プリすば! (負け狐)
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第一章
その1


アニメがこのすば三期って言われてたからつい


「はい。ようこそ佐藤和真さん。ここは死後の世界。残念ながらあなたは死んでしまったわけだけれど」

 

 わけがわからない。そんなことを思いながら、彼は、佐藤和真は目の前の少女の言葉を聞いていた。場所は、一体どこなのか分からない。そもそも自身の記憶としては、久方ぶりに外に出て買い物をした帰りで一度記憶が途切れている。あの時は確か。

 

「一つ、聞いても?」

「何? まだ時間はあるから好きに聞いていいわよ」

「あの女の子は」

「ああ、大丈夫大丈夫。命に別状はないわ」

「そうですか」

 

 すとんと、自身の人生の最初にして最後の見せ場の結末を告げられ、彼は納得したように頷いた。そうか、それならばよかった。そんなことを思いながら、和真は自分が死んでいることを取り乱すことなく受け入れ。

 

「あー、うん。言いにくいことなんだけど」

「はい?」

「……あんたの行動に関係なく、女の子は助かっていたわ。元々そこまでスピードは出ていなかったし」

「……はい?」

「だから迫ってきた、えーっと、その、車? もね、ちゃんと止まったのよ」

「え? じゃあ何で俺死んでるの!?」

「……轢かれたと思ったショックで、死んじゃったみたいね」

「ぬあぁぁぁんじゃそりゃぁぁぁ!」

 

 がっでむ、と頭を抱える和真であったが、目の前の少女が目を逸らしていることには気付かない。微妙に言い淀んでいたが、迫ってきていたのがトラックなどではなくトラクターであったこともきちんとこちらでは把握している。

 

「たまたま本来の担当が説教されている時で良かったわね」

「え? 何だって?」

「こっちの話。じゃあ、改めて」

 

 こほん、と目の前の少女が咳払いをする。衝撃の事実に大分げんなりしつつ、彼はそんな少女をまじまじと見た。どことなく冷めた目をした表情と、先端にグラデーションとウェーブの掛かった髪、そして花を思わせる服と、歯車のような翼。極めつけは頭上に浮かぶ、輪っか。

 

「あたしはアメス。日本で若くして死んだ人間を導く女神、の代理よ」

「代理?」

 

 その姿で何となく察してはいたが、彼女の言葉に和真は疑問符を浮かべる。それにそうそうと頷いたアメスは、本来ならばアクアという女神がここを担当しているのだと続けた。

 

「なんだけど。……今ちょっと上から説教されててね」

「大丈夫なのかよその女神」

「能力は高いのよ、あたしよりもずっと。まあ、中身がアレだからこうなっちゃってるわけだけど」

「女神の世界も世知辛ぇな……」

 

 俗世界から離れたそばから俗っぽい話を聞いた気がする。そんなことを思いつつ、それで一体これからどうなるのかと彼は話を元に戻した。

 

「そうね。選択肢は二つ。一つは天国、っぽい場所で何にもすることがないまま過ごすこと」

「地獄じゃねぇか」

「もう一つは、生まれ変わってもう一度人生を歩むか。あ、勿論記憶は引き継がないから」

「生まれ変わり、か」

 

 片方はそもそも選択肢に乗らない。となるともう片方の生まれ変わりしか選ぶことがないわけだが。そんな事を考えううむと悩んでいる和真に、アメスは一応もう一つがあるんだけれどと述べた。

 

「え? じゃあ最初から」

「魔王のいる異世界にそのままの姿で送り届けるっていうやつだけど」

「異世界転生!?」

「そうそう。大体そんな感じ」

 

 そのままアメスの語るところによると、管理している世界の一つで魔王が頑張りすぎた結果、その世界に生まれ変わるのを拒否する人が後を絶たないらしい。なので、別の場所から魂を移住させているのだとかなんとか。

 おおよその説明を聞き、そして俗に言うファンタジー世界で特別な能力を与えられてそのまま新たな人生を始められるということを理解し。

 いいね、それ。和真の中でそんな方向へとテンションが向きつつあった。ゲーム好きの自覚はある。だからこそ、そこへ自分が行けるということに高揚を覚えたのだ。

 

「あ、言語とかそういうのは行く前に叩き込むから心配しないで。ミスるとちょっと赤ちゃん並みになるかもしれないけど」

「今とんでもない一言聞こえたんだけど。赤ちゃん並みってなんだよ」

「お金が何か分からず食べたりするようになるわ」

 

 よっぽど運が悪くなければ大丈夫。そう続けられたが和真の表情は胡散臭いものを見るままだ。アメスの表情は特に変わらず、彼を馬鹿にするでもなく、ただただ返事を待っている。

 分かった、と彼は述べた。それを聞いたアメスは、カタログのようなものを取り出すと和真に渡す。分厚いそれをペラペラと捲ると、成程目移りするような能力やアイテムが所狭しと並んでいた。

 

「迷っているところ悪いけれど、時間が押してきちゃったみたい。急かしちゃってごめんなさいね」

「あ。はい」

 

 顔を上げると事務机で何やら書類に判子を捺している姿が見えた。完全に市役所のノリである。先程の発言と照らし合わせ、ますます俗っぽさが増していた。はぁ、と溜息を吐きながらやっているところからすると、先程の『アクア』とかいう説教されている女神の仕事をついでに押し付けられたのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、いかんいかんとカタログを捲る。捲るが、どうも目の前の苦労人気質の転生の女神代理の姿が気になって仕方ない。

 

「えーっと、アメス様?」

「どうしたの?」

「その特典って、ここに載ってないやつでもいけます?」

「申請が通ればね。何か希望がある?」

 

 だからだろうか。和真は、ついぽろっとこんなことを言ってしまった。

 

「アメス様を連れてくとか」

「……はい?」

 

 目をパチクリとさせた彼女は、少し考える素振りを見せた後どこぞに連絡を取るような仕草をした。そうした後、ふう、と小さく溜息を吐く。

 

「結論から言うと、却下」

「……ですよねー」

「でも、その代わりと言ってはなんだけど、あんたのサポートを全面的にやってあげる」

「へ?」

 

 今なんつった。そんなことを思いながら顔を上げた和真は、先程とは違い笑みを浮かべているアメスを見て目を見開いた。

 

「とりあえずガイド役を向こうでつけるわ。それから……ちょっとした加護もあげる。でも、そこまで期待はしないでね。あたしは向こうでは殆ど信仰されてないから、力も全然届かないし」

 

 だから却下されたのよね、と肩を竦めたアメスは、本当にいいのと問い掛けた。カタログの特典と比べると、あまりにもささやかなものでしかない。新たな人生がすぐに終わってしまう可能性もある。

 そんな彼女の言葉に、和真は言い淀む。勢いで言ってしまったが、やっぱり選び直した方がいいかもしれない、いや絶対にそうだ。そんな考えが頭をもたげる。

 が、それでも彼は首を縦に振った。こうなりゃヤケだと言わんばかりに言い放った。

 

「了解。じゃあ、あたしの当面の仕事はあんたのサポートね。――出来るだけ、のんびりさせてちょうだい」

「ナンノコトヤラ」

 

 はははと乾いた笑いをあげる和真の足元に魔法陣が浮かぶ。青白く光るそれは、彼の体を徐々に別の場所へと転移させていく。

 

「頑張りなさい、勇者候補。もし魔王を倒せたら、どんな願いも一つだけ叶えてもらえるから」

「おおっ!」

 

 終わり際にそんなことを告げられる。テンションが俄然上がるその言葉で気合を入れると同時、まばゆい光は和真を完全に転移させた。

 

「願わくば。あんたが魔王を倒す勇者になることを、ってね」

 

 光の消えた魔法陣を眺めながら、アメスはそう呟いて口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 光が収まると、和真の視界に映ったのは一面の青空。視界を動かすと、見渡す限りの草原と、視界の端に映る街。

 そして。

 

「おや、お目覚めになられたのですね、主さま」

 

 一人の、可愛らしい少女。緑を基調とした服に身を包み、くりくりとした桜色の目が優しげにこちらを覗き込んでいる。耳が尖っていることから、いわゆるエルフなのだろうと和真はぼんやりと思い。

 

「……はい?」

 

 そして言葉の意味が分からず聞き返した。今なんつった。主さまとか言ったぞ。倒れていたらしい体を起こすと、彼は少女をまじまじと見る。

 明らかに年下である。現代日本で言うならば小学校高学年程度だろうか。そんな少女が、つい先程までヒキニートであった自分を主さま呼びである。ヤバい。

 

「ああ、申し遅れました。わたくしは、偉大なるアメスさまよりつかわされた『ガイド役』の、コッコロと申します」

「あ、はい、どうもご丁寧に」

 

 そう言えばそんなことを言っていた、と和真が向こうでのやり取りを思い出している中、コッコロと名乗った少女は笑顔でペコリと頭を下げた。

 

「主さまをお守りし、おはようからおやすみまで……揺り籠から棺桶まで、誠心誠意お世話をするのが、わたくしの役目でございます」

「え? 何この子怖い……」

 

 笑顔のまま物凄いことを言い出した。初対面の男子を、いくらガイド役に任命されたからってそこまでやろうとするか普通。そんなことを思いながら、そしてそれをされる絵面を想像しながら、和真は思わず戦慄した。ヤバい。

 

「おや、キョトンとされておりますね」

「いや、そりゃそうだろ。いきなり目の前にロリエルフがいてお世話させていただきます主さまとか、受け入れたらそれこそ頭沸いてる。……あの女神、もうちょいガイド役の人選なんとか」

「えぇと……」

「ん?」

「申し訳ありません。不躾ではございますが、あなたさまのお名前をお聞かせ願えますか?」

「あ、はい。佐藤和真です」

「……良かった、わたくしのお仕えする主さまで、間違いないようです」

 

 思わず敬語で答えたが、コッコロは別段気にすることなく安堵したような表情を見せる。そうした後、和真を真っ直ぐに見ると深々と頭を下げた。

 当然彼は困惑する。何が起きた?

 

「申し訳ありません。よもや人違いなのでは、と疑ってしまいました。ご不快でしたら、何なりと罰をお与えください。鞭で打たれようが何をされようが、わたくしは一向にかまいません」

「しないよ!? 何なの!? 俺そんな鬼畜に見える!?」

 

 そもそもこの全面的な信頼なんなの。日本でもそうそうお目にかかれない状態に、和真は困惑しっぱなしである。異世界とはよもやここまで違うものなのか。彼の中でそんな間違った価値観が植え付けられた。

 ともあれ、そんな彼の言葉を聞いて頭を上げたコッコロは、コホンと咳払いを一つすると再び笑顔を浮かべ言葉を紡いだ。それによると、彼女は女神アメスの託宣を受け、この世界のことが分からない和真を導くためにここまで来たらしい。

 

「ですので、何か分からないことがあれば、なんなりとお申し付けください」

「……分かった、よろしくコッコロちゃん」

「主さま。わたくしのことはどうぞ遠慮なくコッコロと」

「じゃあ、コッコロ。……俺はこれからどうすればいいんだ?」

「これからどうすれば、ですか?」

 

 こてん、と首を傾げる。あまりにもぼんやりとした質問だったからなのだろうか、意図を掴みきれていないようであったので、和真はそうだなと言い直す。この世界で生活するために、何をするのがいいのか、と。

 

「俺としてはまず向こうの街にでも行って、酒場で情報収集とかが定番かと思うんだが」

「流石です主さま。右も左も分からない状態であるにも拘らずその冷静さ、アメスさまの託宣通りで」

「はいストーップ! とにかくそれで問題ないんだな?」

 

 ここまで全肯定されると、自分が駄目になる。何となくそんなことを感じ取った和真は、コッコロの言葉を遮って街へと進むことにした。その後ろをパタパタと彼女も追い掛ける。

 自分の予想していたものとは何かズレている。そんな気もしたが、最初からこうして仲間がいるというのはそう悪いものではない。うんうんと一人納得して、彼は少し後ろを歩くコッコロへと向き直った。

 

「ところで、あそこは一体何て街なんだ?」

「はい、あちらの街はアクセル。駆け出し冒険者の街、などと呼ばれているとのことです」

「駆け出し冒険者の街か、スタート地点としては理想的だな。やっぱり冒険者ギルド的なものもあるんだろうか」

「はい。ここで多くの冒険者は登録を済ませると聞いております」

「へー……」

 

 ん、と言葉を止めた。彼女の話しぶりを聞く限り、住んでいる街のことを話すというよりも、仕入れた情報を述べているように思えて。

 

「……コッコロもあそこで暮らしてるんだよな?」

「いえ……恥ずかしながら、わたくしは託宣を受けて田舎の村からここまでやってきたものでして」

「……んん?」

 

 ぴたり、と和真の足が止まる。申し訳無さそうな顔をしているコッコロを見ながら、彼は猛烈に嫌な予感がした。

 彼女は田舎からここまで来た。そして和真は日本からここに転生したばかり。

 

「住む場所……どうすんだ?」

「おまかせください主さま。わたくしがこの身に代えても、主さまのために住居を」

「よーしとりあえず酒場行って、ギルドで冒険者登録するぞー! いくぞー! ハイ掛け声」

「はぇ!? え、えいえいおー?」

 

 ちょっと油断したらダメになる。異世界に来て和真がまず学んだことは、バブみって本当にあるんだなということであった。

 




とりあえず一巻分くらいまでを目安にする予定


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その2

すり合わせを無理矢理やるので原作と矛盾がぽこじゃか出る可能性がなきにしもあらず


 冒険者ギルドの建物の中に入ると、店員らしき少女がカズマ達を出迎えた。どうやら酒場と併設されているらしく、食事ならこちら、と案内してくれる。

 とりあえず食事ではないことを伝え、案内されたカウンターへと足を進める。が、どうにも視線を集めていることに気が付いた。否、正確には気が付かないふりをやめた。

 

「主さま。まずは冒険者登録をいたしましょう。あちらのカウンターで行っているようですので、お好きな列にお並びを」

「お、おう」

 

 原因は勿論、カズマの隣のコッコロである。年端も行かないエルフの美少女がよく分からない服装のさえない顔の男に引き連れられているのだ。どう考えても事案である。ざわざわと通報した方がいいのか迷われているその空気の中、彼は視線をカウンターへと向けた。とりあえずゴミを見るような目で見られてはいない。そのことを確認すると、四つある受付を順繰りに眺める。先程確認はしたものの、しかしそのうちの二つ、男性職員が受付をしている方は何だこいつ的なオーラが滲み出ていた。そうだろうな、とカズマは思う。自分だったら即通報する。だって主さまだぞ主さま。どう考えても騙されてるだろう。そこまでを考え、残る二つを見た。

 どちらも女性職員で、混み具合は同じくらい。ついでにいうと美人具合も同じくらいだ。片方の眼鏡の女性職員の方は若干寒気を感じないでもないが、どちらを選んでも問題はなさそうと判断できる。

 とりあえず寒気のしなかった方の受付に並び、順番を待った。おっとりとした雰囲気の美人の受付の女性は、それでどうしましたかと彼に問う。

 

「えっと、冒険者になりたいんですが、どうすれば」

「登録ですか? では、登録手数料をいただくことになりますけど」

「……え?」

 

 ピタリと動きが止まる。ちょっと待って下さいと自身のジャージのポケットを漁るが、当然ながらこの世界のお金など出てくるはずもない。いきなり詰んだ、そんなことを思いながら何か方法はないかと思考をフル回転させる。

 

「はい、ではこちらで」

「……はい。千エリス、確かにいただきました」

「え?」

「主さま。ご心配なく、当面のお金はわたくしが工面いたします」

「……え?」

 

 満面の笑みでそう言われた。思わず固まっているカズマを、何の憂いもなく冒険者にさせようとコッコロは促してくる。

 ギリギリと錆びついたような動きで視線を受付の女性へと向けた。信じられないようなものを見た表情で、しかしなんとか平静を保とうとしながら手続きの続きを行っている。周囲の面々も大体同じ表情だ。

 傍から見れば、年端も行かない少女のヒモである。今日から俺はロリのヒモ、と思わず宣言してもあながち間違いではないレベルのへんたいふしんしゃさんだ。少なくともカズマの中ではそう結論付けた。

 

「では、説明の続きを」

「あ、はい」

 

 目を合わせずに言葉を続ける受付の女性に意識を戻しながら、彼はもう考えるのをやめた。ついでに、今度アメスに会ったら一言文句を言ってやろうと八つ当たり気味の決心をする。

 受付の女性、ルナの言うところでは、冒険者とは基本的にはなんでも屋、主な仕事はモンスターの討伐、そういう生業の総称らしい。そしてそこには様々な職業があるとも続けた。冒険者カードと呼ばれるものをカズマに差し出し、ここにレベルやらスキルやら討伐情報やらのデータが記されていく、そこまで言うと、書類にパーソナルデータを記入するよう申し出た。

 

「……そういえば」

「どうされましたか?」

「コッコロは、登録しないのか?」

 

 受付のカウンターで身長などを書きながら隣の少女に問い掛ける。そう言いつつも、このくらいの年齢だと流石に無理だろうと自己完結していた。

 

「わたくしは、既に登録を済ませております」

「なぬ?」

 

 だから、コッコロのその言葉に、思わず持っていたペンを取り落してしまう。落としましたよ、とそれを拾い自身に渡されるのを受け取りながら、カズマは今の情報をもう一度反芻し口にした。え、持ってるの、と。

 

「はい。こちらがわたくしの冒険者カードです」

 

 す、と懐から取り出されたそれは、確かに先程見せられたものと同じカード。レベルこそそこまで高くないが、ステータスも高水準で覚えているスキルも充実しているそれを見て、カズマは思わず固まってしまう。

 

「どうされましたか? 主さま」

「……これマジ?」

「はい。アメスさまのご加護のおかげで、わたくしは立派なアークプリーストになることが出来ました」

 

 その言葉に、酒場の面々が再びざわめく。アークプリーストだって、まさかあんな幼い子供が? そんな言葉が耳に届き、そしてコッコロに注目が集まっていく。

 

「にゅ!?」

 

 それに気付いたのだろう。ビクリと震えた彼女は、そそくさとカズマの背中に隠れてしまった。申し訳ありません主さま、とか細く述べるコッコロは、先程とは違い年相応に思えて。

 

「おらおら! 見せもんじゃねーぞ!」

 

 調子に乗った。無駄にイキった。俺が守る、という謎の使命感を持ってしまった。幸いにして視線の連中もある程度の後ろめたさはあったのか、そんなカズマの怒鳴り声を聞いてバツの悪そうに視線を逸らす。

 

「大丈夫か、コッコロ」

 

 そうしてイキった状態のまま、カズマはキメ顔でそう言った。そしてそんな彼を見たコッコロも、頼もしいです主さまと柔らかく微笑み。

 

「……記入、終わりました?」

「あ、はい。すいません」

 

 記入の終えたそれを渡す。確認作業を終えたルナは、それではこのカードに触れてくださいとカズマを促した。先程のテンションが未だ燻った状態のまま、彼はどことなくクールな表情を浮かべながらそっとカードに手をかざす。

 そうして出来上がった冒険者カード。それを見たルナは目を見開き、そして。

 

「……幸運がとても高くて、知力はそこそこ上……後は普通、ですね。えっと、これで選択出来る職業って基本職の《冒険者》しかないんですが……どうしましょう?」

 

 しん、と酒場が静まり返る。え、これ俺が悪いの、とテンションを元に戻したカズマが辺りを見回したが、皆こちらを見ようともしない。どう考えても先程の怒鳴り声で、というわけではないのは明白だった。

 

「……冒険者で、お願いします」

 

 分かりました、と目の前のカードに職業が刻まれていく。おいマジかよ、という誰かの声を聞きながら、カズマは出来上がったそれを手に取り。

 

「おめでとうございます、主さま」

「……おう」

「大丈夫です。主さまのお力が誰よりも素晴らしいことはこのわたくし、コッコロが保証いたします。それに、冒険者も悪いことばかりではありません。誰かに教えてもらうことさえ出来れば、全ての職業のスキルを使うことも可能なのですから」

「お、おう」

「主さまならば、そのお力をもって、偉業を成し遂げてくださるとコッコロは信じております」

 

 百パーセント本気で言っている。それが分かったカズマとしては、何だかもう目の前の少女の胸で眠ってもいいんじゃないかなと本気で思いかけてきた。フラフラと足を踏み出し、そして正気に戻る。違う、今することはバブみでオギャることではなく、冒険者としての一歩を踏み出すことなのだ。

 目の前の受付嬢へ問い掛ける、早速だが何かクエストはないものか、と。

 

「え、っと……」

 

 ちらりと視線を横のコッコロに向ける。どうやら彼女はアークプリーストで、しかも冒険者なりたてというわけでもないらしい。パーティーを組んでいるのだろうと予想出来るので、完全初心者の冒険者の彼がいても、最低限の依頼はこなせるのかもしれない。

 そう結論付け、とりあえずこの辺りです、と依頼が貼ってある掲示板の一角へと二人を案内した。駆け出し冒険者の街といえば聞こえがいいが、完全なる初心者がこなせるクエストは殆ど存在しない。とっくの昔にそんなものは枯渇しているのだ。だからルナの案内したそれも、本来ならば今日なったばかりのそれも冒険者に案内するものではない。

 

「では主さま。どのクエストにいたしましょう?」

「とりあえず最初は、出来るだけ危険度の少ないやつにしとくか……」

 

 本当に良かったのかな、とほんの少しだけ不安になった。が、同僚の眼鏡のギルド職員の女性が、案外大丈夫そうですよと微笑んだことで安堵する。彼女がそういうのならば、とりあえず信じよう。そう結論付けた。

 

「それに」

「それに?」

 

 眼鏡の女性職員は二人を見る。どうやら決めたらしい依頼の紙を持ってくる姿を見ながら、隣のルナに言葉を続けた。

 

「依頼が終わる頃には、素敵な仲間が増えていそうですから」

 

 

 

 

 

 

「うぅぅぅおぉぉぉぉぉ!?」

「主さま!?」

 

 カズマは必死で草原を駆ける。ちょっとした小屋程度はありそうなカエル、ジャイアントトードが迫りくるのを避けながら、自身の初期装備となったショートソードを握りしめた。

 

「主さま! ここはやはりわたくしが!」

「ダメだ! これ以上お前に頼ったら、俺は! きっと! 絶対ヒモになる!」

 

 コッコロの悲痛な叫びにそう返し、カズマは足に力を込める。幸いにして予め彼女に支援魔法は掛けてもらっている。普段の自分とは思えないほどの動きは少なくとも出来ている。

 ならば後は、目の前の、ヤギ程度なら丸呑み出来そうなカエルを討伐するだけ。

 

「いや無理だろ!? おっひょぉぁぁ!?」

「主さまぁ!」

 

 カズマの真横をカエルの舌が通り過ぎる。地面をえぐるそれをちらりと見た彼は、脇目も振らず逃げた。駄目だ死ぬ。彼の中でそれは確定事項となった。

 もはや恥も外聞もなく、カズマは半泣きで逃げ回る。助けてぇ、と情けない叫び声を上げながら、彼は全力で走り回った。

 

「行きます……!」

 

 風が吹く。手にしていた槍をクルクルと回転させ、一気にカエルの間合いへと踏み込んだコッコロは、そのままその土手っ腹へと斬撃を叩き込んだ。ぐげ、と声を上げ、巨大なカエルがたたらを踏む。そこへ追撃とばかりに足に槍を突き刺すと、コッコロは素早く後ろに飛び退った。

 

「主さま! 今です!」

「え? あ、お、おう!」

 

 突如バトル漫画みたいな動きをしたコッコロを見て思わずあっけにとられていたカズマであったが、彼女の言葉で我に返る。腹と足にダメージを受け悶えているカエルに向かい、全力でショートソードを振りかぶった。一撃では無理だったので、何度も。

 カエルらしからぬ断末魔を上げジャイアントトードが倒れ伏す。死んだふりとかじゃないよな、と動かなくなったカエルをつついたが、どうやら正真正銘絶命しているようであった。

 

「お見事です、主さま」

「お、おう? これ完全に初心者の寄生プレイじゃなかったか?」

 

 ネトゲでよくやるやつ。そんなフレーズが頭に浮かぶ。トドメこそカズマが刺したが、そこに至るまでのダメージの蓄積は間違いなくコッコロの攻撃だ。そもそもアークプリーストと言っている割に得物は思いきり槍である。どう見ても槍である。だが杖らしい。槍だが。

 ともあれ、異世界初討伐を済ませることには成功した。なんとも締まらない成果だが、しかし討伐は討伐だ。自分がぶっ殺したジャイアントトードを眺めながら、カズマはゆっくりとショートソードを掲げ。

 

「よっしゃおおお!?」

「主さま!?」

 

 地面から生えてきた二体目に、あっけなく弾き飛ばされた。ゴムボールのように天高く飛び、そして落ちる。気分はキャッチしてもらえないオメメちゃんだ。

 幸いというべきか、コッコロに掛けてもらっていた支援魔法のおかげで、バウンドしたもののダメージは軽微。すぐさま起き上がると、追撃が来ない内に一目散に逃げ出した。

 

「大丈夫ですか!? 主さま」

「お、おう。コッコロの支援のおかげでな」

 

 逃げたカズマを追いかけ合流した彼女は、彼が無事だと分かると安堵の溜息を零す。そうした後、こちらに迫ってくるジャイアントトードをジロリと睨み付けた。口にはしていないが、その雰囲気が言っている。そう、まるでどこぞの誰かのように。

 否、思い切り口にした。

 

「ぶっ殺します」

「コッコロさん!?」

 

 思わずさん付けである。目を見開いたカズマの目の前で、ジャイアントトードが串刺しになった。素早く間合いを詰め、先程のように斬撃を加えた後、飛び上がって真上から一撃。アークプリーストってなんだったっけと言わんばかりの槍さばきであった。

 ずるり、とカエルの頭から槍を抜き取ると、コッコロはパタパタとカズマへと駆け寄る。その途中で得物の返り血を振って飛ばすのも忘れない。

 

「あ、申し訳ありませんでした」

「な、何が?」

「主さまの獲物だったのにも拘らず、ついトドメを」

「いやいやいやいや! そういうのいいから! 俺助かったから!」

「そう、ですか?」

 

 ぶんぶんぶん、と全力で首を縦に振る。それならいいのですが、と俯くコッコロに、心配するなとカズマは述べた。とりあえず全力で空元気だが、言わずにはおれなかったので口にした。

 

「俺だって、やれば出来るんだからな」

「……はいっ。わたくしは、主さまはやればできる子だと信じております」

「おう……! しゃぁー! やってやんよ!」

 

 半ばヤケになったカズマは、コッコロが見守る中三匹目のジャイアントトードへと無謀な突進を敢行するのであった。支援は重ねがけされている。ちょっとやそっとでは死なない。ジャイアントトード相手ならば、呑み込まれてもなんとかなる。二時間くらいやりあっても、多分平気。

 こうしてこの日、カズマとコッコロは計三匹のジャイアントトードの討伐に成功するのであった。

 




仲間になる順番がこのすば原作と逆になる予感


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その3

美食殿以外は出てもゲスト


 異世界生活二日目。ジャイアントトードを討伐したお金で宿に泊まろうと考えたカズマであったが、その予想外の高値に断念。とりあえず馬小屋で寝泊まりしようと決めたわけだが。

 

「主さまがそう決めたのならば」

「いやコッコロは普通に宿でいいからな!?」

 

 何故かついてきたコッコロと共に馬小屋での一晩を過ごすこととなった。それでいいのか、と思わないでもなかったが、コッコロ曰く野営は当たり前だったとのことで、別段気にすることなく眠っていた。じゃあもういいです、とカズマもそのまま藁の上で眠りにつき。

 そして、翌日。今に至る。

 

「はじめちょろちょろ、なかぱっぱ」

「……」

「あかごないても……あ。主さま、おはようございます」

「お、おう。おはよう」

 

 宿屋の庭で自炊しているコッコロを、何やってんのこいつという目でカズマは見る。そんな彼の視線に気付いたのか、彼女は笑顔でああこれですかと焚き火を指した。

 

「主さまがわたくしのお金で食事をするのは忍びない、とおっしゃっていたので」

「……ので?」

「ならば、わたくしが主さまのためにご飯を作ってさしあげようと」

「お、おう……」

 

 もう何も言うまい。それ結局コッコロの金で飯食ってんじゃん、とツッコミを入れる勇気もなく、カズマはされるがまま、彼女の炊いたご飯で作られたおにぎりを頬張る。

 異世界に来たはずなのに、何故こんな日本的な朝飯を食っているのだろう。そんなことが頭をよぎったが、慣れない食事よりかはよっぽどホッとするので気にしないことにした。一人暮らしの人間が帰省したらこんな感じだろうか。そんなどうでもいいことも考える。

 

「それで、今日はどのようにいたしましょう?」

「あー、そうだな」

 

 クエストの達成条件はジャイアントトード五匹を三日以内に討伐すること。昨日の時点で既に三匹は倒しているので、今日明日で二匹始末すれば問題ない。それこそ、昨日と同じようにコッコロに頼ればすぐに終わるだろう。

 

「……ギルドに行って、誰かにスキルを教わろうと思う」

「なるほど。それは素晴らしいですね」

 

 笑顔でカズマを褒め称える。そんな彼女の笑顔から、カズマはそっと目を逸らした。

 言えない。昨日と同じことをした場合、間違いなくそれが癖になりヒモ一直線になるだろうと予測してしまったことなど。なんとかしてヒモを脱出するために、何かスキルの一つでも覚えておかないと本気でまずいと考えたことなど。

 

「新たな力を得た主さま、それはきっと、とても頼りになる存在となるに違いありません」

「お、おう……」

 

 百パーセント信頼しきったこの笑顔の前に、そんな情けないことは言えない。ほんのちっぽけの、カスみたいなプライドだが、カズマも一応男なのだ。

 そんなわけで宿の馬小屋を出て、ギルドまで向かう。まだ朝だからなのかそれほど人はおらず、ギルドの受付も昨日の美人職員二人だけで、二つは空席であった。

 

「すいませーん」

「はい」

 

 間の悪いことに昨日登録をしたルナの方に人がいたため、カズマはもう一人の眼鏡の女性職員へと声を掛ける。昨日のアレの後にも拘らず笑顔で対応をしてくれる彼女に、彼は職員の矜持を見た。

 ともあれ、カズマは彼女に相談をする。冒険者で何かスキルを身に着けたいと。それを聞いた眼鏡の女性職員は、成程と頷き視線を巡らせた。

 

「あ、クリスさーん」

「はい?」

 

 酒場のテーブルで朝食を摂っているらしい少女に声を掛けた。どうしたのカリンさん、とその少女と、同席していた騎士らしき女性がこちらにやってくる。

 

「実は、この人が」

 

 やってきた二人にカリンと呼ばれた眼鏡の女性職員が事情を話し、どうでしょうかと問い掛ける。ふーむ、と暫し考えていた様子であったが、クリスと呼ばれた少女がカズマと、その隣にいたコッコロを見るとほんの少しだけ目を見開いた。

 

「あ」

「はい?」

「……あ。あー、っと。そう、昨日の! 昨日の騒ぎの二人だね?」

「うぐっ」

 

 昨日の騒ぎ、という単語でカズマが苦い顔を浮かべる。出来ることなら忘れていたかったあれである。今日から俺はロリのヒモ状態のあれである。

 

「い、いやー、みんなすっごい見てたからね」

「あ、あの、それは」

「ああ、そうだな。あれは素晴らしかった」

 

 何かを誤魔化すような勢いでクリスが尚も捲し立て、それにカズマが何かを言おうとした矢先。彼女の隣の女性騎士がそんなことを言いだした。はい? と思わずカズマは視線をクリスの隣に移す。

 

「あの視線! 皆が蔑むような視線、視線、視線! ああ、何故あそこの中心にいたのが私ではなかったのか!」

「だ、ダクネス……」

 

 ダクネス、と呼ばれた女騎士はクリスの言葉など聞いちゃいない。いかにあの時のカズマの状態が素晴らしかったのかを全力で語り続ける。どう考えても異常性癖だ。半ば死んだ目になった彼は、そこでハッと気が付いた。こんな話を隣に聞かせては。

 

「なるほど……都会というのは、中々に」

「違うから! あれ特殊だから! ただの変態だから!」

「ああ、初対面の相手に変態となじられたっ! はぁん!」

「ちょっと黙ってろ変態騎士! 存在自体がコッコロの害だ!」

「はふぅ!」

 

 

 

 

 

 

「……連れが、迷惑をかけました」

「いや、そんな……」

 

 そんなことはない、とは言えなかった。事実コッコロに誤解が生じる寸前であったからだ。母性を内包しているとはいえ、まだ彼女は年端も行かない少女。まだ知らないことも沢山あるだろう。その一つが、変態の存在だ。そして出来ればもう二度とそんなものとは関わってはいけない、関わって欲しくない。

 

「主さま。あの方は少々特殊な趣味をお持ちだったのですね」

「そうそう。まあ、あんなのはそうそういないだろうから、忘れてもらっても――」

「もう一人います」

「は?」

 

 ピシリ、とカズマの動きが止まった。今何つったこのメガネ。ぐりん、とカリンの方へと視線を動かすと苦笑しながら実はもう一人、同じような冒険者がここにはいるのだと言葉を紡いだ。

 

「何でだよ! 駆け出し冒険者の街にドMが二体とかどういう確率だ!?」

「そう言われても……」

 

 いるものはいるのだからしょうがない。彼女の表情はそう述べており、つまりもう諦められているということの証左であった。クリスもあははと乾いた笑いを浮かべていることから、既にここでは当たり前のことなのかもしれない。

 

「ま、まあ。あの二人が揃うと鉄壁も鉄壁だから、そういう意味では凄いんだよ? 本当だよ?」

「絵面を想像したくねぇ……」

 

 攻撃を受けて楽しそうに悶えるドMが二人。絶対に見る機会を作らないでおこう、クリスのフォローらしき言葉を聞いたカズマはそう誓った。

 ともあれ、用件はドMの生息地を知ることではない。冒険者でも有用な新たなスキルを覚えることだ。脱線していたレールを元に戻すと、クリスは分かったと笑みを浮かべた。

 

「ダクネスのお詫び、といってはなんだけど。あたしの盗賊スキルをいくつか教えてあげる。取得に必要なスキルポイントも少ないから、お得だよ」

「おお、それは助かる」

 

 昨日の討伐でとりあえずカズマのレベルは三に上がっている。もらえたスキルポイントはそれほど高くないため、手軽に覚えられるというのは渡りに船であった。

 ギルドの建物を出て、裏手の広場に向かう。とりあえず使えそうなもの、ということで、クリスが提示したのは《敵感知》《潜伏》そして《スティール》の三つ。成程確かに役に立ちそうだとカズマが頷いている中、コッコロは彼の成長を見守るように笑みを浮かべていた。

 

「あたしのおすすめはスティールだね。スキルの成功値は幸運依存、確かキミ、幸運やたらと高かったよね?」

「おお、成程。それは確かに」

 

 相手を倒す役に立つかは不明だが、サポートとしては中々のものではないだろうか。よし、と早速その三つのスキルを見せてもらい、持っていたスキルポイントでスティールを覚える。残り二つはポイントが残り一だったのでひとまず保留だ。

 では早速、と実践形式でクリスとのスティール合戦を行ったわけだが。

 

「コッコロちゃんに害が、何だって……?」

「……あ、はい。調子乗ってました」

 

 向こうが石ころを抱え込んでハズレを増やしたことにムカついたカズマの全力スティールは、見事に彼女のパンツを盗み取った。手にしたそれを天高く掲げ、高笑いを上げながら勝利宣言をしつつクリスを煽りついでに有り金を奪い。

 その辺りでこちらをじっと見ているコッコロの存在を思い出したのだ。冷や汗をダラダラと流しながら彼女の方を見ると、目をパチクリとさせたまま固まっている。そんな彼の背中に向かい、パンツを穿き直したクリスがぽつりと述べたのが上記の一言だ。

 さてどうすれば今の行動を誤魔化せるだろうか。そんなことを考えたカズマであったが、どうしようもなく変態の所業なので弁明のしようがない。間違いなく変態、へんたいふしんしゃさんだ。

 

「主さま」

「は、はい!」

 

 駄目だ詰んだ。そんなことを思っていたカズマに声が掛けられる。ビクリと震え、そして姿勢を正した彼は、コッコロの次の言葉を待った。恐らく死刑宣告となるであろう、彼女からの侮蔑の言葉を待った。

 

「スキルを覚えられたのでしたら、討伐の続きをいたしましょうか」

「はい、まことに申し訳――はい?」

「どうされましたか?」

 

 こてん、と首を傾げてカズマを見る。取り繕っている、というわけでもなさそうだ。多少気にはしているかもしれないが、精々その程度。彼の想像していた汚物を見るような視線はどこにもない。

 

「あ、あの……コッコロさん?」

「? どうされたのですか、主さま。そんなにかしこまって」

「いや……怒ってないの?」

「怒る、ですか? ああ、先程の、クリス様の下着を盗んだことでしょうか」

 

 ぽん、と手を叩く。コッコロからその一言が飛び出したことで、カズマは悶えながら思わず土下座をしようと。

 

「主さまはお年頃なのですから、ああいったイタズラをするのも仕方がない。そんな風に思っていましたので、怒ることなど」

「何かすっごい優しい目で見られたぁぁぁぁ!」

「あ、でも。エッチなのはほどほどにしておいてくださいませ」

「諭されたぁぁぁぁぁ!」

 

 気分は完全に掃除の途中にエロ本を母親に見付けられた中学生である。机の上にそっと置かれているあれである。カズマの精神に致死ダメージが加えられたのは言うまでもない。

 

「な、成程……ああいう責めも、時にはありか」

「ダクネス、ステイ」

 

 尚、カズマの復活には二時間ほど掛かったので討伐は午後からと相成った。

 

 

 

 

 

 

 草原である。昨日の討伐の舞台となった場所である。そこにやってきた二人は、今日も同じようにカエルを倒そうと意気込んでいた。正確にはカズマ一人が空回りしていた。

 

「主さま。やる気があるのは大変よろしいのですが、少し、落ち着いたほうがよろしいかと」

「お、おう。大丈夫だ、問題ない」

 

 深呼吸を一つ。そうして気を取り直したカズマは、よし、と辺りを見渡した。午前中のアレをなるべく記憶の彼方に吹き飛ばし、一刻も早くなかったことにするのだ。

 そのためにも、ここで少しは活躍せねば。そんなことを思いながらショートソードを構え、そして。

 

「……なあ、コッコロ」

「はい」

「スティールって、カエルに効くのか?」

「……どう、でしょうか?」

 

 流石のコッコロも歯切れが悪い。どう見ても何も持っていなさそうなジャイアントトード相手に何を盗めるというのだろう。体の一部をもぎ取ったとしたら、確かに有用だろうが御免こうむる。

 よし、とカズマは頷いた。無かったことにしよう、と心に決めた。

 

「そういや一応、昨日コッコロに見せてもらったスキルも表示されてはいるんだよな」

「何か有用なものはございましたか?」

「いや、あるんだけどポイントがな」

 

 一ポイントでは何も覚えられない。ヒールとスピードアップ辺りが欲しいが、そのためにはレベルをもう二・三回上げる必要がある。仕方ない、とカードを仕舞うと、カズマは残りのカエルを始末するために視線を巡らせた。

 が、あるのは草原ののどかな景色だけだ。昨日跳ね回っていたカエルの姿が、どこにもいない。

 

「全滅したのか?」

「まだ一日も経っておりませんし、流石にそれは」

 

 うーむ、と暫し悩んだカズマは、とりあえず探すかと歩みを進めた。それに追従したコッコロと共に、草原を歩き回りカエルの痕跡を探す。

 痕跡自体は見付かるのだが、肝心のカエルがいない。どこかに隠れているのだとしたら、その場所を探す必要があるが、その方法もとりあえず思い付かない。

 

「んー」

「主さま」

「ん?」

「少し、休憩いたしましょう。主さまはお昼もあまり食べておりませんでしたから、わたくし、お弁当を用意しました」

「……さんきゅ」

 

 では、あそこの丘で。そうしてコッコロの指し示した場所まで向かい、草原を一望出来る場所によっこらせと座り。

 

「……」

「……」

「お腹……ペコペコ……」

 

 そこで行き倒れている少女を、発見した。カエルはいない。

 




いやほら、ダクネスいるし、ね


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その4

ほぼプリコネ


 どこに持っていたんだとツッコミを入れたくなる量のおにぎりが、これまたどこに消えていくんだという勢いで少女の腹に収まっていく。はぐはぐむぐむぐと猛烈な勢いでおにぎりを食べた少女は、九割方食い尽くすとぷはぁと息を吐いた。

 

「んまーい! ごはんは命のエネルギー!」

「……」

「……」

 

 いやそりゃそうかもしれないが。そんなことを思いながら、カズマは少女の食べっぷりを眺め続ける。一応自分の分のおにぎりも食べているが、ぶっちゃけ見ているだけでお腹いっぱいになってきた。

 

「いやぁ、助かっちゃいました。見ず知らずのわたしにご飯を恵んでくれるなんてっ。一生恩に着ます!」

 

 ぱん、と手を合わせペコリと頭を下げる。その拍子に、彼女の豊満な双丘がたゆんと揺れた。思わずそちらに視線を向けてしまい、そのままそこに固定した状態でそうかそうかとカズマは述べる。

 そうしながら。今一生恩に着るっつったな、確かに言質取ったからな。そんなことを思いながら、ついでにそれを口にしようと身を乗り出しながら。

 

「あの、このような場所でどうしたのです?」

 

 コッコロがそれよりも先に口を開いたことで踏み止まった。同時に我に返る。いかんいかん、ちょっと目の前の女の子が可愛くて胸がでかいからって安易なことを口にしてはいけない。コッコロの手前カッコつけたいというのも勿論あるが、ひょっとしたら何かしらの厄介事である可能性も十分あるのだ。

 そんなことを思いながら少女をもう一度じっと見詰めたカズマは、先程の意見を修正した。ちょっとくらい可愛くて胸がでかい、ではない。とんでもなく可愛くて胸がでかい。美人というよりも可愛い系に近いが、金髪のロングヘアーと澄んだ碧眼は、まさしく正統派といっても過言ではない。光の加減でオレンジに見えるような気がしないでもないが、金髪だと言われているので金髪なのだ。

 猛烈な勢いで食べていたにも拘らず、どことなくその所作には気品が感じられたような気もして。シチュエーションさえ違えばどこの貴族のお嬢様だと言っても信じてしまいそうな、そんな雰囲気がどこかにあった。

 

「いやぁ、色々あって旅をしていたんですけど、久しぶりに故郷に帰ろうとしていたら、お腹ペコペコになり過ぎちゃって……」

 

 えへへ、と笑いながら頭を掻く美少女。説明を聞いて若干ぽかんとしていたコッコロも、まあそういうことでしたらと頷いていた。

 

「ちょうど、この辺にはジャイアントトードがいたはずだから、少し寄り道してお昼にしようとやってきたんですけど」

「……ん? あんたもカエル目当てだったのか」

「はい。とりあえず二匹くらいでいいから、食べれば晩御飯まで持つかなって思ってたんですけど」

 

 笑顔でさらりと何だかよく分からないことをのたまう美少女。ジャイアントトードは山羊を丸呑みに出来るサイズである。それを二匹食えば夕飯までの繋ぎになると言い放ったのだ。とてもじゃないがそんな量が腹に入るとは思えない。あのおっぱいに全部詰め込まれるのだろうか。割と真剣にカズマはそんなことを思う。

 

「それで、見付からずに行き倒れてしまった、と」

「はい、やばいですね☆」

 

 こつん、と自身の頭を叩きながらテヘペロと美少女は笑う。大分ピンチだったのにも拘らず、軽く流すところからして、彼女にとっては割と日常茶飯事なのかもしれない。

 そうしながら、あれ、と美少女は何かに気付いたように二人を見る。

 

「あなたも、って言いました?」

「はい。わたくしたちは、討伐クエストを請け、ジャイアントトードを五匹狩るためにこちらにきたのです」

「あ、そうだったんですね。ごめんなさい、獲物、横取りするところでした」

「いえ、それは大丈夫なのですが……」

 

 コッコロの様子に、どうしたのだろうかと美少女は首を傾げる。視線をカズマに向け、何かあったんですかと問い掛けた。問われた方のカズマは視線を胸から美少女の顔に戻すと、言っていいものか一瞬だけ迷った後それを口にした。肝心のカエルが見付からないのだ、と。

 

「あれ? そっちでもなんですか?」

「ああ。昨日は確かにいたはずなんだが」

 

 そう言いながら、カズマは美少女の様子をうかがう。何か嘘を吐いていないか。そして、リアクションをして胸が揺れないか。

 残念ながらどちらもなく、彼女はそれはおかしいですねと首を傾げるのみだ。腕組みをしたのでおっぱいは強調されたからカズマ的には良しとする。

 

「あ、何かスキルで探したりとかは出来ませんか?」

「いえ、わたくしはアークプリーストなので、その手の有用なものは」

「……ん?」

「どうしました?」

 

 美少女がそうだと手を叩く。胸が揺れる。それを見ていたカズマは、ふと思い出して冒険者カードを取り出した。そういえば今朝教えてもらった盗賊スキルの一つが確か。

 

「敵感知……あるじゃねぇか!」

「おお、いいじゃないですか」

「流石です、主さま」

 

 幸いスキルポイントも残してある。ここでケチっても意味がない。即座にスキルを習得すると、善は急げとばかりに発動をさせた。

 

「…………んん?」

「どうしました?」

「いや、何か真下辺りから大量に反応が……」

「っ!? 主さま!」

 

 コッコロが即座に反応し、カズマを抱えて飛び退る。間一髪と言うべきか、地面から生えてきたカエルが皿代わりにしていた葉っぱごと二人のいた場所を呑み込むところであった。

 

「うぉぉぉ!? なんだぁ!? こいつら埋まってたのか!?」

「隠れて獲物を待っていたみたいですね」

 

 すとん、と同じように攻撃を回避した美少女が二人の横に立つ。そうしながら、そんな習性あっただろうかと考え込む仕草をした。まるで何か、あるいは誰かが操って指示でも出しているかのような。

 

「ペコリーヌさま! 危ないっ!」

「へっ? お、っとと」

 

 コッコロの声で我に返った美少女は、カエルの舌をステップで躱すと視線を彼女に向ける。今何かすごい名前で呼ばなかったかと目をパチクリとさせた。

 

「あ、はい。まだお名前を聞いていなかったので、お腹ペコペコのペコリーヌさま、と仮に呼ばせていただきました」

「ペコリーヌ、ですか……。うん、可愛いあだ名、いいですね!」

「いいのかよ……」

「はいっ! では今からわたしはペコリーヌということで」

「なんだよ『ということで』って! 名前隠すとか絶対厄ネタじゃねぇか!」

「いいじゃないですか。気に入っちゃったんです。あ、お二人の名前を聞いてなかったですね」

「よくねぇよ!」

「わたくしはコッコロと申します。こちらは主さまの。カズマさまです」

「コッコロ!? そこ流しちゃうの!?」

「コッコロちゃんと、カズマくんですね」

 

 ぐ、とカズマは押し黙る。美少女が笑顔で自分の名前を君付けで呼んだのだ。何か一瞬ときめいてしまったのを責めることは出来ないだろう。そしてそこで言葉を止めてしまったことで、お喋りはここまでだ的な雰囲気を醸し出されてしまう。

 

「ひーふーみー。わ、五匹います。お腹いっぱい食べれそうですね」

「食うなよ! 俺たちは討伐クエスト請けてんだっつの!」

「しかし主さま、わたくしたちは後二匹で達成です。全部を狩らずとも」

「追加料金貰える的なこと言われてただろ。やれるんならやった方がいい」

「なるほど……分かりました、主さま。ペコリーヌさま、申し訳ないのですが」

「んー。そういうことなら仕方ないですね。ご飯のお礼もありますし」

 

 コッコロが槍を構え、ペコリーヌは腰のポーチ型の鞘に収めていた大剣を抜き放つ。輝くその刀身は間違いなく業物。一介の冒険者が持っていていいような代物ではないようにも思え。

 

「じゃあ、指示をお願いしますね、カズマくん」

「主さま、ご指示を」

「何で!?」

 

 突如司令塔にされたカズマが盛大にツッコミを入れたタイミングが、戦闘の始まりである。

 

 

 

 

 

 

「……思ったより、制御難しいわね、これ」

 

 草原でカズマ達がカエルと戦っている場所から少し離れた位置。三人に見えないように気を付けながら、一人の少女が手に持っているアイテムを操作し四苦八苦していた。モンスターを制御下に置く、という話であったが、いざ使ってみるとそんなお手軽なものなどでは全然ない。やっとのことでジャイアントトードを地面に潜ませることに成功したが、彼女の想定とは違うタイミングで暴れだしたことで半ば諦めかけていた。このこの、と操作を試みるが、戦闘中のカエルは全く言うことを聞かず、ターゲットとは違う相手にも次々襲いかかっている。

 

「あー! もう! つっかえないわね! 何が『自分が持っている伝説の神器に匹敵するアイテム』よ! あんのクソ領主! そもそも万全を期すならその持ってる方渡しなさいよ、そうすりゃあたしだってもっとしっかり依頼をこなしてやったわよ。……というか、アレ大丈夫なのかしら。死んじゃわないわよね? 死んだら間違いなくあたし処刑よね? ……あれ? そもそも何でこんな胡散臭い依頼請けたんだっけ……?」

 

 ぐらり、と意識が遠のき、体勢が崩れる。その拍子に持っていたアイテムを落としたことで、彼女はハッと我に返った。尻尾がぴんと立ち、ついでに頭の猫耳がピクンとはねる。

 

「――今は、そんなことはどうでもいいか。じゃ、なくて! そうだ制御アイテム! なんとかしてやりすぎないように……」

 

 手に持っていないことを気付いた彼女は、視線を地面に向ける。ぐらついた拍子に、どうやら手から落としたそれを踏み潰してしまったらしい。とある依頼主から渡されたそれが砕け散ったことで、少女はその相手に顔を出せないことを覚り目を見開いた。それが、とかげの尻尾切りの()()()()()()()()()であることなど、当然知る由もない。

 それよりも。

 

「や、ヤバい。ヤバいわよ! これ壊れちゃったら、確か反動であたしが狙われやすく――」

 

 ぬ、と彼女の頭上に影が差す。恐る恐る顔を上げると、そこには大口を開けているジャイアントトードが。

 

「か、カエルって、よく見ると可愛いわよね……」

 

 にへら、と笑顔を向けてみるものの、ジャイアントトードの無機質な瞳はまったくもって細められることはない。涙目になりながら、足に力を込めると彼女は全力で走り出した。

 刹那、ばくりと彼女のいた空間に向かってカエルがかぶりつく。

 

「いぃぃぃやぁぁぁぁ! ちょ、待って! 食われる! あたし魔法使いよ! 近接戦闘は専門じゃないの! だから出来れば距離をもう少し取ってもらえるとあひゃぁぁぁぁ!」

 

 横っ飛びでカエルを躱す。ゴロゴロと転がりながら、猫のように体勢を立て直すと彼女は全力で走る。かぶりつかれる、避ける、逃げる。かぶりつかれる、避ける、逃げる。そんなことを何度も繰り返し、彼女はとにかく走った。走って、走って、走りまくった。

 この草原で、別段遮蔽物も見当たらない空間で、脇目も振らず走って逃げた。

 

「主さま。何やら向こうから……え?」

「どうしました? コッコロちゃん……あれ?」

「どうした? って、うおぉ!?」

「だぁぁれぇぇかぁぁぁ! たぁぁすけてぇぇぇ!」

 

 カズマの目に飛び込んできたのは、ジャイアントトードおかわりを引き連れた猫耳少女。恐らく普通にしていれば間違いなく美少女の類であろうその顔は恐怖と涙でぐっちゃぐちゃ。女をかなぐり捨てている勢いで走っているおかげで色気も感じない。ついでにいうと胸もそこまでない。揺れない。

 

「助けて、って言ってますね」

「そうだな」

「主さま。わたくしはまだ平気ですので、ご指示を」

「……え? 助けるの?」

 

 ターゲットはあの猫耳娘だけのようなので、こちらが彼女の逃げる道を譲ってやればきっと通過していくだろう。そんなことを考え、もうこれ以上カエルはいいかなとカズマは一人結論付けていたところだったのだ。さらば名も知らぬ猫耳娘よ、来世はきちんとツンデレするんだぞ。心の中でそう黙祷を捧げ、彼はそっと合掌を。

 

「こっち来ますね」

「え?」

「どうやら向こうのジャイアントトードに気付かれたようです」

 

 は、と顔を上げると、おかわりのカエル五匹のうち三匹ほどが既にこちらにターゲットを変更している。あ、やば、と猫耳娘がこちらを見て目を見開いているところから、向こうとしても押し付けるのは本位ではなかったのだろう。

 

「おっ前ふざっけんなよ! 何いきなりトレインしてMPKかまそうとしてんだこらぁ! ネトゲ初心者でも今日日やらんわ!」

「何言ってるか分かんないけど、こっちだってやりたくてやってんじゃないわよ! しょうがないじゃない! 生きるか死ぬかギリギリだったんだからぁ!」

 

 二匹になったことで少し余裕ができたのか、猫耳少女はカズマの抗議に叫びながらそう返す。そうしつつ、悪かったわよと言葉を続けた。

 

「ついでと言っちゃ何だけど。手伝って! あたしだけじゃキツイのよ!」

「はぁぁ!? 何だその態度、人にものを頼むにはそれ相応の誠意ってのがだな」

「いいじゃないですか。とりあえず倒しちゃいましょう。お話はその後、ってことで」

「よくない。こっちが一方的に被害食らってんだぞ。やるにしても向こうからそれなりのものを引き出して」

「とはいえ、あの方が食べられてしまったら何も得られません。ひとまずは落ち着くのが先決かと」

「……はーい。おいお前! よかったな! ここにいるコッコロ様に多大なる感謝をしておけよ!」

 

 コッコロにそう言われては仕方ない。はん、と明らかな上から目線で猫耳少女にそう述べたカズマは、迫りくるジャイアントトードを見てショートソードを構えながら後ろに下がった。

 

「よし、じゃあコッコロ、ペコリーヌ、そして名も知らぬ猫耳少女よ。頼んだぞ」

「あんた戦わないの!?」

「いいんだよ、今の俺は司令塔だからな」

「意味分かんない……」

「かしこまりました、主さま」

「了承しちゃうの!?」

「いやぁ、まあ今回は、しょうがないってことで」

「そこ納得しちゃ駄目でしょ、特にあんたは!」

 

 カズマの目の前に並んだコッコロ、ペコリーヌ、そして猫耳娘は。それぞれ自身の得物である槍、大剣、杖を構えながらそんなことを口々にのたまった。

 




カズマが順調にヒモと化していく


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その5

このすば感が薄い


「はい、では、ジャイアントトードが全部で……十三匹?」

 

 受付でクエスト達成報告をしたカズマは、昨日と今日との合計数を計算して目を丸くするルナを見ながら、どこか満足げに立っていた。初心者の、それも最低職である冒険者たるカズマが、初のクエストでそれだけの戦果を上げたのだ。いくら讃えてくれても構わない。そんな気持ちで。

 

「何ドヤ顔してんのよ。あんたの活躍なんかほんのちょっとじゃない」

「あぁ? 何口出ししてんだトレイン猫娘。大体、お前が鼻水垂らしながらこっちに突っ込んでこなかったら平穏にクエストは終わってたんだっつの」

「は、鼻水は垂らしてないでしょ!? そりゃ、悪かったとは思うけど……」

「はぁぁぁ? きーこーえーまーせーん!」

「ぶっ殺すわよこのクソ野郎!」

「ほ~ら本性表しやがった。見知らぬ冒険者を危険に晒した罪を認めず、反省の色も見当たらない。これはもう、警察に突き出すのが妥当じゃないですかねぇ」

「んぐっ……! ……ご、ごめん、なさい」

「聞こえないな。もっと大きな声で言いなさい」

「んんんん! むっかつくぅぅぅぅ!」

 

 きしゃー、と尻尾と猫耳を立てながら地団駄を踏む少女を満足気に眺めたカズマは、ギルドが用意した報酬を受け取りながら視線を横にいた二人に移動させた。あはは、と苦笑しているペコリーヌと、二人のやり取りを優しげな表情で見ているコッコロへと。

 

「仲がいいんですね、カズマくんとキャルちゃん」

「どこをどう見ると仲良いように見えるのよ! あんた目腐ってんじゃない!?」

「主さまが生き生きとされていて……わたくしも大変嬉しく思います」

「そしてあんたは何なの!? 保護者!?」

「ああ、そうだぞ」

「迷いなく言い切った……。え、ちょっと、本気? 引くんだけど」

「はぁ? お前コッコロ馬鹿にしてんのか!?」

「あんたの! 立ち位置に! 言ってんの!」

 

 言い争いリターンズ。いい加減面倒になってきたのか、その辺りでルナが声を掛け騒ぐなら向こうの酒場でと追い払った。割とガチギレ気味だったので、カズマもキャルも素直に応じてテーブルへと向かう。四人がけのテーブルに座った一行は、そこでふうと一息ついた。

 

「改めて。お疲れさまでした」

「はい、お疲れさまでした。ペコリーヌさまには、随分と助けられてしまいましたから」

「いえいえ。コッコロちゃんの支援と槍さばきも凄かったですよ。それに、キャルちゃんも」

 

 ね、とペコリーヌが隣に座る猫耳娘、キャルに視線を向ける。話を振られたことでビクリと肩を震わせたが、どこか恥ずかしそうにそっぽを向くと別にそんなことはないと呟いた。

 

「元はと言えば、あたしのせいだから……。頑張るのは当然じゃない。二人が前衛にいたから、魔法もやりやすかったし」

「またまたぁ。凄かったですよ、キャルちゃんの魔法。ひょっとしなくても、上級職だったりしません?」

「……一応、アークウィザード。……成り立てだけど」

 

 そっぽを向いたままそう答える。凄いですね、とそんな彼女を褒めながら、ペコリーヌはよしよしと頭を撫でていた。

 そんな二人の絡みを見ながらカズマは注文した飲み物を呷る。ぷはぁ、と息を吐くと、ところでお前らいつまで一緒にいるんだと述べた。その言葉にコッコロが少しだけ首を傾げ、ああ成程と手を叩く。

 

「主さまは、お二人とパーティーを組むおつもりなのですね」

「うぇ? いや、どっちかというと逆――」

 

 何かよく分からん厄ネタ抱えた大食い娘と、ド直球でトラブルを運んできたギャーギャーうるさい猫耳娘。はっきり言って異世界ファンタジーの仲間としては微妙だ。もっとこう、正統派な面々と堅実な冒険がしたい。そんなことをカズマは思ったりもしていた。

 が、それを言おうとしてふと思い留まる。先程のカエル討伐の時に二人の力は見た。他の冒険者がどのくらいのレベルなのか確認してはいないが、少なくとも彼女達は初心者ではない。仮に、同じくらいのレベルの冒険者とパーティーを組もうと思ったら、どれほどの労力が必要なのか。とんでもないババを引かされる可能性もあるのではないだろうか。

 

「いや、そうだな。コッコロ、お前の言う通りだ」

 

 コトリ、とカップを机に置く。そうした後、カズマは目の前の二人に視線を向けた。コッコロに、お口が汚れていますと拭かれながらキメ顔をした。

 

「なあ、俺達のパーティーに入らないか?」

「いいですよ」

「嫌」

 

 即答なのは同じであったが、返事は真逆であった。ペコリーヌはご飯のご恩もありますから、と笑顔で了承し、これからお願いしますねとカズマの手を握りブンブンと振っている。柔らかくて温かかった。彼は後にそう語る。

 そしてもう一方。キャルは心底嫌そうな顔を浮かべカズマを見やる。何でお前らの仲間にならないといけないのだ。完全に表情がそう物語っていた。

 

「そもそも。あんたさっき言いかけたのはパーティー勧誘じゃないでしょ。さっさとどっか行けって顔してたもの。……そういうの、分かるの」

「失礼な。この俺がそんな心無いことをするように見えるのか?」

「全身からそういうオーラ漂わせてるわよ! とにかく、あたしはお断り。元々こっちは一匹狼の傭兵冒険者よ。今だってちゃーんと依頼を受けてるんだから」

「猫なのに一匹狼……ぶふっ」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 ばん、と机を叩いて立ち上がったキャルは、ふんと鼻を鳴らすと踵を返した。手をひらひらとさせながら、それじゃあと言い放って酒場を出ていく。振り向くことは一切せず、名残惜しさを感じていないようにも思えて。

 

「あらら、フラレちゃいましたね、カズマくん」

「その表現はおかしい」

「主さま。我慢なさらなくとも、いいのですよ」

「違うから! あ、でもそれはそれとして後で膝枕はしてください」

「……やばいですね」

 

 劣情とは違うから、まあクレアよりはマシかな? そんなことを思いながら、ペコリーヌはウェイトレスにメニューを上から順に全部頼み始めた。

 

 

 

 

 

 

 カズマ達から別れたキャルは、通りを一人で歩きながらぶつぶつと文句を呟いていた。文句、とは言うものの、その表情はどことなく楽しそうで。

 はぁ、と息を吐くと近くのベンチに腰を下ろす。さっきはああ言ったものの、受けていた依頼は失敗確定な上貸し出されたアイテムを破壊してしまったので戻るに戻れない。このままバックレても追っ手が来るような仕事ではないのが不幸中の幸いだが、かといって放置していては間違いなく評判が落ちる。パーティーも組まず一人行動しているような魔法使いに、悪評まで加わってしまえばそれこそ食い扶持がなくなるわけで。

 

「あー……そういえば、そろそろキャベツの収穫時期ね」

 

 空を見上げながらそんなことを呟く。緊急クエストが発生したら、そこで狩れるだけキャベツを狩ってどこか遠出でもしようか。ぼんやりと予定を立て、よし、と彼女は立ち上がった。とりあえず今日の宿を決めなくてはいけない。野営でもいいが、流石にそれは最終手段に取っておいて、適当な馬小屋で寝よう。そう結論付け、キャルは歩き出す。

 宿で空いているか尋ねると、ちょうど今ちょっと変わった連中が寝泊まりしているのでスペースが空いているという話を聞く。値段も手頃だったのでじゃあと即決すると、今日の疲れを休んで癒そうと馬小屋の方に。

 

「おや、キャルさま」

「え?」

 

 その入口の前で、パタパタと米を炊いているコッコロの姿が目に入った。目をパチクリさせたまま固まっていると、馬小屋からはどうしたんだという声とともに一人の少年が姿を表す。

 

「なんだ、トレイン猫娘か」

「何だとは何よ! 後その呼び方やめろ、あたしはキャルってちゃんとした名前があるんだから」

「おう、じゃあキャル。何か用か?」

「何もないわよ。あたしもここで寝るってだけ」

「あ、そ。……待て、今なんつった」

 

 どうでもいい、とばかりな反応をしたカズマだったが、ふと何か重大なことに気付いて足を止めた。ギリギリと軋んだ音を立てながら振り向き、キャルを見る。

 

「だから、あたしも今日はここで寝るって言ったの」

「……馬小屋、ここしかないんだけど」

「そうみたいね。スペース貰うわよ」

「……お、おう」

 

 冒険者としては当たり前のことなのだろうか。別段気にしたふうもないキャルを見て、カズマは思わず喉を鳴らす。ファーストコンタクトがアレだったおかげで意識していなかったが、胸はともかくキャルも分類的には相当の美少女だ。しかも猫耳、尻尾まで完備。その手の需要があればバカ売れ間違いなしの優良物件。

 それが今日、カズマと同じ空間で寝るらしい。

 

「あ、言っとくけど」

「な、何でございましょうか」

「何よその口調。……手を出したらぶっ殺すから」

「はんっ! 誰がお前みたいな貧乳に欲情するか! 大体俺の年下の許容範囲は二つまでだ。最低限十四以上は」

「……あたし、十四なんだけど」

「……」

「……」

 

 うん、何となく分かってた。胸はあれだけどそれ以外はちゃんとある程度育っているものね。うんうんと脳内で納得をしてから、カズマはゆっくりと視線を逸らす。わざとらしい咳をすると、さてコッコロのご飯たーべよ、と何もなかったかのようなムーブを始めた。

 暫し目を瞬かせていたキャルは、ゆっくりと杖を構え。

 

「キャルさま。よろしければ、キャルさまもどうでしょうか?」

「へ?」

 

 コッコロの声で我に返った。炊き込みご飯らしきものが木の器に盛られ、ほかほかと湯気を立てている。美味しそうなその出来栄えに、思わずキャルの喉がごくりとなる。

 

「べ、別にいいわよ……お腹すいてないし」

 

 お約束と言うべきだろうか。そのタイミングで腹が鳴る。ぐぐーぅ、と盛大なそれを聞いて、コッコロは優しく微笑んだ。

 そして。

 

「ぶあっははははは! 何お前、完璧な前フリから完璧な腹の音とかどういうこと? 何なの? 芸人でも目指してんの? 冒険者じゃなくて大道芸身に付けたらいいんじゃね? 花鳥風月とかいうのがおすすめらしいぞ」

「こ、の……っ!」

「主さま、少し言い過ぎです。微笑ましいではないですか。お腹が空くのは、健康な証拠でございますし」

「あんたは優しく諭すんじゃない! お母さんか!」

 

 そういうわけでご飯は一緒に食べた。コッコロの炊き込みご飯は非常に美味しく、しかし猫舌のキャルは二回ほど熱くて悶えたことをここに記しておく。

 

「ダチョウ倶楽部かよ! やっぱり芸人じゃねぇか!」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 そしてこんなやり取りがあったことも記しておく。

 

 

 

 

 

 

「へー。じゃあ一緒にご飯を食べたんですね。いいなぁ」

「もしよろしければ、今度はペコリーヌさまもご一緒に」

「はいっ! ご飯はみんなで食べると、とっても美味しくとっても楽しいですからね!」

「言っとくがお前の食う分は自分で払えよ。俺はびた一文奢らんからな」

「ふふっ、分かってますよ」

「フリじゃねぇぞ。違うからな!」

 

 翌日。昨夜は飲食店全メニュー制覇をはしごしていたペコリーヌと合流し、ギルドでそんな会話をしていた時である。

 突如大音量のアナウンスが響き渡った。どうやら魔法か何かで放送のようなことをしているらしい。そして、それによると緊急クエストが発令されたのだとかなんとか。

 

「緊急クエスト? モンスターの襲撃でもあったのか?」

「どう、でしょうか? あまりみなさまは慌てておられないようですし」

「……んー。多分、キャベツじゃないですか?」

「ああ。成程、そうでしたか」

 

 どことなく不安なカズマとは対照的に、ペコリーヌは涼しい顔である。首を傾げていたコッコロも、彼女の言葉を聞いて安堵したように息を吐いた。

 一方のカズマ、ハテナマークが更に浮かぶ。キャベツ? キャベツって何だ? そんな名前のモンスターでもいるのか? そんな疑問が頭をぐるぐると周り。

 

「ああ、そうでした。申し訳ありません主さま、主さまはこちらのことが疎いのでした」

「え? そうなんですか? 随分と遠い場所から来たんですねぇ」

 

 頭を下げるコッコロにいや全然大丈夫と首を横に全力で振ると、周囲の人間から新しく白い目で見られるのを防ぐべく頭を上げさせた。そうした後、説明よろしくお願いしますとこちらが頭を下げる。

 

「頭を上げてくださいませ、主さま。わたくしはガイド役、主さまの疑問にお答えするのは当然のことでございます」

「お、おう。正直もう少しくだけてくれてもいいんだが……とりあえず、説明を」

「はい。キャベツなどの野菜は、収穫の時期になると畑を飛び出し、世界中を駆け抜け、人しれぬ場所で朽ちていく習性を持っていると言われております。ですので、野菜を食べるにはその前に捕獲しなくてはいけません」

「……へー」

 

 カズマは考えることをやめた。コッコロが嘘を吐くような人間ではないことはよく知っている。つまりは本当のことなのだろう。が、だから何だというのだろう。それを聞いて何か気合が入るだろうか、いや、ない。

 

「よーっし、やるわよ」

「……何か気合入ってんな、あいつ」

「あ、キャルちゃん。おいっす~☆」

 

 シラけた目で周囲を眺めていたカズマの近く、やたら気合の入った猫娘の姿が視界に映る。今朝別れたばかりの、昨日結局同じ空間で寝てしまった相手だ。

 

「げ」

「キャルちゃんもキャベツの収穫ですか? よかったら一緒にやりません? その後は、みんなでおつかれさまーって打ち上げするんです」

「嫌よ。そんなことしたら取り分が減るじゃない。あたしはこのクエストでしこたま稼いで、悠々自適な生活をしながらスローライフが出来る土地に引っ越すの。だから、邪魔しないで」

 

 ふん、と鼻を鳴らすと、キャルはペコリーヌ達から離れていく。ざんねん、と肩を落としている彼女を見ながら、まあ今回はこの三人でやろうとカズマが述べた。

 

「お、カズマくんもやる気出ましたか?」

「流石は主さまです」

「いや、そういうわけじゃないが……なんというか」

 

 既に見えなくなった背中を幻視する。さっきの発言といい、その後にこの場から去っていくムーブといい。

 

「フラグにしか見えねぇんだよなぁ……」

 

 ポリポリと頭を掻きながら、カズマはそんなことを呟いた。そうしながら、もし本当にそうだったら盛大に笑ってやろう。ついでにそんなことも考えた。

 




キャルは泣く


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その6

キャベツと戦うとこのすばっぽく……なってる?


「うっわマジで飛んでやがる……」

 

 盛大に空を跳ね回るキャベツの群れを見たカズマは、なによりかによりゲンナリした。自分の知っている野菜が摩訶不思議なものに変わっているのを認識し、ほんの少しだけ意識が遠のく。はいはい戻った戻った、と向こう岸で歯車の翼を持った美少女が追い出しているような気がした。

 

「主さま。それでは、如何いたしましょう」

「ん?」

「この間のカエルの時の指示、結構よかったですからね。とりあえず方針を聞いちゃおうかなって」

 

 そう言ってこちらを見るコッコロとペコリーヌ。美少女二人に期待されるのは悪い気分ではないが、しかし未知のナニか相手に初手がそれだとプレッシャーも相当かかる。とりあえずガンガンいこうぜとか言っておいた方がいいんだろうか、そんなことまで考えた。

 

「ふはははは! いいぞ、凄くいい! もっともっと来るがいい!」

 

 唐突にそんな声が聞こえてくる。視線を動かすと、この間見た女騎士がキャベツにぶつかられ、それでも倒れることなく立ち続けている。恍惚な表情と悶える仕草さえなければ、率先して味方の盾になる模範的な騎士であっただろう。

 

「げ、この間のドM……」

「確か、ダクネスさま、ですね。流石はクルセイダー、あの防御力は驚嘆に値します」

 

 彼の視線の先をコッコロも見たのだろう。見覚えのある変態を視界に入れたが、しかし彼女らしく前向きな称賛を送っている。

 そしてそんな二人に続いて、ペコリーヌもそちらの方向へと振り向いた。

 

「あー……ララティーナちゃん、相変わらずですねぇ……」

「ん? 誰ちゃんだって?」

「こっちの話です。ささ、それよりわたしたちもキャベツを倒して、キャベツ料理と洒落込みましょう!」

「そうですね」

「お、おう……?」

 

 気にはなるが、確かに今はそれより眼の前の訳の分からない収穫祭の方が重要だ。捕獲というからには、剣で切り裂いたり魔法で吹き飛ばしたりするとアウトの可能性もある。その辺りを確認し、なるほどなるほどとカズマは作戦を立て始めた。

 

「とりあえず。向こうのドMほどじゃなくていいが、ペコリーヌは前衛で壁役をやってもらって、俺とコッコロで突っ込んできたキャベツを捕獲。これが基本戦法かな」

「うんうん、妥当ですね」

「了解いたしました」

 

 それぞれ武器を構え、他の冒険者と同じようにキャベツの群れへと突撃していく。コッコロの支援魔法でステータスを底上げされたペコリーヌは、突っ込んでくるキャベツを剣でガードしながら、今ですよーと呑気に叫んでいた。

 

「あいつはあいつでやべぇな……」

「ペコリーヌさま、流石です」

 

 では早速、とカエルでは披露できなかったスティールを繰り出す。予想通り、飛び跳ねていたキャベツがカズマの手の中に収まり、ニヤリと口角を上げた彼は次々に捕まえては籠へとぶち込んでいった。一方のコッコロはバフを掛けスピードを上げたとはいえ極々普通の動きのため、彼ほどの成果は得られない。

 

「ふははははは! キャベツ狩りの男! 佐藤和真!」

「素晴らしいです、主さま」

「やばいですね☆」

 

 飛び跳ねるキャベツを掴んではぶち込み掴んではぶち込み。そんな一人キャベツ無双を続け高笑いを上げていたカズマは、ある程度の時間でガス欠を起こした。早い話がMP切れである。

 ふう、と息を吐いて地面に座り込んだ彼は、同じように一息入れましょうかと戻ってきた二人と水分補給を行っていた。今の所、カズマの捕獲数が冒険者全体を見渡しても群を抜いている。

 

「流石です主さま。主さまはやればできる子だと信じておりました」

「そうだろうそうだろう。いやまあ、ペコリーヌが壁役やっててコッコロが支援してくれたおかげなんだけどな」

「おお、謙虚ですね。カッコいいです」

「え? そう? いやぁ、まあ俺ってば謙虚な冒険者だし? それくらいは当然っていうか?」

 

 ははははは、と休憩しつつも高笑いを上げているカズマを、他の冒険者は何やってんだこいつという目で眺めている。が、まあ実際戦果は上げているし、何だかんだで憎めないキャラをしているのがこの数日で分かってきたのか、嫌悪感を持っているものはそれほどいないようであった。

 そもそも、この程度で嫌悪していたらこの街で生活など出来はしない。

 

「あ、来ましたね」

「ん?」

「キャベツに誘われて、魔物がやってきたようです。迎撃をする必要がありますね」

 

 ペコリーヌとコッコロが立ち上がる。カズマはどうしようかと迷っていたが、ここで二人が行ったのに自分だけ休憩していたら再びヒモ疑惑が浮上してしまうと仕方なく立ち上がった。ちなみに周囲は既に疑惑ではなく確定だったりもする。

 

「うし、じゃああいつらを――」

「あ、あぁぁぁぁ! もっと! もっとお願いしますぅ!」

 

 さっきとは違う変態らしき声が聞こえた。何だ、と視線を動かすと、魔物のど真ん中で蹂躙されながらよだれを垂らし恍惚な表情を浮かべている見知らぬ美少女が見える。周りはそんな彼女を助ける気がさらさらなく、むしろ見なかったことにして魔物を攻撃し始める始末。

 

「ぐふ、ぐふふぅ。駄目ですぅ、もっと、もっとクウカに快感を!」

「む、何をしているクウカ! 私を差し置いて、そんなうらやま、もとい、危険な場所になど!」

 

 ドMその一が突撃してきた。二人揃って魔物の中心部に立ち、攻撃することもなくひたすら一身に攻撃を受け続ける。

 

「くふぅ! この激しい攻撃、私は、こんな攻撃に、あぁぁ」

「ほ、他の冒険者の人達も、クウカを気にせず攻撃して……このまま魔物と一緒に弱ったクウカは、動けないのをいいことに、鎖に繋がれ、市場に売られていくのですね……! じゅるり」

「ああ、ど、奴隷だと!? それは、なんという、くぅ……この身が、動きさえすれば……はぁん!」

「……」

 

 目を逸らした。同時にコッコロの目を塞いだ。あれは確実に見てはいけないものだ。あんなもん見たら目が腐る。見た目だけなら美人と美少女なのに、とんでもないドM。ああ、あれが業というものなのだろう。うんうんと頷き、カズマは魔物の迎撃をやめた。

 

「あ、主さま!? 真っ暗なのですが。手を、どけてくださいませ!」

「駄目だコッコロ。お前は、お前は汚れてはいけないんだ」

「カズマくん。時々過保護になりますね」

「あんなもん見せていいわきゃねぇだろぉ!」

「……まあ。わたしとしても、あれは確かにアイリ、じゃない、妹には見せちゃマズいかなって思ったりはしますね」

「だろう!? だから俺は正しいの! さあコッコロ、俺達はキャベツを捕獲するぞ」

「は、はぁ……。主さまがそうおっしゃるのなら」

 

 視線をドM、もとい魔物から外す。相も変わらずキャベツは飛び跳ねており、まだまだ先が長いことを感じさせた。

 さて、もう一稼ぎ。そんなことを思いながら視線を巡らせると、何やら街の正門辺りに誰かが立っているのが見えた。人でごった返している状態でもそれが何故確認できたのかといえば、何故かその人影から魔物の群れの位置まで真っ直ぐ道が出来ていたからだ。

 なんだ、とカズマがその人影をよく見ようと目を凝らしたその瞬間。

 

「うぉぉぉぉぉ!?」

 

 盛大な爆発が巻き起こった。視線を慌てて後ろに向けると、先程まで魔物がいた場所が綺麗サッパリ消し飛ばされている。巨大なクレーターとなったそこは、二人のドMが快感でビクンビクン痙攣している姿しか残っていなかった。煤けているが無事である。何故か。

 

「な、なんじゃありゃぁ……」

「あれは、爆裂魔法ですね」

「爆裂魔法?」

「エクスプロージョン、ですか……」

「ん? コッコロは知ってるのか?」

「はい。噂には聞いたことがあります。魔力消費があまりにも大きいため、熟練のアークウィザードでも放つことが出来るのは一日に一回が限度、しかしその威力は」

「……なるほどな」

 

 もう一度クレーターを見る。ピンピンしているダブルドMがさてキャベツに攻撃されに行くかとスキップしているのが見えたが、意図的に見えなかったことにした。

 視線を正門に向けた。既に人影は見当たらず、どうやら帰っていってしまったらしい。

 

「その、エクスプロージョンとかいうのを撃った魔法使いは、キャベツ捕獲には参加しないのか……?」

「どうなのでしょう。そこまで魔法を極めているので、もはや必要ないのかもしれませんし」

「気になるなら、今度会ってみればいいんじゃないですか?」

 

 ペコリーヌのあっけらかんとした言葉に、まあそうだな、とカズマはぼんやりと返事を述べた。

 先程の光景を思い出す。人影は、二つあったような気がした。

 

 

 

 

 

 

「ったく。呑気に余裕ぶっこいてるじゃない」

 

 向こうの三人組を見ながら、キャルは黙々と魔法を放つ。的確に飛んでいる野菜の動きを止めると、それらを拾い集め、鮮度の良さそうなものを選別し籠へとぶち込んでいった。カズマほどではないが、彼女もその捕獲数だけならばかなりの上位だ。縦横無尽に飛び跳ねているが、獣人族である彼女にとって、この程度の攻撃を避けるのは造作もない。

 

「あたっ! っもー、いったいじゃないの!」

 

 などと、そんなことはなく。適度に被弾しながら、それでも文句を言うことなく狩り続けている。ところどころ汚れているが、名誉の負傷だということにしておくのが彼女のためだ。

 

「ま、あいつらは三等分。それに比べてあたしは一人。間違いなくおぶっ」

 

 顔面に突っ込んできた野菜が見事に命中する。それを引っ掴み投げ捨てると、周囲の野菜をまとめて撃ち落とした。ぼたぼたと落ちるそれを拾い、こいつとこいつがいい感じだと籠に放り込む。

 

「……別に、羨ましくなんかないわよ……」

 

 向こうでワイワイやっているカズマのパーティをつい目で追ってしまう。何だかんだで息の合ったコンビネーションを見せている姿を視界に入れ、この間のカエル戦を思い出した。

 コッコロが支援し、ペコリーヌが前衛、そしてキャルが魔法で追撃。カズマはレーダーというか、こちらを攻撃をしようとするカエルを的確に選んで報告する役であったが、ともあれ、四人のチームは結局ほとんど被弾することなく五匹のジャイアントトードを仕留めることが出来ていた。

 あれは、楽しかった。久々に、仲間と戦うということを感じた気がした。

 

「違う。何考えてんのよあたしは。いいキャル、あたしはこれでお金を稼いで、それを元手に田舎に引っ込んでスローライフをあがっ!」

 

 野菜がボディーブローを放つ。かふ、と一瞬息が止まったキャルは、ゲホゲホと咳き込みながら犯野菜を魔法で消し飛ばした。消し炭になった葉っぱを踏みにじりながら、パンパンと気合を入れ直すために頬を叩く。

 

「こんにゃろぉぉ! ぶっ殺すわよ!」

 

 気合を入れた方向を間違えたらしい。手にした自身の杖、魔導書と杖の組み合わさった特製武器を振るうと、そこから生み出された魔力の塊が次々に野菜を吹き飛ばしていく。彼女に突っ込んでいこうとした野菜は、ことごとくがそれに迎撃されその生命を散らしていった。そうして野菜の蹂躙をしていたキャルは、我に返ってもう一度捕獲を再開する。時既に遅しというべきか、そろそろ終盤に差し掛かっていた。

 

「ぐっ……。ま、まあ、これまでに集めた量はかなりのものだし、大丈夫でしょ」

 

 自分が捕獲した野菜を眺める。瑞々しいそれはシャキシャキとした食感を約束しているかのようで、とてつもなくサンドイッチの具にベストマッチに思えた。あるいはサラダか。

 お疲れさまでした、という放送が届く。杖を払うように振るうと、やれやれといった様子で髪を掻き上げた。どっちみち、もう会うことはない。ここから出れば、二度と。

 

 

 

 

 

 

 どどん、とカズマ達の前に報酬の金が置かれている。キャベツ捕獲から数日、換金されたそれを冒険者それぞれに配っていたギルドは一息つき、酒場も元の賑やかさに戻りつつあった。

 そんな彼らの目の前にあるお金は、合計して三百二十万エリス。なんでもカズマの捕獲したキャベツは高品質だったようで、かなりの高値で売れたのだとか。新鮮な野菜を食べると経験値にもなるため、高品質の野菜は経験値の塊。引く手数多な一品なのだ。

 

「やべぇな……」

 

 ごくり、と積まれた大金を眺めながらカズマは呟く。とりあえず三人で分けた場合、百万と六万ちょい。もうそれだけで一気に小金持ちだ。一人でこれ全部を稼いでいればしばらく食っちゃ寝生活を出来たかもしれないが、流石にここで目の前のお金を自分の成果だと言い張って大量に持っていくことは出来ない。

 何より。

 

「いえ、これは主さまのお力で手に入れたもの。わたくしの分はほんの僅かで構いません。むしろ全てを主さまに」

「いやー、やっぱチームワークっていいよなー! ここはちゃんとみんなで分けないとなー!」

「ふふふっ。カズマくん、本当にコッコロちゃんに弱いですね」

「うっさいわい。しょうがねーだろ」

「ふふっ、そうですね」

 

 クスクスと笑うペコリーヌから、カズマはバツの悪そうに視線を逸らす。その拍子に酒場の一喜一憂が見え、みんな同じような感じなんだなとぼんやりと考えた。

 そして、彼は見た。幽鬼のようになってフラフラと歩く猫耳娘を。

 

「……何だあれ」

「ん? あ、キャルちゃんじゃないですかー……? どうしたんでしょう」

 

 視線を追っていたペコリーヌもその姿を見て怪訝な表情を浮かべる。同じく彼女を視界に入れたコッコロも、少し心配そうにその姿を眺めていた。

 悩むより直接聞いた方が早い。そんなわけでペコリーヌはキャルを呼ぶ。ぶんぶんと手を振りながら、彼女が気付くのを待って、そしてこちらに来るよう促し。

 

「キャルちゃん、おいっす~☆ ……キャルちゃん?」

「……」

「ど、どうしたのですかキャルさま」

「……」

「目が死んでるな」

 

 椅子に座ったがピクリとも動かないキャルを見て、女性陣二人は大丈夫だろうかと眉尻を下げる。カズマはあーあやっぱりといった表情で彼女を見ながら飲み物を啜った。

 

「おいキャル。お前、どうだったんだ? キャベツの報酬、出たんだろ?」

「……っ!?」

 

 ビクリと震える。ほらビンゴ、と息を吐いたカズマは、机の上の大金を手で叩きながら笑みを浮かべた。ちなみに俺達はこれだ、とこれみよがしに自慢した。

 ふるふると震えているキャルであるが、しかし一向に口を開かない。そんな彼女を見て鼻で笑ったカズマは、そういえばお前自慢してたよな、と煽るような物言いをした。

 

「で、しこたま稼ぐとか言ってたキャルさんは、一体、いくら稼いだんですかねぇぇぇ?」

「…………」

 

 す、と無言で彼女は右手を持ち上げた。そして、その手をゆっくり開く。

 ちゃりん、と一枚の硬貨が机の上に落ちて音を立てた。

 

「……え?」

「きゃ、キャルちゃん……?」

「おい、お前まさか……」

 

 盛大に煽ってやろうと考えていたカズマですら、その光景を察してドン引きする。一体何がどうするとこうなるのだ。そんなことを思いながら、硬貨と彼女の顔に視線を行き来させた。

 

「……ったのよ」

「え?」

「全部……スだったのよ……!」

「何だって?」

「だから! あたしの捕まえたの、全部レタスだったのよ!」

 

 がぁ、と叫んだ。その声があまりにも大きかったからなのか。それとも、その内容があまりにもだったなのか。その瞬間、酒場の喧騒がピタリとやんだ。

 

「そーよ、そうなのよ。稼いでやるって豪語していたくせに? わざわざ質の良いのを選別したと思ったら全部レタスで。それもそう大した質も出なくて! 全部で一万エリスよ! こないだのカエルぶっ殺した報酬の方が多かったわよ!」

「……やばいですね」

「はい、やばいです」

「やべぇな……」

 

 流石に煽る気にもなれない。彼女の悲痛な叫びに、段々と気の毒になってきたカズマは、まあとりあえず飲めとジュースを奢った。コトリと置かれたそれを、ぐすぐすと鼻をすすりながら一気に飲む。

 

「どうすればいいのよ……お金、もうないのに……馬小屋に泊まるのも限界なのに……」

「冒険者やめるしかないんじゃ」

「主さま」

「まあ、でもカズマくんの言うことも一理あります。わたしもクエスト受けてない時ウェイトレスしてますし」

「お前のそれは食事代だろ」

「そうですが?」

 

 生活費とは別、そんな意味合いを込めたカズマの言葉は、何言ってんだこいつみたいな表情で流された。俺は悪くない、と自分に言い聞かせつつ、彼は視線をキャルに戻す。涙目からガチ泣きに移行していた。ひっくひっくすんすんと何も言わず泣き続ける猫耳少女が視界に映る。

 

「……主さま」

「ああ、分かる。お前の言いたいことは分かるぞコッコロ。だがな、ここでそんな安易な選択をして良いのだろうか。否、ここは心を鬼にしてだな」

 

 そこで言葉を止める。鬼にして、どうするべきなのだろう。じゃあ頑張れ、とキャルをここで放り出したとする。間違いなく明日から鬼畜のカズマという二つ名がつく。わざわざ呼び寄せて、相手の傷をえぐってから放置である。言い訳のしようがない。

 

「しょぉがねぇなぁ!」

「主さまっ」

 

 ああもう、とカズマはキャルに声を掛けた。コッコロが目をキラキラさせている中、彼は涙を流しながら顔を上げる彼女に向かい、溜息混じりに言葉を紡ぐ。

 

「おいキャル」

「……なに?」

「ここの金をお前にも恵んでやる」

「……え? それって」

「ただし! 勿論条件付きだ。お前はこれから、俺達の使い走りであっちこっちに働いてもらうぞ。まあつまりは、えーっと」

「……」

 

 何かいい言葉はないだろうか。そんなことを考え、とりあえず思い付いたことを言ってやれと勢いのまま彼女に指を突き付けた。びしり、と気合を込めた。

 

「俺がお前を金で買ってやる! 今日からお前は、俺の、奴隷だ!」

「……は? ……え?」

「……主さま、それは流石に」

「やばいですね……」

 

 この日からカズマの二つ名は鬼畜のクズマとなった。払拭はされない。

 




とりあえずこれであらすじ部分までは完成、かな……?


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その7

何か余計なイベントが挟まった感


 ギルドの酒場。そこで難しい顔をしている一人の少年は、しかし答えが出ないとばかりに頭を抱えた。

 

「駄目だ……スキルを覚えられん」

 

 ちくしょう、とカズマはぼやく。彼の職業は《冒険者》、様々なスキルを獲得出来る代わりに、まずはそれを見るなり何なりして確認しなくてはいけないという色々と面倒な基本職だ。

 この間のカエルと前回のキャベツでレベルがもりもりと上がった彼は、そんなわけで新たなスキルを習得しようと街の冒険者に声を掛けようとしたわけだが。

 

「当たり前でしょ。悩むまでもないじゃない」

「黙れ奴隷」

「それよそれ! あんたのその態度のせいで、他の冒険者から総スカン食らってんでしょうが!」

 

 がぁ、とカズマのいる机の対面で飲み物を飲んでいるキャルが指を突き付ける。が、彼はそんな彼女を見て鼻で笑った。それは違うと言い切った。

 そうしながら、キャルと同じように目の前の飲み物をグビグビと飲み、それを叩きつけるように盛大に置く。

 

「主さま、また口元が……はい、こちらを向いてください」

 

 隣のコッコロがそんなカズマの口をハンカチで拭い、食器を乱暴に扱ってはいけませんよと笑顔で諭す。そうした後、目の前にあったイチゴを手に取ると彼の眼前に寄せた。

 

「主さま、あーんですよ、あーん」

「あーん」

「よく噛んで食べてくださいませ、主さま」

 

 むぐむぐとイチゴを咀嚼し、飲み込む。ふう、と一息ついたカズマは、何故かドヤ顔でキャルに向き直った。

 

「俺がドン引きされているのはこっちだ、お前への態度じゃない」

「だったら改めろぉぉ!」

 

 どん、と机を叩く。尻尾も猫耳もピンと立ち、どう考えても平静ではないのが伺えた。全力ツッコミをし終えたキャルは、そのまま肩で息をしながら残っていた飲み物を一気に呷る。

 

「というか、どっちにしろ総スカンなのは一緒じゃないの?」

「流石に総スカンってほどじゃないぞ。一部の冒険者だけだ。自分も甘えたいという奴らからの嫉妬と、根も葉もない噂によるこの鬼畜野郎という侮蔑が主だな」

「……前半の方は知りたくなかったわ」

 

 ついでにいうと後半も根はしっかり張っているし葉は瑞々しい。脱力したようにだらりと机に体を預けたキャルは、何だかもうどうでもいいやと投げやりになってきた。

 その状態のまま顔だけを起こし、それで結局どうするのと目の前のカズマに問い掛ける。

 

「スキル、新しいの欲しいんでしょ? よっぽど変なのじゃなきゃ別に協力してやっても」

「いや、そもそもスキルの種類がほとんど分からん」

「キャルさま。主さまはこの辺りの常識に疎いところがありまして」

「あーはいはい、そのやり取りは何回も聞いたから。んー……」

 

 体を起こしたキャルは、机を指でコツコツと叩きながら頬杖をついて何やら考え込む。何だかんだでこういうのを真剣に考えてくれる辺り、彼女は人がいい。素直さという点ではコッコロにダブルスコア以上つけられているので、カズマとしてはその辺りのツンデレさは今の所別に響いてはいないが。

 

「とりあえず、魔法系か戦士系か、そのへんを大雑把に決めたらどうですか?」

「ペコリーヌさま、お疲れさまです」

 

 横合いから声。視線をそちらに向けると、酒場のウェイトレスの格好をしたペコリーヌが三人に笑顔を見せていた。すっかり看板娘と化しており、彼女がいるかいないかで二割近く売上が違うらしい。

 そんな彼女はウェイトレスという立場上立ち仕事であり、座って食事をしているカズマ達相手では、覗き込むような格好になってしまう。

 

「戦士系か、魔法系、か……」

 

 視線は重力によってロケットになった張りのあるダブルバスト一直線だ。彼女の言葉を聞いて、悩んでいる素振りを見せていたものの、カズマの頭の中はほぼほぼ目の前のおっぱいで占められている。

 普段の装備だと戦闘が出来るように締めてあるからな。そんなことを思いつつ、それでも揺れるんだから素晴らしい、と心の中でスタンディングオベーションをかましていた。

 ちらりと視線を対面に向ける。比べるのもおこがましい慎ましさが視界に入った。

 

「あんたさっきから何考えてるわけ……?」

「スキルの話だろ。お前は何を言ってるんだ」

「こいつ……っ!」

 

 拳を握り込む。そのまま目の前の男に叩き込んでやろうかと半ば本気で思い始めたキャルだったが、隣のコッコロがそこまでにしておきましょうとカズマを諭し始めたのでゆっくりと下ろした。

 

「主さま。よろしいですか? 女性は、男性の思っているよりも視線に敏感なのです」

「……はい」

「ペコリーヌさまが魅力的であるのは仕方ありません。主さまもお年頃ですから、仕方ないとは思うのですが」

「はい、すいません、自重します……」

「そんな、気にしなくてもいいですよ。酒場のお客さん結構見てきますし」

「そういう同レベル扱いが一番心に来るぅ!」

 

 ジト目のキャルが見守る中。毎度おなじみ精神的致死ダメージを食らったカズマは、ぐわぁと頭を抱えるとそのまま机に突っ伏し動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

「それで、スキルの話なんだが」

「あ、ちゃんと話は戻すのね」

 

 暫し死んでいたカズマは、ペコリーヌの仕事が終わった辺りでようやく復活を果たした。テーブルにいるのが三人から四人となり、現在何だかんだでパーティーを組んでいる面々が勢揃いした。

 そんなわけでカズマは再度自身の悩みを口にする。出来れば持っているスキルポイントを有効に使いたい。あまり必要のないスキルよりは、使えるスキルが欲しい。早い話がそういうわけである。

 

「んー。カズマくんの武器はショートソードでしたっけ? そのままいくんですか?」

「いや、コッコロにコーディネートしてもらったこの冒険者服はともかく、武器はそろそろワンランク上げたいなとは思ってる」

「武器チェンジですね。何にします?」

 

 ペコリーヌの言葉にカズマはううむと考える。現在の彼がぼんやりと目指しているところは、せっかく色々覚えられるのならば剣も魔法も使いたい、だ。きちんと役割の決まっている職ではないことを逆手に取った遊撃手。この面々の穴を埋めるにも丁度いい。

 

「なら、あたしの魔法何か覚えてみる?」

「それもいいが……今のスキルポイントで足りるか?」

 

 ほれ、と冒険者カードを見せる。ふむふむ、とそれを眺めていた一行は、暫し考える素振りをしながら自身のカードを取り出し確認した。

 

「上級魔法は無理だし、個別のやつは特殊だからもっと無理。中級ならいけるかしら……? でも、冒険者だと結構スキルポイント使っちゃうし」

 

 どうやらキャルのスキル、アークウィザードのそれは中々カズマには厳しいらしい。出来そうなのは初級魔法くらいだ、と彼女は彼にそう言い放った。初級魔法は四属性の簡単な魔法を使用可能になるというものだが、殺傷能力は皆無と言っていいレベルのものしかない。

 

「それ、使えるのか?」

「初級魔法嘗めんじゃないわ。普段の生活で大活躍よ。急な大雨でずぶ濡れになった時とか、いきなり崖に落ちた時とか、山に入った途端吹雪になった時とかに重宝するんだから」

「最初はともかく、残り二つはお前にとって日常茶飯事なのか……?」

「やばいですね……」

 

 今までどんな生活をしてきたのか若干不安になる。ともあれ、工夫次第で使えないということはなさそうだ。そう結論付けたカズマは、とりあえず初級魔法を見せてもらい自身の冒険者カードに登録する。

 次いでコッコロに視線を向けた。以前彼女に支援魔法を掛けてもらったことで、それらは冒険者カードに登録はされている。とはいえ、覚えられるのは初級のヒールが精一杯。中級上級の回復魔法は現状逆立ちしても無理だろう。そんなことを述べると、ではこちらから気になったものを教えて下さいと冒険者カードを手渡される。

 

「えーっと、支援魔法と、解呪系統……他にあるのは、んー、槍スキルか……槍?」

 

 思わず二度見した。杖だと言い張っていた気がするが、やはり槍だったらしい。そんなことを思いながら確認を続け、槍を使った攻撃スキルも確認して確信を持った。

 

「何かありましたでしょうか、主さま」

「色々あるにはあったが、今の俺じゃ難しいのばっかだな」

「そう、でしたか」

「だからこれからも頼んだぞ、コッコロ。お前が頼りだ」

「っ!? はい! 主さま」

 

 目をキラキラとさせて笑顔を見せる。そんな姿を見ながら、キャルはやれやれと溜息を吐いていた。あれはある意味共依存というやつではなかろうか。そんなことを邪推する。

 まあ幸せなら別にいいんだけど。そんな邪推をすぐさま流すように思考を変え、最後の一人に視線を動かした。先程から、冒険者カードを己で確認はするものの、他人には見せないようにしているペコリーヌへと。

 

「ねえ、ペコリーヌ」

「はい?」

「あんた、クエストの報告の時にはどうしてるわけ?」

「……名前は見えないよう特注してあるので、その辺は大丈夫です」

 

 だから本当は見せても問題ないんですけど。そう言いながら彼女は苦笑した。そうしながら、こっそりとキャルへと耳打ちをする。知ってたんですか、と。

 

「……まあね。あぁ、あたしに相応の態度を期待しない方がいいわよ。汚い野良猫冒険者だもの」

「あ、一匹狼のくだり気にしてたんですね」

「うっさい!」

 

 こんにゃろ、とデコピンをしたキャルは、いいから向こうにスキル紹介してやれと訝しげな表情を浮かべているカズマを指差す。あいつはああ見えて無駄に鋭いところがあるから、万が一バレるとマズいだろう。そんなことをついでに視線に込めた。

 

「あはは、ごめんなさい。でも、わたしのスキルは戦士系とクルセイダーとその他少々なので、あんまりカズマくんには合わないかもしれません」

「あー。確かにクルセイダーは俺には無理だな。じゃあ、戦士系ってのは」

「両手剣スキルとか、片手剣スキル、後格闘スキルもありますよ」

「えぇ……」

 

 何この娘ステゴロもやれるの? ちょっとだけ引きながらペコリーヌを見つつ、でも回し蹴りとかなら見てもいいかもしれないとほんの少しだけ鼻の穴を広げた。

 コホンと咳払い。とりあえず現在の武器のことも考えて、片手剣スキルを教えてもらうかと述べる。了解です、とギルドの受付まで走ると、木製の片手剣を持ってきて軽く振るった。

 

「お、出た。これもポイントは一か。じゃあ初級魔法と片手剣をとりあえず」

 

 ポンポン、とスキルを上げる。どちらも使用ポイントは一のため、まだ多少残ってはいる。が、これ以上この面々から教えられたスキルを覚えようとすると足が出てしまう。

 

「何かいいものは……」

 

 視線を巡らせる。酒場の冒険者や置いてあるものを眺めながら、何かピンとくるものはないかと一つ一つ。

 ふと、それに目が止まった。アーチャーだと思われる冒険者の持っている武器。弓と矢に。

 

「弓矢って、冒険者でも使えるのか?」

「使えますよ? アーチャーの人から《弓》スキルを覚えれば」

 

 ペコリーヌの言葉に、それだとカズマは立ち上がる。自身が考えていた遊撃手という立場を明確にするためにも、魔法ではない遠距離攻撃というのは魅力的だ。加えるならば今の自分には《敵感知》や《潜伏》といった盗賊スキルもある。音も立てずに相手を暗殺、そういう某クリードみたいな立ち回りも可能になるはずだ。

 そう結論付け、よし決まったと気合を込め。

 

「それで? あてはあるの?」

「……」

 

 キャルの言葉で、肝心な部分を失念していたことに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 なにはともあれ、とギルドカウンターへ向かい誰かいい人を紹介してくれないかと頼み込みにいったものの、大半の冒険者は「え、やだ」とバッサリである。世知辛い、と崩折れたカズマは項垂れながら世の中の理不尽さを呪った。

 

「いやだから当然でしょ……。さっきその話したじゃない」

「だったら何であてはあるのかとか話続けようとしたんだよ。どうせ教えてくれる奴なんかいねぇよバーカとか言っとけ!」

「逆ギレ!? というか、それ言ったら言ったであんたキレるじゃない」

「当たり前だろ、言葉を慎め奴隷」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 ちなみに場所は受付の目の前である。ギャーギャーやり始めたタイミングで、そのまま外へと二人揃ってつまみ出された。ぽいと投げ捨てられ、そしてバタンと扉が閉まる。

 即座にコッコロとペコリーヌが扉を開けて外に出てきた。

 

「さて、どうするかな」

「何キメ顔で流そうとしてんのよ。追い出されたのあんたのせいだからね」

「はぁ? お前が突っかかってくるのが悪いんだろうが」

「突っかかってきたのはそっちでしょ!? 間違えるんじゃないわよ」

「あーあ、この猫はどうやらボケてしまったようだ。ほんの少し前のことすら忘れてしまうとは」

「何よ」

「何だよ」

 

 ぐぬぬと二人で睨み合う。どうしたものかとそんな二人を見ていたコッコロの横で、ペコリーヌは何かを思い付いたようにパンと手を叩いた。その音が思いの外大きかったからか、カズマもキャルもケンカをやめて思わず彼女の方を見る。

 

「さがしましょう」

「……何を?」

「カズマくんに弓スキルを教えてくれるアーチャーをですよ」

「さっきの惨状見てまだそんなこと言えるあんたも相当よね」

 

 やれやれ、とキャルが頭を振るが、ペコリーヌは笑顔のままちっちっちと指を振る。分かってないですねぇ、と何故か無駄に煽るような物言いをした。

 

「あそこにいるのは冒険者ギルドの常連さんです。つまり、カズマくんのことを良く知ってる人達ですね」

「……まあ、そうだろうな」

「それがどうしたのよ」

「あ、ペコリーヌさま、ひょっとして」

「お、コッコロちゃんは分かっちゃいました?」

 

 やりますね、と彼女はコッコロに抱きつく。そうしながら、顔をまだ分かっていないであろう二人へと向けた。早い話が、悪評を知らない冒険者を探せばいい。そういうわけだ。

 

「そんな簡単に見付かれば苦労しないでしょ」

 

 キャルは答えを聞いてもそんな態度である。そういうのはただの願望、妄想というのだ。そう言ってばっさりと切り捨てた。

 一方のカズマ。その言葉を聞いて、一縷の望みに賭けようと彼女の提案を受け入れる姿勢を見せた。それにはキャルも目を見開き、あんた本気なのと問い掛けるほどだ。

 

「まあ見ておけ。俺の幸運を嘗めるなよ。きっとこの街には、俺のことを知らない、ぼっちをこじらせたアーチャーがいるに違いない」

「頭イカれたんじゃない?」

 

 完全にシラけた目でキャルはカズマを見やる。ペコリーヌはそんな二人を見てクスクスと笑い、コッコロは頑張ってくださいと応援をしている。

 そんな三人を見ながら、任せろとカズマは力強く頷いた。必ずアーチャーを見付けてみせると宣言した。

 

「はいはい。じゃあ精々頑張りなさい。いないと思うけど、もし見付かったら三日くらいはあんたのこと奴隷らしくご主人さまって呼んでやるから」

「……その言葉、覚えておけよ」

 




立った、フラグが立ったよ


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その8

ほぼプリコネ再び


 アーチャー探し、初日。

 

「いねぇな……」

 

 とりあえずアクセルの街をぶらつき目についたアーチャーに声を掛けたものの、結果は惨敗。カズマの弓スキル登録は未だ達成ならずだ。

 

「ほら見なさい。あんたの言ってるようなアーチャーなんかいないのよ」

「俺のことを知らないアーチャーはちらほらいただろ」

 

 ふふん、と勝ち誇ったような顔をしているキャルをジト目で睨みながらカズマはそう述べるが、結局教えてもらってないじゃないという彼女の言葉で押し黙る。ぐぬぬ、と表情を歪め、しかし反論らしい反論も出来ないのでそれだけだ。

 彼を知らないアーチャーの交渉が失敗したのは、単純に見知らぬ人がいきなり弓スキル教えて下さいとか怪し過ぎるからである。至極もっともであった。

 

「というか、あんたそんなに交渉下手だったかしら?」

「ぐっ……。少し、焦りすぎたか」

 

 現在のメンバーはカズマとキャルの二人。ペコリーヌはこっちでも情報収集しておきますと断りを入れつつバイトへ、そしてコッコロも。

 

「生活費はこちらで稼ぐので主さまは何の心配もなく目的の人物をお探しください、だっけ? ……まあ、プレッシャー掛かるわよね」

「ちゃうねん……俺はヒモじゃない、ヒモじゃないんだ……」

 

 今頃ペコリーヌに紹介された場所で働いているであろうコッコロを思い、カズマは静かに項垂れた。弓スキル手に入れたらもうちょっと楽させてやろう。そんなことを心に誓う。

 ともあれ、一旦冷静にならなければ同じことの繰り返し。一度ベンチに座って休憩をしながら、作戦の練り直しをすることにした。隣に座ったキャルも、まあそうよねと同意しながら露天で買ったジュースを啜る。

 

「やはりここはプライドを捨てて下手に出ながら相手をヨイショしてスキルを見せてもらうのが一番か」

「あんたにまだ捨てるようなプライドあったのね」

「やかましい。……そうなると、出来るだけ若い冒険者がいいな」

 

 ある程度年齢の高い相手だと、おべっかを警戒される恐れがある。まだまだ世間を知らない未熟者ならば、その辺りの警戒心は薄いはずだ。加えるならば、普段称賛されることが少なければ少ないほど、あからさまなそれも心に響く。

 

「……確かに方法としては間違ってないけど、人としてどうなの……?」

 

 その説明を受けたキャルは溜息混じりにそう呟く。とはいえ、自身も野良冒険者で色々個人の依頼を受けた経験がある身、はっきりと否定をするのも若干後ろめたい。まあ精々頑張りなさいと続け、カズマのその意見を受け流した。

 休憩を終えたカズマはベンチから立ち上がり、再度野良アーチャーを探し始める。先程交渉失敗した相手でもなく、自分の悪評を知るものでもない。そんな丁度いい相手を見付けるべく、アクセルの街を探索する。

 

「……こうやって歩いてみると、予想以上にでかいな、この街」

「そりゃそうよ。駆け出し冒険者の街よ? 始まりの場所ってことで、新人がどんどんやってくるもの」

「その割には、結構高レベルの冒険者もいるよな」

「まあね。何だか知らないけど、この街に愛着があるらしいわよ」

 

 詳しい事情は聞いていない。何となく言いたくない雰囲気を醸し出していたので、キャルとしても別にどうでもいい案件をそれ以上深く聞く気もない。そんなわけで、彼女の中ではこの街には何故かそういう雰囲気があるのだという適当な理由に変換されている。カズマもその辺は知らないので、ふーんと軽く流していた。

 

「……まあ、そんなわけだし。あんたに弓スキル教えてくれる奇特な冒険者も、探せばいるんじゃない?」

「今更日和ってもあの時の会話は忘れんぞ」

「ちっがうわよ! 大体、あんたの言ってた条件はぼっちをこじらせたアーチャーでしょ? 新人ヨイショしてスキル覚えるのは満たさないじゃない」

「ち、細かいやつめ」

「細かくない! 大体、あたしだって最初から今みたいな感じで探して弓スキル覚えるっていうなら何も言わなかったわよ」

 

 そっちがあまりにも具体的なことを言い出すから悪い。そんなことを続けながらキャルは溜息を吐き肩を竦める。そうしながら、カズマと同じように視線を巡らせそれらしき人影の探索を始めた。さっさと見付けて帰るわよ。口にせずとも、表情がそう物語っている。

 そうして二人で街をぶらつき、どのくらい経ったであろうか。今日はもう帰った方がいいかもしれない。そんなことを思い始めたその時である。

 

「……お」

「どうしたのよ」

 

 あれを見ろ、とカズマは通りを壁伝いに歩く人影を指差す。若干挙動が怪しいが、緑の服とベレー帽のようなものを被ったその少女の背中には、紛れもなく弓と矢が背負われていた。

 今日一日の探索では見ていない顔だ。そして、酒場でも見覚えのない顔だ。そこそこの高身長で片目を隠すような髪型と見える方のツリ目が相まってスタイリッシュなイメージが浮かんでくる。が、そんな見た目の割に何故か小動物のような雰囲気を醸し出している彼女は、特に誰かといるわけでもなく一人でいるようで。

 

「チャンスだな。スタイリッシュなクール系エルフ。ああいうのは案外ヨイショに弱い」

「ホントかしら……。というかあの娘、本当にそんなタイプなの? 何か動き変じゃない?」

 

 目に映るもの全てを怖がっているかのような少女の動きに、キャルが怪訝な表情を浮かべながらカズマに述べる。彼女の見た目で孤高のエルフを気取っていると判断していたカズマは、それを聞いて成程確かにその説もあるなと動きを止めた。止めたが、彼の中で既にアクセルに変人は付き物という認識があったのでだとしてもまあそんなものだろうという結論しか出ない。

 

「よし。あー、こほん。こんにちは、ちょっといいですか?」

「っ!? こ!? ここここ!? こん!?」

 

 少女に近付き、まずは挨拶と声を掛ける。が、別段の何の変哲もない挨拶を行ったはずのそれに、少女は何故か異常な反応を示した。ビクリと肩を震わせ、目を見開き、そしてカズマを見て、空を見て、そして壁を見て、町並みを見る。

 

「こん、こんこんこん!?」

「……あ、あの?」

「コンドルが! 壁に! めり込んどる!?」

「……」

 

 やべぇ、声掛ける相手間違えた。カズマは心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

「……人違いでした。じゃ」

「は、ははははい! 申し訳ありませんでした! 生まれてきてすいません!」

 

 踵を返して見なかったことにしたカズマだが、何故か少女がこちらに謝ってきた。ついでに謝罪が重い。こちらを見ているキャルも、若干目が死んでいる。

 そのまま少女から離れ、キャルの隣へと戻ったカズマは、小さく溜息を吐くとその場を後にする。キャルもキャルで向こうの少女をちらりと見たものの、どうやらこちらを気にしている様子もなさそうだったので――というか、目の映るもの全てにテンパっているようだったので、カズマと同じように何も見なかったことにした。あれは絶対にやべーやつだ。そう結論付けた。

 とりあえず今日の成果はゼロだ。そういうことにして二人はギルドの酒場へと向かう。扉を開けると、いらっしゃいませー、とペコリーヌが笑顔を見せた。

 

「お疲れさまです二人共。どうでした? アーチャー、見付かりました?」

「いや、駄目だった」

「あらら。じゃあまた明日頑張るって感じですか」

「……そう、なるのかしらね」

 

 最後のアレを思い出し若干不安になったキャルの顔を見てペコリーヌは首を傾げたが、まあとりあえずこっちへ、と彼女は席に案内する。そこには既に仕事を終えたコッコロが、うつらうつらと船を漕いでいた。

 

「……お疲れ様、コッコロ」

「あんたもう少しその優しさ他の人に向けたらどうなの?」

「世の中には等価交換の法則というものがあんだよ。そう思うんなら優しさよこせ」

 

 ああ言えばこう言う。まったく、と溜息を吐きながらペコリーヌに飲み物の注文をし、彼女の仕事が終わるまで暫し休息と洒落込むことにした。コッコロを起こすのも忍びない、そう二人共判断したのだ。

 

「しっかし、コロ助がこれだけ疲れるって、一体何の仕事紹介したのよペコリーヌは」

「街のどっかにある魔道具店の手伝いってのは聞いたけど……」

 

 よっぽど繁盛していたんだろうか。そんなことを思いながらカズマはコッコロを見やる。気持ちうなされているように見えたのは気の所為だろう。小さな体でそれだけ頑張っているのだ、自分も気合を入れねば。キャルが聞いたら彼の頭を心配するような決意を心中でしつつ、明日からの作戦を練り直すべく思考を巡らせた。

 

「もうアーチャーいないんじゃない?」

「この広さだぞ。いないってことはないだろ」

「……だとしても、条件に合うのは厳しいでしょ」

「う……」

 

 今日一日で散々失敗マークを増やしてきたのだ。二日目は更に厳しくなる。最初から焦らず普段の調子でやれば何とかなったかもしれない、と悔やんでも後の祭りだ。もう一度同じ人にチャレンジするという選択肢もあるが、それをするならば少し日を開けた方が懸命だろう。

 

「素直に、地道に評価を上げてこの辺の連中に教えてもらう方がいいんじゃないかしら」

「そもそも地道に評価を上げるっていうその考えがおかしい。俺は別に悪事を働いているわけでもないんだからな」

「……まあ、ね。それはそうなんだけど」

 

 こいつの場合悪事がどうとかではなく、要所要所の行いと言動が問題だ。あの時の奴隷宣言は中々に最悪であった。張本人であるキャルは何だかんだで大分気にしなくなったが、あの日あの酒場にいた男性冒険者は変わらずカズマを鬼畜扱いだ。そういう意味では、その後のキャルの扱いをある程度冷静に眺めている女性冒険者の方がチャンスはあるのかもしれない。

 

「カズマ」

「ん?」

「アーチャーの女の人に絞りましょう」

「……意味が分からん」

 

 何言ってんだこいつ、という目でキャルを見たため、この野郎と思いつつ彼女は先程の自身の意見を彼に告げる。最初こそ胡散臭げにそれを聞いていたカズマであったが、聞き終えた頃には成程それは一理あるなと同意するようになっていた。

 

「まあ俺としても、せっかく教わるなら野郎より美人な冒険者がいいし?」

「ブレないですねぇ」

 

 そんなタイミングで仕事を終えたペコリーヌが席に着く。カズマのそれを聞いてクスクスと笑っていた彼女は、そういうことなら一つ情報がありますと指を立てた。

 

「実は、わたしもお客さんから教えてくれそうなアーチャーを聞き出しまして」

「ほう。そう言うからには、美人な冒険者なんだろうな?」

「美人というよりは、可愛い感じですかね?」

 

 とにかく女の子のアーチャーのアテを一つ、手に入れたのだとペコリーヌは述べる。そう言いながら、ただちょっと問題がありましてと苦笑した。

 ほら来た、とカズマは目を細める。どうせそんなことだろうと思ったと言わんばかりの態度で、一体何が問題なんだと彼は話の続きを促した。

 

「探して欲しいそうなんです」

「……は?」

「その娘の情報を聞いたお客さんによると、少し前から音信不通になっているらしいんですよ」

「……ヤバいじゃない」

 

 突如事件の香りが漂ってきた。うげ、と顔を歪めたキャルは溜息を吐きながら隣を見る。案の定、あ、じゃあ却下でとその話を終わらせようとしているカズマの姿が目に入った。

 まあそうだろう。間違いなく自分でもそう思う。うんうんと頷きながら、彼女も頬杖をつきながらペコリーヌとカズマの会話を聞き流し始めた。

 

「あぁ、事件に巻き込まれた、とかじゃないんですよ。その娘アクセルの街でもそこそこ目撃されるらしいですし」

「……ん?」

「昨日も街の片隅で小石を蹴りながら一人ケンケンパをしている姿を見たそうです」

「うん、うん?」

 

 何言ってんだこいつ、という目でカズマはペコリーヌを見る。キャルも同じように意味が分からないと目を瞬かせていた。

 ペコリーヌが言うには、そのお客さんとそのアーチャーは知り合いらしく、お互いに街ですれ違うたびに、文通だか何だかをしてどうにかこうにかコンタクトを取ろうと画策する毎日を送り続けていたのだとかなんとか。

 

「ちょっと待ちなさいペコリーヌ。それ本当に知り合いなの?」

「本人はそう言ってましたし、向こうもそういう認識らしいので、まあ知り合いでいいと思いますよ」

「知り合いの定義が崩れる……」

「直接話せばいいじゃない……」

 

 顔を合わせているのに何故全ての交流を文通で行おうとするのか。そしてそれが出来ないからといって何故他人に頼むのか。何が何だか分からない。正直言っているペコリーヌ本人も分かっていないのではないかと邪推してしまうほどだ。

 

「きっとシャイなんですよ、二人共」

「それで済ませるなっ! 絶対変人じゃない!」

 

 アクセル名物、謎の変人。そう言っても過言ではない割合で、この街にはアレな人物が多過ぎる。キャルがツッコミを入れる中、やれやれと疲れたように溜息を吐きながら、まともな自分には中々大変だとカズマは一人ぼやいた。

 当然のことであるが、彼は変人ランキングを現在爆上がり中である。

 

「はぁ、もういいわ。で、その人物ってのは誰なのよ」

「お客さんの女の子の方ですか? それとも、アーチャーの女の子の方ですか?」

「両方よ。名前聞いておかないと、いきなり遭遇した時困るじゃない」

 

 疲れたようにキャルが述べる。そうですか、と別段気にした様子もないペコリーヌは、その二人の特徴と名前を述べた。

 お客の方は黒い髪をリボンで束ねた紅魔族の少女で、名前はゆんゆん。そして、アーチャーの方は背が高めのツリ目で片目が隠れるような髪型をしたエルフの少女。

 

「名前は、えっと……アオイちゃん、だったかな? って、どうしたんです?」

 

 そこまでを言ったペコリーヌの視界に、やってらんねとゲンナリしている二人の姿が見える。聞くんじゃなかった、と二人して呟いているところからすると、どうやら心当たりがあるらしい。

 

「もう遭遇してるじゃない……」

「よし、俺は何も聞かなかった」

 

 既に手遅れであったことを覚ったキャルとカズマは、今日この場で話した会話を綺麗サッパリ忘れることにした。

 




BB団の魔の手が迫る


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その9

若干このすば。


「さて、どうしたもんか」

「そうねぇ……」

「あの、ペコリーヌさまの言っていたお方を見付けるのでは、駄目なのでしょうか?」

「……」

「……」

「何故、目を逸らすのですか……?」

 

 疲れているコッコロに朝食を作らせるのも、というわけで朝っぱらからギルド酒場でモーニングを食べていた一行であったが、今日の方針を決めるのは難航していた。確かに一番の手掛かりは昨日のそれであろうが、あくまで情報があるだけだ。カズマもキャルも同意見で、ぶっちゃけると関わりたくない。

 よいしょ、とどでかい皿に山盛りの料理を盛り付けたペコリーヌが席に着く。いただきます、と手を合わせると、三人と同じように朝食に取り掛かった。そうしながら、結局どうするんですかと問い掛ける。

 

「だからそれを今悩んでたんだよ」

「目的はあっても、目標がないのよね」

 

 サンドイッチを口にしながら二人はそう述べる。そんな二人を見つつ、ミルクをコクリと飲み込んだコッコロは、もう一度だけ尋ねた。昨日言っていた件の人物は、駄目なのだろうか、と。

 

「カズマ」

「俺に振るのかよ!? ……いや、なんだ? 見た目は、確かに可愛かったぞ。うん」

「成程」

 

 カズマの言葉にうんうんとコッコロは頷く。が、そこで会話が止まり何も言わなくなったことで彼女は首を傾げた。それで終わりならば、別に何の問題もないのではないか。そういうわけである。

 山盛りを半分にしながら、ペコリーヌはそんな会話を聞いて少しだけ考え込む。件の人物は、相談者も対象者も確かに変人ではあるだろう。が、それはそれとして多分悪い人ではない。スキルの伝授云々もその辺の、特に、事情はあるにしろ素行不良を絵に書いたような立ち回りで胸ばかり見て口説いてくるどこぞの誰かよりはスムーズに行く気がしないでもないのだ。

 

「どうしたものですかね~。……おや?」

 

 ばくりと骨付き肉にかぶりついた彼女は、そこで掲示板を見ながら目を赤く光らせている少女の姿を視界に入れた。暫し挙動不審にキョロキョロした少女は、やがて溜息を吐いてそこから立ち去ろうとする。

 ナイスタイミング。そんなことを思いながら、ペコリーヌはその少女に声を掛けた。

 

「おーい、こっちですよー!」

「……。……? ……っ!?」

 

 ペコリーヌの声に、少女は最初自分ではないと判断したのか歩みを止めず、次いで周りに人がいないことを確認し、そして自身を指差しながら猛烈な勢いで振り返ると引くくらい目を赤く光らせた。その状態のまま、ゆっくりとこちらに歩みを進め、そして、ふと冷静になったのか目の光が失われたと同時に顔を俯かせる。

 

「あ、あの……。どうか、しましたか?」

「朝ご飯まだですか? よければ一緒に食べません?」

「っっっっ!?」

 

 声にならない叫びを上げながら少女がのけぞる。謎の大ダメージを受けていた少女であったが、ギリギリ持ち直すと座っている四人を順繰りに眺めて確認を取るように二度見した。まんまと来てしまったが、こいつほんとに来やがったお前なんかと食べるわけねーだろみたいな展開を予想、というか確信したのだ。

 

「わたくしは構いません。主さまは、いかがでしょう?」

「コッコロがいいなら俺は文句はない」

「あんた本当にちょっとコロ助離れしなさいよ……」

 

 即答したカズマを見ながら呆れたような視線を向けていたキャルは、まあ他のみんながいいならいいでしょと投げやり混じりで言い放つ。その反応にビクンと震えた少女は、やっぱり自分なんかがここに混ざるのはおこがましかったと全力で頭を下げて踵を返し急いで退散を。

 

「ちょ、ちょっと待った! あたしが悪者みたいだからやめて! いいわよ! 別に大丈夫! ほ、ほら、ご飯はみんなで食べた方が楽しいから。ね! ね!?」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで五人となった朝食のテーブルでは、何故か少女が一行の料理を見ながら自身の財布の中身を数えていた。

 

「何やってんのよ……?」

「え? そ、その、みなさんの食事代、足りるかなって……」

「自分で払うわ! こっちから呼んどいて奢らせるとかあたしらは鬼畜か!」

「で、で、でも! 私なんかと食事をしてくれるなんて、そんなサービスをタダでなんて」

「どういう思考回路してんのよ! あーもう! 朝っぱらからツッコミさせるなぁ!」

「ご、ごめんなさい! 財布の中にはまだ幾ばくかのお金があるので、これで……」

「ちっがうって言ってんでしょうが!」

 

 ぜーはーと肩で息をしながら、キャルが視線を少女からペコリーヌに向ける。あはは、と苦笑していた彼女は、キャルの視線を受けそっと目を逸らした。

 

「あの、まだお名前を伺っていませんでした。わたくしはコッコロと申します。こちらは主さまの、カズマさまです」

「キャルよ」

「わたしは改めて、お腹ペコペコのペコリーヌです」

 

 そんな空気を察したのかコッコロが話を進めようとそんなことを述べる。これ幸いと二人も会話に乗っかり、それを聞いた少女も目をパチクリとさせたが次第に理解したのかコクコクと頷いて。

 そして。

 

「わ、我が名はゆんゆん! アークウィザードにして、やがては紅魔族の長となるもの……!」

 

 顔を真っ赤にしながら、何故かバサリとマントを翻して謎の名乗りを上げた。おおー、と手を叩いているペコリーヌと成程と頷いているコッコロに対し、キャルとカズマはノーリアクションである。

 

「なあ、キャル」

「何よ」

「あの娘、なんか痛い子なの?」

「……紅魔族はね、生まれつき高い魔力と知力をもった種族よ。大抵はアークウィザードになれる素質を持ってて、名前の由来でもあるあの赤い目で、オーバーリアクションというかカッコつけというかそういうのが好きで――」

 

 立ち上がってわざわざ言った後、座って恥ずかしそうに縮こまっている少女を見る。ゆんゆん、と名乗った彼女を見る。

 

「なんか変な名前を持ってるわ」

「あれ本名かよ……」

 

 明らかにファンタジーに似つかわしくないそれは、てっきりあだ名か何かだと思っていたが。そんなことを考えつつ、カズマはもう一度ゆんゆんを見る。恥ずかしいのならやらなきゃいいのに、と頬杖をつきながら一人どうでもいい感想を持った。

 

「そういや、昨日聞いた名前だな、ゆんゆん」

「ああ、そういや言ってたわね。あっちのアーチャーのインパクトですっかり忘れてたわ」

 

 黒髪をリボンで結んだ紅魔族の女の子。色々知らない単語だったので完全スルーを決め込んでいたおかげで、カズマ的にはなかったことにされていた。自己紹介でようやく記憶の片隅から引っ張り出したレベルである。

 

「んで、ペコリーヌ」

「どうしました? カズマくん」

「まあ一緒に食べようも理由なんだろうけど、別の理由もあるんだろ?」

「おお、流石はカズマくん、理解してくれてますね。やばいですね☆」

 

 はいはい、と流しながら、彼は彼女にその理由を問い掛ける。当然だがペコリーヌのリアクションでたゆんたゆんしているそこは見逃さない。ジト目で見ているキャルはスルーだ。

 それはともあれ。ペコリーヌは話は他でもないと頷いた。まあ予想はしていたとカズマも心中で思いながら、彼女の言葉を聞いていた。

 

「ゆんゆんちゃんとアオイちゃんを引き合わせちゃいましょう」

「だと思ったわよ。……はぁ、面倒くさい」

「そうですよね? 面倒ですよね? やっぱりそうですよね……」

「ゆんゆん、そこの猫耳娘はただのツンデレだから、一々言動を気にしないほうがいいぞ」

「うっさいわ! じゃあそういうあんたはどうなのよ? やるの?」

「今後のご健闘をお祈り申し上げます」

「え? あ、はい?」

 

 そう言って頭を下げたカズマを見て、ゆんゆんは意味が分からず目をパチクリとさせる。残りの三人も意味はよく分からなかったが、とりあえず乗らないということだけは何となく理解した。理解して、各々それぞれの反応を見せた。

 だと思った、と予想していたキャルは溜息を吐いたがその程度だ。ペコリーヌは、まあそれならしょうがないですねと苦笑している。

 

「あの、主さま」

「ん?」

「わたくしの我儘になるのですが、こちらのゆんゆんさまのお手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「……へ?」

「わたくしの住んでいた村では、あまり同世代がおりませんでした。なので、その、喧嘩などをしてしまうと、次の日がとても寂しい思いをしてしまって」

 

 う、とカズマが唸る。元々別にコッコロがやりたいのを止める理由はないのだが、そこまで言われてしまうと彼の中にほんの僅か残っていた抜け落ちた眉毛程度の良心が猛烈な痛みを訴えてくるわけで。

 

「そうですね。お友達とは仲良くするのが一番です。わたしもコッコロちゃんと一緒に応援しますよ。今日はバイトもないですし」

「ペコリーヌさま……」

 

 そういうわけで、任せとけ。そんなことを言いながらゆんゆんに笑顔を見せた二人を見て、彼女は感極まったのかポロポロと涙を流し始めた。久しぶりに、人の優しさに触れた、というか人と五分以上会話した。そんな中々にヘビーなことをさらりと口にする。

 

「最近は人の言葉が通じるなら植物でもいいかなって、マンドラゴラを」

「待って待って! あんたあの挙動不審なアーチャーと友達になれるくらいなんだし、他にも知り合いいるんでしょ!? 何でそんな悲惨なことになってんのよ!」

「え? とも、だち……!?」

「何で戦慄するの? え? これあたしが悪いの?」

 

 急速に死んでいく目を見開いたゆんゆんを見ながら、キャルが目に見えてうろたえだす。どうなのだろうかと首を傾げるペコリーヌとコッコロに対し、カズマは何となく事情を察してキャルから視線を逸らした。ただの野次馬ですよアピールに余念がない。

 

「い、いえ、いいんです。私が悪いんです……。友達らしい友達がいない、私が。で、でも! しょうがないじゃないですか! めぐみんはお師匠様と何か分身する人の研究所で訳の分からないことやってて。行ったら実験体にされそうで怖いから、街でばったり会えないかなってフラフラしててもさっぱりで……」

「ちょっと何言ってんのか分かんない……」

「そんな時、昔文通した女の子がここにいるって聞いて……捜して、でも声が掛けられないからまた文通をしようって決心したけどいきなり住んでいる場所も教えてない昔ちょっとだけ手紙書いただけの私がそんなことしたら絶対引かれるって思って。彼女の行動範囲を調べてどうにか気付いてもらえないかどうかアピールして、ようやく認識してもらったけどやっぱり話し掛けられないからなんとかして手紙を、出そうと……」

「やばいですね……」

 

 話がループしている。ということに気付かないくらいテンパっているのだろう。大丈夫です、とコッコロがゆんゆんを落ち着かせ、彼女が言っていたことを自分なりにまとめようと思考を巡らせる。

 

「えっと、つまり。ゆんゆんさまは、その方ともう一度お話がしたい、ということでよろしいのでしょうか?」

「そ、そう、かな……? 私、そういうことでいいのかな?」

「別にあの挙動不審なアーチャーもあんたのこと知ってるんでしょ? 顔を合わせて話せば問題ないんじゃない?」

「顔を!? 合わせて!?」

「待って今の部分に驚く箇所ないから」

 

 頭が痛くなってきたのか、キャルは頭を押さえながらそんなことをのたまう。そうしながら、この拗らせ具合は中々大変だと溜息混じりに視線を動かした。

 満面の笑みのペコリーヌが見えて、彼女は思わず顔を顰める。

 

「何よ?」

「いやぁ、やっぱりキャルちゃんは優しい人だなって思ってたんです。今も何だかんだで協力する気になってるじゃないですか」

「違っ、あたしはただ、面倒だからさっさと解決させて平穏な時間を取り戻したいだけで」

「うんうん。流石はキャルちゃんですね、ぎゅー」

「ちょ! 抱き着くなぁ!」

 

 がばちょ、とキャルを抱きしめたペコリーヌは、そのままかいぐりかいぐりと彼女の頭を撫でる。その拍子にムニムニと胸部装甲がキャルに押し付けられ、格差社会の闇を感じて一瞬目が死ぬのだが、どうでもいい話である。

 そしてその光景を見て目の光が失われていくのがゆんゆんだ。どうやら二人の仲睦まじい姿は猛毒であったらしい。

 

「ゆ、ゆんゆんさま?」

「……」

「ゆんゆんさま!? しっかりしてくださいませ!」

「ははは、無理ぃ……私は無理……。あんな、友情見ちゃったら、道端のホコリ程度の価値しかない私みたいなのじゃ、無理……」

「大丈夫ですゆんゆんさま。ゆんゆんさまのお友達を思う心はとても素晴らしいとわたくしは思います」

「……ほんとう?」

「はい。ゆんゆんさまは、とても心が清らかで、お優しい方なのでしょう」

 

 そう言って笑顔を見せるコッコロ。それを見たゆんゆんは、追加の浄化の光を食らって今度こそ灰になった。眩しい、眩しすぎる。ぼっちの自分にこれは、ゾンビにターンアンデッドをぶつけるが如し。

 

「収拾つかねぇ……」

 

 傍観者していたらこの始末だ。なまじっか三人全員が善人の部類なおかげで、それを押しのける悪どさと強引さでもないとペースに巻き込まれてしまう。放っておけば一日中わいわいやってそうな面々を眺めながら、カズマは盛大に溜息を吐きながらしょうがねぇなぁと頭を掻いた。

 

「おいゆんゆん」

「は、はい!?」

「飯食い終わったら行くぞ」

「は、はい!? ど、どこに?」

 

 カズマのその言葉に我に返ったゆんゆんが、びくりと肩を震わせながらそう問い掛ける。それに対し、カズマは決まってんだろうがと目を細めた。ペコリーヌやキャル、そしてコッコロもいつの間にかこちらを見ていることに気付きながら、面倒そうに言い放った。

 

「俺のスキル伝授の仲介役をしてもらうんだよ、無料で、お前に」

「え? ……え!?」

「やっぱりカズマくん、流石ですね」

「主さま、ご立派です」

「ったく……素直じゃないわねぇ、あいつも」

 

 そんなことを言いながら苦笑する三人も、考えていたことは同じ。準備が出来たら早速向かうぞ、と一同頷き気合を入れた。

 

「……あれ? 何か忘れてるような……。気のせいかしらね?」

 




自ら処刑台に向かうキャルちゃん


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その10

ひどい


 というわけで。カズマ達一行はゆんゆんの先導のもと、アオイがいると思われる場所へと足を進めたのだが。

 

「ねえ、ちょっといいかしら?」

「はい?」

「あたしの思い違いならいいんだけど……これ、一日の行動を追いかけてない?」

「はい」

 

 迷いなく言い切った。ピクピクとキャルの頬が引きつる中、成程そうでしたかとコッコロは感心したように頷いている。ペコリーヌとカズマは会話に参加しないことを選んだ。

 

「狩りをする場合、その獲物の痕跡を集め、行動を把握する必要がある。ゆんゆんさまは、まさしくそういうお方なのですね」

「え? あ、はい、そうですね」

「とりあえず同意しとくんじゃない!」

 

 がぁ、とツッコミを入れたキャルは、それはそれとしてと視線をさまよわせる。ゆんゆんの言う通りのルートを辿ったものの、肝心の相手を見付けることが出来ていないのだ。

 とはいえ、全く同じ行動を取り続ける相手がいるわけでもなし。普段遣いのルートとはいえ遭遇しない可能性だって十分あるだろう。そんなことを思いながら、彼女はゆんゆんへと言葉を紡ぐ。

 

「で、でも……このルートが今日の鉄板なのに……昨日や一昨日通ったルートからすれば、間違いなく」

「何か聞き捨てならない言葉が聞こえたけど、聞かなかったことにするわ」

 

 音信不通という言葉の意味を再定義しないといけないかもしれない。この間のペコリーヌが言っていた話を思い出したと同時にゴミ箱に突っ込みながら、キャルはそう言って溜息を吐いた。

 

「どうするの? 交渉とやらをするにしても、肝心の相手が見付からなきゃどうにもならないじゃない」

 

 振り返り、こちらに全く関わっていない二人を見る。特にカズマはある意味今回の主役と言っても過言ではないため、彼の意見を聞いておいてもいいだろう。そんなことを思いながら述べたキャルの言葉であったが、その二人がなんとも言えない顔をしているのを見て怪訝な表情を浮かべた。

 一体どうしたんだ。問い掛けをそれに変えると、ペコリーヌがキャルと、そしてメモを片手にアオイ探索をしているゆんゆんを見やる。

 

「さっきのキャルちゃん達の話を聞く限り、多分ゆんゆんちゃんはアオイちゃんの行動パターンを調べてたと思うんですよ」

「でしょうね。でも、それがどうかしたの?」

「えっと……」

 

 あはは、と視線を逸らしたペコリーヌは、カズマを肘でちょんちょんと叩く。俺かよ、と顔を顰めた彼は、お願いしますと手を合わせて頼む彼女を見てしょうがないなと視線を落とした。

 決して体の前でそれを行ったことでむにゅりと強調されたペコリーヌのおっぱいに目がくらんだわけではない。視線を落としたのもおっぱいをガン見するためではない。ないったらない。

 

「おい、ゆんゆん」

「は、はい!?」

「……最近、その、アオイ? って娘はしっかり観察出来てるのか?」

「え? さ、最近は……三日くらいの間隔で見当たらない時が、ある、かな?」

 

 ペラペラとメモを捲りながらそんなことをのたまうゆんゆん。それを聞いたカズマは、げんなりした表情のままじゃあ今日がその日だなと述べた。そうしながら、彼は昨日のあのアーチャーの少女の挙動不審具合を思い出す。あれは怖がっているんじゃない、捜していたんだ。

 そう。

 

「で、向こうでお前を観察してるアーチャーがいるんだが、どうする?」

「え?」

「あひゃぁぁぁ!!」

 

 指差した方向を見たゆんゆんは、目が合ったことで絶叫しながら近くにあるゴミ箱の影に隠れる一人の少女を視界に入れる。その素早さのせいではっきりと見ることは出来なかったが、あれはまさしく。

 

「……アオイちゃん」

「……え? どういうこと?」

「お互いがお互いの行動パターン観察してたんじゃねぇの? 知らんけど」

「やばいですね……」

 

 そういうことである。キャルもそこで昨日のアオイのあれがゆんゆんを捜している奇行であったことを察し、そっと目からやる気が失われた。

 

 

 

 

 

 

「で、これからどうするのよ」

 

 恐らくゴミ箱に隠れたままであろうアオイをなるべく見ないように、しかし意識はそちらに向けながらキャルが問う。正直もう帰りたいが、ここまで来て投げ出すのも彼女の中では後味が悪いのでしたくない。

 とりあえず遠慮なしに話し掛けようとしているコッコロを止めながら、彼女は他の二人の意見を募った。ゆんゆんは戦力外だ。

 

「正直帰りたい」

「でしょうね。あたしも同意見よ」

 

 カズマのそれにうんうんと頷く。頷きはしたが却下した。そもそもあんたのスキルのためだろうがと続け、成功させる意見を出せと彼を睨む。

 

「……分かった。お前がそこまで言うなら仕方ない。俺もお前の意見を尊重して、あの娘からスキルを教えてもらおうじゃないか」

「元からそういう話でしょうに、なんで今さらそんな宣言をしてんのよ?」

「いやなに、はっきりと言葉にしておくことは大事だと思っただけだ」

「ふーん……?」

 

 まあいいや。とりあえずそういうことにして、即座に意見を出しそうにないカズマからペコリーヌに視線を移した。が、彼女は彼女で、そうは言ってもと苦笑しながら頬を掻いている。

 

「とりあえず逃げられないように包囲して、ゆっくりと交渉するしかないんじゃないですか?」

「何か犯罪者追い詰めてるみたいな発想ね……」

 

 ちらりとゴミ箱を見る。そっと顔を出していたアオイが、それに反応して即隠れた。逃げていないということは、まだ可能性がないこともない。そう楽観視してもいいが、いざ交渉となった途端逃走を開始されてもそれはそれで厄介だ。

 再度カズマに視線を戻す。そっちは何かアイデア出たのかと問い掛けると、まあそれでいいんじゃないかと返された。

 

「真面目に考えなさいよ」

「何を言う。俺は大真面目だ。一気に追い詰めれば相手は警戒する。だからゆっくりと距離を縮めることで、気付かない内に相手を追い詰めることが出来るわけだ。生きたカエルを熱湯に入れると暴れるが、水から温度を上げていくと気付かずに茹でられ死ぬ。そういう考えに基づいた、実に良い意見だと俺は思う」

「もっと物騒な発想になった!? ちょっとペコリーヌ、あんたも何か言ってやりなさいよ!」

「生のカエルを茹でるのにそんな方法があったんですねぇ。今度試してみます」

「そこじゃない!」

 

 ずびしぃ、と指を突き付けツッコミを入れたキャルは、そのまま力尽きたように項垂れた。もう発想自体はどうでもいい。とりあえずそれで捕まえられればどうでもいい。そんなことを思いながら、ゆんゆんとコッコロに同意を求める。

 捕まえることに意識が向かっている時点で、キャルも既に大分毒されているかもしれない。

 

「それで、キャルさま。どのように包囲いたしましょう」

「欠片も迷うことなく実行しようとするあんたも大概よね……」

 

 自分のことは棚に上げつつ、現在の戦力を見渡しながら思案する。が、そこでふと疑問が湧いた。

 何故自分がメインで指揮を取っているのだろう。

 

「カズマ、あんたがやりなさいよ」

「いいのか? 俺としてはお前がやったほうが後腐れがなくていいと思ったんだが」

「意味分かんないこと言ってんじゃないわよ。ほらほら、あんたのスキルでしょ」

「そうか。じゃあ、やらせてもらおう」

 

 ふ、とカズマの口元が僅かに上る。キャルとゆんゆんはそれに気付かず、コッコロは主さまがやる気になられたと笑みを浮かべ。

 ペコリーヌだけは、何か企んでるなと何ともいえない表情でカズマを見ていた。

 

「よし、じゃあ早速。コッコロ、ペコリーヌ、キャルの三人であの娘が逃げないよう包囲網を作ってくれ」

「了解いたしました、主さま」

「わかりました」

「それはいいけど。あんたは何するのよ?」

 

 キャルの言葉に、カズマはニヤリと口角を上げた。任せられたからには、きちんと仕事を果たしてやる。そう言いながら、ゆんゆんの肩をポンと叩く。

 

「仲介者を連れて、交渉だ」

 

 

 

 

 

 

 急に静かになった向こう側を、アオイは無駄に警戒していた。昔、ほんの僅かな間文通していた相手、ゆんゆん。彼女がこの街にいることを知って、ひょっとしたら友達になれるかもしれないと期待をしながら彼女を捜し。

 何だか知り合いが一緒だったので逃げ帰ってから一ヶ月と数週間。その間彼女の様子を伺いながら、時には視線が合った気がして一人満足していた日々。段々と距離が縮まってきているような気がしないでもないしやっぱり気の所為だろうがそれでも一応手紙くらいは書いておきたい。そんなことを思い。

 

「今日も『だいじょぶマイフレンド君六号』の前で手紙を朗読して、噛まずに言えたから新しい手紙を書こうとしていた矢先に、何でこんな……」

「いや渡せよ。何で新しい手紙書こうとしてんだよ」

「へ?」

 

 ぶつぶつと独り言を言っていたアオイの背後から声。振り向くと、ジト目でこちらを見ているカズマと、そしてゆんゆんの姿が。いきなり目の前に現れた二人を見て目を見開いた彼女は、瞬間少女の口から出てはいけない奇声を上げて立ち上がると膝をゴミ箱にぶつけバランスを崩した。

 どんがらがっしゃん、と燃えないゴミを巻き込みながら盛大にすっ転ぶアオイを、大丈夫!? と思わずゆんゆんが助け起こす。そんな二人を見ながら、というよりもゆんゆんがアオイに触れたのを確認しながら、カズマは包囲網を狭めていた三人を呼び寄せた。

 

「流石です、主さま」

「成程。一本取られましたね」

「《潜伏》か。あんたにしちゃ考えたわね」

 

 包囲している三人は囮。本命はゆんゆんを連れて潜伏スキルで気配を消したカズマがアオイに近付くことである。実際はそこまで警戒することなくあっさりと終わってしまったので、彼としてはいささか拍子抜けではあるが。

 

「アーチャーなんだろ……? もっとこう、警戒しとけよ」

「は、ははははいぃぃ!? ごめんなさい! 生まれてきてすいません!」

「……お、おう」

 

 駄目だ。普段の調子で話したら間違いなく会話にならない。そんなことを考えたカズマは、こほんと咳払いをするといい感じの言葉を紡ごうと口を開く。

 とりあえず自身の名を名乗り、怪しいものではないと説明するところからだろうか。そう判断した彼のそれは、アオイが予想以上にテンパっていたことで脆くも崩れ去った。

 

「な、名前を私に、伝えぇ!? こ、これは、ま、まさか宗教!? 宗教の勧誘ですか!?」

「何でだよ」

「神頼みですか!? でも私今エリスとアクアとウォルバクとレジーナの四柱で精一杯で! ちゃんと『だいじょぶマイフレンド君』も設置してますし!」

「新聞勧誘断れない一人暮らしかよ……」

 

 前回よりも会話は成立していないでもない気はするが、それでも予想以上のアレさにカズマも引く。どうやら自分だけでは駄目だと判断した彼は、溜息を吐くとアオイを助け起こしていたゆんゆんへと視線を。

 

「ゆんゆん? ゆんゆん? ゆんゆーん?」

「……はっ! いきなり接近したから意識が」

「駄目だこいつ使えねぇ」

 

 遠巻きに見ていた相手と急接近したおかげでキャパオーバーしたらしい。頼みの綱がブチブチに千切れていたのを確認し、しょうがないと集合した三人を見やる。ここで一番交渉が出来そうな相手は。

 

「……」

「あの、主さま? 何故今目を逸らしたのでしょう?」

「何か言いたいことあったら言いなさいよ」

「あはは……」

 

 コミュ障ぼっちに有効な相手がいない。強いて言うならコッコロだが、現在の状態でコッコロを摂取した場合最悪このまま天に召されかねない。残り二人は論外である。

 くそう、と頭を抱えたカズマは、さっきまでの自分の浅はかさを呪いつつ、何とかするために思考を巡らせた。とりあえずスキル教えてもらえれば何でもいいのだが、そのためにもまず会話が可能になる必要がある。目の前の相手はモンスターでも何でもない、種族的には普通のエルフのはずなのだが、横の紅魔族共々何故こんな野生動物を相手にするような感覚に陥らなければならないのだろうか。割と真剣にそんなことを考えた。

 

「カズマくんカズマくん」

「はいはいカズマですよ。俺は今この状況を何とかしようとだな」

「とりあえずみんなでご飯食べません?」

「……。どうすれば……とりあえずあの二人を会話させて」

「あれ? 聞こえませんでしたか? おーいカズマくーん」

「だあってろ腹ペコ! 俺は今どうやってこいつらに友達が出来るかをだな――」

 

 空気を読まずに。あるいはわざと空気をぶち壊すために。そんな考えだったのだろうペコリーヌの発言したそれにツッコミを入れたようなカズマの言葉であったが、意外にもそこに反応したのは向こうのコミュ障ぼっち二人であった。正確には、『友達が出来る』という部分に反応をした。

 

「と、とも、ともだち!? 友達、出来るんですか!?」

「出来るの!? 正直めぐみんがそうなのかも怪しくなってきた私も、友達が!?」

「うぉ!? …………お、おう」

 

 先程までとは比べ物にならない勢いで食い付いてくる二人に、カズマは思わず頷いてしまう。テンパっていた状態に勢いを全て使っていた二人のそれは、彼の肯定によりさらなる本流として溢れ出し。

 

「で、でででで、では! あ、あなたが友達……いや違う、そんな恐れ多い! 私達に道を示してくれたあなたは、まさに指導者」

「まだ示してないけどな! 示すかどうかも定かではないからな!」

「つ、つまりリーダー!? 私達ぼっちを導くリーダー!」

「ちげぇよ! 何だその嫌な称号!」

 

 ぐいぐいと迫るぼっちブラザーズ。正確にはシスターズだとかそういうツッコミを入れる余裕もないほど、カズマはアオイとゆんゆんの迫力に圧されていた。

 視線を動かす。頑張ってください主さま、というコッコロの応援ポーズを見て、ギリギリの精神をなんとか踏み止まらせた。

 

「わ、分かった。とりあえず、お前たちがぼっちを卒業できるよう、保証は出来んがアドバイスをしてやる。保証は出来んが」

「ほ、本当ですか!? 流石はリーダー!」

「おい待てリーダーはやめろ」

「流石は我がBB団リーダー!」

「ちょっと待て何だその集団。いつ発足した」

 

 目をキラキラさせながらこちらを見るアオイとゆんゆん。そしてこの一瞬で突如生まれた謎の組織。カズマはもう考えるのをやめようかなと本気で思いかけた。

 だが、残念。ぼっちからは逃げられない。

 

「やばいですね……」

「ヤバいわね」

 




カズマはBB団リーダーの称号を得た!


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その11

出キャルオチ

※プリコネ元ネタの捏造スキル出ます。


 ジャイアントトードの眉間に矢が突き刺さる。と、同時にカエルはぶくぶくと泡を吹き始め、そして痙攣しながら倒れ伏した。その光景を暫し眺めていたカズマは、絶命した目の前のカエルから自分の持っている矢に視線を動かす。

 

「予想以上にヤベェな毒スキル……」

「しかし、効果はてきめんです。あれならば殆どのモンスターに効果があるでしょう」

「何より、その毒で仕留めてもお肉は傷まない。やばいですね☆」

 

 いえーい、とモンスターから食用肉へとクラスチェンジしたジャイアントトードを引きずりながらペコリーヌは満足そうに笑う。コッコロもその効果の有用性を褒め称え、自身の主が強くなっていくことを満足そうに笑った。

 よし次、とカズマは別の矢を取り出しジャイアントトードに打ち込む。今度はカエルは絶命することなく、しかし痙攣した状態でだらりと舌を出したまま動かなくなった。

 

「……ちょっと弓スキルと狙撃スキル教えてもらうだけのはずが、これは儲けもんだな」

 

 カズマの冒険者カードに新しく登録されたスキル、その一つが《毒精製》である。突如結成されたバイバイぼっち団、通称BB団のリーダーとなったカズマが団員であるゆんゆんとアオイの持っていたスキルをとりあえず全部確認し、登録できるものは全て登録した結果、彼のカードのスキル欄は中々カオスなことになっていた。現状、コッコロ、ペコリーヌ、キャル、ゆんゆん、アオイのスキルを一通り見ているので、こいつ一体何の職業なんだと言わんばかりのラインナップである。

 そして毒精製は、アオイが何故か持っていたスキルだ。狩り以外でどういう用途に使おうとしていたのかは、聞かなかった。きっとそれ以外では使わないに違いない。いざという時の自決用ですととてもいい笑顔で言われたことは記憶の彼方においておく。

 

「で、どうだキャル。俺の新しいスキルは?」

 

 毒矢と麻痺矢を試したことでとりあえず満足したカズマは、そこで一言も喋っていないキャルへと向き直る。じっと前を見ている彼女の瞳は、まるで何も映していないかのようで。

 

「おーい、キャル? 返事はどうした?」

「……と、とても、素晴らしいです……ご、ご主人、さま……」

 

 プルプルと震えながらその言葉を絞り出す。明らかに無理をしているのはバレバレで、尻尾はピンと立ったまま、猫耳も逆立っている。そんなキャルを見てニヤリと笑ったカズマは、おいおいどうしたと彼女に言葉を紡いだ。

 

「お前が言い出したことだろう? 俺が、ボッチを拗らせたアーチャーからスキルを貰ったらご主人さま呼びをするってな」

「ぐ、ぐぐぐぐぅ……」

 

 今にも殺さんばかりの視線をカズマに向けるが、彼は敗者の視線は心地いいなと高笑いを上げるのみ。

 

「いいんだぜ? 俺は別にこんな場所じゃなくて、アクセルの酒場で『ご主人さま、きゃるきゃるーん☆』とかやってくれても構わないしな」

「殺す。絶対ぶっ殺す……」

「まあまあ。今回に関してはキャルちゃんが言い出したのも原因ですし」

「そりゃ、そうだけど……」

「主さまも、こうしてわたくしたちだけの時にという限定にされておりますから」

「そう、なんだけど……」

 

 ぐぬぬ、と何故かカズマの味方をする二人を恨みがましげに見やる。コッコロはともかく、ペコリーヌまでその反応は何なのだ。そう思いながら彼女を睨んだが、笑顔でサラリと躱されるのみ。

 納得いかない。そう言いかけたキャルであったが、しかし確かに自分の撒いた種である。拳を握り、真っ直ぐに彼を見て。深呼吸をした後、こうなりゃヤケだと全力の営業スマイルを浮かべた。

 

「素晴らしいですね、ご主人さま☆」

「うわ、気持ち悪っ」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 

 

 

 

 

 ギルドの酒場に戻ってきた一行は、討伐したジャイアントトードだったものをギルドの職員に渡すとクエスト完了の手続きを行った。そこそこの稼ぎと、肉の追加。下処理まで終わっているそれは、通常より高値となった。

 

「しかし、カエルも飽きてきたな」

 

 冒険者カードに記される討伐数を眺めながらカズマはそんなことをぼやく。今の所まともな討伐がジャイアントトードとキャベツの二種類しかない。初心者なので地道に行くというのは間違いではないためそこに文句は言いたくないが、それでも流石に同じモンスターでレベルアップを続ける作業はゲームにしろ現実にしろ飽きが来る。

 

「そうですね~。確かにカズマくん、結構成長しましたし。何か違うクエスト、行ってみます?」

「何かご要望はございますか? 主さま」

 

 そんな呟きに二人が同意を返したので、じゃあ遠慮なくとカズマはクエストの貼ってある掲示板を眺める。駆け出し冒険者の街という名目ではあるが、そこそこの難易度のクエストも当然ながら多数存在している。そして中には絶対に無理だろうと思われる難易度のクエストも貼られていた。

 

「……グリフォンとマンティコアの縄張り争い?」

 

 明らかに年単位で貼られっぱなしの、ボロボロになったそのクエストを眺める。物凄く聞き覚えのあるモンスター二種類、それを討伐するというクエストらしい。ふむふむ、と眺めていたカズマは、無理だなと一蹴した。こういうのはもっと魔王を倒す勇者とかの仕事だ。自分のようなそこそこ面白おかしく生きていければいいと思っている人間の出番はそこにはない。

 

「やるんですか? グリフォンとマンティコア」

「やらん。俺はまだ命が惜しい」

「……そうですか。カズマくんがそういうなら」

 

 ペコリーヌがカズマの見ていたクエストを覗き込みながらそんなことを述べる。じゃあ違うの選びましょうと一歩離れると他の貼ってあるクエストを眺め始めた。

 そしてカズマはそこから動けなかった。気合を入れて、むさいおっさんのスク水を思い浮かべて深呼吸をする。そうした後、危なかった、と心中で安堵の溜息を述べた。ペコリーヌはカズマの後ろからひょいと覗き込んだ。密着したのだ。でっかい二つが、背中に思い切り。

 幸いにして誰にも気付かれていないらしく、カズマは何事もなかったかのようにクエスト検索に戻る。そんな彼の後ろから覗き込むように、キャルがいいのあったのと尋ねてきた。

 

「いや、今探しているところだ」

「……何その優しい顔は。何か無性にムカつくんだけど」

「いや、よく考えてみれば俺はお前に酷いことをしていたな、と」

「何で急にその考えに至ったのか小一時間ほど問い詰めたいんだけど……」

 

 密着しなかった。そのことを認識したカズマは、期限を三日から二日に引き下げてやってもいいかもしれないという謎の慈悲が目覚めた。

 ともあれ、選ぶのはとりあえずそこそこのものだ。自分にあった丁度いいもの、そんなことを思いながら視線を巡らせ。

 

「ん? 湖の浄化?」

 

 少し毛色の違うクエストが目についた。内容は、水源となっている湖の水質悪化のためブルータルアリゲーターなるモンスターが住み着き始めたので、浄化をして追い払って欲しいというものだ。浄化さえすればモンスターを倒す必要がない、というのが討伐とは異なる部分で、場合によっては戦闘をする必要がない。

 

「……まあ、プリースト向けって書いてあるし、俺には関係ないか」

 

 住み着いているモンスターを倒すことは出来ても、湖の浄化は出来ない。そういうわけでこの依頼は却下だ。そんなことを思いながら別のクエストを。

 

「湖の浄化、ですか」

 

 いつの間にかカズマの隣に立っていたコッコロが、彼の視線の先のそれを見ながら一人呟いていた。どうやらそのクエストを受けようか迷っていると思ったらしい。成程、と条件を見ながら考え込んでいる。

 

「あー、コッコロ?」

「はい。何でしょうか主さま」

「別に見てただけで受けるわけじゃないぞ」

「そうなのですか?」

「ああ、それくらいの難易度のクエストで、もうちょい俺のスキルが使えそうなのを」

「ないわね」

 

 言葉が途中で遮られる。は、と視線を向けると、キャルがピックアップしてきたらしいクエストの張り紙をヒラヒラとさせながら溜息を吐いていた。

 

「カエル以外で難易度的に丁度いいのが、アンデッドの討伐とゴーレムの討伐くらいよ」

「一応、ジャイアントアースウォームの討伐とかはありますけど……多分カエルとそう変わりませんよ、歯ごたえとか」

 

 その歯ごたえはどういう意味なのだろうか。そこは少し気になったが、どちらにせよペコリーヌの言葉にキャルも反論しない以上、現状受けられるクエストの中で妥当なのはその二つの系統のみらしい。

 アンデッドもゴーレムも、どちらも毒は役に立ちそうにない。が、しかし。

 

「一応アンデッドなら弓は効くだろ」

「……良かったの? あんた結構あの毒矢気に入ってたじゃない」

「まあそれはそれだ。とりあえず今は他のモンスターと試しに戦ってみてもいいんじゃないかってな」

「成程。頑張っておられるのですね、主さま」

「お、おう」

 

 もう少し基準を見比べて、ダメそうだったらカエル倒しながらのんびり生活しようとか考えていただけなので、コッコロのその眼差しは大分痛い。案の定その反応で何かを察したキャルは、ふーんとジト目でカズマを見ている。

 そして最後の一人はというと。

 

「アンデッド、ですか……」

「何かあったのか?」

「ゴーレムは頑張ればいけるかもしれませんが、アンデッドは流石にちょっと」

「……何が頑張ればいけるのか、何が流石にちょっとなのかは聞かないでおく」

「あ、でもお肉って腐りかけが一番美味しいって話を」

「はい、この話はもうやめよう。はい、やめやめ」

 

 カズマのそれに反論をするものはいなかった。

 尚、とりあえずクエストはアンデッド討伐に決まったらしい。

 

 

 

 

 

 

 夜の墓地は、場所も相まって中々不気味な雰囲気が漂っている。月が出ているからいいものの、そうでなければ、あるいは雲で隠れてしまえば周囲も見えず、もしこんなところで戦闘になってしまえば苦戦は必至。

 そんな状態で、カズマは何故か余裕の表情を浮かべていた。

 

「どうしたのよ。ご主人さま」

 

 まだ期間中なのでわざわざ律儀にそう呼ぶキャルに視線を向け彼はニヤリと笑う。毒こそ役に立たないかもしれないが、この間手に入れたスキルはそれだけではないのだ、と。

 目を細める。す、と視界が切り替わり、まるで暗視ゴーグルのような景色が浮かび上がった。

 

「《千里眼》、アオイの持ってたアーチャースキルの一つだ」

「おお、カズマくん、大分万能になってきましたね」

「ははは、そうだろうそうだろう」

 

 惜しむらくは別に通常と同じように見えるというわけではないことか。この状態ではある程度の形は分かるが、それが何かは分からない。ここにペコリーヌ、キャル、そしてコッコロがいるということを理解しているからそれぞれどこにいるか認識できるのであって、未知の何かがいた場合は改めて確認の必要がある。

 

「まあ、それでも敵感知と組み合わせれば楽勝だろう」

「多数の職のスキルを組み合わせられる冒険者ならではの動き、流石は主さまです」

「まあ、その点に関しては素直に称賛してあげるわ、ご主人さま」

「やばいですね☆」

 

 いつになく自分の評価が高い。そのことでつい調子に乗ってしまったカズマは、先導は任せろとパーティーの先頭を歩き出した。二つのスキルを使い分け、敵らしい敵がいないかを確認し、そして。

 

「……んー?」

「どうしました?」

 

 とりあえず周辺をぐるりと回ったが、何も遭遇しない。アンデッドが徘徊しているという話だったのに、何もいないのでは詐欺だ。おかしいと首を傾げるカズマと同じように、三人もこの状況を訝しんでいた。

 

「そもそも、ここって教会のプリーストが定期的に供養とかしてるんじゃないの?」

「そのはずですけど……こういう共同墓地だと手が回らないこともありますし」

 

 キャルの疑問にペコリーヌが答える。だから迷える魂が出た時にクエストとして発注しているのだろうと続けながら、近くの墓石を手でなぞった。

 

「その割には、案外手入れされてますね、ここらへん」

「確かに。供養のされた跡があります」

 

 コッコロも周囲を見渡しながら同意する。しかしそうなるとますますクエストを出した意味が分からなくなる。きちんと供養されているのならば、どうしてアンデッドの討伐などという名目でこの墓場に冒険者を呼んだのか。

 

「罠?」

「駆け出し冒険者を嵌めて何するってんだよ……仕事ブッキングでもしてんじゃねぇの?」

 

 険しい表情になるキャルとは対象的に、カズマはそんなことを言ってやる気を無くす。来て損した、と呟きながらもう帰ろうと踵を返し。

 その足をピタリと止めた。千里眼に反応があったのだ。墓地の中心部、そこに、何かがいる。それに気付いた途端、彼の心臓がドクンと鳴り始めた。先程のキャルの言葉が、妙に頭から離れない。

 

「おいキャル。ちょっと見てこい」

「はぁ!? 何であたしが! ご主人さまが行きなさいよ、千里眼持ってんでしょ!?」

「しー。静かにキャルちゃん。もし相手がこっちの敵だったら」

「ぐっ……」

「どういたしましょう、主さま」

 

 とりあえず適当な墓石に身を潜めながら、ゆっくりと件の反応があった場所へと距離を詰める。戦うにしろ、逃げるにしろ、接触するにしろ。まずは相手の確認をしなければどうにもならない。

 中心部に近付くにつれて、そこにいるのが人影だということが分かってきた。が、あくまで人型をしているだけという可能性もある。慎重に近付きながら、灯りのあるその位置へと足を。

 

「うひゃっは~い! しゅわしゅわさいこぉおぉ」

「駄目です! まだ、まだ終わってないですから! もうちょっと待ってください! ああ、飲まないで!」

 

 足を止めた。四人の目の前に広がっていた光景のあまりのアレさに思考が追い付かなかったのだ。

 墓場の中心部で、二人の女性が酒盛りをしていた。否、正確にはエルフらしき女性が一人で酒を飲んでハッピーになっているのを、どことなく幸の薄そうなオーラを発している女性が止めている。が、酒を飲んでいる方はまるで聞いちゃいない。どこから取り出したのか分からないジョッキでガブガブと酒を体内に染み込ませていく。

 

「……帰るか?」

「そうね……帰りましょうか、ご主人さま」

「主さま!? キャルさま!? 現実逃避をしないでくださいませ」

「段々慣れてきました」

 

 ともあれ、とりあえず関わらないという選択肢はなさそうである。ペコリーヌは逃げ出そうとしているカズマとキャルを引っ掴むと、いきますよ~と中心部へと歩き出した。

 




えれぇことに


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その12

結局この辺原作では触れられなかったんでちょっと盛る。


 灯りのおかげでそこで酒盛りしている二人の姿を視認できる。月明かりだけでは不明瞭だったその二人は、予想していた以上に若かった。そして、美人であった。こんな場所で、こんな謎なシチュエーションで出会っていなければもっと違う感想をカズマも持ったであろう。そんな二人である。

 勿論現在のカズマには、また変人が沸いて出たという感想しか出てこない。

 

「夜の墓場で酒盛りって……何なの? この街何でこんな変人の人材豊富なの?」

「あ、ひょっとして墓場と酒場を掛けました? やばいですね☆」

「掛けとらんわ! 言っとくがお前もその変人の一人だからなペコリーヌ」

「……それは、ちょっと」

「ガチトーンで凹むな。俺が悪いことしたみたいだろ」

 

 そんなことよりも、と視線を再度酒盛り軍団に戻す。墓場のど真ん中で、ジョッキ片手にへべれけになっているのは控えめに言って危ない人だ。出来れば関わりたくないしすぐにでも帰りたいが、ここまで連れてこられた以上向こうにだって気付かれる。

 現に、へべれけの方はともかくもう片方の女性はこちらを見て目をパチクリと。

 

「……コッコロさん?」

「ウィズさま……」

「え? 知り合い?」

 

 同じように目をパチクリとさせているコッコロを見ながら、カズマはゆっくりと天を仰ぐ。夜空を暫し眺め、視線を元に戻すとコッコロの肩をポンと叩いた。

 

「コッコロ、その、知り合いは……選んだ方が」

「い、いえ! 主さまの思っているようなことはありません!」

 

 絞り出すようなカズマの声に、流石のコッコロもわたわたと慌てる。そうしながら、彼女は自分が手伝いをしている魔道具店の主人なのだと言葉を続けた。それを聞いて、ペコリーヌもああそういえばと手を叩く。

 

「あれ? でも、ギルドにアルバイトの話を持ってきたのは」

「あ、それは多分、店のオーナーですね」

 

 そう言って小さく微笑んだ女性、ウィズは、ところでこんな場所に何故と問い掛けた。

 勿論それはこちらのセリフである。何をどうすると町外れの共同墓地のど真ん中で酒盛りを始めるのだ。初対面でかつコッコロの知り合いであるということを差っ引いても擁護のしようがないので遠慮なくカズマはそこを問い詰めた。

 

「あの、その……お酒は、違うんです」

「いや思い切り飲んでんじゃねぇかよそこの人」

「え~、違うわよぉ。これはしゅわしゅわ、お酒じゃないの。本当なら麦しゅわ一番搾りをぐいってやるところなんだけど」

「などと意味不明なことを言っていますが」

 

 視線をウィズに向ける。さっと視線を逸らしたことから、とりあえず向こうの彼女の言い分はガン無視で問題ないらしい。ちなみにしゅわしゅわの正式名称はクリムゾンビア、紛うことなき酒である。

 

「それで? 結局ここでお酒飲んでる理由ってなんなのよ」

 

 キャルの言葉に、ウィズはだから違うんですと返す。酒を飲んでいるのは間違いないが、それが理由ではないし目的でもない。どうやら彼女はそう言いたいらしい。

 となると、ならば結局何をやっているのかという最初の疑問に戻るわけで。

 

「その、ここの迷える魂の供養を……」

 

 そう言いながらちらりとへべれけの女性を見る。ん? とウィズを見て小首を傾げていたので、駄目だ役に立たないと溜息を吐いた。仕方ないと自身の気合を入れ直すと、目の前の四人へと言葉を紡ぐ。

 ここの共同墓地の魂はあまり供養してもらえないらしく、定期的にアンデッドとして彷徨ってしまうことがあるらしい。なので、その前に、あるいはそうなってすぐにこちらで導いて供養をしてあげようとたびたび訪れているのだとか。

 

「ふーん。……でも、あたしたちも同じクエスト受けてるんだけど」

「え?」

 

 胡散臭い、と言わんばかりの表情でそう述べたキャルの言葉に、ウィズは本気で驚いた表情を見せた。今までそんなことは一切しなかったのに。そんなことを呟きつつ、隣にいるへべれけの肩をゆする。

 

「もー、そんなに揺らさなくても分かってるわよ」

「本当に分かってるんですか!?」

「だからぁ、こんなのは飲んだうちに入らないってば~」

 

 そう言いながら手に持っていたジョッキを呷る。ぷはぁ、と酒臭い息を吐きながら、へべれけは四人の顔を一通り眺めた。

 

「ん~。見たことない顔ばっか。みんな最近アクセルに来たの?」

「え? はい、そうですけど」

「あたしはちょくちょくこの街来てたわよ」

 

 代表してペコリーヌがそう答え、キャルが補足する。ふむ、とキャルを見たへべれけは、そういえば確かにキミは見たことあるなぁと頷いた。

 それがどうしたんだ。カズマが話の先を促すようにそう言うと、彼女は慌てない慌てないと赤くなった顔を笑みに変える。

 

「とりあえず、キミたちの仕事を済ませた方がぁ、いいんじゃない?」

「仕事、でございますか?」

「そ~そ~。まだ少し迷える魂が残ってるから、その浄化を、お願いしよっかなぁ」

「やっぱり途中だったんじゃないですかユカリさん……」

「違うわよ~。ちょっと景気付けの一杯だったから、これ飲み終わったらやる予定だったの」

 

 そうは言いながら更に飲むユカリと呼ばれたへべれけ。話が通じているのかどうか分からない、というよりむしろ通じていない寄りな気がしないでもないが、しかし。先程の彼女の言葉にはどうやら嘘はなかったらしい。カズマの敵感知に複数の反応が表れる。

 

「なあ、えっと、ユカリさん?」

「なぁに?」

「これ、俺達が普通に倒しても大丈夫なのか?」

「そうね。もし心配なら、お姉さんが後で浄化もしておいてあげるけど~」

「ご心配なく。わたくしも、アークプリーストの端くれですので」

 

 コッコロがカズマの隣で槍を構える。それを合図にしたように、ペコリーヌもキャルもそれぞれの武器を構えた。そうしながら、それで敵はどこにいるのかとカズマに問い掛ける。

 

「位置は俺達の方で合ってるから、このまま迎撃すれば大丈夫だ。距離はまだ少しあるな、コッコロ、支援よろしく」

「了解いたしました、主さま」

 

 全員にバフを掛け、向こうから来るのを待つ。そうして現れた複数のゾンビを、一行は危なげなく撃退した。というよりは、ほぼキャルとカズマで始末した。

 

「出番ありませんでしたね」

 

 持っている大剣をヒラヒラとさせながらペコリーヌが笑う。ちらりとカズマを見て、最初と比べて結構強くなりましたねと言葉を続けた。

 そうですね、と倒したゾンビを浄化しながらコッコロも同意する。最初のクエストで、ジャイアントトードから逃げ回っていたのが遠い過去のような、そんな思い出を振り返るような素振りを見せながら、彼女は立ち上がり彼を見る。

 

「ご立派に、なられました」

「そ、そうか? いやぁ、まあ、俺ってば女神に選ばれしものだし?」

「何か変なこと言い出したわねこいつ……」

 

 はっはっはと調子に乗るカズマをジト目で見ながら、とりあえずクエスト自体はこれで達成だろうと息を吐く。そしてそのまま、視線をカズマからユカリへと向けた。

 

「さっき何か言いかけてたわよね? この状況に関係することなの?」

「そうねぇ。多分、だけれど」

 

 そう言ってジョッキを呷る。どうでもいいが既に五杯目である。まとめておいた空の酒瓶を片付けるウィズが色々と雰囲気ぶち壊しであった。

 そんなことは気にせず、彼女は飲み干したジョッキから口を離しぷはぁと息を吐く。そして。

 

「騙されてるわよ」

 

 簡潔にとんでもないことを言いだした。

 

 

 

 

 

 

 ギルドの受付にて報告を済ませる。が、その内容を見たルナは怪訝な表情を浮かべ、そして確認のために引っ込んでいった。

 それを横目で見ていたカズマとキャルは予想通りだと冷めた目である。戻ってきたルナが、非常に申し訳無さそうな表情で雀の涙ほどの報酬を持ってきても、そうだろうなという感想しか出てこなかった。

 ギルドを出る。待ち合わせ場所へと向かいながら、とりあえずその報酬を財布に突っ込んだ。

 

「さて、クソみたいな報酬で教会が仕事してます感を出すダシに体よく使われたわけだが」

 

 どうする? と隣のキャルを見る。その視線を受けた彼女は、その口元を三日月に歪めた。そんなもの決まってるだろうと笑った。

 

「ちょっと痛い目にあってもらおうじゃない」

「その通りだ。まあコッコロやペコリーヌは乗り気じゃないかもしれんが」

「その時はあたしと二人でやればいいのよ。でしょ、ご主人さま」

「言うじゃないか奴隷」

 

 くくく、と顔を合わせて笑う。その光景は大変怪しいものであったが、アクセルでは割と日常なので幸いにも通報されるということはなかった。

 そうして向かった先は一軒の魔道具店。地図によるとここで合っているはず、と確認をしてから、その店の扉をゆっくりと開いた。

 

「いらっしゃいま――主さま、キャルさま」

 

 店の商品のホコリを取っていた店員、コッコロがこちらに気付いて笑顔を見せる。ぱたぱたとこちらまでやってくると、既に皆様は待っていますと店の一角を指差した。

 魔道具店のはずなのに何故か喫茶スペースのようなそこには、紅茶を飲んでいるペコリーヌと、そして先日のへべれけ、もといユカリが。

 

「来たわね。どうだったの?」

 

 そう言って笑うユカリは、昨日と違いシラフらしい。綺麗な金髪とアメジストのような瞳、そして青を基調とし十字架が随所にあしらわれたエプロンドレスや修道服を綯い交ぜにしたような騎士服を押し上げる二つの大きな。

 

「そっちの予想通りよ。ふざけんなってくらいの報酬だったわ」

「やっぱり……。ところでそっちの子は、どうしたの?」

「お気になさらず」

 

 あの時はともかく、今なら全然いける。というか大人のお姉さんはいいよね。謎の感想を抱いたカズマは、うんうんと頷きながら視線をテーブルの縁辺りで固定していた。

 そのタイミングでコッコロが紅茶を運んでくる。名残惜しいが仕方ないとテーブルについた彼は、では改めてと咳払いをした。

 

「昨日言ってた、騙されてるってのを信じていいのか?」

「ええ。だって、おかしいもの。あそこの墓地の浄化は、この街のプリーストが全然やらないから私が始めたんだし」

 

 まあ既に先客がいたけど。そう言って笑いながらカウンターにいるウィズを見た。ビクリと肩を震わせた彼女は、その節は大変お世話になりましたと頭を下げる。

 

「さらにここのお店の面倒も見てもらってしまって」

「だって、あまりに酷かったもの。アキノさん、マジギレしてたし」

「あの時のオーナー怖かったですね……」

 

 あはは、とどこか遠くを見ながら乾いた笑いを上げる。見る限り、そこまで酷いようには見えないが、オーナーとやらが色々とやった結果なのだろう。

 棚の一角にある謎のオーラを発する品々は見なかったことにした。オーナーのおすすめ、というポップは意図的にカズマの視界から消した。

 

「それで、結局今はユカリさんが浄化してるんですよね?」

 

 先に来ていたペコリーヌがそう問う。そうそうとそれに頷いた彼女は、ちゃんと申請も出しているのだと言葉を続けた。申請先は、勿論ギルド。

 

「……あー、だからあの時向こうも変な顔してたのか」

「そんなことになるなら最初から弾けばいいのに」

「だからこそ、騙されたっていう話になるのよ」

 

 ギルド側に協力者がいるのか、それとも端から全てだまくらかすつもりだったのか。それは現状では分からないが、ともかく真っ当な依頼とは程遠いクエストであったのは確かだ。

 

「そもそも、おかしいと思ったのよ。金にならないからって放置してたプリースト達のいる教会が、わざわざ冒険者にクエストを発注するなんて。そうしたら、案の定お金ケチってたから」

「でも、エリス教の教会がそんなことやりますか?」

 

 紅茶のおかわりを飲みながら、うーむとペコリーヌが首を傾げる。キャルはその辺のしがらみのある会話はついていく気もないので聞き役に徹していた。

 ともあれ、彼女の質問にユカリはあははと苦笑する。そういう場所もあるんでしょう、とバツの悪そうに頬を掻いた。

 

「この街は広いし、同じエリス教会でも多少は縄張り争いみたいなものがあるわ。それに加えて、アクシズ教の教会もある。駄目な場所の一つや二つ、出てきてもしょうがないと思うの」

「しょうがないであんな報酬の仕事やらされる方はたまったもんじゃないけどな」

 

 け、と吐き捨てるようにカズマがぼやく。それに対しユカリはその通りだと頷いた。ちゃんと仕事を頼むならば、きちんと見合った対価を払わなければならない。そう言って、す、と目を細めた。

 

「経費削減は確かに大事。でもそれは削減じゃないわ。クエストの最低報酬を下回らないようにして合法にするあたり、悪どさも随分と増してきてる」

 

 そこで言葉を止める。視線をカズマとキャルに向けると、二人はどうやらやる気みたいねと口角を上げた。

 そこの言葉に首を傾げたのはペコリーヌである。やる気とは一体何をやる気なのか。そんなことを思わず口にした。

 

「んー。私から言ってもいい?」

「いや、俺達から言おう」

 

 ユカリの提案を断る。それを見ていたキャルは、あんたにしちゃ珍しいと目をパチクリさせた。

 

「嘗めんな。俺はな、こういう時はきっちりと仕返しをするタイプだからな」

「成程。じゃ、どうぞ」

 

 頬杖をついたまま、キャルが手でカズマの言葉を促す。ユカリは面白そうにそれを見ており、ウィズとコッコロは店の仕事をしつつ遠巻きに聞き耳を立てている。

 その状態で、カズマはペコリーヌに宣言した。これからやることを彼女に告げた。まあ大したことじゃない、と前置きをした。

 

「ちゃんと相場の報酬を依頼主から取り立てにいこうじゃないか」

「そういうことよ」

 

 くっくっく、と笑うカズマとキャルは、傍から見ていると悪人にしか見えなかった。否、当事者であるペコリーヌから見ても悪人以外の何者でもなかった。

 




キャルノリノリ


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その13

Q:お前その格好させたかっただけだろ

A:はい


 真っ黒な服装に仮面。明らかに怪しいその姿の男は、隣の仮面をつけた少女を見て口角を上げた。

 

「いやお前なんだそれ」

「あんたに言われたくないわっ!」

 

 勿論仮面の男はカズマであり、仮面の少女はキャルである。普段の冒険者服から黒装束に着替えた彼とは違い、キャルは普段の服装を黒っぽくした程度の代物だ。元々が濃い青、濃紺を基調としていたタイプだったので、正直そのままでもよかったのだが、何となく雰囲気で着替えたらしい。胸元や肩口のファーと網タイツが、どことなく仲間を裏切った悪役のようにも見える。

 とりあえずそんな服装と仮面の感想を言い合いながら、二人はこっそりと件の教会へと向かっていた。目的はそこにある溜め込んでいるであろうお金。それを奪い取って正当な報酬にする。という建前だ。

 

「ある程度暴れたらユカリさんが踏み込んでくれる手筈になってるから、それまでに清貧だからとか抜かして報酬ケチった生臭坊主の懐を全開にしておく。ここまではいいな?」

「勿論。しかし、出来るだけ怪我人は出さない方向っていうけど……」

 

 夜道を駆けながらううむとキャルは唸る。そんな彼女を見てどうしたんだと声を掛けたカズマであったが、彼女の口元がニヤリと笑みを浮かべたことで大したことではないと判断した。目は仮面で隠されているが、恐らく不敵な笑みでも浮かべているのだろう。

 

「手加減、苦手なのよねぇ」

「ああそうかい。まあ確かに、お前のスキル派手な魔法ばっかだったしな」

「ちゃんと生活の役に立つ魔法も覚えてるわよ」

「両極端だな」

 

 はぁ、と小さく溜息を吐いたカズマは、そろそろだなと歩みを止めた。目的地はすぐそこ、ここから先は何も考えずに進んではマズい。

 

「……俺一人の方が良かったんじゃ」

「今更何言ってんのよ。一応、怪我させないやつもあるから大丈夫よ」

 

 ホントかよ、とカズマはキャルを見やる。口元しか見えないのでどうにも表情が読みにくいが、少なくとも場数は自身よりも数段踏んでいるだろう。ならば、確かに今更、心配することなどない。

 

「それより、そっちこそ大丈夫なの?」

「嘗めるなよ。この仮面持ってきてくれたユカリさんの友人とかいう獣人の盗賊の人に、新たなスキルを教わったからな」

 

 あれは間違いなく猫の獣人だと断言出来るレベルのコテコテさであった、とその盗賊の女性を思い出す。まさか語尾に「にゃ」をつける猫獣人が本当にいたとは。

 ともあれ、その女性から学んだ新たな盗賊スキルが、《バインド》だ。ロープなどを使い、相手を拘束することが出来るスキルで、今回のように相手を討伐するわけではない状況にはうってつけといえるだろう。

 

「……そもそも、その仮面なんなの? 白黒で、変なの」

「いや、何かオーナーの試作品だって話だ。最近この辺にこの仮面をつけた人形みたいなモンスターがちょくちょく発見されてるんだと。何でも触れると爆発するらしい」

「へー……。ちょっと待って。それで何でその仮面を作ろうと思ったわけ?」

「さあ……?」

 

 顔も見たことのないオーナーとやらがお嬢様高笑いを上げている姿を幻視したカズマは、細かいことは置いておこうとそれを流した。キャルもそれには同意し、改めてと教会を見やる。見た目は確かにみすぼらしく見えるが、しかしその実そう見せているだけであるのは既に調査で判明していた。昔はまだしも、今は既にプリーストとは名ばかりの冒険者崩れが多数ここの所属となっていることも把握済みである。

 

「しかし、あの人凄いわね……第一印象で完全に嘗めてたわ」

「ああ。ただの麦しゅわガンギマリねえさんじゃなかったんだな」

 

 シラフのユカリの仕事ぶりは凄いの一言である。それらの調査をまとめたのも全て彼女であるし、その傍らコッコロの手伝いの指示とウィズへの説教も並行していた。出来る女を自称していたが、あながち嘘ではないと自らを持って証明していた。

 カズマにとってはその姿は驚嘆であった。今までの変人窟を覆すそれに、ひょっとしてアクセルは凄いのではないかとほんの少しだけ評価値が上がっていく。

 よし、とカズマはキャルの手を握った。ひゃん、と急なそれに思わず声を上げてしまった彼女に静かにするよう言いながら、彼は潜伏スキルを発動し気配を消す。

 

「……先に使うって言いなさいよ」

「最初からその手筈だっただろ……」

 

 ヒソヒソとそんな会話をしながら、二人はこっそりと教会の敷地に侵入する。握ったキャルの手はすべすべで、何だかとてもいけないことをしている気がしないでもなかったが、これはあくまで仕方ないことだと自分に言い聞かせながらカズマは裏口の近くにある窓へと近付いた。

 

「《フリーズ》」

 

 窓ガラスを急速に冷やす。そうした後ティンダーで熱すると、殆ど音を立てずにガラスが割れた。鍵を開け、そこからこっそりと侵入する。侵入した部屋には誰もいないようだったが、いざここから部屋を出て廊下を歩き溜め込んでいるであろう場所まで向かうとなると中々に骨が折れる。

 

「さて、どうするか……」

「まあ、基本は見付からないよう慎重に、だけど」

 

 何かない? とキャルはカズマに問い掛ける。そういきなり言われても急にアイデアなど降って湧いてくるわけでもなし。人がいないのをいいことに、暫しそこでカズマは思考を巡らせた。

 懐からロープを取り出す。出来るだけ相手を傷付ける気はないが、それでも使えるものは使うと基本の装備はほぼ持ってきていた。お目当てのものとロープを組み合わせると、これでよしとカズマは笑う。

 

「……え? それで何する気なのよ」

「まあ見てろ」

 

 そう言って部屋を何ら警戒することなく出た彼は、早速教会にいたプリースト崩れと鉢合わせした。何だお前は、と明らかに聖職者らしからぬ武器を取り出したそのプリースト崩れの男に向かい、カズマは焦ることなくロープを投げる。

 

「《バインド》」

「なっ、がっ」

 

 即座に男は縄に絡め取られ床に転がされた。それだけならまだどうとでもなる。口も塞がれてないので、助けを呼ぶことも出来る。だというのに、男はそのまま痙攣し動かなくなった。何かを言おうとしているが、呂律が回っておらず大声も出せていない。

 

「……何事?」

「麻痺毒をロープに染み込ませ、《バインド》で相手に巻き付くと同時に発動するようにしてみました」

「うわぁ……」

 

 陸に上がった魚のようになっている男を見ながら、キャルは何とも言えない表情を浮かべる。仮面のおかげで見えないのが幸いか。ともあれ、これで見張りはなんとかなるだろうと胸をなでおろした彼女に向かい、カズマは何を言ってるんだと肩を竦めた。

 

「へ? いやでも」

「ロープは数が限られてんだぞ。一々こんなことはやってられん」

「じゃあ、どうすんのよご主人さま」

 

 それは、と言いかけた辺りで廊下の向こう側が騒がしくなる。どうやら先程の男の声を聞いていた連中がそこそこいたようだ。追加きたわよ、と慌てるキャルに、待っていましたとばかりに彼女の手を引き部屋のドアの影に隠れると潜伏を行った。

 

「近い近い近い!」

「我慢しろ。それよりも、ほれ」

「一体何が……え?」

 

 バインドで拘束された男を見て近付いていく同じような冒険者崩れは、その男に触れた途端電流にでも打たれたように跳ね上がり倒れ伏した。同じように男に触れた連中が感染でもしていくかのようにバタバタと倒れていく。拘束された男を中心に、あっという間に痙攣する人の塊が出来上がった。

 

「……え?」

「BB団団員から取得したスキルその二、《ブービートラップ》。ロープに染み込ませた麻痺毒を、スキルを使って周囲にも撒き散らしてみました」

「……あたし、もしあんたと戦う時は遠くから範囲魔法で消し飛ばすことにするわ」

 

 ロープで縛られた状態でビクンビクンと痙攣するのはまっぴらごめんだ。そんなことを思いつつ、アホなこと言ってないで行くぞというカズマの声に頷き、男達を放置して目的地へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 どうしてこんなことに。教会の代表者であるプリーストの男は、目の前の女性と数人の警官を見て顔を青ざめさせた。何故このタイミングで、そう叫びたいのを必死で押さえながら、男は警官達に弁明をする。

 が、それを聞いていた女性が、それはおかしいですねと小首を傾げた。

 

「おかしい、とは」

「ベルゼルグ王国の法では、教会に対する資金繰りは一定額と定められていますよね? 規定第二十三条と、それに関連するアクセルの自治法十二条。それを超える額を溜め込んでいるにも拘らず、墓地の浄化は冒険者任せで、最低賃金……。その辺りは、どう説明します?」

「……っ!?」

 

 ペラペラと法律を述べる女性――ユカリに、男は驚愕し、言葉が止まる。が、すぐに表情を戻すと、一体何のことですかなととぼけるように笑みを浮かべた。そんなお金など溜め込んでいない、この教会は清貧を美徳としていて、皆慎ましい生活をしているのだ。そう言って祈りを捧げるように両手を組むと、彼は天を仰ぎ。

 

「――ん?」

 

 その頭上から大量のエリス金貨と紙幣、そして宝石が降ってきたことで目を見開いた。ジャラジャラ、バラバラと雨のように落ちてくるそれを、男も警官も呆然とした表情でただ眺めている。

 

「……これは、一体?」

「さ、さあ? エリス様の思し召しですかな?」

 

 ユカリの言葉に視線を逸らしながら男はとぼける。が、それを聞いた彼女はそうですかと笑みを浮かべた。つまりこれはこの教会で溜め込んでいたものなどではないんですねと彼に述べた。

 

「ならば、ベルゼルグ王国規定第六十条に則って、アクセルの貴族……この地区ですと、ウィスタリア家預かりとさせていただきますね」

「なっ!?」

「あら? 何か問題が? これらは、こちらのお金ではないんですよね?」

 

 そう言って笑顔を向ける彼女に、男は口をパクパクとさせる。先程のやり取りがある以上、この大量の金と宝石が教会の資金だと言ってしまえば処罰が下る。逃げ道を塞がれている以上、これを全て再び自分の懐に戻すのは難しい。

 だが、と男は思考を巡らせる。目の前に警官がいるとは言え、平が数名。先程からこちらを責める人物よりは御しやすい。そう判断すると、おおこれはと宝石を手に取りわざとらしく驚いたふりをした。

 こちらの宝石は、教会でいざという時のために保管しておいた貴重なものだ。この間盗まれてしまったのだが、今ここにこうして戻ってきた。臆面もなくそう言い切った。

 

「成程。つまり、その宝石が戻ってきたのがエリス様の思し召しだ、と」

「ええその通り。やはり、エリス様を信じてい、れ、ば……」

 

 ピラピラとユカリが一枚の紙を掲げる。それは宝石の売買記録。日付はつい最近。ここに書かれている宝石と、その戻ってきた宝石とやらが一致すると非常に問題なのでは。そう言って彼女は笑みを浮かべた。

 

「で、でたらめだ! エリス教徒の私にそんな詐欺まがいな」

「書類の正しさなら、わたしが保証しますよ」

 

 警官の後ろから一人の少女が前に出る。一緒にそれを確認したので、間違いない。そう言って彼女は笑みを浮かべ、素直に謝っちゃいましょうと男に述べた。

 何を言っていると男は少女に返す。どこの馬の骨だか分からない小娘が一体何を保証するというのだ。直接口には出さないが、似たような意味合いを丁寧な口調で告げ、警官達に声を掛ける。自分よりも、こちらの詐欺を仕掛けてきた女共を捕まえた方がいいのでは、と。

 

「……駄目ですか。本当なら、こういう使い方はしたくないんですけど」

 

 少女はそんな男の態度を見て眉尻を下げた。しょうがないですね、と言いながら、腰のポーチからペンダントのようなものを取り出し、男にだけ見えるようにそっと。

 

「……え? あ、あなた様は……!?」

「これで、身分の保証にはなりますよね?」

 

 

 

 

 

 

「っと。あれ、何だ? 何であのおっさんペコリーヌに土下座してんだ?」

「……ペコリーヌというより、二人にじゃない? よっぽどユカリさん達の証拠が効いたのかしらね」

 

 教会に隠してあった財産をばら撒き終わったカズマとキャルは、少し離れた場所で待機していたコッコロと合流、着替えを済ませて何食わぬ顔で向こうの野次馬を行っていた。

 が、予想していたものとは少し毛色が違い、一体何があったのだろうかとカズマは怪訝な表情を浮かべる。カズマ達と違い、途中まで向こうと行動していたコッコロも、あの場面自体は見ていないので何が起きたか分からず首を傾げるばかりだ。

 とはいえ、話自体はどうやら決着がついたらしく、ガクリと項垂れた男はそのまま警察に付き添われて教会の中へ。そしてばら撒かれた財産はユカリが回収し、そのまま用意していた荷台に乗せている。

 

「ただいまー。一件落着ね」

「わたしとしては、最後のはあまりやりたくなかったんですけどね~」

 

 荷台を引っ張りながらユカリとペコリーヌがこちらにやってくる。予想通りの結果になって満足しているユカリとは違い、ペコリーヌはどこか困ったような表情を浮かべていた。

 

「まあ、しょうがないんじゃないですか? 言いふらしもしないでしょうし」

「そうかもしれませんけど。わたしとしては、ああいうの好きじゃないんですよ」

「そういう清濁を使い分けるのも、後々重要だと思いますよ?」

 

 そう言ってウィンクするユカリに苦笑を返したペコリーヌは、とりあえず今はただのペコリーヌでいたいんですと続けた。そうしながら、カズマとキャル、そしてコッコロに視線を向ける。

 

「いや、普通にバレるでしょう……」

「案外バレないものですよ?」

 

 そっちだって最初は気付かなかったくせに。そう言って頬を膨らませたペコリーヌに、ユカリははいはいごめんなさいと笑顔を見せた。先程までの態度を戻し、そういうことならこっちも遠慮なくペコリーヌとして扱うからと言ってのけた。

 

「主さま? どうされました?」

「いや、何か聞いてはいけないようなことを聞いた気がしたから、俺はとりあえず忘れることにする」

「そうね。その方がいいわ」

 

 カズマの言葉に同意するようにキャルが呟く。厄介事は近付かないに越したことはないのだ。うんうん、と一人頷き、彼女は拳を握り天を仰ぎ見る。適当に生活できて、だらけられる。それが一番だ。問題なんか別にいらない。

 その決意というか、宣言というか。それがどこぞの誰かのようなことを言ってるのだと、キャルは気付いていないようであった。

 

「ところで、あのクエストの報酬って結局増えるのか?」

「あ」

 

 次回のコッコロの給料は、前回の三倍になっていた。

 




ちょっと一区切り的な。


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その14

エンカウント


「しかし、それはまた。大変だったのだな」

「本当だよ! おかげで教会一つ閉鎖されちゃうし」

 

 ギルドの酒場で溜息を吐いているのは盗賊のクリス。彼女はそんな職業の割に敬虔なエリス教徒として知られていた。そのため、今回の事件も他人事とは思えなかったのだろう。対面に座るダクネスも、そんな彼女の愚痴を聞きながらうんうんと頷いている。

 クリスが愚痴っているのは、教会とは名ばかりのごろつきの溜まり場となっていた場所のことについてである。ひょんなことから隠し通していたはずの実態がバレて、立ち入り捜査の後そこにいた者は全員強制退去となった。代表者をしていたプリーストも、今は別の町の修道院で懺悔中だ。

 

「しかし、閉鎖? 後任のプリーストはいなかったのか?」

「……アクシズ教が」

「ああ、もういい。みなまで言うな」

 

 ここぞとばかりに生き生きとエリス教徒の不正を広めまくったおかげで、その教会に入りたがるエリス教のプリーストは誰も出ず。そのまま無人の教会と化したその建物は、地区代表でもある貴族、ウィスタリア家によって土地ごと買い取られた。

 

「となると、あの辺りはもう教会が無くなるのか……」

「いや、教会自体はあるよ」

 

 ダクネスがそんなことを呟くと、クリスはガクリと項垂れながら言葉を紡ぐ。ならば何が問題なのかと首を傾げるダクネスに向かい、彼女はゆっくりと顔を上げながら実は、と続けた。

 

「……アメス教会になった」

「アメス? 聞き覚えのない神だが」

「あー、うん。こっちでは殆ど知られてないから。夢の女神で、何ていうか……特に教義とか無いっていうか」

「それは信仰として成り立つのか?」

「名前の通り、夢を抱いて好きに生きろっていう投げやりさが彼女の売りだから。その割にはきちんと面倒見るし、だから先輩の代わりに仕事とか受けちゃってあんな……」

「クリス?」

「え? ああ、何でもない。気にしないで」

 

 途中何やらよく分からないことを言いだしたクリスを不思議そうに見ていたダクネスであったが、彼女がそれよりもと表情を戻したことで思考を戻す。

 教会自体は別に問題ない。エリス教は元々異教徒を排斥するような信仰でもないからだ。一応こちらからはアクシズ教とも共存を選んでいるつもりである。だから彼女が問題にしているのは、教会そのものではなく。

 

「ユカリが……アメス教に改宗したんだ」

「……は?」

 

 今なんつった。そんなことを思い目を丸くしたダクネスだが、クリスが冗談を言っていないことを認識するとその表情が険しくなる。そうした後、大きく溜息を吐いて椅子に体を預けた。

 聖騎士として相当の実力を持っていた彼女が、そんな選択をする理由は勿論。

 

「……酒か」

「酒だろうね……」

 

 これで気兼ねなく麦しゅわ飲めるぞ~、と言っていたとかいないとか。あくまで想像であるが、凡そ間違っていないだろうと二人は思う。ともあれ、エリス教はこの事件で色々と失ってしまったわけだ。

 

「教会の事件の方は、同じエリス教徒だろうと贔屓することなく誠実に対応したってことで傷はそれほどでもなかったけど」

「……まあ、仕方ない。所属が変わろうが、恐らく彼女の態度が変わることもないだろう。気にすることではないさ」

「……そうだね」

 

 どこか歯切れの悪い返事をしながら、クリスは苦笑してカップの中の液体を煽った。そしてそんな彼女を見たダクネスも苦笑し、仕方ないと述べる。

 

「今日は私が奢ってやろう。先日まで遠出のクエストでそこそこ儲かったからな」

「……ゴチになります」

「ああ。すまない、注文はいいだろうか?」

 

 そう言ってダクネスは一人のウェイトレスに声を掛けた。後ろ姿に見覚えがないので、自分がいない間に入った新人なのだろう。そんなことを思いながら、そのウェイトレスが振り返りこちらにやってくるのを見て。

 

「は~い。ご注文、なんですか?」

「ぶふっ!」

「うわ、汚っ!」

 

 その顔を視認すると盛大に飲み物を吹き出した。被害者はクリスである。

 

 

 

 

 

 

「な、ななななな!」

「どうかしました?」

「ダクネス? どうしたのさ」

 

 やってきたウェイトレス、ペコリーヌを見たダクネスは目を見開き、カタカタと震えながら言葉にならない声を上げている。クリスはそんな彼女の様子の意味が分からず、そしてペコリーヌは何か問題あったのかと呑気に首を傾げていた。

 

「何故! こんな場所におられるのですか!」

「何故、って。アルバイトですけど」

「あるばいと……? ど、どういうことですか?」

 

 まるで会話が理解できない、とばかりにダクネスが片言で問い返す。どういうことも何も、とペコリーヌは自分の食事代を稼ぐためだと迷いなく答えた。その答えにダクネスの視界が一瞬ブラックアウトする。我に返った彼女は、頭痛を堪えるように頭を押さえながら言葉を絞り出した。

 

「このことは……ご存知なのですか?」

「定期的に手紙を送ってますし。そもそも、今更驚くんですか?」

「はい?」

「この間のキャベツの時にいましたよ、わたし」

「――え?」

 

 ピシリと固まる。キャベツの収穫後に遠出をしていたので、ダクネスとしては彼女がアクセルに来たのはその間だと思っていたのだ。が、聞かされた答えはそれよりも前。

 しかも自分を見ていたと来た。

 

「も、申し訳……ございません、ユース――」

「はいそこまで。今のわたしは、お腹ペコペコのペコリーヌです。なので、何も気にしなくて大丈夫ですよ、ララティーナちゃん」

「……ダクネスです。ユ、ペコリーヌ様」

「あ、ごめんなさい。じゃあダクネスちゃん、こっちも様付けとかなしでお願いしますね」

「分かり、ました……ペコリーヌさ、ん」

 

 え? 何これ? と二人のやり取りを見ていたクリスが困惑する。どうやら二人は知り合いだったらしいということと、何か隠し事があるらしいということは分かった。が、それ以外はさっぱりである。聞いても教えてくれそうにないので、彼女は考えるのをやめにした。

 ともあれ、注文受けますよというペコリーヌの言葉を聞いて物凄く恐縮しながらクリスへと奢る食事を注文したダクネスは、食欲が失せたのかそのまま机の上に突っ伏した。

 

「違うだろう……? そんな、完全に放浪冒険者みたいな旅は、予想していないだろう……? 私はてっきり」

 

 その状態のまま奇声を上げるダクネスは、自身の胃がキリキリと痛み始めるのを感じていた。この痛みは別に快感ではない、とついでに欲しくもない情報を叫んだ。

 そうしてひとしきり悶えた後、ダクネスはガバリと起き上がる。うわ、と驚くクリスを見て、彼女は先程の人物を知っているのかと問い掛けた。クリスはダクネスと違いこの街にいたはず。ならば、ペコリーヌがどんな生活をしているかも、ある程度。

 

「え、うん。ペコリーヌ達のことなら、多少は」

「そ、そうか。なら……おい待て。今、達と言ったか?」

「うん。四人でパーティー組んでるみたいだし」

「……誰とだ?」

「誰って……ダクネスも知ってる子だよ。ほら、あの時の」

 

 佐藤和真。その名前を聞いた彼女は、明日からの予定の変更を決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

「偉大なるアメス様――」

 

 教会の礼拝堂でコッコロは祈りを捧げる。そんな彼女を見ていたカズマとキャルは、どちらも揃って口角を上げていた。

 

「いやー、まさか教会がまるごと手に入るとはな」

「そうね。コロ助の信仰するアメス様だっけ? の祈りもきちんと出来るようになったし、何より」

 

 ちらりと横を見る。教会の改修の指示を出しているユカリが、こちらの視線に気付いて小さく手を振り笑みを浮かべた。今現在のこの教会の代表者はコッコロではなく、ユカリとなっている。コッコロ自身が自分には教会の運営は出来ないと断ったこともあり、現状アクセルのもう一人の信徒である彼女が担うことになったのだ。

 

「ま、これでもう馬小屋生活とはおさらばね」

「え? 何お前ここで生活する気?」

 

 ふう、と息を吐くキャルに向かい、カズマはそんなことを述べた。彼女は彼の問い掛けを聞いて目を細め、むしろ生活しない理由がないだろうと返す。馬小屋の藁の上で揃って雑魚寝するくらいなら、きちんとした屋根の下で寝泊まりできる方が何倍もいい。

 

「それはそうなんだが……何かこう」

「何よ」

「教会って、規則正しい生活しなきゃいけない感じしないか?」

「……」

 

 思った以上にしょうもない理由であった。が、彼の言っていることは何となく理解できる。教会という建物である以上、自分達以外の不特定多数がやってくる機会も多いだろう。そんな中で、自堕落な生活を行えるのか。そう問われると、答えは否。何だかんだでカズマは出来そうだが、キャルは恐らく出来ない。

 

「別に私は構わないわよ。この教会を拠点に使っても」

 

 一段落ついたらしいユカリがそんなことを言いながらこちらにやってくる。その隣には、礼拝が終わったらしいコッコロもいた。二人の会話は聞こえていたらしく、ユカリに続き、コッコロも同意するように頷いている。

 

「わたくしとしましては、主さまとキャルさま、そしてペコリーヌさまと一緒ならば、どこでも」

「まあ、あんたはそうでしょうけど。あたしはどうせならベッドで寝たいのよね」

「成程。そういうことでしたら、ユカリさまのご厚意に甘えるのもいいのでは?」

 

 これで二対一である。ぐ、と圧されるように後ずさったカズマであったが、気を取り直すように姿勢を正すとまあ聞けと言わんばかりに二人を見やる。

 確かに拠点として使うのもいいだろう。ここでアメスを祀るというのならば、自分にとってもある意味他人事ではない。信仰を増やせばちょっとした加護が大いなる加護に化ける可能性もワンチャンあるかもと狙ってはいる。

 だが、しかし。

 

「やっぱりこう、プライベートな場所が、欲しいんだ」

「プライベート、でございますか」

「……あんたそれ、変な意味じゃないでしょうね」

「男の子ねぇ」

「待て、誤解だ誤解。俺はさっきキャルに言ったことをもう一回言っただけでだな」

 

 キャルのジト目とユカリの生暖かい目を避けるように頭を振ったカズマは、ともかく仮の住まいとしては賛成だが長く住むには異議ありだという自身の意見をはっきり述べた。

 先程想像したこともあり、キャルとしてもその意見には同意出来る部分がある。が、どちらにせよ先の話であり、今から暫く住むにはここでも問題ないというのはカズマとも一致しているのだ。先のことは先に考えよう。そういうことにして、彼女はとりあえず問題を放り投げた。

 

「では、ペコリーヌさまにもそのことをお伝えしなくてはいけませんね」

「そうね。いつもの馬小屋に行ったらあたしたちがいない、ってなったら問題だもの」

「馬小屋ぁ!?」

 

 よし決まり。ということでそれからの話をしようとしていた矢先、あまり聞き覚えのない声が突如響いた。何だ何だ、とその声の方を振り向くと、一人のクルセイダーが目を見開いてこちらを見ているのが視界に入る。

 キャルはどこかで見たような、と首を傾げているが、残りの三人はしっかりと見覚えがあった。

 

「あなたさまは、確か」

「げ、変態筆頭ドMの片方」

「ぐっ。いきなりそんな風になじられたところで私はっ……んんっ」

「ダクネス、どうしたの?」

 

 カズマのそれにビクリと反応したダクネスをやれやれといった表情で見ながらユカリは問う。どうやらカズマ達とは違い、きちんとした知り合いのようであった。

 ふう、と気分を整えたダクネスは、そんな彼女をじろりと睨む。聞いたぞ、と前置きし、エリス教からアメス教へとユカリが改宗したことについてを語る。言われた当人はああうんそうそう、と物凄く軽くそれを流した。

 

「軽いな……いや、まあ、分かっていたが」

「でしょう? それで、用事はそれだったの?」

「ああ、いや、違う。私の用事は、お前達だ」

 

 そう言って視線をユカリからカズマ達へと向ける。過去二回の遭遇時のドMの姿とは違う凛々しい女騎士といった様子の彼女に、カズマは思わず身構えた。もうこのパターンは何度目か分からない。彼は学習したのだ。この街では目立つ人物とエンカウントすると大抵変人なのだ、と。特に目の前のダクネスは既に変態なのが分かっているので、安心する要素はどこにもない。

 

「今聞こえたのだが、お前達のパーティーは……馬小屋で寝泊まりしていたのか?」

「ん? ああ、金のない冒険者なんてそんなもんだろ」

「それは知っている。だが……同じ場所で、なのか?」

「しょうがないじゃない。ちょっとでも節約しときたいもの」

 

 絞り出すようなダクネスの問い掛けに、キャルはしれっと答えた。聞きたくなかったそれを聞いたダクネスはピシリと固まり、そして小刻みに震え出す。

 

「こ、これは……場合によっては、重大な罰を受ける可能性が……? いやしかし、それが肉体的に苦痛を伴うものならば百歩譲って有り……ではない、私だけならともかく、お父様にまで被害が及ぶのは駄目だ」

 

 ぶつぶつと何かを小声で呟きながら俯いていたダクネスは、何かを決意したように顔を上げた。そうして、びしりと指を突き付ける。相手は目の前の三人、正確には、そこにいるカズマだ。

 

「い、今すぐにでも馬小屋生活をやめてもらおう! もし断るのであれば――」

「ああ、今日からやめるぞ」

「――私としても考えが……え?」

「そういう話をしてたんだよ今まさに」

「……そ、そうなのか?」

 

 突き付けていた指がへにょんと下がる。視線を動かすと、皆一様にうんうんと頷いていたので、彼女の表情はぐにゃりと歪んだ。

 

「ダクネス……真っ直ぐなのはあなたのいいところだけれど。もう少し、落ち着いた方がいいと思うわ」

「ぐぅ……! いや、だが、こういう羞恥も案外悪くは……」

「ほんとロクでもねぇなあんた……」

 




例の屋敷がもうちょいかな?


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その15

最初に謝っておきます。

思い切り原作改変しました
すいません


 アメス教会を新たな拠点とした新たな生活も始まった。

 

「では、主さま。行ってまいります」

「おう、いってらっしゃい」

 

 ウィズ魔道具店への手伝いへと向かうコッコロを見送り、カズマは朝の光を浴びながら伸びをした。久しぶりにベッドで寝た気がする。そんなことを思いつつ、さてでは今日は何をするかとそのまま腹を掻きながら部屋へと戻った。その途中、同じように朝食を食べに来たキャルとすれ違い、おー、はー、という謎の挨拶を交わして別れる。

 そして、よし、とベッドに寝転がるとそのまま二度寝した。

 教会生活二日目。

 

「じゃあ、行ってきますね」

「おう、いってらっしゃい」

 

 ギルド酒場の仕事に向かうペコリーヌを見送り、カズマは朝の光を浴びながら伸びをした。昨日は結局ほぼほぼ寝て過ごしてしまった。なので、今日はもう少し違うことをしなければ。

 

「あ、カズマカズマ」

「おうカズマですよ。どうしたキャル」

「前の住人が残してた荷物突っ込んでた倉庫漁ってたら、こんなの出てきたのよ」

「ん? カードゲーム、か?」

「そうそう。ちょっと一戦、やってみない?」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべながらキャルはそんな提案をする。あの笑みは、間違いなく彼をボコして悦に至ろうとしている笑みだ。それをカズマも分かっているので、彼女の持ってきたカードを確認しながら、断りの返事を。

 

「……いや。いいぞ、やってやろうじゃないか」

 

 気が変わった。このカードを見る限り、恐らく自分のカードゲーム知識が普通に通用する。基本的なルールをキャルから聞くと、既に用意してあったらしい彼女のデッキ以外のカードを使って自分用のそれをでっち上げた。

 

「よし、じゃあやるか」

「ふふん。吠え面かかせてあげるから」

 

 自信満々にカードをシャッフル。ドヤ顔のままデッキからカードを引く。そして余裕の表情で先攻のキャルがカードをプレイ。

 そんなやりとりで始まったゲームは、勿論。

 

「何でよ!? あんたそれおっかしいんじゃないの!?」

「はぁ? なにいってんのおまえ? これはちゃんとルールに則った勝ち方だろうが」

 

 こんもりと手札を握らされたキャルが吠える。それに対し、カズマは鼻で笑いながらそう返した。デッキが無くなれば敗北、ルールとしては間違っておらず、彼の言うことは間違いではない。

 

「そういう問題じゃない! 何よ「とりあえず二千枚くらいカード引いてもらおうかな」、って。出来るわけないでしょうが!」

「そうだな。そして、出来ないからお前の負け」

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 こんちきちぃ、とカードを机に叩きつけたキャルは、もう一回だと指を立てた。今度はカズマの方がドヤ顔で、彼女をボコしてやろうと笑みを浮かべている。何度でも挑戦を受けてやろう、そんな悪役のような宣言をしながら再戦をして。

 

「あぁぁぁぁぁ! もぉぉぉぉぉ!」

「おいおいキャルさんよぉ、そんなちょっとロックされたからって叫ぶんじゃない」

「毎ターンドローも出来ずにエンド宣言しか出来なきゃこうなるわ! 何なの? ふざけてんの?」

「至って大真面目にロックデッキ作りましたが何か?」

「きしゃー!」

 

 飛びかかってきたキャルをバインドで拘束し床に転がしたカズマは、他にも何かないのかと件の倉庫へと向かうため立ち上がる。カードで勝てないからリアルファイトとか、そういうのはゲーマーとして恥ずべき行為だ。ふ、と薄く笑いながら彼はそのまま部屋を出ていった。

 

「え? ちょっと! 縄解いてからいきなさいよ! あたしも、あたしも探すの手伝うから! カズマ、カズマ!」

 

 ジタバタと悶えるキャルはそのまま残された。

 

 

 

 

 

 

 そして三日目。

 

「カズマ」

「ん?」

「あたし思ったの。ひょっとして自分達はダメ人間じゃないかって」

 

 昼近くまで寝ていた二人は、起きたら食べてくださいという書き置きが残されたおにぎりを頬張りながらそんな話をしていた。確かに見送りすら出来ないのは致命的かもしれんな、とカズマは彼女の言葉に一部同意する。

 

「そこは問題じゃない! あ、いや、確かにコロ助やペコリーヌの見送りくらいはやらないとマズいわね」

 

 うーむ、と暫しそんなことを考えていたキャルであったが、それは今どうでもいいと一人でツッコミを入れた。そうした後、はい今日の予定とカズマへ指を突き付ける。

 

「寝る」

「ダメ人間じゃない!?」

「いやそう言われてもな。こうしてきちんとした場所で寝れるって素晴らしいことなんだぞ」

「あんたついこの間教会に住むのはちょっとって言ってたじゃないの……」

 

 はぁ、とキャルは溜息を吐く。手に残っていたおにぎりを口に突っ込むと、とにかくこれ以上ここでダラダラしているのは駄目だと言い放った。次いで、口にもの入れたまま喋るな行儀悪い、と指摘された。

 

「で、一体何をさせる気だ? 俺に労働させたかったらそれなりの覚悟を持てよ」

「そろそろユカリさんが昼間から麦しゅわ摂取するタイミングじゃないかしら」

「よし出掛けるか、たまには外の空気を吸わないとな。決して麦しゅわガンギマリ状態のユカリさんが鬱陶しいと思ったわけじゃないぞ、ほんとだぞ?」

「こいつ……」

 

 そう仕向けたのは自分なのだけれど。そんなことを思いつつ、テキパキと準備をするカズマを見ながら、キャルも自身の身だしなみを整えようと席を立った。

 そうして暫く後、ここ数日のほぼ寝間着でだらけていた状態から普段通りの服装となった二人は、ではどこへ行こうかと教会から出たすぐそこで立ち止まっていた。

 

「ノープランかよ」

「うっさい。でもまあ、適当にぶらぶらするのもあり、かな?」

 

 んー、と顎に手を当てながらキャルがそう呟く。カズマはそんな彼女の提案に、めんどいと一言で切って捨てた。一人でぶらぶらするのならばともかく、誰かとぶらぶらとか色々考えることが出来てしまう。

 

「そもそも、俺とお前でどこかにぶらぶらとか絶対意見合わんだろ」

「……それもそうね」

 

 そうなると。再度考え込んだキャルは、結局ギルドへと向かうことを提案した。もういっそ何か適当な軽いクエストでも受けて時間を潰そう。そういう腹積もりである。

 行ってもいいが俺は見てるだけだからな。そう宣言して彼女と同行したカズマは、そのままギルドの酒場へと足を踏み入れる。テキパキと仕事をしているペコリーヌと、それを何とも言えない表情で見守っているダクネスの姿が視界に入り、思わず表情をうげ、と歪めた。

 

「どうかしたの? ……ああ、あのクルセイダーか。確か、ダクネスとか名乗ってたわね」

「絡まれると厄介だ。帰るか」

「何かしら理由をつけて帰ったところでユカリさんに捕まるだけよ。ほら、諦めて何かクエスト見るわよ」

 

 ぐいぐいと引っ張られ、カズマは無理矢理クエストボードの前に押し出される。面倒くさそうな顔を隠そうともせず、そこに貼ってあるクエストを適当に流し見していた彼は、よし何もないとあっさり見るのをやめた。勿論隣のキャルに睨まれた。

 

「いや本当に何もないぞ。こないだのあれ騒動のせいか、ちょっと依頼の条件厳しくなったんじゃねぇの?」

「……適当なこと言ってるわけじゃないみたいね」

 

 カズマと同じように貼ってあるクエストを眺めて、ふう、と小さく溜息を吐く。どうやら目論見が外れ、一気にやる気が失せたようだ。もう今日は酒場で暇潰そうかな、そんな呟きがカズマの耳に届く。

 そうしろそうしろ、と返しながら、彼はもう一度クエストボードを見た。普通のクエストはほぼ全滅、残っているのは終わりがあるのかないのか分からないような代物ばかり。

 

「なあ、キャル。このデストロイヤーってのは何だ?」

「あんた知らないの? 機動要塞デストロイヤー、巨大な蜘蛛みたいな形をした、滅びた国の暴走したゴーレムよ。そいつが通った後にはアクシズ教徒くらいしか残らないって言われてるわ」

「アクシズ教徒ってのはよく分からんが。そいつの進行方向予測の偵察が貼ってあるのはあれか? こっち来るかもってことか?」

「その手のクエストは多分どの街にも貼ってあるやつでしょ。大して気にすることもないわよ」

 

 ほんとかよ、と訝しげな表情でキャルを見る。こいつがこの手の話をした場合、高確率で裏目に出るような。そんなことを考えつつも、確かに気にしていてもしょうがないと視線を外した。

 と、そこで気が付いた。どうやら同じようにクエストを眺めている冒険者がいたらしい。いつのまに、と思いながらもカズマはそこに立っている人物を見る。

 いかにも魔法使いといった帽子を被り眼帯をつけた紅い瞳の少女と、ゆったりとしたローブを来ても尚分かる豊満な肉体を持った美女。そんな二人組がクエストボードを一通り眺め、ふう、と息を吐いている。

 

「碌なクエストがないわね」

「普段クエストを殆ど受けないので分かりませんが、まあ師匠が言うのでしたらそうなのでしょう」

 

 美女の呟きに、眼帯の少女がそう返す。やっぱり慣れないことをやろうとするのが間違いなのだ、と少女が続け、確かにそうねと美女も頷いていた。

 そうしてクエストボードから視線を外した二人は、思わずガン見していたカズマと目が合った。二人揃って目をパチクリとさせ、次いで何か用なのかと問い掛ける。

 

「お気になさらず」

 

 真顔でそう言い切ったカズマに、二人の動きが一瞬止まる。が、まあこの手の変人はアクセルには腐るほどいる、とすぐに流した。

 

「とりあえず昼食でも食べて、それから考えましょうか、めぐみん」

「そうですね、師匠」

 

 踵を返し、そんなことを言いながら二人は酒場の方へと向かう。そこで気になる単語を耳にしたカズマは、思わずそれを呟いていた。

 めぐみん。それは確か、BB団の団員ゆんゆんが友達なのか自信がないので断言できないけど一応そうだといいなとか抜かしていた人物ではなかったか。

 

「私の名前が何か?」

「ああ、いや。ちょっと知り合いがその名前を出していたから」

 

 くるりと振り返り、めぐみんと呼ばれた少女がカズマを睨む。不機嫌そうであったその顔は、しかしカズマの言葉で何だそういうことでしたかと和らげられた。そうした後、今度は興味深そうに彼を見やる。めぐみんのその様子を見て、美女の方もカズマへと振り返っていた。猫を思わせる黄色い瞳を、彼女と同じように彼に向けている。

 

「あなた、ゆんゆんの友達?」

「いえ。知り合いです」

「そ、そう……」

 

 そこ否定しちゃうんだ、と美女は少しだけ引く。対するめぐみんは、まあゆんゆんですからそんなものでしょうと一人納得していた。

 そんな辺りでキャルがカズマの足を踏む。何やってんのよとジト目で彼を睨み、すいませんでしたと一言述べそこから離れようと。

 

「ちょっと待った。どうせなら、一緒に食事でもどうかしら?」

 

 そんなキャルを引き止めるように、美女は薄く微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「はい、じゃあ今日のランチですね」

 

 テーブルに四つのランチを置く。そうしながら、珍しい組み合わせですねとペコリーヌが四人を見た。座っているのはカズマとキャル、そして先程の二人だ。

 

「え? 何ペコリーヌ、この二人と知り合いなの?」

「そうですね。ギルドでクエストは受けませんけど、酒場へ食事には来ますから」

 

 そんなに頻度は高くないけれど。彼女の言葉に補足するように美女が苦笑し、改めて自己紹介でもしましょうかと対面の二人を見た。

 では私から、とめぐみんがコホンと咳払いをする。そして、立ち上がると持っていた杖をくるりと回転させた。あ、これ知ってる。カズマは何となくこの先を察した。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とする、紅魔族随一の爆裂魔法の使い手なり!」

「やっぱり」

 

 目が赤いし、ゆんゆんの友達? の時点でそんな気はしていた。隣を見ると、まあそうだろうなという顔でキャルがめぐみんの名乗りを聞いている。

 そうなると、と彼はめぐみんの横にいる美女を見た。彼女の目は赤くない。紅魔族ではないのならば、彼女の自己紹介は普通のものになるはず。

 

「我が名はちょむすけ。爆裂魔法の伝承者にして、怠惰と暴虐を司る女神なり……」

「あんたもやんのかよ!」

 

 しかもすげぇ名前だったぞ。そんなことを思いながら、美女、もといちょむすけを見やる。どう考えても名前間違ってるだろ、もう一度そんなツッコミを心中で行い、気持ちを整えた後に極々普通の自己紹介を行った。キャルに至ってはもう短く簡潔に一言述べたのみである。

 

「……で、一体俺達に何の用なんです?」

「どっちかというとそれはこちらのセリフだと思うの……」

 

 お互いの名前も知ったところで。カズマは奢りのランチを遠慮なく食べながらそんなことを言い出した。ちょむすけは呆れたように溜息を吐き、キャルも同意するようにうんうんと頷いている。唯一めぐみんだけは、何かを見定めるようにじっとカズマを見詰めていた。

 どうしたの、とちょむすけは彼女に問い掛ける。それに対し、めぐみんはまあ大したことではないんですがと前置きした。

 

「彼を所長の実験動ぶ――もとい、協力者に推薦するのはどうでしょう」

「おいこら今実験動物って言いかけたな」

「……? ネネカの満足するような何かがあったかしら?」

 

 ちょむすけはまじまじとカズマを見る。どう考えても、彼を連れて行ったところで『真似る価値もない相手』という判定を貰うようにしか思えない。

 彼女がそんな感想を持ったことを覚ったのだろう。めぐみんは口角を上げながら、だからこそですと返した。

 

「こんなに酷い冒険者久々に見ました。これはある意味貴重な存在です」

「おい喧嘩売ってんなら買うぞ眼帯ロリ」

 

 あー、昼ごはん美味しい。そんなやり取りを見ながら、キャルは一人それを視界に入れずに食事を続けていた。

 現実逃避とも言う。

 




爆裂魔法が使える人がこれで四人(含ネネカ)


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その16

そういえばちょむすけ関連もネタバレ注意にした方がいいのかな?


