この素晴らしい世界でエリス様ルートを (エリス様はメインヒロイン)
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本編とはまったく関係のない小話
短編集1


本編とは一切関係ない小話です。
本編以上に作者の自己満が入ってます。

時系列?なにそれおいしいの?
設定も本編と乖離してる部分が多いと思います。
ただ書きたいものを書いてるだけです。

それでも良ければどうぞ。

注 パロネタも入っているので読みたくなければスルーしてください。


《銀髪盗賊団 in ダスティネス家》

 

「じゃあ行ってみようか、助手君」

 

「アイアイお頭」

 

 時刻は11時50分。スムーズにことが進めば問題なく間に合うだろう。この家の間取りはよく遊びに来るから完璧に把握している。まずは外壁を登るところから。助手くんの狙撃スキルでローブを設置。それを登って庭に降りようとすると、敵感知スキルに反応がある。どうやらあちらも警戒網を敷いているらしい。

 ならばこちらも用意していた陽動を使うまで。協力者は一日にもう一爆裂できるなら構いませんよと快く引き受けてくれた。

 そろそろ時間だろう。

 

 ズドーーーン

 

 屋敷の近くで轟音が鳴り響く。とゆうかかなり近かった気がするのだが。いっそ屋敷を吹き飛ばしてしまうつもりだったのだろうか。しかし陽動の甲斐あって警備の人は戦々恐々としている。まあ一歩間違えていれば吹き飛ばされていたかもしれないのだから仕方ないだろう。

 

 その混乱に乗じて2人して屋敷に侵入、すぐさま二手に分かれた。助手君はダスティネス家当主、ダクネスの父親のところに。謝罪は早い方がいい。あたしはダクネスの部屋に。

 

 潜伏スキルを使い進んでいたが残り時間が少ない。陽動のための待ち時間によってこのままだとかなりギリギリのようだ。仕方ない、穏便に行くのはここまで。今から強行軍に移るとしよう。

 

 スキルを解くとそのまま部屋に向かって駆け出した。さすがにこれだけ堂々と走れば衛兵にバレる。だけど闇夜のなかなら経験値はこっちの方が上だ。バインドを使って衛兵を縛りあげていく。目的地はもう目と鼻の先。走った勢いを緩めつつするりとドアの中に入った。

 

 部屋の中にはターゲットがこちらを睨んでいる。時計を見ると時刻は11時59分。どうやら間に合ったようだ。あたしは腰にぶら下げていた荷物を外し覆面を取る。時計の針が周り12時を刺す。作戦は成功。あたしは笑みを浮かべて、

 

「ダクネス、誕生日おめでとう!」

 

 ケーキを差し出した。

 

 

「どうしてお前は毎年屋敷に潜入してくるんだ」

 

「だって1番最初にお祝いしたいし。ケーキを崩さず持ってくるのって大変なんだよ」

 

「だったら泊まり込みに来ればいいじゃないか」

 

「それだとつまんないよ」

 

「そうゆう問題じゃないだろう!」

 

「お頭ー、謝ったら許してもらえましたよー。お頭はうまくいきましたか?」

 

「うん、バッチリ。ナイス働きだよ助手君」

 

「まあ俺は謝っただけなんですけどね」

 

「カズマ、お前まで来てたのか。というか1番の問題児はどうしたんだ」

 

「そろそろ来るんじゃないか、と噂をすれば」

 

「あ、ここでいいです。運んでくれて感謝しまーす」

 

「めぐみん、確か今日はもう爆裂魔法は撃っていたはずだが?」

 

「カズマのドレインタッチでクリスから魔力を分けてもらいましたので。やはり一日に2回も爆裂魔法を撃てるのはいいものです。ダクネス、次の誕生日はいつですか?」

 

「一年後だ、馬鹿者。まったくお前たちはどうしてこう」

 

「それにしては嬉しそうですね」

 

「そ、そんなことは」

 

「お頭、やっこさん照れてますぜ」

 

「そうだね助手君。頑張ったかいがあるってもんだよ」

 

 

 その後、切れたダクネスを諫めて4人でケーキを食べたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

《SCPパロ》

屋敷での人形騒動時

 

 

あれがなんなのか、わかんねえ。

アンタは死ぬよ、残念だけど。

俺は佐藤和真。俺はこの部屋の中にいて外にいるめぐみんに話してる。

そこにいると死ぬぞ。俺もすぐに死ぬだろうけどな。

 

だから出れねえ。俺に出来たことは唯一つ。呪われた扉を閉めることだ。俺はこの扉を出ることはできない。だけど奴らは本気になれば入ってこれる。

 

アイツがもう諦めてくれてるといいんだがな。俺はもう閉めた。外に出るのは諦めたんだ。それが今俺に許された最後の抵抗なんだから。何にせよ、アイツは死ぬ。死ぬ前に爆裂魔法でも撃っときな。

 

奴らは神に祈りを捧げて得られる力で殺すことができる。なんでかは知らないが、それでうまく行く。どの神かは関係ないがエリス様がおすすめだ。

 

俺にはもうできない。奴らが窓いっぱいに張り付いてるのをみちまったからな。

俺は逃げた。耐えられなかった。このくそったれな状況に対処する術なんて知らねえ。俺の後ろで何か聞こえた。待ってくださいカズマだの、アンデットめぶっ殺してやるだのと。それが仲間の声なのかはわからないが、俺はみんなと別れた。

 

ここでめぐみんがやることは一つだ。俺はやりきれなかったが、お前はできるかもな。今、家の中で浄化して回っているだろうエリス様を見つけることだ。誰かがやってくれなかったら、奴らはいつか外に出てくる。間違いなく。

 

俺はここから動けない。俺のちゅんちゅん丸が横にあるが、意味なんてない。もう祈れない。俺に代わってやり遂げてくれ。

 

幸運を。死にゆくものより敬礼を。

 

 

「馬鹿なこと言ってないで早く扉を開けてください!人形が、人形が⁉︎」

 

「いやだー!そんな怖いところ出ていけるか!お前がおとりになってエリス様のところまで逃げろ!俺はこの部屋に引きこもってる」

 

「私だって嫌ですよ。こうゆう時こそリーダーとして仲間のために命をかけるべきじゃないですか!」

 

「お前普段は好き勝手してるくせに、こうゆう時だけ頼るのは卑怯だろ!いいから早く行け!」

 

「何をーー!あ、やばいですマジで近くなってきました。開けてー、ここを開けてください、ちょあけ開けろーーーーー!!!」

 

「大丈夫ですかめぐみんさん!『ターンアンデット』!」

 

「信じてましたよエリス様ー!」

 

「この男は!」

 

 

元ネタはSCP 1983 先のない扉でググるんだ。

 

 

 

《バニルマン》

 

テレッテッテレ テッテー ♫

 

あれは誰だ 誰だ 誰だ

 

あれはバニル

 

バニルマーン バニルマーーーーン

 

魔王より強い かもしれない

 

お金のために たたかう男

 

バニルアイは 見通す目

 

バニルチョップは 破壊力

 

バニル人形 かわいいよ

 

殺人光線 相手死ぬ

 

悪魔の力 そのも〜の〜

 

悪魔の〜 ヒ〜ロ〜

 

バニルマーン バニルマーーーーーン

 

 

「おい、なんだこれ」

 

「なんだ、あの女神に手を出すかどうかを考えて日々悶々と過ごしている小僧よ。ああそれは我輩の新作、バニルさん人形MK-2の試作品だ」

 

「俺はそんなこと考えてない。考えてないがそれ以上はやめてくれ」

 

「見通す悪魔たる我輩の言葉に嘘などないのだがまあよい。そこな商品は我が店屈指の売り上げを誇るバニルさん人形をアップグレードしたものだ。以前のものは夜中に時折笑いだすものだったが、今回はなんと夜中に歌い出す」

 

「ただのホラーじゃねえか」

 

「何を言う。以前の悪霊を追い払う効果はそのままにして今回は子虫やコバエなどの主婦の敵の侵入をも防ぐ優れものだぞ。歌詞はもっか検討中である。ちなみにバニルマンと言っておるが悪魔に性別はないのでな」

 

「魔王がどうとか聞こえたんだが」

 

 バキッ

 

「何をする。幸運をもたらすとは名ばかりの女神よ」

 

「こんなゴミが販売されるなんて我慢できないので壊しました。あの、それでカズマさん、そんなに悩んでるのなら私は別に構いませんよ?」

 

「え」

 

「盛るなら店を出て行くがよい。はた迷惑な客どもめ」

 

 

 販売を開始したバニルさん人形MK-2は主婦とサキュバスの間で飛ぶように売れていった。

 

 

 

《女神、頑張ってますverエリス》

 

午前6時。

朝食の当番はめぐみんだが、朝早く起きて手伝いに来たらしい。

慣れた手つきで紅茶を用意している。

 

午前8時。

今日は朝から爆裂したい気分ですとめぐみんに無理矢理連れられて爆裂散歩に同行。

クリスもそろそろ爆裂魔法の魅力がわかってきましたか!

そんな勝手なことを言う爆裂魔神に苦笑いで返しながら背負ってかえる。

 

午前10時。

ギルドについてクエストを探しているが特に見入りが良さそうなものが見つからなかったようだ。

途中で、

よう、そこのにーちゃん、ってなんだクリスか。胸がないから間違えちまった!

とからかってきたダストにグーを返礼していた。

俺も今度会ったら殴りかかっておこう。

 

正午。

ギルドで昼食を取りつつ、クリムゾンビアーを飲んでいる。

昼間から飲むお酒は美味しいなぁーとどこぞの駄女神と似たようなことを言っている。

普段から頑張っているから大目にみよう。

 

午後1時。

ダクネスと一緒にエリス教の孤児院に遊びに行っている。

子供たちの遊び相手をしているようだ。

帰り際に

またね、にーちゃん。

と本日二度目の男判定である。

子供に手を出すわけにもいかず口をムニムニさせながら帰って行った。

あんなかわいいのにどうして男だと思うのか。

 

午後3時。

クレープ屋でダクネスと2人仲良く食べている。

頬についたクリームがチャーミングだ。

あの2人は俺が会う前から友人だったらしい。

その頃のクリスのことを今度聞いてみよう。

 

午後4時。

特に用事はないのか猫と戯れている。

うちにいる漆黒の魔獣には警戒されているので思う存分触っている。

ここがいいのかにゃー。

と満面の笑みである。

何あれかわいい。

 

午後4時半。

ウィズ魔道具店に入ってから10分後。

突然家の中が光ったかと思うと、クリスが出てきた。

今度は絶対滅ぼします。

そう捨て台詞を残して去って行った。

ドアからは

二度と来るでないこの忌まわしき女神が

と憤るバニルと姿が薄くなっているウィズが見える。

ウィズがいるんだから手加減してやれよ。

 

そこの思いつきで仲間をストーカーする小僧よ、こちとらも迷惑だからあの女神の手綱はしっかり握っておけ。

バニルはそう言って店の中に戻って行った。

 

午後5時。

エリス教の配給を手伝っているところにセシリーが現れる。

クリスさん、あなたはアクシズ教の素質があるんだからこんな邪悪なところに居たら駄目よ。それはそれとして私にもください。

頭アクシズなプリーストに絡まれて疲れた顔をしている。

周りのエリス教徒も気の毒そうに見守っている。

 

そういえば今日は俺が夕飯の当番だったな。

先に帰って何かうまいもんでも作ってやろう。

そう思って立ち去ろうとしていると、

 

「あれ帰るの?あたしも一緒に帰るからちょっと待っててね」

 

 ...どうやら始めからばれていたらしい。

 

 

  ーーーーーーーー

 

「それで何で後なんかつけてたの?」

 

「いや、クリスが普段どんなことしてるのか気になって」

 

「相変わらずデリカシーないなぁ」

 

「返す言葉もございません」

 

 2人して慣れた帰り道を歩く。

 陽はもうすぐ落ちて何でもない1日が終わる。

 

「まったく、そんな君に罰を考えたんだけど、」

 

 隣を歩きながらこっちを向いて彼女は言う。

 

「明日は私と一緒に付き合ってくださいね」

 

 やっぱり彼女は女神だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




なんとなく思いついたもの。

地の文が少ないので誰が喋ってるか分かり辛かったら後で入れ直します。連絡よろ。


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本編
エピソード0 はた迷惑なアクア様


前書きはストーリーと関係ないので暇な人が読んでください。

初投稿です。というか真面目にストーリー考えたのも初めてです。
作者はこのすば完結と共にあふれ出した昂りとか悲しみとかノリで筆をとってます。
心無いコメントは作者の気持ちをえぐるので良心に従ってうってください。
そんな非道なことができるのは、魔王軍に違いありません。魔王滅ぶべし。

このお話はタイトルの通りエリス様ルートを目指すものです。
でも作者の気分次第と腕の上達次第でほかのルートが解放されるかもしれません。
ぶっちゃけ未定です。
ただアクア様ルートは絶望的です。あきらめてください。

初めてなので途中で作者が飽きて失踪する可能性もあります。
その時は初犯ということで寛大な心で見逃してください。
最低でも原作一巻分は書ききるつもりです。
その先は失踪の可能性が高くなります。

最後にこの長いだけの特に内容のない前書きを読んでくれた暇人のあなたに感謝と祝福を。


「それではあなたの旅路に祝福を」

 

 明るい光に包まれ、また1人の少年が魔王討伐のために異世界に送られる。それを見送った少女は部屋の中にポツンと置かれた椅子に腰掛けた。

 長い白銀の髪に白い肌、ゆったりとした白い羽衣に身を包んだ少女は物憂げな表情を浮かべていた。儚げな美しさを持つ少女、幸運をつかさどる女神エリスは

 

「どうしてこうなったのでしょうか」

 

 誰もいない空間に溜息をつきながら愚痴をこぼしていた。

 

  ーーーーーーーー

 

 遡ること数時間前。

 いつも通り自分が管理する世界の仕事をしているエリスに1人の来客があった。

 

「エリスー、遊びに来てあげたわよー」

 

 エリスの上司にあたる綺麗な青髪が特徴的な少女の女神アクアである。

 

「また来たんですかアクア先輩。今日は仕事ちゃんと終わらせたんですか?」

 

「そんなのエリートの私にかかればあっという間に終わるわよ。だから今日はサボって明日の私に任せるわ。それより早くお茶とお菓子出してよー」

 

 備え付けのちゃぶ台のような机につくと、まるで我が家のようにだらけ始めるアクアに、大人しく付き合った方が楽だと判断したエリスは仕方なくお茶にすることにした。

 

「べつに先輩の仕事のやり方に口出しする気はないですが期限はきちんと守ってくださいね。世界の管理を任されているんですから真面目にやってくださいよ」

 

「やっぱりエリスは頭硬いわねー。女神なんて気楽にやりたいことをやってればいいのよ。汝我慢することなかれ。アクシズ教の御神体として信徒たちの手本となるような振る舞いをしなくっちゃね」

 

 慣れた手つきでお茶とお茶菓子を用意しながらエリスは注意したがアクアは何処吹く風という感じである。

  

(悪い人ではないんですけどね)

 

 人柄としては自由奔放でわがままばかりではあるが、根をつめすぎた私を気遣ってくれたり、頭が硬いからこれでも読んでなさいと日本という世界の漫画を持ってきてくれたりする。そういった先輩としての面倒見がよい所はエリスも好ましく思ってはいる。

 

 まあ元をたどればアクアが仕事をさぼるからエリスにしわ寄せが行き大変な目に合っていたのだが。それで困っているエリスをアクアが一度助けてからは今度はあの時の借りがあるでしょと、菓子をねだったり、仕事の手伝いをお願いしたり、遊びに来てはゴロゴロしたりする女神アクアであった。

現在エリスの職場にある私物の半分はアクアのものである。ちなみにこのちゃぶ台も日本のものらしい。 

 

 付き合い始めた最初の頃は本気で何を考えているのだろうと頭のおかしい人を見る目だったが、その人となりに触れるにつれ、少し頭が抜けてて良くも悪くも自由な人なのだと認識を改めていった。諦めたともいう。

 ようはプライベートで付き合い分にはいいが仕事の上では関わりたくない上司のようなものである。

 

 そんなエリスの内情などつゆほど知らないアクアは呑気に菓子を頬張りながらくつろいでいる。

 

「それにしてもエリスの所は暇そうね。魂が昇天してきてないなんて珍しいじゃない。暇なら私の仕事手伝ってよ」

 

「別に魂の案内がないからって暇なわけではないんですけどね。それでも一時とはいえ人々が平穏に過ごせてるのは素晴らしいことです」

 

 苦笑しつつもそれでも嬉しそうにエリスは微笑む。そんな彼女を見てアクアは

 

「いい子ちゃんねエリス。素直に仕事が減って楽できて嬉しいって言いなさいよ」

 

 これである。女神とは一体。

 そんな女神にあるまじき物言いに対しエリスは怒ることなく返答する。

 

「そんなこと思ってませんよ。女神の責務として世界の安定も大事ですが、何よりそこで暮らしている人々の平和こそが私たちにとって目指すべき場所なんですから」

 

「な、なによその女神らしい口上は。国教になってる余裕のつもり?ちょっと私より信徒が多いからって調子に乗ってんじゃないわよ。毎年エリス祭だか開いてもらってるからって羨ましくなんてないんだから。私の方が先輩なんだから!私の方が偉いんだから!ほら敬って!崇めてよ!」

 

一気に捲し立ててうああああああぁっと泣き喚く女神アクア。自分で喋りながら勝手にヒートアップして女神として負けていることに悔しくなっていったようだ。

「ち、ちゃんと尊敬してますから急に泣き出さないでください」

 

 唐突に情緒不安定になる駄女神にエリスは困惑した。

 

「言葉ではどうとでも言えるのよ。どうせ心の中ではめんどくさいやつとか思ってるんでしょー!」

 

「お、思ってませんよ」

 

 女神エリスは嘘をつくのが苦手だった。

 

「うああああああああああぁぁぁぁぁーーーーっ」

 

  ギャン泣きである。

 

「すみませんちょっとだけ思ってました。ほら私のとっておきのお菓子ですよ。捧げ物ですよ。ですから泣き止んでくださーい」

 

「あむあむあむあむ」

 

 エリスが王都の有名店で買ったシュークリームをなかば強引に口の中に突っ込んだことによりアクアは一旦の落ち着きを取り戻した。

 

「もう一個ちょうだい」

 

「え、これは私の分なんですけど...。ああ、あげますからまたぐずらないでください」

 

 エリスは仕方なく自分の分もあげるとシュークリームを食べているアクアに対して優しく言った。

 

「私先輩のことは好きですよ」

 

「え、急に告白されても困るんですけど。私女神だし」

 

「怒りますよ」 「はい」

 

 一瞬嫌いになりそうだった。

 

「もう真面目に聞いてください。確かに先輩の仕事がこっちに回ってきたりして面倒だと思う時もあります。けれど先輩は私のことを心配して遊びに来たり気をかけてもらってるのはわかっていますから。そんな人を嫌いになるわけありませんよ」

 

 少し困ったように頬をかきつつも笑顔で偽りのない本心を伝えた。

 

   ーーーーーーーー

 

「なんか疲れたんですけど」

 

 エリスの説得によりなんとか落ち着きを取り戻したアクアは机に突っ伏しながらそう漏らした。

 

「今日はもうやる気起きないからここで過ごそうかしら。エリスー、お茶のおかわりと貸してた漫画持ってきてー」

 

 完全に休業モードへと移行するアクア。

 

「もう十分休んだじゃないですか。私も仕事がありますからこれを飲んだら先輩も帰って仕事の続きをしてくださいよ」

 

 エリスは文句を言いつつもおかわりのお茶を出した。

 

「仕事って言ったってさっきから誰も昇天してこないじゃない。そうよ、今日はもう誰も来ないから私の遊びに付き合いなさいよ」

 

 そんな無責任なことを言いながらどこから取り出したのかチェス盤のようなおもちゃを机の上に広げ始めた。

 

「先輩の管轄の世界と違って私の世界は魔王軍の脅威に脅かされているんですよ。死者の方がいつ上がってきてもおかしくないんです」

 

「そんなの来ても待たせとけばいいじゃない。天界に来た魂は私たちが触れないかぎり意識を持たないんだから。死んでから時間が経っても私たちが触れたらさっき死んだって認識になるのよ」

 

 アクアはそんな事も知らなかったんですかーと先輩面をしながら煽ってくる。

 

「いえ確かに天界に来た魂は意識はありませんけど、そこにある以上は何かしらのエネルギーを消費しているわけでして」

 

 えッとアクアが固まったがそれに気づくかずエリスは続ける。

 

「そのエネルギーは次の人生のための寿命だったり幸運だったり人それぞれですが...、あの先輩どうしたんですか急に目を逸らして?」

 

 わかりやすく動揺しているアクアにさすがに気付いてエリスは尋ねた。

 

「ナンデモナイです」

 

「あからさまに片言じゃないですか」

 

「えっとエリス様怒らないで聞いてほしいんですけど」

 

「本当にどうしたんですか!」

 

 アクアは天界の日本支部に魂を長い間放置したままにしていたこと、そのことを上の人に黙っていて欲しいこと、その魂の案内を手伝って欲しいことを告げてきた。

 

「何やってるんですか先輩!」

「知らなかったのよー!」

「このことはきちんと上に報告しますからね」

「イヤァーー!そんなことバレたら私のエリート街道がぁー!」

「ち、ちょっと先輩、わかりました悪気がなかったのはわかりましたのでパッドを取ろうとしないでください」

 

「ちなみに何人ぐらいの方がいらっしゃるのですか?」

「5…」

「5人ですか。なら想像してたよりも大事にはならなそうですね」

「50人デス」

「どれだけ仕事してなかったんですか!」

「うわぁーーーーん」

 

ーーーーーーーー

 

 そんな紆余曲折をへて今に至るのであった。

 

「はぁー」

 

 溜息をつくと幸せが逃げると言われているが、幸運の女神の私がつくと普通の人より多く逃げるのだろうか。そんなどうでもよいことを考えながら次に案内する死者の詳細を読んでいた。

 

 先輩と2人で等分した死者の数も後5人まで減っている。自分の世界で同じことをしていることもあり滞りなく案内ができている。魂の劣化は酷い人は一年近く寿命が縮んでいる人もいたが、謝罪と共に説明したところ、人生やり直せるなら一年くらい安いもんだと笑っていた。喜んでいいのか複雑なところではあるが本人が納得してくれたのならそれでいいのかもしれない。

 

 それにしても、こう一気に死者を導くのは気が滅入ってしまう。

 

 天界という退屈な職場で死者を迎え入れる。

 女神として人々の平穏を願う心に偽りはないが刺激が欲しくなるのはしょうがないことだろう。その発散として時折地上に降りているが、何か足りない。

 

 冒険者の知り合いや親友と呼べる人もいる。

 それでも私の正体を知っている人はいない。

 知られて困るのは自分だと分かっていてもどこか寂しく感じる。

 

 だから時折思うのだ。

 私の正体を知ってその秘密を共有してくれる。

 私の退屈を壊してくれる。

 そんな誰かが現れることを。

 

「仕事に集中しないといけませんね」

 

 そんなありえない空想を振り払うように仕事を再開する。

 

 

「えっと、次の方は...佐藤和真さんですか」

 

 

 




エリス様ルートに行くための前振り的なもの

魂の劣化は特に伏線とか考えてないので深く考えないでください

おまけ
魂の案内

アクアの場合

モブA「ここは一体?」
アクア「あんたは死んだのよ。さあ転生するか、天国行くか、異世界行くかさっさと選んで!」
モブA「えっ急にそんなこと言われても...」
アクア「いいから早く選んで!こっちは後がつかえてるのよ!」
モブA「ヒィッ」

エリスの場合

モブB「ここは一体?」
エリス「モブBさん。ようこそ死後の世界へ。私は女神エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです」
モブB「そんな、もう死んじまったのか俺は」
エリス「残念ですが。ですがあなたの次の人生はもっと長く生きれるよう私もお手伝いします」
モブB(女神だ)

アクアは怖がられるので効率的にはあんま変わんない。

読んで頂いた読者に深く感謝を!


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プロローグ

カズマさんのターン


「佐藤和真さん...。ようこそ死後の世界へ。あなたは不幸にも亡くなりました。私はあなたに新たな道を案内する女神、エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです」

 

 気がつくと俺は真っ白な部屋に座っていた。

 唐突に告げられた自分の死は理解できなかった。

 

 それ以上に目を奪われていた。

 

 ゆったりとした白い羽衣に身を包み、長い白銀の髪と白い肌

 どこか儚げな美しさを持つ表情

 自分より少し年下に見えるその少女に。

 

   ーーーーーーーー

 

「あのー、佐藤和真さん?大丈夫ですか?」

 

 俺が固まっているとその人は心配そうに名前を呼んできた。

 

「ひゃぃ」

 

 ちくしょう、引きこもりの弊害か声が上ずっちまった。

 そんな俺の様子に気づいてないのか少女は安堵した表情を浮かべていた。

 

「よかった。声をかけても返事がないので何か不調があるのかと」

 

「いえ突然のことで頭がまわんなくて」

 

「しょうがないですよ。大切な命を失ってしまったのですから」

 

 少女に言われて改めて俺は死んだ時のことを思い出す。

 

 俺の名前は佐藤和真。

 引きこもりの俺が偶然外出した時に、1人の少女がトラックに轢かれそうになって、俺がそれを庇ったところまでは覚えている。

 おそらくあのトラックが死因なんだろう。

 

「あの、俺が死ぬ時に助けた少女はどうなりましたか」

 

 聞かずにはいられなかった。

 自分が命を賭して助けた少女の安否を。

 

「え、ええ、足を骨折しましたが御存命ですよ」

 

 きっと俺はあの少女を救って死ぬ運命だったのだろう。

 ならば悔いはない。

 

「そうか、それはよかった」

 

「は、はい。本当によかったですね」

 

 ?

 先程から少女の様子がおかしい。

 まるで俺に隠し事があるかのような雰囲気だ。

 まさか!?

 

「本当のことを言ってください」

 

「え」

 

 俺の言葉に少女は焦った様子を見せる。

 間違いない。

 彼女は嘘をついている。

 

「優しい嘘は時に人を傷つけます」

 

「で、でも」

 

「俺はどんなことがあっても現実を受け止めます」

 

「ほ、本当にいいんですね?」

 

 少女も真実を伝える気になったようだ。

 ならば俺も目を逸らさずに真実に向き合おう。

 

「覚悟はできてます」

 

そして少女は残酷な現実を告げた。

 

   ーーーーーーーー

 

「嗚呼アアああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ」

 

「お、落ち着いてください」

 

「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 

 落ち着けるかってんだ!

 何?

 トラックじゃなくてトラクター?

 少女を助けたんじゃなくて怪我させただけ?

 おまけに死因は勘違いによるショック死?

 何が優しい嘘は人を傷つけるだ!

 嘘のままにして欲しかったよ、誰だよ真実教えろって言ったの?

 俺じゃねえかバカやろー!

 現実を受け止める?

 覚悟はできてる?

 受け止めれるかこのやろー!

 

「あ、あの家族の方はきっと悲しんだと思いますよ。報告書にには、えーっと、家族の方々は思わず吹き出してしまったと...」

 

「嗚呼アアああぁぁぁぁあーああぁぁぁぁあーああぁぁぁぁ」

 

「え、えっとお気の毒に............ぷっ」

 

「⁉︎」

 

 さすがの少女も堪えきれなくなったのか吹き出してしまった。

  

  ーーーーーーーー 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 先程から少女が平謝りしてくるが俺には何も響かない。

 現実なんてこんなもんだ。

 俺は何を期待していたのだろうか?

 

「死にたい...」

「?もう死んでますよ」

 

 そうだった。

 世知辛い。

 

 そうして俺がこの世のすべてに絶望していると少女が近づいてきた。

 椅子で項垂れている俺の正面に着くと少女は屈んで手を取りまっすぐ俺の顔を見ながら話しかけてきた。

 

「悲しいのは死んでしまった和真さんなのにそれを笑ってしまうなんて、本当にすみません。確かにあなたが助けなくても少女は無事でした。現実は残酷かもしれません。けれどあなたが少女を助けようとした気持ちは本物で誇ってよいものです」

 

 少女は強く俺の手を握りながら続ける。

 

「その気持ちに私は敬意を抱きます。次の生ではその気持ちが報われることを祈ります。お疲れ様でした。頑張りましたね」

 

 少女は微笑みながら俺の人生を労ってくれた。

 

  ーーーーーーーー

 

「落ち着きましたか?」

 

「はい」

 

 俺の首肯に嬉しそうに少女は笑った。

 

「もう大丈夫みたいですね。それでは改めまして私は幸運を司る女神、エリス。いつもは別の方なのですが、こちらも事情がありまして。今回は私がかわりにあなたの死後を導く役を務めさせていただきます」

 

 椅子に腰掛けた少女、エリスは俺に3つの選択肢を提示してきた。

 天国に行くこと。

 生まれ変わること。

 そして最後の一つ。

 

「異世界転生?」

 

「今のあなたのまま異世界に転生されるので生まれ変わるというわけではありませんが」

 

 そうしてエリスは転生について詳しく説明してくれた。

 やれ、言語はどうだの、特典がつくなど、魔王がどうだの、頭がパーにはなるかもと。

 

 まあ少しリスクはあるようだが俺は生まれつき運だけには自信がある。

 そう意気込んでいる俺に、最後にとエリスは申し訳なさそうに今回自分が担当を変わった経緯と俺の運のステータスが下がっていると告げた。

 彼女がいうにはほんの気持ち程度下がっただけだと言うが一番自信があったものが下がっているとなると気後れしてしまう。

 

(やっぱり確実な生まれ変わりを取るべきか?)

 そんな悩む俺をみてなのかエリスは

 

「佐藤和真さん、お願いです。その世界は私が見守っている世界なんです。どうかわたしの世界を救うのを手伝ってくれませんか?」

 

 祈るようなポーズでお願いしてきた。

 

「もちろんさ」

 

 俺ってちょろいなー

 

  ーーーーーーーー

 

「それではこちらが転生特典となります」

 

 そう言ってカタログを渡してきた。

 その中には

 約束された勝利の剣、十二の試練、天地乖離す開闢の星などなど。

 明らかに世界観が違うというか、これチートじゃね?いや特典(チート)なんだけど、というか英霊召喚ってこれ完全にfat○じゃん。

 他にもさまざまな武器や特殊な能力が書かれていた。

 そうして気づいたらすっかりとカタログを読みふけっていた。

 

 ふと前からの視線を感じ顔を上げると、いつのまに用意したのかティーカップを持ちながら微笑ましいものを見る目をしていた。

 

「すいません。待たせちゃって」 

 

「いえいえ。その特典はあなたが向こうの世界で生きていくための力になるものです。いくらでも悩んで大丈夫ですよ」

 

「特典ってここに書いてるもの以外でも大丈夫なんですか?」

 

「そうですね。さすがになんでもはありませんので用意できるものでなら構いませんよ」

 

 

 俺は考えた。

 転生した向こうの世界で俺は一体何がしたいのか。

 冒険者同士でのライバルや友情?

 ダンジョンを攻略し莫大な富を得る?

 魔王を倒して英雄になる?

 

 どれも間違ってない。 

 だが本当に必要なのはそう

 

(メインヒロインだ)

 

 誰かが隣にいてこそ冒険の感動は際立つというもの。

 だがそう都合よく相手が見つかるとは思えない。

 たとえ見つかったとして目の前の彼女以上の人がいるだろうか。

 いやない。

 

 しかも相手はチートを与える女神様だ。

 つまり彼女1人を連れて行けばこのカタログの中身を丸々使えるということではないか。

 

(やはり俺は天才だったか。これなら一石二鳥どころか百鳥とってもお釣りが出るぜ)

 

 

 カタログを閉じた俺に気づいた彼女が声をかけてきた。

 

「決まりましたか?」

 

「はい」

 

 俺はすっと立ち上がりながら答えた。

 

「それでは特典を仰ってください。向こうの世界についた時に近くに一緒に転移させますので」

 

 その言葉に対して俺はできる限りのイケボで

 

「女神エリス、あなたが欲しい」

 

「はい承りました。それではあなたの旅路に祝...ふくを?」

 

 彼女を選んだ。

 

  ーーーーーーーー

 

 えっと彼は今何と言ったのでしょうか?

 確かに用意できるものならなんでもとは言いましたけど。

 さすがに女神本人を連れていくのは...

 え、いける?

 無効じゃないんですか?

 ち、ちょっとまだわたし仕事ありますし、それに地上にわたしの本体が降りるのはまずーーーー

 

 彼女の言葉が終わる前に異世界の門に2人はすいこまれていった。

 

 こうして少女の退屈な日常は一人の少年によって崩れ去った。

 

 

 




原作の転生特典にアロンダイトがあったから、fat○ネタぶっ込んだ。
当然ですが本編には出ません。

カズマさんの運が下がったのは、エリス様とカズマさんの運最強コンビが揃ったらイベント発生しなくね、とかいう作者のどうでもいいこだわりで下がりました。
まあめちゃくちゃ運がいい人がすごく運がいい人になった程度です。
あんま変わりません。


おまけ

転生特典がfat○だったら

カズマ  「英霊召喚、来いセイバー」

アルトリ○「エクスカリバー」
魔王軍幹部「ぐわー」
セイバー 「カリバー」
魔王城  「ぐわー」
青王   「バー」.
魔王   「ぐわー」

このすば完

「お腹が空きました」
「食費で借金がー」

多分これでいける

読んで頂いた読者に深く感謝を!


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この幸運の女神と異世界転生を♯1

クリス登場


「おお」

 目を開けるとそこには

「おおおお」

 ゲームの中でしかみたことのないような

「おおおおぉーーー!」

 異世界と呼ぶにふさわしい街並が広がっていた。

 

「すげー!中世ヨーロッパみたいな建物に馬車なんか走ってるし。本当にゲームの中に入ったみたいだ。これが異世界かー!」

 

「さようなら引きこもり生活、こんにちは異世界。この世界なら、俺ちゃんと外に出て働くよ!」

 

「じゃあこれからよろしくお願いしますね。エリス様!」

 

 異世界に来た喜びで興奮していたカズマは

 

「あれ?」

 

 肝心の女神エリスがいないことに気づいていなかった。

 

「あれーーーー⁉︎」

 

 

  ーーーーーーーーー

 

「エリス様ー。どこですかー」

 

 出鼻を挫かれたカズマはエリスを探すために街中の大通りを散策していた。

 

「エリス様ー」

 

 どうしよう、さっきまでなら何が来ても怖くないって感じだったのに、1人ってわかった途端すげー心細い。

 

「エリス様ー」

 

 何か周りの人からめっちゃみられてるし。

 服装か?やっぱ異世界じゃジャージは目立つのか?

 

(ていうかエリス様本当どこ行ったんですかー?)

 

 まだ10分程度しか探していないが一向に見つかる気配がなかった。

 

(一緒に門に吸い込まれてたしこっちに来てるとは思うんだけどな)

 

(もしかして俺避けられてる?)

 

(それともやっぱり女神は連れてこれないとか?)

 

 慣れない場所で一人でいるせいでどんどん思考が悪い方に流れていった。

 

 

「もし、そこの少年」

 

 それでも諦めずに探していると神官の格好をした男性に呼び止められた。

 

「何か困りごとですかな」

 

「えっと、人を探していて。エリスって言うんですけど」

 

 カズマは明らかに高位の役職についているだろうプリーストに萎縮しつつも返事をした。

 

「ほう、女神エリス様をお探しで。それは私も是非ともお会いしたいですな」

 

 その返事に対し男は楽しそうに笑いながら答えた。

 

「いや女神ってわけじゃ」

 

「しかし、そんなに往来でエリス様の名前を呼ばれると、あの方も困ってしまわれます。以後お気をつけを」

 

 カズマはいまいち要領を得ない男を面倒に思い、

 

「えっとわかりました。じゃあ俺はこれで」

 

「あっと、そういえば私あなたに言伝を頼まれていまして」

 

 さっさと去ろうとすると無理矢理引き留められた。

 

「いやそっちを先に教えてくれよ!」

 

 この世界に知り合いのいない俺に用があるのはエリス様しかいないだろう。

 ようやく見つけた。

 

「銀髪の美しい少女があちらの路地の奥に来て欲しいとのことです。残念ながら名前は教えていただけませんでしたが」

 

「ありがとな、おっちゃん」

 

「いえいえ、お役に立てて何よりです。それでは私はこれで。あなたに女神エリスの祝福があらんことを」

 

 そう言って最後までよくわからなかった男は去っていった。

 

 

   ーーーーーーーー

 

 

 男の言葉に従って路地の奥に行くとエリス様が待っていた。

 

「エリス様、やっと見つけましたよ。どこ行ってたんですか?」

 

「‥‥‥‥」

 

 カズマはようやく知り合いに会えて安堵した。

 

「よーし、ここからが俺のフイーバータイムだ!」

 

 なんと言ったって俺の特典は女神様だ。

 他の転生者と違ってチートし放題。

 薔薇色の異世界生活が待ってるぜ!

 

「‥‥‥‥」

 

 しかし先程からエリス様の様子がおかしい。

 ずっと黙ったままだし、なんか頬が赤いし、ジト目で俺をみてくるし。

 

(かわいいな)

 

 そんなしょーもないことを考えていると、

 

「はぁ」

 

 溜息をつかれた。

 なんか悪いことしたかな?

 

「佐藤和真さん。私も初めての経験なので確証はありませんが、今の状況を説明させてください」

 

 彼女は表情を正して話し始めた。

 

  ーーーーーーーー

 

 彼女の話を聞くに連れてカズマの計画はどんどん崩れていった。

 転生特典を与えることができないこと、急に連れてこられたので俺の初期装備も何も用意できないこと、彼女が天界に帰るために魔王を倒すのを手伝って欲しいことを伝えてきた。

 

「俺の完璧な計画が...どうしてこんなことに」

 

「本当にどうしましょうか」

 

 エリス様は困った顔をしながら頬をかいていた。

 

「やっぱり天界に帰りたいんですか?」

 

「‥‥‥そうですね。この世界での死者を導くのは私の務めですし、他にもやり残したことがあります」

 

(何か悪いことしたな)

 

 思いついたときにはこれ以上ない名案だと思ったのだがこんな風に困った顔をされると罪悪感が湧いてくる。

 どーしたもんかと悩んでる俺に彼女は提案してきた。

 

「とりあえずこの街のギルドに行ってみましょう。冒険者になるならそれが一番手っ取り早いですから」

 

 なるほど。

 さすがこの世界の女神様だけあって内情にも詳しいようだ。

 そう俺が感心しているところに、

 

「それでですね。準備があるのでちょっと後ろを向いていてもらえませんか」

 

 先ほどまでとは打って変わって、悪戯っぽく笑いながら俺に言ってきた。

 

  ーーーーーーーー

 

 後ろを振り向いてから10秒。

 カズマの思考は加速していた。

 

 これはあれか、お決まりの着替えイベントというやつか

 路地裏とはいえこんな街中でなんて大胆な

 今振り向いたらおそらく下着姿のエリス様がいるのか

 いやあの清純そうなエリス様がこんなことをするなんて

 

「カズマくーん」

 

 ではあの悪戯っぽい笑みは一体どういう意味が

 俺が気づいてないだけですでに好感度MAXになってるのか

 むしろ俺に振り向いて着替えシーンを見て欲しいのか

 そんなのもうエリス様じゃなくてエロス様だよ

 

「カズマくーん?」

 

 そもそも着替えなんてもってなかったし脱ぐしかないのでは

 え?じゃあなに着替えイベントすっ飛ばしてその先いっちゃうの

 エリス様の程よい大きさパイが見れちゃうの

 大人の階段をジェット機乗って駆け上がるの

 勝ったっ!エリス様ルート完!なんですの

 

「ねえカズマくんってば!」

 

「はっ⁉︎」

 

 エリス様の呼びかけで我に返った。

 

「もう振り向いてもいいよ」

 

 着替えをすますにはあまりに早い。

 喋り方も先程までの硬い雰囲気が抜けている。

 

 カズマは勝利を確信した。

 

(落ち着け佐藤和真、素数を数えるんだ。

 小さなミスも許されない。

 冷静さこそが男の度量だ)

 

 呼吸を整える。

 

(まずはしっかりとその御姿を目に焼き付けるんだ!)

 

 そうしてゆっくりと振り向いたその先には、

 

 

「まずは自己紹介といこうか。あたしはクリス。見ての通り盗賊だよ」

 

 

 皮の鎧を着た頬に小さな切り傷があり、

 先程までいた少女に比べバッサリと切られている銀髪をした、

 スレた感じだが明るい雰囲気を感じさせる、

 

 エリス様と瓜二つの少女が立っていた。

 

 

「どう、びっくりした?」

 

 あっけに取られていると思ったのか彼女は楽しそうにからかってきている。

 

 

 しかしカズマの脳内はその想像をはるかに超えていた。

 高まる期待によって焼ききれんばかりに高速回転されていた思考に、僅かな理性によって冷静さを保とうとブレーキをかけていた。

 そんな不安定な状態の所にクリスという謎の少女の情報が横合から殴りつけてくる!

 結果思考の車輪は軸を外れどこかへと消え失せていた。

 カズマの脳内には先程まで思考していた行動に従い、残された断片的な情報を吐き出すことしかできなかったのだ!

 

 つまり、

 

「エロス様の清純パイが小さくなってるー!」

 

「エ、エロス様⁉︎てゆうかそこですか⁉︎もっと他に見る所あるじゃないですかー!」

 

 しっかりその姿を焼き付けて思考の断片から発した言葉がこれなのである。

 馬鹿である。

 

  ーーーーーーーー

 

「すいませんでした」

 

「い、いや期待以上にびっくりしてくれてあたしも驚いちゃったよ」

 

 土下座っている俺を彼女は許してくれるようだ。

 なのになぜだろう。

 先程よりも物理的にも心理的にも距離を感じる。

 

「えっと、エリス様ってことでいいんですよね?」

 

「そうだよ。エリスとクリスは同一人物。息抜きにエリスのまま降りてきちゃうと大騒ぎになるからね。地上ではこっちの姿で過ごしてるんだ」

 

「どうやって着替えたんですか?髪もバッサリ切ってるし」

 

「自分で説明するのは難しいんだけど、こう白い光にふわーと包まれて気がついたら姿が変わってる、みたいな?」

 

「なるほど魔法少女ですね」

 

「何それ?」

 

「それにしても随分イメージ変わりますね。口調も髪型も服装も胸も変わってるなんて」

 

「君ってデリカシーないって言われない?ま、まあ確かに胸が小さくなるのが欠点なんだよねー」

 

 カズマは様子のおかしいクリスに気づかずに感心していた。

 なるほど、確かにこれなら正体が、女神だとはばれないだろう。

 

「えっとじゃあこれからはクリスさんって呼べばいいのか?」

 

「クリスでいいよ。後硬い感じも禁止ね。あたしはカズマくんって呼ぶから」

 

 なんだろう。

 何故か知らないが、先程からどこか楽しそうというか、浮かれているように感じる。

 まあ特に悪いことでもないし気にしなくていいか。

 

「わかったよ。じゃあク、クリス。ギルドまでの案内頼む」

 

「オッケー、それじゃあ行ってみよう!」

 

 

 




アクア様に比べて展開が進まねぇ。
ギルドつくまでにどんだけ時間かかったんだよ。
というわけでエリス様は正体隠して進みます。
どこぞの女神と違って秒でバレるからね。
仕方ないね。

エリス⇄クリスはシームレスに姿を変えれます。
魔法少女って言ってるけど別に途中で裸になったりはしません。

クリスがカズマのことを君付けで呼んでいますが原作だと「カズマ君」と呼んでるのはおそらく6巻での一回だけです。
その後は基本助手君になるので割とレアです。
どうでもいい知識が増えましたね。
間違ってたらごめんないさい。
ところでクリスの君付けっていいよね。

途中のオリキャラの聖職者はアクセルのエリス教徒の偉い人です。
見た目やイメージは綺麗なゼスタを想像してください。
偶然エリス様に呼び止められて初見で正体に気がついたけれど訳ありなのを察して気づいてない振りをしてくれてるナイスガイです。
エリス様はばれて無いと思ってます。かわいいね。

自分で言っといてなんですが綺麗なゼスタってもうそれゼスタの原型ないなと思いました。


おまけ

ある聖職者の一日

「どうされました?今日はいつにも増してご機嫌じゃないですか」
「わかりますか。そうですね、今日という日は私の人生に置いて記念すべき日となりました」
「それは素敵ですね。お話を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「ふふふ、申し訳ありません。この喜びは私の胸の内だけに留めていないと意味が無いのです」

 男はまるで隠し事をする子供のように笑った。

 あの方に呼び止められた時は自然と祈ろうとしてしまった。
 けれど名前を尋ねても答えて頂けなかったのは何か訳がおありなのだろう。
 ならば私はただ一人の少女のお願いを聞いてあげた。
 それだけで良いでしょう。
 あの幸運な少年が何者かはわかりませんでしたが、
 彼らの旅に祝福があることを願っています。


読んで頂いた読者の皆様に深く感謝を!


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この幸運の女神と異世界転生を♯2

今回ちょっとシリアス?


 クリスに連れられて来た場所は言うならば酒場のような場所だった。

 

「ギルドの中に酒場が併設されてるんだ。奥にある受け付けが冒険者用の窓口だよ」

 

 そう言って勝手知ったる場所のように進んで行った。

 

「よう、クリス。久しぶりだな。どうしたガキなんて連れてよ?」

 

 奥へ進んでいると横から急に声をかけられた。

 見た目からしていかにもベテランという体の男だ。

 

「彼この街に来たばっかでね。冒険者になりたいって言うから案内してあげてるの」

 

「お前は相変わらずお人好しだな」

 

 そう言いながら男は俺に矛先を向けて来た。

 

「俺の名前はレックス。自慢じゃねーがこの街一番の冒険者パーティーの一人だ」

 

 男は自信満々に名乗って来た。

 

「最近は魔剣の勇者のパーティーの方が勢いあるって聞くけど?」

 

「そんなの噂だろ?まあこの街で冒険者やっていくなら俺の名前を覚えといて損はないぜ」

 

 ガハハと笑うと俺たちに興味を無くしたのか男は再び酒をあおりだした。

 そこから離れてからクリスに尋ねた。

 

「知り合いなのかあいつ?」

 

「まあね。あの人のパーティー実力はあるんだけど前衛ばっかりでね。サポートができるあたしがたまにパーティー組んでるんだ」

 

 そんなことを話してるうちに受け付けについた。

 

「ルナさーん」

 

「はい。今日はどうされましたかクリスさん」

 

 受け付けの奥から金髪のお姉さんが窓口に出て来た。

 

「彼、新人君でね。冒険者になりたいって言うから説明お願いしてもいかな」

 

「はい。わざわざ案内ご苦労様です」

 

 そこから俺は冒険者の仕事、冒険者カード、レベル、経験値についての説明を受けた。

 

(本当にゲームの中みたいな世界観なんだな)

 

 そんな素直な感想を抱いてると、

 

「それでは登録料は1000エリスとなります」

 

「‥‥‥」

 

 金とるのかよ!

 無一文なんだけどどうしよう。

 てゆうか1000エリスってどんぐらいの価値なんだ?

 エリス様1000人分とか日本円じゃ兆超えても足りねーぞ。

 

 そんな頭の悪い思考しているとクリスが声をかけて来た。

 

「いやーごめんごめん。冒険者登録なんて久しくやってなかったからお金がいるの忘れてたよ。とりあえず今は君の分を立て替えといてあげるから」

 

 そう言いながら財布を取り出そうとしていた。

 

 さすがは女神エリス様だ。

 金の単位なんて言うパチモンのエリスとは格が違った。

 

「あ、あれ?」

 

 おっと何やら様子がおかしいですね?

 

「えっと、そういえば今財布どころか何にも持ってないんだった」

 

 あははーとクリスは謝ってきた。

 

 数字は絶対だ。

 たかが1エリスが1000エリスに勝てるはずもなかったんだ。

 

 

「どうしたらいいんだよ」

 

「困ったねー」

 

 2人して途方に暮れていると、

 

「あの、手持ちがないようでしたら少しですがお貸ししましょうか?」

 

 さすがに見かねたのか受け付けの人がお金を貸してくれるそうだ。

 

「いいんですか?」

 

「ギルドとしてはこういったことは認められていませんが、私個人としてクリスさんにお貸しするのは何も問題ありませんので」

 

「ううう、ありがとうございますルナさん」

 

「構いませんよ。それにしても珍しいですね。クリスさんが財布を忘れたりするなんて」

 

 ルナは珍しいものを見たように答えた。

 

 すいません、それ俺のせいです。

 

「それではサトウカズマさん。こちらのカードに触れてください。それであなたのステータスがわかるので」

 

 おっとようやく来たなメインイベントが。

 いろいろ想定してたのとは違うがここからがカズマさん伝説の始まりだ!

 

  ーーーーーーーー

 

「カ、カズマくーん。ご飯きたよ冷めないうちに食べよ」

 

「‥‥‥」

 

「ほら、カエルの唐揚げだよ。淡白でさっぱりしてて美味しいよー」

 

「‥‥…」

 

 俺のステータスは幸運が高いだけの一般人という結果らしい。

 そんな抵ステータスな俺は最弱の冒険者という職業しかつけなかった。

こんなのでどうやって魔王を倒すっていうんだよ。

 

「ほら。人より幸運が高いってことはきっとエリス様も君の活躍に期待してるってことじゃないかな」

 

「たかが1000エリスに負ける女神様なんて」

 

「意味はよくわかんないけどすごい侮辱されてる気がする」

 

 まぁいつまでも凹んでるわけにはいかない。

 レベルさえ上げればステータスも上がるらしいし、何よりも俺には女神様がいるのだから。

 

「それでね。あたしのお金や装備が王都にあるからちょっと取りにいってくる」

 

「えっ」

 

「お金は君に預けとくから、少しの間それで工面してね」

 

 そう言ってクリスは残っている金を俺に渡してきた。

 

「十分足りると思うけど、変なことに使っちゃダメだからね」

 

 そう言ってクリスは俺が呼び止める間も無く席を立っていった。

 

 

   ーーーーーーーー

 

 何か胸に突っかかるものを感じながら、することもなく暇していると先程のレックスとか言う男が絡んできた。

 

「よう。冒険者になれてよかったな坊主。せっかくだ、冒険者カード見せてくれよ」

 

「なんで見せなきゃいけないんだよ?」

 

「うちのパーティーはまだ3人でな。理想を言えば後1人は欲しい。だから新人にも期待できるやつがいないか探してんだよ」

 

 ついでに暇つぶしだ、と最後に本音を言っていた。

 酒が回ってるのかよく喋る。

 そういう理由ならとしぶしぶカードを見せた。

 

「あーん、職業冒険者?それになんだよこのステータスは」

 

 人を小馬鹿にしたように笑ってきやがる。

 

「期待に応えてやれなくて悪かったな。用が済んだならとっととあっちに行ってくれ」

 

 予想していた反応に辟易しながらしっしと手を振った。

 

「なんだよ。クリスが珍しく絡んでるからちっとは期待したのによー。そういやアイツどこ行ったんだ?」

 

 俺はさっきまでの経緯を説明してやった。

 

「そりゃお前あれだ、見捨てられたな」

 

 話を聞き終わった男はそんなことを言ってきた。

 

「は?」

 

「わざわざ世話して連れて来たやつが期待以下で、あいつもこれ以上関わる気が失せたんだろ。その金は別れの手付金てところだな」

 

「クリスがそんなことするわけないだろ」

 

「そうか?むしろ新人なんかにわざわざ金残してくなんてお人好しのあいつがやりそうなことだろ。それに王都までなんて往復で早くて一週間はかかるぞ。そんなはした金じゃ2日と持たねえよ」

 

 面白い酒の肴が見つかったなと、男の口は止まらなくなっていった。

 

 

「まあいい夢見れたろ」

 

 

 そんな男の言葉を聞いていた俺は、

 何も言い返す事ができなくなっていた。

 

 

「お、おい。本気で落ち込むなよ。俺が悪者みたいじゃねーか」

 

 そういえばこの世界に来た時も彼女は俺を避けていた。

 会った時もどこか様子がおかしかった。

 

「クリスも何か勘違いしてて、引き返してくるかもしれねーだろ」

 

 彼女は天界に帰りたいとも言っていた。

 俺みたいな冒険者じゃ魔王を倒さないと見限ったのかもしれない。

 

「悪かった。言いすぎたよ。ほら俺の奢りでいいから好きなもん食え」

 

  ーーーーーーーー

 

 俺は1人馬小屋の天井を見つめていた。

 

 あの後。

 奢ってくれるといったレックスに腹いせに店のメニューを片っ端から注文してやって、クリスが戻ってくるんじゃないかと待っていた。

 けれど酒場が閉まるまで待っても彼女が現れることはなかった。

 

 手持ちは残り7000エリスほど。

 体感でおそらく1エリスが1円だと考えるとあまりにも足りない。

 少しでも節約するために宿は馬小屋を選んだ。

 

 クリスは嘘をついたのだろうか?

 どこか楽しそうにしていたのは演技だったのだろうか?

 状況から考えるとそうとしか思えなくなってくる。

 

(何が悪かったんだろうな)

 

 俺がエリスと会ってからのことを思い返す。

 

 初対面でカッコつけて絶叫して、無理矢理この世界に連れてきて、何か失礼なこと言って、魔王を倒すための力もない。

 

(あれ、結構思い当たる節があるような?)

 

 カズマは深く考えないことにした。

 

(いい夢見れたろ、か)

 

 あの男の言葉を思い出す。

 彼女とあってからまだ1日しか経ってない。

 今までそう見えていたものは全部俺の妄想だったのかもしれない。

 エリスの笑顔も。

 クリスの楽しそうな姿も。

 

 俺が死んだ後、手を取ってその人生を認めてくれたことも。

 

 

 俺はまだ彼女のことを何も知らない。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 ザッザッザ

 

 いつのまにか寝てしまっていた俺は誰かの足音で目を覚ました。

 夜間に迷惑なやつだなと思っているとその足音は俺の小屋前で止まった。

(盗人か?)

 そうして扉を注視していると、そーっと扉が開いて、

 

「カズマくーんいるー?」

 

 小声で尋ねながらクリスが入ってきた。

 

 

 

「エリス様ァーーーーーーーー‼︎」

 

 俺は彼女に全力で飛びついた。

 

「急にどうしたんですか⁉︎と言うかその名前はダメですって!」

 

 突然の抱きつきに彼女は困惑する。

 

「クリス様ァーーーーーーーー‼︎」

 

「合ってますけど落ち着いてください‼︎」

 

 クリスの姿のままエリスの口調になっていた。

 

「おい!うるせーぞ!騒ぐなら別の場所でやれ!」

 

「ごめんなさい!」

 

 隣からの罵声にクリスは謝罪する。

 それでも収まらない俺に、

 

「どこか静かに話せる場所に行きましょうか」

 

 そう提案してきた。

 

  ーーーーーーーー

 

 俺たちは街の外の城壁のそばに腰掛ける。

 夜明け前なのか東の方の空が白んで来ていた。

 

「一体どうしたの?あんなに叫んだりして」

 

 クリスはもう慣れたのか軽い感じで聞いてくる。

 彼女の前ではいつも取り乱してばかりだったからなと恥じつつ、昼間のことを話した。

 

 

「あははは!あたしが君を見捨てて何処かに行っちゃたと思ったんだ」

 

「う、うるさい。あんま笑うな」

 

 彼女が言うにはこの街から王都へはテレポートの魔法で一瞬で行き帰りできるサービスがあるらしい。

 改めてここが異世界なんだと痛感させられる。

 

「くそ、あのやろう。酔っていたとはいえ、適当なこと言いやがって!」

 

「まあそんな手軽に使えるサービスじゃないしね。はなから選択肢になかったんじゃないかな」

 

 あれ結構高いしねーと続けるクリス。

 

「あれ?金なかったんじゃないのか?」

 

「1人お金には困ってない友達がいてね。まあその友達がなかなか捕まらなくてこんな時間になっちゃったけど」

 

 つまるところ結局は全部俺の思い過ごしだったようだ。

 

 

 

「それにしても心外だなー。あたしはそんな薄情な人に見えてたんだ」

 

 俺の疑問が解けたのを察したのかクリスはからかってきた。

 俺が彼女をどう見ていたのか。

 クリスの言葉につられて昨日の夜のことを思い出す。

 そして、

 

 

「だって俺は...あなたのことを何も知らないじゃないですか」

 

 その言葉が口から出てしまった。

 

「無理矢理こっちの世界に連れてきたのも俺だし、魔王を倒せるような見込みもなければチートもない」

 

「俺なんて置いて...別の方法探した方が楽じゃないですか」

 

 我ながら面倒くさい女みたいなことを言うな。

 淡々と話しながら頭の中では別のことを思い浮かべていた。

 

 クリスが店を出ていった時、どうしてか初恋の幼なじみの子のことを思い出していた。

 不良の先輩といるようになった時、仕方ないよなと諦めた。

 こっちがどう思っていようが、向こうは勝手に離れていってしまう。

 あの時からずっと俺は止まったままだ。

 

 

 そんな俺の独白を始めこそ戸惑ってはいたものの最後まで静かに聴いた彼女は、

 

「私は勝手に何処かへ行ったりしませんよ」

 

 そう見透かしたように言ってきた。

 

「あなたは女神エリスを転生特典として選びました。特典はその人が異世界で生きていくための力になるものです」

 

「だから、私はあなたがこの世界で幸せに生きていくためのお手伝いをする義務があるんです」

 

 それが当然のことであるように言ってきた。

 この人は無茶苦茶なことを言っているのをわかってるのだろうか。

 俺が小さく笑ってるとエリスはにこりと微笑んできた。

 

「エリス様って優しいですね」

 

「ええ、女神ですから」

 

「1つわかった事があります」

 

「なんでしょうか」

 

「エリス様はかわいいってことです」

 

「ええっ⁉︎」

 

 急に言われて赤面している。

 やっぱりかわいい。

 

 もう夜が明けようとしている。

 東の空から陽の光がさしこんできている。

 

「それと一つだけ訂正を」

 

 最後に彼女はこっちを振り向いて言った。

 

「私のことは何にも知らないとおっしゃいましたが」

 

「エリスとクリスが一緒なのを知ってるのはカズマさんだけですよ」

 

 朝日に照らされて見るその笑顔はとても綺麗だった。

 

 

 

  ーーーーーーーー

 

 始めは戸惑いました。

 前例がない上に残してきた仕事。

 本当は早く帰らなければならないのです。

 

 けれど彼に帰りたいか訪ねられた時。

 私は少しだけ迷いました。

 天界に帰るのは責務のため。

 ならば私のやりたいことは?

 

 彼と過ごす時間は新鮮でした。

 本当の私を知ってもらえているようでした。

 浮かれていたと言ってもいいでしょう。

 だから彼の悩みに気づかなかったのです。

  

 きっと彼は怖いのでしょう。

 自分から誰かが離れていくのが。

 だから私は彼のそばにいてあげましよう。

 たった1人の特別な友人のために。

 

 

 

 

 




こうして長い1日が終わる。

まだ1日目なんだよなー。
カズマさんってこんなキャラだっけ?
これこのすばの意味ある?

読者の気持ちを代弁させていただきました。


今回はうまくまとめれた自信がありません。
本当はあとがきに解説をびっしり書くのは嫌なんですが今回はすいません。


レックスさん
爆焔三巻登場人物

クリスが王都に行った理由 補足

本来はクリス→エリスに戻る時は身につけているもの以外はその場所に置いていかなければいけません。etc 財布等
カズマさんに拉致られられる前は王都で義賊ってたクリスさん。
アクセルに召喚されたので手持ちがゼロになる。

あんまり詳細に説明してるとカズマさんがテレポートの存在を知っちゃうかもしれないのでカットしました。

カズマさんナイーブすぎない?
作者もそう思う。

アクアに比べて無理矢理連れて来た罪悪感が高い。
さらに予定調和のごみステータス。
たよりのエリスもどっかいく。
最後にレックスの言葉でドン。
K.O
やめてカズマさんのライフはゼロよ
みたいな

エリス様にとってのカズマさん

作中では特別な友人と評してますけどダクネスより上とか言うわけではありません。
特別と言うよりは特殊と言ったほうがわかりやすいかもしれません。

望んではいたけれど絶対に手に入らないと諦めていたもの。
最後にエリスがカズマさんに言った言葉が彼女が欲しがっていた関係。
それをくれたカズマだからこそエリスは力になろうとしています。

ちなみにカズマはそれの重要性はまだよくわかってません。


すごくロマンのない話

前回登場したおっさんプリーストがカズマとクリスが一緒にいるところを見たらわかるんじゃね?

読んでくださった読者に深く感謝を。



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間話

前回入れられなかったおまけの代わり

いまだに登場していないヒロイン3人組の小話

尺の都合上カットされたネタ

多分次ぐらいには出る。


《今日のアクア様》

エリス様がカズマさんに拉致られた後。

 

 エリスが急にいなくなったことに疑問を抱きつつも今日もダラダラしていたアクア様に偉い人から呼びだしがありました。

 きっと昇進の話ねとウキウキと向かったアクア様。

 しかしそこに待っていたのは大量の始末書。

 さすがに女神の1人がいなくなったことによりアクアさんの失態がバレてしまったのでした。

 

 絶望の中、下された決定は。

 アクア様、左遷!

 エリス様が管理していた辺境世界での仕事を命じられました。

 期限は女神エリスが帰還するまで。

 これから彼女はどうなってしまうのか?

 

「なんで私がこんな目にあうのよーーーー!」

 

 自業自得です。

 

 

《爆裂娘、アクセルの地に立つ》

 

 馬車に揺られついにアクセルの地についためぐみん。

 

「すげー!中世ヨーロッパみたいな建物に馬車なんか走ってるし。本当にゲームの中に入ったみたいだ。これが異世界かー!」

 

 到着早々痛い人を発見してしまった。

 

「変わった格好の人ですね。今日この街に着いたのでしょうか?」

 

 

 馬車を降りて宿に向かっていると、

 

「エリス様ーどこいったんですかー」

 

 再び先程の少年と遭遇。

 どうやらエリス教徒だったようだ。

 

「あんな道の真ん中で自分の神様の名前を連呼するとは。エリス教徒はまともだと言う認識は改めないといけませんね」

 

 熱い風評被害だった。 

 

 女神と言えば先刻の悪魔との戦闘の時に感じたあの魔力はいったいなんだったのだろうか。

 正体はわからないが、今度エリス教の募金をしていたら一エリスぐらいは恵んでやってもよいだろう。

 

 

 昨日はいろいろ起きすぎて疲れたと深い眠りについてると、

 

「エリス様ァーーーーーーーー‼︎」

 

 昼間のエリス教徒の叫びにより叩き起こされた。

 

「クリス様ァーーーーーーーー‼︎」

 

 寝言なのだろうか名前を間違えている。

 少なくともエリス教にはアクシズ教徒に並ぶ狂信者がいることは疑いようがない。

 

「おい!うるせーぞ!騒ぐなら別の場所でやれ!」

 

 私も魔力が回復していたらあそこに爆裂魔法を打ち込みたい気分です。

 

「まったく。目が冴えてしまったじゃないですか」

 

 私の腹の上で眠っていた漆黒の魔獣は文句があるような目でこっちを見てくる。 

 悪いのはどう考えても外の連中だろうに。

 そんな生意気な毛玉を布団に引きずり込み再び眠りにつく。

 

 今日は私がギルドに降り立つ伝説の日なのです。

 疲れた顔のままいっては示しがつきません。

 

 そんなことを夢見ながら紅魔の娘は眠りに落ちた。

 

 

《お待ちになってお嬢様》

 父上め。

 私はいやだと言っているのにまた見合いの話を持ってきて。

 今までは歳を考えて手を抜いていた。

 しかし今度会った時はそんな甘い考えなど捨てて全力でぶっ飛ばしてやる。

 とりあえず今は逃げるのが先決だ。

 冒険者の中に溶け込めばそう易々と見つかるまい。

 

「あ、いたいた」

 

 もう見つかっただと⁉︎

 ハーゲンめ。

 手際がいいな。

 

「探したよ、ダクネスー」

 

 そこにいたのは私の友人の

 

「なんだ。クリスか」.

 

 盗賊の女の子が立っていた。

 

「家に行ったけどいなかったから探したよ。何してるの」

 

「父上がまた見合い話なぞ持って来てな。現在逃亡中の身だ」

 

「あはは、またなんだ」

 

「それよりクリス私に用があるのではないか?」

 

「うん、ちょっとお金貸してほしいんだ」

 

「私として構わないが珍しいな」

 

「ちょっと急用でね。王都まで行かなきゃいけないんだ」

 

 何の用かわからないがクリスなら大丈夫だろう。

 最近の王都は盗賊がよく起きるらしい。

 彼女も気をつけて欲しいものだ。

 

「ありがとダクネス。じゃまたねー」

 

 そういって私の友人は去って行った。

 今日は特に機嫌が良さそうだが何かあったのだろうか。

 

「見つけましたぞ、お嬢様!」

 

 ちっ気づかれたか。

 

「どうして見合いの度に家出するのですかー!」

 

 そんなの決まっている。

 私の夢は魔王軍の手によってあんなことやこんなことを...

 

 変態お嬢様は今日も元気だ。

 

 

前回のラストの後

 

「そういえば、なんで転生してすぐにいなくなったんですか?」

 

「え、えっと、一つは私が女神だとバレるといろいろ大変なので」

 

「なるほど、じゃあもう一つは?」

 

「カ、カズマさんが転生前に変なこと言ったからじゃないですか!」

 

 顔真っ赤である。

 

「俺なんか言ったかな?」

 

 あの時のことを思い返す。

 

 確か俺はエリス様に

 

『女神エリス、あなたが欲しい』

 

 なるほど、あの時は決まったと思ったが思い返すとなかなか気持ち悪いな。

 それでこの人は再会したとき様子がおかしかったのか。

 

「やっぱりかわいいですね」

 

「からかわないでください!」

 

 顔真っ赤である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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駆け出しの街の幸運男♯1

爆焔三巻ルート突入!


 昔、白魚の踊り食いを家族で食べに行ったことがある。

 食べた後に口の中で動き回るあの感触は子供ながらにして感動した。

 食べると言う行為に生命を感じたのだ。

 子供は無垢だ。

 その行為の残酷さにまるで気づかない。

 生きたまま食べられる、その恐怖に。

 

 

「いやーーーー喰われるーーーー!」

 

「あはは、頑張ってー!」

 

「助けてくれ、クリスーーーー!」

 

「どうしよっかなー」

 

「クリス様ァーーーーーーーー!」

 

  

  ーーーーーーーー

 

 あの後、夜も明けたので2人で早めの朝食を取り俺の冒険者装備を買いに行った。

 

 当然俺は金がないので代金は借金という形でクリスに払ってもらった。

 別に構わないのにとクリスは言ってくるが、俺が構うのだ。

 今のままクリスに甘えていたら将来、紐になっている気がする。

 

 

 そんなこんなで冒険者ギルドについた。

 

「結構人が増えてきたな」

 

 装備を買いに行ったので人が多い時間になってしまった。

 今はクリスとどのクエストに行くか相談中だ。

 

「君のレベルに合わせるんだったらやっぱりカエルがおすすめかな」

 

 そう言って彼女はジャイアントトードの依頼所を持って来た。

 

「カエルの討伐?そんな簡単なものもあるのか」

 

「たぶん君が想像しているのより、ずっと大きいよ」

 

 ふむ。

 確かにクエストになる程度だ。

 おそらく大型犬ぐらいの大きさはあるに違いない。

 

 そんな想像をしていると、受け付けの方から驚きの声が聞こえて来た。

 

「凄いですね!流石は紅魔族です、知力と魔力が凄い数値で...」

 

 紅魔族?

 俺が聞きなれない単語に首を傾げていると、

 

「紅魔族ってのはね、生まれつき高い魔力と知力を持ってる、いわば魔法のエキスパートっていえる人達なんだ」

 

 それに加えて紅い瞳と黒髪が特徴らしい。

 確かに受付窓口にいる明らかに年下の少女はクリスの説明と合致する。

 ならばあの隅っこの席に座る彼女も紅魔族なのだろうか?

「冒険者ギルドへようこそ。スタッフ一同、今後の活躍を期待しています!」

 

 よほどすごいステータスなのか周りからからは期待の新人と言った目を向けられている。

 

 いいなぁ。

 俺もあんな感じが良かったなぁ。

 つける職業はありませんだの、冒険者やるより商人の方が向いてますよだの。

 あの時のお姉さんの目は辛かったなぁ。

 

 そうやって憂鬱に浸っていると、

 

「ほーら。君は君で頑張ればいいんだから。大丈夫だよ。あたしがついてるんだからね」

 そう言ってはにかみながらクリスは俺の腕を取って引っ張っていく。

 なんかこの人には一生、敵いそうにないなぁ。

 

ーーーーーーーー

side めぐみん

 

 ふっふっふ。

 これこそが私が望んでいた展開。

 この盛り上がり様、パーティの勧誘は引く手数多でしょう。

 そうしてゆくゆくは大魔術師となる私を支えるメンバーに...

 

 そんな妄想をしていると見知った顔がいることに気づいた。

 

 む、あれは昨日の迷惑極まりないエリス教徒。

 彼も冒険者になった様ですね。

 すでにパーティを組んでいる様子。

 まあ彼には同期として、いずれ訪れる私の伝説を讃える一員になってもらいましょうか!

 

 このロリっ子自信満々である。

 

  ーーーーーーーー

 

 平原についた俺たちは遠くからそこに佇む一個の小山を眺めていた。

 

「おい、クリス。あれはなんだ」

 

「何ってあれが討伐対象のジャイアントトードだよ」

 

「でかくない?」

 

「?さっき言ったじゃん」

 

「いやいやいや、デカすぎんだろ!」

 

 そのカエルは見た目こそただのカエルだが、大きさは乗用車をさらに一回り大きくした様なものだった。

 

「あんなもんに勝てるわけないだろ!何が初心者におすすめだ!あんなのに向かって行ったら一口でぺろりだよ!」

 

「そんなに怒んないでよ。あのカエルは食べることしか考えてないし呑み込むのもゆっくりだから、パーティが全員食べられない限り怪我しないんだよ」

 

2人で騒いでいたせいか、そのカエルはのそのそと近づいて来た。

 

「くそっ、気づかれた。こうなったらやるぞ!クリス」

 

 どうにか己を鼓舞して剣を抜いた。

 

「あ、あたしはパスだから」

 

「俺たちならやれ... 今何て言った?」

 

 高まった気持ちに急に冷水を浴びせられた俺はクリスを見た。

 

「だってこれ君のためのクエストだよ。あたしがいたら意味ないじゃん」

 

 そうしてクリスは潜伏と言うと、どういった理由か気配が薄くなっていった。

 

「ピンチになったらちゃんと助けてあげるから。それじゃカエル討伐、行ってみよう!」

 

 楽しそうに言いながら俺の視界から消えた。

 

 

 気づいたら先程のカエルは目と鼻の先にいた。

 慌てて剣を構えた俺など意にも介さず、その口を開けた。

 あの目は知っている。

 経験したことがなくても本能でわかる。 

 あれは獲物を捕食する時の目だ。

 

 カエルに睨まれた俺は動くことができず、その長い舌に絡めとられて口の中に放り込まれた。

 

  ーーーーーーーー

 

「ぐず、ぐず、うううう」

 

「ほらほら、もう大丈夫だよー」

 

 こうなることがわかっていたのか、大きめの布を取り出したクリスがカエルのぬめりをとってくれていた。

 

 クリスは俺を飲み込むために動きを止めていたカエルを倒してくれた。

 

「あんなにあっさり食べられるなんて思わなかったよ」

 

 クスクスと笑っている。

 

「本当にこれ初心者で狩れるのか?明らかにキツいだろ」

 

「金属を嫌ってるからね。装備さえ用意してれば簡単に倒せるよ」

 

「そういうことは先に言ってくれませんか!」

 

 ごめんごめんと謝っているが顔が笑っている。

 この人絶対わざとやってるよ。

 

「一回クリスが手本見してくれ」

 

 カズマはクリスの華奢な体ではあの巨体を倒せないだろうと小さな反撃を試みた。

 

「別にいいけど、手本になるかわからないよ?」

 

 あっさりと了承した彼女は近くにいるカエルを見つけて走り出した。

 クリスの存在に気づいたカエルは先程と同じように舌を伸ばして捕食しようとする。

 それを僅かな動作で交わし、その勢いのままカエルの体を駆け上がる。

 そしていつのまに抜いていたのかその手に持ったダガーを首の後ろに深々と突き刺してカエルを絶命させた。

 

「参考になったー?」

 

「できるか!」

 

  ーーーーーーーー

 

 それから2人は時には追い回されたり、クリスが縛ったカエルを倒したり、また食われたりしながら合計5匹のカエルを討伐してギルドに報告した。

 

「くそ、身体中ヌルヌルで気持ち悪いな」

 

 最後にもう一回食われたカズマは報告の後に銭湯によっていた。

 今日の成果を思い返す。

 

 あれだけの思いをして12万エリスか。

 割にあわねー。

 今日のは本当にトラウマになりそうだ。

 あの食われる感覚の恐怖といったら。

 クリスもなかなか酷いことをする。

 

 仲間が喰われているところを放置するなんて最低だ!

 たとえそれで討伐が楽になるのだとしても!

 

 何故かキレイな軌道のブーメランが連想されたが彼にはあずかり知らぬことである。

 

 風呂上ったら文句を言ってやろう。

 そう決意して風呂を上ると、

 

「お、やっと上がったかー。先にいただいてるよ」

 

 そう言ってこちらに牛乳瓶を投げて来た。

 

「......」

 

「どしたの?」

 

  風呂上りの女の子ってのはどうしてこうかわいく見えてしまうのだろうか。

 クリスの濡れた髪や、少し上気した頬を見ながらその謎を考える。

 文句を言う気分も失せてしまった。

 

「女ってずるい」

 

ーーーーーーーー

 

 sideめぐみん

 

 困った。

 兄妹のパーティと一緒に初めてのクエストに挑戦したはいいものの、クエストは途中でリタイア。

 それに加えて爆裂魔法で起きた被害の弁償で一気にお金がなくなりました。

 

 その兄妹とはすでに分かれたがあれは体良く追い出されたのだろうか?

 そんな時に他の席から声が聞こえて来る。

 

「やっぱりクエストの後はシュワシュワだねー!」

 

「このカエルの舌のカリカリ揚げって俺たちが討伐したやつなのか?カエル、舌、喰われる、うあぁーー!」

 

「はいはい、怖かった、怖かった」

 

「元をたどればクリスがちゃんと教えてくれなかったからだぞ」

 

「それにしてもこの料理なんて言うか...カリカリするね」

 

「まんまじゃん!」

 

 やたら遭遇するエリス教徒の少年と、銀髪の女の子が夕食を取っていた。

 あの2人組は騒がしいが随分と楽しそうだ。

 

 ま、まあ我の力は強大ゆえにその隣に立つ物にも相応の格がいると言えましょう。 

 私はあえて孤高でいるのですから。

 別に羨ましくなんてないんですからー!

 

 孤高のロリっ子(笑)

 

  ーーーーーーーー

 

 夕飯を食べ終えるとすっかり日は落ちていた。

 2人は揃って宿に向かっている。

 

「飯食ったり、風呂入ったり、装備補充したりで結構金持ってかれるな」

 

「冒険者なんて本来そんなもんだよ。割のいいクエストなんて滅多にないしね」

 

 こうなったら宿代だけでも抑えよう。

 馬小屋暮らしはきついが背に腹は変えられない。

 

 宿に着き、俺は隣の馬小屋が並ぶ方にいこうとするとクリスに引き止められた。

 

「どこ行くの?」

 

「馬小屋だよ。出来るだけ出費を抑えたいんだ」

 

「相部屋ならそこそこ安く済むよ」

 

「......え゛⁉︎」

 

  ーーーーーーーー

 

 カズマはドアの前で悶々としていた。

 クリスにはちょっとしてから入ってきてと言われている。

 

 緊急イベント発生だと。

 いや落ち着け佐藤カズマ。

 このパターンは前に一度あったぞ。

 出会ってからまだ一日しか経ってないんだ。

 そうあれは....

 

   《中略》

 

 ......つまりはそういうことだったんだよ。

 

 カズマの理論武装は完璧になった。

 どうせ今回も大したことは起きないのだろう。

 

 ドアをノックすると、

 

「カズマさんですか?入っていいですよ」

 

 どこかワクワクした口調で返事がきた。

 というかこれって...

 

 カズマが部屋に入るとその先には、

 

「お帰りなさいませ。カズマさん」

 

 女神エリスが笑顔で迎えてきた。

 

「ワンパターンですね。エリス様」

 

「ええっ⁉︎」

 

 

  ーーーーーーーー

 

「せっかく驚かせようとしましたのに」

 

 女神エリスはプリプリと怒っていた。

 

「2回目ですからね。というかなんでまたエリス様に戻ってるんですか?」

 

 そんな質問をするとムーっと不満気な顔をしてくる。

 

「嫌でしたか?」

 

「いえ単に疑問に思っただけですけど」

 

 俺がそう答えるとエリス様は、

 

「地上でこの姿になってお話しするのが、夢だったんです」

 

 心の底から嬉しそうに答えた。

 

「....そうですか」

 

 どうしてこんなに嬉しそうなのかはわからないが、理由を尋ねるのはどこか野暮だなと感じた。

 この人の笑顔は本当に癒される。

 

「じゃあ今日のクエストの反省からいきましょうか」

 

 そうして2人はカエルに喰われたことの文句だの、クリスの戦いが凄かっただのと語り合った。

 

 

「そういえば」

 

 カズマは話している中でふと思い出した。

 

「クエスト中にエリス様が使ってた潜伏とかってなんですか?」

 

「スキルのことですか?」

 

 エリス様の説明によると、レベルアップ等によって手に入るポイントを使い、各職業に応じたスキルを覚えることができるそうだ。

 

「俺の冒険者カードには何にもないですけど?」

 

「職業が冒険者の方は他の方に教えてもらうことで初めてそのスキルを覚えられるんですよ」

 

 その他冒険者はスキルの補正が乗らないだの、大量のスキルポイントが必要になるだのを教わった。

 

「せっかくなので私の覚えている物をいくつか教えておきますね」

 

 そう言ってエリス様はクリスにすがたを変えた。

 生で見るのは初めてだがなるほど魔法少女みたいだ。

 

「またどうして姿を変えたんですか?」

 

「こっちの姿じゃないと盗賊のスキルは使えないんだ」

 

 クリスの姿だと盗賊スキルが、エリスの姿だと女神の力が使えるらしい。

 

「とりあえずポイントが低くて使いやすいのを教えるね、と思ったけど潜伏と敵感知はもう1人いないと教えれないや」

 

 クリスはごめんねーと頬をかいている。

 

「じゃあ、あたし一押しのスキルを教えてあげる。窃盗って言って相手の持ち物をなんでも1つランダムで奪うスキルだよ。しかもこのスキルは幸運が高いほど成功率が上がるからカズマくん向けのスキルだね」

 

 クリスは俺に手を向けて、

 

「じゃあいくよ『スティール』!」

 

 俺の財布をかっさらった。

 

「私向けのスキルでもあるんだけどね」

 

 そう言って財布を投げて返してきた。

 

「すげーな。一発で財布を引き当てるなんて」

 

「これでも幸運を司る女神ですから」

 

 俺がカードにスキルが表示されるのを見ているといつのまにかエリス様の姿に戻っていた。

 

「せっかく覚えたスキルですし、さっそく私に使ってみてください」

 

 そう言って自分の鞄を持ってきてそれを胸の前で抱き抱える。

 

「大当たりが魔法がかけられたダガー、次に財布ですね。ふふ、他にも冒険に使う雑貨がいろいろ入ってますよ。何が取れるでしょうかね?」

 

 ワクワクした顔で見てくる。

 そんな顔をされたら期待に応えたくなる。

 

「それじゃあ遠慮なく盗らせてもらいますよ。『スティール』ッ!」

 

 

 これは間違いなくお宝だ。

 根拠はない。

 だが俺の持ち前の運がそれを告げている。

 ならば後はこの眼で確かめるのみ。

 

 果たして俺が手に入れた物とは。

 

 

 掌の中に感じるほのかな温もり。

 隙間から垣間見えるのは白い布地だった。

 それを目の前で広げる。

 

「あ、ああ⁉︎」

 

 エリス様の顔がどんどん赤くなって行くのが見える。

 

 だが今、目に焼き付けるべき物はこれだ!

 

 心の内にはただただ感謝しかなかった。

 

 清楚さを表す純白の布地。

 可愛らしさを感じさせるフリル。

 まさに天からの贈り物と呼べるそれは、

 

 女神エリスのパンツであった。

 

 

 

「きゃあああああああああ⁉︎」

 

「エリス様、感謝しまーーーーーーーす!!」

 

「パンツ返してくださーーーーーーーーい!!」

 

 

 

 

 カズマの寝床が馬小屋にランクダウンした。

 

 

 

 

 




最初の構想(妄想)の時は爆焔は予定になかったんです。
でも入れないと時系列がおかしなことなるので変更しました。
一応爆焔ルートも流れはできたので後はうまく表現できるといいな。

作者踊り食いは食べたことなかったのでネットで調べてそれっぽく書きました。しょうがないね。
作者パンツなんてまじまじと見たことないのでネットで画像検索してガン見しました。しょうがないね。


エリス様のスキルについて

クリス状態  盗賊スキル、ちょっとだけ女神オーラが出てる

エリス状態  女神の力(アクア様みたいなもの)

それぞれ違う姿のスキルは使えません。

また本編で説明するかもしれませんがこの設定は今後、そこそこ出てきます。


おまけ

sideめぐみん
今日も爆裂魔法を撃って疲れた私は少し早い就寝についた。
明日こそパーティーが見つかるといいのだが。

「きゃあああああああああ⁉︎」

女性の悲鳴に起こされる。
 
「エリス様、感謝しまーーーーーーーす!!」
 
「パンツ返してくださーーーーーーーーい!!」
 
あの少年はエリス教徒とアクシズ教徒のハイブリッドだったようだ。
とゆうか毎度人が寝ているところを叩き起こすのはやめてほしい。

ロリっ子と同じ宿に泊まってます。


おまけ2
カズマが別のお宝を取ったようだ

この手にある人肌の温もり。
フニュフニュと握れるその物体は。

「なんだこれ?」

「きゃああああああ‼︎」

女神エリスのパッドだった。
 

読んで頂いた読者に深く感謝を!


