エミール/帰郷 または、天津社長の奇妙な1日〈完結済み〉 (TAMZET)
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第1話:飛電インテリジェンス本社ビルにて

ここは大都会。

10万ルクスの太陽の輝きは、山際でなくビルの側面から顔を覗かせる。

本社ビルの正面を埋め尽くす一面のガラス窓はその輝きを受け止め、余すところなく天津の身体へと照射する。彼の持つ白の魅力は光によって最大限に引き上げ、神の威光の如くエントランスを照らし出した。

真白に染まったエントランスに、飛電インテリジェンスが誇る【HIDEN】のロゴマークが浮かび上がる。

視界に映るそれら全てを堪能し、天津は満足げに頬の端を緩めた。

 

「なるほど、一望千里とはこの事だ。世のビルがまるで棒切れのよう……まさに1000%の眺めだ」

 

彼の名は天津垓。ZAIAエンタープライズジャパン社長兼飛電インテリジェンス代表取締役社長を務めている。

彼の朝は、彼を知るものが考えるより遥かに早い。

 

日雇いの用務員より少しだけ遅く出社し、ビルの中腹に設置された空中回廊から、無人のエントランスを眺める。

出社する社員達は、彼の聖骸布にも似た白装束姿を見るや、恐れ、慄き、その姿を見る事にすら不敬を覚え、首を垂れて各々の持ち場へと早足で向かう事だろう。過去に対立していた企業の面々ではあるが、天津は彼らに対しても労いと励ましの気持ちを忘れていない。彼らの技術と能力を極限まで吸い上げ力とする事、それが彼らへの最大限のリターンであると彼は考えていた。

彼の後ろに続く者たちに道を示すべく、先陣を切ってビジネスの最先端を切り開く。それは、出社においても同じ事なのだ。

 

窓の外では、荒れ狂うビル風が悲鳴の如く甲高い風切り音を上げている。その一端が、通気孔の穴から、まだ仄かな乾燥を含んだ春の冷風となって吹き付ける。本来なら腹立たしさを覚える不愉快な風も、天津にとっては、この眺めの前では心地良さに変換されるのだ。

 

だが、この眺めともすぐにお別れすることになるだろう。

既にヒューマギアのリコールは終わった。

残る反乱分子、滅亡迅雷が活動を再開すれば、それらから人類を守る仮面ライダーという兵器の価値は飛躍的に高まる。

滅亡迅雷亡き後も、奴等の意志を継ぐ者は現れる事だろう。それらを尽く滅し、仮面ライダーが神話となれば、天津のZAIA内での地位は飛躍的に高まる。

そうなれば、日本支部の社長のみならず、CEOへの梯子にも手が届く。

これも全て、飛電是之助が生み出したヒューマギアの功罪だ。

彼の遺産を踏み台に、遙か高みへと飛翔する。それが、天津の抱いていた積年の野望であった。25年以上その実現は、まもなく果たされようとしている。

 

「この眺めを毎日堪能していたとは、飛電或人も驕奢なものだ」

 

「本当、綺麗ですねぇ。こういうのを、絶景って言うんですよね」

 

絶景、良い言葉だ。

だが、天津はあえて首を振る。絶景……それでは1000%には届かないからだ。

この絶景を、『絶景』で終わらせてはならない。この景色が過去のものになるほどの飛躍を遂げてこそ、ZAIAの……いや、天津垓の夜明けは完成する。そう、ここからが真の覇道への第一歩なのだ。

 

「……ん?」

 

そこまで考えたところで、天津は思い至った。

 

今、誰と会話しているのだろう、と。

 

慌てて辺りを見回せど、彼の視界が捉える景色は、普段の空中回廊の様子となんら変わらない。

そもそもここは空中回廊、そうそう訪れるものなどいないのだ。先程の声を幻聴と断じ、彼は社長室へと歩みを進めようとする天津だが、また同じ声に引き留められた。

 

「あれ、どこか行くんですか?」

 

少年のような、少女のような、ともかく未発達な声帯から出される柔らかい声。それは、明らかに天津の足元から聞こえてきた。

彼が恐る恐る目を向けた先。

そこには、彼の理解の外にあるモノ……『謎の球体』が転がっていた。

 

「これは、何だ?」

 

最初に思い浮かんだ比喩は、地蔵の頭である。所々が僅かに欠けた、おそらく石造りと思われる灰色の球体。

つるりとしたその表面には、大きな二対の目と、剥き出しの歯茎にも似た紋様が描かれていた。

 

「僕、ずっとあなたを探していたんです。その白い服!!その髪型!!いい人というのは、あなたの事ですよね!!」

 

天津はもう一度耳を澄まし、確信した。

間違いなく、声は確かに、この球体からしているのだ。僅かながら歯茎のような模様が動いている、ように見える。

じっと球体を眺めていると、球体の目の模様がキュッと細くなった。睨み付けている……いや、笑っているのだろうか。

 

(これは、生物なのか……それとも、機械なのか……ヒューマギアのように機械らしい発声法ではなかった。よほど高度なAIが組み込まれているのか……)

 

球体を観察するうち、天津はこれの正体を知りたいという少年じみた思いが、己の心の内に沸沸と湧き上がってくるのを感じた。

膝をつくようにしゃがみ込み、球体表面の顔に向けて語りかける。

 

「君が、喋っているのか?」

 

「はい!!」

 

球体からは元気な返事が返ってきた。

これで、球体が喋っている事がはっきりした。先程のやりとりから察するに、少なくとも言葉を話せるレベルの知能を持っている。

だが、手も足も持たないその外見は生物と断じるにはあまりに不自然である。

 

ここで、天津は一つの仮説を立てた。

恐らくこの球体は、飛電インテリジェンスが密かに開発していた人工知能搭載型のロボットなのだろう。この球体がここにいる理由はそれで説明がつく。これの正体については副社長の福添に確認したいところだ。

スマホを開き、連絡帳の欄を開いたところで……天津は、そっと画面を暗くした。

 

(アレに聞いたところで、何も分からん、か)

 

かつて彼に衛星ゼアの事を尋ねても、有益な情報は得られなかった。彼をはじめ、飛電の役員達は皆、衛星ゼアや仮面ライダーに関する情報を共有されていないのだろう。

飛電インテリジェンスのワンマン体制は、飛電是之助の時代から変わっていないというわけだ。だとすれば、福添には確認するだけ無駄である。邪険にされる事を覚悟で飛電或人に尋ねた方が余程効率的だ。

天津はこれらの思考を数十秒で済ませ、球体の方へ向き直った。球体は首を傾げるようにコロコロと転がり始めていた。

徒歩でそれを追いながら、天津は訪ねる。

 

「なぜ転がっているんだ?」

 

「こうやって移動した方が楽しいからです!!跳ねることもできますけど、視界がブレて酔ってしまう事が多くて……」

 

「なるほど。実に合理的な解答だ。質問を続けさせてもらおう。君は、機械か?それとも、別の動力で動く何かなのか?」

 

「いえ、僕は人間です。動力は、愛と平和です!!」

 

「人間は、愛と平和だけでは動けないと思うが……」

 

真面目に返答をしたところで、天津は自身の少年心は急速に冷めていくのを感じた。

愛と平和で動く生物などいるわけがない。ましてや人間は愛と平和などでは動けない。人間を動かすのは、いつだって欲求と恐怖だ。球体の回答により好奇心が薄れ始めた事で、彼の心には大人な社長の天津が戻ってきた。

 

(何をしているんだ私は。こんな得体の知れないものとまともに会話する必要などないじゃないか。こんなものは、それこそ飛電の職員にでも預けて、私は社長室でどっしり腰掛けていればいい。まったく、変な好奇心を抱くものではないな)

 

平常心を取り戻した天津の行動は早かった。

球体に背を向け、速足でエレベーターへと歩く。今一番近くまで来ている上りのエスカレーターをザイアスペックで検索し、そのためのボタンを高速で押す。

エレベーターのドアが開くまで12秒。この無駄のない行動こそが、天津が出来る社長と言われる所以でもあるのだ。

後ろからは、ポムポムとゴムボールが跳ねるような音が聞こえてくる。押し寄せる好奇心を殺しながらエレベーターに乗り込むと、例の球体も勢いよくその中に乗り込んできた。

ボヨンボヨンとエレベーター内を数度跳ね回り、球体は天津の足元に落ち着いた。

 

「なぜついてくるんだ」

 

眉を潜める天津に、球体は気丈に返答する。

 

「ここは、とってもいい人の隠れ家だったと聞きました。いい人は白い衣に身を纏い、世界を救ったと聞いています!!」

 

「私がその、いい人だと?」

 

「はい!!壁画に見た目がそっくりです」

 

「壁画……?」

 

天津は球体の発言をまともに聞くのをやめた。言っている事が取り止めを得ていないからである。

だが、この球体を邪険にあしらっても、ずっとついてくるかもしれない。なにより、ここはエレベーターの中だ。彼を追い出すためには一度エレベーターを止める必要がある。わざわざそんな事をするのも億劫だ。

そんな天津の判断の元、球体は彼と共に社長室へと入室した。白を基調とした、サイバネスティックな社長室。窓際には観葉植物が置かれ、天津のコーディネートした白机が部屋の中央奥部に鎮座する。そこにあるのはチェス板と僅かな調度品、そして名刺のみだ。どこぞの先代社長のように、卓上を書類の山で埋め尽くしなりなどしない。この整然とした空間は、部屋主たる天津の几帳面な性格を表しているかのようだ。

 

天津は鼻歌混じりに歩を進め、悠々と黒椅子に腰掛けた。

程よく柔らかい椅子の感触に、ほんの少しだけ心中の緊張を解く事ができる。

この席は、かつて私が敬愛していた人間のものだ。この席に座る度、天津は実感せずにはいられなかった、ようやく彼に追いつく事ができたのだと。

 

ここから見る社長室の景色は、まさに静観と言った具合である。企業的インスピレーションが沸き起こるのも肯けるといったものだ。

もっともそれは、ポムポムと跳ね回る灰色の異物さえいなければの話ではあるが。

 

「わぁ〜!!綺麗な部屋ですね!!」

 

球体は不遜にも天津の机の上に着地すると、チェス板のクイーンの駒を口に加えた。

 

「これ懐かしいです!!先に王様のコマをとった方の勝ちなんですよね!!」

 

球体は器用にコマを動かし、盤面の状況を進めてゆく。天津はPCを開き、なるべくそれを視界に入れないように、画面を注視するが、球体は狭い卓上を跳ねたり転がったりしながら彼を妨害する。

 

「落ち着きがないな」

 

「これ久しぶりで楽しくて……あっ!?女王の駒飲んじゃった!?どうしましょう!?」

 

流石に我慢できなくなった天津は、憤怒の形相で球体を持ち上げ、部屋の向こうへと投げ捨てた。球体の落ちていった階下から「何をするんですか」と抗議の声が上がるが、無視をした。

 

やがて、球体は跳ねながら階段を登ってきた。この時点で天津は背後にある小窓のスイッチを入れようとしていたが、流石に良心が咎めたのか、そっとその手を離した。

球体は再び大きく飛び跳ねると、天津の名前が記されたプレートを押しつぶし、屈託ない笑顔を天津へと向けた。

もっとも、相対する天津の顔は、仁王像か鞍馬天狗の如く怒りに歪んでいたわけだが。

 

「今は何年の何月ですか?」

 

球体からの質問に、天津は苛立ち混じりにPCの画面端の日付欄に目をやった。日付欄には4月30日とある。

 

「2020年4月の……」

 

天津が皆まで言うのを待たずして、球体は天井まで跳ね上がった。

 

「やった!!戻れた!!実験は成功です!!」

 

喜びを表現しているのだろうか、球体はひたすら「やった」や「戻れた」を繰り返しながら、社長室中を跳ね回る。

それなりの質量を持っているのだろう、球体が激突した部分の壁はクレーター状に欠け、調和の取れていた部屋がみるみる酷い有様に変貌してゆく。

球体が壁を穿ち、調度品を破壊するたび、天津の額に刻まれたシワは深くなり、睨みつける目は鋭くなってゆく。

そして……我慢の限界だったのだろう。天津が机に拳を叩きつけ、足を鳴らして立ち上がるまでに、そう時間はかからなかった。

 

「いい加減にしろ!!お前は何者だ?というか、『何』だ!?」

 

天津の怒声に、球体は途端に跳ねるのをやめた。先程までの勢いが嘘かのように、球体はコロコロと静かに天津の足元へと転がる。はしゃぐ子どもをしかりすぎてしまった時のような幾ばくかの申し訳なさを感じ、天津もため息と共に眉間のシワを解いた。

やがて、球体は頬の端をギューっと伸ばし、目をキュッと細めた。

 

「申し遅れました。僕はエミール!!タイムマシンを使って、未来から来ました!!」

 

天津は「そうか」と頷いた。

その頷きは別に理解をしたと言う事を表していた訳ではなく、自身の予想を超える驚きから来るものであった。アークのロストファイルの中には、未来から襲来したタイムジャッカーなる者の存在が記録されていた。今更未来から何かが来たところで不思議ではない。

何よりも天津が驚いたのは、「未来から来た」の部分ではなく、この球体に名前があったと言うことについてなのであった。

 

名前があるという事は、この球体に名をつけた存在がいるという事である。これを通じ、彼らとコンタクトを取る事ができれば、ZAIAのさらなる発展に繋がるかもしれない。

 

天津は、歪みかける口端を精神力で律する。

一流のビジネスマンとは、欲を表には出さないものだ。確固たる勝算を見いだしてから、一気に畳み掛ける……それが王者の戦略なのだ。

 

「エミール、君は……」

 

天津が「誰からその名前を貰ったんだ」と尋ねようとした瞬間、エミールと名乗った球体は、彼の言葉を遮り、部屋中に響かんばかりの大声で叫んだ。

 

「ハクション!!」

 

それは、彼の発した音を聞くに、おそらくは『くしゃみ』だったのだろう。ただ一つ普通のくしゃみと違ったのは、飛んできたのは唾や鼻水ではなく、彼の顔に似たサッカーボール大の丸い光弾だった事だ。

無数の光弾は天津を中心に輪の形をとり、子供が吹いたシャボン玉の如く緩慢な動きで、彼を囲うように通過してゆく。

 

「なんだ?」

 

光弾を訝しげに眺める天津の眼前で、それは社長室の壁をえぐり抜き、ビルの外の景色を露呈させた。

 

「なっ……」

 

突如として生まれた気圧差により、強烈な突風が天津の体をさらう。体勢を崩し、高空へと投げ出されかけた天津だが、すんでの所で床のヘリに指をかける事ができた。

さながら、断崖絶壁から身を投げ出さんとする映画のワンシーンのような状況である。

己の身体を社外へと放り出さんとするその力に全力で耐えながら、天津は叫ぶ。

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

先程までの優雅な朝の景色から、いきなりの生命の危機への急転直下。

一瞬でも気を抜けば死に直結するその状況下で、天津は床のヘリを掴む手に死力を込める。

 

「私はZAIAの社長!!いずれ世界を獲る男!!私の力は桁違いだぁ!!これしきの事で死にはしないぃぃっ!!」

 

鍛え上げられた上腕二頭筋と腹筋が躍動する。死に瀕し限界を超えたその力は、彼の体を会社の内へと引き戻した。

机にしがみつき、穴に吸い込まれんとする身体を無理やり力の外へと逃したところで、天津はようやく死の恐怖から解放された。

彼の眼前では、社長室の壁をえぐり抜いたエミールが「あわわわわ」と慌てた声を上げながら部屋中を転げ回っている。

 

「ごめんなさい!!僕、部屋を壊すつもりじゃ無かったんです!!まさか、こんな事になるなんて……」

 

謝るエミール。だが、天津はそれに対し、満面の笑みで答えた。

あまりにも急な出来事が起こりすぎたため、言葉が出ない……わけではない。不思議な事が起こりすぎたからだろうか、天津の頭の中は、酷く冴え渡っていた。このエミールに対し、彼は最良の対処法を閃いたのである。

 

「君に対し、取るべき行動はひとつだ」

 

天津は、ラボの扉のスイッチを入れた。

扉の向こうには、社長室よりも遥かに高度な機械が置かれており、近未来然とした部屋が広がっていた。その内装に、エミールからは感嘆の声が上がった。

 

「わぁ!!すごい機械ですね!!」

 

「我がZAIAエンタープライズの子会社、飛電インテリジェンスが所有する衛星ゼア……これはそのコントロールルームだ」

 

「あの……」

 

「中を見たければ自由にするといい。大事なものもあるが、壊さないでくれれば先に触って構わない」

 

「ありがとうございます!!」

 

天津の許可を得たエミールは、無邪気にも、転がってゆく。前進するエミールとは反対に、天津は僅かに足をにじりつつ後退してゆく。

 

「エミール、少しそこでゆっくりしていてくれ」

 

「はい!!わかりま」

 

皆まで言わせずして、ラボの扉が閉まった。

天津が後ろ手に持ったスイッチで扉の開閉スイッチを操作したのである。

扉が閉まってからの天津の行動は早かった。

スマホを立ち上げ、履歴を探る。

このエミールを押し付ける相手を探さなければならない。だが、個体自体は興味深いので、いつくかの質問をした後にA.I.M.S.の連中に捕縛してもらおう。

そのための時間稼ぎができる人材を探さねば。

履歴の一番上に出てきた名前はこれだった。

 

『刃・ナイーブ・唯阿』

 

先日の指令を出した時のものだ。

ボタンを押そうとして、すぐにやめた。

そういえば、彼女は先日辞表を提出したばかりだったじゃないか。正直彼女がどうなろうが私の知った事ではないが、ここに呼んで来てくれる可能性は1000%無い。

次に出てきた名前は……

 

『ナキinゴリラ』

 

これは……前に嫌がらせの電話をかけた時のものだったか。

ボタンを押そうとして、またやめた。

そういえば、アレは先々週に野良犬と結託して私の元を離反したばかりだったじゃないか。正直一度破壊したわけでアレがどうなろうと知ったことではないが、アレをラボの中に入れて何かされるのも厄介だ。

次に出てきた名前は……

 

『ヒューマギア製造工場主』

 

これは、モデル型ヒューマギアの補償金について揉めた時のものだ。もちろん突っぱねたが。

これは、ボタンを押すまでもない。

あのヒューマギア至上主義者がどうなろうと知った事ではないが、むしろそのままあのエミールとやらに倒されてしまって構わないのだが、万が一衛星ゼアを起動されてしまっては取り返しのつかない事になる。

 

私用スマートフォンに入っていた履歴はそれくらいのものだった。業務用を使うと記録が残ってしまうので困る上に、そこまで頼れる相手もそうそう思いつかない。

 

天津は短くため息をつくと、連絡帳の欄を開き、そこにあった名前に電話をかけた。

 

「福添君。出社まで後どれくらいかかるかな?」

 

電話口からは、眠そうな声が返ってきた。まだ7時くらいなので当然ではあるが、天津は彼に対して不当な圧力をかける。

 

「就業時間など些末な問題だ。社長が出社しているんだ、君も早く、なるべーく早く出社したまえ」

 

福添からの返事が来る前に通話を切り、天津は満足げに頷く。

 

「さて、これからどうするか……」

 

壁に開いた大きな穴を眺め、天津はため息をつくのだった。

ここまでで朝7時半。

天津社長の奇妙すぎる1日は、こうして始まったのである。

 

 

________________

 

 

福添が出社してきたのは8時の事だった。

天津からしてみれば遅すぎる出社だが、基本的に飛電インテリジェンスの出社時刻は8時半なので、規則的にはまったく問題はない。

寝ぼけ眼を擦りながら社長室に入ってきた彼は開口一番、「なんで穴空いてるんですか!?」と叫んだ。天津が「部屋の風通しを良くしようと思ってね」と返すと、福添は首を傾げながらも彼の前に立った。

いつものゴマスリの構えである。

天津は彼のこう言った非生産的な部分が好かなかったが、反面、こうして自由に動いてくれる部下というものは嫌いではなかった。

 

「で、どうしたんですか?天津社長」

 

擦り寄ってくる福添を右手で制し、天津はラボの開閉スイッチを短く押した。隙間から垣間見えるラボの中では、中ではあの球体・エミールがまだポムポムと跳ね回っていた。

 

「福添君。君は、アレについてどう思う」

 

福添は目を凝らすようにラボの中に入ると、エミールの姿を凝視した。無理もない、あのような生物に会うことが初対面なのだから。

彼は少し考えた後、答えを出した。

 

「お地蔵さんの頭……いえ、とても不思議な見た目をしていますね」

 