 紆余曲折の結果。臨時で四人パーティーとなった面々は、とりあえずクエストになるほどではないが討伐すれば報酬が出る相手、早い話がジャイアントトードを相手取るために草原へとやってきていた。

 

「狙撃」

 

 どす、とカエルに矢が当たる。急所をわざと外しているといわんばかりのそれは、カエルの腹に突き刺さったまま、ジクジクと何かを染み出させ。

 ばぁん、と音を立て破裂した。腹に矢が突き刺さったカエルと、その隣にいたカエルが毒まみれになり、悶え苦しんだ後に絶命する。

 ふう、と一仕事終えた顔をしていたカズマは、どうだと言わんばかりに後ろにいる三人へと向き直った。

 ドン引きである。

 

「え? 何あれ? え?」

「《狙撃》に複数のスキルを組み合わせているのね……」

 

 理解が追いついていないらしいキャルと、ある程度は分かったちょむすけ。そして、何も言うことなく立っているめぐみん。

 そんな三人を見て、カズマはおかしいぞと首を捻った。ここは、「何という機転でしょう、冒険者としての力を利用した、主さまらしい見事な戦い方です」と称賛してくれても。

 

「それコロ助だけだから。普通はね、《冒険者》がそんな戦い方なんかしないのよ」

 

 はぁ、とキャルが呆れたように溜息を吐いた。この間の教会襲撃の際に発想がおかしいのは知っていたが、改めて見せられると若干引く。そんなことを思いはしたが、向こうの二人に比べれば驚きは多少は少ないだろう、と結論付ける。

 つかつかとめぐみんがカズマに近付いた。少し尋ねたいのですが、と前置きして、彼女は真っ直ぐに彼を見る。

 

「職業は?」

「《冒険者》だよ。てかお前、さっきそれで俺を馬鹿にしてただろうが」

「違います。私はあくまで、大きな意味での冒険者のつもりで言っていました。本当に最弱職の《冒険者》なんですか?」

「おう。何ならカード見せてもいいぞ」

 

 ほれ、とカズマは冒険者カードをめぐみんに差し出す。どれどれとそれを受け取った彼女は、職業の部分に冒険者と記されているのを見て本当だと目を見開いた。

 

「って、なんですかこのスキルの量!? 登録だけして覚えていないのが殆どですが、どこをどうすれば冒険者がこんな山盛りにスキル伝授されるんですか」

「ん? いや、基本的に知り合いのスキルを出来るだけ全網羅させてもらってるだけだ」

「アホですか!? アホですね!? アホなんですね!?」

「おいこら。何でそこまで言われなきゃいかんのだ。別にいいじゃねーかよ、覚えられないスキル登録したって」

「いやアホでしょ。職被ってるゆんゆんとかウィズとかユカリさんからのスキルも全部紹介してもらってたじゃない」

「お前は黙ってろ」

 

 うんうんと同意するように頷いていたキャルへとツッコミを入れたカズマは、めぐみんから冒険者カードを取り返すとそれを仕舞う。そうしながら、どこかドヤ顔で彼女を見た。さっきの言葉は覚えているからなと言わんばかりに、上から目線を取った。

 

「それで? 何だったか? こんなに酷い冒険者は初めて見た、だったか?」

「久々に見た、です。いやまあ、ここまでだと初めてと言ってもいいかもしれませんが」

「お前まさか酷いを褒め言葉に使ってないだろうな」

「……まあ、ここまで突き抜けているとそういう意味でもいいような気がしてきましたが」

 

 むむむ、と顎に手を当てながらそんなことを呟くめぐみん。そのまま暫し考えていたが、まあいいと気を取り直し、ぺこりと頭を下げた。さっきの言葉を訂正し、謝罪すると言ってのけた。

 

「何かやけに素直だな。俺の知ってるアークウィザードってもっとこう」

「それは多分アクセル変人窟に毒されてるわ」

 

 訝しげなカズマにちょむすけからのフォローらしきものが入る。そうだろうかと彼女の言葉で少し考え込んだものの、キャル、ゆんゆん、ウィズ、そして今回のめぐみんとちょむすけを踏まえても同意は出来そうになかった。

 

「ここに来てそう経ってないけど、五人に出会って全員そこまでだぞ? 何かもっと他の参考になりそうなアークウィザードはいないのか?」

「後ここで有名なのは私達が所属する町外れにある研究所の所長くらいですね。言っておきますが私や師匠と比べ物にならない変人ですよ」

 

 カズマの言葉にめぐみんがそう返した。はぁ、と溜息を吐いていることから、まず間違いなく駄目な部類だと判断できる。なんだやっぱりそうじゃないかと彼の中でアークウィザードのイメージが確定となった。

 

「というか、その所長ってめぐみんが俺を実験動物として提供しようとした相手だろ? どう考えてもヤバい奴じゃん」

「あー、いや。悪い人ではないんですよ? 私がこうして師匠と爆裂道を歩めているのも、所長が紅魔族を実験しようと里に来ていたからですし」

「はいアウトー! 何か良い話風にしとけば不穏な単語スルー出来ると思うなよ」

 

 決めた。その所長とやらには会わない。決意を固めたカズマであったが、彼はすっかり忘れている。絶対に見る機会を作らないでおこうと思っていたドMの共演をえらくあっさりと見てしまっていたことに。

 

 

 

 

 

 

 それで結局さっきのはどういう原理なのだ。話を元に、あるいは発展させたそれについて、カズマはどこか勝ち誇った顔で胸を張った。どうやらアークウィザードが三人揃っても分からなかったようだな、とドヤ顔をした。

 

「まあ、毒矢にブービートラップ仕込んで発射しただけなんだけどな」

「ちょっと何言ってるか分かりません」

「毒矢そのものに《ブービートラップ》を掛けておけば、設置した後触れられるって手順踏まなくても何かに当たればその場で発動するんじゃねって」

「酷い」

 

 その結果があの矢が毒を撒き散らす光景である。どちらかというとああいうのは魔王軍とかそういう悪側所属の存在がやるやつではないだろうか。そんなことを思ったキャルは短く一言で簡潔にまとめた。

 そしてちょむすけは、その説明を聞いて成程と頷く。そうしながら、カズマの顔をまじまじと見た。

 

「えっと? ちょむすけさん? どうかしました?」

「……あなた、実はスライムが擬態とかしてたりしない?」

「失礼極まりないな!」

 

 よりにもよってそんなモンスターと一緒にしやがって。そんなことを思いながら憤るカズマであったが、キャルがやれやれと肩を竦めながらこいつはそこまで上等じゃないと言い放ったことで矛先が移動した。

 スライム以下だと言われたのだ。カズマにとって、様々なゲームでザコ敵として出てくるあのスライムよりも下だと。

 

「だってそうでしょ? 擬態出来るスライムってそこそこ上級なやつじゃない。物理も魔法も効きにくくて何でも食らう、かなりの強敵よ」

「一度張り付かれたら消化液で溶かされたり窒息させられたりしますからね。厄介な相手です」

「マジかよ……」

 

 なにそれ怖い。そんなことを思いながら、カズマは某クエストのあれとは違うということを認識してげんなりした。スライムと聞いても油断しないようにしよう、と思い直した。

 そしてふと気付く。人に擬態するスライムの特徴。物理や魔法に強く何でも食らう、そして相手を窒息死させる。

 

「……心当たりがあるぞ。そうか、あいつの正体は人に化けたスライム……」

「あら、心当たりがあるの?」

「ああ、物理や魔法に強く、何でも食う……そして、あれに挟まれたら間違いなく窒息死する。条件を全て満たすんだ」

 

 おいっすー☆と笑う一人の少女を思い浮かべる。成程、何か厄ネタを抱え込んでいるかとは思ったが、まさかそんなだとは。何かのピースがかっちりとはまるように、彼の中で点と点が一つの線へと。

 

「カズマ、親切心で言ってあげるわ。それは絶対に違うから、絶対に、ぜーったいに他の人の前で言うんじゃないわよ。死にたくなければね」

「お、おう……?」

「あら、でもスライムの擬態って、ものによっては食った相手に化けるから間違いとも」

「相手が魔王軍の幹部とかじゃない限り、あいつがスライムに負けるわけないわ」

「随分と評価しているのですね、その人を」

「……まあね」

 

 ふん、とそっぽを向くキャルをどこか生暖かい目で見ながら、めぐみんはちょむすけを見る。そういうことなら多分違うわねと頷いた彼女は、変なことを言ってしまってごめんなさいと頭を下げた。

 

「まあ、一応魔王軍の幹部にデッドリーポイズンスライムはいるけど……この街にそいつの気配はないものね」

「名前からしてやばそうだな」

「そうね。出会ったら逃げた方がいいわ、触れたらまず即死するもの」

「即死……」

 

 うげぇ、とキャルの顔が歪む。カズマは迷うことなくそんなものとは戦わないと答え、気を取り直すようにこちらへとやってくるカエルに狙いを定めた。今の会話で少し思い付いたことがあったからだ。

 

「《クリエイト・アース》に、これを混ぜこぜして、よし、《クリエイト・ウォーター》で発射!」

 

 水によって泥と化したそれがカエルへと勢いよく飛来する。びしゃりとカエルの顔面に張り付いたその泥は、あっという間にどす黒い色へと変わって。

 

「……あなた、実はハンスが化けてない?」

「いや誰ですか」

 

 毒泥団子をぶつけただけで何故そんなことを言われなければいけないのか。カズマはやれやれと頭を振り、同意を求めるようにキャルへと視線を動かした。何で毎回毎回毒殺しようとしてるのよ、とジト目で見られたので誤魔化すように咳払いをした。

 そうしながら、更に追加で来たカエルに向かい、攻撃を。

 

「……あ、魔力切れた」

「早い!」

「しょうがねぇだろ、組み合わせると燃費悪くなるんだから。元々の魔力も少ないしな」

「何でそういうところは普通に《冒険者》基準なのよ……」

「はぁぁ!? 文句あるならお前がやれよ。最近ロクに活躍してないアークウィザード(笑)さんよぉ!」

「なっ、アンデッドの時ちゃんと戦ってたじゃない! 大体それならペコリーヌの方がよっぽど暇してるでしょ」

「お前人に責任転嫁するのは良くないぞ」

「どの口が言うか!」

 

 ギャーギャーと言い争うカズマとキャルを見ながら、やっぱり違うみたいねとちょむすけが笑う。めぐみんがそんな彼女を少し不安そうに見上げていた。ひょっとして、とその目が訴えていた。

 くすりと笑ったちょむすけは、そんなめぐみんの頭を撫でる。心配しなくても大丈夫、と微笑みかける。

 

「魔王軍幹部ウォルバクはもういないわ。ここにいるのは、あなたの爆裂魔法の師匠、ちょむすけよ」

「し、心配なんかしてませんよ……! 私はただ、そう、ちょっと爆裂魔法を撃ちたいので許可が欲しかっただけです!」

「そう。じゃあ、やってちょうだい」

 

 あの二人は言い争いに夢中でジャイアントトードのこと忘れているみたいだし。微笑みながらめぐみんの背中をポンと叩いた彼女は、一歩下がって弟子の魔法を見守る体勢に入る。

 真っ直ぐに目の前を見る。突っ込んでくるカエルと、その後方にもいるカエル。この季節ならわらわらといるそれらを見据えながら、めぐみんは己の瞳を紅く光らせながら杖を構えた。

 

「では、行きます。見ててください師匠、今日の! 爆裂!」

 

 彼女を中心に魔法陣が展開される。強力な魔力を漂わせたそれは、カズマとキャルが思わず言葉を止めてそちらを見てしまうほどで。

 え、これやばくない? そんなことを言いながらキャルを見たカズマは、既にそこに彼女がいないことを確認すると視線を巡らせた。盛大に距離を取って逃げる彼女を発見し、成程、と一人彼は頷く。

 

「《エクス――」

「おっ前! 待ちやがれぇぇぇぇ!」

「――プロージョン》!」

 

 爆風で盛大に転がりながら、そうかこいつらがあの時の、とカズマは大分どうでもいいことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「へっくしゅ」

 

 酒場でくしゃみをあげたペコリーヌは、ごめんなさいと謝りながら注文をどうぞとお客に問い掛ける。そんな彼女を物凄く複雑そうな顔で見ていたお客、ダクネスは、飲み物を頼むと溜息を吐いた。

 

「本当に、大丈夫なのですか?」

「大丈夫ですって。もう、心配性ですね」

 

 そうやって言う彼女は笑顔。そこに取り繕いは何もない。それならいいんですと再度溜息を吐いたダクネスは、だとしてもと眉尻を上げた。

 どこの馬の骨とも知れない男と雑魚寝はどうかと思う、と。

 

「駄目でした?」

「駄目に決まってるでしょう! 嫁入り前の、しかも……もう!」

 

 口には出せないので言葉を濁しつつ、彼女はペコリーヌにお説教をする。言い返す言葉は特に無かったため、ペコリーヌとしても素直にごめんなさいと謝るしかなかった。

 まあ、今はちゃんと部屋がありますから。そう言って言い訳するように述べる彼女に、ダクネスは当たり前ですと言い放つ。

 

「それはそれとして。あのカズマとかいう男は、大丈夫なのですか?」

「んー。そうですね、面白い人ですよ。《冒険者》なのに、何だか凄いことやってくれそうな気がしますし」

「いや、まあ確かにその意味もありましたが、そういうことではなく。その……男として、というか」

 

 少しだけ顔を赤くしながらそんなことを問い掛ける。ダクネスのその顔を見てクスクスと微笑んだペコリーヌは、今のところは大丈夫ですよと答えた。別に悪い人でもないですし、とついでに続けた。

 

「そうですか? あの男は出会い頭に私を罵倒するような――んんっ、男ですが」

「ララティーナちゃん、真面目な話するなら控えましょうよ……」

 

 何かを思い出して悶えたダクネスを困ったような顔で見たペコリーヌは、しかし、それも踏まえての評価ですよと言い切った。良い人、と手放しで褒めるような人格ではないかもしれない。けれども。

 

「悪い人ではないんですよ」

「何故、そう言い切れるのですか?」

「そうですねぇ……あ」

 

 んー、と思案していたペコリーヌの視界に見慣れた顔が映る。こっちこっち、とその少女を呼んだ彼女は、これが証拠ですと言わんばかりに笑みを浮かべた。

 

「コッコロちゃん、おいっすー☆」

「はい、ペコリーヌさま」

「ああ、君は、ペコリーヌさんと一緒にいる」

「はい、こんにちは、ダクネスさま」

 

 何故か勧められるまま相席することになったコッコロがペコリと頭を下げ、ダクネスもつられて頭を下げる。そうした後、何がどう証拠なのですかとペコリーヌに目で問うた。

 この娘が一緒にいるんですよ。何故か胸を張ってドヤ顔で、彼女はそう言い切った。

 

「……はぁ」

「信じてませんね?」

「いや、信じるというか、何が何やら」

 

 確かに、見る限り善人の部類であろう。そんな彼女が一緒に行動しているということは、悪人ではない証拠になりうるかも知れない。だが、それは少し根拠として弱いような。

 むむむ、と悩み始めたダクネスであったが、何やら騒がしい声が聞こえてきたことで我に返る。何だ、とそちらを見ると、何故か泥だらけになった先程話題にしていた人物が。

 

「ふざけやがって。覚えてろよ」

「覚えてろもなにも、あの後大して魔力残ってないくせに即魔法使ってあたし泥だらけにしたじゃない! 見なさいよこれ、うー、お風呂入らなくちゃ……」

 

 生乾きの泥を入り口で落としながら、二人はギルドの受付へと向かう。その後ろに少女を背負った美女が続いていた。

 そうして報酬を受け取ったらしい二人はそこで美女たちと別れるとこちらに歩いてくる。どうやらコッコロがいたのを確認していたらしい。が、ここまで来るとダクネスがいることを知りうげ、とカズマが顔を顰める。

 

「ふ、随分な態度だな……ふぅ」

「何なのお前? 何でそこでいきなり興奮するわけ?」

「してないぞ」

「……ああそうかい。まあ俺はお前なんかどうでもいいからちょっとどけ」

「くぅ、このいきなりぞんざいな扱いっ……お前という男は」

「ああもう邪魔だドM!」

「あふぅん!」

 

 遠慮なく押しのけたがビクともしないで悶えるので、カズマは諦めたようにコッコロの隣に座った。キャルもそのままカズマの隣に座る。どうやらあれの横は嫌らしい。

 お疲れさまです、とコッコロが二人に述べる。クエストをこなしてきた二人を労うようなその言葉に、揃って思わず視線を逸らす。純粋なその気持が、どこか心に痛かった。

 

「い、いや。いつも働いているコッコロの方がよっぽど大変だろ?」

「いいえ。冒険者としてクエストをこなしたお二人の方が、わたくしよりもずっと疲れていらっしゃるでしょうし」

「そ、そんなことないわよ? 大したクエストでもなかったし。報酬だってほら、今日の皆の食事代でほとんど無くなる程度よ」

 

 わたわたと彼女に述べる二人を見て、コッコロはくすりと笑った。自分は幸せものだ、と微笑んだ。こうして素晴らしい仲間が自分のことを思ってくれている。今日もこうして自分の食事のために、自らのクエスト報酬を使ってくれるのだ。

 

「ありがとうございます、主さま、キャルさま。お二人に負けないよう、わたくしも精進いたします」

「……俺、明日からもう少し真面目になるわ」

「奇遇ね。あたしもそう思ったところよ」

 

 物凄く神妙な顔で謎の決意を固めている二人を見ながら、ダクネスは成程、と思う。ペコリーヌの言っていた言葉の意味を何となく理解し、一人納得したように頷いた。

 はいどうぞ、と飲み物をペコリーヌが持ってくる。そうして、どうですか、と彼女に問うた。

 

「わたしの自慢の、パーティーメンバーですよ」

「……そうですね」

 

 そう言って胸を張る彼女を見ながら、ダクネスは苦笑しつつカップに口をつけた。

 




ミツルギどうするかなぁ……


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その17

スキル名をプリンセスナイトにするのもなぁ、と思ったんであえて名前を出さない


「はい、久しぶり」

「――へ?」

 

 ガバリと起き上がったカズマは、そこが先程まで自分がいた場所とは違う空間だと気付いて目を見開いた。そして同時に、目の前にいる存在がどんなものかも。なにせ、一度出会っているのだから。

 そう、己が死んでしまった時に。

 

「俺、死んだの?」

「その時はエリスっていう女神が案内するから、違うわよ」

 

 目の前の少女の姿をした存在に、アメスにそう言われて胸をなでおろす。とりあえず死んだわけではないということだけ分かれば一安心だ。

 そこまで考え、本当に一安心なのかと思い至った。視線を彼女に向け、なんで自分はこんな場所にいるのかと問い掛ける。

 

「今ちょっと気絶してるから、丁度いいって呼んだの」

「軽いな女神様」

 

 そうツッコミを入れたものの、気絶という単語に眉を顰める。記憶を辿ってみるが、どうにもおぼろげではっきりしない。

 確か、何か黒い布を見たような。

 

「まあ、向こうでのトラブルには関与しないから、そこは頑張んなさい」

 

 こほん、と咳払いをする。ダウナー系の無表情はそこまで変わっていないが、その口元は僅かに上げられていた。

 

「佐藤和真さん。むこうで、随分と頑張っているようね」

「お、おう? 俺ってそんな頑張ってたっけ?」

「まさかアクセルの街にアメス教会が出来るとは思ってもみなかったわ」

 

 ああ、そのことかと手を叩く。別にあれはなんか知らないうちにそうなっていただけで、別に自分の頑張った結果ではない。が、とりあえず自分の成果だと言われたからにはそういうことにしておこうとドヤ顔を決めた。それほどでもないですよ、といけしゃあしゃあと言い放った。

 

「それで、教会も出来て、少しずつアメスの名前が知られてきたのよね」

「いやぁ、頑張った甲斐がありましたね」

「ええ。コッコロたんは凄くよくやってるわ」

「おい今『たん』って言った?」

 

 そういう人なの、と思わずカズマが後ずさる。そんな彼を見ながら、大事な信徒なんだから当然でしょうと言い切った。そう言われるとそうかもしれない、とちょっぴりカズマは日和る。

 話を元に戻す。そんなわけで、とアメスはカズマに笑みを浮かべた。

 

「あんたの加護を、強化できるようになったの」

「……おお、これはひょっとして、ファンタジーによくあるパワーアップイベント……!」

「まあ概ねそういう感じで構わないわ」

 

 そういうわけで、とアメスはカズマの胸に手を添える。これでよし、と彼本人は何の感覚も得られないまま、アメスは満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、そろそろ起きるみたいだから。頑張ってね」

「いやちょっと説明何も受けてないんですけど!? チュートリアルはもう少し親切に!」

「冒険者カードにスキルが載っているから、そこの説明を読んでちょうだい」

「投げやりだな! ちょっとアメ――」

 

 ガバリ、と起き上がった。場所はここ最近見慣れた教会の一室。視線を巡らせると、心配から安堵に変わった表情のコッコロとペコリーヌが。そして、バツの悪そうに、それでいて機嫌が悪そうで、それでも心配そうな顔で立っているキャルの姿も見える。

 

「主さま! よかった……」

「コッコロ、俺は……?」

「カズマくん、頭は大丈夫ですか?」

「何でいきなり罵倒されにゃいかんのだ!?」

「そうじゃなくて、頭、コブとか出来てません?」

「へ?」

 

 ペコリーヌの言葉を聞いて頭を擦ると、確かに後頭部が膨れている。いうほど痛みはないが、しかし強打したことは間違いなさそうだ。となると、気絶していた原因はこれで。

 そして何故そんなことになったのか、といえば。

 

「ああ、そう言えばキャルのパンツスティールしたんだったか」

「……何よ。あたしは謝らないからね。あんたがあんなことするから」

 

 むすー、とした表情のまま、キャルはカズマに近付いていく。それで、大丈夫なの? とペコリーヌと同じような言葉を紡いだ。

 

「……そうだな。ちょっと女神様と会話したくらいで後は何もないぞ」

「――っ」

「コッコロちゃん!? 大丈夫ですよ! ほら、カズマくんピンピンしてますから!」

 

 ふ、とコッコロがノーモーションで倒れた。それを慌てて抱きとめたペコリーヌは、彼女の頬をペチペチさせながら必死で呼びかけている。

 流石のカズマも軽口でコッコロが倒れたとなれば一大事、急いで立ち上がると彼女の手を取り大丈夫だと声を掛けた。

 

「ほ、んとう、ですか……? 主さま」

「ああ。ほれこの通り」

 

 そう言って笑いかけると、彼女はホッとした表情で立ち上がる。目に見えて狼狽えているキャルの姿が見えて、大丈夫ですからと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 コッコロも落ち着き、そしてカズマも段々と思い出してきた。確かあれは、と棚を見やる。

 

「あそこの上の荷物を取るのが面倒だからって《スティール》したんだったな」

「そうしたら、たまたまキャルちゃんがそこを通りかかって」

 

 不幸な事故であった。とりあえずカズマはそういうことにしておく。ともあれ、突如スカートの中身が消失したキャルがパニックを起こし犯人に向かって手当たりしだいに物を投げ。

 クリーンヒットした結果後頭部を強打し失神した。そう、不幸な事故であった。

 

「何にせよ、主さまが無事でよかった……」

 

 若干涙目のコッコロを見ていると、なんだか自分が極悪人のように思えてくる。とりあえずあの程度を横着するのはやめておこうと心に決めた。

 そうしながら、そういえばと右手を見る。確か気絶するまで自分はキャルのパンツを握りしめていたはずだ。そこまで考え、死亡フラグが立ちそうなので振って散らした。

 あ、と声を上げた。自身の冒険者カードを取り出すと、スキルの一覧から覚えているものだけをピックアップする。その中に、見覚えのないものが一つ見付かった。

 

「どうしたのよ、いきなり」

「いや、さっき女神様に会ったって言っただろ」

「またコロ助が倒れるわよ……」

「まあ聞け。その時に、俺に新たな力を授けると言ってくれたんだ」

「ペコリーヌ、病院の手配お願い」

「ユカリさんがいますから、すぐ診てもらいましょう」

「主、さ、ま……」

「待て待て待て! これ見ろって! ほら、本当だろ!?」

 

 頭おかしくなった。そう判断した三人がカズマを診てもらおうと行動をし始めたので、慌てて止めると自身のカードを突き付けた。そこに書いてあるスキルを見せて、ほらどうだと言い放つ。

 

「ほんとだ、見たことないスキルね……」

「素晴らしいです、主さま」

 

 へー、と単純に驚いたリアクションをするキャルと、褒め称えてくれるコッコロ。そんな二人とは違い、ペコリーヌは首を傾げていた。どうしてカズマなのか、と。

 

「これ、見る限りコッコロちゃんが信仰してるアメス様の加護ですよね? カズマくんって、いつの間にアメス教徒に?」

「いや、別に俺は違うぞ。ただ、俺が……」

「俺が?」

「選ばれし者だからだな」

 

 沈黙が降りた。あーはいはい、とまともに聞く気のないキャルはうんうんと頷いているコッコロをよそに部屋を出ていくことにする。頭ぶつけたんだから安静にしときなさいよ、と去り際に言い捨てていくのが何とも彼女らしかった。

 

「じゃあ、わたしもそろそろ部屋に戻りますね」

「流したな? 思い切り流したな!?」

「わたくしは知っております。主さまがアメス様に選ばれしものだと」

 

 分かってくれるのはコッコロだけだ。つい思わず彼女の胸へと誘われるように向かい、そしてハグされよしよしと撫でられる。その一連の行動をするコッコロは非常に満足そうであった。

 大丈夫そうだな、とペコリーヌもキャルに続いて部屋を出て自室へと向かう。そうしながら、彼の言っていた言葉を少しだけ考えた。女神に選ばれたもの、それは確か、王宮でもよく言われている勇者候補と呼ばれる者達で。

 

「……もしそうだったら、やばいですね☆」

 

 ふふ、と笑顔を浮かべ、ペコリーヌは鼻歌を歌いながら自室までの道を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 そんな事があった二日後。ちょっと頼みたいことがあるのとシラフのユカリがやってきていた。麦しゅわならないですよ、というカズマの言葉に、そっちじゃないと唇を尖らせる。

 

「もう、真面目な話なのよ」

「俺も真面目に言ってますが何か?」

「うぐ……そりゃ、ちょこちょこ仕事サボってここに来て麦しゅわ飲んでるのは認めるけど」

「ユカリさま。この間、魔道具店にてアキノさまが捜しておられましたが」

「その時は非番だったもの……アキノさんの無茶振りに付き合う理由もなかったし」

 

 目を逸らしながら、まあいいじゃないかとそれらを流した。そんなことより、頼みたいことがあるのだ。そう言って改めて一行を見る。

 一枚の紙を取り出すと、それを机に置いた。何だ何だとそれを覗き込むと、どうやらクエストの説明らしきものが書かれている。内容は、湖の浄化。

 

「これは、確か以前に見たことが」

「あー、そういやあったっけか」

 

 何となくおぼろげだが、言われてみれば。そんなことを思いながら、それがどうしたんだとユカリに尋ねた。尋ねはしたが、わざわざ持ってくるということはそういうことなのだろう。色々察しつつカズマは彼女の言葉を待つ。

 

「実はね。受けてくれる人がいないからって、教会のプリーストが持ち回りでやることになっちゃったんだけど、エリス教とアクシズ教がやり終えた後に」

「アメス教にも、ですか」

 

 コッコロの言葉に、ユカリがコクリと頷く。ぽっと出の教会に無茶なことを、と抗議をしたものの、街の貢献は教会ならば当たり前のことだと返されてしまい、渋々ながら了承する羽目になったらしい。

 

「エリス教会一つ潰して作ったから、結構風当たり強いのよねぇ」

「それは……」

「いーのいーの。割とすぐに浸透して、信徒も増えてきたからやっかんでるのよ。特にアクシズ教が」

「何かちょくちょく聞くけど、そのアクシズ教って? あんまり良い話聞かないが」

「はぁ? 悪い話しかないわよ。好き勝手に生きて、別の宗教に嫌がらせして、それで最後は誰かのせいにして……」

「キャルちゃん……?」

 

 あからさまに嫌そうな顔でそうぼやくキャルを、ペコリーヌがどうしたのだと見やる。は、と我に返った彼女は、なんでもないと視線を逸らした。そんなことより話の続きだと強引に今の自分の発言を消し去る。

 まあ言いたくないのなら、とユカリも話を戻す。他の三人もそれに習い、特にカズマは完全に聞かなかったことにしていた。

 

「この浄化を、手伝って欲しいの」

「わたくしは構いませんが、その」

「コッコロがやるなら俺は反対しない」

 

 毎度のやり取りとも言えるそれを聞いて、キャルもはぁ、と溜息を吐く。何だかんだで世話にはなっている以上、こういう時に断る気もない。そうは思ったが、正直自分が手伝えることなどないような。隣を見ると、ペコリーヌもわたしやれることありますかと首を傾げている。

 

「汚染された湖にはブルータルアリゲーターが住み着いちゃったのよ。だから」

「護衛ってわけね。いいわよ」

「任されました」

 

 浄化をしている間は無防備。なので、何かあった時に守ってもらえる存在がいると心強いというわけだ。それくらいなら問題ない、とキャルもペコリーヌも二つ返事でそれを受ける。

 ありがとう、とユカリは笑顔でお礼を述べ、それじゃあ早速向かいましょうと皆を促した。あまりにも急だったので一行は一瞬呆気にとられたが、まあ水源に関係するのならば急いだ方がいいのも事実。途中ギルドに寄ってクエストの手続きとアルバイトを休むことを伝え、そのままの足で街から少し離れた場所にある湖へと向かった。

 成程確かに水は濁り淀んでおり、これである程度浄化をした後なら元々はどのくらいだったのだろうと思わず顔を顰めてしまうほどだ。

 

「まあ、元々持ち回りでやることだし、私達が浄化し終える必要もないわよ」

 

 だからそう身構えなくて大丈夫、とユカリはコッコロに述べる。はい、と頷いてはみたものの、彼女は目の前のこれを途中で放置して帰ることを許せそうになかった。

 

「それで、どのくらい浄化するんですか?」

「そうね……向こうは八時間くらいとか言ってたけど」

「なげぇよ!」

「あっちは数がいるから持ち回りだからね。私達は二人だけだし、まあ二・三時間で丁度いいわよ」

 

 それでも長いな、と思いながらカズマは二人が湖に近付いていくのを眺める。キャルとペコリーヌは湖にいるブルータルアリゲーターが出てきた時のために警戒をしつつ、少し離れたところから同じように見学をしていた。

 ふと、カズマは思う。冒険者カードを取り出し、あの時のスキルをもう一度確認すると、これは丁度いいんじゃないかと口角を上げた。

 

「おーい、コッコロ、ユカリさん」

「どうされました? 主さま」

「何か問題でもあったの?」

「いや、ちょっと試したいことがあるんだが、いいか?」

 

 やけに自信満々でそう述べるカズマを見て、ユカリは怪訝な表情を浮かべた。向こう側のキャルとペコリーヌも、何をやる気だという目で彼を見ている。つまり、これは彼の独断。

 

「分かりました。どうぞ、主さまのお好きになさってください」

 

 とはいえ、コッコロが了承したのならばこちらとしても無理に断る理由もなし。もし本当に、どうしようもないことだったのならば、コッコロはちゃんと断るはずだ。多分、きっと。

 よし、とカズマが気合を入れた。確かこうしてこうやって、と対象を決めるようにコッコロとユカリを視界に入れると、右手を突き出し目を見開く。

 

「っ! これは……!」

「な、何!? これ」

 

 瞬間、コッコロとユカリは自分の能力が急激に跳ね上げられたのを感じた。プリーストの使う支援魔法とは違う、まるで自分自身が底上げされるような感覚。まさしくこれは、神の如き。

 そのまま湖に浄化魔法を行う。底上げされた二人の魔法は、水の淀み濁りを塗り替えるようにきれいな水へと変えていった。力の底上げは程なくして終わったが、短時間でもその効果は驚きを隠せない。

 

「凄い……! カズマくん、こんな力を隠し持って――」

「主さま! 流石です。わたくし、感動いたしま――」

 

 賞賛の言葉を述べながら振り向く。そして、二人は目を見開き言葉を止めた。慌てるようなキャルとペコリーヌも視界に映る。

 それはそうだろう。なにせ。

 

「カズマ!?」

「カズマくん!?」

「主さま!?」

「カズマくん!」

 

 気合を込めたポーズのまま力尽きぶっ倒れているカズマの姿があったのだから。

 




ド、ドラ、ワニゴ~ン(予定)


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その18

ワニゴンさん出番延期で


「んあ?」

 

 視界いっぱいに映るのは空。何故どうしてと思いながらカズマは自身の状態を確認しゆっくり体を起こしたが、物凄くおっくうで、そのまま眠ってしまいたい衝動に駆られるほどだ。

 

「あ、起きたわねカズマ」

 

 そんな彼に気付いたのか、向こうの様子を見ていたキャルが振り向きこちらにやってくる。調子はどう、という問い掛けに、滅茶苦茶だるいとカズマは返した。

 

「まあ、そりゃそうでしょうね。……あんた、魔力ゼロだったもの」

「は?」

「この間のスキル使ったでしょ? あれであんたの魔力が即ゼロになったみたい」

 

 マジかよ、とカズマは己の体を見る。勿論魔力の視認など出来はしないが、しかし自身にそれがあるかないか程度の判断は可能だ。

 無い。これっぽっちもない。動けるようになったはいいが、数値にしてみれば一すらない。

 

「とりあえず使ってみただけでこれかよ……。燃費悪いってレベルじゃねーな」

「使ってみてそれが分かったんなら、次からはあんたらしく工夫できるんじゃないの?」

「やけに持ち上げるな。どうしたキャル、気持ち悪いぞ」

「一言余計! いや、べつに? あんたのあれ、あたしもちょっと恩恵受けてみたいなーとか、そういうんじゃないんだけど」

「……使った途端にぶっ倒れたからよく分からんのだが、あれってそんな凄いの?」

 

 ううむ、と悩んでいたところにキャルの言葉である。カズマとしては一体どういう効果だったのかすら分からない状態なので、説明を求めたのだが。

 見た方が早い。そう言ってキャルはカズマを起き上がらせると湖の方へと手を引いた。

 その途中に、謎の煙を生み出す土台のようなものが見える。なんだこれ、と彼は怪訝な表情を浮かべた。

 

「……コロ助が何かやってたわ。虫とか何か色々燃やしてた」

「お、おう」

 

 祈祷かなにかだろう。ということは分かったので、それ以上は聞かないことにした。とにかく今はそれよりもスキルの効果だ。

 そうしてのろのろと湖の水面が見える場所まで戻ってきたカズマは、その光景を見て目を瞬かせた。

 

「なあ、キャル」

「何?」

「俺気絶してどのくらい経った?」

「一時間くらいかしらね。コロ助が落ち着くのに三十分は掛かったから」

「……え? 何? 何でこんな水きれい?」

 

 濁り淀んでいた湖の水面は、半分以上がきれいな水へと浄化されていた。これまでエリス教やアクシズ教のプリーストが八時間浄化して薄める程度だったそれを、たった二人が一時間程度で何倍もの成果を上げたとするならば。この二人が規格外であったか、あるいは。

 

「まあ、多分ユカリさんもコロ助も、この街では最上位のアークプリーストだってのは間違いないけど」

 

 視線をカズマに移す。そうしながら、これがあんたのスキルよとキャルは言葉を続けた。

 

「は?」

「どういう理屈かしらないけど、あんたのそのスキル、仲間の能力がとんでもない勢いで底上げされるみたいね。二人の《ピュリフィケーション》でこの状態よ」

 

 効果はすぐに切れたから、その一瞬で完全に浄化とはいかなかったけれど。そう言いつつ向こうを指差す。湖の畔で浄化を行っているユカリとコッコロの姿が見えて、ああ成程とカズマは頷く。二人の方へと近付きながら、彼は自身のそれを考察した。

 効果は恐らくキャルの言う通り、仲間の能力を底上げすること。そして、その上昇率は頭がおかしいレベル。

 その代わり、冒険者であるカズマが使うと一瞬で魔力がゼロになる。

 

「使えねぇ……」

 

 現状、キャルの言う通り何か工夫を凝らさない限り使い物にならない。味方をほんの僅かな時間超強化するだけのために命をかけるほどカズマは聖人君子ではないのだ。

 二人の元へと辿り着くと、ユカリが安堵したような表情で彼を迎えた。よかった、と胸を撫で下ろしているので、割と危なかったのかもしれない。

 

「主さま……! 良かった……目を、覚まされたのですね……!」

 

 何よりコッコロがガチである。泣いていたのが分かるレベルである。カズマの中にあるほんの僅かな良心が、現状コッコロのためだけに使っている良心が物凄く苛んでくる。スキルを封印するか使っても倒れないように調節なり工夫なりするのが急務だ。

 さっきまで心ここにあらずであったコッコロが急に気合いを入れながら水の浄化を行い始めたので、とりあえず近くで見ていることにした。歩くのがだるくなったからでは決して無い。

 

「……そういや、ペコリーヌはどこ行ったんだ?」

 

 てっきりこの辺にいるのかと思ったが。そんなことを思いながら視線を巡らせたが、彼女らしき姿はどこにもない。同じように見学をしているキャルにそのことを尋ねると、あー、と微妙な表情で視線を逸らされた。

 

「非常に嫌な予感がするが、一応もう一度だけ聞くぞ。あいつどこ行った?」

「……あんたが起きた時に栄養を取った方がいいって、食料調達に行ったわ……」

「食料調達?」

 

 何を調達する気だ。そんなことを思ったカズマの耳に、何やらズルズルと引きずる音が聞こえてくる。音の方へと振り返ると、そこには先程所在を尋ねていた件の人物の姿が。

 そして、その手には。

 

「あ、カズマくん起きたんですね。じゃあちょっとこれでも食べて元気取り戻しましょう」

「待て待て待て。お前それワニじゃん!」

「ブルータルアリゲーターですよ。適当に一匹狩ってきました」

 

 ほい、とワニを丸々一匹地面に下ろす。下処理はしてあるから大丈夫ですよ、と笑顔で言ってのけるペコリーヌであったが、そうかそれなら大丈夫だと思えるかと言えば。

 

「いや待てよ。ジャイアントトードの肉が食用だし、このワニも」

「食べるって話は聞かないわね」

 

 カズマの言葉をキャルが即否定する。駄目じゃねぇか、とペコリーヌに食って掛かるが、彼女は彼女でそんなことないですよと笑顔である。

 

「まあまあ。論より証拠、とりあえず食べてみれば分かりますって」

 

 ニコニコ笑顔でワニを捌き始める。手慣れているところからみて、一度や二度ではないのだろう。ブルータルアリゲーターを肉にするのが。

 ああしてこうして、別に取ってきた香草などを使いながら、肉となったワニをテキパキと調理していった。途中から食欲を誘う匂いが漂い、既に肉になっていたことも手伝って最初の疑念がどうでも良くなってくる。

 

「はい、召し上がれ」

 

 ででん、と差し出されるワニのステーキ。日本ではお目にかかることはなかったが、別に地球でも食べないわけでもなし。少なくともペコリーヌは食べたことがあるのだから、食えないこともあるまい。

 そう割り切ると、カズマはワニ肉にかぶりついた。赤身肉寄りではあるが、しっかりとした歯ごたえと旨味は魔力の尽きていた彼の体に染み渡る。

 

「お、意外と美味い」

「でしょでしょ。そうだ、丁度いいからお昼にしません? おーい、コッコロちゃーん、ユカリさーん。ご飯食べませんかー?」

「あたしは食べないわよ」

「まあまあ。そんなこと言わずに」

 

 ぐい、とワニが乗った皿をキャルに差し出す。勢い余ったのか、げし、と彼女の頬にぶち当たった。

 

 

 

 

 

 

「キャルちゃんがぶった~」

「当たり前でしょうが!」

 

 ワニを食べながらキャルがジト目でペコリーヌを睨む。あはは、とそんな二人を苦笑しながらユカリはワニステーキを食べていた。コッコロもカズマが調子を取り戻したことで大分普段に戻っている。

 

「主さま。お口が汚れています」

 

 ハンカチでカズマの口元を拭い、切り分けた肉をどうぞと差し出す。彼はそれをされるがままになっていた。抵抗する気はさらさらない。

 そんな格好のまま、カズマは湖に視線を向けた。浄化はほぼ終わっており、このまま帰っても問題はなさそうである。面倒だと思うのならば、この昼食が終わったら帰る準備をすればいい。

 

「ユカリさん。ここの浄化ってあとどれくらい……」

 

 が、ここまで来たならこっちで浄化を済ませて他の教会にマウントが取りたい。そんなことを思ったカズマは、このクエストの責任者ともいえるユカリにそんなことを尋ね。

 

「ぷはぁ~! やっぱりステーキには麦しゅわよねぇ」

「飲みやがった!?」

 

 出来上がっていたユカリを視界に入れると目を見開いた。視線を動かすと、キャルもペコリーヌもコッコロもいつの間に、という表情をしていたので、ほんの僅か目を離した隙を突いたのだろう。

 

「おいどうすんだ、責任者が駄目になったぞ」

「こらこら~。お姉さんを馬鹿にしちゃぁ、いけないんだぞぉ」

「はいそうですね。で、どうする? この人こんなだと浄化出来ないだろ」

「出来ますぅ……んぐんぐっ……っぷっは~! お姉さんに任せなさい」

 

 無理だろ。カズマはそう思ったが、そのままふらふらと湖まで歩いていったのでつい見守ってしまう。ふう、と水に触れ、浄化の呪文を唱え始めた。

 

「ピュリフィ――ぐびぐび――ケーション、ぷはぁ」

 

 飲みながら、である。ジョッキ片手に浄化の呪文を唱えるその姿は、どこをどう見ても聖職者とは程遠かった。成程エリス教会からこっちにくるわけだ。そのあまりにもな姿を見ながらカズマはそんなことをぼんやり思う。

 見てられなくなったのか、食事を終えたコッコロがユカリの隣まで駆けていき浄化の呪文を唱え始める。どのみち残りはあと僅か。浄化が進んだおかげでワニも別段こちらに来ない。これなら任せても大丈夫だろう、とカズマはコッコロへと声を掛けた。ユカリには掛けない。

 暇ね、とキャルがカズマの横で座って足を投げ出す。出番がないのはいいことだ、楽なのが一番。そんなことを思いながら、同じように出番なさそうですねと湖を見ているペコリーヌを眺めた。

 

「で、あんたは何してんの?」

「ん? 例のスキルを有効活用するために、伝授されただけのスキルの中に使えそうなものないかってな」

 

 冒険者カードを調べながらカズマが述べる。ふーん、とそこまで興味は無さそうな返事をしたキャルは、ついにそのまま寝っ転がった。やる気ゼロである。

 

「もー、キャルちゃん? 食べてすぐ寝るとお腹出ますよ」

「……」

 

 無言で立ち上がる。特に敵もいないが、杖を構えると無駄にぶんぶんと振り回した。

 勿論そんな彼女のことなど知ったことではない。カズマは大量に並んでいるスキルを流し見しつつ、目に付いたものが有用かそうでないかを判断し。

 

「ん?」

 

 毛色の違うそれを見付けた。アークウィザードでも、アークプリーストでも、クルセイダーでもなく。戦士系、魔法系、弓師系でもない。いうなれば分類不能。そんなスキルが、カズマの冒険者カードに記されていた。教えてもらった覚えはない。恐らく誰かがこちらに教えるついでに使っていたスキルが紛れ込んだのだろう。

 

「なあ、キャル」

「何よ」

「この、《ドレインタッチ》ってなんだ?」

「っ!? がっはげっほ!」

 

 盛大にむせた。何言ってんだお前、という顔でカズマを見やり、そしてちょっと見せろと彼の冒険者カードを奪い取り確認する。

 成程確かに、彼のスキル欄には《ドレインタッチ》の文字が記されていた。

 

「あんたこれ……誰に教えられたの?」

「さあ? お前らじゃないならBB団かあっちの財団メンバーだと思うが」

「こないだのあの二人は? めぐみんと、ちょむすけだったっけ?」

 

 キャルの指摘を受けてその時のことを思い出すが、別段何かスキルを教えられた記憶はないし、見たのもめぐみんの爆裂魔法だけだ。違うな、と首を横に振り、彼は再び考え始めた。

 

「どうしたんですか?」

「……カズマのスキル欄にアンデッドのスキルが並んでるのよ」

「やばいですね」

 

 そうして二人が神妙な顔をしていたのに気付いたのだろう。酔っぱらいとそのお守りの様子をうかがっていたペコリーヌも視線をこちらに向けて尋ねてくる。それに対してキャルが告げたのがその一言だ。ペコリーヌの呟きと同じように、カズマもそれを聞いておいマジかよとカードを見る。何度見ても、そこにはドレインタッチが記されていた。

 

「待てよ、アンデッドのスキル? ……なら、あん時じゃないか?」

「墓場で、ですか?」

 

 思い当たる節はそれだ、というカズマの言葉にううむとペコリーヌも考え込む。確かに辻褄は合う。が、あの場面で、大したアンデッドもいない状態で、果たしてドレインタッチを覚えるような状況があっただろうか。そうは思うのだが、現状他に心当たりはないわけで。

 

「無事、終わりました。……どうされたのですか?」

 

 三人揃ってううむと悩んでいると、酔っぱらいを引き連れたコッコロが戻ってくる。湖の浄化は完了し、アメス教会はこれで向こうに嘗められない手札を一つ手に入れられた。

 が、とりあえず今はそこはどうでもよく。カズマの話を聞いたコッコロは、自身の目でそれを確認し、暫しパチクリとさせていた。

 

「……とりあえず、儲けもの、ということにしておくのもいいのでは?」

「まあ、ね」

「……えっと。コッコロちゃんはそれでいいんですか? アメス教ってアンデッドとか悪魔とか、そういうのを敵視したりとか」

 

 コッコロのそれは予想外だったらしい。ペコリーヌが彼女にそう尋ねると、別に悪さをしていなければ何も、というおおらかなのか大雑把なのか分からない答えが返ってきた。普段のコッコロらしからぬ答えなので、アメス教としての考えなのだろう。

 

「じゃあ、別にいいかもですね」

「軽いなお前ら。まあ俺も経緯が気になっただけで覚えること自体には何の問題もないが」

 

 よしじゃあ覚えてみようかな。そんな結論を出しながら冒険者カードを手にしたカズマに、何々どうしたの、と酔っ払いが絡み出す。さっきまで飲んでて静かだったんだからそのままでいろよ。思わずそれを口に出しかけ、いや別に飲み込む必要ないなと思い切り言った。

 

「別にぃ、いいじゃないのぉ。それより、何話してたのかお姉さんに教えなさ~い」

「酒臭っ! あーもう、俺の冒険者カードに《ドレインタッチ》が紛れ込んでいたって話ですよ」

「……え? 嘘? 彼女、隠してなかったの!?」

 

 酔いが一気に覚めた。そんな風にも思える口調で驚いていたユカリを、カズマ達は見逃さない。こいつ何か知ってるぞ。一斉に全員が彼女を見て、そして話せと目で訴える。

 対するユカリは、ふう、と小さく息を吐くと、持っていたジョッキをおもむろに。

 

「《スティール》!」

「へ? 何で? 何で麦しゅわが盗まれたの?」

「驚いている部分違くないですか!?」

「そりゃ、ね……」

「やばいですね……」

「主さまは、ひょっとしてユカリさまを女性として見ていないのでしょうか」

「物凄い誤解生んでる!? いやまあ確かに今はただの酔っ払いとしか見てないけど!」

 

 シラフの時は思い切り見てるから、胸とか。そんな主張を声高にしたところで自身の潔白は証明されない。むしろアウトである。

 




ドレインタッチを使う誰かとは一体(棒読み)


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その19

エンカウント! してない


 ワニ肉で少しだけ回復した魔力をスティールで使ってしまい動けなくなったカズマをペコリーヌが背負うことにし、とりあえずギルドに報告をしようということになった。麦しゅわがなくなっても、ユカリがこの場で話せないと言い切ったからだ。つまりカズマは盗み損である。

 そんなわけで、ペコリーヌにおんぶされたカズマはそのまま街の住人から生暖かい視線を向けられていた。その隣で彼の体調を慮るコッコロもおり、傍から見ている分には中々にアレな光景である。とはいえ、ここ数ヶ月で彼らの顔もある程度知られてきた。侮蔑の視線などが殆どないのがその証左だ。

 

「ぷ、ふふふっ、ぷふぅ」

「笑うなら笑えよ」

 

 尚すぐ横で笑いを堪えている猫耳娘がいたりするが、まあ身内なのでノーカウントだ。

 ちなみに許可が出たのでキャルは盛大に笑った。

 

「……なあ、そろそろ下ろしてくれてもいいんだが」

「駄目ですよ。今日はカズマくん結構無茶しましたし。ギルド酒場まではのんびりしててください」

「お前この状態でのんびり出来ると思ってんの?」

 

 なんかめっちゃいい匂いする。そんなことを一瞬でも思ってしまうとアウトなので、カズマは極力ペコリーヌを意識しないよう努めている。これ普通逆だな、と思わないでもなかったが、どのみち彼の結末は一緒だ。変なことを考えたら、世間的に終わってしまう。

 

「……魔力すっからかんでよかった」

「どうかされましたか? 主さま」

「いや、こっちの話」

 

 ナニがどうなっているか、そういう話をコッコロに聞かせるわけにはいかない。今の自分はただ恥ずかしい思いをしているだけの人間だ。誰が何と言おうと恥ずかしいんだ。

 それはそれでどうなのかと思うような宣言を心の中でしつつ、道行く人達の視線を甘んじて受ける。すれ違う冒険者のああまたこいつらかという目を見ながら、ペコちゃんに背負われて羨ましいという視線を受け流しながら。そのままギルドへと。

 

「……な、え?」

 

 恐らく普段この街に常駐していないのだろう。あまり見ない鮮やかな青く輝く鎧を纏ったその少年は、カズマ達を見て目を丸くしていた。パーティーメンバーであろう横にいる二人の少女に目の前の光景について尋ねたが、その二人は少年ほど気にしたふうもなく、ああうん、といった反応しかしない。

 

「クレメア、フィオ。僕がおかしいのか?」

「いや、別にキョウヤがおかしいわけじゃないと思うけど。最近はキョウヤ一人で王都に行ってたじゃない。その間に出てきた冒険者パーティーなのよ」

「へぇ。……ん? いや、僕の質問の答えになっていないような」

「大体いつもあんな感じだから、みんな慣れちゃった」

「そ、そうなんだ……あんな感じなのか、あんな……?」

 

 男を背負っている金髪の美少女と、そんな男を心配するエルフの美少女。そしてそれを見て大笑いしている猫耳美少女。ついでにその四人を先導しているらしい多少見覚えのある美女の酔っぱらい。

 あれがもう見慣れた光景なのか。ちょっといない間にまた変な人が増えたんだな。そんなことを思いながら、キョウヤと呼ばれた少年は去っていくその集団を見送った。

 

「……アイリス様?」

 

 ふと思い出し振り返る。既に酒場へと入っていったのか、その姿は見えない。だが、あの少年を背負っていた美少女、あれは紛れもなく。

 

「いや、違うか。……それにしては、似ていたな」

 

 王城にて出会った、ベルゼルグ王国の第二王女。彼女を成長させたら、あんな感じになるのだろうか。ほんの僅かなすれ違いだったためにはっきりと断言は出来ないが、彼は何となくそんな気がした。

 

「どうしたのキョウヤ」

「ん? いや、さっきの金髪の女の子が、姫様に似ていたなって」

「えー……そんなことないと思うけどなぁ。姫様って、もっときらびやかで大人しくて可愛い感じでしょ? ペコリーヌってこう、案外野性味溢れるっていうか」

「この間ジャイアント・アースウォーム食べてたよ」

「……勘違いだったかな」

 

 フィオとクレメアの言葉を聞き、彼は意見をあっさり翻した。王女がその辺でモンスター食ってるはずがないな、と。

 

「そうそう。……そりゃ、確かに可愛いかもしれないけど」

「胸も、おっきいし……」

 

 ぶすぅ、とむくれた表情で彼を見る二人。そんな彼女達を見て苦笑しながら、別にそういうんじゃないよとキョウヤは笑う。今の自分の大切な仲間は君達だからね。そう言いながらぽんぽんと頭を撫でた。

 

「キョウヤ……」

「うん、ありがと」

「お礼を言うのはこっちの方さ。いつも僕に付き合ってくれて、ありがとう」

 

 そうして三人はギルドとは別方向へと歩いていく。ほんの僅かな疑念は残るが、そのうち忘れるだろう。彼の中では、その程度で終わった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。朝食後にカズマ達がウィズ魔道具店へと向かうと、外で掃き掃除をしていたウィズが一行を見かけて顔を綻ばせた。そうして、おはようございます、と笑顔で挨拶をされる。

 

「はい、おはようございます。ウィズさま」

「ウィズさん、おいっす~☆」

「おはよ」

「おはようウィズ。ユカリさん来てる?」

 

 カズマの言葉に首を傾げつつ、はいここに来ていますよと答えたウィズは、中に入るよう促した。ぞろぞろと店内に足を踏み入れ、何故か設置してある休憩スペースで待っているユカリと合流する。

 来ちゃったかぁ、と溜息を吐く彼女を見ながら、そりゃ来るでしょとキャルが呆れたように返した。そうしながら各々席に着き、昨日の続きを話してもらおうかと催促する。

 

「……それの許可を出すのは私じゃなくて」

 

 げんなりした表情のまま、ちょっとウィズ、と棚の掃除をしていた彼女を呼んだ。そうしてやってきたウィズに耳打ちをする。何を言われたのか、彼女は目を見開き、ただでさえ悪い顔色を更に青くした。

 

「それで、どうするの?」

「……言っても、大丈夫だと思います」

「そっか。うん、まあ私もそう思っていたんだけど、やっぱり本人の許可がいるから」

 

 そんな会話を行っていたが、残念ながらカズマ達の目の前である。肝心のキーワードを言っていないが、ほぼほぼバレたも同然である。

 そもそも、件の話をわざわざここでやるという時点で何となく予想はついていた。だから神妙な顔でこちらに向き直るウィズを見ても、別に緊張はしない。

 

「えっと、みなさん。ごめんなさい、実は私は」

 

 そこで言葉を止める。四人の顔を見渡して、ウィズはしっかりとそれを声にした。自分は人間ではない、と口にした。

 

「リッチーなんです」

「リっ!?」

 

 がたん、と立ち上がったのはキャル。リッチーと言えばアンデッドの中でも最上級の存在だ。まともに戦えばとてもじゃないが敵う相手ではない。

 そんなことを思いながら改めてウィズを見る。そこを差っ引いても、アークウィザードとしての実力で現状キャルは逆立ちしても勝てない。勝てるビジョンが見付からない。

 そこまで考え、何だ別にどっちでも一緒じゃないかと結論付けた。結論付け、座り直した。

 

「……実は多少驚いてくれるかなって期待してました」

「そんな期待ゴミ箱にでも捨ててしまえ」

 

 へー、で済ませているペコリーヌやコッコロを見ながら、若干しょんぼりしてウィズが呟く。そんな彼女をジト目で見ながら、カズマはそんなツッコミを入れた。

 別に種族がどうとかはどうでもいいのだ。カズマにとって、今更アクセルのアークウィザードの一人が実はリッチーだったと言われても、まあそうだろうな程度でしかない。

 

「ほらやっぱりこの街のアークウィザード碌なのいねぇ」

「あはは……何だかすいません」

「ていうかさらっとあたしも碌でもない扱いにするのやめてくれない?」

「いやお前は碌でもないだろ」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 がぁ、と食って掛かるキャルを気にすることなく、カズマはそれはそれとしてとウィズに問い掛ける。まあまあとペコリーヌに羽交い締めにされているキャルを横目で見つつ、なんでしょうかと彼女は答えた。

 

「この《ドレインタッチ》はウィズのスキルってことでいいんだよな?」

「はい。……でも、きちんと説明していないのにスキル欄に登録されるなんて」

 

 カズマに見せられた冒険者カード。それを確認しながらウィズは確かにそうだと頷きつつ、その不思議な現象に首を傾げた。登録される条件としてある程度見せてもらえば分かるスキルと、理解が必要なスキルに分かれている。ドレインタッチはどちらかと言えば前者ではあるが、しかしたまたま横目で見ていた程度で登録されるとは思ってもみなかったのだ。

 

「それは恐らく、アメス様の加護でしょう。主さまはアメス様よりこの地にもたらされたお方、アメス様の基礎たる受け入れる力が宿っていても不思議ではありません」

「へぇ……そうなんですね」

 

 コッコロがそう自慢げに述べているが、正直カズマにはピンときていない。確かにこの間の新スキルまで加護らしい加護のないまま生活していた身としては、こじつけにしろ何にしろ隠された能力を発見されるのは望むところなのだが。

 地味だ。カズマの感想はそれであった。最初の加護がスキルを覚えやすくなるで、次の加護が燃費がクソな超バフ。今更ながら転生特典間違えたんじゃないかと心配になる。

 とはいえ、別に魔王をガチで倒そうと意気込んでいるわけでもないカズマは、変に何かを貰って巻き込まれるよりはこのくらいが丁度いいかと考えたりもした。正直、コッコロの言っていた加護は眉唾ではあるが。

 

「まあいいや。このドレインタッチって俺が覚えても問題ないのか?」

「え? そうですね。スキル欄に出るということは多分」

「……まあいい。何だかんだでポイント残ってるし、覚えてみるか」

 

 冒険者カードに触れて、《ドレインタッチ》を取得する。どういうスキルかは先程聞いたため、使い方も概ね理解した。ついでに何故自分のカードにこれが登録されているのかも分かった。

 

「そもそもユカリさんのせいじゃねーか……」

「うぐぅ!」

 

 初対面の時の墓場、そしてカズマがウィズ達にスキルを教えてもらっている時。その両方で、酔っ払ったユカリを介抱する目的で自身の体力を分け与えていたのだ。

 あははと乾いた笑いを上げながら視線を逸らすユカリを見ながら、まあいいやとカズマはぼやく。原因を追求したところで何もなし。むしろ有用なスキルを手に入れてしまったので万々歳だ。

 

「あ、カズマくん。この間のスキル、それを使えば倒れなくて済んだりしません?」

「んー。どうだろうな。ぶっちゃけあれ使った時点でゼロ通り越してる気がするからな。俺が使えても多分役に立たんぞ」

「そうですか……。あ、じゃあこういうのはどうでしょう」

 

 ぽん、と手を叩いてペコリーヌが提案をする。それを聞いたカズマは成程と頷き、ちょっとスペース無いかとウィズに尋ねた。ウィスタリア家がオーナーになった際、土地の拡張を行ったおかげで、裏手に怪しげな実験空間があるらしいとの話を聞いた一行はカウンターを越えて店の裏へと回る。予想以上の広場が存在しており、何に使うんだよとカズマは思わず顔を引くつかせた。

 

「基本的には昔私が仕入れた魔道具を改良した時の性能テストですね」

 

 それはあの広場の片隅に山と積まれているドクロマークのついた看板後ろの物体のことだろうか。詳しく聞いてあれを引っ張り出されても面倒なので、カズマはとりあえず見なかったことにした。

 それより今は件のスキルの実験だ。キャルを被験者としてカズマの前に立たせ、その後ろにウィズ、更に後ろにはペコリーヌを配置する。

 

「これ、大丈夫なんでしょうね?」

「お前この間今度は自分にもかけろって言ったじゃねーかよ」

「まあ、確かに言ったけど……」

 

 今回は継続して使えるかどうかの実験である。ほんの僅かであの力だったのだ。失敗してバフが効き過ぎた結果ボン、という可能性も捨てきれない。

 

「では、行きます」

 

 ウィズがドレインタッチでペコリーヌと自身の魔力をカズマへと送り込む。満タンに外付けタンクを用意されたカズマは、では早速とキャルに向かって手を突き出すように構えた。

 瞬間。猛烈な勢いでキャルが輝く。そして、謎の感覚を覚え悲鳴を上げた。

 

「何これ!? ちょ、ダメっ! こんなの初めてっ……!」

「おいその言い方やめろ」

「あ、駄目です。わたしの魔力も尽きそうですね」

「正直、私もキツイです。爆裂魔法を放つ時くらいの負担がかかってますね……」

 

 キャルの輝きが段々と落ち着いてきた。ふひぃ、とペコリーヌがへたり込み、ウィズも肩で息をする。そして外付けタンクが無くなったカズマはあっという間に枯渇する。

 膝から崩折れた。受け身はかろうじて取ったが、思い切り地面とキスしてしまったことには変わりない。二度目なので気絶しない、そう言える時点で相当の進歩だろう。

 それはそれとして。効果が切れる前に、とキャルは自身の杖を構え、用意してあったターゲットに向かって呪文を唱える。物は試し程度なので、中級魔法でいいやとそれを目標へと。

 

「ファイアーボーぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 軽く唱えたキャルの杖の先端の魔導書から、自身の身長の二倍ほどの火球が生み出され放たれた。地面を抉りながら目標に向かって突き進み、着弾すると盛大な火柱が上がる。ターゲットは跡形もなくなっていた。

 

「……やばいですね」

「ヤバいなんてもんじゃないわよ! あ、でも三人分の魔力使ってこれってことは、効率としては全然駄目ね」

 

 後ろのカズマ達を見た。効果時間を伸ばしたのか、底上げを伸ばしたのか。恐らく前者であろうと予測するが、己の中から湧き上がってくる高揚感は後者のような気もする。もう少し検証が必要かもしれないが、その手に長けている人物は生憎とこの場にいない。強いて言うならばカズマだが、基本倒れる寸前になる今の状態では思考も回らないだろう。

 

「カズマ。大丈夫? 立てる?」

「無理だな。ちょっと誰か体力くれ」

「では、わたくしを吸ってくださいまし」

 

 す、とコッコロがカズマへと寄り添う。迷うことなく流れるようなその動きに、カズマも少し遠慮しながら立ち上がれる程度にドレインタッチを行う。体を起こし、やっぱり使えねぇなこれとぼやきながら視線を巡らせ。

 

「ん?」

 

 見覚えのない人物がそこにいることに気が付いた。ユカリの横で、宝石の装飾が施された派手で大きな帽子を被った背の低い少女のようなエルフがふむふむとメモを取っている。年齢は、コッコロと同じくらいだろうか。そんなことを考えた。

 

「あら、こちらに気が付きましたか」

 

 メモから顔を上げるとその少女らしきエルフはカズマを見やる。じ、っとそのまま彼の顔を眺めていた彼女は、何かを考え込むように顎に手を当てた。

 意味不明である。一体何者なのか。それすら分からない。ペコリーヌやキャル、そしてコッコロもそれは同様なようで、突然の乱入者に目をパチクリとさせていた。

 

「ああ失礼。貴方達は初対面でしたね。私は――」

 

 そこまで言うと、彼女は少しだけ言葉を止める。そして、小さく口元を上げると、改めて言葉を紡いだ。

 

「そこらへんの人より、ちょっとだけ親切なお姉さんです。いいですね?」

 

 よくないです。そう言える勇気のある人物は、その場にはどこにもいなかった。

 




お姉さん(身長149cm)


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その20

ネネカ様のユニオンバースト(偽)講座、はーじまるよー


「外に出るついでに二・三用事を済ませようと思っていましたが……手間が省けました」

 

 そう言って自称お姉さんは笑みを浮かべる。聞いていたものより興味深い。そんなことを呟きながら、とりあえずと視線をカズマ達からウィズへと向けた。

 

「ウィズ。マナタイトと何か適当なガラクタを見繕って頂戴」

「ガラクタじゃありませんよぉ……」

 

 そう言いながら広場の端に積んであるデンジャーゾーンの品物を一つ二つ手に取る。とりあえずこの辺でしょうか、と自称お姉さんに告げると、倉庫からマナタイトを持ってきますと広場から去っていった。

 そんなウィズを目で追っていた彼女は、ふうと息を吐くと視線を戻す。キャルと、コッコロと、ペコリーヌと。そしてカズマを見て、少しだけ楽しそうに微笑んだ。

 

「先程のスキル、見せてもらいました」

「へ?」

 

 先程、とは恐らく件の女神の加護その二のことだろう。ペコリーヌとウィズを外付けタンクにした割にはほぼほぼ意味をなさずに枯渇した例のアレである。

 カズマ達の思考を気にすることなく、自称お姉さんは言葉を続ける。あれは随分と変わったスキルだが、果たして人の身に合ったものなのか、と。

 

「まるで女神から授かった力。勇者候補が持っているとされる特殊なスキル……」

「お、やっぱり分かる人は分かるんだな」

 

 カズマは思わずそんなことを口にしてしまう。異世界ファンタジーで、自身の持っている能力を実力者的な存在が知り驚く。そういうシチュエーション味を感じたのだ。

 キャルは何言ってんだお前と言わんばかりの表情でカズマを見て、そして調子に乗り始めたからきっとこれから何かあるだろうなと目を細めた。まだ出会って三ヶ月も経っていないが、何だかんだでこの面々で共にいる時間は長い。ある程度は予想がつく。

 ペコリーヌとコッコロが何も言わないのは気になったが、わざわざ止める理由もなし。とりあえず自分に被害がなければ何でもいいやとキャルは傍観の構えに入った。

 

「ええ。中々に、研究のしがいがあります」

「……今なんて?」

「貴方のスキル、使い勝手が随分と悪そうでしたが。そのまま運用を続けるのですか?」

 

 不穏な言葉を呟いた自称お姉さんは、カズマの言葉を気にせず問い掛ける。そっちがその気ならこっちも聞かない。そう押し通そうかと思い一応口にはしたものの、そうですかと軽く返されたことで思わず拍子抜けした。

 

「では、貴方の何を聞けばいいのでしょう?」

「……さっき研究って言った?」

「言いました。貴方のスキルを研究し、私の知識の一つに加えようと思っています」

「……」

 

 ひょっとしてこの人ヤバい人なんじゃ。そう思っても後の祭り。では改めてと彼女は先程の問い掛けをカズマに行い、さあ答えろと言わんばかりの表情を浮かべている。否、答えるのが当然と思っているかのようであった。

 視線を動かす。しーらね、と完全に野次馬になっているキャルが見えたので、後で泣かすと心に決めた。

 

「はぁ、もういいや。それで、何だったっけか? このスキルをこのまま使うかどうかだったか?」

「ええ。あのままでは碌な運用が出来そうになかったのですが」

「いや、まあ……」

 

 ポリポリと頬を掻く。そうしながら、それは分かっているのだが、どうすればいいのか分からないという返事も素直に述べた。この口ぶりからすると、このスキルを使うための案を一つや二つ持っている可能性がある。

 そうですか、と彼女は述べた。そこで会話が止まり、ウィズの消えていった方向に視線を移す。

 

「いや終わりかよ! ここはあのスキルを引き出す秘策とか教えてくれる流れだろ!?」

「いいですよ」

「え?」

「貴方が知りたいのならば、そのスキルを運用する方法を、教えてあげても構いません」

「マジか……」

 

 こうもあっさりと承諾してくれるとは思わなかった。よし、と拳を握るが、カズマは重大なことを失念している。唐突に現れて見学していただけの自称お姉さんが、そんなことが出来たら明らかにおかしいだろうということを、完全に頭から抜け落ちている。枯渇するほどの魔力消費を一瞬で、それも何度もやってしまった弊害か、あるいは疲れでも溜まっていたのか。

 ともあれ。

 

「そのためには、少し協力してもらう必要がありますが。街外れにある私の研究所まで、来てもらえますか?」

「ああ、それくらいなら」

 

 カズマは自ら選んだのだ。彼女のホームへと向かうことを。大口を開ける死地へ向かうことを。

 

 

 

 

 

 

 アクセルの街の端。城壁に近いその一角に、それは建っていた。裏庭も完備してある頑丈な作りのそれは、何かしらが爆発したとしても耐えられるような構造になっている。そして、それがまるで日常茶飯事であるように、その外壁は少し焦げていた。

 

「戻りましたよ」

 

 その建物のドアを開け、自称お姉さんが中に入る。何かの実験室のような空間で、少女と女性がボードゲームを行っていた。

 おかえりなさい、と女性が述べる。少女の方も、早かったですねとそんなことを言っていた。

 

「ええ。ウィズの店へ向かったら、思わぬ掘り出し物が見付かったものだから」

 

 そう言って彼女は視線を背後に向ける。彼女と同じように建物内へと入ってきたその人物達は、そこにいた二人を見て目を見開いた。

 

「あ、お前あの時の」

「おや、カズマではないですか」

「あ、確か、めぐみんと、ちょむすけだったかしら?」

「ええ。また会ったわね、キャル」

 

 ボードゲームをしている手を止め、二人はカズマ達へと向き直る。コッコロだけは初対面か、と彼は視線を横に向けたが、お久しぶりですと頭を下げていたことで拍子抜けをした。よくよく考えればこの自称お姉さんはウィズの店へと買い物に来ていたのだし、めぐみん達が来店していても不思議ではない。

 

「あれ? なあコッコロ」

「はい。どうなさいましたか、主さま」

「めぐみんとちょむすけさんには会ったことがあるんだよな? でもあっちの自称お姉さんは何で初対面なんだ?」

「あの方は、わたくしがお手伝いを始めてから一度も……」

 

 眉尻を下げながら、申し訳ありませんと述べるコッコロに別にそういうので言ったんじゃないからと慌てたカズマは、自己紹介の手間が省けて丁度いいとフォローなのか何なのか分からない言葉を述べる。

 そうしながら、何だかやけに大人しいペコリーヌへと視線を動かした。

 

「なあ、ペコリーヌ」

「……はいっ? どうかしました?」

「いや、何かやけに静かだなって」

「……あー。いや、ちょっと。あのお姉さんのことを思い出したんですよ」

「ん? 知ってたの?」

「いや、知っていたというか、噂で聞いていたというか」

 

 あはは、と苦笑したペコリーヌは、とりあえず言える方の噂を口にした。噂というか、めぐみんやちょむすけから聞かされていた『所長』についてを話した。

 

「所長? それって確かこの間めぐみんが自分とは比べ物にならない変人だって言ってた」

「あー、言ってたなそういや。確か、紅魔族を実験している最中に、出会った、とか」

 

 はっきりとはしていないうろ覚えであったが、大体こんな感じだったと口にしたそれ。自分で言って自分で固まった。スルー出来ない不穏な単語が混じっていたからだ。

 実験、という言葉でコッコロが目を見開く。主さまが危ないとカズマを守るべく彼の前に立ち、危害を加えられてなるものかと真っ直ぐに三人を睨み付け。

 

「安心してください。彼は貴重なスキル持ち。手荒な真似はしませんよ」

「……信じても、いいのですか?」

「ええ。この研究所の所長である、ネネカの名に懸けて」

 

 そう言って微笑む自称お姉さんことネネカ。その真意はどうにも読みにくいが、しかしそこに嘘はない。そう判断したコッコロは分かりましたと引き下がった。

 

「甘い、甘すぎます。所長はそう言って油断したところを狙って標本にするんです。私はそんな犠牲者をこの目で何人も」

「めぐみん。お望みならば、貴女を標本にしてもいいのですよ?」

「すいませんでしたー!」

 

 いっそ見事なまでの土下座であった。やれやれ、とちょむすけが呆れているところからすると、ひょっとしたら毎度のやり取りなのかもしれない。

 ふう、とネネカが息を吐く。そうした後、では改めてと彼女はカズマ達へと向き直った。

 

「私がこの研究所の所長、ネネカです。こちらは所員のめぐみんとちょむすけ。ここにはいませんが、後一人と二体、紅魔族にある亡国の研究施設の復旧と整備を任せています」

「任せているというか、押し付けたというか……」

「マサキはともかく、ホーストとアーネスは無理矢理じゃ」

 

 ちょむすけとめぐみんの言葉をしれっと受け流し、ネネカはでは本題に入りましょうとカズマを見やる。暫し彼の顔を見ていた彼女は、成程と頷くとどこからか杖を取り出した。カメレオンらしき何かがついているそれを軽く振ると、彼女の姿が見覚えのある少年に。

 

「うわ、カズマが増えた!? 気持ち悪っ」

「おいこらキャル」

「主さまが二人……これは、お世話のしがいがあります」

「何だか最近わたしボケれませんね」

 

 ううむ、と一人悩むペコリーヌはさておき、ネネカはカズマの姿のままゆっくりと手を掲げる。キャルを指し示すように手の位置を固定させると、何かを放つような動作を行った。

 瞬間、キャルの体が光る。さっきもあったぞこれ、と思わず叫んだ。

 

「成程……これは中々に酷いものですね」

 

 カズマの姿が揺らめき、ネネカに戻る。ふう、と少し疲れたような溜息を吐くと、これまた突然現れた椅子に腰を下ろした。

 状況についていけない二人、めぐみんとちょむすけは一体全体あれはなんだと首を傾げる。少なくともこの間のカズマにはあんなスキルを使っている様子はなかった。そのことを思い出しつつ、ネネカに聞いても無駄だろうとカズマ達に問い掛ける。別段隠す理由もなし、というよりそれをある程度上手く使う方法を手に入れるためにここに来ているのだ。ペラペラと、余計なことまで交えてカズマは二人にそれを話した。

 

「わけの分からなさに磨きがかかってますね」

「私としてはあなたが勇者候補だったのに驚きだけれど」

 

 ともあれ、理由は分かった。そして向こうには分からないであろう現在の状況も理解した。座ってコーヒーを飲みながらメモを書いているネネカに近付き、めぐみんはそのメモを覗き込む。

 

「ほーら案の定余計なことしか書いてない」

「めぐみん。趣味が悪いですよ」

「趣味が悪いのはわざわざ呼んでおいて何も答えを出さない所長じゃ――あー! やめてやめて眼帯引っ張らないで引っ張るならせめて自分の手を使って何か私の一人芝居みたいで必死さが薄れるっていうか」

 

 恐らく何かのスキルの力で最大まで引っ張られためぐみんの眼帯は、そのまま離されバチンと顔面に叩きつけられた。目がー! と悶えている彼女を気にすることなく、ネネカはメモに記入をしていく。

 ふう、と記入を終えた彼女は、視線を上げるとカズマを見た。

 

「無理ですね」

「嘗めんな!」

 

 

 

 

 

 

「勘違いしないでください。恐らく貴方の考えているような運用は不可能だ、という意味です」

 

 研究所の裏庭。ウィズの店に併設してあったそれとはまた違う、無駄に頑丈な障壁の張ってあるそこで、ネネカはカズマに向かってそう述べた。スキルの効果を十全に使いつつ、消費魔力を抑える。理想はそれであり、出来るだけそこに近付けるのが目標である。そんなことは不可能であると彼女は言い切った。

 

「先程少し貴方に変化してスキルを使用してみましたが」

「何かさらっと言ってるけど頭おかしいこと抜かしてないかこの人?」

「だから言ったじゃないですか、所長は変人だと」

「多分あたしらの想定してたのとは違う方向だわ……」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらキャル達はネネカの言葉の続きを聞く。流石に勇者候補の特殊スキルを真似るのは無理があったが、それに近い挙動のデータは取ることが出来た。

 そしてその結果、本体のスペックが低すぎる、という結論に達したのだ。

 

「不思議ですね。何故貴方は冒険者をやっているのですか?」

「そこ疑問に思われても……」

「ネネカさま。主さまはやれば出来る子なのです」

「そうですね。わたしも、結構カズマくん買ってますよ」

「コロ助はともかく、ペコリーヌまで……」

 

 えー、と不満そうなのはやはりキャル。こいつ絶対そんないいもんじゃないでしょ。そうは思ったが、この空気でそれを口に出すほど間抜けでもない。ちらりとめぐみんを見て、同意するように頷かれたことに安堵するのみだ。

 

「では、その辺りは置いておきましょう。必要なのはそのステータスで、いかに運用するかですから」

 

 姿がネネカからウィズに変わる。カズマに近付くと、ドレインタッチで自身の魔力を彼へと補給した。これで使用可能なはずですと述べ、姿を元に戻すと視線を巡らせる。

 やはり被験者は同じがいい。キャルを呼ぶと、残りの面々を少し下がらせた。この状態では、午前中にウィズの店でやったような方法は使えない。カズマ自身の魔力を使う必要があり、そしてその場合すぐに干からびる。

 

「常時底上げするのは貴方のステータスでは不可能。ならばどうするか」

 

 ぴ、と指を一本立てる。必要なのは一瞬。ワンアクション限定に絞ることによって、逆さにしたバケツのごとく消費する魔力を違う動きに出来る可能性がある。

 そこまでを説明したネネカは、とりあえず武器を介して発動するのが意識しやすいだろうと述べた。剣なり槍なり、手に持って使うタイプの武器を掲げ、そこを基点に一滴垂らすがごとく、魔力を絞る。

 

「さらっと言ってるけどな。そんなことが出来たら苦労なんぞしてねーよ」

「ええ。私も即座に出来るとは思っていません。道を示したのですから、後は貴方がどうするか。それだけです」

 

 それだけを言ってネネカは他の野次馬達と同じ位置に下がっていく。え、ちょっとこれ今からやるの? そんなカズマの文句に、お好きなようにと彼女は返した。

 

「……ね、ねえ。ホントにやる気? あたし嫌な予感しかしないんだけど」

「奇遇だな、俺もだ。キャル、破裂したら破片は拾ってやるから」

「不吉なこと言わないでよ!? 無理なら無理でやめときなさいって」

「いやまあ、せっかく教えてもらったんだし、試しに一回やってみたいじゃん」

「試しの一回であたし破裂する可能性あるんですけど!?」

 

 よし、とキャルの叫びを無視してカズマは腰のショートソードを抜き放つ。これ持つの久々な気がする。そんなことを思いながら、その切っ先をターゲットであるキャルへと向けた。

 

「ちょ、ちょっと!? 大丈夫なの!? これホントに大丈夫!?」

「俺を信じろ、キャル」

「あんたはあたしの中で世界で五番目に信用できない奴よ!」

「よし」

「聞けぇ!」

 

 スキルを発動させる。その瞬間、がくりと体の力が抜けるが、三回目の慣れとネネカのアドバイスである武器を介したことで何とか踏ん張った。踏ん張っただけである。分けてもらった魔力は尽きた。

 

「……あたし、生きてる?」

 

 恐る恐る目を開けると、自分が淡く光っているのが確認できた。前回のあれと違い、能力が底上げされている高揚感はそれほどでもない。

 もし成功しているのならば。この状態でワンアクション。スキルなり攻撃なりを行った時に、強化された効果が発動するのならば。

 

「……やってやろうじゃない!」

 

 無駄にビクビクしたこの怒りを発散させるためにも。キャルは杖を構え、呪文を唱える。どうせなら自分が撃てる特大のものにしてやる。そんな決意を固め、自身の背後に魔法陣が生まれるのを感じながら、彼女はそれの詠唱を完了させる。

 

「魔力解放……!」

 

 ついでに、フラストレーションも開放してやる。心中で付け加えながら、キャルはその呪文を適当な場所へ。

 

「ちょっと、あれマズくないですか!?」

「爆裂魔法並みの魔力が出ているわね」

「キャルさま……!?」

「ちょっと、やばいですね」

 

 めぐみん、ちょむすけ、コッコロ、ペコリーヌがこれ大丈夫なのかと少し引き。ネネカは最初にしては上出来だと口角を上げ。

 

「ちょ、待て待て待て! これ俺巻き込まれ――」

「《アビスバースト》ぉぉぉぉ!」

 

 魔力が渦巻き、着弾地点を破壊する。普段よりもずっと威力の規模が大きいそれは、研究所の裏庭に巨大なクレーターを作るほどで。

 

「お前ふざっけんなよ! これ一歩間違えたら俺も木っ端微塵じゃねぇか!」

「わ、悪かったわよ! ちょっと頭に血が上っちゃって――いひゃいひゃいいひゃい!」

 

 動ける余裕があるのならば大丈夫ですね。キャルの頬を引っ張るカズマの姿を確認し、これらの結果をメモしながら、ネネカはこっそりと詠唱を終えていた呪文をキャンセルした。

 尚、開けた穴の修復はキャルとカズマがやりました。

 




そろそろイベント戦闘かなぁ


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その21

ちょっと真面目回

VSデストロイヤー


「カズマ」

「ん?」

 

 アメス教会。カズマ達の拠点となっているそこで、キャルが彼を見下ろしながら溜息を吐いた。ちょっと聞きたいことがあるんだけどと述べた。

 

「あんた、この間のスキルを上手く使う特訓、続けてるの?」

「あ? やってるわけないだろう」

「おい」

 

 いけしゃあしゃあと抜かすカズマを彼女はジト目で睨む。そうしながら、そんなことでは件のスキルを運用することなど夢のまた夢だと言葉を続けた。

 対するカズマ、何を言っているんだと鼻で笑う。お前はあの時のことを覚えていないのかとキャルに向かって上から目線でのたまった。

 

「最初の一回で成功したんだぞ。あれはもう俺の隠された才能が開花したに決まってる」

「あっそ」

 

 白けた。そんな顔をしたキャルは、じゃあもういいと踵を返した。精々調子に乗って無駄死にしなさいと捨て台詞をのたまった。

 カズマは無言で立ち上がる。彼女の背中に向かい、そこまで言うのならば、勿論特訓に付き合ってくれるんだろうなと言い放つ。足を止めたキャルは、そっちがやる気ならば、と断ることをしなかった。

 

「ああそうかい。じゃあ、見せてやろうじゃねーか、俺の真の力を。吠え面かかせてやる」

「そう。じゃあ、見せてもらおうかしら。――貴方の、力を」

 

 振り返ったキャルの姿がぐにゃりと歪む。シルエットが猫耳の少女から小柄なエルフの女性へと変化し、不敵な笑みを湛えたその表情が彼へと向けられた。

 即座にカズマは潜伏を使用、目の前の相手から逃げるように部屋を飛び出し、そのまま教会からも脱出しようと扉を開けた。陽の光を浴びながら、平穏な日々をこの手に掴むため、彼は全力で足に力を込める。

 

「あら、わざわざこちらに来てくれたのですね」

 

 その目の前に先程逃亡を成功させたはずの相手がいた。ギシリと体の動きが止まり、思わず後ろを振り返る。そこには別に誰もおらず、再度視線を戻すとしっかりと彼女が立っている。

 瞬間移動か何かか。そんなことを思ったカズマの背後から、急に逃げるとは頂けませんねという声が。聞き覚えのあるそれは、自分の記憶が確かならば今目の前にいるはずの女性の声で。

 

「まったく……最低限、あのスキルの入り口程度は足を踏み入れてもらいたいものです」

「ええ、本当に。そのためにも、少し細かい調整を行いましょうか」

 

 前を見た。彼女がいる。後ろを見た。彼女がいる。高速で反復横とびでもしているのかと一瞬考えたが、どう考えてもそれはアホの所業であり、目の前の彼女らしくない。

 

「ったく、うるさいわよカズマうおぁ!? ネネカ所長が二人いる!?」

 

 騒ぎを聞きつけたのだろう。惰眠を貪っていた本物のキャルが欠伸を噛み殺しながらやってきたが、目の前の異様な光景を見て即座に覚醒、目を見開いた。

 同時に。カズマもそれが気の所為ではなかったことを確信し絶句する。

 

「あら、こんにちはキャル。今日は暇なようですね」

「少しカズマを借りますが、二人には言っておいてくれますか?」

「……え、あ、はい。どうぞ持ってってください」

「おいこらキャル。ここは全力で俺を救う場面だろ!」

「何でよ!? 目の前の光景見て関わろうと思うわけないじゃない。心配しなくても、コロ助とペコリーヌにはあたしから言っとくわ」

「お前ちょっと待て、本気で俺を見捨てる気か!? そんなことが許されると思ってるのか!?」

 

 いつになく必死なカズマの言葉に、キャルも一瞬だけたじろぐ。が、彼のスキルの特訓をするだけですというネネカ二人の話を聞いて、じゃあぜひ持っていってくださいとあっさり引き下がった。

 

「待て待て待て。話し合おう、俺達は分かり合えるはずだろう!?」

「コロ助もあれを使えるようになるのを期待してたし、たまにはいいとこ見せなさいよ主さま」

「お前、姑息な手を……」

「存在が姑息なあんたに言われたくないわ」

 

 話が纏まったようなので行きましょうか。そう言ってネネカはカズマを左右から挟み込むと、そのまま引きずるように彼を運んでいってしまった。

 そんなカズマを手を振って見送ったキャルは、彼が見えなくなったのを確認するとふうと溜息を吐く。

 

「……昼はどっかで食べようかな」

 

 教会に一人でいるのもあれだし。そんなことを思いながら、彼女はううんと伸びをすると出掛ける準備をするため部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 そんな数日前の、ある意味のんびりとしたやりとりが、まるで嘘だったかのようだ。街中に響くアナウンスを聞きながら、カズマは大わらわになっている外を見て思う。どうやらとてつもない何かが来ているのは分かるのだが、この世界の常識にまだ少し疎い彼はどれだけマズい状況なのかがいまいちピンときていない。

 ただ、絶対逃げた方がいいと主張するキャルを見る限り危険なのは間違いないらしい。そんなことを考えた。

 

「……で、ペコリーヌ」

「どうしました?」

「お前は迎撃に行く気満々みたいだが」

「はい。脅威が迫っていて、そこにわたしがいるのなら。絶対に、行きます」

 

 迷いなく言い切った。怖がっている様子もなく、ただただそれが当たり前だと言わんばかりのその態度に、カズマはどこか違和感を覚える。普段のスチャラカさは完全に鳴りを潜め、まるで物語に出てくる姫騎士のような。

 

「あーもう何でよ! デストロイヤーとぶつかってタダで済むはず無いじゃない! 死ににいくようなもんよ!」

「分かってます。でも、わたしが逃げたら、駄目じゃないですか」

 

 他の誰が逃げようと、自分だけは逃げない。そんなことを言いながら、ペコリーヌは笑みを浮かべた。キャルの言葉を鵜呑みにするならば、彼女はこれから死ににいく。だというのに、そんな顔をしたのだ。

 

「なあ、そのデストロイヤー? とかいうのは、絶対に倒せないのか?」

「今まで誰もどうにも出来なかった天災扱いの暴走兵器よ? ここでいきなりそんなことが出来るわけ」

「いえ、キャルさま。……この街ならば、あるいは」

 

 キャルの言葉を遮るようにコッコロがそう述べる。どうやら彼女もペコリーヌと同じようにここでの迎撃を選択したようだ。準備を済ませ、アナウンスの言うようにギルドまで向かおうとしている。ありがとうございます、というペコリーヌの言葉に、小さく笑みを浮かべることで返答としていた。

 

「何で!? 何でそんな頑張ろうとするのよ! もっと楽に生きなさいよ、嫌なことからは逃げなさいよ! こういう時は逃げるが勝ちでしょ!?」

 

 頭を抱えながらそんなことをキャルはわめくが、しかし言葉と裏腹に彼女は逃げる気配がない。暫し悶えた後、頭を机に打ち付けた。ガン、と盛大な音が鳴り、そのまま彼女は動かなくなる。

 

「……カズマ、あんたはどうするの?」

 

 その体勢のまま、キャルは意見を言わないカズマに問い掛けた。お前はどうするのか、と尋ねた。逃げるか、戦うか。

 そんなことを言われたら、彼の答えは一つしか無い。話を聞く限り間違いなく倒せるような相手ではないのだ。戦っても、無駄死にがオチである。

 だから。

 

「コッコロ、ペコリーヌ。お前らは行くんだよな?」

「はい。最後に勝手なことをしてしまい、申し訳ありません」

「はい。ごめんなさいカズマくん。これからの冒険、一緒に出来なくて」

 

 確認を取った。つまりはそういうことなのだ、と理解した。だから彼は、何言ってんだお前らと鼻で笑った。

 

「俺も行く」

「え?」

「いいんですか?」

「丁度良く女神の祝福も貰ってるしな。佐藤和真の華々しい伝説の始まりに相応しいじゃねーか」

 

 目をパチクリさせていた二人は、カズマのそんな軽口を聞いて表情を笑みに変える。そうですね、とペコリーヌは笑い、その通りですとコッコロも笑う。

 そうと決まればギルドに向かおう。準備を済ませ、町の住人が避難を行っている中、冒険者達が集まるそこへと一行は足を進めた。

 

「ちょっと、待ちなさいよ!」

「キャルさま?」

「あたしも行くわよ! 置いてくなぁ!」

「……キャルちゃん、いいんですか?」

「知らないわよ! でも、ここから逃げたところで明日が大丈夫な保証もないし……だったら、精々今を全力でやってやるわ」

「めんどくさいやつだな、お前」

「あんたに言われたくないわ!」

 

 

 

 

 

 

 ギルドに集まった冒険者達は、デストロイヤーをどうすればいいのかあれこれと意見を出し合っている。が、そのどれもが既に実践済みであり、そしてことごとく失敗したものであるという返答を受け、段々と言葉が少なくなっていった。そんな中に飛び込んだカズマ達は、今どういう状況かをルナに尋ね、成程なと頷く。

 

「無理ゲーだろ」

「むりげー、でございますか?」

「魔力結界でほぼどんな魔法も防ぐ? 物理攻撃しようにも巨大過ぎて轢き潰されるわ装甲が硬いから弓は弾かれるわ投石機は向こうの機動性の高さで無理だわ対空用のゴーレムが配備されてるだわ……どうしろってんだよ」

「だから言ったでしょうが……。どうなの? あんたなら変な抜け道見付けられるんじゃないの?」

 

 そう言われても、とカズマは頭をガリガリと掻く。考えつくものはほぼ失敗しているという話なので、普通ではない方法でどうにかする必要がある。それが実現可能不可能は置いておいて、とりあえず言うだけ言ってもいいだろうと彼は口を開いた。

 

「何か物凄い物理攻撃スキルとか無いのか? 一振りで城をぶった切るみたいな」

 

 は、と冒険者達がカズマを見た。そんな都合いいものがあったらとっくにやってるだろうと述べ、まあそりゃそうかと彼もこれ以上掘り下げる気もなくそれを取り下げる。

 そんな中、ありますよ、と彼の隣の少女が述べた。ここの冒険者で酒場を利用する面々ならば大半は知っているウェイトレスを兼任している冒険者が、ペコリーヌがそう述べた。

 

「《セイクリッド・エクスプロード》なら、多分いい感じにお城斬れると思います」

「そ、そのスキルを使える人はどこに!?」

 

 光明を見た。そんな思いを持ってルナがペコリーヌに問い掛けると、彼女はあははと苦笑する。期待させて申し訳ないんですけど、と言葉を紡いだ。

 

「ベルゼルグ王家の必殺剣です。第二王女が今の持ち主になっている剣に由来するやつなんですけど」

「……そう、でしたか」

「でも、それに近いことならわたむぐっ」

「それなら仕方ないわねー! なんか別の方法考えなくちゃ」

 

 何かを言おうとしたペコリーヌの口をキャルが塞いだ。同じタイミングでこちらに駆けてきたダクネスが、彼女のその行動を見てほっと胸を撫で下ろす。

 そのまま暫くむぐむぐ言っていたペコリーヌであったが、やがて観念したのか不満そうに項垂れた。

 

「はぁ……危なかった。すまないキャル、手間を掛けさせた」

「ほんとよ……。ペコリーヌ、もう少し考えて喋りなさいよ」

「ちゃんと考えて喋ってますよ。わたしの全力ならデストロイヤーを弾き飛ばすことくらいは」

「それで、あなたはどうなるのですか? ……アイリス様が、泣きますよ」

「……はい。……ごめんなさい」

 

 ダクネスの言葉を受け、しょぼんと肩を落とし謝罪をした。そんなペコリーヌを見て苦笑した彼女は、なのでもし使うのならば、と指を立てる。

 皆に気付かれないことと、無茶をしないこと。そう言って、がばりと顔を上げるペコリーヌに向かって笑みを見せた。

 

「ありがとうございます、ララティーナちゃん」

「ダクネスです。……しかし、とはいってもその状況を作れなくては」

 

 動きを止めるか、ある程度のダメージを与えるか。それらが不可能ならば、今の許可は何の意味も持たない。

 そんなタイミングで、遅れてしまいましたね、という声がギルドに響いた。冒険者やギルド職員がそちらに視線を向けると、人影が三人、入口からこちらに歩いてくるのが見える。

 

「それで、現在はどこまで話が進んでいるのでしょう?」

 

 三人の中で一番背が低いエルフの女性が職員に問い掛ける。ああはい、とこれまでの会議の内容をかいつまんで説明した職員は、何かいい方法はないでしょうかと彼女に尋ねた。

 ちらりと隣の美女を見やる。肩を竦めるのを見て、そうですかと一人頷いた。

 

「ちょむすけ、めぐみん。いけますね?」

「魔力結界をどうにかする前提だけれど」

「師匠がやるのならば、勿論私もやりますよ」

 

 はぁ、と溜息を吐くちょむすけと、ビシィとポーズを決めるめぐみん。そんな二人からの許可を貰った彼女は、視線を巡らせお目当ての人物を探し出す。

 

「ああ、いましたね。カズマ。そしてコッコロ」

「え? 俺?」

「何か御用でしょうか、ネネカさま」

 

 カズマへと近付いたネネカは、小さく微笑むと良かったですねと述べる。この間の特訓の成果を早速見せる時が来た。そう言いながら、もう二人必要な人物の探索を行う。

 おや、と首を傾げた。正確には冒険者ではないから来ていないのだろうか。そんなことを考えた矢先、先程自身が述べた言葉と同じセリフが入り口から聞こえてくる。

 

「お、遅れました……ウィズ魔道具店店主、ウィズです。……飲んじゃ駄目ですよ!」

「流石にこのタイミングで飲まないわよ……」

 

 どやどやと数人の女性が追加された。キョロキョロと視線を彷徨わせていた彼女達は、カズマ達とネネカが一緒にいるのを確認するとそちらへと歩みを進める。

 ネネカはそんな彼女を見て、ウィズとユカリを見て待っていましたよと告げた。これから説明するところだったと皆に聞こえるように述べた。

 

「せっかくの研究所を破壊されるわけにはいきませんからね。パーツ単位にして、実験材料にさせてもらいます」

「え? それは、その、つまり?」

 

 職員の言葉に、ええそうですとネネカは述べる。デストロイヤーを破壊する、と明言した。ここの面々ならば、アクセル変人窟ならば、どうにかなると言ってのけた。

 

「さて、では……カズマ」

 

 名前を呼ばれたことで、冒険者達が一斉に彼を見る。いきなりの注目に、カズマは思わずビクリと後ずさった。

 

「頼みましたよ。貴方のスキルで、そこの二人を支援してあげてください」

 

 そこの二人、と指名されたのはコッコロとユカリ。この街に常駐している貴重なアークプリーストだ。そんな彼女達を、カズマの力でブーストさせろとネネカは述べた。

 まず重要なのは魔力結界を壊すこと。完全に破壊出来なくとも、ヒビが入ればそれで十分。魔法が通るようになれば、後はこちらの出番だ。

 

「研究の成果を、少しだけ見せてあげましょう」

「だ、そうよめぐみん」

「ええ。見せてあげますとも、我が爆裂を!」

「……え? 私もここに加えられてるんですか?」

 

 あれよあれよという間に作戦に組み込まれたウィズが一人あたふたとしていたが、その辺りは些細なことである。

 




アクアいない分を数でカバー編パート1


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その22

戦闘パートはコメディが少なめになってしまう


 迎撃準備が行われている中、要ともいえる結界破壊の役目を任されたカズマ達はそこに参加してはいないが、かといってただ見ているだけというのも。そう思っているのはコッコロだけらしい。カズマは魔力温存のためなのか一歩も動かず外壁にもたれかかっていた。

 

「……主さま」

「どうしたコッコロ」

「わたくし達も準備のお手伝いを」

「それで結界破壊の体力魔力が足りなくなったら元も子もない。だから俺達はこうして待っているのが仕事で、手伝いだ」

「物は言いようねぇ」

 

 カズマの言葉を聞いていたユカリが苦笑しながらカップの液体を呷る。それを見ていた二人が目を見開いたが、よく見ろとカップを傾けた。水である。アルコールはゼロであった。

 

「流石にこの場面で飲むほど私も考えなしじゃないのよ」

「ほんとかよ……」

「お酒はね、こういう大仕事が終わってから飲むのが美味しいの。まあ気合い入れるために飲んでも美味しいけれど」

「結局飲むんじゃねえか」

 

 はぁ、と溜息を吐くカズマを見て思わずコッコロが笑ってしまう。そんな彼女を見て、ユカリは微笑んだ。いい感じに緊張も解れたわね、と言葉を続けた。

 ぐい、と残っていた水を飲み干すと、彼女は指定の場所に向かうからと手をひらひらさせる。どうやら本当に、二人の緊張を解しに来ただけらしい。

 

「あの状態がずっと続けば、ほんと美人で有能なんだけどなぁ……」

「ふふっ。でも、それらを全てひっくるめてユカリさまですし、わたくしはそんなユカリさまが好きです」

「……まあな」

 

 よし、とカズマも姿勢を正す。俺達もそろそろ向かうか。そう言ってコッコロに述べ、外壁の上部へと向かう階段へ足を進めた。

 その途中に声が掛かる。何だ、と振り返ると、緑のベレー帽を被ったエルフの少女と、黒髪をリボンで結んだ紅魔族の少女がこちらに駆けてきていた。

 

「リーダー!」

「リーダーはやめろ」

「リーダー、これから大事なお仕事ですよね。応援してます」

「だからリーダーはやめろ」

 

 BB団の団員、アオイとゆんゆんがそう言ってカズマを応援する。それを適当に流しながら、お前らこんな大人数の場所に来て大丈夫なのかと問い掛けた。

 ふ、とアオイが笑う。カタカタと震えながら、ここまで多いとむしろ逆に人がいない気がすると意味不明な言葉をのたまった。

 

「おいゆんゆん、こいつ大丈夫か?」

「だ、大丈夫です、多分。アオイちゃん以外にもBB団の団員も増えて、少しは人の目を見て話せるようになりましたし」

「色々情報過多なんだけど!? え、何? 団員増えたの? 野生のぼっちがまだいたの?」

「……活動範囲を無駄に広げて、街の外の廃教会に住んでいたプリーストの女の人と、街の西にある森に住んでいる……えっと、女の人? をアオイちゃんがスカウトして」

「ちょっと待て、何で後半疑問形だったんだ? 後その前半の女の人ってあそこで他の冒険者に支援魔法かけてる若干透けてて微妙に浮いてる奴のことか?」

 

 ふよふよと漂いながら迎撃準備をしているプリーストの女性が一人。説明の時に二人がちらりとそこを見たのでまず間違いないだろう。アオイは何故かドヤ顔でそうなんですと言い張り、ゆんゆんはあははと乾いた笑いを上げながら小さく頷いた。

 隣のコッコロを見る。あれ大丈夫なのか、と問い掛けると、少しだけ考える素振りを見せた後、エリス教徒にとっては大丈夫ではないでしょうと答えた。

 

「幸い、現在緊急事態なので気にしている余裕はないようですが。平時には、あまりよろしくないかと思います」

「そ、そうなんです! だから、一人ぼっちの波動を感じて、共感したので! 我ら、BB団の一員になりませんかと」

「そうか、分かった。そこについてはもう何も言わん。だからちゃんとコッコロを見て話せ」

「む、むむ無理です!」

 

 思い切り視線を逸らしどこからか取り出したブリキ人形を突き出して声高に主張するアオイをジト目で見ながら、これから大事な仕事があるのに何でこんな疲れにゃいかんのだと溜息を吐いた。

 じゃあもう行くから、早く友達作れよ。そう言ってカズマは二人から離れる。そうしながら、そもそもその四人とやらで友達になれば解決なんじゃないかと一人ぼやいた。

 

 

 

 

 

 

 遅かったですね、と外壁上部に集まっている面々の一人にして代表者、ネネカが述べる。ちょっと色々あってと肩を落としたカズマを見て、彼女は少し考える素振りをした。

 

「まあ、いいでしょう。……カズマ、貴方に任せた仕事は、きちんとこなせますか?」

「いや、やれるかどうかは知らんけど」

「ダメダメじゃないですか」

 

 はぁ、と呆れたようにめぐみんが肩を竦める。カズマはそんな彼女をちらりと見ながら、ああそうだと言い切った。こんな大一番で自信満々になれるわけねぇだろと言い放った。

 ネネカがクスクスと笑う。それならそれで構いませんと述べ、ユカリとコッコロを前に立たせた。

 ギルド職員の魔法で拡大された声が響く。デストロイヤーがそろそろ見えてくるという情報を知った冒険者は各々準備を済ませ戦闘態勢を。手伝いをしていた街の住人は避難を開始した。

 

「さあ、カズマ。チャンスは一回。ですが、ここで全てを使ってはいけませんよ」

「注文多いな……」

「大丈夫です、主さま。わたくしは、主さまを信じておりますから」

 

 段々とその全貌が見えてくるデストロイヤーは、まさしく蜘蛛のような外観をしていた。その上部に砦のような建造物を持ち、対空装備を光らせながら、轟音を響かせ。

 向かってくる。アクセルの街に、駆け出し冒険者達が迎撃せんと待ち構えているその場所に。

 

「カズマ」

「こうなりゃヤケだ! やってやらぁ!」

 

 ショートソードを構え、ユカリとコッコロを視界に入れ。その剣先から二人へと糸を結ぶように。魔力を大量に消費する感覚があったが、これまでと違い、枯渇はしないし倒れない。ただ、物凄く疲れるだけで済んでいる。

 淡く光ったユカリとコッコロは、予め説明を受けている通り、一回のアクションで消費されるこの効果を全力で相手へと打ち込む。二人のやるべきことは、あのデストロイヤーの魔力結界を、少しでも脆くさせること。

 

「《セイクリッド――」

 

 ユカリが自身の十字架剣を構える。それを天に掲げ、底上げされた力を持って結界を破壊すべく呪文を唱える。

 

「《セイクリッド――」

 

 コッコロが自身の槍を構える。クルクルと回転させながら、それを大きく掲げ、底上げされた力を持って結界を壊すべく呪文を唱える。

 二人のそれは、巨大な魔法陣を浮かび上がらせ、戦闘準備をしていた冒険者達も思わずそちらに目を向けてしまう。二つの魔法陣が重なり、巨大な機動要塞を包み込むように光を放ち。

 

『――ブレイクスペル》!』

 

 一直線にそれが向かう。デストロイヤーの結界が浮き上がり、その呪文の光とかち合いギチギチと音を立てた。砕け散る気配は無く、しかしだからといって全く通用しないというわけでもないようで。

 亀裂の入る音がした。結界自体は残っているが、それを構成する魔法陣がひび割れている。魔法陣が完全でなくなったことで、効果も本来のものより数段落ちたのだろう。呪文が終わった際に、デストロイヤーが一瞬たたらを踏んだ。

 

「上出来です、三人とも。では」

 

 入れ替わるようにネネカが前に出る。それに合わせるように、ちょむすけ、めぐみん、そしてウィズも前に出た。

 四人が唱える呪文は一つ。結界に完全に阻まれなくなったのならば、これをぶち込むことでダメージが通る。

 

「いきますよ」

「……師匠、見ててください。私の! 爆裂!」

「毎回見ているわよ。だから信頼してるわ」

「うう、何だかとっても場違い感……」

 

 三者三様の反応をしながら、詠唱を行い呪文を構築する。先程とはまた違う巨大な魔法陣が生み出され、暴力的なまでの威力を込めたそれが、その魔法陣より放たれる。

 狙うは足、機動の要。動けなくしてしまえば、破壊するまでに猶予が出来る。どういう技術で、どういう動力で、どういう経緯で生み出されたのかを、ネネカが理解できるのだ。

 

「黒より黒く、闇より暗き漆黒に――」

「我が深紅の混淆を望みたもう――」

「覚醒の時来たれり。無謬の境界に落ちし理――」

「無行の歪みとなりて――」

 

 四人の詠唱が重なっていく。まるで唄うが如く、魔法陣も、詠唱も、そして、暴力的なまでの力も。

 その全てが、一つに纏まっていく。

 

『現出せよ!』

 

 破壊が、暴力が、そして爆裂が。それら全てを綯い交ぜにした呪文が、絶対の盾に傷をつけられたデストロイヤーに向かい、飛ぶ。

 

『《エクスプロージョン》!!』

 

 爆ぜた。力の奔流は蜘蛛の形をした巨大兵器へとぶつかり、そして蹂躙せんと唸りを上げる。相手の結界を、穴の空いた防御を、押し返すように真っ直ぐ放たれたそれは、デストロイヤーの動きを鈍らせた。一歩一歩が鈍重となり、そして。

 盛大な爆発音と共に、デストロイヤーの足が爆ぜた。結界自体は未だ機能しているようであったが、エクスプロージョンの四乗を抑え込んだことでその効果は硝子板程度の脆さしかない。耐えきれなかった足の関節がへし折れたことで動き自体は止まったものの、勢い自体は殺せず、そのまま進行方向であるアクセルに向かって前のめりに突っ込んでくる。

 まずい、逃げろ。誰かがそう叫び、デストロイヤーの直線上から慌てて皆が退避をしていく。このまま止まらなければ、アクセルの正門に甚大な被害が起きる可能性すらあった。

 

「キャル」

「うひゃぁ!? え? ネネカ所長!? なんでここに!?」

「上の私は、もうひとりの私。こちらが本物ですよ」

 

 そんな状況で、ネネカはキャルに声を掛けた。あの状態ならば魔法も十分効くだろう。だから、強力なスキルを叩き込んで押し戻す。そのための人員として彼女を呼んだのだ。

 そうは言われても、とキャルはガリガリと音を立てながらこちらに向かってくるデストロイヤーを見やる。あの時ほどの威力は通常では出せないし、何より、自分はこの街のアークウィザードとしては恐らく最底辺だ。上が規格外なだけだが、普通では足りない。そんな風に思っていた。

 

「大丈夫ですよ。貴女は、自分が思っているよりも普通ではないですから」

「それは褒めてるの!?」

 

 キャルのツッコミにネネカは答えない。その代わりに、それに心配せずとも、と視線を前に向けた。

 見覚えのあるぼっちが二人、必死の形相でデストロイヤーに向かって何かを行っている。別に一人に任せるわけではないのですから。その姿を見せたネネカが、そう言って微笑んだ。

 

「《ボトムレス・スワンプ》! 《ボトムレス・スワンプ》! あああアオイちゃん! 私結構限界!」

「だ、大丈夫です。だいじょぶだいじょぶ、だいじょぶマイフレンド! この、BB団の絆の力を、えっと、これ力なんでしょうか? いや、力に違いない! だって、何かの役に立つって言ってましたし!」

「いいから! 早く!」

「ははははははぃぃぃ! 森のお姉さんの種を使った――これが植物の力です!」

 

 アオイの固有スキルなのか、それとも彼女の使った種が特殊だったのか。デストロイヤーの進軍を止めるべく生み出された泥沼に加え、巨大な蔦が壁のようになりそのスピードが更に落ちる。

 

「さて、キャル。おいしいところを持っていってください」

「……あーもう! やってやろうじゃない!」

 

 杖を構え、先端の呪文書を捲る。後はダメ押しだ。自分の役目はそこまで重要ではない。だから、失敗しても別に。

 違う、と頬を張った。ここで日和ってどうする。気合で負けてどうする。あのカズマですら成功させたのだ。自分が失敗したら、絶対にバカにされる。それだけは、絶対に。

 

「私も手伝います。二人がかりといきましょう」

「何でわざわざあたしに……」

「同じ呪文の方が、合わせやすいでしょう?」

 

 キャルになったネネカが同じ詠唱をし始める。それを横目に、キャルも詠唱を再開した。

 生み出された魔法陣は先程のものとは比べるべくもないが、それでも、自分の全力を込めたこれで、あの巨大要塞に一矢報いて、それで。

 

「カズマだけに、いい顔なんてさせてやらないんだから!」

 

 呪文は完成した。後は、タイミングなど気にせずに、とにかくぶっ放せばいい。

 

「《アビスバースト》ぉぉぉぉ!」

 

 デストロイヤーがぐらりと揺れた。そして、三重の足止めを叩き込まれたことで、巨大要塞はその動きをようやく止めた。地響きと、体が震えるほどの音を立て。逃げるしかないと言われていたそれが、活動を停止したのだ。

 ふひぃ、とへたり込む。やった、やってやった。そんなことを思いながら、キャルは隣にいたはずのネネカへと目を向け。

 

「……あれ?」

 

 誰もいない。え、と思わず視線を巡らせると、動かなくなったデストロイヤーへと既に向かっていた。理由は言わずもがなだ。

 まあ何にせよこれで一件落着だろう。そんなことを考えて空を仰いだ彼女の耳に、突然避難命令が飛び込んでくる。音の発生源は、デストロイヤー。どうやら無茶な破壊を行ったことで動力源の制御が出来なくなっているらしい。どうなるかはその避難命令だけでは分からないが、凡そ予想できる。

 

「ま、マズいんじゃないの!? どうにか」

「大丈夫です。あとは任せてください」

 

 慌てて立ち上がろうとしたキャルへと声がかかる。視線を向けると、ダクネスを伴ったペコリーヌが笑顔でサムズアップを見せていた。

 

「キャルちゃんも、コッコロちゃんも、カズマくんも。みんな頑張ったんです、わたしも」

「ギリギリまで自重してください!」

「分かってますよー。ダクネスちゃん、心配性ですね」

 

 では、行ってきます。そう言ってデストロイヤーへと駆けていく。どうやら他の冒険者も同じようにデストロイヤーへ乗り込もうとしているらしく、巨大要塞へと次々人が突撃していくのが見えた。

 

「……じゃあ、後は任せたわよ」

 

 ふう、と息を吐く。一応向こうの後方支援をしている連中の方に合流するか。そんなことを思いながら、キャルはゆっくりと立ち上がった。

 




現出せよ! の後にどうしても天楼覇断剣って付けたくなる。


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その23

この話でデストロイヤー終わらせるつもりだった(過去形)


「おいおい、大丈夫かよ……」

 

 避難警報が鳴り響いているデストロイヤーに乗り込んでいく冒険者を見ながら、カズマはそんなことを呟いた。いくらこの街を破壊されるわけにはいかないと思っていたとしても、あそこまで勢いを付けられるのだろうか。

 

「何か、譲れないものがあるのでしょう」

「そんなもんか?」

「はい。ペコリーヌさまが見せていたお姿のように、この街の冒険者の方々も、きっと」

「……そいつぁ立派だな」

 

 ふふっ、と後ろでネネカが笑っているのは気が付かない。カズマはコッコロの言葉を受け、向こうで動かなくなったデストロイヤーを見るのみだ。アオイとゆんゆん、そしてキャルの攻撃により出来た泥と蔓の塊は、巨大要塞に乗り込むのに丁度いい道となっている。大して労せず冒険者達は乗り込み、そして機動要塞の暴走を止めんと行動を起こしていた。

 

「さて、カズマ」

 

 ネネカが声を掛ける。あなたはこれからどうしますか。そう述べ、す、と手を差し出した。

 

「どうするもこうするも。後は向こうのがどうにかしてくれるのを避難の準備しつつ待つだけだけど」

「おや、そうでしたか。ペコリーヌはあちら側ですよ? もし失敗したら」

「……いや、どっちみち俺に出来ることなんかねーって」

 

 一瞬言い淀む。が、自身で述べたようにやれることなど何もない。搦手が通じるような規模の相手ではない以上、カズマにやれることは精々が。

 

「では、私からドレインタッチで消滅するまで魔力を補充してください。そして、このスクロールで私と合流し、いざという時にスキルで強化を頼みます」

「いや、俺の話聞いて――は?」

「エクスプロージョンを使用したので、私の体はそれほど持ちません。なので、カズマの補充に使おうかと」

 

 しれっとなんてことのないようにネネカはそう述べる。対するカズマは何を言っているかさっぱり分からない。体が持たないとか、消滅するとか、まるで彼女がこれから死ぬみたいな。

 それ以前に、その後彼女は私と合流しろとか抜かしたのだ。じゃあここにいるお前は何なんだ、そんな疑問が湧いても不思議ではない。

 

「今デストロイヤーに侵入しているのが本物です。私は分身、気にすることはありませんよ」

「なんなの!? これがここの常識なの!?」

「主さま……ネネカさまは特別なので、あまり彼女を基準になさらない方が……」

 

 コッコロの言葉に少しだけ我に返る。そうだよな、こんなんがそうぽこじゃかいてたまるか。気を取り直し、もうそういうものだと割り切ることにした。

 それで、どうするんだって? もう一度ネネカに問い掛けると、魔力を補充した後に向こうへ飛ばすから合流しろという言葉が返ってくる。嫌だと即答したくなるが、向こうの処理が出来なければどのみちこの街は大変なことになる。ここまできてじゃあ逃げる、というのは、流石に醜聞が酷い。何より、コッコロの目の前でそんな提案をされてしまっては、断るに断れない。

 

「ネネカさま。わたくしも同行することは出来ませんか?」

 

 ほらこうなる。カズマは予想通りの彼女の返答に、ああちくしょうと頭を掻いた。ネネカは分かっていて提案したのだ。この性悪合法ロリエルフ、と心中で毒づきながら、行くのは俺一人だと言い切った。

 

「主さまっ!」

「……コッコロは、外の支援を頼んだ」

「ですが」

「心配すんなって。ちょっとあの腹ペコ連れて逃げるだけだから。暴走はそこの本物がどうにかしてくれるだろ」

 

 そう言ってカズマは笑う。割と空元気で楽観的予想ではあるが、とりあえずコッコロをこの場で説得さえ出来ればいい。ここさえ乗り切れば、割と本気でペコリーヌを連れて逃げる算段も立てている。

 分かりました、とコッコロが頷いた。それを確認すると、ネネカも微笑みながらカズマへと近付き、彼の手を取り自身の体へと導いた。

 

「さあ、遠慮なく吸い尽くしてください」

「……何かすげぇいかがわしいことしてる気がする」

 

 コッコロの視線を気にしながら、カズマはドレインタッチでネネカの魔力を吸い取っていく。徐々に彼女の体は透けていき、では頼みましたよという言葉を残して、一枚のスクロールを残して消えていった。

 ふぅ、と息を吐いたカズマはそのスクロールを手に取る。詳しいことは分からないが、とりあえず向こうに合流する呪文が封じてあるらしい。

 

「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」

「はい、行ってらっしゃいませ、主さま」

 

 

 

 

 

 

 デストロイヤーの甲板へと転送されたカズマの視界に入ったのは、小型ゴーレムや戦闘用のゴーレムが次々と破壊されていく光景であった。駆け出しの街に似つかわしくない高レベルの冒険者達を中心として、見事な連携で仕留めている。

 

「なんだあれ……?」

 

 乗り込んだ冒険者の大半が男だったらしく甲板は割とむさいことになっているが、今のカズマにはその辺りは別段関係がない。目下の目標は、ここにいるらしい本物のネネカとの合流と、そして。

 

「あの腹ペコはどこにいるんだ……?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡すが、ペコリーヌらしき姿は見当たらない。このむさい空間で彼女のような存在はすぐに目立つと思ったのだが、どうやらそうでもないのかもしれない。

 でかいのが来たぞ、と誰かの叫びが聞こえた。慌てて視線を向けると、大型の戦闘用ゴーレムが周りの冒険者をものともせずにこちらに駆けてくる。

 と、その進路上に人影が躍り出た。ゴーレムはそれに思い切りぶつかり、そして人影はゴムボールのように弾き飛ばされバウンドする。その衝撃のせいなのか、ゴーレムはターゲットをその弾き飛ばした人影に変更すると、倒れたままのそれを踏み潰した。

 

「……」

 

 動きが止まる。少し前まで生きていた人間が目の前であっさりと死ぬのを目の辺りにした。その衝撃で、ほんの僅かだが動揺した。

 

「く、ふふふ。あぁ……何という衝撃でしょう……! このままどんどんと床にめり込められたクウカは、身動きが取れないまま一方的に……じゅるり」

 

 即座に氷解した。そして同時に、別の衝撃で動揺した。甲板の床でゲシゲシと踏みつけられているスク水のような服を着た美少女が、よだれを垂らしながら恍惚の表情で悶えている。

 いつぞやに見た、ダクネスでない方のドMであった。

 

「おいこらクウカぁ! 悶えてねぇで少しは反撃しろ!」

「え、で、でもダストさん……。ここでクウカが反撃をしたら、他の人に危害が加わるかも、しれませんし。だからこうしてクウカは……ぐふふ」

「悦んでるだけだろうがお前は! そんなに踏みつけられたきゃ他のゴーレムもまとめて惹き付けとけ!」

「あぁ! そ、そんな手が……!? さ、流石はダストさん、クウカをいいように扱い、蹂躙されるさまを眺めて楽しむなんて……じゅるり」

「……リーン。ちょっとあいつごとゴーレムぶっ飛ばせ」

「何言ってるのよ。あたしの火力でクウカをどうにか出来るわけないじゃない」

 

 パーティーなのか、それともただの顔見知りか。ダストと呼ばれた金髪のチンピラ風な男がクウカに向かってそう叫んでいるのが見えた。横にいるリーンと呼ばれたポニーテールの少女も、何かを諦めたようにそう述べる。

 よし、俺は何も見なかった。そういうことにしたカズマは、向こうでドMと共に戦っている面々から視線を外すと、その場からの離脱を始めた。ここにはいない、だから移動する。そこに他意はなにもない。

 この機動要塞のエネルギー、動力源。恐らくそこへと彼女らは向かっているはずだ。そんなことを思いながらカズマが甲板を駆け抜けていると、何やらガンガンと扉を殴りつけている冒険者達の姿を見付けた。そちらへと近付くと、この要塞の内部へ通じる扉を破壊しようとハンマーを振り上げている。

 

「ようやく来ましたか」

「うぉ!」

 

 背後から声。振り返ると、どことなくホクホク顔のネネカの姿が。色々とデストロイヤーを調べたのだろう。よく見るとこの機動要塞を構成していたと思われるパーツの詰まったカバンが腰についていた。

 

「外部は粗方調べ終わりました。後はそこの内部だけです」

「あれ、ね……」

 

 冒険者がガンガンやっている場所を見る。手伝わなくてもいいのか、と問い掛けると、肉体労働は苦手なのですよという返事が来た。

 暫しその姿を眺めていたカズマであったが、そこでふと思い出した。彼女と出会うのも目的の一つだったので忘れていたが、コッコロに述べたもう一つの目的が残っている。

 

「ネネカ所長」

「どうしました?」

「ペコリーヌのやつ知りません? あいつ連れて帰らないといけないんで」

「ああ、彼女でしたら」

 

 視線を動かす。扉を破壊しようとしている冒険者達を阻止しようと集まってきたゴーレムが、一人のクルセイダーによって止められるところであった。

 

「ぐぅ……普段なら心地よい痛みに酔いしれるところかもしれんが、今の私は!」

「変なとこ真面目ですよね。ダクネスちゃん」

 

 ゴーレムを受け止めたクルセイダー、ダクネスの横を駆け抜けたペコリーヌは、そのまま剣を一閃しゴーレムを切り裂く。ゴトンと落ちるパーツを横目に、ダクネスの受け止めているもう一体に飛び掛かり縦に両断した。

 とりあえずはこんなものか。周囲の動かなくなったゴーレムを見渡しながら、ペコリーヌとダクネスは一旦剣を下げる。そうした後、自分達を見ているカズマに気が付いた。

 

「カズマくん!? 来てたんですか?」

「色々無理矢理だけどな」

 

 で、この後どうするんだ。そう尋ねたカズマに対し、彼女は迷うこと無く向こう側の扉を指した。あの中の、デストロイヤーの動力源なり責任者なりを止めて、事態を終息させるのだ、と。

 

「当然、私も同行します」

 

 ネネカが口を挟む。ダクネスは元よりついていくつもりなので何も言わずそこに立っていた。

 ペコリーヌはカズマを見る。だから、もし連れ帰るつもりなら。そう言って、彼を真っ直ぐに見る。無理矢理なら、抵抗しますよ。その目がそう述べていた。

 

「……しょうがねぇなぁ」

「カズマくん?」

「んじゃとっとと原因を止めて、帰ろうぜ」

「はいっ!」

 

 満面の笑み。それを見たカズマが少しだけ照れくさくなって視線を逸らしたが、丁度そこにいたネネカが楽しげに口角を上げていたのを見て顔を顰めた。その横で、ダクネスが何とも複雑そうな顔で両方を眺めている。これはそういうことなのか、それとも。ううむ、と悩み始めたものの、答えは出ない。

 開いたぞ、という叫びが聞こえる。こじ開けられた扉の中へと冒険者達が殺到する中、カズマ達も向かおうとそちらに駆け出した。建物内にもゴーレムはいたが、謎の団結力を見せている冒険者達やペコリーヌによってなすすべなく倒されていく。

 

「そういや、確か。これを作った研究者が今も動かしてるんだったか?」

「そういう噂もある、というだけだ。実際はどうか分からん」

 

 カズマの疑問にダクネスが答える。現状盾役の彼女は出番がない。そして彼も当然出番がないので、必然的に後ろで追従するのみになる。

 ともあれ、それが本当ならここの奥にはその研究者が待ち構えている。ボスの二連戦は正直勘弁して欲しい。そんなことを思いながら冒険者達がなだれ込んだ部屋へと近付き。

 

「……どうしたんだ?」

 

 さっきまでの勢いが途端に無くなった冒険者達を見て首を傾げた。尋ねてみると、あれを見てみろと部屋の奥の椅子を指差す。

 白骨化した遺体が、静かにそこに座っていた。

 

「まあ、昔の話ってんだから、そりゃそうだよな」

 

 うへぇ、と骨になった研究者らしき遺体を一瞥すると、何かこの状況をどうにかする手段がないかとカズマは部屋をあさり始めた。これで何もないなら出来るだけ遠くへと逃げる腹積もりである。

 冒険者達もそれに習い積んである資料などを調べ始めたが、当然ながら何が何だか分からない。ただ一人、ネネカだけはそれらをパラパラと捲って理解しているようであった。

 

「ん?」

 

 そんな中見付けたのは一冊の手記。どうやらこの研究者のものらしく、思わずその内容を口にしてしまう。

 そうしてカズマが読み上げたそれは、凡そ想像していたものとはかけ離れたもので。ぶっちゃけてしまえば何だか知らんうちに適当に出した設計図と適当に出した指示でこんなもん出来ちゃったから自棄酒したらうっかり起動させて大☆暴☆走、である。もういいや知らん、と責任者は投げやりになっていた。

 

「嘗めんなっ!」

 

 思わず手記を叩きつける。とりあえずそこの骨はどうしてやろうかと考えていたが、思いの外他の連中は穏便なようで、下ろして埋葬してやろうと言い出していた。あまりにもなオチのおかげで、冷静になってしまったのかもしれない。

 

「とりあえず、責任者がこの状態な以上、後は動力源ですね」

 

 一通り資料を見終えたネネカが述べる。さっきの話からするとその辺はデストロイヤーに関係ないものではないのかと思ったが、彼女は何も語らない。中々良い知識を得ました、と言っているところからすると、機動要塞とは別の収穫があったのかもしれない。

 ともあれ、そうなるともはやここにいる冒険者ではどうにも出来ない。外のゴーレムの残りを始末しながら脱出するということになり、どうにか出来そうな人員だけ残ることとなった。

 何故かカズマが残された。

 

「……」

「どうしたカズマ。お前のことだから何か文句を言うのかと思ったが」

「そりゃ言いたいけど。そこの腹ペコは絶対残るじゃねーか……」

 

 残された面々の一人、ダクネスにカズマはそう述べる。ネネカとペコリーヌが、動力源をどうにかすると手を上げた人員であった。

 もういいからさっさと片付けてくれよ。そんなことを思いながらネネカを見たが、彼女はポーカーフェイスのままその動力源を見るばかり。

 

「成程、これがコロナタイト……随分と貴重な鉱石を使った動力ですね」

 

 鉄格子に囲まれたそれを杖でコンコンと叩いていたが、ふむ、と視線をペコリーヌへと向けた。分かりました、とネネカと入れ替わる形で動力源の鉄格子の前に立ったペコリーヌは、普段見せないような真剣な表情で剣を振るう。

 

「これで、大丈夫ですね」

 

 動力装置ごと横一文字に斬られた鉄格子は、床にゴトンと落ちると燃えるような赤い光を放ち続けている石を転がした。

 警告が止まる。動力源を破壊したことでデストロイヤーの機能が停止したのだろう。これでとりあえずは大丈夫かもしれないが、肝心な問題が残っていた。

 

「で、これどうすんだ? ……なんか今にも爆発しそうだが」

 

 赤々と光るコロナタイト、これをどうにかしなくては結局は一緒だ。とはいえ、カズマではこんなものをどうにかする方法など思い付かない。ペコリーヌもダクネスも、彼の言葉に返答が出来ず固まっている。

 

「ではカズマ、貴方の出番ですよ」

「は?」

 

 ネネカがその石を見下ろしながらそう述べる。特徴的な杖を取り出すと、何やら呪文を唱え始めた。

 

「もうひとりの私――《ミラーミラー》」

 

 増えた。二人になったネネカは、では始めましょうかとカズマをコロナタイトの落ちている場所へと誘導させる。

 我に返った。何をさせる気だ、とネネカとネネカに食って掛かったカズマは、大したことではありませんよという彼女の言葉で後ずさった。これは絶対大したことをやらせる気だ。そう確信した。

 

「大丈夫です。あのスキルを使ってもらうだけですから」

「あのスキル? 結界を破壊するために二人を強化したというやつのことか?」

 

 ダクネスの疑問に、ネネカは頷く。そうしながら、やることは簡単だと視線を動かした。

 コロナタイトを外付けの魔力源としてカズマのスキルを使い、それによって強化された魔法でコロナタイトを冷やす。言ってしまえばそれだけだ。

 

「え? それ俺大丈夫? 無限のエネルギーが俺を内部から爆発させたりしない?」

「この間までの貴方ならばそうだったかもしれませんが、今ならば大丈夫でしょう」

 

 特訓をしてよかったですね。そう言って口角を上げたネネカは、では早速とコロナタイトに近付いた。姿をウィズに変え、ドレインタッチで燃え盛る石からカズマに魔力を移す。そこに向かいネネカが魔法で冷却を開始、後はカズマがそのネネカをスキルで強化すれば完成だ。

 

「カズマくん……大丈夫ですか?」

「いやもう始められたからやるしかねーじゃん! こんにゃろぉ!」

 

 ショートソードを構え、ネネカにひたすらスキルを使う。強化された魔法によりコロナタイトが冷やされ、そして即座に赤熱するのを繰り返す。ウィズになっているネネカの分身の手は、最初こそ焼け焦げたが次第にそれほどのダメージではなくなってきた。

 

「おお、いい感じだ。……ん? 待て、コロナタイトは永遠に燃え続けると言われていなかったか?」

「そうですね」

「いやそうですねじゃねーだろ! 俺このまま永久にやり続けるのか!?」

 

 ダクネスの疑問にさらりと答えたネネカは、続くカズマのツッコミにもまさかと即座に返す。コロナタイトは永久に燃え続けると言われている石だが、別に永久に壊れない石ではない。そう述べた。

 

「つまり――ああ、そろそろですね」

「へ?」

 

 視線を下に向けると、冷えては燃えて冷えては燃えてを繰り返していたコロナタイトにヒビが入った。甲高い音を立て、燃え盛っていた石が砕け散る。カラカラと音を立て転がった破片は、先程のものよりも輝きを失っていた。

 その中の比較的大きな塊を手に取ったネネカは、何かのケースのようなものにそれを回収すると息を吐いた。これで終わりですね、とのたまった。

 

「さて、脱出しましょう。あの欠片がもし爆発したら、この甲板くらいは吹き飛ぶかもしれませんからね」

 

 しれっとそう述べたネネカを見て、そして床を見て。最後に顔を見合わせた三人は、こくりと頷くと全力で駆け出した。

 




次回で一巻分(?)終わり


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その24

デストロイヤー戦終わり


 地上に戻ってきた四人が上を見上げると、デストロイヤーの上部から煙が上がっていた。どうやら破片が爆発したらしい。あの程度で済んでいるのだから、処理は成功で間違いあるまい。

 どうなるかを見守っていた冒険者達は、警告が消え、そして四人が戻ってきたことで歓声を上げる。やった、やりやがった。そんな声が聞こえ、口々にペコリーヌ、ダクネス、ネネカ、そしてカズマを褒め称える。

 

「いいえ。この成果は、皆さんのおかげですよ」

「そうですそうです。みんなが、英雄ですよー!」

 

 ネネカとペコリーヌがそう述べ、周囲に歓声が更に大きくなる。完全に祝勝ムードへと変わり、動かなくなったデストロイヤーを眺めながら冒険者達は街へと戻っていった。戻って宴会だ、そんな言葉が聞こえてきた。

 その波に逆らうように、コッコロとキャルがこちらに駆けてくる。二人が無事であったことを確認すると、安堵の溜息を吐いていた。これにて一件落着。いうなれば、そんな終わり方で。

 

「――ん?」

 

 デストロイヤーが振動した気がした。思わず視線をそちらに向けたカズマは、折れた足でゆっくりと立ち上がろうとしている機動要塞を視界に入れ。

 

「動力源ならぶっ壊しただろ、何でまた動いてるんだ!?」

「んなっ! ど、どうなってんのよ!?」

「これは……!?」

 

 蜘蛛の形をした複眼のような部分に数個光が灯っている。気のせいでもなんでもなく、デストロイヤーは再び活動をしようとしていた。

 音声が響く。内部バッテリーの動力を使い切らずに強制停止をした場合、エラーが起こる場合があります。電化製品かよ、というカズマのツッコミが虚しく響く中、未だ形の残っていたデストロイヤーが鈍重ながら一歩を踏み出し。

 

「これは、予想外ですね」

 

 ふむ、とネネカが呟いた。異常事態に気付いたのか、気の抜けていた冒険者達は一気にパニックになる。逃げろ、という声を皮切りに、皆口々に避難を始めた。

 コロナタイトがない以上、デストロイヤーはそのうち停止するだろう。そういう意味では、間違いなくアクセルの冒険者達は討伐を成功させたのだ。ただ、ほんの少しだけ運がなかっただけ。

 

「……カズマくん」

「何だ? 俺達も早く逃げないと」

 

 その状況の中、ペコリーヌは真っ直ぐにデストロイヤーを睨んでいた。あの機動要塞は死に体。何かしらダメ押しさえ出来れば、破壊は可能だ。ただ、緊張の糸が切れたことで、それを実行出来るだけの意志が足りないだけ。

 

「わたしに、あのスキルをかけてください」

「は? いやそんなことよりも」

「お願いです。そうしてもらえれば、わたしは」

 

 あの機動要塞をやっつけます。そうペコリーヌは言い切った。冗談でもなんでもなく、真剣な目で、そう述べた。

 ダクネスが慌てて彼女を止める。そんなことをしたら、とペコリーヌをなだめたが、今なら大丈夫ですよと笑顔で返された。

 

「今なら殆どの人も見てませんし。こっそりやれば、大丈夫ですって」

「一番見られたらまずい相手がここにいるのですが!」

「失礼ですねダクネス。私は徒に秘密を言いふらしたりする人間ではありませんよ」

 

 思い切り指を差されたネネカは、呆れたように息を吐いた。これでもきちんとわきまえている方だ。そう続けながら、くるりと踵を返した。

 

「そんなに信用がならないのなら。私は向こうの冒険者達をまとめてきます。その間に、済ませてください」

「ネネカ所長……」

 

 ペコリーヌが頭を下げる。ダクネスも、そんなネネカを見てすまなかったと謝罪した。

 ひらひらと手を振りながらネネカが去っていく。その背中から再度ゆっくりと動いているデストロイヤーに視線を戻すと、ペコリーヌはもう一度カズマに述べた。お願いしますと言葉を紡いだ。

 

「あの、ダクネスさま、ペコリーヌさま。わたくし達は、ここにいてもよろしいのでしょうか?」

「出来るならあたしは逃げたいんだけど」

「む。そうだな……」

 

 どうしましょうか、とダクネスはペコリーヌを見やる。そうですね、と呟いた彼女は、もし出来るならばと言葉を続けた。

 見守っていて欲しい、と二人に伝えた。

 

「……わかりました」

「しょうがないわねぇ……」

「待て待て待て。俺を無視して話進めるな!」

「何よカズマ。ここまで来てやらない気?」

「主さま、お願いいたします」

「いややるけど、この流れで逃げることはないけど!」

「ごめんなさい、カズマくん」

 

 あはは、と苦笑するペコリーヌを見て、カズマはガリガリと頭を掻く。ショートソードを構えながら、彼女に向かって声を張り上げた。

 

「それだけ言うからにはお前、絶対成功させろよ! いいか、絶対だぞ! フリじゃねぇからな!」

「分かってます。絶対に」

 

 カズマの言葉に頷いたペコリーヌは、剣を構え、牛歩のような一歩で近付くデストロイヤーを見やる。そうしながら、ああそうだ、と声を上げた。

 

「この戦いが終わったら、みんなでご飯を食べましょう。カズマくんと、コッコロちゃんと、キャルちゃんと――他にも沢山の、みんなで」

「おいやめろ、なに死亡フラグ立ててんの!? そんなにお約束が好きか!」

 

 フリじゃねぇって言っただろうが。キリッとしたペコリーヌの頬を思い切り引っ張って伸ばしたカズマは、あぁぁぁぁと叫ぶダクネスを無視して溜息を吐く。痛い、と頬をさすっているペコリーヌを見ながら、改めてと後ろに下がった。

 

「よし、じゃあ行くぞ。準備はいいか?」

「たった今駄目になりましたよ~……」

「知らん、自業自得だ。さっさと気を取り直せ」

「はーい。……よし、行けます」

 

 深呼吸をしたペコリーヌが改めて剣を構える。そんな彼女に向かって、カズマは残っている魔力を消費してスキルを使用した。おっと、とぐらついたが、コッコロが彼を抱きとめる。

 

「……やばいですね☆ 体の奥から、勇気が溢れちゃいそうです」

 

 淡く光ったペコリーヌは、手にした剣を握り直すと、それを思い切り天へと掲げた。

 瞬間、彼女の服装が変化する。装飾が増えたその姿で手にしている剣は、普段のそれとは違う左右対称のデザインの両手剣。その煌めきは、勇者の持つ剣と言われても信じてしまいそうで。

 

「――ふう。成功しました。……あとは」

 

 変化した両手剣を構え、デストロイヤーに向ける。足に力を込め、目標を定め、そして。

 背後ではダクネスが固唾を飲んで見守っている。本当は意地でも止めたいだろうに、こちらの思いを汲んで立ってくれているその姿に、ペコリーヌはありがとうと呟いた。

 

「おいペコリーヌ」

「どうしました?」

 

 行くぞ。そう決めた直前、カズマが彼女に声を掛けた。さっきも言ったが、絶対にぶっ倒せ。そう述べた彼は、続けて、こんなことを言い出した。

 

「終わったら、あのデカブツの報奨金で好きなだけ飯食ってもいいから。だから絶対に成功させろよ!」

「主さま……いいのですか?」

「あんた、それ本気?」

「失敗してぺしゃんこよりはマシだろうが」

 

 コッコロとキャルの言葉にそう返し、分かったかとペコリーヌの背中に叫ぶ。それを黙って聞いていた彼女は、静かに、ゆっくりと言葉を返した。

 

「目一杯、食べますよ? いいんですか?」

「大丈夫だ。責任は俺が取る!」

「――はいっ!」

 

 腰を落とし、左手を前に突き出す。そこから生み出された魔法陣に向かい、彼女は思い切り突っ込んだ。それに合わせるように、彼女の背中から、オーラのようなもので構成された翼が生える。

 魔法陣の力で加速度を増したペコリーヌは、そのまま一直線にデストロイヤーへと飛んでいく。その姿は、さながら一筋の光のようで。

 

「全力全開の更に先!」

 

 デストロイヤーに接敵した。魔法陣と壊れかけの魔力結界がぶつかり合うが、何の苦もなく結界が砕け散った。所詮魔法を防ぐもの、物理攻撃スキルから守るようには出来ていない。

 

「超! 全力全開――」

 

 剣先がデストロイヤーにめり込む。勢いを失うことなく、鋭い閃光となったペコリーヌは、巨大な機動要塞を真一文字に切り裂きながら、ひたすら真っ直ぐに突き進んだ。

 

「《プリンセスストライク》!」

 

 通り抜ける。斬り抜ける。上下に両断されたデストロイヤーは、頭部で僅かに灯っていた複眼の光を消し、ガラガラと崩れ去っていった。

 ペコリーヌはそのまま近くの岩山に激突する。デストロイヤーとは関係ない場所が崩れたことで、彼女の姿を見守っていた四人は目を見開いた。

 

「ペコリーヌ!?」

「ペコリーヌさま!?」

「ちょっ、ペコリーヌ!」

「ユースティアナ様ぁ!」

 

 四人の彼女の名を呼ぶ声が重なった。駆け寄るにはかなりの距離がある。それでも向かおうと足を踏み出した四人の視界に、小さいがはっきりとこちらに駆けてくる人影が。

 ちょっと最後失敗しました。砂や岩で盛大に汚れたペコリーヌは、四人のもとへと戻ってくると笑みを浮かべた。五体満足で、きちんと、無事に。

 

「――あぅ」

 

 そして笑顔のままぶっ倒れた。慌てて駆け寄った皆が見守る中、彼女はか細い、絞り出すような声で、言葉を紡ぐ。

 

「お腹、ペコペコ――」

 

 

 

 

 

 

 

 デストロイヤー討伐から一週間と少し。この歴史的快挙によってアクセルの街はいまだ湧いていた。冒険者が力を合わせ、天災として扱われていたかつてないほどの大物賞金首は討ち取られたのだ。

 当然、その報奨金も膨大である。参加した街の冒険者全てに、冒険者カードの討伐の功績に応じた分配が今からされるらしいが、最小限だとしてもその金額はかなりのものであろう。ギルド酒場も、異様な熱気に包まれていた。

 

「みなさん! 改めて、デストロイヤー討伐、おめでとうございます! 最後はちょっぴり怖かったですが、無事にあの天災扱いの機動兵器は倒されました」

 

 あの後、デストロイヤーは残されたエネルギーで立ち上がったものの、数歩動いたところで限界を迎え自壊したということになった。どのみち倒していることには変わりないので、あの光景は伏せようということになったのだ。カズマ辺りが文句を言うかと思っていたが、予想がついていたらしく意外にもおとなしかったのでキャルは拍子抜けした。

 デストロイヤーの動力源をどうにかしたのは俺だから、貢献度が一番高いのも俺。だから何の問題もない。というのが彼の弁である。

 ともあれ、ルナを筆頭としたギルド職員は、冒険者達に分配された報奨金を順に渡していく。大小あれど皆かなりの金額を貰っており、その顔が一様に笑顔だ。

 どん、と大量の札束が机に置かれた。おお、と皆がざわめく中、それを受け取る人物、ユカリはそれを思わず二度見する。

 

「えっと、私魔力結界に魔法打ち込んだだけなんだけど」

「あれがなければこの結果はありえませんでした。ですから、遠慮なく受け取ってください!」

 

 わぁぁぁ、と酒場が盛り上がる。そういうことなら、と札束の山を受け取るユカリに続き、同じようにめぐみん、ちょむすけ、ウィズも大量の報奨金を受け取っていた。

 

「では、次は……アオイさん」

「は! は!? はぇいぁぇ!?」

「と、ゆんゆんさん」

「は、はいぃ!?」

 

 デストロイヤーを停止させた功績により、直前までの面々よりは少ないもののそれでも大量のエリス紙幣が渡される。その量もさることながら、注目されているという一点でアオイは完全に頭がテンパっていた。ゆんゆんは彼女よりは冷静であるが、それでもやはり慣れていないのかオロオロとしながらそれを受け取っていた。

 では次は、とルナがダクネスを呼ぶ。コロナタイト処理のメンバーということで報奨金が増えたらしいが、そこまで役に立っていないのだがと彼女は非常に複雑な表情をしている。孤児院の学校運営費にでも充てるか、少しだけ気持ちを切り替えそんなことを考えた。

 そしてネネカ。色々な場所で動いていた彼女の報奨金は頭一つ抜けている。研究にはお金がかかりますからね、と迷うことなくそれを受け取り自分のものにした。

 最後は、ととあるパーティーに視線が移る。結界破壊のための超強化と結界破壊、デストロイヤーの停止、そしてコロナタイトの処理。今回の作戦の重要な部分ほぼ全てに何かしら関わっていた四人パーティーへと、ルナはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「カズマさん、コッコロさん、キャルさん、そしてペコリーヌさん。あなた方の功績は、デストロイヤー討伐の中でも群を抜いています。なので、報奨金は――」

 

 その金額を伝えられる。四人まとめてではあるものの、その膨大な額にカズマは思わず目を見開き、コッコロは口がばつ印になり、キャルは思わず頬をつねった。

 そうした後、おかしいぞと我に返る。その割には、自分達の目の前には何もない。どういうことだとルナに目を向けると、バツの悪そうな顔で目を逸らした。

 

「えっと、以上が報奨金の金額なんですが……。その後の、祝勝会の食事に掛かった費用諸々を報奨金から差っ引くということでしたから」

 

 ざわ、と辺りがざわめく。あの時の光景を思い出したのだ。デストロイヤー討伐の宴会で、どのくらいの量が食べられたのかを。

 

「ざっと……アクセルの街全体の食料三ヶ月分の代金と、一時的に枯渇した食料の補填料、通常まで状況を戻すために必要な経費を全て報奨金から引かせてもらったので……」

 

 す、とルナの横にいたカリンからエリス紙幣が四枚渡される。机の上ではなく、手渡し。四万エリス、それが諸々を全て差っ引いて残った報奨金らしい。

 静まり返った酒場の中心で、一人一万エリスを貰ったパーティーがゆっくりとギルド職員から離れていく。皆揃って、カズマ達から目を逸らした。

 

「……えっと。これ、みんなで分けてください」

 

 ペコリーヌが一万エリス紙幣を差し出す。が、いるかそんなもん、とカズマとキャルに返されすごすごと引き下がった。

 コッコロは貰った一万エリス紙幣を暫し眺めていたが、やがて何だかおかしくなって笑ってしまった。あの時はそれだけ馬鹿騒ぎしたのだ。だったら仕方ない。そんな風に、彼女は割り切ったのだ。

 

「主さま、キャルさま、ペコリーヌさま」

「ん?」

「なによ」

「どうしました?」

「せっかくですし、これで今晩のお夕飯の買い出しに参りましょう」

 

 そこそこ贅沢な夕食になるはずだ。そう言って笑みを浮かべたコッコロを見て、キャルも思わず笑ってしまう。それもいいかもね。そんなことを言いながらコッコロの横に立つ。

 

「はぁ……しょうがねぇなぁ」

 

 行くぞ、とペコリーヌに声を掛けた。他の連中は酒場で呑んだくれるだろうから、放っておけ。そんなことをぼやきつつ、彼も彼女達と同じように酒場の出口へと歩き出す。

 そうしてぱちくりと目を瞬かせていたペコリーヌも、次第に笑顔に戻り。

 

「はい、みんなでご飯を食べましょう!」

 

 四人が揃って酒場を出る。ワイワイとやかましい酒場を抜け、ガヤガヤと騒がしい街を歩く。アクセルの街は今日も平和で、そしてきっと、明日も明後日も。

 

「お金もないし、今度クエストでも受けましょうか」

「はい。お任せください、キャルさま」

「わたしも当然、行きますよ」

「おう、頑張れよ」

「あんたも行くに決まってんでしょうが!」

 

 とんでもない連中のいる街の日々は、続いていく。

 




一巻部分(?)完!

次から少しペースを落とすやもしれません。


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第二章
その25


二巻スタート
……二巻? これ三巻じゃない?


「ダンジョンアタックに行きますわ!」

「は、はぁ……」

 

 ウィズ魔道具店。そこに我が物顔でやってきた少女は、ポニーテールにした赤毛の縦ロールを揺らしながらそんなことをのたまった。突如現れたその美少女に、コッコロは目をパチクリとさせて曖昧な返事をすることしか出来ない。

 はいどうぞ、とウィズが彼女にお茶を差し出す。ありがとうございます、とそれを受け取ると、どことなく優雅な仕草でそれを口にした。

 

「それで、オーナー。突然どうしたんですか?」

 

 ウィズにオーナーと呼ばれた少女は、静かにカップを置くと、決まっていますと目を光らせた。立ち上がり、ズビシィと指を突き付けた。

 

「新たなダンジョンが見付かったのです。まだ冒険者には開放していませんが、そう遠くないうちにクエストが出されるでしょう」

「新たなダンジョン、でございますか」

「ええ! 手付かずのダンジョンはまさに宝の山! (わたくし)達の新たな商売の種もそこかしこに転がっているはずですわ!」

 

 そう言って高笑いを上げるオーナー。そういうわけなので、とコッコロに再度視線を戻すと、ダンジョンアタックの人員として雇いたいのだと彼女に告げた。

 ウィズはそんなオーナーを見て溜息を吐く。一応コッコロさんはこのお店の従業員なんですけど。そう言って少しだけ不満げにオーナーを見た。

 

「そんなことは承知の上ですわ。この間のデストロイヤー討伐の影響で、魔道具店の売上も落ちていますし、暫くはウィズさん一人で回してもらうとして」

「まあ確かに元々は私一人でしたけど……」

「大体、コッコロさんの本職は冒険者。ここの従業員は副業でしょう? 本来の仕事をないがしろにさせるなんて、許されざる行為ですわ」

 

 ぐう、とウィズが圧された。言われてみれば確かにそうだったからだ。コッコロが手伝いに来てくれている時があまりにも心地よいため、彼女としては離れたくないと無意識的に思ってしまっていたらしい。恐るべしコッコロ。

 ともあれ、正気に戻ったウィズは、分かりましたと頷いた。頷いたが、でもどうしてだと彼女に尋ねる。別にわざわざ人を雇わずとも、オーナーにはオーナーの仲間がいるだろう、と。

 

「ミフユさんとタマキさんには、現在デストロイヤーの残骸回収を任せておりますの。生真面目なダスティネス家に処分されたり、強欲なドネリー家に先を越されたりしては一大事ですから」

「何に使う気なんですか……」

「それはこれから考えますわ」

 

 言い切った。ウィズですら思わず絶句するほど潔いその言葉に、コッコロは思わず笑ってしまう。申し訳ありませんと謝罪しつつも、上げられた口角はそのままであった。

 まあそんなことはいい、とオーナーはコッコロに問い掛ける。この指名依頼を受けてくれるのか、と。

 

「……申し訳ありません、アキノさま。わたくしの一存では決めかねますので、主さま達がいる場でもう一度お話をしてくだされば、と」

「成程。それもそうですわね。では明日、そちらの教会へと向かわせていただきますわ」

「オーナー、一人で大丈夫ですか?」

「……ウィズさん、十万エリスで道案内として雇われる気はおあり?」

「別にタダでやりますから……」

 

 明日は臨時休業にします。そう言ってウィズは苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 翌日。アメス教会の一室で同じ説明を行ったアキノは、そういうわけなので攻略の人員として雇いたいと一行に述べた。

 

「というか、ダンジョンて突然生まれるもんなのか?」

「何? あんた知らないの? ダンジョンっていうのは基本的に強力な魔法使いやモンスターが作り出す迷宮のことよ。だから形も様々で、場所によっては城や砦だったりもするらしいわね」

 

 カズマの疑問にキャルが答える。へー、と聞いているのかいないのか分からないような相槌を打った彼は、今回のもそんな感じなのかと呟いた。

 ええ、とアキノが頷く。アクセルの街近くに出現したダンジョンは通常の地下迷宮タイプとは違い、特殊な構造をしているのだと語った。

 

「塔、ですわ」

「宝物が大量に眠っている塔か……」

 

 アキノのその宣言でカズマの脳裏にとあるレトロゲームが浮かぶ。大体あんな感じだろう、そう一人結論付け、色々面倒そうだなと顔を顰める。

 そもそもダンジョン攻略とかめんどくさい。彼の出した結論はこれであった。ちょっと試しに程度の感覚で、攻略の終わっているダンジョンに入ってみるとかならともかく、新しく出来た未知のダンジョンへ足を踏み入れるとなると。

 

「勿論、それ相応の報酬はお支払いいたしますわ。ダンジョンの宝も、こちらで必要ないと判断したものは持っていってもらっても構いません」

「太っ腹ですね」

 

 ほへー、とペコリーヌが述べる。本当ですよと若干呆れ気味に同意したウィズは、後押しするわけではありませんけどと苦笑した。元冒険者として言わせてもらうならば、と前置きした。

 

「今回のこれは、間違いなく儲け話です」

「ユカリさん達がいないとまともに売上も叩き出せないやつにそんなこと言われてもねぇ」

「うぐぅ……」

 

 キャルの言葉にぐうの音しか出なかったウィズは、しかし気を取り直すと商売はともかく冒険者としては儲かっていたのだと拳を握った。だったら何で商売人やってんのよ、という追加のツッコミで撃沈する。事情があるんですよ、とぼやいていることからすると、実は魔道具店は本意ではないのかもしれない。

 

「あぁ、いえ。お店自体は楽しんでますよ」

「駄目じゃねぇか……」

 

 とりあえずポンコツ店主は置いておいて。そこまで豪語するからには、確かな報酬が約束されていると考えてもいいだろう。間違っても前回のような、街を一つ救った結果夕飯がその日ちょっと豪華になった、で終わるようなものではあるまい。

 ともあれ、話を受けるにしろ断るにしろ、まずはその辺りを具体的に聞いてからだ。カズマの言葉に、そうでしたわねと頷いたアキノは指を一本立てる。

 

「前金で百万エリス。成功報酬としてプラス三百万でいかが?」

「ぐっ……! い、いや、流石に未知のダンジョンを進むのに一人頭前金で二十五万程度じゃ――」

「そうね。こちとら前回デストロイヤーぶっ壊して一万エリスだったんだもの。もう少し――」

「何を仰っているの? 一人百万に決まっているではないですか」

「ぐぅぅ……い、いや、俺は騙されんぞ。入ったらラストダンジョンばりに凶悪なモンスターが待ち受けてる可能性も」

「そ、そうよね。あたし達のレベルで倒せないような敵がウジャウジャいる可能性だって」

「現状、モンスターはコボルトやゴブリンなどの大したことのないものしか確認されておりませんわ。ですから駆け出しの街アクセルへクエストが発注されることになったのですし」

『やります』

「主さま!?」

「キャルちゃん……」

 

 即答である。危険度が少ないと分かった途端に、報酬に目がくらんだらしい。楽して一攫千金が手に入るのならば、現状そこまで金に困っていなくともやる価値はある。二人の意見は概ねこんな感じであった。

 二人の返答に、アキノは満足そうな笑みを浮かべる。そうしながら。コッコロとペコリーヌにも視線を向けた。こちらの二人は引き受けてくれた、ならば、そちらは?

 

「主さまが行くのであれば」

「みんなが行くなら、断る理由はないですからね」

 

 残り二人の答えも聞いた。これで戦力としては十分であろう。善は急げとばかりにドサドサと札束を机に積み上げ、交渉成立の証だと彼女は微笑む。

 

「百円玉財布から取り出すくらいの気安さで札束出してきやがったぞこのお嬢」

「スケール違うわね。流石お嬢様……」

「ペコリーヌさま? どうして目を逸らしているのですか?」

「いえ、ちょっと」

 

 そういう金持ちムーブとは無縁な貴族を思い出し、ペコリーヌは何とも言い難い表情を浮かべて視線を逸らした。そうしながら、せっかく貰ったんですし準備をしっかりしましょうとパーティーメンバーに声を掛ける。

 では終わり次第行きましょうとアキノがそれに同意した。

 

「……え?」

「アクセルの街周辺とはいえ、距離自体はそれなりにありますわ。向かうのならば、早い方がいいでしょう?」

「……そうですね」

 

 行ってらっしゃい、とウィズが呑気に手を振っているのが見える。お前は行かないのかよ、とカズマのツッコミが入るのがその五秒後だ。

 

 

 

 

 

 

 ででん、とそびえ立つ塔を見上げながらカズマは間抜けな声を上げる。駆け出しの街の新ダンジョンとかいうからもっと簡単なものかと思ったら、予想以上の高さが出てきたからだ。

 

「……これ、何階あるんだ?」

「ざっと、二十階程度でしょうか」

「用事を思い出しました。では、これで」

「お待ちなさい。既に契約は終えているんですのよ」

 

 ぐわし、とアキノが逃げようとしているカズマの肩を掴む。女の子とは思えない力強さで握りしめられたことで、彼は思わず悲鳴を上げた。

 あらごめんあそばせ。そう言って手を放すと同時、カズマは潜伏スキルを使って逃走を。

 

「スキル対策は万全ですわ」

 

 宝石を掲げると同時、彼の潜伏スキルが解除された。はぁ!? と抗議の声を上げるのと同タイミングで、アキノが距離を詰めてきている。再び腕を掴まれると、今度はミシミシと音を立てる勢いで握られた。当然悲鳴を上げる。

 

「っていうか何だこの力!? 貴族のお嬢様で商人だろ?」

「あら、ご存知ありませんの? ウィスタリア家は武人の家系でもありますわ。一人前の商人は、一人前の武人でもある。その家訓に従い、(わたくし)もルーンナイトとして冒険者登録をしておりますもの」

 

 ふふん、と自慢気に胸を張るアキノの胸部を眺めながら、はいはいそうですかとカズマはそれを流す。だったら別に俺いらないじゃん、そんなことをついでに思った。

 

「いいえ。主さまがいなければ、このパーティーは実力を発揮できません」

「いやそれは流石に言い過ぎ。まあ、でも、あんたがいると心強いわよね」

「え? 何? 俺そんな高評価?」

「カズマくんは、自分で思っている以上に大活躍なんですよ。色々と」

 

 自信持ちましょう、とペコリーヌが拳を突き上げ笑う。持ち上げられて嬉しくない者はそうそういない。カズマも例に漏れず、そう言われちゃ仕方ないなと無駄にドヤ顔で先頭に立った。面白い方ですわね、と微笑むアキノを気にすることなく、では出発と塔の入り口へと足を進める。

 そうして入り口の扉の前に立ったカズマとキャルは、そこでふと気が付いた。

 

「これ、一日で攻略済むのかしら?」

「無理だろ」

「……ひょっとして、攻略済むまであたし達ここにいなきゃいけないわけ?」

「……かもな」

 

 顔を見合わせる。うむ、と二人で頷くと、足に力を込め即座にこの場から離脱を。

 

「心配なさらずとも。掘り出し物を見付けるだけですから、最上階に向かう必要はありませんわ」

「ぐえっ」

「きゅっ」

 

 アキノに首根っこを掴まれた。前衛職の膂力で強制的に動きを止められたため、二人の息が一瞬止まる。ゲホゲホと咳き込むカズマとキャルを見て、少しやりすぎましたと頭を下げた。

 

「では、気を取り直して、参りましょう」

「コッコロちゃんも最近スルー力ついてきましたね」

 

 扉を開ける。中はいかにも出来たてといった様子の建物で、ダンジョンだと言われなければ気が付かないかもしれないほどだ。

 内部へ足を踏み入れた。即座に罠が発動する、ということもなく。最初の階だということで小手調べの意味合いもあるのだろう。五人が適当に歩いても、別段危険な場所はどこにもない。

 

「宝は……ないわね」

「いきなりあっても興醒めだしな。とっとと二階行こうぜ」

 

 嫌がっていた割に、いざダンジョンアタックを始めるとノリノリである。アキノが言っていたここは大したものではないというのを証明するかのような一階の構造だったことも拍車をかけたのだろう。コッコロとペコリーヌも、そんな二人を見ながら和気あいあいと後に続く。

 

「何だかピクニックみたいですね~。お弁当も持ってきましたし、どこかきりのいい場所で食べましょう」

 

 はい、と頷いたコッコロは、向こうでコボルトヒーローと戦おうとしている三人に支援を掛ける。ありがとうございます、とお礼を言いながら、アキノがモンスターを一体斬り伏せた。

 

「カズマ!」

「おう」

 

 もう一体のコボルトヒーローは、キャルが《ライトニング》で足止めをする。そこに目掛けてカズマの放った矢が二の腕に突き刺さった。それがどうしたと矢を引き抜いたコボルトヒーローは、反撃を行おうと剣を振り上げた状態で泡を吹いて倒れ伏す。

 

「よし、一丁あがり」

「あ、カズマ、あんた今度アサシンのスキル何か教えてもらったら?」

「成程、潜伏で近付いてこっそり始末するわけか。……いいね!」

「それはもう完全に冒険者ではなく暗殺者ですわね」

 

 はーっはっは、と二人して邪悪な笑みを浮かべているのを見ながら、ペコリーヌはあははと苦笑し頬を掻いた。まあ本人が満足ならそれでいいか、と思い直し、次の階層への通路がないか周囲を探索する。

 そこで、コッコロが何かを見付けてしゃがんでいるのを見掛けた。

 

「どうしたんですか? コッコロちゃん」

「あ、ペコリーヌさま。……これを」

 

 ひょい、と小さな人形のような何かを見せる。膝の高さ程度のサイズで、仮面を被ったようなデザインのそれを、どこかほっこりとした表情で抱えていた。

 

「以前、主さまが同じような仮面をつけておりましたので。どことなく、親近感が」

「そういえばそうでしたね。あれって確か、アキノちゃんがモンスターの付けてる仮面を元にデザインしたんでしたっけ? 最近見かけるようになったモンスターで、確か、触れると爆発す――」

 

 素早くコッコロから人形を奪い取り、全力で投擲した。丁度次の階層へ向かう番人を兼ねていたモンスターの方へ落ちたそれは、盛大に爆発し大ダメージを与える。

 ぜーはーと肩で息をしながら、危なかった、とペコリーヌは息を吐いた。

 

「も、申し訳ございません……」

「あはは、まあ無事で良かったです。でも」

 

 視線を巡らせる。新たに現れたダンジョン、そして、最近見かけるようになった謎のモンスター。これらが重なっているとするならば、ひょっとしたらここは。

 

「ちょっと、やばいかもしれませんね」

 




ベルディアの出番がどんどんと……


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その26

多分みんな出てくるの予想してた。


 ダンジョン攻略は驚くほど順調であった。階層が上がっても事前調査を覆すようなことはなく、適度な宝箱と適度なモンスター、そして適度な罠のコラボレーションがいかにもダンジョンという空気を醸し出していた。

 

「飽きたな」

「ぶっちゃけたわね」

「いやだってそうだろ。もう十階だぞ? その割にはそう大した変化もないし」

 

 ぐるりとカズマが辺りを見渡す。既に十一階へと進む階段は発見されており、そこの突入を阻むモンスターもアキノとペコリーヌのコンビネーションで細切れにされていた。

 手に入るアイテムもそこそこ止まり。アキノもまあこんなものですかと撤収ムードに入っていた。

 

「主さま。油断は禁物です。半分を越えたのを機に、難易度が上る可能性も」

「……いや、まあ。その可能性はないことはないだろうけど」

 

 コッコロの言葉にも頭を掻きながらそう返す。ここまで来て突然難易度が上がるような構造だとしたら、ここのダンジョンマスターは中々性格が悪い。油断をさせて一気に、という腹積もりなのかもしれない。

 

「まあ、撤退の準備だけはしておいたほうがいいかもしれないわね」

 

 そんなことを呟きながら、キャルは上階へ行こうとしているアキノへと歩みを進める。カズマ達もそれに続き、ペコリーヌとアキノがいる階段の上を覗き込んだ。

 ダンジョンの構成上、実際に進むまでその先がどうなっているかは分からない。一応気を引き締めて、そんなことを言いながら、五人は階段を一歩一歩上がっていく。

 そうして辿り着いた十一階。そこはやはり代わり映えのない光景が広がっていて、何だこんなものかという空気が広がっていく。

 

「なあ、もう帰らねえ?」

「そうですわね……。この階にめぼしいものがなければ探索は終了としましょう」

 

 カズマの提案にアキノも頷く。では最後の探索だ、とラストスパートを掛けるがごとく内部を歩き回ったが、少しだけグレードアップしたアイテムとモンスターが闊歩しているのみで。

 そんな時である。部屋の中央辺りの空間で、何やら作業をしていると思わしき人影を見付けたのだ。体格からして男のようだが、仮面を付けているので顔が分からない。この空間に場違いな、あるいは相応しい黒いタキシードを着ているその人影は、やってきたカズマ達に気付くとゆっくり振り向いた。

 

「む。お早い到着だな。残念だが此処から先はまだ改装中だ。今日のところは帰るがいい」

「は?」

 

 仮面の人影はそう言って笑い、ではまたのご来場をお待ちしていると締めた。当然ながら何を言っているか分からんとカズマとキャルは顔を顰める。

 その一方、それなら仕方ないですわねとアキノは素直に帰ることを選んだ。

 

「アキノさま? いいのですか?」

「親切に仰ってくれているのですもの。ここは素直に聞くべきですわ」

「んー。まあ、確かに。……見た目ほど悪い感じはしませんしね」

 

 ペコリーヌもその仮面の人影を見てそんな感想を抱く。ただ、どこかで見たような気がすると一人首を傾げていた。

 

「それで、仮面のお方? その改装はいつ頃終わるんですの?」

「ふむ。現在我輩は手伝いの身。こちらの一存だけで決めるわけにもいかんのでな」

「あら、ということは。あなたはダンジョンマスターではありませんのね?」

 

 アキノの言葉に仮面の人影はうむと頷く。このダンジョンは知り合いのものらしく、まずは駆け出しの街で腕試しがてら作ってはみたものの、調査の冒険者の時点で予想以上にレベルが高いことに驚愕。たまたま用事でここに来ていた仮面の人影にアドバイザーを頼んだらしい。

 

「本来ならば下の階層も手を加えたいが、そうすると序盤で挫折して来なくなる可能性もある。何よりヌルいダンジョンが急に嫌らしいダンジョンに変わると我輩の好む悪感情も増大してくれるであろうからな」

「……ちょっと待って、あんた今悪感情って言った?」

「む? どうした最近の食っちゃ寝生活で二の腕がプニプニになった猫耳娘よ、何か気になることでもあったのか?」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 突如のそれにキャルが吠える。そうしながら、こいつ間違いないわと指を突き付けた。

 お前は悪魔だ。目の前の仮面の人影に向かい、彼女はそう言い切った。

 

「ふむ。確かに我輩は悪魔だ。地獄の公爵にして、全てを見通す大悪魔、バニルである。ついでに魔王軍の幹部も片手間にやっているな」

「……え?」

 

 今なんつった。唐突なそのカミングアウトに、食って掛かっていたキャル以外の四人も思わず動きを止めてしまった。

 

 

 

 

 

 

「どうした? 我輩の顔に何かついているのか?」

「えっと、仮面がついておられますが……」

「おっとそうであったな。失敬失敬」

 

 はっはっは、と笑うバニル。そうしながら、そこそこの悪感情だがもう少しリアクションが欲しかったとダメ出しをしていた。

 

「……どうする? 魔王軍の幹部っつったら、相当にヤバいやつだろ?」

 

 どうにかして逃げた方がいい。そう呟いたカズマであったが、それが難しいことも何となくではあるが察していた。その辺のモンスターならばともかく、魔王軍幹部で、しかも大悪魔ときた。隙を見せると即座に全滅の可能性だって低くない。

 そんな風にカズマは緊張していたが、そうでないものもいた。確かに手配書で見た顔です、と疑問が解けたように頷くペコリーヌ。ううむと何かを考え込んでいるようなアキノ。その二人は、思ったよりも驚愕していない。

 

「おいそこのスチャラカ共」

「え? わたしですか?」

「誰がスチャラカですの!?」

「何でそんな通常営業なわけ? ひょっとして勝てるとか思ってる?」

「まさか。今の状態だと逆立ちしても勝てませんよ」

「ええ。戦ったのならば間違いなく全滅ですわね」

 

 あっさりとそう言いきったペコリーヌとアキノにカズマが絶句する。だったら何でそんな落ち着いてるんだ、とツッコミを入れた彼に、ペコリーヌはまあまあと手で制した。

 

「確か、情報では積極的に人を殺した記録は残ってないんですよ、この人」

「ほう、最近気まずくて暴食を控えている腹ペコ娘よ、どうやら汝は我輩のことを少しは知っているようであるな」

 

 それなら話は早い。そう言って笑みを浮かべたバニルは、カズマに視線を向けると警戒を解いてもらおうかと述べた。己は魔王城の結界の維持要員のなんちゃって幹部、そもそも悪魔のご馳走は悪感情であり傷付けるのは美味しい食事を捨てるのと同義。よって案外人類に優しい悪魔なのだと彼は続けた。

 

「悪感情って時点で優しくないじゃない」

「我輩の好む悪感情は恐怖や絶望といったものとは違う。人をおちょくったりからかったりした時の怒りや羞恥、失望だ。分かったか、最近仲間との暮らしにかつてない安心感を覚えている猫耳娘よ」

「キャルさま……」

「キャルちゃん……」

「んぁぁぁぁあ!」

 

 ほっこりとした表情でキャルを見るコッコロとペコリーヌ。当然見られた方は顔を真っ赤にして頭を抱え悶えた。そんな彼女を見ながら、優しくねぇな、とカズマはぼやく。

 成程、とアキノはバニルを見た。少し聞きたいことがあるのですがと前置きし、彼の答えを待つ。

 

「ふむ。いいだろう、言ってみるがいい自分の所有する店への道すら迷う娘よ」

「自覚していますわ! ……こほん。先程用事でここを訪れたと仰っていましたが、どのようなものか教えていただくことは出来ますでしょうか?」

「なに、大したことではない。デストロイヤーを討伐した冒険者を見てこいと魔王に言われたものでな」

 

 カズマの顔が強ばる。アクセルの街全員で倒したとはいえ、MVPが誰かと言えば当然。

 バニルがカズマを見た。そうしてニヤリと笑った彼は、まあ冗談だがと言い放った。

 

「お前ふっざけんなよ!」

「フハハハハハ! 走る腹ペコ娘の胸を毎回目で追っている男よ、今のは冗談ではあるが、魔王がそういう命令を出したというのは嘘ではない」

 

 まあ、男の子ですからね。そう言って苦笑したペコリーヌを見たカズマは、その場でゆっくりと崩折れた。

 

「あの、バニルさま。冗談だが嘘ではない、というのは……?」

「うむ。本来は我輩にやらせようとしていたらしいが、生憎と少し前からアクセルの街に住んでいるポンコツ店主の様子でも見ようかとここに来ていたのでな。だから我輩はその命令を受けていない」

 

 デストロイヤーを討伐するところは見学させてもらったがな。そう言って笑ったバニルは、だから気を付けるのならば自分ではなく調査にやって来る別の幹部だと言葉を続けた。

 

「いや待ちなさいよ。あれ見てたってことは、あんたこのまま野放しにしてたら魔王のところに帰ってその調査の報告しちゃうじゃない」

「信用がないな。我輩がそんな命令に一々従うはずもなかろうに。だが、まあ、そう思うのならば止めてみるがいい、二の腕の肉が胸部にいかないか悩んでいる猫耳娘よ」

「殺す! 絶対に殺す!」

 

 杖を構え、呪文を連発する。それらを高笑いを上げながらひらりと躱したバニルは、それで終わりかとキャルを挑発した。

 こんちくしょう、と杖の先の魔導書をペラペラと捲り、さらなる高威力の呪文を放たんと詠唱を。

 

「キャルちゃん! ここで強力な範囲魔法は崩れちゃいますよ!」

「ぐっ……そうだったわね」

 

 パタンと魔導書を閉じる。ならばこいつだ、と杖の先から光の剣を生み出した。その呪文、《ライト・オブ・セイバー》を振りかぶると、袈裟斬りにせんと思い切りバニルへと振り下ろす。

 

「はい残念。ほれ、周りを見るがいい、仲良くしたくともついつい悪態をついてしまう猫耳娘よ。汝以外はこの戦闘に参加しておらんぞ」

「……え?」

 

 ピタリと動きが止まる。ペコリーヌもアキノも、現状は傍観の立ち位置、そしてコッコロはカズマを慰めているので不参加だ。

 何でよ、とキャルは他の面々に食って掛かったが、そう言われてもと皆一様に言い淀む。

 

「害がない、とは言いませんけど、まあそこまで悪い人じゃないかな~って」

「どう考えても滅茶苦茶悪い奴よ! ちょっとコロ助、あんたも何か言ってやんなさいよ! アークプリーストなんだから、悪魔倒すべし、魔王しばくべしの精神持ってんでしょ!?」

 

 ペコリーヌの返答に話にならんと切り捨てたキャルは、コッコロへとターゲットを変えた。だが、彼女は彼女で別にそこまでは、と苦笑している。

 

「アメス様は基本的に受け入れることを良しとしていますし。わたくしとしては、バニルさまを信じてもいいかと思います」

「なーんでよぉー!」

「ハハハハハ! 中々殊勝なことを言うではないか、最近欲求不満で主のお世話を何から何まで四六時中したいと考えているエルフ娘よ。……我輩にとっては大差ないが、人間にとっては普通その年の男をそこまでお世話するのは大概だぞ?」

 

 バニルの少しだけ引き気味の言葉など聞いちゃいない。ここに味方はいないのかと叫んだキャルは、だったらとアキノへと視線を向けた。そして、その目を見てああこれは駄目だと諦めた。

 

「なんですのその顔は? (わたくし)はきちんとこれからを考えておりますのに」

「……じゃあ聞いてあげるけど、あんたはどうなの?」

「バニルさん、(わたくし)の元で働きませんか? 報酬は出来る限り優遇しますわ」

「一番頭おかしい回答来ちゃったじゃない!」

「フハハハハハ! 悪魔をスカウトするとは、魔王に匹敵する豪胆さだぞ、爆発オチの似合う娘よ。しかし残念だ、今の我輩は魔王軍幹部、一度倒されでもしない限り鞍替えは出来ぬ身でな」

「……成程、そう来ましたか」

「その通りだ。さあ、どうする? ちょっと着飾ることに目覚め猫アイマスクを衝動買いしてしまった猫耳娘よ!」

「そこは関係ないでしょうがぁ! どうするもこうするも、ぶっ殺すに決まってるじゃない!」

 

 再度《ライト・オブ・セイバー》を唱え、バニルに向かって突撃する。当然先程の焼きましであるそれを食らうことなどあるはずもなく。軽い調子で横に避けると、それで終わりかとつまらなさそうに言い放った。

 

「――なわけねーだろ」

「む!?」

 

 背後から声。いつのまにか潜伏スキルで気配を消していたカズマが、バニルの背中に全体重を乗せた飛び蹴りを食らわせていた。その衝撃で前方によろめき、キャルの追撃の回避が遅れてしまう。

 斬、と。真一文字に切り裂かれたバニルは、そのまま苦悶の声を上げた。

 

「く、油断した……。こんなことで、我輩がっ……!」

 

 地面に落ちた腕がサラサラと崩れる。次いで、体も段々と砂のように崩れていき、下半身が消失した。僅かな動きで自身を切り裂いた相手を見上げると、何かを言おうと口を開き。

 言葉にならず、体全てが崩れ去った。からん、と仮面が土塊となった体の上に落ちる。

 キャルは視線を仮面からカズマに向けた。ぐ、とサムズアップした彼を見て、彼女も同じようにサムズアップをする。

 

「嘘みたいね……魔王軍幹部を、こんな」

「勿論嘘だ」

「は?」

 

 感慨深げにキャルが呟いたのに合わせて仮面から声が響く。カズマがそこに視線を向けると、仮面の下の土塊が吸い上げられるように盛り上がり、先程と変わりないタキシード姿の体を形作った。

 

「まさかそんなあっさりと我輩がやられるとでも? 魔王より強いかもしれないバニルさんだぞ? フハハハハハ! フハハハハハハッ! 悪感情、実に美味であった」

「ふしゃぁぁぁぁ!」

「落ち着けキャル! 相手の思う壺だぞ! いや俺もあいつぶっ殺してぇけど」

「まあ落ち着いたところでどうにもならんと思うぞ、ここ最近気付いたら同じ行動パターンを取っている者共よ」

『ぶっ殺すぞ!』

 

 それぞれの武器を構え、全力でバニルを睨み付ける。そんなカズマとキャルを見ながら、彼は美味美味と笑っていた。そうしつつも、そろそろ改装に戻りたいので退散してもらおうと姿勢を正す。

 

「そうですね……帰ります?」

「そうですわね。また後日、交渉に参りましょうか」

「主さまの意見を尊重したいとは思うのですが……」

 

 バニルの言葉に、ペコリーヌ達はそんなことを述べる。ふざけているしこちらを直接害する様子もないが、しかしその実力は本物だ。ここで、この面子が全員やりあったとしても、有効打を与えることも厳しいだろう。もし出来るとしたら。

 

「対抗手段を模索するのはいいが、我輩も黙ってやられはせんぞ? 節約のためにゴブリンを料理のレパートリーに増やそうとしている腹ペコ娘よ。……悪いことは言わん、ゴブリンはやめておけ」

「そうですね……」

 

 どちらに同意したのだろう、とコッコロはそんなどうでもいいことを考えた。ともあれ、件のスキルで強化でもしない限りは勝てないといっていい状態だ。ここは素直に引くのが吉。

 勿論そんな判断が出来るのならキャルは襲いかかっていない。カズマは賛同しつつ、しかし倒せないのは何となく察してどうしようかと迷っている状態だ。

 

「ふむ。そこの二人は、いや、冷静な振りをして短気極まりない猫耳娘はまだやる気だな。……仕方ない、少し手荒な真似をしよう」

 

 そう言うとバニルは自身の仮面に手をかける。なんだ、とカズマが身構えるよりも早く、彼はそれを投擲した。その途端、バニルの体は土塊に戻り、そして。

 

「んなっ!」

「キャル!?」

「キャルちゃん!?」

「キャルさま!?」

「キャルさん!?」

 

 仮面はまるで、吸い込まれるかのようにキャルの顔面へとはまり込んだ。

 




こういう時に被害に遭う役が定着しつつある


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その27

バニル戦(?)決着?


「ふむ。魔法使いの割にはそこそこ動ける体をしているな」

 

 バニルの仮面を付けたキャルは、そう言って己の動きを確かめるように体を動かす。その行動と、そして彼女の口から発せられた声。そこから導き出される答えは一つである。

 ペコリーヌも、コッコロも、そしてアキノも武器を構えた。仮面キャルにそれを向けながら、真っ直ぐに睨んでいる。

 

「落ち着け。我輩は別にこの体を使って汝らと戦おうなどとは思ってはおらん」

「……流石にそれは、信用できませんね」

 

 ペコリーヌの言葉に、残りの二人もうんうんと頷く。それもそうかと暫し考える仕草を取った仮面キャル――バニルは、両手を広げながらニヤリと笑った。

 

「だとしても、汝らは何も出来まい? まさかこの体ごと我輩を滅するか? 確かにこの状態ならばダメージは通る。が、当然この体も同時にダメージを負うぞ」

「くっ……」

「バニルさま……何故そのような……」

「褒められたものではないですが、確かに効果的ですわね」

 

 ぐぬぬ、と悔しげに顔を顰める三人を見て、バニルは満足そうに笑った。少し好みとは違うが、中々美味な悪感情だ。そんなことを言いながら、残る一人、先程から一言も喋らないカズマへと視線を向ける。

 

「本体は仮面の方だろ? なら、それを盗み取れば」

「成程。考え方はいいが、果たしてそうそう上手くは――待て、汝のスティールは女性の下着を剥ぎ取る確率がほとんどではないか」

「やってみなけりゃ分かんねーだろ。それにだ、キャルならきっと、その程度の犠牲は覚悟の上で俺に委ねてくれる」

「猫耳娘相手なら割と色々許されると思っている男よ、我輩がこの体の代弁をしてやろう。――ふざっけんじゃないわよカズマ! ぶっ殺すぞ!」

 

 最後の部分を器用にキャルの声に戻したバニルは、そう言ってズビシと指を突き付けた。対するカズマ、そんなことをしても無駄だとまったくもって動じる気配がない。むしろ、緊張感を持っていたペコリーヌ達が脱力する方である。

 

「……ふむ。成程、汝に通じるのはこちらの方か」

 

 そんな彼を暫し眺めていたバニルは、何かを納得したように頷くと、再度口角を上げた。

 そうした後、己の体となっているキャルのスカートに手を掛けゆっくりと持ち上げる。

 

「くっ! 卑怯な! 今スティールを使ったら……っ! もうちょい、もうちょいたくし上げて!」

「やった我輩が言うのも何だが、汝は相当駄目だな」

 

 はぁ、とスカートから手を放す。あぁぁぁぁ、と叫ぶカズマを見て満足そうに頷くと、そのまま階段へと歩みを進め始めた。勿論、もと来た道、下りの方である。

 

「……何してるんですか?」

「だから言ったであろう? そろそろ退散してもらうとな。この体の持ち主はこうでもしないと帰ってくれそうにもなかったのでな。少々手荒な真似をさせてもらった」

 

 そう言いながら帰り支度を進めるキャルボディのバニル。そんな姿を暫し目をパチクリとさせながら見ていた一行は、つられるように帰り支度をし始めた。

 なんかもう、いっか。全員の思考が割とその方向へと傾きかけていた。

 

「うむ。では(待ちなさいよ! ふざけんな!)……む? まさか抵抗するとは。激しい痛みが精神を苛むだろうに、一体何がそこまで突き動かすのやら」

 

 帰ろうとしていたバニルの足がピタリと止まる。やれやれと頭を振りながら、悪いことは言わん、と抵抗せず大人しく帰るよう口にした。

 暫しキャルの動きが止まる。バニルが止まっているのか、それともキャルが抵抗しているのか。それは傍から見ている分には何も分からないが、しかし少なくとも抵抗するのは現状あまり得策とは言えないようであった。

 

(せめて、せめてあんたに一矢報いてやんないと気が済まないのよ!)成程……だが、頭に血が上ると前しか見えなくなる猪突猛進猫耳娘よ、あまりやりすぎると精神の崩壊を招きかねん。ほどほどにしておくのだな。(なんで張本人に心配されないといけないわけ!?)

 

 一人芝居のように、一つの体の一つの口から別々の声が出る。そしてそれを聞く限り、なんだかどうしようもないグダグダを見せられている気がしてならない。

 どうしましょうか、とペコリーヌが他の面々を見る。どうすると言われましても、とコッコロも目の前の一人芝居状態を見ながら、困ったように首を傾げた。

 

「とりあえず、こちらでキャルさんを説得することにして、バニルさんには分離してもらってはいかがでしょう?」

「あの状態でキャルが素直に言うことを聞くか? 最悪もう一回バニルに体乗っ取られるぞ」

 

 ちらりとカズマは向こうを見る。こちらの相談を聞いていたのか、バニルはアキノの提案に、出来るならそれでも構わんと述べていた。つまり、現状キャルが納得するかしないかが全てなのだ。

 納得しそうにない。それが全員の一致した意見であった。

 

「まあ、でも、とりあえずキャルちゃんが苦しそうなので出ていってもらえません?」

「本来ならば断って悪感情を頂くところだが、確かに無駄に廃人を作るのは我輩の思うところにはない。いいだろう、城暮らしより冒険者暮らしが板に付いてしまった腹ペコ娘の言に従い、一旦分離を――む?」

 

 がし、と己の仮面を掴んだバニルであったが、何故か怪訝な声を上げた。ミシミシと全力でそれを掴んだキャルの体が、唐突にカズマの方へと向く。鬼気迫るその勢いに、彼は思わず姿勢を正した。

 

「カズマ、力、よこせ」

「は、はいっ!?」

 

 蛮族のような口調で、キャルの声で。カズマに向かって放たれたその言葉を聞き、彼は半ば条件反射のようにショートソードを構えた。キャルへと線を繋ぐようにし、そしてそこから己の魔力を代償に汲み上げられた女神の加護を送り込む。

 

「無茶をするな猫耳娘よ。これ以上は本当に――ぬぅ!? これは、女神の力か?」

 

 エリスでもアクアでもない女神の力。それを感じ取ったバニルの動きが一瞬止まる。そしてそれを逃さず、キャルは強化された精神力と肉体で無理矢理バニルの仮面を剥ぎ取った。ブチィ、と何かしてはいけない音が部屋に響いたが、そんなことはお構いなしに、仮面が無くなったことで幽鬼のような目をギョロリとさせながらもう一度カズマを見やる。

 怖い。割と本気で彼は思った。そして、その目がもう一発強化しろと述べていたので、残っていた魔力を使って再度スキルを使用する。ふらついた体はコッコロが支え、どこか晴れやかな顔でカズマに肩を貸した。

 

「抵抗のダメージを故郷のアレよりマシだと割り切った猫耳娘よ、そこまで意地を張る必要はあるまいに。……まったく、これだから人間は面白い」

 

 仮面だけになったバニルが呆れたように、しかしどこか楽しそうに笑う。キャルはそんなバニルの言葉に何も答えず、仮面を力いっぱい投げ捨てた。

 そして、杖を構え、魔導書が猛烈な勢いで捲られ。

 

「……え? キャルちゃん!?」

「消え去れ!」

「キャルさま!? それは」

「な、何をする気ですの!?」

 

 キャルを中心に魔法陣が浮かび上がる。それらは、空中でクルクルと回っているバニルの仮面へと収束し。

 

「《アビスバースト》ぉぉぉぉ!」

 

 ダンジョンのフロアごと、仮面の大悪魔を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「けほっ……」

 

 随分と風通しの良くなったダンジョンのフロアで、ペコリーヌは辺りを見渡した。咄嗟に回避したのが功を奏したらしく、思ったよりも被害は少ない。きちんと全員無事だ。

 魔力が底をついてへばっているカズマと、全力で魔法を使ったのでへたり込んでいるキャルが、恐らく一番のダメージだろう。

 

「フハハハ……成程、女神の加護を経由することで、爆裂魔法に匹敵するダメージを叩き出すか」

 

 どこからか声がする。視線をそこに向けると、ひび割れ今にも砕けそうになった仮面が、床に転がっていた。体を再構成する気配はなく、仮面も動き出す様子はない。

 

「まさか……我輩が、な」

 

 どこか感慨深げに、バニルは呟く。それに合わせるように、仮面のヒビが大きくなった。

 

「何よ……どうせまた嘘だって蘇るんでしょ?」

「時には信じることも必要だぞ、表には出さないが仲間を全面的に信頼している猫耳娘よ。……どうやら、滅ぶ時が来たようだ」

 

 パキン、と仮面が欠ける。それに合わせるように、バニルの声が弱々しくなっていった。

 頼みがある、と彼は述べる。自身の体を構成していた土塊、そこに小箱があるはずだ。そう続け、少しだけ寂しそうに笑った。

 

「奴に渡そうかと思って用意したが、叶わぬようでな……汝らが持っていくがいい」

「……いいんですか?」

「構わん。我輩は悪魔、こういう結末など、常に想定している」

 

 ペコリーヌの言葉にそう返す。ヒビは更に大きくなり、仮面の半分が砕け散る。それを見ていたコッコロが、魔法の余波でボロボロになったフロアを見渡し、先程の土塊から一つの小箱を慌てて見付け出した。

 

「バニルさま。こちらで、よろしいのですか?」

「うむ……それだ。ダンジョンの秘宝とは比べるべくもないが、我輩を倒した報酬だとでも思うがいい……」

 

 残り半分も亀裂が入る。そろそろ終わりか。そう呟いたバニルは、ここにいる一行ではなく、ここにはいない誰かに向かって話すように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「顔見せに行けず……すまぬな……ウィ」

 

 パキン、と乾いた音を立て、バニルの仮面は粉々に砕け散った。破片となったそれは、そのままサラサラと粉になって消えていく。

 既に何も無くなったその場所を、一行は静かに眺めていた。討伐したキャルですら、少しだけ目を伏せている。

 

「……さあ、帰るか」

 

 カズマがヨロヨロと立ち上がりながらそう述べた。それに他の面々も頷き、今度こそ本当に皆が揃ってダンジョンから帰還する準備をし始める。

 そのタイミングで、上階から何かが下りてくる気配があった。何だ、と身構える一行の目の前に、一体のメデューサが現れる。髪の代わりに無数の蛇を生やした女性の姿をしたそれは、カズマ達を見付けると涙目で捲し立てる。

 

「あんたら! 何してくれてるの!? こんなところで大規模な範囲魔法なんかぶっ放したら――」

 

 塔が揺れた。ひぃ、と怯えるメデューサを尻目に、一行も何となく予想がついて視線を即座に下への階段に移す。

 

「退避! 退避ぃ!」

「やばいですね!」

「……ごめんなさい」

「主さま! わたくしに掴まってくださいまし」

「急いで脱出しますわよ!」

「もうやだぁ! ダンジョンマスター辞める! 故郷帰るぅ!」

 

 ガラガラと天井が崩れていく最中、五人とダンジョンマスターは全力で塔の入り口まで駆け抜けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「……成程」

 

 ギルド酒場。そこで、新たに見付かったダンジョンがクエスト発令前に崩落したという報告を受けたルナが頭を抱えていた。確かに許可は出しましたが、ここまでやるとは。そんなことを言いながら、盛大に溜息を吐き報告書を机に置く。

 そんな彼女の目の前では、キャルが思い切り縮こまっていた。申し訳ありません、と蚊の鳴くような声で謝りながら、一体どんな処罰があるのかとビクビクしている。

 そんな彼女に、カリンが声を掛けた。まあ、しょうがないですよと言いながら、もう一枚の報告書を机に置く。

 

「魔王軍の幹部がいたんですよね? 今まで討伐できていなかった幹部を倒したんですから、そのくらいの被害は許容範囲です」

「まあ、そうなんですけど」

 

 カリンの言葉にルナも同意する。同意はするが、しかしそれで納得できるかといえば答えは否。何より、それが本当に魔王軍の幹部なのか証明する手立てがない。

 冒険者カードの討伐欄には確かにバニルの名前がある。あるが、彼女達以外その姿を見ていないのだ。

 

「正確に把握が出来ないので、暫定の報奨金とクエスト発令前のダンジョン破壊の賠償で差し引きほぼゼロ。ということになりますけど」

「……借金にならないだけ、マシよね」

 

 はぁ、と諦めたようにキャルが溜息を吐く。これで話は終わりか、と問い掛け、頷かれたので彼女は傍らにいた仲間達と共にギルドカウンターを後にした。

 やれやれ、とカズマがぼやく。結局手に入っためぼしいお宝はこれくらいか。そんなことを言いながら、小箱を一つ取り出した。

 

「でもそれは、ウィズさんに渡すんですよね?」

「まあな。……全然知らない相手だったらちょろまかしたんだが」

 

 バニルが死に際に呟いた名前。この街のポンコツ店主という情報と照らし合わせると、まず間違いなくウィズのことだろう。そして彼が今手にしている小箱は、本来彼女に渡すはずのもの。

 

「わたくしは、主さまのそのお優しいところはとても素晴らしいと思います」

 

 そう言ってコッコロは微笑む。キャルも口には出さないものの、意見は概ね同じであったのでそのままだ。特に彼女は、何だかんだいってもトドメを刺した張本人。今から会いに行くにしても気まずさが物凄い。

 

「ねえ、カズマ……あたし、間違ってたのかな?」

 

 ぽつりと、そんなことを述べる。いくら悪魔とはいえ、いくら魔王軍の幹部とはいえ、こちらを積極的に害さなかった相手を討伐したのは果たして正しいのか。日にちが経ち、ふと冷静になって、彼女はそんなことを考えたのだ。

 

「大丈夫ですよ」

「ペコリーヌ……」

「キャルちゃんは、間違っていません。確かに、そんなに悪い人じゃなかったかもしれませんけど。でも、わたし達は冒険者で、バニルさんは幹部だったんです。だから」

「……うん、ありがとう、ペコリーヌ」

 

 そう言ってキャルがぎこちなく笑う。カズマはそんな彼女を見て、調子が狂うなと頭を掻いた。

 そうこうしているうちに、ウィズ魔道具店に辿り着いた。小箱を渡すのもそうだが、元々の目的はアキノから報酬を受け取ることである。本来ならば喜ぶべきことだ、よし、と気合を入れると、四人は魔道具店の扉を開け。

 

「へいらっしゃい! 道すがらシリアスムードを醸し出していた者共よ。確かに演出過剰であったのは認めるが、そこまでされると我輩もちょっとこそばゆいぞ。……おお、これは中々の悪感情、うむ、美味である」

 

 エプロンを付けて店の掃除をするタキシード姿の仮面の人影を見て思い切りずっこけた。いち早く復帰したカズマは、店内を見渡すとウィズとアキノの姿を見付けてどういうことだと詰め寄る。

 給仕をしていたウィズは何かありましたかと首を傾げ、紅茶を飲んでいたアキノはカップを置くとゆっくりと口を開いた。

 

「雇いましたわ」

「ざけんな」

 

 たった一言で返されたので、カズマも思わずツッコミを入れる。視線を再度バニルに戻すと、復帰した残りの面々と共に彼に詰め寄った。何でお前生きてるんだ。言い方は違えど、ほぼ全員質問はそれであった。

 

「何を言っている。我輩はあの時確かに倒されたぞ。ほれ、よく見るがいい」

 

 そう言って仮面を指差した。額にローマ数字で二の文字が記され、この間とは白黒が反転しているそれを見せ付けると、そういうわけだとバニルはのたまった。

 

「残機が減って、二代目バニルとなったのだ」

「ざけんな」

 

 カズマのツッコミ再び。それに合わせるように、アキノがこちらへとやって来る。バニルさんは言っていたでしょう、と何故かドヤ顔で語り始めた。

 

「魔王軍幹部なので、一度倒されなければスカウトは受けられない、と。ですから、この機会を逃さずスカウトしたのですわ!」

「……なあ、ウィズ。このお嬢アホなん?」

「誰が阿呆ですの!?」

「あはは。でも幹部ではないバニルさんは無害ですし、こうしてオーナーに雇われたなら、むしろとても良い人になると思いますよ」

 

 そう言って笑うウィズを見て、カズマはもうどうでもいいやと肩を落とした。コッコロはそういうことでしたらと順応の構えを見せ、ペコリーヌも悪魔って便利ですねと謎の感心をしている。

 

「何よ……何なのよ! あたしの葛藤どうしてくれんのよ!」

「ドライなようでいてその実感情移入の激しい猫耳娘よ、そういう時は笑うがいい。フハハハハッ! 悪感情美味である」

「こんの……! って、あ、そうだ。あんた生きてるならこれ返さなきゃ」

 

 カズマから受け取っていた小箱を見せる。バニルはしばしそれを眺めていたが、つまらなさそうに鼻で笑った。

 

「何だ汝ら、それを開けなかったのか」

「ウィズさんと知り合いでしたし、渡した方がいいかなって」

「こちらで中身を確認するわけにもいきませんでしたので」

 

 ペコリーヌとコッコロの返答に、バニルはしまったと頭を押さえる。あの時の演技はやり過ぎたか。そんなことを一人呟いた。

 

「ポンコツ店主の名前を出したのは失策だったようだ。次は気を付けるとしよう」

「いや、意味分かんないんだけど」

 

 キャルのツッコミに、バニルは彼女の持っている小箱を指差す。それが答えだと言わんばかりであったが、やはり意味が分からずキャルもカズマも、当然ペコリーヌとコッコロも頭にハテナマークが浮かんでいた。

 

「その小箱は、ポンコツ店主に渡すものなどではない。元から汝らに渡す用だったのだ」

「は?」

「我輩が滅んだように見えた後、少し感傷に浸りながらそれを開けると思っていたのだが。演出に凝り過ぎてしまったのだな」

「だから、どういうことよ?」

「なに、簡単な話だ。我輩が倒れ、今際の際に誰かに渡す筈であったと説明してそれを拾わせる。渡す相手の分からぬその小箱、中身を確かめようと開けると」

 

 バニルが何やら説明を始めた。それに従い、キャルは持っていた小箱を、ウィズに渡さなくてはいけないと大事に持っていた小箱を開ける。

 その中に入っていたのは、『スカ』と書かれた紙切れ一枚。

 

「…………」

「そう、その悪感情が欲しかった! その呆然とする表情が見たかったのだ! フハハハハハッ! やはり汝は素晴らしいな!」

 

 プルプルとキャルが震える。持っていた小箱を握り潰すと、無言で杖を取り出し構えた。

 

「やめろキャル。ここはマズい! 暴れるなら外だ外!」

「離しなさいよカズマ! 離せ! 殺す! こいつだけは、ぜぇぇぇぇぇったいに、ぶっ殺す!」

「コッコロちゃん。わたし達は報酬受取りましょうか」

「……よろしいのですか? あちらは」

「まあ、アクセルの変人が増えただけですし」

「そう、ですか……」

「はい、やばいですね☆」

 

 アクセルは今日も平和である。

 




多分みんな予想したオチ


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その28

奴再び。


 王都から離れ、仲間のレベルアップを行っていた御剣響夜がそれを知ったのは全てが終わってからであった。王都に戻ってきた彼は、駆け出し冒険者の街にデストロイヤーが襲来したと話に聞き、アクセル壊滅を想像し顔色を変えた。

 が、その後に続く、アクセルの冒険者達がデストロイヤーを討伐したという話を聞くと、今度は驚愕でその表情を変える。今まで誰も成し遂げなかった偉業を、駆け出し冒険者の集まる街が、はじまりの街であるアクセルがやってのけたというのだ。女神から神器である魔剣グラムを貰い、ベルゼルグ王国にもその名が知られる勇者候補の一人となったキョウヤであるが、彼がそれを達成できたかといえば。

 話の真偽を確かめるため、キョウヤは仲間である少女二人と共にアクセルへと向かった。街が壊滅していないのは確かなので、所詮噂で本当は襲来していないという可能性も考えたのだ。

 

「……うわぁ」

「あれ、デストロイヤーの残骸だよね……」

「……凄いな」

 

 が、彼らがアクセルへと辿り着いた時にまず目に入ったのは、そんな疑いを吹き消すかのような巨大な残骸。何者かの指示で解体、回収が行われているものの、未だ全ては片付けられておらず、特徴的なパーツもまだそこに残っている。間違いなく、あの機動要塞はここで討伐されたのだ。

 街へと向かう。デストロイヤーは一体どうやって倒されたのか。彼が次に知りたかったのはそれだ。冒険者達が協力して倒したとは聞いたが、普通に考えるとどうやっても不可能なのだ。何かしらのカラクリが、あるいは決め手がある。

 そう考えて聞き込みを行った結果、キョウヤは興味深い話を聞いた。確かに冒険者全員で討伐したことには変わりない。だが、その要所要所には欠かすことの出来ない者達がいた。結界にヒビを入れたアメス教なる聞き覚えのない女神の信徒であるアークプリースト、爆裂魔法でダメージを与えたアークウィザードの街外れの研究所所員と貴族がオーナーを務める魔道具店の雇われ店主、勢いの止まらないデストロイヤーの速度を削いだBB団なる謎の集団。動力源であるコロナタイトの分解を行った研究所の所長。

 そして、それらの大半に関わっていたとされる、とあるパーティー。

 

「佐藤和真、か」

 

 そこのリーダー、というよりまとめ役になっているらしい少年の話を聞いて、キョウヤは少しだけ興味を抱いた。彼の持つ不思議な力、それは恐らく。

 

「転生者……僕の他にも、そんな活躍をする人がいたとは」

 

 女神に選ばれた自分以外にもこの世界に送り込まれた転生者が多くいたという話は聞いている。だが、実際に出会ったことも噂を聞いたことも殆どない。時代が違うのか、場所が違うのか。それは彼には分からないが、ともあれキョウヤにとってそれは久しぶりの同郷の存在であって。

 ギルド酒場へと向かう。カウンターへ向かうと、彼の顔を覚えていた冒険者達やギルド職員は久しぶりだと声を掛けた。それに答えながら、彼は職員の一人に人を探していると述べた。

 

「人、ですか? 何かのクエスト関係で?」

「いや、個人的な事情なんですが。佐藤和真という冒険者を」

 

 その名前を聞いた職員が怪訝な表情を浮かべた。何かやらかしました? とキョウヤに尋ね、思わず彼の方が面食らう。

 

「そういうわけではなくて。何でもデストロイヤー討伐で重要な役割を果たしたからと聞いたので」

「ああ、そういうことですか。良かった」

「……あの、その人は何か問題があるんですか?」

 

 職員のその態度が気になったキョウヤはそう問い掛けると、いやまあそういうわけでもないんですけれどと苦笑する。

 職員曰く、パーティーメンバーの実力は高く、性格も悪くない美少女達を連れているので評判自体は悪くない。精々彼らのことを知らない冒険者がやっかみを言うくらいだ。

 が、時折引き起こすトラブルが普通の感性を持っている人間には割と致命的になりかねない。とのことで。

 

「こういう言い方はあまり良くないかもしれませんが……ほら、ミツルギさんって、普通の感性をしてるじゃないですか」

「ふ、普通の感性……」

 

 何だか物凄く馬鹿にされている気がする。そうは思ったが、職員もそれを承知でそういう言い方をしたのだと理解しているので踏み止まる。

 ともあれ、何かトラブルに巻き込まれたのではないなら良かったと職員は胸を撫で下ろした。その対応で大分不穏が渦巻いていたが、しかしキョウヤとしてはその人物に会わないという選択肢はない。話を元に戻し、佐藤和真は一体どこにと問い掛けた。

 多分その辺でだらけていると思いますよ。そんな返答が来て、キョウヤは思わず聞き返す。冒険者だというのに、そして今は別にクエストの少ない時期でもないのに、何故。疑問はあったが、まずは会って話をすることが先決だと彼は職員にお礼を言うと、件の人物を探し始めた。

 そういえば、とキョウヤは横にいた仲間、クレメアとフィオに問い掛ける。君達は知っているのかいという質問に、二人はんー、と首を捻った。

 

「そこまで、かな?」

「パーティーメンバーの娘達はそこそこ知ってるけど。ペコリーヌとか」

「ペコリーヌ?」

 

 その名前は以前聞いたぞ。そんなことを思いながら、酒場でだらけているという佐藤和真の場所を聞いてそこまで足を進めたキョウヤは、テーブルの一角、猫耳少女をボードゲームでボコボコにしている一人の少年を視界に入れた。

 

「ほれこれで俺の五連勝な」

「おっかしいでしょ! ちょっとあんたイカサマしてんじゃない!?」

「ははは、人聞きが悪いな。バレなきゃイカサマじゃないんだぜ?」

「やってるじゃないの! そんなのノーカンよ! ノーカン! ノーカン!」

「……」

 

 思っていたのと違う。そんなことを思いながら、キョウヤは目の前にいる少年を見た。

 

「ん? なんか用か?」

「ノーカン! ノーカ……ん?」

 

 以前、美少女冒険者に背負われていた少年を、見た。

 

 

 

 

 

 

「やあ、はじめまして。僕は御剣響夜。……日本人だ」

「え?」

 

 キョウヤの言葉に、カズマは思わず彼を見る。何だこいつ、ラノベ主人公みたいな名前しやがって、しかもイケメン。そこまで考えて、あー成程ねと一人納得した。

 

「悪いが俺はカマセになる気はない」

「いきなり何の話だい!? 僕はただ、デストロイヤー討伐の要になったという君と話がしたかっただけだ」

 

 キョウヤのその言葉を聞いてカズマは、ゆっくりと視線を対面にいるキャルに向けた。俺って要だったか? そう言って問い掛けると、彼女はまあそうなんじゃないと返す。

 

「あんたのスキル無きゃ、結界壊せなかっただろうし」

「ああ、あれか」

 

 正直途中のネネカや最後のペコリーヌのインパクトに掻き消されている感があったので、最重要みたいな扱いをされると首を傾げてしまう。

 何より、結局やったのはユカリとコッコロだ。カズマがいたから、ではない。彼一人が褒め称えられるのは違う。

 が、それはそれとして高評価されたのなら調子に乗ってしまうのがカズマという人間なわけで。

 

「成程な。俺の他に類を見ない女神の加護の力を知って、是非とも舎弟にして欲しい、と」

「そこまでは言っていない! と、やはり君の力は女神様から……?」

 

 ツッコミを入れつつ、欲しかった情報が出たのでキョウヤは食いつく。カズマはカズマで、思いも寄らない箇所に食いつかれたので思わず素に戻った。

 この世界に転生する際、神器や特殊能力を与えられている。先程は微妙に流された感があったが、日本人というキーワードに反応し、女神からの力を持った彼は間違いなく。

 確信を持ったキョウヤは、どうやらそのようだねと笑みを浮かべた。同じ転生者同士、仲良くしようと手を差し出した。

 

「え、お前みたいなイケメンと仲良くしても俺に何の得もないじゃん」

「そこは素直に握手をしておこう!? ……大体、君だって随分と可愛らしい人達とパーティーを組んでいるんだろう? 人のことを言えないじゃないか」

「可愛らしい、ね」

 

 ちらりと目の前のキャルを見る。まあ確かに見た目はいい、間違いなくそれは事実で、認めざるを得ない。勝ち組か負け組かで判定するのならば、勝ち組と言っても問題はあるまい。だが、しかし。

 

「なあ、ミツルギだっけ? お前はここでの生活どんな感じなんだ?」

「え? 僕かい? 女神様から貰ったこの魔剣グラムを使って、人々の脅威となるモンスターを討伐しながら日々レベルを上げて魔王を倒すために」

「はい、ストップ。もういい。何だお前、主人公かよ」

「どういう罵倒!? いや、そもそもそれは罵倒なのか……?」

 

 吐き捨てるようなカズマの言葉に、キョウヤがツッコミを入れる。傍から見ているキャルは、こっちにとばっちりこないと楽でいいわと呑気に眺めていた。

 ともあれ、キョウヤは彼の言葉に、君だって同じじゃないのかと問うた。女神の加護を貰い、デストロイヤーを討伐した。そんな成果を持った人間が、魔王を倒すために日々努力しないはずが。

 

「ちょっと前に馬小屋生活から教会に間借りするようになったな」

「……うん?」

「おかげで住むところに困らなくなったから、スローライフをエンジョイしてるぞ」

「……はい?」

 

 理解が追い付かない。言っている意味は分かるが、頭に入ってこない。キョウヤの中で、転生者は自分と同じ勇者候補として魔王を倒すべく日々努力を続けるものだと思っていたからだ。特別な力を持った者が、極々普通の冒険者のような日々を送るのは、女神を裏切る行為だと思っていたからだ。

 

「馬鹿な……! 君はそれでいいのか? 女神様の、アクア様に言われたことを忘れてしまったのか!?」

「いや、別に。というか俺そもそもそのアクアって女神しらねーし」

「は?」

 

 思わず詰め寄ったキョウヤは、カズマの言葉に動きを止める。先程より更に理解出来ないその言葉を聞いて、思考がフリーズしてしまったのだ。

 彼にとって、自身をこの世界に勇者候補として転生させてくれた女神アクアは絶対だ。だからこそ、同じ境遇であると思っていたカズマに憤ったのだ。

 

「……アクア様を、知らない?」

「おう。俺の知ってる女神はアメス様だ。なんかこう、ダウナー系ポーカーフェイスなんだけど意外と面倒見良くてコッコロのこと『たん』付で呼んじゃうし語る時はめっちゃ早口で言ってそうな」

「キャラ濃いな!?」

 

 実はアクアもキャラが濃いなんてものではないのだが、キョウヤの記憶にある彼女は女神の仕事を淡々とこなしているところだったのでそれを知らない。知らないというのは幸せである。

 ともあれ、転生の際に出会った女神が違うという事実はキョウヤにとって衝撃を与えた。そして同時に、何かそこに意味があるのではないかと勘繰りだしてしまう。

 勿論何もない。ただ単にアクアが上司に説教されていたのでアメスが代わりの仕事をしていた時たまたまカズマが来ただけだ。が、真面目な性格をしている彼はそんな事が分かるはずもない。

 

「……佐藤和真。やはり君は、もっと魔王討伐に積極的になるべきだと思う」

「はぁ? なにいってんのおまえ?」

「僕と君を転生させた女神が違うということは、必ず意味があるはずなんだ。魔王を倒すための鍵に……そう、鍵だ」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 熱く語り始めたキョウヤに対し、カズマはどんどん冷めていく。ボードゲームの続きやろうぜとキャルに視線を向けたが、こっち来んなと手で追い払われた。

 とにかく、とキョウヤはカズマを見やる。今の自分はソードマスターで、レベルは三十七。信頼できる仲間もいる。

 

「君も、信頼できる仲間はいるんだろう?」

「まあ……」

 

 コッコロと、ペコリーヌを思い浮かべる。はっきりと宣言されるとこそばゆいが、さりとて否定する気もない。

 

「なら、後は君が」

「カズマ、今あんたあたし省かなかった?」

「ち、バレたか」

「バレいでか! 何だかんだで一緒に生活してりゃ分かるわよ! ふざけてんの!?」

「はぁ? 何? お前俺に信頼されたいの?」

「はぁ!? そんなわけないでしょ!? あんたが普段情けなくてあたし達に頼りっきりのくせにぞんざいな扱いをするのが気に入らないだけで、あたしは別に」

「じゃ、いいじゃん。コッコロとペコリーヌは信頼してるんだし」

「あたしをハブるなって言ってんの! あんたはもっとあたしに感謝してむせび泣きなさいよ」

「うるせぇ五連敗」

「そこ蒸し返すんじゃないわよ! ぶっ殺すぞ!」

 

 何かを言おうと伸ばしたキョウヤの手が、力なく下げられる。ギャーギャーと言い合いを始めた二人を、酒場の面々はまたかといった様子で眺めており、ギルドの受付も苦笑するだけで何もしない。キョウヤが視線を動かすと、クレメアとフィオも驚いてはいないようであった。

 

「この光景は、日常茶飯事なのかい?」

「どうだろ? そこまでは知らないけど、この二人は割としょっちゅう喧嘩してるイメージ」

「そうそう。で、しばらくすると」

 

 二人の言葉を体現するかのように、一人のウェイトレスがこちらにやって来る。はいはいそこまで、と笑顔でカズマとキャルに割り込むと、イライラした時は美味しいものを食べるのが一番ですよとメニュー表を差し出した。

 

「ついでなんで、わたしも一緒にお昼食べますね」

「……おう。んじゃランチを」

「あたしも」

 

 かしこまりました、と返事をしたウェイトレスは、注文を厨房に伝えると再度こちらに戻ってくる。視線をキョウヤ達に移すと、笑顔で話しかけてきた。

 

「みなさんも、お昼どうです?」

「え? ああ、じゃあ日替わりをもらおうかな」

「私はサンドイッチ」

「おにぎりセットで」

「はーい」

 

 再び厨房へ。そうした後、みんなが座れる場所に移動しましょうと大きなテーブル席へと案内した。

 そこまでを終えて、キョウヤはこの少女が何者なのかさっぱりなのを思い出す。君は一体、と問い掛けると、少女は笑顔で答えた。

 

「はい、わたしはお腹ペコペコのペコリーヌです」

「は、はぁ……。僕は御剣響夜です、ペコリーヌ、さん? ……ペコリーヌ?」

 

 そういえば、と思い出した。以前、勘違いだと結論付け忘却していたことを思い出した。彼女はとても良く似ている、と思っていたことを、思い出した。

 

「どうしました?」

「あ、いや。少し知り合いの……貴族の方に似ていたもので」

「……そうですか」

 

 ピクリと反応した。が、何事もなかったかのようにその表情は笑顔に戻る。そうしながら、そんなにその人に似ていますかと彼女はキョウヤに問い掛けた。

 

「え? あ、はい。その方が成長したら、きっとあなたみたいになるんだろうな、と」

「成程。そうですかそうですか。…………ん~、わたしみたいになっちゃうのも、それはそれで問題ですよねぇ」

 

 一度戻った方がいいのかな。皆に聞こえないようにそんなことを呟きながら、ペコリーヌは何かを考えるように腕組みをした。当然ながら胸部にある豊かなそれが押し上げられむにゅりと自己主張する。

 

「佐藤和真」

「何だ?」

「君は何をしている」

「気にするな。それより、お前は一体何を言いかけたんだ?」

 

 めっちゃおっぱいガン見してるカズマに何か物申そうとしたキョウヤであったが、彼のその言葉にそれを飲み込む。そうだ、物凄い勢いで脱線した上いつの間にか皆で食事をすることになっているが、自分の話は終わっていなかった。それを思い出したのだ。

 

「佐藤和真、君には信頼できる仲間がいる。ならば、後は自身をレベルアップさせ、魔王討伐に向かうべきだ」

「無理」

「即答!? 何故だ? 君は女神の加護を貰っているんだろう? だから」

「だから無理だって。俺はそもそも最弱職の《冒険者》だし、何より」

 

 今あのメンバーでパーティー組んでクエスト受けるの禁止されてるしな。しれっとそんなことを述べるカズマを見て、キョウヤはピシリと固まった。

 




ミツルギさんツッコミキャラとしてかなり優秀。


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その29

野郎ばっか出てくる。


「主さま? どうされました?」

 

 教会に戻ってきたカズマがげんなりしていたのを見て、コッコロはそう声を掛けた。そんな彼女の問い掛けにカズマが答える前に、ほっときなさいとキャルが述べる。

 

「酒場で、何かこいつの同郷に会ったのよ」

「同郷の方、ですか」

「そ。で、何か向こうは勇者候補らしくてね。カズマも同じようにレベルアップしろって」

 

 成程、とコッコロが頷く。そういうことでしたら、お手伝いさせていただきます。そう言って彼女は笑顔を見せた。

 その反応にカズマは何ともいえない表情を浮かべる。ぶっちゃけ面倒で、やる気がない。当面の生活費だってこの間のアキノの依頼で十分潤っている。コッコロがウィズの手伝いをするのは報酬目当てではないし、ペコリーヌのバイトは食事代だ。そういう事情がない限り、働く必要がない。だからこそカズマもキャルも酒場でぐだぐだしていたのだから。

 が、だからといって目の前のコッコロの信頼を裏切るわけにもいかない。正直やらないと答えたところで、彼女は文句を言うこともないだろうしでは次の機会にいたしましょうなどと続けて終わりだ。だからこそ、カズマはこの状況ではっきりと断れない。

 それでも何かしら言ってしまうのがカズマである。気分はつい母親に物申したくなる子供といったところか。

 

「いや、でも。今このパーティーでクエスト受けるの禁止されてるだろ? ミツルギにもそう言って説明したら渋々だけど引き下がったしな」

「そういえば……」

「いやまあ事実なんだけどさりげなくあたしの傷抉るのやめてくれない?」

 

 定期的に何かやらかしてはいたが、今回のダンジョン破壊は割と重かったらしい。事後処理が済むまでトラブルを起こされては堪らんということで、カズマ達は現在四人揃った状態でクエストを受けることが禁止されている。

 そんなわけで、まあしょうがない。そう言ってカズマが締めようとしたその話題であったが、コッコロは少しだけ考え込む仕草を取ると、ではこうしましょうと彼を見た。

 

「主さまのレベルアップですので、わたくしがお供いたします」

「……ん?」

「皆でクエストを受けなければいいので、キャルさまとペコリーヌさまは、その間その辺でピクニックでもしていただいて」

「……カズマ。ちょっとあんたの悪知恵がコロ助に伝染してるじゃないの」

「俺!? どっちかっていうとこういうのは俺じゃなくて」

 

 ちらりと視線を我関せずと食事をしているもう一人に向ける。山盛りチャーハンをペロリと平らげたペコリーヌは、どうしましたかと首を傾げた。

 

「ペコリーヌ。この発想はお前じゃねーの?」

「はい? わたしはただ、クエストがダメなら皆でピクニックでも行きましょうってコッコロちゃんと話してただけですよ?」

「ほらやっぱりあんたじゃない」

 

 ジト目でカズマを見るキャル。別にアイデアとしては悪くないと思いますよとしれっと肯定するペコリーヌ。状況にいまいちまとまりがないが、とにかくコッコロのその意見を採用するかしないかだけは答えておく必要があるだろう。

 

「流石に二人だと危険だろ。かといってピクニックに来てる二人が加勢したら規約違反だってギルド職員に何言われるか分かったもんじゃない」

「……確かに。わたくしの考えが甘かったようです」

「まあ、待て」

 

 しゅん、と項垂れるコッコロに、カズマは待ったをかける。二人だと危険なのだから、二人でなくせば解決だろう。そんなことを言って口角を上げた。

 

「誰か別の冒険者呼んできて手伝わせようぜ。俺のレベルアップ」

「こいつ、自分の成長を他人任せにし始めたわ……」

「いやまあ、言い方はアレですけどアイデア自体はまっとうですし」

 

 あはは、と笑うペコリーヌを見ながら、キャルはやれやれと溜息を吐いた。どうせ碌な連中が集まらないでしょうに。そんなことをついでに思った。

 

 

 

 

 

 

「で? 丁度いいお守りを探してるってわけか」

 

 ギルド酒場でそう言って笑うのは金髪赤目のチンピラ風の男。やる気あるのか無いのかわかんねぇな、と続けながら、カズマの肩をバンバンと叩いた。

 昨日のやり取りはこの男も聞いている。キョウヤがカズマにレベルアップをするよう勧めていたことも知っている。

 

「ま、俺はやらねぇけどな」

「知ってるよ。そもそもお前には最初から頼んでねーよダスト」

 

 へん、とカズマはチンピラ風の男、ダストを見て鼻で笑う。デストロイヤー討伐の一件から、彼の交友関係も何だかんだで広がってきた。その一つがこのチンピラである。事あるごとに人に酒をたかるような男ではあるが、悪い人間ではない。なんてこともなく、警察署の牢屋の常連だったりもするダメ人間だ。

 

「つってもな。そうそうお前の頼みを受けてくれるような奴はいねぇぞ?」

「へ? 別に無茶なことをするつもりもないし、なんならクエスト報酬の大半を渡してもいいくらいだぞ?」

「はぁー。分かってねぇ、分かってねぇなお前は。いいか? お前んとこのパーティーよく見てみろ」

 

 ぐび、と酒を飲みながらダストがその三人をそれぞれ指差す。コッコロとキャル、そしてウェイトレスをしていたペコリーヌがそれを受けて首を傾げた。

 

「実力者で、上級職で、しかもいい女。そんなのが三人だ。大抵の男は、そんなハーレム野郎の手伝いなんぞお断りだって言うだろうぜ」

 

 そう言いつつも、ダストはそこまで三人に興味がなさそうだ。あくまでそういう評判があるというだけで、彼自身はそう思っていないらしい。

 

「まあ、俺は守備範囲外しかいねぇから、羨ましいとは思わねぇけどな。ハーレム野郎とは思ってるぜ?」

「ああそうかい。酒奢るのやめるぞ」

「おいおいつれない事言うなよ親友。そんなお前に耳寄り情報があるってのによ」

 

 ほれ、と手を差し出す。金をたかっているのは明らかだったので、直接はやらんと酒を注文しダストに突き付けた。

 さすが親友、とその酒を一気に呷ったダストは、丁度良くお前の手伝いが出来るパーティーがいると笑う。何を隠そう、と笑みを浮かべる。

 

「俺のパーティーだ」

「知ってた」

 

 だって向こうで呆れてるのが見えるし。そんなことを思いながら、カズマはそこに視線を向ける。彼の基本のパーティーメンバーは、クルセイダーのテイラー、アーチャーのキース、そしてウィザードのリーンの三人だ。そこに加わったり抜けたりでクエストによってはメンバーが変わったりするようだが、とりあえず呆れているのは基本の面々らしい。

 

「いやー、丁度テイラーが用事で参加できないってんで他の人員探してたとこだったんだ。これはもう決めるしか無いだろ?」

「俺の手伝いじゃなくてそっちの手伝いになってんじゃねーか」

 

 はん、と鼻で笑ったカズマは聞いて損したとダストから視線を外す。やはり素直に変人のアテを使った方がいいかもしれない。そんなことをついでに考えた。

 そんな彼へと声が掛かる。その提案を受けてもいいのでは、そう言ってカズマの隣にコッコロが座った。

 

「お、カズマの保護者ちゃん、そっちは乗り気みたいだな」

「乗り気、といいますか……。せっかくご用意してくださったのですから、と」

「え、マジかよ。ダストの話だぞ? 絶対面倒押し付けられてるぞ」

「そうそう。このチンピラの話なんか聞いてもしょうがないわよ」

「あぁ? いきなりしゃしゃり出てきて余計なこと言うんじゃねぇよ猫ガキ」

 

 カズマの言葉に同意するように後ろの席から乗り出して来たキャルを、ダストはジロリと睨み付ける。普通の少女ならば萎縮してしまいかねないそれを受けても、彼女は別段気にしない。むしろ睨み返す始末である。

 

「何よ。ほんとのことじゃない。大体、テイラーいないってことは前衛がコロ助だけってことでしょ? 却下よ却下」

「そう言われればそうだな。よしダスト、この話はなかったことに」

「さらっとアークプリーストを前衛扱いするお前らの思考もどうかと思うが、まあ待て」

 

 これ幸いと話を打ち切ろうとしたカズマにダストが待ったをかける。そんなことは織り込み済みだと笑みを浮かべながら、立てた指をゆらゆらと揺らした。

 テイラーの代わりはちゃんといる。そう言って、彼は不敵な笑みを浮かべた。

 

「じゃあ別に俺らいらねーな」

「そうね。ねえカズマ、BB団でも誘ったら?」

「こういうタイミングであいつらいないんだよな。リーダーの危機だってのに」

「主さま、アオイさまとゆんゆんさまでは結局後衛ばかりなのでは?」

「あー、そうか。となると」

「待て待て待て。お前ら俺の話は聞けよ」

 

 ハイ終了とばかりに話を打ち切っていたカズマ達へとダストが割り込む。これ以上何かあるのか、というカズマの問い掛けに、だからそこに参加しろよと彼は言い放った。

 

「お前そもそも前衛の当てそこまで無いだろ」

「そんなことは……」

 

 言い淀む。ペコリーヌがダメとなると、きちんとした前衛職で思い付くのがダクネスとアキノくらいになってしまう。コッコロを前衛とみなした場合にユカリがギリギリ引っかかる程度だ。

 そしてそのうち、アキノとユカリはデストロイヤーの残骸再利用で忙しいため不可。つまり残るは。

 

「やべぇ、ドM騎士しかアテがねぇ……」

「ダクネスなら最近家の用事だか何かでギルド来てねぇぞ」

 

 ダストの無慈悲な一言。その一撃を受けたカズマは、暫し呻くとがくりと項垂れた。そんな彼を見てダストはニヤニヤと笑みを浮かべている。だから最初から言ったじゃねぇか。そんなことを言いながら、ぽんとカズマの肩を叩いた。

 

「そうだな」

「お、じゃあ」

「やめるか。レベル上げ」

 

 そういうことにした。そもそもキョウヤに何かしらを言われた結果、コッコロにちょっと勧められて前向きに検討しただけの、ただそれだけの意見である。別段貫く意志もなし、やれないならやらない、そう決めても何ら問題はない。

 待て待て待て、と再度ダストがカズマに割り込む。別に無理するほどのもんでもないが、丁度いいものがそこにあるなら拾っておいて損はない。そんなことを言いながら彼を誘おうとまくし立てた。

 当然ながら胡散臭い。ジト目でそんなダストを見ていたキャルは、ねえちょっとと彼に問い掛ける。頬杖をついたまま、ちなみにクエストは何を受ける気なのだと尋ねた。

 

「あん? 別に何の変哲もないゴブリン退治だ。そろそろ寒くなってくる季節だからな。今のうちにこういうのを受けて金を蓄えておかねぇと」

「ふーん。……さっきクエストの報酬の大半を渡してもいい、ってカズマ言ってたものね。自分の代わりにクエスト受けて、報酬は頂くって寸法かしら」

 

 口角を上げる。それが図星だったのか、ぐ、と呻いたダストは別にいいじゃねぇかよと開き直った。

 

「お前達はレベル上げのためのメンバーが用意できる。俺は報酬がもらえる。Win-Winの関係だろ?」

「だ、そうだけど。カズマ?」

「その流れにお前いらねーだろ」

 

 はぁ、と溜息を吐いたカズマは、視線をコッコロへと向けた。彼の言いたいことを察したのか、笑みを浮かべてコクリと頷く。しょうがねぇなぁ、と頭を掻くと、彼は立ち上がり向こうに座っているパーティーへと歩みを進めた。ダストは無視である。

 

「つーわけなんだが、俺達も参加していいのか?」

「あー、うん。ごめんね、うちのダストが」

 

 ウィザードの少女、リーンがポニーテールを揺らしながらちょこんと片手を上げる。そうしながら、一応念の為と視線を残りの二人に向けた。

 アーチャーの青年キースは全然構わんと頷き、クルセイダーのテイラーも用事で参加できない自分が文句を言う立場ではないと返す。その答えを聞き、カズマは後ろにいるコッコロへと振り向いた。

 

「ありがとうございます。主さま共々、よろしくお願いいたします」

「う、うん。……ダストよりよっぽど大人だよねぇ」

「違いねぇ」

「そうだな」

 

 コッコロがペコリと頭を下げたのを見て、三人は口々にそんな感想を零す。聞こえてるぞ、というダストの抗議は無視をされた。

 そうした辺りで、ところで代わりの人員は一体誰なのかという疑問にぶち当たる。カズマがそのことを尋ねると、何故かリーンは視線を逸らした。

 

「おい、ちょっと待て。何でそんな――」

「す、すみません……! おまたせしました……」

 

 尚も問い掛けようとしたカズマに被さるような声が響く。視線を向けると、こちらのテーブルへと歩いてくる一人の少女の姿が。

 赤みがかった長めの髪を左右で少し結び、レオタードのような衣装に身を包んだその少女は、あろうことかチョーカーとブレスレットを鎖で繋ぎまるで犬の首輪や手錠のような装いに変えている。スタイルは素晴らしく、美人なその少女は、一見すると扇情的で。

 

「あ、遅刻ですか? 待たせてしまいましたか? で、では……クウカをどうぞ、お好きなように、煮るなり焼くなり、魔法の的にするなり、なんなりと……じゅるり」

 

 その口から発せられるワードと表情で即座にそんな気分が吹っ飛ぶレベルの女である。周りの面々は慣れているのか、はいはいと流してクエストの準備をするため立ち上がった。

 

「あ、あぁ……! 放置プレイというやつですね……! このまま置いてきぼりにされたクウカは、皆さんにいないものとして扱われ、押されて踏まれて、いざ出発となった頃にようやく、『あ、いたの?』と見下されて……っ! でゅふ、でゅふふふふふ」

 

 はぁん、とよだれを垂らしながら悶えるクウカから視線を外したカズマは、とりあえずコッコロがアレをなるべく見ないように間に立ち、そして抗議をするべくテイラー達へと声を張り上げた。騙したな、と。

 

「すまん。そんなつもりはなかったんだ」

 

 はっきりとそう言われるとカズマとしても何か言い辛い。タンク役としての能力は本当に優秀なんだと続けられ、決して嫌がらせなどではなく戦力として選んだということも強調されれば、文句を言う彼が悪人になってしまう。

 分かった。そう言って頷いたカズマは、そのまま踵を返すと酒を飲んでいるダストへと近付いた。見下ろす体勢のまま、彼は静かに言葉を紡いだ。

 

「覚えてろよ」

「はっ。……言いたかないが、マジでそいつ耐久力だけは半端なく高いんだよ。性癖にさえ目を瞑れば滅茶苦茶役に立つ」

「そこが一番問題なんだよぉ!」

 

 思わず胸ぐらを掴み叫んだ。落ち着け、大丈夫だ、大した問題も起きないだろうから。そう言ってカズマを宥めたダストは、ほれまあ試しにやってみろと彼を向こうへ送り出す。

 もう一回、覚えてろよと言い放ったカズマは、コッコロの手前ここで放り出すわけにいかず渋々ではあるが向こうと合流し出発していった。

 

「お前は良かったのかよ」

「好き好んで問題に突っ込んでいくほど変わり者じゃないのよ」

 

 はん、とダストの言葉にそう返したキャルは、散歩でもしてくるかと酒場を出ていく。まあ一応大丈夫だとは思うけど。そんなことを呟いていたが、もしそうだとしたらあいつも相当の変わり者だな。ダストはぼんやりとそう思った。

 




第二ドM推参。


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その30

ここで終わらなかった。


「あ、あの……」

「ん?」

 

 ゴブリンが住み着いたらしい場所へと向かう道中、カズマへおずおずといった様子で話し掛けるのは一人の少女。見た目だけならば美人で、そしてエロい。そんな感想を持ってもおかしくないその人物に話し掛けられたことで、彼は思わず警戒した。

 

「……何か用か?」

「い、いえ……。どうして今回のクエストに参加したのだろう、と思いまして」

「いや、ちょっとレベル上げをしようと思ってたんだが、今俺達のパーティーでクエスト受けるの禁止されててな。どうしようかと思ってたら、ダストが」

「な、成程。ダストさんの代わりだったんですね……」

 

 誰だこいつ。カズマは思わずそんなことを思った。彼の中で彼女は、クウカは基本的に妄想を叫びながらアヘ顔を晒している変態で、意思疎通の出来るような生物ではないと考えていたからだ。

 

「そーそー。ダストのせいでカズマ達には迷惑かけちゃった」

「まあ、こっちとしては戦力増えたしラッキーって感じだけどな」

「クウカとしても、戦力が増えるのは大歓迎ですし……。やれることも、増えますから」

 

 そう言って微笑むクウカは見た目通りの美女であった。ひょっとしてさっきまでのあの痴態は幻覚だったんじゃないかと思ってしまうほどであった。

 

「戦力も充実しているのだから、クウカは捨て駒のように前に出され、そして魔物に蹂躙される中……範囲魔法のターゲットにされ、クウカを中心に放たれた呪文は……っ! 身を焦がし、凍てつかせ……じゅるり」

「あ、気の所為だったわ」

 

 さ、と素早くコッコロの視界からクウカを消し去り、カズマはどこかホッとしたような表情を浮かべる。よかった、やっぱりこいつはドMだったわ。そんなことを思いながら胸を撫で下ろした彼は、いやそれはそれでダメだろと心中で一人ツッコミを入れた。

 

「ところで。討伐対象のゴブリンは、どのくらいの数なのでしょう?」

 

 コッコロが話題を変えるようにそんなことを述べる。クエストの概要を見ていないカズマ達は、その辺りを知らないのでその質問は至極当然とも言えるが、リーンもキースも彼女のその問い掛けに難しい顔を浮かべた。

 

「それがさ、何かよく分かってないみたいなんだよね」

「数が多いって話は聞いてんだけどな」

「何か、秘密があるような気がします……」

「成程。直接確認せねばならないのですね」

「サラッとみんな流してるけど振り幅大き過ぎて俺ちょっとついていけねーわ……」

 

 さっきまでヨダレ垂らしながら妄想に耽っていたクウカが普通に会話に参加していることに、カズマの許容範囲が仕事を放棄し始める。ダクネスも度を越した変態ではあったが、こいつはこいつで大分ヤバい。なまじっか意思疎通出来てしまうところが余計に。

 はぁ、と溜息を吐きながらも足を進めていたカズマであったが、そこでふと足を止める。何気なく発動していた敵感知、それに反応があったのだ。

 

「なあ、この山道は一本道っつったよな?」

「うん。どうしたの?」

「敵感知に反応があった。何かでかいのが一体、こっち来るぞ」

「でかいの? ゴブリンじゃ……なさそうだな」

「この道で遭遇を回避するのは難しいですね。主さま、どういたしましょうか?」

「何なら、クウカが囮になりますが……。未知の強敵に嬲られ、仲間には見捨てられ、あぁ、一人になったクウカはそのまま……ぐふふ」

 

 ガン無視である。近くに隠れられる場所は無いだろうかと視線を巡らせ、ちょうど良さそうな茂みを見付けたカズマは、潜伏スキルを使ってやり過ごそうと提案した。コッコロは勿論賛成で、リーンとキースも反対する理由はないので頷く。

 そういうわけだ、と多数決で決まった案を実行すべくクウカの手を取り、カズマは茂みまで彼女を引っ張った。

 

「あ……茂みに連れ込まれて……手を、掴まれて……そして、こんなに、近くに」

「ちょっと黙れ。大人しくしてろ」

「はぃ……」

 

 トロンとした目でカズマを見詰めていたクウカは、彼に言われるがまま口を閉じ、その場にうずくまる。やけに素直だな、と少しだけ怪訝な表情を浮かべていたカズマであったが、今はそれどころではないと潜伏で気配を消し近付いてくる何かを待つ。

 そうしてやってきた大きな体躯を持ったネコ科の猛獣のようなモンスターは、大きな牙を揺らしながら地面の匂いを嗅ぎ、そして周囲を暫し見渡した後ゆっくりとカズマ達が来た方の道へと消えていった。

 あれは確か、と記憶を辿る。

 

「初心者殺し、だっけか……」

「うん……怖かったよぉ……」

 

 ふひぃ、と息を吐くリーンと、マジかよ、と顔を青ざめるキース。名前の通り、駆け出しの街の冒険者では荷が重いモンスターだ。それを知っているからこその反応であり。

 

「ゴブリンは、あの魔物が獲物を呼び寄せるための餌、ということでしょうか……」

 

 コッコロの言葉に、あ、とリーンとキースが声を上げる。ゴブリン退治がメインであるが、その言葉を肯定するならばどこかであの初心者殺しともう一度邂逅する可能性が浮上してきたからだ。

 かといって、自分達が来た方向に歩いていった以上戻ることも出来ない。何とか逃げ切るか、出会わないように祈るか。あるいは。

 

「主さま」

「……いや、まあ、言いたいことは分かるが」

 

 いけるか? そんなことを思いつつ、無茶はしないことが大前提なのを思い出し。

 自分からはいかない。そう結論付けた。そうですね、とコッコロもそれに同意した。

 

「ところでドえ――じゃない、クウカ?」

「は、はい……」

「お前、どうしたんだ?」

「いえ、その……男の人に手を握られるのに、慣れて、いなくて」

 

 顔を真っ赤にして目を逸らしたクウカは、まるで恥ずかしがり屋の美少女のようで。

 

「何でだよ……」

 

 ツッコミする気力すら無くなるほどの高低差の激しさで、カズマは耳鳴りがしている気がした。

 

 

 

 

 

 

「結構遠くまで行ってるのね」

「みたいですね」

 

 あくまで散歩と言い張るキャルの横には、バイトを早上がりしたペコリーヌがいる。『散歩』に行くならついていきますよ、と笑顔で同行を申し出たのだ。

 二人の視線の先には、カズマ達の臨時パーティーの姿が見える。流石に向こうに気付かれるような距離だとマズいので、出来るだけ遠くで、物陰に隠れながら進んでいた。散歩とは何だったのか。

 

「にしても、ゴブリンってこの辺にそんなにいたっけ?」

「あまり聞きませんね。何か理由があるんじゃないかと思――」

 

 会話の途中で言葉を止める。カズマ達の気配が消えたのだ。視線を動かしても見付からず、どうしたんだろうと首を傾げる。ああそうか、と潜伏スキルのことを思い出したのは少し経ってからだ。

 そうなると、次は何故潜伏を使用したのかが疑問になる。何かから隠れるのが普通なので、その相手が何かを考えるわけで。

 

「ひょっとして、わたし達からですか?」

「気付かれた? そんな素振りもなかったけど」

 

 あの時言っていたように、やはり途中で加勢すると問題が起こるからだろうか。ううむと二人して腕組みをして考えていたが、その疑問は程なく氷解した。

 二人の目の前にノシノシと、大きな体躯の猫型モンスターがやってきたからだ。

 

「初心者殺し!?」

「成程、これから隠れてたんですか」

 

 ばったり出会ってしまった二人は、カズマ達のように隠れることも出来ない。やれることは、逃げるか、戦うか。

 即座に逃走の構えを見せたキャルであったが、ペコリーヌが剣を抜き放っているのを見て足を止めた。本気なの、と思わず彼女に問い掛ける。

 

「ゴブリンはバニルさんに止められましたけど、初心者殺しなら」

「食べる気!?」

「シチューとか、どうですか? 案外美味し」

「美味しそうとか言うなぁ!」

 

 初心者殺しが一歩下がった。目の前の連中が得体のしれない何かだと本能的に感じ取ったのだ。この魔物は元々ゴブリンやコボルトを寄せ餌にして獲物を狩るような知能を持っている。何も考えずに襲いかかって、あっさりと返り討ちになるような能無しとは違うのだ。

 

「あ、逃げました」

「……初心者殺しが逃げるとか相当よね」

 

 山道の片側、崖のようになっている場所を器用に降りていく初心者殺しを眺めながら、キャルはそんなことを呟いた。勿論彼女は実力がどうたらとかいう次元の話をしていない。

 ペコリーヌが頭おかしいから逃げたのだ、と確信を持った上での言葉である。

 

「むう。仕方ないですね、キャルちゃんと初心者殺し料理を食べるのは、次の機会にしましょう」

「願わくば二度とその機会がないことを祈ってるわ」

 

 はぁぁ、と盛大な溜息を吐いたキャルは、潜伏を解除したことで確認出来るようになったカズマ達を見やる。このまま散歩を続けると碌な結果にならないような、そんな予感があった。

 

「……行くわよペコリーヌ。あいつら見失っちゃう」

「散歩じゃないの隠すことすらしなくなりましたね」

「うるさい。いいから追い掛ける!」

「はいは~い」

 

 

 

 

 

 

 目的地に近付いたカズマは、改めて敵感知を発動させる。少し道を下っていった先、そこに大量の反応を見付け、彼は思わずうげぇと唸った。

 

「どうしたの?」

「おい滅茶苦茶いるんだけど……え? 何? ゴブリンってこんな群れるもんなの?」

「主さま、正確な数は分かりますでしょうか?」

「十や二十じゃ足りないな」

「マジかよ……」

 

 カズマの言葉を受け、キースも千里眼で件の場所を睨む。木々に囲まれているものの、ちらりと見えたゴブリンの量は尋常ではなかった。

 どうする、と誰かが問い掛ける。このまま突っ込んでいっても、数の暴力に曝されるだけだ。何かしら作戦を考えなければ、苦戦は免れない。何より、時間を掛けた場合、あの初心者殺しが戻ってくる可能性だってあるのだ。

 

「で、では……クウカが先陣を切りますので、みなさんは、クウカが嬲られている間に敵を」

「それで済む量じゃねーんだっての。人の話聞いてたか?」

「は、はぃ。ですから、リーンさん」

「あたし?」

「クウカを対象に、広範囲の魔法をかけてください。そうすれば、敵の数を減らせると思いますので……」

 

 それは大丈夫な作戦なのか。思わずそんなことを言いかけたカズマは、しかしリーンもキースもその手があるかという態度を取っていたことで言葉を飲み込む。

 

「あ、あの……。クウカさまは、それで大丈夫なのでしょうか?」

 

 一方、コッコロは言った。彼女のその言葉を聞いたリーンとキースはまあ大丈夫だろうと軽い調子で述べてしまうので、思わず目をパチクリとさせてしまう。

 カズマを見た。だよなぁ、とコッコロと同じ意見を持っているかのような態度を取っていたので、彼女はほっと胸を撫で下ろした。

 

「だ、大丈夫です。クウカはその程度ではへこたれませんので……。むしろ、魔法の中心にされたことでどんどんと昂ぶっていきますから……でゅふ」

「よーし。で、こいつどうやって向こうに投げる?」

「主さま!?」

「あぁ……! 縛られるのですか!? 縛って投げ捨てられるのですね! 身動きが取れないクウカに集まってきたゴブリンが剣と弓でクウカを攻め立て……そしてそこに初心者殺しが鋭い牙でこの体をズタボロに……! みなさんはそんなクウカに見向きもせず、クエストの達成だけを済ませると放ったらかしで家路に……じゅるり」

「うるせぇ行くならとっとと行け!」

 

 あはぁん、と悶えていたクウカを遠慮なく蹴り飛ばしたカズマは、ゴロゴロと坂道を転がりながらゴブリンがいるであろう場所へと突っ込んでいく彼女を眺めてよしと頷く。そうしながら、先程言っていたようにリーンにクウカを魔法で吹き飛ばしてもらおうと声を掛けた。

 

「主さま……今のは、流石に」

「コッコロ。分かっている。俺もそれは分かってる。けどな、あのままじゃ話が進まなかったんだ。余計な時間を使うわけにはいかなかったんだ」

「……分かりました。申し訳ありません、主さま。余計なことを言ってしまって」

「いいんだ。コッコロのその優しさに、俺はいつも救われてるんだからな」

「ねえもう魔法撃っちゃってもいい?」

 

 あ、はい。とカズマは答える。途中から茶番染みてきたので引きずることもなく、彼はすぐさま敵の方へと視線を向けた。コッコロも同じように槍を構え突撃の準備を済ませている。

 

「《フリーズガスト》!」

「あぁぁん! 凍えるような冷気がクウカを蝕んで!」

「あいつの音声ミュートに出来ないかな……」

 

 ゴブリンが氷漬けになる中で一人ピンピンしているクウカを見ながら、カズマは追撃とばかりに弓を構える。予想した通り、ゴブリンの数は三十を超えていた。視線を動かすと、自身と同じように弓を装備したゴブリンの姿も見える。

 

「クウカ、お前毒は大丈夫か!?」

「ど、毒、ですか? それはそれで気持ちイイですが、今の状況だとダウンしかねないので、出来れば普通にいたぶってもらえると……あぁ、でも! こんなクウカの要望など無視して構わず毒を打ち込まれるのも……イイ!」

「狙、撃っ!」

 

 聞かなかったことにした。弓を構えているゴブリンに向かって矢を放ったカズマは、そのまま視線をコッコロに向ける。コクリと頷いた彼女は、ゴブリンに矢が着弾すると同時に駆け出した。

 

「うぉ!? なんだぁ!?」

「弓を持ったゴブリン達が……え? 毒?」

 

 バァン、と矢に仕込まれた《ブービートラップ》で撒き散らされた毒によって倒れていく弓ゴブリン。遠距離の心配がなくなったことで、コッコロも遠慮なくゴブリンの群れへと突撃する。

 は、と我に返ったキースが弓でコッコロのサポートを行う。リーンはリーンでゴブリンに集られているクウカへと魔法をぶっ放していた。

 

「よしカズマ! さっきのもう一回頼んだ!」

「いや、ガス欠なんで」

「は?」

「こちとら冒険者だぞ。そんなバンバンスキルぶっぱ出来るわけねぇだろーが!」

「逆ギレ!?」

 

 そんな一幕はあったものの、大量にいたゴブリンは結局こちらにそう大した損害もなく討伐し終えることが出来た。残すところ僅かとなり、カズマ達もほんの少しだけ気が緩む。

 いけない、とクウカが立ち上がった。全力で駆け出すと、カズマを突き飛ばす。何だ、と目を見開いた彼は、そこで見た。

 

「クウカ!?」

 

 いつの間にか潜んでいたのだろう、そしてこちらが油断するのを待っていたのだろう。初心者殺しが、その巨大な牙をクウカへと突き立てているところであった。普通の人間ならば、まず間違いなく即死だ。あんなもので貫かれれば、助からない。たとえ冒険者であっても、極々普通の駆け出しでは、無理なのだ。

 

「うぅ、チクチクと初心者殺しの牙が体にっ……! 魔法で凍えた肌にさらなる刺激がクウカを襲って……! はぁ……こ、このまま、クウカは初心者殺しの巣へと運ばれ、保存食になるべく吊るされ干からびるのでしょうか……じゅるり」

「……とりあえず残りのゴブリン倒すか」

 

 暫く放っておいても大丈夫そうだな。普通の人間の範疇に入っていないクウカを一瞥し、カズマはそう結論付けた。

 




次回、VS初心者殺し?