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駆け出しの街の幸運男♯2

ダクネス参戦


「……」

 

「……」

 

 翌朝ギルドに向かう道中、2人の間に会話は無かった。

 

 理由は明白、昨日のパンツ事件である。

 

 カズマくんがクリスちゃんにスティールを使った結果、不幸?なことにパンツを盗られてしまったのだ。あまつさえ本人に対して感謝まで述べてしまう始末だ。しかし、あの時のクリスのパンツの手触りは何というか滑らかというか、肌ざわりがよかった。今も同じ種類のものを…」

 

「ねえ、カズマくん。さっきからその微妙に聞こえるかどうかの小声で喋ってるのはわざとなの?」

 

 クリスちゃんはおこのようだ。

 

「だってお前朝からずっと無視してくるじゃん。俺は場の空気を和ませようとだな」

 

「それで空気がよくなると思ってるなら頭にヒールをかけに行ってきたらいいよ」

 

「俺は別に頭を踏まれる趣味はないんだが」

 

「靴のヒールじゃないよ!やめてよそういう話は、知り合いに喜びそうな子がいるの!」

 

 最後の言葉をちょっと詳しく聞きたかったが今度でいいだろう。クリスの口もようやく温まってきたようだ。

 

「昨日は悪かったよ。わざとやったわけじゃなかったけど変なことして。だから、そろそろ機嫌直してくれよ」

 

「う……それはあたしもわかってるよ。あたしこそ無理矢理部屋追い出しちゃってごめん」

 

 お互いに落ち度はあったのだ。だからお互いに謝ってまた昨日の夜のように話したい。

 

「ところでクリスが元々パンツを履いてなかったらこの事故を防げたと思うんだが」

 

「ねえ君本当に反省してる⁉︎」

 

  ーーーーーーーー

 

「よう、また会ったな坊主」

 

 ギルドに着くと変な男が声をかけてきた。

 

「どちらさまでしょうか?」

 

「おい、わざとか。この間金出してやったレックスだよ!」

 

 そこには以前話したいけすかない男が立っていた。

 

「レックス。君がカズマくんに変なこと吹き込んだからこっちも大変だったんだよ」

 

「その時のことは奢ってやったんだからチャラだよ。それに結局デマだったみたいだしな。いやー、あの時の坊主の落ち込みようったら見てられなかったもんでよー」

 

 そう言ってニヤニヤと俺たちを見てきた。なんだその目は喧嘩売ってんのか。

 

「おい人の黒歴史を掘り返すのはやめろ」

 

 クリスもなんか言ってやれ。

 

「へぇー、君はあたしが居なくなってそんなに寂しかったんだ」

 

 クリス、お前もか。悪戯っぽく笑っている。どうやらこの場に俺の味方はいないようだ。

 

「しかしクリスに男ができるとはな。さすがにそこは予想外だったよ」

 

「「え」」

 

 唐突な爆弾発言にクリスは固まった。俺も固まった。

 

「なんでそんな話になってるのさ⁉︎」

 

「昨日宿屋でパンツがどうとか騒いでたらしいじゃねえか。あそこは他の冒険者も多いからな、噂はあっというまに広まったぜ」

 

 ああパンツ事件のせいか。気づいたら他の冒険者達が面白そうにこっちを見ている。

 

「いや、それは違くて、」

 

「俺もこうゆうことを言うのはどうかと思うが、もっと静かにヤった方がいいと思うぜ」

 

「誤解だよーーーーーーーー!!」

 

 羞恥心に耐えられなくなったのか、耳まで真っ赤にしてクリスは逃亡した。俺も後を追うか考えていると近くにいた女冒険者達の声が聞こえてきた。

 

 

「じゃああの男は無理矢理パンツを奪ったってこと?」

「さすがに事故じゃないかな」

「事故でパンツ取られるってどんな事態よ」

「噂じゃあエリス様感謝しますーなんて叫んでたらしいわよ」

「うわぁ」

「クリスさん可哀想」

「クズね」「クズだね」「クズよ」

 

 

 俺は迷わず逃亡した。

 

  ーーーーーーーー

 

「ううぅ、今度からどんな顔してギルドに行けばいいんだろ」

 

「俺ももう女の冒険者とまともに話せる気がしない」

 とりあえずクエストは後で受けることにした。今はせっかくの機会なのでとクリスにこの街のことを案内してもらっているところだ。

 

「それでこっちが商店街だね。冒険に必要な雑貨や日用品とか揃える時に便利だよ。奥の方にも個性的な店がいくつかあるんだ」

 

「見つけたぞ!」

 

 そんな風に街を散策していると、後ろから急に声をかけられた。今日は本当に忙しいな。振り返るといかにも女騎士といった姿の金髪碧眼の美人が俺のことを睨んでいた。

 

「大丈夫かクリス、変なことをされてないか?」

 

「どうしたのダクネス?そんな慌てて」

 

「ギルドに行ってみたらお前が無理矢理襲われたなどと噂になっていてな。心配して探していたんだ」

 

 なんか噂が悪化してませんかね。

 その女騎士はクリスを庇うようにして俺の方を向いた。

 

「私の友人に危害を加えるのはやめてもらおうか。どうしてもと言うならこの私が相手になってやる」

 

「ダクネス…」

 

 よほど怒っているのかその女騎士は顔を赤くしながら俺に敵意の目を向けて来ていた。美しい友情だと思うのだが何故かクリスの目は冷めている。

 

「大丈夫だクリス。私は騎士だ。友人を守るためならどんな責め苦にだって耐えられる。たとえこの身を差し出せと言われても、私は絶対に屈しない!」

 

「「……」」

 

 言葉だけを聞けばまあ騎士のような気もするが、明らかに様子がおかしい。顔は怒っていると言うよりは興奮しているように見えてきたし、目も敵意というより期待の目をしているように見える。クリスの目はさらに冷めていった。

 

 

「ハア、ハア、想像しただけで昂ってしまう。さあ、思う存分に私をなぶるがいい‼︎」

 

 

「……クリス、集合」

 

「はい…」

 

 さすがにこれはおかしい。クリスを呼んで事情聴取を始めた。

 

「おい、あれお前の知り合いなんだよな。明らかに様子がおかしいんだけど」

 

「あたしの友人です。普段は真面目でいい子なんです」

 

 俺の質問に諦めたような表情でクリスは答える。普段はいい子?クリスの言葉を元にもう一度女騎士をみる。

 

「ハア、ハア、どうしたそんな目をして。私の体をどうやって味わうか考えているのか?いいぞ。やれるものならやってみろ!」

 

 とても真面目でいい子には見えない。ただの変態にしか見えない。クリスの目にはもう光が宿っていなかった。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 とりあえずクリスに事情を説明してもらった。昨日のことは俺も悪かったと思うがさすがに尾ひれが付きすぎである。

 

「すまない、噂話に踊らされてあなたに酷いことを言ってしまった」

 

「いや、誤解が解けたのならいいよ。えっと」

 

「自己紹介がまだだったな。私の名はダクネス。クルセイダーを生業としている」

 

 凛としながら名乗りを上げた。

 

「俺はサトウカズマ。職業は恥ずかしながら冒険者だよ」

 

「別に恥じることはない。冒険者として街の住民を守っているのならそれはなんであれ立派なことだ」

 

 なるほど。クリスの言う通り普段はまともなようだ。

 

「クリスはカズマとどういった経緯で知り合ったんだ。見たところ冒険者になってまだ日も浅いみたいだが」

 

「あたしがいろいろ案内してあげてね。ほっとけないから一緒のパーティーを組むことにしたんだ」

 

 ほっとけないは余計だと思うんだが。

 

「ごめんね。相談もなくパーティー組んじゃって」

 

「別に私は構わないよ。それにカズマには何か光るものを感じる」

 

 どうやら人を見る目もあるようだ。この俺の秘められた力がわかるらしい。

 

「ああ、あの体を舐め回すような視線。実に私好みだ」

 

「ダクネス…」

 

 続きの言葉は聞かなかったことにしよう。それにしても俺が会話に入る隙間がない。

 

「2人は随分と仲がいいんだな」

 

「そう見えるか?まあ確かにもう3年程の付き合いになるからな」

 

「懐かしいなー。あの頃のダクネスは今より可愛かったのに(性癖が)」

 

 なんか今最後に()がついているように聞こえたが?しかしまた2人の世界に入っている。本当に仲がよろしいようで。

 

「せっかくだし今からクエスト行ってみるか?ギルドで誤解も解かなきゃいけないことだし」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 3人で受けたクエストはあの忌まわしきカエルである。俺が嫌がっているとクリスはまだ体が慣れてないんだから怪我しにくいこれじゃないとダメだよと強行してきた。俺のことを考えてくれてるのは嬉しいのだが嫌なものは嫌なのだ。

 

「またあれと戦うのか」

 

 目の前の平原には日向ぼっこでもしているのかカエルの群れがボーッとしていた。

 

「カズマはカエルが苦手なのか?」

 

「昨日口の中に飲み込まれてな。ちょっとトラウマになってるんだよ」

 

「飲み込まれるだと!?それはさぞかし…」

 

「まあダクネスは鎧着てるから大丈夫だろ。あいつら金属を嫌うらしいから」

 

「ああ、そうだったな。助言感謝する」

 

 そう言いながらダクネスは鎧を脱ぎ出した。‥‥ておい。

 

「ねえカズマくんの話聞いてた?なんで鎧脱ぐの?」

 

「ふふ、それはもちろん飲み込まれる感触を味わうためだ。なるほど今までそんな発想はなかったがそれはさぞかし楽しそうだ」

 

 クリスが一応理由を聞いてみたが、ダクネスは当然のように答えた。

 

「安心しろ。私はこのパーティーの盾だ。カエルは全て私が引き受ける。いくぞ『デコイ』!」

 

 敵を引きつけるスキルを使った彼女はカエルの群れの中に飛び込んでいった。

 

 

 そこからは本当に酷かった。

 

 ダクネスが食べられて俺とクリスが倒し、また食べられては倒しの繰り返しだった。というか途中から自分で口の中に飛び込んでいってるようにも見えた。

 当然ダクネスの体は全身ぬるぬるのベトベト。それにあれはかなり生臭いのだ。しかし奴は

 

「ああ、こんな素晴らしいここちだなんて。どうしてもっと早く気づかなかったんだ!」

 

とご満悦な表情で次のカエルに喰われて言った。

 

 結局今日のクエストは俺とクリスが疲れただけでダクネスの1人勝ちで終わった。

 

 

  ーーーーーーーー

side めぐみん

 

 今日もパーティーは決まらかった。

 私はいらない子なのだろうか。

 いやこの街の冒険者は我が爆裂魔法の素晴らしさにまだ気づいてないだけです。

 そうだこれから毎日爆裂魔法を町の近くで撃って、その圧倒的破壊力を宣伝しましょう。

 私の気分も晴れて一石二鳥です。

 

 そんな物騒なことを考えながら宿に帰っているとお決まりの人達にあった。  

 

「いーからさっさと風呂入ってこい。ギルドの報告は俺がしといてやるから」

 

「いや、クエストはパーティーみんなで受けたものだ。当然、報告も全員で行くべきだ」

 

「なんでそう強情なの。ぬるぬるが気持ち悪いでしょ。いいからお風呂行くよ」

 

「大丈夫だ問題ない。いやむしろいい!」

 

「おいこいつカエルの粘液落としたくないから風呂行かないだけなのか。クリス無理矢理でも連れてけ。なんかほっとくと周りに変な誤解されそうだ」

 

「行くよ、ダクネス。いや、ちょっとあんまり近寄らないで服につくからー」

 

「おい、そう避けられるとさすがの私も傷つくぞ」

 

 なんだろうあれは。

 また1人金髪の女の子が増えているがそこは問題ではない。

 街のど真ん中でぬるぬるな女の子を放置なんて人としてどうなのだろうか。

 やはりあの少年はエリス教徒の皮を被った頭アクシズなのではないか。

 とりあえず今後関わりになるのは遠慮しておこう。

 

 

 あの人たちよりはマシだろうと自信を取り戻したロリっ子であった。

 

 

  ーーーーーーーー

 

「どうしてあんなになるまで放って置いたんですか」

 

「昔はもう少し自重してたんです」

 

 俺は宿でエリス様と今日のことを話していた。ダクネスは誰かに追われているらしく、宿を転々としているそうだ。あの変態騎士と今後うまくやっていけるか今から不安である。  

 

「それとダクネスは、ほんのちょっと剣を振るのが苦手ですけど大目に見てあげてくださいね」

 

「本当にほんのちょっとですか?」

 

「か、かなり苦手です」

 

 俺の圧に折れたエリス様は本当のことを喋った。ダクネスは欠点だらけの変態騎士様らしい。

 

 なんでこの人はアレと友人になったのだろうか。

 

「2人はどこで出会ったんですか。特に接点があるわけじゃなさそうですけど」

 

「そうですね、その話はダクネスが恥ずかしがるのでまた別の機会に」

 

 少し顔を朱に染めつつ頬をかいている。

 

「本当はエリス様が恥ずかしいんですね」

 

「どうでしょうかね?」

 

 はぐらかされてしまった。まあ昼間の感じを見た限りだが深い付き合いなのだろう。

 

 

「ダクネスにはエリス様のこと教えないんですか?」

 

 そうなんとなしに聞いてみた。それに対して、

 

「そうですね‥‥。時が来たら話してみましょうか」

 

 

 エリスは少しだけ寂しそうな顔をして答えた。

 

 

 

 




祝、変態お嬢様参戦。
クリスルートなので先にダクネスがパーティーに加入します。
ダクネスとクリスはダクネスが冒険者になって少ししてから出会ったそうなので、ダクネスが15歳で冒険者になったと考えて3年前になりました。

途中ダクネス×クリスっぽくかいてますが過ごした時間の差が圧倒的なのであんな感じになりました。カズマさんがんば。

少し文の書き方を変えてみました。読みやすくなったのならそのままスルーで、読み辛くなったのならコメントを、気づがなかったのなら作者がちょっとの悲しみをお願いします。
 

おまけ

カエルに餌を与えてみよう
カズマはクリスにバインドを教わった。

パターンA

クリス「よーし、カエル討伐行ってみよう!」
カズマ「バインド」
クリス「え、ちょっとどうして。いやーー食べられるーー!」
   パクッ
クリス「いやぁ、肌の上に舌がぬるぬるしてくる。ちょっと⁉︎そこは駄目!パンツ脱げちゃうーーーー!」
カズマ(エロいな)
クリス「早く助けてよーーーー!」

パターンB

エリス「かわいそうですが仕方ありません」
カズマ「バインド」
エリス「え、どうしてですかカズマさん⁉︎やだ食べないでくださーーい!」
   パクッ
エリス「うう、カエルの粘液が服に染みこんできます。きゃっ⁉︎ちょっと服の中に舌が入ってきて⁉︎」
カズマ(エッチだな)
エリス「見てないで助けてくださーーーい!」

パターンC

カエル「ゲコッ」
カズマ「バインド」
ダクネス「とーう。しまったーー。うっかりバインドに縛られてしまったー。ハア、ハアこのままではカエルに喰われてしまうーー」
   パクッ
ダクネス「くう、この飲み込まれそうな感覚、癖になる。ぬるぬるも相まって最高だ!もっと私を無茶苦茶にするがいい!」
カズマ「変態だな」
ダクネス「言葉責めまであるとは!ご褒美だ!」


しょっぱなから変態アクセルを全開にしすぎたかもしれない。

読んでくださった読者の皆さんに深く感謝を!


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名物娘と駆け出し男 森の悪魔を添えて♯1

野生のめぐみんがあらわれた。
  撫でる
  餌を与える
  スティールする
ニア 爆裂魔法ってネタ魔法だよね


 爆裂魔法というスキルがある。

 それは圧倒的な暴力、比類なき力、人類最強の攻撃魔法、神殺し、魔王を滅ぼせる力。

 言葉にすればいくらでも出てくるのだろう。

 そんなのは全部まやかしだ。

 本物はそんな言葉などという陳腐なものには縛られない。

 俺の目の前で起きたことを正しく言葉で表すのは世界中の作家、詩人が寄せ集まったとしても筆を投げたに違いない。

 

 俺の語彙ではただただ最強としかいい表せないその魔法を撃った少女は、

 

「はっはっは! どーですか! 我が扱いし究極の魔法の威力は! どうやら、驚きすぎて声すらでないようですね! その驚愕した表情、最高の気分です!!! 今の状況を忘れてしまうほどに! じゃあ正気に戻ったら助けてくださいねー。ハプッ」

 

 カエルになった。

 

「めぐみーーーーーーーーん⁉︎」

 

「喰われてんじゃねーーーーー!」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 俺が冒険者になって一週間がたった。

 最初こそ元々の引きこもり気質のせいで毎日筋肉痛に悩まされていたが、慣れとレベルの上昇により駆け出しとはいえ一端の冒険者と言えるようになっていた。

 

「いやー頑張ったねー。まだ一週間だけど初めの頃に比べて見違えるようだよ」

 

 そう言ってクリスは向かいでニコニコと笑っていた。

 

 この一週間、新たに加わったダクネスをパーティーに入れてクエストに行っていた。クエストは例のカエルに加え森周辺の簡単なクエストを中心に受けている。

 だいたいが硬さだけは一品のダクネスが敵の中心で楽しんでそれを俺とクリスが叩くと言った感じだった。クリスも俺のレベルが上がりやすいように加減していたので、俺が敵を倒すことが多かった。

 そんなこんなで俺のレベルは10まで上がっている。

 

「クリスに教えてもらった潜伏や敵感知、バインドのスキルも取ったし、俺も立派な冒険者だな。まだスキルポイントが余ってるんだがなんかいいスキルないかな」

 

「千里眼とかどうかな。遠くが見えたり、暗闇の中でも目が効いたりするんだ。盗賊をやってる身としてはあのスキルはすごく羨ましいんだよ」

 

「すまない、待たせたな」

 

 そんなことを2人で相談しているとダクネスがやってきた。

 

「カズマのスキルの話か? 私としてはバインドのような拘束スキル系や威力が高くて気持ちいいスキルがいいと思うぞ」

 

 そんな自分の欲望がだだ漏れなことを言ってくる。

 

「例えそれを取ったとしてもお前には使ってやらない。ダクネスが両手剣用のスキルを取るなら考えてやらんでもないが」

 

「くぅ、それは厳しい選択だ。だが私が攻撃系のスキルを取ると普通に強くなってしまうのだ。それだけは……できない!」

 

「強くなるってすごくいいことだと思うんだけどなぁ」

 

 クリスと2人で溜息をつく。こればっかりは昔から言っても聞いてくれないそうだ。まあパーティーもまだ増えるかもしれないし、その時になってからでも遅くないだろう。

 

 

 そんなことを話しているとギルド職員のお姉さんから冒険者に連絡があった。

 

「最近森で悪魔に関する報告が多数ありましたが、ギルドでもそのことを確認し、これに懸賞金をかけることが決定しました。冒険者のみなさんはくれぐれも注意して自信のない方は森に近づかないようお願いします」

 

 俺にはあまり関係のないことだな。まあ森のクエストは今後控えよう。

 

「ヘェー、悪魔が出たんだ」

 

 

 目の前のクリスから今まで聞いたことがないほどドスの効いた声が聞こえた。

 

「噂では知ってたけど、どうせ下級悪魔だろうと見逃してあげてたのに、懸賞金がかけられる程暴れてるんだ」

 

「ク、クリスさん?」

 

 表情は普通なのに目が笑ってないですよ。

 

「悪魔の分際で随分好き勝手やってるみたいだねぇ。いこっかダクネス」

 

「ああ」

 

 クリスほどではないにしろ、こちらもなかなか極まった目をしている。

 

「君はまだステータスが足りなくて危ないからついて来ちゃダメだよ」

 

 少しだけいつものクリスに戻ったがすぐに真顔になり2人はギルドを出て行った。

 

「悪魔滅ぶべし!」

「ぶっ殺してやる!」

 

 ‥‥どうして2人してあんなに殺気だっているのかわからないがあまり首を突っ込まない方がいいだろう。というか関わりたくない。

 からかいながらも面倒見がよいクリスや、抱擁力のあるエリスをいつも見てきたカズマにとってあれは劇薬に等しかった。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 しかし2人して悪魔を倒しに行ったせいでクエストに行くことができなくなってしまった。

 

(誰か他の冒険者と組んでみるのもありか?)

 

 現状のパーティーだと火力か回復が心許ない。誰かいい人材がいないか探しておくのはありだろう。

 そう思いギルドの中を見回していると1人目につく子がいた。自分の右斜め前の隅っこの席につくその少女はこの間ギルドで騒ぎになっていたのとは違う紅魔族の少女だった。どうしてその子が目についたのかと言うと、

 

(トランプタワー、だと)

 

 それはもう見事な高さのトランプタワーを建てていたのだ。逆になんで今まで気付かなかったのかと思うほどその少女は景色に溶け込んでいた。

 

(暇そうだしあの子をさそうか? いや、)

 

 ここで話しかければ彼女のアートが崩れてしまう。せめてそれが終わるまでは見守ろう。完成見てみたいし。

 

 そこから10分ほど彼女の作業を見守っていた。

 

 どうやらタワーは全部で10段のようで今8段目が終わったところだ。彼女も終わりが見えてきたからか安堵の表情を浮かべている。

 

(まだだ、まだ終わっちゃあいない。そこで油断したらダメだ!)

 

 しかし、いつだって終わりは唐突に現れる。

 

 すっかりその作業に見入っていたカズマとその少女は外敵が近づいてきていることに気付くのが遅れた。そこに現れたもう1人の少女はいつのまに机のそばに来ていたのかトランプタワーを一瞥、何を考えているのか机の上に黒猫をけしかけたのだった。

 

(おい、お前は何をしている。やめろ、やめてくれ。それには彼女の夢が詰まってるんだ)

 

 少年の思いは届かない。机に解き放たれた漆黒の魔獣は本能の赴くまま前に進み、

 

(やめろーーーーーーー!!!)

 

  バサァ

 

 トランプタワーを崩した。

 

「ああああああああーーーー!」

 

「うわぁあああああーーーー!」

 

 2人の少年少女の慟哭がギルド内で響きあった。

 

  ーーーーーーーー

sideめぐみん

 

 つい破壊衝動に目覚めた主人と同じ気持ちだった使い魔を褒めていると、友人とよく見る冒険者が突っかかって来た。

 

「なんてことするのよーーー!」

 

「お前の血は何色だーーーー!」

 

 待って欲しい。ゆんゆんはともかくどうしてこの人まで怒っているのだろうか。というかゆんゆんも少し引いている。

 

「あなたはよく見かける変なエリス教徒の人じゃないですか。何の用ですか?」

 

「エリス教徒? なんのことだ? いや今はそんなこと関係なくて」

 

 あれだけ女神エリスの名前を叫んでいたのにエリス教徒ではないと。

 

「何をしたか分かってんのかお前は! 今お前が崩したものにはな、彼女の夢が詰まってたんだ。どうしてそんなに軽々しく壊せるんだ。人の夢を壊す権利なんて誰も持っちゃいねえんだよ!」

 

 そう言いながらゆんゆんを指差す。

 そんな、私はなんてことを。

 

「すみませんゆんゆん。ボッチを拗らせすぎてそんなにこの遊びにハマっていたんですね。大丈夫です。たとえゆんゆんがどんな夢を持とうと私は応援しますから」

 

「ねえめぐみん、悪ノリはやめて」

 

 まあここらがやめ時でしょう。

 とりあえず冷静になって話をしよう。 

 

  

 

「いや俺もなんか熱くなってた。悪い」

 

 恥ずかしいのか少し顔が赤かった。

 彼はゆんゆんが遊び終わるのを待っていてその後冒険にさそう予定だったそうだ。それにしてはやけに熱く語っていたが。

 

 しかし、

 

「じゃあゆんゆんだっけか。変な渾名だけどよろしくな」

 

「ほ、本名なんだけど……い、いえ不束者ですがよろしくお願いします」

 

 ライバルとして彼女に先を越されるわけにはいかない。

 

「おっと、ならば私も連れて行ってもらおうじゃないか。そこの中級魔法しか使えない紅魔族と違い、我が操るは人類の切り札、爆裂魔法です。どちらが優秀なアークウィザードかは比べてもらえば一目瞭然です」

 

「ちょっとめぐみん⁉︎ 私がパーティーに誘われたんだからね! 邪魔しないで!」

 

 とりあえず足を引っ張るくらいはしておこう。そんなことを考えているとその男は、

 

「いや、いいよ」

 

「……今、なんと言いましたか?」

 

 そこから男はとんでもないことを語り出した。

 

「いやお前って最近噂の頭のおかしい紅魔族だろ。爆裂魔法しか使えない。噂だと一発撃ったら動けなくなってお荷物になるわ、無駄に威力が高すぎて需要がないとか、範囲が広すぎて仲間を巻き込みかねないとか。しかもちょっと撃ちたい気分だとか言って急にぶっ放すらしいし」

 

 どうやら私の悪評はすっかりギルドに浸透しているようだ。しかし、

 

「見たことはないが爆裂魔法ってネタ魔法なんだろ」

 

 その言葉は許せない。

 

「何をーーーーーーーー!!? 一発しか撃てない? 無駄に威力が高い? あなたは爆裂魔法のロマンをまるで分かっていませんね! 今までパーティーを組んでいた人でも、もうちょっとオブラートに言ってきたのに、見てもいない人にそこまで言われるとは思いもしませんでした!」

 

 ゆんゆんが私を止めようとおろおろしているがこのことに関しては譲れないのだ。

 

「いいでしょう! あなたがネタ魔法と称するものがどれほどのものか直に見せてあげましょう!」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 もうお決まりになったカエルを討伐するため3人は平原に集まった。

 

「そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。ほらゆんゆん、やりますよ」

 

「ううー」

 

 そう言って2人はポーズを決めながら名乗りを上げた。

 

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、爆裂魔法を操る者!」

 

「わ、我が名はゆんゆん! アークウィザードを生業とし、いずれ紅魔族の長となる者!」

 

 

「‥‥馬鹿にしてんの?」

 

「違わい!」「違います!」

 

 2人の反応を見るに真面目なようだ。それにしても面倒なことになった。

 

「俺の名前はサトウカズマ。職業は冒険者だ。とりあえずさっさと一発撃って帰ろうぜ。俺も暇じゃないんだよ」

 

「ゆんゆんの1人遊びに見入っていた人が何を言っているのですか」

 

 ぐうの音も出ない。

 

「カズマと言いましたか。爆裂魔法は人類が扱える中で最も強大な力。その圧倒的な光景を目に焼き付けてもらいましょうか。そして先程のネタ魔法の件は撤回してもらいます」

 

 あれが良さそうですねと他と比べると更に一回り大きいカエルに目をつけたようだ。

 

 そうしてめぐみんは魔法の詠唱を始めた。

 この世界に来て日が浅い俺には魔法なんてまだ理解できていないがこれが尋常のものでないことはわかる。大気が震えるとでも言えばよいのか、彼女の周りの空気が変わっていく。ゆんゆんも固唾を呑んで見守っていた。

 

「しっかりと見ていてください。あなたがネタ魔法と称した物の本当の姿を!」

 

 目を真紅に輝かせためぐみんが興奮したように言ってくる。

 

 そうしてその魔法は放たれた。

 杖の先から光がカエルに向かって飛んで行く。それが着弾した瞬間。世界は白に染まった。

 

 ドガァアアアアアアアアン

 

 音は一拍遅れて俺たちの元へ届いた。土煙が晴れた先には大きなクレーターができており、そこにあった命は跡形もなく吹き飛ばされていた。

 

(…すげぇ)

 

 そんな言葉しか出ない程衝撃的だった。何か敵感知に反応が現れたがそれに気付がないほどに。

 

「ふう、やはり爆裂魔法は最高ですね。ん、なんだか地面が揺れているような、てちょっ」

 

 俺はそれを撃った少女を改めて振り返る。

 

「真下にカエルがいるとか予想外です。私の口上がまだなのですがまあこのままでいいでしょう」

 

 そこにはカエルに半分喰われた少女がいた。

 

「はっはっは! どーですか! 我が扱いし究極の魔法の威力は! どうやら、驚きすぎて声すらでないようですね! その驚愕した表情、最高の気分です!!! 今の状況を忘れてしまうほどに! じゃあ正気に戻ったら助けてくださいねー。ハプッ」

 

 そう言って男らしいというか大物と呼べばいいのかよくわからない少女はカエルに飲み込まれた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 あの後俺とゆんゆんで集まってきたカエルを倒した。ゆんゆんは流石紅魔族と言ったところかほとんどを1人で倒していた。その後ベトベトになっためぐみんをしょうがなく俺が背負って風呂に入れて、今はギルドで夕食を取っているところだ。

 

「ふっふっふ、どうでしたか? 直で見た人類最強の魔法の感想は。まあ、言葉にせずともあの顔を見れば誰が見ても明白ですが」

 

「悪かったよ。確かにあれはすげぇとしか言いようがなかった」

 

「もう少ししっかりとした感想も聞いてみたいですが、まあこのご飯に免じてこの辺にしてあげましょう」

 

 詫びとして飯を奢ってやるとめぐみんは上機嫌だった。ついでにとゆんゆんにも奢ってやった。

 

「どうしたゆんゆん? 遠慮しなくていいんだぞ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 どこか歯切れの悪い返事が返ってくる。どうしたのかと考えている俺など知ったことかとめぐみんは更に捲し立ててきた。

 

「それであれを見た後でもまだ爆裂魔法をネタ魔法などと言えますかねあなたは。いや言えないでしょうね」

 

 そんな上機嫌な様子だったが、

 

「いや、やっぱりネタ魔法だろう」

 チャリーン

 

「何……ですと?」

 

 俺の言葉に持っていたスプーンを落とした。

 

「いや確かに威力は凄かったしそれは評価できるけど、結局他の悪い点はそのままだし、今日の感じを見ると撃った後に周りのモンスターが集まってくるだろ。凄いんだけど総合的に見るとネタというか」

 

「いいでしょう! カズマには爆裂魔法の素晴らしさが分かるまで毎日付き合ってもらいます。それではまた明日」

 

 残ってた飯をしっかりと食べ終えると少女は先に帰っていった。厄介なやつに絡まれたが現状クリス達がいないことだし少しぐらいなら付き合ってやるか。

 

「じゃあ俺も帰るわ、またなゆんゆん」

 

「…‥…」

 

 何故か無言だった。先程の様子もあり何か悪いことでもしただろうか。そう疑問に思いつつも何か有用なスキルを教えてくれる人はいないか探しに行った。

 

 

  ーーーーーーーー

sideゆんゆん

 

 初めて他の人にクエストに誘われた。

 ちょっと変な人だけどこんな機会次はいつくるかわからない。

 クエスト中はあんまりお話できなかったけど勇気を出して今度こそ自分からパーティーに入れてもらうんだから。

 

 少女は決意を固めた!

 

「あ、あの、わ、私と一緒にパーティーを組んでくれませんか!!」

 

 少し噛んではいたがしっかりと自分の思いを言葉にできた。

 しかし、

 

「え…、あれ? カズマさん?」

 

 彼女が悩んでいる間に彼は帰ってしまい、彼女の言葉は虚空に吸い込まれていくだけだった。

 

 少女の決意はあっけなく崩れさった。

 

 

 彼女の本当の夢が叶う時が来るのかは誰も知らない。

 

 

 

 




今回はクリス成分少なめです。次回もたぶん少なめです。タイトル詐欺ですね。だが謝らない。

2人は紅魔族が登場しましたね。今作はカズクリがゴールだからめぐゆんでも目指してみようか。え、非生産的?せやな。

爆裂魔法の演出に無駄にこだわってしまった。文字数稼ぎじゃないよ。ほんとだよ。

作者は今オリジナルの爆裂魔法の詠唱考えてるからおまけはないよ。めんご。本編にだすか?知らん。


読んでくださった読者の皆様に深く感謝を!

後書きが適当?いっつもこんなもんでしょ。


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名物娘と駆け出し男 森の悪魔を添えて♯2

その手に掴む物(パンツ)

今回後書きが800文字になったぜ(白目)


 あれから男のチンピラ冒険者2人に初級剣術、狙撃、千里眼のスキルを教えてもらった。

 1人は普通に教えてくれたが金髪の方は難癖をつけてきたので、報酬として1000エリスとシュワシュワを提示したら、態度を急変させて快く教えてくれた。冒険者仲間の女の子から引くわーと言った感じの目を向けられていたが。ちなみにその1000エリスは女の子にすぐに回収された。

 スキルを全部覚えるにはポイントが足りないのでとりあえず保留にして宿に帰った。

 

「ただまー、っと、あれ? クリス?」

 

 部屋に入るとクリスはいなかったが置き手紙が書いてあった。悪魔を討伐する前に装備を取りに来ていたようだ。

 

『カズマくんへ

 あたしとダクネスは目撃情報の多い森で悪魔を探すから近づいたらだめだよ。夜通し探すと思うから宿にいなくても心配しないでね。悪魔は神様の敵で陰湿で狡猾で、存在してるだけで害しかなくて―――』

 

 俺はその先を読むのをやめた。ちゃんと読んでないが悪魔に対しての罵詈雑言がびっしりと書かれていた。ホラーかよ。

 

 どうやら今夜は1人らしい。正直エリスほどの美少女と同じ部屋で寝るという一種の拷問を受けていたカズマにとってそれは朗報だった。何とは言わないがナニが溜まっているのである。彼もまだまだ若いのだ。

 

 けれど1人だけで過ごす部屋は、どこか物足りなさを感じた。

 

  ーーーーーーーー

 

 ガンガンガンガン

 

「カズマー、出てきてくださーい、カズマー」

 

 ドアの叩く音が聞こえる。翌朝、昨日会ったばかりの少女が叩き起こしに来た。こんな朝早くからどうしたのだろうか?

 

「なんだようるさいな。幼なじみが朝起こしに来るイベントがしたいならもう少し静かに起こしてくれ」

 

「寝ぼけているのですか?もう陽も結構登っていますよ」

 

 もうそんな時間か。そういえば最近朝は毎日クリスに起こされていたからな。

 

「というかなんで俺の部屋知ってるんだよ」

 

「私もこの宿ですので、以前あなたが騒動を起こしたことは周知の事実ですよ」

 

 パンツ事件のせいか。あれは嫌な事件だった。

 

「それで何の用事なんだ?」

 

「忘れたのですか。爆裂魔法の良さがわかるまでカズマには付き合ってもらうと言ったでは無いですか」

 

「悪いな。俺は明日から本気出すんだ。だから今日は帰ってくれ」

 

「私の知り合いのニートみたいなことを言いますね」

 

 こっちの世界でもニートっているんだな。

 さてどうやってこいつを追い返したものか。別に俺が約束したわけではないのだから無理矢理断っても大丈夫だとは思うが。そんなことを考えていると、

 

「にゃー」

 

「おや、大人しく部屋で待っていれば良いものを」

 

 そう言いながらめぐみんは何処からか近づいて来た黒ネコを持ち上げた。そういえば昨日もギルドで見かけた気がする。 

 

「なんだそいつ?」

 

「そいつとは失礼ですね。この子にはちょむすけと言う立派な名前があるのですよ」

 

 ちょむすけ。めぐみんやゆんゆんといい紅魔族のネーミングセンスはどうなっているのだろうか。斜め下すぎないか。

 

「お腹が空いたのですか。このニートを説得したらご飯を食べにいきましょうね」

 

「ニートいうな。なんで俺が付き合ってやらなきゃならんのだ。行くならゆんゆんと行って来い」

 

「あなたが心の底から爆裂魔法がネタ魔法ではないと言うことを認めてくれたら許してあげましょう。断るというのならこれから毎晩ドアノックして叩き起こしに行きますので」

 

 普通に迷惑なんだが。

 そんなことをしているとめぐみんの腕の中のちょむすけがこっちを見ていた。具体的には少し小首を傾げて上目遣いで覗いてくるような。

 

「ま、まあ今日ぐらいなら付き合ってあげても構わないけど」

 

 めぐみんは急に態度を変えた俺を訝しんでいたが、

 

「そうですか。では少し早いですが昼食をとりに行きましょう。ちょむすけのご飯はカズマがお願いしますね。そうしたら触らせてあげましょう」

 

 ニヤニヤしながら言ってきた。

 べ、別に触りたいわけじゃねーし。

 

  ーーーーーーーー

 

 ギルドに着いて昼食を注文した。何故かめぐみんは注文しなかったが女の子だから体重でも気にしているのだろうか?

 そうしていると俺の昼飯とちょむすけ用の焼き魚が届いた。

 

「ほーらお魚だぞー」

 

 焼き魚が乗った皿をちょむすけの方に動かした。とてとてと近づいて来てふんふんと鼻を鳴らしている。かわいいな。

 そうしていざ食べようとしたとき、

 

 シュッ

 

「……おい」

 

「むぐむぐむぐ」

 

 俺と漆黒の魔獣は抗議する目で魚をかっさらっためぐみんを見た。

 

「ゴクン。ちょむすけは我が使い魔。使い魔のものは主人のもの。つまりそういうことです」

 

「お前最初からそのつもりだったのかよ。かわいそうだろ。次は取らせないからな」

 

「ふ、我が家庭の過酷な食卓(戦場)を生き抜いてきた我に敵うと思うてか」

 

 確かにあの手の速さは常軌を逸していた。

 

「ちょむすけは次は肉が食べたいそうです。もし持ってきてくれないならこの子の昼食は抜きですね」

 

「分かったよ!お前の分も出してやるから子猫から飯を奪うんじゃない!」

 

「にゃーん」

 

 ちょむすけは呆れたように鳴いた。

 

  ーーーーーーーー

 

「俺なんかに構ってるよりパーティーを探し方がいいんじゃないか?」

 

 満腹になったのか机の上で丸くなっているちょむすけを撫でながら、そんなことを聞いてみた。

 

「悔しいですが、今の私とパーティーを組もうとする人はいないと思いますよ。みんな私を避けてきますし」

 

 確かにギルド内はめぐみんを遠目から警戒する様に見てる。

 

「ですから今はちょうどいい大物賞金首が現れた時に颯爽と登場しそれを討伐。そこから有名になってパーティーを結成という計画を建てています。森の悪魔とか狙い目ですかね」

 

 多分そうなってもパーティーには誘われないんじゃなかろうか。

 

「じゃあなんで討伐に行かないんだ」

 

「さすがに私一人じゃ無理ですからね。明日には討伐隊がクエストで募集されるそうなのでそれに乗じて倒します」

 

 

 昼食を食べ終えためぐみんにつれられて爆裂魔法を撃ちに行った。

 

「エクスプロージョン!」

 

 今回は二人なので近場で爆裂魔法を撃っている。守衛さんなのかすごい顔でこっちを睨んでいる人がいたが悪いのはこの子です。

 

「食後の腹ごなしに撃つ爆裂魔法も良いものです。どうして一日に一発しか撃てないのでしょうか?」

 

「お前昨日はその一発がロマンとか言ってなかったか」

 

「それはそれ、別腹というやつですよ」

 

 そう言いながらめぐみんはうつ伏せで満足気に倒れていた。

 

「どうですか、今日のを見てもまだネタ魔法と言いますか」

 

「ネタ魔法です」

 

「ぐぬぬぬぬ」

 

 倒れているめぐみんを背負って街に向かう。どうして俺がこんなことをしなければならないのか。

 帰りの途中めぐみんは唐突に聞いてきた。

 

「そういえばカズマ。いつも一緒にいる二人はどうしたんですか?」

 

「クリスとダクネスのことか? あいつらは噂の悪魔を倒しに行ったよ。というかなんで知ってるんだ」

 

「あなた達のパーティーは目立つんですよ」

 

 そうか?大した冒険をした覚えはないんだがな。

 

「普段からカエルに苦戦するようなパーティーだぞ。変態の騎士様が勝手に突っ込んで行ったり、俺はステータスが低くて冒険者だし、唯一まともなクリスも金使いが荒かったりするし」

 

 そんなことを話していると後ろからクスクスと笑い声が聞こえる。何がおかしいのだろう。

 

「やっぱりあなた達のパーティーは楽しそうですね」

 

 少女はそう小さく呟いた。

 

  ーーーーーーーー

 

 めぐみんを部屋まで連れて行きクリスの帰りを待った。流石にそろそろ帰ってくるだろうと考えてると、

 

「ただいまー。お、一日振りだねカズマくん」

 

 装備がボロボロになったクリスが入ってきた。

 

「おい、大丈夫かクリス!? ボロボロじゃないか」

 

「これぐらいヘーキヘーキ。擦り傷だよ。悪いけどまだ悪魔殺せてないから装備整えたらまたすぐ出るね」

 

 そう何でもないように言った。

 

「待て待て。明日ギルドで討伐クエストが出るらしいからそれまで待ってろ。ダクネスにも言っといてやるから」

 

「あ、ちょっ」

 

 そう言って俺はクリスが呼び止めるのも聞かずに部屋を出た。

 

 

 下で待っていたダクネスに、明日のことを話して部屋に帰るとクリスが困った顔をしてこっちを見ていた。

 

「そんなに心配しなくても本当に大丈夫なんだよ」

 

「そこらじゅうにすり傷作ってるやつが何言ってんだよ。俺のポーションやるからそれ飲んでろ」

 

「ああ、この傷なら……大丈夫ですよ。『ヒール』」

 

 話しながらエリスになると自身に回復魔法をかけた。

 

「はいこれで傷も大丈夫ですよ。悪魔は殺しておかなければならない邪悪な者たちですから………」

 

「……『スティール』」

 

「えっ? きゃっ!」

 

 その手には以前と同じくエリスのパンツが握られていた。

 おっと一発ゲット。運がいいのは自分でもわかっているがもはや運命だな。そうしてもう一度手を向けて、

 

「スティー」

 

「待ってくださいカズマさん! どうしてそんなことするんですか!」

 

 エリスは顔を真っ赤にしてスカートを押さえていた。

 

「スティールって連続で使ったらどうなるんですかね。やっぱり裸になるまで使えるんでしょうか。ちょっと疑問ができたんでエリス様で試させてください。『スティール』」

 

「あっ」

 

 おっと次はベールか。転生の時に運が下がってたらしいがその弊害かもな。まあ普段隠れてるエリス様の長髪がよく見えるからラッキーなのかもしれないが。そして更に手を構えて、

 

「スティー…」

 

「わかりました! 今日は大人しく休むのでもうやめてください!」

 

  ーーーーーーーー

 

 

 夜中にふと目が覚めた。横を向くと彼のベッドが見える。よく眠れているようだ。

 

 カズマさんには心配をかけてしまいましたね。

 あれは彼なりの優しさなのでしょう。

 も、もうちょっとやり方を考えて欲しかったですが。

 

 少女は少し離れた所で眠る少年を優しい笑みで眺めていた。

 偶然出来た特別な友人。

 

 

 今度は心配させないようにしないと。

 

  ーーーーーーーー

 

 翌日ギルドでは討伐隊が組まれていた。参加するだけで報酬が出されるため、多くの冒険者が集まっていた。狩場を荒らされ憤っている者、賞金首を倒し一獲千金を狙う者、ついて行って報酬だけ受け取ろうとする者。合わせて100人程の人数が揃った。

 様々な思惑で人が集まっている中、カズマは

 

「よう、坊主またあったな」

 

「またあんたか」

 

 レックスと同じ班になっていた。こいつともよく会うな。さらに、

 

「おやカズマ同じ班のようですね」

 

「っ!?」

 

 めぐみんとゆんゆんも加わった。

 

「ようゆんゆん。元気してたか」

 

「あ、はい」

 

 なんかすごくよそよそしいんだが。

 

「おいめぐみん。お前なんかしたのかよ」

 

「知りませんよ。一昨日の夜からこんな感じになっててこっちもいい迷惑です」

 

 一昨日の夜? 俺と別れた後か。

 そこにクリスとダクネスも入ってきた。

 

「君たちがカズマくんが話してた紅魔族の子たちだね。あたしはクリス。でこっちの無愛想なのがダクネス」

 

「無愛想は余計だ」

 

「クリスとダクネスはまあいいとしてそっちの3人はまだ駆け出しかよ。大丈夫かこれ」

 

 レックスがそんなことを言ってくる。ダクネスはマシな部類なのか?本性知らないだろ。

 

「む、私達は紅魔族のアークウィザードです。あまり舐めないでもらいましょうか」

 

「紅魔族? よく知らないがお嬢ちゃんが口だけじゃないことを願うぜ。ガハハ」

 

「ブッコロ」

 

「落ちつけって。おいゆんゆん止めるの手伝ってくれ」

 

「……」

 

 反応がない。ただの紅魔族のようだ。

 

「ゆんゆんだっけ。今日はよろしくね。はい握手」

 

「え、あ、あの。よ、よろしく、お願いします」

 

「さすがクリス。無愛想な奴の扱いに慣れてるな」

 

「だから私は無愛想なんかじゃない」

 

「まったく騒がしい奴らだな、イテッ」

 

「あんたのせいでしょ。あんまり人をからかわないの」

 

 スコーンとレックスの頭を叩いた槍を持った女性のソフィ、さらにその後ろにテリーとレックスのパーティーも加わった。

 合計8人。かなりの大所帯となった。

 

  ーーーーーーーー

 

「しかしあたし達がいない間にこんな可愛い子達と一緒だったなんて君もすみに置けないねー」

 

「どっちかって言うと絡まれた方なんだがな」

 

「最初に話しかけてきたのはカズマじゃないですか」

 

「ゆんゆん、足元が悪くなってるから気を付けろ」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

「子連れでクエスト来てるみてーだな」

 

「精神的にはあんたもガキでしょ」

 

「お前らしっかり周り見ろよ」

 

 俺たちの班は後ろの方に配置された。クリスが文句がありそうな顔をしていたがこれはしょうがないだろう。一番前はこの街一番のパーティーらしい。

 

 そんな感じで進んでいると、

 

「「!」」

 

 俺とクリスの敵感知に反応があった。しかもかなりの数だ。

 

「おい、来るぞっ。かなり多い」

 

「なんだ、じゃあ雑魚ばっかりじゃねえか」

 

 そう言いながらもしっかり辺りを警戒していた。流石この街1番と豪語するだけありレックスのパーティーは即座に対応している。

 

「では任せましたよゆんゆん。あなたの力を見せてやるのです」

 

「わかったわ、めぐみん。ってあんたも手伝いなさいよ!」

 

「こんな所で足止めくらいたくないんだけどなー」

 

「大量のモンスター!? ふっ、望む所だ。かかってきょい!!」

 

 こっちは有能2無能1変態1のようだ。

 俺も剣を構える。

 

 モンスターの数はかなり多く、本来は前方の援護に回る役割の俺たちは完全に足止めをくらっていた。そうしてもたもたしていると、

 

「おい! 先頭のミツルギさんがやられた!」

 

「あの悪魔はやばい。魔王軍の幹部級だ!」

 

 前方の部隊からクモの子を散らしたように冒険者が逃げてきた。

 

「怪我したやつが多い。早く下がれ!」

 

「今怪我したミツルギさんがなんとか押し留めてる。今のうちに逃げろ!」

 

 

「っ、あたし行くね」

 

 状況はかなりまずいようだ。そんな中クリスは必死な顔をして前に出ようとしていた。

 

「おいクリス1人は無茶だ。今は俺達も下がるぞ!」

 

「でもっ、…………わかった」

 

 

 そうして総崩れとなった俺たちは撤退を余儀なくされた。

 

「……」

 

 そんな中クリスは最後まで森の奥を睨んでいた。

 

 

 

 




今回は疲れた。本気で疲れた。
クリスを引き止めるシーンのカズマさんが違和感すごくて今回の感じになりました。最終的には割とありな感じでおさまりました。
めぐみんの所もどこまで描写するかスゲー悩みました。

ちょむすけってかわいいですよね。漆黒の魔獣ってテキストが好きで結構多用してます。こめっこちゃんかじっちゃダメだよ。

爆焔読んだことある人ならわかるかもしれませんがめちゃくちゃ日数飛ばしてます。エリス様が悪魔を見逃すはずないからね。

最後の方の8人パーティー。もはや誰が喋ってるのか分からなくなるレベル。地の文がほぼないのでノリで見てください。

おまけ

happy end?

カズマ「スティール」×10
エリス「キャアーーーー⁉︎」
エリス(全裸)「うう、もうお嫁に行けません。責任とってください!」
エリス様ルート完

後書きが真面目?前回の反動です。


祝 お気に入り100人 
パンパカパンパンパーン

勢いで始めたこの小説がこんなにたくさんの人に読まれているなんて。やっぱエリス様需要あるんやな。みんなもエリス教徒になろう。
案外やってみるとはまるのでみんなも推しの作品が少なかったら自分で作るんだぜ。

後書きってこうゆうの書く所じゃない?いいんだよんな細えこたあ。


カズマ「なんでこんなに伸びてんだよ」

クリス「それはもちろんカズマ君含めてみんなが頑張っているからだよ」

めぐみん「いいえ。この私の内より溢れる魔力が人々を惑わすのでしょう」

ダクネス「こんなに大勢の人々に私の痴態が晒されているなんて‥‥興奮する!」

アクア「この私、水の女神ことアクア様がいるからこそこんなに人が集まったのよ。お礼としてお酒を持ってきなさい!」

4人「‥‥‥…」

アクア「ちょっとなんか言ってよーーーーー!」


ここまで読んでくださったみなさんに深く深く感謝を!
めっちゃ書いてるけど最終回やないんやでこれ。

エリス「ここまで読んでくださってありがとうございます。これからも私達の物語は続くのでそちらも読んでくださいね。
それでは、あなたに祝福を『ブレッシング』!」



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怒れる女神と男の思い♯1

エリス様はメインヒロインです


 ギルドに帰ってきた俺たちの空気は重かった。

 1番頼りにしていた魔剣の勇者はあっさりと悪魔に敗北し、重症を負った。今はエリス教会でプリーストの治療を受けている。魔剣の勇者だけでなく数人が重症を負い他にも怪我をしたもの、悪魔を見て戦意を失ったものが多数いた。

 

「チッ、魔剣の勇者がやられたからってなんだよこの空気、辛気くせえ。俺たちだったらやれたんじゃねえか?」

 

「あたし達が撤退できたのだって魔剣の勇者がどうにか押し留めてくれたからでしょう。悪魔はそのまま去っていったそうだけど。何にしても相手は魔王軍の幹部級、他の町から高レベルの冒険者が来るのを待つしかないわ」

 

 レックスのパーティーの会話が聞こえてくる。魔剣グラムを操る勇者ミツルギ。会ったことはないがおそらく転生特典を持った日本人の転生者だろう。そんな奴でもあっさりとやられたのか。

 

 そんな空気の中ギルドのお姉さんが出てきた。

 

「みなさんお疲れ様です。報告は受けとりました。大変な相手だったそうですね」

 

 そうして今回受けた被害の再確認をした。

 

「あの悪魔は俺達で相手するのは無理だ。どこか他の街の高レベル冒険者を呼んでくださいよ」

 

 1人の冒険者が提案した。しかしその言葉に対して、

 

「すみません。現在魔王軍幹部のデュラハン、ベルディアが大量の部下を引き連れて行動しているようでして。現在目的も行動も不明ではありますがどこの街もその件にかかりきりになっていて、応援を送る余裕がないそうです。ですから、この街の冒険者で対処するしかないのですが…」

 

 お姉さんの声はそこで途切れた。街で1番強いと言われている魔剣の勇者がやられたのだ。残った冒険者でどうにかしろというのはあまりにも酷な話だった。

 

 対策案はうまれずに冒険者は1人また1人とギルドを出ていった。そんな中レックスが俺とクリス、ダクネスに話しかけてきた。

 

「よう3人とも。この俺にいい案があるんだが。どうだ、一枚噛まないか?」

 

 いい案? それが何か尋ねようとしたが、

 

「ごめんね。あたし達はその話はなしでお願い」

 

 クリスはそれを断った。

 

「カズマ君、宿に帰ろ」

 

 そう言ってクリスは俺の手を引いてくる。

 

「え? せめて話ぐらい聞いてからでも」

 

「いいから」

 

 いつもと違って少し強い口調で返してきた。

 

「ダクネス、明日の朝、宿に来て。そこで話したいことがあるから」

 

「あ、ああ。分かった」

 

 そうして俺とクリスはギルドを出ていった。

 

 

 宿に帰るとエリスは俺に告げてきた。

 

「カズマさん一つお願いをしてもいいですか」

 

 どこか決意を感じさせる表情で。

 

  ーーーーーーーー

sideめぐみん

 

「たく、なんだクリスの野郎、怖気付いたのか?」

 

 カズマのパーティーと話していたレックスはそんなことを言っていた。カズマ達はどうやら彼の話を断ったらしい。

 

「まあいい。おい、お嬢ちゃん達よ。お前らはどうだ。俺の案を聞いてみないか。まあ口だけ魔導士さんは別に聞いてくれなくても構わないんだが」

 

 私は昼間の戦闘では味方が密集していたこともあり爆裂魔法を撃つ機会がなかったのだ。

 

「口だけかどうか今ここで証明してあげましょうか」

 

「ち、ちょっとめぐみん。なんでそうやってすぐに喧嘩しようとするの」

 

「ガハハ、まあそう怒るな。口だけじゃないんなら俺たちの作戦の時にその力を見せてくれたら構わねえよ。本命はそっちの嬢ちゃんだからな」

 

「わ、私ですか?」

 

「昼間の戦い振りは中々よかったからな。嬢ちゃんがついて来てくれたら作戦の成功率も上がるってもんよ」

 

 その言葉にゆんゆんは恥ずかしそうにしながらも少し嬉しそうだった。私はまだ本気を出してないだけですから。どこぞのニートみたいなことを考えた。

 

「実はあの悪魔を見た奴らの中になーーー」

 

 そう言ってレックスはその作戦を教えてきた。

 

 

 翌日。

 私とゆんゆん、それにレックスのパーティーは森に来ていた。

 

「本当なんですか? あの話は」

 

「ああ、悪魔本人が聞いてきたらしいからな」

 

 レックスの話によると魔剣の勇者を倒したその悪魔は逃げ遅れた冒険者に対して真っ黒で巨大な魔獣を知らないかと尋ねてきたそうだ。冒険者がそんなもの知らないと答えるとそのまま悪魔は去っていったらしい。

 

「最近街から離れた山の麓でその条件に合致するモンスターの目撃情報があってな」

 

「それで、そのモンスターとは?」

 

「初心者殺しだ」

 

 初心者殺し。黒い毛並みに鋭い牙を持った大きい猫のようなモンスターだ。その名の通り駆け出し冒険者にとって天敵のような存在で、素早く狡猾で知能が高いモンスターだ。

 

 

「本当に信頼してもいいんですよね。あのモンスターは頭がいいので真っ先に後ろにいるゆんゆんを狙ってきますよ」

 

「ねえ、なんで私だけが狙われるみたいな言い方するの」

 

「それはもちろん、ゆんゆんの方がモンスターにとって美味しそうだからです。その無駄にでかいだけの脂肪の使い道がようやく出来ましたね」

 

「自分が無いからってそんなこと言わなくてもいいでしょー!」

 

「な、無いとは何ですか! 私はまだ成長の余地を残してるだけです!」

 

 そんな私達を見て呆れたようにレックスは言ってくる。

 

「ちゃんと俺たちが守ってやるから騒ぐんじゃねえよ。それで俺たちが相手してる間にそっちの嬢ちゃんが魔法で眠らせてくれ」

 

「任せましたよ。それで捕獲したらどうするんですか?」

 

「馬に引かせてるこの檻に入れて街へ帰る。おそらく目撃にあった初心者殺しはあの悪魔の所有物、まあペットみたいなもんだったんだろうよ。ならそいつを使って倒すなり交渉するなり後は自由だ」

 

 そう言ってレックスは笑みを浮かべていた。

 

 

 その後は順調だった。初心者殺しはゴブリンなどの雑魚モンスターを使って狩をする。ならそのゴブリンを狩っていればおのずと現れてくるのだ。それをゆんゆんのスリープの魔法で眠らせて、後は街に帰るだけだった。

 そこにそれは現れた。

 

「見つけたーーーーー!」

 

 その声の主は森の中から急に現れると一瞬でレックス達3人をその大きな腕で吹き飛ばした。

 

「大丈夫ですかウォルバク様!…てあれこいつただの初心者殺しじゃねえか」

 

 その光沢を放つ漆黒の巨大な体躯。蝙蝠を思わせる二枚の背中の羽。禍々しさを感じさせる角と牙。

 

「おっかしーなー。こっちの方でウォルバク様の匂いがしたと思ったんだが」

 

 現在街を騒がせているその上位悪魔が

 

「おっ、おいお前らちょっと聞きたいことがあるんだが」

 

 その無機質な瞳をこちらに向けた。

 

 

「「いやぁああああああああああああー!!」」

 

「お、おい落ち着けって」

 

 

「食べるならこの娘からどうぞ。脂が程よくのって食べごろです!」

 

「あんたさっきからいい加減にしなさいよ!」

 

「お前らのその目、紅魔族だろ」

 

 

「大丈夫ですよゆんゆん。例えあなたがお星様になったとしても私は忘れませんから!」

 

「なんだかんだ言ってめぐみんなら見捨てないでくれるって信じてるからねー!」

 

「お前ら紅魔族とはできればやり合いたく……って聞けよ!」

 

 

一向に襲ってくる気配がない悪魔に私とゆんゆんも少し落ち着きを取り戻した。

 

「あなたは一体?」

 

「俺か? あー、我が名はホースト。邪神ウォルバク様の右腕にして上位悪魔。やがてはちっこいガキに使役される予定のもの、ってな。お前ら紅魔族はこういう挨拶がお決まりなんだろ」

 

 やけに紅魔族に詳しい悪魔はわたしに顔を近づけると私の匂いを嗅ぎ出した。そんなに顔を近づけられると怖いんですが!

 

「お前だ。お前の方からウォルバク様の匂いがする。それもかなり新しい匂いだ」

 

「ウォルバク、ウォルバクと一体なんなんですか。そんなもの私は知りま、せん、よ?」

 

 そう言えば以前倒した悪魔のアーネスがちょむすけのことをそんな名前で読んでいたような。

 

「お、その反応は当たりだな。知ってることを話してもらおうか」

 

「あ、あなたもウチのちょむすけを狙っているのですか。ウチの子はただの黒猫ですよ。あの子は私の妹にも負ける貧弱っぷりですからね」

 

 狙われているのがちょむすけのことだと分かりゆんゆんの顔にも焦りが見える。

 

「ち、ちょむすけ? なんだその名前は。……いや待てそういやお前妙にあのガキんちょに似てるし、妹だと? ……」

 

 悪魔は何かを葛藤し始めたがその考えを振り切るように頭を振った。

 

「いいかお前たち。ウォルバク様だ、ウォルバク様を連れてこい。こいつは取引だ。素直に渡せばさっさと居なくなってやるよ」

 

「悪魔を信じろと? 昨日はあれだけ暴れていたくせによくそんな事が言えますね」

 

「あれは俺も悪かった。なんせあの魔剣の勇者とやらがいたからな。加減をミスっちまった。悪魔としちゃあ無駄に人間を殺すなんて論外だからな」

 

「いいか。悪魔は契約した事は破らない。これは掟であり矜恃だ」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 紅魔族の2人が帰っていく。そこいらに転がした人間3人を乗せて馬車は遠く離れていった。

(まさかこめっこの家族に会うとは思わなかったぜ。それにあのガキンチョ、なにがしっこくのまじゅうだ。もし俺が召喚されることがあったら覚えてろよ)

 

 悪魔は小さな友人を思い出しながらクックックと小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「何が、おかしいんですか?」

 

 

 悪魔は瞬時に後ろを振り向いた。

 

「あなた達悪魔は何を考えているか分かりませんね。まあ分かりたくはないですが」

 

 さっきまでそんな気配はなかった。

 

「なんでお前みたいなのがこんな所にいやがるんだ」

 

 悪魔は嫌悪と緊張を持って聞いた。

 

「それに答える義理はないでしょう」

 

 目の前の女から感じるこの気配は悪魔の天敵。

 

「これ以上あなたと語り合う気はありません」

 

「ここで滅ぼします」

 

 そう女神エリスは告げた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 彼らには悪いことをした。

 彼らが出会う前にケリをつけるつもりだったのだが。

 いいえそれだけでなく、他の冒険者の人たちにも。

 

 私はダメな女神ですね。

 女神である事を忘れてただ日々を過ごす。

 そのせいで多くの人たちが傷ついた。

 

 真に償いとはなりませんが、

 私は私の責務を果たします。

 

 

 

 

 




おかしい。ラスボスにしか見えない。どうしてこうなった。
直前にホーストとこめっこの関係書いたから余計そう感じる。
そんなエリス様も好きです。
エリス様はメインヒロイン。はい復唱。

爆焔は基本めぐみんのお話なのでだいぶ尺持ってかれる。つらみ。

アクアが降りてきてないのでセシリーは出ません。申し訳ないと思ってる。このすばのアプリのセシリーはかわいいというわけじゃないけどなんか好き。

おまけ
だいたいエリスのせい (アクシズ並感)

ゼスタ「むむ、アクア様のお声が聞こえる」

アクア『なんで仕事終わんないのよー。助けてエリスー』

ゼスタ「こ、これは。皆の者、アクア様が天界でお困りになられておる。原因は後輩である事をいいことにアクア様に頼み事を押し付けるエリスの仕業だと思われる。聖戦だ。皆エリス教会へ向かえー!」

うおー

セシリー「く、めぐみんさんが困っている電波を感じる。ごめんなさいめぐみんさん。一緒にいてあげられないお姉ちゃんを許して」

読んでくださったみなさんに深く感謝を。


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怒れる女神と男の思い♯2

シーリアス


「待たせたな2人とも。それで話しとは……おい、カズマ。クリスはどこに行ったんだ」

 

 悪魔の討伐クエストの翌日、クリスに宿に来るようお願いされたダクネスは険しい顔で聞いてきた。今この部屋にはクリスはいない。俺1人でダクネスを待っていたのだ。

 

「私もアレとは長い付き合いだ。クリスの様子がおかしかったのは分かっている。隠し事が多いことも。……1人で悪魔の所に行ったのか?」

 

「……」

 

 昨日の夜。

 エリスは俺に頼みごとをしてきた。

 

 

『カズマさん一つお願いをしてもいいですか』

 

 どこか決意を感じさせる表情で告げてきた。

 

『お願い?』

 

 一体なんだろうか。表情から読み取る限りかなり本気のようだ。

 

『明日ここに呼んだダクネスをどうにか引き止めて置いてくれませんか。あの子は放っておくと森の悪魔の所に向かいそうなので』

 

『その間エリス様はどうするんですか?』

 

『私は悪魔を倒してきます』

 

 何を言ってるんだこの人は?この間ボロボロになって帰って来たのに。1人でいく?

 

『エリス様が行かなくても、あの魔剣の勇者が回復するとか、他の手段を探した方が…』

 

『カズマさんが心配してくれているのは分かっています。ですが今回は女神としての力を使います。だから大丈夫ですよ』

 

 頑として聞かないエリスに俺はそのお願いを聞くしかなかった。

 

『ダクネスには絶対に来させないようにしてください』

 

  ーーーーーーーー

 

「おおかたクリスに私をここに引き止めてくれと頼まれたのだろう。全く、何を考えているんだあいつは」

 

 普段は変態的な言動が目立つが友人のためならまともになるらしい。

 

「カズマには悪いが私はいかせてもらう」

 

「『バインド』」

 

「な、何をする! はっ、まさか2人きりなのを良いことに私を縛り上げてクリスを助けに行きたくば俺の言うことを聞けと脅しをかけるつもりか! く、仕方がない。これもクリスのためだ。だが私は心までは屈しないぞ!」

 

 さっきの俺の評価を返してほしい。縛り上げただけで一瞬で豹変したよこの変態は。俺は縄で縛られて転がっているダクネスに言った。

 

「まあ待て。俺が頼まれたのはお前を来させないようにしてくれってことだけだ。なら別に俺が後をつけていくのは構わないってことだ」

 

「さ、さすがにそれは屁理屈がすぎないか?」

 

 うっさい。

 

「屁理屈でもなんでもいいんだよ。だからお前は大人しくしててくれ。クリスが危なそうだったら引きずってでも連れ戻すから」

 

「カズマ…わかった、クリスを頼んだ」

 

「任されたよ」

 

 俺だって心配なんだ。

 

「ところで私の今の状況は縛り上げられた上にご褒美をお預けにされた、いわゆる放置プレイなのではないだろうか」

 

 雰囲気台無しだよ!

 

  ーーーーーーーー

 

 そうして俺はクリスを追って森に入った。

 モンスターはより強大な存在を恐れてそこから離れる習性があるらしい。ならモンスターが逃げて来たその先におそらくあの悪魔がいる。逃げて来たモンスターも潜伏で対処できる。

 後はクリスが無事かどうかだ。昨日のエリスの話しを聞く限り自信はあるようだったが。

 

 そうして森の中を進んでいるとカズマの進む先の森に火の手が上がった。悪魔とエリスの場所の見当がついたカズマは急いでその場へ向かい驚きの光景を目にすることとなった。

 

  ーーーーーーーー

 

 森の中の少し開けた空間。そこで神と悪魔は対峙していた。かたや国教となるまで信仰された女神エリス。かたや邪神の右腕の上位悪魔ホースト。両者緊張の中、先に動いたのは女神エリスだった。

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』っ!」

 

 エリスが両の腕を前に突き出しその手から白い光の魔法を放つ。それは女神が使う強力な破魔魔法。並の悪魔なら容易に滅せられ、上位悪魔のホーストといえどもまともに食らえば致命傷になりかねない。

 

「くそがっ、『インフェルノ』っ!」

 

 それに対してホーストはその巨大な体躯からは予想できないスピードでその魔法を躱し、お返しとばかりに炎の上級魔法をエリスに向けて放った。

 

「くっ、魔法の打ち合いは分が悪そうですね、なら!」

 

 広域を燃やしつくす炎の上級魔法を受けたエリスだが何らかの支援魔法をかけていたのかほとんど無傷でそこに立っていた。破魔魔法は躱されるならばと女神エリスは悪魔に接近戦を持ち込んだ。

 

「殴り合いか、上等だ!」

 

 エリスとホースト。両者の体格差を比べる必要などないだろう。かたや15歳程の少女の体格のエリス。かたや牛を軽く引きちぎれそうな程の巨躯を持ったホースト。それだけを見れば勝敗は火を見るより明らかだ。しかし、

 

「はっっ!!」

「ぐおっ!?」

 

 気合の入った掛け声と共に放たれたその拳はホーストの体を押し返した。ここは異世界、勝負の鍵となるのはステータスだ。女神は通常の人間に比べて圧倒的にステータスが高くその上に筋力強化などの支援魔法がかかっている。見た目は少女の拳から放たれる一撃はホーストをも凌駕する。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 いやおかしい。

 なんかもういろんなことがおかしい。

 

 2人の戦闘をカズマは隠れて見ていた。火の手が上がりエリスの無事を心配してきてみればこの光景である。

 

 え、普通に押してるんですけど。確かに少し自信はある感じだったけども。というかあの体格差でどうやって戦ってるんだよ。エリス様はバトル漫画の住人だったのか。つーか女神がステゴロってどうなのそれ。あ、また吹っ飛ばした。エリス様こわい。

 

 

 さすがは上位悪魔といったところかホーストはどうにかエリスの猛攻をしのいでいた。しかしどう見てもジリ貧。致命傷を貰うのも時間の問題である。

 

「やってられるか、こんなもん!」

 

「あっ!!」

 

 これ以上は勝ち目がないと判断したホーストはその背に生えた翼を羽ばたかせ空に逃げた。

 

「逃げるんですか!」

 

「お前なんかに構ってたら残機がいくつあっても足らねえよ。腹立たしいが逃げさしてもらう」

 

 そう言って悪魔はどこかへと飛び去っていった。エリスはその姿を悔しそうな顔で眺めていた。

 

 

 もう大丈夫だろうとカズマは隠れるのをやめた。

 

「エリス様、お疲れ様です」

 

「っ?! 誰ですか! ってカズマさんですか、もう驚かさないでください」

 

「話しかけただけでそんな反応された俺の方が驚いたんですけど」

 

 急に話しかけたせいか酷く驚いた反応をしたが俺だと分かるとすみませんと先程までの険しかった顔をやめて笑いながら謝ってきた。

 

「ダクネスはどうしたんですか?」

 

「縛って置いてきました」

 

 俺の言葉にそうですかとどこか安堵した表情を見せる。

 

「エリス様があんなに強いなんて知りませんでしたよ。あの悪魔がかわいそうと思えるくらいに」

 

「悪魔に対してかわいそうなんて感情は要りませんよ」

 

「……はい」

 

 さっきの戦いを見た分いつもより恐ろしさを感じる言葉だった。

 

 

「だけど悪魔が街に来ても大丈夫ですね。なんたってこっちには女神様がいるんですから」

 

 エリスの無事を安堵し俺がそうちゃかすと、

 

「いいえ、…それはできません」

 

 エリスは辛そうな顔をして答えた。

 

 

 

「カズマさんにはまだちゃんと話していませんでしたね。私が女神である正体を隠している理由を」

 

「騒ぎになるからじゃないんですか」

 

「それもあります。けれどもそれ以外に天界の規定によって神の介入は制限されているんです。それこそ人類が滅びるような敵でも来ない限り力をふるってはいけないのです」

 

 女神として天界の規定は守らなければならないもの。

 

「もし私が女神の力で街を守ったとします。そうするとそれを知った方たちはどうなると思いますか? 祈っていれば女神様が助けてくれる、そんな考えが広がってしまうのです。全ての人がそうだとは限りません。ですが人は何かにすがろうとするもの」

 

 だけどエリスは吐き出すように言葉を紡いでいる。

 

「神は人の困難を解決する者ではありません。その背中を押してあげる者です。努力して困難に立ち向かうそれを見守るものです。人は、祈るために生きているんじゃないんです」

 

 

 それは天界の規定なんて関係ない、エリスとしての願いのように聞こえた。

 

  ーーーーーーーー

 

 

 本当にこの人はわかりやすいな。

 

 いつも表情がコロコロ変わって素直な感情を見せてくれる。

 楽しい時も、嬉しい時も、そして怖い時も。

 

 目の前の人を見捨てるのなんて嫌なくせに他の人達のことを想って我慢している。

 誰かを助けることで親友に自分の本当の姿がバレるのを怖がっている。  

 

 彼女はそんないろんな葛藤の中にいる。

 

 

 女神として人々の幸せを願うエリスと、

 少女として友人との日々を楽しむクリス。

 

 優しくてどこか臆病な女神様。

 

 そんな彼女の苦しそうな顔は見たくない。

 

 彼女は笑っている姿が1番かわいい。

 

 だから俺は……

 

 

「エリス様」

 

「あの悪魔のこと、俺に任せてくれませんか」

 

 

 彼女の力になりたいのだ。

 

 

 




うちのエリス様はたぶんゴッドブロー使えます。
ノリでバトル展開書いてみたけどあそこなかったら今回かなり短くなってたから正直助かった。
ホーストさん一応アクアの破魔魔法受けて生きてたから結構強いんじゃね?と思って書いてます。


タイトル通りカズマさんの思いです。

エリス様は女神として世界みんなのことも目の前にいる人もどっちも助けたいのです。それは難しい話だしそうすることによってダクネスや他の友人に正体がバレることを怖がっています。

そんな風に悩んでいるエリス様をカズマは放っておけないんです。



読んでくださった皆様に深く感謝を


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この上位悪魔と決着を♯1

ポンコツ店主さん登場


 俺とクリスは2人で宿に帰っていた。陽はだいぶ傾いておりそろそろ夕刻といったところだろうか。クリスはダクネスからの折檻を想像してかなかなか宿に入ろうとしなかった。

 

「やめてダクネス。アイアンクローだけは勘弁してぇ」

 

「大丈夫だ、クリス。あいつはバインドで縛り上げて置いてきたからな。今ごろ部屋の中でそれはもう言葉にできないような状態になっていることだろう」

 

「そ、それはそれで友人として見たくないんだけど」

 

 だがそんな俺たちの予想に反して部屋には誰もおらず置き手紙があるだけだった。その手紙の内容は、

 

『すまない2人とも。今この手紙を読んでいるということは私はもう連れさられたあとなのだろう。というか今絶賛、連れさらわれるれている最中だ。この手紙はハーゲンに頼んで書いてもらっている。私は今から私の決着をつけてくる。少しの間戻れないが2人が無事帰ってきてくれることを願っている。 

 ps. クリスは帰ってきたのなら覚悟しておけ』

 

 俺が縛り上げたせいなのかダクネスは以前聞いた何者かに連れさられたようだ。まあ文面を見る限り緊急を要するわけではなさそうだが。

 

「そっかー、ダクネスが連れて行かれたなら仕方ないねー」

 

 あはははと折檻を回避したことをあからさまに喜ぶクリスだった。最後の文章は見なかった事にしたらしい。

 

「それでどうするの? あたしとしてはあんまりキミに危ない目には会って欲しくないんだけど」

 

 心配そうな目を向けてくる。

 森の中で俺はあの悪魔をどうにかすると言った。しかしどうやって倒すかはまだ伝えていない。

 

「まあ、当てはある。作戦にはクリスも手伝ってもらうと思うからここで休んでてくれ」

 

 そう悪魔を倒す当てはある。後はどうやってその状況にこぎつけるかだ。

 

 

  ーーーーーーーー

sideめぐみん

 

「ど、どうしよっかめぐみん?」

 

 目の前のゆんゆんが不安げに聞いてくる。私たちは今ギルドの酒場にいる。

 

 悪魔から逃げてきた私たちはレックス達3人をエリス教会に預けた。幸い怪我は大した事なく数日もすれば完治するだろう。その後ギルドに先程の出来事を報告すると阿鼻叫喚となっていた。魔剣の勇者に続き街で有力なパーティーのレックス達がやられたのだ。もうこの街の人間だけで対処するのは不可能になったようなものだ。

 

「どうするもこうするも。ゆんゆんはちょむすけをあの悪魔に引き渡すつもりなのですか。そんな非道なことを覚えたなんて一体誰の影響を受けたのでしょう」

 

「ち、違うよ私もこの子に情が移ったんだから渡したくないの。あと私が非道になる理由はめぐみんだと思うよ」

 

 あの悪魔はこの机の上で丸まっている毛玉が欲しいらしい。まったくわが使い魔は人気者ですね。

 

「まあ任せてください。あの悪魔がどれほど強かろうと私の魔法で一撃で吹き飛ばしてあげましょう」

 

「でも私たちだけじゃ無理だしそれに手伝ってくれそうな人も…」

 

 そうなのだ。ゆんゆんはぼっちだし、私と組もうとする人はいないだろう。手詰まりといったところだろうか。

 そんなことを考えているとギルドの入り口から見知った顔がこちらに歩いてくる。ああ、そういえば1人つきあってくれそうな人がいましたね。

 

「ようめぐみん。暇なら俺の話に乗らないか? 爆裂魔法は最強魔法。その使い道を考えてやる」

 

 どうやらあちらものり気のようだ。

 

  ーーーーーーーー

 

 ギルドでめぐみんとゆんゆんを見つけた。どうやら彼女達もあの悪魔に会ったそうだ。俺たちはお互いの知っていることをすり合わせた。

 

「つまりあの悪魔はその猫を狙ってるってことか」

 

「ちょむすけです」

 

 人の話を折るな。

 

「まず大前提としてめぐみんの爆裂魔法であの悪魔は倒せるんだな?」

 

「ええ、私の魔法は神だろうが悪魔だろうが消し飛ばすことができる魔法ですから」

 

「でも爆裂魔法って詠唱も長いしどうやって当てるの?」

 

 そう1番の問題点はそこなのである。昼間の戦いぶりを見た限りあの悪魔は見た目以上に素早い。それに翼で空に逃げられたら当てる難易度は跳ね上がるだろう。戦って抑えようにもあの力だ。簡単に蹴散らされてしまう。

 

「何か使えるものがないか探してみるか」

 

 そうして俺たちは商店街の方に足を運んだ。

 

 

 二時間後。

 

「カズマ何かありましたか?」

 

「ご、ごめんなさいカズマさん。何も見つからなかったです」

 

「まあ、そう都合よくあるわけないか」

 

 3人で手分けして探していたがこれといったものは見つからなかった。聖水や頑丈なロープなど効き目はありそうなものはあったが決定打には欠けている。

  

「早くしないと店全部しまっちまうぞ」

 

 あの悪魔がいつ街に来るかは分からない。早く方法を見つけないと。そんなことを考えていると小道の奥の方にポツンと店が構えてあった。

 

「誰かあそこの店行ったか?」

 

「私は行ってませんね。あるのにも気づきませんでした」

 

 ゆんゆんも首を振っている。ダメ元ではあるが行ってみよう。

 

 そこは『ウィズ魔道具店』という名前の小さな店だった。俺たちがそこに入ると、

 

「いらっしゃいませ。ウィズ魔道具店にようこそ」

 

 茶色のウェーブがかった髪に紫を基調にしたローブ、少し不健康そうな顔をした美人のお姉さんがいた。というか、

 

(デカっ!)

 

 どことは言わないがとても立派なものをお持ちだった。

 

「今日は誰もお客さんが来ないと思っていたのに三人もきてくださるなんて。頑張ってお安くしますよ!」

 

 中身はちょっと残念なのかもしれない。

 

「何か使えそうなアイテムがないか探しに来たんだが」

 

「でしたらこれがオススメですよ」

 

 そう言って棚から一つの商品を取り出した。

 

「強い衝撃を与えると爆発するポーションです」

 

「必要ありませんね」

 

 めぐみんは即答した。

 

「え、えっとでしたらこの蓋を開けると爆発するポーションは」

 

「いりませんね」

 

 食い気味である。

 

「な、なら私一押しのこの水に触れると爆…」

 

「却下ですね」

 

 もはや条件反射である。爆裂魔法を使う者として爆発関連のものは受け付けないらしい。というかこの店は火薬庫なのか。事故が起きたら周りもろとも吹き飛びそうである。

 

「えっと、そういった攻撃用のじゃなくてもっと別のものはないか?」

 

 めぐみんに全部拒否され少し涙目の店主はでしたらと別の商品を取り出す。

 

「これは使うと数分の間、周囲を暗闇で覆う魔道具です。使い切りですがモンスターから逃げる時に便利ですよ」

 

 なるほど。自分達の目も奪われるが逃げるだけならそこまで問題はないのかもしれない。

 

「使えそうだなそれ。いくらするんだ?」

 

「50万エリスです」

 

「……」

 

 50万エリスはカエル20匹相当の報酬である。

 

「それだったら普通の煙玉でも使えばいいと思うんだが。使い切りにしては高いし」

 

「で、ですけどこの商品は煙と違って真っ暗になりますし、風で吹き流されないんですよ!」

 

 まあ品としては悪くさそうだが値段がぼったくりである。

 

「カズマ、今必要なのは動きを封じる魔道具なのでそれは必要ないのでは?」

 

「いやもし作戦が失敗したら逃げるために必要だろ」

 

「カ、カズマさんはあれだけ格好つけて誘ったのに逃げることを考えてるんですか」

 

 俺の発言に2人が少し引いてる。おかしい、別に冒険者として間違った判断はしてないのに。  

 

「動きを封じる魔道具でしたらこれなんてどうですか。パラライズの魔法の能力アップポーションです」

 

 俺たちの話を聞いてそれならと商品を出してきた。

 

「えっと、私たちが戦うのは街を騒がせている悪魔で、…悪魔にはパラライズの魔法は効かないんです」

 

「その点でしたら大丈夫ですよ。昔私の知り合いの方に尋ねたところ『うむ確かに悪魔だろうとそのポーションを使えば動きを止められよう。まあその後は知らんがな、フハハハハ』と仰ってましたから」

 

 控えめに指摘するゆんゆんに店主はその効果を保証してきた。

 本当に大丈夫なのかそれ。しかしこれまた結構なお値段だ。というか金が足りないな。そう悩んでいると、

 

「では、これをどうぞ」

 

 そう言ってポーションや魔道具を渡してきた。

 

「いや、そんなに金ないですよ」

 

「お代は構いませんよ。私も冒険者の皆さんのお手伝いをしたいので」

 

 この店主さんめっちゃいい人だな。俺たちみたいな駆け出しにこんな高価なものを渡してくるなんて。

 

「大丈夫ですよ。私は毎日パンの耳でも生きていけますから」

 

「悪魔倒したらちゃんと代金払いにきますから!」

 

 こうして俺たちはパラライズのポーションを筆頭に幾つかの魔道具を貰った。

 

 

「後この爆発するポーションも…」

 

「ありがとうございました。では」

 

 めぐみんは俺たち2人の手を引き店を出た。

 

「ま、またいらしてくださいね〜」

 

  ーーーーーーーー

 

 その夜。俺とエリスは明日の作戦を練っていた。悪魔と直接戦ったエリスの意見が聞きたかったのでめぐみんとゆんゆんには明日に備えて休んでくれと頼んでおいた。

 

「作戦は、まあこんなもんか」

 

 やることは明白でこちらの手札も多くはない。作戦はそう時間をかけずに決まった。

 

「それで失敗した時にはこれを使って逃げる」

 

 俺は店主さんにもらった暗闇の魔道具を手にしながら言った。

 

「あなたは俺に任せてくれって言ったのに逃げる算段なんてしてるんですね」

 

 エリスはジト目で抗議してくる。おかしい、別に冒険者として間違ってないのに。いや確かに昨日の言葉を言った手前逃げるのは我ながらどうかと思うが。

 

「ふふ、冗談ですよ」

 

 俺が返答に困っていると彼女は笑っていた。どうやらからかわれたらしい。

 

「けれど暗闇は私の目や千里眼の暗視などで見ることはできますが、同じく悪魔も見ることができるので効果はあまり期待できませんよ」

 

「マジですか。結構高い物だったんだけどなぁ」

 

 まあ貰い物だが。使わなかったら今度返しに行こう。

 

「というか、クリスの時に暗闇で目が効かないって言ってませんでした?」

 

「私は女神ですから見通す力を持っているんです。この姿なら暗闇の中でもはっきりと見ることができるんですよ」

 

「なん…だと」

 

 少し自信あり気に返してきたが問題はそこじゃない。

 

「つかぬことを聞きますが夜寝ている時にこっちのベッドを見たりすることは…」

 

「たまに布団をゴソゴソして寝苦しそうだなと思うことはありますが、それが何か?」

 

 質問の真意を理解せずにキョトンとしている。よかった。この人が純粋で本当によかった。そうやって俺が安堵していると彼女は俺に告げてきた。

 

「それと、もし作戦が失敗したのならあなたはあの2人を連れて逃げてください。私が1人になればエリスとしてあの悪魔を倒しますから」

 

「いやでも、そんなことしたら…」

 

 さすがに1人になったところに悪魔が倒されたら不審に思う人も多いだろう。場所によっては他の冒険者に見られる危険性もある。それは彼女の望む所ではないはずだ。

 

「お願いします」

 

 それでも少女はリスクはあれど街の人のために戦うことを決めたようだ。

 明日の作戦の失敗は許されない。

 

 

 

 




ウィズはかわいい。そしてでかい。
ダクネスにはすまなかったと思ってる。

もろもろの解説は次回まとめて。

おまけ

見つけましたよお嬢様

ダクネスバインド中

「くぅ、クリスのことは心配だがこの状況もなかなか捨てがたい物だ。カズマが帰ってきたときは続きだと言って私を好き放題にするのだろう」

「お嬢様。見つけましたよ」

「な、ハーゲン。どうしてこの場所が」

「宿の方が部屋の中から不審な声がすると通報がありましておそらくお嬢様だろうと判断し、現れた次第です」

「さすがだ。よく私のことをわかっているな」

「お嬢様はもうちょっと自重してください」


さすがのダクネスも家の人の前だと恥ずかしがるとは思うけどね。

読んでくださったみなさんに深く感謝を。


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この上位悪魔と決着を♯2

さらばホースト


 夜が明けた。

 俺は部屋で自分の装備と作戦の最終確認していた。どんな不確定要素があるのかわからない。はっきり言って不安だ。そんな俺の不安を知ってか知らずか、エリスが話しかけてきた。

 

「大丈夫ですよ。きっと上手くいきますから。これはそのためのおまじないです。あなたに祝福を『ブレッシング』」

 

「ありがとうございます。さらにやる気が出ましたよ」

 

 安心させるように微笑みながら運を上げる魔法をかけてくれる。

 そうだ。やれることはやった。後はこの人が信じてくれる俺を信じるだけだ。

 

  ーーーーーーーー

 

 めぐみんとゆんゆんの2人がちょむすけを持って平原で待っている。2人ともどこか緊張した表情だ。最初はあの黒猫を作戦に使うのに反対していたが悪魔の油断を誘うためだと説得したら渋々了解してくれた。

 

 そうして数分程待っていると何処からか悪魔ホーストが飛んできた。

 

「素直にウォルバク様を渡してくれて助かるぜ。どうもこの辺に厄介なやつが現れてな」

 

 そう喋りながら近づいてくる。2人が取引に応じたと油断しているようだ。まだだ落ち着け。スキルの射程内に入ってくるまで後数歩。

 3、2、1…、

 

「いまだっ!『バインド』っ!」

 

「了解っ『スキル・バインド』っ!」

 

「何っ?!」

 

 俺とクリスは同時に拘束魔法と相手のスキルを封印する魔法を放った。唐突に現れた俺たちに相手は驚いている。

 

 俺の作戦は至極単純だ。

 悪魔を誘き出し潜伏で隠れていた俺とクリスが拘束及びスキルを封じる。縄は丈夫なものを用意したがあの悪魔ならいずれ引きちぎるだろう。だが時間稼ぎができれば十分だ。

 

「頼んだぞ。ゆんゆん!」

 

 俺たちは敵から距離を取り、ゆんゆんは昨日店主さんからもらったポーションを飲んでいる。そして、

 

「いきますっ! 『パラライズ』っ!」

 

 相手を麻痺させる魔法を使った。本来魔法抵抗力の高い悪魔には効かないそうだがポーションで一時的に能力が上昇している今なら効果があるかもしれない。果たして結果は。

 

「な、何だそのポーション。この俺様に効くってどんな強力なポーションだ」

 

 どうやら効果があったようだ。その成果に俺は目が釘付けになる。

 

「よしっ! 締めだ、めぐみん! いっちょ派手なのぶちかましてやれ!」

 

 俺は油断なく敵を見ながらめぐみんにとどめを刺すよう言った。

 

「あ、あのカズマ」

 

「カ、カズマくん」

 

「……」

 

 3人の様子がおかしい。だが俺は敵から目を晒すなんて愚かな真似はできない。

 いやおかしいな。別にちょっとくらい目を離しても大丈夫だと思うのだがさっきから俺の首がそっちに回らない。というか全身が痺れていうことを聞かないのだが。

 

「ご、ごめんなさい。ポーションを飲んで魔法を使ったら…どうしてか私の周囲にまで効果が広がってて…」

 

 ゆんゆんは消え入りそうな声で謝ってきた。

 

 

「なんてもの渡してきてんだあの店主はーーーーーーー!?」

 

 

 俺は心の底から叫んだ。どうやらあのポーションは効果範囲も広げて俺たち4人ともまとめて麻痺させられたようだ。

 涙目ですみませんすみませんと謝る店主さんを幻視した気がする。

 

 

「はっはっは! 一時はどうなるかと思ったが本当にお前たち紅魔族は笑わせてくれる!」

 

「めぐみん!どうしようめぐみん!」

 

「落ち着くのですゆんゆん。今に私が前世の破壊神の力に目覚めて全てを蹂躙する時が…」

 

「ねえこの子目が死んでるんだけど! 現実から目を背けようとしてるんだけど!」

 

 状況は混沌を極めていた。高笑いする悪魔。焦る紅魔族1号。現実逃避する紅魔族2号。どうにか落ち着かせようとする盗賊兼女神様。そして冒険者俺。

 

「いやマジでどうしたらいいんだよ!」

 

 悪態が出るのも仕方ないだろう。途中までは順調だったのに最後の最後で梯子を外されたのだ。正直もう作戦と呼べるものはなかった。

 

 

「カズマくん。任せたからね」

 

 そんな中、急にクリスが声をかけてきた。顔は見えないがどんな表情かなんとなくわかる。おそらく昨日の夜に言ってきたことだろう。他の2人を連れて逃げてくれ、後はわたしがどうにかするからと。 

 

「……いやだね」

 

 俺は小声でそう返した。そんなの認められるか。

 パラライズの魔法が解けるまで数分。考える時間はある。何かこの状況を打開する策はないのか?

 

(何かないか。何か方法は)

 

 他の3人は俺を置いて悪魔と言い争っている。

 周りの声なんて気にするな。俺の勝利条件を考えろ。エリス様が正体を現さずに勝つ。それにはどうにか爆裂魔法を当てる。当てるには動きを止める必要がある。じゃあどうやって止める?

 俺は貧弱な冒険者。ゆんゆんやクリスもそういったスキルは持っていないだろう。目眩しの魔道具も奴には効果がない。

 

(……目眩し?)

