Bクラスで過ごす男の話 (冬獅郎)
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第1章
1話


 作者が一之瀬帆波好きなので書きました。
 正直原作で1番聖人なのに1番弱いクラスって不遇過ぎると思いませんか?自分は思いました。自己満足です。それでも良ければ見てってください。


 今日は俺の新たな門出となる日だ。俺はこれから始まる高校生活のことを想像しながら胸を躍らせていた。

 高揚した気分のまま、家を出る。ああ、なんて素晴らしい天気なんだろう。まるで俺の門出を天が祝福しているかのようだ。と、雲1つない晴天の空を仰ぎながらバカなことを考え、歩き出す。

 俺がこれから向かうのは東京都高度育成高等学校。日本政府が作り上げた学校だ。倍率はかなり高く、俺が合格するとは思ってもいなかった。しかし合格した以上、俺は狭き門をくぐり抜けたエリートということになる。

 まあ、俺にとってエリート云々は正直言ってどうでもいい。なんなら高校もどこだって良かった。なぜなら俺の目標はどこの高校に行こうと頑張れば達成できるからだ。

 そんな俺の目標とは……友達を作ることだ。俺には今まで友人と呼べる人物がいたことがない。所謂ボッチと言うやつだ。

 しかしこの青春真っ只中の時期に友達の1人も居ないなんて悲しすぎる。俺もキラキラ輝く青春を友人と共に過ごしてみたいのだ。

 なぜそんなどこでも達成出来そうな目標なのに学校を選んだのか、強いて言うなら進学率、就職率がほぼ100%という所に釣られたからだ。受かれば儲けもんくらいの気持ちで受かってしまったのだから、この学校を本気で志望して落ちてしまった人には本当に申し訳なく思う。

 そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。いつの間にか目的の場所の校門前まで到達していた。すごいな、天然石を連結加工した門とか、さすがは政府主導の学校なだけある。

 そんな感想を抱きながら校門を眺めていた俺のすぐそばに、1台のバスが停車した。なんとなくそちらに視線を向けると、中からぞろぞろと俺と同じ制服を着た学生たちが出てくる。この中に俺の友達になってくれる人はいるのだろうか。と思いながらその学生たちが校門に吸い込まれていくのを見送った。

 しかし、こんな晴天の中、バスで登校とは。出てきた学生の多さから考えるとバスの中は相当な密集率だったんじゃないだろうか。ストレスも相当溜まりそうだ。徒歩で来ていて良かった。徒歩の方がこの清々しい天気を味わえるしな。

 改めて俺は校門の前に立ち、深呼吸をして、新たな生活に対する気持ちを作る。よし、高校生活で俺は変わる! 脱ボッチ! と覚悟を決め、足を踏み出そうとしたところで足が止まる。

 原因は俺の傍にいる女子が「ちょっと」と声を発したからだ。

 これ、もしかして俺が話しかけられてる? と少し浮かれながら視線を向けると、残念。他の男子に声をかけたようだ。

 声を発した女子は黒髪ロングの美人で、声をかけられた男子はどこか抜けているような、冴えない感じのイケメンだった。結構お似合いのカップルに見える。

 しかし入学初日に話しかけるとは、同じ中学校出身だったとか、もしくは初対面だがその男子のことが気になっている、とかだろうか。後者の場合、一目惚れには少し早すぎる気もするが。少し気になったので、2人の会話を聞いてみることにした。

 

「さっき私の方を見ていたけれど、なんなの?」

 

 なんだろう、俺の想像とは違うベクトルの話のような気がする。

 

「悪い。ただちょっと気になっただけなんだ。どんな理由があったとしても、あんたは最初から老婆に席を譲ろうなんて考えを持っていなかったんじゃないかって」

 

「ええそうよ。私は譲る気なんてなかった。それがどうかしたの?」

 

「いや、ただ同じだと思っただけだ。オレも席を譲るつもりはなかったからな。事なかれ主義としては、ああいうことに関わって目立ちたくない」

 

「事なかれ主義? 私をあなたと同じ扱いにしないで。私は老婆に席を譲ることに意味を感じなかったから譲らなかっただけよ」

 

「それ、事なかれ主義より酷いんじゃないか?」

 

「そうかしら。自分の信念を持って行動しているに過ぎないわ。ただ面倒事を嫌うだけの人種とは違う。願わくばあなたのような人とは関わらずに過ごしたいものね」

 

「……同感だな」

 

 ……なんて切れ味の鋭い言葉のナイフだろう。この会話が始まる前に想像していた俺の考えは粉々に打ち砕かれた。口ぶりから察するに初対面だろうから同中という線は消えるし、まさかあの毒舌で一目惚れなんてあるはずもないだろう。

 会話の内容から推察すると、バスの中で老婆に席を譲らなかったという行動そのものは同じだったのだろう。しかし、その行動にたどり着くまでの考え方が違うだけでこうもズタボロに言われるとは。俺は男子生徒に少し同情してしまった。

 と、その場に留まり過ぎていたのが悪かったのか、それとも視線を向けていたのがバレたのか分からないが、俺にもその矛先が向いてきた。

 

「あなた、一体いつまで私たちの話を聞いているつもり? 人に聞かせるために話している訳ではないのだけれど」

 

 一瞬男子生徒に向かって言っているのかと思ったが、この2人の会話を聞いているやつなんて俺しかいない。そもそも校門前には既に俺たち以外の生徒の姿はないのだから、俺に向かって放たれた言葉で間違いないだろう。

 

「……す、すまない。人様の会話を聞くなんてマナー違反だよな」

 

「マナー違反だということが分かっているのなら、早急に立ち去るべきだと思うのだけれど」

 

「お、おっしゃる通りです……すいませんでした……」

 

 怖すぎる。最後の方は敬語になってしまった。それに紛うことなき正論。反論する余地もないし怖いので何も言い返せない。いや、言い返すつもりなんて最初からなかったが。

 これは俺が悪い。それは分かっているが……もっとオブラートに包んで欲しかった。これがガラスのハートの持ち主なら、今すぐ回れ右して帰宅していたぞ。

 ともあれ、立ち去れと言われたところでそれに反抗するつもりもない。最後に2人を一瞥してからそそくさと立ち去る。あの男子生徒からは同情をするかのような目を向けられていた。それがまた俺の惨めさを引き立てていた。

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 俺はあの2人と別れた後、自分の所属クラスを確認した。

 俺の配属されるクラスはBクラスのようだ。教室の前にたどり着き、深呼吸をする。まずはスタートダッシュが肝心だからな。しっかりとスタートダッシュを決めて友達を1人作る。これが俺の今日の目標だ。

 しかし、いくら始めが肝心といっても急にテンション高く教室に入って挨拶でもしようものなら『なんだあの変人』と思われるかもしれない。

 ここは普通に教室に入ることにしよう。変なリスクを冒す必要もないからな。

 そして俺は扉に手をかけ、第1歩を踏み出す。それと同時に頭に浮かぶ疑問。

 

 なぜ、教室の中に監視カメラがあるのだろう。

 

 校舎に入る前、いや入ってからも見かけた異常な数の監視カメラ。

 それが教室にも設置されている。何故だろうか。

 校舎の外ならまだ分かる。学校が所有しているコンビニやショッピングモールなどで万引きが起きないように設置していると考えられるからだ。しかし、校舎の中となると話は別。考えられるとすればいじめが起こらないように見張っているとかだが、さすがに数が多すぎる。とてもそれだけが理由だとは思えない。

 とはいえ、ここで考えて分かることでも無いのでスルーしよう。俺は自分のネームプレートが置かれた席に着く。両隣を見てみるが、まだ登校していないのか、空席のままだった。

 俺の席は中心寄りの最後尾という位置。いやー俺の目が悪くなくて良かった良かった。

 自分の席が分かったところで、俺は戦いを始めることにする。俺はこれといった特徴のない人間だ。強いて言えば生まれつき髪が白いくらいなものだが、この学校では髪色が黒ではない生徒を何人か見掛けた。大した特徴にはならないだろう。

 そんな俺が友達を作る方法はただ1つ。自分から話しかけるしかない。なぜなら、話しかけられれば友達になれるかもしれないが、話しかけられるかも分からないからだ。

 改めてクラスを見回して見る。埋まっている席は半数程だろうか。既にかなりの人数が談笑しているようだった。談笑している生徒達は皆同じ中学校出身なのだろうか。あまりに仲が良さそうなのでそう考えてしまう。しかし、その線は薄いだろうとすぐさま否定する。答えは1つ、この短い時間で仲良くなったに違いない。こんな短時間で仲良くなる方法があるのならぜひ教えて貰いたい。

 正直言って、話しかけたところで共通の話題があるのか分からないが、幸いにも今日は入学初日だ。これからよろしくとかそんな感じの会話から始めれば仲良くなれる。そう信じたい。

 いやー誰かに話しかけるというのは緊張するな。普段誰にも話しかけることなど無いので尚更だ。しかし、これは言わば試練だ。俺が青春を謳歌するための登竜門だ。避けて通ることなど出来はしない。

 よし、最初に話しかけるのはあそこに1人で座っている物静かそうな男子にしよう。いきなり談笑している集団に話しかけるのなんてハードルが高すぎるからな。

 ターゲットが決まった俺は即座に行動に移──

 

ろうとしたが肩を叩かれたので、左隣の席へ視線を向ける。

 先程までは空席だった場所だが、今はストロベリーブロンドの髪をした美少女が座っていた。

 

「初めまして! 私の名前は一之瀬帆波。皆と仲良くなりたいと思ってるんだ! もちろん君ともね。仲良くしてくれると嬉しいな。これからよろしくね!」

 

 そう天真爛漫に俺に告げてくる少女。友達作りを始めようとしていた俺の前に仲良くしてくれと言ってくる美少女が現れるとは、まさに天は俺の味方をしているのではないかと錯覚してしまいそうになる。

 向こうが仲良くしてくれと言っているんだ。返す言葉はひとつしかない

 

「俺の名前は東城京司。これといった特徴はないが俺も皆と仲良くなりたいと思っていたんだ。俺とも仲良くしてくれると嬉しい。これからよろしくな、一之瀬」

 

「うん! よろしくね、東城くん」

 

 いやー緊張した。自己紹介だけでこんなに緊張するとは。やっぱり自分から話しかけに行ってたら爆死していたかもしれない。一之瀬が話しかけてくれて良かったと心からそう思う。

 しかし、これでは俺の目的は達成出来ていない。非常識かもしれないが、言ってみることにしよう。

 

「なぁ、一之瀬。ひとつ頼みがあるんだが、聞いてもらえるか?」

 

「なにかな? 内容にもよるけど、私ができることなら力になるよ」

 

「ありがとう、一之瀬。俺の頼みというのは……」

 

 そこで俺の言葉が途切れる。喉からなかなか言葉が出てこない。一之瀬はそんな俺の言葉の続きを待ってくれているようだった。意を決してその先を口にする。

 

「俺は一之瀬と友達になりたい。だから、俺と……友達になってくれないか」

 

 友達の定義は非常に難しいと俺は思う。どこからが友達なのか、その境界線は人によって違うだろう。だからこそ口に出した。

 自分には友達が出来たと、胸を張って言えるように。

 返ってくる言葉を楽しみ半分、不安半分で待っていると、一之瀬が口を開いた。

 

「私も東城くんと友達になりたかったんだ。もちろん友達になるよ」

 

 その言葉を聞いた途端、俺の内心は狂喜乱舞していた。もちろん表情には出していないが、俺の人生初の友達だ。喜ぶなという方が無理な話だろう。

 

「ありがとう、一之瀬。俺の最初の友達になってくれて」

 

「それはこちらこそだよ。でも、最初の友達って高校に入ってってこと?」

 

 あ、舞い上がり過ぎて言わなくてもいい言葉が漏れていたみたいだ。まあ隠すようなことじゃないし別にいいか。

 

「いや、人生で初めての友達だ。けど、だからといって変に気にかけないでくれると嬉しい。自然体で話せるのが1番だからな」

 

「うん、わかったよ。じゃあ……改めてよろしく、東城くん」

 

「ああ、改めてよろしく、一之瀬」

 

 こうして、俺に人生初の友達が出来たのだった。

 




 読んで頂きありがとうございました。
 ちなみに主人公の名前は東城 京司(とうじょう きょうじ)です。
 なんかルビ振るのよくわかんなかったんでルビつけませんでした。
 主人公のデータベースを書きたいと思いつつ、どう書けばいいか分かりません。特に学籍番号。
 至らない点は多々あると思いますが、多目に見てやってください。
 改めて、読んで頂きありがとうございました。


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2話

キャラの口調考えるの難しいです


 さて、晴れて友達が出来たところで、一之瀬は他の人と談笑していた。俺はと言うと机に突っ伏している。本来なら別の人に話しかけに行くところだが、今日の目標は達成出来たという満足感から動く気がイマイチ起きなかった。まあ友達は多い方が良いって訳でもないし、大丈夫だろう。

 そう言い訳がましく考えていると、始業を告げるチャイムが鳴った。

 それと同時に教室に入ってくる1人の女性。

 見た目は今時の大人といった感じの美人だった。年齢はいくつだろうかと考えてみるが、女性の年齢を推理するのはやめた方がいいだろうと思い直してやめた。

 見た感じはなんというか、こう……ふわふわした感じとでも言うのだろうか。服装などに抜けているところは見当たらないので、彼女の持つ雰囲気がそう思わせるのだろうか。

 

「新入生のみんな、おはよう。私がこのBクラスを担当することになった星之宮知恵って言います。普段は保険医をしてるから、授業で会うことは少ないかもしれないけどね。この学校では学年ごとにクラス替えはしないから、卒業までの3年間、みんなで一緒に頑張ろう! ってことでよろしくね〜」

 

 なんともフレンドリーな態度の先生だ。怖い先生じゃなくて良かった。

 

「今から1時間後に体育館で入学式があるけど、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらうね。って言っても、入学案内と一緒に配布されてるからもう見た事はあると思うけどね」

 

 前の席から見覚えのある資料が回ってくる。合格発表を受けてから貰ったものだ。

 この学校は普通の高等学校とは違うルールが存在している。それはこの学校に通う全ての生徒に敷地内にある寮での生活を義務付けるということ。そして、在学中は特例を除き外部との連絡を一切禁止していることだ。

 たとえ肉親であったとしても、学校側の許可なく連絡を取ることは許されない。

 当然、許可なく敷地外に出ることも禁止されている。

 ただしその反面、生徒たちが苦労しないよう数多くの施設も存在する。カラオケやシアタールーム、カフェ、ブティックなど、小さな街が形成されていると言ってもいい。大都会のど真ん中にして、その広大な敷地は60万平米を超えるそうだ。

 そしてもう1つ特徴がある。Sシステムと呼ばれるものだ。

 

「今から学生証カードを配ります。それを使えば敷地内にある施設を利用したり、売店なんかで物を買うことが出来るから、無くさないように気をつけてね〜。クレジットカードみたいなものだと思ってもらっていいよ。当然のことだけど、何かを利用したり買ったりすればポイントが消費されるから気をつけてね。学校内でこのポイントで買えないものは無いよ。学校の敷地内にあるものなら、何でも買えるからね」

 

 何でも買えるという先生の言葉を聞いて、ひ弱そうな学生と、そいつに対して「今月の友達料金、まだ貰ってないんだけど」とか言いながら悪そうなやつが金を巻き上げているシーンが思い浮かんだ。

 小説でしか読んだことがないが、現実でそんなことが起きるのだろうか。俺は1度も遭遇したことがないが、もしかしたらあるのかもしれない。

 もちろん俺は友達料金などを払ってまで交友関係を築きたいとは思わないが。そんなものは俺の描くものとは違うしな。

 

「使い方はシンプルで、お金を払う時に機械に通すか、提示することで使用出来るよ。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれるからね。君たち全員には、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだよ。あと、1ポイントは1円の価値があるから、君たちは既に10万円分のお小遣いを貰ったってことだね!」

 

 その言葉を聞いて、少し教室が騒がしくなる。

 しかし毎月10万円とは、さすがは政府主導の学校と言ったところか。すごい金額だ。

 

「ポイントの支給額に驚いちゃった? この学校は実力で生徒を測るからね。入学した君たちには、それだけの価値と可能性があるってこと。これはそのことに対する評価みたいなものだよ。遠慮なく使っちゃっていいからね。でも、このポイントは卒業後に全て学校側が回収しちゃうから、ポイントを貯めても得は無いよ。もちろん、現金化も出来ないからね。振り込まれた後、ポイントをどう使うかは君たちの自由だから、好きに使ってくれていいよ。ポイントを使う必要が無いと思ったら誰かに譲ってもいいからね。でも、無理やりカツアゲしたりしちゃダメだよ? この学校はいじめ問題にだけは敏感だからね。ここまでの話でなにか質問がある人はいるかな?」

 

 特に手は上がらない。みんな急に多大なポイントを与えられて困惑しているようだ。

 

「質問は特にないみたいだね。それじゃあ、学校生活を満喫してね〜」

 

 そう言って退室する星之宮先生。

 生徒たちはこれからどこかに行こうとかそんなことを話していた。

 しかし、なんだろう。すごく怪しい。生徒が優遇され過ぎているような気がする。

 毎月提供される10万円。充実した周辺施設。進学率、就職率ほぼ100%。外部との連絡が取れないことや、寮生活が義務付けられていることを差し引いても、生徒に取っては楽園だ。

 そんなことが有り得るのか? 政府主導のこの学校で?

