俺自身がメスガキになる事だ (三白めめ)
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Dance with Alices

僕らは(幼女に)負けを知らないので初投稿です。


 この俺、犬蒔樫羽韻(いぬまかしはいん)は悩んでいた。刃禅が上手くいかないのだ。刃禅、つまり斬魄刀との対話だ。これにより死神は自らの使う斬魄刀との相互理解を深め、始解を習得する。

 

 刃禅それ自体は簡単だった。四大貴族には格が劣るとはいえ犬蒔樫は貴族の家の一つだ。代々実力で護廷十三隊の席官を務めている一族の次期当主としてその程度は楽にこなせた。

 それに、俺が使っている斬魄刀は代々の当主に受け継がれたものらしい。ならばなぜ浅打のままなのかは分からないが。

 

 覚悟を決めて禅を組み、膝の上に刀を乗せる。後は意識を集中させれば精神世界へと潜ることができる。

 

 再び目を開くと、森の木々に囲まれた神社があった。百段以上はある階段の先にある鳥居の上には足を投げ出して座っている灰のような白の髪をした幼女。他に誰もいないことから考えると、やはり彼女がこの斬魄刀なのだろう。

 どこか実家の母上の面影のある幼女は、──いや待て何故幼女に母上の面影を見出しているんだ。

 白を基調とした洋服を着ている彼女に怒りを覚える。上半身は袖の長さが余っていることが目につくくらいだ。現世では萌え袖というらしい。別にその程度なら怒るほどでもないのだ。貴族である俺は幼女の胸が見えそうになっていようが興奮などしない。精々が寒くないかの心配だ。

 

 しかし、その下半身には次期当主として大人な良識を身に着けている俺は苛立ちを覚える。

 なんなんだあの服は!下着が見えそうで見えない状態になっているではないか。スカートというものは知っているが、あそこまで丈が短いなどあり得ないだろう!いくら幼女の姿をした斬魄刀だとはいえ、まるで痴女のような服装には憤懣やるかたない。

 

 そのうえ彼女は鋭い犬歯をちらつかせ、ただでさえパンツの見えそうなスカートをたくし上げるのだ。それも俺を挑発するような目でだ。偶に黒の下着が見える。紐だったりもする。それはまるで俺のことを取るに足りない雑魚だと言っているようで。そのあまりに恥じらいを捨てた態度に俺の霊圧は急速に膨れ上がる。

 

「あの幼女に大人の常識をわからせてやらねばなるまい」

 

 断固たる決意を以てあの幼女に近づく。別に幼女が性の対象になることなどあり得ないが、この犬蒔樫羽韻の斬魄刀があのような痴女など沽券に関わる。

 だが、近づけない。一向にあの幼気な痴女に届かないのだ。怒りに任せて階段を上り続けるが、一向にあの幼女に手が届かない。

 

「ざーこ♡」

 

 精神世界から出るときに聞こえたその一言がいつまでも頭に残っている。

 

「あの犬蒔樫がこれほどの霊圧を放つなんて、どれほど強大な斬魄刀なんだ……」

 

 一つ隣の部屋から周囲の声が聞こえる。意識が現実に戻ってきて、放出した霊力の多さに身体からガクンと力が抜けた。刃禅はこれで三回目だが、その最中に俺が周囲を押さえつけるような霊圧を放っているせいで一人だけ別の部屋でこうして精神を集中しているのだ。

 

 まだ俺は負けていないんだが、近づけないのであれば方法を変えるしかない。あの幼女の面影を求めて、俺は母上に話を聞いてみることにした。教官に助言を求めることも考えたが、どう相談するのかというところで挫折した。破廉恥な幼女が斬魄刀なのですがとでも訊くつもりか?俺のプライドにかけてそんなことはできない。

 

 

 瀞霊廷に犬蒔樫の家はある。朽木や志波よりは小さいが、それでも豪邸と呼べるだろう。

 

「お帰り、羽韻。あら、私に用事?」

 

 俺は母上に事情を話した。あの幼女に勝てない……いや負けてはいないんだが立場の差をわからせることが難しいとそう語った俺の姿を見て、母上は今までにないほど真剣な顔をして言った。

 

「そうだね。確かに私はあなたの悩みを解決できる。けど、それをあなたに渡すかは悩んでるの。別に私はあなたが死神を目指すのを止めるつもりはないよ。でも、もしその道を行き続けるのであれば、一つだけ忠告しなくちゃいけない」

「あなたはきっと、自分にとって大切なものを失う。それだけは覚悟しておいて」

 

「覚悟はしています。それでも俺は母上の姿に憧れてこの道を選んだのです」

 

 だからこそ、俺は強くならなくてはならないのだ。

 

「きっとこれがあなたの求めているものよ」

 

 家の奥から母上が持ってきたのは何本かの巻物だ。厳重に仕舞われたその封を解くと、そこに描かれていたのは、あの刃禅での精神世界を思わせる絵だった。違う点があるとすれば、描かれている男は羽の生えた幼女の許に辿り着いているにもかかわらず無様に彼女に屈服し、へこへこと腰を振っているということだ。

 

 ああ、なんて無様な姿だ。これが大人だとでもいうのか。まるで獣、犬畜生のような姿ではないか。

 

「愚かだと、そう思ったでしょう」

 

 母上の言葉に意識が引き戻される。

 

「それがあの子から見たあなたよ。あなたはあの幼女をわからせようと必死で、自分がどのような態度だったのかをわかっていなかったの」

 

 自分もあんな風な姿を晒していた。そう気づいた俺は愕然とする。あんな醜態を演じていたなんて、母上に顔向けできない。そう考えていたが。

 

「大丈夫。誰だって通る道よ」

 

 母上のその言葉に励まされた。今までの俺は必死で、自分を客観的に見る余裕がなかったのだ。けれど今はもう違う。

 

「母上、俺、もう一度あの斬魄刀と対話してきます。待っていてください!俺は必ずや始解を体得してきます!」

 

 どうすればいいかは分かった。上からわからせるのではない。ただあの幼女と対等に接するだけでいいのだ。

 

 

 ──怪物と戦う者は、その過程で自らが怪物とならぬよう注意せよ。

 俺が後に知った言葉だ。俺は分かっていなかったのだ。あんな痴女のメスガキと分かり合おうとすればどうなるかということを。

 

 

「さようなら。犬蒔樫羽韻。またね」

 

 母上がなにか呟いていたのも、高揚していた俺には聞こえていなかった。

 