 

 昨日の夜のことを思い出す。そこに打開策はあった。

 

 この作戦は賭けだ。だけど不安はない。

 なんたって今日の俺の運は女神様のおかげで絶好調なんだからな。

 

 

 

「カ、カズマ、どうしますか?!」

 

 気がつくとめぐみんが必死になって俺に聞いてきていた。どうやらもうすぐ麻痺が解けるようだ。

 

「どうするってそりゃあお前、こんな状況になったら後は“神“頼みしかないだろ」

 

 それに対し俺は小さく笑いながら返答した。その様子に3人はキョトンとした顔をしていることだろう。

 

「天におわします“エリス様"。どうぞ我々をお助けくださいってな」

 

 この言葉の真の意味がわかるのは1人だけ。

 

「クリス、麻痺が解けたらあの悪魔の足止めを頼む」

 

「で、でもっ」

 

 俺が何かやろうしてるのには気づいたようだが、まだ他の2人がいるからか俺の案に乗るのを躊躇っている。

 

「心配すんな。カズマさんに任せろ」

 

「……分かった。信じてるからね」

 

 それでも彼女は俺の賭けに乗ってくれた。一度失敗した俺を彼女はまだ信じてくれるようだ。その思いには答えなければならない。

 

 

 そうして全員の麻痺が解かれた。俺は素早く懐の冒険者カードを取り出し「千里眼」を習得した。そうして昨日もらった魔道具、周囲を暗闇にする魔導具に手をかけた。

 

「頼んだぞクリス!」

 

 

 瞬間、世界は闇に呑まれる。

 

「え、え?」 「な、何をしてるんですかカズマ?」

 

 俺が魔道具を使ったことにより周囲が暗闇になりめぐみんとゆんゆんは混乱している。

 

「はっ!悪魔にこんな方法は、…な、なんでてめえがこんな所に?!」

 

 悪魔は始めはどこか余裕そうだった。確かに悪魔にこの策は有効ではない。だけどこの暗闇の中で目が効くのは奴だけではない。俺と後もう1人。

 

「頼まれたよ、カズマ君!」

 

 女神のエリス様だ。

 

 

 

 クリスがエリス様の姿になって悪魔に向かっていく。完全に不意をつかれた悪魔はエリスに翼をやられていた。

 

(やっぱりエリス様の闘い方って怖いな)

 

 このままでもおそらく勝つのだろうがそれでは意味がない。とどめはあいつに刺してもらわないと。俺は暗視を使いめぐみんの所へ向かった。

 

「おいめぐみん」

 

「ひゃっ! なんですかカズマ。何処にいるんですか」

 

 そう、めぐみんが決めてくれないとエリスの存在が周囲に知られる恐れがある。たとえバレなくても違和感が残るはずだ。

 

「爆裂魔法の詠唱を始めてくれ。この暗闇で混乱している悪魔にぶっ放す」

 

 本当は敵も見えているのだがあえて言う必要はない。

 

「ですがこうも暗いと狙いが付けられませんよ」

 

 当然のことを言ってくる。だがそれをどうにかするために俺はここに来たのだ。

 

「俺はこの闇の中でも目が見えてる。照準は俺が定める。タイミングも決めてやる。お前はただ真っ正面に撃てばいい」

 

「で、ですが」

 

 俺が手伝うと言ってもめぐみんはどうにも煮えきらない。普段からは考えづらいが逆境に弱いのかもしれない。それなら、

 

「おいゆんゆん。このヘタレ紅魔族になんか言ってやれ! ネタ魔法一つ撃てないこのポンコツに!」

 

「わ、わかりました。え、えっと、めぐみんから爆裂魔法取ったら一体何が残るのよ!この前みたいに格好良くあの悪魔を倒してよ!」

 

「ふ、2人して好き放題言ってくれますね! ならばお望み通り一切合切消し飛ばしてあげますよ!」

 

 ゆんゆんは俺が想定したのとは違う言葉を放った。俺としては煽りを期待していたのだが。

 だけどこれでようやく火が付いた。

 

「クリース! そいつに爆裂魔法を撃つから俺が合図したら避けろよー!それまで足止め任したー!」

 

「ええー?! 無茶苦茶いいますね、あなたは!」

 

 悪魔と戦っているエリスに大声で叫んだ。無茶を言ってるのは俺も承知だがやってもらわなければ。少し口調が戻っていたがまあさすがにバレはしないだろう。

 

「よしじゃあ詠唱始めてくれ」

 

 そう言って後ろから抱きしめるような感じでめぐみんの腕に手を添えた。

 

「あ、あなたはこの暗闇に乗じてどこを触ってるんですか?!」

 

「え、え? 私見えないんだけどカズマさんは一体めぐみんに何をしてるの?!」

 

 非難の声が聞こえてくるがこうした方が狙いやすいのだ。別に他意はない。いやマジで。

 

「こうしないと上手く狙いをつけられないからだよ!いいから詠唱始めろ」

 

 

 

 俺の指示に従い彼女は詠唱を始めた。

 

「黒く、黒く、黒く、禍つ闇よりなお黒く」

 

 言葉とともに周囲の魔力が彼女を中心に変質していく。

 

「我が力は零の果て、原初の起こり、根源渦巻く螺旋なり!」

 

 その杖の先にとてつもない力が収束していく。

 

「無尽の理を覆し極点をもって万象を崩さん!」

 

 それは彼女が唯一使える並び立つものなど存在しない最強の魔法。

 

「いけますよカズマ!」

 

「クリーース!!撃つぞーー!!」

 

「わかりましたっ!」

 

 俺の言葉を聞いてエリスがすぐに悪魔から距離を取る。あれだけ離れたら巻き込まないだろう。なら後は撃つだけだ。

 

「やれっ!めぐみんっ!」

 

「とくと見よっ!我が必殺の魔法を…

『エクスプロージョン』ッッ!!!」

 

 彼女の声と共にその魔法は放たれた。

 瞬間、この暗闇の中でも見えていた俺の視界は白く染められた。  

 

 やがてその白が晴れていく。

 周囲の暗闇はいまだ世界を包んだままだが、俺の目には悪魔が消し飛ばされているのがはっきりと見えていた。

 

 




いろいろ言いたいことがあるのはわかってる。

ホースト戦決着です。
いやーあからさまに怪しい魔道具が一つありましたね。
ただあれがなかったらたぶんホースト戦上手く書けなかったのでしょうがない。
戦いの途中ホーストがエリス様の名前とか女神とか言ったらアウトだった。運がよかったね。

爆裂魔法のオリジナル詠唱です。
作者の中2心ではあれが限界でした。
あまり深く突っ込まないでください。
だが後悔はしてない。

作戦にいろいろ粗があると思いますが、次の回で回収するとこもあるので寛大な目でどうぞよろしく。
作戦の時のカズマさんの口上は結構気にいってる。

暗闇を発生させる魔道具

対ホースト戦切り札
めぐみんとゆんゆんの目を塞ぎエリス様が戦うために作者によって生み出された物。爆風でも闇が晴れないので爆裂後も安心だね。

ウィズの店でギリギリ売ってそうなの考えたけど違和感すごくて読者にこれ使うってモロバレだなーっと思いながら書いてた。


読んでくださったみなさんに深く感謝を。


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アクセルの女神様

爆焔ルート完


 上位悪魔のホーストを倒した俺たちはそのことをギルドに報告するとそれはもうすごく感謝された。魔剣の勇者に加えレックス達のパーティーもやられた相手だ。お通夜ムードだったところへのこの一報にギルド内では歓喜の声が上がっていた。

 そのまま宴会でも開きそうな勢いだったが俺たちは討伐の報酬をもらい、そのまま宿に帰って俺は緊張が切れたのかすぐに眠った。

 

 

 そうして翌朝。

 ギルドの酒場にて。

 

「いやあああー! ごめんってダクネス! それ以上力入れると頭割れちゃうからーー! もう許してーーーー!」

 

「それもいいかもしれないな。頭が潰れれば馬鹿な考えもしなくなるだろう」

 

「それもう死んじゃってるからね!」

 

 いつのまにか帰ってきたダクネスにクリスは折檻という名のアイアンクローをくらっていた。どうにか抵抗しようと腕を掴んでいるが彼我の筋力差は圧倒的。なすすべなどないのである。

 

「カズマ君も見てないで助けてよー! これ以上やられると頭が馬鹿になっちゃうよ!」

 

「ちょっと馬鹿になったクリスでも仲間として大切にするから安心していいぞ」

 

 救援を求めてきたが面倒なのでスルーした。彼女は神様なんだから救いの手を差しのばす方であるべきだと思うのだ。

 

「カズマには迷惑をかけたな。私の事情で悪魔の討伐に参加してやれなくて。本当にすまなかった」

 

「別にお前がいてもあんまり結果は変わらなかったと思うから気にしなくていいぞ」

 

「ちょっとあんまりダクネスをからかわないで! あ、締まってる、締まってきてるよダクネス! 今のはどう考えてもカズマくんが悪いと思うんだけど!」

 

 謝罪してきたダクネスの言葉を俺は一蹴した。結果火に油を注ぐことになりクリスの頭を挟む万力はより締め付けを強くした。

 

「キュウ」

 

 クリスの両腕がダランと揺れている。もはや意識も朦朧としているようだ。

 

「さすがにこれ以上はまずいか」

 

「止めなかった俺も俺だが流石にやりすぎじゃないか」

 

「こうでもしないと毎度無茶ばかりするからな。これくらいがちょうどいい」

 

 そう言ってダクネスは落ちたクリスの介抱を始めた。やはりこの2人は良い友人関係なんだろう。いつかクリスが自分の正体なんて気にせずに仲良くできたらいいのだが。

 

  ーーーーーーーー

 

 クリスをダクネスに任せて俺はある店に足を運んだ。そこは路地の奥にポツンと佇む一軒家。俺はそこのドアを開けた。

 

「いらっしゃいませー」

 

 店の中には優しそうなお姉さんが迎え入れてくれる。少し不健康そうだがどこか慈愛を感じさせるそんな彼女に俺は、

 

「一昨日ぶりですね。ガラクタばかり売ってるポンコツ店主さん」

 

「ええっ?!」

 

 とりあえず欠陥商品をつかまされた腹いせをした。

 

 

「すみません、すみません。私の商品がご迷惑をおかけしまして」

 

「いや、そんなに謝らなくても。俺も冗談がすぎたから」

 

 昨日のことを話すと店主さんは平謝りしてくる。確かにあのポーションのせいで一時危ない目にあったが結局のところ彼女の所の商品がなければ勝てなかったことにかわりはない。俺としては少し文句を言いたかっただけなのだが。

 

「じゃあこれ。この間もらった商品の代金」

 

「で、ですけど。ご迷惑をかけたのに代金を受け取るなんて」

 

「いやそれは俺としても後味悪いんだが」

 

 俺が金を渡そうとすると店主さんは受け取りを拒否しようとしてくる。最初にちょっと言いすぎたかもしれない。人としてはできた人なのかもしれないが商売人としてどうなんだ。

 

「いーから受け取ってくれ店主さん。役にたったものもあったんだから」

 

「でしたら次に来てくださった時にお安くしますので」

 

 この店の商品をまた買いに来ることがあるのかは疑問だが、素直に代金を受け取ってくれるのならその提案でいいだろう。

 

「じゃあその時はよろしくな店主さん」

 

「私のことはウィズで構いませんよ」

 

「じゃあ俺もカズマでいいよ。じゃあなウィズ」

 

「それではカズマさんまたのご来店を」

 

 そうして俺は店を後にした。

 

  ーーーーーーーー

sideめぐみん

 

「我が名はゆんゆん! やがては紅魔族の長となるもの! いずれ上級魔法を覚えてライバルであるあなたを倒して見せるわ!」

 

 旅に出ると言った私の友人兼ライバルは旅立つ前にそんなことを言ってきた。

 

「ふ、ゆんゆん如きにこの格好よく悪魔を倒した私に勝てると思っているのですか」

 

「あ、あの時のことは忘れてよ」

 

 勢いであんなことを言って来る恥ずかしい子が顔を真っ赤にしている。まあ私もあの時この子の言葉がなかったら怖気付いたままだったかもしれませんが。

 

「めぐみんはこれからどうするの?」

 

「そうですね。少しの間でしたがこの街のことも気に入りましたしこの街でパーティーでも組んでみましょうかね」

 

「でもめぐみんとパーティー組んでくれる人なんていなかったじゃない」

 

「おっとこんな所に生意気なことを言う悪い口がありますね」

 

「ひ、ひゃめてー」

 

 私はゆんゆんのほっぺをみょんみょんと引っ張ってやった。

 

「うう、まあカズマさん達ならパーティー組んでくれるんじゃない?」

 

「そうですね。あの男に拾ってもらいましょうか」

 

「うん。じゃあねめぐみん。次にあった時こそ決着をつけるんだから」

 

 そうして私の友人は旅に出て行った。

 

 カズマ達のパーティーですか。

 ゆんゆんの話に私は昨日の戦いを思い出す。カズマの指示に従って爆裂魔法を撃ちホーストを倒した。

 

 あの戦いは色々とおかしな所がある。

 特に違和感があったのは爆裂魔法で一撃で仕留められたことだ。あの悪魔の体は見るからに頑丈そうだった。普通に撃っても耐えれそうな所なのにあの時は暗闇でまともに当たるかもわからなかった。けれど視界が開けた時に私の予想に反してチリも残さず消えていた。

 私が見えなかったあの暗闇の中で何かがあったのだろう。それにカズマとクリスが関わっているのは確実だ。

 

 ただまあ、そんなことは別にどうでもいい。

 この街に来てから妙に目を引いた彼らのパーティーはいつも楽しそうだった。金髪の女騎士が暴れたり、銀髪の盗賊少女が笑いながらそれをなだめたり、それに対し少年は面倒臭そうにしつつも楽しんでいた。

 いつも騒がしい彼らを呆れつつもどこか羨んでいたのかもしれない。彼らに何か秘密があるかなんて別に関係ない。私もそこに混ざってみたい。ただそれだけで十分だ。

 

  ーーーーーーーー

 

「え、やだよ」

 

「おい」

 

 ギルドに帰ってクリスとダクネスに合流するとめぐみんがパーティに入りたいと言ってきた。もちろん断った。

 

「この間はクリスとゆんゆんと一緒に暗がりの中あんなに激しいことをしたのに! 私の後ろから抱きつきあんな凄いものを放ったのに!」

 

「確かに間違ったことは言ってないが、その紛らわしい発言はやめろ。ギルドの視線が氷点下になったぞ。というか女の子がそんなギリギリの発言をするんじゃない」

 

 話を聞いていた女冒険者からは女の敵と言った目を向けられている。まっとうな俺は変態騎士と違ってそういった視線で興奮はできないからやめてほしい。

 

「別にあたしは構わないよ。人は多い方が楽しいし」

 

「ああ、私も賛成だ」

 

「ふ、どうやら他の2人の了承は取れたようですね。では、今からこの人類最強の矛があなた達パーティーの力となってあげましょう!」

 

 俺の意見など通らずにめぐみんがパーティー入りした。こんな使いづらい二つの意味で爆弾のような奴と一緒で大丈夫なのだろうか。まあ嫌いな奴ではないしクエスト以外ならうまくやっていけるとは思うが。

 

「君も素直じゃないね」

 

 ニマニマとこっちを見てくるクリスさん。そのたまに見せる人を見透かした様な勘のよさはなんなのだろうか。

 

  ーーーーーーーー

 

「あーーー、疲れた」

 

 俺は部屋に入るとそのままベッドにダイブした。

 あの後めぐみんのパーティー入りを祝して少し豪勢な夕食を取った。ここ最近いろいろと張り詰めた空気だったので久しぶりに普通に飯が食えた。

 

「ふふ、お疲れ様です」

 

 俺の後に部屋に入ってきたエリスは俺のベッドの横に椅子を運んでそこに座った。仰向けに寝ているおれの顔を見下ろすような感じになっている。

 

「なんで飯食うだけであんな騒がしいんですか、うちのパーティーは」

 

 普通とは言ったが俺たちの普通は、どこか世間知らずなダクネスが変な料理の注文やドMを暴走させた発言をしたり、クリスはすぐに酒を注文して出来上がってくると先輩が先輩がとよくわからない愚痴を言っていたり、新規メンバーめぐみんもお前は男かと言いたくなるほどガツガツと飯にありつく。みんな慎みと言うものがないのだろうか。俺? 俺はまあ酒が入ったらセクハラ発言が増えるだけだ。

 

「カズマさんも大概だと思いますよ」

 

 そう言いながらもエリスは優しい笑みで俺を見ている。酒が抜け切ってないのか少し頬が赤い。あれ? この状況なんかいい雰囲気じゃね?

 

「エリス様。俺今回頑張りましたよね」

 

「そうですね」

 

「じゃあ褒めてください」

 

「よく頑張りました」

 

「頭撫でてください」

 

「よしよーし。偉いですねカズマさんは」

 

「お水飲ませてください」

 

「ほーら。こぼしたらダメですよー」

 

 これがバブみというものか。頑張った俺へのご褒美をお願いしたが酔っているせいかエリスもノリノリである。これは踏み込んだお願いもいけるのでは?

 

「エリス様、今夜一緒のベッドで寝て…」

 

「カズマさん?」

 

「…すんません」

 

 声の温度が下がったのを感じる。どうやら調子に乗りすぎたようだ。もう少し軽めのお願いにするべきだったな。

 

 俺も酒のせいか少し眠くなってきた。まぶたは落ちて胡乱とした頭で考える。

 あの戦いは俺のわがままで始まったことだ。それでどうにか上手くやろうとしたけど、結局最後はエリスに頼ってしまった。もし次があるなら…。

 

「次は…もっとうまく…やりますから…」

 

 そうして俺は眠りに落ちた。

 

  ーーーーーーーー

 

 彼はどうやら眠ったようだ。最後の言葉は昨日のことだろう。私としては十分以上に上手く収まったと思うのだが。

 

 彼とこっちにきてもうすぐ半月といったところか。お互いに振り回したり振り回されたりの日々だった。けれどそれはとても楽しい時間だった。

 

 始めはあの退屈を壊してくれるなら誰でもよいと思っていた。けれど今はそうは思わない。彼は私の思いを汲んで頑張ってくれた。抑えていた私のわがままを叶えてくれた。そんな優しい人だ。

 

「ありがとうございます、カズマさん。一緒に来た人があなたでよかった」

 

 彼に聞こえないよう小さな声で感謝をつむいだ。

 

  ーーーーーーーー

 

 あれから数日後。

 クリスと2人でギルドに行くとレックスに出会った。彼らのパーティーは悪魔にやられて治療中だったはずたが完治したらしい。

 

「よう坊主にクリス」

 

「いい加減その呼び方やめてくれないか」

 

「怪我治ってよかったね。ところでその大荷物どうしたの?」

 

 確かに何やらいろいろ入ってそうな鞄を持っている。今からクエストに行くにしては多すぎる気がする。

 

「いやな、俺たちもここら辺のモンスターじゃ相手にならなくなってきてよ。ならそろそろ王都にでも乗り込もうかと思ってな」

 

 王都は魔王城に近く高レベルのモンスターが日夜襲ってくる場所らしい。俺みたいな低レベル冒険者が行ってもなんの役にも立たないだろう。

 

「しかし、坊主やあの口だけ嬢ちゃんがまさかあの悪魔倒しちまうなんてな。案外お前たちもすぐに王都入りしてくるかもな」

 

「からかってんのか。俺みたいな冒険者がそんな所に行けるわけないだろ」

 

 なんかこいつには出会ってから毎度からかわれてるな。何がそんなに面白いのだろうか。

 

「君もちゃんとレベルあげていけばいつかはいけるよ。あたしも手伝ってあげるんだから」

 

「そのいつかってずっと先の話だろ」

 

 クリスのフォローに俺は抗議する。そんな俺たちのやり取りを見てかレックスはニヤニヤしていた。

 

「まあ王都に来ることがあったらそん時はよろしくな。その時にお前たちがどんな風になってるか楽しみだ」

 

「「?」」

 

 何のことかは俺もクリスもよくわからなかった。そうして彼は他のパーティーメンバーに呼ばれギルドを出て行った。

 

 

 

「カズマ、何をやってるんですか?」

 

「今日は少し遠出のクエストに行くのだろう。早くしなくていいのか」

 

 先にギルドに来ていためぐみんとダクネスが話しかけてきた。どうやら少し待たせてしまったようだ。

 

 ここは駆け出しの冒険者の街、アクセル。

 この世界に転生してきたばかりの俺にとってはお似合いの街なのだろう。そこに連れてきた女神様と出会った変な仲間たち。今の俺はありきたりなフレーズだがこう言いたい。

 

「それじゃあカズマ君、クエスト行ってみようか」

 

「いっちょやってやるか」

 

 俺たちの冒険は始まったばかりだ。

 

 




別に連載は終わりません。
とりあえず爆焔の分が終わり一区切りと言ったところです。
ようやくパーティーが4人になりました。ここから原作一巻の時系列に入ります。

めぐみんはカズマとクリスの違和感に気付いてます。まあ正体までは分かってないんですが。


とりあえず一冊分の話を書いたので感想を。
やっぱり文章書くのって難しいですね。
キャラに違和感を感じて原作確認してセリフとか行動を真似てると何か自分が書く必要なくねと感じることが多々ありました。今後は多少の違和感があっても自分なりの表現を頑張りたいです。
ただ自分で物語の流れを考えてそれを表現するのは大変ですがとても新鮮な感覚で中々飽きがきません。
どこまで書けるかわかりませんがまあ頑張っていきます。

ここまで読んでくださったみなさんに深く感謝を。


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間話 本日のアクア様

ちょっと短めです


 自身の不祥事により女神エリスの世界での仕事を任された女神アクア。その期限はエリスが天界に帰ってくるまで。果たして彼女はどうなってしまうのか。

 

 普段アクア様がどういった仕事をしているのか。そんなあなたの疑問を解決するために今日は、アクア様に密着してみた、をお送りしたいと思います。

 

 

「なんでこっちの世界はこんなに死んでくる人が多いの?!毎日日本の3倍くらい送られてくるじゃない!」

 

 どうやら今は死んだ人の魂の案内をしているようですね。

 

「エリスー、手伝ってよー。ってそういえばいないのよねあの子」

 

 女神エリスの名前を呼んでいるようです。いなくなったのには自身も関与しているはずなのですが忘れているのでしょうか。それとも日常的に仕事を手伝ってもらっていた時の癖なのでしょうか。

 

 

 おっとどうやら地上からまた1人死者が送られてきたようですね。アクア様も居住まいを正しています。こうゆう所はしっかりと仕事をしますね。

 

「ここは…どうやら私は死んでしまったようですね」

 

 送られてきたのは男性の老人でした。どこか満足そうな顔をしているのは天寿をまっとうし穏やかに死を迎えたからでしょう。

 

「ようこそ死後の世界へ。あなたはその生涯を終えてここに送られてきました」

 

「おお、あなたがエリス様ですか。地上に伝わる御姿とは少し違いますがなんとお美しい。そのご尊顔を拝することができるとは死んでよかったとさえ思うほどです」

 

 どうやら彼は敬虔なエリス教徒のようですね。死後は皆女神エリスの元に送られるのがこの世界の常なのでどうやら勘違いしているようです。

 

「私はエリスじゃないわよ。あんな上げ底と一緒にしないでくれる」

 

 それに対してアクア様は後輩女神と勘違いされて少しご立腹のようです。

 

「そ、それは大変失礼なことをしました。お名前を伺っても構いませんか」

 

 予想外の返答に男は焦っています。神の名前を間違えたのです。自身が信仰していた女神とは違う神とはいえ無礼を働いたことを悔やんでいる様子。

 

「ふふ、私はアクア。水を司る女神アクアよ。エリスなんていうパチモン女神とは格が違う本物の女神よ」

 

「め、女神アクア? あのアクシズ教の御神体の?」

 

 アクア様が自身の名を尊大に告げているのに対して男は明らかに動揺しています。それに対し自身の偉大さに男が恐れ慄いていると思ったのかアクア様は上機嫌です。

 

「私の名前を聞いて驚いたようね。喜びなさい、この女神アクアがあなたの死後を…」

 

「う、うう…」

 

 男は静かに涙を流しています。一体どうしたのでしょう。

 

「女神エリスよ。生涯あなたに対し祈りを捧げ日々を懸命に生きてきたつもりでした。しかし死後私の前にあらわれたのアクシズ教の御神体である女神アクアです。私は知らないうちに貴方様に無礼を働いていたのですか。これがその罰だというのなら甘んじて受け入れます。だからどうか私の罪をお許しください」

 

「私と会うのが罰って言ったわね。こっちにきなさい。グー食らわしてやるわよ、グー」

 

 女神としての余裕や貫禄と言うとのはないのでしょうか。話が進まなそうなのでアクア様は事情を説明しました。

 

「重ね重ね無礼を働き申し訳ありません」

 

「べっつにー、私と会うのは罰なんでしょ。いいわよそんな見えすいたお世辞なんて言わなくても。いいからさっさと天国行くか生まれ変わるか決めてちょうだい」

 

「私は十分に生きましたから、天国で穏やかに過ごすことを望みます」

 

「はいはい、それじゃあ良い天国ライフをー」

 

 やさぐれた様に適当に案内をしていますね。相当頭にきているようです。

 

「感謝します女神アクア様。確かに女神エリスにお会いできなかったことは少し心残りですが貴方にお会いできたことも私にとって光栄なことです」

 

「…天国は暇な所だけどあなたなら満足して過ごせると思うわよ」

 

 それに対し男は敬意を持って感謝を述べています。その言葉に何か感じたのかアクア様は穏やかな笑みでその男性を送りました。

 

  ーーーーーーーー

 

「そう言えばエリスって今地上で何してるのかしら?」

 

 女神は見通す目を持っているので地上の様子を見ることができます。

 

「どこにいるのかしらねーあの子。見つからないわねー」

 

 どこか空中を見るような感じで唸ってますね。はたから見ると変な人です。

 

「おかしいわね。この街にいる気がするんだけど。見た目が似てる盗賊っぽい子はいるんだけどなー」

 

 どうやら女神エリスが姿を変えていることに気づいてないようですね。

 

「あ、いーなー。あの子昼間っからお酒飲んで。私も仕事サボって何か飲もうかしら」

 

 自分がサボったせいでこんな状況になっているのですが本人からその反省を感じません。

 

「あら、変な男が近づいてきたわね。何というかいかにもニートって感じの奴だけど」

 

 彼が女神エリスを連れて行った張本人なんですけどね。

 

「んー、やっぱり見つかんないわね」

 

 どうやら探すのは諦めたようです。まあそんな暇があったら積んである仕事を早く片付けた方がいいですからね。

 

「あー、何かやる気も無くなったなー、今日はこの辺でいいでしょ。私十分頑張ったもの」

 

 しかしさすがアクア様。仕事など後回し、とっても自由です。まだ今日の仕事の半分も終わってないのですが。

 

「それにしても暇ねー。日本と違って何にもないわねこの世界」

 

 アクア様は日本支部では時折地上のものを取り寄せていたそうです。だから無駄に日本のオタク知識に詳しかったりします。

 

「そうよ。せっかくこっちの世界を任せられたんだから地上に降りて私のかわいい信者達に会いに行けばいいじゃない! やっぱり私って天才ね」

 

 誰も見てないところでドヤってます。女神が地上に降りるのは天界規定で制限されてるのですが。まあアクア様はルールに縛られない女神なので仕方ないですね。諦めました。

 

「そうと決まればさっそく地上に…ちょっとまた魂が上がってきたんですけど。空気を読んで欲しいんですけど」

 

 死人に対して空気読めとはそれいかに。それでもアクア様はしょうがないわねーと仕事に戻るようです。少しは前回の反省をしているようです。

 

 それではそろそろ時間も良い所なので本日はここまでです。アクア様に密着してみた、見てくださってありがとうございます。

 え? 私が誰かですか? 私は私。どこにでもいる私ですよ。そうですねここではナレーションを担当しています。

 それではまたいつの日か。

 

「まったくエリスは仕事放って置いて何してるのかしらねー。しょうがないから先輩であるこの私がやってあげてるけど帰ってきたら覚えてなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 




ちゃんとお仕事できて偉いアクア様でした。

何か密着取材みたいな感じで書いてみたかったのでこんな感じになりました。ナレーションの人はメタイ存在の人です。またこんな感じで書くことがあったら登場します。

本編に出す予定なんですけどまだまだ先なのでここで書きました。登場させるとエリス様と役割かぶってくるからね。仕方ないね。

地上に降臨フラグが立ちました。たぶんいつのまにか地上に遊びにきてます。やったねアクシズ教徒のみんな。


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この緑の玉と闘争を

キャベキャベ〜


 パーティーを組んでから数日後、俺たちは今ギルドの酒場で反省会をしていた。店の隅にある机を囲む俺たちの空気は夢見がちな新人のパーティーというにはあまりに重かった。

 

「まただぞ」

 

 俺の言葉に3人がビクッと反応した。

 

「またこれっぽっちの報酬しか残らなかった」

 

 机の上に金を置いた。その額は数万エリス、4人パーティーで分けるには少額すぎる報酬だ。

 

「どうしてこうなったか説明してくれませんかね、お2人さん?」

 

 俺はめぐみんとダクネスに対して静かに聞いた。

 

「私が我慢できずに爆裂魔法を放ち余計な被害を出したからです」

 

「わ、罠を仕掛けた後に我慢できずにその罠にわざと掛かりモンスターにいろいろされようと…」

 

「はい正解! 2人には0点をくれてやろう!」

 

 そうなのだ。パーティーを組んだ俺たちは今までより少し上の難易度のクエストを受けているのだが、どれもこれも散々な結果で終わっているのだ。

 

「しょうがないじゃないですか。モンスターの群れを目の前にして爆裂衝動が抑えられる人がいると思ってるのですか」

 

「そ、そうだぞ。目の前にご褒美があったら誰だって飛び込まずにはいられないだろう」

 

「そんな考えするのはお前たちだけだよ!」

 

 俺がポンコツ2人に文句を言ってるとクリスが申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「ごめんね。あたしが2人を止められなかったせいで」

 

「いいんだクリス、お前は謝らなくて。お前はホントーーーによく頑張ってくれてるから」

 

 クリスは爆裂魔法でぶっ倒れためぐみんを回収したり、罠を設置してモンスターをおびき寄せたりと多方面に活躍してくれている。彼女の爪の垢を煎じて2人に飲ませてやりたいくらいだ。

 

「そうだクリス。俺と一緒に別のパーティーを探しに行かないか」

 

「本人達の前でそれを言うのはどうかと思うよ」

 

 俺の提案に困ったように頬をかきながら残り2人の方を見ている。俺もそちらを向くと納得がいかないといった表情が見える。

 

「カズマだって大した活躍してないじゃないですか」

 

「ぐぅ、痛いとこを突いてくるなこのロリっ子め」

 

 俺の職業は冒険者。あらゆるスキルを取ることができるとはいえ現状はクリスのスキルに毛が生えた程度しか扱えない。役割を分担していると言えば聞こえはよいが、その気になればクリス一人で事足りるのである。まあクエストに被害を及ぼす前2人よりはマシだという自負はあるが。

 

「新しいスキル探さねーとな。お前ら2人が別のスキル覚えてくれたらこんな苦労しなくてすむんだが」

 

「それはできない」「それはできません」

 

「そういう所は息ピッタリなんだ…」

 

 俺とクリスで溜息を吐く。常識人枠として彼女がいてくれるのは精神衛生上とても心強い。

 

 …と、その時。

 

『緊急クエスト! 緊急クエストです! 冒険者の皆さんは至急冒険者ギルドまで集まってください。他の住人の皆さんは窓を閉め家の中に避難してください』

 

 何か魔法を使っているのか街中にアナウンスが響いてきた。緊急とは何やらただならぬ様子だ。だがこういうイベントがあるのは実に冒険者らしい。

 

「よしっ、お前ら。普段は失敗ばかりだが今回こそクエストを成功させるぞ!」

 

  ーーーーーーーー

 

 

 外に出た俺が見た物はこの世のものとは思えないものだった。

 

 どこまでも青く広がる空を覆い尽くさんとする緑のカーテンがそこにはあった。目を凝らすと緑の塊がそれこそ無数に空を飛び回っている。それは画面の向こうでしか見たことのない蝗害を彷彿させるものだった。しかし目の前にいる物は飢餓をもたらすものではない。天の恵みとも呼べるものだ。

 冒険者達は奮い立った。その恵みを我がものにせんと剣を振るう。己が肉体が傷つこうとその手が止まることはない。全てを刈り取らんとするその強欲さは冒険者と呼ぶにふさわしい様だった。まあ、

 

 キャベキャベ~~

 

「なあクリス。あの飛んでるのなんだ」

 

「何ってキャベツだよ」

 

 その相手が野菜じゃなかったらの話なんですがね。

 

 

 

 

 俺が呆然とその光景を見ていると受付のお姉さんが冒険者達に大声で説明を始めた。

 

「皆さん、今年もキャベツの収穫時期がやってまいりました。今年のキャベツは出来が良く一玉1万エリスで買い取らせてもらいます。出来るだけ多くのキャベツを捕まえ、ここに納めてください」

 

 かなり儲けの良いクエストだからか戦っていた冒険者達から歓声があがる。まあ戦ってるのキャベツなんですけどね。冒険者ってなんだろう。

 

「なんでキャベツが空飛んでんだよ」

 

「今は味が濃縮してきて収穫の時期だからね。キャベツも食われてたまるかって飛んで逃げるんだよ。そのまま大陸を渡って海を越えて、人知れぬ秘境の奥で最後を迎えるんだ」

 

 俺の疑問にクリスが当たり前の事のように説明してきた。どうやら天は俺から世界観だけでなく常識人枠まで奪い取るつもりらしい。

 

 

 さてこのキャベツだが意外と強かったりする。飛んでいるので攻撃が当たりにくい。味が締まっているからか体当たりも見た目以上の重みがある。極め付けはその圧倒的な物量である。他の冒険者達も苦戦しているようだ。

 そんな中俺たちのパーティーはというと。

 

「ああ、いいぞ! もっとだ! もっとその重みを感じさせてくれ!」

 

「いいよーダクネス。その調子で頑張ってー」

 

「きつくなったら言えよー」

 

 ダクネスの『デコイ』を使いモンスターが集まってきた所を俺とクリスが潜伏からのスティールコンボで回収していた。ダクネスの鎧がかなり凹んできているが本人はいつも通りドMなので心配いらないだろう。

 めぐみんには爆裂魔法を使うと他の冒険者に迷惑だからと一応言ってはいるが、

 

「『エクスプロージョン』っっ!!」

 

 知ってた。離れた所から聞き慣れた爆音が響いてくる。

 

「あいつは我慢するということを覚えないのか」

 

「それより見て、もうこんなにいっぱい取れたんだよ。ふふ、こんなに大量なら今日一日はキャベツ盗賊団を名乗るのもやぶさかじゃないかもね」

 

 クリスもこの成果にはご満悦な様子だ。嬉しそうなのはいいのだがどこか遠くの世界に行ってしまったように感じる。

 

  ーーーーーーーー

 

「なんでただのキャベツ炒めがこんなに旨いんだ。納得いかねえ」

 

 ギルドで注文したキャベツ炒めを食べながら俺はそうこぼした。無事キャベツ狩りが終わった街では様々なキャベツ料理が振る舞われていた。

 

「新鮮なキャベツには経験値がたっぷり詰まってるからね。そのおかげじゃない?」

 

 クリスは塩キャベツを食べている。お酒と一緒に食べるとやみつきになるそうだ。

 

「いや経験値と味の良さに関係性はないと思うぞ。ドラゴンの肉は経験値は豊富だが味は最悪だからな」

 

 ダクネスはロールキャベツを食べている。肉をキャベツで包んだその料理を食べる姿はどこか上品さを感じさせ、先程までの変態とは別人に見える。

 

「随分詳しいですね。ダクネスはそれを食べたことがあるのですか?」

 

 めぐみんはキャベツ太郎を食べている。サクサクとしたそのスナックは俺の故郷のことを思い浮かばせ懐かし気持ちに…いやちょっと待て。

 

「なあめぐみん。それはなんだ」

 

「キャベツ次郎のことですか? これは100分の1玉の確率で現れる突然変異のキャベツです。普通のキャベツと味はだいぶ違いますが美味しいですよ」

 

 そりゃあ味違うだろうね。だってそれ原料とうもろこしだもの。100分の1の確率で空飛ぶキャベツ太郎のパチモンがいるとかこの世界はどうなっているのだろうか。

 

 

 そんなただでさえ納得できないことが多い中、

 

「それにしても今回のクエストは上手くいってよかったねカズマくん」

 

「ああ。2人のキャベツ捌きには近くで見ていた私も驚かされてばかりだった」

 

「私は大量のキャベツを吹き飛ばしたことによりレベルが上がったので満足ですよ」

 

 そう1番納得できないのはこのクエストが、俺たちがパーティーを結成して初めて成功と言える結果になったことだ。悪いことではないむしろ良いことなのだ。パーティーがそれぞれの個性を活かしてクエストを達成する。言葉にすれば感慨深いものである。まあ相手がキャベツなんですがね。

 

 

「それじゃあクエスト大成功を祝してカンパーイ!」

 

「俺が想像してた冒険者生活と違う」

 

 クリスの音頭に俺は1人小声で呟いた。俺たちの冒険は始まったばかりのはずなんだが。

 

 

 




キャベキャベ〜(挨拶)

スキルの説明とかはもうやっているので原作一巻の部分は内容薄味になりそうな気がする今日このごろ。どこら辺で一話くぎるか悩む。

クリスさんは今いる世界の管理者なのでカズマさんがどうして驚いているのかよくわかってません。

キャベツ次郎とは? スナック菓子があの袋のまま飛んでるとかシュール。キャベツも大概か。


おまけ
価値観の違い

「日本のキャベツは飛ばないんだよ」

「カズマくんの世界のキャベツって大丈夫? それ腐ってたりしてない?」

「カズマの国はそんな痩せた土地だったんですね。ほらここのキャベツは美味しいですよ」

「カズマの国がキャベツ達が飛んで行きつく場所なのかもしれないな」

「そもそもキャベツが飛んでることがおかしいんだよ!」


 キャベキャベ〜(圧倒的感謝)


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この魔剣の勇者と歓談を

ムツルギさん登場です


 俺がこの世界の残念さに嘆いていると1人の男が話しかけてきた。

 

「やあ、君が佐藤カズマだね」

 

 そこには青く輝く鎧を着込んで腰に剣を下げた茶髪のいかにも勇者といった風貌のイケメンがいた。イケメンなぞ滅んでしまえ。

 

「確かにそうだけど、何の用だ。俺はあんたみたいな知り合いはいないんだが」

 

「まずは初めましてと言った所かな。僕の名前は御剣キョウヤ。ここでは魔剣の勇者と呼ばれているよ」

 

 男の名前には聞き覚えがある。魔剣の勇者ミツルギ、この街で1番強いと言われている男だったはずだ。そしてその名前はどう考えても日本人。

 

「同郷のよしみで君と話してみたくてね」

 

 どうやら俺の予想は正しかったようだ。なら少しくらいは話を聞いてやろうじゃないか。

 

 

 俺とミツルギはクリス達から離れた席に2人だけで陣取った。この世界にとって日本は異世界だ。あまり大きな声でする話ではないだろう。

 

「まさかこっちの世界に来て日本人に会うとは思わなかったよ」

 

「ここは駆け出しの街だからね。特典持ちの日本人はすぐに稼ぎがいい他の街に行くんだ。王都に行けば日本人もそれなりにいるよ」

 

 俺はこの街のクエストですら苦戦しているのに羨ましいことだ。まあ特典を女神様にした自業自得ではあるのだが。

 

「それで結局の所俺に何か用事があるのか? 同郷トークがしたいならまあ少しは付き合ってやらんでもないが」

 

「そのことなんだが、まず始めに君に礼を言いたい。あの悪魔を倒したのは君のパーティーと聞いたからね」

 

「悪魔? ああホーストのことか」

 

 そういえばあの悪魔の討伐クエストの時に先頭にいた魔剣の勇者が負傷したなんて話を聞いたな。

 

「そうだ。僕も不意を突かれなければ負けなかったと思っているが、そんな言葉は討伐された今になって言った所でしょうがない。僕が討伐し損ねた相手を倒してくれて感謝してる」

 

 なんだろうか。言葉の節々に感じる自信というかナルシストっぷりにイラッとするなこいつ。まあ感謝されているようではあるから大目に見るか。

 

「感謝してるって言うなら酒でも奢ってくれ。後はそうだな、ちょうどこの世界について文句を言いたい気分だったんだ。日本人のお前なら少しは共感してくれると思うんだが」

 

「ああ、その程度なら構わないよ。好きな物を頼むといい」

 

 そうして俺はこの男と酒を共にすることにした。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「行ってしまいました。今日はクエスト初達成の祝いの席なのに空気を読めない人ですね」

 

「まあいいじゃないか。故郷を同じとする者だ。積もる話もあるだろう」

 

「あれが魔剣の勇者の人ねー」

 

 カズマ君を連れて行った人を見る。その通り名とそれが発する強い力から察するにあの腰に下げた剣が魔剣グラムだろう。見た所純粋に強くなるためだけの剣のようなので悪用されることはないと思う。

 

「どうしたクリス、そんなにじっと見て。何かあの男に用があるのか?」

 

「カズマ君が変なことしないか見張ってるだけだよ」

 

 実際は別のことを気にしていたのだけど。ただあの人は日本人、転生の事情を知っている人だ。カズマ君がつい口を滑らせないか見ておいた方がいいだろう。

 そんな私にめぐみんは何となしに聞いてきた。

 

「そういえばどうしてクリスは『カズマ君』なんて呼ぶのですか?」

 

「え? うーん、特に理由はないんだけどなぁ」

 

「私やめぐみんは『カズマ』と呼んでいるんだ。今から呼び方を変えてみたらどうだ」

 

「ダクネスは簡単そうに言うね。急に呼び方変えるの恥ずかしいんだよ」

 

 想像してほんの少し顔が熱くなる。今の呼び方で慣れているので無理に変える気はない。

 

「そうだねー。あたしが呼びたくなったらそうするよ」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 カズマとミツルギは始めの剣呑な空気はどこへやら、酒が入ったことも後押しして日本人トークに花を咲かせていた。

 

 

「なんでこの世界のキャベツは空を飛ぶんだよ! ファンタジーな世界観をもっと大事にするべきだろ!」

 

「君もまだ甘いな。キャベツだけじゃなくてほかの野菜も動き出すぞ。ちなみにサンマも野菜扱いなのか畑で取れるらしい」

 

「お前馬鹿なの? サンマなんだから海から取れるに決まってんだろ」

 

「僕も最初はそう思っていた。この目で見るまではね」

 

「やっぱりこの世界おかしいよ」

 

 

「この世界に似てるゲームってなんだろうな。ドラクエ? FF?」

 

「すまない。僕はあまりゲームをやったことがなくてね。やったことがあるのはスーパーマリオブラザーズくらいだよ」

 

「俺マリオの名前フルで言うやつ初めてみたよ」

 

 

「それでお前はどういった理由で死んだんだ? 死因は?」

 

「道に飛び出した少女がトラックに轢かれそうになっているのを助けようとしてね。ギリギリ間に合うと思ってたんだけどあっけなく死んでしまったよ。その子を助けれたのだけは唯一の救いだけどね」

 

「ふ、ふーんそうなんだー。俺もそんな感じだったよー」

 

 

 この男はやはり同郷なだけあって話がわかる。俺の愚痴にも理解を示してくれるし日本の話題にもついてこれる。所々ナルシストを感じるがまあそこに目を瞑ればこいつはいいやつなんだろう。

 そんなことを考えているとふと横に置いてある剣が目についた。

 

「その剣がお前の特典なのか?」

 

「ああ。僕が女神アクア様より賜った魔剣グラムさ。僕専用になっていてね、使うと膂力が上がり凄まじい切れ味を発揮する剣だよ。この間はドラゴンも両断できた」

 

 やっぱりチート過ぎませんかね。なんでこんなの持ってる奴がいるのに人類は魔王を倒せてないのだろうか。

 

「君もアクア様から何か頂いているだろう? せっかくだ、教えてくれないか」

 

 男の言葉に離れた所にいるクリスを見る。時折チラチラとこっちを見ているのは自分の事を話さないか心配なのだろう。別に口が軽いわけではないのだが。

 

「悪いな、俺の特典は知られるとまずい者でな。企業秘密だ」

 

 そういえば先程から女神アクアと言っているが誰のことだろうか?

 

「なあ、アクアって誰のことだ。俺そんな人会ったことないんだけど」

 

「君は転生する前に会ったあの女神様を覚えていないのかい?綺麗な青い髪が特徴的な美しい女神様を?」

 

 どこか憐みが混じった表情で俺を見てきた。

 

「いや俺が会ったのはエリスって人だからな。話を聞く感じだとどうやらお互い違う女神様に転生してもらったらしいな」

 

「なるほど、それなら知らないのも無理はないか。あの方は女神として魔王討伐を僕に託し魔剣グラムを預けてくれた人だ。その美しさを君が知らない事に同情するよ」

 

 女神アクアね。どこか自分の世界に入っているこの男は放って置いて聞く話によるといい女神様なのだろう。まあ悪い女神なんているわけがないか。

 

 

「キョウヤー」

 

 盗賊風の女の子が横の男を呼んでいる。どうやら結構な時間が過ぎたらしい。

 

「仲間が呼んでいるからそろそろ行くよ。なかなか楽しい時間だった」

 

「俺も久々に日本人に会えてよかったよ。じゃあまたな」

 

 そうして男は酒場を出て行った。俺も仲間の所に戻るとするか。しかし3人の机に戻ると何故か変な目でこっちを見てきた。

 

「随分と盛り上がってたね。やっぱり同郷の人といる方が楽しいの?」

 

「まったくですよ。私達を置いてホイホイ着いていくとは。どれだけ待たされたと思ってるんですか」

 

「ああ、だが何だろうか、この胸の奥で高まる熱は? これが噂に聞く寝取られというものか?」

 

 どうやら俺があの男と談笑していた事に物申したいらしい。まあ1人はいつも通りだが。

 

「久しぶりに自分の国のこと話せたんだからしょうがないだろ」

 

「ふん、私としてはあのスカしたエリートの感じはどうも気に入らないのですが」

 

 めぐみんがそんな理不尽な事を言っている。まあ俺も初見は似たようなこと考えてたけど。

 

「話してみるといいやつだったぞ。あの…えーっと…確か、そうマツルギは」

 

 そうだ。そんな名前だった筈だ。

 

「ミツルギだよ」

 

 俺の発言にクリスが指摘してくる。 

 違うんだ忘れていたわけじゃない。だから3人ともそんな目で見ないでくれ。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 夕食を終えて諸々を済ました後、俺はエリスに回復魔法を教えてもらっていた。これで少しはパーティーとしてのまとまりもできてくるだろう。

 

「『ヒール』、どうですか。これでスキルの一覧に出たと思うのですが」

 

「ありがとうございますエリス様」

 

 ちなみに傷は俺の指の先をほんのちょっぴり切って用意した。普通に痛かったが。

 

「そういえばエリス様は女神アクアって人知ってますか? さっきの話で出てきて気になってたんですけど」

 

「ええ、よく知ってますよ。私の先輩にあたる方ですから。その方がどうかしましたか?」

 

 なんだろう。口調はあまり変わってないのだが少し疲れた表情が垣間見える。

 

「いやミツルギがあんまりに絶賛してた物で。エリス様から見てどんな人かなと」

 

 絶賛という言葉に対して何を言っているんだこの人はという顔になった。

 

「そ、そうですね。自由な方と言いますか自分の芯があると言いますか…」

 

 どうにかうまい言葉を探しているようだが見つからないようだ。そんなにアレな人なのか。

 

「あ、でもどこか子供のようで可愛らしい人ですよ」

 

「…いい人そうですね」

 

 先輩に対して子供扱いは褒めていると言えるのだろうか。ただエリスの反応を見ていると少し会ってみたい気もする。

 

「アクア先輩に転生してもらった方が良かったですか?」

 

 エリスは意地悪く質問してきた。確かにそれもどうなるか気になりはするが少なくとも今は、

 

「俺はエリス様で良かったと思ってますよ」

 

 彼女と会えた偶然に感謝したい。

 

 




メツルギさん登場回でした。
二次創作だとわりといいポジションもらってるイメージがする人。(作者の偏見)
今回はカズマさんがホーストを倒しているかつアクアがいないということで関係は良好です。
モツルギさんの活躍にご期待を。

カズマさんが回復魔法を覚えました。これでパーティーのバランスが良くなる。少しだけ。

最近タイトルを考えるのが面倒になってきた。

おまけ
噂のあの人
 
 天界にて。

「ぶえぇっっくしょぉぉぉーーん。あら、誰かが麗しき水の女神であるこの私、アクア様の事を噂しているのかしら。しょうがないわねー。全国1000万ものアクシズ教徒がいるんですもの。噂ぐらいされるわよねー」

 鼻ちょうちんを作りながら麗しき女神様はそんな独り言を呟いていた。

読んでくださった皆様に深く感謝を!


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この不死の王に白刃を

クリスさんご乱心


「何かいいクエストないかなー」

 

 俺はクエスト掲示板の前で唸っていた。キャベツの報酬はその数もあり後日渡されるそうだ。その報酬が入るまでの繋ぎのクエストを探しているが、うちのパーティーはまともにクエストを達成できないからこうして悩んでいる。

 

「カズマカズマ」

「うんカズマだよ」

 

 めぐみんが一つのクエストの紙を指さしている。その紙には危険度を表すドクロがびっしりとかいてあった。

 

「マンティコアとグリフォンの縄張り争いの討伐です。2匹が戦っている所にズドンと一発打ち込んでやりますよ!」

「却下」

 

 ズドンする前に自分達のレベルを考えて欲しい。

 

「カズマカズマ」

「へいカズマでやんす」

 

 今度はダクネスがクエストを提案してきた。

 

「この一撃グマの討伐なんて…」

「却下」

 

 最後まで聞かずともわかる。どうせロクでもないクエストだ。だって何かハアハア言ってるもの。

 

「カズマ君カズマ君」

「おっすおらカズマ君」

 

 今度はクリスがクエストを提案してきた。

 

「このクエストなんだけどね…」

「よし、それにしよう」

 

 即決した、当然である。残り2人が文句ありげに見てくるが普段からの信頼が違うのだ。そんな目をするのならもう少しまともなクエストを持ってきてほしい。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 俺たちが受けたクエストは街から外れた所にある共同墓地でのアンデット退治だった。アンデッドの名前はゾンビメーカー、悪霊の一種で死体を操るためその名前が付いたようだ。強さとしては駆け出しでも退治できるレベルらしい。

 

「ごめんね。あたしのお願い聞いてもらって」

 

「別に構わないよ。へっぽこなうちのパーティーにはちょうどいい相手だ」

 

 クリスが言うにはエリス教徒として墓地の遺体がアンデッドに好き勝手されるのが許せないそうだ。他2人に比べてすごく真っ当なお願いで涙が出そうだ。

 

 俺たちは今モンスターが現れる夜を待つために野営の準備をしていた。俺はカンテラに油が入っているのを確認して魔法を唱える。

 

「『ティンダー』、おおっ! まじで火がついた」

 

 キャベツ狩りで知り合った魔法使いに初級魔法を教えてもらった。初級魔法は呪文を唱えるだけで効果が現れる1番簡単な魔法だ。せっかく異世界にきたのだ、RPGだとメジャーな属性魔法を体験してみたかった。まあ殺傷能力は皆無だが。

 

「カズマ、料理するのに火がいるのでこちらにもお願いします」

「おう、『ティンダー』」

 

「カズマ、水が足りないから魔法で出してくれないか」

「はいよ、『クリエイトウォーター』」

 

「カズマ、火が消えそうなのでちょっと風を送ってくれませんか」

「…『ウインドブレス』」

 

 なんだろう。魔法を使っている高揚がどんどん冷めていく。ただいいように使われているだけな気がする。

 

「便利だねその魔法。一家に一台カズマ君がいれば安心だね」

 

 俺はどうやら家電らしい。初級魔法ってロマンないんだな。

 

  

 

「しかし墓場の近くで食事をするのはあまり気が進まないな」

 

「人が作ったものに文句を言うダクネスにはそのご飯はいりませんね。もったいないので私が食べてあげましょう」

 

「別にそういうわけでは…あっ、こら私の皿から取るんじゃない」

 

 ダクネスがめぐみんに飯を強奪されている。前も見たが食事に関してはあのロリっ子のスピードは尋常ではない。ダクネスが涙目になってきたな。

 俺はそれを見て見ぬふりをして、マグカップにコーヒの粉とクリエイトウォーターの水を入れて、それをティンダーで軽く炙ってコーヒーを作っていた。

 

「あたしにもそれちょうだい」

 

 クリスがマグカップを持って近くに来た。断る理由もないのでクリスの分のコーヒーも作ってやった。

 

「ありがと…うへっ、苦い」

 

「そりゃあコーヒーだからな。なんだ飲んだことなかったのか?」

 

「君がたまに美味しそうに飲んでたから気になってね。ねえお砂糖ない?」

 

「そんなクエストに必要ないものは持ってきてない」

 

 えー、と文句を言いつつもクリスはチビチビとコーヒーを飲んでいる。夜もふけてきて冷えるのだろうか。特に話す事もなく2人して座っている。別に気まずいというわけではない。まだ目標が現れる様子はないんだ。たまにはこんな静かな夜も悪くない。

 

 視界の隅にいるめぐみんVSダクネスは見えないし聞こえない。

 

  ーーーーーーーー

 

 空気が冷えてきてあたりがシンとしてきた。時間はおそらく深夜になっているのだろうが一向にゾンビメーカーは現れていない。

 

「なんだ。今日は現れないのか」

 

 弱いモンスターだ。通りすがりの誰かが討伐したのかもしれない。そんな事を考えているとようやく敵感知に反応があった。数は聞いてたのよりだいぶ多いな。

 墓地を見るとゾンビが墓から這いずり出してきている。その中心に黒いローブをかぶった女性がいた。暗視だとはっきりとは見えないがどこかその人影に既視感を感じる。その女性が何かしたのか墓場に魔法陣が展開された。その魔法陣の青白い光によって女性の顔が浮かび上がる。

 

「カズマ。あの人は魔道具店の…」

 

 めぐみんもそれが誰か気付いたようだ。何であの人がこんな所にいるんだ?

 

 

「こんな所にいるなんてね」

 

 俺が考えていると横でいつか聞いたドスのきいた声が聞こえる。声の主の方を向くとそこにはどこか無表情な顔をしたクリスがいた。

 

「ク、クリスさん?」

 

「ちょっと殺ってくるね」

 

 チャキッ、と腰のダガーを抜くとクリスは一直線に墓場へと駆けて行った。俺たちもそれを慌てて追いかける。その人はまだクリスに気付いてないのか棒立ちしている。今のクリスなら躊躇なく殺しにかかるだろう。

 

「おい!危ないぞ!『バインド』っ!」

 

 俺は大声で呼びかけながらクリスに拘束魔法を放った。

 

「えっ?きゃあっ?!」

 

 ギリギリで気付いたからか俺の魔法が間に合ったからかは分からないが、クリスの刃はその人の腕を少し切るだけに留まった。

 

「おい!大丈夫か!」

 

 縄で拘束されたクリスはめぐみんとダクネスが抑えてくれている。

 

「その声は…カズマさんですか」

 

 俺は驚いた表情をしている魔道具店のポンコツ店主であるウィズに駆け寄った。

 

 

「離してよ2人共!!」

 

「離すわけないだろ馬鹿者!どうして急に切りかかったりしたんだ!」

 

「いつものあなたらしくないですよ」

 

 クリスが暴れているが縛られていてはどうにもならないのだろう。ダクネスの言う通りだ。クリスは一体何を考えているんだ。

 

「悪いなウィズ、うちの連れが迷惑かけて。普段はあんなじゃないんだが。腕の傷は大丈夫か?」

 

「は、はい。突然のことでビックリしましたけど」

 

「その傷は俺が治すよ。あれから回復魔法を覚えたからな」

 

「え?いや、あの、だ、大丈夫ですから」

 

 急に襲われて気が動転してるのだろう。ウィズの言葉に構わず俺は魔法を唱えた。

 

「『ヒール』…あれ?」

 

 おかしい傷が塞がらない。魔力が足りなかったか?

 

「もう一度、『ヒール』っ!!」

 

「あいたっ!」

 

 気合を入れてみたがやはり効果はない。それどころかウィズが痛がっている。どうして効果が出ないのだろうか。

 

「カズマ君!そこにいるのはリッチーだよ!危ないから離れて!」

 

「「「…え?」」」

 

 縛られたクリスが大声で叫んでくる。その発言を俺たち3人はすぐに理解できなかった。恐る恐るウィズを見ると、

 

「わ、わたしリッチーじゃないですよー。アンデッドでもないですよー」

 

 明らかに目が泳いでいる。そういえばアンデッドに回復魔法は逆効果になるとか聞いたことがあるな。

 

「『ヒール』っ!」

 

「あいたっ、くないです!」

 

「………」 

「………」

 

 俺たちの間に微妙な空気が流れている。どうやって収拾をつけようか。

 

「とりあえず話をしようかウィズ」

 

  

 

 クリスは縄を解いたら斬りかかりそうなので縛ったまま話を聞いた。どうやらウィズはリッチーと言う上位のアンデッドだそうだ。魔法を極め自らの意思でアンデッドとなったノーライフキングと呼ばれるアンデッドの王。それが今目の前で正座しているウィズの正体らしい。

 

「それじゃあウィズはこの墓地の霊を成仏させるために時々ここに来てたんだな」

 

「はい。共同墓地の魂の方たちの多くがちゃんと葬式をしてもらえず現世を彷徨ってるんです。私も一応アンデッドの王と呼ばれるものですからそう言った人達を天に返してあげているんです」

 

 相変わらずのいい人だった。この人には以前の借りがあるのでどうにかしてあげたいのだが。そうしていると話の途中から黙っていたクリスが口を開いた。

 

「ねえダクネス。ダクネスの方からエリス教会の人達にお願いってできないかな」

 

「そうだな。私もエリス教徒の端くれだ。アンデッドに除霊をしてもらっているようでは立つ瀬がない。どうにか取り計らってみるよ」

 

「ありがと。だから除霊のことに関しては今後大丈夫だよ」

 

 どうしてダクネスが頼めばエリス教会の人が動くのかはわからないがなんとかなるらしい。ウィズもその言葉に少しほっとしている。

 

 さて残る問題はウィズをどうするかである。冒険者としては見逃すのはありえないのだが。俺たち4人の視線が突き刺さるのを感じたのかウィズは懐から冒険者カードを取り出した。

 

「わ、私はリッチーになってから人を襲ったことはありません。カードの討伐欄にも書かれてませんから」

 

 冒険者カードには確かに記載はなかった。まあ俺としては一度世話になったし見逃すのも構わないのだが。見たところめぐみんも俺と同じ思いだろう。ちょろいダクネスはどうにか丸め込めるとして問題はあと1人。

 

「そんな目であたしを見なくても別に斬りかかったりしないよ」

 

 俺がクリスを見ているとそんな返答が返ってきた。予想外に物分かりがいい。

 

「俺としては助かるけど急にどうしたんだ」

 

「この間はこの人のおかげで助かったんでしょ。何か悪事を働いてるわけでもなし今日ぐらいは見逃してあげる。まあ次に会ったらどうするかわからないけど」

 

 どうやら女神様は寛大な心で見逃してくれるそうだ。最後に物騒な事を言ってはいるが。

 

「あ、ありがとございます。カズマさんに他の皆さんもこのご恩は忘れませんので。私のお店に来てくださればお安くしますので」

 

 そう言ってウィズは立ち去って行った。

 

  ーーーーーーーー

 

「まったくみんなあたしの事はこれっぽっちも信じてくれてないんだね」

 

 街に戻る中クリスはぷんぷんしながら1人先を歩いていた。クリスは俺たちの事を思ってリッチーに突っ込んだのに、それを非難された挙げ句に縛り上げられたのだ。まあ怒る気持ちも分かる。

 

「悪かったよ。けど相手が知ってる顔だったんだ、焦りもするだろ」

 

「そうです。私もあの店主さんとは顔見知りでしたのでしょうがないです。ダクネスはこの馬鹿者なんて言ってましたけど」

 

「お、おい。どうして私だけが悪者になってるんだ」

 

「誰も自分が悪かったとかは思ってないみたいだね」

 

 駄目だな、これは結構根に持っているようだ。まあクリスには悪いが目の前で知り合いがやられなくて本当によかった。

 

「そういえばどうしてクリスはあの人がリッチーだとすぐに気づいたんですか? 正直クリスが言うまではさっぱり気づきませんでした」

 

「あー、それはね。リッチーみたいな強いアンデッドは変な匂いみたいなのがあるんだよ」

 

 いかにも今思いつきましたという顔をしている。おそらく女神の力とかで気づいたのだろう。知らない所で体臭の噂を流されてるリッチーに憐みを。

 

「それでゾンビメーカーの報酬はどうなるのだ?」

 

「「「あ」」」

 

 

 クエスト失敗。

 もらえなかった報酬はウィズの店でたかってやろうか。

 

 

 




クリスさんが思い切りが良すぎる。
カズマが止めるのが遅かったらウィズはやられていたかもしれない。

クリスさんのダガーは魔法がかかっていてかつ女神の加護が乗ってるのでアンデッドにはとても痛いんです。

カズマさんのヒールはレベルが低いとかもあり本気でやらないとウィズは大して痛くありません。本気でやってもちょっと痛い程度ですが。


読んでくださったみなさんに深く感謝を


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この冒険者に新たな力を

カズマさんの成長が早過ぎる


 クエスト失敗の翌日。俺とクリスはとある店に来ていた。

 

「ねえカズマ君。この店って」

 

「ああ、お前の想像通りの店だ」

 

 看板にはウィズ魔道具店と書いてある。そうリッチーことウィズが経営している店だ。

 

「昨日見逃すって言ったばかりだ。なら翌日すぐに来ればクリスも気まずくて斬りかからないと思ってな」

 

「ねえ、君の中のイメージどうなってるの。あたしはそんな物騒な人間じゃないよ」

 

「自覚は無いのかもしれないがアンデッドや悪魔を前にしたお前はかなりアレだ。子供が泣いて逃げ出すレベルだと思った方がいい」

 

「そんなことないと思うけどなぁ」

 

 とりあえず中に入らなければ話が始まらない。俺は店のドアを開けた。

 

「いらっしゃいませー。あ、カズマさんと…えっと、昨日の…」

 

「はあ…あたしはクリス。職業は盗賊、以上」

 

 明らかにクリスを見て怯えている。アンデッドの王とはなんだったのだろうか。それに対してクリスは溜息を吐きつつも一応自己紹介をした。この様子なら修羅場になる事はないだろう。

 

「ようウィズ。昨日ぶりだな」

 

「えっと今日はどういったご用件ですか?」

 

「俺たち昨日のクエストは失敗扱いになってな。それで報酬の代わりにお願いがあって…」

 

「わ、私のお店は今月も赤字なのでお金を用意する事はできません!」

 

 ウィズは必死な顔をして断ってきた。まだ話は終わってないのだが。というかホーストと戦う為に割と高価なものを買ったのだがその金はすでに無くなったのだろうか。

 

「いや金じゃなくてな、せっかくだからリッチーのスキルを教えてもらおうと思って来たんだ」

 

「ええっ?!」

 

 クリスは会話に参加する気がなかったのか店の商品を物色していたが、驚きの声を上げて詰め寄ってきた。

 

「リッチーのスキルを教わるなんて何考えてるの! アンデッドはこの世の理に背いてて存在してちゃいけない物なんだよ。その上リッチーなんて自分勝手にアンデッドになった愚かな魔道士の成れの果てなの。そんな馬鹿な人達のスキルなんて覚えちゃ駄目だよ!」

 

「うう、馬鹿なリッチーでごめんなさい」

 

 クリスの口撃がウィズの心に突き刺さったようだ。

 

「まあ待て、俺の職業は冒険者なんだ。普通にやってたら強くなれるのはずっと先だ。なら希少なリッチーのスキルを覚えて普通じゃない方向性に進まないとやってられないだろ」

 

「むう…それは確かにそうだけどさ」

 

 クリスは納得がいかないという顔だったが俺の説得により了承してくれた。

 

「それでウィズ。勝手に話を進めたけど構わないか?」

 

「はい、大丈夫ですよ。そうですね、私のおすすめだとドレンインタッチなんてどうでしょうか?」

 

 ウィズの説明によると使用した相手から魔力や体力を吸い取ったり逆に相手に分け与えたりすることができるスキルだそうだ。魔力量が少ない俺にはうってつけのスキルかもしれない。

 

「それでスキルを使うには相手が必要なんですけど、あの…クリスさん、お願いしてもよろしいですか?」

 

「えっ、あたし?…しょうがないな」

 

 ウィズのお願いに渋々従ったクリスは、ウィズに左手を差し出して右手は腰のダガーに…。

 

「クリス、ダガーから手を離してくれ。ウィズが怯えてるだろ」

 

「あ、ごめん。なんか今からアンデッドに触られると思うとつい手がそっちにいっちゃって」

 

 生理的に受け付けないといった所だろうか。右手を離すとウィズは恐る恐るクリスの手に触れた。

 

「じゃあいきますよ。『ドレインタッチ』…ってあれ?」

 

「お、ちゃんとカードに表示されてるな。サンキューなウィズ」

 

「…じゃあもういいね」

 

 どうやら上手くいったようだ。クリスはウィズが手を離すと汚れを落とすかのようにゴシゴシと自分の服で手を拭っている。本人の前でやってやるな、明らかに傷ついてるぞ。

 

 

 

「まったく何で2日も続けてアンデッドに会わなきゃいけないんだろ」

 

 ウィズの店を出てからクリスはそうぼやいていた。昨日に引き続きあまり機嫌はよろしくないようだ。

 

「昨日の帰り際にあたしも連れて行ってと言ったのはクリスだろ」

 

「それはそうだけどさー」

 

 もしも何かあったらと考えての発言だったのだろう。へんに心配をさせてしまったようだ。

 

「じゃあ今からギルドに行ってパーッと飲もうぜ。今日はもうクエストなんて行かないし昼間っから飲んでも誰も文句言わないだろ」

 

「君はあたしにはお酒飲ましとけば機嫌が直る、とか思ってるでしょ」

 

「正直思ってる」

 

「そんな簡単な女じゃないよあたしは。でもカズマくんが奢ってくれるって言うなら、ご機嫌になってあげようかなー」

 

 まったく調子のいい事だ。彼女が不機嫌だとこっちの調子も狂う。これも必要な出費だろう。

 

「わかったよ。でも報酬はまだ入ってないんだ。加減してくれよ」

 

「やったー! じゃあ早く行こう」

 

 彼女は楽しそうに先を歩く。この姿を見て正体が女神様だと誰が気づくだろうか。そんな奔放な彼女を見て俺は小さく笑った。

 

 

 ーーーーーーーー

 

 

 キャベツ収穫から数日後。

 討伐人数の多さやキャベツの質の選別などもあり時間がかかったが、本日ようやく報酬が支払われた。

 

「わかってはいたけど報酬の額、凄かったね」

 

 俺はクリスとギルドの酒場で話をしていた。

 俺たちパーティーの報酬は全員でだいたい250万エリス。他のパーティーがどれだけ稼いだかは知らないがおそらくトップの額だろう。今までのクエストはなんだったのかと言いたくなるほど今回のクエストは稼げた。キャベツのくせに。

 

 めぐみんとダクネスは報酬を渡すと何か買って来たいものがあるのかギルドを出て行った。俺も以前教えてもらった狙撃スキルを活かす為に弓と矢を新調した。狙撃スキルは幸運値によって命中率が上がるスキルで俺にはうってつけのスキルだ。

 回復魔法、ドレインタッチ、さらに狙撃とようやく冒険者を活かしたスキル構成になってきた。

 しかし装備やスキルが充実してきても、どうにも日本にいた頃のニート気質が抜けない。金に余裕ができてくると働きたくなくなってくるな。

 

「これだけあれば当分の間クエストなんて行かなくていいんじゃないか?」

 

「クエスト行かないって君の仕事はなんだと思ってるの」

 

 それからしばらくして、めぐみんとダクネスが合流してきた。

 

「見てくれ2人共。鎧を修理して強化してみたんだがどう思う」

 

 ダクネスが嬉々として鎧を見せてくる。

 

「うん、似合ってるよダクネス」

 

「…なあ、お前硬いんだから鎧いらなくないか」

 

 俺の発言に2人から冷ややかな視線が飛んでくる。俺は素直な感想を言っただけだ。

 

「クリスはありがとう、嬉しいよ。そしてカズマ、私も素直に褒めて欲しい時もあるんだぞ。後鎧を着ないのは私の信条に反するのでしない」

 

「そんなキツい事ばっかり言ってると女の子にモテないよ」

 

 普段からアレな発言が多いダクネスも悪いと思うのだが。

 

「それで、横にいるロリっ子はどうした。何か様子がおかしいぞ」

 

「ああ、これは…」

 

 ダクネスが説明する前にめぐみんの小さな独り言が聞こえてきた。

 

「ウヘヘ、この純度の高いマナタイトの色艶…最高です。この杖を使えば我が爆裂魔法の威力は跳ね上がり全てを灰塵に帰すことができるでしょう。これを使って我が魔法を馬鹿にしてくる愚か者共に目に物見せてくれます。そうですね、まずはカズマから我が力を見せつけて…」

 

「『スティール』」

 

 何か物騒な事を呟いていたので杖を取り上げた。

 

「ああっ?! か、返してください、それは私のものですよ。あ、ちょっ、そんな高く掲げたら届かないじゃないですか」

 

「ふ、ロリっ子ごときがこの高さに届くと思うなよ。…おい届かないからってボディを狙い出すのはやめろ。」

 

 俺とめぐみんが格闘を続けているとクリスが仲裁してきた。

 

「これからクエストなんだから変なことに体力を使わないでよ。2人とも新しい装備を試したいんでしょ」

 

「しょうがない。めぐみん、俺に対しては撃つなよ」

 

「何を心配しているのかはわかりませんが、私が人に対して撃つことなんてほとんどあり得ませんよ」

 

「少しでも可能性残ってたら駄目じゃないかな」

 

 

 

 そうして俺たちはクエストを受ける為に掲示板の前に来たのだが、

 

「なんだこれ?」

 

 掲示板は高難易度を除くほとんどクエストが貼られてなかった。さすがにおかしいと思い受付のお姉さんにたずねてみたところ、

 

「現在魔王軍の幹部らしき人が街の近くの古城に住み着いてまして。その影響か街の付近の弱いモンスターは隠れてしまって、仕事が激減しています。来月には王都から騎士団が派遣されてきますのでそれまではこういった状況が続くと思われます」

 

 そう申し訳なさそうに説明してきた。

 魔王軍幹部か。まあ俺みたいな駆け出しがどうこうできる相手ではないよな。大人しく騎士団とやらが来るのを待つか。

 

「なら我のこの溢れんばかりの爆裂衝動はどうすればいいのですか」

 

 今は魔王軍幹部よりも隣にいるいつ爆発するかわからない爆弾の方が怖い。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 クエストが受けられないので俺たちパーティーは思い思いの事をすることにした。クリスはクエストがなくて暇なのでバイトをするらしい。ダクネスは筋トレで自分を痛めつけたいと実家に帰った。

 そんな中、俺とめぐみんはというと、

 

「何で俺が付き合わなきゃいけないんだ」

 

「そうしないと私が帰れないじゃないですか」

 

「じゃあ我慢しろよ」

 

「無理ですね」

 

 街の外に爆裂魔法を撃ちに来ていた。確かにキャベツの報酬のおかげで金に関しては当面は問題ないからと暇を持て余してはいたが。

 

「カズマにはまだ爆裂魔法がネタ魔法だという事を撤回してもらっていませんからね。いい機会です。クエストが受けれない間は私に付き合ってもらいますよ」

 

 昔の俺はどうしてこいつの地雷を踏み抜いてしまったのか。

 そうしてしばらく散歩していると遠く離れた丘の上に古びた城があった。おそらく廃城なのか遠目でもわかるほどに朽ちている。

 

「あの大きさを一撃で全部壊すのは無理ですね。何日かかければ更地にできるでしょうが。爆裂魔法にすら耐える魔城、それに対して日に日に強さを増していく我が力。そうして遂には我が爆裂魔法が城を蹂躙し尽くす。ああ、素晴らしいシチュエーションじゃないですか!」

 

 何かがめぐみんの琴線に触れたのか、爆裂魔法の被害者はあの城に決まったらしい。ご愁傷様。

 そうしてのどかな雰囲気をぶち壊すように爆音が鳴り響いた。

 

 

 

 その後めぐみんと街まで戻った。ドレインタッチで体力を分け与えて自分で歩けと言っても、めんどくさいですとその場を微動だにしなかったので仕方なく俺が背負うことになる。

 街に帰ったものの特に用事もなく2人してギルドに足を運ぶと、

 

「いらっしゃいませー。あ、2人共おかえり。どうかなこの制服、似合ってる?」

 

 ウェイトレス姿をしたクリスが迎えてきた。何してんだろこの女神様。

 

「私は似合ってると思いますよ」

 

「まあいいんじゃないか。バイト先ってここだったんだな」

 

「ふふ、2人共ありがと。ここのバイトはお給料以外にも、まかないが出るからね。それに仕事が終わってすぐにシュワシュワを飲めるから最高の職場だよ」

 

 仕事終わりの一杯を楽しみにするとはなんとも俗な女神様だ。

 

「じゃあ注文決まったらまた呼んでねー」

 

 そう言うとまた仕事に戻っていった。

 俺たちは席につくとクリスの仕事ぶりを眺めていた。冒険者の知り合いも多いのだろう、いろんな奴にからかわれていたが楽しそうに接客している。

 

「クリスは働き者ですね。それに比べてカズマときたら」

 

「爆裂魔法しか頭にないお前には言われたくないよ」

 

 それにしてもクリスのウェイトレス姿は新鮮だな。

 普段より露出が控えめになっているが別に多い方が良いというわけではない。ようはバランスである。特筆すべきはやはりスカートだろうか。普段のボーイッシュなパンツルックも悪くないがスカートはどこか女の子らしさを感じさせる。営業スマイルではなく楽しそうに笑ってるのもまた良きかな。

 

「女性をそんな目線で追うのはどうかと思いますよ。変態に見えます」

 

 めぐみんが俺のことを冷めた目で見てくる。何か勘違いしているようだから言ってやった。

 

「安心しろ。お前をそう言った目で見ることはないからな」

 

「ブッコロ」

 

 なぜか切れためぐみんが襲いかかってきた。

 

「注文取りに来たんだけど君たちは何やってるのさ」

 

 格闘の末、店員であるクリスに注意され両成敗で幕を閉じた。

 

 

 

 それからの毎日は、起きる、めぐみんに連れられて爆裂魔法を放つ、酒場でだらける、寝るといったスケジュールを過ごした。

 そんな日々を続けることにより俺はその日の爆裂魔法の良し悪しが分かるようになり、ギルドでの飲み仲間を増やすことに成功した。クリスに『そんな生活してると駄目人間になるよ』と言われたが、クエストが無いのだしょうがない。俺は悪くない、世間が悪いのだ。

 

 そんな毎日を続けること一週間。朝から街中に緊急アナウンスが鳴り響いた。

 

『緊急事態です! 冒険者の方々は武装して、至急正門に集まってください! 近くの住民の方は正門から離れた場所に避難してください! 魔王軍幹部と思われるデュラハンが現れました! 繰り返します!…』

 

 そんな物騒な内容が街中に告げられた。

 

 




二巻の部分が長くなりそうなのと他諸々の理由により、さっさとドレインタッチは覚えさしました。
スキルポイント足りなくね?と思う方もいるかもしれませんがスルーの方向でお願いします。一応原作より冒険を始めたのが早かったりするのでそれで納得してください。

せっかくなのでクリスにもバイトしてもらいました。このすばのアプリでもメイドやってたし働き者ですね。あ、作者は爆死しました。

現在のカズマさんが取得してるスキル

窃盗、敵感知、潜伏、バインド、初級剣術、千里眼、狙撃、初級魔法、ドレインタッチ、弓

弓スキルは原作読み返してる時に見つけました。狙撃とセットみたいなもんなので教えてもらっていたということにしといてください。


おまけ

筋トレお嬢様

「はあ、筋トレはいいな。筋肉が痛めつけられる感覚はモンスターに殴られるのとはまた違うからな。惜しむらくはあまりやり過ぎると強くなってしまうことか」

「お嬢様、あまり無理をなさると腹筋が割れて殿方に見せられなくなりますよ。お嬢様の取り柄はそのいやらしい身体なんですからご自愛ください」

「ハーゲン、そこに直れ」


読んでくださったみなさんに深く感謝わ。


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この首なし騎士と対面を

ベルディアさん現る


 俺達が正門に集まるとその先の平原にそいつはいた。

 

 デュラハン。首なしの騎士。

 西洋風の黒い鎧を全身に纏い、特大剣とでも呼べばいいのか、人間が扱うことなど不可能に思われる剣を担いでいる。

 そして首。伝承で語り継がれるものと同じくその首はついていない。頭は彼の左手に収まっており紅い瞳をこちらに向けていた。

 

 リッチー、ヴァンパイアに次ぐ上位のアンデッド。

 そのデュラハンが俺達の前に立っている。

 そして、

 

「毎日、毎日、毎日、毎日、うちの城に爆裂魔法を撃ってくる大馬鹿は、どこのどいつだぁあああああ!!!」

 

 とっても怒っていた。

 

 

 俺達冒険者は始めこそ呆気にとられていたが、デュラハンの爆裂魔法という言葉に反応して1人の少女に首を向けた。まあ言わずもがなめぐみんなんだが。

 というかデュラハンが言ううちの城ってもしかしなくてもあの廃城のことだよな。やけに壊れにくいなとは思ってたけど。今なら視線はめぐみんに集中している。責任を追及される前にここを離れようかな。

 

「ねえ君達何やったの」

 

 そんなことを考えていると隣のクリスが小声で呼び止めてきた。いつもみたいにバーサークしてくれればこの場を逃げれたのに。俺も小声でクリスにいきさつを答えた。

 

「めぐみんが毎日あのデュラハンの城に爆裂魔法を打ち込んでたんだよ。だが聞いてくれ。俺はめぐみんに無理矢理連れてかれてただけなんだ。撃ったのはめぐみんだし俺は悪くない」

 

「聞こえてますよカズマ。途中からカズマも調子にのってあの1番高い塔を狙えとか言ってきたじゃないですか。私はカズマの指示に従っただけです」

 

 おのれめぐみん。俺を巻き込むな。

 

「お前達は私がいない間本当に何をやっていたんだ。冒険者の間であの古城は幹部がいる可能性が高いと言われていただろう」

 

 ダクネスがいない間は毎日飲んだくれてたので忘れてました。

 

「責任のなすりつけ合いは後にして。あのデュラハンは魔王軍幹部なんだよ。もっと緊張感持っていこう」

 

 そんな俺達に対してクリスは注意してくる。相手が魔王軍幹部だからこそいつもより冷静なのかもしれない。そうして俺達4人はデュラハンの前に立った。

 

「お前達がそうか。そうか、お前達が…お前達が毎日あんなものを撃ち込んできた首謀者かーー!」

 

 魔王軍の幹部に首謀者って言われると俺達が魔王軍以上の悪みたいに感じるな。そんな事を考えているとめぐみんが一歩前に出た。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、爆裂魔法を操るもの! ふ、のこのこと現れましたね魔王軍の幹部よ。大人しく城で震えていたのなら我が爆裂魔法で城ごと消し飛ばしてあげたのに」

 

 そう高らかに名乗りを上げる。それを聞いて俺達は、

 

「いや城で震えてて一緒に吹っ飛ばされるとかただの馬鹿だろ」

 

「というかめぐみんはあの城にデュラハンがいることを知らなかったのではないのか」

 

「一応真面目な状況なんだけどその名乗りっているのかな」

 

 とりあえず思ったことを素直に言ってみた。

 

「外野は黙っててください! 後クリス、紅魔族にとって名乗りは重要な行為です。むしろ真面目な時こそちゃんとやるべきなんです」

 

 後ろから茶々を入れる俺達にめぐみんはご立腹のようだ。

 そんな俺達を見ていたデュラハンはというと、

 

「そのふざけた名前は紅魔族か? お前達には毎度手を焼かされているがこんな攻め方をされたのは初めてだ。…いや本当に予想外だったよ! なんだよ人が駆け出しの街だと思って見逃してやってたらさ、好き放題撃ちまくりやがって! 俺の城をなんだと思ってるわけ! お前は気付いてないかもしれないけどな、毎日壊される度に俺の部下が少しずつ外壁を直してるんだよ。それなのにお前が毎回吹き飛ばすから部下の奴らもやる気がなくなってどんどんボロボロになっていってんだよ! それに加えて毎日毎日爆音が城中に響くんだぞ! さすがのアンデッドでもノイローゼになるわ!」

 

 ものすごく鬱憤がたまっていたのだろう。それはもう凄まじい勢いでデュラハンは語り出した。魔王軍幹部の威厳など微塵も感じられない。そんなデュラハンの怒りの言葉を聞いて俺達は、

 

「いや部下がサボるのはリーダーとしての能力が足りてないからじゃないのか」

 

「私は毎日爆裂魔法を撃っていますがノイローゼになんてなりませんよ」

 

「そもそもあの城は領主の物であってお前の城ではないぞ」

 

「アンデッドの文句なんて正直どうでもいいよ」

 

 やっぱり思ったことを素直に言った。俺達は正直者のパーティーだからな。

 

 

 

「おい、余り舐めた口をきくんじゃないぞ。お前達のような駆け出しの集まりなぞ俺の気分次第で簡単に殺せるんだからな」

 

 先程までとはうって変わって凄みのある声でデュラハンは警告した。

 さっきまでの情けなさを感じる発言で勘違いしていたが、こいつは魔王軍幹部だ。俺達が束になっても敵わないだろう。

 デュラハンは俺達が押し黙るのを見て満足そうに笑った。

 

「俺の任務はただの調査だ。貴様らから関わってこない限り攻め入ることはしないと約束してやろう。特にそこの紅魔の娘よ。今後はあのふざけた魔法を撃ってくるなよ」

 

「ふざけた魔法じゃありません。最高最強の爆裂魔法です。そして今後も日課をやめるつもりはありませんので」

 

 めぐみんは物怖じせずに返した。どうしてこの子は耐えるということを覚えないのだろうか。

 

「なっ?! 人が見逃してやると言っているのにまだ迷惑行為を続ける気かっ!」

 

「こっちだってあなたが街の近くに来たせいで迷惑してるんですよ。クエストがろくに受けられず爆裂衝動を持て余しているんです!」

 

 俺はデュラハンと言い争っているめぐみんを止めた。

 

「お前はどうしてそう喧嘩腰なんだ! 穏便にすみそうなんだから黙っててくれ! もし戦闘になったらどうするつもりだ!」

 

「大丈夫ですよカズマ。あんなデュラハン如き爆裂魔法で一発です」

 

「そうだったな、お前はそれしか出来なかったな!」

 

 めぐみんをどうにか黙らせようとしていると、横にいたクリスとダクネスもやる気になったようだ。

 

「ダメだよカズマ君。相手はアンデッド、おまけに魔王軍なんだよ。そんな約束守るなんて思えない」

 

「そうだ。この街を守る騎士としてみすみすこいつを逃す気はない」

 

 2人の言葉に後ろにいた奴らの目の色が変わっていった。駆け出しとはいえ彼らも冒険者。敵を前にして逃げるのはいやなのだろう。俺はさっさと逃げたいんだけどね。

 俺の気持ちなど知ったことかと後ろの冒険者達からも声が上がってくる。

 

「お前がいるせいでクエスト行けないから借金が返せないんだよ!」

 

「そーよ、街の男どもはみんな草食系だからクエストが無いと暇なのよ!」

 

「ただダラダラ酒を飲むのも悪くない、けどやっぱり仕事終わりのシュワシュワが至高なんだ!」

 

「見ろあの紅い目を、あのいやらしく光った目を。魔王軍の幹部ということは、捕まれば情報のためにと適当な理由をつけて、自分の欲望を叶えるために拷問をしてくるに違いない!」

 

「魔王軍には悪逆非道な変態が多いって噂は本当だったのね」

 

 この街の冒険者はもう駄目かもしれない。主に頭が。隣で自分の願望だだ漏れなことを言っている変態に関しては真剣にパーティー解散を視野に入れなければ。

 

「な、なんなんだお前らはっ?! 俺は魔王軍幹部のベルディアだぞ! もっとこう恐れたり逃げ出したりするべきだろっ! そして俺は変態行為などしていない! してないからなっ!」

 

 さすがの敵もこの反応は予想外だったのだろう。先程までの余裕のある雰囲気はなくなり、素が出ている。そんな言葉ではこちらの勢いは止まることなどなかった。

 

 

「幹部といっても所詮は1人なんだ。俺たちで持ち堪えてあの人が帰って来るのを待とうぜ!」

 

 その冒険者の言葉に対しベルディアはどうしてか落ち着きを取り戻し、クツクツと笑い出した。

 

「ほう! お前達には俺が1人に見えるのか。そうだな、ならば紹介しよう、俺の軍勢を! 来い、アンデッドナイト達よ!」

 

 ベルディアがその手を振るうと地面に黒い魔法陣が浮かび上がる。その呼び声に応じるように地面からわらわらと骸骨の騎士、アンデッドナイトが召喚された。その数はこちらの冒険者の数と同じかそれ以上にも見える。

 

「さて、俺に対してふざけた態度をとる貴様らはどうやら死がお望みらしい。駆け出しの分際で俺の軍勢にどこまで持ち堪えられるか見ものだな」

 

 そうしてただ一声、その死の軍勢に命令した。

 

「では我が配下の者達よ、冒険者達を皆殺しにしろ」

 

 

 

 状況は一変した。唐突に戦力差をひっくり返された冒険者達は明らかに動揺している。そんなことはお構いなしにアンデッドナイト達は向かってくる。

 

「『ワイヤートラップ』っ! みんな! 門の中に敵を入れないように何でもいいからスキルを使って!」

 

 街に侵入しようと正門へ行進する軍勢を止めるために、クリスはワイヤーを張り巡らせながら冒険者達に指示した。その言葉に他の冒険者も我に帰り、魔法で土壁を生成したり、近くに置いてある物を使い簡易的なバリケードを作った。

 

「あの数だ、すぐにこのバリケードは破られるぞ! 今の内に装備を整えろ! それと教会からありったけの聖水も持ってこさせてくれ!」

 

 先程までとはうってかわったダクネスが指揮をとっている。その指示に従い冒険者達もそれぞれ行動を始めた。

 

「お、おい。時間があるんだったらさっさと逃げた方が良くないか? あの数を見ただろ」

 

「冒険者だけならともかく全員が避難するのは無理だ。ここら一帯の住人はすでに逃げているが、街の住人全員となると時間が足りなすぎる。子供や老人だっているんだ」

 

「あたしもこの街に暮らして長いからね。アンデッドなんかに好き放題されるのは我慢ならないんだ」

 

 俺の言葉に対して2人はテコでも動かないといった様子だ。

 敵のアンデッドナイトはゾンビの上位種。鎧を着込んだそいつらは駆け出しにとって十分な脅威となりうる。それに数の差もよくて互角といった所か。シミュレーションゲームなら戦う前から勝敗が見えている。それでもこいつらには関係ないのだろう。普段からそういう格好いい姿を見せて欲しいんだけどな。

 

「カズマは無理をしなくても…」

 

「……あーー! たくっ、しょうがねえな!」

 

「カズマ君?」

 

 ダクネスの言葉を遮る。

 本当はさっさと逃げたい。でも俺だってまだ住んで短いがこの街が気に入ってるんだ。周りにはこの数週間で知り合った冒険者達がいる。この2人やあいつらを置いて逃げるのはなんか違う。それに元はと言えばうちのパーティーがまいた種だ。なら俺もどうにか頑張らないといけないのだろう。

 覚悟を決めて俺は冒険者達に向かって大声で叫んだ。

 

「おい、お前ら! 俺にいい作戦があるんだが! どうだ一つ乗ってみないか!」

 

 

 

 バリケードが破られる。そこからアンデッドナイト達が街になだれ込んできた。冒険者達を1人残らず殺すために。

 

「ふん、こんなその場凌ぎで作った物など大した時間稼ぎにもならん。では貴様らには死んで…いや、なんだそれは?」

 

 門を抜けて街に入ってきたベルディアは驚くべき物を見た。

 

「こ、ここは私が相手になろう! さあかかってきょい!」

 

 そこに居たのは、縄で縛られて興奮した女騎士だった。

 

「いや頭おかしいんじゃないか、この変態がーー!」

 

 魔王軍幹部は至極真っ当なツッコミをした。

 

 

 

「ダクネス、しっかり敵を引き付けろよ!」

 

「ああ、任せてくれ『デコイ』っ!」

 

 俺は他の冒険者と一緒にダクネスに繋がったロープを持っていた。

 ダクネスを縛っているのには理由がある。ダクネスいわく囮スキルは相手の嗜虐心を煽るスキルだ。ならスキルだけでなく見た目からそういった格好をすればより効果が現れるそうだ。

 

『ああ、これは作戦のため。そう仕方ないことなんだ。だから思いっきりキツく私を縛ってくれ。遠慮はいらないからな!』

 

 すごく嬉しそうな顔をしていたけどあれは気のせいだった。自分の性癖を優先していた訳ではないはずだ。

 横で詠唱しているめぐみんを見る。どうやら間に合いそうだ。

 

『めぐみん、合図したら撃てるように準備しといてくれ』

 

『で、ですが街中ですよ。間違いなく周囲の建物を巻き込みます』

 

『このタイミングしかないんだよ。周りに被害が出るのは仕方ない』

 

 そう、門からなだれ込んできてダクネスのスキルに全員が入る今しかタイミングはないのだ。この辺りの住人はすでに避難済み。人が巻き込まれることはない。

 

 

 

「おい、お前達! 正気に戻れ! 俺の言うことが聞こえないのかっ!」

 

 見ると作戦通りにダクネスの周囲にアンデッドナイトが集まってきている。あの中にダクネスはいるのだろう。

 

「ああ、縄で縛られたままいたぶられるなんて! だがこれも作戦のため。もっと私に集まって来い!」

 

 喜びの声が聞こえる。ダクネスの硬さを信じての作戦だったが少し後悔してきた。

 そうしてダクネスを中心にアンデッドが全員集まるのを見計らって、

 

「今だっ! お前ら思いっきり縄を引っ張れーーー!!」

 

 俺の掛け声と共にダクネスに繋がったロープを冒険者達が引っ張る。ダクネス一本釣りと言ったところか。アンデッドの海から興奮した女騎士を釣り上げた。

 

「いけるな、めぐみん!」

 

「ハッハッハ! 有象無象よ、我が爆裂魔法を受けてみるがいい!『エクスプロージョン』っっ!!」

 

 俺の合図によりめぐみんは爆裂魔法を放つ。ダクネスに群がっていたアンデッド達は1人残らずその魔法によって消し飛ばされた。その光景を見た冒険者達から歓声が上がる。

 

「うおおおお! やるじゃねえか嬢ちゃん!」

 

「アンデッドが全員消したんだわよ!」

 

「ふ、あれだけの数に向かって撃ったのは初めてです」

 

「お疲れ様、ナイス爆裂だったよ」

 

 爆裂魔法を撃ってフラフラになっためぐみんをクリスが受け止める。今回はクリスの出番はなかった。けれど今からが本番かもしれない。

 

「クリス。一旦めぐみんを安全な所まで連れて行ってくれ」

 

「うん。分かった」

 

 めぐみんを担いでクリスは駆けて行った。

 俺の作戦だとそいつも一緒に吹き飛ばす予定だった。だけど知能が低いアンデッドナイトと違ってそいつはダクネスの囮スキルの影響を受けなかったようだ。

 

 デュラハンのベルディアは自分の部下が消し飛ばされた後を眺めている。自分の軍勢が一発でいなくなったのだ。このまま大人しく撤退してほしいのだが。

 

「ククク、ハッハッハッハッ!」

 

 そいつは高笑いを始めた。気が触れたなんてことはありえないだろう。

 

「まさか俺の配下が一撃の下に全滅させられるとはな。駆け出しの街だと侮っていたよ。さて、それでは…」

 

 右手に大剣、左手に首を持って堂々と進んでくるそいつは、

 

「次は俺自らが相手になってやろう!」

 

 そう俺達に死刑宣告を告げてきた。

 

 

 




VSベルディアです。
死の宣告もらって逃げられたら色々まずいので初手討伐です。
湖の浄化はできないのでカットします。仕方ないね。

次の投稿はベルディア戦を一気に書きたいので少し時間が空くと思います。まあ気長に待っててください。

読んでくださったみなさんに深く感謝を。


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この首なし騎士と激闘を

書きたいシーンがたくさんあった。
ので全部詰め込んだ。(12000字)
普段の3倍なのでゆっくり読んでください。


「次は俺自らが相手になってやろう!」

 

 魔王軍幹部、デュラハンのベルディアは堂々と門をくぐり俺達に告げてきた。

 

 

「くそっ! 普通部下が全員やられたら一回下がるべきだろ。なんで幹部自ら前に出てくるんだよ」

 

 状況が思い通りにならない事に悪態をつく。倒せないまでも引いてくれるとは思っていた。

 けれどベルディアが単身で挑んでくるのはその姿を見れば納得がいってしまう。あいつが放つ圧が俺に現実を押し付けてくる。先程のアンデッドナイト達の軍勢なんて、あいつ一人を相手取る事に比べたらお遊びみたいなものだ。

 何か次の策を考えないと。だけどもう爆裂魔法は使えない。この駆け出し冒険者の中にあいつを倒せる力を持った奴なんているのか?