 そんなことがあるはずがないだろう。入学しただけでこんな楽園のような生活を送れるのなら、未来を支えていく若者を育成することなんて出来ないだろう。それどころか怠惰な生活を送り、自分を高めることをしようとする生徒はいなくなってしまう。

 改めて先生の言葉を思い出してみる。

 ……なるほど。毎月ポイントは振り込まれるとは言っているが、その金額が10万ポイントであるとは一言も言っていない。恐らくポイントは増減する。

 振り込まれた10万ポイントは、高い倍率を勝ち抜いて入学を果たした俺たちに向けたご褒美のようなものなんだろう。

 なんとも嫌な言葉遊びだ。他になにかおかしな言葉はなかっただろうか。

 ……ポイントで買えないものはない。そして、敷地内にあるものならなんでも買える。

 この言葉もどこかおかしい。これがそのままの意味なら、それを確かめない手はない。

 そうして簡単な仮説を立てていると、隣の一之瀬がよく通る声でクラスのみんなに話し始めた。

 

「ごめん、ちょっと私の話を聞いてもらってもいいかな?」

 

 特に異議を唱える生徒はいない。

 

「話を聞いてくれてありがとう。私たちはこれから3年間共に過ごすことになる。だから自己紹介をやりたいと思ってるんだ。その方が早く仲良くなれると思うからね。もちろん強制はしないけど、どうかな?」

 

 口々に賛成する生徒たち。反対する生徒はいないようだ。もちろん俺も大歓迎だ。俺が言い出したくても言い出せなかったことをあっさりと言ってのけるのだから、一之瀬は本当にすごいと思う。

 そうして一之瀬から自己紹介が始まっていく。俺は自分の順番が回って来るまでのところで、どのような自己紹介をすればいいのかを必死に模索する。ふざければいいのか、無難に決めるか。

 俺の中で答えが出ないので、他の生徒がどのような自己紹介をしているのかを参考にしようと自己紹介を聞いているが、ふざけた感じの自己紹介をしている人は今のところいない。

 ここでふざけた自己紹介をすればインパクトはあるだろうし、記憶にも残して貰えるだろう。ただ、どのような印象を与え、記憶に残されるのかは想像に難くないので、ほかの生徒と同じように無難なものにすることに決める。

 ついにやって来た俺の順番。噛まないこと、キョドらないことを自分に言い聞かせ、席を立つ。

 

「俺の名前は東城京司。趣味は特にありませんが、運動は得意です。皆さんと1日でも早く仲良くなれるように頑張るので、どうぞよろしくお願いします」

 

 そう言って俺は席に座る。特徴のない俺に出来る精一杯のアピールポイントが運動が出来ることだった。

 クラスの皆が拍手をしてくれている。その拍手がとても嬉しい。どうやら成功したようだ。噛まずに言えて良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 自己紹介が終わり、体育館へ向かう。入学式も滞りなく終了した。

 そして昼前。敷地内の説明を一通り受けた後、解散となった。

 クラスの約半数の生徒はその足で寮へと入っていく。残りは早くもグループが出来ているのか、カフェに行こうとかカラオケに行こうとか談笑しながら教室を去っていった。

 俺の唯一の話し相手である一之瀬も数人に話しかけられてどこかに行ってしまった。ちなみに俺は自己紹介の後誰にも話しかけられていなかった。やはり特徴のない人間は話しかけて貰えないのだろうか。それとも俺の持つ雰囲気がそうさせるのか。

 話しかけやすい人間と話しかけにくい人間。俺は間違いなく後者に入るだろう。別に他人を拒絶しようなんて考えてもいないのだが……。どこで違いが生まれるのだろうか。

 そのことは置いといて俺は1人で学食に行ってみることにした。腹も減ったし、学食の味がどのようなものか興味があるからな。

 学食に到着すると、結構人がいた。

 券売機でどのようなメニューがあるのか値段と共に見ていく。すると、興味深いメニューを発見した。

 

 山菜定食──料金 無料

 

 無料とは、ポイントを使いすぎた生徒への救済か? いや、さっき立てた仮説に当てはめると、貰えるポイントが少ない生徒の為の配慮とも取れる。

 ……よし、ここを少し見張っていよう。

 今日は入学初日、4月の頭だ。先輩たちはポイントが4月1日に支給されているはず。にも関わらず山菜定食を注文するやつが現れれば、それはポイントが不足しているやつか相当な守銭奴だろう。

 1年生はポイントが支給されたばかりなので、無料の山菜定食を注文することはないだろう。

 つまりこの場で山菜定食を注文するような生徒は、2年か3年の先輩。そして、ポイントに困っている生徒だ。

 この学校にいる限りポイントで買えないものはないという星之宮先生の言葉通りなら、俺は先輩から情報を買うことができるはずだ。

 そう考え、俺は適当な定食を購入し、食堂でも目立たない位置に座り、券売機を押す生徒たちの指先を見つめ続けた。……この定食、美味いな……。

 券売機を眺め続けて10分が経過した。ここまででかなりの数の生徒が券売機を利用していたが、これだけ見ていても山菜定食を購入する生徒はいなかった。

 やはり毎月10万ポイント支給され、無料商品はポイントを使いすぎた生徒に対する救済措置だったのだろうと思い、席を立つ。

 が、食堂から立ち去る寸前。券売機に視線を向けてみると、なんと山菜定食を購入する生徒がいた。

 このチャンスを逃す訳にはいかない。そう思い俺はその生徒に声をかける。

 

「あの、すみません。1つ話を伺いたいんですが、2年生か3年生の先輩でしょうか」

 

「あ、ああ。3年だが……誰だお前」

 

 ビンゴだ。

 

「失礼しました。自分の名前は東城京司といいます。所属は1年Bクラスです。」

 

「そうか。それで、1年が俺になんの用だ?」

 

「いえ、少し取引したいと思いまして」

 

 そう告げると、怪訝そうな表情で聞き返してくる。

 

「取引だと?」

 

「ええ。先輩はポイントに困っている。そうですね?」

 

 先輩は途端に嫌そうな顔で俺を睨んでくる。

 

「……だったらどうした。バカにしてんのか?」

 

「別に先輩をバカにしているわけじゃありませんよ。俺はこの学校の仕組みについて知りたいんです。だから俺に情報を売って頂けませんか?」

 

「……場所を変えるぞ」

 

 そりゃそうだ。人の多い食堂でする話じゃなかったな。

 俺たちは人通りのない場所へやって来た。

 ここからが本番だ。問題はこの取引に応じてくれるかどうかだが……。

 

「……いくら払える?」

 

 どうやら応じてくれるようだ。

 

「いくらで売って貰えるんですか?」

 

「そうだな……。5万で売ってやる」

 

 うーん、なかなか高い。が、確実な情報が手に入るならまあいいか。俺の立てた仮説は貧弱過ぎるからな。この学校の仕組みが分かるならなんでもいい。

 

「では、5万で買わせて貰います。」

 

 俺がこの話に乗ると思っていなかったのか、先輩は驚いた表情を浮かべる。それも当然か。5万ポイントは決して安いものでは無いのだからな。

 

「じゃあ交渉成立だな。先にポイントを振り込んでくれ」

 

「わかりました。でも、嘘の情報なんてものを教えないでくださいよ?」

 

「わかっている。ポイントの譲渡をすれば記録に残るからな。お前に訴えられれば俺に勝ち目はない」

 

「そうですか。では、振り込みも終わりましたので、学校の仕組みについて教えてください」

 

 そうして先輩に教えられた情報は、俺の仮説の遥か上を行くものだった。

 まず、生徒が優劣でクラスに振り分けられるということ。Aは最も優秀な生徒、Dは最もダメな生徒……というような感じだ。俺たちBクラスは、Aには劣るが、CやDよりも上、ということになるだろう。

 そして、クラスポイントというものが存在しており、そのポイントに100を掛けたものが、プライベートポイントになるようだ。プライベートポイントとは、生徒個人に支給されるポイントのことを指しているそうだ。

 全てのクラスで初期値は1000クラスポイントに統一されているらしい。そのクラスポイントを追い抜く、あるいは追い抜かれた時、クラスが変動するようだ。

 例えば俺たちBクラスがAクラスのクラスポイントを追い抜いたら、俺たちはAクラスへ昇格。AクラスはBクラスへ降格となる訳だ。

 クラスポイントの増減を決めるシステムについては答えて貰えなかった。

 が、減点ならば普段の生活態度とかだろうか。教室にあった監視カメラの存在にもこれで納得がいく。私語や居眠りなど、教師1人ではチェックしきれないからな。

 クラスポイントを増やす方法については今のところテストくらいしか思い浮かばないが、これから明かされていくのだろう。ちなみに、テストで赤点を取れば即退学だそうだ。

 そして、進学率、就職率100%の恩恵を受けることができるのは、Aクラスだけのようだ。この事実が公表された時、Aクラスの座を巡る戦いの火蓋が切って落とされるのだろう。

 俺の仮説であるポイントの変動は当たっていたが、まさかそれがクラス単位だったとは。想像できるはずもないな。

 

「教えて頂きありがとうございました。この事実が公表されるのはいつ頃なんですか?」

 

「例年通りなら5月に入ってすぐだ」

 

 なるほどな。これは荒れそうだ。

 

「ちなみになんですけど、Aクラスに行ける権利とか、退学を取り消す権利とかって買えるんですか?」

 

「買うことは出来る。だが、どちらもとてつもないプライベートポイントが要求される。Aに上がる権利は2000万プライベートポイント。退学を取り消す権利は2000万プライベートポイントに加えて、300クラスポイントも要求される」

 

「本当になんでも買えるんですね、ありがとうございました」

 

「気にするな、5万ポイント貰ったしな。……しかしお前、なかなか頭がキレるんだな。お前がリーダーになってクラスを引っ張れば、Aクラスに上がれるんじゃないか?」

 

「俺よりも頭がキレる人間なんていくらでもいると思いますよ。というか、俺はリーダーの器じゃないので無理ですね」

 

「そうか、じゃあ俺はもう行く。高校生活、頑張れよ」

 

「先輩も後1年頑張ってください。それでは」

 

 そう言って互いに別方向に歩き出す。なんか良い先輩だったな。

 これで俺の疑問は解消された。が、ポイントが半分消えてしまった。どうしよう……。

 いや、いい案を思いついた。これを実行して1日を終えるとしよう。

 そして俺は目的の場所に向かって歩き出した。

 




読んで頂きありがとうございました。


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3話

 目的の場所、と言っても、別に明確に決めている訳ではない。

 適当に部活動をやっている場所に行こうという目的はあるが、その部活がなんであろうと俺にとっては些細な問題に過ぎない。

 近い場所になにがあるかな、と思って貰った案内図を眺める。柔道場がこの場所から1番近いらしいので、柔道場に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって柔道場。活気ある生徒たちの声が扉の外にまで聞こえてくる。

 窓から中の様子を伺うと、20人程の生徒が練習に励んでいた。

 俺は柔道場の扉を開き、近くにいる先輩と思われる人に声をかける。

 しかし先輩相手だと話しかける時にあまり緊張しないのはなぜだろうか。ビジネスの相手だと割り切っているから、冷めているのかもしれない。

 

「すみません、用事があってここに来たんですが、少しよろしいでしょうか」

 

「君は入部希望者かな? もしそうなら入部の受付は明日から行われることになっているから、今はまだ無理だよ」

 

 別に柔道部に入部したい訳ではないので、否定する。

 

「いえ、入部希望という訳ではないんですが……」

 

「それなら見学したいとかかい? 見学をすることは自由だからね。大歓迎だよ」

 

 笑顔が似合うフレンドリーな良い先輩だなぁ。ってそうじゃない。

 話が進まないので、本題を切り出すことにした。

 

「いえ、見学がしたい訳でもありません。単刀直入に言わせて貰うと、ポイントを賭けた試合をさせてもらう為にここまで足を運びました」

 

 そう、これが俺の思いついた一発逆転の策。

 少ないポイントを増やすにはギャンブルが手っ取り早い。

 可能性は低いが、もし出来ないのならその時は潔く諦めて、倹約生活を送ることにしよう。

 俺の言葉を聞いた途端、先輩の顔が険しい物に変わる。

 

「少し待ってね。主将に聞いてみるから」

 

 そう言って、柔道場にいる部員の中でも一際大きい体格をしている生徒の元へと歩いて行く先輩。

 先輩が戻るのを待っていると、俺の前に主将と呼ばれていた男が現れた。

 

「俺はこの部の主将を務めている本堂というものだ。用件に入る前に、名前を聞いてもいいか?」

 

 口調から察するに、厳格な人なのだろう。さすがは主将と言ったところか。

 

「俺は1年Bクラスの東城京司といいます。いきなりお邪魔してすみません」

 

「いや、構わない。用件は既に聞いているが、なぜ賭け試合をしようと思ったのか聞かせてもらおうか」

 

 なんて答えようか。

 ……まあ考える必要もないか。そのまま伝えても問題はないだろう。

 

「ポイントを使い過ぎてしまったので、増やしたいと思いまして」

 

「入学初日にポイントを浪費してしまうとは、関心しないな」

 

 そう注意をされてしまう。返す言葉もない。

 

「反省はしています。それはそれとして、そろそろ本題に移らせて頂きたいんですが」

 

「……いいだろう。理由がどうであれ、賭け試合をすることに問題はない。が、それを俺たちはするつもりがない」

 

 はあ、なるほど。

 勝負を受けて欲しければポイントを先に払え、ということが言いたいのだろう。

 

「『賭け試合をする権利』を買えば、やってもらえるということですね?」

 

「そういう事だ。しかし、お前に払えるのか? ポイントが少ないのだろう?」

 

「それは要求されるポイント次第ですから、払えない可能性も十分ありますよ」

 

 俺の現在の所持ポイントは49000と少し。5万も残っていない。

 仮に1試合ごとに2万ポイントを要求されるとしたら、全く稼ぐことが出来ない。

 それどころか、24500ポイントを超えた時点で赤字が確定する。

 全てはこの本堂先輩の提示するポイント次第だ。

 

「では、その権利を売ってやろう。5万でな」

 

 ……無理無理。俺の全財産を持ってしても届かない値段だ。

 

「すみません。手持ちがそんなにないので、何とか安くして貰えないでしょうか」

 

 俺のこの必死の交渉も、続く先輩の一言に一蹴される。

 

「それは無理な相談だな。払えないのならこの話は無しだ。帰ってもらおうか」

 

「そうですか……」

 

 全然ダメだった。しかし、こんな事態に陥ることも一応想定していた。

 そして、相手を賭け試合に参加させる方法も考えて来ていたのだ。

 俺はそれを実行するべく、口を開こうとする。が、先に先輩が声を発した為、中断する。

 

「……いや、やはり1万で手を打ってやってもいい」

 

「え、ホントですか」

 

 やりぃ。向こうが譲歩してくれて助かった。

 そう思っていたが、現実はそこまで甘くないようだ。

 

「本当だ。ただし、こちらの設けるルールに従って貰うがな」

 

「……そのルールを聞かせてもらっても?」

 

「もちろん構わない。だが少し時間をくれ。このルールには部員全員が関わることになる。俺の一存だけで決めることは出来ないからな」

 

 どうやら他の部員も参加させるルールを考えているようだ。

 

「わかりました。ルールが決まったら声をかけてください」

 

「わかった」

 

 そう言って本堂先輩は集まるように指示を飛ばす。

 それに迅速に応える部員たちの姿を見ていると、団結力の高さが伺える。さすがは運動部というところだろうか。

 先輩たちが話し合っている間の暇な時間。俺は特にすることもなかったので、明日の行動方針について考えていた。

 自己紹介の時に体を動かすことが好きだとか、運動が得意だとか言っていた生徒が何人かいた。

 明日はその人たちに話しかけてみることにしよう。話が合うかもしれないからな。

 そう方針を固めていると、先輩に声をかけられた。

 

「東城、ルールが決まった。こっちに来てくれ」

 

 そう言われて先輩たちの元へと歩き出す。

 

「……1つ質問してもいいですか?」

 

「なんだ」

 

「なぜ、皆さんが本堂先輩の後ろに並んでいるのでしょうか」

 

 そう、俺と向かい合って話している本堂先輩の後ろに、横一列に柔道部の皆さんが並んでいるのだ。

 これではまるで柔道部vs俺みたいじゃないか。それにしても皆さんの圧がすごい、圧が。

 

「これについては気にするな。こんな状況で悪いが、ルールの説明を始めさせてもらう」

 

 いや、気にするなと言われても……。

 

「お前にはこれから俺たちと勝ち抜き戦のようなものをやってもらう。始めにこの部の中で1番弱い者から戦ってもらい、勝てば次に強いやつと戦える。もちろん負ければそこで終了だ。そして、試合ごとにお前は所持ポイントの範囲内で好きな額を相手に提示出来る。その試合に勝てば試合の終了時に提示したポイントを相手から奪うことが出来る。勝ち続ければお前はどんどんポイントを稼げるということだ」

 

 マジで柔道部vs俺という構図だった。しかしこのルール、少し話がうますぎる気がする。

 負ければ即終了のようだが、これでは俺にデメリットがまるで無い。1万でいい代わりにルールを設けるという話だったはずなのにだ。

 

「1ついいですか?」

 

「なんだ」

 

「この賭け試合、俺は試合ごとに『賭け試合をする権利』を買わなければいけないんでしょうか」

 

「いや、その必要はない。この勝ち抜き戦に参加を表明した時点で1万ポイントを貰い、それで終わりだ」

 

 試合ごとに参加費用が必要という訳でもないようだ。

 

「説明を再開するぞ。試合の始まりにこちらも好きな額のポイントを提示する。ただし、この時提示するポイントはお前と違って上限がない。そして、この時こちらが提示したポイントは、勝った時のみ作用し、その額をお前から奪うことが出来る。どれだけ大きな額を提示しようとも、こちらが負けた際には、その時お前が提示していたポイントをお前に払うだけで済む、ということになる」

 

 向こうが提示するポイントは勝てば作用し、負ければ作用しないということのようだ。加えて提示出来るポイントに上限がない。

 つまり、俺はある程度勝ち続けても1度負けてしまえば有り金の全てを持っていかれるということか。

 これを回避するには全ての試合で勝つしかないが、それがなかなか難しい。柔道部員は20人はいる。体力は試合ごとに削られる上に、勝っても更に強いやつが相手。勝ち続けるにつれてどんどん勝てる可能性が低くなっていく。

 とんでもないペナルティを付けてくれたもんだ。

 

「では、そちらの提示するポイントが俺のポイントを超過していた場合、全ての所持ポイントが奪われるのは当たり前として、払えなかった分は負債として残るのでしょうか」

 

「いや、我々も鬼ではない。払えなかった分を負債として要求するつもりは無い」

 

 いや、ここまでのペナルティを俺に与える時点で鬼じゃないか? と思ったが口には出さない。

 そして、そんな鬼の言葉はこう続いた。

 

「そう、払えなかった分を負債として要求するつもりは無い。だが、その場合はお前が提示した額が負債となる。試合ごとに得たポイントを合わせて全額提示してもいいが、負けた時はそれが自身に跳ね返ってくる。よく考えてポイントを提示することだ」

 

 なんということだ。負債がないと油断したところにこのカウンターとは。

 いや、そうでもしなければ俺の提示するポイントも勝てば作用し負ければ作用しないことになってしまうか。

 

「俺が提示する額が先輩たちの持つポイントを超過し、勝った場合は先輩たちにも負債が付くのでしょうか」

 

「いや、その場合は所持ポイントを全てお前に振り込むが、負債は発生しない。まあそもそも、お前がそこまでポイントを増やせればの話だが」

 

「もう1つ聞きますが、これは柔道部の皆さんの総意なんでしょうか。負けた人にはメリットがないように思えますが」

 

「その点は問題ない。お前に勝って得たポイントは勝ったやつが総取りできる。つまり……」

 

そこで言葉を区切り、後ろの部員たちを一瞥してから言葉を発する。

 

「他クラスの保有するプライベートポイントをお前を経由して奪うことが出来るからだ」

 

 その瞬間、後ろで静かにしていた部員たちが一斉に騒ぎ出す。

 なるほど。自分が負けても同じクラスのやつが後ろに控えていると考えれば、自分のポイントも回収して貰えると考える。だから下位の部員も否定の意見を出さなかったのか。

 それにしてもここまで騒ぎ立てるということは、クラス戦においてプライベートポイントは相当重要な役割を持つみたいだ。

 そんな時、1人の部員が本堂先輩に声をかける

 

「主将、プライベートポイントとか安易に言ってもいいんですか? それにこの騒ぎです。なにか怪しまれているかも……」

 

 確かにそうだ。プライベートポイントなんて先生に説明されてなかったし、他クラスのポイントが奪えるという言葉でここまで湧き上がるのもおかしい。

 なにも知らない生徒なら明らかに怪しむはずだ。

 しかしそれを俺の目の前で普通言うか?