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その31

VS食材


「さて、残るはあれだけだが」

 

 ゴブリンを倒し終わったカズマ達は、とりあえず放置しておいた初心者殺しに視線を向けた。クウカは先程見たときと変わらず、それがかえって異常さを跳ね上げさせている。こころなしか、初心者殺しも困惑しているようであった。

 あれ、と言われてもとリーンもキースも苦い顔を浮かべている。初心者殺しはその名の通り、駆け出し冒険者では相手にならない。ある程度の実力を兼ね備えたレベルの冒険者ならば倒すことが可能だが、そんなものは一握りだ。大抵は中級レベルまで成長してから挑む相手と言えるだろう。

 そんなわけで。こちらの戦力では目の前の初心者殺しをどうにかするのは難しい。ならば撤退を選択するのかといえば。

 

「いやクウカ置いてっちゃダメでしょ!」

「それはそれで喜びそうだけどな」

「その可能性は否定できないけど。でもクウカが戻ってくるっていう保証がないじゃん」

 

 だよなぁ、とキースがぼやく。これで平然とアクセルに帰ってくるという確信を持っていればその選択肢を取ってもよかったが、流石に彼女はそこまでの実力がない。そのうち初心者殺しが飽きて帰るかもしれないが、クウカ自身で撃退することはまず無理といっていいはずだ。

 

「……じゃあ、しょうがねぇな。俺たちで倒すぞ」

「参りましょう、主さま」

 

 カズマの言葉にコッコロが槍を構え立つ。そんな彼女の姿を見て、リーンも及び腰ながら杖を構えた。キースも、こうなりゃヤケだと言わんばかりに弓を構える。

 

「あ、み、皆さん。ゴブリン倒し終わっちゃったんですね……残りはこの初心者殺しだけ……。ここでクウカが離れたら、被害が出るかもしれませんし、構わずやっちゃってください」

「余裕だなおい」

「い、いいえ……。初心者殺しの爪と牙が絶え間なくクウカを苛んで、どんどん、とイケない気持ちになってきてしまっているので……ぐふふ」

「とりあえず魔法ぶっ放しとくか?」

 

 リーンに視線を向ける。いいのかなぁ、と苦笑しながら、彼女はクウカを中心とした範囲魔法を放った。多少ダメージを受けたようではあるが、初心者殺しはその程度では当然倒れず、魔法をこちらに撃ってきた連中の方へとギロリと視線を向ける。

 

「狙うなら、クウカを!」

 

 その視界にクウカが割り込んだ。邪魔だ、と彼女を追い払おうとするものの、先程の攻撃でも倒れなかったクウカが少し追い払おうとする程度のそれにどうにかなるはずもなし。

 

「クウカさま! 大丈夫でしょうか!?」

「く、クウカは大丈夫ですぅ……。ですから、気にせず、どんどん攻撃を」

「一応言っとくが、お前を攻撃するわけじゃないからな」

 

 カズマのツッコミに答えるものはおらず、本当に分かっているのかという空気を感じながらカズマも初心者殺しに攻撃を加えようと武器を構える。が、ショートソードでどうにか出来るような相手ではないし、何より近接攻撃をした結果ついでのように攻撃されあっさりと死ぬ可能性だってなきにしもあらずだ。素直にこっちかとキースと同じように弓を構えると。

 

「……いや、待てよ」

 

 矢を放つ前に構えを解いた。そうして、二人へ、リーンとキースへと声を掛ける。遠距離攻撃で、どのくらいあいつを弱らせられるか、と。

 

「え? あたしの魔力だとあと二・三発が限界かな。そう大したダメージにはならないかも」

「俺もまあ、矢があるだけあいつに叩き込めば多少はいけるかもしれねぇけどよ」

 

 そう言いながら、何を考えているのだと二人はカズマに目を向けた。初心者を好んで獲物にするというのは、別に弱い相手にしか勝てないからではない。もしそんな考えでそのアイデアを出していたのならば。

 そもそもの問題として、今はクウカが攻撃を引き受けてくれているが、そこまでこちらから攻撃すれば嫌でも初心者殺しはターゲットを変更してくる。

 

「まあ、とりあえず見ててくれ。駄目なら、もう適当なタイミングで逃げるぞ」

 

 そんなことを言いながら、カズマは改めて弓を構えた。一本の矢をつがい、クウカがちっとも倒れないことでジリジリと後ずさっている初心者殺しに向かって、それを放つ。

 

「狙撃っ!」

 

 飛来してくる矢に反応した初心者殺しは、咄嗟に体を捻って躱す。急所を狙って放たれたそれは、相手の足を傷付けるだけで終わってしまった。

 ああ、とリーンが声を上げる。外した、と頭を抱え、先程のカズマのを言葉を思い出しもう逃げるしかないのかなとぼやき始めた。

 

「何言ってんだよ。ほれ、さっさと魔法撃ってくれ」

「さっき外したじゃん! 追撃なんかでき――」

 

 あれを見ろとばかりに指を差したその先。初心者殺しが痙攣して動けなくなっているのを見たリーンはそこで言葉を止めた。何事、とカズマに視線を戻すと、うまく行ったとばかりに笑みを浮かべている姿が見える。

 

「おいカズマ、お前さっきガス欠だって」

「複合スキルは使えないからな。普通に狙撃した。麻痺毒矢を」

 

 効いてよかったよかった。そんなことを言いながらサムズアップした彼を見た二人は、《冒険者》ってなんだっけと思いながら言われた通りに追撃を行い始めた。

 

 

 

 

 

 

 ゼーハーと肩で息をしながら、リーンは目の前の初心者殺しを睨む。残っている魔力を使って放った魔法では、倒すことが出来なかった。同様に、ゴブリン討伐で矢の大半を使い切っていたため、キースの攻撃を加えても倒しきれていない。

 

「もう、ちょっとな気がするんだけど……」

「駄目だ、もう俺達は打つ手がねぇ」

 

 初心者殺しの麻痺もそう長くは続くまい。相手が動けないうちに、ここはさっさと退避した方が得策か。そんなことを考え、二人はしょうがないとカズマ達に向き直る。

 コッコロが初心者殺しに突撃していくのが見え、思わず目を見開いた。

 

「ちょ、コッコロちゃん!?」

「ダメ押しはお任せください」

 

 クルクルと槍を振り回し、初心者殺しに斬撃と刺突を叩き込む。切り刻まれ声を上げる相手を見つつ、コッコロは一歩下がり振り返った。

 その視線の先は、カズマ。まあ分かってたとその視線を受けた彼は、大きく深呼吸をするとショートソードを腰から抜き放つ。

 

「カズマ!?」

「おい、何をする気だ!?」

「決まってんだろ」

 

 顔が強張っている。明らかに近付きたくないと顔が述べている。が、コッコロにお膳立てされたのに出来ませんと弱音を吐くのは、それ以上にしてはマズいことなのだ。彼女の期待を裏切るのは駄目だ。いや、駄目なら駄目で向こうはそれを受け入れてしまうので、問題はないのだが、問題がないからこそ駄目なのだ。

 

「やってやろうじゃねぇか!」

 

 叫んで自分を誤魔化しつつ、カズマは初心者殺しまで駆けた。まだ麻痺毒の残っている、満身創痍の初心者殺し。とはいえ、恐らくこの攻撃で倒しきれないと麻痺も解け逃げるチャンスも大幅に減る。ちょっとやってみる程度では間に合わない。

 す、とコッコロが槍を構えた。くるりと一回転させながら詠唱を行い、そして。

 

「主さま。お護りします」

 

 彼女を中心に魔法陣が現れる。ふわりふわりと光が生まれ、くるくると回る。

 

「舞い上がれ――《オーロラブルーミング》」

 

 その光がカズマに降り注いだ。戦闘時にかけられたバフを上回るほどの強化が、彼の中を駆け巡る。あれ、これひょっとして俺のスキルいらないんじゃないの? そんなことを思うほどだ。

 ふう、とスキルを使用したコッコロが槍を支えにしてうずくまる。どうやら相当の魔力を使うものだったらしく、文字通りの切り札なのだろう。それを、カズマの攻撃のために使ったのだ。

 

「あーちくしょう! 物凄いプレッシャーかかってんですけどぉ!」

 

 うぉぉぉ、と雄叫びを上げながらカズマは初心者殺しへ突貫する。手にしたショートソードを、後のことなど何も考えずに、全力でその眉間へと叩きつける。一発で駄目なら、二発三発。君が死ぬまで殴るのをやめないとばかりに。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 もうダメだ、とへたりこんだ。初心者殺しはもう動いていない。冒険者カードを取り出し見てみると、討伐履歴の部分の最新が初心者殺しになっていた。

 

「お、お疲れさまです」

「……おう」

 

 そうやって小さく笑みを浮かべているのはクウカ。さっきまで散々ぱら初心者殺しにボコされていたのに、彼女の体には怪我らしい怪我がない。むしろどこか満足げである。

 

「ふ、ふふ、ふへへへ」

「あ、ははははは」

 

 そんな二人を見たからか、キースとリーンが急に笑い出した。コッコロも、声を上げてこそいないが微笑みの表情でカズマを見詰めている。

 倒したー、とリーンが叫ぶ。それを口にしたからか、リーンもキースも駆け寄りカズマ達とハイタッチを交わした。

 

「倒しちゃったよ。初心者殺し!」

「ほんとだぜ。初心者殺しに出会って生きてるどころか、ぶっ倒しちまうなんて」

「く、クウカもちょっと驚きです。てっきりこのまま、応援を呼んでくるまで放置されて、一人孤独に魔物の攻撃を受け続けるものだと……」

 

 最後は何となく聞き流しつつ、カズマはまあ俺一人の戦果じゃないけどなと苦笑した。リーンをキースを、なんだかんだでクウカを見て。

 コッコロを、見る。

 

「やったぜ、コッコロ」

「はい! 主さま、お見事でございます」

 

 サムズアップしたカズマの背中を、お前さっき自分だけの戦果じゃねぇっていったじゃねえかとキースが叩く。そうしながら、笑いながら、テンションを上げながら。

 がさりと離れた場所の茂みが揺れたことで、一気に我に返った。何だ何だ、とそこに視線を向け。同タイミングで後ろの茂みから音がしたことで一気に緊張感がマックスになる。

 

「な、何!? まだ何かいるの!?」

「もう矢も魔力もねぇぞ……!」

「主さま……」

「いや逃げる一択だろ」

「と、とりあえず後ろの囮はクウカが――」

「あれ?」

「ちょっとペコリーヌ! 目の前にいるじゃない!」

 

 ば、と振り返ったそこから出てきたのはカズマにとって見慣れた顔。ペコリーヌはあははと頭を掻いており、キャルはそんな彼女をジト目で見ている。

 なんでお前らが。緊張とテンションの乱高下は今日のクウカで若干慣れたカズマがそう尋ねると、二人はそっと視線を逸らした。

 

「……ちょっと、散歩に」

「あの作戦マジで実行したのかよ……」

 

 その一言で察したカズマが溜息を吐く。コッコロも成程そういうことでしたかと安堵の息を吐いていた。残り三人は事情が分からず首を傾げたが、心配で追いかけてきたのだろうと予想を立てていた。

 がさりともう一つの茂みが揺れる音で、そんな空気が霧散した。そういえばあっちはなんだ。視線を再度戻すと、つい先程まで四苦八苦しながら討伐していたものと同じ形をしたモンスターが一体。

 

「しょ、初心者殺しがもう一体!?」

「う、そ、でしょ……」

 

 絶望の表情で後ずさりをするキースとリーン。クウカはある意味平常運転で、もう一度囮になりましょうかと一人悶えていた。悶えてはいたが、しかしその間に逃げてくださいと仲間を心配するような言葉も発している。

 

「……いや、大丈夫だ」

「カズマ!? 何言ってんの!? もう魔力もすっからかんなのに」

「ええ。大丈夫ですリーンさま。ここには」

 

 視線を向ける。笑顔で任せてくださいと胸を叩くペコリーヌがそこにいた。たぷんとその拍子に双丘が上下に動き、こんな状況なのにキースとカズマが思わず目を見開く。

 一方、やりたくないオーラを全開にしながら、ペコリーヌの隣で杖を構える少女もいた。なんだかんだで、隣の彼女と一緒ならば倒そうと思えば倒せる相手ではある。が、しかし。

 

「あー……どっちみち初心者殺しもうここに倒されてんのよねぇ……」

「どうかされましたか? キャルさま」

「ちょっとね。今日の夕飯が不安なだけよ」

「はぁ……?」

 

 どういうことなのだろう。そんなことを思いながら首を傾げるコッコロをよそに、ペコリーヌは皆より前に出た。初心者殺しに立ちはだかるように剣を構え、そして真っ直ぐに相手を見る。

 

「うんうん。カズマくん達が倒したやつと、目の前の。二匹いれば、酒場の人達にも振る舞えそうです。やばいですね☆」

『今なんて言った?』

 

 知っていたキャルと、予想がついたカズマ。二人の声はキレイにハモった。

 

 

 

 

 

 

 クエストを終えたリーン達のパーティーと、散歩がてら食材を調達してきたらしいペコリーヌとキャル。そんな集団はギルドに戻ってくると、それぞれ思い思いの行動をしながら、しかし若干名を除いて非常に疲れた表情をしながら夕食を待つ。

 

「はい、出来ましたよ~!」

 

 おお、と酒場で歓声が上がった。ペコリーヌが調達した食材で皆に料理を振る舞うという話だったので、ギルド酒場にいた冒険者達は皆楽しみに待っていたのだ。

 

「お、普通に美味そうだな」

「あれ? ダストさん、信用してませんでした?」

「そりゃあ……な」

 

 どこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたダストは、しかし次の瞬間元のチンピラに空気を戻し、とりあえず食べてみるかとそのシチューをスプーンですくう。大きめな肉は、赤身に近いようではあるが、そこそこ脂も乗っているようで。

 

「まあ、タダ飯にありつけるんなら多少は――って、美味いなこれ」

「はい。ありがとうございます」

 

 さあみんなもどんどん食べてください。そう言ってペコリーヌはウェイトレスに戻る。あのダストが普通に褒めるんだから大丈夫だろう。そう判断したのか、他の連中もシチューに手を付け、そして予想外の旨さに舌鼓をうった。

 一方、リーン達である。

 

「……美味しい、らしいよ」

「……ああ。そうらしいな」

 

 リーンもキースも中々最初の一口が踏み出せない。持って帰るために下処理をしていた光景を思い出し、そして肉になる前のそれが何だったのかを思い浮かべ。

 

「い、意外と、クセのない味なんですね……」

「躊躇いなくいったなぁ……」

 

 もぐもぐとシチューを堪能しているクウカを見て、リーンはもうどうでもいいかと諦めの境地に入り始めた。ちらりと横のテーブルを見ると、同じように食べるのを躊躇している二人が見える。

 

「主さま。召し上がられないのですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「……コロ助は平然と食い過ぎなのよ」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらキャルも諦めたようにスプーンでシチューをすくう。よくよく考えればこの間ブルータルアリゲーター食べてた。そんなことを思ったからだ。

 ふとこちらを見ていたリーンと目が合った。少しだけ苦笑すると、まあ死にはしないわよと言葉を紡ぐ。

 

「むぐ……ほんと、あいつの料理無駄に美味しいのよねぇ」

「俺はコッコロの料理も好きだ」

「ありがとうございます、主さま」

 

 一度口に入れてしまえば、迷っていた理由も消え失せる。カズマ達はシチューを平らげ、どうせだからとおかわりまでし始めた。

 はぁ、とリーンもシチューを口に運ぶ。予想外の旨さに目をパチクリさせた彼女は、まあこれならいいかと受け入れる態勢に入った。

 

「キースも食べなよ。美味しいし、それに」

 

 多分経験値も結構入るよ。そう言って笑みを浮かべたリーンは、向こうでギルド職員に何の肉を使ったシチューかを説明しているペコリーヌを見やる。

 は、と呆気にとられた表情を浮かべているルナを含むギルド職員を見て、まあそりゃそうだよねと苦笑した。それなりにしっかり関わるのは今回が初めてだったけど、そんなことを呟きながら、現在パーティー勢揃い禁止の面々を眺める。

 

「やっぱり、アクセルの住人なんだなぁ……」

「美味しいですよね、初心者殺し」

「そういう問題じゃありません!」

 

 そんなルナの鶴の一声で、勢揃い禁止が三日伸びた。

 

 




キャル→ペコリーヌのやらかしコンボ。


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その32

例のアレ


 今日はコッコロはこちらの仕事はなく、キャルと共に買い物に行っている。わざわざそんな状態を作り上げた張本人によって、カズマは呼び出されていた。

 ウィズ魔道具店の扉を開けると、待っていたとばかりにオーナーであるアキノが笑みを浮かべる。そしてその隣には仮面をつけた怪しい存在、バニルが。

 正直帰りたくなった。が、相談、否、商談があるという話を聞いた以上、ただ黙って帰るのではチャンスを逃す可能性がある。

 

「で? 何の用だ」

「まあ焦るな」

 

 とりあえず座れ、と席についた三人は、ウィズの淹れてくれた紅茶を飲みながら会話を行う。本題は本題できちんとあるが、まずはその前に、とアキノがカズマをじっと見る。

 

「カズマさん」

「何だよ」

「悪魔はお好きですか?」

「意味分かんねぇよ。悪魔ってそこのバニルみたいなのか?」

 

 ちらりと見る。何を考えているか分からない、というより何かを見通して悪感情を得る方向に持っていこうとしている姿を認識し、その表情を苦いものに変えた。

 これを基準とするならば、悪魔は嫌いだ。そう結論付け、アキノへと伝える。それを聞いた彼女は、ふむ、と少し考える仕草を取った。

 

「もう少し具体的にしましょう」

「はぁ……」

 

 何が具体的なのかはよく分からないが、どっちみち悪魔なんだろ、とカズマは思う。だとしたら、彼としては答えなど変わるはずもなく。

 

「サキュバスは、お好きですか?」

「大好きです」

 

 即答だった。食い気味に答えた。思わずアキノが圧される程度にはぐいぐいと答えた。

 そうした後、カズマはふと我に返る。そうだ、そもそも自分の知っているサキュバスとこの世界のサキュバスが同じである保証がない。コホンと咳払いを一つすると、彼は少しだけ姿勢を正した。

 

「一応聞いておくけど」

「はい」

「サキュバスって、こう、きれいなお姉さんの姿して、エッチな夢を見せてくれる悪魔でいいのか? 実は正体は化け物とか、人を食べる凶暴な魔物とかそういうのじゃないよな?」

「ええ、後半部分のようなことはないですし、可愛い系もいますわ」

「大好きです」

「二回目!?」

 

 思わずツッコミをアキノが入れた。隣のバニルは爆笑している。どうやら驚いた彼女から少し悪感情が取れたらしい。

 それはともかく。一体全体何故そんなことを言い出したのか。そこを疑問に思ったカズマは彼女へと問い掛けた。そしてアキノは、これからが本題なのですと姿勢を正す。

 

「あら? そういえばカズマさんの反応を見る限り、知らないようですわね」

「それはそうであろう。この小僧はギルドでは有名なハーレム野郎であるからな。独り身の男が通う場所に縁などあるはずもない」

「おい名誉毀損やめろ。ハーレム野郎として有名とかホントやめて」

「フハハハハ、やめろと言われてやめたら仮面の悪魔の名折れであろう? まあちょっとした軽口程度だからそこは安心しておくといい。腹ペコ娘の驚異や猫耳娘の暴走も広まってしまっているからな」

「……どっちだ? 両方か?」

 

 若干不服そうにそう述べるバニルの言葉を聞き、カズマは心当たりを思い出す。デストロイヤーの報奨金を食い潰したことか、それともついこの間の初心者殺しのシチューか。

 キャルの方は単純にダンジョンをぶっ壊したことについてだろう。お前が原因の半分くらいだけどな。目の前の悪魔を見ながらそんなことを思いつつ、まあいいやと気を取り直した。コッコロは大丈夫だしな、と一人頷いた。

 

「我輩としてはあのエルフ娘が一番闇深いと思うのだが、まあいい。ともかく、汝は知らんだろうが、この街にはサキュバスが経営する店があるのだ」

「詳しく」

 

 食い気味にバニルに詰め寄るカズマを見て、アキノが若干引く。が、すぐに気を取り直すと、これならば丁度いいと笑みを浮かべた。

 曰く。この街のサキュバスと男の冒険者は共存関係にあり、男の溜まったムラムラをサキュバスが丁度いいレベルで吸い取ることでお互いに得をする生活を送っているらしい。そして、その手続き諸々を行っているのが一軒の店だ。

 

「へぇ……。で、それが俺を呼んだのとどう関係してくるんだ?」

「まあ待て、サキュバスと聞いて期待に胸を膨らませている小僧。汝の期待している話にちゃんと着地するのだ、安心しろ」

「べ、別に何も期待してませんけどぉ!」

 

 そもそもここの場に女性陣がそこそこいる状態でそういうことを言われると、カズマとしても非常に危ういことになってしまう。色々と、だ。後女性陣に軽蔑の眼差しで見られるのに興奮するほど彼はダクネスでもクウカでもないのだ。

 

「事の発端は、我輩がここで働くのを聞きつけたサキュバスが魔道具店に乗り込んできたことだ」

 

 何でもバニルの大ファンらしく、出来ることならば庇護を受けたいと申し出てきたらしい。実際はたまに店に顔を出してくれればそれで士気がぐんと上がるとかなんとか。

 

「まあ我輩としてはあの程度の小娘に興味はないので断ろうと思ったのだが。何の因果かオーナーが居合わせてな」

「冗談が上手いですわね、バニルさん。それも見通していたのでしょうに」

 

 おーほっほっほとお嬢様高笑いを上げたアキノは、バニルの説明を引き継ぐ形で話し始めた。それならばその店もこちらの傘下にしてしまえばいい。そう考えたのだ。

 当然ながらサキュバスは渋った。バニルならともかく、人間の、しかも女の貴族で冒険者の下につくなど、と。が、バニルがアキノに雇われていることを知ると、途端に手の平を返した。バニルの同僚、というキーワードは非常に魅力的であったらしい。

 

「そういうわけで、(わたくし)としても新たな商売を広げる好機だと思ったのですが」

「何かあったのか?」

 

 はぁ、と溜息を吐くアキノを見て、カズマはそんな問い掛けをした。問い掛けをして、あ、やっちまったと後悔した。これは罠だ。あるいは、本題に進めるスイッチだ。

 なにせ、バニルが面白そうに笑っていたのだから。

 

「そのお店がどのようなものなのか、こちらで判定が出来ないのです」

「……何で?」

「見ての通り、(わたくし)達財団の直属は基本的に女性ばかりで、バニルさんは悪魔なので。お店のサービスを体感できる男性冒険者がいないのですわ」

「つ、つまり?」

「カズマさんに体験してもらい、改善点や新規開拓のアドバイスを貰いたいのですわ」

 

 立ち上がり、ずびしぃ、と指を突き付ける。言っていることはなんだかそれっぽいが、要はちょっとサキュバスにヌイてもらってきて、である。状況が状況でなければ二つ返事で了承する場面ではあるが、しかし。

 

「何を悩む、一応はプライベートな空間が出来て馬小屋時代の鬱憤を晴らしている小僧よ。想像していた通りの体験が出来るぞ」

「やめろよそういうの! いやほんとやめてください、お願いします」

「まあ確かにあのエルフ娘が横にいては何も出来なかったであろうからな。我輩は理解を示してやるぞ」

「うるせぇよ! いいから話を続けてくれ」

 

 カズマの言葉に、続けるも何もとアキノは述べる。先程の依頼を受けるか受けないか、その返事待ちなのだから。

 そうでしたとカズマは息を吐く。先程も思ったが、別段断る理由はない。ないのだが、強いて言うならばこの空間が問題だ。ウィズ魔道具店。バニルはともかく、依頼をしたアキノも含めればこの場に女性が。

 

「……なあ」

「どうしました?」

「ずっと見ないふりをしてたんだけどさ」

 

 テーブルに座っているアキノとバニルから視線を外す。一応秘密の商談なので魔道具店を準備中に変え道具の整理を行っているウィズを経由して、そして。

 

「なぁにがさきゅばすよ~。もっとこぅ、カップル作りなさいよ。わらしも、おもちかえりしなさいよぉ……」

「あそこで簀巻きにされて転がってる酔っ払いは、何?」

「ただの酔っ払いですわ」

「うむ。酔っ払い以外のなにものでもないな」

「えぇ……」

 

 

 

 

 

 

「……なんだって?」

「ですから、『女性の婚期を守る会』ですわ」

 

 耳がおかしくなったわけではないらしい。それを確認したカズマは、それとそこの転がっている酔っぱらいが何の関係があるのかと尋ねた。尋ねようとした。

 何となく予想がついたので言葉を飲み込み頷いた。

 

「違うろよぉ……。わらしはぁ、別にそ~いうんじゃなくてぇ」

「じゃあどういうのだよ」

「さきゅばすよりも、おねぇさんをもってけー!」

 

 とりあえずユカリは無視することにして、とカズマは視線を再度アキノに戻す。これは極端でかつ関係ないタイプではあるが。そう前置きした彼女は、はぁ、と小さく溜息を吐いた。

 

「商売で儲けるのは勿論商人として当然なのですが、この街で男性冒険者と女性冒険者の不和を招いてしまうのは貴族であるウィスタリア家として看過出来ません」

「そういうわけだ。我輩としてはどちらでも構わないのだが、オーナーの方針に従うのは従業員の本分なのでな」

「つまり? サキュバスの店で儲けるためにその『女性の婚期を守る会』とやらの対策もしたいってことか?」

「そういうことですわ。理想としては男女ともにお得意様になることですが」

「……それは、難しいんじゃないか」

 

 出来ないとは言わないが、多大な労力を必要とするだろう。そして、カズマにとってはその労力は絶対にしたくないレベルのものだ。

 だが、しかし。しかしである。サキュバスサービスを何の後ろめたさもなく利用できるであろうポジションをみすみす捨ててしまうのも、男として違うのではないかと彼の心は問い掛けてくるのだ。

 

「とりあえず女性用のいい夢を用意するのは?」

「一応候補としては考えていますが。被験者に出来そうなのが」

「もう、飲まなきゃやってられなぃ! 麦しゅわだけがぁ、わらしを癒やしてくれるんら~!」

 

 自由になった片手で寝っ転がったまま器用に麦しゅわを摂取するユカリを一瞥し、無理ですからとアキノは続けた。夢を見させるという特性上、泥酔していると眠りが深いため不可能になったりするらしい。

 

「流石にキャルさんやペコリーヌさんを被験者にするわけにはいきませんし」

「まあ、そうだなぁ」

 

 婚期を焦っているようには見えない。そういう意味ではそこに転がっているへべれけも酒さえあれば独身でもいいような空気を醸し出してはいるが。

 

「あ、じゃあウィズはどうだ?」

「ふむ。たしかに婚期を焦っているという条件には合致するが」

「消し飛ばしますよ?」

 

 棚の整理をしながら、普段の彼女らしからぬ殺気をバニルへと飛ばす。対するバニルは自身に向けられた悪感情を堪能し満足してた。

 

「あの雇われ店主は仮にもリッチーだからな。サキュバスの能力が効かんのだ」

「訂正してないですよね!? やりますか!? 久々にやり合いますか!?」

「落ち着いてくださいウィズさん。そもそも、貴女くらいの美しい女性ならむしろ選ぶ側、焦る必要などありませんわ」

「え? そ、そうですか……?」

 

 チョロい。アキノの一言ですぐさま機嫌を直すウィズを見ながらカズマはそんなことを思う。ついでに、その選ぶ相手がいないんじゃないかなと心中で続けた。

 ともあれ、現状女性側も丁度いい人物がいないので、とりあえず男性側の意見だけでもきちんとまとめる必要がある。そういうわけらしい。当然その意見というのは、サービスの評価と、客目線から女性側と軋轢を産まないアイデアのことだ。

 

「めんどくせぇ……」

「無理に、とは言いませんわ。このことを他人に言いふらしさえしなければ、断って帰ってくれても構いません」

 

 アキノはそうはっきり述べる。ビジネスチャンスはものにしたいが、かといってカズマがそのために必要な唯一無二の存在でもない。早い話がそういうことなのだろう。

 そう言われてしまえば、普段のカズマならばじゃあ遠慮なくと断って帰っただろう。報酬も相応の額が貰えるだろうが、冬も近付いてきたこの季節を乗り越える程度には蓄えもある彼にとってそこまで重要でもなし。だから、彼の悩みは報酬云々とは全く関係がなく。

 モニターという大義名分を持った状態でサキュバスからエッチな夢を見させてもらえるチャンスを逃していいのかどうか、だ。

 

「ふむ。迷っているのならば我輩が一つ、見通してやろう」

「いらねぇ……。碌でもない結果出たらどうしていいか分かんなくなるだろ」

「遠慮をするな。――ほう、成程」

 

 ふむふむ、と頷いたバニルは、口角を上げた。楽しそうな表情を浮かべたことで、カズマは猛烈に嫌な予感が増していく。

 駄目だ。物凄く後ろ髪を引かれるが、これを受けたらきっと自分は酷い目に遭う。そう結論付けて、彼はアキノへと断りの返事を。

 

「ん? 依頼を受けると随分スッキリとした顔になるであろう小僧よ、その様子では断るのだな」

「受けます」

「交渉成立ですわね」

 

 待ってましたとばかりに一枚の書類を取り出し差し出す。ここにサインを、とペンを渡し、カズマが署名するのを待った。

 カズマはカズマでその書類に書かれている文章をきちんと読む。最終的に『同意します』にチェックを入れないと先に進めないとしても、一応規約は確認するに越したことはないはずだ。そういう考えである。

 

「うし、佐藤和真、と。……で、俺はどうすればいいんだ?」

「今日これからは大丈夫ですか?」

「へ? ああ、まあ」

 

 それは良かった、とアキノが回収した書類の代わりに地図と一枚のチケットを机に置く。地図はサキュバスの店へのルートが記されたもので、チケットはその店のサービス券だ。

 

「とりあえずは一回、体験してきてくださるかしら?」

「あ、はい……」

「美少女から淫靡な誘いを受けている錯覚に陥り興奮している小僧よ。これはお節介だが、サービスを受けるのならば教会に戻るのは得策ではないぞ」

「お節介焼くんなら前半を口にするんじゃねぇよ!」

 

 叫びながら視線をアキノに向けると、(わたくし)を夢の相手にするのはちょっと、とバツの悪そうな顔で頬を掻いているのが見えた。奇声を上げて机に頭を打ち付けたカズマは、そのままの体勢で暫し動かなくなる。バニルは勿論大爆笑だ。

 

「……で? 戻るのは得策ではない、だっけか?」

 

 机に突っ伏したままカズマが問う。うむその通りと答えたバニルは、彼に見えない状態ではあるが笑みを抑えた。カズマの住んでいる教会は、当然女神を祀っている。悪魔の天敵ともいえる存在のお膝元には、サキュバスも流石に向かえない。

 そう言いつつも、その教会がエリス教でもアクシズ教でもないことを踏まえ、念の為だがなと言葉を続けた。

 

「念の為?」

「なに、こちらの話だ」

 

 夢の女神アメス。他とは違い悪魔やアンデッドですら場合によっては受け入れるその教会ならば、ひょっとしたら問題ないかもしれない。それどころか、問題ないを通り越して。

 

「サキュバスも夢にまつわる悪魔ですしね、ひょっとしたら」

「自称永遠の二十歳の店主よ、急に割り込み分かったような口をきくな」

「じ、自称じゃありませんー! リッチーですから、本当に永遠の二十歳なんですぅ!」

 

 ギャーギャーと騒ぎ始めたウィズを横目に、カズマはとりあえず今日は帰らないことを心に決めた。夢を見るまで、戻らない。チケットを握りしめ、彼はそう決意した。

 




この素晴らしいプリンセスにコネクトを! ってひょっとして下ネタじゃないかと錯覚し始めた。


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その33

ほぼ野郎オンリー話。


 地図を頼りに目的地までの道を歩いていたカズマは、その途中で見知った顔を見付けて目を細めた。ダストとキース、この間の初心者殺しシチュー騒動である意味中心となった面子である。二人は何やらこそこそと怪しい動きをしながらその先にあるだろう店の様子を伺っていた。

 

「……」

 

 察した。どうやら自分と同じ店に用事があるらしい。それは分かったが、問題は二人がどの程度店のことを知っているかだ。常連だった場合、新規客の自分が何故サキュバスチケットでサービスを受けるのかを上手い具合に誤魔化す必要があるからだ。

 かといって無視するわけにもいくまい。あの挙動不審具合からその心配は杞憂だろうと思いつつ、しかし油断は出来ないだろうと深呼吸をした。

 

「よお。お前らこんなところで何やってんの?」

「うおぉ!?」

「何だカズマか。脅かすなよ」

 

 ビクリと跳ね上がった二人であったが、そこにいるのがカズマだと分かると安堵の息を漏らす。そうしながら、それはこっちのセリフだと返した。

 

「ん? 何だ、今日はお前一人か? 珍しいな」

 

 ダストがそんなことをのたまった。まるで誰かしら一緒にいるのが当たり前であるようなその物言いに、カズマは思わず顔を顰める。そういう軽口の積み重ねがバニルの言っていた風説の流布に繋がるのだ。謎の抗議をしつつ、彼はダストをジロリと睨んだ。

 

「あ? 本当のこったろ? 保護者ちゃんか猫ガキが大抵隣にいるじゃねぇか」

「そういう思い込みやめてもらえますか?」

「敬語!?」

 

 キースが思わずツッコミを入れたが、ダストは笑みを浮かべたたままだ。そうだな、思い込みだといいな。そう続け、彼は手をひらひらとさせた。

 それで、とダストはカズマを改めて見る。お前こそこんなところで何やってる。先程の質問をそのままカズマに返すと、彼はその答えを待った。

 

「ん? ああ、俺はこの辺に喫茶店があるって聞いたから、そこで昼飯でも食おうかと」

「……ダスト、どう思う?」

「確かにあそこは表向きは飲食店として経営してるらしい。そっちの、表向きの情報を仕入れていてもおかしくはないな」

 

 キースの視線がカズマを射抜く。対するダストは、その言葉を信じたのかはたまたどうでもいいのか、まるでキースを説得するようなことを言いだした。彼の表情は別段変わらず、だからキースもそうなのかと訝しげながらも引き下がる。

 

「大体、こいつがあの場所の真の目的を野郎共の誰かに教えてもらうと思うか?」

「そうだな、綺麗どころに囲まれてるこいつには縁のない話か」

 

 はぁー、とキースが溜息を吐く。まったく羨ましいね、そんなことを言いながら彼はやれやれと頭を振った。対するダストは、そうは言ったものの、別段カズマのその境遇を羨ましく思っている素振りはない。この間も言っていたように、彼の周りにいる女性陣はダストにとってそういう対象ではないのだろう。

 だからだろうか。ダストはそのまま彼へと視線を向け、その顔を見つめた。

 

「……なあ、カズマ。お前、そういうことに不自由してるか?」

「何をだよ」

「決まってんだろ。ナニをだよ」

 

 手で輪っかを作ってそこに指を突っ込みながら笑うダストに、こいつ往来で何やってんだとカズマはジト目を向ける。が、まあ確かに言いたいことは分かったしそれについては同意するので、カズマとしては乗らざるを得ない。少しだけ場所を移動し、周りの目が気にならないようにしてから、改めてと話の続きを促した。

 

「まあ普通の冒険者は馬小屋生活が基本だろ? そんな場所じゃ色々溜まったものを処理も出来ない。お前と違ってな」

「あの面々が寝てる横で処理が出来るわけねーだろ……」

 

 キースの言葉に反したカズマの声色は低かった。隣にコッコロが寝てる状態でアレをコレすることなど出来るはずもなし。やろうと思えば出来たかもしれないが、やった瞬間何かが終わること請け合いだ。本能的にそれを覚っていたカズマは、教会暮らしになるまでやらなかった。若い盛りの男が、数ヶ月の間一度もやらなかったのだ。

 だから、キースの言葉は流せなかった。それを否定されるわけにはいかなかった。

 

「まあ、どっちでもいいけどな。でだ、そんな溜まってる状態でも、勿論寝てる女冒険者にイタズラは出来ないだろ? 気付かれて袋叩きか、あるいはダガーで切り落とされるかだ」

 

 ダストは別段気にしたふうもなく話を受け継いだ。その表情は普段と変わらぬチンピラ的なそれで、彼が一体何を考えているのかは分からない。思えば、彼は最初からキースと違いこの話にカズマを関係ないと断じてはいなかった。そのことに気付いたカズマは、ほんの僅かだが警戒度を上げる。

 

「ところでカズマ。お前は口が堅い方か?」

「……おう」

「女冒険者には特に、絶対に漏らしてはならない。約束できるか?」

「おう」

 

 頷く。口は堅いはずだ。なにせ、既にアキノが傘下に入れようとしている時点で女冒険者にバレバレだということを飲み込んでいるのだから。言ったら契約違反だ、絶対に漏らさない。

 

「なあ、カズマ。そんなことで俺を騙せると思ってんのか?」

 

 そう決意した矢先、ダストが呆れたように肩を竦めた。何のことだとキースが首を傾げる中、彼はカズマを真っ直ぐに見る。もう分かってるんだぜ、と口角を上げる。

 

「お前、最初から分かってここに来ただろ?」

「マジかよダスト」

「ああ、奴の態度を見れば分かる。キースと同じようにこれからのことを想像して浮足立ってんのがバレバレだ」

「遠回しに俺も落とすのやめろ。お前も同じだろうがダスト」

 

 カズマはポーカーフェイスを崩さず、二人の言葉に極力動揺しないよう努めていた。それがますます怪しさを増し、ダストの言葉が確信に変わっていく。

 ぽん、と肩を叩かれた。そんな変に格好を付けなくてもいいんだぜ。そう言って、キースはカズマに笑みを浮かべた。

 

「ここに来るってことは、お前も同じなんだろ?」

 

 よくよく考えれば、とキースは思う。クエスト発令前のダンジョンぶっ壊して大損害を与えるような紅魔族もびっくりなことをやらかす猫耳娘や、食うことにかけては頭のネジぶっ飛んでんじゃないかと思える腹ペコ娘。あれと付き合うのは流石に無理だ。なまじっか見た目が極上で性格も悪くないのが余計に質が悪い。

 

「なあ、ダスト。どうする? カズマも混ぜるか?」

「俺はどっちでもいいが」

 

 お前は一人で行きたそうだな。そう言ってダストは笑った。その笑みが何を意味しているのか。全てを分かっていて、あえて見逃しているのか、それとも何かを企んでいるのか。

 

「こいつのこった、きっと人に言えないような要求するんだぜ? 察してやれ」

「あー」

「ちげーよ! 別にお前らと行っても何の問題もねぇから!」

 

 気の所為だった。そんなツッコミを叫びながら、さっきまで悩んでいたのが馬鹿らしくなってカズマはこっそりと溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 中に入ってまず目についたのは、いかにもなエロファッションだ。成程確かに男ウケはいいかもしれない。だが、そういうド直球のエロは、というかサキュバスモロバレのその格好はカズマ的にはいただけなかった。こういうのは、実はその正体は、みたいなのが背徳感を増すのだ。ド直球のエロに釣られてここまでやってきた男の戯言である。

 ともあれ、店内で当初の目的を思い出したカズマは、とりあえず普段のサキュバスサービスの体験の他にも、改善案や女性冒険者の取り込みのアイデアを考える。そうしながら、ダストやキース達とテーブル席へと案内された。

 店の説明をされ、サービスがどのようなものかを一通り伝えられた後は、渡されたアンケート用紙に記入をする。夢なのでどこまでも好きに設定出来るらしく、細かい指定が色々と可能らしい。そういうことの相手となる対象も、年齢とかその他諸々も夢なので問題ないという答えも貰った。それを聞いた時、カズマは思わずアキノの一言を思い出してしまい少し腰を落としたが、幸い二人には気付かれなかった。

 

「しかしカズマ。年齢も問題ないんだってよ」

「何で俺に言う」

「何でって、そりゃ……」

 

 口にはしない。キースが一体誰のことを言っているのかそれだけで分かったカズマは、ゆっくりと拳を握るとそれを顔面に叩きつけるため振りかぶった。冗談だ冗談、と手をひらひらさせるキースと落ち着けというダストの言葉で、彼は鼻を鳴らしながら拳を下ろす。

 

「ま、保護者に欲情することはねぇわな」

「保護者じゃねぇ」

 

 ダストの軽口にどこか不貞腐れたように言葉を返したカズマは、そんなことよりアンケートの記入をせねばと視線を戻した。そうしながら、細かい指定をするだけではなく、手軽なモードも用意しておくのはいいかもしれない、とポケットのメモ用紙に思い付いたネタも記す。

 それはそれとして、今回のカズマのオーダーは年上だ。年下でも勿論いいが、今日はそんな気分なのだ。決してアキノ、ユカリ、ウィズの前でチケットを渡されたからではない。別に一つ上でもいいくらいなのだ、だから違う。美人でスタイルが良くて、恥ずかしがる系の世間知らずなお姉さんがオーダーだ。決してアキノではない。ピンポイントで指定している気がしないでもないが、『恥ずかしがる』が若干逸れていると思い込むので違うのだ。

 謎の言い訳をしつつ、カズマは同じように記入をしていたダストやキースと一緒にアンケート用紙を提出する。後はもう支払いだ。一応飲食店という体を取っているにも拘わらず、結局それらを注文することがなかった。ここも要改善だな、そんなことを思いつつ、ダスト達が支払いをする横でカズマが取り出したのは一枚のチケット。

 

「そ、それは……!?」

 

 キースが驚きに目を見開いている中、サキュバスは何かを納得したように頷くとそのチケットを受け取った。バニル様によろしくと伝えてください、ついでにそんなことを告げられる。

 

「お、おいカズマ! お前それは」

「貰い物だよ。今日来たのだってコレがあったからだしな」

「成程な。ったく、どういうツテを使ったんだか」

 

 キースとは違い、ダストは呆れたように肩を竦めるのみだ。が、その目は間違いなくこう述べていた。今度は俺にもお零れをよこせ、と。

 それをあえてスルーしながら、カズマは二人と共に店を出る。準備をするとそのまま帰っていくキースやダストを見ながら、カズマは丁度いい宿を探すべく歩き始めた。バニルの言っていたように、教会に戻ったら夢が見られない可能性があるからだ。ついでに、出来るだけ教会から遠い方がいい。今あの三人の誰かに出会うわけにはいかないのだから。

 そうして潤っている懐に物を言わせ宿を取ったカズマは、公衆浴場で体を綺麗にすると、夕飯もそこそこに床についた。一体どんな夢を見られるのだろうか、そう考えると緊張して眠れない。寝よう寝ようと思っていても、裏腹にどんどんと目は冴えてきて。

 

「何かいい感じに眠れる方法はないか?」

 

 少し外で体を動かすというのもありかもしれない。が、現状誰かに会うのは極力避けたい。よし、とベッドから抜け出たカズマは、その場で腕立てとスクワットをし始めた。汗をかかない程度に、軽くではあるが、そうやって体を動かしていると、心地よい疲れが広がってくる。

 これならば眠れる。そんなことを思いながらベッドへと再ダイブ。そして。

 

 

 

 

「あれ? 起きてたんですね」

「――へ?」

 

 唐突に聞こえた声に跳ね起きる。視線を動かすと、ペコリーヌがカズマを覗き込むように立っていた。何でここに、そんなことを思い、そして尋ねたが、彼女は首を傾げるのみだ。

 

「カズマくんが帰ってこないから、コッコロちゃんが心配してて。代表してわたしが捜しに来たんですよ」

「お、おう? それで何で部屋の中に?」

「カズマくんを見付けたからですけど」

 

 何か変だろうか、と彼女は頬に指を当てながら考え込む仕草を取る。それによって彼女の胸がぎゅむと圧迫され、押し出されるようにマシュマロがこぼれ出た。

 まあいいや、とペコリーヌはベッドに腰掛ける。カズマに密着するような体勢になった彼女は、彼に体を預けながらクスリと笑った。

 

「もう時間も遅いですし、わたしもここで寝ていいですか?」

「は? え? 何言ってんの?」

 

 いくらなんでも無防備過ぎる。そうは思ったが、よくよく考えれば馬小屋生活の時も同じ空間で寝ていたのには違いない。ならば問題ないのか。何となく違うような気もするが、状況に流されるように彼の中でそれが納得へと変わっていく。

 えい、とペコリーヌが横になる。宿屋のベッドはそこまで広くない。二人が寝るとなると、どうしても密着する部分が出てくる。特に、体の一部分の発育が良かったりすれば、尚更だ。

 

「いや、ちょ。……当たってるんですけど」

「……そういうことは、口にしないのが紳士ですよ」

 

 むう、と唇を尖らせ、しかし顔を赤くしてペコリーヌが呟く。むにむにと当たるおっぱいの感触と、目の前の恥ずかしそうなペコリーヌの顔。それらの相乗効果で、カズマの中の渦巻いているそれがどんどんと上昇していく。これはひょっとしてあれか、ワンチャンあったりするのか。そんなことを思いながら、彼はゆっくりと彼女を抱き寄せるように自身に密着させて。

 

「……カズマくん」

「は、はい?」

 

 声が上ずった。精一杯の勇気を振り絞って行ったそれを、嫌がる素振りを見せない彼女が無性に可愛くて。

 

「いいですよ……」

「え? い、いいって?」

「もっと触っても、いいですよ」

 

 そう言って、顔を赤くしながらも彼女はカズマの手を取って自身の胸へと誘い。

 

「んっ……」

 

 あ、夢だコレ。ようやく気付いたカズマは、しかし結局行き着くところまで行く前に時間切れとなり朝を迎えることとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

「キャルちゃんキャルちゃん」

「んー?」

「わたしって、世間知らずなんですかね?」

「世間知らずかは知らないけど、常識知らずなのは間違いないわね」

 

 いきなり何言い出してんだこいつ。そんなことを思いながら、キャルは帰ってこないカズマを心配し祈祷を始めるコッコロを止めるべく立ち上がる。

 とりあえず、無断外泊したあのバカは後で殴ろう。彼女はそう決意した。

 




プリンセスコネクト


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その34

思うところは色々あるかもしれませんが、とりあえず当初の流れのまま突っ走ったのでご了承ください。


 翌朝。スッキリしたのかモヤモヤしたのかよく分からない状態になったカズマは、とりあえずレビューを報告するためウィズ魔道具店へと向かっていた。コッコロが店内にいないことを念の為確認し、彼はゆっくりと中に入る。

 来たか、とカズマを見て笑みを浮かべたバニルが、先日と同じように待っているであろう相手がいる場所を指差した。今回はシラフらしいユカリとアキノ、そしてその横のテーブルには。

 

「なあバニル」

「我輩から伝えることはない。ほれ、向こうで直接聞くがいい」

 

 そう言ってカズマを押しやる。観念したようにそこに向かうと、相も変わらずドヤ顔で報告を聞こうとしているアキノが笑みを浮かべた。彼女以外にもいる面々が面々のため正直話し辛い。が、そう言ったところで何も変わることはないため、彼は諦めたように口を開いた。

 

「の前に、そっちは?」

 

 横のテーブルに居る二人を見る。薄着、というよりもほぼ下着のようなその服装は紛れもなくサキュバス。片方はいかにもなサキュバスであったが、もう片方は若い、というよりも幼い容姿をしていた。カズマに目を向けられると、年上の方は苦笑し、若い方はしゅんとうなだれる。

 

「こちらは昨日のカズマさんの夢の担当者ですわ。そのことで少し話もありますが、とりあえずは先に報告から」

 

 気にはなるが、どのみち後になれば分かる。そう判断し、彼は店内で思ったことを記していたメモ帳を片手に、サキュバスの店でのことを話し始めた。サキュバス達の格好やサービスの内容の多面化、そして別の方面のあり方など。満足気に聞いていたアキノも、傍らで聞いていたバニルも感心するように頷いている。

 

「一回でそれだけの洗い出しを行うとは。やはり、(わたくし)の目に狂いはなかったようですわね」

「ふむ。こちらで出していた案と一致する部分もあるな。オーナー、それらは即座に実行しても問題あるまい」

「ええ。差し当たっては服装ですか」

 

 サキュバスがサキュバス感を全面に押し出していたら、ほぼ間違いなくいかがわしいお店だ。実際にいかがわしいお店であることも間違いではないのだが、顧客を広げようとしている現状では枷にしかならない。バニルも同意するように口角を上げ、そして視線をカズマに移す。

 さて、ではどんな服装がお望みだ。そう言ってバニルは笑った。

 

「そりゃ、あれだろ。一見すると普通に見えるけど、スカート丈は短くて下着が見えそうだったり、前は清楚な感じなのに背中はバッチリ見えてたりとか」

「成程。汝は腹ペコ娘の服装が好みか」

「いやちげーよ!?」

 

 少し参考にはしたが、基本的にはカズマの知識の中にある、ウェイトレスの服装がエロいファミレスとかその手のイメージだ。言い訳に近い追加説明を聞いていたバニルは笑みを浮かべたまま、まあそれならそれでいいとだけ述べる。

 そしてアキノはそれを聞き終わったあたりで、もう一つの方はどうなのかと問い掛けた。すなわち、女性を顧客にするためのサービス、ひいては『女性の婚期を守る会』への牽制となる施策についてだ。

 

「そっちの方は、いまいちネタが出なかったんだよな……」

 

 うーむ、と頭を掻きながらカズマが述べる。アキノとしても即座に意見を出せずとも仕方ないと思っていたので、そうですかとそれは流した。最初の部分だけでも十分な仕事をしてくれている。これ以上を望むのは酷であろう。そう判断したのだ。

 なにより。

 

「では、もう一つ。カズマさんの見た夢についてですが」

「……あ、はい。えーっと、そうですね。とても素晴らしかったと思います」

「軽い気持ちでオーダーしたら実際に知り合いが出てきて非常に気まずい思いをしている小僧よ。そこは素直に話した方がいいぞ。こちらもその点では落ち度があったのでな」

「だから言うんじゃねぇよ!」

「あ、いえ。その辺りのことは既にこちらも承知していますから」

 

 アキノのフォローでカズマは死んだ。奇声を上げながら椅子ごと後ろにひっくり返る。バニルはそんな彼を非常に楽しそうな顔で眺め、ユカリはあーあと頭を押さえた。

 

「アキノさん。あのね、男の子ってそういうの気にするから、黙っててあげる方がいいの」

「そうなのですか? でも、話が進みませんし」

「それはそうなんだけどね。……カズマくん? 大丈夫? 生きてる?」

 

 死んでます。と短く答えたので、これはダメかもしれないとユカリは小さく溜息を吐いた。そうしながら、じゃあ死んだままでいいから話を聞いてねと言葉を続ける。

 

「実は、そこのサキュバスによると、カズマくんに夢を見させる際に問題があったらしいの」

「……問題?」

 

 ゆっくりと起き上がったカズマは、ユカリの言葉を反芻しながらサキュバス二人組みを見る。申し訳ありませんでしたと年上のサキュバスは頭を下げた。

 

「実は、お客様のオーダーに則った夢を見させるため事前に精神を少し繋いだのですが」

「……夢に、制限がかけられていまして」

「は?」

 

 若いサキュバス曰く、何かの加護らしきもので精神汚染の元となりそうなものはシャットアウトされるようになっていたらしい。そのため、淫夢を見せようにも条件を満たさなければならず、バニルに関係するお客であることも手伝ってなんとかオーダーを完遂しようと手を尽くし。と、少し無茶をしてしまったのだとか。

 

「というわけなので、お客様には多大な迷惑をおかけしてしまって」

「え? 何? どういう迷惑?」

 

 今の説明で自分が迷惑をかけられているという理解にならない。むしろそこまでしてくれたのかと感謝の念の方が強く出てくるほどだ。バニルが物凄くいい笑顔をしていることだけが気になるが、ともあれカズマとしてはその辺りを聞かない限り判断が出来ない。

 

「えっと。そもそもですね、その制限の一つが、『実在の人物を出す際には現状可能性がゼロの相手は不可』というものでして」

「んん?」

「お客様のオーダーに則した相手ですが、年上で制限を満たす対象が二人しかおらず、そのうちの片方は」

 

 ちらりと横を見る。あはは、と苦笑しながら頬を掻いているユカリの姿が見えて、カズマは思わず鼻の穴を広げた。可能性がゼロの相手は不可、その制限をすり抜ける相手の片方が、つまり。

 

「モテ期を予感している小僧よ、言っておくが、ゼロでなければ制限をすり抜けるだけで、一%以下であることも考慮せねばならんぞ」

「分かってるよ! ちょっと夢見ただけだろ!」

 

 先程からどんどんと腹を満たしている仮面の悪魔を睨み付け、カズマはサキュバスへと続きを促す。それで一体何がどうなる。そう問い掛けられたことで、若い方のサキュバスがビクリと震えた。

 

「それで、どちらがより条件を満たすのかを確認するために、少しだけ接触を……」

「ちょっと待て。え? 何? 俺のオーダー知られたの?」

「い、いえ! そうではなくて、ちょっと占いというかアンケートというか、そういうものをさせてもらっただけです」

 

 なまじっか満足させようと張り切ってしまったために、そのような事態になったらしい。そうして調査した結果、『美人でスタイルが良くて恥ずかしがる系の世間知らずのお姉さん』であるペコリーヌを選んで登場させ、普段の夢より精度を上げたのだとかなんとか。

 

「まあ、確かになんというか夢だって気付くの相当後だったけどさ……」

 

 あれが普段のサービス内容でないなら、自分のレビューはあてにならない。どうしたものかと腕組みをし天を仰いだカズマは、そこで気付いた。あてにならないレビューなら言う必要もないし、自分の恥ずかしい姿を語らなくて済むな、と。

 そう結論付け頷きつつ、ついでに少しアイデアが浮かんだのでそれでさらにお茶を濁そうと口を開く。

 

「その精度を上げるのは俺相手じゃなくても出来るんだよな?」

「え? あ、はい。ある程度会話なりで顔を合わせる必要はありますが」

「だったら、新しい商売でこういうのはどうだ?」

 

 男性の夢に出す相手を調査し、性的欲求だけでない人物を洗い出す。同様に女性も気になっている相手を探し、お互いに矢印が向いている者同士を引き合わせるのだ。

 

「そうして、お互いの夢をくっつけて、夢の中でイチャイチャさせる。起きたら、同じ夢を見ていたって嫌でも意識するだろ?」

「ロマンを演出するわけですわね」

「あ、なんかいいかもそれ……」

 

 うんうんと頷くアキノと、へーと感心するユカリ。成程、とバニルは呟きサキュバスへと視線を向けた。出来るか? と問い掛けると、可能だと思いますと返事が来る。

 

「そうすることで、カップルを成立させる手助けをして、『女性の婚期を守る会』を懐柔するわけですね」

「あくまで可能性のある相手同士なので、独り身の方は変わらず通常のサービスをご利用してもらう、と」

「俺の故郷にあったマッチングアプリってのを参考にしたんだが、まあ大体そんな感じだな」

 

 聞いていたサキュバス達も、そういうことならばと前向きに検討し始めた。すぐには無理だが、先程の改善案も組み込んでいくことで、新たなサキュバスサービスが出来上がるはず。そんなことを考え、うんうんと頷いた。

 

「元々は生活に必要な分だけあれば、と思っていましたが。バニル様とともに商売人となった以上、全力で支援させていただくためにもこれは必要なことですね」

「はい、バニル様のために!」

 

 ぐ、と拳を握ったサキュバス二人であったが、しかしそうは言ってもと首を捻った。こうして直接話を聞いた自分達は問題ないが、現状維持を望む者も少なくないであろう店の他のサキュバス達にこの熱意が伝わるだろうか、と。

 

「その辺りは徐々に説得をするしかないですね」

 

 ううむと若いサキュバスが難しい顔を浮かべるが、そんな二人を見てバニルは笑った。まあ心配するなと言ってのけた。

 

「見通す悪魔である我輩が宣言してやろう。汝らの店にはすぐに転機が訪れるであろうとな」

 

 

 

 

 

 

 報告も終わり、カズマはそのまま街を一人ぶらつく。一仕事終えたので自由にはなったが、このまま教会に帰るのは何となく気まずかった。が、帰らないわけにもいかない。コッコロが心配しているのは確実だからだ。キャルはどうでもいい。

 

「はぁー……どうすっかなぁ」

 

 とりあえずどこかで昼飯でも食って、その後戻ってコッコロに土下座しよう。そんなことを思いながら、しかしギルド酒場で食べるわけにもいかず、どこか適当な店でも探そうと足を進める。

 そんな彼の背中に声が掛かる。ん? と振り向くと、一人の少女が手を振りながらこちらへとやってくるところであった。

 

「カズマくん、おいっす~☆」

「お、おう……」

 

 ペコリーヌである。昨日夢で抱きしめておっぱい揉んじゃった娘である。笑顔でこちらに話しかけてくる彼女を見ると、カズマは物凄くいけないことをしてしまったのではないかという罪悪感に苛まれそうになる。が、アレは夢だしチョイスも向こう任せだったからノーカンと必死で自分に言い訳してその気持を飲み込んだ。ここでゲロってしまう方が百倍マズい、と判断したからだ。

 

「昨日はどうしたんですか? 帰ってこなかったですけど」

「え? あ、ああ、ちょっとな。一人で依頼を受けてて、戻れなかったんで宿に泊まったんだ」

「ああ、そうだったんですね。でも、駄目ですよ、ちゃんと連絡はしてくれないと。コッコロちゃん、心配してましたよ」

「だよなぁ……。帰ったら土下座しとくよ」

「迷いなく言いましたね」

 

 あはは、と笑ったペコリーヌは、それで今からはどうするんですかと彼に問う。元々適当に昼でも食べてから帰ろうとしていたカズマは、そんな彼女の質問に誤魔化すことなくそう答えた。

 

「あ、じゃあ一緒にお昼食べません? 今から新しく情報を仕入れたお店に行くんですよ」

「ん? まあ、別にいいけど」

 

 その答えを聞いてやったと笑顔を見せたペコリーヌは、こっちですよと彼の手を取る。昨日の夢がフラッシュバックして目を見開いたカズマは、午前中にサキュバス達に伝えたマッチング夢サービスの成功にどうでもいいタイミングで自信がついた。

 そうしながら彼女に案内されて歩いていく先。目的地に近付いているらしい足取りになるにつれて、カズマの顔から表情が抜け落ちていく。この道は、見覚えがある。というか、昨日通った。

 

「ここです。何でも知る人ぞ知る秘密の喫茶店らしいんですよ」

 

 知ってます。そう言いたいのを必死で押さえながら、カズマは店の外観を見る。どう見てもサキュバスの店であった。一応表向きは喫茶店ということになっているので、確かにその答えに行き着いても不思議ではない。が、しかし。

 

「どうしたんですか?」

「あ、いや。やっぱり俺あんまし腹減ってないんで食べるのやめようかな、と」

「そうですか……。せっかくの新規開拓ですし、一緒にご飯、食べたかったんですけど」

 

 そういうことなら仕方ないですね。少しだけ悲しそうに笑みを浮かべたペコリーヌは、それじゃあ行ってきますと店の扉に向かう。そんな彼女の背中を見ながら、彼はそっとその場を後に。

 

「や、やっぱ飲み物くらいは飲んでこうかな」

「ほんとですか!?」

 

 ぐりん、と振り向いてカズマに駆け寄る。彼の手を握り、それじゃあ一緒に行きましょうと満面の笑みを浮かべるペコリーヌを見たカズマは、思わず言ってしまったことを後悔しつつもしょうがないと諦めるように小さく溜息を吐いた。どうせなら開き直って、昨日は分からなかったそちらの方のレビューもしてやろうじゃないか。半ばやけくそ気味にそんなことを思った。

 

「いらっしゃいま……」

 

 扉を開け入ってきた客を見たサキュバスが固まる。明らかにこの店に来るはずもない人物がやってきたのだ、そうなるのもある意味必然だろう。

 男女二人組。この店使う意味あるの、と思わず聞きたくなるような組み合わせだ。若干動揺しながら、ここがどういう場所かを尋ねてみると、飲食店ですよねと女性側が答えたことで少しだけ合点がいく。

 

「なんか、すいません……」

 

 男性側の方は知っているらしい。少し悩んだが、ここで断るなりチャームで追い出すなりをした場合後々のトラブルが発生する場合もある。店のリーダーであるサキュバスが現在不在なので、変に刺激するよりは穏便に帰ってもらおう。他のサキュバスとも相談した結果そういうことになったので、二人をテーブルへと案内した。

 

「では、ご注文は」

「はい、ここからここまで全部ください」

「はい?」

 

 思わず聞き返した。どう見ても可憐な少女の注文は、店のメニュー全制覇だ。サキュバスでなくとも耳を疑うであろう。が、残念ながら聞き間違いではなく、少女は、ペコリーヌはもう一度メニューを指差しここからここまで全部と笑顔で言い切る。対面に座っているカズマの目は死んでいた。だよな、そうなるよな。口にはせずとも顔が物語っていた。

 かしこまりましたとそこから離れたサキュバスは、スタッフルームに大慌てで注文を告げる。何言ってんだこいつという目で彼女は見られたが、本当なのだと伝え、メニューを一通り全部用意するよう必死で説得した。どうしてこうなった、と若干涙目である。

 

「カズマくんカズマくん」

「はいはいこちらカズマ。どうした?」

「ここのウェイトレスさん、もう冬の初めなのにあんな薄着ですよ。やばいですね☆」

「お、おう。そうだな」

 

 その会話広げるとボロが出るので別のにしません? そんなことを思ったが口は出来ず、適当な相槌で濁しながら注文の品々が来るのを待った。どんな味なんですかね、とワクワクするペコリーヌに対し、カズマはすぐにでも帰ってコッコロに土下座して謝った後甘えたい衝動に駆られる。

 おまたせしました、とテーブルいっぱいに並べられる料理の数々を見て、ペコリーヌは目を輝かせた。いただきます、と手近な料理を一口食べ、ふむふむと飲み込み。

 

「うん、美味しい~! 他の店とは違った味付けですね。ベルゼルグ王国じゃなくて、もっと遠くの国でしょうか」

 

 パクパクと料理を平らげていく。最初こそ気付いていなかった男性客達も、その大量の料理と声で何だ何だと視線を向けていた。そうしてそこにいるのがペコリーヌだと知ると、数人は思わず動きを止める。慌てて持っていたアンケート用紙を見られないよう隠した。

 そんな男性客の視線も、そしてドン引きするサキュバスの視線も気にせず、彼女は美味しそうに料理を食べる。これも美味しい、こっちも美味しい。そんなことを言いながら、彼女は次々と口に運び。

 

「どうしました?」

「あ、いや。美味そうに食べるな、って」

 

 飲み物をちびちびと飲みながら彼女を見ているカズマへと視線を向け、首を傾げた。彼は彼でこれどう収拾つければいいんだろうと考えながら、まあとりあえず目の前のこいつが食い終わってからでいいやと投げやりになっていた。

 ずい、と突然そんなカズマの眼前にフォークが突き出される。

 

「へ?」

「美味しそうだって言ってたじゃないですか。カズマくんも食べてみてください」

「え? え?」

「ほらほら、遠慮せずに。あーん」

 

 何やってんのこの腹ペコ。周囲の突き刺さるような視線を感じながら、カズマは必死で回避する方法を考えた。が、笑顔のままフォークを突き出すペコリーヌを見る限り、逃れる術はないようで。

 

「あ、あーん」

「はいどうぞ」

 

 もぐ、とそれを食べる。成程確かに、普段食べている料理とは違う味付けで中々の味わいだ。これならこっちも商売の一つにするという作戦は悪くなかったと納得しつつ、とりあえず帰ろうと飲み物に口を。

 

「こっちもどうです? はい、あーん」

「……あーん」

 

 諦めた。これはもう明日の朝日は拝めないかもしれない。性欲と直結していない男女のそれを、よりにもよってこの店で見せ付けられたことで心にダメージを負った男性冒険者が多数いるのを横目で見ながら、カズマはもうどうにでもなれと投げた。

 

「……方針転換、出来そうですね」

「……ええ。すぐにでも動けそう」

「フハハハハハッ。だから言ったであろう? 転機はすぐに訪れるとな。いやしかし、今日は良質な悪感情が食べ放題で我輩少し胃もたれしそうだ」

 

 翌日からサキュバスサービスは新装開店の準備で暫くの間縮小営業になったそうな。

 

 

 

 

 

 

 帰宅。教会にて。

 

「カズマ! あんた連絡も無しにどこ行ってたのよ! コロ助なんか心配しまくりで宥めるの大変だったんだから」

「……ああ、うん」

「ったく。ほら、さっさとコロ助に土下座なりなんなりしときなさい。行った行った」

「…………キャル」

「何? どうしたの?」

「お前は、ほんと、変わらないよな……安心した」

「え? 何? 何でそんなスッキリした顔してるの? 気持ち悪っ!?」

 




マッチングの実験で同じ夢を見させられたカズマとペコ(サマー)が海で水を掛け合い、今度はみんなで本当の海に行きましょうって笑う場面を予定していましたが、尺の都合と普通にラブコメっぽくなりそうだったのでカットしました。


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その35

そろそろかなぁ。


 寒さも本格的にましてきた冬。クエストもほとんど存在しないため冒険者は休業して宿屋に籠もるようになる季節。

 

「なんじゃこりゃ……」

 

 そんな季節のギルドのクエストボードは、山程の依頼で溢れていた。何の気なしにそれを覗いたカズマも、思わず目を見開いてしまう。貼られまくっているクエストは、そのどれもが街の中か、街を出てすぐ。

 そしてその内容はほぼ全て、幽霊の浄化だ。

 

「え? 何? この街いつの間にゴーストタウンになったわけ?」

「ゴーストタウンの意味違うだろ」

 

 ひょい、と同じようにクエストボードを覗いたキャルも思わずそんな感想を述べる。そんな彼女にツッコミを入れつつ、カズマはもう一度依頼を眺めた。見る限りそこまで凶悪なものではない。駆け出し冒険者でも準備さえ出来ればなんとかなる程度、プリーストならカモだ。が、量が問題である。エリス教会なりアクシズ教会なりのプリーストを総動員しても足りないのだろう。だからこそのクエストボードの依頼だ。

 

「ユカリさまも忙しそうにしておりましたね」

 

 ひょこ、とコッコロが二人の横に立つ。どうやらこの幽霊大量発生の件は承知らしい。へー、とキャルはその言葉に相槌を打ちながら、ボードの端に追いやられている凶悪なクエストや塩漬けクエストを眺める。

 

「で、こっちは相変わらず目もくれられてない、と。ま、当然よね」

「ん? 何かあったのか?」

「これよこれ。元々冬はこういうひっどいクエストしかなかったんだけど、ただでさえ請ける物好きがいないのに、幽霊騒ぎで余計にって」

「ふーん」

 

 ちらりと確認すると、成程確かに見るだけで凶暴だと分かる魔物のラインナップだ。雪精とかいうのだけ名前では凶悪か分からないが、まあ自身には関係ないので気にしないことにした。

 顔を上げる。それにしても、ともう一度幽霊だらけのクエストボードを見た。

 

「何があったんだ?」

 

 その呟きに答えるように、クエスト受けますかとカリンがやってくる。手には新しい幽霊の浄化であろう依頼書を持っていた。

 

「あれ? いつもはルナの仕事じゃなかったっけ?」

「ルナさんは今日はちょっとお休みで。ここのところずっとこれ関係の処理をしてたので体調を崩しちゃったみたいです」

 

 そう言いながらペタペタとクエストを貼る。空きスペースがなくなるくらいの幽霊浄化依頼ボードを作ったところで、視線をカズマ達へと向けた。

 

「とりあえず二・三個請けません? カズマさん達ならそう難しくもないと思いますし」

「んー。そう言われてもな」

「わたくしは構いません」

「あたしは別に、どっちでも」

 

 ちらりと横を見た答えはこれなので、しょうがないと適当に依頼書を剥がした。ペコリーヌも呼んでとっとと済ませるか。そんなことを思いながら、三人はクエストボードから酒場の方へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 よし、と浄化の終わった箇所を眺めながら、カズマは首を傾げる。どう考えても幽霊が湧いて出てくるような場所ではない。一応、幽霊というからには極論どこにでも現れておかしくないといえばそうなのだが、現状と照らし合わせると不自然極まりないわけで。

 

「何か原因があるんですかねぇ」

 

 うーむと腕組みをしながらペコリーヌが呟く。なきゃおかしいでしょ、とキャルが溜息混じりにツッコミを入れ、そう言いつつも心当たりは何もなく難しい顔を浮かべた。

 そうなると、とカズマは発想を転換させる。幽霊騒ぎになりそうなものを考えるから出てこないのだ。

 

「最近の出来事をとりあえず適当に言ってきゃ当たるんじゃないか?」

「最近の出来事ねぇ……」

 

 何かあっただろうか、とキャルは思考を巡らせる。初心者殺しシチューのインパクトが強過ぎて、小さな出来事はほとんど記憶に残っていなかった。コッコロはコッコロで自身の中で一番強烈に記憶に残っていることなど一つしかなく。

 

「主さまが、一晩帰ってこられず、わたくしは……」

「すいませんでしたー!」

「もう一週間経ってんだからいい加減許してやんなさいよ……」

「いえ、そういうつもりではなかったのですが」

「まあ、コッコロちゃんにとってそれだけ重要な事件だったって話ですね」

 

 うんうん、と頷きながら、じゃああんたは何かあるのというキャルの言葉にペコリーヌは暫し考える。そう言われると確かに大したことはなく、平和な日常が続いていたからだ。

 しいていうならば、自分の趣味である食べ歩きくらいだろうか。そんなことを思いながら、最近の食べ歩きを記憶から引っ張り出す。

 

「そうですね。カズマくんと新規開拓のご飯を食べたくらいでしょうか」

「ごふっ」

「主さまぁ~!」

 

 致死ダメージを受けたカズマがよろける。コッコロとペコリーヌの両方が、カズマの触れてはいけない部分を容赦なく抉っていった。勿論本人にその気はなく、というかそもそもそれがカズマにとって問題であったことも知らない。

 

「ま、まあ、あれだ。とりあえず最近も大したことがないってやつだな」

「何か強引にまとめたわね」

「うるせぇぞ意見無し」

「あんただってそうでしょうが! ぶっ殺すぞ!」

「はぁ? 俺はちゃんとありますぅ! ここ最近の出来事だろ? そんなもん」

「何よ」

 

 勢いでそこまで言ってから固まった。サキュバスサービスにまつわるあれこれは確かにあった。言ったらほぼ自殺である。

 

「早く言いなさいよ。何かあるんでしょ?」

「よし、酒場で情報集めるか」

「おい」

 

 なかったことにした。こいつ、とジト目で睨んでいるキャルを尻目に、カズマは討伐の報告もあるからとギルド酒場へと足を向ける。

 中に入り、報告と報酬を受け取り、そして。

 

「……考えてみれば、ここで情報集まるならとっくに原因分かってるよな」

「バカじゃないの?」

 

 テンパり過ぎて相当駄目なムーブをかましてしまったらしい。はぁ、と呆れたような溜息を吐くキャルを見て、カズマは恨みがましげに彼女を見やる。それを受けてふふんとドヤ顔を浮かべながら、キャルはついでだし何か食べようかとメニューを眺める。

 

「じゃあ、プリンでも」

「は?」

「何よ」

「いや、お前そんなん食うタイプだったっけ?」

「あんたあたしのこと何だと思ってんの。女子よ女子。スイーツくらい食べるわよ」

 

 同意を求めるようにコッコロへと視線を向けたキャルは、お菓子は女の子に必要なものですからと返され満足気にカズマを見る。聞かれなかったペコリーヌは、あれ、と一人首を傾げていた。

 

「あーはいはい。じゃあコッコロも食べるのか? プリン」

「はい。せっかくですので、わたくしもいただこうかと」

「よし。じゃあ」

 

 注文をしようとメニューを見たカズマは、そこで怪訝な表情を浮かべた。プリン二つ、その程度で終わるだろうと思っていたのだが、そこに載っていたのは予想外のもの。

 一ページ全てがプリンで埋め尽くされているメニュー表であった。味付けやトッピングにバリエーションが有り、スイーツ専門店みたいな扱いになっている。

 

「なあ、ペコリーヌ」

「はい?」

「ここって、酒場だったよな?」

「そうですよ? どうかしました?」

 

 何か変だっただろうか、と首を傾げている。どうやらこの充実したプリンに何の疑問も抱いていないらしい。視線をキャルに向けるが、いきなり何言ってんだという表情をしているので、恐らく彼女も同じだろう。

 

「どうされましたか? 主さま」

「いや、流石にこのメニューはおかしいだろ」

「……おや? プリンがとても充実しているのですね」

 

 カズマに見せられたオールプリンのページを見て、コッコロは目をパチクリとさせる。同じページを見ているはずのキャルは先程の反応からすると疑問に思っていないようで。

 成程、自身の主であるカズマの言いたかったことはこれなのだ。それを理解したコッコロは、小さく笑みを浮かべると大丈夫ですと彼の手を取った。

 

「わたくしは、主さまの味方です。信じてくださいませ」

「コッコロ……」

 

 ぎゅ、と彼女の手を握る。慈愛の笑みを浮かべる彼女を見ながら、ありがとうとカズマはお礼を述べ。

 いや流石にそういう場面じゃないだろと我に返った。

 

「まあとにかく。こいつらは変に思ってないんだよな?」

「何の話よ」

「何かありました?」

 

 これだよこれ、とページをトントンとする。が、キャルもペコリーヌも何かあったのかとやはり首を傾げるのみだ。

 

「明らかにプリン多いだろ」

「何で? プリンなんだから多くて当たり前じゃない」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 本気で言っているらしいキャルを見て、カズマは背筋に冷たいものが流れる。これは一体どういうことだ。自分が知らないうちに、この世界の常識は書き換えられてしまったのか。そんな若干紅魔族のような思考を巡らせ。

 

「ちょっと前から、プリンが流行ってるんですよ」

 

 ペコリーヌが軽い調子でそんなことをのたまった。はい? と彼女に視線を向けると、そうなんですよと笑みを浮かべる。

 

「何でも、急にプリンの需要が高まったみたいで。飲食店はどこもかしこもプリンを出すようになっちゃったんですよ」

「流行、でございますか……」

「噂によると、プリンマイスターなる謎の存在がアクセルでプリンを広めているらしいとか」

「お前だろそれ」

「違いますよ~。食べ物関係は何でもわたしのせいにするの良くないと思います」

 

 そう言われてもな、とカズマは胡散臭げにペコリーヌを見る。一体全体この街でこいつ以外の誰がそんな食べ物に情熱を燃やすのだ。アクセル変人窟といえども、そうそう同じタイプの変人がいるはずがない。

 そんなことはなかったと即座に否定した。ああそうだ、この街にはベクトルの違うドMが二体いるんだった。物凄くげんなりした顔で、彼は盛大な溜息を吐いた。

 

「まあいいや。つまり、プリンがあるのはおかしくないってことか」

「そうですね。わたしも色々食べ歩きしましたが、お店によってそれぞれ特色があって楽しいんですよ」

「そういえば。この間ウィズさまの魔道具店でも、プリンに関する商品を扱おうかとおっしゃっていました」

「へー……いや待て」

 

 流しかけたが、それは流石におかしいだろう。コッコロへと向き直ると、今の話もう少し詳しくと彼女に述べる。かしこまりましたと迷うことなくコッコロは言葉を紡いだ。

 アキノの傘下の飲食店でもプリンたい焼きを販売し始めたことを受け、ウィズもその波に乗ろうと提案をしていたらしい。それはいいアイデアですわね、と同意するアキノの横で、何かこの先を見越したらしいバニルが忍び笑いをしていたのが印象的だったのだとか。

 

「とりあえずバニルが止めないってことは店に不利益はなさそうだが……やっぱり変だよな」

「あの時は流してしまいましたが、確かに少々不思議な感じはいたしました」

「魔道具店のプリンですか。どんな味がするんですかね」

 

 ペコリーヌをスルーしつつ、二人はキャルを見る。今のやり取りを聞いていて、なにか意見はないのか。そんな思いを込めた視線であったが、当の本人はわけわからんと目を瞬かせていた。

 

「プリンなんでしょ? 当たり前じゃない。むしろ何がおかしいのかこっちが聞きたいくらいよ」

「コッコロ」

「《セイクリッド・ブレイクスペル》!」

「あひゃぁぁぁぁ!」

 

 瞬間、キャルが光に包まれた。酒場の冒険者がいきなりのそれにギョッとして注目する中、やがて光が収まりキャルが呆然と動きを止めているのが見えて。

 

「ちょ、ちょっと! いきなり何すんのよ! 滅茶苦茶ビックリしたじゃない!」

「キャルさま。何かお変わりはありませんか?」

「へ? 何か、って何が?」

「キャル、魔道具店でプリンは常識か?」

「はぁ? そんなの――あれ? おかしい? 正しい?」

 

 混乱し始めたキャルを見ながら、カズマとコッコロはお互いに頷く。これはつまりそういうことなのだと確認し合う。

 

「ん? じゃあ何でウィズもかかってんだ?」

「恐らく、これはプラスの状態変化扱いなのでしょう。状態異常を無効化するリッ、ウィズさまの特性では意識しなければ弾けなかったのではないでしょうか」

 

 成程、とカズマは頷き、もう一人へと視線を動かす。ならばこいつはどうだろう。キャルほど弄くられていないようだが、多少プリンに毒されている気がしないでもない。

 

「え~っと。一応断っておきますが、わたしはそこそこ正気ですよ?」

「本当かよ。……ん? そこそこ?」

「二人の今の会話を聞いて、そういえばおかしいかなって思うくらいには正常です」

「ペコリーヌさま、それはあまり正常ではないような……」

「いや、通りすがりのプリンマイスターがアクセルにプリンを広める、くらいはありそうじゃないですか」

「ねぇよ。お前の脳ミソ何詰まってんだよ」

「わたくしは田舎者ですので、その辺りはノーコメントとさせていただきます」

 

 そんなぁ、と肩を落とすペコリーヌを見ながら、とにかくとカズマは話を元に戻す。

 果たしてこれが本当に繋がっているのかは分からないが、とりあえず分かりやすい異常事態だ。ここで幽霊の大量発生と全然違う事件だった場合無駄足になるが、解決しなければ色々と問題になりそうではある。

 

「とりあえずギルドに話して依頼にするか」

「きちんとした調査にしておかないと、面倒ですしね」

 

 そう言って立ち上がったカズマの背後から、待ってくださいと声が掛かった。振り向くと、なんだか久しぶりのような気がする面々が立っている。緑のベレー帽を被ったエルフと、黒髪をリボンで結んだ紅魔族の少女。リーダーとカズマを呼ぶこの二人は紛れもなく。

 

「どうしたBB団。俺は今忙しいんだが」

「幽霊騒動ですよね!」

 

 ぐぐい、とベレー帽のエルフ、アオイが詰め寄る。相変わらず距離感の掴めてなさが酷い、と思いながら、カズマはまだ分からんと返した。プリンと幽霊に一体何の関連性があるのかさっぱりだからだ。

 

「あ、あの、リーダー。実は私達、BB団の団員から今回の事件についてを聞きまして」

「団員? あー、そういやこないだ言ってたな」

 

 もう片方。紅魔族の少女ゆんゆんの言葉にいつぞやの記憶を思い出す。そうして、確か両方とも人間じゃなかったような気がしたんだがと顔を顰めた。そこを突っ込んでも面倒だし、とりあえずまあいいやと忘れることにした。

 

「で、その事件ってのは?」

『それは、私がお話します』

 

 スゥ、と突如ゆんゆんの隣に女性が現れる。二十代半ばと思われるプリーストらしき格好をしたその女性は。

 

『はじめましてリーダー。私、この二人に勧誘されBB団の団員となったレジーナ教徒のプリースト、ルーシーと申します』

「リーダーはやめろっつってんだろ」

 

 ペコリと頭を下げた女性、ルーシーは体の半分が透けていた。ついでに言うと若干浮いていた。

 




Q:ウィズ本当にバフ系ならかかるの?
A:ノリで。


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その36

二章ボスに近付いてきました。


「で、えーっと」

 

 目の前の、どう考えても普通ではないプリーストの女性に向かい、カズマはどう話を切り出そうか一瞬迷う。が、まあいいかとすぐに思い直して言葉を紡いだ。今回の事件について何か知ってるのか、と。

 

『はい。ここだけの話ですが』

 

 そう言ってルーシーは言葉を止める。コッコロと、カズマと、そしてペコリーヌを見ながら、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

『実は私、幽霊なんです』

「見りゃ分かんだよ!」

 

 半透明で浮いてりゃ馬鹿でも分かる。そんなことを言いながら、さっさと続きを話せとカズマは詰め寄った。既に遠慮は微塵もない。

 こほん、とルーシーは咳払いを一つ。そうして、今回の事件についてですがと改めてここにいる五人を見た。

 

『実は幽霊を集めている者がいるんです。私もその波長に誘われかけたんですけど、BB団を投げ出すわけにはいかないと我に返って』

「BB団にそこまで愛着持ってる時点で既に正気じゃねぇよ」

 

 何をどうやると幽霊がぼっちの集まりに共感を覚えるのか。そんなことをカズマは思ったが、むしろ幽霊の方がそういうぼっち思考に陥りやすいような気がしたので一人納得し続きを促した。

 ルーシーによると、その何者かが集結させた幽霊共が現在アクセルに蔓延している連中で、そしてそいつらが蔓延することで街の住人には特殊なバフが掛かるようになっているらしい。そしてそのバフこそが。

 

『プリン大好き、です』

「なんだって?」

『《プリン大好き》です。三度の飯よりプリンが好き、趣味はプリン、好きなものはプリン、興味があるものはプリン。とにかくプリンが生活の基盤になります』

「どう考えてもデバフだろ。呪いじゃねーか」

『言いたいことはあるでしょうが、バフなんです。本人はそれがプラスであると信じ切っているんでしょう』

 

 はぁ、とルーシーが溜息を吐く。ともあれ、現状街に幽霊が溢れている限り、《プリン大好き》を解除するのは難しい。そう述べ、ちらりと視線を動かした。

 机に突っ伏してピクピクしているキャルを見る。手遅れでしたか、と悲しそうに顔を伏せた。

 

「キャルさま!?」

「キャルちゃん! しっかりしてください!」

「うぅ……プリン、プリンがぁ……あたし、プリン、食べないと……食べない……プリン食べない……プリンプリンプリンプリン……」

 

 うわ言のようにプリンプリンと言い続けるキャルを見て、コッコロとペコリーヌは心配で駆け寄り、カズマはドン引きする。さっき解呪したはずなのに、そんなことを思いながらルーシーを見ると、ゆっくりと首を横に振った。

 解除は一時的な緩和にしかならず、放っておくと再び《プリン大好き》状態になってしまうので、一度浸透してしまうと治すのはほぼ不可能。そんな予想を彼女は立てており、そして実際目の当たりにしたことで間違いないだろうと確信を持った。

 

「私たちは初期に解呪されたので、なんとか耐えれていますけど」

「他の人は、多分もう……。あれ? でもリーダー平気ですよね?」

 

 神妙な顔をしていたアオイが、がばりと顔を上げカズマを見る。見られた方は、自分だけでなくコッコロもそうだと指差した。ペコリーヌは微妙なラインなので数に入れていない。

 

『不思議ですね。何か心当たりが?』

「確か、アメス様の加護で魅了とか洗脳とかそういうのに強いって話はこないだ聞いたな」

「アメス様の……? 成程、流石は主さまです」

「いや、そこはコッコロも同じだろ」

「……ああ、言われてみれば。そういうことでしたか」

「コッコロちゃん、たまに天然なところありますよね」

 

 ともあれ、アメスの加護を受けている二人は現状この《プリン大好き》の影響下にはないらしい。自分達ほど強くはないかもしれないが、ひょっとしたらユカリも多少は正気を保っている可能性もあるだろう。そんなことを思い、ついでにルーシーに伝えたが、他教のプリーストをこれ以上増やしたくはないと嫌な顔をされたので合流は没となった。

 

『……ちなみに、そこの方はどうして大丈夫なんですか?』

「わたしですか? ……多分、装備のおかげだと思いますけど」

 

 ちょいちょい、と自身の頭にあるティアラを指差す。色々な滋養強壮肩こり腰痛にも効果のある一品らしい。よく分からないがとりあえずそのおかげで《プリン大好き》が浸透しきっていないのだとか。

 それを聞いたゆんゆんが、あ、と声を上げる。そういう対策を常にしている人物ならば、この街でもまだ正気を保っているはずだ。そう考えたのだ。そしてその人物ならば。

 

「この犯人について、何か知ってるかもしれません」

『流石です、ゆんゆん。では、早速そこに』

「……もったいぶって出てきた割に肝心な部分丸投げかよ」

 

 カズマの呟きに、ルーシーはさっと顔を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 とりあえずキャルの看病をしなければ、とペコリーヌは彼女を抱え教会に帰ってしまったので、メンバーが減り五人となったカズマ一行は、ゆんゆんの心当たりである場所へと向かっていた。が、その入り口でピタリと動きを止めたゆんゆんとついでにアオイを見て、何やってんだお前らと彼はジト目で見やる。

 

「で、でも。約束もしていないのにいきなり訪ねて、相手が忙しい時だったら、き、嫌われるじゃないですか!?」

「何で断定してんだよ」

「そ、そうですよ! 用事があるならば一ヶ月前にまず連絡をすることを連絡し、そしてその連絡で忙しいかどうかを尋ねることを連絡して、そしてようやく」

「一発で聞け!」

 

 ゆんゆんとアオイの相変わらずのアレっぷりを見て、カズマは盛大に溜息を吐く。あんたは何でこんな連中の仲間になったんだよとルーシーを見ると、あははと苦笑しながら頬を掻いていた。

 

『私、見ての通り幽霊ですし、レジーナ教徒も生前の時点で自分一人だったものですから。こう、物凄く親近感湧いちゃって……』

 

 おかげで違う未練が出来てしまって当分成仏できない。そんな言葉を続け、どこか優しげにテンパる二人を見詰めると、さてでは気を取り直してと手を叩いた。

 

「それでは、参りましょうか」

 

 コッコロの言葉にカズマは頷く。ゆんゆんとアオイは街に広がっているものとは別の原因で混乱の極みであったが。知ったことかと彼はその建物の扉をノックしようとして、見慣れた呼び鈴のようなものがあるのに気付く。流れでそれを押すと、これまたお約束のような音が響いた。

 

「はい? あら、カズマくん」

「どうも、ちょむすけさん。こんにちは」

 

 開いた扉から顔を出したのはちょむすけ。カズマを見て、コッコロを見て。そしてその後ろの三人を、正確にはゆんゆんを視界に入れ目を瞬かせると、どうかしたのと問い掛けた。

 

「……お、お師匠様!? お久しぶりです、えっと、その、私は今日お尋ねしたいことがあって来たんですけどああでもその前にめぐみんがどんな状況かを知りたいからそれを、いや自分の都合より」

「落ち着け」

「相変わらずみたいね」

 

 ちょむすけが苦笑する。そうしながら、彼女の言葉を反芻し、大体の予想を付けて頷いた。カズマに視線を戻し、彼と、そしてコッコロを見て成程と口角を上げる。

 

「とりあえず中に入ってちょうだい。知りたいことは多分ネネカに聞けば大丈夫だから」

 

 踵を返す。その言葉に従い、四人は扉からその建物、研究所内へと足を踏み入れた。踏み入れようとした。

 ピクリとも動いていないアオイに気が付き、慌ててゆんゆんが運搬に戻ったのがすぐ後だ。

 ともあれフリーズしたアオイと四人は、案内されるまま研究所の所長室へと向かう。カリカリと何かを書いていた小柄なエルフの女性が、カズマ達に気付いて顔を上げた。

 

「あら、いらっしゃい。どうかしましたか?」

「はい。ネネカさま、実は」

 

 この場で、所長であるネネカの知り合いで、かつこういう説明が出来る人物に該当するのがコッコロしかいない。街の状況を伝え、そしてそれを打破する何かがないだろうかという懇願も伝えた。彼女の言葉に別段驚いた様子も見せていないネネカは、そうですねと頷くと机の横にある箱を開ける。

 

「概ね状況は把握しています。犯人の特定は、一応出来ていると言ってもいいでしょう」

 

 そう言いながら、箱から取り出したそれをひとすくいして口に入れた。

 プリンである。思わず視線をちょむすけに向けると、さ、と視線を逸らされた。

 

「駄目じゃん!?」

「失礼ですね。私はきちんとこの呪いを承知で受けています。自身をデータ取りの参考にしているだけなので、心配することはありませんよ」

 

 パクパクとプリンを食べながらそんなことを言われてもいまいち説得力がない。が、BB団二人ではそこについてツッコミを入れる気概がないし、ルーシーは傍観を貫いている。そしてコッコロはそういうことでしたらと納得の姿勢を見せてしまった。

 二つ目を取り出した。

 

「完全にやられてんじゃねーか!」

「承知の上、と言ったでしょう。本当に駄目というのは、ほら、向こうの部屋にいる彼女のことを言うのですよ」

「彼女?」

 

 指差したのは隣の部屋。視線をそちらへ向けると、そこから一人の少女が顔を出す。何やら騒がしいと思っていたら、あなた達ですか。そんなことを言いながら皆を見渡し、そして一人の人物で視線を固定させた。

 

「おや、ゆんゆん。何しに来たんですか?」

「え? ……べ、別に、めぐみんが心配だからとかじゃなくて、事件を、解決しようと、思ってただけ、なんだから……」

「何を言っているのかさっぱり分からないんですが」

 

 はぁ、と溜息を吐いためぐみんは、やれやれと肩を竦めながら手に持っていたプリンを食べる。空になった容器をゴミ箱に捨てると、どこからか追加のプリンを取り出して食べ始めた。

 

「なあ、ちょむすけさん。俺には所長もめぐみんも同じことしてるようにしか見えないんだけど」

「……まあ、一応、ネネカは自分から呪われてるだけあって判断力は鈍っていないのよね」

「あの、その説明ですと、めぐみんさまは」

 

 コッコロがちらりと彼女を見る。その視線に気付いためぐみんは、手に持っていたプリンを隠すように移動させるとジロリと睨んだ。

 

「あげませんよ。これは私の爆裂プリンの準備ですから」

「爆裂、プリン?」

「おやゆんゆん、知らないんですか? 我が爆裂道は、プリンと共にあり! プリンによって蓄えられた高密度の魔力が、私の爆裂魔法をさらなる深遠へと導いてくれるのです!」

 

 成程手遅れだ。そう判断した一行は、彼女のそれを適当に流しながらネネカから件の犯人とやらの情報提供を求めた。

 本音を言えばもう少しデータを手に入れたかったが、しょうがない。そんなことを言いつつ、彼女は机に置いてあったメモ帳を差し出す。曰く、これがその情報らしい。

 

「幽霊を操ることが出来るということは、その手のスキルを持った何者か、あるいはそういう能力持ちの魔物です。本来ならば、ですが」

 

 ちらりとルーシーを見る。そちらにもいるのならば手助けもいらないだろうと判断した彼女は、では頑張ってくださいと手をひらひらさせた。

 ちょむすけはそんなネネカを見て苦笑する。彼女がそう決めたのならば、自分としてもわざわざ余計なことをする必要もないだろう。なにせ、自身の本質は怠惰と暴虐なのだから。

 

「私もめぐみんを見ていないといけないし。解決はお任せするわ」

 

 そんなわけで。戦力は増えなかったが情報は増えた。研究所を後にしたカズマ達とBB団は、早速メモを元に犯人とやらのあたりを付ける。先程のネネカの意味深な言葉を考えると、頭のおかしいネクロマンサー辺りが犯人だとか、実はモンスターがどこかに潜んでいるだとか、そういう程度では済まない気がしないでもないが、しかし。

 

「とりあえず、幽霊の発生箇所とプリンの有無を手分けして探しましょう」

 

 コッコロの言葉に皆が頷く中、ただ一人。ルーシーだけはちょっと待ってと動きを止めた。現在地は研究所から街の中心部へと戻り始めているところ。普段カズマ達が生活している教会のある場所とは別の地区だ。

 彼女は何かを探るように視線を動かし、こっちだと皆を先導する。どうやら先程手に入れたメモを参考に、自身が幽霊であることを活かして街に溢れている野良幽霊の流れを探ったらしい。

 

「おお、さっきとは違って役に立っている」

『気にしてたんだからそういう事は言わない!』

 

 カズマの言葉にそんなツッコミを入れつつも、ルーシーはところどころつっかえつつではあるが、ぐるぐると渦巻いている流れの中心を探り、進む。やがて商店の並ぶ通りへとやってくると、この辺りのはずだと周囲を見渡した。

 

「……プリンばっかりだな」

「ここまでくると、壮観でございますね」

 

 出店も飲食店も、貼り紙やのぼりでプリンをこれでもかと主張している。よく見ると、雑貨屋や鍛冶屋ですらプリンありますの紙が貼ってあった。道行く人々も、手に持っているのは基本プリンだ。誰もがプリンを食べ、そしてプリンを喜びとしている。この状況を作った存在は、恐らく並々ならぬプリンへの思いがあり、そして相当に頭がおかしいのだろう。

 考えるまでもないその結論を出したカズマは、それでとルーシーに尋ねる。もう少し正確には分からないのか、と。

 

『偉大なる傀儡と復讐の女神レジーナ様。私に何か天啓を!』

「分かんねぇのか」

 

 よし次、とBB団を見る。ゆんゆんとアオイ。中身はアレだが、能力的には優秀な冒険者のはずなのだ。こういう時に案外役に立つ可能性が無きにしもあらず。

 え? と急に振られたことで目を見開いたのはゆんゆん。期待されている、ということを理解したのはいいが、そのことがかえってプレッシャーになったのか何かいい方法を見付け出そうと全力で思考し始め頭から煙を吹いていた。

 

「……アオイ、は、うん。無理しなくてもいいからな」

「とても優しい笑顔!? 確かに私はこういう時何の役にも立たないかもしれません。し、しかしですね。BB団団員たるもの、リーダーの役に立たねば死あるのみ。そんな鉄の掟をもって、私はここで自害を」

「誰も作ってねーし諦めるの早すぎだろ! せめて何かやれ!」

「はっ!? 無理するなから何かをやれに変わるということは、ひょっとして……! リーダー、それは私にちゃ……ちゃん、ちゃん、ちゃんちゃらちゃんぽん麺!?」

 

 何かないかな、とカズマは周囲を見渡した。現状怪しい人物は間違いなくここにいるBB団なので、それ以外に誰か。

 そんな視線が一箇所に固定される。どこかで見たような顔、というか知り合いがベンチに座っているのを見付けたからだ。どことなく困ったような顔で、しかし優しげな笑顔で。隣にいる少女を眺めている。

 それを見たカズマは、誰だあいつ、と思わず呟いた。その人物の隣のことではない。普段から罵倒されたり痛め付けられたりを好んで興奮している女騎士が、クウカとは別ベクトルのドMが、あんな表情を浮かべるなんて、と。

 あのダクネスが、まるで立派なお姉さんみたいな空気を醸し出しているなんて、と。

 




ダクネスの隣にいるのは一体誰なのか、さっぱり分かんないの。


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その37

ペコリーヌ、クウカ、ユカリ、ミヤコ。
気付いたらダクネスと絡む面々タンク役ばっかだ。


 驚愕の表情を浮かべていたカズマ。そんな彼に気付いたのか、コッコロがテテテと彼へと近付きその視線を追い掛けた。

 

「どうされました? 主さま。おや、あれは……ダクネスさまですね」

「よく似た別人だろ。あいつがあんな慈愛に満ちた女騎士みたいな顔してるはずがない」

「そうでしょうか? わたくしとお話をする際のダクネスさまは、あのようなお顔をされていることも多いのですが」

 

 マジかよ。そんなことを思いコッコロを見たが、当然ながら嘘を吐いている様子はない。となると、ああいう、年下の子供相手には案外ドMは控えるのだろう。そんなことを思いながら、改めてダクネスの隣にいる人物を見やる。

 ブカブカの袖の服で器用にスプーンと器を持ちながら、その少女は幸せそうにプリンを食べていた。年はコッコロと同じか少し下だろうか。タイツに包まれた足はプラプラと揺れていて、ベンチに座っている状態だと足がついていない。長い髪は立ったらそのままついてしまうのではないかと思わせるほどだ。

 

「ん~。プリンおいしいの」

「そうか、それはよかった。……もうあんな真似はするんじゃないぞ」

「はいはいなの」

「反省してないな……まったく、もう」

 

 そう言いながら怒っている様子もない。少女はそんなダクネスには目もくれず、目の前のプリンをパクパクと食べている。

 

「よう、ダクネス」

「ん? 何だカズマか。今日はペコリーヌさんは一緒ではないのだな」

「ああ、今ちょっとキャルの看病してるからな」

「看病? 風邪でも引いたのか」

「もうちょっと質の悪いやつかな……」

 

 ところで、とカズマは隣の少女を指差す。こいつは誰だ? そう尋ねると、ダクネスは苦笑しながら私も知らないのだと返した。何でも、屋台のプリンを無銭飲食しようとしていたので慌てて止めに入ったらしい。

 

「クソガキじゃねーか」

「そう言ってやるな。間違いを正し導くのも騎士の仕事だ。このくらいの年齢ならば、まだやり直しがきく」

 

 苦笑するダクネスを見ながら、カズマは改めて思う。誰だこいつ。少女の正体ではなく、ダクネスの存在について疑問を呈した。思わずコッコロを見やり、そして先程の言葉を思い出すと納得いかないが信じざるを得ないと溜息を吐く。

 そんなタイミングで、プリンを食べていた少女がジロリとこちらを睨んだ。

 

「聞こえてたの。誰がクソガキなの!?」

「いやお前だろ。人の金で食うプリンは美味いか?」

「プリンなんだから美味しいに決まってるの。オマエは馬鹿なの?」

 

 はん、と鼻で笑った少女は、視線をカズマからダクネスに向けた。ブカブカの袖ごと腕をズビシと突き付けると、勘違いしてるみたいだから言っておくのと頬を膨らませる。

 

「ミヤコは十四歳なの。立派なレディーなの」

「……無理して大人ぶる必要はないんだぞ?」

「むぅー! 信じてないの!」

「いや、だって……なあ?」

 

 自称十四歳の少女、ミヤコを見て、そしてコッコロを見る。頭一つ分、とまではいかないが、ミヤコは彼女より十センチくらいは低いであろう。それで年齢がコッコロより年上だと主張したところで、説得力はまったくない。

 

「そもそも、そうなるとあの二人がお前より年下になるんだけど。ありえないだろ」

 

 何か見付けたのか、とこちらにやってきているゆんゆんとアオイを指差しながらカズマが溜息を吐く。うんうんと頷くダクネスを見て、ミヤコはぐぬぬと顔を顰めた。

 

「で、お前ほんとは何歳なんだよ」

「だーかーら! ミヤコは十四歳なの! 子供じゃないの!」

「き、キャルさまも時々強情になる時がありますし、そう思えば」

「コッコロ、無理にフォローしなくていいんだぞ」

 

 自分でも苦しいと思っていたのだろう。申し訳ありませんと項垂れるコッコロに気にするなと返し、カズマはダクネスへと言葉を紡ぐ。それで、こいつが申告通りの年齢だった場合どうする。そう言いながら、どこか意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

「い、いや、それでも私の考えは変わらんぞ。若いには違いないからな」

「ああそうかい」

 

 今回は本当に真面目だな。そんなことを思っていたカズマは、そこで本題を思い出した。ここ最近の幽霊騒ぎと、それに付随して街に蔓延した《プリン大好き》なる呪い。一応その説明をしたが、街の住人はほぼ手遅れだと聞いていたのでそこについてまともなリアクションは期待していなかった。肝心なのはその後、何か怪しい奴を見なかったか、という部分だ。

 

「成程。このプリンブームはそういう背景があったのか」

「あれ?」

「ダクネスさま? ひょっとして、正気を保っておられるのですか?」

「な、何だか暗におかしくなっていないことがおかしいと責められたような……っん」

「おいドM、お前コッコロ相手に発動したら容赦しないからな」

「くぅ……心配するな。望むところだからな」

 

 何かを期待したのか身震いをしているダクネスを見てカズマの目が死ぬ。次いで、この感情はこの間抱いた気がすると思い出したくもない記憶がフラッシュバックした。もういいから話を元に戻すぞ。そんなことを言いながら、彼は彼女へと犯人らしきなにかの心当たりを問い掛ける。既にダクネスが呪いにかかりきっていない理由は最初から手遅れだったからと結論付けていた。

 

「う、うむ。コホン、犯人、犯人の心当たりだな? ……いや、これといってないな」

「使えねぇな。お前それでも騎士かよ」

「あふん」

 

 嬉しそうにカズマの文句を聞いていたダクネスは、再度深呼吸で息を整えると、どうせだからとミヤコを見た。彼女にも聞いてみたらどうだろうかと彼に述べた。

 カズマはその提案をどうでもいい風に流す。さっきまでのやり取りやダクネスと一緒にいた経緯でこいつがプリン大好き状態なのは確定している。そんな奴から話を聞いたところで何の役にも立たない。そう判断したためだ。

 

「それよりも、だ。アオイ、ゆんゆん。何か見付けたか?」

「い、いいいえ! 何も、見付けられませんでした! あ、こんな勢いよく言っても誤魔化されませんよね、あ、ははは……はぁ」

「同じく何も。残りはルーシーさん頼りですね。後アオイちゃん、リーダー別に怒ってないから落ち着いて」

 

 アオイを何となくスルーしつつ、ゆんゆんの言ったように最後の一人であるルーシーの報告を貰おうと彼女を探すと、何やら慌てたような様子でこちらにやってくる彼女の姿が。一体どうしたんだと微妙に浮いた状態のまま駆けてくるルーシーに問い掛けると、どうしたもこうしたもとそこにいる人物を指差してまくし立てた。

 犯人の手掛かりとか心当たりとか、そういうレベルじゃないと彼女へ指を突き付けた。

 

『そこにいるのが、この幽霊騒動の犯人ですよ! 私の幽霊センサーに反応してるので間違いありません』

「は?」

「え?」

 

 思わず一斉にそこを見た。彼女が指差したその人物を見た。

 

「何なの? そんなに見てもプリンはやらないの」

 

 三個目のプリンを守るように抱いた、ミヤコを見た。

 

 

 

 

 

 

 ダクネスから奢ってもらったプリンを全て食べ終わったミヤコは、こちらを眺めている一行の視線を煩わしそうに手で払う仕草を取る、そうしながら、何か用事なのかと問い掛けた。

 

『あなた、幽霊ですよね』

「それがどうかしたのかなの」

 

 さらっと言い放った。隣に立っていたダクネスが思わず動きを止め、確かめるように彼女の肩に手を置く。ぽん、と触れたことで、何だ冗談かと胸を撫で下ろした。

 瞬間、ミヤコの姿がうっすらと透ける。触れていたその手が突如空を切り、ダクネスは思わずバランスを崩した。

 

「ミヤコは見ての通り幽霊なの。それで? だからなんなの?」

「今回の事件、起こしたのはお前なのか?」

「事件?」

「幽霊を集めて、この街のみなさまを《プリン大好き》状態にしたことです」

「何言ってるのかよく分かんないの。でもまあ、幽霊集めたのはミヤコなの」

 

 さらっと言い放った。言い訳も何もないその発言のために、BB団の面々も思わず目を見開き固まってしまう。

 こういうことに耐性がついてきた感のあるカズマとコッコロは、そんな中でも衝撃を最小限に抑えていた。突拍子もない行動や発言など、彼らにとっては日常茶飯事だ。というより、固まっている面々が普段はそっち側だ。

 

「あの、ミヤコさま。どうしてそのようなことをなさったのか、お聞きしても?」

「ん~? いつもお昼寝に使ってるお城を、ミヤコが寝ている隙に乗っ取った奴がいたの。気付いたらミヤコの寝ている箱が外に出されてて、ムカついたの。あいつら絶対許さないの」

「だから何だよ」

「そのためにもプリンが必要だったの。でも、アクセルの街にはプリンがあんまり広がってなかったから、幽霊を集めてもっとプリンを作るように囁かせたの~」

「……主さま。わたくしの理解力が足らないのでしょうか」

「心配するな。俺もこいつが何言ってるかさっぱり分からん」

 

 そのまま鵜呑みにした場合、今回の騒動はミヤコが普段昼寝に使っていた場所を何者かに取られたので、その連中を倒すためにもプリンが必要だと判断した彼女は街にプリンを広めるため幽霊を集め《プリン大好き》をばらまいたということになる。

 正当性も納得も何もないので、カズマとしてはこのまま退治してしまうのが一番手っ取り早い、そう結論付けた。幸い冬なので人通りも多くない、早いところ始末しようと彼はショートソードを構えた。

 

「いきなり何をするの!? 凶暴なやつなの、酷いの、クズなの!」

「うるせぇ悪霊。とっとと退治されるか浄化されるかしろ」

「あっかんべーなの」

 

 ふわりと浮き上がったミヤコは、カズマの攻撃範囲から離れるとんべぇと舌を出す。その顔にイラッときたカズマは、コッコロに目配せし指示を出した。が、流石にそれはと彼女は彼のその指示に躊躇いを見せる。

 

「コッコロ。あいつはモンスターだ、辛いだろうが、街のためなんだ」

「あ~、何かそれっぽいことで言いくるめようとしてるの。鬼畜なの、そんな小さくて可愛い子に何やらせようとしてるの!?」

「うるせぇモンスター。お前は黙ってターンアンデッド食らってりゃいいんだよ」

「はぁ!? ミヤコをモンスター扱いとかめっちゃ許せんの! ミヤコはいい幽霊なの! 謝るの! あ~や~ま~る~の~!」

「黙れっつってんだろプリン駄幽霊。いい幽霊は街をこんな滅茶苦茶にはしねーんだよ!」

「駄幽霊って言ったの! オマエは言ってはいけないこと言ったの!」

 

 ぶんぶんと腕を振り回しながらぷんすか怒っていたミヤコは、キッとカズマを睨むと、状況についていけてなかった面々の一人、近くにいたダクネスへと突っ込んでいった。そのまま彼女にぶつかるように重なると、掻き消えるようにミヤコの姿が見えなくなる。

 

「か、カズマ!? 何だか知らんが私の体が勝手に動くぞ!?」

『今ちょっと体借りてるの。あいつぶっ飛ばしたら返すから我慢するの』

「悪霊であること隠さなくなったぞあのヤロー」

「み、ミヤコさま!? 流石にそれは……」

 

 コッコロが説得をしようと口を開くよりも早く、ダクネスの体を使ったミヤコはカズマへと肉薄すると遠慮なしに彼を蹴り飛ばした。本人ほど十全に身体能力を使えていないとはいえ、クルセイダーの膂力によるそれでカズマはバウンドし地面に転がったまま動かなくなる。

 

「主さま!?」

「リーダー!?」

 

 状況についていけていなかったBB団もそれによって我に返る。何はともあれ目の前のミヤコを止めなければ話は始まらない。そう判断し、ゆんゆんもアオイもコッコロと同じように武器を構えた。

 

「ミヤコさま。流石にその狼藉は看過できません」

「リーダーの仇!」

「アオイちゃん、勝手に殺しちゃだめだよ」

 

 ダクネスに憑依したままのミヤコへとコッコロが肉薄する。似たような状況は以前ダンジョンで体験していたので、それと比べれば今回の方が乗っ取られた側が丈夫なので問題ない。大分パーティーメンバーに染まった考えのまま、彼女はその槍をダクネスへと叩き込んだ。

 

『躊躇いなく攻撃してきたの! こいつ頭おかしいの!?』

「くぅぅ。鋭い一撃が私を苛む! 中々どうして、コッコロも良い攻撃をする!」

『こっちはこっちで喜んでるの!? 頭おかしいの!』

「攻撃しても大丈夫ってことで、いいんですか、あれ?」

「多分、自信ないけど」

『いいわけないの! 常識で考えるの!』

「ああ、構わん。遠慮なく来い! 久々だからな、上級魔法や状態異常も問題ないぞ」

『問題ありありなの! なんなのこいつら、頭おかしい奴らばっかなの!』

 

 では遠慮なく、と雷撃魔法と麻痺矢をぶっ放した二人を見て、ミヤコが小さく悲鳴を上げる。逃げようとしても鋼の意志で攻撃を受けるため動かないダクネスの抵抗により、そのまま直撃することとなった。

 その直前、ひょいと彼女の体から脱出したミヤコは、やってられんとばかりにその場から離脱を開始する。とっとと逃げてプリンを食べよう、そんなことを考えていた彼女は。

 

「どこへ行く気だ?」

「ほぇ?」

 

 ガシリとその腕を掴まれたことで目を見開いた。ルーシーに回復してもらったらしいカズマが、彼女をしっかりと掴んでいる。その表情は、ミヤコにとっては紛れもなく邪悪と表現していいもので。

 

「は、離すの! っていうか何で掴めてるの!?」

「ははははは。知ってるか? 俺な、《ドレインタッチ》使えるんだわ」

「え? ちょ、ちょっと待つの! やめるの! ミヤコ吸ってもおいしくないの!」

「待たないしやめない。よくもさっき蹴り飛ばしてくれたなぁ駄幽霊!」

「あ、や――あばばばばばばばば!」

 

 電撃を受けたようにミヤコの体が痙攣する。ぱ、とカズマが手を離すと、浮いていた彼女の体はポテリと地面に落ちた。退治する勢いで吸い取った割には無事で、思った以上に頑丈なそれを見て、浄化はひょっとしたら難しいんじゃないかと彼は顔を顰めた。

 

 

 

 

 

 

「……どーすっかなぁ」

「カズマ、終わったのか?」

 

 そんな彼へ、三人の攻撃を食らってツヤツヤしているダクネスが声を掛ける。コッコロ達もカズマが無事なことを知って安堵しているらしく、倒れているミヤコのことも合わせ先程までの空気は霧散していた。

 そんなわけで、カズマはダクネス達にそれを伝える。ただの幽霊とは一線を画しているのか、それこそ女神でもいない限り浄化するのは厳しいのではないか、と。

 

「……一つ、提案があるんだが」

「ん?」

「彼女を、私に預けてくれないか?」

 

 何を、と皆の視線がダクネスに集まる。彼女の表情はふざけているわけでもなく、どうやら本気で言っているらしいということが分かった。

 が、だからといってはいそうですかとはならない。ルーシーが何を言っているのだという表情でダクネスを見た。見る限りエリス教徒、アンデッドの存在などご法度の信徒が、幽霊を匿うなど正気か。そんなことをついでに述べた。

 

「幽霊に幽霊の処遇を疑問視されると少し困るが……どのみち、放置は出来んし、このままだと討伐クエストも発令されるだろう?」

『でしょうね。聞いた話によると私も討伐クエスト出ているらしいですから』

 

 ルーシーズゴーストの討伐、という随分前から塩漬けにされているクエストであるらしい。このままだと遠くないうちにミヤコもその一員になるのは想像に難くないわけで。

 幸い、原因が彼女だと知っているのはこの場にいる面々のみ。こちらで上手い具合に揉み消せば、ミヤコの存在はどうにでも出来る。

 

「……何でそんな気にかけるの?」

「お、復活した」

「う~。死ぬかと思ったの……」

「え、もう死んでるんじゃ……?」

 

 コントのお約束のようなやり取りをしつつ、むくりと起き上がったミヤコはダクネスを見る。どこかバツの悪そうな顔なので、一応暴れたことは反省しているらしい。

 そんなミヤコを見て、ダクネスは苦笑する。そう大した理由があるわけではないが。そう述べ、視線を合わせるように彼女は屈んだ。

 

「幼い子供が道を踏み外しそうならば、正してやりたい。そう思っただけだ。――私の仕える主、第一王女様も、きっとそう言う」

 

 そうだろう、と何故か同意を求めるようにカズマとコッコロを見やる。その視線の意味が分からず首を傾げる二人を見て笑みを浮かべたダクネスは、まあそういうわけだとミヤコに告げた。

 

「だから、ミヤコは子供じゃないの!」

「ああ、そうだったな。それはすまない」

「絶対信じてないの……。でも、まあ、分かったの。オマエの言うこと、ちょっとは聞いてやるの」

 

 ふよふよと浮かぶと、ダクネスの背中にくっつくように浮遊する。どうやら彼女なりの信頼の定位置らしい。傍から見ていると取り憑かれているようにしか見えないが。

 

「じゃあ早速、プリンをよこすの」

「分かった分かった。ああ、その前に、街の幽霊をどうにかしてくれ」

「そういえばそんなこと言ってたの。じゃあとっとと――」

「ちょっと待て」

 

 ミヤコの動きにカズマが待ったをかける。どうした、と尋ねたダクネスに向かい、彼は少し思ったんだがと言葉を紡いだ。

 

「ここでいきなり幽霊消したら、ギルドのクエストボードがまた面倒なことにならないか?」

「あ」

 

 結局、ルナとカリンの手を借りて、このプリン幽霊はダクネス預かりとなったそうな。

 




その後の魔道具店
ウィズ「~~~~~~(正気に戻って悶えている)」
バニル「うむ、予想通り。羞恥の悪感情、美味である」


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その38

ボス戦。
だけど、一章より緊張感がない……。


「だから! 一刻も早く浄化するべきだってば!」

「い、いや、そうは言うがな、クリス」

 

 どん、とカップを机に叩きつけながらクリスが叫ぶ。そんな彼女の剣幕に圧されつつも、ダクネスもそれは出来ないと首を横に振っていた。

 当然クリスは更にヒートアップするわけで。

 

「何で!? アンデッドだよ!? どう考えても始末しなきゃいけない存在でしょ!?」

「確かにそうかもしれん。エリス教徒としては、クリスの反応こそが正しいんだろう。……だが、私はあいつと、ミヤコと約束したんだ。お前が満足するまで一緒にいてやる、と」

「呪われてる。ダクネスが呪われた……。倒さなきゃ、あの幽霊倒さなきゃ……」

「私は正気だぞ。というかだな、むしろ今のクリスの方がどちらかというと正気ではないような」

「あたしはこれ以上無いほど正気だよ!」

 

 いやいやいや、と会話が聞こえていた酒場の面々は一斉に心中でツッコミを入れたが、当然ながら彼女には届かない。アンデッドは滅するべしのクリスにとって、ダクネスやこの酒場にいるミヤコ許容派は正気を失っているようにしか思えないのだ。

 

「何かうるさいのがいるの」

「出たなアンデッド! あたしが今この場で滅してやる!」

「勝手に言ってろなの。それよりダクネス、プリンをよこすの」

「ああ、ちょっと待っていろ」

 

 ひょこ、とダクネスの後ろに現れたミヤコが、クリスを見て顔を顰める。吠える彼女を軽く流しながら、ミヤコはプリンが用意されるまで酒場をふよふよと漂っていた。

 

「……しっかし、ほんとここの連中懐が深いというか、何も考えてないというか」

 

 そんなミヤコを見ながら、別のテーブルにいたキャルが溜息を吐く。《プリン大好き》状態は解除されたので正常に戻ったが、当時の記憶はしっかり残っているので彼女としてはクリスの気持ちも分からないでもない。だが、しかし。

 

「……ぶっちゃけバニルよかマシなのよね」

「比べる対象間違ってんだろ」

 

 はぁ、と再度溜息を吐くキャルをカズマはジト目で見る。ついでに言うとカズマ的にはどっこいどっこいだ。なのでバニルが野放しなら別にミヤコも野放しでいいんじゃね、がスタンスである。

 

「バニルさまは、ああ見えてゴミ出しのルールを破った方に注意をしたり、カラスを撃退したりとご近所の主婦層には評判が良いのです」

「それはつまり、ミヤコはアウトって言いたいわけね」

「いえ! 決してそのような意味では」

「おいこらキャル、なにコッコロに因縁つけてんだ」

「何よ。あの流れではそう思っても不思議じゃないでしょ。まあ、コロ助がそういう事言うタイプじゃないのは知ってるけど」

 

 頬杖を付きながらキャルがぼやく。冬で仕事もなく飲んだくれている冒険者からプリンを貰いご満悦のミヤコを見て、もういいやと諦めたように視線を戻した。

 ミヤコ、とダクネスが彼女を呼ぶ。すいーっとダクネスのいるテーブルに戻ると、運ばれてきたプリンを美味しそうに食べ始めた。

 

「ところでミヤコ。ここのところよくどこかに出掛けているが、何をしているんだ?」

「ん? ちょっと野暮用なの」

「怪しい。ダクネス、こいつ絶対碌なこと企んでないよ! そもそもこいつらみたいな悪霊は、薄暗くてジメジメしたところが大好きな、言ってみればナメクジ以下の存在なんだから」

「こいつホントに言いたい放題言うやつなの」

「クリス、流石にそれはちょっと」

「何でダクネスはそっちの肩持つの!? このクソアンデッド! ただでさえムカつくのに、声がちょっと先輩に似てるせいで二倍ムカつく!」

 

 うがぁ、と拳を突き上げ吠えるクリスを横目で見ながら、ミヤコは面倒そうに溜息を吐く。このままだと延々とうるさいことを言ってくるのは想像に難くないので、仕方ないとばかりにダクネスを見た。

 

「そこのはミヤコの話なんか聞かないだろうから、ダクネスに言うの」

「ん? 何をだ?」

「ここのとこミヤコが何をしてるか、なの。プリンも食べたし、いい加減ミヤコのお昼寝場所を奪ったあいつらをどうにかしてやろうと思ってたの」

「昼寝場所……? 確か街外れの廃城だったな、そこを乗っ取った連中を追い出すために最近出掛けていたのか」

「そういうことなの。あいつらゾロゾロゾロゾロ鬱陶しいから、とりあえず《プリン大好き》とかいうのにして回ってやったの」

「そうか。まあ、あまり迷惑は掛けるなよ」

 

 自分の住処を取り戻そうとしているのだろうが、相手が何なのか分からない以上ダクネスとしてもそのくらいしか言うことがない。頑張れはちょっと違う気がしたのだ。

 

「そこら辺は大丈夫なの~。あいつらアンデッドだから、もう死んでるの」

「成程な。……ん?」

 

 はて、とダクネスは首を傾げる。そんな廃城に大量のアンデッドが湧いたのならば、ギルドの方でも何かしら話題になっているはずだ。だというのに、そんな情報は入ってきていない。

 入ってきているのは、前回までの幽霊と、そして。

 

「っ!?」

 

 酒場に、否、街中にアナウンスが響き渡った。その声は緊迫しており、キャベツの時のような緩い緊急とは違うことを感じさせる。いうなれば、この間のデストロイヤー襲来時と同じ。

 酒場の冒険者もそのアナウンスがただごとではないのを察し、ギルド職員に促されるまま、装備を整え正門へと向かう。ダクネス達も勿論そうであるし、カズマ達もペコリーヌと合流して同じように現場へと駆けていく。

 そうして、集まった冒険者はそこにいる存在を見て動きを止めた。圧倒的な威圧感を放つそれは、漆黒の鎧を纏った首なし騎士。己が首を左手に抱え、フルフェイスの兜から鋭い眼光だけが見え隠れしている。

 

「お、おい。あれって、デュラハンか?」

「見りゃ分かんでしょ……!? ちょっと、ヤバいんじゃない!?」

「はい。あの方の放つオーラは、普通のモンスターとは桁が違います」

「……やばいですね」

 

 思わずカズマ達も息を呑む。何故そんな強力な存在がこんな駆け出しの街にやってきたのか。その理由は全く分からないが、ともあれデュラハンは大勢の冒険者が見詰める中、自身の首を掲げゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「俺はつい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部のものだ」

 

 その言葉に冒険者達がざわめく。そういえばそんな噂があったな、と周囲の連中と情報共有をする。冬場なこともあり、クエストを受ける必要もないため、討伐隊が編成されるまで仕事をしないなど当たり前過ぎてすっかり頭から抜け落ちていたのだ。

 それを確認すると、では今度は何故こんな場所に、という疑問が湧く。

 

「デストロイヤーを倒したという噂の街の冒険者を調べるために来たが、そこまで大した成果もなく切り上げようと思っていたのだ。……が」

 

 静かにそう述べたデュラハンは、しかしそこで言葉を止めると首が小刻みに震え始めた。まるで怒りを抑えているような、否、抑えきれない怒りが溢れていた。

 

「この一週間で! 部下をプリン狂いの呪いに掛けやがったのはどこのどいつだぁぁぁぁ!」

「ほらダクネス! 碌なことしなかったじゃん!」

「いや、それは……」

 

 結果論ではある。が、流石にこの場で反論は出来ず、ダクネスはバツの悪そうに視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 プリン、のワードで犯人はモロバレであったので、視線が一斉にダクネス達へと向く。それを承知なのか、ダクネスの肩にくっついていたミヤコがふよふよとデュラハンの前へと移動していった。

 え、とデュラハンが素に戻る。自身の城に嫌がらせをしてきた相手を見付けるべくやってきた彼の前には、おそらくその犯人であろう少女が浮いているのだ。浮いているのだ。立っているのではないのだ。

 

「えっ」

「なんなの? ミヤコに文句があるの?」

「いや文句があるからここまで来たんだが……待て。お前は幽霊だろ、アンデッドだろ?」

「だからなんなの?」

「な、何故俺に嫌がらせをした!? アンデッドは人に仇なす存在だろうに、冒険者の味方をするとは一体」

「オマエがミヤコの昼寝場所奪ったからなの」

「……えっ?」

 

 ちょっと何言ってるか分からない。そんな状態になったデュラハンは、すっかり先程の威圧感を捨て去り困惑の真っ只中にいた。ちょっと待て、と手で制すると、何かを考え込むように暫し唸った。

 

「じゃあ、何だ? お前は、俺があの城にやってきたから、あんなことを?」

「それ以外に何があるの」

「い、いや、冒険者が、魔王軍の幹部であるこちらに嫌がらせをしているんじゃないか、と」

「そんなわけないの。大体、魔王軍の幹部のことなんか今オマエの話で初めて知ったの」

「……そ、そうか」

 

 凹んだ。自分の中では魔王軍の幹部として、街でも噂になるような存在だと思っていたのだ。が、実態はこれである。自意識過剰も甚だしい。

 

「い、いやデュラハンよ。一応魔王軍幹部の話はちゃんと冒険者には伝わっていたぞ。彼女は冒険者ではないからな、そういう情報に疎いんだ」

「そ、そうか? それならいいんだ――」

「え? ダクネス、ミヤコにそんな話一回もしなかったの」

「……ほらねぇ」

 

 そっと首を傍らの馬に乗せる。ポンポンと馬を撫でながら、どこか哀愁漂う背中を見せたデュラハンは、もういいと小さく呟いた。

 その言葉を聞いて、冒険者達は身構える。これはひょっとしてそういう展開なのではと勘繰ったのだ。すなわち、怒りに任せて襲いかかってくるパターンだ。

 

「帰る。……城、返せばもう嫌がらせしない?」

「何かキャラ変わってないか?」

「そうね。ショックだったんでしょ」

 

 あ、違うやつだ。そう判断した皆が緊張を解いた。カズマとキャルもそんなことを言いながら後は見送るだけだろうと能天気に眺めている。ミヤコも、まあそれならそれで、と軽い調子で流していた。

 そんな空気の中、人混みを掻き分けて数人の男女がやってくる。追い返そうと思ったが、別にその必要もなさそうだ。そんなことを言いながら、その面々は帰り支度をするデュラハンを眺め。

 

「ん? ――んんんん!?」

 

 振り向いたデュラハンは、その面々を見て動きを止めた。彼の目の前にいるのは、アクセルでも有名な集団二組。片方は大貴族の娘がトップを務める財団のぶっ飛んでいる担当、そしてもう片方は街外れの研究所の所員で存在がぶっ飛んでいる連中だ。

 

「フハハハハハ。汝の先程のやり取り、人の悪感情には及ばんが中々美味であったぞ」

「ちょ、ちょっとバニルさん……あまり刺激しちゃ駄目ですって」

「別に気にしなくてもいいでしょ。ああ見えてそこまで非道なことはしないし」

 

 魔道具店店員、バニル。魔道具店雇われ店長、ウィズ。研究所所員、ちょむすけ。デュラハンがその視界に入れて目を見開いたのは、その三人。

 

「あら、お三方。あの魔王軍幹部はお知り合いですの?」

「ちょむすけ。あのデュラハンは研究材料に出来ませんか?」

「あれが師匠の言っていたセクハラデュラハンですか……」

 

 残りの頭おかしい連中の発言が頭から飛んでしまうほどの、魔王軍幹部が絶句する衝撃を受けたのが、その三人だ。

 

 

 

 

 

 

 かつて、魔王軍の幹部は八人であった。魔王城の結界を維持するための、強力な力を持った存在、それが幹部であった。魔王が集めたその精鋭は、たとえ勇者候補ですら倒すことは難しい、そんな相手であった。

 現在の魔王軍幹部はかつての勢いが見る影もない。邪神ウォルバクはとある事件を機に消滅、リッチーは結界維持のお飾りのため魔王城から何処へと消え行方不明、ダークプリーストは最近何故か弱体化した。そして仮面の悪魔がついこの間倒されてしまった。

 そんな状況のため、デュラハンはなんとか立て直そうと残っている幹部と補充要員を選んだり担当範囲を広げたりしていたのだが。

 

「な、なななななななっ!?」

 

 目の前にいなくなったはずの幹部が勢揃いしていた。しかも見る限り生活は充実していそうである。

 

「お、お前ら、何で……!?」

「何を言っているか分からんな、最近セクハラ出来る部下がおらずフラストレーションが溜まっているデュラハンよ。我輩はしがない魔道具店店員である」

「嘘つけ! どう見てもバニルだろうが!」

「我が名はちょむすけ! 才能溢れる紅魔族の師にして、爆裂魔法を後世に継承させしもの!」

「え? ウォルバク、なにやってんの……?」

 

 混乱の極みにあるデュラハンは、ひょっとして本当にこいつら自分の知っている魔王軍幹部じゃないのではと思い始めた。バニルはともかく、他は何か違う。こちらに話しかけることこそしていないが、あのウィズ似の女性も貧乏臭がせず、商才が死んでいるオーラも溢れていないのだ。

 成程、とデュラハンは頷いた。アクセルの冒険者と十把一絡げで考えていたが、どうやらあの連中がデストロイヤー破壊の鍵となった者なのだろう。かつての同僚と見間違ったのは、それだけの実力を持っていたからに違いあるまい。

 

「ふ、危うく騙されるところだった」

「おい何かあのデュラハン一人納得し始めたぞ」

「やばいですね」

 

 カズマ達の呟きなど当然聞いちゃいない。先程のしょんぼりした態度はどこ吹く風、再度頭を左手に持つと、その兜の奥の目を光らせた。

 

「ふん。まあいい。今の俺の仕事は調査と報告だ。とはいっても、どうせすぐに追加の任務が来るだろうがな」

 

 はっはっは、と高笑いを上げたデュラハンは、ばさりとマントを翻すと馬に乗る。震えて待っていろ冒険者達よ。そんな言葉で締めながら、彼は馬を駆り自身の住んでいる城へと歩みを進め。

 

「ちょっと待ったなの! オマエお城から出ていくんじゃなかったの!?」

「やかましい。そもそもお前が余計なことをしなければ俺は素直に帰ってたわ! ……そうだ、何故俺がお前みたいなしょうもない幽霊にビクビクしないといかんのだ」

 

 取り戻した調子はデュラハンの勢いも増したらしい。先程までとは違い、ミヤコをギロリと威圧するように睨み付ける。

 それがどうした、とミヤコは袖の余った腕をデュラハンに向かって突き付けた。

 

「ミヤコが下手に出てやったら調子に乗りやがってなの」

「おい待て。お前会話の最初から今まで微塵も下手に出てないだろ」

「問答無用なの! オマエはここでぶっ倒すの!」

 

 言い切った。他の冒険者達が見ている中で、ミヤコはそう宣言した。いや無理だろ、という大半のツッコミを無視して、彼女はズビシと指を突き付けた、袖で見えないが。

 ふ、とそんなミヤコを見て笑みを浮かべる者が一人。ダクネスの隣で静かに立っていたクリスが、ミヤコの横に立ち並んだ。

 

「よく言ったよ悪霊。アンデッドは滅ぼすべきだけど、今この瞬間だけは、あたしはキミの意見に同意してあげる」

「ふふん、そうなのそうなの。ミヤコをもっと褒めるの」

「そういうとこほんと先輩に似てるわ……」

 

 苦笑しながらクリスは武器を構える。ミヤコもどこからか取り出した巨大なスプーンを無駄にブンブンと振り回していた。

 そうなってしまうと、アクセルの冒険者も見ているだけというわけにもいかない。でも戦うのはどうかなぁ、と少しずつ下がっていく。そして反対に、それならば仕方ないとばかりに前に出る者達も、当然いる。

 

「主さま。どうなさいますか?」

「どうするもなにも。これ放っといたらあいつら倒されて次は俺達の番だろ? 逃げる暇もないし」

「……やっぱ、そうなるわよね」

「戦うのが早いか遅いかです。やりましょう」

 

 そしてそんな頭おかしい連中に混じるように、カズマ達もそれぞれ武器を構え、立つ。ミヤコとクリス、そしてダクネスと対峙するデュラハンを真っ直ぐに睨んだ。

 やぶ蛇だったなぁ、と杖を構えるちょむすけに対し、ウィズとバニルは前線に出ない。そこはまあ仕方ないかと苦笑しつつ、サポートくらいはしなさいよと彼女は述べた。

 

「ま、まあ、ミヤコさんは冒険者じゃないから、冒険者以外に手を出したってことで、ギリギリセーフ、ですよね?」

「汝も中々底意地が悪くなったな。まあ正直我輩の手助けがいるのか分からんが、オーナーもやる気なようだからな」

 

 かくして、一見駆け出し冒険者と戦う魔王軍幹部という絶望的な対決の火蓋が切られた。

 実際の内訳は、デュラハンのためにも語らないでおく。

 




ベルディアVSカズマ達とメ団(ウィズ・バニル込)とネネカ様達とBB団とミヤコ達アンドモア

数の暴力!


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その39

クランバトル


「ふん。威勢のいいことを言っていた割には大半の冒険者は下がっていったではないか」

 

 デュラハンは下がった者と前に出た者を見比べ笑う。そうしながらも、つまりここにいるのがデストロイヤーの実質討伐者なのだろうと当たりをつけた。

 

「つまりは、ここにいる奴ら以外は有象無象というわけか」

「失礼なことを言わないでくださる? (わたくし)の大事な仲間は、あなた方が街の住人に被害を加えようとした時に備えて護衛を頼んでいますわ」

「そ、そうか……」

 

 アキノがそんなことを胸を張りながらのたまっていたが、デュラハンとしてはそんなところまで考えなくてもと若干申し訳なくなっていた。何故なら、部下の九割は本能がプリンに支配されたプリンの屍と化してしまったため、今この場には待機させている少数のアンデッドナイトしかいない。というよりそれが全戦力だ。正直街の住人に被害を与えられるかどうかも怪しい。

 

「ま、まあいい。どのみちこの場にいる冒険者を皆殺しにすればそれで事足りる」

「そんなことをさせるわけが!」

 

 クリスが飛び出す。持っていた短剣で斬りかかったが、デュラハンはそれを容易く避けるとどこからか取り出した大剣を振り上げ彼女の首へと振り抜く。

 ぐい、とクリスが何かに引っ張られ、デュラハンの斬撃は空を切った。もんどりうって転がった彼女の視線の先には、呆れたような目で見ているミヤコの姿が。

 

「もうちょっとでオマエもミヤコの仲間入りだったの。ほれ、感謝しろなの」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ。助かったのは事実だから何も言い返せない……」

 

 ちくしょう、と地面を殴り付けているクリスを若干引いた目で見ながら、デュラハンは手にしていた首をぐるりと周囲を見渡すかのように動かす。

 魔法使い達は呪文を放てるよう準備をしながらこちらの様子をうかがい、エルフの弓使いもそれに習うようにこちらを見ている。神官であろうエルフの少女が支援しているその横、そこに立っている何だか分からない男は、構えはしているが何かを行おうという気配がない。そしてバニルは笑みを浮かべながら立っているのみ。残りの二人、ウィズとウォルバクに似た何者か(デュラハン基準)は、サポートを行おうとしている様子であった。

 正直統一感があまりない。集団をまとめる役が足りていないような気がしたのだ。

 

「それならばそれでいい。さて」

「何を考えているのか知りませんが」

 

 ん、とデュラハンは首を向ける。どこからか生み出したのか、半透明の椅子に座っているネネカが、彼をじっと見詰めながら小さく笑みを浮かべていた。そこまでを述べた彼女は、視線をデュラハンからカズマに移す。

 

「ちゃんと、まとめ役はいますよ」

「ちょっと待て。今俺に押し付けただろ! こんな頭おかしい集団のまとめ役とか絶対やらねーからな!」

「心配せずとも。細かい指示など求めてはいません。貴方なりの答えを出してくれれば、それでいいのですよ」

「それが出来ねぇって話で、ああもう!」

 

 頭を抱えるカズマをコッコロが心配そうに見ていたが、そんな彼女へ横にいるペコリーヌが笑みを向けた。大丈夫です、と述べた。その横ではキャルがやれやれと肩を竦めている。

 

「そうは言いつつ、カズマくん、やる気ですよね」

「どうせあんたのことだから、しょうがねぇなぁって言うんでしょ?」

「……ああちくしょう! しょうがねぇなぁぁぁぁぁあ! おいペコリーヌ」

「はい?」

「あいつ倒せるか?」

「無茶振りしてくれますね。……あれを使うのは、この状況だと難しいですよ」

 

 カズマの脳裏に浮かんだのはいつぞやの、デストロイヤーにとどめを刺した彼女の姿。彼のブーストスキルがあれば可能なのではないかと考えたが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

 が、しかし。まあでも、とペコリーヌが前に出た。腰のポーチから剣を抜き放つと、それを正眼に構え、デュラハンへと足を進める。

 

「やれるだけは、やってみます!」

 

 

 

 

 

 

「お待ちくださいな。(わたくし)も行きますわ」

「貴女様だけに無茶はさせられません」

 

 ペコリーヌの後に続くように、アキノとダクネスが駆ける。先陣を切る形になった三人の女騎士は、そのままデュラハンと対峙した。ほう、とその三人を見て、思わずデュラハンの目が細められる。

 兜で見えない状態だったが、その目は非常にいやらしかった。

 

「中々どうして、立派な騎士がいるではないか。魔王軍幹部であるこの俺と真っ向から勝負しようとはな。よかろう、アンデッドになりはしたが、こちらも騎士として戦ってやる。俺の名はベルディア、そちらの名も聞いておこうか」

「ウィスタリア家が長女、アキノですわ」

「ダクネスだ」

「お腹ペコペコの、ペコリーヌです」

「ちょっと待て」

 

 ベルディアと名乗ったデュラハンは、同じように名乗りを上げた三人を、正確にはペコリーヌを見て待ったをかける。

 

「そこの女騎士二人はいい。特に一人目、貴族の令嬢が騎士をやってるとか凄くいい。が、最後のお前! なんだお腹ペコペコのペコリーヌって、バカにしてんのか?」

「バカになんかしてませんよ。わたしの大事な仲間が付けてくれた、大切なあだ名です」

「あ、そ、そうか。……すまん」

 

 予想以上に真面目に返されたので、ベルディアもちょっと圧された。まあ前半部分はともかく、名前だけを見れば一応ありといえなくもない。ごほん、と気を取り直すように咳払いをすると、ベルディアは再度剣を構え直した。

 

「さあ、ではかかってくるがいい。魔王軍幹部の肩書が伊達ではないことを教えてやろう」

 

 向こうからは攻めてこない。ならば、とペコリーヌが一気に間合いを詰めて剣を振り抜いた。え、とその動きに一瞬呆気にとられたベルディアは、迎撃がほんの僅か遅れてしまう。

 

「むぅ、やっぱりダメですか」

「ぐ、ぅ。な、何だお前は!? 駆け出し冒険者の街にいる人間の動きではないぞ!」

「それは、秘密、です!」

 

 ベルディアの剣をかち上げた。体勢が崩れた相手に向かい、ペコリーヌは追撃を叩き込まんと足を踏み込む。

 即座に手首を返し、防御の姿勢に入った。ベルディアが首を放り投げ、両手持ちにした大剣を振り抜いたのだ。崩れた体勢でも狙いを外さないその一撃を受け止めると、剣と剣がぶつかり合うことでギャリギャリと音が鳴り、火花が飛ぶ。

 

「成程。首を上空に投げることで死角をなくしているのですわね」

 

 そのタイミングでアキノが攻めた。たとえ見えていても、動きを止められているのならば。そう判断した彼女の一撃は、ベルディアがぶつかり合っている剣を引こうと判断した時には既に遅く。

 

「ぐっ、ちぃぃぃ!」

「《ノーブルアサルト》!」

 

 アキノの斬撃に炎が纏われる。思った以上の攻撃に、ベルディアの体が思わずたたらを踏んだ。その隙を逃さず、ペコリーヌが回し蹴りでベルディアを蹴り飛ばす。

 

「白のレースぅ!」

「ダクネスちゃん!」

「今ですわ!」

 

 ペコリーヌもアキノも、ダメ押しだと言わんばかりに彼女の名を呼ぶ。その声に応えるかのように、ダクネスは己の剣を構え一気に駆け抜け、体勢を崩し隙だらけのベルディアへと叩き込むため、振り下ろす。

 

「……」

「……」

 

 盛大な音を立て、ダクネスの一撃は地面を抉った。滞空時間を過ぎたベルディアの頭が、全力で攻撃を外した彼女の目の前に降ってくる。それを受け止めた彼は、どこかバツの悪そうにその首の視界からダクネスを外した。

 振り抜いた格好のまま、ダクネスはプルプルと震えている。いくらドMといえども、周りがノーリアクションでは流石に恥ずかしいらしい。

 

「……もう一回やってもいいですか?」

「いいわけあるかぁ!」

 

 

 

 

 

 

「あなたという人は! ここぞという時に外すなんて……不器用にも程があるでしょう!」

「ぐぅ。昔馴染からの久々の罵倒、こんな時だというのに……私は」

「どうしようもねぇなあのドM」

「あふぅ」

 

 アキノの文句とカズマのダメ出しで少しは満たされたらしいダクネスを回収しながら、ペコリーヌはさてどうしましょうと首を捻る。先程の攻撃は半ば奇襲のようなもの。もう一度やったところで、上手くいく保証はない。となると、取るべきは違う一手だ。

 よし、と間合いを離し、彼女はカズマの下へと戻った。

 

「カズマくーん」

「何だ?」

「次、どうします?」

「……もうバニルに倒してもらうでよくねぇ?」

「先程の奴の言葉の真意が気になってつい腹ペコ娘のスカートに目が行ってしまう小僧よ。我輩はオーナーに雇われている身ではあるが、向こうにも多少の義理はある。手助けはするが、我輩は主体にはならんぞ」

「私もそれでお願いします」

 

 ついでとばかりにウィズも続く。それでも手助けはしてくれるという部分は確定したので、多少は安心するべきなのだろうが、しかし。

 ちょむすけを見た。クスリと笑った彼女は、まあ少しはとカズマに返した。

 

「こうなった理由の一端は私だからそのくらいはね。でも、出来れば私も主体にはなりたくないわ。女神が積極的に魔王軍に喧嘩を売るなんてちょっとアレだもの」

「ぐふぅ……!」

「いきなり何悶えてるの?」

 

 ガクリと膝をつくクリスを眺めていたミヤコが首を傾げる。そんな光景を見つつ、カズマはならばと視線を魔法使い組に向けた。

 油断しているのか、余裕の表れか。ベルディアはこちらに積極的に攻撃を行ってきてはいない。ならばその隙を突く。

 

「つっても、盾役がいないとやっぱり厳しいか」

「そ、そういうことでしたら。遠慮なくクウカを」

「うおっ!?」

 

 いつの間に湧いて出た。そんなツッコミを入れたカズマを見ながら、クウカがふひひとだらしない顔で笑みを浮かべる。後方の護衛組になっていたものの、ダストから邪魔だからあっち行ってろと追い出されてこちらにやってきたらしい。が、ベルディアに集中していて誰も気付いてくれず、それがまた彼女の被虐心を満たし今まで悶えていたのだとか。

 

「あの野郎、こっちに押し付けんな! どうせならユカリさんとかよこせよ!」

「こちらでも、むこうでも、クウカは要らない奴扱い……。ああ、せめて肉壁にでもなれと拘束されたクウカはあのデュラハンの目の前に投げ捨てられ、嬲られるのですね。そしてその隙に魔法でクウカごと……じゅるり」

「ダクネス、ダクネース! ちょっとお前こいつとあのベルディアとかいうやつの前行って来い!」

「え? ああいや、望むところではあるが」

 

 てっきりクウカに任せると思っていた。そんなことを言いながらダクネスは再び前に出る。ほれ行け、とクウカを押し出すと、分かりましたと恍惚な笑みを浮かべながら彼女の隣へと躍り出た。

 

「作戦はもう少し小声でするべきだったな。盾役だと? 小賢しい、この魔王軍幹部たる俺の攻撃を受けきれるとでも」

 

 首を抱えたまま剣を振るう。ダクネスはそれを剣と鎧、そして己の肉体を駆使して受け止める体勢に入った。一方のクウカは普通にぶった斬られている。

 ふん、とベルディアは鼻を鳴らした。まともにこちらの攻撃を叩き込んだのだ。駆け出しの街にいる冒険者などひとたまりもない。そう確信を持って視線を二人から外し。

 

「ぐぅ……流石は魔王軍幹部。まさかこんな場所で鎧を少しずつ削り取る高度なプレイを行うとは……」

「はふぅ、何という一撃、クウカの全身にビリリと走るこの衝撃。ああ、このままなすすべもなく一方的に斬られ続けたら、クウカは、クウカはぁ!」

「えぇ……」

 

 その声を聞いて即座に視線を戻した後、戻すんじゃなかったと後悔しながらドン引きした。何なのこいつら、何で無事なの。そして何で悦んでるの。ベルディアの脳内でそんな疑問がぐるぐると周り、そして答えの出ないループに陥ってしまう。あまりにもあまりにもの光景で、彼はそこで動きを止めてしまった。

 

「今だBB団!」

「は、はぃぃ! 植物の力よ!」

「ぬぅ!?」

 

 アオイのスキルによりベルディアの足に太く頑丈な蔦が絡みつく。常人ならば身動きの取れないそれは、しかし魔王軍幹部にとっては少し邪魔な程度。デストロイヤー戦で使ったブーストアイテムもないため、足止め出来たのはほんの僅かだ。

 だが、それで十分。もとより動きが止まっていたのだから、それを少し伸ばす程度でも事足りる。

 

「フルパワーの、《カースド・ライトニング》!」

 

 ゆんゆんの呪文がそれに続く。己の魔力の大半を注ぎ込んだ黒い稲妻は、寸分たがわずターゲットへとぶち当たった。防御が間に合わず、ベルディアはそれをモロに食らってしまう。

 

「これが、BB団コンビネーションです!」

「そ、そうよね!? これちゃんとコンビネーションよね?」

「そ! そ、そそそうですよ!? え? 違いました!?」

「落ち着け。ちゃんとコンビネーションだったから」

 

 何で撃ってからテンパるんだよ。あたふたしだすアオイとゆんゆんを一瞥し、よし次、と視線を動かす。同時に、ショートソードを構え二人へとそれを向けた。

 

「ふふふふ。カズマ、分かっているではないですか。ここぞという時に、我が爆裂魔法は輝くのですから! さあキャル、準備はいいですか?」

「カズマからのブーストも貰ったし、いつでもいけるわ。そっちこそ、遅れるんじゃないわよ」

「ふ、誰にものを言っているのですか。我が名はめぐみん! 爆裂魔法の伝承者! そんじょそこらの魔法に負けるようなやわな呪文など撃つはずもなし!」

「言ったわね……。だったら、見なさい!」

 

 めぐみんとキャル。二人の背後に巨大な魔法陣が浮かび上がる。片方は爆裂魔法独特のそれで、もう片方はブーストされたことによって巨大化した固有上級魔法。

 黒い雷撃を打ち込まれ、しかしそれほどのダメージを負っていないのか、ベルディアは煙を上げつつもさせてなるものかと二人へと剣を向け、そしてその兜の奥の瞳を光らせる。

 

「そうはいかん!」

「ね、狙うならクウカを!」

 

 そこへ割り込むドM二人。間違いなくこの状況ではあの魔法に巻き込まれるのだが、どうやらダクネスもクウカも問題ないらしい。命を捨てるかのようなその行為に、既に死んだ身だとしても戦慄が走る。

 

「ぐう……邪魔だお前ら!」

 

 半ば無理矢理引き剥がすように二人を押しのけ、呪文が完成する直前の二人へと指を突き付けた。

 

「そしてお前らぁ、一週間後にぃ、死にさらせぇぇぇ」

 

 《死の宣告》、デュラハンの持っているスキルの一つで、呪いを受けたものはその宣言の通りに死に至る。魔法での解呪は困難を極め、術者が解くか術者を倒すかしなければまず助からない。

 そんなものを食らえば、当然動揺し動きを止めてしまう。そのはずだ。

 

「む、無反応だと!? おいお前ら、呪ったんだぞ! 一週間後に死ぬんだぞ!」

「何言ってるんですか」

「あんた、ばっかじゃないの」

 

 呪文の詠唱を終えた二人が、呪われた二人がベルディアを見ながら笑みを浮かべる。お前は大事なことを忘れていると口角を上げる。

 

「今から倒すんですから、何の問題もありませんよ」

「あんたぶっ殺せば呪い消えるんでしょ? 問題ないじゃない」

「……え? なにこいつら、頭おかしい……」

 

 なんで最初からその思考で行動できるのか。一瞬たりとも動揺しないのはどういうわけなのか。先程のドM二人とはまた別の疑問で、ベルディアは思わず後ずさりする。

 めぐみんも、キャルも、普段の生活が生活だ。もういい加減、呪われる程度では動じない。というより、ついこないだまで呪われていたので慣れた、が正しい。

 

「現出せよ!」

「消え去れ!」

 

 魔法陣が一際輝きを増す。紅い魔法陣と、紫の魔法陣。それらが展開し、目の前のデュラハンを薙ぎ倒すべく、その力を解き放つ。

 

「《エクス――」

「《アビス――」

 

 は、と我に返った。ベルディアはその魔法から逃れようと足に力を込め。

 そこに、拘束されるような輪がはめられていることに気が付いた。

 

「これはっ……!?」

「駄目よベルディア。私の弟子の爆裂魔法、ちゃんと受けてもらわないと」

「ウォルバクぅぅぅぅ! やはりお前、本物の――」

「――プロージョン》!」

「――バースト》ぉ!」

 

 ベルディアの声は最後まで聞こえない。二つの呪文が起こした大爆発によりかき消されたのだ。その爆煙は、アクセルの街で避難していた住人ですら見えるほどで。

 

「くふぅ……流石だ、この威力、ズシンと来た……」

「あぁ……最高ですぅ……クウカ、もう」

 

 爆風で吹っ飛んできたダクネスとクウカは、恍惚絶頂で悶えていたとかなんとか。

 




やったか!?(フラグ)


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その40

ベルディア戦終わり


 爆煙が収まった後には何も残っていない。などということもなく。ベルディアは膝をついているものの、五体満足を保っていた。見たところダメージは少なくない。後少し、ダメ押しさえ出来れば、このまま。

 

「ふ、ふ、ふ……まさか、この俺をここまで追い詰めるとは」

「いやそこは空気読んで死んどけよ」

「やかましいわ!」

 

 ゆっくりと立ち上がる。地面に突き立てていた剣を抜き、そしてそれを掲げると声を張り上げた。周囲に聞こえるように、待機させていた少数の部下へと届くように。

 

「あの魔法使い共を、殺せ!」

 

 その声に合わせて、アンデッドナイトが這い出てくる。各々の武器を構え、屍らしい緩慢な動きながら、命令に忠実に、殺意を込めたそれを対象へと突き立てんとする。

 げ、とキャルは顔を顰めた。魔力の殆どを使ってしまったので、精々撃てて後一発。隣のめぐみんに至っては使い果たしたので倒れている。彼女自身も、杖を支えにして立っていないとしんどいくらいだ。

 

「ふ。倒されそうだからって腹いせに部下に襲わせるとか、幹部の風上にも置けないやつですね」

「ぶっ倒れたまま挑発してんじゃないわよ!」

 

 めぐみんのそれにツッコミを入れたものの、キャル自身も大体同じような感想を持ってはいた。口にしたらマズい気がしたので飲み込んだだけである。

 とはいえ、言わなくても言ってもこのままだとアンデッドナイトに襲われるのには変わりないわけで。開き直った彼女は、キッと前を見るとこのヘタレデュラハンと叫んだ。

 

「……なんとでも言え」

「何? 一週間後に死ぬ呪いかけたくせに今すぐ始末しようとか、そんなに焦ってるわけ? それともビビってる? いいのよ別に、逃げても」

「あいつをぶっ殺せぇぇぇ!」

「言い過ぎですよキャル。あ、ちょっと今私動けないんでこのままだと踏み潰されるんですけど!」

 

 ぐりん、とアンデッドナイトが一斉にキャルへと向かっていく。はん、とそれを睨んだ彼女は、ただでやられてなるものかと残っている魔力を杖に流し込み、呪文の詠唱を。

 そこに割り込んだ影が、アンデッドナイトを切り捨てた。お嬢様特有の高笑いを上げながら、手にした大剣を斬り上げ別の一体を吹き飛ばす。

 

「威勢がいいのは結構ですが、そういう後先考えないのはどうかと思いますわ」

「あ、はい……。ごめんなさい」

 

 アキノの言葉に項垂れる。そんなキャルを見てクスリと笑った彼女は、有象無象の露払いは任せなさいと剣を構え直した。

 ワイヤーがアンデッドナイトに巻き付く。動きを封じられた屍は、銀の短刀による一撃で首を落とされ動かなくなった。

 

「そうそう。さっきはいいとこなしだったから、このくらいは頑張らせて」

 

 アキノの隣にクリスも立つ。それに合わせるように、ダクネスがめぐみんを背負い上げた。横ではクウカが珍しく普通の顔をしている。

 

「いいものを味わわせてもらったからな。このくらいはさせてくれ」

「く、クウカ達でよければ、遠慮なく盾に」

 

 口を開けばアレである。まあぶれていないということで流したキャルとめぐみんは、それならばと一歩下がった。

 魔王軍の幹部が用意している割には、その数はごく僅かだ。二十にも満たないアンデッドナイトは、少なくとも軍団と称するにはいさかか無理がある。恐らくこれらが街へ侵入しても、大本であるデュラハン、ベルディアさえいなければ街中の冒険者でどうにかなる程度の規模、デストロイヤーとは比べ物にならないしょぼさだ。

 

「とはいえ、二人では少し厳しいでしょうか」

「ダクネス達は攻撃面ではそこまで頼りにならないからね。って」

 

 魔法と弓矢のコンビネーションがアンデッドナイトを一体撃ち抜く。視線をそこに動かすと、微妙に皆から距離をとっているアオイとゆんゆんの姿があった。

 

「び、BB団の掟その一!」

「BB団は、困った人を見捨てない!」

「そういうものに、我々はなりたい!」

「願望!?」

 

 キャルのツッコミは虚空に消えた。

 

 

 

 

 

 

 アンデッドナイトは程なくして掃討されるであろう。それは予感ではなく、確信だ。だが、それは今すぐではない。だから、それまでにほんの僅か猶予がある。

 その間、ベルディアを止めるものは、ダメ押しをするものはいなくなる。回復するなり、撤退するなり、そういうことをされてしまう。

 だから、否が応でも残っている面々でどうにかする必要があるわけで。当然ながらバニル達は止め役にはなり得ない。

 つまり。

 

「……え? 俺?」

「主さま。参りましょう」

 

 カズマである。死にかけとはいえ、魔王軍幹部と直接戦わなければならないのである。コッコロもそうは言うものの、その表情は強張り槍を持つ手に力が入り過ぎていた。

 ふう、とカズマは息を吐く。隣でコッコロがそんな覚悟を決めている状態で、自分がみっともなく逃げるのは違うだろ、と。これが普段から自分を生贄にして逃げる算段を立てるようなアークプリーストであったのならば彼は迷うこと無く違う手段を取り戦いを避けたが、そこにいるのは自分を主と慕いおはようからおやすみまで見守ってくれているエルフの少女。恩を仇で返すほどカズマも腐ってはいない。

 

「主さまは援護を、ここはわたくしが」

「いや、ここは俺が行く。コッコロは後ろで」

 

 す、と彼女を手で制し、カズマはショートソードを構え走る。ベルディアにとってその動きは非常に遅く、容易く迎撃できる程度でしかなかった。だから、満身創痍であることも重なり、その動きに何か意味があるのではと考えることもなく、ただ真っ直ぐに剣を振り下ろした。

 

「は?」

「知ってるかデュラハン。俺はな、運だけは自信あるんだよ!」

 

 明らかに考えた動きではない。この間覚えたスキルによる自動回避だ。それによりベルディアの初撃を躱したカズマは、手をかざし、相手の背中に向かって呪文を唱えた。

 

「まずは、《クリエイト・ウォーター》!」

「なっ! おほぉぉぉぉぉ!」

 

 え、とそのリアクションに思わずカズマの動きが止まる。が、まあ今はどうでもいいと即座に気持ちを切り替え次の呪文を唱えた。《フリーズ》を発動させ、ぶっ掛けた水を全て氷へと変える。全身と、そして地面を凍結させられたベルディアは、忌々しげに首だけをカズマへと向けると、嘗めるなと吠えた。

 

「この程度で俺が止められるとでも」

「回避しづらくなってくれればそれで十分だ。なあ――」

「ていやぁぁぁぁぁぁ!」

「コッコロ!」

「な!?」

 

 飛び上がり、槍を突き立てんと落下してくるコッコロに反応するのが一瞬遅れる。穂先は丁度ベルディアの首の付根。デュラハンだからこそ存在している部位へと狙いが定められていて。

 まだだ、とベルディアは頭を放り投げた。上空に浮かべた頭部で、周囲を全て見渡し、死角を無くす。これにより上空は勿論、眼前も離れた場所でのアクションも見逃さない。

 だからこそ、コッコロとは別に、こちらへと呪文を放とうとしている猫耳娘に感付いた。

 

「コロ助! しっかり当てなさいよ! 《グリムバースト》!」

「ごふっ」

 

 先程の一撃とは比べるべくもない軽い衝撃。残っていた絞りカスのような魔力を使ったらしく、呪文と同時にキャルはバタリと倒れたが、ベルディアはそんなことを気にしている余裕がない。その軽い衝撃で出来た隙が、迎撃を不可能にさせてしまったのだから。

 ズン、とコッコロの槍がベルディアの鎧で覆われていない場所へと突き刺さった。アークプリーストの加護を伴ったその一撃は、アンデッドの体に致命的なダメージを刻み込む。

 

「ぐ、ぐぐ……」

 

 それでも尚倒れないベルディアに、コッコロの動きが一瞬止まる。雄叫びを上げながら、彼は目の前の少女を真っ二つにしようと剣を振り下ろした。カズマが助けようと手を伸ばすが、彼女に届くにはわずかに時間が足りない。

 

「やらせませんよ!」

「ペコリーヌさま!」

 

 その剣とコッコロの間にペコリーヌが割り込む。ベルディアの剣を弾くと、そのまま振り上げ相手をふっ飛ばした。

 その辺りでカズマの伸ばした手が届く。当然ながらその場にはペコリーヌがいるわけで。

 

「……」

「……」

 

 何をとは言わないが、鷲掴みにしてしまった。夢で体験した感触をリアルで味わってしまったせいで、カズマの思考が一瞬オーバーフローする。

 

「フ、ハハハハハハハハハッ! 流石だ小僧! 我輩、ここまで見事なラッキースケベを見るのは久しぶりである」

「ば、バニルさん! そういうこと言っちゃ駄目ですよ!」

「まあ、傍から見ていると笑えるけど……」

「いいですね。残しておくべきハプニングとして記録しておきましょう」

 

 何故かカズマの方が奇声を上げながら後ずさった。目をパチクリとさせていたペコリーヌも、ほんのちょっとだが、後ろに下がる。

 なんだこれ。一瞬空気が止まったのを、その場にいる誰もが感じた。

 

「お、おま、おまえぇぇ! なんてうらやま、けしからん、破廉恥なことをしているのだ! 俺だってどさくさに紛れて出来ないかちょっとしか考えなかったのに!」

「ベルディアさん……」

 

 どこか死んだ目でウィズが叫ぶベルディアを見る。ある意味どこまでもぶれない男だ、と思えばいいのだろうか。そんなことを思いながら、隣で大爆笑しているバニルを小さく小突いた。

 死ねぇ、とベルディアが剣を横薙ぎに振るう。自動回避と逃走スキルをフルに使ってダイビング回避をしたカズマは、その体勢のまま自身と糸で繋げるかのようにショートソードの切っ先をペコリーヌに向けた。

 

「後よろしく!」

「任されました!」

 

 

 

 

 

 

 先程の空気は霧散し、再度緊張した空気が漂い始める。直前の発言さえなければベルディアのその姿は様になっていたかもしれないが、生憎「でもこいつ戦闘のどさくさでセクハラしようとしてたんだよなぁ」感が残っているためどうにも完全に張り詰めきらなかった。

 ともあれ、ボロボロになりながらもまだその足で立ち武器を構えているベルディアに、ペコリーヌは剣を向ける。まだやるんですよね、そう尋ねると、当たり前だと彼は返した。

 

「ここまでいいようにやられ、無様に逃げるわけにはいかんよ。……それに、ここで倒さねばお前の仲間達は一週間後に死ぬぞ?」

「解いてくれればいいじゃないですか。そうすれば、別にわざわざ」

「甘いな……。だが、うむ。美しい女騎士はそうでなければいかん。あっちのドMみたいなのじゃなくて、こういう正統派がいいんだ。それでこそだ」

「やばいですね……」

 

 何か熱く語り始めたベルディアにペコリーヌはちょっと引く。が、まあそのくらいはある意味普通かと思い直し、表情を真剣なものに戻すと剣を構え直した。わかりました、と彼を見詰めた。

 

「女騎士よ。お前の名前を、教えてはくれないか?」

「え? さっき名乗ったじゃないですか」

「いや、本当の名前を知りたい。お互い、これが最後になるだろうからな」

 

 す、と剣を上段に構える。片手で大剣を支えるその力もさながら、彼の言葉にも力があった。有無を言わさぬ迫力があった。

 だが、ペコリーヌはそれに首を横に振る。そうしながら、本当も何も、と笑みを浮かべた。

 

「わたしは、ペコリーヌです。それが、冒険者のわたしの名前です」

「……そうか。無粋なことを聞いたな」

 

 兜の奥の目が光る。いくぞ、と足に力を込めると、ベルディアは頭を頭上に放り投げ、一気に間合いを詰めた。それと同じタイミングで、ペコリーヌもまた一足飛びで間合いを詰める。彼女の頭上のティアラがキラキラと輝きを増していた。

 ベルディアの一撃と、ペコリーヌの一撃がぶつかり合う。満身創痍の騎士とは思えないその力に、彼女は少しだけ圧され顔を顰めた。

 が、それだけ。即座に気合を入れ直すと、彼女らしからぬ雄叫びを上げて、ベルディアの剣を逆に押し返す。頭上の兜からスキルらしき視線が降り注いだが、そんなものは関係ないとばかりにペコリーヌはその剣を叩き付けた。

 

「全力全開!」

 

 よろめくベルディアへと追撃を放つ。カズマによりブーストされた一撃を、強化された一撃を放つ。元々が王家に伝わる物理スキル、強化されていれば、魔王軍幹部でもただで済むはずもなし。

 刀身が光り輝き、目の前の相手を薙ぎ倒すべく唸りを上げる。剣で防御をしようとベルディアが構えたが、そんなことは気にせんとペコリーヌは振り抜いた。

 

「《プリンセスストライク》!」

 

 光の奔流がベルディアを飲み込む。次いで、まるで王冠のような衝撃波が立ち上った。

 ひゅん、と剣を一振りしたペコリーヌは、そのまま自身の剣を地面に突き立てる。小さく息を吐くと、疲れたのかその場にへたり込んだ。

 

「ペコリーヌさま!?」

「あはは。ちょっと力使い過ぎちゃいましたかね」

 

 ぐぅぅぅ、と彼女のお腹から音が鳴る。それを聞いたコッコロは一瞬目を見開き、そして小さく笑みを浮かべた。

 は、と視線を前に向ける。あの一撃を食らっても、まだそこにベルディアは残っていた。剣も手放し、鎧はボロボロ。己の頭も地面に落ち、膝をついたまま動かないが、それでもまだ、討伐しきれていなかったのだ。

 

「どんだけタフなんだよ……」

 

 カズマの言葉にベルディアは鼻を鳴らす。だが、それだけだ。もはや抵抗する気もないのか、彼はそこに静かに佇んでいた。

 コッコロがゆっくりと前に出る。自身の槍を構え、そして、浄化の呪文を唱え始めた。

 

「ベルディアさま。……アークプリーストのわたくしが出来る、これが精一杯の手向けでございます」

「律儀なことだ。しかし俺には魔王様の加護がある。生半可な呪文では浄化は出来んぞ」

「それでも、です」

「そうか。……だが、まあ、そんな最後も、悪くは」

 

 魔法陣が展開される。それを受け入れるように、ゆっくりと浄化の光が彼を包んでいった。やはりそう簡単にはいかないのか、本来ならば即座に浄化されるそれは、中々発動しきらない。

 

「あーもうまどろっこしいの! これだけ弱ってるんだったら、とっととプリンにして食っちまえばいいの!」

「え?」

「え?」

 

 そこに割り込んだ悪霊がいた。出来かけの浄化呪文などなんのその、ベルディアを持っていたスプーンでぶん殴ると、それに合わせるように地面に皿が一枚現れ、そして。

 

「え、ちょ!? 何!? 何が起きた!?」

 

 ベルディアが一個のプリンとなった。ぷるるんと震えたベルディアプリンは、そのままミヤコが引っ掴んで自身の口元へと持っていく。

 

「ま、待て! いやそもそも空気読め! ここは綺麗に浄化されて終わるところだろう!? 何だプリンって! これで食われて終わるとか流石にないだろ! せめて! せめて死に方くらいはもう少し考えて! 普通に終わらせて!」

「うるさいやつなの。プリンは黙って食われるの」

「やめて! あんまりだ! これならまだ頭蹴り飛ばされながら無理矢理浄化されたほうがまだマ」

「あむ」

 

 むしゃむしゃとミヤコに食われたベルディアを、一同は半ば呆然と眺めていた。衝撃の展開に、流石の面々も頭がついていかない。

 ふう、とプリンを食べ終えたミヤコが息を吐いた。

 

「普通なの。口直しにプリンを食べに行くの」

『あ、はい』

 

 ふよふよと街へと戻っていくミヤコを見ながら、一行はどうしようかと暫しその場から動けなかった。

 

「ベルディアさん……」

「流石の我輩も、あの終わり方は少し同情をしてやらんことはないな」

「あの娘、ひょっとして相当ヤバい悪霊なんじゃないの……?」

 

 それは元魔王軍幹部ですら例外でもない。

 

「ふむ。とてもいい結果が得られました。非常に満足です」

 

 ただ一人、ホクホク顔をしていたネネカを除いて。

 

 

 

 

 

 

 数日後。ギルド酒場に呼び出された冒険者達は、この間のデストロイヤーの時と同じように報奨金が出るという話を聞いて湧き上がった。が、今回はその規模はそこまで大きくないらしい。参加報酬が殆どで、貢献度による特別報酬は限られた面子にだけだからだ。

 そんなわけで、ベルディア討伐報酬がアキノ達やめぐみん達、BB団に渡されていったわけなのだが。

 

「それで、貢献度の高さで言うと、魔王軍幹部を完全に討ち取った人は当然高額報奨金が出るわけなのですが」

 

 ルナがちらりとその人物を見る。ふよふよと浮きながら、ワイワイ騒いでいる冒険者達を眺めてプリンをたかっていた。

 

「ミヤコ」

「ん? ダクネス、何か用なの?」

「お前に渡す報奨金の話だ」

 

 冒険者でもなければ人ですら無い。そんな存在であるミヤコが魔王軍幹部の討伐のラストアタッカーなのだ。当然ギルド職員としてもそんな報告を上に出来るはずもなし。結局最後に止めを刺した貢献度の人物は不明ということで、うやむやになった。

 

「ですから、ミヤコちゃんには報奨金が出ないんです」

「なんだ、そんなことかなの。ミヤコはプリンが食べられればそれでいいの」

「はい。ですから」

 

 どいたどいた、と酒場のマスターが巨大なプリンを運んでくる。それをミヤコの目の前にどどんと置くと、これが報酬ですと言い放った。正直この程度で済むとは思っていない。が、こちらで出来る精一杯がこれだ。

 

「わぁぁぁぁぁ! でっかいプリンなの~!」

 

 良かったらしい。大はしゃぎして巨大プリンを食べ始めるミヤコを見て、ルナもカリンも小さく笑みを浮かべた。

 

「良かったのか?」

 

 報奨金を貰ったカズマがコッコロに尋ねる。本当ならば、あの位置にいたのは彼女の方だったのだから。討伐者として讃えられ、今以上の報酬も手に入るはずだったのだから。

 が、コッコロははいと笑みを見せる。元よりそんな名声に興味はない。自身が必要なのは、大事な仲間と大切な主が笑顔でいられる生活だけだ。

 

「何より。わたくしの神聖魔法では浄化が出来たのか分かりませんし。ミヤコさまの、その、スキルで討伐できたのならば、それで」

 

 少し言い淀んだ。あの光景を肯定するのは少しばかり勇気が必要だったからだ。カズマもそれを察したのか、ああそうだなと具体的に述べることなく流した。

 まあ、本人がいいならいいか。向こうでまたクリスと騒ぎ始めたミヤコを一瞥しながら、カズマはコッコロと共にパーティーメンバーの座っているテーブルへと歩いていく。遅かったじゃない、とキャルが二人を見て笑みを浮かべ、山盛りの料理を食べていたペコリーヌもそちらへと振り向いた。

 

「どうでした? 報酬」

「ま、今回は大体みんな同じくらいだろ」

 

 ペコリーヌの言葉にそう返しながら席につく。それと同時、ウェイトレスが宴会用にスタンバっていたのか、ででんと飲み物と料理が置かれていった。カズマは酒だが、コッコロは当然ジュースである。

 それを待っていたかのように、キャルもペコリーヌも自身のカップを手に持つ。当然その意図が分からないカズマではない。笑いながら、同じようにカップを手にとった。コッコロも同じように、微笑みながらカップを持つ。

 

「はい、ではみなさん!」

「今回の討伐」

『おつかれさまでしたー!』

 

 ガチン、と四つのカップがぶつかり合い、小気味いい音を立てた。そうして乾杯を済ませ、グビグビと酒を飲みながらカズマはぼんやりと思う。今回も前回も、とんでもないものを相手に、理不尽な事が起きながらも、なんとかこうしてやってこれた。

 それはきっと。

 

「どうしたのよカズマ」

「いや…………お前達って、めんどくさいパーティーメンバーだなって」

「一番めんどくさい奴が何言ってんのよ!」

「あはは、やばいですね☆」

「主さま、わたくし、面倒くさかったでしょうか……」

「冗談に決まってんだろ! コッコロは俺の隣にいてくれないと困る」

「主さま……!」

「……めんどくさいわよね」

「やばいですね……」

 

 それはきっと、絶対にカズマは言わない。

 




第二章、完!


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第三章
その41


ギルティ


「サトウカズマ、キャル。お前達には国家転覆罪の容疑が掛かっている!」

「は?」

 

 ベルディアの討伐も終わり、冬の最中にクエストを請けることもなし。コッコロは魔道具店の手伝い、ペコリーヌはウェイトレスのバイト、そしてカズマとキャルは毎度毎度のダラダラ生活を続けていたその時である。

 突如ギルドにやってきた一人の女性が、そんなことを告げて二人を拘束に掛かったのだ。

 

「いや、待った。何で? 俺何かした? そもそもどちら様?」

 

 女性の連れてきた騎士が取り囲むように立っているが、カズマは別段テンパること無くそう問い掛けた。とりあえずアクセル変人窟と比べればこの騎士は普通だ。

 ふむ、と女性は頷き、名を名乗った。王国検察官のセナというらしい彼女は、現在二人に魔王軍の手の者ではないかという疑いが掛けられているのだと述べる。

 勿論カズマは何言ってんだこいつという目で彼女を見るが、セナは動じること無く、加えて、と言葉を紡いだ。

 

「お前達には、王女暗殺未遂の容疑も掛かっている」

「は? 王女暗殺?」

「その通り。第一王女を亡き者にしようとした疑いだ。これらを総合し、お前達には国家転覆罪が適用された」

「いやそんな事言われても、俺そもそも第一王女の名前も顔も知らないんだけ――」

「違うわよ! あれはそんなつもりはなくて、ただの事故だったの!」

 

 動きを止めた。隣で思い切り火サスの犯人ばりの自供を始めたキャルを見て、カズマはこいつ何言ってんのと目を見開く。視線を動かすと、どうやら本当だったようだと言わんばかりの表情でセナがカズマとキャルを見ていた。

 

「いや待った。俺はこいつの自供とはなんの関係も――」

「カズマ! カズマも知ってるでしょ!? あれは事故よね!? あたし、暗殺とかそんな大それたことやってないわよね!?」

「何ナチュラルに俺巻き込んでんのお前!?」

「ふぅ……決まりだな」

 

 おい、とセナが指示を出す。騎士はカズマとキャルを拘束し、そのままギルドから連れ出そうと足を進めた。見ている冒険者はあまりにも唐突なその光景に思わず動きを止めてしまう。何か文句を言うとか、止めに入るとか、そういうことすら頭から抜け落ちてしまっていた。

 

「待ってください! カズマくんもキャルちゃんも、そんなことはしていません!」

 

 それが出来たのはただ一人。ウェイトレス姿のペコリーヌだけだ。セナは駆けてきた彼女を見て怪訝な表情を浮かべると、いきなり何を言い出すのかと問い掛けた。

 対するペコリーヌは、少なくとも王女暗殺の容疑は絶対に間違いだと言い切った。その言葉は自信に溢れていて、間違いないと確信を持っているようにも思える。

 

「証拠はありますか?」

「え? わた――第一王女様は、今も元気でピンピンしてるじゃないですか」

「何を言っているのやら。……そもそも、もし、例えば。暗殺されかけた張本人が無事だとしても、それで暗殺者の罪が消えるわけではないのですよ」

「う……」

 

 苦い顔を浮かべ、後ずさる。確かに今回の場合、本人が訴えたわけではないため、当人同士での解決が出来るわけでもない。何より、この場に突如第一王女が現れ二人を許すというやり取りを行わない限りその解決方法は不可能だ。

 

「あ、じゃ、じゃあ魔王軍の手の者っていうのはどうなんですか? そっちは絶対間違いですよ。だってカズマくんもキャルちゃんも、魔王軍の幹部を討伐したんですから」

「その魔王軍幹部を、こちらに誘致した疑いが出ています」

「はい?」

「件の幹部ですが、色々と報告に不明瞭な点があります。特に、討伐したという明確な証拠が出てきていないのが致命的ですね。にも拘わらず、討伐されたと処理された。……もし偽装を施したのならば、そこで深く関わった者、貢献度が高い冒険者を疑うのは当然でしょう?」

「だったらわたしやコッコロちゃんだって」

「そこの二人は、第一王女暗殺未遂の容疑が掛かっている上でこの話が浮上しました。怪しいものが重なれば、それは必然かもしれないでしょう?」

「ぐ……」

「ちょ、ペコリーヌ!? 頑張って、もう少し頑張ってくれ! なあ、頼みますから、ペコ姉さーん!」

「あ、あははは……もうダメだぁ、おしまいよぉ……」

 

 ともかく、暫く事情を聞くために連行します。そう述べ、ペコリーヌが手を伸ばす中。

 カズマとキャルは、警察署まで連れて行かれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 ガシャン、と音を立てて牢屋の鍵が閉められた。何もないその空間に、カズマとキャルは一緒くたに押し込められる。マジかよ、と落ち込むカズマの横で、魂の抜けた顔をしたキャルが体育座りをしていた。特に意識しなくとも下着が見える。

 

「おいキャル、その座り方やめとけ。もしくはスカートをちゃんと巻き込め」

「何よ……どうせもうお終いよ。このまま裁判で死刑になってスッパリとギロチンされて終了よ……」

「早い早い早い。もうちょっと足掻けよ。まだそうだと決まったわけでもないだろ」

 

 横にいる相手があまりにも絶望しているからか、カズマは逆に冷静に、少し前向きになっていた。これが一人だったのならば悲観に暮れ日本に帰りたいなどとぼやいていたかもしれないので、そういう意味では助かってはいるが、しかし。

 

「なあキャル。お前、何であんな反応したんだよ」

「……何がよ」

「だから、第一王女の暗殺未遂だったか? それの時だ。あれじゃあまるで本当に」

「……本当だもの」

「は?」

 

 今こいつなんつった。思わずキャルをまじまじと見てしまったカズマは、彼女が泣きそうになっているのに気が付いた。ついでに変わらずパンツが見えるのにも気が付いた。

 

「第一王女に、モンスターをけしかけるって……依頼を受けてたもの」

「は? え? 何お前? ガチで魔王軍の手下だったわけ?」

「違うわよ! あれは、えっと……あれ? おかしいな、思い出せない……」

「ちょっと何言っちゃってんの?」

「依頼人の名前が思い出せないのよ……。でも、あたしは確かにそれを受けて、モンスターを操ることが出来るっていう魔道具を受け取って」

 

 そうして地下にカエルを潜ませて、襲おうとした。そこまでを述べると、彼女は項垂れ押し黙る。そんなキャルを見て、カズマは盛大に溜息を吐いた。

 恐らくキャルの言っているのは、ペコリーヌとキャル、二人に初めて会った時の話だろう。あの時カエルが見付からなかったのは理由があったのだ。キャルがそうさせていたのだ。

 

「で、だったら何でお前カエルに追われてたんだよ」

「魔道具が途中で壊れた……。だから依頼人に報告にも行けないで、そのままバックレて……もう個人で依頼を受けられないから、キャベツで稼いで田舎でも行こうと思って。でも上手くいかなくて。……だけど、そのおかげで」

 

 そのおかげで、カズマ達のパーティーメンバーになれた。そこまでは言わなかったが、多分そう続けたかったのだろう。そんなことを察して、カズマは少しだけむず痒くなった。

 ともあれ、キャルの説明で大体のことは把握した。つまりはキャルは鉄砲玉、本当の暗殺未遂の犯人がいるわけだ。ついでに言うならば彼女は第一王女にモンスターをけしかけることすら出来ていない。実行犯としては失格で、カズマにとっては朗報だ。

 

「まあだったらそれを言えばこの話は終わりだな」

「そうね、終わりよ。……あーあ、思えばこれまで碌なことなかったな……。あんな街に生まれたこともそうだし、そこで巫女だなんだって無駄に担ぎ上げられたこともそう。嫌になって街を出て、大した才能もないのに、一人で、地べた這いずり回りながら修行して、依頼を受けて。やっとアークウィザードになれたと思ったら、変な仕事受けたばっかりに立ち行かなくなって」

「おいキャル、キャル。何で人生振り返ってんの? 何で走馬灯見てるみたいになってんの?」

「あー……でも、この一年は楽しかった。あたしと、ペコリーヌと、コロ助と、カズマ。四人でパーティーを組んで、色々とやらかして。ずっとこんな日々が続けばいいのになって、思わず考えちゃうくらいに」

 

 どこか遠い目でキャルは天井を見上げる。そのままコテンと横に倒れると、大の字になったまま涙を流した。完全に人生を諦めている。

 

「続けたかったよぉ……あたし、ようやく自分の居場所を見付けたって思ったのに……もっとみんなと過ごしたかったぁ……死にたくないよぉ……」

「キャル! キャル! 戻ってこい! それもう死ぬやつだから! まだ助かるから!」

 

 カズマが必死で呼び掛ける。が、それでも駄目だったので、肩を掴んで揺すった。起こされ、されるがままになっていたキャルは、やがて焦点を目の前のカズマに合わせると、そっと流していた涙を大粒に変えてそのまま抱きつく。

 

「カズマぁ、カズマぁ……やだぁ、あたしこんな終わりやだぁ……!」

「だから落ち着けっつってんだろ! ……あの、本当にちょっともう少し冷静になってくれません? 思い切り抱きつかれてるせいでですね、その、色々と問題が」

 

 ペコリーヌとは比べ物になるはずもないが、それでも一応キャルには二つの小山が備わっている。それが抱きつかれているせいで思い切りぐいぐいとカズマに押し付けられているのだ。ついでに、彼女の顔は彼の顔のすぐ横、吐息というか嗚咽が耳元で聞こえてくる。弱々しい声はある意味扇情的で、このままの体勢を維持し続けられた場合、キャルほど混乱していないカズマのカズマさんがおはようしてしまいかねない。

 

「っ!?」

 

 した。案外早かった。急なその違和感にキャルの動きがピタリと止まる。引っ込んだ涙に合わせるように、ゆっくりと彼女はカズマから離れた。

 

「一応言わせてもらうがな。モテない思春期の男子がな、女子に抱きつかれてこうならないはずがないんだよ」

「……」

 

 キャルは無言でカズマを見る。顔を、である。下は決して見ようとしない。そうしながら、普段はそんなことないじゃないと途切れ途切れに言葉を紡いだ。

 

「耐えてるの! コッコロの前でこんなんなったら終わりだろ。でも今いないじゃん。気が緩んでたし、お前は何かパニクってるしで余裕がなかったんだよ」

「そ、そう。……なんか、ごめん」

「はぁ……もういいよ。とりあえず落ち着いたんなら、それで」

 

 言ってることはいいが、その過程が割と最低である。キャルは落ち着いてもカズマのカズマさんが落ち着かないと話にならない。ちょっと鎮めるから、とカズマはキャルに背を向けた。

 

「何する気!?」

「しねぇよ! 気分を鎮めるっつー意味だよ」

 

 

 

 

 

 

 なんだこれ。そんなことを思いながら、カズマは背を向けたまま、ある程度話が出来るようになったのならばとキャルに述べる。先程言いかけた、王女暗殺未遂の件だ。直接王女に危害を加えていない上に依頼人は別、そしてその意図も無し。これらを総合すれば、極刑になるのは免れるだろう、そう彼女へと語った。

 

「そう上手くいくもんかしらね」

「駄目なら最悪死刑だろ? だったらやるしかないじゃねーか」

「ええ。その通りですわ」

 

 二人とは違う声が響いた。え、とその方向に目を向けると、牢屋の外に三人の女性が立っている。その内の二人は見覚えのある顔で。

 

「アキノさん! ダクネス!」

「すまない。遅くなってしまった」

「色々と手続きが必要だったものですから。それに」

 

 そう言ってアキノがちらりと視線を横に向ける。やってきた面子の三人目、カズマの見覚えのない女性を見て、彼女との話し合いもありましたからと言葉を続けた。

 それを聞いて女性は肩を竦める。何を言っているのやらと笑みを浮かべた。

 

「そっちが勝手に警戒したのだろう? ワタシはきちんとボスからのお願いをされてきたと言ったのになぁ」

「普段の行いを鑑みてください」

「おやおや、随分な物言いじゃないかダスティネス」

 

 す、と女性は目を細める。その瞬間、この空間の温度が数度下がったような気がした。本能的な恐怖で、思わずカズマのカズマさんが縮み上がる。丁度いい感じに元に戻った。

 すぐにその空気が霧散した。冗談だ、と言いながら、女性は視線をダクネス達からカズマ達へと向けた。ウェーブの掛かった金髪をアップにした髪型と、胸元が大きく開いている上きわどいスリットの入った黒いドレス。いかにも大人のお姉さんといったその姿にある意味アンバランスな鎧のパーツと手甲。見た目だけでは一体どんな人物なのか見当もつかない。ただ、先程の殺気を考えるとどうせまた碌な人物ではないのだろうとカズマは思う。

 

「ふぅむ……。魔王軍幹部を倒した、という割にはそこまでの覇気がないな。実戦で力を発揮するタイプか? どうだ坊や、ワタシと少し殺り合わないか?」

「遠慮します」

「つまらんな。ならそっちのお嬢ちゃんでもいいぞ」

「無理です」

 

 即答した二人に、女性は小さく溜息で返した。やる気を無くしたようで、近くにあった椅子に座ると後は任せたとばかりに手をひらひらとさせる。

 アキノはそんな彼女を見て相変わらずですわねと溜息を吐いた。そうしながら、気を取り直すように二人を見ると苦笑する。

 

(わたくし)達は、あなた達を助けるためにここに来ました」

「お前達が捕まったと聞いてな。慌てて準備を済ませたのだ」

 

 その言葉に疑いは欠片もない。少なくともこの二人は、カズマ達がそんな罪に該当しないと信じているのだ。この状況で、それは何よりありがたかった。酒場でのペコリーヌもそうであったように、自分達をきちんと信頼してくれている者が、こうして。

 

「あ、そうだ。コッコロは!?」

 

 失念していた。この状況で、一番自分を信頼してくれているであろう人物のことを尋ねるのが、こんなに遅れてしまった。カズマはそれを悔やみながら二人に尋ねると、揃ってバツの悪そうに視線を逸らす。

 

「……魔道具店で、知らせを聞いた途端倒れましたわ」

「コッコロ……!?」

「その後だが、警察署に殴り込みに行こうとしたのをペコリーヌさんが必死で宥めてな。今は教会で祈祷を続けているらしい」

「コッコロ……」

 

 思っていたのと違うぞ。そんなことを考えはしたが、間違いなく味方であるのは確かだろう。彼女が味方でなくなる時が、佐藤和真の異世界での死だ。

 それはそれとして。そんなわけで、こういう事態に役に立てそうな面々として自分達が選ばれた。アキノもダクネスもそう続けた。裁判までもつれ込んだ場合には弁護人も務めてくれるらしい。

 

「それはありがたいんだけど……」

 

 ちらりとキャルはもう一人を見る。やり取りを眺めている女性と目が合い、彼女は思わずビクリとなった。

 

「何だ? ワタシが気になるのか?」

「そ、そりゃあ……まあ」

 

 ビクビクしながら答えるキャルを見て、女性はクツクツと楽しそうに笑った。別にそう取って食うわけではないぞ。そう言いながら、立ち上がりもう一度二人の前まで歩いてきた。

 

「そう心配するな。ワタシはこう見えて職務に忠実だぞ。ユースティアナ様に頼まれたからには、オマエ達の無罪を無理矢理でも勝ち取ってやろうじゃないか」

 

 差し当たっては、告発人の始末だな。そう言って笑った女性は、冗談だと口では言っているものの、その目はやる気に満ちていて。

 

「告発人ではなく、陥れた犯人、でしょう?」

「同じ可能性もあるだろう? ならば、手当り次第に血祭りにあげる方が手っ取り早く、面白い」

「……ユースティアナ様、何故よりによって彼女を」

 

 心底疲れたようなダクネスの言葉が聞こえたのは、牢屋の中にいるカズマとキャルの二人のみだったらしい。

 




宴が始まる……?


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その42

割と真面目に話が進む。


 時刻は少し遡る。ベルゼルグ王国、王都にある王城にて、一人の女性が一枚の手紙を読んでいた。そんな女性に声が掛かる。ん、と視線を向けると、全身鎧の騎士が彼女を覗き込んでいた。

 

「クリスちゃん、どうかした?」

「なんだ団長か。いやなに、我らがボスから『お願い』が届いてね」

 

 そう言ってクリスと呼ばれた女性は手紙をピラピラとさせる。一方の団長と呼ばれた騎士――声からすると女性――は、それを聞くと思わず動きを止めた。表情は見えないが、驚いているらしい。

 

「ユースティアナ様から? 一体何が」

「ふむ……随分と火急の用事なようだな。見ろ団長、インクが乾ききる前に封をしたせいで所々滲んでいる」

「本当だ。でも、そんなに急がないといけないほどの要件……?」

 

 団長はクリスからその手紙を受け取ると目を通す。本当に急いで書いたのだろう、インクの滲み以外にも、字の乱れが多数あった。

 そして、その内容というものが。

 

「クリスちゃん」

「何だ団長」

「これは、私達が介入していい案件なのかな」

「さてね。ワタシ達は王女様の駒だぞ、お願いされたら断れん」

 

 そう言って笑うクリスを見て、団長は溜息を吐いた。それは本気で言っているのかと問い掛けた。

 本気だと思うか? 笑みを止め、しかし口角を上げたままそう返したクリスは、コキリと首を鳴らすと立ち上がった。

 

「クリスちゃん」

「何だ団長」

「……クリスちゃんが行くの?」

「当然だ。普段スチャラカの仮面を被ったままこちらに頼ろうとしない、あのユースティアナ様がわざわざお願いしてきたんだぞ。楽しいことがあるに決まっている♪」

「そこは、普段頼ってくれない分こういう時は力になってあげようとか、そういう方がいいんじゃないかな」

「ワタシがそんな殊勝な考えを持つとでも?」

 

 そう言って笑うクリスを見ながら、団長は鎧の兜越しに笑みを浮かべた。それは勿論、と楽しそうに言葉を返した。

 

「クリスちゃんは、案外優しいからね」

「……団長と話していると調子が狂う」

 

 そうは言いつつ、クリスはどこか楽しそうに目の前の鎧騎士を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 そして現在。カズマ達の牢屋である。ユースティアナ第一王女に頼まれたことでやってきたという説明をした彼女は、改めて名乗っておこうと笑みを浮かべた。

 

「モーガン家当主、クリスティーナだ。気軽にクリスティーナお姉さんと呼んでくれてもいいぞ☆」

「……えっと、ヨロシクオネガイシマス、クリスティーナさん」

「ノリが悪いな。まあいい」

 

 再度椅子に座ったクリスティーナは、現在の状況とそちらの言い分を纏めておこうとだけ述べるとそこにいた二人へと丸投げした。アキノとダクネスはまあ予想通りだと苦笑し、視線をカズマとキャルに向ける。先程クリスティーナが述べたように、まず必要なのは現状確認だ。大凡の話は聞いてはいるが、それが本人達の認識と一致するかは定かではない。

 そんなわけでカズマと、そしてキャルから話を聞いたわけなのだが。

 

「……」

「……」

 

 二人揃って頭を抱えた。理由は勿論キャルの述べた暗殺未遂の件である。カズマは実行失敗と依頼者がいるという点でどうにか出来るだろうと考えていたのだが、どうやらアキノとダクネスはその意見には賛同できないらしい。

 

「キャルさん。もう一度お聞きしますが、依頼者の名前も顔も思い出せないのですね?」

「うん。……なんでかは知らないけど、そこだけ都合よく削られたみたいになってる」

「何か呪文なり魔道具なりを使われた可能性もあるか」

 

 ううむ、と暫し考えたダクネスは、とりあえずそこは置いておいてとキャルに向き直った。カズマは実行失敗だと断じた。だが、二人は。

 とりあえず依頼の内容は覚えているか。そう尋ねられ、キャルは記憶を探るように視線を巡らせた。

 

「それも、どこか朧げなのよ……その割には、一歩間違えば王女暗殺になってたっていうことだけは覚えてて」

「あん時の慌てようはそういうことか……」

 

 説明出来ないが、暗殺を疑われることはしている。けど本当は暗殺ではない、説明出来ないが。そうなった場合、平然とするのは無理だろう。

 ともあれ、現状覚えている部分だけでも話してもらわないといけない。ダクネスの問い掛けに、キャルは悩みながらもゆっくり口を開いた。

 

「殺す気は無くて。最悪でも怪我をしてもらう程度、だったかな……。この街で王女が負傷したってことになったら、ここにいる貴族に責任が発生するから、だから……」

 

 本当にこれが覚えている記憶なのか。それすら定かではないが、しかし現状真偽を確かめることなど不可能だ。とりあえずそれが真実だと仮定し、その前提で動くしか無い。

 が、しかし、である。キャルの語った覚えている依頼というのは、その通りだとしたら、狙いはむしろ。

 

「私達か?」

「王女様の居場所を知っている前提で、という注釈がつきますけれど。少なくとも(わたくし)とダクネスさんは、直接会うまでユースティアナ様がこの街にいることは知りませんでしたわよね?」

「あ、ああ。……今でも思い出すと私の趣味ではない胃痛が」

 

 ぐう、と腹を押さえるダクネスを見ながら、アキノはならば該当者は貴族達ではないのかと思考を巡らせる。否、とその答えは弾いた。別に狙いは自分達である必要がない。アキノとララティーナではなく。

 

「ダクネスさん。あなたのお父様はご存知でしたの?」

「あ、いや、父が承知かどうかは……確か、知っていたはずだ」

「ダクネスさん? あなたまで記憶が朧げですの?」

「いや、そういうわけではない。はず、なんだが」

 

 んん? とダクネスが首を傾げる。そんな彼女を見て溜息を吐いたアキノは、まあいいと話を先に進めた。自分達ではなく、自身の家が狙いならばそれでも問題はないと述べた。

 そこでカズマが口を挟む。さっきから気になってたんだけど、と視線をちらりとダクネスに向けた。

 

「話聞いてると、まるでダクネスもアキノさんと同じように貴族の娘みたいなんだけど」

「ええ、そうですわ。彼女は(わたくし)の昔馴染、この国でも五本の指に入る大貴族の令嬢でしてよ」

 

 ウィスタリア家とモーガン家もその一つ。そして、ダクネスの家も。

 はぁ、とダクネスが息を吐いた。バツの悪そうな顔をしながら、まあ仕方ないとカズマとキャルに向き直る。

 

「改めて名乗ろう。私はダスティネス・フォード・ララティーナ。一応、王国の懐刀とも呼ばれている貴族の娘だ」

「ダスっ!?」

 

 キャルが目を見開く。一方のカズマはアキノの説明以上の知識がないため、そんな大貴族の令嬢の性癖がアレで大丈夫なのかと別の心配をしていた。

 深呼吸をして気持ちを整えたキャルは、改めて鉄格子の向こうにいる三人を見やる。王国貴族の中でも群を抜いた資産を持つ大貴族、ウィスタリア家。王国の懐刀であり、清廉潔白を地で行く模範的な貴族、ダスティネス家。そして、家柄や資産もさることながら、その圧倒的な武力で王国に貢献をしている貴族、モーガン家。

 言うなれば、金と心と力が一同に介しているのだ。勿論二人は自分から名乗り出てくれたのだろうが、彼女が頼んでいないはずもない。そこまでして、第一王女は自分達を助けようとしてくれているのだ。

 

「何で、そんな頑張るのよ……。あいつ、そういうの嫌がってたじゃない……」

「決まってるだろう?」

 

 キャルの呟きに、クリスティーナが答える。え、と顔をそちらに向けると、彼女はどこか楽しそうに笑いながらこちらを見ていた。

 

「うちのボスはな、寂しがりやなのさ」

「さみし、がりや?」

「ああ。自分を見てくれる人がいなくなるのを怖がっているお子様だよ。……あー、駄目だな、団長がいないと訂正されないからつまらん」

「は、はぁ……」

 

 よく分からないが、とりあえずちょっとした冗談であったようだ。まあ、あながち冗談でもないがな、とクリスティーナはウィンクしながら口角を上げた。

 そうして一度息を吐くと、彼女は改めてそれを口にした。あまり自分の柄じゃないのだが、と肩を竦めながら前置きをした。

 

「友達を助けたいのだろう」

「え? ……とも、だち?」

「ボスの前でそれは言ってやるなよ、泣くぞ」

「ち、ちがっ! 別にあいつとあたしが友達だってことを否定したわけじゃなくて、むしろ逆っていうかあたしあいつに友達だって思われてたんだとかそういう」

「やれやれ。面倒でやかましいお嬢ちゃんだ」

 

 

 

 

 

 

 椅子から立ち上がったクリスティーナは、アキノとダクネスに割り込むと、方針は決まったかと問い掛けた。問われた方は、とにかく依頼者を見付けるしかないとあまり具体的な案が出せず頭を掻く。

 

「成程。では、お姉さんからのアドバイスだ。さっき言っていたこの件で被害を受ける貴族、忘れてはいけないやつがいるだろう?」

「へ?」

「……アルダープか」

 

 アクセルの街の領主アルダープ。街で王女が危害を加えられたとなったら、責任からは逃れられない立場にいる貴族の男の名前がそれだ。もっとも、犯人が明確に分かれば話は別だが。

 

「ここでカズマ達が犯人として裁判で有罪になれば、アルダープは汚名返上。一方の私達は」

「犯人との繋がりを疑われ、立場が非常に悪くなりますわね」

 

 だが、それは何かを疑うというものではない。この状況ならばそうなるだろうという単純な予想で、何より最終的にプラスが上回るだけでマイナス部分も相当なものだ。好き好んでそうなるはずもなし。理由は大体そんなもっともらしいものが出来上がる。

 やれやれ、とクリスティーナが頭を振った。そうしながら、とりあえず手近にいたダクネスをぶん殴る。盛大にぶっ飛んだ彼女は、警察署の壁に激突してバウンドした。

 

「馬鹿者。お前達まで迷ってどうする」

「けほっ……な、何故いきなりこんな強烈な……ふぅ」

「クリスティーナさん、ダクネスさん、悦んでいますが……」

「だろうな。まあ、ちょっとしたお茶目だ。気にしなくていい」

 

 えぇ、と牢屋の中の二人はドン引きする。ダクネスだったからよかったものの、あれは明らかに人が死ぬ一撃だった。キャルが食らったら最悪内臓を撒き散らす。

 そんなカズマとキャルを見て笑うと、クリスティーナは問い掛けた。二人、ではなく、正確にはカズマを見た。

 

「さて坊や。何故ワタシはダスティネスを殴ったと思う?」

「え? ……そういう趣味じゃ?」

「確かにワタシは暴力が好きだが、一方的過ぎるのはつまらん。ワタシはな、殺し合いがしたいんだ。抵抗してくれないと困る」

「え? 何この人……バーサーカーかなにか?」

 

 思わず視線をアキノに向けるが、無言で頷いたのでカズマは諦めることにした。この場にいる大貴族は、うち二人がドMとバーサーカーらしい。彼の中で希望が急激に潰えていく気配がした。

 

「それで、坊や。答えは出たかな?」

「え? いやだから……」

 

 言葉を止める。先程の答えでは不正解だと遠回しに言われていたからだ。目の前の彼女は檻の外にいるが、こちらに手を出さないとは限らない。裁判で死刑になる前に牢屋の中で弁護人に殺されるとか割と洒落にならない結末を想像し、カズマは顔をひきつらせた。

 そうしながら、彼は彼なりにこれまでの会話を纏めていた。そして、気になっていた違和感についてを口にする。

 

「さっきから、なんかどうも……結論ありきで話をしてないか?」

「はい?」

「どういうことだ?」

 

 アキノと落ち着いたダクネスがカズマを見る。二人に視線を向けられた彼は、ちょっと言い方が違うかもしれないと頬を掻き、違う言葉を探る。

 

「都合のいい方向に答えを出してる。これだ。二人共、なんか都合よく話進めてないか?」

「何を言っているのか、意味が分かりませんわ」

「ああ。カズマ、お前は何を言いたいのだ?」

 

 首を傾げる二人。カズマの隣では同じように訳分からんとキャルが背景を宇宙にしながら無言で佇んでいた。楽しそうに笑っているのはクリスティーナのみ。

 自分でも確かに何を言っているのかよく分かっていない。何となくおかしい、という程度で、実際にはおかしくないのかもしれない。ひょっとしたら逆で、おかしいのは自分だけなのかもしれない。

 それでもカズマは、この直感を信じて口にした。

 

「どうも上手く進み過ぎてる気がするんだよ。キャルの話で狙いがアクセルの貴族だってなって、そこから個人じゃなくて家そのものが狙いだって言い始めて、そこで都合よく忘れてた領主の名前が出てきて」

 

 事態を起こす理由がないと、まるで擁護するように話を進めた。一瞬怪しいのではないかと浮上したにも拘わらずだ。

 

「二人共、きっとあの後その領主は違うって前提で話進めようとしてただろ」

「え? そう、ですわね」

「まあ、個人的感情を持ち込むわけにもいかんしな」

 

 頷く。が、どうにもよく分かっていないようで、横で宇宙になっているキャルよりはマシ程度の感想しか彼は抱けない。

 パチパチパチ、と拍手をする音が響いた。クリスティーナが楽しそうに笑いながら、手を叩き一歩前に出る。

 

「やるじゃないか坊や。オマエはあれか? 頭の回転で敵を倒すタイプかな?」

「誤解だ誤解。というか、この場合は俺よりも、みんながおかしいだけじゃ」

「その通り。そこの連中は、何かしら認識を捻じ曲げられている。誰かさんの都合がいいようにな」

「え?」

「な!?」

 

 クリスティーナの言葉に、アキノもダクネスも目を見開く。そうしながら、自分の発言や行動を思い返してみたものの、心当たりがさっぱり見付からなかった。

 が、その言葉が一体何を意味しているのかは分かる。そこの連中、に誰が含められているのかは、認識できる。

 

「……あたし?」

 

 視線が一斉にキャルへ向く。ビクリと宇宙から舞い戻ってきたキャルは、どうやらこの話の中心がいつのまにか自分になっていることに気付き目をパチクリとさせた。

 

「オマエは相当捻じ曲げられているな。今回に都合よくなるように仕立て上げられたか。……いや、これはこれは」

 

 じ、っとキャルを見ていたクリスティーナが笑い出す。楽しくて仕方ないとばかりに大笑いをしていた彼女は、先程とは違い軽く小突く程度にアキノとダクネスに拳をぶつけた。

 

「何を呆けている。やることは決まっただろう? ほれ、さっさと動かんと時間がない」

「え? あ、はい。……そうですわね」

「確かにそうだな。……そうだな」

 

 クリスティーナの言いたいことを理解したらしい。アキノもダクネスもキャルをちらりと見ると、表情を引き締め姿勢を正す。もう暫く待っていてほしい、そう二人に述べ、踵を返した。

 そんな二人を見送ったクリスティーナは、では自分も行くかと伸びをする。

 

「ああ、明日行われる取り調べだがな。このワタシがついていってやるから安心するといい」

「あ、はい」

「大丈夫かよ……」

 

 カズマの呟きに、心配するなと彼女は笑う。最初に言ったが、職務には忠実だからなと述べ、そして。

 

「きっと、この報告でユースティアナ様はお怒りになるぞ☆」

 

 何が楽しいのか、とても弾んだ声でそう続けた。

 




激おこぷんぷんペコ


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その43

99.9(大嘘)


「すいませんすいません! ごめんなさい!」

 

 アメス教会、カズマ達の拠点。そこでペコリーヌが平謝りをしていた。目の前では若干ボロっているバニルとウィズの姿が見える。ウィズの方はあははと苦笑しているが、バニルは仮面越しでも分かるくらい呆れた顔をしていた。

 

「腹ペコ娘よ。汝の関係者はこんなのばっかりか?」

「違うんです! 彼女が特殊で、他はまだ……」

 

 そこでペコリーヌは妹をどうにも怪しい目で見ている女騎士のことを思い出し言葉を止める。大丈夫だと良かったんですけど、と物凄く後ろ向きな返答に変えた。

 バニルはそんなペコリーヌをみて鼻を鳴らす。まあその慌てている悪感情でチャラにしておいてやろう。そんなことを言いながら、用意されていた椅子に座った。

 

「ウィズさんも、ごめんなさい」

「あ、ははは。私は大丈夫ですよ。というか、その、彼女には以前にも襲撃されたというか」

「まさかリッチーになっているとはな。いつのまにかワタシの方が年上になってしまったじゃないか」

 

 そういってはははと笑うクリスティーナ。何だかツヤツヤとしていて、どことなく満足そうであった。そんな彼女を、ペコリーヌは恨みがましげに睨む。

 これからの相談ということでアキノ、ダクネス関連の面々に集まってもらった顔合わせ時、ペコリーヌの助っ人であるクリスティーナがウィズとバニルに襲いかかったのだ。暴れられるタイミングがここくらいだからと彼女は述べたが、それが理由になっているかどうかは誰にも分からない。むしろなっていないが大多数であろう。

 

「クリスティーナさん……あなたという人は」

「そうがなるなウィスタリア。ああ、それとも、昔のようにアキノちゃんと呼んだ方がいいか?」

「好きに呼べばよろしいでしょう……。それよりも、報告ですわ」

「分かった分かった。まったく、少しは余裕を持つべきだぞ☆ なあ、ララティーナちゃん」

「私は断りなしにそっち呼びなのか!? さっきまではダスティネスだったのに……」

 

 話が進まないでしょうが、とアキノが再度軌道修正を行った。笑いながら肩を竦めたクリスティーナは、姿勢を正すとペコリーヌへと向き直った。牢屋での二人への聞き取りを述べ、そこで貴族組二人が出していた意見を途中まで告げる。

 

「……つまり、キャルちゃんを嵌めた相手がいるんですね」

「ああ、その通りだボス。そして、ここからが重要なんだが」

 

 認識の捻じ曲げ。突き詰めると出会いの最初から起こされていたそれを話し、だから自分がこうして報告しているのだと言った辺りで。

 

「……」

 

 ペコリーヌが一言も発さずに自身を見ているのに気付いた。予想通り、と口角を上げたクリスティーナは、それを踏まえて犯人だと思われる最有力候補の名を口にする。

 アレクセイ・バーネス・アルダープ。アクセルの街の領主である貴族の男だ。

 

「理由は知らんが、目的は大体予想できるぞ。大方、そこにいる貴族の家のどちらか、あるいは両方を没落させて自分を上に押し上げようとでもしたんだろう」

「だとするならば、恐らく狙いはダスティネス家だ。……あの男は、私に並々ならぬ執着をしているからな」

「立場を上にすることで、手篭めにされても受け入れる土台を作るつもりですわね」

 

 クリスティーナに認識の捻じ曲げを指摘されたことで、二人もある程度は会話に参加できる。だが、それはまだ軽い辻褄合わせで済んでいたからだ。もっと以前から弄くられていた人物は、根本をどうにかしない限り開放されない。

 

「……クリスティーナ。一つ、尋ねます」

「――はい、なんなりと」

 

 声色が違う。そのことを感じ取ったクリスティーナは、人を喰ったような態度を改め騎士としての言葉を返した。皆がその急な変化に固まっている中、当の本人は、ペコリーヌは彼女へと問い掛けた。

 

「今回の件は、最初から仕組まれていたんですか?」

「いいえ。恐らくは、始末しそこねて放っておいた捨て駒が上手く使えそうだから再利用した、程度にしか考えていないでしょう」

「……そう」

 

 短くそう述べると、ペコリーヌは深呼吸をする。先程の雰囲気を霧散させた彼女は、しかしその表情だけは普段らしからぬしかめっ面で。机の上の拳を、力一杯握りしめていた。

 

「決めました」

 

 そう言って、ペコリーヌは皆を見渡す。どうやら何を言うのか分かっているようで、その場にいる全員、質は違えど一様に笑みを浮かべていた。

 

「領主を、ボコボコにしましょう」

 

 

 

 

 

 

 カズマとキャルが揃って取調室へと入れられると、そこには昨日二人を連行した検察官セナが待っていた。そしてその対面、カズマ達が座るであろう場所より少し後ろに、クリスティーナが楽しそうに座っている。

 

「遅かったじゃないか坊や達」

 

 ほら座れ、と促されるままにそこに座ったが、これで大丈夫なのかと若干二人は不安になる。こういう取り調べというのは、普通個別にやるものじゃないのか、と。

 セナはそんな二人の様子に気付いたのか、机の上に置いてあるベルを指差した。

 

「これは嘘を看破する魔道具で、発言に嘘が含まれてると音が鳴る仕組みになっている。いちいち個別に聞かずとも、これがあれば問題ないというわけだ」

 

 そう言いながら、セナがちらちらとクリスティーナを見る。何でここにいるのかを伝えていないらしく、そもそも無理矢理ここに押し入ったらしい。

 

「ワタシのことは気にするな。オマエ達に危害を加えるつもりもないぞ♪」

 

――チリーン

 ベルが鳴り、調書を取る役であろう騎士がビクリと震える。当の本人はそんな騎士の反応を見て笑っていた。分かっていて言ったらしい。

 

「で、では事情聴取を開始します。まずはサトウカズマ。年齢は十六、職業は冒険者、就いているクラスも《冒険者》か。……最初に、出身地と冒険者になる前は何をしていたかを聞こうか」

 

 クリスティーナがいるおかげなのか、セナの態度やプレッシャーも最初に警察署に連行した時と比べると随分と少ない。ビクビクする必要もなくなったので、幾分か落ち着いて話が出来るとカズマは安堵の息を吐いた。

 

「えーっと、出身は日本で、一応、学生、かな?」

 

 一瞬ベルが震えたが、音は鳴らなかった。本人が自信のない発言は魔道具でも判定が難しいのかもしれない。そんなことをカズマは思う。

 ほう、と横合いから声がした。クリスティーナが物珍しそうにカズマを眺めていた。

 

「何だ坊や、学生だったのか。この国は魔王軍の最前線、学校らしい学校は建てられんからもっぱら個人授業か私学だが……」

 

 暗に、お前はこの国の人間ではなかったのかと言っているのだろう。まあそんなところですとクリスティーナに返しつつ、他の国なら学校あるのかと一人頷いていた。現状アクセルの街しか知らないが、そういう施設があるような世界とは思えなかったからだ。

 

「隣のブライドル王国ではその手の施策に力を入れているらしいぞ。何でも『聖テレサ女学院』とかいうお嬢様学校が有名だとか」

「お嬢様学校、ねぇ……」

 

 タイが曲がっていてよとかやるんだろうか。そんなことを考えていたカズマの耳に、オホンオホンと咳払いが届く。視線を戻すと、セナがなんとも言えない表情でこちらを睨み付けていた。続けていいですか、という声に、はいすませんとカズマは返す。

 

「では、同様に。キャル、年齢は十四、職業冒険者でクラスは《アークウィザード》ですね。出身地と以前の経歴を」

「誰も知らないような村よ村、そこで適当に暮らしてたわ」

 

――チリーン

 あ、とキャルがベルを見る。こいつ完全に忘れてやがったな、とカズマが彼女をジト目で眺め、そんな二人を見てクリスティーナが爆笑をしている。

 ジロリとセナがキャルを見た。うぐ、とその視線に耐えられなかったのか、盛大に溜息を吐き、観念したように猫耳をペタンと倒すとゆっくりと口を開く。

 

「……出身は、アルカンレティアよ」

「え?」

 

 セナの動きが止まった。調書を取っていた騎士もペンを止め思わずキャルを見る。見られたキャルは、だから言いたくなかったのにと不貞腐れていた。

 

「……ということは、その」

「元アクシズ教徒よ! そうよ、冒険者になる前はアクシズ教徒やってたわよ! なんか文句あるの!?」

「い、いえ。そういうわけでは……」

 

 キャルの剣幕に思わずたじろぐ。ベルが鳴らないということは本当なのだろう。つまり目の前の彼女は、あの、悪名高い頭のおかしい水の女神アクアを信奉する連中の一人だということになる。

 そこまで考え、元アクシズ教徒という発言や冒険者になる前という言葉から、今はそうではないのだと理解した。理解はしたが、あれに関わっていたという時点で何かしら警戒をするべきだろうとキャルの要注意度が上がる。

 

「では、冒険者になった動機は?」

「コッコロと一緒だったから」

「あの街から逃げたかったから」

 

 セナの表情が強張る。両極端のそれを聞き、部屋の空気もなんとも言えないものへと変わった。ベルは鳴らないので真実なのだということも拍車をかける。

 クリスティーナの無言のプレッシャーも段々と強くなり、これ以上細かいことを聞いていると自分も調書を取っている騎士も参ってしまう。そう判断したのか、セナは本題に入りましょうと姿勢を正した。

 

「魔王軍幹部をアクセルに誘致したというのは?」

『真っ赤な嘘です!』

 

 ハモった。そしてベルは鳴らない。それを確認したセナは、分かりましたと息を吐いた。

 魔王軍の手先という疑いが晴れれば、後は出来てもいない勘違いの暗殺未遂が残るのみ。これで一安心だ、そう思ったカズマだが、クリスティーナが目を細めているのを見て表情を変えた。自分達は何かを間違えた、あるいは、まだ安心するのは早い。

 調書を書いている騎士とセナがなにか話している今のうちに、その部分を見付け出さなくてはいけない。隣のキャルは二重の意味で当てにならないからだ。

 そうして考えて、程なく答えは出た。そうだ、魔王軍の手先ではないということがはっきりしてしまうと、もう一つの。

 

「では、王女暗殺未遂についてですが」

 

 魔王軍ではない何者かに頼まれて実行したのか。セナの質問がそう切り替わった。え、とキャルが思わず零し、こいつ、とカズマの表情が苦いものに変わる。視線を横に動かすと、クリスティーナがくだらなさそうにセナを見ているのが見えた。どうやらビンゴ、認識を捻じ曲げられたのか、あるいは元々辻褄合わせをするよう細工されていたのか。どちらにせよ、その方向に持っていかれた。

 

「えっと……じ、実行はしてないわ。というか、そもそも暗殺の依頼なんか受けてないもの」

「……」

 

 ベルはかすかに震えるが音は鳴らない。それを見ていたセナは、緊張を解くように息を吐いた。これで容疑は晴れますね、そう言って、表情を緩めると頭を下げた。手荒な真似をして申し訳ありませんでしたと謝罪をした。

 

「まったくだな。ここは誠意が必要な場面じゃないか?」

 

 そう言いながらクリスティーナが笑う。しかしその目は笑っておらず、視線は何かを気にしているのか動かない。

 

「確かにその通りです。……ただ、念の為確認しますが。二人共、第一王女ユースティアナ様に危害を加えたことは一度もありませんね?」

「顔も知らないんだから、出来るわけない」

「……ないわ」

 

 何かに反応したのだろう。ベルが振動し、音を鳴らそうと揺れる。

 そのタイミングで、机の上のベルが弾け飛んだ。え、とセナが目を見開いているが、対面のカズマとキャルも何が起きたのか分からず固まってしまっている。横で見ていたクリスティーナだけは、ふんと鼻を鳴らし立ち上がった。

 

「事情聴取は終わりか? 容疑が晴れたのなら、ワタシは坊や達を連れて行くが」

「あ、ま、待ってください! 事情聴取は終わりましたが、どちらにせよ裁判自体は行われます。公の場で先程の主張をしてもらい、判断をするように要請が出ていますので」

「まったく、堅苦しいことだ。それで、一体どこのどいつだ? そんな回りくどいことをしようとしているのは」

 

 クリスティーナの言葉にセナは視線を逸らす。今回の裁判に告発人はいません。バツの悪そうにそう言って、彼女は自分のメガネをカチャリと指で戻した。

 

「……ほぅ。つまり、今回の告発者は王国そのものだと?」

「いえ、そういうわけでは……ある、んでしょうか……」

「話にならんな。そんな曖昧な告発者では納得できんぞ。ほれ、ワタシを納得させる理由を持ってこい」

 

 ぐ、とセナが呻く。目の前の相手は犯罪者でもなければ、チンピラでもない。この国で五指に入る大貴族の当主だ。たとえ王国が相手でも主張が出来てしまう数少ない存在だ。そんな相手に、こんな曖昧な手札では対抗することなど出来はしない。

 ちらりとクリスティーナはカズマを見た。へ、と間抜けな声を上げた彼は、しかし向こうの言いたいことを覚り頭を掻く。

 

「あー、セナさん?」

「はい……」

「俺達は別に構わないし裁判までここにいるんで、せめて牢屋だけやめてもらっていいすかね?」

「あ、はい。そういうことでしたら」

 

 適当な部屋を用意します。そう言って騎士に指示を出すセナを見ながら、カズマはこれでいいかとクリスティーナを見た。上等上等、と笑みを浮かべた彼女は、二人に顔を寄せると言葉を紡ぐ。

 こちらはこちらで動くので、裁判まではわざと監視されておけ。そう言って、二人の背中をどんと押した。

 

「それはいいけど。相手は認識捻じ曲げるんだろ? 裁判でもそれをされたら」

「ふん、ワタシを誰だと思っている。クリスティーナお姉さんだぞ☆」

 

 丁度良くボスが集めた面々の中にからくりを知っている者と辻褄合わせが通じない者がいたからな。そう続けると、後は仕上げを御覧じろとばかりに話を打ち切った。

 

「さて、ではアキノちゃんとララティーナちゃんの様子でも見に行くとしよう」

 

 そう言って踵を返し取調室から出ていこうとしたクリスティーナに向かい、キャルが声を掛ける、まだ何かあったのか、と振り返った彼女に向かい、おずおずとキャルが問い掛けた。

 

「あたしにも、何か出来ることは」

『おとなしくしてろ』

「なんでカズマまで一緒になって言ってんのよ! ぶっ殺すぞ!」

 




ベルはクリスティーナさんがぶっ壊しました。


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その44

逆転とかそういうレベルじゃない裁判


 裁判当日。告発人の場所は空席であるものの、傍聴人とは異なる区切られた場所に数人の貴族が座っていた。アクセルの街に関係する貴族、ウィスタリア家の跡取りアキノとダスティネス家の令嬢ララティーナ、そして領主のアルダープ。一応名目は傍聴者となってはいるが、それが告発人も兼ねているのは傍から見ていれば明白であった。アクセルに所属する貴族として、第一王女暗殺未遂などという不始末を自分達で片付けようという腹づもりであろう。

 そんな貴族席と大勢の傍聴席に囲まれながら、被告人であるカズマとキャルが連れてこられる。取り調べの結果が結果のため、二人共さしたる疲労はない。わざと監視されていたので多少の息苦しさはあったが、暗い牢屋に押し込められることを考えれば快適過ぎるほどの二日間であった。

 

「なあ、キャル」

「何よ」

「あのハゲのおっさんがアルダープか?」

「あのね、カズマ。その辺の冒険者があんなクソ領主の顔なんか知ってるわけないでしょ」

「……そうだな」

 

 キャルのその言い方は、恐らく無意識だったのだろう。恐らく本人も気付いていない。認識を捻じ曲げてても、辻褄を合わせても、結局の所分かっていればボロが出る。

 その会話を聞いていたのか、弁護人の場所にいるクリスティーナも面白そうに笑っていた。その横には、無事で良かったと泣いているコッコロの姿が見える。

 

「ふん、何も知らん馬鹿な子供が。国家転覆罪の被告人だぞ? これから無事でなくなるというのに」

 

 遠目で見ていたアルダープが髭をいじりながらそう呟く。間違いなくあの二人が有罪になると思っている顔だ。周囲の人間を見下している顔だ。

 そんなアルダープをアキノは冷めた目で眺めていた。果たして何も知らないのはどちらでしょうか。そんなことを思いつつ、しかし表情は変えずに静かに裁判を待っている。

 

「アルダープ殿。その言い方はないのではないか?」

 

 一方、ダクネスは睨むような表情で彼の呟きに反論をした。アルダープはそんな彼女へと視線を向けると、何を言っているのかと鼻で笑った。無様で無知な子供を嘲笑って何が悪いとも言いたげに。

 それを見たことで、アキノも黙っているのをやめた。

 

「成程。流石は郊外のデストロイヤー被害を全て突っぱねた領主様は言うことが違いますわね」

「ウィスタリア卿、何が言いたいのですかな?」

「貴族としての責務も果たせないような矮小な方の言いそうなことですわ、と言ったのですが。お分かりになりませんでしたか?」

「この……」

「アキノ、少し言い過ぎだ」

「……ララティーナさんがそう言うのならば。失礼、領主様、言葉が過ぎたようですわ」

「……ふん」

 

 視線を二人から裁判官の方へ戻す。そろそろ開廷の時間だ。空席の告発人、被告人はカズマとキャル。

 そして弁護人は、クリスティーナとコッコロと。

 

「ペコリーヌ」

「どうしたんですか? キャルちゃん」

「あんたのその格好、どうしたのよ?」

「弁護人ですからね。賢そうに見えません?」

 

 そう言ってどこかドヤ顔で笑うペコリーヌは、普段とは違う服装にキャスケット、そしてメガネとどこぞのベーカー街の探偵を思わせる格好であった。遠目ではぱっと見彼女だと分からない。

 何よそれ、とキャルは彼女を見て苦笑する。そうしながら、小さく溜息を吐いて視線を落とした。

 

「……あたし、あんたに助けてもらってばっかりだわ」

 

 呟くようなそんな言葉に、ペコリーヌは笑みを見せた。何を言っているんですか、と笑った。

 わたしは、もっともっといっぱい助けてもらってますよ。そう言って、サムズアップをした。

 

「だから今回はどーんと大船に乗った気でいてください!」

「主に活躍するのはワタシだがなぁ、ボス」

「……分かってますよ~だ」

 

 ぶうぶう、と唇を尖らせながらクリスティーナを見る。言うからには、ちゃんとやってくださいよ。そう念を押すと、当たり前だと彼女は返す。

 

「クリスティーナさま、どうか、どうか主さまとキャルさまを」

「さっきも言っただろう? クリスティーナお姉さんに任せろとな」

 

 裁判長が木槌で机を叩く。では検察官は前へ。そんな言葉とともに、セナが立ち上がり起訴状を読み上げた。内容はカズマが昨日までも散々聞いたもの、国家転覆罪の適用だ。魔王軍の幹部と繋がっており、それらを誘致した疑い。そして何より、ベルゼルグ王国第一王女ユースティアナ暗殺未遂容疑だ。これらが認められれば、ほぼ間違いなく二人は死刑となる。

 

「では、被告人と弁護人の発言を許可する。陳述を」

「はい」

 

 そう言って立ち上がったのはクリスティーナではなくペコリーヌ。止めないところを見ると、勝手に行動しているわけではないようであったが、しかし。

 

「……あ、その前にカズマくんに話してもらったほうが良かったんでしたっけ?」

「大丈夫かよ……」

 

 口を開きかけ、何かを思い出したようにそう述べたペコリーヌは、ごめんなさいと一旦座った。そういうわけらしい、と視線がカズマに集まり、いきなりのそれに思わず変な声が出る。

 コホン、と咳払いをすると、何を話せばこれからの進みがスムーズになるのかを考えた。捕まった当初と比べると、セナの態度は随分と軟化している。一応容疑者ではあるものの、彼女自身はもう既にあまり疑いを持っていないと判断してもいいほどだ。だから、必死さは必要ない。ただ冷静に発言すればいいはずだ。

 

「まずは魔王軍との繋がりについて。俺達は魔王の手下になった覚えもないし協力もしていない。魔王軍幹部の誘致だって出鱈目だ。それは、この裁判を傍聴している人達が証言してくれるはずだ」

 

 裁判官の席の傍らにおいてある嘘感知のベルも鳴らない。そのことをカズマは確認した後、もう一つについても、と言葉を紡いだ。

 

「もう一つの方はもっと簡単だ。俺はそもそも第一王女のことを何も知らない。名前は今回の騒動で知ったが、顔は未だにさっぱりだ」

「そ……」

 

 キャルが何か余計なことを言おうとしていたらしい。クリスティーナの視線に気付き、すぐさま口を閉じた。

 ともあれ、カズマの陳述に嘘がないのはベルによって証明される。本来ならばそれについて色々と詰問する立場であるセナも、既に通った道だからか何も言わずそれを聞いていた。そうなった場合、裁判官としては有罪と言えなくなる。国家転覆罪など、適用出来ないと判断することになる。

 

「何を馬鹿なことを。おい裁判官、あんな薄汚い冒険者の発言など論じるに値せん」

「え? しかし、アルダープ殿」

「奴らは魔王軍の手の者だ。だとすれば、少々記憶をいじられていてもおかしくはない」

 

 本人が真実だと心から思っていれば、あのベルは反応しないのだから。顎髭を撫でながらそう述べたアルダープは、時間の無駄だったとばかりに判決を促した。自分はとっとと懸念材料を片付けて仕事の続きをせねばならん。そんなこともついでに続けた。

 

「何を言っているんですか?」

 

 法廷に静かな声が響いた。視線を向けると、弁護人の席にいる少女が一人、立ち上がりこちらを真っ直ぐに見ている。

 

「ペコリーヌさま……」

 

 隣のコッコロが立ち上がったペコリーヌを見やる。普段の穏やかでどこか抜けているような雰囲気はなく、そこに立つ姿はまるで。

 そんな彼女にアルダープは怪訝な表情を浮かべた。まるで、反論してくるのがおかしいといった風で、このまま裁判が終わるのを確信していたのを覆されたような、そんな顔をしていて。

 

「その言い分が通じるならば、今までの裁判で使用されてきた証拠の数多くが無駄になります。あるいは、魔道具自体の存在価値を失う発言です」

「何を言い出すかと思えば……。さっきも言っただろう? 魔王の手下ならば、記憶をいじられるくらいは」

「それは、どうして分かるんですか?」

「はぁ?」

「記憶をいじられている証拠、あります? そこが証明できないと、領主さんの言っている言葉に価値がなくなるんですけど」

 

 ペコリーヌの言葉をアルダープは鼻で笑う。こちらがそうだと言っているのだから、そうなのだ。貴族という立場、領主という地位。それらを含めた発言に、ペコリーヌの目が思わず細められた。

 

「ほう。成程。では、ワタシがそうだと言えば、そうなるわけだ」

 

 そのタイミングで、非常に楽しそうな声色で。

 

「そうだろう、アルダープ。まさかワタシに恥をかかせるような真似をする気か?」

「……も、モーガン卿……!?」

 

 コツコツと靴音を鳴らしながら、クリスティーナが法廷のど真ん中に躍り出た。

 

 

 

 

 

 

「さて、こちらの坊や達の弁護人であるモーガン家当主、クリスティーナだ。先程の領主殿の意見を踏まえると、今この場でワタシに逆らえるのは王族だけということになるが」

 

 裁判官を見やる。びくりと反応したのを見て、クリスティーナは鼻で笑った。弁護人席の傍らに置いてあった机の上、そこの書類を手に取りながら、安心しろと笑みを浮かべた。

 

「ワタシは公明正大だ。権力で無理矢理有罪を無罪に、無罪を有罪にしろなどとは言わんよ。だから、ほれ」

 

 手にした書類をヒラヒラと掲げる。そこに書かれている文章をセナへと見せると、彼女は思わず目を見開いた。

 

「きちんと証拠を用意した。……暗殺依頼の命令書だ」

 

 ざわ、と傍聴人達がざわめく。ざわめきはあっという間に伝染し、法廷中がにわかに騒がしくなる。静粛に、と裁判長が木槌でガンガンと机を叩いたが、その騒ぎは一向に収まる気がない。最終的にキレた裁判長が静粛にっつってんだろと木槌を投げ付けてようやく収まった。

 

「オホン。そ、それでモーガン卿、その書類というのは」

「見てもらえば分かるさ。アクセルの貴族が、自身の欲のために第一王女を亡き者にしようとしていたことがな」

 

 裁判長に渡すと、それを読むよう促す。成程確かに、これは間違いなく暗殺の命令書で、そして依頼した相手の名前は目の前の二人ではない。カズマとキャルの無実を証明するにはこれ以上ない証拠だろう。

 が、裁判長はそれを最後まで読んだところで動きを止めた。その命令を出した人物、署名している貴族の名前を見て目を見開いた。

 

「……だ、ダスティネス・フォード・ララティーナ……!?」

「なっ!?」

 

 ダクネスが立ち上がる。それを合図にしたように、傍聴席にいる人々もダクネスに、ララティーナに目を向ける。その横では、アキノが目の前のアルダープを見詰めていた。驚愕に目を見開き、そんなはずはないと小さく呟く彼を、だ。

 

「その命令書を見ての通り、ユースティアナ様暗殺を依頼した貴族はダスティネス家、それも幼少から親交があるはずのララティーナだ。まったく、嘆かわしい」

 

 やれやれと頭を振る。そんなクリスティーナに向かい、立ち上がったダクネスが大声で捲し立てた。

 

「何を言うか! 知らん! 私はそんな命令書など、何も知らん!」

 

――チリーン

 ダクネスの発言に合わせるように、裁判官の机においてあるベルが鳴る。一瞬にして法廷が静まり返り、皆が目の前の光景を理解するまで暫し固まり続けた。

 どういうことだ、とキャルが目を見開く。事態に思考が追いつかない。自分に王女を襲撃するよう依頼したのはダクネスだったのか。そんなことを考え、いや違うと頭を振るが、しかし本当の依頼者の顔など出てくることはなく。ひょっとして、思い出せないのはそういうことなのではないかと考えてしまった。知り合いが、ペコリーヌをあれだけ慕っていた彼女が依頼者だなんて考えたくもなかったから、だから無意識的に記憶を封じてしまったのではないかと。そう辻褄を合わせてしまった。

 

「キャル」

「……何?」

「一応言っとくぞ。余計なことを喋んな」

「分かってるわよ……喋りたくても、今は多分無理だし」

「……ならいい」

 

 やっぱり駄目か。カズマはそんなことを思う。根底から作り変えることは無理でも、出来た穴を塞ぐくらいは可能らしい。キャルの中に巣食っているそれを引っこ抜くには、やはり直接相手を対処しないといけない。本物の女神でもいるならともかく、今の彼に出来るのは精々それくらいだ。そのために、今こうして皆が。

 

「違う! 私はそんなものを書いてなどいない!」

 

――チリーン

 

「ほ、本当だ! 私は何も知らない! 嘘だと思うのならば」

 

――チリーン

 

「拷問でも尋問でも何でもするがいい! 望むところだ」

 

 最後の一言に、ベルは反応しなかった。こころなしか興奮し始めたダクネスを見ながら、カズマはこれ本当に大丈夫なんだろうなと眉を顰める。

 さて、とクリスティーナが視線をダクネスからセナを経由して裁判長へ向けた。これで判決は決まったな、と笑みを浮かべた。

 

「この際だ、本当の犯人の処罰も一緒にやってしまったらどうだ?」

「え? そ、それは、つまり……?」

「決まっているだろう? そこのララティーナに死刑判決を出せ。ああ、いや、王女暗殺の罪は重い。三日三晩ほど拷問し、無残な姿にしてから首を落とした方がいいか?」

 

 実に楽しそうにクリスティーナが述べる。ダクネスはその言葉に目を見開き、無残な姿になるという三日三晩の拷問を想像し身悶えていた。横のアキノが非常にシラけた目で彼女を見ていた。

 裁判長も検察官であるセナも、そんな突然の要望に首を縦に振れるはずもない。が、相手はモーガン家当主、犯人とされるララティーナもダスティネス家の令嬢であり、家柄は同格であるが、個人の立場には差がある。

 

「踏ん切りがつかんか? ならばこうしよう、処刑するのはアクセルの冒険者ダクネス。ララティーナとは何ら関係のないクルセイダーだ。はっ、目的のため冒険者として紛れ込んだ工作が仇となったな」

 

 提案、とは聞こえがいいが、実質命令だ。そうすることで相手の立場を考えることなく、モーガン家の裁量で動けと言っているのだ。そうなってしまうと、裁判官も逆らうことが出来なくなる。翌日には存在がなかったことにされるなど容易く出来る立場に、好き好んで逆らうことなど出来はしない。

 

「……で、では。被告人カズマとキャルは検察官の訴えた事柄とは無関係と思われるため無罪。そして、本件の真犯人と思われる冒険者ダクネスを有罪とし、死――」

「待て!」

 

 裁判官が苦虫を噛み潰したような顔でそれを述べようとしたタイミングで、一人の男が声を張り上げた。アクセルの領主、アルダープ。彼がその判決に異議を唱えたのだ。

 クリスティーナはその言葉に笑みを消し、目を細めると視線をアルダープへと向けた。

 

「その判決は不当だ! 少し時間をくれれば、ワシが、アレクセイ・バーネス・アルダープが彼女の潔白を証明してみせる」

「ほう」

 

 彼の言葉にクリスティーナが再度笑みを浮かべる。本当に出来るのか、とアルダープに問いかけ、肯定するのを見ると満足そうに頷いた。それを待っていたとばかりに、彼女はその口元を三日月に歪めた。

 

「いいだろう。だが、ワタシは短気でな。よくて三日だ。それまでに奴の潔白が証明できなければ」

「構いません。すぐにでも彼女の潔白と、本当の真犯人を証明してみせましょうぞ」

 

 言うが早いか、アルダープは立ち上がり法廷から立ち去ろうとする。一秒でも時間が惜しいのだろう。振り返ること無く、憤怒の表情を浮かべながら。

 忌々しい狂犬が、と吐き捨てるような呟きをしながら扉を開け出ていった。

 そんな彼の背中を見ていたクリスティーナ達は、開けっ放しの扉を職員が閉めたのを合図に顔を見合わせる。

 

「えっと、裁判長さん」

 

 ダクネスも、アキノも、そしてクリスティーナも。揃って悪戯が成功したかのような笑みを浮かべていることが理解できない裁判官達に向かって、ペコリーヌがそっと声を掛けた。

 

「さっきのは茶番なので、気にしないでください」

「……は?」

「真犯人の証拠は、これから提示します。多分、三日以内に」

 

 三日。それは先程アルダープに提示した期間だ。が、それがどうしたというのか。裁判をこんな滅茶苦茶にして、一体何を納得すればいいのか。

 すいません、とペコリーヌは頭を下げた。本来ならば真面目に仕事に取り組んでいた人達を、無理矢理巻き込んでしまった、と。

 それを見ていたダクネスが血相を変えて駆け寄る。そういうのは私達の役目ですから、と慌てた様子で、ペコリーヌよりも深く裁判官達に頭を下げた。

 

「え、あの……?」

 

 理解が追いつかない。クリスティーナ達の茶番とやらもそうだし、ペコリーヌが頭を下げたことに慌てたダスティネス家令嬢もそうだ。一体全体、これは何が起こっているのか。

 ともかく、法廷は一旦閉廷。真犯人とやらの証拠が出てきた後に、再度行われる。そのことを告げ解散させた裁判官は、ぞろぞろと出ていく傍聴席の人々を見ながら溜息を吐いた。

 

「さて」

 

 残ったのは、被告人であるカズマとキャル。突如犯人にされたダクネスと、その横にいたアキノ。そして弁護人のコッコロ、クリスティーナ。傍聴席にいたウィズとユカリ。そして。

 

「カズマくんとキャルちゃんも解放されたことですし」

 

 メガネと、被っていたキャスケットを取る。そして頭に普段のティアラを付けたペコリーヌは、肩をぐるぐると回しながらその場にいた皆に宣言をした。

 

「後は領主を、ボッコボコにするだけですね」

「はい。ぶっ殺します」

 

 笑顔で物騒なことを、ペコリーヌらしからぬことをのたまった。間髪入れずにコッコロも同意する。残りの面々はそれに引くこともなく、了解と同意する始末だ。

 なにせ、この間の時点でそんなものは周知の事実なのだから。

 

「ペコリーヌもコッコロも怖っ……!」

「ヤバいわね……」

 

 そして知らない二人だけはドン引きするのであるが、その辺は預かり知らぬことである。

 




Q:何でベル鳴ったん?