 

「お前はよくやった。後は俺達が時間を稼ぐ」

 

 隣にいた冒険者が声をかけてくる。そいつは最近ギルドの酒場で知り合ったばかりの男だ。周りを見ると他の冒険者達も各々の武器を構えている。

 

「あの人ならきっと来てくれる! 俺達はそれまでこいつを足止めするぞ!」

 

「「「おおーーーー!!」」」

 

 その男の号令に他の冒険者達も続いた。そしてゆっくりと歩いてくるベルディアの前に立ちはだかった。

 

「ほう、駆け出しの集まりのくせに度胸だけは立派な冒険者だな。 俺は魔王軍幹部のベルディアッ! 元騎士として貴様らの挑戦、受けて立とう! さあ、かかって来い!」

 

「怯むなっ! 一斉にかかればなんとかなるかもしれない!」

 

 先頭の男が恐れを振り払うように大声で指示をだす。その声に合わせて一斉に斬りかかった。

 それに対してベルディアは剣を構え無造作にふるった。それだけで、そのたった一閃で冒険者達の剣を全て叩き折った。剣を折られ呆然とする者。逃げだそうとして足がすくんでいる者。恐怖に尻持ちをつく者。冒険者達はただ一撃で剣と戦う気力を折られたのだ。

 ベルディアはそれを見てつまらなそうに溜息をついた。

 

「少しは期待したのだがな、所詮この程度か。では…死ね」

 

 奴はもう一度剣を構え無造作に振るう。俺に声をかけてきた男に。酒場で一緒に馬鹿やった男達に。その命を刈り取るために剣を振るった。

 

 

 ガキンッ! と剣同士がぶつかり合う音がした。

 

「…俺の剣をよく止めたな。やるではないか」

 

 ベルディアは素直に称賛した。その剣を止めた女騎士はそんな言葉などどうでもよいのか、背に庇った冒険者達に話し始めた。

 

「お前達の気持ちに泥を塗るような事をしてすまない。冒険者として守られる立場など認められないだろう。だけど、」

 

 剣を正眼に構え直し振り返る事なく言葉を続ける。

 

「守るのがクルセイダーの仕事だ。それだけは譲れない」

 

 自身に誓いを立てるようにダクネスは敵の前に立ち塞がった。

 

 

 

 あの格好いい女騎士は誰なのだろうか?

 目の前で見知った奴らが死ななかった事に安堵しつつもその光景に呆気に取られた。本当に今日のダクネスはどうしたのだろうか。逆に不安になるレベルだ。

 

「ただの変態騎士かと思っていたが、俺の剣を受けられる相手に会ったのは久しぶりだ。駆け出しとはいえ加減はしてやらんぞ」

 

「へ、変態ではない! だが望むところだ。聖騎士としてお前に引導を渡してやる」

 

 睨み合いの末、先に斬りかかったのはダクネスだ。ベルディアは回避する構えを取りカウンターをする腹づもりらしい。

 相手を両断せんと振るわれたダクネスの剣は…それはもう皆目見当違いの方向に空を切った。

 

「は??」

 

 完全に虚を突かれたベルディアはカウンターのことなど忘れて棒立ちになる。その紅い瞳は残念な者を見る目でダクネスを見ていた。ダクネスの顔が少しずつ赤くなってきている。

 

「『狙撃』っ!」

「アダっ?!」

 

 そのあんまりにも隙だらけな姿につい矢を放ってしまった。手に持っていた首にクリーンヒットしたが大したダメージはなさそうだ。

 

「そ、そうだ! これは隙を作るための作戦だったんだ! 剣が外れたわけではないからな!」

 

「やっぱりいつも通りのポンコツなお前で安心するよ」

 

 顔を真っ赤にしながら一体誰に向かって弁明しているのだろうか。

 

 

 

「ダクネス! 俺が後ろから弓で援護するからお前はそいつの足止め頼んだ! お前のその無駄な硬さが役に立つ時が来たぞ!」

 

「む、無駄とか言うな!」

 

 俺はダクネスの後方の離れた所から矢を放っている。それに対してベルディアは鬱陶しそうにするだけで特に気に留めてなかった。

 

「そんな普通の矢など俺には大した効果は…ちょっ、待っ、おい! 顔ばっか狙ってくんな! 喋り辛いだろ!」

 

 ダメージがあるようには見えないが、狙いによっては気を引く程度の効果はあるらしい。

 

「それにお前もなんだその硬さは! 攻撃が当たらんから脅威にはならんがただただ面倒くさいぞ!」

 

「け、剣が外れるのは作戦だと言っただろう! 後面倒くさいって言うな!」

 

 ダクネスは鎧に所々傷を負っているがあの様子ならまだ大丈夫だろう。顔が赤くなっているのは恥ずかしがっているのか興奮しているのか判断が難しいな。

 後本当に作戦はあるのであまり喋らないでほしい。

 俺とダクネスに対処しているベルディアの後ろにひっそりと近づく影があった。その影は持っているダガーをベルディアに突き立てようと…。

 

「おっと、その手は食わんよ」

 

 影の存在に気づいていたのかベルディアはその背に向けて剣をふるった。影もそうなる事を予想していたのか、身軽に剣をかわしてダクネスの隣に立った。

 

「ちぇっ、やっぱり不意打ちは通じないか」

 

 影の正体はクリス。めぐみんを運び終えた後に敵の背後に回り込むのが見えたので援護したが何故かベルディアは気づいていた。

 

「アンデッドは生者の生命力に敏感でな。潜伏スキルは俺には通用しないと思った方がいいぞ」

 

 ご丁寧に説明してくれた。クリスもそれを知っていたからこそ反撃を予想していたのだろう。

 

「しかし盗賊の小僧、貴様は面白い物を持っているな。女神の祝福がかかったダガーか。それなら俺にも多少は効果があるかもな」

 

「あたし小僧じゃなくて娘なんだけど」

 

 クリスの発言にベルディアは静かに驚いている。そしてクリスに対してアンデッドとは思えない優しい視線を向けてきた。視線の先は言わずもがなだ。

 

「ねえカズマ君、とどめはあたしが刺していい? アンデッドとか関係なくこの手で倒したくなったんだけど」

 

「落ち着けクリス。胸の大きさなんて些細な事だ」

 

「本人にとっては重要なことなの!」

 

 そんなに気にしてたのか。今度牛乳でも奢ってやるか。

 

 

 

 状況はまた振り出しに戻った。だけどダクネスが敵の攻撃を耐えれると分かったのは大きい。後ろでは魔法使いの人達が詠唱を始めている。ダクネスに盾になってもらい後ろからチマチマ攻撃すればなんとかなるかもしれない。

 

「面倒だな。仕方ない、あれを使うか」

 

 ベルディアは右手の剣を地に突き立てながら話し始めた。

 

「貴様らはデュラハンの能力を知っているか? 人を呪いその死を定める者だ。まあその身で味わってみるがいい」

 

 こちらがそれに対処するよりも早く、ダクネスと後ろの魔法使い達を指差し終わるとその呪いを発動させた。

 

「汝らに死の宣告を! 貴様らは一週間後に死ぬだろう!」

 

 指の先から黒い光が放たれる。それが冒険者達に当たると一瞬光を強めたが見た目に変化は現れない。しかし冒険者達はパニックに陥った。

 

「その呪いは一週間後に対象を死に至らしめる。それまで死の恐怖に怯えて苦しむがいい!」

 

 いやらしい手を使ってくる。呪いによって広まる動揺はこちらの動きを封じるのに十分な効果を発揮している。それは後ろの冒険者達だけではない。

 

「ダ、ダクネスッ?! 大丈夫?!」

 

 クリスが叫んでいる。その動揺は敵から見て明らかに致命的な隙だった。

 

「落ち着けクリスっ! 敵が目の前にっ…!」

 

 俺の言葉が間に合う事はない。ベルディアはすでに距離を詰めていた。

 

「盗賊の娘、どうしてかは分からんが、貴様からはその武器以上に気持ち悪い気配を感じる。だから今ここでその命を断ち切ってやろう」

 

 剣が横薙ぎに振るわれる。だがそこに割り込む騎士がいた。

 

「クリスっ! がっ?!」

 

 ダクネスはクリスを抱きかかえるように庇った。そのガラ空きの背中にベルディアの一撃が入る。2人は踏ん張ることなどできずにそのまま吹き飛ばされた。

 

「クリスっ! ダクネスっ!」

 

 俺は急いで2人の元に走った。

 

 

 ーーーーーーーー

 

 

「ふん、守るという事に関してだけは俺が見てきた者の中で随一だな。元騎士として尊敬に値するよ。だがあれではもうまともに動けまい。さて、次はどうする。駆け出し達よ」

 

 冒険者達は未だパニックを抜け出せずにいる。次は自分が呪われるかもしれない。その恐怖が伝播している。

 だがそんな中1人の青年が前に出てきた。

 

「僕が相手になろう」

 

 その青年を見て冒険者達の目に光が戻った。この絶望的な状況を覆せるかもしれない。そんな淡い希望が瞳に宿った。

 

「みんな遅れてすまない。街に戻って来たらギルドの人に状況を知らされてね」

 

 ここまで走って来たのかその息は若干乱れている。だがその闘志に揺るぎはない。

 

「魔王軍幹部。この魔剣グラムでお前を斬り伏せてやろう」

 

 ミツルギは剣を抜きそう言い放った。

 

「ほう、面白い」

 

 

 相対す2人の剣士。冒険者達はそれを固唾を飲んで見ていた。

 

「魔剣グラムという事は貴様が噂の魔剣の勇者か。その名前は魔王軍の中でも有名だぞ」

 

「魔王軍に名前を覚えられていてもいい気はしないな」

 

「クク、闘志がこもったいい目をしているな。 我が名はベルディアッ! さあ存分に斬りあおうかっ!」

 

 

 先に動いたのはどちらだったか。2人は敵を己が剣の間合いに入れんと一気に距離を詰める。

 先に切り込んだのはミツルギ、両断せんと袈裟に剣を振るう。それに対しベルディアはわかっていたかの如く大剣で受けた。金属がぶつかり合う音が鳴り響く。

 つばぜり合いになったがその力の差は歴然。魔剣グラムで身体能力が上がっているとはいえ相手は大剣を片手で軽々と振るう化け物だ。剣の重さも相まってミツルギが押される。不利を悟ったミツルギは剣を押し返す反動で後ろに飛び距離を離した。

 

「逃がさんよ」

 

 だがそんな無防備な所を見逃すベルディアではない。押していた体重をそのまま推進に変え再び距離を詰める。ベルディアはもはや斬るのではなく叩き潰すとすら形容できるその大剣を縦に振るった。受けきれないと判断したミツルギは半身ずらすことでどうにか躱す。

 ベルディアの攻撃は終わらない。いつのまに剣を引いたのか次は横薙ぎに剣が振るわれた。今度はその身を屈めることで躱したミツルギは剣を振り切って隙ができたところに反撃の突きを放つ。狙いは左手に持った頭部。だがベルディアは剣を振り切った勢いで体を回しわざと上体を下げた。突きはベルディアの左腕の鎧を引っ掻く程度に終わる。

 今度はベルディアが距離を取る番だった。ミツルギはそれを追うことはせず体勢を立て直す。

 

「なかなかやるな」

 

 ベルディアは自分の鎧に付いた傷を見ながらそうこぼした。

 

「まだ戦いは始まったばかりだが」

 

「数合でわかる。研鑽を怠っていない良い剣筋だ。ならばこそ、俺も本気でいこうか」

 

 ベルディアは左手に持っていた首を空高くに放り投げた。その紅い瞳を地上に向けたままに。

 

「何?」

 

 ミツルギがその不可解な行動に驚いている中、ベルディアは大剣を両手で持ち再び斬り込んできた。

 それに対してミツルギは先程と同様に避けに徹しようとする。だが先程までとは比べものにならない程その剣速は上がっていた。ミツルギはどうにか数撃躱したがその攻撃は留まるところを知らない。反撃を試みるも全て読まれて躱される。遂には避けきれなくなり剣で受け止めた。

 魔剣グラムは神から与えられた物だ。よほどの事が起きない限り折れる事はない。だがそれを振るう者までがその硬さを持つわけではないのだ。

 

「ぐあっ!!」

 

 剣筋の方向に飛ぶ事で緩和はしたが衝撃を受けきれずにミツルギの体は大きく飛ばされる。致命傷とまではいかないが軽くないダメージをもらった。

 ベルディアはそれを追う事はせず、余裕ありげに放り投げた自分の首を受け取った。

 

「さて魔剣の勇者よ。まだ戦いは始まったばかりだったな。俺を楽しませてくれよ」

 

 

 ーーーーーーーー

 

 

「おい2人とも大丈夫か?!」

 

 飛ばされた2人の場所に着く。無防備な背中を斬られたのだ。無事なはずが…。

 

「…カズマか、私は大丈夫だ」

 

 ダクネスは体を起こしながら答えてきた。鎧にこそ大きな傷ができていたが、怪我一つなくピンピンしている。こいつが馬鹿みたいに硬くて本当に良かった。

 

「あたしも、大丈夫だよ」

 

 クリスも飛ばされたことですり傷を負っているが大きな怪我は見当たらない。とりあえず2人が無事でほっとした。

 俺はクリスの前に屈み傷に回復魔法をかけていると、クリスはダクネスに心配そうに尋ねた。

 

「ダクネス、本当に怪我してないの? ごめんね。あたしを庇ったばっかりに。それに呪いだって……」

 

「そんなに心配しなくても平気だよ」

 

 クリスの言葉にダクネスは安心させるように答えた。

 だけど目の前のクリスの表情は曇ったままだ。それはいつか見た表情によく似ていた。

 

 

 この人はまた自分がどうにか頑張らないと、とか考えてるんだろうな。何というか頭が硬い人だ。1人で背負って1人で悩んでいる。

 そんな顔を見せられたら俺がやるべき事は決まってしまう。

 俺は立ち上がってクリスに手を差し出す。

 

「なあクリス。その呪いってのはあいつを倒せば解けるんだよな」

 

「そうだけど。でも…」

 

「それじゃあ今から一緒にあいつを倒すとするか」

 

 俺は簡単なことのように提案した。

 彼女がこの手を取れるように。

 

 クリスはどこかためらいがちに、けれど強く俺の手を握った。

 

「…うん、一緒に頑張ろう」

 

 

 ーーーーーーーー

 

 

「はあっ、はあっ」

 

「敵ながらよくさばくものだ」

 

 ミツルギの呼吸は乱れていた。鎧は所々に傷付いており、五体満足ではあるが体のいたる所に打撲を負っていた。それに対してベルディアはまだまだ余裕と言ったところか。

 

 斬り合って五分経ったのかそれとも十分か。時間はよくわからないが一つだけ確かな事がある。今のままだとどうあがいても勝てない。だがそれでも…。

 

「まだ…まだ」

 

 息を整えながら剣を構え直す。その様を見てベルディアはおかしな物を見るように笑った。

 

「それだけやられて尚そんな目を向けてくるか。だがそれはただの蛮勇だ。何故そこまでして剣を振るう?」

 

 ぼうっとする頭で自分が生き帰る時に出会った青髪の女神を思い出す。

 

「僕は女神様に…魔王討伐を託されたんだ。だからこんな所で…負けていられない」

 

 

 

「女神のために剣を振るうか。まあ理由など己が納得できるならそれで充分ではあるな。さて久方ぶりに楽しい斬り合いがアダっ…できた。貴公と手合わせできた事にアダっ…魔王様とアダっ…邪神アダっ………お前さっきからいい加減にしろよ! こっちは今取り込んでる最中なんだよ!!」

 

 ようやく俺の方に注意を向けた。あれだけ矢を受けながら喋るなんてなかなかやるなあいつ。

 俺とクリス、そしてダクネスは再びベルディアと相対した。

 他の冒険者達にはあまり期待できない。唯一の希望だった魔剣の勇者がボロボロにやられているんだ。仕方がないのかもしれない。

 

「視界の隅で何かしていたのは知っていたが、まだ戦う気力があったとはな。というか本当にお前はなんなんだ? 決して軽く無い一撃を背中に入れたはずなんだが。アダマンタイトの塊か何かか?」

 

 ベルディアはダクネスを得体の知れない物のように見ていた。それに関しては俺も激しく同意したい。

 

「クリス、ダクネス。ひとまずあいつは任せたぞ」

 

「うん」「ああ」

 

 その返事を皮切りにダクネスがベルディアに突撃する。それに続きクリスも後を追う。あの2人は俺とパーティーを組む前から一緒にいたんだ。心配はいらないだろう。

 

 

 俺は負傷したミツルギのもとに走った。

 俺達の介入で緊張が解けたのか片膝をついている。

 

「すまない。助かった」

 

「こっちのセリフだ。お前が来てくれなきゃこっちもやばかったよ」

 

 俺は回復ポーションをミツルギに渡した。

 

「安物だが無いよりマシだろ。お前にはもう一働きして欲しくてな」

 

「作戦を教えてくれ」

 

 即答かよ。こんなにボロボロのくせして大したもんだ。

 

「お前の魔剣はドラゴンだって両断できるんだろ。俺達三人がどうにか一瞬あいつの動きを止める。そこで一発痛いのくらわしてくれ。それまではあそこの硬いだけが取り柄のクルセイダーが守ってくれる」

 

「わかった。とどめは任せてくれ。それまでは君に任せるよ、佐藤カズマ」

 

 話はまとまった。それじゃあ行ってみようか。

 

 

 ミツルギに作戦を伝え終わると俺も戦線に加わった。

 ダクネスが一番前で盾となり、次にクリスがヒット&アウェイの要領でベルディアに攻撃をする。俺はその少し後ろで弓で援護だ。ミツルギもいつでも行けるように近くにいる。

 

「貴様らの相手はただ鬱陶しいだけだ。まともな攻撃手段がそこの盗賊の娘だけではないか」

 

 奴の言葉の通りだ。ダクネスの攻撃は当たらず、俺の矢は効果は薄く本数がただ減っていくだけだ。

 

「ダクネス、少しの間ならあたし一人でどうにかできるから、きつくなったら言ってよ!」

 

「安心しろ、後百回斬られても大丈夫だ。いやむしろ斬られてみたいな!」

 

「ならば望み通りにしてやろう!」

 

 ダクネスのドM発言に一瞬たじろぐも、ベルディアはその首を上空に投げ、剣を両手持ちにする。それを見て俺は一本の矢を取り出す。

 

「くらえっ! 『狙撃』っ!」

 

 俺の矢が投げられたベルディアの首に向かって放たれる。

 

「そんな矢は効かんと、ぬっ?!」

 

 ジュッ、と小さく音がなる。どうやらうまくいったようだ。ベルディアは予想外の出来事に剣を振ることができず落ちてきた首を受け取った。

 

「急ごしらえの聖水漬けの矢だ。これなら少しは効いたか?」

 

 ベルディアを挑発する。それに対しベルディアはイラつきながら返してくる。

 

「確かに虚を突かれたがただの聖水、大したダメージなどない。貴様は自分の心配をしたらどうだ。もう矢は残り3本しか見えないが。アーチャーのお前にとってそれは致命的ではないのか」

 

 よく見ている。それに対して知ったことかと次の矢をつがえる。

 ダクネスも強がってはいたがかなりの傷を負っている。クリスがこっちに視線を送ってきた。ああ、後はタイミングを合わせるだけだ。

 

 ダクネスが耐え、クリスが撹乱し、俺が矢を放つ。そうして最後の一本を今放った。俺は弓を投げ捨てて剣を抜き、ベルディアに対して距離を詰めていく。

 

「諦めずに剣を取るか。往生際が悪いな。そんなもので俺を倒せるわけがないだろう」

 

 落ち着け、一発勝負だ。タイミングを見誤るな。

 まだ、まだ、まだ…今だ!

 

「クリスっ!」

 

「『バインド』っ!」

 

「盗賊相手に警戒していないとでも…」「『バインド』っ!」

 

 ベルディアはクリスが放ったロープを切り落とした。そこに間髪入れずに俺も魔法を放ちベルディアを拘束した。

 

「なっ?! アーチャーのお前が何故?!」

 

 それは勝手な思い込みだ。冒険者は全てのスキルが習得可能だが、そんな最弱職に就いている馬鹿はいないと思っているのだろう。ステータスが足りずに仕方なく冒険者に就いてる奴だっているんだよ。

 俺が奴を挑発したのはアーチャーとしての印象を強めるため。矢を全部使いきったのは俺に対する警戒心を下げるため。クリスに使った回復魔法を見られていた可能性はあったが会話の中で奴が勘違いをしている確信を持てた。

 はなからうちのパーティーに攻撃手段が無いことは承知している。だからとどめは別の奴に託したのだ。

 

「決めてやれっ!」

 

「ああ、これで終わらせるっ! 『ルーン・オブ・セイバー』っっ!!」

 

 俺の合図で一気に距離を詰めたミツルギは、輝きを放つ魔剣でベルディアを斬り伏せた。

 

 

 

 時が止まる。

 ミツルギが斬った。会心の一撃だった。ベルディアの鎧とその中の胴体には大きく斬られた跡が見える。間違いなく致命傷だ。

 だがこの消えない悪寒はなんだ?

 

 止まっていた時間が少しずつ動き出す。

 ベルディアはその首を地面に落とさずに、上に投げた。

 まずい。

 両手で大剣を持ち、

 まずい。

 後ろに剣を引き、

 まずい。

 そのまま俺達を、

 

 

「カズマっ、クリスっ! 私の後ろに隠れろっ!」

 

 俺とクリスはダクネスに服を掴まれ無理矢理背に庇われた。

 

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」

 

 ベルディアが雄叫びと共に大剣を力の限り振るう。近くにいた俺達4人は問答無用で弾き飛ばされた。

 

 

 意識が飛びかけた。だけど今は俺とクリスを庇ったこいつの方が…。

 

「「ダクネスっ!!」」

 

 目の前には仰向けに横たわっているダクネスがいた。鎧は砕かれ体中がボロボロだ。離れた所にミツルギも倒れている。あちらも意識がないようだ。

 

 眼前の敵を見る。

 デュラハンのベルディア。致命傷を与えてなお止まらないその姿は正しく不死人を体現していた。だが敵も万全というわけではない。息が荒いのか肩が上下に揺れて、大剣を地に突き刺しもたれかかるように立っていた。

 

「はあ、はあ…。これ程までに手傷を負わされたのは十数年ぶりか? しかも相手は駆け出しの冒険者とは笑える話だ。…貴様らはよくやった。だがここまでだ。この傷があったとしても未だ俺とお前達の差は埋まらない」

 

 

 

 その言葉が真実かはわからない。

 だが作戦は失敗し、今立っているのは奴で地に伏しているのは俺達だ。

 

 そんな絶望的な状況だっていうのに彼女は立ち上がった。目の前の傷ついた親友を気にしながらそれでもなお。あんな華奢な体のどこにそんな力があるのだろうか。

 その女の子は俺に手を差し出してくる。

 

「…一緒に、頑張ってくれるんでしょ」

 

 小さく笑みを浮かべながらどこか信頼したような声で聞いてきた。

 その約束をしたのは俺からだったな。

 なら諦めるにはまだ早いか。

 

「ああ、当たり前だろ」

 

 彼女の手を取りどうにか立ち上がる。大した怪我はしてないんだけどな。あいつの前に立つのが怖いのだろうか。けど隣の彼女が見ている。ならカッコ悪い所は見せられない。

 

 

「クリス、俺とお前なら最後はやっぱり運試しだよな」

 

「どっちがよりいい物を取れるか勝負だね」

 

 立ち上がる俺達を見てベルディアは杖代わりにしていた大剣を抜く。

 

「何をするつもりかは知らんがその前に叩き斬って…」

 

 

「おい、私の仲間に手を出すんじゃない」

 

 ベルディアは俺達の前に立ち塞がった女騎士を見て驚愕している。こいつは敵なんかよりもよっぽどアンデッドじみてるな。

 

「お前今日はどうした。そんな格好いい女騎士はうちのパーティーにいなかったんだけどな」

 

「本当だよ。普段からそれぐらいちゃんとしてくれたら、あたし達も苦労しないんだけどね」

 

「守ってやった騎士に対してその態度はなんだ。まったく」

 

 こんな状況だと言うのに三人して笑った。今日のこいつならどんな攻撃からだって守ってくれるだろう。

 

「じゃあ頼んだぞっ! ダクネスっ!」

 

「ああっ!」

 

 ダクネスがベルディアに突っ込む。鎧は壊れ剣しか持っていないが、その姿はどこに出しても恥ずかしくない立派なクルセイダーだった。

 

 

「大当たりはあの大剣。鎧とかなら敢闘賞って感じか?」

「間違ってダクネスに撃ったりしたらダメだよ」

 

 俺とクリスは同じ様に腕を前に構える。

 幸運の高い俺達2人なら大当たり間違いなしだろうな。

 

「それじゃあいくぞっ!」

「うんっ!」

 

「「『スティール』っっ!!」」

 

 俺達はありったけの魔力を込めて魔法を放った。

 掴み取るものはただ一つ、勝利だ。

 

 

 手の中に鉄の塊の様なずしりとした重さが伝わる。

 隣を見るとクリスは大剣を引き当てたらしい。

 クリスとの勝負は俺の負けのようだ。

 そう思いながら俺が何を取ったか確認すると、

 

 

「あ、あのー……首、返してもらえませんかね……?」

 

 俺の手の中にあるベルディアの首が恐る恐るお願いしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え、なにこれ気持ち悪い。

 

 腕の中に生首を持つという一生かけても体験できない事態に俺の脳内はパニックを起こす。いや体験なんてしたくなかったけど。

 

「パス」

「えっ、ちょっと」

 

 現実逃避のために隣のクリスに投げ渡した。クリスは急に投げられた首をうまく受け取った。ナイスキャッチ。

 

「うわっ、アンデッドの首なんて気持ち悪いんだけど。カズマ君が盗ったんだから自分でどうにかしてよ」

 

 クリスは首を投げ返してくる。俺だって別にこんなもの盗りたくなかった。

 

「いやいや、クリスはこういうの得意だろ。いっつもアンデッド相手にバーサークしてるじゃないか」

 

「いやいや、アンデッドに触るのってあたし的には生理的に無理っていうか」

 

「いやいやいや」

「いやいやいや」

 

 

「お前ら人の首でキャッチボールしてんじゃねぇぇぇーー!!」

 

「す、すまない2人とも、抜けられた!」

 

 ベルディアがダクネスを躱して叫びながら走ってくる。まあ声は腕の中で聞こえるのだが。しかしあの傷のくせに元気だな。とりあえず俺達は首を持ったまま逃走した。

 

 

 そこから俺達とベルディアの追いかけっこが始まった。爆裂魔法で少しすっきりした街中をグルグルと3人で走った。敵も傷が深いのかスピードにあまり差はない。

 

「なんで頭はこっちが持ってるのにちゃんとついて来られるんだ? こんだけ揺らしながら走ってたら視界がおかしくなると思うんだが」

 

「自分の頭の位置ぐらい簡単に把握できるわ! 後あんまり揺らすな、気持ち悪くなる!」

 

「生首とそんな普通に会話しないでよ」

 

 現在ベルディアの首は俺が持っている。当然首には耳と口があるのでベルディアとの自然な会話が可能だ。とりあえず首はもっと揺らしておこう。

 

「さっきまで格好つけてスティールしたけど結局こいつ倒す手段なくないか? おいなんか弱点とか教えろよ」

 

「うぷっ、本当、首揺らすの勘弁してください。気持ち悪くて吐きそうになる」

 

 かなりグロッキーだ。このまましていれば勝てるのではなかろうか。そういえばアンデッド相手に有効な手段が一つあったな。

 

「思い出した。アンデッドにはこれが効くんだろ! 『ヒール』っ!」

 

「いや駆け出しのしかも冒険者のヒールなんて蚊に刺されるレベルだぞ。そんな無駄な事するなら早く首を返してくれ」

 

 馬鹿にしてきたので腹いせに思いっきり頭を振ってやった。後ろにいる胴体のスピードが落ちた気がする。

 

「カズマ君、首貸して。あたしのダガーは女神の祝福がかかってて、アンデッドには凄く効果があるんだよ」

 

 その指示に従いクリスに首を投げ渡す。受け取ったクリスはダガーを抜きそのまま生首にグサリと刺した。…正直見ていてあまり気持ちのいい絵面ではない。

 

「イダっ! 祝福がかかってる程度で俺は簡単に殺せんぞ。魔王様の加護で神聖属性に耐性があるからな。それで俺を殺したければどうにか弱体化させるか千回ぐらい刺してイダっ! 話してる最中に刺すやつがイダっ! ちょっ、待っ!」

 

 ベルディアの言葉に従ってクリスはグサグサと容赦なく刺している。やっぱりアンデッド相手には容赦がないな。

 

「ク、クリスさん。さすがに千回は多すぎるし生理的にも受け付けないんだろ。弱体化の案が浮かぶまで俺が持っておくから渡してくれ」

 

 見ている俺の方が辛くなってきたのでそう提案すると、ポイっとゴミの様に投げてきた。気持ち悪いのを我慢していたのかもしれない。

 

「うう、少年助かったよ。なんなんだあの盗賊の娘は。普通アンデッド相手でももう少し躊躇するだろ。おまけになんか気持ち悪い気配感じるし、胸がないから首を持たれても嬉しくないし」

 

 魔王軍幹部に感謝されてしまった。というか後半の部分聞かれてたらもう一回刺されるぞ。

 しかしさすがにこれだけ走り続けていると疲れてきたな。クリスはまだ余裕そうだが貧弱スタータスの俺はそろそろきつい。

 

「どうした、表情に疲れが見えるぞ。アンデッドは疲れを知らない種族だからな。いずれは俺が追いつきお前を嬲り殺すだろう。だからいい加減首返してくれ。もう結構しんどいんだ。うぷっ」

 

 そんな事知ったことではない。だけど体力の問題があるのは確かだ。そうだこういう時こそあのスキルの出番じゃないか。

 

「俺は冒険者だ。普通じゃ覚えられないこんなスキルだって覚えてるんだぜ! 『ドレインタッチ』っ!」

 

「それはアンデッドのスキルの…あっ、やばい、もう無理」

 

 ベルディアの頭部にドレインタッチをする。そこからアンデッドの無尽の体力と何かドロドロと重たくて胃に溜まる魔力が…あっ、やばい、気持ち悪い。

 

「「オロロロロロロ」」

 

 気持ち悪くなった俺とベルディアの頭部は立ち止まって吐いた。後ろを走っていた胴体も律儀に膝に手をつき吐く様な姿勢を取っている。

 

「なんでこんな状況なのに仲良くしてるの? それアンデッドだし敵だよ」

 

 クリスの目には今の状況がそう映っているのか。反論してやりたいが今はちょっと取り込み中だ。オロロロ。

 ちょっと予想外のアクシデントはあったが、体力魔力共に全快した。しかしまだこいつの攻略方法は見つかっていない。

 

「お前もきついんだろ。大人しく弱点吐いて成仏した方が楽じゃないか? 早く言わないともう一回頭揺らしまくるぞ」

 

「お、俺は魔王軍幹部のベルディアだぞ。そ、そんな脅しに屈しはしない!」

 

 お望み通りヘッドシェイクの刑に処した。俺達を追いかけていた胴体はすでにフラフラだ。捕まることなどありえないだろう。

 今の俺のスキルの中に何か口を割らせる方法はないだろうか。少し考えた結果一つの案が浮かんだ。

 

「そうだ水責めなら俺の初級魔法でできるな」

 

「え゛…?」

 

 ベルディアがあからさまに動揺している。これは期待できるかもしれない。

 

「俺も鬼じゃないからな。素直に教えてくれたらさっさと止めてやるよ。というわけで『クリエイト・ウォーター』っ!」

 

「ぎゃー! 水、水があああー!」

 

 何故か期待以上の反応が返ってくる。まだ水が少しかかった程度なのに悲鳴を上げている。というかこの反応を見るに、

 

「…なあお前の弱点ってもしかして水なのか?」

 

「そ、そ、そんなわけないだろ。この俺に弱点なんて…」

 

「『クリエイト・ウォーター』」

 

「ぎゃーー!?」

 

 どうやら当たりのようだ。だが苦しそうにしながらもベルディアは不敵な笑みを浮かべていた。

 

「く、確かに俺の弱点は水だ。しかし駆け出し冒険者の魔力でいったいいつまで水を出すことができるかな? 俺を弱体化させたいならお前の魔力量では足りんだろうな」

 

「『ドレインタッチ』」

 

「あ」

 

 そこから五分ほど無限クリエイト・ウォーターを食らわしてやった。アンデッドの魔力は気持ち悪いがこの際仕方がない。時折襲ってくる嘔吐感と闘いながら作業を続けた。

 

 

 

「カズマ君。そこまで弱っているならあたしのダガーでも倒せるよ」

 

 クリスが話しかけてきた。後ろから追いかけて来ていた胴体は、いつのまにやったのかクリスがバインドで縛りあげてくれたようだ。

 

「クリス、ダガーをくれ。こいつのとどめは俺が刺すよ」

 

 クリスは素直にダガーを渡してくれた。アンデッドに対しては容赦がないが、その最期に対しては普段とは違うのかもしれない。

 俺はベルディアの頭とダガーを持ち最後の会話をした。

 

「さっきまで死闘を繰り広げてた相手にとどめを刺すのは気分が悪いもんだな」

 

「あんなふざけた戦いのどこが死闘だ!」

 

 かなり弱ってるはずなのだがまだまだ元気そうに見えるな。そんな俺達をクリスは静かに見守っている。

 

「俺がアンデットに堕ちた時はこんな最期になるとは思いもしなかったぞ。だがまあつまらない結末ではなかったか」

 

 ベルディアはどこか楽しそうに喋っている。それを見てるととどめを刺すのをためらってしまう。相手がモンスターとは言え変に情が湧きそうだ。ベルディアはそんな俺の表情を見ると急に笑いだし大声で叫んだ。

 

「我が名はベルディア! 俺を倒した勇敢な冒険者よ! その誉れと共に次の冒険に向かうがいい!」

 

 その言葉に何故か背中を押された気がした。俺は手に持ったダガーに力を込める。

 

「じゃあな。首なし騎士さんよ」

 

 

 

 こうして魔王軍幹部との戦いは幕を閉じた。

 

 

 

 

 




さらばベルディア。
とりあえず書きたいこと全部書いた。
何かシリアスとギャグの温度差が酷かった気もするけど気にしない。数話に分けた方がよかったかもしれないけど大変そうなのでやらなかった。マジで疲れた。
だが後悔はしてない。

この後の後書きも無駄に長いだけなので暇な人はどうぞ。

というわけでベルディア討伐しました。
感想でデュラハン戦きつくね、みたいなコメントがあったので強そうに書いてみました。倒したと思ったらまだ生きてますとかクソゲーすぎる。あの時のミツルギさんは本気で切ってあれでした。
でもやっぱりギャグでこそ輝くのがベルディアさんだと思うのでそこもしっかり書きました。カズマさんとのダブルゲロがお気に入りです。

ミツルギさんはヒーローは遅れてやってくるって感じにしました。まあボコボコにされましたけど。ちなみにカズマ達のスティールが成功したのはミツルギさんがぶった切ってその傷のせいで弱っていたからです。

ダクネス硬すぎワロタ。普段は使えない子扱いなので頑張ってカッコ良く書いたよ。ドM成分少なめだったけど許して。隣に親友のクリスがいたからこそいつもより力が出たのかもね。

めぐみん、すまん。予想以上に盛り上げすぎた。爆炎編は大活躍だったからそれで許して。

クリスさんって活躍させるの難しいんだけど。盗賊スキルって戦闘向けなの少ないしカズマさんと役割被るし。まあ2人で協力するシーンは逆に書きやすかったりする。原作でも時々使うダブルスティール。書き始めは使う予定なかったんだけどやっぱり絵になるなって思って入れた。

うちのカズマさんは割とKAZUMAさんになる。自分が書いたのを読み返すと原作中盤から終盤くらいのイメージに見える。なんでだろうね。連載始めはここはカズマさん単騎で考えてたけどだいぶ違う展開になった。昔の俺はどうやって単騎攻略するつもりだったのだろうか。

他の冒険者達はうまく使える気がしなかったので外野に行ってもらった。目の前で最後の希望のミツルギさんがやられて心が折れて、カズマ達がスティールした後は何やってんだあいつらみたいなことになっていたのかもしれない。
ちなみに今回誰も死んでません。簡単にリザレクション使う人いないからね。

最後にカズマさんがとどめを担当したのは自分が戦った相手だから自分がけりをつけるみたいな感じです。入れるかどうか迷ったけどベルディアさんの最期かっこよく書きたかったので入れた。


クリスは一人で戦ってきた女の子。差し出された手をとることには慣れてない。それを分かってたから軽い口調で手を差し出した。彼女が少しでもその手を取りやすくなるようにと。


読んでくださった皆皆様に深く感謝を。


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この月夜に密会を

原作一巻だいたい終わり


 魔王軍幹部との戦いは俺がとどめを刺すことで幕を閉じた。

 街を襲った脅威は去り、冒険者達は死の呪いから解放された。街の被害は正門付近の街並みが爆裂魔法で吹き飛んでしまったが言ってしまえばそれだけだ。負傷者こそ多少はいるものの誰も死なずにすんだ。駆け出しの街というのを加味しなくてもそれは奇跡とも呼べる結果だった。

 

 その日の夜、冒険者ギルドにて。

 

「「「「かんぱーーーーーいっ!!!!」」」」

 

 魔王軍幹部討伐を祝してギルド主催の宴会が開かれていた。そこには当然俺の飲み仲間や知っている奴らも混じっている。みんな一様に俺や俺のパーティの奴らに感謝の言葉を述べていった。

 宴会の半ば頃、俺とミツルギは疲れたから静かに飲みたいと適当に理由を付けて端の方の席で二人で飲んでいた。

 

 

「あいつら昼間はもうどうしようもない、みたいな顔してたくせにどんだけ騒ぐんだよ。随分とまあ調子がいいことで」

 

「魔王軍幹部相手に誰も死なずに勝つなんて王都でも聞いたことがないほどの快挙だからね。君が成し遂げたからこそ彼らも今のように笑っていられるんだ」

 

 目の前にいる体中包帯まみれのミツルギが笑いながら言ってくる。ベルディアの最後の一撃で鎧は壊れたとのことだ。おそらく今回の戦いで一番大怪我をしたのはこいつだろう。

 ちなみにウチのクルセイダーは回復魔法をかけてやったとはいえほぼほぼ全快している。あいつ普段から鉄でも食ってんのかな。

 

「けど本当にすまなかった。僕があそこでとどめを刺せていればよかったんだけどね。僕と魔剣グラムなら間違いなく斬り伏せれると思っていたんだが」

 

 ミツルギは悔しそうに謝罪してきた。その自己評価の高さはどうにかならないのだろうか。

 

「またその話か。最終的に勝ったから気にしなくていいって言ってるだろ。お前は一人で幹部と戦ったんだ。文句言う奴なんていねえよ」

 

「…ありがとう。君は優しいんだな」

 

「…おいやめろ。男のデレなんて見せられてもこれっぽっちも嬉しくない。気にしてないとは言ったが、もしあれのせいで負けてたらあの世に行っても恨んでたからな」

 

「…僕もそれぐらい言われる覚悟はあったけど。なんだろうなこの納得いかない感じは」

 

 そんな話をしているとミツルギのパーティーの二人組が近づいてきた。

 

「キョウヤ、もう宿に帰ろう。まだ怪我痛むんでしょ?」

 

「そうだね。二人共気遣ってくれてありがとう」

 

 その二人はミツルギの言葉に少し顔を赤くしている。何を見せられてるんだ俺は。

 そうしてミツルギが帰ろうとすると二人はこちらに礼を言ってきた。

 

「あの、キョウヤを助けてくれてありがとうございました」

 

「私達は恐くて近づけなかったから…本当にありがとうございます」

 

 今日何度目かの感謝を言われた。それに対して俺は適当に相槌をうってかえした。

 

「それじゃあ佐藤カズマ、また今度」

 

 そう言ってミツルギ達はギルドを出て行った。

 一人になり特にすることもないので、ウチのパーティーの様子を見た。冒険者達の中心でいつも通り騒がしくしている。そこに混ざる気になれずに酒で火照った体を覚ますためにギルドを出た。

 

 

 ーーーーーーーー

 

 

 私とダクネス、めぐみんは冒険者達の中心で宴会に参加していた。周りの冒険者達からは感謝や私達の活躍に対する称賛の言葉が送られてくる。だけどそんな周りの声など気にせずにめぐみんは騒いでいる。

 

「私があのアンデッドの軍団を全滅させたんですよ! それなのにあなた達三人は私を置いて他の冒険者と魔王軍幹部を倒した? なんですか、私はいらない子ですか! そんな見せ場持っていかれたら私の活躍が霞むじゃないですか!」

 

 めぐみんが言うには紅魔族的においしい所を持っていかれたのが許せないらしい。なんとも理不尽な文句だ。

 

「ま、まあ落ち着けめぐみん。あの爆裂魔法がなかったら街はもっとひどい被害を受けていたのは間違いない。みんなそれは分かってるよ」

 

「ほらこれ食べて落ち着いて。まだまだ料理は来るから」

 

 めぐみんの口の中に唐揚げを押し込む。この手の手合いはまず口を塞ぐのが有効だとアクア先輩から学んだ。

 

「ゴクン、この程度の贄で我が怒りを封じられると思うてか」

 

 一瞬で唐揚げが消え失せた。どうやら彼女には私の経験は通用しないらしい。

 

「じゃあどうしたら機嫌直してくれるのさ?」

 

「そうですね。ではクリスが飲んでいるシュワシュワを一杯ください。私もすでに立派な冒険者。大人の味と言うものを知りたいのです」

 

「そんなのでいいの? じゃあ新しいのを…」

 

「いや、まだめぐみんに酒は早い。若いうちから飲んでいると頭がパーになるぞ」

 

 私が注文しようとすると、ダクネスがそんな固いことを言ったきた。私としては別にいいと思うのだが。

 

「いいじゃないですか。クリスだって飲んでいるのです。私達は年齢的な差はほとんどありませんよ」

 

「クリスはもう手遅れだから仕方ないんだ。私が昔から止めても聞かず、今ではこんな酒呑み盗賊になってしまった。めぐみんまでそっちの道に行かせるわけにはいかない」

 

「ねえそんな事思ってたの。別にあたしだって毎日飲んでるわけじゃないよ」

 

 私はちゃんと節度を持って、クエストやバイトが終わった後、それと暇な日しか飲んでいない。…あれ?

 

「それに酒の飲み過ぎは体の成長にも影響があるんだ。めぐみんはまだ子供、今のうちから飲んでいると大きくならないぞ」

 

「胸が大きくならないとは随分なことを言ってくれますね! 自分が大きいからって余裕のつもりですか!」

 

 めぐみんがダクネスに襲いかかりその胸を鷲掴んだ。その胸が形を変える様に周りの男冒険者達から色めき立つ声が上がる。

 

「や、止めてくれめぐみん! 他の冒険者もいるんだ! 彼らが獣欲を瞳に宿し私の身体を好き放題する事を妄想し、隙あらば手を出そうなどと考えながら私を見ている!」

 

 ダクネスは頬を染めながら胸をもみくちゃにされている。私の親友はお酒を飲まなくても頭がパーになるようだ。昔の純情な彼女はどこに行ったのだろうか。

 後これからはお酒を少しだけ控えるようにしよう。目の前で形を変える親友の胸を見ながら小さく決意した。別に胸の成長を気にしているわけではない。

 

「あれ、カズマ君どうしたんだろ?」

 

 そろそろ彼を呼ばないと事態が収まりそうにない。そう思いギルドの中を探すとギルドを出て行く姿が見えた。少し気になったので後を追いかけることにした。

 

 

 ーーーーーーーー

 

 

 今夜は月が綺麗だな。

 俺は街の中を流れる川辺に腰掛けながら、そんな面白みのない感想を抱いていた。ここの川辺は風通しがよく火照った体にはちょうどいい。人通りも少ないのでぼんやりと空を眺めていた。雲一つない空に浮かぶ月は白く淡い光を放っている。空から街を一人で照らすその姿は綺麗だけどどこか寂しそうにも見えた。

 

 

「今日の主役がこんな所で何やってるの」

 

 後ろから声をかけられる。こっそりと抜け出したのだが見られていたらしい。

 

「別に大したことじゃないよ。飲み過ぎたから身体冷ましにきただけだ」

 

 クリスはそうなんだと相槌を打ちながら隣に座った。何か用事でもあるのだろうか。そう考えていると彼女から話し始めた。

 

「今日はいろいろあって大変だったね」

 

「本当だよ。急に魔王軍幹部が来たと思ったらそのまま戦いが始まって、どうにか倒したと思ったらガッツ発動してもうワンラウンドとか。駆け出しの街が相手するような奴じゃなかったよ」

 

「途中からは追いかけっこなんかしてたけどね」

 

 隣でクスクスと笑っている。一応あれでも真面目に戦ってたんだけどな。まあ自分で思い返してみてもあれはどうかと思う。

 

「そういえばあのデュラハン死際にえらく楽しそうに喋ってたけどあれ何だったんだろうな」

 

「…デュラハンはね、不当に処刑された騎士がその怨嗟に呑まれてアンデッド化するモンスターなんだ。その時点で生前どんなに高潔な騎士だったとしても人の理から外れた存在になる。その最期に救いが訪れることはほとんどないの」

 

 あのデュラハンが高潔な騎士か。まったくそんな気配は感じなかったな。俺が頭の隅でそんなことを考えていることなど知りもせずクリスは続ける。

 

「そんな最期があんなに騒がしい終わり方だったんだもの。あの人も楽しかったんじゃないかな。それで最期に君にその感謝として激励を飛ばしたんだと思うよ」

 

 まあ結局は本人じゃないとわかんないけどね、と付け加えながらクリスは語り終えた。

 楽しかったか。アンデッドのくせに妙に人間臭かったあいつはそんなことを思っていたのか。まあそれならあの戦いが笑い話みたいだったのはむしろらしいのかもしれないな。

 

 

「だからね、君が気に病むことはないんだよ」

 

「…ん? 何の話だ?」

 

 俺はクリスの言葉に疑問符を浮かべる。いったい何の事を言っているのだろうか。俺の反応にクリスも少し驚いた顔をした。

 

「え? 君があのデュラハンに止めを刺す時に少し辛そうな顔してたから気にしてると思ってたんだけど…」

 

「ああ、確かに多少は罪悪感みたいなものはあったけど、結局はモンスターだったって事にして割り切ってたぞ。ゴブリンみたいな人型のモンスターも討伐してるんだ。そこら辺の住み分けはできてるよ」

 

 この世界はモンスターと言えども言葉を喋る種族もいるのだ。ある程度割り切っていかないと、とても冒険者なんてやってられない。

 

「じゃあなんで今日はみんなを避けるように飲んでたの?」

 

「そ、それは…」

 

 さすがにバレていたか。まああからさまではあったからな。

 

「やっぱり何かあるんでしょ。あたしでよければ相談に乗るよ。一人で抱え込むのはよくないからね」

 

 クリスが心配そうな目で見てくる。こんなに真剣な目で見られるとはぐらかすのも悪い気がする。けど本当に大したことじゃないんだけどな。

 

「…笑わないか?」

 

「笑わないよ」.

 

 仕方ない、彼女の言葉を信じよう。そうして俺はその重い口を開いた。

 

「俺が…他の奴らを避けてたのは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれだけ沢山の奴に礼を言われたのが初めてで、その…照れくさくって…避けてました。はい」

 

 

 俺の言葉にクリスはキョトンとした顔を向けてくる。頼むからそんな顔しないでくれ。

 

「………それだけ?」

「………それだけ」

 

「「………」」

 

 沈黙が空気を支配する。だが俺には見えている。クリスの肩が小さく震えてているのが。大丈夫、まだ笑ってはいない。約束は守ってくれている。

 

「…ク、ク…フハッ」

 

 俺は寛大な男だ。少し声が漏れた程度なら見逃してやろう。だが次はない。

 

「ク…アハっ、アハハハハハハハッ!」

 

 クリスが腹を抱えて笑い出した。

 OK戦争だ。先に条約破ったのはそっちだからな!

 

「てめークリス、お前笑わないって言ったよな! なのになんだその様は! 普段はウチのパーティーで一番の常識人だから頼りにしてるが今はそんなの関係ねー! 人を笑ったんだ! ならお前も笑い者になる覚悟はあるんだろうなー!」

 

「だ、だって、あんな思いつめたような表情してたくせに照れくさいから避けてたって! アハっアハハハハハっ!」

 

「だから言いたくなかったんだよ! なのに相談に乗るから、とか言って無理矢理言わせたくせにこのやろーっ! よしいいだろう! 反省の色が見えないクリスには俺と同じく辱めの刑に処してやる!」

 

「別に無理矢理には聞いてないんだけどね。フフっ、それで刑って何するの?」

 

 クリスはまだ笑いが収まらないのか息を整えながら聞いてきた。これにはきついお灸が必要なようだ。

 

「クリスのパンツをギルドで配り歩く」

 

「え」

 

 俺の話にクリスの笑い声が止まる。

 

「俺は二回ほどパンツを奪ったからな。それがどんなものだったかは目に焼き付けてある。それと同じ物を探しこれはクリスが履いているのと同じ物だと言って男冒険者に売りつける」

 

「そ、そんなのあたしのだって信じる人いないよ」

 

「果たしてそうかな? 俺がお前のパンツを奪ったのはすでに周知の事実だ。その俺が保証するんだぞ。さらにその中に本物が混じっているかもしれないと吹聴すれば男どもはこぞって買いに来る事だろう。そうして自分が買った物がクリスが履いていた物だと妄想しながら…」

 

「や、やめてー! 謝る! 謝るからそんなことしないでっ!」

 

 クリスが半泣きで謝ってきた。やはり正義は勝つのだ。

 

 

 

「たくっ、いいか、他の奴らには絶対言うなよ」

 

「言わないよ。言ったら君が何しでかすかわかったもんじゃないしね」

 

 少し時間が経ちさすがに二人とも落ち着いてきた。クリスには釘を刺しとけば変に広めたりすることはないだろう。

 

 

 

「けどカズマ君はお礼を言われると照れちゃうんだね」

 

 クリスはニマニマとからかうような目で俺を見てくる。その緩んだ頬引っ張ってやろうか。

 

「大勢に言われ慣れてなかっただけだ。普通に礼を言われる分にはなんともないよ」

 

「じゃあ、あたしが今からお礼を言ってみるからそれで勝負してみようよ。君が照れたらあたしの勝ちだよ」

 

 クリスはそんなよくわからない勝負を仕掛けてきた。

 

「いいぜ。やれるもんならやってみろ」

 

 

 それじゃあいくよ。そう言うとクリスはこっちには顔を向けずに前を見ながら、

 

「今日はありがとうね」

 

 そう穏やかな口調で感謝を告げてきた。

 

「君はもう知ってるけど、あたしっていろいろ隠し事が多くてね。今まで大抵のことは一人でこなしてきたんだ。そうするしかなかったからね」

 

「だからね、君が手を差し出してくれた時あたしは嬉しかったんだ。一人じゃなくて一緒に頑張ってくれる人がいることが」

 

「…そんな大層なことはしてないよ。途中で諦めそうにもなったしな」

 

「でも君はあたしの手を取ってくれたよ。あたしのお願いを聞いてくれた」

 

「だから、ありがとう。カズマ」

 

 

 

 

「あたしの勝ちみたいだねカズマ君。じゃあみんな待ってるから早く帰ってきなよ」

 

 クリスはばっと立ち上がるとさっさとギルドへ帰っていった。

 俺はその場を動かずにただ座っていた。

 

「…いや、引き分けだろ…」

 

 クリスの横顔を思い出しながらそう呟いた。

 

 酒の火照りを冷ましにここに来たのだがもう少し時間がかかりそうだ。もう一度空に浮かぶ月を見た。先程は酔っていて気づかなかったのか月の隣に小さく光る星が見える。月と比べると当たり前だが随分と小さな星だ。そんな些細な違いだが、さっき見た月よりこっちの方がなんか好きだ。

 俺は顔の熱が覚めるまでずっとそれを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




作者の作風が安定しないのはいつものことです。
とりあえず思いついたものを書いてみた。
最後の方の二人は照れてるだけです。
表現って難しいなと思う今日この頃。


読んでくださった皆様に深く感謝を。


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間話 今日のアクア様

warning!

今回の話は他の作品の考え方を作者なりに解釈して組み込んでいます。ツッコミ所があるかもしれませんが軽い気持ちで読んでください。


 さて久々にやってまいりました、アクア様に密着してみた、のコーナーです。このコーナーは自身の不祥事により女神エリスの世界を任せらせた水の女神アクア様を観察するものです。

 それでは早速様子を伺ってみましょう。

 

「あー、またやられたっ! なんなのよこのゲームは、もっと私を楽しませてよ!」

 

 職務など知ったことかとゲームに明け暮れているようですね。どこから持ってきたのか日本製のテレビと据え置きのゲーム機で遊んでいます。この世界で仕事をしているので日本の物は取り寄せられないはずなんですけどね。

 

「他のゲームやりたいけどここにはあんまり置いてないのよねー。エリスに無理矢理言っていろんなゲームを置いておけばよかったわ」

 

 どうやらかなり前から持ち込んでいたようです。それを女神エリスは容認していたと。あの人も意外とちゃっかりしてますね。

 今アクア様が遊んでいるゲームは勇者を操作して魔王を倒すために冒険する王道RPGのようですね。どうやら先程から同じ相手に負けているようです。

 

「今度こそ倒してやるわよこのアンデッド! 勇者の必殺技を食らいなさい! ちょっと、だからなんでダメージが0なのよー!」

 

 どうやら敵は特殊なギミックを使う相手のようです。アクア様は脳筋戦法で戦っているので突破は不可能なようです。

 

「なんなのよこのクソゲーは! 攻撃はなかなか当たんないしアイテムも全然落ちないし! これ作った奴何考えてんのよ!」

 

 コントローラーをぶん投げながら叫んでいます。アクア様が運のステータスが低いのは知っていましたがまさかゲームにまで影響があるなんて。

 どうやらゲームに飽きたようで次は漫画を探しています。仕事をしている様子が一切見られませんがあの世界は大丈夫なのでしょうか?

 

「うーん、ここに置いてあるジャンルって王道漫画や少女漫画みたいなのばっかね。なんかこう、女神が地上に降りてきてチート無双したった、みたいな漫画ないかしらねー」

 

 本棚を前にして唸っています。…おや?

 

「あ、これ随分前に貸した怪盗物じゃない。久しぶりにこれ読んでみようかしらねー。…ちょっと今から漫画タイムなんですけど」

 

 どうやら地上から魂が上がって来たようです。珍しく前回から反省しているアクア様は魂の案内だけはきっちりこなしています。身なりを正し定位置の椅子に座りました。

 

 

 さて今日訪れた方は、

 

「ここはどこだ? 俺は確かに死んだはずだが」

 

 黒い全身鎧を着た騎士の方のようですね。

 

「ようこそ死後の世界へ。あなたはその生涯を…って何よあんた。魔王軍幹部?! この忙しい時になんなのよ! 帰って! 漫画読みたいんだから帰ってよ!」

 

「ま、待ってくれ俺もここがどこだか分からなくて…」

 

 アクア様の見通す目によるとこの騎士は魔王軍幹部の方のようですね。まあすでに死んでいるので元が付きますが。

 アクア様はその事に気づいていないのか場の空気は一触即発の状態になっています。

 

「魔王が天界にまで手を伸ばしてくるなんて思いもしなかったわ! どうやって天界に乗り込んで来たかは知らないけどこの私、女神アクアの前に現れたのが運のつきね!」

 

「こ、こんなのが女神だと言うのか? しかもアクアだと?! 忌まわしきアクシズ教の元締めが確かそんな名前だったような…」

 

「私の可愛い信者が何ですって! アンデッドのくせして舐めた口聞いてくれるわね! これでも食らいなさい『ターンアンデッド』っっ!」

 

「ぎゃああああ、ってあれ?」

 

 まったく効果がありませんでしたね。まあすでに死んでいて"元“アンデッドなので当然なのですが。

 

「な、何でピンピンしてんのよ?!」

 

「そ、そうか。首の位置に違和感を感じていたが今の俺はデュラハンではないのか」

 

「なら、ゴッドブローっ!!」

 

「ひでぶっ?!」

 

 アクア様は魔法が効かないので物理で攻めたようです。騎士の方の顔面にいいのが入りました。やっぱりアクア様は脳筋ですね。

 

 

 

 アクア様の勝利ということで事態は一旦収束し状況の理解のために話し合いがされました。途中で何度かアクア様が殴りかかってましたが話し合いです。

 

「あんたは“元“魔王軍幹部だったのね。それならそうと早く言いなさいよ」

 

「話をする前に思いっきり殴られたんだが」

 

 ベルディアという名前の騎士は疑わしげな顔でアクア様を見ています。出会って数秒で殴られたのです。女神だということを疑うのは当然でしょう。

 

「しかしそうかここが天界か。以前ウォルバクから聞いたことはあったが本当に何もない場所だな」

 

「ウォルバク? 誰よそれ」

 

 女神ウォルバクはマイナーとは言え神の一柱なんですがアクア様は知らないようです。あなたの信者が邪神認定していたはずなんですが。

 

「まあなんでもいいわ。それであなたは天国に行くの? それとも生まれ変わりを望むの?」

 

 いつも通りの選択肢を提示しました。それに対してベルディアは驚いたように尋ねます。

 

「待ってくれ。俺には何もないのか?」

 

「何? 悪いけど転生特典もらってチートするって選択肢はこっちの世界にはないわよ」

 

「そういうことではない。俺に対して何か罰はないのかと聞いているんだ」

 

 そうしてベルディアは語り始めました。

 

「俺は今まで多くの者を殺してきた。人であった時もそしてアンデッドに堕ちた後も。それを後悔したことはない。俺は騎士で俺の居場所は戦場だった。ただそれだけだ」

 

 その話をアクア様は静かに聞いています。

 

「だがそれは死後に相応の報いがあると思っていたからだ。殺した相手の数だけ罰が与えられると覚悟していたからだ。…お前が真に女神だと言うのなら俺を裁いてくれ。それが今まで殺してきた相手に対するせめてもの礼儀なんだ」

 

 ベルディアは片膝をつきこうべを垂れてアクア様の行動を待ちました。それは格好も相まって処刑されるのを待つ騎士の姿に似ていました。

 

 

 

その姿を見てアクア様は、

 

「ゴッドブローーーー!!」

 

「ひでぶっ!!」

 

 本日二度目のゴッドブローですね。先程より腰の入ったいい拳がベルディアの顔面を襲いました。

 

「き、急に何するんだ?! お前ほんとに女神か! 慎みというものが微塵も感じられんぞ!」

 

「何って、今のが私からあなたへの罰よ」

 

 アクア様はあっけからんとした態度で返しています。

 

 

「今のが罰だと? 俺の話を聞いていたのか。こんなもので釣り合いが取れるわけ…」

 

「罰って言うのはね、別に神が人に与えるものじゃないの。その人自身が自分に罰を科すの」

 

「だ、だが俺はアンデッドで…」

 

「ここは死んだ“人"が訪れる場所なの。生前がどうとか知ったことじゃないわ」

 

「……俺は多くの者を殺してきたんだぞ。そんな簡単に許されていいものでは…」

 

「あなたが生前背負ってたその覚悟ってのは軽いものだったの?」

 

「………いや。決して軽くはなかった。それを軽いと決めつけることこそ殺してきた相手に対する冒涜だ」

 

「ならあなたへの罰は生前に抱いていた覚悟とやらで十分なのよ。その重さを背負って生きてきたことが罰なの。だからその生涯を終えた今、水の女神アクアの名においてあなたの罪を許してあげるわ」

 

 アクア様はそう優しく告げました。

 

 

「許す、か…。ふん、死際のことに続き予想外のことばかり起きる」

 

 ベルディアはアクア様の言葉を反芻しながら苦笑しています。そんな中ふとおかしな点がある事に気づいたようです。

 

「待て、お前の話を聞く限りでは俺が殴られる謂れはなかったのでは?」

 

「だってなんかウジウジしててイラってきたからつい」

 

「おい」

 

 やっぱりアクア様はこういう人ですね。ですがベルディアも言葉では責めていますが顔は笑っています。

 

 

 

「じゃああなたは生まれ変わりを望むのね」

 

「ああ。俺は元騎士だ。何もせずにただ過ごすなど性に合わん。そうだな、次の生はどこぞの女騎士のように守るために生きてみるのも悪くないかもしれん」

 

「それじゃあ、あなたの次の生に幸多かからんことを」

 

「感謝する、女神アクアよ」

 

 最後にそう残してベルディアは生まれ変わるための門をくぐりました。アクア様はその姿を最後まで見送りました。

 

 

 そろそろ時間も良い所なので今日のアクア様に密着してみた、はここまでです。それではまたいつの日か。

 

「さーて、漫画の続き読まないとねー」

 

 

 

 

 




ベルディアさんの最後の見せ場。

作中の考え方は空の境界、痛覚残留の物を参考にしました。いろいろツッコミ所があるかもしれませんが深く追求しないでください。

もっとコミカルに書く予定だったんですが何故かこうなりました。別の案としてベルディアさんがアクアさんの小間使いになるみたいなのもあったのですがさすがに無理があると没にしました。

この作品ではアンデッドは浄化されたら等しく天界に送られるという事になっています。リッチーのキールもエリス様の所に行ってたから多分大丈夫。

読んでくださった皆様に深く感謝を。


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この借金男に救済を

運命からは逃れられない


「ぶぁっくしょぉおおん!!」

 

 眠い目を擦りながら木造の天井を見上げる。どうやら自分のくしゃみに起こされたようだ。もうじき冬が訪れる事もあり今朝もこの場所は冷え込んでいる。むくりと体を起こし辺りを見渡す。風通しが良く藁が敷き詰められたこの場所が今の俺の寝床だ。

 

「はぁー…もう嫌になるよ」

 

 誰に聞かせるでもなく一人愚痴をこぼす。どうしてこんな事になってしまったのだろうか。俺の吐いた溜息が一瞬白くなり虚しく消えた。

 

 

 

 それは遡ること数週間前。

 ベルディアを倒した翌日にギルドではその討伐の報酬が冒険者全員に配られていた。その報酬の額は皆一律だったがベルディア討伐に大きく貢献した俺のパーティとミツルギには特別報酬が支払われるとのことだ。その額合わせて三億エリス。

 魔王軍幹部を倒し、大金を手にして、クリスともちょっといい雰囲気になった。俺の冒険者生活は順風満帆になる…はずだったのだ。

 

『ええと、ですね…。今回の討伐の際に使われた爆裂魔法によって正門付近の建物の多くが損壊していまして…。まあ、魔王軍幹部を倒した功績もあるし、全額弁償とは言わないから、一部だけでも払って…くれと…」

 

 ギルドのお姉さんは俺に小切手を渡しながらそう告げてきた。話している途中から目を背け出したのは俺の表情の転落ぶりを見ていられなかったからだろうか。

 

『カ、カズマ君。しっかり意識を保って。気持ちはわかるけど』

 

『わ、私はあの時反対しましたからね。私のせいではありませんからね』

 

『安心しろカズマ。クエストを毎日受けていればいずれ返せるさ』

 

『佐藤カズマ…僕の分の報酬は君に譲るからそれを弁償金に当てるといい』

 

 その弁償金の額を目にした奴らが声をかけてきたが、あまりのショックに何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 

 特別報酬三億エリス、弁償金額三億四千万エリス。つまり俺の手元に残るのは四千万エリスの借金。俺の冒険者生活は一気にどん底に叩きつけられた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 ギルドの酒場にて。

 

「金がないっ…誰か俺に金をっ…」

 

 俺はテーブルに突っ伏しながら一人呻いていた。だが俺の願いが誰かに届く事はなく周りの冒険者達はまたいつものかと見て見ぬふりをする。街の英雄に対してあんまりな仕打ちである。

 

「またそんな事して。見てるあたし達の方が恥ずかしいんだよ」

 

「まったくです。この男にはプライドと言うものがないのでしょうか?」

 

「私としてはダメ人間のようで悪くないと思うのだが」

 

 そこにウチのパーティーの三人娘が合流してきた。プライドを捨てて金が貰えるならいくらでも投げ捨てるが。

 

「今朝もすごい寒かったけどちゃんと眠れた? やっぱりあたしだけ部屋で寝るのは不公平な気がするんだけど」

 

「いや馬小屋で寝るのは俺だけでいい。この借金も俺が作ったようなものなんだ。クリスまで巻き込むわけにはいかない」

 

 クリスはめぐみんとの相部屋で過ごしてもらっている。爆裂魔法を撃ったのはめぐみんとはいえそれを指示したのは他ならない俺自身だ。寒い思いをするのは俺一人で十分だ。

 まあそれはそれとしてこの借金には怒り心頭ではあるが。この世界には損害保険というものは存在しないのだろうか。普通に考えて四千万エリスとか一個人が支払える額ではない。

 

「気にしなくていいですよクリス。悪いのはカズマなんですから」

 

「おいめぐみん。確かに俺の指示ではあったが撃ったのはお前なんだから少しは思うところがあるだろ」

 

「ありませんね。強いて言うのなら街の中で撃つ爆裂魔法もなかなか乙なものでした」

 

「このちびっこテロリストがっ!」

 

 しかし本当にどうやって金を工面すればいいのだろうか。一発で借金を全額返済できる仕事はないものか。そんなことを考えているとふとクリスの職業を思い出した。

 

「なあクリス、お前って盗賊職だよな。ちょっと貴族の屋敷に行ってお宝盗んできてくれよ」

 

「あのねカズマ君。あくまで冒険者としての職業が盗賊職なだけで、盗みに入るのが仕事ってわけじゃないんだからね」

 

「なんだ。じゃあ今までそういった事はしてこなかったんだな」

 

「う、うん。あたしは敬虔なエリス教徒だからね。悪事に手を染めた事はないよ」

 

「…なあ」

「ないからね」

 

 目がグルングルン泳いでいる。意外だったが反応から見るに確実に経験者だ。とりあえず最終手段として頭の隅に置いておこう。

 そうしているとダクネスが話しかけてきた。

 

「今回のベルディア討伐は私が皆を煽ったから起きた戦いだ。私にも責任の一端はある。だから私も全面的に協力する」

 

「ダクネス…」

 

「お前は私にただ一言命令してくれればいい。『おいダクネス、そのいやらしい体を使ってちょっと金を稼いで来い』と。そうすれば…」

 

 

「よーしみんな、クエスト行くぞー」

 

「「はーい」」

 

 やっぱり借金は地道に返すのが一番だ。変態に構ってられる時間なんてない。

 

「んん…。無視されるのも悪くないな」

 

 

 

 俺達はクエストの掲示板の前に行き今日受ける物を探していたが、

 

「やっぱりロクなクエストが残ってないな…」

 

 掲示板には報酬は高額だが高難易度なクエストばかり貼られていた。

 というのも、冬の寒さによって弱いモンスターは冬眠して、それをものともしない強いモンスターばかりが活動しているからである。必然クエストも高難易度の物ばかりが貼られると言ったところだ。

 ただでさえポンコツ揃いのウチのパーティーがそんなクエスト受けられるはずがない。昨日まではまだ何とかなるレベルの物もあったが今日はそれも皆無のようだ。

 

「「カズマ、カズマ」」

「却下」

 

 欲望に忠実な二人の意見は参考にならない。こういう時に頼りになるのはクリスだけだ。

 

「ん? なあクリス、この雪精の討伐はどうだ? 名前からしてなんか弱そうに見えるんだが」

 

「あー、それね。…まあ確かにあたし達でもどうにかなるかもしれないけど」

 

 どうにも歯切れが悪い返事が返ってくる。やっぱり危ないクエストなのだろうか。

 

「よしそれにしよう! そのクエストで決定だ!」

 

 ドM騎士が大興奮しているので少なくともまともなクエストではないようだ。だが意外にもクリスもそれに賛同するようだ。

 

「まあちゃんと注意してれば大丈夫なクエストだから行ってみようか」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 俺達はクエストの目的地である平原に訪れた。そこは一面の銀雪で覆われており、そこらかしこに白くて丸いボールのような物が浮いている。どうやらあれが雪精のようだ。

 こいつは一匹討伐するごとに春が半日早く来るそうなのだが驚くべき所はそのお値段。なんと一匹倒すごとに十万エリスの報酬が貰えるそうだ。もちろんそれだけ高額なのも理由があるのだが。

 

「お前その格好寒くないのか?」

 

「うーん、寒くないわけじゃないけどこれ以上着ると動きづらいからね」

 

 雪原に来るという事もあって全員普段より厚着をしている。ちなみにクリスは全身黒タイツのような物を履きその上にいつもの軽装とショートパンツを着込んでいる。イメージとしてはドラクエ3の盗賊と言った所か。最近は普通のクエストでもこの格好をしている。

 

「寒いのなら私の上着を貸そうか? 私は鍛えているからあまり寒さを感じないんだ」

 

「いや流石にそれは悪いよ」

 

 ダクネスは顔を赤くしながら大義名分を得たりと提案している。寒さもこいつの性癖の対象になるようだ。そんなにお望みなら帰り際に雪の中に埋めて帰ってもいいんだが。…こいつなら普通に喜びそうだな。

 

 

 

「燃えつきろっ!『ティンダー』っ!」

 

 俺が指を鳴らすとそこから火炎が放たれて目の前に浮遊していた雪精を燃やし尽くした。かなりの魔力を込めたので初級魔法とはいえ雪精を倒すのには十分のようだ。

 

「ふっ、決まったな」

 

「何が決まったの?そんな変なポーズ取って」

 

「…ちょっと黙っててくれ。今カッコつけてる最中だから」

 

 クリスはこういう時真面目に聞いてくるから困る。もっと気楽に生きていればいいのに。

 

「男にはな童心に帰りたくなる時があるんだ。お前もわかってくれるだろ?」

 

「あたし女なんだけど」

 

 違う勘違いだ。そういう意味で言ったんじゃない。だからその人を殺しそうな目を向けるのは止めてくれ。

 

「それじゃあダクネス、魔力を吸うぞ。『ドレインタッチ』」

 

「ああ、この寒空の中、情け容赦なく私から体力を奪うなんて。いいぞもっと吸ってくれ!」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 現在俺はダクネスからドレインタッチで魔力を吸いながら火の初級魔法で雪精を討伐している。

 彼女は攻撃は当たらないがその体力と魔力はそれなりの物があり魔力タンクとしてみればかなり有用だ。仲間を魔力タンク呼ばわりするのは人としてどうかと思うが本人が喜んでいるので構わないだろう。

 

 本来初級魔法の殺傷能力など皆無に等しいのだが全力で魔力を込めるとそれなりの火力になる。俺はもう一度指を鳴らし魔法を放った。今度は二体同時に倒せたらしい。

 

「どうだ見てるかめぐみん。これが本物の魔法使いの姿さ」

 

「そんなヘロヘロの姿で何を言っているのですか。でもその指を鳴らす動作は紅魔族的にもなかなかくるものがありますね」

 

 まあ毎回全力を込めているのでこの様ではあるが。ちなみに指を鳴らす必要はまったくない。ただの気分だ。

 

「まったく、本物とはこういうものですよ。『エクスプロージョン』っ!」

 

 めぐみんから放たれた魔法は雪精の群れの中に到達、その圧倒的オーバーパワーで全てを消し飛ばした。

 

「ふっ、私は10匹倒しましたよ。これが本物と偽物の差というやつですね」

 

「本物様はぶっ倒れてるんだがな。このまま雪の中に埋めていけば俺こそが真の魔法使いになれるってか?」

 

「ひゃっ、冷たい?! ちょっと、雪をかけないでくださいよ。……えっとそろそろ止めてくれないと本当に埋まるのですが…。あのカズマ? 」

 

 この後のこともあるのでめぐみんは空気穴を開けて埋めて置いた。爆裂魔法を撃ち終わった彼女にもう仕事はない。断じて爆裂魔法で借金ができた事に対する腹いせではない。

 

 

 そうしている内にそいつは現れた。

 一瞬、風がゴウと吹いた。その風に俺達は目をふさぎ次に見た雪原の上にそれは立っていた。

 名を『冬将軍』。和製の白い鎧兜を纏い、一振りの刀を腰にさした武者がそこにいた。顔は総面に覆われ兜の形も相まってその姿は鬼のようにも見える。鬼は古来より人々に超常の存在として恐れ崇められてきた。ならば人々の想念によって形作られているこの存在もまた正しく鬼武者と呼べるのだろう。

 

 

「…出たな! この時を待っていたぞ!」

 

 ダクネスが嬉々とした顔でそれに剣を向けていた。ドMなあいつのことだ、この瞬間を楽しみにしていたのだろう。だがそうなる事は予想済みだ。

 

「ごめんねダクネス。今日は大人しくしてもらうよ『バインド』」

 

「クリス?! だがこの程度の縄など本気でもがけば少しくらい…」

 

 悪いがそのためにあらかじめドレインタッチで体力を吸っておいたのだ。あれだけ吸ったのならクリスでも抑えられる。めぐみんも雪の下。問題児二人の行動は既に封じているのだ。

 

 クリスの話によると冬将軍は雪精の親玉でそれを討伐していると現れるそうだ。当然自分の子分を倒している冒険者を殺そうとするが、礼を尽くして謝れば寛大な冬将軍は見逃してくれるそうだ。

 見るとクリスはうまくダクネスを抑え込んでいるようだ。冬将軍もそちらには目を向けていない。

 土下座をするだけで見逃してくれるとはなんとも美味しいクエストだ。お望みとあらば何度でもこの頭を地につけよう。プライドなど金の前では些事にすぎない。

 

 

 

 

 

 そんな事を考えていたのがいけなかったのかもしれない。

 十数メートル離れた場所にいる冬将軍はその腰の刀に手をかけた。俺も頭を下げないと、そう思った瞬間。冬将軍の体がブレてその姿を消した。

 俺は慌ててその姿を探した。だが何故か首が回らずその代わりに視界がズルリとずれる。俺の横でキンと音が鳴った。その正体を確認することもできず視界一杯に雪原の白が広がる。

 そうしてようやく自分が何をされたのかを理解した。

 達人に切られた者はその事実に気付かないとは聞くがそれはどこまでを指しているのだろうか。死ぬまで? それとも数秒間? まあそんな事死ぬ人間には関係ない話だが。少なくとも俺は意識が消える前には気付いたようだ。

 自分の体が赤く染め上がっていく様とその横に立つ鬼を見ながらそんな事を考えた。

 

 冬将軍は"きちんと礼を尽くした者“を見逃すのだ。なら邪な思いを抱いていた俺は許されるはずないだろうに。

 そんな考えを最後にして俺の意識は途切れた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「はっ?!」

 

 意識が覚醒した俺は慌てて首を触る。

 

「ちゃんと…繋がってる」

 

 さっきの出来事はただの夢だったのか。そんな希望的観測が頭をよぎる。だけど自分がいるこの謎の場所の既視感に気づいた時その淡い思いは消え去った。ここは俺が初めて彼女に会った場所によく似ている。

 

 

「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。あなたは先程、不幸にもなくなりました。あなたの生は終わってしまったのです」

 

 俺が落ち着くのを待っていたのだろうか。目の前の椅子に座る青髪の少女がそう告げてきた。

 

 そうか俺は、死んだのか。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 雪原に真っ赤な花が咲いている。

 その赤は命の躍動感でも表しているのか腹立たしいほどに鮮やかだった。そこには既に生は無く、ただただ静が佇んでいる。

 

 それ見るのが初めてというわけではない。地上を眺めていた時に何度も目にした光景だ。そして女神としてその魂達を次の人生へ送り出してきた。悲しみはあれどどこか慣れてしまっている自分がいた。

 

 だけどこんなにも。こんなにも心が揺り動かされたのは初めてかもしれない。先程までの彼の姿を思い返すと頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

 彼だった物に近づく。

 蘇生の制限…。天界の規定…。近くにいる彼女…。そんなことは知らない。知ったことじゃない。そんな物は彼を助けない理由になりえない。

 彼にはまだ生きていて欲しい。私の胸のうちにあるのはただそれだけだ。

 

 

 

 

 




借金からも死からも逃れられない。

唐突にシリアスをぶち込むのは作者の癖です。
冬将軍って謝罪すれば許してくれるのなら割と緩いんじゃね、そんな楽観的思考は首チョンパされました。
カズマさんのせいで残酷な描写タグをつけなければならなくなった。


クリスの冬服って探しても見つからなくて、なら別の作品を参考にしようと盗賊でググるとみんな薄着で参考にならないというオチ。仕方なく普段の服装のマイナーチェンジとなりました。

ここから先数話は真面目な雰囲気になります。たぶん。


読んでくださった皆様に感謝を。


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この水の女神と邂逅を

アクア様本編解禁


 佐藤カズマの人生は終わった。

 目の前にいる青髪の少女は俺にそう告げてきた。

 

 

 俺はひとまず一番気になっている事をその少女に尋ねた。

 

「…あの、俺が死んだ後、あいつらはどうなりましたか?」

 

「冬将軍はあなたを斬ったら姿を消しましたので、お仲間は大丈夫ですよ」

 

 それを聞いて少しだけ安心する。ほんの数十秒しか見ていないがあの敵はおそらくダクネスでもまともに耐える事はできなかっただろう。あいつらまで殺されていたらと思うと…。

 

「けど凄い殺され方しましたね。首チョンパですよ、首チョンパ。グロいの通り越して芸術品みたいな死に方してますよ」

 

 …何を言ってるんだろうこの人は。いや確かに最後に見た自分の姿は凄かったけど。

 その場違いな発言に一瞬今の状況を忘れた。とても死んだ人間にいう言葉とは思えない。そんな俺の内情など知らずに彼女は自己紹介をしてきた。

 

「私の名はアクア。あなたの死後の案内をする水の女神アクアです。まあ改めて紹介する必要はないですけどね。前に一度お会いしていますし」

 

 俺の女神の知り合いは一人しかいないはずなのだが。アクアという名前だけはどこかで聞いたことがある気がする。

 

「俺達初対面だと思うんですけど、以前どこかでお会いしましたかね?」

 

「…はあぁ? 何言ってんのよ。あなたを生き返らせてあげたのが誰か忘れたの? 私よ、私っ! まったく、信仰心の薄い日本出身だからって女神に対して敬意って物が足りないんじゃないかしら」

 

 先程までの女神らしい雰囲気はどこへやら、安いチンピラの様に突っ掛かってきた。宗教関連に疎いのは認めるがこれが女神とかちょっと信じられない。

 

「大体あなた達日本人はどうしてさっさと魔王を倒さないのよ。せっかくこの私が神器を授けてあげてるのよ。魔王の一匹二匹余裕でしょ。まあ引き篭りのゲームオタクには無理な話かしらね。あなた序盤のスライムにも負けそうだし。プークスクス」

 

 ヤバい、こいつ腹立つ。今にも手が出そうだ。いや落ち着け俺。相手は女神なんだ。女神なんだよな? 何か誤解が生じているようだからまずはそこから解決していこう。

 

「なあ、前に俺を生き返らせてくれたのはエリスっていう女神様なんだけど…」

 