 確かに周りは騒がしく、本人は小声で話しているから聞こえないと思っているんだろうが……。俺は耳がいいからな。これくらいなら聞こえてしまう。

 

「たったこれだけの単語と状況でわかるやつなどそうそういない。それに口止め料でも支払っておけば問題ないだろう」

 

 そう主将は喋っていたので、会話に割り込ませて貰うことにした。

 

「口止め料なんて必要ありませんよ。そもそも俺はこの学校の仕組みについての情報を買っています。なので隠す必要なんてないですよ」

 

 いきなり会話に割って入った俺に驚いたのか、それとも喋った内容に驚いたのかはわからないが、2人は少なからず驚いているようだった。

 しかし今はそんなことよりも賭け試合の方が重要だ。

 

「そんなことよりも、話を進めてもらいたいんですが」

 

 俺がそう言うと、主将は我に返ったのか騒いでいる生徒を鎮めた。

 

「すまない。話を元に戻すが、ルールは以上だ。この賭け試合を受けるかどうかはお前が決めることだ。強制はしない。降りるチャンスは今しかないぞ。降りても誰も文句は言わない」

 

 やめた方がいいと、暗にそう言ってくる主将。

 こんなルールを決めながらも、最後はこうして降りさせる気でいたようだ。根はいい人なんだろうな。

 そんな主将の心遣いをありがたく受け取りながらも、俺の取る行動は最初から決まっていた。

 

 最初から有り金を全て賭けて、全ての試合で勝つ。

 

 このルール、負ければ多大なペナルティが発生することは疑いようがない。

 しかしそれはあくまでも『負ければ』の話。

 勝てば問題ないどころか、多大なポイントを手に入れることが出来る。

 そもそも、賭け試合を受けて貰えなかった場合にこのルールと似たようなことを提案し、受けて貰えるようにしようとしていた。

 今回は、たまたま本堂先輩が先に同じようなことを提案してくれただけ。

 負けるつもりなど、最初からありはしない。

 

「この試合、公平な審判を保証して貰えるなら、受けたいと思います」

 

 そう告げると、周りの部員たちも驚愕の表情を浮かべる。

 誰もこんなルールを受けるとは思っていなかったんだろう。

 

「公平な審判については保証する」

 

 その言葉を聞いた俺は、携帯端末を突き出しながら言葉を発した。

 

「このルール説明が始まってからここまでの会話を、全て録音させて貰ってました。そちらに都合のいいルールに途中でねじ曲げたり、不正な審判だけはしないようにお願いします」

 

「わかっている。それでは、この賭け試合、受けるということでいいんだな?」

 

「もちろん、受けさせて貰います。」

 

 こうして、柔道部vs俺の賭け試合が始まった。

 1万ポイントを払い終わった俺は、柔道着を借りて、最初の対戦相手と対峙していた。

 提示する額はもちろん今出せる限界の額。相手の提示する額は1000万の大台を突破していた。

 いや、どんだけだよ。そんなに持ってねーよ。

 

「うちの部の中で最弱と言っても、一般の規格で見たらそれなりに強い。お前がどれだけの自信を持ってこの賭け試合に臨んだのかはわからないが、油断をしていると痛い目を見るぞ」

 

 試合直前、本堂先輩からそう声をかけられる。提示されたルールは鬼のようだったが、こうして心配してくれるのは素直に嬉しい。

 

「ご忠告ありがとうございます。ですが、俺は油断なんてしませんよ」

 

 そう言葉を返した。

 そして始まる賭け試合。

 と言っても、特に危ないことも無く最初の相手を倒し、金額が振り込まれる。

 このまま順調に勝ち進めれば、俺は倍々に提示する額を増やすことが出来るだろう。

 そう思っていると、次の対戦相手に話しかけられる。

 

「なあ、お前。柔道経験者か?」

 

 そんなことを聞かれるが、誰もが義務教育でやったことがあるんじゃないだろうか。

 

「やったことはありますよ。義務教育で受けただけですけど」

 

「……そうか」

 

 戦ってみるとわかるが、確かにさっきの人よりも少し強い気がする。

 とはいえ、負けるほどでも無いので、勝ちを拾いにいく。

 そうやって順調に勝ちを重ね続けた。が、ポイントはそこまで順調には伸びなかった。

 というのも、最初から全額を賭け続けたせいか、4人目辺りから既に払いきれない生徒が出始めたのだ。

 そうすると倍々ゲームとはいかなくなる。

 まあそれもそうか。先輩だって無限にポイントを持っている訳では無い。

 持っていて20万、多くても50万あればいい方だろう。

 そんなに貯めていたポイントを俺に持っていかれた部員たちは、後続の同じクラスの人間が勝つことを祈っていた。

 しかしそんな部員たちの祈りは届くことなく、俺はついに最後の部員と相対していた。

 その部員とは言うまでもなく本堂先輩だ。

 柔道部で1番強いと言うだけあって凄まじい体格だ。俺も身長は180cmくらいあり、高校1年生の中ではデカい方だと思うが、本堂先輩は格が違う。

 縦は190cmを超えているだろう。幅も凄まじく、俺なんぞひねり潰されそうだ。

 

「東城、お前が本当にここまで来るとは正直思っていなかった。見くびっていたことを謝罪しよう」

 

 試合の前にそう告げて頭を下げる本堂先輩。

 

「しかし、そんなお前の快進撃もここまでだ。今まで20人もの人間を相手にしてきて消耗していないはずがない。万全ではない状態のお前を倒すのは忍びないが、全力で潰させてもらう」

 

「俺の体力の心配などしないでください。それに先輩が思う程、俺は消耗してないかもしれませんよ……?」

 

 それを聞いた先輩はフッと笑い、こう口にした。

 

「どうやらまだまだ余裕そうだな。ではお言葉に甘えて、全力で行かせてもらうとしよう」

 

 その言葉を最後に、お互い言葉を発することはなかった。試合開始の合図を静かに待つ。

 そしてその瞬間がやってきた。

 

「始め!」

 

 審判役の生徒がそう叫んだ途端、先輩は俺の道着に右腕を伸ばしてくる。

 しかし俺は体格差を活かし、先輩の右手を掴みながら反転して先輩の懐に潜り込む。

 今までの試合で俺はこんなことをしなかった。先輩の不意を突いた一撃。

 この体勢から繰り出す技はただ1つ。一本背負いを決める。

 先輩はその体格からかなり重い。が、持ち上げられない程でもない。

 力を込めて先輩を投げ飛ばす。

 

「……一本」

 

 そう弱々しく告げる審判の声が俺の耳に届く。

 周りを見てみれば、他の部員も皆呆然としていた。

 そんな中、俺は畳に寝たままの先輩に手を差し出す。

 

「戦っていただき、ありがとうございました。この賭け試合、なかなかハードでしたが楽しめました」

 

 俺の手を握り返し、先輩は立ち上がる。

 

「それは皮肉か? まったく、本当にこのルールの中で勝ち残ってみせるとはな」

 

 そう言って清々しい笑顔を向けてくる。他の部員たちも皆似たような表情をしてこちらを見ている。

 あれ? 俺今ものすごく青春というものをしている気がする。

 

「なぜ皆さんは俺に恨み言を言わないんでしょうか。ポイントをほぼ全て奪ってしまったというのに」

 

「このルールを決めたのは俺たちだ。そしてお前はそのルールの中で正々堂々と戦い、勝ち残った。そんなお前のことを皆が認めてくれたということだ。それに、皆ほとんどのポイントをお前に持っていかれたしな。他クラスとの差は開きも縮みもしないだろうから、安心しているのさ」

 

「へぇ……。これが青春というやつなんでしょうか」

 

 ふとこぼれるそんな言葉。

 

「ああ。この出来事は間違いなくお前の青春の1ページを飾ったはずだ」

 

 そうか、これが青春というやつか。憧れていたものを今、俺は体験しているのだ。

 

「これからも俺は、青春を謳歌することができるんでしょうか」

 

「それはお前次第だ、としか言えないな」

 

 それもそうか。これから青春を謳歌出来るかどうかは全て自分にかかっている。

 

「今日は本当にありがとうございました。今日という日を、俺は一生忘れることはないでしょう」

 

「大袈裟なやつだな」

 

 本堂先輩がそう言って笑うと、他の部員たちも同じように笑う。

 

「ところで東城。お前……柔道部に入るつもりは無いか?」

 

 突然そうスカウトされる。

 

「せっかくのお誘いありがたいんですが、今はどの部活にも入るつもりはありません」

 

「そうか、まあ気が向いたらいつでも来てくれ。歓迎する」

 

 そう言ってくれる先輩に感謝しつつも、帰る旨を伝える。

 

「またお前と勝負がしたい。今度はポイントを賭けずにな」

 

 帰る前に、そんなことを口々に言われた。

 このまま寮に行くのもいいが、最後に1つやることが出来た。

 俺はその場所へと足を向ける。

 今回の賭けで得たポイントは400万。1人あたり20万程貰っていることになる。

 こんなポイントを持っていることを誰かに知られることは出来れば避けたい。

 柔道部の人達には他言無用をお願いしたが、ふとした拍子に誰かに知られることがあるかもしれない。

 そんな訳でやって来たのは職員室。

 星之宮先生を廊下へと連れ出し、話を切り出す。職員室は人が多いからな。

 

「突然連れ出してすみません」

 

「全然いいよ〜。でも、わざわざ私を連れ出してまでする話ってなにかな?」

 

「1つ売って欲しい物があるんですが、毎月ポイントが振り込まれる口座とは別の口座を売ってもらうことは可能ですか?」

 

 その言葉を聞くや否や、雰囲気がふわふわしたものから一気に変わって鋭くなる。

 

「なんでそんなものを売ってもらえると思ったの?」

 

「自分で言ってたじゃないですか。『この学校ではポイントで買えない物はない』みたいなことを」

 

「じゃあ、なんでそんなものが欲しいのか、理由を教えてくれる?」

 

 本当のことを言うべきか、言わないべきか。

 いや、隠したところで相手は教師。ポイントの流れなんぞ調べようと思えばいくらでも調べられる。隠すだけ無駄だろう。

 俺は自分の携帯端末を先生に見せる。

 

「今日これだけのポイントを得ることが出来ました。俺はこのポイントをもしもの時の為の保険として隠しておきたいんです。もちろん、誰かに知られれば面倒なことになりそうだという理由もありますが」

 

 そのポイントの額を見て先生は目を見開く。

 

「このことは他言無用でお願いします。もちろん、Bクラスの生徒にもですが」

 

「……わかった。このことは誰にも言わないよ。口座を買いたいって言ったね。10万ポイント必要だよ」

 

 そう言われたので、大人しく10万ポイント支払う。

 

「ちょっと端末と学生証を借りてもいいかな。明日の朝には返すからさ」

 

 今すぐには無理なのだろう。了承し、帰宅しようとしたところで先生から声をかけられる。

 

「ちょっと待ってくれない? 君はこの学校の仕組みをどこまで知っているの?」

 

 ちょっととぼけてみるか。

 

「仕組みとはなんのことでしょうか」

 

「とぼけるつもりなんだね。まあいいや。今は詮索するのをやめてあげるよ」

 

 今はってことはいつかなにか詮索されるのだろうか。願わくばそんな日は来ないで欲しいものだ。

 

「もういいでしょうか」

 

「うん、いいよ〜。じゃあ、また明日ね」

 

 おお、さっきの鋭い雰囲気が霧散してふわふわしたものに戻った。

 女って凄いな。いや、星之宮先生が特別なのか?

 

「さようなら」

 

 そう一言だけ告げてから寮に向かう。

 ってあれ? 俺学生証持ってないからなにも買えなくないか?

 なんてこった。順番を間違えてしまった。

 無料の商品さえも学生証がなければ買えないかもしれない。

 柔道部の人達に頼ってもいいが、あの人たちのプライベートポイントは俺が奪ってしまった。どの面下げてそんなことを頼めるのだろうか。

 お前さっき俺たちからプライベートポイント奪って行ったじゃねえかと一蹴されて終わる未来が簡単に見える。

 一之瀬は友達だが、女の子に頼りたくはないし、何よりも友達だからといって何でもかんでも頼るのは違うだろう。

 というか俺、一之瀬の連絡先も知らないし。明日頑張って聞いてみよう。

 よって俺に取れる選択肢はただ1つ。

 コンビニやショッピングモールにも存在するであろう無料商品が学生証無しでも買えることを祈るのみ。

 先にショッピングモールを周り、次にコンビニに行く。

 結果から言えば、無料の商品を買うことが出来た。

 学生証が今手元にないことをレジの人に伝え、無料商品に限り特別にオーケーが出たのだ。

 もちろん次は絶対にダメだと釘を刺されてしまったが。

 生活する為に必要最低限の物は揃えることが出来たので、俺は今度こそ寮に向かった。今日は晩飯抜きだが、一食抜くくらいどうってことない。

 日はもう落ちている。俺は1階フロントの管理人から208と書かれたカードキーと、寮のルールが書かれたマニュアルを受け取る。

 マニュアルには生活の基礎的な事柄が描き連ねられていた。それを流し読みしながら、俺は自分の部屋へとたどり着いた。

 八畳程のワンルームだ。人1人生活するには十分だろう。

 俺は今、生活に必要最低限のものしか持っていない。なんの娯楽も無いので、パパッと風呂に入って寝ることにした。

 ベッドに入って、今日起きたことを思い返してみる。

 黒髪美少女から毒舌を浴びせられ、天真爛漫な女の子と人生初の友達になり、柔道部の皆と勝ち抜き戦を行った。

 なんて濃い1日なんだろうか。そして、なんて充実した生活だろうか。

 これが青春。俺が欲してやまなかったもの。

 これからの日々が楽しみで仕方がない。

 俺はそう思いながら、静かに眠りに着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。日も昇り始めていないような早朝に、俺は寮の外でストレッチをしていた。

 筋力や体力は使わなければ衰えてしまう。なので俺は走り込みをすることにしたのだ。

 この早朝の冷えた空気は気持ちいいなぁ。そう感じながらストレッチをしていると、不意に誰かの声が聞こえてきた。

 

「おや、私以外にこんな時間帯から外にいる人間がいようとはねえ。これは少し予想していなかった展開だ」

 

 それはこちらも同じ気持ちなんだがな。

 そう心の中で返して声のする方向へ振り返ると、まず目に飛び込んで来たのは足だった。

 ……事態が呑み込めない。それでも足が生えている方向──つまり下へと視線を向けると、ようやく事の全貌を理解することが出来た。

 要するにこんな朝っぱらから逆立ちでこちらに向かってくる生徒がいたのだ。

 なんだコイツ。

「……なんだコイツ……」

 

 俺の口から自然と言葉が漏れ出ていた……。

 




柔道の先輩と戦う場面、柔道のことをよく分かってないので完全な妄想です。現実とはかなり違っていると思いますが、大目に見てください。


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4話

キャラ崩壊しないように書いたつもりですが、キャラ崩壊が起きてるかもしれません。


 今俺の目の前にいる逆立ちをした男。

 いったい何者なんだ? こんな朝早くに外で逆立ちしてるとかどう考えても普通じゃない。

 それにしてもこいつは何年生なんだろうか? 場所は一年生の寮の傍だし、普通なら一年生だろうと判断できるが……。先ほどの口調がどうにも同じ一年生のものとは思えない。

 ……いや、俺はこいつと同じ顔を昨日どこかで見た気がする。どこで見たっけな……。

 ああ、思い出した。昨日校門の前に止まったバス。その中から出てきた人のうちの一人だ。

 この学校では敷地の外に出ることが禁止されている。あのバスの中にいたということは新しくこの学校に来た人間、つまり一年生で間違いないだろう。

 俺がそう結論付けていると、男は足を下ろし立ち上がりながら声をかけてきた。

 

「そこのホワイトヘアー君。初対面の相手に向かって、なんだこいつ、とはいささか失礼ではないかな?」

 

 どうやら俺の呟きが聞こえていたらしい。無意識にこぼれた言葉だったとはいえ、確かに初対面の相手に言う言葉じゃないな。

 しかし、相手が同級生だと分かってよかった。先輩である可能性が捨てきれなかった場合、同級生のことを先輩だと勘違いして敬語で話す間抜けな男、という悲しい構図が出来上がってしまうからな。

 

「悪い。理解の追い付かない状況に、思わず言葉がこぼれてしまったんだ」

 

 おお。同級生と話してるのにあんまり緊張していないぞ、俺。

 昨日いろんな人と接したから、人と話すのに慣れたのかもしれない。

 まあそのことは置いとくとして、これからどうするかを考えよう。

 Bクラスにこんなやつはいなかった。来月から始まるであろうクラス間の戦い。それが始まってしまったら他クラスの人間と深い仲になるのは難しいんじゃないだろうか。

 俺はBクラス以外の生徒とも友達になりたいと思っている。同じ人間なのに、クラス間で戦っているからという理由で仲良くなれないとかあほらしい。

 違うクラスに俺と気が合うやつがいるかもしれないしな。

 そう考えて俺はこいつに話しかけてみることにした。それにこいつは面白い。いきなり俺のことをホワイトヘアーと呼んできたこととか。

 とりあえず自己紹介をしてみようか。相手の名前くらいは知っておきたい。

 

「なあ、こんな時間にこんな場所で出会ったのも何かの縁だと、そう思わないか?」

 

「そういうセリフはレディに言われたいのだがね」

 

「それは悪かったな。とにかく、俺はこれも何かの縁だと思ってる。だから自己紹介のようなものをしたいんだが、どうだ?」

 

 これで向こうが自己紹介などどうでもいいと突っぱねてくれば、残念だがこの話は終わりだ。

 それでも名前くらいは聞き出したいが。

 

「ふむ……いいだろう。だが、貸し一つだ」

 

 なぜ俺が借りを作ることになっているのかはわからないが、受けてくれるようだ。

 

「じゃあ俺から……俺の名前は東城京司。Bクラスだ。これといった趣味はないが、運動は得意だ。ここにいるのも走り込みをするためだ。よろしく。」

 

「私の名前は高円寺六助。Dクラスさ。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。それから……」

 

 そこで言葉を切られた。気になったので、聞き返す。

 

「それから、なんだ?」

 

 それを聞いた高円寺はニヤリと笑い、こう続けた。

 

「私が不愉快と感じる行為を行った際には、容赦なく制裁を加えることになるだろう。その点には十分配慮したまえ」

 

 ……なんて傲岸不遜なやつなんだろうか。

 

「不愉快と感じる行為とは何か聞いてもいいか?」

 

「1つ例を挙げるとすれば、醜い行動などかな? 私は醜いものが嫌いだからねえ。そんなものを目にしたら、果たしてどうなってしまうのやら」

 

 どうせならどうなってしまうのかも教えてほしかったが、教えてくれなさそうなので聞くのはやめた。こういうのって言葉にしないほうが怖いしな。

 さて、自己紹介も終わったしこれからどうしようか。

 俺は高円寺の自己紹介を聞いて、友達になりたいと思った。理由は単純、面白いからだ。

 しかし、高円寺に『友達になってくれ』なんて言っても蹴られるのがオチだ。となるとやっぱり共通の時間を積み重ねていくしかないか。

 こういう曖昧なものはあまり好きではない。こちらが友達だと思っていても向こうはそう思ってない、なんてことが起きるからだ。だからこそ昨日一之瀬に『友達になってくれ』と頼んだ訳だし。

 だが今回は仕方ない。『共通のことをやってたらいつの間にか友達になってた作戦』で行くとしよう。

 といっても、今の俺にできることはほとんどない。できることといえば走り込みに誘うくらいなものか。

 とりあえず誘ってみるか。そう思ったところで、高円寺から声をかけられる。

 

「ところで、先ほど君は走り込みをするためにここにいると言っていたね。私も似たようなことをしていたんだ。どうだい? 私のトレーニングについてくる気はないかね?」

 

 まさか向こうから誘ってくるとは。これに乗らない手はない。

 

「ああ、俺も一緒にやらせてくれ」

 

「ふむ。では、まず逆立ちをしたまえ」

 

 ……は? なぜ逆立ち?