 

 

 一人、刀を傍らに座禅を組んで精神を集中する。

 

 何時もと同じように、目の前には厳かな神社。後ろにはただ森が広がるばかりだ。

 石段を上る。一歩ずつ、確実に近づいている。疲れで目線が下がろうと、歩幅が短くなろうとも、それでもあの斬魄刀を目指して進んでいく。鳥居が徐々に大きく見えてきたことから、もうすぐ着くのだろう。

 

 そしてついに、階段を上り切った。木々が開けたその場所は青々とした空が広がっていて、鳥居から降りた幼女が俺を見つめていた。俺は、彼女に認められたのか。

 

「俺はお前に辿り着いたぞ」

「あなたはわたしにたどりついたのね」

 

 彼女は同じ言葉を返す。

 

「ちからがほしいの?」

「そうだ。俺は力が欲しい」

「ちゅうこくはきいた?」

「それでもだ」

 

 俺の斬魄刀は距離を詰め、突然俺の首筋に噛みつき、唇を奪った。

 

「ん!?」

 

 痛みはなかった。口の中に血が流れ込む。このままでは息が詰まってしまうと慌てて呑み込んだ。

 まさか俺の初めての口づけがこんな幼女とだなんて。そんなことを思ったが、ここで激昂しては意味がない。冷静に意図を見極めようと幼女の目を見つめ返す。

 猫のような金色の瞳に映っているのはあの幼女と瓜二つの女の子だ。

 

 よく考えてみればいくつかおかしな点があった。何故俺がしゃがまなくともあの幼女と同じ目線の高さだったのか。歩幅が短くなったにも関わらず足の疲れ具合は変わらなかったのか。その理由がこれだ。

 

 森に囲まれた石段を登りきると、俺は幼女になっていた。

 

「よろしくね、わたし。わたしのなまえは──」

 

 

 意識が浮上する。斬魄刀の名前が分かったということは、始解ができるようになったということだ。膝の上の浅打を持ち上げる。上昇した霊力を実感し、一抹の不安を抱えながら立ち上がった。さらさらと灰白色の長髪が重力に従って落ちる。霊術院の制服が危うくずり落ちそうになったので慌てて押さえるが、胸と股間の辺りが心もとない。

 

 ここにきてついに理解した。間違いない。あの斬魄刀『嗜血花』は常時展開型の始解だ。

 そしてその始解によってこの俺、犬蒔樫羽韻は幼女になってしまったのだ。

 

 確かに俺は大切なものを失った。鍛え上げた俺の身体と男性機能だ。こんなこと覚悟のしようがないだろう!




需要があれば続きます。


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Dive in Shadow

勘違い要素です。


 訳が分からなかった。流石に何千年という歴史を持つ尸魂界(ソウル・ソサエティ)といえど、斬魄刀と一体化する始解など聞いたことがないらしく、この現状がどうにかなるには当分時間がかかりそうだ。

 

「おい、あれ……」

「どういうことだよ……」

 

 周りの視線が煩わしい。そんなにも俺が物珍しいのかと思ったが、霊圧と同時に霊力の感知能力も格段に上昇しているようだ。そのせいで視線に敏感になっているんだろう。というかよく考えなくても、俺は十分に物珍しかった。

 

 少し厄介なこともあったが、始解を使えるようになったのは当然いいことで。これがこの始解の能力だと思うのだが、なんと害意を向けてきた相手の霊力を奪えるのだ。ただ、今の俺は不本意ながら筋力の弱い幼女だ。幼女相手に牙を剥くような死神がいるはずもないことから考えて、鬼道でならともかく斬術の試合では俺が最も弱い。おまけに口調まで見た目相応になってしまっている。のだが。

 

「なんで負けてるの?」

 

 (幼女)に負ける相手が多すぎる。いや、まあ実戦ならば使える霊力の差があるので俺が勝ってもおかしくはないが、そういうものを使っていないただの試合で何故幼女一人に勝てないんだ。

 

「は?負けてないんだが?お前の斬魄刀の能力にかかっただけだが?」

 

 そう言われれば納得せざるを得ないが、そんな些細な害意でもこの能力は発動するのか。味方にも使ってしまう可能性を考えると、普段の態度も意識しなければならないな。あまり強い言葉を使わないようにしよう。挑発のように捉えられるかもしれない。

 霊術院の卒業まであとわずかだ。

 

 

 そして一番の悩みの種として。

 

「またここか」

 

 夜寝ると、いつの間にか見知らぬ場所に飛ばされている。

 景色自体はいいんだ。一面氷で覆われている街の中に、真っ白な西洋風の城が立っているというのは神秘的で好みだし。

 ただ一点、寝間着一つで放り出されたことを除けば。

 

 最初にいる場所はまちまちだ。城の外にいることもあれば、どこか使っていない部屋の中にいることもある。

 今回は空き部屋のようだったので、部屋に置いてあった服を着ることにした。嗜血花のスカートほどではないが、いつも着ている死覇装よりもよっぽど短いスカートを穿くのにはどうにも慣れない。下半身に風が入ってきて心許ない。というか、今でも心は男だ。慣れてはいけないだろう。

 

 ある程度時間が経てば瀞霊廷に戻っている。それまではやることもないのでこの場所を見て回るようにしていた。もしかしたらここがどこなのかわかるかもしれない。

 

 部屋から出て現在の位置に見当を付ける。ここからなら、以前見つけた酒置き場が近い。こっそりとただで高そうな酒を飲めるということだけは気に入っていた。

 周りに誰もいないことを確認してから部屋に入り、酒瓶を何本か手に取ったらすぐさま外に出る。あんまり欲張りすぎるのは禁物だ。

 

「あ?誰かいるのか?」

 

 やばっ。ばれたか。

 

「なんだ、ガキじゃねえか。なんでこんなところにいやがる」

 

 いいからどこかに行ってくれないか。鶏のトサカみたいな頭しやがって。罰ゲームかなにかか?