彼の例えが自分と同じレベルだった事に、天津は少しだけショックを感じていた。福添と天津の実年齢は実はそれほど差がない。

現代の流行を積極的に取り入れ、若者風の会話をマスターしていたと思い込んでいた天津だったが、どうもネーミングセンスや喩えのバリエーションまでは会得できていないようだ。

天津は一つ咳払いをしてお茶を濁すと、エミールからは見えない位置で演説を始めた。

 

「そう。実に不思議だ。あの小型の球体が、今朝、突如として私のオフィスに現れた。その生態は実に興味深くてね。君には、是非取り調べをしてほしいんだ」

 

「取り調べ、ですか?」

 

「そう、取り調べだ」

 

福添の表情には、明らかに不満の色が浮かんでいた。おそらくその内訳は、面倒くさいが7割、怖いが3割といった所だろう。

彼は身体をくねらせ、『申し訳ありませんが』と4回ほど前置きした上で、私見を述べ始めた。

 

「あの、そういうのは、専門家にお任せした方が……」

 

彼の言いたいことは分かる。だが、この場から一刻も早く去りたいのは天津も同じだった。A.I.M.S.が機動兵器の準備をこしらえてここに到着するまであと2時間。それまでエミールをここに足止めしておくカカシが必要なのだ。

天津はズイと身を乗り出し、福添の言い訳を遮った。

 

「質問はこのメモにまとめてある。君はそれに対する回答を後で教えてくれ」

 

「天津社長!?ちょっとま」

 

文句を垂れる福添をラボに押し込み、天津は悠々と社長室の階段を降りてゆく。すぐにスマホが震えた……彼からだ。

通話ボタンをタップしてすぐ、天津は皆まで言わせず、語り始める。

 

「大丈夫、きっと危険はないはずだ。それじゃあ、頼んだよ」

 

「危険ないわけないじゃないですか!!よく見たらこのラボ穴だらけでしたよ!!あの生物が開けたんですよね!!」

 

「知らん!!とにかく、言葉が通じる事は分かっている。あのテクノロジーを解き明かせば、ZAIAのさらなる発展に繋がるだろう」

 

何やら電話口からは凄まじい物音が聞こえており、地面も若干揺れているが、それでも天津が歩み止める事はない。

 

「開けて下さい!!社長!!あ……こっちに来る!?やめろッ!?来るなぁぁっ!!?」

 

「君のぎせ……努力が、ZAIAの未来を切り開くんだ。それでは、よろしく頼んだよ」

 

そう言い残し、天津はスマホを数度タップして、福添の電話番号を着信拒否に設定した。

一つ問題を解決した後の彼の心は晴れ晴れとしていた。




第一話をお読みくださり、ありがとうございます。

この作品は、本来12000字程の分量に抑えようとしていたものが、気がつけば5倍強の分量になってしまった元短編です。
本来ならゼロワンとのクロスオーバーの方が盛り上がるとは私も思うのですが、私の中で仮面ライダーゼロワンの主人公は仮面ライダーサウザーなので、今回と天津さんに頑張ってもらいます。

次回の更新は、1週間後くらいになります。どうせその間のどこかで別の短編上げるので、多少は……ね。

※同じものをPixivにも投稿しています。


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第2話:港町にて

これまでのあらすじ
ひょんな事からエミールと出会ってしまった天津は、その驚異的なまでの攻撃力に戦慄し、彼をラボに閉じ込める。A.I.M.S.に出動を要請した天津は、福添にエミールを預け、悠々と飛電インテリジェンスから逃走するのだった。


飛電インテリジェンス本社ビルの地下へと降りた立ち去った天津は、薄暗い駐車場を足早に進む。向かうは、地下駐車場に停められた純白の愛車BMW X1の元である。少しばかり歩いた先で、BMWは白金の装身を蛍光灯の淡い光に預けていた。

 

キーの回転に、太いエンジン音が応える。背を震わせる律動に身を預け、「上出来だ」と上機嫌な笑みと共に天津はアクセルを踏み込んだ。踏み込んだ際のエンジン音の轟きに反し、BMWは静かに地下駐車場の横線を踏み越えてゆく。

 

しかし、唐突な衝撃が天津を襲った。衝撃はBMWの前方から車体全体を駆け抜け、彼の視界を前後左右に大きく揺さぶる。

その真白のボディに陽光を受ける間もなく、愛車は急停止を余儀なくされる。

 

「なッ!?」

 

理由は単純明快、空から落下した球体がフロントガラスをかち割ったのである。ブレーキをかける暇もなく、BMWは暴れ馬の如く右へ左へと2対のヘッドライトを揺らす。

フロントガラスをかち割った球体は、助手席へとなだれ込んでいた。天津が顔面をエアバッグに塞がれ、情けない悲鳴と共にブレーキを踏み込む中、助手席の球体が彼に向けて語りかける。

 

「探しましたよ!!いい人というのは、嘘だったんですか!?」

 

息も荒く助手席に目をやる天津。

そこには、ポムポムと跳ね回る、顔つきの灰色の球体……エミールの姿があった。彼が乱雑に跳ね回った影響か、BMWの車内には綿が散乱し、車体のあちこちに凹み傷がついていた。

天津は展開されたエアバッグを両手で押し込みつつ、エミールを睨み付ける。

 

「何故ここが分かった……いや、というよりどうやってあのラボを抜け出した!!」

 

苛立ちと焦りが混ざった天津の問いに、エミールもプンスカといった調子で眉を尖らせた。

 

「バカにしないで下さい!!あのくらいの壁なら壊せます!!それにしても、人を部屋に閉じ込めるなんて、ひどい人です!!許せません!!」

 

球体に刻まれた目の紋様がつり上がってゆき、丸い身体が小刻みに震え始める。彼の怒りに呼応するように、周囲の大気も震えている。

その超自然的な圧力に、天津は自身の怒りと焦燥が急激に冷めてゆくのを感じていた。

頭の中に浮かぶのは、社長室の窓を破壊したあの攻撃。アレを至近距離、しかも変身前の状態でくらえば、命の保証はないだろう。

なにより、ZAIAの社長である自分がここで命を落とすわけにはいかない。天津は瞬時にプライドをかなぐり捨て、2秒で考えついた対処法を実践した。

ありったけの笑顔を浮かべ、「すまなかった」と口にしたのである。呆けるエミールに、天津は間髪入れず畳み掛ける。

 

「私がいい人で間違いはない。私の名は天津垓、ヒューマギアの脅威から人類を守っているんだ。つまり、正義の味方というわけだ。エミール、君のお願いを、なんでも聞いてあげようじゃないか」

 

それは、彼を知る者なら皆が吐き気を覚えるほどの、眩しい笑顔であった。だが、純粋なエミールの目にはそれが謝罪もしくは友好の印に映ったのだろう。エミールは吊り上げていた目を元に戻し、口角を上げて笑った。震えていた大気が元に戻ってゆくのを感じ、天津は緊張の糸を解くことができた。

 

「ありがとうございます!!やっぱり良い人だったんですね」

 

「そう、私は良い人だ。今日はなんでもいう事を聞いてあげよう」

 

半ば諦めたように演技をする天津。今や彼にとっての最大の争点は、目の前のエミールにどれだけ媚を売ることができるかであった。

ZAIAエンタープライズに入社する以前の記憶が思い出され、彼はわずかに歯がみする。まだ彼がZAIAのエリート社員だった頃、自分より遥かに知能で劣る上司に頭を下げ続けた毎日。脳裏をよぎったそんな日々を、天津は唇を噛んでかき消す。

エミールはそんな彼を見つめ、膠着していた。

それが心理的なものなのか機能的なものなのか分からない天津は、数秒の後、彼に声をかけることにした。

 

「どうした?遠慮をする事はない、私に叶えられない願いなどそうそうないからな」

 

天津の声など聞こえないといった風に、エミールは目をあちこちに泳がせている。彼の意図は読めないが、ともかくこの車をこのまま駐車場に放置するわけにもいかない。

天津は、キーを捻り再びエンジンを蒸した。車内冷房が吹き出し、送風口がキーンと音を立て始める。BMWは悲鳴にも似たタイヤの嗎と共に、陽の下へと走り出していった。

 

エミールが口を開いたのは、天津が「こんなものは飛電或人に預けてしまおう」とカーナビの目的地を飛電製作所に設定し愛車を発進させてから、およそ1分後の事であった。

 

「僕、記憶がないんです」

 

天津は視線をエミールの方に戻さないまま、「ほう」と相槌を打った。

まともに話を聞いていなかった訳ではない。殆規格外であったエミールを前にして、記憶喪失という現象のインパクトが霞んだのである。

しかし、次の彼の一言で、天津は今度こそエミールを凝視することになった。

 

「実は……僕は人間なんです」

 

「……本当に?」

 

天津は食い入るように天津の全身を見つめる。割れたフロントガラスの向こうでは、左右に蛇行するBMWを避けようと多数の車が右往左往している。

それに構わず、エミールは焦ったように続けた。

 

「本当です!!昔は手も足も骨もあったんです。何なら肉もありました!!」

 

そこまで主張したところで、エミールは声のトーンを落とした。今の自分の体にはそのどれもが備わっていない事に気が付いたのだろう。

天津も自分がしていた運転の危うさに気が付き、慌てて周囲にパトカーがいないかを探し始めた。

 

「信じられませんか?」

 

悲しげな声で問いかけるエミールに、天津は首を縦にふりかけ……慌てて横に振り直した。今この個体に悲しまれ、泣かれた挙句に車が爆発しでもしたら今度こそ命の保証はない。

これから大事業を抱えているというのに、こんなところで死ぬわけにはいかない……天津は再び服の裾を直した。

エミールは悲しそうな声のまま続ける。

 

「昔の僕は、この辺りの時代に生きていたはずなんです。ここに来たのも、それを思い出したかったからで……」

 

「ほう。この時代にか」

 

「はい。でも、僕は自分の家も、家族もわかりません。分かっているのはこの辺りに、僕にとっての思い出の場所があるって事だけなんです」

 

「なるほど」

 

エミールは、「工場、港町、屋敷」など、色々な場所の名前を挙げていった。その度に天津は適当な相槌を打ち、割れたフロントガラスの向こうにこれからの展望を見ていた。

この個体は確かに危険だ。このままずっと抱え込めば、いつ事故で命を落としてもおかしくはない。

だが、これはチャンスでもある。

この生命体が持つ未知のテクノロジーをZAIAが吸収することができれば、仮面ライダーの兵器としての能力を大幅に強化することができる。そうすれば、完成する仮面ライダーの神話はより壮大なものになるだろう。

リスクを恐れてはビジネスはできない。ビジネスは全て信頼から始まる。ここは彼の信頼を得て、チャンスをモノにすべきところだ。

 

「では、取引だ」

 

自身の想像に舌舐めずりをし、天津はエミールに向けて微笑みかけた。

神父のようなその笑みの薄皮一枚先には悪魔の微笑が待っているとも知らず、エミールは無邪気にも問い返す。

 

「とりひき?」

 

首を傾げるエミールに、天津は待ってましたとばかりに畳み掛ける。

 

「私は、君の記憶を取り戻す手伝いをしよう。代わりとして、君は、その身に備わったテクノロジーを検体として私に差し出す」

 

天津は鷹でも射抜かんばかりの眼光でエミールを見つめる。その顔には仮面のような笑みが張り付き、フロントガラスの向こうでは逆車線から走ってきた車が悲鳴を上げてスリップしているが、それでも天津の視線が揺らぐことはない。

 

「それで、どうかな」

 

「はいっ!!よろしくお願いします!!」

 

エミールは即決で頷いた。

かくして、ここに2人の協力関係が生まれてしまったのである。

 

______________________________

 

目的地を変更したBMWは、舗装された海岸沿いを進んでいた。目的地は、港付近に広がる商店街である。エミール曰く、この近くの港町に自分の記憶の手掛かりになるものがあるかもしれないらしい。

フロントガラスがあった場所から押し寄せる潮風に、天津は顔をしかめる。スーツに潮の匂いがつくのが嫌で、この辺りはあまり通らないようにしていたのだ。

だが、今はそうも言っていられない。このエミールの願いを叶え、早々に彼の持つテクノロジーを解明する事が、今の天津にとって最優先の事項なのだ。

 

エミール曰く、自分の頭の中に残っている記憶はわずかなものらしい。思い出せるのは、港町の記憶、工場地帯を旅していた時の記憶、そして、お屋敷に住んでいた時の記憶。

飛電製作所へと向かっていたBMWの進路を探した末、最も目的地に近いのは港町でるという事が分かったのだ。

 

やがて、進行方向に商店街の明かりが見え始めた。

鋼鉄の白馬はその4つの足の回転を緩め、ボロボロの身体を駐車場の白線の上に休めた。扉を開けて出てくる天津に対し、エミールはフロントガラスのあった場所からポムポムと飛び跳ねながら這い出てくる。

 

「わぁ〜!!海ですよ天津さん!!」

 

「潮の香りが強すぎる。あまり長居したくはないな」

 

喜ぶエミールに対し、天津の反応は薄い。

エミールが興味深そうに眺めている両船も、天津は憎々しげに眺めるばかりだ。ボーッと船が汽笛を上げる度、天津は眉を潜め、耳を塞ぐ。

元々雑然とした自然というものをあまり好かない彼にとって、廃棄物と汚染物質に汚れた海というものはまさに『雑』の象徴であった。

人間がこの地球に存在する以上、完全な白というものは存在し得ない。自然を汚染し、エネルギーを独占する人間にも非があることは天津も認めていた。

だが、天津自身もその人間の1人である。彼はそれを痛いほどよく分かっていた。だからこそ、将来的に人間の排除を目論むであろうヒューマギアの存在を容認することは出来なかったのである。

 

「ヒューマギアという愚かな道具を踏み越え、人類は新たなステージへと立つ。ZAIAが、人間の進化を加速させるんだ」

 

仮面ライダーが神話となり、戦争の果てに人類の総数が激減すれば、残存した人類はテクノロジーに頼らざるを得なくなる。その時に人類を管理するのは、選ばれし一握りの天才だ。天才がが凡人共を管理し、無駄のなくなった新世界。それこそが天津が内に秘めた理想なのであった。

 

ボーッ!!

 

天津の思考を切り裂くように、雑の象徴が醜い声を上げる。

苛立ちに耐えられなかったのか、天津ははしゃぎ回るエミールの元へと大股で近づき、声のトーンを低く語りかけた。

 

「これで、いいのか?」

 

天津の問いかけに、エミールは大きく首を振る。いや、首などない訳で、実際は顔面の紋様が左右に揺れるばかりであるのだが。

エミールは商店街の方へと跳ねながら移動してゆく。

天津はため息まじりにそれに続いた。

商店街を見回るエミールの顔は、にやけたり惚けたり、そう思えば口角を下げたりと忙しかった。それはまるで、桃源郷に迷い込んだ旅人がその豪景に圧倒されているかのようであり、天津は時に投げかけられるエミールからの質問に、手短に答えさせられたものだった。

やがて、商店街を抜けたエミールは、残念そうに目を伏せた。収穫の乏しさを物語るその反応に、天津は短くため息をつく。

 

「やはり、一朝一夕にはいかないか」

 

「はい……似たような景色や地形は多かったんですが、何も思い出せませんでした」

 

「君の記憶の中の港町に、何か目印になるようなものは無かったのか?」

 

天津の問いに、エミールは首を傾げる。もっとも彼に首は無いので、天津はくるくると回るエミールの姿を見ているしかないのだが。

少しばかりその仕草を続けた後、エミールは残念げに俯いた。

 

「覚えは……無いです。僕の知っている港町は、もっと酒場とかがあって、アザラシが這っていて……」

 

「あ、アザラシか」

 

アザラシが這っている港などこの日本中のどこを探しても見つかりそうにないが、それを告げるとこの球体はもっと落ち込んでしまうだろう。気を利かせ、天津は口を噤んだ。

 

「難しいな」

 

天津の中では当初立てた目標への諦めが広がりつつあった。

実際、記憶喪失というものがそう簡単に治癒するものではない事は、天津にも想像はついていた。

エミールがこの辺りに生きていたらしいという情報も、どこまで信憑性があるものなのか分からない。そのような不確定事項に頼り、記憶喪失を改善するなど砂漠の中で一粒の石を探すような作業である。

 

そのため、天津の思考はこうシフトしていた。

 

記憶喪失を改善する手伝いはする。それも大いに。しかし、その過程でこの生物のテクノロジーを定期的に解明するのだ。ZAIAの持つ技術は現代のほぼ最高水準をマークしている。いくら優れたテクノロジーとはいえ、彼を丸裸にするのにそう時間は掛からないだろう。

エミールをおだて、実験に協力させ、少しでも長くこの自身の元に留め置く。それが天津の考える現在最良の作戦であった。

 

ふと、天津の眼前でエミールが飛び上がった。

何かを思い出したのだろうか。

 

「そういえば、港町にはおばあちゃんがいました!結構ひねくれたおばあちゃんだったんですけど、最後は……どうなったんだっけ……」

 

後半になるにつれ、エミールの声が萎んでゆく。港町に住む老女など珍しくもない。それはエミール自身分かっていたのだろう。

それに、エミールの言う未来がどれほどの未来か分からない以上、その老女が今も老女なのか、それとも生きているのか生まれているのかすら分からない。

天津はその事項を率直に伝える事にした。

 

「それだけではわからないな。もっと何か、記憶を取り戻せそうなシンボルはなかったのか?」

 

エミールは少しの間コロコロと転がり、すぐに飛び上がった。

近くにいる子供が「あのおもちゃ欲しい!」と騒いでいたので、睨んで追い返してやった。

 

「大きな灯台がありました!そのおばあちゃんが住んでいたのが、灯台だったんです!!」

 

「灯台、か。この辺りにある灯台といえば、あの辺りか」

 

天津は東に目を向ける。そこには、数ヶ月前に施工を完了したばかりの、立派な灯台が、頭頂から眩いダイオードの蒼光を放っていた。

 

BMWを走らせた天津は、間もなくして灯台へと辿り着いた。ゴオオオと風が音を立てる中で、灯台は雄大にも直立不動で海を照らしている。

天津は灯台の先端を手で指した。

 

「ここが灯台だ。君の知っている灯台と同じだろうか」

 

「うー、もっと石造りで、光はもっと綺麗だった気がします」

 

「なるほど。しかし、この近くで目立つ灯台がある港町と言えば、ここしかない」

 

石造りの灯台という言葉で、天津の脳内に浮かんできたのは中世紀の灯台だった。現代では石造りの灯台を作ろうものなら、その光は遠くまで届かず、船は港に帰る事はできないだろう。

エミールの発言により、天津はますます、彼の目指す過去がここから遠く離れた時代である事を確信した。エミールが未来から来たというのも、もしや勘違いなのかもしれない。

天津があごに手を当てようとすると、エミールがまた飛び跳ねた。

 

「あっ!!あの砂浜には見覚えがあります!!」

 

その飛び跳ね具合は、先ほどまで見せていたそれとは比べ物にならない程であった。

飛び跳ねるエミール背中を突かれながら、天津は砂浜へと足を運ぶ。白靴が砂に汚れるのは嫌だったが、抵抗して腹に風穴を開けられるのは嫌だったので、仕方なく従った。

エミールは砂浜中を飛び跳ねながら、浜辺のあちこちを回り始めた。

 

「うん!!やっぱりここだ。アザラシはいませんが、ここでよく釣りをしました!!」

 

「つ、り?」

 

天津の脳内に、口で竿を加えるエミールの姿が映し出される。竿が揺れ、それを引っ張るエミール。だが、支えのないその体は魚の抵抗力に負けて海へと落ちてしまう……

天津には、彼が魚を釣るイメージがどうしても浮かんでこなかった。

 

「釣りが、できるのか?」

 

「まだ手があった頃です!!」

 

顔の模様が怒りに満ちてくるのを見た天津は、「それはすまなかった」と慌てて謝罪した。どうやら、この球体は人間として扱わないと怒るらしい。

全く面倒な事である。

 

「ここは釣り場としても有名らしい。魚など、市場に出回るもっと高いものを食べればいいと言うものを。非効率この上ないな」

 

天津の私見に、エミールは「なるほど」と相槌を打った。だが、その返事をする者は得てして自分の考えに納得していない事を天津は知っていた。

エミールにはエミールなりの価値観がある。それを認識した天津だが、それが自分のものと違う事に、彼は若干の苛立ちを覚えた。

彼の予想通り、エミールの口から飛び出たのは反対意見だった。

 

「でも、釣りは楽しいですよ。自分の身体の何倍も力のある魚との格闘……そして、それを釣り上げた時の達成感!!」

 

「あ、ああ?」

 