「エリス? 何言ってんのよ。日本支部はエリートであるこの私が担当してるのよ。日本人の転生者は全員私が送り出してるの。あの子みたいな辺境の世界担当なんて……ちょっと待ってそういえばこの間…」

 

 彼女の声がだんだんと尻すぼみになっていく。どうやら本人にも何か思い当たる節があるようだ。

 

「そういえばエリス様が俺を生き返らせてくれた時、事情があって担当が変わったとか言ってた気がするな。それなら俺とあんたが初対面なのは納得できると思うんだが」

 

「……」

 

 完全に黙った。さてここからどう切り返してくるのだろうか。まあ何をやった所でこれを女神として見る事はもうないだろう。

 すると彼女は目の前で居住まいを正し、

 

「初めまして佐藤和真さん。私は水の女神アクア。あなたの死後の案内をする者です」

 

 最初に見せた女神らしい雰囲気を纏って俺に話しかけてきた。あそこから猫かぶろうとする神経の図太さだけは見るものがあるな。

 

「…おい、今更やり直せると思ってんのか」

 

「何のことですか? それでは天国に行くか生まれ変わるか…」

 

「無理矢理話を進めようとするな。お前さっきまでの感じを見るに、俺がいつ転生させた相手か分からなかったから、それっぽく話してただけだろ」

 

「……」

 

「図星か。それで、お前は初対面である俺に対して『私が生き返らせてあげた』と恩着せがましく言ってきたわけだが。そこんところどう思うよ?」

 

「……」

 

「だんまりかよ。そんなのでよく女神名乗ってられるな。何がエリートであるこの私がだ。エリス様の爪の垢でも飲んでろ。この駄女神が」

 

「う、うわぁああああああああ!! この罰当たりがぁああああ!!」

 

「このっ、掴みかかってくんな!」

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ。取り消しなさいよ。さっきの言葉」

 

「取り消せだと? いいや何度だって言ってやるさ。この駄女神がっ!」

 

「何よ引きニートのくせにっ!」

「何だとこのっ!」

 

「「……」」

 

「…なあこれ以上の争いはお互いに疲れるだけだ。俺も謝るからもうやめにしないか」

 

「…そうね。私も何かどうでも良くなってきたわ」

 

 とりあえず俺とアクアと名乗る女神は不毛な争いをやめて元の椅子に座り直した。女神とはとても思えないほどに凶暴だったがこれを口に出すとラウンド2が始まるので黙っておこう。

 

 

「それで結局あんたどうすんのよ。私も仕事があるんだから早く決めてよね」

 

「決めるって、何をだ?」

 

「天国行くか生まれ変わるか、どっちにするかってことよ。あんたもう死んでるのよ」

 

 アクアはもう取り繕う気はないのか素の口調で尋ねてきた。その問いに今更ながら自分の死を思い出す。

 

 そうだ。さっきまでの空気で忘れていたが俺は死んだんだ。俺の冒険は終わり。もうあそこには戻れない。めぐみんやダクネス、他の冒険者達、そしてエリスにはもう…会うことができない。

 そう思うと自然と涙が溢れ出ていた。胸に大きく穴が空いたような感覚。こんな思いをするのなら転生などしなければよかった。そう思えるほどの喪失感が俺を襲った。

 アクアは突然泣き出した俺を見てオロオロしている。急にまともな反応しないでくれよ。俺としてはさっきまでの駄女神の方が気が紛れて助かるんだ。そうじゃないともう帰れないって現実に押しつぶされそうだ。

 

 

 そんな俺を救い上げるように天から声が降ってきた。もう聞くことはないと思っていたエリスの声で。

 

『カズマさん聞こえてますか? 私です、エリスですよ。今あなたの体に蘇生の魔法をかけたので帰ってきてください』

 

「エリス様っ?!」

 

 その声に俺は驚きの声を上げた。見ると目の前のアクアもポカーンと口を開けている。俺の声が聞こえたからかエリスの安堵したような声が聞こえてくる。

 

『ああ、よかった。間に合ったようですね。今あなたの前に他の女神がいらっしゃると思います。その方に地上への門を出すようお願いしてくれませんか』

 

「マジですかっ?! お、おいアクア、その門とやらを早く開いてくれっ!」

 

 やっぱり彼女こそ女神様だ。諦めかけていた俺を引き上げてくれる。俺は彼女の言葉に従いアクアに門を出すように頼んだ。だがアクアは俺の頼みを聞かずに天に向かって大声で返した。

 

「その声、あんたエリスね! 今までどこ行ってたのよ! おかげでこっちは大変だったのよ!」

 

『え? え? な、何でアクア先輩の声が聞こえてくるんですか? 先輩は日本担当だから私の世界に来ることなんて…』

 

 どうやら二人は知り合いだったようだ。そういえば以前エリスにアクアのことを聞いた気がする。その時は確か子供のようで可愛らしい人と評していたが、

 

「あんたが勝手にどっか行ったからでしょうが! そのせいで私がここの担当に飛ばされたのよ!」

 

『す、すみません。私のせいで先輩にご迷惑をかけて』

 

 子供というのは分からんでもないが可愛らしいか? ただの狂犬にしか見えない。

 

「それで何であんたがそこにいるの? 確か日本人の誰かに連れてかれたんじゃなかったかしら」

 

『その、そこにいるカズマさんが私を特典として地上に連れて行った方です』

 

 アクアがギギギとこちらを向いてきた。女神がそんな殺気ましましの顔をしたらいかんと思うのだが。

 

「あんたのせいで私はこんな目にあってるのね! 覚悟なさい、神罰を食らわしてやるわ!」

 

「やんのかおらぁ! 俺が勝ったらさっさと門を開けてもらうぞっ!」

 

『二人共ケンカは止めてください! どうして初対面でそんな険悪な空気になってるんですか!』

 

 ラウンド2、ファイっ…とはならずエリスの声で止められた。さすがにこの状況でもう一戦するのは彼女に申し訳ない。

 

『アクア先輩、カズマさんのためにこちらへの門を開けてくれませんか。お詫びは私が天界に帰ったらしますから』

 

「でもこいつをもう一度蘇生させるのって規定に反するでしょ。それくらい誰でも知ってるわよ」

 

『…分かってます。けどそこをどうにか見逃してもらえませんか?』

 

 その言葉にアクアは意外そうな顔をして俺に小声で話しかけてきた。

 

「ちょっとあんた、一体何やったの? エリスは胸をパッドで盛る以外は真面目で頭が固いいい子ちゃんだったのよ。それがあんな事言い出すなんて」

 

「何だよ。言っておくが俺は何もしてないからな。それはそうとそのパッドの部分の話を詳しく」

 

 アクアは俺の言葉を無視して少し唸った後、しょうがないわねと転生した時に見た門と同じ物を出現させた。

 

「今回は特別に門を開けてあげるわ。エリス! あんた帰ってきたら私が今まで頑張った仕事分働いてもらうからね!」

 

『あ、ありがとうございます、先輩!』

 

 アクアはエリスの嬉しそうな言葉に満足すると俺の方を向き、

 

「それじゃあその門をくぐったら地上に戻れるから。それであんたはさっさと魔王を倒してきてちょうだい。元引きニートでも頑張ればなんとかなるでしょ」

 

「ああ、それじゃあ俺は本物の女神であるエリス様の元に帰るよ。ありがとうな駄女神」

 

「「……」」

 

「やっぱ蘇生はなしよ! 今すぐその門を閉じてやるわ!」

 

「残念もう遅い! フハハハっ、さらばだ!」

 

 俺は最後に捨て台詞を残して門の中に飛び込んだ。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「…ズマさん? 大丈夫ですかカズマさん? ああ、気が付いたようですね。本当によかった」

 

 どこか遠くから声が聞こえてくる。その声に促され目を開けるとそこにはエリスの安堵した表情があった。どうやら俺は無事に戻ってこれたようだ。

 もう会えないと思っていた彼女の顔を見ると何か無性にこみ上げて来るものがある。彼女の目が少しだけ赤いのは俺のために泣いてくれたからだろうか。それは自惚れかもしれないけど、せっかく生き返れたのだ。少しくらい都合よく考えてもいいかもしれない。

 

「ただいま帰りました。エリス様」

 

「ええ、お帰りなさい」

 

 さっきまでアクアと話していたせいかエリスの女神度がいつもの三割増に感じる。死んでしまったのはアレだが全部上手く収まって…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり…エリス様なのか…?」

 

 おそるおそる尋ねてくる声がする。その声の方を向くと呆然とした顔のダクネスがいた。

 

 そうだ。俺が死んだのはクエスト中。なら当然ダクネスは近くにいたはずだ。それなのにエリスは正体を晒してまで俺を助けたんだ。自分が必死になって隠してきた相手がいるのに。

 

「どうしてエリス様が…クリスはどこに行ったんだ?…一体何がどうなって…」

 

 ダクネスは混乱しているのかうわごとのように喋っている。友人が実は女神だったなどと急に理解できるわけがない。その反応は当然のものだろう。

 けれどその言葉を聞いたエリスは表情を曇らせた。こうなる事は分かっていた。だけどその言葉は聞きたくなかった。彼女の表情からそんな声が聞こえてくるようだった。

 

「ごめんなさいカズマさん。私は先に宿へ帰ってますね」

 

 そう端的に告げると彼女は逃げるようにこの場を去って行く。俺は何をすればいいかも分からずにただそれを見送った。

 

 

 

 

「とりあえず俺達も帰るか」

 

「…ああ」

 

 俺はダクネスに街に帰るよう声をかけた。まだどこか思い悩んだような表情をしていたが、少しは落ち着きを取り戻したのか素直に同意してきた。

 エリスは俺のためにその正体を現したんだ。俺ができる事があるのかは分からない。だけど何をするにしても彼女に会わなければ話が始まらない。

 そう意気込んで俺は街に帰っ…。

 

「カズマー。ダクネスー。聞こえてますかー」

 

 どこからかめぐみんの声が聞こえてきた。そういえば彼女はどこに行ったのだろうか。

 

「状況も落ち着いたようですし私を雪の中から引き上げてくれませんかねー」

 

 すごく不機嫌そうな声が足下から聞こえてくる。そういえば冬将軍対策で埋めたままだったな。

 

「ところで今二人は帰ろうとしてましたが、まさかこの私を忘れていたなんてことはないですよねー」

 

 とても怒っている様子だ。聞こえなかったふりをして逃げてしまおうか。

 

 

 さすがに置いて帰るわけにもいかずにめぐみんを掘り返した。

 帰り道、俺はめぐみんを背負いその後をダクネスが少し遅れてついてくる。めぐみんは爆裂魔法を撃った後なので歩ける体力がなく仕方なく俺が背負った。俺も生き返ったばかりで少し気分が悪いが今のダクネスに頼むのも気が引ける。

 

「くしゅん! まったく、人を埋めておいてそのまま帰ろうとするとかカズマは鬼ですか。服も濡れてしまいましたし最悪ですよ」

 

「あれは冬将軍対策で仕方なくやったんだよ。おかげで安全だったろ。俺なんて首ぶった斬られたんだからな」

 

「その埋まってる間に仲間が殺されたんですよ。雪の下で何もできなかった私の悔しさが分かりますか?」

 

「お、おう。悪かったよ」

 

 背負っているめぐみんがギュッと腕に力を入れてきた。普段があれなだけにそんなストレートな心配をされると照れるんだが。

 

「まあ埋まっていたおかげでカズマが首チョンパされる光景を見ずにすんだのですが。それで、これからどうするのですか? 私はクリスに会うのが先決だと思いますよ」

 

「…お前さっきから妙に落ち着いてるな。クリスが女神だったことに驚いてないのか?」

 

「これでも驚いてますよ。私は以前からクリスには何かあると思っていたのでそこまで衝撃的というわけではありませんが」

 

 紅魔族は知能が高いと聞くがこの爆裂狂もその例にもれないらしい。一体どこでバレていたのだろうか。

 

「ですがダクネスとクリスは長い付き合いだと聞きます。私のように簡単に受け入れられるものではないのかもしれませんね」

 

 まためぐみんの腕に力が入る。きっと彼女も二人のことが心配なのだろう。

 

「まあなんとかなるだろ」

 

 これ以上不安がらせないように軽く言う。

 俺は後ろにいるダクネスの様子を見た。まだ何か悩んでいるような表情をしている。

 今回の騒動の原因は俺だがそもそもこれはあの二人の問題だ。俺が何をするにしてもこの結末はクリスとダクネス、二人が決めることだ。

 

 

 




登場後数分で駄女神判定されるアクア様。
真面目な話書くとか言ったけどアクア様はやっぱりギャグになるよ。

アクアがカズマさんについていろいろ勘違いしていたのは、出身が日本だと分かった時点で『あーはいはい、日本人ね。じゃあいつものテンプレで話してればいいわ』とそれ以上見るのをめんどくさがったからです。
原作と違いアクアの声がエリスに届いてますがその方が書きやすかったのでそうなりました。アクア様の方が神格が上なので可能だった、で納得してください。

次回こそ真面目な話に…なるといいなあ。

読んでくださったみなさんに深く感謝を。


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この友人に本心を

『ねえ。あたしとパーティーを組まない?』

 

 あの日のことは今でも覚えている。

 教会の前で私はその子と出会ったんだ。

 初めての仲間、初めての友人。

 その子との日々は楽しかった。

 彼女の前だと普段の私とは違った自分でいられた。

 

 私はその友人との関係がいつまでも続くと思っていた。/ 思ってはいなかった。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 俺達は街に帰ると真っ先に宿に向かった。

 

「とりあえず俺一人で会ってくるからお前らはここで待っててくれ」

 

 宿の店主に尋ねたところクリスはすでに帰ってきているそうだ。一階は酒場になっておりそこでめぐみんとダクネスには待ってもらうことにした。一番状況を理解しているであろう俺が先に話を聞いた方が話がこじれないと判断したからだ。

 

 

 二階に上がりクリスの部屋のドアをノックする。店主の話では部屋にいるはずなのだが反応がない。

 

「クリス、入るぞ」

 

 俺がドアを開けるとベッドの上で膝を抱えるように座るエリスがいた。入ってきたのが俺だったからよいものの今まで正体を隠してきたにしてはあまりに無用心だ。いや、逆に言えば彼女は今それだけ不安定な心境になっているのかもしれない。

 

「…あ、カズマさん」

 

 俺がドアを開けたことでようやく来客の存在に気づいたようだ。その曇っていた表情を隠すように笑顔を浮かべる。

 

「…エリス様、さっきは生き返らせてくれてありがとうございました。俺が油断したばっかりに迷惑かけて」

 

「お礼なんて結構ですよ。あれは私がそうしたいと思ったからやったことです」

 

「でもそのせいでダクネスに見られて…」

 

「…いずれはバレることでした。それが遅いか早いかの違いですよ」

 

「…あいつは下の酒場にいます。会って話をしないんですか? 俺が呼んできますよ」

 

「すみません、今は一人でいさせてくれませんか。…そんな顔をしないでください。少し時間をいただければ私も整理がつきますので」

 

 そんな顔をしないでくれか。それはこっちが言いたいセリフだ。そんな寂しそうに笑いながら言われても逆に心配になるだけだ。彼女は気にしてない風に言っているがそんなはずはない。それは今までの彼女を振り返ってみてもわかることだ。

 だが俺には彼女が何を怖がっているのか、その本質まではわからない。エリスとダクネスは俺が知りあう以前からの付き合いだ。俺が知り得ない事情もたくさんある。

 だけどその理由を尋ねたところでこの人は答えてはくれないだろう。心配をかけないよう自分の中で押さえ込もうとする。彼女はそういう人だ。

 

 俺が彼女にかけられる言葉はもう何もない。

 

 

 

 

 俺は部屋を出て一階の酒場に向かった。俺が帰ってきたのを見てめぐみんが声をかけてくる。

 

「お帰りなさいカズマ。クリスの様子はどうでしたか?」

 

「だめだった。俺じゃあどうにもならん」

 

 俺の言葉にめぐみんはシュンとした顔でそうですかと呟く。俺はエリスとの会話を二人に話し先程から黙っているダクネスに頼み込んだ。

 

「ダクネス。お前が行ってどうにかしてきてくれないか?」

 

「…行って私にどうしろというのだ」

 

 俺の頼みにダクネスは冷たく返してきた。その予想外の返しに俺は口をつぐんだ。

 

「私はエリス教徒だ。比べるものではないが一般的に見て私は熱心な教徒の部類に入るだろうな。その私が信じるエリス様が私達を…いや、私を避けているんだ。そこに無理に踏み込むことはできない」

 

「いや別にお前のことを嫌って避けてるわけじゃないんだ。他に何か理由があるんだと思う。俺にはそれが何か分からないから、正直もうお前に頼るしかないんだ」

 

「すまない、心無いことを言っているのは自分でも分かっている。だが私も事態が飲み込めてないんだ。あの方にも考えがあるのだろう。なら私はそれを待つことにする。あの方は優しい人だ。カズマ達が心配するようなことは起きないさ」

 

 ダクネスは最後にごまかすように小さく笑った。その様子に彼女も本心から言っているのではないと思った。

 だけどダクネスの判断は正しい選択なのかもしれない。別に二人はお互いを嫌っているわけではないのだ。時間が経てば二人の隔たりもなくなるだろう。そうして形としては全部うまく収まるのかもしれない。

 

 

 だがそれはエリスの望む結末なのだろうか。彼女はいつも一人で抱え込んでどうにかしようとする。このままだとまたその思いを心の奥底に仕舞い込むだけではないのか。

 目の前のダクネスもそうだ。あれだけ悩んだ顔をしておいて何を言っているんだ。お前はただ踏み込むのが怖いだけじゃないのか。

 

 二人にはこのまますれ違いでは終わって欲しくない。だけど俺が口を出したところで二人の考えが変わらないのはもう分かった。結局のところこれは二人の問題で、俺の言葉など何の意味もなさないのだから。

 

 俺の言葉では何も変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ので、行動で解決を目指すことにした。

 

「わかった。じゃあ無理矢理お前を連れて行くわ」

 

「…何を言っているんだカズマ?」

 

 俺はダクネスの疑問の声を待たずにバインドで彼女を縛り上げた。

 

「な、何をするっ! さすがの私でも今はそういう気分にはならないぞ!」

 

「うるさいこの変態が! 俺だってそんなつもりで縛ったわけじゃねえ! お前を部屋まで連れてくためだよ!」

 

「なっ? 私の話を聞いてなかったのか! 今はまだ距離を取った方が…」

 

「知るかっ! だいたいお前もあいつも融通が利かないというか臆病っていうか…とにかく面倒くさいんだよ! お互いに一回腹割って話してこい! おいめぐみん。この馬鹿を二階に運ぶのを手伝ってくれ」

 

 俺の言葉にめぐみんは先程とはうってかわり、どこか嬉しそうに手伝ってきた。

 

「それはいい案ですね。これからも同じパーティーを組む者として面倒なダクネスとクリスには早く仲直りしてもらわないと困りますからね」

 

「人のことを面倒くさいっていうな! カ、カズマ、待ってくれ! そんな急に連れていかれても心の準備が」

 

「どうせ待っててもお前はずっとウジウジしたままだろ! いいから黙ってついてこい!」

 

 俺とめぐみんは縛り上げたダクネスを引きずって二階に上がった。

 

 

 

 

 

「おらぁ!」

 

「きゃあ?! カ、カズマさん?」

 

 エリスの部屋のドアを蹴り開ける。こういうのは勢いだ。有無を言わせる隙など与えない。俺は縛り上げたダクネスをベッドの上に放り投げた。

 

「ダクネス?! なんで縛られているんですか?」

 

「俺がやった」

 

「あ、あの、事態が飲み込めないのですが」

 

「お前達はそこでじっくり腹を割って話し合え。以上」

 

「そ、そんなことを急に言われても…」

 

 エリスは顔を伏せながら消極的な姿勢をとってくる。彼女のそんな姿を見ているとモヤモヤしてくる。今までの二人を見てきた俺からすると、彼女が望むものがなんであれきっと叶うと思うのだ。

 

「悪いが面倒くさい女神の言い分は受け付けてない。…俺はお前達が何を怖がってるのかは正直分からん。だけど悪い方向にいかないってのは俺が保証してやる。だからお互いに自分の気持ちをちゃんと伝えてみろ」

 

 そう言い残して俺は部屋を出た。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 私はとりあえず縛られていたダクネスの縄を解いてあげた。だけどこれからどうすればいいのだろうか。

 

「大丈夫ですかダクネス」

 

「ああ、ありがとう…ございます、エリス様」

 

 ダクネスは女神としての私に対して礼をしてくる。その姿に胸の奥が少し痛む。

 

「「……」」

 

 お互いに何も喋らず時間が過ぎて行く。彼女との沈黙がこんなに苦痛なのは初めてだ。ここからどこかに逃げ出してしまいたいと思ってしまう。

 そんな沈黙が続くこと数分。急にドアが勢いよく開いた。

 

「お前らは人がせっかく場を設けてやったのに何も喋らないつもりか! 話し声が聞こえてこないからこっちが心配になるだろ! 聞いてる俺達の身にもなれ!」

 

「落ち着いてくださいカズマ! 私達が邪魔をしたら台無しになりますよ!」

 

 カズマさんとめぐみんが開いたドアから叫んでくる。二人はどうやらドアの前で聞き耳をたてていたようだ。

 

「とりあえず何でもいいから話してみろ! 例えば…そう、今日の天気はどうだったとか、今日もお綺麗ですねって相手を褒めてみたりとか! そこから話を広げて最終的に自分の気持ちを伝えればいいから! お前達なら大丈夫だから!」

 

「馬鹿みたいなアドバイスしてないで早く出ますよ! 私達がいては話すこともできませんから!」

 

 そうして彼らは嵐のように過ぎ去っていった。

 自分の気持ちか。それを伝えてもし否定されたらと思うと私は怖くて口に出すことができない。そんな思いをするのなら自分を偽った方がマシだと思ってしまう。

 そんな私とは対照的にダクネスは何か決心がついたのか少しずつ話し始めた。

 

「…あなたと初めてお会いしたのは、確か三年ほど前でしたね。あの頃の私は冒険者になったはいいものの仲間もできずに日々を過ごしていました。だから仲間ができるようにと毎日教会でエリス様…あなたに祈りを捧げていたんです」

 

 普段とは違い丁寧な口調で話しかけてくる。彼女の生まれを考えれば当然のことではある。だけどそのよそよそしい態度を見ていると胸が締め付けられる。

 

「そんなある日、私が教会から出たところにあなたにお会いしました。そこであなたは私に冒険者仲間にならないかと誘ってくれました。あの日のことは今でも覚えています」

 

 やめてほしい。私はそんな感謝の言葉なんて求めていない。

 

「今になって思い返せばあれは私の願いを聞いてくださっていたのですね。それなのに私はそのことに気づきもしませんでした」

 

 やめて。

 

「ただの一信徒に過ぎない私がエリス様自らのご寵愛を賜ったこと、大変嬉しく思います。だから…」

 

「…やめて…ください…」

 

「エリス様?」

 

 心の声は私の胸のうちには収まってくれず、自然と口から漏れ出してきた。そこから堰をきったように私の思いが溢れ出してくる。

 

「確かに、始めは一人の信者のお願いを聞いてあげるつもりで、あなたに会いました。あなたが新しい友人を作るまでの繋ぎになればと思っていました」

 

 私は女神でこの子は人。本来は同じ道を歩むことはない者同士。

 

「だけどいつのまにか、あなたとの冒険を楽しんでいる自分がいました。ただの友人としてあなたといるのが、心地よいと思うようになっていきました」

 

 私が自身の信奉する女神だと知った時、きっとこの関係は終わってしまう。

 

「だけどあなたが見ていた私は盗賊のクリスで、女神のエリスじゃありません」

 

 だから彼女にだけは知られないよう振る舞ってきた。それがいつかは終わる嘘だということも分かっていた。

 

「…クリスじゃ駄目ですか? 今までと同じ様に…ただの友人としてのクリスのままじゃ…駄目ですか?」

 

 それでも、その嘘が少しでも長く続いたらいいなと思いながら。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「何喋ってるのか全然聞こえないな」

 

 俺とめぐみんはドアの前で聞き耳を立てている。だが喋っている声が小さいからか内容はよく聞こえてこない。中は今どうなっているのだろうか。

 

 というか勢いで二人を無理矢理引き合わせたわけだが、本当にこれでよかったのだろうか。他人の事情に首を突っ込んで引っ掻き回すとか俺は頭おかしいんじゃなかろうか。これでもしあの二人の関係が悪化したら俺のせいじゃないだろうか。

 

 俺が悶々と悩んでいると目の前のめぐみんが呆れたような顔でこっちを見てくる。

 

「カズマは心配性ですね。今更どうにかなるわけでもなし、私のようにどっしりと構えてられないのですか?」

 

「お前がいつも通りすぎるだけだよ。もし何かあったらお前も他人事じゃないんだからな」

 

 俺の言葉にクスクスと笑ってくる。一体何がおかしいのだろうか。

 

「別に他人事だなんて思ってませんよ。でも私はあの二人ならきっと大丈夫だと思ってますから」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 どうやら私はひどい勘違いをしていたようだ。

 私の友人が女神だと知った時、始めは戸惑った。そして自分とは立つ場所が違うのだと理解した時に寂しさも感じた。

 けれど一人の信者として、女神本人から目をかけてもらえていたことは嬉しかった。だからこそ感謝の言葉を伝えるべきだと思っていた。

 

「エリス様」

 

 私が名前を呼ぶと今にも泣き出しそうな顔をする。今の彼女はとても女神のようには見えないな。

 

「いや…エリス」

 

 子供をあやすように彼女を抱きしめる。私とは違い相変わらず華奢な身体だ。慣れなくて少しこそばゆいものはあるが、ちゃんと彼女の名前で呼んであげる。

 

「お前が今まで抱え込んでいたものに気付いてやれなくてすまなかった」

 

 確かに彼女は私が信奉してきた女神エリスだ。そこに畏敬の念があるのは否定はしない。

 だけど彼女は女神としてではなく友人としていることを望んだ。ならその思いを否定するわけにはいかない。私も変に意地を張らずに自分が望むものを伝えるべきだ。

 

「エリスやクリスなんて関係ない。女神がどうとか知ったことではない」

 

 彼女と出会った日のことを思い出す。初めてできた友人。その頃は子供みたいな考えでこの関係がいつまでも続くと思っていた。

 

「エリス、お前は出会ったあの日から私にとって大切な友人だ。お前がどう思っていようがそれは変わらない」

 

 その幼い頃の願いが本当になれと願いながら思いを告げた。

 

 

 

「…私はあなたが信じていた女神なんですよ?」

 

「こんな泣き虫な女神とは知らなかったな」

 

「…あなたが一緒にいたのはクリスで、エリスじゃないんですよ?」

 

「クリスと一緒に過ごしたことも、エリスとしてお前が私を思ってくれていたことも、私にはどっちも大切なものだ」

 

「…私と、友人のままでいてくれるんですか?」

 

「ああ。なんならエリス様に誓ってやろうか?」

 

 私の冗談に彼女は小さく笑った。いつも私の隣にいた友人と同じように。そういえばまだちゃんと言ってないことがあったな。

 

「エリス。あの日、私を仲間に誘ってくれてありがとう」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 部屋の前で待つこと三十分ほど。

 そろそろ痺れを切らして中に突入してやろうかと考えていると内側からドアが開かれた。そしてダクネスが開いたドアから顔を出して呆れたように言ってくる。

 

「お前達はまだそこにいたのか」

 

「なんだよ、文句あるのか。…それでちゃんと話し合えたのか?」

 

「ああ。カズマには感謝している」

 

「どーいたしまして」

 

 俺はエリスの様子が気になり部屋に入った。そこには泣いて目が赤くなった彼女がいて…。

 

 

「てめえ! 友人泣かして何が感謝してるだ! お前ならうまく収められるって信じて送り出したのに、この大馬鹿野郎が!」

 

「お、落ち着いてください! カズマさんが心配するようなことは何もありませんでしたから!」

 

 切れてダクネスに掴みかかる俺をエリスが止めてくる。エリスに事の顛末を説明してもらうことでようやく俺は落ち着いた。

 

「今回はみなさんにご迷惑をおかけしました」

 

「迷惑かけることなんて誰にだってあることだ。ちゃんと謝れば許してくれるものだしあんまり気にすんな」

 

「なあ、それならカズマは不当な疑いをかけた私に対して何か謝罪があるのではないか?」

 

「掴みかかられた時にちょっと興奮してたくせに何を言っているのですか。それより私は早く夕食を食べに行きたいのですが」

 

 そういえばクエストから帰ってきてすぐに宿に向かったのでやり残していることがいくつかある。めぐみんにいたっては雪に埋められていたこともあり服がまだ濡れたままのようだ。

 とりあえず三人には風呂に行ってもらい、その間に俺がクエストの報酬を受け取ってくることにした。俺がギルドに行くために部屋を出ようとするとエリスが声をかけてきた。

 

「カズマさん。ダクネスと話す機会を作ってくれてありがとうございました。私一人だったらきっと自分を抑えて本当の気持ちを伝えることはできてなかったでしょうから」

 

「気持ちを伝えたのはエリスなんだ。俺は別に大したことはしてないよ。まあでも、ちゃんと言えてよかったな」

 

「はい、本当に」

 

 これが花が咲くような笑顔とでも言うのだろうか。エリスがお礼を言ってくる姿にそんなことを考える。やはり彼女には曇った顔よりも笑顔の方がよく似合う。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 ギルドに着き受付で討伐の報酬を申請する。

 今日は本当にいろいろあった。クエストに行き油断したところを冬将軍に首切断。死んで出会った相手は本当に女神かと疑いたくなる女神アクア。どうにか生き返ったと思えばパーティー分裂の危機。

 まあそれでも、最終的には全てうまくいったと思う。終わり良ければなんとやらだ。

 俺が濃い一日を振り返り一息ついているとルナさんが報酬金を持ってきてくれた。

 

「こちらが今回の報酬になります。一匹十万エリスの雪精を二十匹討伐したということで二百万エリス、そこから半分を借金のために差し引きまして百万エリスとなります」

 

 

 ……そういえばまだまだ借金が残ってましたね。

 俺の冒険者ライフは相変わらずお先真っ暗なままである。

 

 

 

 




エリスとダクネス。二人の関係はひとまずはこれで決着です。
結構前から流れ自体はできていたんですがうまく表現できずに四苦八苦。ここの話は半端な感じでは投稿したくなかったので納得のいくものになるまで書き直してたらえらく時間がかかりました。


エリスはダクネスに信仰する女神というフィルターなしに友人として見て欲しい。
ダクネスは本音では友人でいたいが立場の違いから女神として接しようとする。

結局のところ始めからお互いの気持ちは同じで、だけどそれを伝えるのが怖くて抑え込もうとする。
案外二人は似たもの同士なのかもしれない。


読んでくださったみなさんに深く感謝を。


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このダンジョンの探索を

パーティー交換回はカットされました。めんご。
あ、今回長いです。(12000字)


「明日はダンジョンに行きます」

 

「嫌です」

 

 俺の提案をめぐみんは一蹴してくる。せめてもう少し話を聞いてから反対してくれよ。

 俺が冬将軍に打ち首されてから数日後、ようやく冒険に出ても支障がない程度まで回復した。借金のこともあるのでそろそろ冒険者活動を再開しないといけない。今はギルドで次のクエストについての相談を四人でしているところだ。

 

「私をダンジョンに連れて行ってもできることなんて限られてますよ。せいぜい外から爆裂魔法を撃って主ごとダンジョンを崩落させることしかできませんから」

 

「そうして俺にダンジョン破壊の賠償金が請求されると。…借金が増える未来しか見えないから絶対にやるなよ」

 

「むむ。やるなと言われたら逆にやりたくなるのが紅魔族の性なのですが」

 

「…お前が普段するアレな言動は紅魔族じゃあ一般的なんだな。一度お前の一族に常識を問いただしてみたいよ」

 

 

 俺はダンジョン探索を選んだ理由を説明した。

 何でも駆け出しでも攻略可能なダンジョンに未探索の領域が発見され、ギルドはその調査クエストを発注したそうだ。クエスト内容は新たに発見されたルートのモンスターの情報やマッピングである。その調査報酬に加えて道中に見つけたお宝は持ち帰ってもよいとのことだ。

 そのクエストを受付嬢のルナさんが借金返済の助けになればと俺に直接斡旋してくれたわけだ。

 

「それで、めぐみんはダンジョン前に置いていくとしてお前らは何か意見あるか?」

 

「あたしは賛成だよ。ダンジョン探索は盗賊の領分だからね。まだ見ぬお宝があたしを待っている! なんてね」

 

「反対はしないが、私もめぐみんと一緒にダンジョンの外で待っていることにするよ」

 

 ノリノリなクリスに対して何故かダクネスは消極的だ。攻撃が当たらないダクネスでもタンクとしてなら優秀なのでいてくれた方が助かるのだが。まあクリスと二人ならそれはそれでやりようがある。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 俺達は街から半日ほどの距離にある山の麓に着いた。その山の岩肌にはポッカリと大穴が空いてており、そこから階段が地下深くまでのびている。これが今回のクエスト対象のダンジョンだ。

 

 名前はキールのダンジョン。

 その昔、キールという名前の天才アークウィザードがいたそうだ。国一番の実力を持ったキールはその力を国のために使い多くの功績を挙げていった。キールは多くの人々から称えられたが、ある時何を思ったのか貴族の令嬢を攫い王国の軍を退けこのダンジョンを作って立て篭もった。

 悪い魔法使いのお話はここまで。その後どうなったのかは当人達しか知りえないのだろう。

 

 ダンジョン前には避難所とか書かれた頑丈なログハウスが建っていた。俺達はとりあえずその建物に入る。荷物がまったく置いてないのを見るに他の冒険者はダンジョンに潜っていないようだ。

 俺は自分の荷物を整理した。ダンジョン攻略に必要なものだけを選んで残りはここに置いていく。

 めぐみんとダクネスにはここで残ってもらうのだが、

 

「お前はなんでその猫連れてきたんだよ」

 

「猫ではありません。ちょむすけです」

 

 めぐみんの腕には何時ぞやの漆黒の魔獣が抱えられていた。最近は見かけなかったがどこで飼っていたのだろうか。

 

「以前遠出のクエストに行った時は部屋に置いていったのです。けど帰ったらぐったりとしたこの子がいまして。今回は私の出番はありませんし連れてきても大丈夫かなと」

 

「お前は飼い主なんだからもうちょっと優しくしてやれよ。雑に扱ってるとそのうち嫌われて引っ掻いてくるぞ」

 

「そうなってしまったら仕方ありません。我が使い魔とは契約を破棄し、その贄を持って新たな使い魔を召喚しますよ」

 

「…ちょむすけが怯えてるからそれ以上変な話はしてやるな」

 

 俺が荷物を整理する中、同じくダンジョンに入るクリスもダクネスと一緒に持っていくものを選別している。

 

「やけに荷物が多いとは思ってたけど。なんでこんなにたくさん食糧持ってきたの?」

 

「なんでってダンジョンに来るならこれくらいは必要だろう」

 

「でもダクネスはダンジョンに入らないから必要ないでしょ。こんなに食べたら太るよ?」

 

「どうして私が一人で食べることになっているんだ。それを言うならクリスはもっと食べた方がいい。お前は体が細すぎるからな」

 

 クリスとダクネスの間には数日前の気まずい雰囲気は欠片も残っていない。むしろお互いに溜め込んでいたものを吐き出したからか前より仲良くなっているように思える。

 クリスが体のことを言われてダクネスに襲いかかっているがあれはじゃれ合いなのだろう。ちょっと目が座っている気がするがきっと気のせいだ。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「早く帰ってきてくださいね。帰りが遅いとダンジョンが謎の崩落を起こしたり、ちょむすけが何者かに食べられているかもしれませんからね」

 

「私がめぐみんを見張っておくから気にせず行ってこい。あまり無理はするなよ」

 

 めぐみんとダクネスに見送られ俺達はダンジョンに踏み入った。入り口から伸びている階段を下りていく。この場所はまだ外の光が届いているので少し薄暗いだけだが、より深く進めばそこは完全な闇になっているのだろう。

 

「エリス、ちゃんと見えてるか?」

 

「私は大丈夫ですよ。カズマさんの表情まではっきり見えてます。何せ私は女神ですから」

 

 エリスは得意げな声で返事をしてくる。その表情までは見えないがきっと彼女はドヤ顔でもしているのだろう。

 

 俺とエリスは暗闇など気にせず平然と歩いている。俺はスキルの千里眼で、彼女は女神の見通す目があるのでこの暗闇でも目が利き、問題なく行動できている。

 今回のクエストは調査がメインだ。戦闘をなるべく避けるために明かりのような目立つ物は使わずに進む。それに加えて俺の敵感知スキルと潜伏スキルのコンボで夜目が利くようなモンスターにも見つかる前に隠れることができる。潜伏はスキルを使っている人に触れていれば効果があるので二人でも問題ない。これでこのダンジョンのモンスターの大半は対処できるだろう。

 これは複数のスキルが使える冒険者ならではの利点だ。やっていることは地味だがなかなか便利な使い方だと思う。

 

 ダンジョンを進む中エリスは少し不満げに俺に話しかけてくる。

 

「それにしてもせっかくのダンジョン探索なのにどうして私は女神の姿なんですか。ダンジョンでこそ盗賊の力が輝く時なのに」

 

「盗賊だと目が利かなくて時間がかかるだろ。今の状況ならこれが一番効率がいいんだ」

 

「それは分かってますけど。何か納得がいきません」

 

 さっきは私は女神なのでと自信満々に言っていたはずだが。女神心は移ろいやすいようだ。

 

「だいたい今の俺はお前が覚えてる盗賊系統のスキルはあらかた習得してるんだぞ。ダンジョン攻略に盗賊二人なんて過剰だろ。分かったら文句言わずについてこいよ」

 

「むう、カズマさんが私以上に盗賊稼業を極めてきてます。このままでは本業である私の立つ瀬がなくなるのですが」

 

「女神の本業が盗賊とか世も末だな」

 

 この世界のダンジョンはゲームみたくトラップが数多く仕掛けられている。そのためダンジョン攻略の際には罠発見や罠解除を持つ盗賊系統のスキルが必須である。

 俺は今回の作戦をするにあたり彼女に事前にスキルを教えてもらっていた。スキルポイントはベルディアを倒したことによりかなりレベルが上がっていたのでどうとでもなった。

 

 

 

「ギルドから聞いた話だとここからが未探索の領域らしいな」

 

 ダンジョンの壁が一部崩れておりそこから先に通路が続いている。ようやく調査クエストの始まりだ。俺は荷物の中から紙とペンを取り出しエリスに渡す。

 

「俺が先導するからエリスは調査内容をメモしながらついてきてくれ。俺の敵感知スキルに反応があればすぐに隠れるぞ。それと…」

 

「相手がアンデッドなら私が浄化する、ですね。作戦はちゃんと覚えてますから大丈夫ですよ」

 

 それならこれ以上の説明は必要なさそうだ。

 潜伏スキルは使用者の姿や臭いまで誤魔化してくれる優れものだ。だがアンデッドは生者の生命力を目印に行動するするので相性が悪い。そこでエリスのターンアンデッドの出番である。

 

 未探査の通路に入っていくとさっそく敵感知に反応がある。動き的にこちらに気付いている様子はないがこのままだと接敵する。俺はエリスに合図を送り二人で物陰に隠れ潜伏スキルを使う。

 正体まではわからないが小さな人型のモンスターのようだ。そいつは俺達に気付いた素振りもなく通り過ぎていく。作戦はうまく機能しているようだ。これなら調査クエストも楽に終わ…。

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 

「…お前、何やってんだよ」

 

 目の前のモンスターが消し飛ぶのを見ながら、隣で破魔魔法を撃った少女を問い詰める。作戦を覚えているとは一体何だったのだろうか。

 

「あ、すみません。今のはグレムリンという名前の下級の悪魔です。調査報告には特に書かなくていいモンスターですね」

 

「いやそっちじゃなくて。なんで見逃さなかったのかを聞いてるんだ」

 

「え? あれは悪魔なんですよ。殺して当然じゃないですか」

 

「さも当然のことみたく言ってくるな。今日は戦闘少なめで行くって言っただろうが。今からは敵がさっきの奴でもスルーで行くからな」

 

「カ、カズマさんは女神であるこの私に悪魔を見逃せと言うんですか? そんな作戦承服できません!」

 

「女神だって言うならもうちょっと寛大な心を持てよ!」

 

 そういえばエリスは悪魔を蛇蝎の如く嫌っていたな。このままだとクエストに支障がでるのでどうにか説得した。一応は納得してくれたが『見逃してあげるのは今だけですよ。覚えておきなさい』と小さく呟いていた。あの様子ではロクなことが起きなそうなので用事が済んだら早く帰ろう。

 

 

 

 

 何かおかしい。俺はまた一人エリスに浄化されたアンデッドを見ながら考える。

 確かにダンジョンのような魔力が淀む場所はアンデッドが沸きやすいと聞く。だがそれにしたってこの数は異常だ。少し歩いただけで敵感知に反応が現れアンデッドが寄ってくる。しかも時間が経つごとにその数が増えていっている。

 

「このダンジョンにさ迷い続ける魂達よ。その縛りから解き放たれ天に帰りなさい。『ターン・アンデッド』」

 

 エリスが最後のアンデッドを浄化する。敵感知の反応的にこの辺りの敵は全て浄化されたようだ。

 

「お疲れさん。しかしなんでこんなにアンデッドが多いんだ? これじゃあ戦闘を避けるってプランがあんまり意味をなしてないんだが」

 

「確かにおかしいですね。未探査の場所というのを加味してもこの数は…。普段はもっと寄り付いてこないのですけどね」

 

 アンデッドを浄化して満足げにしていたエリスだが流石にこの事態に疑問を抱いているようだ。まるで強い光に当てられた虫の様にアンデッド達は集まってくる。彼らを引きつける何かがあるのだろうか。

 そうしているとまた一つ敵感知に反応があった。そいつは俺を中心としてエリスとは正反対の位置に出現した。この配置なら俺を真っ先に狙ってくるだろう。

 思考を中断して剣を抜く。考え事をしていたのでそのアンデッドはかなり近くに迫ってきている。剣で一撃受け止めてからエリスに浄化してもらおう。そう考えて俺は防御の姿勢を取った。

 

「あれ? まだ残ってたんですか。『ターン・アンデッド』」

 

 しかしそいつは俺を素通りしてエリスに一直線に向かって行った。俺になんか興味ねえよと言わんばかりのスルーっぷりだ。明らかに挙動がおかしいかった。

 思い返してみると先程から俺を襲ってくるアンデッドはいなかった気がする。現れたアンデッド達はまるでダイソンの如くエリスに吸い込まれていたように思える。

 

「あの、カズマさん。どうしてそんな怖い顔で見てくるんですか? 私何かしちゃいましたか?」

 

「なあエリス。アンデッドは生者の生命力を目印にしてるんだよな。それ以外にも何か集まってくる要因はないか? 例えば何か神聖な存在に引き寄せられるとか」

 

「そうですね。下級のアンデッドなんかは本能的に自分を浄化してくれる聖なる者に引き寄せられるとは聞きますよ」

 

「…ちなみにエリス様は自分が何者か覚えておいでですか?」

 

「それは当然幸運の女神……ですよ」

 

 エリスが言葉に詰まる。俺が何を言いたいのか理解したようだ。

 

「なあ、あいつらが集まってくるのってお前のせいなんじゃ…」

 

「………テ、テヘッ」

 

「そんな可愛げに誤魔化したって俺は騙されんぞ! だが今のテヘペロは恥じらいが抜けきってなかったのでもう一回お願いします!」

 

 

 

 エリスにはクリスの姿になってもらいダンジョンの奥に進んでいく。暗視ができなくなるがアンデッドに襲われながら進むよりはマシなので仕方がない。やはり彼女が原因だったのか、あれだけいたアンデッドはほとんど寄ってこなくなり、先程より順調に進めている。

 マッピングは俺が担当することにしたのだが、俺の暗視は空間の把握しかできないので書いた地図を見ることはできない。ダンジョンを出た後に記憶と照らし合わせながら修正する必要があるだろう。

 

「うう、真っ暗で何も見えない。せめて明かりくらいつけて進もうよ」

 

「俺達だけなら必要ないと思って置いてきたぞ。諦めろ」

 

「じゃあ初級魔法で火をつけながら進むとかできない?」

 

「俺の魔力量を舐めるなよ。ダンジョン内を照らせるレベルで火をつけたら一分と持たずにで魔力が底をつくからな。そもそも明かりをつけたら隠れながら進めないだろ」

 

 俺が先導しクリスは俺の袖を掴みながらすぐ後ろをついてきている。俺は手を繋いで進もうと提案したのだが何故かやんわり断られた。まあ邪な思いで提案したわけではないのでガッカリなんてしてない。してない。

 クリスは盗賊という職業柄、暗闇で歩くのはある程度慣れているそうだ。だからクリスが足を躓いたところを俺が庇い『きゃっ! あ、ありがとう。君のおかげで怪我せずにすんだよ』と合法的に抱きつく心配はまったくない。少し足場が悪い所を選んで歩いた俺が言うんだから間違いない。

 

「ねえカズマ君。さっきから何か変なこと考えてない?」

 

「考えてない。俺はただ現実の残酷さを嘆いているだけだ。クリスはどうしてそんなことを聞くんだ?」

 

「うーん…女神の直感? 何か邪な気配を感じてね」

 

 直感で疑われるとは大変遺憾である。少なくとも俺はまだ何もやってない。やっていないが何か後ろめたさを感じるのはどうしてだろうか。

 

 

 

 俺達はさらにダンジョンの奥に進んでいく。だが先程からクリスの様子がおかしい。俺の暗視では彼女の表情までは見えないが歩調が乱れてきている。慣れているとは言ったが長時間視界がきかない暗闇の中を歩いてきたので、精神的に疲労しているのかもしれない。けれどクリスは何も言ってこない。

 

「一回休憩するか。この部屋なら敵の反応もないし罠もないみたいだ」

 

 適当な場所に座り荷物を開く。何故かダクネスが多めに食糧を渡してきたが今はそれに感謝する。何か腹に入れれば気も休まるだろう。

 食糧に加えてマナタイトの屑石を取り出す。マナタイトは使い切りで魔力を肩代わりしてくれる鉱石だ。俺はそれを使い初級魔法で指先に火を灯す。言うなれば指ろうそくと言ったところか。火の大きさを絞っているので火傷の心配はなさそうだ。

 指の火がぼんやりと部屋の中を照らす。急に明かりをつけたからかクリスは眩しそうにしている。

 

「ほら、クリスも適当に座れ。まだまだ時間がかかりそうだから今のうちに食べとけよ」

 

 クリスに初級魔法で作った水と食糧を渡し俺も軽食を取る。彼女はそれを受け取ると俺が火を灯しているそばに座る。その明かりに照らされてようやく彼女の表情が見えるようになった。

 

「ありがとカズマ君。それにしてもこんなに長丁場になるとは思わなかったね」

 

「まったくだ。おまけに財宝は今のところ見つからず。報酬が出るとは言え思ったほど楽なクエストじゃないな」

 

「あたし達運がいいはずなんだけどねー。なんでこう都合よくお宝発見、ってならないのかな」

 

「俺は最近お前が本当に幸運の女神なのか疑いだしてるぞ。借金は減らないしハッピーなことが何も起きないし」

 

「君はひどいこと言うな! あんまり罰当たりなこと言うとさすがのあたしも天罰落とすよ!」

 

「冗談だからそんな怒るなよ。そんな大声出すとモンスターが寄ってくるぞ。ちなみにその天罰ってどんなものなんだ?」

 

「小銭を落としたら絶対に手が届かない隙間に落ちる罰」

 

「…なんかしょっぱいな」

 

 二人で会話しながら食事を進める。俺は片腕が塞がっているので食べるのに時間がかかった。早く出発したかったのかクリスは俺が食べ終わるのを見ると立ち上がった。

 

「よし。それじゃあダンジョン攻略、続きいってみようか」

 

「まあ待てよ。食い物も無駄にあるしこのマナタイトだって使い切りなんだ。せめて火が消えるまでゆっくりしていこうぜ」

 

「あたしはもう十分休んだし、あんまり長居してたらモンスターが寄ってきちゃうよ」

 

「…さっきの足取りを見た感じだと、そんな簡単に疲れが取れるものでもないだろ。いいからもうちょっと休め」

 

「あー…バレてたんだ」

 

「お前はわかりやすいからな。どうせ遅れてるのは自分のせいだからこれ以上迷惑かけたくない、とか考えてたんだろ」

 

 クリスは俺の言葉を聞いてバツが悪そうな顔をする。あれで誤魔化していたつもりらしい。

 元々この作戦を立てたのは俺で、遅れたのはあくまで想定外の事態が起きたからだ。クリスにまったく非がないとまでは言わないが気にするほどのことではない。

 

「そこまでは思ってないよ。でも本当に大丈夫なんだよ。これぐらいなら今までだって何度か経験してきたし」

 

「悪いが俺はお前の大丈夫って言葉はあんまり信用してないからな」

 

 その責任感の強さは彼女の長所だと思う。ただそれを一人でどうにかしようとする姿勢は気に食わない。この際だ、彼女にははっきりと言っておこう。

 

「あのな、別に他人に迷惑かけてもいいんだよ。めぐみんやダクネスを見てみろ。あいつらは自分の欲求に忠実でクエスト行くたびに問題起こして俺達が尻拭いしてるだろ」

 

「あはは、いつも本当に手を焼かされるよね。でもあたしはあの二人がやるような迷惑行為をする予定はないよ」

 

「お前があいつら並のことをやりだしたら真っ先に頭の心配をするよ。そうじゃなくて。お前はもっと周りにいる奴を頼れって言ってるんだよ。迷惑かけるとか気にするな。俺ができることなら何だって手伝ってやる。めぐみんやダクネスだって手を貸してくれるさ。なにせ俺達は、な、仲間なんだからな」

 

 

 最後の最後で我に帰り恥ずかしくなってしまった。何故俺はこんなくさい台詞を吐いているのだろうか。俺達は仲間だ、とか一昔前の漫画みたいな事言ってんな。

 そんな俺の様子を見てクリスは笑ってくる。

 

「…ふふっ。なんで最後の言葉が締まらないのかな」

 

「うるさい。俺だって柄じゃないって分かってるよ」

 

 それでも言っておきたかったのだ。誰かに頼ることが苦手な彼女には。

 

「そっか、仲間か……。そこまで言われたのならしょうがないね。大人しく休んでいくことにするよ」

 

「それでいいんだよ。ほらまだ食糧は残ってるからこれでも食ってろ。この新しいマナタイトの魔力が切れたら出発するぞ」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 俺達はその後も数回休憩を挟みながらダンジョンを進んだ。しかし目新しい収穫もなく最後の部屋にたどり着いた。

 

「マップ作ってた感じだとここで終わりらしいな。結局お宝は見つからずじまいか」

 

「こういうダンジョンの奥には隠し部屋があるのが定番なんだけどね。うまく隠してるのかただ作ってないのか」

 

 俺達はその部屋を調べたが何も見つからず諦めて帰ろうとした。するとそれを引き止めるかのように壁の一部が魔法のように消失した。その奥からは、くぐもった声が聞こえてくる。

 

「そこの冒険者の二人組よ。少し私と話をしないか」

 

 その声に引かれて隠されていた部屋に入る。そこはベッドや椅子など最低限の家具しか置かれていない小さな部屋だった。そこに先程の声の主が一人座っていた。その人影がランプに火を灯し、その明かりによって姿が浮かび上がる。そこには深くローブを被った骸骨がその虚になった目をこちらに向けていた。

 

 

「ぎゃあああああああ?!」

 

「君いいリアクションをするね。そんな反応をされたのは何百年ぶりだろうか。私の名前は…うわっと! お嬢さん、急に斬り掛かってくるのはやめてくれないか。まずは話し合いをしよう、そうしよう」

 

 

 

 

「いやあ、驚かせてすまない。私の名前はキール。このダンジョンを造り、貴族の令嬢を攫った、悪い魔法使いさ」

 

 それは忘れられた物語。

 その昔、キールという名のアークウィザードは偶然見かけた貴族の令嬢に一目惚れをした。しかしその恋は実らない事を知っていたキールは、ひたすら魔法の修行に没頭した。

 月日が流れキールは国一番のアークウィザードとなった。国の王は彼に尋ねた。その功績に報いたい、どんなものでも一つ望みを叶えよう、と。

 キールは答えた。

 この世にたった一つ。どうしても叶わなかった望みがあります。それは、虐げられている愛する人が、幸せになってくれる事。

 

「そう言って、私は貴族の令嬢を攫ったのだよ」

 

 目の前の骸骨はそう自慢げに語った。

 

「まさか骸骨に惚気話聞かされるとは思わなかったよ」

 

「ハハハ。この程度の話なんて惚気話とも言えないよ。彼女との思い出はまだまだ語り尽くせないほどあるからね。それにしてもあの頃の私は若かったな。お嬢様を攫った後にプロポーズするなんていう無計画なことをしたものだよ」

 

 さてどうしたものか。

 このキールと名乗る骸骨はリッチーだそうだ。特に敵意は感じなかったのでひとまずクリスを抑えて話だけでも聞いてみることにしたのだが。

 

「お嬢様を救い出してそのままプロポーズするなんてまるで御伽噺みたいですね! それでそのお嬢様とはどうなったんですか?」

 

「お、気になるかいお嬢さん。その時は二つ返事でオッケーをもらえたよ。あの時の感動は今でも忘れられないな。あまりの嬉しさについ王国軍とのドンパチに熱が入ってね。軍勢の中心に炸裂魔法を撃ちこんだものだよ」

 

 エリスとキールは仲良く話しをしている。相手が上位のアンデッドであるリッチーと知り警戒のために女神の姿になったはずなのだが。

 

「このベッドに眠っているのが私が攫ったお嬢様だ。見てくれこの骨の白さを。まるで陶磁器のような美しさだろう」

 

「ほ、骨の美しさはわかりませんが。でもこの方は何の悔いもなく成仏しています。生前はきっと幸せに過ごせたんでしょうね」

 

「ああ。彼女は最後まで幸せそうに笑ってくれていたよ」

 

 エリスはキールとお嬢様の恋愛談を興味深く尋ね、キールもお嬢様との逃避行を楽しげに語っている。あの二人を見ていると天敵同士の女神とアンデッドの王が話しているとはとても思えない。

 そうしてしばらく歓談しているとキールは真面目な声でお願いをしてきた。

 

「さて、まだまだ話したいエピソードもあるんだが。そろそろ本題に入ろうか。お嬢さん、君に頼みがあるんだ。不死人の身で頼むのは傲慢かもしれないが、どうか私を浄化してはくれないか。君はそれができる存在なのだろう」

 

 

 

 エリスが魔法の詠唱をする中、キールはベッドに横たわるお嬢様の腕の骨に手を置いている。その二人を包むように魔法陣が広がっていく。

 

「いや本当に助かるよ。彼女が亡くなった後の無限に続くような時間はとても苦しいものでね。あまりにも時間が有り余っていたから彼女との冒険譚を延々と書き綴ったものだよ。そこに置いてあるんだが君も読んでみるかい?」

 

「あれ本だったんだな。大きさ的にタンスか何かかと思ってたんだが。さすがにあの量を読む気にはならないよ」

 

「それは残念。…しかしようやくだ。ようやく彼女と同じ所にいける」

 

 キールは嬉しそうに一人呟いている。キールはお嬢様を守りながら戦った際に重傷を負い、彼女を守るために人である事をやめてリッチーになったらしい。

 

「…あんたはリッチーになったことを後悔してるのか?」

 

「いいや全然。もう一度私がリッチーになった時と同じ状況に出会ったなら、私は迷わず同じ選択をするね」

 

「平然と格好良いことをを言うな。俺にはその気持ちはよく分からないよ」

 

「なに、君もいずれわかる時がくるさ。愛する人のためならなんだってできるものだよ」

 

 エリスが唱えていた詠唱が終わったようだ。柔らかい光を放つ魔法陣が部屋全体に敷かれている。

 エリスは優しげな笑みを浮かべてキールに話しかけた。

 

「まったく。女神の前でリッチーになって後悔してない、なんて言うものじゃありませんよ」

 

「ハハハ、確かにその通りだ。神前にて自らの罪を誇らしく語るなど、なんとも不遜なことだ」

 

「本当ですよ。…でも愛する人のために人を捨てたあなたの選択を私は称賛します。神の理を捨て、自らリッチーと成ったアークウィザード、キール。幸運の女神エリスの名において、あなたの罪を許します。…目が覚めると目の前にはアクアという名の青髪の女神がいるでしょう。再び愛する人に会いたいと望むなら、彼女に頼むと良いでしょう。彼女はきっとその願いを叶えてくれますから」

 

「それはなんとも、嬉しい話だ。感謝します女神様」

 

 キールは本当に嬉しそうに礼をしてくる。彼を包む光がどんどんと強くなっていく。

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」

 

 エリスの声とともに光は一層強くなり、やがて消えた。光が消えた後、リッチーとお嬢様の骨も消えてなくなっていた。

 エリスは彼らがいた場所を静かに見つめ続けていた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 俺はダンジョンを出るために荷物を纏める。キールはもう自分には必要のないものだからと生前に手に入れていた財宝を俺達に譲ってくれた。だけど今はそれを喜ぶような空気ではなかった。

 

「それにしてもアクアだっけ? あのチンピラみたいな女神にあの人を任せて大丈夫なのかね。あいつなら嫌よめんどくさい、とかいいかねないぞ」

 

「アクア先輩はやる時はやってくれる人ですから。きっとキールさんの願いを叶えてくれますよ」

 

「つまり普段はロクでもない奴だって思ってるんだな」

 

「そ、そんなこと思ってませんよ。頼りになる素敵な先輩ですよ」

 

 少しだけ空気が緩む。いつまでも感傷に浸っていてもしょうがない。地上に帰るとしよう。

 

「それじゃあもう用事もないし帰るか」

 

「あ、すみません。ダンジョンを出る前にやっておきたいことができたので少し待っててもらえませんか?」

 

 もう調査も終わっているのだが何かあっただろうか。

 

「何するかは知らないけど手短に頼むぞ。俺はもう疲れたからな」

 

「大丈夫です。今の姿ならいつもよりずっと早く終わりますから」

 

「今の姿なら?」

 

 エリスは一人部屋を出ると広めの通路に立った。あんな見通しがいい所にいたらアンデッド達が集まってくるのだが。

 

「カズマさんは危ないのでその部屋で待っててくださいね。『フォルスファイア』!」

 

 エリスが何かの魔法を唱えるとその手に青白い炎が灯った。その火を見ているとエリスに対して攻撃的な感情が湧き上がってくる。後で聞いたのだがその魔法はモンスター寄せの効果があるものらしい。

 

「このダンジョンにさ迷う魂の浄化とくそったれ悪魔どもを滅ぼすこと。女神の姿なら両方楽にできますね。これなら時間はかからなそうです」

 

 ダンジョン内に足音が反響している。敵感知の反応がどんどん増えていく。何か大量のモンスターがこちらに迫って来ているようだ。エリスは依然として通路の中央に立ちそれを待っている。

 

「カズマさんは潜伏スキルで隠れてくださいね。それじゃあ全員浄化しましょうか」

 

 どうやらショータイムの始まりらしい。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 新しい朝が来た。希望の朝だ。

 ダンジョンを出た時、俺を迎えてくれたのは朝日だった。ダンジョンに入ったのも朝方だったはずなのでほぼ丸一日ダンジョンに潜ったいたことになる。

 だがそんなことはどうでもいい。今はその喜びを胸に刻みこの大空を仰ごう。俺は、あの地獄から解放されたのだ。

 

「カズマ! しっかりしてくださいカズマ! まだ燃え尽きるには早いですよ!」

 

 誰かの声が聞こえる。あのダンジョン中に響き渡る恐ろしい足音とは違い、この声は心地が良い。

 

「俺は…帰ってこれたんだな…」

 

「カ、カズマーーーー!」

 

 

 

「お帰り、エリス。早かったな。それであれはどうしたんだ?」

 

「ただいま帰りました。カズマさんはその…ダクネスとダンジョンを攻略する時と同じような感覚でやってしまいまして。そこら中から迫って来るモンスターがよっぽど怖かったようです。私が気付いた時にはあんな風になってました」

 

「なるほど、私と一緒の時はダンジョンに三日三晩潜ってたりもしたからな。お前は悪魔やアンデッドが絡むと正気を失いがちだ。どうせ最後の一人を浄化した時にでも気付いたのだろう。これからは気を付けた方がいいぞ」

 

「返す言葉もありません。本当はカズマさんがいたのであそこまでやるつもりはなかったんですが。キールさんを浄化して他の方の魂も放って置けなくなってしまい……。それにしてもダクネスはどうしてここに残ったんですか?」

 

「モンスターと戦い続けるというのは悪くないシチュエーションなんだ。だがここのモンスターの攻撃では私の欲求を満たしてはくれないからな。そんなお預けを延々味わうのが嫌だったんだ」

 

「そんな理由聞きたくなかったです。もうダクネスとは一緒にダンジョンには潜りませんから」

 

 

 

 こうして俺達はダンジョンの調査クエストを達成して帰路についた。俺がクエストで受けた心の傷はちょむすけを愛でることで回復した。

 

 

 

 




順調に投稿スピードが落ちている作者です。
話の区切りがうまくいかず一話に全部まとめました。
未探索領域の調査とかはアニメの方から引っ張ってきました。

ダクネスが大量に食糧を持ってきているのはクリスと一緒の時は長丁場になると分かっていたからです。あの二人だけでダンジョン行く時はダンジョン中の悪魔とアンデッドを狩り尽くす勢いで攻略していた、みたいな感じです。


すごい久しぶりなおまけ

地上の二人組

めぐみん「二人とも遅いですね。何かあったのでしょうか?」

ダクネス「そうか? これくらいは普通だろう。それはそうとめぐみん。その、ちょむすけを触らせてくれないか」

めぐみん「嫌ですよ。これは私の使い魔です。まあダクネスがどうしてもと言うのなら、爆裂散歩に付き合ってください。そうすれば触らせてあげますよ」

ダクネス「だから爆裂魔法は駄目だと言っているだろう。もしその衝撃でダンジョン内が崩れたらどうするんだ」

めぐみん「カズマ達なら大丈夫ですよ。何せ幸運の女神様がついていますからね。ダンジョンが崩れても運良く瓦礫に潰されないでしょう」

ダクネス「そもそも崩れるのが問題なのだが。…はぁ、しょうがない。ここから離れた所でなら大丈夫だと信じよう。今のままだといつ勝手に爆裂魔法を撃つかわかったものじゃない」

めぐみん「それでは早速行きましょう。ダクネスと爆裂散歩行くのも珍しいことです。今日の私はいつもより気合が入っていますよ」



めぐみん「まさか動けない私を置いてモンスターに突っ込んでいくとか予想外でした。どう考えたらあんな行動ができるのか私は不思議でたまりませんよ」

ダクネス「あ、あれは未遂だっただろう。確かに心惹かれるものはあったがちゃんと背負って逃げたじゃないか」

めぐみん「でもダクネスが走るのが遅くてモンスターに追いつかれそうだったじやないですか。あれは一体どう説明するんですか?」

ダクネス「あれは鎧をつけていたから仕方がないことなんだ! 決して捕まりたくて遅く走ってたわけじゃないんだ!」

めぐみん「仕方ありませんね。今日はその見え透いた嘘を信じてあげますよ。ほらちょむすけ。ダクネスの所に行ってあげなさい」

ダクネス「だから嘘では…おお、初めて触るが気持ちの良い毛並みだな。ずっと撫でていたくなるな。小さくて愛らしいものだ」

めぐみん「まったく。相変わらずうちの使い魔は人気者ですね」



読んでくださったみなさんに深く感謝を。


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このお屋敷で幽霊退治を

久しぶりに頭の悪い文章を書きたくなった。


 ここはどこだろう。

 目を開けるとそこは一面の花畑だった。薄く霧がかったこの場所には俺以外誰もいない。こんな現実味のない場所で寝た覚えはなかったが、考えてみると簡単なことだった。

 これは夢だ。この風景は俺の頭が生み出したものなのだろう。こんなにはっきりとした明晰夢を見るのは初めてだが、さてどうしたものか。

 

「おーい」

 

 どこからか声が聞こえて来る。やることもなし、その声の方向に歩いていくと大きな川が流れていた。声は対岸から聞こえてくる。

 

「あっはははは。来いよ。こっち来いよ」

 

 そこには死んだはずの爺ちゃんとこないだ倒したベルディアが手を振ってきていた。なるほど、つまり。

 

 

「ここは三途の川ってことじゃねえかぁああああ!!」

 

 自分の大声で目を覚ます。そこには見慣れた馬小屋の天井があった。

 

「寒っ?!」

 

 起きたと同時に冬の寒さが俺を襲う。体はあまりの寒さにガタガタと震えていた。考えたくはないが今の夢で目を覚さなかったら凍死していたのではないだろうか。あの三途の川のイメージは体の異常を知らせるための脳からの救難信号だったのかも知れない。

 

「さすがに、まずいな」

 

 このまま馬小屋生活を続けていたら死んでしまう。朝起きたら氷漬けの俺がいるとか笑えない。俺は一つの決断をした。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 翌朝、俺達四人は街の不動産屋に向かっていた。目的はもちろん新しい寝床の確保だ。前々からクリス達に四人で家を借りないかと提案されていたが、借金があるからと俺は渋っていた。

 

「ようやくカズマ君が折れてくれてよかったよ。もう馬小屋で寝てるの君しかいなかったからね」

 

「まさか冬の夜があんなにも寒いなんてな。正直俺も舐めてたよ。危うく死にかけた」

 

「カズマはこないだ死んだばかりじゃないですか。そんなにポコポコ死なれたら私達が困りますよ」

 

「めぐみんの言う通りだぞ。ところで真冬の馬小屋生活とは、その…そんなに寒いのか?」

 

「自分でやってみろ。このドMが」

 

 商店街の一角にその不動産屋は店を構えていた。店のドアを開けると店主と思われる中年の男が店の奥から出てきた。

 

「やあ、いらっしゃい。今日はどういったご用件で?」

 

「冬の間だけ家を借りたいんだけど安いのを紹介してくれないか。暮らすのは俺達四人で予算はこんぐらいなんだけど」

 

 懐からエリス硬貨が詰まった袋を出す。前回のクエストで得た財宝は換金して半分は借金のために徴収されたがまだそれなりの額は残っている。本当は残りも借金に充てたかったのだが命の危機だ。仕方がない。

 

「あら? その声は…カズマさんじゃないですか。それに他の皆さんも」

 

 不動産屋の男が予算の額を確認していると店の奥からウィズが現れた。どうやら先程まで店主と何か話をしていたようだ。

 

「ようウィズ。久しぶりだな。こんな所で何やってるんだ?」

 

「この方と少しお話がありまして。それにしても家を借りるなんて何かあったんですか?」

 

「さすがに馬小屋生活がきつくなってきてな。ちょっとした収入があったし冬の間だけでもどうにかしようって感じだよ」

 

 俺とウィズが話している姿を見て店主はウィズに尋ねた。

 

「ウィズさん。この方達とお知り合いで?」

 

「はい。懇意にしてる冒険者の方達なんですよ」

 

「ほう、冒険者ですか…」

 

 男は俺達を値踏みする様に見てくる。冒険者という職業は信用ならないのだろうか。俺が居心地の悪い顔をしていると男は謝ってきた。

 

「いや失敬。少し考え事をしていまして。お客さん方は冒険者という話ならこちらの物件はどうですか?」

 

 男が提示してきた物件は駆け出しではとても支払いができそうにない大きな屋敷だった。なんでも貴族が手放した別荘なのだとか。その屋敷は幽霊が住み着いているらしく除霊をしてもまた集まってくるそうだ。そうしている内に幽霊屋敷としての噂が広まり買い手がつかなくなってしまったそうだ。

 

「今回はあなた方に除霊の依頼をします。その報酬としてあの屋敷にタダで住んでもらって構いません。人が住んでいるのが分かればいずれは悪評も消えるでしょうから」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 俺達はそれぞれの荷物を持ってその屋敷に向かった。街の郊外にあるという話だが一体どんな屋敷なのだろうか。

 

「まさかタダで屋敷を借りれるとはな。あの店主さんも太っ腹だよ。ようやく俺の強運がその力を発揮してきたようだな」

 

「いやいや、そこはあたしの幸運のおかげだと思うよ。幸運のステータスはカズマ君より高いからね」

 

「今回は俺が家を借りることを決めたんだから俺のおかげだろう」

 

「でも元々はあたしが家を借りようって提案したんだよ」

 

 やたらとクリスが張り合ってくる。先日幸運の女神を疑ったことを根に持っているのだろうか。別に俺としてはどっちでもいいのだが面白そうなのでもう少し引っ張ろう。

 

「いいだろう。ならより幸運が高かった方が今回の功労者とする。幸運を競う勝負はそう、ジャンケンだ!」

 

「その勝負乗った! ここらでどちらが上かはっきりさせておこうじゃないか!」

 

 クリスも勝負にノリノリで付き合ってくる。この人はこういうのが結構好きなようだ。

 

「ふふ、このあたしに対して運の勝負を仕掛けるなんてね。身の程を知るといいよ!」

 

 罠にかかったと知らずによく吠えるものだ。俺は生まれてこの方ジャンケンで負けたことはないんだよ。そのあまりの強さに『確率を捻じ曲げる者』という異名をもらったほどだ。ならばこの闘い、負ける道理なし。

 

「勝負は一回きり、それで全てが決まる! いくぞ! じゃーん、けーん、ぽん!」

 

 俺がくりだすは全てを砕くグー。生涯無敗という驕りからくるその拳は愚直とも呼べるものだ。だが負けない。運命は俺の選択に味方をする。ならばそれはもはや愚直とは呼べず、老練な一手となる。

 神の如く運命を操作する俺に敗北などありはしない。だというのに、

 

「なんっ…だと…?」

 

「…あたしを舐めてもらっちゃあー、困るな」

 

 俺の驚愕の表情にクリスは余裕の笑みを浮かべる。

 そこにあるのは全てを包み込むパー。女神の慈愛を体現するかの如く、その手は優しく開かれていた。運命を捻じ曲げる俺に対して、彼女はその可能性全てを網羅する。俺が捻じ曲げた運命を後出しの如くさらに捻じ曲げる。それが彼女の能力か。

 

 俺の運は間違いなく強大だ。ならばこの勝負に負けたのはただただ能力の差。相手がより強大な存在だったにすぎない。神の如き力が神そのものに勝てないのは至極当然のことだった。

 俺の自信が打ち砕かれる。全てが掌からこぼれ落ちていく感覚。そうか、これが敗者の気持ちか。目の前に立つは絶対強者。なのにこの胸に溢れてくる気持ちはなんだ。

 

「…もう一度だ」

 

「さっき君は一回勝負って言ったよね。自分の言葉を曲げるつもり?」

 

 プライドはないのかと問うてくる。そんなもの今の勝負の前には不要なもの。

 

「俺は俺の弱さを認める。己の驕りを認めよう。…ならばこそ次は挑戦者としてお前に勝負を挑む! 悪いが無理矢理にでも付き合ってもらうぜ! さあもう一度だ!」

 

「よく言った! それならあたしも本気の本気を見せてあげよう! 次こそが本当の決着だよ!」

 

 次の勝負に俺の全てを込める。ただ純粋に勝つことのためだけに俺の運を全部詰め込む。

 

「「じゃーん! けーん!」」

 

 

 

 

 

「いつまで馬鹿なことをやってるんですか。ダクネス達は先に行きましたよ。早くしないと私も置いて行きますからね」

 

「「はーい、ごめんなさーい」」

 

 めぐみんに怒られたので勝負はお預けとなった。まったく、このロリっ娘は空気が読めないな。

 

 

 

 

「それで、なんでウィズまで付いてきたんだ? いや手伝ってくれるのは助かるけど」

 

「え、えっと…元々あの屋敷の除霊は私がやっていたのでお力になればと思いまして」

 

 俺達が不動産屋の店主から依頼を受けるとウィズは慌てたように私も手伝うと言ってきた。先程あの店にいたのも屋敷の除霊に関しての話だったそうだ。

 

「そんなに他人の店に構ってて自分の店の方は大丈夫なのか? どうせ今月も売り上げがやばいんだろ」

 

「私の店は滅多にお客さんが来ませんから大丈夫ですよ」

 

 一体何が大丈夫なのだろうか。私リッチーだから売り上げがなくても生きていけます的な大丈夫なのだろうか。 

 

「そういえばまだちゃんとした自己紹介をしていなかったな。私の名はダクネス。このパーティーの盾役だ」

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし爆裂魔法を操る者!」

 

 俺達が話しているとめぐみんとダクネスがウィズに自己紹介をしてきた。そういえばこの二人は墓場で会って以来か。すでに顔見知りであるクリスはあまり関わろうとはしてこないが。

 

「私のことはウィズで構いませんよ。それとお店の方もよろしくお願いします。お二人の目に叶う商品も置いていますから」

 

「ウィズには悪いが私達のパーティーは今借金持ちでな。無駄な出費は控えたいんだ」

 

「ダクネスの言う通りです。それに我が扱うは全てを砕きし爆裂魔法。半端な魔道具では逆に足を引っ張るだけです」

 

「それは残念です。最近仕入れた商品の中に飲むと魔物を引きつけるポーションや、一つだけですが爆裂魔法の魔力でも肩代わりできる最高品質のマナタイトがあるのですが…。借金があるならしょうがないですね」

 

「「カズマ、カズマ!」」

 

「買わないからな。無駄な出費はしないって言葉忘れたのか」

 

 二人を無視して屋敷に向かう。どうやらうちの変わり者二人にはウィズのポンコツ商品が刺さるようだ。

 

 

 

「なんつーか、想像以上だな」

 

 俺の目の前にあるのは二階建ての立派なお屋敷。普通の住居の五倍の広さはあるんじゃなかろうか。貴族の別荘とは聞いていたがこんな屋敷をポンと貸してくれるあの店主さんは何を考えているのだろうか。

 隣のクリスとめぐみんも口をあんぐりと開けている。これが今日から俺達の家になるとかちょっと想像ができない。

 

「ほら。いつまでも入り口で立ってないで中に入るぞ。やることは山ほどあるんだからな」

 

「久しぶりに来ましたけど庭の草が伸びてきてますね。少し手入れをしないと」

 

 ダクネスとウィズは普通に門をくぐって行った。ウィズはともかくダクネスのあの慣れはなんなんだ。

 

「こんな大きな屋敷見てると、癖でどうやって侵入するか考えちゃうんだけど。ここ本当にあたし達が住む所なんだよね?」

 

「…ふっふっふ。あーはっはっは! これが我が城ですか! 悪くないですね! 究極の魔法使いとなる私にふさわしいじゃないですか!」

 

 クリスは戸惑い気味、めぐみんは大興奮のようだ。そんな二人の言葉を聞いてようやく脳がこの状況を理解し始めた。

 そうだ、これは夢じゃない。この屋敷は今日から俺達の物だ。あ、やばい。めっちゃテンション上がってきた。

 

「ひゃっほー! これで俺も馬小屋生活なんかとはおさらばだ! おいお前ら! 部屋割りは早い者勝ちだからなー!」

 

「あっ、ずるいよカズマ君! こういう時は公平にジャンケンで決めようよ!」

 

「ずるいのはどちらですか! ですが私も負けてられませんよ!」

 

「お、おい、お前達。まだ悪霊のことが分かってないのにそんなうかつに…。わ、私にも部屋を選ばせてくれ!」

 

 俺達はウィズを置いて我先にと屋敷に向かって駆け出した。

 

「あはは…。皆さん行ってしまいましたね」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 軽い掃除や部屋割り、荷物の整理を終えたらいつのまにか日が暮れていた。夕食は商店街で買った惣菜を中心に作った。ウィズにタダで手伝わせるのは悪いと夕飯を奢ったが、

 

『こんなちゃんとしたご飯久しぶりに食べました。このご恩は忘れません!』

 

 と涙を流しそうなほど感激していた。こっちが泣きそうだったよ。

 夕食後、俺達は居間で悪霊の浄化について話し合っていた。

 

「それで、この屋敷って本当に悪霊がいるのか? 今のところそれらしいものには会ってないけど」

 

「うーん。霊はいるけどあんまり悪霊って感じじゃないんだよね。せいぜいが悪戯してくる程度じゃないかな」

 

「なんだよ、それなら何も怖くないじゃないか。じゃあ俺はできることもないし寝るから後は任せたぞ」

 

「私もカズマと同じく何もできませんのでよろしくお願いします」

 

「確かにその通りではあるが…。まったくお前達ときたら」

 

 俺とめぐみんの仕事のぶん投げっぷりにクリスとダクネスはため息をついてくる。実際俺の回復魔法で幽霊を成仏させるのは効率が悪いのだ。文句を言われる筋合いはあまりない。

 

「ウィズには悪いな。また今度店に寄るからそれで勘弁してくれ」

 

「いえいえ。私リッチーですし多少寝なくても支障はありませんので」

 

 そんな事言われると逆に罪悪感が湧くんだけど。

 それにしてもウィズは先程からクリスをチラチラと見ている。まあ以前斬られそうになってたし気になるのはわかるが。

 

「ウィズ、大丈夫だ。クリスには隙を見て斬りかかる事はしないよう言っておく。それでも殺気を感じるようならダクネスを盾にしろ。それであいつの動きは封じられるから」

 

「ねえ、君はあたしをどういった目で見てるのかな? そんな非道なことするわけないじゃない」

 

 おっと本人に聞かれてしまった。どういう風に見てるかって? 先日のダンジョンでの出来事を振り返って欲しい。そこに答えはある。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 夜もふけたところ、俺はふと目を覚ました。今夜は月が出てないのか部屋の中は暗くてよく見えなかった。

 エリス達はうまく除霊できたのだろうか。そう思いながら寝返りを打つと部屋の中に動く何かがいることに気付いた。

 姿はよく見えないが赤ん坊ぐらいの大きさだろうか。部屋の隅でゴソゴソとしている。件の幽霊かもしれない。

 クリスの言葉を信じるなら悪戯をしてくる程度らしい。だが害がないと分かっていても少し怖い。俺はそれを見なかったことにして反対側を向こうとすると、体が動かないことに気付いた。

 

 あれ、やばくね? もしかして金縛りですか。

 

 俺が視線を逸らすことができずにいるとその謎の物体から何かがコロコロと転がってきた。それが何なのかはベッドのすぐ近くまで転がってきて気付いた。

 人形の首がその無機質な瞳を向けてくる。

 悲鳴をあげそうになったが声が出ない。いつのまにか俺のベッドの周りに大量の西洋人形が集まってきていた。

 転がってきた首は一言。

 

「お兄ちゃん、遊ぼ」

 

「お兄ちゃん、遊ぼ」「遊ぼ」「お兄ちゃん、遊ぼ」「お兄ちゃん、遊ぼ」「遊ぼ」「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」「遊ぼ」「遊ぼ」

 

 

「いやああああああああああっ!!!!!」

 

 今度こそ声が出た俺は、金縛りの体を無理矢理動かして部屋を脱出した。

 

 

 

 廊下を疾走する。後ろからはガチャガチャと音がするが振り返る勇気はない。そうしてようやく目当ての部屋にたどり着いた。

 

「エリっ、いやクリス?! どっちでもいいから助けてくれっ!!」

 

 背後から追ってくる不気味な音を振り切りエリスの部屋に押し入る。そこにエリスの姿はなく。紅く輝く二つの丸い光だけが見えた。

 

「「きゃああああああああ!!」」

 

 俺の悲鳴と目の前の光から悲鳴が上がる。というかこの声は、

 

「な、なんだめぐみんかよ。驚かせやがって」

 

「それはこっちの台詞ですよ! 急にドアが開いたからビックリしたじゃないですか!」

 

 そこにいたのはパジャマ姿をしためぐみんだった。興奮した紅魔族は目が紅く輝くのは知っていたが暗闇の中で急に見たらビックリするな。

 

「なんでお前がここにいるんだよ。ここはエリスの部屋だろ」

 

「それは…部屋で寝ていたら物音がしまして。気付いたら、ベッドの周りに……人形が、人形がこっちに!」

 

「その先は考えなくていい! 怖いことを思い出させてすまない!」

 

 めぐみんもあの人形を見たのだろう。ならば彼女も同じ境遇を経た同志だ。

 

「カズマも、あれを見たんですか?」

 

「ああ。どうにか振り切ってきたが、まだ近くをうろついてると思う。早くエリス達と合流したいんだが」

 

 ここにエリスが帰ってきてないということは、彼女達はまだ屋敷の中を除霊して回っているのだろう。俺達の悲鳴が聞こえてこちらに来てくれる可能性はあるがこの屋敷は広い。過度な期待はできないだろう。かと言ってこちらからエリス達の所に向かえばあの人形達に追われる。一体どうすれば。

 

「そうだ。めぐみん、ちょっと部屋から出てエリス達を呼んできてくれないか。何、エリスが言うには悪戯する程度の霊らしい。ちょっと驚かしてくるだけだから危険はないぞ」

 

「嫌ですよ。怖いですし」

 

 名案だと思ったのだがめぐみんは拒否してくる。

 

「怖いのはほら、我慢しろ。今のままだとジリ貧だぞ。行ってくれたら今度爆裂散歩に付き合ってあげるからさ」

 

「嫌ですよ。爆裂散歩ごときに釣られるほど私は安い女じゃないですから」

 

 めぐみんが爆裂散歩に釣られないだと? さすがにそれは予想外だ。

 

「お前いつも爆裂魔法でしか活躍ないんだからこういう時くらい役に立ってみせろよ! 別に死ぬわけでもないし楽勝だろう!」

 

「楽勝だと言うのならカズマが行けばいいじゃないですか! こういう時は男の人が『ここは俺に任せろ』と行くべきじゃないですか!」

 

「残念、俺は男女平等主義者なんだよ! 男なんて下らない理由であんな怖いところ行けるか! いいから早く行ってこい! しまいには無理矢理ドアの外に放り出すぞ!」

 

「やらせませんよ! 私の腕力でもカズマ一人を道連れにすることはできるんですからね! そうです、二人なら怖くない! 逝く時は一緒ですよ!」

 

 めぐみんも恐怖で混乱しているようだ。アークウィザードとは思えない力で掴みかかってくる。このままだと共倒れする。こんなことをしている内にあの人形達が…。

 

「いやめぐみん。ちょっと待て」

 

 ふと気付いたが先程からガチャガチャとした音が聞こえてこない。振り切りはしたが意外にも完全にこちらを見失っていたようだ。

 

「人形達の足音がしない。もしかしたら見当違いの方向に追いかけて行ったのかもしれん。だからこのままここで息を潜めてエリス達が帰ってくるのを待とう」

 

 俺が小声で提案するとめぐみんは無言でふんふんと頷いてくる。声を小さくするのは今更な気がするが何もしないよりはマシだろう。

 

「「……」」

 

 二人でベッドに腰掛けながら息を潜めて待つ。待つのだが、

 

「あの、カズマ。静かな方が先程より怖いのですが。音が聞こえない分変に想像力を掻き立てられます」

 

「思ってても言うなよそんなこと。俺まで怖くなるだろ」

 

 屋敷の中は随分と静かだ。あの人形達の足音も聞こえない。先程まで追いかけられていたことがまるで嘘のようだ。

 いや、それは楽観的思考すぎないか? 本当にあいつらは俺を見失ったのか? そうだ、追いかけられてないと言うことは。あいつらはもう俺達のすぐそばに…。

 

「うおおおおおおおお! 俺に近寄るな! 悪霊退散!」

 

「き、急にどうしたんですか! 霊に体を乗っ取られたのですか?!」

 

「す、すまん。この部屋にもう人形が入ってきてる想像をしてつい…」

 

「やめてくださいよ! 考えたら怖くなってきたじゃないですか! カズマの妄想に私まで巻き込まないでください!」

 

「元を辿ればお前の発言のせいだからな! 因果応報だ! さあお前も見えない人形の影に怯えるがいい!」

 

 どうやらSAN値がやばいことになってきたようだ。静かにすることも忘れて二人で騒ぐ。

 

 ガタッ。

 

 ドアに何かがぶつかったような音がする。それが何かは想像したくない。俺は自分とめぐみんの口を手で無理矢理塞ぐ。こうでもしないと本能的に悲鳴を上げてしまいそうだ。

 

 ガタッ、ガタッ、ガタタッ、ガタッ!。

 

 音がどんどん増えていく。扉のカギは閉まっているがいつ押し破られるか分かったものではない。隣のめぐみんはもはや泣きそうになっている。

 だが音はしばらく続いたかと思ったら急に止み、部屋は静寂に包まれた。諦めてくれたのだろうか。

 

「行ったのか?」

 

「そのようですね」

 

 俺とめぐみんはお互い安堵の息を吐き、隣にいる相手に話しかけようとする。

 そうして。いつから居たのか分からないそれを見てしまった。

 

 

「見ぃつけた」

 

 二人の間に座る人形はその無機質な顔を俺達に向けてきた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「「いやああああああああああ!!!」

 

 屋敷の何処かから二人の悲鳴が聞こえてくる。きっと幽霊に悪戯されているのだろう。仕事を人に押し付けるあの二人にはいいお灸だ。

 

「はあ、ダクネス。ちょっと見てきてくれない」

 

「分かった。じゃあクリスにウィズ、後は任せたぞ」

 

 ダクネスは悲鳴のする方へ向かった。人に害あることはしないと思うがこれ以上はあの二人のトラウマになりかねない。

 

「それじゃあ行こっか」

 

「は、はい」

 

 私の後ろをウィズはおずおずとついてくる。先程から視線が背中に刺さっているのだが振り向くと目を逸らされる。本人としては誤魔化しているようだがバレバレだ。一体何を企んでいるのやら。

 

「し、質問なんですが。クリスさんはアンデッドのことをどう思ってますか?」

 

「滅んじゃえばいいかなと思うよ」

 

 しまった。急に質問されたからつい本音が出てしまった。さすがにアンデッド本人の前で言う言葉じゃない。私はそっと後ろを振り返ると、

 