 それより今はこの状況をどう切り抜けるかが大事だ。認めがたいが、今の俺は迷い込んだとはいえ勝手に他人の城の中に入り込んで酒を盗った盗人だ。どうにかして誤魔化さなくては。天気の話……だめだ。天候が全然変わらない。容姿を褒める……トサカしか目につかない。これだ。なんかカッコいい髪型だみたいなことを言っておけば大丈夫だろう。

 

「随分と素敵な髪型をしているのね。お友達にでも勧められたの?」

 

 だめだ。余計なことまで付け足してしまったかもしれない。誰だよお友達って。あんな髪型虐められでもしない限りしないに決まってるだろうが。

 

「ッてめえ」

 

 ほら怒った。霊術院でも虐めは繊細な問題だったし、そういうのは慎重に扱うべきだった。えっと、なんとかして慰めなければ……

 

「気にすることはないわ。お友達は貴方のことを気にかけているはずよ」

 

 流石にそんな髪型になっちゃったら罪悪感も感じるだろう。やりすぎたって反省してると思うよ。多分。

 

「あなたが思っているほど重大なことじゃないわ」

 

 だからそんな髪型一つで落ち込まない方がいい。そのうち新しい髪も生えてくるさ。

 

「……」

 

 ん?俯いてどうしたんだろうか。

 

「バーナーフィンガー……」

 

 トサカ頭の霊圧が上昇した。拙い!なにかやらかしたのか!?

 

(ワン)

 

 危ない!熱線を撃ってきた。咄嗟に避けていなかったら死んでいたかもしれない。今だけはこの体が小さいことに感謝できそうだ。そもそもこんな体にならなければ今死にそうにはなっていないんだけども。

 

「ち、外したか。指一本で無理なら仕方ねえ」

 

 待って、これ以上は拙いって。ほら、酒とか全部おじゃんになるし。引火したらきっと二人とも死ぬだろ。

 

「そんなこと、やめた方がいいのに」

「ほざけよッ!バーナーフィンガー2!!」

 

 よし、不発。技を出すための霊力を奪い切ればなんとかなると思ったが、間に合ってよかった。

 

「どういう……ことだ……」

「だから言ったでしょ。やめた方がいいって」

 

 今はか弱い俺がこんな野蛮な猿と関わっていられるか。ではな。酒はもらっていく。

 

「さようなら。ニワトリさん」

 

 

 そうして空き部屋に戻って酒を呷ろうとしたが、飲む前に尸魂界に戻ってきてしまった。着ていた服は持って帰れたのに、酒はだめなようだ。

 

 それにしても、あいつは何者なんだ?死神じゃないし、滅却師(クインシー)ってのは弓しか使わないらしいから違うだろう。(ホロウ)っぽくはなかったな。

 

「何者なんだろう。あの人」

 

 

 

 

 

 

 どういうことだ。バズビーは地に膝をつき考える。体に力が入らない。何故あの場でバーナーフィンガーが使えなくなったのか。あり得るとすれば、聖隷(スクラヴェライ)で霊力を奪われた可能性だ。だが、もしそうならば自分は気づいただろうし、念のために使っておいた静血装(ブルート・ヴェーネ)がそれを阻んだはずだ。

 そうだ。血装だ。それが極端に弱まっている。いや、血の量自体が減っていたのだ。

 

「吸血鬼かなにかかよ」

 

 霊子と共に血液を奪う。つまり、ともすれば閣下から与えられた聖文字(シュリフト)すら奪われるかもしれないわけで。

 

「これは、思ったよりヤバいかもな」

 

 遭遇した時の格好からすれば滅却師(クインシー)だろう。こんな芸当ができるのも滅却師だけだ。ただ、そんなやつがいるのならとっくに星十字騎士団(シュテルンリッター)に入っているはずだ。だが、そんなことはなかった。死神は見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)を知る由もない。ましてや(ホロウ)がここに入ってこれるはずがない。特異な人間(バウント)とかいうのは違うだろうし、混血は最もあり得ない。

 

 それに、ユーゴーのことも知ったように語ってやがった。

 

 灰白の髪に金色の目が、未だに頭に残っている。何者でもない新しい吸血鬼。

 

「クソッ。何者なんだよ、てめえは」

 

 




需要があれば続きます。


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The VAMPIRE Comes Here

需要があったので続きました。
本作は独自設定を大量に含んでいます。


トサカ頭との不幸な出会いから少し経って、俺は寝るときにはあの城から取ってきた服を着るようにしていた。盗品を使っているようで忍びないが、毎度毎度あの城から服が一着ずつなくなっていくよりはまだいいだろう。

 なにより、寝るときにしわがついたとしても、着物よりも直しやすいのだ。

 毎日あの謎の城に飛ばされるわけではなかったが、いつそうなるのかとひやひやして眠っている。

 

 目が覚めると、またあの場所に飛ばされていた。今回も城内の一室。

 部屋から出た直後、不幸にも誰かにぶつかってしまった。前みたいに怒りの沸点が低い人でないことを祈ろう。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、次からは気をつけるように」

 

 よかった。優しい人だった。さっさと立ち去ろう。見ない顔だなんて疑われたらたまったものじゃない。

 

「いや、待て。貴様、嗜血花(ノスフェラトゥ)か。まさかとは思ったが、未だに生きながらえていようとはな。わざわざこの銀架城(ジルバーン)に来るとはどういうつもりだ」

 

「えっと、なんのことですか?」

 

 呼び止められて見上げると目が怖い。だれだこのお爺さん。スーツを着ているってことは、ここの偉い人なんだろうけど。それに、ノスフェラトゥとはなんだ?もしかしてこの姿の人と知り合いなのか?

 

「かつてのように陛下の脅威とならぬよう、ここで仕留めさせてもらう」

 

 目の前から爺さんが消えると同時に左腕が熱いと実感する。動かないことからすると、どうやら関節を撃ち抜かれたらしい。断定できないほどに相手は速い。いや、行動の前後に隙がないのか。強い敵意を向けてきているので霊力と血の吸収はできているが、これじゃあ行動不能にするより先に倒される。

 

「手緩いな。随分と不調なようだ」

 

 幼女の身体で戦うなんて慣れてないに決まっているだろう。俺の知らない俺の何を知っているというんだ。むしろ教えてほしい。そもそも、あんたは誰だよ。

 

「あなた、誰?私にはあなたと戦う理由がないのに」

 

「どういうことだ?私を忘れるとは思えないが」

 

 あまりにも強すぎる。会話をする暇さえ与えてくれない。血を流しすぎたせいかだんだんと意識もぼやけてきた。

 

「あっけなさすぎる。罠か?まあいい、とどめだ」

 

 こめかみに銃口が突きつけられた。こんなところで死ぬだなんて……

 

 

 

 

 

「このままでは私がしんじゃう。交代こうたーい」

 

 銃口が逸らされ、彼女の纏う雰囲気が変わった。見た目通りに戸惑っていた幼女から、高みから他者を見下すことに慣れきっているそれへ。副隊長相当だった霊圧が総隊長にすら匹敵しかねないほどに高くなる。