自分の身体の何倍も力のある魚をどう釣り上げるのだろうと疑問には思ったが、考えてみれば天津自身も自分の何倍もの体重を持つヒューマギアをサウザーで持ち上げている。

きっと、この生物が生きていた頃のテクノロジーがあるのだろうと天津は納得した。

未来の神秘である。

エミールは楽しげに続ける。

 

「そのお魚を、みんなで料理するんです!!いつもカイネさんがやろうとするけど、シロさんが咎めて、途中であの人が器具を取り上げて、時々僕もそれを手伝って」

 

「その姿で、か?」

 

「また馬鹿にしてますね!!僕だって料理くらいで、き……」

 

そこまで口を紡いだところで、エミールの声が止まった。何か気がついたことがあったのだろうか。

天津が顔を覗き込むと、エミールはどこか惚けたような様子で、神妙に尋ねた。

 

「僕、さっきなんて言ってました?」

 

「魚釣りが楽しい」

 

エミールが大きく首を振る。

どうやらそこでは無かったらしい。

 

「いえ、もう少し後です」

 

「僕だって料理くらいできる」

 

エミールは苛立ったように目を尖らせる。

ここでも無かったようだが、天津にはどこが彼の記憶に触れたのかは分からない。

エミールの発言を思い出そうとする天津をおいて、エミールは口を大きく開けた。

何か閃いたのだろうか。

 

「そうだ、カイネさんにシロさんだ!!なんで忘れてたんだろう!!懐かしいなぁ……」

 

「カイネ、シロ?」

 

「僕の仲間たちです。ずっとずーっと昔に、僕と一緒に旅をしていた……大切な人達です。みんなおっちょこちょいだから、僕がいないとダメなんですよ」

 

その時のエミールは、海を見ているようで見ていなかったのだろう。彼の視界には、大海原の中に釣りをする彼らの姿が見えていたのだ。

 

「みんな、どうしてたのかなぁ。僕の事、覚えててくれてたかなぁ」

 

気がつくと、エミールの瞳からは一筋の液体が垂れていた。液体は球形の坂を滑り、砂浜を濡らす。

 

「あれ……おかしいな……なんで」

 

エミールは何度も首を横に振る。彼には涙を拭う手が無いのだ。

散々迷惑をかけてきた球体だが、天津はその時だけは、少しだけ、彼を不憫に思った。

 

「せっかく思い出したのに、なんでこんなに、涙が出るんだろう」

 

さめざめと泣き崩れるエミールの横に、天津は立つ。白靴を波が僅かに撫ぜるが、天津はそれを気にせず、エミールを見下ろす。

 

「うう……ううぅっ……」

 

天津はエミールの見る先を共に見つめながら、語りかける。

 

「君の痛みは、きっと私がとうに忘れたものだ。私は、君のそばには寄り添えないだろう」

 

「天津、さん……」

 

「だが、理解者を失う辛さは、少しだけなら理解できるつもりだ。助けになるかは分からないが、今は私が、君の側にいよう」

 

「はい……」

 

天津はエミールと共に、海の向こうに目をやる。吹き付ける海風に揺れる水面には、ギザギザに揺れる太陽が眩しく輝いている。

その寂しげな瞳の向こうに、天津も別の人物の姿を見ていた。

かつて彼にも理解者がいた。写真の前で手を組み、笑顔を捻出してはいたが、その実彼とは裏で相当の衝突を経験した。

ヒューマギアを絶対視し、衛星を打ち上げてまで彼らをバックアップしようという彼の意見は、天津とは相反するものだった。ヒューマギアを道具として使い、あくまで人類の進化に役立てるべきだという天津の論と彼の論は、結局最後まで交わる事は無かった。

だが、彼とプロジェクトについて語り合う間、天津は真の自分の意見を言うことができた。その間だけは、天津はエリートの化身ではなく、天津垓という1人の男としていられたのだ。

今の、その男はもうこの世にいない。だが、天津にとって彼は、永遠の英雄だったのだ。

 

「あなたは、道を間違えたんだ。あなたのお孫さんもね」

 

星など見えないはずの昼下がりの空。天津はその向こうの衛星ゼアに向けて、少し寂しげに語りかけるのだった。

 

__________________________

 

 

港町の探訪を終えた天津とエミールは、次なる目的地、機械工場へ向けて針路を取っていた。エミールが指定した工場は幸いにもZAIAの管轄にあり、事が早めに進む事に天津は喜んだものであった。

フロントガラスが割れたBMWは、好機の視線に止まる事がままあった。当初こそ恥ずかしくてやっていられなかった天津ではあったが、今となってはこれも風を感じられる作りでちょうどいいとすら思えるくらいだ。

次車を買い換えるとしたら、オープンカーにしてもいいかもしれない。

 

それはそれとして、だ。

 

天津には気になっている事が一つあった。エミールが先ほど溢した仲間についてである。

基本、天津は他人の仲間についてあれこれと詮索を巡らす性質は無い。それを知ったところで生まれる金銭的価値はどうせ大したものではない上に、そもそもとして興味がないからだ。

だが、ことこのエミールについては話が違う。彼の持つテクノロジーはそれそのものが人類へと巨万の利益を生む可能性があるのだ。彼の持つ情報には通常の1000%の価値がある……仲間となれば、尚更のことだ。

天津はそれとなく、尋ねる事にした。

 

「カイネにシロと言ったか。君の仲間だった彼らについて聞きたいんだが……」

 

「えぇと……どうしてです?」

 

エミールの聞き返しは純粋な子供のものだった。仲間の事を庇うというよりは、天津が何故自身の仲間に興味を持ったのか、それが不思議なようであった。

これまでの会話を行う中で、天津は、エミールの精神年齢を10歳前後の子供程であると分析していた。経験則ではあるが、その年の子供は、純粋な子供ほど人の邪心に敏感だ。

天津は言葉を選びながら、続ける。

 

「いや、君のように変わっ……個性的な人の仲間というのは、どういうものなのか聞いておきたくてね。単純な好機心さ」

 

エミールは少し不思議がりながらも、「いいですよ」と頷いてくれた。

どうやら、単純に信じてくれたようだ。ほっと胸を撫で下ろし、天津はエミールの話す内容に耳を傾ける。

 

「カイネさんは……とってもかっこいい人でした。少し口は悪いけど、いつも双剣を持って先陣を切ってマモノと戦ってくれて」

 

エミールは時々言葉を切りながら、そのカイネとやらについて語ってくれた。曰く、彼女は勇猛果敢な人物であり、敵と戦う際はまずは自分から戦場に突入してゆく武人であったらしい。

天津の脳内では、全身を鎧で覆った、筋骨隆々とした巨漢が、ゴブリンのような小鬼達を特大の双剣でなぎ倒してゆく図が展開されていた。

流石はこの規格外存在の仲間である。こうでなくては面白くはない。だが、マモノに双剣などはお世辞でもこの現代には似合わない。

彼の語るカイネとやらが少なくともこの時代の人物ではない事を、天津は多少残念に思った。

 

「下着一丁で、少し口の悪い人でしたけど……それでも、僕とあの人が冒険してこられたのは、カイネさんのおかげでした」

 

エミールはサイドガラス越しに遠くを見つめている。そこではきっと、カイネという大男が、魔物の死骸に向けて口汚なく罵っているのだろう……上裸で。

やがて、エミールはまた天津に向き直った。その表情は、出会った頃よりも明るくなっていたように思える。

 

「シロさんは、そのカイネさんを止める役割の本でした。なんでも知ってる物知りなのに、自分の事はあんまりよく知らないらしくて。本なのに自分の事が分からないって、おかしいですよね」

 

「本……のように物知りという事か?」

 

「いえ、本なんです。このくらいの」

 

天津には、エミールの言っている事がよく分からなかった。ついでに、彼が指す『このくらい』がどのくらいなのかも分からなかった。だが、彼の言葉から察するに、カイネを止める役割を担うのがシロなのだろう。しかし、そのシロとやらをエミールは本だと話す。

ここで、天津は一つの結論に至った。

 

「君のいた未来では、本が喋るのか」

 

天津の問いに、エミールは「はい」と頷き、「僕が知ってるのはあと1人だけですが……」と続けた。彼の返答に、天津は認識を改める。

魔物や双剣といった単語から、今まで天津は中高生向け小説に描かれるような中世の世界観を想像していた。だが、本が自由意志を持って喋るという事は、恐らく相当に高度なテクノロジーが使われているのだろう。恐らくは、人類が一度滅びに瀕し、その後再度文明を発展させた社会……つまり、1000年か2000年ほど後の未来から彼は来たのだ。

天津は、胸の高鳴りを隠せない。

エミール、そしてシロ、彼らを作り出したテクノロジーをこの時代でも再現する事ができれば、ヒューマギアなどに頼らない新たな世界が作り出せるかもしれない。

まだエミールの説明は続いているが、天津の耳には入らない。

加速するBMWが、風の音を強める。

 

その時、天津の思考にノイズが走った。

 

それはほんの一瞬の事であり、天津がそれに気がついた頃にはすでに視界は正常に戻っていた。

だが、そのノイズの中には確実に声が混じっていた。聞いたこともないような低い声が。

天津はノイズの中で聞こえた声を反芻する。

 

『汝、選ばれよ。人間を滅ぼすか、塩芥となり散り果てるか』

 

ノイズの中で、声はそう語っていた。

このエミールという生命体は無邪気そのものだ。攻撃をする意思があれば、それこそいくらでも好機はあるはずなのだ。

きっと疲れているのだろう……天津はそう断じ、BMWのスピードを少し落とした。

風の音は弱くなり、エミールの声がまた聞こえてくるようになる。

 

「……あの人達は、僕の大切な仲間でした。それを思い出せたのは、天津さんのおかげです!!本当に、ありがとうございます!!」

 

天津は礼を受け取る代わりに、エミールに微笑みを返した。話をよく聞いていなかったと言うのもあるが、このタイプにはそう返しておけば十分だとも思ったのだ。

エミールは思い出に浸るようにため息をつき、また、顔を伏せた。それはまるで自責のようで、天津は彼に声をかけようか迷った。

 

「本当は、あともう1人……」

 

「どうかしたか」

 

「いえっ!!?あ、ほら、工場が見えてきましたよ!!僕が言ってたのあそこです!!」

 

エミールの言う通り、視界の向こうにはZAIAの開発工場が見えていた。

ヒューマギアを滅ぼし、ZAIAが世界を席巻するための前線基地。天津にとっての心臓部の一つが、煙突からモクモクと白い煙を上げていた。




第二話をお読み下さりありがとうございます。
この物語は天津社長の視点で進みますが、その実主人公は、故郷に帰ってきたエミール君です。カイネさんやシロさん、そして名前の思い出せない大切なあの人の思い出を取り戻したエミール君は、ZAIAの兵器開発工場へと向かいます。
兵器開発工場といえば、ロボット山やエンゲルスのいた『工場廃墟』などが連想されますが、この小説内ではそれら全てが同じ場所となっています。
次回の更新はまた1週間後になります。楽しみにしていてください。


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第3話:兵器開発工場にて

これまでのあらすじ

ひょんな事から球型の未来人・エミールと出会ったZAIAエンタープライズジャパンの社長・天津垓は、彼の記憶を取り戻す手伝いをする事となる。港町に向かい、エミールは紆余曲折の末に仲間の記憶を取り戻す事に成功するのだった。さらなる記憶の復元を求め、2人はZAIAの兵器工場を目指す。だが、順調に事が進む一方で、天津は謎の声の干渉を受けていた。


天津とエミールはZAIAの兵器開発工場を訪れていた。

鉄錆の異臭に鼻を、鉄と鉄が擦れる金切音に耳をやられるこの工場の中で、ZAIAが誇る新兵器が開発されているのである。

 

ZAIAが誇る最新鋭の装着型兵器レイドライザー。一見ただのスマホケースにしか見えないこの兵器は、プログライズキーという小型の認証キーを併用する事で最大限の力を発揮する。その小さな外見からは想像もつかないほどの膨大なデータがその内には蓄積されており、レイドライザーはそれを元に装着車の全身に鋼鉄の鎧を展開するのである。

 

現在、この工場で量産しているプログライズキーは、『インベイディングホースシュークラブプログライズキー』だ。名前が長く覚えにくいとの不評により、『バトルレイダー用プログライズキー』の愛称で親しまれており、装着者に超人的な膂力と鉄壁の防御力を付与するのだ。

これにより変身したバトルレイダー……通称レイダーは、分厚く強固なモノコック構造の装甲を纏い、様々な危険任務に従事しうる戦士へと変貌するのである。まさに、テクノロジーを用いた人間の正統進化そのものだ。

 

さて、そんな近未来テクノロジーなのだ、さぞかしつるりとした白色壁と青色ダイオードに塗れた研究所で作られているのだろう……そう予想する人物は、このZAIA兵器開発工場を目にして、己の目を疑う事になる。

一面を覆い尽くす、錆とベルトコンベアの数々。建物のあちこちは腐食し、機器関連を監視する製造員達は皆防護服に身を包みながら赤茶けた鉄の工場内を徒歩で移動している。

そう、世界の最新鋭を彩る近未来兵器は、意外にも鉄の匂いにまみれた工場で作られていたのだ。

そんな鉄錆の工場内に、全く似つかわしくない白装束の男が1人。一切の汚れなど許しませんと言わんばかりの純白のスーツに身を包む彼こそが、この工場の主の主・ZAIAエンタープライズジャパン社長の天津垓だ。

天津は顔のついた灰色の球体・エミールを抱えながら、工場を進んでゆく。

 

「ここが、我がZAIAの開発工場だ。人類の未来を切り開く前線基地であり、ヒューマギア撲滅の最重要拠点でもある」

 

「わぁ!!すごいですね!!大きな機械がガチャンコガチャンコ!!」

 

やすみ無く労働を続ける製作機器の横を通りすがる度、エミールは感嘆の声を漏らす。

その無邪気な驚嘆がまんざらでもないのか、天津は得意げに機械の説明を行なっていた。

「アレはバトルレイダー用の短機関銃『トリデンタ』の銃身となる。向こうに見えるのは、対象捕縛用のネット格納装置だな」

 

跳ねていこうとするエミールを必死の力で抱きとめ、天津は彼の視線の先にある機械の正体を一つずつ明らかにしてゆく。だが、天津自身、ここでどのような工程を経て製品が作られているかは、把握し切れていない部分が多かった。

現場は現場、上層部は上層部、会社の上と下を完全に分けて考えるというのが天津の企業に対する姿勢であり、それはかつて行われた飛電インテリジェンスとのお仕事5番勝負の際、彼の名誉に深刻な損害を与えもした。

だが、それでも彼の考え方は変わらなかった。天津にとって、企業に所属する人間は己の道具であり、手足に過ぎないからだ。彼らが汗水垂らして開発したこれらの道具の力を使い、世界を獲る……それが、天津の理想であった。

 

ふと、見知った製品を視界に捉えた天津は、担当の職員に許可を取り、製品を手に取った。

それは、耳のような形をした、赤い小型の機械であった。物珍しげに覗き込むエミールに、天津は誇らしげに解説を始める。

 

「これはザイアスペックと言ってね。人間に最新型AIと同程度の思考能力を与える機械だ」

 

「へぇ〜!!これをつければ、機械の考えてる事が分かるんですね!!」

 

「まぁ、当たらずとも遠からず、だ。世界を照らすザイアスペック……ZAIAの押し出す商品といえばこれが代表格だが、無論それで止まるつもりはない。後に起こるヒューマギアの反乱を止めるべく、ZAIAは兵器開発にも尽力しているんだ」

 

天津の説明はその後も続いた。エミールは、天津の説明をわかるんだか分からないんだかと言った表情で聞いていた。天津の説明が続く度、期待に満ち溢れていたその表情は、退屈と悲しみに染まっていった。

やがて、天津の説明が終わった時、エミールは嘆息まじりにこう漏らした。

 

「兵器、ですか」

 

「ああ。人間は身を守るために武力を求める。我々ZAIAは兵器関連のインフラを整備する事でこの国に安心をもたらすのさ」

 

「本当に……兵器で安心は作れますか」

 

エミールの発言に、今度は天津が短いため息をつく番だった。

彼の野望を阻む最大の敵、平和主義者特有の心配性がエミールの口から現れたからであった。

 

天津の心中に浮かんできたのは、これまで説得してきた政府のお偉方の顔であった。『兵器で安心は作れるのか』それらの答えに対し、天津は作れると言い続けてきた。

そして、彼らはこのレイドライザーとザイアスペックを試し、その全能感に飲まれていった。『兵器で安心は作れる』その言葉の真偽は分からない。だが、力を手にした者は得てしてそれに飲み込まれる事を天津は知っていた。

 

「来たまえ」

 

天津は工場の奥部、地図上では立ち入り禁止区域とされている空間にエミールを連れて入った。そこには何もない広大な空間が広がっており、その一角では研究員達が何やら装置を操作しているようであった。

壁には無数の弾痕や刻み傷が刻まれており、ここで数えきれない戦闘と実験が行われていた事を想像させる。

天津がデスクに近づくと、研究員達はすぐさま頭を下げた。天津はそれを満足げに見下ろし、手元のレイドライザーを手に取る。

 

全能感を味合わせるには、まずコレを装着させてみるのが一番……そう思いエミールの方を見た天津だが、すぐに諦めたように首を振った。

彼では体格が違いすぎるのだ。そもそもベルトが展開されるかも怪しい。

天津は研究員の1人を呼びつけ、手に持ったレイドライザーを押しつけた。気の弱そうな研究員はおずおずとそれを手に取る。彼の名は京極大毅、かつてZAIAエンタープライズが飛電インテリジェンスとのお仕事5番勝負に臨んだ際、スカウティングパンダレイダーに変身して勝負の妨害を行ったZAIAの元開発部主任である。

会社の備品を独断で使用し、社のイメージを貶めた彼は、平社員へと降格させられていたのだ。

 

「京極と言ったか……コレで変身してみろ」

 

「は、はいぃっ!」

 

京極は恐る恐るといった調子でレイドライザーを腰元に押し付ける。すぐさまベルトが展開され、レイドライザーは彼の腰に装着された。その一連の動作の速さに、エミールから声が漏れる。

 

『SEARCH』

 

研究員は手に持ったスカウティングパンダプログライズキーのスイッチを入れ、そのまま腰元にあてがった。

 

「実装うっ!!」

 

プログライズキーはレイドライザーの曲がった口元に滑り込み、『Raid Rize』と低い音を立てる。

同時に、レイドライザーから伸びる無数の血管の如き白い線が、煙を上げながら研究員の体を覆い尽くしてゆく。

 

『SCOUTING PANDA』

 

煙が晴れたのち、そこには頭部と下半身を白、上半身を黒の鋼鉄鎧に包んだ怪人……スカウティングパンダレイダーの姿があった。右腕に巨大なレーザー砲が装備されており、顔面は決して獲物を逃さない意思表示の如く、赤いゴーグルが装着されている。

レイダーは実験場へと飛び出し、大きな円形の的が描かれた壁に向けてレーザーの引き金を引いた。銃口から迸る赤いレーザー線が壁を焼き、的の中央にくっきりと黒い焦げ跡を作る。

その一連の攻撃の鮮やかさに、エミールの瞳が輝いた。

 

「おぉー!!すごいビームですね!!あの人が着てる鎧もかっこいいです!!」

 

「鎧、か。言い得て妙だな……このレイドライザーは、ヒューマギアから身を守るための鎧とも言える」

 

実験場へ足を運んだ天津は、「ご苦労だった」と研究員……京極をねぎらった。だが、彼はそれには答えない。

天津が不思議がる中、レイダーは体をわずかに震わせ始めた。

 

「う、ううううううっ!!」

 

「どうした?」

 

近づく天津に対し、レイダーは俊敏な動きでレッドサイトを天津の脳天にあてがった。

 

「なッ!?」

 

とっさに身をかがめ、近くにいたエミールを抱えて床に伏せる天津。レーザー線は彼の頬をかすめ、向こうの壁に黒線を刻んだ。煙の出る頬を抑え、天津は反射的に取り出したサウザンドライバーを腰元にあてがう。レイダーは狂ったように床を踏み鳴らし、赤線の先を再び天津へと向けた。

 

「アンタのせいだ。全部、アンタのっ!!」

 

「逆恨みか……まったく、面倒なことだ。エミール、実験室の中に隠れているといい」

 

「天津さんは大丈夫なんですか!?」

 

「私なら、心配はいらない」

 

続け様に発射されるレーザー線の雨を避けながら、天津は黄金のベルト・サウザンドライバーに、二つのキーを装填する。

 

『ゼツメツ・エボリューション』

 

『BREAK HORN』

 

アウェイキングアルシノゼツメライズキーと、アメイジングコーカサスゼツメライズキー。二つの力が装填されたベルトは、天津の入れたスイッチにより、天津の身体に黄金の鎧を形成する準備を整えた。

 

「変身」

 

天津の発声に合わせ、巨大な3本角のカブトムシと双角のアルシノが躍り狂う。両者の角は互いの隙間を補い合う形で組み合い、天津の身体に黄金の鎧を形成する。

 

『パーフェクトライズ! When the five horns cross, the golden soldier THOUSER is born.