A:だってアレでっち上げ用にダクネスが自分で書いたやつだもの。


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その45

でーんでーんでーん、でででででで、でーんでーんでーん


 アクセル、領主の館。そこの寝室の隠し扉から繋がっている地下室に、不愉快さを隠そうともしないアルダープがズカズカと入り込んできた。カビ臭いその空間には、人影が一つ。

 ヒューヒューと喘息のような音が途切れ途切れに彼の耳に届き、その不快さで更に顔を歪ませた。そのまま人影へと近付くと、躊躇うこと無くそれを蹴り飛ばす。

 

「マクス! 起きろマクス!」

 

 ゴロリと転がったマクスと呼ばれた人影は、蹴り飛ばされたことなどまるで動じず、ゆっくりと起き上がるとアルダープへと視線を向けた。見た目は非常に整った青年の姿をした人影は、感情を見せないかのような無表情の瞳が彼を視界に捉えると、その口元だけを歪める。

 

「やあ、アルダープ。僕に何か用なのかい?」

「用なのか、ではない! 貴様、一体何をした!」

 

 マクスの言葉に更に激高したアルダープは、そのまま彼を蹴り飛ばした。ゲシゲシと足蹴にされたマクスは痛いよと呟くが、アルダープはその動きを止めることはない。

 

「ヒュー、ヒュー。どうしたんだいアルダープ。今日は随分と悪感情を出しているね」

「貴様が! 貴様のせいだ! 何をどう辻褄合わせした!?」

「ん? 何がだい?」

「ララティーナだ! ワシが貴様に願ったのはララティーナを自分の物にすること! そのために必要なものは全て内包させる契約だったはずだ!」

「そうだったかな? まあいいや。それがどうしたのかい?」

 

 とぼけるような物言いに、アルダープは歯茎をむき出しにしながら蹴りつける。手加減など何も考えず、全力でマクスを蹴り続けた。

 暫しそれを続け、ゼーハーと肩で息をしたアルダープは、それでも変わらずマクスを睨み続けながら言葉を紡いだ。

 

「フラフラと世界を出歩く間抜けな第一王女を傷付け、その責をダスティネス家に負わせることで権力を削ぎ、ララティーナをこちらに差し出すよう仕向けるために! そのためにお前の力で辻褄を合わせたのではなかったのか!?」

「ああ、ああ、そうだったね。言われたことは、やったよ」

「どこがだ! あろうことか、王女暗殺の実行犯にララティーナがなってしまったのだぞ! このままではララティーナが、ワシのララティーナが処刑されてしまう!」

「ヒュー、ヒュー。凄い、凄い絶望の感情だよアルダープ。凄くいい」

「うるさい!」

 

 再度蹴り飛ばす。ゴロゴロと床を転がったマクスは、しかし何事もなかったかのように立ち上がった。表情は変わらず、歪んだ口元だけが不自然さを醸し出していた。

 

「とにかく。まずはララティーナが実行犯であるという事実を打ち消せ。適当な貴族に……モーガン家の狂犬にでもそれを擦り付けろ。ふ、はは、あの女が実行犯になり狼狽える姿を見るのが楽しみだ」

 

 命令しながら、自身の思うように変わる未来を幻視し口角を上げる。そんなアルダープの耳に届いたのは、マクスの分かったという返事ではなかった。

 それが信じられなかったのだろう。アルダープは、笑いを止めるとマクスに問い掛けた。今お前は何と言った、と。

 

「アルダープ。それは無理だよアルダープ。僕にはそこまでの捻じ曲げは出来ない」

「……無理? 無理だと? お前が下級悪魔だということは知っている。この神器でランダムに選ばれた能無しだということも分かっている」

 

 ポケットから丸い石を取り出す。何やら紋様のついているそれは、勇者候補の何者かが持っていたという神器の一つだ。所有者でない者が使えば制約がかかるが、それでもモンスターを召喚することは変わらず可能。そしてそれによって喚び出された悪魔が、彼の目の前にいるマクス。

 

「だが、そんなことは関係ない。いいからやれ! あの連中の認識を捻じ曲げるのだ! ララティーナがワシのものになり、あのモーガン家の狂犬が破滅するように、辻褄を合わせろ!」

「無理だよ。ヒュー、僕の力を気にしないやつと、通用しないやつがそこにいる。だから無理」

「こ、の……っ!」

 

 再度激高したアルダープは、マクスを力一杯蹴り飛ばした。床に転がる彼を何度も何度も踏み付けると、この役立たずめと吐き捨てるように述べた。

 

「もういい。貴様との契約を解除して、他の力ある悪魔を召喚してやる」

「契約解除? ならば、願いの代価をもらわなくちゃ」

「願いなど何一つ叶えられていないではないか! 代価が欲しければワシの願いを叶えてから言え!」

 

 マクスの腹を蹴り飛ばす。大きく息を吐くと、今言ったことを実行するため彼との契約を。

 ん、と彼の懐にあるベルが鳴る。この地下室にいる際にも屋敷の様子がわかるようもっていたそれが、反応していた。訪問者、あるいは侵入者。そういった存在が来たのだと認識したアルダープは、舌打ちを一つすると踵を返し地下室の扉へと歩みを進めた。

 

「アルダープ、アルダープ。契約は、どうする?」

「黙っていろ。すぐに戻ってくる。その時になったら契約破棄だ。願いを叶えられぬ能無しめ」

「ヒュー、ヒュー」

 

 ふん、と鼻を鳴らすとアルダープは扉に手をかけ。

 

「以上、ミヤコの突撃レポートでしたなの」

「――は?」

 

 彼の後ろを、ふよふよと一人の少女が漂っているのに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

「き、貴様!? 何者だ! いつからそこに!?」

「ミヤコはミヤコなの。いつからもなにも、最初からず~っといたの」

 

 足元が半透明の少女はそう言って無い胸を張る。そうしながら、ブカブカの袖に覆われた手に持っているそれをアルダープへと見せ付けるように掲げた。

 

「でもって、これがマイクなの。オマエ達の会話を、アクセル中に放送するためのやつなの」

「――え?」

 

 アルダープが動きを止めた。目の前のこいつが言った言葉が真実ならば、最初からずっと、自分達の会話はアクセルに流されていたわけで。

 そう。自分が、一人の女を手に入れるためだけに王女に危害を加え、その罪を他人になすりつけようとしていたことも、全部。

 

「マクス! こいつを殺せ! その後は今の会話を全て無かったことにしろ!」

「ヒュー、ヒュー。アルダープ、無理だよ。この子、もう死んでるもの」

「だったら! さっきまでの会話を無かったことにするだけでいい!」

「対象が多過ぎて邪魔が入り過ぎてる、捻じ曲げられないよ」

「ふざけるなぁぁ!」

 

 マクスへと駆け寄ると何度も蹴りつける。そうしたところで何も変わらないとしても、何度も何度も蹴りつけた。いつの間にか先程の幽霊はいなくなっており、奇妙な仮面が一枚落ちているのみだ。

 すぐさま扉へと向かう。地下室を飛び出すと、寝室からエントランスへと駆けていく。そこまで進むと、執事がやってきた者達の対応を行っているところであった。

 

「お前達は……!?」

 

 忘れるはずもない。ほんの少し前まで、法廷で顔を合わせていた連中だ。数人見覚えのない顔もあったが、そんなことを気にしている暇もない。

 訪問者の一人が前に出た。先程まで真犯人だと言われ狼狽えていたはずの、自分がそれを覆し手に入れる予定であった女が、こちらを真っ直ぐに睨んでいた。

 

「アルダープ殿。私達の訪問理由は分かっているな」

「な、何のことですかな?」

「とぼけても無駄だ。お前の悪事は、悪魔とのやり取りは、この街のほぼ全ての者達が聞いた」

 

 ダクネスは静かにそう告げる。アルダープが視線を動かすと、屋敷の者も揃って彼から目を背けた。

 

「言うなれば、街の住民全てが証人だ。お前がどう言い繕おうと、どうすることも出来ん。……お前の契約している悪魔も、似たようなことを言っただろう?」

「……っ」

 

 よろけるように一歩下がる。それに合わせるように、訪問者達は一歩前に、アルダープを追い詰めるように踏み出した。

 侵入者だ、とアルダープは口泡を飛ばす。目の前の狼藉者を引っ捕らえろ。逃げるように、縋るように。そんな命令を部下達に出すと、自身はすぐさまその場から離脱を始めた。

 

「あ、あの野郎逃げる気だぞ」

 

 カズマがそんなことを口にしたが、何か理由でもあるのか、それとも認識を捻じ曲げられたからなのか。アルダープの部下達である兵士は、一行を捕らえんと次から次へとやってくる。無視して追いかけるのは、流石に無理だ。

 

「クリスティーナ!」

「まったく。ボス、ワタシがあの時楽しんでいなければ即座に反逆していたところだぞ」

 

 肩を竦めながら手にしていた剣を振るう。粗雑な作りのそれを一振り、それだけで周囲の連中が吹き飛んだ。倒れた状態で呻いているので死んではいないらしい。

 そうして出来た道を、ペコリーヌは駆ける。アルダープを追いかけるために、彼女はその足を踏み出す。ダクネスがそこに続き、そんな二人に追従するように、目の据わったコッコロも足を踏み出した。

 

「コッコロ!」

「ご安心を、主さま。わたくしがあれをぶっ殺してまいります」

「微塵も安心できねーよ! しょうがねぇなぁ! 俺も行く!」

 

 面倒な部分は回避したかったカズマであったが、このコッコロを放っておくことなど出来はしない。ちらりとキャルを見ると、行け行け、と手をひらひらさせているのが見えた。今回自身は深追いが出来ない、そう判断したのだろう。

 

「ペコリーヌ! 任せたわよ!」

「了解ですキャルちゃん!」

 

 首だけを後ろに向け、笑顔で返す。そうした後、足に力を込め一気に人の壁を駆け抜けていった。

 そうして露払いになったのはキャルとユカリにウィズ、そしてアキノとクリスティーナだ。正直一人で大丈夫そうだと視線がその中の一人に集まる。

 

「なんだアキノちゃん。オマエもノリノリだっただろう?」

(わたくし)はあなた達ほどはっちゃけてはいませんわ」

「え? アキノさんも大概だったでしょ?」

「オーナー、嬉々として証拠捏造してましたもんね」

 

 ユカリとウィズの追い打ちを食らい、アキノがぐぬぬと顔を顰める。人が警察署にいた間に、相当やらかしてたんだなこいつら、とキャルはそんな四人をジト目で見た。

 

「……まあ、でも。あたし達を助けるためだものね」

 

 恩を受けたのだ。きちんと返さねば。杖を構え、ペコリーヌ達を追いかけようとしているアルダープの部下達を遮るように、彼女は一人真面目に立ち塞がる。

 

「さ、お喋りはここまでですわ。キャルさんもやる気のようですし」

「ええ、そうね。せっかくだし」

「私は、そこまでですけど……」

 

 パンパンと手を叩きながらアキノが同じように立つ。そしてその横に割とノリノリのユカリ、苦笑しているウィズと続き。

 明らかに自分の得物ではない粗雑な剣をゆらゆらと揺らすクリスティーナがその四人の前に立った。面白さは本命に遠く及ばないが、まあいい。そんなことを言いながら、彼女は剣を振り上げて。

 

「では、行くぞ。宴の始まりだ!」

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……!」

 

 何故だ、どうしてこうなった。アルダープはその太った体に無理をさせながら、全力で走る。寝室の奥にある隠し扉を開け、地下室へと、かび臭く暗い安堵とは無縁であったその空間へと転がり込んだ。

 息も絶え絶えで、彼は視線を巡らせ先程と変わらない場所にいるマクスで固定させる。無様とも言える動きでそこへと近付くと、アルダープはそこにいる彼の名前を呼んだ。

 

「マクス! ハァ、マクス……!」

「ヒュー。ヒュー。ああ、おかえりアルダープ」

「マクス! こちらにやってくる冒険者共を――」

 

 言葉は最後まで言えなかった。ばぁん、と盛大な音を立て、閉めたはずの地下室の扉が開いたからだ。ビクリと肩を震わせたアルダープは、ゆっくりと後ろを振り返る。

 四人の男女が、こちらへと歩いてくるところであった。その内の一人はララティーナ、彼がその身体を欲望のままに求めていた相手だ。

 

「ここまでですね、アルダープ」

 

 先頭を歩く少女が述べる。何故ララティーナではなく彼女がそんなことを言うのか、アルダープは理解できない。たかが一冒険者が貴族の令嬢を率いるとはどういう了見なのか。

 

「き、貴様……! 何の権限があってそんな態度を……!?」

「権限、ですか……」

 

 アルダープのそれに、少女は、ペコリーヌは目を細める。そうですね。そんなことを呟きながら、口角を上げ彼へとゆっくり近付いた。

 後ろの二人には聞こえないように。そんなことを気にしながら、彼女はアルダープへと言葉を紡ぐ。アクセルの領主という立場なのに、と前置きをする。

 

「わたしの顔を、見忘れましたか?」

「は……!? ――あ。あ、ああ……!」

 

 その言葉に、アルダープは気にもしていなかったペコリーヌの顔を眺め、そして目を見開きカタカタと震え始めた。貴族としての家柄はダスティネスやウィスタリアに及ばずとも、彼は領主。王族と接する機会も、一度や二度ではない。

 だから、彼は知っている。目の前の彼女が、一体何者なのかを。アルダープは、よく知っている。

 

「ゆ、ユー」

「口にしなくてもいいです。どうせ、フラフラと世界を出歩く間抜けですしね」

 

 ひぃ、とアルダープが悲鳴を上げた。そうだ、アクセルの街中に先程の言葉が流れているのだ。目の前の人物も当然それを聞いている。そしてそれをなかったことにしようとして、失敗した。マクスが役に立たなかった。

 ララティーナとともにカズマとコッコロもやってくる。顔面蒼白のアルダープは、もはや自分の力では打つ手が皆無に等しいのをようやく覚った。

 

「ま、マクス! マクス!」

 

 それでも一縷の望みを懸け、アルダープはマクスを呼ぶ。すぐ後ろにいる彼は、その言葉になんだいと軽い調子で言葉を返した。

 

「こ、ここにいる連中を……廃人に、しろ。殺さずに壊せ!」

「それは契約?」

「元からの契約に入っているだろう! いいから早くやれ!」

「分かったよ、アルダープ」

 

 ゆっくりとマクスが立ち上がる。人間ではないことを証明するかのように、後頭部が口のように割れ、そこから黒い闇が覗いていた。変わらず口角は歪められたままで、無表情の彼は真っ直ぐに目の前の相手を見て。

 

「遅れは取りません」

「よっこいしょー!」

 

 何かをする間もなく、コッコロとペコリーヌの攻撃を食らい吹き飛んだ。刺突と斬撃、それらを叩き込まれたマクスは、そのままアルダープを超えて地下室の壁へと激突し動かなくなった。

 

「……は?」

 

 アルダープは理解できない。下級とはいえ、悪魔が。少女二人の攻撃であっさりと倒されるなどと、ありえない。そんなありえないことが、目の前で、現実に起こったのだ。

 

「ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」

「終わりです。覚悟の準備を、お願いします」

 

 尻餅をついたまま無様に後ずさるアルダープに、コッコロが槍を突き付ける。待て待て待て、とカズマが止めに入らなければ、最悪豚の丸焼きの下ごしらえになっていたかもしれない。

 そんなことを考える余裕がアルダープにはない。ただただ、自身の破滅を認められず、しかしどうにもならないという現状が突き付けられ、ぐるぐると回り続けている。

 

「い、嫌だ! ワシは、ワシはこんなところで終わらん! 終わりたくない! 終わりたくない!」

 

 歯が噛み合わない。カタカタと鳴り続け、膝も笑っている。何と無様な、普段の自分が見たら唾でも吐き捨て即座に始末するであろうみっともない姿を見せているのだ。

 それも全ては。

 

「あは、ははははは! 凄いよアルダープ! 凄くいい悪感情だ! 本当だ、バニルの言う通りだった!」

「は? ま、マクス?」

 

 背後から声。思わず振り向いてしまったアルダープの視線の先には、先程吹き飛ばされたはずのマクスが、ボロボロの状態で笑っていた。そしてその横には、マクスと同じような服装をした仮面の男が一人。

 

「フハハハハ、初めましてだな領主。我輩は見通す悪魔バニル。そこのマクスウェルの知り合いでな。こやつの食事の手伝いをしにきた」

「な、に、を……? そ、そうだマクス! 無事ならばさっさとワシを」

「アルダープ。契約はさっき終了したよ。僕は帰るね」

「……何を言っている!? ワシはそんなこと一言も」

「残念だったな、悪運のみの傲慢で矮小な男よ。すぐに物事を忘れるマクスウェルでも、そのたびに聞かせれば理解もする。そのために、わざわざ魔道具を使い放送させ、記録させたのだからな」

 

 アルダープが絶句する。虚ろな目でマクスウェルを見上げると、彼は非常に満足そうに笑い声を上げた。

 

「凄い凄い。とっても美味しい絶望だ! ヒュー、ヒュー、ヒュー! うん、これだけあれば、暫く寝てても大丈夫そう」

「貴公はなんとも少食だな。契約が不成立だったことも影響しているか? ……まあ、どちらにせよ」

 

 じゃあ、帰るね。そう言ってこの空間から砂のようにサラサラと消えていくマクスウェルを横目で見ながら、バニルはアルダープを挟んだ向こう側にいる面々を見やる。

 

「ほれ、腹ペコ娘よ。始末するならさっさとしておいた方がいいぞ。我輩もこの後棚卸しがあるのでな」

「あ、はい。……アルダープ、抵抗するなら……出来そうにないですね」

 

 ひひひひひ、と壊れたように笑うアルダープを見ながら、ペコリーヌは苦笑する。流石にこの状態でボコボコにするのはなんだかな、と頬を掻いた。ちらりとコッコロを見ると、カズマに諭されたのか、拘束する方向で話を進めようと縄を握りしめ領主を見下ろしている。

 やれやれ、とダクネスが溜息を吐く。目の前の領主、アルダープとは色々あったが、終わってみるとほんの少しだけ寂寥感が。決して自身の趣味に関係はしないが。そう言い聞かせながら、彼を。

 

「っ! アルダープ! 何を!」

「へ?」

 

 ダクネスの叫びに緩んでいた空気が戻る。が、一歩遅い。ポケットから取り出した石を上に掲げ、認めんと彼は叫んでいた。こんな結末を認めるわけにはいかない。だからなんとしてでも、この状況を打破するのだ。半ばやけくそのようなその叫び、それに呼応するように彼の手の中の石は光り輝き。

 

「だから言ったであろう、腹ペコ娘よ。さっさと始末した方がいいとな」

「そういう意味だったんですか!?」

「いいから離れろペコリーヌ! ヤバいぞ!」

 

 カズマがコッコロとペコリーヌの手を取り慌ててアルダープから距離を取る。ぐるぐると強烈な魔力が地下室に充満し、立っているだけでも息苦しくなるようなプレッシャーが周囲に広がり始めていた。

 

「これは、やばいですね……」

「私の後ろに。最低でも一撃なら、耐えてみせますので」

 

 ダクネスが前に出る。三人を庇うように剣を構え、収束していく魔力の中心をじっと眺めた。

 アルダープは目を見開き、そして歓喜した。咄嗟に使用した召喚で、まさかこんな強力な存在を喚び寄せるとは。絶望で壊れた笑みから勝利の笑みにその質を変え、彼はバニルとペコリーヌ達を見下すように睨んだ。

 

「……成程、確かに奴は相当な悪運を持っているようだな」

「バニルさま。何かお分かりなのですか?」

「ふむ、仲間の危機でタガの外れたエルフ娘よ。確かに我輩は見通す悪魔ではあるが、ある程度の力を持った存在相手には見通し辛くなる」

「おいバニル。それってつまり」

「今から喚び出されるのは我輩に近しい存在だな。具体的に言えば」

 

 雷鳴のような音が鳴った。アルダープのすぐ横、そこに、先程までいなかったはずの人影が一つ、立っている。血のような赤と闇夜のような黒で彩られた巨大な斧らしきそれを床に突き立てながら、ぐるりと周囲を見渡していた。

 そうして、召喚の神器を手に持っているアルダープで視線が止まる。

 

「ふん。わらわを喚んだのは貴様か。……何か期待していたのと違うのぅ。チェンジって利いたりせんか?」

「我輩と同じ、地獄の公爵だ」

「やばいですね!」

 




このすばに寄せたので悪魔扱いで。


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その46

色々と無理矢理感溢れているかもしれません。


「これはこれは、久しいな」

 

 顕現したその存在に、バニルが軽い調子で声を掛ける。ん? とアルダープから再度視線を動かしたその人影は、彼を見て目をパチクリとさせた。

 

「おや、バニル殿ではないか。お主、最近見ないと思ったらこんなところにいたのか」

「少々野暮用でな。それよりも、汝こそこんな場所に来ていいのか?」

「うむ。ちょっとノリで召喚に応じてみたものの、期待ハズレで少々げんなりしているところじゃ」

 

 はぁ、とその人影は息を吐く。見た目は美女だ。少し外ハネしている長い黒髪と、妖艶なボディ、ファーの付いたマントにスカートパーツ付きのハイレグアーマー、そしてゴスロリボンネット。格好こそ派手なものの、それを除けば一見人と変わりがない。

 が、アルダープが持っていた魔物を召喚するらしいアイテムで喚び出されたことと、何よりバニルが親しげに会話をしたことで一行の警戒心はマックスであった。

 

「何を余計なことを話している! 貴様はワシが召喚したのだぞ」

「そうじゃな。それで? わらわを喚んだのだ、願いがあるのなら、それ相応の対価を用意してもらうぞ」

 

 アルダープの言葉に彼女は軽く返す。召喚された身で生意気な、と彼は怒りを顕にしたが、彼女はふんと鼻で笑うと視線を外した。

 

「して、バニル殿。そちらの連中はお主の知り合いか?」

「うむ。今の我輩は貴族の令嬢に雇われている身でな。こやつらから面白おかしく悪感情を得ながら割と充実した毎日を送っておる」

「ほほぅ。何やら楽しそうじゃな」

 

 興味深そうにバニルの話を聞いていた美女であったが、隣で叫んでいるアルダープがいい加減鬱陶しくなったのか小さく溜息を吐くと再度向き直った。分かった分かった、若干呆れたようにそう言いながら、彼女はアルダープへと問い掛ける。

 

「では、問おう。お主の願いはなんじゃ?」

「決まっている。邪魔者を片付け、ララティーナをワシのものにするのだ!」

「別に構わんが、対価は払えるのか? わらわは基本先払いじゃぞ」

「先払いだと? 碌に実力も見せておらんのに口だけは一丁前か!?」

「……勘違いをしているようじゃから言っておくが」

 

 がし、とアルダープの顔を鷲掴みにする。ミシミシと力を込めながら、美女はその口角を三日月に歪めた。

 

「お主が出来たのは召喚だけじゃ。わらわが従う理由は何もない」

「フハハハハ、悪運だけの小物領主よ。残念だったな、汝は選択肢を選び間違えた。もう少し態度を改めておけば、今頃笑っていたのはそちらだったのにな」

 

 勿論こうなるのは知っていたが。口には出さず、しかしまあ彼女のことだから、とバニルは視線でペコリーヌ達に忠告した。離脱するか、最低限もう少し下がれ、と。

 離脱、は最悪アルダープを逃してしまう可能性がある。仕方ないと警戒しながら後ろに下がった四人は、アルダープを離した美女の動きを油断なく見ていた。

 

「まあ、お主がわらわの好む悪感情をよこすというのならば、少しは考えてやっても良い」

「がはっ、はぁ……悪感情……だと?」

「その通り。わらわが求めるのは敵わぬ相手の存在を認めなければならない諦めの感情。見上げなければならない敗北感。それらをよこすのじゃ」

 

 何を言っているのか、とアルダープは顔を顰める。マクスウェルと契約していた時に、本人から伝えられなかったので、彼は悪魔の対価がどういうものか知らなかったのだ。

 一方それらをある程度知っているペコリーヌ達はそれを聞いて怪訝な表情を浮かべる。悪魔は個々で好みの悪感情が違うという話は聞いていた。バニルは人をからかった際の怒りや羞恥が好み。そして目の前の美女の好きな悪感情が。

 

「……なあ、ペコリーヌ」

「どうしました? カズマくん」

「あの美人のお姉さんの言ってる悪感情ってさ」

「何かあるのですか? 主さま」

 

 コッコロもカズマの言葉に食いつく。二人が自身を見詰める中、彼は間違ってたら悪いけど、と前置きして口を開いた。

 

「要は、本心から褒めろってことだよな?」

『はい?』

 

 ぽかんとした表情の二人を見て楽しそうに笑ったバニルは、そういう小賢しいことは鋭いなとカズマを褒めた。嬉しくねぇ、と彼は顔を顰め、それを見てバニルは美味美味と笑う。

 

「まあ確かに、小僧の言う通り。あやつが好む悪感情は、言い換えれば称賛、賛美と呼ばれるものだ」

「それ、全然悪感情じゃない気がするんですけど」

「物は言いよう、ということだ腹ペコ娘よ。事実、相手を決して敵わぬ、自身より上だと敗北を認めたその時に負の感情が何一つ無いということなどあるまい? 特に汝ならば、それがよく分かるはずだ」

「……そう、ですね」

 

 バニルの言葉にペコリーヌが俯く。だからそれは我輩の好みではないのだが、とぼやいたバニルは、向こうで反応しこちらを向いている美女を見て肩を竦めた。

 カズマはそんなペコリーヌを見て、しかし触れてはマズいとあえてスルーした。そうしながら、おいバニルと眼の前の仮面の悪魔を呼ぶ。

 

「あの領主がそれ、出来るのか?」

「無理だろうな。矮小なくせにプライドだけはやたらと高い典型的な小物領主だ、イリヤ殿を満足させる称賛など不可能であろう」

 

 視線をアルダープへと向ける。恐らく同じ説明を受けたのだろう、ふざけるな、と激高している彼を見て、ああこれはもう決まりだと頷いた。

 とりあえずあの領主は向こうの美女と契約を交わすことはない。一行は半ば確信を持ってそう結論付けると、後はあの美女をどうすればいいのかを考え始めた。

 

「案外話は通じそうだが……交渉してみるか?」

 

 聞き役に徹していたダクネスがそんなことを呟く。相手は悪魔、エリス教徒としては討ち倒すべき相手のはずだが、ミヤコと行動を共にするうちに、どうやらそういう思考に染まってきたようだ。

 

「そうですね。戦わなくていいのなら、それが一番ですし」

「はい。主さまは、どうでしょう?」

「いやそりゃ上手くいくならそれでいいけど」

 

 出来るのか、とカズマは不安に思う。いつぞやのバニルのようにいけばそれでいいが、そうでなかった場合。

 

「ふむ。交渉するのはいいが、やるなら急いだ方がいいぞ」

 

 バニルがそんなことを述べる。へ、と視線を彼に向けると、ほんの少しだけ呆れたような顔で、向こう側の彼女を眺めていた。

 

「確かにあやつは我輩と同じくらいには話が通じる。が、こう言ってはなんだが、好みの悪感情の性質上――」

「ふん。ならば少しだけ見せてやろう。わらわの力を!」

「称賛をもらうため勢いで行動することも多々あるぞ」

 

 突き立てていた斧を引き抜く。げ、と一行が目を見開く中、彼女はそれをぶんぶんと振り回し。

 

「わらわは夜を統べる大悪魔、イリヤ・オーンスタイン! さあ、わらわを崇め、讃えよ!」

 

 膨大な魔力を収束させ、床へと叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

「うっひゃぁぁぁ! 何!? 何なの!?」

 

 アルダープの部下をボコしていたキャルは、突如屋敷の一部が吹き飛んだことでそんな声を上げた。ウィズも突然のことに目を見開き、ユカリはそれに加えて不穏な気配を感じ取って表情を強張らせる。

 

「キャルさん」

「な、何?」

「頭のモヤモヤは晴れまして?」

「え? ……あ、思い出せる。クソ領主に騙されてたことも、依頼内容も、全部思い出せる!」

「少なくとも、あのマクスとかいう悪魔は退けたようですわね」

 

 アキノはふう、と息を吐くが、しかしそうなると目の前の惨状が理解できない。恐らく奥の手だったであろうマクスを失ったアルダープが反撃など出来るはずもないのに。

 そこまで考え、ひょっとしてとクリスティーナを見た。彼女は彼女でアキノの思考を読んだのか、笑みを浮かべながらもゆっくりと首を振る。

 

「あれはボスの《プリンセスストライク》ではないな。これはこれは……楽しめそうじゃないか」

「言ってる場合かぁ!」

 

 キャルのツッコミなど聞いちゃいない。クリスティーナはすぐさま屋敷の崩れている方へと駆け出した。待ちなさいよ、とキャルもその後を追いかける。

 はぁ、とアキノは溜息を吐いた。こちらはとりあえず屋敷にいた人達の避難を。そうウィズとユカリに告げ、二人とは違う方向へと駆け出した。

 

「この辺りの人達も、悪魔の影響下から脱したみたいね」

 

 ボコされた部下と降参した部下を診ながらユカリが述べる。手加減をしていたので命に別状は無いが、屋敷がこの状況では放置しておくと危ないのは間違いない。

 大丈夫でしょうか、とウィズが呟いた。目の前の人達のことではない。向こうに行ったキャルや、アルダープをぶちのめしに行ったカズマ達のことである。クリスティーナとバニルは数に入れていない。

 そんな心配されている面々はというと。ふんぬ、と瓦礫を投げ飛ばしたダクネスが、無事ですかとペコリーヌに視線を向けた。彼女が盾になったので、ペコリーヌは勿論コッコロとカズマも汚れているだけで怪我はない。

 

「……地下室吹き飛んだぞ」

 

 ポッカリと空いた空を見上げてカズマが呟く。同じように上と、そして周囲を見渡した面々は、さてではどうするかと向こうを見た。

 はーっはっはっは、と高笑いを上げているイリヤが見える。その横では、一応守られたのか、無事なアルダープが呆然とした表情で半壊した屋敷を眺めていた。

 

「ほれ、どうじゃ? わらわの力は凄いじゃろう。褒め称えてくれていいのじゃぞ?」

「ふ……ふざけるな! ワシの屋敷をこんな……」

 

 だろうな、とカズマ達は聞こえてくるアルダープの叫びを聞きながらそう思った。ちゃっかり防御していたバニルが、激高するアルダープから悪感情を得てご満悦になっている。

 称賛を貰おうとしていたイリヤは、当然そんなアルダープの態度が気に入らない。邪魔者を片付けるのが願いなのだから、何も間違ったことはしていないだろう。そんなことを言いながら、細かいやつだと不満げに唇を尖らせた。

 

「馬鹿なことを言うな! そもそも、邪魔者は片付いておらんではないか!」

「お試しの披露なのじゃからかる~くで当然であろう? きちんと契約をして欲しかったら、はようわらわに対価を寄越すがよい」

 

 駄目だ、とアルダープは判断した。目の前のこの悪魔を使って願いを叶えることは不可能だ。そう結論付けた。元々契約はしていない。ならば、もう一度あの神器を使って召喚を行えば。

 ポケットの石を握り締める。今度こそ当たりが引ければ。そう願いながら、神器の発動を。

 

「ほぅ……何かと思えば、大層な奴がいるじゃないか」

「ん? なんじゃお主は」

 

 イリヤが視線を向けた先、半壊し露出した地下室への入口付近に、クリスティーナが満面の笑みを浮かべて立っていた。舌なめずりをしながら、手にしていた粗雑な剣を構え、足に力を込める。

 一足飛びで間合いを詰めた。入り口からカズマ達を経由し、即座にイリヤとの距離をゼロにする。その衝撃で、隣にいたアルダープは弾き飛ばされた。

 

「む。貴様、ただものではないな」

「オマエこそ。楽しい相手になりそうだ」

 

 クリスティーナの剣を斧で受け止めながら、イリヤは眉を顰める。対するクリスティーナは笑顔を更に強くさせた。一歩下がると、即座に彼女へと斬り掛かる。

 嘗めるな、とイリヤが斧に魔力を込めて振り上げた。当たれば間違いなく致命傷だ。だというのに、クリスティーナは気にすること無く突っ込んでいき。

 

「なんと!?」

 

 当たらない。計算されたのか、決まっていたのか。イリヤの斧は空を切り、そして逆にクリスティーナの攻撃は彼女へと叩き込まれる。

 とはいえ、相手はバニルが認める悪魔。その程度の一撃では倒れるはずもなし。

 

「いいな。凄くいいぞ。さあ、ワタシを楽しませろ!」

「嘗めるでないわ! 夜を統べる大悪魔の力を思い知るがいい!」

 

 人知を超えた何かが始まった。それを呆然と眺めていたカズマ達だったが、そこに駆けてきた人物の声で我に返る。何やってんのあいつ、というキャルの叫びだ。

 

「……なあ、ペコリーヌ」

「はい?」

「とりあえず、今のうちに領主ボコして捕まえようぜ」

「あ、はい。そうですね」

 

 弾き飛ばされた衝撃ですっ転んだままアルダープは動かない。自分達と同じように我に返ってしまえばまた厄介なことになる可能性もある。そうなる前に。

 取り囲まれたことでアルダープは正気に戻った。手に持っていた神器を発動させんと握りしめようとした途端、横合いから槍の柄で打ち据えられ取り落してしまう。

 

「こ、コッコロ?」

「ご安心ください主さま。峰打ちでございます」

「槍の峰どこだよ!」

 

 二人がボケとツッコミを交わしている隙に、キャルがアルダープの落とした神器を拾っていた。なるほどね、と呟き、それをペコリーヌに投げて渡す。返せ、と立ち上がったアルダープの顔面に、キャルは遠慮なくヤクザキックを叩き込んだ。

 

「ふん、よくも人を弄んでくれたわね。このクソ領主」

「……今度こそ、終わりですアルダープ。――ララティーナ」

「はっ」

 

 ペコリーヌの指示で、アルダープの両手ごと体に縄が掛けられる。自身を縛るその相手の名前を叫びながら、彼は抵抗し暴れた。まだ終わってはいない。なまじっかイリヤを喚び出せたことで希望が湧いたのか、マクスウェルを失った時とは態度が違う。

 

「往生際が悪いですね。素直に連行されてくださいませ」

「そうだそうだ。もう諦めろって」

「うるさい! まだだ、まだワシには悪魔が、あそこにいるワシの下僕が!」

「フハハハ。傲慢が過ぎて妄想に取り憑かれてしまった哀れな小物領主よ。そこまで向こうに縋っているのならば、自ら行ってくるがいい」

 

 バニルが手を広げ道を作るように指し示す。その先には、お互いが得物に力を込めそれを開放せんと振り上げる姿が。

 

「刮目しろ! 《ナンバーズ――」

「恐怖しろ! 《ヴァーミリオン――」

 

 え? あれやばくない? カズマがそんなことを言うが早いか遅いかのタイミングで、それが発動する。圧倒的な暴力が、二つ、顕現する。

 

「主さまっ!」

「逃げろぉぉぉ!」

「やばいですね!」

「ヤバいわよ!」

「殿はお任せを! 早く!」

「ま、待て! 待ってくれ! ワシを置いていくな! 助けろ、助け、助けてくれ! ララティーナ! ララティィィィナァァァァ!」

「――アヴァロン》!」

「――バイト》!」

 

 二つの攻撃のぶつかり合いによって、領主の屋敷のあった場所は綺麗サッパリ何もない更地となった。

 

 

 

 

 

 

「納得いかん! 納得いかんぞ!」

 

 アクセルのギルド酒場でジュース片手に管を巻いているのは一人の少女。ワンピースの上からマントを羽織り、つばの広い帽子を被ったその姿は非常に可愛らしい。少し外ハネした長い黒髪を揺らしながら、ドンとカップを机に叩きつけた。

 

「ま、まあ。その辺にしておいたらどうだ?」

 

 対面にいるダクネスがその美少女を宥めるが、彼女は気に入らない様子で頬を膨らませている。大体、とダクネスを睨み付けながら愚痴るように口を開いた。

 

「お主は何故あの攻撃の中で無事なのじゃ」

「何故と言われても」

 

 ポリポリと頬を掻く。自分はクルセイダー、人々の盾となるのが仕事なのだ。ならば、如何様な攻撃であろうと立っていることこそ、騎士としての本懐。

 まあそれはそれとして、あれだけの激しい攻撃から主君を守り全てを食らうというシチュエーションはダクネスにとって中々高ぶるものであった。だって食らったら讃えられるのだもの。

 勿論後半は言わない。対面の少女はやはり納得いかんとジト目でダクネスを見詰めていた。

 

「……それに、二人共本調子ではなかったのだろう?」

「それは、そうなのじゃが……」

 

 ぐぬぬ、と顔を顰める。あの時、あの瞬間。本気で攻撃をぶっ放しはしたものの、それが全力であったかといえば答えは否。

 アルダープの屋敷を破壊した一撃だが。クリスティーナが持っていた適当に用意した剣は勿論耐えきれずに刀身が消し飛んだ。おかげで威力は半減以下である。こんなことならば聖域剣アヴァロンを持ってくれば良かった、と笑う彼女は記憶に新しい。

 そしてもう一方。地獄の大悪魔イリヤ・オーンスタインであるが。

 

「まさか、こんな中途半端に召喚されておるとは……」

 

 アルダープの、追い詰められて咄嗟に使った程度の絞りカスのような力では、イリヤをきちんとこちらに喚ぶのは無理だったらしい。なんとか態勢は整えたものの、普段通りに力を使おうとすればあっという間にガス欠を起こすくらいにしか身体は作られておらず。

 何も考えずに力を使った結果、現在、非常にコンパクトな省エネモードを取らなければ顕現するのが不可能となった。

 

「別に一度帰れば問題ないのじゃが……その場合再びこちらに来るのが非常に面倒でな」

「そこまでしてここに残らずとも……」

「嫌じゃ。わらわもここで面白おかしく暮らしたい」

 

 バニルの言っていたこの街の生活は、イリヤにとって非常に魅力的であったらしい。ついでに、バニルと同じくどこかに所属するというのが楽しそうという理由で、彼女は丁度いい隠れ蓑を捜索中だ。

 はぁ、とダクネスが溜息を吐いた。このまま放置しておくと、間違いなく問題を起こすか、変人窟の生贄になる。どちらにせよ、アルダープがいなくなったことでアクセルの領主代行をしているダスティネス家にとっては厄介事以外の何物でもない。

 

「イリヤ」

「ん?」

「なら、私の仲間にならないか?」

 

 ほう、とイリヤがダクネスを見る。それはつまり、そういうことかと口角を上げた。

 

「この街の領主と契約した悪魔になれと、そういうことじゃな? まあ喚び出された理由はそれじゃから、わらわとしては異論はないが」

「いや、そんな固く考えなくともいいのだが……」

 

 頬を掻きながらダクネスは苦笑する。契約だとか、そういうものではなく。ただ単に放っておくと心配だからというだけだ。

 ともあれ、イリヤはよかろうと右手を差し出した。ダクネスはその手をしっかりと握り、よろしく頼むと彼女に返す。

 

「じゃが、ララティーナよ。わらわを囲い込むのならば、わらわ好みの悪感情を忘れるでないぞ」

「分かっている。お前を褒め称えてやるさ。……それはそれとして、ララティーナはやめてくれ」

 

 

 

 

 

 

 そんな酒場とは別の場所。アメス教会の一室で、キャルはぼんやりと窓から外を見ていた。ぼーっと、流れる雲を眺めていた彼女は、背後から声を掛けられたことでビクリと跳ねる。

 

「今日は、出掛けないんですか?」

「そっちこそ。バイトはいいの?」

「あはは。ちょっと疲れたので、暫くお休みです」

 

 振り返り、声を掛けた相手であるペコリーヌに言葉を返す。彼女の返事を聞いて、そう、と短く返すとキャルは再び空を見た。

 

「ねえ、ペコリーヌ」

「どうしました?」

「あたしは、処刑されないの?」

 

 捻じ曲げられようが、辻褄合わせの駒にされようが。領主の依頼を受けて、第一王女に危害を加えようとしたことは間違いない。なまじっか記憶を取り戻してしまったことで、キャルはその考えを強く持つようになってしまった。

 が、そんな彼女の言葉を、ペコリーヌはどうしてですかと軽い調子で跳ね除ける。

 

「だってキャルちゃんは何もしてませんよ?」

「は?」

「第一王女ユースティアナには、一切危害は加えてません」

「……隠し通す気? そんなことして」

 

 違いますよ、とペコリーヌは笑みを浮かべた。普段とは違う、スチャラカなペコリーヌの笑みとは違う、どこか黒い笑みを浮かべた。

 

「今回の事件は、全てアルダープ一人の仕業です」

「……は? へ?」

「散々色々と捻じ曲げて辻褄を合わせてきたんですから、その分捻じ曲げて辻褄を合わせられちゃっても、文句は言わせませんよ」

 

 任せろボス、と大笑いしていたクリスティーナの顔を思い浮かべる。今頃ジュンと二人で無茶苦茶やってるんだろうな、とペコリーヌは向こうの様子を想像し吹き出した。

 まあそういうわけなので、と彼女は振り向いたキャルに笑顔を向ける。いつものペコリーヌの笑顔で、安心してくださいと言葉を紡ぐ。

 

「幸いアルダープの養子は誠実な人格者ですし、落ち着いたらダスティネス家と共同で領主の仕事もやってもらいましょう」

「あんた……それでいいの?」

 

 自分を助けるために、無理矢理。そんなことを考えての一言であったが、対するペコリーヌはキョトンとした顔だ。まあ確かにそういう側面もありましたけど。そんなことを前置きし、彼女はチッチッチと指を振る。

 

「そもそも、キャルちゃんが危害を加えたのは冒険者のペコリーヌですからね。ユースティアナは関係ありません」

「こいつ……っ」

「というか、そこら辺厳密にしちゃうとカズマくんが……」

「あー……」

 

 これまでの奴の所業を思い出す。うん、間違いなく処刑だ。何かを納得したように頷いたキャルは、脱力したように肩を落とした。

 分かった分かった。そんな投げやりな言葉を述べた彼女は、再度視線を窓の外に向けた。

 

「……ペコリーヌ」

「はい?」

「また、これからも……と――仲間として……よろしく」

「――っ! 勿論ですよキャルちゃん!」

「だ、から! 抱きつくなー!」

 




カズマ「暇だな」
コッコロ「そうでございますね」


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その47

例のアレ、導入編。


「ダクネスがぁ……ダクネスがぁ……」

 

 ギルド酒場で自棄酒を浴びながら机に突っ伏しブツブツと呟いているのは一人の盗賊の少女。その名はクリス。敬虔なエリス教徒として知られており、その信者ぶりはたまに他の冒険者が引くほどだ。

 そんな彼女がなぜやさぐれているのかというと。

 

「別にそこまで気にすることないのに~」

「気にするに決まってるよ! 元エリス教徒なんだから分かるでしょ!」

 

 がぁ、と対面の酔っぱらいに吠える。対するへべれけは、そりゃ分かるけど、と目の前に置いてある五杯目の麦しゅわをグビグビと飲んだ。

 

「何か街が危険にさらされてるわけでもなし。大丈夫なら、大丈夫よぉ」

「大丈夫じゃない! だって悪魔だよ!?」

「正直ぃ、ミヤコちゃんの方が、起こした問題は酷かったと思うんらけどなぁ」

「悪魔は存在そのものが害悪なの! 何で分かってくれないのさ!」

 

 どん、と机を叩くが、対面の酔っぱらいは微塵も動じない。そもそも話をまともに聞いているかも定かではないが、とりあえず彼女はクリスに向かって笑みを見せた。そこら辺は分かんないなぁ、と言ってのけた。

 

「だって私ぃ、もうアメス教徒だも~ん」

「ユカリぃぃぃぃ! 何で!? 何でなの!? ――そんなにエリスは駄目でしたか!? アメスと比べて、エリスは貴女を引き留めるだけの力がありませんでしたか!?」

 

 余程ショックだったのだろうか。クリスの口調が若干怪しい。普段の盗賊少女然としたものではなく、どこか神官のような丁寧さで。

 そんな彼女を見ていたユカリは、追加の麦しゅわを飲みながら、別にそういうわけじゃないと返した。エリスが駄目だ、などということはない。そう続けた。

 

「ただ。今の私の立ち位置には、女神アメスの教義の方が合っていたってだけ。女神エリスが嫌になったからって理由じゃないわ」

 

 実際、同僚がリッチーや大悪魔だったり別部署の人員がサキュバスだったりしているので、間違いなくエリス教徒はやってられない。とはいえ、彼女は聖騎士。理由がそうでもきちんと信仰心は持ち合わせているし、アメス教会アクセル支部の責任者としてしっかりと活動もしている。

 だからこそ、クリスは彼女がこちら側にいないのを嘆いた。

 

「まあ、クリスもぉ、もう少し軽く考えたらい~んじゃない?」

「軽く……?」

「そ~そぉ。ダクネスのところで悪さしてないんだから、これはエリス教徒の力が強いぃってことで、いいんじゃない?」

「……誤魔化されてる」

 

 目の前の酔っぱらいに説得される時点で相当だ。それが分かっているからこそ、クリスも言うのは捨て台詞のような文句だけだ。が、それでも。ダクネスが、女神エリスの信徒が、クリスの親友が、彼女達と共にいるから。そう言われたのならば。

 納得はしない。が、多少は溜飲を下げることは出来たかもしれない。はぁ、と溜息を吐いたクリスは、ありがとうとお礼を言いながら対面の彼女へと視線を。

 

「すぴゃぁ~……はひゅぅ」

「……この、酔っぱらいめ……」

 

 ジョッキを持ったまま寝息を立ているユカリを見て、クリスは先程よりも深く大きい溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 そんな騒ぎも過ぎ去り、やはりというかなんというか住人がイリヤをあっさりと受け入れたアクセルの街もそろそろ冬が終わる。今年の冬は大分色々あった、と思い出話に花を咲かせる者もいるが、普通はそんな軽い調子で済ませる事態は殆どない。

 とはいえ、だからこそこの街は平常運転でいられるし、だからこそ悪魔や幽霊がその辺をうろついていても気にしないでいられるのだ。

 勿論それは冒険者や平民など、特別な立場を持たない者達の話である。立場ある人間は、後始末に東奔西走真っ只中であった。

 

「バルター! そちらの書類は終わっているか!?」

「ああ、はい。これでいいでしょうか、ララティーナ様」

「……流石だな。あんなことさえなければ、すぐさま領主の座を譲って冒険者に戻るのに……」

「ダスティネス卿にも色々と考えがあるのでしょうから、それは」

 

 バルター、と呼ばれた青年が苦笑する。それに溜息で返したダクネスは、別に冗談ではないぞと続けた。

 

「アルダープ本人には国家転覆罪は適用されたが、それだけだ。領主として、新しいアレクセイ家として、今後やっていけるようにとユースティアナ様が尽力してくださった結果だ」

「……はい。ユースティアナ様には感謝してもしきれません」

 

 だからこそ、貴族としての責務は全力でこなす。そんなことを言いながらバルターは新たな書類に取り掛かる。それを見ながら、だからさっさと首を縦に振ってくれないだろうかと思いながらダクネスも書類仕事に戻った。

 さっきはああ言ったが、目の前の青年が領主の座に返り咲くと意思表示さえすれば、ダクネスの父親、ダスティネス家当主イグニスは迷うこと無く王家に進言するだろう。よくぞ立ち直ってくれたと喜ぶであろう。養父の所業が許せず、それを止められなかった自身を責める。領主代行の手伝いであるこの仕事も、とりあえずはそのサイクルを脱するためのリハビリを兼ねているのだから。

 尚ダクネスがここに押し込まれているのは別の理由である。

 

「ダクネスよ。この書類の不備は直さなくともよいのか?」

 

 明らかに領主の仕事の場に似つかわしくない少女が、書類をヒラヒラとさせながらそんなことをのたまう。何、とそれを受け取ったダクネスは、書かれている数値が間違っていることを確認しあからさまに顔を顰めた。

 

「……助かった。流石だな、イリヤ」

「ふふん、そうであろう? これでも公爵級の大悪魔じゃからな。このくらいお手の物よ」

 

 ワンピース姿の美少女が高笑いを上げるのを見ながら、バルターは口角を上げる。養父が悪魔と契約し暴虐の限りを尽くしていたという話は聞いている。だから、最初はそれと同じ存在であるというこの少女と、そしてそれを引き入れたというララティーナを警戒していたのだが。

 

「そうですね。イリヤさんがいてくれて、本当に助かっています」

「うむ。良い心がけじゃぞ。しかし、どうせならもっとわらわを称賛すれば良いと思うぞ?」

 

 どうやら、ダスティネス家のご令嬢が信用するだけあって、この悪魔は大分人が良いらしい。称賛、賛美の感情を欲するという理由でこうして仕事の手伝いを行ってくれる彼女を見ていると、種族の違いなど些細なことのように思えてしまう。

 

「ダクネス~。おやつのプリン、ダクネスの分も食べておくの」

「ああ、好きに食え。その代わり、こっちの邪魔はするなよ」

「言われなくても分かってるの。ミヤコをその辺の浮遊霊と一緒にするななの」

 

 にゅ、と扉を貫通して出てきた少女に別段驚くこともなく、向こうもそれが当たり前のような動きで再度扉をすり抜けていなくなる。

 

「この空間は、ある意味アクセルの縮図ですね」

 

 バルターの呟きに、ダクネスは苦い顔を浮かべた。好き好んで、積極的に人外を集めているわけではない、と。たまたま囲い込んだ厄介事が幽霊と悪魔だっただけだ。彼女はそう続けた。

 

「ああ……だが、そういって疑われ罵倒されるというのもそれはそれで……」

「その反応はわらわの欲しい悪感情とは違うのぅ」

「あはは……」

 

 はぁ、と溜息を吐くイリヤと苦笑するバルター。この瞬間は、人間も悪魔も思いが重なっていた。

 そんなことをしながら書類仕事を続けていたが、ふとバルターが思い出したように呟いた。そういえば、と言葉を紡いだ。

 

「僕は結局、この街におられるというユースティアナ様にお会いしたことがないんですよね」

「ああ、そうか。そういえばそうだったか」

 

 ペンを置き、ダクネスがふむと考え込む仕草を取る。そうしながら、彼女はユースティアナ第一王女の現在の姿を思い浮かべた。

 

――ダクネスちゃん、ご飯食べません?

――ここのメニュー、とりあえず全部ください。

――いらっしゃいませ~。こっちの席にどうぞ。

 

 駄目だ。とりあえず酒場のウェイトレスをしている姿を見られるのだけは絶対に駄目だ。あれは自身の父であるイグニスでギリギリだ。バルターが出会ったら卒倒してしまうこと間違いなしだ。むしろ普段の姿でアウトな可能性すらある。

 

「……ユースティアナ様の現状はお忍びの冒険者だ。第一王女としてのあのお方に、こちらから会いに向かうのはご迷惑になる」

「成程。そうですね。確かにその通りだ」

 

 よし通った。内心で拳を振り上げながら、ダクネスはなるべく平静を保ったままそういうわけなのでやめておけと続けた。続けようとした。

 ならば、冒険者としての彼女に接触するのは大丈夫なのか。その直前に、彼からそう言われたことで動きが止まった。

 

「やめておけ」

「え?」

「悪いことは言わん。やめておけ。これはダスティネス・フォード・ララティーナとしての言葉ではない。冒険者ダクネスとしての忠告だ」

「は、はぁ……」

 

 有無を言わさぬ迫力があった。横で見ているイリヤはケラケラと笑っている。しがらみが多いと大変だな。そんなことをのたまいながら、彼女は書類に不備なしと承認印待ちの棚へそれを置いた。

 そのタイミングで扉が勢いよくノックされる。何事だ、とダクネスが用件を尋ねると、至急お耳に入れたいことがと返事が来た。許可を出し、執事を部屋に入れると、彼女はその内容を問い掛ける。

 

「実は……トランザム家の当主が倒れたとの報告が」

「なっ!? ついこの間前当主が亡くなられたばかりなのに……! そ、それで、当主殿の容態は!?」

「幸い命に別条はないとのことですが……」

 

 執事はそこで言い淀む。そうした後、とある冒険者パーティーが何かをしたのではないかと疑われているという話を告げた。

 何でも、アクセルの聖騎士として有名なアークプリーストに指名依頼を出したところ体調不良で断られたため、代理としてもう一人の有名なアークプリーストが所属するパーティーへと依頼を出したのだとか。

 

「……アクセルの、有名な、アークプリーストがいる冒険者パーティー?」

「はい」

 

 そうしてやってきた四人を迎えたトランザム家新当主のエイブラムは、対面時に突如顔を真っ青にして泡を吹き倒れた。そういうことらしい。

 

「何故……! バレバレの時はこの間のように変装をするとかの工夫をしなかったのですか……!?」

「お、お嬢様!?」

「ああ、いや、こちらの話だ。……このことは、お父様に?」

「はい。イグニス様に伝えたところ、お嬢様の方で解決するように、と」

 

 まあそうなるな。がくりと肩を落としたダクネスは、とりあえずトランザム家にこれ以上事を大きくしないよう伝達を、そして。

 

「その冒険者パーティーは、今どこに?」

「とりあえず事情を聞くためこの屋敷に呼んでおりますが」

「分かった、至急そちらに向かおう。イリヤ、バルター」

 

 すまないが、残りを一旦任せる。そう告げて、ダクネスは立ち上がると一目散にその場所へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

「気を抜き過ぎです! いいですか!? 私はこの胃痛はちっとも気持ちよくないのですから!」

「おいどさくさ紛れでヒデェ事言ってるぞあのドM」

「しっ。今のあたし達は部外者なの。説教が終わるのを黙って見てましょう」

「ですが……」

 

 コッコロはキャルの言葉に眉尻を下げる。そもそも、今回の騒動の原因が本当にペコリーヌなのか、それが彼女は分かっていないのだ。カズマもそれは同様だが、そこを知ると碌なことにならないのを察していたので、キャルの言葉に別段反論しない。

 

「うぅ……ごめんなさい」

「アルダープの一件で貴族は今少し過敏になっています。くれぐれも、くれぐれも! 余計な行動は慎むように、お願いします」

「はぁい……」

 

 しょんぼり、と項垂れるペコリーヌ。そんな姿を見て溜息を吐いたダクネスは、せっかくなのでどこか旅行にでも行ってはどうかと進言した。後始末が終わるまでまだ二週間は掛かる。その間、同じようなことが起こらないとも限らないのだ。

 一方、それを聞いたカズマ達はわりと他人事のように聞いていた。旅行と言われても、特に当てもない。そもそもカズマはこの街以外の世界を殆ど知らないのだ。

 

「なあ、コッコロ。この辺に旅行出来そうな場所ってあるのか?」

「旅行、でございますか……」

 

 ううむとコッコロも考え込む。いかんせん彼女も田舎の村で暮らしてきた身。そういう広い世界のことは分からないことだらけだ。

 となると、と視線をキャルに向ける。そんな目で見られても、と彼女は顔を顰め頬を掻いた。

 

「あたしだって別にそういうの知ってるわけじゃないわよ。まあでも、アクセルからちょっと旅行ってなると……紅魔の里とか?」

「紅魔の里ですか~」

 

 いつの間にかこちらの会話を聞いていたらしいペコリーヌがそんなことを呟く。成程確かに一風変わった場所で、かつ観光地としてもある程度考慮されている。選択肢としては問題ないだろう。

 

「後は、まあ王都とか」

「……確かに、いっそ王都に行くのもありかもしれませんね」

 

 何かを考え込むような仕草を取った彼女は、キャルの言葉に頷き、とりあえず候補はそんなところかと述べた。

 そこまでぶっ飛んだ場所がでなかったことで、ダクネスも胸を撫で下ろす。あくまで提案であり、無理強いをしているわけではない。そのこともきちんと伝え、ただ大人しくしているならばそれでもいいと言葉を続けた。

 

「まあ、ここのところバイトもお休みしてますけど」

 

 かといって拠点でじっとしているのも性に合わない。だからこそ久々の依頼で気合を入れていたのだ。結果として空回りの大問題になったのだが。

 あはは、と頭を掻く。視線をカズマ達に向けると、そういうことなんですけどと述べた。

 

「ま、いいんじゃねぇの? 旅行ってのも」

「はい。ワクワクいたします」

「好きにすれば? どうせ暇なんだし」

 

 三者三様の答えを聞いて、ペコリーヌは笑顔を見せる。じゃあ旅行の計画を立てましょう。そう言って元気よく腕を振り上げた。とても元気よく、彼女の胸部も上下に揺さぶられる。

 そんなこんなで事態の解決をとりあえず済ませたダクネスは、彼女達を屋敷から見送ると、二人に任せきりだった書類を再開しようと踵を返した。そうしながら、ふと気になったことを呟く。

 

「旅行、といえば……まず真っ先に出るのはあの二つよりも水と温泉の都だと思ったが」

 

 意図的に避けていた。というよりも、思い出さないようにしていたような気がする。そんなことを思いつつ、まあ気の所為かとダクネスは頷いた。

 

「まさかキャルがアルカンレティアに関係している、などということもないだろう」

 

 ただの杞憂だ。彼女はそう結論付けた。

 

 




フラグが立ったよ!


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その48

出ちゃった。

※感想にて指摘された凡ミス修正。そうだよ円じゃねぇよ……。


 旅行の候補地はとりあえず出したものの、ではそこに向かおうと考えた場合色々と準備がいる。普段の冒険とはわけが違う、きちんとした遠出で、しかも旅行だ。必要なものも違うだろう。

 そんなわけで旅行に必要なものを買い出しすることになったわけだが。

 

「福引ねぇ……」

 

 タイミングが良かった、と言うべきだろうか。商店街でそういうイベントを行っている真っ最中であったらしい。コッコロと買い物を済ませたカズマは、そこで配られた福引券をヒラヒラとさせながら呟いた。

 対するコッコロは、福引に興味津々である。田舎の村ではこんな催しはやっていなかった。そんなことを言いながら、カズマの手のそれをチラチラと眺めていた。

 

「……やるか?」

「い、いえ! 主さまの福引券ですし、わたくしがそれを奪うなどとは」

「別に俺はそこまで福引やりたいわけじゃないしな。ほれ」

「あ、主さま……。このご恩は、必ずやわたくしが全身全霊を持って」

「逆逆。むしろ俺がいつも世話になってんだから、これくらいはさせてくれよ」

 

 そんなやり取りをしつつ福引所へと足を進めた二人は、案外人が多いのを見て目を瞬かせた。カズマは異世界でも一緒か、という意味で。コッコロは未知の催しの現場を見て、だ。他の人達がガラガラと回すのを見てコッコロがイメージトレーニングをしている横で、カズマは賞の景品を眺める。なるほど商店街のガラガラらしいラインナップで、たわしとか銘酒オーガ殺しとか、商品券ウン万エリス分とかが記されていた。

 

「お、特等……旅行券?」

 

 一等の上、特等と書かれているそこには、豪華温泉旅行ご招待と書かれていた。なんともタイムリー。そんなことを思いながら視線を横に向けると、同じように特等の箇所を見詰めているコッコロの姿が。

 

「主さま」

「いや別に狙わなくていいからな」

「無理に、というわけではございません。せっかくですし、狙うは特等、と参りましょう」

「……ふむ」

 

 まあ確かに言われてみれば、どうせなら一番いいのを狙うくらいの心構えのほうがいいかもしれない。そうだな、とコッコロの言葉に頷いたカズマは、じゃあ早速並ぼうぜと列の最後尾に向かった。

 そうして順番待ちをし、前の人達がたわしやティッシュを貰っていく中、着々と列は進んでいく。

 

「はいよ。じゃあ、四回分だね」

「はい。……では、行きます!」

 

 福引券を渡したコッコロが、まるで戦闘でもするかのような気合を入れてガラガラに手を掛ける。とぉおぉ、とそれを回すと、コロンと白い玉が飛び出した。

 

「ていやぁぁ」

 

 コロン、と白い玉が出る。

 

「おりゃぁぁ」

 

 コロロン、と白い玉が落ちてきた。

 

「あぁ、惜しかったねぇ。でも、後一回あるからね」

 

 福引所のおっちゃんがそんなことをコッコロに述べる。後一回、と呟いたコッコロを見ながら、カズマは待て待てと肩を叩いた。

 

「にゅ!?」

「落ち着け。ほれ、深呼吸」

「は、はい。すー、はー」

「よし、じゃあラスト行こうぜ」

「……はい。主さま。ありがとうございます」

 

 先程とは違い、落ち着いた表情でガラガラの取っ手を掴む。隣の主人であるカズマと、そして信仰する女神アメス。両方に祈りながら、彼女はゆっくりとそれを回した。

 コトリ、と玉が穴から出てくる。その色は白ではなく。

 

「おぉぉぉあたりぃぃぃぃ! お嬢ちゃん、おめでとさん!」

「おぉぉぉ! すげぇぞコッコロ!」

「主さま……!」

 

 ガランガランガランとベルが鳴り響く中、当てたのがコッコロだということもあり、周りの皆のおめでとうコールで暫し福引所は中止状態となるのであった。

 

 

 

 

 

 

「温泉旅行ご招待!?」

「あんた、あれ当たったの?」

 

 教会に戻ったカズマとコッコロは、同じように買い出しに行っていたペコリーヌとキャルに事の経緯を述べた。二人も同じく福引はやったらしいが、結果は積まれているティッシュが物語っている。そんなわけで、あの特等を当てたのかとどことなく尊敬の眼差しをコッコロに向けていた。

 

「いえ、主さまのおかげでございます」

「コッコロが凄いんだ」

「はいはい」

「やばいですね☆」

 

 毎度のやり取りを二人も笑みを浮かべながら眺める。そうしながら、旅行先はこれで決まりだと頷いた。このタイミングでこの特等、これはまさにそこに行けと言わんばかりだ。

 これでペアチケット、というオチでもあればまた別だが、宿屋の宿泊券は多人数用であり、四人なら問題なく使うことが出来る。もはや使わない理由がなかった。

 

「それでそれで? 一体どこなの?」

「はい。ええと」

 

 キャルの言葉にコッコロが旅行券を取り出し、眺める。特殊な加工が施されているそれは、どうやら一種の魔道具らしい。目的地までに使う馬車の代金、宿泊費などがこれだけで賄える旨が記されていた。

 そして行き先も、偽造できないようしっかりと刻印されている。

 

「アルカンレティア、です」

「……」

「キャルちゃんの目が急速に死んできましたけど!?」

 

 使わない理由しかなかった。完全に目のハイライトの消えたキャルは、ハイ終了、と話を打ち切るように述べると壊れた人形のようにぎこちない動きで踵を返し部屋へと戻ろうとする。

 勿論何事だ、とペコリーヌもコッコロも彼女を心配するわけで。

 

「アルカンレティア? って確か、キャルの故郷じゃなかったか?」

 

 カズマの言葉に、ビクン、とキャルが反応し動きが止まる。何で知ってる、と錆びた蝶番のような動きで首だけを動かした彼女は、しかしあの取り調べの時に聞かれていたことを思い出し何かを諦めた表情に変えた。

 一方、それを聞いた二人は成程そういうことかと手を叩いた。彼女が何故そんな反応をしたのかを理解した。

 

「確かに、里帰りは旅行というには少し物足りなく感じるかもしれませんね」

「そうですね~。わたしも王都に行くなら旅行って感じ多分しませんし」

 

 していなかった。誤解であった。が、キャルはそこをわざわざ指摘することなどしない。余計なことを言って話がこじれるのも嫌だったし、何よりアルカンレティアを話題にしたくもなかったからだ。

 

「それじゃあ、残念ですけど。旅行の場所は違うところにしましょうか」

「はい。……そういたしましょう」

 

 ペコリーヌの言葉に頷いたコッコロは、持っていた旅行券を机の上に置いた。もう使わない、そういうことになった特等のそれを、ほんの少しだけ名残惜しそうに眺めると、気持ちを切り替えるように視線を前に。

 

「キャル」

「……何よ」

「いや、すげぇ顔してたから」

 

 何とも言い難い表情でその光景を眺めていたキャルは、カズマの指摘に対する返事も力がない。ペコリーヌとコッコロが、では紅魔の里が丁度いいだろうかと話しているのを見ながら、悶えるように天を仰ぎ、そしてうにゃぁぁと頭を掻いた。

 

「コロ助!」

「はいっ!?」

 

 ずびしぃ、と指を突き付ける。突然のそれにビクリとなった彼女は、一体全体どうしたのだとキャルを見た。

 つかつかとコッコロへと詰め寄ったキャルは、その突き付けた指で彼女の額をツンツンしながら口を開いた。あんたねぇ、と言葉を紡いだ。

 

「言いたいことがあるならちゃんと言う!」

「え? いえ、わたくしは別に」

「旅行券使いたいんでしょ!? 我慢するんじゃないわよ」

「いえ。わたくしは皆さまと楽しく旅行が出来ることが第一でございます。キャルさまが楽しめなくては、意味がありません」

 

 言い切った。迷いがなかった。思わず詰め寄ったキャルの方が圧される始末である。ペコリーヌは彼女の言いたいことを察してはいたが、当のコッコロがこの調子では口を挟んでいいべきか少し迷う。

 そうなると、残るは。ペコリーヌがちらりとカズマを見た。あからさまに嫌そうな顔をした彼は、しかししょうがねぇと溜息を吐く。

 

「おいキャル」

「な、何よ」

「言いたいことがあるならちゃんと言え」

「あたしがさっき言ったやつ!?」

「ぶふっ」

「何笑ってんのよアホリーヌ!」

 

 きしゃー、とターゲットをペコリーヌとカズマに変えたキャルは、まあ落ち着けと二人に言われ不貞腐れながらも一歩下がる。話の流れがよく分からないコッコロは目をパチクリとさせながらそれを眺めていた。

 で、だ。コホンと咳払いしたカズマは、改めて先程の、キャルがコッコロに向かって述べた言葉を彼女へ送り返した。お前の方こそ言いたいことあるなら言え、と。

 

「あ、あたしは別に」

「ふーん」

「へ~」

「何よあんた達その顔」

 

 カズマとペコリーヌが目を細めながら呟く。当然のようにキャルの癇に障ったので、思い切り睨みながら再度一歩踏み出し。

 

「よし、じゃあ紅魔の里、だったか? そこにするか」

「そうですね~」

「……あ」

 

 話を切り替えられたことで再度止まった。そのまま話が進むと、彼女がコッコロへと言いたかったことが終わってしまう。思わず手を伸ばし、そして何かを言いかけ。

 それをじっと見ている二人に気付いた。

 

「――っ――っ!」

「あ、キレそう」

「ごめんなさいキャルちゃん、ちょっとからかい過ぎちゃいました」

 

 顔を真っ赤にして拳を振り上げたキャルを見て、ペコリーヌは素直に頭を下げる。カズマも悪かったと口では言ってるが、彼女ほどは反省していない様子であった。

 それを証明するかのように、それはそれとしてとカズマは述べる。やっぱり言いたいことあるんじゃないかとキャルに述べる。それを聞いてうぐっ、と呻いた彼女は、暫し己の中で葛藤するように身悶えると再度コッコロとへと視線を向けた。

 睨んでいるかのような彼女のその目に、コッコロは思わずビクリと跳ねる。

 

「……コロ助」

「は、はい」

「せっかくあんたが当てたんだし……使いましょう、旅行券」

「え? ですが、キャルさま」

「そりゃ、あの街に碌な思い出もないし、多分家には絶対帰らないし、ゼスタのおっさんやセシリーは出会ったらぶん殴るだろうけど」

「……あの、キャルさま、ご無理はなさらないほうが」

「でも」

 

 オロオロとしだしたコッコロに向かい、キャルは述べた。あれが自分のいつか帰る場所だって無意識的に思ってたから、だから行きたくなかった。帰るのが嫌だから、行きたくなかった。

 

「あたしの帰る場所は、もう、ここだし……だから、大丈夫」

「キャルさま……」

「キャルちゃん……」

「お前もジーンときてんじゃねーよ……」

 

 野次馬しつつ感動しているペコリーヌを横目で見ながら、カズマはそんなもんかねと彼女を見る。確かにこの世界での生活を始めて一年近く。何だかんだで、ここが、このパーティーメンバーが自分の居場所だと思うようにはなっていたが。

 果たして、自分は日本を同じような思いで見られるだろうか。そんなことを考えた。

 

「では、この旅行券を使って」

「ええ、行くわよ。帰るんじゃなくて、行くわ」

「ふふっ。はい、行きましょう!」

 

 アルカンレティアへ。おー、と拳を振り上げる三人娘を見ながら、カズマは一人頭を掻いていた。

 

 

 

 

 

 

「成程ね」

「え?」

 

 がばりと起き上がる。いつぞやの謎空間、以前カズマが女神特製クソ燃費バフスキルを授かった場所だ。声のした方へと振り向くと、やはりと言うべきか、相も変わらずのダウナー系世話焼き女神が立っている。

 

「何で?」

「ちょっと用事があったから、寝ているあんたと繋げたのよ」

 

 どうやら以前のように気絶しているわけではないらしい。そのことに安堵したカズマは、次いで用事があるという言葉に引っかかりを覚える。ひょっとしてまた何か新しいスキルを貰えたりするのだろうか。そんなことを考えた。

 

「あ、今回はそういうのじゃないの」

 

 違うらしい。そうじゃないならむしろ何だ。と、ひとまず彼女の次の言葉を待つ。

 故郷に帰りたい? そんな彼に、目の前の女神はそんなことをのたまった。

 

「え? 帰れるの?」

「一時的に、だけれど。ああ、あくまで夢みたいなものとして体験するだけよ。実際に向こうで生き返られるわけじゃないわ」

 

 だから、きっと望んでいたものとは違うと思うけれど。そんなことを言いながら、アメスは少しだけ眉尻を下げた。

 望んでいたもの、と彼女は言った。つまりカズマが向こうで、日本で再び生活することを望んでいたと判断したのだ。あるいは、そう伝えられたのだ。

 

「いや、別に俺こっちでの生活に割と満足してるんで」

「……そうなの?」

「まあ、平和とは程遠いし街の住人もパーティーメンバーもわけわからん連中ばかりの碌でもない世界だけど。それでもまあ」

 

 そう言いながらポリポリと頬を掻く。そんなカズマを見たアメスは、そう、と短く返すと口角を上げた。

 それはそれとして日本に戻れるのなら戻りたい。カズマはそんな彼女の余韻をぶち壊すがごとくそんなことをのたまった。

 

「……あ、そう」

「いやそっちから言い出したんだし、貰えるなら貰っとこうでいいじゃん」

「そうね。ま、それでいいか」

 

 よし、と手をかざす。魔法陣がカズマの足元に浮かび上がり、それが光を成していった。

 そうしながら、ついでだし何か希望はある、とアメスは問う。行きたい場所とかそういうリクエストのつもりで、軽い調子で彼女はそう言ったのだ。

 

「あ、じゃあ綺麗な義理の姉と可愛い義理の妹が欲しい」

「……ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 何言ってんだこいつという目でカズマを見た。いや希望って言ったから、とカズマは悪びれることなくそうのたまう。どうやら二人の間に解釈違いが発生したらしい。

 ああそういうこと。はぁ、と溜息を吐いたアメスは、そういうんじゃないと返した。その希望は応えられないと述べた。

 

「え? いいじゃない、やったげなさいよ」

「え?」

 

 横合いから声。カズマがそこに視線を向けると、青を基調とした服装に身を包んだ、羽衣を身に着けた少女が立っていた。長い髪を頭頂部で少し纏めて不思議な髪型にしており、それが何だか彼女にはしっくりくるような気さえする。

 

「ちょっと、何人の空間に勝手に来てるのよ」

「いいじゃない、大体そこの子、私の代わりに仕事してた時のでしょ? 本来なら私が担当してたんだし、一緒よ一緒」

「そう思うのなら最初から説教されないで」

「あれは私が悪いんじゃないわよー! ちょっと仕事に疲れたんでポテチとコーラ片手にゲームしつつ転生させたからって始末書書かせる? おかしいでしょ!?」

 

 妥当だろ。そうは思ったが口には出さない。とりあえずそこの青い女神らしきのが、いつぞやに言っていたアメスが代理をしていた本来の日本の転生担当の女神なのだろう。そう予想をしながら、カズマは傍観者の立ち位置を保った。

 

「はいはい。それで何?」

「だから、その子のリクエストに応えてあげなさいって話よ」

「……あのねアクア、あたしが見せるのはあくまで本人の可能性の延長線上であって」

「固いこと言うんじゃないの。出来ないこともないでしょ? なんだったら私も手伝ったげるし」

 

 アクア、と呼ばれた女神は、アメスの言葉にあっけらかんとそう返す。どうやら自分の意見を変える気はないらしい。はぁ、と溜息を吐いたアメスは、視線をカズマに向けると本当にいいのと問い掛けた。

 

「いや、どうせ夢でしょ? サキュバスサービスみたいなのとは言わないし、ちょっとしたおまけ程度なら」

「サキュバスぅ? ちょっとあんた、この私の力をそんなショッボイ悪魔と一緒にするんじゃないわよ。――いいじゃない。水の女神アクアと、アクシズ教徒の名に懸けて! 綺麗な義理のお姉さんと可愛い義理の妹だかを出して満足させてやるわ!」

「アクア、だからこれはあたしの夢で」

「見てなさい。そしてむせび泣き感謝なさい! ついでに水の女神アクアを崇めてアクシズ教徒になっちゃっても構わないわよ!」

「え、いや俺アメス様いるんで」

「カズマ……」

「ちょっとぉ! 何!? 何でそんな信頼関係作っちゃってるの!? いいわよいいわよ、私だってあの世界に一千万いる信者と強靭な絆築いてるもの。悔しくなんかないわよ!」

 

 ぶすぅ、と滅茶苦茶不満そうな顔をしたアクアが地団駄を踏む。ふん、と鼻を鳴らしながら、見てろと言わんばかりにカズマの足元の魔法陣に干渉し始めた。

 

「ちょっとアクア!? 勝手にそんな」

「大丈夫よ。私の力を信じなさい。さ、じゃあ束の間の帰郷、楽しんでらっしゃい!」

「ちょ!? いやこれほんとに大丈夫なんだろうなお」

 

 魔法陣が光り輝き、カズマの姿が消えていく。転送されたことで輝きを失った魔法陣を眺めていたアメスは、ゆっくりとドヤ顔をするアクアへと振り向いた。

 だから大丈夫だって言ってるじゃない。そんなことを言いながら、ジロリと睨むアメスを宥める。ちゃんとリクエストに応えたし、そう言ってキシシと笑みを浮かべた。

 

「大体、あんたがどうやってあのリクエストに応えたのよ」

「簡単なことよ。アクシズ教徒の夢に介入して、該当する人物をそのポジションに変更させたわ」

「……大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。だってアクシズ教徒よ? 私の可愛い信者達よ?」

 

 胸を張るアクアを見ながら、だから心配なんだけどとアメスは溜息を吐く。夢でも勧誘とかやめてちょうだい。ついでにそう警告した。

 

「そこはちゃんとあの子のリクエストに合わせたし、所詮夢だから。起きたら忘れてる程度のものよ」

 

 心配性ね、とアクアは笑う。手をひらひらさせながら、そんなんだから信者少ないのよとおまけで煽った。

 

「そりゃ、同じ夢を見せた子が度を越したブラコンを発症させてたりすれば話は別だけど。でもま、世界の干渉を跳ね除けるレベルじゃなきゃ無理だから、大丈夫よ」

「……」

「何よその目は」

 




何か変なイベント挟まった感。


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その49

正直これいいの? って一瞬なったけど。
まあいっか、な夢パート。


「おはよう♪」

「……」

 

 朝のまどろみの中、和真の耳元へ声が届く。誰だろう、聞き覚えのない声だ。そんなことを思いながら、しかし眠気には勝てず再び思考は海の底へと。

 

「こ~ら、二度寝はダメだよっ」

 

 てしてし、と額を突かれる感触がした。そのむず痒さに身悶えるが、体は上手く動いてくれない。なんだろう、まるで上に何かが乗っているような。

 

「あれ? ほんとに寝ちゃった? もう、おーきーなーさーい」

 

 ゆさゆさと身体を揺さぶられる。いいじゃないか、どうせ自分は引きこもり、朝に起きる必要など無い。そんなことを考えつつ、和真は妨害にも負けず惰眠を貪ろうと。

 

「しょうがないなぁ……。いい加減、起きないとダメだ……ぞっ☆」

 

 鈍い音。というよりも轟音が脳内を駆け巡った。衝撃が身体を貫通して枕を吹き飛ばすが如し。危うくそのまま脳ミソがプリンシェイクになる可能性すらあった。

 寝る、という選択肢がこれにより潰され、和真の出来ることは起きるか永眠するかの二択となる。

 

「……おはよ、う!?」

「はい、おはよう」

 

 しょうがない、とゆっくり目を開けた和真は、その眼前に美女の顔がどアップになっていたことで目を見開いた。瞬時に覚醒し、そして思わず自分の下半身を意識だけで確認する。

 

「大丈夫だよ。弟くんは、今日も元気だったから」

「――」

 

 何一つ大丈夫じゃない。一体全体ナニを確認されたのか口にするのも憚られるが、とにかくまったくもって大丈夫じゃない。がばりと起き上がると、きゃん、と可愛らしい声を上げて自分の上から転げ落ちる美女を見ながら、和真は思い切り深呼吸をした。

 

「どうしたの? 別に気にすることないじゃない」

「気にするわ! まったく……」

 

 はぁ、と溜息を吐いた和真は、立ち上がる彼女を見て頭を掻く。この人はいつもそうだ。もう年頃だというのに、昔から変わらない距離で接してくる。自分だって既に十六歳、子供と呼ぶには少し成長してしまっているのに。

 そんなことを思っても、それを口にしても。彼女は笑顔で大丈夫だと述べるのだ。だって、といつもの言葉を口にするのだ。

 

「私は、和真くんのお姉ちゃんだからね」

「……はいはい」

 

 まったく、と和真は苦笑する。朝ごはんを食べようか、と微笑む彼女に返事をすると、とりあえず着替えようと服を。

 

「……」

「どうしたの?」

「いや、俺着替えるんだけど」

「ん? あ、手伝う?」

「出てけっつってんだよ!」

「今更でしょ? 私は気にしないな」

「俺が気にするの! お姉ちゃんだって俺がいたら着替えとか」

「別に気にしないよ?」

 

 本気の目であった。売り言葉に買い言葉、とかそういう次元ではない表情であった。何言ってるの当たり前じゃんという顔であった。和真はそこで言葉を止め、俺が気にするのでお願いしますと頭を下げる。しょうがないなぁ、と彼女は微笑み部屋のドアへと手を掛けた。

 

「もう、何やってるんですか! 朝ごはん冷めますよ!」

 

 そのタイミングでドアが開く。和真より年下の、左右に髪を輪のように結んだ可愛らしい美少女は自分怒ってますと言わんばかりの表情で和真の部屋に突入してきた。

 

「あれ? お兄ちゃんどうしたんですか?」

「へ?」

「いや、何でお前いるのみたいな顔してましたから」

「……何でお前いるの?」

「酷くないです!? 今日は用事もないから朝から一緒ですって昨日言ったじゃないですか!」

「そうだったっけ?」

「どうだったかな?」

「二人して!?」

 

 うがぁ、と叫ぶ美少女。そんな彼女を見てごめんごめんと謝った和真は、すぐに行くから待っててくれと続けた。ぶすぅ、と膨れっ面ではあるものの、分かりましたと彼女は素直に部屋を出ていく。

 

「静流お姉ちゃんもですよ! ほら、早く!」

「はいはい。じゃあ、下でね」

 

 ひらひらと手を振る静流を見ながら、和真は小さく溜息を吐く。まるでずっと前からそうだったかのような、この日常。でも、これは。

 

「迷惑掛けてるな……」

 

 確かに、元々あの二人はそういうところがあった。世話焼きで、度々起こしに来て、ご飯を作ってもらって、そして一緒に学校へ行って。でも、今とは違った。

 そうなった理由は、あの時の。

 

「あー、やめやめ。飯食おう飯」

 

 寝間着代わりのジャージを手早く着替えた和真は、何かを振り払うように頭を振ると部屋を出て階段を降りていった。

 

 

 

 

 

 

「アクア」

「んー?」

「なにこれ?」

 

 アメスの空間。そこでカズマの夢を覗いていたアメスは、繰り広げられる光景を見てそんなことを呟いた。一方のアクアは、アイスを食べながら別にこんなもんでしょと返事をする。

 

「人ってのは、何かしら過去にしがらみがあるもんよ。あの時こうすればよかった、って。この子もそうなんでしょ。あの突拍子もない要望も、そんな意味があったのね」

 

 シャリ、とアイスを齧りながらアクアが述べる。向こうでの未練を断ち切るという意味では、中々いいんじゃないか。そんなことを思いながら笑みを浮かべ、隣のアメスを見やり。

 普段より更に無の表情をしていることに気が付いた。

 

「どうしたのよ?」

「……カズマのあれに、そんな意味はなかったわ。あたしの夢の土台も、別にそこには全く触れてないし」

「え? だったらあの、カズマだっけ、の潜在意識とかそういうのじゃ」

「確かに多少はあったかもしれないけど……ここまであからさまなのは流石におかしい」

「……じゃあ、何で?」

 

 棒だけになったアイスをガジガジやりながら、アクアは目の前に映る光景を眺める。

 カズマの血の繋がらない戸籍上も関係ない姉を名乗る美女は、彼の過去から現在までを熟知していて、傍に寄り添い包み込んでいる。そして血が繋がっていない妹だという少女も、カズマと共に時には笑い時には悩み、一緒に歩んでいっていた。

 どう考えても、彼の願望か、あるいはあの二人が元々そういうものであったとしか思えない。

 

「……アクア」

「私のせい!? 何でよ!? 別に私変なことしてないでしょ!? そこにいる二人はきちんとしたアクシズ教徒だし、ついでにいうなら実力だって高いわ。知ってる? 今のアルカンレティアってば超強くてね、魔王軍幹部だって単騎なら跳ね除けちゃうくらいなんだから!」

 

 胸を反らし、物凄いドヤ顔でそんなことをのたまうアクア。それを話半分で聞いてはいるものの、そこにある不安はどうにも拭えない。そもそもそれだけの力があるなら魔王軍の脅威はとうに去っているだろう。

 それはそれとして。実力云々はどうでもいい。問題は、二人の気質だ。

 

「だから心配ないって言ってるでしょ? 私の可愛いアクシズ教徒よ? 問題なんかあるわけないじゃない」

「現状で問題発生してるのよ」

「だから、それはカズマが悪いんでしょ? あんなこと言っといて実は結構気にしてたんじゃないの? 小さい頃結婚の約束をした幼馴染がいつの間にか不良と付き合ってたとか、思春期だと大ダメージだものね」

 

 分かる分かる、と頷いているが、多分こいつ分かってないなとアメスは思う。そもそも、カズマはそういうのは恐らく心の内に秘めるタイプだ。だから自分から話さなければ表面には出ないし、こんな実況されるような状況で吐き出すわけがない。

 

「ねえ、アクア」

「んー?」

「あの二人、実は本当にカズマの知り合いだったりしない?」

「そんなわけないじゃない。これはあくまでそういう夢で、本当にカズマの姉と妹だったりは」

 

 そう言いながら画面を見る。青春学園風景を鑑賞していたアクアは、ふう、と小さく息を吐いた。

 

「ま、大丈夫でしょ」

「あんた……」

「いやだってしょうがないじゃない! ここまで来たらそうとしか言えないでしょ!? 大丈夫よ、大丈夫大丈夫。まあ最悪カズマに向こうの世界で血の繋がらない姉と妹が出来るだけだから」

「大問題でしょうが! ちょっと上に報告するわよ」

「なーんでよぉ! 私何もしてないじゃない! あの子だって綺麗な義理の姉と可愛い義理の妹が欲しいって言ってたんだし、むしろ願いを叶えたんだから褒められるべきでしょ!? そうよ、良いことしたのよ。結果オーライよ」

 

 ほら見ろ、と向こうの画面を指差す。つられて、アメスもそこに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?」

「あ、いや」

「……あの子、目で追っちゃった?」

「……」

 

 和真は口を噤む。何も言いたくない、とばかりのそれを見て、静流は眉尻を下げた。一歩彼に近付くと、そのままゆっくりと抱きしめる。

 ごめんね。そう言って、彼女は彼の頭を撫で続けた。

 

「私は、こんなことしか出来ないけれど。……でも、約束する」

「……」

「私は、絶対に、何があっても。弟くんのお姉ちゃんだから」

 

 だから、泣かないで。そう言って静流はゆっくりと彼を撫で続ける。和真が落ち付くまで、ずっと。

 そのままどれくらい経っただろうか。ゆっくりと彼女から離れた和真は、バツの悪そうにそっぽを向いた。恥ずかしい、と呟いた。

 

「いいんだよ。だって私はお姉ちゃんだもの。弟が甘えるのは、当然の権利なんだから」

 

 ね、と静流は笑みを浮かべる。和真はそんな彼女を見て、どこか照れくさそうに頬を掻いた。

 そのまま暫し無言で道を歩く。あ、と静流が声を上げたので視線を向けると、そこには彼女と対になるもう一人の。

 

「璃乃ちゃん。今日は早いんだ」

「補習も部活も無かったんです。だからお兄ちゃん、静流お姉ちゃん。一緒に帰りましょう!」

「お、おう」

「どうしたんですかお兄ちゃん。鳩が吊り天井食らったみたいな顔してますよ?」

「豆鉄砲だよ」

 

 ほんの少し重くなった空気を霧散させるような彼女の言葉に、和真は思わず笑ってしまう。横の静流もクスクスと微笑み、何だか分からないけど馬鹿にしてますねと璃乃は頬を膨らませた。

 そんな彼女を宥めつつ、三人は揃って道を行く。どうせなら、と少し寄り道をしながら、色々なことを吹っ切るように。

 

「そういえばお兄ちゃん。最近仲が良い女の人いますよね?」

「へ? そうだっけ?」

「とぼけても無駄だぞ☆ お姉ちゃんはお見通しなのだ~」

 

 す、と人差し指を立てて、でも、と静流はそれを唇に持っていく。その仕草がどこか色っぽく、和真は思わずゴクリと喉を鳴らした。

 

「小学生は、流石にアウトかな……」

「いや違うよ!?」

「じゃあ、残りの二人ですか?」

「残り二人って言われても」

 

 片方はタダの腹ペコだし、もう片方はどっちかというと悪友とか近所の野良猫に近い。二人の言うような関係かといえば、決してそうじゃない気がする。

 しかし、それはあくまで今は、だ。目の前の二人との関係のことを考えると、後々そうなる可能性もないことは。

 

「……あるのか?」

「ありますね」

「あるね」

 

 うんうん、と二人して頷くのを見て、和真は視線を逸らし頭を掻く。何だか恥ずかしい。それはそういう可能性を示唆されたことなのか、それとも。

 この姉と妹にも、その可能性を感じたことなのか。

 

「……大丈夫、みたいだね」

「へ?」

「お兄ちゃん、今日はちょっと元気なかったですから。あの人絡みかなって思ってたんですけど……図星だったみたいですね」

「あぁ……それはまあ、もういいんだ」

 

 静流に慰められ、璃乃にも気を使ってもらって。これで大丈夫じゃないだなんて言えるはずがない。ありがとう、と二人に礼を述べると、気にするなと返事が来た。自分達は、お姉ちゃんなんだから、妹なんだから。そう言って、揃って微笑む。

 

「ちなみに、私の大丈夫みたいは、弟くんの次の恋についても指してるんだよ」

「新しい恋。雨降って時間が余るってやつですね!」

「『雨降って地固まる』って言いたいんだよね?」

 

 

 

 

 

 

「ほらほら。どうよどうよ? いい感じになってない?」

「……現状は、よ」

「何々? 負け惜しみ? 夢の女神のくせに私に負けちゃったもんだからそんなこと言っちゃった? プークスクス、ごーめんなさいねぇ、私ったら万能の女神なもんですから!」

 

 はーっはっはっは、と勝利宣言をぶち上げるアクアを見ながら、アメスはやれやれと溜息を吐いた。こいつがこうなっているということは、多分この後碌でもないことが起きるな。付き合いも長いので大体予想が出来てしまう自分が少し嫌になりながら、まあでも、と彼女は画面を見た。

 

「これで本当にカズマが楽になるのなら、確かに結果オーライかもね」

 

 クスリと小さく微笑むと、そろそろ目覚める時間ねとアメスは自身の空間に設置してある時計を見た。アクアに声を掛け、自分達も戻るぞと言葉を続ける。

 

「はいはい。あ、ここ割と便利よね。また何かあったら私も使わせて」

「……使用料金、取るわよ」

「うわケチ、そんなんだから信者が雀の涙なのよ。もっと私を見習って大胆に生きなさい大胆に!」

「今日のこと、上に報告を」

「分かった払う、払います。だからそれだけはご勘弁をぉぉ!」

 

 瞬時に泣きつくアクアを見ながら、アメスはもう一度溜息を吐いた。そうしながら、もう一度カズマを見やる。

 とりあえず苦情はアクアへ、と言っておこう。彼女はそう決めた。

 

 




夢パート終了、いざアルカンレティア……?


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その50

出ちゃった(二回目)


「では、説明をお願いします」

 

 そう述べる上司への連絡係を見ながら、正座させられているアクアとアメスはお互いを指差した。こいつが原因だと断言した。

 

「アメスが」

「アクアが」

 

 あぁ? と睨み合う。そんな二人を見た連絡係は、もういいとばかりに持っている書類に処罰の決定を記入し始めた。それを見て、アクアもアメスも慌てて待った待ったとそれを止める。

 

「そもそも、何がどうなって怒られてるのか分からないんですけどー!?」

「理由は分かってるでしょうに……。でも、別にあたしは報告してないし」

「私が自分から報告するわけないじゃない! 何なの? バカなの?」

 

 二人のやり取りを連絡係はじっと見守る。終わりましたか、と一段落した辺りで尋ね、では改めてと先程の書類の記入を消しながら言葉を紡いだ。

 

「先日、件の世界にて因果律の捻じ曲げが発生しました」

「は?」

「え?」

 

 連絡係の言っている世界とは当然、日本から転生者を送っている、魔王軍が幅を利かせているあの世界のことだ。そこで、大規模な因果の改変が行われたらしい。

 対象はアルカンレティアのとある少女二人。顔も名前も、勿論二人は知っていた。

 

「……アクア」

「私じゃないわよ! 大体あのシチュエーションだって私がやったわけじゃないし! あれでしょ? カズマでしょ? なにやってんのよあのヒキニート!」

「使用された女神の力は紛れもなくアクア様のものです」

「なぁんでよー! 私何もやってないってばー!」

 

 連絡係の言葉を聞いてアクアはわめく。本当に、正真正銘に、彼女には覚えがないのだ。アクアの表情を見る限り嘘は言っていない。アメスもそれはよく分かるので、ちょっといいかしらと連絡係に物申した。

 

「それは本当にアクアがやったの?」

「いえ。使われた力はアクア様のものですが、使用者は違います」

「ほーらそうじゃない! 私何も関係ないでしょってえぇえぇぇぇ!?」

 

 その言葉を聞いて一転、顔を輝かせたアクアであったが、次の瞬間その事実に気が付き叫び声を上げた。その言葉が真実ならば、女神の力が本人以外に使われたことになる。

 

「どういうことよ! 私の女神パワーを無断で使うなんて何たる罰当たり、この女神の拳で神罰を」

「無断? 許可はちゃんと出てますよ?」

「……はい?」

 

 怒りの表情からキョトンとした顔に。本当にコロコロ変わるな、と横で見ていたアメスは思ったが、とりあえず巻き込まれるのが嫌なので何も言わない。ちょっとカズマに似てきたかも、と彼女はほんの少しだけ口角を上げた。

 

「使用したのはアクシズ教徒の二人で、アクア様からの加護も深く与えられています。よって、力の行使も無断ではないと上は判断しました」

「それは屁理屈でしょ! 私がいいって言わないと許可なんか降りてないも同義よ! 詐欺よ詐欺! 訴えてや――」

「内容は、『サトウカズマの義理の姉になる』『サトウカズマの義理の妹になる』の二つです」

「――ろうかと思ったけどまあ今日はこの辺で勘弁しといてあげるわ」

 

 アメスもさっと視線を逸らした。やったのは間違いなくあの二人だ。どうやら思った以上にブラコンをこじらせていた上に世界の理を書き換えるレベルであったらしい。しかしまさか自身が崇める女神の力を使ってまでとは。

 そこまでを考え、そして気付く。ああ、つまりあの夢はやはりカズマが主体ではなく。

 

「……カズマ、ごめんなさい」

 

 夢の女神は無力だわ。今ここにいない加護を与えた勇者候補に謝罪をしながら、彼女は暫く彼の監視を強化しようと心に決めた。

 アクアは始末書を二枚、書く羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 アクセルの街から、アルカンレティアまでは大体一日半。テレポート屋を使えばすぐだが、旅行にそれは風情がない。そんな理由からか、チケットの無料券は馬車であった。

 その代わりと言ってはなんだが、グレードはお好みで選べるようになっている。

 

「ふぁぁぁぁぁ。朝一は眠いのよねぇ……」

「キャルさまは朝が苦手でございますから」

 

 うつらうつらと船を漕ぐキャルを、コッコロが先導する。そんな二人の前には、ペコリーヌが並んでいる馬車を眺めていた。乗り心地のなるべくいいものを選定するつもりらしい。

 

「分かるのか?」

「ふっふっふ。わたし、こう見えて色々渡り歩いてましたからね。このくらいお茶の子さいさいですよ」

 

 そんな彼女の隣でカズマがそう問い掛けるが、何やら自信がある様子。そういえば最初に出会った時にそんなことを言っていたな。記憶を辿りながら、彼はペコリーヌの背中をぼんやりと眺めた。

 そうしながら、記憶か、と一人呟く。

 

「なんだったんだろうな、あれ」

 

 アメスに見せられた夢。それは、自分のトラウマとも言える出来事を乗り越えた世界。自分の味方になって支えてくれた相手がいた世界。ちょっとしたリクエストだったはずが、想像以上に様々なオプションが付いてきた感が満載であった。

 とはいえ、あれは所詮夢だ。実際にあんな優しく綺麗な姉代わりと元気で可愛い妹代わりがいたならば、カズマは引きこもりなどしてないしそもそもここに転生していない。まあ今も割と満足しているのだから、向こうでも満足していたと思い込むくらいで丁度いいかもしれない。そう結論付け、これですこれ、とこちらに手を振るペコリーヌに意識を戻した。

 そうして旅行券によってタダになった馬車へと乗り込んだ四人は、ガタゴトと揺られながら街を出た。自信満々に選んだだけはあり、ずっと座っていても尻が痛むなどということもない。変わっていく景色をのんびりと眺めながら、これからのことに思い馳せる余裕もある。

 

「最近はずっとアクセル暮らしでしたからね。何だか久しぶりですね」

 

 窓の外を見ながらそんなことをペコリーヌが呟く。旅に慣れているとはいえ、そういう部分は多少あるらしい。そんなもんか、とカズマが尋ねると、はい、と笑顔で返された。

 

「それに、こうやってお友達と旅行するっていうのは初めてですから!」

「はい。わたくしもでございます」

 

 彼女の言葉にコッコロも笑顔で頷く。そしてもう一人はというと、馬車が出るなり夢の世界へ旅立っていったためここには不在であった。コッコロの膝枕で幸せそうに寝ている姿は、ほぼ家猫である。

 

「カズマくんは、どうです?」

「ん?」

「こういう旅行って、意外と行ってたりとか」

「ねーよ。精々家族旅行くらいで、こうやって仲間内で旅行に行くのは初めてだよ」

「そうなのですか」

「えっへへ。じゃあわたし達がカズマくんの初めての相手なわけですね。やばいですね☆」

 

 吹いた。そして盛大にむせた。肝心のツッコミ役であるキャルが睡眠中のため、ダイレクトにカズマへと届いてしまったのだ。何言ってんだこいつ、という目でペコリーヌを見たが、気付いていないのか彼女はどうかしたのかと首を傾げている。勿論コッコロがいる以上、ここで自分がどういう誤解をしかけたのか説明することなど出来はしないわけで。

 はぁ、と盛大に溜息を吐いたカズマは、もういいですと視線を窓の外に向けた。

 

「何だあれ?」

「どうされました? 主さま」

「いや、向こうになんか変なのが」

 

 あれあれ、とカズマが指差した先には、何やら盛大に砂が吹き上がっているのが見える。噴水のようなそれは、こんな場所ではある意味不思議で、ある意味幻想的でもあった。

 

「ふぁぁぁ。どうしたのよ……」

 

 そんな声と音を聞いたからか、もぞもぞとキャルがコッコロの膝枕から起き上がる。迷惑かけたわね、と彼女に謝ると、そのままカズマの指差した方へと視線を向けた。

 

「砂くじらじゃない」

「砂くじら? こっちじゃクジラが陸にいるのか?」

 

 まあサンマが畑で取れる世界だからそんなもんか。そんなことを思いながら一人頷いたカズマは、ということはと噴水のように吹き上がる砂を改めて眺めた。

 

「あれ潮吹きか」

「砂吹きよ砂吹き」

「久しぶりに見ましたね~」

 

 ペコリーヌも砂くじらのそれを見ながらそんなことを呟く。キャルはそこまででもないのだろう、別段何か感想を言うわけでもなくぼんやりとそれを眺めていた。

 そして、最後の一人は。

 

「……」

「コッコロ? どうした?」

「あ、はい。申し訳ございません主さま。わたくし、砂くじらの実物を見るのが初めてだったもので」

「そういやコロ助、田舎の村からアクセルに来たって言ってたものね」

「そうですそうです。コッコロちゃんも初めてなんですよ。やばいですね☆」

「言い方」

 

 よかった、今度はツッコミがいた。カズマはそんなことを思いながら、感嘆の表情で砂吹きを眺めるコッコロを見やる。普段自分の世話をしている時とは違い、何だかとても年相応の姿に見えて。

 

「あ、主さま!?」

「あ、悪い。つい」

「い、いえ……大丈夫でございます」

 

 思わず頭を撫でていた。年下に、弟にやるように。コッコロは女の子だから妹だよな、とどうでもいいことを考えながら。

 

「……ん?」

「どうされました?」

「いや、何か寒気が」

 

 妹はコッコロではない。そんな謎の警告がカズマによぎった気がした。

 

 

 

 

 

 

 馬車に揺られ一日半。道中色々なものを見ながら辿り着いたその場所が、水と温泉の都アルカンレティア。

 その名の通り、澄んだ湖と温泉が湧き出る大きな山に隣接して作られたこの街は、いたるところに水路が張り巡らされている。水の女神アクアのパーソナルカラーである青を基調とした色で統一された街並みは美しく、活気に満ち溢れていた。

 

「へぇ……」

「わぁ……」

 

 カズマとコッコロが到着したその街を見て思わず声を上げた。アクセルの街と比べると、平穏で、そして観光地に相応しい華やかさがある。いかにも旅行に来た、という感じに、カズマはついついテンションが上ってしまう。

 

「平和、ですね」

「……まあね。ここは魔王軍も滅多に来ないし」

 

 ペコリーヌの呟きに、キャルがそんな言葉を返した。この街が平穏な理由は諸説あるが、主に三つ。プリーストを多く抱えるから戦い辛い。水の女神アクアのお膝元なので加護が強い。

 そしてもう一つは。

 

「あら?」

「っ!?」

 

 ビクリとキャルの体が強張った。聞こえてきた声に聞き覚えがあったらしく、小刻みに震えながら何で初っ端にと呟いている。

 そんな彼女の様子に尋常じゃないものを感じたのか、三人は視線をそちらに向けた。頑なにキャルが振り向こうとしない方向へと向けた。

 

「久しぶりねぇ、キャル」

「……お、久しぶり、です」

 

 決して振り向かない。振り向いたら終わりだ、と言わんばかりに、彼女は振り向かない。

 そこに立っていたのは、一人の獣人族の女性であった。年齢はカズマ達よりそこそこ上であろう。狐を思わせる耳、左右の端を束ねた長い銀の髪、そして巫女服を思わせる服装。

 そんな彼女は、自身を見ないキャルを視界に入れ、その口元を三日月に歪めていた。

 

「誰にも、何も言わずにいなくなったから、心配していたのよ」

「……はい」

「どうして急にいなくなったの? この街が、そんなに嫌になったのかしら」

「……そ、れは」

「いけない子ねぇ、キャル……」

 

 ひっ、とキャルが息を呑むのが分かった。明らかに怯えているのが分かった。

 だから、だろうか。そんな二人に割り込むように、ペコリーヌとコッコロが立ち塞がる。おい待て、というカズマの声など聞いちゃいない。真っ直ぐに獣人の女性を睨んでいる二人を見て、ああもうとカズマもそこに並んだ。二人と違って明らかに争う気ゼロである。

 

「あなた達は……?」

 

 不思議そうな顔をして女性は三人を見やる。どうやらいきなり襲ってくるような相手ではなかったことに安堵したカズマは、ほれ自己紹介と二人を宥めた。

 

「あーっと。俺はこいつの、キャルのパーティーメンバーで、カズマといいます」

「キャルさまのお仲間で、コッコロと申します」

「キャルちゃんのお友達の、ペコリーヌです」

「仲間? キャル、あなた、冒険者になったの?」

 

 女性が少しだけ目を見開き、振り向かないキャルに問う。その質問に小さくはいと返した彼女は、少し震える声で、ですから、と言葉を続けた。

 

「あたしは、もう……ここには帰りません」

「……本気かしら?」

「はい。――あたしはもう、アルカンレティアのアクシズ教徒キャルじゃない。アクセルの、カズマとコロ助とペコリーヌのパーティーメンバー、アークウィザードのキャルだから」

 

 いつの間にか震えは止まっていた。ぐ、と拳を握り、彼女はゆっくりと振り向く。そして女性の目を見て、キャルははっきりとそう言った。

 女性はじっとキャルを見る。そして、そんな彼女を守るように立っている三人を見る。

 ふ、と薄く笑うと、少しだけ呆れたように溜息を吐いた。

 

「随分と、立派になったのねぇ、キャル」

「あ、いや、それは……」

「いいわ。あなたの両親には私から言っておいてあげる。どうせ会いたくないのでしょう?」

「え? ……ありがとう、ございます」

 

 目を見開いたキャルは、女性のその言葉に何やら感じ入ったものがあったらしい。ゆっくりと目を伏せると、深々と頭を下げた。

 女性はそんな彼女へ、いいのよ、と笑みを浮かべたまま言葉を返す。

 

「強くなったあなたへの、ご褒美だもの」

「強く……?」

「ええ。弱いままだったらどうしようかと思ったけれど、これなら、問題ないようねぇ」

「……はい?」

 

 猛烈に嫌な予感がしたキャルは、思わず顔を上げた。実に嗜虐的な笑みを浮かべている女性を視界に入れ、あ、これヤバいやつだと瞬時に判断する。

 その後の行動は早かった。即座に反転し、その場から離脱するべく全力で駆け出す。

 

「そうね。そうなるわよね。――ラビリスタ!」

「ん、出番かな?」

「へ? あひゃぁぁぁぁ!」

 

 突如キャルの足元が隆起し、輿のようなものへと変化した。一見すると何かを祀るように見えるそれはその実彼女を閉じ込める檻でしかない。パニックになっているキャルを余所に、狐耳の彼女と、ラビリスタと呼ばれたもう一人、この街で浮きまくっている真っ赤な服装をした眼鏡の女性がゆっくりとそこへ近付いていった。

 

「やあ、久しぶり。見違えたよ」

「ここで呑気な挨拶いらないんですけどぉ!」

「元気そうでなによりだ。それでマナ、これからどうするの?」

 

 ラビリスタは女性に声を掛ける。マナと呼ばれた女性は、そんなもの決まっているじゃないとその口元を三日月に歪めた。

 

「キャルを祭り上げて、こちらの陣営を増やしましょう。さっさとゼスタを退陣させるために」

「そうだね、その通りだ。いやぁ、ナイスタイミングだったよ。実に重畳」

「え? ……どこ連れてくの? ねぇ! ねぇってば! へ、ぇぁ――いやぁぁぁぁぁ!」

 

 あれよあれと言う間に。キャルはラビリスタとマナの二人によっていずこかへと連れ去られていった。三人が何か反応する間もなく。物凄い手際の良さで。

 

「きゃ、キャルちゃぁぁぁぁん!」

「キャルさまぁぁぁ!」

「……マジかよ」

 

 こうして、四人の旅行の日程は、到着した瞬間に崩れ去るのであった。ちなみにアルカンレティアに足を踏み入れて数歩の出来事である。

 ――魔王軍がここに攻めてこない理由の最後の一つ。それは、アクシズ教徒に関わりたくないからだ。そう、まことしやかに囁かれていた。

 




のんびりするのは次回に持ち越し……?


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その51

アルカンレティア、オープニングイベント。


「と、とにかく追い掛けましょう!」

「はいっ!」

「……いや、場所分かんねぇだろ」

 

 今にも走り出そうとしている二人をカズマは止める。突然のことにテンパっていたらしい二人はそこで動きを止め、ああそうでしたと振り返った。その視線は、指示を、アイデアを待っているもので。

 

「何か言ってただろ、名前。その辺から街の人に聞いてみればいいんじゃねえの?」

「あ、成程」

「えぇと……あの方たちが確か、マナさまと、ラビリスタさま、でしたでしょうか」

「後、キャルちゃんを祭り上げてゼスタとかいう人を退陣させるって言ってましたね」

 

 流石はその辺のスペックは高いだけある。ちゃんと記憶していたらしい二人は、では早速と聞き込みを開始した。しようとした。

 

「あの」

「どうしました? アクシズ教に入信でしたら、こちらに記入をどうぞ!」

「すいません、ちょっと」

「おやおや、お困りですか? それでしたらこちらの入信書に名前を書いていただければ、すぐさま事態は解決に向かうでしょう!」

 

 三秒で挫折した。アクシズ教の総本山なだけはある。街の住人の殆どがアクシズ教徒で、そしてことあるごとに入信を勧めてきた。ぶっちゃけ聞き込みとかそういうレベルではない。

 それも見越して即座にさらっていったのだったとしたら、流石の手際と称賛するしかないだろう。

 

「うぅ……どうしましょう」

「まさか、アクシズ教徒の方々がここまでとは……。あの押しの強さは、アメス教徒として少し見習うべきでしょうか……」

「大丈夫。コッコロは今のままで十分だから、アレを真似することはないから」

 

 怒涛の勧誘ラッシュに当てられたのか、物騒なことを言い出すコッコロを宥めながら、カズマはさてどうするかと思考を巡らせた。とりあえず通行人への聞き込みはまず無理だ。かといって、恐らく店でも結果は同じだろう。アクシズ教徒でない者を探すということも考えたが、絶対数が多すぎてそれだけで時間がかかりかねない。見分けがつくとしたら、それこそ一般人ではなく。

 

「……待てよ」

「どうしたんですか? カズマくん」

「主さま? 何かひらめいたのですか?」

「いや、よくよく考えたら」

 

 あの会話に出てきた名前、どう考えてもお偉いさんだろ。そのことを二人に述べると、あ、と揃って間抜けな声を上げた。

 

「確かに、陣営とか退陣とか言ってましたね」

「祭り上げる、ということは、キャルさまを何かの象徴に据えるということでしょうから」

 

 つまり、と視線をアルカンレティアでも一際大きい建物へと向ける。

 アクシズ教の大教会。様々な設備が内包されているその大聖堂が、恐らくあの二人の目指す場所だ。

 

「行きましょう! アクシズ大教会へ!」

「はい!」

「……言っとくけど、キャルを見付けて合流するだけだぞ。カチコミに行くんじゃないんだぞ」

 

 ともすればそのまま暴れかねない二人の様子を見ながら、意見言ったのは間違いだっただろうかと彼は頬を掻く。が、そうしなければしないで最終的に力づくになりかねない勢いでもあったため、まあしょうがないかとカズマは諦めることにした。

 ろくでもない連中だ、とキャルも言っていたし、まあいいや。そういうことにした。

 

 

 

 

 

 

 辿り着いてみると、予想以上にでかい。それがカズマの感想であった。街全体が観光地であるので、この場所もそれとして設計されたのかもしれない。そんなことを思いながら、とりあえず現実逃避から戻ってくる。

 あっという間の出来事だったのだろう。既に大教会は混沌と化していた。

 

「……やばいですね」

 

 ペコリーヌも目の前の惨状を見てぽつりと呟く。コッコロはどうしていいか分からず目をパチクリとさせるのみだ。

 端的に換言すれば、立てこもり犯だろうか。大教会の一角、恐らく中心の大聖堂であろうそこを、大量のプリーストとアクシズ教徒が取り囲んでいる。それを率いているのは二人、先程の狐耳の人物マナと、青の街で真っ赤な出で立ちのラビリスタだ。

 

「さ、いい加減観念してもらおうか」

 

 拡声器らしき魔道具を使って建物内部にいるらしい相手に声を届ける。が、ラビリスタのその声への返事は謎の液体の詰まった瓶の投擲であった。ガシャン、という音と共に瓶の中身のスライムらしき何かが広がっていく。

 

「あー! これ私のところてんスライムじゃないですか! 食べ物を粗末にするとかゼスタ様最低です!」

 

 地面の染みになったそれをひとすくいしたアクシズ教のプリーストの女性が目を見開き声を張り上げる。ラビリスタから拡声器を借り受け、言いたい放題の文句を叫び始めた。

 尚、追加で飛んできた袋詰めされたところてんスライムとかやらが命中し、彼女はスライムまみれとなった。

 

「……で、キャルはどこだ?」

「スルーしちゃうんですか!?」

「関わりたくねぇ……」

 

 どう考えてもアクシズ教の内ゲバだ。こんなのに関わったが最後、間違いなく旅行は終了するだろう。そう結論付けたカズマは、なんとかして無関係を装いながらキャルの居場所を探し出す方向へと舵を切る。

 よし、とペコリーヌとコッコロの手を取ると、彼は《潜伏》スキルを発動させた。

 

「成程。考えましたね」

「しかし主さま。この状態のまま移動は流石に困難では?」

 

 カズマを中心にお手々繋いでお散歩状態である。状況が状況のため多少の移動でも見付かりはしないだろうが、もしバレた時の絵面が最悪であった。カズマにとって、である。勿論コッコロの心配はそこではなく、単純に並んでの移動は難しくないかという普通の疑問だ。

 

「とりあえずなるようになるだろう。行くぞ」

 

 三人、手を繋いでゆっくりと歩き出す。集団の中に紛れたが、どうやら気付かれてはいないらしい。ふう、と息を吐くと、これからが本番だと視線を巡らせた。

 包囲している側がマナとラビリスタな以上、キャルもここのどこかにいるはず。そうあたりを付けた探索であったが、やはり人の多さがネックとなる。

 

「カズマくん」

「ん?」

「やっぱり、あの二人の近くにいるんじゃないですか?」

「わたくしもそう思います」

 

 ペコリーヌの言葉にコッコロも同意する。だよなぁ、とカズマも集団を眺めるのを止めてそこを見た。あそこまで行くと、間違いなく騒動の中心部に紛れ込むことになる。そうなると、否が応でも巻き込まれる可能性だって勿論あるわけで。

 

「ゼスタ。いい加減終わりにしましょう?」

 

 マナが大聖堂の立てこもり犯に声を掛けている。今度は先程と違い、顔こそ見せなかったが同系統の放送用魔道具で返事を行っていた。

 

『何を言いますか! そもそも、アクシズ教徒同士が何故争わなくてはいけないのです!?』

「……あなたに退陣要求を突きつけた時、こちらの署名を破り捨てたからでしょう?」

『過去にとらわれてはいけませんぞ!』

「ええ。だから未来を見据えたのよ。――あなたをぶちのめして退陣させるという、ね!」

 

 くわ、と目を見開いたマナは、ゆっくりと手を上げた。それに呼応するように、周囲のアクシズ教徒が彼女を讃え、ゼスタをディスる。最初こそ言わされている感があるかと思ったが、どうやらガチ文句らしい。

 

『な、なんたることだ……。マナさん、あなたは、なんということを……!?』

「ゼスタ。いくら自分が不利だからって同じアクシズ教徒を辱めるのは駄目だ。マナはこれでも真っ当に賛同者を集めたんだからね」

『いーや信じませんぞ! これでも私は最高司祭、皆の羨望を一身に集める――』

「ゼスタ様に人望なんか最初からないですよ!」

 

 スライムまみれのプリーストが聖職者としてやってはいけないハンドサインをしながら叫ぶ。それに呼応し、そうだそうだセシリーの言う通りと周囲のアクシズ教徒が拳を振り上げながら力説する。

 

『だ、だとしても! 最高司祭総選挙で私に勝つには』

「ええ。勿論集めたわ。前回あなたが破り捨てた量より、更に多い署名をね」

 

 どすん、とラビリスタが生成した箱一杯に詰め込まれたそれを前に出す。ゼスタは勿論それを見ることなく、立てこもったままいやまだですと往生際悪く反論した。

 

『数は少なくとも、今の私にはここに重要な司祭がいます! 彼ら彼女らを抱えている以上、私はまだ負けては――』

「ラビリスタ」

「了解」

 

 指を鳴らした。ぱちんという音と共に、彼女達の背後がせり上がっていく。まるでコンサート会場のギミックのようなそれによって、周囲の皆が見ることの出来るやぐらのようなものが出来上がった。

 そしてそこに立っていたのは一人の少女。

 

「はは! あ、ははは……!」

 

 カズマ達にとって、物凄く見覚えのある少女である。

 が、しかし。その姿は、三人にとって全く見覚えのないもので。

 

「き、キャル、ちゃん……?」

「キャルさま……?」

「……うわ」

 

 思わずそんな声が出る。ペコリーヌとコッコロは困惑、カズマはドン引きだ。

 それは普段の服装よりも露出が多く、そしてどこかキラキラしている。カズマの知識の中で合致するのは、いわゆるアイドル。

 そしてそんな彼女は、拳を握った状態で手首を曲げ、猫を思わせるポーズを取り。吹っ切れたのか、やけくそなのか、とにかく笑顔で言葉を紡いだ。

 

「きゃるきゃる~ん♪」

「……」

「……」

「……」

 

 三人が三人とも、無言で顔を逸らした。見てはいけないものを見た。そんな気分であった。

 一方のアクシズ教徒は大興奮である。いやっほー、と天に拳を突き上げる者達が大量にいる中、マナが立てこもり犯に向かって笑みを浮かべていた。さあ見ろと言わんばかりに口角を上げていた。

 

『ま、まさかまさかまさか!?』

「ええそうよ。あなたが推していた子よ。アルカンレティアが誇る猫耳少女キャル、だったかしら」

『アルカンレティアとアクシズ教が育んだ誇り高き驚異の猫耳美少女キャルちゃんですぞ!』

「ああそう。それで、そのキャルが今私の陣営なのだけれど。ほら、今パフォーマンス中よ?」

 

 バタン、と扉が開きゼスタが先程述べていた自称腹心達が即座にマナに下る。キャルちゃーん、とどこからともなく取り出したサイリウムのようなものをブンブンと振っていた。

 勝負ありだ。ラビリスタが開け放たれた扉に向かってそう呟き、それに伴ってセシリーの号令でアクシズ教のプリーストが大聖堂になだれ込む。やめろー、はなせー、とほぼ確保された立てこもり犯そのままのセリフを吐きながら、ゼスタが拘束されマナとラビリスタの前に転がされた。

 

「ぐっ……」

「無様ね、ゼスタ。……まあこの状況も喜ぶ変態に言葉は無用よ」

 

 ぐい、と彼の首についている最高司祭の証を引きちぎる。下っ端プリーストに即座に格下げ、と宣言すると、そのまま自陣営のプリースト達に連行させた。

 はぁ、と息を吐く。ようやく終わった、そんなことを呟きながら、ラビリスタに視線を向けた。

 

「さて、じゃあ早速。アルカンレティアの新最高責任者として、仕事をしようか、マナ」

「そうね」

 

 勝利に沸いているアクシズ教徒達に向かい、マナは声を張り上げる。それぞれの事後処理やこれからのアクシズ教についての簡単な説明を行いながら、ラビリスタと共にテキパキと騒動を片付けていった。

 これにて一件落着。そんな空気が流れる中で、やぐらの上でパフォーマンスをしていたキャルも動きを止め、疲れたように座り込んだ。

 

「あ、ははは……何やってんだろ、あたし」

 

 天を仰ぐ。もう帰らないと、ここは帰る場所じゃないとそう宣言したはずなのに。

 結局、マナの言うことを聞いて、ご機嫌を取って。こんなことをしてしまった。アクシズ教のノリに流されてしまった。

 もう違うと、自分はそうじゃないと言っていたはずなのに。

 

「違うはずだったんだけどなぁ……」

 

 逃げられない、ということなのだろうか。そんな事が頭をよぎって、違うと必死で否定する。ここで、アクシズ教徒として過ごすことこそ幸せだと囁く何かを、必死で否定する。

 そうじゃない。自分の幸せは、願いは、そうじゃない。

 

「そう、あたしは……。ほんと……あたし、いったい、何を願ってたのかなぁ……」

 

 はぁ、と視線を下に向ける。

 

「――え?」

『あ』

 

 そうして、衝撃の光景で思わず《潜伏》を解いてしまっていたカズマ達と目が合った。逸らしていた視線を戻したタイミングと丁度重なったことで、キャルは先程までの光景をバッチリ見られていたことを理解する。

 そう、きゃるきゃる~ん♪とか言っていたのをバッチリしっかり見られたのを彼女は理解したのだ。

 

「あ、あ、あ……」

 

 思わず立ち上がり、よろめく。目から光が急速に失われていく。落下防止対策のおかげで柵にぶつかるだけで済んだが、しかし間違いなく致命傷だ。

 精神的に、である。

 

「え~っと。キャルちゃん……可愛かったですよ?」

「は、はい。大変可愛らしゅうございました」

「あ、バカ! それトドメだって!」

 

 ブツン、とキャルの中で何かが切れた。乾いた笑いを上げながら、彼女はやぐらの上で虚ろな表情のまま動かなくなる。

 

「あはははは……は、はは……ははははは……」

「きゃ、キャルちゃぁぁぁぁん!」

「キャルさまぁぁぁぁ!」

「どーすんだよこれ……」

 

 途方に暮れているカズマを見ていたラビリスタは、マナにあれはいいのかいと問い掛けた。

 死んでないなら大丈夫よ、と即答されたことで、彼女はほんの少しだけ目を細める。

 

「しょうがないじゃない。今はそれどころじゃないのだから」

「……まあ、そうだね」

 




天丼。


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その52

何故か登場。


「どなどなどぉなぁどぉなぁ……」

「おいそれはやめろ。ただでさえ輿――っていうか檻に入ったお前を運んでる時点で注目集めまくってんだから……」

「キャルちゃん……」

「キャルさま……」

 

 水と温泉の都アルカンレティア。そこで目が死んでいる猫耳少女が膝を抱えて檻の中に入っていた。荷車に乗せてそれを引っ張っているカズマ達も、いたたまれなさに何とも言えない表情になっている。

 

「なあ、もういい加減出てこいって。あの、マナさん? だったかもとりあえずアクシズ教徒としての仕事は終わりでこれから好きに生きればいいって言ってたんだし」

「そうですよ。何だか証みたいなのも貰ってたじゃないですか」

「これで、何の憂いもなくわたくしたちのパーティーに残れるのですし」

 

 口々にそうフォローするが、キャルは虚空を見詰めたままである。時折思い出したかのように視線をキョロキョロさせる辺りが涙を誘った。

 

「やだ」

「キャルちゃん?」

「外の世界怖い……この中が安全……」

 

 そう呟く彼女を見て、三人ははぁ、と溜息を吐く。とりあえず落ち着くまではこの状態のままかもしれない。果たして落ち着く時が来るのだろうかとカズマは若干不安になっているが、ペコリーヌとコッコロは信じているらしい。

 いやコッコロはともかく、ペコリーヌと違ってこいつ割と繊細だからな。口にはしないがそんなツッコミを入れたカズマは、とりあえず宿へと向かってから考えようと足を。

 

「……何をやっているんだい君達は」

「ん?」

 

 横合いから声。視線をそちらに向けると、いつぞやに見た格好の少年が呆れたような目でこちらを見ていた。顔の造形のレベルはともかく、人種的にはカズマと同じであろうその少年は。

 

「あれ? お前確か、カツラギ?」

「ミツルギだ! 御剣響夜! まったく……相変わらずだね、佐藤和真」

 

 やれやれ、と肩を竦めるその仕草も絵になる。け、とそんなキョウヤに向かい吐き捨てるような仕草をしたカズマは、何でこんなところにと問い掛けた。アクセル所属のカズマと違い、彼は確か王都で活躍しているはずだ。そこで出会うなら分かるが、ここはアルカンレティア、まったくもって関係がない。

 

「何でも何も。ここは女神アクア様の総本山だ。彼女に転生させてもらった身としては、定期的に訪れても不思議ではないだろう?」

「……あー、成程な」

 

 どっぷりというわけではないが、要はこいつもアクシズ教徒と同じというわけだ。そんな結論を弾き出したカズマは、分かったじゃあなと話を打ち切った。

 当然ちょっと待ったとキョウヤは止めるわけで。

 

「何だよ。俺はお前と話すことなんぞ何もないぞ」

「僕はあるんだよ。色々と聞きたいこともあるからね」

「えー」

「そこは頷いて!?」

 

 どうしよう、と視線を二人に向ける。キャルは現状ノーカウントなので、ペコリーヌとコッコロの意見次第だ。とはいえ、この状態で彼女達が首を横に振るわけが。

 

「あの、今キャルちゃんがこんな状態なので」

「あまり悠長にお喋りをするのは、いかがなものかと」

「あれ?」

 

 予想外の答えにカズマの方が思わず目を見開いた。しかしよくよく考えてみれば至極当然である。大事な仲間、友人がドナドナ状態なのだから、そっちを優先するに決まっている。

 

「そういうわけだ。悪いな」

「欠片も悪いと思わない笑顔で言うのはやめてくれ。せめて表情は取り繕おう?」

「素直をモットーにしてるからな」

「絶対ウソだ!」

 

 盛大にツッコミを入れたキョウヤは、肩を落とすとキャルを搭載している荷車を持つ。運ぶのを手伝うよ、そう言いながら、視線をカズマへと向けた。これで話が出来るだろう、とそういうわけらしい。

 同意を求めるようにカズマは視線を動かす。まあそこまでするのなら、と二人共苦笑していたので、しょうがないと渋々彼は了承することにした。

 

「で、何だ話って」

「彼女が何故こうなったかは……まあ、聞いちゃいけないことだろうから止めておくとして」

「そうして差し上げろ」

 

 多分説明したらキャルが舌を噛んで死ぬ。そう確信を持っていたので、キョウヤの言葉にカズマは迷うことなくそう述べた。そうしながら話の続きを促すと、彼は少しだけ笑みを浮かべながらカズマの方へと視線を向けた。

 

「以前僕が言っていたこと、覚えているかい?」

「パーティーメンバーと二股をかけたい、だったか?」

「欠片も微塵も合ってない!」

 

 え、とコッコロが若干引くのを見てキョウヤは慌てて否定をする。ついでに、そういえばカズマのパーティーメンバーの中で彼女とだけは初対面だったことをここで思い出した。

 つまり第一印象が最悪になったわけである。

 

「違うから! 僕はちゃんと一人の女性を愛するタイプだから!」

「おいふざけんな。お前典型的な異世界チートハーレム主人公じゃねーか。あれだろ? パーティーメンバー以外にも色んな場所でヒロイン湧いてくるんだろ?」

「湧いてたまるか! そういう君はどうなんだ佐藤和真。こんな綺麗な人達をパーティーメンバーにしてるんだ、それ以外でも沢山の美人と仲良くなっていたりするんじゃないのか!?」

「はぁ? 俺がそんなうらやまけしからん状態なんかに」

 

 言葉が止まった。アクセル変人窟はほぼ例外なく性格や行動がアレだが、確かに見た目は皆さん素晴らしくいいと言えなくもない。性格や行動がアレだが。

 

「心当たりがあったようだね」

「ねぇよ。何勝ち誇っちゃってんのお前?」

 

 クスクスとコッコロが笑う。仲がよろしいのですね、と述べると、カズマは非常に嫌そうな顔でどこがだよとキョウヤを指差した。

 

「ですが、主さまは随分と自然体でお話をされているので」

「そうですね~。なんていうか、ノリがダストさんとか、キャルちゃんと同じ感じというか」

『ダストを含めんなぁ!』

「うわっ」

 

 同時のツッコミ。カズマはともかく、先程まで目が死んでいたキャルまでもそこには反応する辺り、いかに同一直線状に並べて欲しくないかが分かるというものだ。

 そういうとこだぞ、というツッコミをしてくれる人物は、ここにいない。

 

 

 

 

 

 

「で、何の用なのよあんた」

「何で檻の中でふんぞり返ってんだよお前……」

「外怖いもん! もうちょっとここにいたいもん!」

 

 復活したと思ったが、そうでもなかったらしい。自身の言葉にそんな返しをしたキャルを見ながら、カズマは視線をキョウヤへと向ける。そういうことらしいぞ、と言葉を紡いだ。

 

「何がそういうことなのかは分からないが……まあいいか。佐藤和真、あれから随分と強くなったんじゃないのかい?」

「なってねーけど」

「何で!? 確か、魔王軍の幹部を一人討伐したんだろう?」

「トドメさしたの俺じゃねぇし。精々こんなもんだ」

 

 言いながら冒険者カードを取り出す。最近てんやわんやで碌に確認していなかったそれを一瞥し、ほれ見ろとキョウヤに渡し。

 

「……結構レベル上がってるじゃ――あ、うん」

「おいその可哀想なものを見る目はやめろ」

 

 確かにレベルは上がっている。スキルポイントもまだ未使用なものが残っている。

 が、ステータスは悲しいくらい貧弱であった。《冒険者》であることと、カズマの素のステータスも相まって、同レベル帯の他の職業に遠く及ばない。

 

「でも、スキルの多さは流石だね。スキルポイントも潤沢、成程、そういう戦い方か」

「ちげーよ。何なの? クリスティーナさんといいお前といい、人を戦えるやつ扱いすんのやめてくれない?」

「カズマくんは、戦えてますよ」

 

 ペコリーヌが言葉を挟む。え、とそちらに振り向くと、笑顔でこちらを見ている彼女の姿が。それに同意するように、勿論です主さまとコッコロも力強く頷いた。

 そして檻の中にいるキャルも、その二人の言葉に小さく頷いていた。

 

「まあ……何だかんだ、あんたがいると便利なのよね」

「……ふふ」

「おいニヤつくなぶん殴るぞ」

 

 生暖かい目でこちらを見ているキョウヤを睨むと、冒険者カードをひったくるように取り戻し仕舞い込む。そうしながら、それが一体どうしたんだと不貞腐れたようにカズマは言葉を続けた。

 

「いや、今のところはちょっとした確認だよ。君が魔王を討伐する勇者足り得るか、のね」

「だから無理だって言ってんだろうが」

「そうかい? 事実、君達は魔王軍幹部を退けた」

「あれはアクセルがおかしいんだよ。あの連中がいるならともかく、俺一人だったら瞬殺されるっての」

「数さえ集めれば大丈夫というのも相当だと思う」

 

 ちょっとだけ真顔でそう返したキョウヤは、それならそれでもいいとこの話を終えた。今のところは、だ。あくまで彼の中でそうなっている。

 女神アクアに選ばれた自身と、女神アメスに選ばれた彼。二人の女神に選ばれし勇者が揃っているのだ。きっと、何かが。

 悲しいかな、キョウヤは現在も絶賛勘違い中であった。そこには何の意味もないし、アクアは始末書を書いているし、アメスはそんな彼女の書類を代わりに片付けている。いいのあれ、とアメスが尋ねても、別にいいでしょとアクアは流すのみだ。

 

「そういえば、君達はどこまで行くんだい?」

「わたくしたちは、この先の宿屋に予約がとってあります」

「この先って、確かアルカンレティアでもトップクラスの」

「はい、旅行券さまさまです。やばいですね☆」

 

 へぇ、とキョウヤが驚いたような声を上げる。お前は違うのか、とカズマが尋ねると、彼はああそうだよと頷いた。どうやらアクシズ大教会の宿泊施設を利用しているらしい。カズマ達とはここに来た目的が違うからだろう。

 

「まあ、確かに旅行ならそっちの方がいいだろうね」

 

 よしついた、と足を止める。目の前にある建物は温泉街の旅館というよりは立派なホテルのような外観で、いかにもな高級感を醸し出していた。

 それじゃあまた、と去っていくキョウヤを尻目に、ようやく檻から這い出てきたキャルを伴ってホテルに入る。従業員は流石にアクシズ狂信者ムーブはしないらしく、極々普通に手厚い歓待を受け、そのまま部屋へと案内された。隣同士になっている二部屋に自身の荷物を置くと、さてではどうするかと体を伸ばし。

 

「カズマくーん」

「ん?」

「今日はもう夕方ですし、観光とかは明日にしません?」

 

 扉越しにペコリーヌの声。まあ確かに、今日一日でえらく疲れたので彼女の言葉にカズマは反論することなく同意を返した。ついでに、別に入ってきてもいいぞとつい口を滑らせる。

 あ、じゃあ遠慮なく、と三人がそのまま部屋へと足を踏み入れた。

 

「こっちの方が若干狭いわね」

「そりゃ、俺一人だけだからな」

 

 ふーん、と適当な返しをしたキャルを横目に、それでお前達はどうするんだとカズマは問う。

 そんな彼の問い掛けに、ペコリーヌはふっふっふと脇に置いてあったそれを掲げた。

 

「じゃじゃーん。今から温泉に行きます」

「お、おう」

 

 ノリ悪いですよ、と謎のお説教をされつつ、カズマはそういうことなら俺も行こうかと着替えを荷物から取り出す。そうしながら、ふと気が付いた。

 あれ、さっきペコリーヌが掲げたの着替えじゃね、と。

 

「わ、何よ急に振り返って」

「……いや、何でもない」

 

 ひょっとしたらあの時の、白のレースを確認するまたとない機会だったかもしれない。そんな後悔をしつつ、再度視線を戻すと取り出した着替えを手に持った。それはそれで惜しかったが、大事なのはこれからだ。ノリが悪い、と言われたのも、覚られないように若干緊張していたからだ。

 ここにやってきた時、受付の案内板に見えたのだ。宿屋の温泉には、男湯と、女湯と、そして混浴があることを。

 

「よ、よし。行くか」

「あんた、何か変じゃない?」

「気のせいだろ」

 

 キャルがジト目で見てくるが、カズマは極力言葉を少なくすることでその追求を躱した。行きましょう、とペコリーヌがノリノリなのも追い風となった。

 そうしてやってきた温泉入り口。案内板通り右から、男湯、混浴、女湯の順に入り口が並んでいるのが視界に映る。

 

「じゃあ、後で」

 

 迷うことなくキャルは女湯を選んだ。え、というカズマの言葉が耳に入ったのか、射殺さんばかりの視線で即座に彼の方へと振り向く。

 そんなやり取りを見てクスクスと笑ったペコリーヌも、それじゃあと女湯を選んだ。普段距離が近くとも、流石にそこまでは恥ずかしいのかもしれない。

 ともあれ、まあその辺は予想してたとカズマは頭を掻く。出来ることならば見たかったが、彼としては混浴に入っている他の女性客でもありっちゃありなのだ。若い女性客限定である。

 

「よし、じゃあ俺も行くかな」

 

 彼の目の前に広がるのは混浴の入り口。これから彼は賭けに出る。若い女性客が無防備に温泉に浸かっているのを目撃できるかどうかの賭けをする。

 

「はい、では参りましょう」

「――え?」

 

 そんな彼の思考が一瞬にして元に戻った。視線を横に向けると、普段と変わらぬ表情でそこに立っている一人の少女が。

 どうかしましたか、と首を傾げている彼女に向かい、カズマはおずおずと話しかけた。

 

「あ、あの……コッコロさん?」

「はい、何でしょうか、主さま」

「温泉、入りますよね?」

「はい」

「キャルとペコリーヌ、もう行っちゃったけど」

 

 何を言っているのだろうかとコッコロは再度首を傾げる。そんなことは分かっていると彼女は述べる。

 分かっていて、彼の隣に、混浴の入り口に立っているのだと言葉にした。

 

「主さまは混浴に入られるのですよね?」

「え、あ、はい」

「なので、わたくしもお供いたします」

 

 そう言って柔らかな笑みを浮かべる彼女は、ある意味非常に男らしかったと後々カズマが語ったとかなんとか。

 

 




混浴イベント……?


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その53

お風呂回(その1)


「ふぃ~。いいお湯ですね~」

「おっさん臭い……」

 

 ペコリーヌがお湯でのんびりしている横、キャルはジト目で彼女を見る。湯船にぷかりと浮いている二つを見て、なんだこれ、と思わず呟いた。

 

「ねえ、ペコリーヌ」

「はい?」

「何食べたらそんなんなるのよ」

 

 そんなん、とキャルに指さされたそこに視線を向け、質問の意味を理解したペコリーヌはあははと苦笑する。多分母親に似たんだと思います、そう言って視線を空に向けた。

 

「あ、ちなみに何を食べているかと言えば」

「ごめんあたしが悪かったわ」

 

 話を打ち切る。ちゃぷ、とお湯をひとすくいすると、キャルはどこか懐かしそうにそれを再び湯船に落とした。

 んー、と横でペコリーヌが伸びをする。体の力をだらりと抜き、ぼんやりと夕方から夜に変わる空を眺め、どこかご機嫌に鼻歌を歌いながら。

 

「ここ、いい場所ですね」

「気のせいよ」

「その割には、キャルちゃん今ホッとしてません?」

「気のせいよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして同じように空を見上げる。わだかまりは多々あるし、嫌な思い出だって腐るほどある。碌な場所じゃない、と自信を持って断言できる。

 でも、そうやって褒められると、不思議と悪い気がしないのは、何故なのだろう。

 

「あー、やめやめ。余計なこと考えてたら疲れちゃう」

「ふふっ、そうですね。せっかくの旅行ですしね」

「そうそう。あくまで旅行よ。……なんと言われようと、あたしはアクセルに帰るわ」

「勿論ですよ」

 

 視線をキャルに戻し、ペコリーヌは笑顔を向ける。そうしながら、勢いのまま彼女に向かってハグを決行した。

 現在地は温泉。勿論全裸である。

 

「やめろー!」

 

 全力で彼女を押し戻そうとしたが、いかんせん基礎ステータスの差はいかんともしがたい。が、流石にその辺りは考慮したらしく、ペコリーヌはそのまま素直に引き下がった。

 ふう、とそのまま暫し湯船に浸かりのんびりする。どこからか、カポーン、と音が聞こえたような気がした。

 

「ところでさ」

「はい?」

 

 そんな状態で、キャルがぽつりと呟く。ペコリーヌも疑問系で返事をしたものの、彼女が何を言いたいのか何となく察してはいた。

 つつ、と視線を横に向ける。女湯の隣にあるのは、混浴。男女構わず入浴できる場所だ。

 

「待って! だから、俺は大丈夫だから!」

「何をおっしゃっているのですか。従者として、主さまのお体を洗うのは至極当然のことでございます」

「いやだから! 背中はいい、百歩譲って許容する。けどな、前は駄目だろ! そういうのはそういう店でやってもらうことであって、コッコロにやってもらったらアウトだろ!」

「そういうお店、ですか……」

「あ、いや、そのだな。別に何か変な意味じゃ」

「では、そのお店のやり方で行えばよろしいのですね」

「絶対よろしくないです! 捕まるから! 俺児ポで捕まるから!」

「じぽ? とは一体何なのでございましょうか」

「コッコロは知らなくていいことです。そういうわけだから、前は自分で洗うんで大丈夫です!」

「……分かりました。では、頭を」

「あー……まあ、それくらいなら」

「かしこまりました。失礼いたします、主さま」

「あ、ちょっと待って。これ距離的に見えちゃわない……?」

「おや……。ふふっ、主さま、そこまで強く目を瞑らずとも、シャンプーは染みませんよ」

 

 多分違う理由で目を瞑ってる。それを何となく察したが、キャルはあえてそれを口にしなかった。隣のペコリーヌも、何とも言えない表情を浮かべて壁を見ている。

 

「あれ、ほっといてよかったのかな……」

「やばいですね……」

 

 

 

 

 

 

 はぁ、とカズマは息を吐く。何故自分は浪漫を求めに混浴へと向かってこんな疲れているのだろうか。そんなことを思いつつ、ちらりと横を見た。

 

「主さま。この温泉は、とても気持ちが良いですね」

「……そうだな」

 

 結果としてコッコロと一緒にお風呂である。あまりの衝撃に流されるまま混浴に入ってしまったのがそもそもの間違いだったのではないかと思ってしまうが、恐らく間違いはそこではないのだろう。

 混浴行くなら一人でこっそりと。カズマは次回の反省点を心に刻んだ。

 

「あの、主さま……」

「ん?」

 

 そんな決意を固めていると、コッコロがどこか不安げにこちらを見上げていた。にごり湯ではないので、視線は顔から動かさない。周辺視するとアウトだ。

 

「わたくしは、邪魔でしたか?」

「え?」

 

 しゅん、と項垂れながらそんなことを零す。どうやらカズマの態度を鑑みて、そういう結論に至ったらしい。温泉を堪能するのに、自分という存在は必要なかったのではないか、と。

 ここでそうですと答えるほどカズマは人間が腐っていないし、そもそも邪魔だと思ってはいない。ただ、色々とマズかっただけだ。年齢とか。もっと年齢が下なら、あるいはもう少し年齢が上ならば、彼としては違う反応になっただろう。なまじっか普段その辺の大人よりしっかりとしていたことも拍車をかけた。

 

「別にそんなことはないから、安心してくれ」

「……本当ですか?」

「ああ。コッコロみたいな可愛い子と一緒に温泉とか、むしろ自慢していいくらいだ」

 

 なお自慢すると警察がやってきて手錠が掛けられる。あるいはこの街ならばアクシズ教徒にボコされる。

 ともあれ、カズマのその言葉を聞いたコッコロはよかったと安堵の溜息を吐いた。次いで、可愛い、という単語を思い出して思わず顔が赤くなる。

 

「……あ、あの、主さま」

「どうしたコッコロ」

「わたくしは、可愛い、のでしょうか……?」

「え? 今更そこ聞く?」

 

 散々ぱら褒められているじゃん。そんなことを思いはしたが、彼女のことだから社交辞令程度にしか思っていなかったのかもしれないと考え直す。ペコリーヌも言っていた気がするが、彼女のそれはある意味あてにならない。

 ううむ、とカズマは悩む。ここははっきりとコッコロは美少女であると断言しておいた方がいいのだろうか。が、しかし。今ここでその話をした場合。

 温泉で全裸の男が年端も行かない全裸の美少女を口説くの図、になりかねない。間違いなく事案である。

 

「コッコロは可愛いよ」

「主さま……!」

 

 が、カズマは言った。ここで言葉を濁してコッコロに悲しい思いをさせるくらいならば事案を選ぶ。そういう漢であることを彼は選択した。

 

「カズマぁ!」

「うおっ!?」

 

 ただ問題は。今現在温泉に入っているのが自分達だけであったことと、混浴の会話は女湯にも聞こえていたことだ。

 

「ちょ、ちょっとキャルちゃん!? 駄目ですよそんな大声出しちゃ」

「しょうがないでしょ!? あいつ混浴でコロ助口説き始めたのよ! スケベなのは身をもって知ってたけど、ついに子供に手を出すなんて……」

「考え過ぎですよ。カズマくんは普通に褒めただけで――え? 身をもって?」

 

 女湯が静まり返る。お二人はどうされたのでしょうかと首を傾げるコッコロの横で、カズマは何かを悟っていた。何かが終わった気さえした。

 それはそれとして、壁を一枚を隔てた向こうに二人が全裸でいるという事実を改めて実感してほんの少しだけ鼻の穴が広がる。危うく体の一部がホットホットになるところだったので、慌てて心頭滅却を行うことにした。

 

「と、とにかく! カズマ、あんたコロ助に手を出したらぶっ殺すわよ!」

「出すかアホ! 前も言ったが、俺のストライクゾーンは自分の年齢マイナス二歳からだ!」

 

 空気を変えるようなキャルの叫びに、カズマが反論するべく声を張り上げる。当然横のコッコロと向こうのペコリーヌにもそれは聞こえるわけで。とりあえず自身はそういう対象ではない、ということを聞かされたコッコロはほんの少しだけ眉尻が下がる。

 

「あの、主さま」

「ん?」

「先程の発言ですが、それはつまり」

 

 キャルとペコリーヌはそういう対象である。そう言っているも同義であったので、コッコロに改めて言われると非常に答え辛いわけで。

 

「お二人との混浴の方が、望ましかったのでしょうか?」

 

 吹いた。予想していた疑問とはちょっと違うベクトルのそれに、カズマの思考が一瞬停止する。いや確かにそうだけど。そんなことを思いはしたが、向こうに会話筒抜けの状態でそれ言っちゃうのはどうなのと踏みとどまって息を吐いた。

 とはいえ、そんなことない、というのも何か違うわけで。

 

「いや、俺は若くて可愛い女の子との混浴ならそれで」

「成程。そうでしたか」

「こいつ……いや知ってたけど……」

「あ、あはは。ある意味素直で、いいんじゃないですか……?」

 

 駄目だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 温泉から上がり、夕飯を食べる。勿論、という言い方はあれだが、宿屋の食事だけでは足りなかった人物が約一名いたので、腹ごしらえを兼ねて夜の観光を行うことと相成った。

 

「流石観光地ですね~。夜になっても賑やかです」

「アクセルもそんなに変わらないでしょ」

 

 ほぇー、と未だ明るい大通りを眺めながらペコリーヌの放った言葉に、キャルはしれっとそう返す。その横ではコッコロが田舎暮らしだった自分はどちらにせよ賑やかだと笑顔で語り。

 

「……ところで、カズマくん何でそんな離れてるんです?」

「お風呂での話なら夕飯の時にもういいってなったじゃない」

「どうかなさいましたか? 主さま」

 

 三人娘の少し後ろを歩いているカズマへと振り返った。三人の視線を受け、カズマはその表情を苦いものに変える。はぁ、と頭を掻きながら、あのなと言葉を紡いだ。

 

「さっきから周囲の視線が痛い」

「はい?」

 

 コッコロは首を傾げたが、ペコリーヌとキャルはなにか思い当たることがあったのかあははと苦笑した。この通りはアクシズ大教会から宿屋へと続いている道でもある。つまり、夕方前にキャルを搭載してえっちらおっちら運搬していたルートでもあるわけで。

 

「あたしのせい、かな?」

「あの時はミツルギさんもいましたけど、今はカズマくん一人だけですしね」

 

 ヘイトが集中している。何となくそんな気がして、カズマはどうにも居心地の悪さを感じていた。勿論店の店員や観光地の地元民はそこまであからさまに向けることはないと思うのだが。ここは観光地、様々な場所から人がやってくる。

 とりあえずどこかに入ろう。誰かがそう提案し、皆頷いて周囲を見渡す。客引きをしている食事処が目の前に二つあったので、まずはどちらにしようかとそちらに目を向けた。ペコリーヌがいる以上、どっちみち両方食い尽くすので早いか遅いかの違いしかない。

 

「って、エルフと、ドワーフか……?」

「何だかお互い仲が悪そうですね……。よく聞くイメージそのままって感じですけど」

 

 ちらりとコッコロを見る。そうなるとドワーフの店に彼女を連れて行くのは問題がある。そう二人は考えたのだ。

 一方のキャルは、目の前で仲が悪そうにしているエルフとドワーフを見て呆れたような表情を浮かべている。もう見飽きた、と言わんばかりだ。

 

「別に心配要らないわ。あれ、観光地用のパフォーマンスだもの」

「へ?」

「あ、そういうやつなんですか……」

 

 種明かしを聞いたことでペコリーヌが少しだけ拍子抜けした声を上げる。武者修行の旅に出ていた時もあの二種族がかち合う場面に出会ったことはなかったらしく、ほんの少しだけ期待していたその希望が打ち砕かれてしまったらしい。まあ、コッコロと一緒でも問題ないと分かったので良しとしよう。そう思い直すことにした。

 

「あ、でもコッコロ自体はどうなんだ? 村でドワーフと仲良くするなとか言われてたりするんじゃ」

「いえ、特にそのようなことは。……そもそも、エルフ族とドワーフ族は仲が悪いものなのでしょうか?」

「そこからかぁ……」

 

 三人の会話の意味がよく分からなかった。そんな感想を持っていそうなコッコロの表情を見て、カズマは何とも言えない顔になる。ペコリーヌに至っては一瞬だが何かを悟ったような表情になっていた。

 もういいや、と一行はドワーフの店へと足を進める。こちらに視線を向けた客引きをしていた髭のドワーフは、エルフのコッコロを見て一瞬悩み、次いでキャルを見てなんだと表情を戻した。

 

「なによその顔」

「久しぶりじゃないか。何だ、家出は終わりか?」

「はん! 誰があんな家に戻るかっての。あたしはもうちゃんと居場所あんのよ。ここには旅行よ、旅行」

「……そうかいそうかい。ま、じゃあ精々金落としてもらうとするかね」

「そっちこそ。食材の心配しなさい」

 

 かかか、と笑うドワーフに軽口を返したキャルは、行くわよと皆を促す。そんなやり取りを見ていた三人は、どこか優しい目で彼女を見ていた。

 

「……何よ」

「やっぱり、案外故郷のこと好きなんですね、キャルちゃん」

「照れ隠しでございましたか」

「ちっがうわよ! 総合的には碌なもんじゃないの。今日の騒動だって見たでしょ……」

「アクシズ教がアウトってことか」

「そうね……」

 

 カズマの一言がピンポイントだったので思わず項垂れる。アクシズ教の総本山であるからこの街はここまで栄えており、活気のある街自体は別に嫌いではない。が、アクシズ教の総本山だからこそ、キャルにとってこの街は碌でもない思い出が大量にある。総合的にマイナスの方が振り切っているだけなのだ。

 

「……ま、ゼスタのおっさんが落とされたし、これからは少しまともになるかもしれないけど」

「マナさまとラビリスタさまは、アクシズ教としてはまともなのですか」

「……あれで?」

「やばいですね……」

 

 アクセル変人窟も大概だが、あの二人もどっこいどっこいの気配を感じていた二人にとって、まとも基準のハードル低すぎやしないかと眉を顰める。

 だとしたら、まともじゃない方は一体どのレベルなのだろうか。そんなことを考えたが、想像すると気が滅入るだけなので即座に振って頭から散らした。そもそもキャルはあの二人の行動でかなりげんなり、というより精神に重症を負っていなかったか。そうも思ったが、考えすぎると闇が深くなりそうなのでやめた。

 

「よし、気を取り直して。とりあえずメニュー全部食べましょう!」

「そうしろそうしろ」

「お、カズマくん今日はノリノリですね。やばいですね☆」

 

 いぇーい、と拳を振り上げながら店内へと入る。キャルとコッコロもそれに続き、開いていた扉が閉められた。

 そんな姿を遠目で眺めていた一人の少女は、クスリと口角を上げる。相変わらず優しくて、元気そうだね。そんなことを思いながら、鼻歌交じりに踵を返した。

 

「あれ、ご機嫌ですね。どうしたんですか?」

 

 そんな彼女と合流したもうひとりの少女がそう問い掛ける。それはそうだよ、と彼女は少女に言葉を返し、視線を再度向こうの店へ、カズマが入っていった方向へと向けた。愛おしげに、慈愛に満ちた表情でそこを眺めた。

 

「弟くんが、この街に来てるんだもの♪」

 

 




見付けてた。


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その54

前フリ的にちょろっと登場


 アルカンレティアの一角、街の入口の片隅で、一人の男が忌々しげに街の中を眺めていた。茶髪を短く切り揃えた、筋肉質で背の高いその男は、舌打ちをするとドカリと近くのベンチに腰を下ろす。

 

「はっ。随分と湿気た面してんじゃねぇか」

 

 そんな男の横合いから声。何だ、と視線をそこに向けると、一人の女性が立っている。黒い髪を肩口で切り揃えた、泣きぼくろが特徴の大人の女性といった雰囲気を醸し出していたその女性は、しかし先程聞こえた口調からすると見た目と言動がどうにもアンバランスであった。

 

「どうした? こんな場所に用事か?」

「こんなクソみたいな街に用はないよ。目的地の途中にあるから立ち寄っただけだ」

 

 そうしたら見知った顔が落ち込んでたからな。そう言って女性は口角を上げ、対する男は面白くなさ気な表情を浮かべた。ふん、と鼻を鳴らすと、貴様なぞに興味はないと言わんばかりの態度を取る。

 対する女性も、まあそうだろうなと肩を竦めると視線を外した。別にこっちも暇じゃない。そう述べると、手にしていた地図で目的地を確かめる。

 

「……ああ、戦力のスカウトか」

「そういうこった。お前らみたいに規格外の強さを持ってるわけじゃないからな、あたしは」

 

 ふう、と少しだけ眉尻を下げて溜息を吐いた。レジーナ様の加護がどうして分散されてるんだか。そんなことを呟きながら、気を取り直すように頭を振る。

 

「ついでだから魔王様に報告もしといてやるよ。成果はどうなんだ?」

「……ちっ」

 

 先程よりさらに表情を苦いものに変えた男は、後少しのはずだったんだと零した。

 温泉に毒を混ぜ、徐々に汚染させていく。魔王軍幹部としては悠長な作戦であったが、アクシズ教徒と直接事を構えるよりはと気合を入れていた。まずは、と秘湯の破壊工作も完了したと思っていたのだ。

 

「どういうことだ……急にやりにくくなりやがった」

「バレたんじゃねぇの?」

 

 女性は男にそう返す。ふざけやがって、とベンチを殴り付けながら、彼はジロリと彼女を睨んだ。が、それだけである。自身もその可能性を否定出来なかったので、直接文句を口にするのが憚られたのだ。

 

「だとしてもだ。動きが早過ぎる」

「……それ、泳がされてたんじゃ」

「そんなはずが……っ!」

 

 くそ、と男は毒づく。そんな男を見ながら、そうでないとしたら、と彼女は考えこむように顎に手を当てた。

 今までは何らかの理由で停滞していて、今は十全に動けるようになったからだ。そんな結論を弾き出したが、女性はバカバカしいと切って捨てた。それは結局最初から勘付かれていたのを認めるものだったからだ。

 

「まあ、ならあれだろ」

「何だ?」

「アクシズ教のトップでも変わってフットワーク軽くなったとか、そんなのじゃねぇの?」

「真面目に聞いた俺が馬鹿だった」

 

 もういい、と男は女性を追い払うように手を払う。はいはい、と女性も渋ることなくそのまま男から離れていった。

 そうして女性はアルカンレティアを出る。目的地はここからもう少し先だ。人間の地図には記されていないそこに、新しい戦力となる何かがいるらしい。

 

「ほんとかねぇ……。ま、いいや。あたしは言われたことをやるだけだ」

 

 そんなことを呟きながら。彼女は先程別れた男のことを考える。随分と苛ついていたようだが、あの調子では。

 

「……この戦力をスカウトした頃に、枠がまた一つ空白になってなきゃいいけどな」

 

 デッドリーポイズンスライムという種族の関係上、冷静に知略を使うタイプではない。それが仇になりそうな気もしたが、彼女にとっては与り知らぬことだ。精々頑張ってくれや、と心のこもっていないエールを聞こえていない相手に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 アルカンレティア二日目。カズマのまずやることは情報収集だ。若い女の子に人気の混浴。そんな場所があるかどうかは知らない。が、それでも、彼はそこに広がる浪漫のために踏み出すことを選んだのだ。

 というわけで単独行動である。どのみち昨夜のこともあるので、全員で行動していると要らぬヘイトを稼ぐ可能性もあった。とりあえずカズマ一人ならばそこまで気付かれることもないだろう。そう判断したのだ。

 

「しっかし、改めて見ると」

 

 水の都と称されるだけはある。綺麗に整えられた街並みは、とても住みやすそうに思えた。道行く人々も笑顔で、魔王軍の脅威にさらされているなんて感じさせないほどだ。

 来て早々あんなイベントに遭遇していなければきっと誤解したかもしれない。ふう、と溜息を吐きながら、カズマは当初の目的を達成すべく観光案内所でも探そうと視線をさまよわせた。

 そうして目が合った街の人々は、こちらに寄ってくると勧誘を始める。あの手この手でアクシズ教に入信させようと迫ってくる連中は中々にホラーであった。とはいえ、その手段自体はよくある詐欺の導入のようなものであったが。ちなみに、彼ら彼女らはエリス教を目の敵にしているものの、それ以外は自分達よりドマイナー宗教と考えているらしい。断る口実にアメスの名前を出してみたが、何だそれという顔をされた。

 

「そういや、街に来た時もこんなんだったな……」

 

 キャルの情報を集めようとして失敗したことを思い出した。夜の観光は別に何も問題なかったので誤解していたが、あれはキャルがいたからだったのだろう。ならば彼女を連れていけばいいのかと言えば、当然否。その状態で混浴の情報など集められない。というよりそれが出来るなら最初からキャルに聞いている。

 

「どうするかな……諦めてあいつらと合流する、のも何か負けた気がするし」

 

 そんな彼の足元に何かが転がってくる。ん、と視線を落とすと、そこにはりんごが一個。否、ゴロゴロと落ちていた。それを視線で辿っていくと、あぁー、と紙袋の底が抜けて頭を抱えている少女が見える。左右の髪を一房輪のように結んでいるのが特徴の、可愛らしい少女であった。

 まあ足元に転がってきたし、とカズマはそれを拾っていく。どうせまた最終的にアクシズ教の勧誘になるんだろうな、と若干人間不信なことを思いながら、はいこれと少女にそのりんごを。

 

「あ、どうも、ありがとうございまあぁぁぁぁ!」

「うぉ! 何だぁ!?」

 

 少女が持っていたりんごをぶちまける。そのリアクションにビクリとしたカズマも、持っていたりんごを落としてしまった。結局再び転がったりんごを拾う羽目になり、二度手間となる。

 そんな少女であるが、ごめんなさいと項垂れた。

 

「まさかこんなタイミングで会えるとは思ってもなくて」

「ほーら始まった」

 

 あれだろ、アクシズ教に入信してどうたらこうたらとか言い出すんだろ。そんなことを思いながらアクセルスナギツネのような目になりかけたカズマであったが、少女の純粋な喜び百パーセントの笑顔を見て表情を変える。

 

「お久しぶりです、お兄ちゃん!」

「……んん?」

 

 どうやら目の前の少女はカズマの妹らしい。そうか、俺にはこんな可愛い妹がいたのか。一瞬納得しかけて、そんなわけないだろと心中でツッコミを入れる。

 

「どうしたんですか? お兄ちゃん」

「いや、どうしたもこうしたも」

「あ、ひょっとして忘れてます? ……まあ、しょうがないですよね。最後に会ったの、もうずっと前ですし」

 

 ぷくぅ、と頬を膨らませたかと思ったら、すぐにしゅんと項垂れる。コロコロと表情の変わるその姿は非常に可愛らしく好感が持てた。が、それはそれとしてカズマにとって全く覚えのない妹は恐怖以外の何物でもない。

 だというのに。心のどこかで、全く覚えがないというそれを否定する何かがある。知らないはずなのに、初対面のはずなのに。これが再会であるということに納得してしまっている自分がいる。

 

「で、でも。女子は三日会わなければ誰だかわかんないって言いますし!」

「言わねーよ。男子三日会わざれば刮目して見よとか言いたいのか?」

 

 思わずツッコミを入れてしまった。が、それを聞いて少女はパァァと表情を明るくさせる。これですよ、このやり取りです。そんなことを言いながら、彼女はガバリとカズマに抱きついた。りんごがぶちまけられる。三度目だ。

 

「やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんですね!」

「訳分かんねーんですけどぉ! あ、待ってちょっと意外とボリューミー」

 

 全く状況を理解できない。カズマが現在分かっているのは、目の前の少女はとりあえずアクシズ教の勧誘とは違う何かであるということと、彼女が可愛いということ。

 

「リノちゃん」

「――ひっ!」

「買い出しから帰ってこなくてどうしたんだろうって思ったら……もう」

「し、シズルお姉ちゃん!? これは、これは違うんですよ!」

「抱きついたまま言っても説得力はないかな」

 

 そして、もう逃げられないということだ。

 

 

 

 

 

 

 今度こそちゃんとりんごを拾い、そのままそれを目的地まで運ぶ。どうやらクレープ屋のようで、このりんごはその材料だったらしい。大分転がっていたが大丈夫なのだろうかと思ったが、この世界の野菜や果物は彼の世界の常識に当てはまらないので問題ないのだろう。

 

「ごめんね、旅行で来てたのに手伝ってもらっちゃって」

「あー、いや。それは別に」

「ふふっ。……やっぱり変わらないね。弟くんは、昔のままだ」

 

 シズル、と呼ばれた彼女はそう言って微笑む。三編みにした長い髪がその拍子に揺れ、カズマは思わずドキリとした。

 が、すぐに正気に戻る。待て待て、と。落ち着け、と。彼の中で警鐘が鳴る。

 

「昨日も、仲間を助けるためにあんなに頑張ってたし」

「……」

 

 怖い。優しく微笑んでいる眼の前の美人が、凄く怖い。見た目は間違いなくカズマの好みなのに、胸の高鳴りが示すのは恐怖だ。

 

「あ、あの。何で知って」

「当然だよ。弟くんのことなんだから」

 

 怖い怖い怖い。まず前提条件としてカズマに姉はいない。そもそもここは転生してきた異世界なのだから、それ以前の問題だ。が、目の前の彼女は彼のことを弟と呼んで微笑んでいるのだ。

 先程のアクシズ教の勧誘の中で、久しぶりと話しかけてくる手口があった。状況だけならば、口頭で説明するだけならば似ている。が、違う。そういう表面上のそれとは一線を画す何かがあった。本物が存在していた。

 

「あのー。シズルお姉ちゃん」

「どうしたの? リノちゃん」

 

 おずおずとりんごを仕舞っていたもうひとり、カズマをお兄ちゃんと呼んでいた少女リノがシズルに話しかける。さっき出会った時に話して気付いたんですけど。そう前置きすると、リノは彼女に言葉を紡いだ。

 

「お兄ちゃん、私達のことあんまり覚えてないみたいで」

 

 あんまり、ではないです。まったくもって知りません。そう言いたいのをぐっと堪えた。言ってもしょうがないし、言ったらどうなるのかが純粋に怖かった。

 が、対するシズル。そうだね、と笑顔のままのたまった。

 

「へ?」

「弟くん、もうすっかり私達のこと忘れてるみたい。もう、お姉ちゃんは寂しいなぁ」

「あ、そうなんですか。知っててその態度だったんですか……」

 

 こころなしか呆れている口調である。どうやらリノの方は、シズルと違って少しは話が通じる可能性がありそうだ。そんなことを一瞬思ったが、こっちも妹を名乗る謎の存在であったことを思い出した。どうやら感覚が麻痺していたらしい。

 

「大丈夫だよ、リノちゃん。私達が忘れていないなら、もう一度、積み上げていけばいいだけだもの」

「……そう、ですね」

 

 まるで自分が記憶喪失になったかのような錯覚に陥る。ひょっとして本当に、転生した時何か記憶をなくしてしまったのではないか。

 だから違う、とカズマは頭を振った。異世界の現地人が昔からの知り合いなわけねぇだろ。そう自身にツッコミを入れた。

 

「ごめんね、弟くん。再会が嬉しすぎて、お姉ちゃん、ちょっとはしゃいじゃってた」

「いや、それは別に」

 

 違うだろ、と考えはするのだが、どうにも強く出れない。お姉ちゃんという立場が、滲み出るオーラがそうさせるのだろうか。男女平等を謳っていても、姉や妹は別枠なのかもしれない。そんなことをカズマは思う。

 

「……本当に、変わらない。私の大好きな、優しい弟くん……」

 

 クスクスと笑うシズル。そうしながら、じゃあ改めてと自身を指差した。

 

「私はシズル。弟くんの、カズマくんのお姉ちゃんだよ」

「リノです。お兄ちゃんの、カズマさんの妹です!」

 

 名前知ってるのは予想してた。まあお姉ちゃんと妹なんだし、知ってて当然か。段々と流され始めたカズマはよろしくと答えるだけに留める。変な勧誘してくる連中と比べれば害はないし、綺麗な義理の姉と可愛い義理の妹が出来たと考えればそれで。

 

「――あ」

 

 このフレーズついこないだ言った気がするぞ。リノとシズルを見て、あの時の夢を思い出す。似ているような気がしないでもない。

 

「どうしたの?」

「あ、いや……。あ、あの、シズルさん」

「昔みたいに、気軽にお姉ちゃんって呼んでくれていいのに」

「髪、解いてもらっても?」

「ん? ああ、そういうこと」

 

 それだけで理解したのか、シズルは頭に巻いていたヘッドスカーフを取り外すと、編んでいた髪を解く。ぱさりとロングヘアーが広がるのを見て、カズマの脳裏に浮かんできた光景があった。

 約束する、と彼女は言った。絶対に、何があっても――

 

「どう? これで、弟くんの記憶にあったお姉ちゃんらしくなったかな?」

「……いや、それはどうかな」

「もう、ここは嘘でも同意するところだぞっ」

 

 そう言って笑いながら指で軽くカズマを小突く。痛い、と額を押さえた彼を見て、シズルはその笑みを強くさせた。

 

「えぇー! 私は! 私はどうなんですかお兄ちゃん!」

「どうって、何が?」

「今シズルお姉ちゃんのことは思い出した感じ出してたじゃないですか」

「だからそもそも記憶にないって」

「……じー」

「睨んだって無いものは無い」

 

 そう言い切ったカズマを見て、リノはニヤリと口角を上げる。とりあえずはそういうことにしておいてあげます、と何故か勝ち誇った顔をした。

 まあそもそも、最初に昔のやり取りをやってもらったのは私ですから。ドヤ顔でそう宣言し、横で微笑んでいるシズルに向き直った。

 

「これでもう昨日の桶がナイアガラといっても問題ないですよね!」

「『気の置けない間柄』って言いたいんだよね?」

 

 




家族が増えたよ、やったねカズマくん


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その55

お姉ちゃんと妹with美食殿


「アクア」

「なぁーんでよぉー! 私は悪くない! 私は悪くないから! カズマが望んだんじゃない! 願いを叶えてあげただけよ、どっこも悪い事してないじゃない!」

 

 夢の女神の空間。彼女固有であったはずなのにちょくちょくサボり魔がやってくるようになった女神の作業場。そこでアメスは実に冷ややかな目をアクアに向けていた。

 対するサボり魔、もといアクアは全力で否定する。そもそも今ここにいるのは女神として信徒を見守っているので普通に仕事の範疇だと言い張った。この弁明はついでで、本題は今目の前のスクリーンのようなそこで、覗いている件の異世界で繰り広げられている光景についてだ。

 

「カズマが段々と侵食されている気がするんだけど」

「それは女神として私の方が格が上だから――あぁぁちょっと待って通報しないで冗談だから、じょぉぉぉだんだからぁぁぁ!」

 

 無言で上司へのホットラインを起動させようとしたアメスの足にアクアが縋り付く。はぁ、と溜息を吐いた彼女は、まあ確かに女神の力はそっちが上でしょうけどと零した。

 アクアを引き剥がしながら、それでとアメスは答えを待つ。先程のが冗談ならば本当の意見があるはずだ。

 

「いや、アメスのブロックって基本外部からじゃない? 今回の場合、ぶっちゃけ内部だからしょうがないって部分もあると思うのよ。そもそも、何だかんだカズマもあの一件満足してたっぽいし」

「それは、そうね」

「後なんだっけ? あんたってば好感度高い相手なら許可みたいなのあるでしょ? あの二人、カズマへの好感度カンスト超えてバグってるから」

「……アクア」

「だから違うってば! 何でもかんでも私のせいにすればいいっていう風潮よくないと思いますー!」

 

 文句を言いつつ若干及び腰のアクアを見ながら、アメスは確かにそうかと息を吐く。今回の場合は不幸な事故だ。予想外の事態が起きただけだ。

 そう思わないとやってられないのでそういうことにした。

 

「で、どうするの?」

 

 アメスが諦めたのを察したのか、持ち込んだソファーに寝そべりながらスナック菓子をぱくつきつつアクアが問う。いきなりだらけすぎだろ、とそんな彼女をジト目で見ながら、アメスはそうねと顎に手を当てた。

 

「……どうにもならないわね」

「そうよね? まあアルカンレティアにいる間は私も一緒に見ててあげるから、それが終わったらお咎めなしってことで、いいわよね!?」

「……何かあったら、手伝いなさいよ」

「分かってるわよー。何だったら今回特別にあんたと同じような加護をぶち込んだって構わないわ!」

 

 ドヤ顔でそう宣言するアクアを見て、アメスは無性に不安になった。とりあえず何も起きなければいいのだけれどと向こう側を見た。

 駄目だろうな。半ば諦めるように、彼女はそんなことを呟いた。

 

 

 

 

 

 

「な、なあシズルさん」

「なあに、弟くん」

「も、もう少し離れてくれても」

「だーめ。久しぶりの弟くんだもん、もうちょっとだけ、感じていたいの」

 

 そう言ってぐいぐいと体を押し付けてくるシズルに、カズマは色々と危険が危ない状態である。クレープ屋をあっさりと閉め、服装も店員姿から白いドレス姿に着替えたシズルは、カズマのことなど何でもお見通しとばかりに街の案内を始めた。紹介してくれる場所は成程確かに、カズマが好きそうな、あるいは興味を持ちそうな場所ばかり。アクシズ教の勧誘も、彼女がいるからか発動せず街の連中も活気があるだけの住人と化していた。

 正直、いたれりつくせりである。これで文句を言ったらバチが当たるレベルだ。

 

「どうしたの? 弟くん」

「あ、いや」

「……あれあれ? 恥ずかしがっちゃったのかな? ふふっ、そういうところはまだ子供だなぁ」

 

 クスクスと笑うシズルを見て、カズマはバツの悪そうな顔で視線を逸らした。ここで自分は子供じゃない、と彼女に言うのは簡単だ。正直証拠を突き付けることだって出来る。普通に考えればやったら性犯罪者だが、彼女相手なら笑い話で済むだろう。

 なにせ彼女は姉だ。お姉ちゃん相手なら、多少のイタズラは。

 

「流されてる俺!?」

「どうしたの?」

「いやどうしたもこうしたも! だから俺は何も覚えてないって言ってんですけどぉ!」

「そうだね。それの何が問題なの?」

「は?」

「弟くんが覚えていないなら、もう一度作ればいい。新しい思い出を、沢山」

 

 そうでしょ、とシズルは微笑む。柔らかく慈愛溢れるその笑みを見たカズマは、うぐ、と唸ると困ったように頬を掻いた。そうした後再度我に返る。いや違うよ、別に俺は記憶喪失でも何でもないんだから、その言い分は明らかにおかしいよ。そうは思ったが、口には出せない。

 シズルのそれは演技とか思い込みとか、そういうレベルではなかったからだ。事実なのだ。紛れもなく、彼女とカズマには思い出があるのだ。

 

「はいストーップ! シズルお姉ちゃん! いくらなんでも攻めすぎですよ! セーターはコートより洗い損ねるって言うでしょう!」

 

 横合いから声。シズルとは逆側にいたリノが頬を膨らませながら抗議をしていた。同じようにカズマに甘えてはいたものの、どうしても一歩引いてしまった彼女は、そういうレベルではない押し込みっぷりのシズルが我慢ならなかったらしい。

 シズルはそんな彼女の言葉を聞いて目をパチクリとさせた。そうしながら、確かにいつもならばこれくらい普通だが、状況はあの時とは違うのだと一人頷く。

 

「そうだね。つい前みたいに接しちゃったかも、失敗失敗。ちなみにリノちゃん、『急いては事を仕損じる』だと思うよ」

 

 ペロ、と舌を出しながらシズルがカズマから少し離れる。右腕にあった柔らかいマシュマロの感覚がなくなったことにほんの少しだけ残念がったが、流石に天下の往来で前屈みになるわけにもいかなかったのでこれでいい。

 咳払いを一つ。気を取り直すように一歩前に出て、二人を同時に視界に入れられるようにすると、じゃあ次はどこに行くかと彼は述べた。

 

「いいんですか? お兄ちゃん」

「……この街で出会った女の子に街を案内してもらってるだけだからセーフ」

「あははっ。本当に弟くんはいつになっても弟くんだね」

 

 だってしょうがないじゃん。今の所何か危害を加えられたわけでもなし、むしろ美女美少女が自分に好意的で何の文句がある。色々と不穏な部分を見なければ、概ねそういう結論に達するのだ。だから仕方ない。それがカズマの出した結論である。

 だからといってこの二人が姉を名乗る不審者と自称妹なのは変わりない。その一線はまだ越えていない。だから大丈夫。そもそも自分にはアメス様の加護で精神汚染耐性があるから問題ない。自分はまだ正気である。

 そうやって。なまじっかそこに、アメスの力を聞いていたがために。

 

「よーし、じゃあ気合い入れて案内しますよ、お兄ちゃん!」

「うん、期待しててね、弟くん」

「おう、じゃあよろしく」

 

 彼の中で、それはもう手遅れとなった。

 

 

 

 

 

 

 大体めぼしいのはこんなもんかな。そう言って二人に向き直ったキャルは、少し休憩しようかと提案した。アルカンレティアは広い。一日で全てを回れるわけもないので、まずはおおまかな案内となってしまったが、ペコリーヌもコッコロも彼女のそのガイドに満足しているようであった。

 

「それにしても、キャルちゃん」

「人気者なのですね」

「うっさい」

 

 案内で街を巡っていると、定期的に彼女は声を掛けられた。戻ってきたことに驚く人や、初日の騒動を知っていた人、騒動に参加していたアクシズ教徒、ただのファン。上から順番に段々と嫌そうな対応となっていったが、ともあれ、彼女の顔はこの街では大分知られていると言っても過言ではないようであった。

 

「そりゃ、ここで生まれ育ったんだからあたしのこと知ってる人がいても当然でしょ」

「ですが、これだけの大きさの街で沢山の方々に知られているというのは、流石というべきでしょう」

「そうですそうです。やばいですね☆」

「いやコロ助はともかくあんたには言われたくないわ……」

 

 はぁ、と溜息を吐いたキャルは、いいからどこかで休もうと述べる。そうですね、と頷いた二人は、喫茶店でも行こうかと視線をさまよわせ。

 あれ、と見知った顔が歩いているのを見て動きを止めた。

 

「どうしたのよ?」

「あそこ、カズマくんじゃないですか?」

「……確かに、主さまですが」

 

 どうやらこちらには気付いていないようで、カズマとその隣にいる女性二人は仲睦まじそうな様子で彼女達の視界から消えていく。それをつい、と目で追っていた三人は、そこで思わず顔を見合わせた。

 

「ひょっとして、今日一人で行動するって言った理由は」

「あの方達と行動するためだったのでしょうか……」

 

 ほんの少しだけコッコロが沈んだ声を出す。カズマの交友関係に口を出す気はない。だが、それでも嘘をつくことはないではないか。せめてそれならばちゃんと話してくれれば、自分は笑顔で送り出したのに。そんなことを思っての表情であったが、キャルはどうやら違う意味にとったらしい。あの野郎、と拳を握ると、二人に予定変更だと述べた。

 

「あの馬鹿を追い掛けるわよ」

「え?」

「キャルちゃん?」

 

 困惑する二人を余所に、キャルはニヤリと笑みを浮かべる。何だかんだでこの街は自分のホームだ。尾行することくらい造作もない。言うが早いか行動に移した彼女を見て、ペコリーヌとコッコロは慌ててその背中を追い掛けた。

 

「コロ助を悲しませたんだから、覚悟をしてもらうわよ」

「キャルさま……?」

「……というか、キャルちゃんの方がムキになってません?」

 

 素早く物陰に隠れ、そして相手のルートを想定し先回りを行う。成程慣れている。そこまでを考えた二人は、ん? と首を傾げた。

 何でこの街での尾行にここまで手慣れてるんだろう、と。

 

「聞いては、いけない気がいたします」

 

 初日のアレと、アクシズ教徒。この二つのキーワードで何となく察したが、答え合わせをするのは避けた。好き好んで深淵に飛び込む必要はない。

 そういうわけでそこには触れないことにしたが、そうなると次に気になるのは向こう側だ。カズマと、美女美少女の二人組。あの二人の正体や、一体何をしているかなど。

 

「……普通に、観光してますよね」

「主さまの好みを把握した動きです。あのお二人は、主さまのことを相当熟知しておられますね」

「そこさらっと理解するあんたも相当だけど……」

 

 見る限り何かおかしなことをしている様子もなく、極々普通に美少女を侍らせているカズマの図しか見られない。

 が、そうなると。キャルにとっては当初の理由が問題なく適用されるわけで。

 

「じゃあやっぱり、あいつ……一緒に旅行来たあたし達よりあの二人を優先したってことか……」

「……やきもちですか?」

「ちがっ! 何でそうなるのよ! パーティーメンバーほったらかしとかありえないでしょっていう極々普通の意見じゃない!」

「キャルさま。わたくしは、いいと思います」

「何優しい目向けてんのよ! ぶっ殺すぞ!」

 

 うがぁ、と吠えたキャルを見てほっこりした二人は、まあでも、と向こう側で楽しそうに話をしているカズマを見る。

 

「置いてきぼりは、寂しいですよね」

「はい。せめて何か言ってくださればよかったのですが」

 

 別に何か言えないようなやましいことをしている様子もないのだから。そんなことを思いつつ、ならばきちんと、そうやって説明された場合を想像すると。

 それはそれで、あまり面白くないかもしれませんね。ほんの少しだけそんなことを考えたペコリーヌは、いかんいかんと頭を振った。彼は自分の臣下でもなんでもない、仲間で、友人だ。都合を押し付けるわけにはいかない。こんな自分を受け入れてくれたのだから、そんなワガママを言って、嫌われたくない。離れて欲しくない。

 本当を、見せてもいないのに。

 

「ペコリーヌさま」

「どうしました? コッコロちゃん」

「いえ、少し悩まれていたご様子でしたので」

「あ、はは。大丈夫ですよ、今日は何を食べようかって、ちょっと悩んだだけです」

「それならばよろしいのですが……」

 

 自分を心配してくれるコッコロをそうやって誤魔化すのが心苦しい。ごめんなさい、そのうち、きっと。自分に勇気が出てきたら、絶対に言いますから。そう心中で謝ると、彼女はパシンと頬を張った。

 

「ペコリーヌ」

「……何ですか」

「何か思い詰めてるとこ悪いけど。あの二人がそこら辺鈍かったり目を逸らしてたりするだけで、あんたの行動見てると、核心には至らなくても普通にモロバレだから」

「……マジですか」

「マジよ」

 

 入れた気合が急速に飛び出る。おーまい、と項垂れたペコリーヌへ、コッコロが心配そうに寄り添った。

 

「そ、それで……カズマくん、どうなんですか?」

「どうって、まあ普通ね。何か話をして、あ、移動するわ」

 

 あっちだ、とキャルがカズマ達を追う。コッコロと若干動きがぎこちないペコリーヌも同じように追い掛けて、隠れながら向こうの三人の目的地を探っていく。

 

「あの、キャルさま」

「ん?」

「この街の住人にはお詳しいのですよね?」

「まあ、そこそこ?」

「では、向こうで主さまと歩いている方のことも……?」

「そういや、よく確認してなかったわね。……って、げ」

「どうしたんですか?」

 

 尾行に集中していて肝心の相手を疎かにしていたらしい。というわけで改めて確認したキャルは、それが誰かを認識するとあからさまに顔を顰めた。何であいつらとカズマが仲良くしてるのか、と呟いた。

 

「何か、問題ある人なんですか?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど。アクシズ教徒にしては、性格も悪くないと思うし」

「では、一体何が問題なのでしょうか?」

「いや、問題というか……とりあえず、あの二人姉妹なのよ。そう言い張ってるだけだけど」

「……はい?」

 

 キャル曰く。弟くん大好きとお兄ちゃん大好きを拗らせ過ぎている二人がタッグを組んだ結果、これはもう自分達は姉妹も同然ということになったらしい。何を言っているのかキャル本人もよく分かっていない口ぶりなのが余計に二人にハテナマークを増やしていく。

 そしてもう一つが。

 

「その弟くんだかお兄ちゃんだか知らないけど、そいつ一回も見たことないのよね……」

「やばいですね……」

 

 察した。ペコリーヌの表情と口調がマジトーンに変わっていく中、コッコロは一人キャルの言葉を反芻していた。あそこにいる二人の情報、そして、今の向こうの状況。この二つから導き出される答えを、丁度いい答えを出すとするならば。

 

「キャルさま……」

「どうしたのよ、コロ助」

「ひょっとしてなのですが……あのお二人の、弟くん・お兄ちゃんなる人物というのは、もしや」

 

 ば、と視線を向こうに向ける。姉妹でも何でもない姉妹に挟まれているカズマを見る。

 

「主さまの、ことなのでは……?」

「ペコリーヌ。戦闘準備お願い」

「え? 色々過程すっ飛ばしてません!?」

「一応、念の為よ」

 

 そう言いながらキャルはカズマから目を離さない。三人が向かう場所を、しっかりとこの目で確認をするために。

 

「はい、そしてここが弟くんの希望の場所だよ」

「……あ、はい」

「テンション低いですよお兄ちゃん! ま、まあ気持ちは分からなくもないですけど」

「まあな……。あれ? でもなんか休業の札が」

「そう、今ちょっと温泉の質が悪くなってるらしくて、開放していないの」

「なんだよ……期待させやが――」

「だから、浄化と調査のために私が入るから、弟くんも手伝ってくれないかな?」

「――分かった。行こうか、お姉ちゃん」

「えぇえぇぇ!? 本気ですか!? お兄ちゃんちょっと目が怖いですよ!?」

「じゃあ、リノちゃんは周囲の調査を」

「行きます」

 

 そんなやり取りが聞こえてきた後、三人は揃ってそこへ入っていった。アルカンレティアで有名な、若い女性にも人気の混浴温泉へと。

 そうしてカズマ達の姿が見えなくなったのを目で追っていた尾行組は、正確にはペコリーヌとキャルの二人は、ゆっくりと無言で立ち上がるコッコロを全力で押し止める。

 

「キャルさま! ペコリーヌさま! 離してくださいませ!」

「いや止めるに決まってんでしょ! 何する気よあんた!」

「落ち着いてくださいコッコロちゃん。まだ何かあると決まったわけでは」

 

 そう言いつつ、昨日のやり取りが頭に浮かぶ。向こうの二人は、間違いなくカズマのそういう対象の枠に入っている。そんな二人と、大義名分を手に入れた状態で混浴へと消えていったとなれば。

 

「決まった、わけでは……」

「目を逸らすな。いや、うん、気持ちはすっごくよく分かるけど」

「ペコリーヌさま……」

 

 あの温泉の中で一体何が起こってしまうのか。そのことを想像した三人は、静かに頷くとゆっくりと温泉の入り口へと足を進めた。邪魔をするのは何か違うと思いつつ、でも見なかったことには出来ないし。そんな複雑な心境を持ちつつ、ゆっくりと。

 

 




再び混浴パート……?


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その56

混浴かと思った?

自分も思ってた……。


「あら? こんなところで何を?」

 

 巡回という名の暇つぶしを行っていたアクシズ教のプリースト、セシリーが見かけたのは、閉鎖中の混浴温泉の入口で悩んでいる三人組だ。観光客は閉まっている温泉などにはくるはずもなく、だというのにわざわざこんなところに。

 怪訝な表情を浮かべながらそちらに近付いていったセシリーは、その内の一人が振り向いて彼女を視認し嫌そうな顔をしたのを確認すると、途端に顔を輝かせた。一応念の為に言っておくが、嫌そうな顔をされたから喜んだわけではない。

 

「キャルさん!」

「げ、セシリー」

 

 いやっほーい、と顔をだらしなく歪めながら即座にキャルへとダイビングするセシリーだったが、された方は拳を握り込むとカウンターで飛んできた彼女をぶん殴った。へぶ、とベクトルを逆にされたセシリーは盛大に吹っ飛ぶとバウンドする。

 が、何事もなかったかのように復活し立ち上がった。

 

「どうしたの? こんな場所で?」

「ノーダメージかぁ……」

「躊躇いなく殴りましたね……」

 

 溜息を吐くキャルの横でペコリーヌが若干引きながら呟く。この街に来て、ここで暮らす人達を見て。何だかんだキャルもアクシズ教徒であったのが何となく実感できるようになってきた。本人に言ったらきっと舌を噛むか首に縄を掛けかねないので決して口にはしないが。

 ともあれ、ペコリーヌはキャルの奇行でクールダウンし過ぎて流れについていけてないコッコロに大丈夫かと問い掛けた。は、と我に返ったコッコロは、大丈夫ですと息を吐く。

 

「あの、キャルちゃん? そっちの人は、知り合いですか?」

「出来れば記憶から飛ばしておきたかったんだけど」

「それは無理ね。アクシズ教徒の絆が結び続けるのだもの」

「だからあたしはアクシズ教徒辞めたっつってんでしょうが!」

 

 がぁ、と吠えながら、溜息混じりにキャルが二人に向き直る。セシリーの名前と、アクシズ教のプリーストであることを伝え、まあすぐに忘れていいと続けた。

 

「まあまあ。わたしは、ペコリーヌといいます。よろしくおねがいしますね、セシリーさん」

「ええ、よろしく。……可愛い系の女騎士、それでいて高貴さも感じられる……これは、相当の優良物件!」

「一応忠告しとくけど、そいつに何かやらかしたら首飛ぶわよ」

「飛ばしませんよ!? キャルちゃん最近わたしのこと誤解してません!?」

「成程、重大な秘密持ちというわけね……。くぅぅぅ、さいこー!」

 

 一人悶えるセシリーを非常に冷めた目で見ながら、紹介打ち切ってさっさとどこか行こうかとキャルは迷う。なにせ、もうひとりはコッコロだ。アメス教のアークプリースト、その肩書はアクシズ教徒にとってどんな反応をもたらすか。

 

「ふう、ごめんなさい。それで、もうひとっ」

「はじめまして、セシリーさま。わたくし、コッコロと申しま――」

「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」

「コロッ!?」

 

 突如目を見開き絶叫するセシリーにコッコロはビクリとなる。思わず数歩後ろに下がり、ついでにちょっとだけキャルの後ろに隠れた。

 が、手遅れである。目を光らせたセシリーは即座に間合いを詰め、そのままコッコロを抱き締めるとその状態で女神に祈りを捧げ始めた。

 

「ああ、女神アクア様……! 感謝いたします、私の前にこのような、美しいロリっ子エルフを遣わしてくれるなんて……」

「あ、あの……セシリーさま? で、出来れば離してくださると」

「凄い、すべすべでもちもちで……これが天然のエルフ……! アルカンレティアのエセエルフとは大違い……! やぁぁぁぁん、さいこぉぉぉぉ!」

「せ、セシリーさま!」

「このクソプリースト! コロ助を離しなさい! ペコリーヌも手伝って!」

「え? あ、はい!」

 

 

 

 

 

 

 それで、とセシリーは三人に問い掛ける。一体全体こんなところで何をしているのだ、と。

 

「いやそれこっちのセリフだから。あんた何でこんなとこうろついてるのよ。教会の仕事は?」

「昨日の今日だもの。引き継ぎと再編成でおしまい。マナさんとラビリスタさんが、ああもう新最高司祭だし様付けの方がいいのかしら、まあいいか。ともかくあの二人が色々やってるから暇なのよ」

 

 そんなわけで適当にぶらついて信者の勧誘を行っているのだとセシリーは続けた。そうしながら、まあでも、と頬を掻く。

 

「トップが変わったおかげで大分厳しくなったのよ。警察に捕まるようなことをすると怒られるようになっちゃった」

「怒られるだけで済むのですか……」

「ああ、そりゃかなり厳しくなったわね」

「納得しちゃうんですか!?」

 

 自分達が間違っているのだろうか、とコッコロとペコリーヌはお互い顔を見合わせた。肝心要のキャルがこの調子なので、どうにも自分達の感性に自信が持てなくなってくる。

 とりあえず傍観者になっておいたほうがいいんじゃないかな。二人はそう結論付け、とりあえず聞き役に徹することにした。

 だが無意味だ。

 

「そんなわけなので。そこの二人はアクシズ教に入信しません?」

「申し訳ありません。わたくしはアメス教のアークプリーストですので」

「わたしも今はどっちかというとアメス教寄りですかね」

「あ、バカ」

 

 二人の言葉にセシリーが目を細める。が、その状態で暫し固まった後、聞いたことないなと首を傾げた。そして、とりあえずエリス教徒ではないのならまあいいかと考えるのをやめる。

 

「まあ、二人共、ドマイナー宗教を信仰していて寂しくなったらいつでもアクシズ教の門戸を叩いてちょうだい。アクア様はいくらでも受け入れてくださるから」

 

 さて、と視線をキャルに戻す。結局ここにいる目的は何なんだ。話を元に戻したセシリーを見て、キャルははぁ、と溜息を吐いた。どうしようかと視線を二人に向けたが、別に誤魔化す必要はないだろうという意見を聞いてガリガリと頭を掻く。

 

「パーティーメンバーがシズルとリノに捕まったのよ」

「あの二人に? どうして?」

「……多分、そいつがあの二人の言ってた弟くんだかお兄ちゃんだかなんじゃないかってあたし達は結論付けたけど」

「え? 実在してたのあれ……?」

「そんなのあたしが聞きたいっての……」

 

 どうやらアクシズ教徒の中でもそういう扱いらしい。そのことを認識したコッコロの目が据わっていくが、大丈夫ですからというペコリーヌの声で我に返る。セシリーが今一瞬猛烈な寒気がしたんだけれどと身を震わせていた。

 

「えっと? じゃあひょっとしてここに……?」

 

 セシリーの言葉に三人が頷く。そこにある看板を眺めたが、どう見ても混浴温泉としか書いてない。休業中ではあるが、用途は間違いなくそれだ。男女で一緒に温泉に入る場所だ。

 

「誰もいない混浴温泉に……三人で……?」

 

 段々とセシリーの息が荒くなっていく。この中でナニが行われているか、を想像したのだろう。ちょっと録画用の魔道具借りてこようかしらなどと言い出したのでとりあえずキャルがぶん殴った。

 

「あ、あの。弟くんとかお兄ちゃんとか言ってるんですから、流石にそういうことにはならないんじゃ……?」

「義理の、っていう言葉を省略してるのだけれど。本当にそう思う?」

「はい。わたくしはそう思います」

 

 迷うことなく断言したコッコロに視線が集まる。どうして、と問い掛けたキャルに、彼女は少しだけ視線を遠くにやりながら言葉を紡いだ。

 

「あのお二人は、どこかわたくしと近しいものを感じました。ですから、主さまが望まないことは決してしないでしょう」

「……カズマが、望まなければ、か」

「カズマくんが望まないなら……?」

 

 いや望むだろ。二人共に同じ結論に達したが、何だかここで言うのは違う気がして口を噤んだ。案外ヘタレだし、そこまでは突っ走らないかもしれない。そう思い直し、コッコロのそれにゆっくりだが頷く。

 

「あ、でも今休業中なんですよね? さっき聞いた話だと温泉の質が悪化しているだとか」

「ええ。アクシズの秘湯も被害に遭っていて、どうやらお湯が汚染されているみたいなの。まあ、温泉管理人に任命された元最高司祭様が浄化をしたから多少マシになっているとは思うけれど」

 

 ここはどうだったかな。そんなことを思いながら首を傾げていたセシリーであったが、三人はそれよりも今の会話に気になる部分があって眉を顰めた。ちなみにキャルと残り二人は別の部分が気になっている。

 

「え? ゼスタのおっさん温泉の管理人になったの?」

「この騒動解決のための臨時らしいけれどね。だってほら、普段からやらせたら、ゼスタ様のことだから」

「あー……」

 

 何かを想像し納得した。もはや肩書もなくなった以上、堂々と女湯を覗いたら間違いなく捕まる。能力だけは優秀なのが頭の痛いところだが。

 それはそれとして。ペコリーヌとコッコロは、汚染されたお湯は浄化すれば大丈夫だという話を聞いて思い当たることがあった。

 

「キャルちゃん。向こうの二人は、冒険者のクラスを持ってるんですか?」

「へ? シズルがクルセイダーでリノはアーチャーだけど。あ、でもシズルはアークプリーストにも片足突っ込んでたわね。ユカリさんと似たようなタイプよ」

「と、いうことは……」

 

 壁の向こうの温泉を幻視する。入るのには危険な汚染されたお湯。それをどうにか出来る手段があるのならば、きっとカズマは間違いなく実行する。そうすることで混浴を楽しめるのならば、彼はそれを躊躇わない。

 

「ひょっとしてその人、どうにかする方法を持ってるの? なら間違いなくシズルさんとリノさんは混浴してるわね」

 

 耳ざとくそれを聞いたセシリーが、空気の読めない発言をぶちかました。

 

 

 

 

 

 

「凄い、流石は弟くん」

 

 混浴温泉の湯船の汚染が取り除かれたのを見て、シズルはカズマに笑顔を向ける。いやこれくらいどうってことないし、と言葉では謙遜しつつ、彼はどこかドヤ顔であった。

 

「以前、湖の浄化をしたこともあったからな。それに比べれば、温泉の一箇所や二箇所くらいは」

「うんうん。ちゃんと経験に基づいてスキルを使ってるんだね。えらいぞ」

 

 そう言ってシズルはカズマの頭を撫でる。彼女の身長はカズマより僅かに大きいため、背伸びして撫でられるとかそういう要素は一切なく普通に頭に手を添えられた。その事実にほんの少しだけカズマが落ち込む。

 ちなみに、カズマが行ったのはいつものアメスの加護であるブーストだ。シズルをブーストさせ、浄化呪文を使用してもらったのだ。なので別にカズマの手柄というわけでもない。

 ともあれ、温泉は使用可能になった。現状、流れてくる方は、源泉が被害に遭っていないようなので、入浴しても問題はあるまい。

 

「でも、これやっぱり温泉再開したらまた汚染されちゃうんですかね……」

 

 リノの呟きに、シズルはそうだねと頷く。現状複数の温泉で同じ症状が出ており、そして施設自体に問題は見られない。そうなると、やはり何者かの介入が疑われる。閉めていた温泉を開放すると、その何者かが、犯人が再度やってくる可能性も当然ある。

 

「そうなると、ドロドロ女神ですね」

「『堂々巡り』って言いたいのかな」

 

 確かに犯人を見付けない限り、事態は解決しないだろう。だが、それは別に自分達がやることではない。ここの調査と浄化も、貸し切りの混浴を使うための理由付けに近いものだ。

 シズルはカズマを見る。視線を向けられた彼は、流石にそれは面倒くさいとばかりに首を横に振った。旅行に来ただけの自分がそこまでする義理もない。

 

「まあ、そうだね。私も別に、その辺りはどうでもいいかな」

「いいんですか!? こんな事するやつって碌なのじゃないですよ!?」

「勿論、こっちに何かしてきたら……弟くんに何かするようなら始末するけど」

「今始末するって言った?」

 

 笑顔のままなので余計怖い。カズマが若干引いている中、シズルはそんなことよりと彼を見る。

 今重要なのは、弟くんが楽しむことじゃないのかな。そう言って、彼女は彼に微笑みかけた。

 

「対策を立てるにしろ、調査をするにしろ。別に今すぐじゃなくても、ね?」

「ああ、お姉ちゃんの言う通りだ」

「お兄ちゃん……鼻の下伸びてますよ」

 

 若干ジト目でリノがそう呟く。まったく、スケベなのは変わってませんね。しょうがないなぁと言った様子で溜息を吐いた彼女は、それじゃあお風呂に入りますかと言葉を続けた。

 リノの言葉に頷いたカズマは、シズルとともに浴場から脱衣所へと移動する。温泉に入るには当然ながら服を脱がなくてはいけないからだ。現在この場にはこの三人しかおらず、わざわざ脱衣所で離れる理由もない。

 つまり。

 

「ふふっ。弟くんとお風呂とか、いつぶりかなぁ」

 

 カズマの目の前で、シズルが躊躇いなく服を脱ぎ始めた。思わず吹き出したカズマであったが、目の前で下着姿になる姉から目が離せない。ひょっとしてペコリーヌと同じくらいあるんじゃないだろうか。ゆさりと揺れるそれが完全に顕になるかならないかという状況を見ながら、彼も服を脱ごうと。

 

「……」

「どうしたの? 弟くん」

「ちょっと、向こうで、脱いできます」

 

 ぎこちない動きで目の前の脱衣かごに置いたタオルを手に取ると、二人から見えない位置へとゆっくりと歩き始めた。不自然に腰を引き、一歩一歩を出来るだけ細かく、ゆっくり刺激を与えないように。

 

「……もう、別に私は気にしないのに」

「どうしたんですか? シズルお姉ちゃん」

 

 そんなカズマの背中を見ながら、シズルはクスクスと笑う。そこに不思議そうな顔をして問い掛けたリノであったが、彼女の顔と向こうのカズマを見て何となく察した。

 

「ほんとに相変わらずなんですね、お兄ちゃん」

「あれ? リノちゃんはもう平気なの?」

「……ちょっと、恥ずかしい、です」

 

 小さい頃は気にしなかったのに。そんなことを思いつつ、今のカズマをちらりと見る。ここからでは見えない兄を見る。

 シズルの姿で彼はあの状態になった。なら、自分は? 姉は対象だが、妹はどうだ?

 

「お兄ちゃん、私のことどう思ってるんでしょうか……?」

「ふふっ。大丈夫、リノちゃんはちゃんと魅力的だから」

「シズルお姉ちゃんに言われても……」

 

 小さい、というほどではないのだろうが、自身の胸部と目の前の姉の胸部とでは明らかに戦力差が倍以上ある。それでいて腰は自分よりくびれているのだ、この姉は。プロポーションは完全敗北なのだ。

 

「どちらにせよ。今は一緒にお風呂を楽しめばいいんだよ」

「うぅ……。そうします」

 

 服を脱ぎバスタオルを身体に巻いたリノは、じゃあお先に行ってますねと浴場に向かっていった。そんな彼女を見送ったシズルは、さて、と視線を温泉の入口へと向ける。

 

「そんなに心配しなくても。弟くんが嫌がることはしないよ」

 

 クスリと微笑むと、シズルは踵を返す。誰に言ったのか、誰かに聞こえたのか分からない言葉を紡いで、彼女は浴場へと向かう。

 

「さ、弟くんの背中を流そうかな♪」

 

 




混浴シーンこれカットされる流れ?


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その57

入浴シーン入れました。


「ふぅ……」

 

 浄化されたお湯に浸かりながら息を吐く。クエストも兼ねて街の周囲の魔物を退治したところであったので丁度良かった。そんなことを考えながら、お湯をひとすくいした。

 

「温泉の、汚染、か」

 

 ポツリと呟き、そして一人で吹いた。何で唐突にオヤジギャグを言ってしまったのだろう。そんなことを思いながら、改めてお湯を眺め、そして見えはしないがアルカンレティアの源泉があるであろう方角に視線を向ける。

 これが何者かの仕業であるならば。十中八九そうであるのは分かっているが、魔王軍の仕業であるならば、放ってはおけない。目の前で悪事を働かれているのに見逃すことが出来るほど、薄情な人間ではないのだ。

 しかしそうなると一人で来てしまったことが今更ながら悔やまれる。仲間と一緒ならば、困難も簡単に乗り越えられただろうに。

 

「……少し、申し訳ないが」

 

 そこまでを思うと、脳裏に浮かんだこの街にいる知り合いに――恐らく向こうは自分をその程度にしか思っていないだろう――声を掛けてみようかと考えた。正直あまり乗り気ではないだろうが、ダメ元で頼んでみるくらいは大丈夫だろう。

 そう結論付け、再度温泉を眺める。ここは大教会に併設されているので男女別だが、場所によっては混浴も存在する。

 件の人物は、そういうのに興味津々であったはずだ。聞こえてくる評判を聞く限り、少なくともストイックな性格でスケベとは無縁であるなどとは口が裂けても言えない。

 

「今頃、誰かと温泉に入っているんだろうか……」

 

 そんなことを考えて、案外自分も下世話なんだな、と笑った。そうしながら、そろそろ上がるかと立ち上がる。タオルに覆われていない、一糸まとわぬその姿が温泉内で顕になった。

 そうして、全裸のまま、御剣響夜は脱衣所まで歩いていく。温泉で上機嫌になったのか、鼻歌交じりで。

 

「まあ……一人もたまには気楽だな」

 

 

 

 

 

 

 佐藤和真は二度目の異世界最大ピンチを迎えていた。前回は昨日である。スパンが短すぎる。

 

「遠慮しなくてもいいのに」

「……頑なにこっち見ませんね、お兄ちゃん」

 

 見たら死ぬ。どこぞの怪物を相手にするような覚悟を持って、カズマはシズルとリノから視線を逸らしていた。だから彼は今二人がどんな状態なのかすら知らない。

 とりあえずバスタオルを巻いている状態だったところまでは確認した。入ってすぐの話である。

 

「まあ、いいか。弟くん、背中流してあげるね」

「はぁ!?」

 

 今なんつった。思わず奇声を発したカズマは、そこで瞬時に思考を巡らせた。

 よくよく考えろ、相手はお姉ちゃん、つまりは年上だ。となると犯罪で捕まる可能性は減る。少なくともコッコロにされるよりは健全なはずだ。問題はどうやって相手が背中を流すかだ。普通にタオルでゴシゴシとやってくれるだけでも十分だが、相手はお姉ちゃん。弟の嗜好を十分理解している女性だ。ワンチャン、タオルを使わずに背中をゴシゴシとしてくれる可能性だってある。つまりは。

 

「やって欲しいの?」

「何も言ってませんけどぉ!?」

「いやお兄ちゃん思考ダダ漏れでしたよ……。まあ、分かる人はそう多くないでしょうけど」

「そうそう。あ、でも、あの子は分かりそうだから、向こうではそういうことあんまり考えちゃダメだぞっ」

 

 誰のことを言っているのか何となく理解したカズマは、そのことを想像し追加で奇声を上げた。それだけは駄目だ。他の二人にバレるのもそれはそれでアウトだが、コッコロだけは特に駄目だ。場合によっては、主さまが望んでいるのならばとか言っちゃいそうだから絶対に駄目だ。

 ゼーハーと肩で息をしたカズマは、頬を張り気合を入れる。もう大丈夫だと気を取り直し、まあとりあえずそれはそれとして普通に背中を流してもらうくらいならばと思わず振り返ってしまった。

 

「こんな感じ?」

「どわぁぁぁぁ!」

 

 タオルをペロンと捲り胸元へボディーソープを垂らしているシズルの姿が視界に入り、カズマは即座に顔を戻す。一瞬だけであったが、間違いなくいかがわしいお店のビジュアルであった。

 え? ひょっとしてやってくれるの? そう考え思わずカズマの体の一部がホットホットしかける。

 

「別に私は構わないけど……どうする?」

「え?」

 

 どうすると言われれば、許可も出たことだし遠慮なく。遠慮なくどうすればいい? と自問自答する。恐らくこの機会を逃したらこんなことは二度と。

 

「いや、そういうのいいです」

 

 別にそんなことはなさそうだ、と結論付けたカズマは、もう少し落ち着いた状況を待ってからの方がいいと判断した。頼まなくてもやってくれそうなお姉ちゃん相手にがっつくのは、なんか違う。カズマとしてはもっと恥じらいとかシチュエーションにもこだわりたいのだ。

 

「お兄ちゃんの考えてることが手に取るように分かりますね……」

「ふふっ。男の子だねぇ」

 

 じゃあ普通にやりましょうか。そう言ってタオルをカズマの背中に当てたシズルであったが、ふと動きを止めるとニンマリと笑みを浮かべる。どうせだから、前も少し洗ってあげる。そう言いながら手をカズマの胸元へ。

 

「すとーっぷ! シズルお姉ちゃん、お兄ちゃんのお兄ちゃんが危ないからそれは駄目です! 前を洗うなら前からやってください!」

「私は構わないよ」

「駄目ですって! お兄ちゃんが魂抜けそうになってますから! 色々危ないですから!」

 

 

 

 

 

 

 ツヤツヤしているシズルとは対照的に、カズマは割とカサカサしていた。別段ナニかしたわけではない。お兄ちゃん大丈夫ですか、とリノが気遣っているのがその証拠だ。

 

「もう。昔とは違うって言ってたばっかじゃないですか」

「あはは。弟くんが可愛かったから、つい」

「つい、じゃないですよついじゃ! どーするんですか!? お兄ちゃん魂完全に抜けちゃったじゃないですか!」

 

 ちなみにカズマは遠い目をしながらブツブツと何かを呟いている。一単語で、具体的には。

 

「おっぱい……おっぱい……」

「ちょっとこれヤバくないですか!?」

「他人事みたいに言ってるけど、リノちゃんも原因の一つだからね」

 

 湯船に入る時にタオルを巻いていてはいけない、と取っ払ったのが始まりであった。ついでにその状態で隣り合って温泉に浸かっていたのが致命傷で。

 カズマのカズマさんがおはようをしたのを見ながら、どこか慈愛に満ちた表情をされたのがトドメである。

 

「いやどう考えてもシズルお姉ちゃんが原因でしょう!? 何ですか『大きくなったね弟くん』って! どこ見て言ってるんですか! ダジャレですか!?」

「弟くんの成長ぶりを目の当たりにして喜ぶのはいけないことじゃないでしょ?」

「どこの成長喜んでんですか! いくら昔から見慣れてるからって、やっていい態度と悪い態度っていうもんがですね」

「えー」

「えーじゃないですから!」

 

 ゼーハーしながらツッコミを入れたリノは、それでどうするのだと彼女を見た。対するシズルは、少し考え込む仕草を取った後、カズマを自身の膝に乗せる。とりあえずは落ち着くまで休ませてあげようか。そんなことを笑顔で述べた。

 

「私もお兄ちゃん膝枕したい……」

「こういうのは、早いもの勝ちだよ」

 

 そう言いながらカズマの頭を撫でる。どうでもいいが少し屈んだ状態でそれをやったおかげで胸部の大ボリュームがむにぃとばかり彼に押し付けられた。これがおっぱいアイマスクというやつか。

 

「おぱぁぁぁぁ!」

「弟くん!?」

「だーかーら! どうするんですかお兄ちゃんが巨乳恐怖症になったら! あ、でもそうなると普通サイズの私の方に来るから問題ないのか……」

「うん。リノちゃんも大概だと思うよ」

 

 ごめんね、とシズルは姿勢を正す。お姉ちゃん、ちょっと調子に乗っちゃった。そんなことを言いながら、どこか寂しそうに彼の顔を見詰めていた。リノはそんなシズルを見て、困ったような表情で小さく息を吐く。

 

「弟くんの嫌がることはしないように、って思ってたのになぁ……」

「いや別に嫌じゃなかったけど」

「あ、弟くん。正気に戻ったの?」

 

 その言い方は語弊があるが、まあ大体そんな感じだとカズマは言葉を濁した。こっちはこっちでつい調子に乗って悪ノリしていたので、本気で凹まれると罪悪感が出る。とはいえ、この人のことだからその辺も織り込み済みでこの態度なんだろうなと彼はぼんやりとそう思った。

 それはそれとして膝枕はもう少し堪能したいので起き上がらない。

 

「そういえば」

「どうしたの?」

「温泉に入る前に言ってただろ? ここの汚染の対策とか調査とかは後回しって」

「言ってたね」

「その辺の仕事って、これから回ってきたりとかは」

 

 カズマのその問い掛けに、シズルはんー、と少し考え込む仕草を取る。そうした後、まあよっぽど来ないだろうと結論付けた。

 

「そういうのは、高位のクルセイダーとかアークプリーストの仕事だからね。私には関係ないかな」

「いや何しれっと嘘ついてるんですか。シズルお姉ちゃんまさにそういうやつでしょう」

「ほら、ゼスタ元最高司祭がいるし」

 

 臨時の温泉管理人にされている変人を思い浮かべる。アークプリーストとしての実力だけは飛び抜けている彼が担当するのならば、別に自分達は動く必要がない。そんな意味合いの言葉に、リノもまあそうですけどと頬を掻いた。

 

「でも、何だかんだでうちのマスターが何か言ってきません?」

「弟くんとの時間を邪魔するなら容赦はしないよ」

 

 笑顔で言い切った。確かさっきも聞いたぞそれと思いながら、カズマは自分のことはある程度棚に上げてそういう頼まれごとは聞いてやらないとと述べる。

 

「弟くんがそれ言っちゃうんだ……」

 

 じとー、と少し目を細めたシズルは、しかし次の瞬間には笑顔になった。まあそういうと思ってたけどね。そんな言葉を続けながら、よしよしと膝枕されたままのカズマの頭を再度撫でた。

 

「しょうがないなぁ。マスターが何か言ってきたら、一応手伝おうかな。あ、弟くんは気にしないで観光を続けてね」

「……まあ、そういうことなら遠慮なく」

 

 そう言いつつも、気にはしてしまう。そうは思ったが、カズマは口に出さないでおいた。

 勿論見透かされているので、二人に笑顔を返された彼は本日何度目か分からない奇声を上げ悶えるのだが、大したことではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 外に出た三人の視界にまず入ったのは、どうにかして中の様子を覗こうと画策していたらしい一人のプリーストの姿であった。カズマには見覚えがなく、シズルとリノは顔見知りだ。

 

「何をしてるのかな?」

「はっ!? もう出てきちゃったの!?」

「いやもうも何も……あんた盗聴に夢中で時間忘れてたわね……」

 

 シズルの言葉に反応したそのプリースト、セシリーとは違い、後ろにいたキャルは呆れた様子だ。ペコリーヌとコッコロはノータッチを決め込んでいた。

 が、それはあくまでセシリーに対してだ。混浴温泉から出てきた面々をスルーは流石にできない。そう思っていた矢先、彼女達より先にシズルが先手を取った。

 

「それで、そっちはキャルちゃんと、弟くんのパーティーメンバーだね」

「え? わたしたちのこと知ってるんですか?」

「勿論。弟くんに関係することだから」

 

 笑顔である。迷うことなくそう言い切ったシズルを見て驚くペコリーヌであったが、反対にコッコロはゆっくりと目を細めていった。表面上は平静を保ったまま、彼女はそのままシズルへと歩みを進める。

 

「初めまして。わたくし、今、現在の、主さまのおはようからおやすみまでお世話させていただいている、コッコロと申します」

「……コロ助怖い」

「やばいですね……」

 

 即座に襲いかかるようならば止めようと思っていたが、流石にそんなことはなかったらしい。その代わり、オーラが半端ない。キャルもペコリーヌもどうしようかと若干引く。

 

「そんなに怖い顔しないで。私は別に弟くんを取ったりしないよ」

「どの口が言いますか……」

「リノちゃん、ちょっと黙っててもらえるかな?」

 

 笑顔で振り向いたシズルを見て、リノが小さく悲鳴を上げる。思わず隣のカズマにしがみつき若干涙目で彼を見上げた。

 コッコロの纏うダークオーラが更に大きくなる。

 

「コッコロ、落ち着け。いや、落ち着いてください」

「主さま。わたくしは冷静です。ご心配なく」

 

 絶対冷静じゃない。ペコリーヌもキャルも、そしてカズマもそう思ったが、口にはしなかった。理由は多々あるが、とりわけ大きいのは、怖かったからだ。

 

「普段はおとなしく礼儀正しいエルフの美少女が見せる新たな一面……ん~、いいっ!」

「あんたはちょっと黙ってるかこの場から消えるかして」

 

 空気を読むことを放棄しているセシリーは放っておくとして。シズルは笑顔を崩さず、そんなに疑うのならば、とカズマの手を取り前に出す。へ、と間抜けな声を上げているカズマを、そのままコッコロの眼前へと押し出した。

 

「はい。弟くんはそっちに渡しておくよ」

「シズルお姉ちゃん!? どうしたんですか!? いつもならもっと腐れ外道みたいな手段でお兄ちゃんを手中に収めようとするじゃないですか!」

「もぅ、リノちゃん。あんまり根も葉もない話でお姉ちゃんを悪く言っちゃ駄目だ、ぞっ☆」

 

 脳天を突き抜けるほどの衝撃を伴った頭突きがリノの側頭部に炸裂する。悲鳴を上げた彼女は暫しフラフラと揺れ、そして我に返ったかのように動きを止めた。記憶は飛んだらしい。

 突然の衝撃に、コッコロも思わず正気に戻る。カズマが戻ってきたのも関係しているかもしれない。ともあれ、リノという尊い犠牲により緊張は緩和されたのだ。

 

「え、っと……?」

「私は、弟くんに嫌われたくないから。無理にこっちに縛るとかは、しないよ」

「お姉ちゃん……」

 

 笑顔のシズルを見て、カズマは少しだけ胸に来るものがあった。彼女はきっと、それでもし自分が嫌われても、敵対しても。それでも、弟の味方をするだろう。絶対に、何があっても、彼女はお姉ちゃんなのだから。

 

「あいつの周囲がどんどんカオスになってくわね……」

「キャルちゃん? その言い方だとわたしたちも含まれますよ?」

 

 無意識なのか、自虐なのか。どちらにせよ、まあそこを否定するかと言われればそんなことはないのでペコリーヌとしては問題ない。ツッコミを入れつつも、じゃあとりあえず一件落着ですねと胸を撫で下ろした。

 さてそれでは、と解散ムードになったタイミングでシズルがあいた、と声を上げた。どうやら何かが降ってきたようで、それを拾い上げるとああやっぱりと眉尻を下げる。

 

「どうしたんですか?」

「ちょっとお仕事、かな? アクシズ教徒の問題だから、そっちは気にしなくても大丈夫だよ」

 

 ペコリーヌにそう述べると、若干混乱した状態のままであったリノを連れてシズルはその場から去っていく。カズマはそれに心当たりがあったらしく、二人に向かって無理はしないようにと声を掛けていた。

 

「カズマ、何か知ってるの?」

「いや、確か温泉の異常の調査に呼ばれるかもって言ってたから多分それじゃないかって」

 

 成程、とキャルは頷く。そうしながら、彼女はシズルが去り際に言っていた言葉を思い出していた。

 

「アクシズ教徒の問題、か」

 

 ならば別に関係がない。そう言ってしまえるし、そこを疑うことは微塵もないが。

 それでも、ここの空気に当てられたのか、どうにもそれが引っかかってしまっていた。

 

 




そろそろボス戦かな。


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その58

調査パート


 翌日。宿で朝食を取り終えたカズマ達がロビーでのんびりとしている時のことである。物凄くわざとらしい咳払いとともに、キャルが今日は個人行動にしましょうと言い出したのだ。

 

「ほら、昨日はカズマだけ一人であたし達は一緒だったじゃない? だから今日はいっそみんな一人で行動するのよ」

「……ふむふむ」

「個人行動、でございますか」

「ふーん」

 

 ペコリーヌもコッコロもカズマも、そんなキャルをじっと見やる。どう考えても納得していないとばかりの表情の三人を見て、彼女はぐぬぬと顔を顰めた。

 別にやましいことは考えてない。墓穴を掘るというべきか、あるいは勝手に袋小路に迷い込んでいるというべきか。三人とも別に何も言っていないのに、キャルはぶんぶんと手を振り回しながら何故か言い訳を始めてしまう。

 

「至って普通のことよ。昨日のカズマじゃあるまいし」

「おいちょっと待てそれは流石に抗議するぞ」

「何よ。シズルやリノとお風呂入ってたじゃない」

「何言ってんだお前。一昨日はコッコロとも入ったぞ」

「その反論おかしい」

 

 一回目はコッコロ。二回目はシズルとリノ。混浴で一緒になった女性が変わったから何なのだ。むしろやましさが倍々ゲームではないのか。そんなことを思いキャルはジト目でカズマを見たが、当の本人は自分は無実だと言わんばかりに堂々としていた。そのあまりにも自信に満ちた態度に、思わず彼女は反論された気分に陥る。

 

「キャルちゃんキャルちゃん。それで、結局何で単独行動したがってるんですか?」

「え? だからあたしはただちょっと温泉の異常を調べようと思っただけで――」

 

 混乱している隙を突かれた。キャルは思わず動きを止めたが、ペコリーヌはペコリーヌで言っちゃうんだという顔で彼女を見ている。とどのつまりバレバレで、しかも放っておけば聞かずとも言っていたことは想像に難くないのが優しい顔でキャルを見ているコッコロの姿で大体把握できた。

 

「ち、違うわよ!? 別にあたしは、この街のことなんか分かってるし別に何とも思ってないから? ちょっと、アルカンレティアと関係ないことでもしようかなって、そう、何も関係ないことを! やろうかなって!」

「キャルさま」

「な、なによ」

「承知しております。わたくし達で出来ることでしたら、なんなりとご協力お申し付けくださいませ」

「だから別に関係ないって言ってるでしょうが!」

 

 慈愛に満ちたコッコロの姿を見てキャルが吠える。カズマはそんな彼女を白けた目で見ながら、なあペコリーヌと横の少女に声を掛けた。笑顔でその光景を見ていたペコリーヌは、彼の言葉にどうしましたと視線を向ける。そうしながら、あの様子だと素直に同行は出来なさそうですねと苦笑した。

 

「だったらいっそ俺達は俺達で調査するか」

「あれ? カズマくん意外と乗り気なんですか?」

「……いや、暇だし?」

「カズマくんも案外キャルちゃんのこと言えないですよね」

 

 そう言ってクスクス笑うペコリーヌのほっぺたをぐにぃと引っ張りながら、だってしょうがないだろうとカズマはぼやく。目の前のあいつを放っておくとどうなるか分からないし、と。それに。

 姉と妹が調査をしているのだから。そっぽを向きながら、彼はそんなことを呟いた。

 

「ふふっ。そうですね、わたしも妹が頑張ってるなら協力してあげたくなっちゃいますし」

 

 とは言っても、実際は自分は必要ないのだけれど。少し自嘲気味に笑いながら頬を掻いたペコリーヌは、表情を元に戻すとカズマを改めて見た。それなら尚更、皆で行動する必要があると述べた。

 

「闇雲に調査するより、この街に詳しい人がいた方が絶対いいですから」

「それもそうか。おいキャル」

「なによ! あんた達も協力するとか言い出すわけ? あたしは――」

「俺達温泉の異常の調査するから、手伝え」

「――は?」

 

 目をパチクリさせる。キャルの横でそれを聞いていたコッコロは、成程そんな方法がと手を叩いていた。

 そんな彼女を尻目に、キャルは言葉の意味を理解するのに暫し時間がかかる。ようやっとそれに気付いた彼女は、何言ってんだという目でカズマを見た。

 

「聞こえなかったのかよ。俺達の調査を手伝え」

「聞こえてるっての! そうじゃなくて。何言い出してんのよあんた」

「温泉に問題が出たら、この街の楽しみがほぼ無くなるだろ」

「迷いなく言ったわね……」

 

 とはいえ、ならば反論するかというとそんなことはない。ここでアルカンレティアにもいいところは沢山あるのだなどと力説を始めたら最後、横にいるペコリーヌとコッコロに生暖かい目で見られること必至だからだ。つまりは詰みである。本人がそう思っているだけだが。

 

「……まあ、いいわ。あんたがどうしてもって言うなら、手伝ってあげる」

「あ、じゃあいいや」

「なんでよ! そこは素直に協力を求めるところでしょ!?」

「キャルちゃん。わたしは、どうしてもキャルちゃんに手伝って欲しいです」

「はい。キャルさま、是非ともわたくし達に協力をお願いいたします」

「ほらこれ! これよ! 何であんたはこれが出来ないわけ!?」

 

 グイグイとくるペコリーヌとコッコロを指差しながらキャルはそうカズマに述べるが、当のカズマは小指で耳をほじりながら何言ってんだお前という目で彼女を見ていた。

 そもそもお前何だかんだであの流れは協力する気だっただろ。言ってはいけないことをはっきりと口にしたカズマのそれを聞いて、キャルの動きがピタリと止まる。

 

「ち、ちっがうわよ! お願いされなきゃ絶対に協力なんかしてやらなかったし! あたし一人で調査して、犯人を突き止めちゃったりなんかして? こう、華麗に事件解決してあんたの吠え面を見てやろうとか思ってたんだから!」

「あーはいはい。で、まずは何を調査するんだ?」

「き、き、な、さ、い、よぉぉ!」

「あんな雑な会話の切り出し方したのに即頼めばオーケーとか言い出す時点で手遅れだ。諦めろ」

「ぐふぅっ……」

 

 痛いところを突かれた。顔を真っ赤にしてプルプル震えるキャルを見ながら、カズマはほんの少しだけ言い過ぎたかもしれないとちょっとだけ反省をした。今後に活かすかは不明である。

 

「あ、カズマくん」

「ん?」

「……さっき言ってたカズマくんの理由のもう一つ、コッコロちゃんには内緒にしておいてくださいよ?」

「へ? あ、はい」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで調査開始である。とはいえ、現状では何も分かっていないに等しい。温泉のお湯が汚染されていたということくらいしか情報がないのだ。

 

「どうする? 片っ端から温泉調べるか?」

「そうですね……。キャルちゃん、この街って温泉どのくらいありますか?」

「大小合わせて一つ一つ全部回ってたら一週間は掛かるわね」

「となると、総当たりはあまり現実的ではありませんね」

 

 コッコロの言葉にカズマ達も頷く。そうしながら、ならば頼りになるのはと視線をキャルに向けた。

 温泉に何かを混入させた犯人がいると仮定した場合、それが狙う場所は一体どこなのか。その判断をしてもらおうと思ったのだ。

 

「……一応言っとくけど、街の連中の顔ぶれとか記憶とかそういう大まかなのはともかく、温泉施設みたいなのはこの数年で結構変わってるから完全にあてにされても困るから」

「分かってるって。で、どうだ?」

「そうね……」

 

 ばさりと宿で貰ったアルカンレティアの地図を広げる。観光スポットが記されているそれを眺めながら、分かりやすく大きい場所を数点、中規模の温泉施設を数件丸で囲った。

 

「おっきな場所は全部ってわけじゃないんですね」

「この辺は温泉の数も多い分、メンテナンスの回数も多いのよ。だから混入させても被害になりにくい。逆に大きいけど温泉の数が少ない場所は」

「成程。あまり温泉を閉めるわけにもいかないので、メンテナンスの期間が長くなるというわけでございますね」

「そういうことよ」

 

 ここから一番近い場所をピックアップし、早速向かおうと足を進める。そんなキャルを見ながら、何だかんだ滅茶苦茶乗り気じゃねえかとカズマは小さく笑った。

 そうして向かった温泉地であるが。どうやら既に調査済みであったらしい。シズルとリノが同じような話を聞いていたと言葉を返された。だが、逆に言えばキャルの推論とアクシズ教の調査の方針がきちんと一致したということでもある。

 

「てことは、他の場所も当たりの可能性があるな」

「そうですね~。次、どこにしましょう?」

「あのお二人は大きな場所を調査しているようですし、こちらは小さめの温泉を調査してはいかがでしょうか?」

「そうね、コロ助の意見を採用しましょう」

 

 次の場所はここだ、と地図を指し示し目的地へと向かう。辿り着き、早速話を聞こうとしたのだが。

 つい先程、魔剣の勇者候補キョウヤが同じ話を聞きに来たという答えが返ってきた。

 

「何でピンポイントで引き当てるんだよお前」

「あたしが悪いんじゃないわよ! 同じ場所を調査する奴らが悪いの!」

「悪いとか、そういう問題じゃなくないです?」

「……そうだけど」

 

 ペコリーヌの純粋なツッコミでキャルの勢いが落ちる。尻尾もへにゃりと垂れ、肩を落として項垂れていた。

 しかしそうなると、とカズマは地図を見る。他の調査している連中よりも早く新たな情報を仕入れるのは無理がありそうだ。そう判断し、新たな指針を作り上げる。いっそ向こうに合流してしまうか、あるいは。

 

「とりあえず同じだろうが気にせず情報を集めて、犯人だか何だかと戦闘になってたら加勢するか」

 

 別に自分達が先に真相に到達する必要はない。何か報酬がかかった勝負をしているわけでもないのだ。キョウヤ辺りを矢面に立たせ、自分達は安全な場所から支援でもするのが妥当だろう。うんうんと頷いているカズマを、キャルは非常に胡散臭げな顔で眺めていた。

 

「何考えてるかはよく分かんないけど、碌でもないだろうってのは分かるわ」

「失礼だな」

 

 別に間違った行動でもなし、非難されるいわれはないはずだ。そんなことを思いつつ、カズマはそれで次はどこに行くんだと問い掛けた。

 大きい場所はシズルとリノが、小さな場所はキョウヤが調べている。それを踏まえ、自分達だけで何か特別な調査をしようとするならば。そこまで考え、違う違うと頭を振った。言い方はアレであったが、カズマの提案も一理はある。そもそも自分達は元来何の関係もない連中だ。正式な調査員の知り得ない情報を手に入れたところで、だから何だで終わってしまう。

 

「このまま怪しい場所の調査を続けるわよ」

「了解」

「分かりました」

「かしこまりました」

 

 ここで念押しをしておく。キャルが、間違いなくそう発言をしたのだ。

 

 

 

 

 

 

「後追いばっかりで埒が明かないわ」

「……」

「何よその目」

 

 承知で調査してたじゃん、という目である。ペコリーヌもコッコロも、カズマほどではないが若干苦笑気味であった。

 とはいえ、その理由はカズマと二人で少し違う。

 

「しかし、まさか全ての調査箇所が後追いになるとは」

「逆に凄いですよ。やばいですね☆」

「嬉しくない!」

 

 印を付けた場所を巡った結果がそれである。そうは言っても何だかんだで一つくらいは一番乗りの場所があるだろうと高を括っていたが、結果はまさかの全敗。だからキャルが文句を言いたい気持ちは分からないでもないのだが、しかし。

 

「あー、でもそうだよな。向こうに俺達が調査してるって情報が全然入らないのか」

 

 加勢しようとしても、唐突に湧いて出た連中扱いされるのが関の山だ。シズル達もキョウヤも勿論そんな扱いをするはずもないのだが、気分的には大体そんな感じへと傾いている。

 

「まあ、とりあえず調査してる人達と同じ情報を持ってはいますから」

「犯人の目的、あるいは次の犯行現場を推理するのでございますね」

 

 ペコリーヌとコッコロのフォローらしきそれを聞いても、キャルの気分は落ち着かない。むしろ、ならば今度こそ自分が一番乗りしてやると闘志を燃やす始末だ。三日経ったことで、どうやらほぼほぼ昔の気質を呼び起こしたらしい。

 

「よし、じゃあ……えっと、犯人らしきやつは」

 

 調査の結果、一人の男が浮かび上がってきた。浅黒い肌の茶色い短髪の男。筋肉質で背も高かったため従業員の記憶に残っていたらしいその男が、異常のあった温泉でことごとく目撃されていた。ただの風呂好きである可能性は否定できないが、見付けて話を聞いて見る価値はあるだろう。

 問題は。

 

「別に同じ温泉に何回も来てるわけじゃないのよね……。となると、残りの温泉か」

 

 チェックをしていないそれらを見る。広げた地図上の温泉があることを示すマークを目で追いながら、調査を始める前に言っていたことを改めて反芻した。

 全部巡ったら一週間掛かる。そして相手の温泉を巡るルートなど知るはずもない。

 

「下手したら、一生会わなそうですね」

「そうよねぇ……」

 

 ならばどこか一つに目星をつけて張り込むか。そう考え地図とにらめっこを開始したキャルであったが、相手が全部を巡る可能性は高くなく、こちらも場合によっては絶対に会わない。

 

「詰んだな」

「詰んでない! これだ、って場所があるはずなのよ!」

「しかしキャルさま。向こうの方達も同じ結論に達しどこかで張り込んでいるという可能性もありますので」

「何よコロ助。またあいつらと場所が被るって言いたいわけ?」

「い、いえ! 決してそのようなことなど」

「おいキャル。コッコロいじめんな」

「違うわよ!」

 

 尻尾をピンとさせながら吠えるキャルを見つつ、カズマは暫し考え込む。コッコロの発言の意味がキャルの言ったようなことではないならば、違う思惑がそこに込められているわけで。

 答えてくれる相手がすぐそこにいるのだから、別に無理に考える必要もない。彼はすぐさまそう結論付け、なあコッコロと声を掛けた。

 

「現状調査をしているのはシズルさま達とミツルギさまの二チームですが、向こうも同じことを考えた場合、同時に三箇所張り込めることになるのでは、と」

「ああ、そういうこと? でも、どっちみちこの量じゃ……」

 

 うーむ、と腕組みして地図と、今日の調査表を眺める。やはり向こうと連絡を取れていないのが痛い。前提条件として認知されていないのがまず問題なのだが、結論は同じなので彼女は気にするのをやめた。

 

「んー。何かこう、丁度いい場所っていうのがあればいいんですけど」

「丁度いい場所っていったって……」

 

 地図を睨む。そうしながら、何かいいアイデアを。

 

「なあ、俺ちょっと思ったんだけど」

 

 そんな矢先、カズマがキャルの後ろから地図を覗き込みそんなことを呟いた。どうしたんですか、というペコリーヌに、大したことじゃないんだがと言葉を紡ぐ。

 一箇所ずつ汚染していてもきりがない、犯人がそう判断する可能性だ。

 

「温泉を汚すなら、直接やれば早いだろ?」

「……成程。確かにそれなら、犯人かどうかも一目瞭然ですね」

「ちょっと待ったカズマ、直接って……」

「源泉、でございますね」

 

 アルカンレティアの地図を見る。街の全体図から離れた場所、それでも記載しておくべき場所。

 ここ、アルカンレティアの温泉の大本。

 

「確かに源泉を汚せば街全体の温泉に影響が出るけど。そう簡単に源泉の場所に行けるもんじゃないわよ」

「だったら丁度いいじゃねーか。そこに怪しい奴が来たら犯人でギルティだ。ぶっ飛ばそうぜ」

「……それも、あり、かな?」

「いや無しですよ」

「キャルさま……」

 

 とはいえ、どの選択肢を選んでも犯人に、あるいは容疑者に会うことが難しい以上、そんな選択肢を選んでも構わないかもしれない。ペコリーヌ達も結局そう結論付け、その方向で行動しようとカズマの意見に賛同した。

 次の目的地は、アクシズ大教会の裏手。この街を水と温泉の都足らしめている重要な場所。

 アルカンレティアの、源泉だ。

 

 




次回からボス戦かな。


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その59

三章ボス戦、スタート


 アルカンレティアの温泉。その源泉に続く道は、普段は街の騎士団によって警備が行われていた。貴重な観光資源を守るためである。

 が、今この瞬間だけはそこに警備兵が存在していなかった。臨時の温泉管理人であるとある男が揉め事を起こしたおかげで一時的に出払ってしまったのだ。どうやって侵入しようかと考えていたハンスにとって、これは重畳。戻ってくる前に入口を抜け、そして先に源泉へと向かったその臨時の管理人を喰い擬態すれば騒がれることなく破壊工作を終え帰還できるだろう。ふん、と口角を上げながら、彼はそのまま管理人に追いつかんと足を進めた。

 彼は知らない。何がどうなると警備の騎士がその場からいなくなるのか、どうしてそんなことが出来てしまえたのかを。エリス教徒である騎士達にさりげない嫌がらせをしながらこいつ手に負えねぇと思わせるほどの、管理人の中身のことを。

 

「あれか……」

 

 山道を歩きながら、ハンスは程なくして一人の男の背中を見付けた。街の噂で管理人が変更されたということは聞いていたが、どうやら着ている服装からして神官らしい。何がどうなるとアクシズ教のプリーストがこんな役目に就くのか。彼はそこを知る由も無いし、知る気もない。ただただ、そいつを喰らって擬態するための素材にする。考えていることはそれだけだ。

 だから。

 

「むっ! 《リフレクト》!」

「なぁっ!?」

 

 背後から襲いかかったハンスを弾く、そんな状況など全く想定していなかったのだ。

 飛び退ったハンスは管理人の男を見る。少し白髪交じりのその男は、髭を撫でながらこちらをじっくりと観察していた。

 

「ふむ……。人ではないようですな。ここは関係者以外立ち入り禁止、警備の者がいたはずですが。まったく、これだからエリス教徒は」

 

 原因を作ったのはこの男である。勿論そんなことは棚に上げて、温泉臨時管理人――ゼスタはやれやれと頭を振っていた。やはりあの連中を首にしてアクシズ教徒にしなければ。そんなことを追加でぼやいた。

 

「おお、いけないいけない。今の私は既にその権限が無かったのでした。まったくマナさんにも困ったものです。別に私は性転換するよりついたままの方が二度美味しいと忠告してあげただけなのに……。勿論完全に女性に変わってしまうのも素敵ですが。……甲乙付け難いので両方試せばよかったんですよ、くぅ、失敗した」

 

 ハンスが数歩下がる。突如理解出来ないことを言い出した目の前の男に、スライムなりの恐怖を覚えたのだ。おそらく性癖の話をしているということは分かる。突然それを口にする意味が分からなかった。

 勿論マナがゼスタをトップから排除した理由はそれではない。理由の一つである、ということもない。その話を聞いていた時、当時は彼であったマナが非常に冷めた目で見ていたが、それだけである。

 

「おお、いかんいかん。それで、目の前のあなたは、私に一体何の用ですかな?」

「……えぇ」

 

 平然と会話を続けようとするゼスタにハンスが引く。が、すぐに気を取り直すと、そんなものは決まっているだろうと彼を睨み付けた。ぐにゃりと体の一部が歪み、本来の姿であるデッドリーポイズンスライムの容貌が見え隠れする。

 

「貴様を喰らって、この俺の糧にするのさ」

 

 話すことなど何もない。そう言わんばかりのハンスの攻撃を見ながら、ゼスタは成程と頷きながら両手をかざした。そうして生み出された光の壁に、ハンスのスライム体が再度弾き返される。

 

「スライム……それも相当高位のスライムですね。体全体に魔力を帯びている」

「何なんだお前! ただの管理人じゃないのか!?」

「ただのしがない温泉管理人ですよ。臨時の、ね」

 

 そういうあなたは一体何者ですか。あくまで自然体のまま問い掛けるゼスタを見て、ハンスはギリギリと奥歯を噛みしめる。自分が倒されることは無いだろうが、目の前の男を相手にすると相当厄介なのは感じ取った。

 まあいい、とハンスは表情を戻す。向こうが知りたがっているのならば教えてやろうと口角を上げた。そうして隙が出来さえすれば、一気に喰らってやる。そんなことを思いながら口を開いた。

 

「そんなに知りたければ教えてやろう! 俺の名はハンス! 魔王軍幹部のデ――」

「《セイクリッド・ハイネス・エクソシズム》!」

「ぐぁぁぁぁぁ!」

 

 突如現れた破魔の魔法陣により、ハンスが光に包まれる。魔王軍幹部とはいえ純粋な悪魔の系譜とは違う彼はその一撃が致命傷になることはなかったが、それでも当然ダメージは負う。デッドリーポイズンスライム、物理攻撃に非常に強く、魔法耐性も持ち合わせている存在であったが、浄化は別系統だ。そういう意味では、目の前の男は相性がよろしくないといえるだろう。

 が、所詮は人間。このくらいが限界だ。少しよろめいたものの、どうってことはない。ハンスにとって問題なのは、それよりも。

 

「人が名乗っている最中に攻撃するとか、お前には空気を読むということが出来んのか!」

「魔王軍幹部ということさえ分かれば十分です。魔王しばくべし! それがアクシズ教の教えですからな」

「いや聞けよ! 種族くらいは聞いておけよ! 魔王軍幹部のデッドリーポイズンスライムといえば、相当有名だろうが!」

「……なんと!? あの、高額賞金首の!?」

 

 ゼスタが目を見開く。よしよし、その反応が見たかった。ハンスは少しだけ溜飲が下がった表情で彼を眺めた。当初の、その隙に喰らうということは頭から抜け落ちている。

 

「ふん、そうだ。さあ、恐れ慄き許しを乞え、そうすれば――」

「時に、その姿は擬態ですかな?」

「は? ああ、まあ、そうだな」

 

 再度勢いを削がれた。ゼスタが非常に真剣な顔でそう問い掛けたことで、ハンスも思わず普通に答えてしまう。そうですか、と頷いたゼスタは、その鋭い眼差しを彼へと向けた。

 スライムということは、当然性別はあってないも同然。そうでしょうという質問に、まあ一応とハンスは答える。

 

「……よく分かりました。私はあなたに倒されるわけにはいきませんな」

「今の質問でその結論に辿り着く流れが分からん!?」

「が、しかし! もしその姿が、修道服がはちきれんばかりの胸を持った美人のプリーストで、しかもスカートをたくし上げたらスライムのごとく粘液にまみれており! その下半身がねっとりと私に絡みついたあげくゆっくりと捕食するようなものであったのならば! おそらく私は力及ばず倒れていたことでしょう」

「……ちょっと何言ってるか分からん」

「擬態、出来るのでしょう?」

「いや、出来るが……」

「ちらっ、ちらっ」

「やらねーよ!?」

 

 スライムの身であるにも拘わらず、何故か背筋がぞわりとしたハンスはじりじりとゼスタから距離を取り始めた。一方のゼスタはゆっくりとハンスに歩み寄る。もしこの光景をここから見ている者がいたならば、どちらが魔王軍か分からなかったかもしれない。

 

「おや、どうしました? 私ではあなたに敵わない、ならばせめて最期のリクエストくらい聞いてくれてもよいのでは?」

「嘘つけ! 分かるぞ! お前はこの状況でも余裕で逃げられるだろうが! くそっ、だからアクシズ教徒は嫌なんだ! 規格外がぽこじゃかいやがって……!」

「失礼な。皆アクア様の教えを守る素晴らしい人達ですぞ。お姫様に憧れ自らを女性へと転じたり、世界に縛られないよう地形を自由に構築してみたり、ブラコンが高じて義理の弟を無から生み出したり、ブラコンが高じて義理の兄を無から生み出したり」

「おかしい……頭おかしいぞお前ら……!」

 

 ゼスタの口から出てきたアクシズ教徒はほぼ全て規格外だ。それを平然と受け入れているのだから、当然こいつも普通ではない。というか先程の会話で十分理解している。

 

「ちぃ、計画を一旦中断するべきか……だが」

「何をぶつぶつと。魔王軍幹部ならば覚悟を決めるべきでは?」

「こいつ……! ああいいだろう! 貴様のリクエストなど聞かずに、この場で喰らって――え?」

「それは残念です。ならばこちらとしても――おや?」

 

 そこで気付いた。いつの間にか、二人を囲むように魔法陣が構築されていることを。爆裂魔法もかくやという輝きを持ったそれは、疑問を挟む余地もなくハンスとついでにゼスタをターゲットにしているもので。

 

「消え去れ! 《アビスバースト》ぉぉぉぉぉ!」

 

 どこぞから聞こえてきた少女の叫びとともに、二人は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 魔法による爆発と光の柱を眺めながら、カズマは《千里眼》でターゲットの確認を行った。これで倒せていればよし、そうでなければ。

 

「キャ、キャルさま……? あの、人を、巻き込んで……」

「あたしの視界に人はいなかった。見えていたのは、犯人っぽいやつと変態だけよ」

「やばいですね……」

 

 躊躇いなくゼスタごとぶっ放したキャルは、どこか満足そうに爆心地を眺めている。コッコロとペコリーヌはドン引きしていた。一方のカズマは、あの場にいた男が誰かも確認したし、なんなら読唇術スキルで会話も把握した。多分殺しても死なないんだろうな、とキャルの様子を見て彼はそんなことを思う。

 

「あー……人影確認。二つだ」

「ちぃ、生きてたか……」

「キャルさま、それはどちらについてなのでしょうか……」

「やばいですね……」

 

 二人の言葉など知ったこっちゃない。キャルはカズマに視線を向けると、もう一回だとジェスチャーをした。ブーストして魔法をあそこにぶち込むつもりらしい。

 が、カズマはそれに首を横に振る。駄目だ見付かった。そう言って、ドン引きしていた二人に気を取り直すよう指示をした。

 

「えっと、確かカズマくんの読唇術で分かった情報によると、あの人は魔王軍幹部で、デッドリーポイズンスライムなんですよね」

「らしいな。何か聞き覚えがあるんだよな……」

「前にちょむすけさんが言ってたやつね。何だっけ? 触れたら即死する猛毒持ち、とか」

 

 冷静になったのか我に返ったのか。キャルがそんなことを述べる。即死、とコッコロが息を呑むのがカズマの耳に届いた。

 

「……大丈夫だ。いざとなったら全力で逃げるからな」

「では、その時の壁としてわたくしを」

「コッコロがいなくなったら意味ないだろ。逃げる時は一緒だ」

「主さま……っ!」

「話戻していい?」

 

 真っ先に暴走していたキャルに諭されるのはどうなのだろうとペコリーヌは思うものの、確かに彼女の言う通り今はそんな場合ではない。ここに来る前に伝令を送りはしたが、援軍が来るまでは最低限死なないように持ちこたえねばならないのだ。

 

「とりあえずゼスタのおっさんがいるから、アレが死ぬまでは待機ってことで」

「いや駄目ですよ!? キャルちゃん正気に戻ってないじゃないですか!?」

「どっちみちあいつこっちもターゲットにしてるからな。あのおっさん以外も狙ってくるぞ」

 

 射殺さんばかりの目でカズマ達の隠れているであろう方向を睨んでいるハンスを確認しながら彼がぼやく。このままここにいるだけだといい的だ。立ち上がり、行くぞと皆を促した。

 出来ることなら逃げたい。が、今の状況だと逃げても追ってくる。最低限そうならない状況になるまで持ちこたえねば。ペコリーヌとは大分違う過程だが、結局出した答えはほぼ同じなあたり、パーティーメンバーで仲間だからなのだろう。

 雑木林から飛び出す。ゼスタがキャルを見て顔を輝かせるのを確認しげんなりしつつも、彼女はハンスに視線を動かした。

 

「……お前か、さっきの不意打ちは」

「だったら何だってのよ」

「中々の威力だったが、生憎俺には」

「《セイクリッド・ハイネス・エクソシズム》!」

「ぐわぁぁぁぁぁ!」

 

 ゼスタがハンスを浄化しにかかる。二度目のそれを食らいよろめいたハンスは、だから話の途中で遮るなと彼に怒鳴った。

 

「アルカンレティアが誇る至宝キャルちゃんを害そうとする輩に遠慮など無用!」

「何だお前……」

 

 突然空気が変わったゼスタにハンスが再度引く。対するゼスタは非常にいい笑顔でキャルに振り返るとサムズアップをした。ぞわわ、と全身に鳥肌が立ち耳と尻尾が逆立ったキャルは、思わずカズマの後ろに隠れる。

 

「……まあいい。それでお前達は一体何だ? まさか、この俺を討伐しようとでも?」

「いや、このまま帰ってくれるんなら俺としては別に」

 

 カズマの言葉に、ハンスの表情がピクリと動く。逃げ帰ろとでも言うつもりか、そんなことを言いながら、彼の表情が憤怒に染まっていった。ドロリ、と片腕をスライムのそれに変化させると、振りかぶりカズマへと猛毒を。

 

「《プリンセスストライク》!」

 

 斬撃がハンスの片腕を弾き飛ばした。肘から先が明後日の方向に飛んでいくのを横目で見ながら、ハンスはゆっくりとその攻撃を放った相手に視線を動かした。

 カズマを庇うように、ペコリーヌが剣を構え立っている。その頭上にあるティアラが、力を発揮しているかのようにキラキラと輝いていた。

 

「……物理効かないって言ってなかったっけ?」

「これは曲がりなりにも王け――我が家に代々伝わるスキルですからね。アイリ――妹には劣っても、勇者の力の一端くらいは見せられます」

「よし俺は聞かなかったことにする!」

 

 物凄いワードが出た気がするので、カズマは耳を塞ぎ記憶から抹消した。何となく、薄々普通じゃないのは感付いていたが、これ以上踏み込むと危ない。

 それよりも、とカズマはハンスを見た。自身の腕を飛ばされたことで、目の前の相手は警戒に値する存在だと認識したらしい。消滅した片腕を再生させると、ニヤリとその口元を三日月に歪めた。

 

「ふ、アクシズ教徒ばかりで気が滅入っていたが、そこの女は違うようだな。それなりに歯ごたえもありそうだ。これは、食いでがある」

「カズマくん達ならともかく、あなたに食べられるのはちょっとごめんですね」

 

 す、とペコリーヌが目を細める。ハンスはそれを見て笑みを強くさせ、再度スライムの腕を目の前の相手に叩き込もうと構え直した。

 それに割って入ったのがゼスタである。ハンスをその眼光でたじろがせると、彼はゆっくりとペコリーヌに向き直った。

 

「お嬢さん、一つ、お聞きしたい」

「は、はい?」

「その食べられるというのは、ひょっとして性的な――」

「《アビスバースト》ぉ!」

 

 ゼスタと、その背後にいたハンスが纏めて光に飲まれた。目の前で人が吹き飛んだことで、ペコリーヌの前髪がふわりと揺れる。目をぱちくりとさせていた彼女は、我に返るとキャルの方へと振り返った。

 

「きゃ、キャルちゃん……?」

「コロ助、追撃の準備を!」

「えぇ……」

 

 ドン引きリターンズ。冗談でも何でもなく、本気でそう思っているらしいキャルを見て、彼女達はどこかで見たようなと記憶を探る。

 あ、これ勢いでダンジョンぶっ壊した時のだ。マジギレしていたあの時のキャルを思い出し、うんうんと揃って頷いた。尚、どこぞの魔道具屋で、それと同じ扱いは心外であると不満そうにしていた仮面の悪魔がいたとかなんとか。

 

「くっ……貴様ら、俺をとことんコケにしやがって……」

「いやどっちかっていうとお前は巻き込まれただけで本命はあのおっさんだと思うが」

「それがコケにしてると言ってるんだ!」

 

 耐性を持っているとはいえ、効かないわけではない。二度の最上級破魔魔法と、ブーストされた固有最上級魔法、そして謎の攻撃スキル。どれも致命傷にはならないものの、自信を持っていたハンスの防御を抜きダメージを与えてくるそれらに、彼の苛立ちは最高潮に達そうとしていた。

 

「ゴミどもが……! いい加減に……!」

「すまない、遅くなった!」

 

 ハンスを中心に、カズマ達のいる場所とは反対方向に一人の青年が現れる。おせぇよ、とカズマがぼやく中、その青年、キョウヤはあははと苦笑した。

 

「少しばかりアクシズ教徒の人達にも応援を要請していたからね。マナさんとラビリスタさんは承知の上だったみたいだけれど」

「……でしょうね」

 

 キョウヤの言葉にキャルがぶっきらぼうに呟く。あの二人のことだから、どうせ全部お見通しで傍観してるに違いない。そんなことを思いながら、彼女は小さく息を吐いた。

 ともあれ、援軍も準備が出来たらしい。これで遠慮なく目の前の魔王軍幹部を相手取ることが出来る。ああちくしょうやっぱりこれ戦う流れじゃねーかと頭を抱えているカズマを見ながら、ペコリーヌは改めて剣を構え直し。

 

「ふ、ざ、けるなぁぁぁぁぁ!」

 

 ハンスの身体がぐにゃりと歪んだ。どこをどう圧縮するとあのサイズになっていたのかと驚くほど、スライムの姿を現すと同時に巨大化していく。皆が立っていた場所など容易く飲み込めるほどのその質量は、一斉に退避してもまだそこを脅かすほどで。

 

「で、っけぇよばか!」

 

 貴族の屋敷に匹敵するほどのサイズへと変貌したハンスが、そのスライムの体の上部にある大口を開け雄叫びを上げた。

 

 




割とさくっと終わりそう……?