「あわわわわ…。わ、私が守らないと。私が…」

 

 よく分からないことを呟きながらアワアワしていた。あまり構うのも面倒なので放っておこう。

 

 トトトトトっ。

 

 廊下の曲がり角の先で足音がする。音の大きさから推測するに小さな子供のようだ。おそらく目当ての霊だろう。

 私が角を曲がるとその子もこちらに気付いていたようだ。歳は十も越えてないように見える。質の良い服を着た金髪の少女が興味津々といった目を向けてくる。私は屈んでその子に手を伸ばそうと、

 

「だ、駄目でーす!!」

 

 したところを、後ろにいたウィズがその少女をダイビングキャッチしてきた。側から見るとかなり危ないことをしているがその子の方は楽しそうにしている。

 

「こ、この子はまだ幼いですし、他の人に害をなすような事はしてません! だからどうか見逃してくれませんか!」

 

「ねえ。その物言いだとあたしが悪者みたいなんだけど…」

 

 どうやら先程から何か気にしていたのはこの少女のことだったようだ。少女の方もウィズと顔見知りなのか随分と懐いているように見える。

 

「別にウィズさんが心配してるような事をするつもりはないよ。だから…」

 

「そんなの嘘に決まってます! そうやって油断させた所を狙って腰のダガーで斬りかかるんでしょう! 私は騙されませんよ!」

 

 ここまで拒絶されるとは思ってなかった。まあ先程の発言や今までの彼女に対する行動を振り返ると自業自得な気もする。

 

 

 

 ウィズにはとりあえず敵意がないことを伝えたが、まだ疑っているのか少女を腕の中に匿いながらこっちを見てくる。しょうがないのでその態勢のままで少女に話しかけた。

 

「はじめまして。あたしの名前はクリス。冒険者をやってるんだ。君の名前はなんて言うの?」

 

 アンナ、と名乗ってきた。好きな物はぬいぐるみや人形、それと冒険譚が大好きだと言ってくる。

 

「アンナか、よろしくね。それで早速なんだけど、アンナは成仏する気はある?」

 

 ない! と堂々と宣言してくる。まだ現世のいろんなことに興味津々なご様子だ。

 

「そっか。それじゃあしょうがないね。君の未練が晴れるまでもう少しだけ現世にいるといいよ。あ、でも寂しいからって他の幽霊を呼ぶのは駄目だからね」

 

 アンナに手を伸ばし頭を撫でてあげる。あまり撫でられた経験がないのかくすぐったそうな顔をしている。

 

 

 

「見逃して、くれるんですか?」

 

「カズマ君といい、あたしウィズさんにどんな風に見られてるか凄く気になるんだけど。そんな容赦がない人に見えるのかな」

 

 そろそろ本気で怒ろうかと考えているとウィズは言うべきか迷いながらもその理由を伝えてきた。

 

「だってあなたは、天界に属する方じゃないですか。そんな方が霊を見逃すだなんて」

 

「…やっぱり、気付いてたんですね」

 

 おそらく以前店に寄った時にドレインタッチで魔力を吸われた時だろう。女神である私の神聖な魔力はそれだけでアンデッドに影響を及ぼす。クリスの時は抑えられているとはいえ、直に吸えばさすがに私の持つ魔力がおかしいと気付くはずだ。

 

「アンデッドは滅ぼすべし。宗派によって差はあれどこの教えはどの教義でも言われています。それなのにどうして…」

 

 ウィズは疑問をぶつけてくる。確かにエリス教でもその教えを信徒達に広めている。ならきちんと理由を説明しておこう。

 

「…知っているとは思いますが、アンデッドになるのは生前果たせなかった強い思いが原因です。それは羨望、怨恨、愛情。人によって差はあれどその強い情念が人の魂をこの世に引き留めます」

 

「だけどその思いが叶うことは極々稀です。何かを欲して死んだ人は死後その価値を見失い、誰かを怨んで死んだ人は無関係な人を巻き込んで呪いを振りまき、誰かを愛して死んだ人は自分の思いが届かないことに絶望する。そうして自分を見失った魂達はアンデッドに成り下がります」

 

「アンデッドになった魂は本能のままに彷徨います。生前に抱いていたその大切な思いも忘れて別の物になるんです。だからこそ私達はその人達の尊厳を守る為にアンデッドを浄化するんです」

 

「もちろん例外の方もいます。この子も元は貴族の子のようですし生まれつき能力が高かったんでしょうね。だから今でも自我がはっきりと残っています。それでも例外など関係なく浄化するべきです」

 

 アンナは私が喋っていることがよく分からないのか首を傾げながらこっちを見ている。ウィズは私の言葉を早とちりして複雑な表情を向けてくる。それに構わずに自分の今の気持ちを言葉にする。

 

「…そう、前までは思っていたんですけどね。ここ最近色々ありまして。誰かを助けたいという強い思いを知りました。アンデッドに堕ちてでも大切な人を守りきった人に出会いました」

 

「天界から眺めているだけでは分からないことを知りました。…だから少しだけ考え方が変わったのかもしれません。この子がその思いを叶えて未練を残すことなく成仏できるのを待ってみたいと思う程度には」

 

 

 

 

 私の長々とした語りが退屈だったのかアンナは少し不機嫌そうだ。ごめんなさいねとその頭を撫でる。

 

「この子を見逃す理由、納得してもらえましたか?」

 

「え? あ、はい。納得できました。…その、すみませんでした。私も早とちりしてたみたいで。クリスさんが想像していたような人と違ってびっくりしましたよ」

 

「本当に私は一体どんな想像をされてたんですかね…。まあいいです。質問に答えたので私からも一つ、あなたに尋ねます。どうして私の正体に気づいた時に何も聞かなかったのですか?」

 

「それは、魔力を吸った時この人も正体を隠してるんじゃないかなあ、と思いまして。あの時はカズマさんもいましたし黙っておくことにしたんです」

 

 なんとなく聞いてみただけだったが予想外の答えが返ってくる。

 

「まあ確かにカズマさん達以外には正体を隠してますけど。それにしてもあなたはお人好しですね。私はあなたの天敵で相容れない存在なんですよ」

 

「それはそうですけど。私も日陰者ですからシンパシーを感じたのかもしれませんね。これからは同じ正体を隠すもの同士、仲良くしていきましょう」

 

 リッチーに仲良くしようと言われてしまった。まあ彼女は見るからに善人のようだ。なら少しくらい親睦を深めてもいいだろう。

 

「それでクリスさんはどこの宗派の方なんですか? もしかして天使様だったりするんですか?」

 

 ウィズとアンナが興味津々に聞いてくる。まあ天界の者とバレていることだし今更正体を隠す必要もないか。私は女神としての姿を彼女達に見せた。

 

「私はエリス。エリス教の神体を務める女神エリスです」

 

「ほ、ほええええええ?!」

 

 予想以上に驚かれた。というかこちらを崇めるような姿勢をとってくる。アンナもウィズの格好が面白いのか同じようなポーズをとっている。

 

「あの、これは一体?」

 

「女神エリスと言えば国教になっている女神様じゃないですか! そんな凄い人だったなんて! …はっ! 女神エリスは幸運を司る女神。その幸運で商売繁盛になるという噂が…。エリス様、どうか私のお店に御加護をお願いします!」

 

「ダメです」

 

「そ、そんな! 私がリッチーだからダメなんですか?! まさか?! 今まで私のお店の売り上げが悪かったのはあなたが天界から邪魔をして…」

 

「違います。それはあなたの経営能力の無さが原因です。別にエリス教徒だから売り上げが上がるってわけじゃないんですからね」

 

 キールといい私が出会うリッチーは一般的に知られている者とはだいぶ違うのかもしれない。まあ親しみやすいということでよしとしておこう。

 

「それではウィズさん。女神とリッチー。本来は相容れない者同士ですがこれからよろしくお願いしますね」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 恐怖の夜の翌朝。

 屋敷の霊はエリスとウィズがあらかた除霊したそうだ。聞いた話によればアンナと言う屋敷に住み憑いた貴族の隠し子の霊が寂しさを紛らわすために近くの霊を無意識に集めていたそうだ。その影響であそこの霊は悪戯や遊びに誘ってきたりする霊が多かったらしい。ちなみにまだその子は屋敷に残っているとのことだ。

 除霊の最中にエリスがウィズに正体を明かしたと聞いた時は驚いた。俺の知らない間に二人は仲良くなったようだ。まあ毎度険悪な空気になるのは俺も勘弁してほしいので嬉しいことではある。

 

 

 

 昼前ごろ、昨日の不動産屋の店主が屋敷を訪ねてきた。

 

「どうなったか様子を見にきたのですが、どうやら無事除霊は済んだようですね」

 

 本当はまだ一人残っているらしいのだが黙っていよう。そういえば昨日から疑問に思っていたことを尋ねてみた。

 

「それにしてもなんで俺達にタダでこの屋敷を貸してくれたんですか? こっちとしてはすごく嬉しい話ですけど、どうにも腑に落ちなくて」

 

「…この屋敷は私の友人だった貴族の男にタダ同然で譲り受けましてね。その男は流行り病で亡くなったのですが遺言でこの屋敷は冒険者達に売って欲しいと頼まれたんです。あまり構ってやれなかった娘のためにと」

 

 男は懐かしむように話をしている。娘と言うのはアンナのことだろう。

 

「後から伝えるのもなんですが。この屋敷に住むなら二つの条件があります。一つは夕食時にでもその日の冒険話を仲間の方と話してください。もう一つは庭にある、あそこの墓の手入れをお願いします」

 

 普通ならよく分からない頼みだがエリス達に聞いた話を加味するとその意味が理解できてくる。

 

「それではよろしくお願いしますね」

 

 どうやらこの男、全部分かっているのかもしれない。普通の人に見えるがなかなかどうして分からない物である。

 

 

 

 俺は男に頼まれた通り庭の隅にある墓の手入れをしていた。墓石には『アンナ=フィランテ=エステロイド』と彫ってある。

 

「カズマさん。用事も済んだことですし、私はそろそろ帰りますね」

 

 後ろからウィズが声をかけてくる。昨日の夜から働き詰めなのでゆっくりしていけばいいのに。

 

「昨日は助かったよ。別にもう少しいてもいいんだぞ。昼飯ぐらい食っていけよ」

 

「そ、それは大変魅力的な提案ですが、あまり迷惑をかけるわけにはいきませんので遠慮しておきます」

 

 別に誰も気にしないと思うが。まあ本人が断っているのだ、無理に誘うものではないか。

 

「それじゃあ、あの子をよろしくお願いしますね。やんちゃな子ですけどいい子ですので」

 

「別に俺はそのアンナのことは見えないんだけどな。こっちこそ、これからエリスと仲良くするのをお願いするよ」

 

 ウィズは俺の言葉に頑張りますと笑顔で返事をして帰っていった。

 

 

 

 墓石を丁寧に磨く。あまり雑にやっているとまた昨日の夜みたいに驚かしに来るかもしれない。その時はエリスに頼んで機嫌を直すのを手伝ってもらおう。

 

「カズマくーん! お昼できたよー! 今日はめぐみんが作ったから早く食べよー!」

 

「分かったよ! すぐ行くから!」

 

 クリスに返事をして手入れを中断しようと墓石の方を向くと。金髪の少女がそこに立っていた。その子は俺が驚いて瞬きをするともうそこにいなかった。

 今の少女が噂のアンナなのだろう。さっそく驚かされてしまった。どうやらこれからの生活はあのやんちゃそうな少女に振り回されそうだ。

 俺はそんなことを想像しながら屋敷に帰っていった。

 

 

 




最近真面目な話が続いていたので頭の悪い文章を書きたくなった。書いた。あの部分だけで1000文字くらいある。

と言うわけでお屋敷編でした。
エリス様にちょっと変化があったようです。
設定がところどころ変わってたり捏造されたたりしてます。本筋に大きく関わってくるものはないので許して。


この作品でのアンデッドのなり方。

まず人が死んで魂になる→ゴースト(霊)になって生前の未練に従って行動する→時間が立つにつれ自我を失っていき最終的に別のアンデッドになる

みたいな感じです。リッチーやヴァンパイアなんていう例外もいますが。まあこのなり方だとあの世界の人間どんだけアンデッドになってるんだと言いたくなるんですけどね。


おまけ

カズマ&めぐみん その後

カズマ「ぎゃああああ! こっちくんな!」

めぐみん「きゃああああ! こっちに投げないでください!」

人形「遊ぼ、遊ぼ、遊ぼ」

カズマ「喋るな気持ち悪い! くそっ、こんな所にいられるか! 悪いが俺は退散させてもらうぜ!」

めぐみん「ダメですカズマ! 今ドアを開けたら!」

人形s「「「「遊ぼ、遊ぼ、遊ぼ、遊ぼ」」」」

カズマ「しまったー! 完全に忘れてたー!」

めぐみん「カズマは馬鹿なんですか! ああ、また大量の人形が私の近くに! く、黒より黒く、闇より黒き…」

カズマ「神様、仏様、エリス様ー! この際アクア様でもいいから助けてくれえええ!」

 この後ダクネスが来てどうにか事態は収まったとさ。



読んでくださった皆様に深く感謝を。


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この冒険者達に何でもない日常を

いわゆる日常回というやつ。


 目の前で暖炉の火がパチパチと燃えている。現代の日本では電気式暖炉なんてものがあるらしいが、もちろんこの世界にそんなハイテクなものは存在しない。中世ヨーロッパを思わせるこの光景にここが異世界なんだなと実感させられる。

 俺はその火をぼんやりと眺めながら、たまに薪を足したり火かき棒で灰をぐるぐるとかき混ぜたりしながらぼーっとしていた。

 

 数日前、屋敷をタダで手に入れた俺達パーティーは危険な冬のクエストを受けるのやめて、各々バイトなり内職なりをして借金返済の金を稼ぐことにした。

 夜型の俺は毎晩高時給で門の監視の仕事をしている。今は昼間なので一階の居間にある暖炉前のソファーを独占してゴロゴロしているところだ。

 

「カズマさん、もう少し詰めてください。私も暖炉の火に当たりたいです」

 

「ん? ああ、エリスか。残念だが今はカズマさんが夜勤のための英気を養っているところだ。ここは諦めてさっさとバイトにでも行ってくるんだな」

 

 屋敷での彼女は人目につかないということもありエリスの姿で過ごすことが多くなった。本人曰くこの姿の方が落ち着くとのことだ。少し前まで正体を隠していたことを考えると随分と窮屈な思いをしていたのだろう。いつも着ている修道服のようなドレスや頭のベールを脱いでラフな格好で過ごしている。

 

「今日のシフトは夕方から、つまり私もお仕事のために暖炉に当たる権利があるというわけです。というわけで、えい!」

 

 エリスは無理矢理俺の体を押しやって自分のスペースを確保してきた。なんて横暴な女神様なんだ。

 

「この一番暖かいポジションにふさわしいのはパーティーの稼ぎ頭であるこの俺だ。そのことに感謝しつつ早く場所を明け渡すんだ。お前が座ったらゴロゴロできないだろ」

 

「もう。そんなこと言うならお店でもらってくるお酒、もうわけてあげませんよ。ただでさえアンナが勝手に飲んで少ないんですから」

 

「む、それを引き合いに出されたのなら仕方がない。この場所に座るのを許可してやろう」

 

 エリスは以前と同じくギルドの酒場でバイトしている。この時期は冒険者達が働かずに呑んだくれているので人手が足りないそうだ。冒険者達のセクハラを軽くあしらう彼女は重宝されていると聞く。

 

「それで、俺は一度しか見てないがその幽霊少女は今何してんだ?」

 

「物体が素通りできる幽霊の特性を活かして、カズマさんの胸を腕で貫いてハートキャッチごっこしてますよ」

 

「こええよっ! 見えないからって調子に乗りやがって!」

 

 胸の前の空間を手で振り払うが当然空を切るだけで何も起きない。居間に入ってきためぐみんはその光景を呆れたように見てきた。

 

「随分と暇そうですね。そんなに暇なら私と爆裂魔法を撃ちに行きましょう。最近クエストに行かないので日に日にストレスが溜まっているのです」

 

「何言ってんだよ。お前がここ数日、街の近くで爆裂魔法撃ってるの知ってんだからな」

 

「あれは違います。街の近くで全力で爆裂魔法を撃つと守衛さんに怒られてしまうので、最近は出力を抑えたり着弾点の精密性をコントロールできるよう訓練しているのです。まあそれでも怒られますけど。……ですが…」

 

「ですが?」

 

「そんな半端な物は私が目指す爆裂魔法じゃないんです! もっとこう理不尽なまでの圧倒的な火力が爆裂魔法のロマンなんです! 全力で撃たないと私の衝動は満たされないのです! というわけでカズマ、早速爆裂散歩に行きますよ!」

 

「お前の熱い気持ちはよーく分かった。その思いが叶うこと、この暖炉の前で願っててやるよ。それじゃあいってらっしゃい」

 

「他の人に迷惑をかけたらダメですよ。それと今日は寒いですから風邪をひかないようしっかりと着込んで行ってくださいね」

 

「く、二人とも人を子供扱いして。まるで子供の面倒を見ない駄目な父親と、外に遊びに行く子供を見送る母親のような態度です」

 

 誰が駄目親父だ、この爆裂娘め。俺は子供の面倒を見るのはそんなに嫌いじゃないんだぞ。

 

 

 

 雪が積もった街中を俺とめぐみんは歩く。当初は爆裂散歩を断っていたが、結局なんやかんやあって付き合うことになってしまった。

 

「やっぱり寒いな。もう門を出た後で適当に撃って帰ろうぜ。守衛さんに怒られたら俺も一緒に謝ってやるからさ」

 

「それではいつもと変わらないじゃないですか。そんな何もない場所に撃っても私の破壊衝動は満たされません」

 

「ついにテロリストじみた発言しだしたな。ここら辺はお前が爆裂魔法で吹っ飛ばした場所なんだからあんまり変な発言は控えろよな。石投げられても知らんぞ」

 

「その時はその石を全力で投げ返すだけです。けどそんな恨み言を言ってくる人には会いませんよ。なんなら街を救ってくれたお礼としてお菓子を貰ったりしてますから」

 

 それは子供扱いされてるだけではないだろうか。面倒なことになりそうなので口にはしないが。

 それにしても街の住人は感謝しているのなら借金の取り消しとか考えて欲しいのだが。

 

 

 

「『エクスプロージョン』っ!!」

 

 めぐみんの杖から放たれた光が丘の上にある半壊した廃城に着弾、発光、爆裂した。ただでさえボロボロになっていた廃城がさらにコナゴナになっていく様は見ていてすっきりする。これが破壊衝動なのか。

 

「ふっ…。カズマ、今日の爆裂魔法は何点ですか?」

 

 爆裂魔法を撃った反動で雪の上にうつ伏せで倒れているめぐみんが尋ねてくる。

 

「四十点」

 

「なっ?! 今日のは自分で言うのもなんですが中々の高得点だと思ったのですが」

 

「確かに威力は中々のものだった。それに加えて廃城に積もった雪が爆風で吹き飛ぶ様は白い蕾が花開くような美しさがあった。それだけを考えたら九十点はあっただろう」

 

「なら、どうして…」

 

「減点の理由はただ一つ。こんな寒い日に無理矢理俺を連れてきたこと。それでマイナス五十点だ」

 

「そんな理由は納得できません! 厳格な採点を要求します!」

 

 わざわざ付いてきてやってるのに文句の多い奴だ。俺はめぐみんの抗議を無視しつつ彼女を背中に背負う。

 

「じゃあもう帰るぞ。お前も明日からはバイトするなり内職するなり借金に貢献することしろよ」

 

「内職なら一つやっておきましたよ。革袋作りのやつです」

 

「…まじか。お前いつのまにやってたんだよ。あれ結構な量があっただろ」

 

「実家に手のかかる妹がいましてね。外に遊びに行くたびに服のどこかを破ったりするやんちゃな子でした。そのおかげで縫い物には慣れてるんですよ」

 

 めぐみんの意外な一面を見た。そういえばこの間の料理も手慣れていたし家庭的な面があるのかもしれない。まあ普段の爆裂バカがその全てを台無しにしているが。

 

 

 

 また別の日。

 俺は絨毯の上に寝転がってうちのペットことちょむすけをもふもふしていた。人懐っこい漆黒の魔獣は俺の手の中で大人しく撫でられている。おやつとして煮干しを与えると旨そうに食べる姿は我が家の癒しである。

 ちなみにこの世界の煮干しは原材料の小魚をすっ飛ばして煮干しとして海を泳いでいるそうだ。何故調理済みの魚が生きて泳いでいるのか甚だ疑問だが気にしたら負けだ。

 そんな俺と黒い毛玉の触れ合いをエリスは不満そうな顔で見てくる。

 

「どうしてカズマさんにはそんなに懐いてるんでしょう。私が触っても引っ掻いてくるだけなのに。私だって少しくらい撫でてもいいじゃないですか」

 

「動物ってのは賢い生き物だ。人間が考えている以上に相手の本質を見抜いてるんだよ。つまり心優しいこの俺に懐くのは必然だったわけさ」

 

「それだと嫌われてる私は乱暴者なんでしょうか…。というかその猫本当に猫なんですか? アンデッドや悪魔とは違いますけど何かただならぬ気配を感じるんですが」

 

「自分が懐かれてないからって酷いこと言うな。こんな愛くるしい生き物がそんな得体のしれないものなわけないだろ」

 

 だがふと思い返すと、こいつは確かホーストという悪魔に狙われていたはずだ。それに背中に変な羽生えてるし。まさか本当にただの猫じゃないのか。

 そんな俺の疑念が現実になるようにちょむすけはふわりと宙に浮いた。

 

「エ、エリス! 飛んだぞ! ちょむすけが飛んだ!」

 

「ああ、それはアンナがポルターガイストで浮かしてるだけですよ。猫と地縛霊、どちらが上かはっきりさせようじゃないか、ですって」

 

 見るとちょむすけは慌てたように足をバタバタさせているだけで自分で飛んでいるわけではないようだ。ちょむすけがただ猫かどうかはともかく、我が家のヒエラルキー最下層はあのしっこくのまじゅうに決まったようだ。

 

「お前達、暇なら家事を手伝ってくれないか。私一人に押し付けるのは同じパーティーを組む者としてどうかと思うぞ」

 

 先程から一人部屋の掃除をしていたダクネスが文句を言ってきた。

 

「うるさい。文句を言う暇があるならバイトの一つでもしてこいよ。まあどうせ一日でクビになるんだろうがな」

 

「くう…。いつもならご褒美の罵倒だが今回は自分の情けなさで嬉しくない…」

 

 その不器用さからどんなバイトも一切できないダクネスには我が家の家事を任せている。まあ、任せたと言っても掃除と洗濯ぐらいなのだが。その二つも始めは経験がないからと散々なものだった。

 

「言ってくれれば手伝いますよダクネス。それで私は何をすればいいですか?」

 

「助かるよ。そうだな、エリスにはトイレ掃除を頼みたいんだが」

 

 手伝いを申し出たエリスは微妙な顔をして固まった。手伝うとは言ってもトイレ掃除なんて率先してやりたい場所ではないだろうに。

 

「お前は仮にも自分が信仰してる女神にトイレ掃除をさせるのか。幸運の女神改め、トイレの女神にでもしたいのか」

 

「え…? いやそんなつもりはないが…」

 

「無意識でもなんでもお前のその行為は女神エリスを侮辱する行為だ。この背教者め! 恥を知れ!」

 

「す、すまないエリス! いやエリス様! 友人という関係に浮かれて扱いを蔑ろにしてしまった! 確かに女神相手にトイレ掃除を頼むなんてふざけた話だ! 許してくれ!」

 

「エリス様、この者に然るべき罰をお与えください。具体的にはこれからはメイド服を着て家事をこなすよう言ってやってください!」

 

「やめてください! 別にトイレ掃除だからって気にしてませんから! カズマさんもダクネスに変なことを吹き込まないでください!」

 

 もう少し押せば行けそうだったのにエリスに止められてしまった。惜しいことをしたな。

 

 

 

 またまた別の日。

 その日の俺は仕事を終えた疲れにより深い眠りに落ちていた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 目の前の幽霊少女が退屈そうに私の作業を眺めている。テーブルの上に寝っ転がる姿は行儀が悪いのだが幽霊だから問題ないとの一点張りだ。始めは物珍しげな顔をしていたが、地味な作業だと気づいて今はこんな感じになっている。

 私が居間で内職の水晶磨きをしているとめぐみんがやってきた。

 

「おや? カズマがいませんね。エリス、どこに行ったか知りませんか」

 

「カズマさんなら部屋で寝ていますよ。なんでも昨日の夜はカエルが門の辺りまで近づいてきてその討伐で疲れたそうです」

 

「まったく、カエル如きに軟弱な人ですね。しょうがないので今日はエリスにしますか」

 

「?」

 

 

 

「『エクスプロージョン』っ!」

 

 めぐみんの杖から放たれた光が丘の上にある廃城、というより瓦礫の山に着弾、発光、爆裂した。すでにコナゴナになっていた瓦礫の山がさらに理不尽な力でチリも残さず吹き飛ばされる様はどこか哀愁を感じさせる。何故このような無益な破壊活動が行われているのだろうか。

 

「ふっ…。クリス、今日の爆裂魔法は何点ですか?」

 

 爆裂魔法を撃った反動で雪の上に仰向けに倒れているめぐみんが尋ねてくる。

 

「そんなこと聞かれても分かんないよ。…だいたい八十点くらい?」

 

「ほう、その点数にした具体的な理由を聞いてもいいですか。あれを見て思った感想を素直に言ってくれるだけで構いませんから」

 

「具体的にって言われても…。あんなにボロボロの瓦礫の山を爆裂魔法でさらに吹き飛ばす意味ってあるのかな」

 

「つまりクリスは何故人は爆裂魔法を撃つのか、と問うているのですね。中々哲学的な感想です。その答えは一つ。そこに爆裂魔法があるからです!」

 

 いつからそんな大層な話になったのだろうか。というか普通の人は爆裂魔法なんて撃てないし撃ちたいと思ってない。今日のめぐみんはいつも以上に訳がわからない。

 

「ほら、何でもいいから帰るよ。いつまでもそんな格好じゃ風邪ひいちゃうからね」

 

 私は雪に埋もれためぐみんを背負って帰路についた。

 

「さすがは女神と言うだけありますね。カズマには劣りますがクリスも中々にいい着眼点を持っています。これから精進すればきっとカズマにも負けない爆裂ソムリエになれますよ」

 

「褒められてるのに全然嬉しくない。爆裂ソムリエってなんなのさ…。後あんまり外で女神うんぬんの話はしないでね。まあ信じる人なんていないだろうけど」

 

 そういえばめぐみんに関して、以前カズマさんから聞いた話で気になっていたことがある。

 

「ねえ、こないだカズマ君から聞いたんだけどさ。めぐみんはいつからあたしがその…あれだって気付いてたの?」

 

「あれとは何ですか? …ああ女神のことですか。わかりづらいのではっきりと言ってください」

 

 人がぼかして喋ってるのにお構いなしのようだ。まあ今は周りに人がいないし気にしすぎる必要はないだろう。

 

「そう、あたしが女神だってこと。あたしとカズマ君で頑張って隠してたのによく気付いたなって思って」

 

「…それは本気で言っているのですか? 側から見たら怪しさ満点でしたよ」

 

 そんな可哀想な人のように語られる謂れはないのだが。そんなに言うのならその怪しかった所とやらを聞いてみようじゃないか。

 

 

 

「あのホーストという悪魔と戦った時。いくら相手が目が見えてないからといって、クリスが一人であの悪魔を抑えていれたのは明らかにおかしいじゃないですか」

 

「…はい」

 

「リッチーであるウィズに対してもその正体に気づきながらも躊躇せずに切り掛かって行きましたし」

 

「…はい」

 

「そもそもカズマはことあるごとにエリス、エリスと叫んでましたよ」

 

「…それはあたしのせいじゃないね」

 

 まだまだ怪しい点はあったそうだがもう十分なので止めてもらった。というかこれ以上は恥ずかしい。自分が思っていた以上にボロが出ていたようだ。

 

「まさかめぐみんがこんなにも鋭い子だったなんてね。さすがのあたしも見抜けなかったよ」

 

「あなた達二人が抜けているだけですよ。まあパーティーの仲間として近くで見てたから気づいたことも多いですからね。他の人は気付かないと思いますよ」

 

 そのフォローに少しだけ安心する。私が女神だということは軽々しく広めてよいものではないのだから。

 

「ん? でもその話を聞く限りだとめぐみんはパーティーに入る前からあたしに何かあるって気付いてたんだよね。そんな怪しい人がいるパーティーによく仲間になろうって言ってきたね」

 

「まああの時は他にパーティーを組んでくれそうな人達はいませんでしたからね。それにあなた達と一緒なら楽しそうだと思いましたし」

 

 普段は爆裂魔法のことしか考えてないめぐみんが楽しそうだったからと意外な理由を言ってきた。その普段見せない一面に少しからかいたくなってしまった。

 

「ふふっ。めぐみんも中々可愛いこと言うね。そっかー、あたし達はそんなに魅力的なパーティーに見えてたんだ。これはカズマ君達にも教えてあげないと」

 

「ほう、それは困りましたね。カズマのことです。この話を聞いたらきっと私をからかってくることでしょう。そうなる前にその軽そうな口を塞いでおかないといけませんね」

 

「…ねえめぐみん。気のせいかさっきから腕のチカラが強くなってきてるんだけど…。そんなに強くしがみつかれると息苦しくなってくるんだけど…」

 

「気のせいじゃないですよ。意図的に絞めてますから」

  

 その後、他の二人には喋らないということを約束してどうにか事なきを得た。

 

 

 

 めぐみんと爆裂散歩から帰ってきた後。暇を持て余した私とダクネスは以前から興味があったボードゲームにいそしんでいた。聞くところによると王都で人気のある対戦ゲームだそうだ。駒は冒険者の職業やモンスターをモチーフにしたものが使われていて、それぞれに特殊な能力がある。

 

「このマスにアークプリーストを移動。一旦後ろに下がって様子見です」

 

「甘いぞエリス。ジァイアントトードは前方三マスまで舌が伸びるんだ。アークプリーストを捕食」

 

「ああ?! 能力が高いアークプリーストがカエルなんかに負けるなんて! ならこのオーク兵を前進させて王様を包囲します」

 

「む、仕方ない、クルセイダーをオーク兵の前にテレポート。これで三ターンの間クルセイダーはオーク兵を釘付けにする。つまりその間は嬲り物にされると言うことだ。くっ…盤上のこととは言えなんて羨ましい!」

 

「引っ掛かりましたね! ダクネスならそうくると思ってましたよ!その隙にこのとっておきのドラゴンを王様の前に飛翔して移動。チェックです!」

 

「なら王様でドラゴンを両断だ」

 

「ちょっとダクネス?! なんでドラゴンが王様に一撃でやられたんですか?」

 

「何を言っている。王族なんだ、強いに決まっているだろう」

 

「それはそうかもしれませんけど! なんで変な所でリアリティがあるんですか! このゲームおかしいです!」

 

「ルールブックに書いてあるんだから仕方がないだろう。これでお前の駒も残り僅かになったな。どうやらそろそろ決着がつきそうだ」

 

「うう、でもこの冒険者さんなら、冒険者さんならきっとなんとかしてくれます」

 

「その冒険者はあっさりやられそうだからと最初から使ってなかった駒じゃないか」

 

 

 

 結局そのボードゲームは経験者であるダクネスの圧勝で終わった。今度めぐみんに必勝法を教えてもらおう。

 

「ダクネス、次はポーカーがやりたいです。ババ抜きでもいいですよ」

 

「運が絡む勝負でお前に勝てるわけないだろう。ほら、これでも飲んで機嫌を直せ」

 

 勝負に負けて不機嫌な私にダクネスは紅茶を淹れてきた。琥珀色で満たされたカップが柔らかい香りを放っている。

 

「いただきます。…やっぱりダクネスの淹れる紅茶は美味しいですね。私も自信はあるんですがここまで美味しいものは中々淹れられませんね」

 

「何、コツは手間暇を惜しまないことだ。事前にカップを温めたり茶葉に湯を注いだらじっくり蒸らす。細かな積み重ねが美味い紅茶の秘訣だよ」

 

 ダクネスが珍しく自信ありげに語っている。その様子に少し笑ってしまった。

 

「どうしたんだエリス? 急に笑い出したりして」

 

「いえ、大したことじゃありません。…ただこうしてダクネスと自然にお茶しているのが可笑しくて。少し前には考えられなかったことですから」

 

 私の言葉を聞いてダクネスも薄く微笑んでくる。

 

「これからはいくらだって付き合ってやるさ。そうだな、次はカズマとめぐみんも誘ってみようか」

 

「それはいいですね。その時は私がお茶を淹れますよ。水の女神が満足する紅茶を皆さんに振る舞ってあげます」

 

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 ふと目を覚ますと、そこにはようやく見慣れてきた天井があった。窓の外は暗く既に夜が訪れていることを教えてくれる。

 そろそろ仕事の時間だなとベッドから体を起こしたが、今日から三日程休暇をもらったことを思い出した。それならこのままもう一眠りしてしまおうか。そんな自堕落なことを考えていると、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえる。

 

「カズマさん起きてますか?」

 

 この声はエリスだろう。俺が寝ていることを考慮してか控えめな声で尋ねてくる。

 

「ああ、さっき起きたばっかだよ。部屋の前にいるのもなんだし、入ってきていいぞ」

 

 俺の返事に失礼しますとエリスが部屋に入ってきた。今の状況が女の子が自分の部屋に訪れるシチュエーションだと気付き少しだけ胸が高鳴る。

 

「それで、どうしたんだ? 夕飯にでも呼びにきたのか」

 

「いえ、特に急ぎの用事があって尋ねたわけではないんですけど…」

 

 用事がないのなら何をしにきたのだろう。俺が不思議そうな顔をしていると。

 

「以前一緒の部屋に泊まってた時は毎日二人でお話ししてたじゃないですか。なので久しぶりにどうかなって思いまして。…ご迷惑でしたか?」

 

 そんな可愛らしいお願いをしてきた。おそらくは無自覚なのだろう変な期待を抱いてしまいそうだ。俺は動揺を悟られないように自然に返事をする。

 

「ああ構わないぞ。今日は一日寝て過ごしちまったからな。面白い話を期待してるよ」

 

「そんな大した話はありませんよ。そうですね、何から話しましょうか…」

 

 そうしてエリスはベッドに腰掛けながら今日の出来事を話し始めた。めぐみんに爆裂散歩に付き合わされただの、ダクネスとボードゲームでコテンパンにされただの。いつも通りの日常を、楽しそうに彼女は語る。

 

 

 

「…それでめぐみんさんがパーティーに入ったのは……この先は言ったらダメなことでした。忘れてください」

 

「いや、そこで切られたら逆に気になるだろ。めぐみんが何だって? 大丈夫、俺は口が固い男だ。ちょっとぐらい喋ってみろって」

 

「そんな悪い顔をした人には教えられません。乙女の秘密に踏み入ると痛い目にあいますよ」

 

「せっかく面白そうな話が聞けると思ったのに。まったくエリスはケチだなー」

 

 二人で今日の話をしている最中。何を思ったかエリスはまじまじと俺の顔を見つめてきた。

 

「なんだよ、そんな俺の顔をじっと見て。もしかして俺の顔に見惚れたか?」

 

「あ、別にそういう訳ではないのですが…」

 

 冗談で言っただけだからそんな困ったように頬を掻かないでほしい。素直な反応が一番傷付く。

 

「カズマさんって最近この姿の私にも気安くなりましたよね。以前はもっとこう、丁寧な感じで話してたんですけど」

 

「ん? …確かに言われてみればそうだな。嫌だったか?」

 

「いえ、私としては今の気安い感じの方が好きですよ。ただどうしてかなって少し気になってしまいまして」

 

 どうして、か。正直自分でも覚えがない。いつのまにか今の口調の方がエリスにはしっくりくると感じたからそうしているだけだ。それをどうにか言葉にするのなら。

 

「なんか…エリスのことをあんまり女神っぽくないって感じてきたから…かな?」

 

 

「…カズマさんは神罰がお望みなんですか?」

 

 急にエリスが冷ややかな声で尋ねてくる。どうやら選択肢をミスったらしい。俺の幸運が高いのなら地雷ワードくらい回避してくれないだろうか。

 

「以前も私が幸運の女神だということを疑ったり…。あなたには女神がいかなる者なのか教えてあげないといけませんね」

 

「すんませんでした」

 

 俺は速攻で土下座をした。別に何が悪かったのかは分かっていないが取り敢えず謝っとけと俺の敵感知が命令してくる。

 

「はあ…もういいです。いつまでもそうしてないで顔を上げてください。今回は許してあげますから」

 

 土下座ること三十秒ほど、ようやくエリスからお許しが出た。以前からかった時もご立腹だったことを踏まえるに、女神というのは彼女なりに譲れないところがあるのだろう。

 それにしても今後は接し方を変えた方がよいのだろうか。

 

「それで、口調とかも元に戻した方がいいのか? 俺としては今更戻すのは面倒なんだが」

 

 俺の言葉にエリスは少しだけ逡巡したが笑みをたたえて返答してきた。

 

「それは…いえ、今のままで構いませんよ。私は女神として敬ってほしいというわけではないですし。それにさっきも言いましたけど、今の砕けた感じで接してくれるあなたが好きですから」

 

「お、おう。お前がそう言うなら、そのままにしておくよ」

 

 エリスの言葉に耐えきれなくなって目を逸らす。そういう意味じゃないと分かっている。分かってはいるが童貞な俺にあなたが好き、なんて言葉に耐性があるわけがない。

 

「どうしたんですか、急に顔を背けたりして。それに耳が赤くなってますよ」

 

 この女神、どうやら確信犯のご様子。口元の笑みを隠す気もないようだ。先程の仕返しのつもりらしい。

 

「おいカズマ、夕飯ができたぞ。そろそろ起きたらどうだ」

 

 ダクネスが部屋のドアをノックする。今度こそ夕飯の誘いのようだ。

 

「行きましょうか、カズマさん。二人が待ってますよ」

 

 エリスはベッドから立ち上がり俺を誘う。今回は彼女の勝ち逃げで終わるようだ。どうもこの手の空気になると彼女に好き放題からかわれてしまう。なんとも意地の悪い女神様だ。

 だけども。そういうのも悪くないと思い始めている俺もたいがいなのだろう。

 

 

 

「なんだエリス、お前もいたのか。…はっ! まさかカズマと二人きりで何かいかがわしいことを…」

 

「おい変態クルセイダー。お前が一人で何を妄想しようと構わんがそれを俺達に押し付けるな」

 

「ほら、二人とも早く行きますよ。短気なめぐみんを待たせると何をするか分かりませんからね」

 

「聞こえてますよエリス。そんなことを言われたら、短気な私はエリスのおかずをたいらげてしまうしかないですね」

 

 

 

 こうして今日も騒がしくも退屈しない、いつも通りの一日が終わる。

 

 

 




今回は屋敷を手に入れてからの日常回です。
エリスとめぐみんの絡みがあまりないのでその補完も兼ねてます。早く本編を進めたい気持ちとキャラ同士の関係をしっかりと書いておきたい気持ち、今回は後者が勝ちました。でもさっさとあの機動要塞ぶっ壊したい。


読んでくださった皆様に深く感謝。


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この素敵な夢に祝福を♯1

なんか書いてたら二万字超えそうだったので久しぶりに分けます。


 目を覚ますと窓の外の陽は随分と高く昇っていた。あの位置ならおそらく正午は過ぎているだろう。俺は温まった布団を名残惜しみながらも手放し部屋を出た。

 

「おーい、もう昼じゃねえか。なんで誰も起こしてくれなかったんだよ。せっかくの休日なのに損した気分じゃないか。…ってあれ?」

 

 俺は連日の夜勤は体調に支障をきたす、というもっともな理由で休暇を貰っていた。久しぶりの休みを楽しみにしていたのだが、起きてみると家には誰もおらず書き置きが一つ置いてあった。

 書き置きを書いたのはエリスなのだろう。その内容は、俺を起こしに来たがよく眠っていたのでそのままにしておいたこと。めぐみんとダクネスは二人で爆裂散歩に行ったこと。エリスもバイトがあるのでもう家を出ること。申し訳ないが昼食は自分で用意してほしいとのこと。

 

「俺一人分なら昼飯は用意できるけど…」

 

 閑散とした屋敷に俺の独り言が吸い込まれていく。めぐみんが連れて行ったのだろう、ちょむすけもいないようだ。誰もいないこの屋敷はいつも以上に広く感じる。

 はい、率直に言って寂しいです。俺は屋敷で一人昼食や内職をする気にはなれず、外に出ることにした。

 

 

 

 雪が積もった街中をぶらぶらと歩く。吐き出した息は白く染まりそして霧散する。なんとも物悲しい光景だ。

 昼食はギルドで取ることにした。あそこならバイト中のクリスや知り合いの冒険者達がいる。暇するなんてことはないだろう。酒を飲んだりして出費がかさむだろうが久しぶりの休みだ、少しくらい羽目を外してもいいだろう。

 それにしても街を歩く人影が少ない。まあわざわざこんな雪が積もった中を出歩く奴はいないのだろう。これで喜ぶのは子供と犬と後はウチの変態クルセイダーぐらいだ。……最後の一人のせいで微笑ましい光景が台無しになってしまったな。

 俺が脳内で不審者を想像したからだろうか。街中で不審な動きをする二人組を見つけた。というかあれは…。

 

「ダストとキースじゃないか。お前らこんな所で何やってるんだ?」

 

「「おわぁっ?!」」

 

 路地の奥をチラチラと覗き込んでいた二人は大げさに驚いた。いかにもやましいことをしていました、といった感じだ。

 

「なんだよカズマか。びびらせんなよな、まったく」

 

「ダストの言う通りだ。カズマは相手を気遣うことを覚えた方がいいぞ、まったく」

 

「なんで普通に声かけただけで説教されなきゃならんのだ」

 

 この二人の男はダストとキース。この街で俺と同じく冒険者をしているやつらだ。金髪がダストで黒髪がキース、こいつらと後二人のメンバーでパーティーを組んでいる。

 日頃の行いを見ていると本当に冒険者なのか疑わしくなってくるこの二人。新人を見つけては高圧的に絡みに行く姿勢はまさにチンピラのそれだ。

 そんな二人に初めて会ったのはスキルを教えてもらいにいった時だ。その時の礼も兼ねて時々飯を奢ってやったりしている内に歳が近いこともありよく話すようになった。まあダストの方は俺にたかりにきてるだけな気もするが。

 

「それにしてもカズマに会うのも久しぶりだな。どうだ、今から一杯?」

 

 ダストが酒をあおるような仕草で飲みに誘ってくる。

 

「飲むのは構わないが今日は奢ってやったりはできないぞ。手持ちがあんまりなくてな」

 

「どうしたんだ? 前会った時は結構羽振りが良かったのに」

 

「いやな、最近馬鹿みたいな額の借金背負わされて。今はそれの返済で手一杯なんだよ」

 

「あー、だから最近酒場でお前を見かけなかったんだな」

 

 キースは納得がいったような顔をしている。以前会った時はホースト討伐の賞金やキャベツ狩りで懐が潤ってたからな。あの頃の俺はこんなことになるなんて夢にも思ってなかったよ。

 俺の話を聞いてダストが腹を抱えて笑い出した。

 

「あっはっはっは! 借金持ちだなんて笑えるなカズマ! 幸運の女神様にでも嫌われてるんじゃないのか? まったくしょうがねえな、今日はこのダスト様が出してやるよ!」

 

「おい、借金についてはお前も俺と大差ないだろ。……っていうかお前最後なんて言った?」

 

「ああ? 今日は俺が奢ってやるって言ったんだよ」

 

 こいつは何を言っているんだ? 異常事態だ。キースを召集、事情を聞くことにした。

 

「おい、ダストのやつ一体どうしたんだ。常日頃から金がないだの借金がヤバイだのぼやいてて、いつもこすい手で儲けようとしてるあいつが人に奢るだって? 頭をハンマーでぶん殴られたのか? それともヤバイ薬にでも手を出したのか? 槍でも降ってくるんじゃないのか?」

 

「気持ちは分からんでもないが落ち着けカズマ。ダストのやつ今日は珍しくついててな。賭場で大勝ちしたんだよ。借金もあらかた返して今はウハウハってところだ。……まあ俺も今日のダストは偽物なんじゃないかと疑ってるんだが」

 

「おいお前ら聞こえてんぞ。俺が誰かに金出すのがそんなにおかしいのか?」

 

「「うん、おかしい」」

 

「即答かよ……」

 

 だがそういう事情なら遠慮なくダストにご馳走になろう。ちょうど俺も暇していたところだ。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 冒険者達が集うギルド、そこに併設された酒場は今日も賑わっている。その職業柄、命の危険が付き纏う冒険者稼業。だがそんなの知ったことかと今日も彼らは騒ぎに騒ぐ。

 郷に入れば郷に従え。俺達も周りの奴らと同じように好きに騒ぐとしよう。

 

「なーにが借金だ! 街を救ったのは俺だっていうのに? 壊した分は弁償してください? ふざけんのも大概にしろよな!」

 

「いいぞカズマ! そのまま借金なんか踏み倒しちまえ! どうせ貴族のお偉いさん方は無駄に金蓄えてんだ、気にするこたぁねえ!」

 

「ダストの言う通りだ! 領主の太ったおっさんはケチくさいので有名だ、あの腹にたんまりと金蓄えてるだろうよ!」

 

 郷に入って好き放題に不平不満を垂れ流しました。あー、愚痴を吐き出すのって気持ちいい。冒険者ギルドの職員が複雑な顔でこっちを見てくるが知ったことか。

 

 

 

 酒がいい感じに回ってきた所でキースは愚痴っぽく言ってきた。

 

「それにしても冬場はやることもなし、人肌が恋しくなるよな。まあ綺麗所に囲まれてるカスマには分からん話だろうが」

 

「おまけに屋敷まで手に入れたって? 借金以外はうらやましい限りだぜ。なあクズマ、誰か一人くらい紹介してくれないか? 俺としてはあの金髪のねーちゃんがいいんだが」

 

「おい、人のことをカスだのクズだの好き勝手に呼ぶな。別にお前達が思ってるようなことは何もないぞ」

 

 始めは借金に対して同情的だった二人も屋敷を手に入れたあたりの話から徐々に方向性が変わっていった。表情から嫉妬の念が見られる。

 

「何もないってことはないだろ。あんないい女三人と同じ屋根の下、何も起きないはずはなく。どうせ夜な夜なここじゃ言えないようなことしてるんだろ」

 

「ゲスの勘ぐりはそこまでにしろよ。大体俺はあいつらをそういった目で見てねえよ」

 

「……お前それでも男なのか? じゃあ一体どんな目で見てるってんだよ」

 

 そんな気味が悪い物を見つけたような目で見るなよ。あいつらの見てくれがいいのは認めるが本当にそんなんじゃないんだ。

 

「そうだな…じゃあダストが押してたダクネスからだ。あいつは多少生真面目な所はあるが顔よし、スタイルよし、おまけに騙しやすいときた」

 

「なんだよ、今のところ良い点しかないんだが」

 

「まあ最後まで聞け。そんなぱっと見は完璧に見えるあいつなんだが……その中身はドMなんだよ。それもただのドMじゃない。モンスターの攻撃で昂り、罵詈雑言で頬を染め、男達にエロい目で見られると興奮する。そんなレベルの変態だ」

 

「「うわぁ」」

 

 二人はまじかよ、と言った顔をしている。俺の言わんとすることが分かってくれたようだ。

 

「次はいつもトンガリ帽子をかぶってるめぐみんだ。あいつも顔はいいしなにより家庭的だ。家では基本あいつが飯を作るんだがこれがなかなかうまいんだ」

 

 ダストとキースは茶々を入れずに聞いている。先程の話を聞いてこいつにも何かあると察しているのだろう。

 

「だけどな、あいつは街で噂の爆裂狂いだ。その行動は何よりも爆裂魔法が優先されてる。正直頭おかしい。それに喧嘩っ早いし男勝りだし。そもそもめぐみんは年下すぎて恋愛対象以前に子供にしか見えん」

 

 二人は納得がいった顔をしている。

 

「それじゃあクリスはどうなんだ。あいつも裏だと色々とヤバいのか?」

 

「クリスか。あいつはなあ……うん、ほとんど欠点がないな。かわいいし、面倒見があるし、案外お茶目だったりするし。欠陥だらけのウチのパーティーの唯一と言っていい良心だ。クリスがいなかったら俺は今のパーティー解散して別のやつらを探してたかもしれん」

 

「えらく好評価じゃないか。俺達は惚気なんて聞きたかねえぞ」

 

「分かってるよ。それでそんなクリスの唯一の欠点はな………胸が小さいことなんだよ」

 

 

 俺の言葉に数秒、沈黙が流れる。そして堰を切ったように男三人は笑い出した。

 

「胸が小さいか! 確かにそれは大事だな! さすがはカズマだ、よく分かってる!」

 

「クリスはパッと見男みたいな体してるもんな! さすがに男相手じゃあ勃たねえよ!」

 

「別にそこまでは言ってないぞ! でもこないだデュラハンのやつに小僧とか呼ばれてて、あの時はマジで笑い堪えるのに必死だったからな!」

 

「「「うひゃひゃひゃひゃ!!!」」」

 

 男三人集まって、そこに酒が加われば下世話な話になるってもんです。こんな話はエリス達とはしないからか、つい口が回ってしまった。

 ひとしきり笑った後、ふと前を見ると何故かダスト達が青い顔をしていた。

 

「どうしたんだ、そんな切羽詰まったみたいな顔して。飲みすぎて気持ち悪くなったのか?」

 

「あ、ああ、そうなんだ。久しぶりに飲んだからかな」

 

「カズマには悪いんが俺達はちょっとトイレに行ってくるよ」

 

 そう言い残して二人はさっさと席を立って行った。前はこれくらい平気そうに飲んでた気がするんだけどな。

 そんなことを考えながら酒を飲もうとするとジョッキが空になってることに気付いた。俺が新しいのを注文しようとすると。

 

「新しいお酒が欲しいの? じゃあお兄さん、これあたしからのサービス」

 

 ゴツン、と頭を何か固いもので強く小突かれた。

 

「いってえ?! 誰だ、人が気持ちよく飲んでる時に!」

 

 俺が怒って振り向いた先にいたのは。

 

「そうだね。誰かって聞かれたら、胸が小さくて男の子みたいな人かな」

 

「騙されやすいドMの変態女もいるぞ」

 

「爆裂狂いは許しましょう。だが子供扱いは許しません」

 

 羞恥と怒りで顔を赤くしたクリス、ダクネス、めぐみんの三人娘がいた。クリスの手には先程の凶器と思われるジョッキが持たれている。

 

「な、なんだよ、三人ともいたのか。えっと、今日はみんな用事があるって……」

 

「あたしの用事はここのバイトだからね。まあついさっきまでは裏方にいたんだけど」

 

「私とダクネスは今日の爆裂魔法を撃ち終えてたまたま寄っただけですよ」

 

 俺の運って本当に高いのだろうか。クリスがいつも通り接客してたらあんなこと喋らなかったし。二人もギルドに来るタイミングがドンピシャすぎるし。

 

「……一応聞いておくんだけど……どこから聞いてました?」

 

「あいつらをそういう目では見てない、ってところからかな」

 

 つまり不味いところは全部聞かれてるということですね。

 さて、三人の冷たい視線に晒されている俺だが。別に悪いことをしたわけではない。ただ自分の心の内を正直に言葉にして、それがたまたま三人の逆鱗に触れただけだ。

 俺は理不尽な暴力には断固として屈しない。男女平等を掲げる俺がお前達に頭を垂れることはないと知れ!

 

「すみませんでした!」

 

 決意を固めて五秒で土下座した。確かに今回は俺に非があるだろう。感性は人それぞれとは言え結果として仲間の陰口をしていたわけだ。深く反省しよう。別に三人の視線が恐かったわけじゃないんだからね。

 

「カズマ君の謝罪ってなんて言うか、重みがないよね。こうやって謝られるの何回目だろ」

 

 何を言っている。まだギリギリ両手で数えられる程度じゃないか。

 

 

 

「くそっ、まだ痛むな。クリスももうちょい加減してくれよな、パーティーの大事なリーダーが馬鹿になるぞ」

 

 ジョッキで小突かれた部分に回復魔法をかけながら一人ぼやく。

 クリス達は次はないからねと、初めの一発と土下座で許しくれた。正直かなり寛大な措置だと思う。今回はさすがに悪酔いが過ぎた。酒は飲んでも飲まれるな、これからは気をつけるとしよう。

 三人が帰ってからしばらくすると、裏切り者二人がトイレの方から帰ってきた。

 

「カズマー、無事かー?」

 

「待てダスト。まだあの三人が潜んでる可能性がある」

 

「心配せずともウチのパーティーメンバーはもう帰ったよ」

 

 俺の言葉に安心したのかダスト達は向かいに座り直した。

 先程二人には俺の背後に近づく三人が見えていたのだろう。逃げるのはまあいいとしてせめて一言忠告が欲しかった。

 

「一人で置いて行って悪かったよ、だから無言で睨んでくるな。まあカズマが俺達が想像してたようなことはしてないってよく分かったよ。……そこで一つ相談なんだが」

 

 キースは周りを見渡して勿体ぶるように続けた。

 

「今から話すことはこの街の男冒険者の間だけの秘密だ。信用できないやつに他言はご法度、女冒険者にはたとえ仲間だろうと話しちゃいけない。そういった話だ」

 

 目線でこの先を聞きたいか問うてくる。ここまで聞いたらその先が何なのか気になってしまう。俺は無言の首肯で答えた。

 それを見てダストは周りに聞こえないよう小さな声でその内容を話した。

 

「実はな、この街にはサキュバス達がこっそり経営してる夢を見せてくれる店があるんだ。夢の内容はもちろん…」

 

「皆まで言わずともわかる。さっそく行こうじゃないか」

 

 俺はダストの話を最後まで聞かずに席を立った。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 この街にいる男冒険者とサキュバスは共存関係らしい。男達は欲望の感情、つまり精気を差し出し、サキュバス達はその代価として男の理想の夢を提供する。男達はその夢でスッキリとし、サキュバス達は男の精気を生きる糧とする。お互いに利益がある素晴らしい関係だ。

 今日ダスト達に出会った場所。その近くの路地の奥にその店はあった。見た目は何の変哲も無い飲食店に見える。そのドアを開けると。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 世の中には数多くの女性の美しさを讃える言葉がある。だがここではあえて一言で表そう。めっちゃエロい、と。

 そんな煽情的なお姉さんが店に迎えいれてくれた。店内にも同じような蠱惑的なサキュバスが何人もいた。店の客は当然男性ばかり。男達は欲望に駆られた目で一心不乱に紙に何かを書き込んでいる。

 

「お客様はこちらのお店がどういった所かご存じですか?」

 

 俺達は無言でコクリと頷いた。お姉さんはその返答に満足したのか俺達をそれぞれの席に案内してくれた。

 ダストとキース、同士二人を見る。二人もこちらに視線を向けていた。きっと今、俺と彼らは同じ気持ちなのだろう。これからの期待と一人になる不安が入り混じっているのだろう。

 俺はサムズアップをして二人にエールを送る。彼らも同じように返してくれる。自分を鼓舞するように、相手の幸福を願うように。互いの夢路に幸あらんことを、と。

 俺が席に着くとサキュバスのお姉さんが一枚のアンケート用紙を手渡してきた。夢に関する質問なのだろうがいくつか気になる項目がある。

 

「あの、夢の中の自分の状態、性別と外見ってのは何ですか?」

 

「お客様の中には英雄や王様になってみたいという方もいらっしゃいます。そういう時は状態の欄に自分がなりたいものを記入してください。性別と外見はそのままの意味で、自分が女性になった夢を見ることもできます」

 

 いわゆるTSといったところか。美少女になるのにまったく興味がないわけではないのだがまだ初日だ。そういった特殊なプレイは経験を積んでからにしよう。

 

「それじゃあこの相手の設定ってのは何ですか?」

 

「夢での相手の方の性格、口癖、外見や好感度ですね。細かく書いてくださるとよりお客様のお望みになる相手が現れます。それが実在している人物だろうと構いません。だって夢ですから。お客様の中には自分のパーティーメンバーを押し倒したいという願望の方もいますので」

 

 パーティーメンバーか。つまりドM成分を抜いたダクネスや、十七歳くらいのめぐみんだったり、クリスとエリス二人一緒にだって可能なわけだ。……可能なわけなんだが……なんだろう、これじゃ無い感が強い。

 興奮しないというわけでは無いが何故か忌避感を感じる。というか夢を見た翌日に気まずくなりそうだ。あいつらを夢に登場させるのはやめておこう。

 

「もう質問がないようですので失礼しますね。それではごゆっくり」

 

 俺がいくつか質問をした後、サキュバスのお姉さんはそう言って仕事に戻っていった。未だ空白が多いアンケート用紙と睨めっこする。特に相手の設定の部分が悩ましい。

 サキュバスサービス、正直言って予想以上だった。自分で好きに夢を設定できるなんてこの世界より技術が進んでいる元の世界でも難しいことだ。

 だが自由とは時に苦しい物。なんでもと言われても理想が多すぎて一つに絞ることができない。俺は悩みに悩んだ末、美人でスタイルのいい恥ずかしがり屋のお姉さんと記入した。他の理想はまた次に来店した時に書くことにしよう。

 

「ご来店ありがとうございました!」

 

 俺は料金の五千エリスを支払い一人店を出る。

 ダストとキースはまだ書き終えていなかったので置いてきた。鼻息を荒くし必死にペンを動かす姿に邪魔するのは悪いなと思ったからだ。

 店を出る時サキュバスのお姉さんに住所や本日の就寝時刻を尋ねられた。その時間にサキュバスの方が来て夢を見せてくれるそうだ。

 そして酒等を飲んで熟睡されると夢を見せることができないので飲酒は控えるようにとも言われた。

 俺はその忠告を胸に刻み込み屋敷への道を歩いた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 その日の夜。俺が夕食の時間だなと食卓に向かうと、テーブルの上は赤一色に染められていた。

 

「カズマさん、今日はカニですよ、カニ! ダクネスの実家から引っ越し祝いにとこんなに贈られてきたんです! 見てくださいこの真っ赤な甲羅! それにこんな高級酒まで貰っちゃいました!」

 

 昼間のことなど何処へやら、エリスは嬉しそうに酒瓶を抱えながら話しかけてくる。それだけあのカニや酒が上物だということなのか。まあ掘り返されても面倒なので昼間の話題は出さないでおこう。

 しかしカニを食べるなんて随分と久しぶりだ。テーブルにはカニの王様と呼ばれるタラバガニと似た物が並べられている。日本では一杯何千円とするはずだが少なくとも十杯以上はあるように見える。

 

「まさか私の生涯で霜降り赤ガニにお目にかかる日が来ようとは。カズマも早く席に着いてください、私は一刻も早くこのカニを食べたいのです!」

 

「そんなに高級なカニなのか?」

 

「ええ! 私の妹が今の光景を目にしたらものの一分ほどで食べ尽くし『姉ちゃん今の十倍持ってきて』とせがんでくることでしょう! それくらい美味しいと評判のカニですよ!」

 

「カニよりもお前の妹の胃の方が気になるんだけど」

 

 だがめぐみんの様子を見るにこのカニが相当の物なのがわかる。

 そんな興奮した俺達をダクネスは少し呆れたように笑いながら調理されたカニを並べていく。

 

「新鮮な野菜じゃあるまいに、そんなに焦らなくてもカニは逃げたりしないぞ」

 

 ダクネスが席に着いたことで全員が揃い、俺達は早速霜降り赤ガニを食べることにした。

 

 ぱきり、とカニの脚を割る。その中から取り出した身はまるで桜の花びらのような綺麗な色をしていた。俺はそれを醤油に軽くつけ、一口で頬張る。

 うまい。

 カニの旨味が口いっぱいに広がる。身が大きく一口で食べた時の満足感がたまらない。

 自然と手は二本目の脚に伸びていた。これは止まらないな。

 他の皆も黙々とカニを食べている。四人で食べているのにこの食卓に会話はなかった。

 だがそれに文句があるわけじゃあない。モノを食べる時は誰にも邪魔されずに自由で、なんていうか、救われてなきゃあダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……。

 俺は再びカニの脚に手を伸ばし、ぱきりと。

 

 しばらくの間カニを堪能していると、隣のエリスがトントンと肩を叩いてきた。何の用だろうと振り向くと。

 

「カズマさ〜ん、ここに火をくれませんか? 今から先輩に教えてもらった甲羅酒を……あれ、カズマさんが二人に見えます?」

 

 顔を赤くしたエリスが不思議そうな表情をしていた。声も普段と比べてよりほんわりとしている。机の上には一人で飲んだのか既に空になった酒瓶が数本置かれていた。

 どう見ても酔っている。別にエリスは酒が弱いわけではないし、普段も自制が利く程度しか飲まない。だからここまで正体をなくした姿は初めて見る。それだけあの酒が彼女のお気に召したのだろう。

 とりあえずエリスの要望通りに目の前に置いてある七輪の炭にティンダーで火をつけてやると、彼女はノリノリで解説してきた。

 

「えっと、先輩に教えてもらったやり方は……まずはここに甲羅を置いてじっくりと炙ります。少し焦げ目がついてきたらお酒を投入! そうしてお酒がちょうどいい温度になるまで待ってから…」

 

 エリスは甲羅を手に取って一口すすり……。

 

「はぁ………おいし」

 

 柔らかい表情でうまそうに一息ついた。

 ゴクリ、と喉が鳴る。エリスの姿を見ていた俺達は早速真似をしようとして、俺ははたと気づいた。

 これダメなやつだ。

 胸に刻み込んだサキュバスお姉さんの忠告を思い出す。酒を飲んだりして熟睡しないようにと言っていたじゃないか。

 ならばここは我慢だ佐藤カズマ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ時なんだ。小局に流されるな、大局を見据えろ。

 酒なんて一時の高揚感で終わるような物じゃないか。だが今から見る夢は俺の人生に置いてかけがえのない、初体験と呼んでいい程の一大イベントなんだ。

 

「ふぅ……危ない所だった」

 

 独り小さく息をつく。どうにか衝動を抑え込めたようだ。

 

「うん、確かにこれは美味いな! カニの旨味が染み出ていて味わい深い物になっている! それに甲羅の香ばしい香りと酒の香りがうまく調和しているな!」

 

「そんなことより早く私にもついでくださいよ。人の感想を聞いたところでお腹は膨れませんからね」

 

「駄目だぞめぐみん。これは大人の味だ、お前にはまだ早い」

 

「また私だけ飲ましてくれないんですか! ダクネスじゃあるまいしお預けされても嬉しくないです!」

 

 向かいの席で二人が騒いでいる。だがその喧騒が俺の心をかき乱すことはない。我が心は不動、既に明鏡止水の域に至った。

 

「カズマさんは飲まないんですか、甲羅酒?」

 

「ああ、俺は昼間にダスト達と飲んでたからな。飲み過ぎも体に悪いし今日は遠慮しておくよ」

 

「少しくらいならいいじゃないですか。ほら、カズマさんの分も作りましたよ」

 

 エリスは皿に乗った甲羅を俺の前に置いてくる。カニの甲羅から立つ香りが俺の鼻腔を刺激する。だがそんな誘惑俺には効かん。何者も我が心に踏み込むこと能わじ。

 

「だから俺は大丈夫だって。これはお前が飲んだらいい。さて、それじゃあ俺はそろそろ……」

 

「私のお酒、飲んでくれないんですか?」

 

 俺が席を立とうとするとエリスはシュンとした顔でこちらを見てきた。その顔はやめてくれ。罪悪感がこみ上げてくる。

 俺が波だった心を落ち着かせようとしていると、エリスはカニの甲羅を無言でズイと差し出してきた。どうやら飲まなければ引き下がってくれそうにない。

 仕方がない、一杯だけもらおう。熟睡さえしなければいいんだから寝る前に水でも飲めばある程度酔いも覚めるだろう。

 

 エリスから甲羅を貰い、一口飲んだ。

 ああ、この味はどこか覚えがある。そうだ、あれは確か親戚一同が集まった時。昼間から酒を飲んでいた親戚のおっさん達が、俺に飲んでみろと勧めてきたものに似ている。

 当時子供だった俺はそれが何かもわからずに興味本位で飲んだ。子供の舌には当然酒のうまさなんてわからずに吐き出し、周りの大人達から笑われたものだ。

 あれから何年も経った今、何故あの大人達がこれを好んで飲んでいたのかが少し分かった。

 口の中に酒の甘味とカニの風味がサーっと広がる。温められた酒は少し飲んだだけなのにポカポカと不思議な感じがする。飲みやすい、そして何より美味い。

 気づいた時には既に空になった甲羅を持っていた。

 

「どうです? 美味しいでしょう」

 

 エリスはどうだと言わんばかりに笑いかけてくる。酒のせいかふにゃふにゃとした笑顔になっている。今日は珍しい表情がいくつも見れるな。

 俺が肯定すると彼女はもう一杯と甲羅に熱燗を注ぎ込んでくる。女神に酌してもらうとはなんとも贅沢な話だ。そう思いながら俺は二杯目を口にした。

 そうして三杯目を飲み終えたところで。

 

(って違う! 飲んだらあかんて言うたやろが!)

 

 どうにか正気に戻ってこれた。既に手遅れな気もするが。

 この酒はダメだ。飲み始めたら止まらなくなってしまう。今回はなんとか帰ってこれたがおそらく次はないだろう。

 それに既に三杯も飲んでしまった。早くこの場から立ち去って酔いを覚まさないと。運動して汗をかくとアルコールが抜けると聞いたことがある。そのためにもどうにかここを離れる言い訳を考えないと。

 

「そうだ! 冒険者たる者いついかなる時でも戦えるようにしておかないとな! だから俺ちょっと鍛錬してくる! それじゃあご馳走様ー!」

 

 俺は適当な言葉を一気に捲し立てながら急いで部屋を出た。後ろから訝しげな視線を感じたが今は構ってられない。

 

 

 

「うおおおおおおお!!!」

 

 雪が積もり真っ白になった庭で独り剣を振るっていた。ポカポカとした体にはちょうどいい温度だが、今はそれどころではない。どうにかして酔いを覚まさないと。

 だが剣を振るっても一向に直る気配はなく、逆に血の巡りが良くなったせいか一段とフワフワとしてきた。

 まずい、どうやって酔いを覚ませばいいのか分からん。こんなことなら日本にいた時にもっと酒について調べておけばよかった。

 水を飲んだり顔を洗ったりもしたが完全に酔いが覚める気配はない。後思いつくことと言ったら。

 

「そうだ風呂に入ろう。ガンガンに冷やした水を浴びて風呂に入ればきっと酔いも覚めるはずだ」

 

 そうと決まれば早速風呂に直行した。

 

 

 

 




徐々に文字数は増えてたけどさすがに二万字はあかんなと思いぶった切りました。後半も近いうちに投稿します。

ダスト&キースです。一応地の文で少しだけ登場はしてました。作者は最近愚か者を読み始めたのでまだいまいちダストのキャラがわかってません。読み終わったらこっちでもちゃんと登場させたいな。

カズマさんって三人娘の夢見るんですかね。アクアはまあないとして、めぐみんには好意を抱き出して、ダクネスはカズマさんの好みドストライク。夢を見る理由はあると思うんですよ。
でも多分見てないんだろなーっていう謎の信頼感がある。

アルハラ女神のエリス様。泣き落としで酒を飲ませてくる。ご褒美か? お酒は飲めない人はマジで飲めないらしいので無理に勧めるのはやめようね。



 カニのシーンはアニメを参考にしながら書いてたんですけど、アニメのカニもタラバガニがモチーフになってると思います。脚の本数とゴツゴツした感じ、ボリュームがある身の感じはタラバガニと特徴が一致してます。
 でもタラバガニのカニ味噌は味が悪いそうなんですよね。それに身の劣化を早めるからあまり流通してないそうな。だから甲羅酒はあまり向いてないんだろうなと思う次第です。
 ちなみにタラバガニはカ二の仲間ではなくヤドカリの一種だそうです。分かりやすい見分け方は脚の本数。足がハサミを合わせて八本なのがヤドカリの仲間、十本がカニの仲間だとか。
 だから霜降り赤ガニや十六巻で出た渡りガニもたぶんヤドカリの仲間だと思います。数えたら八本でした。

 何でこんなどうでもいい雑学書いたかって? 作者が執筆の参考に色々調べてたら無駄に知識がついたからです。創作してると無駄な雑学が増える増える。なんか勿体ないので書きました。
 


読んでくださった皆さんに深く感謝を。


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この素敵な夢に祝福を♯2

今回はゲスマさん多めです。
あまりのアレっぷりにR 15タグつけました。


「んあっ?」

 

 何処かから聞こえた物音で俺は目を覚ました。辺りは暗く窓から差す月明かりだけがこの浴室を仄かに照らしている。

 現在俺は風呂に肩まで浸かっているわけだが。さてどうしてこうなったのだったか。どうにか寝る直前のことを思い出す。

 そうだ、確か酔いを覚ますために水をフリーズで思いっきり冷やして頭からかぶり、風呂に張った湯に入る。それを数回繰り返す内に湯の温かさに負けて普通に風呂に入り、そのままボーッとして寝てしまったようだ。

 一度寝たからか酔いは覚めている。これなら熟睡することなくサキュバスの夢を見ることができるだろう。そうと分かれば早く風呂を上がりベッドで待機しないと。

 そうして俺が風呂を出ようとすると、脱衣所からドアが開く音が聞こえた。

 おかしい。外のドアには入浴中の札をかけてたはずだが。それに明かりだって……そういえば寝る前に付けていたランタンは何故か消えてるな。

 

「ん? どうしてランタンの火が消えたんだ? まあいい、先に入って湯を沸かしておかないと」

 

 そして脱衣所に入ってきた人物が持っているランタンも、何故かタイミングよく消えたようだ。声の感じからするにそこにいるのはダクネスだ。特にこの状況を気にした風ではなさそうだ。このままだと風呂に入ってきてしまうだろう。

 いつもの紳士的な俺ならここで声をかけていたのかもしれない。だがこうもご都合的な展開が続いたら誰だって気づく。

 そう、これは夢だ。どうやら俺の努力はすでに報われていたらしい。

 仲間の誰かを夢に出す気はなかったが来てしまったものはしょうがない。据え膳食わぬは男の恥ともいうし、翌日に気まずいとかは明日の俺に任せよう。

 

「ふう、今夜は月が綺麗だな……」

 

 ダクネスは自然に浴場に入ってきて、湯船に浸かる俺と目があった。

 

「「…………」」

 

 風呂にいるのだ、当然互いに全裸である。

 ダクネスはいつもモンスターに攻撃されまくってるくせに、白くて綺麗な肌をしていた。中身以外は完璧だと思っていたが実際に裸を見ると想像以上のものだった。出る所がしっかりと出てる姿は率直に言ってエロい。触ったらどんな感触がするのだろうか。

 ダクネスはタオルを持って入ってきたので肝心の部分がよく見えない。なんか焦らされているみたいで興奮する。まだ夢は始まったばかりだ。ゆっくり楽しむとしよう。

 

「な、な、な、……なんで……お前が……」

 

「よう、待ってたぜダクネス。それじゃあ早速お願いしようか」

 

「待ってた?! お願い?! お前は何を言っているんだ!」

 

 ダクネスは顔を真っ赤にして抗議してくる。確かに俺は恥ずかしがり屋なお姉さんとお願いした。ならばリードするのは俺の役目なのだろうか。

 

「そんなに叫ぶなよ。そうだな、じゃあ最初は背中を流すところからやってもらおうか」

 

 俺は風呂から上がり丸椅子に座ってダクネスを待った。しかし彼女は一向に動く気配がない。どうしたのかと様子を見ていると体を隠すように縮こまっていた。

 

「どうしたんだダクネス、そんな所にいたらいつまで経っても終わらないぞ。ほら早くそのいやらしい体で俺の背中を流しておくれ」

 

「い、いやらしいって言うな! なんでお前はそう平然としているんだ! 今の状況を分かっているのか?!」

 

「よーく分かってるよ。何たって俺の願望通りのことが起きてるんだから。それにしてもお前の恥じらう姿は見ていてそそるな。でも隠す仕草がオーバーだから、もっとギリギリ見えそうな感じでお願いします」

 

 俺の言葉を聞いてダクネスは口をパクパクとさせ混乱している。少しおっさんくさい台詞だったから引かれたのか? まあいいか、夢だし。

 

「だ、大体なんで私がお前の背中を流さないといけないんだ! 理由を説明しろ! 理由を!」

 

「面倒くさいやつだな。夢の中って言ってもそんな自由にできるわけじゃないのか? あー、理由はな……ほら、いつもお世話になってるカズマさんに感謝の気持ちとかあるだろ。そのお礼ってところだよ」

 

「か、感謝の気持ちか……」

 

 俺の言葉にウーウー唸ること三十秒、ダクネスはようやく決心がついたようだ。俺の背後にペタンと座り、恐る恐るタオルで背中を洗い始めた。

 焦らしプレイも悪くはないがさすがに長かった。次からはそこら辺も細かく設定するとしよう。

 

「あー、人に洗われるのって新鮮でいいな。おいダクネス、もっと強く擦ってくれ」

 

「ううう、これはただ礼をしているだけなんだ。決してやましいことはしていないんだ」

 

 ぶつぶつと何かつぶやきながらも、俺の言葉に素直に従ってゴシゴシと丁寧に背中を擦ってくれる。現実だとこんなことしてくれるはずないよな。やっぱり夢って最高だわ。

 

「背中洗い終わったら言ってくれよ。今度は前を頼むから」

 

「ま、前だと?! そんな恥ずかしい所できるか!」

 

「何言ってんだよ。前洗った後はもっと恥ずかしいことするのに。それにしてもさっきから文句が多いぞ。自分ばっかり洗う側だから不満なのか? 心配せずとも後で俺がお前の体も洗ってやるから」

 

「お前こそ何を言っているんだ! これは日頃迷惑をかけている分と以前エリスとのことで世話になった分の礼にすぎないんだぞ! それだけで好きにされるほど私の体は安くない!」

 

 このダクネスは随分と純情だな。普段はモンスターに好き勝手にされたいとか言ってるくせに。

 

「あの時のことは本当に感謝してるんだ。お前が無理矢理にでも引き合わせてくれなかったら、私は大切な友人を失っていたかもしれない。……だがそれはそれ、これはこれだ!」

 

 俺の記憶からこの夢を作り出しているのだろうが、随分詳しいことまでわかるみたいだ。ダクネスの謝辞も自分の願望から来ていると思うとなんか萎える。あの時は別に感謝してもらいたいから行動したわけではないのだが。

 

 

 

 そろそろ焦らしプレイは終わりにして次に進んで欲しいなと考えていると。

 ガチャリ、と脱衣所のドアが開く音がした。

 その予想外の音に疑問を抱き、さらにそこにいる相手が誰かわかり動揺した。

 

「ダクネス〜。お風呂沸きましたか〜?」

 

 この声はエリスだ。先程よりもさらに酔っているのか呂律が回ってない。顔を赤くしてふにゃふにゃとした表情をしているのが目に浮かぶ。

 

「エ、エリス?! いや、まだ風呂は沸いていない! すまないが一度戻ってくれないか!」

 

「え〜、今から居間に戻るなんて面倒です〜。私も中で待ちます〜」

 

 どうやら事前にダクネスが風呂を沸かしておいて、後からエリスが来る予定だったのだろう。そこにイレギュラーである俺がいたと。

 脱衣所では服を脱いでいるのであろう衣擦れの音がする。その音にダクネスは慌てたようにエリスに叫ぶ。

 

「待てエリス! 今は入ったら駄目だ! 今は、その……カ、カズマがいるから……その……」

 

 ダクネスは顔をより赤くして声が尻すぼみになっていく。おそらく現状を再認識し、そのことをエリスに伝えるのが恥ずかしくなったのだろう。

 

「カズマさんとダクネスが一緒にお風呂にいるわけないじゃないですか〜。どうしてそんな嘘吐くんです〜?」

 

「本当にいるんだ! おい、お前もさっきから黙ってないで何か喋れ! このままだとエリスが入ってきてしまうだろ!」

 

 ダクネスが後ろから俺の肩を掴んでガクガクと揺らしてくる。だがそれでも俺は黙ったままだ。

 これは夢だ。サキュバスのお姉さんに頼んだ物とは違ってきているがこれは夢なんだ。つまり今から入ってくるであろうエリスの裸を見たとしても、何も問題がないわけである。

 俺の脳内では天使のカズマさんが『さっきから様子がおかしい。もしかしてこれは現実なのでは?』と心配し、悪魔のカズマさんが『これは夢だ。だから面倒なことは考えずに流されちまえ』と甘い言葉を囁いてくる。

 そうして脳内で天使と悪魔が争いを……始めることはなく、とりあえずエリスが来た後で決着をつけようという話になり停戦協定が締結。つまり何者も俺を止める者はいないというわけだ。

 

 さて、俺こと佐藤カズマは以前から一つ、エリスに対し疑問に思っていることがあった。

 それは冬将軍に殺された時のこと。俺が天界で出会った水の駄女神ことアクアが興味深い発言をしていた。『エリスはパッドで胸を盛っている』と。その時の俺はアクアにその真偽を問うたが適当にはぐらかされてしまった。

 あれからエリスの膨らんだ胸を見るたび、あれが本物かどうか懐疑的な目で見ていた。内容が内容だけに本人に聞くことも叶わず、俺は偽りの日々を送らざるおえなかった。

 だが今夜ようやく、俺は真実を目にすることとなった。

 

 浴場のドアが開いた。

 窓から差す月の光の中、彼女の銀髪が踊る。腰あたりまで伸びた長髪が月光を反射し白銀に光る様は幻想的でどこか儚さを覚える。

 いつもは服の下に秘されている肌は透き通るように白く傷一つない。まるで踏み荒らされてない新雪のような純潔さを思わせる。

 身体つきは……うん、スレンダーだ。別に貶しているわけではない。胸は控えめだが程よく筋肉が付いていて全体的にスラッとしている。それでも女の子特有の華奢な雰囲気があり庇護欲が掻き立てられる。

 

「ダクネスと一緒にお風呂に入るなんて久しぶりですね〜。まああの時はクリスでした……けど……」

 

 エリスと目が合う。彼女はキョトンとした表情で俺を見つめている。酒のせいか頬は赤く彼女の白い肌によく映えている。それが徐々に赤みを増していき。

 

「きゃぁああああああ??!!!」

 

 羞恥の悲鳴を上げながらその場にしゃがみ込んだ。ダクネスの時も思ったがやはり女の子の恥じらう姿はくるものがあるな。

 

「な、な、何でカズマさんがいるんですか! 私は裸で、ぜ、全部見られて!」

 

「だからさっき言ったじゃないか! カズマが中にいると!」

 

「だってだって、ダクネスと二人で浴場にいるなんて信じられるわけないじゃないですか!」

 

 裸の女の子二人が目の前で言い争いをしている。こんな眼福な光景は今後の人生でもう拝むことはないと思うのでしっかりと目に焼き付けておこう。

 

「お前もいつまで眺めているつもりだ! いい加減にしろ!」

 

 ダクネスは持っていたタオルを俺の顔に巻きつけ視界を塞いできた。だが既に俺の脳裏にはエリスの姿がバッチリと焼き付けられている。

 

 さて、視界が塞がったことで少し冷静さを取り戻したわけだが。今は一体どういう状況なんだ?