"Presented by ZAIA." 』

 

 

ベルト中央の扉が開き、天津は黄金の鎧を身につけた仮面ライダーサウザーへと変身した。

 

「サウザーの力を示す絶好のデモンストレーションだ。行くぞ!!」

 

黄金の鎧を装備した騎士は、エミールを背後に庇うように立ち……レイダーへと突進した。

 

 

 

______________________________________

 

 

 

戦闘開始から数分、戦闘場所を工場内に移し、サウザーとスカウティングパンダレイダーの激闘は続いていた。

工場の中は既に火の海であり、製造員達が慌てふためきながら逃げ惑っている。そして、それらの人混みから少し離れた場所で、二人は機械の隙間より睨み合っていた。

機械の隙間を縫うように、レイダーの持つ巨銃からレーザーが迸る。鋭く放たれる赤い閃光を黄金槍……サウザンドジャッカーで防ぎながら、サウザーは機械を蹴り飛ばして前進する。

 

「京極……この機械一台にどれだけの価値があるか、君ならよく知っているだろう」

 

「うるさい!!もう俺には何も残ってないんだ……せめてアンタだけでも道連れにしてやる!!」

 

サウザーの接近を許したレイダーは、レーザーの矛先をサウザーの背後にあった巨大な機械へと変更した。元よりレーザーの出力は高く、機械はそれに耐えられるほどの耐久力を持ってはいない。機械は高熱に耐えられず爆散し、鋼鉄の破片を撒き散らす。それは、近くにいたサウザーにも降りかかった。

破散した機械の骸を見下ろし、サウザーは不機嫌に鼻を鳴らす。

 

「なんという事を」

 

元より3分と経たずに倒すつもりだったサウザーにとって、この攻防は痛手である。

レイダー側もそれを分かっているのだろう、再び機械を盾にし、その隙間からの銃撃を試みる。スカウティングパンダレイダーは、遠距離攻撃を専門にするレイダー……近づいてしまえばどうという事はないのだが、複雑に機械の配置された工場内でそれは至難を極めていた。

 

「俺はアンタの援護をしようとしただけだったんだ。その結果、俺は主任を解任され平社員まで落とされた……ここで恨みを晴らしてやる!!」

 

機械の隙間より放たれるレーザー線を、サウザーは再び槍の……今度は先端で受けた。槍の先端はレーザー線により赤熱し、その先端を徐々に溶かしてゆく。

その威力を目の当たりにし、彼は笑いを止められずにはいられなかった。

 

「流石は我が社の製品……攻撃力も機動力も、従来の兵器とは桁違いだ。正しく使われず、プログライズキーも嘆いているだろう」

 

レイダーは機械から身を乗り出し、少しずつ天津へと近づいてゆく。近づくごとにレーザーは出力を増し、サウザンドジャッカーの先端を削り取ってゆく。

 

「く……っ!!」

 

絶体絶命のサウザーに止めを刺さんと、レイダーが駆け出した。

だが、レイダーは気が付いていなかった。サウザンドジャッカーのトリガーが、わずかに引かれていた事に。

 

「だが!!」

 

「何ッ!?」

 

「サウザーは全てを凌駕する!!」

 

サウザーはサウザンドジャッカーを、それこそ釣り人が竿を引きでもするように大きく引いた。そして、ありえない事に、レーザーはまるで釣り糸の如くレイダーを引っ張り、彼の元へと浮き上がらせたのである。

 

「ひ、ひいっ!?」

 

宙を舞い、悲鳴を上げるレイダーに、サウザーはサウザンドジャッカーの矛先を向ける。狙いすまされた一撃はレイダーの腹部を貫き、レイドライザー本体に大きな打撃を加えた。

苦しげに呻くレイダーを放り捨て、うずくまるレイダーに向けてサウザーはサウザンドジャッカーを構える。

 

「サウザンドジャッカーの吸引能力を利用した。お前はもう終わりだ、京極」

 

頭を踏みつけるサウザー。レイダーもまだ闘志の火が消えていないのか、抵抗を続ける。焼けて歪に歪んだサウザンドジャッカーの矛先が、レイダーの首元に突きつけられる。

 

「大人しく……」

 

「ま、まだだ。こうなったらっ!!」

 

レイダーは巨砲の装着された右腕だけを右方向へと突き出すと、闇雲にレーザーを発射した。当然、それがサウザーにダメージを与える事はない。だが、レーザーの先からは、サウザーにとって予想外の悲鳴が上がった。

 

「わあっ!?レーザー飛んできましたっ!?あ、こっちに来るっ!?」

 

「なに……?」

 

アレは、エミールの悲鳴だ。

このままでは、彼に被害が及んでしまう。それはサウザーの意図するところではない。

 

「仕方がない」

 

サウザーはレイダーの頭を蹴り放つと、レーザーの放出されている砲身にサウザンドジャッカーを突き刺した。レーザーを制御する高熱体が暴走し、レーザーの起動が大きく変わってゆく。やがてレーザーは天へと放たれ、その脅威を空へと返した。だが、内部にあふれている高熱のエネルギーまでは止まらない。

 

「く……おおっ!!」

 

爆発と共に、高熱がレイダーとサウザーを襲う。熱は両者を平等に焼きながら、徐々にその大きさを増してゆく。

このままではまずい……そう判断したサウザーはサウザンドジャッカーのトリガーを引き、レイダーのベルトを突き刺した。

 

『JACKING BREAK ©︎ZAIA エンタープライズ』

 

槍の先端はベルトを穿ち、スカウティングパンダプログライズキーを破損させ、京極の変身を解除させた。変身の解除によりレーザーの電力供給も絶たれ、サウザーは高熱による地獄の攻撃から解放された。

ベルトのスイッチを切り、変身を解除した事により、サウザーは天津へと戻った。

 

と、それを見計ったかのように、工場の入り口から無数の足音が響き渡った。

再びベルトを構える天津だが、すぐに彼はそれをやめた。足音の主達は、天津がよく知る服装をした人物達だったからだ。

全身を防御服に覆い、ザイアスペックを装着した屈強な男達。彼らは、対ヒューマギア特殊部隊A.I.M.S.の隊員達である。

 

「天津社長!!」

 

「君達は、A.I.M.S.の……なぜここに?」

 

「本社に要請のあったもので……」

 

A.I.M.S.隊の隊長らしき人物は、そこで言い淀んだ。何かを察した天津は、懐からスマートフォンを取り出す。そこには、気がつかぬうちに十数の着信が届いていた。

天津は目を遠くへやりながら、知らぬふりで「連絡は受けていないな」と通した。

「申し訳ありません」と頭を下げ、A.I.M.S.の隊長は続ける。

 

「ラボはもぬけの空、社長への連絡もつかず捜索体制を固めようとしていたところに、研究所の方から要請がありまして……」

 

「急いで飛んできてくれたというわけか」

 

不遜な態度を取りつつも、天津は内心では感心していた。彼らは命令のためとはいえ、私を助けるためにここまで追ってきた訳である。

ナイーブで命令を遂行できない刃とは違い、なかなか優秀だ。彼のような人物にこそ、隊長用のプログライズキーを開発するべきなのかもしれない。天津はそんなことを考えながら、彼の労を労った。

 

「ともかく、ご苦労だった。この反乱分子を連行していってくれたまえ」

 

伸びている京極をA.I.M.S.達に引き渡し、天津は改めて工場の惨状を見返した。あちこちからは煙が上がり、機械のいくつかは無残にも破壊されている。

これでは、レイダーの製作を再開するまでに数ヶ月の時間を要するだろう。それだけの時間があれば、飛電製作所はヒューマギアの制作を本格的に再開するかもしれない。ヒューマギアの人類に対する貢献は、正直な所天津も認めている部分があった。だからこそ、彼らを詰ませるためにありとあらゆる手段を取ってきたのだ。

 

「盤面が有利に進んでいる時こそ、手を抜かず攻め立てなければならない。だが、この有様では……」

 

天津は憎々しげに顔を歪めるのだった。

 

 

_______________________________________

 

 

天津が工場の破損具合を確認した頃には、既に時刻は14時半を回っていた。彼が一息つくために実験場に設置された休憩室の戸を叩いたところ、中からは元気な返事が返ってきた。

エミールのものであるとすぐに分かり、疲れ切っていた天津は少しだけ開けるのを躊躇った。

だが、本来ならこの随行は彼の記憶を取り戻すためのものである。「きっとあと一息だ」そう言い聞かせ、大きく深呼吸し、その勢いのまま扉を開く。

 

「おかえりなさい天津さん!!」

 

中では、エミールは、オレンジジュースをすすっていた。その無邪気な有様に、天津はため息を溢し、内心少しほっと胸を撫で下ろしたものであった。

 

「無事だったのか」

 

「はい!!とっても優しい研究員のお姉さんに保護してもらいました!!なんだか……懐かしい感じがする人でした」

 

このオレンジジュースも、その研究員達が用意したのだろうか……ともかく、そこには事故現場といった雰囲気は微塵も感じられず、天津は拍子抜けしてしまったものであった。

残ったジュースをズズッと飲み干し、エミールは跳ねながら天津の元へと近づいてくる。

 

「かっこよかったです!!金属の鎧を纏って戦う……まさに騎士って感じがしました!!」

 

エミールの感想に、天津は平静を装い「そうか」と返した。その頬の緩みが、彼の喜びに満ちた本心を物語っていた。

 

「レイドライザーは我が社の商品であり、サウザンドライバーはZAIAの芸術作品。君にそう言ってもらえるとは、光栄だな」

 

エミールは未来の存在。この時代のテクノロジーが未来からも評価されている事に、天津は喜びを隠せなかった。

 

「ふ、ふふふふ、はははは!!」

 

「ふふ、ふふふ、うふふふ」

 

さもおかしげに笑い合う2人。

その笑みには、邪悪さやうちに秘めた欲はあれど、たしかに通じ合う喜びという感情があった。

やがて、2人が落ち着いた頃……エミールは、勢いよく動き出した。足取りは軽く、彼は上層の階段を目指して跳ねてゆく。

天津が「どこへゆく」と尋ねると、エミールは笑顔でこう返した。

 

「いいところを見つけたんです」

 

エミールの向かった先は、工場の奥地……丁度高い塔が立つ一角だった。赤錆だらけの酷い景色を進んでゆくと、巨大な大扉が姿を現した。

赤く点滅する扉上の光は、その前に天津が立った瞬間、優しい緑色に変わった。扉はゆっくりと開き、薄暗い工場の闇が眩いばかりの陽光に侵食されてゆく。

網膜を焼く陽の光……熱を持ったその光を前に、天津は思わず顔を手で覆う。エミールも眩しかったのか、天津の足を盾に、光の矢から目を隠した。

大海原を進む鳥の列。赤茶けた橋が、大海原のはるか向こう……丁度海境を隔てた別の県へと伸びようとしていた。

錆は衰退を、海原は大自然を、そしてそれを行く鳥達は、生命の神秘を物語っているように思える。それはひどく退廃的で……美しい光景であった。

 

「素晴らしい……景色だ」

 

「はい。朝見た時より、ずっと」

 

ZAIAの工場が、その昔、海を跨いだ大橋を建造する建物の跡地に建てられた事は天津も知っていた。だが、捨てられた跡地に興味などなかった彼は、見に行こうとすら思わなかったのだ。彼だけではない、ZAIAの社員の中で誰もここを見に来ようとは思わなかっただろう。

人により打ち捨てられた工場の最上層は、意外にも人の携わるビル群より美しい景色を映し出していたのだ。

エミールは配管の上部に巣を作られた鳥の巣を眺め、ふぅと息を吐いた。なごみと、懐かしさと、諦めと……様々な感情の込められたその息に、天津ははるか年下に見えるこの球体の……生きた年月の深さに戦慄した。

 

「昔、こんな景色を見ました。あの時もこんな風に、鳥さんたちが飛んでいて……それを蹴散らすように、巨大な機械生命体が降ってきたんです」

 

「機械、生命体?」

 

その単語は、天津にとって聞き覚えのないものであった。人工知能、AI、ヒューマギア。そのどれもは生命体型機械であれ、あくまで無機質な機械の分類なのである。

 

(機械「生命体」……機械の、生命体だと?)

 

天津にとって機械とは生命の対義語であった。生命を持つ機械など想像もつかない。

エミールも天津の思考を察していたのだろう、補足するように続ける。

 

「僕のいた未来では、エイリアンが地球を攻めてきたんです。その……とっても恥ずかしい形をした彼らは……僕に似てるロボットを作って、地球を侵略しようとしました」

 

エイリアン、地球侵略……今時SF映画のリメイクでもやらないような、荒唐無稽な話。だが、天津はそれを笑うことはしない。エミールの持つ驚異のテクノロジー、その片鱗を見てしまった彼には、エミールの言葉を笑う事はできなかったのだ。

金属板から発せられる反射熱。それにより乾いた喉を動かし、天津は尋ねる。

 

「人類は、何をしていたんだ」

 

天津の問いに、エミールは短く「いませんでした」と答えた。

あまりにも冷淡なその返しに、天津は自分の耳を疑った。いなかった……その言葉が示すところがただの「不在」ではないと、エミールの口調の孕む凶兆が告げていた。

「いなかった」……人類は絶滅していた?天津の想像に答えを返すかのように、エミールの語りは続く。

 

「その頃にはもう人類はほとんど残っていなくて……代わりに、人類の作ったアンドロイドが、彼ら機械生命体と戦ったんです」

 

「アンドロイド……ヒューマギアか?」

 

天津は合点が言ったとばかりに両腕を大きく広げた。開いた白の背広に丁度巨大な高空の風が流れ込み、危うく海に放り出されそうになった彼は、エミールに咥えられて一命を取り留めた。

危ういところだったが、彼の表情には満面の笑みが広がっていた。天津は興奮した様子でえみーるにかたりかける。

 

「きっとその人類もヒューマギアに滅ぼされたに違いない。彼等が戦う理由など容易に想像がつく!!エイリアンの放ったロボットとやらに自分の星を侵略されるのが怖かったのだろう」

 

天津は笑いを隠すこともなく続ける。

 

「やはりヒューマギアは悪だ。ヒューマギアを道具に帰化するまで、我々は戦いをやめるわけにはいかない」

 

「その……ヒューマギア、ってなんですか?」

 

「機械仕掛けの、人類の敵さ。人類を滅亡に追いやろうとする悪魔のロボットだよ」

 

そこまで続けたところで、天津はエミールの言葉に違和感を覚えた。そう、エミールはヒューマギアを知らないのである。天津は笑みを引っ込め、再度尋ねた。

 

「アンドロイドとは、ヒューマギアの事ではないのか?」

 

エミールは狐につままれた猟師のように、フルフルと体を横に振った。自身の仮説を立証できなかった事に天津は若干悔しがったが、なればこそ真実が知りたいと、説明の続きを請うた。

エミールはおずおずと語り出す。

 

「確か名前は、そう、『ヨルハ』だったと思います。彼女達の事は、よくは覚えていません……何しろ、昔の事ですから」

 

「そうか、早とちりをしてしまったようだ」

 

天津は恥ずかしさを隠すように、小声で「すまなかった」と付け加えた。もっとも、それは高所の風に流され、エミールには届かなかったようだが。

ヒューマギアとは違うとはいえ、アンドロイドが、地球を守るために戦ったという事実は、天津にとっては都合の良くないものであった。人類がいなくなり、アンドロイドの惑星となった地球……そんな世界は、到底受け入れられるものではない。

そんな天津に、天啓が閃いた。

 

「だが、ふむ……君はヒューマギアを知らないのか」

 

「はい。なんだか美味しそうな名前ですね」

 

彼らの実態を見ればそんな事は言えなくなるだろうが、ともかく好都合である。エミールは純粋だ。おそらく天津の言った事であればたとえカエルの子供がナマズになると言っても、全てを間に受けてしまうだろう。

天津の頬が緩んでゆく。

 

「それは実に幸福なことだ」

 

そう、幸福なのである。

天津は歌うように説明を始める。

 

「ヒューマギアとは、高性能アンドロイド。高性能思考プログラムを内蔵し、自力で様々な事項を学習し己を進化させる人型のロボットだ」

 

「へぇ!!すごいですね!!」

 

分かっているんだかいないんだかの返事をするエミール。ここで天津は「しかし」と声を低く落とした。エミールの瞳がキュッと丸くなる。天津は真顔になり、続ける。

 

「こう言うと聞こえはいいが、彼らは突如、何の前触れもなく暴走して人間を襲う危険性を伴っている。彼らの暴走に巻き込まれた罪もない一般人は後を立たない……優れたテクノロジーは時として脅威となる。それを学んだ我がZAIAは、苦肉の策として、ヒューマギアのリコールに及んだというわけだ」

 

天津は目を開く。

海上には、眩いばかりの太陽が反射していた。これこそZAIA神話の序章。これより幾度となく語られるであろう神話の一説。

 

エミールがアンドロイドは危険であると知ることができれば、より天津に協力的になってくれるかもしれない。彼がテクノロジーの提供をしてくれれば、未来はまた人間達の手に取り返されるかもしれないのだから。

エミールの圧倒的な攻撃力の前では、ゼロワンも滅亡人類の連中もひとたまりもないだろう。何せ、あのラボの強固な防壁を壊せるくらいだ。戦力としても申し分ない。

 

さらなる協力を……

得意げにエミールの方を振り返ると、エミールはキョトンとした表情をしていた。

天津はしまったと口を抑えた。

エミールは未来の人間とはいえ、その精神年齢はほぼ子供である。彼は株主でもなければビジネスパートナーでもないのだ。

 

「すこし、難しかったか」

 

天津の問いに、エミールは意外にも、「いえ、理解はできました」と答えた。

天津の瞳が丸くなる。この小さく幼稚な球体が、今の説明を理解できたとは思えない。天津が重ねて「本当か?」と問うと、エミールは「似たような人たちを知っていますから」と返した。

似たような人達とは、おそらくは彼の記憶にある時代にいたアンドロイド達の事なのだろう。エミールは続ける。

 

「はい!!ヨルハの人達とそっくりです。この時代のあの人達は、悪い人達なんですね」

 

ヨルハというのは知らないが、ともかく悪い人達というのは間違いない。付け加えるなら、ヒューマギアは人ではなく道具だ。

天津が悲しげに頷くと、エミールは顔をしかめた。うまい、あと一歩だ。

天津の心が躍る。

しかし、すぐにエミールの表情は悲しみに曇った。何故だろう。

 

「どうした、エミール」

 

「いえ……少し、考えてしまって」

 

エミールは少し間を置き、話し出した。

 

「天津さんは、そのヒューマギアの人達と戦わなきゃいけないんですよね」

 

「ああ。我々人類は、最終的には彼らを彼らを一体残らず滅ぼさなくてはならない」

 

「それって、多分、戦争をするってことですよね」

 

エミールの言葉には、悲痛が感じられた。それは、かつて刃が言っていたことと同じ。優しい、躊躇ある人間の言葉だった。

そして、天津がとった対応も同じだった。あの時は刃の方に手を置いた。今は、エミールの頭に手を置いている。

そして、語りかけるように囁くのだ。「エミール。これは必要なことなんだ」と。

エミールの体がびくっと震える。天津は畳み掛けるように続ける。

 

「人類が生き残るためには、ヒューマギアを滅ぼさなくてはならない……そのためには、多少の犠牲も仕方ないんだ」

 

一瞬の間ののち、「はい」と返事が来るのを、天津は期待した。刃の時は、短くそう帰ってきた。エミールが彼女と近しい優しい心の持ち主であれば、きっとそう返ってくるはず。

天津顔面に邪悪な笑みが張り付く。

だが、返ってきたのは別の言葉だった。

 

「僕は、そうは思いません」

 

「なんだと」

 

エミールの言葉は固い意志を伴っており、天津は面食らってしまった。たじろぐ天津に、エミールはその小さな体を弾ませて詰め寄る。

 

「僕は、ここよりも先の未来で、今のあなたと同じように、人類のために戦う人達を見てきました。その人達は、人類のためと言いながら、どれだけ傷ついても、戦いを辞めなかったんです」

 