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その60

ハンス戦中盤。


「いやどうすんだよあれ!?」

 

 周囲の木々を巻き込み吸収しながらゆっくりと動いている巨大スライムを見ながらカズマは叫ぶ。元々生半可な攻撃は通用しないという話であったが、あの大きさでは強力な攻撃を叩き込んでも通用するか怪しい。逃げながら隣を見ると、他の面々もあれをどう対処しようか考えあぐねていた。

 

「ミツルギ!」

「何だい!?」

「ちょっとあれどうにかしろ」

「無茶振りもいいとこだよ!? いや、確かに女神に選ばれた勇者候補としては、魔王軍幹部を倒さねばならないというのは分かっているんだが、流石に」

「つっかえねぇな」

「ボロクソ!?」

 

 視線をキョウヤからペコリーヌへ。さっきの一撃でハンスの腕を吹き飛ばすことは出来たが、ここまでの質量だと通用するかは怪しい。本人もそれが分かっているのか、カズマの視線を受けあははと苦笑した。

 

「今の状態だと、ちょっと厳しいですね」

「だよなぁ……」

「僕の時と反応違わない!?」

「付き合いの長さが違うんだよ。俺お前がどのくらい強いとか何が出来るかとか知らねーもん」

「ぐっ……予想外に普通の答えを返された……!」

「馬鹿なこと言ってないで! 来るわよ!」

 

 キャルが叫ぶ。伸ばされた触腕が一行の走っている場所へと叩き付けられ、抉られた地面はシュウシュウと怪しい音を立てて溶けた。おそらくデッドリーポイズンスライムの猛毒の影響だろう。コッコロを掴み緊急回避で避けたカズマ、キャルを抱きかかえ飛び退ったペコリーヌ、そしてキョウヤは、追撃が来ないことを確認し息を吐きながらハンスを見る。

 

「で、どうすんのよ、カズマ」

「いやどうするって言われても」

 

 相手はスライム。少なくとも某クエストのような雑魚ではないので、某ソウルとかあの辺の連中だと踏まえる。物理が殆ど効かない、属性魔法も効果が薄い。その特性も付け足して。

 ん、とカズマは顔を上げた。物理、属性魔法じゃなきゃいいのか? そんなことを思いながら、彼はコッコロを見やる。

 

「コッコロ」

「はい」

「スライムって、プリーストの魔法とか効いたりするか?」

「破魔呪文、ですか? いえ、あまりそのような話は聞きませんが」

「いや、だけどあいつは魔王軍幹部だ。通常のスライムとは違い通用する可能性はある」

「そういえば、ゼスタのおっさんの呪文効いてたっぽかったわね」

「呼びましたかな?」

「うぉぉっ!?」

 

 猫耳美少女らしからぬ叫びでキャルがバックステップする。相も変わらずピンピンしているゼスタを見ながら、カズマ達はこの男一体何で出来てるんだろうかと若干引いた。若干なのは別ベクトルの前例がいたからだ。

 

「いやはや、魔力障壁がなければ死んでいましたな」

「そのまま死んでりゃよかったのに……」

「キャルちゃん!?」

 

 悔しそうに呟いたものの、どうやら死んでいないことは確信していた様子のキャルを見てペコリーヌは何とも言えない表情を浮かべる。とりあえず信頼の証とかではないだろう。そんなことを思いながら、カズマ達の話を続けるよう促した。

 

「じゃあ、えっと。ゼスタさん? あいつを浄化って出来ます?」

「ふむ。先程の様子からすると、私の力では完全浄化は難しいでしょうな」

「駄目か……」

「いやいや、落ち込むのはまだ早い。ダメージは与えられるのですから、戦力に組み込んでくれて結構ですぞ」

 

 そう言いながらキャルにウィンク。本能的な嫌悪感を覚えた彼女はひぃぃと悲鳴を上げながらカズマへと縋り付いた。何で俺、と鼻の穴を広げつつも彼がツッコミを入れる。

 そんなキャルを見て少しだけ寂しそうに眉尻を下げたゼスタは、コホンと咳払いをすると、ご安心をと言葉を続けた。キョウヤを見やり、ここに魔剣の勇者殿がいるということは、と視線を巡らせる。

 

「主さまっ! 第二撃が!」

「っと!? 退避ぃぃぃ!」

 

 先程より多い数の触腕がこちらに向かって振り下ろされる。元々源泉を汚染するのが目的であったはずのハンスは、もはや怒りと本能に突き動かされ目の前の相手を喰らうことしか考えていないようであった。そういう意味では対処は成功といえるが、肝心要の相手をどうにかしなくてはいけないという大問題が残っている。

 ゼスタの支援を受けながらもなんとか回避を続けていた一行であったが、カズマはこの中で一番ステータスが低いというのが災いした。運だけで緊急回避の効果を担っていたが、それ以外の部分でミスが出た。抉られた地面に足を取られたのだ。他の面々は平気なので、単純に基礎ステータスの問題だろう。

 そんな呑気な考察をしている場合ではない。緊急回避を信じて、体勢の崩れた状態でもなんとか逃げようと彼は。

 

「大丈夫だよ、弟くん」

 

 触腕が光の剣に弾かれた。カズマの周囲を守るように旋回する多数のそれは、発動者がまるで舞うように着地したことで集まり消える。

 立てる? とカズマを優しく助け起こしたその人物は、優しく美しい笑みを浮かべた後、ごめんねと眉尻を下げた。

 

「マスターとマナさんにこき使われていたら遅くなっちゃった」

「え? いや、そんなことはないよ。助かった」

「うん、どういたしまして。――じゃあ、これから」

 

 す、と十字架を思わせる剣を振るう。まるで天使の羽でもあるかのような、そんな錯覚を起こすほどの彼女の背中に、カズマは思わず見惚れてしまった。

 彼女は、シズルは微笑む。大丈夫、任せて、と笑う。

 

「お姉ちゃん、頑張っちゃうから!」

 

 弟を守るためならば、姉はどこまでも強くなれるのだ。

 

 

 

 

 

 

「やはり来ましたな。んー、流石の弟愛!」

「え? いやちょっとおっさん、シズルの『弟くん』について知ってたの?」

「ええ。ついこの間力説していましたから、リノさんと一緒に」

 

 ようやく見付けた、と嬉しそうに笑う二人を見て、ゼスタは祝福の《ブレッシング》を掛けたのだとかなんとか。この広い世界で見失った弟を、兄を探し出す。それは生半可の努力ではなかったであろう。まさしく、女神アクアの力あってこそ。

 

「アクシズ教徒は救われる。そういうことですな」

「何か違う気がする……」

 

 ともあれ、援軍追加はありがたい。キャルにとって彼女はゼスタよりは取っ付き易い部類だからだ。勿論彼は最底辺なので比べる意味が無いが。

 シズルはこちらに伸ばされる触腕を自身のスキルにより生み出した光の剣で撃ち落としている。直接触れるのはまずいという判断を瞬時に行った結果だ。そうしながら、体力を失っていたカズマに回復と、そして味方全体にゼスタとは違う支援を掛けた。

 

「えっと、コッコロちゃん?」

「は、はい?」

「確かアクシズ教じゃないアークプリーストだったよね? 別の宗派なら同じ支援の重ねがけが出来るから、お願いしてもいいかな?」

「かしこまりました」

 

 コッコロの支援魔法が追加で唱えられる。それにより味方全員のステータスがモリモリ底上げされ、単調な触腕ならば余裕で回避出来る程度に到達した。

 が、それはあくまで回避することだけであり、攻撃については未だ決定的な意見が何もない。何より、あれを倒すということは。

 

「存在そのものが猛毒なんだから、それをどうにかしないといけないってことか」

「やばいですね……」

 

 カズマの呟きにペコリーヌが零す。本能のままに動く相手なのだから、超強力な一撃を叩き込むこと自体は難しくない。問題は、その後だ。もしそれでハンスが弾け飛んだりした場合、広範囲に猛毒による汚染が広がる。

 

「まあ、その超強力な一撃ってのがそもそも無理筋なんだけど」

「一番手っ取り早いのは、爆裂魔法だろうね」

 

 呆れたようなキャルの言葉へ続けるように述べたキョウヤであったが、その場合間違いなく山全体が汚染される。源泉にも被害が及ぶだろう。

 

「大丈夫。そこのあたりは、抜かりないよ」

 

 え、と視線がシズルに向かう。笑みを浮かべたままの彼女は、その辺を見越して仕込まれていたから、と剣を頭上に掲げた。

 山が揺れる。突然のことに何が起きたのかと目を丸くする一行を余所に、シズルとゼスタは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。

 

「か、カズマくん!? 何だか、壁がせり上がってきてますよ!?」

「な、なんだぁ!?」

「こ、これは一体……!?」

「何が……!?」

 

 驚く四人、笑う二人。そのどちらとも違うキャルは、暫し呆けた後何かに合点が行ったらしく溜息を吐いた。ああそういうことねとやさぐれたように吐き捨てた。

 

「やっぱり全部お見通しなんじゃない、あの二人」

 

 キャルのぼやきが済んだ辺りで、ハンスを閉じ込める檻の完成である。山全体に汚染が及ばないように。というよりは、被害をそれ以上拡大させないようにといったところであろうか。カズマ達にとっては広範囲だが、ハンスの巨体からするとそれほどでもない。

 が、これならば確かに爆裂魔法で吹き飛ばしたとしても周囲に被害は及ぶまい。

 

「……お姉ちゃん、ちょっといいか?」

「どうしたの? 弟くん」

「この状態でハンスを爆裂魔法とかで吹き飛ばしたら、俺らもタダじゃ済まなくない?」

「爆裂魔法じゃなければ大丈夫」

「投げやりぃ!?」

「大丈夫だよ。弟くんはやれば出来る子なんだから。それに、何かあったら私が全力で守るもの」

 

 何の曇りもない笑顔でそう言われてしまうと、カズマとしても文句が言えない。というかこの流れ昔コッコロとやったぞ。そんなことを思いつつ、ああもうと頭を掻いた。

 

「今の戦力は!? あいつにぶつけて効きそうなやつ、はい一番から!」

「え? わたしは今の状態だと《プリンセスストラ――あ、いえ。……加護のブーストください、もうちょっとだけ、強いの撃ちます」

「カズマ、ブーストよこしなさい。《アビスバースト》全力で撃つから」

 

 ペコリーヌとキャルが武器を構えてそう述べる。コッコロは、有効打は無理だろうから全力で支援をすると槍を構えた。

 

「僕の魔剣グラムの力を全力で開放すれば、あの巨体にも通用すると思う」

「お姉ちゃんに任せて」

 

 キョウヤはともかく、シズルのそれは何の説明でもない。が、何故か不思議な説得力があった。

 一行の説明を聞き終えたカズマは、それらを一斉に叩き込んでどうにかなるだろうかと皆に述べる。一応どうにかなるとは思うが、そんなことを言いつつ、キョウヤは少しだけ不安げにハンスを見た。

 

「了解。じゃあちょっと中に打ち込もうか」

 

 頭上から声。そして、それと同時にハンスの真下から壁が生み出され、巨体は磔のような状態になった。ああやっぱりこれは物理扱いなのか。大したダメージも受けていないスライムの巨体を見て、呑気にそんなことを頭上の彼女は述べる。

 

「これで、いいかしら? 魔剣の勇者さん?」

「あ、はい……。ありがとうございます? マナさん、ラビリスタさん」

 

 そしてもう一人。狐の獣人の女性が怪しい笑みを浮かべながら降り立った。その隣にいるのはアクシズ教徒に不釣り合いなほど真っ赤な装いのラビリスタ。そして手伝いを無理矢理させられたのかゼーハーいっているリノである。

 

「リノちゃん、お疲れ様」

「お疲れ様じゃないですよ! シズルお姉ちゃんが途中で飛び出してっちゃうから私一人でこの二人の雑用やる羽目になったんですからね!」

「だって、弟くんの危機だよ? 飛び出さないなんて出来るわけない」

「終わったら戻ってきてくださいよ! 何しれっと一緒に戦ってんですか! ずーるーいー! 私もお兄ちゃんと一緒に戦いたかったんですよ!?」

「今から戦えばいいじゃないか。ほら」

 

 べし、とリノの頭をラビリスタが叩く。納得いかない、とぐぬぬの表情をしていたリノであったが、たしかに今はそんな場合じゃないと気を取り直した。弓を構え、私もお手伝いしますと身動きが取れなくなったハンスを睨む。ラビリスタのスキルにより周囲の地形がハンスを動けなくさせるよう再構築されたものの、もとより全てを食らうと言われるほどの悪食がデッドリーポイズンスライムだ。それらを取り込み、再度動き出すのもそう遠くはないだろう。

 

「さあ、キャルのパーティーリーダーさん。やってちょうだい」

「え? やれって言われても……」

 

 ひょっとして全員にブースト掛けろと言っているのか。そんな疑問を込めて視線を向けたが、マナは余裕ぶった笑みを浮かべたまま微動だにしない。とりあえずあの二人とゼスタを除いて。そんなことを思いながら、目の前にいる六人を見た。

 

「あー、ちくしょう。……やってやろうじゃねぇか!」

 

 ショートソードを構える。ペコリーヌに、キャルに、コッコロに、シズルに、リノに、ついでにキョウヤにも。それぞれ線で繋ぐように意識を集中させると、死なない、意識の飛ばないギリギリを残して残りを全てアメスの加護へと注ぎ込んだ。

 

「後は任せた……ぞぶべ」

 

 そのまま仰向けにぶっ倒れるカズマを皆が心配そうに見たが、それも一瞬。彼の力を無駄にはしないと、ゆっくり自身を磔にしているオブジェクトを侵食しているハンスに視線を戻した。

 

「参ります――《オーロラブルーミング》!」

 

 全員のステータスが、先程よりも更に底上げされる。強力な一撃を、更に強力なそれにするために。コッコロのそれを受け、五人は一歩前に出た。

 

「さあ、ちゃんと見ていてくれよ佐藤和真! これが僕の、魔剣グラムの! 力だぁぁぁぁ!」

 

 刀身に光が集る。それを横薙ぎに一閃すると、光の奔流がハンスへと撃ち込まれた。侵食しようとしていたオブジェクトごと切り裂かれ、スライムの巨体がゆらゆらと揺れる。

 逃さない。そんなことを呟きながら、シズルは自身の足元に魔法陣を展開させた。彼女の周囲を多数の光の剣が旋回し、そしてそれが頭上へと上っていくと重なり合って巨大な一振りの剣となる。

 

「いくよ、弟くん! 《セイクリッド・ビヨンド》!」

 

 ハンスの中心部より少し上、牙の生えたその大口に、光の巨大剣が突き刺さった。破魔呪文で構成されているからなのだろう。スライムの特性を半ば無視して、その一撃はハンスにより深いダメージを与えた。雄叫びをあげながらもだえ、そして触腕を振り回す。

 宙を舞う一人の少女がハンスの視界に映った。弓をつがえ、真っ直ぐにその巨体を睨み。そして、その周囲でうねっている触腕全てに、狙いを定めた。

 

「まとめて――いっけぇぇぇ! 《コロナレイン》ッッ!」

 

 弓から放たれるのは、炎の奔流。弓で構成された火炎の雨は、こちらを狙っていた触腕を尽く燃やし、弾いた。物理とも、属性魔法とも違う。いうなれば単純な属性攻撃。だからこそ、その単純さがスライムには痛手となった。

 ハンスが吠える。所々焦げながら、しかし逃げ場もない隔離空間で、スライムの巨体は相手を取り込まんと、喰らわんと前進を続ける。触れさえすれば、それで終わり。それが魔王軍幹部の、デッドリーポイズンスライム。これまで対峙した冒険者は逃げ惑うか、許しを請うか。そのどちらかであったはずの、凶悪な魔物。

 それがどうだ。恐れ知らずのアクシズ教徒と神器を持った勇者候補に、そしてよく分からない連中に。こうもいいようにやられている。

 認められるか。スライムの本能で動いているハンスの中の、わずかに残った感情が、抑えきれない怒りが。絶対に引かんと前へ進ませた。

 

「オオオォォォオオオオ!」

「うるっさい。……トリは任せたわよ、ペコリーヌ」

「はい!」

 

 キャルの前にペコリーヌが立ち、そしてそんな彼女への道を作るかのようにキャルは呪文を唱える。パラパラと杖の先の魔導書が捲れ、それに合わせるように彼女の背後に魔法陣が生まれ、魔力が高まっていく。

 

「見てなさい! 《アビスバースト》ぉぉ!」

 

 ハンスが光の柱に飲まれる。属性魔法とは異なる魔力の一撃、だが、爆裂魔法とは違いスライムの巨体相手ではこれ自身は決定打にならない。それでも、相手へのダメ押し程度にはなる。これにより相手へのダメージを更に蓄積させれば、最後の一人の一撃が、決め手になってくれる。

 ペコリーヌの頭上のティアラが光り輝いた。それに合わせるように、彼女の武器が、まるでキョウヤの魔剣のように、勇者候補の持っていた神器のように光に覆われていく。

 

「あれは……ひょっとして、ベルゼルグ王家の……?」

 

 キョウヤの呟きを聞いていた者はいたのだろうか。ハンスの咆哮とペコリーヌの剣の輝きで、皆無と言って問題ないようではあるが、しかし。

 彼女は真っ直ぐに剣を構える。足に力を込め、皆の支援で強化されたステータスで、カズマの加護の力でブーストされた能力で。集中力を途切らせないように、全力で。

 ふと、彼女の脳裏に一人の少女が浮かんだ。姉とお揃いだと嬉しそうに一房を三編みにして、自身と同じように剣を構えている、一人の少女。

 

「アイリス……わたしはまだ、あなたに置いていかれていないですよね……」

 

 余計なことを考えた。しまった、と光が弱まっていくのを感じ、ペコリーヌは慌てて立て直そうと。

 

「アホリーヌ! ぼさっとしてないでさっさとやりなさい!」

「ペコリーヌさま! ファイト、でございます!」

「ペコリーヌ、お前が頼りなんだから頑張れって!」

「キャルちゃん、コッコロちゃん、カズマくん……。――はいっ!」

 

 気持ちはすぐに落ち着いた。そうだ、自分には、大切な仲間がいる。信頼できる友人がいる。だから。

 

「フルパワーですよ!」

 

 そんな弱音は、今吐く必要はない。

 今はただ、みんなのために。友人の故郷を守るために。目の前の敵を、倒すだけだ。

 一際大きく輝いた剣を振りかぶったペコリーヌは、飛び上がり叩きつけるように上段から振り下ろす。キョウヤのそれとは少し違う、キラキラと煌くその光は。

 

「《プリンセスヴァリアント》!」

 

 散々に猛攻を浴びせられたハンスへ撃ち込まれ、その身体を爆発四散させた。

 

 




もうちょい。


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その61

マスターアクア


「よっしゃぁ!」

 

 アメスの夢空間。そこでモニタリングしていたアクアはガッツポーズをしながら拳を天に突き上げた。そうしながら、ふふんと自慢気に横で同じように観戦していたアメスを見る。

 

「どう? 私の信徒凄いでしょ? アクシズ教徒は最高でしょ? 魔王軍幹部をやっつけるまで成長しちゃったのよ!? 国教になってるのにダメダメなエリスとはわけが違うのよ!?」

「はいはい」

「なぁによその投げやりな態度ぉ! あんたのとこの信徒が活躍できなかったからってひがんでるの? しょうがないわよ、アクシズ教徒が素晴らしすぎるから」

 

 ドヤ顔がデフォルト状態になったアクアがアメスにそんなことをのたまっていたが、当のアメスは小さく溜息を吐くと視線を向こうの世界を映す画面からアクアに向けた。その表情は普段通りのポーカーフェイスだが、若干眉が上がっている。

 

「あたしの加護をカズマが使ってブーストしたからでしょ。そもそもコッコロたんの支援で底上げされたのも忘れてるし」

「はぁぁぁ? 何? 負け惜しみ? 攻撃の要は間違いなく可愛い私の信徒達よ!」

「止めを刺したのは最近アメス教側に回ってくれた彼女よ」

「あぁ?」

「はぁ?」

 

 何よ、とお互いメンチ切りながら顔を近付ける。魔王軍幹部を討伐した、という功績をリアルタイムで見たからだろうか。アクアはともかく、アメスもつい意地を張ってしまっていた。

 そのまま暫し言い争っていたが、アクアがそういうことなら考えがあるとゆっくり立ち上がった。そっちがその気なら、こっちもこの気だ。そんな謎の宣言をしながら指をビシィと突き付けた。

 

「この私、水の女神アクアの加護の力がどれほどのものか、その目に焼き付けさせてやるわ!」

「どうやって?」

「え? そりゃ、あれよ。ほら、魔王軍幹部の――って、あ!」

 

 画面に視線を向ける。後処理をしているカズマ達とは離れた場所で、もぞりと動く反応があった。

 

「倒しきれてなかったのね」

「丁度いいじゃない。私のかわいいアクシズ教徒に、とびっきりの加護を乗せてあげるわ!」

「はいはい」

 

 普段のアメスなら止めたであろうそれは、先程の売り言葉に買い言葉状態が継続していたためにそのまま続けられてしまった。いくわよ、とアクアが向こうへと繋ぎ、アメスもついでだからそれに乗っかる。

 二人の新しい始末書は、こうして確定された。

 

 

 

 

 

 

 吹き飛んだハンスの破片は、ラビリスタのオブジェクト生成とゼスタの障壁によってこちらには届かない。とはいえ、周囲に猛毒を撒き散らす物体が四散したことには変わりがなく、しかもその破片はゆっくりと蠢いていた。どうやら合体し再生しようとしているらしい。

 

「まったく、往生際の悪い魔物ね」

 

 マナが両手を掲げる、そこに魔力が集中していき、展開された魔法陣と共に猛烈な吹雪が吹き荒れた。ズルズルと動いていたハンスの破片はそれによって凍結させられ、今度こそ本当に動かなくなる。

 そんなマナの呪文を、カズマ達はぽかんとした表情で見ていた。とりあえず少しだけ動けるようになったカズマが、代表して何でそんなと彼女に尋ねる。

 

「何故、とは?」

「いや、アクシズ教徒のトップだし、てっきりアークプリーストかなにかだと」

「愚問ね。私は、お姫様を目指しているの」

「は?」

 

 何言ってんだこいつ、という目でカズマはマナを見る。見られている本人は気にすることもなく、この国でお姫様になるのならば、相応の実力を身に付ける必要があるのだと言葉を続けた。

 

「近接戦闘も、魔法による攻撃も。両方を極めてこそ、お姫様になれるの。私はそのための努力は惜しまないわ」

「はぁ……」

 

 ビクリ、とペコリーヌがその言葉に反応していたが、カズマとコッコロはマナのドヤ顔に気を取られ気付かない。マナの事情を既に知っていたキャルだけが、そんな彼女を見て怪訝な表情を浮かべた。

 

「ペコリーヌ?」

「……どうしました?」

「あ、いや……ごめん、別に何でもないわ。気にしないで」

 

 何かを言おうとしたが、しかし何を言っていいのか全く分からない。キャルはガリガリと頭を掻きながらそっぽを向き、ふんと鼻を鳴らす。

 そこで気付いた。凍り付いた周囲の景色の中に、自分達以外に動いている何かがいると。

 

「ちょっとみんな! あいつまだ!」

「……ここまで俺が追い詰められるとは」

 

 ずるり、と氷の隙間から何かが這い出てくる。例えるならばタコ、あるいは地球の映画に出てくる火星人であろうか。先程までの巨体、あるいは人型の時のいかつい男の状態と比べると、何ともファンシーなマスコットのような姿へと変貌していた。

 

「……随分と、可愛らしいお姿に」

「おおっと。駄目ですよ、見た目に騙されると痛い目に遭います! モダンたいやきです!」

「『油断大敵』って言いたいんだよね、リノちゃん」

 

 リノとシズルが武器を構える。コッコロもその言葉を受け、表情を引き締めると自身の槍を構えた。

 それに合わせるように、キャルとペコリーヌ、そしてキョウヤも各々の武器を構え戦闘態勢を取る。カズマは現状立っているので精一杯なので後ろに下がった。

 

「どうすんのよ。カズマのブーストはもう使えないわよ」

「いや、さっきまでの支援はまだ残っている。弱体化している今なら……!」

 

 キョウヤが一歩前に出ると、魔剣グラムを振り抜く。先程と同じような攻撃が繰り出されたが、コンパクトになったハンスはそれをさらりと躱した。そうして下半分に生えている触腕を伸ばし彼を捕食しようとする。

 剣で切り払いながらそれを回避したキョウヤは、自身の失態に悔しげな表情を浮かべた。

 

「おいミツルギ! 弱体化してる今ならなんだって?」

「分かってる! 今の僕は凄くかっこ悪い!」

「人に寄りかかって立っているキミも中々のものだよ?」

 

 支え代わりにされているラビリスタが苦笑する。いやだって他の二人は生理的に嫌なのと無性に嫌な予感がするのの二択だし、とカズマは一人ぼやいたが、彼女は聞いちゃいなかった。

 唐突に生み出された光の剣がハンスに飛来する。うお、とそれを避けたところに弓の雨が降り注いだ。

 

「貴様っ!」

「さっさと始末して、弟くんの支えにならなきゃ」

「そうですね。お兄ちゃんの支えをしないと」

「……えぇ……」

 

 自分ではない何かを見ている二人のオーラに、ハンスが思わず圧されかける。これだからアクシズ教徒は、と悪態をつくと、ターゲットを別の相手に変えた。まだ余裕がありそうなこいつらとは違う、向こうにいる連中を。

 

「キャルさま!?」

「うぇ!? あたしぃ!?」

「やらせませんよ!」

 

 ついでに、何度も魔法を叩き込んできたあの猫耳娘を。そう思ったハンスを阻むかのごとくペコリーヌが剣を振りかぶる。ふん、と鼻を鳴らすと、相手の攻撃を回避し触腕を伸ばした。

 

「バカの一つ覚えか!? そもそも俺にとってはお前も捕食のターゲットだ!」

「……それはそれは。ごめんなさい、ですかね!」

「なっ!?」

 

 斬り上げと同時にスキルを発動し触腕を纏めて切り裂いたペコリーヌは、もう一発と《プリンセスストライク》を放つ。直撃したハンスはゴムボールのように跳ね飛ばされバウンドしていった。

 

「……斬れませんか」

「恐らく、あの姿になったことで耐性が多少増しているのではないでしょうか」

「でっかい状態のが引き継がれてるってことね」

 

 キャルの呟きを聞いていたのか、リノがそういえば矢が効いてないっぽかったですねとぼやく。しかしそうなると、余計にとどめを刺すのが難しくなるわけで。

 

「理解したか。諦めておとなしく俺の餌に――」

 

 ハンスが言葉を止める。視線を一箇所に固定したまま、一歩二歩と後ずさった。

 ペコリーヌを始めとした面々もそれは同様。とある一点に視線を向け、一体何事だと各々の表情を浮かべている。

 

「な……何だ、お前」

「……な、何!? 何が起こってるの!?」

 

 ハンスの驚愕と、その視線の先、光り輝くキャルが動揺するのが同時であった。

 

 

 

 

 

 

「いや何で光ってる張本人が驚いてるんだよ?」

「知るかぁ! え? 何? ほんとなんなの!?」

 

 滅茶苦茶発光しているキャルがオロオロしだす。どう見ても隙だらけなのだが、ハンスはその光が無性に嫌なものに感じられ、攻めることが出来なかった。

 キャルの光はやがて大きな柱となり、収束していく。彼女を覆うように、淡く、青い光が満たされたそこには。

 

「お、おお……なんと……なんという……!」

 

 ゼスタが涙を流して膝をついた。マナやラビリスタ、シズルとリノも、ゼスタほどではないがその光から現れた姿を見て頭を垂れる。そしてキョウヤも、目を見開き希望を見出したかのような表情を浮かべた。

 

『我が敬虔なるアクシズ教徒よ――かわいい信者達よ――この私が、水の女神アクアが、あなた達を救うために加護を授けます』

「あ、アクアだと!? アクシズ教の忌々しい信者達が崇拝している、水の女神……!?」

 

 光から浮かび上がるその姿と、言葉で、ハンスが目に見えて狼狽えた。アクシズ教徒の面々とキョウヤはすでに勝ち確ムードでその光を守るように立っている。シズルとリノは守護の優先度がカズマと半々辺りなのは大分業が深かったが。

 一方のコッコロとペコリーヌは、急な女神の顕現に目をパチクリとさせていた。奇跡というのは、案外簡単に起きるものなのかもしれない。そんなことをついでに思う。

 

『ええ、そうよ。女神は気まぐれ。でも、諦めなければ夢は叶うわ。――女神が叶えてみせる』

「あ……アメス様!」

 

 コッコロが叫ぶ。え、とペコリーヌはコッコロを見やり、そしてアクアと並び立つもうひとりの女神の姿を見た。あれが、夢の女神アメス。

 そのまま言葉を発さず見詰めていた彼女に、アメスは柔らかな笑みを浮かべる。大丈夫だと、あなたは、怖気づくことなんかないと。そうゆっくりと彼女に述べた。

 

「……ちょっとアメス。何ついでに揺れてる相手にアドバイスして新たな信者ゲットみたいなことやってんのよ。ズルくない?」

「別にいいじゃない。間違ったことは言ってないわ。あの子ちょっとネガティブ思考な時があるから、その辺を解消してあげようっていう女神心よ」

「はいはい。マイナー女神は営業活動も大変よね~。ま、私は見ての通り沢山の信者抱えてるし、そんな心配もないんだけど。っと、無駄話はこの辺にしましょう」

 

 勿論この辺の会話は向こうとの繋がりを切った状態でかつボリュームを抑えて行っている。再度向こうと繋げると、アクアは普段のせんべいをバリバリとやっている顔とは別人のような女神の微笑を浮かべた。

 

『さあ、アクシズの巫女。あなたに一時的に女神の権能を授けましょう。目の前の、世界を冒涜せし魔王軍に……一泡吹かせておあげなさい』

「――え!? あたしなの!? 何で!? あたしアクシズ教辞めたんだけど!?」

 

 一拍遅れでキャルが自身を指差しながら叫ぶ。いやっほー、と歓喜の雄叫びを上げるゼスタをとりあえず蹴り飛ばし、光りに包まれる自身のこの状態を誰かに押し付けられないかと視線を巡らせた。

 計画通りと言わんばかりのマナの顔が見えて、キャルは全てを覚った。

 

「……この、証か!」

「これでアクア様公認ね。約束を破る訳にもいかないから――あなたは名誉アクシズ教徒ということにしておきましょうか」

「こんちきちぃぃぃ!」

 

 首に付けていたマナから貰ったそれを引き千切ろうとする。が、強力な破壊耐性が付与されているのか、キャルの腕力ではびくともしなかった。しばし首元と格闘していたが、やがて諦めたように項垂れ膝をつく。

 彼女を見守るようなアクアも、そろそろいいかなー、と話すタイミングを伺っていた。

 

「……アクア様。あたしに加護を授けてくださるのですか?」

『ええ、アクシズの巫女よ。かわいい我が信徒よ。これは一度限りの特別な奇跡。ですが――私は常にあなた達を見守っています。それを、忘れないで――』

 

 微笑を浮かべたまま、アクアの姿が光に変わっていく。その光はキャルへと吸い込まれるように渦巻き、そしてゆっくりと消えていった。

 立ち上がる。右手をグーパーさせたキャルは、静かに目を閉じ何かを探り、そして真っ直ぐに目の前を睨んだ。一連の女神の光でたじろんでいたハンスを、睨みつけた。

 

「女神の加護の、直接付与だと!? そんな、そんなことが……!」

「疑うなら見せてあげようじゃない。こうなりゃ、ヤケクソよ!」

 

 杖を投げ出す。カララン、と地面に落ちたそれを見ることもなく、キャルは足に力を込めるとハンスに向かって駆け出した。

 

「キャルさま!?」

「キャルちゃん! 何を!?」

「いいから黙ってみてなさい!」

 

 駆ける彼女の右手が光り出す。アクシズの紋章が手の甲に浮かび、アクアの加護による力がぐんぐんと高まっていく。

 ふざけるな、とハンスが触腕を伸ばしたが、駆け抜けるキャルには当たらない。何か、聖なる加護らしきものによってその全てが弾かれたのだ。

 

「うぉぉぉぉ! ゴッドブロー!」

 

 殴った。メキョ、とハンスの顔が歪み、クリティカルヒットしたのかどこぞの漫画のように天へと吹っ飛び頭から地面に落ちる。女神の力を直接叩き込まれたからだろう、残っていたハンスの力がその一撃で大幅に削られた。

 

「……キャル、さま?」

「なんじゃありゃぁ……」

「やばいですね……」

 

 アクシズ教徒にとっては当然の光景なのかもしれないが、そうでないカズマ達三人は急展開についていけない。まるで自分達が空気読めない連中みたいになっているのを自覚しつつ、しかし一つだけ分かることがあったのでとりあえずそれを信じることにした。キャルを応援しよう、とそれだけを考えることにした。

 

「魔王! しばく! べし!」

 

 キャルの右手が更に光り輝き、唸りを、叫びを上げるようにオーラが渦巻く。ヨロヨロと立ち上がるハンスに向かい、キャルは追撃を叩き込まんとその右手を振りかぶった。

 

「ひぃぃぃっさつ!」

「キャル!」

「キャルさま!」

「キャルちゃん!」

 

 やっちまえ。拳を突き出しそう叫ぶ三人の声を受けながら、キャルは笑みを浮かべた。当然でしょうと口角を上げた。

 ハンスの頭を鷲掴む。デッドリーポイズンスライムにそんなことをするのは自殺行為だが、女神の力を存分に与えられているキャルは別だ。右手に集中させたそれを、ありったけの力を込めて目の前の忌々しい魔王軍幹部へとぶち込むのだ。

 

「ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 俺が、この俺が、こんなところで! くそ、くそぉ! 女神、アクアめぇぇぇぇ!」

「ゴッド! レクイェェェェム!」

 

 キャルとハンスが光りに包まれていく。ハンスの断末魔が光の中から響いていたが、やがてそれも聞こえなくなった。

 そうして光も収まり、静寂が訪れる。アルカンレティアを破壊しようと画策していた魔王軍幹部は、ここでついに討伐されたのだ。他でもない、この地を見守る、水の女神の力によって。

 

「……あ、あははは……何やってんのあたし……ほんと……」

 

 ハイになってしまったノリと勢いで盛大な黒歴史をまた一つ作ってしまった少女の心に、大きな傷を残しながら。

 

 




ヒートエンドのその先で


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その62

お家に帰るまでが旅行です


 あの騒ぎから数日経った。街はそもそも何か騒ぎがあったのだろうかというレベルで、こちらの苦労のことなど知りもせず笑顔で生活している。だが、それでいい。余計なことを知る必要など無いのだ。

 そう、何も知ることなど無い。

 

「……あたしは、何も、関係ない」

「何言い聞かせてんだよ」

「うっさい! あんたに分かる!? この街の呪縛からは逃れられないって確定したあたしの気持ちが! 分かるのかコノヤロー!」

 

 胸ぐらをつかんでガックンガックンカズマを揺らす。やめろこのヤロー、とカズマはカズマでキャルの腕を掴んで《ドレインタッチ》をぶちかました。

 急激に魔力を吸われたことで彼女の膝がガクリと崩れる。死なばもろとも、とキャルはカズマの首を絞め落とそうとそこに腕を回した。

 

「……キャルさま、主さま。何をなさっているのでしょうか……?」

 

 結果としてお互い密着しながら床に転がる男女の出来上がりである。コッコロが何とも言えない表情で二人を見下ろしていたが、乱入者を見て固まっていたので上手い言葉が出てこない。

 

「朝からお盛んなんだね、弟くん」

 

 シズルである。笑顔でカズマとキャルが合体(誤解)している光景を眺め、頬に手を当てながらどうしようかと呟いた。どうしようもない。

 

「シズルお姉ちゃん? お兄ちゃんいました――ってなんとぉ!?」

 

 次いでリノがそれを見る。シズルよりは普通のリアクションをした彼女は、ちょっとそれはまずいですよと目を見開いて手をブンブンとさせた。

 落ち着いて、とシズルがリノへと頭突きを叩き込む。そういやこれも見慣れたな、と思いながら、カズマはゆっくりとキャルを引き離した。ついでに吸い取った魔力は返しておく。

 

「それで、どうしたんだ? お姉ちゃん、リノ」

「あれ? もういいの?」

「元々何もしてませんけどぉ!?」

「そう? 抱きつきたいなら、お姉ちゃんはいくらでもオッケーだよ?」

「じゃあ、後で」

「――主さま?」

「なんでもありません!」

 

 ピシぃ、と姿勢を正して何かを宣言する。された方であるコッコロは急なそれに思わずビクリと肩を震わせた。カズマが勝手に恐怖を感じていただけらしい。多分、恐らく。

 話進まない、と椅子に座ったキャルがぼやく。どうせ事後処理が終わったんでしょと言葉を続けると、シズルはそうだねと笑顔を向けた。

 

「キャルちゃんもちゃんとアクセルに帰れるようになったから」

「何と言われようとあたしは帰るつもりだったけど」

「マスターやマナさんもそう言うだろうって言ってましたね」

 

 二人の言うところによると、ハンスとの戦闘となった一帯はアクアが顕現した効果もあり浄化は滞りなく終了。ついでにアルカンレティア屈指のパワースポットとして近々新たな観光名所へと作り変えるらしい。何と言ってもアクシズ教徒が崇める女神降臨の地だ、祀らない理由がない。

 その一方で、あの時キャルへ与えられた女神の一時的な権能や加護は伏せられることとなった。その場限りの力であったので、もう一度使えと言われても使えず、そしてキャル自身も頑なに使いたがらなかったのが原因の一つだ。それによりアクシズ教の巫女としてこの地で讃えられるくらいなら死ぬと真顔で宣言したのがもう一つ。

 そしてもう一つは。

 

「一応、約束は守るらしいよ」

 

 それ、とシズルはキャルの首元のチョーカーを指差す。アクシズ教徒に戻さない証としてマナから貰ったそれは、紅い宝石が透き通るような蒼い宝石へと変化していた。名誉アクシズ教徒の証明だというそれは、破壊耐性が更に強化され、神器レベルの硬さを誇っている。

 

「最初から全部予測済みだったってだけでしょうに……」

 

 何とも言えない表情でキャルがぼやく。マナの固有特殊スキルとして、情報を集めることで予知に近いレベルの予測を立てられるものがある。今回の騒動も、あの時キャルという情報を手に入れた時に結末までを凡そ組み立てていたのだろう。

 

「まあでも、マナさんも流石にアクア様降臨は半信半疑だったみたいですよ。まさに閉店の串焼きってやつです」

「『青天の霹靂』って言いたいのかな?」

 

 ともあれ、とりあえず表向きは問題解決。カズマ達パーティーも問題なくこの街を出発できるというわけだ。

 それが分かったことで力が抜けたらしいキャルは、盛大に溜息を吐くと机にだらりと体を投げ出す。もう疲れた、と半ば死んだ目で呟く姿は、旅行にきた観光客とは程遠い姿で。

 

「……そういえば、ペコリーヌはどこ行ったの?」

「わたくしは存じませんが」

「あー、確か朝飯食ったらどっか行くって言ってたぞ」

 

 彼女の問い掛けに、コッコロは首を傾げ、カズマは記憶を辿るように述べる。ふーん、とそれだけを返したキャルは、まあ子供でもなし、そこまで心配することでもないかと再び体の力を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 突然呼んじゃってすいません、とペコリーヌは目の前の人物に謝罪する。それを受け、いえいえと手を振ったその人物は、それでと彼女に問い掛けた。

 

「僕に、一体何の用ですか?」

「はい。えっと、ミツルギさんは魔剣の勇者として有名なんですよね?」

「まあ、魔王を討伐したわけではないので実際は勇者候補でしかないですけどね。それが、何か?」

 

 ペコリーヌのその質問にキョウヤは少し拍子抜けしたように頬を掻く。思わず身構えたが、別にそこまで重い話ではなさそうだ。そんなことを判断したのだ。

 彼女は彼の言葉を聞いて、勇者候補として有名ならば、と言葉を続ける。王都に、王城に招かれたこともあるのではないかと問い掛ける。

 

「ええ、何度か」

「じゃ、じゃあ。アイリス……第二王女と出会ったことは?」

「え? ありますけど」

「どんな感じでした?」

「すっごくふわっとした質問!?」

 

 キョウヤのツッコミにペコリーヌは確かにそうですねと考え込む。なんて言ったらいいんでしょうかと首を傾げるその姿を見て、彼は何とも可愛らしいという印象を抱いた。

 

「とりあえず、アイリス様についてを言えばいいのかな? とても可愛らしい人でしたね。あ、いや、変な意味はないですよ?」

 

 カズマがある程度情報を持っている状態で居合わせていたら物凄い勢いでロリコンロリコンと罵倒しまくったに違いない発言をする。尚、その発言をした場合隣にコッコロがいるのでカズマにも突き刺さり自爆するのはご愛嬌である。

 それはともかく。キョウヤはそれを皮切りに、アイリス第二王女の印象を語った。聡明であることや、心優しいこと、そしてちょっぴりお転婆であること。まあ所詮表向き、対外的な態度ではあるんでしょうけど、とそこまで述べた後に苦笑した。

 

「いえ、実際もそこまで変わりませんよ。あの子はそういう腹芸には向いてませんし」

「……ん?」

「それよりも。アイリスのことなんですけど」

「……んん?」

 

 呼び捨て? アイリス第二王女を褒めちぎっていたからなのか、ペコリーヌの態度が若干おかしい。そんなことを思いはしたが、キョウヤは深く詮索しないことにした。

 

「どのくらい強いかは、知ってませんか?」

「え? ……一度だけ、見せてもらったことはありますけど」

 

 齢十二の少女が王城で政務を行っていること、そこに疑問を覚えたキョウヤが側近である女性二人に問い掛けた時の話だ。ベルゼルグ王国は実力主義、よって王族は冒険者としての強さも求められる。そう説明され、アイリスは論より証拠ですと着替えて剣を持ち出し。

 

「驚くほどの強さを、見せられましたよ」

「そうですか……」

 

 彼の言葉を聞いて、暫しペコリーヌは視線を落とす。何かを考え込むような、そんな状態で暫し動きを止めた後、よしと彼女は顔を上げた。

 

「ミツルギさん」

「は、はい?」

「ちょっと戦ってくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 宿屋にペコリーヌが戻ってきたのは昼を少し過ぎてからであった。体を動かす何かをしたらしく、随分と汚れている。そんな彼女の姿を見て、カズマ達は思わずギョッとした。ひょっとしてまだ何か問題が、そう思ったが、どうやら違うらしい。

 

「みんなはお昼まだですか?」

「もうちょっとしてもあんたが戻ってこなかったら食べようかって言ってたところよ」

「あ~、ごめんなさい。じゃあすぐ着替えてきますね」

 

 宿屋の部屋に戻り、手早く着替えを済ませるとペコリーヌはお待たせしましたと駆けてくる。じゃあ行くか、とカズマが述べ、一行はアルカンレティアの街へと繰り出した。

 明日には旅行も終わり。随分と長い間ここにいたように思えるが、実際には一週間にも満たない程度だ。かといって、ずっとここにいたいかと言えば答えは否。賑やかな空気は嫌いじゃないが、同じ賑やかでも、やはり違う。

 

「……」

「キャルちゃん? どうしたんですか?」

「ん? いや、帰ったら、ちょっと部屋の掃除した方がいいかなって」

「一週間ほど留守にしておりますからね」

「教会自体はユカリさんが管理してるんだろうけどな」

 

 流石に自室に立ち入ることはしないだろう。そんなことを言いながら、一行は買い食いをしつつ街を巡る。途中、シズル達のやっているクレープ屋にも立ち寄った。またすぐ会えるよ、と微笑んでいたシズルが、カズマにはやけに印象に残っている。

 

「……」

「お前何でさっきからちょくちょく黙るの?」

「別に、なんでもないわよ。……帰るんだな、って思っただけ」

「寂しいんですか?」

「まさか。余計なしがらみも出来ちゃったし、碌でもない思い出も増えたし。さっさと帰りたいくらい」

「……成程。キャルさまは、帰りたい、のでございますね」

 

 そう言ってコッコロが笑う。言葉の真意を読まれたと思ったからなのか、キャルはその言葉を聞いてそっぽを向いた。ペコリーヌも次いで気付き、何度も言ってるじゃないですかとキャルに抱きつく。

 

「あそこは、わたし達の帰る場所ですよ」

「……分かってるわよ」

「お前ほんとめんどくさいな」

「あんたが言うなぁ!」

 

 カズマの呆れたような声にツッコミを入れたキャルは、そのままペコリーヌを振りほどく。やけ食いでもするかのように屋台へと突撃し、お前らも来いとばかりに声を張り上げた。三人は顔を見合わせ、そして笑う。はいはい、と彼女のいる場所へと足を進めた。

 明日には帰る。故郷ではなく、自分の居場所へ。キャルは皆とアクセルへ、帰る。

 

 

 

 

 

 

 天界のとある場所。最近自身の管理世界で色々あって疲れ気味であった一人の女神は、そこを通り掛かると動きを止めた。見知った顔が、机に向かって何かをひたすら書いている。

 

「……何を?」

 

 恐る恐る声を掛けると、そこにいた二人の女神は猛烈な勢いで振り向いた。揃って彼女を視界に入れ、なんだエリスか、と溜息を吐く。そうした後、今忙しいから邪魔しないでと再度机に向かった。

 

「いやちょっと待って下さいよ! 何をやってるんですか!?」

「見て分からないの? 始末書よ、始末書」

「えぇ……」

 

 ガリガリと書いていた片方、アクアがそう言って鼻を鳴らす。分かったらどっか行けと言わんばかり、というか言った。その剣幕に、エリスは思わず後ろに下がる。

 じゃあひょっとして、とその横を見る。アクアの横の机では、同じように夢の女神アメスが死んだ目で始末書を書いていた。

 

「……大丈夫ですか?」

「これが大丈夫に見えるなら医者に掛かることをおすすめするわ」

 

 塩対応である。こちらを見もしない。普段はもう少し無愛想でポーカーフェイスだが何だかんだ優しく面倒見のいい女神なのに。そんなことを思ったエリスは、一体何をやらかしたのかとこっそり始末書の内容を覗き込んだ。

 

「勝手に降臨したんですか!?」

 

 思った以上に駄目だった。正式な辞令ありき。こっそりと、あるいは分からないように。そういう正式な手続きを取った上で工夫をして世界に降りるのならばともかく、無許可で一時的とはいえ女神として顕現するなど、間違いなく始末書ものだ。というか始末書で済んでいる分有情である。

 

「何よエリス。あんた身分隠して降りれるからってえっらそうに」

「最近親友の交友関係が気に入らないらしいじゃない。こないだあたしの信徒に愚痴ってたから知ってるわよエリス」

「八つ当たりやめてくれます!?」

 

 特にアメスのそれはピンポイントに大ダメージだ。今まさにそれで悩んでいるのでエリスにとってはこんちくしょうと思わず言いたくなるほどで。

 はぁ、と溜息を吐いた彼女は、二人の隣の机に座った。どうやら始末書とはいいつつもそれ以外の書類も無い混ぜにした複合の仕事らしい。それだけのことをやらかしたのでまあ当然か。そんなことを思いつつ、二人の書類から手伝えそうなものを抜き取る。

 

「さっさと終わらせて、飲みにでも行きましょうよ」

「え? 何エリス? 奢り?」

「何で後輩にたかろうとしてるんですかアクア先輩!」

「あたしはあんたら高給取りと違って薄給なんだけど」

「最近信徒増やしてそこそこ給料増えましたよね。知ってますよ、それ元々私の給料でしたし」

 

 ズモモモモ、と謎のオーラを放ち始めたエリスを見ながら、ああこいつも色々溜まってるな、とアクアとアメスはお互い顔を見合わせて肩を竦めた。

 尚、飲み過ぎた結果、翌日アクア以外の二人は二日酔いになったとかなんだとか。

 

 

 

 

 

 

 ガタガタと馬車は揺れる。帰りの道中、疲れでうとうとしながらも無事に旅路は終わりを告げた。そろそろですよ、という御者の言葉を聞き、カズマが寝ていた三人を揺すって起こす。何故彼だけ起きていたかといえば、寝ていた三人が彼のすぐ近くでもぞもぞとしていたり、あぁんだのうぅんだのと吐息を零していたりしたからなのだが、まあ特に関係ないので詳しくは語らない。

 アクセルの馬車の待合所に辿り着く。起きた三人が馬車から降りるとぐぐっと伸びをし固まっていた体を伸ばした。約一名それによって盛大に特盛が上下したが、誰かは伏せる。

 荷物を馬車から降ろし、見慣れた街並みを歩いていく。たった一週間程度であったが、目の前の景色が何だか無性に懐かしくて、そして安心した。

 帰ってきたんだ、と思わせた。

 

「あたしたちがいない間に、何か変なこととかあったりしてないわよね?」

「さあな。その辺は後でギルド酒場にでも行って聞けばいいだろ」

 

 そんなことを言いながら歩き慣れた道を行く。特に意識せずとも辿り着けるようになった場所へと足を進める。

 

「そろそろ、わたしのアルバイトも再開できないですかね~」

「わたくしも、ウィズさまのお店のお手伝いを再開しなければいけませんね」

 

 明日からのことを考えながら、そろそろ見えてくる建物に向かう。何だかんだで、仮住まいといいつつ居着いているあの場所へ向かう。

 着いた。四人の目の前にあるのは、すっかり見慣れたアメス教会。自分の部屋がある、自分達の居場所。

 扉に手を掛けた。鍵は掛かっておらず、つまりは今は管理している彼女がそこにいる証拠で。ゆっくりと扉を開け、中に入る。礼拝堂の掃除をしていた彼女は、四人の姿を視界に映すと笑みを浮かべた。それにつられるように、四人も同じように笑顔を浮かべる。

 そうしたならば、後は。言うべき言葉は、一つだけだ。おかえりなさいというユカリに返す言葉は、一つだけだ。

 

『ただいま!』

 

 




第三章、完!


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第四章
その63


原作の時系列とか割とガン無視

※キャルちゃんが駄女神にトチ狂ってた……ので修正


 ベルゼルグ王国の王城の一室、そこで一人の少女が溜息を吐いていた。年端も行かないその少女は、しかしその年齢に見合わない仕事を行っている。書類を眺め、そこに印を捺し、そうして次の書類に向かう。それらを一通り終えたところで、彼女はぐるりと首を回した。

 

「はぁ……」

 

 この仕事自体は苦痛ではない。国のため、民のため。そして今ここにいない父や兄のため。そういう思いがあるのだから、割り切れる。

 そして何より。

 

「お姉様ならもっと素早く仕事を終わらせているのに……」

 

 自分の目標。常に凛として、常に穏やかで、朗らかで。あれこそが、王女というものだと、自分が目指すものだと。ずっとその影を追いかけてきた。

 大事な、大好きな姉のために。決して敵わない姉に並び立つために。彼女は弱音を吐いてなどいられない。

 

「……アイリス様」

 

 彼女の護衛にして教育係でもある白いスーツの女性が少女に声を掛ける。どうしたの、と彼女は視線を女性に向けると、クレアと彼女の名前を呼んだ。

 

「こういう事はあまり口にしたくはないのですが、その」

「何ですか?」

「……ユースティアナ様、意外と仕事をサボっておられましたよ?」

「……」

 

 むすぅ、と途端に不機嫌になるアイリス。それを見て慌てたのか、クレアは申し訳ありませんと頭を下げた。が、しかし。彼女の、ベルゼルグ王国第二王女アイリスの教育係であったクレアはその関係上姉である第一王女ユースティアナと接することも多かった。ので、仕事をサボって厨房でお菓子を頬張っている姿を見たのも一度や二度ではない。

 とはいえ、確かにユースティアナが優秀であったことは間違いない。アイリスと同じ年齢だった頃には、こういった雑務は要領よくさっさと終わらせて自分の時間を作っていたほどだ。アイリスには、その姿が強烈に印象に残っているのだろう。

 

「でも、お姉様はその分自身を高めることに時間を費やしていました。私には、真似できません……」

「それは……」

 

 それは彼女の、ユースティアナの王族としての重大な欠点に起因するものだ。アイリスには伝えていない事実によるものだ。ひょっとしたら薄々感付いているのかもしれないが、直接は知ることのない話だ。

 

「現に今だって、世界中を旅して、魔王軍を討伐しながらレベルを上げていたのですから」

「それは、そうですね」

「騎士団の、軍の目の届かない場所を救うために世界を回る……流石はお姉様です」

「……あの、アイリス様? ユースティアナ様のことをお好きなのは既に重々承知ですが」

「勿論です! この髪型だって、お姉様とお揃いで」

「存じております! 一週間に一度は聞いております!」

 

 それでも毎回きちんと聞くのは、クレアがアイリスのことを好きだからに他ならない。どういう好きかはここでは語らないでおくが。

 そうして鼻息荒くユースティアナのことを話していたアイリスは、そこでしゅんと目を伏せた。でも、と呟いた。

 

「最近は、お姉様とお話することも出来ていません。王族は、たとえ兄妹でも、姉妹でも。ある程度の年月が経つとよそよそしくなってしまうのは分かっているのですけれど」

 

 この国にいるのに、王都に戻ってくることもなく、駆け出し冒険者の街アクセルを現在の拠点にしているらしい自身の姉のことを思うと、無性に寂しくなる。帰ってきて欲しい、久しぶりに顔を合わせて、お喋りがしたい。そんなある意味歳相応のワガママを、つい思い浮かべてしまうのだ。

 

「そんなに気になるなら、無理矢理呼んでしまっては如何かな?」

 

 ばん、と扉が開く。クレアがそちらに目を向けると、相変わらず派手な黒いドレスに鎧のパーツという装いのクリスティーナがいた。いつものように人を食ったような笑みを浮かべながら、報告が一つありましてとアイリスに述べる。

 こちらです、とその書類を彼女に渡すと、クリスティーナはその反応を楽しそうに待った。

 

「……魔王軍幹部、ハンスが……討伐、された!?」

「その通り。これでこの一年と少しだけで、デストロイヤーと魔王軍幹部を二体も討伐した偉大な冒険者パーティーが誕生したわけです。おっと、非公式だが一応もう一体魔王軍幹部も倒していたかな?」

 

 そう言って笑うクリスティーナを遮るようにクレアが一歩前に出た。まるで悪い大人からアイリスを隠すように。勿論それを見たクリスティーナは楽しそうに笑みを強くさせた。

 

「モーガン卿、一体何のおつもりですか?」

「そう睨むなシンフォニア。いや、クレアちゃん」

「真面目な話をしているのですが!」

「ワタシも大真面目だぞ♪ まあいい。何のつもりか、だったか? さっきも言っただろう? 気になるなら呼んでしまえばいい、とな」

「……? 何を」

「それらの討伐には数多くの冒険者が関わっているが、その全てに参加し貢献しているパーティーは一つしか無い」

 

 《冒険者》、佐藤和真。その少年をリーダーとした四人の冒険者パーティー。そのパーティーメンバーはアークプリーストのコッコロ、アークウィザードのキャルと、そして。

 

「駆け出し冒険者の街に似つかわぬ実力を持った、女騎士。彼女が名乗るのは、お腹ペコペコの――」

「ペコリーヌ!」

「あ、アイリス様!?」

「クリスティーナ! これは本当!? 本当にこの冒険者パーティーなの!?」

「勿論。アルカンレティアの新最高司祭からの書類ですからね」

 

 イタズラが成功したとばかりに笑うクリスティーナの顔を見て、クレアの表情が苦いものに変わる。また余計な仕事を増やしやがって。そんな意味を込めて彼女を睨んだが、当然堪えるはずもない。

 

「丁度この間の、アクセルの領主が起こした騒動を落ち着かせた功績もあることですし。ダスティネスとウィスタリアの令嬢も呼んでちょっとした晩餐会を開くのは、どうでしょうか?」

「やりましょう」

「アイリス様!?」

 

 悲痛な声を上げるクレアと、楽しそうに笑うクリスティーナを見ながら。

 良かったこの会話に参加しなくて、と部屋の隅で背景に徹していたもうひとりの教育係、レインは胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで」

「晩餐会の招待状が届きましたわ」

 

 最近魔王軍討伐に多大なる貢献をした冒険者パーティーを一目見たいという名目と、少し前にあったアクセル前領主の事件の労いを兼ねて開かれるそれに出席して欲しいという旨のことが、ダクネスとアキノより渡された招待状に記されていた。それを上から下まで眺め、そしてもう一度読み直し。

 

「マジかよ」

 

 カズマはゆっくりと息を吐いた。招待状を机に置き、右手をそのまま天に突き上げる。

 

「とうとう俺達の時代が来たな……!」

「流石でございます、主さま」

「言ってる場合かぁ! 王族からの招待よ!? 下手なことすれば首落とされるんだから!」

 

 ああもう、と頭をガリガリとしているキャルを見ながら、ダクネス達は苦笑する。大体予想通りの反応だな、と二人して頷きあうと、視線を無言でいる最後の一人に向けた。

 

「どうされますか?」

「……向こうも分かっていて招待状を出しているわけですし、わたしが断ったら……アイリス、絶対拗ねるじゃないですか」

「そうですわね」

「というより、そもそもの目的が貴女様を王城に呼ぶためなのでは?」

 

 ダクネスの言葉に、ペコリーヌはですよねぇ、と息を吐く。王国に戻ってから、手紙は何度か出した。近況の報告はした。が、直接向かうことはなかったし、手紙もここのところ忙しかったので疎かになっていた。

 

「何で、こんな落ちこぼれの姉を慕ってるんですかね……」

「落ちこぼれ……?」

「感じ方は人それぞれですから」

 

 自嘲するように呟いたペコリーヌの言葉を聞いて、ダクネスとアキノはやれやれと肩を竦める。そういう意味では、確かに丁度いい頃合いかもしれないな。そんなことを二人して思った。

 

「それよりも。どうなさるのですか?」

「え?」

「招待を受ける以上、あのお三方に『ペコリーヌ』でない姿を見せる必要があります」

「……そうでした」

 

 何かに気付いたように目を見開いたペコリーヌは、どうしようと頭を抱えた。勇気が出るまでと伸ばし伸ばしにしてきた秘密が、まさかこんな突然。

 今まで何とか隠し通していた秘密を、こんなに急に。そんなことを思いながら、彼女はどうすればいいと思考を巡らせる。

 

「隠し、通す……?」

「感じ方は人それぞれですから」

 

 悩んでいるペコリーヌを見ながら、ダクネスとアキノは小さく溜息を吐いた。そうしながら、そもそもとっくにバレているのではないのかと視線をワイワイやっている三人へ向ける。

 

「王女様かぁ……一体どんな感じなんだろうな」

「この文面によると、招待状を送ってくださったのは第二王女アイリスさまとのことで」

「アイリス様か……本物のお姫様なんか見たことないからなぁ」

「……そうね。本物のお姫様なんか見たことないわよね……」

 

 盛り上がるカズマとコッコロとは対照的に、キャルはげんなりした状態のままちらりとペコリーヌを見た。そうしながら、お姫様ねぇ、と達観したような呟きを零す。

 どうやらバレていない、あるいは見なかったことにしていたらしいということを覚った二人は、さてどうするかと思考を巡らせた。が、こればかりは当人の問題であり、どうしようもないと早々に結論付け、自分達は自分達で出来ることはやろうと顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 晩餐会の日時が明日に迫った。ダクネスとアキノの手配で正装はきちんと用意される手はずとなっているが、それとは別にカズマ達には問題が残っている。今この場に、王都に向かう面々としてテレポート屋に向かっているのは三人だ。カズマと、コッコロと、そしてキャル。向こうでは既にダクネスとアキノが準備に追われているらしく、案内役として抜擢されているのはユカリである。

 

「大丈夫なのかよ、あいつ……用事があるって先に王都行っちまったけど」

「ペコリーヌさまはしっかりしておられますし、その辺りは問題ないかと」

 

 二人の会話を聞きながら、ユカリはあははと苦笑する。冒険者パーティーとして呼ばれたのだから、きちんと四人揃っていなくていいのかと少し不安に駆られていたのだ。そんな二人にキャルが大丈夫よと返す。余計な心配は無用だと述べる。

 

「どうせ向こうで嫌でも会うんだし。気にするだけ無駄よ無駄」

「そんなもんか?」

「そうよ。それよりも服装よ。ドレスかぁ……めんどくさい」

「わたくしは、ドレスには少しワクワクしております」

 

 目をキラキラさせているコッコロを見て、まあ確かに着る機会なんかそうそうないかと表情を緩めた。そういう考えを持って、自分も少しは前向きに行こうと拳を振り上げた。

 

「てかキャル、何かお前その口ぶりだとドレス着たことがあるような」

「……アルカンレティアで」

「あ、もういい。ごめん」

 

 急速に目が死んでいくキャルを見て、カズマは慌てて話を打ち切った。そうこうしているうちにアクセルのテレポート屋に到着。王都に行けば向こうが迎えを用意してくれているだろうとユカリはヒラヒラと手を振った。

 

「そういえば、ユカリさんはいいのか?」

「私? あんまり飲めないのはちょっと……」

 

 基準そこかよ。そうは思ったが毎度のことなので気にしないことにした。じゃあ行ってらっしゃい、という声を背中に受けながら、三人はテレポートで王都へと移動する。

 光が消えた先、王都のテレポート屋から外に出たカズマは、アクセルよりも大きなその街に思わず圧倒された。コッコロに至っては、ほえー、と口元をバッテンにしたまま動かない。

 

「アルカンレティアと違って、こっちはまさに王国の首都って感じだな」

「そりゃ、そうでしょ。……コロ助、もどってこーい」

「はっ! 申し訳ありません。街の大きさに圧倒されておりました」

「しょうがないわよ。あんた田舎者なんだから」

 

 それで、とキャルは視線をキョロキョロとさせる。確か迎えがいるだの来るだの言っていたはずなのだが。そんなことを思っていると、一台の馬車が三人の目の前で止まった。

 お迎えに上がりました。馬車の御者をしていた一人、執事服の男性がそう述べ頭を下げる。どこかで見たような、とその男性を見詰めていると、彼は苦笑してダスティネス家執事ハーゲンだと名乗った。

 

「ああ、この前そういえばダクネスの家で見たな」

「ペコリーヌが説教された時ね」

 

 疑問が氷解したところで、三人は馬車に乗り込み移動する。どうやら向かう先はダスティネス家の建物ではなく、ウィスタリア家の建物らしい。ドレスやらの準備はそちらのほうが充実しているからだとか。

 そうして暫し馬車に揺られ、アクセルで見た屋敷と同じくらいのそこを案内されるまま控室へと向かい。用意された服へと着替えることになった。カズマはタキシードなのでそこまで苦労せずに着替え終わったが、女性陣二人はそこそこ手間取っているらしい。ここに用意されているドレスがアキノのものならば、まあ二人にはサイズ絶対合わないだろうからな、とカズマはぼんやりと思う。

 

「お待たせしました、主さま」

「結構手間取ったわ……」

 

 そうして現れた二人は、それぞれ彼女らに合わせた色のドレスを纏っていた。コッコロは薄い緑を基調としたもので、エルフ特有の美貌も相まって一種の幻想さを醸し出している。対するキャルは黒と紫。細身の体にフィットしたドレスが良く似合っており、まるでどこぞの令嬢のように錯覚するほどだ。

 

「……」

「何か言いなさいよ」

「あ、いや。思った以上に綺麗だったから」

 

 そこまで口にしてから、何言ってんの俺とカズマは悶えた。案の定それを聞いたキャルは目をパチクリとさせ、何か変なものでも食べたのかと心配してくる。コッコロが照れくさそうにお礼を述べてくるのは、それはそれとしてクリティカルであった。

 そんなやり取りをしながら再び案内され応接間へ。その入り口で、同じようにドレス姿のダクネスとアキノが待っていた。二人共着慣れているのか、先程のコッコロとキャルのような緊張は微塵もない。

 

「お待ちしておりましたわ」

「あ、ああ。……何でここで待ってんの?」

「ああ、いや。晩餐会の主催者はアイリス様なのだが、その前に、第一王女様がお前達と挨拶をしたいと……こちらに、来られてな」

「第一王女……確か、ユースティアナさまでございますね」

「ええ。この間の騒動でお名前は知っていると思いますが」

 

 あの時の状況を思い出す。今ここで第一王女と会うのはひょっとして何か問題があったのではないかとカズマは思わず顔を顰めた。無罪にはなったが、襲撃を計画していた一人がキャルであったことには変わりない。

 

「カズマ、心配するな。ユースティアナ様はお前達を疑っているわけではない。ただ、お前達と話がしたいだけなのだ」

「俺達と? 何で?」

「それは、まあ。会えば分かりますわ」

「あの、ペコリーヌさまはどうなされたのですか? こちらにもいらっしゃらないようなのですが」

「……大丈夫だ。問題ない」

 

 そこで二人は会話を打ち切る。では行きましょう、と扉に手をかけようとしているのを見ながら、カズマはそういえばとキャルを見た。第一王女の、ユースティアナの名前が出てから一言も発していないキャルを見た。

 

「おいキャル」

「……何?」

「どうしたんだよ。さっきから変だぞ」

「なんでもないわよ」

 

 ちょっとあんたらの反応が心配だっただけ。口にはせずにそう続けると、キャルは開いていく扉に視線を戻した。それにつられるように、カズマもそちらへと視線を向ける。

 

「ユースティアナ様。冒険者サトウカズマ、コッコロ、キャルの三名が到着いたしました」

「はい。では、こちらに」

「……ん?」

 

 何か今物凄く聞き覚えのある声しなかったか? そんなことを思いながらカズマは部屋に足を踏み入れ。

 そして、そこに座っているドレス姿の少女を見た。どこか悪戯が成功したような笑顔で、それでいてどこか申し訳無さそうな顔をしている少女を、見た。

 

「……()()()()()。わたしはベルゼルグ王国第一王女、ベルゼルグ・アストルム・ソード・ユースティアナと申します」

「……」

「……」

「お初にお目にかかります。アクセルの冒険者、キャルと申します、ユースティアナ様」

 

 目の前の光景に動きを止めているカズマとコッコロとは裏腹に、キャルは溜息を吐きながらもユースティアナの言葉に挨拶を返した。再起動するのに時間がかかりそうな二人をちらりと見て、彼女はもう一度溜息を吐く。

 ユースティアナの傍らに移動したダクネスとアキノも、しょうがないだろうなと苦笑していた。

 

「――というか、何であんたが先に挨拶すんのよ。こういうのは普通下々のあたしたちからでしょうが」

「え? ……あ、そういえばそうですね。最近こういう場に出てないからすっかり忘れてました。やばいですね☆」

 

 あはは、と笑うユースティアナを見て、キャルは三度目の溜息を吐いた。

 その辺りで、カズマとコッコロが我に返る。目の前の第一王女を見て、これがドッキリか何かじゃないかと疑い。周囲の様子から本気でそうなのだということを理解してカズマはぐらりと揺れた。コッコロも同じように、これが現実で本当だと受け入れた。

 

「……マジか」

「ビックリ仰天でございます……」

 

 第一王女ユースティアナ。彼女は、どこからどう見ても。

 

「あたしとしては、ここで素直に驚けるあんたらにビックリよ……」

 

 彼らのパーティーメンバー、ペコリーヌであった。

 

 




ついに明かされた衝撃の真実!(バレバレ)


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その64

相対的にダクネスが真面目。


「では、改めて」

 

 こほん、とペコリーヌが咳払いをする。隠していてごめんなさいと頭を下げ、もう一度彼女は自身の名を名乗った。

 

「カズマくん、コッコロちゃん。わたしの正体は、ここベルゼルグ王国の第一王女ユースティアナです」

「死刑は勘弁してください」

 

 土下座を敢行する。幸いにしてこの屋敷ではその程度で服が汚れるようなことはなかったが、唐突なそれに彼のことをよく知らない使用人たちはギョッとする。

 否、目の前にいたペコリーヌも何事と目を見開いた。隣のコッコロも同様である。

 

「ど、どうしたんですかカズマくん!?」

「いや、だって。思い返すとどう考えても不敬罪じゃん俺……」

「あ、自覚はあったのね」

 

 平然としている一人、キャルがそんなことをのたまう。ついこの間のアルカンレティアでも割と散々な扱いをカズマはしている。少なくとも一般的な権力に媚びるタイプの貴族の耳に入れば問答無用で処罰されるだろう。

 

「主さま」

 

 そんなカズマに声が掛かる。まずはお立ちください、とカズマを立たせたコッコロは、持っていたハンカチで彼の膝のホコリを払った。そうしながら、しっかりと彼を見て、めっ、ですよと眉を吊り上げる。

 

「ペコリーヌさまは、そのようなことでご友人を処罰するような方ではございません」

「いや、まあ、そりゃ。ペコリーヌならな。でも目の前にいるのは」

「同じです。ユースティアナさまでも、ペコリーヌさまでも。もう少し、ちゃんと信頼してくださいませ」

「純粋な言葉が凄く痛い!」

 

 コッコロのその言葉を聞いて致命傷を受けたようによろめいたカズマは、それは自分だって勿論そう思いたいし、信じているけれどと言葉を続けた。彼女がいくら寛容でも、他の場所からいくらでもその手の悪意は伸びてくる。第一王女がこちらの手助けをしていても、結局犯罪者として裁判にかけられたあの時がいい例だ。

 

「なあ、コッコロ」

「はい」

「例えば今この場で、俺がユースティアナ第一王女の胸揉んだことがあるって言ったら」

「死刑ね」

 

 キャルが代わりに即答した。まあそういうことを自分から言っちゃうのならば、こちらとしても庇いようがないな。そんなことを思いながら彼女は溜息を吐いた。

 

「じ、事故だって言えばワンチャンあるか? そもそもあれは、コッコロを助けようと手を伸ばしたら丁度あの柔らかいおっぱいが」

「とりあえずあの時のことは忘れてください!」

 

 わたわたと慌てたように手を振りながらペコリーヌが述べる。その顔は赤く、恥ずかしがっているであろうことが察せられた。

 はぁ、と盛大な溜息が聞こえる。つかつかとカズマの横へ立ったダクネスが、そのまま無言で彼の頭に拳骨を叩き込んだ。いい加減にしないと本気で不敬罪が適用されるぞ。そんなことを言いながら、彼女は再び先程の位置へと戻っていく。

 

「ユースティアナ様」

「はい?」

「どうされます? 彼らと、晩餐会へ参加されますか?」

 

 アキノのその問い掛けは、何とも不思議なもので。しかし、何を言いたいかは凡そ理解できるものだ。ペコリーヌとしてなのか、ユースティアナとしてなのか。それを問い掛けているのだろう。

 

「まあ、(わたくし)としては両方をおすすめいたしますが。というよりも、もとよりそのつもりでしょう?」

「あ、バレちゃいました?」

 

 ばれいでか、とアキノは肩を竦めた。妹のことを大切に思っているから、姉として、ユースティアナとして参加し、カズマ達三人との関係に心地よさを抱いているから、彼らとともに出席する。難しさはともかく、至極単純な答えだ。

 

「あの面々も、ユースティアナ様のことを知ったところで態度が変わるような連中ではないですからね」

 

 はぁ、とダクネスが溜息交じりで言葉を紡ぐ。先程のカズマのあの態度も、結局ペコリーヌとして接しているからこそのやり取りだ。コッコロは少し咎めていたが、結局変わらないということは共通していた。

 

「あ、そういえば。俺達はこれからはユースティアナ様って呼んだほうがいいのか?」

「……分かってるくせに、そういうこと聞くんですか?」

「いや、晩餐会の話だっつの。これ終わったらペコリーヌ呼びでいいんだろ? 分かってる分かってる」

 

 やれやれ、と呆れたようにカズマが肩を竦める。そんな彼を見て、ペコリーヌはあははと少し恥ずかしそうに頬を掻いた。コッコロはそんなやり取りを微笑ましく眺め、キャルはどこか楽しそうに笑みを浮かべていた。

 だとしても、もう少しかしこまるなりなんなりした方がいいのではないだろうか。当の本人が気安い関係を望んでいるので口にはしないが、貴族の端くれとして、ダスティネス家の令嬢として、どうしてもそんなことを考えた。

 

「はぁ……。何だか、最近この胃痛もそれはそれでありかな、と思い始めてきたな」

「ララティーナさんも大概ですわね……」

 

 

 

 

 

 

 晩餐会、と銘打ってはいるが、そこまで人数がいるわけでもない。五大貴族の内ダスティネスとウィスタリアが招待されたということで、それなりの体裁を整えた結果だ。提案者のモーガン家当主クリスティーナが不参加なのもこのあたりが理由だろう。

 とはいえ、ならば大したことのない催しなのかといえば勿論そんなことはなく。王城のホールを使用したそれは、貴族達の集まる大規模なそれと遜色ない用意がされていた。

 

「……」

「主さま?」

「すげぇ場違い感……」

 

 現在は、その場所へ向かうため王城内を歩いている。進むにつれて無言になっていくカズマをコッコロが心配そうに覗き込むが、彼は何とも言えない表情を浮かべるのみ。調子に乗ってたけど実はこれかなり面倒なのでは。そんなことをカズマは今更に思った。

 ちらりと横を見る。ダクネス、アキノに付き添われて歩くペコリーヌは、普段のすちゃらか腹ペコ娘とは別人のようで。

 

「そりゃ、王女が揃うんだからちゃんとしてるに決まってるじゃない」

 

 はぁ、とキャルがカズマにそう述べ、一歩彼に近付いた。まあ、どうせ堅苦しいのは最初だけよ。そう小声で続けると、彼女は平然と廊下を進む。開き直っているのか、それとも慣れているのか。多分後者だろうとあたりをつけたカズマは、ならば自分がこんな状態では負けた気がしてムカついてくる。よし、と気を取り直すと、何事もなかったかのような態度をとった。

 

「主さま、調子を取り戻されたのですね」

「まあな。この程度で萎縮するような男じゃないんだよ俺は」

 

 笑顔を見せるコッコロにそう返しながら、この先にいるという第二王女のことを少し考えた。昨日までは顔も知らない王族であった。だからほんの僅かな情報とイメージだけを頼りに、年若い少女で清楚だが少しお転婆で。などと正統派のお姫様像を抱いていたが、今は違う。

 

「ペコリーヌの妹……か」

 

 正統派とはかけ離れたお姫様が出てくるんじゃないだろうか。現在の疑念はそれであった。ひょっとして晩餐会という名のフードファイト会場が用意されてたりしないだろうな、と余計なことも考える。

 

「カズマ」

「ん?」

 

 何かを察したらしい。ダクネスがこちらを振り向き、安心しろと彼に述べた。恐らくお前の想像は間違っていると告げた。

 

「アイリス様は、少なくとも姉君と違いジャイアントトード一頭を丸々おやつにするようなお方ではない」

「物凄く悪意ある紹介しましたね!?」

「自覚がお有りでしたら、ご自重ください」

 

 ぐりん、と振り向いたペコリーヌがダクネスへと抗議するが、当の本人はしれっとそう返す。ぐぬぬ、と口を噤んだペコリーヌは、フォローを求めるようにカズマ達へと視線を移す。

 が、コッコロはあははと苦笑するのみで、キャルに至っては分かりやすいと評価する始末。

 

「カズマく~ん……」

「いや、そう言われても……。どうせもうすぐ会うんだろ?」

 

 その時に判断すればいい。そう彼はペコリーヌに告げ、ほれ前を向かないとと話を終えた。体よく流したな、というキャルの視線を、カズマは知らんと突っぱねた。

 そうしている内に会場へと到着する。入り口には兵士が立っており、それだけ中の人物が重要であることを感じさせた。兵士はまずダクネスとアキノを見て頭を下げ、そしてペコリーヌを見ると目を見開き申し訳ありませんと謝罪した。

 

「わたしもここに来るの物凄く久しぶりですから、しょうがないですよ。正直新人さんには顔すら知られてない可能性がありますし」

 

 あははと笑うペコリーヌを見て何とも言えない表情を浮かべた兵士は、絞り出すような声でそんなことはございませんと述べた。この城にいる者達は、ユースティアナ第一王女の顔を知らないなどということは絶対ないと断言した。

 

「アイリス様が城で働く新人に毎回教え込んでおりますので……」

「……やばいですね」

 

 暫く帰っていない間に我が妹は随分と寂しがり屋になってしまったようだ。とりあえずそういうことにして、ペコリーヌはこの先にいるであろう彼女のことを思い浮かべ表情を固くした。

 彼女が、アイリスが自身を慕ってくれているのは分かっている。ちょっと引くくらい、というか正直シスコン気味なのも知っている。だが、だからこそ。

 自分はそんなアイリスに慕われていい存在なのかと自問してしまうのだ。

 

「なあ、ペ、じゃないユースティアナ――様?」

「……どうしました? カズマくん」

「どうしましたじゃねーよ。扉の前で突っ立ってないで入ろうぜ。正直視線が痛い」

 

 視線が痛い理由の大半は今のカズマの態度であるが、当の本人であるペコリーヌが気にせずそうでしたねと謝罪しながら扉へ手を掛けたことで、そこにいた兵士や王城にいた使用人達が目を見開く。慌てて、それはこちらの仕事ですからと兵士が扉を開けんと姿勢を正した。

 

「ユースティアナ様……」

 

 はぁ、とダクネスが彼女を見る。アルダープの時はちゃんとユースティアナをやれていたはずなのに。そんな彼女の視線を受け、ペコリーヌはあははと苦笑し頬を掻いた。どうやら思った以上に緊張していたらしい。当然、理由は一つしかない。

 扉が開き、兵士が第一王女とダスティネス、ウィスタリア家の令嬢が到着したことを中にいる人物に伝える。カズマ達がその部屋に足を踏み入れると、何人規模の晩餐会をするつもりだといいたくなるような光景が目に映った。テーブルに並べられている料理も、聞いている参加人数と比較しても優に三倍はある。

 まあ約一名余裕で食うやついるから大丈夫かと思いながら視線を奥に向けると、一人の少女が座っているのが見えた。両隣には二人の女性が立っている。年はダクネスと同じかやや上程度、片方は黒いドレスを来た魔法使い職であろうと思われ、両手に付けた指輪が機能重視なのかゴテゴテしてそこだけ目立っていた。そしてもう一人はドレスではなく白いスーツを着た短髪の女性で、剣を携えているので前衛職なのだろう。

 護衛かなにかだろうか、そんなことを思いつつ、なにはともあれ挨拶をせねばとダクネス達に促されるまま自身の名を名乗り頭を下げる。コッコロとキャルもそれに続き、それを終えたので恐らくメインであろう相手のために一歩下がった。

 ペコリーヌが前に出る。座っている少女と、立っているペコリーヌ。その二人を思わず見比べたカズマは、向こうに聞こえないように声量を落とすとそっと横にいるキャルとコッコロに言葉を紡いだ。

 

「どう思う?」

「どう、と申されますと?」

「何よ、似てない姉妹だなとか言うつもり? 似てるでしょ、ミニサイズになったあいつって感じじゃない」

「いや、だけどな。それにしたって」

 

 ううむとカズマが唸る。何かそんなに気なるのだろうかとその視線の先を追ったキャルは、彼が二人の顔ではなくもう少し下を見ていることに気が付いた。

 

「確かあのアイリス様? は十二だろ? ペコ、じゃねぇユースティアナ様は十七。あと五年で、あそこまでいくか?」

「あんたほんと一回首落とされたほうがいいんじゃない?」

 

 心底くだらないという顔でカズマを見たキャルは、隣でむむ、と言いながら胸を触っているコッコロも一発引っ叩いた。ぺし、と頭を叩かれた彼女は、我に返り申し訳ありませんと謝罪する。

 そんなことより、とキャルは視線を二人に戻す。どうにもペコリーヌが緊張していたように見えたので、ほんの少しだけ心配になったのだ。あくまでほんの少しである。絶対にほんの少しである。ほんの少しだと言ったらほんの少しなのだ。

 ペコリーヌはまず一礼。そうした後、少女を、アイリスを真っ直ぐに見た。いくら自分が彼女に負い目を感じていようが、可愛い妹に違いはない。目を逸らすことなど出来はしない。

 

「ア――」

「お姉様!」

 

 そんな空気をぶち壊す少女の叫びである。我慢できなくなったのか、横の護衛、クレアとレインが制止する暇もなく、即座に立ち上がるとペコリーヌへと駆けていった。そのまま勢い良く彼女へと抱きつく。わぷ、とそんなアイリスを受け止めたペコリーヌは、言おうとしていた言葉など全て吹き飛び、しょうがないなと苦笑しながら彼女の頭をゆっくりと撫でた。

 

「アイリス」

「はい!」

「……大きくなりましたね」

 

 武者修行の旅に出て、この城に帰ることもなくなって。直接様子を見ることもなく、手紙や伝聞で知るだけになり。その強さは、その能力は、どんどんと成長していることを知って。

 その代わりに、こうして抱きしめた時の感触が違うなどという単純な成長を知らなかった。ペコリーヌのその言葉で、嬉しそうにはにかむ彼女の中身は変わっていないということを、知らなかった。

 

「……それはそれとして、アイリス」

「はい」

「今この場にはわたし達だけではありません。今王城で、王女としてそこにいるのはあなたなんですから、こういうのは、まず王女としての責務を果たしてからじゃないと」

「あ……はい、申し訳ありません、お姉様」

 

 優しくそう述べるペコリーヌを見て、アイリスはしゅんと落ち込む。そうだ、目の前の姉ならば、ユースティアナ第一王女ならばそんなヘマは絶対にしない。切り替えをきちんと行って、それからだ。まだまだ自分は追い付いていない、と目の前の目標をしっかりと見据え、彼女は気合を入れ直した。

 

「ペコリーヌ、ついさっき扉でミスってたよな」

「主さま、そのように言ってはいけませんよ。お姉さんというのは、えてしてそういうものなのですから」

 

 カズマがぼやき、コッコロが咎める。そんな二人とは裏腹に、キャルはふーんと少し面白くなさそうに目を細めた。

 

「別にあんただって王女でしょうに……自分は違うみたいな言い方しちゃって。なーんか気に食わないのよね」

 

 そのぼやきは誰かに聞こえていたのか。別にそんなことはどうでもいいとキャルは思う。横の二人も同じように考えていたのならば話は違ったが、現状そこまでは思っていないようだ。

 そこで、ふと気になったことがあった。そういえば、何だかんだ聞いていなかった。というより、目の前の光景を見ることで改めて疑問を覚えたというべきだろうか。

 

「別に姉妹仲は悪くないみたいだけど、あいつなんで王都に戻るの今まで渋ってたのかしら……」

 

 その疑問に答えてくれる者はこの場におらず、そして当の本人に今ここで聞けるはずもない。後で覚えていたら聞いてみるか。そんなことを思いながら、キャルはアイリスがこちらに挨拶をするのを恭しい態度で受け止めた。

 

 




次回、カズマvsアイリス(嘘予告)


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その65

王女殿下はお怒りのようです


「私は認めません」

「アイリス様!?」

 

 発端の発端は何だったか。これまでの冒険譚で、ここ最近の話になった時か。今ここにいる三人を、自慢の友人達だとペコリーヌが述べた時か。それぞれの出会いの話をした時か。

 否、この辺りはまだアイリスは笑顔で聞いていた。クレアとレインも、彼女のその笑顔に思わず破顔していたほどだ。クレアは別の感情も湧いていたが。

 細かい話から、当然大きな討伐話へと冒険譚はシフトしていく。デストロイヤー、魔王軍幹部ベルディア、そしてハンス。それらの時の話になっていく。バニルは流した。

 アイリスはそれらを聞きながら、ちらちらとカズマ達を見ていた。ダクネスも、アキノも、そしてペコリーヌも。三人の評価は当然高い。性格や問題行動はアクセルではつきものだ。それを踏まえても、彼らへの好感度は高レートなわけで。

 そして領主の悪魔騒ぎ。カズマとキャルが捕まったのを全力で助けようとする姉の話を聞いた時、アイリスが抱いた感情はまず尊敬であった。大事な友人のために、大切な仲間のために、正体を隠すことより事態の解決を優先した。正体を隠しながら事態を解決することも当然出来たであろう姉は、己の都合より友人達の一刻も早い平穏を望んだのだ。その迷いなき判断、それが自分に行えただろうかとアイリスは思う。恐らく、迷っただろう。だからこそ姉を尊敬し。

 

「……お姉様は、彼等が大切なのですね」

 

 少し、嫉妬した。そこまで姉が大切に思う仲間達に、目の前にいる三人に、ヤキモチを焼いたのだ。

 ペコリーヌはそんなアイリスを見て微笑む。大丈夫ですよと彼女に述べる。友達が大切なのと同じくらい、家族のことも大事なのだから。そう言って席を立つと彼女はアイリスの頭を撫でた。

 

「同じくらい、ですか」

「……同じくらい、では駄目でした?」

「お姉様は意地悪です……」

 

 ここで文句を言ったらただのワガママ娘ではないか。むう、と唇を尖らせたアイリスは、少し八つ当たり気味にカズマ達をじろりと睨んだ。

 そんな彼女を見てペコリーヌは苦笑する。そうですね、と少し悩む素振りを見せると、アイリスの名を呼びこちらに顔を向かせた。

 

「わたしは、意地悪かもしれません」

「え?」

「アイリスは今、王女として自由を奪われています。そんなあなたへ、自由気ままに外に出ていたわたしが新たな繋がりを作っただなんて自慢げに話すのは、確かに失礼でしたね」

「そんなことはありません!」

 

 思わず立ち上がる。ぎょっとした表情のレインを見ることなく、アイリスはペコリーヌへと言葉を紡いだ。自身と同じ経験をしているのだから、今の姿は未来の自分だ。むしろこの先自分がそんな経験が出来るのだと思うと胸が高鳴る。是非とも偉大なる姉と同じように、自身もそのような生き方をしたい。大体そんなようなことを言ったのだとアイリスは記憶している。よく覚えていないのは、感情のまま捲し立てたからだ。王女にあるまじき、子供っぽい行動だったからだ。

 思わず目をパチクリとさせたペコリーヌは、先程とは違う表情で、先程と同じように頷いた。そうですね、とアイリスに述べた。

 

「この先、きっと。あなたにも、大切なお友達が出来ますよ」

「はい!」

 

 笑顔で頷く。姉にそう言われたのだ、絶対に自分も大切な友人を。

 そこまで考えて、ふと動きを止めた。その時が来るのはまだ先である、ということに気付いたのだ。その場にいる面々もそれを察し、これからなのだから焦らずともと彼女を宥める。

 

「……ちょっと、いいか? あ、いや、いいですか?」

「カズマくん?」

 

 そんな中、聞き役に徹していたカズマが口を挟んだ。どうしたんですか、とペコリーヌが彼の方を見ると、少々難しい顔をした彼が聞きたいことがあると言葉を続ける。

 

「ここで答えられることなら別に構いませんけど」

「やっぱり王女様って中々外に出られないもんなのか?」

「……主さま」

「いや、まあそこ疑問に思う気持ちは分かるわ」

 

 キャルもその言葉を聞いて思わずペコリーヌを見る。理由が、事情があるのは分かっていたが、しかしそうなると何故そこにいるアイリス第二王女に適用されないのかというのは当然気になるわけで。

 あー、とペコリーヌが何とも言えない表情になる。とりあえず当たり障りのないことを。そんなことを思いつつ、彼女は自身は武者修行の旅で外に出ていただけだと述べた。

 

「ベルゼルグ王国では、王族は勇者の血統であり、そのための英才教育も受けている。だからというべきか、一定の年齢で魔王軍の討伐に向かうのだ」

「ええ。第一王子であるジャティス様も、現在は陛下と共に魔王の軍勢の最前線で戦っておられますわ」

 

 ダクネスとアキノが補足する。ふーん、とそれを聞いていたカズマは、分かりにくいがほんの少しだけ眉尻を下げた。

 

「……ユースティアナ様も、これからそっちに向かうのか?」

「へ?」

 

 唐突に投げかけられたその質問に、ペコリーヌは素っ頓狂な声を上げた。彼の質問の意図が分からない。否、分からないこともないが、果たして本当にそういう意味で聞いているのか自信が持てなかったのだ。

 

「えっと……カズマくんは、その、もしそうだって言ったらついてきてくれるんですか?」

「え? やだよ。最前線とか絶対死ぬじゃん」

「主さま……」

「言い方ぁ!」

 

 キャルが思わずツッコミを入れる。そんな彼女に視線を向けると、そんな事言われてもしょうがないだろと彼は述べた。実際自分は弱いのだから。何故か自信満々に、堂々とカズマはそう続けた。

 

「しかし主さま。これまでの大規模な戦いは殆どそれらと遜色のないものだったと思われるのですが」

「そりゃそうかもしれんが、あくまで向こうからだろ? こっちから好き好んで行くとか無理だって」

「こいつ……」

 

 分かっていたけど、とキャルが溜息を吐く。自分だって最前線で魔王軍と戦えと言われたら断るだろう。そういう意味ではカズマと意見は一致している。

 が、それはあくまでそういう依頼を受けたらだ。そうじゃなかったら、例えば誰かに、具体的に誰とは言わないが、頼まれたら彼女は。

 

「あはは……。やっぱり、そうですよね」

 

 カズマのそれを聞いて、ペコリーヌは寂しそうに笑った。分かっていたけれど、と一瞬だけ俯き、顔を上げると再び笑顔を浮かべる。大切な友人を自分から危険に晒すことは駄目ですし。そう言ってうんうんと頷いた。仕方ないからその時は一人で行きますと締めた。

 

「いや何言ってんの? お前も残るんだよ」

「……へ?」

「お前いなくなったら前衛コッコロに任せっきりになるじゃねぇか。負担考えろ」

「え? あ、はい」

「いやあんたはこの場の空気考えなさいよ」

 

 レインは目の前の光景が信じられずポカンとしている。クレアも同様だが、しかし王女に対してお前呼ばわりとはと思わず腰の剣に手を添えていた。

 が、ダクネスとアキノがそんなやり取りを見て笑っているのを視界に入れると、気が削がれたらしく渋々引き下がる。

 

「ダスティネス卿、ウィスタリア卿。あれは、普段のユースティアナ様のやり取りなのですか?」

「ええ。まったく嘆かわしいことに」

 

 ダクネスがそう答えるが、言葉とは裏腹にその顔は実に楽しそうだ。アキノも、そうでなくては彼等ではないとクスクス笑う始末。

 

「ま、まあユースティアナ様がお許しになられているのならば……」

「認めません」

「え?」

 

 仕方ないのだろうか。そんなクレアの言葉に被せるように、静かに述べた者がいた。ゆっくりと立ち上がると、先程までとは違い無表情で、否、無表情でいようと努めているが不機嫌さを隠しきれない顔で彼女はそう告げた。

 思わず皆がそこを見る。動きを止めたキャルが、目を見開いてカタカタしだしたのを横にいたコッコロはすぐに気付いた。

 

「私は、認めません」

「あ、アイリス様?」

 

 アイリスはそこにいる三人を見る。自身よりも年下の、よく知らない女神を崇めるアークプリーストのエルフ。名誉アクシズ教徒の巫女だとかいう謎の肩書を持つアークウィザードの獣人。

 そして、女神の加護を授かったと嘯いている勇者候補らしい、《冒険者》。

 

「あなた達がお姉様の仲間だなんて、私は認めません!」

「アイリス様!?」

 

 思い返せば、理由は明白であった。

 

 

 

 

 

 

「アイリス?」

「お姉様! これが本当に大切な友人なんですか!?」

 

 三人を、というよりもカズマを思い切り指差しながらアイリスはペコリーヌに問い掛ける。質問の体を取ってはいるが、その口調と表情は間違いなく否定であった。

 

「……カズマ」

「何だよ」

「あんたのせいよ。いつもの調子でしゃべり過ぎ。……どうすんのよ、罰とか与えられたら」

「主さま。確かにペコリーヌさまはそれを望んでおられましたが、いさかかこの場では少々……」

「……いや、分かってた。分かってたんだけど」

 

 いかんせん視界に映る殆どが、普段から気安く接している面々なのだ。ふとした拍子にいつもの調子に戻ってしまっても、ある意味仕方ないと言える。キャルもそれは同意出来たのか、だったら黙ってなさいよと溜息混じりに返していた。

 

「成程。キャルさまの口数が少なかったのは、そのせいだったのですね」

「余計なこと言わない」

 

 ジロリとコッコロを睨んだキャルは、そんなことよりとカズマに向こうを見るよう告げた。何が気に入らなかったのか、など考えるまでもないが、しかしそうなると彼女の不機嫌を直す方法が思い付かない。だからキャルの出した結論は、カズマを生贄にしよう、であった。

 

「いいのか? 俺が口を挟むときっと事態は悪化するぞ。そうなるとパーティーメンバーの連帯責任だ」

「わたくしは主さまのもたらした結果ならば、何であろうと」

 

 本気の目である。だそうよ、というキャルの言葉を聞いて、ちくしょうとカズマは毒づいた。一応言っておくと、自分の身から出た錆である。

 

「えー、っと。申し訳ありませんでしたユースティアナ様。先程は大変無礼な――」

 

 言葉を止めた。ベルゼルグ姉妹がこちらをじっと見ていたからだ。アイリスはどこか値踏みするような視線で、もう一方のペコリーヌは。

 

「――先程はつい普段通りの振る舞いをしてしまいました。ですので、あれは後ほどということで」

「後ほど!? 後ほど何をする気ですか!」

「うぉ」

 

 どことなくしょんぼりしていたので、少し言い回しを変えたのだが、どうやらこれがいけなかったらしい。アイリスが思い切りカズマに食って掛かった。

 何をする気も何も、ああいった軽口はこの晩餐会が終わってからにすると宣言しただけである。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「ま、まさかお姉様にいやらしいことを!?」

「アイリス?」

「……確かにお姉様は魅力的でしょう、あなたのような者が劣情を抱くのも当然。ですが! 王族に、それも私の敬愛するユースティアナお姉様に手を出してただで済むとは思わないことですこの下郎!」

「……何だろう、俺の中で王族って変人なんだなーって思いが固まってく」

「カズマくん、アイリスはすごく良い子なんです。ただ、ちょっと最近は寂しかったみたいで少し――あれ? ひょっとして今わたしも変人に加えられました?」

「お前は元々だよ」

「酷くないです!?」

「あ、違う。あなたは元々です、ユースティアナ様」

「言い方変えても騙されませんからね!」

 

 そんなやり取りに当然ながらアイリスが超反応する。目の光が軌跡を描くような残像を残しながら振り向き、カズマをロックオンする。先程も、そして今も。仲が良さげに話をしている、気安い関係になっている彼を見る。

 そう、コッコロでもキャルでもない。異性のパーティーメンバーであるにも拘わらず同じように気安いカズマを、見る。

 

「何なのです!? あなたは一体何なのですか!? 何故そこまでお姉様と親しげに、気安く話し掛けられるのですか!」

「え? 何でって言われても……もう、一年くらいの付き合いだし。あ、いや、ですので」

「私は十二年の付き合いなのですよ!」

「何の話!?」

 

 意味が分からない。姉に対する言葉遣いが気に入らないのかと思ったが、どうやらそんなことよりも明確な理由があるようにカズマには感じられた。が、それが何かがピンとこないのだ。

 先程までの彼女の言葉を反芻する。その中からこちらへ具体的な文句を抜き出して、とりあえず思い付くのは。

 

「えーっと、アイリス様?」

「何ですか、下賤な者」

 

 敵意バリバリの視線がカズマに突き刺さる。だから別に何もしてねえよ、そんなことを思いながら、彼は出来るだけ平静を装って言葉を紡いだ。

 

「俺はこの身に誓って、ユースティアナ様にいやらしいことをした覚えなどございません」

『えっ?』

「ちょっと黙ってろ」

 

 キャルと、ダクネスと、アキノ。そしてペコリーヌが思わず呟いてしまった。当然ながらアイリスの耳にもそれは届いたわけで。

 彼女の表情がますます険しくなる。信用出来ない、とその顔がこれ以上無いほど述べていた。

 

「ですからアイリス様の心配するようなことは何も」

「信じられません」

 

 ぴしゃりとカズマの言葉を跳ね除ける。そうしながら、どのみち今の貴方の発言は自身の心配を解消するものではなかったと続けた。

 そのまま、自身の苛立ちが何から来ているか分かっていなさそうな目の前の男をアイリスは睨んだ。どうしてそんな、と彼女は小さく呟いた。

 どうしてそんな、安心しきった顔を彼に向けているのですか。口にはせず、彼女の心中だけでそれを叫んだ。

 

「認めません」

「ん?」

 

 だからその代わりに、アイリスは先程と同じ宣言をした。否、先程とは同じ言葉で、違う宣言をした。

 

「あのお二人は友人であると、仲間であると認めてもいいでしょう。不本意ながら、パーティーメンバーであるという点はあなたも認めざるを得ません」

「は、はあ。それはどうも……?」

「それでも私は認めません! あなたのような男が、お姉様の隣にいるなんて!」

「そんなこと言われても……俺もあいついないと困るんで」

 

 勿論パーティーメンバー的な意味で言っている。友人として、仲間としてという意味で言っている。普段ならば、それはそれとしていやらしいことは当然考えないはずもないが、現状死刑と直結しそうなので頭から投げ捨てている。だからカズマとしては珍しく、下心のない純粋な言葉であった。

 勿論アイリスはそういう意味で取ってはいない。一瞬だけ目を伏せると、次の瞬間には目の据わった表情で真っ直ぐにカズマを睨み付けた。

 

「絶対に、絶対に認めません! 私は、あなたをお義兄さまなどと呼ぶわけにはいきません!」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 




うわっ…アイリスのカズマへの好感度、低すぎ…?


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その66

カズマvsアイリス


 カズマにとってよく分からないアイリスの謎宣言の辺りで晩餐会も締めに向かう。当然料理の大半は第一王女の胃袋に消えたが、それとは別に、アイリスも出された料理をきちんと平らげていたのにはカズマも思わず目を見開いた。

 

「この手の料理とか、貴族とかお偉いさんは普通に残すイメージあったけど、違うんだな」

「そりゃそうでしょ。第二王女の姉はあれよ?」

 

 キャルにあれ扱いされたペコリーヌは、今日この後どうするのかをクレア達と話し合っている。ダクネスとアキノは当然自身の王都にある別邸へ帰るのだが、そんなものは持ち合わせていない自分達は果たして帰るか、どちらかの屋敷に泊まるか。

 

「……なあ、キャル、コッコロ」

「なによ」

「どうされました?」

「何であいつ城に泊まろうとしてないんだ?」

 

 ペコリーヌの本名はユースティアナ、ここベルゼルグ王国の第一王女だ。つまり今いるこの場所、王城は彼女の実家なわけで。

 ふう、とキャルが息を吐いた。そんなこと知るか、とバッサリ切り捨てた彼女は、しかし言葉とは裏腹に何かを心配するような表情を浮かべていた。

 

「……まあ、あんまり長居したくないんでしょ」

「あいつもかよ……」

「ペコリーヌさまも、キャルさまのように何か故郷に悩みをお持ちなのでしょうか……」

 

 アイリスに押し切られ城に泊まることになったらしいペコリーヌを見る。表情を見る限り何か問題があるようには見られないが、こちらの考えが合っているのならば。

 と、そんなことを考えているカズマと向こうにいたアイリスの目が合った。途端に表情をむくれたものに変えると、彼女はんべぇと舌を出す。傍らに控えていたレインにはしたないですよと咎められ、ごめんなさいと謝っていた。ペコリーヌも謝っていた。

 

「あの、ユースティアナ様……あまり、出過ぎたことを申し上げたくないのですが」

「はい」

「出来れば、アイリス様に悪影響を及ぼすような言葉遣いや態度は控えていただけると……」

「……はい」

 

 城を出て様々な人々と出会い、老若男女、荒くれ者問わず騒いで暴れて食事を共にしてきたペコリーヌのそれは、どうやらあっという間にアイリスに浸透したらしい。勿論ユースティアナとしての態度を崩してはおらず、レインの指摘は少し的外れではあるのだが。それでも妹に語って聞かせる『ペコリーヌ』の話は王族にとってそういう扱いになるわけで。

 

「お姉様、申し訳ありません。私がいたらなかったばかりに」

「アイリスのせいじゃありませんよ。わたしがここでの振る舞いを忘れていたのが原因ですから」

 

 そう言ってペコリーヌはアイリスに笑い掛ける。その表情を見て、姉の言葉に含まれたそれを理解したアイリスは、そういうことならば仕方ありませんねと微笑んだ。そうしてお互いに顔を見合わせ、クスクスと微笑む。

 

『やばいですね☆』

「ほらそれぇ!」

 

 思わずツッコミを入れてしまったレインは、次の瞬間我に返ると咳払いを一つ。言い直してはいたが、既に手遅れであった。クレアはアイリスのやばいですねにヤバいくらい興奮していた。

 

「……なあ」

「杞憂だったのでしょうか」

「だと、いいけどね」

 

 とりあえず自分達も城に泊まることになりそうだ。ペコリーヌの会話を聞きながら、三人は妹と笑い合う彼女の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 翌日。目が覚めたカズマは、視界に映る景色が豪華絢爛であったことに目を見開いた。次第に頭が覚醒していくと、ああそういえば自分達も何だかんだで城に泊まったのだと思い出す。

 コンコンというノックの音に返事をすると、執事らしき男性が朝食を運んできた。普段食べるものとはまた違うそれを見て、新鮮な野菜なので攻撃力が高いという注意を聞いて、流石王城と謎の驚きを感じていた。

 

「……まあ、初心者殺しも食ってるしな」

 

 今更食材が攻撃してくることに驚きはしない。ビチビチと暴れる朝食を麻痺らせ、カズマは何事もなかったかのように食事を取った。そうしながら、コッコロ達はどうしているのだろうかと窓の外に視界を移した。

 そのタイミングでノックが響く。何だあいつら来たのか、そんなことを思いながら、カズマはどうぞと適当な返事を。

 

「おはようございます不届き者。さあ、勝負を行いましょう!」

「……えぇ……」

 

 第二王女アイリスが部屋に入ってくる。これ大丈夫なやつ? と後ろに控えているレインとクレアに視線を向けると、どこか諦めたような表情で視線を逸らされた。

 しょうがない、と立ち上がったカズマは、とりあえず着替えるので一旦出てくれと三人に述べた。素直に退室するアイリス達を見ながら、彼はよし、と口角を上げる。

 手早く普段の格好へと着替えたカズマは、しかしそのことを告げず、着替えにもたついているふりをしながら扉の向こうにいるであろうアイリスへと声を掛けた。

 

「それでアイリス様? 一体何の勝負をすればいいんですかね?」

「……そうですね。とりあえず、あなたの好きな項目で構いません」

「……そうか。じゃあ」

 

 ゆっくりと窓を開ける。バインド用のロープを使って脱出口を作り上げると、彼は素早くそこから逃げ出した。

 

「鬼ごっこと行こうか!」

 

 え、とアイリスが声を上げるがもう遅い。ロープを回収し窓から外へ抜ける手段を潰したカズマは、そのまま一目散に逃げ出した。一応宣言した以上、城から逃げるのはマズいだろうが、この広さだ。適当にその辺をぶらついていれば向こうも飽きるだろう。そんな考えを持ちつつ、とりあえずみんなと合流しようかと彼女達のいるであろう部屋を。

 

「逃がしません!」

『アイリス様!?』

「――は?」

 

 跳んだ。城の窓から王女が紐なしバンジーを決行したのだ。小さな体が空中へと投げ出され、そしてゆっくりと自由落下していく。コッコロとそう変わらない少女が、カズマの目の前で落下していく。

 

「せめて始めの合図をしてから逃げるべきでしょう! 卑怯者!」

 

 その途中で壁を蹴りながら三次元跳躍をして無事着地した。目の前の光景に頭がついていかなかったカズマは、思わず窓を見て、そしてつかつかと歩いてくるアイリスに視線を戻し。

 

「……なんじゃそりゃぁ……」

 

 ガシリと万力のような力で腕を掴む少女の理不尽さを、身を持って体験したのである。

 そのまま彼は彼女にズルズルと引きずられ、では最初の勝負は私の勝ちですねと楽しそうに歩みを進めていく。そうして辿り着いたのは城の中庭。東屋のようなそこには、先程合流しようとしていた面々がメイド達にお茶を振る舞われていた。

 

「あ、やっと来たわね」

「おはようございます、主さま」

「おいっす~☆ カズマくん」

「……おう」

 

 準備は万端らしい。だったら最初の勝負なんだったんだよと思わなくもないが、三人の様子を見る限り、それとこれとは別なのかもしれない。第一王女のお茶会の可能性だってある。その場合、カズマはハブられたことになるが。

 

「お姉様」

「どうしました? アイリス」

「私も先程お姉様がやっていた挨拶をしてみたいです」

「……」

「いやこっち見られても」

 

 キャルがぺし、とペコリーヌの顔をアイリスへと向けさせる。やればいいじゃない、と投げやりに返しながら、彼女は冷めた紅茶を一口飲んだ。

 

「……クレアとレインには、内緒ですよ」

「はいっ!」

「では、アイリス、おいっす~☆」

「お姉様、おいっすー!」

「……ユースティアナ様ぁ……」

「あ」

 

 即バレである。窓から飛び出したアイリスがこちらに向かうのを上から確認した二人は、慌てて追いつこうと駆けてきたらしい。流石に息が切れるほどではなかったが、それでも少々の疲れが見えた。精神的なものだろう。目の前の挨拶とかで。

 

「あ、クレア、レイン。おいっすー」

「お止めくださいアイリス様! ユースティアナ様も、市井で身に付けた粗暴な言葉を教え込むのはお控えくださいと昨日申し上げたではないですか!」

「今のは駄目でしたか。やばいですね☆」

「でぇすぅかぁらぁ!」

 

 涙目である。流石にこれ以上は駄目だ、とペコリーヌはレインに謝罪をし、アイリスにもその辺にしましょうと述べた。教えた自分が悪いのだが、出来るだけ今の言葉は使わないようにと彼女へ続けた。

 

「……あの、ユースティアナ様。それはそれとして、そうやってこちらにポンポン頭を下げられると、木っ端貴族の私としては非常に心臓に悪いのですが」

「あ、ごめんなさい。つい普段の癖で」

 

 普段何をやっているのか、と気にはなったが、恐らく聞いたら意識が飛びそうなのでレインはぐっと堪えた。油断した、こんなことならば背景に溶け込んでおくべきだった。そんなこともついでに思った。

 

「クレア様。後はおまかせしても……?」

「それは構わないのだが。大丈夫ですかレイン」

 

 一歩どころか思い切り下がる。そんな彼女の様子を心配はしたが、本人が気にするなと言うのだから仕方がない。クレアはそう結論付け、傍らでお目付け役として様子を見守ることにした。

 

「では、気を取り直して。勝負です!」

「はいはい。で、何をすればいいんですかね?」

 

 ビシィ、とカズマを指差し宣言する。そのセリフ二回目だぞ、と思いながら、彼は割と投げやり気味にそう返した。コッコロとキャルは何事だと二人を眺め、ペコリーヌはあははと苦笑している。

 そんな状態で、アイリスは机の上に置いてあったものを一つ取る。アクセルの街でも見たことのあるボードゲームの駒だ。酒場でよくキャルをカモにしていたやつである。

 

「本気でやってもいいんだよな? あ、ですよね?」

「勿論です。それと、窮屈ならば無理にかしこまる必要もありません」

「お、いいのか?」

「いいわけないだろう馬鹿者!」

 

 クレアからの物言いである。とはいえ、当の本人であるアイリスが許可を出した上に、コッコロやキャルにも同じ言葉を告げていたので、彼女としてはそれ以上は強く出れない。ぐぬぬ、と唸りながらも渋々引き下がった。

 

「悪いわね、うちの馬鹿が」

「クレアさま、主さまは少し変わった部分もありますが、本質はとても素直で善性なお方ですので……どうか」

「あ、ああ、いや。こちらこそ申し訳ありません、少し取り乱してしまったようで」

 

 カズマの態度や行動を見ていると、こちらの二人は非常にまともだ。思わずそんなことをクレアは思ったが、ならば何故あの男とパーティーを組み続けているのかという疑問も同時に湧いてくる。

 答えは簡単で、この二人もある意味まともではないからなのだが、幸か不幸か彼女はまだそれを知らなかった。

 

「カズマくんカズマくん」

「はいはいカズマですけど。何だよペコリーヌ」

「アドバイスというか、忠告というか。……多分カズマくん負けますよ」

「言ったなコノヤロー。見てろよ、お前の妹を今からこてんぱんに」

 

 ゲームが始まる。コツコツと駒を動かす音が静かに響き、そして一時間経つか経たないか辺りで勝敗は決した。

 カズマの負けである。

 

「コテンパンにされてんじゃない」

 

 はぁ、と盤上の様子を見ながらキャルが呆れたように述べる。何を言ってもダメージになりそうだと判断したコッコロは沈黙を貫いた。

 

「うるせー! 俺に毎回ボッコボコにされてるやつが偉そうにドヤ顔しやがって。お前が勝ったんじゃないんだぞ? そこんとこ分かってますかー?」

「分かってるに決まってんでしょうが。負けたからって八つ当たりしてんじゃないわよ! あんたが負けたのは事実でしょうが」

「はん。見てろよ、この手の真剣勝負は三回勝負のマッチ戦だと相場が決まってんだ。今の勝負で大体分かったからな、次は勝つ」

「とか言っちゃってるけど、アイリス様はそれでいいわけ?」

「はい、構いませんよ。次も私が勝ちますので」

「言いやがったな! ペコリーヌの妹だからって容赦しねーぞ!」

 

 そんなわけで二回戦である。何が大体分かったのか傍から見ている面々にはさっぱり分からないが、ともあれ皆が見守る中お互い駒を順繰りに動かしていき。

 当然のように、カズマが負けた。

 

「知ってた」

「黙れクソ雑魚」

「負けといて逆ギレしてんじゃないわよ」

 

 うがぁ、とバンバン机を叩くカズマは非常に醜い。アイリスもそんな彼をやれやれと呆れたような表情で眺めていたが。

 ふと視線を横に向ける。彼女の姉が、そんなカズマを見て楽しそうな表情を浮かべていた。安心しきった顔をしていた。自然体の笑顔を見せていた。

 

「……」

「アイリス? どうかしました?」

「お姉様は、この結果を見てどう思われたのですか?」

「へ? やっぱりアイリスは強いですねって」

 

 そこに偽りはない。ペコリーヌは間違いなくアイリスの勝利を喜んでくれている。

 だが、カズマの敗北についてはそれほど何も考えてはいない。正確には、そこに拘っていないというべきか。その部分がアイリスとの感じ方の差異であり、彼女の納得できない箇所でもあった。

 

「お姉様は、カズマさんの敗北をどう思われたのですか?」

「え? やっぱり負けちゃいましたかって思ったくらいですけど」

「聞こえてんぞペコリーヌ!」

「あはは、バレましたか。でもわたし、最初に言いましたよね? カズマくん負けますよって」

「ああそうだよ、予想通り負けましたよ! 満足か!?」

「もう少し粘って欲しかったですね」

「ざけんな」

 

 ギャーギャーとペコリーヌに食って掛かるカズマを、アイリスはじっと見ていた。正確には、カズマと姉、両方を見ていた。楽しそうに騒ぐユースティアナを、見ていた。

 勝負をして、あの男が大したことない存在だと見せ付ければそれで大丈夫だと思っていたのに、どうして。段々と表情が不機嫌になっていくのを自覚しながら、アイリスは心の中に生まれたモヤモヤを処理しきれず小さく唸った。

 ガタン、と立ち上がる。何事だ、と皆の視線が自身に向くが、アイリスは気にしたふうもなく先程と同じようにカズマに指をビシリと突き付けた。

 

「これで勝ったと思わないことです! 覚えていなさい!」

 

 まるで三流悪役のような捨て台詞を吐きながら、アイリスはそのまま駆けていく。クレアが慌ててそんな彼女を追いかけた。

 そうして残されるカズマ達と色々諦めたレイン。

 

「ところで」

「どうされました? 主さま」

「一体何がどうなってどういう理由で勝負してたんだ?」

「いやあんたが知らないのにあたし達が知ってるはずないでしょうが」

 

 ぽつん、と残されたボードゲームを眺めながら、ペコリーヌもはっきりとした理由はよく分からないですけどと呟いた。そうしながら、ちらりとレインに視線を移す。何とも言えない表情を浮かべていたので、向こうは事情を察しているのかと何となく理解はした。

 

「とりあえず、カズマくん」

「ん?」

「暫く定期的に勝負を挑まれると思いますけど、頑張ってくださいね」

「……王女の遊び相手だと思えば、まあ」

 

 そのレベルじゃなくなったら流石に止めるから大丈夫です。レインがそう付け加えるのを聞いて、カズマは割と本気で王城から抜け出そうかと画策しかけた。

 

 




まだ認めない。


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その67

ペコ話。


 これは夢だ。あの時の、記憶の夢。

 目の前の教育係の魔術師は、困惑を隠せていない。少々お待ち下さいと言ったきり、その日魔術師は帰ってこなかった。翌日も、その次も、思い付く方法や調査を行ったが、それが覆されることはなかった。

 父も母も、そんな自分を咎めない。才能がないと言われたも同然なのに、以前と変わらぬ接し方をしてくれる。

 ならば、と必死で頑張った。そこが欠けているのならば、それ以外で補えばいい。そう決意して、今まで以上に訓練を、特訓を、勉強を重ねた。

 転機は、妹が王族としての教育を始めてからだ。彼女は非常に優秀だった、まだ幼いながらに、魔法も剣術も才能に満ち溢れていた。教育係もこぞって妹を褒め称え、流石は勇者の末裔だと持ち上げる。

 そんな妹を嫌うことが出来ればよかった。憎むことが出来れば楽だった。姉である自分を慕い、笑顔を見せる妹を、嫌うことなど出来なかった。せめてみっともない姿を見せないようにと努力は続けていたが、それは彼女が見えなくならないためにもがいていただけだ。

 限界が来た。認められないものを、ただ誤魔化すためのそれを続けるには、自分は弱すぎた。日に日に成長していく妹を見るのが、彼女の望んだ姉でいようとするのが、辛くなった。

 

「なんだ、吹っ切れたのか?」

 

 殆どの教育係が妹に掛り切りの中、いつまでもこちらについてくれている物好きの彼女がそんなことを述べる。同じく物好きのもう一人が、そんな彼女を見てやれやれと肩を竦めていた。

 

「まあ、肩の力を抜くのは賛成だ。最近は無駄が多過ぎて随分つまらなかったからな」

「……無駄、ですか」

「ああ、無駄だ。アイリス様と一体何を比べているのかは知らんが、姫様の強みはそこじゃない」

 

 くつくつと笑う彼女を見て、思わず顔を顰めた。何を言っているのかと、こんな出来損ないの自分に、一体何の強みがあるのかと。思わずそう詰め寄ったが、当の本人はまるで動じることなく笑みを強くさせた。

 

「分からんのならば、ワタシから言うことはない」

「なんで……?」

「教えられて、それでどうする? ああそうなのかと納得しておしまいか? くだらん」

「クリスちゃん」

 

 様子を見守っていたもう一人が咎めるように彼女の名を呼ぶ。呼ばれた方はふんと鼻を鳴らすと、だったらそっちは伝えるのかと問い掛けた。

 う、とそのもう一人は、鎧姿の女性は言葉を濁す。それだけで十分だ。つまり彼女も、言うつもりはないということだ。

 

「……それは、ユースティアナ様が、自分で到達しなければいけない」

「そういうことだ。残念だったな姫様」

 

 からかっているのだろうか。そんなことすら考えた。王族として、致命的に足りていない自分を馬鹿にするために、わざと期待させるようなことを言って、がっかりさせようとしているのではないか。

 そんな考えを見透かしたのだろう。クリスティーナが、呆れたような顔で拳骨をお見舞いしてきた。横にいるジュンも、その行動を咎めない。

 

「拗ねるのも腐るのも勝手だがな、姫様。信頼を裏切るマネはするな、王族ならば尚更だ」

「……クリスティーナが言っても説得力ありませんよ……」

「ぶふっ」

「はっはっは。言うじゃないか。――さて、少しはマシな顔になったことだし」

 

 少し厨房にでも突撃してお菓子でもかっさらうか。今日の訓練メニューはこれだといわんばかりに堂々とそう宣言する彼女を見て、思わず笑った。

 

 

 

 

 

 

「……結局、吹っ切れなかったんですけどね」

 

 目を覚ましたペコリーヌは、夢のことを思い出しながら一人ぼやく。久しぶりに見た気がする、そんなことを思いつつ、ベッドから起き上がるとのろのろと着替えを始めた。

 

「ユースティアナ様……あの、お着替えでしたら私達が」

「……気にしないでください。どうせ暫くしたら、再び冒険者に戻るので」

 

 部屋に入ってきたメイドにそう返し、ペコリーヌは朝食を食べる。気分は大分滅入っていたが、それでも食べないという選択肢はない。綺麗にそれを平らげると、皿を下げるメイド達をぼんやりと見ながら今日のことを考えた。

 当分は、アイリスがカズマを構うので城暮らしだろう。とりあえず一週間ほどを目処に、向こうの機嫌を見ながら帰る画策でも立てようか。

 

「……帰る、か」

 

 呟く。自分の生まれた場所はここなのに、帰る場所は別にある。それは、ついこの間キャルが言っていたことを反芻するかのようで。

 違う、とひとりごちた。彼女は、きちんと自分の居場所だから、自信を持ってそう言えた。戻りたいのに、戻りたくない。留まりたいけれど、逃げ出したい。そんな思いを持っている自分とは、決定的に違う。

 

「駄目ですね……後ろ向きなことばかり考えちゃいます」

 

 よし、と頬を張った。気合を入れ直し、いつものペコリーヌに戻ろうと深呼吸を一つ。

 そのタイミングで、部屋の外が騒がしいのに気が付いた。何やら部屋の外にいた警備の兵士と誰かが揉めているらしい。

 

「どうしたんでしょうか……」

 

 扉へと近付く。そのまま開けても良かったのだが、一応念の為に様子を窺ってからにしようと彼女は外の声に耳を澄ませた。

 

「だーから、俺はパーティーメンバーに会いに来ただけだっつーの」

「第一王女の寝室に踏み入ろうとした言い訳がそれか? この不審者め」

「言い訳じゃなくて事実なんですけどぉ! ああくそ、こんなことなら先にコッコロ達と合流するんだった」

「カズマくん?」

 

 聞き覚えのあり過ぎる声であったので、ペコリーヌは扉を開く。兵士が驚き、いけませんと彼女を守るように立ったが、当の本人は何ら脅威を認識していない。ひょこ、と兵士の横から顔を出し、そこに立っている少年の顔を確認し笑みを浮かべたほどだ。

 

「カズマくん、おいっす~☆」

「おう、おはようペコリーヌ。早速だけどそこの兵士説得してくれ」

 

 自分越しに親しげに話を始める二人を見て、兵士は困惑顔を浮かべた。そのまま、彼が本当にペコリーヌのパーティーメンバーだということが分かると、申し訳ありませんとそこからすぐさま退く。

 

「いえ、話は聞いていたのですが……まさか、こんな」

「おい俺の顔に何か文句あるなら聞こうじゃないか」

 

 兵士は無言を貫いた。ジト目で暫しその兵士を見ていたカズマであったが、まあいいやとペコリーヌに向き直る。元々用事があるのは彼女にだ。

 

「それで、一体どうしたんですか?」

「いや、あの妹様が朝一で俺の部屋に来てな」

 

 今日は教育係による授業があるので、勝負はその後に。そんな宣言をわざわざしてから去っていくアイリスを見ながら、彼は実はあいつ暇なんだろうかと思ったりもした。

 ともあれ、そういうわけで昼間は特にやることがないので、暇潰しがしたいとカズマは述べた。

 

「あはは、いいですよ。キャルちゃんとコッコロちゃんも一緒ですか?」

「ん、ああ。お前の許可を取ってから行こうと思ってた」

「わたしの許可、ですか」

「そうそう。どうせだから、城のガイドでもしてもらおうかってな」

「ユースティアナ様を、王女様を案内役にするつもりか!?」

 

 後ろで聞いていた兵士が叫ぶ。が、カズマはそんな兵士を一瞥し、わざとらしく肩を落とすとそうだったのかと呟いた。

 

「そうだよな。一国の王女をそんな気軽に誘っちゃ、駄目だよな。俺みたいなのが近付いていい立場じゃないもんな」

 

 軽いノリの、いつもの軽口である。少なくともカズマはそのつもりで、普段であったらこのノリに参加してくれるであろう彼女の反応を待つつもりであった。

 

「――あ、あ」

「え?」

 

 顔面蒼白でカタカタ震えられたことで、カズマも一瞬動きが止まる。一体どうした、何がどうなってこうなった。そんなことを考える暇もなく、状況を飲み込む時間すらなく。

 

「いやっ! いかないで! 離れないで!」

「へぁ!?」

 

 縋るようにペコリーヌが抱きついてきたことで、彼の頭は真っ白になった。朝の、王城の、廊下のど真ん中で。第一王女がどこの馬の骨か知らぬ冴えない顔の男に抱きついて、あまつさえ離れないでと来たもんだ。

 そうでもなくともスタイル抜群の美少女が思い切りこちらに体を押し付けているわけで。カズマの頭が真っ白になっていなければ、今頃王女にとんでもないものを当てた罪で即座にギロチンされていたに違いない。

 

「とりあえず、はなれてくれませんか」

 

 ふるふる、と首を横に振られる。いやもう限界なんですよとカズマは思うが、それを口にするわけにもいかず、ああもうとヤケクソ気味に叫んだ。

 

「別に逃げねぇよ。そもそも、こないだも言っただろうが、お前にはいてもらわないと困るって」

「――ほんとう?」

「本当本当。カズマさん嘘つかない」

「……いっつも嘘ついてるじゃないですか」

 

 もう、と小さく呟きながら、ペコリーヌはゆっくりと離れた。俯いたまま、彼女はごめんなさいとカズマに述べる。いや正直こっちとしてはおっぱいありがとうございますなんですが。そんな最低な返事が思い浮かび、違うだろと飲み込んだ。

 

「ごめんなさい。ちょっと夢見が悪くて、取り乱しちゃいました」

「ちょっとどころじゃない取り乱しようだったけどな」

 

 カズマがそう言うと、彼女はあははと苦笑する。後ろで血の気が引いている兵士に、大丈夫です、心配いりませんと告げると、そのまま彼の手をとってペコリーヌは歩き出した。では行きましょうとカズマに述べた。

 

「行くって、どこに?」

「まずはキャルちゃんとコッコロちゃんと合流ですよね。その後、王城の案内を」

「……あー、はいはい」

「違いました?」

「いや、別に」

 

 多分今聞いても無駄だな。そう判断したカズマは、さっきの彼女のことは一旦忘れることにした。おっぱいの感触は魂に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、レイン」

「どうされました?」

 

 歴史の授業を受けていたアイリスは、彼女の話を聞きながらふと思うことがあり問い掛けた。今まで気にしていなかった、あるいは気付いていなかったことを口にした。

 

「私の魔法や剣術の才も、勇者の血統が下地にあるから、でしたよね?」

「はい。魔王を討伐した勇者を婿にという話も、単に勇者への褒美というだけではなく、王家の力を高めるという意味合いもありますから」

 

 何か気になることでもありましたか。レインがそう続けると、アイリスは少しだけ難しい顔をした。言っていいものか少しだけ迷った。

 だが、自分から言いだしたことだ。ここで飲み込んでも、それはきっと残り続ける。ならば今ここで。

 

「実は。私は、お姉様が魔法を使っているところを見たことがないのです」

「……」

「私の記憶の中のお姉様は、常に剣を持って、近接戦闘を行っていました。私が学んだ魔法はどれも強力で、ともすれば巻き込んでしまうと考えていたのだろうとは思うのですが」

 

 ひょっとして、何か他にも理由があるのではないか。そう続けて、アイリスはレインの反応を見た。彼女ならば何か知っているのではないかと、その表情を見た。

 明らかに動揺している。言ってはいけないという思いと、王女であるアイリスへの質問に答えなくてはならないという考えに挟まれ、にっちもさっちもいかない状態になっているのがよく分かった。

 

「わ、私も、詳しくは知りません。その話を聞いた当時はまだ教育係にもなっていない、ただの見習い魔術師でしたから」

「当時?」

「……アイリス様がお生まれになった頃の話です。ユースティアナ様も、今のアイリス様同様に様々な勉強をされていたそうなのですが」

 

 それまでの教育係が、突如変更されたらしい。今までの王族の教育と違うものになり、そしてその特異性から、彼女の教育係となったのはごく少数に留まったのだとか。

 

「私がユースティアナ様と初めてお会いしたのは変更後のことでしたので、一体何があったのかは知りません。というのも、その、肝心の事情を知っている教育係というのが」

「……クリスティーナ」

「はい。クリスティーナ様も、ジュン殿も。そういったことをペラペラと話すような方ではありませんから」

 

 飄々と人を喰ったような性格をしているが、己の定めている一線は越えない。それがクリスティーナという人物であり、だからこそ普段あれだけのことをしでかしているにも拘らず、彼女の信頼はそれなりに厚い。もっとも、ストッパーでもあるジュンの存在も大きいだろうが。

 

「そうですか……。それならば、仕方ありませんね」

 

 しゅん、と少しだけ肩を落としたが、しかしアイリスはすぐに顔を上げた。自分はこれまでの王族と同じ教育をされている。姉だけが、特別なのだ。それはきっと、自分の想像もつかない隠された秘密があり、そしてそれこそが今の輝かしいユースティアナを形作っているのだ。そう彼女は結論付けた。

 

「やはりお姉様には敵いませんね」

「アイリス様は、素晴らしい才能をお持ちですよ」

「でも、それはあくまで普通の範疇です。王族として、当たり前のものでしかありません。特別な教育を受けたお姉様とは違います」

「……そう、ですか」

 

 目の前の第二王女は、どうも自身を過小評価するきらいがある。ララティーナやアキノほどではないが、姉妹とそれなりに付き合いのあるレインからすると、こういうところはそっくりだと少しだけ苦笑した。ユースティアナ第一王女も、どこか自虐的で、過小評価が過ぎるところがあった。

 そうしてお互いがお互いを、自分の上だと信じて疑っていない。

 

「さあ、授業の続きを行いましょうか」

「はい! お姉様に置いていかれないように、頑張ります」

 

 それとあの不届き者、あれだけは叩きのめさねば。余計な気合を入れるアイリスを見ながら、レインはほんの少しだけ言いかけたそれを飲み込み、奥に沈めた。

 噂だ。真実がどうなのかは、きっと自分には分からない。国王陛下や、教育係のあの二人や、あるいは幼少からの付き合いであるララティーナやアキノくらいしか知らないのかもしれない。だから、徒に彼女の気分を害するようなそれを、言うべきではないのだ。

 どのみち、その噂もすぐに立ち消えた。だからきっと、根も葉もないものだったのだ。

 

 第一王女は、ユースティアナは。ベルゼルグの、勇者の血統を持ち合わせていながら、その証である勇者の魔法が使えない出来損ないだ。――なんてものは。

 

 




コンセプトは勘違いもの(多分)


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その68

シリアスが長続きするわきゃない


 結局、あの時のことについて聞く機会は訪れなかった。カズマも無理に急ごうとは思っていなかったので、とりあえずチャンスが巡ってき次第、などと考えていた。

 そんな翌日のことである。

 

「はい、主さま。あーんでございます」

「あーん」

 

 なんだこれ、と朝食を用意したメイド達はドン引きした。が、それを決して表情には出さない。彼女達はプロなのだから。

 目の前では年端も行かないエルフの少女に甲斐甲斐しくお世話をされている一人の少年が。彼の趣味なのかと一瞬思ったが、どうやらこれを望んでいるのはむしろ。

 

「なあ、コッコロ」

「はい?」

「一応聞いておくが、話は通してあるんだよな?」

「勿論でございます」

 

 確かに聞いたけど、思ってたのと違う。メイド達はそうツッコミを入れたかったが、こらえて鋼の精神で佇んでいた。それならいいんだけど、と流すカズマを見ながら、よくねぇよと追加のツッコミを行う。

 そんなカオスな空間にノックの音が響く。ああよかった、この空気を変えるきっかけが来てくれた。そんなことを思いながらカズマの返事に合わせ扉を開き。

 

「おはようございます。ギロチンと火炙り、どちらがお望みですか?」

「おい朝食選ぶみたいな気安さで人の処刑を選択させに来やがったぞこの王女」

 

 目が据わっている第二王女アイリスがずかずかと入ってきたことで希望なんか無かったと諦めた。表情は変えない。プロの鑑である。

 ともあれ、アイリスが今にもカズマに掴みかからん勢いでこちらに歩いてきたことで、コッコロが瞬時に警戒態勢に入った。二人の間に体を割り込ませ、何の御用でしょうかと彼女に問い掛ける。

 アイリスはアイリスで、本気の目をしたコッコロを見たことで幾分か暴走が抑えられたらしい。こほん、と咳払いをすると、失礼しましたと謝罪し一歩下がる。目は据わったままだ。

 

「で、朝から一体どうしたんだよアイリス様」

「どうしたもこうしたもありません。あなたは私が勉強している間、お姉様に何をしたのですか!」

「はい?」

 

 がぁ、と捲し立てるアイリスを見ても、その話を聞いても、カズマにはいまいちピンとこない。お姉様、すなわちペコリーヌに一体何をしたかと言われれば、思い当たるのは。

 

「昨日城の案内を頼んだことか? それなら本人は了承済みで」

「違います! お姉様はそのような頼みは快く引き受けるだろうと承知の上なので、そこは別に問題ありません。……本当に心当たりが無いのですか?」

 

 表情が怪訝なものに変わる。しかし確かに見たという証言が、とぶつぶつ呟き始めたのを見て、カズマの表情も怪しいものを見る目に変わっていった。

 

「主さま」

「ん?」

「アイリスさまが嘘を吐いているようには見えませんし、何か誤解が生じることがあったのでは?」

「誤解ねぇ……」

 

 ひょっとしてあれか、とカズマは一人眉を顰めた。彼女のそれが、ペコリーヌが突然取り乱したあの時のことを言っているのだとしたら。その理由は分かっておらず、後でいいやと今朝考えたばかりだ。まさかこんなすぐに弊害が来るとは。そんなことを思いながら、彼はアイリスに説明をしようと手を伸ばし。

 

「では、昨日の朝――お姉様の部屋の前の廊下で抱き合っていたというのは、嘘なのですね?」

 

 引っ込めた。あ、これアカンやつだと瞬時に覚った。そうか、そういう認識されちゃったか。一人納得しながら、では誤解だと説明するために思考を巡らせる。

 こちらに振り向いたコッコロが、そんなカズマの顔を見て何かを納得したように頷いた。

 

「アイリスさま」

「どうしました?」

「アイリスさまがお聞きになった話は、恐らく何らかの誤解や偶然で起こったもので、主さまがそのような行為に走ったということではありません」

「……どうして、分かるのです?」

「わたくしは主さまのガイド役ですので。それに、これでもわたくし、ペコリーヌさまのお友達でもありますから」

 

 ユースティアナの友人。そのパワーワードを放たれると、アイリスはぐぬぬと唸り一歩下がる羽目になる。少なくとも彼女と、そして今ここにいないもうひとりはアイリスとしても認めているからだ。カズマは何だかんだまだ認めていない。

 

「……まあ、そういうわけなので。俺は無実だ」

「あなたは信用できません。……ですが、コッコロさんのことは信用します」

 

 実際にそういう状態になっていたとしても、そこには理由があり、そしてその理由はアイリスがここに乗り込んできた時に考えていたような下世話なものではない。とりあえずそう結論付け、仕方ないと渋々彼女は引き下がった。

 

「……では、私は今から授業があるので。昼から話の続きと、今日の勝負を行います」

「もう話すことはないぞ」

「私があるのです」

 

 ジロリとカズマを睨んだアイリスは、ではごきげんようと一礼すると退室していく。入り口で見守っていたレインが、心底ホッとした顔でその後を追いかけていった。

 そうして扉が閉まり、メイド達も他の仕事があると退室していった部屋には、カズマとコッコロの二人が残される。

 

「主さま」

「ん?」

「それで、一体何があるとペコリーヌさまに抱きつかれる事態になるのですか?」

 

 詳しい事情を聞いて、対処できるように。そう考えたのか、コッコロはカズマにそう問い掛けていた。が、彼は彼でその質問には答えられない。なにせ、彼自身が理由を分かっていないからだ。

 仕方ないので、とりあえず夢見が悪かったらしいというペコリーヌの話をそのまま彼女に伝えることにした。

 

「夢見、でございますか」

「ああ。……どうかしたのか?」

「いえ、少し気になることが」

 

 夢が原因ならばこちらの専売特許だ。夢の女神アメスを信仰するコッコロにとって、それはごく当たり前に辿り着く話である。

 視線をカズマに戻した。だが、自身の主である彼がその方法を取らない、あるいは女神から何も受けていないのならば、原因そのものは他に存在する可能性がある。

 

「考えてるところ悪いが、何か言い訳っぽかったぞ」

「では、やはりそれが直接の原因ではないと主さまはお考えなのですね」

「そりゃな」

 

 肝心の部分が分からないが。そんなことを言いながら、とりあえずここで話していてもしょうがないだろうとカズマは立ち上がる。コッコロも察したのか、確かにそうですねとそれに続く。

 

「キャルんとこ行くか」

「はい。参りましょう」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

「何? 今度はあんた達?」

 

 キャルのいる部屋へと向かった際の第一声がそれである。なんのこっちゃと二人して首を傾げていたのを見た彼女は、はぁと小さく溜息を吐きながらまあ座れとテーブルを指した。メイドがいたりはしないのでお茶は出ない。

 

「ちょっと前までペコリーヌがいたのよ」

 

 そう言いながら、その時のことを思い出し表情を曇らせる。何かあったのですかとコッコロが尋ねると、別に大したことじゃないんだけどとキャルは返した。そう言いつつ、どこか難しい表情を浮かべたままだ。

 

「あいつ、あたしに聞きたいことがあるって来たのよ」

「それ、俺達が聞いてもいいやつか?」

「別に口止めされてないもの。それに、多分あんた達がここに来た理由とも関係するんじゃない? 知らないけど」

「と、申されますと?」

 

 もう一度溜息。そうした後、キャルは彼女の質問を口にした。キャルちゃんは、自分の家族のこと、好きですか? 普段の彼女らしからぬ表情のその質問を受け、キャルは一瞬だけ面食らった。

 が、ここ最近のペコリーヌの様子を鑑みて、詳しくは分からないが何となく事情を察し。

 

「まあ、普通に嫌いだけど。って答えたわ」

「うわぁ……」

「あの、キャルさま……それは」

「しょうがないじゃない! あいつの望んでた答えじゃないのは分かってるわよ。でも嫌いなもんは嫌いなのよ」

 

 言い切った。照れ隠しとかそう言いつつも実はとはそんなものは何もなく。本当に、心の底から普通に嫌いなのが彼女の言葉から伝わってきた。

 

「うちの両親はね、典型的な駄目なアクシズ教徒だったの。好き勝手に生きて、責任なんか何も取らないようなやつで。ゼスタのおっさんがあたしを推しにするとかトチ狂ったこと言い出した時も、嫌だって必死で頼んだけど自分達が楽しそうだからって理由でホイホイ渡して」

「……」

「大教会で寝泊まりとか、おっさんと同じ屋根の下だから死んでも嫌だし、でも家には絶対に戻りたくないし。……そんな感じで街をうろついてたところをマナ兄さ――姉さんに拾われて住む場所だけは確保出来て。まあ結局、そこも両親やゼスタのおっさんよりはマシってだけで碌なもんじゃなかったけど」

「……」

 

 キャルの目が死んでいく。おかしいな、ペコリーヌが何か大変そうだという話を聞きに来たはずなのに、何故彼女がどんどんアレなことになっていくのだろう。そんなことを思いつつ、止めるのもなんだからそのまま聞こうとカズマは口を開かなかった。

 

「そんなわけだから、あたしはあいつらにはもう二度と会いたくないって思ってるし、あたしにとって家族ってのはそういう存在なのよ」

 

 何とも言えない表情になったペコリーヌは、変なこと聞いてごめんなさいと謝った後部屋を出ていったらしい。キャルとしては聞きたいこともあったのだが、あの状況では無理だろうと諦めた。

 

「お前ほんと使えねぇな」

「うっさい。……まあ、でも、確かに今回はマズったわね」

「しかしキャルさま、先程の口ぶりですと、ペコリーヌさまの不調に心当たりがおありなのですよね?」

「心当たりっていうか。この前も言ったでしょ。あいつあんまりここに長居したくなさそうだって」

 

 その時の直感と、そして今回の質問。二つを照らし合わせれば、何となくこうではないかという理由が見えてくる。

 

「家族問題か」

「というよりも。恐らく、アイリスさまとのことかと」

「でしょうね。とはいっても、何が問題なのかしら。別に姉妹仲悪いようには見えなかったし」

「妹様なんかペコリーヌ大好きだからな」

「あんた目の敵にされてるものね」

 

 今朝の、先程のやり取りを思い出しながらカズマがげんなりした表情を浮かべる。コッコロは見ていたので苦笑を浮かべ、キャルはその時を知らないので首を傾げた。

 ともあれ、しかしそうなると話は振り出しに戻る。推測は出来ても、そこから踏み出さなければ昨日のペコリーヌの取り乱した姿の原因の究明が出来ないのだ。

 

「それで、結局あんた達は何しに来たのよ」

「言ってなかったか?」

「聞いてないわよ」

「はい。実は」

 

 振り出しに戻るどころか、最初から振り出しであったらしい。コッコロがキャルに事情を話すと、黙ってそれを聞いていた彼女はゆっくりと視線をカズマに向けた。

 

「あんた何言ったのよ」

「はぁ? 別に俺はいつも通りだったっての」

 

 普段の、アクセルの街で馬鹿やっているようなノリで会話をしていたら、急に。そこまでを話したカズマであったが、先程までの会話の内容を反芻し言葉を止めると目を泳がせた。

 

「俺、何かやっちゃいました?」

「……まあ、不可抗力よね。今のあいつにそれが地雷だったとか分からないし」

「一体何故、離れないでなどとおっしゃったのでしょうか……」

 

 少なくとも、こちらで見る限り彼女がそのような不安に陥るような状況とは思えない。もしあるとするならば、何か勘違いで思い込んでいるのか、あるいは。

 そう見えるのは表面だけで、実際は彼女に味方などいなかったのか。

 

「ないな」

「ないわね」

「言い切るのですね……」

 

 そう言いつつも、コッコロ自身も後者の可能性は限りなく低いと考えていた。少なくともアイリスは間違いなくペコリーヌの味方で、その好意に偽りは含まれていない。城の兵士やメイド達も裏で彼女を嫌っているなどという居心地の悪い様子も感じられない。クレアやレインも同じで、どちらかといえば敵がいないと言ったほうがしっくりくるほどだ。

 

「ひょっとしたら。原因は今じゃないのかもしれないわね」

「どういうことだ?」

「昔の思い出がトラウマになって引きずってるとか、だからアイリス様とギクシャクしてるとか、そういうのよ」

「ああ、経験者は語るってやつだな」

「キャルさま、今はわたくしたちがここにいますから」

「あたしのことはどうでもいい! というかコロ助、それはあいつに言ってやりなさいよ」

 

 はぁ、と溜息を吐く。ガリガリと頭を掻きながら、さてどうするかと首を捻った。

 この予想が合っていた場合、それを解決するためには間違いなくペコリーヌの知られたくない過去を調べることになる。本人が語ってくれるのが一番だが、そうでない場合他人の心に土足で踏み込む訳で。

 

「アイリス様――は多分知らなさそうだから、聞くならお付きの二人のどっちかかしらね」

 

 午後の勝負についていく、とカズマに述べたキャルは、それまでにそれとなく情報を集めようかと席を立った。お手伝いいたします、とコッコロもそれに伴って立ち上がる。

 

「いいのかよ、それで……」

「カズマ。迷った時に出した結論はね、どの道どっちを選んでも後悔するものよ。だったら、良いか悪いかよりも、自分がスッキリする方をとことんやってやろうじゃない」

 

 ぐ、と拳を握ってそう宣言するキャルの背後に、いつぞやにアメスの夢空間で見たことのある青い髪の少女の幻影が見えた気がしたが、カズマはそっと見えなかったふりをした。

 まあ、いいんじゃないかしら。その横で小さく笑みを浮かべている自身に加護を与えた女神様の気配も感じた気がしたが、彼はとりあえず目を逸らすことにした。

 

「……しょうがねぇなぁ。俺も少しは手伝うとするか」

「そうこなくっちゃ」

「主さま、ありがとうございます」

 

 だからこれはそんなものとは関係なく、彼が自分で選んだものだ。どこか言い訳臭い事を考えながら二人に宣言したカズマの顔は、それとは裏腹に妙にスッキリしていた。

 

 




ペコリーヌは不安よな。
カズマ達、動きます。


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その69

宴は始まらない


 無理でした。とりあえず午前中での成果はこれである。情報収集が出来るか否かは予想してしかるべきであった。

 現在の場所は王城である。情報は、そこにいる人々から集める必要がある。そして、集める情報の内容は。

 

「普通に考えて王女の過去話をペラペラ話すわけないよな」

「メイド達や兵士に聞きたくても、その頃を知ってそうなのはあたし達より大分年上なわけだし」

「向こうの方々からの信用をわたくし達は持ち合わせておりませんし」

 

 ペコリーヌがいれば違ったであろう。が、聞きたいことはそのペコリーヌのことであり、なおかつ本人が聞かれたくない過去の話。彼女を連れて行くのが土台無理な話だ。

 仕方がない、と三人は午後からのアイリス達に賭けることにした。

 が、しかし。当然ながら少しでも聞き方を間違えれば目の前の相手に怪しまれるのは必至。タイミングを見計らう必要もある。

 

「なあ、アイリス様」

「なんですか?」

「そろそろ勝負変えないか?」

「毎回負けているくせに何を言い出すのやら」

「負けてるからだよ。俺が勝てるやつにしようぜ」

 

 コトリと駒を動かす。それを見たアイリスは少しだけ悩んで盤上の駒を手に取った。ひょい、とそれを移動させると、カズマがあからさまに顔を顰める。

 その様子を眺めていたキャルは、そろそろ負けるなと予想を立てて視線をクレアとレインに向けた。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど、と二人に問い掛け、許可を貰う。

 

「ペコリーヌのことなんだけど」

「ユースティアナ様が何か?」

「いや、二人はあいつと付き合い長かったりするのかなって」

「ふむ。そうですね」

 

 クレアは少し考え込む。彼女がユースティアナと出会ったのは、アイリスの教育係として抜擢された頃だ。第一王子の教育係を所望していた彼女は、当初アイリスの教育係になったことを不満に思っていたのだが。

 

「……モーガン卿にしごかれていたのを見たのが最初だったか」

 

 あれが噂の、と近くにいた貴族がひそひそと呟くのが耳に入った。レインとは違い、そこまで例の話に詳しくなかったクレアは、一体何のことだと問い掛け、そして。

 

「思えば、随分と失礼なことを考えてしまった……」

「失礼なことって……」

「あなた達にはあまり関係が……ない、とも言い切れないか」

 

 キャルの表情を見たクレアは苦い顔を浮かべる。どうやら自分のパーティーメンバーで友人でもあるペコリーヌのことを悪く言われたのだと判断し機嫌を損ねたらしい。そんなことを思った彼女は、弁明になるか分からないがと頬を掻いた。レインはその横で、アイリス様に聞かれたら事ですよと諌めている。

 

「その話自体は既にしている。アイリス様もユースティアナ様も、寛大なお心で私の謝罪を受け入れてくださったよ」

「それならいいのですが……」

「……それで、一体何が失礼だったの?」

 

 ちなみに、キャルの表情が強張っているのはよっしゃ情報を集められそうだという顔を隠すためである。横のコッコロは、何とも言えない顔でそんなキャルを眺めていた。

 

「年もそう違わないのに、王子であるジャティス様に及ばない実力だ、と」

「ええ、あの時のクレアは実に不愉快でした」

「ぐはぅ!」

 

 カズマとボードゲームをしながら聞いていたらしいアイリスがポツリと呟く。勿論クレアには致命傷で、そのまま膝から崩折れた。カズマにとどめを刺しながら、彼女は視線をそんな倒れかけているクレアに移す。

 

「お姉様がお優しい方で良かったですね、クレア」

「はい……それはもう……」

「え? 何? ひょっとしてこの白スーツと仲悪いの?」

「いいえ? これは軽口のようなものです。クレアもレインも、私の大事な人ですから」

「アイリス様……!」

「復活早っ」

 

 コントのように倒れたり起き上がったりを繰り返すクレアを見ながらカズマがぼやく。なんでも彼女は王国の大貴族の一つシンフォニア家の令嬢らしいが、そうなると彼の知る限り五本の指のうち四本が変人だ。この国大丈夫なんだろうかと言いしれぬ不安に襲われた。

 

「あれ? そういえばさっきモーガン卿とか言ってなかったか?」

「そういえば、クレアさまが言っておられましたね」

 

 そこで気付く。彼女の言葉が正しいのならば、ペコリーヌの教育係というのはモーガン家のとある人物ということになるわけで。

 ちょっといいかとカズマはアイリスに問い掛けた。どうしました、と返す彼女に、彼は疑問に思ったことを述べる。ひょっとしてだけど、と言葉を紡ぐ。

 

「ペコリーヌの教育係って、クリスティーナさん?」

「はい。ああ、そういえばあなた達はクリスティーナと面識があるのでしたね」

「ま、ね」

「色々と、お世話になりました」

 

 彼女がいなければ、今頃カズマ達は酷いことになっていただろう。そうは思うのだが、ひょっとしたら彼女がいた状況の方が酷いことになっていた可能性もあるかもしれない、という不安もある。もっとも既に終わったことなので、いくら考えてもしょうがない。

 ともあれ、これは思わぬ収穫だ。今のクレアの話は正直そこまで参考にならなかったが、教育係である彼女に聞けば、あるいは。

 

「……あの」

 

 そんな三人に声が掛かる。出来るだけ背景に徹そうとしていたレインが、おずおずといった様子で一歩前に出ていた。

 

「何をしようとしているのかは詳しく聞きませんが、その……クリスティーナ様に直接尋ねるのは自殺行為ではないかと」

 

 彼女の言葉にカズマはああやっぱりという顔になる。どうやらあの人はどこであろうとあんな感じらしいということを察し、よしやめようと残り二人に視線を移した。

 そのタイミングで、ですから、と彼女が続ける。教育係はクリスティーナだけではないとレインが述べた。

 

「そちらの方に聞けば、多少は」

 

 歯切れが悪い。クレアも、いやそれはどうだろうという顔を浮かべていた。

 

「レイン」

「はい」

「ジュンの横には、高確率でクリスティーナがいると思うのですけれど」

「はい」

 

 駄目じゃねぇか。アイリスのその言葉を聞いて、もうどうでもいいやとカズマは開き直ることにした。

 

 

 

 

 

 

 中庭で、いつものように、カズマとアイリスがボードゲームで遊んでいる。彼女は彼の無様な姿を晒すための勝負だと言っているが、その実飾らない態度で接するあの一時を楽しんでいるのを知っている。だから姉としてはそれが微笑ましく、そして、寂しかった。

 今日もそれは同じ。王城に来てからの数日間、繰り返されるそれを、自分としては遠巻きに眺めるだけ。

 そう、思っていたのに。

 

「カズマくんと……コッコロちゃん、キャルちゃんも」

 

 そこには、自分以外が揃っていた。自分がこれまでいた場所に、妹が収まっていた。楽しそうに会話をしている皆を見ていると、最初からそうであったのではないかと錯覚してしまう。

 最初から、自分はいなかったのではないかと錯覚してしまう。

 

「……どうして」

 

 どうして、自分はあそこにいないのだろう。どうして、彼等は自分がいない場所で楽しそうなのだろう。どうして、誰も自分のことを気にかけてくれないのだろう。

 ぐるぐると黒い感情が渦巻き、そして消えていく。視界から外し、逃げるように中庭を後にした。人気のない場所まで駆けると、そのまま壁にもたれずるずるとへたり込む。影の中に蹲っていると、それが自分にはお似合いだと言われているように思えて。

 ぽたり、と床に染みが出来た。それが自分の涙だということに気付くのが一瞬遅れた。

 何を泣いているのか、と自分の中で嘲笑する顔が見える。元より、出来損ないの居場所などどこにもなかっただろうに。そう言って見下す顔が見える。

 だから取って代わられるのだ。考えたくもなかったその一言を、笑いながら口にする顔が見える。お前がいた場所は、もうアイリスのものだ。そう、決定的な言葉を告げる顔が見える。

 

「……ち、が……」

 

 違う、と口に出来なかった。声にならない吐息だけが口から溢れ、無様な鳴き声のようにヒューヒューと漏れる。認めるのだろう、と誰かが言った気がした。

 嫌だ。そうは思っても、変えられない事実は容赦なく突き付けられる。このまま自分はなかったことにされてしまう。それが覆せない真実だと掲げられる。

 

「嫌だ……」

 

 今度は口に出来た。否定する言葉を紡げた。でも、それは事実を否定するものではなく、認められない浅ましい自分が露見するような醜い言葉で。

 

「嫌だよ……忘れないでよ……わたしは、ちゃんとここにいるのに……」

 

 自分の存在価値はどこだ。アイリスに取って代わられる程度でしかない己を肯定する要素は、いったいどこにある。

 

「コッコロちゃん、キャルちゃん……カズマくん」

 

 まるで駄々をこねる子供だ。そんな呆れたような声も、既に聞こえない。ただただ、自分は。

 

「置いていかないで……わたしを、忘れちゃ、やだよぉ……」

 

 誰もいないその場所で、誰にも気付かれないそこで、泣き続ける。

 

 

 

 

 

 

「えーっと。確かこの辺にいるらしいんだが」

 

 アイリス達からもらった情報を元に件の人物がいるであろう場所へと向かったカズマ達であったが、どうにもそれらしき人物はいない。

 あるのは、一目見るだけで素晴らしいと思えるような鎧が一つのみ。

 

「この時間はここで見張りをしている、って言ってたわよね」

「はい。ですが、それらしき方はどこにも」

 

 キャルとコッコロも視線を彷徨わせるが、人は見当たらない。ガシャリ、と鎧が風に触れる音が響くだけで、他にはなにもない。

 

「見張りの時間は退屈だからクリスティーナさんもいないって言ってたから来たのに」

「当の本人もいないじゃない」

「一体、ジュンさまはどこに」

「私に用かい?」

『うわぁぁ!』

 

 唐突に掛けられた声に、三人は思わず飛び退った。視線の先には、先程からそこに飾ってあった鎧がこちらを見て首を傾げている。全く話し掛けてこないから、誰を探しているのかと不思議に思っていた。そんなことを言いながら、鎧がガシャリガシャリと動いていた。

 

「いや、だったら最初から声を掛けてくれれば」

「ああ、それは申し訳ない。一応見張りの時間だからね、君達が何かをしでかす可能性も考慮していたんだ」

「成程。それは道理でございますね」

「それもどうなの? 怪しいなら最初から声掛けて注意してもいいじゃない」

 

 ジト目で鎧を、ジュンを睨んだキャルはもういいと溜息を吐いた。あのペコリーヌの教育係だ、どうせまともなやつじゃないと分かっていたと諦めたように呟く。

 

「あはは。確かによく言われるよ、変人だとね。これでもクリスちゃんと比べればまともな方だと思ってはいるんだけど」

「あの人が比較対象な時点で大概だと思う」

 

 キャルの言葉にうんうんと頷いた二人は、それはそれとしてとジュンに向き直った。

 少し聞きたいことがあるんですけれど。そう問い掛けると、彼女は不思議そうに首を傾げる。

 

「ペコリーヌのことなんだけど」

「ペコリーヌ……ああ、ユースティアナ様か。あれ? ひょっとして君達が」

 

 はいそうですと三人が頷く。成程、言われてみればとジュンはカズマとコッコロ、そしてキャルを眺めうんうんと頷いた。クリスちゃんの言っていた通りだと兜の下で笑顔を浮かべた。

 

「それで、ユースティアナ様がどうしたのかな?」

「回りくどいことを言ってもしょうがないから、単刀直入に言うわ。あいつの過去を教えて欲しいの」

 

 キャルの言葉で、ジュンの動きが止まった。先程とはまた違う、鋭い視線を感じるほどに三人を見やる。そうした後、理由を聞いてもと問い掛けた。

 キャルとコッコロはカズマを見る。ここで俺に丸投げかよ、と目を見開いた彼であったが、仕方ないと肩を落とすと先日の騒動を彼女に語った。

 

「……成程ね。確かに、その噂はこちらにも少し流れていた」

 

 第一王女が冴えない冒険者と恋仲らしい、というゴシップ溢れたものだったけれど。そう言いながら苦笑したジュンは、そういうことならばと緊張した空気を霧散させる。が、その代わりまた違う真剣さを醸し出した。

 

「一応聞いておくけれど。それを聞いてユースティアナ様から離れていくということは?」

「あいつがとんでもないのは今更よ。……それに、友達、だし」

「離れません。こればかりは主さまがなんと言おうと」

「いや言わねーよ。俺だってもうあいつ抜きで冒険者生活とかやってらんねぇからな」

 

 三者三様のその言葉を聞いて、ジュンの纏う雰囲気が明らかに輝いた。そうかそうか、と呟き、いい友人を持ったんだなとどこか感慨深げに天を仰ぐ。

 

「まあ、当の本人は大分揺らいでいそうだがなぁ」

 

 横合いから声。思わずそこに視線を向けると、以前も見たきわどいドレスに鎧のパーツという格好の美女が笑みを浮かべて立っていた。わざわざ出会わないように、と選んだ場所で、何故か彼女がいた。

 

「あれ? クリスちゃん、どうしたのこんな場所で」

「いや何。随分と面白そうな拗れ方をしていたからな、お節介を焼きに来たのさ」

「……ユースティアナ様に、何か?」

 

 その乱入者、クリスティーナの言葉に何か感じたのだろう。ジュンが兜の下で眉を顰めるとそう問い掛ける。その視線を受けた彼女は、ああその通りと顔をカズマ達に向けた。

 

「うちのボスはな。妹である第二王女、アイリス様にコンプレックスを抱いている」

 

 聞きたいのはこれだろう、と言わんばかりのクリスティーナの言葉に、三人は思わず身構えた。一体どこまで知っているのだ。そんなことを思いはしたが、それ自体は事実なので話の続きをひとまず待つ。

 

「知ってるか? ユースティアナ様は魔法が使えない」

「へ?」

 

 その言葉で素っ頓狂な声を上げたのはカズマだ。それって何か問題なの、と隣に視線を向けると、どこか納得したような顔のキャルが見えた。コッコロはいまいちピンときていないようであった。

 

「……あんた達田舎者は知らないかもしれないけど、ベルゼルグ王国の王族はかつての勇者の血を引いているの。だから、元々の素質としてその勇者の強力なスキルや魔法を使えるのよ」

「うん。だけど、ユースティアナ様は少し事情があって、勇者の魔法を覚えられなかったんだ」

 

 その一方で、アイリスは勇者のスキルも魔法も存分に使いこなすことが出来た。素質としては間違いなく妹の方が優秀である。そう考える貴族も一人や二人ではなかったわけで。

 そんな環境で、ペコリーヌは育ってきた。それでも自分を慕う妹を邪険にすることもなく、大切な家族として、大好きな妹として接してきた。アイリスもそんなユースティアナが大好きで、尊敬する姉として慕っていた。

 

「……帰りたくなかった理由が何となく分かった」

 

 自分だったら多分二度と実家帰らない。そんなことを思いながらカズマはげんなりとした表情を浮かべる。思った以上にめんどくさい事情を聞いて、これ解決策あるのかと頭を抱える。

 その一方で、キャルとコッコロは、どこか引っ掛かりを覚えた。二人の口ぶりは、優秀な妹と出来損ないの姉を語るにしてはどうにもおかしい。ううむと悩む二人の表情を見て、カズマもどこか怪訝な顔をし始めた。

 

「ねえ、クリスティーナさん」

「どうしたお嬢ちゃん」

「ペコリーヌって、本当にただ魔法が使えないだけなの?」

「さてな。それはボスが自分で気付くことだ」

「あるいは、ちゃんと向き合うことだね」

 

 クリスティーナとジュンの言葉に、キャルは成程と確信を持った。横の二人も同様なようで、つまりはそういうことなのだと頷いている。

 それってこっちには教えてもらえないのか。そうカズマが尋ねると、クリスティーナは笑って断ると言い切った。事情を知るものは、今更それを口にはしないだろうとついでに続けた。

 

「まあ、ララティーナちゃんやアキノちゃん辺りは案外あっさりと口を滑らせているかもしれんがな♪」

「あの二人も知ってんのかよ……」

「彼女達はユースティアナ様と昔馴染みだからね。ある程度事情は知っているよ。だから、本来はそこまで拗れることじゃなかったはずなんだけど」

「ああ見えて、本来のユースティアナ様は悲観的だからな。幼い頃から近くにいるワタシ達が言ったところで、耳当たりのいい言葉で慰めているようにしか聞こえんのだろう」

 

 そういうわけだから、とクリスティーナは三人を見る。しがらみのない状態で出会った連中ならば、事情を知らない彼等ならば。

 ユースティアナを、一歩前に進ませることが出来るかもしれない。

 

「そう言われてもな。そもそも、王族の強さとかその辺の基準が分からんから何とも」

「まあ、実際ピンとこないわよね。ペコリーヌの動きが普通の冒険者離れしてるのは知ってるけど」

「アイリスさまは、どうなのでしょうか……」

 

 具体的な案を出そうにも、まずもってそこが不明だ。コンプレックスを持つだの、優秀と出来損ないだの、言葉で言われても。

 それならば丁度いい、とクリスティーナが笑う。どういうことだとジュン込みで彼女に視線を向けたのを確認すると、楽しそうに言葉を紡いだ。

 

「ここに来る前に思い詰めた顔をしたうちのボスがアイリス様に模擬戦を挑んでいたのを見たからな。あれは間違いなく喧嘩になるぞ☆」

『そういうことは早く言えぇぇ!』

 

 先日に案内されたので訓練場の場所は分かる。行くぞとカズマ達は慌ててそこへと走っていった。そんな三人を見送ったクリスティーナは、さてどうなるかと口角を上げる。

 

「クリスちゃん……荒療治も大概にしないと」

「なぁに。仲間にあれだけ恵まれているのに腐り続けているボスには丁度いい薬だろう?」

「……まあ、ね」

 

 やれやれ、と肩を竦めるジュンを見ながら、クリスティーナはもう一度楽しそうに笑った。

 

 




でも姉妹喧嘩は始まるかも


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その70

イベント戦


「はぁ……はぁ……」

 

 ぐったりとへたり込む自分を、クリスティーナが見下ろしながら何か考え込んでいる。魔法が使えない自分の欠点を補う、そういう名目で教え込まれたそれは、はっきりいってさらなる欠陥しか生み出さなかった。発動は出来ても、すぐに限界が来る。どれだけ頑張っても、技そのものを放てるかどうかギリギリだ。

 

「まあ、こんなものか?」

 

 クリスティーナが呟く。所詮欠陥だらけの出来損ないでは、この程度が関の山だということなのだろう。彼女の言い分はもっともだ。ジュンとクリスティーナがせっかく教えてくれても、このざまだ。呆れて物が言えない。

 

「ユースティアナ様」

 

 ジュンが何かを言おうとしていたが、クリスティーナに止められた。確かにそうかもしれないけれど、と彼女が言っているところからして、中途半端に慰めても意味がないとかそのあたりだろう。実際その通りだと思う。こんなことに時間を使うよりも、アイリスのために時間を使って貰ったほうがずっと有意義だ。

 

「相変わらず腐っているな、姫様」

「……そんなことはないです」

「その態度が既にそうだ。拗ねるとただのクソガキだな」

 

 ケラケラと笑うクリスティーナを恨みがましげに見る。これでも真剣に悩んで、これでもクリスティーナ達を心配して。二人はこんなやつの教育係をやる必要はないのにと思ったのに。

 

「少なくともワタシは姫様の教育係をしていた方が楽しいからやっている。文句を言われる筋合いはないぞ☆」

「そうだね。私も、ユースティアナ様のことが好きだから、ここにいる」

「……」

 

 そっぽを向いた。嘘ではないというのが分かってしまったから、恥ずかしくて、申し訳なくて、視線を逸らした。

 ぼす、と頭に手を置かれた。クリスティーナのガントレット越しの手と、ジュンの鎧の手が自分の頭をぐりぐりと撫でる。

 

「大丈夫。ユースティアナ様なら、立派な王女になれるから」

「さて、それはどうかな?」

「クリスちゃん」

「姫様次第だろう? このまま腐っていればそこまで。だが、開き直れれば――」

 

 開き直れれば、何だっただろう。あの時、クリスティーナは何を言ってくれたのだろう。

 なんにせよ、自分は彼女達の望まない方向に育ってしまった。王族としての雑務をそつなくこなせるだけの、代わりなぞいくらでも用意できる王女になってしまった。実につまらない人間になってしまった。

 十四歳に武者修行の名目で城を飛び出してもそれは変わらず。ただ、すちゃらかな仮面を被るのだけはうまくなった。脳天気で間抜けな姫になることだけは、得意になった。箸にも棒にもかからない、くだらない冒険者になっていった。完全に腐っていた。

 でも、だから。だからこそ。

 そんなくだらない自分を、そのままの自分を肯定してくれたあの人達は。

 

「アホリーヌ! ぼさっとしてないでさっさとやりなさい!」

「ペコリーヌさま! ファイト、でございます!」

「ペコリーヌ、お前が頼りなんだから頑張れって!」

 

 ユースティアナではなく、ペコリーヌを信用してくれた友人はとても大切で、かけがえのないもので。

 だから、わがままなんか言えない。本当はあんなことを言ってはいけなかった。離れないでなんて、厚かましかった。

 みんなが、あの三人が。キャルちゃんが、コッコロちゃんが、カズマくんが笑ってくれるのなら、自分は――

 

 

 

 

 

 

 準備が不十分なこともあり、二人の模擬戦は訓練用の武器を使い、魔法やスキルを使用しない近接主体のものとなった。クレアとレインはそのことにわずかに安堵しつつ、しかしまだ分からないと不安は完全に拭えずにいる。

 

「お姉様との模擬戦……久しぶりです」

「……そうですね」

 

 ワクワクを隠せないアイリスとは対照的に、ペコリーヌはどこか表情に影がある。何かを思い詰めているような、何かを決意したような。そんな顔のまま、じゃあ始めましょうかと彼女は剣を構えた。

 はい、とアイリスも剣を構える。普段のドレス姿から動きやすい服装に着替えた彼女は、その気迫からも手を抜く気がまったくないのが分かる。クレアはあそこに立っているのが自分ならばすぐさま倒されるだろうなどと思うほどだ。

 

「では」

 

 レインが審判としての合図代わりに小さく魔法を唱える。それを上空に投げると、ゆっくりと地面に落下し、弾けた。

 

「ふっ……!」

 

 先にしかけたのはアイリス。一気に間合いを詰めると、横薙ぎに剣を振るった。並の相手ならば反応すら出来ずに叩き伏せられ、よしんば反応したとしても彼女の斬撃に押し切られる。それほどの一撃を、初手から叩き込んだのだ。

 

「わっ」

 

 それをペコリーヌはきちんと反応し受け止めた。思わず声を上げたアイリスの顔面に、遠慮なく剣の柄をねじ込もうとする。危ない、とそれを素早く躱したアイリスは、ならば次とばかりに横に跳ぶとステップを踏むようにペコリーヌの背後を取った。

 即座にしゃがみ込む。ペコリーヌが思い切り姿勢を低くしたことで、アイリスの一撃は空を切った。その体勢のまま水面蹴りを放った彼女は、アイリスがジャンプで躱すのを確認すると同時に剣を振り上げる。

 

「く、うっ……!」

 

 剣で受け止めたものの、空中では踏ん張ることも出来ない。そのまま弾き飛ばされたアイリスが受け身をとった頃には、既に眼前で剣を振るうペコリーヌの姿が。

 剣と剣がぶつかり合う。ギャリギャリと音を立てる中、ペコリーヌがゆっくりと息を吐いた。

 

「アイリス……手を抜いてませんか?」

「そんなことはありません!」

 

 双方が弾かれる。両手で剣を持っていたことで体勢が崩れたアイリスに対し、その瞬間片手を離したことでペコリーヌは自由に使える左手を振りかぶっていた。肘打ちをアイリスのみぞおちに叩き込み、一瞬動きが止まったそこに剣を振り下ろす。片手持ちであったことで威力が落ちたのか、アイリスは吹き飛ばされただけで勝負ありとはならなかった。

 素早く受け身を取り立ち上がったアイリスは、楽しそうに、何かを噛みしめるように笑みを浮かべる。

 勝てない。アイリスの頭の中で出した判断はこれだ。王族として、魔法も近接戦闘も両方こなせるように日々修練を行っているが、それでも目の前の姉には追い付けない。あのジュンとクリスティーナを教育係に付け、そのしごきをこなしきったのだ、むしろそうでないはずがない。

 

「余裕ですか、アイリス」

「もう、先程からお姉様、少し意地悪です」

 

 ぶうぶう、と少し唇を尖らせたアイリスは、剣を構え直すと前傾姿勢を取った。こうして剣を交えてより一層思いが強まった。武者修行で身に付けたであろう我が姉の実戦に基づいた動きは、外を知らない自分では対処が出来ないのだ。だから小細工は通用せず、真正面からぶつかり合うのが一番可能性が。

 

「あ、れ?」

 

 その一歩目を踏み出す頃には、既にペコリーヌが眼前にいた。向こうの斬撃に慌てて斬撃を重ねたが、所詮アイリスのそれは受け身の一撃だ。必殺の威力を込めたペコリーヌのそれとぶつかりあって、均衡を保てるはずもなし。

 キン、と甲高い音が響く。アイリスの手から弾き飛ばされた剣が、訓練場の地面を転がりカラカラと音を立てていた。

 

「……まいりました」

 

 ゆっくりと両手を上げ、降参する。負けた、そのことを彼女は疑う余地もなく。アイリスは敗北を認め、そしてペコリーヌを勝者だと讃えた。

 ペコリーヌはそんなアイリスを、どこか濁った目で眺めていた。負けたと、敗北したのだと、どの口で言っているのだ。そんなはずはないのだ。

 勝てない。ペコリーヌが常に前提条件として持っているのがこれだ。王族としての才能に溢れ、様々な英才教育を受けているアイリスには、出来損ないの自分では決して追い付けない。置いていかれないように必死でもがいている程度の相手に、遅れを取るはずがないのだ。

 

「やはりまだまだ、お姉様には敵いませんね」

「……本気で言っていますか?」

「勿論です。私は、お姉様が目標ですから!」

 

 そう言って拳を握るアイリスを見て、ペコリーヌは顔を俯かせる。真っ直ぐに自分を見てくる彼女が眩しくて、見ていられなかった。純粋に自分を慕っている妹を見るのが辛くなった。

 

「……限られた条件だから、この結果なんです。アイリスが本気で、全力で戦えば、わたしなんか」

 

 ペコリーヌのその言葉に、アイリスは首を横に振る。そんなことはないと、たとえ条件を変えても、自身が聖剣を持ち、姉が王家の装備を身に着けた状態の縛りのない全力戦闘であっても。結果は変わらない。勝てないのは自分だと、彼女はそう言い切った。

 ペコリーヌはその言葉に思わず歯を食いしばる。ギリ、と奥歯が鳴るのを感じながら、彼女はゆっくりと、しかし視線は決してアイリスに合わさずに言葉を紡いだ。

 

「知っていますか? ……わたしは、魔法が使えないんです」

「え?」

「王家ならば出来て当然の、勇者の血統に連なる一切の呪文使用が出来ません。……本当の本気で戦えば、今のアイリスに敵うはずないんです」

 

 見守っていたクレアとレインが息を呑むのが分かった。噂を、本人が肯定したのだ。完全なる不名誉を、他でもないユースティアナ自身が認めたのだ。

 思わず二人はアイリスを見た。姉をあれだけ慕っていたアイリスが、この話を聞いてどう思うのか。これまでの彼女の理想が崩れて、間違いなくいい印象を抱かないであろうことを想像し、思わず顔を青褪めさせた。

 

「……ということは……お姉様は、魔法を使わずにそこまでの強さを身に着けたのですか!」

「……え?」

 

 思わずレインが声を漏らした。目をキラキラと輝かせたアイリスが、これまで以上に尊敬した眼差しでペコリーヌを見詰めているのが視界に入り、なんじゃこれと目を見開いた。

 

「何を……」

「魔法が使えないということは、当然戦闘の手札も減ります。だというのに、お姉様は魔王軍の幹部を打倒せしめた。これが素晴らしくなくてなんだというのです!」

「わたし一人の手柄じゃありませんよ……」

「それでも、お姉様が勝利に貢献したのは紛れもない事実。私は、お姉様の妹であることを心から誇りに思います!」

「……そう、ですか。…………あなたは、そう言って、くれるんですね……」

 

 一人はしゃぐアイリスを見て、クレアもレインもほっと胸を撫で下ろした。良かった、最悪の事態は避けられそうだ。そんなことを思いながら、二人の場所へと足を踏み出し。

 す、と無言でペコリーヌが踵を返したことで思わず動きを止めた。アイリスも、突然どうしたのだと彼女を呼び止める。だが、ペコリーヌは返事をせず、無言で訓練場を後にしようとした。

 

「お姉様?」

「……」

「どうしたのですか? お姉様」

「……」

「……お姉様?」

「来ないでっ!」

 

 その背中を追いかけ、彼女の手を取ろうとしたアイリスを跳ね除けた。え、と顔を青くするアイリスを見ることなく、ペコリーヌは震えながら、泣きそうな顔で口を開いた。

 

「ついてこないで……わたしに近寄らないで……」

「お、ねえ、さま……?」

「あ、はは……本当に、わたし一人で、馬鹿みたいじゃないですか……こんな……こんなことなら、こんな思いをするくらいなら…………いっそ見下してくれた方が良かった! 失望してくれた方が良かった!」

「お姉様! どうして、そんなことを……! 私は決してお姉様を見下したり、失望したりなど」

「聞きたくない! そんな、そんな言葉もう聞きたくない!」

 

 ぶんぶんと髪を振り乱しながら、ペコリーヌは叫ぶ。堰を切ったように、これまでの泥が溢れ出すように。アイリスの言葉も、本心も、彼女にとっては、その泥が流れ出るための後押しにしかならず。

 

「もういや! 嫌い! 大嫌い! アイリスなんか、だいっきらい!」

「――――っ」

「よし、ギリギリ間に合っ――てねぇ!」

「ペコリーヌ!?」

「追いかけましょう! 主さま、キャルさま!」

 

 訓練場を逃げるように駆けていくペコリーヌ。それを目撃する羽目になった到着したばかりのカズマ達は、即座に反転し彼女を追いかけんと走り出した。

 クレアとレインはそこで我に返る。慌ててアイリスへと駆けより、彼女に声を。

 

「――――」

 

 立った状態と同じ体勢のまま、アイリスは倒れた。そのままピクリとも動かず、まるで呼吸すら忘れたように。

 

「アイリス様!? お気を確かに!」

「クレア様! アイリス様、息してません!」

 

 いや流石にこれはちょっと。そんなことを言いながら、エリスの担当場所に行きそうであったのを慌てて押し戻す三人の女神がいたとかいなかったとか。

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょう! あいつクソ速ぇ!」

「速度を増加させます!」

「ナイスコロ助! って、それでも中々追い付けない!」

 

 城内を駆ける。ペコリーヌの背中を追いかけながら、カズマ達は全力で足を動かした。地の利も体力も圧倒的に向こうに分がある。が、それでも、絶対に見失ってたまるかと彼等はひたすら走り続けた。

 

「ペコリーヌ!」

「ちょっと、ペコリーヌ!」

「ペコリーヌさまぁ!」

 

 呼びかける。それでも彼女は止まらず、振り返らず、駆けていく。何かから、大切なものから逃げるように駆けていく。

 こうなりゃ、とカズマがショートソードを取り出したが、ちょっと待てとキャルが彼の行動を止めた。

 

「ここでブーストしてもあんたを連れてく奴がいないわよ」

「今はペコリーヌさまを追いかけていますので」

「あ、そうか」

 

 剣を仕舞い、だったらどうすると走りながら思考を巡らせた。女神のブーストを使わないのならば、自分の持っている他のスキルで。そんな事を考え、とりあえず思い付くものを試してやろうと彼は弓を取り出した。

 走りながらでは狙いがほとんど付けられないが、《狙撃》でその分をカバー。そして打ち出すのは鏃を取り払った代わりに別のものをくくりつけた特別製。

 

「そげっき!」

「っ!?」

 

 横ステップで飛来した矢を躱す。背中に目でも付いてるのかあいつ、とぼやくキャルであったが、当のカズマは問題ないとばかりに飛んでいった矢を見ている。

 次の瞬間、矢が弾けた。先端にくくりつけられていたロープがまるで生き物のように回避したペコリーヌへと襲い掛かったのだ。

 

「《バインド》!? ……あんたホント……」

 

 キャルが目を見開く中、ロープはペコリーヌへと巻き付き、彼女を拘束すると床に転がした。よし、と彼女を確保するためにカズマはスピードを緩めることなく距離を詰め。

 縄が食い込んで色々きわどいことになっているペコリーヌを見て思わず鼻の穴を広げた。いかんいかん、とすぐに煩悩を振って散らすと、身動き取れない彼女の横に座り込む。

 

「……何の、つもりですか?」

「何のつもりって、そりゃ……」

 

 視線をキャルとコッコロに向ける。そうやって聞かれると、果たしてどういう理由で追い掛けたのかカズマは説明できなかったのだ。

 仕方ない、と同じように拘束され転がされたペコリーヌの横に座ったキャルが、人差し指をピンと立てると説明をするかのように口を開き。

 

「……コロ助」

「えっ?」

 

 その指をコッコロへと向けた。突然話を振られたコッコロはわたわたと手を振りながら視線を彷徨わせ、他に投げることの出来る者がいないのを確認すると小さく溜息を吐く。同じく拘束されたペコリーヌの横に座っている彼女は、具体的にこれといったものではないのですがと前置きした。

 

「わたくし達は、ペコリーヌさまの笑顔を、元気なお姿を見たくてここに来ました」

 

 ピクリと彼女が反応した。元気って、どういうことですか。そう尋ね、三人の答えを待つ。いつもの見慣れた、お腹ペコペコのペコリーヌ、大体そんなフレーズが出たことで彼女は自嘲気味に笑みを浮かべた。

 

「もう、無理ですよ……ペコリーヌには、戻れません」

 

 途中でバインドを解かれたにも拘わらず動く気配のない彼女は、そのまま両手で顔を覆った。泣こうとして、でも泣けずに。ペコリーヌの、普段からは考えられないか細い吐息と鼻を啜る音だけが、そこに響く。困ったように頭を掻くカズマも、あえて何も聞かなかった。

 どれくらい経っただろうか。ゆっくりと体を起こしたペコリーヌは、へたり込んだままポツポツと言葉を紡ぎ始めた。自分のコンプレックス、それを覆い隠す仮面、大好きな妹に向けていた暗い感情。だから自分はもう戻れない。そう結論付けるための言葉を述べる。

 

「……みんなも、わたしなんかよりアイリスと一緒の方がずっと」

「何言ってんのよ」

 

 それを遮った。はん、と彼女の話を鼻で笑いながら、キャルがペコリーヌをジロリと睨んだ。

 

「魔法が使えない? 実は意外と悲観的? 妹大好きだけど自分の方が弱いから思うところがある? だから何よ、知ったこっちゃないわ」

「きゃ、キャルさま……」

「おいお前それこの状況で言っちゃいけないやつだろ」

 

 コッコロとカズマの言葉を聞いて視線を二人に向けたが、キャルはそれがどうしたといわんばかりの表情だ。

 

「何よ。あんた達だってそうでしょ? こいつが今言ったのを聞いたところで、何も変わらないじゃない」

「それは、確かに。そうでございますね」

「むしろそんな理由でパーティー抜けるとか言われる方が困るな」

 

 ふむ、と手の平を返したようにキャルの意見を肯定し始めた。その程度の理由など、自分達が離れる要因になりえない。三人の意見は、概ねそう一致した。

 そういうわけだ、とペコリーヌを見る。魔法が使えなくとも、実は意外と悲観的でも、大好きなくせに妹へのコンプレックスを拗らせていても。だからどうした、なのだ。

 

「……優しいんですね、みんな」

 

 俯いたペコリーヌは、そんなことを呟き泣き笑いのような表情を浮かべた。こんな役立たずの出来損ないにそんな事を言ってくれるなんて。そう続け、ゆっくりと首を横に振った。

 頑固だな、とキャルは肩を竦める。否、違う、これは頑固というよりも。

 

「子供か。ったく、おいペコリーヌ」

 

 痺れを切らしたのか、今度はカズマが口火を切った。確かこないだも言ったような気がするが、そう前置きして。

 

「お前いないとパーティー成り立たねーの。だから、何が何でもお前は連れてくからな」

「……でも」

「うるせー! 大体何なのお前? 今まであんだけ活躍しといて弱いだの役立たずだの、こちとら最弱職の《冒険者》様だぞ! バカにしてんのか!」

「え? いや、そんなことは」

 

 カズマは叫ぶ。自分でもなんでこんなにムキになっているのか分からないが、それでも、絶対に彼女の言うことなど聞いてやらんとばかりに捲し立てる。キャルとコッコロがどこか満足そうな顔でこちらを見ていることなど気にせずに、彼はペコリーヌに指を突きつける。

 

「王族だから? 知るか! だったらそんなの大したもんじゃないって証明してやる」

「……え?」

「さっきまで散々お前が持ち上げてたアイリスに、この最弱職のカズマさんが勝利してやる。だから――」

 

 完全に勢いだけで喋っている。それは恐らくキャルもコッコロも、そしてカズマ自身も分かっている。それでも彼は止まらない。呆気にとられているペコリーヌの反応など知るかと、思い切り宣言する。

 

「お前は絶対に、離さないからな!」

 

 




アイリスに勝つからお姉さんをください(意訳)


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その71

アイリスを泣かせる話、はっじまーるよー。


「はっはははははは!」

 

 大爆笑である。昨日勢いで宣言した勝負について色々と準備をするため、クリスティーナへと話をしにいった時の反応だ。面白すぎる、と腹を抱えていた彼女は、一通り笑い終えると笑みを消さないままカズマへと向き直った。

 

「それで坊や。ワタシに何をして欲しいんだ?」

「勝負の審判を」

「……ほう?」

 

 ピクリとクリスティーナの眉が動く。続きを促すような仕草を受け、カズマはそのまま自身の考えを語り始めた。

 最初こそただ聞いていただけであった彼女は、ある程度聞き終えると再度大爆笑。成程それは良いと彼の肩をバンバンと叩いた。最高レベルの近接職のそれである、勿論めちゃくちゃ痛い。

 

「いいだろう。こちらで手配はしてやる。が、アイリス様に宣言するのは坊やが自分でやるように」

「まあ、そりゃ」

「ちなみに今妹様はうちのボスに大嫌い宣言されたので非常に機嫌が悪い。間違いなく模擬戦で坊やは死ぬな」

 

 今日のランチを語るくらいの気安さで述べるそれは、カズマの命の終わりである。ただでさえ大事な姉を奪った不届き者扱いされているのだ。ペコリーヌのあの叫びも、その影響だと思い込んでも不思議ではない。

 それは違うよ、と二人の会話を聞いている鎧の置物と化していたジュンが口を挟んだ。確かに機嫌は悪いし、ショックを受けているので雑務が滞っているけれど。そう言いながら、彼女はカズマに視線を向ける。

 

「そこで少年に八つ当たりするような人じゃない。あの方は、ユースティアナ様の妹なんだから」

「……ここ最近のあいつ酷かったけど」

「あれはボスが悪い。さっさと開き直るか吹っ切るかしてないからああなる。まあ、ワタシとしてはそれも面白いがな☆」

「もう、クリスちゃん……」

「いやちょっといい話っぽく終わらせようとしているところ悪いんですけど、じゃあ何で俺死ぬわけ?」

「アイリス様の戒めのため、かな? 多分今ユースティアナ様相手以外には無意識にしている手加減が出来ないだろうし」

「普通に八つ当たりで殺されたほうがマシじゃねーか!」

「んん? 何だ坊や、全力の妹様を倒してこそ、うちのボスの心も動くというものだろう? むしろ喜べ」

 

 ニヤニヤと笑いながら言われても説得力は欠片もない。が、確かにクリスティーナの言葉ももっともだ。力をセーブした状態のアイリスに勝利したところで、ペコリーヌへの宣言を果たせたことには。

 

「……駄目かな?」

「それであの状態のボスを説得出来ると思うのならやればいい」

 

 無理か、とカズマは項垂れる。一応言ってみただけで、それでいいなら儲けもの位の感覚ではあったが、まあ仕方ない。元よりとんでもない強さの相手を最弱職である自分で倒すという無理ゲーなのだ。多少レベルが変動したところで誤差だ。

 ともあれ、これで彼女達と話はつけた。カズマは二人と別れるとその足でアイリスがいるであろう部屋へと向かう。兵士に断りを入れ扉をノックすると、部屋の中からレインの声が聞こえた。用事があるから入ってもいいかという彼の言葉に、彼女はほんの僅かに逡巡する。

 

「そのお話は、そこからでは駄目ですか?」

「ん? まあ、明日のアイリス様との勝負の内容を変えて欲しいっていうだけだから構わないけど」

「勝負……ですか」

 

 扉の向こうのレインが言葉を止める。クリスティーナ達の話によるとアイリスはかなりのショックを受けているらしいので、お付きの教育係としては迷っているのだろう。

 そのまま暫し扉の前で待っていると、向こうから大丈夫ですという小さな声が聞こえてくる。レインのものではない。

 

「それで、一体何の勝負をするのですか?」

 

 昨日までと比べて覇気がない。アイリスの声を聞いて一瞬そう思ったが、いや違うとカズマは思い直した。これはただ、噴火直前を押し留めているだけだ。なんのかんの言ったところで、彼女はまだ十二歳。そういうお年頃だ。十七歳のペコリーヌですらああなのだから、推して知るべし。

 こほんと咳払い。まあそれならそれでいい。手加減できない全力モードでも、頭に血が上っているのならばそれはそれでどうとでも出来る。

 

「ああ、こないだ言っただろ。俺が勝てる勝負しようぜってな」

「……何をする気ですか?」

「昨日、模擬戦してただろ? あれを見ててな」

 

 ひっ、と部屋の向こうでレインが悲鳴を上げるのが分かった。どうやらきちんと地雷を踏み抜いたらしい。そんなことは承知の上で、カズマはそのまま言葉を続けた。

 

「次の勝負は、あれにしようぜ」

「…………あなたが勝てる勝負、と言いましたね?」

 

 扉の外にいる兵士ですらただならぬ気配に顔を引きつらせているが、カズマは知ったこっちゃない。なにせ、これからもっと酷いことになる言葉を続けるのだから。

 

「おう。だって負けてたじゃん。だから俺でもいけるかなってな」

「それ以上アイリス様を挑発するのはやめてください!」

 

 レインの悲痛な声が聞こえるが無視した。向こうが冷静ならばそんな馬鹿なことと一笑に付される提案なのだ。カズマとしてはこのチャンスを逃す手などどこにもない。

 バン、と何かを叩く音が聞こえた。恐らく机だろう、勢いよく立ち上がった拍子に椅子を倒したのかもしれない。どちらにせよ、間違いなく。

 

「いいでしょう」

「アイリス様!?」

「そちらが持ちかけた勝負です! もう取り消しはききませんよ!」

「ああ。俺の持ちうる全戦力を使って敗北させてやる」

「分かりました! その言葉! 覚えておいてください!」

 

 がぁ、と扉の向こうで叫ぶアイリスを想像しながら、カズマはニヤリと口角を上げた。ああしっかりと覚えておくさ。そんなことを聞こえないように呟き、何やってんだお前という兵士の視線を気にしないようにしながらカズマはその場を後にする。

 廊下を歩き、さて準備をしないとなと考え。先程のやり取りを反芻し。

 

「……そうだよな、普通あのくらいの年齢ってああなるよな」

 

 一人の少女のことを思い浮かべると、何とも言えない表情を浮かべた。

 なお、彼が見逃しているだけで、彼女は主さまのためなら普通に暴走するので思い違いである。

 

 

 

 

 

 

 役者は揃った、と言ってもいいだろう。訓練場にやってきたアイリスは、中央付近で仁王立ちしているカズマを見て眉を顰めた。自信満々のその顔を見ていると、自身の不安定な感情も合わさってどうにも表情が険しくなる。

 

「さてアイリス様。まずはこれを」

 

 審判役だというクリスティーナが彼女に何かを投げて寄越す。それを受け取ると、どうやら白黒が半分半分になっている仮面を模したデザインのペンダントであることが分かった。

 これは、とアイリスがクリスティーナに尋ねると、彼女はニヤリと口角を上げる。今から本気で殺し合うためにも、きちんと準備は必要だろうと述べた。

 

「本気で殺し合い……? 何を言っているのですかモーガン卿!?」

「なぁに、お互い全力で殺り合わんと禍根が残るだろう? そのために用意したのさ」

「アイリス様が最弱職相手に本気を出すはずもありません」

「そうかいそうかい。なら尚更、それはつけておくといい」

 

 楽しそうにクリスティーナは笑う。そっちがそのつもりはなくとも、向こうは。暗にそう言っているのを察したクレアは、射殺さんばかりにカズマを睨んだ。

 が、彼は涼しい顔でそれを受け流す。ついでに不敵な笑みも浮かべた。

 

「別に俺はそれでもいいぜ? 王家の第二王女は最弱職の《冒険者》に手加減してもらわないと勝てませんって噂が流れるだけしな」

「貴様――」

「やめなさいクレア。あちらの言う通りです。私は、向こうの全戦力を受けて立つと確かに宣言しましたから」

 

 その代わり、とアイリスは下げていた剣とは別の剣をレインから受け取り抜き放つ。どう考えても特級品、それも恐らく神器クラスの代物だ。

 え? マジ? と思わずカズマは素に戻る。確かに全力で来るよう煽りはしたが、本気で全力装備を持ってくるとは。とはいえ、完全なる予想外というわけでもない。自分の命が想定より危険域に達しただけだ。

 

「それで、これは一体どのようなアイテムなのです?」

 

 白黒の仮面型ペンダントを弄ぶ。そんなアイリスに、念の為だと言っただろうとクリスティーナは笑みを浮かべた。

 

「それはアキノちゃんのところの魔道具店とアクセルの有名な研究所が共同開発した魔道具で、《残機くん》というらしい」

「残機、くん?」

「一回だけ致命をその仮面が受け付けてくれる優れものだ」

「はぁ!?」

 

 クレアとレインが目を見開く。彼女の言葉が本当なら、これは驚異的な発明品だ。すぐさま前線に配布し、魔王軍との戦闘に。

 

「まあ受け付けてくれるだけでそれまで蓄積したダメージはそのまま、更に本来なら死んでいたはずの致命ダメージも生きたまま受けることになるらしくてな。そのくせアフターフォローの魔法障壁が回復魔法も無効化するおかげで基本的に動けないまま力尽きる。戦場では二回死ぬのを味わえるだけだな♪」

「それは普通に死んだほうがマシなのでは!?」

「更にコストがべらぼうに高い。もし追加発注するのならば魔王軍幹部の賞金レベルの資金がいるぞ☆」

「何でそんなものをこんなところで!?」

「だから、こんなところでなければ使えないだろう?」

 

 レインのツッコミにしれっとそう返したクリスティーナは、さてでは始めるかと訓練場を見渡した。最初こそ残機くんの説明にぎょっとしていたものの、既にアイリスは目の前の相手に集中している。一方のカズマは、ガリガリと頭を掻きながら息を吐いていた。やる気が無いわけではない、緊張を隠しているだけだ。クリスティーナはそれを分かっているので、ただただ笑みを浮かべるのみである。

 

「さて、観客は下がってもらおう。クレアちゃんとレインちゃんもそうだし、そっちの――」

 

 視線を動かす。ジュンの横に所在なさげに立っていた一人の少女を視界に入れると、しょうがないなと言わんばかりに小さく息を吐いた。

 

「ユースティアナ様も、下がった下がった」

「あ――はい」

「……お姉様」

 

 クリスティーナの言葉を聞いて視線をそちらに動かした。が、ペコリーヌと目を合わせることはしない。怖いのだ。もう一度拒絶されたら、今度こそ本当に女神エリスのもとへと旅立ってしまう。先日のように、エリスだのアクアだのアメスだの騒いでいた謎の三人組に追い返されることもないだろう。

 そしてペコリーヌもそれは同様。あんな事を言ってしまって、どの面下げて話せばいいのか分からないのだ。ごめんなさい、嘘です、本当は大好き。そんな簡単に言えたら、苦労はしない。自分の弱さを認めて、アイリスに嫉妬していたのを認めて。そんな簡単に出来たら、最初からこんなことにはなっていない。

 

「ユースティアナ様」

「あ、ジュン……」

「始められないってクリスちゃんが怒ってるよ。さ、観客席に行きましょうか」

 

 そう促され、彼女はコクリと頷く。移動しながら、ペコリーヌはアイリスを見て、そして訓練場の中心付近にいるカズマを見た。

 アイリスに勝つ、と彼は言った。普通に考えれば絶対に無理だが、カズマならばひょっとして。そんなことが頭をよぎり、そして、それはつまり。

 

「……カズマくん」

 

 では始めるぞ、とクリスティーナが短剣を取り出した。それを放り投げ、ヒュンヒュンと宙を舞う。カズマはアイリスを見据え、アイリスはカズマを睨み剣を構えた。

 ザク、と剣が地面に突き刺さる。それを合図に、アイリスはカズマに向かって一直線に駆け出した。

 

「行きま――」

 

 カチ、と何かが起動する音がする。彼女の足元が突如光り輝くと、閃光を発しながら爆発した。

 

「な、な! なんですかこれは!?」

「知らないのか? これは《ブービートラップ》ってスキルで」

「そういうことを聞いているのではありません! どうして訓練場の地面にこんなものが」

「そりゃ、俺が仕掛けたからな」

 

 しれっとそう述べるカズマを見て、アイリスの動きがピタリと止まる。ギリギリと錆びついた蝶番のような動きで首を動かすと、それがどうしたと言わんばかりの表情を浮かべる彼の姿が。

 

「あなた、まさか……っ!」

「さーてな。ほれ、どうするお姫様」

「こ、のっ!」

 

 先程の爆発のダメージは微々たるものだったのか、アイリスは速度を落とさず再度駆ける。数歩走ると同時に地面のトラップが起動したが、発動するよりも早く彼女はそこを駆け抜けた。

 

「そういう身体チートでごり押すのやめてくれませんかね!?」

「何とでも言いなさい! そもそも、全力で来いと言ったのは」

「そうそう俺。で、俺も全戦力を使うって言ったわけよ」

 

 眼前まで迫ったにも拘らず、カズマは至極冷静に笑った。トラップがいくら起動しようとも、この距離ならば首を落とす方が速い。残機くんとやらがあるのだから、死にはしないだろう。そう判断したアイリスは迷うことなく剣を横薙ぎに。

 

「――え?」

「はい残念」

 

 ずぼ、と足が地面にめり込んだ。仕掛けてあるのは《ブービートラップ》、そう思い込んでいた。だから、それが起動しようとも発動前に避ければ問題ないと判断していた。

 だから、とてつもなく原始的な即座に起動する罠への対処が一瞬遅れた。

 

「落とし、穴っ!?」

 

 それも大分深い。恐らくこれもスキルで作成したのだろう。一気に視界が地面一色になる。底は見ない。何か用意されていたのならば、それが余計な恐怖を煽るからだ。

 落とし穴の壁を蹴る。三角跳びの要領で蹴り上がっていったアイリスは、地上に出ると同時にカズマに一撃を叩き込もうと先程まで彼のいた場所を見た。いない、のは織り込み済み。視線を即座に巡らせ、あの不届き者に一撃を。

 

「……これ、魔法、陣……?」

 

 周囲を取り囲んでいるそれは間違いなく魔法の発動陣だ。相手は《冒険者》、理論上どんなスキルも会得出来るとはいえ、こんな大掛かりな特殊上級魔法など普通は無理だ。

 ならば何故。そんなことを思った時には、既に魔法陣は完成し発動の体勢になっていた。そして、呪文の詠唱者の声もそこに響く。

 

「《アビスバースト》ぉ!」

 

 爆発。落とし穴ごと吹き飛ばさん勢いで放たれたそれは、とっさに防御態勢を取ったおかげで直撃は避けられた。ゴロゴロと転がり、ついでにトラップが発動し追加で吹き飛ぶ。そのまま訓練場の端の壁に当たると、アイリスの体はようやく止まった。

 揺らされた視界を元に戻しながら、彼女は先程の魔法発動者の姿を視界に捉える。アイリスの対戦相手はカズマ。最弱職の《冒険者》の青年だ。

 そう、まかり間違っても先端が魔導書になっている杖を持った獣人の少女ではないし、杖も兼ねた槍を持っている自身よりも年下のエルフの少女でもない。

 

「あー、やっぱり駄目ね。これで倒せるほど甘くないわ」

「では、次の作戦と参りましょう」

「だな。キャル、コッコロ、頼んだぜ」

「待って! 待ってください!」

 

 武器を構える三人を見ながら、アイリスはタイムを取る。何がどうなってこうなっていると若干困惑した表情でクリスティーナを見ると、何か問題があるのかと言わんばかりの表情を浮かべているのが視界に映った。ああ、つまりこれは最初から織り込み済みだということだ。それを理解した彼女は、勿論審判に抗議をする。

 

「ん? アイリス様は坊やの宣言に同意をしたんだろう?」

「何のことですか!?」

「何のことも何も。俺は言ったぞ、俺の持ちうる全戦力を使って敗北させるって」

「――――っ!」

 

 パクパクと口を開いたり閉じたりを繰り返したが、どれも声にはならない。つまり、そういうことなのか。これらの仕込みは全部。

 

「ああ、当然ワタシは事前に許可を求められているぞ」

「審判も……抱き込んだの、ですか……っ!」

「人聞きが悪いな。根回しが上手いと言ってくれ」

「この、卑怯者!」

「おう、ありがとう」

「褒めてません!」

 

 がぁ、と叫ぶ。ギリギリと奥歯を噛みながら、アイリスはゆっくりと剣を構えた。いいだろう、そっちがその気なら、こっちも。そうは思うものの、普段真っ当な修練しか行っていない彼女にはこの場を切り抜ける丁度いい手札を持ち合わせていない。だから出来ることは、真正面から叩き潰すことだけ。

 それは奇しくも、先日のペコリーヌとの模擬戦で考えたことに似通っていて。

 

「そもそもアイリス様。これは決闘ではない殺し合い、なら多人数で襲い掛かってくるのは当然だろう? ――やれやれ、ワタシと団長で鍛えたユースティアナ様なら、それくらいはすぐに適応するのだがなぁ」

「くっ……くぅ……っ!」

「何で審判が挑発してんのよ……」

 

 




勇者様の戦い方じゃない……


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その72

戦隊モノってそんなものね。


 アイリスは剣を構え直す。眼前には気付いたら三人になっている対戦相手が見える。先程のクリスティーナの言葉は、煽りではあったものの彼女の気持ちをある程度切り替える役割も担っていた。

 

「アークウィザードとアークプリースト。上級職ではあるものの、完全な前衛となる相手はいない」

 

 足に力を込めた。それに合わせるように、キャルが呪文を唱え始めコッコロがメンバー全員に支援魔法を掛ける。

 それがどうした、とアイリスは一気に駆けた。相手の防御以上のダメージを与えることさえ出来れば勝つ。至極当然の思考だ。

 

「――え?」

 

 剣を持っていた右腕が弾かれた。突如ベクトルを変えられたそれにより、アイリスは思わずたたらを踏む。魔法か、とキャルを見ても、彼女はまだそれを発動させていない。

 では何が、と視線を動かすと、いつの間にかカズマが弓を構えてこちらを見ていることに気付いた。

 

「狙撃!?」

「剣の先端にある程度値の張る弓矢使ってぶち当てれば、俺程度でも弾くくらいは出来るって寸法よ」

 

 これみよがしに呪文を唱えていたキャルは囮。向こうに注意を持っていくことでカズマの動きを分かり辛くさせたのだ。なお、勿論呪文自体はしっかり唱えているので、キャルの追撃でアイリスとカズマ達との距離がまた開く。飛び退った着地地点には当然のようにトラップが仕込んであった。

 

「きゃぅん! あ、しび……やぁ、くぅぅん! ひゃぁぁ!」

 

 麻痺毒である。ビクンビクンと悶えながら思わずその場にへたり込むアイリスを、カズマは何とも言えない表情で眺めていた。

 

「……なんだろう。いかがわしいことをしている気がしてきた」

「おめでとうカズマ。あんたこの後死刑ね」

「はぁ!? その場合俺の戦力に組み込まれたお前も同罪なんですけどぉ!」

「嫌に決まってるでしょうが。あたしは逃げるわよ」

「逃がすか! 俺と一緒に地獄に行ってもらうぞ!」

「主さま! キャルさま! 遊んでいる場合ではございません!」

『はーい』

 

 武器を構え直す。気合かスキルかは不明だが、麻痺をレジストしたらしいアイリスが大きく深呼吸をしてこちらを睨み付けていた。

 キャルとコッコロの手を掴む。そのまま逃走スキルと自動回避を発動させたカズマは、立っていた場所から全力で離脱した。

 瞬間、巨大な稲妻がアイリスを起点に発射される。射線上にあったトラップは恐らくほぼ吹き飛ばされただろう。そんなことを思いながら、カズマは二人を引っ張ったままアイリスが落ちた穴の方へと移動した。

 

「外しましたか」

「食らったら塵も残らなさそうなもんぶっ放してんじゃねーよ!」

「致命は肩代わりされるのでしょう? だから私は遠慮などしません」

「ああそうかい。まあそんなのはどっちでもいいんだけどな」

「そうやって余裕の表情を浮かべていられるのも今のうちです!」

 

 再び剣を構える。自身と相手の直線状に先程の落とし穴が見えたが、彼女は別段気にしない。見えている穴など飛び越えるなり何なりすればいいだけだ。

 牽制の意味も込めて先程の呪文を唱えつつ、アイリスは再度距離を詰める。ここで逃げを打つならば間接攻撃で追撃、受けて立つのならばそのまま叩き斬る。そんなことを思いながら、彼女は剣を。

 

「かかった! 出番だ、ダクネェェェェス!」

「くぅ……! こんな、こんな捨て駒のような役割を担わされるとは!」

「嬉しそうね……」

 

 落とし穴から人が飛び出してきた。突如アイリスの目の前に出現したその人影は、彼女の一撃を真正面から受け止める。当然押し切られるが、アイリスもそこで足止めを食らってしまっていた。

 

「ら、ララティーナ!? 何故ここに!?」

「……あの男に、カズマに、頼まれましたので」

 

 吹き飛ばされたダクネスであったが、コッコロの支援とカズマのブーストのおかげもあってかほぼ無傷で起き上がり再度三人を守るようにアイリスに立ち塞がる。そんな彼女を見て、アイリスは思わず目を瞬かせ、そして一歩後ずさった。

 

「……待って、ララティーナ。貴女、今どこから出てきたの?」

「先程アイリス様が落ちかけた落とし穴です」

「……いたの?」

「はい、底に埋められておりました」

 

 笑顔で生き埋めにされていたことを話すダクネスを見て、アイリスはほんの僅かだが引く。が、それだけ向こうを信頼しているのかと思い直し再度その表情を引き締めた。

 

「成程。三人と見せかけて四人でしたか。ですが、私は――」

「何言ってんだ?」

「え?」

 

 カズマは笑みを浮かべたまま。コッコロとキャルは彼の発言に別段驚かず構えたまま。そしてダクネスも、知っているからなのか、生来の性格上バツの悪そうに視線を逸らした。

 殺気。背後で生まれたそれを感じ取ったアイリスは、即座に反転し剣を振るう。横薙ぎに繰り出された大剣と、アイリスの聖剣とがぶつかり合い甲高い音が鳴り響いた。

 

「くっ……流石に奇襲は成功しませんか!」

「アキノ!?」

「ええ。ウィスタリア家が子女アキノ、カズマさんの戦力として参上しましたわ!」

 

 ぶつかり合いは一瞬。自身の不利を覚ったアキノは即座に剣を引き、くるりとダンスを踊るように回転しながら回避を行った。そうして優雅に着地をすると、頬に手の甲を当てお嬢様高笑いを上げ始める。

 

「おーっほっほ――」

 

 その足元が光り輝いた。綺麗にトラップを踏み抜いたアキノは、そのポーズのまま爆発する。爆煙に包まれる彼女を目で追っていた一行は、暫しそのまま固まった。

 

「……えっと。五人、だったのですか?」

「今四人になったかもしれないわね」

 

 

 

 

 

 

「少年も凄いことを考えるね」

 

 爆煙から出現したアキノを加えた五人パーティーとなったカズマ達を見ながら、ジュンはそんなことを呟いた。

 アイリスは確かに王族としてレベルを上げていたが、あくまで訓練と英才教育の結果でしかない。素直過ぎると言い換えてもいいだろう。だから、カズマが勝負を宣言した時点で一対一の決闘だと思い込み罠にはまってしまったし、キャルとコッコロの追撃を食らってしまった。そして普段のパーティーメンバーが現れたことで向こうの戦力がそれだけだと思い込み、突如出現したダクネスに攻撃を防がれアキノの奇襲を許してしまった。

 とはいえ、そのどれもが普通はこの状況で実行しない方法だ。そういう意味では対処しろというのはいささか酷ではあるが、しかし。

 

「ユースティアナ様」

「……なんですか?」

「貴女なら、どうしました?」

 

 ジュンの言葉に、ペコリーヌは首を傾げる。自分なら、と言われても。そんなことを思いつつ、とりあえず先程の戦いの流れを思い返した。

 

「……まあ、一人が三人になったならもう少しくらい増えるかもって警戒はするかもしれませんね」

「うん、そうだね」

 

 頷きながら視線を訓練場に向ける。カズマの指示の下、コッコロの支援を受けたダクネスが防ぎアキノが攻め、そしてキャルがその隙を狙うという戦い方でアイリスを翻弄していた。実戦経験の浅さが明確な弱点となって彼女を追い詰めている。

 

「いい調子だ」

「そう、ですね……」

 

 ペコリーヌは同意しながら、向こうで戦況を有利に進めているカズマを見た。くしゃりと表情を歪ませ、このまま勝っちゃいそうですねと呟く。

 彼の宣言通りに。自分に見せ付けるように。

 

「ふふっ」

 

 その呟きを聞いていたのだろう、ジュンが思わず吹き出した。どうやら本当に、彼はよく分かっているんだな。苦笑しながらそう述べ、彼女はペコリーヌに向き直った。

 

「ねえ、ユースティアナ様」

「なんですか?」

「貴女なら、分かるはずだよね」

「……何をですか?」

「向こうの状況を、さ」

 

 訓練場に設置されていた罠もほぼほぼ発動し終えたらしい。当然のように誘導されたアイリスは所々ボロボロで、ぐぬぬと忌々しげにカズマを睨んでいる。が、決定打にはどれも至っていなかった。

 

「はぁ、はぁ……。そろそろ、打ち止めなのではないですか?」

「それはどうかな?」

 

 カズマはあくまで余裕の表情を崩さない。それはコッコロもキャルも同様である。ダクネスは何とも言えない表情を浮かべていたが、これは主君を敵扱いでボコっているからであり、ほぼ最初からこの顔なのでやはり読めない。

 

「アイリス様。そろそろ、彼を認める気になられたのではなくて?」

「何をどう思うとそのような結論になるのですかアキノ。私は、こんな戦い方をする相手を認めるわけには――」

「《バインド》!」

「きゃぁ!」

「ちっ、外したか」

「如何ですか? この迷いなき動き」

「絶対に認めません!」

 

 アキノとの会話中に自身を拘束しにかかったカズマに文句を言いながら、アイリスは剣を構え直す。向こうのペースに乗せられていたことを自覚し、深呼吸をすることで気持ちを切り替えた。

 ここまでは、二人に接近戦を挑まれていたのでそのまま受けて立った。だが、これからは。

 

「まずい! カズマ! 回避だ!」

「間に合わねぇよ! 耐えろダクネス! ブーストするから!」

「頼みますダクネスさま! 《オーロラブルーミング》!」

「……あの構えってまさか!?」

「逃がしません! 《エクステリオン》!」

 

 斬撃が飛ぶ。広範囲を薙ぎ払わんと振るわれたそれは、先程放った魔法と同じように訓練場を吹き飛ばす。

 爆煙で視界が遮られたが、それも一瞬。油断なく構えてはいたものの、向こうも大ダメージは免れないだろうと予想していたアイリスにとって、そこに現れた光景は思わず目を見開くものであった。

 

「はぁ……まさかこの身でアイリス様の訓練ではない一撃を味わえる時が来るとは」

「ほんとに耐えやがったよこいつ……」

「というか臣下の貴族としてそれは大丈夫なの……?」

 

 鎧にもダメージが入っているものの、ダクネスはその足でしっかりと立っている。呆れたようなカズマと、引いているキャルであったが、しかし意識はきちんと目の前のアイリスへと向いていた。コッコロはダクネスに回復を掛け、一人真面目モードで油断なく武器を構えている。

 そして当の本人であるアイリスは。

 

「……一撃で駄目なら、もう一撃を」

「させるとお思いで?」

 

 我に返ったアイリスが追撃を放とうと思った時には、既にアキノが駆けていた。己の剣に炎を纏わせながら、彼女は背後にいるであろうカズマに叫ぶ。

 

「カズマさん!」

「分かってる!」

 

 ショートソードをアキノに向け、糸で繋ぐようにイメージをする。そうした後、繋がった相手の能力をブーストさせ、一撃の威力を極限まで高めさせるのだ。

 

「あんまり持ってかないでくれよ。まだメインが残ってるんだからな」

「承知の上ですわ。――参ります!」

 

 初撃でアイリスの剣を弾く。明らかに先程までと違うそれに、アイリスは思わず声を上げた。そうだ、そういえば。所々、明らかに彼女達はおかしい動きをしていた。突然ステータスが跳ね上がったとしか思えない攻撃を放ってきた。

 先程まではアークプリーストの支援魔法だと思っていたが、これは違う。この戦闘中、ブーストする、とカズマが時々言っていたのを思い出した。ひょっとしてあれは、《冒険者》だから覚えた他職のスキルで僅かな支援を追加していたのではなく。

 

「それは、後で本人に聞くとよろしいですわ」

 

 炎の斬撃が大地を駆ける。刻まれたそれに思わず顔を顰めたアイリスへ、更にアキノによる炎の斬り抜けが叩き込まれた。

 

「ぐぅ、これは……!」

(わたくし)も、日々成長していますので。さあ、ごらんあそばせ!」

 

 もう一撃、もう一撃と炎の斬撃がアイリスへと撃ち込まれる。大地に炎の爪痕が刻まれたそこへと、飛び上がったアキノがとどめの一撃を振り下ろした。

 

「《ノーブルプロミネンス》!」

 

 天に届かんばかりの火柱が上がる。うお、と思わずカズマが後ずさり、キャルは飛んできた火の粉で尻尾が少し焦げた。ダクネスは食らいたそうにそれを見上げていた。

 お嬢様高笑いを上げていたアキノは、ふう、と息を吐くと即座にバックステップ。カズマ達と合流すると離脱を提案した。

 

「主さま! アイリスさまは、まだ……!」

「マジかよ。魔王軍幹部よりタフなんじゃねーかあれ?」

「……もうあいつが直接魔王倒しに行きなさいよ」

 

 斬撃が飛ぶ。先程までカズマ達がいた場所を薙ぎ払ったそれは、火柱から飛び出したアイリスのものだ。流石は王族と言うべきか。服が所々焦げてはいるが未だ健在で、そして闘志も衰えていない。

 

「……」

「ユースティアナ様」

「……なんですか?」

「分かってるでしょう?」

「……分かりませんよ」

 

 ジュンから、訓練場から視線を逸らす。彼女の言っている意味が理解出来るからこそ、彼女は目を背ける。だって、そんなものは、自意識過剰にも程がある。

 

「あのメンバー、意図的に抜けがある」

「……」

「それが足りないから、アイリス様との差が埋められない」

「……」

「まるで全員がそこにいない誰かをサポートするみたいに」

「それは、違います」

 

 ジュンの言葉を遮った。そうだ、そんなことはありえない。彼女のその言葉は、間違っている。そこだけは自信を持って言える。自分の価値が低いとか、自分が出来損ないだとか、そういうものとは関係なく、それは違うと言い切れる。

 

「わたしは、知ってます」

 

 カズマのことも、キャルのことも、コッコロのことも。勿論ダクネスとアキノのことも。

 でも、今語るのはその中でも一人。まるで正々堂々という言葉を辞書から削り落としたような、そんな戦い方をしている少年一人だ。

 

「カズマくんは、そんなことを思ってません」

「……ほう」

「あの人はただ……」

「ただ?」

 

 鎧を纏っているのでその表情は分からない。が、声色だけで察することが出来る。悪戯が成功した時のような、まるでクリスティーナのような。ジュンは、そんな風に楽しげな様子でペコリーヌの言葉の続きを促した。 

 ぐ、とペコリーヌは言葉に詰まる。その表情は先程までの暗いものではなく、恥ずかしさで占められていて。

 

「……わたしが、そこにいるのが当たり前だって思ってるだけ、なん、です……」

 

 段々と言葉の勢いが弱くなっていく。今物凄く恥ずかしいこと言った。その自覚があるからこそ、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。

 隣のジュンはうんうんと頷いている。鎧の下では非常にいい笑顔だ。クリスちゃんにも聞かせたかったな今の。そんなことを思いながら、彼女はペコリーヌの頭をその鎧の手で撫でる。

 

「分かっているんだね、ユースティアナ様」

「うぅ……」

「少年達は、貴女を必要としている。そこにいるのが当たり前だと思っているほどには、欠かせない存在になっている」

「……」

「ねえ、ユースティアナ様。貴女は、要らない存在かな?」

「…………ジュンも、クリスティーナも。二人共意地悪ですね」

「あはは。クリスちゃんには負けるけどね」

 

 ジュンのその声を聞きながら、ペコリーヌは息を吸い、吐く。

 知っていた。そんな事はとうに分かっていた。ただ、見えないふりをしていただけだ。自分に価値がないと思っていたから、そんな自分を必要としてくれる皆を、間違っていると避けていただけだ。自分で自分を認められないから、他人の評価を受け入れられなかっただけだ。

 子供のままだったから、拗ねて、むくれて、嫌がって。ずっと、ずっと、いつまでも。駄々をこねていただけなのだ。

 パァン、と思いきり頬を張った。立ち上がると、横に立てかけてあった自身の剣を取り、外していた装備を身にまとう。

 

「はいこれ」

「……これは」

「残機くん。ユースティアナ様が飛び出す準備出来たら渡せってクリスちゃんが」

「全部お見通しなんじゃないですか……」

 

 怪しい仮面の形をしたペンダントを受け取ると、ペコリーヌは訓練場を見た。アイリスが聖剣による一撃を放とうとしているところで、どうやらダクネスにもう一度壁になってもらうつもりらしい。正確には生贄である。カズマ達は既に逃げる算段を立てていた。

 思わず笑みが浮かぶ。ここ数日、久しく忘れていたその感情を、彼女はあるがままに享受した。

 足に力を込める。王家の装備で自身の限界値を押し上げると同時、ペコリーヌは一気に訓練場の戦闘領域へと飛び込んだ。剣を抜き放ち、構え、そして。

 

「《エクステリオン》!」

「《プリンセスストライク》!」

 

 アイリスの放ったそこに割り込む形で、彼女は彼女の、彼女なりの攻撃を遠慮なくぶっ放した。

 

 




姉妹喧嘩(真)


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その73

王女姉妹は所詮、拳と拳でしか分かり会えない不器用な美少女なのさ


「ねえ、エリス」

 

 アメスの夢空間。そこで自身の加護を与えた者がいる世界を見ていたアメス、ではなく居着いているアクアが、これまたいつの間にか仕事の休憩という名目でここに入り浸るようになったエリスに尋ねていた。ボリボリとビスケットを齧っているので間違いなく雑談である。

 

「どうしました? 先輩」

 

 同じくクッキー片手に紅茶を飲んでいたエリスが返す。こいつら完全に人の空間溜まり場にしてやがるとアメスはジト目で二人を眺めていた。

 

「あの子達の装備してるのって神器よね? 転生者特典のチートアイテム」

「そうですね。王族に伝わる装備ということですし、別段悪用もされていないのでこちらで回収することはないでしょうけど」

 

 それがどうかしたんですか、とエリスはアクアに問い返す。それを聞いていたアクアは、ほんの少しだけ難しい顔をした。自分の記憶が確かならば。そんな事を言いながら、アイリスの剣とペコリーヌの装備を指差す。

 

「あっちの子の剣は本来の力を完全には引き出せないじゃない。武器としての性能はまあともかく、状態異常完全無効の追加効果は急速レジストに劣化してるし」

 

 カズマの麻痺毒の件についてだろう。そうですね、と頷きながら、エリスはアクアの言葉を待った。口を挟まないアメスも、彼女が何を言い出すのか聞くことだけはしっかりやっている。

 

「向こうのあの娘。あの装備って本来の持ち主以外が使うと装備者のスタミナの回復量を上げるとか自然回復を早めるとかちょっとした状態異常耐性つくとかちょっとステータスに補正掛かるとか、そういう満遍なく効果がある器用貧乏なやつでしょ?」

 

 元々強力な王族が装備すればその効果がダメ押しになる。だからこそ王族に伝わる神器であったし、選ばれし者のための強力な装備として認識されていた。

 しかし、それがどうしたのだろう。エリスは首を傾げながら、アクアの問い掛けの意図が分からず更に問う。が、それよりも早く、彼女の横から声が飛んだ。

 

「ちょっと待って。ペコリーヌちゃんのあの装備、そんな効果なの?」

「そうよ。もちろん本来の持ち主なら、自分のステータスの限界値が跳ね上げられて超パワーアップしたりとか、その効果を引き出すためにフォームチェンジとか出来ちゃう勇者っぽいっていうかヒーローっぽい装備だけど」

「……成程ね」

「やっぱりそうよね?」

「……ど、どうしたんですか? 二人共凄い顔してますけど」

 

 アクアの言葉の途中からアメスの表情が固まった。それを見たエリスは目を見開くが、アクアもアメスの反応で微妙な表情になったことで更に慌てる。

 そんなエリスに、アクアもアメスも何かを諦めた表情でぽんと肩を叩いた。

 

「先祖返りって、あるものなのね」

「案外、血筋に魂の記憶みたいなのって刻まれてるのね。まあ、本当の本人には流石に及ばないでしょうけど」

「魔法が使えないのもその影響でしょうね」

「まあトントン? 特化型って言っちゃえばそれまでだし」

「え? え? 先輩もアメスさんも、何を言って……!?」

 

 何となく察した。目の前のスクリーンで吹っ切れた表情をしているペコリーヌを見て、まさかそんなとエリスは呟いた。

 視線を戻す。何とも言えない笑顔でサムズアップするアクアとアメスが視界に映った。

 

『向こうの調査と報告、頑張れ』

「薄情者ぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

 アイリスの斬撃を別の斬撃で打ち消したその光景を、訓練場にいた面々は各々の表情で眺めていた。それは驚愕だったり、歓喜だったり。

 あるいは、安堵だったり。

 

「おっせーぞペコリーヌ! 遅刻だ遅刻!」

「あはは、別にいいじゃないですか、少しくらいは」

「どこが少しだ! 割とジリ貧だったんだぞ」

 

 笑顔でそうのたまうペコリーヌに、カズマはふんと鼻を鳴らす。そんな彼を見て、彼女は口角を上げたまま唇を尖らせた。

 

「も~、細かいですね。……でも、うん。ごめんなさい、お待たせしました」

「おう」

 

 何も飾ることない笑みを浮かべたカズマは、よしでは改めてとアイリスを見る。

 乱入者に、六人目に。思わず呆然と立ち尽くしているアイリスを、見た。

 

「……」

 

 ペコリーヌも少しだけ気まずそうにアイリスを見やり、そして目を瞑ると何かを決めたように後ろへ振り返った。その表情が真剣味を帯びていて、五人は思わず姿勢を正す。

 

「ごめんなさい。いきなり乱入したわたしがこんなお願いをするのは駄目だと思うんですけど」

「い、いいえ! ユースティアナ様が頭を下げることなど!」

(わたくし)達は貴女様の臣下ですもの。少しくらいのワガママは許容範囲ですわ」

 

 ダクネスとアキノの言葉に、彼女はありがとうございますと返す。そうしながら、ちらりとキャルとコッコロを見た。

 

「様子伺うみたいに見んな。別に好きにすればいいじゃない。その代わり、あたしは絶対に助けないから」

 

 何も言っていないのに、キャルの言葉はペコリーヌのその先を踏まえた返事であった。それが嬉しくて、彼女は思わずキャルに抱きつく。やめんか、とペコリーヌを引き剥がすと、さてどうすると視線をカズマとコッコロに向けた。

 

「ふふっ。わたくしの答えは既に決まっております」

「だとさ。で、俺達は下がってればいいのか?」

 

 キャルの言葉で、あるいはペコリーヌの態度で大体察したのだろう。コッコロもカズマも、既に彼女のワガママを前提に動く気満々である。

 ペコリーヌはその答えにはいと答えた。そうした後、ちょっと追加でお願いがと述べる。

 

「コッコロちゃん。アイリスの回復をしてもらっても、いいですか?」

「はい。わたくしはかまいません」

「……あんたってほんっと馬鹿よね」

「あはは、やばいですよね☆」

 

 では、とコッコロはアイリスの減った体力を回復させる。万全とは言えないかもしれないが、全力でぶつかり合うのには十分な状態には戻った。戻された。

 そんなことを要請した姉を、アイリスは静かに見る。ほんの少しだけ、泣きそうな表情で、捨てられた子犬のような顔で。

 

「アイリス」

 

 深呼吸をして、振り向いた。妹の名を呼び、ペコリーヌは真っ直ぐに彼女を見る。

 そして、迷うことなく頭を下げた。ごめんなさい、と謝った。

 

「お、お姉様!?」

「わたしはアイリスに酷いことを言っちゃいました。だから、ごめんなさい」

「そ、そんな……! お姉様が謝ることなど!」

「子供みたいな駄々で、アイリスに嫉妬して、八つ当たりしました。これは絶対にわたしが悪いです」

「ち、違います! 私が」

「まあ今回の件は、間違いなくボスが悪い」

「クリスティーナは黙ってて!」

 

 茶々を入れた審判に怒鳴りつつ、アイリスはペコリーヌを真っ直ぐに見る。そうしながら、一つ尋ねたいと彼女は述べた。

 

「なんですか?」

「……私のこと、大嫌いって」

「ごめんなさいごめんなさい! あの時は頭の中ぐっちゃぐちゃで…………いえ、言い訳ですね」

 

 慌てたような表情から、真面目な顔に。ペコリーヌは泣きそうなアイリスを見ながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。そうです、大嫌いでしたと言い切った。

 

「わたしの持っていないものを全て持っている。そう思っていたから、わたしの大好きな妹のことを大嫌いだって言い張りました。そう思い込もうとしました」

「お姉様……」

「でも、それ以上に。そんな風に考えちゃう自分が、大っ嫌いでした。こんなやつが王女だなんてって、いつも考えてました」

 

 でも、と周囲を見渡す。そこにいる面々の顔を見る。ゆっくりとそれを噛み締めるように目を閉じ、開く。そうしてから、改めてアイリスを見た。

 

「わたしは、わたしでした。みんながそうやって信じてくれる限り、わたしはちゃんとユースティアナでいられるし――」

 

 拳を握る。その拳を前に突き出すと、ペコリーヌは屈託のない笑顔で言葉を続けた。

 

「カズマくん達のパーティーメンバー、お腹ペコペコのペコリーヌとして笑っていられる。うじうじ悩んでた沢山のことは、そんな余計なことは、必要なかったんです」

「……そう、ですか」

 

 ストン、と。何か憑き物が落ちたような姉の様子を見て、アイリスはゆっくりと息を吐いた。そうだ、これだ、と彼女は目を細めた。自分が大好きだった、尊敬する姉の姿は、こうであったと思い返した。

 アイリスにとっては、ユースティアナはいつもこうだったのだ。悩んでいた、嫉妬していた、子供のように駄々をこねていた。そんな表面よりも奥にあるその姿を、ずっと見ていたのだ。

 だから、その姿がこうして全面に押し出されたのは、とても嬉しくて。

 

「お姉様」

「はい」

「私も、大好きなお姉様が大嫌いでした」

「え?」

「私が今ここまで成長出来たのは、お姉様の背中を見ていたからです。いつか、お姉様と並べるようにって頑張って、勉強や修練も」

 

 なのに、とアイリスはペコリーヌに指を突きつける。その動きに思わずビクリとなった彼女に向かい、アイリスは捲し立てる。

 

「全然、追い付けないのですよ!」

「……アイリスの方が全然上ですよ?」

「ほらそれです! お姉様は自覚してください! 普通の人間はクリスティーナとジュンによる本気の訓練と通常の勉強を揃って合格出来るまでこなせるように出来ていないのです!」

 

 うんうん、とアキノとダクネスが頷く。昔馴染みの仲なので、定期的に訓練に付き合っていたこともあったが、実際体験した身からすれば同意しかない。正直落ちこぼれ発言を聞くたびにこいつ正気かと思ったことも多々ある。

 

「魔法が使えないからなんだというのです! ベルゼルグ王国は強ければ大抵のことが押し通せます。お姉様の強さはそういうレベルなのですから!」

「……あ、はい。ごめんなさい」

 

 アイリスの剣幕に思わず謝る。そう言ってるけどお前も十分大概だろ、というツッコミを入れる空気ではなかったので大半の人間が自重した。

 勿論この人は自重しない。

 

「アイリス様、何を他人事のように言っている? 貴女もしっかりと規格外だぞ☆」

「言っちゃった!?」

「ワタシの見立てでは、陛下とジャティス王子が殆ど王城に帰らないのは二人を見ると凹むからだろうと思っているがな♪」

「王城の噂の発生元は貴女かモーガン卿!?」

 

 訓練場が静まり返る。目をパチクリとさせている姉妹は、何とも言えない表情を浮かべるとあははと苦笑した。

 

『やばいですね☆』

 

 

 

 

 

 

 さて、とペコリーヌは剣を構える。それに合わせるように、アイリスも剣を構え真っ直ぐに姉を見た。

 

「わたしは今まで、アイリスに勝ててませんでした」

「私はこれまで、お姉様に勝利出来たことなどありませんでした」

 

 だから、とお互いを睨む。真剣に、本気で、全力で。

 それでいて笑顔で、相手を睨み付ける。

 

「今日は勝たせてもらいますよアイリス!」

「今日こそ、勝たせていただきますお姉様!」

 

 同時に足を踏み出す。一瞬で肉薄した二人は、自身の剣をぶつけ合いギリギリと押し込んだ。その衝撃の余波が周囲に撒き散らされ、強風でバサバサとスカートが捲れ上がる。慌てて押さえるキャルであったが、カズマの位置からは思い切り見えた。まあ前も見たからな、とカズマはどこか冷静にその黒色を記憶した。

 剣を引く。即座に振り抜いたアイリスの一撃は、あろうことかペコリーヌの裏拳で弾かれた。カウンターの膝蹴りを打ち込むが、想定済みであったのかアイリスはバックステップでそれを躱す。

 と、同時に回転するように横薙ぎの一撃。げ、と目を見開いたペコリーヌは、軸足を振り上げて自ら仰向けに転倒した。勢いよく半回転した体は、その胸部装甲を惜しげもなく揺らす。ペタペタと自身の上半身を触りながら、キャルの目が若干死んだ。

 

「お姉様。手を抜いていませんか?」

「アイリスが意地悪だ!?」

「ええ。この間の意趣返しですよ」

 

 クスクスと笑うアイリスを見ながら、ペコリーヌは起き上がる。パンパンと服についたホコリを払いながら、そういうあなただってと指を突き付けた。

 

「魔法やスキル、使ってないじゃないですか」

「近接でお姉様を倒した方が勝ち誇れるではないですか」

「むっ。アイリスったらいつの間にかそんな子に」

「はい! お姉様の妹ですので」

 

 満面の笑みである。おおう、と少しだけ圧されたペコリーヌであったが、まあそういうことならばと剣に力を込め、集中し始めた。アイリスもそれに気付き、剣を構え姉の出方を見る。魔法のチャージも、《エクステリオン》の発動準備も忘れない。

 ペコリーヌはペコリーヌで、今から行うことに不安があった。今まで成功はしていない。クリスティーナから教えられたそれは、本当にそれが正解なのか分からないほどの代物だ。

 ちらりと後ろのカズマを見た。あの時、彼の使う女神の加護の力の後押しがあってようやく、それも一度スキルを使うためだけに発動させたそれを、今。

 

「カズマくん」

「ん?」

「あのスキル、かけないでくださいね」

「いやしないけど。……そこまで言うからには、絶対成功させろよ。いいか? 絶対だぞ。フリじゃねぇからな」

「――分かってます。絶対に!」

 

 淡く光ったペコリーヌは、手にした剣を天に掲げる。光りに包まれたペコリーヌは、身に付けていた装備が変化した。装飾が増え、剣もその姿を変え。煌めきに包まれたその背中からは、まるで翼のようなオーラが一瞬溢れた。

 

「は、はははははっ! いいぞボス!」

「ユースティアナ様。本当に吹っ切れたね」

 

 クリスティーナとジュンが笑う。アキノとダクネスは、どこか感慨深げにその姿を見た。

 そして、カズマ達は。

 

「次はもう奢らねーぞ」

「あんた言うに事欠いてそれ?」

「ふふっ。ペコリーヌさま、全力で、いってらっしゃいまし」

「はいっ!」

 

 アイリスを見る。どこか感動に打ち震えているような彼女を視界に入れ、ペコリーヌは剣を構え直した。

 それに合わせるように、アイリスが準備していた魔法を取り消し、自身の剣を真っ直ぐに構えて恐ろしいほどに集中し始めた。周囲の空気がパチパチと震え、クレアとレインも状況に思わず緊張し後ずさる。

 

「――行きますよ、アイリス」

「はい――お姉様!」

 

 先程よりも猛烈な勢いで、爆発でもしたかのような勢いで二人がぶつかり合う。アイリスは剣にオーラを纏い、その一振りが必殺レベル。しかしペコリーヌはそんな斬撃を同じように剣で受け止め受け流す。今あの場に近付いたら、間違いなく自分は一瞬でミンチだろう。そんなことを思いながら、カズマは他の面々に退避の指示を出した。

 お互いの剣が弾かれる。再度距離を取った形になった二人は、深呼吸を一つ、した。

 

「ふぅ……やっぱり、長時間は無理ですね」

「私も、この状態を維持し続けるのは無理です」

 

 だから、とアイリスは剣を振りかぶる。彼女の周囲に漂っていたオーラが全て手にしていた剣に集まり、いつにも増して光り輝いた。

 だから、とペコリーヌは左手を前に突き出した。そこに魔法陣が浮かび上がり、それに向かって剣を構え少しだけ腰を落とす。

 

「全力で、参ります。お姉様!」

「はい、行きますよアイリス。わたしの、全力全開の更に先!」

 

 あ、やべ。これ見てたらアカンやつだ。そう判断したカズマであったがもう遅い。既に逃げる時間など残されておらず、キャルは何かを悟ったように訓練場の壁にもたれかかりながら様子を見ている。コッコロも同じで、こちらはただ純粋に見守っているだけのようであった。

 

「ああもう、こうなりゃヤケだ! ペコリーヌ、ぶちかませ!」

「やっちゃいなさい、ペコリーヌ!」

「ペコリーヌさま! 頑張ってくださいまし!」

 

 背後の声援を受け、ペコリーヌは笑みを浮かべる。対面のアイリスが少し不満そうにこちらを見ているのが見えて、ふふんと少しだけ勝ち誇った。

 

『アイリス様!』

「クレア、レイン……」

 

 そこに声。そうだ、自分だって見守ってくれている人がいる。ちょっと一瞬負けた気になったが、そんなことはない。でもそれはそれとして友達欲しいな。そんなことを思いながら、アイリスは負けんとばかりに姉を睨んだ。

 

「《セイクリッド――」

「《超! 全力全開☆――」

 

 アイリスの剣から光が迸る。その斬撃は間違いなく一人の人間に、というか姉にぶっ放していいものではない。ドラゴンなら真っ二つになるくらいで済むだろうが、人間の美少女が食らえば欠片も残らないだろう。

 一方のペコリーヌのオーラを纏った斬撃の突進も、間違いなく一人の人間に、というか妹に叩き込んでいいものではなかった。デストロイヤーなら真っ二つになるだけで済むが、人間の美少女が食らえば欠片も残らないだろう。

 が、やった。この姉妹は、本当に全力でやりやがった。そうは言ってもあくまで人間相手の全力だとか、そういう遠慮など全く無く。本当の本気で全力でやりやがったのだ。

 

「――エクスプロード》!」

「――プリンセスストライク》!」

 

 アイリスの振り下ろしたレーザービームのような斬撃と、オーラの羽を生やしたペコリーヌのビームキャノンのような突進がぶつかり合う。相手を消し飛ばす威力の一撃同士がぶつかり合い、拮抗し、そして。

 

「やぁぁぁぁぁ!」

「こんのぉぉぉぉぉ!」

 

 気合を込めたそれが乗り、弾けた。

 爆発、そして爆煙。盛大な爆発音と城の一角が吹き飛ぶほどのそれは、王城どころか王都がパニックになるほどで。

 

「いやぁ、愉快愉快。久しぶりに見るだけでも楽しめた」

「クリスちゃん……笑ってないで運ぶのを手伝って」

「はぁ……余波でこの威力。流石は――」

「ララティーナちゃんも無事なら皆を運んで!」

 

 爆心地である訓練場だったその場所では。楽しそうに笑うクリスティーナと、色々と堪能して恍惚になっているダクネス。そして呆れたように気絶した他の面々を運ぶジュンがいたとか。

 

「わたしの、勝ち、です……がくり」

「私の、勝ちです……きゅぅ」

 

 ついでに中心部では相打ちになった姉妹がぶっ倒れていたとかいないとか。

 

 




プリンセスフォームが開放されました(使えるとは言ってない)


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その74

めでたしめでたし、じゃない?