 

「久しぶりだね、ロバートのおじさん。あ、もうおじいちゃんか」

 

「ああ、こちらは会いたくもなかったが。貴様は変わらんようだな」

 

 ()()()()()()()。滅却師狩りの死神と光の帝国(リヒトベライヒ)の時代の騎士団最高位。仇敵同士がここに邂逅を果たしたのだ。

 

「昔に戻ったみたいだね。それだとおじいちゃんがまた負けちゃうけど。聖兵(ゾルダート)は呼ばなくていいの?数さえいれば私にも勝てるかもしれないけど」

 

「呼べば全て貴様の糧となるだけだろう。だからこそ、以前も私単騎で貴様と戦ったのだから」

 

「大正解。まあ、ここで引っかかるほど耄碌してないか。じゃあ、はじめるよ。縛道の七十三、倒山晶。縛道の二十六、曲光」

 

 ノスフェラトゥは自分ごと周囲の空間を固定し、隠し、視認できないようにする。あの吸血鬼もはじめはただの死神だった以上、できて当然のことだった。場が整えられ、これで互いに増援は望めなくなった。

 

 

「一対一の決闘だよ。滅却師の誇りとやらにはもってこいでしょ。すぐに砕かれるだろうけどさ」

「一応名乗ろっか。私が()()()()()()()()()()()()、犬蒔樫浅緋(あさひ)。君たちの言うところの嗜血花(ノスフェラトゥ)だね」

 

 純白の城に紅月が上る。

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)、ロバート・アキュトロン。滅却師の誇りにかけて、貴様をここで滅ぼす」

 

 直後、神の歩み(グリマニエル)を使った瞬間移動での包囲射撃。嗜血花がとったのは、静止。

 

「The Heat」

 

 逆四角錐の空間内を炎が満たす。放たれた銃弾は全て融け落ちた。

 

「それは、バズビーの──」

「全部吸えなかったのは残念だったなー」

 

 ロバートの着ていた軍服には焦げ目すらない。吹き出た炎の合間を縫って躱していた。

 

「おじいちゃんは前にこれで負けたんだよね」

「啜れ、嗜血花」

 

 周囲の霊子が綻んでいく。彼女が何千もの滅却師の血を吸って得た霊子の隷属能力。極大の霊圧を放ち、一か所へと収束した霊子は今にも破裂しそうだ。

 

「今回はどうするの?」

 

 全方位への同時攻撃。瞬間移動であろうと躱しようのないそれに。

 

銀鞭下りて(ツィエルトクリーク・)五手石床に堕つ(フォン・キーツ・ハルト・フィエルト)

 

「へ?」

 

五架縛(グリッツ)

 

 ロバートは旧式の道具で対応した。予め霊力を込めておいた銀筒から霊子の膜が発生し、ノスフェラトゥを包み込む。これを五つ重ね掛け。全て攻撃に回せばどんな虚であろうと容易く屠れるそれを以てしても、外界と隔てられるのは一瞬。だがそれが限界まで収束した霊子の炸裂直前ならば、攻撃に使うよりも甚大な効果を与えることができる。

 力は全て内側に向かい、溜めた霊力全てが彼女自身に返る。

 

 

 霊子を焼き尽くす蒼い爆炎の中から声が聞こえた。

 

「まさかそんなに古い道具を使うなんて、ほんとにおじいちゃんになったんだね。銃を使っているからてっきり心は若いとか言っていると思ったのに」

「千年間我々は研究し、進歩し続けたのだ。使えるものを使うのは当然だろう。まったく、ここまでやってまだ死なないあたり、貴様は化け物だよ」

 

 見るからに重症だ。焼け爛れてはいないが、火傷の深度はかなりのものだろう。それでもノスフェラトゥは平然と炎の中を歩いてくる。

 再び銃を構える。背後を取ろうと動いたところで、彼女の張った結界が崩壊した。

 

「決着が着くまでは壊れないはずだったんだけどな。私の過小評価だった。あなたは強いよ。見くびってました。ごめんなさい」

「貴様に褒められるなど、怖気が走る」

 

 ここは引かざるを得ない。このまま多くの血を吸われては、それこそ手が付けられなくなる。

 

「残念だけど、私もそろそろ帰る時間なんだ。尸魂界に来ることがあったらよろしくね」

 

 そう言うや否やその場から消え去った。霊圧の反応はない。

 舌打ち。品のない仕種だとはわかっているが、そうでもしないと苛立ちが抑えられなかった。

 

「陛下への進言が必要だ」

 

 再び嗜血花(ノスフェラトゥ)が現れたと、そう伝えるためにロバートは謁見の間へと向かった。

 

 

 

 

 気がつくと俺は布団に戻っていた。死んだかと思った。身体はなぜか治っていたが、記憶がないというのは不気味なものだ。

 もうすぐ真央霊術院を卒業し、初めての入隊試験を控えているというのに、今までで一番精神をかき乱された。

 精神の安定を図るためにも、日課となっている刃禅をしようと思い立った。

 

 始解を体得してからは階段を上る必要もなくなり、最初から神社の境内にいるようになった。ただ、今日はそれとは別に大きな違いがあった。

 本来は晴れ渡っていた空は夜となり、赤い月が中天に浮かんでいた。

 

「またきたんだね」

 

 境内に腰かけていた嗜血花が俺の方に向き直る。そういえば、彼女の着ている服はあの城(確か銀架城といったか)に置いてあったものと同じだ。

 

「なあ、これは一体……」

 

 あまりの変わりようになにがあったのかと聞くが、彼女はそれに答えない。一度それっぽいことを言っていたが。

 

「だいじょうぶ。たのしいことがあったから、きょうはつきがあかいの」

 

 と的を射た答えではなかった。ただ、紅い光に照らされて、白い服が真っ赤に染まっている様はまるで血に染まったようで、恐ろしいのにどこか魅力的でもあった。

 そのあと、それは自分の姿でもあることに気づいたが。




八番隊。隊花は極楽鳥花。花の意味は【すべてを手に入れる】

次回、初めてわからせられます。


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Lose to the ZOMBIE

お待たせしました。


 現世で何度目かの魂葬の実習があった。あの有名な檜佐木先輩の時のように虚が突然現れるということもなく、至って無事に実習を終えられたことは喜ばしいことだろう。

 