その小さな身体から発せられる圧に、天津はたじろぐしかない。どれだけ虚勢を張ろうと、その小さな身体を押し返せない。

天津はやがて、巨大なクレーンに押し付けられるようになってしまった。

エミールの語りが、熱を帯びる。

 

「2Bさんも9SさんもA2さんも……僕を残して行ってしまいました。多少の犠牲は仕方ない、自分達の代わりはいるから……すこしでも多く機械生命体を倒すんだ……そう言って、みんなやられてしまいました」

 

彼の語りに、天津は「私は違う」と反論した。これは、彼の心からの反論だった。

『代わりはいる』それは弱者の言葉である。真に理想を成し遂げようとする者ならその言葉は使わない。誰を犠牲にしてでも、自分の理想のために戦うと発言するはずだ。

天津は腕を振り、続ける。

 

「私に代わりなどいない。人類が正しい道を進めるよう、私が導かなければどうなる!!私は、常に人類にとって最良の道を!!」

 

「なら、戦いをやめることって、できませんか!!?」

 

それは、まさに悲痛な叫びだった。

彼が目にしてきた誰よりも、悲痛な。

何も、言い返せない。

熱狂に燃えていた天津の心は、瞬間、水を打ったように静かになった。鏡の水面に、エミールの言葉が吸い込まれてゆく。

 

「この世界は、綺麗です。天津さんと会った建物も、見せてもらった港町も、ここも。戦ったら、それに巻き込まれていろんなものが壊れてしまいます。物ならまだいいです、作り直せばいいんですから。でも、命は戻ってこないんです!!」

 

命は戻ってこない。

それは、戦場を知りつつも生命の奪われる戦場を知らない天津にとって、初めて向き合う真実だったのだろう。

画面上でしか死を知らない者と、数多の死を見届けてきた者の言葉の重さの違い。天津はそれを、今間近で感じていた。

エミールの言葉は続く。天津は絶景を背に、彼の言葉に耳を傾けるしかない。

 

「戦って戦って戦って……何もかも壊して、相手を滅ぼして……それであなたは満足ですか!!あなたの大切な人は喜びますか!?」

 

今までの天津なら、響かなかった言葉。「下らん」と一笑に伏してきた言葉。

しかし、高空という逃げ場のない場を前にして、エミールという純粋な存在を前にして、天津はその言葉を笑えなかった。

対峙してきたそれらの意見と真っ向から向かい合って、何の言葉も返せなかった。

エミールも流石に申し訳ないと思ったのか、顔を伏せ、「ごめんなさい、言いすぎました」と謝った。

 

「僕、天津さんには傷ついて欲しくないんです。あなたは、この時代で出会った、とってもいい人だから……」

 

「そう、か」

 

「もっと、自分を大事にしてください。あなたが死んでも、生き残った人は喜ばないんですから」

 

そう言い残し、エミールは建物の内へと戻っていった。彼が振り返った時、天津はまだ茫然と立ち尽くしていた。大海原に視界を預け、ただひたすらにその絶景を見ていた。

エミールは申し訳なさそうな表情で、そのまま大階段を降りていった。

しかし、エミールは知らないだろう。天津の頭の中に、1人の人間の顔すら浮かばないという事を。死を前にして誰かにすがる、それを甘えと断じ、切り捨ててきた事を。

 

「それでも、我々は戦い続けなくてはならないんだ。ヒューマギアを滅ぼさなければ、人類は滅亡してしまうからね」

 

絶景を映し出す橋を前に、天津はそう独白した。




第3話をお読みくださり、ありがとうございます!!
今回は、あまり活躍の出番が無かったスカウティングパンダレイダーに登場してもらいました。素晴らしいZAIAの工場を滅茶苦茶にしてしまった彼に、天津社長もご立腹です。
さて、余談ですが……このエミールは、大切な戦いから逃げたエミールとなります。その戦いがいつなのか、彼のきた未来がどの未来なのかは、後々明らかになってゆく事でしょう。


次回の更新は1週間後になります。DBDが楽し……なかなか時間が無くて小説を書けないのが辛いです。

※同じものをPixivにも投稿しています。


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第4話:屋敷にて

これまでのあらすじ

ひょんな事から不思議な生命体エミールと出会った天津社長は、彼の記憶を取り戻すべく各地を奔走する。港町でかつての仲間達の、兵器開発工場で機械生命体との戦いの記憶を取り戻したエミールは、天津に『戦いをやめる事はできないか』と問うのだった。


工場を後にした天津とエミールは、高級ホテルにて身を休めていた。

既に時刻は15時を回っている。

とっくに腹の虫が鳴ってもおかしくない頃合いだったこともあり、2人はホテルの大展望にて開催されるバイキングを訪れる事にした。

 

65階ということもあり、流石に窓から覗くビル群の景色も壮観だ。だが、その景観も料理の香りも、天津の脳を刺激するには至らない。彼の脳裏には、工場で見たあの景色がこびりついている。

そして、あそこでエミールに言われた言葉も。

 

『なぜ戦うのをやめないのか』

 

その問いに対し、天津は明確な答えを出す事ができずにいた。彼自身、戦いが好きかと言われるとそこまでではない。極力無駄なリスクは避け、利益だけを享受するのが彼にとっての定石だ。

定石のはず、だ。

だが、現実はどうだ。天津は先陣を切り、ヒューマギアの討伐へと社員達を駆り立てている。ここまで彼を駆り立てるものは何なのだろうか。巻かれるパスタがフォークの銀を隠す程の逡巡の果て、天津はその答えを見出した。

それは、人間の誰もが当たり前のように持つ感情。それは……

 

「食べないんですか?」

 

エミールの問いかけで、天津は我に帰った。

目の前には、苦労して運んだ料理が山積みにされている。手にしたフォークの先端からは、いつの間にか湯気が消えていた。

少し呆けていた程度に思っていたが、時計の針は彼の予想以上に進んでいた。眼前の料理も、元々の量の半分ほどに減っていた。

 

「君は、よく食べるな」

 

天津の感心に、エミールは食んでいた肉をそのまま飲み込み、笑ってみせる。歯の周りには、肉のカスがついたままだ。

 

「はい!!といっても、本来は必要ないんですけどね。嗜む程度です」

 

言葉とは裏腹に、食料は次々と球体の内に消えていく……一体どうやって消化しているのか気になるところだ。天津は笑いながらも、『バイキング形式のものを選んで幸いだった』と胸を撫で下ろした。レストランを訪れていたら、いくら天津の懐には致命的なダメージが加算されていた事だろう。

やがて、食料も減ってきた頃、エミールの食べるスピードも落ちてきた。頃合いを見計らい、天津は自身のフォークを置いた。

 

「どうだ、記憶は取り戻せてきただろうか」

 

「はい!!朧げながらですが、昔の記憶を取り戻す事ができました……でも、一番思い出したい記憶はまだです。一番大切な……あの人の……」

 

首を垂れるエミール。だが、すぐに「えへへ。僕がこんな弱気じゃダメですね」と繕ってみせる。その一連の言動に、天津はエミールの真意を垣間見た。

無理もない。彼は怖いのだ。

これまで天津が彼から聞いた記憶は、どれも美しいものばかりだった。仲間の記憶、自身が過ごした思い出の記憶、美しい風景の記憶……

だからこそ、二度と戻らないであろうその時が愛おしいのだ。そして、一番思い出したい記憶を思い出した時、きっと、彼はそれの素晴らしさに押しつぶされてしまう。それを恐れているのだ。

彼の心情を察し、天津は優しく微笑んだ。

 

「まぁ、時間が制限されているわけでもない。ゆっくりと思い出していけばいいさ」

 

「ありがとうございます」

 

エミールの声が、少しだけ明るくなった。

その笑顔には、これまでに増して信頼の色が濃くなっていたようで、天津は少しだけ調子に乗ってもいいかと思ってしまった。

いいビジネスの鉄則は、相手の信頼を得る事。信頼する相手の言うことは、全て甘い蜜に聞こえるものだ。

天津はわずかに身を乗り出し、「そういえば」とさりげなく切り出す。

 

「検体の件だが、最後の屋敷を回ったら、早速協力してもらえないだろうか。なぁに、ちょっとチクッとするお薬を打ったり、ちょっと眠くなる光を当てたりするだけさ」

 

エミールは「はい」と短く返事をしたのち、すぐに我に帰り、「えぇっ!?嫌ですよ」と否定してみせた。

何がいけなかったというのだろう。確かに、最初に約束をしていた時は、薬や光やアークによる生体レントゲンの事は話していなかったが……

エミールは、フルフルと震え、怯えた眼差しで天津を凝視している。

 

「僕に何をするつもりですか?いいとは言いましたけど、目が覚めたときに手が生えたりしてたら嫌ですよ!!」

 

「大丈夫だ。身体の一部が欠けるなんて事、絶対に起こらない。ウン、オコラナイ」

 

エミールの震えが大きくなる。ここぞと言う時に嘘をつけない自身の信条を天津は強く恨んだ。

 

「なんで少し片言なんですか!!あーもう、怖い人だなぁ……」

 

エミールは少しため息をつき、「いいですよ」と諦めがちにそうこぼした。彼にどんな心の動きがあったかは知らないが、ともかく結果は伴った。天津はほっと胸を撫で下ろす天津に、エミールはまた目の端を尖らせてみせる。

 

「もし何か怖い事があったら、すぐに逃げ出しますからね!!」

 

「分かっているとも」

 

「本当ですね」

 

「本当だとも」

 

「本当に本当に本当ですか?」

 

「本当に本当に、1000%本当だとも。ZAIAの社訓に誓ってもいい」

 

無意味な問答を繰り返し、最終的にエミールはため息をついた。落ち着いた静寂が、2人の周りに流れる。呆れているはずなのに……その表情には、僅かな笑みが浮かんでいた。

 

「天津さんと一緒にいると、懐かしい気持ちになります。昔、こんな人と一緒に旅をしていたような」

 

「それは、さっき名前の上がった人々か」

 

天津の問いに、エミールは派手に頷いた。その反応に、天津は再度、エミールの話す彼らが彼にとってどれだけ素晴らしい人であったかを認識したものだった。

 

「僕達は互いを信頼し合う仲間でした。あの人の妹を取り返すために、僕達は戦っていたんです」

 

「あの人」……先ほどよりエミールが呼称する人物である。エミールのかつての仲間は、巨漢・カイネ、本のシロ、そしてナンバリングされたアンドロイド達という事が推測できる。そして、今彼は『あの人の妹を取り戻すために』と明確に発言した。つまり、おそらく「あの人」はエミールの慕う存在、リーダー格であったのだろう。

エミールの元いた時代では亡き人なのかもしれないが、彼について知る事ができれば、何か彼のテクノロジーについて知ら事ができるかもしれない。

天津は顎に手を当て、追求を進める。

 

「『あの人』は、相当大事な人のようだな」

 

「はい!!僕の大好きな人です!!」

 

エミールは上機嫌で「あの人」の説明を始めた。芸術的なまでに外見が優れていたこと、釣りがうまかったこと、性格は冷徹そのものでありながら、困っている人には優しかった事。

そして、たった1人のために戦っていた事。彼は魔王を打ち倒し、そしてこの世界から姿を消したのだと言う。

自身と共通する点はあれ、天津はその人物を自分に重ねることはできなかった。あらゆる面で対極に位置する飛電或人とも違う。

様々な人物と交流してきた天津だが、彼の知る中に、「あの人」と重なる人物はいなかった。

 

「いい人でした……優しい人でした」

 

エミールはそう締めくくった。「天津さんも……」そう言いかけたエミールの言葉を、天津は「いや」と制した。

そこから先に続く言葉が、彼の勘違いだと知っていたからである。天津、優しい人ではなくあろうと努めてきた自負があったからだ。

 

「君は私をいい人と言った。その言葉にきっと、偽りは無いのだろう。君の仲間も、話を聞く限りいい人だ」

 

天津はそこで一旦言葉を切り、語気を強め声を低く言い切った。

 

「だが、きっと私は彼らとは違う」

 

「どうしてですか」

 

首を傾げるエミールに、天津は「私は、冷たい人だからだ」と返した。その言葉には、これまでの親切な社長とは違う、敵を殲滅する戦士の威あった。

 

「君の大切に思う人々は、私とは違う……もっと優しい人だよ。人の心を考え、譲り合いながら願いを叶える優しい人」

 

エミールは喋らない。騒がしいバイキングの中で、2人の周りだけが静寂に閉ざされている。天津の説得は続く。

 

「だが、それではいけないんだ。優しい人は結局、何も為せず人の悪意に押し潰される」

 

「…………」

 

「何かを成したければ、誰に邪魔されようと覇道を貫く覚悟を決めねばならない。非情になるしかないんだ」

 

そこまで言い切り、天津は改めてエミールを見た。彼は天津を茫然と見ていた。その瞳は空っぽのようで、天津を見ていない。きっとその向こうには「あの人」がいるのだろう。

静寂に包まれる空気の中、エミールは徐に口を開く。

 

「『振り返るな』それが、あの人の口癖でした」

 

「ほう」

 

天津がそう溢したのは、純粋に意外だったからである。「振り返るな」その言葉は、何かを成し遂げようとするものにしか発せない言葉だからだ。

数えきれない二者択一を続けた先に、積み上げ続けた塔の頂から下を眺めようとする自分を諫めるために、その言葉を使うのだ。

エミールは続ける。

 

「僕達は、そう……マモノ……と呼ばれる存在を倒す旅をしていたんです。その中で、大切な人が死んだ事が……何度も、あったはずなんです」

 

エミールの声色からは、長く蓄積された苦悶が感じ取れた。だが、心の内を語った天津は、もう優しい社長ではいられなかった。自身の理想を追い続けるためには、自分の姿を隠すべきではない……天津は敢えて厳しく言い放つ。

 

「死んだ人間は蘇らない。切り捨てて進むべきだ」

 

「彼らを殺したのは、僕なんです」

 

予想を遥かに超える答えに、天津は二の句が告げなかった。天津とて人を殺した事はない。ヒューマギアを始末した事はあるが、実際に意識ある命を殺めた事は無いのだ。

この純真なエミールが、自身さえ経験したことの無い深みを知っている。天津の中でのエミールの姿は、少しずつ変わり始めていた。

エミールは続ける。

 

「僕は人類の敵を殺すために作られた兵器です。この身体には、巨大な敵を殺し尽くすための武器が、山ほど搭載されているんです」

 

「ラボで見せた、あの攻撃か」

 

「アレはただのくしゃみです。本当なら、ビームも出せるんですよ」

 

ビームという言葉に、天津はガタッと椅子を引いた。それは本能的な反応であった。

一瞬遅れて理性が追いつく。くしゃみであのレベルであれば、ビームはおそらく攻城兵器か何かのレベルだろう。

試しに撃たれては堪らない……引け越しの天津に、エミールはクスリと笑んだ。

 

「ここでは、出しませんけど」

 

ほっと胸を撫で下ろす天津を楽しそうに眺め、エミールは笑いながら続ける。灰色の口で、乾いた笑いを、浮かべながら。

 

「僕は、沢山の命を奪いました。その中には、僕の意思に反するものも少なくありませんでした。そんな時、あの人が言ってくれたんです。『エミールは俺達を救ってくれたじゃないか。もう振り返るな』って」

 

「命を奪った事を、振り返るな、か」

 

天津は、自身の中での「あの人」の像が徐々に固まってゆくのを感じていた。その像は、よく似ていたのだ。理想の追求に野心を燃やしていた、ZAIA設立前の自分に。

 

「全部終わってから、振り返ればいいんです。天津さんも人類のために戦うなら、きっといい人です!!頑張って、人類を守ってください!!」

 

「ああ。言われずともそうするさ」

 

エミールへ向けて、天津は手を差し出す。彼に手がない事は知っている。だが、そうせずにはいられなかった。

天津にとって、エミールは最早研究対象ではなかった。自身の思考を打ち明けた友であり、理想の近しい仲間を持つ同志であった。

 

「君は自分の事を人間と言った。ならば、君は兵器の使い手であるべきだ。君が人類のために戦う戦士である事を誇れるように、私も夢の実現に尽力する事を約束しよう」

 

「はい!お互い、頑張りましょう!!」

 

天津の差し出した手に、エミールは口端を突いた。ここに、2人の心の同盟関係が成立したのである。

客も少なくなってきたレストラン……天津はウェイターを呼び、ゴールドカードで会計を済ませた。

レストランのエレベーター内で、エミールが恥ずかしげに話しかけてくる。

 

「僕、天津さんの事が好きになっちゃいました。また、一緒にお食事しましょうね」

 

「ああ」

 

天津もエミールに対し好意的な感情は抱いていた。こうして本心を打ち明けられるのは、彼がこの世界のどこにも属していないイレギュラーだというのが大きかったのだろう。

彼の心は、いつになく晴々としていた。

 

だが、それを引き裂くかのように、頭痛が天津の頭を襲った。

眼前の景色が赤く歪み、頭の奥から声がする。

 

『人間を滅ぼすために我の尖兵となるか、さもなくば塩芥と化すか……選べ』

 

「またか……なんだこの声は」

 

エミールが何か喋っているようだが、声に邪魔されて聞こえない。苛立ち紛れに頭を強く掴むと、声は遠のいてゆく。

エミールの声が、次第に近くなってゆく。

 

「天津さん」

 

その声で、天津は我に帰る事ができた。エレベーターはもうすぐ1階に着こうとしている。

エミールは天津の異変には気がついていなかったようで、独白を続けていた。

 

「僕は昔、ある大事な戦いから逃げました。暴走するのが怖くて、自分が自分でなくなるのが怖くて……」

 

前後の文脈が読めないため、返しようは無い。ただ、自分が自分でなくなる事、先の声も相まって、それだけは他人事のように思えなかった。

 

「もし僕が、その……おかしくなってしまった時は」

 

「言うな」

 

天津はエミールを遮った。エレベーターの扉が開き、光が流れ込んでくる。その光に、天津は先んじて一歩を踏み出した。

 

「私の代わりがいないように、君の代わりもいない。ZAIAの未来を切り開くのは、ほかでもない我々自身なのだから」

 

「……はい!!」

 

天津の言葉に押されるように、エミールも、続けて光へと踏み出した。

 

__________________________

 

 

 

2人が屋敷にたどり着いた頃には、時刻は17時を回っていた。

白一色の石畳を進み、巨大な木製のドアの前にたどり着く。

なんの偶然か、エミールの指定したその屋敷は、天津にとっても因縁のある場所であった。

 

「ここが、最後だな。この近くにある屋敷といえば、これになるが」

 

「外観は少し違いますけど、雰囲気がすごい似てます!!きっと、ここだと思います」

 

リンゴンとチャイムを鳴らす。

同時に、スマホが震えた。何かと思って見てみると、A.I.M.S.の小隊長からメッセージが届いていた。

 

『天津社長、どこにいますか?』

 

短く、そう書かれていた。件名も無ければ挨拶も結びも無い……少なくとも社会人の書くメールではないだろう。呆れてスマホのスイッチを切ろうとする天津だが、瞬間、彼の脳裏を奇妙な想像がよぎった。

もしや、彼らに何かあったのだろうか。

ZAIAはクリーンなイメージで通っているが、裏で行っている大胆な事業故、敵は多い。ましてA.I.M.S.はヒューマギア弾圧の旗頭だ。彼らが襲われたとなれば、すぐに社長である自分が対処しなければならない。

電話をかけ直そうと通話ボタンを押したところで、天津はその手を急ぎ後ろに隠した。

 

大柄な男が、扉を押し開けて姿を現したのだ。

 

髭をもじゃもじゃに生やした男は、目を細めて天津を睨め付ける。彼はこの屋敷の主で漫画家の石墨超一郎である。彼は天津の顔を見るや、鬱陶しいものでも見るかのように顔をしかめた。

威圧的な彼の態度に、天津は笑顔で返す。

石墨がこんな態度をとっているのには理由があった。彼の所有するヒューマギア・ジーペンは、何度か危険な目に遭っている。そして、そのジーペンを破壊する命令を出したのが他でもない天津なのだ。飛電或人の尽力により彼は破壊されずに済んだものの、その身を危険に晒した事は間違いない。

そんなこともあって、天津は完全に石墨から警戒されていた。

 

「ZAIAの社長自ら何の用ですかい?言っときますが、ウチのジーペンはリコールさせませんよ」

 

「ヒューマギアは危険ですよ。痛い目に遭わないうちに、私のいう事を聞いておいた方がいいと思いますが」

 

「余計なお世話だよ」

 

彼の後ろには、男性型ヒューマギア・ジーペンの姿があった。彼の耳についている髪飾り、緑の瞳を見たエミールは、「あれが人類の敵のヒューマギアなんですね」と言い、天津に口を塞がれた。

 

「なんなんだよ、それ?」

 