 渡された書面に書かれている金額を見て、カズマは固まった。え? 何これ。そう言いたいが、大体の想像は出来ているので視線だけで問い掛ける。

 それをされた方、アキノはこくりと頷いた。

 

「王城の修理代ですわ」

「ですよね! ん? でもそうなると安くないか?」

 

 インパクトだけで驚いていたが、よくよく見ると金額自体は多くはない。勿論普通の冒険者が払える金額ではないのだが、あれだけ大規模な破壊をしておいてこれだけだと安すぎるくらいだ。

 

「呆れましたわ……それも見越していたのではなかったの?」

「いや、算段自体は立ててたけど」

 

 なら良いではないですか、とアキノは息を吐く。そんな彼女を見ながら、いいのかとカズマは問い掛けた。自分でそう仕向けておいてその発言はどうなのかと思うが、何だかんだで友人関係と言ってもいい間柄だ。彼の中に残っている多少の良心がそっと咎めた。

 

「……ユースティアナ様が前を向くようになりました。そのための経費と考えれば(わたくし)にとっては破格でしてよ」

「いやまあアキノさんはそうかもしれんが」

「ララティーナさんは頭を抱えてましたわね」

 

 とはいえ、心情自体は同じなので文句は言わなかったらしい。そして当然のようにクリスティーナも払っていた。

 カズマが驚いたのは、クレアもそこに加わったことだ。なんでも、アイリスがより一層元気になったことの感謝の気持らしい。変なところ律儀だな、とカズマは話を聞いてそう思った。

 

「まあ、王国の五大貴族だかなんだかのうち四つが金出してくれるんなら、ちょっとくらい俺の返済が滞っても大丈夫だな」

「ハンスの討伐報奨金は既に差し押さえられましたわよ」

「何でだよ! 冒険者が命を懸けて手に入れた金をそんなあっさりと奪うなんて鬼畜か!」

「カズマさん。(わたくし)は貴族であると同時に、商人ですの。相手から搾り取れる上限など把握済みでしてよ」

 

 駄目らしい。ぐ、と呻いたカズマは、まあいいやと溜息を吐いた。その程度でペコリーヌがパーティーメンバーとして残ってくれるのならば、確かに安い買い物なのだから。

 ふと、アキノが難しい顔をしているのに気付いた。どうしたんだ、と尋ねると、ここまで言っておいてなんなのですがと彼女は彼に述べる。

 

「実は、ユースティアナ様には前線に向かうよう要請が出ているのです」

「は? マジで?」

「マジですわ。今回の一件できちんと覚醒したことで憂いが無くなった、と陛下は判断したらしいですわね」

 

 娘にビビってる王様の命令とか無視ればいいじゃないか。そうは思ったが、口には出さない。流石に冗談では済まないからだ。それで、とカズマはアキノに続きを促した。勿論それで話が終わりというはずがないからだ。そう彼は判断した。

 

「ええ。それで……」

 

 

 

 

 

 

「嫌です」

 

 王城のとある場所にて。ベルゼルグ王国国王の目の前で、ユースティアナははっきりと言い切った。控えていたクレアとレインはぎょっとした表情で、クリスティーナは楽しそうに笑みを浮かべてそれを聞いている。アイリスもその場にいたが、表情は変えていない。予想通りであったからだ。

 国王は怪訝な表情を浮かべながらも、理由を問う。彼とて大事な娘を戦場に送りたくはない。ちゃんとした理由があるならば、それもやぶさかではないと思ってはいた。

 

「わたしは既に大事な冒険者の仲間がいます。あの人達を置いて行くことは出来ませんし、わたし自身が彼等を前線に向かわせたくありません。だから、嫌です」

 

 その表情は真剣そのもの。国王もそんな彼女を見ると強硬手段など取る気がなくなってしまう。可愛い娘だ。ちょっと才能に溢れすぎて妹共々ひょっとしてと思わないでもないくらいではあるが、可愛い娘なのだ。息子の第一王子ジャティスもそれは同様。今回の騒動を聞いて落ち込んでいたので彼はここにいないが、二人にとって可愛くてたまらない家族なのだ。

 そんな彼女が行かないと、王族であることの意味も承知でそう述べるのならば。

 

「自身が身に着けている《王家の装備》。それらを取り上げるとしても、か?」

「はい」

 

 マジかぁ、と国王は内心溜息を吐く。そこまでの覚悟か、と頭を抱える。彼女の真骨頂は装備ありきだ。王家の装備がなければ、アイリスの全力とぶつかりあったあの姿にはなれない。だから、やっと自分のものにしたそれを使うためには必須。

 だというのに、目の前の愛娘は迷うことなく手放すと言い放った。それだけの覚悟を持っているという証拠であるし、それだけの価値を彼女の仲間に見出しているということでもある。

 だが、と国王は思う。その仲間は、戦力として大幅にダウンした彼女を快く迎え入れるだろうか。勿論王族として修練を受けているのだから普通の冒険者に比べて遥かに優秀であることは間違いないが、しかし。

 ユースティアナに問いかける。装備を失ったその状態で、仲間達は満足するのか、と。

 

「え? 勿論不満ぶっこくと思いますけど」

 

 むせた。クリスティーナがそんな彼を見て、主君の前であるにも拘わらず腹を抱えて大爆笑している。クレアとレインは色々諦めた顔だったが、アイリスはどこか楽しそうであった。

 

「でも、いいんです。わたしが、あの人達と一緒にいたいから」

 

 物凄く微妙な表情になった。前線での仕事の合間を縫ってテレポートでわざわざ戻ってきた結果がこれである。国王としては若干、来るんじゃなかったと思わないでもない状態であった。

 はぁ、と盛大に溜息を吐く。どちらにせよ、もう暫くはここで過ごしてもらう。そう述べ、国王は話を締めた。諦めたとも言う。

 

 

 

 

 

 

「つまり? ペコリーヌはまだ暫く城生活で、しかも装備なし状態で戻ってくるってこと?」

「らしいな」

 

 ウィスタリア家所有の屋敷にて、キャルはカズマからの話を聞いて目を細めた。ふーん、と呟きながら、目の前の紅茶を一口。

 そんな二人にコッコロが難しい顔をして述べた。果たしてそうでしょうか、と。

 

「どういうことよコロ助」

「いえ。話を聞く限り、ペコリーヌさまが装備を持っていない状態ですと、わたくし達が迎え入れない可能性があると陛下が判断した可能性があるのでは、と」

「あー……」

 

 カズマを見る。そんなキャルの視線を受けた彼は、何か文句あるのかと睨み返した。

 

「ま、この馬鹿のことはいいわ。それで?」

「それで、とは……?」

「国王がペコリーヌに許可を出さない可能性があるってのは分かったけど、それでどうするのかってこと」

 

 彼女がいない状態で、パーティーを続けるのか。そこまでは言っていないが、突き詰めればそういうことだ。キャルの言葉に、コッコロは少しばかり寂しそうに俯いた。

 そんな彼女にカズマが口を挟む。まずはコッコロいじめるなという文句。次いで、お前こそそうなったらどうするんだという質問である。

 

「へ? そうなったらって、何が?」

「だから今の状態が続いたらどうするのかって」

「どうするも何も、あんた達と一緒にいるけど」

「……さっきの質問何だったんだよ」

「何だったのかって、どうにかしてペコリーヌ呼び戻すって話でしょ?」

「……あれ?」

 

 コッコロが顔を上げる。目をパチクリとさせた後、勘違いに気付いて恥ずかしさで顔を真っ赤にすると机に突っ伏した。別に何も突き詰めていなかったらしい。

 ふーん、とキャルの口角が上がる。コッコロを見ると、彼女は笑顔で問い掛けた。

 

「何? あんたあたしがいなくなると思ってたの? それで寂しくなったってこと?」

「……はい」

「ばっかねぇ、ここはあたしの大切な居場所なんだから、そんな簡単にいなくなるわ、け……ないじゃ、ないのよ……」

「何で自分で調子乗って言い出して自爆するんだよ」

 

 めちゃくちゃ恥ずかしいことを口にしたのに途中から気付いたらしい、同じように恥ずかしさで真っ赤になると机に突っ伏した。顔を上げているのがカズマだけになる。

 紅茶を飲んで、ふう、と息を吐いた。とはいえ、コッコロの心配は確かにもっともである。ペコリーヌがいない状態ではパーティーとして機能するかが怪しいのだ。そこはカズマもアイリスとの晩餐会で口にしていたことだ。

 つまりは、何にせよペコリーヌが必要だということだ。

 

「ったく、めんどくせー。問題解消したんだからめでたしめでたしでいいじゃねぇか」

「一応、めでたしめでたしではあると思いますが」

「あたし達がめでたくないのよ」

 

 顔を上げた二人がそんなことをのたまう。物語ならば終わりでいいだろう。だが、カズマ達の生活はまだ続くのだ。だからこそ、ハッピーエンドのその先が必要になる。

 

「ええ、その通りです」

 

 声が部屋に響いた。え、とそこに視線を向けると、これまでいた場所ならば立っていても問題なかった人物の姿が。この場にいるのは大分問題な気がする彼女が。

 

「あれではお姉様がめでたしめでたしではありませんから。何としてでも、皆さんのパーティーに戻ってきてもらわねばなりません」

「……」

「どうされました?」

「いや、どうしたもこうしたも。……何でいるの?」

 

 彼等のパーティーメンバーの彼女によく似た顔立ち。大好きな姉に似せたというその髪型。年齢の差かどうかは定かではないが、圧倒的に足りないボリューム。

 第二王女アイリスが、そこにいた。

 

「何故か、ですか。勿論、皆さんの協力を仰ぎにきたのです」

「協力、でございますか」

「はい。私との勝負であれだけの作戦を考えることが出来たのですから、きっと今回も」

 

 そう言いつつ、アイリスはギロリとカズマを見る。思わず姿勢を正した彼は、視線を逸らそうとして、しかし殺気が膨れたので諦めて彼女を見た。

 表情を笑みに変える。それは大層可愛らしいもので、クレアあたりが見ればその場で卒倒するくらいには魅力的であった。

 

「そういうわけですので。ご協力、お願いできますよね?」

 

 が、いかんせん今その笑顔を見ている人物にとっては恐ろしいだけだ。可愛い年下の美少女からのお願いである。普段のカズマなら割と簡単に返事をしてしまうやつである。

 

「――お義兄さま」

 

 どうしよう、嬉しくない。そんなことを思ったカズマは、しかし感情とは裏腹にコクコクと首を縦に振っていた。

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 所変わって、駆け出し冒険者の街アクセル。そこのたいやき屋の裏の事務所で、一人の獣人の女性が目の前の少女をこいつ正気かという目で見ていた。

 

「だから、協力して欲しいんだってば!」

「別に聞こえてなかったわけじゃないのにゃ……」

「じゃあ、何で」

「何で? こっちこそ何でにゃ! ふざけてんのか!」

 

 どん、と猫の獣人の女性がテーブルを叩く。その勢いに、思わず対面の少女――クリスがびくりとなった。

 クリスは女性を見る。その表情は間違いなく呆れと怒りで染まっており、好意的な態度ではないのが分かった。

 

「で、でもほら。タマキならいけるんじゃないかな、って」

「あぁん?」

 

 ギロリとタマキがクリスを睨む。再度ビクリとした彼女は、だってそうでしょうとフォローするように手をワタワタとさせた。

 ベルゼルグ王国で名の売れた義賊、『ファントムキャッツ』。その正体が何を隠そう彼女なのだから。

 

「いや最近活動してないし。アキノの頼みで潜入するくらいにゃ」

「そうやって潜入してるのに騒ぎになってないってことは、その腕は全然衰えてないってことでしょ? お願い!」

「……別に、あたしだってそこまで必死で頼まれたら受けるのもやぶさかではないにゃ。普通は」

 

 はぁ、とタマキは溜息を吐きながらクリスを見る。お前一体全体どこに何をしろと言いやがった。そんな思いを込めながら、彼女はその目をゆっくりと細めた。

 

「もう一度聞いてやるにゃ。何に協力しろって?」

「ペコリーヌの装備を調査したいから、王城潜入を手伝って欲しいんだ」

「ふざけんにゃ」

「何で!?」

「だから! こっちこそ何でにゃ! 王城に潜入? 死にたいのかにゃ! 自殺したかったら一人でいけにゃ!」

「そこまで!?」

 

 猛烈な剣幕にクリスが圧される。どうどう、とタマキを宥めながら、そんなに駄目だっただろうかと彼女は首を傾げた。事態は一刻を争うのだ。神器が何かしらの異常を起こしていないのか、ペコリーヌ特有の現象なのか。それらを調べ報告せねばならないのだ。だからこそ、多少強引にでも。

 

「今の騎士団は歴代でも群を抜いてヤバい強さにゃ。知ってるかにゃ? 単騎でドラゴン殺せるやつが侵入者を嬉々として殺りに来るってことを」

「それは強さ以前の問題じゃないかな!?」

 

 元々バーサーカーの集まりのような国であったが、何故そんな。王城の惨状にクリスが引いていると、分かったなら諦めろとタマキが彼女の肩をポンと叩いた。ペコリーヌならそのうち戻ってくるから、その時にでも調べればいい。そう言ってどこか優しい目を向けた。

 

「……駄目なんだ」

「にゃ?」

「ペコリーヌは戻ってこないかもしれないし、戻ってきても装備は取られてる! だからチャンスは今しかないんだよ!」

「はぁ!? 何でにゃ? だってあの子はカズマの」

「それに! 今なら王城の一角が破壊されて警備も万全じゃない! 今しか!」

「何でそこまで情報持ってて騎士団のヤバさは抜け落ちてるんにゃ!?」

 

 怒涛の勢いで押してくるクリスに、タマキも段々と負けてくる。何より、ペコリーヌが戻ってこないという彼女の言葉が気になった。

 はぁ、と盛大に溜息を吐いた。分かった、と諦め気味に返事をした。

 

「ただし、あたしはあくまでサポートにゃ。例のアレと出会ったら即逃げるし、危険な橋は渡らない」

「それでいいよ。ありがとう!」

 

 がしりと自身の手を握りブンブンと振るクリスを見ながら、若干早まったかなとタマキは思う。

 

「とりあえず。王都でアキノに話を聞いてみるかにゃ……」

 

 




クリア後のおまけイベント感。


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その75

馬鹿騒ぎ


 ユースティアナとの小さなお茶会。アイリスにとってそれは至高の時間である。大好きな姉と、わだかまりも何も無くなった状態でお話出来る。それは彼女にとってこの上ない幸福で。

 ずっと浸っているわけにはいかない、と決意させるための時間でもある。

 

「アイリス」

「はい」

 

 カップを置いたユースティアナは、対面のアイリスに問い掛ける。最近、お城を抜け出しているそうですね、と。それを聞いた彼女はギクリと眉を上げたが、何のことやらととりあえず恍けることにした。

 

「カズマくん達と会ってるって連絡きてますよ」

「裏切り者が!?」

「普通の報告ですって。別にアイリスも隠していないでしょう?」

 

 それはその通り。とはいえ、おおっぴらなのはそこまで、カズマ達と何をやっているかは現在トップシークレットなわけで。どことなく緊張しながら、アイリスは姉に何か問題があったのかと尋ね返した。

 

「そういうわけじゃないです。そうやって、外に出て色々やれるようになったならよかったなって」

「……そんな」

 

 何の含みもないユースティアナの笑顔を見るとアイリスの良心が猛烈に痛む。違うんです、その色々は大分悪巧みです。今すぐにでも懺悔したい気分になるが、それは出来ないと持ちこたえた。こうやって人は大人になる。

 

「そ、そういえば。お姉様は、あの人達に会いに行かれないのですか?」

「行きたいのは山々なんですけどね~。お父様に釘刺されてますから」

「お母様は、何と?」

「交渉中です」

 

 これはそのうち許可が出るな。そんな確信を持ちながら、アイリスはそうですかと頷いた。許可が出るということは、目の前の姉はユースティアナからペコリーヌになって再び冒険者になるということも意味する。大好きな姉が、この城から再びいなくなるということを意味する。でも。

 

「アイリス?」

「はい? どうされました?」

「いえ。何だか、嬉しそうだったから」

「嬉しそう、ですか。……ふふっ、そうかもしれません」

 

 もう一度、姉の冒険譚が聞ける。姉が活躍するのが見れる。そんなことを思えるのは、ひとえにこの間の勝負があったからだろう。ユースティアナの居場所はここで、ペコリーヌの居場所は向こう。目の前の姉は、居場所が二つ、ちゃんとあるのだ。

 だから、アイリスは心配しない。戻ってこない姉を待つ日々は、もう来ない。それが分かっているからこそ彼女は。

 そのための後押しを、姉の大事な仲間達と一緒に企んでいるのだ。

 

「いいなぁ。私も、お姉様みたいに、外で冒険者生活してみたいです」

「アイリスは無理じゃないですかね」

「どうしてですか!」

「冒険者って意外と汚いですよ? わたし、お風呂入らず一週間以上過ごしたこともありましたし」

「……え?」

「今でこそアメス教会に住んでますけど、アクセルでカズマくん達とパーティー組んでしばらくは馬小屋生活でしたからね」

「馬小屋!?」

「同じ空間で雑魚寝とか、アイリス出来ないでしょう?」

「同じ空間で!? そ、それは少――え? あの、お姉様? それは、その、お義兄、もとい、カズマさんともですか?」

「そうですけど」

 

 よし、殺そう。持っていたカップを思わず砕きながら、アイリスは次の作戦会議時にまずやることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでカズマがボコされたりしつつ、作戦を煮詰めていき。ついに決行の日となった。何だか長い間やっていたような錯覚に陥るが、大体一週間程度である。

 城の修理も始まり、これで一安心とほんの少しだけ緊張が緩み始めたこのタイミングが、アイリスとカズマのプロデュースによるペコリーヌ復帰作戦の開始時だ。

 

「で、どうすんだイリス」

 

 前にもこの格好したなぁ、と思いながら黒装束のカズマは持っていた仮面を被る。あの時は気にしていなかったが、この仮面、どう見てもバニルだ。いざとなったら奴に罪を擦り付けようと思いながら、彼はよし、とアイリスを見た。王女としてそれどうなの、と思わないでもない薄着にマント、そして帽子。恐らく盗賊スタイルというやつなのだろう。

 ペコリーヌが着たらどうなるんだろう。おっぱい丸出しになりかねない想像をしつつ、カズマは表情を崩さないよう彼女に作戦について問うた。

 

「お頭、とりあえず斬っても?」

「何でだよ!」

「非常に邪な気配を感じました。……お姉様をいやらしい想像に使用してはいませんよね?」

「……で、そっちはどうだ?」

 

 ノーコメントを貫く所存です。ともあれ、残りの面々であるキャルとコッコロをカズマは見やる。キャルもいつぞやの闇落ち服に仮面のダークキャルスタイルで、準備はオッケーとサムズアップしていた。コッコロも普段とは違い暗い緑のローブとウィッグのおかげで、別人のように見える。

 

「色々変装道具用意した甲斐があったな」

「ありがとうございます、主さ――いえ、お頭さま」

 

 ペコリと頭を下げるコッコロにおう、と返し、カズマはじゃあ始めるかとアイリスを見る。こいつ、とジト目で見ていたアイリスであったが、確かに彼の言う通りと溜息交じりで頷いた。

 

「で、お頭。あたし達は誘導役よね?」

「ああ。欲を言えば城に直接ぶっ放したかったが」

「流石にそれは……。ペコリーヌさまにも被害が広がる可能性がございますし」

 

 コッコロの言葉に、まあそうだよなとカズマは述べる。キャルも高確率で処刑されるようなリスキーを選択したくないので、当たり前でしょうがと彼を睨んだ。

 現在地は王都から少し離れた丘の上。ウィスタリアの別邸で作戦開始をしたら流石にモロバレだからである。

 

「うし、じゃあ俺達は行くから。頼むぞ」

「お願いします。キャルさん、コッコロさん」

「はいはい。そっちもヘマするんじゃないわよ」

「頑張ってくださいませ。お頭さま、イリスさま」

 

 ちなみに、イリスというのはアイリスの偽名である。今回の作戦に際し、アイリスの名前で呼んでは変装の意味がないということで考えたものだ。これでお姉様とお揃いですね、と彼女はどうでもいいことで地味に喜んでいた。

 さておき。王都の、王城へと向かっていく二人を見送ったキャルとコッコロは、では行きますかと自身の得物を構えた。コッコロがキャルに支援を掛け、出来る限り派手になるように強化をする。

 

「さあ、行くわよ! 《アビスバースト》ぉ!」

 

 上空に魔法陣が浮かび上がり、空で盛大な爆発が起きた。流石に爆裂魔法ほどの規模はないが、それでも十分騒ぎを起こせる。

 何より。

 

「《アビスバースト》! 《アビスバースト》! アビスバァァァァストォォォォ!」

「きゃ、キャルさま!? 流石にやりすぎでは?」

「何言ってんのよ! どうせなら派手に騒ぎにしてやらなきゃ。もういっちょ、《アビスバースト》ぉぉぉぉ!」

 

 王都の空にドッカンドッカン魔法陣が浮かび爆発しては消える。当然のように街は騒ぎになるし、王城も魔王軍の襲来かと件の場所へと兵士や騎士を向かわせた。

 きゅ、とコッコロが口元をバッテンにしてそこを見る。王都の外壁門から大勢の王国兵がやってくるのが見えたからだ。

 

「よし、誘導は成功ね」

「キャ――」

「駄目よコロ助。今のあたしは、あたしは、えーっと」

 

 そういえば向こう二人は名前を隠す算段を立てていたが、こっちは騒いで逃げるだけなのでその辺失念していた。うーむ、と考えるキャルを見ながら、今そんな場合ではないのではとコッコロが彼女を引っ張る。

 

「あー、はいはい。でもま、こっちに来る前にさっさとトンズラすればバレないでしょ」

「ですので、急ぎましょうと言っているのですが……」

「そうね。よし、じゃあ予定通り」

 

 幸い向こうはまだこちらに気付いておらず、脱出経路を使えば逃げられる。逃げろー、と二人は急いでその場から駆け出した。出来るだけ見付からないように、相手の視界に入らないように。

 そうして騒ぎとは反対方向の門付近へと辿り着いた二人は、潜入したカズマとアイリスに頑張れと心中でエールを送り。

 ガシャン、という金属音で思わず動きを止めた。

 

「一仕事終えたところ悪いのだけれど」

 

 ギギギ、と錆びついた動きで振り向く。ガシャン、ガシャン、と重厚な音を立てながら、黒い鎧が蒸気でも吹き出しそうな動きでこちらへと歩いてくるところであった。

 

「あ、あ……」

「ジュン、さま……」

「素直に事情を話してくれればそれでよし。そうでなければ――」

 

 ギュボン、と鎧の頭部の何かが光った気がした。手にしていた剣はしっかりと燃えていた。

 そうでなければ何なのか。それを知ることになるのかどうかは、二人のその後の反応次第である。

 

 

 

 

 

 

「今、何かニワトリ絞めたような悲鳴が聞こえなかったかにゃ?」

「気のせいじゃないの? それよりも、今がチャンスだよ!」

 

 同時刻。カズマ達が城に侵入するために騒ぎを起こしているタイミングで、クリスとタマキも行動を起こしていた。狙うはペコリーヌと《王家の装備》。盗むのが目的ではないので、かえって難易度は高くなっているが、しかし。

 

「凄いね、あの騒ぎ。色々と覚悟してたけど、あっさり行けちゃった」

「それはいいけど。あれ絶対何かあるにゃ。気を抜いたらあっさりとおさらばするやつ」

「分かってるって。……行くよ」

「はぁ……。乗りかかった船だにゃ、あたしも精々、付き合ってやるかにゃ」

 

 ひょいひょいと城壁を登り、城に忍び込む。破壊されている場所からの方が侵入は容易かったが、それは警備の方も織り込み済みだろう。あの騒ぎで警戒するならばそこだとあたりをつけ、二人は全くの逆方向を進んでいた。

 予想通りというべきか、先程の爆発と城の破壊でてんやわんやしている城内は兵士こそ走り回っているがそれだけだ。盗賊からすればこの程度無人も同然。

 それは流石に言い過ぎだが、タマキとクリスのコンビならばそうそう苦労せずに目的地の近くまでやってこれた。

 

「一応聞いとくけどにゃ」

「何?」

「部屋にいるペコリーヌが王家の装備ちゃんと持ってるのかにゃ?」

「……」

 

 ピタリとクリスの動きが止まった。おい、とタマキがジト目で彼女を見やるが、誤魔化すように咳払いを一つ。大丈夫だ、と振り返りぎこちない笑みを浮かべた。

 

「あんな騒ぎが起きたんだ。きっと彼女も対処のために準備をしているはずだよ」

「……だったら部屋にいないんじゃないかにゃ?」

「……」

 

 タマキの目が更に細められる。完全に獲物を狙う猫の目になった彼女から視線を逸らしたクリスは、ゴホンゴホンと物凄くわざとらしい咳をした。

 なにはともあれ、入ってみれば分かる。半分くらい投げやりになりながら、クリスはそのまま目的地の扉を開けた。本来ならば入り口には護衛の兵士がいるはずだが、この騒動で出払っているのか見当たらない。そんなことを考えることすらなく、彼女は扉を開いたのだ。

 

「あ、あれ?」

「ほら見ろにゃ」

 

 もぬけの殻である。部屋の中に人の気配はなく、開け放たれた窓から吹き込む風がゆらゆらとカーテンを揺らしているのみだ。

 ん? とタマキは怪訝な表情を浮かべた。開いているその窓へと近付くと、そこに続くテラスの手すりを見た。くくりつけられているロープが一本。明らかに正規の移動方法ではない。

 

「普通に出ればいいのににゃ……」

「どうしたの?」

 

 はぁ、と溜息を吐くタマキへとクリスが近付く。そうして同じように抜け出したのか侵入したのか分からない誰かが使ったロープを見付けると、暫し目をパチクリとさせた。

 部屋の外から声が聞こえる。そこで我に返った二人は、今の状況を鑑みて顔色を変えた。

 無人になった第一王女の部屋。そこにいる盗賊二人。そして、テラスには何者かが使ったロープ。

 

「これ、あたしらがペコリーヌ襲った犯人にされるやつにゃ!」

「まずい! 急いで脱出を」

 

 部屋の扉が勢いよく開かれる。ユースティアナ様、と部屋の主を呼ぶ声と共に、多数の兵士と二人の女性がそこに押し入った。

 

「貴様ら! 賊か!? ユースティアナ様をどこに!?」

「こっちが知りたいわ!」

 

 剣を抜き放ち切っ先を突き付けるその相手、クレアにタマキが叫ぶ。何を、と表情を険しくさせた彼女は、兵士たちに命じると取り囲むように配置させた。そして自身の背後にはサポートとしてレインを立たせる。絶対に逃さん、という意志の現れであった。

 

「さ、どうするにゃ? こいつらぶっ倒すか、逃げるか」

「……ファントムキャッツがそう言うってことは、ここに例のアレはいないってことだね?」

「そうにゃ。見る限り兵士達は普通、警戒するのはあそこの二人くらいだにゃ」

「そっか。……じゃあ、押し通れるね」

「まあ、増援で来る可能性もないとは言えないけどにゃ……」

「気合が削がれること言わないでよ……。まあ、行くよ、ファントムキャッツ!」

 

 ざわ、と兵士達に動揺が走る。わざとらしくクリスが口にしたその言葉を耳にしたからだ。ファントムキャッツ。王都にもその名が響いている義賊、それが目の前に。

 うろたえるな、とクレアが一喝した。どれだけ腕が立とうと、所詮は盗賊。王国が誇る兵士達が負けるはずもなし。そう言って、剣を構え直した。

 

「それに、我々はここで時間を食っている暇もない。一刻も早くユースティアナ様を探し出し連れ戻さねば。……向こうで別の賊と暴れているモーガン卿と鉢合わせてしまう!」

「……まあ、クリスティーナ様のところに行くなら問題ないと思いますけど」

「私の心配は、城の被害が増えることだ! 外出しているアイリス様の帰る場所がなくなったらどうする!」

「あぁ……」

 

 どこか切実なクレアの叫びに、レインは色々察して引き下がった。言い過ぎ、とはならないのがこの間の騒ぎで証明されているので尚更である。

 一方、二人のそのやり取りを聞いていたクリスとタマキは、お互いに顔を見合わせると盛大に溜息を吐いた。どうやらここに例のアレが増援としてくることはないという安堵が一つ。

 そして。

 

「……あたし、帰っていいかにゃ?」

「待って! 見捨てないで! このままだとあたし一人で化け物相手にしなきゃいけないんだから!」

「だからあたしはアレと戦うくらいなら逃げるっつってんにゃ!」

「そこをなんとか!」

「いーやーにゃ! こいつら突破してあたしは帰るにゃ!」

 

 目的を達成させるためには、否が応でもそれと対峙しなければならないという諦めが、もう一つ。

 

「突破もさせんわ! シンフォニア家が長女クレアが、貴様らを捕縛してやる!」

「……何だか負けそう」

 

 レインはどこか遠い目で、何かを悟ったように呟いた。

 

 




参考画像:例の星になったキャル(アニメ五話)


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その76

楽しそうで何よりです


「あぁぁぁぁぁ!」

 

 ニワトリを絞めたような叫び声を上げながら、カズマはひたすらに逃げる。その隣ではアイリスが苦い顔でついてきていた。

 そして、その背後には。

 

「はははははははっ! 待て待てぇ♪ 逃げるな侵入者! ワタシと無理矢理にでも殺り合って貰うぞぉ☆」

「無理無理無理! 死ぬ! 絶対に死ぬ!」

「クリスティーナしかいないのは不幸中の幸いですね。ジュンが一緒ならば詰んでいました」

「いや今も大分無理ゲーなんですけどぉ!」

 

 笑いながらクリスティーナが剣を振るう。アイリスの《エクステリオン》には及ばないが、遠距離を切り裂く斬撃が二人の上半身と下半身を別々にせんと襲い掛かった。アイリスは自身の剣で迎撃。そしてカズマは緊急回避と逃走スキルで何とか躱すと、引き攣った顔で彼女に向き直る。一体何がどう詰んでないのか教えてくれ、と。

 

「クリスティーナは自身のスキルで絶対回避と絶対命中を行えます」

「はい無理ー」

「ですが、彼女の認識外では発動しません。ジュンがいればその弱点をカバーされるので現在の装備では勝てませんが、今は一人。そこをつければ、勝機はあります」

「ねぇよ! チャンスねぇよ! あれの隙がつければ普通になんとかなるわ!」

「ん? 隙をついてくれるのか?」

 

 いつの間にかカズマの真横にクリスティーナが並んでいた。おわぁ、と叫ぶと同時、彼は全力でダイビングヘッドを行う。首があった位置を斬撃が通り過ぎ、顔面蒼白にしながら立ち上がると即座に逆方向へ逃げた。

 アイリスは勿論置いてきぼりである。

 

「あ! お頭! 一人で逃げずに迎撃を!」

 

 返事もせずにダッシュで逃げた。暫し目をパチクリとさせていたアイリスは、す、と目を細めると前傾姿勢を取る。

 

「待ちなさい狼藉者!」

「何で追い掛けてくるんだよ! お前がアレを抑えてる間に俺が作戦を済ませれば問題ないだろ!」

「あなたこそ何を言っているのですか! この騒ぎですよ! お姉様が素直に部屋でじっとしているはずないでしょう!」

「……あー」

 

 追い付いたアイリスの言葉に、カズマも納得してスピードを落とす。城に侵入者、外では騒ぎ。そんな状況で、ペコリーヌが部屋で心配しながら待っているかと言えば。

 駄目だ、間違いなく抜け出してる。そうカズマは判断した。そして、その場合どこに向かうかといえば。

 

「とりあえず、今一番騒がれてる場所に来る、か」

「そうです。そして、その場所は」

 

 間違いなくここだ。クリスティーナが宴を開いているこの空間だ。つまり、カズマ達の目的を達成するには。

 ペコリーヌが来るまでに目の前の相手をどうにかすること。

 

「だから無理に決まってんだろ!」

「持ちこたえられればいいのです! 行きますよお頭!」

「アホか! 俺が戦闘しても秒で沈むわ!」

「クリスティーナ自身は私が受け持ちますから! お頭は前回の時のような捻くれた罠でサポートを!」

「言い方ぁ!」

 

 ツッコミを入れつつ、カズマはヤケクソ気味にスキルを発動させはじめた。そうそう、そうでなくては。そんな事を言いながら、クリスティーナは実に楽しそうに口角を上げる。

 

 

 

 

 

 

 騒ぎになっている王城の廊下を駆けながら、ペコリーヌは思考を巡らせた。現在の騒ぎの発端は街の外の大爆発。魔王軍の襲来だか何だかと騒ぎになっているのが聞こえてきたが、空を見上げた彼女には爆発の正体が何か察しが付いていた。

 それに合わせるような侵入者。これはもう間違いないとペコリーヌは確信を持つ。ただ、問題はその侵入者が多数いることだ。片方は自身の予想の人物だろうが、もう片方は。

 少しだけ迷いながら、兵士達に情報を聞きつつとりあえずこの状況を一番俯瞰的に見れそうな人物のいる場所へと彼女は向かっていた。王城の詰め所。そこに、いるはず。

 

「ジュン!」

「あれ? ユースティアナ様」

 

 バン、と扉を開けると、何とも軽い調子でジュンが振り返った。一体どうしたんですかという問い掛けに、決まっているだろうと彼女は返す。

 

「この騒ぎについて聞きに来ました」

「ああ、そういう……。とりあえず、そこに閉じ込めているよ。流石に即無罪放免には出来ないですから」

 

 ひょい、と指差す。視線をそこに向けると、何とも言えない表情で座っている変装したコッコロの姿が。そしてその隣には。

 

「……キャルちゃん、動いてませんけど」

「ペコリーヌさま……」

 

 何と説明すればいいのか。暫し考える素振りを見せたコッコロは、しかし出来なかったようで溜息と共に申し訳ありませんと頭を下げた。謝らないでくださいと手をワタワタさせたペコリーヌは、とりあえず無事で良かったと安堵の息を零す。

 

「……あんたにはこれが無事に見えるの……?」

 

 横たわったまま動かないキャルがぽつりと呟く。付けていた仮面は既に外れており、彼女の近くに落ちていた。だから、その目が死んでいるのもよく見える。

 

「とりあえず、生きてるから大丈夫かな~って」

「ふざけんなぁ……ぶっ殺すわよぉ……」

 

 言葉は発するものの、キャルはやはり動かない。そんな彼女を暫し見詰めていたペコリーヌは、視線をぐるりとジュンに向けた。器用に鎧を纏ったまま紅茶を飲んでいた彼女は、こちらとしては抵抗せずについてきてくれればそれで良かったのにと述べる。

 

「必死で逃げようとするから、少し」

「あー……」

 

 成程、動けない理由は魔力切れか。色々察したペコリーヌは、それならとコッコロを見る。彼女の視線の理由を理解したコッコロは、こくりと頷いた。

 はぁ、とジュンが溜息を吐く。そんなつもりはなかったのにと少し寂しそうにぼやいた。

 

「キャルちゃんが、命を懸けてでもコッコロちゃんを逃がそうとしてて」

「その光景が予想出来ます」

「うっさぃ……。だってしょうがないじゃない……捕まったら、絶対ヤバいって思ったし」

「クリスティーナならともかく、ジュンなら大丈夫ですよ?」

 

 ペコリーヌのそれに、動かないキャルは再度ふざけんなと返した。あんな全身鎧がモノアイ光らせながら歩いてきて命の危険感じないわけないだろう。大体そんなようなことを続け、地味にジュンの心を抉った。

 

「それで、ペコリーヌさま。一体、どうされたのですか?」

「あ、そうでしたそうでした。というか、どうしたのかはこっちのセリフですよ!」

 

 コッコロの言葉に目的を思い出したと手を叩いたペコリーヌは、ズビシィと指を二人に突き付ける。一体全体何をどうしたらこんな騒ぎを起こすようになるのだ。いつになく怒っていますと言わんばかりの表情を浮かべている彼女を見て、コッコロは目を瞬かせ、そして申し訳ありませんと頭を下げた。

 

「ですが、それについてはわたくしからお伝えするわけには参りません」

「……どうしてですか?」

「あんたも何となく分かってんじゃない?」

 

 横合いから声。動けないままのキャルが、ペコリーヌを見詰めながらそう告げた。そんな彼女をじっと見詰め返したペコリーヌは、暫し目を閉じると何かを噛み締めるように溜息を吐く。

 

「ジュン」

「はい」

「城の侵入者って、分かりますか?」

「片方はファントムキャッツという有名な義賊らしいという情報が来ていますね。最近噂になっている銀髪の義賊とコンビを組んでいるんだとか」

 

 とりあえずアキノとララティーナに連絡を取った。そう続けたジュンは、聞きたいのはもう一つだろうと指を立てる。

 

「もう片方は、仮面を付けた男と、えーっと、なんて言えばいいのかな……」

「あ、もういいです」

 

 モロバレじゃねぇか。ここにカズマがいれば思い切りツッコミを入れること必至である。

 

「モロバレじゃないの!」

 

 幸いにしてキャルがいたのでその心配は杞憂であった。ジュンはそんな彼女に、いや変装自体はきちんとしていたとフォローを入れる。実際、兵士達の大半は騙せていたはずだ。そう続け、しかしと溜息を吐いた。

 

「手加減しているとはいえ、あんな勢いで剣を振るったら分かる人には分かってしまうから……」

「あー……」

「成程……」

 

 納得した。何しろ、自分達はその身で経験しているのだから。

 ともあれ、侵入者がアイリスだということを知っているのは一握り。分からない兵士達はアイリスの敵ではない。そうなると何の問題もない。

 ふう、とコッコロが安堵の溜息を吐く。それならば大丈夫そうです。そんなことを思いながら彼女はペコリーヌを見て。

 

「あ」

「どうしたのよコロ助……あ」

「え? どうしました? わたしの顔に何かついてます?」

 

 視線を彼女の頭部に集中した。ペコリーヌが身に付けているティアラをじっと見た。

 そう、騒ぎを聞きつけた彼女は、まだ返却していない王家の装備を付けてここまでやってきていたのだ。

 

「……成程。何となく読めた」

 

 ジュンが呟く。そうなると彼女にはなるべく早く向こうと合流してもらわなくては。

 そんなことを考えた矢先。城の一角から盛大な爆発音が響いた。何だ、と詰め所から外を見ると、まるで強力な物理スキルで吹き飛ばしたような跡が見える。

 

「しまった! クリスちゃん!」

 

 慌てて立ち上がる。ペコリーヌも瞬時に察し、あそこですねと全力で詰め所を飛び出していった。

 何が起きたか分からないのはキャルとコッコロだ。事情の説明をジュンに求めると、どこかバツの悪そうなオーラで彼女は兜をカリカリと掻いた。

 

「さっき、分かる人には分かると言ったけれど」

「けれど?」

「……この城には、アイリス様だと理解した上でわざと勝負を挑む困った人がいるから」

「あ」

 

 はーっはっはっは、と高笑いを上げるクリスティーナを幻視し、キャルは何とも言えない表情を浮かべた。あの二人大丈夫だろうか。動けないまま、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

「だぁぁぁぁ! 無理に決まってんだろ!」

「泣き言は後にしてくださいお頭!」

「んなこと言ったって! 今お前のスキルぶっ放したのにあの人ピンピンしてんじゃねぇかよ!」

「いいや。ワタシも流石に《エクステリオン》を真正面から食らう趣味はない。相殺しつつ回避しただけだ」

 

 なんてことのないように言い放つが、普通は無理である。アイリスの武器が、城への侵入が目的なため取り回し優先のショートソードであったことも災いして、クリスティーナには碌なダメージが与えられていない。

 合間合間でカズマも狙撃を試みてはいるものの、彼女のスキル特性によってあっさりと躱される。ならばと罠付きを使用してもそれごと避けられる始末だ。

 

「駄目だ、どうにも出来ん」

「諦めないでください」

「つってもなぁ……」

 

 ゆっくりと近付いてくるクリスティーナを見ながら、カズマは仮面の下で顔を顰める。現状、彼女を倒すのは無理だ。アイリスの時のように予め準備をしつつ奇襲と数の暴力で隙を伺い弱点を狙いながら虚を突いて最大火力をぶち込むか何かでもしないと、撃破は出来ない。

 

「ん? どうした? 来ないのか?」

「……いや、こっからだこっから。っと、その前に」

「どうした坊や。ハンデでも欲しくなったか? だが残念、売り切れだ☆」

「マジかぁ。で、それはそれとしてだ。――あんた、いいのか?」

「何がだ?」

「分かってんだろ、俺達の正体」

 

 え、とアイリスがカズマを見る。いやバレないほうがおかしいだろ、と彼女にツッコミを入れつつ、彼はクリスティーナを見た。動きを止め、ほんの少しだけ目を見開いた彼女を見た。

 

「ああ、そうだな。それで?」

「攻撃する理由ないだろ」

「ワタシにはあるぞ。理由をつけて殺り合える」

「クリスティーナ、貴女という人は……」

 

 欲を言えばきちんとした装備で戦いたかったが。そんなことを続けながら、クリスティーナは再度剣を構えた。次はこちらから行こうか、と口角を上げた。

 

「いいや、その必要はないぞ」

 

 そんな彼女を見て、カズマもまた口角を上げた。突然どうしたのだと怪訝な表情を浮かべるアイリスを余所に、彼はどこか勝ち誇った笑みを浮かべながら一歩踏み出す。

 目の前の相手は撃破出来ない。それはもう確定だ。覆せない事実だ。

 だが、それがどうした。カズマ達の目的はクリスティーナを撃破することではないのだから。だから無理に倒す必要も、もっと言えばダメージを与える必要すらない。

 こちらで必要なのは、時間を稼ぐことだ。自分達の目標が、目的がやって来るのを待つことだ。そのための合図も、先程撃った。

 

「とぉぉぉりゃぁぁぁ!」

 

 ガシャン、と半壊していた窓から何かが飛び込んでくる。それは丁度クリスティーナとアイリスの間をすり抜けるようにやってきて。

 

「おぶぅ!」

 

 狙ったかのようにカズマに激突した。両足を揃えて窓ガラスをぶち破ったのだ、当然そこはカズマの腹を掠める。

 そして、足がその位置ということは、当然彼の顔辺りには飛び込んできた相手の胸があるわけで。

 

「あ、カズマくん! 大丈夫ですか!」

 

 おっぱいダブルアタックが顔面ヒットしてしまったカズマは、その勢いで吹っ飛んだ仮面のことなど気にすることなく、暫し蹲って悶えるのであった。

 

「お頭。……実は喜んでいませんよね?」

「あははははっ! まったく、毎回毎回笑わせてくれるなぁ坊や!」

 

 おっぱいによるダメージで動けないカズマをジト目で見るアイリス。そしてそんな光景を見ながら大爆笑するクリスティーナ。

 成程確かに。彼の目論見通り、戦闘は終了したと言える。かも、しれない。

 

 




ちちびんたペコ


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その77

宴クライマックス


 何だろう、とカズマは思う。確か自分は城に侵入し、とんでもないのとエンカウントした結果、乱入者で戦闘中断させるしかないと立ち回り。

 何故か気付くと景色が謎の空間へと変わっていた。ぼんやりと立ったまま周囲を見ると、どこか見覚えのあるような気がしてくる。そう、あれは確か、自分がこの世界に来る前に。

 そこまで考え、気付いた。ひょっとして、自分はもう一度死んだのではないか、と。

 そう、カズマは、おっぱいを顔面に食らって、死ん――

 

『そんなことで来るんじゃない!』

 

 見覚えのある女神二人と、見覚えのない誰かに蹴り飛ばされた。えぇ、と謎の理不尽さを食らいながらカズマの体はゆっくりと落ちていく。いいんですかあれ、と見覚えのない誰かがアクアとアメスに言っているのがぼんやりと見えた。死んでもないのに来るのが悪い、アクアがそう言い切り、まあそうね、とアメスも同意している。

 

「ねえアメス、あれあんたのせいじゃない? 夢の加護与え過ぎて、割と簡単に抜けるようになっちゃったりとか」

「そんなわけないでしょう。アクアじゃあるまいし」

「はぁぁぁ!? 私これでも有能な女神なんですけどぉ! 司ってるのは水だけど割と万能なんですけどぉ!? まったく、これだから融通効かない女神ってのは。いやねぇ、ひがんじゃって」

「ああ、色々『やらかせる』おかげで毎回毎回ヘマと失敗で始末書が山盛りなのね。ご愁傷さま」

「あぁぁぁ! アメスが言っちゃいけないこと言ったぁぁぁ!」

「アメスさんも先輩も、落ち着いて!」

 

 抵抗せずにこのまま退散したほうがいいな。カズマはそう判断し、そのまま誰かの管轄であろう謎空間から一刻も早い脱出をせんと自由落下を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「おーい、大丈夫かにゃ?」

「――あ、ごめん。ちょっと用事があって」

「いや突っ立ったままボーッとしてただけにゃ。……え? 頭打った?」

「大丈夫大丈夫。もう追い返し終わったから」

「悪いこと言わないからこれ終わったら頭診てもらった方がいいにゃ」

 

 兵士達を蹴散らし部屋から逃げ出したタマキとクリスであったが、城の一角が吹き飛んだことで思わず動きを止めていた。あそこが目的地かぁ、とげんなりしていたタマキに対し、何故かクリスは虚空を見詰めたまま動かなくなる。まだ追手がこちらに来てはいないので多少の猶予はあったが、しかしのんびりともしていられない。そうしてペチペチと頬を叩いていた彼女のそれに、クリスがようやく反応を示した。しかし言っていることは大分電波なので、タマキは色々と諦めた。

 

「で、どうするにゃ? さっきのぶっ飛んだとこ行くのかにゃ?」

「まあ、多分そこにペコリーヌがいるからね。出会って、少し調べたらすぐ逃げよう」

「はぁ……。本音を言っちゃえば今すぐ帰りたいにゃ……」

 

 盛大な溜息を一つ。ああもう、と頭をガリガリと掻くと、タマキはさっさと行くぞとクリスを見た。そうしながら、自身の得物である短剣を取り出し、腰のナイフを投擲する。

 

「くっ! おとなしくしろ賊め!」

「追い付かれた!?」

「そりゃそうにゃ」

 

 追加の兵士数人を引き連れたクレアとレインが駆けてくる。あちらに向かうにしろ、とりあえずこの二人をどうにかしなければ面倒なことこの上ない。クリスも同じように武器を構え、迎撃体制を取った。ちらりと視線を向けると、げんなりしながらも目を細めレインを睨んでいるタマキが見える。

 

「そっちはよろしく!」

「いいからさっさとするのにゃ!」

 

 クレアと接敵したクリスを尻目に、タマキがレインにナイフを投げる。正確に顔面を狙って放たれたそれを杖で弾いたレインは、その隙に彼女が間合いを詰めたことに気付くのが遅れた。

 

「あ――」

「悪いにゃ。魔法使いは、あたしの獲物なのにゃ!」

 

 回し蹴りで杖を弾かれたレインは、ニシシと笑うタマキを見て目を見開いた。あ、これ駄目だ。度重なる騒動で色々擦り減らしていた彼女は、そう結論付け早々に諦めた。

 当然クレアはそんなことを承知ではない。ではないのだが、共にアイリスの護衛兼教育係をしてきた身。なんとなーくそうかなくらいには思っていたわけで。

 

「あ、あれ……? いいの?」

「どのみちお前達はモーガン卿に倒されるだろう。だから今はちょっと同僚の面倒をだな」

「そういう具体的に嫌な予言はやめてくれる!?」

「予言というか、ほぼ確定なんだけどにゃー……」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 大丈夫だ、問題ない。戻ってきた視界は先程と同じ場所、クリスティーナは笑っているしペコリーヌはオロオロしている。そしてアイリスは少しだけ心配そうに。

 

「ん? あれ俺気絶してた?」

「いえ、ほんの少しだけ反応が鈍かっただけで、お姉様が乱入して時間は経っていませんけど。……何かあったのですか?」

「いや、ちょっと女神様に追い返されて」

「カズマくん大丈夫ですか!?」

「ははははっ。ボスの胸で死ねるなら坊やも本望だろうさ」

 

 流石にカズマにはでっけぇおっぱいに埋もれて死にたい願望はない。首チョンパとか墜落して首の骨を折るとか化け物に消化されるとかと比べれば間違いなく幸せな死に方かもしれないが、そもそも死にたくないのでそれ以前の問題である。

 ともあれ、おっぱいによるダメージから回復したカズマは、ゆっくりと立ち上がるとクリスティーナを見た。そうしながら、もうこれで戦う必要はないな、とアイリスを見る。

 

「……お頭は、クリスティーナを分かっていません」

「は?」

「カズマくん。支援の準備、お願いしますね」

「何でお前も戦闘準備してんの!?」

 

 アイリスとペコリーヌが剣を構える。それを見てペロリと舌を出したクリスティーナは、そういうことならばと既製品の騎士剣を鞘に収めた。

 腰に下げていたもう一本を抜き放つ。傍から見ているカズマでも分かった。あれやべぇ、と。

 

「せっかくお二方が揃っているんだ。ワタシも精一杯もてなさなければいけないだろう?」

「頭ん中戦うことだけかあの人!?」

「はい」

「当たり前です」

『やばいですね☆』

「えぇ……」

 

 ドン引きしているカズマとは対照的に、分かっているのか王女姉妹はそこそこ余裕があるようだ。戦力として、ではない。気持ち的な問題だろう。

 さて、とクリスティーナが剣を振るう。その斬撃を一歩前に出て受け止めたペコリーヌは、相手が剣を引いたことで体が流れた。

 

「させません!」

「本当か?」

 

 姉の背後から飛び出したアイリスが突きを放つ。が、生憎と現在の彼女の武器はショートソード。リーチの問題もありクリスティーナは余裕で躱した。ふ、と笑みを浮かべると、彼女はその体勢のまま竜巻のように回転し斬撃を放つ。

 

「《狙げ――」

「油断大敵だぞ坊や♪」

 

 確実に当たるはずであった矢は明らかにおかしい動きで避けられた。そしてそのまま一足飛びでカズマに接近する。顔見知りだからといって容赦するような顔をしていない。笑いながら知り合いを斬り殺す笑みである。

 

「《バインド》!」

「おっと」

 

 背後からロープが飛んできた。攻撃モーションの状態からそれを回避したクリスティーナは、とんとんとステップを踏み少しだけ離れると視線をそちらに向けた。同じようにカズマ達も乱入者のやってきた方向を見る。

 顔を隠しているものの、カズマとペコリーヌはその姿に見覚えがあった。銀髪の方はミヤコやイリヤとギャーギャーやりあっている光景がアクセルでは日常茶飯事になりつつある盗賊の少女であるし、猫耳の獣人はアキノの無茶振りをユカリ達とこなしているたいやき屋だ。

 

「え? 何でここに!?」

「それはぶっちゃけあたしが聞きたいくらいにゃ……」

「あはは。まあ、ちょっと事情があってね。ペコリーヌ!」

「はい?」

 

 タイム、と言わんばかりの動きでペコリーヌへと近付くクリスを、クリスティーナは黙って見送った。彼女はただ楽しみたいだけなので、戦闘に関係ない事柄があるなら済ませるまで待つくらいの寛容さを持ち合わせている。それを果たして寛容と言っていいのかは定かではないが。

 ちょっとごめん、とクリスはペコリーヌと王家の装備を眺め、ポケットから取り出した謎の道具を掲げた。そこに表示されているらしい情報に目を通し、ふむふむと彼女は頷く。

 

「……とりあえず問題になることじゃない、か」

「何かあったんですか?」

「あー、ちょっと神器の調査を頼まれてて。ペコリーヌのそれは問題ないから大丈夫だよ」

 

 うんうん、とどこか安堵した顔でそう述べたクリスは、一刻も早くこの場から逃げ出そうとしているタマキを見た。目的達成、と視線だけで伝えると、じゃあこの辺でと手を上げて。

 

「終わったか? では、続きといこうじゃないか」

 

 やっぱり逃げられないと二人揃って目が死んだ。受けるんじゃなかったこんな依頼、と頭を抱えているタマキを余所に、クリスは覚悟を決めたように目の前の相手を睨む。

 す、とペコリーヌが一歩前に出た。ティアラに手を添えると、集中力を高めんと目を閉じる。

 

「変っ身!」

 

 姿が変わる。背中から光の翼を生み出すと、一気にクリスティーナへと突撃していった。

 

「よしよし、いいぞボス。きちんと制御できているな」

「おかげさまで!」

 

 クリスティーナの絶対回避は発動しているものの、神器で変身したペコリーヌの攻撃は所々ヒットしている。が、勝負を決めるほどのダメージにはならない程度でしかない。数回打ち合ったのちお互い離れたが、一撃も食らっていないペコリーヌのほうがむしろ消耗しているように見えたほどだ。

 

「お姉様!?」

 

 アイリスが駆け寄る。それに合わせるように、クリスとタマキに提案をしていたカズマも一歩踏み出した。

 

「ペコリーヌ! それ、後どれだけいける?」

「もう一回ぶつかり合うくらいは、なんとか」

「ならよし! 頼んだぞ二人共!」

 

 カズマの言葉を合図に、クリスとタマキが武器を構える。どう考えてもまともに戦えば瞬殺される未来しか見えないが、それでも抵抗しなければ結局やられる。だからほんの僅かでも可能性がある方に賭けるのだ。

 タマキがありったけのナイフを投擲する。相手の回避ルートを潰すようにされているそれを、当然クリスティーナは余裕で躱していく。

 

「《スキル・バインド》!」

「残念、はずれだ」

「なら、《バインド》!」

「無駄だぞ☆」

 

 その合間にクリスが拘束スキルをぶっ放すが、やはり当たらない。それで終わりならば今度はこちらから、と自身の大剣を振り上げる。

 そこに飛び出したのはアイリス。斬り上げで相手の振り下ろしを弾き、おっと、と軽い調子でバランスを崩したクリスティーナ相手に、至近距離で己が剣技を放たんと構える。

 

「《エクステリオン》!」

 

 城が揺れる。周囲の壁を薙ぎ倒すその一撃は、瓦礫と土煙、そして破壊音で周囲の状況を掻き消していった。当然のように無事であるクリスティーナの認識を、少しでも鈍らせるために。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

「少しは頭を使うじゃないか」

 

 突っ込んできたペコリーヌの一撃にクリスティーナは圧された。絶対回避、絶対命中のスキルのために必要な演算を、崩れる周囲が邪魔をする。単純な力押しだけならば、今のペコリーヌに彼女は敵わない。

 が、それがどうした。敵わない部分があるのならばそれ以外で補えば何の問題もない。ペコリーヌの太刀筋は、自身が教えたものを下地に冒険者生活で身に付けた喧嘩殺法だ。つまり、そういう動きを好むクリスティーナにとって相性がいい。

 

「何で対応してくるんですか!?」

「まだまだボスが未熟ということさ」

 

 振り下ろしを剣で受け流し、そこに回し蹴りを叩き込む。普通の相手ならばそれだけで吹き飛んでもおかしくないが、現在のペコリーヌは揺るがない。揺るがないが、そこで彼女のタイムリミットがやってきた。

 

「さて、次は――」

 

 がしり、と腕を掴まれた。ん? と視線を動かすと、いつの間に近付いたのか、カズマが彼女の腕を握っている。

 

「成程、この状況ならば《潜伏》スキルが有効に働く。それで? 坊やはこれからどうする?」

「……決まってんだろ」

 

 《ドレインタッチ》。リッチーのスキルであるそれを思い切り使う。魔力と体力を同時に吸われたクリスティーナは、そのスキルを使う彼を見て少しだけ感心したような表情を浮かべる。

 カズマごと腕を振り上げた。マジかよ、と跳ね上げられるカズマの胴辺りに狙いをつけ、もう片方の手に持っていた大剣を。

 

「追加料金絶対請求してやるからにゃ! 《ねこねこファントムラッシュ》!」

 

 そこに、隠し持っていた無数のナイフとスキルによる爪撃が叩き込まれた。絶対回避を僅かながらに封じられているクリスティーナは、それを自身の剣で弾き返し放物線を描くカズマを見逃してしまう。

 宙を舞いながら、カズマはへたり込むペコリーヌと目を合わせた。こくりと頷くと、双方ともに武器を掲げ。

 

『アイリス!』

「はいっ!?」

 

 カズマは自身の剣で彼女と線を繋ぎ、加護によるブーストを注ぎ込む。幸いにして先程がっつり頂いたので魔力も体力も足りている。

 そしてペコリーヌは、自身の剣をそのまま彼女へと投げ渡した。アイリスは普段とは違うショートソードを使っていたのでスキルの威力が乗らなかったのだから、それさえあれば。

 ぐえ、とカズマが背中から落ちる。痛みで悶えている彼を見ることなく、アイリスはすぐさま構えを取った。

 

「成程。やるじゃないか坊や達」

「少しは焦りなさい! 《エクステリオン》!」

 

 クリスティーナの笑い声と、アイリスの斬撃による破壊音が同時に響き。

 ベルゼルグ王城の修理は、更に伸びることとなった。

 

 




一件落着(解決したとは言ってない)


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その78

俺達の冒険はこれからだ。


 駆け出し冒険者の街アクセル、ダスティネス家の屋敷。そこで床に正座させられている一人の少女がいた。その少女の名はクリス。そしてその目の前で仁王立ちしているのはその館の主であるダスティネス家の令嬢ララティーナである。

 

「それで? クリス、申し開きがあるなら聞こう」

「い、いや。あたしもね? ダクネスに頼めばなんとかなるとは思ったよ? でもさ、ほら、ダクネスってばそういう貴族としてのお願い嫌がるじゃない?」

「そんなこと一言も言ってなかったにゃ」

「タマキは黙って!」

 

 壁にもたれかかりながらタマキはジト目でクリスを見やる。彼女のその言葉にダクネスの視線が更に鋭くなり、クリスはうぅ、と縮こまった。

 

「だって……秘密裏にやらなきゃいけなかったんだよ……大事な友人のダクネスに、そんな無茶させられないじゃない……」

「そう言いつつタマキ巻き込んでるの」

「あくまで依頼なら、ということじゃろうな」

 

 ミヤコの茶々をイリヤが止める。ふーん、と納得しているのかいないのか分からない表情でふよふよと浮かんでいる彼女を、普段なら睨み付けるはずのクリスが俯いたままだ。どうやら本気で堪えたらしいな。そんなことを思いながらイリヤはやれやれと肩を竦めた。

 

「ダクネスよ」

「何だイリヤ。私は」

「そっちのクリスも、お主を困らせようとやったわけではあるまい。友人を巻き込まぬよう考え、出した答えじゃろう。そう、責めてやるな」

「……分かっている。だが、私としては、親友に頼ってもらえないのは……寂しい」

 

 ポツリとそう述べたダクネスの言葉に、クリスはハッと顔を上げた。そうして、放置プレイに興奮しているわけでもない素の言葉だということを確認した彼女は、ごめんなさいと言葉を紡いだ。言い訳も何もなく、飾り気もない謝罪を述べた。

 ふう、とタマキが息を吐く。とりあえず向こうはあれでよし。そんなことを思いながら、部屋のソファーで紅茶を飲んでいるアキノに視線を向ける。

 

「で、あたしはどうなるのにゃ?」

「ご心配なく。これが今回王城に侵入した賊の人相書きですわ」

 

 ピラリ、と掲げたそれは全部で四枚。そのどれもが本人とは似ても似つかない顔になっている。ファントムキャッツの名前も、絶妙に変更されていた。

 

「……流石にあたし達とドンパチやった兵士にはバレるんじゃ?」

「あの夜城にいた兵士達はクリスティーナさんの暴走に巻き込まれています。好き好んで語るほど勇気のある者はいないでしょう」

「ほんとあいつ何なのにゃ……」

 

 満面の笑みで相手が王女だろうと皆殺しにしようとしてくるクリスティーナの姿を思い出しながら、タマキは思わずブルリと震える。あれでも普段は有能で面倒見のいい騎士なのですけれど、とアキノがフォローしたが、絶対ウソだと彼女は思った。実際ジュンが隣にいるからそう見えるだけである。アキノも大概クリスティーナに毒されていた。

 

「ともあれ、クリスさんのフォローお疲れ様でしたわ。ボーナスは弾んでおきます」

「そうでもないとやってらんないにゃ」

 

 そしてそれはそれとしてクリスからの依頼料もきちんといただく。ちゃっかり二重に依頼を受けていたタマキは、そう言ってふふんと笑みを浮かべた。

 割にはあっていない。

 

 

 

 

 

 

 所変わって王都。王城の無事な一角での話である。ユースティアナとアイリスの王女姉妹は、目の前の王妃、自身の母親の間で静かに項垂れていた。

 理由は簡単で明白。王城の破壊騒ぎとそれによって起きた事件についてである。

 

「成程」

 

 事の顛末を聞き、まとめられた書類を眺め。王妃はそう言って二人を見た。揃ってこちらに顔を合わせないところを見ると、間違いなく嘘を吐いているな。そんなことを考え、これが自身の夫である国王ならば丸め込まれたのだろうと小さく溜息を吐く。

 視線をユースティアナの頭上に動かす。そこには、普段彼女が付けていたであろうものが、なかった。

 

「賊に、王家の装備を奪われた、と」

 

 そういうことですね。王妃のその問い掛けに、ユースティアナは間違いありませんと視線を落としたまま答える。傍から見ていると顔向けできない程に落ち込んでいると思えてしまうが、当然母親には通じない。成程、ともう一度そう呟くと、今度は視線をアイリスに向けた。

 

「それで、アイリス。貴女はその場に駆けつけられなかったことを恥じている、と」

「はい」

 

 やはり視線を落としたまま答える娘を見て、王妃はどうしたものかと目を細めた。王城の破壊痕の半分ほどは《エクステリオン》だ。これでアイリスがいなかったは無理がある。それでも、その辺の貴族相手ならば丸め込めることは可能だろう。

 逆に言えば母親である王妃にはバレバレ。それを分かっていない娘達ではないはず。そこまで考えて、彼女はまったくもうと再度小さく溜息を吐いた。

 

「クリスティーナ」

「はっ」

 

 横に控えていたクリスティーナを呼ぶ。少し考える素振りを見せた後、彼女に向かってアイコンタクトを送った。それを見たクリスティーナは、実に楽しそうに笑みを浮かべコクリと頷く。

 

「まったく……どうしてこのようなお転婆になってしまったのでしょう」

「母親に似たからでは?」

 

 ジロリとクリスティーナを見た。おお怖い怖い、と肩を竦めた彼女は、それでどうするのですかと王妃に問う。

 どうするもこうするも。承知の上でそう問い掛けているのだから当たり前だが、王妃はそんな彼女をもう一度ジロリと睨み溜息を吐いた。

 

「ユースティアナ」

「はい」

「王族として、賊に後れを取り、あまつさえ王家の装備の一つであるティアラを奪われたのは大変な失態です」

「はい」

「こちらも、ここにいない陛下に代わって貴女に罰を与えなくてはなりません」

「……はい」

 

 ふう、と息を吐く。分かっているだろうに。そんなことを思いながら、彼女は少しだけ口角を上げた。

 誰が考えたかは知らないが、随分と大掛かりな茶番を仕掛けてくれたものだ。王城の破壊は想定外、というよりクリスティーナの宴の結果だろうから置いておく。ともあれ、お膳立てをした何者かに王妃は少し興味が湧く。今度は自分が招待してもいいかもしれない、そんなこともついでに思った。

 さて、そういうわけで彼女への罰である。みすみすティアラを奪われた、今まで出来損ないだと噂されていた長女に告げる沙汰である。

 

「ユースティアナ」

 

 もう一度名前を呼んだ。顔を上げろ、そういう意味を込めて名を呼んだ。

 ゆっくりと彼女が顔を上げる。その顔を見て、これまでのような劣等感を笑顔で無理矢理沈めていたものではない、迷いの晴れたそれを見て。

 まあ、いいか。そんなことを王妃は思った。

 

「奪われたティアラを、なんとしても取り戻しなさい」

「……はい」

「勿論、貴女の冒険者パーティーも同罪です。貴女はきちんと、彼等と一緒にペコリーヌとしてそれを達成するのですよ」

「――はいっ!」

「ああ、どうせならもののついでに、今までのように出会った魔王軍幹部も倒してしまいなさいな。そうすれば陛下もユースティアナに何も言えなくなるでしょうから」

「なるほど。やばいですね☆」

 

 王妃の言葉に満面の笑みでそう返す。それを聞いたアイリスも、顔を上げてよかったですねお姉様とはしゃいでいた。はしゃいだら駄目だろうとクリスティーナはひとり笑っていたが、別段それを指摘しない。王妃の顔が、まだ終わっていないぞと言わんばかりの笑みだったからだ。

 

「ではアイリス。貴女への罰ですが」

「え?」

「そうですね……貴女には少し、王女という立場を捨ててもらおうかしら」

 

 え、とアイリスが固まる。それはどういう意味なのか、そんなことを問い掛けると、簡単な話だと返事が来る。

 身分を隠して、留学してもらう。王妃は彼女にそう告げた。

 

「期限は、とりあえず一ヶ月を目安にしましょう」

「え、っと? 留学、ですか?」

「ええ。丁度この間リオノール姫ともそのことについて話をしたところでしたから」

「そのこと、ですか……?」

「そうよ。ブライドル王国の『聖テレサ女学院』、そこに身分を隠して留学しましょう」

 

 急展開に話がついていけない。アイリスが目をパチクリとさせている中、ユースティアナはそれもありかなと考えていた。自分と同じように、アイリスも大切な友達が出来たなら。そのための第一歩として、留学は丁度いい機会だろう。

 それはそれとして。

 

「リオノール姫の紹介っていうのが気になりますけど」

 

 楽しいことに全力なあの姫様のことだから、その場所にも何か一癖も二癖もあるような何かがある気がする。ユースティアナはそんなことを思い、ひとり頷いた。

 あんたも姫として大概だからね。どこぞの猫耳娘がそうツッコミを入れた気がした。

 

「それはそれとしてクリスティーナ。王城破壊の責はきちんと負いなさい」

「勿論」

 

 迷いのない笑顔である。

 

 

 

 

 

 

 さて、と。そんなことを思いながらペコリーヌは部屋を見渡す。正直あまりいい思い出がなかったこの場所、この城も、今となってはまた違う景色が見えてくる。自身の部屋はいつ帰ってきてもいいように整えられていた。城の兵士達は自分の顔をしっかりと覚えていた。

 

「……本当に、わたしの空回りだったんですね」

 

 実際にそういう輩はいただろう。それは間違いないし、恐らくクリスティーナ達も否定しない。だが、そうでないものも大勢いて、そしてペコリーヌはそういう人達も同じように思っていた。だから、彼女は勝手に拗ねていた。

 だから彼女は城を駆け回って、自分を愛してくれていた人達一人一人に謝罪とお礼を言って回った。第一王女のその態度に城の皆は面食らいとんでもないと恐縮したが、結局最終的には笑顔でその言葉を受け取ってくれた。

 だから、ペコリーヌはもう、迷いはない。ここは自分の大切な場所で、帰る場所だ。そう胸を張って宣言できる。

 そして、宣言できることはもう一つ。

 

「……では、行ってきます」

 

 部屋を出る。すれ違う人達に挨拶をしながら、ペコリーヌは城の入口まで歩いていく。その途中で、相変わらず動かない鎧の置物のようになっているジュンを見付けた。

 

「あれ? ユースティアナ様。もう行くんですか?」

「はい。準備は出来ましたから」

 

 そう言って笑顔を見せる彼女を見て、ジュンはクスリと微笑んだ。鎧なので見えないが。そうしながら、行ってらっしゃいとヒラヒラ手を振る。

 

「はい! 行ってきます!」

「まったく、元気なことで」

「あ、クリスティーナ。おいっす~☆」

「うんうん。その調子でレベルアップしてくれよボス。今度こそ、楽しく殺り合えるようにな♪」

「次は、わたしが勝ちますよ」

 

 堂々とそう宣言したペコリーヌを見て、クリスティーナが一瞬目を見開く。次いで、実に楽しそうに笑った。腹を抱え、大爆笑をした。よく見ると、鎧の下でジュンも肩を震わせている。

 

「じゃあその時は、私も参加しようかな」

「何だ団長、ボスはワタシの獲物だぞ」

「大丈夫だよ。クリスちゃん一人だと勝てないくらい強くなってくれるだろうから」

「……やばいですね」

 

 なんか無茶振りされた。そんなことを思いつつ、しかしそこで出来ないとは言わない。言われたからには、この二人をまとめて超えるくらいになってやろうじゃないか。ぐ、と拳を握りながら、ペコリーヌは二人を真っ直ぐに見る。

 ばん、とそんな彼女の背中をクリスティーナが叩いた。行くならさっさと行け。そんなことを言いながら、ジュンと同じように手をヒラヒラさせる。

 

「どうせ気が向いたら帰ってくるだろう?」

「……そうですね。ここはもう、帰りたくない場所じゃありませんから」

 

 行ってきます。そう言ってペコリーヌは城を歩く。城の入口まで、あと少し。すれ違う人に挨拶をしながら、彼女は外へと。

 

「お姉様!」

「アイリス。どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもないです! どうして私には挨拶無しなのですか!」

 

 憤懣やるかたない自身の妹を見ながら、ペコリーヌはううむと頬を掻く。どうしても何も、と付き従っているクレアとレインに視線を移した。苦笑しているので、承知の上らしい。

 

「あなたも城を出る許可をもらったんですよね?」

「はい! 留学までの間、少し街での生活に慣れるようお母様に言われましたので」

「アクセルに来るんですよね?」

「ララティーナとアキノもいますから。暫くそちらに身を寄せます」

「……挨拶いります?」

「私はまだ城を出る準備が出来ていません」

 

 ふんす、と胸を張ってそう宣言するアイリスを見て、何だかこの妹ポンコツ化進んでいないかと心配になる。あなた達の影響ですからね、というレインの視線は無視をした。

 

「はいはい。ではアイリス、行ってきます」

「はい! 行ってらっしゃいませ、お姉様!」

 

 ブンブンと手を振るアイリスに見送られ、ペコリーヌは今度こそ本当に城を出た。それなりに時間は掛かったが、彼女は別段気にしていない。むしろ、それだけここが大事な場所であると再確認できて満足だ。

 あれ、とペコリーヌは目を見開いた。城を出てすぐに、彼女を待ち構えていたらしい人影を見付けたからだ。やっと来やがった、とジト目でこちらを見ている人物を見付けたからだ。

 

「カズマくん! キャルちゃん! コッコロちゃん!」

 

 その人影に思い切り手を振る。ててて、と駆け寄ったペコリーヌは、どうしてここにと首を傾げた。確か、今日アクセルに帰ると連絡は入れていたはずなのに。

 そんな彼女の疑問は、何言ってんだお前というカズマの言葉で氷解した。

 

「だから迎えにきたんだろうが」

「すぐ来るかと思ったら、中々来ないし」

「ペコリーヌさまのことですから、挨拶回りなどをされていたのでは?」

 

 呆れたような物言いのカズマ、文句を言っているキャル。その二人共が、コッコロと同じように笑顔だ。

 

「……えっへへ~。ありがとうございます!」

 

 だからペコリーヌは笑顔で返す。改めて、ユースティアナではなく、ペコリーヌとして。また冒険者を始める宣言も兼ねて。

 そうして。では行きましょうかと一歩踏み出したペコリーヌに、三人は待ったと声を掛けた。その前に、と彼女の頭を指差した。

 

「そこに何もないと変な感じなのよね」

「へ? あ~、ティアラは奪われたことになってますからね」

 

 少し寂しくなったそこに触れる。たとえ実はカズマが持ち出して現在キャルが保管しているとしても、名目上は賊に奪われた神器なのだから、もういいだろうとつけることは出来ない。だからまあ、これは慣れるしかないだろうとペコリーヌは苦笑した。

 三人の笑みは消えない。そうだろうと思って、とカズマが小さな袋を彼女へと投げて渡した。

 

「これは?」

 

 ガサゴソとそれを開く。そこに入っていたのは、花飾りのついたカチューシャ。暫しそれを眺めていたペコリーヌは、え、と三人に視線を向けた。

 

「それで、いつものペコリーヌさま、というのはいかがでしょう」

「そういうわけよ。ほれ、さっさとつける」

 

 コッコロとキャルに言われ、ペコリーヌはそれをつける。ティアラとは少し違うが、成程確かに先程よりは断然しっくり来る。うんうんと頷いた三人は、では行こうかと彼女に並んだ。

 

「ここんとこ騒がしいことばっかりだったからな。暫くはのんびりしてー」

「そうねぇ。アルカンレティアとか王都とか、色々あったものね」

「でしたら、お二人は暫くお休みになられてくださいませ。その間は、わたくしが冒険者の依頼をこなしてまいります」

「何言ってんのよコロ助。その時はあんたも一緒よ」

「当然ペコリーヌもな。まとめてニートしようぜ」

 

 が、口を開けばこれである。冒険者のくせに、冒険する気がサラサラない。そんな見慣れたいつもの光景を見て、ペコリーヌは吹き出してしまった。

 やっぱりここだ。ここが、自分が胸を張って宣言できるもう一つの居場所だ。そんなことを思いながら、何言ってるんですかと笑顔で返した。

 

「冒険、しましょう! またみんなで、ここから!」

「別に元々大したことやってなかったじゃない」

「そうです。大したことじゃないそれをしましょう。いつものように」

「……ったく。しょうがねぇなぁ」

 

 やれやれ、と溜息を吐きながらカズマがそう呟く。キャルも口では文句ばかりだが、彼と同じように分かった分かったと返した。コッコロは元から反対していない。はい、と笑顔で同意する。

 

「わたしたちの冒険をまた、始めましょう」

 

 おー! とペコリーヌが拳を振り上げる。それに合わせるように、コッコロも、キャルも、そしてカズマも同じように拳を上げた。

 

「頑張りましょう! 明日のおいしいご飯のために!」

『それはお前だけだ!』

「ふふっ」

 

 




第四章、完!


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第五章
その79


今回は愚か者とか爆焔とかそんな感じの話(予定)。


「はぁ……」

「ふぅ……」

 

 魔王城。そこに戻ってきた魔王軍の中でも最上級に位置する幹部の二人は、揃って溜息を吐いていた。丁度それが重なったことで、お互いにそちらを向き、似たような顔をしているのを確認する。

 

「何だシルビア。お前紅魔の里の襲撃に行ってたんじゃなかったのか?」

 

 黒い髪を肩口程度で切りそろえた泣きぼくろの女性は、その見た目とは裏腹にチンピラのような口調で隣へ話し掛ける。対するシルビアと呼ばれた相手は、右耳ピアスの長身の女性らしき者で、彼女の言葉にげんなりしたような表情を浮かべると再度溜息を吐いた。

 

「紅魔族って、頭おかしいわよね」

「……おう、そうだな」

 

 触れてはいけなかったらしい。まあ生きているならいいやと女性はそこで話を打ち切った。何もお咎めがないところを見ると、魔王軍トップである魔王も承知なのだろう。

 シルビアはそんな女性を見て、それでそっちは何でそんな溜息を吐いているのかと問いかけた。

 

「セレスディナ、貴女は確か幹部の欠員を埋めるために人材探索に行ったのよね?」

「ああ。……その途中でハンスがぶっ殺されたって聞いてな」

 

 追加で幹部候補を用意しなくてはいけなくなった。そんなことを言いながらセレスディナはガリガリと頭を掻いた。成程、と納得したような素振りを見せたシルビアは、そこで何かに気付いたように視線を動かす。

 今現在、魔王と謁見している者が二人いる。ということは。

 

「何か猛烈にアピールしてくる奴がいたから、そいつでいいやって」

「……あいつ、堕天使でしょ? 見たことあるけど、幹部やれるのかしら……」

 

 片方は魔王軍の占い師による指示でスカウトした者だ。勿論今話題にしているのはそうでない方。そんな適当でいいのかという視線をシルビアから受けたが、セレスディナは別にいいだろうと軽い調子で返す。

 

「どのみち、あのレベルを相手に出来る連中なんぞ一握りだろ」

「だから紅魔の里で散々な目に遭ったんだってば!」

「あー……魔術師殺しだっけか? あれを見付ければ余裕なんじゃなかったのか?」

「それが出来たら苦労しないの! 知ってる!? 紅魔の里、紅魔族以外にも頭のおかしいのがいるの! 施設と研究所を調査してる変なのがいるの! 上級悪魔がいるの! でもあの騎士はちょっとタイプだったわ」

 

 何かを思い出していやんいやんと悶えるシルビアをジト目で見ながら、ああはいはいと彼女は流す。それならとりあえず紅魔の里以外を攻めていればいいだろう。そんなことを思いながら、いや待てよ、と顎に手を当てた。

 

「ベルディアが消息を絶った場所と、ハンスがぶち殺された場所はどっちも違う……。ちょっと、調査した方がいいのかもな」

 

 さしあたってアルカンレティアは行きたくないので、必然的にもう一つの方になる。

 駆け出し冒険者の街アクセル。その枕詞に騙された魔王軍幹部がまた一人、哀れな犠牲者になろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「ど、どどどどどうしようどうしよう!」

「あわ、あわて、あわわててての濡れ手に粟泡!」

『落ち着いて』

 

 アクセルの街の西、そこに広がる小さな森には特徴的な大木がある。知る人ぞ知るそこで、一枚の手紙を広げながら完全にテンパっているゆんゆんがいた。アオイもついでにパニックになっている。若干浮いている幽霊プリーストのルーシーが、そんな二人を宥め落ち着かせていた。毎度おなじみ、BB団の光景である。

 

『それで、一体どうしたの?』

「あ、はい。実は」

 

 手紙をそこにいる皆に見せる。アオイはつまり見てもいないのに慌てていたわけだが、それはアオイなのでしょうがない。ともあれ、その手紙の一枚目を読んだアオイは顔を真っ青にして震えだした。ルーシーも、少しだけ真剣な表情を浮かべている。

 そして二枚目。それを読み終えると、アオイは色々通り越したらしくキリリとした表情で佇んでいた。何かを決意した、そう思えるほどの顔である。

 

「あのさ」

 

 そんな三人の横合いから声。視線をそちらに向けると、森の象徴とも言える大木から体を出している女性が、呆れたような表情で三人を見ていた。どうしたんですか、とゆんゆんが女性に問い掛けると、彼女は呆れたような表情を崩さずにちょいちょいと手紙の端を指差す。

 

「紅魔族英雄伝って書いてあるけど」

「あぁぁぁぁあああ!」

 

 小説だったらしい。絶叫しながら手紙をくしゃくしゃにすると、ゆんゆんはそれを横にあった泉へと投げ捨てる。やめい、と女性はそれを寸前でキャッチした。

 

「ここはゴミ捨て場じゃない! ったく……」

「あ、ごめんなさい王女さん、つい」

「そもそもの問題として、ここをBB団拠点とかいうのにするところからやめて欲しいんだけど」

「え? でも安楽王女さんここ動けないじゃないですか」

「アオイ、何言ってんのこいつみたいな目で見るのやめてくれる?」

『まあまあ。おかげで討伐クエストも破棄されたことだし』

「その代わり養分になる孤独死の冒険者も来なくなったんですけどぉ! 光合成とあんたらの弁当で栄養を取るエコ生活まっしぐらなんだぞ!」

 

 ゼーハーと肩で息をする安楽王女と呼ばれた女性は、まあいいと諦めたように項垂れた。それでどうするのかとゆんゆんに問い掛ける。

 

「どうするって、何がです?」

「二枚目はともかく、一枚目は普通の手紙でしょ。何か物騒なこと書いてたやつ。それともあれも創作だったりすんの?」

 

 え、とゆんゆんは安楽王女から手紙を受け取り、改めて一枚目を確認する。こちらは間違いなく手紙で、差出人は彼女の父親。そして、この手紙が届く頃には既にこの世にいないという書き出しから始まっていた。

 アオイの顔が真っ青になる。焦点の定まらない目でキョロキョロと周囲を見るその姿は、当事者であるゆんゆんより相当危ない。落ち着いて、というルーシーの言葉で、ようやく呼吸を思い出した程だ。

 

「……紅魔の里に、行ってみます」

「手紙が本当なら、相当危険だと思うけど」

 

 ゆんゆんの言葉に、安楽王女はそう返す。それでも、と彼女は述べた。自分の故郷だから、たとえどうなっていても。そんな言葉を続けた。

 仕方ない、とルーシーが苦笑する。今の自分は、BB団の地縛霊。そこにBB団がいるのならば、彼女にとって縛られる場所だ。だからゆんゆんに同行するのは何の問題もない。

 

「わた、わたち、私も! び、びBB団の一員として! 一緒に行けたらそれはとてつもなく恐悦至極で」

「ありがとうアオイちゃん!」

「はひぃぃぃ!」

「いやいい加減あんたら二人だけのやり取りは慣れろよ……」

 

 がっしとアオイの手を掴むゆんゆん。そしてパニックが加速するアオイ。そんな姿を見ながら、安楽王女は呆れたように溜息を吐いた。

 そんな彼女に、ルーシーが問う。それであなたはどうしますか、と。

 

「は? 私はここに根を張ってんだから動けないっての」

『では、そこの苗木は一体なんでしょうかね?』

 

 ぐ、と彼女が呻く。戦利品の中にあったらしい植木鉢に植えられたそれは、超小型安楽王女とも言えるような苗木で。

 

『孤独死を看取り続けて養分にしていた魔物の方が、本当は孤独を抱えていた。それを見出してBB団に入れたあの二人の手腕は、流石ですね』

「ちっげーから! そういうんじゃないから! 実際獲物無くなって困ってんだからな!」

『はいはい』

 

 優しい眼差しで自身を見詰めるルーシーに、安楽王女はあらん限りの罵詈雑言をぶつけ続けた。

 そして当然のように、苗木を介して安楽王女も同行することになった。

 

 

 

 

 

 

「はーい! こちら注文の品ですね!」

「ありがとーペコリーヌちゃーん!」

 

 アクセルの街、ギルド酒場。ここのところ連日大盛況のそこでは、久しぶりにウェイトレスに復帰したペコリーヌがあっちへこっちへと動いている。客はそんな彼女を見て、ああやっぱりペコリーヌちゃんは最高だ、と頬を緩ませるのだ。

 主に胸部の揺れを見て。

 

「……ったく。いい気なもんだ」

「あれ? ダストはペコリーヌ目で追わないの?」

 

 そんな酒場の一角で、アクセル随一のチンピラと名高い冒険者ダストが不貞腐れたような表情で酒を飲んでいた。その対面に座っているパーティーメンバーの少女リーンが、そんな彼の態度を見て不思議そうな顔をしている。

 

「俺にも好みがあんだよ」

「ふーん……?」

 

 どう見ても信じていない顔だが、リーンはそれ以上踏み込まなかった。何か事情があるのだろうと思ったのだ。とはいえ、多分くだらないものだろうとも思っていたのだが。

 そんなことを思っていると、件の人物であるペコリーヌがこちらにやってくる。注文の品ですよ~、とリーンの前に野菜スティックを置いた。

 

「ありがと。ねえペコリーヌ、最近何かあった?」

「どうしてですか?」

「んー、なんて言うのかな。これまでより、すっきりした顔してる気がして」

 

 そんな彼女の言葉に、ペコリーヌは目をパチクリとさせた。次いで、普段とは少し違う微笑を浮かべる。それはまるで、冒険者の少女というよりは、どこかのお姫様のようで。

 

「そうですね。……家族と、前より仲良くなりましたから」

「そっか。うん、それならよかった!」

「はいっ!」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべる少女を見て、リーンも同じ様に笑顔になる。

 対面のダストは、そんな彼女を見てどこか苦い顔を浮かべていた。自分の古傷に触れたような、叶わなかった願いを見せ付けられたような。そんな嫉妬と八つ当たりのような感情が浮かび上がり、馬鹿馬鹿しいと彼は切って捨てた。

 それでも、やっぱり。

 

「貴族は好かねぇ」

「どうかしたんですか? ダストさん」

「別に。最近ご無沙汰だから、相手してくれる奴いねーかなって思ってたんだよ。何ならあんたでもいいぜ?」

「……本気で言ってるなら、そうですね……」

「え? ペコリーヌ迷うの?」

 

 ガタン、と椅子を倒しながらリーンが立ち上がる。考え直して、と思い切り必死の形相で彼女へと詰め寄った。

 詰め寄られた方は、いや迷ってませんよと即答する。勿論断りますし、とついでに続けた。

 

「わたしが考えたのは、あの人が怒るんじゃないかな~って」

「あの人?」

 

 ピクリとダストの眉が動いた。そうだよな、と心中で毒づく。目の前の相手は、まだ自分が『ダスト』ではなかった頃にも見たことがある人物。当然向こうもそれを承知だ。直接対面していないとはいえ、あのお方から話は聞いているだろう。お互いに詮索しないと暗黙の了解を保っていたが、どうやら吹っ切れたついでにデリカシーまでなくしてしまったらしい。

 これだから貴族は。そんなことを思いながら、ダストはジロリとペコリーヌを睨む。その視線を受けた彼女は、変なこと言ったお返しですよと目を細めた。

 

「ちょっとダスト! あんた決まった相手がいたの!?」

「いねーよ。ペコリーヌのでたらめだ」

「……ほんとに?」

「ああ。……ん? 何だ? お前ひょっとして妬いてんのか? ったく、俺に惚れてんならもっと分かりやぶべっ!」

 

 最後まで言うことなく、リーンが思い切り杖をフルスイングした。盛大に吹き飛ぶダストを見ながら、彼女はふんと鼻を鳴らし席を立つ。いつものことなので酒場の連中は何も言わず、騒ぎにすらならない。ペコリーヌもあーあ、という顔をしているだけである。

 そのまま酒場の入り口へと向かったリーンは、丁度そこに入ってくる相手とすれ違った。何とも小柄な少女で、恐らくコッコロと同じくらい。こんな酒場に子供が何の用だろうと彼女は思わず少女を目で追ってしまった。

 ふわりとしたツインテールに軍帽らしきものを被っているその少女は、酒場を暫しキョロキョロと見渡す。確かここにいると聞いたのだが。そんなことを言いながら視線を彷徨わせていたが、やがてお目当てを見付けたのかそこで動きを止めた。

 いてて、と立ち上がって頬を擦るダストを見て、である。

 リーンが目を見開いているのをよそに、少女はつかつかとそこへ歩いていく。途中で彼女はペコリーヌに気付くと、あれ、と素っ頓狂な声を上げた。

 

「……何をやっているのですか、ユースティ」

「いらっしゃいませー! お一人ですか?」

「え? あ、いえ。もう一人、います」

 

 少女の声を遮るようにペコリーヌが叫ぶ。そんな彼女に面食らった少女は、しかし何となく察すると言葉を返した。流石はうちの姫の友人をやっているだけはある。ついでにそう零した。

 

「は? おいちょっと待て! もう一人!?」

 

 そして少女の言葉に反応したのがダストだ。思わず立ち上がり、少女を思い切り睨み付けてしまう。

 対する彼女は彼を見て呆れたように息を吐いた。それはそうだろう、と言葉を紡いだ。

 

「貴公に代わりあのお方の無茶振りを受けているのは私だぞ」

「……ここに、来るのか?」

「既に来ている」

 

 ダストの反応は早かった。即座に反転し、酒場から逃げようと足を動かす。入り口は駄目だ、逃げるならば窓、それも上。そんなことを考えながら、階段を駆け上がる。

 

「あ! 待てライン! 何故逃げる!」

「当たり前だろうがモニカ! あと俺はダストだ! 間違えるな!」

「あ、そうだったな、すまない。ではダスト、昔のよしみで忠告させてもらうが」

 

 聞く耳もたんと二階に向かったダストは、そのまま手頃な窓から飛び出すために更に足を。

 

「どこへ行く気?」

 

 その足を払われた。うおぉ、とバランスを崩してすっ転んだ彼は、床に寝そべりながら何しやがると相手を睨み付ける。睨み付けて、即座に後悔した。

 酒場には似つかわしくない格好ではあるが、しかしそれは普段の彼女からすれば十分に地味だ。ドレスでもなく、普通の服装なのだから。そんな感想を抱きつつ、そういえばあの時の格好もこんな感じだったとダストはぼんやり思う。現実逃避である。

 トントンと階段を上ってくる音がする。先程の少女モニカと、ついてきたペコリーヌがどこか苦笑しつつすっ転んだダストと転がした少女を眺めていた。

 

「私が貴公に近付いた時には、既に侵入していたぞ」

「もう、どうして気付かないのかしらね。勘が鈍った?」

「……やばいですね」

 

 モニカと少女、そしてペコリーヌの声を聞きながら、ダストは何とも言えない、どうしようもない感情を持て余していた。

 ただ言えるのは、これはきっと。

 

「何でこんな簡単に来やがってるんですかちくしょーめ!」

 

 あの時の、あのやり取り。ひょっとしてただの茶番だったんじゃないのか。そんなどうしようもない後悔と。

 

「だって……会いたかったんだもの」

「……ぐっ」

「さて、私は何も聞いていません」

「護衛騎士も大変ですね」

「……そこの、今はダストと名乗っている彼よりはマシです」

 

 それでも、再会に心動かされている自分の女々しさだ。

 

 




グラブルじゃねーからな!

……神バハでもないよ(こっそり付け足し)


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その80

二つの話が同時進行


 咆哮が響き渡る。巨大な黒い獣のそれは、そこに立っていた者達に暴力となって襲い掛かった。勿論その場にいた自身も例外ではなく、膝がガクガクと震え立っていられなくなる。

 それでも地面に這いつくばらなかったのは、きっと意地なのだろう。そこにいる他の面々が変わらずにいる中、自分だけが屈するというのに我慢がならなかったのだろう。

 

「さて」

 

 その中でも特別平然としている小柄なエルフの女性がこちらに向き直る。体にアンバランスな大きな帽子をくしくしといじりながら、覚悟は決まりましたかと問い掛けた。

 覚悟。その言葉を聞いて体がビクリと震えた。彼女の言っているのは、自身の道を決める選択だ。ここ、紅魔の里での生活を一変させるであろう答えだ。

 

「……ネネカ。やはり無理よ」

「そうでしょうか? 少なくとも彼女は、貴女をずっと忘れずにいたようですが」

 

 目の前の獣とは関係がなく、ネネカの横にいた女性は苦しそうに息を吐く。その理由も、解決法も、全て分かっている。自身が選択すれば、それで事足りる。

 だが、あの人はそれを良しとしていない。身勝手に誰かの人生を歪めてしまうということを許容しない。それは、魔王軍幹部という肩書には非常に似つかわしくないもので、思わず笑みがこぼれてしまった。

 

「大丈夫です。私は、最初から決めていましたから」

 

 そうだ。わざわざ念押しされずとも、自分の答えなど決まっている。元々、こんなことがあろうがなかろうが、歩む道が変わることなどないのだ。

 黒い獣が唸りを上げた。大きく開いたその口から、何かが発射される。流石は邪神というべきなのだろうか。あんな攻撃見たことがない。

 

「ぐおぉ! 大丈夫ですかウォルバク様!」

「ちょっとホースト! 向こうもウォルバク様なのを忘れるんじゃないわよ!」

「安心してほしいアーネスさん。ネネカさまに任せれば、万事解決だ」

 

 それを受け止めるいかにも悪魔なビジュアルの男悪魔と、ムチムチボディの女悪魔。そして無駄に眩しい騎士の男の三人。正直こいつらだけで大丈夫なのではないかと錯覚してしまうが、ネネカ曰くこの面子では決定打が足りないらしい。

 だからこそ、その部分をこちらに振っている。万全のシチュエーションを用意し、お膳立てしてくれている。

 冒険者カードを取り出した。期待に応えるための準備は整っている。後はそれを選択するだけ。

 

「本当に、いいの?」

「ええ。何より、ここまで燃える展開ならば、やるしかないでしょう!」

「流石は紅魔族、といったところですか」

 

 クスクスとネネカが笑う。そんなやり取りを見て少しだけ呆れたような表情を浮かべた女性は、こちらを真っ直ぐに見ると小さく頷いた。ありがとう、と呟いた。

 そんな彼女を見て、こちらも笑みを浮かべる。お礼を言うのはむしろこちらだ。何の後腐れもなく爆裂魔法を習得出来る上に、自らが切り札となって邪神を打倒しあなたを助ける。こんな状況で滾らないはずがない。

 そして。

 

「私の最初の爆裂魔法を、ちゃんとお姉さんに見せられることが、何より嬉しいです」

「だ、そうですよウォルバク」

「……ええ。しっかりと見ててあげるわ。私が教えた、あなたの爆裂を」

 

 躊躇うことなく冒険者カードに触れそれを習得する。杖もなく、まともな装備もない。そんな状態ではあるが、この身に溢れんばかりの感情と魔力だけは。

 

「ホースト、アーネス。下がって!」

「マサキ、こちらに」

 

 二人の言葉に、攻撃を防いでいた三人が飛び退る。邪神までの道が開かれ、遮るものも何も無くなったそこに、ありったけの思いをぶつけようと手をかざした。

 

「私は、今日という日を忘れません。――」

 

 

 

 

 

 

「エクスプロー……あれ?」

 

 ガバリと跳ね起きためぐみんは、キョロキョロと辺りを見渡すとなんだ夢かとベッドに寝転んだ。随分と懐かしい気がするが、精々二年くらい前なだけである。あんな宣言をしていた割に、大分思い出と化していた。

 ここはアクセルの街外れにあるネネカの研究所。時刻もどうやらいつもの起床時間であったらしく、寝転んだまま息を吐くとめぐみんはのそのそとベッドから這い出た。

 

「おはようめぐみん」

「おはようございます、師匠」

 

 そのままリビングへと向かうと、朝食の準備をしていたらしいちょむすけがこちらに気が付いた。ネネカはおらず、しかしテーブルの様子からすると既に朝食は終えているらしい。

 

「所長はどうかしたのですか?」

「そうね……。紅魔の里から手紙が来ていたし、多分その関係だと思うけれど」

 

 嫌な予感がする。そんなことを呟きながら、まあとりあえずは朝食だとちょむすけは彼女を促した。言われるままに朝食を食べためぐみんは、先程の会話が気になったのでなにはともあれ準備だけはしておこうと部屋に戻ると着替え、そしてアイテムや装備を確認する。

 それらが終わったタイミングで部屋がノックされた。準備は終わりましたか、と声を掛けられた。

 

「所長。とりあえず説明からお願いします」

「ふむ。めぐみん、聡明な貴女ならばもう分かっているのでは?」

 

 扉の向こうのネネカがそう述べたのを聞いて、彼女は盛大に溜息を吐く。そういうことを言われると紅魔族としては勢いに任せてしまいかねない。が、こちとら頭のおかしい研究狂いのエルフの下で一年以上過ごしているのだ。既に慣れた。

 

「説明を、お願いします」

「先日マサキから連絡がありました。なんでも、紅魔の里を魔王軍が襲撃したとか」

「まあ、紅魔族は魔王軍にとって厄介者ですからね」

 

 それ自体は別に驚かない。紅魔族ならば魔王軍も撃退できるだろうと踏んでいる。だからめぐみんにとってはネネカが告げたことなど所詮前振りでしかない。

 

「それで、その魔王軍幹部ですが」

「ちょっと待ってください」

「どうしました?」

「魔王軍幹部が襲撃に来たんですか!?」

「ええ。別に驚くこともないでしょう? 紅魔の里には以前幹部が現れたのですから」

 

 それは随分と特殊な状況だったからだ。そうは思ったが、彼女がそう評したということは何かしらの共通点があるのかもしれない。めぐみんは暫し考え、そして扉の向こうにいるであろうネネカに言葉を紡ぐ。

 その幹部の目的はなんだったのか、と。

 

「やはり、分かっていますね」

「分かりませんよ。結局どういうことなのかはさっぱりです」

「そうですか。では単刀直入に。魔術師殺しが狙われています」

「はぁ!?」

 

 扉を開ける。準備を終えたネネカと、苦笑しながら二人のやり取りを見守っていたちょむすけがそこに立っていた。ネネカはそんなめぐみんを見て、準備は終わっているようなので早速出発しようと言い放つ。

 

「説明! 説明をお願いします!」

「あれ以上説明が必要ですか?」

「魔術師殺しが狙われていて、マサキがそれを報告した。所長はこの際だから研究も兼ねて魔術師殺しを起動するなりバラすなりしたいから紅魔の里へ行く。合ってますか!?」

「補足するならば、幹部は一度撃退され撤退したそうです。安心して里帰りできますよ」

「ああそうですか! うれしいなー!」

 

 やけくそ気味に叫んだめぐみんの肩にちょむすけがそっと手を置く。なまじっか優秀だからこそこうしてからかわれるというのは、中々に皮肉である。とはいえ、それは裏を返せばこの変人所長が目をかけているということでもあり。

 

「ちょむすけ。どうしました?」

「あまり弟子をいじめないで欲しいわね、って」

「失敬な。私はただ、彼女の反応を観察するのが楽しいだけです」

「そういうところなのだけれど……」

 

 目の前の彼女にそういう機微を期待するだけ無駄か。そんなことを思いながら、彼女はやれやれと溜息を吐いた。とりあえずは向こうに行ってから考えよう。ついでに色々と諦めてそう結論付けた。

 奇しくも、BB団が紅魔の里へ向かうのと同じタイミングである。

 

 

 

 

 

 

 場所も日付も変わり、アクセルの冒険者ギルド酒場。そこの一角、他の客に聞かれないような話をするために誂えたかのようなその席で、アクセルの有名なチンピラ、もとい冒険者のダストが普段の彼とは思えないようなげんなりした表情で隣の少女を見詰めていた。

 

「あら、どうしたのダスト。元気がないわね」

「誰のせいだと思っているんですか……」

「あら、誰かしら?」

 

 そらっとぼけている横の彼女を見てもう一度溜息を吐いたダストは、それで、と彼女から視線を対面にいる少女に向けた。ふんわりツインテールのその少女は、彼とは違いなんてことのないような表情で言葉を紡ぐ。

 

「いつものことだ」

「いや駄目だろ! 一国の姫がそうふらふらと出歩いたら問題に――」

 

 言葉を止めた。はい? と首を傾げているウェイトレスを見て、地獄の底から絞り出したような声を発しながら机に突っ伏す。あの時の決意とか覚悟とか、その他諸々って一体何だったのだろう。そんなことをふと思った。

 

「ライ、ダスト。貴公のあの時があるからこそ、この状況が出来ている。だから嘆かず、誇ればいいと思うぞ」

「モニカ。今の俺にとってそれは追撃でしかないんだが……」

「え? 何? ひょっとして今私厄介者扱いされてる?」

「やばいですね☆」

「ティアナちゃんまでそういう事言うの!?」

「今のわたしは、ただの冒険者、お腹ペコペコのペコリーヌですから」

 

 しれっとそう述べるペコリーヌを見て、少女はぐぬぬと顔を顰める。そうしながら、彼女は隣のダストへとしなだれかかった。普段の彼ならばチャンスとばかりに胸や尻を揉むのだが、ガリガリと頭を掻くだけで何もしない。むしろ引き剥がしにかかる始末である。

 

「何でよー」

「何故も何も。婚約者がいる方が、こんなどこの馬の骨かも分からないチンピラに近付いていいわけないでしょう」

「よーっく知ってるから問題ないわね。後婚約なら保留になったわ」

「はぁ!? ちょ、ちょっとリオノール姫!? どうしてそんな」

 

 がしりと彼女の肩を掴み思わず詰め寄る。対するリオノール姫は、ゆっくりと目を閉じると少しだけ顎を引いて上を向いた。

 キス待ち体勢である。

 

「……姫、ふざけるのも」

「ダスト!? あんた一体何やってるのよ!」

 

 久々に感じるこれを懐かしいとも思わず、ダストは再度文句を言おうと口を開きかけた。が、それは途中で止められる。タイミングが良いのか悪いのか、一連の流れを見て暫し酒場の入り口でフリーズしていたリーンが乗り込んできたのだ。

 彼女から見れば、いつものように女性にセクハラをはたらいているダストの図、である。

 

「いきなり変なこと言って酒場から逃げようとしていたくせに、今度は女の人に痴漢行為……!? あんたってやつは」

「ま、待てリーン! 誤解だ、違う! 俺はむしろ被害者だ!」

「ダストったら、強引に私の唇を奪おうと肩を掴んできて……きゃ」

「何を言ってるんですか何を!」

 

 頬に手を当ていやんいやんと悶えるリオノール姫を見て、リーンは目を見開いた。この人、ダストを嫌がっていない。それは彼女にとって衝撃的で、色々と価値観が崩壊するほどの出来事だ。

 

「あ、でもクウカもそこまでか……」

「リーン、流石にあれとこの方を一緒にするのは……いや、厄介って点では一緒か」

「ねえモニカ。よく分からないけど、ラインが私の扱いを凄くぞんざいにしてるみたいなの」

「妥当では?」

 

 迷うことなく、モニカはそう返した。

 

 

 

 

 

 

「えーっと、リール、さん?」

「はい。よろしくお願いしますね、リーンさん」

 

 まだ若干困惑しているが、とりあえず落ち着いたらしいリーンを交えたことで、改めて自己紹介が始まる。勿論ブライドル王国第一王女リオノールだなどと堂々宣言出来ないので偽名ではあるが。蛇足ではあるが彼女はもういいかなと堂々名乗りかけた。

 

「それで、そっちの女の子は」

「モニカだ。一応言っておくが、私は子供ではない。年齢も十七だ」

「……背伸びしたいお年頃なんだね」

「いやリーン、マジだから。こいつ、本当にその見た目でお前より年上なんだよ」

「……本当に?」

 

 うんうん、とダストもリオノール姫もついでにペコリーヌも頷く。それでやっと信じたのか、ごめんなさいとリーンはモニカに謝罪した。まあ慣れているからな、と自嘲気味に苦笑した彼女を見て、リーンはもう一度頭を下げる。

 

「それで……。二人はダストとはどういう関係なの?」

「それは勿論、私とダストは愛し合――」

「昔お世話になったんだよ。いや、どっちかっつーとお世話した方か?」

「ちょっとダスト、何で割り込むの!?」

「有る事無い事言う気だったでしょうが」

「そっちこそ。何よお世話した方って! そうね、色々迷惑かけたわ」

「自覚あるなら自重してくださいよ……」

 

 はぁ、と溜息を吐くダストの頬を、リオノールはうりうりと突く。鬱陶しい、と彼はその手を払いのけると、ちなみにそっちはその時の同僚だとモニカを指差した。

 

「ふーん……」

「何だよ、信用できないってか? こればっかりは」

「別に、疑ってるわけじゃないけど」

 

 リオノールを見る。どことなく自分と似ている顔立ちの少女を見ながら、ダストと彼女が気安いやり取りをしているのを見ながら。

 何とも言えないモヤモヤを感じて、リーンは不貞腐れたように頬杖をついた。

 

「ところで、二人はどうしてここに?」

 

 さり気なく注文された飲み物を運んできながら、ペコリーヌが問い掛ける。彼女のそれを聞いて、モニカはどうしたものかとリーンを見た。他の面々はともかく、彼女は部外者だ。こちらの正体も当然知らない。となると必然的にこの場で公開できる情報も限られるわけで。

 

「んー。モニカ、どこまで言っていいかしら?」

「……お嬢様が聖テレサ女学院の関係者だということくらいです」

「そう。じゃあ、そういうわけなの」

「どういうわけだよ……」

「秘密がある方が魅力が増すでしょ?」

「不安しか増しませんね」

 

 はん、と鼻で笑ったダストを見て、リオノールは目を細める。この野郎、と彼にデコピンをかまそうとして、腕を捕まれ抓られた。そのやり取りを、モニカはどこか懐かしそうに眺めている。あの頃より容赦なくなったな。そんな感想をついでに抱いた。

 

「もー。女の子を傷物にして許されると思ってるの?」

「はいはい。じゃあどうすれば許してくれますかね」

「そうね……」

 

 少しだけ考える素振りを見せる。そうしながら、リオノールはペコリーヌを見て、そして対面にいるリーンを見た。これだ、と口元を三日月に歪めた。

 

「さっき言ってたことだけど。実はまだ用事を済ませるまで余裕があるの」

「はぁ、それで?」

「……ねえ、ダスト。付き合ってくれないかしら」

「え!? ちょ、ちょっとリールさん!? 付き合うって」

 

 ガタン、と椅子を倒しながらリーンが立ち上がる。が、その反応をしたのは彼女一人だけで、普段のリオノールを知っている残りの面々は流した。

 

「か、買い物とか?」

「男女の関係になりましょうってことだけど」

「誤解じゃなかった!?」

「お断りします」

「ダストが断った!? 嘘!?」

「彼女、これまでで一番驚いているのだが……。ユースティアナ様、ラインはここでどんな生活をしているのですか?」

「……女好きのチンピラ、ですかね」

 

 ペコリーヌの言葉にモニカは暫し目を瞬かせ、思わず頬を抓った。痛い、夢じゃない。それを確認し、色々頑張ったのだなと斜め上の納得をする。

 そしてもう一方。まあ勿論冗談だから。そう言ってリーンを落ち着かせたリオノールは、改めてと笑顔でダストと、そしてリーンを見た。

 

「この街でちょっとだけ冒険者をやりたいの。付き合ってくれないかしら」

 

 




どっちから進めようか……紅魔の里かな


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その81

紅魔の里は後回しになった


「うっがぁぁぁぁぁ!」

「きゃ、キャルさまぁ!」

 

 キャルは力尽きた。コッコロの目の前で、机に突っ伏したままピクリとも動かなくなる。オロオロとそんな彼女を介抱しようとするコッコロとは対照的に、カズマはどこか諦めたような顔でゆっくりと頭を振っていた。

 

「もう駄目だ、コッコロ。キャルはもう、駄目なんだ……」

「で、ですが主さま……!」

「辛いだろうが、認めないと駄目なんだ。キャルはもう、手遅れだ……」

「そ、そんな……キャルさま……」

 

 ヨロヨロと後ずさり、涙を堪えるように目を閉じる。そんなコッコロを見て、カズマは静かに彼女へと寄り添った。泣かないでくれ。そんなことを言いながら、彼は彼女をゆっくりと。

 

「ふざ……っけんな……! ぶっ殺すぞ……!」

「お、生きてた」

「当たり前でしょうが! いや、うん、ちょっと心は自信なかったけど」

 

 ガバリと蘇ったキャルは、しかしすぐに黄昏れた表情のまま遠くを見る。現実逃避をしながら、それでも向き直らんと机の書類に目を向けた。

 アクシズ教徒への苦情処理である。

 

「何であたしがやってんの……?」

「名誉アクシズ巫女だからだろ」

「あたしはきっぱりかっちり微塵も認めてない!」

 

 こんちきちぃ、とその書類の束を思い切り拳で押し潰したキャルは、再度力尽きたように項垂れた。本当に何故こんなことに。自問自答しながらフラフラと彼女は頭を揺らす。

 そんなキャルを見て、何言ってんだお前とカズマは一刀両断した。

 

「自分でやったんじゃねーか。アクセルのアクシズ教徒に説教」

「……だって」

 

 キャルは基本的に善人である。捻くれているし、口は悪いし、悪巧みもするし、サボり癖もあるし、沸点も低い上にすぐ手が出る。それでも、彼女の根底はお人好しだ。

 だから、アクシズ教徒の度を越した暴走を、見て見ぬ振りが出来なかった。彼女の首についているチョーカーが、アクシズの良心が、それを許さなかった。

 

「いや、何でよりによって商店街のど真ん中でやった挙げ句自分でアクシズの巫女宣言してんだよ」

「ですが主さま、商店街の皆さまは喜んでおられましたよ?」

「ぐふぅ……っ」

 

 問題は、彼女の運が悪かったことである。タイミングと言い換えてもいい。もしくは頭。

 彼女はアクセルのアクシズ教徒へアルカンレティアの新体制を説き、ついでに自身の身分を明かした。その方が説得力が増すと考えたのだ。結果として正しい行動ではあったのは間違いない。

 

「勢いで後先考えず行動する辺り、お前もやっぱりアクシズ教徒なんだな」

「カズマ、あんたは今、絶対に言ってはいけない事を言ったわ」

 

 杖を構えた。目が据わっているキャルを見て、こいつ本気だとカズマも後ずさる。ちなみに場所は教会の中。魔法なんぞぶっ放したら間違いなく建物が壊れる。

 幸いなのは、アクシズ教の教会であるということであろうか。

 

「キャルさま! 落ち着いてくださいませ」

「……だってコロ助、カズマが」

「はい、主さまのそれは少し心無い発言であったとわたくしも思います。それについては後でわたくしが言い聞かせますので」

「親かっ!」

「キャル、一応言っとくがお前もだぞ」

 

 カズマとキャルの親目線。そういう発言である。ともあれ、コッコロの言葉で幾分か落ち着いたキャルは、めっですよとお叱りを受けているカズマを見ながら溜息を吐いた。

 

「んで、それ終わりそうなのか?」

「終わるわけないじゃない」

「じゃあ、どうすんだよ」

「知らん。自分で見かけたら別だけど、流石に目の届かない場所まで責任持てないわ。やれないことまで無理しても良いことなんて何もないもの。やれることだけやっておけばいいのよ」

 

 言い方はアレだが、とりあえず確認だけはするらしい。自分から関わりには行かないが、見て見ぬ振りもしないと、そういうわけである。そのことを理解しているコッコロは、そうですか、と優しい笑顔だ。

 そのまま暫し書類とにらめっこをしていたキャルは、一段落ついたのか目頭を揉みほぐして伸びをした。仕事終わり、と言わんばかりのその行動をとった後、何かを考え込むように周囲を見る。

 

「……責任者、なんでいないのよ」

「教会も、ほぼ無人のようでしたし」

 

 おかげで他教のコッコロがお茶を淹れてもお咎めなしだ。さりげなく近所に尋ねてみたところ、前任者はいつぞやの湖の浄化で遅れを取ったことでアルカンレティアへ舞い戻り修業を続けていて帰ってこないらしい。放置されっぱなしなのは、この間の騒動が尾を引いているからだろう。

 

「なあ、キャル」

「何よ」

「お前が」

「絶対に嫌!」

 

 最後まで言わせない。そんな鋼の意志を感じた。

 

 

 

 

 

 

 結局、アクシズ教会アクセル支部の新しい責任者を用意するようアルカンレティアへ要請する手紙を書くことに落ち着いた。キャルは物凄く嫌そうな顔でマナへと手紙を書いていたが、コッコロの見立てによるとお世話になっている相手に迷惑をかけたくないという思いがあるらしい。普段彼女を信用と信頼でゲージマックスにしているカズマにしてもそれは流石に違くない? と疑問に思わないでもなかったが、まあどちらにせよ彼にはそこまで関係がない。

 

「……ん? 何か一瞬寒気が」

 

 関係がないはずなのだが、カズマは何か嫌な予感がした。アクシズ教会に人員がやって来るだけだ。何ら問題はない。マナとラビリスタで改革をしている以上、問題要素も多少は薄まっているか別ベクトルになっているのだから。

 そんなわけで彼はその予感を頭の片隅に追いやった。ひょっとしたら、無意識にその予感を悪いものではないと脳内変換していたのかもしれない。女神の加護をぶち抜く何かを、考えないようにしていたのかもしれない。

 

「さて、と」

 

 ともあれ、現在カズマは用事もなくただぶらつく冴えない男である。どうせだからとコッコロがアクシズ教会を掃除し始めたので、別行動と相成ったのだ。キャルはコッコロに付き合っており、ペコリーヌは酒場でアルバイト。冒険の予定もない彼は現状暇人だ。

 別段お金に困っているわけでもなし。どこか適当に店でも冷やかしに行くか。そんなことを考えていたカズマの背中に声が掛けられた。振り向くと、一人の女性がこちらに柔らかな笑みを浮かべている。

 

「すいません。実はこの街に来たばかりなのですが、少し案内をしてもらってもよろしいでしょうか?」

「俺に?」

 

 こくりと女性は頷く。カズマはそんな彼女を見て、ふむ、と少しだけ目を細めた。黒髪ロングのストレート、穏やかな顔付き。眼鏡と泣きぼくろがアクセントで、スタイルも良い。年はカズマよりも少し上だろうか。

 

「分かりました。俺で良かったら、喜んで」

「ありがとうございます」

 

 そう言って笑顔を見せる女性にキメ顔をしながら、カズマは彼女に名を名乗る。その名前を聞いた女性が一瞬ピクリと反応をしたが、好みの女性を前に調子に乗っている彼は気付いていなかった。

 そんな女性の内心であるが。

 

(こいつが噂のサトウカズマ!? え? 本気か!? 今のあたしでもぶっ殺せるぞこいつ……)

 

 言うまでもないが、女性の正体は変装を施したセレスディナである。念の為占い師に聞いてみたところ、普段よりも変装を色濃くしていくと良いということであったので言う通りにしたのだ。

 その成果なのか、道中で最近噂になっている一人の勇者候補の噂を耳にしていた。何でも、強者として知られるベルゼルグ王国第二王女を退けるほどの実力の持ち主だとか。

 もう一度彼を見る。どう見ても貧弱で、どう考えても噂になるような勇者候補とは思えない。ガセ情報か、あるいは人違い。そう結論付けたセレスディナは、当初の目的通りアクセルの街の調査を開始しようと気を取り直した。

 二人並んで歩きながら、さり気なく情報を抜き取る。別段警戒をしている様子もない彼は、アクセルについて知っていることをペラペラと話していた。元々案内なので何も間違った行動でもなかったからだ。

 が、そう誘導した張本人は別である。

 

「……えっと、すいません。私の聞き間違いでしょうか?」

「ん? 何か分かりづらいところがあったか?」

「アンデッドと悪魔が普通に暮らしている、と」

「そうそう。この街の大貴族の屋敷に居候してたり、この街の大貴族に雇われて魔道具店経営してたりしてるんだよ」

 

 何考えてんだこの街の大貴族。思わず素に戻ってツッコミを入れそうになったのを必死で押し留めた。ひょっとしてからかわれているだけなのでは、というよりその可能性のほうが絶対に高い。うんうんと一人思い直し、セレスディナはとりあえず無難な返事を行った。

 

「他にも、何か秘密があったりします?」

「秘密?」

「いえ、私も冒険者の端くれですが、噂で聞こえてきたもので」

「……あー」

 

 心当たりがあったのか、カズマはそんな彼女の言葉にガリガリと頭を掻く。恐らく噂とやらはアクセル変人窟のことだろう。さっきの連中もそこに含まれるので既に話しているといえばそうなのだが、話のネタにするならばもう少し普通の面子のがいいかもしれない。そんなことを思いながら、この街にいる名物冒険者のことだろうという前置きをして言葉を紡ぐ。

 

「……えーっと」

「どうされました?」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 普通の面子ってなんだ? 壁となって立ちふさがった疑問がこれである。正直まともさで言うならばイリヤ辺りが大分上に来るが、公爵級悪魔がその位置な時点でアウトだ。

 

「……ちょむすけさん、とかでギリギリか」

「……変わった名前ですね、紅魔族の人ですか」

「紅魔族用の名前名乗ってるだけで、本名は別にあるみたいだけどな」

「わざわざ紅魔族用の名前を……?」

 

 セレスディナの表情が訝しむものに変わっていく。それは大分変な人なのでは。口には出さずに、しかし思い切り顔に出ていたらしいそれは、カズマも同意しているようでこれでもまともな方なんだってばと精一杯のフォローをしていた。間違いなくフォローではない。

 

「え、っと。変人――じゃなかった、アクセル名物の方々についてはとりあえずいいので、他の、普通の冒険者については」

「普通の冒険者は、ぶっちゃけ本当に普通だぞ。まあ多少変な面子もいるけど、あの辺と比べるとすげー普通」

「こう言ってはなんですが、比べる対象を間違えているのでは?」

 

 苦笑しながらそう述べるセレスディナに、カズマはまあそうかもしれないなと笑いながら返す。話題がその方向に行ったことで、二人の目的地は必然的に冒険者ギルドとなっていた。

 ギルド酒場の入り口に辿り着く。大抵の変人はあまりギルド酒場にいないので、案内する場所としては割と初心者向きだ。そんなことを言いつつ、若干頬が引き攣っているセレスディナにも気付かずに、カズマは何の気なしに扉を開いた。

 

「ダストダスト! これ、これにするわよ!」

「グリフォンとマンティコアの縄張り争いを――ってこれ塩漬けクエストじゃねーか! 無理に決まってるでしょうが!」

「……」

「本当、勘弁してくださいよ……。あ! カズマ、カズマ! ちょっと助けてくれ! 親友だろ俺達!」

「いいえ、知り合いかも怪しいです」

「待て待て、いいか? 話し合おう。今回は本気で、打算も何もない純度百パーセントで困ってるんだ。だからな? な?」

 

 数少ない、普通の範疇の変な面子であるダストが、若干涙目でこちらに縋ってくるのを見て、カズマは思わず視線を横に向ける。物凄く胡散臭気な目でセレスディナが見ているのが視界に入ったので、彼は見なかったことにした。

 

 

 

 

 

 

「何でよー。私は天下のアークウィザードよ。ほれほれ」

「近い近い!」

 

 さあ見ろとばかりに冒険者カードを突き付けるリオノール。見せるというよりもくっつけるという表現の方が正しいそれを、ダストは嫌そうに払いのける。そもそも、そんなものは見なくても分かっているのだ。彼女の冒険者カードは、あの時のものだから。ほんの僅かな時間のそれを、ずっと大切に持っていたのだから。

 

「ひ――リール。いいですか? そもそも、この街でアークウィザードといえば、変人の代名詞。自慢出来るものじゃないんですよ」

「全方向に喧嘩売ってんなお前」

 

 そうツッコミを入れつつも、以前同じ感想を抱いた身としては深く頷きたい衝動に駆られる。ついでに言うと、カズマにとっては既に目の前のリーンによく似た少女はカテゴリ入りを果たしていた。

 だってダストが振り回されている上に敬語だ。ドン引きしない理由がない。

 

「カズマ、お前も言ってやってくれよ。ここは初心者の街とは名ばかりの魔境で、魔王軍幹部も捕食された呪われた場所だってな」

「いやそこまで口に出したなら自分で言えよ」

「いやだって俺自身はその場面見てないからな。リアリティに欠けるだろ?」

「知らねぇよ」

 

 ダストの要求を突っぱねる。自分は関係ない、特に用事もないがこいつと関わる暇はない。そう自分に言い聞かせながらカズマは共にこの場所に来た彼女へと向き直る。

 彼女の表情、一瞬ではあるがその目が鋭いものに変わっていて、見間違いかと目を擦った。

 

「あの、すいません」

「ん?」

「先程の話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」

「さっきの話っていうと、この街が呪われた場所だってやつか?」

「はい」

 

 一方のセレスディナ。思いも寄らない場所で情報を手に入れるチャンスを掴んだとダストに詰め寄る。いきなりのそれにほんの僅かたじろいだダストであったが、すぐにその表情を笑みに変えると、ああ分かったと頷いた。

 

「が、ちょっと話が長くなるからな。ここじゃなんだから、近くにある宿にでも」

「ダスト」

 

 ポン、とその肩に手が置かれた。思わずビクリと跳ね上がったその隙に、リオノールが彼とセレスディナの間に割り込む。ゼロ距離である。ぶっちゃけるのならば、抱きついた状態である。むにぃ、とダストの胸板にリオノールの双丘が強く押し付けられていた。

 

「そういう相手が欲しいなら早く言ってちょうだい。私は、構わないわよ」

「あー、いや失敬失敬。ほんのちょっと世間話するくらいで済むんだった」

「は、はぁ……」

 

 状況がよく分からないセレスディナにそう断りを入れると同時に、ダストはリオノールを引き剥がした。酒場の視線が痛いが、彼にとってそれはいつものこと。問題はすぐそこで自身を射殺さんばかりの視線を向けているモニカの隣にいる彼女である。

 

「……おいリーン。何睨んでんだよ」

「別に、睨んでない」

「あ、ひょっとしてリーンさんもダストに抱きつきたい?」

「マジか」

「ち、違います! ダストに抱きつくとか、ありえません!」

「そうなの? じゃあ私は遠慮なく」

「何が遠慮なくなのか教えてくれませんかねぇ!」

 

 てい、ともう一度ダストにハグを敢行したリオノールを見て、リーンの目が見開かれる。横にいるモニカは正直勘弁して欲しいと肩を落としていた。

 状況についていけないのがカズマである。何だこれ、と思わず呟き、次いで何であいつモテてんだよ死ね、と呪詛を吐いた。

 

「カズマくん」

 

 ててて、とペコリーヌが寄ってくる。どうしたもんですかね~、と呑気にのたまっているので、どうやら彼女はある程度この惨状の経緯を知っているらしい。

 

「あ、そうだカズマくん。今から暇ですか?」

「忙しいぞ。そこにいる人に街の案内を頼まれてるからな」

 

 セレスディナを指差す。が、彼女はお気になさらずと笑みを浮かべた。もし何か依頼を受けるのならばお供しますと言葉を続けた。

 ここにいる面子は、恐らく丁度いい情報源。駆け出し冒険者の街の依頼などたかが知れているだろうから、同行して信頼度を上げるのも手だ。おおよそ彼女の心境はそんな感じである。

 

「本当!? じゃあ私の冒険に付き合ってくれない?」

 

 食いついたのはリオノールだ。冒険者のクラスは何だと聞かれたセレスディナがプリーストだと返したので、よし丁度いいと拳を握る。ダストは色々諦めつつも往生際悪く何とか出来ないかと考え、でも無理だと絶望の表情を浮かべていた。

 

「えーっと、カズマくん……それで、さっきの話なんですけど」

 

 どうやら既に彼女は頭数に入れられているらしい。ペコリーヌが申し訳無さそうにカズマを見たので、色々と察した。はぁ、と溜息を吐きながら、分かった分かったと彼女に返す。

 

「しょうがねぇなぁ……」

「えっへへ~。ありがとうございます、カズマくん」

 

 そう言って笑みを浮かべるペコリーヌを見て、カズマはどこか気恥ずかしくなって視線を逸らす。ついでにコッコロとキャルも巻き込もうとかと口に出しかけ、先程までの光景を思い出し駄目だと息を吐いた。

 

「なあ、ところであれ、大丈夫なんだろうな?」

「そうですね~。まあ、皆そこそこ強いですし、適当なクエストなら――」

 

 戦力も充実したし、とリオノールがクエストボードに張ってある依頼の紙を勢いよく剥がす。これに決定、とカウンターに持っていったその依頼書には、難易度を示すマークが紙いっぱいに書かれていた。本当に受けるんですか、とルナが念押ししている。

 

「適当なクエストなら、なんだって?」

「やばいですね……」

 

 無理矢理にでもあの二人を引っ張ってきた方がいいかもしれない。カズマは割と本気でそんなことを考えた。

 

 




今回の被害者枠候補:セレスディナ


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その82

???「そっかぁ、つまり弟くんの好みのタイプはお姉ちゃんなんだね!」


 と、いうわけで。

 

「だから駄目だって言ったじゃねーかよ! それはこの街の塩漬けクエスト筆頭なんですってば!」

「大丈夫よ。パーティーメンバーだって充実してるでしょ?」

 

 ダストが必死で説得を試みようとしているが、リオノールは聞く耳持たない。というよりも、問題ないと確信をしているようにも思えた。

 そんな彼と彼女を見ながら、カズマは非常に冷めた目をしていた。女好きで、金にだらしなく、不真面目なチンピラ。ダストを評価すると大体こんな単語がポンポン出てくる。そういう扱いをされている、街でも有名なダメ男がだ。

 あんな状態なのを、カズマが許容できる訳がない。

 

「せっかくの冒険なんだから、楽しまなきゃ損でしょ?」

「そりゃ、ひ、じゃない、リールは楽しめるでしょうけど。俺は全然」

「そう? その割には、口元緩んでるけど」

「……気のせいじゃないですかね」

 

 リオノールの言葉にそっぽを向いたダストは、そこで生暖かい視線を向けているモニカを視界に入れた。なんだかんだ言ってやっぱりそうか。そんなことを言わんばかりの表情であったので、彼は苦い顔を浮かべてうるさいと返す。

 

「……楽しそうじゃない」

「んあ? おいリーン、お前これが本当に楽しそうに見えるのかよ」

「見える」

「どう見ても変人に引っ掻き回されている気の毒な好青年だろ」

「好きな人と一緒になって騒いでる馬鹿にしか見えない」

「待て待て待て。誤解がある。お前は盛大に誤解している」

「愛してるわよダスト」

「リールはちょっと黙ってろ、ください!」

 

 あーあこれだからリア充は。吐き捨てるようにそんなことを思いながら、カズマは目的地までの道を行く。その隣で一緒に歩いているペコリーヌが、何だか不機嫌そうですねと苦笑していた。

 

「やっぱり、無理矢理誘っちゃったから」

「いや、それは別にいいって。あ、でも危険になったらちゃんと守ってくれよ」

「それは勿論。わたしに任せてください」

 

 どん、と胸を叩く。当然のようにばるんと揺れるので、カズマはそれを見てダストのモテっぷりの溜飲を下げた。

 その少し後ろを歩くのはセレスディナ。何でか知らないうちにプリースト担当として今回のパーティーに組み込まれた女性である。そして彼女の心中としては。

 

(どいつもこいつもイチャイチャしやがって)

 

 大分げんなりしていた。

 顔の造形はともかく、人間としてはパッと見どちらも冴えない男だ。美少女だと一目瞭然の面々が、そんな奴らを好意的に見ている。同性のセレスディナですらこれを見てそう思うのだ、異性の冒険者であったのならばもっと負の感情を湧かせていたことであろう。

 そういえば魔王軍幹部の仕事って出会いないわ。今更ながらそんな事実に気付いたセレスディナは、一人こっそりと目が死んだ。

 

「それにしても、えっとカズマ君だったっけ? 良かったの?」

 

 一通りダストをからかい終えたリオノールがこちらを向く。割と無理矢理連れてきちゃったけど、と少しだけ眉尻を下げながらそう続けるのを見て、意外と常識人なのかとカズマの彼女への評価が変わった。感覚が麻痺しているだけである。

 

「いいよな? カズマは俺の親友なんだし、こういうときは持ちつ持たれつだろ?」

「俺お前に持たれたことないんだけど」

「何言ってやがる。色々助けてやってんじゃねぇかよ」

 

 そう言ってニヤリと笑うダスト。その色々に何か含むものを感じたカズマは、はいはいそうですかと流しにかかった。

 

「ところで親友でもなんでもない知り合いのダスト」

「何だお互い固い絆で結ばれた親友のカズマ」

「……お前、彼女いたんだな」

 

 は、とダストの動きが止まる。一方カズマの言葉を聞いたリオノールは、ああやっぱり分かっちゃうかしらと頬に手を当てていやんいやんと体をくねらせた。

 

「カズマ、いいか? 世の中にはな、言っていいことと悪いことがあるんだぜ?」

「どの口が言ってんだよ」

「リーンといいお前といい。どこをどう見るとこれが俺の彼女に見えるんだよ!」

「どっからどう見ても」

 

 てい、とダストに背中から抱きついているリオノールを見ながら、カズマがジト目でそう返す。鬱陶しい、とそんな彼女を背中から引き剥がすと、ダストはモニカへとそれを押し付けた。

 

「ちゃんと手綱握っとけ!」

「貴公がそれを言うのか?」

「どう見ても悪化しているだろうが」

「……だから、貴公がそれを言うのか、と私は言ったのだ」

「……ちぃ」

 

 心当たりがあったらしい。モニカの言葉にバツの悪そうに視線を逸らすと、カズマにもう一度だけ言葉を紡いだ。彼女ではないし、付き合ってもいない、と。述べた対象はあくまでカズマであったが、それはまるで別の誰かに向けていたようで。

 

「つーかだな。お前の方こそ、人に言えた口かよ」

 

 即座に表情を戻したダストが、カズマを指差して口元を歪めた。その指をほんのちょっとだけ横にずらすと、そこには一人の少女が立っているわけで。

 

「いつから付き合い始めたんだよ」

「はぁ? なにいってんのおまえ?」

「とぼけんなよ。……なあ、お前もうペコリーヌと」

「《クリエイト毒泥団子》」

 

 クリエイトアース、クリエイトウォーター、毒精製を組み合わせた《冒険者》というよりカズマならではのスキル。それを唐突に使用したということは、間違いなくダストにぶつけようと考えているわけで。

 

「まあ待て。それは冗談としてもだな。この間から結構話題になってんだぜ? あいつらなんか距離近くねぇかってな」

「いつもこんなもんだろ。大体こいつ、コッコロとかキャル相手だと抱きついてるし」

「そうですね~。あんまりそういうの意識したことはなかったんですけど…………近かったですか?」

 

 指をもじもじさせながらペコリーヌがカズマに問う。だから大して変わってない、と答えた彼は、ダストを変なことを唐突に言い出した奴という目でしか見ていない。

 そんなカズマをダストは暫し眺める。これは本当に彼女のそれを他の仲間のそれと同じだと考えているのか。それとも。

 まあいい、とダストはそこで思考を打ち切った。現状、これ以上突っ込むと自分に返ってくるのが目に見えていたからだ。リオノールがやらかさないはずがない。そんな信頼を持っていたからだ。

 王女がどこの馬の骨かも知れぬ冒険者と恋仲になる。そんな事例を目の前で繰り広げられたら、絶対に。

 

「あ、ねえカズマ君? ちなみに、あなたの好みのタイプってどんな人?」

「へ? そう言われても……しいて言うなら、ロングのストレートで胸が大きくて俺のことを甘やかしてくれる人かな」

「へー……」

 

 リオノールの視線が露骨に一人の少女に向けられる。リーンも思わず一人の少女に目を向けていた。モニカも何となく察し、思わず吹く。

 

「ペコリーヌじゃねぇか」

 

 ダストの呟きは、幸いなことにセレスディナにしか聞こえていなかった。そして聞こえていた彼女はというと。

 

「レジーナ様、偉大なる傀儡と復讐のレジーナ様……どうかこいつらに天罰を……! 畜生リア充呪われろ……っ!」

 

 思いもよらぬところでダメージを受けていてそれどころではなかった。

 

 

 

 

 

 

 クエストの目的地はアクセルから少し行ったところにある山岳地帯。そこにいるとあるモンスターをどうにかするのが今回の依頼だ。

 

「……一応、確認をしますが」

 

 セレスディナがリオノールから見せられた依頼書を再度眺めながら口を開く。既に一行はそこに足を踏み入れているため、該当の魔物に気付かれていてもおかしくはない。だから、逃げるのならば早い方がいい。そういう意味も込めて、彼女は述べた。

 

「グリフォンとマンティコアが縄張り争いをしているので、その両方の討伐、ですよね?」

「ええ、そうよ。冒険者生活の第一歩として相応しい依頼でしょう?」

「最初の一歩で終わりを迎えるんですけどぉ! いや本気で、やるんですか?」

「……あのねダスト。私だってただ何も考えずに行動しているわけじゃないの」

 

 絶対嘘だ、とダストとモニカがリオノールを見る。その視線を受けても動揺することなく、彼女は指を立てながら言葉を続けた。確かに強力な魔物ではあるが、魔王軍幹部や大物賞金首と比べれば幾分かランクは落ちる。数が問題なだけで、各個撃破する分には十分な戦力が揃っていれば問題はない。ゆっくりと説明するように述べたことで、成程、と思わずリーンは頷いた。モニカとダストはハイハイソウデスネと流した。

 

「えーっと、リールさん?」

「どうしたの? カズマ君」

「十分な戦力って言った?」

「言ったけど。それがどうしたの?」

 

 リオノールを見て、モニカを見て。そしてリーンとダストを見た。

 

「無理だろ」

「おいカズマ。お前自分は十分な戦力側に入ってると思ってんじゃねぇだろうな?」

「当たり前だろ? 俺はな、あの王国最強の一角と言われたベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス第二王女をこてんぱんにのした男だぞ」

「……え?」

 

 リオノールが目をパチクリとさせる。視線をペコリーヌに向けると、苦笑しながら視線を逸らすのが見えた。間違ってはいないと言えなくもないんですけど、そう呟いているのがついでに聞こえた。

 

「……カズマさんは、それほどの強さなのですね」

 

 そして彼女以上に食いついたのがセレスディナ。思わず目付きが鋭くなったのを深呼吸して抑え、外面用の笑みを浮かべて彼に述べる。

 

「勿論。アクセルが誇る冒険者カズマ様とは俺のことさ。デストロイヤーの討伐という偉業も、この俺がいたからこそ」

「へぇ……デストロイヤーも」

 

 調子に乗ってペラペラと喋るカズマに笑顔を見せながら、セレスディナは言葉の真意を探る。ただのホラ吹きなのか、それとも本当に。

 ないな、無い無い。彼女はそう結論付けた。こんな大したステータスでもない冴えない男がそんな力を持っているはずがない。第一印象を全く覆せていないカズマは、セレスディナにとって評価に値しないレベルのままだ。大方この街にいるという変人の功績をさも自分のことのように語っているだけだろう。そんなことを思う。

 そうしながら、逆に言えばそれだけの力を持った何者かがこの街にはいるということだ。やはりベルディアが消息を絶ったのはここでその人物に討伐されたのだろう。警戒度を高めながら、彼女は後で報告をまとめ魔王城へと送ろうと心中で頷いた。

 そこまで考え、あ、ちょっと待ったと我に返る。

 

「あの……討伐は大丈夫なのですか?」

 

 目の前の男がホラ吹きならば、グリフォンとマンティコアの同時討伐など無理に決まっている。そして魔王軍幹部ではあるが、通常戦闘でいうならば普通の冒険者に毛が生えた程度であるセレスディナは、勿論勝てない。レジーナ教徒である彼女は相手から受けたダメージを反射させるという加護を持ち合わせてはいるが、最近何故か信徒が増えてきて加護の一点集中が終わったおかげで弱体化した上に任意発動に変更され、これを決定打にするには発動した上で殺されて呪いをばらまくことにしか使えないわけで。そもそも魔獣相手にそんな脅し的な加護などあってもしょうがない。

 つまりは、彼女はここで死ぬ。

 

「えっと、セレナ殿……? 流石に貴公の思っているほど絶望的ではないので、そこは安心して欲しいのだが」

「……信じてもいいのですか?」

「ああ。そこのカズマ殿は未知数だが、お嬢様とユ、ペコリーヌ殿は戦力的に申し分ないぞ」

 

 緊張をほぐすようにモニカはそう言って笑みを浮かべた。まあ確かになんだかんだ強いしね、とリーンもそれに同意するように言葉を続ける。まともそうな二人がそう言ったことで、セレスディナも表情を僅かに緩めた。ちなみに、セレナ、というのは彼女が名乗っている偽名である。変装を濃くした割には、名前の方は普段の偽名を使ってしまったらしい。

 そんなことを言いながら山を登っていった一行であったが、そろそろ何も考えずに歩くにも限界が来た。警戒を怠ると、奇襲で大打撃を受けかねないからだ。

 ではどうするのか。そんなことを言いながら中腹辺りで足を止めたカズマ達は、リオノールが無駄に自信満々な表情を浮かべているのを見た。服の胸元に手を突っ込んで何やらゴソゴソとやっている。ちょっと見えそうだったが、そういうのに食いつくはずのダストは無反応、といよりもげんなりした顔をしていた。

 

「じゃーん。こんなこともあろうかと」

 

 そう言って彼女が取り出したのは何やら謎の物体。他の面々が首を傾げている中、カズマだけはどことなく見覚えがあるフォルムだったので眉を顰めた。

 

「ドローン?」

「あらカズマ君、これのこと知ってるの? でも違うわね、これは《コンパクトぷかぷかユニコプター》。搭載されている謎の愛玩鉱物量産型ロゼッタが何となくふわっと命令を実行してくれるすぐれものよ」

「優れたところが見当たらないんだけど。まあ、ある意味優れてるかもしれんが」

「はい、じゃあユニコプター、グリフォンとマンティコアがどの辺にいるか調査してちょうだい」

「それでいけんの!?」

 

 カズマのツッコミを余所に、ユニコプターはふわりと浮かび上がる。そのままふわふわと風船のように揺れると、ゆっくりと回転を始めた。

 

『ぽーん。調査対象のグリフォンとマンティコアの情報を雑に検索、これよりそれっぽいのをとりあえず探して追跡します』

「喋った!?」

「いやツッコミどころそこじゃねぇよ! いやそこもそうかもしれないけど!」

 

 ススイーっと飛んでいってしまうユニコプター。それを目で追っていった一行は、見えなくなるまで見送った後、視線をリオノールへと移した。あはは、と苦笑している彼女を見た。

 

「調査の役には立ったでしょ?」

「あれほんとに役に立ってるんですか……?」

「何よ、ユニちゃんの発明を疑うの?」

「俺はリールを疑ってます」

 

 ジト目のダストを受け流しながら、リオノールはとりあえず待ちましょうと近くの岩に腰を下ろした。ユニコプターが役立たずかどうかはその時に判断すればいい。

 ふと、その頭上に影が差した。曇ったのかと見上げたカズマは、そこで思わず動きを止めてしまう。

 バサリバサリと翼をはためかせながら、獅子の胴体と鷲の頭を持った魔獣が下降してくるところだったからだ。

 

「あ、グリフォン」

「言ってる場合じゃないですからね! モニカ、とりあえずリールを安全な場所に――」

『ぽーん。対象をグリフォンと断定。いい感じに引っ張ってきたマンティコアと合わせて調査対象コンプリート』

「――は?」

 

 背後からそんな音声が聞こえた。降りてくるグリフォンとは逆方向、そこに視線を動かすと。

 

「お、ナンカへんなモン追い掛けてきてみリャ、いいカンジのエモノがいるじゃネーノ」

 

 獅子の身体はグリフォンと共通だが、それ以外が異形の姿をした化け物。人間のような顔とサソリの尾、そしてコウモリの翼を持つ魔獣、マンティコアがそこにいた。

 

「ひぃぃぃめぇぇぇ!」

「タイミングが悪かっただけでしょ!? 私は悪くないわよ!」

「言っている場合ですか! ダスト、お嬢様を頼む!」

 

 がし、とリオノールの襟首を掴み、リーンの手を取ってダストがすぐさまその場から退避する。それに合わせるように、カズマもペコリーヌと共に急いで駆け抜けた。

 セレスディナもそれに続く。何でこんなことに、とぼやきながら。

 

「あたしは本来追いかける側なんだよぉ! 何で追い掛けられてんだぁ!」

 

 さもありなん。

 

 




おーけー、貴様さては理系だな?


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その83

拙者プリンセスストライクの締めのカーテシー大好き侍


「それで!? この状況からどうやって各個撃破するんだよ!」

「うんうん、段々言葉遣いも荒っぽくなってきたわね。その調子で、最終的には名前を呼び捨てに」

「言ってる場合ですかね!?」

 

 全力ダッシュしながら叫ぶ。カズマ達とは微妙に離れてしまったおかげで、戦力の一点集中も出来ない状況だ。ダストはジロリとリオノールを睨むと、もう一度彼女に問い掛けた。それで一体どうするのだ、と。

 

『ぽーん。その質問には具体性が足りません。もう少し細かい指示をどうぞ』

「うるせぇ! お前には聞いてねぇんだよ!」

 

 ふよふよと浮かんでいるユニコプターが空気読めない音声を発する。無視できなかったダストが律儀にツッコミを入れていた。

 

「そうね。とりあえずマンティコアの方が知能は高そうだから、あっちを先にどうにかしましょう」

「軽い調子で言ってるけど、マンティコアって上位モンスターだよ!? 私とダストじゃ相手にもならないって!」

「ん?」

 

 リーンの叫びにモニカが怪訝な表情を浮かべる。どういうことだ、とダストを見ると、無言で肩を竦められた。ついでに、腰の剣を軽く叩く。それで合点がいったように苦笑すると、彼女は仕方ないと急ブレーキをかけて作戦変更だと剣を構えた。

 

「モニカさん!?」

「ここは私が引き受けよう。リーン殿、ダスト、お嬢様をよろしく頼む」

「ちょ、ちょっと!? 一人じゃ」

「おう、じゃあ頼んだぜ」

 

 躊躇うことなくダストはモニカを置いていく。手を掴まれているのでリーンもそれに引っ張られ、リオノールはそれを見て自分もとダストの手を握った。

 

「離してよダスト! モニカさんが!」

「馬鹿野郎、あいつの犠牲を無駄にするな。俺達は生き延びるんだ」

「だって……そんな……」

「ダストダスト、リーンちゃん信じちゃうからその辺にしておいたほうがいいと私は思うわよ?」

 

 へ、と涙を浮かべていたリーンが素っ頓狂な声を上げる。そうしながら、そういえばとリオノールを見た。行動を共にしていた彼女が、微塵も動揺をしていない。

 どういうことだ、と暫し疑問符が頭に浮かんでいたリーンであったが、ダストに引っ張られるまま駆け抜けた先、そこで見覚えのある人影を見付けて我に返った。どうやら彼の目的地はここだったらしい。

 

「おうカズマ、調子はどうだ?」

「俺を誰だと思ってんだよ。ペコリーヌ!」

「はいはい、っとぅ!」

 

 グリフォンを迎撃するペコリーヌをカズマはドヤ顔で紹介する。どう考えても自分の功績ではないと思うのだが、それを感じさせないくらい彼の言葉には迷いがなかった。

 すとん、とペコリーヌが着地する。少しだけ汚れていたが、目立った外傷は見られず、その表情には余裕も見えた。

 

「ん~。ここのところ大物と戦ってなかったんでイマイチ実感できなかったんですけど、やっぱり少し勝手が違いますね」

 

 くしくしと頭上のカチューシャを撫でながら彼女は苦笑する。それを見て、そういえばとリーンは気付いた。以前はティアラのようなものをつけていたはずのペコリーヌだが、今は違う。ちょっとしたイメチェンだと思っていたが、その口ぶりからすると何らかの事情で変更した装備だったらしい。

 

「まあ、ア――妹のイリスは普通のサイズのグリフォンなら多分一撃ですし、姉としてはもっと余裕でぶちのめしたいとは思うんですけど」

「通常サイズのグリフォンを一撃……?」

 

 横で聞いていたセレスディナが思わず彼女を二度見した。ところどころ聞こえてくる情報を纏めると、この街の戦闘力は頭がおかしいレベルに跳ね上がる。大袈裟に言っているだけだと切って捨てるのは簡単だが、もし本当だった場合、待っているのは魔王軍の敗北だ。なれば、魔王軍を勝利に導くためにも、より正確な情報がいる。

 

「でもあれ、明らかに大きいよね?」

「縄張り争いを続けていたからでしょう。やばいですね☆」

 

 キングサイズのグリフォンを見ながら呟いたリーンの表情は強張っている。が、現状それと同じ表情をしているのは彼女とセレスディナくらいだ。カズマはもとより、ダストもリオノールも言うほど緊張はしていない。気になるのは、ここでもう一体が再度合流するか否か。

 

『ぽーん。調査対象であるマンティコア接近中。おかわりもあるよ』

「は?」

 

 ユニコプターが何か言い出した。ふよふよと飛んでいるそれに視線を向けると、こちらに駆けている小柄な少女の姿が一つ。

 そして。

 

「すまない! マンティコアは番だったらしい!」

 

 それを追いかける、二体のマンティコアだ。

 

 

 

 

 

 

 グリフォンと二体のマンティコア。挟み撃ちの形になったことで、状況としては絶体絶命だ。

 先程ペコリーヌに弾き飛ばされたグリフォンは、小高い崖の上に立ったままこちらを見下ろして様子をうかがっている。あわよくば共倒れをしてもらおうと小賢しいことを考えているのか、それとも。

 

「ど、どうする……? 先にグリフォンか? それともマンティコアか?」

『ぽーん。一般的なレベルではマンティコアがグリフォンより格下です』

「おいオイ、そこの変なノ、言ってくれルじゃねーノ」

 

 最初からいたマンティコアの雄がユニコプターの音声を聞いて目を細める。どうやら挑発と受け取ったらしい。サソリの尾をムチのようにしならせ、一歩踏み出すと手近な相手にそれを突き立てる。最初から決めていたのか、その視線は真っ直ぐにカズマへと向けられていた。

 

「俺ぇ!?」

「オットコマエな兄ちゃんヨォ、俺の太いのを一発ぶすりト」

「させませんよ!」

 

 ペコリーヌが割り込み、サソリの尾を剣で弾く。あっさりと防がれたことでマンティコアの動きが一瞬止まった。そこを逃さず、リオノールが呪文を唱えぶっ放す。異様なデカさの火球が、カズマ達の背後から飛来した。

 

「すご……」

「やりすぎだ!」

「だってー。一撃で仕留めるにはあれくらい必要でしょ?」

 

 呆然とするリーンとは違い、ダストはそれくらい出来ると分かっていたので驚きは少ない。が、まさか遠慮なくやるとは思ってなかった。だからこその反応である。

 ちなみに火球はマンティコアに躱され、その背後にある崖に着弾した。当然爆発とともに吹き飛び、それまで開けていた空間があっという間に土砂で埋まる。

 

「成程ナぁ、逃げ道塞グたぁ、中々やるジャねぇか」

 

 余波でダメージを受けはしたが、そこは上位モンスター、それだけで倒されるほどやわではなかったらしい。目の前の連中が油断できない相手だと認識し、表情を引き締め雌のマンティコアに視線を送る。

 

「そうは、行きませんよ!」

 

 そのタイミングでペコリーヌが駆けた。注意が逸れた一瞬の隙を突き、マンティコアの懐へと飛び込む。

 

「セレナさん、支援頼んだ!」

「へ? あ、はい!」

 

 カズマの叫びに我に返ったセレスディナがペコリーヌに支援を飛ばす。そうしながら、何でこんなことやってるんだろうと自問自答して凹んだ。自分はただ、ちょっと街の様子を調査して帰るつもりだったのに。

 ギロリと雌のマンティコアがセレスディナを睨む。厄介な支援職を仕留めるのはセオリーだ。それを実行しようとペコリーヌを避けるように飛び退り、そして跳んだ。

 

「あぶねぇ!」

 

 とっさに彼女を掴むと、カズマは緊急回避を発動させる。一瞬遅れでサソリの尾が地面に突き刺さり、大地に亀裂を作った。セレスディナが食らえばハヤニエになっていたであろう。魔王軍幹部、マンティコアに殺られる。明日の魔王城はこの噂で持ちきりに違いない。

 

「チョロチョロ動き回ってんじゃねーよ! 《狙撃》!」

 

 心臓バクバクさせながら、それでもカズマは弓を放つ。最近紙一重で死に損なうことが多くなった気がする。そんなことをぼんやりと思った。が、まあ前回までよりマシだ。ついでにそう結論付けた。

 そんなものが効くかと言わんばかりに魔物は尻尾の先で矢を弾く。が、触れたそこから何かが発動したことでマンティコアはべしゃりと倒れた。体が思うように動かない。その原因が先程弾いた矢であるということに気が付くのに、そう時間は掛からなかった。

 

「……何をやったんですか?」

「ただの麻痺矢だよ。弾かれてもいいように《ブービートラップ》込みだけど」

 

 何いってんだこいつという目でセレスディナはカズマを見た。何となくやったことの予想はつくが、かといって理解できるかどうかはまた別の話。ひょっとしてこいつヤバいんじゃないか、と彼女はほんの少し彼の評価を上げた。

 そのタイミングでグリフォンが翼を広げた。今が好機、と考えたのだろう。邪魔なマンティコアと獲物の人間、同時に狩れるチャンスだ。

 

「モニカ!」

「分かってます!」

 

 急降下からの鉤爪を、モニカのサーベルが受け止め、弾いた。体格の問題で同時に彼女も弾き飛ばされたが、それだけ。奇襲は失敗し、相手もこちらに注意を向けるようになった。グリフォンは悔しげに嘶くと、バサバサと空中で停滞する。

 とはいえ、こちらが有利には変わりあるまい。マンティコアもグリフォンも、挟み撃ちの状況である現状でそう考えていたし、撤退の選択をすることはない。マンティコアはもう少し考えを広げ、今のグリフォンの奇襲で雌の麻痺の効果時間終了を稼げたとも思っていた。自身の好みではあるが、どうにも貧弱な男。そんな冒険者の攻撃で受けた麻痺など、そう大したものではあるまいと結論付けたのだ。受けた雌ですらそう思っていた。

 

『ぽーん。麻痺の効果時間、残り三十秒です』

「お、助かっタぜ変なノ」

 

 ユニコプターが音声を発する。それを聞いて笑みを浮かべたマンティコアは、即座に飛び掛かった。向こうも今ので認識した以上、それを律儀に待っていては狙われる。

 ターゲットは先程とは違う男。こちらも中々にいい男だ。この程度の人数で、この程度の実力で。嬲ってくれと言わんばかりの。

 

「リーンちゃん」

「準備オッケー!」

「ハ?」

 

 分かっていた、とばかりにリオノールとリーンが振り返る。既に呪文は構築済みで、後は放つだけ。狙い通りに二人は杖を構え、狙い通りに突っ込んでくるマンティコアに向かってそれを――。

 雌が吠える。麻痺の効果が終わると同時、サソリの尾を二人に向かって振り抜いた。そうはさせんと、すぐに始末してやるとそれを振るった。

 

「甘い!」

 

 モニカが駆ける。サーベルを構え、走り抜けるがごとく、一気に。離れた位置から、マンティコアの尻尾が二人に届くよりも、疾く。

 

「食らうがいい! 《紫電一閃》!」

 

 それはまさに雷鳴が如し。切り飛ばされたサソリの尾は宙を舞い、ドシャリと地面に落ちた。マンティコアもまず視界にそれが映り、次いで切断の痛みが襲ってくる。それほどの速さ。

 

「――ハ?」

 

 だからこそ、雄のマンティコアも呆気に取られた。虚を突かれたが、それを覆した。そう思っていた矢先のそれに、思わず動きを止めてしまった。

 そこにリオノールとリーンの呪文が襲いかかる。メインはリオノールでリーンはサポートに近かったが、マンティコアにとっては何の関係もない。どちらにせよ、その攻撃で倒されるのだから。

 

「って、ん!? 何これ!?」

「カズマ、ナイス!」

 

 リオノールが素っ頓狂な声を上げる。自身に起きた変化に驚愕したのだ。突如、猛烈な勢いで底力が跳ね上げられている感覚。これから放つ呪文が、自分のベストを軽く更新する勢いに変わっていく。

 対するリーンは承知の上。自分がその対象になるのは初めてだが、成程こんな感じなんだとちょっとだけワクワクした。

 

「こっちも余裕ねぇんだから、決めてくれよ!」

 

 ショートソードを構え、二人に加護を繋げたカズマが叫ぶ。ダストを脅すのも込みで複合スキルを数回、ついでに緊急回避も数回使ったので彼には割と余裕がない。レベルアップで増した雀の涙ほどの魔力では節約しなければあっという間に枯渇するのだ。それでも、まだ少しはいける。口には出さずに、表面上は打ち止めに近いような口ぶりで述べながら、カズマはそんなことも考えていた。

 

「何だか分からないけど、とにかく強化されたのね。よし、いっけー!」

「適応能力高いなぁ……」

 

 二人の呪文が飛来する。咄嗟の回避も間に合わず、マンティコアはその翼と土手っ腹に魔法を叩き込まれた。盛大な爆発で体を吹き飛ばされ、マンティコアはぐらりと揺れる。目の光が段々と失われ、そのまま地面にどしゃりと倒れた。

 雌が吠えた。番が倒されたのだ、何も思わないなどということはあるまい。尻尾のダメージを無視し、呪文の終わり際で隙だらけの二人へとその爪を突き立てる。

 

「私を忘れてもらっては困る」

 

 モニカが再度割り込んだ。マンティコアの前足を切り裂き、サーベルを鞘に収める。今がチャンス、とばかりに、ダストがその横に並んだ。

 

「これで仕留めれば俺の討伐記録に載るな」

「……貴公、暫く見ないうちに随分と狡っ辛い性格になったな」

「さっきお前が言った言葉がそのまま返ってくるぜ。誰のせいだと思ってんだ」

「姫様の所為だろう?」

「分かってんなら聞くなっつの」

 

 ふ、とモニカが笑う。と、同時にその刃が煌めいた。神速の抜刀術により、目にも留まらぬ速さでマンティコアが切り刻まれる。完全に死に体となったそれの眉間に、ダストが思い切り剣を突き立てた。絶命したマンティコアの雌は、そのまま悲鳴を上げることもなく倒れ伏した。

 それはまさに、魔物にとってはあっという間の出来事だっただろう。ほんの少し様子見をした瞬間に、マンティコアが二体とも倒されたのだから。ホバリングをしていたグリフォンが、思わずその光景に圧されて引く。

 ちなみに、地面でそれを見ていたセレスディナもドン引きしていた。何だかんだで倒せてしまう駆け出し冒険者の街とやらにいる冒険者の実力は勿論のこと。

 

「……今のは、魔王様の」

 

 カズマが使った『何か』。それと近しいものを、彼女は見たことがある。ここに来る前に、魔王城で、何度も。味方の超強化、魔王軍を脅威足らしめている魔王の加護。それと同じものを、目の前の、冴えない冒険者が。

 

(何で!? どうして!? 何でこんな奴が魔王様と同じ能力を!? ちくしょう、何だってんだ! ただのクソ弱い冒険者だと思ってたのに……!)

 

 決定だ。こいつは絶対に魔王軍の障害になる。ステータスも低く、高潔な心も特になさげな、このサトウカズマとかいう男が。

 

「……サトウ、カズマ? ……サトウ!?」

 

 ば、とカズマを見た。そうだ、何故忘れていた。それは、魔王軍で忌々しい記録と共に伝わっている、かつて魔王軍を恐怖に陥れた伝説の剣士の名前ではないか。魔王と対極に位置する存在、いうなれば。

 

「そんな……こいつが……!?」

「ちょ! セレナさん前前!」

「――え?」

 

 余所見をしていたのが致命的であった。グリフォンがセレスディナ目掛けて急降下してきたのだ。仕留めやすいものを仕留め、相手の戦力を削ぐ。野生の感ともいえるそれで、しっかりと彼女を狙ったのだ。

 あ、やべ。これ死んだわ。どこか他人事のように、セレスディナはぼんやりとそう思った。

 

「ごめんなさい!」

「ごふぅ!」

 

 その瞬間に横っ腹に衝撃が走る。間に合わないと踏んだペコリーヌが、彼女を無理矢理突き飛ばしたのだ。ベルゼルグ王国第一王女というバーサーカーの遠慮ないタックルにより、ひょっとしてグリフォンの攻撃のほうがマシだったんじゃないかと思える衝撃を味わいながらセレスディナが横に吹っ飛んでいく。追突事故のような転がり方をした後、岩壁にぶつかってようやく止まった。

 セレスディナをグリフォンの攻撃から守ったペコリーヌは、急降下してくる相手の鉤爪を剣で受け止める。ギリギリと音は鳴るものの、彼女の体はぐらつかない。それどころか、足に力を込めると勢いよく押し戻す始末だ。

 バランスを崩したグリフォンに向かい、ペコリーヌは駆ける。王家の装備がなくとも、カズマのブーストがなくとも。これくらいやれなければ、アイリスに笑われる。そんなことを考えながら、負けてなるものかと彼女は剣を振りかぶる。

 

「細切れですよ!」

 

 ついでに、今日の晩御飯は鶏肉だ。そんなことを思いながら、ペコリーヌはそれを振り下ろした。一閃、そして、もう一閃。翼を、四肢を切り裂いて。落下するグリフォンに向かって、止めの一撃を叩き込む。

 

「《プリンセスストライク》!」

 

 首を刎ね飛ばされたグリフォンの体が地に落ちる。数瞬遅れて、残っていた首がその横にドスンと落ちた。それに合わせるかのように、着地したペコリーヌはスカートを軽くつまみ上げカーテシーを行う。どうだと言わんばかりに。アイリスに出来るのだから自分もやれるのだと言わんばかりに。

 

「……ちゃんと前に進んでるんだなぁ、ティアナちゃん」

 

 ぽつりと、リオノールが呟く。そうしながら、よし、と彼女は頬を張った。ほんの少しだけ迷っていた気持ちも吹き飛んだ。

 うへぇ、と解体されたグリフォンを見て引いているダストを見る。もう手放さないから。口には出さずに、彼女はそう宣言し口角を上げた。

 

 




セレスディナの扱いが酷い……まあ魔王軍だしいっか(投げやり)


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その84

女神ブチギレ案件


「――はっ!」

 

 意識を取り戻したセレスディナの視界に映ったのは空ではなく天井。どういうことだと体を起こすと、見知らぬエルフの少女が柔らかな笑みを浮かべているのが見えた。

 

「よかった。お目覚めになられたのですね」

「え? あ、はい」

 

 エルフの少女の言葉にそう返すと、彼女は椅子から立ち上がりパタパタと部屋の外に出ていく。セレナさまの意識が戻りました、そう言っているのが聞こえ、セレスディナは自身の現状をようやく思い出した。

 

「……何なんだあの女……」

 

 グリフォンの攻撃から守るために突き飛ばしたのだろうが、それにしたって限度がある。死んでないだけマシといえばそうかもしれない。そこまで考え、いや違うだろと自身でツッコミを入れた。問題はそれより、駆け出し冒険者の街という呼び名に明らかに相応しくないあの連中だ。

 魔王軍幹部の一人で、人間であることを活かし街への潜入を度々行っていたセレスディナだからこそ分かる。あの連中は異常だ。明らかに魔王軍との最前線でドンパチやっているようなレベルの実力者、それがこんな場所にいることがおかしい。

 そして何より。

 

「勇者……。魔王軍の、最大の脅威がこの街に」

 

 この世界に稀に現れる、とてつもない力や武具を持った人間達。勇者候補と人が呼んでいるその連中の中でも、更に特別。あの、かつての伝説と同じ名を持ったあの男。

 出来ることならば、警戒される前に始末することが望ましい。報告して、それから対策を立てたのでは間に合わない可能性があるからだ。

 

「魔王様と同じ力を持った勇者と、その周りにいる強力な冒険者たち……」

 

 この連中がその気になったら、ひょっとしたら。最悪の想像をして、セレスディナは震えた。駄目だ、すぐにでも行動せねば、想像が現実になってしまう。

 

「セレナさん、大丈夫ですか?」

「ひっ!」

 

 そんな決意を秘めたそのタイミングでペコリーヌがやってくる。不意打ち気味にやってきた彼女に思わず変な声が出た。こほんと咳払いをすると、ご心配おかけしましたと外面を被って対応する。

 ペコリーヌはそんなセレスディナを見て、それならよかったですと胸を撫で下ろした。ごめんなさいともう一度あの時のことを謝ると、ところでお腹空いていませんかと言葉を続けた。

 部屋の時計を見ると、どうやら既に夕食の時間。クエストの後、ここまで運ばれる間に結構な時間が経っていた。先程の考えを実行するためにも、まずは警戒をされないよう立ち振る舞うべき。そう考えたセレスディナはええ少しと微笑む、実際腹は減っていた。

 

「それはよかった。リーンちゃんやダストさん、リールちゃんとかモニカちゃんもいるので、みんなでご飯を食べましょう」

 

 ぺかー、と何の邪気もない笑顔をペコリーヌは見せる。どうやら単純な思考をしているらしい、そんなことを思いながら、では遠慮なくと彼女の提案に頷いた。案内されている途中に、ここはアクセルの街の一角でアメス教会だという説明を受ける。聞き覚えのない名前にセレスディナは首を傾げたが、先程のエルフの少女コッコロの故郷の村で僅かに信仰されていた女神だという説明を受け、彼女はその境遇にほんの少しだけ親近感を覚えた。

 あ、でも今は立派な教会あるのか、じゃあ駄目だ。そう思い直し即座に破棄した。

 案内されたそこには、クエストで一緒であったダスト達の他にも、先程のコッコロ、そして見覚えのない獣人の少女がいる。どうやらあのカズマとペコリーヌのパーティーメンバーらしい。はじめまして、よろしくお願いします、と微笑むと、よろしくという簡潔な返事が来た。どことなく疲れた様子から、何か苦労をしていたらしい。

 

「ではでは、今日のメニューは、これです!」

 

 ででん、と大きなテーブルいっぱいに肉料理が並ぶ。ステーキ、ハンバーグ、唐揚げ、フライ。全部食べたら胃もたれしそうなカロリーの面子が、これでもかと主張を行っていた。とはいえ、そのどれもが美味しそうな香りを放っており、食欲は増していく。

 

「……?」

 

 が、そんな料理を見てもダストとリーンの表情は優れなかった。いやまあ前にも食べたけどさ、と呟いているのが聞こえたが、セレスディナには何のことだか分からない。

 いただきまーす、と食事が始まったが、やはりその二人はどことなく恐る恐るハンバーグを皿に取っていた。

 

「あら? ダスト、食べないの?」

「いやむしろ何で平気なんだよ」

「美味しそうじゃない。ペコちゃんが作ったのなら、変なものも入ってないでしょ」

「あれを変なものじゃないと言い張りやがりますか」

「まあ、少し材料が変わっている程度ではないか?」

「お前はそれでいいのか……? 姫の毒素にやられてないか?」

「失礼しちゃうわね」

 

 平気でパクつくリオノールとモニカをダストは呆れたような目で見ている。ともあれ、別に問題はなさそうだ。そんなことを思いつつセレスディナもその肉を食べる。思った以上にジューシーなそれは、今まで食べたことのない味わいであった。

 

「えっと、セレナさん、だったわよね?」

 

 そんな彼女に獣人の少女が声を掛ける。キャル、と呼ばれていたその少女は、彼女に近付くとひょっとして気付いていないのかと問い掛けた。

 

「何かありました?」

「それ、今日あんた達が狩ったグリフォンとマンティコアよ」

「っ!? ごっふごっほごふ!」

 

 むせた。確かにモンスターを食用にすることはあるので、その行為自体に驚きはない。問題は種類だ。ジャイアントトードがこの町では一般的で、別の場所では走り鷹鳶と呼ばれる鳥型モンスターや雪鳥兎と呼ばれる獣型モンスターも食用にされたりする場合もある。高級食材としてワイバーン辺りも知られてはいる。

 そういう意味では、グリフォンはギリギリ許容範囲なのかもしれない。食用にされたという話を聞いてはいないが、鳥型モンスターに分類されるだろう。

 マンティコア。魔法生物で、会話が出来て。それを食うのか。確か戦闘中喋っていた気がするのだが、それを料理したのか。調理されたマンティコアの成れの果てを一瞥し、セレスディナはそれを行ったらしいペコリーヌを見た。猛烈な勢いで食べている彼女を見た。

 

「……ティアラ無いのに食うのな」

「何にせよ、お腹は空きますからね。まあでも、以前よりは食欲落ちましたよ」

「それで?」

「はい」

 

 自身の倍以上の肉を食べているペコリーヌを、カズマは呆れたように見やる。太るぞ、と呟くと、彼女は手を止めてお腹を摘んだ。が、その分動けば問題ない、と思い直し食事を再開した。だろうな、とカズマもそれ以上何も言わずに目の前の肉を食っている。

 躊躇いなく人語を介する存在の肉を食っている二人を見て、セレスディナは理解した。成程、つまりこの町の住人はそういう存在なのだ、と。

 

(そういや、魔王軍幹部を食ったとか最初に言ってやがったな……)

 

 つまりベルディアもこうなったのだろう。デュラハンを食うとか正気の沙汰ではないが、ここまで来たらそういう常識は捨て去ってしまったほうが楽だ。色々と諦めながらマンティコアを食うことにしたセレスディナは、とりあえずもう一つ決意を固めた。

 正体バレたら食われるかもしれんので、絶対に隠し通そう。

 

 

 

 

 

 

 さて、方針は決まったがどうするべきか。セレスディナは会話を交わした生物の肉で腹を満たした後、今日は泊まっていって構いませんという厚意をやんわり断りながら考えを巡らせていた。

 彼女の能力は物凄い勢いで弱体化している。数少ないレジーナ信者であることで身に付けていた加護は今や普通レベルだ。復讐の加護は弱体化した上任意発動であるし、傀儡の加護もそのキャパシティに限界がある。それでも、普通のその辺にいるプリーストとは違うことが可能なのは変わりない。それを使い、なんとしてもあの勇者の後継を始末せねば。

 手っ取り早いのは彼のパーティーメンバーを傀儡にすることだ。あの頭のおかしい腹ペコにはなるべく近付きたくないので、先程出会った残り二人。コッコロとキャルとかいう少女のどちらか、あるいは両方を取り込むのがいいだろう。だからこそ借りを作らぬために誘いも断った。

 

(とりあえず軽く感謝の気持ちでも持ってもらうとするか)

 

 取っ掛かりさえ作れば、後はそれを拡大させればいい。キャパシティに限界があるのならばそれを質の向上に注ぎ込めば問題ない。弱くなったなりに運用をしてきた彼女にとって、今回も同じようにいけるものだと思い込んでいた。

 食事の片付けを手伝い、暫し談笑をする。その合間合間に、プリーストの端くれとしてや魔王軍の幹部としての経験を活かした立ち回りを行った。クエストの支援やそれまで外面のおかげか、そこまでは割とすんなり行くことが出来た。

 

「成程。セレナさまは布教のために冒険者の道を歩んでおられるのですね」

「はい。レジーナ様を信じる者が少しでも増えれば、と」

 

 同じプリーストの立場で、同じマイナー女神を信仰する者として。コッコロとはそれなりに距離を詰めた。こちらで手伝えることがあるのならば、と微笑むと、ありがとうございますと彼女は返してくる。

 そしてキャルは、今回のクエストの話を聞いて何故か同類を見るような目でセレスディナに同調した。うちのが苦労かけたわね、と彼女に告げるその目はどこか優しげだ。

 

「いえ。あの、キャルさんも、なにか困ったことがあったら、遠慮なくおっしゃってください。私でよければ、お手伝いします」

「……うん。ありがと」

 

 よし、とセレスディナは内心ほくそ笑む。経緯はどうあれ、取っ掛かりは出来た。予定通り、それを広げ、傀儡の対象に。

 

「――え?」

「セレナさま? どうされました?」

「どうしたのよ」

 

 そこに手を突っ込もうとしたその瞬間、猛烈な勢いで弾かれた。一体何が起きた、と思わず呆然としてしまう。二人に声を掛けられ我に返ったが、先程の原因が分からず、ただただ困惑するばかりだ。

 もう一度試そうと、セレスディナは二人の内面に己の傀儡の加護を向ける。先程出来上がった取っ掛かりにそれを流し込み、段々と自身の思い通りへ作り変えるのだ。

 そうしようとした矢先、先程よりも強く弾かれた。あくまで感覚、行動を伴っていないはずなのに、まるで右腕が消し飛ばされたように感じられ、思わず彼女は右腕の存在を確かめた。

 そうしながら、見た。見えてしまった。彼女が触れようとしたそこに何があったのか。コッコロとキャルの加護が何であったのか。なまじっか強い加護を受けていた経験があったからこそ、分かってしまった。

 セレスディナはそれを見る。コッコロを守るように、そしてこちらを思い切り睨み付けるようにしている、歯車の羽を持った女神を。

 そして。キャルを自慢するように、そしてこちらに中指をおっ立てている羽衣を纏った水色の髪をした女神を。

 

「ひっ!」

「セレナさま!?」

「ど、どうしたのよ!?」

 

 目を見開き、顔を真っ青にしたセレスディナが悲鳴を上げて後ずさる。見えた、見えてしまった。実際に姿を見たことはないが、あれは間違いなく。

 そろそろお暇します。そう告げると、セレスディナは教会を後にした。心配していた表情の二人には、お気になさらずと答えはしたものの、あれでは間違いなくそれで納得はしないだろう。それでも敢えて聞かずにいてくれるのは彼女達なりの気の使いようなのだろう。借りを作ったと言い換えてもいい。つまりは失敗だ。

 だが、それでも構わなかった。セレスディナとしては一刻も早くあれから離れたかった。これ以上あそこにいたくなかった。

 

「な、何なんだよあの場所は……! 勇者と、アホみたいに強い女騎士と、ドマイナー女神の加護をメチャクチャに受けてるガキと……アクシズ教の、巫女!?」

 

 これまで見てきたどの信徒よりも女神アクアの神気が濃かった。アルカンレティアでもあそこまでの者はまずいないだろう。女神アメスと仲が良さげにこちらを攻め立てるそのオーラは、気を抜くと吐きそうになるくらい酷い。全盛期ならともかく、今の状態では逆立ちしたって勝てそうになかった。

 

「ちくしょう……! ふざけやがって!」

 

 誰にも聞こえないように毒づく。手早く片付けようと考えていたそこは、想像以上に混沌としていた。簡単な方法だと思っていたそれが、実現不可能なほど困難な道程であった。

 作戦変更だ。一刻も早く魔王城へ報告を。その考えもよぎったが、現状それで出来るのはこの街に全戦力を投入するということくらい。魔王としての役割、矜持を持っている彼へ、彼女がその意見を出したところで実現するまでに時間がかかる。

 何より。女神二柱に睨まれた現状で下手な動きを見せると消されかねない。セレスディナはこれでもダークプリースト、女神の怖さは身に沁みている。

 

「ち、っくしょう!」

 

 つまりは、詰みだ。彼女に出来ることは、女神の睨みを避けつつほとぼりが冷めた頃にこの街から脱出し魔王城へ手遅れかもしれない情報を届けるか、あの二人を避けつつ別の方法で勇者を始末するか。そのどちらも、現実的ではない。

 苛立ちを隠せず、思わず近くの木箱を蹴り飛ばしてしまった。外面が外れていたことを思い出し、いかんいかんと我に返る。誰かに見られていないだろうか、と視線を巡らせ。

 

「ひ、ひぃ……」

 

 一人の少女が震えているのが視界に入った。レオタードのような踊り子らしき服を身に付けたその少女は、丁度蹴り飛ばした木箱の射線上にいたらしく、眼前で弾け飛んだそれと蹴ったセレスディナを交互に見ていた。

 しまった。そうは思ったが、一人だけならまだどうとでもなる。外面用の笑みを浮かべながら、彼女はゆっくりと少女へ近付き。

 

「き、木箱を蹴り飛ばしたのは、あれですか!? クウカも同じように蹴り飛ばされるのですか!? 蹴り飛ばされ、グシャリと壁に叩きつけられ、その後踏まれて、地面とサンドイッチにされるのですか!? ぐふ、ぐふふふ」

「――え?」

 

 何だか急に酷いことを言いながら悶え始めた少女を見て、セレスディナは引く。素に戻りかけたが、いいや駄目だと言い聞かせ言葉を紡いだ。そんなことはしないと、大丈夫だと語り掛けた。

 

「や、優しい言葉と笑顔……それでいて先程の荒い言動と、行動……。はぁん! 警戒心をなくした頃にもう一度、そしてズタボロにされたクウカに優しい笑みを浮かべ、さらなる調教を行うのですね! あぁ、なんというドS……じゅるり」

「……あの、ちょっと」

「こんな、こんな……! あぁ……昂ぶってしまいますぅ! ありがとございます! ありがとうございますぅ!」

「え、ちょ」

 

 目の前で悶える変態に、傀儡の加護が吸われていく。こちらの意思とは無関係に、持っているキャパシティ全部を注ぎ込んで傀儡にされようとしているのだ。自分から。

 止められない。完全なるセレスディナの傀儡が、今まさに出来上がろうとしていた。本人が全く望んでいないのに。

 

「はぁん……ドSさま、お名前を教えていただいても……?」

「え? セレスディナだけど……って、あ」

「セレスディナ様……それが、クウカの信奉するドSさまのお名前なのですね。セレスディナ様のために、クウカ、精一杯、この気持ちを広めます……!」

「いや待て! 今のは無し! というかお前! 何を広めようとしてんだ何を!」

「ドSさまの素晴らしさを、クウカがこの身を持って伝えます……! ですから、ボロ雑巾のように酷使してください。そうして捨てられて野晒しにされ、汚れてしまったクウカを、ドSさまは踏みつけ、そして……じゅるり」

「やらねーよ! 手違いだよ! ああちくしょう! あたしの使える容量全部持っていきやがったこの変態」

 

 こころなしか色がくすんだクウカが暴走を始めようとしたのを、セレスディナは必死で止める。こんなアホみたいなことで正体が露見して討伐されるのは絶対に嫌だ。彼女を突き動かすのはそれだけだ。

 

「いいから止まれ! クソが! 殺されてぇのか!」

「はぁん! もっと! もっとクウカをなじってくださいぃ……! あ、む、むしろ実力行使でも構いません……ぐふふ」

「あぁぁぁぁもぉぉぉぉ! どうしろってんだよ!」

 

 詰みである。色々な意味で。

 

 




闇のドMが現れた!


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その85

前半と後半の高低差。


「どうしてこうなった……」

 

 アクセルの街で途方に暮れるプリーストが一人。魔王軍幹部に属する人間にしてダークプリースト、セレスディナである。そして、その傍らには。

 

「ふひ、ドSさま……クウカは卑しい雌豚ですので、遠慮なく罵ってください……」

「うるせぇよ!」

「はぁん! 清楚な顔立ちに似合わぬ乱暴な口調! それでいて実力行使も辞さないその姿勢……く、クウカはこれから余計なことをべらべらと口にしたことで足蹴にされ、『傀儡が人間様みたいな口を聞いてんじゃねぇぞ!』とそのまま……じゅるり」

「しねぇよ! ……今物凄い勢いで声の感じ変わらなかったか?」

 

 相も変わらず恍惚の表情で一人トリップしているクウカを見ながら、セレスディナは盛大な溜息を吐く。女神レジーナの傀儡の加護によって、感謝の念を抱いた者を自身のしもべに出来る彼女だが、その力には限界がある。その支配の容量を全て吸い取りやがったのが傍らにいるドMだ。たちの悪いことに、何をやっても感謝の念を抱くのでどう足掻いても借りが返せず支配が解けない。強い信仰心を湧かせることも現状出来そうにない。

 なんとかする方法は、思いつく限り一つだけ。

 

「……明日あたりどこかでモンスターに始末させるか」

「そ、それは……クウカは魔物の群れの中に置き去りにされるということですか? クスリで自由を奪い、何も抵抗できなくなったクウカは投げ捨てられ、そこに興奮した魔物が襲いかかり、容赦なくクウカが蹂躙され続け、そしてドSさまはそれを見ながらゆったりとティータイムを行うのですね!? ああ、なんという性格破綻者! クウカは、クウカはぁ……! ぐふ、ぐふふふふ」

「もうやだぁ……」

 

 思わず顔を手で覆う。ちょっとだけ泣きそうになるのを堪え、気を取り直すように空を見た。既に時刻は夜、始末するにしろ、ドMを使って何かをするにしろ、腰を落ち着ける場所を探さねばならない。

 こんなことなら変なこと考えずにあの教会に泊まればよかった。溜息を吐きながら、セレスディナは今日の宿を見付けるべく足を踏み出し。

 

「や、宿屋をお探しながら、クウカのいる場所はいかがでしょう?」

「……変態がひしめき合ってたりしねぇだろうな」

「ご、ご安心ください。皆さんとても気の良い方々ですから」

「質問に答えろよ」

「……もう少しドスの利いた声で、脅すように言っていただけるとクウカとしても妄想が捗るのですが」

「うるっせぇんだよ! 黙ってろ変態!」

「あ、隠しきれない怒気と殺気。チクチクと刺さる視線。これが街中でなければ今すぐにでも縊り殺してやるのにというその手……イイ! ど、どうしましょう……クウカ、ちょっと興奮してきました」

「さっきからずっとだろうが! くだらねぇこと言ってねぇでさっさと案内しろ。勿論代金はそっちで払えよ、あたしは一エリスも払わねーからな」

「は、はぃぃ。ありがとうございますぅ……」

「……なんでだよぉ。なんで借りが増えるんだよぉ……」

 

 普通ならばこれは傀儡化を解除するきっかけになりかねない行動である。が、ことクウカにとっては妄想を捗らせる一因にしかならず、感謝の念しか湧いてこないわけで。

 ルンルン気分のクウカの後ろを、項垂れたままセレスディナが歩く。暫くして辿り着いたその場所は、小綺麗でそこそこの宿であった。値段も見る限りリーズナブルで、成程ここを冒険者が拠点にするのも頷けると彼女は一人頷く。

 肝心の冒険者がコレであるが。顔馴染みらしい宿屋の従業員に部屋の追加をお願いしたクウカは、それでは行きましょうとセレスディナに振り返る。一旦落ち着いたのか、その表情は先程までのアヘ顔からある程度普通に戻っていた。

 

「あれ? クウカと……セレナさん?」

「え?」

 

 割り当てられた部屋へと。そう思っていた矢先に声が掛かる。視線を動かすと、先程教会で共に会話をしていた相手を食べた仲であるリーンがテーブルで何かを飲んでいた。セレナさんもここに泊まるんだ、とほんの少しだけ驚いた表情を浮かべると、席を立ちこちらにやってくる。

 

「え、ええ。こちらの、クウカさんに教えていただいたので」

「クウカの紹介?」

 

 怪訝な表情を浮かべると、彼女はちらりとクウカを見る。そうなんです、と話すクウカにおかしなところは見られない。常におかしいからだ。

 ふーん、とリーンは納得しているのかしていないのか分からない返事をすると、じゃあゆっくり休んでと踵を返す。無理に内側に入ってこないそんな彼女の態度は、今のセレスディナにとって非常にありがたかった。

 

「……あ、あの。リーンさん?」

「どうしたのクウカ」

「気のせいならいいんですけれど……。何か、ありましたか?」

 

 クウカのその言葉に、リーンがピクリと反応する。そんなこといいからとっととこの場から去らせろ。というセレスディナの心の声は当然聞こえないので、呆れたような疲れたような溜息を吐いたリーンがゆっくりとクウカに向き直った。

 

「ダスト、今日は別の場所で泊まるんだって」

「あ、ま、またお金がなくなって野宿を?」

「違うわよ。……多分、貴族の屋敷にいるんじゃないの?」

「はい?」

 

 拗ねたようなリーンの言葉に、クウカも思わず目を見開く。コレ絶対厄介なやつじゃんと内心げんなりしているセレスディナを置いてきぼりで、二人は尚も会話を続けていた。

 

「何かあいつの昔の知り合いっていう女の人が、一緒にいたいって連れてっちゃったのよ」

「……変わった人も、いるんですね」

 

 お前が言うなよ。宿屋一階の食堂スペースにいた面々は皆一斉にそう思った。セレスディナも当然そう思った。

 それはそれとして。なんだと、と立ち上がったのはそこにいたダストのパーティーメンバーであるキースだ。あいつだけは絶対にモテないと思っていたのに。そんなことを言いながら、二人の会話に参加する。

 

「あ、しまった。キースに聞かれると面倒だから黙ってたのに」

「どういう意味だよ」

「そ、そのままの意味では?」

「はいそこ黙る!」

「静かで有無を言わさぬ一言。その力強さは中々です……ぐふ」

 

 クウカはガン無視である。それで何がどうなってんだとリーンに詰め寄るキースであったが、鬱陶しいと押しのけられたことで我に返った。身の危険を感じたとも言う。

 そうしながら、リーンは何がどうなってるのかはこっちが聞きたいと溜息を吐いた。ダストの過去など、彼女が知っているはずもない。彼は何も考えていないようなダメ人間で、女好きで、卑怯で。だから何があったかなんて、何も知らない。

 

「……あいつは、あたしに昔のことなんか何も言ってくれなかったもの」

「リーン……」

「――何よ、何よあいつ! あたしにそっくりのお嬢様にデレデレしちゃって! あれってそういうことでしょ!? あたしがあのお嬢様に似てたから、だからあたしを口説いてたんでしょ! ふざっけんなぁ!」

 

 近くのテーブルを蹴り飛ばす。危ない、とクウカがそれを体で受け止めた。

 

「あーもう! 知らない! あんなやつのことなんか知らない! キース! 飲むわよ!」

「え、あ、はい」

 

 人間、自分よりキレた人がいると冷静になるらしい。すっかりテンションの戻ったキースは、そのままリーンに連れられテイラーを巻き込みに行ってしまった。

 そうしてようやくセレスディナの周囲に平穏が戻ってくる。出来ればそのままいなくなって欲しかったドMは、残念ながらそのままだ。

 

「部屋の案内、頼むわ……」

「あ、は、はい。こちらです」

「おう、ありがと」

 

 色々どうでも良くなっていた彼女は、気付かなかった。その何気ないやり取りで、クウカが奪っていた傀儡の加護がほんの少しだけ戻ったことを。

 

 

 

 

 

 

 お茶をどうぞ、と目の前に置かれたティーカップから、彼は対面の彼女へと視線を移した。現在の場所はアクセルの貴族の住む区画にある屋敷。そして仏頂面なのが街でも有名なチンピラ冒険者ダスト、笑顔なのがブライドル王国の第一王女リオノールだ。

 

「もー。そんなに怒らなくてもいいじゃない」

「怒らない理由があったのならば教えて欲しいのですが」

 

 ぶうぶう、と文句を言うリオノールに対し、ダストは静かにそう返す。普段の彼からは考えられないようなその立ち振舞は、その横にいた人物達にも驚きをもたらしていた。

 信じ難いですが、本当なのですね、と屋敷の提供者であるアキノが呟く。こくりと頷いたモニカは、改めて懐かしの同僚を眺めた。

 

「そこまでにしてやれライン。姫様も悪気があってやったわけでは……いや、悪気がない方がまずいな。よし、もっと言ってやれ」

「手の平返すの早くない!?」

「普段の行いでしょう?」

 

 ダストの言葉にうぐぐと唸る。が、すぐに表情を戻すと、まあそうねと開き直った。ふふんとどこか自慢気に指を組むと、そこに顎を乗せ少し前のめりになる。

 

「ねえ、ライン」

「お断りします」

「まだ何も言ってないんだけど!?」

「戻ってこいとか言うつもりでしょう? 私はもう貴族の地位も名前も失ったんです。……アクセルにいるチンピラ冒険者ダストが今の俺だ、今更騎士なんかにゃ戻れねーよ」

 

 そう言って彼は口角を上げる。拒絶の言葉を口にして、それでも立ち去ることはなく。

 それを見たリオノールも、満足そうに微笑んだ。そうよね、そうじゃないとね。ペロリと舌で唇を湿らせると、彼女は指を一本立てた。

 

「じゃあ、ダスト」

「何でしょうかね、お姫様」

「私に協力してくれない?」

「言い方変えただけじゃねーか」

「違うわよ。ライン・シェイカーを手に入れるのは諦めた。でも、冒険者ダストを手に入れるのは諦めない。そういう決意よ」

「……勝手に言ってろ」

「とーぜん。勝手にするわよ」

 

 ふん、とそっぽを向いたダストを、リオノールは嬉しそうに眺める。さっきとは違い、これは拒絶されなかった。本当に嫌ならば、彼は自分が相手でもそう言うからだ。

 一方。アキノの傍らにいたポニーテールの女性は、その光景をなんとも言えない表情で眺め目を細めた。

 

「ああ、すまない。うちの姫様と元同僚が」

「いえ。それは構いませんけど」

 

 モニカの言葉にそう返しながら、女性はううむと腕組みをする。何かあったのだろうかと首を傾げるモニカに向かい、アキノは気にすることはないと言葉を紡いだ。

 

「ミフユさん。人の心に効率は関係なくてよ」

「アキノさんは人を何だと思ってるのよ」

 

 ジロリと視線を二人からアキノに変える。いくらなんでもあのやり取りに効率を求めるほど自分は効率厨ではない。そんなようなことを述べながら、彼女は小さく溜息を吐いた。

 

「ライン・シェイカーといえばドラゴンナイトで槍の達人。なのにダストは槍を使う素振りもないし大して実力もない剣を主武器にしてたから。そのことを思い出して」

「あぁ、成程。そのことか」

 

 ミフユの言葉に合点がいったようにモニカが頷く。まあここまでバレているのならば言っても構わないだろう。そんな判断を己でしたものの、そこにいるのだから確認を取るかと彼女はリオノールに声を掛けた。

 いいわよ、と軽い調子で彼女は述べる。対面にいたダストは、苦い表情を浮かべながら低い唸り声を上げた。

 

「なに? 照れてるの?」

「うっせぇ」

「……槍を使ってないってことは、まだ私も脈があるってことでいいのかしら?」

「剣の方が使い勝手が良かっただけで、深い意味は」

「ダストの動きは明らかに剣を使うようになっていないわ。槍で戦った場合と比べると圧倒的に効率が落ちる。使い勝手がいいなんて勘違いも甚だしいわね」

「……ミフユさん」

「あ、ごめんなさい、つい」

 

 こほん、と咳払いを一つすると彼女は一歩下がった。続けて、と言わんばかりのその行動を見たダストは、やかましいとミフユを睨む。

 一方のリオノール。ほらやっぱりと言わんばかりの表情で彼を見ていた。実に楽しそうで、それでいてほんの少しだけ頬が赤い。

 

「くっそ……だから貴族は嫌いなんだよ!」

(わたくし)に当たるのはお門違いですわ」

「雇い主だろ。部下の教育ちゃんとしとけよ」

「……貴公が言うのか」

 

 ジト目でモニカが呟く。あ、と何かに気付いたらしいダストは、何かを誤魔化すように口笛を吹き始めた。リオノールは笑顔である。先程の甘酸っぱいのとは別ベクトルのやつだ。

 

「あらぁ? どうしたのライン? モニカの部下になってるあんたの後輩、どうなってるか知りたくなった?」

「正直、あれを後輩と呼んでいいのか今でも疑問に思うのですが」

「まあ、それは私もそう思う」

「モニカが同意しちゃだめじゃないの、もー」

 

 文句を言うリオノールに二人揃って非難の目を向けると、彼女も流石に引き下がった。アキノとミフユはその後輩とやらがどんなのか気にはなったが、ここで聞くのも野暮だろうと沈黙を貫く。ぽつりと聞こえたダストの「クウカと同レベル」という言葉に、何となく彼がここに馴染んだ理由の一端を見た気がした。

 

「それで、ダストさん?」

「何だよ」

「あなたは、この屋敷に滞在されるのですか?」

 

 そろそろ自分達も戻るが、そっちはどうする。アキノのその問い掛けに、ダストの動きがピタリと止まった。彼女の質問、その意味するところはつまり。

 

「さ、ダスト。私と一緒に寝ましょ?」

 

 まあそういうことだと言わんばかりにリオノールが言い放つ。予想通りの言葉を述べた彼女を見たダストは、溜息と共に視線を横に向けた。

 

「モニカ。そこのアホ姫の監視を頼む」

「ああ、任された」

「なんでよ! モニカは私の護衛騎士でしょ!?」

「主の行動を正すのも部下の役目でしょう?」

「私は間違ったことしてないもの」

 

 ふんす、と胸を張って宣言した。そんなリオノールに向かい、ダストとモニカは揃って言葉を返す。示し合わせているわけでもないのに、一字一句異なることなく重なった。

 

『寝言は寝てから言ってください』

「うわ、何か懐かしい」

 

 とりあえず問題なさそうだ。そう判断したアキノは、では帰りましょうかと席を立つ。ミフユもそれに続き、屋敷を後にした。

 そうしながら、アキノはやれやれと肩を竦めて言葉を紡ぐ。隣のミフユも同じ意見なのだろう。苦笑しながらそれを聞いていた。

 

「滞在しない、とは言いませんのね」

 

 




個人的には若干姫様寄り


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その86

ギルド職員「ダークプリースト……? ドMよりは普通の職業だな」


 翌日。クウカに命じてギルドの討伐依頼を受けさせたセレスディナは、クウカの独断でチョイスした依頼と、そしてそれを確認して気の毒そうに自身を見やるギルド職員の視線で早くも折れかけていた。

 ちなみにクエストは一撃熊である。駆け出しが敵う相手ではないのだが、この街の異名、駆け出し冒険者の街というのが嘘っぱちであることを確信しているセレスディナにとってそれ自体は既にどうでもいい。現在の彼女の問題はこれでクウカがきちんと死ぬかどうかだ。

 

「知ってた……」

 

 自分で請けている時点でそりゃそうだろとしか言えない。ターゲットである一撃熊に殴り飛ばされながら恍惚のよだれを垂らしているクウカを見て、セレスディナは諦めの溜息を吐いた。

 そもそもなんでピンピンしているのか。それを説明できる人間は、実はアクセルにもいない。強いて言うならと皆口を揃えて言う言葉は、「ドMだから」だ。

 

「はぁん! 一撃熊の強烈な爪の一撃が、クウカの薄皮を一枚一枚引っ掻いて……ああっ、このままではクウカの服も千切れ飛んでしまいますぅ! そうして顕になった肌を舌なめずりしたモンスターに蹂躙され、そして動けないまま転がされるのですね……! さ、さらにはそんなクウカを見付けた冒険者達の慰み者として、クウカは辱められて……あ、そ、そんな……ぐふふ」

「おーい……一撃熊引いてるぞー……」

 

 イヤンイヤンと悶えながらひたすら攻撃を受け続けているクウカを見て、本能的にヤバいと感じたのだろう。次第に一撃熊の動きが鈍くなり、しまいにはゆっくりと後ずさりを始めた。怯えたような鳴き声を上げると、そのまま森の奥へと逃げるように走っていってしまう。

 クエスト自体は追い払うだけでも成功ではあるので、依頼達成だ。

 

「……」

 

 心中お察ししますと言わんばかりのギルド職員から報酬を受け取ったセレスディナは、一刻も早くこいつどうにかしなければと心に誓った。悠長なことは言ってられない、というか別の傀儡を見付けるとかそれ以前の問題だ。

 はぁ、と通りを歩きながら彼女は溜息を吐く。後ろを歩くクウカは非常に上機嫌で、こいつ本当に傀儡になってるんだろうなと疑問に思うほどだ。

 

「ど、どうされたんですか、ドSさま……」

「いや……。なあ、お前、本当にレジーナ様の傀儡の加護であたしに付き従ってんだよな? ただ自分の性癖を満たせるからついてきてるだけじゃないよな?」

「も、もちろんですドSさま。ドSさまに命じられれば、クウカは鞭で打たれるのも魔法で焼かれるのも、カエルに丸呑みされるのもどんとこいですぅ……じゅるり」

「お、おう、そうか。別にそんなことはしないけどな」

「しないのですか!? あ、な、なるほど……そういって油断させたところで不意に行う責めこそが快感だと、そういうわけなのですね。あるいはそのまま放置プレイと洒落込まれるのかも……ああ、なんというドS! なんという性格破綻者! その想像だけでクウカは少し火照ってきます、ぐふ」

「誰か助けて……」

 

 レジーナ様、何か自分は酷いことでもしたのでしょうか。そんなことを思わず考え、復讐と傀儡の女神にそういう質問はどうかと思うと何かを悟ったような顔をしている女神を幻視し肩を落とす。気持ち距離を取られていたような気がして、セレスディナの心がまた少し曇った。

 よし、と気合を入れる。こいつを始末するのは無理だと分かった以上、これを使って目標を達成するしか無い。ここから逃げて報告をするか、勇者を始末するか。

 とりあえずドMが付き従っている以上逃げられない。潜入とかそういう任務もこれでは無理だ。なので、実質一択。

 

「勇者を、殺す」

 

 口にしてはみたものの、一体全体どうやってドMで勇者を始末すればいいのか見当もつかない。こいつで暗殺させようとしても堂々と名乗って反撃を受けたがるのが目に見えているからだ。

 

「一応、聞いておくが。お前、サトウカズマを知ってるか?」

「か、カズマさんですか? はい、あの人も中々の責めをしてくれる人なので、クウカとしては重宝しています」

「とにかく知り合いなんだな。じゃあ、ちょっとあいつに毒でも盛ってきてもらおうか」

「そ、それは……出来ません」

 

 あれ、とセレスディナは思う。思ったより普通の反応が返ってきた。常時アヘっているようなドMの割に、知り合いや仲間を傷つけることには抵抗するようだ。そういうところは普通の感性らしい。彼女的にはどうでも良い知識が一つ増えたが、とりあえずゴミ箱に捨てた。

 

「まあいい。そんなこと言ったって、お前はあたしの傀儡だ。命令に逆らうなら、激しい苦痛が体を苛む。無駄な、抵……抗、は……」

 

 ニヤリと口角を上げて口を開いたセレスディナは、そこで気付いた。今の言葉が脅しになる相手は、どこにもいないということに。

 

「あぁぁぁぁ! 体が! 体が! す、凄い、凄い責めですぅ……! これは、め、命令に逆らった罰ということなのですね! はぁん! このまま抵抗し続けると、クウカの体はどれだけの苦痛にさらされるのでしょう……! か、考えただけで……体が、うずいて……ひゃぁん! 流石はドSさま、クウカは、クウカはぁ……!」

「あたしが悪かったから、抵抗しないで! 命令取り消すから!」

 

 

 

 

 

 

「ねえカズマ、知ってる?」

「ん?」

 

 アメス教会。そこでだらだらと過ごすライフワークを行っていたキャルが、同じくニートをライフワークにしているカズマに声を掛けた。なんでも、最近アクセルを闊歩するドMが話題になっているらしい。

 

「ダクネスかクウカのどっちかだろ」

「まあ、そうなんだけど。なんか様子がおかしいらしいのよ」

「あのドMどもは常に様子がおかしいだろ」

「まあそうなんだけど。いいから聞きなさいよ」

 

 キャル曰く、これまではスイッチが入らなければ意思疎通が可能だったドMが、最近は常に興奮しっぱなしなのだとか。

 なおその説明だけではダクネスなのかクウカなのかは確定できない。

 

「だから、何かあったんじゃないかって」

「関わりたくない」

「まあ……そうなんだけど」

 

 話題に出した割に、キャルはその件に関わることに乗り気なわけでもないらしい。だったらなんでとカズマが彼女を見ると、どこか疲れたように溜息を吐いていた。

 

「心配してたのよ……コロ助が」

「……やるか、調査」

 

 言われてみればその通り。知り合い、恐らく友人に分類しているであろう相手の様子がおかしいとなると、コッコロが心配しないはずがない。そして、そうなると当然もうひとりもコッコロと共に動こうとするわけで。

 巻き込まれたくない、と言えばあの二人は間違いなくキャルもカズマも巻き込まないようにするだろう。だからこそ、この二人はしょうがないと立ち上がる。

 

「そもそも、常時発情したドMが闊歩してる街とかコッコロの害でしかないからな」

「言い方。ま、あたしも同意見だけど」

 

 幸いというべきか、コッコロもペコリーヌも現在バイト中だ。こういう時動けるのは仕事をしていない二人だけ。そうと決まれば早速行動だと二人は教会から外に出た。庭で掃き掃除をしていたユカリとすれ違い、どうしたの気合い入れてと首を傾げられる。

 

「ちょっとドMの調査に」

「……何か嫌なことでもあった?」

「違うわよ! ユカリさんだって聞いてるでしょ? クウカだかダクネスだかが最近街で変なことしてるって」

「あー……。それならクウカさんね。ダクネスはむしろ調査する側だもの」

 

 いきなり情報が手に入り、二人は思わず動きを止める。え? もう調査されてるの? そんな意味合いを込めた表情をユカリに向けると、こくりと頷かれた。

 

「……じゃあ、もういいか」

「あたしも一瞬そう思ったけど、事件解決は急ぐに越したこと無いでしょ」

 

 コッコロの将来のためにも。言外にそう述べたキャルにそれもそうかと同意したカズマは、じゃあちょっと行ってきますとユカリに告げる。無理はしないようにと手を振る彼女を背にしながら、二人はとりあえず先程の情報をもとに調査が進んでいる場所へと向かった。

 早い話がダスティネス邸である。

 

「ん? どうした二人共」

 

 執事に事情を話し執務室に通された二人は、早速とクウカの奇行についての調査を問い掛けた。最初こそ何故この二人だけがそんなことをと訝しげな表情を浮かべていたダクネスも、事情を聞くとああ成程と苦笑する。

 

「話は分かった。ありがたい申し出ではあるのだが……実は意外と現在人員が揃っていてな」

「え? 何お前そんな人望あんの?」

「これでも大貴族だからな。……今さり気なく辱められた気がするぞ。ちょっともう一回厳し目の口調で言ってくれないか?」

「何でドMの調査をドMがやってんのよ。あんたはむしろ調査されて捕まる側でしょうが」

「し、失礼な! これでも私は、くぅ、節度を持ってだな」

「どの口が言ってんだよ。今ちょっと興奮しただろ」

「し、してないぞ!」

 

 ダメかもしれない。ジト目でダクネスを見ながら、二人はそんな結論を出した。冷ややかな目で見られたことで、ダクネスはちょっとモジモジしている。駄目だ、に結論を変えた。

 

「で? その人員ってのはどんな役立たずなの?」

「いや、流石にこれよりかはマシなのだろ?」

「私はどんどん罵倒してくれて構わんが、協力者への罵倒は看過出来んな」

 

 言ってることはそこそこ間違っていないのだが、表情で台無しである。ともあれ、ダクネスの言葉にも一理あるので二人は彼女だけを罵倒することに留めた。

 ガチャリと扉が開く。何やってんだと言わんばかりの表情で部屋の中を見たその人物は、しかし振り向いたカズマたちを見て口角を上げた。

 

「あれ? 確か、リールさん?」

「一週間ぶりくらいね、カズマ君。そっちは確かキャルちゃんよね」

 

 リオノールはそう言ってひらひら手を振る。横に控えているモニカが、何となく事情を察して頬を掻いていた。

 

「協力者ってのは」

「例の件のこと? そう、私達で調査してるわ」

「本来全くの無関係なのですが」

 

 ふふん、と胸を張るリオノールに対し、モニカは呆れたように頭を振っている。こういうことに首を突っ込まないはずがないと彼女も分かっているので、そうするだけで止めることも別段しなかった。なにより、今この街には彼がいる。リオノールの手綱を握るには、丁度いい。

 

「今ダストとリーンちゃんも調査してくれてるはずだけど」

「待った。今ダストっつった?」

「ん? ああ、どうした貴公」

「いやあいつが真面目に調査とかするわけないじゃない」

 

 この街の人ではない二人は知らないだろうが。そんな前置きをしたカズマとキャルの言葉を、リオノールもモニカも途中で遮る。確かにこの街の『ダスト』のことは知らないかもしれないが、しかし。

 

「大丈夫よ。私は、あいつのことよーっく知ってるから」

「私も、奴のことは何だかんだ知っているからな」

 

 そう言って笑みを浮かべた二人の背後の扉が勢いよく開く。疲れたような顔をした金髪赤目の青年と、その青年を疑いの眼差しで眺めるポニーテールの少女。今話題に出していたダストとリーンが、執務室にやってきたのだ。

 

「うわ、ほんとにダストが働いてる……」

「あぁ? 何か文句あんのかよ猫ガキ。というか何でお前とカズマがここに」

「もしかして、クウカの調査の手伝いに来たの?」

 

 リーンの問い掛けに是と答える。それを聞いたダストは、じゃあもう俺はお役御免だなと即座に踵を返した。

 予測されていたのか、ガシリとその肩を掴まれる。リオノールが笑顔で彼を引き止めていた。

 

「あだだだだっ! 何でそんな力が!」

「はいこれ。魔力を筋力に変換する腕輪」

「ひ――お嬢様、それはひょっとして」

「後で返しておくから大丈夫よ」

 

 それは絶対に大丈夫じゃない。モニカが何か苦いような酸っぱいようなものを食べたような何とも言えない表情を浮かべているのを見て、ダクネスは心中を察する。それは私も通った道だ。うんうんと一人頷いていた彼女は、とりあえずこの件にはあの姉妹を関わらせないようにしようと誓った。

 当然というべきか、どこかで何かの旗が立った音がした。

 

 

 

 

 

 

 ギルド酒場の扉が勢いよく開かれる。満面の笑みでそこに足を踏み入れたのは一人の少女。年の頃は大体十一か十二。そのくらいの年齢ならば本来こんなギルド酒場に来るものではないと言われる、あるいは思われるものなのだが、生憎とここはアクセル。既にコッコロという前例があるおかげで、珍しい客だな程度で済んでしまうわけで。

 

「意外と、騒がれませんね」

 

 金髪碧眼、歴史ある貴族の証でもあるその見た目も、どうやら問題ないらしい。少女は少しだけ首を傾げたが、まあいいかと笑みを浮かべる。

 そんな彼女の背後から声。男物の白いスーツを身に付けた女性と、どこか地味で幸の薄そうな魔法使いの女性が、困ったように少女を呼び止めていた。

 

「イリス様。あまり先に行かれては困ります」

「でもクレア、あなた達は私を送った後は帰るのでしょう? だったら、早いうちに一人で行動することに慣れておかないと」

「王都でも散々単独行動していらしたではないですか……」

 

 うぐ、と圧されたクレアに対し、魔法使いの女性――レインはジト目でイリス――アイリスにそう述べる。あははと笑って誤魔化した彼女は、まあそれはともかくと酒場を見渡した。

 

「ここでお姉様が冒険者としてクエストを請けているのですね……。聖テレサ女学院に行くまでの間、私も少し冒険者として生活するのも面白いかも」

「なりません」

「クレア……駄目?」

「ぐふぅ! ……ちょ、ちょっとだけなら」

「クレア様! ……いいですかイリス様、いくら街の暮らしに慣れるためとはいえ、そんなことをする必要はありません。ユース――イリス様のお姉様だってそれは同じで、冒険者というのはあくまで建前であって」

「いらっしゃいませー。って、あれ?」

 

 そのタイミングで一人のウェイトレスがやってくる。ギルドに用事なのか酒場に用事なのかを訪ねにやってきたその少女は、アイリス達を見て目を見開いた。

 一方、声を掛けられた方である三人はその少女を見て三者三様の反応をした。そのうちの一人、アイリスは同じように目をパチクリさせたが、すぐに笑顔になって彼女に抱きつく。

 

「お姉様!」

「わぷ。あぁ、今日がこっちに来る日だったんですね」

「はい! よろしくおねがいします、ペコリーヌお姉様」

「はい、よろしくおねがいしますね、イリス」

 

 二人揃って笑顔を浮かべる。たまたま会話を聞いていた酒場の面々は、何だペコリーヌちゃんの妹さんだったのかと納得し僅かにあった注目を完全に外した。

 そしてクレアと、レインである。

 

「ゆ、ゆ、ユースティアナ様……何を、なさっておいでなのですか……?」

「何って、見ての通り酒場のアルバイトですよ」

「さかばの、あるばいと……」

「クエストの報酬はパーティーメンバーの報酬ですからね。わたしの食事代は自分で稼がないといけませんから」

「成程、流石はお姉様です。私も見習って色々やらないといけませんね」

「――――っ」

「レイーン! レイン、しっかりしろ! 大丈夫だ、モーガン卿の無茶振りよりは健全だから! だから意識を飛ばすな! 私だけにするな!」

 

 何かを諦めたような表情で倒れたレインを、クレアが必死で叩き起こそうとする。が、現実逃避を極めたのか、彼女はピクリとも動かない。一人にするなと嘆くクレアの叫びが、虚しく木霊し続けていた。

 そんな従者二人を見て、ペコリーヌとアイリスは思わず顔を見合わせる。

 

『やばいですね☆』

「言ってる場合ですか!」

「うお、起きた」

 

 




これボスがドMでいいんだろうか……。


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その87

光のドMと闇のドM


 そんなわけで、対ドM対策本部の人員が二名増えた。毒をもって毒を制す、そのトップがドMというのも、ある意味相応しいといえるかもしれない。

 

「それで、どうだったの?」

 

 リオノールがダストに問う。何だかんだこの面子の中で一番街を徘徊するドM――クウカと付き合いの深いのはそこのダストとリーンだ。彼女に問われ、彼はめんどくさそうに頭をガリガリと掻いた。別にリーンが言えばいいだろうと横を見たが、どうやらリーンは言う気がないらしい。ほら、ご指名なんだから言ってあげなさいよと塩対応である。

 

「あー、めんどくせー。……見た限り、正気じゃなかったな」

「あいつに正気とかあるのか?」

「カズマ、今一応真面目な場面だから黙ってなさいよ。いや、言いたいことは分かるけど、すっごくよく分かるけど」

「あはは……。まあ、そうだね。でも、なんて言うんだろう。いつものトリップしてるクウカとはちょっと違うというか。変な方向に振り切れてるというか」

「おいリーン。お前が言うなら最初から言えよ」

 

 ダストの補足をしたリーンを、彼がジト目で睨む。知らんとばかりにその視線をガン無視した彼女は、そういうわけだからと皆に向き直った。

 少なくとも、異常事態である。つまりはそういう結論だ。

 

「そうか」

 

 はぁ、とダクネスが溜息を吐く。出来ればちょっと浮かれてるだけだとかそういうオチで済ませたかった。そんなことを呟きながら、彼女は手を胃の辺りに添えた。こころなしか、嬉しそうに見えた。

 

「おいドM」

「ふぁ!? な、何を言い出すのだいきなり!?」

「いやお前今胃痛に快感覚えただろ」

「そ、そんなことあるわけないだろう。私は領主代行として、そして冒険者仲間として、クウカの異常を対処せねばならんというのに」

「そういえば、王都でも何か途中からスッキリした顔してたわね……」

「ご、誤解だ。私はユースティアナ様が前を向いてくださったことを喜んでいただけでだな!」

 

 とりあえず説得力がないので、カズマとキャルは流すことにした。まあつまりそういうことなのだろう。そんな結論をはじき出した。

 そんな会話を聞いていたリーンが首を傾げる。カズマ達が王都に行っていたのは知っているが、ダクネスや第一王女と一体何の関わりがあったのだろうか、と。

 

「ん? ああ、王都で出会ったんだよ」

「王女様と?」

「そうよ。第一王女ユースティアナ様と、第二王女アイリス様の両方にね」

 

 元々そういう話で王都に向かったのだから当然なのだけれど。そんなことを続けながら、カズマもキャルも肝心な部分を伏せながらこの間の出来事を彼女に語った。その際、カズマはアイリス第二王女と勝負して見事勝ったのだとついでにドヤる。

 

「そういえばこないだ言ってたっけ。あれ嘘っぱちじゃなかったんだ」

「そういうことだ。ふ、自分の才能が怖い」

「……カズマ、あまり調子に乗ると、アイリス様の耳に入った時が怖いぞ」

「何言ってんだ、ほんとのことだろ? まあ、だとしても、冒険者がお姫様と出会うことなんざそうそうないんだから大丈夫だって」

「……だと、いいな」

 

 ちらりとリオノールを見た。どこか楽しそうに笑っている彼女を視界に入れ、ダクネスはまあいいかと諦めの溜息を吐く。胃痛が増すほど興奮するしな。口にも表情にも出さず、調査対象とそう大して変わらない思考を行っていた。

 

 

 

 

 

 

 ターゲットの現状を確認し終えたので、後は対策。となったのはいいが、一体全体どうすればいいのか分からない。とりあえず原因を突き止めるのが必要なのは間違いないが、そこに至るための取っ掛かりすらない状況だ。

 ここのところ変わったことがなかったかと思い返しても、アクセルで変な出来事は日常茶飯事なので思い付かない。

 

「そうだな、強いて言うなら」

「何かあったっけ?」

 

 キャルが首を傾げるのを尻目に、カズマはビシリと指を突き付ける。これが答えだと言わんばかりに、該当者を指す。

 

「ダストがモテている」

「……うん、そうね」

 

 キャルは何かを諦めたような表情で、とりあえずそうとだけ述べた。が、何かに気付いたのか視線をダストからその横に、リオノールに向ける。

 

「どうしたの?」

「カズマの世迷い言はともかく。リールさん、あんたが来た辺りからよね。クウカがおかしくなったの」

「きゃ、キャル!?」

 

 疑いの眼差しをリオノールに向けたキャルを見て、ダクネスが慌てる。違う、それは違うぞ。思わず色々ぶちまけかけて、彼女はその口を強引に塞いだ。

 対するリオノールは一瞬目を見開くと即座に不敵な笑みを浮かべた。あ、これ面倒になるやつだ。モニカとダストがそれを瞬時に覚ったが、ダクネスと同じく上手い説得の方法が見付からずに踏み出せない。

 

「私を疑ってる、ってことでいいのかしらね?」

「言わなきゃ分かんない?」

「大丈夫よ、ただの確認だから。で、と。んー……口で違うって言っても、信じないでしょうから」

「別に違うならそれでいいけど」

「え? 信じるの?」

 

 大分剣呑な空気を醸し出したのにあっさりと引き下がるキャルを見て、リオノールが面食らう。まるでいいようにあしらわれたようで、彼女としてはちょっと悔しく思えるほどだ。

 そんな彼女の心中など知らず、キャルはもう一度ジロリと睨む。違うというなら、信じてもいい。もう一度そう言いながら、彼女はだってと言葉を続けた。

 

「あんたペコリーヌの知り合いでしょ。あいつがあんたを信じてるなら、あたしも信じてあげる」

「……へぇ」

「でも、もしそうじゃなくて。今回のこれが悪意に関わることなら、あんたがペコリーヌを裏切ってるなら――」

「それはないわ。私はあの子と友達だもの。まあ、いたずらしたりからかったりはするけど。でも、向こうから裏切らない限り、私は彼女の敵にはならないわ、絶対に」

「――ぶっこ、え?」

 

 その真剣な表情と言葉に、キャルも思わず動きを止める。ダクネスも目をパチクリとさせていたが、ダストとモニカはそうだろうなと苦笑するのみ。まあそもそも推理が間違っているから当たり前なのだが。そんな野暮なツッコミは黙殺された。

 

「ねえ、カズマ」

「ん?」

「あたし、色々置いてきぼりなんだけど」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 リーンの言葉にカズマも同意する。少なくとも彼女よりは事情を知ってはいる立場であるが、彼の知っている部分で今の状況を理解するには面倒な思考が必要になるわけで。

 まあいいや、とカズマは理解を諦めた。とりあえず敵じゃないことだけ分かればいいと息を吐く。

 そんな彼の言葉を聞いていたリオノールは、グリンと二人に首を向けた。正確には、カズマではなくリーンを見た。

 

「で、も。ひょっとしたら、リーンさんにとっては――敵かも、しれないわねぇ」

「お嬢様……」

 

 ほほほほ、と笑うリオノールをモニカが呆れたように見やる。言われた当事者がイマイチ意味を分かっていないのが幸いか。あるいは、致命的な不幸かもしれない。

 ともあれ。ここにいる面子がどうというわけではないのを確認し終えたので、考察は再びふりだしに戻った。

 

「後は……セレナさん、か」

 

 カズマがポツリと呟く。が、ダストもリーンもいや流石にそれは、と手を横に振った。あれだけ酷い目に遭っていた人が犯人はありえないだろ。一部を除いた共通認識であった。

 そんなわけで考察は行き詰まり。再び街で情報収集と相成るのである。

 

 

 

 

 

 

「もうやだぁ……帰りたい……」

 

 アクセルの街をトボトボと歩く一人の女性。その名をセレスディナ。街に来てからそうなっていない日がないくらいお馴染みの姿になりつつあるそれだが、今日は少し毛色が違った。

 時折思い出したかのように顔を上げ、そして視線を彷徨わせる。近くに『何か』がいないことを確認すると、安堵の息を漏らすのだ。

 

「はぁ……このまま、あいつに見付からないように」

「ドSさま」

「ひぃ!」

 

 背後から声。びくりと反応したセレスディナは、恐る恐る後ろを振り向いた。そこには予想通り、少し前から興奮しっぱなしのクウカの姿が見える。

 

「く、来るなぁ!」

「はぅ、ち、力強い拒絶……。これは、お前はもういらないという意味なのでしょうか。クウカが何か至らないことでも……?」

「お前に満足する部分なんぞ欠片もねぇよ!」

「はぅ! そ、それは……『この程度で満足させたと思っていたのかこの雌豚!』と言っているのでは……?」

「言ってない、言ってないから!」

「も、申し訳ありませんドSさま。クウカ、まだまだ力不足でした……。あ、そうですね。失敗したら頭は下げるものではなく、スパッと落とすものでした。く、クウカ、今からこう、スパッと」

「お前の頭をスパッと落とせる武器があったら見てみたいわ!」

 

 ゼーハーと肩で息をしながら、セレスディナはへたりこむ。もうやだ、と小声で呟いている辺り、相当キている。

 一方のクウカ。こう見えてもセレスディナの傀儡の加護のリソース全てを吸い取っている状態で、当然ながら正気ではない。ただ常時発情しているように見えるだけで、実際は魔王軍幹部セレスディナの忠実な傀儡なのだ。魔王軍に属するものといっても過言ではないのだ。

 クウカがゆっくりと踵を返す。そうですか、と小さく呟くと、頬に手を当ててくねくねと悶えた。

 

「つまりクウカ一人だけでは出来ないプレイをご所望なのですね……! そういうことでしたら、クウカはまだ見ぬ境地に至るためにお手伝いをさせていただきますぅ……!」

「違うよ……絶対違うよ……」

 

 項垂れたまま小さく呟く。もはや口調も若干おかしい。お任せくださいとどこかに消えていくクウカの背中を見ることもなく、彼女は乾いた笑いを上げた。

 そうしてひとしきり壊れたように笑っていたセレスディナは、クウカがいないという事実を認識して顔を上げた。ヨロヨロと立ち上がると、念入りに周囲を警戒する。視界にドMは映っていない。人通りも少ない道には、先程の彼女の醜態を見ていたような人物もいないであろう。

 はぁ、と息を吐いた。目に光がほんの少しだけ戻り、何をするか分からないが、とりあえずアレがいないという事実だけで心が軽くなる。

 

「あいつの傀儡化を解ければ一番いいんだけどな……」

 

 とはいえ、これは一時凌ぎだ。始末も出来ない、大した命令も下せない、命令に逆らうことで発生する苦痛は悦ばせることしかない。とんでもない不良債権が勝手に四六時中ついてくるこの状況をどうにかしなくては、彼女に未来はない。

 

「そんなお客様に最適なご商品があるのだが、いかがかな?」

「最適な商品?」

 

 横合いから声。ぐるりと首を動かし、一体どんなのだと取り繕うのも忘れた素のテンションのままでそれを見る。どうやらポーションのようで、普通のものとは少し色合いが違うらしく、何だかやたらとキラキラしていた。

 

「これは?」

「うむ。これは何ともマイナーな状態異常である『傀儡』を解除するポーションでな。もはや使われることもないであろうと生産も禄にされておらん貴重品だが」

 

 そう言って、ポーションを持っている相手はニヤリと笑う。視線をそこに固定しているため、自身の顔を見ていないセレスディナを見て、笑う。

 

「それを使えば、汝の問題は解決するであろう」

「あ、ああ。それが本当なら、ぜひともこれを――」

 

 一筋の光明を見た。そんな表情をしながら、彼女はゆっくりと視線を上げる。そのポーションを用意した商人を視界に入れる。そうして、目を見開き絶句した。

 

「フハハハハ、どうした? ここのところドMに纏わりつかれ精神的に限界なドマイナープリーストよ。出会ってはいけないものでも見たような顔をしておるぞ」

「出会ってはいけないものを見たからだよ! な、何でお前がここに!?」

 

 魔王城から出掛けたきり帰ってこなくなってそこそこ経つ。討伐されたという噂は出ていたが、まさかそんなと確認をするのを怠っていた。ベルディアやハンスと違い、大々的に公表されなかったからだ。

 

「何故とは? 我輩はアクセルの雇われ魔道具店員である。何もおかしなところはあるまい」

「なんでだよ!」

 

 そう言って笑った仮面の魔道具店員にセレスディナは盛大にツッコミを入れる。おかしなところしかない、と叫ぶ。

 何で魔王軍幹部のバニルがアクセルの雇われ魔道具店員をやっているのか。彼女の疑問はここに集約された。

 

「魔王軍幹部バニルは討伐されたぞ。今の我輩の雇い主はウィスタリア家の令嬢アキノ、つまりベルゼルグ王国の大貴族の下についているというわけだ」

「なんでだよ!」

 

 ツッコミを入れた後、ふと思い出す。そういえば、アンデッドと悪魔が街の大貴族の屋敷に居候していたり、魔道具店を経営していたりする、そう紹介されたことを。

 

「お前かよ!」

「はてさて。チンピラへの発言がいちいちブーメランになっている小僧の紹介についてはノーコメントを貫かせていただくとしてだ」

 