 疲れからか直ぐに眠りにつき、次の瞬間には廊下の端の方で目を覚ます。また銀架城に飛ばされたようだ。前にあのお爺さんと戦ったのは今までで一番いやな思い出だ。今は疲れで逃げることも難しいだろう。絶対に見つからないようにしよう。

 

 少し城を見て回る。それにしても、床の氷を剥がしたりしないのだろうか。偶に滑って転びそうになる。そうして人のいない部屋に隠れながら城を観光していた時だった。

 

「ねえ、ここらへんでキャンディちゃん見なかった?緑の髪の子なんだけど」

 

 後ろから声がした。話しかけてきたのは、アホ毛を二本触角のように生やした女の子だ。えっと、キャンディちゃんというのがだれか分からないが、多分あだ名だし、仲がいいのだろう。多分女。緑髪の子を見た覚えはないな。

 

「知らないわ。ごめんね」

 

 なんか、このまま放っておいても罪悪感が湧く。しょうがない。トサカ頭とお爺さんに見つからないように探そう。やっぱり心臓に悪いな。

 

「もしよければ手伝うよ?えっと」

 

「ジゼルだよ。ありがとね」

 

 そうして城の中をジゼルちゃんと二人で探し回る。心当たりがないか聞いてみたが、いそうな場所はもう探した後らしい。

 別れても連絡手段がないので隣に並んで探す。そういえば、ジゼルちゃんからは懐かしい匂いがする。なんだろう、この匂いは。栗の花みたいな……どちらかと言えば生のイカ?そうだ、精液だ。この躰になってからはオナニーなんて縁がなかったから懐かしい匂いだと思ったのか。

 いや、そもそもなんでそんなにおいがするんだ?というか匂いがキツイな。もしかすると。

 

「精液臭い。ジゼルちゃんって男なの?」

 

「は?」

 

 やばい。いつの間にか考えが口に出ていたみたいだ。流石に失礼にもほどがあったので殺意を向けられた。咄嗟に謝ろうとしたが、体が動かない。それに、体を動かす感覚が全くない。

 

「あれ?なんで?」

 

 ジジも不思議そうな顔をしている。

 

「右手上げてー」

 

 ジゼルが自分の右手を上げながら命令すると、俺の右手が上がる。ついでに片足を上げたポーズが可愛い。

 

「左手上げてー」

 

 同じようにしてジゼルが命令すると、俺の左手が上がった。

 

「ばんざーい」

 

 両手が上がる。

 

「なんで何もしてないのに死体になってるの?」

 

 心底不思議そうな顔で言われた。俺にもわからない。殺意に反応して嗜血花の能力が発動したと思ったらこうなっていたのだ。

 もしかして──

「ジゼルって、血を飲ませた相手を操れたりするの?」

 

「そんな感じだけど……あっ」

 

 ジゼルはにんまりと笑った。ジゼルも理解したのだろう。そう、俺がジゼルの血を取り込んでしまったせいで、今俺はこの子の命令を聞くだけの状態になっているのだ。全部俺がうかつなことを言ってしまったせいだ。

 

「あれ、というか、意思があるの?」

 

「あるけど、どうかしたの?」

 

「ふーん、そっかー」

 

 ジゼルは少し考え込んでいる。この問いかけから察するに、俺は身体だけ操られている状態だが、本来は意思もなくなるのだろう。

 

「えっと、さっきは失礼なことを言ってごめんなさい」

 

 謝ろう。これが俺のせいなのは確かだし、ここでさらに機嫌を損ねて自殺してとか言われたら非常に拙い。

 

「いーよ、もう気にしてないから。でも、傷ついたのは確かだしにゃー」

 

 

 

 

 

「ねーバンビちゃん!ペットができた!」

 

 そうして俺は、戦わずして完全に敗北した。強制的に自分の能力まで全て話してしまったのだ。なぜか死神ではないことが前提に話が進められていたので、俺が死神とはバレなかったが。

 

「はい。私はご主人様のペットです」

 

 これからはボクがご主人様だよーなどと言われたせいで、ジゼルへの呼び方がご主人様になった。ただでさえ思考と発言がかみ合わないのに、さらにごちゃごちゃになって面倒極まりない。それに、首輪までつけられた。なんでそんなもの持ってるんだ。それに、少しだけキツく締められていて、痛いし息がしにくい。

 

「やっぱ趣味わりーな、ジジ」

 

「かわいいけど、そういうのはバンビエッタちゃんが殺した子でやればいいと思うの」

 

 彼女の仲間であろう少女たちが次々に発言する。何か食べている子の次は、胸がふくよかな体の子だ。可愛い子が多いな。もう一人の女の子は黙ったままだ。この子がバンビちゃんなんだろうか。

 

「というか、滅却師はいっぺん殺さないとダメだったんじゃねーのか?」

 

「えっとねー、この子は血を奪う能力らしくて、いつの間にかボクの血が体の中に入ってたみたい」

 

「なんだそりゃ。ツイてねーな。こいつ」

 

 憐みの目を向けられた。俺だってコレは人生で一二を争う不運だと思ってる。というか、ここにいるの滅却師だったのか。じゃあ、あのトサカ頭とか爺さんも?滅却師ってもう絶滅したんじゃ。まあ、完全にいなくなったわけじゃないんだろう。銃とか使ってたし。弓しか使わないっていうのは古い情報だったんだな。

 

「ボク先に部屋に帰るから、キャンディちゃんが来たらそう言っといてね」

 

 俺を見せに来ただけなのか。そうしてジゼルに手を引かれてバンビちゃんと呼ばれていた子の部屋から出た俺は──

 

 

 

 布団から飛び起きた。全身の感覚が戻っているが、また記憶がなくなっている。ただ、前回と違って思い出そうとすればできないこともなさそうだが、思い出すのはとてつもなく嫌な予感がする。

 

「一体何があったんだ……」

 

 服がじっとりと汗で濡れたし、霊術院に行くために着替えよう。そう思って立ち上がった時に気づいた。

 全身が痛む。股関節は特に痛みが酷く、歩くのもぎこちなくなってしまう。

 

 そして、腹部の臍の下あたりに何かの紋様が走っていた。子宮のあるところを起点に血管に沿って褐色に描かれたそれは、絡み合いながら脇腹まで到達している。

 

「……何……だと……」

 

 そういえば、私はあの城からいつも通り急にいなくなってしまったわけですが、()()()()はそれをどう思われたのでしょうか。不愉快に感じていたらと思うと不安で仕方ありません。