 

「なんで逆立ちをするのか、聞いてもいいか」

 

「逆立ちの状態で、寮の外周を歩く。それが私のトレーニングメニューだからだよ。まさかできないなどと言うつもりはないだろうねえ」

 

 そういえば高円寺は逆立ちで俺の前に現れたな。

 思ったよりもハードなメニューだったが、一度話を受けた以上やらない訳にはいかない。

 

「いいや、やって見せるさ」

 

 俺は逆立ちの状態になる。高円寺もそれに続いた。

 

「それでは行くとしようか。しっかりついてきたまえ」

 

 そう言って高円寺は歩き出した。俺も遅れないように歩き出す。

 しかし、この構図はちょっとしたホラーなんじゃないだろうか。

 早朝に男二人が逆立ちで寮の周りを闊歩している。俺なら絶対に遭遇したくない場面だ。

 その内の一人が俺というのが、なんとも悲しいが。

 それにしてもこいつ……なんで俺のことを誘ったんだ? 今も鼻歌を歌っていてこちらに見向きもしないが。

 そんな俺の考えを見透かしたように高円寺が声をかけてきた。

 

「ところで君はこの学校になにかおかしな点があるとは思わないかい?」

 

「おかしな点って?」

 

「わざわざ説明しなくてもわかっているだろう?」

 

 確かに大半の生徒はおかしなところがあると思っているだろう。10万支給されたことだったり、無料商品の存在だったり。あるいは監視カメラに気づいた生徒もいるかもしれない。

 

「まあ確かにおかしなところはあるな。でも、それがどうしたって言うんだ?」

 

「そのことについて君の意見が聞きたいのさ。安心してくれたまえ、答えられなかったとしても責めたりはしないさ。これは私の気まぐれなのだからねえ」

 

 どう答えようか。とぼけてもいいが、そうすればこいつは俺に興味を失うだろう。そうなれば二度と話してくれないかもしれない。できればそれは避けたい。

 となると、適当に興味を持つように返すしかないか。すべてを話さなくても興味くらいは引けるだろう。

 

「ちょっとした仮説ならあるぞ」

 

「ほう? ではそれを聞かせてもらうとしようか」

 

「ああ。昨日うちのクラスの先生が『ポイントは毎月一日に振り込まれる。君たちには10万ポイントが既に支給された』って言っててな。そっちのクラスは言われたかどうかわからんが」

 

「確かにこっちのティーチャーも同じようなことを言っていたねえ」

 

「普通なら毎月10万だと思ってしまう言い回しだが、一言も『毎月10万支給される』とは言ってないだろ? だから毎月支給されるポイントは変動するんじゃないか、というのが俺の仮説だ」

 

「ふむ、君の言う仮説は可能性が高そうだねえ。だが……」

 

 だが? この話になにかおかしな点があっただろうか。

 

「君、私になにか言ってないことがあるだろう? 隠したところで私の前では無駄さ、正直に話したまえ」

 

「なんのことだかさっぱりわからないんだが」

 

「あくまでもしらを切ろうというのだね。では、先ほどの貸しをここで返してもらおうじゃないか」

 

 かまをかけているのか? ……いや、違うか。こいつは絶対の自信を持って言っている。

 どうやら逃げることはできないらしい。それにしても……。

 

「なあ。なんで俺が隠してるってわかったんだ? 表情には出てなかったと思うんだが」

 

「確かに君のポーカーフェイスはなかなかのものだったが、私には通用しない。なに、気を落とすことはないさ。相手が私じゃなかったら、確実に騙されていただろうからねえ」

 

 別に根拠があったわけではないようだが、それであそこまで自信満々に言えるとは。

 

「そうか。隠していて悪かったな、次は隠さず話す。だが、口外するのはやめてくれよ? あまり人に言いふらすような話じゃないからな」

 

「すまないが、それを決めるのは君ではなく私だ。君の望むようにことが動くかは話を聞いた私の気分次第なのだよ」

 

 参ったな、これは。高円寺は自分の好きなように行動するようだ。それを縛ることは容易ではないだろう。口外しないと誓ってくれるのなら教えようと思っていたんだが。

 改めて、俺はどうするべきか考える。

 次もごまかしてみるか? 正直言って、もっとうまく嘘を吐ける自信はある。ある、が……それも高円寺に見破られるかもしれない。

 そうなれば、高円寺の言う『制裁』とやらが待っている可能性もある。『次は隠さず話す』と言われたのに嘘を吐かれたとわかれば、誰であろうと不愉快に感じるはずだ。

 ならば本当のことを話すか? これもあまり人に教えたいような内容ではない。

 この時点でのクラスポイントの採点基準はおそらく生活態度だろうと俺は考えている。これが合っていた場合、生徒の優劣でクラスが決まる学校の性質上、おそらく4月の終了時点でBはD相手にかなりの差をつけることになるはずだ。

 その差が俺の言葉一つで無くなることになるかもしれない。もちろん高円寺が言いふらせばだが。

 ……よし、決めた。学校のシステムについては話さない。

 俺が制裁を受けることと、クラスの未来。天秤にかければ後者を選ぶのは当然だろう。

 

「すまないがやっぱり話すことはできない。この話はこれからのことを大きく左右するかもしれないからだ」

 

「ふむ……まあいいだろう。今の君の言葉で大体のことはわかったからね。あとは自分で突き止めてみるさ」

 

 ああ。許してくれるのか、よかった。

 それにしても今の俺の言葉で大体わかったとか、化け物か? こいつ。

 

「それに、私の興味の対象はもうそこにはないのだよ」

 

「どういうことだ?」

 

「君、今寮を何周したか覚えているかい?」

 

「いや、話に夢中でそんなものを数えてはいなかったが」

 

「今は8週目さ。ここまでくると相当な距離になる。なのに君は苦しそうな顔一つせずに私についてきている。それに先ほどの話といい、私の興味は既に君に移っているのだよ」

 

 どうやら俺に興味を持ってくれたようだ。友達になれる可能性が出てきたな。

 

「なら、そろそろ俺のことを名前で呼んでくれないか? 君とかホワイトヘアーとかでしか呼ばれてないからさ」

 

「では、東城ボーイと呼ばせてもらうことにしようか。ところでさっきの学校についての話だが、ほかのBクラスの生徒たちは知っているのかな?」

 

 と、東城ボーイって……。まあ確かに名前を呼んでくれている訳だし、いいか……?

 

「いや、この話はBの皆にもしていないし、するつもりもない。危機的状況になれば気づけるように促すことくらいはするかもしれないが、答えを教えるつもりはないな」

 

「では私も黙っておいてあげよう」

 

「いいのか?」

 

「これも私の気まぐれさ。なに、約束は守る、安心してくれたまえ」

 

「ありがとな、高円寺」

 

 このやり取り、なんだか友達っぽいな。向こうはそう思ってなさそうだが。

 

「俺はこの辺で部屋に戻ることにする」

 

 そろそろ部屋に戻って学校へ行く用意をしなければならない時間だ。

 

「おや、もう行くのかね? まだ早いのではないかな?」

 

「ちょっと用事があるんだ。できれば早めに終わらせておきたい」

 

 そう。俺は学生証と端末を取りに行って、飯を食いたいのだ。普通に登校して返してもらったのでは、朝食を食べる時間がないからな。

 

「その用事とやらも気になるが、聞かないでおいてあげよう」

 

「悪いな、助かる」

 

 ここで別れるのももったいないな、ちょっと聞いてみるか。

 

「ところで、高円寺は明日もここにいるのか?」

 

「それはわからないねえ。すべては私の気分次第さ」

 

 明日もいるなら走り込みに誘ってみようと思ったが、そううまくは進まないようだ。

 

「そうか。今日はいろいろと楽しかった、ありがとな。それじゃあまた」

 

「シーユー、東城ボーイ」

 

 そう言って、俺は寮へと戻った。ちなみに高円寺はまだ続けるようだ。

 それにしても面白いやつだった。また寮の周りで見かけたら声をかけてみよう。

 そんなことを考えながらシャワーで汗を流し、手早く着替えて学校に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校についた俺は職員室へと足を運び、星之宮先生を呼び出した。

 

「昨日お願いしたもの、もうできてますか?」

 

「うん、できてるよ。でもずいぶんと来るのが早いね。なにかあったのかな?」

 

「実は昨日学生証を渡していたので何も食べてないんですよ。なので早めに返してもらって何か買いに行こうと思っているんです」

 

 なんともまあ間抜けな話だ。それを聞いた星之宮先生は苦笑いをしながら説明を始めた。

 

「じゃあ説明するね。新しく作った口座は簡単に言えば金庫のようなものかな。任意の額を振り込んで貯めておいたり、引き出したりして使うことができるよ。でも、毎月振り込まれるポイントや、買い物なんかは前の口座で行われるから、そこは注意してね」

 

 そう言って星之宮先生は学生証と2つの端末を渡してきた。

 

「こっちが新しい口座が入ってる端末だよ。とは言ってもポイントの移動と確認しかできないけどね。何か質問はあるかな?」

 

「いえ、特にはないですね。それではこれで失礼します」

 

「ちゃんと栄養あるもの食べてきなよ~」

 

 そんな先生からの気遣いの言葉を聞いてこの場から立ち去る。

 通常の端末で所持ポイントを確認してみると、0ポイントと表示されていた。続けて金庫の端末を確認してみると、400万ちょっとの額が表示されていた。

 通常の端末と金庫の端末って呼びづらいから、財布と金庫というふうに呼ぶことにしよう。

 俺は金庫から10万ポイントを引き出し、財布へと移動させる。とりあえずはこれでいいだろう。

 金庫にあるポイントは基本的には使わないことにしよう。これはいざという時の保険だからな。日々の生活は毎月振り込まれるポイントだけで十分だろう。

 それにしてもこの金庫、持ち歩いていると何かと不安なので一旦寮に戻り、しっかりと保管しておいた。余談だが、もう高円寺は寮の周りにはいなかった。

 俺は適当にコンビニでパンを見繕い、食べながら学校へと向かった。




パソコンを自作してたのでここ数日書けませんでした。
高円寺がうまくかけているか不安です。こいつのセリフや行動を考えるだけで時間が消し飛びました。
あと、お気に入り登録ありがとうございます。モチベが上がりました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。


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5話

キャラ崩壊してるかもしれません(N回目)


 学校二日目、授業初日ということもあって、授業の大半は勉強方針等の説明だけだった。

 先生たちは進学校とは思えないほど明るくフレンドリーで、多くの生徒が拍子抜けしていた。

 まあ、先生たちがどれだけフレンドリーであろうとも気を抜かない方がいいだろうが。

 時は変わって昼休み。顔見知りになったと思われる生徒たちが話をしながら、次々と教室から出ていく。

 俺も行動を起こさなければ。そう思い昨日話しかけようと思っていた生徒のもとへと向かった。

 幸い、と言っては悪いがその生徒は一人で教室から出ていこうとしていた。話しかけるチャンスだ。

 昨日の自己紹介で覚えた名前を呼び、声をかける。

 

「神崎、ちょっといいか」

 

「ん? ああ、構わないが。お前は確か東城だったか?」

 

 ファーストコンタクト成功だ。しかし名前を呼ばれるとは。昨日の自己紹介の時に覚えてくれたのだろうか。結構嬉しいな。

 

「ああ。東城京司だ、改めてよろしく」

 

「神崎隆二だ、こちらこそよろしく。ところで、俺に何か用か?」

 

「昼飯でも一緒にどうかと思ってな。もちろん無理にとは言わないが」

 

「いや、俺も今から食べに行こうと思ってたところだ。断る理由もないし、一緒に行かせてもらっていいか?」

 

「もちろんだ。誘ったのは俺だしな」

 

 無事に神崎を誘うことに成功し、二人で食堂に向かった。

 食事をしながら色々と話しをしていく。

 といっても、俺が無趣味なせいで俺からはあまり話を振れない。なので、神崎に振られた話に答えるという感じで会話は進行していた。

 その時に、この学校はどこかおかしいと思わないか? と聞かれたが、おかしい点はあるが結論は出せてないと濁しておいた。

 それにしても自分から食事に誘ったくせに話も振れないとは。情けないし、神崎に申し訳ない。とりあえず今日話に出てきたものに関しては学んでおこうと、そう思った。

 そんな神崎との食事を終え、教室に戻る道中。俺は話を切り出した。

 

「なあ神崎。こんなこといきなり言い出して悪いんだが、俺と友達になってくれないか?」

 

 話をしていて感じたが、神崎とは結構気が合うし色々と話しやすい。なので友達になりたいと思っていた。

 

「もちろんだ。俺も東城とは良い友人になれそうだと思っていたんだ」

 

 嬉しいことに、神崎も俺と似たようなことを考えていたようだ。

 

「そう言ってもらえると嬉しい。実は、断られるんじゃないかと思って結構不安だったんだ」

 

 そう言った直後、スピーカーから女性の声が流れてきた。

 

『本日、午後5時より、第一体育館の方にて、部活動の説明会を開催いたします。部活動に興味のある生徒は、第一体育館の方に集合してください。繰り返します、本日──』

 

 説明会か、どうするかな。

 今のところ部活をするつもりはないが、もしかしたら興味を引くものがあるかもしれない。

 放課後に予定もないし、行ってみるか。

 

「東城は説明会に行くのか?」

 

 部活動に興味があるのか、神崎がそう聞いてきた。

 

「部活に入るつもりはないが、一応見ておこうとは思ってる。神崎は興味あるのか?」

 

「いや、俺は部活動に興味はない。東城が部活に興味があるのか聞いてみただけだ」

 

「そうか」

 

 それを聞いて神崎を誘おうかと考えたが、やめておいた。本人が興味がないと言っている以上、無理に誘うのはよくないだろうと考えたからだ。

 そんなやりとりを終えた後、俺は一つ聞き忘れていたことを思い出した。

 

「そうだ神崎。よかったら連絡先を交換しないか?」

 

「そうだな、その方が何かと便利そうだ」

 

 携帯を取り出し、神崎と連絡先を交換する。

 俺の携帯に初めて人の連絡先が追加された瞬間だ。そのことに感動を覚えながら、俺は自席へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は変わって放課後。

 俺は体育館へと向かうべく席を立つ。と、そのタイミングで一之瀬から声をかけられた。

 

「東城くんはこれから部活動の説明会に行くのかな?」

 

「ああ、そのつもりだが」

 

「私も行こうと思ってたんだ。よかったら一緒に行かない?」

 

 どうやら誘ってくれているらしい。一人で行くつもりだったが、断る理由もない。

 

「そういうことなら、俺も一緒に行かせてくれ」

 

 そう返事を返し、二人で体育館に向かう。

 その道中、少し気になることがあったので一之瀬に話しかけた。

 

「一之瀬は部活に興味があるのか?」

 

「私の場合は部活動にそこまで興味があるわけじゃなくてね。生徒会に入りたいから見に行く感じかな」

 

 なるほど、生徒会か。しかし……。

 

「生徒会の紹介なんてあるのか?」

 

「それは星之宮先生に聞いたんだ。一番最後に生徒会の紹介があるんだって」

 

 なるほど。部活の紹介だけだと思っていたが、どうやら生徒会も同じことをするようだ。

 

「東城くんはなにか部活動をするのかな?」

 

「いや、今のところするつもりはない。けど、なにか面白そうなものがあるかもしれないからな。一応見ておこうと思ったんだ」

 

 そんなことを話している間に体育館についた。早く来たせいだろうか。体育館の中には予想していたよりも生徒はいない。 

 そのおかげで、俺たちは比較的前の場所を取ることができた。

 始まるまで結構時間があったので、一之瀬と連絡先を交換してもらった。驚くべきことに、もうクラスのチャットグループというものができていたらしく、俺もそれに入れてもらった。

 そんな折、一つの衝動が俺に襲いかかってくる。

 

「悪い、少し外す」

 

 俺はトイレに行く旨を短く伝え、その場所を後にした。

 トイレから戻ってくると、生徒の数が先ほどよりかなり増えていた。これはもう一之瀬のところに戻ることはできないかもしれない。そう思わせるほどの密度だった。

 結局元の場所に戻ることは諦めて、後ろの方で説明会が始まるのを待つ。このことは一之瀬にもチャットで伝えておいた。初めて使ったがすごい便利だな、これ。

 そんなわけで始まるまでやることもない。ボーっと突っ立っていた俺の耳に、とても聞き覚えのある声が届いた。

 この声は昨日の二人組か……? いやいやまさか。男の方はあんなにボロボロに言われてたんだ。一緒に行動してるとかありえないだろう。

 そう思って声のする方向──つまりは隣に視線を向けると、俺の予想を裏切るように昨日校門前で見た男女二人がいた。しかも昨日と同じような話をしている。

 なぜそんな二人が今も一緒にいるのかは気になるが、俺も同じ轍を踏みたくはない。昨日は二人のことを見ていたから俺にも矛先が向いたのだ。

 男子の方とは話をして見たかったが、今日は知らぬ存ぜぬで通すとしよう。

 

「一年生の皆さんお待たせしました。これより部活代表による入部説明会を始めます。私はこの説明会の司会を務めます、生徒会書記の橘と言います。よろしくお願いします」

 

 どうやら始まるみたいだ。体育館の舞台上に、ズラッと部の代表者が並ぶ。本堂先輩の姿もそこにあった。

 しかし、二人の話を聞くつもりはなかったが、場所的に嫌でも聞こえてしまう。そのため、隣の会話が気になって、部活の紹介が全く耳に入って来ない。

 なんでそんなに生々しい話をこの場でするんだよ。周りの奴らのやる気が削がれちゃうだろ。

 心の中でそうツッコミを入れていると、不意に二人の会話が途切れた。さっきまであんなに楽しそう? に話していただけに、なにかあったのかと気になってしまう。

 結局俺は好奇心に負け、隣を見てみる。その瞬間、男子生徒と目が合った。

 ……なんか気まずいな。そもそもなんでこっちを見てるんだろう。

 そんな俺の考えが伝わったのか、男子生徒が口を開いた。

 

「あー、えーと、昨日校門の前にいたやつだよな? さっきもこっちを見ていたみたいだし、ちょっと気になって声をかけようとしていたんだ」

 

 まさか向こうもこっちに気づいていたとは。

 先ほどの二人の会話の内容から考えると、クラスで友達ができなかったから俺に声をかけようとしたとか、そんなとこだろうか。

 

「ああ。俺は確かに昨日校門の前にいた。だからこそ、昨日あれだけ険悪そうだったのになぜ今も一緒にいるのか気になってな。名前は、綾小路と堀北だったか」

 

「話、聞いてたんだな」

 

「悪い。聞くつもりはなかったんだが……どうしても聞こえてしまってな」

 

 これに関しては本当に申し訳なく思う。昨日人の会話を聞くなと堀北に言われたばかりだし。

 

「いや、気にしないでくれ。ただ、名前を教えてもらってもいいか?」

 

 確かに、自分の名前は知られているのに、相手の名前は知らないというのは気持ちのいいものではないだろう。

 

「俺の名前は東城京司、Bクラスだ。趣味なんかは特にないが、仲良くしてくれると嬉しい。よろしく」

 

「じゃあオレも改めて。オレの名前は綾小路清隆、Dクラスだ。オレも趣味は特にないが、何にでも興味はある。そして事なかれ主義だ。それから友達も募集中だ。よろしくな」

 

 友達募集中か。これは好都合だ、ここで切り出してみるとしよう。

 

「友達募集中なら、俺と友達になってくれないか?」

 

「それはもちろん大歓迎だが……ずいぶんと唐突だな」

 

「昨日の話とさっきの話を聞いて、お前とは気が合いそうだと思ったんだ。それに、俺も友達を募集中なんだ」

 

「ということは、お前も事なかれ主義なのか?」

 

 そう聞かれて考えてみる。俺は事なかれ主義なんだろうか? ……考えてみたがよくわからない。

 

「事なかれ主義かどうかはわからないな。ただ、青春を謳歌した高校生活を友達と送ってみたいとは思ってる」

 

「そうか。よければもう一つ教えてくれ。友達を作るときって、お前みたいに相手に切り出すのが普通なのか? オレはなんというかこう、自然と友達になっていくものだと思ってたんだが」

 

「すまないが、これが普通なのかどうかはわからない。でも、友達の線引きって人によって違うだろ? こっちが友達だと思っていても相手はそう思ってない、なんてことになるのが嫌なんだ。だから俺は、極力相手に直接言うようにしようと思ったんだ」

 

 俺のこの考え方は綾小路の参考にはならないかもしれないな。それどころか、もしかしたら変人だと思われているかもしれない。

 ところが、俺のこの予想は綾小路の次の一言でひっくり返ることになる。

 

「なるほど、そういう考え方もあるのか。オレには今まで友達がいなかったから参考になった。教えてくれてありがとな」

 