「我がZAIAが誇る、ヒューマギア廃絶運動促進ぬいぐるみ、エミールです」

 

いけしゃあしゃあと答える天津。石墨も嘘だとは思わなかったのだろう、それ以上の追求をする事はなかった。

 

「ヒューマギアは危険なので是非とも回収させていただきたい所ですが……」

 

そう前置きしつつ、天津は彼の背後に姿を現したジーペンに一礼して見せた。彼なりの敵意はないという感情の現れである。

その礼儀正しい仕草に、石墨も若干面食らったようであった。

 

「まぁ、事を荒立てたくないのはこちらも同じです。今日はぜひ石墨先生の仕事場を見学させていただきたくお伺いしたわけですから」

 

「俺の仕事場ねぇ……普段ならアポ無しだと困るんだがな」

 

石墨はエミールへと手を伸ばした。けむくじゃらの手に少し体を震わせるエミール。石墨は「固いし、震えてるな」とエミールを撫で回すが、その度天津は「新商品です、バイブ機能付きです」とごまかした。

やがて、満足したのか石墨は扉を大きく開け、天津を中に招き入れた。

 

「まぁ、こいつの可愛さに免じて許してやるよ。好きに見てきな」

 

「ありがとうございます」

 

天津は一礼し、屋敷の中へと足を踏み入れる。西洋風の建築ではあるが、中はコンピューターや漫画のキャラクターが描かれたパネル等で溢れていた。

 

「あ、あぁ……」

 

エミールは口を大きく開き、呆けているようであった。

明らかに西洋の雰囲気をぶち壊しているその内観に、天津は顔をしかめる。立体的な三次元の芸術の側に、低俗な二次元の異物が置かれている……これでは、たとえエミールがここの屋敷にいたとしても、記憶の復元は望めないだろう。

この悪趣味な漫画シリーズを全て撤去して貰おうかとも考えたが、客分として来ている手前そうも行かない。

とにかく、この漫画のないところ……例えばそう、庭などへ行こう。

天津はエミールを抱えたまま、進路を庭へと向ける。

 

「エミール、庭の方を……」

 

天津の言葉を遮り、エミールは「ああっ!?」と叫んだ。天津が驚いてエミールを取り落とすと、球体は床に跳ね、その勢いで前進し始めた。

天津も追って駆け出すが、凄まじい勢いのエミールを視界に捉えるのがやっとである。

 

「この通り、見覚えがあります!ここをまっすぐです!」

 

「あ、ああ」

 

「そこの突き当たりを左に!!」

 

「わ、分かった」

 

迷路のような屋敷を、エミールは迷うことなく進んでゆく。屋敷には幾つもの部屋があり、曲がれど曲がれど長い廊下が続いていた。エミールの姿が段々と遠くに離れてゆく。

 

「そこを抜けると、庭があるはずです!!」

 

そう言って、エミールの姿が角から消えた。

天津はその時には息も絶え絶えであり、壁に手をつき、やっとの思いで角を曲がる。

 

「この庭が……どうか……したのか……」

 

果たして、エミールはそこにいた。二次元の温床とは違い、石造りの質素な噴水がある庭。不気味な程に日の当たらないその場所は、木が生えそろい、お世辞にも綺麗な庭とはいえなかった。

 

「ここは……やっぱり……ッ!?」

 

「どうした?やはり見覚えがあるのか」

 

天津が駆け寄っても、エミールは彼の方を向こうとしない。ただ「あぁ……うぅ……」と唸り、独り言を繰り返すばかりだ。

この何の変哲もない庭に何があるというのだろうか。天津が噴水に近寄ろうとしたところで、エミールの独り言が大きくなった。

 

「ここは……昔、僕は……人を石に……」

 

「人を、石に?」

 

聞き逃せない言葉に、天津はエミールの方を振り返る。そして、戦慄した。

エミールの瞳は、赤く光っていた。それもただの赤ではない、輝きを纏った、濃く紫みを帯びたワインレッドの赤である。

空気が振動し、あたりの木々がざわざわと悲鳴を上げる。眼前で起きる事態の異常さに、天津は反射的にサウザンドライバーを構えた。

 

「僕は、兵器です。でも、僕は保険の兵器……とある人が暴走したときに備えて、それを止める、為のっ!!」

 

「エミール!!どうしたんだ!!」

 

エミールは震えている。天津の言葉も届かないようだ。彼の震えに合わせ、空気の振動も大きくなってゆく。

いや、それだけではない、心なしか眼前のエミールが大きくなっている気がする。

 

「ああああぁぁぁっ!!」

 

途端、エミールは絶叫にも近い悲鳴を上げた。悲鳴は振動となり、天津の身体を吹き飛ばす。宙を舞った彼の白軀は噴水に叩きつけられ、派手な水しぶきを上げた。

 

「エミール!!」

 

振動に潰されかける鼓膜、水に濡れた視界……五感を潰されならも天津は叫び、噴水から這い出した。振動に耐えながらエミールの元へと歩み寄る。

そこで、振動は止んだ。

辺りには、風ひとつない静寂が帰ってくる。空は曇り、世界は灰色だ。不気味なまでの静けさが、庭を埋め尽くす中で、天津の背丈ほどまでに巨大化したエミールの、抑揚のない声がした。

 

「僕は、実験体7号……人類の敵を、抹殺する」

 

瞬間、エミールの目から放たれた熱線が、屋敷の一角を破壊した。その衝撃波に天津は尻餅をつき、轟音と熱に顔を覆う。

熱線の通った跡には赤熱した石や草木の跡が残っており、その威力の凄まじさを物語っていた。

 

「エミー、ル?」

 

エミールはゆっくりと天津の方を振り返る。虚に赤く光る両の瞳、それは天津を見ているようで、見ていなかった。

見つめ合う二人、その中で、エミールの瞳に光が集まってゆく。

瞬間、静寂を切り裂く者があった。

 

「おい!!アンタ何やってんだよ!!飛電の社長を呼んだからな。そこの変なの連れて、とっとと出てってくれ」

 

姿を現したのは、屋敷の主・石墨超一郎その人である。その言葉で我に帰った天津は、前転してエミールの斜め右へと体を滑り込ませた。直後、高出力のレーザーが天津のもといた場所を焼き切り、噴水を真っ二つに切断した。

 

「何だ、あれはッ!!?」

 

水の跳ね狂う庭を、石墨とジーペンは唖然と見つめている。エミールの身体がゆっくりとこちらを向き、その視線の先がジーペンに映る。

エミールはゆっくりと「ヒューマギア、発見」と言い、目に赤紫の霊光を溜め始めた。

 

「行くぞ!!」

 

呆然とする石墨の手を引き、天津は駆け出す。

 

「ヒューマギアは、人類の敵!!人類の敵は、殺すッ!!」

 

瞬間、高出力のレーザー砲が放たれた。レーザーは石墨の背を掠め、屋敷の一部を爆散させる。すんでの所で攻撃を躱した3人は、あの長い廊下を全力で駆ける。

天津を先頭に、ジーペン、石墨……そのふくよかな体型のせいか、石墨は既にグロッキー状態だ。

 

「早く逃げろ!!あのレーザーに焼かれたら、即死だぞ!!」

 

後ろを振り返らずに走る天津。3人の背後では凄まじい爆音と破裂音、そして、低い声で「どこーだー」と聞こえてくる。

天津はエミールの変貌について考えを巡らせる。

 

(今エミールは暴走状態にある……なんとかして鎮めなければならないが、捕まれば、それこそただでは済まないだろうな。最悪、消されるかもしれない)

 

ZAIAの未来を担う天津にとって、それは不都合な事であった。

背後で石墨が「てか、何なんだよあれ」と喚く。ジーペンが首を傾げる中、天津は短く、「未来の生物兵器だ」と答えた。

「なんでそんなもん連れてきたんだよ!!てか、アンタ仮面ライダーなんだろ?俺たちの事守ってくれよ」

 

「ヒューマギアを連れてる奴のことなど知らん!!奴の目的はおそらくそのヒューマギアだ……それをヤツに差し出すのが、今できうる最大の防御だ!!」

 

天津はそう言い捨てると、出口とは違う方向へと走り出した。すぐ近くまで来ていたエミールは、出口に向かう石墨達を追って行った。

理想を叶えるためには、自分が生き残るしか無い。天津はそう判断し、あえて最短距離を彼らに譲ったのである。

作戦は功を奏し、遠くから爆発音が聞こえてきた。

 

「とはいえ、このままだと私も危ないか」

 

天津はサウザンドライバーを腰元にセットし、二つのキーを展開した。音が漏れないようにベルトを手で押さえる。

 

『BREAK HORN』

 

「変身ッ」

 

囁くように言い放ち、天津は密かに仮面ライダーサウザーへと変身した。サウザーの力により身体能力と互換が強化された天津は、その聴覚でジーペン達の様子を把握する。

どうやら彼らも逃げ切れたらしい。エミールは屋敷の上空を旋回しているようだ。

 

「エミール、いずれ行くぞ」

 

そろりそろりと屋敷の外に出る天津。

しかし、車の方へと向かう天津の前に、見知った顔が3つ現れた。

 

「何やってんだよ、天津社長」

 

いたのは、飛電或人と不破、刃の3人だ。ZAIAに歯向かい、飛電製作所なる小さな組織にいる事を余儀無くされた反逆者達である。

 

「君達は……飛電或人とその取り巻き」

 

「取り巻き呼ばわりか。まぁ、間違ってはいねぇな」

 

不破は天津を前に不敵に笑んだ。その手には、エイムズショットライザーが握られている。戦意満杯と言った調子で、刃も続く。

 

「お前の部下だった頃より、こっちの方が余程居心地がいい」

 

「Gペンに手は出させない。俺たちが相手だ」

 

ライジングホッパーキーを手にした或人が正面に立ち、3人は並んでキーを展開させた。

 

『JUMP!』

 

『BULLET!』

 

『DASH!』

 

キーは思い思いの音を立て、ベルトに吸い込まれてゆく。

変身した彼らは息の合った動作で空へと跳んだ。

 

「行くぞ!!」

 

対抗するように、サウザーも足に力を込める。だが、跳躍の瞬間、黄金の軀体は銃撃によって弾き飛ばされた。銃撃は鞭のように地面を這い、着地したゼロワン達をも襲撃する。

 

「なんだ!?」

 

銃撃のした方を振り返ったサウザーは、己の目を疑った。そこにいたのは、特務機関A.I.M.S.の隊員達だったからである。

 

「天津社長、ここにいましたか」

 

隊長と思わしき男は、銃を向けながら、笑顔でサウザーに語りかける。その目はエミールの光線と同じように赤く、彼の周囲の空気は歪んでいるようだった。

 

「お前たち、何があった」

 

サウザーの質問に答えず、隊員達はプログライズキーを起動させる。瞬間、彼らの身体が、いや、その骨格が変わり始めた。

 

「なんだ、アレ」

 

或人がそう零す中で、隊長は腰があった場所のベルトにキーを滑り込ませた。隊員服に身を包んだ彼らの全身には鎧が展開され、顔面の赤い、四つ足の化け物へと変貌してゆく。

気がつくとさらに3匹、白面の怪物達が天津達の周りを囲んでいた。

 

「人類は、滅亡させます」

 

隊長の言葉を皮切りに、化け物達は一斉にゼロワンとサウザー達に飛びかかった。




第4話をお読み下さり、ありがとうございます。

スローペースで進んでいた物語ですが、ここで大きな転機を迎えます。次回はいよいよ最終回、2人の物語がどのような結末を迎えるのか、楽しみにしていてください。

次回は1週間後と言いたいところなのですが、最近仕事が忙しくなり始め思うように執筆が出来ないのが実状です。なので、1週間を目安になるべく早くの投稿とさせて下さい。

※同じものをPixivにもあげています。


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最終話:震える石墨邸(前編)

これまでのあらすじ
未来から来た元人間の球体・エミールと遭遇したZAIAエンタープライズジャパン社長の天津垓は、彼の記憶を取り戻す手伝いをする事に。記憶を取り戻す旅を続ける内、彼らは互いに心を開くようになり、お互いを仲間と認識し始めていた。そんな中、かつて自分が暮らしていた屋敷を見てしまったエミールは、過去の記憶が原因で暴走してしまう。止めようとする天津だったが、その前には、変貌したA.I.M.S.の隊長が立ちはだかるのだった。


A.I.M.S.隊長だった怪物……レッドアイが赤熱する眼窩より放ったレーザー線。熱く、太く、赤いその熱線は、まとわりつくように湿った空気を突き破り、曇天の雲間に穴を開けた。

それが合図だったかのように、ゼロワン達を取り囲んでいた3体の怪物達が一斉に彼等へと飛びかかる。サウザーは彼等の一体をすれ違いざまに槍で一閃し、遠方で赤眼をギラつかせるレッドアイへと突撃した。

 

「ふんッ!!」

 

緩やかな助走と共に動き出した金色の鎧軀がアスファルトの地面を疾走する。サウザーは己の槍の射程距離に標的が入るや否や、瞬時に腰を落とし、刃先が消えんばかりの鋭い一撃を放った。

コンクリートをもたやすく粉砕するサウザーの槍撃。万全のタイミングで放たれた一撃である。

だが……

 

「何ッ!?」

 

しかし、レッドアイは構える事もなく軽々と受け止めた。

レッドアイの外見は、赤眼を除けばバトルレイダーそのものであり、体軀はサウザーとそう変わらない。だが、サウザンドジャッカーの芯まで伝わる強大な膂力は、まるでアフリカ象のそれである。

サウザーは警戒を強めながらも、グリップを握る手に力を込める。

 

「君達A.I.M.S.は私の道具……道具風情が主人手を噛むとは、どういう了見だ?」

 

「簡単ですよ天津社長。我々は新たな主の命に従い動いております。人類滅亡のためにね」

 

「人類滅亡、だと?」

 

その単語から天津が連想したのは、自身がかねてより敵対するヒューマギア達の姿だった。

 

【滅亡迅雷.net】

 

人間の悪意をラーニングした巨大衛星アーク。そのアークは、己の尖兵として強力な4人のヒューマギアを使役しているのだ。彼等は人類を滅亡させ、ヒューマギアを中心とした新たな世界を作るために活動しており、これまで多くの人類を傷つけてきた。

天津は当初彼等を淘汰圧として利用しようと考えていたが、予想を上回る速度で勢力拡大を続ける彼等は、ZAIAにも少なくない痛手を与えていた。

 

人間がヒューマギアに屈するなど愚の骨頂……A.I.M.S.隊長の発言に、サウザーの怒りは一瞬で頂点へと達した。

 

「ヒューマギアに魂までも売ったか!!」

 

鋭い恫喝にも、レッドアイはまるで動じる様子を見せない。サウザーが槍を引こうと力を込めた瞬間、背後で爆音が轟いた。

レッドアイを突き放し、サウザーは音の発生源を振り返る。爆炎に包まれる玄関前……そこでは、ゼロワン達が巨大な怪物達に苦戦しているようであった。

 

「おい刃!?ZAIAはこんなものまで開発してたのか!?」

 

「知らない……こんな破壊兵器は、あったとして私の管轄外だ!!」

 

バルカンは既にランペイジバルカンにフォームチェンジしており、怪物に苦戦するバルキリーを助けている。2人が一体の怪物を相手にしている間、ゼロワンはメタルクラスタの力で他の怪物達を足止めしていた。

しかし、怪物の膂力は尋常ではないらしく、展開される鋼色の盾にはヒビのようなものが随所に見て取れる。

状況はどう見ても劣勢だ。

寸刻の逡巡の後、サウザーはレッドアイに背を向け、ゼロワンを襲う怪物達へと槍の穂先を向けた。

 

「これは我が社の不祥事……ここは、私に任せてもらおう」

 

黄金槍サウザンドジャッカーのスロットには、既に金色のアメイジングコーカサスプログライズキーが装填されており、槍の芯にエネルギーを蓄えている。

サウザーはトリガーを引くと共に、怪物達目掛けて槍を投擲した。

槍は放物線を描き、怪物のうち一体の頭蓋を貫いた。

 

『THOUSAND BREAK ©︎ZAIAエンタープライズ』

 

糸が切れたように動かなくなった怪物……その周囲から、半透明の動物型エネルギー・ライダモデル達が飛び出す。

 

「これは……デルモの時の」

 

8体のライダモデル達はそれぞれ思い思いに怪物達を攻撃し、怯ませてゆく。

目を丸くするゼロワンに対し、サウザーはフフと得意げに笑ってみせた。

 

「コイツらの自律操縦を可能にした。コイツら程度、これであしらっておける!!」

 

サウザーは「さて……」と、レッドアイの方を振り返った。レッドアイは先と変わらず屋敷前の道路の中心に佇んでおり、意思を感じない不気味な赤眼で天津を見つめている。

対するゼロワンとサウザー、並び立つ双つ。仮にも仮面ライダーを知る者であればその脅威は瞬時に見抜きうるはずである。

しかし、それでもレッドアイは身動ぎ一つしない。余裕とも取れるその挙動が、2人を警戒させる。

 

「アレはただのバトルレイダーではない。恐らくは滅亡迅雷の連中に操られている。不本意ではあるが、ここは君に協力してやろう」

 

「……」

 

ゼロワンから返事は無い。

元より好意的な返答など期待していなかったサウザーは、肩を竦め走り出そうとした。

しかし、その進行を阻むように、ゼロワンの腕が差し出される。そこには、先程怪物達の方へと投げられたはずのサウザンドジャッカーがあった。驚くサウザーの前に出るように、ゼロワンはセイバーを構えた。

 

「アイツを倒したら……納得いく説明、してもらいますからね」

 

「いいだろう!!」

 

サウザンドジャッカーを受け取り、天津はゼロワンの肩を叩いた。

気合十分に、2人は……駆け出す。

左右に分かれ、ゼロワンとサウザーはレッドアイへとの距離を詰めてゆく。凄まじい脚力はアスファルトの大地を砕き進んでゆく。

 

10m……5m……3m……

 

「フン!!」

 

残り1mを切った瞬間、三者は三様に動いた。レッドアイがゼロワンへ向けて拳を突き出したのである。唸る豪腕は衝撃波を纏い、拳圧だけでアスファルトの道路を粉々に砕く。

だが、それが2人に当たる事はない。

攻撃を見切ったように、ゼロワンは空へ飛んでいたのだ。サウザーは姿勢を低く槍を突き出す事で、レッドアイの追撃を妨害する。

腹部から散る火花。本来であれば昏倒必至のその攻撃にも、レッドアイは動じない。

 

「我が神に逆らいますか、天津社長」

 

レッドアイは焦る様子もなく、自身の腹部に突き刺さったサウザンドジャッカーを力で引き剥がした。サウザーはそれを取り返さんと束を握る手に力を込めるが、レッドアイの膂力は凄まじく、びくともしない。

 

「あなたにも神の声は聞こえているでしょう?何故逆らうのです」

 

「生憎私は無神論者なんでね。自分の神話くらい、自分で作ってやる……君達、仮面ライダーの神話をな!!」

 

サウザーが槍を手放すと同時に、ゼロワンの放った銀の斬撃がバトルレイダーの頭部から火花を上げさせた。

赤眼を点滅させ、バトルレイダーは2、3歩後退する。だが、ライダーたちの追撃は止まない。

果たして……サウザーは彼の懐に潜り込んでいた。突き刺したサウザンドジャッカーのレバーを引き、バトルレイダーの力を奪ったのである。

 

「インベイディングホーク……バトルレイダーのテクノロジーを返してもらった。雑兵の身に余るその力で散るがいい!!」

 

トリガーが引かれるや否や、レッドアイの懐で爆裂的な火花が上がった。レイドライザーに装填されていたプログライズキーのデータを元に、サウザンドジャッカーが攻撃を行ったのである。

槍の穂先が赤熱する程の超絶的な火力に、赤眼の怪人もついに膝をつく。

 

「覚えておけ。これが、ヒューマギアを超える人間の力だ」

 

「あなたは勘違いをしている。私の神はあれらのような矮小な絡繰人形などではありません。あなたも、時期それを解ることになる」

 

「くだらん。人類を滅亡させようとしているのが貴様の神なら、私はそれにも抗うだけだ!!」

 

サウザンドライバーのスイッチを入れ、サウザーは天高く舞う。レッドアイは両腕を交差させて防御するも、その両腕は突如として現れた銀の枷に囚われた。ゼロワンのメタルクラスタの力が、彼の両腕を捕らえたのである。

 

「邪魔ですよ、ゼロワン」

 

「悪いけど、これ以上石墨さんの家は荒らさせない!!」

 