 

 どうやら少しボーッとしていたようだ。卒業試験まであと少しなのだから、気を抜きすぎてはいけない。それに、この身体にはもう慣れたとはいえ、もとは彼女の身体だ。あまり長時間裸でいるべきではないだろう。

 着替えて部屋を出ると、俺は霊術院に向かう。何故か下腹部の紋様に熱があるような気がした。

 

 

 

 

「そういえば、バンビエッタちゃんは黙ってたけど、どうかしたの?」

 

 ミニーニャがバンビエッタに話しかける。普段なら積極的に話に入ってくるだろう彼女がずっと黙っていたのを心配したのだ。

 

「考え事してたのよ。どっかで聞いたことあるのよね、血を奪う滅却師ってやつ」

 

「ん?そんな情報(ダーテン)来てたか?」

 

「いや、聞いた気がするってだけ。だめね、思い出せない」

 

「そんなに気にすることじゃないと思うの」

 

 

「ワリィ、ジジとはぐれて、探してたら遅れちまった!」

 

 遅れてキャンディスが到着する。

 

「そういや、ここに来るときに近くの部屋でだいぶ大きな声、つーか絶叫か?あれ。まあ、そんな感じのが聞こえたんだが、何だったんだ?」

 

「……あー、ジジが言うには、ペットができたんだとよ。オレより少し小さい滅却師だったぜ。んで、それだけ言って部屋に戻ってった」

 

「マジかよ。ジジのやつ、そういう癖なんとかしろよな。あいつだってバンビにどうのこうの言えねーじゃん」

 

「ああいうところ、バンビエッタちゃんとそんなに変わらないと思う><」

 

「ホントだぜ。あのクソビッチ」




淫紋ですよ!淫紋!
ナニをとは言いませんが、初喪失です。
やりたいことはやれました。


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My Name is

戦闘描写は苦手です。


 卒業試験が間近に迫っていた。同期の中でも始解を身に着けた連中は自分の武器にあった鍛錬をしているのだが、俺はそれができていない。というのも、始解をして以来斬魄刀が見当たらないのだ。鬼道系の斬魄刀にしても、刀が丸々なくなるとは。幸い刃禅はただ精神を集中するだけで可能だが。そうして悩んでいたある日のことだった。

 

「わたしをつかいこなせるようにするよ」

 

 目の前にいるのは嗜血花だ。いつの間にか精神世界に呼ばれたらしい。だが、使いこなせるも何もこれ以上どうしろというのか。

 

 彼女は虚空から剣を掴む。普通の刀と言って差し支えないだろう。この斬魄刀、ちゃんと刀だったのか。てっきり鬼道系の性質だと思っていた。もしかして、取り出そうと思えば取り出せたのか?

 

「やってみて」

 

 刀の形をイメージする。彼女がやってみてと言ったんだ。つまり俺も必ずできるということになる。

 柄を掴んだ感覚がした。そこから一気に、引き抜く!

 

「じゃあ、たたかおっか。そつぎょうまでにかてるといいね」

 

 そうして刀を構えると、彼女が目の前から消えていた。目を離したつもりはなかったが、それでも捉えきれなかった。以前の爺さんと同じだ。

 

「めをならして」

 

 咄嗟に声のした方向を斬りつけるが、当然手ごたえはない。俺の目の前に彼女が立っていて、次の瞬間には消えている。それを何度も続けているうちに、刀を振るう速さも落ちてきた。疲れに加えて嗜血花自身の能力で、霊力や血が奪われているのだ。

 

「あきた。おそい」

 

 襟首を掴まれ、景色が目まぐるしく動いていく。彼女あまりの速さに意識が朧気になって──

 突如として宙に浮いた感覚。石畳の上に身体が擦りつけられた。かなりの距離を転がり、痛みで意識が明瞭になる。

 

「もうねるの?おきて」

 

 まだ、そうまだだ。トサカ頭に勝って以来強敵に勝てなかったからといって、それに慣れてしまっていてはいけない。

 彼女は遅いと言っていた。なら、同じくらい速く動くしかない。瞬歩を繰り返し使い続けて、ようやく彼女の軌跡が見えてきた。そうして互いが交差する直前。

 

「はどうのいち、しょう」

 

 相手を軽く弾くだけの一番台、初歩の鬼道で、俺はあっけなく撃ち落された。

 

「これがきほんてきなたたかいかた」

 

 戦っている間は相手の方が消耗が激しくなるのだから真面目に切り結ぶ必要はないと、彼女がそう締めくくったところで、俺の意識は今度こそ途絶えた。

 

 

 

 そうして彼女と鍛錬して一月が経った。

 

「さいごのしれん。わたしにいちげきあててみせて」

 

 たった一撃。それでも今まで俺が一度も成し得なかったことだ。

 

「あどばいす。わたしをなっとくさせられないなら、あなたの身体は私が使うよ。必死で頑張ってね」

 

 話し方が流暢になっていく。白い服は赤黒く染まっていき、嘲るような笑いが顔に張り付く。

 

「破道の八十八、飛竜撃賊震天雷砲」

 

 八十番台詠唱破棄!?強大な爆撃を避けると、正面に嗜血花が立っていた。まさか、あれほどの鬼道を目晦ましのために使ったのか。短刀が振り下ろされる。狙いは足か。瞬歩では追い付かれるだろう。なら。

 

「縛道の三十、嘴突三閃!」

 

 左手で三角形を描く。頂点からでた三つの嘴が、()()壁まで貼り付ける。即座に縛道を解除し、体勢を立て直す。

 

「次。縛道の六十二、百歩欄干。縛道の二十六、曲光」

 

 撃ち出されたのは無数の見えない霊柱。動きを妨げるそれを、彼女は蹴ることによる加速に使う。瞬歩よりも早く、不規則な軌道を描いての接近。けれども。

 

「それは何度もやってきた!」

 

 霊圧で柱の位置を探知、配置を暗記する。そうして彼女と同じように柱を使っての加速。この一か月でなんども繰り返した修行の一つだ。交差の瞬間に、斬撃。退路には暗器が何本も投げられている。

 切り払い、もう一度交差を狙う。そして──

 

 

 

 

 

 

「おめでとう、合格だよ。じゃあ最後に。きっとあなたは忘れるだろうけど、犬蒔樫浅緋()の始解を見せてあげる」

 

 一拍。木々のざわめきも静まる。

 

「言祝げ、『祀血架』」

 