 どうやら綾小路も俺と同じように友達がいなかったらしい。こう言っては悪いが、その点でも気が合いそうだった。

 

「参考になったんならよかった。じゃあまあ、これからよろしく、綾小路」

 

「こちらこそよろしくな、東城」

 

 俺たちは連絡先を交換し、舞台に視線を戻した。

 綾小路と長く話をしていたのか、舞台の上にはもう数人しか残っていなかった。

 そこから一人二人と去っていき、いよいよ最後の一人となった。

 あの人物が生徒会の紹介をするんだろう。いったいどんな紹介をするんだろうか。

 そう思って見ていたが、その人物は一向に言葉を発さない。ほかの生徒も不思議に思ったのか、ヤジを飛ばす奴まで現れていた。

 

「頑張ってくださ~い」

 

「カンペ、持ってないんですか~?」

 

 そんな言葉が投げかけられても、舞台上の人物が声を発することはない。ただ静かに、ジッと一年生たちを見下ろしていた。

 それからしばらくすると、ざわめきに包まれていた体育館の空気が、徐々に変わっていった。話してはいけないと思わせるほどの、静かで張り詰めた空気に。

 もはや何人にも口を開くことはできない。そんな静寂が、30秒ほど続いた頃だろうか。ゆっくりと全体を見渡しながら舞台上の人物が演説を始めた。

 

「私は、生徒会長を務めている、堀北学と言います。生徒会もまた、上級生の卒業に伴い、一年生から立候補者を募ることとなっています。特別立候補に資格は必要ありませんが、もしも生徒会への立候補を考えている者が居るのなら、部活への所属は避けて頂くようお願いします。生徒会と部活の掛け持ちは、原則受け付けていません」

 

 口調こそ柔らかいものだったが、肌を突き刺すような空気だ。この人が生徒会長だと言うのなら、一之瀬は結構苦労するかもしれないな。

 

「それから──私たち生徒会は、甘い考えによる立候補を望まない。そのような人間は当選することはおろか、学校に汚点を残すことになるだろう。我が校の生徒会には、規律を変えるだけの権利と使命が、学校側に認められ、期待されている。そのことを理解できる者のみ、歓迎しよう」

 

 淀みなく演説すると、真っ直ぐに舞台を降り体育館を出ていった。

 周りの生徒たちは皆一言も発さない。というより、発せないようだった。もちろん俺も例外ではないが。

 

「皆さまお疲れ様でした。説明会は以上となります。これより入部の受付を開始いたします。また、入部の受付は4月いっぱいまで行っていますので、後日を希望される生徒は、申込用紙を直接希望する部にまで持参してください」

 

 のんびりとした司会者の声で、張り詰めていた空気から解放された。

 

「じゃあ、綾小路。人を待たせてるから俺はこれで。今日はありがとな」

 

「ああ、またな」

 

 綾小路と別れの挨拶を済ませて、一之瀬のもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 一之瀬と合流した俺は、先ほどのことについて話を始めた。

 

「さっきの生徒会長すごかったな。なんというか、場を支配する空気というか」

 

「そうだね。やっぱり生徒会長は伊達じゃないってことかな」

 

「それにしても厳しそうな人だった。なあ一之瀬。本当に生徒会に入るつもりなのか?」

 

 俺ならあんな厳しそうな人の下で働きたくないと思ってしまうが。

 

「うん。そのつもりだよ。生徒会には絶対に入りたいかな」

 

 そう言う一之瀬の言葉には確固たる意志を感じた。ならこれ以上口出しするのは野暮ってものだろう。

 

「東城くんはなにか面白そうな部活を見つけられた?」

 

 そういえば綾小路と話していて紹介のほとんどを聞いていなかったな。まあいいか、元々部活をするつもりなんてなかったわけだし。

 

「いや、残念ながらそんな部活は見つからなかった。だから部活以外で学校生活を楽しむことにする」

 

 そんな感じの会話をしながら、俺たちは寮へと戻っていった。




 話全然進んでなくてすみません。今回は神崎と綾小路の登場回にしました。本当なら柴田に主人公を部活説明会に誘わせようと思ってたんですが、一之瀬が出てこなくなるのでやめました。
 主人公が壊れた機械のように友達になってくれと言っていますが、それは作者のせいです。というのも、作者にはほとんど友達がおらず、友達の作り方というものをよくわかってないんです。許してください。
 あと、話の大筋は決めてるんですが、こういう細かいところは考えてなかったので、執筆がかなり遅れました。前回の高円寺なんかは最初から考えていたのですんなり書けたんですけどね……。
 ここまで読んでいただきありがとうございました。


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6話

 入学式から2週間ほど経過した頃、Bクラスでは授業中に私語をする生徒が徐々に増え始めていた。遅刻や居眠りをする生徒は今はいないが、それも時間の問題かもしれない。

 なにせ私語をしても教師からは何も咎められないのだ。そんな教師たちに慣れれば気が緩んでしまうのも当然だろう。

 最近は一之瀬が皆に私語を控えるよう呼びかけてはいるが、それでも増えてきているのが現状だ。

 これは結構まずい状況かもしれない。俺は授業態度がクラスポイントに反映されると考えている。               

 それに当てはめると、この授業態度は間違いなく減点として反映されるだろう。

 そしてもう一つ問題がある。それは、授業態度がどれほどクラスポイントに反映されるかわからないというところにある。

 仮に1回の私語が10ポイントマイナスという決まりなら、1日に10回私語をしただけで100ポイントも失ってしまうことになる。そしてクラスポイントの初期値は1000。10日も繰り返せばすべてのポイントを失い、来月から極貧生活が待っているだろう。

 もちろんこれが俺の行き過ぎた妄想であるならそれに越したことはない。しかし、最悪の事態を想定しておいて損はない。

 俺は隣の席にいる一之瀬に水を向けてみることにした。

 

「一之瀬。いきなりで悪いが、この学校にはおかしいところがいくつかあると思わないか?」

 

「それって毎月10万ポイント支給されることとか無料商品のこと? あ、あとは先生が授業中の私語についてなにも言わないこともかな?」

 

 やはりそのことについては疑問を持っているようだ。

 

「もちろんそれもあるが、それだけじゃない。あそこを見てくれ」

 

 俺は教室に設置されている監視カメラを指さす。

 

「あれは……監視カメラ?」

 

「そうだ。校舎内の至る所に設置されてる。まあ校舎以外の所にも設置されてるが」

 

「なんで監視カメラが教室にあるんだろう……?」

 

「それは俺にもわからない。ショッピングモールとかなら万引きの防止で納得できるんだけどな」

 

「そうだね……。それがこの学校のおかしいところって東城くんは考えてるんだ」

 

「ああ。でも、俺は疑問を感じるだけで結論は出せてないんだ。けど一之瀬ならなにか思いつくんじゃないかと思ってな」

 

 それを聞いた一之瀬はしばらく考えているようだった。しかし……。

 

「……ごめんね、私も考えてみたんだけどよくわかんないや」

 

 申し訳なさそうにそう言う一之瀬。

 

「いや、気にしないでくれ。俺もわからなかったしな。けど、わからないままこの疑問を放置するのもあまりよくない気がするんだよな」

 

「私もそう思う。でも、どうしたらいいんだろう。考えたってわからないし……」

 

 そう言って悩む一之瀬。しかしこの場合は一之瀬に合った方法がある。

 

「皆に相談してみるっていうのはどうだ? 俺たち2人じゃわかんなくても、クラスの皆に相談すればなにかわかるかもしれない。なにせクラスには40人もいるんだからな」

 

 一之瀬は既にクラスの中心人物となっている。そして皆をまとめ上げる力がある。それを活かすこのやり方が最も一之瀬には合っていると俺は思う。

 

「そうだね。今日の放課後、皆にも聞いてみるよ」

 

 そう快く了承してくれた。

 

 

 

 

 時は変わって放課後。

 教卓の前には一之瀬が立っていた。

 

「皆、帰る前にちょっとだけ時間をもらえないかな?」

 

 その一言に教室を出ようとしていた生徒も席に着いた。もちろん異議を唱える生徒はいない。これだけで一之瀬がどれだけ信頼されているのかがわかるというものだ。

 

「ありがとう。皆を呼び止めたのは、この学校についてどう思ってるか聞きたかったからなんだ」

 

 その問いかけに対してほとんどの生徒は、この楽園のような生活に満足しているというようなことを返していた。

 しかし一部の生徒はそれを聞いて表情を曇らせていた。おそらくだが、改めて話が出来すぎていると思ったんだろう。

 そんな中、神崎が声を上げる。

 

「俺は少し話が出来すぎていると思ってる。そもそも、社会人は働いて給料を得ているのに、俺たちは何もしなくても毎月10万も支給される。そんなのおかしいと思わないか?」

 

 その言葉に、楽観していた生徒も真剣に考え始める。

 今の神崎の発言はかなり核心を突いていた。これを足掛かりに気づくやつも出てくるだろう。

 

「ていうかさ、そもそも先生は毎月10万支給されるなんて言ってたっけ……?」

 

 しばらくたって、一人の生徒がそう言った。

 このことに誰も気づけないようなら俺が言おうと思っていたが、その必要はもうなくなった。

 一之瀬や神崎もその言葉を聞いて気づいたようだ。

 

「確かに先生は毎月ポイントが振り込まれるとは言ってたけど、その額が10万ポイントだなんて一言も言ってなかったね……」

 

 そう漏らす一之瀬。それを聞いてクラスの面々は一様に不安げな顔を見せる。

 

「じゃあ一体どれだけのポイントが俺たちに支給されるんだ?」

 

「来月は1000ポイントくらいしかもらえないのか?」

 

「学校は私たちがどれだけ節約して過ごせるか見てるとか?」

 

 そんな不安を漏らす言葉や憶測が飛び交う。そんな状況を収束させたのは一之瀬だった。

 2回ほど手をたたき、視線を集める。

 

「皆一旦落ち着いて。まずは支給されるポイントのことだけど、そんなに一気に額が落ちることはないと思うな。多分だけど、最初に配られた10万ポイントが基準になってて、そこから増減するんだと思う」

 

「じゃあその増減を決める要素はなんなんだ?」

 

 その質問に考え込む一之瀬。答えが出せそうにないなら助け舟を出そうと思ったが、その心配は杞憂に終わった。

 一度監視カメラの方に視線をやり、納得したのか口を開いた。

 

「それは私たちの授業態度じゃないかな。ほら、先生たちは私たちが私語をしても何も言わないでしょ? なんでなのか気になってたんだけど、私たちが気を抜かずにどれだけ当たり前のことをこなすことができるか、それを見てたんじゃないかな。そう考えれば、監視カメラのことも納得できるからね」

 

 そう言われて、ほとんどの生徒が教室を見回していた。まあそれも当然か。監視カメラの存在なんて気づいてるやつの方が珍しい。

 

「なるほどな。俺たちは今後授業態度を改めないといけないわけか」

 

 神崎がそう呟く。その言葉をを一之瀬が拾い、同意する。

 

「そうだね。居眠りや遅刻はもちろんだけど、私語もやめるべきだと思うな。来月のポイントに影響する可能性が高いってことがわかったからね」

 

 この言葉に反論する生徒はいない。

 しかし、私語をしていた生徒たちの顔は若干曇っていた。まあ、来月のポイントがどれだけ減るのか不安に思っているんだろうな。

 そう思っている間に、一之瀬は締めの言葉を口にする。

 

「皆のおかげでこの仮説を立てることができたよ。私だけだったらここまでたどり着けなかったからね。皆本当にありがとう」

 

 深々と頭を下げる一之瀬の姿に、皆口々に気にしなくてもいいと言いながら教室から出ていった。

 その際に、「あいつは知らないだろうから教えてやろう」みたいなことを何人かが口にしていた。

 おそらくは他クラスの友人にでも教えるつもりなんだろうが、俺はそれを止めなかった。

 皆は、個人個人でそれぞれ評価されポイントを支給されると考えているだろうが、それは違う。実際はクラスごとに査定される。

 他クラスの生徒一人が頑張ったところで、周りがそれに気づいてないのなら無駄なのだ。

 もし仮にBクラスでいう一之瀬のような人物に伝わったとしても、まあ大丈夫だろう。

 Dは平田や櫛田といった信頼を寄せられている人物がいるが、それ以上に問題児も多い。たとえ平田や櫛田に言われたとしても、素直に言うことを聞くのは少数だろう。授業中にかなり話をしている生徒がいると綾小路からも聞いているしな。

 Cには龍園翔という独裁者のような振る舞いをしている生徒がいる。入学からわずか2週間でCクラスの頂点に君臨しているようだが、まだクラスを掌握しきれていないようなので、伝わったとしても問題ないだろう。

 Aクラスは……このことを教えるまでもないだろう。おそらくはもう真実に気づいている。葛城か坂柳か、どっちが気づいたのかはわからないが、そうでなければ派閥争いなんて起きてはいないはずだ。

 俺はこの2週間、他クラスの情報収集に努めていた。理由は単純にこれから戦うことになる相手の実力を知っておくためだったが……その情報のおかげで無駄なことをしなくて済んだ。

 それはそれとして、今回の話し合い、欲を言えばポイントがどれほど万能であるかにも気づいて欲しかったが……まあいいか。知る機会はこれからいくらでもあるだろう。

 そんなことを考えながら、俺は教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの話し合いから1週間が経過した。あれから授業中に私語をする生徒はいなくなり、今日も皆真面目に授業に取り組んでいる。

 いつものように2時間目が終わり、3時間目が始まる。と、なぜか星之宮先生が教室に入ってきた。

 おかしいな、3時間目は数学のはずなんだが。皆も同じように怪訝そうな表情をしている。

 それを見透かしたかのように星之宮先生は口を開いた。

 

「今日は数学の時間を変更して小テストをやってもらいま~す。って言っても緊張する必要はないよ。今回のテストは今後の参考にするだけで、成績表には反映されないからね~」

 

 その言葉に、皆一気に表情を険しくする。

 それもそのはず。『成績表には反映されない』ということは、『成績表以外に反映される』と言っているようなものだ。そしてそれが何を指しているのか、皆はもう見当がついているだろう。おそらくはポイントだ。

 小テストが配られ、問題に目を通す。一科目4問、全20問で、各5点配当の100点満点。

 しかし、ポイントに反映されるかもしれないテストにしては、問題があまりにも簡単すぎる。

 そう思いながら目を通していくと、最後の3問だけは桁違いに難易度が高かった。これは高校1年で解けるような問題じゃないように見える。どう考えても普通に解かせるようには作られていない。

 ならこの問題が意味することはいったいなんだ……? ただ難しい問題を出すだけなんてこの学校がするとは思えない。なにか意図があるはずだが……。

 ……ダメだ。これはいくら考えても答えが出そうにない。大人しくテストに取り組もう。

 俺は自分に解ける問題を一通り解き終え、授業終了を告げるチャイムを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日は5月1日。先輩の話通りなら学校のルールが明かされる日だ。

 まあそれは置いておくとして、俺は少し一之瀬に話しておきたいことがあった。

 時は放課後。一之瀬に先約があるのなら遠慮しようと思ったが、誰かと一緒に帰るわけではないようだ。

 

「一之瀬、少し相談があるんだが、これから空いてるか?」

 

「うん、大丈夫だよ。それで、どういう話なのか教えてもらってもいい?」

 

「もちろんだ。けど、あまり人に聞かれたい話じゃないんだ。場所を変えてもいいか?」

 

「わかった。じゃあどこに行く?」

 

 しまった。どこに行くかまでは考えていなかった。まあ別に誰にも聞かれなければどこでもいいか。

 

「俺の部屋でいいか? もちろん一之瀬が嫌なら違う場所にするが」

 

「嫌なんて思ってないよ。それじゃあ行こうか」

 

 そう言って一之瀬は歩き出す。俺も遅れないように隣に並んだ。

 それからしばらく雑談しながら歩いていると、不意に一之瀬がこんなことを言ってきた。

 

「そういえばあの話し合いの日、監視カメラのことを教えてくれてありがとね。あの時教えてもらってなかったら、きっと評価基準を予想することはできなかったと思う」

 

「ただの偶然だ、気にしないでくれ。それに監視カメラのことがわからなくても、先生たちの態度から最終的には予想できたと思うぞ」

 

 そう話している間に部屋に着いた。思えば、自分の部屋に誰かを招き入れたことなんてなかったな。そう考えると少し緊張してしまう。

 部屋に入り俺はキッチンへと向かった。一之瀬は俺の部屋を眺めている。

 

「殺風景な部屋で悪いな。今コーヒーを出すから少し待っていてくれ」

 

 俺の部屋には本棚くらいしかない。それ以外は入学当初のままだ。

 

「東城くんってかなり本が好きなんだね。学校でもよく本を読んでたから本が好きだとは思ってたけど、まさか本棚に収まりきらないくらいに本があるなんて……」

 

 確かに俺は今月のポイントをかなり使って本を購入していた。もちろん来月に極貧生活が待っているとしても生活できるくらいには残しているが。

 しかしそこまで感心されるようなことでもないと思うが……。

 

「本は結構好きだ。違う世界に入り込んだみたいで面白いからな」

 

 話している間にコーヒーができたので、テーブルへと持っていく。俺たちは向かい合うような形で席に座った。

 

「それじゃあ、そろそろ本題に入る……といっても、相談っていうのは俺の悩みを聞いてほしいってことなんだが……聞いてもらえるか?」

 

 これは最初に言っておくべきだったかもしれない。ここまで来てこんな話だったなんて拍子抜けしたんじゃないだろうか。

 

「もちろんだよ。それで東城くんの悩みが解決するなら、いくらでも話を聞くよ」

 

「ありがとう、一之瀬」

 

 俺は一つ息を吸って、これから話すことへの覚悟を決める。

 

「悩みっていうのは、俺が中学の頃に犯した罪の話だ」

 

 そして俺は語り始める。自らが犯した罪について──

 

 

 

 俺は中学2年まで、友達が作れなくていつも一人だった。けど、3年に上がった春、教室で一人だった俺に話しかけてくれたやつがいた。名前はA。

 Aは俺と同じでクラスで孤立していた。似たような境遇だったこともあってか俺たちはすぐに打ち解け、仲良くなった。Aと過ごす日々はこれまで過ごしてきたどんな時間よりも楽しかった。

 でも……楽しい時間はいつまでもは続かなかった。

 Aと出会ってから半年が過ぎたある日、俺はいつものように登校してきたAに話しかけに行った。しかしその日のAはいつもより少し元気がないような、そんな様子だった。それを見て俺は若干違和感を感じたものの、受験が近づいてきているし勉強のし過ぎで寝不足なんだろうと思い込んでいた。その時には既に事態は始まっていたとも知らずに……。

 最初は楽観していた俺も、次第にAの様子がおかしくなっていくのを見て、根を詰めすぎなんじゃないかと何回か聞いてみた。けど、帰ってくる言葉はいつも大丈夫の一言だけだった。

 その様子にさすがに何かあると思った俺は、下校するAのことを尾行してみることにした。

 

 するとAは家への道を外れて、人気のない路地へと入っていった。こんなところに何の用があるんだろうかと不思議に思いながらも俺はばれないようについていった。いくつもの曲がり角を曲がって、ようやくAは足を止める。見たところ周りには何もない。が、Aの前には3人の男がいた。

 その顔には見覚えがあった。クラスカーストトップの連中だ。そんなやつらがこんなところで何を……そう思っていると、いきなりそのうちの一人がAを殴り始めた。あとの二人もそれに続いてAのことをリンチにする。

 突然の事態に固まっていた俺もようやく現状を把握し、リンチを止めるべく物陰から飛び出した。

 

「やめろ、その手を放せ!」

 

 そう叫んでAから3人を無理やり引きはがす。

 

「東城、お前……ついてきてたのか」

 