 おそらく今起きていることは現実なのだろう。ダクネスはともかくエリスまで現れたのはさすがにおかしい。

 だが現実というならサキュバスのお姉さんはどうしたのだろうか。もしかしたら俺がダクネスと一緒にいるのを目撃して帰ってしまったのかもしれない。それならそれでまあ別に構わないのだが、もし今の状況でサキュバスが現れたら不味いのではなかろうか? というかサキュバスは確か悪魔の末端でエリスが目の敵にしているのは……。

 

「皆さん曲者が出ましたよー! どこから入ってきたのか分かりませんがサキュバスが結界に引っかかってます! 」

 

 俺の思考中にめぐみんの声が屋敷に響き渡る。

 その声に瞬時に反応し、顔に巻かれたタオルをずらしエリスを見た。先程の出来事で酔いが覚めているエリスはサキュバスのワードに敏感に反応し、今にも走って向かいそうな様子だ。

 だが先に思考していた俺の方が動き出しが早い。俺は走り出そうとしていたエリスに後ろから飛びついた。

 

「カ、カズマさん?! 離してください、悪魔がこの屋敷に、じゃなくて今私裸で、きゃっ?! どこ触ってるんですか!」

 

「お、おい、お前は私の友人に何してるんだ! 見るだけに飽き足らず直接触りに行くなんて! 今日のお前は本当にどうしたんだ!」

 

 上手い言い訳が思い付かなかったので沈黙を貫く。

 それにしてもスレンダーだと思ってたけど直接触ると案外柔らかいな。これが女の子の感触か。

 だが今は煩悩に支配されている場合ではない。どうにか先にサキュバスの所に駆けつけないと。めぐみんは爆裂魔法しか使えないとはいえ腕力はそこそこある。あまり時間はかけてられない。

 俺は抱きすくめていたエリスをダクネスに押しつけ浴場を出た。着替える時間も惜しいので頭のタオルを腰に巻きつけ、声がした方へ駆け出す。エリス達はさすがに服を着てくると思うのでこれで時間差をつけられるだろう。

 

 

 

「カズマ、見てください! たぶんエリスが仕掛けたのでしょうが結界に引っかかって動けないサキュバスが……な、何でそんな格好で来たんですか! 服を着てください、服を!」

 

 声がした場所に駆けつけるとそこには昼間見たサキュバスよりもずっと幼い小柄なサキュバスが魔法陣に囚われていた。パジャマ姿のめぐみんは杖を持ってサキュバスを威嚇している。

 どうやら間に合ったようだ。俺はサキュバスの子の手を取り玄関へと駆け出した。だが結界のせいなのかサキュバスの子の足取りは悪い。

 

「あっ、駄目ですよカズマ! サキュバスは歴とした悪魔です! いくらカズマ好みの女の子だったからといって逃したら駄目です! エリスに言いつけますよ!」

 

 こんな幼い姿の子に欲情する程落ちぶれてねえよ。

 めぐみんの指摘に心の中で抗議しつつも先の事を考える。エリスとダクネスはもう服を着て脱衣所を出ている頃合いか。めぐみんも呆気に取られていたがすぐに追いかけてくるだろう。

 並走しているサキュバスの子は息を切らしながらも俺に訴えかけてきた。

 

「お客さん、私のことは放って置いてください! このままだとお客さんまで酷い目に遭ってしまいます! そもそも私が結界に引っかかったのが悪いんです。手を取ってくれたことは嬉しいのですが、これ以上迷惑はかけられません。だから……」

 

「だから見捨てろってか? 悪いがその答えはノーだ」

 

「…どうしてですか? お客さんに取って私は今日出会ったばかりのただのモンスターなんですよ。利害は一致していても本来は討伐されるべき対象なんですよ」

 

「簡単なことだ。俺は俺のためにお前を助けるんだ。もしここでお前の手を離したら、その選択をした俺を未来の俺は一生嫌って生きていくことになる。そんな悔いが残る人生を送る気はない」

 

 玄関がある広間までは来れた。だが敵感知には反応が三つ、すぐ後ろまで来ている。屋敷を出たらゴールというわけではない。そんな簡単に見逃すようなやつらじゃないのは俺が一番よく知っている。

 俺は玄関に向けてサキュバスの子の背中を押し振り返る。ここで俺が足止めをする。

 

「お客さん……ありがとうございます。このお礼は必ず」

 

「別に礼が欲しくてやったわけじゃないが。そうだな、今度店に行った時にサービスでもしてくれ」

 

「はい! それではご武運を!」

 

 サキュバスの子が玄関のドアに手をかけるのと同時にエリス達がこの広間に押し入って来た。

 

「追いつきましたよこの木端悪魔! 逃げようったってそうは問屋がおろしません! ここで完膚なきまでに滅します!」

 

「カズマ、そこをどけ! 今日のお前の様子を見るにお前はそこのサキュバスに魅了されてるのだろう! もし反抗してくるのなら加減はできんぞ!」

 

「見ての通り二人は頭に血が上っています。早く正気に戻って大人しく引き下がった方が身のためですよ」

 

 三人は冷ややかな視線を俺と後ろのサキュバスに向けてくる。

 これはおそらく最終勧告だ。サキュバスの肩を持つようならお前も容赦しない、そう言っている。つまり問答で時間を稼ぐのは不可能ということだ。

 俺の装備は腰に巻いたタオルのみ。ワイヤーがないのでバインドは使えない。手札は初級魔法にドレインタッチ、それと戦闘向きではない盗賊スキル全般。

 十分だ。どうやら男を見せる時がきたらしい。

 

「かかってこい」

 

 俺はサキュバスの子に早く行けと目で促し、構えを取って闘う意志を示す。その姿にエリス達は一瞬驚くも、俺と後ろのサキュバスを倒すために踏み出そうとしてくる。

 間合いは十数メートル。この程度の距離なら数秒で詰められ戦闘になってしまうだろう。数的不利にステータスの差、それに加え玄関を出たサキュバスに追い付かせないためには、三人全員を足止めしなければならない。戦闘になったら圧倒的にこちらが不利だ。

 

 それなら戦闘にしなければいい。

 俺は腰のタオルに手をかけた。その行動に三人はギョッとした顔をしている。まさかそんな事をする筈は、なんて思っているのだろう。今の俺は使えるものは何でも使う。たとえそれが恥ずべき行為だとしても。

 つまりは男(の象徴)を見せる時である。

 俺はタオルにかけた手を思いっきり。

 

「おらぁっ! こいつを見ろ!」

 

「きゃぁあああああ??!!」

 

 響き渡る悲鳴は一つ、エリスのものだ。この薄暗い中でも彼女の見通す目なら昼間のようにはっきりと見えているのだろう。俺のアソコを見ないように両手で顔を覆っている。他の二人も悲鳴こそあげなかったが、目を瞑ったり逸らしたりしている。

 ちなみに、当たり前だがタオルは取っていない。あくまでフリをしただけである。何でも使うとは言ったが、さすがに女の子相手に局部を見せつける変態行為には抵抗がある。後でパーティーを追い出されても文句言えないレベルだ。というか自分からパーティーを抜ける。

 だが三人の足を止め、隙を作ることができた。この機を逃す手はない。

 

「『クリエイト・ウォーター』、からの『フリーズ』!」

 

 エリス達の足元を水浸しにした上で一気に凍らせる。簡易的なスケートリンクの出来上がりだ。これで動きは多少制限できる。

 そのまま俺は三人に向かって駆け出す。攻め手を緩めるつもりはない、攻撃こそ最大の防御だ。

 

「二人とも目を開けてください! チキンなカズマのことです、腰のタオルを取ったのはフリですよ! 今も何か小狡いことをやろうとしています!」

 

 男勝りゆえか一番はじめに冷静になっためぐみんが指示を出している。残り二人も足元が急に濡れたり凍ったりして、俺が何かしていると勘付き目を開けようとする。

 

「もうちょっと目瞑ってろ! 『ウインドブレス』!」

 

「ぎゃあ! 目が、目がぁああ!」

 

 走り出す前に小声で仕込んでおいたクリエイト・アースの土を三人の目元に向かって風で飛ばす。

 めぐみんを含め三人は悲鳴をあげている。まぶたを開けた瞬間に襲いかかる砂はさぞ痛いことだろう。

 これ、後で謝って許してもらえるのだろうか。

 そんな雑念を振り払いながらめぐみんに向かって手を伸ばす。この状況で一番冷静だったのはこいつで、そして三人の中で一番貧弱なのもこいつだ。

 

「悪いがお前の魔力、頂くぞ」

 

「ああ?! 我が偉大なる魔力がカズマなんかの手に! これのせいで爆裂魔法が撃てなくなったらどうしてくれるんですか!」

 

「こらっ! 手を引っ剥がそうとするな! お前今日はもう爆裂魔法撃ったんだから関係ないだろ!」

 

 抵抗するめぐみんから無理矢理体力と魔力を吸い取る。三人の中で一番体力が少ないめぐみんは始めこそ激しく暴れたが、すぐに力が抜けヘナヘナと崩れ落ちた。まずは一人。

 

「くっ、こんな視界を封じるような真似をして一体私に何をするつもりだ! だが、たとえお前がサキュバスに操られ、私の体を好き放題するつもりでも私は容赦しないからな!」

 

 次の標的であるダクネスは先程までの怒りを忘れていつも通り興奮している。こいつの羞恥の基準は一体どうなっているのだろうか。

 まだ目が見えていないのか俺が距離を詰めても、見当違いの方向を向いている。そして予想通り、不器用なこいつは氷の上にどうにか立っていると言ったところだ。少し押しただけで簡単に転んでしまうだろう。

 俺はそんな危なげな姿につい魔がさし、ダクネスの背後に回り背中を押してみた。

 

「さあ、何処からでもかかってくるがいい! お前が何をしようと私は、えっ? あっ、ちょっ!」

 

 ビターン、という音と共にダクネスは顔面から転倒した。不意に食らったものだからか、防御力が馬鹿みたいに高いはずのダクネスがピクリともしない。

 さすがに心配になり声をかけてみた。

 

「お、おいダクネス、大丈夫か? 俺もそんな派手ににすっ転ぶとは思わなくて…」

 

 返事がない、ただの屍のようだ。

 と思ったが耳が赤くなっているのが見える。どうやら盛大にこけたことが恥ずかしかったのだろう。まあビターンだもんな。ビターン。

 これはそっとしておいた方がお互いのためだろう。少し想定と違うがこれで二人。

 

 一度距離を取り、玄関との間に立ち塞がるように位置する。

 二人を倒してる間に目の砂は取れたのか、彼女はしっかりとこちらを見すえている。ダクネスほど不器用でない彼女には氷の床は効果が薄いだろう。

 

「カズマさん、いい加減にしてください。ふざけて邪魔をしているのなら私も本気で怒りますよ」

 

 エリスは普段では絶対に聞くことはないであろう、底冷えのする声で話しかけてくる。背中にゾクゾクとした悪寒が走る。だが今日ばかりはあいつの言うことは聞いてやれない。

 

「なあエリス、もういいだろ。サキュバスは悪魔の中だと下っ端だって聞いたことがある。なら一人くらい逃しても構わないだろ。二人も倒れたことだし、ここらで手打ちにしてくれないか」

 

「私は女神エリス、下っ端とはいえ悪魔を見逃すなんてありえません。それに二人がやられたとはいえ、失礼ながら私一人でもカズマさんを倒すのには十分です」

 

「……まったく、俺は止めたからな」

 

 確かに彼女とまともにやり合えば支援魔法で底上げされたステータスで圧倒されるだろう。他の二人と違い明確な弱点があるわけでもない。戦えば敗北は必至だ。

 ならばもう一度、舞台を闘争から喜劇へとひっくり返す。だが先程の手はもう通用しないだろう。

 それでも、こと俺と彼女の間において決して覆ることはない、さだめとも呼べる事象が一つある。それの根拠は俺のただの直感にすぎない。だが確信めいた何かを感じている。

 

 俺は右手を前に構える。魔力は十分。狙いは一つ。

 エリスが俺の狙いに気づき慌てて止めようとしてくる。だがあまりに遅い。さあ、舞台の演目を変えようか。

 

「『スティール』っっ!!」

 

 掛け声とともに右手に魔力を収束し放つ。その魔力が霧散した瞬間、突き出した右手には柔らかい布地が握りしめられていた。何を奪ったか、そんなもの見ずとも分かる。だがここではあえて見せつけるように掲げる。掲げた右手には白い三角形の布地がはためいていた。

 

「パンツ! 取ったどぉおおおお!!」

 

「いやあああああ!! どうしていつも私のパンツを取るんですか!」

 

 顔を真っ赤にしたエリスが下を押さえながら叫んでくる。

 どうしてと聞かれても。なんか取れる気がするんだもの。

 

「パ、パンツ返してください! あっ、どうして逃げるんですか!」

 

「戦利品をみすみす返すやつがいるわけないだろ。あばよ、とっつぁん!」

 

 エリスは俺からパンツを奪い返そうとすごい勢いで追いかけてくる。しかし俺を捕まえることはできない。あるスキルにより、俺は彼女の速度よりも速く逃げ回れるのだ。

 スキル『逃走』、盗賊スキルの一つだ。効果は字面の通り、逃げる時に速度や回避に補正がかかるスキルだ。

 

「フハハハ! お前が俺に追いつくことはない! そしてもし開き直ってサキュバスを追うというのなら、背後からさらにスティールをかけてやる! さて、何回スティールかければ素っ裸になるのかな?」

 

「うううう……」

 

 エリスは涙目で睨みつけてくる。だがそこに先程までの気迫はない。

 彼女はもう詰んでいる。

 俺を倒そうにもスキルで逃げられ、サキュバスを追おうにも俺が邪魔をする。その圧倒的ステータスもパンツを履いてない違和感と羞恥で十全に発揮できてない。

 対して俺はめぐみんからドレインタッチしたことで、魔力体力ともに十全。そもそも勝利条件はサキュバスの子が逃げるための時間稼ぎだ。こうして話している間にも俺に優位が傾いていく。

 

「相手が悪かったな! 俺の名は佐藤カズマ! 数多のスキルを操りし者! お前ら三人じゃ束になっても勝てない相手なんだよ!」

 

 勝利を確信した俺の高笑いが屋敷中に響き渡った。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 翌朝、ボロボロになった俺はソファーの上で伸びていた。

 昨日の夜、勝利を確信し天狗になっていた俺は、調子が戻っためぐみんとダクネスに気付かずに不意を打たれボコボコにされた。慢心ダメ、絶対。

 まあサキュバスの子を逃すのには成功したので実質勝利だ。

 昨日の騒動は俺がサキュバスに魅了されて暴走した、ということになっている。そして暴走していた間の記憶がなくなっているとも。とても都合のいい解釈なので乗っかっておいたのだが。

 

「なあエリス。そろそろ機嫌直して回復魔法かけてくれないか。俺の魔法だとレベルが低いからか痛みが引かないんだよ」

 

「その痛みは自業自得です。ちゃんと反省するまで回復魔法はかけてあげません」

 

 同じソファーに座るエリスはそんな無体なことを言ってくる。

 どうもこの人、昨日の俺が正気だったことに気づいてる節がある。つんけんした態度もそうだが、何よりの証拠に胸が膨らんでいないのである。

 俺に見られたことで見栄を張るのをやめたのか、それとも単にパッドを付けてると知られるのが恥ずかしいのか。まあ俺としてはどっちでもいいのだが。

 

「カズマさん、今変なこと考えていませんか? 具体的には私の体のこととか」

 

「考えてません」

 

 だが結局彼女は昨日のことは問い詰めてこない。風呂場での俺の暴走や、サキュバスを逃したことについては。

 彼女が昨日のことをあやふやにしている理由はおそらく二つ。一つはダクネスに俺が昨日の浴場でのことを覚えてないと安心させるため。もう一つはパーティーでの俺の立場が悪くならないようにするため。多分こんなところだろうか。

 悪いのはどう考えても俺なのにそんな気遣いまでされると心苦しくなってくる。

 

「昨日のことは本当に悪かったよ。この借りはまた今度返すから、そろそろ許してくれないか」

 

「さて、借りとは何のことでしょうか? まあ十分に反省したみたいですし許してあげましょうか。それじゃあ回復魔法をかけるのでキズを見せてください」

 

 エリスは苦笑しながらも俺の謝罪を受け入れてくれた。謝った俺が言うのもなんだが簡単に許しすぎではないだろうか。この心優しい女神のためにも、さっさとこの借りは返さないとな。

 

 

 

 朝の一幕が終わり一日が始まる。

 今日もうちのおかしな仲間達が色々問題を起こしたりして、騒がしくも退屈しない、そんな一日が始まるのだろう。

 

 そんな思いをぶち壊すように街中に警報が鳴り響いた。

 

『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが、現在この街に接近中です! 冒険者の皆様は、装備を整え冒険者ギルドへ! 街の住人の皆様は直ちに避難してください!』

 

 

 




なんだかんだうちの作品のカズマさんは真っ当なはずだったのに、この二話で一気に転落してしまった。

というわけでサキュバス回でした。

今回ちょっと擁護できないレベルのクズマさんになった気がします。
女の子三人に対して『おらっ!こいつを見ろ』と股間を見せつけようとするカズマさんには一周回って尊敬の念すら感じます。

ちなみに今回のカズマさんの活躍を箇条書きすると。

1. ダクネスに風呂でセクハラ。
2. エリス様にもセクハラ。おまけにボディタッチまでする始末。
3. サキュバスを連れて逃走。
4. それを逃すために仲間三人に対して牙を剥く。
5. 股間見せつけ(未遂)。
6. 目潰し。
7. ダクネスをこかす。
8. パンツ強奪。
9. 全裸に剥くぞと脅す。

多少悪意を持ってまとめたけど大体あってます。なんでエリス様はこんなの許したんだろ。


次回からデストロイヤーです。
先に言っておきますが、あまり期待しないでください。
作者としてはもうカットかダイジェストでよくね? と思ってるので。



読んでくださった皆様に深く感謝を。


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このデストロイヤーに策謀を

待たせたな(投稿空きました、すんません)
 
今回ギャグ少なめ、そのくせ過去最長です。(18000字)




『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが、現在この街に接近中です! 冒険者の皆様は装備を整え冒険者ギルドへ! 街の住人の皆様は直ちに避難してください!』

 

 街中に響くアナウンスは、それが尋常ならざる事態だと伝えてくる。だが聞き慣れない単語に、いまいち状況が掴めない。

 

「なあエリス。機動要塞デストロイヤーってなんだ? ヤバそうなヤツってのは分かるんだが、どうにも想像できん」

 

「機動要塞デストロイヤーは、魔道技術大国ノイズで作られた超大型ゴーレムのことです。外見はクモを模していて、小さな城程度の巨体を八本の脚を使い移動する動く要塞ですね。元は対魔王軍用の兵器として製造されたそれは、研究開発の責任者によって暴走し自国であるノイズを滅ぼしました。その後も活動を停止することなく大陸の至る所を蹂躙する、とても迷惑な存在です」

 

「なるほど、分からん」

 

 そんな国を滅ぼしただの、城ぐらいの大きさを誇るだの、一気に捲し立てられても脳の処理が追いつかない。スケールがバカなことだけはよく分かった。

 とりあえず動く城というのなら某ジブリ作品みたいなのを想像すればいいのだろうか。どうしよう、ちょっと生で見てみたいな。

 

「つまり私達のような駆け出しでは、どうしようもない相手だと言うことですよ。カズマ達もゆっくりしてないで早く荷物を纏めてください」

 

 めぐみんは荷造りを終えたカバンを運びながら俺達を急かしてきた。

 

「荷物を纏めろって、お前逃げる気なのか? 今ギルドから招集の放送があったばかりだろ」

 

「どうせ行ったところで対策案なんて出てきませんよ。デストロイヤーは稼働を始めて何百年と無差別に大陸を踏み荒らしてきました。そんな誰の目から見ても迷惑な存在が未だ討伐されてない理由、分かりませんか?」

 

 今まで何度も失敗してきた。どうすることもできなかった。めぐみんが言いたいのはそういうことだろう。

 

「それならお前の爆裂魔法はどうなんだ? 過去に討伐しようとしてた奴らの中に、そんなネタ魔法を覚えてた馬鹿がいたとは思えない。遠くから一撃入れて破壊することはできないのか?」

 

「無理ですね。デストロイヤーには強力な魔力結界が張られています。爆裂魔法の一発二発、防いでしまうでしょう。……ところでカズマ、そのネタ魔法を覚えた馬鹿とは、一体誰のことを指しているのですかね」

 

 めぐみんの爆裂魔法でも無理なのか。散々ネタ魔法とからかってはいるが、威力だけを見たら間違いなくこの街の最高火力だ。人類最強魔法の名は伊達ではない。

 その最高火力が無理だと言うのなら、俺達に打つ手はないのではなかろうか。そんな無謀な挑戦をするくらいなら、逃げた方が賢いのではないだろうか。

 

「すまない、準備に時間がかかった。……ん、どうしたみんな。早く支度をしてギルドに向かうぞ」

 

 めぐみんの発言により思考が逃げる方へ傾いていると、重装備をしたダクネスが現れた。普段使っている鎧の上に更に装備を重ねたその姿は、完全武装と言ったところか。

 

「いやな、めぐみんが街を見捨てて逃げようって提案してくるんだ。正義感の塊な俺がどうにか止めようとしているが、これがなかなか頑固でな」

 

「その言い方だと私が悪者みたいに聞こえるのですが。カズマだって逃げるのもアリだなって顔してましたよ」

 

「そうか……。なら私は先にギルドに行っている。お前達は好きにするといい。戦いを無理強いはしないし、逃げるのを責めることもしない。後悔しない選択をしてくれ」

 

 少しだけ寂しそうな顔をしながらも、ダクネスは真剣な表情で告げた。それに対して俺とめぐみんは…。

 

「なあダクネス。お前がいくら常識外の硬さを持ったドMだとしても、城みたいなやつを相手にするのは無茶がすぎるぞ。変態趣味に殉ずるとかパーティーメンバーとして恥ずかしいからやめてくれないか」

 

「カズマの言う通りです。それにダクネスが行ったところで何も活躍できずに終わるのがオチですよ。自分が不器用な人間だと自覚しているのですか?」

 

「……二人共。私の普段の行いのせいでそう考えているのだろうが、この非常時にまで欲望に忠実な女ではないぞ」

 

 しかし困ったな。さすがにダクネスを置いて逃げるわけにはいかない。それにこの街にも愛着が湧いている。できるなら俺も何とかしたい。

 だが話を聞く限りでは対策は絶望的。努力どうこうでひっくり返せる相手ではなさそうだ。詰まるところ、限りなくゼロに近い可能性しか残ってないのだ。

 そんな中、先程から黙って様子を見ていたエリスが口を開いた。

 

「ダクネス。私は女神として何度もデストロイヤーに挑み、そして敗れていく人々を見てきました。はっきり言ってあなたが行ったところで状況は何も好転せず、逃げないという選択は命を投げ捨てに行くのと同じでしょう。……それでも、あなたは行くのですか?」

 

 女神エリスとして真剣に、そしてどこか試すように彼女は尋ねた。

 

「それでも私は行く。無謀と言われようと行かなければならない。この街を守ることは私の義務であり、誇りだからな。最後の一秒まで諦めたくはないんだ」

 

「…………はあ。まったく、しょうがない人ですね」

 

 何を言われようと折れない、そんなダクネスの姿に、エリスは呆れつつもどこか嬉しそうに苦笑していた。彼女ならそう答えると分かっていたかのように。

 そして何か決心をしたのか、今度はめぐみんの方を向き尋ねた。

 

「めぐみんの爆裂魔法は、魔力結界があるから防がれるんですよね。もし私が女神の力でその結界を破ったとして、デストロイヤーを破壊することは可能ですか?」

 

「……できると言いたいところですが、さすがに我が爆裂魔法でも一撃であの巨体を破壊するのは無理があります」

 

「一撃では無理……なら、数発撃ち込めるようにするには……」

 

 めぐみんの申し訳なさそうな返答に、エリスはどうしたものかと考え込んでいる。デストロイヤーの破壊方法を考えているのだろうが、そもそも別の問題があるのではないだろうか。

 

「エリス、天界の規定とやらはいいのか? 今回の規模だとさすがに正体隠しながら行動するのは無理だと思うぞ」

 

「そ、そこはまあ、大丈夫だと思います。人類が滅びるような相手なら力を使っても構わないはずですし。デストロイヤーが相手なら、きっとおそらく問題ありません、はい」

 

 どうやらグレーゾーンらしい。目を泳がせて自分に言い聞かせるように話しているのが何よりの証拠だ。

 

「それと女神の力で結界を破壊できます、なんて誰も信じてくれないと思うぞ。さすがに他の冒険者達の協力なしで、要塞なんて相手取るのは無謀にもほどがある。そこはどうするつもりなんだ?」

 

「ああ、そのことでしたら」

 

 エリスは先程とは一転して、少し悪戯っぽく笑いながら。

 

「頼りになるリーダーさんにお願いします。そういった人を動かす作戦、考えるの得意ですよね」

 

 そんな無茶苦茶なことをお願いしてきた。

 

 

「…………いや、確かに作戦は毎回俺が立ててるけどな。人を動かすって、今までと方向性が違いすぎるだろ。俺はそんなカリスマ性、持ち合わせてないぞ」

 

「そうですか? 案外やってみたら上手くいくかもしれませんよ。あ、それとデストロイヤーを破壊する方法も一緒に考えてくれたら嬉しいですね」

 

 さらに追加注文のようだ。無茶振りがすぎやしませんかね。

 そもそも俺はまだ戦うと決めたわけではない。

 たとえこの街に愛着が湧いてきていようとも、デストロイヤーなんてヤバそうな物を相手にするのはご遠慮願いたい。小心者の俺に命をかけるだけの度胸なんてないのだ。

 だが、それでも。

 

「そんな無茶苦茶なお願いを二つ返事で引き受けるほど俺は安くないぞ。…………まあ、昨日の借りをチャラにしてくれるって言うなら、考えてやらんこともないが」

 

「はい、分かりました! それじゃあこれで貸し借りはなしってことで、よろしくお願いしますねカズマさん!」

 

 それでも、悪戯っぽく笑う中に不安な表情が混じっていたなら。誰かに頼るのが苦手だった彼女が頼ってきたのなら。

 俺ができることなら何だって手伝うと約束した。

 

「俺って案外チョロいのかね」

 

 嬉しそうに笑うエリスを見ながら、独り呟いた。

 

 

  

「ところでカズマ、昨日の借りとは一体何のことだ? 私としては詳しく聞きたいのだが」

 

 おっと予想外の方向からやぶへびが。ダクネスさんは知らなくていいことですよ。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「おっ! ようやく来たかカズマ。あんまり遅いから、てっきり逃げたかと思ったぞ。……ん? なんで貧乏店主さんと一緒に来たんだ?」

 

「遅くなったなダスト。ちょっと先にウィズの店に寄っててな。色々用意するのに時間がかかっちまった」

 

 重装備で固めたダストに軽く返事をしてギルドの中を見回すと、対デストロイヤーの作戦会議をしているのであろう冒険者達が大勢集まっていた。ギルドの中心にテーブルを寄せ集め、様々な意見が飛び交っている。冒険者達の焦った表情を見るに、案の定会議は難航しているようだ。

 人混みを掻き分けながら会議の中心に向かう。そこでは受付のお姉さんが冒険者達の意見を纏めているが、まだ決定的な案は出ていないようだ。

 

「お姉さん。すみませんが、ちょっとこの場をお借りしてもいいですか?」

 

「サトウさん? それに皆さんも。一体どういう……」

 

 急に現れた俺達にお姉さんは困惑した表情を浮かべていたが、その返事を待たずに冒険者達へと振り返る。軽く深呼吸をし、大声で呼びかけた。

 

「よう、お前ら! 随分と辛気くさい顔してるな! まるでこの世の終わりみたいな顔だ! そんなお前達にこのカズマさんがいい作戦を持ってきたんだが! どうだ、ここは一つ乗ってみないか!」

 

 さあ、ハッタリのお時間だ。

 

 

 

 冒険者達は急に会議の中心に現れた俺達パーティーとウィズの計四人に注目している。別行動中のクリスがいないことは特に疑問に思われてないように見える。

 すでに作戦会議が行き詰まっていた彼らは、俺の話に素直に耳を傾けてくれるようだ。

 

「さて、俺が提案する作戦は至極単純明快だ。機動要塞デストロイヤー、あいつを爆裂魔法でぶっ飛ばす!」

 

 俺の作戦に冒険者達は呆れたような表情を浮かべている。自分達が何故こんなにも困窮しているのかまるで分かってない。そんな目を向けてくる。

 その中の一人が手を挙げ、苛立ちを隠そうともせずに意見してきた。

 

「おい、確かにあの紅魔族の嬢ちゃんの魔法はすげえ威力だがよ。デストロイヤーには魔力結界ってのが張られてて、魔法は通じないんだぞ」

 

「ああ、そんなことは百も承知だ。確かに爆裂魔法の一発程度、難なく防がれるだろうよ。……じゃあそれが何発も撃ち込まれたらどうなると思う? 人類最強の火力が何発もだ」

 

 俺は持っていた袋をテーブルの上に置き、その中身をぶちまけた。それを見た冒険者達、特に魔法職の者は驚きの声を上げた。

 

「ちょっと、それってマナタイト?! そんな高純度なの見たことないよ! それがこんなにたくさんあるなんて!」

 

「ええ、その通りです。これだけ高品質な物なら爆裂魔法に必要な魔力でさえ肩代わりできますよ。魔力結界は魔法を無効化する結界ではなく、魔法に強い結界です。つまり数を重ねていけば突破できるものなんですよ。さて、我が爆裂魔法の破壊力に魔力結界が何発耐えられるのか、見ものですね」

 

 めぐみんは机にばらまかれた十数個ほどのマナタイトの中から一際純度の高い物を取り、不敵な笑みを浮かべていた。

 ギルド内の全員が息を呑む中、先程とは別の冒険者が尋ねてくる。

 

「だけどよ、魔法ってのは威力が高いやつほど詠唱が長くなるんじゃないのか? 爆裂魔法なんて二発目を詠唱してる間に引き潰されるだろ」

 

「わ、私も爆裂魔法を使えます。だから、えっと、大丈夫です!」

 

 ウィズがしどろもどろに答えている。商売人のくせに素直な彼女には、人を騙すことが苦手なのかもしれない。

 

「聞いての通りウィズも爆裂魔法が使える。めぐみんと交互に撃つことで、デストロイヤーを押し返して詠唱の長さはカバーする。だけどそれでも押し切られる可能性はある。だからみんなに協力してほしい。落とし穴やバリケードじゃ止めることはできなくても、時間稼ぎくらいならできるはずだからな」

 

 ウィズをフォローしつつ協力を要請する。冒険者達の中から賛同の声が上がり始めた。

 そんな中、また別の冒険者が意見してくる。

 

「でもデストロイヤーは城並みの巨体だぞ。魔力結界を壊して、そこからさらに城を破壊するなんて、そこにあるマナタイトの量でも不可能なんじゃないのか」

 

「魔力結界を破壊したら、次は真っ先にデストロイヤーの脚を破壊する。あいつの一番の脅威はその巨体による蹂躙だ。機動力さえ潰せば後はただの動かない城。乗り込むなり、放置して応援を待つなり、なんとでもなる」

 

 場が騒がしくなっていく中、俺は冒険者達に尋ねた。

 

「さて、まだ他に何かあるか?」

 

 

 

 

「なあ、もしかたらいけるんじゃないのか?」

 

 一人の冒険者の言葉を皮切りに、どんどんと声が増えていく。

 

「ああ、やってやろうじゃないか!」

「何がデストロイヤーだ! アクセルの街にはそれ以上におっかないのがいるって教えてやる!」

「今まで誰もなし得なかった偉業、俺達でやってのけようぜ!」

「前々から気に食わなかったんだ。息子のやつがパパよりデストロイヤーの方が好きだなんて言い出して……。デストロイヤーの真似してだなんて言われても、できるわけないだろ!」

「そんなあなたにアクシズ教! 入信すればなんと、芸達者になれますよ!」

「俺、この戦いが終わったら、お前に言いたいことがあるんだ」

「先に言っとくけど、私あんたのこと恋愛対象だと思ってないから」

 

 俺の提案した作戦により、若干数名を除いて、冒険者達の目に光が戻ってきた。

 この作戦なら勝てる、と盛り上がっている。半ば諦めかけていた分反動が強いのだろう、どこか浮かれ気味にすら感じるほどに。

 これなら問題なくことを進められそうだ。

 

 

「なあお前達、少しいいか」

 

 だがその空気に水を差すように、一人の男が異を唱えてきた。見るからに熟練といった風貌の冒険者は、よく通る声で冒険者達に呼びかけた。

 

「確かに作戦としては今までで一番可能性があるんだろう。デストロイヤーの情報もよく調べてあるし説得力がある。そこに文句はない。……だがな、それで上手くいくのは机の上だけの話だ。何発撃てば結界を壊せるか分からない。足止めをしても詠唱が間に合わないかもしれない。脚を破壊しても終わりではないかもしれない。不明瞭な点は多くある。……そんな作戦にお前達は本当に命を預けられるのか?」

 

 男の呼びかけに、浮かれていた冒険者達は押し黙る。

 あの男も悪意を持って尋ねているのではないだろう。冒険者の先立として、場に流されず自分の意思で命をかけろと言っているのだ。

 場が静まり返る中、ダクネスは一歩前に出て話し始めた。

 

「危険な作戦なのは提案している私達も重々承知している。冒険者が街を守るのは決して義務ではない。自分の命こそ何よりも優先するべきものだ。……だから、これは私個人としてのお願いだ」

 

 始めは淡々と、だが徐々に熱がこもった声に変わっていく。

 

「ここアクセルの街は私にとって、生まれ育った街で、愛してきた街で、どうしても守りたい街なんだ。だが、この街を守るには私一人の力では到底及ばない。守るためにはお前達の力がどうしても必要不可欠なんだ。だからどうか、この街を守るために力を貸してくれないだろうか」

 

 ダクネスはそう言って深く頭を下げた。

 交渉でも駆け引きでもない、ただただ真っ直ぐな言葉。しかし冒険者達の心を揺さぶるのには充分な言葉だった。

 だがまだ足りない。

 どれだけ思いを込めようと、結局それはダクネスにとっての戦う理由で、他の冒険者達にとっての理由にはなり得ない。彼女もそれを分かった上で頼み込んでいる。それでもどうか頼む、と。

 

 

 

 予想外の事態に少し呆気に取られたが、落ち着いて思考を回す。少し予定とは違ってきたが、この状況はむしろ好都合かもしれない。

 ダクネスの真摯な言葉によって、冒険者達の心に再び熱がこもっている。後ひと押し、何か一つ決定的な要素があれば、もう一度火がつく。先程のものよりさらに大きな火が。

 そして俺はその決定的な要素を、冒険者達が戦う理由を事前に用意してある。

 

「ダクネスやそこのあんたの言う通り、この作戦が成功するかどうかはわからない。結局は妄想や願望を織り交ぜた脆い作戦だ。確実性を保証することはできない。………だけどなお前達、忘れたのか? 俺達には守るべきものが、守るべき夢があるだろ」

 

 ここが正念場だ。俺は努めて平静に言葉を選んでいく。

 察しのいい数人の男冒険者達は、ハッとした表情で顔を上げている。

 

「俺がこの街に来てからまだ半年も経っていない。だからそのことに気付けたのはつい最近のことだ。献身的に俺達を支えてくれる人達がいるってことに気づけたのはな」

 

 街の裏側でひっそりと生きているあの人達を思い出す。この街がなくなってしまったら、あの人達はどうなるのだろうか。もう一度商売を始めてくれるのか、そしてこの街のように上手くいくのか。そんなのは身勝手な妄想だ。

 

「俺達に寄り添ってくれた優しい人達。そんな人達にデストロイヤーなんていうふざけた奴が今、牙を剥こうとしている!……なあ、今なんじゃないのか、今までの恩に報いる時は」

 

 一人、また一人と男達は顔を上げていく。その目は駆け出しのものではなく、勇敢な漢の目をしていた。

 その様子に先程の熟練冒険者は満足そうに頷いていた。あの男も志しを同じくする仲間だったようだ。

 

「俺はお前達に可能性を示した。限りなくゼロだった未来に一筋の道を切り開いた。お前達なら、同じ夢を望むお前達なら、この作戦を成功されてくれると信じているからだ!」

 

 彼らの目にもう迷いはない。ここにいるのは己の意思で戦うことを決めた勇者達だ。

 

「敢えて言う! 命をかけてくれ! そして見に行こう! あの夢の先を!」

 

「「「「「おおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

 男達の咆哮が轟く。

 不安、恐怖、絶望。そのこと如くを乗り越えてきた彼らを止められる者はもういない。後は突き進むのみだ。

 ギルドを揺らさんばかりに響くその声は、きっとあの人達にも届いているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、男連中はなんであんなに盛り上がってるの? そんなに感動するようなこと言ってた?」

 

「知らないわよ。熱気の割には顔が緩んでたり、変な紙持ってたり、なんか気持ち悪いんだけど」

 

「というか夢って何? あの人達って誰?」

 

 女冒険者達が冷めた目をしているが知ったことではない。

 ありがとう、サキュバスのお姉さん達。あなた達のおかげでみんなの心が一つになりました。やっぱりエロは世界を救うんだな。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 空は快晴、頭上にある太陽のおかげで冬場にしては暖かい。景色もよく、普段なら弁当を広げてゆっくりしたくなるような陽気だ。そんな穏やかな昼過ぎに、空気の読めない来客が来るそうだ。

 街を囲む城壁、その上で俺はデストロイヤーが来る方角を見つめている。小高い丘がいくつもあるせいか、スキルの千里眼でもその姿は確認できない。

 

『冒険者の皆さん、後三十分ほどで機動要塞デストロイヤーが見えてきます! 姿を確認次第バリケード作りを中断し、デストロイヤーの進路から離れてください! 街の住人の皆さんはギルド職員の指示に従って速やかに街の外に避難してください!』

 

 俺の隣で受け付けのお姉さんが拡声器のような魔道具を使い、正門前の平原で作業を進めている冒険者達に指示を飛ばしていた。そして最後の指示が終わったお姉さんはその魔道具を俺に手渡してきた。

 

「サトウさん。後の作戦の指揮はあなたに一任します。どうかこの街を守ってください」

 

「俺はタイミングの指示をするだけなんですけどね。でも任されました。お姉さんも早く避難してください」

 

「ギルド職員一同、健闘を祈っています。ウィズさんとめぐみんさんも、どうかよろしくお願いします」

 

 

 

 お姉さんは最後に一礼をして城壁を降りていった。

 城壁の上で待機する人員は、指示を出す俺と爆裂魔法を撃つめぐみんとウィズの計三人となった。他の冒険者達は正門前の平原で足止め用の罠を準備したり、爆裂魔法で脚を破壊し尽くせなかった時の保険として待機なりしている。戦えないギルド職員達は住民を先導し避難している。

 つまりは、ようやく一息つけるというわけだ。

 

「…………ぶっはぁああああ! マジで緊張したぁあああ! なんだよあいつら、俺が少し喋っただけで、ゴミを見るような目向けてきてさ! 一言喋るだけでゴリゴリ精神と体力削られるよ! やっぱり善良なカズマさんには人を騙すなんて悪行、荷が重すぎたんだよ!」

 

 極度の緊張から解放され盛大に溜息を吐く。気が抜けたせいか足からも力が抜け、その場に座り込んだ。ギルドで作戦を提案してからどれだけ経っただろうか。ずっと気を張っていたせいで時間感覚が曖昧だ。

 正直今まで焦りが顔に出なかったのは奇跡だと思う。受け付けのお姉さんがここを離れると言った時、内心狂喜乱舞していた。

 そんな俺の姿を、めぐみんは可笑しそうな顔で見てくる。

 

「そうですか? その割には中々の演技力でしたよ。カズマは将来立派な詐欺師になれるでしょうね」

 

「詐欺師に立派もクソもあるか! 褒めるならもっと別の言葉を選んでくれ! というか悪意を持って騙したわけじゃないから、詐欺師呼ばわりは不適切だ!」

 

「おや、すねないでくださいよ。これでもちゃんと褒めているんですから。最後の冒険者達に飛ばしていた檄も、紅魔族的には中々のものでしたよ」

 

 別に言葉選びのセンスを褒めて欲しいわけではないのだが。というか紅魔族的に中々とは褒め言葉なのか?

 あれだけの大立ち回りをしたんだから、もっとちゃんと労ってくれてもいいだろうに。

 

「それはそうとサンキューなウィズ。ウィズがいなかったらあの作戦も思いつかなかったし、こんな高価なマナタイトも用意できなかったよ。ほんとウィズ様々だな」

 

 作戦会議の時にばらまいて見せたマナタイトはウィズの店のものだ。少し前にウィズが、爆裂魔法の魔力すら肩代わりできるマナタイトを仕入れた、と話していたのを思い出し一番初めに彼女の店を訪ねたのだ。

 その時にウィズも爆裂魔法を使えることを知り、エリスの事情を把握している彼女に協力を頼んだ。彼女と共にデストロイヤーの情報をすり合わせ、今回冒険者達に提案した作戦が出来上がった。

 

「いえいえ、私もこの街を守りたい気持ちは一緒ですから。私の方こそ作戦会議の時のフォロー、助かりました。私が口下手なせいで冒険者さん達を上手く騙せずに、ご迷惑をおかけしました。次はカズマさんみたいに上手く騙せるよう精進します!」

 

「……そんな騙す、騙すと連呼しないでくれ。本物の悪人になった気分になるから」

 

 冒険者達に提案した作戦。あれは絶対に成功しない。

 冒険者達に見せたマナタイトの中で、爆裂魔法を使える程高純度な物は一つだけ。他のマナタイトは高品質ではあるものの、爆裂魔法を撃てるほどの魔力はこもっていない。 

 つまり、作戦の要である複数回の爆裂魔法は、はなから不可能なのである。

 だけど駆け出し冒険者達からすれば、どちらも規格外の上物にしか見えないだろう。よしんば冒険者達がマナタイトの質の差に気づいたとしても、爆裂魔法を撃てるだけの魔力があるかどうかは分からない。

 爆裂魔法で消費する魔力、その正確な量を知っているのは使っている者にしか分からない。そして爆裂魔法を使えるのは、ウィズのような人ならざる者か、ウチのパーティーの爆裂バカくらいだ。

 

 まあそもそも、その作戦自体三流がいいところだろうが。最後に発言していた熟練風の冒険者の指摘はかなり的を射ていた。

 確かに爆裂魔法を複数発撃てば魔力結界は壊せる。だがその複数発が何発必要かは分からないのだ。なにせ前例がない。ウィズとめぐみんも壊せるということは保証していたが、十数個のマナタイトで足りるかどうかは判断できなかった。

 足止めのことも、詠唱が間に合うかどうかも、結局のところは過去の記録から都合よく想像した物に過ぎない。仮にマナタイトが全部本物だったとしても、あの作戦の成功率は低かっただろう。

 だが提案した俺達から見れば、作戦の成功率は低くても問題はなかった。重要だったのは可能性があるということ。

 可能性さえあれはギルドも動くし、冒険者達(男限定)を扇動できる自信もあった。まあたとえ俺が扇動しなくとも、住み慣れた街を簡単に見捨てるような奴らではないだろうが。

 

 嘘の情報で塗り固め、人の弱みにつけ込むような作戦とは、なんともタチが悪い。こう考えていると詐欺師呼ばわりはまだマシな気がしてきた。そのまま作戦を決行したなら街は滅びて、冒険者達にも少なくない被害が出ただろう。魔王軍も真っ青な極悪人の誕生だ。

 

 

 

 まあ、そうならないために彼女がいるのだが。

 

「もう部外者はいなくなったぞ。どこに隠れてるかは分からんが、そろそろ出てきたらどうだ」

 

 城壁の上、俺を含めて三人しかいないように見える空間で彼女を呼ぶ。

 すると急に視界が何かで覆われた。この柔らかい感触は手のひらだろうか。背後から楽しげな声が聞こえてくる。

 

「どこにいるかと聞かれたら、あなたの後ろと答えましょう。隙だらけだよ、カズマ君」

 

「……お前な。俺が必死こいて人をかき集めて来たっていうのに、何遊んでんだよ」

 

「だって、待ってるだけって退屈だったんだもん」

 

 なんだそのぶりっ子みたいな語尾は。あざとい、さすが女神あざとい。

 目隠しをしてきた手を振り払い背後を振り返ると、悪戯が成功した子供みたいに笑うクリスがそこにいた。

 

「おやクリス、いつのまにそんな所に。さすがの私も気付きませんでしたよ」

 

「これでも本職は盗賊だからね、隠れるのはお手の物だよ。めぐみんなんて簡単に欺けるんだから」

 

「そんなに言うのなら今度隠れんぼでもしてみますか? 我が爆裂魔法で隠れ場所から燻り出してあげますよ」

 

 それはもはや遊びの範疇を超えているのではなかろうか。遊びにも本気になれと言う輩はいるが限度がある。

 

 今回クリスには別行動をしてもらっていた。理由は見ての通り、誰にも気付かれることなく、真っ先にここに潜んでもらうためだ。

 ここは城壁の上。見通しが良く、爆裂魔法を撃ち込むには適している反面、もし作戦が失敗したなら逃げるのに時間がかかる場所だ。そんな場所に好き好んで来るやつはいない。

 それに高低差があるので下からの目線が通りづらい。そもそもデストロイヤーを迎え撃つために忙しく作業している冒険者達が、こちらを見上げてくることは滅多にないだろう。気をつけていればまず見つかることはない。

 つまり隠れ場所としては絶好のポジションというわけだ。

 

 今回の作戦の本当のシナリオはこうだ。

 デストロイヤーに立ち向かう冒険者達。望みが薄いと分かっていながら諦めずに挑む彼等の姿を見て、慈悲深き女神エリスが天界から降りてきて冒険者達に手を貸す。女神の力によって結界は破られ、その後は彼らに話した作戦と同じ流れをたどる。

 なんとも陳腐な筋書きだ。子供でももっとマシな物を書く。まあこの作戦を考えたのは俺だけど。

 エリスにはデストロイヤーの結界を破壊した後はすぐに退散してもらう。今回デストロイヤーを討伐するに当たって、エリスは女神として衆目の前に出るのを良しとした。だが、クリス=エリスの関係まで教える必要はないだろう。

 

「それじゃあ二人とも、あたしがしっかり結界を壊すから、その後は任せたよ。デストロイヤーに一発派手なの撃ち込んでやってね」

 

「わ、分かっていますとも。たとえ相手があのデストロイヤーと言えども、わ、我が爆裂魔法の前に敵はいません。ええ、きっと」

 

「任せてください! 作戦会議の時に迷惑をかけた分、しっかり働かせてもらいます! リッチーは最上位のアンデッドの一人。その力、今こそ発揮して見せます!……でも、もし失敗しても怒らないでくださいね」

 

 クリスが作戦の要である二人を鼓舞している。めぐみんが落ち着かない様子に対して、ウィズは割と余裕そうだ。

 

「ほら、めぐみんはもっとリラックスして。ウィズさんみたいに気楽に構えてたらいいから。でも、もし失敗したら気紛れで浄化魔法を撃っちゃうかもしれないから、ウィズさんはそのつもりで頑張ってね」

 

「さっきのは冗談ですから! そんな怖い顔しないでください!」

 

「わ、私の手にウィズの命までかかってくるとは。………いえ、よく考えたら既に死んでいるリッチーだから気にしなくてもいいのでは?」

 

「めぐみんさんまで酷いです!」

 

 もうすぐ作戦の時間だというのに、クリスとウィズはいつも通りといった感じで冗談を言い合っている。まあクリスの方は二割は本気で言ってた気がするが。

 だがめぐみんはまだ緊張しているのか、落ち着かないそぶりで杖を握りしめている。

 本当は預けたくないんだが、仕方がない。俺は袋から一番質の良いマナタイトを取り出し、めぐみんに手渡した。

 

「ほら、これはお前が持ってろ。絶対に無くすなよ」

 

「え? カ、カズマ! これ貰ってもいいんですか?!」

 

「バカっ、違うに決まってるだろ! それ一個で俺達の借金が返せるくらいの値段がするんだぞ! それはお守りみたいなもんだよ」

 

「お守り?」

 

「そうだ。もしお前がデストロイヤーの脚を壊し損ねても、もう一発分あれば安心だろ」

 

「おい、どうして私が失敗する前提で話を進める」

 

 しおらしい態度から一転、チンピラモードに早変わりするめぐみんであった。実はこいつあんまり緊張してないのではなかろうか。

 

「そういう意味じゃない。保険があるんだから失敗なんて気にするなって言ってるんだよ。どうせお前は爆裂魔法を撃つしか能がないんだ。ならその一つのことだけ考えてればいいんだよ。いつも通り、ただただ全力で撃て。それが今日のお前の役割だよ」

 

「……物申したい点はいくつかありますが。……そうですね、おかげで目が覚めました。我が爆裂道に余分な思考は不要。カズマにはいつも通り、全力の我が最強魔法を見せつけてあげますよ!」

 

「ああ、いつも通り期待してるよ」

 

 ようやく本調子に戻ったのか、めぐみんは力強く宣言してきた。

 まったく。手のかかるやつだが、やはりこいつはこうでないとな。

 

 

 

「人手をもっとこっちによこしてくれ! 今のままだとバリケードが間に合わないぞ!」

「土木業者の住民が手伝ってくれてるんだ! それ以上人数を増やしてもかえって邪魔になるぞ!」

 

「クリエイター連中はそろそろ切り上げろ! もう少しでデストロイヤーが見えてくるぞ!」

「心配してくれるところ悪いが、俺達はもうちょっと粘らせてもらう! デストロイヤーみたいなデカブツを相手にするんだ! 半端なゴーレムじゃ意味がない!」

 

 デストロイヤー到着までおよそ十分。正門の前ではまだ作業をしている冒険者達がいた。あの様子だとデストロイヤーが来るギリギリまで作業をしてそうだ。

 クリスはそんな人達の姿を、頑張る子供を応援する母親みたいな目で、愛おしそうに眺めていた。

 

「あんまり顔を出すなよ。せっかく隠れてたのにバレたら台無しだろ」

 

「大丈夫だよ。潜伏スキルで気配は薄くなってるし、みんな目の前のことを頑張ってるから気づかないよ」

 

 俺が注意しても止める様子はないようだ。まあ本人が大丈夫と言うのならそれでいいか。

 作戦開始まで時間も残り少ない。最終確認もかねて、気になっていたことを彼女に尋ねてみた。

 

「いまさらだけど、本当にあの作戦で進めていいのか? 後で文句言ってきても受け付けないぞ」

 

「本当にいまさらだね。もうちょっとでデストロイヤーが来るんだよ。それともカズマ君は別の作戦でも思いついたの?」

 

「そんな都合のいい物はない。……ただの確認だよ。悪魔が来た時も、ベルディアが現れた時も、お前は極力女神としての姿は見せないようにしてただろ。今回、無理してんじゃないかと思ってな」

 

 天界の規定とは別に、エリスは自分の意思で今まで素性を隠してきた。感情的に女神の力を使おうとしていたことはあったが、結局人前で使ったのは俺を蘇生させるために使った一度きりだ。

 今回、エリスは女神として大勢の前に出ると決めたが、彼女にとってそれは軽い決断ではないはずだ。いまさら作戦を変えることはできないが、話ぐらいは聞いてやりたかった。

 だがそんな俺の心配とは裏腹に、クリスは、あーそのことか、とあっけからんに話し始めた。

 

「カズマ君には前に一度話したよね、あたしが女神として人前に現れない理由。この世界の人達が女神という存在に頼り切りにならないようにってやつ」

 

「ちゃんと覚えてるよ。いや、細かいところまでは怪しいけどな」

 

 あれはホーストとかいう悪魔に逃げられた時だったか。森の中でどこか苦しそうに話すエリスの姿が脳裏に焼きついている。

 

「あたしは女神エリスとして、この世界の人達には平和に暮らしてほしいんだ。でもその平和は神様が与える物じゃなくて、自分達の手で掴んでほしいとも思ってる。だから女神として直接手助けするのは控えてるんだ」

 

「それだとこの作戦はお前の望む展開と違うんじゃないのか? お前は女神として俺達冒険者を助けるって筋書きなんだぞ」

 

「そうだね、言ってることと矛盾してる。だから今回の事例は特別。女神の気紛れってやつだよ」

 

「気紛れって、お前な……」

 

 適当が過ぎないか。それじゃあ今まで必死に隠してきたのはなんだったのだろうか。

 俺の呆れた視線に、クリスはクスクスと笑っている。

 

「だってしょうがないでしょ、あの子頑固なんだもん。あたしが忠告しても、この街のためだって引く気はなし。まあ、そこがあの子のいい所でもあるんだけどね。……だったら友人として、力を貸してあげるしかないじゃない」

 

 冒険者達が作っているバリケード、その更に先で立ち塞がっているダクネスを見ながら話している。人が再三説得してもあの場所を動こうとしなかったあいつは、なるほど確かに頑固クルセイダーだ。

 

「それに、冒険者や街の住人関係なく、こんなに沢山の人達が自分達の街を守ろうって頑張ってるんだよ。そんな姿を目の前で見せられたら、手伝ってあげたくなっちゃうよ」

 

 眼下の冒険者達はまだ作業を続けている。目視してないとはいえ、デストロイヤー襲来までもう時間がないはずだ。これ以上の作業は誤差にすぎないのだが、それでも彼らが手を止める様子はなかった。

 

「あたしはね、人が頑張ってる姿を見るのが好き。一生懸命努力して望む未来を掴み取ろうとしてる人達が大好き。そういう人達こそ、報われてほしいと思ってる」

 

 街を守るために最後まで戦うと誓ったダクネス。意味がないかもしれないと分かっていながら、それでも自分のできることをやろうとする冒険者達。

 そんな彼らの諦めない心が、女神の琴線に触れたのだろうか。

 

「だからあたしは女神として、この街を守るために力を使う。そのことに対する迷いなんて、これっぽっちもないよ」

 

 彼女は迷いのない声で言い切った。そこにいつかの森で見た葛藤は欠片も見られない。

 俺みたいな小狡いだけの一般人に、神様視点の考え方なんて分からない。今回の彼女の決断が正しいかどうかは判断できないし、彼女みたいな綺麗な思いを真に理解することはできない。

 だけど、彼女が何も抱え込んでいない、ただ自分の在りたいように振る舞っているのが分かれば、それで充分だ。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「デストロイヤーが見えてきたぞ! 罠作りを中断して急いで進路から離れろ!」

 

 遠目がきくアーチャー職が大声で周りの冒険者達に呼びかけている。

 

 機動要塞デストロイヤー。

 俺と同じようにこの世界に送られてきた日本人の誰かが、その名前をつけたそうだ。ふざけた名前だと一蹴したくなるが、なるほど、その姿を見たらその日本人の名付けも納得してしまう。

 遠く離れた丘の向こうからその頭が見えてきた。

 次に感じたのは震動。足の裏から大地が震えているのを感じる。

 そして丘からその全容をあらわにした時、正直さっさと逃げればよかったかな、なんて思ってしまった。

 

「これ、本当に俺達で倒せるのか?」

 

 心の声がつい口から漏れてしまったのは、仕方がないことだろう。

 

「なあ、クリス! 大丈夫だよな! 本当に大丈夫だよな! お前が作戦の要なんだからな! 絶対失敗するんじゃないぞ!」

 

「ちょっとカズマ君、落ち着いて! さっきまでの余裕そうな雰囲気はどこ行ったの?! 大丈夫だから、あたしが頑張って結界は壊すから!」

 

 クモみたいな姿をしたそれは、八本の脚を動かしながらこちらに向かってくる。なるほど、大きさは城並みと言って差し支えないだろう。千里眼で見る限り、手配書や伝聞から想像していた姿となんら違いはない。

 しかし当然のことだが、現実と想像は違う。

 想像の中ではこんな圧倒的な質量は感じなかった。押し潰してくるような威圧感は感じなかった。こんな、絶望は感じなかった。

 敵は大物賞金首、機動要塞デストロイヤー。何百年と国を荒らし続け、誰一人その走破を止められなかった破壊者だ。機械仕掛けにそんな物があるのかと言いたくなるが、感じる年季が違う。その規格外の巨躯から感じる存在感は人の精神を容易くへし折りにくる。

 どれだけ情報を精査して想像を重ねようと、現実はそれを軽く砕いて蹂躙してくる。そんな分かりきっていたことを、あの巨大な化け物は体現してくる。

 

 めぐみんとウィズは既に配置に付いている。城壁の上で左右に分かれるように位置して、俺達の動きを待っている。

 作戦の起点はエリスが魔力結界を破るところからだ。エリスに姿を変えた時点で潜伏スキルは効果を失い、結界を破るための魔法を使えば確実に冒険者達の目につく。

 冒険者達は困惑か驚愕するかの二択だろうが、俺は偶然の出来事を装って、めぐみんとウィズに指示を出す。そして二人がデストロイヤーの脚を破壊して機動力を奪い、動きを止めた後に内部に突入する。

 

 作戦の筋書きはできている、後はそれをなぞるだけだ。だがあの巨体を見ていると二の足を踏んでしまう。失敗した時のことを想像して躊躇ってしまう。

 今回の作戦は俺が発案したものだ。冒険者達は自分の意思で戦うことを決めたとはいえ、それを扇動したのは俺だ、責任は俺にある。

 もしデストロイヤーの破壊を失敗したら。もし街を守れなかったら。もし誰かが死ぬようなことがあったら。結果を見ることが怖い。逃げ出してしまいたい。全部投げ出してしまいたい。

 後ろ向きな思考が脳を侵食していく。デストロイヤーがもうすぐ射程内に入るというのに、いまさらになって怖気付いてしまった。

 迫り来る巨大な化け物、無くなっていく時間、責任による重圧。焦りがまた別の焦りを呼び、呼吸すらままならなくなる。

 俺の役目はただ指示を飛ばすだけだ。そんな簡単なことのはずなのに、喉に粘っこいものがへばりついて声が出ない。

 だが俺が指示を出さずとも、彼女達は自分で判断できるだろう。ならばもう流れに身を任せて、目を逸らしてしまえ。俺にできることなんて何もないのだから。

 思考がどこか自暴自棄に染まっていく中。俺の手に優しい温もりが重ねられた。

 

「カズマ君は知ってる? 神様にとって信仰心、人の思いってすごく大事なことなんだ。それがそのまま神様の力になるからね。その思いが強いほど神様の力は強くなるんだよ。だから…」

 

 俺の横顔から何かを察したのか、クリスは俺の右手を両の手で包み込みながら、優しげな笑みを浮かべている。そして。

 

「だから、私を信じてください。あなたの思いがあれば、きっと私はやり遂げられます。めぐみん達を信じてください。いつもみたいに全部吹き飛ばしてくれますよ。ダクネスも……そうですね、ダクネスも信じてあげてください。たとえデストロイヤーが止まらなくとも、きっとあの子が押し留めてくれますよ」

 

 最後に冗談めかしたように笑いながら、エリスはにこやかに励ましてきた。

 握られた手からじんわりと熱が戻ってくる。霧がかった思考が晴れていく。あんなに大きく見えたデストロイヤーが、今では小さくすら見える。

 彼女がいればなんだってできる。そんな馬鹿げたことまで考えてしまいそうだ。

 

「……なんかカッコ悪いとこ見せちまったな。せっかくの頼りになるリーダー像が台無しだ」

 

「残念ですが、カッコ悪い所はもうたくさん見てますよ。いまさら一つ増えたところで変わりません」

 

「じゃあ帰ったら今日のカズマさんのカッコイイ活躍を語ってやろう。感動のあまり泣き出すこと請け合いだ」

 

「それは楽しみです。それじゃあ、あそこにいる変なヤツをさっさとぶっ壊しましょうか!」

 

 デストロイヤーを指差しながら、女神とは思えない物騒な発言をするエリスに思わず笑ってしまう。だが確かにあのデカブツのせいで今日一日大変だった。腹いせに盛大にやってもらおうか。

 

「お前の魔法が作戦の狼煙だ。魔力結界とやら、しっかりぶっ壊してやれよ!」

 

「ええ、そこで見ていてください。あなたがここまで頑張ってくれたんです。私もその思いに応えるため、全力を尽くします!」

 

 いつも頼りになる彼女が、いつも以上に気合十分といったところか。

 俺ができることは後一つ、彼女や他の仲間達を信じて待つことだけだ。

 一歩前に出たエリスの背に声をかける。

 

「任せたぞ、女神様!」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「でけえ! それにこええ!」

 

「落ち着け! そんな所に突っ立ってると踏み潰されるぞ!」

 

 機動要塞デストロイヤー。数多の街、数多の国を踏み潰してきた最悪の賞金首は、駆け出しの街を蹂躙せんと、その八本の脚をせわしなく動かしている。クモの様な外見の巨大ゴーレムはその背に砦を乗せ、進行方向にある街も人も気にせず、ただ機械的に前へ前へと進んでいく。

 

「カズマ達はまだなのか! このままじゃ街が潰されちまうぞ!」

 

「まだ射程外のはずだ! 無駄口叩いてないで信じて待ってろ!」

 

「そんなこと言っても、早くしないとあの嬢ちゃんも踏み潰されるぞ!」

 

 確実に近づいてくる暴威に、冒険者達は見ていることしかできない。 

 バリケードはできる限りの数を用意した。罠も時間が許す限り設置した。ギリギリまで粘ってゴーレム達を起動させた。

 彼らは全力を尽くした。これ以上ないほどに。自分の持てるもの全てを使って。

 だからもう彼らにできることは一つだけ。作戦が成功するよう、神に祈りを捧げることぐらいだ。

 日頃から神を崇めているプリーストから、酒場に入り浸っている無信心な荒くれまで。信仰の差はあれどその場にいる誰もが、迫り来る絶望から救ってくれと心の中で願った。

 そしてデストロイヤーが射程内に差し掛かり、冒険者達は自然と爆裂魔法を撃つ二人がいる城壁の方を見上げると。

 

「誰だ、あの嬢ちゃん?」

 

「……あの御姿は、もしや……」

 

 見慣れない少女が一人、正門の真上、今回の作戦を立てた冒険者の隣に立っていた。遠目から見ても分かるほど神々しさを感じさせるその姿に、知っている者は驚愕し、知らない者もただ人ではないと判断した。

 

 突然の謎の少女の登場に動じなかったのはただ一つ。機械的に前へと進むデストロイヤーだけだ。もはや災害の一つに数えられるまで畏れられたその暴威は何者も恐れず前へ進む。

 冒険者達の仕掛けた罠をものともせず、残るは最後の砦であるバリケードと女騎士だけとなった。それすらも踏み潰し街へと向かおうとする。

 それを許さないとばかりに、少女は複雑な魔法陣を展開、その手に白い光の玉を浮かべた。それを目の前にかざし暴威を振り撒く災害へと撃ち出した。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』っっ!!」

 

 撃ち出された光はデストロイヤーに触れる前に何かの障壁と接触する。魔力結界、ただでさえ破壊が困難な要塞をさらに強固な物にしているそれは、撃ち込まれた光と一瞬こそ拮抗したように見えたが、ガラスのように粉々に弾け散った。

 結界の破壊を見た冒険者が次の指示を出す。

 もしこの機械仕掛けに精神が宿っていたならこう考えていただろう。たかが守りが一枚抜かれただけ、己が巨躯を破壊する術など存在しない、と。

 だがこの街にはその術がある。人が扱える攻撃手段、その極点に位置する魔法、爆裂魔法を扱える者が二人存在している。一人は魔道の果てにその魔法を習得し、一人はその魔法を己が人生と定めた。

 城壁の上で二人は朗々と詠唱を紡ぐ。言葉一つで周囲の魔力が猛り、昂り、荒れ狂う。

 ただの災害が神すら滅ぼしうる究極の破壊魔法、爆裂魔法に打ち勝てるのか。否である。暴威はさらにその上をいく圧倒的暴力によって叩きつぶされる定めだ。

 詠唱が終わる。周囲の景色が歪むほどの高密度の魔力の塊が二つ。撃ち込む相手はただ一つだ。

 そして、それは放たれた。

 

「「『エクスプロージョン』っっ!!」」

 

 天高く立ち昇る爆焔。吹き荒ぶ暴風。大地を揺らす轟音。

 人類最強魔法、その名に恥じぬ様相が過ぎ去った後。

 同じタイミングで放たれた二人の魔法は、機動要塞の脚を一つ残らず粉砕していた。

 

 

 

 




作戦がガバい、そうはならんやろ、キャラ違くね? 等のツッコミは受け付けていませんので悪しからず。

というわけでデストロイヤー戦前半でした。
色々ごちゃごちゃやってますが、結局行き着くところは原作と同じ作戦です。正直アレ以外でデストロイヤー倒すのかなり厳しいので、しょうがない。

原作アクアは特に気にせず女神として振る舞ってる分、この作品のエリス様がまるで縛りプレイを楽しんでるみたいですが、二重の意味で違います。
この作品の解釈では、
アクアは天界の規定なんて知るか、私は自由にやるのよと、その場のノリで生きてます。自由奔放さはある意味神様らしいです。
エリスは天界の規定を守るのがこの世界の人のためだと考え、人々のためにあえて女神の力を使わない。別にルールに縛られているわけではなく自分の意思でルールに則っています。
一応そこら辺の説明は今回の話と『怒れる女神と男の思い♯2』の後半部分でしています。
まあつまり、別にエリス様は非情な人じゃないよ。変な制限付けた作者の設定の練りの甘さが悪いんだよ。ということが言いたいわけです。


カズマさんが原作と違い余裕がない雰囲気でしたが、原作はなんだかんだ流れで作戦が決まっていったのに対して、今回は自分の意思でこの作戦を決行したので責任の重さが増えてるとかそんな感じです。



読んでくださった読者の皆さんに深く感謝を。


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このデストロイヤーに爆焔を

二話連続、待たせたな(いやほんとすんません)

今回はギャグ多め、過去最長ではありません。
(17500字)




 二つの爆裂魔法により脚を破壊されたデストロイヤーは、その巨体を地に伏し慣性に従って街へと滑ってくる。轟音を上げながら大地を抉り迫るその姿は、まるで最後の足掻きのようだ。

 だがそんな足掻きが長く続くことはなく、街の前に展開されたバリケード、その先にいるダクネスの目の前でその動きを止めた。起動から何百年も大陸を蹂躙してきた機動要塞デストロイヤー。その走破が止められた瞬間だ。

 脚は左右どちらも一本残らず破壊され修復は不可能だろう。爆裂魔法が最強の攻撃手段と呼ばれるのも納得の破壊力だ。

 だがめぐみんが壊した脚の方では大きめな破片が散らばっているのに対して、ウィズの方は塵一つ残ってない。つまりウィズの爆裂魔法の方が破壊力が上だったということだ。

 

「ぐぬぬ……。さすがはリッチーと言った所でしょうか。まさかこの私が爆裂魔法において後れを取ろうとは」

 

 爆裂魔法の反動でぶっ倒れためぐみんを起こしに来ると、うつ伏せに倒れたまま無念そうに呟く彼女がいた。

 

「よう、お疲れさん。そんな悔しがってないで、もっと喜べ。お前は自分の役割をきっちりこなしたんだからな」

 

「同情の言葉なんていりません。我が爆裂道に敗北は不要なのです。カズマに最強魔法を見せつけると言ったのにこの体たらくとは……」

 

 これだけの戦果を上げたというのにまだ不満があるようだ。こいつの向上心には目を見張るものがあるな。まあ方向性はお察しだが。

 

「はいはい、頑張るのはまた今度な。俺から見たら今回の爆裂魔法は百点満点だよ。今日はそれで満足してくれ」

 

「むう……カズマがそう言うのなら、今日の所はよしとしましょう」

 

 渋々ではあるが納得してくれたようだ。俺は倒れためぐみんを起こし背負う。爆裂魔法とかいうとんでも魔法を使うにしては、あまりに小さな体だ。

 エリスはすでに姿をくらまし、ウィズも下に降りていったようだ。俺達も早く降りるとしよう。

 

「それにしても、ウィズは普段おっとりとした雰囲気のくせして、あんなに凄まじい一撃を放つとは。あそこまでの物を見せつけられると、いっそ清々しいですね」

 

「なんだ、珍しくベタ褒めじゃないか。俺にはそこまでの差は感じなかったけど、そんなに凄かったか?」

 

「ウィズは無手、つまり杖なしであの威力の魔法を放ったんです。魔法使いにとって杖は魔法の安定と威力の向上を担う物。リッチーであることを差し引いても生前はさぞ名のある魔法使いだったんでしょうね。一体私と何が違うのか……」

 

 めぐみんとウィズ、両者の違いか。まあ当然色々あるだろうが、パッと頭に浮かんだのは胸部装甲の違いだ。

 俺の背中にギリギリ感じるかどうかの膨らみは、未だ発展途上。例えるなら初級魔法級だ。

 それに対しウィズは普段おっとりとしているくせに、凄まじいものを持っている。こちらは爆裂魔法級と言ったところか。

 なるほど。比べてみれば今回の勝敗は明らかだったというわけか。同じパーティーを組むものとして、今後のめぐみんの成長に期待したい。

 

「おい。何かとてつもなく失礼なことを考えている気がするのですが」

 

 そんなことはない。俺はただ、ありのままの現実について考えを巡らせていたに過ぎない。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 あの後めぐみんと一悶着あったが、とりあえず安全な場所まで運び終えた。そしてデストロイヤーの様子を見に平原へと向かうと、待っていた冒険者達に囲まれた。理由はまあ、だいたい予想がつく。

 

「なあカズマ! あの隣にいた美人の姉ちゃん誰だ?!」

「あんな隠し球がいたなんて聞いてないぞ! 詫びとしてあのお嬢ちゃんのことを教えろ!」

「あの御姿はエリス様に違いありません! それをあなたはあんなに近くで……。羨ましい、ぜひ感想を教えてください!」

 

 半壊してるデストロイヤーそっちのけで、冒険者達は一様にエリスのことを質問攻めをしてくる。騙していたという後ろめたいこともあってか、スキャンダル起こしてマスコミに取り囲まれる芸能人になった気分だ。

 

「ええい群がってくるな、鬱陶しい! ……俺もわけがわからないんだ。気づいたら隣にいて、私はエリスですって名乗ったかと思えば、頼んでもないのに魔法で結界破ってくれたんだよ。爆裂魔法を撃った後に礼をしようと思ったらまたいつのまにか居なくなってたしな」

 

 事前に考えていたシナリオ通りの説明をしてやると、そんなこともあるんだなと、冒険者達はわりかしあっさりと納得してしまった。どうやって誤魔化すか悩んでいた俺としては大変都合がいいのだが、簡単に信じすぎじゃないか。

 いや、日本人である俺からすればおかしな話だが、ここは神様の存在が当たり前に信じられている世界だ。だからこそ、こんな茶番じみたシナリオでも奇跡として自然に受け入れられるのかもしれない。

 

「ああ、でも本当に羨ましい。エリス様をあんな間近で拝謁した上に声をかけて頂いたなんて。エリス様は他に何か仰っておいででしたか!」

 

 エリス教徒のプリーストなのだろう女性は、世間一般の清廉潔白なイメージは何処へやら大興奮のご様子だ。自身が信仰する女神のことを何でもいいから聞き出そうとグイグイ迫ってくる姿はあまりに狂信的だ。普通に怖い。

 

「そ、そうだな。確か、みんな頑張ってるから私が力を貸してあげますよ、とか言ってたぞ」

 

「ああ、そんなもったいないお言葉を! 感謝しますエリス様! 他に、他にはないですか!」

 

「他? 他は、えーっと。神前にはお酒をいっぱい奉納してほしいとも言ってたぞ。後は、胸の大きさなんて気にせずに強く生きて……」

 

「ちょっと! 何適当なこと言ってるのさ?!」

 

 エリス教徒のあまりの圧に適当なことを口走っていると。間違った神の教えを吹聴する俺を罰するためにその御神体様、まあ端的に言ってクリスが唐突に現れ、抗議の声をあげてきた。

 

「あたしの……じゃなくて、エリス教徒の人に嘘つくのはやめてくれる?! ごめんね、あたしの仲間が変なこと言って。さっきの言葉は忘れていいから。というかお願いだから忘れて!」

 

「いえエリス様の隣にいた彼が聞いたお言葉ですから、真実に違いありません! このことを他の信徒達にも伝えなければ! あなたもエリス教徒のようですし、胸のことなんて気にせず真っ直ぐ生きていきましょうね!」

 

「待って! 違うから! エリス様は絶対そんなこと言わないからああああ!」

 

 こうしてエリス教の教えにまた一つ、新しい文言が加わったのだった。何かとてつもなくまずい事をした気がするが、先程のエリス教徒は大変感激していたので大丈夫だろう。

 ある程度周りが落ち着いたところで冒険者達から離れ、クリスに小声で尋ねた。

 

「そんなすぐに人前に出てきて正体バレないのか。遠目とはいえほとんどの冒険者達がエリスの姿を見てたんだぞ」

 

「大丈夫だと思うよ。この街の人はあたしのことをクリスという盗賊だと認識してるからね。さっきの人もあたしの言葉より君のでまかせを信じちゃったし。カズマ君みたいに酒飲み胸無し盗賊としか思ってないんじゃない」

 

 心配して声をかけたのに刺々しい返事が返ってくる。俺も深く考えずに言葉を発してしまったとはいえ、エリスの普段の行動から鑑みるに、あながち的外れな言葉でもなかったはずだ。だからそんな睨まないでほしい。

 だが確かにクリスの言う通り、冒険者達は特に驚いた素振りもなく、いつも通りの雰囲気でクリスを見ている。

 エリスとクリスでは印象が正反対だ。癒し系女神様とボーイッシュ系盗賊。髪の長さや頬の傷、他にも細かい所で特徴が違う。同一人物だと判断するのは難しいのだろう。

 

 まあそこら辺の話は後回しでいい。

 改めて停止したデストロイヤーを見上げる。要塞の中にはデストロイヤーを暴走させた開発者が、アンデッドとなって今もなお操っていると聞くが、その割には不気味なまでに反応がない。

 だが一番やっかいな機動力は潰した。後はゆっくり城攻めに移行すればいい。

 そう考えていたのだが。

 

『この機体は、機動を停止致しました。この機体は、機動を停止致しました。排熱、及び機動エネルギーの消費ができなくなっています。搭乗員は速やかに、この機体から離れ、避難して下さい。この機体は……』

 

「はい?」

 

 大地が震えるような振動が始まったかと思うと、機動要塞内部から機械的な警告音が鳴り響いてきた。音声の内容と経験則から推測するに、エネルギーが消費できなくなったデストロイヤーは、いずれそのエネルギーを抑えられなくなり爆発するのだろう。

 一筋縄ではいかないと思ってはいたが、まさか自爆展開とは。一周回って予想外だ。これを操っている奴はお約束という物ををよくわかっている。中で出会ったら一発ぶん殴ってやるとしよう。

 

「こ、このままデストロイヤーが爆発したらお店が…お店が無くなっちゃう……。ま、まだ借金が残ってるのに……」

 

 ウィズがいろんな意味で悲痛な声を上げている。周りにいた冒険者の中にも、デストロイヤーが爆発することを把握して慌てている奴らがいる。

 だがその動揺も一時。彼らには命をかけてでも戦う理由があるのだ。

 

「怖気ずくな! 俺達には守るべき場所があるだろ!」

 

 一人の冒険者の掛け声に周りの男達も気合の雄叫びをあげる。

 サキュバスの店。彼らの拠り所であり、この戦いへの参加を決定づけた物だ。それを守るためなら彼らはその生命だってかけられる。

 アーチャー職がフック付きのロープがついた矢をデストロイヤーの甲板目掛けて放ち、それを伝って男達はデストロイヤーへと登っていく。

 冒険者達がああなってしまったのは俺にも責任がある。爆発寸前のデストロイヤーなんて近づきたくもないが、俺もあいつらの後に続こう。

 

「よし、俺達も早くデストロイヤーに……」

 

 

「俺達には女神様がついてるんだ! あの店のためにも絶対に引けねえぞ!」

「ああ! あの遠目からでもわかる包容力の塊みたいな神々しさ、まさに女神、まさに母! 今晩の夢は決まりだな!」

「待っててくださいエリス様! 今夜あなたに会いに行きます!」

 

「…………」

 

 冒険者達の後に続こうと思っていたのだが。

 男達の欲望だだ漏れな雄叫びが聞こえてくる。やれ女神だの、やれ夢がどうだの、好き放題叫んでいる。

 

「カズマ君、あたし達も早く行こう!」

 

「お構いなく」

 

「この街のためにも絶対にデストロイヤーを………ねえ、どうしてそんな冷めた目してるの?」

 

 この街もあの店も滅んでしまえばいい。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 クリスの説得により、嫌々ながらもデストロイヤーにかかったロープを登る。

 デストロイヤーをうまく停止できるかはまだ未知数だが、とりあえず全部が終わったら速攻でサキュバスの店に行こう。そして女神エリスを夢には出さないようお願いする。つい昨日にサキュバスの子を助けたばかりだし、少しばかりは融通が利くだろう。危険な目に合ったのは俺の不注意のせいで、マッチポンプな気もするがこの際気にしない。最悪あの時のプリーストを送り込むぞと脅すのも辞さない覚悟だ。

 

「ゴーレム共をぶっ壊せ! 廃品屋送りだ!」

「崩して、潰して、ぶっ壊す!」

「ヒャッハー! このハンマーで叩き潰す感覚! たまらねえぜ!オラ、次かかってこい!」

 

 甲板に上がると冒険者達が機動要塞内のゴーレム達と戦闘していた。大小様々なゴーレムがいるが、冒険者達は次々と破壊していく。駆け出しの街とは一体何だったのかと言いたくなる快進撃だ。

 だがゴーレム達もそれに負けじと、要塞内部からワラワラと現れてくる。その内の一体がこちらを標的と定め向かってきた。某RPGみたくレンガを組み合わせた見た目のゴーレムが、目の前に迫ってくる。

 

「ここはあたしに任せて! 『スティール』っ!」

 

 クリスはゴーレムが俺達に殴りかかろうとする前に、窃盗スキルを使ったかと思えば、次の瞬間ゴーレムの頭部が消え、クリスの手からゴトリと落ちた。重要なパーツを失ったゴーレムは機能を停止、そのまま崩れ落ちた。

 

「おお! やるな!」

 

「ふふん。盗賊スキルは攻撃系の物は少ないけど、こんな使い方もできるんだよ。まあ幸運が高いあたしだからできる芸当だけどね。でも……」

 

 クリスが得意気に語る中、また別のゴーレムが近づいてくる。今度のやつは俺の方が距離が近いな。

 

「俺も負けてられないな。『スティール』っ!」

 

「あっ、ちょっと待っ…!」

 

 窃盗スキルを使うと、俺の手にはクリスの時と同じように、ゴーレムの頭部が乗っていた。運がいいのは俺だって同じだ。計画通りゴーレムは停止し、持っていた頭部は、その見た目以上の重さから繰り出される圧倒的位置エネルギーを余すことなく俺の手に伝え、そのまま地面に直行、俺の手を押しつぶしたのである。

 

「いっでぇええええええ?!」

 

「だ、大丈夫?! 慣れてない人がやると、手を引くのが遅れて危ないから真似しちゃダメだよ!」

 

「そういう大事なことは先に言ってくれませんかね!」

 

「ご、ごめん。……じゃなくて、あたしが説明してる時に先走ったのはカズマ君だよ!」

 

 俺とクリスが騒いでる間にも、ゴーレム達は問答無用で襲ってくる。今度は先程よりも大きい物が三体同時だ。

 

「おいクリス! とりあえずあのゴーレム達をどうにかしてくれ! 俺は手が挟まって動けないんだ!」

 

「三対一はさすがに無理だよ! それならカズマ君が持ってる頭をどかしたほうが、ぬぐぐぐぐ! ………ごめん、重過ぎて一人じゃちょっと無理みたい」

 

「そんなあっさり諦めるな、もっと頑張れよ! このままだとカズマさんがお前の胸よろしくペッタンコになっちまうだろ!」

 

「だ、誰の胸がペッタンコだい!」

 

 クリスが激昂しているが、さすがにこの状況はまずい。早くどうにかしないとマジでゴーレム達に潰される。

 迫ってくるゴーレム達の見るからに固そうな腕にぶん殴られることを想像していると、何故か急に動きを止めたかと思えば、三体のゴーレムは胴体を横一文字に切られていた。

 

「まったく、君達は何をやってるんだ。遊びに来たのなら早く帰った方がいい」

 

 崩れ落ちるゴーレム達の先には、何時ぞやの魔剣の勇者が呆れ顔で立っていた。そいつは俺の手を潰していたゴーレムの頭を半分に切って軽くし、そのまま押し除けてくれた。

 

「いでで、もっと優しくどけてくれよ。こちとら怪我人なんだぞ。……というかミツリギ、お前いたんだな」

 

「君が作戦会議に乱入してきた時からいたよ。……というか待ってくれ。もう一度僕の名前を呼んでくれないか」

 

 もう一度? 何で俺が男の名前を二度も呼ばにゃならんのだ。

 

「ミツリギ」

 

「違う、ミツルギだ! 君は一緒に戦った仲間の名前も覚えてられないのか!」

 

「そ、そんな名前一文字間違えただけで怒るなよ。ミツルギもミツリギも似たようなもんだろ」

 

「……そうか。君がそういうのなら、これからは僕も君のことをカスマとでも呼ぶことにするよ」

 

「ああ?! 喧嘩売ってんのか、てめー! 人の名前を何だと思ってんだ!」

 

「どの口が言ってるんだ! 一文字程度大したことないと言ったのは君じゃないか!」

 

 

「はい、そこまでそこまで。二人とも落ち着いて。こんな緊急事態に喧嘩しないの。とりあえず、カズマ君を助けてくれてありがとね。ほら、君もちゃんとお礼言う」

 

 売り言葉に買い言葉、俺とミツルギが一触即発状態になったのを見かねて、クリスが仲裁してきた。確かに大人気ない喧嘩だったなと反省し、ミツルギに対して謝罪した。

 

「いや、僕の方こそすまない。つい頭に血が上ってしまって。……ところでカズマ、聞きたいことがある。さっき現れた女性、話を聞く限り女神エリスらしいんだが……」

 

 潰された手に回復魔法をかけていると、他の冒険者達と同じようなことを尋ねてくる。

 またその質問か。再三尋ねられたから面倒になってきたな。まあ先程の冒険者達と同じように、適当にあしらってしまえばいい。

 そう思っていたのだが。

 

「君がどうやって女神を呼んだのか、その方法を教えてくれないか?」

 

 俺が『呼んだ』と何処か確信を持った目でミツルギは尋ねてきた。

 そうだ。失念していたが、こいつは俺と同じ日本人だ。女神という存在に出会い、この世界に送られて来た者だ。そしてこいつには以前、俺がエリスに生き返らせてもらったと話している。何か裏があると考えるのは当然だ。

 それに女神という存在を知ってはいるが、この世界の住人とは価値観がまったく違う。周りの奴らは奇跡が起きたんだと簡単に納得しても、こいつはそんな簡単に騙せないだろう。

 クリスを見ても何も言わないあたり、全部は気付いてないようだ。当のクリスは核心に近いことを言われてアワアワしているが。

 まあ、こいつにならエリスのことを教えても、いたずらに話を広めたりはしないだろうが、万が一という事もある。教えるのはあまり気乗りしない。

 どうしたものかと考える中、タイミングよく声をかけてくる者がいた。

 

「遅れてすみませんカズマさん。ダクネスさんが重くて登るのに手間取っていたのを手伝っていたら、時間がかかってしまいました」

 

「お、おいウィズ! 私じゃなくて、この鎧が重かったのだ! 誤解を招くような発言はよしてくれ!」

 

 ダクネスとウィズがロープを伝って、甲板に登ってきた。どこに行ったのかと思ってはいたが、まだ下にいたとは。だが今は大変都合がいい。一旦ミツルギを無視してダクネスに話しかける。

 

「ちょうどいい所に来たなダクネス! 今回ほとんど活躍してないお前に、ついに出番がやってきたぞ!」

 

「なっ?! 出会い頭になんて事を言ってくるんだ! 私が何もしていないなど謂れのない事を……謂れのない……ことを……」

 

「おい、落ち込む暇があったら周りを見ろ! そこら中にゴーレム達が湧いてきて、内部への侵入の邪魔になってるんだ! だからお前のデコイでここらのゴーレムを全部引きつけろ!」

 

「ちょっと、カズマ君?! ダクネス一人にここいる全部を任せるなんて危ない………危ない………危ないかな?」

 

 まあクリスの想像通りまったく問題ないと思う。ダクネスは防御力に関してだけはピカイチなのだ。あいつを倒したければこの三倍は持ってこいと言うやつだ。

 

「ここにいるゴーレム達を全部……石塊の軍団が私を押しつぶそうと一斉に襲ってくる……」

 

 ダクネスは周りを見渡しながら、徐々にその頬を赤くしていった。活躍のチャンスに自分の性癖を満たす状況、そのための大義名分。俺の頼みを断る理由など微塵もないだろう。

 

「わかった! ここは任されたぞ、カズマ! お前達は先に行っていろ、『デコイ』っ!!」

 

 興奮により顔を赤くしたダクネスが囮スキルを使うと、甲板にいたゴーレム達は一斉にこちらに向かって突き進み始めた。

 

「それじゃあ任せたぞダクネス。さて、俺達は先に行くとするか」

 

「いやいやいや、ちょっと待て! 君は仲間を一人置いていくと言うのか?!」

 

 ダクネス一人に任せて先に進もうとすると、予想通りミツルギが食いついてきた。

 

「そんなこと言われてもなぁ? 艦内に侵入するためには、どうしてもゴーレム達は邪魔になる。俺だって申し訳なく思ってるんだぜ。ダクネス一人に重荷を背負わせるなんて」

 

「じ、じゃあせめて君達だけでも残ればいいじゃないか」

 

「俺や盗賊のクリスは戦闘向きじゃないし、ウィズは後衛職だ。俺達がいても邪魔になるだけだよ。あーあ、こんな時にゴーレムを簡単に倒せる強い冒険者がいたらなー。すまないダクネス。こんな俺を許しておくれ」

 

 ミツルギは基本善人だ。そして自分の強さには過剰ともいえるほどの自負がある。多少演技臭い言動でも、こいつは乗ってくるだろう。俺の予想通りミツルギは剣を抜き、ゴーレム達に向け構えた。

 

「……わかった、なら僕が残ろう。その代わりと言ってはなんだが、今回の騒動が終わった後にさっきの話の続きを…」

 

「マジすか。さすがミツルギさんっすね。カックイイ!じゃあダクネス共々頑張ってくれよ。クリスとウィズはさっさと行こうぜ」

 

「ちょっ、まだ話は終わってな……」

 

 ミツルギの言葉を無視して、クリスとウィズの手を取りその場を離れると、ゴーレム達の波が元いた場所を飲み込んでいった。

 これでその場凌ぎではあるが、ミツルギの追及を逃れられた。問題の先送りでしかないが、まあそこら辺は明日の俺に任せよう。

 ミツルギにはダクネスの性癖に付き合わせて少し申し訳ない気持ちもあるが、まあ大丈夫だろう。

 

「さあ! もっと来いゴーレム達よ! 私を潰せるものなら潰してみろ!」

 

「ハァッ! 確かお名前はダクネスさんでしたか。いかに防御に優れたクルセイダーとはいえ、攻撃を受け続けたら持ちません。少しずつ数を減らしながら……」

 

「何故邪魔をする! 私が楽し……じゃなくて懸命に戦っているのに! 騎士の誇りを侮辱する気か!」

 

「え、あ、あの。すいません」

 

 ゴーレムの波に飲まれたせいで、二人の状況は声だけでしか判断できないのだが、とりあえずミツルギに言いたいことがある。

 本当にすまんかった。

 

 

 

「ドアが開いたぞーっ!」

 

 ダクネスとミツルギにゴーレム達が集中したことにより、手が空いた冒険者達でドアをこじ開け、要塞内部に侵入していく。中にも少しばかりゴーレムはいたが、他の冒険者達がいることもあり問題なく進めた。

 そうして中を突き進んだ先、デストロイヤーの中心部分であろう部屋に着くと、先行していた冒険者達が人だかりを作っていた。その視線の先は部屋の中央にある椅子に腰かけた白骨化している死体に向けられている。

 

「これは……、骨格から見るに男性。死後何年経っているかは分かりませんが、アンデッド化することもなく完全に成仏していますね。おそらくデストロイヤーが暴走してからそう長くない内に亡くなったようです」

 

 ウィズは死体から得られる情報を淡々と説明している。

 デストロイヤーを暴走させた研究者は、今もなお内部で指示を出しているというのが通説だったが、どうやら違ったらしい。ホコリかぶった部屋の中、一人ポツンと死んでいる姿は、孤独な男の最期を連想させる。

 その姿を見てクリスは複雑そうな顔をしている。彼女からしてみれば、この死んでいる男は自分の世界をめちゃくちゃにした張本人だ。孤独な最期を迎えたとはいえ、色々と思うところがあるのだろう。

 そんな彼女から目を逸らすと、ふと机の上にある一冊の本、おそらくこの男の手記に目がついた。

 この男が一体どんな気持ちでこのデストロイヤーを暴走させ、そしてどんな気持ちで死んでいったのか。俺は興味本位で本を開いた。開いてしまった。

 

「あれ? なんでこの手記日本語で書かれてんだ?」

 

「………………え゛っっ?」

 

 俺の呟きが聞こえたクリスは、その場でピシリと固まってしまった。手記は俺にとって一番馴染み深い字体で書き綴られていた。つまりこれを書いた人物は。

 

「カズマはその古代文字が読めるのか。こいつがどんな奴だったか、読んで教えてくれ」

 

「あ、ああ……分かった」

 

 俺は冒険者の言葉に促され、混乱しつつもその手記を読み上げ始めた。手記というだけあって中々の文章量があるので、かいつまみながら読むと。

 

『国のお偉いさんに対魔王軍の兵器を作ってくれと頼まれた。そんなの俺が作れるわけないでしょうが。俺だって自分の研究が忙しいんだ。ようやくゲームキューブの完成が見えてきたってのに。面倒だしこのクモを潰した設計図でも渡しとけばいいか』

『あの設計図で通っちゃたよ。というかむしろ大好評だよ。悪路でも走破できるよう八本脚にするとは考えたな、とか国のお偉いさんが言ってくる。すんません、なーんも考えてません』

『はえー、すっごい。トップが何もしなくてもプロジェクトって進むんですね。あ、プロジェクトの責任者に出世しました。イェーイ。それにしても何あのデカさ。考えたやつ馬鹿なんじゃないの。あ、設計図出したの俺だわ。ワロス』

『動力源? そんなこと言われても俺は知らんよ。ここまで来たら最後まで全部やってくれよ、めんどくさいな。まあ一応所長らしく伝説のコロナタイトでも持ってこい、と言ってやった。あー、なんかそれっぽいこと言えて気持ちいい! すっごいカタルシス!』

『マジで持ってきたよ。伝説って? というか、やべーよやべーよ。適当なこと言っちゃったけど、これホントに使えるの? 動かなかったらどうしよ。死刑とかマジ勘弁』

『ちゃんと動いてくれた。やったぜ! まあ動いたって言うより暴走したって感じなんすけどね。これどうやって止めるんだろ? 俺以外に乗ってる奴いないし。オワタくさい』

『うーわ、今潰したの王城じゃね? まあいいか、あの王様あんま好きじゃなかったし。俺に面倒な仕事押し付けすぎなんだよ。ざまあ。この機動兵器止められそうにないし、降りられないし、もうこのままここで暮らすか。とりま酒飲も』

 

『君がこの手記を読んでいるということは、私はすでに死んでいるのだろう。最後に、この機動兵器を止めに来た勇敢な君に言いたいことがある。正直すまんかった』

 

「……これで、終わりだ」

 

「「「…………」」」

 

 冒険者達は何も言わずに黙り込んでいる。言葉を発せずとも彼らがどんな気持ちなのかよく分かる。

 これを書いたのは確定的に日本人なわけだが、こいつを同郷とは思いたくない。恥ずかしいというか、申し訳ないというか、ふざけるなというか。とりあえず身内だとは絶対に思われたくない。

 まあ冒険者達が黙り込んでるのは別の理由もあるのだが。

 

「そんな馬鹿らしい理由で私の世界は散々荒らされてたんですか。ちょっと思考が追いつかない。この人頭おかしいんじゃないでしょうか。というか日本人? 日本人ってことはアクア先輩がこの人を送り込んできたわけで。え? つまり先輩のせいで私の世界の人達が傷ついてたわけ? あ、ヤバイ。ちょっと黒い感情が抑えられない。ファッキンゴッド。あ、私も同じ神様でした。アハハハハ。本当に何考えてこんな人を……」

 

 俺が手記を読んでいる途中から、クリスはずっと一人でぶつぶつと呟いている。何を喋っているかはよく聞こえないが、その尋常じゃない雰囲気に俺を含めた冒険者達はドン引きである。

 

「ク、クリスさん。皆さんが怖がっているので落ち着いてください。あまりの圧に変な瘴気みたいなのまで見えちゃってますよ」

 

 ウィズの言う通り、今のクリスからは漫画的表現みたいなドス黒いオーラが出ているのが見える。というかあれ雰囲気じゃなくて本物の神気じゃなかろうか。

 まあ自分の先輩女神が原因で、これまでの騒動が起きていたのだとわかれば、ああなるのも致し方ないのかもしれない。次にエリスとアクアが出会った時に殺傷沙汰にならないよう祈っておこう。

 とりあえずこのまま放置してたら、闇落ち女神エリス爆誕になりかねないので早く正気に戻ってもらおう。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「これが手記に書いてあったコロナタイトか」

 

 デストロイヤー開発者の骨があった部屋のさらに奥。おそらく動力室であろうこの部屋に件のコロナタイトはあった。

 部屋の中央にあるガラス製の円筒、その水溶液に煌々と輝く球体が浮かんでいる。円筒に数多くのケーブル類が繋がっている所を見るに、この要塞のほとんどのエネルギーがここから送られているのだろう。

 大人数はいらないからと、クリスとウィズ以外の冒険者達には他の場所を探索しに行ってもらった。まあ実際の所は女神とリッチーとかいうバレたら即アウトな二人組が、全力を出せるようにするための配慮だが。

 

「今にもボンってなりそうなこいつの処理なんだが。 ウィズ、マナタイトみたいに爆裂魔法を撃ちまくって、この石の魔力を使い切ることってできるか?」

 

「難しいですね。マナタイトが魔力の塊だとするなら、コロナタイトは純粋なエネルギーの塊です。魔法でそのエネルギーを使い切ろうと思ったら、そのエネルギーを魔力に変換する術がないといけません」

 

「マジか。クリスは何かないか? こう女神パワーで封印とか、異空間に放りこむとか」

 

「君は女神を何だと思ってるの。そんなご都合パワーがあったらとっくに使ってるよ」

 

 ウィズに続いてクリスまでも難色を示す。あれ、じゃあこれどうしたらいいの。

 

「え、じゃあ何? ここまで頑張ってきた分は全部無駄で、結局作戦は失敗しましたってなるのか? 実は隠し球があって、女神ひみつ道具とか出てこないのか?」

 

「だからそんな都合のいい物はないったらないの。とりあえず何か方法がないか考えてるから待ってて」

 

 俺もクリスにならい打開案を考えるが、そんな簡単に妙案が思い付くはずもなく、刻々と時間だけが過ぎていく。デストロイヤー内に響く機械的な警告音声だけが、この場で発言をしている。

 

「………あの、確実ではありませんが、一つだけ手があります」

 

 沈黙が続くこと数分、始めに口を開いたのはウィズだった。

 ウィズは真剣な表情で俺に近づき、顔を近づけてくる。少し青白くはあるが、整ったウィズの顔が目と鼻の先にくる。冷たさを感じる手で俺の顔を触りながら、どこか躊躇いがちにウィズは頼んできた。

 

「カズマさん、お願いがあります。……吸わせて、もらえませんか」

 

「喜んで」

 

 この切羽詰まった状況で、一体何のためにこんなお願いをしてくるのか分からないが、俺は女性の誘いを無下に断るような男ではない。それにしてもクリスが近くにいるというのにウィズは大胆だな。

 

「ちょっと二人とも、こんな非常時に何しようとしてるの?!」

 

 クリスが慌てながら抗議の声を上げている。嫉妬だろうか? だが俺も男としてウィズに恥をかかせるわけにはいかない。これだからモテる男は辛いな。

 

「ウィズ、気にせずに続けていいぞ」

 

「ありがとうございます! では……」

 

 緊張しているのか、頬に触れる手に少し力が入る。唇をなぞるように触れる仕草はこの先の出来事を期待させてくる。俺はウィズの行為を受け入れるよう目を閉じて……。

 

「ストォォオオオップッ!!」

 

 間に割って入ってきたクリスに止められた。

 

「なっ?! クリス、邪魔をするな! 今からやる行為は俺の初体験になるものなんだぞ!」

 

「そんな雰囲気に流されてやったらダメだと思うよ! こういうのはちゃんと好きあった人同士が、段階を踏んでやるべきものであって!」

 

 頑として引き下がらないクリスに、ウィズはおずおずと話しかける。

 

「あ、あの……。確かにクリスさんにとって、ドレインタッチは好ましくない行為だと思いますが。どうか見逃してもらえませんか?」

 

「「……ドレインタッチ?」」

 

「はい。あのコロナタイトをどうにかするには魔力が足りないんです。だからカズマさんから魔力を分けて貰おうかなと思いまして」

 

「「…………」」

 

 いやまあ別に知ってたし。期待なんてしてなかったし。残念だなんてこれっぽっちも思ってないし。

 

「それなら何であんな紛らわしい仕草してたの?! あ、あたしはてっきり……その……」

 

「ドレインタッチは皮膚の薄い部分からの方が効率よく魔力を吸えるんです。それで、その……紛らわしいとは一体何のことですか?」

 

「………気にしなくていいよ」

 

 クリスは顔を赤くしながらそっぽを向いている。一体何を想像していたのか問いただしてみたい所だが、確実にこちらにも飛び火するのでやめておこう。

 

 

 

 ウィズに魔力を吸ってもらい、燃えるように輝くコロナタイトと対峙する。先程よりも強く光を放つそれは、いつ爆ボンしてもおかしくないように見える。

 

「それで、ウィズはどんな方法でこいつを処理するんだ」

 

「テレポートの魔法でどこか別の場所に飛ばします。ですが少し問題があって……。テレポートはあらかじめ決めた場所に転送する魔法なのですが、私の転送先は人が多い場所でして」

 

「なるほどね。じゃあその人達に犠牲になってもらって……、ってダメだよ! 街を守るためだからって他の人を巻き込むのは人としても女神的にもNGだよ!」

 

「そ、そんな酷いことするつもりはありませんから!」

 

 俺はウィズの説明に食ってかかるクリスを抑える。話を最後まで聞かないクリスもだが、ウィズも紛らわしい言い方をしないでほしい。

 

「その普通のテレポートとは別に、ランダムテレポートというものがあるんです。名前の通り転送先がランダムで、魔法の使用者にも何処に飛ばされるかは分かりません。その転送先が人がいない場所ならいいんですが、もし街なんかに転送されたら……」

 

「なるほどな。つまり無事に成功するかどうかは運任せってことか」

 

 ウィズがあれだけ躊躇いがちに提案したのは、そういう理由があったからだろう。

 だが運任せならむしろ安心だ。何せ俺の隣には幸運の女神様がいるのだから。彼女も自分の役割を察したからか、女神モードに変身している。

 

「おいクリス。……いいや、エリス、出番だぞ。お前の一番の得意分野だ。自分が何を司る女神か、ウィズにしっかり教えてやれ」

 

「任せてください。幸運の女神として、全力を尽くさせてもらいます。ええ、この魔法に関してだけは誰にも負けない自信がありますので。絶対にうまくいきますよ」

 

「期待してるぞ。これが全部終わったら、また昨日みたいに高い酒とうまい料理で宴会でもしような」

 

「「HAHAHAHA!」」

 

 勝利を確信した俺とエリスは余裕の高笑いをあげた。俺もエリス程ではないにしても幸運値が高い。それに加え、人がいる場所よりいない場所の方が圧倒的に多いのだ。つまり失敗するなど万が一にもあり得ないというわけだ。 

 ウィズは一人『本当に大丈夫でしょうか……』と心配そうに呟いていた。

 

「それではウィズさん。今から幸運が上がる魔法をかけますので、心の準備をしてくださいね」

 

「よろしくお願いします、エリス様! ………いえ、やっぱり少し待ってください。あの、心の準備とは一体何のことですか?」

 

「この魔法は女神の祝福なので、リッチーであるウィズさんには少し体に影響があると思います。ですが成仏する程のものではないので、我慢してくださいね」

 

「……え?」

 

 作戦直前に衝撃の事実をカミングアウトされ、ウィズの表情が固まっている。だが作戦を成功させるためにも、これは避けては通れない道だ。心の中でウィズの献身に敬礼する。

 

「あ、あのー。……やっぱり別の作戦に……」

 

「それでは心の準備もできたようですし。幸運の女神の名において、あなたに祝福を! 『ブレッシング』っ!」

 

「ああっ?! 問答無用にっ?!」

 

 エリスの祝福により幸運が上がったウィズは、体を薄くしながら必死に魔法を唱えた。

 

「テ、『テレポート』っ!」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 コロナタイトはテレポートで飛ばされ、要塞内に鳴り響いていた警報は止んだ。どうやらデストロイヤーの爆発は防がれたようだ。

 俺達が外に出ると他の冒険者達は引き上げにかかっていた。あれだけいたゴーレム達は全て両断されている。その功労者であるミツルギはというと。

 

「ほらキョウヤ、しっかり立って。あたしが支えてあげるから」

 

「あっ?! フィオだけずるい! キョウヤ、私の肩も貸してあげる」

 

「あ、ありがとう、フィオ、クレメア」

 

 仲間の女の子二人に支えられながら引き上げていた。遠目から見ても疲労しているのがわかる。原因は大量に相手したゴーレムか、それとも一緒に戦っていた変態のせいか。どちらにせよエリスのことで俺に詰め寄ってくることはないだろう。

 その変態クルセイダーことダクネスが、俺達が出てきたのを見つけて近づいできた。

 

「警報が止んだのはカズマ達のおかげか。急な事態だったのによくやってくれたな。……ところで、背中でぐったりしているウィズは大丈夫なのか?」

 

「ああ、これはクリスのせいだよ。中で色々あってな。今は気を失ってるだけだ」

 

「ちゃんと加減したつもりなんだけどね。急にやったのが悪かったみたい」

 

 クリスは申し訳なさそうな顔をしている。その割には中々強硬な手段だった気もするが。まあ今回は非常事態だったので仕方ないだろう。ウィズが目を覚ましたら一緒に謝っておこう。

 

「それにしても、ようやく終わったな。最初はどうなるかと思ったが、こうして終わってみれば予想以上にうまくいったな。後はどっかに飛ばしたコロナタイトだけが気がかりだが」

 

「何処に転送されたか分かるには二、三日はかかるんじゃない? まあ転送先が何処だろうと、大したことにはならないよ。だってあたしが力を貸したんだもの」

 

「中で何か問題があったのか? また後で話を聞かせて……。ん?」

 

 デストロイヤーから降り、めぐみんを回収しに歩いていると。ダクネスが急に後ろを振り返った。

 

「……臭う。臭うぞ。デストロイヤーめ。怨念がましくまだ足掻くか。二人とも、あれはまだ終わってないぞ!」

 

 ダクネスの言葉に反応するように、機動要塞は地を揺らしながら震え出した。その振動音は死にかけの化け物の最後の咆哮のようだ。

 

「おいおいおい! なんであいつは震え出したんだよ?! 動力源は取り除いただろ!」

 

「私には詳しいことは分からないが。あそこを見てみろ。デストロイヤーの前面にできた亀裂が赤熱してきている。おそらくあそこから熱が放出されているのだろう。まだ大丈夫なようだが時間が経てば……」

 

 ダクネスが指差す先を見ると、確かに大きな亀裂が徐々に赤みを増してきている。何が原因かは分からないが、止めなければ被害が出るのは確実だ。

 

「ど、どうしようカズマ君?! もう一回中に入って原因を調べる?!」

 

「いや、あの様子を見るに、悠長に調べてる時間なんてなさそうだ。何か別の手段じゃないと……」

 

 だが別の手段と言っても、何をすればいいんだ? 