 世界が暗転し、木から落ちる葉は宙に止まる。まるで全てが死んでしまったかのように静まり返り、羽韻は自然と呼吸を止めていたことに気づいた。

 

吸血鬼(ノスフェラトゥ)なんて言われてるのが本当に皮肉だよね」

 

 徹頭徹尾一つの目的のための能力だと、目の前の始祖は語る。血の、魂の簒奪。人々の神を騙る男(Y H V H)が別ったそれを奪いつくす最初の殺人者(カイン)

 

「犬蒔樫が上級貴族になったのはこれのおかげだよ。次の千年のために思い()を継ぎ続ける。巻き込まれたと恨んでくれていいよ。私の決意は、滅却師の王を殺すことだから」

 

「この斬魄刀の始解は、封印。この刀に封じた人の力の総てが使えるの。今封じているのは、私と一人の滅却師。この時間停止は、あの子の努力の成果なの」

 

 停止するだけで火に触ったら熱く感じるし服や体は燃えるから、そのせいで(えい)じいちゃんには一度も勝てなかったけど。と浅緋は付け加える。えいちゃんというのが誰かは分からなかった羽韻だが、かなり強い人なんだろうとは思った。

 

「つまり、嗜血花は本当の名前じゃないの。ニュアンスの違いだけどね。だから血と霊力を奪うだけの力になっているの」

 

「勝手だけど、この『祀血架』はあなたに使わせたくないの。この始解(あの子)は私の、最後の寄る辺だから」

 

 その代わりにと彼女は続ける。封印以外の能力はすべて使えるようにするからと。

 

「嗜血花としての始解を保ちつつ、霊子の操作による実質的な時間操作。さっき言った欠点はあるけど、これが本来あなたが使える力だよ。数年鍛錬すれば、あなたでも十全に使えるはず」

 

 羽韻は目を閉じる。告げられた事実は衝撃的だったけれど、それでも。

 

「分かった。あんたの思いは、俺が成し遂げるよ」

 

 死神を目指すものとして、願いを放ってはおけなかった。

 

 

 卒業試験まで、あと一週間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もういいと言ってあげたかった。私は纏まらない意識の中で考える。

 滅却師狩りだとか吸血鬼とか言われてるけど、あの子はただの女の子だ。護廷十三隊だとかいう殺し屋集団で頭角を現すくらい強くなったのだって、私の仇を取るためなんだろう。

 

「滅却師は世界のバランスを崩すんだよ。だから虚を倒すのなんて私たちに任せておいて、大人しくこそこそと覗き見だけしていればよかったのに。バーカ」

 

 心にもない。世界のバランスなんてどうでもいいくせに。私が殺されたのが許せなかったんでしょう。

 

聖別(アウスヴェーレン)とやらであの子が力を奪われて死んだのなら、私はアイツの、ユーハバッハの総てを奪ってやる。だから手を貸して。『祀血架』」

 

 血が出るまで手に爪を食い込ませながらそう言ったあの子。あの状態の斬魄刀が中途半端にしか力を貸さないのも理解できる。あの子は、欲しくもないものばかりを奪っているのだから。背負う花は極楽鳥花。すべてを手に入れるなんて、あの子には似合っていないのに。

 

「甘くなったね。えいじいちゃん。今は元柳斎のおじいちゃんだっけ」

 

 復讐はなにも生まないなんてあのお爺さんに諭されて、あの子はそう言った。あの子は私のせいで変われなかったと思うと悲しいけど、少しだけ嬉しかった。私を忘れないでいてくれて。

 

「完璧ねえ、そんなものはどうでもいいけど、あなたのそれは面白いわ」

 

 科学者を名乗る虚と会って、あなたは変わってしまった。帰刃(レスクレシオン)。自分の魂を刀に分割するという発想を得て、たった一人の復讐に誰かを利用し始めた。八番隊初代隊長として家を大きくして、必要だから子供を作って。

 

「やっと見つけた。アイツの城。瀞霊廷の影に隠れてるなんて、とっても臆病なのね」

 

 自分の家の当主に私と自分を内包した斬魄刀を持たせて、現世駐在の折に滅却師の城を探し回らせた。まさか遮魂膜の内側にあったとは思わなかったけど。

 そうして誰にも言わずに秘密にしていた、たった一人での復讐。

 

「始めるよ。失望させないでね」

 

 新しい当主候補の彼の霊体を、自分の具象化で上書きする。非道な行いということは、あの子も分かっている。強がって大言を吐くのは、私が死んでからずっとだ。そうでもしないと折れてしまうのだろう。私が死んだだけで前を向けなくなるくらい、あの子は弱いのだから。




神は磔られ、其の血は杯へ滴った。
されど騎士は杯へ至らず。
故に奇跡は起こらない。


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When is Your Generation

色々と立て込んでいて遅れました。


 僕、石田雨竜は困惑していた。さっき倒した死神は七番隊の四席と名乗っていて、今戦っている少女が八番隊の七席と言っていた。死神も虚を倒すのが役目な以上、数字が低い彼女の方が弱いはずだ。だが──

 

「なぜ一度も当たらないんだ……」

 

 彼女は矢に掠りもしていない。それどころか返り血すら律義に避けているのだ。

 

「無傷の勝利でも気取っているのかい?随分と余裕があるらしい」

 

滅却師(あなた)が相手だもの。この程度は当然でしょう」

 

 返ってくるのは涼やかな表情。矢を射ると同時にまた反撃が当たる。あちらから先には仕掛けてこない。甘さや隙だと思っていたが、まさか自分からは攻撃しないとでも言いたいのか。

 

「あれ?思ったより弱いのね。これなら数年前に戦った()の方がよっぽど強かった。なんていったかしら、あの滅却師」

 

 数年前。その頃に生きていた滅却師は──

 

「石田宗弦。僕の師であり実の祖父だ」

 

「そう。あれがあなたのお祖父ちゃんなんてね。──少し同情するわ」

 

 ……今、彼女は師匠(せんせい)を侮辱したのか。そして、彼女が師匠を殺したのか。怒りのままに矢を射ろうとしたその時、視界が歪んだ。全身の力が抜けて立っていられない。それに、相手の霊圧が増した?