 息も絶え絶えにそう言ってくるA.。ご丁寧に服で隠れる部分を狙って殴られたらしく、目立った外傷は見られなかった。

 Aは今まで何度もこういうことをされたんだろう。日に日に元気がなくなっていったのはこれが原因だったようだ。

 しかしこれは非常にまずい状況だ。3人は俺たちを既に取り囲んでいる。どうやら俺もリンチにするつもりらしい。

 

「東城くんはいじめるつもりなかったんだけど、見ちゃったなら仕方ないよねえ~」

 

 ニヤニヤと笑いながら一人がそう言ってくる。しかし俺もタダでやられるつもりはない。Aを守るためにも最後まで足掻こうと決め、3人に立ち向かった。

 結果から言えば、俺は3人相手に勝った。火事場の馬鹿力とでも言うんだろうか。普通なら勝てないところを、何とかギリギリで勝利した。

 いや、これから起きることを考えれば大人しく負けておけばよかったのかもしれない。

 次の日、ボロボロの体に鞭を打って学校に行くと、至る所から俺の陰口が聞こえてきた。

 その瞬間、俺は理解した。奴らは昨日、立てなくなるほどに俺がボコボコにした。そんな奴らが学校に行けば、必ず誰にやられたのか聞かれるだろう。

 その時奴らは、事実を曲げたのだ。『東城から一方的に殴り掛かられ、何とか応戦はしたが、勝てなかった』と。

 しかし俺はそれを否定できない。正当防衛だったとはいえ、ボコボコにしたのは紛れもない事実。おまけに、奴らはクラスの人気者で、俺は日陰者だ。俺がどんなに正当防衛を主張したところで、誰も俺の言うことには耳を貸さないだろう。

 その日から、俺はただ静かに一日が過ぎるのを待った。いつも喋っているAとも、一言も話さなかった。Aにも被害が行くのが怖かったからだ。

 しかし、今まで俺と仲良くしていたからか、Aも次第に陰口の標的になっていった。何とかやめさせようとしたが、全く意味がなかった。

 それどころか、どんどん陰口はエスカレートしていき、遂にはクラスのほとんどの人間からいじめられるまでになってしまった。

 Aはそれに耐えきれなかった。学校に来なくなり、ある日転校してしまった。

 俺があの日やり返したせいで、Aはいじめられ、学校を去ってしまった。俺の唯一の友達が、俺のせいで……。

 そう考え始めたら、何もかもがどうでもよくなった。学校で浴びせられる罵詈雑言も、呼び出されて行われるリンチにも、何も感じなくなった。

 そんな学校生活に意味を見出せなくて、いつしか俺は──学校に行くのをやめた。

 けど、いつまでもそんな状態のままではいられない。

 受験シーズンになり、Aがこの学校へ行きたいと言っていたのを思い出し、また会えるかもしれないと一縷の望みをかけてこの学校を受けた。

 しかし、俺のそんな思いは届かず、Aはこの学校に来てはいなかった。

 

 

 

「──ということがあったわけだ。俺がいつもプールの授業を休んでいたのも、その時の傷を見られたくなかったからだ」

 

「悩みを聞いてほしいなんて言ったが、慰めてほしいわけじゃない。本当は、ただこのことを聞いてもらいたかったんだ」

 

 唇の端を噛み締めながら俺はすべてを語り終えた。

 

「東城くんにそんな過去があったなんてね……。でも、どうしてその話を私に?」

 

 そりゃそうだ。誰だってこんなことを率先して話したりはしない。疑問を持つのは当然だ。

 

「一之瀬になら話してもいいと思ったからかな。それに、誰かにこのことを吐き出したかったんだ。自分一人で抱え込むより、人に聞いてもらったほうが楽になるからな」

 

「誰かに吐き出す……」

 

 そう小さく呟く一之瀬。

 

「いきなりで悪いが……もしかして一之瀬も過去に何かあったのか?」

 

「本当にいきなりだね。なんでそう思ったのか、聞いてもいいかな?」

 

「今の一之瀬の表情だ。俺が悩んでいるときと同じ表情をしているからな」

 

「驚いたな。私ってそんなにわかりやすい?」

 

 苦笑い気味にそう言ってくる。

 

「いや、そんなに表情に出てたわけじゃないぞ。ただ、俺はそういうのを見抜くのが得意なんだ」

 

 実際、表情に変化なんてほとんどなかった。わかるやつは少ないだろう。

 

「もしも一之瀬がその悩みを一人で抱え込んでいるのなら、聞かせてくれないか? さっきも言ったが、悩みは人に吐き出すことで楽になる。実際俺もさっき聞いてもらって楽になったしな」

 

 その言葉を聞いて一之瀬は黙り込んでしまった。俺に話すか葛藤しているのだろう。

 俺は静かに一之瀬の言葉を待った。

 しばらくして、一之瀬は口を開いた。

 

「……わかった、話すよ。私もね、罪を犯してしまったんだ」

 

 静かに一之瀬は語りだした。

 

「私は母子家庭で、お母さんと2つ下の妹との3人暮らし。裕福な方じゃなかったけど、不幸だと思ったことは一度もなかった。2人の子供を育てながら働くお母さんは、いつも大変そうだった。だから私は小学生の時、いずれ中学を卒業したら働きに出ようと思ってたの。高校に行くのにもたくさんのお金がかかるから。就職してお母さんを助けて、2つ下の妹をバックアップしようと考えてたから。でも、お母さんはそれに反対した。姉として妹の幸せを心から願うように、母として、娘2人には同じくらい幸せになってもらいたかったんだと思う」

 

 この話だけで一之瀬がどれだけ立派かわかるというものだ。小学生の時点でその道を本気で考えていたというのだから。

 そんな一之瀬が罪を犯すなんて考えられないが……。

 

「お金がなくても、一生懸命勉強すれば特待生制度を利用できることを知った。必死に勉強して、学校でも1番だって言われるまでに自分を成長させることが出来た。でも……そんな私が迎えた中学3年生の夏……お母さんは無理をして倒れてしまった」

 

 子供2人を女手一つで育てるのがどれだけ大変か、想像するのはそう難しくない。体への負担はかなりのものだろう。

 

「妹の誕生日が近かったの。妹はこれまで、何一つお母さんにも、私にもプレゼントなんておねだりしてきたことはなかった。妹はまだ中学一年生。もっと甘えてもいいはずなのに、ずっと我慢し続けて来てた。欲しい洋服も買わず、友達との遊びや買い物にもついて行かないで、耐えて耐えて、耐えてきた。そんな妹に……初めて欲しいものが出来た。それは去年流行したヘアクリップ。妹の大好きな芸能人が身に着けてた物だった。きっとそのヘアクリップを買ってあげるために、お母さんは無理してシフトを入れてたんだと思う」

 

  それがトリガーになって、倒れてしまったというわけか。

 

「今でも覚えてる。病室のベッドでなきながら謝るお母さんに、ありったけの罵声を浴びせていた妹の顔を。泣きながら、楽しみにしていたヘアクリップのことを叫んでいた妹の顔を。そんな妹を私は責められなかった。たった一度だけ願ったプレゼント……」

 

 涙を流し始めながら一之瀬は語り続ける。

 

「姉として……何とかして妹の笑顔を取り戻さなきゃいけない。そう思った。だから私は、誕生日当日の放課後、デパートに足を運んだ。あの時の私の感情は、きっと闇だったと思う。いいじゃない……たった一度、妹のために悪さをすることくらい大したことじゃない。世の中、悪いことをする人なんていっぱいいるんだから。そんな感情を持ってた。これまで我慢し続けてきた私たちが、責められる必要なんてない。これは許される行為なんだ。そんな身勝手、我がままな解釈。普通に買えば1万円以上はする。私は妹の欲しがったそのヘアクリップを……盗んだ」

 

 万引き。それが一之瀬の犯した罪。

 

「私はそのヘアクリップを持ってデパートを出た。初めての万引き、初めての犯罪。それは誰にも見つからなかった。それから、すぐに家に返った私は塞ぎこむ妹にヘアクリップをプレゼントした。盗んできたから、梱包も何もない、雑なプレゼントだったけど。すごく喜んだ。その笑顔を見ると、私は罪悪感が一瞬薄れた気がした。でも違う、あとからどんどん罪悪感は増していった」

 

「悪いことをした娘に、母親が気づかないはずがないよね。秘密にしておくように言ったプレゼントを、妹は身に着けてお母さんのお見舞いに行った。だって、そうだよね。妹は思いもしなかったはずだもん。私が盗んできたものをプレゼントしたなんて。その時初めて、本気で怒るお母さんを見た。私をひっぱたいて、妹からそのプレゼントを取り上げた。泣きじゃくる妹はわけも分からなかったと思う。まだ入院していなきゃいけないお母さんに連れられ、私はお店に連れていかれた。土下座して許しを願った。そのとき私は自分の犯した罪の重さを初めて理解した。どんな言い訳を並べ立てたって、犯罪が肯定されることはない、って」

 

「結局お店の人は、私を警察へは突き出さなかった。だけど騒動は瞬く間に広がって、私は自ら殻に閉じこもった。中学3年生のほぼ半年、ただ部屋に閉じこもる生活を続けた……。だけど、もう一度前を向こうと思った。そのキッカケが、この学校の存在を担任の先生に教えてもらった時だった。入学金も、授業料も免除される。その上、卒業すればどこにでも就職できる。もう一度やり直そうって、一からやり直そうって。そう思ってこの学校に来たんだ」

 

「これが、私の犯した罪。そのすべて」

 

 そう言うと一之瀬は机に突っ伏して嗚咽を漏らしながら泣き始めた。

 この状況、俺はどうすればいいんだろう。

 とりあえず今は慰めの言葉を送るつもりはない。その方が楽な場合もある。

 しかし泣いている少女をそのまま放置するのもなあ……。背中をさするくらいのことはしてやりたいが、セクハラで訴えられるかもしれない。かといってこのまま何もしないってのは男としてどうなんだろう。

 長い葛藤の末に、俺は前者を選択した。

 一之瀬の隣に移動し、背中をさする。一瞬ビクッと反応したが、特に咎められることはなかった。

 やがて一之瀬は泣き止み、顔を上げる。泣き止んだばかりだからか、顔はまだ若干赤かった。

 

「悪いな、そんなになるような話をさせて」

 

「ううん、気にしないで。東城くんの過去も聞かせてもらったんだから、お互い様だよ」

 

 そう言ってくれる一之瀬には悪いが、俺にはまだ話していないことがある。

 これを話してしまえば、十中八九俺は嫌われる。しかしそれでもここで言わなければならない。

 そして俺は口を開く。たった一つの『真実』を告げるために──

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっき話した俺の過去の話。悪いが、あれは全て嘘、俺の作り話だ」




いやーということでいかがだったでしょうか。
脳内では何を書こうか決まってるんですけどねー。なかなかそれを文章にするのが難しくて、今回は変な感じの文章になっていると思います。まだまだ勉強が足りません。すみません。
書くために改めてよう実を読み返してたんですが、やっぱり作家さんはすごいなと思いましたね。
あと、一之瀬のセリフは9巻からほぼ引用させてもらいました。本当ならそのまま引用するんじゃなく、自分の言葉で変換したかったんですが、それが難しかったのでこんな形になりました。またいつか修正したいと思います。


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7話

投稿機関が空きまくってたくせに今回は文字数も少なく内容もつまらないと思います。
それでもいいという方は見てやってください。


「え……嘘って……え? どういうこと……?」

 

 どうやら一之瀬はまだうまく俺の言葉を飲み込めていないらしい。

 そんな一之瀬に俺は改めて事実を突きつける。

 

「言葉通りの意味だ。俺にそんな過去はない」

 

「ど……どうしてこんなことを……?」

 

 一之瀬は気丈に振舞おうと必死になっているようだが、困惑や恐怖といった感情を隠しきれていない。

 まあそれもそうか。俺は今気味の悪い奴として映っているに違いない。

 むしろこの状況で気丈に振舞おうとしているあたり、さすがと言うべきか。

 

「どうして、か。まあ、そうだな。一言でいえば、単なる俺の好奇心、といったところか」

 

「好奇心?」

 

いきなりこんなことを言っても分かるわけがないか。順を追って説明することにしよう。

 

「この学校には、入学した時点で優秀な生徒から順にクラスへ配属されるという特殊なルールがある。最も優秀な生徒はAクラス、ダメな生徒はDクラス、といった具合にな」

 

 これを聞いた一之瀬は何か言おうとしていたが、それを制するように言葉を続ける。

 

「この学校のルールはほかにもいくつかある。後でまとめて話すから今はとりあえず聞いていてくれ」

 

 どうせ話すのなら後からまとめて話した方が楽だしな。

 

「この学校の仕組みを知ったとき、思ったんだ。一之瀬は学力も運動能力も人並み以上、そしてコミュニケーション能力も申し分なく誰からも信頼されている。そんな生徒はAクラスにもそうそういない。にもかかわらずなぜ一之瀬がBクラスにいるのかってな。俺はその理由を知りたくなった」

 

「それが東城くんの言う好奇心……」

 

 思わずといった様子で呟く一之瀬。

 

「その通りだ。少し話は逸れるがそういう生徒は一之瀬以外にもいる。例えば……そうだな。高円寺六助という男を知っているか?」

 

「名前は聞いたことあるけど……詳しくは知らないかな」

 

 まあ他クラスの人間のことなんて詳しく知っているはずもないか。まだ入学して一か月しか経ってないしな。

 

「俺は高円寺と少し関わりがあるから知っているが、高円寺の身体能力は学年……いや学校全体で見てもトップレベルだ。そして頭も相当キレる。学力に関してはわからないがこれもおそらく相当なものだろう。こんな風にポテンシャルだけで見れば間違いなくAクラスレベルだ。だが高円寺はDクラスに配属されている。どうしてか気にならないか?」

 

「それは確かに……気になるかも」

 

「そういうことだ。まあ高円寺の場合は考えるまでもなく答えは出ていたが」

 

「え? なんでDクラスにいるのかわかったの?」

 

「簡単な話だ。あいつは確かに能力は高いが協調性というものが欠如している。つまり能力だけじゃなく考え方や人格といった要素もクラス分けに絡んでいるということだ」

 

「なるほどね……」

 

 少し話が逸れ過ぎたか。そろそろ本題に戻ろう。

 

「ここからヒントを得た俺は最初一之瀬の人格に何らかの問題があるんだろうと考えていた。だが、お前は裏表もないし、協調性もある。高円寺のように人間性に問題があるとは思えなかった」

 

 まあいつも演技をしていて、なにかとんでもない本性を隠している、という可能性も考えないではなかったが。

 

「だから考え方を変えた。社会で人が人を評価する基準は大体が能力と内面、そして経歴だ。能力と内面に問題がないのなら、過去になにかあったのかもしれない、とな」

 

「けどそんな憶測だけじゃこんなことをしようとは思わないよね?」

 

 なかなかに核心を突いている質問だな。この状況下でも冷静さを取り戻しつつあるということか。

 

「それがただの憶測だったらな。けどその憶測を確信に変える出来事があったのさ」

 

「その出来事って?」

 

「監視カメラのことを教えた時。具体的に言うなら、『万引きの防止』と俺が言った時だ。気づいていたか? 俺がそう言った時、自分の目が泳いでいたことに」

 

「そ、そんなこと……」

 

 動揺するのも無理はない。そんなことは意識すらしていなかっただろう。

 

「ないと思うならそれでもいい。が、実際にほんの一瞬だけお前は反応していた。その時点で確信したんだ。経緯はどうであれ一之瀬は万引きをしたんだと」

 

 あの時、一瞬だけ瞳が泳いだのを俺は見逃さなかった。

 無意識のうちに現れる反応。それは何よりも真実であることを確定づける材料になる。

 

「過去に何があったのか、それはわかった。だがお前のような人間が一体どういう経緯で万引きという行為に及んだのか、そのことがより知りたくなった。その手段として、こうして作った『悲劇のストーリー』をお前に聞かせることにした訳だ」

 

 俺が最初に秘密を打ち明けることで、話しやすい環境を作る。加えて、『東城にだけ過去の話をさせてしまった』という罪悪感を利用する。

 

「……なるほどね。私は東城くんの策にまんまと乗せられていたってわけだね。……けど、東城くんは私の過去を知ってどうするつもりなの……?」

 

「言っただろ? ただの好奇心だと。これをネタにお前を脅迫したりすることもないし、このことを誰かに言いふらすつもりもない。それは約束しよう」

 

 これを聞いて一之瀬は安心したのか少しだけ表情を崩す。だが、俺の話はこれで終わりじゃない。

 

「ただ、それでいいのか? 確かに今年一年、俺が黙っていればお前の過去が公になることはないだろう。が、一年後、二年後はどうだ? お前と同じ中学の奴がこの学校に来る可能性は十分にある。そしてお前の過去が広められる可能性もな。そうなった時、お前はまた自分の殻に籠るのか?」

 

「そ、それは……」

 

 容赦なく現実を突きつける。

 そう、俺が黙っていることは問題の先延ばしに過ぎない。そのうち必ず己の過去を克服しなければならない時が来る。

 

「そうじゃないだろ。お前は確かに万引きという犯罪行為をした。それは許されざることだったかもしれない」

 

 そこで一旦言葉を区切る。

 

「でも、刑罰に問われたわけじゃない。なら、償うべき罪なんてものはないはずだ。お前はただ、自らの罪の意識に囚われ、自分を責め続けているだけだ」

 

 一之瀬の目を見て、言葉を紡ぐ。

 

「過去に囚われるな、前を見ろ。失敗は誰にだってある。それをこれから先にどう活かすか、それが大切なんだ」

 

 それを聞いた一之瀬は、うつむいたまま何も言葉を発さなくなった。

 果たして、俺の言葉は一之瀬の助けになっただろうか。願わくば、これをきっかけに己の過去を克服してほしい。

 もちろんそれは簡単なことではないだろう。自分の罪を認め、向き合い、克服するということは誰にでもできることではない。

 ただ、俺は一之瀬にならそれができると、そう信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、一之瀬は顔を上げた。

 

「落ち着いたか?」

 

「うん、もう大丈夫。東城くんの言う通り、いつまでもこうしている訳にはいかないからね。私はもう過去を振り返らない」

 

「そうか。その方がお前らしいよ」

 

 暗く落ち込んでいる姿より、堂々と明るく過ごしている姿のほうが一之瀬には似合う。

 個人的にも落ち込んでいる一之瀬はあまり見たくないしな。




内容がスカスカだし一之瀬の心情の変化もうまくかけてないですごめんなさい
続きは近いうち投稿します


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8話

お久しぶりです。


「それで東城くん、学校のルールって言うのは……」

「ああ……明日になったら公表されると思うんだが、それでも聞きたいか?」

 

 正直、このことに関して話すのはあまり乗り気ではない。

 

「それでも、今聞かせて欲しい」

 

 本人が望むのなら、教えないわけにもいかないだろう。言い出したのは俺だしな。

 それから俺は、クラスポイントのこと、それによるクラスの変動、Aクラスのみに与えられた恩恵、そのすべてを話した。

 

「そんなルールが……でもどうしてそんなことを知ってるの?」

「先輩から情報を買ったんだ」

「情報を買う?」

 

 訝しげに聞いてくる一之瀬。

 

「一番最初に先生が言ってただろ。『ポイントで買えないものはない』って。言葉の通り、この学校のポイントは万能だった。それこそ、情報を買うことから、退学を取り消すこと、Aクラスへ上がる権利だって買える」

 

 一之瀬の表情が驚愕に染まる。

 

「……そのことにいつから気づいてたの?」

「気づいたのは入学初日だ」

「どうしてその時教えてくれなかったの?」

 

 俺が教えていたらAクラスに上がれる可能性もあった。なのになぜ話さなかったのか、疑問に思うのも当然か。

 

