飛ばして私はその場でもう一人の男と戦うことになった。今は集中しすぎて相手が強いのか弱いのかわからないけどもう何も考えずに相手を倒すことだけを考えた。そしたら急に、身が軽くなっているのだ。なぜこんなに動くことができるのか、原動力が何なのか。はっきりはわからないけど、きっとあの誰かわからない彼とガロウさんは、私に大きな影響を与えてくれるのだろう。もう、どうでもいいんだ、人に嫌われることは。あの二人が無事ならそれでいいんだ。私は、彼らのために生きるんだ。

 

「本当に、馬鹿な道に進みおって…後悔するでないぞっ…!」

 

彼らはまだ体力があり余っているのか何度か吹き飛ばされてもまたすぐに立ち上がる。まぁ想定内だが、それにしても後ろのガロウさんが気になる。少しでも手を抜いたり隙を見せたら攻撃は彼に回る。だから、私はここで二人に隙を与えないように攻撃を続けなければならない。でも、心苦しい。

 

バングさんとの思い出も、全てが忘れられるわけじゃない。だから、本気で討とうとは思えない。ガロウさんは大切だけどバングさんも大切な人だった。

 

…だった。だから、過去形か。

 

やばいなぁ、こんなに生きることって辛かったっけ。人に嫌われるのってそんなに悲しいことだっけ。バングさんもジェノスさんもいい人だから嫌われたくないけど、嫌われちゃったよね。でも、本当にこれでよかったのかな。私はガロウさんを守ってこの世界を統制して新たな未来を切り開くつもりだ。だから邪魔な人たちは消したい。そのためにここまで戦ってるのか。あぁ、申し訳ないなぁ…

 

「チャランコの痛みを知れぇっ、ガロウ、ガビィィっ!!!」

 

そしてガロウさんに向けて方向を変えたバングさん。とうとう私相手に埒があかないと気づいたのだろう。謎の男を残して、彼はガロウさんのところへ駆け出して行った。もう、ガロウさんは立つことすらできない状態だった。それなのに、彼はまだ追い討ちをかけようとしている。…そこまでして彼を倒そうだなんて、本当に元師匠なのかこの人は。ガロウさんの悲しそうな目が私に突き刺さって私はまた動き出した。男を投げ捨てバングさんを追う。

 

そしてガロウさんに当たりそうだった攻撃を自ら食らった。否、守ったと言おう。その方がカッコよく聞こえるから。

 

「な…おま、え?」

 

彼もバングさんも目を見開いて私の方を見ていた。渾身の一撃を食らったであろう私の体はとうとう壊れ始めた。口から血が出てその場に足をつく。フラフラとしながらも立たなきゃいけない…という一心で立とうとするがバランスがうまく取れなくてズルっと手を滑らせてしまう。

 

死にそうだった。体はもう動くなって言ってる気がする。だからもうここで寝てしまおうかと思った。多分目を瞑れば楽になれるんだろう。けど、こんなところでは終われないのが私なのだ。彼は…彼らは待っている。私のことを。ガロウさんも…名前の知らない誰かも。私を待ってくれているんだ。だから、ここでは追われない。この人たちを倒すんだ。

 

不意に、声帯が軽くなった。言葉が出てくるようになった。息もできるし景色も鮮明。あぁ、すごい。すべてが戻ってきた。すべての感覚が、私のもとに帰ってきたんだ。おかしくなったあの日から全て私は戻ったのだ。ということはもう…今の私は強いんだ。

 

「その人にこれ以上手を出すな!!」

 

血を流しながら立ち上がってバングさんのところに殴りこんだ。すると、地面が割れた。バキバキと音を立ててあたりの木まで折れ始めた。ガロウさんは目を見開いて私のことを見ている。でも気にしない。

 

「もう観念せんかガビ!それ以上やれば…お主本当に死ぬぞ!」

 

「そんなの知らない!私は…私は命を懸けて、ガロウさんを助けるんだ!!もう何も、私は失いたくない!あなた達は、彼の気持ちをわかってない!だから、私は彼を尊重するよ!彼こそが正義だ!彼こそが世界だ!弱者にも手を差し伸べたあの人こそ…本当のヒーローなんだぁぁぁぁっ!」

 

伸ばした手はあと数cmでバングさんに届くはずだった。これでようやくすべてが終わると思った。これでまた、ガロウさんと話せると思った。思っていた。

 

…なのに、私は吹き飛ばされていた。いきなり暴風が吹き荒れて全員が吹き飛ばされたのだ。私は風が吹いた瞬間に体のスイッチが切れたらしく抵抗できなくて風の吹く方向に飛ばされた。もう、何が起きているのかわからなくて頭が真っ白になった。助けられたはずなのに、もしかして助けられなかったかもしれない。そう思うと悔しくてたまらなくて、自分の弱さに腹がたった。結局私は無力だった。彼を守ろうとして何もできなかった。悔しい、悔しいよ。そう思いながら宙を舞った。大きな衝撃が私の体に伝って、私は地面と衝突したのだと気づく。が、その瞬間に意識も途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、目を覚ます。私はなにかにもたれていた。あたりを見渡そうとしたのだが残念なことに痛みが体を襲った。体の痛みは引いていなくて目を開けたまま何もできない。けど、先程までの記憶は曖昧でとにかく苦しい。体中に熱が籠もっていて痛い。視界もぼやけてどこにいるかわからない。けど…どうやら夜の森の中らしい。血だらけの体に虫が寄っている。払い除けたいが動くことすらできずにその場でじっとすることしかできない。なんでだ、どうしてこうなったんだ私は。

 

あぁ、そうだ。ガロウさんだ。ガロウさんはどうなったんだ。彼を探さなきゃ…彼を助けなきゃ…!