両腕に力を込め、レッドアイは枷を引きちぎった。だが既に、虹色のエネルギー波を纏ったサウザーの爪先は、赤眼の眼前まで迫っていた。

 

「はああっ!!」

 

両腕を封じられ動けなくなったレッドアイのこめかみに、サウザーの渾身の蹴りが命中した。

 

『THOUSAND DESTRUCTION ©︎ZAIA』

 

レッドアイは爆散し、装着者の体がアスファルトの地面に放り出される。彼の身体は、サウザーが蹴っても揺すってもピクリとも動かない。

彼の意識が完全に絶たれていることを確認したサウザーは、ふうとため息を一つ吐くと、ポンとゼロワンの肩を叩いた。

ゼロワンは心底嫌そうに彼の手を振り払ったが、やがて思い直したように「ありがとうございました」と小声で繕った。

 

「後はお前だけか」

 

武器を構えて近づいてくるバルカン達を、ゼロワンが制する。

 

「今は、敵じゃない」

 

「なに……?」

 

バルカンは今にも銃を撃たんばかりの勢いだ。バルキリーも銃を下ろしてこそいるものの、鋭い殺気を消してはいない。

ゼロワンはバルカンの射線とサウザーの間に身を割り込ませた。

 

「怪物を倒してくれたのは天津社長なんだ。それに、今は石墨さんとジーペンを助けないと」

 

舌打ちと共に、バルカンは銃を下ろした。

もう周囲から戦闘の音は消えている。石墨邸の前には、三体の怪物達が転がっていた。どうやら、ライダモデル達は彼らの排除に成功したらしい。

サウザーは身を翻すと、未だ火の手の上がる石墨邸へ取って返した。警戒の面持ちで見つめる三者に向けて、サウザーはサウザンドジャッカーを地面に突き刺した。

 

「飛電或人……邪魔者はいなくなった。あのヒューマギアの事は好きにするといい。私はエミールの元へ向かわなくてはならないのでね」

 

エミールの暴走は収まったのだろうか。

戦いが終わり鎮まっていた鼓動が、思い出したかのようにサウザーを責め立てる。

背中を押されるように、サウザーが火の元へと駆け出したその瞬間……彼の背後で、気絶してたはずのレッドアイが立ち上がった。

 

「おいッ!!?」

 

バルカンの叫びと共に、レッドアイはサウザーの元へと駆け出す。

全身を覆う防護服は傷だらけで、さながら重傷者のそれであるというのに、レッドアイは何の支障もないとばかりにサウザーの元へと疾走する。その姿は、生物とは思えない不気味さを醸し出している。

地に突き刺したサウザンドジャッカーを抜き放ち、再び構えるサウザー。

 

瞬間、赤い熱線がサウザーの視界を遮った。

 

「今のは……ッ!?」

 

状況を把握する間もなく、熱線はサウザーを焼いた。サウザーの装甲すらも軽く焼き払うそのエネルギー量に、サウザーはたまらず変身解除に追い込まれる。

熱線は次いで、荒ぶるようにゼロワン達を襲う。

 

「なっ!?」

 

辛うじて熱線を躱すゼロワン達。レッドアイの身体が、天津の眼前で砕け散る。歪む視界の中、ゼロワン達の前に立ちはだかったのは、小型の熱気球程にも膨れ上がった灰色の球体だった。

 

「なんだ、コレ……?」

 

飛電或人の問いに答えるかのように、天津は「エミール」と呼びかける。先程の傷が深すぎたのだろうか。その声は酷く弱々しい。

 

「僕は……兵器!!人類の敵は、殺すッ!!」

 

球体……エミールは、赤く染まった瞳で辺りを睨み散らすと、ゼロワン達へ向けて突進した。遥かに体軀で勝るエミールは、ゼロワンの展開した銀の盾を軽々と突き抜け、奥にあったその身体を遥か先の草むらまで吹き飛ばした。

 

「どういう突進力だ!?」

 

刃が驚きの悲鳴を上げる間に、エミールの両眼から赤紫の怪光線が放たれた。周囲の大気をコレでもかと言わんばかりに揺らしたその凄まじいエネルギーの轟線は、ゼロワンの消えた方角で大爆発を引き起こす。

 

「おい刃!!アレもZAIAの新型か?」

 

不破の問いに、刃はうんざりしたように「だから私に聞くな」と叫ぶ。

両者がエミールの背に向けて武器を構える中、天津だけが、倒れたその身でエミールへと手を伸ばしていた。

 

「エミール……よせ……」

 

灰色に煤けたその身では辿り着くことは叶わないと分かっていても、焼けて血の滲んだその手が届かないと知っていても、天津は手を伸ばす。

 

「君は、私の……希望だ……私が……君の約束を叶えてみせる……」

 

天津のかすれ声を切り裂くように、バルカンとバルキリーによる銃撃がエミールを襲った。鉄をも貫く銃撃も、球体には傷一つつけることができない。だが、攻撃はエミールを2人の方へと振り向かせた。

釣り上がったその両眼は、2人を……いや、その奥で倒れる天津を垣間見た一瞬、あの丸い人懐こいものへと戻った。

 

「天津さんは、いい人。いい人の敵は、人類の敵。でも、僕はへい……きッ!!」

 

束の間、空を舞うバルキリーの銃撃が、エミールの左眼に直撃した。薄まりかけていた両目の赤化が、再びその深度を増してゆく。

エミールは凄まじい速さでその身を回転させると、やたらめったらに熱線をばら撒き出した。バルカンは身をかがめることで辛うじて躱すが、空中にいるバルキリーはそうも行かない。間も無くして、熱線がバルキリーの羽を焼いた。

 

「ぐうぅっ」

 

「刃!?」

 

バルキリーの変身が解除され、刃の細身がアスファルトに打ち付けられる。打ち所が悪かったのか、彼女は起き上がってこない。

残されたのはバルカン1人。

だが、絶体絶命の状況に追い込まれても、彼は前へと歩を進める。その手の内には、ランペイジガトリングのプログライズキーが青い光を放っている。

 

「なんだか知らねぇが、手加減はしねぇぞ」

 

バルカンは気合十分に、キーの上部に取り付けられたシリンダーを回した。

 

『RANPAGE BULLET』

 

シリンダーの回転を待たずして、展開させられたキーの先端がショットライザーに装填される。未だ回転を続けるエミールへ向けて、バルカンはショットライザーの引き金を引いた。

 

『FULL SHOTRISE』

 

ショットライザーの銃口より放たれた弾丸は半透明の動物型ライダモデルの形を取り、エミールの灰軀を攻撃する。回転して熱線を放ち続けていたエミールも、その攻撃にたまらず停止した。

ライダモデル達は次々とバルカンの元へと舞い戻り、アーマーへこ姿を変えて彼の左身に装着されてゆく。

 

『Gathering Round! ランペイジガトリング!

マンモス!チーター!ホーネット!タイガー!ポーラベアー!スコーピオン!シャーク!コング!ファルコン!ウルフ! 』

 

やがて、七色のフィンが彼の顔面の左半分へと装着された時、そこには青の鎧に身を包んだ戦士、仮面ライダーランペイジバルカンの姿があった。

奇しくも天津の前に立つように、バルカンはエミールに向けてショットライザーを構える。

 

「ZAIAの兵器は、俺が一つ残らずぶっ壊す!!」

 

そう叫ぶや否や、バルカンはエミールに向けて突進した。

天津にとっては最悪の状況で、ZAIAの粋を結集した現代最強の兵器と未来最強の兵器は激突した。

 




最終話(前編)をお読みくださり、ありがとうございます。

最終回を前編後編と分けてしまうことになり大変申し訳ありませんが、週一回の更新を途絶えさせたくなく、この手法をとらせていただきました。最近は忙しさも鎮静化の兆しを見せ、ようやく執筆をする余裕が出てきました。このシリーズもラストスパートまであと少しなので、頑張って駆け抜けていこうと思います。

次回の更新は、今週の日曜日とします。お楽しみに……

※同じものをPixivにも投稿しております。


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最終話2:震える石墨邸(後編)

これまでのあらすじ
巨大企業ZAIAエンタープライズジャパンの社長・天津垓は、ひょんな事から未来人のエミールと出会い、彼の記憶を取り戻す手伝いをする事に。最後の記憶を取り戻すために向かった石墨邸で、エミールは最後の記憶を取り戻すが、同時にその重さに耐えきれず暴走してしまう。彼の暴走を止めようとする天津だが、怪物レッドアイとゼロワン達に邪魔をされてうまくいかない……そんな中、暴走したエミールがゼロワン達と交戦を始めてしまう。


巨大化したエミールとランペイジバルカンの戦いは、さらに激しさを増していた。

バルカンを明確に敵として認識し、周囲にバランスボールほどの炸裂型エネルギー機雷……通称エミール玉を山ほど展開する。飛電のラボの外壁をも打ち砕く絶大な威力の機雷である、触れればいかに重装甲を誇るバルカンと言えどタダでは済まない。

だが、対するバルカンもさるものである。背面に展開したファルコンの羽で空を駆け、そして脚に展開したチーターの爪で地を蹴り、対空する機雷の雨を躱しながらエミールに的確な一撃を送り込むのである。

直撃を受けるたび、その方向に熱線を放つエミールだが、予備動作のある鈍重なビーム攻撃は、既にバルカンに見切られつつあった。

 

その戦局を歯がみしながら見ているしかない男が1人。ZAIAエンタープライズジャパン社長の天津垓である。

エミールの不意打ちを受け完全に戦闘能力を喪失した彼は、もはや立ち上がる事すら出来ずにいた。服を血と煤に汚し、地を這い、少しでも戦闘に近づこうとするその姿に最早エリート社長の面影はない。だが、それでも彼は、立ち上がろうと全身に力を込める。

彼は知っている。エミールの無垢を、バルカンの正義感を、そして眼前で行われている戦闘の無意味さを。自身に余力があれば、バルカンを止め、エミールの暴走を抑えられるのだ。

思考の中で幾多にも展開されるビジョンに、手が届かない事への言いようのない悔しさ。それが、天津の全身を押す力となっていた。

 

そんな彼の眼前で、戦局が動いた。

エミールの背面を、銀の斬撃が襲ったのである。驚きクルクルと回転する彼の周囲に、銀鉄の結晶塊が次々と生成されてゆき、それらは剣の形をとって機雷を切り裂き始めた。

結晶をレーザーで攻撃しようとするエミールの正面で、ランペイジバルカンがショットライザーを構える。正面への警戒を怠っていたエミールは、火、氷、毒の3つのエレメントを持つバルカンの攻撃をまともに受けてしまった。

轟音と共にエミールの巨体が大きく跳ね上がり、遠くの地面まで弾き飛ばされる。苦悶に表情を歪ませながら、エミールはまた周囲に機雷を展開させた。

 

「う、うぅっ!?な、何が……?」

 

「エミールッ!!メタルクラスタには惑わされるな!!確実にバルカンから撃破するんだ!!」

 

エミールを妨害した攻撃がメタルクラスタによるものである事は、天津には瞬時に理解することができた。その対処法も天津はよく知っていた。ゼロワンメタルクラスタホッパー……全身を覆う強固な新素材飛電メタルを利用し、多方面からの遠隔金属攻撃を行うライダーである。

剣にも盾にもなる金属は、一見無敵にも見えるが、対処法は数多存在する。銀の結晶を操る本体を攻撃してしまえばいい、結晶を躱しながら攻撃してしまえばいい。結晶の制御など届かない位置から遠距離攻撃してしまえばいい。これまでの天津に出来なかった事であり、それら全て、エミールなら可能な事である。

だが、天津の声は、銃声と爆発にかき消され、エミールには届かない。

やがて、草葉をかき分けてゼロワンの銀鎧が姿を現した。その手には新緑の長剣・プログライズホッパーブレードが握られている。バッタが描かれたその剣は、飛電メタルを制御する超高圧のブレードなのだ。

前門のゼロワン、後門のバルカン。

飛電テクノロジーの最高峰たる銀鉄の結晶群と、ZAIAテクノロジーの結晶たるライダモデル。未来の超技術を操るエミールさえも、彼らの速度に、手数には後塵を拝するしかない。

 

「効いてるみたい!!」

 

「このまま続けるぞ」

 

ゼロワン放つ銀斬撃の雨霰は鋼鉄とも思われたエミールの背面を僅かずつ削り、バルカンの銃撃は巨体を確実に怯ませていた。

天突くほどの巨体は、度重なる攻撃によりその場から動く事すらできない。心なしか、その大きさも少しずつ萎んでいるようにさえ思える。

 

「やめろ……エミールは、人間だ。ヒューマギアではない……人間だ」

 

かすれた喉で、届かない声を発する天津。

彼の心中を埋めつしていたのは、紛れもなく慚愧の念であった。エミールを兵器として見てしまった、自分の隣で肩を並べて戦う友として見てしまった自分への叱責。

眼前で戦うエミールは、あれほどまでに苦しんでいるというのに、彼をあまつさえ戦いの最先鋒に駆り立てようとしていた数時間前の自分を、天津は恥じた。

 

バイキングで天津が考えた事。

人が戦いを止めることができない理由、人を戦いに駆り立てるもの。それは恐怖である。自身が恐怖に駆り立てられている事をごまかし、人は皆戦っている。天津とてそれは例外ではない。純粋な成長を続けるヒューマギアに人類の、ひいては自分の株が奪われる事が怖いからこそ、あらゆる策謀と力を以って彼らをねじ伏せるのである。

 

だが、違う。

 

今、天津の胸中を支配し、彼の心臓を動かし、ズタズタになった足の筋繊維を動かすこの心は、決して恐怖などではなかった。エミールを助けたい、すべてを犠牲にしても。その想いに、名前がつけられぬまま……

 

「ヒューマギアは道具だ……それは間違いない。だが、君は、道具ではない」

 

天津は音もなく立ち上がった。

白の衣がズタズタに裂け血に滲んでも、震える両の脚で彼は立ち上がる。斬撃と銃撃の嵐風を耐えるエミールに、彼は今度こそ叫んだ。

 

「聞こえるかエミール!!」

 

彼の渾身の叫びは、そこにいる全ての動きを止めた。武器を構えるゼロワンとバルカンの横を通り抜け、天津は傷だらけのエミールの元へとたどり着いた。

今にも倒れそうなその身体で、天津はその頭を優しく撫ぜる。

 

「なんだ?」

 

「あまつ、さん」

 

最早子供の背程まで小さくなってしまったエミール。その弱々しい声に、天津は毅然として答える。

 

「ヒューマギアは道具だ。我が社の社員も同じ。全ては私の道具に過ぎない」

 

「アイツ……」

 

拳を振り上げかけたバルカンを、ゼロワンが制した。バルカンも分かっているのだろう、生身の天津に対し、それ以上の攻撃を続けることはしない。

天津は掠れる声を絞り出すように、続ける。

 

「だが、人類のために自ら戦おうとするお前は、道具ではない。立派な兵器だ」

 

「あまつ、さん……」

 

エミールの表情が、寂しそうに落ち込む。天津は彼の頭に乗せる手を、硬く握った。

ゆっくりと、しかし強く、エミールのデコをその拳で突く。

 

「だが、それの何が悪い!!お前が兵器なら、私も兵器だ!!私は、人類の一人として、ヒューマギアと戦える事を誇りに思う!!君も、そのために機械生命体と戦ってきたんだろう!!」

 

「!?」

 

エミールは瞳を見開き、天津を見つめている。驚きと悲しみに埋め尽くされていたはずのその表情が、少しずつ惚けてゆく。

曇天が、一粒の滴を彼の頭にもたらした。

模様にしか見えないはずの両眼から、一筋の涙が伝っているかのように。雫は次々とエミールの、天津の全身を濡らしてゆく。

 

「兵器である事を誇れ。戦士である事を誇れ。君の戦果は、私が讃えよう。だからエミール……自分を取り戻せ!!」

 

鎧を纏わない天津の言葉に、エミールは呻き声を上げながら身を震わせる。歯を食いしばり、息を荒くさせ……その身体が、徐々に元の大きさに戻ってゆく。

その灰色の巨体が天津の胸に収まる程の大きさに戻った瞬間、天津はエミールを抱き抱えた。

 

「エミール!!」

 

天津の腕の中で、エミールは力なく笑っている。酷く衰弱しているのだろう、あれほどに丸かった眼は細くなり、雨に濡れた身体はずっしりと重かった。

 

「ごめん、なさい……あまつさん……僕は、また。自分を……おさえ、られなくて」

 

「謝る事じゃない。その礼は、後できちんと君の体からもらって行こう」

 

「痛いのは、いや……ですよ」

 

そう言い残し、エミールは目を閉じた。幸せそうに、口を少し開けて、眠りに落ちたようであった。

 

「今は、ゆっくり休め」

 

天津はふらつく身体で、エミールを近くのベンチまで運んだ。お姫様でも寝かせるように彼を横たえた天津は、未だ武器を構える二人の方へと向き直る。

ゼロワン、バルカン……両者とも、構えた武器のトリガーに手をかけている。トドメを刺そうというのだ、この小さな兵器に。これまで対立していた天津も、初めて彼らの判断が正しいと心中で認めていた。

ライダーシステムをたやすく破壊できる攻撃力を持ち、暴走の可能性を秘めたエミール。石墨邸をものの数分で廃墟にできるほどの攻撃力を、このまま放置しておく手はない。

そう考えているであろう2人の前に、それでも天津は立ちはだかる。傷だらけのベルトを腰に装着し、最早上がらなくなった両腕で二つのキーのスイッチを入れる。

 

「エミールは、私の協力者だ。私と共にあり、私の力になってくれる数少ない人物だ。今日の私は、彼を守るために戦う」

 

「天津社長。それは……危険だ」

 

「だとしてもだ」

 

天津は力なくキーをベルトに装填し、ベルトのスイッチを入れた。先の一撃で音声関連が損傷したのか、ベルトの変身音は雨天にかき消される。装飾は剥げ、5つあったツノのうち半数は砕け、煤に塗れた黄金の鎧騎士サウザー。それでも彼は、エミールを守るように両腕を広げる。

 

「たとえ幾度倒れようとも、兵器として人類の敵に立ち向かう。それが、仮面ライダーだ。私はここでお前達を倒す。ZAIAの未来のために、そして、エミールのためにだ!!」

 

サウザーは震えるその足で、濡れたアスファルトを蹴って駆け出した。水滴が鎧を打つ度、その部分から電撃にも似た火花が散る。相対するゼロワン達の目にも、最早彼の限界は明らかであった。

 

「おおおおおおっ!!」

 

先の欠けたサウザンドジャッカーを振り上げるサウザーの顔面を、バルカンの拳が打つ。

 

「ぐうっ!?」

 

何のこともない手打ち。だが、馬力に差がありすぎるのだろう、サウザーその身をふらつかせ、体制を崩しかけた。

 

「ま、まだだっ!!」

 

渾身の力で体勢を立て直し、再び突進しようとするサウザーを、今度はゼロワンが切り払った。銀の衝撃波に押されたサウザーはその身をアスファルトに強く打ち付ける。

 

「ぐはあっ!?」

 

息も荒く、立ち上がろうとするサウザー。彼を横目に、二人は目を閉じたままのエミールに武器の先端を突きつける。雨音が聞こえるほどに静まり返る周囲に、サウザーの呻きとゼロワン達の細い呼吸だけがある。

 

「……ッ!!」

 

短い呼吸と共に、プログライズポッパーブレードを振りかぶるゼロワン。展開された銀の刃、含蓄されたエネルギーは既に臨界点に達している。

 

「させるか!!」

 

動物の如く四足で駆けたサウザーは、縋り付くようにしてゼロワンの前に躍り出た。バルカンの銃撃をすんでの所で躱し、彼は金色の鎧をその銀斬の前に差し出す。

 

「や、やらせん!!」

 

一瞬、時が止まった。

雨粒は動きを止め、3人のライダー達もまた同じように静止している。剣を振り下ろすゼロワン、サウザーを蹴り飛ばそうとするバルカン……そして、エミールの盾になったサウザー。

彼の背後では、エミールが安らかに寝息を立てている。戦など忘れたような、心を緩ませきった寝息。それをサウザーが感じていたのか否かは分からない。だが、仮面の奥の天津は……おそらく、笑っていたのだろう。

一瞬の後、ゼロワンの斬撃がサウザーの金軀を切り裂き、爆風と衝撃波が雨粒をはじき飛ばした。

 

 

__________________

 

 

気がつくと、天津は真っ赤な空間にいた。天も地も、見渡す限りが全て赤に包まれた空間。ここが地獄と言われても遜色ないほどに、赤しかない空間であった。

自分がどこに立っているのかも分からず、天津はふらふらと歩き出す。

すると、彼の前に、赤よりもさらに赤い紅の球体が姿を現した。球体の表面はつるりとしており、微塵も生命らしさは感じられない。

だが、フワフワと不規則に動くその姿から、天津は球体が意思を持っている事を直感した。

果たして、球体はよく聞いた声で天津へと語りかけた。

 