「目立ちたくなかったから。それが理由じゃダメか?」

「……それは嘘だよね? 本当に目立ちたくないなら、私に監視カメラのことを教えて、気づかせるように仕向けることなんてしない。それに、こんなことをわざわざする必要もないよね」

 

 自分の考えを語る一之瀬は、既にそうであることを確信しているようだった。

 そこまでわかっているのなら、もう誤魔化しても無駄か。

 

「俺が答えを教えることは簡単だ。もしかしたら、Aクラスへ上がることだってできたかもしれないな。けど、それじゃあ皆のためにならないだろ? 最初から答えを与えれば、考えることをやめてしまうからな。だから、クラスの中心人物であるお前に監視カメラのことを教えて、皆で考えるように誘導したんだ」

 

 正直、誘導と呼べるレベルのことはしていないが。

 

「皆が考えるために、ね……。じゃあ、これからは協力してくれるのかな?」

 

 一之瀬はそう心配そうに聞いてくる。だが、その心配は無用だ。

 

「そう心配しなくても、ちゃんと協力するさ。俺もBクラスの一員だからな」

「よかった。協力してもらえないと思ってたから……」

 

 そう言って一之瀬は安堵の息を漏らす。

 まあ、別にクラスに協力するのが嫌なわけでもないしな。クラスメイト一人分の働きをすることくらいは当然のことだ。

 そう思っていると、一之瀬は次の質問を投げかけてくる。

 

「東城くんはさ、もし私が昔のことを話さなかったらどうするつもりだったの?」

 

 何も考えてない、と言っても信じてはもらえないだろうな。

 

「悪いが、それを教えることはできない」

「てことは、他に策は考えていたってことだよね?」

「まあな。これだけ大きく動いたんだ、失敗したときのことくらいは考えてる」

「……その話が本当ならもう一つ聞かせて」

「なんだ?」

「東城くんにとってこれはリスキーなものだったんだよね? なのにその動機が好奇心だけだったなんて思えない。本当の理由を教えて」

 

 なるほどな、さっきの質問はこのことを聞き出すための布石だったということか。

 とはいえ、今真実を教えてやる必要もない。

 

「本当の理由……ね。まあ、近いうちにわかるさ」

 

 そう答えるも、一之瀬は全く納得していないようだった。

 しかしこれでいいのだ。教える必要もないし、おそらくは言葉の通り近いうちに自分で気づくだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、話し始めてから二時間もたったことだし、外も暗くなってきている。そろそろ帰らせるべきだろう。

 一之瀬ももう聞きたいことなんてないだろうしな。

 

「そろそろいい時間だ、この辺でお開きにしようか」

「あ、もうこんな時間か……。ちょっと居座りすぎちゃったかな?」

「いや、そんなことはない。元々呼んだのは俺だしな」

 

 少しの沈黙。そして、

 

「今日はありがとね」

 

 唐突にそんなことを言ってくる一之瀬。

 

「礼なんてやめてくれ。感謝されるようなことなんてしてない」

「ううん、東城くんのおかげで私は自分の過去と向き合うことが出来たから」

 

 確かに経緯はあれだったけどね、と苦笑いする一之瀬。

 ……どうにも調子が狂うな。普通は恨み言の一つでも言ってきてもいいと思うんだが。

 

「別に俺が何かしなくてもお前は自分の過去と向き合えていたさ」

 

 この学校にいるのならなおさらその機会もあっただろう。

 そしてそれは……必ずしもいいものではなかったはずだ。だからこそ、先手を打つ必要があった。

 

「そうかな」

「そうだ」

 

 不思議そうにする一之瀬に対し、俺は自信を持ってそう答えた。そうでなければ、こんなことをする必要などないのだから。

 

「じゃあまた明日、学校でね」

「ああ、またな」

 

 別れの挨拶を済ませ、去っていく彼女の後姿を見送る。

 一之瀬は先ほど強がっていたが、明らかに無理をしていた。しかしそれも当たり前のことだ。

 自らの過去、それも人には知られたくないものを無遠慮に引きずり出されれ、そこへ追い打ちをかけるようにクラス間での戦いが始まると聞かされた。これで平常心を保っていられる人間のほうが異常だと言えるだろう。ましてや、彼女は常人以上に争いを好まない。明日からそれが強制されるとなると、相当な負担になっているに違いない。

 そして、その原因を作ったのは俺だ。一之瀬の過去を踏み荒らした分の責任は取らねばならないだろう。

 ただ、それは今ではない。まずは時間が必要だ。奔流する感情と情報を整理する時間が。

 そして、そこから先は俺の仕事になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 一之瀬との問答があった翌日、まだ太陽も上り始めていないような時間に、俺は学校へと向かっていた。というのも、夜遅くにある人物から呼び出しのメールがあったからだ。

 なんでこんな時間から学校に向かわないといけないんだ。呼び出してきた人物に悪態を吐きつつ、指定の場所に歩を進めることしばし。目的の場所までたどり着くと、その人は既にそこで待っていた。

 

「おはようございます。星之宮先生」

「おはよう東城くん、ちゃんと来てくれたんだね」

 

 そう、呼び出してきたのはBクラスの担任である星之宮先生だった。

 

「わざわざこんな時間に呼び出すほどの話があるみたいですからね。来ないわけにはいきませんよ」

 

 皮肉を込めてそう言ってみたが、相手はまるで意に介していないようだった。

 

「早速で悪いんですが、要件を教えてもらっても?」

 

 話を切り出すと、星之宮先生の軽い雰囲気が霧散して緊張感のあるものへと切り替わった。

 

「その前に一つ確認させてほしいんだけど、君はあの日既に学校のルールを知っていたよね?」

 

 俺としては早く本題に移って欲しいが、まあそれくらいなら答えてもいいか。

 あの日、というのは入学初日のことを言っているのだろう。確かあの時にも同じことを聞かれた気がする。

 

「ええ、もちろん知っていましたよ」

「……ずいぶんあっさり認めるんだね。あの時は知らないって言ってたくせにさ」

 

 簡単に認めたことが意外だったのだろう。訝しむようにそう言ってくる。

 

「先生が自分からそのことについて話したということは、今日それが公表されるんでしょう? なら、もう隠す必要はなくなったと思いましてね」

 

 どうやら情報は正しかったようだ。

 今日から一年全員がルールを知ることになる。これ以上隠す必要はない。

 

「学校のルールを知ってるなら話は早いね」

「というと?」

「君は分かってるでしょう? これから先、クラスの戦略を考える司令塔が必要になるってことに」

 

 その通りだ。いくら優秀な駒が居ようとも、指揮する人間がいないことには戦いは始まらない。

 

「まさかとは思いますが、それをやらせるつもりですか?」

「そのまさかだと言ったら?」

「……現実的ではありませんね」

「どうして? 君以上の適役なんていないと思うけど」

「確かにそうかもしれません。しかし重要なことを見落としてはいませんか?」

「重要なこと?」

「俺の実力を知ってるのがあなたしかいない、ということです。知っての通り、俺は目立たずに過ごしてきました。そんな奴がこれからクラスを率いるなんて……できるはずありませんよ」

 

 何も功績を出してない人間が人の上に立てるわけもない。当たり前の話だ。

 

「確かに君の言う通りかもね。でも、裏を返せば皆が君の実力を知ってればできるわけだ」

「……無駄でしょうね。いつもの悪ふざけだと思われて終わりでしょう」

「普段の私ならそうかもね。けど、それを証明するものがあったらどうかな?」

 

 そんなことはできない……と、そう一蹴したい所ではあるが、この人にはそれができる。だからこそ先の言葉でけん制したかったが、無駄だったようだ。

 

「なるほど……あなたがそうまでして勝ちたいということがよくわかりました」

「わかってくれたのなら──」

「なので、その事実が表に出た場合、自主退学をさせていただきます」

 

 瞬間、先生の時が止まった。

 

「……冗談でしょ?」

 

 やっとのことで絞り出したその言葉は、いつものはきはきとしたものではない

 本人は隠そうとしているが、困惑しているのがまるわかりだ。

 

「冗談だと思いますか?」

 

 肩をすくめて返答し、さらに言葉を重ねる。

 

「俺はね、普通の学生生活を送りたくてこの学校に入ったんですよ」

「普通の生活? この学校が普通じゃないことなんてわかりきってたことでしょう?」

 

 もちろん、その程度のことがわからなかった訳がない。あまりに生徒に都合がよすぎる話だ。裏があるだろうということは確信していた。

 

「それはもちろん。しかしそうも言ってられない事情がありましてね」

「事情って?」

「そうですね、金銭的なもの……とでも言いましょうか」

「ならなおさらこの学校から出ていくことなんてできないんじゃない?」

 

 確かに、この学校に在籍している限りは生活が保障される。金に余裕がないのにここを離れるなんてことは傍から見れば自殺行為だろう。しかし……。

 

「あなたはそれができると思っているからこそ、必死になって俺を引き留めようとしている。違いますか?」

 

 俺にはそれができる。先生はそう考えるはずだ。実際、そのように考えているだろう。

 俺がそう告げると先生はしばらく沈黙していたが、やがて観念したように口を開いた。

 

「はあ……その通りだよ。残念だけど私には君の言葉の真偽がわからないからね、だから……」

「だから?」

「だから今回は私の負け。強引に君を表に出してほんとに退学されちゃったら目も当てられないし」

 

 この交渉は、最初から交渉にすらなっていなかった。俺が自らの退学を盾にした時点で決着がついている。

 俺は駒としても十分に使える。その有用性はこれまで何度も見せていた。自分から切って捨てることはできなかったのだろう。

 

「けど……そう。君はなんでそこまで自分を貫こうとするの? 私の言うこと……いや、他人の意見に身を任せた方が楽なんじゃない? 特に君の性格ならさ」

「ふむ……そうですね。他人の期待に応えて生きるということは、確かに楽ではあるんでしょう。それに一時的に心を満たしてくれる。自分は誰かのためになっているんだ、とね。ただ、そこに自分の意思、つまり自由はない」

 

 忘れた……いや、忘れようとしていた苦い記憶がよみがえってくる。もう二度と同じ過ちはしない。

 

「たとえ誰にどう思われようと、自分の意思でやりたいように生きる。そう決めたんです」

「そっか。そこまで言うなんて、相当苦い思い出があるみたいだね?」

「邪推はやめていただきましょうか。……これは経験なんかじゃなく、アドラーの教えですよ。興味があれば調べてみることをお勧めします」

 

 さて、そろそろこの話し合いも潮時だ。

 

「はあ……。逃げ道は完全にふさいだと思ったんだけどな~」

 

 心底落胆したとでも言うようなしぐさを見せる星之宮先生。

 

「まあ、逃げ道なら他にも何通りか用意してましたが」

「へえ、ちなみにどれくらい?」

「二十通りくらいですかね」

「えっ……、そんなに?」

「……なんてね、ただの冗談です。まあ、この程度のことも見破れないようでは俺を操ろうなんて到底無理ですが」

 

 俺を操ろうというのなら最低でもこれくらいのことは見抜いてもらわないと困る。

 

「……君のその、どこまで本気かわからないところ。怖いな~」

「それはお互い様でしょう」

 

 肩をすくめてそう答える。実際、目の前の人物は本気でこの話を持ち掛けたのではないのだろう。おそらくは、俺がどのように答えるか、断るとすればどういう手段を使うのか、それを確認するためのものだったはずだ。

 さて、星之宮先生の思惑は置いておいて、そろそろお暇させてもらうとしよう。もうこの場で話すことは何もないしな。

 

「用事が終わったのなら、俺はこの辺で。また学校でお会いしましょう」

「うん、じゃあまたあとで」

 

 それだけ言って、星之宮先生は踵を返して歩き出そうとする。と、一つだけ言い忘れていたことを思い出した。

 

「ああ、そうそう。一つ言い忘れていたんですが」

「なにかな?」

 

 先生の足が止まり、顔だけでこちらを振り返ってくる。

 

「いえ、大したことではないんですが……。先生が心配するほど、うちのクラスは弱くない」

「へえ……。なら、期待してもいいんだよね?」

 

 試すような口調に、俺は肩をすくめるだけにとどめておいた。

 Bクラスは決して弱いわけではない。彼らならきっとそれを証明してくれるだろう。

 その未来を想像しながら帰路へと就くのだった。




一年以上も開けてしまったので、話の流れとか忘れてたんですが、何とか形にはできたかなと思います。温かい目で見ていただけると幸いです。
感想などいただけると喜びます。


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9話

 星之宮先生との交渉を終えた後、いつも通りに運動をして学校へ行く準備を始める。

 さて、今日からクラス間の戦いが始まるわけだが……どうなることやら。らしくないとは思うが、楽しみにせずにはいられなかった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 教室へ入ると、皆いつも通りに雑談に興じていた。……いや、いつも通りと表現するのは少し無理があるか。

 普段は様々な話が飛び交う教室だが、今日はポイントのことで持ち切りだった。

 俺の端末にも既にポイントが振り込まれている。朝見たところよると、その額は71000と予想よりも高額だった。最悪0ポイントの可能性もあったからな、嬉しい誤算だ。

 話題になっているのは、支給されたポイントが全く同じという部分のようだ。Bクラスの人間全員が同じ額を支給されているというのはあまりにも不自然であり、何も知らなければ疑問に抱くのも当然だろう。

 

「おはよう東城君」

 

 周りの様子を観察していると、不意に声がかかる。

 

「ああ、おはよう一之瀬。調子はどうだ?」

 

 声の主は、クラスの中心人物である一之瀬帆波だった。最初にできた友達であり、普段から一人の俺に声をかけてくれる聖人でもある。

 

「一応、心の整理はついたつもり。これからの覚悟もね」

 

 ふむ……心の整理はついたと言っているし、実際に強がっているようにも見えない。この言葉にきっと嘘はないのだろう。だからこそ、覚悟という単語に不安を覚えた。

 

「……ま、無理だけはしないようにな。今からそんな調子だとしんどいぞ」

 

 無理はするなと言いつつ、それをさせているのが自分というのはなんとも皮肉だと思うが。

 

「一之瀬さ~ん」

 

 一之瀬は口を開きかけ、しかし別の声によって中断される。

 声のした方を見ると、離れたところから白波が手招きしていた。一之瀬が登校してきたことに気づいたのだろう。

 

「呼ばれてるぞ」

「うん、じゃあまた後でね」

 

 一之瀬の背中を見送りながら、人気者は大変だなと他人事のように考える。

 ああやって人に頼られ、輪の中に入っていくというのは羨ましく思う。同時に、自分にはできないだろうとも。

 この一か月で、入学当初の目標だった友達を作る、というのは残念ながらあまり達成できていないわけだが……。最近はそれも悪くないなと感じ始めている。交友関係が広いというのに憧れはあったが、どうやらいいことだけではなさそうだ。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 さて、始業を告げるチャイムが鳴ってから少々。教室の扉ががらりと開き、我がクラスの担任がポスターの筒を持ってやってきた。

 

「皆おはよー、遅れてごめんね」

「眠そうですね、昨夜は飲み過ぎたとか?」

「いや、お酒は飲んでないんだけど……ちょっと早起きしちゃって。慣れないことはするもんじゃないね」

 

 早起き、とは今朝のやり取りのことだろう。当てつけのように口に出しているのを見ると、割と根に持っているのかもしれない。誘ってきたのは向こうだけど。

 

「ま、それは置いといて……。今後の流れについて詳しく説明するので、聞き逃さないようにしてね」

 

 黒板に筒から取り出された一枚の紙が張り出され、皆は緊張した面持ちでそれを見つめる。

 そこにはクラスメイト全員の名前がずらりと並んでおり、個人個人が何点であったかが書いてあった。

 これは先日受けた小テストの結果か。どうやらこの学校では点数を貼り出すらしいが、自分の回答用紙は戻ってこないのか?

 少し疑問に思いつつも、自分の名前を探す。結果は予想通り85点だった。

 あのテストは最後の三問が群を抜いて難しかった。一問5点の問題ならば、この点数は妥当なところだろう。現に他を見てみても、大体の人間が俺と同じ点数だった。もちろん、それよりも高い点数を出している奴もいたが。

 

「意外だな、東城君ならもっと高い点を取ると思ってた」

 

 皆が黒板に釘付けになっている中、隣の一之瀬が話しかけてきた。

 

「そう言われてもな……。これ以上取るのは結構厳しいと思うんだが」

「確かに難しい問題もあったけど、君なら全部解けたんじゃない?」

「……解ける問題を解かない理由があるのか? 評価に関わってるかもしれないのに?」

「それは、そうなんだけど……」

 

 そんなやり取りをしている間にも、黒板の前に立つ先生の動きが止まることはない。先ほどと同じような大きさの紙を筒から取り出して黒板に貼り付けると、こちらを向いて話し始めた。

 

「まずこっちのは何かわかるよね~? そう、この前のテストの点です!」

 

 誰も反応してないのに、自分で答えて一人で盛り上がっていた。相変わらずテンションの高い人だ。

 

「う~ん、皆優秀で先生嬉しい! これなら退学者も出なくて済みそうだね」

「た、退学者?」

 

 何気なくこぼれた退学者という単語に、幾人かの生徒が反応して戸惑いの言葉を漏らす。

 

「あれ、言ってなかったっけ? この学校はテストで赤点を取ったら退学だってこと」

「聞いてませんよそんなこと!」

 

 一人の男子が悲鳴を上げた。まあこれが普通の反応だよな。赤点とったら即退学なんて常識じゃありえないわけだし。

 しかし、彼の悲痛な叫びが彼女に届くことはない。

 

「うーんでもそれ、そんなに重要かな? 皆優秀だし、普通にやってれば赤点なんて取らないでしょ?」

「それはそうですけど……。でも、赤点を取ったら退学なんて……」

「けどルールとして決まってることだし。退学が嫌なら、赤点を取らないように努力することだね」

 

 取り付く島もないとはこのことだな。諦めたのか、彼はもう噛みつこうとはしなかった。

 

「先生、赤点のラインはどうやって決まるんですか?」

 

 会話が途切れたタイミングで、一之瀬が質問を飛ばす。

 

「赤点の基準はクラスの平均点割る2だね。今回だったら41点かな」

「ありがとうございます」

「じゃ、話を続けるね。皆多分こっちの紙の方が気になってるだろうし」

 

 先生がさした紙には、Aクラス940、Bクラス710、Cクラス490、Dクラス0という風に数字が羅列されていた。この数字が何であるか、Bクラス710という所から察した人間は少なくないだろう。

 

「この数字は各クラスのポイント……まあ所謂成績だね。これに100をかけたものが君たちの個人個人に支給されるポイント──プライベートポイントにも反映されます」

 

 やはり、というべきか。事前にポイントの変動を予想していただけあって、皆の動揺は少なかった。

 

「このポイントはどういう基準で決まるんでしょうか?」

 

 またもや一之瀬が質問する。こういうところは今後の課題になるかもしれないな。

 

「生活態度が関わってるってことと……それ以上は言えないかな」

「ありがとうございます」

「意外と冷静だね。普通はもっと取り乱したりすると思うんだけど」

「ポイントの増減に関しては皆で予想してましたからね。クラスごとでの評価という部分は想定外でしたが」

「プライベートポイントの変動を予測できただけでもすごいよ。さすがBクラスに選ばれただけはあるね」

「……Bクラスに選ばれた? どういうことですか?」

「言葉通りの意味だよ。優秀な生徒はAクラスへ、ダメな生徒はDクラスへ。入学時点で、この学校はそうやってクラスを振り分けてるの」

「つまり私たちは、Cクラスよりも優れているけどAクラスには劣っていると」

「まー正直に言うとそうなるね。でも大丈夫! Aクラスに上がるチャンスはまだあるから!」

「Aクラスに上がる?」

「クラスはポイントによって入れ替わるの。だからBクラスのポイントがAクラスを追い抜けば、私たちBクラスは見事Aクラスに昇格できるってことだね。頑張って下克上狙ってこう!」