 

「やっと効果が出たようね。私の斬魄刀『嗜血花』は、その名の通り血を好むの。どういうことかというと、殺意に反応して血や霊力を奪う。効果が出るまでに時間がかかるから、普段は七席相当の実力なんだけどね」

「礼を言うわ、石田君。あなたが周囲の霊子を集めてくれていたおかげで、今の私は隊長格にすら匹敵するわ」

 

 つまり、今までの煽るような戦い方もすべて罠か。僕により多く攻撃させるために避け続け、戦闘を長引かせた。

 

「わざわざ敵に能力を説明する意味って分かる?あなたの負けってことよ」

 

 どうする。井上さんもいるし、乱装天傀を使って無理矢理逃げるか?いや、霊力もだいぶ失っているから、それは厳しい。ここでリスクを覚悟で滅却師最終形態になれば勝てるかもしれないが、それでは後がなくなる。

 だが、あの死神が迫ってきている以上はそれしか道はないと散霊手套を外そうとした、その時。

 

「止まって!」

 

「なに!?」

 

 井上さんの三天結盾による体当たり。普段なら無謀な一手だが、あの犬蒔樫という死神が律義に説明してくれていたおかげで助かった。殺意を持たない攻撃であればあの斬魄刀は反応しないらしい。

 

「乱装天傀!」

 

 霊子の糸で無理矢理身体を動かす。体の負担は後で井上さんに治してもらうからと、井上さんを連れて全力で逃げる。

 

「それでいい。あなたのそれを振るうべき相手は他にいるわ。私は彼、宗弦を殺していないもの」

 

 去り際にかけられた声が気になった。どういうことだ。戦ったとは言っていたが、殺してはいない?だめだ、血が足りないから頭が回らない。井上さんも一緒に飛ばされたようだし、まずは休むべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 瀞霊廷に旅禍が侵入したらしい。実に数百年ぶりらしいと言えば、どれだけ珍しいかがわかるだろう。まあ、数百年前は俺も生まれていなかったのだが。

 入隊して二年。俺が八番隊の七席に昇進した直後にそんな話を聞いたものだから、驚きはすごかった。まあ、卒業試験でなぜか総隊長殿が相手だった時に比べればそれほどではなかったが。手加減されていたとはいえ、斬魄刀を抜かれたときは本当に焦った。

 

 空中で四つに分かれた光は旅禍の一行らしいので、途中で会った一貫坂次郎坊という七番隊四席の先輩と旅禍を追っていると屋根の上で旅禍の男女とあった。女の子の方は見たところ普通の洋服だが、男の方、どうも見覚えがある服装だ。

 

 あ、一貫坂先輩が、女の子の方に襲い掛かった。まあ、旅禍だし、か弱そうな方を狙うのは妥当だが、彼女がご主人様みたいなタイプだったらどうする気なのでしょうか。それに、もう片方は滅却師のようですし。なにかあると疑うべきでしょう。それにしても、現世に混血の滅却師が残っていたのですね。てっきり陛下の聖別ですべていなくなったと思っていました。ご主人様に伝える必要はなさそうな情報ですが。

 

 やっぱり滅却師!?ついにあの城から出てきたのか。というか、一貫坂先輩もう負けたんだ。死神として再起不能らしいけど、大丈夫なんだろうか。

 次は俺?退いた方がいいって、旅禍を前にして背中を向けて逃げ出すわけがないだろう。

 

「ならば君も僕の敵だ」

 

 よし、嗜血花の能力に嵌った。あとは相手が動けなくなるまで矢や特殊な攻撃を避けるだけでいい。そして、もう俺はご主人様やあの爺さんで懲りたんだ。対策は立ててある。

 まず、滅却師には謎の防御がある。血装というらしい。あの爺さんが傷を負っていなかったのはこれが原因だな。これは攻撃力を上げたり鎧にできたりするが、どちらか一つの効果しか使えない。つまり滅却師が攻撃した隙を狙う必要があるわけだ。そういえば、あの爺さんはロバート・アキュロンというみたいだ。どこで聞いたかは覚えていないが、最近行く頻度が少なくなった銀架城で聞いたのだろう。

 

 ご主人様は私に色々なことを教えていただきました。滅却師としての十全な力の使い方もまたそうです。

 

 次に相手の矢だが、ジゼルみたいに触ると効果が発揮される能力の可能性がある。絶対に当たらないように気をつけよう。

 警戒のしすぎかもしれないが、滅却師を相手にしているのだからこの程度は当然だろう。それに、今戦っている石田くん、爺さんやトサカ頭に比べて妙に矢の威力が弱いのだ。なんらかの特殊能力を持っているに違いないだろう。あの手袋が特に怪しい。

 というか、いくら死神で敵とはいえ俺は今幼女だぞ。本気で殺気を向けるのもどうかと思うんだが。まあ、そのおかげで嗜血花が能力を発揮できたんだが。

 

 それにしても、えっと、石田君は能力がどうとかじゃなくて純粋に対人戦に弱いだけなのか?てっきりあのトサカ頭と同じくらいの強さだと思ってたんだが。というか、あのトサカの本名ってなんだ?嗜血花も知らないから、最近入った滅却師なんだろう。同じくらい若い滅却師だし、そこの石田君なら知っているだろう。なんていう名前なんだ?

 

「宗弦。僕の師であり祖父の石田宗弦だ」

 

 ……マジで?あれがお祖父ちゃん?あの髪型と口調で?なんというかその……あー、ロックな人なんだな。

 え?なんでそんなに殺気が増しているんだ。というか、え?あのトサカ頭死んだの?

 滅却師の誇りにかけて俺を倒す?やめてよ、そんなあの爺さんみたいなこと言うの。まだあれはトラウマなんだから。

 というかこれ、俺があのトサカ頭を殺したみたいに思われてないか?後で誤解は解いておこう。

 

まずい、なんか手袋を触った!って痛い!なんか板で殴られた感じがする。あの女の子、戦えたのか。乱装天傀?なんだそれ。無理矢理身体を動かせるのか。ちゃんと逃げたみたいだな。隊長格に匹敵するだのなんだのと言っておいてよかった。あ、待って!誤解は解いておかないと。ちゃんと伝えられたようでよかった。

 石田君のあの手袋が外されると絶対にろくなことにならないはず。あそこから弓を出していたんだ。それを外すのだから、相当やっかいな能力だろう。俺がなんとかできるとは思わないから、副隊長や隊長に任せる。一貫坂四席がやられたんだ。七席の俺が負けても仕方ないだろう。すまない、貴族とはいえ無理なものは無理だ。とりあえず、一貫坂先輩を四番隊舎まで運ばなければ。卯ノ花隊長、俺を見る目がなんか怖いんだよなぁ。




これからも不定期更新です。


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