『選べ。人間を滅ぼすため力を得るか、塩芥と化すか。二つに一つだ、人間』

 

球体から放たれているのは、今朝より天津の思考に割り込んできた声だった。人を滅ぼすための力、塵芥、あまりにも非現実的で、耳慣れない言葉に、天津の思考が妨害される。

 

「これが、エミールの言っていたマモノ、なのか?」

 

球体は天津の独り言には答えず、再び同じように問うた。人類を滅ぼすための力を得るか、それとも塵芥と化すか。

A.I.M.S.隊長の言葉が、脳裏を過ぎる。

 

『あなたにも、神の声が聞こえているはずです』

 

もし彼の言っていた神がこの球体の事であれば、恐らく力と引き換えに何かを失う事になるのだろう。ここで、天津はようやく逡巡のステージに辿り着いた。

仮に前者を選べば、おそらくこの場所を脱出することができるのだろう。だが、その果てに恐らく自身は怪物となる。

後者を選べば、それこそ塵芥と化す事になるのだろう。この球体がどれほどの力を持っているかは不明だが、その言葉は嘘偽りではなさそうである。

後者を選ぶわけにはいかない。ZAIAの未来を切り拓くために、エミールを守るために、天津は今ここで倒れるわけにはいかない。

しかし、前者を選んで仕舞えば、人類の敵としての人生が始まる事になるのだろう。それは即ちエミールへの裏切りとなる。

 

『答えは決まったか』

 

球体は催促するように、天津へと語りかける。どちらを選んでも滅びしかない二者択一。だが、天津は迷わず球体へと近づいた。

 

「いいだろう。私はここで死ぬわけにはいかない。お前の提案を受け入れよう」

 

球体に手を触れる天津。球体はその瞬間にドロリと液体のようになり、天津の身体へと流れ込んでゆく。天津の瞳は徐々に赤みを帯び、全身の傷が瞬く間に癒えてゆく。

そして、天津の脳内に流れ込んできたのは、人類への憎悪であった。有史以来人類が繰り返してきた、略奪と虐殺の歴史。強者が弱者より奪い、弱者は徒党を組んで強者へと逆襲するという負の輪廻。並行世界を超えてまで繰り返される悪しき行為。

それらを断絶すべきという強い意志が、天津の思考の中に奔流の如く流れ込んでくる。

 

「人類は……滅亡させる」

 

全身を満たす凄まじい力の感覚に、天津は思わず口端を歪めた。今まで計画と策謀で培ってきた力がまるで児戯に思えてくるような強大な力が

天津は赤の世界の中で、力強く一歩を踏み出した。天津が足を進める度、視界の中の赤は薄れてゆき、現実の雨の世界が見えてくる。

 

視界がほぼ完全に現実とリンクする寸前、天津はほくそ笑む。

 

「人類に生きる価値などない……か。初めから知っているさ。私も、その人類の一人なのだから」

 

視界が再び赤く染まり……天津の意識は元に戻った。

 

 

__________________________

 

 

 

天津の意識が現実へと戻った瞬間、サウザーはゼロワンの剣撃をその手で受け止めていた。メタルクラスタの力が乗せられた必殺の一撃が、片手で受け止められたのである。

 

「人類滅亡などあり得ない。神とやらが私を駆り立てようと言うのなら、私はそれにも抗ってみせるだけだ!!」

 

ゼロワンが動揺の声を隠せない中、サウザーはその膂力だけでポッパーブレードを突き放す。身にまとうアーマーは傷だらけだ、そこは変わらない。だが、紫だったはずの両眼は紅に染まっており、何よりもその身体から迸る力は、明らかに先ほどまでとはレベルが違っていた。

 

「エミールから、離れろ。彼はZAIAの……ひいては人類の未来を切り拓く光明。そして何より、私の友だ!!」

 

サウザーは拳を固め、ゼロワンの胸部へと放った。寸頸にも近いノーインチの拳撃……威力など期待できないはずのその攻撃は、しかし一撃でゼロワンの身体を彼方へと吹き飛ばした。

これまでのサウザーからは考えられない、超威力の一撃に、バルカンは反射的に距離を取る。

 

「不破さん。これ、いつもの天津社長じゃない」

 

「ああ。油断できねぇな」

 

エミールを守るようにベンチの前に立ちはだかるサウザー。舞い戻ってきたゼロワンとバルカンは、警戒を厳にサウザーへと構える。

サウザーはそんな2人に向けて、悠然と歩みを始めた。その赤眼が、あゆみの重さが、先程までの彼とはまるで違う存在であると告げている。

 

「仮面ライダーサウザー。今日の私の力は、いつもの1000%……つまり、10倍ほど桁外れだ」

 

言うや否や、サウザーは2人へと駆け出した。最初に切り結んだバルカンをサウザンドジャッカーの一撃で吹き飛ばし、ゼロワンと刃を交える。

幾多にも展開される銀の盾を切り払いながら、サウザーはスペックで勝るメタルクラスタへと迫ってゆく。銀の盾は一枚また一枚と数を減らしてゆき、ゼロワンの戦力が削がれてゆく。

 

「アンタに、ヒューマギアの未来は奪わせない!!」

 

「ヒューマギアは人類の敵だ。今のうちに少しでも数を減らしておかなければならないと何故分からない!!」

 

「ヒューマギアと人間は絶対に分かり合える!!アイツらにだって夢があるんだ……俺は、その夢を叶えてやりたいんだよ!!」

 

「甘っちょろい事を言うな!!」

 

サウザーの叫びと共に、ついにゼロワンの盾が消えてなくなった。薙刀の如く振り回されるホッパーブレードをすんでの所で躱し、サウザーはゼロワンの胸ぐらを掴み立てる。

数tもの力に耐えられるはずの飛電メタル製の銀のアーマーが、サウザーの握力の前にひしゃげてゆく。

 

「そんな悠長な事を言っておいて、もし人類が滅亡したらどうする。職を失った人間が露頭に迷ったら?彼らが暴動を起こしたら、被害者達はどうなる!!その時、君はその人間達全てを救う事ができるのか!!」

 

「……そんな事には、ならないッ!!」

 

瞬間、無数の光弾が、背後から天津を襲った。サウザーがその衝撃に耐性を崩されている隙に、バルカンはゼロワンの手を取り、チーターの脚力で距離を取る。

 

「天津の妄言に惑わされるな!!コイツの言う事はデタラメだ!!コイツが君臨する人間の世界がどんなものか、想像できないお前じゃないだろう」

 

バルカンの言葉に、ゼロワンは強く頷く。間合い二つほどに離れた距離、互いの負った傷……それらの要素が彼らに告げる。もう戦いは最終局面を迎えていると。

 

「私は仮面ライダーという神話の創造者。人類をヒューマギアから守る責任がある。そして私以上に、君にその責任があるんだ!!」

 

「ああ。だからこそ、俺はヒューマギアが人類と分かり合えるって、証明してみせる!!」

 

ゼロワンはホッパーブレードのトリガーを引くと、腰を落とし、居合の如く超速で抜き放った。結晶化した銀の斬撃が、アスファルトを穿ちながら凄まじい速度でサウザーへと迫る。

対するサウザーも、サウザンドジャッカーにて展開した半透明のライダモデル達を前方へと展開した。だが、半透明の動物達は、同じくバルカンが放った半透明の霊獣達に妨害される。

銀の斬撃をサウザンドジャッカーで受けるサウザー。その威力は凄まじく、金軀がエミールのいるベンチまで吹き飛ばされる。

サウザーの顔を守るフェイスシールドは砕け、天津の顔面の一部が露出した。本来ならばとっくに変身解除されてもおかしくない程のダメージ。だが、それでも、天津は立ち上がった。

まさに不屈。狂気とすら思えるその執念に、バルカンが威嚇するように叫ぶ。

 

「何故だ!!刃すら手にかけようとしたお前が、どうしてコイツのためにはここまでする!!」

 

「このエミールは、未来の存在。我がZAIAに新たなる世界を見せてくれるかもしれない福音なのだ。ヒューマギアのいない、世界を!!」

 

サウザーはエミールへとサウザンドジャッカーの先端を押し当てた。眠り姫を起こさないようにそっと押し当てられたそれは、サウザーがレバーを引く事により、エミールの内部に存在するエネルギーを抽出してゆく。

 

「エミール!!君の力を借りるぞ」

 

サウザンドジャッカーの内部には、はち切れんばかりの赤熱したエネルギーが蓄積された。天津は槍を器用に振り回し、ゼロワン達に向けてそのトリガーを引いた。

 

『JACKING BREAK ©︎ZAIA』

 

瞬間、凄まじいエネルギーの反動が天津の身体を通り抜けた。サウザンドジャッカーの先端から、超高出力のレーザー線が、さながらカブトムシのツノの如くゼロワン達へと伸びる。ツノは二股に分かれ、ゼロワンとバルカンへと突撃した。

 

「なんだ、このパワー、ッ!!」

 

攻撃は一撃で2人を変身解除させ、アスファルトの地面へと倒れせしめた。さらなる追撃を行おうとする天津……だが、その胸で銃撃が爆ぜる。

ふと見やると、飛電製作所用社用車の運転席から顔を覗かせる刃が、ショットライザーを構えていた。

 

「石墨氏とジーペンは救出した!!ここは一旦退くぞ!!」

 

「そうだな……」

 

後部座席に2人を収納し、社用車は飛ぶようにして石墨邸から離れてゆく。サウザーは彼らが去り切るのを確認し、変身を解除した。

最早誰が見ても立派な怪我人と成り果てた天津は、千鳥足でエミールの元へと歩み、その小さな身体を抱き抱えた。

 

「さあ、行こう……エミール。今度は、私との約束を果たしてくれ」

 

「ごめんなさい、天津さん……迷惑、かけちゃいましたね」

 

エミールの弱々しい声に、天津は微笑みで返す。その笑みの柔らかさに、エミールもつられて頬をゆるくさせる。

 

「迷惑だと?お前のおかげで、奴らに一矢報いることができたじゃないか。君は自分が思うより、よほど立派な兵器だ」

 

「あまり、嬉しくない言葉です」

 

「そうか。だが、私は君に助けられた……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

そう言って、エミールは再び目を閉じた。可愛らしい寝息を立てる彼を後部座席に寝かせ、天津は運転席にてキーを回す。

かくして、天津社長の長すぎる1日は激戦の末に幕を閉じたのである。工場設備にサウザーの装甲、彼が失ったものは少なくない。だが、天津の表情は今までにない程に満ち足りているようであった。

緊張を解きかけた天津は、ふと風の中に一枚の紙が漂っているの発見した。

 

「ん?これは……」

 

手に取ったその紙を見て、天津は目を見開いた。

 

 

___________________________

 

 

 

そこから1ヶ月は、「試練の月」と呼ばれる人類史上最悪の歴史となった。石墨邸にて行われた戦闘により拡散したエミールのエネルギーが、世界中に拡散し、大波乱を巻き起こしたのである。

エネルギーを吸引した人間は塩の柱となるか、怪物化するかの選択を迫られる。そして、怪物化した人間は軍が総出で立ち向かわなければならないほどに強大であったのだ。

研究の結果、エネルギー「魔素」は、人を怪物化させる影響がある事が判明した。その時には既に魔素は世界中に拡散されており、人類は大混乱に陥った。

だが、彼らの危機を救ったのが他でもない世界的大企業ZAIAエンタープライズである。独自調査により魔素の研究を進めていた彼らは、世界で最も早く魔素の視覚化に成功。開発を進めていたザイアスペックに魔素の可視化能力を付加し、世界中で販売したのである。また、新発売のレイドライザーには魔素を操る能力も付加され、現在でも魔素の無力化に向けたバージョンアップが行われている。

怪物がのさばる世界で、人類はレイドライザーとライダーシステムによりなんとか治安を保っていた。その存続の陰には、ZAIAエンタープライズ、ひいては天津社長の尽力があったのである。

 

さて、そんな中天津社長は何をしていたかと言うと、デイブレイクタウンの一角、丁度衛星アークへと接続するモニタルームにてエミールと談笑していた。

錆びたテーブルの上には紅茶のカップが二つ置かれており、その前では、エミールがコロコロと転がっていた。

天津は和やかに紅茶をすすり、笑顔でエミールに語りかける。

 

「今日で実験は終了だ。君からは十分に有用なデータを取らせてもらった。君の持つテクノロジーは、今後のZAIAの発展に大きく寄与する事だろう」

 

美味しそうに紅茶を啜るエミールに、天津は仰々しく頭を下げてみせる。

 

「本当に、ありがとう」

 

「どういたしまして!!」

 

エミールの屈託無い笑みに、天津もつられて微笑んだ。そこには、ヒューマギアを排斥しようと目を尖らせていた戦士の姿は最早なかった。

やがて、紅茶を飲み終えたエミールは思い出したかのように、少し声のトーンを落として話し出した。

 

「あの屋敷で思い出した記憶……アレは、僕の姉の記憶でした」

 

「君に、お姉さんが」

 

エミールは短く「はい」と答え、俯いてしまった。天津は敢えて急かす事はせず、エミールが話し始めるまで待つ。

長い間の後、エミールはまた語り出した。

 

「もう姿も曖昧なんですけどね。姉は僕と同じ兵器で……暴走して、研究所の奥底に封印されてしまいました。あの屋敷の下が研究所になっていて……その時の事を、思い出して、気がつくと天津さん達を攻撃していました」

 

あの時の姿はやはり暴走した形態だったのかと、天津は内心ヒヤリとしていた。あの時何度か身体をかすめた熱線に触れていたらと思うと、今でも怖くなる時があるのだ。

エミールは続ける。

 

「姉の暴走を止めたのは僕でした。姉を石に変えて、挙句その力まで奪って……一生消えない十字架を背負ってるんです。その罪から逃げたくて、記憶が無くなっていたのかも」

 

「私も、十字架なら背負っているのかもしれないな。もっとも、振り返る気はないが」

 

エミールが数えきれないマモノを倒してきたように、天津も数えきれないヒューマギアを壊してきた。もしヒューマギアに意識があるとすれば、きっと呪われる祟られるでは済まないだろう。

だが、振り返らない。どれだけ何があっても、前に進み続ける。それが、2人の間で言葉なく交わされた約束だったからだ。

 

その後、少し談笑をし、紅茶を3杯ほど啜ったところで……エミールは、切り出した。

 

「それじゃあ、僕は未来に帰ります。記憶も取り戻せましたし、何より、向こうで僕を待ってくれている人達がいるんです!!あの時は逃げてしまったけれど……もう、逃げません!!」

 

「あの時……?」

 

「昔の話です。暴走した何人もの僕に立ち向かった、とっても勇敢な僕の」

 

彼のその言葉に、天津は「そうか」と答え、少し間を置いて「少し、寂しくなるな」と続けた。

エミールはそんな天津の回答に、人懐こく笑った。

 

「で、どうやって帰るつもりだ」

 

天津の問いに、エミールは得意げに大口を開けてみせる。口の奥はその外見よりも深い空洞が広がっているようであり、手を突っ込めばどこまででも入っていってしまいそうだ。

 

「実は、ここに設計図があるんですよ。それを元に、色々と自作して……」

 

エミールはうがいでもするように、ガラガラと音を立てながら天井を仰ぐ。これまでの流れから察するに、なにかを探しているのだろうか。

 

「あれ、どこだったかな?ここ……いや、喉の奥だったかも」

 

悩み果てるエミール。だが、天津は彼の口ぶりから、既に彼の探し物に予想がついていた。

彼がガラガラと喉を鳴らしている中、天津はテーブルの引き出しからある紙を取り出した。

 

「それはひょっとして、これの事か」

 

紙を見たエミールは、飛び上がるように驚く。

紙の中に書かれていたのは、タイムマシンの設計図であった。

 

「あーっ!!それですそれです!!なんで持ってるんですかぁ!?」

 

「屋敷での戦闘の時、君の体からこぼれ落ちたものを拾っておいたのさ。これで一つ貸しだな」

 

「はい!!返せるかどうか分かりませんが」

 

エミールは子供のように笑い、紙を喉の奥に仕舞い込んだ。紙は咀嚼される事なく喉の奥へと消え、跡形もなく消えてしまった。

嬉しそうにポムポムと跳ねるエミールに、天津は人差し指を一つ立ててみせる。

 

「そして、もう一つ朗報がある」

 

「なんですか?」

 

その得意げな表情に、エミールは吸い寄せられるように彼を見つめた。そして、それに答えるように、天津はそれを口にする。

 

「もう作っておいた」

 

「えええっ!?作れたんですか!?」

 

「アークにシステムをラーニングさせるのには時間がかかったがね。だが、アークを作ったのはこの私だ」

 

天津が背面の扉を開けると、そこには青い部屋が広がっていた。部屋の全てが青で構成される部屋。その奥行きはまさに無限であり、細い通路が延々と続いているようであった。

近未来的な時空の部屋。まさにタイムトンネルと言った風情である。

 

「別れの時だな」

 

寂しそうにそう告げる天津に、エミールはあくまで笑顔を貫いた。その無邪気な笑みに、天津もまた同じように微笑んだ。

 

「あなたの事は忘れません!!多分……きっと」

 

「不安だな」

 

天津は苦笑すると、何か閃いたように口を開いた。近くにあったペンとメモを取り、天津は屈んで説明を始めた。

 

「もし忘れっぽいと思うなら、そうだな、絵や文章にして残しておくといい。過去のものを持って帰れないなら、忘れないうちに壁画にでも書いておくといいさ」

 

「なるほど!!いい考えです!!」

 

天津は近くにあった装置を弄り、部屋のドアを閉じた。中からは、まだエミールがポムポムと跳ねる音が聞こえて来る。

 

「それでは、11946年に飛ばそう。良い時間旅行を」

 

「はい!!また、会えるといいですね」

 

エミールの元気そうな声に、天津は安心してボタンを押した。部屋の中から機械音が聞こえ始め、部屋の中の青がモニタールームにまで漏れ始める。

ふと、中から声が聞こえ始めた。

 

「ん?いちまん……あ!天津さん違います!!それ千の位が一つ……」

 

エミールの言葉をかき消すように、部屋から小さな爆発音がきこえた。天津が慌てて扉を開けると、そこには既にエミールの姿はなかった。

天津は短くため息をつき、ふふっと笑う。

 

「……まぁ、多少の誤差だろう。彼なら、きっとどの時代でも上手くやってくれるさ」

 

静かになったモニタールームの中で、天津は画面を切り替えた。画面にはサウザンドライバーに似たベルトの映像が映し出されており、タイトルには『REDEYE THOUSER』とある。

モニターの画面を覗き込み、天津は満足げに笑んだ。

 

「さて、ここからは私の出番だ。エミールから得たテクノロジーで、今度こそ飛電製作所を壊滅させ、ヒューマギアを破壊し、人類に対する脅威を取り除いてみせよう!!」

 

デイブレイクダウン中にこだまする高笑い。赤眼となった天津の新しい計画が、今まさに、始まろうとしていた。

 

 

__________

 

そして、デイブレイクにて蠢く影がもう4つ。暗い色の装衣に身を包み、皆一様に気怠げにしている。共通しているのは、耳に飾り物を付けているという事だ。

徐に、ロングコートに身を包んだ長身の男が、高そうなスーツの男に話しかけた。

 

「アークが新しくタイムマシンをラーニングしたようだ」

 

スーツの男は、ふふっとおとなしく微笑み、「面白い事になったね」と長身の男に答える。

 

「ヒューマギアが夢を誇れる未来。人類がいない未来に行けば、それも叶うかもしれないね」

 

「アークから新たなる命令が届いた。早々に少しでも多くのヒューマギアを回収し、巨大タイムマシンを製造するのだ」

 

4つの影……滅亡迅雷は再び立ち上がる。全ては、アークの意思のままに。

 




最終話をお読みくださりありがとうございます(2回目)。

終盤にあたり少々更新トラブルが起きてしまいましたが、無事シリーズを完走する事ができました。今回の反省としましては、ニーアの方しか作品を知らない方に対して、仮面ライダー側のキャラクターの紹介が満足に出来なかった事でした。次回の作品では、その辺りをしっかりと頑張っていこうと思います。

次回からの新シリーズですが、諸事情により週一の更新は厳しいかもしれません。ですか、そう間をおかずに更新を続けられるよう頑張っていこうと思います。次回のシリーズはついにあの4人が主人公になります。楽しみにしていてください。

※同じものをPixivにも投稿しております。


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