 手に持っていたポーションを揺らす。チャプリと音がするそれをセレスディナの眼前に掲げると、商談の続きといこうではないかと笑みを浮かべた。

 

「汝、このポーションをご所望かな?」

「……くれるのか?」

「我輩は魔道具店員であるからな。お客の要望を出来るだけ叶えるのが仕事である」

「なら――」

「が、しかしだ」

 

 ひょい、とそれを彼女から離し、仕舞い込む。先程とは違う、どこか冷酷さを感じるような空気を醸し出しながら、彼はニヤリと口角を上げた。我輩は、店員である前に、悪魔でもある。そう述べて、一枚の紙を取り出した。

 

「な、なんだよ」

「なに、ちょっとした取引だ。我輩はここで働いている身、汝の報告でこの街にいることがバレると少々面倒なことになるのでな」

「黙ってろ、ってことか?」

「我輩の邪魔をしないように、というだけだ」

 

 どうする、とバニルは笑みを浮かべたまま問う。ここでその要求を突っぱね魔王軍に報告すれば、間違いなくここは襲撃の対象になる。その場合、目の前の魔王より強いと噂される仮面の悪魔が出張ってくるのは間違いない。直接攻撃はせずとも、間接的に色々な嫌がらせをする可能性もある。

 何より、まずその場合ドMが処理出来ないので情報を持ち帰ることすら出来ない。

 

「どっちに転んでも報告できないじゃねーか……」

「我輩としては元魔王軍幹部がいることを伏せてもらえればそれで構わんぞ」

「…………分かった」

 

 念の為バニルの用意した紙に書かれている契約書の文面を見る。先程彼が言ったように、この街にいる元魔王軍幹部の情報を漏らさぬよう約束する旨が記されていた。それ以外、つまり勇者の末裔については報告しても問題なし、その結果アクセルが襲撃されても契約違反ではないということになる。

 よし、とセレスディナはその契約書にサインをした。バニルのことを伏せるだけでこの街から脱出できるのならば安いものだ。そう判断したのだ。

 

「ふむ、確かに。これで我輩との契約が結ばれた。悪魔は契約は決して破らぬが、その代わり、契約違反にも厳しい。そこは重々承知だろうがな」

「ああ。……で、いいからポーションをくれよ」

「十万エリスになりまーす」

「金取んのかよ!」

「当たり前であろう、自身が信仰する女神から最近少し距離を取られているダークプリーストよ。あちらは我輩との個人的な契約、こちらは魔道具店との商売だ」

「くそったれが!」

「フハハハハ、先程から丁度いい悪感情をくれるので我輩も気分がいい」

 

 叩きつけるように財布からエリス紙幣を出したセレスディナは、バニルから傀儡化解除ポーションをひったくると即座に反転し去っていった。何かやらかそうとしているクウカを見付け出し、ポーションを使う気なのだろう。

 そんな彼女の背中を見ていたバニルは、改めて契約書を眺めた。そこに書かれていることを破った場合、契約違反に厳しい悪魔は、当然。

 

「さて……。貧乏店主と苦労人研究所員の顔でも見に行くとするか」

 

 ウィズはともかく、ちょむすけには。正確にはあの研究所の面子には少し提案をした方が面白い。丁度いい具合に見通した先を思い出しながら、鼻歌交じりでバニルはアクセルの街を歩く。

 仮面に覆われているが、その表情は収穫が待ち遠しいとご機嫌な、まごうことなき悪魔の顔であった。

 

 




これまで以上にしょうもないボス戦になりそう


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その88

ドMレギオン


「ふむ。エルフ娘よ、少しいいか?」

 

 ウィズ魔道具店。そこで備品チェックをしていたバニルは、そう言ってコッコロに声を掛けた。どういたしましたか、と彼のもとに向かうと、少しお使いを頼みたいと述べる。勿論断る理由などなく、お任せくださいと彼女は答えた。

 

「ああ、そうだエルフ娘よ」

「はい?」

「緊急でもないのでな、そこまで急ぐ必要はないぞ。なんなら少し寄り道してもいい。友人の様子など見てきても構わんぞ」

「それは……。ふふっ、分かりました。ありがとうございます、バニルさま。では、買い出しがてら、少しのんびりとさせていただきます」

 

 そう言ってペコリと頭を下げたコッコロは、バニルからメモを受け取り店を出ていく。そんな彼女を見て満足そうに笑みを浮かべたバニルは、さてではこちらも作業を続けるかと視線を棚に戻した。

 それをジト目で見ているのが雇われ店主のウィズである。

 

「えっと……バニルさん、何か足りないものありましたっけ?」

「余裕を持つのは大事だ。もっとも、オーナーのいない貧乏魔道具店のままであったのならばそんな世迷い言など言えなかったであろうがな」

「何で流れるように罵倒するんですか!?」

「無論、汝の商才が死滅を通り越して腐りきっているからだが」

「腐ってないですけどぉ! ちゃんと体保ってますから!」

 

 どこか的外れの反論をするウィズに視線を向けたバニルは、まあそんなことはどうでもいいと彼女の文句を端に追いやった。そうしながら、見えている口元を三日月に歪める。

 

「……コッコロさんに危害を加えるつもりなら、バニルさんでも怒りますよ」

「たわけ。あのエルフ娘に危害を加えても我輩に得が何もない。そもそも、あやつは今回の件では被害者になりようがないからな」

「やっぱり何か巻き込むつもりなんじゃないですかぁ!」

「やかましいぞ商才アンデッド店主。そもそも、汝は勘違いをしている」

 

 持っていたチェック表の記入を終えたバニルは、それをウィズに押し付けながらそんなことを言う。確認しつつ店主のサインを書いていた彼女は、しかしどうにも彼の言葉の意味が分からず首を傾げていた。

 勘違い、とバニルは述べた。だが、一体何をどう勘違いしているのかさっぱりなのだ。

 

「元々エルフ娘はこれから起こる騒動を心配していた。だから、巻き込まれるというのは汝の勘違いだ」

「成程……っていやいや! 騙されませんからね! 騒動に突っ込ませたのは確かじゃないですか!」

「では聞くが。あのエルフ娘の心配事が騒動になっており、それが蚊帳の外であったのならばあやつはどうなる?」

「……うぐぅ」

 

 間違いなくそちらの方が気に病む。それが分かったからこそ、ウィズもぐうの音しか出なかった。そういうわけだ、とバニルは締め、次いで笑みを浮かべながら彼女に向かって指を突き付けた。

 

「さて、それはそれとして。一人では死んでいないと生きていけない店主よ、少し汝にもやってもらうことがあるのだが」

「……なんですか」

「先日紅魔の里へテレポートを頼んだだろう? 今日も頼みたい」

「……ネネカさん達と一体何を打ち合わせてるんですか?」

 

 ジト目でバニルにそう問い掛けたウィズに向かい、心配するなと彼は返す。少なくとも悪事ではないと笑みを浮かべる。

 

「商談である。悪魔のな」

 

 はぁ、と彼女は溜息を吐く。帰りは向こうに頼んでくださいよ。そう続けると、ウィズはバニルをテレポートで目的の場所まで送り届けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 いつものようにプリンをパクついているミヤコがそれに気付いたのは偶然である。横にいるイリヤが怪訝な表情を浮かべていたからだ。

 

「イリヤ? どうかしたの?」

「うむ。……妙な気配が充満しておる」

 

 悪魔の嫌う神気に近い気もするが、それにしては粘ついて淀んでいるような。そんなことを思いながら視線を彷徨わせていたが、どうにもその中心が捉えきれない。まるで、そんなものは元から存在していないかのようである。

 

「ダクネスの言っていた異変の原因はこれか……?」

「何か最近ドタバタしてるやつのことなの? クウカがおかしいとかなんとか」

「確かに、こんなものが街を漂っていては影響を受けるものも少なくはあるまい。……元からおかしい奴ならば特に、な」

「さらっと酷いことぶっちゃけたの」

 

 あむ、と残っていたプリンを平らげたミヤコは、それで一体どうするのかとイリヤに問うた。聞かれた方もそこについてはまだ未定であったのか、少しだけ考え込む仕草を取る。

 

「しかし、何故急に……? 先日まではここまであからさまなものはなかったはずじゃが。何かきっかけでもあったのかのぅ」

「ミヤコはどーでもいいの。まあ問題なら、とりあえずダクネスに報告すれば解決なの」

「お主はお気楽じゃのう。まあよい、確かにそれもそうじゃ」

 

 現状の報告をして、こちらで勝手に動くのは避けたほうがいい。そう結論付けたイリヤは、ミヤコの言う通り踵を返しダスティネス邸へと歩みを進めた。

 ダクネスのいる執務室は、今日は他の面々はいなかったようで、彼女だけが報告書とにらめっこをしている。そんな彼女を見てやれやれと肩を竦めたイリヤは、少し貸せと溜まっている書類を奪い取った。

 

「うぉ、なんだイリヤか」

「来客に気付かんほど根を詰めていてはまともな判断も出来まい。ほれ、少しリラックスするとよいぞ」

「……すまない」

 

 ふう、と息を吐き椅子に体を預けたダクネスは、自身の疲労をそのまま快楽に変えるようににへらと表情を歪めた。イリヤもいつものことなので特に何も言わない。これだから毎度毎度馬車馬のように働かされているのだと内心呆れているだけだ。ちなみに動くのも動かすのもダクネス自身である。ただのワーカーホリックだ。

 

「それで、一体どうした?」

「ああ、そうであったな。先程ミヤコのプリンに付き合って街を歩いていたのじゃが」

 

 イリヤは自身の感じたそれをダクネスに述べる。静かにそれを聞いていたダクネスは、はっきりと分からないという彼女の言葉を聞いてもいや十分だと頷いた。

 悪魔、それも全力を出せないとはいえ公爵級の存在が言うのだから、そこに間違いはあるまい。

 

「ありがとうイリヤ。流石だ」

「ふふん、そうであろう? ほれ、もっと褒めるがよい」

 

 イリヤの好む悪感情、賛美と称賛を交えつつ、ダクネスはしかしそうなるとと表情を引き締める。今回の騒動はかなり厄介なものが関わっているのではないか、と。

 そのタイミングでにわかに部屋の外が騒がしくなる。一体どうしたと視線をそこに向けるのと同時、勢いよく扉を開けてドM対策メンバーが流れ込んできた。

 

「ダクネス! 大変よ!」

 

 リーンがまず口火を切る。一体何が大変なのかと聞き返すと、今度はキャルが頭痛を堪えるように頭を押さえながら口を開いた。

 街がドMに汚染された、と。

 

「……すまない。私の聞き間違いかもしれないので、もう一度言ってもらえるか?」

「だから! 街がドMに汚染されたんだってば!」

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 本音である。言葉の意味は分かるが、理解が出来ない。隣のイリヤを見るが、思い当たる節はありつつ納得が出来ないとでも言うような表情で悩んでいた。

 

「貴公の気持ちはよく分かる。正直私も深く考えたら負けなやつだと思っているのだが」

 

 はぁ、とモニカが溜息混じりでそう述べる。残っている面々、カズマとダストでは恐らく正確な答えは返ってこず、リオノールは面白おかしく脚色しそうなので必然的に彼女に頼るしかなくなるわけで。

 

「ダクネスに馬鹿にされると無性に腹立つな」

「だな。まあ俺としちゃあんなもんの報告したかねぇから別にいいけどよ」

「それな」

「凄かったわねー、あれ」

 

 野次馬の言葉がモニカの説明の前に入る。やっぱり聞くのやめようかな、とダクネスはほんの少しだけ思った。が、貴族として、領主代行として、問題から背を向けるわけにはいかない。

 

「……一応言っておくが、ふざけているわけではないぞ」

「勿論だ。それでモニカ殿、街の状況は」

「ああ。……何と言ったらいいのか。例の問題児――クウカと似たような言動をする者が街に溢れている」

「……んん?」

 

 ちょっと耳がおかしくなったのかな。思わずそんなことを考えたダクネスであったが、いやホントなんだってばと詰め寄るリーンとキャルの姿を見て現実逃避をやめた。どうやら本当に、溢れているらしい。ドMが。

 

「えっと、つまり、何だ。アクセルがドMの街になったと、そういうことか?」

「そういうことになるな」

 

 神妙に頷くモニカを見て、ダクネスは頭を抱えた。何なのだこれは、どうすればいいのだ。そんなことを思いながら、隣のイリヤを見る。紅茶を嗜んでいた。ノータッチで行くらしい。

 

「正直プリン狂いの方がずっとマシだったな」

「かもしんねーな」

 

 街の惨状を思い出しながらカズマとダストが遠い目をする。そうしながら、カズマはふと思い出したように視線を戻した。ダストが何だどうしたと眉を顰める中、彼はマズイと目を見開く。

 

「原因が何だか分からないってことは」

「っ!? ペコリーヌとコロ助!」

 

 気付いたのだろう、キャルも弾かれたようにカズマを見ると、こうしちゃいられないと部屋を飛び出す。おい待て、という彼の制止も振り切り、あっという間に見えなくなった。

 ああもう、とカズマは頭を掻く。ダクネスに視線を戻すと、俺もあいつを追いかけると彼女に述べるために口を開き。

 

「……アイリス様が」

 

 青ざめた顔をしたダクネスを見た。は、と思わず間抜けな声を出したカズマに向かい、彼女は思い切り詰め寄るとその肩を掴む。

 

「カズマ! 急いでユース――ペコリーヌさんを捜してくれ! 恐らくそこにアイ――イリス様もいるはずだ!」

「は? え? ちょっと待て。いるの? あいつ」

「ああ。数日前から聖テレサ女学院に留学するため事前準備としてアキノの屋敷に滞在している。だが、準備といってもそこまで忙しくはないだろうから」

「……間違いなく、ペコリーヌんとこ行ってるな」

 

 そして、現在の街はドMウィルス(仮)が蔓延している。感染するのかどうかは不明だが、もしそうだった場合。

 

「……まあ大貴族の一つがドMだし、別にいいんじゃね?」

「私が良くても王妃様が許さんのだ!」

 

 王妃はあのクリスティーナと真正面から言い合える相手だ。そう続けられると、カズマとしてはやべーやつだという認識しか出てこない。加えるとペコリーヌとアイリスの母親である。ヤバさ二乗だ。やばいですねとか言ってられる余裕もない。

 

「ああ、しかし私一人が責められるのならばそれはそれで」

「よし、行ってくる! お前らはその間に対策頼んだ」

 

 しゅた、と軽く手を上げると同時にカズマはキャルと同じように猛スピードで屋敷を出ていった。元々その予定だったのは間違いないが、その動きがどうにも逃走を企てたようにしか見えないのは、彼の持つ気質のせいか。

 

「よし。じゃあカズマ君の言ってたように対策考えましょう」

「動じねーな……いや分かってたけど」

「お嬢様にとってはいつものことだからな」

「何か凄いわね、リールさん」

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はっ……、は、はぁ……」

 

 切れている息を気にすることもなく、セレスディナは足を動かす。止まったら、終わりだ。見付かったらお終いだ。そんな焦燥感が彼女をひたすらに突き動かしていた。

 腰のポーチには耐衝撃を備えた入れ物に包んだポーションが入っている。十万エリスで購入したのだから無駄には出来ない。そんな理由などではなく、これが自分の中で繋ぎ止めている唯一のものだからだ。これが割れた時、恐らく彼女も割れる。

 とはいえ、それが希望足り得るかと言えば答えは否。手にしたその時は確かに希望であった小瓶は、最早頼りない蜘蛛の糸のような細さでしかない。

 

「なんでっ……なんで」

 

 ゆらゆらと焦点の定まらない瞳を動かしながら、セレスディナは現実を認めたくないと頭を抱えた。自身の傀儡の加護、それは意図しない状況で全ての容量を持っていかれたはずだった。

 その容量を全て使って、一人のドMが狂気に飲まれたはずだったのだ。

 

「……じゅるり」

「……ぐふふ」

「……イイ」

 

 彼女の身を隠している建物と建物の隙間から見える街の住人が、クウカと同じような言葉を呟きながら、どこか恍惚とした表情で闊歩しているのが見える。一見すると何だか分からない状態だが、アクセルの街で、変人窟に触れたことのある者ならばすぐに理解出来る。

 そう、あれはドMだ。街を歩く人々が、ドMへと変貌し始めているのだ。

 

「何でだよ……あいつが増やしてるのか!?」

 

 傀儡の加護を使っているのならば、あれはクウカの傀儡なのか。そんなことを考えはしたが、そんなはずはないと振って散らす。レジーナ教徒でもないドMが、女神の加護を掌握することなどありえない。

 というかもしそうだった場合レジーナ教徒の傀儡という名前のドMが大量生産されることになる。本当にそれは勘弁して欲しい、と非常に嫌そうな顔をしている復讐と傀儡の女神の姿を幻視しつつ、セレスディナは違う答えを必死で探した。カチカチと噛み合わない歯を鳴らしながら、必死で、別の、なんとか出来る前向きな考えを。

 

「ドSさまぁ……」

「ひぃぃぃ」

 

 クウカの声ではない。だが、確かに聞こえた。自身の呼称として、あのドMしか使っていないそれが耳に届いた、

 彼女が思いついたもう一つの答え。それを補強するようなその声は、しかし全く嬉しくない。むしろ、絶望が広がるばかりだ。

 

「……あいつら、全部あのドMってことか……?」

 

 ゆっくりとドMの闊歩する場所から離れる。慎重に行動する必要がある。自身の仮説が正しかった場合、少なくとも彼女は誰一人として見つかる訳にはいかないからだ。

 感染しているのではない。増殖しているのだ。あくまでセレスディナの傀儡はクウカ一人。容量を全て強制的に使って奴隷になっている彼女だけだ。

 いうなればスペア。クウカのドM傀儡に何らかの異常が発生した場合、誰かのドMを吸収し復帰する。そういうシステムを構築したのだ。その副産物として、思考がクウカのようになっただけなのだ。

 それは同時に、セレスディナの持っているポーションが現状ほぼ無意味になったことを意味する。何らかの方法で散らばったクウカのドMの欠片を再び一つに集めない限り、このポーションでは解呪出来ない。

 

「どうしろってんだよ……」

 

 行き止まりになっている場所の隅でうずくまりながら、セレスディナは天を仰ぐ。憎たらしいほどに空は青く、人々もきっとこんな日には家に閉じこもらず外へ散歩にでも出掛けたくなるであろう。

 そしてみんなドMになるのだ。

 

「レジーナ様……どうかこの、哀れなあたしをお助けください……」

 

 必死で祈る。こんな訳のわからない場所で、意味の分からない状況で終わってしまうようなことがないように、彼女は信じる女神に祈りを捧げる。

 女神レジーナが、そっと目を逸らしボッチを拗らせている別の信者の方を気にしだしたことなど、知る由もなく。

 

 




クウカ(群体)


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その89

注:原作キャラが特殊性癖になる描写があります。覚悟してもらうか諦めてください。


「……んー?」

 

 空気の違いを感じ取ったのは偶然ではない。というより、気付かない方がおかしい。ペコリーヌはギルド酒場のアルバイトを行いながら眉を顰めた。

 違う。昨日までとは間違いなく。そんなことを思いはするものの、では具体的に何が違うかといえば。

 

「……お客さんたち、どうしちゃったんでしょうか」

 

 おかしい。具体的に何がおかしいかといえば、これははっきりと断言できる。

 頭だ。

 

「お姉様!」

「うひゃ!?」

 

 背後から声を掛けられたことで思わず変な声が出る。振り向くとこの間からのお約束であるかのようにアイリスがそこに立っていた。傍らには疲れた様子のクレアとレインの姿も見える。思った以上にアイリスがポンポン出歩くので、心配性のクレアが時間を作っては王都からアクセルに飛んできているのだ。レインはとばっちりである。

 

「びっくりしたじゃないですか、も~」

「だって、お姉様さっきから呼んでも返事をしてくれないのだもの」

「……えへ」

 

 えへってなんだよ。そんなツッコミを入れてくれる相手は生憎存在していない。まあそれは置いておくとして、と彼女はアイリスに向き直った。

 

「今日、何だか街の様子おかしくないですか?」

「あ、やはりお姉様もわかっていたのですね」

 

 ううむと難しい顔をしながら、アイリスは酒場を見渡す。一見すると普段通りに思えるその空間に漂う空気に、彼女は、否、彼女達は覚えがあった。

 

「……ララティーナに近いものを、感じます」

「そうですよね~……」

 

 何がとは言わない。言ったら色々と駄目な気がした。深く考えたら負けな気がした。

 こほんと咳払いを一つ。二人の見解が一致しているということは、間違いなく気のせいではない。何かが起こっているのだ。街の住人が突如ドMに目覚めるような、何かが。

 

「まさか、魔王軍の……?」

 

 アイリスの表情が強張る。もしこれが魔王軍の襲撃だとしたら、この街の内部に入り込まれているということだ。王族として、そんな状況を捨て置けるはずもなし。

 そんな真剣な表情をしている彼女とは裏腹に、ペコリーヌは何ともいえない表情であった。その可能性がないとは言わない。言わないが、この街はそれ以前にどうしようもない事件を起こす原因が多すぎる。

 

「とりあえず、もう少し調査をした方が――」

「アイリス様ぁ!」

 

 がばりとクレアがアイリスに抱きついた。何事だと目を見開くと、彼女が何とも悲痛そうな顔を浮かべている。どうやら突然の行動だったようで、レインも驚きで目を見開いていた。

 

「く、クレア!? 何を――いえ、それよりも、私はイリスです、間違えないでください」

「申し訳ございませんイリス様。取り乱した挙げ句、そのような間違いまで」

 

 そっと体を離すと、クレアはその場で跪いた。そうしながら、大きく息を吐くと真っ直ぐに目の前の主を見やる。

 

「従者として、あるまじきことです。どうか……この私に罰を!」

「く、クレア……?」

「イリス様! 私を、罰してください! 踏み付けて、叩いて、罵倒してください!」

「クレア!?」

 

 その顔は間違いなく興奮していた。主からの嗜虐を望んでいた。そう、まるで。

 

「ど、どうしたのですかクレア!? そんな酷い、ララティーナみたいなことを言い出して!」

「その言い方もどうなんですか……?」

 

 出来るだけ傍観者に徹しようと思っていたレインが思わずツッコミを入れる。聞こえていたペコリーヌはあははと苦笑していた。

 そうしながら、彼女はレインへと近付く。一体全体何がどうなった、そう尋ねると、レインも非常に難しい顔をした。

 

「申し訳ありません。私もよくは分からなくて……。クレア様はいつものようにイリス様に近付こうとした酒場のお客を威嚇していたのですが、急に」

「急に……?」

「はい。なんというのでしょうか、まるで何かに感染したかのような」

「感染、ですか……」

 

 レインの言葉に考え込む。そんな事態を起こすものが一体どれほどいるかと言われると、アクセルでは割と、と答えられる。が、それでも少しは絞れるはずだ。

 

「ん~。でもアキノちゃんの方だとすると真っ先にイリス達が被害に遭うわけですし」

「さらりと物凄く物騒なこと言われませんでしたか!?」

「となるとやっぱりネネカ所長の方でしょうか……。あれ、でも今研究所の人たちは紅魔の里に行ってるって話だから」

「ユースティアナ様!? この街おかしいのでは!?」

「とりあえずダスティネス邸に行ってみましょうか」

 

 死にそうな顔をしているレインを余所に、ペコリーヌはとりあえず事態の把握をするための算段を立てていく。こういう時いつもの面子がいるともう少し楽なのだけれども、と考え、思った以上に自分がパーティーメンバーを頼りにしているかを自覚し頬を掻いた。

 

「あぁ……やはり私の話など聞いてくれないのですね……ふ、ふふ、ふひ」

「……? れ、レイン?」

 

 よし、と考えをまとめた辺りで隣の様子がおかしい事に気付いた。視線を向けると、泣きそうな顔で、しかし頬に手を当てて何やら呟いている。

 その顔は、どこか嬉しそうであった。

 

「木っ端貴族だからと邪険に扱われ、地味だの空気と言われ放置され……はぁん! そう、これは……これは! ご褒美! じゅるり」

「うひぃ!」

 

 思わず飛び退る。知り合いが突如ドMに目覚めたのだ。普通はドン引きである。ナチュラルボーンドMの知り合いが二人いるとはいえ、急激な変化を受け入れられるかといえば答えは否だ。

 が、それはそれとして。先程の会話を思い出す。ドMに変貌する直前のレインが言っていたのだ。まるで、何かに感染したかのような、と。

 

「っ!? アイリス!」

「お姉様!」

 

 クレアを振り払ったアイリスがペコリーヌに駆け寄る。振り払われたクレアが嬉しそうに声を上げていたが、とりあえず聞かなかったし見なかったことにした。

 

「このままここにいては危険です! 逃げましょう!」

「は、はい。どこに向かいますか?」

「……アメス教会に! あそこなら」

 

 きっと、誰かいてくれる。そんな一縷の望みを抱きながら、ペコリーヌは妹の手を引いて酒場から飛び出した。街の住人も同じような状態になっているのをそこで確認し、無事な者が視界にいないことで眉尻を下げる。

 ならばせめて、妹だけは。そんな決意を持って、彼女はアイリスの手を強く握った。

 

「あっ……お姉様……痛い……痛くて、イイ、です……」

 

 そのせいだろうか。アイリスの小さく零したそんな言葉はペコリーヌの耳に届かず、どこか上気した表情もまた、気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

「コロ助!」

「キャルさま!」

 

 街で備品の買い出しに向かったコッコロが見たのは、アクセルがドMに汚染されている姿であった。思わず荷物を取り落し、しかし即座に我に返るとそれを拾い駆け出す。見渡す限り、街を走り回っても、正気であるものは殆どいない。数少ないその人物も、ドMに中てられたのか次第に加虐嗜好へと変貌していった。

 それでもコッコロは走る。走って、走って、誰か無事な人を。知り合いを、仲間を、友人を。大切な、大切なあの人達を見付けなくては。それだけを考えて、走る。

 そうしてアメス教会へと至る道の途中、彼女は出会った。こちらを心配して駆け寄る、猫耳少女に。息を切らせて、ゼーハー言いながらコッコロの無事を喜ぶ彼女に。

 

「よかった……あんた、無事ね?」

「は、はい。わたくしは大丈夫でございます。しかし」

「ああ、大丈夫。カズマは平気よ」

 

 キャルの言葉にコッコロは胸を撫で下ろす。が、しかしすぐに気付くと顔を上げた。カズマは、と彼女は言った。それはつまり。

 

「ペコリーヌ、さまは……」

「……分かんない。酒場に行ったら、ドMになったアイリス王女んとこの従者二人がいただけだったわ」

 

 酒場にその二人がいたということは、そこにペコリーヌと、そしてアイリスがいたのだろう。そしていなかったということは、そこから避難したか、あるいは。

 

「ペコリーヌさまは、きっと、大丈夫です」

「コロ助……」

 

 そんなキャルの心中を察したのだろう。コッコロは彼女を真っ直ぐに見てそう述べた。自分はそう信じていると、言ってのけた。

 そうね、とキャルも少しだけ表情を戻すと言葉を返す。あの腹ペコ王女がそう簡単にドMに感染するはずがない。そう頷きながら、とりあえず教会に向かおうと歩みを進めた。これが精神を侵す呪いの類ならば、アメス教会ならば多少の防壁になるはずだからだ。

 

「多分ペコリーヌも同じことを考えてるはずよ。だから、行けばきっと」

「はい」

「ま、まあ、あたしはそこまで心配してないけどね。なんたってあいつには《王家の装備》なんていう神器が――」

 

 言葉が途中で止まった。そして、目を見開くと服を探る。ない、教会に置きっぱなしだ。そんなことを言いながら、キャルは突如全力疾走をし始めた。

 

「ど、どうされたのですかキャルさま!?」

「あいつ今ティアラ付けてないんだった!」

「――あ。と、いうことは」

「ヤバいわよ!」

 

 コッコロが支援を掛ける。速度を上げ、二人は猛烈な勢いでアメス教会へと駆け抜けた。

 そうして見えた教会の建物の近く。そこに、人影が二つ。

 

「あ、キャルちゃん! コッコロちゃん!」

「ペコリーヌ!」

「ペコリーヌさま!」

 

 おーい、と手を振るペコリーヌを見て安堵の表情を浮かべた二人は、急いでそこへと駆け寄った。そうしながら、そっちは大丈夫なのかと彼女に問う。ついでに、静かに佇んでいる彼女の妹へも視線を向けた。

 

「アイ、こほん、イリスさまはどうなさったのですか?」

「そうね、何だか様子がおかしいけど」

「……流石にショックが大きかったみたいです」

 

 自分の傍らにいてくれたクレアとレインがあんなことになってしまい、そして街も喘ぎ声が飛び交う地獄絵図。いくら強者として育てられた王族とはいえ、彼女はまだ年端も行かない少女だ。気持ちを立て直すには、少し、幼い。

 

「そうでしたか……」

「……どうしよう、ツッコミ入れたいけどそんな場面じゃない」

 

 アイリスを見ながら眉尻を下げているコッコロは彼女より年下である。アクセルで暮らしていると感覚が麻痺してしまうが、普通に考えてコッコロがこういう状況で宥める側に回るのは明らかにおかしい。

 が、そこまで空気を読めない発言をするのもなんなので、キャルは聞こえないように呟くのが精一杯であった。

 

「……いえ、大丈夫です。ご心配おかけしました」

「大丈夫ですか?」

「はい。申し訳ありませんお姉様」

 

 アイリスの言葉にペコリーヌはゆっくりと首を横に振る。小さく笑みを浮かべると、むしろ少し安心したと彼女に述べた。ちゃんと、自分が姉をやれる余地が残っているのにホッとしたと、微笑んだ。

 

「さ、お姉様に存分に甘えていいんですよ」

「……お姉様」

 

 ぶわ、と思わず涙が出る。もう何のしがらみもなく、大切で大好きな姉がそんなことを言ってくれる。それがアイリスには凄く嬉しくて、そして同時に自身の未熟さが情けなくて。

 

「お姉様……! 私は、私は駄目な子です……!」

「よしよし。大丈夫ですよ、わたしは、そんな駄目なアイリスも大好きですから」

「ありがとうございますお姉様……。でも私、こんなに駄目で……ですから……」

「ふふっ……いいんです。たまにはこうやってお姉さん風を吹かせさせてくれたってバチは当たりま――」

「ですから、お姉様……私を、私を」

「……アイリス?」

「私を、お仕置きしてください!」

 

 凄く、興奮する。上気した頬を隠すことなく、どこか恍惚な表情でペコリーヌを見上げると、アイリスはさあどうぞとばかりに目をつむり腕を広げた。ばっちこい状態である。何をばっちこいなのかは第二王女の名誉のため黙しておくが。

 

「さあ、お姉様! 私にお仕置きを!」

「アイリス!?」

「痛くても大丈夫です! お姉様からのお仕置きならば、私は受け入れます! いえ、むしろ……嬉しい、です……。じゅるり」

「アイリィィィィス!」

 

 ペコリーヌが絶叫した。こんな状況でもなければ非常に珍しい彼女のリアクションと表情なのだが、そんな呑気なことを言ってられるはずもなし。ドMと化してしまった妹を前に、ペコリーヌがふらりとよろめく。

 

「ペコリーヌ!」

「……キャルちゃん。わたし、わたし、どうしたらいいんでしょう……」

「しっかりしなさい! 感染する呪いかなんかなら、原因を突き止めて潰せば治るわよきっと」

「そ、そうでございますペコリーヌさま! わたくしたちで解決して、皆様を元に戻すのです」

「コッコロちゃん……」

 

 縋るような瞳に光が戻っていく。そうですね、と小さく呟くと、興奮した状態でこちらからの責めを待っているアイリスをゆっくりと抱きしめた。

 ごめんなさい、すぐに元に戻してあげますから。そう言って彼女から離れると、ペコリーヌは改めて教会へ。

 

「はっ! これは、お姉様からの放置プレイですか! それはそれで……イイ!」

「……キャルちゃ~ん……」

「泣きそうな顔すんな!」

 

 てい、と軽く叩いたキャルは、ほら運ぶわよとずんずん歩く。コッコロもそれに続き、アイリスを連れたペコリーヌがその後に続く。

 そのはずであったが、何故かペコリーヌが動きを止めた。どうしたのよ、と振り返ったキャルは、彼女がゆっくりとこちらに来たのでまったくと息を吐く。ぼーっとすんな、そんなことを言いながら再度視線を前に向けたその時。

 

「キャルちゃん。わたし、わたし」

「うひゃぁ! な、何!? 何でいきなり抱きついてんのよあんた!」

「わたし、もう、限界です」

「へ? げ、限界? 何が? あ。お腹? 教会の中でとりあえず」

「違います。お腹ペコペコより、もっと、限界なんです」

「ペコリーヌさま……?」

 

 キャルの背中に抱きついているペコリーヌのその様子に、コッコロも訝しげな表情を見せる。何より、今彼女はとんでもないことを言い出したのだ。これは間違いなく異常事態、そう確信できる一言をのたまったのだ。

 キャルの首筋に吐息が掛かる。抱きついたままのペコリーヌのそれが、彼女のそこをくすぐった。

 

「ひゃぁん! ちょっとペコリーヌ! あんた何変なとこに、息を……」

「キャルちゃん。お願いします。もう一回、やってください」

「……な、何を?」

「もう一度、わたしを――」

 

 ふー、ふー、と息が掛かる。先程とは違う意味合いで、キャルの体が硬直する。背後から抱きついているこいつは、今、間違いなく興奮している。そして、そんな状態になる理由を今ここで即座に思いつくとしたら、それは。

 

「ぺ、ペコリーヌ、あんた……」

「わたしをぶってください! さっきのよりも、もっと、もっと強く!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

「ペコリーヌさまぁ!」

 

 ドMに感染したのだ。間違いないその答えを得た二人は、そのどうしようもない状況を認識すると叫んだ。詰んだ。少なくともキャルは若干そう思った。

 

「だから一人で飛び出すなって言っただろうが!」

「あいたぁ!」

 

 そんな彼女の背後から更に声。そしてペコリーヌのどこか抜けたような悲鳴と同時に背中に抱きついていた彼女の感触が消えた。おっとと、とたたらを踏んだキャルが振り向くと、そこにいたのは先程までいなかった人物で。

 

「はぁ、まあお前がティアラ教会に置いてったおかげでなんとかなったが」

 

 ガリガリと面倒そうに頭を掻くその少年には、見覚えがあり過ぎるほどで、というか先程までキャルは一緒に行動していた相手で。

 

「うぅん。はっ! わ、わたしは……何だか今凄いことを口走っていたような」

「よしペコリーヌは治った。アイリスは……」

「うぅ……お義兄様に縛られるのも、それはそれで……」

「手遅れだな」

 

 正気を失っているからだろう。バインドで転がされたアイリスが悶えている。そんな彼女を見て溜息を吐いた彼は、無理矢理装着させたおかげでちょっとずれていたペコリーヌのティアラの位置を調節しながら目を細めた。さっさと来いよとジト目で睨んだ。

 

「カズマ!」

「カズマくん!」

「主さま!」

「だからさっさと教会入れっつってんだろうが!」

 

 




Q:何でアイリスドMったん?

A:聖剣持ってないから。フル装備なら今回のボス戦メンバーになってた(はず)。


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その90

わけあって間が空きました。


 どやどやと入ってくる面々を出迎えたカズマは、しかしその代表であろう人物に遅いと言い放った。これでも急いで来たのだぞ、とその人物は不満を顕に。

 

「ダクネスよ。顔がにやけておるぞ」

「そ、そんなはずは……!?」

「おい辛うじてこっち側のドM。お前まさかわざとじゃねぇだろうな」

「それは違うぞ。私は手を抜いてなどいない。手抜きで罵倒されるのは失礼だろう」

「憤るポイントが間違ってはいないだろうか……?」

 

 モニカの呟きに反論するものはいなかった。いなかったが、まあそういうものだと皆一様に流しているのも感じる。リオノールも順応しているので、何を言っているのやらとむしろモニカに笑みを向けていた。

 

「それで? あたし達ミヤコに伝言頼んだの結構前よね?」

 

 話を戻すようにキャルが口を挟む。どこかに寄り道していたというわけでもないだろうけど、とフヨフヨ浮いているプリン好き幽霊を見たが、心外なのと言わんばかりにむくれているのでその意見を打ち消した。

 

「それなんだけれど。あなた達も見たでしょう? この街の惨状」

「うん、更に酷くなってたわね」

 

 自分の苦労が報われて悦んでいるドMに代わり、リオノールが進行役になる。とりあえずその問いに答えながら、一体それがどうしたのだとキャルは続けた。

 一方、その言葉を聞いたリオノールは不思議な表情を浮かべる。あれ? おかしいな。そんなことを言いながら、視線を他の面々に向けた。

 

「えっと、ねえキャル。そっちは何もなかったの?」

「何も、って何が? 苦労したって話なら、そこのペコリーヌの馬鹿を捕まえるために街中駆け回ってクタクタよ」

「街中駆け回ったの!?」

「な、何よ……」

 

 リーンの驚きにキャルが後ずさる。何か変なこと言っただろうか、と彼女は先行組を見たが、コッコロもカズマもよく分からないという顔をしていた。ペコリーヌも心当たりがないようで、頭にハテナマークが飛んでいる。

 そんな空気の中、アイリスを部屋に押し込み終えたユカリが戻ってきた。どうしたの、と首を傾げ、話を聞いてああそういうことと一人頷く。

 

「カズマくんとコッコロちゃんは女神アメスの加護のおかげでこの手の精神汚染は耐性があるのよ。キャルちゃんは……まあ、うん」

「あっ」

 

 リーンが察した。まあそれなら仕方ない、と深く触れないことにした。ダストも理解してあー、と何とも言えない表情を向けている。勿論当事者のキャルも理解した。理解して、チョーカーを思い切り握りしめる。勿論神器並みの破壊耐性が女神アクアから付与されているのでびくともしない。

 そうしつつ、これのおかげで助かったので彼女としてはこの行き場のない感情をどうぶつけていいのか本気で悩んだ。

 

「コホン。まあいいわ。とにかくあたし達が調べた時より酷いのは見て分かるけど、一体何が」

「感染がより強力なものへと変化しておるのじゃ。この短い間でな」

 

 やれやれ、と肩を竦めるのはイリヤ。自分のような存在ならともかく、普通の人間ならばあっという間にドMの仲間入りだ。そんなことを続けた。

 

「もはやこの街には感染したドMと、それを見て嗜虐に目覚めたが数に蹂躙されドMに堕ちた者しかおらんと言ってもいいじゃろうな」

「実質ドM一択じゃねぇか」

 

 ジト目でカズマがツッコミを入れる。うむ、と頷いたイリヤは、そういうわけだと話を締めた。何がどういうわけなのか思わず問い掛けたくなったが、しかしこれまでの話の流れから何となく事情が見えてきて。

 

「めちゃくちゃ疲れたの。イリヤとミヤコで近くにドMがいないか調べて、感染らないように遠回りして……。ミヤコは大活躍したの、プリン一個じゃ足りないの。特大をよこすの、たくさんよこすの!」

 

 ふよふよ浮きながらブンブンとダボダボの袖を振り回すミヤコを見ながら、分かった分かったとカズマは流す。とりあえず料金はダクネス持ちにする算段を立てながら、いい加減こっち戻ってこいと味方側ドMにデコピンを叩き込んだ。

 

「む? その程度で私が悦ぶと思ったら大間違いだぞ!」

「誰もお前を悦ばせようとか思ってねーんだよ! お前一応責任者の自覚あんのか!? ドMだからドMの街作ってめでたしめでたしとか洒落になんねーからな!」

「ば、馬鹿にするな! 私はこれでも筆頭貴族、このような惨状を良しとするような心は持っていない」

「だったら」

「だ、だが、カズマ。お前がそう思うのならば、もう少し詰ってくれても構わないのだが……」

「なあペコリーヌ。こいつもついでに捕まえた方がいいんじゃねぇの?」

 

 割とマジ顔でそう言われたので、ペコリーヌとしてはあははと苦笑するしか無い。そんなこと言いつつ何だかんだ根は真面目だし、頼りになるんですよ。そうフォローはしたが、彼は変わらず疑いの目をしたままだ。

 

「……ねえ、なんで貴族のダクネスの処分をペコリーヌに頼むの?」

「さあな」

 

 尚、そのやり取りを見てリーンが首を傾げていたが、ダストは素知らぬ顔でそれを流した。

 

 

 

 

 

 

 ともあれ。その状況を鑑みると、ここまでやってきただけで後発組は限界に近いということである。ここから街の惨状をどうにかするために再び外に出ることは難しいと言わざるを得ない。

 

「そうなると、実際に外に出られるのは」

 

 リーンがアメス教会の面々を見渡す。コッコロはともかく、キャルもカズマもその視線を受け心底嫌そうな顔を浮かべた。なんで好き好んでドMが徘徊する街を歩き回らねばならんのだ。二人の心境はおおよそこれである。

 

「あ、そうだ」

 

 そんな中、リオノールが空気をぶち壊す発言をのたまった。自身の持っていた鞄をゴソゴソとあさり、中から腕輪を四つほど取り出す。げ、とモニカが物凄い表情を浮かべたのをダストは見逃さなかった。勿論ダストもそれには見覚えがあるので、心境的には彼女と同じである。

 

「これ、使えないかしら。神器には劣るけれど、色々な状態異常を防いでくれるから、ひょっとしたら」

「なんで持ってるんですか……」

 

 まだダストでなかった頃に、王族の護衛の際見たことがある。もしものことがあってはいけないと持たされていたそれは、ブライドル王国の国宝の一つで。

 そこまで考えて、別に持っていてもおかしくはないのかと納得した。今の状況が状況だが、確かに通常ならばもしものために持ち出していても不思議ではない。

 

「ユニちゃんがこの間同性能の腕輪作り上げたから、すり替えてどのくらいの期間バレないかなっていう実験を」

「嘗めてんのか」

「何よ。ユニちゃんを馬鹿にする気?」

「俺が呆れてんのはあなたなんですけどぉ!」

 

 ダストのツッコミをリオノールは軽く流す。まあそういうわけだから、あのドMが精神汚染系の状態異常ならこれで防げるかもしれないと机に置いた。数は四つ。つまり、天然の耐性を持っている連中以外で外に出られるのはこの中で選ばれた四人だけで。

 

「……全員分じゃねぇかよ」

 

 ダストが項垂れる。今この場でドMに感染する危険性があるのは、リオノール、モニカ、ダスト、リーンの四人だけだ。既にドMと地獄の公爵とプリン幽霊は必要がない。

 

「あ、じゃあ俺行かなくても大丈夫だな」

「そうね。あたしもここで良い知らせを待つことにするわ」

 

 そりゃいいやとばかりにカズマとキャルが乗っかる。ひょっとしたら無事な誰かが助けを求めて来るかもしれないし。そんなことを続けながら、自分達に任せてくれと食い気味に待機を申し出た。

 

「コッコロも、勿論残ってくれるな?」

「ペコリーヌ。あんたもよ」

 

 ついでにコッコロとペコリーヌも巻き込む。こいつら、と言わんばかりのリーンやダストの視線など何のそのだ。

 が、しかし。根っこはともかく基本ダメ人間寄りの二人に比べて、残る二人は普段から善人側である。それで大丈夫かどうか分からない面々を送り出して待ってますという提案に首を縦に振るかと言うと、勿論そんなはずもないわけで。

 

「主さま。申し訳ありません。わたくしはみなさまと一緒に外の調査に向かいます」

「ごめんなさいキャルちゃん。わたし……アイリスを、助けなきゃいけないんです」

 

 当然こうなる。コッコロはある意味普段通りだが、ペコリーヌはそれに加えて明確な理由が存在していた。だから決意の表情で述べた彼女のそれに、キャルがぐあぁぁと浄化された悪魔のようにのけぞり悶える。

 

「あーもう! 行けばいいんでしょ行けば!」

「知ってた」

 

 キャルの壮絶な手の平返しを、カズマは何かを諦めたような顔を浮かべ眺めている。まあそうなるだろうな、と何となく思ってはいたが。

 というわけで、残るのはカズマ一人。などということもなく。現状働く気が微塵もないプリン幽霊は当然拒否。イリヤもこやつ一人を残しておくと心配だと残留を申し出た。一応私はいるけれどね、と教会の守り人扱いになったユカリが苦笑している。

 

「そういうわけじゃからな。酔っ払いとプリン狂いと奥の部屋に閉じ込めておるドM感染者の対処をするのならばお主も残って構わんが」

「まだ酔ってないからね私! これからは、知らないけど」

「しょうがねぇなぁ。俺も行くぜ」

「日和ったわねこいつ」

 

 なんとでも言え。感染しないドMの調査について行った方が他の奴らの影に隠れられるだけマシだ。そんなことを思いながら、ジト目で見るキャルを睨み返す。お前だって似たようなものじゃねぇか、とこちらは口に出しながら彼女に指を突き付けた。

 

「はぁ? あんたみたいな消去法とは違うわよ」

「だったら何が違うんだよ」

「そんなの――まあ、それは、あれよ」

 

 勢いに任せて物凄く恥ずかしいことを口走りそうになったのに気付いたのだろう。急に歯切れが悪くなって彼女は視線を彷徨わせる。何だどうした、とそのチャンスを逃さんとばかりにカズマはキャルに詰め寄った。

 

「うっさい! いいじゃないのそんなのどうだって! ぶっ殺すぞ!」

「おぉやぁ? そんな言えない理由だったりしたんですかねぇキャルさんや」

「むっかつくぅぅぅぅ!」

 

 ダンダンと床を踏み付けながら叫ぶキャルを見て少しだけ溜飲が下がったカズマは、じゃあそういうわけだからと他の面々に向き直った。慣れていない二人以外は、いつものことだと半ば流し気味である。ペコリーヌはともかく、コッコロですら、だ。

 

「ふふっ。分かっております、主さまとキャルさまの優しさは。このコッコロが、一番」

「そうですね。そんな優しいキャルちゃんも、カズマくんも。わたしは大好きです」

『……』

 

 無言で二人から顔を逸らした。おい何だこの空気どうにかしろよとキャルを見るが、知るかあんたがどうにかしなさいよと視線で返される。声は発さず、ひたすら視線だけでお互い罵倒を繰り返した。

 

「けっ、イチャイチャするなら余所でやれ余所で」

「あら、何ダスト? イチャイチャしたいの? 私はいつでも構わないけれど」

「いりません。離れろ」

「ダスト、あんた……」

「いや今俺拒否しただろ!? ったく、妬くならもうちょっと分かりやすく、その貧相な胸で誘惑でもがっはぁ!」

「貴公の女の扱いの下手さは死んでも治らんな……」

 

 やれやれ、と杖のアッパーカットで飛ばされたダストを見ながらモニカが肩を竦める。そうしながら、決まったのならば作戦を開始するべきだと言葉を続けた。

 いや作戦といっても特に何も決まってないだろ。カズマのそのツッコミに、彼女は思わず呻いた。どうやら自分も勢いで突き進もうとしていたことを自覚したらしい。

 

「とはいっても、現状出来ることはこの状況を作り出したと思われる当事者を見付けることくらいだと思うのだが」

「そうだな。じゃあダクネス、言い出しっぺのお前なら心当たりあるだろ?」

「は? いや、そう言われてもだな」

「ダクネス、あんたならクウカと波長合うし分かったりしないの?」

「そんなこと言われても……」

 

 カズマとキャルにタッグで問われ、彼女はジリジリと後ずさる。どうでもいいが責められているので何とも嬉しそうだ。答えが出てこないと判断され、二人に揃って使えねぇと評価を下された時は思わず悶えていた。

 

「……」

「どうしたんです、だよリール」

「いや、二人の言っていることがちょっと気になって」

「何か気になることあったか?」

 

 無駄にコンビプレーでダクネスを責め立てていたようにしか見えないが。そんなことを思ったダストに向かい、ほらあれよあれと指を立てる。クウカとダクネスの波長が合う、というキャルが言っていた部分を復唱しながら、彼女は何故か口角を三日月に歪めた。

 

「お嬢様。また碌でもないことを考えましたね」

「ちょっとモニカ、私まだ何も言ってないんだけど」

「言わずとも分かります。ダストも同意見のようですし」

「あー、確かにリールちゃんのその顔、悪戯思い付いた時にするやつですよね」

「ペコちゃんまで!? もう、何よみんなして。私はちょっといいアイデア思い付いただけなのに」

「駄目だ」

「駄目なやつだ」

「傍から聞いてただけだけど、あたしも駄目だと思う」

「やばいですね☆」

 

 聞き役になっていたリーンも加えての即答であった。ぶうぶう、と文句をのたまいながら、そこまで言うのなら見るがいいと彼女は鞄から一つの物体を取り出す。あれ、とペコリーヌが目を瞬かせ、ダストとモニカがうげぇと顔を歪めた。それ使って何する気だ、とその表情が述べていた。

 

「リールさま。それは一体何なのでしょうか?」

「あ、コッコロちゃん気になっちゃう? これはね、《コンパクトぷかぷかユニコプター》っていって、割と雑に命令してもふわっと実行してくれる優れものなのよ」

「何一つ命令こなせてなかったけどな」

 

 無駄にマンティコアを連れてきてひたすら煽っていたことを思い出す。それでそのガラクタをどうするつもりだ、とダストはジト目でリオノールを見た。いつの間にやらカズマ達もこちらに注目している。分かっているカズマは顔を引きつらせ、ダクネスとキャルはハテナ顔だ。

 

「ふふん。いいから見てなさい。ユニコプター、そこの、ダクネスちゃんと同じ感じの人を探してちょうだい」

「それ街中を該当者にするだけじゃねぇの?」

 

 カズマのツッコミに、皆一様にうんうんと頷く。が、リオノールはドヤ顔をやめない。このユニちゃんの発明がその程度を見越していないはずがなかろうと思い切り掲げた。

 

『ぽーん。ドMと定義された個体が周囲に百件超え。該当者が多すぎます。もう少し条件を絞ってください』

「あれ?」

「駄目じゃねぇか」

 

 ダストの呆れたような呟きに、リオノールはあははと視線を逸らした。

 

 




どうせみんなどえむになる


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その91

キャラ掴みの修業も兼ねてちょっと顔見せ


「ふむ」

 

 ブライドル王国、聖テレサ女学院。部活動などのために開放されている部屋、とは少し違う位置にある一室にて、一人の少女が手元の魔道具を眺めながら呟いていた。その姿は小柄で、左右に編み込んだ髪型と相まって非常に可愛らしい印象を受ける。が、その表情は無邪気なものとはいい難く、言ってしまえば背伸びをしこまっしゃくれた子供に近い。

 勿論、彼女が本当に子供だというわけではない。こんな見た目でも一応それなりの年齢をしているのだ。

 

「あれ? ユニ先輩、どうしたんですか?」

 

 だから、水色リボンのアクセントを付け足した桃色の髪の、こちらは年相応の可愛らしい姿をした少女が『先輩』と彼女を呼ぶのも間違っていないのである。そんな少女は遠慮なくユニの背後に周り、彼女が見ている魔道具を覗き込んだ。

 

「うげ、何だか小難しい言葉の羅列が並んでるじゃないですか。そういうの見るのは一人でこっそりと周囲の目を気にしながらやってくれます? チエルみたいなハッピー美少女には刺激つよつよなんで」

「そんな思春期の男子の興味の大半をかっさらう書物とこいつを同一視するんじゃあないよ。大体、よく見給えチエル君。これはただの過去ログだ」

「え? あ、ほんとですね。……あー、これってあれですか」

 

 魔道具の文字を目で追っていたチエルが何かに気付いたように頷く。そうしながら、どこかドヤ顔で彼女はユニへと言葉を続けた。

 

「学院長に渡した、ユニ先輩お手製のなんたらかんたらっていう壊滅的通り越して絶滅しちゃってるようなクソダサネーミングセンスの魔道具の記録ですよね?」

「聞き捨てならないぞチエル君。あれは学院長も太鼓判を押したほどのクールでキュートなネーミングだ。やれやれ、これだから学術的美的センスを有しないやつは」

「いや学院長もユニ先輩もそういうセンスゼロぶっちぎってマイナスですよ。むしろ最初から地面にえぐり込んで掘り進んでる系?」

 

 笑顔でばっさりと切り捨てる。そんなチエルを見ながら、しかしユニはやれやれと肩を竦めた。彼女は彼女で間違っているのは自分ではないと主張するらしい。

 そういうわけなので、と二人揃って先程からこちらに干渉するのをやめていた人物へと向き直る。金髪を短めのツインテールにした目付きの鋭い少女は、二人の視線を受けて小さく溜息を吐いた。

 

「知らん」

「三文字! せめてどっちかに肩入れするとかしてくれちゃってもいいんですよ? 別にそのことでなかよし部がユニ先輩だけなかわろし部に変わったとしても、学院長なら気にせずお金恵んでくれますし」

「そうだぞクロエ君。君がチエル君を切り捨てたとしても、そこであぶれるのは彼女の方だ。多数決という数の暴力の前には、さしものチエル君でも抵抗は出来まい」

「いやなんで二人共自分の主張が評価されるとか思ってんの?」

 

 はぁ、とクロエは再度溜息を吐く。そうは言いつつ、彼女としてはユニのネーミングセンスが悪いというのには同意が出来た。が、それをするとチエルがやかましいのは分かりきっていたので、自分を巻き込むなと言外に主張しているのだ。

 何より、ついでのように聖テレサ女学院の学院長である彼女のこともボロクソに言っているのだ。別段それで彼女が気分を害することはないだろうが、気紛れで持ち出されて無理難題を押し付けられるのが目に見えている。

 

「んで? パイセン、何見てたわけ?」

「あ、ちょっとユニ先輩、この人今露骨に話題変えましたよ。そんなわざとらしさ前面フルオープンでチエル達にバレないとか思ってるんでしょうか?」

「そう言ってやるなチエル君。クロエ君なりに考えて出した結論なのだろう。我々はそれを黙って見守るというのが大人の矜持というものだ」

「見た目子供がなんか言ってるし。つか、話題変えるも何も最初の話がそれじゃん、文句言われる筋合いないんだけど」

 

 ぷー、と息を吐きながら面倒そうにクロエが述べる。一方、それを聞いていたチエルはそういえばそうでしたねと頷いた。頷いたが、まあ別にそこまで気になってなかったんで別にいいですと流した。

 

「そういう意味ではユニ先輩のネーミングセンスとかもぶっちゃけ割とどうでもいいですよね。チエルとしては日常会話の軽いスパイス程度の話題提供だったんで、あんまり振りかけられると味が台無し、みたいな」

「あそ」

「まあ、でも確かにそっちの方はまだ少し気になる的な部分はあるんで、クロエ先輩のアシスト感謝です。ありがたやありがたや」

「いや意味分からんし」

 

 そう言いつつクロエは視線を逸らす。ユニはそんな二人を見ながら、まあ青春は青春として堪能すればいいのだがと魔道具をくるりとひっくり返した。

 クロエに見えるようにしたそこには、先程チエルが言っていたように何やら単語と短い文章がつらつら書かれている。ちょっとした行動をメモしたもの、といえばいいだろうか。まさしく過去ログだ。

 

「ふーん。んで? これ何なん?」

「学院長に渡した《コンパクトぷかぷかユニコプター》の過去ログだ。どうやら向こうで活躍しているらしく、発明者としては鼻が高い」

「ユニ先輩ユニ先輩、ここに『グリフォンと戦闘中のパーティにマンティコアを差し向けた』って書かれてますけど」

「活躍してんなぁ……」

「まったく。君達は大局が見えていないからそこだけで判断してしまうのだ。その後何も問題が起きておらず、クエストも無事に達成している。これはその行動が最悪の選択肢を与えたのではなく、最善であった可能性を示唆しているのだよ。端的に換言すれば、結果オーライ」

 

 ふーん、と二人は流した。そうしながら、じゃあ一体何が問題なのだとユニを見やる。

 その視線を受けて、彼女はふむと魔道具を操作した。最新の行動まで移動させると、ここを見給えと指し示す。そこにはどうやら特定の人物を探索するよう命令したことが記されており。

 

「ドM?」

「然り。どうやら学院長はベルゼルグ王国で特殊性癖を探索しようとしたらしい」

「え? どゆことですか? 学院長おかしくなっちゃいました? いえ、普段がまともかどうかっていうとぶっちゃけおかしいんですけど」

「案ずるなチエル君。これは学院長がおかしいのではない。向こうで何かしら問題に巻き込まれたと考えた方がいいだろう。これは戻ってきた時が楽しみだ」

「いやドM探す問題って何なん? もうその時点で大分おかしくない? 学院長無事に戻ってくんの?」

「そこは学院長ですから、別に問題ナシんこじゃないです?」

 

 クロエの至極まっとうなツッコミは、しかしチエルの先程の発言を秒で覆すが如き返しによってさくっと流された。

 

 

 

 

 

 

「えー、というわけでもう少し特徴を追加しましょう」

 

 ふよふよと浮いているユニコプターを見ながら、リオノールはそう宣言した。いっそ諦めて闇雲に探すという案もないことはないが、少しでも可能性を高めるのならばこちらも試すべきだ。そんなことを言われてしまえば、他の面々も否定はし辛い。

 

「じゃあ、クウカに該当する特徴を言えばいいのかな?」

 

 リーンの言葉に、彼女は頷く。成程、と顎に手を当てながら、しかし何を言えばいいのだろうかとリーンは暫し考え込んだ。

 

「とりあえず、年齢とか? クウカ、確か十八だったよね」

 

 彼女の言葉を聞いてユニコプターが記録する。それを見ていた他の面子も、そういうことならばと各々クウカに該当しそうな特徴を述べていった。

 髪型はロングヘアーで、結んでいる。スタイルはよく、胸が大きい。可愛いというよりは美人系の顔立ち。冒険者をやっている。

 

「んー、何かもう一つくらい欲しいわね。ねえダスト、何か無いかしら」

「いやそう言われても……。あー、確かあいつ、意外と乙女趣味というか、純情なところがあるというか」

「へー。よく知ってるのね」

「いやリーンも知ってるから。だからその目で見るのやめてくれませんかね」

 

 リオノールの視線を無理矢理動かしたダストは、それでどうだと言葉を続けた。ユニコプターをちらりと見ると、ふよふよと浮かびながらキーワードに該当する人物の検索をしているらしく、音声が段々と人数を減らしていく。

 そうして、ぽーんという音声と共に、ユニコプターは該当者のもとへと移動を始めた。

 

『年齢十八、美人系、ロングヘアーを結んでいる、スタイル良し、巨乳、冒険者、意外と乙女、ドM。以上のキーワードに該当する人物を発見。対象をクウカと認定』

「……え?」

 

 すぐ近くに、である。ふよふよと彼女の周りを飛びながら、こいつがクウカだとユニコプターが断言する。条件に合致するのだと宣言する。

 

「……成程」

「十八歳で、美人系で、髪が長くて巨乳の冒険者で、ドM。うん、一致するわね。……乙女趣味だったんだ」

「あはは……」

 

 コッコロも、キャルも、そしてペコリーヌも。何とも言えない表情でクウカ認定されたその人物を見やる。勿論ダストとリーンも、ユカリやイリヤも同様だ。

 

「おいダクネス」

「私が悪いのか!? いや、確かにクウカの特徴と共通点を持つのは認めるところだが……。あ、ち、違うぞ! 私は別に、そんな乙女な趣味など!」

「変態なのにそんな純情さとかいらねーだろ」

「あうぅ……。違うんだ、私は、そんな……」

 

 恥ずかしさが勝ったのか、ダクネスはその場で頭を抱えて蹲ってしまう。どうやら胃痛を悦びに変えることは出来ても、乙女な部分を指摘されるのは駄目らしい。そこの線引きよく分からん、とカズマは彼女を一瞥し、再度リオノールを見た。

 

「大丈夫。該当者はもう一人いるでしょう? ユニコプター、そっちを検索して」

『ぽーん。条件、クウカに該当する人物はもう一名』

「よし」

 

 どうだ、と胸を張りながら彼女は皆に視線を向け、そして最終的にダストを見た。はいはい、と彼はそれを流し、分かったならさっさと行こうぜと促す。当然ながら、お前が積極的だなんてとカズマやリーン、キャルに目を見開かれた。

 ともあれ。目的地が分かったのならば。ダストではないがさっさと向かって原因をどうにかしたほうがいい。そんなわけで残留組に見送られながら、九名の選ばれし者達はユニコプターの先導のもとその場所へと向かうのだった。

 が、しかし。

 

「いや無理だろ」

「あれ突っ切るわけ?」

「やばいですね……」

 

 彼等の目の前にはドMの荒波があった。出来るだけ遭遇しないルートを選択したのだが、肝心要の目的地はどうあがいてもドMが立ち塞がる。それも、明らかに供給過多な量が、だ。

 

「なあ、カズマ」

「なんだよ」

「俺達は所詮道具で辛うじて無事なだけだ。加護を持っているお前達には敵わない」

 

 突如神妙な顔でダストがカズマにそう述べる。ぽん、と肩に手を置くと、だから自分達はここまでだ、と小さく頷いた。後は任せた、そう言って彼を繰り出そうとした。

 

「行くわけねぇだろ! 嘗めんな! 大体、そういう意味なら一番適任がそこにいるだろ!」

 

 そこに、とカズマは一人の人物を指差す。先程の乙女バレで若干凹み気味のまだ正常寄りなドMを指差す。ダストも彼のその指した先を見て、そういえばそうだなと頷いた。

 そういうわけだから。二人揃って笑顔でダクネスの背中を押した。

 

「いや、確かに私が適任ではあるのだろうが……。私だけ辿り着けたところで、一体どうすれば?」

 

 拒否はしない。ここでじゃあわたしが行きますとペコリーヌが言い出すくらいならば、ダクネスは迷いなく自身が犠牲になることを望む。ドMにもみくちゃにされるというのも、それはそれで新たな刺激になるかもしれないという打算もあった。

 が、それはそれとして。自分一人でクウカと出会ったとして、それで一体何が出来るのか。正直皆で向かっても結果は同じかもしれないが、考える頭数が多いか少ないかは重要だ。

 

「ここに連れてくればいいんじゃないかしら」

 

 さらりとリオノールが述べる。ああ確かに、と頷きかけたカズマ達は、そこでふと気付いた。

 だったら最初からダクネスを向かわせて自分達は教会で待っていればよかったのでは、と。

 

「よし、じゃあダクネス。後は頼んだ」

「おう、俺達は戻ってるからな」

「ちょっとあんたら……。いや、気持ちは分かるけど」

 

 しゅた、と手を上げるカズマとダストをキャルがジト目で見やる。そしてそんな彼女の横から、ペコリーヌが、でも、と眉尻を下げた。

 もし教会内でドMが加護を上回ってしまったら。その呟きに、二人は思わず呻く。現状知る中で唯一のセーフハウスが汚染されてしまうと、逃げ帰る場所すら失ってしまう。

 

「とりあえず、もう少しドMの少ない場所に移動しよう。ダクネス殿、そこに彼女を」

「了解した」

 

 最悪を想定して動くべきだろう。そう結論付け、結局ここで対処することに決めた。モニカの言葉に頷いたダクネスは、ユニコプターの案内でドMの大渦を泳いでいく。成程、これはまた新しい、という謎の嬌声が聞こえたので、皆一様に聞かなかったことにした。

 

「それで、結局どうすればいいわけ?」

 

 ダクネスを待つ間にアイデアを。そんなことを考え口火を切ったのはキャルだが、その質問に答えられる者はいない。正直クウカを始末したところでこの騒動は終わらないだろうというのは想像に難くないし、何より彼女を犠牲にするという選択肢は選びたくない。

 そもそもあれは始末出来ない、という根本的問題はスルーした。

 

「あの、クウカさま自身が何かしらの状態異常に陥っている、という可能性は無いでしょうか」

 

 コッコロがおずおずと手を挙げる。その発言を聞いて、カズマ達は顔を見合わせた。そういえば、犯人がクウカ、という前提でいつの間にか行動していた。そのことに思い至ったのだ。

 クウカの様子がおかしい、というところから始まったこの騒動、確かに最初は彼女がなにかしらされたという可能性も持っていた。が、事態が進むにつれ、そうだとしても実行犯はクウカで、加害者であるという認識が強まっていってしまったのだ。

 だから、彼女が完全なる被害者だったのならば。

 

「治療すれば、収まる?」

「試して見る価値はあるかと」

「つっても保護者ちゃんよ、何をどうすれば治療になるんだ?」

「それは――」

「それなら」

 

 コッコロが何かを言いかけたその時、横合いから声が飛んできた。皆一斉にそこへと視線を向けると、一人の女性がこちらにゆっくりと歩いてくるところで。

 

「彼女の状態異常を治療するアイテムが、ここに」

 

 そう言って、ボロボロの彼女は鞄から割れないよう保護されているポーションの瓶を取り出す。そうしながら、自分一人では無理だったと自嘲気味に笑みを浮かべた。そんな彼女を、この状況の中、未だ正気を保っているらしい女性を、ここにいる面々は暖かく迎え入れる。

 まさか、そんな状態で、この状況で。この人が犯人だなどということはありえないだろう。皆がそう思ったのだ。

 

「セレナさま、よくぞご無事で」

 

 コッコロのその言葉に、セレナ――セレスディナは曖昧な笑みを返しそっと視線を逸らした。どうしよう、久しぶりに人の暖かさに触れた。思わずそんなことを思ってしまった。

 

 




そろそろ決着かな


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その92

何か絆されたみたいになってる。


 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダいやだいやだいやだいやだっ!

 彼女は走る。服が汚れようが、顔に泥が跳ねようが、変装のために外していなかった眼鏡がどこかにいってしまおうが。そんなことは関係ないと、そんなことを気にしている余裕はないと、走る。逃げるために、離れるために、必死で。

 彼女は見ない。どれだけ視界が狭まろうが、どれだけ周囲の情報を消し去ろうが、頑なにそれを確認しない。それを気にしていては駄目だからだ。理解したら、認識したら、彼女の中のそれは。

 

「ドSさまぁ……」

「ひぃっ!」

 

 足がもつれた、盛大に転んで、地面とキスをする。すぐさま立ち上がらないといけない。そう思っているのに、張り詰めていた糸が急に緩んだことで足が動かない。

 カタカタと震える膝を無理矢理に止め、セレスディナは顔を上げた。声の方向を見てはいけない。背後を振り返ってはいけない。そう思い、真っ直ぐに前を見た。

 

「大丈夫ですか? ドSさま」

「あぁぁぁ!?」

 

 そこに、いた。目の前に立っていた。何の変哲もないように、どこもおかしくないように。彼女はそこにいた。

 この周囲の異常の中で、彼女は、クウカは何も起きていないかのように立っていたのだ。

 

「く、来るなぁ! 来るなぁ……!」

「か、顔を合わせただけなのにその拒絶……クウカ、そんな邪険にされてしまうと……思わず、じゅるり」

 

 正確には周囲が平和でも異常なので相対的に変わっていないだけなのであるが、セレスディナにとってはどうでもいい。彼女には、目の前の少女はおぞましいクリーチャーでしかないのだから。

 

「あ、いけません。初手でいきなり頂いてしまったので、クウカ、目的を忘れてしまうところでした」

「も、目的……?」

 

 尻餅をついたままセレスディナは後ずさる。対するクウカははいそうですと笑みを浮かべた。ぽん、と手を叩き、実は見てもらいたいものがあるのですと彼女は言葉を紡ぐ。

 見たくない。絶対に見たくない。そうは思っても、セレスディナは拒めない。正確には、拒んでも無駄だというのを理解しているのだが、どちらにせよ彼女に否定の言葉を発する選択肢も余裕もなかった。

 そうしているうちに、周囲に人の気配が満ちていく。ひぃ、と短く悲鳴を上げたセレスディナに向かい、クウカは嬉しそうに口を開いた。これがそうですと述べた。

 

「ど、ドSさまがクウカ一人では満足出来ないと言っていたので……。クウカ、頑張りました。これだけいれば、ドSさまの望む責め方が出来ると思いますぅ……。さ、さあ、遠慮なくクウカも交えて、ドSさまが思うがまま、欲望の限り、存分に嫐ってください」

「ぐふふ……」

「じゅるり……」

「イイ……」

 

 何を言っているのか理解出来ない。したくもない。ただ、このままではドMに囲まれて向こうの望む責めをしないといけなくなる。実際は多分何をやっても向こうがドMプレイに変換してくれるだろうから問題はないだろうが、セレスディナにとっては問題しか無い。

 彼女は咄嗟に鞄の中のポーションに手を伸ばした。が、そこで動きを止める。これを使って目の前のクウカの傀儡を解除して、それでどうなる。

 周りのクウカのドMの欠片が補填し再び蘇るだけの、ほんの一瞬の安堵を得ることしか出来ない。欠片の繋がりを断つか、欠片を集約させない限りこの薬は切り札足り得ないと、とっくに分かっていたではないか。

 無理矢理足に力を入れ、セレスディナは立ち上がった。邪魔だ、と目の前のドM達を押しのけると、彼女は全力で走り出す。押しのけられたドM共は気持ちよさそうな声を上げていた。

 

「駄目だ。どうすればいい……!? どうすれば、あたしは助かる? どうすれば」

 

 こんな思いをしなくて済むようになる。口にはせずに、彼女はひたすら前を見て走る。横を見たらドMがいる。後ろを振り返ればドMがいる。なんだったら前にも当たり前のようにドMがいる。視界を塞いでも、ドMの声は聞こえてくる。耳を塞いでも、ドMは気にせずそこにいる。

 どこかに。当てもなく、彼女は走る。追いつかれないように、見えなくなるように、彼女は走る。このドMの世界と化した空間で、ほんの僅かでも希望が、一時だけでも安堵が、そんな事が出来たのならば。

 だが、世界は残酷で、どこまでもドMだ。いない。そんなものは存在しない。ボロボロで、フラフラで。そんな姿になっても、セレスディナの認識出来る世界はドMのものだった。そこには責め手は彼女しかおらず、その甘美な果実を味わおうとドMは彼女を探し彷徨う。

 限界だった。一体どれくらい逃げ続けたのかも分からず、時間の感覚も曖昧だ。間違いなく日は昇り沈んでいるのに、それを気にする余裕がないのだ。

 そんな、彼女の中で何もかもが崩れかけていた頃。

 

「治療すれば、収まる?」

「試して見る価値はあるかと」

 

 聞こえた。それは間違いなく、ドMではない声。この事態でも、まだ抗おうとしている希望の声だ。

 だから彼女はそこに縋った。相手が何であろうと、それこそ魔王に仇なす勇者の後継がそこにいようとも。解決出来るのならば、悪魔に魂を売ってでも。

 

「セレナさま、よくぞご無事で」

 

 そんな決意と共に足を踏み入れたそこで、彼女は自分の身を心から案じてくれるエルフの少女を見た。疲れているでしょうからと休める場所を整えられ、そこに腰を下ろして。

 

「あ、あぁ……あぁぁぁ」

「セレナさま……?」

「辛かったんでしょうね……」

「一人ぼっちは、寂しいですからね……」

 

 泣いた。いつぶりの安堵だったのだろうか。そんなことを考えることもなく、セレスディナは涙を流した。年上の女性が恥も外聞もなく泣きじゃくっているその姿を、しかしコッコロは優しく見守る。そこを揶揄する者も、いない。カズマも、ダストでさえも、彼女をただただ、見守っている。

 

「……さあ、事態を解決に行くわよ。そこの、彼女のためにも」

「そうですね、お嬢様」

 

 珍しく真面目な顔をしているリオノールを、モニカはどこか楽しそうに見た。いつもそうだったら楽なのだが、と思ったが口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

「詰んだな」

 

 が、しかし。セレスディナが持ってきた情報を手に入れた結果、カズマはそう結論付けた。なんだそりゃ、絶対ムリだろ。色々諦めた口調でそう述べるが、彼のその言葉を咎めようとする人物もいない。

 

「でもカズマ。どうにかしないとあたし達永遠にこのドMの世界の住人よ?」

「やばいですね」

 

 咎めはしないが、肯定もしない。キャルのその言葉にそりゃそうだがとカズマも頷いた。それでも、現状何とかする手段がないことには変わりない。

 セレスディナの持っていたポーションは一つ。根源たるクウカにそれを使用することで、ドMの呪いは消えてなくなるだろう。そこが唯一の切り札だ。問題は今彼女にそれを使ったとしても周囲のドMの欠片が即座に根源を修復することである。

 

「この街の方々が全てクウカさまになっている、と考えればよいのでしょうか……」

「地獄だな」

「そうね」

 

 コッコロの言葉にダストが呟く、リーンも何ともいえない顔のまま同意した。その前提で考えた場合、少なくともポーションが町の住人分いる。手持ちは一個だ。つまりはカズマが最初に言ったように詰みなのだが。

 

「今からそれを量産するっていうのは?」

「誰がやるんですか誰が」

「……ねえ、モニカ」

「無理に決まっているでしょう。お嬢様はお付きの騎士を便利屋か何かだと思っていませんか?」

「まだ何も言ってないじゃない」

「ユニ殿を連れてこいと言われても、無理なものは無理です」

「えー」

「そもそも! この街を脱出出来るかどうかが怪しいのですが!」

 

 モニカに言われ、リオノールも考え込む。確かに、間違いなく陸路は駄目だ。恐らくまだアクセルの街だけで留められているドMウィルスが周辺の街、あるいは王都に広がったら国が滅ぶ。ましてや、彼女のお使いはここベルゼルグ王国ではなく、隣国ブライドル王国だ。国が二つ滅ぶことになる。

 

「……あ、空なら?」

「あぁ?」

 

 ダストが思い切りリオノールを睨み付けた。まさかそれをやらせる気か、とその表情が述べていた。これまでの態度とは違い、彼のそれは明らかに嫌悪が滲み出ていて。

 馬鹿言わないでよ、とリオノールはダストを睨み返す。そっちがやりたくないことをやらせるわけがない。はっきりとそう言い切って、そして彼女はほんの少しだけ申し訳無さそうに微笑んだ。

 

「ごめんなさい、ダスト。私が、あんたの翼を取っちゃったから」

「……別に、取られてなんかいねーよ。だから、そんな顔しないでください、調子狂う」

「ふふっ。うん、ありがと」

「むぅ……」

「リーン殿。今回ばかりはその、見逃してやってくれないだろうか」

 

 その横で複雑そうな顔をしているリーンをモニカが宥めつつ、それで空を使うというのはどういうことだとリオノールに問い掛けた。その問いに、決まっているじゃないと彼女は胸を張る。

 

「ユニコプターを使って向こうと連絡を取るのよ」

「今ダクネスが使ってんじゃねーかよ……」

「あ」

 

 失念していたらしい。駄目だこりゃと肩を落としたダストを見て唇を尖らせると、ならばやはりドラゴンかと拳を握る。

 

「誰がどうやってドラゴンを使うんですか」

「モニカ」

「だから! 人を無茶振りに使うのはやめてください! そもそもドラゴンがどこにいると」

 

 は、と動きを止めた。思わず頭上を見上げ、しかしそこに何もいないことを確認して小さく息を吐く。ほんの僅かだけ、()()の気配と赤い眼を感じた気がした。

 

「あの、モニカさん?」

「どうした? リーン殿」

「モニカさんって、ひょっとしてドラゴンナイトなの?」

「真似事が出来るだけだ。本職には敵わない」

 

 ちらりとダストを見る。こっち見んなと手でそれを追い払った彼は、ガリガリと頭を掻きながらとりあえずその量産は無理だろうとリオノールに言い放った。

 

「てわけで、カズマ。お前なんかアイデアないか?」

「だから無理ゲーだって言ってんだろうが!」

「つっても、お前。デストロイヤーん時だって何だかんだどうにかしただろ」

「あれは俺というかネネカ所長が――あれ? そういえばあの人は?」

 

 今更気付いた。アクセルの街の変人窟の中でもトップクラスのあのいかれた合法ロリエルフが、何故ここまでの状態で影も形もないのだ、と。

 その質問に答える人物は誰もいない。ということもなく、ペコリーヌが所長なら他の二人と紅魔の里に行ってますよと即答する。間が悪かったですよね、と眉尻を下げながら彼女は肩を落とした。戻ってくれば解決するかもしれないが、先の見えないサバイバルドM生活に耐えられそうもない。

 

「となるとやっぱり、あたし達でどうにかするしかないんだけど」

「何か、その欠片を再びクウカさまに集めることが出来れば、ポーションが一つでも解呪が可能になるのかもしれませんが」

 

 ううむとコッコロが悩む。何気ない一言であったが、それはちょっとしたきっかけになった。逆転の目を転がすための取っ掛かりとなった。成程、確かにそうだ。街中に分散しているのならば、逆に一箇所に集めてやればいい。単純だが効果的だ。

 問題はそんな事が出来る手段がないということだが。だからこそコッコロも理想論のような呟きだったのだから。

 

「……なあ」

「どうしたのよ、カズマ」

 

 ううむと皆揃って悩んでいるその最中、カズマがぽつりと零す。確か話によると、根源が揺らぐと、欠片を吸収して修復するとかなんとかいう仕組みだったよな。そう続け、彼はここにいない誰かを確認するように視線を動かす。

 

「あいつとダクネスは似た者同士、でいいんだよな?」

「あ? 多分な」

「根源が揺らぐってのは、あいつのドMの感情とは違う衝撃を与えればいいんだよな?」

「多分、そうだと思いますけど。……カズマくん、何か思い付いたんですか?」

「成功するかは分からん」

 

 そう述べたが、しかしペコリーヌの質問を肯定している。他にアイデアが何もないならば、実行してみるのもありかもしれない。そんな程度の作戦ではある。

 

「主さまが決めたことならば。わたくしは可能な限りお手伝いさせていただきます」

「おう、ありがとうなコッコロ」

 

 まあ、この空間にはそういう時に真っ先に率先して全面的に信頼する彼女がいるわけで。じゃあ早速、とカズマは作戦の内容を口にした。こんな方法はどうだと提案した。

 一同はそれを静かに聞いている。似た者同士のダクネスが、先程ユニコプターで誤一致をかまされた彼女が。そういえばドMのご褒美になってなかった、とあの姿を思い出す。ならば、ひょっとしてクウカも。

 

「……あ、ちょっと待って。それ、誰がやるの?」

 

 いけるかもしれない。そう思い始めてきたそのタイミングで、リーンが素朴な疑問を呟いた。その作戦を実行するためには、とある条件を持った人物がいる。

 

「そりゃあ、まあ、あいつの恋愛対象は異性でしょうから」

 

 キャルがちらりと該当者を見る。言い出しっぺと、もうひとりを見る。

 やぶ蛇だ、とカズマは顔を引き攣らせた。巻き込まれた、とダストは物凄く嫌そうな顔をした。

 

「ダスト、同年代でスタイル抜群の大人しめな美少女だぞ。お前が相応しいよな?」

「カズマ、ロングのストレートで胸が大きくてお前を甘やかしてくれる女だぞ。間違いなくお前好みだ」

「こいつら……」

 

 互いに役目を押し付け合い始めた。別にどっちだっていいじゃない、というキャルであったが、しかしどうにもそうでない面々がいることに彼女は気が付いた。リーンが、何だか止めたそうな顔をしている。

 

「どうしたのよリーン」

「いや、やっぱりダストが、やるのかなって……」

「どっちでも同じ気がするけど。カズマにしろダストにしろ、そういうの出来なさそうだし?」

「でも、あいつ。ほら、リールさんとか、モニカさんとか、ちょっと仲が良さそうじゃない」

「……あのダストが?」

 

 言わんとすることは分かるが、キャルとしてはどうにも納得しかねる。しかねるが、好みなんぞ人それぞれなのだから、まあそんなもんかと息を吐いた。

 

「カズマくんは、まあ、意外とやれそうですよね、そういうこと……」

「こっちはこっちで何考えてんだか……」

 

 はぁ、と追加の溜息を吐くキャルを見て。コッコロはどこか優しい笑みを浮かべていた。気付いておられないかもしれませんが、と呟いた。

 

「キャルさまも、リーンさまやペコリーヌさまと同じ顔をしておられますよ」

「コッコロちゃんもね。私もそうだし」

「あ、リールさま。……ふふ、そうかもしれません」

 

 そう言って顔を見合わせ笑う二人。そうして何となく取り残された最後の一人は。作戦に効果があるかはともかく、とりあえずそれ自体はきちんと進められるのかもしれない。そんなことを思いながら、疲労で眠っているセレスディナの横に腰を下ろした。

 

 




そろそろオチかなぁ。


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その93

SU・KI


 ダクネスがドM同士の自家発電をし続けて暫く立った頃。ようやく我に返った彼女は、そこにいたクウカを連れ出しカズマ達のもとへと戻ろうと足を動かしていた。向こうが一体どのような解決策を出してくれているかは分からないが、今彼女に出来ることは仲間達を信じることのみ。

 

「だ、ダクネスさん……。そんなに引っ張られると、クウカ」

「分かっている。だが、もう少し我慢してもらうぞ」

「い、いえ。いつもと違って少しびっくりしましたが、もっと激しくしてもらっても構いません……。はっ、普段見せないダクネスさんの本性をここで垣間見てしまったクウカは、その秘密を守らされるため、誰にも言えない体にされてしまうのですね! 『このことを口にしたらどうなるか分かっているな?』と激しくいたぶられ、クウカの尊厳を踏みにじられ……! じゅるり」

「勝手に私をそういう扱いにするな。……いやだが、確かにそれは中々に唆るものがある。いたぶられる立場はもちろんのこと、そう誤解され助けようと思っていた相手に罵倒されるというのも、それはそれで」

「ぐふふ」

「くぅ……」

 

 止める者がいないのである。ドM同士がお互いで慰め合っている光景に待ったをかけるものがいないのである。周囲が既に地獄絵図なので何となく流される空気ではあるが、間違いなく大事故なのである。

 が、それも合流するまで。少なくともダクネスは他に誰かがいればきちんとわきまえることがある程度出来るような気がしないでもないし、クウカだって本来ならば妄想を自己完結させるからある程度意思疎通は可能だと思うのだ。

 

「……ねえ、あたしには余計なドMが増えたようにしか見えないんだけど」

「きゃ、キャルちゃん……そんな言い方は、その」

 

 ペコリーヌもフォロー出来ないらしい。相互補助をするドMをジト目で眺めていたキャルは、どうすんだこれと言わんばかりに他の面々を見た。リーンは諦めているし、モニカとコッコロはドMを見て取り乱したセレナを宥めている。残るリオノールは楽しんでいるので、どうやら改善の方向に舵を切ろうとした自分が馬鹿だったのだと彼女は結論付けた。

 

「カズマ、ダスト」

「おいこの空気で何をしろってんだよ」

 

 振り返る。当然のことながらそう反論された。が、そもそも言い出しっぺは彼なのでキャルとしてもその文句を受け入れる筋合いはない。例え自分が貧乏クジを引いてしまってやさぐれてしまっていても、だ。

 

「そもそも、あの状態のクウカに本当に通用すんのか?」

「知らないわよそんなこと。言い出したのはあたしじゃなくて、そこのカズマなんだから」

「おいこらキャル、お前だって反対しなかったんだから同罪だ」

「そういうセリフはあたし以外にも言ってから言うのね。具体的にはコロ助とか」

 

 うぐ、とカズマが口を噤む。彼の言い分の適用範囲には間違いなくコッコロは入っている。そしてそのことを彼女に話した場合、当然のように自ら責任を負いに向かう。それが分かっているからカズマとしては実行出来ないし、横のダストが代わりにやろうとしたら物理的にストップさせる気でいる。

 

「だとしても。せめてもう少し、というかこっち側のドMを引き剥がしてからじゃないと無理だろ」

「……そうね。それは同感だわ」

「なら……ペコリーヌにでも頼んどけ」

 

 ダストが視線で該当者を示す。それが一番手っ取り早いか、とカズマが彼女に声をかける中、キャルはおや、と表情を変えずに突っ立っているチンピラ冒険者を見た。

 

「ねえダスト、あんた」

「んだよ猫ガキ」

「……ううん、何でもない。それより、そっちはどうなの? 何とか出来そう?」

 

 話題を変えるように問う。先程も思ったが、正直ダメそうというのがキャルの見解だ。ましてや今は空気が酷い。ムードもへったくれもない状態で、一体どれだけのことが出来るというのか。

 

「……まあ、見てろよ。仕方ねぇからな、俺の本気を見せてやる」

「何言ってるんだか」

 

 ひょい、とダストの隣に立ったリーンが呆れたような声を零す。今までナンパとか成功した試しがない奴がそこまで自信満々だと逆に凄い。確かに何だかんだ物好きは寄ってきているようだが、それは別に彼の手練手管でどうにかしているわけではないのだ。

 

「そういうリーンさんも、その物好きの一員だったり?」

「ひゃぁ!?」

 

 ぷに、と頬を突っつかれた。ビクリとのけぞると、それをやった犯人であるリオノールをギロリと睨む。ごめんなさいね、と笑顔で返され、リーンはぐぬぬと眉を顰めた。

 

「まあでも、確かに私も気になるわねー。ダストがどんなことをやってくれるか」

 

 いい感じだったら後でやってもらおう。そんなことをついでに呟きつつ、リオノールはダストに近寄る。鬱陶しい、と手で彼女の顔を押しのけた彼は、そのまま踵を返してどこかに向かい始めた。

 

「あ、ちょっとダスト! どこ行くのよ!」

「準備してくんだよ。まだもうちょっとかかるだろ?」

 

 ほれ、と向こうを指差すと、ペコリーヌとダクネスが何やら話をしている最中で。どうやら我に返ったダクネスが平謝りしているらしい。そのついでにこれからのことを説明したらしく、彼女の頬がほんの少しだけ赤くなっていた。

 成程、こっちのドMがあの反応ならば、案外成功するかもな。そんなことを思いながら、ダストはお目当ての物を探しにこの場を離れる。出来ることならこんなドMの街を闊歩したくないが、ここで失敗してドMよ永遠にとなられても困る。幸いそう遠くない場所に彼のお目当ては存在するので、危険も少ない。

 

「さて、と。おい、邪魔するぞ」

 

 そこに足を踏み入れた。店員も店主も例外なくドMと化したその店は、もはや商売の体をなしていない。勝手に目的のものを手に取ると、勝手に準備をしてダストは外に出た。代金はダクネスにツケといてくれ。この事件が終わった後記憶を保持している場合も考え、そう述べるのも忘れない。

 

「まあ、カズマがやってくれればそれでいいんだけどな」

 

 めんどくせー、とぼやきながら、彼はボリボリと頭を掻きつつ再度合流する。

 

 

 

 

 

 

「く、クウカはこれから一体、何をされるのでしょう……? こんなに大勢に囲まれて、ひょっとして皆さんからいたぶられてしまうのでしょうか? 役立たずと罵られ、この雌豚と踏み躙られ、頬を一つ二つ張り倒されて……そうして倒れたクウカへ誰も振り返らず、ボロ雑巾のように打ち捨てられて……ぐふ、ぐふふふ」

「平常運転だな」

 

 非常にシラけた目でカズマがクウカを見やる。勿論彼女には心地よい視線であり、はぁんと嬌声を上げながら悶えている始末である。その姿を見て彼は盛大に溜息を吐いた。

 いやほんと見た目はなぁ、ほんとにいいんだけどなぁ。聞こえないほどの声量で呟いたカズマは、気を取り直すように視線を動かした。ダストは準備をしてくると言ってここにいないが、この状況で逃げ出したところで何の意味もない以上本当なのだろう。そんなわけなので、先陣はカズマが切らなくてはいけない。

 クウカを見る。顔はいい。スタイルもいい。だが中身が致命的にアレだ。普段なら百歩譲ってまだしも、通常の八割増しで発情しているこれを目にしてやるのは無理だ。

 

「……そんなわけないだろう」

「ぐふふ――え?」

「お前を打ち捨てるなんて、そんなことするわけないだろうが」

「え? え、と。え?」

 

 が、やる。それでも、彼はやる。別に百パーセント心にもない発言というわけでもないこともないし、何だかんだでアクセル変人窟にはある種連帯感を持ってもいる。だから心底ペラッペラというわけでもない。

 

「お前は、俺にとって、大切な!」

「え、えええええ!? く、クウカは、カズマさんにとって、た、大切な……!?」

 

 あ、効いてる。突如始まったそれを見ていた一行はクウカが思ったより簡単に取り乱したのを見てそんなことを思った。何でもかんでもドM変換するクウカであるが、どうやら本当に乙女の部分が大きいらしい。いつになく真剣に、ストレートに言葉をぶつけるカズマを見て、彼女の中の三分の二のドMより三分の一の純情な感情が表に顔を出した。

 

「大切な――」

 

 ごくり、と一行が喉を鳴らす中。カズマがそこで動きを止めた。大切な何だよ。友人か? 女か? 乙女に訴えかけるなら勿論後者だが、しかし。

 目の前の存在がこれからぶち殺す相手で、隙を作るための作戦とかそういうのであればカズマも迷わず言ったかもしれない。が、クウカはそういうのではないし、何だったらこの事件の後普通に顔を合わせる相手だ。だから。

 

「大切な存在だ、クウカ!」

 

 言いやがった。微妙にぼかしたが、十分言った。案の定クウカはそのストレートな告白に普段とは違う悲鳴を上げ、頬に手を当ててよろめいている。耐性がないのだろう。当然である。コレに告白する物好きはアクセルにいない。

 

「いい感じね。あと一息って感じだけど」

「……主さまも、流石に限界かと」

「ですねぇ」

 

 そうポンポンと愛の告白めいた言葉、というか乙女心をどうにかするような言葉が出てくるような性格をしていない。ぶっちゃけここまでも割とイッパイイッパイだろう。勢いで押しているのがなんとはなしに伝わってきていた。

 となると。視線をカズマから別の場所へ移す。まだ戻ってきてないのか。そんなことを思ったキャル達は、しかしリオノールがどこかに視線を固定させているのを見て動きを止めた。

 

「……次は俺だな」

 

 カズマの前に一人の男が立つ。普段の彼らしからぬ足取りで、まるで別人のような姿勢で、リオノールとモニカには懐かしさを感じる空気で。

 ダストは、クウカの前で足を止めた。

 

「これを」

 

 彼は持っていたそれをクウカに手渡す。ダストのその動きで失念していたが、彼女に差し出したのは誰がどう見ても、紛れもなく花束だ。そして、その花の種類は。

 

『バラの花束!?』

「え? 何? 何驚いてんのよみんな?」

 

 真っ赤な薔薇の花束を差し出されたクウカは目を見開き体を強張らせた。そして、それを見ていた面々も思わずその物体を見て声を上げてしまう。

 約一名、よく分かっていない猫耳娘がいたが、些細なことであろう。

 

「あの、キャルさま。花言葉はご存知でしょうか」

「え? あ、うん。昔マナ兄、じゃない、姉さんがお姫様になるための必須スキルとか言ってたのは覚えてるわ」

「はい。それでしたら、キャルさまならばもう想像がつくのではないでしょうか」

「……バラの、花言葉?」

「……赤いバラは、『愛』を表すんですよ。だから」

「ペコリーヌさまの言う通りでございます。ですから」

 

 乙女心にはクリティカルなのか。当事者でもないのに真っ赤になっているダクネスを見る限り、どうやらこっちのドMにも特攻らしい。

 

「あ、あああ……赤い、バラ、が……」

 

 そして当事者も当然のように真っ赤であった。先程のカズマで下地が出来たところにこれである。もはやドMでも何でもない、ただのクウカがそこにいた。

 そんな彼女を見て、ダストは微笑む。す、と片膝を付き、そっと彼女の手を取った。

 

「だ、ダストさっ――」

「どうか、私を貴女の隣に立たせてはいただけないでしょうか」

「ぴぃ!」

 

 手の甲にゆっくりと口付けるそれは、姫と騎士にも見えてしまう。ドMとチンピラなのに。

 ともあれ、そんなことをされてしまったクウカは。

 

「そ、そんな、そんなことされたら……クウカは、クウカは――」

 

 ぶっ倒れた。目をハートにして、更にぐるぐると回転させながら。はひゅぅ、と何だかよく分からないだらしない声を上げながら、彼女のドMが急速に失われていく。

 それを補填するように、街中から何かがクウカに流れ込んでいく。ドMを回復させようと、バックアップのドMの欠片が次々と彼女に取り込まれては、乙女が咲き乱れたクウカの中で処理されていく。

 その光景を、ドMライフストリームを皆はただただ静かに見ていた。広がったドMが再び一つに収束し、世界が再生を始めるその姿を、じっと眺めていた。

 

「これで、後は」

 

 後ろで固唾を飲んで見守っていたセレスディナが、ゆっくりと前に出る。大丈夫だ、もう怖くない。怖いドMは、みんな、みんないなくなった。残っているのは、この薬を使えば消えてなくなる、哀れな傀儡と化していた少女が一人いるだけ。

 ポーションを取り出す。全ての欠片はクウカへと戻っていったらしく、いつの間にか周囲に漂っていたドMの渦は収まっていた。

 ゆっくりとそれを振りかける。ぱしゃり、と液体がクウカに触れると同時に、彼女の中から急速に何かが抜けていった。あっけなく、アクセルの街全体を巻き込んだ大騒動の結末は、実に静かに終わったのだ。

 

「……終わったか」

 

 はぁ、とダストが息を吐く。何でこんなことしなくちゃいけないのか。そんな思いを込めた溜息を吐いた彼の横で、どこか不機嫌そうなリオノールがジト目で睨んでいた。そんな表情のまま、彼女はお疲れさまと労ってくる。

 

「なんですかね?」

「別にー? 私が知らない間に、そういうこと出来るようになったんだ、って」

「あなたがやれって言ったんでしょうが。今回も……昔も」

「そりゃ、言ったけど……」

 

 不満を隠そうともしない顔で、リオノールはダストを見る。そんな彼女を見ないようにしながら、彼はそのまま彼女の手を取った。もういいから、帰りますよ。そんなことを言いながら、少し強引にその手を引く。

 

「こういう時は、もう少しきちんとエスコートしてくださらないかしら、ライン」

「……今回だけですよ」

 

 掴んでいた手を、そっと解く。今度は大切な宝物を扱うように変え、彼の腕に彼女を掴ませた。

 

「……リーン殿、いいのか?」

「何がよ。……どっちみち、今邪魔したらあたし完全に嫌なヤツだし」

「申し訳ない、うちのお嬢様が」

「いいわよ、別に。ほら、さっさとクウカ回収してみんなで――あれ? セレナさんは?」

 

 

 

 

 

 

「冗談じゃない……! あんな場所にいられるか……!」

 

 皆で解決の喜びを分かち合いかけたセレスディナは、そこでふと我に返った。違う、何だかなし崩し的に魔王軍抜けてあっちサイドに入りかけていた。それに気付いた彼女はこっそりとその場から離れたのだ。あそこにいたら駄目だ。そう判断したのだ。

 自分は魔王軍の人間だから、とかそういう殊勝なことを言うつもりもない。ただ単に、あんな頭のおかしい連中の仲間入りなどしたくなかったからだ。

 

「まだ傀儡が解けたばかりで多少の混乱もある、今なら」

 

 恐らくドMになっていた記憶も無くなっているだろう。その混乱に乗じて街から脱出する。あの連中に追いかけられる前に、一刻も早く。そして、奴らのことを伝えなくてはいけない。魔王軍にとって脅威となる存在のことを。

 どん、と誰かにぶつかった。急いでいたために、あまり周囲を見ていなかったらしい、セレスディナより幾分か小柄なその相手は、しかし転ぶこともなくぶつかった彼女を真っ直ぐに睨み付けていた。

 

「……ごめんなさい、少し前を見ていなかったようで」

「まったくですよ! 一体どこを見て歩いているのですか! ただでさえ疲れているところにこの仕打ち、私が寛大でなければあなたは爆発四散していたところです」

「それ普通だろ……寛大のボーダーどうなってんだよ……」

 

 何か面倒なのに絡まれた。そんなことを思いながらセレスディナは少女を見る。赤い服にローブ、魔法使いの帽子と杖。そして眼帯に赤い目。あ、これ紅魔族だ。その事に気付いた彼女は思わず眉を顰めた。今のタイミングで会いたくなかった、というか常に会いたくない。

 

「なんですかその目。そっちからぶつかっておいて」

「ああ、はい。ごめんなさい。では私はこれで」

「怪しいですね。何でそんな逃げるようにこの街を出ようと?」

 

 ジロリと少女はセレスディナを見る。確かにそうだけどお前に関わりたくないだけだよ。そう言えれば簡単なのだが、言ったところで状況が改善するはずもなし。

 そんな二人に、正確には紅魔族の少女に声が掛かる。めぐみん、誰彼構わずケンカを売るのはやめなさい。そう言って、一人の女性が少女の横に。

 

「ごめんなさいね。この娘、ちょっと今機嫌が悪くて」

「別に機嫌が悪いわけではないですが。ええ、昔の話を蒸し返されたからって恥ずかしがっているわけでもないんですが!」

「まあ、その辺りは私も思うところはあるけれど。別にそれ自体は悪い思い出じゃないでしょう? あるえちゃんとアンナちゃんもあれをそのまま使うことはないでしょうし」

「それは、そうですが……」

 

 帽子を深く被り視線を隠す。そんなめぐみんを見た女性は、改めて視線をセレスディナに。

 

「あら?」

「……ウォルバク……!?」

「セレスディナじゃない。こんなところでどうしたの?」

「何平然と話しようとしてんだ! お前、死んだんじゃ……!」

 

 数年ほど前に行方不明となり、消滅したはずの魔王軍幹部、ウォルバク。その彼女が今目の前で平然と喋っている。セレスディナは目の前の光景が信じられなくて、これまでの衝撃に追加されたそれで思わずよろめく。

 が、当の本人であるウォルバクは、そうよ、と彼女の言葉を肯定した。魔王軍幹部ウォルバクはとっくに消滅した、と告げた。

 

「今の私はちょむすけ。そう、我が名はちょむすけ! 次代の大魔道士を育てる師にして、爆裂魔法を継承させしもの!」

「なんでだよ!」

 

 ツッコミが追いつかない。がぁ、と頭を掻きむしっていたセレスディナは、こんなことをしている場合ではないと踵を返した。これ以上時間を使っている余裕などないのだ。彼女は魔王軍に勇者の情報を持ち帰らなくてはいけないのだ。

 ああ、そうだ。ついでにウォルバクのことも伝えなくては。バニルについては他言無用だが、こいつは。

 

「あれ? セレスディナさん?」

「は?」

 

 そう思った矢先、ひょこ、とちょむすけの後ろから一人の女性が顔を出した。これまた見覚えのある顔で、その顔色の悪さとムカつく美貌は間違いようがない。

 

「ウィズ!? 何でお前まで!?」

「え? ネネカ所長の依頼で、皆さんを紅魔の里からテレポートで送っていたんですよ」

「違う! あたしの質問はそういう意味じゃない!」

 

 ふらりと行方不明になっていた魔王軍幹部がもうひとり現れた。もはや理解の範疇を超えている。超えているが、とりあえずこの街は絶対にやばいということだけは理解した。駄目だ、どうあってもここから脱出して伝えないと、魔王軍が危ない。

 どうしたんですか、というウィズの言葉を無視して、セレスディナは街の外へと走る。自分から戻っていたのでは遅過ぎる。人気のない場所に移動して、伝令係にでも即座にこの情報を持ち帰るよう指示をしなくては。

 急ぐ。出来るだけ、やれるだけ、力の限り。周りに人がいないことを確認すると、彼女は持っていた鞄から連絡用の魔道具を起動させた。狼煙のようなそれは、魔王軍にしか分からない合図で。

 どうしましたか、と一体の魔物が現れた。魔王軍の伝令係であるその姿を確認すると、彼女は安堵の溜息を吐く。そうして、取り急ぎ伝えて欲しいと口を開いた。

 

「――以上だ。総じて、この街は危険だ。一刻も早く」

「一刻も早く――どうするのです?」

「……は?」

 

 ぐにゃり、と目の前の伝令係の姿が歪む。この街に来てから理解の範疇を超えた事態が起こり続けていたが、これがとどめだ。セレスディナが気付いた時には、既に目の前に立っているのは魔王軍伝令係などではなく、小柄な体格に不釣り合いな大きな帽子を被ったエルフの女性がいるばかり。

 

「成程。どうやら私がいない間の騒動も中々に興味深いものだったようですね」

「……だ、誰だ!? 何で、どういうことだ!?」

「ああ、失礼。私はネネカ。ここアクセルの街で研究所を開いている、しがない魔導師です」

「嘘だっ!」

 

 こいつは絶対に普通じゃない。セレスディナの中で警鐘が鳴り続けている。逃げられたと、脱出できたと思ったのに、何でどうして。ゆっくりと後ずさりながら、彼女はどうにかしてこの状況から抜け出す方法を。

 

「残念だが、汝の希望は叶わん」

「っ!?」

 

 振り向くと、そこには彼女の逃走ルートを防ぐように仮面の悪魔が。何でここに、とかすれた声で呟いたセレスディナに向かい、その悪魔、バニルは簡単な話だと仮面に隠されていない口角を上げた。

 

「我輩との契約を破ったであろう? なので、その取り立てに来たというわけだ」

「は、はぁ? あたしはお前との契約通り、バニルがいることは一言も。いや、それ以前にこいつは魔王軍の伝令ですらないんだから、何の問題も」

「何を言っているのだドマイナープリーストよ。我輩との契約は『汝が元魔王軍幹部の情報を漏らさぬこと』だ。対象は我輩に限らぬし、情報を漏らす相手は指定していない」

「…………はぁぁぁぁぁ!?」

「フハハハハハハ! 契約内容はきちんと読んでおくのが吉! 気になったら質問も有効だぞ! もう遅いがな。うむ、その悪感情、中々に美味」

 

 そうしてひとしきり笑っていたバニルは、そこで表情を戻した。そういうわけなのでな、と顎に手を当て、先程とは違う性質の笑みを浮かべた。

 

「悪魔との契約を破った汝は、我輩の『商品』となってもらう」

「は? いや、待て。商品って」

「ふむ。ではバニル」

「うむ、お待たせしたなネネカ女史。これがご注文の品である、レジーナ教徒だ」

「え? な、え?」

 

 セレスディナの困惑を余所に、バニルとネネカの商談は終わった。代金を払ったネネカは、満足そうに彼女へと向き直る。その視線が、どうしようもなく恐ろしかった。

 

「流石にアオイやゆんゆん、ルーシーを実験体にするわけにはいきませんからね。ええ、実にいい買い物をしました」

「待て、待ってくれ……嘘だよな? 冗談だよな? 実験体とか」

「安心しろ、実験体となったドマイナープリーストよ。ネネカ女史は道具を大切に扱うぞ」

「……ち、近寄るな! あたしは復讐の加護がある! お前があたしにやったことは跳ね返る!」

「ええ、それを試すのが目的なのですから、そうでなければ価値がありません」

「は? いや、あたしが傷付けば、お前が傷付くんだぞ?」

「ですから、それを試すのが目的だと言っているではないですか」

「ちなみに我輩からの特別サービスだが。そこのネネカ女史は分身体でな、いくら傷付こうが本人にダメージは皆無だ。安心して跳ね返すといい」

「……うそ、だろ……」

「その感情はマクスウェルやアマリリス殿向けだな」

 

 がくりとセレスディナは崩折れる。折れた。今度こそ本当に、彼女の中で何かがポッキリ折れた。意外と打たれ弱いのですね、とネネカはそんな彼女を見ながら一人呟き。

 

「ではこれにて、一件落着」

 

 バニルの楽しそうな声に、セレスディナは言葉を返すことも出来なかった。

 

 




これでこの章もようやくエピローグかな


※次の章なんですが、その前にちょっとよりみちというか外伝というか、そういうカズマさんの出番がほぼない話を挟もうと思っています。ネタはありますがそればっか続けるとアレなんで、とりあえず二つのどっちを先にやろうかアンケートを試しにとってみようかな、と。


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その94

いやー、今回は徹頭徹尾シリアスでしたね


※ホマ――謎のキャラの他の面子に対する呼び方をちょっと修正。呼び捨てじゃないよなぁ……。


 ドMの街アクセルから駆け出し冒険者の街アクセルに無事に戻った二日後。当日と翌日こそ多少の混乱は見られたものの、傀儡の状態異常の延長線上であったためか心配されていたドMの後遺症もなく、街はすぐさま普段通りの日常を取り戻した。一見すると、あんな惨劇が起きたことなど嘘のようで。

 

「出来ればあたしも忘れたかったわ……」

「あはは」

 

 ギルド酒場で溶けた猫のようになっているキャルを見ながらペコリーヌが苦笑する。コッコロは今日は魔道具店の仕事の日なので、ここにはいない。というか他にやることがないからキャルがここに来ていると行った方が正しい。

 

「お前は見てただけだからいいじゃねーかよ……」

「あー、カズマくんは、そうですね」

「おいその目やめろ。死にたくなるだろ」

 

 勿論やることがないカズマもここにいるわけで。そして今口にしたように、基本見守る係だった彼女達とは違い、彼はドM感染源を解決するためにやらかしたことでいまだに悶えていた。

 幸いなのが当の本人であるクウカはそのことを覚えていないことであろうか。

 

「……というよりは」

「ダストのインパクトが強すぎたんでしょうね」

「前座扱いされてるのが余計に惨めを誘う!」

 

 だからといって覚えられていてもそれはそれで困るのだが。カズマとしては当事者含め皆綺麗サッパリ忘れてくれるのが一番なのである。勿論そんなことはあるはずもなく。

 対面で頬杖をついているキャルなどは、実に楽しそうに彼を眺めていた。いい感じに弱みを掴んだ。そういう顔である。

 

「しっかしカズマも中々やるわねぇ」

「おいやめろ」

「あんたってば、ああいうこと言えちゃうやつだったのね。意外だわ」

「だからやめろって言ってんだろ」

「ふっふ~ん♪ い、や、よ。こういうタイミングじゃないとあんたをからかうとか出来なさそうだし」

「この猫耳……っ!」

 

 ギリギリと歯を食いしばりながらキャルを睨むが、今回は分が悪い。勿論ほとぼりが冷めたら倍返しするつもりではあるが、今この場でやるのは難しい。他の住人が覚えていないことを逆手に取ってすっとぼけるのもありだが、その場合目の前のこいつは確実に死なば諸共で自爆に来る。そして覚えている他の面子が便乗するのだ。詰んだ。

 

「まあまあ。キャルちゃんも、あんまりからかっちゃ駄目ですよ」

「いいじゃない。こんな時くらい。というかペコリーヌ、あんただって思うところあるんじゃないの?」

 

 お前もこっちにサイドに付くのだ。そんな意味合いを込めて彼女に視線を向けたキャルは、当の本人がいやいやと断ったので拍子抜けしたように目を細めた。興が削がれたのか、まあいいやと彼女自身もからかいを収める。

 

「あ、でも」

「ん?」

 

 そうしてペコリーヌから注文した飲み物を受け取り飲んでいたキャルであったが、そのまま彼女がなにか思い出したように声を上げたことで視線を上げた。カズマも同じように、何かあったのかとペコリーヌを見ている。

 

「今回のあれって、相手がクウカちゃんだったから出来たんですか?」

「は?」

「何言ってんのよ」

「いや、その方法が有効だったら、他の人が相手でもやったのかな~って」

「何聞いてんのお前!?」

 

 あからさまにカズマが顔を顰める。それはある意味さっきのキャルよりも辱めだぞ。そんなことを言いながら思い切り睨んだ彼を見て、ペコリーヌはあははと苦笑しながら謝罪する。ごめんなさい、変なこと聞いちゃいました、と。

 

「……まあ、でも、そうね。あたしもちょっと気になるわ」

「コノヤロー……」

 

 ニヤリ、と物凄く悪い顔をしたキャルがカズマを見やる。ほれほれ言ってみろ、そんなことを言いながら彼に詰め寄った彼女であったが、ぐぬぬと苦い顔をしたカズマが急に目を見開いたことで動きを止めた。あ、何かこいつ思い付きやがった、と少し離れた。

 

「何だキャル。お前、俺からそういうこと言われたかったのか?」

「…………はぁぁぁぁ!? 何でそうなるのよ! バッカじゃないの! バッカじゃないの!? 何であたしがあんたから……そんな、その、言われたいとか思わなきゃいけないのよ!」

「何を言われたいって? いやぁ、はっきり言ってくれないと分からないなぁ」

「分かるでしょ、話題変わってないんだから!」

「分からん。だから教えてくれ」

「あぁぁぁぁもう! あーもう!」

 

 形勢逆転である。既に散々ぱら言われているカズマは、ここで追加ダメージを受けても耐えられるが、いきなりその空間に引きずり込まれたキャルはそうはいかない。先程彼が考えていたキャルの反撃パターンをそっくりそのままお返しする方向に持っていったのだ。

 そんなわけで顔を真っ赤にして悶え机に突っ伏したキャルを見て勝ったとドヤ顔を浮かべたカズマは、勝利の一杯でも頼むかとそれを眺めていたペコリーヌに視線を向けた。そういえばキャルが自爆しなかったらさっきの発言トドメだったじゃねぇかと思い直し、ついでだからと彼は彼女にも同じような表情を浮かべる。

 

「ペコリーヌ。お前はどうなんだよ」

「わたしですか?」

 

 カズマのその質問を聞いて一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに意味を察しペコリーヌは小さく微笑む。そうですね、と人差し指を唇に寄せた。

 

「秘密、です」

 

 

 

 

 

 

「主さま。わたくしは、とても、とっても言われたいです……っ!」

「こ、コッコロさん?」

 

 突如虚空に向かって宣言するコッコロを、ウィズは心配そうな目で見やる。横で作業しているバニルが、相変わらずだなと笑いながらほんの少しだけ引いた。

 ウィズ魔道具店はドMの被害は皆無であったので、他の場所と比べても変化がない。本来ならば昨日の時点でコッコロも手伝いに行けたくらいである。が、ウィズの「流石に今日は休んでください」というお達しでその翌日からと相成ったのだ。

 

「まあ、昨日の臨時休業の理由の大半はオーナー達ですけど……」

「フハハハハハハ! 流石のオーナーもあれには勝てなかったからな。昔馴染みのドM騎士とほぼ変わらぬ状態となったオーナーは見ものであった」

「なまじっか、私もユカリさんも無事だったから余計に、なんですよね」

 

 事の顛末を聞かされたアキノはその場で自爆を決行しようと思うくらいには取り乱した。おかげでバニルは食い溜めをし過ぎて現在胃もたれ中だ。

 そんなわけで、彼女はこれからアメス教会に回す予算を増額しようと画策中であるが、そこら辺は特に関係がない。

 

「それにしても。今回の事件はかなりの規模でございました」

 

 棚の整理を終え、一息ついたコッコロがそんなことを呟く。そうですね、とウィズも苦笑しながら街の惨状を思い返していた。彼女自身はドMと化したアキノ達を隔離してからバニルの指示で紅魔の里へネネカ達を迎えに行っていたので直接的な被害は少ないが、そこにいるコッコロはど真ん中にいた人物である。自分と比べても苦労はひとしおであろう。

 そんなことを彼女が述べたが、コッコロはいいえと首を横に振った。自分は労われるような事は出来ていないと言い切った。

 

「今回の事件の解決は、主さまやダストさまのおかげです。わたくしは、皆さまを見守ることしか出来ませんでした」

「それは違うなエルフ娘よ。今回の表の立役者があの小僧どもならば、裏の立役者は間違いなく汝だ。ほれ、あやつを癒やしたであろう?」

「あやつ、とおっしゃられますと……セレナさまのことでございましょうか」

 

 あの時、切り札を持ってきたとこちらに合流した彼女は疲労と恐怖で限界であった。そんな彼女を見て、コッコロは出来る限りのことをしようと動いた。彼女にとっては当たり前の、ただそれだけだ。

 

「……それが当たり前に出来るからこそ、バニルさんはコッコロさんのことを評価したんですよ」

「まあ、汝のお世話欲から零れたおまけであれなのだから、我輩としては中々にドン引きであるが。それはともかく、汝はもう少し誇るがいいぞ」

「前半は聞かなかったことにしておきますね」

「……はい。ありがとうございます、ウィズさま、バニルさま」

 

 そう言って微笑んだコッコロは、そこでふと思い出した。先程の立役者として名前を出したカズマやダスト、そしてもうひとり。事件の解決のきっかけを持ってきたプリーストにして、何も言わずに去っていった高潔な女性。

 

「セレナさまは、お元気なのでしょうか……」

「うぇ!?」

 

 ウィズがあからさまに動揺した。わたわたと視線を彷徨わせ、バニルを見て知らんと突き放されたので、彼女は諦めたように溜息を吐く。多分、無事だと思います。短く、出来るだけ嘘をつかないように、そうとだけ述べた。

 

「心配するなエルフ娘よ。きっと、新天地で誰かの役に立っていることだろう」

「そうで、ございますね」

 

 バニルの言葉に、コッコロは頷く。いや確かに間違ってませんけど、と物凄く複雑な表情を浮かべるウィズをバニルは上手い具合に彼女の視界から隠しながら、おおそうだとわざとらしく手を叩いた。

 

「この間の買い出しは結局終わらせたのか?」

「……あ。申し訳ありません、わたくし、すっかり失念しておりました」

「構わん。保管してあるのならば持ってくるだけでもよいのだが」

「はい。では、少々お時間をいただけますでしょうか?」

 

 いってらっしゃい、とウィズに見送られ、コッコロは魔道具店から外に出る。空は青く、今日もとてもいい天気だ。きっと彼女もこの空の下で、沢山の人々を癒しているのだろう。

 そんなことを思いながら、コッコロは教会へと足を進めた。道行く人々は相も変わらず、今日も元気で。

 

「――おや?」

 

 足を止めた。今すれ違った人物が、誰かに似ていた気がしたのだ。だが、振り返ってもその背中に見覚えがない。先程考えていた人物かと思ったが、それにしては髪型も違うし、眼鏡もしていなかった。何より。

 

「セレナさまより、随分と目付きが鋭いようでしたし……」

 

 ちらりと見えた顔は、隈が出来た鋭い目。他人の空似だったのでしょうか、と首を傾げながら彼女は再度歩みを進めた。

 だから。

 

「ちくしょう……何であたしが……こんなパシリみたいなこと……あぁぁぁ、駄目だ考えるな、今日も寝られなくなる。楽しいことだ、楽しいことを考えるんだ……。うぅ、誰か、誰か癒やしてくれよ……。あの時の、あの、コッコロとかいうエルフの娘のような癒やしが……エルフ……エルフは嫌だぁ……! 分身するな来るな姿を変えるなあたしになるなやめろやめろやめろあたしに近付くなぁぁぁぁ」

 

 フラフラと歩いているその人物がセレナ――セレスディナの成れの果てであったことに、彼女は結局気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 場所は戻って、ギルド酒場。カズマ達とは違う離れたテーブルで軽い食事をしていたダストは、めんどくさそうに溜息を吐いていた。

 

「どうしたのよダスト」

「ん? ああ、リーンか」

「今ちょっとホッとしたわね」

「……まあな」

 

 よ、とリーンが対面に座る。ここ数日色々あり過ぎて彼もそろそろ限界であった。『ダスト』としての化けの皮が剥がれてしまう。というよりは、捨てたはずのもう一つを無理やり被せてきたという方が正しいか。ともあれ、そのおかげでアクセルのチンピラ冒険者としての自分が多少なりとも揺らいでいた。

 そのことを何となくリーンも感じ取っているのだろう。野菜スティックをポリポリと齧りながら、彼女は彼の顔を見ていた。

 

「んだよ? 惚れたか?」

「冗談。……ま、そういうこと言えるうちは大丈夫なんじゃない?」

「……かもな」

「私は惚れてるわよ」

「うぉわ!?」

 

 す、と当然のようにリオノールが座る。急なその声に思わずのけぞった彼は、そこにいたモニカにぶつかり一緒に倒れた。いきなりご挨拶だな、という彼女のジト目を見て、ダストらしからぬ素直な謝罪を口にする。

 

「まあ、今のはお嬢様が悪いので、私としてもそこまでは言わないが」

「ねえモニカ。私の気のせいだといいんだけど、ここに来る前より当たり強くなってない?」

「自覚があるなら自重をしては?」

「それは無理ね」

 

 言い切った。はぁ、と溜息を吐いたモニカは、そのままリオノールの隣に腰を下ろす。すまないな、と今度は彼女がダストに謝った。

 それで、とリオノールが会話が途切れたタイミングで口を開く。今の告白についてなにか思うことはないのか、と。ニヤニヤと笑みを浮かべながらダストに向かってそう問うた。

 

「別に何も」

「それは流石に私の乙女心が傷付くわね」

「リールのそれがそんな脆いわけ無いでしょうが」

「言ってくれるわね。……あ、じゃあ、そうね」

 

 そっちの彼女はどう? そう言ってリオノールはある場所を指差した。それはモニカでもなく、リーンよりも後ろで、横。え、と振り向きそこに視線を向けたリーンは、一人の少女がこちらにやってきているのに気が付いた。服装はシンプルなブラウスとスカート。普段の格好と比べると、露出してなさ過ぎて心配になるほどだ。

 

「あ、あの……。だ、ダストさん」

「お、おう」

「く、クウカも、ご一緒していいでしょうか」

「へ? お、おう」

 

 よかった、と柔らかく微笑んだクウカは、失礼しますとダストの隣、リオノールとは反対側に腰を下ろす。何でここだよ、とダストは表情で述べていたが、それを口にはしなかった。

 それから暫し。クウカはもじもじとしているものの、別段おかしなところがない。妄想を口にもしなければ、よだれを垂らしてアヘ顔を晒すこともしないのだ。これは明らかにおかしかった。

 

「あー、っと。クウカ、お前どうしたんだ?」

「ど、どう、とは? クウカ、何かおかしかったでしょうか?」

「いや、別に普通だな」

 

 だからおかしいんだけど。その言葉はギリギリのところで飲み込んだ。代わりに、ゴホンと咳払いを一つする。

 

「あぁいや。服装は気になったな。どうしたんだお前?」

「え、こ、これはですね……。その、似合いませんか……?」

 

 似合う似合わないでいうならば似合っている。おしとやかなお嬢様のように見える現在のクウカは、そうと知らなければダストはナンパしてしまうほどだ。

 が、それを素直に言っていいのだろうか。彼はほんの少しだけ悩む。というかそもそもこれは一体どういうことだ。何でこいつはこんな格好をして、そしてその感想を自分に聞いているのだ。訳が分からな過ぎてダストはどうしていいか分からない。

 そんな彼を見ていたリーンが呆れたように溜息を吐いた。鈍感、馬鹿。そんなことを呟きながら、視線を彼からクウカに向ける。

 

「似合ってるわよ、クウカ。そういうの、ダストの好みなんじゃないかな」

「そ、そうですか……! よかった」

 

 ほっとした表情を浮かべるクウカは、とても先日ドMを街全体に振りまいた感染源だとは思えない。というかそもそも普段のアレと同一人物とは思えない。

 

「……なあクウカ。お前何か変なもんでも食ったか?」

「ちょっとダスト。それは」

「い、いえ、そんなことは……。はっ!? ひょ、ひょっとして、これは。『お前にはこんなちゃんとした食事より相応しいものがあるだろ?』とクウカを地べたに押し付けてとても人が食べるようなものではないものを無理矢理今から……!? ぐ、ぐふふ」

「あ、気のせいだったわ」

 

 妄想を口にしていつものアヘ顔を晒し始めたクウカを見て安堵の溜息を吐いたダストは、そのまま彼女を放置して立ち上がる。今はスイッチが入っているが、落ち着いたらきっとまた。

 めんどくせぇ、とぼやきながら彼はそのまま酒場を後にした。リーンも何となく察しているのか、その背中を追うことはしない。が、リオノールは遠慮なく追いかけていた。モニカが慌ててそんな彼女の後を追う。

 

「はぁ……あたしもあれくらい行った方がいいのかな……って、違う。何言ってんだあたし」

 

 

 

 

 

 

「何でついてくるんですかね」

「ふふっ。何でだと思う?」

 

 広場のベンチに腰を下ろしたダストの横にリオノールが座る。呆れたようなモニカは少し離れたところに立っていた。

 

「クウカは、あの時の記憶のせいでちょっと混乱してるみたいですね」

「……本気で言ってる?」

「勿論。俺みたいなチンピラ冒険者に好意を持つとかどうかしてる」

 

 へら、と笑いながらダストが告げる。まあ確かにそうね、と思い切り肯定されたので、言った本人が思わずよろけた。

 だってそうでしょう、とリオノールは笑いながら続ける。今時流行らない真面目騎士やってた時もそうだったし。くるくると指を回しながらそう述べた。

 

「ライン、あなたのことを好きになる奴なんて、何かしら変なやつだけよ。……そして私は、ブライドル王国では変人姫として有名ね」

「婚約が」

「言ってなかったかしら? 私、今聖テレサ女学院の学院長やってるの。優秀な人材も発掘したし、姫としての価値よりも別の価値を高めたから、結婚相手も自分で選んで良くなったわ」

「……は?」

 

 マジかよ、と視線をモニカに向ける。頭痛を堪えるように頭を押さえながら頷かれたので、ダストも同じように頭を押さえながら項垂れた。リオノールは勝ち誇ったようなドヤ顔である。

 

「そういうわけだから、ねえ、ライン」

「駄目です」

「……何で?」

「そっちがよくても俺は……私は、まだ踏ん切りがついていません」

「……うん。そうか。そうよね」

 

 その言葉をどう受け取ったのか。リオノールは俯き、沈黙する。前髪がさらりと顔を覆い、彼女の表情がどんなものかを窺い知ることは出来ない。ただ、ごめんなさい、と小さく呟いていることから、それは笑顔ではないのだろう。

 

「リオノール姫。私は」

「ううん、いいの。私が勝手に想っているだけだから。……だからまだ、言わないで」

「……別に、断るとは一言も」

「え? ――いいの?」

「だから、まだ踏ん切りがついていないと言ってるでしょうが! 俺はチンピラ冒険者ダストで、なんか知らんが今ちょっとモテ期が来てる。受けるにしろ断るにしろ、これを解消してからだ!」

「貴公、それは割と最低だぞ……」

「うるっせぇよモニカ。こっちだってこんな状況今までなかったからどうしていいか分かんねぇんだよ」

 

 ぷっ、とリオノールが吹き出した。あはははと腹を抱えて笑い始めた彼女は、一人納得したように頷いている。そうこなくちゃ、とそのままの勢いでダストの背中をバンバン叩いた。

 

「よーし。じゃあそれまで私もここにいるとしましょうか」

「姫様。本来の目的を忘れては駄目です」

「まあまあ。アイリスちゃんはしっかりしてるし、私がいなくても」

「流石にそれは、了承出来ないかな~」

「っ!?」

 

 横合いから声。思わずそこに顔を向けると、一人の女性が立っていた。穏やかに見える笑顔を浮かべ、開いているのか閉じているのか分からないような目でこちらを眺めている。突然の出現に呆気に取られている二人を尻目に、紫色に見えるその長髪を揺らしながら、その女性は少しだけ困ったような顔で頬に手を当てた。

 

「姫様~? きちんと仕事は済ませないと、さっき自分で言った立場が台無しになっちゃうぞ☆」

「ぐっ……。って、ちょっと待って。あなたいつからいたの!?」

「最初から☆」

 

 そう言って女性は楽しそうに笑う。その『最初』がいつを指すのか、などを聞く必要もあるまい。モニカはああやはりあの時の視線は、と納得したような溜息を吐いている。

 そうしてリオノールが苦い顔でぐぬぬと呻いているのを一瞥した女性は、そのまま視線をダストに向けた。

 

「久しぶりだね~、ラインくん」

「……今の俺はダストだ」

「うん、勿論、知ってるよ」

 

 ち、とダストは舌打ちする。だからこいつは苦手だ。そんなことを思いながら、それで俺に何の用事だと問い掛けた。女性はそんな彼の睨んだような表情を見ながら、決まっているじゃないかと口角を上げる。

 

「フェイトフォーちゃんが会いたがっていたよ」

「……っ!」

「ああ、勿論今のラインくんではブライドル王国には来られないだろうから。もうちょっとだけ勉強をさせたら、こっちに送るね~」

「な、あ!? そんなこと」

「大丈夫大丈夫。私が許可を出すから」

「出すのも勉強させるのも私なんですけどぉ!」

「そうだね~。だから姫様、帰ろうか?」

 

 うがぁ、と頭を抱えるリオノールを楽しそうに眺めていた女性は、そういうわけだからと彼女を引っ掴む。モニカも溜息混じりにその後ろに付き、ではまたなと手をひらひらさせた。とはいってもすぐに帰るわけではないだろう。きちんと準備をして、アイリスを連れて、それからだ。

 そうして彼女がいなくなったのを確認すると、ダストは疲れ切った様子でベンチに腰を下ろした。何でいるんだよ、とぼやいた。

 あの口ぶりだとまた来るのだろう。だからその時までにはもう少し鍛え直さないといけないが、しかし。

 

「あー……暫く何もしたくねー……」

 

 少なくとも今は、勘弁して欲しい。どこまでも青い空を見ながら、彼はそんなことを思った。

 

 




第五章、完!


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よりみち
その95


『箱入り勇者姫(プリンセス)と聖なる学舎の異端児(リセエンヌ)



というわけで、レギュラー面子ほぼ皆無で暫しお送りします。


 現在地は、ベルゼルグ王国。否、もうここは既にブライドル王国なのかもしれない。その区別が、アイリスにはよく分からないのだ。なにせここは上空、あまり城から出ることすらなかった箱入りのお姫様は、天高く見下ろす景色など想像もつかない。想像もつかないのだが、しかし、これだけは分かる。多分、間違いなく。

 

「流石にお姉様も、この経験はないでしょうね!」

「……まあ、そうでしょうね」

 

 モニカが苦笑する。そんな二人を眺めながら、リオノールは何とも言えない表情を浮かべていた。本来ならここでそうでしょうそうでしょうと率先してドヤ顔を浮かべる彼女がそんな状態のは、ひとえに。

 

「ありがとうございます、ホマレ様!」

「いいよ~。このくらい、お茶の子さいさいだから」

 

 アイリスが自身の乗っているその生物の背中に、巨大な竜に声を掛けた。それを受け、竜はクスクスと笑いながら言葉を返す。

 まあつまりそういうわけである。今回のこれはリオノールがノータッチな上に、実行者が今自分達を乗せているドラゴン。彼女が胸を張れる部分がない。ついでにいうと、この竜のことをブライドル王国の姫として下に見ることも出来ない。

 

「ねー、ホマレ」

「ん~? どうしたのかな、姫様」

「そもそも、何で迎えがホマレなわけ? あなたブライドル王国の守護竜でしょ? いいの? 国をほっといて」

「それは大丈夫だよ~。私がいなくても、きちんと守護をしてくれるドラゴンを育ててるからね」

「ホマレ殿。私が言うのもなんだが、あの二人で大丈夫なのか?」

 

 モニカの言葉に、ドラゴン――ホマレはクスクスと笑う。確かに普段は問題児かもしれないけれど、と言葉を続けた。

 

「ああ見えて、結構役に立つんだよ?」

「言い方が……」

「それに、これからはフェイトフォーちゃんもここに加わってくれると思うし」

「フェイトフォーか……」

 

 ううむ、とモニカは眉を顰める。確かに実力は相当のものだ。彼女の友人である、かつて最年少でドラゴンナイトとなった王国一の槍使い、ライン・シェイカーの相棒としての功績も素晴らしい。

 だが、あのドラゴンはまだ人化が出来るようになったばかりの上位種成り立てホヤホヤ。話題に出た二人の片方にも及ばないし、今現在自分達を乗せている、かの有名な神獣に勝るとも劣らないと言われる力を持ったブライドル王国守護竜である彼女とは比べ物にならない。

 

「別に急ぐことではないからね~。姫様の子供が成人するくらいには、多少使い物になっているんじゃないかな~」

「子供って……もー、まだ早いわよ」

「返事すらもらっていませんからね」

「断られてないからいいのよ」

 

 モニカの軽口にリオノールはそう返す。それを聞いていたアイリスは、唐突な恋バナに目を輝かせた。リオノール姫、好きな方がいるのですか。そう言ってずずいと迫った。

 

「え? うん、いるわよ。私の片思い、だと思ってたんだけど」

「実は両思いだったのですか!?」

「あー、うーんと……だったら、いいかなぁ」

 

 まんざらでもないような反応ではあったが、しかし自分に決めているような口ぶりでもなかった。自分と離れている間に、どうやら向こうで作り上げた絆が思ったより強固なようで。

 はぁ、とリオノールは溜息を吐く。こうして再び離れてしまったことで、彼の気持ちも離れていってしまわないだろうか。そんなことを考え、少しだけ凹んだ。

 

「そ、それより。アイリスちゃんはどうなの? そのくらいの年頃なら、気になる男の子とか」

「いえ。生憎と、城暮らしだったもので。同年代の男の方が殆どいませんでした」

「あ、うん。そっか……」

「流石は姫様だね~」

「褒めるところじゃなくない!?」

 

 ホマレ殿がいると楽だな。そんなことを思いながらモニカは形ばかりの手綱を握りしめる。ぶっちゃけこの竜相手に操作とか必要がないからだ。そういう意味でも、現在モニカは非常に助かっている。

 

「んー……。どうしようモニカ。聖テレサ女学院じゃ、アイリスちゃんのそういう相手探せないわよ!?」

「姫。アイリス様はそういう理由でこちらに短期留学するわけではありませんから」

「あの、リオノール様。私、一応婚約者がおりますので……」

「納得してない顔してる。駄目よそんなのじゃ。王族でもね、どうせなら好きな人と結ばれたいじゃない」

「他国の事情に口を挟まないでください姫」

「いいじゃないのモニカ。大体ティアナちゃんだってほら、あのカズマ君って人と」

「……お姉様が、誰と、なんですか?」

「え? あれ? これ言っちゃいけないやつだった?」

「いえ、確かにあの人とお姉様は最近距離が近いでしょうし、私としてもそこまで悪い人だとは思ってはいません。だからお義兄様と呼ぶのもやぶさかでは――やっぱり駄目です! 私は、私は認めませんよ! お姉様は渡しませんから!」

「うひゃぁ!?」

「あらら~。私はし~らない♪」

 

 やっぱりそこまでかもしれない。くるりと手の平を返したモニカは、なるべく聞かなかったことにして近付く母国に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 陽光差し込む学び舎、聖テレサ女学院。ブライドル王国の中でも有名なこの学院の、花々咲き誇る朝の中庭に、全校生徒が集まっていた。

 朝礼ついでに連絡事項がある、ということで普段よりも長めに時間が取られているその空間で、一人の少女があくびを噛み殺している。何故かその周囲には不自然に隙間が出来ており、遠巻きに女生徒達が彼女を眺めていた。

 恐れられている、というわけではなさそうだ。その理由が、時々聞こえてくる女生徒達の呟きである。

 

「尊いですわ……」

「めちゃすこですわ……」

 

 一応再確認しておくが、ここはお嬢様学校である。あしからず。

 

「クロエ先輩クロエ先輩」

「あ?」

 

 そんな空間に遠慮なく飛び込む一人の少女。ジロリと向けられたダウナー気味のジト目を見ても、別段何の反応もない。むしろいつものことだからと流している感がバリバリだ。

 そんな彼女はテンションが地平線を描いているであろうクロエのことなど知ったことかといった勢いで話し掛ける。空気を読んでいる加減は欠片も感じないが、知っていてぶち壊しているのならば一応読み取ってはいるのだろう。

 

「いやチエル。なんでここにいんの? 一年の列は向こうなんだけど。迷子になったんなら先生に言いな? 手ぇ引っ張ってってくれるから」

「あ、ご心配なく。チエルってばいつも道はハッキリ見えてるんで、他人に引っ張られなくても大丈夫ですから。むしろこっちが背中押す役目みたいな」

「その道崖に繋がってるやつじゃん。悪いこと言わないから押すのはやめてやんな」

 

 それで、とクロエはチエルに問い掛ける。何でここにいるのか。先程の質問をもう一度彼女は口にした。今度は別に何も修飾語を付けずにである。

 

「え、何かあそこ無駄に隙間空いてるなってひょっこり顔を向けたら、中心部に常連のお一人様発見ってな具合に遊びに来たんですけど」

「ふーん」

「え? 反応薄くないです? 子犬系後輩が懐いてるんですよ? クロエ先輩幸せ者じゃないですか」

「現在進行形で不幸まっしぐらなんだけど。え何? これ次は五人に押し付けないといけないやつ?」

 

 こちとら寝不足なのだから無駄な体力使わせるな。欠伸を噛み殺しつつそう続けたクロエは、ポリポリと頭を掻きながら視線をチエルから外した。そろそろ向こうにいる教師が睨んでくる頃だ。

 

「まあ待ちたまえ。確かにこの朝礼にはそこまで意義を感じられない部分があるかもしれない。だが、青春を謳歌するという意味ではこれ以上なく有意義だ。ついでだから注意もされておこうではないか。チエル君、クロエ君、さあ続けるといい」

「いやパイセン何しれっと混ざってんの? てか前半と後半繋がってなくない? 会話の途中で掌コークスクリューすンならちゃんと言って? 聞き流すんで」

「おや、クロエ君。何だかんだいって君はぼくたちの会話をきちんと聞いているのかね」

「全然聞いてない振りして、実はしっかりチエル達のトークに興味アリアリだったんですね。クロエ先輩ったら、もう少し素直に混ざりたい願望オープンハートしてくれてもいいんですよ?」

「うるさい。朝からほんとうるさい。そもそもあんたら別々にこっち話しかけてきてたから。ソロパートが二組だから。デュオで来たみたいな空気出すのはやめとき」

 

 その辺りで、私語は慎みなさいと注意が入る。勿論注意されたのはこの三人なので、視線を巡らそうが他に該当者などいるはずもなし。

 が、そこでクロエが気付いた。この謎に用意された空間にいるのはクロエ、チエル、そしてユニの三人だけかと思っていたのだが。

 

「……クロエ先輩、そこの娘だれの子あなたの子です?」

「いや違うし。見りゃ分かんでしょ」

「ふむ。確かにクロエ君とは似つかぬ風貌だ。特にこのあどけない表情など、彼女との共通点がさっぱり……いや、案外似ているかもしれない」

「いやちげーから。似てないから。つか髪色、うちのと全然違うから」

「きれいな髪ですね。真っ白ですけど、白髪とは違う感じ。つまりこう見えておばあちゃんっていう可能性はなしん子ですね」

「それは重畳。ぼくのアイデンティティの一つが失われなくて済みそうだ」

「え? ユニ先輩そこ自覚しちゃうんですか? 諦めたらそこでゲームセットしちゃいますよ?」

「んで。お嬢ちゃん、どした? 迷子? 飴ちゃん食べる?」

 

 ユニとチエルを無視りつつ、クロエは目線を少女と合わせる。こくりと頷いたのを見て、よし、と彼女はポケットから飴玉を取り出した。少女はそれを受け取ると、包み紙のままパクリと。

 

「ちょい待ち」

「……?」

「いやキョトンとされても。あんな、包み紙は食べらんないから、貸してみ。ほれ、これで食べな」

「……ありがと」

「ん」

 

 今度こそパクリと飴玉を頬張る少女を見て、クロエは笑みを浮かべながら頭を撫でる。コロコロと飴を口の中で転がしていた少女は、そのままバリバリと豪快に噛み砕いた。

 

「意外とワイルドですねこの子。クロエ先輩とは正反対」

「対となる存在というやつか。つまり彼女は、クロエくんの深層意識の具現化といっても過言では」

「いや過言だし、過言過ぎて目的地遥か彼方だし。つかふつーに迷子っしょ」

『普通に迷子?』

 

 何言ってんだこいつという目でユニとチエルはクロエを見る。ここは聖テレサ女学院の中庭、そして現在朝礼中。こんな状況で一体何をどうすると迷子が発生するのか。

 

「あんたら今の自分の立ち位置見直してから言ってみ? ここ二年の場所だから。常識とかおもくそ迷子だから」

「だが、それは概念の話だろう? 少なくともぼくはここテレ女の生徒であるし、チエル君も同様だ。対して、そこの幼女はどうだ? 彼女はテレ女の生徒と言えるのだろうか」

「とりあえず制服は着てませんね。初等部の子が迷い込んだとかいう可能性はクシャポイでよさそうです」

「むぅ」

 

 何でこいつら急に普通に考察し始めたんだ。そう文句を言いたかったが、話が進まないので仕方なくクロエは続きを促す。彼女の横にいる少女が迷子だとしたら、早いところ保護者のもとに向かわせなくてはいけないからだ。

 

「というわけで、とりあえず本人から話を聞いてみるとしよう」

「そうですね。お嬢ちゃん、お名前なんていいます? ちなみに、チエルはチエルって言うんですよ。ちぇる~ん☆」

「ちぇるーん?」

「いや、そこ気にしなくていいから。あれの言ってることの十割は聞き流していいから」

「ちょっとクロエ先輩。そこはせめて八割引くらいにしときましょうよ。百パーセントオフは流石にチエルもサービスし過ぎで大赤字ですから」

「それで、君の名は?」

 

 珍しくユニが話を戻した。そんな彼女の言葉に首を傾げた少女は、少しだけ考える素振りをして、うんうんと頷いた後に口を開いた。あの人が呼んでいた、大切な名前を、口にした。

 

「ふぇいとふぉー」

 

 

 

 

 

 

「あの、学院長……」

 

 聖テレサ女学院の教師であるマザー・ヒルダがリオノールに問い掛ける。朝礼の大まかな部分は終わり、戻ってきた学院長から生徒に話をするという時になって、彼女が何やら騒がしい場所を見付けたのだ。先程注意したのに、とマザー・ヒルダが顔を顰めていたのとは裏腹に、リオノールは丁度いいとばかりに笑顔を見せている。その笑顔があまりにも胡散臭かったので、マザー・ヒルダは彼女に声を掛けたのだ。

 

「ああ、気にしないでちょうだい。あの三人は、今丁度私の仕事を手伝ってもらっているところだから」

「仕事の手伝い、ですか……?」

「そうよ。あそこにいる女の子、あの子の面倒を見てもらおうと思って」

 

 あそこ、とリオノールはフェイトフォーを指差す。何だかんだで面倒見のいい連中だ。そのままいい感じに彼女の成長の助けになってくれるだろう。そんなことを考え、うんうんと頷いた。

 

「よし、じゃあ短期留学生の紹介をしましょうか」

「いいんですか……?」

 

 不安げにリオノールを見る女性教員を視界に入れながら、苦労しているのだろうなとアイリスは苦笑する。何だかんだでぶっ飛んだ連中には耐性がついているので彼女はそこまで気にしないが、普通の人にとっては色々と問題だろう。

 ともあれ、そういうことならばここでの学院生活はそれほど気負わなくとも良さそうだ。そう結論付けて、彼女は学院長であるリオノールに促されるまま前に出て挨拶を行う。

 

「イリス、と申します。ほんの僅かな間ですが、どうか皆様方、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

「固い」

「え?」

 

 即ダメ出しである。いやここお嬢様学院なのでこれでいいのですけど、と護衛として後ろに控えているモニカが凄い顔をしていたが、勿論リオノールは分かっていて無視をしている。それどころか、これは由々しき事態ね、と何やら深刻そうに額をトントンと叩いた。

 

「よし、決めた」

「え? 何をですか?」

「イリスちゃん、高等部行きましょう?」

「え?」

 

 元々中等部に編入される予定であった彼女の予定は即座に変更されたらしい。鼻歌交じりに書類を書き換えるリオノールを見ながら、流石のアイリスも目を見開いた。

 

「リオノール様!?」

「イリスちゃん、ここでは学院長よ。……心配しなくても、イリスちゃんの学力は十分高等部でやっていけるレベルだから。ティアナちゃんへの対抗心がいい方向に作用してるわね」

「……むう」

 

 そこを突かれるとアイリスは弱い。反論しにくい状態となった彼女を、リオノールは大丈夫大丈夫と笑みを浮かべ頭を撫でた。

 

「そんなあなたに、心強い味方を紹介してあげるから」

「味方、ですか?」

「そうそう。ついでに、イリスちゃんもあの子と一緒にいて欲しいかなー、なんて」

 

 あの子、というのはリオノールの指差す先だ。フェイトフォーと呼ばれた美しい白い髪の少女。そして、道中ホマレから話を聞いていたアイリスは、彼女がどういう存在かも当然知っている。

 

「あの三人と、フェイトフォー。きっとイリスちゃんにはピッタリだと思うわ」

「そう、でしょうか……?」

 

 この人が言うとどうにも胡散臭い。だが、親愛なる姉ユースティアナの友人である彼女がそこまで言うのならば。

 分かりましたとアイリスは頷く。そうこなくっちゃとリオノールは微笑む。

 そして、一部始終を聞いていたマザー・ヒルダは思い切り頭を抱えていた。モニカはもう知らんと諦めた。

 

 




なかよし部やっぱりめっちゃ難しい……


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その96

なんか自動的に会話の文字数がうるさくなる


 そんなわけで、いきなり高等部へと編入されることになったアイリス。中等部だとあの三人との接点が減るという謎の名目を受けてはいたが、果たして本当にそれでいいのか。それがどうにも彼女は不安であった。

 

「ふぅ……」

 

 授業終了のチャイムが鳴る。緊張していたせいか、アイリスの体は随分と凝り固まっている。ゴキゴキと首を鳴らしながら、クレアとレインがいたならば怒られるなと口角を上げた。

 

「や、どうだったイリスちゃん」

「ふぇ!?」

 

 突如掛けられた声に思わず背筋がビクリとなった。視線をそちらに動かすと、あれ、驚かせちゃったかなと一人の少女が頬を掻いている。桃色気味の髪に水色のリボンのアクセント、ぱっちりとした瞳が可愛らしいその少女は、今日から暫くの間クラスメイトとなった人物で。

 

「あ、チエル先輩」

「先輩!? わ、何だかめちゃくちゃ新鮮な響き。ちょっとチエルってばお姉さん風吹かせたくなっちゃう。でもでも、イリスちゃんとは同級生の間柄なんで、気軽にチエルちゃんとか呼んでくれるとそこはかとなく嬉しい感じ?」

「え、っと。ち、チエルちゃん?」

「やーん! 素直~! ちょっとチエルの中で好感度の上昇インフレし過ぎて困っちゃうんですけど! これクロエ先輩達に見せたら危険ですね。よしイリスちゃん、今日はチエルと二人でお昼食べましょう?」

「は、はい?」

 

 初っ端から止まらず突っ込んでくるチエルに流石のアイリスも圧され気味だ。が、それはあくまで年齢の近い相手がそういう状態だからであって、年の差を考慮しなければぶっ飛んだ連中との交流もある程度ある彼女には終始取り乱すには至らない。

 

「でも、いいのですか? あの、フェイトフォーさんのことは」

「あー、そっかー。あっちはあっちで小動物的可愛さ山盛りてんこ盛りだし、クロエ先輩、はともかくユニ先輩に任せると何しでかすか分からないからー……」

 

 ふむ、と悩む素振りを見せた。一瞬である。え? 今悩んだ? と言いたくなるくらい一瞬である。恐ろしく早い葛藤、アイリスでなければ見逃しちゃうね。などということもないであろうが。

 

「とりあえず、みんなのところに行きましょうか」

「はい」

 

 そういうことになった。アイリスを引き連れて、チエルは教室を出て目的地まで向かう。部室棟よりかは近いという話だが、生憎まだこの学院の地理を全く分かっていないアイリスにはそう言われてもピンとこない。

 

「それでイリスちゃん。授業どうだった?」

「はい。大勢の人と共に勉強するという機会がなかったので緊張しました」

「んー。そういうんじゃなくて、イリスちゃんってば学院長の思い付きで高等部編入になったでしょ? 勉強大丈夫なのかなーって」

「全く分からないということはないので、今のところは問題ありません」

「へー、何だか優等生っぽい。ひょっとしてイリスちゃん、お偉いところからこっそりお忍びしちゃってる感じだったり?」

「え!? いえ、許可はきちんともらっていますよ!」

「そういうんじゃなくて。え? ほんとにお偉い出身だったりしちゃうんです?」

 

 思わずチエルが真顔になる。アイリスはその反応を見てやってしまったと表情を固めてしまったが、こほんと咳払いをするとそんなことはありませんと返した。棒読みであった。

 成程、とチエルが頷く。一体全体何が成程なのか分からないが、とりあえず彼女の中では何か納得するものがあったのかもしれない。

 

「じゃあじゃあ、これはもしもでイフ的なシチュエーション話だけど」

「はい」

「イリスちゃんってば、そういうの気にする系?」

「はい?」

「正体がお偉い人だった場合、そこ踏まえとけよ的なお約束は守る感じ?」

「……私がそういう立場だったとしたら。正体を明かしてない時は、いえ、明かしても、お友達とはお気楽な関係でいたいです」

「そっかそっか。……ところでぇ? チエルとイリスちゃんは、お互いマイフレンドで大丈夫です?」

「チエルちゃんが良いと言ってくれるのならば」

「やぁぁぁん、かわいいぃぃぃ!」

 

 がばちょ、とチエルがアイリスに抱きつく。わぷ、とされるがままになっていたアイリスであったが、自身の姉とのスキンシップを思い出しどことなく安心した表情になった。かいぐりかいぐり、と半ばチエルのおもちゃにされつつ、そのまま二人揃って目的地へと足を進める。

 ほらここ、とチエルが指差した先はとある部屋。空き教室か何かを下地にしてあるのだろうが、いかんせんその手の知識がないアイリスにはやはり違いがわからない。ただ、謎のプレートが掲げられているので、無断使用というわけではなさそうであった。

 

「お昼食べに来ましたよ~♪」

「お、来た」

「やあチエル君、イリス君。先に始めているよ」

 

 そこに踏み込むと、既に昼食を食べている三人の少女が目に入る。金髪を短いツインテールにしているジト目気味の少女は、少し食べるスピードを遅くしていたらしい。ほれ、座んな、とチエルとアイリスを席に促している。

 一方の小柄な編み込んだ二房の髪の少女はマイペースだ。どのみち食べるスピードは早くないから問題ないだろうという腹積もりらしい。

 そして、それ以上にマイペースなのは綺麗な白い髪の少女。

 

「わ、フェイトフォーちゃんめちゃくちゃ食べますね」

「うむ。一体全体あの体格のどこに入っていくのか。中々に興味深い」

「いやパイセン、それで流していいレベルじゃないから。まあ……今んとこ問題なさそうだからいいけど、別に」

 

 アイリスより若干小さいくらいの身長であるが、アイリスの体積と同じかそれ以上の食事をしているフェイトフォー。その光景はさしものユニやクロエも、そしてチエルも驚きだったらしい。

 逆に、正体云々を抜きにしても動じないのがアイリスだ。

 

「んで、イリス? 何でほっこりしてんの?」

「いえ、私の大切なお姉様もよく食べる人ですので、こう、安心感が」

「この量食ってんの見て安心感覚えるって」

「クロエ先輩と同い年です」

「いやそこ問題にしてないし。っと、イリス、先輩呼びじゃなくて別にいいから」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらクロエが述べる。それを耳ざとく聞いていたチエルが、おやおや、と彼女の方へと笑みを浮かべた。

 

「なんですか先輩。チエルがそう呼んでるから、イリスちゃんには別の呼び方所望しますみたいな、そういう特別感出しちゃってます?」

「いや、違うし。むしろチエルどんだけ自分に自信持ってんの? ……ただ、なんつーの。先輩とかそういう関係だと、友達とはちょっと違くないみたいな考えとか持ちそうだったから」

「ふむ、クロエ君はそういう心の機微に敏い。年下でかつ慣れない環境、そして学院長の無茶振りが合わさり色々と疲弊しているであろうことを見越し、上下関係という追加の疲弊を避けるために言い出したのだろう」

「ユニ先輩、それ言い出しちゃったらクロエ先輩の気遣い無駄骨複雑骨折しちゃいません?」

「これはあくまでぼくの考察だ。だからイリス君、気にせずクロエ君と友達関係を築いてくれたまえ」

「えっと、はい。……クロエさん?」

 

 これでいいのだろうか、といったふうなアイリスの態度に、クロエが小さく溜息を零す。そうしながら、別に緊張すんなしと苦笑しながら彼女の頭を撫でた。

 

「それで? ユニ先輩はどうするんです? 呼び方変更しちゃいます?」

「そうだな……。ぼくとしては呼び方に拘る必要はないと思っているのだが、イリス君が呼びたいのならばやぶさかではない」

「と、いうと?」

「ユニちゃんでもユニたんでも、好きなように呼びたまえ」

「ユニ、たん?」

「イリス、パイセンの言葉を真に受けるのはやめとき? あの人アレだから」

「アレですもんね」

 

 何がどうアレなのかは語らない。語ってもしょうがないというのが二人の顔から察せられた。

 ちなみに、ユニの呼び方はユニさんとなった。

 

 

 

 

 

 

 そういうわけで昼食である。フェイトフォーの分は特別に用意されているらしく、アイリスの食べる食事が既に空、ということはなさそうであった。

 いいんですか、とアイリスが他の面子を見やるが、遠慮なく食べろと皆揃って言うので言われるままにそれを手に取る。サンドイッチをパクつき、美味しいと顔を綻ばせた。

 

「これは、どなたが作ったのですか?」

「ん? なんつーの? 気付いたらローテーションで持ち回りになってたから、時と場合による感じ。今日はうちが作ったやつね」

「へぇ……クロエさん、とても美味しいです!」

「ん。まあ、それなら良かった」

 

 アイリスの素直な感想にクロエが口角を上げる。それを見たチエルとユニがニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「何? なんか文句あんの?」

「いえー? 何だかクロエ先輩やけに素直だなーとか思ってませんよ?」

「そういうところだぞクロエ君」

「いやどういうとこだし。褒められてンだから別におかしくなくない?」

「くろえのごはん、おいちい」

 

 横合いから声。ん、と視線を向けると、自分用の食事を食べ終わったフェイトフォーがこちらに乱入していた。ここでこちらの昼食も食べ尽くす、という暴挙は流石にしないらしく、大人しくそこに座っている。

 

「おや、先程の昼食に混ぜておいたのかね」

「いや、同じ部屋いんだからおすそ分けくらいするっしょ」

「そういうところだぞクロエ君」

「もー、クロエ先輩ってば何でそんな気遣いしちゃうんです? ラブコメだったらあっという間にヒロインダース単位で増えますよ」

「いや意味分かんないし。つかフェイトフォー、あんた腹は大丈夫なん?」

「はら八分目がたいしぇつってかやが言ってた」

「そか。……腹八分目かぁ……」

 

 天井に付きそうなほどの量の食事を平らげて平然としているフェイトフォーを見て、クロエはほんの少しだけ引く。その横でうんうんと頷いているのはアイリスだ。

 

「イリスちゃん、一応聞いておきますけど。イリスちゃんも同じくらい食べちゃったり?」

「いいえ、私は出されたものは残さず食べますが、自分からお姉様ほど食べることはありません」

「逆説的に言ってしまえば、出されれば大量の食事も食べてしまうわけか。フェイトフォー君といいイリス君といい、ぼくの知らないうちに随分と幼女は逞しくなったようだ」

「ユニ先輩、見た目だけなら並んでも問題なしなしなんで、いっそユニ先輩もやりません?」

「チエル君、君はぼくに死ねというのかね。確かに頭脳労働には栄養補給が必要だが、過剰な食事は効率を悪くさせる。というかそれ以前に自分の体重以上の料理は食べられない。そういうのは別分野に任せたまえ」

 

 やれやれ、と肩を竦めたユニがサンドイッチを片手に持っていた本のページを捲る。そういえば何見てるんですか、とチエルがそこを覗き込んだが、何だかよく分からない学術書らしかったので即座に興味をなくした。

 

「どらごん?」

「おや、フェイトフォー君、君はこれが理解出来るのか」

「よくは分からないけど、ちってる部分だったから」

「ふむ。ドラゴンの造詣に深い幼女……謎が増えたな」

「あはは……」

 

 正体を知っているアイリスは苦笑する。そりゃ自分の種族のことだから知ってるだろうけれど、と思いつつ、そこら辺はリオノールからも口止めされているので言葉にはしない。アイリスの正体と同じく、フェイトフォーもその正体を隠して学院で生活させるためだ。

 なおバレたらどうなるか、は聞いていない。リオノールは笑みで誤魔化していた。

 

「そういえば、ブライドル王国はドラゴンナイトで有名ですし、やっぱり皆さんドラゴンに詳しいんですか?」

 

 話題を変える、というか少し逸らすために、アイリスはそんな質問を口にした。それを聞いた三人は、んー、と少しだけ考え込む仕草を取る。

 

「いや、そういうのは騎士になる連中とかの分野だから。まあ、他の国よりかは知ってるかもしれんけど」

「ドラゴンナイトの情報って、テレ女にいても結構入ってきますもんね。学院長とロマンス繰り広げた話題の人物とか」

「リオノー……学院長と!?」

「あ、イリスちゃんってばそういうのに興味津々な感じです? 恋バナ大好きみたいな?」

「いえ、そういうわけでも……ないことは、ないというか」

「うむ。恋バナ、いいじゃないか。青春には恋が内包している。友情も重要だが、愛情も重要だとぼくは思う。かといって両方しなければいけないわけでもなし。望む方を望むだけ謳歌すればいい。端的に換言すれば、好きに楽しめ」

「そういうわけなんで、クロエ先輩」

「は? 何でうちに振んの? そういうのはチエル担当じゃん」

「え、なんていうか、クロエ先輩案外そういうのやたら早口で語りそうっていうか」

 

 喧嘩売ってんだな、と、クロエが立ち上がる。突如生まれた一触即発の雰囲気にアイリスがオロオロし始めるが、ユニは別に気にすることなく、というかむしろ煽り始める始末である。クロエのターゲットが二人になった。

 

「いりちゅ」

「何ですかフェイトフォーさん。今大変な」

「ちんぱいない。多分、いちゅものやり取り」

「え? ……あー」

 

 ふと我に返る。成程、これはあれだ。カズマとキャルがよくやってるやつだ。そんなことを理解したアイリスは、ふむふむと三人のやり取りを観察し始めた。

 

「ちょーちょー。何かうちら見世物にされてンだけど」

「観客付きというのは中々気恥ずかしい。ふむ、どうしたものか」

「いやもう空気バラバラ事件になっちゃってますから、ご期待には添えませんけど話スタートに戻しましょうって感じじゃないです?」

 

 それだ、と三人は座り直す。それで、どこまで話しただろうかとアイリスに問うと、リオノールの恋バナだという答えが来た。それだそれだ、と話題の巻き戻しを行うと、じゃあしょうがないからチエルが語りますねと口を開いた。

 

「あ、でもこの話ってブライドル王国以外でも結構話題になってません?」

「そうなんですか? ……あ、貴族で話題の逃避行!」

 

 ぽん、と手を叩く。そういえば姫をさらって恋の逃避行をしたドラゴンナイトの青年の噂がベルゼルグ王国でも話題になっていた。具体的な場所や時期は聞かされなかったが、よくよく考えればドラゴンナイトの話なのだから場所はここに決まっている。

 

「では、その恋の逃避行をした人物が」

「うちの学院長。……ま、実際はそんなロマンス溢れてもいなかったらしいけど」

「あー、やっぱりクロエ先輩が語るんじゃないですか。話したいなら最初から素直に言ってくれれば良かったんですよ? チエルはさらっと役目譲るんで」

「うっさい。ほれチエル、続き」

「えー? 何かここで話振られるとチエルがパシリっぽくありません? チエルは子犬系後輩ですけど、そういうのとはベクトル違うんで」

「ひめちゃまとらぁいんの話?」

『ん?』

 

 視線を動かす。ユニの横でドラゴンに関する学術書をちらちらと見ていたフェイトフォーが、こちらに向き直っていた。彼女の言う姫様というのが誰のことかは、問うまでもない。

 

「おや、フェイトフォー君。君もその手の話は知っているのか」

「うん。だってらぁいんちぇいかーは」

 

 ぱたん、と本を閉じたユニが視線を向ける。そして軽く尋ねたその言葉に、フェイトフォーはどこか誇らしげに胸を張った。

 

「ふぇいとふぉーの、ごちゅじんちゃまだもの」

 

 その言葉の意味を正確に理解出来ているのは、発言者以外ではアイリスしかいない。

 

 




ダスト「ぶぇっくしょん! 何だ? 風邪か?」


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その97

プリコネのイベストみたく決まった話数で終わらせようかと思ったけど無理っぽい


 点と点が激突する。針に糸を通すような精密でかつ大胆な行動は、槍で繰り出す突きを同じ突きで迎撃するぶつかり合い。お互いにひたすらそれを続ける光景は一種幻想的で、異様だ。

 それの片割れが、アクセルの街で有名なチンピラ冒険者なのだから、余計に。

 

「しっ!」

「はぁっ!」

 

 ギィン、とお互いの槍の穂先がぶつかり合い音を立てる。ふう、と息を吐くと、どちらともなく構えを解いた。そうしながら、ダストはやっぱり鈍ってるなと頭を掻く。

 

「そうね。噂に聞いていたよりは全然弱いわ」

「ちったぁ歯に衣着せろよ」

「回りくどい言い方をしても効率が悪いでしょう?」

 

 ああそうかい、とダストは目の前の槍使いの女性を睨む。彼女はそんな彼の視線を受けても平然としたまま、それにしてもと顎に手を当てた。ダストの今の姿をマジマジと見た。

 

「勘を取り戻すくらいならば最初から鈍らせなければよかったのに」

「おいこらミフユ、人が全員お前みてーな効率厨だと思うなよ」

 

 ジロリと睨む眼光を強くさせた。が、やはり彼女は平然としている。分かった分かったと肩を竦めながら、続きをやるわよと槍を構え直した。今日の模擬戦はさっきので三回目、ノルマに達するには足りない。

 

「だから、てめぇ俺の話聞いてたのか?」

「聞いてたわよ。でもその話は後でいいでしょ? 鍛錬は鍛錬、会話は会話。その方がずっと効率的よ」

「……ああ、そうかい!」

 

 ポニーテールを揺らしながらミフユが突っ込んでくる。それを突きで迎撃しようとしたダストは、しかし直前で動きを止めバックステップを行った。瞬間、彼女の姿が掻き消える。

 上空へと飛び上がったミフユは、ダストが立っていた場所に思い切り槍を突き刺した。そして、その勢いのまま地面をえぐり取る。舌打ちをしながら、彼は飛んでくる土砂を振り払い。

 

「っだぁ!」

「受けられた。なら!」

 

 そこを狙って繰り出された突きを、ダストは槍を回転させることで弾いた。ミフユは即座に次の手を打たんとその槍を引くが、しかし。

 回転によってその穂先を絡め取ったダストの動きの方が、ほんの僅かに早かった。

 

「おらぁ!」

「ぐっ」

 

 柄をねじ込む。顔を歪めたミフユを確認することなく、彼は槍で目の前の相手の足を払った。その頃には体勢を立て直したミフユは、勢いが乗る前に蹴りでその槍の一撃の威力を殺す。そのまま地面を蹴って、ダストと距離を取った。

 

「ふぅ……こいつめんどくせー」

「褒め言葉と受け取っておくわね」

「そこは素直に受け取れよ、効率悪いだろ」

「知らないわ」

 

 しれっとそう述べるミフユを見て、ダストの表情が曇っていく。畜生めんどくせえ、口に出さずともそれが伝わってきた。出来ることならばすぐにでもやめたい。

 が、言い出したのは彼の方だ。リオノールと再会し、そして向こうが再びこちらと絆を繋ごうとしているならば。否、絆を途切れさせていなかったのならば。

 

「約束だしなぁ……」

「恋のために最短距離を走るのは嫌いじゃないわ」

「ちげーよ。いいから次、行くぞ」

「はいはい」

 

 尚、件の約束した人物が学院長を務めている場所で今猛烈な誤解が始まっていることを、彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 ばぁん、と扉が勢いよく開かれた。その部屋で書類仕事をしていたリオノールは、顔を上げやってきた面々を見る。

 

「あら、ユニちゃんズじゃない」

『ユニちゃんズじゃねーし!』

 

 クロエとチエルが即座にツッコミを入れる。その横ではユニが不満げに二人を眺めていた。

 それで何かあったの、と二人のそれを気にすることなくリオノールが続ける。相変わらずこの人マイペースだな、とクロエはそんな彼女をジト目で見詰めた。

 

「あの~、学院長? チエル達さっき聞き捨てならない発言をこの子から聞いちゃいまして、なるはやで事の真偽を確かめたいなーってここにちぇるっと参上したわけなんですけど」

「この子って……フェイトフォー、あなた何か言ったの?」

 

 じゃん、と紹介された美しい白い髪の少女を見やる。対するフェイトフォーは何があったのかと首を傾げるばかりだ。その様子を見て、クロエやチエルも事情を察した。あくまで彼女の中での事情である。真実ではない。

 

「あ、ひょっとしてフェイトフォーちゃん、分かってないんじゃ」

「うわ。え? マジで? あの噂のドラゴンナイトそんな奴だったわけ?」

「落ち着きたまえ、二人共。大体何を想像しているのか予想が付くが、それが真実とは限らないだろうに。まずは学院長の話を聞くべきだ。その後、噂のドラゴンナイトがいたいけな幼女にご主人さまと呼ばせご奉仕させている鬼畜だと吹聴して回ればいい」

 

 了解、と二人は引き下がる。そういうわけなので、とユニはユニでリオノールを見た。こちらの事情は分かったはずだと彼女を見た。

 リオノールは何とも言えない顔をする。ちらりとアイリスを見たが、フォローできませんでしたと申し訳無さげに頭を下げるので、諦めたように溜息を吐いた。

 

「成程ね。つまりあなた達は、フェイトフォーがラインに酷いことをされているのではと心配しているわけだ」

「んー、まあ、別にフェイトフォーちゃんが納得してるのなら、チエルとしてはまあナシよりのアリかなとは思うんですけど」

「それナシじゃん。まあ、うちも似たようなもんだけど」

 

 ちらりとフェイトフォーを見る。何か自分から言ったほうがいいのかな、と暫し考えていた彼女は、ラインとの思い出を素直に語ることにした。別に酷いことはされていない、というつもりで話をした。

 

「ごちゅじんちゃまは、ふぇいとふぉーの上に乗って暴れてたの。いっちょで気持ちいいって言ってくれたの」

「あ、ギルティですね。これどうあってもアウトなやつです」

「ないわ。間違いなくないわ」

「幼女に性的虐待は許されざるよ」

 

 ド直球で言いやがったユニをチエルとクロエは睨む。リオノールはやっぱりそこかぁ、とほんの少しだけ肩を落とした。とりあえず今の発言はそういう意味ではないから、と手早くラインの幼女を手篭めにした疑惑を晴らしておく。

 そのまま暫し腕組みをして考える。はてさて、どこから説明するべきか。どのくらい捏造して外堀を埋めるべきか。そこの塩梅を間違えると次に彼と会った時に見限られかねない。既に自分と彼は姫と騎士の関係ではないのだから。

 

「そうね……話は長くなるから、授業が終わったらまた来てちょうだい。特にほら、イリスちゃんはここでサボるとか出来ないでしょ?」

 

 ね、と笑みを浮かべると、ユニ達三人も渋々頷かざるを得ない。約束ですからと去っていく面々を見ながら、彼女は扉が閉まると同時に息を吐いた。大丈夫だろうか、と言うアイリスの表情が微妙に心に来た。

 

「さて、と。フェイトフォー」

「なに? ひめちゃま」

「私の子になろっか?」

「何をトチ狂ったこと言い出すのですか姫」

 

 背景に徹していたモニカが口を挟む。何よ、と唇を尖らせたリオノールは、そちらに振り向くと不敵な笑みを浮かべた。

 

「この子を私とラインの子供にすれば万事解決でしょ?」

「それで解決だと判断出来る姫の頭は中々にお目出度い」

「言うわねモニカ」

「ラインの後任なので」

 

 しれっとそう述べる彼女を見て、リオノールは不満げに溜息を吐く。確かにふざけたけれど、本当を話すよりはまだマシだろう。そう彼女は判断したらしい。

 ライン・シェイカーの相棒であるホワイトドラゴンの人化した姿。それがフェイトフォーの正体である。そのことを伝えるのは流石に早い。初日なのだ。

 

「本当を伝えた方がマシですよ」

「駄目よ。それだと、ユニちゃんズはこの子をドラゴンだと思って接するわ」

「いや、人だろうとドラゴンだろうとあの連中の接し方は変わらないと思いますが」

「……とにかく駄目よ!」

「誤魔化したな……」

 

 すまないライン。貴公の名誉は更に堕ちるぞ。口には出さず、モニカはそんな謝罪をここにはいない誰かに向けた。

 

 

 

 

 

 

「フェイトフォーは、私とラインで保護した娘なの」

「あれ?」

 

 放課後。再度学院長室に集まった面々に言い放ったのがそれである。昼と同じく背景になろうと思っていたモニカは思わず声を上げた。流石に自分の娘は無理があることを理解してくれたか。うんうんと彼女は安堵で頷く。

 

「ご主人さまってのは、その時の名残ってことですか?」

「そうね。あれは、私とラインが城を飛び出している時だったわ。とあるカジノでギャンブル狂いになっている男を見かけたの。子供を放置して、奥さんの金にまで手を付けて」

 

 しゅん、と顔を伏せる。何だか胡散臭いとクロエもチエルも分かっているが、しかし否定する材料もないのでここは素直に話の続きを促した。ユニはふむふむとメモを取っていた。

 その姿を見ていられない、とラインが男と話をつけ、子供と奥方を解放したのだ。そしてその女性は彼のメイドとして仕えることとなり、その娘であるフェイトフォーも彼とともに過ごすことになった。

 

「でも、彼の家は私のせいで取り潰されたわ。仕えていた人達を路頭に迷わないように手を回したけれど、それでもやっぱり届かない部分は出てくる。……だから、私は、フェイトフォーを育てることにしたの。彼の、代わりに」

「えっと、じゃあ。フェイトフォーちゃんのお母さんって」

 

 ふるふる、とリオノールは首を横に振る。そこに嘘は含まれていないように思えて、チエルも思わず言葉をなくした。クロエも真面目な顔でフェイトフォーを見ているし、ユニもそれは同じ。

 確かにその話は嘘ではないけれども。と心中で全力ツッコミを入れているのはモニカである。前半は逃避行で振り回されている時のラインの話であるし、後半部分は前半と繋げなければ嘘偽りないリオノールの決意だ。主のいなくなったホワイトドラゴンを彼女はずっと気にかけていたし、ラインの代わりに育てようと奮闘していた。勿論フェイトフォーの母ドラゴンがどうなっているかなど知らないのでリオノールの答えは間違っていない。その二つを繋げる際のメイド云々だけだ、嘘っぱちは。

 

「それで、私は。フェイトフォーにはこの学院で色々学んで欲しいの」

「成程。だから学院長は我々に彼女のことを頼んだのか」

「そういうことだったんですね。何だかチエル柄にもなくマジ顔になっちゃいました」

「……いや、いいけど。それはいいけど人選間違ってない?」

 

 クロエが何とも言えない顔をしていたが、しかし否定をすることもなければ降りることもない。こんな調子だが、この三人も何だかんだで気質は善人寄りだからだ。だからこそ、リオノールが気に入ったともいえる。

 

「んと?」

 

 状況についていけていないフェイトフォーが首を傾げていたが、口を挟むと駄目になりそうだったアイリスが大丈夫ですよと彼女に述べる。みんな、あなたのをことを大切に思っていますから。そう続け、微笑んだ。

 

「たいしぇちゅ?」

「はい。だからフェイトフォーさん、頑張ってお勉強して、ご主人さまに会いに行きましょう」

「……うん。ありがと、いりちゅ」

 

 ちなみにアイリスは件の人物がダストであることを知らない。リオノールの想い人で、モニカの悪友で、フェイトフォーのご主人であるドラゴンナイトのライン・シェイカーが、暫し滞在していたアクセルでも有名なチンピラ小悪党冒険者のダストであることを、彼女は知らないのだ。

 

「立派になって、ドラゴンナイト様に負けないようにならないと」

「うん。ふぇいとふぉー、頑張る」

「立派に、か……」

 

 思わずモニカが呟く。今頃何をしているのだろうか、と彼女はぼんやりと考え、案外ここの相棒と同じように自分から進んで勘を取り戻そうとしているかもしれないなと小さく笑う。次に会う時は久々に一戦交えよう、そう決めた。

 

「あら、イリスちゃん。あなたも他人事じゃないわよ」

「はい?」

「ここで一段成長するでしょ? ティアナちゃんに負けないように」

「……勿論です」

 

 よろしい、とリオノールは笑みを浮かべる。では改めてと彼女は三人へと向き直った。

 

「この二人、まあ期間限定になっちゃうかもしれないけれど。あなた達のメンバーに加えてもらってもいいかしら?」

 

 彼女の問い掛けに、クロエも、チエルも、ユニも思わず目をパチクリとさせる。あれ、何か変なこと言っただろうかと首を傾げたリオノールを見て、三人が三人ともやれやれと肩を竦めた。

 

「いや、何言ってンすか学院長。うちらもとからそのつもりだったんですけど」

「そうですよー。むしろチエル達の仲間入りしないなら何で紹介したんですかねって小一時間ほど問い詰めタイム入っちゃうレベルです」

「然り。元々我らは彼女を受け入れるつもりで学院長の話を受けたのだから、改めて再確認されることも本来ならば必要がない。それはここにいる全員の見解が一致している。端的に換言すれば、水臭いぞ学院長」

「あ、ははは。うん、そっか。そうね。ごめん、みんな」

 

 三人の言葉を聞いて、リオノールは先程よりも強い笑みを見せる。そうだ、その通りだ。わざわざ言わずとも、彼女達ならばそうするに決まっているではないか。変なところで慎重になってしまったのは、対象が想い人の相棒と、大切な友人の妹だったからか。いかんいかんと頭を振り、彼女はいつものように思考を整えた。

 

「よし、じゃあ改めてよろしく」

「りょーかいっす」

「ちぇるっとお任せ!」

「大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」

「頼んだわよ、ユニちゃんズ!」

「うむ」

『だからユニちゃんズじゃねーし!』

 

 違うのかな。極々自然にリオノールからそのワードが出ているおかげで、アイリスはそこに疑問を持っていなかった。ならば別の呼び名があるのだろうか、と一人思考を巡らせた。

 

 




五人揃って、ユニちゃんズ!


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その98

さすユニ


「はぁ……」

 

 駆け出し冒険者の街アクセル、のギルド酒場。そこで溜息を吐いているウェイトレスが一人。普段底抜けに明るい彼女がそんな様子なので、客らは何だ何だと気になっていた。が、暗黙の了解でガン見はしない。

 ちなみに、ちょっと物憂げなペコリーヌちゃんエロくない? と抜かしたやつは処された。皆思っていたけど言わなかっただけである。

 

「ちょっとペコリーヌ。あんた何でそんな調子なのよ」

 

 そんな中、今日も今日とて酒場で管を巻いているキャルが頬杖を付きながらそんなことをのたまう。その声に視線を向けたペコリーヌは、まあ大したことじゃないんですけど、と苦笑した。

 

「今頃アイリスどうしてるのかな~って」

「名前」

「あ、イリスでした」

「あんたわざとやってんの?」

 

 ほえ、と首を傾げるペコリーヌを見て溜息を吐いたキャルは、それで、と話の続きを促した。終わりですけど、と返され、思わず頬付けから顔が滑り落ちる。

 ついこないだまで離れて暮らしてたし、そもそも向こうがアクセルに滞在していた時も別に同じ屋根の下で寝ていなかっただろうに。そんなことを彼女がのたまうと、確かにそうなんですけどとペコリーヌが頬を掻く。

 

「あの子は今、これまでとは違う場所にいるわけですし。普段とは違う環境って結構大変なんですよ?」

「経験者は語るってやつね。ま、その辺はあたしも少しは知ってるけど」

 

 だとしても、いきなり過ぎないか。そんなことを思い視線を同じテーブルの面子に向けると、いやこっち見んなという表情を浮かべられた。

 

「あれだろ? シスコンが湧き出てきたんだろ?」

「言い方。……まあ、でも、確かになんかそんな感じよね」

 

 身も蓋もないカズマの言葉に、キャルもなんとなしに同意する。その横で彼の口元を拭いていたコッコロも、成程と頷いていた。

 この間の騒動で、わだかまりが無くなった結果。今まで押し留めていたものが一気に溢れ出てきたのだろう。そういう考察を彼女は述べた。

 

「恐らく、わたくしでいうところの、主さまをとことんお世話したい日が訪れているようなものかと」

「あ、うん。そう」

 

 ちなみに今日である。ウィズの店の手伝いも断り、今日のコッコロはカズマをおはようからおやすみまでお世話する心づもりだ。いつもとか言わない。いつもより念入りに、である。

 まあいいや、とキャルはペコリーヌを見た。そういうことなら、暫く放っておくしかないかと結論付けた。

 

「にしても、そこまで心配するものかしらねぇ。あのリールって人、あんたの友達でしょ?」

「だからこそ、なんですよね~……」

「はぁ?」

 

 コッコロに手づから飲み物を与えられているカズマが素っ頓狂な声を上げた。それはどういう意味か、そう問い掛けようとして、彼は目の前の腹ペコの、自分達と出会う以前からの交友関係を思い浮かべる。

 少なくともここアクセルに限定しても、あのポンコツお嬢様とドM騎士である。そして王都に広げれば、常時全身鎧の人と、あのーー。

 

「なあ、ペコリーヌ。お前ひょっとして碌な知り合いがいないのか?」

「さりげなくそこにあたしだけ混ぜるんじゃないわよ。あんたもよ、あんたも!」

「いえいえ。キャルちゃんもカズマくんも、勿論コッコロちゃんも素敵な人ですよ」

 

 そういうことをさらっと言うからたちが悪い。二人はそんなことを思いながら、彼女が、そしてあの人達だって良い人達ばかりですからと続けたのを聞いた。

 

「ただ、何ていうか。リールちゃんはですね、ちょっとばかり、楽しむのが好きというか。騒ぐの優先というか。まあ最終的にはきちんとしてくれるので、そこは信頼しているんですけど」

「めちゃくちゃ心配はしてるみたいね」

「見て分かるからな」

「ペコリーヌさま、わたくしたちでよろしければ、お話を聞きますよ」

 

 コッコロの言葉が決め手になったのか。そうですね、とアルバイトを抜けさせてもらったペコリーヌは、テーブルに座ると頼んだ飲み物をグビリと流し込む。珍しくこんな時間から酒をかっくらった彼女が、ぷはぁと息を吐いた。

 

「アイリス~……リオノールちゃんに何かされてないか、お姉ちゃんはとっても心配ですよ~」

「信用ゼロじゃねーかよ」

「そうね……」

「……わたくしは、コメントを控えさせていただきます」

 

 

 

 

 

 

 ふう、とアイリスは息を吐く。教室に集まって授業を受けるというこの空気にも慣れてきた。勉強も今の所きちんとついていけている。順風満帆で、心配事もなし。

 順調すぎて怖いくらいだ。そんなことを思いながら、彼女はよし、と席を立った。

 

「チエルちゃん、お昼にしましょう」

「わわ、イリスちゃんに先制されちゃった。あれ? でもいいの? 今日は他のクラスメイトと食べなくて」

「はい。今日はユニちゃんズの、じゃなかった、なかよし部の皆さんと一緒がいいと思ったので」

 

 そう言って笑顔を浮かべるアイリスを見て、チエルはがばちょと抱きつく。まんざらでもない顔を浮かべた彼女は、それじゃあ行きましょうかとチエルと共に教室を出た。同じクラスということもあり、現状アイリスが一番接する機会が多いのはチエルだ。だからだろうか、どことなく、彼女の影響を受け始めていた。

 

「クロエ先輩、ユニ先輩、フェイトフォーちゃん、ちぇるーん♪」

「クロエさん、ユニさん、フェイトフォーさん、ちぇるーんです☆」

 

 なかよし部アジトに入った第一声がこれである。クロエもユニも、アイリスのそれを聞いて何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「あんさ、イリス。チエルと仲が良いのはいいけど、いや、まあどうでもいいけど。ちぇる語はアレじゃね?」

「イリス君、何でも吸収しようとする君の向上心は称賛に値するが、いかんせん少し知識に偏りが出ていると言わざるを得ないぞ」

「いりちゅ、ちぇるーん」

 

 その横で平然と返すのがフェイトフォーである。アイリスと笑顔で挨拶をするその姿は純粋で可愛らしい。勿論クロエとユニの表情が更に苦いものになった。

 

「うんうん、ちぇる語もしっかりばっちりちぇるっと流行ってきましたし、これはブライドル王国の第二言語になるのもそう遠くないですね」

「いや遠いから。遠過ぎて先が何も見えてないから」

「まあ、二人がここの生活に慣れてきたと考えれば、多少なりとも妥協できないこともないが。いやしかし、ううむ」

「くろえ? ゆに? どうかちたの?」

「あー、いや。……何でもない、気にせんとき」

 

 小さく微笑み、クロエはフェイトフォーの頭を撫でる。彼女のそれがフェイトフォーはお気に入りなのか、気持ちよさそうな顔をしてわしわしとされていた。

 そうした空気の中、昼食である。相も変わらずフェイトフォーの食事量は尋常ではなく、リオノールが用意していなければとっくに破綻しているレベルだ。

 

「つかさ。何か段々慣れてて流してたけど」

「どうしたんですか? クロエさん」

「やっぱこの食事量はおかしくね?」

「そうですか?」

「……うん、あんな、イリス。そういう人もいる、で済ませちゃいけないやつだからこれ」

「そう言ってやるなクロエ君。彼女の身内が同じくらい食べるという話なのだから、イリス君の中ではそこまで奇異に映らないのだろう」

「それでも、流石にあんな感じの体格でってことはないんじゃないです? イリスちゃんイリスちゃん、お姉さんってどんな感じの見た目してるの?」

「え? お姉様ですか? えっと、身長はチエルちゃんと同じくらいでしょうか。さらりとした長い髪がとても素敵で、可愛らしい人です。私のこの髪型も、お姉様とお揃いで」

「わ、思った以上にお姉ちゃん大好きっ子。って、え? チエルと身長同じくらいなんです?」

 

 もっと大きな人を予想していたので、チエルのその反応にクロエもユニも同意する。が、しかし、大きさはまだ確定していない。縦に大きくなくとも、横にならば。

 

「ちなみに、体重やスタイルはどのような感じなのかね?」

「体重は恐らく普通で、スタイルは凄く良いです。五年後、私はお姉様みたいになるのを目標としていますので」

 

 ユニの問い掛けにも即答する。そしてそれを聞いたクロエ達の頭上にはイメージ出来ない謎の存在が浮かび上がっていた。彼女の言い分からすると、恐らく目の前のアイリスを成長させ、ボンキュボンにした感じなのだろうが、しかし。

 

「まさかとは思いますけど、ぶっちゃけそのお姉さんイリスちゃんの想像上の存在だったりしません? 理想のイメージが膨れ上がり過ぎたとか」

「いや、流石にそれはないっしょ。うん、うちもちょっと疑ったけど」

「その通りだぞチエル君、クロエ君。なにせほれ、我々の目の前に実例がいるじゃあないか」

「んー?」

 

 めちゃくちゃ食ってる美幼女がいる。いやまあそうなんですけど、と反応に困る二人を尻目に、実際に存在する以上否定は出来ないとユニは言い放つ。

 それに、と彼女は視線をアイリスに向けた。

 

「ここで友人を疑うのは、良い選択とはいえないだろうとぼかぁ思うよ」

「……そっすね。ごめんイリス」

「ですね。ごめんなさいイリスちゃん!」

「いえそんな! 気にしてない、ことはないですけれど」

 

 アイリスにとってユースティアナは大切で大好きな姉である。バカにされたわけではないが、その扱いは流石に思うところもあるわけで。

 が、そこは王族として生きてきた身。改めて客観的に考えると、ドラゴンと同等の食事を摂る王女様ってぶっちゃけどうなのという疑問にぶちあたるわけで。

 

「……仕方が、ない、とは思います」

 

 ごめんなさいお姉様、ここはちょっとフォロー出来ません。彼女は心の中でユースティアナに侘びた。

 

 

 

 

 

 

「では話を元に戻すが。ぶっちゃけフェイトフォー君の正体を考察したい」

「パイセン、そのぶっちゃけは流石にどうなん?」

「えちょっとユニ先輩本気で言ってます? さっきの発言からその流れって普通に引くんですけど」

「何を言うのかね。ぼくはただ、友人のことを深く知ろうとしているだけだ。そこに邪な考えは、まあ、無いとは言えないが、彼女を辱めるつもりはない。無論、考察のヒントにさせてもらうイリス君の姉君のこともだ」

「いやその発想が割とアウト気味っつーか」

 

 ううむ、とアイリスを見やる。が、彼女はユニの言葉に偽りは無いと判断したのか、大丈夫ですとクロエに返した。次いで、心配してくれてありがとうございますと頭を下げた。

 ですが、とアイリスは表情を苦いものに変える。あまり参考にならないと思いますけど。そう言って少しだけ視線を逸らした。何せ彼女は知っているからだ、フェイトフォーの正体が何なのかを。

 

「そこは気にしなくても良いだろう。なに、昼食の席での軽いおしゃべりだと思ってくれれば」

「昼飯の話題にしちゃコッテリし過ぎじゃね? いいけど、別に」

「ですねー。場合によってはチエル胃もたれしそうなんですけど」

 

 二人の文句を、まあ聞きたまえとユニが制止させる。そうしながら、一応やっておくかと視線をフェイトフォーへと向けた。

 

「フェイトフォー君。君はぶっちゃけ何者だね?」

「考察どこいった?」

「力技過ぎて発想が斜め上に舞い上がっちゃってますね」

 

 ガン無視である。ユニとしても、色々考えたものの結局聞けば教えてくれたというオチを避けるための行動だ。これで終わるなどとは流石の彼女も思っていない。

 予想通りというべきか、フォエイトフォーはその質問を聞いて表情を少しだけ曇らせた。そうしながら、ごめんなちゃいと頭を下げる。

 

「ふぇいとふぉーのことは、ほまれが言っちゃ駄目って」

「おや? 学院長ではないのか」

 

 てっきりリオノールが面白がって口止めしていると思っていたユニは、彼女の言葉を聞いて目を瞬かせた。そうしながら、今フェイトフォーの述べた名前を自身の知識から引っ張り出す。

 

「ふむ。少し分かってきたかもしれない」

「え? 今のやりとりで何が分かるんです?」

「つか、それイリスのお姉ちゃん関係なくない?」

「いえ、元々関係ないと思うのでそこは別に」

 

 ユニのそれに、三者三様の反応を見せた。そんな三人を手で制すと、彼女はならば追加の質問だとフェイトフォーを見やる。よく分からないが、空気が変わったのを感じ取ったらしく、思わずビクリと姿勢を正した。

 

「君に口止めしたという相手のことは、聞いても構わないかね?」

「ん? んー……言うなとは、言われて、ないはぢゅ」

「それは重畳。ならば聞こう。ホマレというのは、ここブライドル王国を古くから守る守護竜の名だ。君の言うホマレは守護竜のことで相違ないかな?」

「ん? ほまれが、ちょーい、ない?」

「おっと、すまない。端的に換言すれば、ホマレって守護竜ホマレ?」

「んーと、うん」

 

 うぇ、とクロエとチエルが変な声を出す。その横でアイリスがあちゃぁと額を押さえていた。が、あの守護竜がそこを失念していたとも思えないので、これはきっと織り込み済みなのだろうと思い直した。そしてそのことを踏まえると、どうやらリオノールが言っていたこと以外にも何か目的が隠されているのかもしれない。そう結論付け、緩めていた気分を少しだけ引き締めた。

 

「ちょーちょー、パイセン。何か今スケールいきなりでかくなったような」

「え? 何でお昼ごはんの軽いトークでこの国の守護竜とか出てきちゃうんです? チエルってばいつのまに国を左右する立ち位置になってました?」

「落ち着きたまえ二人共。そもそも、ぼく達と普段騒いでいる学院長は我が国の王女だ。案外国というのは身近にあるものなのだよ」

 

 アイリスはそっと目を逸らす。そうですね、身近ですね。ベルゼルグ王国第二王女は口には出さずに同意した。

 

「そ、それで、ユニさん。何か分かったのですか?」

「ふむ。とりあえず、守護竜と関わりがあるのはそうおかしなことでもないということだろう」

「え?」

「考えてもみたまえ。学院長の話によれば、フェイトフォー君はブライドル王国の王女の庇護下にあり、そしてかつての天才ドラゴンナイトが引き取っていた少女だ。どちらか片方、ではなく、両方。それだけの要素があれば、守護竜と出会っていてもおかしくはない」

「いやおかしいっしょ。それ関係者が特別なだけで、別にフェイトフォーが特別なわけじゃないし」

「あ、待ってくださいクロエ先輩。フェイトフォーちゃんがめっちゃ食べるのがここでちぇるっと浮かんでくるんじゃないですか。ひょっとして」

「然り。そうして彼女の特異体質を踏まえた考察は……恐らく彼女はドラゴンナイトと関係ある立場だ」

「はぇ!?」

 

 今度はアイリスが変な声を出した。何でそこに行き着けてしまえるのか。彼女の考察に驚嘆を覚えてしまい、思わず反応してしまったのだ。が、幸いにしてその反応はいきなりの話で驚いただけだというふうに解釈してもらえたらしい。突かれないのを安堵しながら、彼女は三人の話を。

 

「てことは、あれ? ご主人さま呼びってそういうこと?」

「ひゃ!?」

「凄腕のドラゴンナイトって話でしたしねー。その可能性も全然アリアリだと思いますよ」

「あわ、あわ」

「ふむ。現状としては件の人物の従者見習いだったというあたりだろうか。ぼくとしてはあまりしっくりこないが、暫定としてならばこれくらいで丁度いい」

「いりちゅ、大丈夫?」

「……あ、はい。フェイトフォーさんは?」

「よく分からないけど、ふぇいとふぉーから言わないならへいき」

 

 凄い勢いでニアピンしているのに平然としている彼女の動じなさを見習わなくては。そんなことを思いはしたが、ただ単によく分かっていないだけかもしれないとアイリスはふと冷静になった。ついでに、別に自分が慌てる必要もないじゃないかと溜息を吐いた。

 

 




何だかんだでなかよし部って全員優秀なのよね。


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その99

アイリスが脳筋化してる気がする。


 よし、とアイリスはペンを置く。大好きな姉に近況を伝える手紙を書き終えた彼女は、それを届ける為に学院の担当部署へと向かう。承りました、という返事を聞き、ではお願いしますと頭を下げた。

 

「ふふっ」

 

 そうしたやり取りをすると、何だかおかしくなる。自分はベルゼルグ王国第二王女、本来ならば下げる頭などあるはずもない。にもかかわらず、極々自然にそんな態度を取れる理由は、今もきっと王女ではなくただの冒険者として生活している姉の影響だ。

 

「あとは、なかよし部の皆さんからも」

 

 聖テレサ女学院で生活するようになってから、彼女達三人の噂もよく耳にした。学院で有名な問題児グループ。唯一ユニだけは別の意味で有名であったが、それはそれ。ともあれ、多少は学院長というかリオノール王女と親しいやっかみも含まれているかもしれないが、基本彼女ら由来の悪評であるそれを聞いて、アイリスは思わず笑ってしまった。

 それだけ、彼女達は自分を貫いている。そして、それが出来るだけの実力があるのだ。

 

「よし」

 

 ぐ、と気合を入れた。幸い今日は休日、予定も特になし。ここのところ勉強のみで少し体も鈍ってきたところだ。自分も、自分を貫こうではないか。

 お嬢様学校だとはいえ、体を動かす空間は当然用意されている。運動などは勿論、本職の冒険者には及ばずとも多少の魔法やスキルの訓練をたしなみとして覚えることにも使えるそこは、今の気分に相応しい。とはいえ、ベルゼルグ王国で育ってきたアイリスにとっては、少々物足りない規模ではあるが。

 訓練用の武器を構え、振るう。む、と少し自分の動きを確認していたアイリスは、暫し考え込む仕草を取った後にギアを上げた。スキルは未使用だ。この間の王城の一件でも感じたことだが、実戦経験の乏しい自分はどうにもスキルに頼りがちになるきらいがある。そのため、場合によっては想定していた成果を発揮させることが全く出来ない。いつぞやのカズマとの決闘騒ぎの時もそうだし、武器がショートソードであったことで《エクステリオン》を容易く防がれてしまったクリスティーナ戦もそうだ。後者は多分懸念とは違う部分に問題がある。が、今はどうでもいい。

 

「ふっ!」

 

 ヒュンヒュンと剣を振るう音が響く。地を踏みしめる音も、己の動きで生じる音も、聞こえるはそれ一つ。

 己の力を十全に振るえれば魔王軍が相手であっても渡り合えるという自負はある。ブライドル王国の象徴ともいえるドラゴン相手でも、中位種ならば問題なく行けるはずだ。上位種はピンキリなので一概には言えないが。

 

「けれども……」

 

 動きを止める。《エクステリオン》や《セイクリッド・エクスプロード》といった、最終的に勇者の技でゴリ押しているに過ぎない現状を変えるためには己自身を、レベルとは違う部分を鍛える必要がある。

 とはいえ、そう簡単にいくならば苦労はしない。事実、今無意識に動かした体は、結局の所そういう動きをしてしまうのだ。

 

「うぅん……やはり、一人では限界が――」

 

 何の気なしに視線を動かした。利用者は自分一人であるはずのその空間を見渡し、そして入口付近に立っている一人の少女と目が合ったのだ。金髪を短めのツインテールにしているその少女は、アイリスにとっても馴染みの相手で。

 

「クロエさん!?」

「あ、ごめ。いや、邪魔するつもりはなかったんだけど」

 

 申し訳無さそうに頭を掻く。そんなクロエに大丈夫ですと笑みを浮かべながら、アイリスは彼女へと近付いた。そうしながら、どうしてここに、と問い掛けた。

 

「いやうち今日フリーだからやることなくて暇してて。何かユニ先輩は悪巧みしてるみたいだし、家いると家族に迷惑掛かりそうだったんで体動かしがてらちょっとこっち来たんだけど」

 

 そうしたら、たまたまここに向かうアイリスを見かけたらしい。同じ目的だろうか、とちょっと覗いていたそのタイミングで目が合ったのだ。

 

「それならば、こちらを使っても構いませんよ」

「ん? いいの? イリスが借りてんでしょ?」

「元々、そこまで派手に動く予定もないので」

「そ。じゃあ、さんきゅ。ありがたく使わせてもらうわ」

 

 はい、とアイリスが笑顔を見せる。そんな彼女に小さく笑みを浮かべ返したクロエは、では早速と同じく訓練用の武器を選び手に取った。え、とアイリスが思わず声を上げる。

 それを気にすることなく、コキコキと首を鳴らしたクロエはその武器、ダガーを回転させながら地を蹴り。

 

「え? ――え!?」

 

 ひゅんひゅんと軽快に動くクロエを見て、アイリスの目が丸くなった。お嬢様学校に通っている一生徒の動きではない。間違いなく冒険者の動きだ。それも、とりあえず登録してみたとか、駆け出しや初心者といった場所はとうに過ぎているレベルの。

 

「ふう。……ん? どしたん?」

「クロエさん、その動きは……」

「ああ、うちら三人冒険者カード持ってんの。学院長の依頼というか、まあバイト? そういうので割と飛び回ってっから」

「……見せてもらっても?」

「まあ、いいけど」

 

 ほれ、と渡されたそれを見てアイリスは表情を引き締めた。リオノールの無茶振りで鍛えられた実戦の動きと、お嬢様学校での生活や王族から差し入れで与えられた経験値。それらを己の糧にしている人物が、先程自分が思い描いていた方法を叶えてくれる存在が、ここに。

 

「……クロエさん」

「ん?」

「少し、模擬戦の相手をしてもらえますか?」

 

 

 

 

 

 

 休日も終わり、週明け初日の授業を行った放課後。運動場兼訓練場の一角で仁王立ちしているユニの姿があった。

 

「よし、揃ったようだな諸君」

「ユニ先輩~? いきなりこんなとこに移動させて何やる気ですか?」

「それはこれから説明しよう。だが、その前に」

 

 ふっふっふ、と彼女は笑う。視線をフェイトフォーへと向け、ビシリと指差した。

 

「今日からこの特訓中、ぼくのことは鬼コーチと呼びたまえ」

「おにこーち?」

「え? 今特訓って言いました? 何でそんな急にスポ根に目覚めてるんです?」

 

 チエルの質問に、大したことではないとユニは返した。この間の考察を踏まえ、フェイトフォーの面倒を見るというのがどういうことかを考えたらしい。彼女がドラゴンナイトに準ずる存在ならば、ただ学院で共に生活するだけでは不足している。だからこその今日であるのだとか。

 

「ドラゴンナイトの訓練を実際に見たことはないので、ここら辺はぼくの想像と妄想をブレンドして作り上げているが、まあ何もしないよりは幾分かましになるだろう」

「そんなもんですかね~……。あ、チエルは見学してるんで、マネージャーとかそういう扱いにしといてください」

「元よりフェイトフォー君の特訓だ。君達はサポートしてくれればいい」

「りょーかい……」

「あれ? そういえばクロエ先輩テンション低くないです? いやまあ、いつも低空飛行続けてますけど、今日はなんか墜落してる感じ」

「あー……ちょっとした筋肉痛だから、何でもないから」

 

 溜息混じりにそう述べるクロエを見て首を傾げたチエルであったが、まあ大丈夫ならいいかと軽く流す。話題をさくっと変更し、イリスちゃんはどうするのと視線を動かした。流れ的にはサポートに回るだろうが。

 

「特訓に参加します」

「だろうね……」

「え?」

「え、っと? いけませんでしたか?」

「ぼくは歓迎するよ。フェイトフォー君も切磋琢磨する相手がいた方が向上に繋がるだろう。だがイリス君、これから君に課す特訓は軽くはないぞ」

「はい、望むところです」

 

 即答した。ならばよしと頷くユニを遮るように、ちょっとちょっととチエルが割り込む。それは全然大丈夫じゃないでしょうと抗議の声を上げた。

 

「ドラゴンナイト用の特訓とか言ってますけどユニ先輩オリジナルですよね? 普段運動しないというか憎んでるレベルのユニ先輩が思い付いたアイデアとか碌な事にならないでしょ。通称大惨事」

「失礼だなチエル君。ぼくは確かに運動、とりわけ体育の授業というものを毛嫌いしているが、だからこそ指導する立場になった時は先人と同じ轍を踏まぬよう留意する。無茶はさせないさ」

「ほんとですか~……?」

「チエル」

 

 ジト目でユニを見るチエルに声が掛かる。どうしたんですかクロエ先輩、と視線を動かした彼女は、クロエが何とも言えない表情をしているのに気が付いた。

 

「えちょっと本気でどうしましたクロエ先輩?」

「いや、まあ……とりあえず見とき」

「はい?」

 

 要領を得ないが、とにかく彼女は問題ないということなのだろう。分かりました、と下がるチエルにアイリスも声を掛ける。お礼と、大丈夫ですという自信の言葉を。

 では話もまとまったことだし、とユニが目を光らせる。まずは軽く動きを見ようと目の前のグラウンドを指差した。

 

「まずは走力。走る力を見せて欲しい」

「わかった」

「はい! では何十周くらいにします?」

「そうだな――え? 今何十周って言った?」

 

 話を続けようとしたユニが思わずアイリスを見やる。視線の先の彼女はふざけているようには見えず、どうやら大真面目にグラウンドを走る数に一桁は存在していないようであった。

 

「……とりあえず五周程度で構わない」

「成程。動きを見るだけだからですね」

「あ、うん。そうだよ?」

「ユニ先輩が圧されてますね。というより、何だか若干パニクってません?」

「そりゃね。うちも最初見た時何事かと思ったし」

 

 はぁ、とクロエが息を吐く。どういうことですかとチエルが向き直ると、まあ大したことじゃないと頭を掻いた。こないだの休日に出会って、少し模擬戦の相手をしているだけだと述べた。

 

「え? それで筋肉痛ってことですか? 本気で?」

「うん、そう。いやあの子嘗めてたわ。なんてーか、普通の冒険者とは次元が違うっつーか」

「いやそれ流石に盛ってません? 天空メガ盛りしてますよね絶対」

「そう思うんなら、あれ見てみ?」

 

 指差した方へと視線を動かす。普段小動物のような愛らしさを醸し出しているアイリスが、息一つ切らせずあっという間に五周を走りきり、ユニに向かって声を掛けている。予想との乖離っぷりに、流石の彼女も一瞬呆けた顔をしていた。

 

「いや、うん。成程……そういうことか」

 

 ふむ、と暫し考え込む仕草を取ったユニは、続いてフェイトフォーにも同じことをしてもらう。アイリスと同じように軽くこなす姿を見て、こちらは想定内だと頷いた。

 そうしながら、頭の中で何かを組み立てたらしい。よし分かった、と視線をクロエとチエルに向けた彼女は、止めてくれるなと二人に釘を刺す。

 

「イリス君。君は高レベル冒険者だね?」

「えっと……正確には冒険者とは違いますが、確かに私のレベルはそれなりに高いと言えるはずです」

「ふむ。ではフェイトフォー君、君はどうかな?」

「ぼうけんちゃじゃないから分からない。あ、でもこの前いのりから、お前はちょれなりの高れべるなんだから胸を張るですって言われた」

「ふむふむ。大丈夫だ、問題ない」

「ユニ先輩、それ割と大丈夫じゃないと思いますけど。なんか神が言ってる感じの」

「いやわけ分からんし。んで? パイセン、何かうちらに止められるようなことすんの?」

 

 クロエの言葉に、ユニは勿論だと頷く。いやそこ力強く頷くところじゃねえよというツッコミを受けながら、彼女は口角を上げたまま言葉を紡いだ。

 今の二人の言葉を加味した場合、単純な基礎訓練はあまり意味をなさない。日々の土台を作るのには有効だが、それはこちらでやることではないのだから。そう述べ、指を一本立てた。

 

「つまり、彼女達に必要なのは実践だ」

「実戦?」

「えちょっとユニ先輩本気で言ってます? 実戦とか明らかに一女子生徒が発するワードじゃないんですけど。戦うんですか? バトっちゃうんですか?」

「落ち着きたまえチエル君。ぼくが言ったのは実践だ。戦う方じゃあない。まあ、戦闘が伴う可能性は否めないが」

「……あーはいはいそういうことね」

 

 はぁ、とクロエが溜息を吐く。チエルも勘付いたのか、しかし表情と質問内容はほぼ変わらないままユニを見詰めていた。

 そんなやり取りを見ていたアイリスとフェイトフォーであったが、お互いに顔を見合わせ、首を傾げていた。言っている意味は何となく予想出来る。確かに今この場で基礎体力を付ける特訓をしたとしても彼女達は容易くこなすであろう。ベルゼルグ王国第二王女という名のバーサーカーと、ブライドル王国が誇ったドラゴンナイトの相棒であるホワイトドラゴンの上位種。最低限でも騎士団の訓練メニューは必要だ。

 そうなると、手っ取り早く特訓をするならばユニの言ったように実践が必要だろう。そして、それはアイリスにとっても望むところだ。王族のスキルを使わずに動くまたとない機会だからだ。

 

「経験をちゅめってほまれからは言われてる。ちょうどいいかも」

「ふふっ、ということは、私達の思惑とも一致するわけですね」

 

 頷き、微笑む。そうと決まれば、と二人はユニに向かって声を掛けた。では、それでお願いしますと告げた。ついでに鬼コーチ呼びもしてみた。

 そんな思ったよりもノリノリの二人を見たクロエとチエルは。正確にはチエル一人でクロエはアイリスの方は知ってたと言った表情であったが、ともあれ本気なのかと思わず詰め寄る。勿論と即答され、何とも言えない表情で引き下がった。

 

「クロエ先輩。何だか昨日までの日々が遠い昔な気がしてきました。きっと幸せってこんな風に過ぎ去っていくんですね」

「いや、知らんけど。何で急にポエムってんの?」

「だって~! 昨日までの可愛いイリスちゃんじゃないんですよ! フェイトフォーちゃんもそうですよ! 妹系後輩キャラと不思議系腹ペコキャラがいきなり武闘派に変貌とか、ちょっと本物と解釈違い起こして大論争起きちゃいますよ!」

「落ち着け。いやそもそも学院長が寄こしたんだし、何となくこうなるんじゃないかって予感はしてた」

「あ~……そういやそうでしたね。あの学院長がふつーの可愛い女の子持ってくるはずないですもんね」

 

 ならしょうがない、とチエルは割り切ったらしい。いいんだそれで、とクロエは溜息を吐いたが、彼女自身も似たような状態なので深くは聞かなかった。

 それで、とクロエはユニに声を掛ける。実践って何をする気だ、と彼女に問うた。

 

「それなんだが。学院の依頼書ボードは知っているかね?」

「あの冒険者のなりきりアイテムみたいな場所のことですよね? あれ使うんですか? ぶっちゃけ落書きと酒場でグチグチ垂れ流すような文句がほとんどだと思うんですけど~」

「承知の上さ。だが、その落書きの中にも一つや二つは紛れ込んでいるものだ。本当の依頼というものが」

「あんさ、パイセン。素直に学院長に聞けばよくね?」

「それも一つの手だろう。だが、学院長はぼく達に彼女らの成長を任せてくれた。だというのに、初手で頼るのはいかがなものだろうか、と思うのだよ。学院長、否、姫殿下からの信頼を享受するならば、尚更だ」

 

 そう言われたら仕方ない。まあ確認するだけ確認してみるかと頷いた二人は、ユニと共に、アイリスとフェイトフォーを連れ件の場所へと足を進める。

 その途中で、フェイトフォーがふと足を止め、怪訝な表情を浮かべた。

 

「どうしました? フェイトフォーさん」

「んー……。今、何か変な気配がちたような」

「変な気配、ですか」

「ん。……後、ほまれ達の気配もちた」

「それは、何かありそうですね」

 

 言葉とは裏腹に、アイリスはどことなく楽しそうであった。口角を上げ、これから起こるかもしれない問題に胸を躍らせた。

 そうだ、これは、間違いなく。

 

「やばいですね☆」

 

 厄介ごとの、気配だ。

 

 




ペコ「流石わたしの妹、やばいですね☆」
キャル「それ意味違くない?」


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その100

三桁になってしもうた。
のに、話の区切りじゃないという。


 はぁ、とモニカが溜息を吐く。彼女の眼前では、ぐぬぬと唸るリオノールと相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべているホマレが見える。見慣れた光景ではあるが、自分が巻き込まれない保証はどこにもないため、傍観者を貫くわけにもいかない。

 というか既に巻き込まれている。手遅れだ。

 

「姫」

「なによぉ……」

「ホマレ殿に言われていたのならば、最初から言ってください」

「言ったら私の負けになっちゃうもの」

「結局姫様の負けになっちゃったけれどね~♪」

 

 クスクスと楽しそうに笑うホマレを見ながら、モニカは再度溜息を吐いた。それで、この状況は一体なんなのだろうか。そんな問い掛けをすると、彼女は少しだけ考え込む仕草を取る。

 

「フェイトフォーちゃんがどれだけ頑張っているか、ちょっと確かめたくなって」

「……戯言を」

「モニカちゃん、何だか私にも冷たくないかな~?」

「面倒事を持ってくるのは姫だけで十分足りている」

「酷いな~。まるで私が面倒事を持ってきたみたいに」

 

 眉尻を下げ、わざとらしく悲しむ仕草を取る眼の前のブライドル王国守護竜をモニカはジト目で睨んだ。それで、と聞かなかったかのように話の続きを促すので、表情を戻したホマレもつまらないなぁとぼやいた。

 

「まあでも、さっき言ったことはあながち嘘でもないんだ」

「は?」

「え? ちょっとホマレ、あなたうちの学院で何を」

「私は何もしていないよ」

 

 不穏なものを感じ取ったのか、リオノールも思わず表情を真面目なものに変える。一体何を考えているのか、それを読み取ろうと観察するが、彼女ではそれは叶わない。唯一分かることは、守護竜という肩書を持つだけはあり、本当に危険なところまでは浸からせないであろうということだ。

 

「……でも、そこそこ危険までは沈めるのよねぇ、こいつ」

「お望みならば、リクエストに応えるけれど」

「それはやめてもらえないだろうか……」

 

 疲れ切ったモニカのその呟きを聞いて、ホマレはおやおやと頬に手を当てる。姫様、と視線を動かすと、もう少し労ってあげないとダメだよと忠告した。

 

「ホマレに言われると凄く響かない……」

「心外だな~。私はこれでも、カヤちゃんもイノリちゃんも大切にしてるよ~」

「どの口が言ってやがるですか!」

 

 ばぁん、と学院長室の扉が開く。そこに立っていた小柄な少女は、ゼーハーと肩で息をしたまま、後ろで二つに結んだ短めな髪を揺らしながらホマレへと詰め寄っていた。勿論ホマレは動じない。あらイノリちゃん、と軽い調子である。

 

「準備は出来たかな?」

「何が準備ですか! あたしに無茶苦茶やらせやがってです!」

「準備?」

 

 不穏な単語が聞こえた。普通の会話ならばそこに不穏な意味などないが、こと目の前のドラゴンが楽しそうに言っている時は話が別だ。リオノールは立ち上がると、不満げな表情を隠そうともせずにホマレへと詰め寄る。詰め寄る人物が二人になった。

 

「心配しなくても、学院には危害は及ばないよ~」

「絶対ウソです! あれどう考えても被害者出るやつです!」

「被害者!? ちょっとホマレ!」

「も~、イノリちゃん。そんな風に人に心配掛けるようじゃ、守護竜失格だよ?」

 

 こら、とイノリへデコピンをかます。あいたぁ、と額を押さえていた彼女は、若干涙目で、だが納得出来んとばかりに反論をした。自分のやった行動だけではそう考えるのも無理はないはずだ。そう言って逆にホマレを睨み付ける。

 んん? という言葉と共に一歩彼女が踏み出したことですぐさまヘタれた。

 

「そもそも……まだあたしは守護竜じゃねーですよ……」

「うん、見習いだよ? でも、見習いということは、後々そうなるってこと」

「どーせ先にカヤぴぃがなるに決まってるです」

「フェイトフォーちゃんにも先を越されるかもね~☆」

「それだけは絶対ありえねーです!」

 

 うがぁ、と叫んだイノリは、それで結局どういうことですかと問い掛け直した。そこの姫様も困ってるだろうから、と言葉を続けられ、ホマレが思わず眉をピクリと動かす。

 

「……うん、そうだね。姫様、私はさっき、イノリちゃんに頼んで学院に運んでもらった物があるんだ」

「碌でもないものじゃないでしょうね?」

「心配性だな~。ただのマンドラゴラだよ」

「大分デカかった気がするですけど」

 

 そうだね、とホマレは返す。そうじゃないと、寄せ餌にならないし。そう続け、クスクスと笑みを浮かべた。

 

「ちょっと! 何を呼び寄せる気よ!?」

「この学院にこっそり侵入していたお邪魔者を、だよ」

 

 

 

 

 

 

 ユニ達に連れられ、学院の依頼書ボードとやらに辿り着いたアイリスは、その物体を眺めながら何とも言えない表情を浮かべた。分かる分かる、とその隣でチエルが頷いている。

 

「イリスちゃん、本物見たことあるんでしょ? やっぱり本物と比べるとこういうお遊び的なものはやめていただきたいみたいな感情ぽこじゃか湧き出てきちゃう感じ?」

「あ、いえ」

 

 アクセルの街のギルド酒場で見たクエストボードと比べると確かに規模は小さい。チエルの言うように、間違いなくちょっとしたお遊び的要素も込められているであろう。が、いかんせん自分は冒険者としての生活を行った試しはない。ギルド酒場も姉であるユースティアナがアルバイトをしているので入り浸っていただけである。何よりそういう活動はレインが泣いて止めるので自重していた。

 

「私が、本当にクエストを受けるのかと、少し思うところが」

 

 だから、本物とは違う形であろうとも。冒険者のようなことをやれるのが、姉と同じ立場を体験することが。

 彼女の気持ちを、高揚させていた。

 

「ふむ。どうやら気合は充分のようだ。結構結構、これならば依頼を選定するこちらも興が乗るというものだ」

「いやパイセン。カッコつけてるとこ悪いすけど、碌な依頼ないっしょ」

 

 ほれ、と依頼書ボードをクロエが指差す。どらどらと覗き込むと、成程殆どが失せ物探し、というか落とし物の掲示だ。学校という限られた空間で起きる出来事などそんなものなのだろう。はぁ、と溜息を吐いたクロエは、やっぱり無駄足かと頭を掻き。

 

「あ、ちょっと先輩達、これ見てくださいよ」

 

 チエルの指差すものを見て動きを止めた。落とし物の連絡とは別カテゴリ、噂やゴシップをペタペタと貼り付けたのだろうその一角の中に、どうにも不思議なものが存在していた。

 

「『急募。ホワイトドラゴンの調査』……。ここは学院の依頼書ボードのはずなのだが、酔っ払ったギルド職員が校舎に侵入して間違えて貼り付けて去っていったのだろうか」

「その人クビにしたほうがいいですね」

「それな。……いやありえねーし。ちょっと乗った自分がハズい」

「だろうな。ぼくとしてもその前提を保ったまま話が進んでしまったらどうしようかと少し悩んでしまった」

「え? ユニ先輩一瞬でも本気にしたんですか? ちょっと疲れてません?」

「罪をぼくに押し付けようとするのはやめたまえ」

 

 それで、と視線をその依頼書に戻す。間違いなく学院の問題としてそれは掲げられており、対象の目撃場所も当然学院。そしてその調査するターゲットの名称は、ホワイトドラゴンとしっかり記載されていた。

 

「ホワイトドラゴン……ですか?」

 

 アイリスもそれを眺め、そして目を瞬かせた。これが本当に言葉通りだった場合、学院にいるホワイトドラゴンとは間違いなく自身の横にいるフェイトフォーだ。依頼者が誰かは知らないが、もしそうだとすると、彼女の秘密を知っているものがこの学院に存在していることになる。リオノールとモニカ、そしてアイリス以外に、だ。

 

「いや、何か見間違えたってだけっしょ」

「ですよね~。大体ホワイトドラゴンって激レア竜ですよ? この王国だと例のドラゴンナイトの相棒くらいじゃないですか。それくらいの有名ドラゴンですよ? 調査の必要とかなしんこですし」

「ふむ。逆説的には、その件の竜を調査して欲しいというミーハーな依頼という可能性も……うん、ないな。そもそも学院で目撃したという時点で既に出発点が異なっている」

 

 厨房が荒らされただの、菜園に侵入されただの、池の魚が食われただの。明らかに害獣として認識されているそれは、噂のドラゴンに対する敬意など欠片もない。まあつまり件のホワイトドラゴンとこの調査対象は別物だと認識されていると見ていいのだろうが。

 

「フェイトフォーさん」

「ん?」

「一応聞きますが。……やっては、いませんよね?」

「やってない。ひめちゃまとほまれに怒られる」

 

 こっそりと問われたそれにほんの少しだけ唇を尖らせて彼女は返す。ごめんなさい、と謝罪したアイリスは、となるとやはりこれは別の何かなのだろうと確信を持った。

 が、いかんせんこんな学院でホワイトドラゴンと見間違うような存在がいるのかと聞かれると、首を傾げてしまうわけで。

 

「寝ぼけた人が見えてないものを見ちゃった系の、通称人騒がせってオチじゃないです?」

「それが一番それっぽいしなぁ……。んで? ユニ先輩は違う考えをお持ちな感じ?」

「然り。確かにぼくもその可能性は有り得ると思考したとも。だが、ほれ」

 

 件の依頼書から視線を動かした。別の一角、こちらもゴシップ系がペタペタと貼られている空間に、やはり似たような依頼が紛れ込んでいる。こちらはホワイトドラゴンとは断言していないが、何やら白い竜のような存在が学院に潜んでいるというものだ。

 

「ふむ。日時も場所も異なっている。ということは、少なくともこれを書いた人物は同一空間には立っていなかったと推察可能だ」

「先に貼ってあった方を見て真似たイタズラって可能性は?」

「勿論、それも考えたとも。だが、得てしてそういう場合、後から真似た方はより注目されるよう、誇張によって尾ひれが付きやすい。しかし見たまえクロエ君、こちらの、注目されない方の依頼がより新しい」

「あ~、何かぼややんってした依頼の方が、こっちのしっかりホワイトドラゴンって書かれたやつより後に貼られてますね。つまり、そういうことですか」

「然り。勿論それを見越した悪戯の可能性も排除せず残しておくべきだが」

 

 ともあれ、ここに書かれている目撃情報は嘘ではないと考えてもいいだろう。そうユニは結論付け、そして少しだけ口角を上げた。二人の特訓のためにここにやってきたのだから、これは驚きよりも喜びが勝る。

 

「これは、まさに二人の実践にうってつけじゃあないか」

「え? マジで言ってる?」

「ユニ先輩、本気百パーセントでホワイトドラゴン探ししちゃうんですか?」

「落ち着きたまえ。ぼくの見地ではこれはホワイトドラゴンではない」

 

 恐らく、普段そういうものを見たことのない学院の生徒なり教師なりが何かを見間違えたのだ。見間違え、という意味では先程クロエやチエルの言っていたことが真になるのだが、その内訳が多少異なるわけで。

 どちらにせよ、この学院に何か厄介なものが入り込んでいる可能性が高い。そう彼女は結論付けたのである。

 

 

 

 

 

 

 ホワイトドラゴンのようなものを探し出せ! そんなタイトルがババンと表示されるようなイメージを浮かべながら、一行は依頼書ボードを管理している学生課にそれを提出した。悪戯だと思うけれど、という事務員の言葉を流しつつ、許可も出たことだしとユニは皆を見る。

 

「さて、では調査を開始しようではないか」

「いやパイセン、現状手掛かりゼロだから。足跡どころか雰囲気すら察せれてないから」

「そうなんですよねぇ。この依頼書が本当なら、結構噂になっててもおかしくないっていうか」

 

 厨房や菜園が荒らされたとなれば、少しは噂になるはずだ。それすらないというのが、この情報の真偽を著しく偽に寄せている。

 

「とりあえず、現場に行ってみませんか? もし本当ならば、手掛かりがあるかもしれませんし」

「厨房、食べ物……じゅるり」

「フェイトフォー、ステイ」

「ふむ、フェイトフォー君は基本食欲優先か。その辺りも今回の改善ポイントとして留めておいた方がいいかもしれない」

「ふぇ? ……ご飯、抜き?」

「いや流石にそこまで極端には――ユニ先輩、そこんとこどうです? ハングリー精神育てちゃうんですか?」

「だから君達はぼくを何だと思っとるんだね」

 

 やれやれ、と彼女は肩を竦める。そうしながら、ゆっくりと指をフェイトフォーへと突き付けた。そんな酷いことはしない、しかし、彼女の言葉はある意味正解でもある。そう述べて、ユニはふふふと小さく笑った。

 

「単純な話だ。働かざるもの食うべからず。フェイトフォー君、今回の調査の結果如何では、今日の君の食事量が著しく減少する」

「ご飯抜き!?」

「いや、やる前から諦めんなし」

 

 ほれ行くぞ、とクロエがフェイトフォーの頭を軽く小突く。調査する場所は最初に見付けた依頼書に記されていた厨房と菜園、そして池だ。

 では早速と、学院の食堂に向かい、厨房で話を聞いてみる。どうやら厨房そのものは直接被害にあったわけではないようで、しかし無事とはいい難い状態らしかった。

 どういうことだ、と首を傾げる一行に、対応をしたコックの一人が現場を指差す。行けば分かる、と言われるがままそこに、厨房裏のゴミ捨て場に向かったユニ達は、その光景を見て思わず目を見開いた。

 

「うわ」

「何ですかこれ?」

「これは、酷いな」

 

 クロエも、チエルも、そしてユニも顔を顰める。勿論アイリスもそれを見て思うところはあったのだが、しかし自分の今の仕事は調査だと気を取り直した。フェイトフォーも先程の場合によってはごはん抜きが効いたらしい。

 

「これは……何かが這いずった跡でしょうか」

「どらごんとは違う。けど、ちゅこち似てる」

 

 メチャクチャになったゴミ捨て場に残されたそれを見ながらアイリスとフェイトフォーが呟く。二人が動いたので、なかよし部の面々も気を取り直してそこに近付いた。ある程度は片付けられているが、恐らく発見時はゴミが散乱していただろうと思われる痕跡がちょくちょく見受けられる。

 

「三日前か。ちょうど学院が休日に入る前日の夕方、学生達も寮なり自宅なりに戻ったタイミングで犯行は為されたというわけだ」

「ということは、これ噂になるの明日からって感じですね。チエルとしては先行ちぇるっと情報ゲットでウハウハですけど」

「あそ。で? イリス、フェイトフォー。何か分かった?」

 

 クロエの言葉に、アイリスが顔を上げる。まだ詳しいことは分かりませんけれど。そう前置きすると、とりあえず間違いなく犯人はホワイトドラゴンではないということが分かったと述べた。

 

「ふむ。それの根拠はなんだね?」

「え? っと、それは、その」

 

 フェイトフォーがドラゴンじゃないと言ったからです。そのままこれを言うととてつもなく怪しい。何でそれが証拠になるのか、と問われると最悪彼女の正体をぶっちゃけ掛けないからだ。

 どうしよう、と視線を思わず隣に向けると、フェイトフォーが彼女の方を見てこくりと頷いた。

 

「あ、フェイトフォーさん、待っ――」

「ふぇいとふぉーがいりちゅに言ったから」

「はい?」

「ふぇいとふぉーが、こいつはどらごんじゃないって言ったの」

「お、おう。……ごめんちょっと何言ってるか分かんない」

 

 クロエが頭にハテナマークを飛ばしている。チエルも、それが根拠になるのか分からず首を傾げている。

 一方のユニは、成程、と何かに納得したように頷いていた。

 

「フェイトフォー君、確か君は守護竜ホマレと知り合いだったね」

「うん」

「つまり君は、今回の調査において、痕跡がドラゴンか否かの判別をかなりの精度で行えると考えていいわけだ」

「どらごんかどうかは、分かる」

「え? ちょっとそれ凄くないです? ドラゴン判定とか結構レア特技じゃないですか。ほぇ~、やっぱりドラゴンナイトと一緒に働いてると違いますね~」

「流石は本職ってとこ?」

 

 ちょっと違うけど、まあいっか。己の中でそう妥協したらしいフェイトフォーを見ながら、アイリスは小さく安堵の溜息を吐いた。

 だから、ユニの言葉の意味を深く考えることはしなかった。前回述べていた暫定の立場では、今回彼女の言っていた答えには辿り着かないであろうことを。

 

 




割と真面目に調査が進む。


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その101

こいつとワニゴンの正式名称覚えてない問題


 うわ、と一行は顔を顰めた。先程の厨房裏のゴミ捨て場と比べると、こちらの惨状は桁違いだ。事件発覚から二日以上経っても、菜園は修復が終わっていなかったのだ。

 

「ちょっとこれ酷すぎません? うわめっちゃくちゃ」

「まあ、うちらには関係ないことなんだけど……けど、これはなぁ」

 

 チエルもクロエも眉尻を下げる。恐らくハーブなり野菜なり、あるいは花を育てていたりとちょっとしたガーデニングの空間となっていたであろうそこは、何かが這いずり回った跡でズタボロにされ、そこに何があったのかすら分からない有様だ。少しずつ修復作業は行われているようだが、ここの管理をしていた人物もショックが大きかったのだろう。作業は遅々として進んでいない。

 

「許せません」

「ん」

 

 アイリスも真剣な表情で呟く。フェイトフォーも、思うところがあったのかその言葉にコクリと頷いていた。

 その中で一人、ユニはしゃがみ込み土壌をすくい取り眺めていた。暫し見詰めた後、別の一角の土を手に取る。ぐしぐしとそれを手で擦ると、立ち上がり視線をなかよし部新メンバー二人へと固定させた。

 

「イリス君、フェイトフォー君」

「は、はい」

「ん?」

「ここの痕跡は、先程のものと同じだろうか」

「え? た、多分同じものだと思いますが」

「うん。おんなじ」

「そうか。……では、一つ問いたい」

 

 ホワイトドラゴンに毒属性はついているのか。ユニのその質問に、アイリスは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。何を言っているのかよく分からない、と頭にハテナマークを飛ばしていた。

 

「と、とりあえず……えっと」

「ない」

「だ、そうです」

 

 視線を彷徨わせ、フェイトフォーに助けを求める。どことなく心外だと言わんばかりの表情で答えた彼女を見て、アイリスは安堵の溜息を吐きつつ少しの不安を覚えた。

 いやすまない、とそんな彼女の表情を見て察したのだろう。ユニは変わらずの表情のままフェイトフォーに向かい謝罪を行った。

 

「違うと断言してもらっていたのに何だが、一応ダメ押しが欲しかったのだ。これで間違いなくこの件の加害者はホワイトドラゴンではないと断言できる」

「パイセンパイセン。意味分かんねぇンすけど」

「もう少しチエル達にも分かりやすく、ポップでキュートな説明してもらえません?」

「ふむ。チエル君の後半は聞き流すとしてだ。先程ぼくはこの菜園の土を調べた」

 

 そう言ってもう一度足元の土をすくい取る。今彼女が立っている場所は菜園、つまりは野菜なり花なりを育てるように整えられた空間であるはずだ。当然、土もそれ相応に仕立て上げられていると考えていい。

 

「だがこれを見たまえ」

「いや分かんねーし」

「ユニ先輩、何でもかんでもみんなが知ってると思ったら大間違いなんですよ」

「無論、承知の上だ。だから二人に見せるのは土壌の質ではない。成分だ」

 

 はぁ、と気の抜けたような返事をしながら、その成分とやらをどうすれば見られるのかと二人は眉を顰める。

 そんな中、アイリスとフェイトフォーも同じように土を、菜園の地面を眺めていた。ユニがすくい取ったのは這いずり跡の部分だ。比較的無事であった場所ではなく、わざわざそこを選択したということは。

 

「……これ、汚染されてませんか?」

「毒くちゃい」

『え?』

 

 アイリス達の言葉に、クロエとチエルもユニの手の土をまじまじと見詰める。成程確かに、そういうアプローチ、冒険者としての探知スキルに引っかかる部分が見受けられた。

 

「と言っても、チエルだと殆ど分からないんですよね~。不思議とミステリーで満載ですよ」

「うちはそこそこ。んでもこれ、大分ヤバめくない?」

「然り。痕跡でこの程度ならば、本体はかなりの毒性を持っていると推察出来るだろう」

「……やばいですね」

「やばい」

 

 今はまだ人の被害はないが、もしこれがこの学院にいる人々に襲いかかったら。最悪の想定が頭に浮かび、アイリスの顔色がさっと変わった。こうしてはいられない、一刻も早く下手人を見付け出し、捕獲ないし討伐しなくては。

 そんな思いを胸に抱き、次の現場であるはずの池に向かったそこで。

 

「……」

「……」

「……んん?」

 

 目の前に広がる光景になかよし部の三人は首を傾げていた。勿論と言うべきか、アイリスも眼前のそれに目を瞬かせていた。

 

「くんくん……毒の匂い、ちない」

 

 フェイトフォーも鼻を鳴らしながらそんなことを呟く。うんうんと頷いたユニ達三人も、池に近付きその水面を覗き込んだ。話によると池の魚が食われたということらしいが、成程確かにぱっと見では魚の姿が見当たらない。

 が、しかし。

 

「池自体はきれいなものだ……ふむ」

「さっきの流れ的にこの池も何か毒でやられててうわぁってなるもんだと思ってたんですけど」

「ここ、本当に襲われたん?」

 

 クロエが視線を左右に巡らせる。菜園と違い、池の被害は軽微、というより言われなくては分からないレベルだ。周囲を何かが動いた跡は確かにあるが、それと知っていなければ気にも留めない程度。

 

「フェイトフォー君、どうだい?」

「んー……」

 

 ユニの言葉に、フェイトフォーも鼻をスンスンと鳴らしながら周囲を見渡すが、決定打は見付からなかったのか渋い顔を浮かべた。それならば、とクロエにスキルで索敵出来ないかと問い掛けたが、いやさっきやったしと返された。

 

「となると、ここの情報だけはフェイクだった、ということになるが」

「それやる意味あります?」

「ないな」

「然り。となると、犯行は間違いなく行われたと見ていいだろう。しかし、被害は他と比べて極めて軽微。この辺りに、犯人に繋がる手掛かりがあるんじゃあないかとぼくは睨んでいるのだが」

「何か、気付いたら探偵ものみたいなことやってませんかチエル達」

「それな。まあ、いいけど、別に。今んとこ弊害もないし」

 

 精々そこの二人がやる気出したくらいか。ちらりと横を見ると、アイリスがユニの言葉を真に受け必死に手掛かりを探していた。同じくフェイトフォーも鼻をスンスンとさせながら池の周囲を探っている。こっちは多分彼女とは別の意味で頑張っているのだろう。具体的には食欲とか。

 

「あー、で。うちらはどうする?」

「チエルは応援を頑張りたいところですね~。もしくは見守る姉役」

「まったく、君達は」

「いや今のでチエルと同一線上に置かれるのは心外度高めなんだけど」

「おや、そうかね。ではクロエ君、君はどうする?」

「そりゃぁ、まあ……二人が頑張ってるし、うちらはサポに回ればいいんじゃね」

「真っ直ぐ先でも後でもいいですけど、クロエ先輩バッチリいますね」

 

 

 

 

 

 

 などと言ってから二日経った。進展なしである。アイリスも調査に行き詰まったのか、頭から煙を出しそうな勢いでむむむと唸っていた。現場の復旧はまだ叶わないが、しかし一歩ずつ傷跡を癒やしつつあるのが現状だ。それについては手放しで良かったと言えるであろう。

 が、しかし。

 

「下手人が見付からなくては、再度被害に遭う可能性は否めない」

「それな」

「でも、あの後さっぱりなんですよね。たまたま通りすがりのモンスターがやってきてすぐサヨナラしちゃったって考えても、少しはよくないです?」

 

 チエルの言葉に、ユニは難しい顔を浮かべる。確かに杞憂ならばそれで良し。だが、楽観視していた場合いざ事が起きた時のショックは身構えていた状態より酷くなる。彼女としてはそこを心配していた。

 

「……まあ、そこら辺はあの子らが今頑張ってるし。うちらはうちらでやるのがよさげ」

「うむ。我らは年長者らしくドンと構えて事態に備えようではないか」

「それはいいんですけど」

 

 視線をちらりと動かす。どうすればいいのやらと悩んでいるアイリスの横。あまり物事を考えていなさそうな顔を更に無に変えているフェイトフォーが、ゆらゆらと体を揺らしながら立っていた。

 盛大に腹の音を響かせながら、である。

 

「ユニ先輩、ホントに実行しちゃったんですね。チエルとしてはちょっとした脅し文句だと思ってたんで、あの惨状には割とドン引きです」

「待ちたまえ。それについては抗議をさせてもらおう」

「どゆこと? フェイトフォーが腹空かせてんのはパイセン由来っしょ」

「そこが誤解だというのだ。確かにぼくはそんな話をした。が、実際にそれを行うほど鬼畜ではないし、そもそもきちんと調査を行っているのでその理由もない」

「いやでも実際めっちゃ腹鳴ってんじゃん。オーケストラじゃん」

「コンサートホール貸し切りレベルですもんね」

 

 よかったらこれを、とアイリスが渡したお菓子をムシャムシャしながら、何か獲物でも狙うような瞳に変わっているフェイトフォーを見る。間違いなく食料が足りていない。ここで改めて確認するまでもなく、昼食時に彼女が食べているのがダイエット女子ばりのメニューに変わっていた時点で一目瞭然ではあったのだが。

 

「考えてもみたまえ。彼女の昼食を用意しているのは学院長、ひいては王国そのものだ。そこに我らの介入する場面は微塵もない」

「そういえばそうですね。え、じゃあユニ先輩出来もしない脅し文句並べてたんですか? それちょっとかっこ悪くありません? 先輩の威厳垂直落下ですよ」

「本気で実行するのならば学院長に話を通すなりなんなりはしたさ。だが先程述べたように、ぼくは奮起を促すための虚言としてその提案をしたにすぎない。だから」

「どっかから聞きつけた学院長がマジで実行したってことすか?」

「……正直なところ、ぼくはその結論に異議を唱えたい。学院長は悪戯を好み相手をおちょくるのを趣味としているような奇人変人ではあるが、こういう手段を取るのを良しとはしないはずだ」

「じゃあ、誰さんが実行犯なんです? ……え? まさか」

「然り。ぼくはこの件に守護竜ホマレが関わっていると推測する」

「マジか」

 

 だが、そうなると今度はその意図が見えてこない。単純に成果が振るわない罰としてということならば、理解は出来るが同意は出来ないし、他に理由があるとすればそこに理解が及ばない。

 まさかユニの言葉を聞いていて無駄に気を利かせた、などという沸いた理由を口にすることもあるまい。

 

「まあ、超越者の思考は余人には得てして理解できないものだ。ぼくの論理思考が他の生徒達に受け入れられないように」

「それは単純にパイセンがやべーやつだからなんじゃ」

「クロエ先輩。ダメですよ、正論ってのは時として尖ったナイフより切れ味抜群のスッパリなんですから」

「君達のぼくの評価はどうなっとるんだね」

 

 はぁ、と溜息を吐いたユニは、それはともあれと視線をクロエ達からアイリス達へと移した。学院を駆け回って手掛かりを探したが、最初の三件以上のものはない。それでも、僅かながら似たような痕跡自体は発見できた。そのどれもが事件と同時期かあるいは少し前で、あれからのものは見付かっていない。その事も踏まえ、最初の現場で一番被害のない怪しい場所である池へと再度やってきていたのだったが。

 

「あの痕跡からすると随分と巨体なはずなのですが……。一体どこに消えてしまったのでしょうか」

「んー……。まだ、この辺にいる、と思う……」

 

 一際大きな腹の音が響く。ふにゅー、と力の抜けたような声を発しながらへたり込んだフェイトフォーは、そこで地面の一点を見詰めて動きを止めた。正確には、何かを見付けてそれを目で追い始めた。

 どうしたのですか、などと言いながらアイリスはそんな彼女の視線を辿ると、何やら奇妙な野菜がテクテクと歩いているのが見える。へ、と思わず変な声を上げると、ユニ達へと向き直った。

 

「どうしたんだいイリス君」

「あの、あれは一体?」

「何か野菜が歩いてますね。うわ~、新鮮」

「あれは、どっかの畑から逃げ出した感じじゃなさげ。野生か」

「にげ、る? 野生? えっと……野菜とはそういうものなのですか?」

「種類にもよるが、得てして野菜類はそういうものだ。菜園の野菜は気性が穏やかだが、雑草や山菜は時として凶暴に牙をむく」

「そ、そうだったのですか……。普段は調理されたものしか見たことがないので」

 

 王城で暮らしていればその辺りは疎くても仕方ないのかもしれない。ユニ達はその辺の事情を知らないが、何となく箱入り娘だったのだろうとあたりをつけていたので、深くは聞かなかった。

 

「ということは、菜園が荒らされた理由もその辺りなのですね」

「恐らく。しかし、こんなところに野生の野菜が闊歩しているというのも中々に」

 

 ん、とユニの動きが止まった。普段見る野菜類とは随分と形が違うそれは、何とも奇妙な形状の根菜で。しっかりと顔もついているし、何なら下部は二足歩行するように誂えられている。

 彼女のデータベースで瞬時に弾き出した。これは、この根菜は。

 

「マンドラゴラ?」

「へ?」

「あ、これそうなんです? 普段干したのか薬になったのしか見てないんで、生って結構レアなんじゃ」

「いや、いいけど別に。マンドラゴラって確か生で食べるとヤバいんじゃ」

「安心したまえクロエ君。普通、仕留められていないマンドラゴラを生食するような者はいないさ。それこそドラゴンか、あるいは魔物でもない限り――」

 

 ざばぁ、と盛大な音を立て、池から巨体が這い出てきた。明らかに池の体積に合っていないそれは、どことなく爬虫類のような、出来損ないのドラゴンのような見た目をしており、光の加減では白く見えかねない紫の体色をしている。そのままばくりと歩いているマンドラゴラを捕食したそれは、再度池の中へと消えていった。

 

『……』

 

 目の前の光景を暫し眺めていた一行は、再起動すると慌てて池を覗き込む。どう考えてもあれが入っているようには見えない。

 

「いや、待ちたまえ。この池、表面上は底があるように見えているが、実際の深度は相当だ」

「え? 何でそんな頭おかしい仕組みになってるんです? 作った人馬鹿なんですか?」

「学院長っしょ、どうせ」

「ああ、得心した。以前、反射を利用して錯覚を起こす技術をプレゼンしたら妙に喜んでいたのはこれのためか」

 

 投げやりなクロエの言葉とユニの補足にまあそれなら、と流すことにしたチエルは、何はともあれと池に向かって身構える。流石にあれが池のヌシだとかいうオチは無いだろうし、実際のホワイトドラゴンとは似ても似つかないだろうが知らない人が一瞬見るだけなら間違えかねないフォルムからして確定だ。

 

「ということは、あのベトっとしたのが犯人ですね」

「みたいね。あのブヨっとしたやつが犯人決定」

「然り。あれが件のドラゴンまがいの魔物だ」

 

 よし、と武器を取り出す。のはいいものの、ではどうすればあれを引っ張り出せるのかというと。

 つまりこういうことですね。そんな声がしたので振り返った一行は、アイリスが先程のマンドラゴラと同じものを鷲掴みにしているのを視界に入れた。

 

「この辺りにまだいました。これを使って、あのベトブヨニセドラゴンを釣り上げましょう!」

「おー、やるじゃんイリス――なんだって?」

「ナイスアイデアですねイリスちゃん、じゃあ早速あのベトブヨ――はい?」

「うむ、いいセンスだイリス君」

 

 一人笑顔のユニはともかく、池に潜んでいたらしいそれをどうにかするために、では早速と一行は拾ったマンドラゴラを使って準備を始めるのであった。

 

「……じゅるり」

 

 そのために、というべきか。同じように捕獲した別のマンドラゴラを、フェイトフォーがじっと見詰めているのに、彼女達は気が付かなかった。

 

 




ストーリーイベントお約束ボスバトル


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その102

いやだって3つ目始まるとは思わんじゃん


 学院長室の扉が勢いよく開かれた。ん? とその音で顔を上げた学院長兼ブライドル王国第一王女リオノールは、やってきた人物を見る。黒髪の長髪、少し出したおでこ。凛とした佇まいと聖テレサ女学院でも特別な白い制服が見事に調和しているその少女の姿を視界に収め、彼女は表情を笑顔に変えた。

 

「あらマリちゃん。どうしたの?」

「マリちゃん言うな」

 

 ギロリとリオノールを睨んだマリちゃんと呼ばれた黒髪の少女は、コホンと咳払いをすると掛けていた眼鏡をカチャリと上げた。先程の口調を改めるように、学院長にお話がありますと彼女は述べる。

 

「ここのところ、件の反社会集団が学院を駆け回っているのですが。学院長にお心当たりは?」

「私は別に指示はしていないわよ。だから多分、なかよし部の独断じゃないかしら」

「……本当ですね?」

「指示は、してないわ」

 

 そう言い切ったリオノールを再度睨んだ彼女は、ある程度予想がついたのか溜息を零す。まあそういう反応になるだろうな、と傍らのモニカは同情をしていた。モニカの場合は知っているからこその感想だが、目の前の少女はそうではない。だから、余計に。

 

「学院長」

「はい、どうしたのかしらマリア生徒会長」

「あの反社会集団の行動にお心当たりは?」

「……だから私は指示してないんだってば」

「理由は知っているのでしょう?」

「あのねマリちゃん。一応言っておくけど、これについては私が全ての元凶じゃないわよ」

「成程。では、その割合をお伺いしても?」

「……半分、くらい?」

 

 さ、と顔を逸らしながらリオノールは答えた。はぁ、と再度溜息を吐いたマリアは、とりあえずその半分だけでもいいから説明しろと視線で述べる。間違いなく学院長であり自国の王女でもある彼女にする態度ではないのだが、この辺りが許されるのもリオノールの人望と言えるかもしれない。慕われているのは確かだ。

 

「今、なかよし部に追加メンバーがいるでしょう?」

「ええ。片方の少女は学院長が何かしでかそうとしているということしか存じ上げませんが。短期留学生の方でしたら、生徒会長としてその正体は聞き及んでおります。……一応聞きますが、国際問題にはなりませんよね?」

「あ、それは大丈夫。ベルゼルグ王国の王族はこの程度へでもないから」

 

 その表情に冗談は欠片も含まれていない。お、おう、と返事をしたマリアは、気を取り直すとそれが一体どうしたのかと続きを問うた。ぶっちゃけ聞きたくないが、聞かないと自分の生活に支障が出そうだったので渋々尋ねた。

 

「それで、今フェイトフォーとアイリスちゃんの強化をしようって話になってるみたいなのよね」

「止めろや」

「一応こちらの意向にも沿ってるから、そこはまあしょうがないのよ。フェイトフォーの方はこっちに馴染むっていう理由もあるし」

 

 ただ、とリオノールは頬を掻く。ここからは自分の領域外だと言わんばかりに、彼女はあははと苦笑した。

 

「私が向こうに行っている間に、どうも学院に何かが入り込んだらしいのよ」

「何か、ですか?」

「何かはホマレは教えてくれなかった。けど、まあ、多分、それ自体はこちらでも対処出来るやつなんでしょうね」

「……学院長は、なかよし部の行動の理由がそれだとお考えなのですね」

「多分。何でも、学院で目撃されたホワイトドラゴンを探しているらしいから」

「はぁ? そんなものがいるはずが――」

 

 突然の轟音で、マリアの言葉は遮られた。なんだ、と窓に視線を向けると、どこからか煙が上がっているのが見える。ここはモンスターが闊歩するダンジョンでも駆け出し冒険者の街アクセルでもない。お嬢様学院でそんな事が起きるということは。

 

「モニカ! 一旦授業を中止させて、生徒達の避難を!」

「はっ!」

「シスター・マリア。生徒会はモニカのバックアップに回ってちょうだい」

「かしこまりました!」

 

 すぐさま立ち上がり指示を出したリオノールは、行動を開始しようとした二人と同じように学院長室を飛び出そうと足を動かす。

 

「学院長?」

「私は現場の確認をしてくるわ。多分、さっきの話に関係しているでしょうから」

「姫、無茶はしないようにお願いします」

「分かってるってば。信用ないわねー」

「その発言で既に分かっていないのが分かりますので」

「……はぁ、ほんっと、この人は……」

 

 半ば吐き捨てるようなモニカの言葉を軽く流すリオノールを横目で見ながら、マリアはこっそりと溜息を吐いた。こんなのでも、否、こんなのだからこそ、この学院が揺らぐことなく続いているのだろう。それが何だか負けたみたいで面白くなくて、彼女は少しだけ不機嫌そうに唇を尖らす。

 

「これだから大人ってやつは汚い」

「私マリちゃんとそう年変わらないんだけど!?」

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。轟音が起きる少し前、その原因共は池の水面を眺めながら策を練っていた。やることは決まったのだが、いかんせんそれを実行するには準備が足りない。

 具体的には餌がない。

 

「イリス君」

「……はい」

 

 ユニの言葉に、アイリスはしゅんと項垂れる。クロエとチエルはそんな彼女を苦笑して見るばかりだ。いやだってフォロー出来ないし、とは二人の弁である。

 

「君のアイデアは真っ当だった。そして即座に行動するその足の軽さは称賛に値するだろう。だが、しかし」

「はい」

「いくらなんでも、全力でマンドラゴラをぶん投げるのは如何なものか」

「……はい」

「イリス。釣りやったことなかったんなら、まずは聞きな」

「そうですよ~。本の知識だけじゃ分かんないことをチエル達がバッチリしっかり教えてあげますって」

 

 二人にそう言われ、アイリスは更に小さくなる。申し訳ありませんでした、と蚊の鳴くような声で述べると、俯いたまま暫し動きを止めた。

 ふう、とクロエは息を吐く。別にそこまで落ち込むこともないと思うのだが。そんなことを思いながら、彼女はアイリスに声を。

 てい、とチエルが伸ばしかけた手をはたき落とす。あぁ? とそちらを睨んだクロエに向かい、彼女はどこか不敵な笑みを浮かべていた。

 

「大丈夫ですよ。イリスちゃんなら、すぐ復活しますから」

「いやなんでそんなのチエルに分かんの?」

「え~? それは勿論チエルがイリスちゃんの最初の友達だからですけど」

「あそ」

「うっわ流した。ここはもうちょっと感銘受けてチエルを褒め称える流れじゃないです?」

「いや知らんし。余計なダベリトークに使ってるキャパもったいない」

 

 まあとりあえずチエルがそう言うならそっとしておこう。そんな結論を出したクロエは、星になったマンドラゴラの代わりとなるような餌を探すため視線を巡らせた。

 

「まったく。そういう話は当人に聞こえないようにするべきだろうに」

「あはは……」

 

 勿論すぐ横にいるのでアイリスにはしっかり聞こえているわけで。ユニの呆れたような声に苦笑しながらも、気持ちを切り替えた彼女は二人と同じように先程のモンスターが食いつくような餌を探しぐるりと辺りを。

 

「あれ?」

「ん? どうしたのだねイリス君」

「いえ、その……よくよく見ると、そこかしこに」

 

 これまで気にしていなかったが、改めて確認すると周囲の草むらでガサゴソと何かが動いているのが確認できた。そこの草を掻き分けると、先程アイリスがぶん投げたものよりは小型なものの、まごうことなきマンドラゴラが姿を現す。

 

「……マンドラゴラって、この辺うろついてんだっけ?」

「チエルの記憶にはありませんね。新発見おめでとうございます記念しましょうか」

「いやしねーから。んでパイセン、そこんとこどうよ」

「ふむ。ぼくの記録にもそのような事象は観測されていない。ということは、このマンドラゴラは先程の魔物の影響で増殖したか、あるいは」

 

 何者かが意図的にばらまいたか。そこまでを述べると、とりあえず該当者を一名ピックアップした。ただしその場合、先程の魔物も向こうの手の内という可能性が発生する。

 

「いや、ないわ。学院長テレ女の生徒達大切にしてるし、あれでも」

「そうですね。生徒の菜園荒らし回るようなバッド付きまくりの問題生物野放しはしませんからね、あれでも」

「同意だな。彼女は学院長にしてこの国の王女、未来の才能たる我々に不利益をもたらして放置はしないだろう、あれでも」

「何で最後に一言付け足すのでしょうか……」

 

 実際自分もそうは思うけれど。飲み込んだ言葉を沈めつつ、ではこれらの理由は前者ということでしょうかとアイリスは問うた。が、ユニはどことなく難しい顔をしたままだ。

 

「それは早計だ。仮にそうだとしても、あの魔物がここに住み着いたと思わしきタイミングとはいささか噛み合っていない。まだ誘き寄せられたという方が答えとしては腑に落ちる」

「え? 何さっきのマンドラゴラ呼んでんの? こっわ」

「呼ぶんならもうちょっと可愛いくて映えるやつがいいですよね」

「あくまで予想の一つだ。時間があればもう少し調査を進めるところだが」

 

 アイリスを見る。こくりと頷いたのを見て、そうだなとユニも頷いた。アイリスに再度マンドラゴラを捕獲するよう指示した彼女は、今度こそ釣り上げるための行動に移る。

 手頃なもの、としてユニが目を付けたのはアイリスの剣だ。そこの鞘に縄をくくりつけると、反対側にマンドラゴラを結びつけた。超簡易的な釣り竿の完成である。縄持ってんなら棒も持ってろというどこからか出てきた文句はスルーした。

 

「これを、池に向かって投げればいいのですか?」

「ちょい待ち。投げ入れんのは餌だけだから」

「マンドラゴラをちぇるんと池の中に打ち込んじゃってください」

「は、はい。こんな感じでしょうか」

 

 チャポンとマンドラゴラが池に落ちる。溺れた人間のように手足をバタバタさせながら池の水面でもがいているその姿は何だかとってもいたたまれない気がしたが、まあ必要な犠牲ということでなかよし部の面々はさっくりスルーした。

 それで次はどうすれば。そう尋ねようとした矢先、水面にゆらりと影が映る。大口を開けて溺れているマンドラゴラを飲み込んだ他称ベトブヨニセドラゴンは、縄が繋がっていようがお構いなしに再び池の中へと。

 

「わっ!」

「イリス!?」

「イリスちゃん!?」

「しまった、イリス君」

 

 急なその動きに、アイリスの体が引っ張られる。分かっていれば当然踏ん張れたその行動は、不意を突かれたおかげで小柄な彼女の抵抗を奪ってしまった。剣を手放せば、という考えを思いつく間も無く、アイリスはそのまま池の中へと引きずり込まれてしまう。

 伸ばした三人の手が空を切る。ちぃ、と舌打ちしたクロエは、とりあえず自分も池に飛び込もうかと足を踏み出した。気持ちは分かりますが落ち着いてくださいとチエルに言われ、彼女にその指摘をされたことがショックだったのか動きを止める。

 

「然り。幸いこれまでの特訓でイリス君の実力が飛び抜けているのは分かっている。こちらも準備を整えるだけの余裕はあるはずだろう」

「つっても、のんびりしてる余裕はないっしょ」

「うむ。であるからには、迅速に準備を整えようではないか。クロエ君、チエル君。……そういえば、フェイトフォー君は先程から会話に参加していないが、どうし――」

 

 言いながら振り向いた。そして、ユニは動きを止めた。同じように視線を動かしたクロエとチエルも、そこに立っているものを見て固まった。

 ドラゴンであった。真っ白い、美しい姿のドラゴンは、先程までフェイトフォーがいたであろう場所で、こちらをじっと見詰めている。

 

「わぁ、フェイトフォー君、ずいぶんとりっぱにせいちょうしたなぁ」

「成長の度合いおかしいですよね!? 冒険者のクラスアップでもこうはならんでしょ!?」

「なっとるやろがい」

 

 チエルもクロエも等しく動揺した。流石にこの急展開は対応が遅れた。

 小さく唸り声を上げるホワイトドラゴンの声で我に返る。とりあえず目の前のこれが推定フェイトフォーであるということはまあいいとして、一体全体なぜこんなことになったのか。まず早急に解決しないといけないのはこれである。

 

「ユニ先輩、クロエ先輩」

「どうしたのかねチエル君」

「どしたチエル」

「あれ見てください。あの推定フェイトフォーちゃんだといいなぁって一瞬現実逃避したけど間違いなく現実だったホワイトドラゴンちゃんの足元」

「足元?」

 

 視線をどこか虚ろな目をしているホワイトドラゴンの顔から下へと移動させる。

 明らかに齧ったであろうマンドラゴラの成れの果てが何個か転がっていた。人の歯型らしきものがついているので、こうなる前にかぶりついたのだろう。

 

「……ああ、なる。食ったんか、フェイトフォー。腹減ってたもんな」

「ですね。お腹空いてましたもんね」

「こちらを責めるように見るんじゃあないよ。それよりも現状確認が第一だ。マンドラゴラの生食で起こりうるバッドステータスは主に混乱。ホワイトドラゴンがフェイトフォー君の正体とはいえ、その辺りに耐性があるかは定かではない。が、現在の彼女の表情からすると恐らく状況は悪いと思われる」

「えっと、先輩。それ、端的に換言するとどうなります?」

「フェイトフォー君、混乱中」

 

 がぱ、と目の前のホワイトドラゴンの口が開かれた。それが何を意味するのかを瞬時に理解した三人は、全力で退避するするために足を動かす。何の準備もなく食らったら、流石のなかよし部も消し炭に早変わりだ。

 カッ、と虚ろであったフェイトフォーの目が見開いた。首をグリンと動かすと、着弾点を三人から別の方向へと無理やり反らす。おかげで爆音と共に周囲が少々消し飛んだが、被害者がいないという点では間違いなくこちらの方が上々だ。

 

「グルルゥ……」

「かろうじて正気を保っているようだが……フェイトフォー君、大丈夫か? ぼく達の言うことが分かるかね?」

「グゥゥゥ」

「微妙」

「微妙ですね。じゃなくて! どうするんですか!? イリスちゃんも池の中沈んだままですし」

「ッ!? グァァァ」

 

 フェイトフォーが吠えた。一歩足を踏み出すと、尻尾を振り上げ、それを思い切り叩きつける。振り下ろした先は、池。先程アイリスが沈んだ場所だ。

 轟音とともに池の水が吹き飛んだ。相当深く作られたそれであったが、水が減らされたことと振動で中にいたであろう物体が顔を覗かせる。重量の関係で即座に引っ込んでしまったが、もう片方の軽い少女は別だ。

 

「ぷはぁ!」

「イリス!」

「イリスちゃん!」

「イリス君。無事だな」

 

 びしょ濡れのアイリスがポテンと地面に落ちると、ブルブルと犬のように水を吹き飛ばした。そうしながら、ありがとうございますと彼女はそこにいる面々を見やる。

 クロエを見て、チエルを見て、ユニを見て。そしてフェイトフォーを見たアイリスは、そこで目をパチクリとさせた。

 

「何故、その姿に?」

「あ、知ってんだイリス」

「学院長経由かなんかですかね」

「それが妥当だろう。さてイリス君、フェイトフォー君は混乱気味だ。そこは注意してくれたまえ。それを踏まえ問い掛けよう。あいつどうだった?」

 

 あいつ、というのは先程の他称ベトブヨニセドラゴンのことだろう。池に引きずり込まれた時は一瞬驚いたが、強さ的には恐らく目の前のホワイトドラゴンの方が上なのは間違いない。なので、接敵さえしてしまえば。

 

「チエル、パイセン。池ン中見てみ」

「うわふっか。あ、何か横穴ありますね」

 

 恐らく表面上はそのままで中身だけ深くする工事のために作られたものなのだろう。大きな横穴は、巨大なモンスターが移動に使っても問題ないほどの規模で開けられていた。そして先程のモンスターが見当たらない、ということは。

 

「では、どこに繋がっているか調べてきます」

「ちょーちょー。待て待て」

 

 即行動しようとしたアイリスをクロエが止めた。行くなら誰かを連れていけ、という彼女の言葉を聞いて、すいませんと頭を下げる。

 

「よし、では。チエル君、イリス君のお供を頼む。ぼくとクロエ君はフェイトフォー君を落ち着かせながら吉報を待つとしよう」

「ちぇるっと任されましたー!」

「いや、いいけど。こいつそんな短時間で落ち着くん?」

「グルゥ……」

 

 頑張る。そう言っているように見えて、クロエは分かった分かったと苦笑しながらフェイトフォーの尻尾を撫でた。

 

 




次回、ホワイトドラゴンvsベトブヨニセドラゴン(大嘘)


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その103

クライマックス?