 おそらく時間が経てば、あの亀裂に溜まってきている熱により、爆発が起きるだろう。それを防ぐためには。

 爆風を防ぐためのバリケードを作る。ダメだ、資材も時間も明らかに足りない。たとえ作れても、そんな急ごしらえの物など簡単に吹き飛ばされるだろう。

 縦穴を掘って隠れて爆風をやり過ごす。ダメだ、時間は魔法を使えば解決するとしても、冒険者達にその気力も魔力もないだろう。そもそも街を守ることができない。

 爆発を何かで相殺する。ダメだ、その何かが具体的に出てこない。一つだけ思い浮かんではいるが、すでに二人とも魔力切れだ。もう今日は一発も撃てない。

 …………いや待て。あるじゃないか、一発だけ撃つ方法が。そうだ、あれは確かあいつに預けて……。

 

「おやおや、どうやらお困りのようですね。あなたが欲している物はこれですか?」

 

 思考の海から浮上してくるのと同じくして、そいつは現れた。他の冒険者に肩を貸してもらいながら登場する姿は情けないが、その手に持つこの状況をひっくり返せる物、最高品質のマナタイトを見せつけてくる。

 

「ふっふっふ。どうにか倒したと思った敵が最後の抵抗にでる。どうすることもできずに絶望する冒険者達の中から、颯爽と登場する一人のアークウィザード。……そう! 最後の最後に全てを持っていくのは当然! この私ですよ!」

 

 我がパーティーの火力担当ことめぐみんが、高らかに宣言した。

 

 

「いいタイミングで来たな、めぐみん! ちょうど俺もそのマナタイトのことを思い出してたんだ!」

 

「ええ、登場するタイミングは紅魔族にとって非常に重要ですからね。少し離れた所から観察して、カズマが閃いたタイミングで現れるよう調整したんです」

 

 相変わらずよく分からない紅魔族の風習には呆れるが、今は後回しだ。俺は背に乗せたウィズを他二人に任せると、連れてきてくれた冒険者に礼を言ってめぐみんを預かった。

 

「よし、じゃあそのマナタイトを渡してくれ」

 

「……………はい? カズマは何を言っているのですか?」

 

「いや、爆裂魔法はウィズに撃ってもらうから、お前が持ってるそれを渡してくれって、……おい。そんながっしりと握り込むなよ」

 

 めぐみんの手からマナタイトを取ろうとするも、強く握りしめられた手のせいで阻まれる。無理矢理こじ開けようにも、めぐみんの握力は俺より上なのかびくともしない。

 

「おいめぐみん、時間もそんなにないんだ。大人しくこいつを渡せ」

 

「嫌です、嫌です! これは私がカズマから預かった物ですから、私の物なんです!」

 

「駄々こねる子供か! いいから早く渡せ!」

 

「絶対に渡しません! 大体、ウィズはあの通りぐったりとしてるじゃないですか! あんな干物みたくなってる人より私の方が適任ですよ!」

 

 クリス達に介護され伸びてるウィズを指差しながら、めぐみんは頑とした態度を取ってくる。確かにウィズはまだ回復していないが、それでも無理をして貰わなければならない理由がある。周りの冒険者達に聞かれないよう声を落として話す。

 

「マナタイトはこれ一個だけなんだぞ。つまり一撃で、確実に決めなきゃならない。失敗は許されないんだ。爆裂魔法の威力はウィズの方が上だってお前も認めただろ。だったら……」

 

 俺がどうにか説得しようとするのに対して、めぐみんは真っ向から反発してくる。

 

「確かに私は一度負けを認めました。ですが今はあの時と状況が違います。私とウィズはレベル差や所持スキルの違い等ありますが、何よりも違うのは保有する魔力量です。魔法は込めた魔力量が多い程、威力を増す物。カズマも初級魔法とはいえ、体験したことがあるでしょう」

 

 確かに俺の殺傷能力皆無な初級魔法でも、全力を込めるとモンスターを倒すことはあるし、使用目的に応じて魔力量を調節している。

 

「私とウィズは魔力切れで、このマナタイトを使わないと爆裂魔法を撃つことはできません。つまり使える魔力はこのマナタイトの分だけ、魔力量の差は無いのです。魔力量がイーブンなら今のウィズより私の方に分があります」

 

「そして何より、私は誰よりも爆裂魔法を愛しています! 爆裂魔法のことに関しては、私は誰にも負けたくないのです! だからこそ、この一発は私が撃つべきなんです!」

 

 爆裂魔法をこよなく愛する少女は、これだけは絶対に譲れないと、その目を紅く輝かせていた。

 

 こうなったら何を言っても曲がらないだろうな。こんな切羽詰まった状況だというのに、一体何を考えているのだろう。いや、こいつは爆裂魔法のことしか考えてないか。

 

「……はぁ、分かったよ。お前の話に乗ってやる。今回の作戦の締めはお前の爆裂魔法だ」

 

 まあめぐみんに対して街のためとか、作戦の失敗とか、面倒なことを考えるなと言ったのは俺だ。なら俺ももっとシンプルに、エリスに言われたように仲間を信じて待つとしよう。

 

「ただし、お前に一つ言っておきたいことが……」

 

「言われなくても分かってますよ。いつも通り全力に、ですよね」

 

 俺が言い切る前に、めぐみんは答えを言ってきた。気負った様子は見られない。なら、これ以上何か言うのは無粋という物だ。

 

「それが分かってるなら、俺から言うことは何もないな。よしっ! じゃあ、あのデカブツをぶっ壊してやれ!」

 

「ええ! 今度こそ爆裂魔法の真髄をお見せしますよ!」

 

 どこか嬉しそうに笑うめぐみんは、意気揚々とデストロイヤーに杖を構えた。

 

 

 

 大勢の冒険者達が見守る中、一人の少女と要塞が対峙する。

 

「常世の理よ、反転せよ。天地を返し、現世を逆しまに、永劫の秩序が崩壊せし時、創世の混沌は現出せん」

 

 マナタイトからの魔力を体内に循環させながら詠唱を紡ぐ。一言一句が己が内側に働きかけ、魔力のうねりを一つの魔法に昇華していく。

 

「古きに生まれ、新しきを脅かし者よ。その身に刻め、我が力を刻め。我が力は原初の起こり、終焉の光、万象崩す権能なれば! 汝が敵う道理なし!」

 

 杖先をデストロイヤーの亀裂に向ける。熱により赤く変色した裂け目が大きく口を開けている。

 杖先に収束する光は、最高純度のマナタイトによるものか、常時の彼女が放つそれよりも、さらに強い輝きを放っている。

 

「この魔力は借り物で。我が魔道は道半ば。最強を謳うはあまりに遠い。……だが、それが何だと言うのです! 今はまだ後塵を拝していようとも、いずれは全部超えていきますとも! この一撃はそのための第一歩です! しかとその身に刻むがいい!」

 

 爆裂魔法に魅入られ、それを極めんと突き進む少女は、その目を紅く輝かせ張り裂けんばかりに魔法を唱えた。

 

「『エクスプロージョン』っっっ!!!」

 

 

 




これにてデストロイヤー編はほぼ終わり。次回エピローグ挟んで終幕となります。


正直デストロイヤー戦は前回で綺麗に纏まってるので(作者目線)、後編って乗り気じゃなかったんです。書きたいことは前回に集中してるし、原作と比べて動きに大きな違いはないし。どっかの後書きでデストロイヤー戦をカットしたいとかぼやいてたのはそういう理由があったからです。

だからギャグに振り切りました。胸ネタを三回も使ったのはさすがにやり過ぎた感ある。結構エリス様が身バレしそうな行動してますけどギャグなんで許してください。

ちなみに今回の執筆で一番時間がかかったのは、めぐみん関連が多かったです。中でも爆裂魔法の詠唱は、あそこの百文字程度だけで投稿が1日遅れました。できに関しては深く突っ込まないでくれ。



読んでくださった皆様に深く感謝を。


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この終幕に祝杯を

原作二巻ようやく終わり
サブタイトルはかなり適当。


 時刻は夕暮れ。冬の陽はとうに落ち、闇と静かさが街を覆う中。

 街の一画、冒険者ギルドからは、騒がしい声と光が漏れ出していた。

 

「ぷはーっ! やっぱ一仕事終えた後の酒はうめーなー! しかも今回はデストロイヤーなんていう超大物相手だったから、なお格別だ!」

「報酬金いくら貰えるんだろうねー。これで残りの冬場も、お金のこと気にせずに過ごせるよ」

「一時はどうなるかと思ったけど、終わってみれば万々歳の結果だな。おーい姉ちゃん、今日は奮発して高級シュワシュワ頼むわ!」

 

 デストロイヤーという脅威を討伐した冒険者達は、当然の如く宴会を開いていた。半日前の死んだ空気の作戦会議からは考えられないような盛況ぶりだ。駆け出しのくせにこの街の冒険者達は随分と神経が図太い。

 

「ああ、ようやく来たかカズマ。お前が今日の主役だというのに何処に行ってたんだ?」

 

「遅れて悪いなダクネス。早めに済ましときたい用事があったんだよ」

 

 野暮用を済ませた俺がギルドを訪れるとダクネスが出迎えてくれた。他の冒険者達が既に出来上がっているのに対して、ダクネスはあまり飲んでいないのか素面に見える。

 ちなみに俺の用事というのはサキュバスの店のことである。女神エリスを夢に出さないよう頼みに行ったら、思いの外快諾された。そもそもサキュバスのような弱い悪魔にとって女神は恐怖の象徴らしく、俺が頼みに来なくても男達の要望は断っていたそうだ。

 そんな一番の懸念点が解消されギルドに寄ったわけだが。

 

「それで、あいつらは何やってんだ?」

 

 宴会の一角、そこに集まる人だかりを見ると。

 

「この私が! 我が爆裂魔法が! あの機動要塞デストロイヤーを粉砕したのです! 我が爆裂魔法でなければあんな芸当、到底できなかったでしょうね! どうですか皆の衆、爆裂魔法の偉大さが理解できましたか?!」

 

「「「おおおおっっっ!!!」」」

 

 めぐみんがお立ち台みたく机の上に乗り、意気揚々と自分の今日の活躍を語っていた。その瞳は紅く輝き、言葉にはいつも以上に熱がこもっていた。

 普段なら鬱陶しがる冒険者達も、酒とデストロイヤーを討伐したという高揚感から、やんややんやと騒ぎ立てている。あの空間だけ異様な熱気に包みこまれていた。

 

「いやホント何やってんだ? 今回爆裂魔法が大活躍できて嬉しいってのは分からんくもないが、今日のめぐみんは何か度を超してるっていうか……」

 

「どうやら私が目を離していた隙に、こっそりと酒を飲んでたみたいでな。気付いた時にはあんな風になっていた」

 

 ああ、確かに言われてみれば、めぐみんの顔が赤くなってるのが見える。今まで散々子供扱いされて酒を飲んでこなかったから飲み過ぎでもしたのだろう。今日はもう仕方がないが、やっぱりあいつにはまだ酒は早いようだ。

 

「何? 失敗するのが怖くはなかったか、ですか? 愚問ですね。爆裂魔法は全ての魔法の頂点に位置する魔法です。今回は女神エリスが魔力結界を破りましたが、あれがなかったとしても失敗などあり得なかったでしょうね!」

 

「「「おおおおっっっ!!!」」」

 

 俺の記憶だと作戦直前になってびびっていためぐみんの姿しか思い浮かばない。まあ俺も人にどうこう言えるほど、どっしりと構えていたわけではなかったが。というか他の冒険者達のあのノリの良さは何なのだろう。

 

 まあ百歩譲ってアレはいい。普段より少しオーバー気味ではあるものの、いつも通りのめぐみんだ。周りの奴らも今日は珍しくめぐみんの爆裂バカっぷりを受け入れている。

 問題はもう一人の方なのだが……。

 

「なんで誰もあたしの話を聞いてくれないんだろ? エリス様があんな馬鹿みたいなこと言うわけないじゃん。いや確かに一信徒としてのクリスと女神の隣で話を聞いた人を比べたら、後者の方が話題性とか真実味があるかもしれないけど。それでも普通はおかしいって思うでしょ。おまけにみんなあたしに対してなんか優しい目を向けてくるし……。悪気がないだけ怒るに怒れないし……」

  

「ああ、クリスさん。あんまり飲み過ぎるとお体に触りますよ」

 

 ギルドの一角でクリスはぶつぶつと愚痴を吐きながら酒を煽っていた。本日の彼女の心は荒れ模様、闇落ち日和のご様子で。

 そんな情緒不安定なクリスのせいか、隣で話を聞いてあげているウィズ以外の冒険者達は、少し離れたところで遠目から眺めるように飲んでいる。あそこの空間だけポッカリと穴が空いたように人がいない。

 

「クリスがあんな風になっているのはカズマのせいだと聞いたのだが。その……一体どんな非道なことをやったんだ? 」

 

「期待に満ちた目を向けてくるな、この変態。お前が楽しめるようなことは何もしてないよ」

 

 平常運転のダクネスをあしらいながらクリスの話に聞き耳を立てていると、どうも俺が昼間にエリス教徒に吹聴したあれが原因らしい。クリスはエリス教徒達にあれはでまかせだと言って回ったようだが、当然クリス一人で追いつくはずもなく、どんどん話は広まっていったようだ。

 

「もう周辺の街どころか王都の方にまで連絡したって言うし……。アハハハハ、終わった、あたしの神生……。うう、どうしてこんな事に……」

 

「クリスさんの神生は長いんです。私にはことの重大さは分かりませんが、きっといつかは解決しますよ」

 

「長いからこそ色々と大変なんだけどね……。でもありがとね、ウィズさん。あたしもどうにか頑張っていくから」

 

 後で聞いた話だが、女神エリスが降臨した事は大事件だったらしく、デストロイヤー討伐が終わった後、すぐに魔法や伝書鳩等あらゆる手段で大々的に広められたそうだ。

 さらに余談ではあるが新しいエリス教の教えは、胸の大きさを気にしている女性や、一部の男性など多くの人々に受け入れられ、エリス教の信者はさらに大きく数を増やしたのだった。まあ当の女神本人がそれをどう思うかは知らないが。

 

 

 

 今ギルド内は、普通に宴会を楽しむ者、爆裂道を語る変人、ダークサイドクリスの三つ巴に別れ、混沌を極めていた。当然後者二つは論外なので、俺は普通に宴会を楽しんでいるグループに混ざるつもりだ。

 

「ところでダクネス。何でお前はこんな隅っこで飲んでるんだよ。あれか? 今回あんまり活躍してないから、みんなの輪の中に入るのが恥ずかしかったのか?」

 

「なっ?! 確かにクリスやめぐみん程は活躍していないが、私だってデストロイヤーの上で大量のゴーレム達を相手にしたんだぞ!」

 

「でもあのゴーレム達を倒したのほとんどミツルギだろ。ほら、活躍したって言うならお前が何体倒したか言ってみろよ」

 

「ううう……。さ、三体です……」

 

「サバ読んでんじゃねえよ。その感じだと倒せたのは一体か」

 

「な、何で分かって……。じゃなくて! 見てもないお前が適当なことを言うな!」

 

 雰囲気から当てずっぽうで言ってみたがどうやら当たりらしい。ダクネスにしては良くやったなと思ってしまう辺り、俺の頭はもう駄目かもしれん。

 

「そもそも私は好きで一人で飲んでるんだ。今日の自分の成果を恥じているわけではない。だから私のことは放って置いて、お前も好きに飲んでくるといいさ」

 

「恥ずかしくないって言ってる割には、さっきから顔が赤いような……」

 

「あ?」

 

 ドスの効いた声が返ってくる。これ以上追及すると拳が飛んできかねないのでさっさと退散した。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 その後、馴染みの冒険者達と騒いだり、めぐみんに捕まり爆裂講釈を延々聞かされたり、クリスの機嫌が収まるまでぐちぐちと文句を言われたり、色々とあった。そうして宴会のピークも過ぎ、冒険者達は一人、また一人と帰っていく中。

 

「あ〜、頭がグルングルンするんじゃあ〜」

 

 私こと佐藤カズマは酔いに酔っていました。

 はい、調子に乗って飲み過ぎました。ちょっと周りからおだてられて、次から次へとジョッキを傾けていたらこんなことに。いやだって、デストロイヤーを倒せたのはお前のおかげだとか、カズマコールとかされたらね。期待に応えたくなるじゃん。

 結果、断れない日本人体質がいかんなく発揮され、近年のアルハラ問題がいかにして起きるかを身をもって体験することとなった。

 

「あ、カズマ君だ〜。ねえ、あたしもう歩けないからおんぶして〜」

 

「ダメですよ〜、クリス。カズマの背中は私の席なんですから〜」

 

 立ち上がるのも億劫なので机に突っ伏していると、先程ようやく機嫌を直したクリスが俺の背中にもたれかかってきて、さらに後ろからめぐみんまで参戦してきた。そうして美少女二人が俺の背中の取り合いをする、中々に素晴らしいシチュエーションが完成した。

 言動から察するに二人ともかなり酔っているようだ。酔った女の子が大胆になるって男の幻想じゃなかったんだな。

 

「おいおい、カズマさんは一人しかいないんだぞ。気になる相手を独り占めしたくなる気持ちは仕方がないが、俺のために争うのはやめてくれ」

 

「「?」」

 

 二人から何言ってんだこいつ、という視線を感じる。ハハハ、この恥ずかしがり屋さん達め。素直じゃないんだから。

 だがいかんせん二人とも胸がアレなので背中の感触が寂しい。できればもう少し胸を押し付ける感じで争ってくれないだろうか。

 

「む〜? よく分かりませんが、カズマが良からぬことを考えてますね。クリス、やっておしまいなさい」

 

「あいあいさ〜。えいやっと」

 

「グエッ?!」

 

 めぐみんの号令によりクリスの腕が俺の首に回ったかと思うと、一気に締められた。人体の急所である気管が圧迫され、反射的にカエルの鳴き声みたくえずいてしまう。いわゆるチョークスリーパーをかけられたわけだ。

 だがそんな首の圧迫感とは別に背中に控えめな膨らみが押しつけられる。技をかけるためにクリスが密着したことにより、意図せずして俺が望んだ状況になったのだ。

 

「ふふふ、カズマ君が昼間のことを反省したって謝るなら止めてあげても……。ねえ、何でちょっと嬉しそうな顔してるの?」

 

「どうしたんですかカズマ、気持ち悪いですよ。ダクネスの病気が移りましたか?」

 

 二人の若干引いている声を無視して背中に全神経を集中させる。押しつけられているとはいえ、クリスのそれはフラットチェスト。意識しなければ凹凸は認識できないのだ。

 だが意識さえすれば、慎ましやかな膨らみを感じることができる。それはまるで天にも昇るような至福な感覚をもたらしてくれる。

 ……あ、これ違う。首極まってるからマジで意識飛びそうになってるだけだわ。

 

 

 

「他の冒険者達はどんどんと帰っていってるのに、お前達は一体何をしているんだ」

 

 俺が天国と地獄の狭間を彷徨っていると呆れ顔のダクネスが現れた。

 クリスに俺の顔が青くなってきているのを伝え、チョークスリーパーを止めるよう諭した。俺としてはもうちょっとこのままでも良かったのに。

 

「まったく。馬鹿なことをやってないで早く帰るぞ。お前達も今日は色々あって疲れただろう」

 

 ダクネスの言う通り、今日はデストロイヤーの作戦会議に始まり、二転三転とした討伐作戦やいかれた日本人研究者など、疲れることが多すぎた。酒が入ったこともあり今すぐにでも寝てしまいたくなるほど瞼が重い。だから……。

 

「そうだな、確かに疲れてる。じゃあ俺もうここで寝ることにするわ。明日の朝には帰るからよろしく頼んます」

 

 だから今日は酒場で一晩過ごすことにした。

 いやだって、今から家まで歩くのめんどくさいし。というかもう立つのもかったるいし。それならもうここで寝ちゃえばいいかなって。

 人間、睡魔には抗えないものだ。

 

「じゃあ今日はあたしもここで寝る〜。お休みね、ダクネス」

 

「右に同じくです。ダクネスは一人寂しく帰ってくださいね」

 

 クリスとめぐみんも俺と同じ気持ちのようだ。机に突っ伏したり、長椅子に堂々と寝っ転がったりしている。

 

「馬鹿者、そんなことをしたらギルドの職員達の迷惑になるだろう。それにだ。お前達だってこんな固い場所より家のベッドで寝る方がいいんじゃないのか?」

 

 む。確かに我が家の柔らかベッドに包まれる方が俺としても望ましい。

 でもなぁ。マジで立つのも面倒くさいんだよなぁ。

 今が楽ならそれでいいじゃない、が俺の基本スタンスだ。誰かが運んでくれるならともかく、自分から動くことはありえないだろう。

 

「……はぁ。お前達がどうしても動きたくないということはよくわかった。だがギルド側に迷惑をかけるわけにもいかないし……。そうだ、私がお前達を背負って帰るというのはどうだ? それなら文句はないだろう?」

 

 一向に動こうとしない俺達三人を前にして、ダクネスは大きく溜息を吐きながら提案してきた。まあ楽ができるならと俺達三人はそれを了承した。

 そうして俺達をおんぶするために屈んだダクネスの背に、まず一番重い俺、次にどこでもいいクリス、最後に天辺は譲れないめぐみんの順で乗っていった。バランスを崩して落下しないようバインド用ワイヤーで体を固定する。

 これで準備完了。後はダクネスが俺達を持ち上げるだけだ。

 …………いや、冷静になって考えてみると三人おんぶして帰宅とかできるわけなくね?

 

「ふんっ!」

 

 そんな俺の予想を裏切り、ダクネスは掛け声と共に俺達三人を背負ったまま立ち上がった。

 クリスやめぐみんの体重がどれくらいかは知らないが、装備等合わせると少なくも三人で百五十キロはあるはずだ。それを事も無げに持ち上げるダクネスの筋肉はどうかしてる。

 

「うぉっ?! マジで持ち上げられるのかよ。お前まるでゴリラみたいだな」

 

「……カズマ。そのゴリラというのが何かは知らんが、私を侮辱してるならお前だけ置いて帰るぞ」

 

「……馬鹿やろう。世間知らずのお前は知らないんだろうが、ゴリラさんは森の賢人と呼ばれる凄い動物なんだぞ。だから人をゴリラって呼ぶのは尊敬の意を表していて、お前なんかにはもったいなぐらいの敬称なんだ」

 

「そ、そうなのか。すまない、早とちりをしてしまった。……そうか、賢人か。じゃあこれからは、皆からゴリラクルセイダーと呼ばれるよう頑張りたいものだ」

 

「お、おう……いい目標だと思うぜ」

 

 笑い声が出そうになるのを必死に抑えながら返答する。今笑ったらさすがのダクネスでも言葉の意味を訝しんで詰問してくる。そうなった先は想像に難くない。Kazuma Must Die の未来が待っている。

 とりあえずダクネスがアホなことを言い回らないうちに、今度それとなく本当の意味を伝えておこう。

 というかこの世界にゴリラっているのだろうか。俺の背中でクツクツと必死に笑いを堪えてる女神様は知っているようだが。

 

 

 

 ダクネスは俺達三人を平然と背負ったままギルドを出て、帰りの道を歩いていく。側から見たら変な四人組だ。まあ通行人が少ないから気にする必要もないだろうが。

 

 

「それで、三人とも何か問題はないか。要望があるなら出来る限り善処するが?」

「ダクネスの鎧が固くて痛いから脱いでくれないか。鎧を脱ぐのと一緒に薄着になってくれればなお良しだ」

「あたしは特にないかな。……あ、でも、もうちょっと速く歩けたりする? あたし今日は疲れたから早く寝たいよ」

「一番上だからか揺れが凄いですね。もっと繊細に歩けないんですか、まったく」

「……好き放題言ってくるなお前達は。あんまりわがまま言うと適当な路地に置いていくぞ」

 

 

「それにしても一番上を陣取るのは悪くありませんね。三人を従えてるみたいで気分がいいです」

「なんで俺らがお前の下っ端扱いされなきゃならんのだ。こんなのただの体重順だろ。下が重くて上が軽い。ただそれだけだ」

「一応年齢順でもあるかな。今のあたしの姿はカズマ君より一つ二つ年下くらいの年齢だからね」

「なるほど。じゃあ纏めると、ダクネスはこの中で一番下っ端で、一番体重が重くて、一番歳食ってるってことなるのか」

「…………なあ、年齢のことや下っ端扱いはそこまで気にしないのだが。その、一人の女として一番体重が重いとかはあまり言ってくれるな……」

 

 適当な話題を話しながら帰路に着く。そうしている内にみんな眠くなってきたのか段々と口数が減っていく。

 こうして人におんぶしてもらうなんて十数年ぶりだとは思うが、案外悪くないものだ。体重を預けているからか妙な安心感があり、一定間隔の揺れは心地よく自然と目蓋が重くなっていく。

 誰かが何か喋っているがもう内容もよく分からない。俺は自らの内から溢れる欲求に身を任せて目を閉じた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「三人とも寝てしまったのか……? なら起こさないよう慎重に歩かないとな」

 

 背中から三人の寝息が聞こえてくる。こんな不安定な状態でよくもまあ眠れるものだ。不意に落ちてしまいそうで怖くはあるが、酔って騒いでいる時よりは運びやすくて助かる。

 私達の家に向かって歩いていく。街灯と家屋からの灯りがほのかに道を照らし、家の中からは子供だろうかはしゃぐような声が聞こえてくる。

 いつも通りの帰り道。だが私が守りたかったものが確かにここにある。

 

 酒場での冒険者達の姿を思い出す。彼らも私が守るべき領民だというのに随分と無理をさせてしまった。まあ酒場で馬鹿みたいに騒いでいた姿を見るに、そんなことはまったく気にしてないのだろう。

 そんな彼らを眺めているのが楽しくて、先程はつい一人で過ごしてしまった。

 

 そして背中で寝息を立てている三人。

 カズマがいなければあれだけの冒険者達は集められなかったし、エリスやめぐみんがいなければデストロイヤーを止める術はなかった。この三人がいなかったら今頃この街は地図から姿を消していただろう。

 

「私は仲間や友人に随分と恵まれたな」

 

 元はと言えば私一人のわがままだったのに、三人は懸命にそれを形にしてくれた。本当に、感謝の念が堪えない。

 彼らに比べて私は大したことはできなかった。ただただ思いだけが先行して何も成すことができなかった。仲間の一人として恥ずかしいばかりだ。

 だから今、こんな風に彼らを背負っていることを嬉しく思う。まるで彼らに頼られてるみたいだから。まあ当然、こんな些細なことで彼らの頑張りと釣り合いが取れてるはずもないのだが。

 今回の恩はこれから先、私が彼らの助けになれるよう頑張ることで返していこう。誠意には誠意で返す。助け合いこそが冒険者仲間にとって大事なことなのだから。

 

「そういえばまだお前達に礼を言っていなかったな。みんな。街を守ってくれて、ありがとう」

 

 誰に聞かせるでもなく、私は一人感謝の言葉を呟いた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 デストロイヤー迎撃戦から数日後。

 冒険者ギルドには大勢の冒険者が集まっていた。彼らが集まった理由は他でもない。ギルド側のデストロイヤー関連の事後処理が終わり、今日ようやくその賞金が冒険者達に配られるのだ。待ちに待たされた冒険者達は、欲望に駆られた目をギラギラとさせている。

 大物賞金首機動要塞デストロイヤー。散々国を荒らし回ったそれは、当然多額の懸賞金がかけられていた。その額なんと三十億エリス。魔王軍幹部にかけられた額の実に十倍である。冒険者達が期待するのも無理からぬことだ。

 俺もその例に漏れず、かなり期待している。なにせ俺は今回の討伐作戦において、名目上ではあるものの作戦の立案からその指揮など多方面で活躍したのだ。報酬の方にもきっと色を付けてくれるに違いない。

 今回の報酬でようやく借金が返済できるだろう。思い返せば理不尽な出来事ではあったが、終わってみればあっけないものだ。借金を返し終わったら今度こそ真っ当な冒険者ライフを送るとしよう。

 

 そんな俺の淡い期待はあっけなく崩れ去る。

 二人の騎士を引き連れた黒髪の女が唐突にギルドに現れたかと思うと、俺を厳しく睨みつけ名指しで用件を伝えてきた。

 

「冒険者、サトウカズマ! 貴様には現在、国家転覆罪の容疑が掛けられている! 自分と共に来てもらおうか!」

 

 俺の冒険者ライフの明日はどっちだ?

 

 

 

 




ようやく二巻部分が書き終わりました。
だいたい同じ時期に始めた他の作品がアルカンレティアとか紅魔の里に行ってるのにまだ二巻です。我ながら執筆速度の遅さに笑いが出る。まあここまで差が開くと気にするのも馬鹿らしくなってくるので今後もマイペース投稿でやっていきたいと思います。

というわけでデストロイヤー戦エピローグでした。
エリスやめぐみんとのやり取りはデストロイヤー戦前後半でやってたので、今回はダクネスに重点おいて書きました。
正直三人が酔ってからおんぶまでのシーンは展開に違和感ありありなんですが、ダクネスの独白とゴリラクルセイダーをどうしても入れたくてああなりました。

今回もクリスの胸ネタを使ってしまった。あんまり多用すると飽きが来るので今後は出来る限り封印していく所存です。

何故かカズマさんが指名手配されてますね。だけどエリス様は絶対に失敗しないって確約したからきっと誤解だよね。
次回「カズマ、捕まる」 こうご期待。

読んでくださり深く感謝。


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この理不尽な取り調べに断固抗議を

うろ覚えで振り返るこのすばエリスルート
前回までのあらすじ

1.き、機動要塞デストロイヤー……。もうダメだ、おしまいだぁ。勝てるわけないんだぁ。

2. 諦めんなよ! どうしてそこでやめるんだ、そこで!! もう少し頑張ってみろよ! ダメダメダメ! 諦めたら! できる! 絶対にできるんだから!

3.エクスプロージョン。

4.わー、勝ったー。嬉しー。宴会だー。

5.あなたを犯人です。

テテーン



「……眠れねえ」

 

 時刻は深夜、俺は毛布に包まって寒さに身を縮ませながら一人ごちっていた。

 今の季節は冬真っ只中。外では雪が降り積もっており、毛布を二、三枚はおった程度ではこの寒さは防げない。まあ俺がいる部屋は、窓にガラスが嵌められてなかったり、壁の一面が鉄の棒を等間隔に並べただけだったりと、とても開放的な空間なので当然のことではあるが。

 おまけに睡眠時のマットレスは石材百パーセント。異世界に来て悪環境での睡眠には慣れてきたものの、さすがに石造りの床で寝るのは堪える。馬小屋のワラベッドですら恋しく感じる。

 近くで俺と同じ境遇のダストがいるのだが、あちらはこの状況に慣れているからかグースカと寝息を立てている。幸せそうな寝顔をして羨ましいものだ。

 

 あまりの眠れなさに体を起こし、ふと窓の外を見ると月が顔を覗かせていた。

 手を伸ばせば届きそうなそれは、けれど決して届かない所にいる。どれだけ思いを募らせようとそれが叶うことはない。距離的な問題ではない。単に手を伸ばそうにも鉄格子によって隔てられているからである。

 ……なんで俺はこんな阿呆なこと考えているのだろうか。この部屋に拘留された不安で頭がおかしくなったのかもしれない。

 

「はぁー……。なんでこんなことになっちまったのかな……」

 

 冷たい牢獄の中、溜息と共に昼間の出来事を思い返してみた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「冒険者、サトウカズマ! 貴様には現在、国家転覆罪の容疑が掛けられている! 自分と共に来てもらおうか!」

 

 デストロイヤー討伐から数日後。

 他の冒険者達と同様にギルドに報酬を貰いに来た俺は、何故か犯罪者呼ばわりされていた。

 

「あの、急に何ですか? 確かに俺の名前はサトウカズマですけど、そんな国家転覆罪だーとか言われてもいまいちピンと来ないんですけど? 人違いとかじゃないですか?」

 

「いいや! 確かに貴様への要件だ!」

 

 出会って五秒で犯罪者認定してきた女性、黒髪でどこかきつめの印象を受ける彼女が詰め寄って来る。その様子を見るにどうやら勘違いとかではなさそうだ。

 というか唐突に出てきたが、国家転覆罪とはなんぞや。

 

「国家転覆罪ってのはその名の通り、国に対して大きな犯罪を犯した人にかけられる罪だよ。具体的には王族に危害を加えた人だったり、魔王軍との内通者だったりとかかな」

 

 俺が不思議そうな顔で突っ立っていたからか、後ろから顔を出してきたクリスが教えてくれた。そして彼女は俺をかばうように前に立ち、相手を威嚇するように睨みつけた。

 

「それで。どうしてカズマ君がそんな罪をかけられなきゃいけないのかな? あたしは仲間だから贔屓目が入ってるだろうけど、カズマ君はそんな非道なことをする人じゃないよ。罪を問うならまず何があったか説明してからじゃないかな」

 

「クリス……」

 

 どうやらクリスは俺のために怒ってくれているようだ。少し過大評価な気がするけども素直に嬉しく思う。

 だが相手の女性はそういった手合いには慣れているのか臆すことなく返答してきた。

 

「そうですね、では順序立てて説明しましょうか。私は王国検察官のセナと申します。さて今回の罪状ですが、機動要塞デストロイヤー討伐作戦の際にそこにいるサトウカズマの指示で転送されたコロナタイトが、この町の領主であられるアルダープ殿の屋敷に被害をもたらしました。幸い怪我人は出ませんでしたがこの地域の領主を危険にさらしたのは事実です。よってその男を国家転覆罪の重要参考人として連行します。これで十分ですか?」

 

 セナと名乗った検察官は淡々と俺の逮捕理由を語った。しゃべり方は何処か突き放すような冷たさがあるものの、内容としては至極まっとうに思える。

 ……というか今回の騒動ってあの時のコロナタイトが原因なのか?

 

「へ、へー。コロナタイトが領主の屋敷にねー。ふーん、そうなんだー」

 

 隣にいるクリスは先程までの毅然とした態度は何処へやら、冷や汗を流しながらぎこちない表情をしている。

 

「……なあクリス。確かコロナタイトをテレポートさせる時にお前言ってたよな。『これに関しては自信があります。絶対にうまくいきますよ』って」

 

「……そんなこと言ったかな?」

 

 フィッとあからさまに目を逸らすクリスさん。もう一度、俺の目を見て言ってくれませんかね。

 

「おい誤魔化すな! お前は幸運値が高くて大抵のことはうまくいくんじゃなかったのか?! なのになんで領主なんていうめんどくさそうな相手をピンポイント爆撃するんだよ?!」

 

「そんなこと言ったって仕方ないじゃない! 結局は運なんだから、幸運が高くたって失敗する時はあるんだよ!」

 

「開き直るなよ! そもそもお前はアレだろ! 幸運のアレなんだろ?! だったらランダムテレポートの一つくらい成功させてくれよ! それともお前は名ばかりのなんちゃってなアレなのか?!」

 

「アレアレうるさいよ! あたしは歴としたアレだよ! アレが何かは言えないけど由緒正しきアレなんだから! そもそもあの時はカズマ君だってノリノリで賛成してたじゃん!」

 

 

「……あの、私が言うのもなんですが、少し落ち着いてはどうですか?」

 

 俺とクリスが責任転嫁の口論をヒートアップさせていると、見かねたセナが仲裁をいれてきた。本来抗議するべき相手に諭され、俺とクリスは少し顔を赤くする。

 そうだ。今は仲間内で言い争いをするより、どうやって弁明するかを考えるのが先だ。

 

「なあ、セナさんだっけ? コロナタイトのテレポートを指示したのは確かに俺だけど、あれは状況的に仕方なかったんだ。爆発まで時間がなくて被害を出さないためにはああするしかなかったんだよ」

 

「ですが領主殿の屋敷に被害が出たのは事実です。そもそも危険物のテレポートは法により禁じられています。まあそこら辺の詳しい話は署で聞きましょう」

 

 そう言うとセナは後ろに連れていた騎士に命じて、俺の腕に手錠をガチャリと……。

 

「ちょっと待って! まだカズマさんの弁明タイム終わってない! こんな相手の話も聞かずに無理矢理連行だなんて国家権力の横暴だ!」

 

「暴れないでください! その弁明を署で聞くと言ってるじゃないですか!」

 

「ま、待っててカズマ君、今あたしの解錠スキルで手錠を外すから!」

 

「ちょっ?! そっちの盗賊の人も手錠を外そうとしないで! このっ、いい加減にしないとあなたもしょっぴきますよ!」

 

 俺とクリスが理不尽な国家権力に抵抗していると、それを遮る何者かが現れクリスを取り押さえた。こんな緊急時に一体誰が邪魔をしてくるのかと見ると、ダクネスがクリスを拘束していた。

 

「二人共、取り乱す気持ちは分かるが少し落ち着け。理不尽に思うかも知れないが、今は相手の指示に従って……」

 

「バッカお前! どうしてこのタイミングで邪魔してくるんだよ! お前が手伝えば逃げられたかもしれないのに! そんなことも判断できないのかこのポンコツ!」

 

「そうだよ、どうしてこんなことするのダクネス! もしかしてあの手錠?! あの手錠が欲しかったの?! それなら言ってくれれば後で渡すから!」

 

「違う! 手錠が欲しいだなんて思っては……思ってはいない! 後牢獄プレイが羨ましいから代わって欲しいだなんてことも思ってない!」

 

 思ってないならどうして口に出すのだろうか。

 ダクネスは軽く咳払いをして落ち着きを取り戻すと、納得がいってない俺達に理由を説明してきた。

 

「たとえここで逃げられたとしてもそれで助かるのは今だけだ。相手はこの国の司法だぞ。ギルドで指名手配されれたら、今後クエストを受けることも、何処かに定住することも難しくなる。なら今は大人しく指示に従って印象を悪くしないよう努めた方が後々のためになる」

 

「……言われてみれば、確かにそうだね」

 

「……ダクネスにしては説得力ある言葉だな」

 

「おい、殴られたいのか貴様は」

 

 俺とクリスはダクネスの説明に納得して抵抗の手を緩めた。

 短気なめぐみんは『何をぬるい事言ってるんですかダクネスは。そんな面倒なことをせずとも今爆裂魔法で吹き飛ばしてしまえば万事解決で……』と物騒なことを言っていたので周りの冒険者達から取り押さえられていたが。

 

「分かった、ダクネスの言う通りにするよ。じゃあセナさん、俺を連れて行ってください」

 

 冷静になった俺は抵抗するのを止め、素直についていくことを伝えた。

 今回のことは事故のようなものだ。甚だ不本意ではあるが大人しく連行されるとしよう。しっかりと説明すれば相手も分かってくれるだろうし、少しくらいなら不自由な生活も平気だろう。

 そんなどこか楽観的な考えをしていると、周りにいた冒険者達の話し声が聞こえてきた。

 

「すごいなカズマの奴。国家転覆罪なんて最悪死刑になるかもしれないってのに、あんなにも落ち着いてるぜ」

「おまけに相手はあのアルダープだろ。俺あいつのことは悪い噂しか聞かないんだよな」

「絶対ロクなことにならないのにね。なんなら権力使って問答無用で処刑もありえるのに。カズマってば案外肝が据わってるわね」

 

 

「…………」

 

 

「協力感謝します。では署の方まで案内を……」

 

「嫌だぁああああああ! おうち帰るぅうううううう!」

 

 俺は全身全霊、力の限り抵抗した!

 

 

  --------

 

 

「……うん、なんかすげえみっともないことした気がするけど、全部理不尽な国家権力が悪い」

 

 あの後、必死の抵抗をした俺は騎士達に取り押さえられ、無理矢理警察署まで連行された。牢屋に入れられ、セナは詳しい話は明日聞くと言い残して去っていった。去り際に見せたあの呆れ顔は俺が二度も逃亡しようとしたからだろうか。

 それから少しして、軽犯罪で捕まったダストが同じ牢屋に入れられた。獄中でやることがない俺達は、他愛もない話をしたり、飯の奪い合いをしたり、毛布の争奪戦をしたりして時間を潰した。

 ちなみに夕飯の争奪戦は俺がジャンケンで勝利を収めるも、ダストが難癖をつけてきて口論となり、結局看守に飯を半分没収される結末に。争いは何も生まないと身をもって知ることとなった。その一時間後にまた同じようなことをして毛布も何枚か没収されたが。

 

 その後、就寝しようとするも寒さや悪質な睡眠環境、明日の取調べに対する緊張のせいで寝付けず、今に至るというわけだ。  

 それにしてもデストロイヤー討伐で多額の報酬をもらえると期待してギルドに行けば、何故か捕まり牢屋に投獄。街を救ったヒーローから犯罪者への成り下り。正直、落差が大きすぎて未だに現実味がない。

 

「夢だったりは……しないよな」

 

 目の前に並ぶ鉄格子から感じる冷たさは本物だ。丈夫なつくりをしたそれは、俺みたいな貧弱冒険者にはとても壊せそうにない。そも壊せたとしても、それは俺が罪を認めたと言いまわるようなものだ。

 国の司法相手にいつまでも逃げられるとは思わない。結局、俺に残された道はダクネスが言っていたように、自分の立場を悪くしないよううまく立ち回るしかないのだろう。

 なんにせよ明日にならないと詳しい状況も何も分からない。今日は大人しくこの獄中でどうやって寝るかだけを考えよう。

 現状を振り返りやるせない気持ちの中、横になろうとすると。

 

 

「おーい、カズマ君。元気してる?」

 

 牢屋の外、鉄格子の先の廊下から聞きなれた声が囁かれる。

 声の元を辿ると、薄暗い闇の中、窓の外から差す月明かりを反射して淡く光る銀髪がたなびいていた。

 

「クリスッ?! お前何でこんな所に?!」

 

「しーっ、静かに。そんな大声出してると看守の人達に聞こえちゃうよ」

 

 そこには口元に指を立てて、してやったりと笑みを浮かべるクリスの姿があった。

 彼女の格好は黒シャツ、黒スパッツと闇に溶け込むために全身黒で統一されていた。首に巻かれた布は身バレを防ぐために口元を隠すためのものだろう。だが髪だけは隠す気がないのかそのままで、その銀髪のショートカットはいつも以上に目をひきつける。まるでこれこそが自分のトレードマークだと主張しているかのようだ。

 

「どうやってここまで来たのかは……。まあ見ての通りって感じか」

 

「ふふふ、君の想像通りだよ明智君。潜伏、解錠、敵感知スキル等々、邸内への潜入こそ盗賊職の花ってもんだよ」

 

「問答無用な犯罪行為をそんな自信満々に言われてもな。それと俺は明智君じゃなくてカズマ君だ」

 

「もう、ノリが悪いね君は。こういうのが通じるのは日本人の君くらいなんだから、少しは乗ってくれたっていいじゃない」

 

「無茶言うな。現代っ子の俺にそんな古臭いノリが分かるわけないだろ」

 

「……え? 古いの、怪人二十面相?」

 

「……古いぞ、怪人二十面相」

 

 俺の返答に衝撃を受けたのかクリスは固まってしまった。おそらくジェネレーションギャップを痛感しているのだろうが、俺としてはクリスが昭和の書籍を知っていることの方が驚きだ。

 

「まあ、そんなことは置いといて。脱獄の手引きでもしに来たってところか? 確かに二人で潜伏使ってれば、ばれずに逃げられそうではあるけども。俺としてはあんまり気乗りしないぞ」

 

「うーん、確かにそれも面白そうではあるけど、後で絶対ダクネスに怒られるよね。そもそも根本的な解決にはならないし。あたしの今日の目的はカズマ君の様子見と、後は……はいコレ、差し入れ」

 

 クリスはどこからか取り出した袋の中をゴソゴソとあさり、小さめのバスケットを手渡してきた。それを開けると中にはサンドイッチやおにぎりなど手軽に食べれるものが詰められていた。

 

「おおっ、食い物かっ! ちょうど腹減ってたから助かるよ!」

 

「そんなに喜んでくれるなら持ってきたかいがあるよ。でももう少し静かにしないとホントに看守の人が来ちゃうってば」

 

「悪い悪い」

 

 適当に返事をしつつ早速サンドイッチにかぶりつく。挟んであるカエル肉とレタスの相性はバツグンで、チリソースみたいな少し辛めの味付けは冬場の寒さにちょうどいい塩梅だ。

 次におにぎりを食べる。具材は焼いた魚ということしか分からないががこれもうまい。米を食うとどこか安心するのはやはり俺が生粋の日本人だからだろうか。

 俺が黙々と食事をする中、クリスは床に座りながらしげしげとそれを眺めていた。

 

「美味しそうに食べるねー。余ったら明日の朝ごはんにでもしようと思ってたけど全部なくなりそうだよ。刑務所のご飯ってやっぱり臭い飯って言うだけあって、食べる気にならないような物だったの?」

 

「いや、いたって普通の飯が出てきたぞ。なんなら借金生活当初の俺の飯より随分と立派だったな。腹減ってたのは後ろで寝てるダストと夕飯のおかずをかけて勝負して、それに怒った看守が没収してきたからだよ」

 

「……つまりは自業自得ってことだよね。君って人は捕まってるのに落ち着きってものがないの? なんか心配して損した気分だよ」

 

 心配そうにしていた目がジト目へと変わる。

 正直ハメを外しすぎたのは認める。だが牢屋に入ってナイーブだった所にダストという知り合いが現れたのだ。俺の行動にも仕方がない部分があると思う。だからそんな目で見ないでください。

 

「そ、そういえば、めぐみんやダクネスはどうしてるんだ? 俺がいないからって変なことはしてないよな?」

 

 俺は話題を変えるために、ここにいない二人のことを尋ねた。

 

「めぐみんは『爆裂魔法で牢ごと警察署をぶっ壊してカズマを救出しましょう。大丈夫です、悪運の強いカズマならどうにか生き延びますよ』って言ってたよ」

 

「いや、さすがに爆裂魔法を撃たれたら悪運関係なく消し飛ぶんだが。あいつこそテロリストとして牢屋に入れるべき人間なんじゃないのか?」

 

「あははは……。めぐみんも口で言うだけで実際に爆裂魔法を撃つわけじゃないから。……たぶん……」

 

 ここではっきりと断言できないのがめぐみんクオリティ。ノリで爆裂魔法を放つ彼女に今まで何度手を焼かされてきたことか。

 

「ダクネスは一端実家に帰ったよ。なんでもカズマ君の罪状について調べたいことがあるんだってさ」

 

「それは助かるな。……ん、でもなんで実家なんだ? 調べ物するのにわざわざ帰る必要あるのか?」

 

「んー、あたしは理由を知ってるんだけどね……。まあそこら辺の話はダクネス本人から聞いて。あの子にも色々とあるんだよ」

 

 クリスは何か意味深な言葉を残してそれ以上のことは喋らなかった。

 ダクネスは世間知らずのポンコツ無愛想ドM変態クルセイダーと属性過積載なのにまだ何か積み上げる余地があるのか。正直何が来てもこれまで以上のインパクトはないので近い内に教えてほしいものだ。

 

 

「それにしても、二人がちゃんと俺のことを心配してくれてるだなんて意外だな。てっきりトカゲの尻尾みたく切り捨てられるかと思ってたよ」

 

「もう、なんでそんな捻くれた考え方するのかな。ホントはちょっと嬉しいって思ってるくせに。カズマ君ってば素直じゃないんだから」

 

 クリスはニヤニヤとした顔でこちらを見つめてくる。

 何を勘違いしているのかは知らないが、別に俺はそんなテンプレートなツンデレキャラじゃない。投獄されてナイーブなところに仲間が心配してくれていると聞いて、ちょっと来るものがあったなんてことは断じてない。

 名誉毀損の報復としてその緩んだ頬を引っ張ってやろうと思ったが、今は鉄格子が邪魔で不可能だ。悪運の強い奴め。

 

「でもカズマ君が元気そうでよかったよ。それじゃ、あたしはそろそろ帰るね」

 

 クリスは空になったバスケットを俺から受け取ると、ポンポンと土を払いながら立ち上がった。

 クリスが帰ると知り、胸中に一抹の寂しさを覚える。もう少し話していたかったが、彼女もいつまでもここにいるわけにはいかないのだ。

 

「そんな寂しそうな顔しないの。また明日も差し入れ持って来るからさ」

 

「別に寂しいなんて思ってねーし。ほら、俺はもう寝るからお前もとっとと帰れ。看守の見回りが来ても知らんぞ」

 

「そうだね。それじゃあ最後に少しだけ」

 

 そう言うと、クリスはその場に屈みこみ俺と目線の高さを合わせてくる。そして優しげな声で。

 

「君は今回のことで悪いことなんて何一つしてないんだよ。君は街のために頑張っただけ。君は君自身の行いに誇りを持っていいんだ。だから不安に思うことも何一つない。もし君を悪者だって言う人がいても、あたしは絶対に君の味方だよ」

 

「……わかった、わかった。サンキューなクリス」

 

「うん、じゃあまた明日。おやすみカズマ君」

 

 クリスは俺の愛想のない返事に苦笑しつつ、別れの言葉を残して闇の中へと消えていった。

 

「……寝るか」

 

 腹も適度に膨れ、眠気を誘われた俺はもう一度毛布に包まった。床に寝っ転がりながら、先程クリスに言われた言葉を思い返す。

 別に今回の件で俺に非がないことなど言われずとも理解している。ただそれでも、味方でいてくれるというあの言葉は素直に嬉しかった。めぐみんやダクネスも俺を心配してくれている。いつのまにか牢獄にいる孤独感は無くなり、心の片隅にあった不安は霧散していた。

 今度はよく眠れそうだ。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「おい起きろ! 取り調べの時間だ! いつまで寝ているんだ貴様は!」

 

 翌朝、惰眠を貪っていた俺はセナに叩き起こされ、警察署内のある一室に連れていかれた。

 そこは部屋の中央に机があり、向かい合うように椅子が置かれていた。部屋の隅にも机が置かれており、紙とペンが備え付けられている。

 どう見ても取り調べ室なその部屋に、俺とセナと騎士二人が入室する。俺とセナは中央の机で向かい合うように座った。そして騎士の一人は部屋の隅で調書を、もう一人は俺の背後に立ちすぐに取り押さえられるよう立っている。

 向かいに腰掛けているセナが小さなベルを机に置く。

 

「これが何か知っていますか? この様な場所や裁判所でよく使われる、噓を看破する魔道具です。この部屋の中に掛けられている魔法と連動し、発言した者の言葉に噓が含まれていれば音が鳴ります。隠し事は万が一にもできないと思ってください」

 

 セナの言葉にゴクリと唾を飲み込む。圧迫された空気に嘘発見器を用いた取り調べ。失言には気を付けなければいけない。

 そうした緊張の中、俺の取り調べは開始された。

 

 

「サトウカズマ。十六歳。職業は冒険者、と。ではまず出身地と、冒険者になる以前に何をしていたのかを教えてください」

 

「出身地は日本です。そこで、学生をしていました」

 

 ━━━チリーン。

 ……あれ? 何で早速ベルが鳴るんだ? 普通に答えただけなのだが。

 

「あの、先程も言いましたが発言に嘘が含まれているとベルが鳴りますので、返答は嘘偽りなくお願いします」

 

「いや、別に嘘をついたわけじゃ……」

 

 ━━━チリーン。

 

「「…………」」

 

 再び室内に鳴り響くベルの音。

 俺とセナの間に沈黙が流れる。

 どうして今の二つの発言で魔道具が嘘を感知したのか。俺は考えに考えた末、ある一つの考えに至り言葉を変えて発言してみた。

 

「……出身地は日本で、毎日家に引き籠り自堕落な生活を送っていました」

 

 ━━━━━━━。

 

「「…………」」

 

 今度こそベルは鳴らなかった。

 それと同時に俺とセナの間に先程とは別の意味の沈黙が流れる。先程は何度も鳴るベルに対しての気まずさによる沈黙で、今回のは軽い軽蔑の視線が混じった沈黙だ。

 

「ええっと、では次の質問ですが……」

 

 どうにか気を取り直したセナは次の質問へと移った。

 しかしその後も。

 

 

「普段から剣の鍛錬に励み、より強いモンスターを討伐して人々のためになるよう……」

 ━━━チリーン。

「……普段はクエスト以外じゃ剣なんて触りもせずにぶん投げてます。強いモンスターなんて関わりたくもないので、楽で儲けの良いクエストを毎日必死になって探してます」

 

「魔王軍幹部のベルディアと戦ったのはアクセルの街の住人の一人として当然のことでして……」

 ━━━チリーン。

「……別に街なんか放っておいてさっさと逃げたかったんですけど、周りの雰囲気がそれを許してくれなくて。後、ベルディアが街に来たのはうちのパーティーの仲間のせいで後ろめたかったのもあります」

 

「領主の人に恨みなんて抱いてません。借金が出来たのは全部俺の責任で……」

 ━━━チリーン。

「……正直なんで俺が借金背負うんだよ。ふざけんなよって思ってました。友人との酒の席でさっさとあのクソ領主死なないかなーとか言ってました」

 

 ━━━チリーン。

 ━━チリーン。

 ━チリーン。

 

 

 

「「……………」」

 

 質問の数が十になろうという時、俺とセナの間に言葉はなくなっていた。ここまででいったい何度ベルが鳴っただろうか。部屋にいる騎士達もこのいたたまれない空気に困惑しているようだ。

 正直、非常にまずい。俺としては無実を主張したいのに、こうも嘘を感知する魔道具が鳴っていては信用も何もあったもんじゃない。

 どうもこの魔道具、多少の見栄を張った発言も感知しているようで線引きが曖昧だ。そのことに途中から気付き注意して発言してはいるものの、それでも鳴る時は鳴る。完璧に回答するのは現状難しい。

 何にせよ、身の潔白を主張するならば、まずこの空気を払拭することが先決だ。俺が意図的に嘘をついているわけではないとアピールしなければ。

 

「あ、あの。さっきから俺の返答の時にこのベルが鳴ってますけど、俺は別にやましいことがあるわけじゃなくてですね……」

 

 ━━━チリーン。

 これで何度目だろうか、再び机上のベルが小気味の良い音を鳴らす。

 同時に俺の頭の片隅でもプチンと何かが切れる音がした。

 

 

「っだああああああっっっ!! さっきから何なんだよこの魔道具は! 俺がちょっと発言したくらいでリンリンリンリン鳴りやがって! これじゃあ普通の会話すらまともにできねえだろうが! こんなガラクタぶっ壊してやる!」

 

 あげ足取りのように何度も鳴るベルに対し、ついにプッチンした俺は目の前のそれを壊そうとするも、後ろにいた騎士に取り押さえられた。

 その一連の出来事を見ていたセナは小さくため息を吐いた。

 

「……はぁ、仕方ありませんね。これではまともな取調べになりませんし」

 

 そうしてセナは何を思ったか、部屋の隅で調書を書いている騎士に目線を配る。それに気付いた騎士は調書を書く手を止めペンを置いた。俺を抑えていた騎士にも同様に目線を配り、解放するよう促した。

 

「さて、サトウカズマさん。今から私が話すことは王国検察官という公的な言葉ではなく、私個人の言い分として聞いてください」

 

「急に改まってどうしたんですか? 個人的なことって、まさか金を積むから私の出世のために罪を認めろとか……」

 

「違います、馬鹿ですかあなたは。そうではなく、あなたとの質疑を円滑に進めるための世間話のようなものだと考えてください。公務からは外れるので調書も取りません」

 

 俺は場の雰囲気が変わったことに疑問を抱きつつも、彼女の話に耳を傾けることにした。

 そうしてセナが語ったこととは。

 

「まず、昨日あなたを連行する理由としてアルダープ殿の屋敷に被害を出したことを挙げましたが、あれは間違いです。実際にはほとんど被害は出ていません」

 

 

「…………は?」

 

 俺はセナが何を言っているのかよく分からず、素っ頓狂な声をあげてしまった。そんな俺に構わずに彼女は続ける。

 

「コロナタイトが転送されたのは爆心地から判断するに領主殿の屋敷から離れた場所でした。そこは何もない平原で爆発に巻き込まれたのは野生のモンスターが数体のみ。屋敷への被害は爆風で窓ガラスが二、三枚割れた程度と軽微なものです」

 

「窓ガラスが二、三枚って……。ち、ちょっと待ってくれよ、領主の屋敷に大した被害が無いって言うなら、なんで俺はここに連れて来られたんだよ」

 

「この地の領主であるアルダープ殿が、直々にあなたを国家転覆罪の疑いありと告発したからです」

 

「………………はぁっ?!」

 

 今度こそまったく理解ができずに声を荒げてしまった。

 領主の意向一つでそんな簡単に罪人にされるなんて馬鹿げている。しかも実際には被害がほとんど出ていないのだから納得などできるはずがない。

 そしてそれを鵜呑みにして逮捕してきたこいつらもこいつらだ。おかしいと思わなかったのか。 

 俺はその憤りを相手にぶつけようとして、すんでのところで言葉を飲み込んだ。

 

「……これはあれか? 適当なこと言って俺の神経逆撫でして、不利な言葉でも引き出そうとしてるのか? 悪いが俺にそんな手は通じないぞ」

 

「まず訂正が一つ。今は調書を取らせていませんが、この魔道具はまだ機能しています。つまり先程の私の言葉は適当なことではなく事実です。そして誘導尋問をしているつもりはありません。もしあなたが悪事を働いたという決定的な証拠を口にしたのなら見逃せませんが、多少の暴言程度なら目を瞑るつもりです」

 

 確かに先程から一度もベルは鳴っていない。彼女の言葉に嘘は無いという確かな証拠だ。まだ納得はしていないが、俺はどうにか怒りの矛先を収めた。

 

「なるほど、あんたが嘘を言ってないのは分かった。それで、俺にそんなことを教えてどうしたいって言うんだ?」

 

「私は検察官です。悪人を法廷に突き出すのが仕事であり、本来容疑者の味方をするつもりはありません。ですが今回の領主殿の告発には私も少しばかり思うところがあります。はっきり言って、あなたを起訴することに関しては消極的な立場です。……というか、そもそもですね……」

 

 セナは先程までの険のある表情を緩め、少し疲れたような顔になる。

 

「昨日あなたが素直についてきてくれたなら、こうも面倒なことにはならなかったのです。取り調べも今より簡素なもので昨日の夜には解散していたはずなんです。それなのに、あの時あなたが逃走を計ろうとしたから規則上牢屋に勾留せざるおえなくなって……」

 

「……マジすか?」

 

「……マジです」

 

 ━━━━━━。

 机の上に置かれたベルはピクリとも反応しない。

 

「…………昨日のことにつきましては、こちらの不手際によりご迷惑をおかけしましたことを心よりお詫び申し上げます。いやホント、マジすんませんした」

 

「ええ、そのことについては深く反省してください」

 

 どうやらセナは俺の肩を持ってくれていたようだ。

 話を聞くと、彼女も告発人が貴族ということもあり、立場的に俺を逮捕しないわけにはいかなかったそうだ。だからこの取り調べで疑いなしと判断して、コトを穏便に済ませようと思っていたらしい。

 

「あなたの活躍は私も存じています。森に出没した上位悪魔や、街に襲撃してきた魔王軍幹部の討伐。機動要塞デストロイヤー討伐作戦においては作戦の立案から前線での指揮等、多方面で活躍したと聞いています。聞き込みにおいてもあなたを悪く言う人にはほとんど会いませんでした。そのような人をこの程度のことで罪に問うなど間違っています」

 

「お、おう。ありがとうございます」

 

 そんな真っ正面から賛辞を受けると何かこそばゆいものがある。今振り返れば、俺も借金や首チョンパなんてこともあったけど、なんだかんだうまくやってこれてたんだな。

 

「それにあの魔剣の勇者とも交流があるだとか。あの方は強さだけでなく人格面でも素晴らしい方ですからね。お互い交流があるということは、何か惹かれ合うものがあったのでしょう。ちなみにカズマさんは受けと攻めどちらでしょうか? 私個人の考えとしては受けの方が捗るのですが」

 

「まあミツルギとは同郷だし仲良くやって…………今最後なんて言いました?」

 

「……コホン。いえ、何も言ってませんので気にしないでください」

 ━━━チリーン。

「いやベル鳴ってるし。俺には何かおぞましい言葉が聞こえてきたような……」

 

「何も、言っていませんので」

 ━━━チリ、ガッ。

 

 セナは笑顔で否定の言葉を並べている。その手は机の上にあるベルに置かれていた。その手が小刻みに震えているのは、中でベルが必死に彼女の虚偽を暴き立てようとしているからだろうか。

 

「…………あっはい、わかりました」

 

 俺は何も反論せずに、ただただ肯定することしかできなかった。こうして検察官の手により真実は物理的に揉み消され闇の中へと葬られた。

 

 

 

 その後、セナが味方だと知った俺は取り調べに素直に協力した。何度かベルが鳴ることはあったものの、先ほどよりもスムーズに進行している。

 

「それでは次の質問が最後になります。まあ再確認のようなものですが。あなたは本当に魔王軍の関係者ではないのですね。魔王軍の幹部と交流があるだとか、そんな事は……」

 

「ないですよそんな物。デュラハンのベルディアと戦った時に少し話したりはしましたけど、その程度です。ともかく俺に魔王軍の知り合いなんていませんよ」

 

 ━━━━━━━。

 当然ベルが鳴ることはなかった。

 魔道具を見つめていたセナは安堵からかほっと一息をついている。

 

「それではこれにて取り調べは終了です。協力感謝します。まだあなたを解放することはできませんが、明日にでも釈放できるよう手配しますので、もうしばらくの不便をご容赦ください」

 

「構いませんよ、元はといえば俺のせいですから。昨日と違って無罪だって分かってるから気楽ですし」

 

「なら昨日のような問題行動はつつしんでくださいね。では私はこの件に関して領主殿への報告があるのでお先に失礼します」

 

 そう言ってセナは苦笑をもらしつつ、一足先に部屋を出ていった。

 

「……領主か……」

 

 取り調べも終わりほっとする一方、まだ一つ気がかりが残っている。

 何故領主のやつが俺を国家転覆罪などと告発したのかだ。別に恨まれるようなことをした覚えはない。

 巷の噂ではこの地の領主は金銭への執着が強いと聞く。俺に罪をふっかけて賠償金でもせしめようとしたのだろうか?

 考えを巡らすも心当たりが微塵もないので、原因追求は早々に諦めた。どうせ今回の取り調べで確定的に無罪が明らかになったので心配することもないだろう。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 そしてその日の夜、警察署内の牢屋にて。

 

「こんばんはー。クリスデリバリーでーす。差し入れを持って参りましたー。……ってあれ? なんで君もいるの?」

 

「知らん。なんか勝手に起きてきただけだ」

 

「おいおい、連れねえな二人とも。俺達は同じ冒険者のよしみだろ」

 

 昨日の約束通り今夜もクリスが牢屋を訪ねて来たのだが、そこには俺ともう一人、まるでいるのが当然かのようにダストが座っていた。

 俺は昨夜クリスと会ったことは誰にも喋っていない。それなのに何故ダストがここにいるかというと。

 

「いやな、カズマが取り調べに連れてかれて暇だった俺は、何をすることもなく牢屋でゴロゴロしてたんだよ。そしたら床に見慣れないパン屑が落ちてるのを見つけてな。始めは疑問に思うだけだったんだが、これは誰かがこっそり外から持ってきた物だと気づいたんだよ」

 

「それで寝たフリをして、カズマ君の挙動が不振だったから確信を得たと」

 

「その通り。この俺の頭脳を持ってすれば、この程度の推理なんて朝飯前だがな。さあクリス、ここで騒いで看守を呼ばれたくなかったら、大人しくその差し入れを俺にも寄越せください」

 

 ダストは言葉の内容とは裏腹に、頭を床に擦り付けながらクリスに懇願している。看守に聞こえないよう小声で喋っているため、側から見るとより一層惨めな土下座に見える。

 

「いやまあ、あたしとしては別に構わないんだけどね。その……、そんな簡単に頭を下げて冒険者としてのプライドってものはないのかな?」

 

「言ってやるなクリス。こいつにそれを求めるのはあまりに酷だ。なにせ投獄中はタダで飯と寝床が手に入るからって理由で、わざと警察に捕まるようなやつだぞ」

 

「うわぁ……」

 

「なんだよ。プライド捨てて飯が出てくるってんなら俺は何度でも捨ててやるぜ。そんなことより早くそれを食わせてくれよ。今日も看守のやつに飯を減らされて腹が減ってんだよ」

 

「はいはい、分かったよ」

 

 貰う側なのに急かしてくるダストに、クリスは呆れつつも昨日と同じように袋からバスケットを取り出し手渡してきた。中身は昨日と同じおにぎりとサンドイッチだが、量は増えているように見える。

 

「今日の分はえらく多いな。これ俺一人じゃ食べきれなかったぞ」

 

「せっかくならあたしも夜食を一緒にしようかと思って二人分作ったんだ。ダストが起きてるのは予想外だったけどちょうどよかったね」

 

「まあ俺様は幸運の女神に愛されてるからな。それじゃあ早速いただきますと」

 

 そう言うとダストは我先にとバスケットへと手を伸ばした。その遠慮のなさには夜食を用意した幸運の女神様も苦笑いだ。俺も見てるだけだと食いっぱぐれるので、用意してくれたクリスに感謝しつつ夜食に手をつけた。

 そうしてしばらく三人で他愛もないことを話しながら食事していると、クリスがどこか物欲しそうな顔で俺達の食事を眺めていることに気がついた。そういえば夜食も兼ねて作ったと言っていたな。

 

「クリスは食わないのか? 作ってもらった俺が言うのもなんだが遠慮するなよ」

 

「え? ああ、あたしはいいよ。夕飯もちゃんと食べたしお腹は空いてないし。二人の方が満足に食べれてないでしょ。だからあたしに遠慮せずに……」

 

 キュウ、と可愛らしい音が話している最中のクリスのお腹から聞こえてきた。これは紛れもなく空腹を知らせるサインだ。

 月明かりしかないのに、クリスの顔が徐々に赤くなっていくのがはっきりとわかる。

 

「……あたしに遠慮せずに食べるといいよ」

 

「いや、無理すんなよ」

 

 あそこから誤魔化すのは流石に無理がある。俺のツッコミにクリスは恥ずかしそうに顔を俯かせている。

 こうも綺麗に定番ネタを回収するとはさすがは女神と言ったところか。もはや芸術的である。むしろわざとやっているのだろうか?

 

「まあ待てカズマ。いらないって言うなら別にいいじゃねえか。女ってのは常日頃から痩せたいって言ってる連中だ、気にするこたぁねえよ」

 

「お前は自分の食い扶持が減るのが嫌なだけだろ。ほら俺達のことはいいからクリスも食え」

 

 俺はサンドイッチを一つ取り、格子越しに手を伸ばしてクリスの口元に差し出す。だがクリスはそれを食べることはなく、ギョッとした顔で固まってしまった。こいつはまだ遠慮しているのだろうか。

 

「どうした、食わないのか? ダストの言い分なんて気にする必要ないぞ」

 

「い、いや、食べるよ。あたしもお腹空いてたし。でもそんなことして貰わなくても一人で食べられるからさ……」

 

 そんなこと? クリスは何を言っているのだろうか? 別に俺はサンドイッチをクリスの口元に持っていく、いわゆる『あーん』というやつをやっているだけで……。

 

「あ、ああ、すまん。別に他意はなかったんだ」

 

「う、うん。分かってるから」

 

 クリスは俺からサンドイッチを受け取ると、こちらを気にしながら少しずつ食べ始めた。咀嚼音以外聞こえないこそばゆい沈黙の中、心なしかクリスの頬が朱に染まっているように見えた。

 

 …………やだ何この空気! 甘酸っぱい、甘酸っぱいよ奥さん!

 くそっ、なんで俺はあんな小っ恥ずかしいことをやってしまったんだ! なんでクリスはそんな照れているんだ! なんで俺はちょっとドキドキしているんだ!

 確かに無遠慮な行動をした俺に非はあるが、その反応はダメだろ! そんな反応されたら耐性のないカズマさんが勘違いしちまうだろうが!

 いや落ち着け俺。こんな相手のしぐさ一つで動揺するやつがあるか。普段のクリスの行動を思い出せ。屋敷にいる時の人目を気にしていないズボラな一面を思い返して中和を……。

 ダメだ、屋敷だとエリスでいる時が多いから割としっかりしてる! 回想シーンの選択をミスった! むしろエリスのテレ顔まで想像しちまって効果が二倍に!

 ちくしょう、俺は一体どうすればいいんだ?!

 

 俺がよく分からない葛藤に苦しんでいると、一人の男がこの空気をぶち壊した。

 

「バクバクバクバク、ゴクン。……ふぅー、ごっそさん」

 

「あ! ダスト、お前全部食いやがったな! まだ俺もあんま食ってないのに何してくれてんだ!」

 

「知るか、食うのが遅いのが悪いんだよ。じゃあ俺は腹も膨れたことだし寝るとするわ」

 

 そう言ってダストはゴロンと寝っ転がってしまった。飯を食った割には機嫌が悪そうだったが、急にどうしたのだろうか。……いや、十中八九俺とクリスのせいだ。目の前で他人があんな変な空気漂わせてたら誰だってキレる。俺だってキレる。

 だがダストのおかげ(?)で先程の変な空気は払拭された。飯を全部食べたことは頂けないが、それについては感謝しよう。

 

 

 

 ダストは不貞寝してしまったので、クリスと二人で今日の取り調べについて話した。話を聞く前は身構えていたクリスだが、明日にでも釈放になると聞いてどこか拍子抜けしたような表情をしている。

 

「そっか、明日には出られるんだね。でも故意じゃなかったとしても、領主の屋敷を壊した人がそんな簡単に釈放されるものなの?」

 

「聞いた話だと屋敷への被害は皆無みたいなもんらしいぞ。そもそもコロナタイトのテレポート先は無人の平原なんだと」

 

「へ、そうなの? じゃああの時のランダムテレポートはうまくいってたってこと?」

 

「そういうことだ。昨日は疑って悪かったな、クリスのおかげで助かったよ」

 

「ま、まあね。このあたしが居たんだから失敗するなんてあり得なかったんだよ」

 

「はいはい、感謝してますよクリス様」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 クリスは緊張が解けたからか、自然体な笑みを浮かべた。彼女もテレポートの件に関して、何かしらに責任を感じていたのかもしれない。

 

「いやー、カズマ君があの検察官の人に連れてかれた時はどうなることかと思ったけど、お咎めなしになって本当に良かったね。あ、でもそれだとせっかく用意したカズマくん脱獄セットが早速無駄になっちゃったか」

 

「……おいなんだよ、その看守に聞かれたら一発アウトになりそうな代物は」

 

「もし明日にでも刑が執行されるってなった時のために用意したんだ。せっかくなら見てみる?」

 

 そう言ってクリスが手持ち袋からその脱獄セットとやらを取り出し、見本市のように並べていく。煙玉、フック付きロープ、ワイヤー等々、さまざまな物品が出てくる。

 

「随分と充実したラインナップだな。このスパナみたいなやつは何に使うんだ?」

 

「これは南京錠を壊すための道具だよ。ここの牢屋みたいなダイヤル式だと解錠スキルが使えないから用意したんだ」

 

「なるほど。じゃあこの巻物は?」

 

「目眩しの魔法が封じられたスクロールだね。追手に向かって巻物を広げたらフラッシュの魔法が発動するよ」

 

「……この黒光りしてるいかにも危険そうな球体は?」

 

「最終兵器☆」

 

 興味本位で一通り見てみたが、思った以上にガチガチの脱獄セットだった。これだけの物を一日で揃えられるとは思えない。どこか自慢するようなクリスの説明から鑑みるに、おそらく以前から持っていた私物なのだろう。

 

「ちなみに聞くんだが、これを使ってどこかの屋敷に潜入したことは?」

 

「……ないよ。女神様に誓ってもないよ」

 

 なんとも分かりやすい反応である。昼間の嘘を感知する魔道具があればチリンチリンと音を鳴らしていたに違いない。

 めぐみんの時も思ったのだが、うちのパーティは俺以上に牢屋に入れられるべき人間が多い気がする。

 

 

 

 それからしばらく話した後にクリスは帰っていった。特にやることもなくなった俺はそのまま寝ようとすると、既に寝ていると思っていたダストが声をかけてきた。

 

「なあカズマ。無罪になったってのはめでたいことだが、あの領主には気をつけろよ。あの野郎が何してくるかわかったもんじゃねえからな」

 

「どうしたんだ急に? 確かに俺は領主に何故か訴えられたけど、実際には被害なし、取り調べも問題なしなんだぞ。そもそも俺とあの領主の間にイザコザなんてないし、俺みたいな一冒険者にこれ以上構ってくることなんてないだろ」

 

「どうだかな。それなら最初から訴えるなんてことはしてきてねえよ。覚えとけカズマ。貴族なんて連中はな、基本ロクなやつなんかいねえんだよ」

 

 どこか重みを感じる言葉を残したダストは、そのまま寝てしまった。

 俺はその時は考えすぎだろうと楽観視していたが、そのすぐ翌日にその言葉の意味を身をもって知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 




「俺の名前は佐藤カズマ。牢屋に捕まっちまったぜ。やれやれだぜ」

これが書きたかっただけの冒頭のうろジョジョネタ。最近久しぶりに見たけど相変わらず面白かった。

どうもお久しぶりです。作者です。
前回の話でひと段落して執筆サボってたらなんか九月半ばになってますね。でもマイペースで書くって言ったし別に気にすることないか。
……まあ真面目な話、作者の私用や展開がうまく思いつかずに投稿遅れました。サーセンした。

というわけで取り調べ回でした。
大筋としては原作と同じですが、中身は色々と違っています。

まず第一にアルダープ邸は壊れていません。エリス様も伊達に幸運の女神は名乗ってませんから。
次にカズマさんはウィズが魔王軍幹部だと知りません。ベルディアを倒した後でウィズに会った時は、屋敷の幽霊アンナのことで取り込んでいたので。
最後にデストロイヤー討伐戦において、ドレインタッチは使用していません。これで変に疑われることもないです。

なので普通ならカズマさんが罪に問われることはありません。
むしろ悪魔討伐やベルディア戦、デストロイヤー戦において原作以上に積極的に貢献、活躍してるので周りからの評価は高いです。英雄的な活躍をしていると言っても差し支えないでしょう。

人によっては目障りだと思えるほどに。



読んでくださったみなさんに深く感謝を!


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