 

立とうとしたが崩れ落ちた私は地面を這いつくばって前に進んだ。ここがどこなのかもわからずとにかく前へ進んだ。ガロウさんと出会うためだけに死にそうで途絶えそうな意識の中、湿って虫だらけの地面を這った。

 

どこにいるの、ガロウさん。私を一人にしないでよ。ようやく希望が見えたんだ。もうどこにも行かないでよ。

 

くらい暗い道を私は進んだ。けど、何分何十分何時間どれだけ這っても彼は見つからなくて夜明けが近づいてきた。そんなときに、ガサガサと音がして私は初めてその場に止まった。民間人なら不審者だと言われるかもしれない。ヒーローなら殺される。怪人もそうだ。だけど今の私はどうすることもできないしこのまま何もなく時間が過ぎて行くことを願った。

 

けど、出会った人物…否、出会ったそれは私をスルーしてくれない存在だった。

 

「な…お前は…!」

 

「ふー…フッフッフ。こんな時間に人間がいるなんてねぇ。運が悪いねぇ。安心して、連れて帰ってじっくり殺してあげる」

 

そう。出会った奴はいつぞや出会った災害レベル鬼の怪人、キリサキングだった。本当に運が悪い。まさかこんなところで遭遇するなんて…クソっ、タイミング悪すぎる。でも相手は私のことに気付いていない様子だ。顔を見て、私は奴の方を向いた。

 

「ただの人間じゃない…私のことを忘れたかっ!」

 

そう言って立とうとして木によりかかった。ボロボロの顔を見た奴は私のことを興味津々に見つめてきた。すると気づいたのか

 

「!…あぁ、いつぞやのヒーローじゃないか。フッフッフ、本当にまた会ったねぇ…いいよ、殺してあげる。ジワジワとねぇ…!」

 

と私のもとに寄って来た。でもヒーローであることは否定したい。だから私は

 

「違うっ!私は…ヒーローなんかじゃ、ない!」

 

と食って掛かった。彼は驚いたのかふと足を止めて私を眺めた。すると面白そうな目で私を見つめて

 

「あぁ、ナルホド。そういうことねぇ…!」

 

と、意味深な笑みを浮かべていた。殺す予定だったらしいがその最初の様子から一変、彼は私の元へやってきて体を優しく抱き上げてきた。一瞬ゾッとした。何考えてるんだこいつは、気持ち悪いな。殺すんじゃないのか、私を。

 

「事情が変わったよ…君は今、私達が必要としている。人間怪人…一人かと思いきや君もそうなんだろう?元ヒーロー。」

 

人間怪人。その言葉でガロウさんのことを思い出してしまった。それに、一人じゃない…と言ったから、こいつはきっとガロウさんのことを知っている。それに、こいつは私達が必要としていると話していたから何らかの集団なのかもしれない。いや、心当たりはある。怪人の集団…まさかこいつは、

 

「怪人協会か、あなたは…?」

 

「そうだよ、よく気づいたね。スカウトしてもなかなかやって来ないからガロウを強制的に連れて行こうって話になってねぇ…君は元ヒーローだから信頼性に欠けるって話だったけど正直私はそうも思わないし…連れて帰るよ、私達のアジトにね」

 

フフフ…と笑いながらそう言われたがそんなこと了承するわけがない。私はキッと彼を睨んだ。やめてくれ、私はガロウさんに着いていきたいだけなんだ。いや待った…ガロウさんを強制的に連れて行く…それってまさか

 

「まさかガロウさんを連れ去ったの…?」

 

「あぁ。あの体じゃ、抵抗できなかっただろうねぇ。ま、君も無理だろうけど。でも安心しなよ、あっちへ行けばガロウって奴はいるよぉ?」

 

ガロウさんが、いる。それだけでホッとして体の力が抜けた。緊張していた身体の強張りも一切なくなって私は奴にダランとした状態で抱きかかえられた。

 

「…行く、ガロウさんに会うんだ。だから、アジトに連れて行って。」

 

「ガロウってやつの話が出るとやけに素直になるねぇ…フフ、帰ろうか」

 

苦しいし辛いし嫌だけど、彼は私の希望なのだ。彼を失ったらとうとう私は何もなくなってしまう。だからガロウさん…どうか無事でいて。あなたが無事なら私は何でもいいんだよ。だから…死なないでね。そう心のなかで繰り返しながら私は眠りについた。

 

そしてこれが、私の人間怪人になる第一歩だった…。

 

 

 

 

 




皆様にお知らせです。アニメ2期終了したということでこれ以降のストーリーをしばらく連載休止にさせていただきます。理由といたしましてはアニメに沿ってこの話を書いていたのもありストーリーがアニメでストップしてしまっている今、単行本を手に持ってない私がこれからのストーリーを書くのは困難とかんがえました。また、イブキたちのオリジナルストーリーはまだ導入できるタイミングではないと考えたのでここで一旦区切りをつけて別の物語を書こうと思います。ですが未完結のまま終わるのももったいないので3期が始まったらすぐに戻ってきます。なのでそれまではしばらくお別れとなります。このサイトでまた別の話を書いてみようと思うのでよろしければそちらの方も見ていただけると幸いです。それでは、しばらくの間この話は止まります…



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