「下克上って……。Aクラスに昇進出来たらなんか特典とか貰えるんですか?」

「ん~……。特典っていうか、Aクラスに上がらないと就職率・進学率100%の恩恵が受けられないんだよね」

「なっ……!?」

 

 絶句。誰も言葉を発さない。いや、発せないというのが正しいか。

 流石にこの事実をすぐに受け入れるのは難しいだろうな。就職・進学率100%の文言に惹かれて入った人も多いだろうし。

 

「そ、そんなこと──」

「聞いてないって?」

 

 先ほどよりも抑揚の少ない声が遮った。普段の先生とのギャップに驚いたのか、自然と皆押し黙ってしまう。

 

「悪いけど、聞いてるか聞いてないかなんてのは関係ないの。これは既に決まってるルールで、いくら文句を言ったところで時間を無駄にするだけ。なら一つしかない椅子をどうやって奪うか……それを考えた方が建設的じゃない?」

 

 そうだ。いくら文句を言ったところで学校のルールは覆せない。その中でどうやって生き残っていくのか、それを考えなければ。

 もはや誰からも言葉は出なかった。それがどれだけ無駄な行為か理解したからだろう。

 

「何か質問があれば受け付けるけど……なさそうだね」

 

 問いかけられても反応する人間はいなかった。誰もが自分たちの置かれた状況を把握するので精一杯で、質問どころじゃないんだろうな。

 周りを見渡して質問がないことを確認すると、星之宮先生はピリピリとした雰囲気を霧散させ、いつもの柔らかい笑顔を作った。そして一言。

 

「それじゃあ皆、頑張ってね」

 

 それだけ言って教室から去って行った。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 放課後。一之瀬は何か考え込んでいる様子だし、今日は何も起きそうにない。

 周りは何やら話し合っているようだが、耳を傾ける必要はないだろう。教室にいつまでも残る理由もないので、早々に退散することにした。

 

「まさかクラスにもポイントがあったとはな」

 

 教室から出る直前、背後から聞き覚えのある声がしたので振り返ってみると神崎だった。そういえば、神崎はあの話を聞いている最中も比較的落ち着いていたな。

 

「そうだな。しかもそのポイントに付随してクラスの変動まで起きるとは……」

「クラスが変動するということは……必然的に他の連中と争うことになるんだろうな」

「仕方がないさ。それほどこの学校の特権は魅力的だ。お前だってそうだろ?」

 

 実際、神崎だって例外じゃないはずだ。この学校にいる以上、就職・進学率100%の恩恵に期待してないやつなどいない。戦う理由はそれで十分だ。

 

「それはそうなんだが……。気は進まないな」

「大抵の奴がそうだろ。自分から戦いたがる奴がいたらよっぽどの変人だ」

「その変人も一定数いそうなのが、この学校の怖いとこだがな」

 

 確かに神崎の言う通りかもしれない。実際俺は高円寺という変人と既にエンカウントしている訳だし。

 

「ま、どういう形になるかも分からないんだし、今から気にしすぎるのもよくないと思うぞ」

「そうだな……。今はテストに専念するのが最善か」

「ああ。テストの点はクラスの評価にも関わってるだろうからな」

 

 そこまで話して、携帯端末が震えているのに気づいた。珍しいことにチャットが来たらしい。

 

「彼女か?」

 

 内容を確認していると、神崎が茶々を入れてきた。

 

「茶化すなよ、俺に彼女なんているわけないだろ」

「それもそうか」

「いや、そこはもうちょっと悩んだり否定してくれてもいいんじゃないか……?」

 

 肯定の返事が速すぎて思わずツッコミを入れてしまった。これを聞いて笑っているあたり、今の一連の流れは神崎のボケだったのかもしれない。

 内容を確認し、端末をポケットにしまう。このまま教室に残ると面倒なことになりそうだ。神崎には悪いが、先に帰らせてもらうことにしよう。

 

「じゃあまた明日な」

「ああ」

 

 それだけ交わして、教室から出ていった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 翌日。HRが終わった後、一之瀬がこれからのことを話し合いたいと言うので、放課後にその時間が設けられることになった。

 

「皆時間取っちゃってごめんね、ありがとう。今日はこれから先、Bクラスがどういう戦略をとっていくべきか話し合っていきたいと思います。早速だけど、なにか意見がある人はいるかな?」

 

 

 ──この話し合いで出た主なものは、委員会制度を作る、というものだった。委員会といっても、自分たちで役割を作って分担するという簡易的なものではあるが。

 それ以外は、生活態度を改めるとかテストに備えるとかで、特にこれといったものは出なかった。

 

「じゃあ最後に私からもいいかな?」

 

 どうやら一之瀬にもなにか考えがあるらしい。昨日考え込んでいたのはこれだったのかもしれないな。

 否定の意などもちろん出ないので、そのまま話が続く。

 

「私たち全員のポイントを集めておいて、クラスで必要な時に使えるようにするっていうのはどうかな?」

「いいんじゃないか? 何かしら起きた時にまとまったポイントがあれば解決できることもありそうだし」

 

 皆も次々に肯定の意を示していく。そんな中で、

 

「けど誰にポイントを集めるんだ?」

 

 という疑問の声が上がった。

 

「そりゃあ一之瀬だろ。っていうか、他に適任がいるか?」

 

 柴田が皆に問いかける。まあ一之瀬は提案した張本人だし、自分から『自分でいいか』とは聞きづらいよな。

 反対意見は当然なく、むしろ一之瀬じゃないと嫌だというやつまでいた。

 

「皆ありがとう。じゃあ私がポイントを預かるってことでいいかな?」

 

 

「──待ってくれ。その前に一つ、聞いておきたいことがある」

 

 皆の視線が俺に集まる。普段あまり発言をしない俺が、いきなり話の邪魔をするようなことをしたのだ。注目を浴びるのは当然だし、煩わしいと感じる人もいるだろう。

 ただ、あんまり恨まないでくれよ。俺は台本通りに演じているだけの人形に過ぎないんだからな。

 

「一之瀬、お前は何故Bクラスにいる? その理由を聞かない限り、ポイントを預ける──信用することはできないな」

「いきなり何言ってんだ東城」

 

 柴田が怒ったような口調で噛みついてきた。

 

「いきなり、とは心外だな。お前も考えたことがあるんじゃないのか? Aクラスに配属されてないとおかしいほどの能力を持つ一之瀬が、なんでBクラスにいるのかってな」

「そんなの学校側のミスに決まってるじゃない」

 

 今度は白波が言い返してくる。こいつは結構一之瀬に懐いていたからな。こういう言い方をされれば頭にくるのは当然か。

 とはいえ、この程度は想定の範囲内。

 

「本当にそう思うのか? 生徒にはっきりと優劣をつけるこの学校が、クラスの振り分けを間違えたと?」

「それは……」

 

 言葉に詰まった白波を、強い口調で追い詰める。

 

「すぐに言い返さない。ということは、認めている部分があるってことだ。……ならもうわかっているはずだよな?」

 

 今にも泣きだしそうな白波に、一之瀬が優しく語りかける。

 

「ありがとう千尋ちゃん。でも、東城君の言う通りなんだ。私がこのクラスにいるのは、ちゃんとした理由があるの」

 

 教卓の前で、一之瀬は話し始めた。

 

「皆聞いてほしい。私の過去と、犯した罪について」






お久しぶりです。情景描写が全然できてなので、もっと本を読まないとなあと感じています。感想など頂ければ幸いです。


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10話

 ガラリと扉を開けて、教室へと入る。夕日に照らされた空間には既に誰もいなくなっていて、彼の姿もまだない。

 放課後の教室で待ち合わせっていうのは結構ロマンチックな展開だと思う。ただ、返信は『了解した』と一言だけだったから本当に来てくれるかはわからない。来てくれるとは思うけど……。

 来てくれないかもしれないと不安に駆られながら待つこと10分。扉を開ける音が、静かな教室の中に大きく響いた。反射的にその方向を見ると、約束の相手である東城君が静かに立っていた。

 

「待たせたか?」

「ううん、時間ピッタリだよ。……けど、女の子との待ち合わせには早めに来て、相手を待つぐらいがいいんだよ?」

「そういうもんなのか。悪いな、次からは気を付ける」

 

 いつもの無表情で彼は言った。私の冗談が通じているのかいないのか……。

 

「それで、用件ってのは? ……なんて聞く必要もないか。少し場所を変えよう。ここだと落ち着いて話もできないからな」

「そうだね、場所はどうする?」

「……続けて俺の部屋ってのは流石にアレだしな……。よし、ついてきてくれ」

 

 歩き出した東城君に置いて行かれないように、慌てて私もそれについていく。

 

「どこに行くの?」

「カフェ。落ち着いて話をできる方がいいだろう」

「カフェ……? え、いやでも、人も多いし落ち着いてるっていうのは……」

 

 正直言って、何を言っているのかがサッパリわからない。連続で自分の部屋に誘うのに抵抗があったのか、私を気遣ってくれたのかは渡らないけどこれだと本末転倒なような……。

 

「言いたいことはわかる。着いたらきっと驚くぞ」

 

 あまり抑揚のない声だったけど、その背中からはなぜか自信が溢れているような気がした。

 

 

 

 どれくらい歩いただろうか。学校を出たときにまだ出ていた日は地平線へと吸い込まれ、その大部分を隠してしまっている。それほど歩いた感覚はないけど、黙々と歩いていると正確な時間感覚が麻痺してくるように思う。

 普通の学校生活を送る中ではまず通ることのないような細い路地を何本も通り、どこを通れば帰れるのかもわからなくなってきた頃、唐突に視界が開けた。

 入り組んだ路地の先にあるとは思えないほどの広い空間。そこに、建物がポツンと佇んでいる。ほとんど沈んでいると言ってもいい太陽に照らされて、まるでそこだけ別の世界のようだった。

 ボーっとしている私をよそに、東城君はお店の中に入っていく。どうやらここが例の喫茶店らしい。それに倣うようにして、私も扉を開けた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 白と黒のシックな色彩で統一された店内には、カウンターが一本とテーブル席が五つほど。カウンターの向こうにはこの店のマスターと思われる壮年なスキンヘッドの男性が一人いるのみで、それ以外に人の姿は見えない。ケヤキモール周辺の店にはない落ち着いた雰囲気は、東城が好みそうだと一之瀬は思った。

 二人はテーブル席に座り、適当に注文を済ませてから話し始めた。

 

「こんなところにお店なんてあったんだね……」

「まあ普通はこんなとこまで来ないもんな、知らなくて当然だ」

「来ないっていうか、情報もなかったけど」

「情報ならあるさ。ただ、それを持っている人間が極端に少なくて保守的ってだけだ」

「一見さんお断りみたいなお店ってこと?」

「まあ端的に言えばそうなるな。広めるようなことはしないでくれよ? お前だから連れてきたんだ」

「わかった、約束するよ」

 

 一之瀬が言うのだから、心配はないだろう。東城はそう判断し、本題へと踏み込んだ。

 

「で、話ってなんだ?」

「その前に、一つ確認させて貰ってもいい?」

「確認? 何の?」

「小テストの点数が張り出されてて、そこには皆の点数も載ってたよね」

「ああ、確かに載ってたな。そういえばあのテストで90点取ってたよな、一之瀬は。尊敬するよ」

 

 朝張り出された紙に、一之瀬は90点だと書かれていた。この点数を取っている人間はクラスに3人しかおらず、必然的に記憶に刻み込まれている。

 

「ありがとう。……って本当なら喜びたいところなんだけどね。君が言うと素直に喜べないよ」

「おいおい……。あの紙を見てたならわかるだろ? 俺は皆と同じで85点しか取れてない」

「数字の上ではね。だから、回答を見せて欲しいの。東城君の言葉が本当なら何も問題ないよね?」

「……わかった、俺の負けだ」

 

 両手を上げて降参のポーズを取り、カバンからテスト用紙を取り出して一之瀬に渡す。

 点数は確かに張り出された通りに85点だったが……。中身はそうではない。最後の難問を完璧に解いているにも関わらず、序盤の問題を答えないという意味の分からないことをしていたのだ。

 テストを渡された一之瀬は食い入るようにそれを見つめ、やがて顔を上げると呟いた。

 

「やっぱり……って言えばいいのかな。予想はしてたけど、まさか最後の3問全部正解なんて」

「予想してたのか」

「教えて。なんでこんなことをしたのか」

「退屈な問題の中に面白いものがあったら解きたくもなる。ま、暇つぶしってやつだ」

「……じゃあ何で満点を取らないの? 自分で評価に関わっているから、解ける問題は解くって言ってたじゃない」

「俺は『解ける問題を解かない理由があるのか』と聞いただけだ」

 

 このままでは話が進まない。そう思った一之瀬は、話題の転換もかねて一番の疑問をぶつけることにした。

 

「東城君、君はいったい何者なの?」

 

 学校のルールを見破り、高校の範囲を超えたテストを軽々と解き、自分の過去を暴いた。普通の高校生だとはとても思えない。

 

「何者か、ね。……悪いが、答えることはできないな」

「理由を教えてもらえる?」

「……理由なんてない。ただ、答えたとしてそれを信じられるのか、という話だ」

「それは……」

「無理だろうな。だから答える必要もない」

 

 東城は一之瀬の過去を暴く際、全くの作り話を披露した。何者であるかを話したところでもう信じることはできないだろう。

 頼んでいたコーヒーとケーキが二人の前に運ばれた。

 

「で、俺のテストの中身を知りたいってのが今回の用件か?」

「ううん、これはただの……好奇心だね」

「……お前、意外と根に持つタイプなんだな」

 

 自分の言葉をそのまま返されて、東城は一瞬だけ苦い顔を見せた。

 

「それで、本題は?」

「東城君に、クラスのリーダーをやってもらいたいの」

「断ると言ったら?」

「断れない状況を作る」

「なるほど」

 

 話を聞いていないかのような簡潔な返事。思わず一之瀬は聞き返していた。

 

「できないと思う?」

「いいや、できるだろうな」

「なら──」

「まあ落ち着け。結論を急ぎ過ぎだ」

 

 東城はコーヒーを一口すすり、一之瀬にも飲むように促す。運ばれてきたカフェオレに一度も口をつけていなかったことを思い出し、一之瀬もそれに従った。

 

「あ、おいしい……」

「だろ。落ち着いた雰囲気も相まって、俺はこの店を気に入ってる」

 

 一緒に頼んでいたショートケーキを食べると、この店のリピーターは確定だ。夢中になっている一之瀬を見ても、それは明らかだった。

 

「……さっきのテスト」

 

 ケーキを食べ終え、コーヒーをすすっていた東城が唐突に口を開いた。

 

「最初から答えを持っていたら、満点を取ることは簡単だと思わないか?」

「え?」

「ここに中間テストの問題、そして回答がある」

 

 カバンの中からクリアファイルを取り出し、中身をテーブルの上に並べる。

 

「ちょ、ちょっと待って。え? テストの問題? 中間テストって2週間後にある、あの?」

「正確に言えば去年だが、その認識でも間違いじゃない。過去の傾向を見た限りでは、今年もこれが使われる可能性は高いからな」

 

 一之瀬がその情報を整理するには少し時間がかかった。目の前には去年の過去問があり、今年もそれが出題されるのだという。

 

「ってことは、小テストは過去問を使って解いたってこと?」

「いいや? あの時点では過去問の存在に気づいてなかったからな。異常な難易度の問題は、つまり学校からのヒントだったんだよ」

 

 解けないような難問が配置されていた。現段階で解けない問題をどうすれば解けるのか。それを考えれば、答えは自然と見えてくる。

 

「お前は、答えを見てまでいい点を取りたいと思うか?」

「……思わないよ。そんなの自分の成績だなんて言えない……!」

「じゃあBクラスの……他の皆はどうだ」

「皆だって一緒だよ。これを使いたいって言う人はいない」

「だろうな。それを望む奴はいないと俺も思う。だが」

 

 一呼吸おいてから、東城は言葉を続けた。

 

「俺をリーダーにするというのはこういうことだ。努力や経験も、失敗を通じて学べることもない。得られるものは結果だけだ。……もっとも、それでもいいというならその役割を引き受けよう。さあ、どうする」

 

 ここまで言われて、なおも東城にクラスを預けるという判断を下す人間はいないだろう。

 

「……わかった。君をリーダーにするのは諦める」

「それが一番いい。お互いにな」

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「で。これからのことはどうするつもりだ。今もそうだが、リーダーは実質的に一之瀬だ。戦略はあるのか?」

「色々考えてはいるけど、とりあえずは……過去のことを皆に打ち明ける」

「……なるほど。理由を聞かせてくれ」

「学校のルールが明かされた今、私は不信感を抱かれてると思うの。自分で言うのは傲慢かもしれないけど、『なんで一之瀬がBクラスにいるのか』って」

「まあそう思ってるやつは少なからずいるだろうな」

「このまま不信感を残したままじゃ、これからの活動がうまくいかなくなるかもしれない。だから最初に不安を排除しておこうと思ったの。これから先、致命的な瓦解がないように」

「なるほど。お前の考えはわかったし、悪くない策だと思う。ただ……大丈夫なのか? 人に話しても」

 

 それを聞いて少し顔を俯かせる。当然だ。そこまですぐに割り切れる問題ではない。

 

「あはは、うん……。ちょっと大丈夫とは言えないかな。でも、東城君に話してからはそれほどの抵抗感もなくな……て……」

 

 突然言葉が途切れる。意識がなくなったかと一瞬心配したが、どうやらなにか考え込んでいるようだ。

 

「急に黙ってどうしたんだ」

「ああ、そっか。そういうことだったんだね、東城君」

「いきなり何を言っているんだ?」

 

 急に黙ったかと思えば喋り始めて意味の分からないことを口にする一之瀬。本人の中では完結しているのだろうが、東城には何が起きているのか分からなかった。

 もっとも、次の一言ですべて理解することになるのだが。

 

「ここまでが君のシナリオだったんだね」

「……なるほど。そう思う根拠を聞かせてもらおうか」

「東城君に過去を喋ってなかったら、私はこういうことをしようとは思わなかった。ただの好奇心だって言ってたけど、最初からこれが狙いだったんでしょ?」

 

 昨日の『そのうちわかる』というのは、おそらくこれの事だったのだろう。

 

「正解だ。お前の過去が公になった場合、積み上げた信頼は崩れることになる。信頼は崩れる時は一瞬だが、積み上げるのは難しいからな。それなら最初から崩してしまったほうがいい」

「最初から崩れてしまった方がいいって……。リーダーはやらないとか言って、私を利用して思い通りのクラスを作ろうとしてるじゃない。矛盾してるよ……!」

 

 いくら一之瀬が善人でお人好しでも、感情はある。自分の感情や触れられたくない部分を弄ばれて怒りを抱かないなど無理な話だった。故に、どうしても口調が強くなる。

 

「どう思ってくれても構わない」

「……ここで言い訳でもしてくれたら、ちょっとは責められたのに」

「悪いな、期待に応えられなくて」

 

 一之瀬帆波は静かに泣いた。行き場のない感情があふれて止まらなかった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「皆からポイントを預かっておいて、必要な時に使うっていうのはどうかな。あってほしくないけど、誰かが退学になったときとかに使えるし」

「いいんじゃないか。Bクラスならではの策で。ただ昔の話はその前にした方がいいと思うぞ」

「うん、問題はどうやってその話をするかなんだけど……」

「ポイントの話の途中で反対意見が出れば成り行きでうまくいくはずだ。出なかったらその役は俺がやろう」







異世界おじさん面白いですね。ツンデレは至高なんだと理解できました。自分もツンデレヒロイン書きたいです。
三人称視点いかがだったでしょうか。
感想頂けると嬉しいです。


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