 どさり、とその荷物は落とされた。もごもごと猿轡をされている状態で何かを言おうとしている荷物をホマレは笑顔で見下ろしながら、それを行った相手を労う。お疲れ様、と二人に述べた。

 

「へん、このくらいあたしにかかればお茶の子さいさいですよ!」

「はいはい」

 

 そんな彼女の言葉を聞き、ドヤ顔でイノリは胸を張る。その横では、金と茶、長髪と短髪という色も長さもアシンメトリーな髪型をした少女がやれやれと肩を竦めている。なんか文句あんのかとばかりにイノリが少女に突っ掛かったが、右手であっさりと押し返された。

 

「ふふふ。まあ、イノリちゃんも活躍したのなら、それでいいんじゃないかな」

「だとさ。良かったな、イノリ」

「だから! あたしだってちゃんと活躍したですよ!」

「別にそこは否定してないだろ?」

「え? あ、う……」

 

 ははは、と笑う少女をギロリと睨み付けたイノリは少々八つ当たり気味にホマレを経由して荷物へと向き直った。それでこいつは一体どうするのですか、と少々乱暴に問い掛ける。

 

「うん。そうだねぇ……カヤちゃん、運ぶ前に何か聞き出してはいるかい?」

「一応は。といっても、ほとんどがでまかせだと思うけれど」

「聞かせてもらえるかな。報告も兼ねて」

「ああ、分かった。じゃあまずは経緯から」

 

 そう言って少女、カヤは荷物を確保した時のことを語り出す。イノリがマンドラゴラをぶちまけ、聖テレサ女学院に潜む件のモンスターの行動を促したことで、ここへ解き放った実行犯の反応を伺ったこと。ホマレの指示でそこまでは順調、件のモンスターは学院を荒らし回るよりマンドラゴラを捕食する方向に転換したことで被害も減少した。

 

「それで、もっと騒ぎが大きくなると予想していたこいつは、しびれを切らした」

「言っちゃなんですけど、この程度で飛び出てくるとか相当小物ですね、こいつ」

「イノリが言うくらいだから、本当に相当だよ」

「カヤぴぃ! どーいう意味ですか!?」

 

 はははと笑いながらイノリを受け流したカヤは、そんなわけなんで至極あっさり捕獲できたと続けた。勿論抵抗はしてきたが、こちとらブライドル王国守護竜の下についているドラゴンの上位種。この程度の連中などまるで相手になるはずもなく、戦意を失った下手人は命乞いをしてきたのだとか。

 

「喧嘩としてはつまらないの一言に尽きる。ボス、もう少しやりがいのある相手はいないもんか?」

「そうだね。また近い内に、用意してあげられると思うよ」

「何か今すげー不穏なこと言いやがったですよこのハラグロボス」

「イノリちゃん?」

「な、何も言ってないですよ!」

 

 す、とイノリに視線を向けて黙らせたホマレは、カヤに向き直ると肝心な部分についての答えを問う。こいつは、この荷物は一体どこからの下手人なのか。

 

「エルロード。そこのお偉いさんからの依頼だってゲロった」

「んなわけねーですよ。絶対でたらめです」

「まあ、それはオレもそう思う」

 

 ボスはどうだ、とカヤは視線で問い掛ける。彼女のそれを受けて、ホマレはゆっくりと転がされている荷物を見た。普段閉じているかのようなその瞳を、ゆっくりと開きながら。

 荷物が暴れる。ジタバタともがきながら、涙目で、命乞いでもするかのように頭を地面に擦り付け、彼女の目を決して見ないようにしながら、出せない声を必死で絞っていた。

 

「うん、じゃあ、そういうことにしておこうか」

「は?」

「え?」

 

 す、とホマレの目が閉じられる。いつも通りの糸目に戻すと、荷物にはもう興味がないとばかりに視線を二人へと戻した。

 そういうことにしておく、と彼女は言った。それはつまり、今回の件の犯人はエルロード王国の、それなりの地位にいる人物だとしてしまうことを意味する。ブライドル王国守護竜がそう発言したとすれば、場合によってはそれが王国の正式なものと捉えられてもおかしくはないわけで。

 

「姫様には『エルロードからの刺客』として突き出しておくとしようか」

「ちょ、ちょちょちょっと待ったですよボス! それでいいんですか!? ブライドル王国大丈夫なんですか!?」

「流石にこれはオレもイノリと同意見だ。まあ、ボスのことだから何かしら考えはあるんだろうけど、今の段階では納得しかねる」

「うーん。多分説明しても意味がないと思うんだけれど。どっちみち、今の段階では依頼者がエルロードの重鎮なのは間違いないし」

 

 ぼかすような物言いではあったが、しっかりと確信を持っている発言でもあった。それを聞いた二人は目をパチクリとさせ、その真意を探ろうとする。するが、分かるわけがないと諦めた。一応カヤの方がイノリより後である。

 そんな二人を見て、ホマレは笑う。そのうち答え合わせの時間が来るから、と微笑むと、改めて荷物を新たな配達先に届けるようにカヤとイノリに指示をした。

 

 

 

 

 

 

「うわー、何か雰囲気出まくりって感じ。冒険小説書けちゃったりしない?」

 

 横穴を歩きながらチエルが呟く。そんな彼女にアイリスはあははと苦笑しつつ、あまり身構えていてもしょうがないかと少しだけ肩の力を抜いた。そうそう、とチエルはアイリスに笑い掛ける。

 

「それで、イリスちゃん。チエル達ってどこに向かってるか分かったりする?」

「チエルちゃんが分からないなら私も分かりませんよ……」

「ですよね~。っと、でもあれ?」

 

 ピタリとチエルが足を止める。来た道を振り返り、記憶を辿るように視線をぐるりと回し。再度続いている横穴の先を見詰めると、ふむふむと何か納得したように頷いた。

 

「これ、旧校舎の方に続いてる」

「分かるのですか!?」

「まあ、チエルってば天才なんで。こういうのも結構ちぇるっと判別できたりしちゃうんだな~これが」

「す、凄いですチエルちゃん!」

「おおぅ。純度百パーセントの称賛を頂いちゃうと流石に眩し過ぎて直視できない。ここが暗い横穴じゃなきゃ光の柱立ってましたねこりゃ」

 

 何か変なこと言いましたか? と首を傾げるアイリスを見ながら、まあお褒めいただきありがとうってことでと彼女は締めた。そうしながら、す、と向こう側を、この先を指差す。

 

「そういうわけで、多分位置関係からするとユニ先輩の住処になってる象牙の塔からちぇる程度離れた場所が出口っぽいですね」

「……ユニさんの研究室から離れているのは、恐らく彼女に発見されたくなかったのでしょう」

 

 池の仕掛けはユニの発明を使用している。リオノールとしては、何か問題が起きた際に被害が及ばないように配慮、それ以上巻き込むのを良しとはしなかったのだろう。単純にバレないようにこっそりやりたかったということもあるのだろうが。

 チエルはアイリスの表情を見て、彼女の言葉の真意を察してそんなもんですかねと首を傾げる。リオノールは基本楽しいこと全振りなので、配慮とかそういうのがイメージしづらい。

 ともあれ、予想が正しければ、少なくとも横穴の出口ではユニの住処が壊滅しているという事態にはなっていなさそうで一安心。そんなことを思いながら、二人は薄暗い横穴を歩いていく。

 突き当たった。顔を上げると、ポッカリと頭上が空いている。恐らくここから水を流し込んだのだろう。無駄に労力を使い過ぎである。

 

「そもそも、さっきのモンスターが通れそうなくらいでっかい穴開けちゃう時点で学院長頭おかしいとチエルは思うの」

「あはは……」

 

 お前らも大概だよ、とツッコミを入れてくれそうな生徒会長は現在生徒達を誘導中である。同じくツッコミを入れてくれそうな姫付きの騎士も同様だ。

 

「さて、この先に多分いると思うんだけど」

 

 勿論竪穴となったそこに登るための梯子などない。背伸びして、あるいはちょっとジャンプして出口に届くような浅いものでもない。当然ながらお嬢様学院に通うような女子では進むことなど普通は不可能である。

 

「イリスちゃん、いけそう?」

「問題なく。チエルちゃんはどうですか?」

「チエルってば天才なんで~。のフレーズ即二回目とかちょっとワンパ過ぎかな? でもイリスちゃんの横じゃか弱い後輩アピールって無理ゲーだし」

 

 まいっか、とチエルは壁を三角蹴りしてひょいひょい登っていく。それを見ていたアイリスも、負けていられませんと駆け上った。

 そうして飛び出したそこは、随分とボロボロの礼拝堂。見覚えのない場所にハテナマークを浮かべるアイリスの横で、チエルはああそういうことかと目を細めた。

 

「あ、でもチエルが来る前から立入禁止ならあんまり関係なかったのかな」

「どうかしたんですか? チエルちゃん」

「いや、ちょっとこっちのお話というか、学院長の隠し事はっけーんっていうか? まあ、これからのことには別に関係ないんで、頭からポイっとしてくれて全然オッケーですよ」

「分かりました」

 

 鞘から剣を抜き放つ。グルグルと低い唸り声を上げている存在にこちらの気配を伝えるかのように、アイリスは剣気を放出した。ビクリと反応した命名ベトブヨニセドラゴンは、ゆっくりとこちらに向き直ると礼拝堂に響き渡る咆哮を放つ。

 

「うわっ、うるさ! ちょっと騒音被害考えて欲しいんですけど~」

「チエルちゃん! 来ます!」

 

 ぐ、と顔を上げたベトブヨはその巨大な口から毒々しい色の塊を発射した。泡か何かのようだが、色合い的にどう考えても当たるのはよろしくない。おっとっと、とその塊を避けたチエルは、隣りにいたアイリスに大丈夫かと声を掛けた。ここのところの訓練や調査で実力があるのは分かっているが、果たしてこういう実戦はどうなのか。

 

「この程度!」

「うわ」

 

 剣で弾いていた。刀身に毒の泡がこびりついていないところを見ると、剣に何かを纏わせているのだろう。明らかに常人の冒険者が可能なことではない。分かっていたけれど、とチエルは一瞬目をパチクリとさせ、そしてクルリとベトブヨに向き直った。

 

「ちぇるーん! と」

「え」

 

 取り出したナックルで毒の泡を殴り飛ばす。こんな感じかー、と呟いているので、どうやらアイリスのやっていたことを見て自分なりに再現してみたらしい。

 今度呆気にとられるのはアイリスである。なかよし部の実力が冒険者としては中々であるという話はクロエから聞いていたし、実際クロエの動きも見たので知っていたつもりであったが、しかし。

 

「流石チエルちゃん、天才ですね」

「やっぱりチエルってば天才なんで~って先に言われた!?」

 

 流石に三回目はダメか、などと言いながら、飛来してくる泡を躱していく。弾くのは一応やってみたものの、服に飛沫が飛びそうだったのでやめたらしい。

 それはともかく。このまま避け続けていても当然ジリ貧である。反撃するなり、向こうの攻撃を止めるなりしなければ状況は動かない。

 

「どうしましょうか」

「ん~。そうですねぇ。多分そろそろ」

 

 アイリスの言葉に、チエルが攻撃を避けながら天井を見る。ここがこうだから、多分この辺。そんなことを言いながら、アイリスの手を取った。

 瞬間、轟音と共に天井が崩れ去る。瓦礫が直撃し叫び声を上げるベトブヨニセドラゴンを見ることなく、二人は空が見えるようになった礼拝堂の天井を見上げた。

 

「ふはははー! すごいぞー、かっこいいぞー!」

「パイセン、落ち着け」

 

 白い竜。そして、その背に乗った二人の少女が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

「ユニさん! クロエさん!」

「無事かねイリス君」

「イリス、大丈夫?」

「ちょっとちょっと! チエルの心配はしてくれないんですか~!?」

「あ、チエルいたん?」

「アウトオブ眼中!?」

 

 よ、とフェイトフォーの背中から飛び降りたクロエは、降ってきた瓦礫を押しのけながらこちらを睨み付けるベトブヨニセドラゴンに視線を向けた。ユニはそのままである。彼女いわく、ここから飛び降りたら死ぬだろう? とのこと。

 

「んで。今んとこ被害も増えてないっぽいし。ここであれ倒せば終わりか」

「ですです。ちぇるっとシバいて一件落着といきましょう」

「よし三人共、頑張ってくれたまえ。ぼくはここで応援しているよ」

 

 そうは言いつつ、ユニは懐から魔法用の触媒を取り出す。上空から狙いを下にいる三人に向け、詠唱とともに発動させた。彼女がプリースト系列ではないのは承知の上、そして当然物理職でもないので必然的に魔法職、ウィザード系列のクラスであるはず。そしてウィザードの使用する魔法は主に攻撃。

 

「もののあわれを知り給え!」

「――え?」

 

 多数の魔法陣、否、幾何学模様というべきだろうか。それらが周囲を覆い、収束する。飲まれたアイリス達は、しかしダメージを負うことなどなく、むしろ。

 

「支援、魔法?」

「然り。ぼくは見ての通り肉体労働が苦手だ。だから動けない己の代わりに肉体労働に従事してもらう戦力を確保する必要がある。よって、そんな前衛達が十二分に力を発揮出来るよう務めるのが学者たるぼくの役目だ。端的に換言すれば、ぼくは支援ウィザードなのだよ」

「……成程、これが世界を知るということなのですね」

「クロエ先輩、イリスちゃん何か凄い勘違いのフラグ立てちゃってません?」

「それな。つっても、訂正のしようがないし……合ってるっちゃ合ってるし」

 

 ううむ、と悩みながら、しかしとりあえず後回しにしておこうとクロエは前を見る。体制を立て直したベトブヨは、先程とは違い直接攻撃に切り替えたらしい。巨体で押し潰さんと迫ってくる。

 が、彼女達にとってはそれはむしろ好機。そっちの方がしばき倒しやすいとほくそ笑んだ。

 

「ではでは一番チエル、行っきま~す!」

 

 姿勢を低くし、一気に駆ける。そのままベトブヨニセドラゴンの横っ面をぶん殴った。ベクトルを急激に変えられたベトブヨはよろめき、たたらを踏む。突進の勢いが弱まり、相手がただ単に近付いてきただけの状態へと変化した。

 んじゃ次、とクロエが一歩踏み出す。手にした短剣をクルリと回しながら、瞬時に踏み込みその巨体に斬り掛かった。縦横無尽に剣閃を走らせ、ベトブヨニセドラゴンへダメージを与えていく。

 

「人呼んで――《闇黒の曙光(よなかのよあけ)》」

「クロエ先輩って、時々紅魔族っぽくなりますよね。エルフなのに」

「言ってやるなチエル君。クロエ君は紅魔族のあり方に興味を抱いているだけなのだよ。エルフなのに」

「うるっせぇぞテメェら!」

 

 攻撃をぶっ放した張本人のクロエは茶々を入れてきた二人にキレ散らかしていたが、ともあれベトブヨニセドラゴンの動きは止まった。致命には至っていないが、このまま行けば十分に勝機はある。

 普通ならばその程度なのだが、生憎というべきか。残っているアタッカーは何の因果かアイリス。ユニのスキルで強化されたその一撃は、カズマのブーストには及ばずとも十分にベトブヨニセドラゴンを三体ほどまとめて薙ぎ倒せるだけの力があった。

 

「……ですが、ここでは《エクステリオン》は撃てませんし」

 

 場所が場所である。強化されているのが災いし、こんな老朽化した上天井に穴の空いている礼拝堂でぶっ放したらいつぞやのベルゼルグ王城より酷いことになるであろう。

 何より、あれ一辺倒をやめると決心して初の実戦だ。出来ないとは言わない。言うわけにはいかない。

 

「――参ります!」

 

 剣を鞘に収めた。その体勢のまま、アイリスは駆ける。一足飛びでモンスターへと接敵すると、鞘から抜き放ち一閃。即座に反転しもう一閃。先程のクロエが縦横無尽ならば、アイリスのそれは、道を突き進むがごとく。

 斬撃は四つ。四肢を切り裂いたアイリスは、普段とは逆の構えを、上から下へと斬り下ろすのではなく、下から上へと斬り上げるように剣を構えた。

 

「これが、私の……お姉様に負けないための、私だけの一撃!」

 

 ベトブヨニセドラゴンの土手っ腹にそれを叩き込む。薙ぎ倒し、斬り裂く。そんな一撃には程遠い、ただただ相手を吹き飛ばす一撃。

 だが、それがアイリスという少女をこれ以上なく表しているようにも思えて。

 

「わ~お」

「やるじゃん。流石」

 

 真上にぶっ飛ぶベトブヨニセドラゴンを見ながら、チエルとクロエは賞賛の言葉を述べ。そしてまだトドメには至っていないのかと未完成にアイリスは歯噛みした。

 そんな三人を上空から見守っていたユニは。

 

「さて、では締めと行こうか。フェイトフォー君」

「ぐるあおぁぁぁ!」

 

 上空で身動きが取れないベトブヨニセドラゴンをロックオン。フェイトフォーがガバリと口を開くと、そこからは目の前のモンスターとは比べるのもおこがましい威力の、正真正銘の炎のブレスが。

 

「粉砕! 玉砕! 大喝采! ふははははー」

「せんぱーい。何か向こうでフェイトフォーちゃんの上に乗ってるだけなのにやってやったみたいなドヤ顔さらしてる人がいるんですけど~」

「しっ、見るんじゃありません」

 

 

 

 

 

 

「――と、いう感じでアイリスも結構な冒険したみたいですね」

「いや学院じゃん。……むしろ学院でそんなことやらかしてる方がやばいのか?」

「ヤバいわね」

 

 聖テレサ女学院から送られてきた手紙。それを読み終えたペコリーヌは、カズマ達にもそれを見せながら笑顔を浮かべていた。妹が成長するのが嬉しい、といったところなのだろう。

 が、カズマもキャルも、それ喜んでいいやつなの、と若干引き気味であった。

 

「わたくしとしては、アイリスさまに新しいご友人が出来たようで喜ばしいと思います」

「そうですね。同年代、って言っていいかは微妙ですけど、アイリスに友達ができて良かった」

「ていうか、そういうあんたはどうなのよペコリーヌ。そんなふうに言えるほど友達いるわけ?」

「え?」

 

 キョトンとした顔でペコリーヌはキャルを見る。何よそのリアクション、とジト目になった彼女を見ながら、ペコリーヌはくしゃりと顔を歪めた。

 

「キャルちゃんは……わたしの、友達じゃ……なかったんですか……?」

「え? そ、それは、その……ま、まあ、と、もだち、だけど」

「ありがとうございます、キャルちゃん!」

「嘘泣きかいっ! やーめーろー! 離せぇぇ!」

 

 がばりとキャルに抱きついたペコリーヌは、コッコロが優しく見守る中彼女をそのたわわな胸部で窒息させた。

 そんな光景を見ながらコッコロが淹れてくれた紅茶を飲んでいたカズマは、こっちは相変わらず平和で良かったと、どこか枯れた老人のような感想を抱いているのだが。

 

「勿論カズマくんも、コッコロちゃんも。わたしの大事な友達です!」

「ふふっ、ありがとうございます、ペコリーヌさま」

「はいはい」

 

 ったく、などと苦笑しながら、老後のお爺さんのようなリアクションを取るカズマ。ああ、平和っていいもんだな。そんなことを思い、彼はもう一度紅茶を口に。

 

「あ、それでですね。今度食べ歩きツアーに行きませんか?」

「食べ歩きぃ? この辺の食料はもうあんた食い尽くしたでしょ?」

「はい。なので、遠出してグルメを探そうかと。ほらこの、伝説のうなぎとかどうです?」

「伝説のうなぎ、でございますか……?」

 

 そう言って彼女が机の上に置いたのは一枚の書類。伝説のうなぎとかいう食材が乗っているチラシか何かだろうかとそれを覗き込んだ一行は。

 

「おいこらペコリーヌ! どこがうなぎだどこが! どっからどう見てもモンスターじゃねぇか!」

「そりゃあもう、伝説のうなぎですから。話によると、十年間魔力を溜め込んで味を高めるらしいんですよ。その味わいは極上の一言だとか。やばいですね☆」

「何か逆にこっちが食べられそうなフォルムしてるんだけど……ねえちょっとペコリーヌ、あんたこれ何かと間違えてない?」

 

 伝説のうなぎ、という触れ込みのそれは、どう見ても魚というより蛇である。しかも首が多い。覚書を見る限り、全長も大きめの民家ほどはあるようだ。

 キャルのその問いかけに、ペコリーヌは暫し考える。確かにこのチラシは、ギルドなどから正式に発注されたものではなく、まさにチラシと言うべきレベルの一枚だ。彼女の言う通り、しっかりと確認を取ってからでも遅くはないかもしれない。

 

「そうですね……。ちょっと急ぎ過ぎてたかもしれません」

「そうそう。だから行くにしてもさ、もうちょっと軽めのにしとけって」

「はい。えーっと、じゃあ威勢エビとかどうです?」

「伊勢エビ? それなら別に――」

「あんたそれ高レベル冒険者じゃないと返り討ちに合うことも多いやつよね?」

「あっぶね! そうだよここ異世界だよ! 騙されるところだった!」

「ダメですか……。あ、じゃあちょうちん暗光ですか?」

「……キャル、コッコロ。それはどんなやつだ?」

「光と闇の両属性を持つ魔物でございますね」

「ヤバいわ」

「却下だ却下! 何で食べ歩きツアーで命懸けなきゃいけねぇんだよ!」

 

 そんなぁ、としょんぼりするペコリーヌを見て少し心は傷んだが、それはそれとして死と隣合わせのグルメツアーには絶対に首を縦に振らない。カズマは心からそう誓った。

 何か、旗の立った音がした。

 

 




よりみち、完!


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第六章
その104


以前立ってた旗の回収作業


「なぁぁんでよぉぉぉ! おかしいでしょ!」

 

 駆け出し冒険者の街という名目の魔境アクセル。そこにあるアメス教会にて、一人の少女が絶叫していた。誰か、などとは尋ねるまでもないだろう。

 

「まあまあ、キャルちゃん。ほら、お話はちゃんと聞きましょう?」

「聞くまでもないわよ! 絶対に嫌! 嫌ったら嫌!」

「キャルさま……」

 

 来客に向かってこの態度。とはいえ、それを咎める者は誰もいない。カズマですら、言葉にはしないがまあそうなるだろうなと思っているからだ。

 さて、では何故彼女が絶叫することになったのかといえば、ひとえにその来客が原因である。カズマ達の対面にいる人物は商店街の会長で、こちらに来た理由はとある催し物の会議に参加して欲しいという要請であった。

 

「なあ、ところで。そのエリス祭ってのはどんなのなんだ?」

「はい。正確には、女神エリス感謝祭といいまして、一年の無事を感謝し、女神エリスを称えるお祭りでございます」

「毎年この時期の恒例行事ですね。わたしも、旅をしてる時色々な場所でお祭りに参加しましたよ」

 

 カズマの問いかけに、コッコロとペコリーヌが答える。へー、とそれを聞きながら、しかし彼は眉を顰めた。そうしながら、目の前の男性を見やる。この人は、女神エリスを称える祭の会議に参加して欲しいという話を、何故ここに。

 

「あの、場所間違えてません? ここアメス教会ですけど」

「それは承知の上です」

 

 商店街会長は迷うことなくそう述べる。承知の上で、エリス祭の会議にアメス教徒を参加させたいとのたまったのだ。

 

「ここ一年でアクセルの街は随分と様変わりしました。その最たるものが、教会です。これまでは教会といえばエリス教会、プリーストといえばエリス教徒。それが当たり前だったのですが」

 

 視線をカズマからコッコロへと向ける。パチクリとさせている彼女を見て、ご存知かと思いますがと男性は続けた。

 

「現在、アクセルの街のアークプリーストは二人。ユカリさんとコッコロちゃんです」

「どっちもアメス教徒だな」

 

 その通り、と商店街会長は頷く。当然ながらこの二人はアクセルでも顔が知られているし、好感度も高い。特にコッコロは他のプリーストと比べてもぶっちぎりの人気である。

 そんなわけなので、と彼は述べた。エリス祭とはいえ、この街一番のアークプリーストをないがしろにするのはどうなのか。そういう意見が方々から出ていたのだと語った。

 

「一番、でございますか……」

「ま、コッコロなら当然だろ」

「主さま……」

 

 照れくさそうにしていたコッコロは、カズマの言葉で顔を輝かせた。ペコリーヌもそうですそうですと同意しているし、興味なさげに聞いていたキャルですらその部分は頷いている。ちなみに途中で梯子を外されたユカリは、今日は別の仕事で現在この場にいなかった。外された理由は言わずもがなである。

 

「ついでに何だかんだ魔王軍幹部撃退で活躍したサトウさんもアメス教徒でしょう? ここは一つ、エリス祭とはいえ、女神アメスを称えてもいいじゃないかということになりまして」

「ついで扱いはともかく、用件は分かった。俺の返事はまあコッコロ次第だけど」

「主さまがよろしいのでしたら、わたくしは異論はございません」

「じゃあ、まあ参加はするってことで」

 

 ありがとうございます、と商店街会長は頭を下げる。そうした後、では、と視線をキャルに移動させた。そういうわけですので、と言葉を紡いだ。

 

「一応、アクシズ教徒代表の参加も」

「なぁぁんでよぉぉぉ! おかしいでしょ!」

 

 というわけで、冒頭に至る。

 

 

 

 

 

 

「あたしはもうアクシズ教徒じゃないし、代表でもない! 一切合切無関係の冒険者よ! エリス祭で暴れないように釘を差したいんだったら他をあたりなさいよ!」

「こないだ商店街のど真ん中でアクシズの巫女だって宣言してたでしょう?」

「ぐぇぇ!?」

 

 商店街会長の一言はキャルの心をクリティカルにえぐった。あの宣言のおかげで、アクシズ教徒の悪事も少し収まりましたし、と笑顔で言われ、彼女は更に追加ダメージを食らった。

 

「やったな、アクシズの巫女」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 きしゃー、とカズマを睨み付けたが、彼は慣れているのかはいはいと流すのみ。不毛なのを覚ったのか、歯噛みしながら彼女は矛を収めた。商店街会長を睨み付けるのはやめない。全然収めていなかった。

 

「百万歩譲って、あたしがアクシズの巫女だとして。会議に呼ぶならアクシズ教会の責任者にしなさいよ!」

「え?」

 

 キャルの言葉に商店街会長は眉を顰めた。何を言っているんだと言わんばかりの表情で、あそこに人はいるんですかと問い掛けてくる。

 え、と目を見開くのは今度はキャルの番であった。

 

「いるでしょ? だってあたし、責任者不在だから新しい人寄越すように手紙書いたんだし」

「その行動が既にアクシズ教徒のお偉いさんだよな」

「誰のせいだと!」

「俺のせいじゃねぇよ」

 

 あの時の話であれば、誰が原因とかそういう問題ではなかった。そうしなければなし崩しにキャルが責任者になっていた可能性もある。しょうがないとしか言いようがないのだ。

 ともあれ、手紙自体は既にアルカンレティアに届いているであろうし、マナにしろラビリスタにしろ、キャルからのその頼みを無視するような人物ではない。寄越さないなら寄越さないで、キャルに責任者になれという返事を出しているはずだ。

 

「……アクシズ教会とか、普通近付かないもので」

「でしょうね」

 

 同意してしまった。商店街会長の言葉に頷いたキャルは、仕方ないと盛大に溜息を吐いた。

 

「責任者を参加させるわ。それでいいでしょ?」

「普通のアクシズ教徒はむしろ来ない方が……」

 

 ちら、とキャルを見た。多分現状一番話が通じて普通のアクシズ教徒に影響力を持っているのは間違いなく目の前の彼女だ。だからこそ、参加を要請したのだ。エリス祭ではあるが、アクセルでは他の女神信仰もある。それも、無視できない活躍をした面々がそうなのだ。そういう意味だからこそ、キャルに頼んだのだ。

 

「確認してくるわよ! 話通じるようなのだったら文句ないでしょ?」

「話の通じるアクシズ教徒は存在するんですか?」

「……」

 

 キャルは目を逸らした。以前のアルカンレティアで出会った面々を思い出していったカズマとコッコロ、ペコリーヌも、何ともいえない表情で返事を濁した。

 

 

 

 

 

 

 アクシズ教会。以前訪れた時は無人と言っても過言ではない状態であったその建物は、一目で違うとカズマ達ですら分かった。人が住んでいる。間違いなく手入れされた形跡のあるそこへと足を踏み入れようとして。

 

「……なあ、キャル」

「何よ」

「ほんとにここ入って大丈夫なんだろうな」

 

 直前で足を止めた。以前のアルカンレティア、あの騒動を思い返し、そしてアクセルのアクシズ教徒共を思い浮かべ。果たして流れのままここの責任者に会って大丈夫なのだろうかという不安がよぎったのだ。

 対するキャルは小さく溜息を零す。今更言ってもしょうがないでしょう、と若干やさぐれた様子で呟きながら、いいから行くぞと彼の背中を。

 

「キャルさん!?」

 

 ぐりん、と即座に反転、声の方向に向かって遠慮なく呪文をぶっ放した。カズマの目の前で、キャルにダイビングをしようとした一人のシスターが炎に包まれる。

 が、何事もなかったかのように復活し立ち上がった。

 

「どうしたんですか? ついにアクシズ教会に引っ越しする気に?」

「あれ? セシリーじゃない。ゼスタのおっさんかと思ってつい容赦なく攻撃しちゃった」

「間違いなく燃えてたよな!? 何なの!? アクシズ教徒の変態枠は不死身なの!?」

「気のせいですよ。っと、あら。お久しぶりね、カズマさん」

「平然と会話続けやがったよ……」

 

 ともあれ。とりあえずここにこいつがいるということは、アクシズ教会の責任者は話の通じない部類だ。そう結論付けたカズマは、よし帰るかとキャルに述べた。

 

「いいじゃない、せっかく来たのだからお茶でもいかが?」

「間に合ってます」

「そう言わないで。どうせだし、ここの責任者にも会っていきなさいな」

「だから間に合って――今なんつった」

 

 キャルを教会に連れ込むため笑顔でカズマに話しかけるセシリーを受け流していたカズマであったが、彼女のその言葉に動きを止めた。ここの責任者に、と言ったのだ。

 つまり、セシリーはアクシズ教会アクセル支部の責任者ではないということになる。

 

「ちょっとセシリー。まさか責任者ってゼスタのおっさんじゃないでしょうね」

「まさか。ゼスタ元最高司祭はアルカンレティア外移動禁止令が出されているもの」

「そっか」

「お前今あからさまにホッとしたな」

 

 気持ちは分かるけれども、とカズマは思う。ハンス撃退の際には色々と世話にはなったものの、それ以外の状況で、というか出来るだけどんな状況でも会いたくないレベルだ。カズマですらそうなのだから、キャルなど可能ならば二度と会いたくないのだろう。

 

「あ、じゃあ責任者って誰なの? あたしの知ってる人?」

「ええ。キャルさんだけじゃなく、カズマさん達も知っている人よ」

「俺も?」

 

 しかも『達』ということはコッコロもペコリーヌも知っている人物なのだろう。アルカンレティアでそれに該当する人物で、顔と名前を思い出せるのは一握りだ。そしてゼスタではないということは。

 

「まさか、マナさんやラビリスタさんが直接来てるってことはないよな?」

「あの二人はどっちかというと高いところから下々を見て指示を出すタイプね。こんな場所には来ないわ」

「ラビリスタは微妙な気もするけど、マナ――ねえさんはそうね」

 

 そうなると、とカズマは考える。後思い付く人物は一体誰がいるだろうか。そんなことを考える。

 否、本当は分かっていたのだ。わざわざそうやって選択肢を潰す必要などなく、とっくに思い浮かんでいたのだ。

 

「だから後ろでプレッシャーかけるのやめてくれお姉ちゃん」

「えー。だってしょうがないよ。さっきからずっと、ずーっと弟くんにお姉ちゃんの好き好きオーラをぶつけてるのに、全然こっちを向いてくれないんだもん」

「カズマの、お姉ちゃん? ――って、シズル!?」

 

 カズマの言葉を聞き、キャルがグリンと振り返る。アクシズ教会の入り口、扉はいつの間にか開いており、そこから一人の少女が笑顔でこちらを見ていた。長い髪、白いリボン、白い騎士ドレス。そしてたわわな胸。

 

「弟くん!」

 

 一瞬でトップスピードになったシズルは、即座にカズマとの距離を詰め彼に抱きつく。いきなりのそれに面食らったカズマであったが、一応は知り合い、というより姉を名乗る人物なこともあり、至極あっさりと彼女の感触を楽しむ方向へと舵を切った。

 

「久しぶり、元気してた? ご飯はちゃんと食べてるみたいだけど、最近少し運動不足気味でしょ? もう、体は鈍らせたらダメだぞ☆」

 

 何故知っているかは問うまい。お姉ちゃんだから以外に理由はないからだ。キャルもそこはスルーした。セシリーは元から気にしていない。

 そうして弟くんエネルギーをチャージしていたシズルは、とりあえず気が済んだのか一旦離れた。満足は永遠にしないので聞くだけ野暮である。

 

「シズル。ひょっとしてあんたがここの新しい責任者なの?」

「そうだよ。弟くんと同じ街に住みたいから、来ちゃった」

 

 笑顔で、至極軽い調子でそうのたまう。こう見えてというべきか、見た目通りと言うべきか。彼女はアルカンレティアでも上から数えた方が早い程度には上位のクルセイダーだ。そんな理由で普通は駆け出し冒険者の街に来られない。

 それを可能にさせるのがアクシズ教徒という存在なわけで。マナとラビリスタも、その辺りは、自分の好きなことを優先させる辺りは流石アクシズ教徒といったところであろう。

 

「……よし、話は通じるな」

「ねえ、カズマ。あんたもすっかり弟になってるからでしょうけど、話が通じると普通の人はイコールじゃないわよ」

「そんなことは分かってるっての。でもほれ、そこら辺の野良アクシズ教徒と比べれば、お姉ちゃんは常識人の範疇だろ?」

「……は?」

 

 何言ってんだこいつという目でキャルはカズマを見る。野良アクシズ教徒とシズルを比べて、会話がきちんと成立するのは確かにシズルかもしれない。が、常識人の範疇で比べるならば間違いなく野良アクシズ教徒の方が踏み越えていない。こいつと並び立てるのはアルカンレティアでもゼスタクラスの狂信者どもだ。

 マナとラビリスタも分類的には勿論そこである。

 

「……まあ、あんたがすっかり駄目になってるのは分かったわ」

「どういう意味だ」

「シズルさんを常識人扱いする辺りじゃない?」

「ほらセシリーにすら言われちゃったじゃない」

「もー、二人とも酷いな~」

 

 眉尻を下げながらぷんぷんと文句をのたまうシズルは非常に可愛らしい。散々なことを言われているのにそれだけで済ませているのも、人柄を表しているようにも思える。

 思えるだけである。否、確かに人柄だけを考えるならば間違ってはいないが、そういう意味ではない。

 

「……ま、いいわ。カズマ、じゃあ、あんたから言ってちょうだい」

「何でだよ。ったく、しょうがねぇなぁ。お姉ちゃん、実は」

「弟くんの頼みなら何でもオッケーだよ。エリス祭の話し合いにアクシズ教徒の責任者として出ればいいんだね」

「お、おう」

 

 念の為に言っておくが、カズマは全く本題を話していない。それっぽいことを話した覚えもない。

 が、彼女は承知であった。既に知っていた。久しぶりに出会ったカズマの事情を余すことなく把握していた。ニコニコと笑顔で、何てことないように話を進めた。

 

「ひょっとして、こっちにもその話が実は来てたとか」

「いいえ? 私はそれ初耳よ。エリス祭にアクシズ教徒が呼ばれるとか、これはついに憎きエリス教徒が我らがアクシズ教徒に屈する時が来たということでいいのよね?」

「なわけないでしょうが。あんたらみたいなのが暴れないようにって釘を差されに行くのよ」

 

 ジト目でセシリーを見やる。が、当の本人は失敬なと言わんばかりにキャルを見て、そして抱きつき頬ずりしようとにじり寄った。そして殴り飛ばされた。そういうところだ、とキャルは言い放ったが、勿論セシリーは堪えていない。

 

「私は別にエリス祭に興味はないかな。でも、弟くんが参加するならって思っただけ」

「俺その話してないけどな」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんは弟くんのことなら何でも知ってるんだから」

 

 まったくもって欠片も大丈夫ではない。が、そのことを指摘出来る勇者はこの空間には存在していないわけで。

 強いて言うならば一人。だが、その人物は現在出遅れたので慌てて教会内からこちらに駆けてくる最中であった。さもありなん。

 

 



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その105

幸運の女神(笑)になりつつあるような……


「なぁぁぁんでぇぇぇ!? おかしいでしょ!」

 

 駆け出し冒険者? の街アクセル。の、とある場所。具体的にはたい焼き屋で一人の少女が頭を抱えて絶叫しているところであった。その横では、非常に冷めた目で猫耳の獣人の少女が彼女を見ている。

 

「う、うぅぅ……ここのところ碌な事がない」

「言っとくけど、その碌でもないことにあたしは前回巻き込まれてるからにゃ」

 

 ジトー、という猫耳の少女の視線を受け、バツが悪そうに彼女は視線を逸らした。その節は大変お世話になりました。深々と頭を下げると、少女は、銀髪の盗賊クリスは言葉を続ける。

 

「でも、今回はしょうがないでしょ?」

「何がしょうがないのか小一時間ほど問い詰めたいとこだけど」

「しょうがないでしょ!? だってほらタマキ考えて、相手は貴族だよ」

「いやアキノもダクネスも貴族にゃ。それも相当でっかい」

「そうなんだけど……」

 

 ジト目が強くなる。その視線を受けてますます小さくなっていくクリスを見ながら、タマキはやれやれと溜息を吐いた。それで、一体どうする気だと問い掛けた。

 

「盗む」

「ちょっとアキノとダクネスに用事が出来たにゃ」

「ちょちょちょちょ!? それ絶対通報するやつじゃん!」

「あったりまえにゃ。王城に侵入した時何言われたかもう忘れたのかにゃ? 頭ゴブリンじゃあるまいし」

「そうだけどぉ……そうなんだけどぉ……」

 

 若干涙目でタマキにすがる。そんなクリスを見た彼女は、もう一度溜息を吐くと落ち着けと椅子に座らせた。

 

「で? アンダインの屋敷にある鎧を手に入れたい、だっけかにゃ? そんなの、手段なんか腐るほどあるにゃ」

「そうなんだけど。……そうなんだよね……途中に挟まれた話題で冷静さを完全になくしてたねあたし」

「めちゃくちゃ絶叫してたからにゃぁ」

 

 先程の痴態を思い出す。クリスらしからぬ、と一瞬思いはしたが、よくよく考えれば最近は割と彼女はそういうキャラになっていた。じゃあいいか、とタマキは流す。

 そうしながら、その理由、挟まれた話題とやらを改めて蒸し返した。

 

「エリス祭が女神祭になりそうって程度で驚き過ぎにゃ」

「いや驚くでしょ!? 何だってそんないきなり今年になって――」

 

 言いながら、クリスは思い返す。この一年、一体全体何があったか。そして、このアクセルの街はどうなったのか。

 

「ユカリぃ……何で、何でぇ……」

「ガチ泣きにゃ……」

 

 うわ、と思わず引く。目の前の少女は敬虔なエリス教徒として有名ではあるが、いくらなんでも入れ込み過ぎではないだろうか。まるで女神エリス本人の嘆きのようなそれを見ながら、タマキは落ち着けと彼女の背中を擦る。

 

「まあ、ダクネスがいる限り女神エリスが蔑ろにされることはないから、そこは安心するといいにゃ」

「そういう問題でもないけど……まあ、うん、ごめん、取り乱した」

「それは最初からだからもう気にしても無駄にゃ」

 

 それで、とクリスはタマキに問う。女神祭、というからには、複数の女神を称える祭となるはずだ。エリス以外に、最低でももう一柱。その名前は一体。

 対するタマキ、彼女のそれを聞いて暫し考え込む仕草を取った。何かまた叫ばれそうだな、と思いながら口を開いた。

 

「とりあえず女神アメスは確定にゃ」

「だろうね。……とりあえず?」

「今んとこ暫定で女神アクア」

「うぇ!? あ、そうか、キャル……」

「本人はメチャクチャ嫌がってたけどにゃ。で、次が」

「次があるの!?」

「サブ女神として、ウォルバクとレジーナがラインナップされてるにゃ」

「どういう祭なの!? おかしいでしょ!? 何に感謝すればいいのその面子で!?」

 

 んなこと言われても、とタマキはげんなりした目でクリスを見やる。こういうのは諦めが肝心、というかさっさと受け入れれば楽になるのだ。アクセルの住人として、それが正しい姿である。

 自身もアクセル変人窟に名を連ねる以上、タマキのそれはある意味必然であるのだろう。

 

「うぅぅ……最悪のタイミングで話聞いちゃったよぉ……。今日先輩とアメスさんの三人で集まる日なのにぃ……」

「おーい、クリスー、戻ってこーい」

 

 それでも抵抗を続けるのが、クリスという少女である。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで」

 

 ウィスタリアの屋敷にて。クリスから依頼といってもいいのかどうか分からないそれを請けたタマキは、アキノに事の次第を話していた。ふむふむとそれを聞いていたアキノは、分かりましたわと頷くと即座に伝令を飛ばす。暫くして、バタバタと慌ただしくダクネスが部屋へとやってきた。そして、すまないうちのクリスがと頭を下げる。保護者か、と思わずツッコミを入れたくなったタマキであったが、ぐ、っとこらえた。

 

「まあ、(わたくし)としては今回の件はアンダインの後ろ暗い部分を暴けそうですし、むしろ丁度いいくらいですが」

「うむ……。だが、クリスの証言だけでは何とも言えないだろう?」

「勿論。ですから、その辺りの調査はこれから行いますわ。……というわけで、バケツプリンを三つほどご用意すればよろしいかしら?」

「即最終手段に訴えようとするのはやめてくれ。第一、クリスの話が本当ならば件の鎧は神器なのだろう? ミヤコに万が一があっても困る」

「それもそうですわね。では普通に進めましょうか」

 

 タマキに視線を向ける。了解にゃー、と軽く返事をした彼女は、そのまま窓から飛び出していった。クリスから相談されていたのは彼女である。つまりは元々そのつもりだったのだろう。

 ではこの一件はとりあえず経過を待つとして。机の書類を眺めながら、アキノはダクネスへと声を掛けた。呼んだ理由は、実はもう一つあると告げた。

 

「というよりも、むしろこちらが本題ですわね」

「……ああ、女神祭のことだな」

「ええ。ララティーナさんは構わないのですか?」

 

 ダクネスは、ダスティネス家は代々エリス教徒。アクセルのエリス祭の際にも毎年支援を行ってきた経緯もある。それが突然今年は複数の女神を称える祭に変更するとなれば、いくら温厚な大貴族といえど気を悪くするだろう、とアキノは考えたのだ。

 

「まあ、確かに思うところが無いわけでもないが。この街は確かに様々な女神の信仰がある。それらを全て蔑ろにしてまで、エリス様だけを称えるというのも、おかしな話だろう?」

「随分と柔軟な考えですわね。昔のあなたはもっと……いえ、まあ、あの人に関わればこうもなりますか……」

 

 やれやれ、随分と酷いことを言ってくれるなぁ☆ と想像の中で一人の女性が笑いながら剣を振りかぶっていたが、当のダクネスは笑いながら違う違うと述べた。あの人から影響を受けるようになったとしても、その前にきっかけがあると続けた。

 

「この街の人々だ。アキノが言うようにあの人を理解してきたことも、ミヤコやイリヤを受け入れたのも、まずはそれがあってこそ」

 

 そしてなにより、とダクネスは笑みを浮かべる。この一年、様々な変化や問題の中心に必ずと言っていいほどいたとある冒険者パーティー。彼らがいたからこそ。

 

「そもそもだ。ユースティアナ様が笑顔で前を向いておられるのだから、その功労者を称えるのは至極当然だ」

「ふふっ。そうでしたわね」

 

 では開催に反対はしないということで。アキノのそれに頷いたダクネスは、しかし彼女の続けて述べた言葉に笑顔を凍らせた。既に上がっている企画書とやらを見せられ、動きを止めた。

 

「誰だこんな頭の沸いたアイデアを考えたやつは!」

「一人しか、いえ、もう一人いることはいますが。とりあえずあなたのご想像通りの人物ですわ」

「前言撤回! あの野郎!」

 

 合法的に水着の女性を祭で闊歩させるアイデアを纏めたのだろうそれは、ダクネスの先程の発言をぶち壊しにするものであった。

 とはいえ。冷静に見直すと、欲望には塗れているものの、ある程度配慮、というか遠慮しているのが見て取れる。ついでに、あくまでアイデアであるから捨ててくれて構わないという念押しまでされていた。

 

「……アキノ、これはどういう状況で作られたものだ?」

「女神祭の話し合いですから、勿論それぞれの女神の信徒の代表者がいる場所ですわね」

「あぁ……」

 

 主さまがお望みでしたら。躊躇うことなくそう言ってのけたであろうアメス教徒代表の少女を思い浮かべ、カズマが企画書を破り捨てた光景が浮かんでくる。となるとこれは、出した手前一応、ということなのだろう。

 

「まあ他にも、こちらの書類はカズマさんの故郷のお祭りだとかいうアイデアがなぐり書きされてますが……使えそうなのはこの『仮装パレード』くらいでしょうか」

「何というか、カズマの故郷とやらはどんな土地なのだ……?」

 

 列挙されているアイデアを斜め読みしながらダクネスが溜息を吐く。それらが作成された時の議事録を読む限り、言ったはいいが本人が却下したものも何個かあるらしい。どうせ碌なものではないのだろうと彼女は考えないことにした。

 

「次の会議には私も参加したほうがいいのだろうか」

「その辺りの判断はお任せしますわ」

 

 

 

 

 

 

 そんな出資者側の話が出るきっかけとなった商店街の会議が行われたのは少し前。正確には、クリスが絶叫する原因となったものと言ったほうが正しいかもしれない。

 ともあれ、カズマ達はアクシズ教徒の代表者を連れてその場所へと向かったのだ。

 

「こんにちは、アクシズ教会アクセル支部長のシズルと申します。よろしく」

「同じくアクシズ教会アクセル支部所属、リノです。よろしくおねがいしますね」

 

 そう言ってペコリと頭を下げた二人を見て、商店街会長は、否、話し合いに集まった商店街の面々は全て動きを止めた。え? ほんとにこの二人アクシズ教徒? そんな疑問が頭に浮かぶ。

 否、まだ普通に挨拶しただけだ。アクシズ教徒だって最初くらいは取り繕う。騙されるものか。そんな決意を皆持った。

 

「はい、ええと。では今回の話し合いについてですが。事情はご存知でしょうか?」

「エリス祭に、他の女神を加えるというお話ですよね?」

「……現状加える女神とは女神アメスのことで、アクシズ教徒の代表者に来てもらったのは、祭の間に面倒事を起こさないようお願いする趣旨で」

「知ってますよ」

 

 ざわ、と商店街が揺れる。普通に流したぞこの人。そんなことを思い、じゃあ隣は、と視線を動かすと、やっぱりそうなりますよねー、と頬を掻いている姿が見える。

 誰だこいつら。商店街の心は一つになった。

 

「ほれ見ろキャル。やっぱりお姉ちゃんとリノなら問題ないじゃないか」

「こいつらのアクシズ教徒らしさは、普通の奴らとはベクトルが違うから……」

 

 とはいえ、現状はキャルとしても非常に助かっている。やっぱりセシリーを簀巻きにして教会の地下貯蔵庫に押し込んできたかいはあった。うんうんと頷きながら、しかし彼女としては不安を隠せてはいなかった。

 今はいい。が、こいつらの正体を知らない商店街の連中がうっかりスイッチを押してしまわないか。

 

「ん? 俺の顔に何かついてるか?」

「あんた、大人しくしてなさいよ。いい? 絶対よ!」

「いきなり何言ってんのお前」

「い、い、か、ら、素直に聞きなさい。間違っても商店街の連中と揉めないでよね」

「もう、キャルちゃんは心配性だね」

「うひゃぁ!」

 

 挨拶も終わったのか、いつの間にかシズルが横にいた。耳と尻尾を逆立てて驚いたキャルは、思い切り飛び退りカズマの後ろに隠れる。笑顔のシズルが、女の子を守る弟くんは偉いぞ、とカズマの頭を撫でた。

 

「それで、キャルちゃん。確かに私達は弟くんが大事だけど、それはお姉ちゃんだからであって、キャルちゃんが思っているようなことはしないよ。弟くんに嫌われたくないからね」

「そうですそうです。キャルちゃんってば心配性ですね。大丈夫ですって、大声で歌った気になっててください」

「『大船に乗った気』、だよ、リノちゃん」

「……不安だわ」

 

 だったらお前が代表者やりゃいいじゃん。そうカズマは思いはしたが、多分その場合祭り終わった頃には廃人になってそうなので、まだこっちの方がマシだろうと飲み込んだ。

 そんなわけで会議である。合流したアメス教会代表のコッコロと付き添いのペコリーヌも合わせ、エリス教徒ではない面子の顔役が勢揃いした。ユカリもいるにはいるが、今回はアキノ側、商店街の会議の議事録作成を行うらしいので不参加である。

 

「さて、それでは」

 

 商店街会長が語ったのは概ねアメス教会での説明と同じである。女神エリスを称える祭ではあるが、この街には他にも女神信仰があり、そして特にアメス教徒の二人は街の危機に活躍した有名人。この街に住む者としては、彼女らを蔑ろには出来ない。そう結論付け、今回の話に至ったのだとか。

 

「そういうわけですので。アメス教会にはぜひ祭りにご参加を」

「ちょっといいですか?」

 

 会長の言葉を遮って、一人の少女が手を挙げる。視線を向けると、案の定というべきか、アクシズ教徒代表としてやってきたシズルが。

 何だやっぱりアクシズ教徒か。そんなことを思いながら、自分達の女神を称えないとは何事だとか言い出すんだろうと考えながら。会長は何でしょうかと問い掛けた。

 

「キャルちゃんの扱いはどうするんですか?」

「うぇ!? あたしぃ!?」

 

 こっちはこっちでてっきりカズマ関連だと思っていたキャルが素っ頓狂な声を上げる。双方ともに予想が外れたので、一体なんのこっちゃと反応が遅れた。

 

「一応、キャルちゃんは女神アクア様の加護を受けたアクシズの巫女です。アメス教会を参加させるとしても、キャルちゃんは厳密には該当しないので今回の場合不参加になりかねないと思うのですけど」

「え? いや、別にあたしそこまで深く考えてなかったし、その辺どうでも――っていうか巫女って言うな!」

「あー。でも、確かにそれは問題ですね」

「はい。キャルさまが参加出来ないのでしたら、わたくしたちも参加を辞退させていただきたく」

 

 議事録を書いていたユカリが何とも言えない顔になる。その場合自分の扱いどうなるのだろう、と計算しつつ、まあ展開の予想は出来るので沈黙を貫いた。

 そんな投下された爆弾によってざわざわとしている空気の中、シズルは笑顔のまま視線を動かす。え、とそんな彼女と目が合ったカズマは、パチンとウィンクされたことで何となく状況を察した。

 

「あー、っと。ちょっといいですかね」

 

 しょうがない、と手を挙げたカズマは、だったらこういうのはどうですかと口を開いた。アクシズ教徒もいっそ祭を手伝わせようと提案した。

 

「いや、それ以外も。確かBB団とこのぼっちどもの仲間にドマイナー女神のプリーストがいたはずだし、それも加えたりとか」

「それは、流石に……」

「エリス・アメス・アクア感謝祭とかにした場合、アクシズ教徒が調子に乗る可能性もありますし、いっそ複数の女神を称えるってことで女神感謝祭とでもしちゃえば、向こうを調子付かせずに問題を解決できるんじゃないかと」

 

 カズマのそれに、商店街の面々のざわつきが大きくなる。成程確かにそれなら。いいや流石に全部一緒くたは。

 喧々諤々と様々意見が飛び交う中、まあでもこれが落としどころだし却下はされないだろうとカズマは息を吐いた。そうしながら、こんな感じでいいのかと視線を横に。

 

「さっすが弟くん!」

「うお」

 

 思い切り抱きしめられる。大きな二つの柔らかいそれがぐいぐいと押し付けられ、カズマの動きがピタリと止まった。お姉ちゃんの香りと感触で、彼が座っているのに立ってしまいそうになる。

 

「弟くんなら出来ると思ってたんだ。うんうん、お姉ちゃんの期待通り――違うね、期待以上だよっ」

「あの、お姉ちゃん、ちょ」

「どうしたの? あ、ひょっとして久しぶりのスキンシップだから緊張してる? ――弟くんがいいなら、私は構わ」

「構うにきまってるでしょうが! シズルお姉ちゃん何やってるんですか!」

「はい。シズルさま。流石にそれは、少々やりすぎかと」

 

 インターセプト。リノとコッコロがシズルとカズマを引き剥がした。まったくもう、とプリプリ怒るリノに対し、コッコロの目はどこまでも冷たかった。思わずカズマもちゃんと立てるようになるほどに。

 

「……これ、当分続くのかしらね」

「あはは……」

 

 結局会議の騒ぎは暫くして収束し、エリス祭は女神祭へと変わるのだが、アイデアを出した当の本人はもう既に割とどうでもいい話になっていたり。

 

 



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その106

何かカズマさんハーレム主人公してない?


「はっはははははは! おっかしぃー! 最高! もうさいっこう!」

「アクア、笑いすぎよ。笑い転げすぎてスカートの中見えてるし」

 

 最早お馴染み、アメスの夢空間。別名三馬鹿女神の溜まり場。そこで今向こうの世界で起きている事と次第を聞いたアクアは大爆笑した。後輩がとても沈んだ顔をしているのを見てメチャクチャいい笑顔になった。

 

「ぷーくすくす! ねね、エリス、今どんな気持ち? 今まで自分を称えてた祭が多数の女神を称える祭に変わって、特別な一柱じゃなくなったのはどんな気持ち?」

「先輩の顔面を思い切り殴りたいです」

「あ、マジギレ……。ご、ごめんねエリス、ちょっと調子に乗っちゃったみたいで。そうよね、これまでの信仰が揺らぐ事態だものね、大変よね?」

 

 が。目が座っているエリスを見たのか、アクアは手を平を返したように彼女を心配し始めた。アメスはそんな二人を見ながら、やれやれと肩を竦める。そうしつつも、まあ落ち着けと二人のコップに液体を注いだ。酒である。

 

「……勿論、思うところがないわけでもないです。自分だけを称える祭、というのにある種の優越感を覚えていたのは否定しません。ですが」

「でも、どうしたの?」

「あの世界の人々がそう決めたのならば。自分達で進もうとしたのならば、それはそれで、女神としては喜ばしいことだとも思うんです」

「提案者カズマだって話だけど」

「そこは、まあ……えっと」

「ちょっと、こっちに火種飛ばすのはやめてくれない?」

 

 酒を飲みながら余計な一言をのたまったアクアを、アメスはジロリとジト目で睨む。別に間違ったことは言ってないでしょと文句を飛ばした彼女は、酒のおかわりを注ぎながらふふんと口角を上げた。

 それで、だったらそっちはどうなのよ。そんな言葉を続け、視線をエリスからアメスへと移動させた。

 

「どう、って?」

「あっちじゃドマイナー女神だったあんたはどうなの? こうやっていきなり祭で称えられる気分は」

「元々コッコロたんの村ではお祭りもあったから、別にそう変わらないわよ」

「ふーん。そうなの。ふーん」

「何よ」

「べっつにー? その割には、えらく上機嫌じゃない? 嬉しいんでしょ? ほんとは笑っちゃうくらいなんでしょ? いいのよ、私は分かってるから。アクシズ教と比べて吹けば飛ぶような信徒しかいなかったあんたが、駆け出しの街だけとはいえエリス祭に食い込むほどの知名度を手にしちゃったりしたらもう、笑い止まらないでしょ? うんうん、分かる分かる」

「勝手に分かった気にならないでちょうだい」

 

 普段のダウナーフェイスが更にげんなりとしたものに変わる。変わるが、しかしその実ほんのちょっぴりアメスはドキリとした。言い方はアレであったが、アクアの言うことも頷けたからだ。

 確かに、田舎の村でのみ信仰されていた程度しかあの世界にはなかった女神としての影響力は、この一年で急激に上昇している。エリス教とアクシズ教の二つを脅かすほどではないものの、ベルゼルグ王国では三番目に位置するくらいには有名になった。

 そう、つまりは。

 

「給料上がってウハウハでしょ?」

「そうね」

「そこは認めるんですね!?」

「ここで嘘を吐く理由はないもの」

 

 しれっとそう述べるアメスを見て、エリスはぐだりと机に突っ伏した。あーもーやってらんねー。普段の彼女らしからぬ言葉を発しながら、机に置いてあったポテチをつまんでバリバリと噛み砕く。

 

「何よエリス、やっぱりあんた」

「ちーがーいーまーすー。この疲れはそれとは別件です。……あ、そうだ先輩、アメスさん。どうせだからちょっと相談乗ってくれませんか?」

「相談?」

「なになに? ま、後輩の面倒を見るのも立派な先輩の役目だし? 言ってごらんなさいな」

「……神器回収の件なんですけれど。今回の目標が中々厄介で」

「だそうよ、アクア」

「え? ちょっとアメス、あんた手伝わないの? 私一人とかちょーだるいんですけどー!」

「手伝わないとは言ってないでしょう? 厄介事はごめんってだけよ」

「それ実質手伝わない宣言じゃない! じゃあいいわ、アメスがやらないなら私もやらない」

「それはつまり、アメスさんがやるなら先輩も手伝ってくれると?」

 

 静かにエリスがそう問い掛ける。姿勢を直したものの、彼女の表情は俯いているので見えない。が、アクアは気にせずええそうよと述べた。こんな調子なら無理でしょうけれど、ケラケラ笑いながら彼女はそう続けた。

 

「だそうです、アメスさん」

「しょうがないわね。エリス、手伝ってあげるわ」

「はい、ありがとうございます。というわけで、先輩」

「ちょ、ちょちょちょ! 何今の!? どう考えても茶番じゃない! 示し合わせてたじゃない! 騙したわね! 二人して私をはめたわね! ノーカンよノーカン! そんな汚い手を使って私を動かそうとしてもそうはいかないわ!」

「それは誤解です、先輩。私はただアメスさんに確認を取っただけで」

「それでこうはならないでしょ! 嫌よ! 私は働かないから!」

 

 どか、と思い切りテーブルにコップを叩きつけながらアクアが宣言する。そんな姿を見た彼女たちは、ならしょうがないと至極あっさり諦めた。では相談なんですが、というエリスの言葉を皮切りに、アメスと二人で厄介だというその神器の確保手段について話し合いを始める。

 それを一人ぽつんと眺めていたアクアは、持っていたコップを口に持っていき。

 

「……」

 

 すっかり空になっていたことに気が付いた。ふ、とどこか憂いを帯びた笑みを浮かべると、彼女はしょうがないわねぇと立ち上がる。

 

「エリス、感謝しなさいよ! 私もその相談、乗ってあげるわ! だからちょっとこっち見なさいよ、ねえ、ねえってば! 私一人だけ仲間はずれとか嫌なんですけどー! 寂しいんですけどー!」

 

 

 

 

 

 

 祭りの準備が始まる。そういう名目でやって来たギルドでは皆がモンスター討伐の依頼を請けていた。勝手知ったるといった様子で動き回るペコリーヌを尻目に、カズマは一人、頭にハテナマークが浮いている。

 

「何で?」

「当たり前でしょ? 祭なんだから」

「主さま、お祭りの間は冒険者のお仕事はみな休業となってしまいます。ですので」

「あー……」

 

 そういうことか、と頷いた。女神祭開催中に余計なトラブルを起こされないよう念入りに付近のモンスターを狩っておくのだろう。成程成程と彼は納得し、そして。

 

「別に俺がやらなくてもよくね?」

「まあ、それはそうだけど……。でも、確かにそうね、この街実力だけはおかしい連中が山程いるもの、あたし達が頑張らなくても」

「主さま、キャルさま……」

 

 ほんの僅かにコッコロの眉尻が下がる。そうしながらも、そういうことでしたらこちらも無理強いはいたしませんと彼女は微笑んだ。

 

「では、わたくしは他の方々のお手伝いに」

「何言ってんだコッコロ。俺は女神の勇者カズマさんだぞ、こういう時こそ頑張らなきゃ駄目だろ」

「こいつ……」

 

 ドリルばりに手の平ぐるっぐるしているカズマを見ながら、キャルは何とも言えない表情を浮かべていた。まあ別にどっちでもいいけど、と溜息を吐きながら、彼女は手近な依頼を眺める。

 そうしながら、何だかやけに張り切っている男連中の姿を見付けた。

 

「何あれ?」

「さあ? まあダストが混じってるってことは碌なことじゃないだろ」

「そうね」

 

 流した。そのタイミングで戻ってきたペコリーヌが、大体この辺が手薄ですよと数枚の依頼書を見せる。主に街の周辺、水源となる水辺付近、そして森。大まかに分類するとこの三種で、中でも森の討伐は重要度が高いらしい。そのことを聞いたカズマはまたしても首を傾げた。祭のためならそこが一番重要度低そうなのに、と。

 

「セミよセミ。あいつらメチャクチャ煩くて夏の間ずっと鳴き続けるもんだから、専門の業者に頼んでこっちに来ないよう駆除してもらわないといけないの」

「ですが、森に魔物がいると業者の方々が入れず、結果としてお祭りの開催に支障が」

「ほー……。セミ、ねぇ……」

 

 イマイチピンとこないが、この二人がわざわざ言うからには多分自分の思っているものよりも迷惑なのだろう。これを怠ると夜眠れなくなる、と豪語するからには相当だ。

 

「なあペコリーヌ。実際そんなうるさいのか?」

「そうですね。わたしも夏の野宿は森を避けるくらいですね」

「へー」

「あ、でも昼間は別です。セミはこの季節にしか取れない限定食材ですから」

 

 ぐ、と拳を握って力説するお姫様。突如ぶっこまれた蟲食の話題に、カズマも思わず反応が遅れた。視線を横に向けると、キャルも目を見開きこいつ何言ってんだという顔になっている。どうやらセミを食うのは常識ではないらしい。

 

「ぺ、ペコリーヌさま? セミを、食べるのですか?」

「はい! 大体このくらいの大きさのセミを捕まえて」

「やめろ、具体的なデカさを出すな! 生々しい! あとでけぇ! 俺の知ってるセミじゃねぇ!」

 

 彼女の手からはみ出るほどの大きさを提示したことで、カズマもここのセミのヤバさを段々と理解してきた。同時に、目の前の少女のアレさ加減を理解したつもりだったが少し分からなくなった。

 

「えー。美味しいのに……」

「いい、ペコリーヌ。あんた絶対うちでは出すんじゃないわよ。いいわね、絶対よ! フリじゃないからね!」

「でもでも。キャルちゃんだって一度セミを使ったスイーツを食べればイチコロですよ!」

「別の意味でイチコロするわ!」

「セミのスイーツ、でございますか……」

「コッコロ、お前はあっちに行かないでくれ。頼むから」

 

 溜息を吐きながらコッコロを説得する。そうしながら、よしこれは是が非でも森の討伐を済ませて業者にセミを根絶やしにしてもらわねばならないと気合を入れた。夏の食卓にセミを出されないためにも、である。

 そういうわけで、カズマ達一行は森の討伐を選択した。ギルド職員に案内された場所には、先程騒いでいた男の冒険者連中の姿もある。

 

「お、カズマ。お前もこっちか?」

「ん? ああ、食卓の平和のためにもな」

「何言ってんだお前」

 

 ダストが変な奴を見る目でカズマを見たが、当の本人は知ったこっちゃない。職員の説明を聞きながら、では早速森へと向かいますという言葉と共に移動を開始する。

 そんな道すがら、彼はダストから騒いでいた連中の理由を聞いた。ああそういうことかと納得した。どうやらあの連中は独り身の望み薄集団らしい。

 つまりはアキノ傘下となったサキュバスサービスの中でも、昔からのサービスを受け続けている筋金入りということだ。

 

「……何でお前あっち側? こないだのお嬢様はいいのか?」

「背筋が凍るようなこと言うな」

 

 うげぇ、と顔を顰めたダストであったが、しかしそれとは裏腹にどこか本気ではないようにも感じられ。あーはいはい、とカズマも当然流した。

 何より、彼の装備は今までのチンピラ然としたものと見た目こそ相違ないものの、質がしっかりと上昇していた。そして、得物も。腰につけている剣とは別に、もう一つ。

 

「あ、いた。ほらダスト、行くわよ」

「あ、だ、ダストさん。もう、みなさん準備が出来てます」

 

 ぐい、とリーンに引っ張られ、彼女と一緒にいたクウカと共に向こうへと去っていく。そんなダストを見ながら、彼は非常に冷めた目で見ていた。他人がモテているのを見せられることほど鬱陶しいものはない。そういうことである。

 

「おっとうとく~ん♪」

「うおっ」

 

 などと考えていた彼の背中に柔らかくとってもボリューミーな感触が二つ。ぐいぐいとそれを押し付けながら、背後の人物はカズマの耳元でやっと見付けた、と囁いた。甘く蕩けるような声であった。

 

「弟くんは森の討伐なんだね。うんうん、細かい気配りを忘れていないその姿勢、立派だぞっ。お姉ちゃんは鼻が高い」

「あ、はい。どうも」

 

 あかん、マズい。カズマの中で色々と警鐘を鳴らしているが、誘惑を断ち切ることが出来るほど彼も立派な人物ではないわけで。ヘタレではあるが、こういう状況ではどうしても流されるままになってしまう。

 

「てい」

「あいたっ」

 

 カズマの背中に一際しっかりとおっぱいが当てられた。それを最後に、背後のシズルが離れる気配がする。どうやら誰かが彼女を引っ叩いて引き剥がしたらしい。その衝撃でカズマへとファイナルアタックが実行されたのだ。

 尚、カズマは耐えた。ファイナルにはならずフラッシュもしなかった。

 

「あんたねぇ……。ここはアルカンレティアじゃないんだから、そこら辺ちゃんとわきまえなさいよ」

「も~、キャルちゃん、何を言ってるの? 私と弟くんは姉弟なんだから、これくらいは当然だよ」

「あんたの常識は世間の非常識なのよ! ほら見なさい、こんなに注目されちゃって」

「それはキャルちゃんが怒鳴っているからじゃないかな」

 

 しれっとそう述べるシズル。まったくもって堪えていない彼女の様子を見て、キャルはああもうと頭を抱えたまま地団駄を踏んだ。

 そしてそんな彼女を、まあまあとシズルが宥め、撫でる。逆転した。

 

「よしよし。私は弟くんのお姉ちゃんだけど、みんなのお姉ちゃんでもあるからね」

「……おかしい……こんなの絶対おかしい……」

「これは、未来の鳥が未来に行っちゃってますね」

「あの、リノさま、『ミイラ取りがミイラ』ではないでしょうか……」

「やばいですね」

 

 そうしてこうしてカズマの周囲に集まる面々。コッコロ、キャル、ペコリーヌ、そしてシズルとリノ。美女美少女が集結しているそれを見て、筋金入りの独り身どもはどう思うかといえば勿論。

 他人がモテているのを見せられることほど鬱陶しいものはない。まあそういうわけである。

 

 



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その107

これ大丈夫なやつ?


「シズルをどうにかしないといけないわ」

「どうした急に」

 

 アメス教会。そこでバンバンと机を叩きながら力説するキャルを、カズマは冷めた目で見ていた。彼にとっては今自身の口から零したように突然何か言い出したようにしか見えないのだろう。

 その一方で、ペコリーヌはあははと苦笑しつつもそこを否定することなく、そしてコッコロに至っては。

 

「キャルさまの言う通りでございます」

「そうよね? やっぱりあれどうにかしないとマズイわよね?」

「はい。……どうにかしなければ、いけません」

「……あ、ちょっと待った。コロ助のそれあたしの意見と微妙に違う」

 

 引いた。面子の中で最年少である彼女の気迫というか眼光というか。そういうものにビビったのだ。どうにかする、という言葉に秘められた思いがどことなくバイオレンスさを醸し出していた。

 

「ま、まあまあ。コッコロちゃんも落ち着いてください。別に何か問題を起こしたわけでもないですし、というかむしろ活躍していますしねぇ」

「活躍してるからこそ、よ。この間の森の討伐戦も、普通にみんなの支援してたし」

「いやそこツッコミ入れるとこか?」

 

 おかしな行動のカテゴリに入れられてる感のあるシズルの支援。話に若干ついていけてないカズマがそこに口出しすると、キャルが彼を見て盛大に溜息を吐いた。ほんとこいつ分かってないな、と言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「何だその顔」

「したくもなるわよ。あのねカズマ、あんたほんと分かってる? シズルはアクシズ教徒なのよ?」

「知ってるよ。だからお姉ちゃんはまともなアクシズ教徒だろ?」

「…………」

「キャルちゃんキャルちゃん。女の子がしちゃいけない顔してますよ」

「だってペコリーヌ。今の聞いたでしょ? こいつもう手遅れよ?」

「アメス様の加護をお持ちである主さまが……。なんとおいたわしい……」

 

 コッコロは悲しんだ。仕えるべき主たる少年が、このような状態になってしまうとは。己の無力を苛み、そしてその思いを力に変えた。

 必ず、かの邪智暴虐の姉を除かねばならぬと決意した。

 

「コロ助コロ助。女の子がしちゃいけない顔してるわ」

「やばいですね……」

 

 どうしようこの状況。ペコリーヌは悩んだ。正直キャルもコッコロも冷静ではない。特にコッコロ、放っておくとアクシズ教会を焼き討ちに行きかねない。

 

「こほん。……申し訳ありません、少々取り乱しました」

「そ、そうね。あたしもちょっと頭に血が上ってたかも」

 

 そんな彼女の心配が伝わったのか、コッコロもキャルもハッと我に返る。根底は変わらずとも、とりあえずある程度話が出来るようにはなったらしい。よかった、と安堵の息を吐くペコリーヌは、そこでカズマがこちらを見ているのに気が付いた。

 どうしましたか、と彼女は首を傾げる。そんな彼女を見て、彼はいや別に、と頬を掻いた。

 

「……まあ、俺もお姉ちゃんフィルターがかかってたのは否定しない」

「その単語が既に手遅れ感醸し出してるけど、まあいいわ」

「でも、それ差っ引いても、現状別に悪いことはしてないだろ。アクシズ教徒のやらかしに悩んでたお前にはむしろいいことじゃないのか?」

「確かにあれからアクシズ教徒の評判上がってるのよね……。責任者になったからなのか、あの二人結構アクシズ教徒を大人しくさせてるし。セシリーですら若干マイルドになってるもの」

 

 欲望に忠実で、好きなことをやり、アクシズ教徒への勧誘を行う。この根底は変わらないが、エリス教徒への嫌がらせは確実に減った。あと警察のお世話にならないよう立ち回るようになった。アクセルの街ではただそれだけでアクシズ教徒の評判がモリモリ上がったのだ。

 その程度ならこの街には掃いて捨てるほどいるからだ。ある意味街全体が手遅れともいう。

 

「でも、だからこそ問題なのよねぇ……。あいつがもし暴走を始めたら」

「そんなことまで考えても仕方無くないか?」

「何他人事みたいに言ってんのよ。その場合理由は間違いなくあんたなのよ」

 

 頬杖を付きながらキャルがジト目でカズマを見やる。俺? と自身を指差す彼に向かって頷くと、そのまま視線を残り二人に向けた。

 

「でもって、そうなったらコロ助とペコリーヌは巻き込まれるわね」

「キャルちゃんは大丈夫なんですか?」

「あたしは最初から巻き込まれてんのよ……」

「キャルさま……」

 

 はん、と何かを諦めたようなキャルのその言葉に、コッコロの眉尻が下がる。主だけでなく、大切な友人までも悲しませるとは、許すまじ。

 再びブラックなコッコロ、略してブッコロになりかけた思考を頭を振って散らす。これは、余計に二人を悲しませる行動だ。理性でなんとか押し留めた。

 

「となると、現在のキャルちゃんの胃の無事はカズマくんにかかってるわけですね」

「微妙なスケールだな」

「そんなことありませんよ。胃が無事じゃないと美味しいものが食べられません。美味しいものが食べられなかったら、みんなでご飯が食べられなくなって、幸せが無くなっちゃいます」

「お、おう」

 

 拳を握って力説するペコリーヌを見ながら、分かった分かったとカズマは彼女を押し止める。ずずいと来た彼女との距離は非常に近かった。シズルはまだお姉ちゃんだからと自分に言いかせて誤魔化せるが、目の前の少女はそれが出来ない。ただでさえ最近溜まっているので、あまり刺激しないでもらいたいのだ。

 

「……確かに、これは問題だな」

「え? あんた何でいきなり乗り気になったの?」

「主さま?」

 

 言えるはずもないので、話を聞いてきちんと考えたのだと言い張った。

 

 

 

 

 

 

 その日、アメス教会にやってきたユカリは、まずその違和感に首を傾げた。そうした後、何かあったのだろうかと掃除をしていたコッコロに問い掛ける。

 返ってきた言葉は、彼女が思わず間抜けな声を上げるものであった。

 

「ちょ、ちょっとごめんなさい。もう一回言ってもらえる?」

「はい。キャルさまは昨日よりアクシズ教会で過ごしております」

「……何か悪いものでも食べた?」

「え? 何でわたしを見るんですか?」

 

 カズマと共にアメス教徒の出店の準備をしていたペコリーヌが目をパチクリとさせた。いや妥当だろ、という彼の言葉に、彼女はしょんぼりと肩を落とす。

 

「あのなペコリーヌ。だったら言わせてもらうが、お前のこのメニュー何なんだよ」

「夏のとびきりスイーツです」

「セミ! やめろって言ってんのに何で目玉商品みたいな扱いにしてんだよ!」

「美味しいから大丈夫ですよ?」

「味の問題じゃねーっつってんだろうが!」

 

 がぁ、と叫ぶカズマを見ながら、ユカリはゆっくりとコッコロに向き直る。そういうわけではありません、と首を横に振るのを見て、一応納得することにした。

 しかしそうなると。一体全体何がどうなって彼女はアクシズ教会へと向かうことになったのか。

 

「何だかんだアクシズ教陣営だからって話らしい」

「……何か変なものでも食べたの?」

「アクシズ教徒への信頼すげぇな」

「それもあるけれど。キャルちゃんそういうの絶対嫌がる……けど、何だかんだしょうがないからってやるタイプだったわね、そういえば」

「あはは。そこら辺、似てるんですよねぇ」

「はい。キャルさまは、その辺りはよく似てらっしゃいます」

「あん?」

 

 ペコリーヌとコッコロがカズマを見る。何言ってんだお前ら、とジト目になったカズマは、そこら辺もういいなら手伝いしてくれとユカリに述べた。彼女もアメス教陣営、今回の祭りではここを手伝う立場のはずだ。

 

「本来ならばアキノさん達と運営の貴族側をやるべきなんだけれど。そうね、キャルちゃんいないのなら、お姉さんが一肌脱ぎましょう」

「ありがとうございます、ユカリさま」

「ええ。それで、みんなは一体何をやるつもりだったのかしら?」

 

 掃除を終わらせたコッコロと共に、二人が作業をしていた場所へと足を進める。そうしてひょい、と覗き込んだユカリはそこで動きを止めた。ほれみろ、というカズマの言葉を聞いて、ペコリーヌが眉尻を下げている。

 

「え、っと……? この、メニューは、何?」

「夏のとびきりスイーツです」

「そ、そうよね? プリンとかケーキとかパフェとかあるから、間違いなくスイーツよね?」

「はい。材料からこだわった絶品をみなさんに食べてもらおうと思ってるんですよ~」

「そ、そう、なの……」

 

 明らかにユカリの表情が引きつっている。だろうな、とカズマはそんな彼女を見て溜息を吐き、コッコロは何とも言えない表情でノーコメントを貫いた。

 そんな空気の中、ユカリはゆっくりと口を開いた。少し、聞きたいことがあるのだけれどとペコリーヌに問い掛けた。

 

「その、こだわった材料なんだけれど」

「夏でしか味わえない限定食材の数々です」

「……私の記憶が確かなら、それ……この間の討伐で見たやつよね?」

 

 ユカリ自身はアキノ達と街の周辺や水源などを片付けていったので、直接見たわけではない。が、毎年のことでもあるので全く初見ということもありえない。

 まあつまりは、森の討伐の時には見かけるやつなわけで。

 

「カブトムシです」

「スイーツよね?」

「スイーツですよ? 殻をチョコに混ぜ込むと抜群のコクが出るんです」

「……カマキリ?」

「下処理をした羽は香り付けに最適で、フルーツを引き立てるんですよ」

「セミ……」

「砕いて粉にするとミルクによく溶けるんです。プリンの滑らかさを一層強くするのにこれ以上無いほど活躍してくれますよ」

「……」

「こっち見んな。だから俺はひとっことも賛同してないからな」

 

 おい責任者と言わんばかりの目でユカリがカズマを見たので、心外だと思い切り睨み付けた。言っておくが許可した覚えは欠片もないと目で述べた。

 そもそもである。これを出店のメニューにするのは勝手だ。買うのはアクセルの住人であり、祭の参加者だ。けど、そうなった場合、試食は誰がやるのか。

 カズマだ。

 

「食べたら美味いかもしれん。ペコリーヌの言うことが正しいのかもしれん。けどな、俺は蟲を食いたくはねぇぇぇんだよ!」

「あ、うん。ごめんなさい、私が悪かったわ」

 

 分かればいい、とカズマは述べる。そうしながら、本気なのかとペコリーヌへ向き直った。お前は真面目に、アメス教徒の祭の出店として蟲のスイーツを出すつもりなのか、と。

 

「……そんなに、駄目ですか?」

「いや、まあ、そりゃ……材料を隠し通せばワンチャンあるかもしれんが。言うだろ? お前」

「それがこのスイーツの目玉ですし」

 

 しゅん、と項垂れながらペコリーヌが述べる。その姿を見ると、カズマとしてもこれ以上責めるのは酷かもしれないと思ってしまった。何が問題かって嫌がらせとか詐欺とかそういう負のベクトルではなく百パーセント善意でやろうとしているからたちが悪い。

 

「あの、主さま」

「ん?」

「ペコリーヌさまのお望みを叶えることは、やはり難しいのでしょうか?」

 

 どうしたもんか、と悩んでいると、横からコッコロがそんなことを聞いてくる。彼女としてはペコリーヌがこれだけ言うのだから大丈夫だろうという信頼感から、前向きに進めないか考えていたらしい。まあそうなるわよね、とユカリは彼女を見て苦笑していた。

 

「つってもなぁ……。いくら美味くても、材料がなぁ……」

 

 こういう時、カズマと同じ思考をしてくれるもう一人がいると話が上手い具合に進んだりする。あるいは、それでも全力ツッコミをしながら被害担当になってくれたりもする。

 だが、いない。今この場に、彼女はいないのだ。

 

「あぁぁぁもう、しょうがねぇなぁ。ペコリーヌ! とりあえず蟲使わないバージョンも考えろ。こっちは裏メニュー的な限定商品にするぞ」

「限定、ですか?」

「人ってのは案外限定品に弱い。特別な材料を使った限定スイーツ、刺激が強いのでご了承くださいとかそんなこと言っとけば万が一クレーム来ても突っぱねられるだろ」

「言い得て妙ね」

 

 間違ってはいない。蟲を材料にしているというのは刺激が強いだろう。味わいだとは一言も言っていないので、向こうの勘違いだと言い張ることも出来る。

 

「で、だ。これほんとに美味いんだろうな?」

「それは勿論。わたしが腕によりをかけて作ります!」

「……ぶっちゃけペコリーヌの手作りって時点で材料が蟲でも問題なく売れる気がしてきたな」

「カズマくんカズマくん、一応言っておくけれど、初心者殺しのシチューの件は忘れちゃ駄目よ?」

 

 以前、食材にしないモンスターを調理して一騒動あったことを思い出す。ユカリに釘を差され、しかしカズマとしてはまだ蟲の方が抵抗少ないんじゃないだろうかと思い悩んだ。

 大丈夫です、とコッコロが述べる。え、と彼女の方を見ると、柔らかな笑みを浮かべたまま、試食用の蟲スイーツの準備に取り掛かるペコリーヌを眺める姿が目に入った。

 

「ペコリーヌさまは、アクセルの街の方々に愛されています。主さまやユカリさまのご心配はもっともでしょうが、わたくしは、きっと、大丈夫だと信じております」

「……」

「……」

 

 それはまあ、と二人共頬を掻く。何だかんだ言いつつ、これでペコリーヌの立場が悪くなるとか、そういう心配は杞憂だと思ってはいる。そういう意味では、コッコロと同じように彼も彼女も信じているのだ。

 が、しかし。

 

「それとこれとは話が別なんだよなぁ……」

「そうよねぇ……」

 

 鼻歌交じりでカブトムシやカマキリを解体しセミを粉にしているペコリーヌの後ろ姿を見ながら、二人は小さく溜息を吐いた。

 尚。カブトムシ、カマキリ、セミはどれも美味であった。やっぱりこれでいいんじゃね、とカズマが半ば諦める程度には。

 

 



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その108

他の陣営たち


 ところかわって。一方その頃のキャル。

 

「……」

「シズルお姉ちゃん、フルーツの手配は終わりましたよ」

「ありがとうリノちゃん。残りの材料の発注も済んだし、場所の確保もこれでよし、と」

「……」

「あとは細かい所を……って、どうしたんですか?」

「あれ? キャルちゃん、どうしたの?」

 

 何の問題もなく出店の準備を進めていくシズルとリノを見て、キャルは絶句していた。ツッコミどころがなく、普通に進んでいくので、彼女は立ち尽くしたのだ。

 

「はっ! いや、だったら問題ないじゃない!」

 

 我に返った。そして叫んだ。何かやらかすのを期待していたわけではない、と誰に言い訳しているのか分からないが弁明した。勿論リノは首を傾げている。シズルは何となく察したのかクスクスと笑っていた。

 

「ねえ、キャルちゃん」

「何よ」

「そんなに心配しなくても。私は弟くんの邪魔になるようなことはしないよ」

「それは分かってる。でもあたしの心配はそれはとはまた別で」

「だから、心配しなくても大丈夫。私は、弟くんの、邪魔をしないの」

 

 笑顔である。だが、その表情はキャルにとって背筋が凍るような錯覚を覚えるものであった。その言葉に込められた意味を、知ってはいたが再確認した。

 

「あ、ひょっとして他のアクシズ教徒のこと言ってます? それならシズルお姉ちゃんが説得して回ったんでお兄ちゃんの迷惑にはならないと思いますよ」

「説得……」

「説得です」

「……血は流れたの?」

「ギリギリ」

「も~、リノちゃん。そういうことは軽々しく言っちゃダメだ、ぞっ☆」

 

 強烈な激突音、というか炸裂音が響く。頭を強く打ったリノがハラヒレホレハレとふらつくのを尻目に、シズルは笑顔のままそういうことだから大丈夫と続けた。何がそういうことだからなのか、何が大丈夫なのか。それを詳しく尋ねる気にはなれなかった。

 

「……ま、いいわ。こっちに問題がないならそれに越したことはないもの」

「そうそう。だからキャルちゃんも、別に無理に私達を監視しなくても、弟くんの手伝いに戻ったっていいんだよ?」

 

 ぐっ、とキャルが呻く。元々隠してはいなかったが、そうはっきりと言われると思わず身構えた。こいつ一体何を考えてやがる。そう一瞬だけ考え、いや何を考えてるかなんて一目瞭然かと肩を落とす。細かいところはともかく、根底は一つだ。

 

「別に。いいわよこっちで。……たまには、あいつらと対決するのも悪くないし」

「ツンデレですね」

「ツンデレだね」

「うっさい!」

 

 生暖かい目でこちらを見る二人にそう返しながら、彼女はふと思い出す。そういえば、この教会にはシズルとリノの他にもう一人いるはずだ。とんでもないやらかしはしないが、細かい部分では問題大アリのプリーストが。

 

「ねえ、セシリーもあんた達の出店手伝うの?」

「違いますよ。あの人はあの人で何かやるみたいで」

「……それ、嫌な予感しかしないんだけど」

「それは心外ね、キャルさん」

「わきゃぁ!」

 

 ぬ、と背後から湧いて出てくるセシリー。思わず裏拳を放ったが、とうやら読まれていたらしくその拳は空を切った。ふふん、とドヤ顔をしながらキャルの前に立った彼女は、そのままふっふっふと謎の笑みを浮かべ続けている。

 

「気持ち悪い」

「アクシズ教の誇る美人プリーストに何たる言い草!? あ、でもキャルさんが言うのならまあ、仕方ないって納得しちゃおうかしら」

「気持ち悪い」

「言い方に不快感増しましたね」

「そうだね」

 

 偽姉妹はそんな彼女達のやり取りを微笑ましく眺めている。止める気は毛頭ない。自分の害にならない限り、好きに生きている相手を咎めるのは違うからだ。その辺りは腐ってもアクシズ教徒である。

 

「で? あんた何やるのよ」

「ところてんスライム屋ですが何か?」

 

 即答であった。そういやこいつの好物だったな、とどこか遠い目をするキャルを見ながら、セシリーはちっちっちと指を振る。私がそんなただのところてんスライム屋をやると思ったら大間違いだ。そんなようなことを言いながら、どこからか一口大の大きさのゼリーのようなものを取り出した。

 

「これぞ私の新発明、ところてんスライムクラッシュタイプ! 細かくブロック状にしたところてんスライムをゼリーで寄せた、安全面に配慮した一品よ」

「……うわ、セシリーにしてはすっごいまともなもの出してきた……」

 

 ところてんスライムは、喉越しは良いがそこそこ固く弾力もあるため、普通のゼリーのように飲み込んで喉に詰まらせる事故も少なくない。なので、彼女はその辺りを改良したのだろう。小さく細かいブロック状にしたことで、誤って飲み込んでもそうそう喉に詰まらせることはないよう配慮されている。

 

「これでみんな安心してところてんスライムを食べることが出来るって寸法よ。これを喉に詰まらせるような人はよっぽど運に見放された可愛そうなエリス教徒でしょうから、その時はアクシズ教徒に改宗を進めるけど」

「あんたそれは……まあ、強引ってわけでもないし、確かにこれを喉に詰まらせるようなのは女神エリスに見放されてそうね……」

 

 ひょい、とクラッシュタイプを手に取る。どうぞどうぞ、とセシリーに勧められたので、キャルはそれをぱくりと食べた。成程ゼリーで寄せたことで食感も面白く、これは案外本気で売れるんじゃないかと思うほどだ。

 

「それで、どう? キャルさん、私は問題なしでしょう?」

「そうね。これなら――」

 

 大丈夫だ。そう言おうとした矢先。

 

「キャルちゃん、これ、な~んだ」

「へ? 看板? えっと? ……『よーっく冷やして食べると更に美味しい』? 凍らせろってこと?」

 

 シズルがセシリーの出店のために用意した道具を一つ指差す。それを眺めたキャルが首を傾げたが、しかしすぐに一つの答えに行き着いた。行き着き、ジロリと目の前の彼女を睨んだ。

 先程食べた感じからすると、凍らせた場合喉に詰まる確率は普通のところてんスライムと同等程度に跳ね上がるだろう。そして先程彼女はこう言ったのだ。喉に詰まらせるほど運がないエリス教徒はアクシズ教徒に改宗させる、と。

 

「絶対に詰まるわけじゃないのだから、セーフよね」

「アウトに決まってんでしょうが!」

 

 看板には注意喚起が追記された。

 

 

 

 

 

 

 ここで再確認してもらいたいのは、今回の祭りは女神感謝祭だということである。エリスの名をただ取っ払ったわけではなく、単純に複数の女神に感謝をするという催しへと変わったという点である。

 なのでエリス教徒は勿論のこと、次いで信者の多いアクシズ教と、アクセルを中心にじわじわ知名度を上げているアメス教も主として祭に参加するわけなのだが。

 ここで忘れてはいけないのは、あくまでこれは女神祭だということである。

 一体何が言いたいのかというと、つまりは。

 

「ふむ。出来栄えとしてはそこそこの物が出来ましたね」

「この短時間で作ったにしては上々ね」

「そうですね。お手柄ですよ」

 

 アクセルの街の外れ。アクセル変人窟の中でもトップクラスの変人の縄張り。またの名を、ネネカの研究所。そこで彼女達は出来上がった物体を見ながらうんうんと頷いていた。

 そうしながら、お手柄だと評価した相手をめぐみんが見やる。その視線を受けた該当者はビクリと体を強張らせ、そのまま小刻みに痙攣し始めた。

 

「きょ、きょきょきょうえつ、しご、しご、仕事終わりはこの一杯!」

「アオイちゃん、落ち着いて!」

『……紅魔の里であれだけ交流したのに』

「いや無理でしょ。こいつがそう簡単に慣れるかっての」

 

 相変わらず常時テンパっているようなアオイをゆんゆんが宥め、ルーシーが溜息を吐き、そして小型安楽王女が呆れたように吐き捨てる。BB団のいつもの光景である。

 そんなアオイを研究所一同は生暖かい目で見ながら、話を続けようかと流した。先程ルーシーが述べたように、とある一件から交流が増えたことで慣れたのだ。少なくともネネカ達は、であるが。

 

『それにしても、良かったんですか?』

「よかったのか、とは?」

『今回の出店です。こちらとしては渡りに船でしたが』

「ああ、そのことですか。それならば何も問題はありませんよ。こちらとしても、丁度良かったものですから」

 

 ルーシーの問い掛けにネネカがそう答え、クスクスと笑う。ねえ、と横のちょむすけに問い掛けると、何とも言えない表情で彼女がネネカから視線を逸らした。

 

「え、と? お師匠様は何を恥ずかしがって……?」

「あれ? ゆんゆん、あなた師匠の正体知らなかったんでしたっけ?」

「ちょっとめぐみん、あんた今私のこと馬鹿にしたでしょ!? 知ってるわよ! お師匠様は紅魔族っぽい名前を名乗ってるけど、本名はウォルバク。怠惰と暴虐を司るめが……みさま、で……」

 

 気付いたらしい。あ、と間抜けな声を上げながらちょむすけの方を見ると、片手で顔を覆いながら皆に背を向けているのが視界に映る。当然だろう、なんだか知らない内に女神感謝祭の祀られる女神の一柱としてエントリーされていたのだから。

 

「ちょむすけ。いい加減吹っ切れたのではなかったのですか?」

「……それとこれとは話が別だと思わない?」

「ご、ごめんなさいお師匠様!」

「まったく、ゆんゆんはこれだから」

 

 ペコペコと平謝りしているゆんゆんを見ながら、めぐみんがどこか勝ち誇ったように頭を振る。そしてそんな二人を見ながら、ルーシーは成程、と一人頷いていた。だからこそ、こちらと合同出店を提案したのか、と。

 

「ルーシー。お前一人で分かった顔してんじゃない。ぼっち筆頭が事情についていけなくて頭から煙吹いてんだから」

『おっと。ごめんなさいアオイ。では、お優しい安楽王女の頼みですから、私が説明をしてあげましょう』

「おいこら」

『ちょむすけさんが女神ウォルバクだということは、ネネカ所長の所属はほぼウォルバク教徒と言っても過言ではないでしょう。ここまでは分かりますか?』

「は、ははははい。なんとか」

『そして一方、こちらは私と、アオイが半分レジーナ教。数は非常に少ないですが、どちらにせよ、他の三陣営と比べれば誤差です。この状態でそれぞれ別々に活動しても成果は得られない』

「な、成程。つまり、お互いで同盟を組んだというわけですね」

 

 そういうことか、と納得したような顔をしたアオイは、しかし即座に瞳をグルグルとさせながら震えだす。これは自分が間違いなく足を引っ張る流れなのでは。そうして爪弾きにされた自分は誰にも拾われず野垂れ死ぬのでは。そんな結末を瞬時に弾き出し、生きててごめんなさいと謝り出す。

 一同、当然のように何言ってんだこいつという顔になった。そうして、まーた始まったと流した。慣れ過ぎである。

 

「アオイ。あそこのおもちゃの設計したのお前だろーが。今んとこBB団で一番活躍してんのはお前なの、分かったら返事」

「は、はははははい! 分かりました! すいません!」

 

 安楽王女の指差した先には、先程ネネカ達が評価していた物体がある。アオイの《だいじょぶマイフレンドくん》をベースに設計をし、出店の商品として作り上げたおもちゃ《トイフレンドくん(仮名)》だ。

 ちなみに中身はネネカが主導した。そういう意味でも、このトイフレンドくん(仮名)はBB団と研究所の同盟の証といえるだろう。

 

「あ、そうですよ所長。これ、本当に大丈夫なんでしょうね?」

「めぐみん。それはどういう意味ですか?」

「所長が趣味全開で中身作ったら絶対碌なことにならないでしょう」

「ふぅ……。まったく。いいですかめぐみん、これはあくまで出店の商品です。私がそこを違えるはずないでしょう」

「師匠。これ、信じて良いんですか?」

「まあ、ネネカのそういうところは信用していいと思うわ」

 

 そう言いながら、ちなみにこれはどういう仕組なのだとちょむすけは問う。ある程度のギミックの説明をされたが、具体的に、実際どうなるのかは未だ見せてもらっていない。

 分かりました、とネネカは一同を見渡し、アオイに視線を固定させた。ひぃぃ、と悲鳴を上げる彼女を尻目に、では実演をお願いしますとトイフレンドくん(仮名)の前に立たせる。

 

「スキルを使用するように、魔力をこれに与えてみてください」

「え? っと? こ、こんな感じでしょうか……ってうひゃぁぁぁ!」

 

 言われるがままにトイフレンドくん(仮名)に魔力を与えたアオイは、いきなり動き出したそれを見て絶叫した。それに合わせて、トイフレンドくん(仮名)がアオイと同じようなポーズを取る。

 

「へぇ……。起動した人と同じ動きをするのね」

「あくまでおもちゃですので。このくらいが丁度いいでしょう?」

「確かに。所長にしては普通ですね。ええ、良かったです。実に良かった」

 

 余計な一言をのたまっためぐみんの眼帯が魔法により引っ張られているのを尻目に、一同は器用にアオイと同じ動きをするトイフレンドくん(仮名)を見やる。こういうものに興味のない年代や種族ですらこうなのだ。ターゲットとなる子供には言うまでもないだろう。

 と、そこでちょむすけがふと気付いた。ターゲットが子供なら、スキルを使うように魔力を与えるとか無理なのでは、と。

 

「そこはぬかりありません。それこそ、雀の涙ほどの、ほんの僅か魔力を与える真似事レベルでも動くように設計されていますし、なんなら動力と起動者を別にすることも可能です」

「それは凄い、ですけど……。どういう構造したらそんなことが」

 

 ゆんゆんの呟きに、ネネカはクスリと笑う。方法は実に簡単ですと別の机に置いてあったトイフレンドくん(仮名)の中身を眼前に置いた。

 

「この二枚のパネルに、女神レジーナの加護と極めて近い性質を持ったスキルを組み込んであります」

「へぇ……?」

「ゆんゆん、分からないなら無理して分かったふりをしなくともいいんですよ?」

「う、うるさいわね! だったらめぐみんは分かるの!?」

「そりゃ、分かりますよ。これは、左右のパネルが、お互いに魔力を跳ね返し合うように出来ているんです」

 

 復讐の加護の応用により、一度魔力を通したら半永久的にそれを跳ね返し合う。だからほんの僅かな魔力でも起動が可能というわけである。めぐみんの説明を聞いて一応理解をしたゆんゆんは成程と改めて頷き、聞いても分からなかったアオイは背景が宇宙となっていた。

 

『それにしてもネネカ所長。この加護の研究は一体どうやって――』

「っだぁぁぁ! 何でいつもいつもいつもあたしをパシらせるんだよ! あぁ……でもパシらされてる時が一番平穏を感じる辺りもうダメかもしれない……」

 

 盛大に入り口のドアが開く。そうして無遠慮に入ってきた泣きぼくろの女性――言うまでもなくセレスディナは、ズカズカとネネカの方へと歩みを進め、そして人が多いことに気付き足を止めた。ここ数日来ているという話は聞いていたが、実際に見るのはこれが初だ。

 

「ああ、そういえば、セレスディナは彼女達に会うのは初めてでしたね」

「あー……何かあたしが寝てる時にやってたやつのことか。で」

「ひ、ひぃ! ごめんなさい! お金はこれだけしか無いんです!」

「いや、あたしまだ何も言ってな――って、お前!」

「ごめんなさいごめんなさい! 生まれてきてすいません!」

『えっと、セレスディナさん? この子、ちょっと人見知りなのでもう少し落ち着いてもらえると助かるのだけれど……って、あら?』

 

 ルーシーもそこで気付いたらしい。目をパチクリとさせて、セレスディナを見やる。一方のセレスディナも、アオイから彼女へと視線を移し、そして更に驚愕した。

 レジーナ教徒だ。混じりっ気のない、ドMでもない。本物のレジーナ教徒だ。

 

『成程。所長、そういうことだったんですね』

「ええ、理由のもう半分が、それです」

「あ、あぁぁぁ……! レジーナ教徒だ……! あたし以外の、レジーナ教徒だ……!」

「め、めぐみん……。この人ガチ泣きしてるんだけど……」

「……まあ、色々あるんです」

 

 めぐみんの言葉に妙な重みを感じたので、ゆんゆんはそれ以上を聞かなかった。

 ちなみに、同盟はより強固になったらしい。

 

 



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その109

不穏パート(大嘘)

※祭の日数勘違いしてたっぽいので修正


 夜も更け、人々が寝静まっている頃。二人の人物がとある貴族の屋敷へと侵入しようとしているところであった。

 一人は短めの銀髪で、スレンダーな体型の盗賊の少女。もう一人は猫の獣人で盗賊、銀髪の少女より幾分か年上に見える少女。ちなみにこちらはきちんとおっぱいがある。

 そんな二人は、アクセルの貴族の一つアンダインの屋敷へひょいひょいと手慣れた様子で忍び込んだ。

 

「あ~……何か楽過ぎて拍子抜けにゃ」

「いやそれ自体はこっちとしては助かるけど」

 

 猫の獣人でおっぱいのある方の盗賊少女――タマキが若干やる気の失せた顔でぼやく。そんな彼女を見ながら、銀髪でおっぱいのない方の盗賊少女――クリスが苦笑した。そうしながら、それにしてもと辺りを見渡す。

 

「色々あるね……。これらも全部?」

「流石に全部が全部ではないけど。ま、殆どそういうルートで手に入れたやつにゃ」

 

 屋敷のお宝を見ながらぼやいたクリスに、タマキがそう返す。彼女の言葉を聞いたクリスは、暫し動きを止めたまま何かを悩むように顎に手を当てていた。

 

「だとしても、表に出てるやつはこっちが言い逃れできないやつだから、今回は見逃した方がいいにゃ」

「え? あ、うん」

 

 まったく、と肩を竦めるタマキへとクリスは謝罪をする。ごめんつい、と頬を掻きながら屋敷を更に進んで行くと、やがて重厚な扉のある部屋へと辿り着く。盗賊が揃っているのだ、ここが何で、どういう仕掛けがあるのか。その他諸々丸分かりである。

 

「ま、こちとら盗賊コンビ。この程度の罠なんか楽勝に――ん?」

 

 警報の罠だということも看破済み、鍵開けも踏まえそう大したものではないことを確信したタマキがそんなことを言いながら振り向いて、そして。

 クリスが何やら札を取り出したのを見て怪訝な表情を浮かべた。なんじゃそら、と。

 

「これは、えっと。あたしのせんぱ――知り合いが作った結界破壊の魔道具なんだけど」

「結界破壊? 結界殺しとは違うのかにゃ?」

「えーっと、先輩いわく『魔王軍が自慢してるのより数十倍は凄いの作ってあげるから感謝しなさいよ』って」

「……その先輩とやらは大丈夫かにゃ? 頭とか」

「悪い人じゃないんだよ? そこだけは保証するから」

 

 逆に言うとそれ以外は何も保証しないということである。タマキの視線が益々胡散臭いものを見る目に変わっていったが、そこはまあ仕方ないとクリスは割り切った。ぶっちゃけ、自分自身もアクア特製結界破壊札の効果を信用しきれてない。

 ないのだが、アメスも別段何も言わなかったので、とりあえず効果自体は間違いないだろう。この私が作るんだから大丈夫よ! と自信満々に言っていたアクアの姿が思い浮かんで不安を煽るが、使わなかったら使わなかったで絶対何か言われるのでどちらにせよ結果は同じだ。

 ええいままよ。そんなことを思いながらクリスはその札を宝物庫の扉へとかざし。

 

「――へ?」

「にゃ!?」

 

 アンダインの屋敷に掛けられていた効果の全てが一瞬で解呪された。

 

 

 

 

 

 

「――まあ、事情は了承したが」

「それで貴方の罪が軽くなるわけではありませんわ」

 

 勿論人自体には何の効果もなかったため、アンダインの屋敷は一瞬にしてパニックに陥った。警報、罠、隠し扉、アイテムの封印その他諸々全部がぶっ飛んだことで、逆にクリス達のことがモロバレになったのだ。当然のごとく二人は脱兎のごとく逃げ出した。屋敷の誰にも見られなかったのは流石の手腕と言えるだろう。

 さて、そんなパニック状態に陥ったアンダインは当然警察へと通報。それに付随して領主代行たるダスティネス家の愛娘が検分に訪れる運びとなったのだが。

 

「と、いうわけで。調べは既についています。丁度いいことに本来隠してあったそちらの裏帳簿から非合法で手に入れた品々まで全て表に出ているので、言い逃れは不可能ですわ」

 

 ダスティネス家のララティーナと共に現れたのはウィスタリア家のアキノその人だ。検分を終えた後、それとは別件でアンダインを問い詰め始めたのだ。それとこれとは別だろうとアンダインは抗議をしたが、アキノはええそうですわねと頷くのみ。

 それとこれとは話が別だからこそ、盗みに入られた被害者としては別に、非合法で収集をした加害者として問うているのだ。そう言って彼女はニコリと微笑んだ。そんなわけで、二人の冒頭の言葉が再度アンダインに突き刺さる。

 

「……こわぁ」

「あたしも最初ああやってとっ捕まってこうなったからにゃ……」

 

 尚、逃げた二人はダクネスとアキノの同行者枠にしれっと混ざり込んでいた。向こうが何も言ってこないところをみると、バレてはいないと考えて間違いない。

 

「さて、それではこの屋敷の品々とこちらで確認したリストとの照合をさせていただきますわ」

「アンダイン殿、こちらも素直に応じてくれれば、ダスティネス家としては便宜を図っても構わないと思っている。どうだろうか」

 

 がくりと項垂れたアンダインは言われるがままだ。まあこの状況だと仕方ないだろうな、とクリスもタマキも傍から見ていてそう思う。

 では早速とミフユが警官を引き連れてリスト照合を行っていく。テキパキと効率的に済まされていくそれをダクネスは暫し見ていたが、そのままこの短時間で猛烈に老けたように思えるアンダインへと視線を動かした。間違いなく悪人は向こうのはずなのに、なんだかこちらが極悪非道なことをやっているような気がしてきてしまう。

 

「……はぁ、女神祭で少しは休息が取れればいいのだが」

「難しいでしょうね」

 

 彼女の呟きを聞いていたアキノがばっさり。やはりそうか、と肩を落としたダクネスを見ながら、アキノは冗談ですわと笑った。冗談が冗談な気もする、と思ったが口にしないよう飲み込んだダクネスを見ながら、笑みを浮かべた。

 

「元々エリス祭は忙しいものですが、まあこれまでの騒動に比べればそよ風のようなものでしょう? ですから、気にせず(わたくし)達も楽しめばよろしくてよ」

「……これまでは、な」

「あら。何か今回は酷くなる心当たりが?」

「……ないこともない、が。いやしかし、ユースティアナ様が流石にそこまでは……」

「まったく。心配のし過ぎですわよ。年の一度のお祭、楽しまなくては」

 

 そうだな、とダクネスは苦笑する。確かに少々心配をし過ぎてしまったようだ。そのことを自覚し、そしてその心配で若干興奮していた自分を沈めた。いかんいかん、今はそういうのでアヘっている場合ではない。

 そんな彼女の葛藤が伝わったのか、アキノが突如冷めた目で心配する必要なかったですわねと呟いていた。

 

「あら?」

 

 そんな二人の耳にミフユの声が届く。どうしたのだろうと視線を動かすと、クリスとタマキに何かを話し掛けており、そしてその二人の表情が怪訝なものに変わっていくのが見えた。

 

「どうした?」

「何かあったのですか?」

 

 二人が三人へと声を掛けると、クリスが非常に苦い顔で振り向いた。ミフユやタマキと比べると、今回の依頼者ともいえる彼女が一番この件に入れ込んでいるからだ。

 

「……ないんだ」

「は?」

「ないんだよ。アイギスが……!」

「どういうことだ?」

 

 すっかり燃え尽きたアンダインへと問い掛けるが、ここに間違いなくいたはずだの一点張りで、嘘を吐いている様子もない。

 そこから考えられる予想は一つ。侵入した時には、既に神器は何者かに持ち去られた後だった。

 

「そんな……」

「これは、少しきな臭くなってきたな」

「女神祭も近いというのに、厄介事が舞い込んできましたわね」

 

 がくりと項垂れるクリス、何かを考え込むダクネスとアキノ。

 そんな二人を見ながら、タマキはどうにも納得いかないような顔をしていた。そんな相手がいれば、この『ファントムキャッツ』が気付かないはずがない。

 

「アンダインの証言によると、件の鎧があった場所はここらしいけれど。確かに鎖が落ちているわね」

「ふーむ。……確かに、何かがここから移動した跡が残ってるにゃ」

「となると、タマキさんを出し抜ける手練ということかしら」

「もしくは、鎧が勝手に逃げたかだにゃ」

「流石にそれは……考えとしては効率的だけど」

 

 まあ冗談にゃ、とタマキは笑う。

 ほぼ魂の抜けているアンダインは、勿論そんな会話など聞いちゃいなかった。

 

 

 

 

 

 

 そういうわけで。ユカリはカズマ達に申し訳ないと謝罪をしていた。コッコロもペコリーヌも、事情が事情なので仕方ない、気にしないでいいと彼女に返す。

 

「しっかし。神器が盗まれるって大分ヤバいんじゃないのか?」

 

 ここで渋る必要もない、とカズマもそこは流したのだが。事情自体は流せるものではない。頬杖を付きながらユカリへとそんなことを述べた。

 

「そうなのよねぇ。しかもその神器、結構強力なものらしくて」

「強力な神器、でございますか……。それは、どのような?」

「聖鎧アイギスっていう名前の鎧で、神器だから防御力もとてつもなくて、スキルや呪文の耐性もばっちり。おまけに装備者の傷まで癒やしてくれるんだとか」

「それは……もし神器を奪った相手がそれを装備していた場合」

「……やばいですね」

 

 コッコロとペコリーヌの表情が真剣なものになる。この件の調査をするのはアキノやダクネス達、二人の友人達だ。そんな危険なもの相手に、もしものことがあったら。

 そう思い、祭の出店の準備をしている場合ではないとお互い頷きあった。ユカリに視線を向けると、それの手伝いをすると口に。

 

「待った。キミ達はきちんと祭りの準備をしてもらわなくちゃ」

「ですが」

「大丈夫よ。そもそも神器は持ち主を選ぶんだから、そうじゃない者は性能を発揮出来ないわ。そのことは、他でもないキミ達がよく分かってるでしょう?」

「……あ」

 

 ペコリーヌが頭のティアラに触れ、ようとして、違った違ったと手を引っ込める。いい加減慣れろよとカズマがぼやいたが、これまでずっと付けていたのだからやはり無意識には仕方ないと彼女は返した。そうしながら、自身のポシェットに仕舞ってある王家の装備に視線を動かす。

 

「まあそういうことならこっちは気にしないけど。ほんとに大丈夫なんだろうな? いくら俺でもユカリさん達に何かあったら寝覚め悪いぞ」

「あはは。その辺りは準備もするし、いざとなったらバニルさんにも協力を要請するから」

 

 そう言いながら、話題に出した瞬間バニルが吹き出して笑い転げていたことをユカリは思い出す。そうかそうか精々頑張るといい、と痙攣しながら言葉を返していたのはなんというかイラッとした。そしてそれがバニルの糧となったことで余計にムカついた。

 が、あの大悪魔がそういう反応をするというのならば、そこまで危険はないのだろう。そう思わないとやってられない。

 

「今の所被害もないし、アクセルから持ち去られたって結論をあの二人が出したら調査は打ち切りだし。正直そこまで祭に影響もないと思うのよねぇ」

「……ユカリさん、ぶっちゃけやる気ないな?」

「あったりまえでしょ! お祭りの準備期間よ!? 仕事終わりのお酒飲んでもそこまで怒られないのよ! なのに、なのにっ……!」

「結局怒られるんですね……」

「そこまで怒られない、でございますか……」

 

 この時点で毎年この人が祭の準備でどうなっているか予想ができる。まあ普段通りではあるのだろう。否、普段より何割か増しで酷いのかもしれない。

 

「それはよかった」

「どういう意味よぉ!」

 

 カズマの呟きにユカリは彼の肩を掴んでガックンガックンと揺らす。突然のそれに彼は反応できず、されるがままになってしまう。

 一応、念の為だが。彼女はほぼ常時お酒が絡んでダメ人間になる可能性を秘めてはいるが有能で美人で、胸がでかい。本人は割とその辺無頓着だが、ロングヘアーで胸がでかい美人のお姉さんで面倒見もいいのでそこそこカズマを甘やかしてくれる人なのだ。そんな人が至近距離で、そしてたわわがこちらに密着せんばかりに迫っている。

 

「……何だろう。一応好みドンピシャのはずなのに……。脈なしってわけでもないはずなのに……」

 

 カズマの表情は無であった。シズルやペコリーヌの時には感じる高まりを、ユカリ相手では感じ取れなかった。むしろダメだなこの人、という思いが湧き上がってくる。

 まあここでカズマのカズマさんにスタンドアップされても非常に困るので、そこは助かるのだが。

 暫しカズマを揺らしていて気が済んだのか、ユカリは我に返るとコホンと咳払いをひとつした。そうしながら、これはさっきの件とはそこまで関係がないけれどと続ける。

 

「実は、せっかくの女神祭だからもう少し目玉が欲しいって話も出ているの」

「と、仰られますと?」

「具体的には、特設ステージで何かイベントをやりたいってことらしいんだけど」

 

 祭の期間は四日。初日のテンションを維持するためにも、二日目か三日目に刺激が欲しいということらしい。何かいいアイデアないかしら、とユカリは三人に、というかカズマに問い掛ける。

 そこまで関係がない、というのは、逆に言えばある程度は関係がある話ということだ。恐らくこの案件は貴族側からの要望なのだろう。だから本来はダクネスやアキノでどうにかすべきなのだが、神器の盗難でそれが難しい。大体、そういうわけだろう。

 

「アイデアねぇ……。つっても、今ぱっと思い付くのは精々アイドルのライブとかミスコンとかそういうのくらいか」

「アイドルのライブ、ですか?」

「みす、こん?」

 

 ペコリーヌはともかく、コッコロはさっぱりといった様子で首を傾げている。まあこっちの世界ではそうだろうな、と一瞬思ったが、これはただ単にコッコロだからだろうとカズマは思い直した。何だかんだで彼女はまだ子供なのだ。

 それよりも問題は、残り二人の反応だ。

 

「アイドル、か……確かにいいアイデアね」

「ちょいまち。ユカリさん、え? 何? ここアイドルいんの?」

「あれ? 知ってて言ったんじゃないですか?」

「知らねぇよ。あくまで俺の故郷の話だったし」

「そうなんですね~。あ、ちなみに、世界規模で知られてる有名なアイドルもいますよ。『カルミナ』っていって、今は確かエルロードにいるはずです」

 

 カズマの疑問にさらりとペコリーヌが返す。マジかよ、と目を見開いた彼に、ユカリがそこでさらなる爆弾を叩き込んだ。

 

「そこまでの規模じゃないけれど、一応アクセルにもいるわよ、アイドル」

「マジか!? ……あれ? この流れって」

「アキノさんには私から連絡しておくから。じゃあ、言い出しっぺのカズマ君。ここのアイドル、『アクセルハーツ』との交渉は、よろしく頼むわね」

 

 嵌められたぁぁぁぁ、とカズマが絶叫するのはこの直後である。

 

 



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その110

初登場だし、割とおとなしめ


「めんどくせぇ……」

「そうは言いつつ、満更でもない顔してるわよ」

 

 ダラダラと歩いているのはアイドルとの交渉を任せられたカズマである。その隣には、その場にいなかったのに何故か同行者になったキャルがいる。理由はまあ、お察しというところだ。

 

「そりゃ、まあ。アイドルだろ? 少しは期待してもいいじゃないか」

「はいはい。ったく」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら彼女は彼の横を歩く。そんなものだろうか、と呟きつつ、自身の過去を振り返ってげんなりとした顔をした。

 

「アイドルとか、碌なもんじゃないわよ」

「実感こもってるな」

「アルカンレティアのこと考えれば当然よ当然! あんなんになりたがるやつの気がしれないわ」

「あれはちょっと状況が特殊過ぎるんじゃねぇかな……」

 

 カズマの故郷の、日本のことを思えば、アイドルとは花形である。キャルのあれは彼のアイドル像とはちょっと違う。だからあれを基準にするのはどうなのかと思わないでもないが、しかし。

 いかんせんここは異世界。彼の常識が通用するかはその時にならないと分からないのだ。

 

「ま、いいや。えーっと、確かこの辺だって話だけど」

 

 渡された地図を頼りに目的地に向かう。この世界に来て一年近く、いい加減アクセルでの生活も慣れてきたカズマにとって、この辺りも見知った風景だ。が、こんな場所にアイドルが住んでいたなどという情報は欠片も知らない。

 ひょっとして地下アイドルも地下アイドルのドマイナーなのだろうか。そんな心配が頭を過ぎり、そうなるとキャルの心配もあながち間違ってないのかもしれないと眉尻を下げた。

 

「なあ、キャル。アクセルハーツって知名度どのくらいなんだ?」

「はぁ? あんた今更それ聞くの? ……まあ、あたしもそこまでは知らないけど」

 

 ポリポリと頬を掻きながら、彼女はアイドルユニット『アクセルハーツ』について知っていることを語り出す。駆け出し冒険者の街で生まれた踊り子ユニットが出発で、活動を続けていくうちにアイドルとして成長。冒険者の始まりでもあるここ出身のアイドルとして人気を博し、次第にベルゼルグ王国の知名度も上げていったのだとか。

 

「へー。そこそこ有名なんだな」

「そりゃ、カルミナみたいな世界規模じゃないけど、多分王都とかアルカンレティアとかには知られてるんじゃないかしら。ここのところ巡業もしていたみたいだし」

「成程。だから俺は聞いたことがなかったんだな」

「……まあ、アイドルの話題を出すようなのが周りにいないものね」

 

 強いて言うならダスト達だろうが、あれは偶像を追いかけるよりは実用を好む輩だ。アイドルのファンをやるには適正が合わない。

 まあいいや、とカズマはその辺りの部分を打ち切った。目的地は見付かった。事務所といえば聞こえがいいが、要は普通の住居である。スペースの一部分をそういうことに使っているのだろう。商店と同じスタイルだ。

 そちらの、アイドルとしての仕事の為に使っているであろう空間へと足を向けると、成程アクセルハーツ事務所の看板が掲げられていた。これまでは気にしていなかったが、意外と目立つ。

 

「よし、行くか。すいませ――」

 

 場所が間違いないのを確認し、カズマはそのまま扉を開いた。キャルもその後に続き、何か問題が起きないかどうかをチェックしようと気合を入れる。

 そうして二人が建物の中で見たものは。

 

〈可愛いよ! 超絶可愛いよエーリカちゃぁぁぁぁん!〉

「そうでしょ? 可愛いでしょ!? やーんもー、可愛すぎて困っちゃう~♪」

「……」

「……」

「あ、お客さんですか?」

「あ、っと。申し訳ない、今ちょっと立て込んでいて……」

 

 ツインテールの少女がポーズを決め、それを魔導カメラで様々な角度から連写する全身鎧の姿であった。

 

 

 

 

 

 

「忙しいようなので俺達はこれで、じゃ」

「待ちなさいよカズマ。一応話をして断られた体は装いなさいって」

 

 即座に撤退を決めたカズマと、向こうからの言質を取っておけと述べるキャル。この辺りは本当に似た者同士である。

 一方の、その場にいた面子であるが。全身鎧とツインテールの美少女の他に、黒髪ロングの少しツリ目気味の美少女と、亜麻色の髪をした少々おとなしめな雰囲気の美少女が二人。カズマ達の反応を見て大凡を察したので、無理に引き止めようとはしなかった。まあこれ見てたら当然だよなと言う表情を浮かべていた。

 

「……えっと。一応聞いておくけれど」

「はい。なんですか?」

「そこの全身鎧は関係者なの?」

「全くの無関係だ」

 

 キャルの問い掛けに黒髪の少女がきっぱりと述べる。亜麻色の髪の少女も、多分ファンだと思うのだけれどとどこか自信なさげに言葉を続けた。

 そうなると次はあれを放っておいていいのかという話になるわけだが。

 

〈エーリカちゃん、いいよ、イイっ! ギリギリのラインを攻める仕草がたまらん! くぁー! やっぱ閉じこもってばっかじゃダメだな、こういう刺激に出会えないもんな!〉

「よく分からないけど、要はアタシの可愛さにメロメロってことよね! うんうん、いいじゃない。その調子よ」

「……まあ、エーリカが満足してるみたいだから」

「いいのかなぁ……」

 

 ダメだと思う。そう言いたかったが、言ったら確実に巻き込まれるのでカズマは自重した。したのだが、やはりというべきかなんというか、隣のキャルは口にしてしまった。いやダメでしょ、と思い切りこの空間に喧嘩を売ってしまった。

 ん? と全身鎧が振り向く。エーリカと呼ばれたツインテールの少女も、そこでようやく来客に気付いたらしい。

 

「あら? お客さん?」

「あ、ああ。えっと……そういえば、用件を聞いていなかった」

「ご、ごめんなさいっ! あの、今日は何の御用でここに?」

 

 亜麻色の髪の少女にそう問い掛けられた以上、何でもありませんと帰ることも出来ない。元々話だけはしておかないと面倒なことになるとはキャルの弁であったので、カズマも仕方ないと覚悟を決めた。決めたのだが、しかし。

 

「なあ、そこのフルプレート野郎」

〈あん? なんだ小僧、口の聞き方に気を付けろよ。こう見えても俺ぁ結構な強者だぜ? 小僧程度はワンパンよ〉

「はいはい。で? あんたはここに何の用事で来たんだ? 俺達は今からビジネスの話をするから、用がないなら出てってもらいたいんだが」

 

 見た目からして大分強力な鎧を装備しているのは間違いない。が、正直カズマにとっては今更である。その程度でビビっていてはアクセルの街で外を歩けない。軽く流しながらそんな言葉を続けたカズマを見ていた全身鎧は、暫し彼を見詰めると面倒臭そうに息を吐いた。

 

〈ったく。久々の自由なんだからもう少し俺に優しくしてくれたってバチは当たんねぇってのによ。やだやだ、これだから世間ってやつは〉

「即座に叩き出されないだけ優しくしてるわよ」

〈あん? ……惜しい、実に惜しいっ!〉

 

 ぼやく全身鎧に臆すことなくツッコミを入れたのは勿論キャル。そして、彼女の方を見た全身鎧は非常に残念そうな声を上げた。何事、とキャルが狼狽える。

 エーリカはその光景を見て、ふむ、と一人頷いた。

 

「ねえリア、シエロ。あの娘とアタシ、どっちが可愛い?」

「……ベクトルが違うから、一概に判断できないんじゃないだろうか」

「そ、そうだね。エーリカちゃんとはタイプが違うし」

「ふーん。ま、いいわ」

 

 何がいいのか分からないが、とりあえずエーリカは納得したらしい。黒髪の少女――リアと亜麻色の髪の少女――シエロはそんな彼女を見て安堵の溜息を吐いた。話をややこしくされなくて済んだ、と思ったのだ。

 

〈しょーがねーなー。エーリカちゃん、リアちゃん、シエロちゃん。今度のライブ、見に行くからなー!〉

「ええ、待ってるわよギスさん!」

「うん、ありがとう」

「が、頑張ります」

 

 あばよ、と手をガチャンガチャン振りながら去っていく全身鎧を見ながら、ほんとあいつ何だったんだろうとキャルは溜息を吐いた。カズマも同様だが、余計なことを考えて余計なことに首を突っ込む羽目になるのは勘弁だと即座に追い出す。

 

「ごめんなさいね。それで、用事は何だったのかしら。この超絶美少女のエーリカちゃんが聞いてあげるわ」

「……さっきからすげぇ自信だなこの子」

「まあ、アイドルだし、そんなもんじゃないの?」

 

 別段聞く耳を持っていないわけでもなさそうなので、この程度なら問題ない。そう判断したキャルはそのまま今年の女神祭についてを三人へと語った。アクセルに戻ってきた時点でその辺りは聞いていたのか、彼女達に驚く様子はない。

 

「それで。祭の二日目か三日目に特設ステージでイベントをやろうということになったんだが」

「それは、アクセルハーツに出演依頼ということで良かったのかな?」

 

 カズマの言葉に、リアがそう返す。その通りだと彼が頷き、キャルは拍子抜けするくらい普通に話が進んでいくので肩透かしを食らったかのように目を瞬かせていた。

 では出演は二日目と三日目のどちらなのか。話がそこに進み、一応二日目を予定しているとカズマが述べると、聞いていたエーリカは少し不満げに眉を顰めた。

 

「祭の最終日を飾るわけじゃないのね」

「そうみたいだね」

「うん。えっと、カズマくん?」

「カズマでいいよ、年もそう変わらないし」

「ありがとう、じゃあカズマ。アクセルハーツの出演を二日目にしたのには理由があるのかな?」

「いや、この手のイベントって真ん中で盛り上げるもんだろ? で、三日目は花火があるから二日目にアイドルライブって寸法だけど」

 

 エーリカの言葉に続くようなリアとシエロの反応を見て、カズマは不思議そうに首を傾げた。祭といえば、真ん中辺りにショーやイベントをやって最終日は花火でしめるのが定番のイメージを持っていたからだ。

 

「あれ? そういや花火最終日じゃねぇじゃん」

 

 そこでふと気付く。三日目に花火をやったら最終日は何をやるのか、と。幸か不幸かその呟きは聞かれることがなかったが、ともあれ彼の説明で三人は納得したらしい。エーリカ辺りは準備や初日の疲れを吹き飛ばす可愛さを見せてあげると張り切っている。

 そんなわけで交渉は成立。拍子抜けするほどあっさりと決まってしまったことで、カズマも何か見落としがないか不安になって書類を何度か見直したほどだ。

 

「じゃあ、よろしく頼む」

「ふふん、この可愛いエーリカちゃんに任せなさい!」

「ああ。全力を尽くすよ」

「えと、精一杯頑張ります!」

 

 あれこのやり取りさっきの全身鎧と同じじゃないか。そんな疑問が頭を過ぎったが、これはそんなものだろうと振って散らす。そうして事務所を出たカズマは、隣にいるキャルへと視線を向けた。案外簡単だったわね、と鼻歌交じりの彼女を見た。

 

「なあキャル」

「どうしたのよ」

「これ、ほんとに大丈夫だよな? 書類の見落としはなかったけど、何か俺忘れてないよな?」

「心配性ねぇ。別にそうそう問題なんか起こらないでしょ」

「そういうフラグ建てるようなこと言うんじゃねぇよ……」

「変なこと言ってないで、帰るわよ」

 

 アクセルの街を歩く。これでアイドルライブも決まったから、ステージの観客席の調整も進めていかなくてはいかない、と彼は思考を巡らせ。

 馬鹿馬鹿しいとすぐにやめた。これは自分の仕事じゃない、関わる必要もない。だからライブにやってくるファンの心配などする必要も。

 

「あ」

「どうしたのよ?」

「さっきのフルプレート野郎、ライブに来るとか言ってなかったか?」

「言ってたわね。……いや、流石に」

「考えすぎか……?」

 

 見た目が異様なだけでアイドルの追っかけとしては特別変な感じでもない。あの姿が変じゃないという時点で大分アレだが、しかしわざわざ心配するほどでもないのは確かである。

 そのはずなのだが、カズマはどうにもあの姿が気になった。彼が見ても分かるくらいにあの鎧は強力であった。まず間違いなくこんな街では買えない。それどころか、王都でも存在するか怪しいレベルだ。

 

「あ」

 

 今度はキャルが声を上げた。どうした、とカズマが彼女に尋ねると、ちょっとね、と返す。そうして、自分は直接聞いたわけじゃないけれどと前置きを一つした。

 

「確か、貴族の屋敷から神器が盗まれたのよね? で、クリス達の仕業じゃない」

「ああ、何かそういう話だったな」

「で、その神器って、確か鎧よね?」

「聖鎧アイギスだかなんだかって名前だから、そりゃ鎧だろうな。……おいちょっと待て」

 

 気付いた。キャルの言いたいことを、カズマも理解した。

 どう考えてもその辺を歩いているような輩が装備できる鎧じゃないそれを纏っている怪しい男。そして、同時期に盗まれた鎧の神器。

 

「あれ、鎧盗んだ犯人か!?」

「初対面のインパクトで流しちゃったけど、声も何だか変だったもの。あれ、きっと正体隠してるのよ」

「マジか」

 

 確かに言われてみれば、辻褄が合うような気がしてくる。あんな怪しい全身鎧が街に来れば多少は噂になっていてもおかしくないのに、カズマもキャルもまるで存在を知らなかった。突然現れたとしか言いようがないのだ。

 

「いや待った。なんで盗んだ鎧着て街歩いてんだよ。ただのバカじゃねぇか」

「カズマ、よく考えて。さっきのあいつ、どうだった?」

「ただのバカだったな」

 

 ついでに多分スケベだ。そう結論付けたカズマは、キャルと視線を交わす。

 そうだ、これは、勿論。

 

「ユカリさんに報告して、俺らは無関係だな」

「そうね。あたし達はただ情報を伝えるだけだものね」

 

 巻き込まれてたまるか。二人の意見はこれ以上無いほど一致した。

 

 



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その111

その日、運命には出会わない


「成程。それはありがたい情報だ」

 

 そうは言いつつ、ダクネスは思案顔である。そんな彼女を見て、何か文句あったのかよとカズマとキャルはジト目を向けていた。

 現在の場所はダスティネス邸。ユカリに報告するはずが、タイミングを逃したせいで直接責任者へと報告する羽目になったのだ。ちなみにアキノではない理由は単純で、今回の件はクリスがやらかしたからである。まあ友人のために叱責を受けるというのも滾ると本人はご満悦なので何も言うまい。

 

「何よダクネス。せっかくあたし達が情報持ってきたのに」

「そうだそうだ。善良な街の住人の貴重な意見をないがしろにする気かよ」

「い、いや。そういうわけではないのだ。確かに有力な情報ではあるし、調査を進めるのに一役買うのは間違いないのだが、その」

 

 んー、と二人から視線を逸らした。そうしながら、現在この部屋、もはやすっかり事件の捜査本部となるのがお約束と化したララティーナの執務室を眺める。正確にはその部屋にいる別の来客を見る。

 それにつられ、カズマとキャルもそこに視線を向けた。

 

「ミツルギがどうかしたのかよ」

「佐藤和真、僕の名前は……合ってる!?」

「えー……」

 

 キョウヤのその反応にキャルが引く。彼の傍らにいたパーティーメンバーのクレメアとフィオもあははと苦笑しながら視線を逸らした。

 それで、とカズマは彼を流しながら再度ダクネスに問い掛ける。問われた方は、ううむと少しだけ表情を歪めた。

 

「カズマは勇者候補と呼ばれる者達を知っているだろうか」

「いや俺当事者なんですけどぉ! わざとか!? わざとだな!?」

「あんたが勇者候補って言われても、ピンとこないのよねぇ」

「キョウヤと比べてビジュアルとかパッとしないし」

「キョウヤと比べて何か小物臭いし」

「お前ら好き勝手言い過ぎだろ」

 

 キャルの呆れたような言葉に、クレメアとフィオが乗っかる。キョウヤはノーコメントを貫いた。一応彼としてはある程度認めているかららしい。

 ともあれ。それがどうしたんだよとカズマは少々食い気味に問い返す。うむ、と頷いたダクネスは、勇者候補は文字通り魔王軍との戦闘で活躍できるだけの実力を持った者達で、当然ながらレベルも高く装備も充実していると続けた。

 

「まあ何が言いたいかといえば……駆け出しの街に似つかわしくない装備というだけでは、断定するには少し弱いのだ」

「あーはいはい出たよお役所仕事。こっちが下手に出てればそういう事言いやがって」

「ほんとよね。領主代行ともあろうお方がそんなことじゃ、お先真っ暗よ」

「お前達は本当に、こういう時のコンビネーションは見事だな……くぅ」

『興奮してんじゃねーよ!』

 

 二人の冷たい視線も相まってダクネスにはご褒美だ。承知の上ではあるが、それでもカズマもキャルもツッコミを入れざるを得ない。そうしながら、もういいと溜息混じりに話を打ち切った。

 尚、全身鎧が街を闊歩していることについては誰ひとりとして問題視していない。

 

「てかミツグリ、お前は何でここにいるんだ?」

「微妙に訂正し辛いのやめてくれるかな!? ――僕らは丁度修業を終えたタイミングでここの女神祭の噂を耳にしてね。せっかくだからと協力を申し出たのさ」

 

 エリス、アクア、アメスの三女神を称えるのがメインの催しだ。キョウヤにとって願ってもないものだったのだろう。クレメアとフィオはそこまででもないが、彼がやるならということらしい。

 そしてその言葉の別の部分が引っ掛かったのはキャルである。修行? とオウム返しに彼へと問い掛けていた。

 

「ああ。少し思うところがあってね。僕自身も鍛え直さないといけないと思ったんだよ。王都を離れ、ベルゼルグ王国の端やエルロード、ブライドル王国にも立ち寄ったかな」

「何だお前、主人公かよ」

「だから何なんだその罵倒は!?」

 

 け、と吐き捨てるようなカズマのそれに一々ツッコミを入れながら、まあおかげで随分と鍛え直されたとキョウヤは笑った。魔剣の力に頼らない戦い方も少しずつ身に付いてきた、と己の得物を軽く叩く。

 

「修行の旅の途中で出会った冒険者パーティーには感謝しかないよ」

「ほんとほんと。私たちもおかげでレベルアップしたし」

「今なら塩漬けクエストとか行けちゃうかも」

 

 へー、とカズマは気のない返事をする。塩漬けクエスト、というといつぞやのグリフォンとマンティコアのことだろう。あれなら既に食し終わっている。

 

「ふむ。しかし魔剣の勇者と呼ばれるほどのミツルギ殿が評価するほどの冒険者パーティーか」

 

 ダクネスの呟きに、彼はああと頷く。その冒険者パーティーのリーダーである彼女が言うには、何でも、世界中のダンジョンを踏破するのが目的だとか。その宣言に違わぬ実力と、副目的である人助けが主になりつつある人柄が彼にとっては好印象だったらしい。

 また再会できるだろうか、と一人呟いているキョウヤを他所に、カズマは興味もないので生返事を通り越してガン無視だ。とりあえず祭りの準備の一つである討伐クエストは楽できるな、と全然話と関係ないことを考えている。

 

「まいいや。俺達は報告終わったし、帰るぞ」

「そうね。じゃあダクネス、あたし達はもうこの件関係ないから」

 

 わざわざ余計なことを言いながら執務室を後にする二人を見ながら、ダクネスは相変わらずだなと苦笑した。そう言いつつ、きっとまた巻き込まれて当事者になるのだろうと口角を上げた。

 その辺りはキョウヤも同意見のようで。

 

「彼のほうがよっぽど主人公体質だと思うんだけれど」

 

 独りごちたその言葉は、幸か不幸か誰にも聞かれなかった。

 

 

 

 

 

 

 女神祭も順調に準備が進む中、一人の少女は今日も今日とて若干ビクビクしながら賑やかな街を歩く。キョロキョロと挙動不審に辺りを見渡し、自身の方へと歩いてくる人を大げさ過ぎるほどのリアクションで避けて、そして。

 

「すいませんすいません! 私みたいな路上のチリにも劣る人間が街を歩いていてごめんなさい!」

 

 勿論すれ違った街の住人はドン引く。何だかんだで彼女はそれなりに知られているのだが、だから問題ないかといえば、そういうわけにもいかず。

 というか何であの娘今日は一人なんだ? という彼女の、BB団所属のぼっちアオイのことを承知の人々は首を傾げていた。

 

「はぁ……。やっぱりアオイ、お前一人で買い出しとか無茶だったって。ほれ、帰るぞ」

 

 ひょこ、とアオイの胸ポケットから小型サイズの安楽王女が顔を出す。だいじょぶマイフレンドくんの定位置を乗っ取った彼女が、呆れたようにアオイを見上げていた。

 

「うぅ……やっぱりそうですか……? デザインがたまたま目に止まっただけの、それ以外何の役にも立てていないような塵芥にはおこがましいことでしたか……」

「ちっげーから。……あのな、人には向き不向きがあんの。アオイにはそういうのが向いてないってだけでしょ。ほれ、分かったら素直にギブアップして別の誰かに」

「だ、駄目です!」

 

 は? と安楽王女が目を丸くする。思わず叫んだアオイ自身も目を丸くさせていた。瞬時にテンパった彼女は、そのままわたわたと路上で怪しい動きを繰り返す。

 そうして時間が過ぎ少しだけ落ち着いたアオイは、溜息を一つ吐き、もう一度それを口にした。駄目です、と。

 

「わ、私が自分で言い出したことですし。みなさんが頑張っているんだから、私だって頑張らないと……!」

「頑張るところ間違えてねーかなぁ……」

 

 はぁ、と胸ポケットの安楽王女が溜息を吐く。とはいえ、それで彼女を否定するのも違う。仕方ないかと再度溜息を零し、だったらさっさと済ませるぞとアオイに述べた。

 はい、と彼女が力強く頷く。次いで、ありがとうございますと頭を下げた。

 

「あー、はいはい。……ったく、何で私がこんなことしてんだか」

 

 どこか遠い目で彼女はぼやく。が、孤独死を避けようと看取ってもらいにきた冒険者達を世話して、世話をし続け、そうして死した後養分にしていた生活とどちらがいいかと言われると。

 

「まあ、こっちの方がある意味面白いし、討伐の恐れも無くなったし、マシか」

 

 意地でも今の生活の方が良いとは言わない。どうかしましたか、というアオイの声に何でもないと返しながら、安楽王女はほれ急げと彼女を先導する。

 彼女のアドバイスのおかげか、アオイの買い出しはその後問題なく終えることが出来た。これで全部ですね、と手にした袋を見ながら彼女は安堵の息を吐く。

 

「うし。んじゃ帰るか」

「はい。……ん?」

 

 安楽王女の言葉に返事をしたアオイであったが、そこで視界に映ったものを見て動きを止めた。何だ、と安楽王女も彼女の視線を追ってそれを見る。

 

「何だあれ……? 鎧?」

「酒瓶片手に座り込んでますし、中に人はいるんじゃないですか……?」

 

 路地の片隅で木箱にもたれかかって管を巻いている全身鎧。普通ならば怪しさ満載だが、ここはアクセルである。何か変なのがいるなぁ、程度の認識しかされていないのがいっそ哀れであった。

 

「で、アオイ。あれがどうしたっての?」

 

 安楽王女の反応ですらこれである。勿論と言うべきか、アオイもたまたま目に留まっただけなんですけどと頬を掻く始末だ。

 それでも、アオイにはどうやらあの全身鎧にぼっちの波動を感じ取ったらしい。そのことを説明すると、案の定安楽王女はあからさまに顔を顰めた。

 

「お前本気? あれをぼっちの同類とみなすわけ?」

「いえその、同類という言い方はなんというか。ただ、ちょっと私に似てるような気がって私ってばなんてことを!? 自分に似てるとかこれ最大級の罵倒ですよね!?」

「多分存在的には向こうよりお前の方が上じゃねぇかなぁ……」

 

 真っ昼間から酒場で騒ぐ人間はまあまあいるだろうが、路上で管を巻くのは中々にいない。というか夜でもそこまでいない。

 関わらないほうがいいぞ。安楽王女が出した結論はこれだ。魔物がそれを言ってしまうのもどうなのかと思わないでもないが、ともあれアオイも彼女の忠告を無下にはしない。そうですね、と頷くとそのまま鎧から視線を外した。

 

〈あー、ちくしょー! なんだよ! もっとこう俺に優しくしてくれてもいいじゃねーかよ!〉

 

 そんな彼女の耳に声が届く。恐らく先程の全身鎧の声だろう。そして、その叫びは中々に切実で。キャルやカズマといった何だかんだお人好し、というタイプとは違う普通に人の良いアオイは、それを聞いてやっぱりちょっとと足を止めた。

 

〈あー……どこかにコロッと口車に乗せられてくれるようなチョロい巨乳の女の子いねーかなー……。十代前半でも見た目がガキじゃなきゃそれはそれでありか? 狙い目か?〉

 

 が、次の言葉を聞いて即座にその考えを打ち消した。振り返ることなく、アオイはその場を後にする。

 

「あれは駄目な奴だ。というかゆんゆん危なくないか?」

「ダストさんより駄目な気配がしましたね」

 

 安楽王女はともかく、アオイがその感想を抱くのだから相当である。

 

 

 

 

 

 

 全身鎧は黄昏れていた。自由になってから街にいる美女美少女を堪能しようと闊歩していたものの、思っていたよりも成果があげられなかったのだ。というよりも、ほぼゼロといった方が正しい。

 

〈あー……エーリカちゃんの写真でも見て癒やされるか〉

 

 鎧の中から取り出した、アクセルハーツのメンバーの生写真を眺めて気持ちを切り替える。どうやら仕事のオファーがあの後来たらしく、向こうもあまり自由な時間が取れないと撮影会が一時中断されているので、無理に会いに行くわけにもいかないのだ。その辺りはきちんとわきまえているし、ライブは勿論応援に行くつもりではある。

 が、それはそれ。彼は現状人の温もりに飢えていた。具体的にはスタイルと性格がいい割とチョロそうな若い美少女の温もりにだ。

 

〈さっきこっち見てた娘は、んー、性格はまあお人好しそうで押せばいけそうだったが、スタイルがなぁ……〉

 

 年齢もちょろっと範囲から外れてそうではあったし、そもそも剣士ではなさそうだった時点で鎧と無縁の人物なので向こうが選択肢に入れないと思われるのだが、彼にとってはその辺どうでもいいらしい。

 よっこらせ、と鎧は立ち上がる。手に持っていた酒瓶は気分を盛り上げるフレーバーで、一滴も摂取していない。つまり酔っ払ってすらいないのだが、彼は素でこれらしい。もっとも、アクセルではそこまで珍しいレベルではないのだが。

 

〈やっぱ街を出て旅に出るべきか……? でもなぁ、なんかパッと見この街美女美少女レベルたけーんだよなぁ……。別の場所行ってガッカリするくらいならもうちょっと粘っても〉

 

 ぶつぶつとぼやきながら鎧は街を歩く。ガシャンガシャンと周囲を見渡しながら、あれは合格あれは補欠、あっちはご縁がなかったなどと好き勝手評価をしていた。一応彼も数回の玉砕で学んだのか、即座に交渉に入るような愚行は侵さない。とりあえずピックアップをするのみだ。

 それにしても、と鎧は先程の思考とは違う感想を呟く。女神祭だかなんだかとかいう催しのおかげで、賑やかさが普段の倍は違っている。これまでアンダインの屋敷に仕舞われていたので実際に目にすることはなかったが、それでも分かる程度には街の雰囲気は異なっていた。

 

〈やっぱここだな。今の時期なら他からも可愛い子来てそうだし、祭の間くらいは粘って、駄目なら旅に出るとして――〉

 

 ピタリ、と鎧の動きが止まった。視線の先にいる人物、その姿に釘付けとなった。

 美女美少女二人組。片方はどうやらアーチャーで鎧からすれば職業適性が合っていないが、かなりの美少女で合格ラインをゆうに超えている。スタイルはまあ普通といったところ。彼女の存在だけでもやはりこの街で探したほうがいいと思わせてくれるほどだ。

 が、問題のその隣の美女だ。高身長、抜群のスタイル、そして一見して分かる剣士適性。穏やかで優しそうなその顔は、しかし隣の美少女と話している時にはどこか無邪気で可愛らしく。

 

〈あ、あ、あ……!〉

 

 カタカタと鎧が震える。気付けば無意識に彼は足を踏み出していた。真っ直ぐに、迷うことなく、鎧は彼女へと向かっていた。

 

「ん?」

「どうしたんですかシズルお姉ちゃんってうわぉ! なんですかこの鎧!?」

 

 突如目の前に立ち塞がった全身鎧にシズルが首を傾げ、隣のリノは盛大にリアクションを取る。そんな二人を眺めながら、鎧はどこか興奮した様子で視線を固定させた。彼女達の片方に、シズルへと向き直った。

 

〈お嬢さん〉

「え? 私?」

 

 突如渋い声を出した鎧を見て、シズルが若干困惑した返事をする。目の前に来たのだから用事があるのだろうとは思っていたが、どうやら予想とは少し違う雰囲気を感じ取ったのだ。

 

〈はい。お嬢さん……いえ〉

 

 す、と鎧が片膝をつく。騎士が忠誠を誓うようなポーズを取りながら、彼はシズルに向かって言葉を紡いだ。状況についていけないリノを他所に、言葉を続けた。

 

〈マスターと、そう呼ばせてもらっても? この身を持ってあなたの柔肌をあらゆる厄災から守り通したいのです〉

「……んー」

「え? 何悩んでるんですかシズルお姉ちゃん? これ即断っていいやつですよね? 紳士は危ないから近付かないってやつですよ!?」

「君子危うきに近寄らず、だよリノちゃん。でも、うん、そうだね」

 

 リノの言葉に頷きながら、シズルは顎に指を添えながら小首を傾げた。その仕草がまた可愛らしく、鎧はこふっ、と思わずむせる。その過程でおっぱいが二の腕によって形を変えたのも見逃していない。

 

「弟くんを守ってくれるのなら、いいかな」

〈あ、野郎は対象外です〉

「行こうかリノちゃん」

「切り替え早い! いやまあ、確かにお兄ちゃんを守らない鎧に用事はないですけど」

 

 瞬時に路傍のゴミよりも興味を無くしたらしいシズルは、片膝をついたポーズのまま動かない鎧を一瞥することなくその場を後にした。元より興味のないリノもそれに続く。

 そうして、鎧は再び孤独となった。

 

〈どういうことなの……?〉

 

 弁明のチャンスすら訪れないほどの見限りの速さに、彼も流石についていけない。

 というわけで、全身鎧――聖鎧アイギスの所有者探しは連敗続きである。

 

 



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その112

   奇蹟のカーニバル
  開    幕    だ


 準備も、討伐も。気付けばあっという間であった。あれよあれよと時間は過ぎ、女神祭は開催当日を迎える。トラブルが起きなかった日はないが、アクセルにとってはそれは日常。他の場所では超天変地異のような大騒ぎになるような事態であろうとも、慣れてしまえばそれは日常で平和なのだ。

 街には開催を宣言する声が拡声魔道具で響き渡り、空を魔法で彩られ。そうして歓声が沸き起こる中、アメス教会にいる面々は気合を入れていた。

 

「ではでは、張り切って出店を頑張りましょ~!」

「おー、でございます!」

「へいへい」

 

 正直に言ってしまえば疲れるのであまりやりたくはないのだが、カズマとしてもペコリーヌやコッコロがこのテンションな以上水を差すこともしたくない。しょうがねぇなぁ、と苦笑しながら、まあ手伝いだしと頬を掻いていた。

 では出発、と割り当てられた区画へと向かう。アメス教のスペースは当然ながらエリス教や、ついでにアクシズ教と比べてもささやかではあったが、決してぞんざいに扱われているわけではないのがその場所から感じられた。

 

「それにしても、こんな中心部にスペースもらっちゃってよかったんですかね?」

「いや当然だろ。この街一番のアークプリーストといえばコッコロだ。実質アメス教がトップなんだから、もっと胸を張ればいいんだよ」

「あ、主さま……それは、その」

 

 カズマの評価に顔を赤くしてモジモジとするコッコロ。そうですね、と笑顔で同意するペコリーヌの追撃を食らい、彼女はあううと顔を覆ってしまった。

 こほん、と誤魔化すように咳払いをする。準備を続けましょうという彼女の言葉に、カズマもペコリーヌも了解と頷いた。屋台自体は既に完成しているので、今日の分の材料の設置と料理の準備が主である。保冷用の箱にクリームなどを入れ、果物の下ごしらえを行い、そして。

 

「なあ」

「はい?」

「……とりあえず奥にしまっとけ、な?」

「はい?」

「その蟲を仕舞えっつってんだよ!」

「下ごしらえをしないと駄目ですよ?」

「そっちはやってから持ってこいよ! ああもう、見られたら即閑古鳥――」

 

 がぁ、と叫ぶカズマ。その横で首を傾げながらセミをすり潰しペースト状にするとプリンの材料に混ぜていくペコリーヌ。苦笑しつつ果物を準備するコッコロ。傍から見ていると何が始まるのかよく分からない状態であった。

 

「カズマ。どうだ? 準備は」

 

 そんな場所へと近付く人物。責任者として出店の状況を確認するために巡回しているのだろう、ダクネスが彼に声を掛けていた。げ、と即座に顔を顰めたカズマは、彼女の視界にペコリーヌを入れないようにしながら挨拶をする。何の問題もないぞと食い気味に述べた。

 

「……何かあったのか?」

「何もねぇっつってんだろ! 人の話聞きやがれこのドM!」

「いきなりご挨拶だなカズマ。私はただ、普通に仕事をしているだけなのだが……。まあいい、もっと言ってくれ」

「うるせぇよ! 早くどっか行け!」

 

 ふふ、と笑顔を見せるダクネスを見て表情を益々曇らせたカズマは、なんとかしてこいつを遠ざけようと思考を巡らせた。

 が、勿論その答えを出すよりも早く背後の彼女達が動くわけで。

 

「ダクネスちゃん、おいっす~☆」

「はい、ごきげんよう、ペコリーヌさん。女神祭の出店の調子は如何ですか?」

「はい、ダクネスさま。こちらは準備万端でございます」

「おはようコッコロ。そうか、それは楽しみだ。アクシズ教とは違って、こちらは何の心配もいらないからな」

「……だったらいいよなぁ……」

 

 カズマの呟きは風に消えた。どんな出店を行うのかは予め提出してもらっているので、彼女が確認するのは書類と実際が相違ないかだ。用意されている材料と屋台の看板を見て、そして試しに一つ注文をして完了である。

 

「はい。じゃあ、ダクネスちゃん、どれにします?」

「そうですね、では」

「勿論プリンなの! この特製濃厚プリンをもらうの!」

 

 ひょこ、と彼女の後ろからふよふよと浮遊する少女が現れる。スイーツと言ったらプリン、プリンと言ったら勿論ミヤコ。そんな宣言をしながら、彼女は迷うことなくそれを注文した。

 

「お、おいミヤコ。お前マジか? マジでそれ食うのか?」

「む。何なの? ミヤコにプリンを食べさせない気なの? そうはいかないの。特製で濃厚とか選ばない理由はないの。いいからよこすの! プリンをよこすの~!」

 

 ダボダボの袖をブンブンとさせながらミヤコがのたまう。ダクネスも苦笑しながら、ではそういうわけなので、とペコリーヌへ述べていた。分かりましたと笑顔で注文を受ける彼女に対し、カズマと、そしてコッコロはなんとも言えない表情である。ミヤコが選んだのは間違いなく特別メニューで、刺激が強いのでご注意くださいの文字も記されている例のアレだ。

 鼻歌交じりでプリンを作っているペコリーヌを見ながら、コッコロはダクネスにも注文をうかがう。出来れば普通のメニューの方も、と何故か念押しをしていたので、彼女は首を傾げながらも普通のパフェを注文した。

 

「お待たせしました~! ダクネスちゃん用のパフェと、ミヤコちゃん用の特製濃厚プリンです!」

 

 出店、といってもちょっとした屋台だ。持ち帰るだけでなく、テーブルも数個用意されているのでその場で食べることも出来る。席についていた二人にペコリーヌが注文の品を運ぶと、彼女達は思わず目を見開いた。

 

「流石、と言っていいのか若干迷いますが。素晴らしい出来栄えですね」

 

 王女のスキルじゃない、という部分はとりあえず脇に置いておく。では、とダクネスはパフェをひとすくいして口に運ぶと、甘いクリームと自然な果物の酸味が混ざり合いハーモニーを奏でていた。貴族の身であるため、この手の美食には慣れ親しんでいるのにも拘らず、手放しで称賛できるほどだ。

 

「……美味しいです」

「の割には微妙な表情だな」

「ユースティアナ様の腕前を称えればいいのか、第一王女として道を踏み外していないかと嘆くべきなのか、その葛藤がだな……」

「いや今更だろ」

「そう、だな……。うん、美味しい。とても美味しいです」

 

 開き直った。ダクネスは色々と諦めたようにスプーンを動かしながら、目の前のスイーツに舌鼓を打つ。良かった、と笑顔を見せるペコリーヌを見て、彼女はしょうがないと笑みを浮かべた。

 さて、一方のミヤコである。

 

「す」

「す?」

「す、っごく美味しいの~!」

 

 一気に半分ほどを平らげたミヤコは、その場で文字通り飛び上がって喜んだ。ふわふわと浮かびながら、蕩けるような顔ではふぅと息を吐いている。

 そのまま、席につくことなく浮かびながら彼女はプリンを食べ続ける。今まで食べたことのない味だ、と評しているのを聞いて、カズマとコッコロはこっそりと汗を流していた。

 

「ペコリーヌ、凄いの! こんなプリン初めて食べたの!」

「気に入ってくれたのなら良かったです。手間ひまかけた甲斐がありました」

 

 いえい、と喜ぶペコリーヌを見て、ダクネスも自分のことのように嬉しくなる。そうしながら、どうやら間違いなくここに問題は発生しないだろうと彼女は結論付けた。やはり問題はアクシズ教、キャルが抑えてくれているとはいえ、果たしてどれほどの。

 

「それにしても。一体何が刺激の強い特別メニューなの? 美味しすぎて、とかそういうやつなの?」

「あ、バカ」

 

 ぺろりと平らげたミヤコが首を傾げる。別段刺激を感じるようなものはなかったし、注意書きをする必要性も感じない。そう思ったことからの疑問であったが、それは間違いなく禁忌であった。聞いてはいけない事柄であった。

 

「あ、それはですね。カズマくんが普通のメニューとして出すのは刺激が強いからって」

「おいさり気なく俺を主犯みたいな立ち位置にするんじゃねぇよ。俺もコッコロも止めたの!」

「……どういうことだ?」

「ダクネスさま、それは、その……」

 

 何だか突如不穏になったような気がする。思考の海から戻ってきたダクネスがそう問い掛けると、ああもう知らねとばかりに溜息を吐くカズマの姿が。

 材料がちょっと特別なんですけど、味はこの通り。そんなことを言いながら、ペコリーヌはこの季節の限定食材を使ったのだと語る。なんなら見ますかと言葉を続ける。

 

「はい! これが濃厚プリンの味の秘密です!」

「……」

「……」

 

 じゃじゃーん、とダクネスとミヤコの目の前に差し出されたのは、セミである。ペコリーヌの手の平からはみ出るようなそれが、ワシャワシャと新鮮な動きを見せていた。

 

「……ユースティアナ様?」

「はい?」

「プリンに、これが?」

「はい、まろやかさと濃厚な味わいがたまらないですよね」

「……」

「……」

「――ゴバァ!」

「ミヤコ!?」

 

 のけぞるように空中で痙攣したミヤコは、そのまま地面に墜落した。ピクリとも動かなくなった彼女を、その場にいる一同、ただただ見詰めることしか出来ず。

 

「……あ、あれ?」

「だから言ったじゃねーか……材料見せんなって……」

「ペコリーヌさま。今回は、わたくしも主さまに全面同意でございます」

「そんなぁ……」

 

 こいつはとんでもない爆弾が生み出されたぞ。そうダクネスが確信したのがその直後である。こころなしか、胃痛が二割増しになった気もした。

 勿論今のダクネスはそれで興奮できるので彼女自身は何の問題もない。

 

 

 

 

 

 

「うん、何の問題もない。うん、ないな、ない……」

「どうしたのよ」

 

 アクシズ教の出店の区画でシズルとリノのクレープを食べたダクネスは、その普通さに感動した。問題がないって素晴らしい。うんうんと頷きながら完食し、よかったよかったと胸を撫で下ろす。

 

「ねえダクネス。ペコリーヌんとこで何かあった?」

「うえ!? い、いや、特には」

 

 あからさまに動揺した彼女を見て、クレープ屋の手伝いをしつつアクシズ教ストッパーと化したキャルがジト目になった。こちとら必死でこの連中を抑え込んでいたのに、あいつらは好き勝手やりやがったのか。そんなことを思いながら、彼女はダクネスへと詰め寄る。

 

「うん、怒っているキャルさんもそれはそれで」

「いきなり湧いてきて何言ってんのよあんたは」

 

 そんな彼女を眺めながら堪能しているセシリーへと視線を動かす。お前自分の出店どうなってんだと問い掛けると、ふふんと何故か胸を張られた。

 

「おかげさまで順調よ。たまには真面目に労働するのもいいわね」

「……一応聞くけど、あれは」

「ちゃんと撤回したわよ。キャルさんの言う事ならちゃんと聞くもの」

「へーへー」

 

 ドヤ顔のセシリーを尻目に、キャルは改めてとダクネスに向き直る。そうしながら、彼女はあれ、と首を傾げた。

 傍らにいるのはイリヤだ。この祭の最中、少なくとも現在のダクネスならばもう一人を野放しにすることはないと思ったのだが。

 

「ねえ、ミヤコは」

「あやつならぶっ倒れたので救護班に回収されたぞ」

「は?」

 

 何があった。目をパチクリさせたキャルに向かい、イリヤはやれやれと肩を竦めた。おかげで巡回にわらわが駆り出されたとぼやいている。

 

「それ、大丈夫なの?」

「心配はいらん。少々刺激が強かっただけじゃろう」

「刺激?」

「……ペコリーヌさんの、スイーツが、ちょっとな」

「あ、もういい。言わなくていい。聞きたくない」

 

 溜息と同時に溢れたダクネスのそれを聞いてキャルは耳を塞いだ。自分から聞きに行ったにも拘らず、である。思った以上にアレだったっぽいので退避を選んだのだ。

 しかしそうなると、向こう側の現状が気になってくるわけで。事情を聞くのは嫌がる割に、彼ら彼女らがどうなっているのかは心配になる。そういうところがキャルがキャルたる所以であり、貧乏くじを選んで引き続けている理由でもあり。

 

「あーっと。さっきの話とは全然関係ないことなんだけど。一応、一応よ? 聞くけど、あいつら大丈夫なの?」

「うむ。まあ原因となった例のアレさえなければ何の問題もないからのぅ。ダクネスもある程度釘を差しておるし、そうそう悪いことにはなるまいて」

「とはいえ、規則に違反しているわけでもなし。流石に禁止は出来ないからな……。あのお方はその辺りをわきまえていてくださるとは思うのだが。ま、まあカズマやコッコロもいるし、大丈夫だろう、うん」

「どう考えても大丈夫じゃない反応してるじゃないのよ!」

 

 ほんとあいつ何やったんだ。会話の流れで実行犯が誰か確信を持ったキャルは、ああもうと頭をガリガリとさせながら一瞬だけ悩んだ。ぶっちゃけ放っておいても何とかなるだろう。それは間違いない。ないのだが。

 だったら自分は安心できるのかと問われれば、そんなわけないだろうと即座に断言してしまうわけで。

 

「とりあえず今んとこアクシズ教徒は大丈夫。案外こういうノリ好きな連中だし、そこは心配してない。よし」

 

 ぐ、と拳を握った。今なら少し席を外しても何の問題もないだろう。そう結論付け、キャルはクレープの出店にいる二人へと振り返り。

 

「ちょっとあたし向こう……へ?」

「あ、やっぱりキャルちゃんも行くんですね」

 

 リノしかいないのに気が付いて動きを止めた。今の所そこまで忙しくないので大丈夫ですよ、という彼女の言葉を聞き、ああうん、と曖昧な返事を零す。

 

「ちなみにシズルお姉ちゃんならとっくの昔にお兄ちゃんのところに行きましたよ。具体的にはダクネスさん達にクレープ渡した辺りで」

「あんの弟バカはぁぁぁぁぁ!」

 

 ごめんよろしく。そう言うが早いか、キャルは一目散に目的地へと駆けていった。

 ひらひらとそんな彼女に手を振ったリノは、まったく仕方ないですね、と苦笑する。こういう時フォローするのは大変だとひとりごちる。

 

「まあ、そういう影の努力がお兄ちゃんへのアピールに繋がっちゃたりするんですけどね。剣の下を掴み取れってやつです。ふっふっふ」

「……ダクネス、あやつは何を言っておるのだ?」

「さあ、何かの言い間違いだろうとは思うのだが……」

 

 




シズル「縁の下の力持ちだよ、リノちゃん」


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その113

キャルちゃんの血管切れそう


「お姉ちゃんに任せて。アクシズ教の売上を弟くんにあげれば大丈夫だから」

「なわけあるかぁ!」

 

 ギリギリアウトである。にこやかに今日の売上を譲渡しようとしていたシズルを引っ掴み、さっきのは無しと宣言して放り投げたキャルは、返す刀でペコリーヌをギロリと睨んだ。あはは、と苦笑しているところを見ると、彼女の視線に心当たりがあるらしい。

 

「そんなに駄目でしたかねぇ、これ」

 

 これ、とパフェを一つキャルの目の前に置く。ん? と怪訝な表情を浮かべた彼女は、まずペコリーヌを見て、そしてカズマを見た。表情を消している。これは間違いなくアウトだ。これが理由だ。

 ダメ押しにコッコロを見た。視線を逸らされた。確定だ。

 

「どうしたの? キャルちゃん。……へー、変わった材料を使ってるんだね」

 

 何をやらかした。そうペコリーヌへと問い掛けようとしたそのタイミングを潰すかのごとく、シズルがひょいと彼女の背後からパフェを見る。目をぱちくりとさせると、そんな感想を口にした。

 

「あ、お姉ちゃん分かるのか。流石」

「これぐらいできないと、お姉ちゃんは務められません。えへん」

「成程……。お姉ちゃんとは、中々大変なのですね」

「わたしも、もっと気合い入れてアイリスのお姉ちゃんやらないといけないですね~」

「待って、ねえ待って。あたし置いてきぼりなんですけどぉ! 何なの!? これ何入ってるの!?」

 

 そうして答えが分からないキャルが取り残された。目の前のパフェがとてつもなく得体の知れない物体へと認識が変わり、何をどうあっても絶対に食ってなるものかと彼女は決意する。

 

「食べられないものは入ってませんよ」

「入ってたら大問題だわ! で? だから一体何入ってんの!?」

「キャルさま、その、味は保証いたしますので……」

「何でコロ助まで言葉濁すわけ!? あたしに何食わせようとしてんの!?」

「大丈夫だって、美味いぞ」

「あんたのその言葉が一番胡散臭いわ!」

 

 ひぃ、と席を立つ。襲ってきたりしないだろうな、と恐る恐る、ゆっくりと後ずさるキャルは、しかしそこで見てしまった。寂しそうな顔をして俯いているペコリーヌを、見てしまったのだ。

 罠だ。あれは絶対に罠だ。わざとやっている。嘘泣きだ。ぐるぐると思考が回り、そして当然のようにその答えを弾き出した。そんなものに引っかかるわけ無いだろう。と心中で言葉を続けた。

 

「……」

「あはは……やっぱり、だめ、ですよね……」

「……」

「……」

「食えばいいんでしょうが食えば!」

「流石キャルちゃん!」

「ほーらやっぱり嘘泣きじゃない! 覚えてなさいよアホリーヌ!」

「分かってんのに何で食うかね」

「キャルさまはお優しい方ですから」

「そこ! うるさい!」

 

 うがぁ、と吠えつつ、席に戻ったキャルはスプーンを手に取る。そしてパフェにそれを突き立てると、迷うことなく口にした。おお、とシズルが笑顔で小さく拍手を送る。

 さて、その特製パフェのお味はというと。当然ペコリーヌが工夫をこらした一品なので、突如ゲテモノへと変貌してしまうなどということはありえない。

 

「美味しい……」

「本当ですか!?」

「嘘ついてどうすんのよ。何よ、心配して損したわ。これ、すっごく美味しいじゃない。何であんな言い方した――」

 

 動きが止まった。思い出したのだ。シズルがこれを見た時に何と言ったかを。

 変わった材料を使っている。そう、彼女はこのパフェを評したのだ。

 

「魔物入りかぁ……」

「あ、察した」

「違いますよキャルちゃん。そこに入っているのはカマキリで、魔物とはまた別です」

「何のフォローにもなってない!」

 

 吠えるリターンズ。そうしながら、溜息混じりにキャルは特製パフェ攻略を再開した。どうやら、これまでに初心者殺しやマンティコア等普通は食べない魔物を何度も食べたせいで大分感覚が麻痺しているらしい。まあ蟲かぁ、とキャルは半ば流し気味になっていた。

 

「でもペコリーヌ。これあたしだからいいけれど、普通の人に材料知らせたらぶっ倒れるわよ」

「……あはは」

「既に犠牲者が一人出てんだよなぁ……」

「……ミヤコさまは、ご無事でしょうか」

「これが原因かい!」

 

 

 

 

 

 

 と、いうわけで。そんなこんなで女神祭の一日目が終わった。商店街はそれぞれの陣営から報告を受け、今日の売上を聞いて色めきだつ。これまでの、エリス祭の倍以上のその数字を見て、来年もこれで行くかと密かに決めたとか決めないとか。そういう流れがあったらしい。

 が、とりあえず彼ら彼女らには一切関係がない。ううむとアメス教会で考え込むカズマ達の目の前には、商店街へと報告した今日一日の売上が置いてある。

 

「まあ、あんな事があった割には、稼いでるわよね……」

「ほぼゼロとか覚悟したからな」

 

 キャルの呟きにカズマが続ける。そうしながら、ちらりとコッコロとペコリーヌを見た。

 何だかんだ、彼女達の人気は多少のマイナスを打ち消す効果があったらしい。ミヤコがここのプリンを食べてぶっ倒れた、という話はあっという間に街中に広がったが、それでも来る人は来たのだ。大丈夫なやつください、という注文ではあったが。出来ればコッコロちゃんのでお願いします、という要望は、果たしてどちらの意味だったのだろうか。真相は闇の中だ。

 

「とはいっても、他の陣営に比べると間違いなく足りてないな。ていうか何でサブ女神の陣営の売上がすげぇことになってんだよ……」

 

 提出に行った際大まかな内訳も知らされたが、ウォルバク・レジーナ陣営の売上が、店単位で見るとトップを叩き出していた。出店の主がネネカな時点で大体察するが、それを踏まえても中々に異常だ。

 対してカズマ達のスイーツ屋は下の方。キャルが参加しているシズルのクレープ屋は真ん中で普通の売上であった。

 

「しっかし、アクシズ教徒が変なことやらずに普通に出店してるから相対的に俺達が何かすげぇ駄目に見えてくるな」

「主さま、こちら側のことはともかく、それは別に良いことなのでは?」

「キャルちゃんの頑張りの成果ですしね」

「褒められてるんだろうけど、何か嬉しくない……」

 

 はぁ、と溜息を吐いたキャルは、そんなことよりと彼を見た。それで結局どうするのだ。わざわざこうやって作戦会議をしている以上、何かしら対策を立てる必要があると判断しているのだろう。それを踏まえ、そう問い掛けた。

 

「はいはいはいはいー! 私たちの明日からの売上お兄ちゃんにあげちゃいましょう」

「うん、さっすがリノちゃん。じゃあ」

「だからそれはやめろっつってんでしょうが! ていうか何でいるのよ!? どっから湧いて出た!?」

「え? 妹なんだから、お兄ちゃんがいる場所にいるのは当然じゃないですか」

「お姉ちゃんだからね」

「理由になってない!」

 

 ぜーはーと肩で息をしながら全力ツッコミをしたキャルは、どうすると視線でカズマ達に問い掛けた。まあいいんじゃないですか、というペコリーヌの返事を聞いて、カズマをスルーして、最後に。

 

「手伝ってくださるのであれば、別段気にしないかと」

「……いいの? あんたの主さまに悪影響よ?」

「それは、わたくしが気を付けていれば大丈夫ですので」

「なら、いいけど……」

 

 またこの間みたいな状態になるのは勘弁して欲しい。そんなことを思いながら、とりあえず追加メンバーを加えた作戦会議が再開された。

 とはいえ、そんな急にいいアイデアが降って湧いてくるなどということがあるはずもなく。

 

「売り子で集客……は今の時点でもうそんな感じだしなぁ」

「まあペコリーヌとコロ助がやってるってだけで普通に人来るものね。……それでこの売上だから絶望してんでしょ?」

「そこなんだよなぁ……。この二人がやってるのに売上が振るわないとなると」

「お姉ちゃんが頑張ろうか?」

「私もお手伝いしますよー!」

「あんたらは自分のクレープ屋台があるでしょうが!」

 

 シズル達の提案を一瞬受け入れかけて、アクシズ教徒がオプションでついてくる可能性に思い至り丁重にお断りした。

 そんなこんなで客寄せのアイデアは出ず。カズマの脳裏に、このままいくと戦犯として吊るし上げられる姿が浮かぶ。流石にそこまではいかないかもしれないが、足を引っ張ったと評判が悪くなるくらいはありそうだ。そんな事を考え、理不尽だと項垂れた。

 だって今回の理由の九割以上ペコリーヌのせいだもの。

 

「よし。発想を変えよう」

「どういうことよ」

「あの出店をどうこうしようとするから駄目なんだ」

「……頭おかしくなったの?」

「ちっげーよ! あっちはあっちでペコリーヌがなんとかするとして、別ルートの稼ぎを用意するって話だ」

 

 元々の申請と極端に違うものを出せば流石に注意が入るだろうが、そうでなければ。腕組みをしながらグルグルとカズマは思考を巡らせる。スイーツの店ということは、それに準ずるものならば問題ないはずだ。祭の出店で、甘いもの。

 

「……あ、待った」

「どうしたのよ」

「ひょっとして、アキノさんとこのたい焼き屋ってアメス教陣営扱いなのか?」

「それは、そうなんじゃない? ユカリさんも今日は向こう手伝ってたみたいだし」

「ああ。それでしたら、こちらに書類がございます」

「えっと、今回はアメス教徒ってことになってるみたいですね」

 

 ふむ、とカズマは頷く。そうなると、とりあえずアメス教陣営が全体的にダメだ、となるのは避けられる。つまり、こちらは単独でトップを目指すところまで行く必要はない。そこそこ儲けられる、ちょうどいいアイデア。必要なのはそれだ。

 

「……よし」

「あ、何か思い付いたんですか?」

「ああ、ちょっとな。明日はイベントがあるだろ?」

「はい。主さまが依頼に向かった、アクセルハーツのアイドルライブが開催されます。それが、何か?」

「祭の会場の特設ステージに人が集まる。季節は夏、当然、冷たいものが欲しくなるはずだ」

 

 よしよし、と口角を上げたカズマは、早速準備に取り掛かるぞと立ち上がった。手頃な飲み物の用意と、《フリーズ》で作り上げた氷を削る道具、そしてシロップ。

 

「はいこれ」

「……あ、はい。ありがとうお姉ちゃん」

「お礼なんていらないよ。だって私は、お姉ちゃんだもん」

 

 ででん、とカズマの思考を読んでいたかのように置かれたそれを見て、彼は暫し動きを止めた。ちらりとその横を見ると、だいたいこの辺ですかね、とドリンク類のサンプルを用意しているリノの姿が映る。

 

「ひょっとして、俺が何しようとしてるかも分かってるとか?」

「そこまでは分からないかな~。でも、弟くんのアイデアだから、絶対大丈夫だよっ。お姉ちゃんが保証します」

 

 ね、と笑顔を浮かべるシズルを見て、カズマも同じように笑顔を返そうと。そうしようと思ったのだが、苦笑するに留まってしまった。なんとなくここまで見透かされているとどうにも歯がゆいというのが一つ。

 そしてもう一つは。

 

「コロ助、顔」

「……あ、申し訳ありませんキャルさま」

「だから言ったじゃないのよ……」

「やばいですね……」

 

 となりのコッコロが非常に怖かったからである。

 

 

 

 

 

 

 二日目。

 

「じゃぁ、きょうはぁお姉さんがこっちの手つらいをしちゃうわよ~」

「おい何で朝っぱらから出来上がってんだよこの人」

 

 ぷっはぁ、と麦しゅわをグビグビやりながら出店の前でそう宣言する酔っぱらいの図。それをジト目で眺め、連れてきた二人へと視線を動かした。ダクネスはそっと視線を逸らし、ミフユはじゃあよろしくと普通に流す始末である。

 

「おい体よく不良債権押し付けただろ」

「そ、そんなことはないぞ。ユカリはアメス教徒だし、昨日アキノ側にいたのだから、こちらの手伝いに回るのは至極当然の流れだ。うん、その通り」

「目が泳ぎまくってんだよ!」

「多少効率は落ちるけれど、その状態のユカリさんもちゃんと使えるわよ」

「信じられねぇっての」

「いや、確かにそんな状態でも仕事自体はきちんと出来るのだ、彼女は」

 

 ミフユの言葉にダクネスも頷く。そうはいっても、カズマの記憶では目の前のへべれけがまともな仕事をしている姿を見た覚えが。

 そこまで考え、意外とあることに気が付いた。一応やれることはやれるという二人の言葉に同意は出来た。

 が、今回もそれが適用されるかといえば話は別なわけで。

 

「……店番、やれるか?」

「ふっふっふ~。ろんなしごともどんとこーい」

 

 ダメそう。とりあえず出した結論はこれである。が、まあ恐らくいないよりはマシだろう。そう結論付け、カズマはペコリーヌに彼女を押し付けることにした。

 

「ん? 何だカズマ、お前は何か用事があるのか?」

「昨日が昨日だったからな。今日は別口で稼ぐんだよ」

 

 よ、と置いてあったカートを引っ張り出す。保冷庫も兼ねているそれの中には、昨夜考えた品物が既に用意されていた。そのカートの横に、折りたたんでいたのぼりを突き刺す。

 白地に、波のような青い模様が付けられているその旗は、カズマが日本にいた頃よく見ていた夏の風物詩。

 

「お、おいカズマ。申請とあまりにもかけ離れたことをやられると」

「何いってんだ。かき氷は立派なスイーツだろ?」

「え? そ、そうなのか……?」

 

 意見を求めるようにミフユを見たが、まあ別にいいんじゃないかしらという彼女の言葉を聞いたことで、ダクネスはあっさりと折れた。あまり変なことをしないように、と一応カズマに釘を差した。

 

「大丈夫だって。ちょっとコンサート会場で売り歩くだけだからさ」

「まあ、そういうことなら……おい待て、今なんて?」

「もう行っちゃったわよ」

 

 



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その114

「はっ! 弟くんが頑張ってる! お姉ちゃんも行かなきゃ!」

「待たんかい!」


「いらっしゃいませ~」

 

 アメス教徒陣営のスイーツ屋台。昨日の噂やアレコレを踏まえつつ、まあでもコッコロちゃんやペコリーヌちゃんが作ってくれるんだし、とホイホイされたアクセルの住人は、そこで笑顔の少女が一人でいることに怪訝な表情を浮かべた。

 

「あれ? ペコちゃん一人?」

「はい。カズマくんとコッコロちゃんは今別の用事で出かけてますから、今日はわたしが全力で腕を振るいますよ~」

「あ、そ、そうなんだ」

 

 笑顔でそう言われたら、ストッパーいないと不安なんで止めときますとは口に出来ないわけで。

 

「らいじょうぶよ~。私もぉちゃ~んといるんらからぁ」

「……うわ」

 

 ひょこ、と顔を出すへべれけ。一体全体何が大丈夫なのか問い詰めたい状態の彼女は、ジョッキの麦しゅわをグビグビやりながら、お手伝い頑張るわよと若干怪しいろれつでのたまう。

 ひょっとしてこれ初日より地雷なんじゃないのか。やってきたお客はそんなことを思ったが、もう遅い。それで何にしますか、と笑顔のペコリーヌに問い掛けられてやっぱりいらないですと答えられるのならば最初からここに来ていないのだ。

 

「ちなみにわたしのオススメはこの特製パフェとスペシャルチョコレートソフト、濃厚プリンなんかがイチオ――」

「普通のパフェください」

「普通のソフトクリームください」

「普通のプリンください」

 

 食い気味に注文をした。あれを聞き終えたら最後、間違いなくあの笑顔と可愛さに押し負ける。あとおっぱい。

 はーい、とほんの少しだけ残念がりつつも、ペコリーヌは手際よくスイーツを作り始めた。ここで強引に特製をぶちこんでくるほど彼女もアレではない。

 そんなわけで特製ではない普通のスイーツを食べたお客達は、こういう心配さえなければ多分ここ人気トップになれるのになぁ、と心中で嘆いていた。ぶっちゃけその辺の喫茶店より美味い。

 なんとも言えないそんな気持ちを抱えつつ、まあいいかとアクセル特有の開き直りを見せ始めたそのタイミングで、一人の女性が屋台へとやってきた。金髪碧眼、明らかに貴族の服装で、間違いなくこんな屋台にやってくるような立場ではない。

 と、言いたいのは山々だが、ダクネスとアキノというこれ以上がほぼないレベルの貴族が年中ぶらついているので正直その辺りはどうでもよくなっていた。街の住人もなんか貴族の人が来たくらいの感覚である。

 

「いらっしゃいませ~。……あれ?」

「ご機嫌麗しゅう、ユー……おっと、ここでは禁句でしたね」

「はい、わたしはただの冒険者、お腹ペコペコのペコリーヌですよ」

 

 そうでした、とくすくす笑う貴族の女性は、そこで視線をメニューに向ける。上から下まで眺め終えた後、では注文をしてもよろしいですかと問い掛けた。

 

「はい。遠慮なく注文しちゃってください」

「ならばお言葉に甘えて。この特製パフェとスペシャルチョコレートソフト、それと濃厚プリンをお願いしますわ」

 

 ざわ、とお客に緊張が走る。貴族の女性が頼んだそれは、昨日あのミヤコがぶっ倒れたやつだ。味はともかく、何か材料がヤバいらしいというもっぱらの噂のやつだ。

 おい大丈夫なのか、と誰かが呟いた。貴族にそんなものを食べさせて、ペコリーヌが捕まったりしないのか。そんな心配をし始めた。

 もちろん杞憂である。貴族の女性はスイーツを作っている人物が誰であるかを承知であるし、下手なことをやったら首が飛ぶのは自分だということもきちんと理解をしている。当然ながらペコリーヌにそんなつもりはさらさらないので、やるとしたらブチ切れたアイリスである、念の為。

 

「はい、どうぞ。特製パフェ、スペシャルチョコレートソフト、濃厚プリンです」

「ありがとうございます。……ああ、この感じ。間違いなく、使われている隠し味は」

「分かっちゃいますか?」

「ええ。これでも数多の美食を追い求めてきておりますので」

「それはそれは。やばいですね☆」

 

 そしてなにより。彼女は承知の上で頼んでいるということである。恐ろしいことに、ここベルゼルグ王国の貴族の中には美食を楽しむ層が一定数存在するのだ。それも、普通の食材は食べ飽きたので一風変わった方向に舵を取る奴らが。

 頂点に立つ第一王女には遠く及ばずとも、その熱意は本物。ここにいる彼女などは一度フェアリーの残り湯を使った料理を実践してアキノにしばかれたことがあるほどだ。

 

「あぁ……このカブトムシのチップとチョコチップが絶妙に混ざり合いソフトクリームの食感を七色に変化させている……素晴らしいですわ!」

「分かりますか!?」

「こちらのパフェはメロンとカマキリが見事なハーモニーを醸し出しています。ああ、素敵……」

「流石ですね!」

 

 えぇ……。と周りの客がドン引きする中、女性の食レポは続けられるのであった。

 もちろん売上は落ちた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

「お疲れさまです、主さま」

 

 何だか気付いたら横にいて、当たり前のようにお手伝いいたしますと宣言し、なし崩しに一緒にかき氷売をすることになったコッコロ。そんな彼女が、こちらをどうぞと飲み物を差し出してきたのでありがたく受け取る。さんきゅ、とお礼を言いながら、カズマは額の汗を拭いながら空になったカートを見た。アイドルライブが行われるイベント会場ともなれば、当然熱気も凄まじいことになる。そんな場所ならば冷たいものは間違いなく売れるはずだ。

 そう読んだカズマの考えは見事に当たり、追加でガリガリと氷を作っても瞬く間に売れていった。流石に材料を作り出す魔力も無くなってきたので、二人は会場の片隅で一息吐いているというわけだ。

 

「しっかし」

「どうされました?」

「いや、思った以上に人気だったんだなぁって」

 

 視線をイベント会場に向ける。大勢の観客が詰め寄る中、三人の美少女が歌って、踊って、パフォーマンスを行っていた。

 

「はーい、みんなー。この会場で一番カワイイのはー?」

『エーリカちゃぁぁぁぁん!』

「……すげぇな」

 

 訓練されたやり取りというべきか。恐らくライブのお約束なのだろう、そういうものが確立しているという時点で彼女達のアイドルとしての実力が相当なものだというのが分かる。日本にいた頃にアイドルのライブに行ったことは終ぞなかったが、もし行っていたらこんな感じだったんだろうかとカズマはぼんやりその光景を眺めていた。

 

「……ん?」

「どうされましたか?」

「あー、いや。アクセルハーツのあの子、あの黒髪の、リアだっけ?」

「はい。彼女が、何か?」

「確かあの子が曲作ってるんだよな」

 

 カズマの問い掛けに、コッコロは頷く。界隈では有名な話らしいのですが、と付け足し、自分はあまり良く知らないのでと謝罪をした。そこは別に大丈夫だから、と彼女をフォローしつつ、彼は何かを考え込む仕草を止めない。

 

「なんかこう、馴染みがあるっていうか。日本のアイドルソングっぽいというか」

「主さまの故郷の歌と、似ているのですか?」

「そんな感じがしたってだけだけどな」

 

 まあ気のせいだろう。そう結論付けカズマは話題を打ち切った。というか無理に掘り下げられてもこちらが困る。そんなことを思いながら、視線を再度アクセルハーツの方へ。

 ピタリと動きを止めた。熱狂している観客の中に、明らかに浮いている存在を見付けたからだ。

 

「あの鎧」

「鎧、でございますか? ……おや、あのお方は中々不思議な格好で観戦しておられますね」

 

 全身鎧がサイリウム振っていた。あまりにもシュール過ぎて一瞬見間違いなのかと目を擦ってみたが、やはり全身鎧はそこにいる。冒険者だろうとなんだろうと流石にこの場では普通の格好をしているものなのだが、どういう理由なのか完全装備だ。そして周囲と一緒になってヲタ芸をしている。

 

「脱げよ」

 

 至極もっともなツッコミである。というか周囲は何か反応しろよ。そんなことをついでに思ったカズマであったが、まあアクセルだしなと諦めた。

 一方、コッコロはそんな全身鎧を見て何を思ったのか。何やら難しい顔をしながら顎に手を当てていた。

 

「あの方は、鎧が脱げない理由がおありなのでしょうか」

「いやコッコロ、そんな真剣に考える必要は……待てよ」

 

 もう一度鎧を見る。この位置では背中しか見えないが、あのパーツには見覚えがあった。この間アクセルハーツの事務所で写真撮影していたドルオタアーマーだ。というか常時全身鎧のドルオタが同じ街に二体いたら流石に物申したくなる。ドMは二体いたが。

 ともあれ。あの鎧が以前の鎧だとするなら。

 

「盗品だから脱げないってことか……?」

「……あの、主さま。おっしゃっていることがよく分からないのですが」

「分かるよ。自分でも何言ってんだって思う。でもあれ、予想からすると神器のはずなんだ」

 

 流石にその辺に保管しておくのは素人だと難しいのではないか。カズマはそんな事を考えたのだ。まだ装備している方が管理が楽だとか、そういう方向を予想したのだ。大分無理があるのは分かる。分かるが、ただの鎧着た変態という結論を出したくない以上、どうしても理屈をこねくり回す必要が出てくるのだ。

 

「……では、家訓で鎧を脱ぐのを禁じられている、というのはいかがでしょうか?」

「そういう流れの会話を出した俺が言うのもなんだけど、それは大分変態じゃないか?」

 

 同時刻、王城で警備をしていた全身鎧の女性が盛大にクシャミをしてクリスティーナにからかわれていたが、今回の件にはあまり関係がないだろう。

 

「まあ、どっちにしろ何か理由があるとして、だ」

「あの鎧の人物が、以前主さまとキャルさまの言っていた窃盗犯なのですか?」

「あくまで予想だけどな。……よし」

 

 立ち上がる。ライブはまだ続いているので、あの全身鎧もそうそうこの場から消え去ることもないはずだ。そう判断し、カズマは警備スタッフの親玉、要はダクネスに報告しようと足を進めた。監視はお任せくださいというコッコロに任せ、彼は一人でその場へ向かう。

 

「……そこまでの距離ならば捕縛して来てくれてもよかったのだが」

「やだよめんどくさい。俺はあくまで善良な一般市民だからな、そういうのはもっと正義感溢れたやつにでも頼んどいてくれ」

 

 はぁ、と溜息混じりに分かったと返事をしたダクネスは、ミヤコとイリヤをそこに残し、数人の警官隊とイベント会場へ行くことにした。カズマもコッコロを残しているのでそれについていき、戻ってくるとほらあれだとサイリウムをブンブンと振っている全身鎧の後ろ姿を指差す。

 

「……凄い光景だな」

「いやお前のいつもの変態行為には負けるよ?」

「どうしたカズマ。いきなりそんな称賛を」

「褒めてねぇよ。直球で貶したわ」

 

 ジト目でダクネスを見やる。ふふ、とその視線を受け満足そうな笑みを浮かべた彼女は、さてではどうするかと顎に手を当てた。どうやらこのドM、最近軽い罵倒ならば意図的に引き出す術を身に着け始めたらしい。手遅れである。

 

「流石に今この場で捕縛するわけにはいかんな」

「はい。アクセルハーツのみなさまも、ライブを楽しんでおられる方々にも。全員が望まない結果となってしまいます」

「んじゃ、とりあえず終わるまで待つか」

 

 うむ、とダクネスが肯定したタイミングで、ついてきた警官達が突如テンションを上げる。何だ何だと目を丸くする彼女の横で、仕事でライブ見られないと思ってたのにと言いながらどこからか取り出したサイリウムを振り始めた。

 

「……ダクネス」

「私の所為か!? い、いや、アクセルハーツの人気が原因だろうこれは。私自身はアイドルにあまり興味がないのでいまいちピンとこないが、大勢を魅了するだけの力を彼女達が持っているのは間違いないだろう」

「そんなもんかねぇ……」

「ですが主さま、アルカンレティアのキャルさまの時もあのような感じでしたので、ダクネスさまのおっしゃることもわたくしは分かります」

「あれなぁ……。んでもあれと違ってこっちはやりたいからやってんだし、一緒にするのも」

「確かに。わたくしの考えが足りなかったようです」

「いやそんな落ち込むほどじゃないからな。ほんとに。キャルはキャルであの瞬間はノリノリだったからさ、うん」

 

 本人がこの場にいたら憤死せんばかりに悶絶するか舌を噛み切るか首に縄をかけ始めるような会話が繰り広げられる。あの事故に遭遇しなかったダクネスが首を傾げていたが、二人共語る気は無さそうなのを見て何となく察した。

 

「と、ともかく。流石に彼らもきちんと切り替えをしてくれるはずだから、問題はないだろう」

「常時切り替え出来てない奴に言われてもなぁ」

「何を言う。私はきちんと仕事とプライベートは」

「真面目な場面でもドMってることについて言ってんだよ」

「そ、それは……ほら、あれだ。人は呼吸が必要だろう?」

「そこと同程度に考える時点でアウトだよ! コッコロ、こっち来い。やっぱダメだ、アレに近付いたら」

「あ、主さま?」

 

 ぐい、と少々強引にコッコロを引き寄せると、カズマは彼女を自身の後ろに隠す。あの事件で少しはマシになったような気がしないでもないけど結局一緒かもしれないと思いつつ一筋の光明も見えているクウカと比べ、目の前のこいつは多少話が通じる状態のまま段々ひどくなっている気さえしてくる。

 

「やっぱり一回ペコリーヌに頼んで処してもらった方がいいんじゃねぇかなぁこのドM……」

「わ、私のことより今はあの怪しい鎧だろう? まったく……そう喜ばせないでくれ」

「そういうとこだよ変態!」

 

 そんな会話が繰り広げられている横で。カズマに守られたコッコロは、従者としては少々不満そうで、しかし乙女としては満更でもない表情をしていたりするのだが。

 

「主さま……やはり、わたくしは」

 

 呟きに込められていたのは何かそういうのとは違う、どこぞの誰かさんに対抗するような何とも言えないやつだったので、彼が気付かなかったのはある意味幸いだったかもしれない。

 

 



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その115

さまようよろい


〈え? 何? 俺何も怪しくないよ!?〉

「怪しいやつのテンプレみたいな反応してんじゃねーよ……」

 

 ライブも終わり、アクセルハーツとファンの交流が始まった頃。我先に、とエーリカへと駆け出そうとする全身鎧をダクネスは呼び止めた。何だ何だ、と面倒そうに振り返った鎧は、まずダクネスの見た目に騙され色めき立ち、次いで横にいる警官を見て即座に雰囲気を変える。

 

〈いやでも実際俺のどこが怪しいってーわけ?〉

「全身鎧着てアイドルライブ見に来てる時点で怪しさ満点だよ」

〈はぁ? なにいってんのおまえ?〉

 

 本気の声であった。言われたカズマですら、何か間違ったこと言っただろうかと一瞬悩んでしまうほどの声色であった。

 もちろんすぐに我に返る。だったらお前のその恰好なんなんだよと指を突きつけると、鎧はハンと鼻で笑った。

 

〈いや俺これが本体だしー〉

「……何だって?」

 

 思わずダクネスが口を出した。それに反応したのか、よくぞ聞いてくれたと彼女の方へとずずいと寄る。動きの怪しさに、流石のダクネスもちょっと引いた。

 

〈我が名は聖鎧アイギス。喋って歌えるハイブリッドな神器たぁ俺のことさ。所有者をどこまでも守るこの力、一度身に纏ったらやみつきになるぜ。ささ、どうだい美人の騎士サマ? いっちょ俺っち装備しない?〉

「な、は? え? ……神器? いや、そういう報告は受けていたが、そうじゃなくて……え? 自立式?」

「ダクネス、落ち着け。お前がパニクったら現場も混乱するだろ」

「あ、ああ、すまない。……しかしカズマ、お前は随分と冷静だな」

「いやまあ、さっきコッコロと似たようなこと話してたから」

「流石は主さまでございます。このことを見越して、事前に心構えをしておられたのですね」

「……おう、そうだな」

 

 絶対たまたまなんだろうな、とその場にいた殆どの人間がそう思ったが、口にはしない。空気を読んだというか、いつものやり取りというか。そういう流れだったからだ。

 が、しかし。勿論そういうお約束を知らないやつもいるわけで。

 

〈なあ騎士のお嬢さん〉

「どうした?」

〈え? 何あれ? そういうプレイなの?〉

「い、いや違うぞ!? 彼女はカズマを主として慕っているだけの至ってまっとうなエルフの少女で」

〈あのパッとしない小僧を主として慕ってるって時点で既にまっとうじゃなくない?〉

「……」

 

 ぐうの音も出なかった。何だかいつの間にか慣れきってたけどそこ冷静にツッコミ入れられると反論できなかったのだ。何か苦労してるんだな、というアイギスの言葉に、ダクネスはそういうわけではないのだがと気まずそうに頬を掻くのが精一杯である。

 

「って、違う! 今の問題はお前だ! 聖鎧アイギスが自立稼働する神器だとして、何故こんな場所でアイドルライブに参加しているのだ!?」

〈エーリカちゃんにライブ見に行くって約束しましたしー?〉

「えぇ……」

 

 意味が理解できないわけではない辺りが余計に彼女を混乱させる。神器ってそういうものなの、とダクネスの中で常識が書き換わりかけて、いかんいかんと頭を振った。

 

〈で、終わったんならもういいか? 俺今からエーリカちゃんとのファンミに参加するつもりなんだけど〉

「い、いや待て! お前には神器としてこちらの管理下に置かれてもらう」

〈嫌だね。管理下ってのはあれだろ? 何か封印していざという時に使えるように整備してとかそういうやつだろ? 人に言われるままに装備させられるなんてまっぴらごめんだ。アンダインの屋敷から抜け出したのも、そういう理由だしな〉

「まあ、向こうの主張も分かるな」

「理解を示すな! 神器といえば魔王軍との切り札足り得る装備だ。最初こそクリスの要請であったが、しかしこのような状態を放っておくことはベルゼルグ王国の貴族として看過できん」

〈真面目だなぁ。いやでもそういう真面目な女騎士に装備してもらうってのもまありっちゃありだけどよ。一応聞くけど、そのいざという時に俺っちを装備すんのは誰だ?〉

 

 え、とダクネスの言葉が止まる。聖鎧アイギス。クリスの情報によれば、神器にふさわしい防御力と耐性を持った素晴らしい鎧。そうなると、勿論装備するのは魔王軍に対抗できるだけの実力を持った者で。

 ちらりとカズマを見た。こいつではないな、と一人納得したように頷くと、次いでよく見る勇者候補のもう一人を思い浮かべた。そうして、それも何だか違うような気がして選択肢から外す。神器を纏うとすれば、聖鎧を装備するにふさわしい名前を上げるならば。ベルゼルグ王国貴族として、ダクネスが思いつく該当者はやはり。

 

「…………ユースティアナ、様、か……?」

「よしコッコロ。ここはこの鎧の言い分を聞いて見逃そうぜ」

「主さま!?」

 

 カズマのその宣言にコッコロが目を見開く。が、彼の言いたいことを何となく理解した彼女は、隣に立つ主を優しげに見やる。そういうことでしたら、仕方ありませんね。そう言ってコッコロは微笑み武器を下ろした。

 

〈お、何だ小僧、物分りいいじゃねぇか。まあそうしてくれると俺っちとしては助かるけど、いいのか? 本気で逃げるぜ? エーリカちゃんのファンミ行くぜ?〉

 

 行け行け、とカズマは手で追い払うような仕草を取る。それを見てまるでニヤリと笑うかのような仕草をとったアイギスは、じゃあ遠慮なくと踵を返した。ちゃんと足止めしとけよ、と言い放つのも忘れない。

 

「あ、こら待て!」

「まあまあダクネス。ライブもまだ完全に終わったわけじゃない。これ以上騒ぎを起こすわけにもいかないだろう?」

「お前はいきなりどうした!?」

「ダクネスさま。わたくしも主さまと同意見でございます。ここはひとつ、お願いを聞き届けてはいただけないでしょうか……」

「ぐ、う……」

 

 深々と頭を下げるコッコロを前に、そんなことは出来んと振り払うことは彼女には無理だ。というか横の警官も無理だ。コッコロちゃんがそう言うなら、と警官の装備をしまい、アイギスと同じようにファン交流会の方に足を向けている。

 

「あ、こらお前達まで……! はぁ……」

 

 捕縛は失敗だ。というか妨害されたという方が正しい。それも、通報してきた張本人によってである。盛大に溜息を吐くと、ダクネスはガリガリと頭を掻いた。そうしながら、理由はあるのだろうなとカズマを睨む。

 

「んなこと言ったって。あいつ捕まえたらペコリーヌが装備するかもしれないんだろ?」

「あくまで可能性だ。ジャティス殿下の方がその確率は高い」

「ですが、可能性があるということは。もしかしたらペコリーヌさまがアイギスさまを纏い前線に赴く事態になるやもしれない、ということにもなり得るのでしょう?」

「それは、そうだが……」

 

 二人の言いたいことは分かった。同時に意図を察した。つまりは、カズマとコッコロはペコリーヌを魔王軍との前線に向かわせたくないのだ。

 

「しかしだな。ユースティアナ様は第一王女、王族として果たさねばならん義務というものが」

「知るかよ。俺んとこのパーティーの貴重な前衛が抜けるほうがよっぽど問題だっつの」

「以前、主さまがおっしゃっておられましたから」

 

 王都での会話を思い出す。結局そのスタンスは変わっていない、ということを再確認したダクネスは、ああもうと諦めたように肩を落とした。別に自分だって好き好んで幼い頃からの付き合いであるユースティアナを死地に送り込みたくはない。今こうして普通、とはあまり言えないような気もしないがまあ慣れてしまえばこれも普通だろう、という生活が続けられるのならばその方が良いとも思っている。

 だが、それでも。

 

「だとしても、だ。神器の所在を明らかにし、それを使用できるようにすれば魔王軍との戦いで有利になる。後々の平和に繋がるのだ」

「後々の平和の前に俺の今現在の平和が脅かされるんですけどぉ」

「ぐ……。な、ならば、然るべき時は私がユースティアナ様の代わりにお前のパーティーの前衛を務めよう。それで」

「いや攻撃当たらないドMの盾役とかお呼びじゃないんで。ていうか何お前? まさかペコリーヌの代わりが出来ると思ってんの? お前が? 冗談は休み休み言えよ」

「この場面でなんてことを! くぅ、お前は、くぅ……!」

 

 悦んだ。カズマも割と承知でボロクソ言ったので、彼女のその反応について何も言わなかった。

 ただ、コッコロの視界からダクネスを外すのは忘れなかった。

 

 

 

 

 

 

「みんな、ありがとー! 次もアクセルハーツと、カワイイエーリカちゃんをよろしくねー!」

 

 ワァァァァ、と歓声が上がる。ファンとの交流会も終わり、アクセルハーツのライブはさしたる混乱もなく大成功に終わったようだ。久々のアクセルでのライブを堪能したのか、ファン達はホクホク顔で帰路についていく。

 その集団の中に、全身鎧の姿もあった。

 

〈ふぅ……。久々に声枯れるかと思ったぜ。ま、俺っちの声念波でそれっぽくしてるだけだから枯れねぇんだけど〉

 

 笑いながらアイギスは街を歩く。女神祭真っ最中、日は落ちても活気は全く衰えていない。帰路につく、と先程は称したが、ライブ後も祭を続ける者達も大勢いるであろう。

 アイギスもそんな空気に当てられたのか、別段目的もないのにガッシャガッシャと街を歩いている。屋台を眺め、まあ食べられないからなぁ、と笑い。

 

〈……ん?〉

 

 視界に、やたら賑やかな一角が飛び込んできた。どうやら食べ物の屋台ではないのは聞こえてくる声から推測できたが、では何をやっているのかと言われると。

 うーむ、とアイギスは暫し迷う。が、どうせ目的もないし、ちょっと見るくらいならいいかと即座に結論を出した鎧は、その騒がしい一角へと歩みを進めた。

 

「ふ、よくここまで粘ったと褒めてあげましょう。しかしゆんゆん、そろそろあなたも限界なのでは?」

「くっ……。で、でも、私はまだ負けてないわ、めぐみん!」

「口では何とでも言えます。……さあ、我が爆裂魔法を食らい、吹き飛ぶがいい!」

「……待っていたわ、この時を」

「なん、だと……!」

 

 歓声が一際大きくなる。めぐみんが大技を放とうとしたその瞬間、ゆんゆんは一気に彼女へと間合いを詰めた。爆裂魔法は確かに大技だが、それ故に弱点も多い。その一つが、攻撃範囲だ。相手一人を吹き飛ばすにはあまりにも広い。故に、こうも近付かれては。

 

「ふっ。そんなことで我が爆裂魔法を防いだとでも!? 甘い、甘すぎですよゆんゆん!」

「ええ。この程度では無理よ。……だからっ!」

「なっ!? ゆ、ゆんゆん! まさかあなた……」

「防げなくてもいいの。――めぐみんと一緒に、吹き飛んでしまえば、それで」

「……言いましたね。ならば、どちらが耐えきれるか――勝負といきましょう」

 

 めぐみんの声に合わせるように、そこに光が集まり、そして。

 

「エクスプロージョン!」

 

 盛大な爆発が、リングに生まれた。ぼぼん、と吹き飛んだ《めぐみん》と書かれた人形と《ゆんゆん》と書かれた人形はそのまま仲良く宙を舞い、そして地面に叩きつけられバラバラになる。

 

「ふむ。……引き分けですね」

「あー……やはり耐久値が足りませんでしたか。中盤にダメージ食らい過ぎました」

「うぅぅ……また勝てなかった」

 

 ズタボロになっためぐみん人形を見ながら分析を行うめぐみんと、同じくボロボロになったゆんゆん人形を見てがくりと膝をつくゆんゆん。引き分けとはいえ、どうやらお互いの勝敗は明らかなようであった。

 観客はそんな二人を讃え、騒ぎ。当然そういうのに慣れてないゆんゆんはその都度パニックを起こし、目をビンビンに紅く光らせながら空間の隅で必死に息を殺しているアオイへと駆け寄っていた。めぐみんはそんな彼女を見て、やれやれ、と肩を竦めている。

 

「二日目なんですから、少しは慣れてもいいと思うんですけど」

「まあ、仕方ないわよ。あの子の人見知りは筋金入りだもの。それに」

 

 傍らにいたちょむすけが苦笑しながら視線を動かす。ゆんゆんの横、彼女が移動したことで観客達に認識され奇声を発しているベレー帽のエルフの少女を見やる。

 

「……アオイちゃんよりは、マシじゃないかしら」

「いや彼女は人見知りとかそういうレベルにいないのでは」

 

 ルーシーに宥められ、安楽王女が引っ叩いているのを見ながら、めぐみんは溜息混じりに視線を動かした。客寄せも兼ねて昨日から行っている勝負は、口コミもあって大盛況だ。屋台に置いてある人形は飛ぶように売れていき、そして買った客が用意してあるバトルスペースで勝負を行い破壊される度に追加で売れる。子供用のおもちゃであったはずの初期案から随分と様変わりしたものだ、と彼女は少しだけ呆れたような表情を浮かべた。

 

「おや、めぐみん。納得がいきませんか?」

「納得がいかないというか。最初の説明は何だったんだろうとは思いますね」

「仕組みは同様です。きちんと初期案の子供用も販売していますよ」

「あっちはあっちで売れているものね」

 

 ちょむすけの言う通り、当初の予定であった《トイフレンドくん》もきちんと陳列してあった。こちらは競技用のそれとは違い、名前の通りに子供たちの友達となるためのものだ。デザインも当初のままである。

 その一方で今現在そこかしこで破壊されている人形は、《戦えデストロイヤー》と銘打たれた自由にカスタマイズ可能な一品だ。起動させれば所有者の思考を読み取って自由に動かせるため、各々のデストロイヤーを使って相手を打ち倒すのが非常に好評であった。

 

〈うわぁ……〉

 

 そんな空間に踏み込んでしまったアイギスは、思わずそんな声を零す。ここだけ祭の雰囲気違わない? とツッコミを入れたくなるようなそれは、しかし人々が楽しんでいるという意味では間違いなく是であるだろう。

 が、それを受け入れるかはまた別問題である。

 

「おや?」

〈うぇ!?〉

 

 普段とは違い、大きな帽子を脱ぎ、浴衣を着ていたネネカがアイギスに気付いた。全身鎧のその姿を見て、ふむ、と頷くとその口元を三日月に変える。

 悪寒が走った。鎧である己が、言いしれない恐怖を感じたのだ。あ、これあかんやつや。そういう判断を瞬時に下したのだ。

 

「どこへ行くのですか?」

〈うぇぇぇ!?〉

 

 気付いたらネネカが後ろにいた。浴衣ではない、大きな帽子をかぶった普段の姿のそのネネカは、微笑を浮かべたままアイギスの逃げ場を塞ぐ。さあ向こうへ行くのだと促す。

 視線を動かす。浴衣を着たネネカが見えて、思わず振り向いた。

 

〈え? 双子?〉

「おかしなことを言いますね。私はネネカ、もとから一人ですよ」

〈ちょっと何言ってるか分かんない〉

 

 混乱したままネネカに連れられネネカのいる場所まで移動させられたアイギスは、そこでようやく他にも二人の人物がいることに気が付いた。片方は紅魔族だが、何というか色気が足りない。職業的にも体型的にもどちらも範囲外だ。

 

「この鎧、今非常に不愉快なことを考えてませんでしたか?」

〈気のせいだろ。それよりそこのキレイなお姉さん、どうです? よければ俺の中に入りません?〉

「こいつ変態ですよ師匠!?」

「変態は間に合ってるの。ごめんなさいね」

〈予想以上に厳しい返答!?〉

「ふふ。それくらいではなくては面白くありません」

〈こっちはこっちで何する気!? やめて! 俺っちに乱暴するつもりでしょ!? エロ同人みたいに〉

「師匠、所長。こいつ爆裂魔法で吹き飛ばしません?」

「待ちなさいめぐみん。彼には少し利用価値があるのですから、処理はその後でも遅くはありませんよ」

〈恐ろしいこと言ってるこのロリエルフ!?〉

「変態の鎧さん、一応言っておくけれど、ネネカは二十四よ」

 

 収拾がつかない。が、生憎とそこにツッコミを入れてくれるような人物は丁度近くにいないわけで。BB団も得体の知れない鎧と何かやっているということで様子見しているし、何より。

 

「お前らぁ! んな鎧どうでもいいからこっち手伝えよ! あたし一人でこれだけの客さばけるわけねーだろうが!」

 

 先程からずっと屋台の担当にされているセレスディナは、それどころではなかったからだ。

 

 




は にげだした!

しかし まわりこまれてしまった!


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その116

祭もそろそろクライマックスかなぁ


「えー……と」

 

 眉間を揉みながらカズマが机の上の書類を見る。二日目の売上である。彼のアイデアでライブステージのかき氷売りは大成功を収めたわけなのだが、しかし。

 

「……何か一日目とほぼ売上変わってないんですけど」

「はい」

 

 ペコリーヌが言葉少なく述べる。カズマ側が大成功をした結果売上変わらずということは、つまるところ本家本元の出店屋台がダメダメだったというわけで。

 何がどうしてこうなった、と説明を求めるためにペコリーヌから視線を動かしたが、いかんせんもうひとりがユカリである。朝っぱらから酔っ払っていたへべれけにまともな説明など期待できるはずもない。

 

「ちょっと特別メニューの注文が定期的にあったおかげで、普通のお客さんが遠巻きになっちゃったのよ」

「え?」

「あまり知られてないでしょうけど、実はベルゼルグ王国の貴族の中に美食、というか珍味愛好家がいてね。昨日の噂を聞きつけてやってきちゃったの」

「成程。そんなことがあったのですか」

「いや俺の驚いたところそこじゃないんで」

 

 ふむふむと頷いているコッコロの横でカズマがツッコミを入れる。彼は営業中へべれけであった彼女が普通に状況の説明をしたことに目を見開いたのだ。理由の内容はぶっちゃけどうでもいい。

 

「まあいいや。んで、ペコリーヌ」

「……はい」

 

 しょぼん、と椅子に座ったまま項垂れているペコリーヌを見る。気合を入れていたのにこの結果というのが彼女としては落ち込む原因となったらしい。

 はぁ、とカズマは溜息を吐いた。しょうがねぇなぁ、とガリガリ頭を掻きながら、ここで説教したら俺悪者じゃねぇかと一人呟く。

 

「心配しなくても、あんたは年中無休で悪者よ」

「黙ってろよ部外者」

「はぁ!? あんたねぇ、あたしが今日もあの二人を押し止めるのにどれだけ苦労したか」

「は? アクシズ教徒のやらかしなんだから、巫女のお前が見てて当然だろ?」

「言うに事欠いて! ぶっ殺すぞ!」

「あぁ? やれるもんなら」

「キャルさま、主さま」

 

 ピタリと二人の動きが止まった。そこまでにしてくださいませ、と苦笑しながら一歩踏み出すコッコロを見て、二人揃ってバツの悪そうに視線を逸らす。完全に母親に叱られた悪ガキであった。

 

「主さま。キャルさまはキャルさまで精一杯自らのやれることをやっておられたのですから、そこを悪く言うのはいただけません」

「はい、ごめんなさい」

「キャルさま。主さまは今日頑張っておられました。そして今も、ペコリーヌさまを責めようとはしておりません」

「はい、ごめんなさい」

 

 二人のその言葉を聞き、コッコロは柔らかく微笑む。分かってくださればよいのです、と述べると、彼女は話を戻すために一歩下がった。

 一応、念の為に言っておくが、コッコロはまだ幼いといっても過言ではない年である。アイリスより年下である。

 

「カズマくん……」

「あーもう! 今コッコロも言っただろうが、別に怒っちゃいねぇって」

「でも、せっかくカズマくんやコッコロちゃんが頑張ってたのに」

「いや別にお前サボってたわけじゃないんだし、話聞く限りどうしようもないというか」

 

 何だかんだで、カズマの根はお人好しである。ここで、「そうよこれは私のせいじゃないから。もっと頑張らないカズマが悪いわ。いや、むしろ空気読めない客のせいよ! 今から文句言いに行きましょう」とか言い出すような奴であったら遠慮なくボロクソに言うが、目の前にはしょんぼりとしている巨乳の美少女プリンセスしかいない。

 ちなみに、上記の文句を言いそうな輩は彼の守護女神の横でだべっている水の女神の他に、隣にいる猫耳娘も微妙に該当したりするのだが、特に関係ないので今回は割愛。

 

「ま、別に売上悪くても死にはしないんだから、もっと気楽に」

「そんな弟くんに贈り物だよっ」

「うぉあ!?」

 

 お姉ちゃんが湧いて出た。半ばおなじみと化しつつあるシズルの登場だが、しかし慣れるかといえばそんなこともないわけで。どこでもお姉ちゃんシステムはカズマにとって色々な意味で心臓に悪い。

 

「はいこれ、売上に使ってね」

「……あの、お姉ちゃん。なんですかこれ」

「アクシズ教会の土地の権利書だよ」

「ぶふっ!」

 

 キャルが吹いた。は、とコッコロとペコリーヌも状況についていけず目を丸くしている。ユカリは我関せずを貫く所存らしい。

 

「これで一気に売上トップだね、弟くん」

「なわけないでしょうが! 何なの!? あんた常識どこに置いてきたの!? あーダメだこいつ最初から持ってないんだ!」

「も~、キャルちゃん、落ち着かないとダメだ、ぞ♪」

「おひゃぁ!」

 

 掠った。それだけで首から上が持っていかれるような感覚を味わったキャルは、一瞬にして血が上っていた頭が冷え、むしろ青ざめる。というかこれ直撃して毎回無事なリノはどういう体の構造しているのか、と戦慄した。

 

「あの、お姉ちゃん」

「どうしたの? 弟くん」

「俺、祭の屋台の売上にそこまで命かけてないんで、これは丁重にお断りさせていただきます」

「そっか。残念」

 

 返された土地の権利書を胸の谷間にしまい込むと、じゃあ何かして欲しいことはないかな、とシズルはずずいとカズマに迫る。密着したおっぱいがその衝撃でむにゅりと形を変え、谷間の権利書が微妙に上下した。

 

「だ、大丈夫です。いやほんと大丈夫なんで、今んとこ困ってることも特にないんで」

「ほんとうに?」

「ほんとほんと! あのうろついてる鎧も俺は放置するって決めたし」

 

 これ以上はまずい。そう判断したカズマがシズルから距離を取り、ゼーハーしながらそう返す。そんな彼を見つめながら、それならしょうがないねと彼女は微笑んだ。

 また遊びに来るから、と普通に教会の扉を開けて帰っていったシズルを見ながら、カズマは盛大に溜息を吐く。ここにきて、キャルがいつぞやに言っていたことを実感し始めたのだ。

 

「えっと、カズマくん。大丈夫ですか?」

「おう、大丈夫大丈夫」

「いつの間にか立ち位置逆になってるわね」

「それを見越してだったら大したものだけど」

「……お姉ちゃんパワー、というものでございますか……」

「いやアレがそんな殊勝なわけないから。だからコロ助は対抗心燃やさないで」

 

 

 

 

 

 

 祭の夜恒例のコントも終わり、明日はどうするかという話になった。よくよく考えれば、この二日間出店しかやっていないことに気付いたのだ。

 

「もう売上どうでもいいなら、明日は出店閉めちゃって祭ぶらついたら?」

「えっと? それってありなんですか?」

 

 ユカリを見る。商店街ならともかく、アメス教徒として参加するというだけなら、全日程で出店をする必要は確かにない。そんなことを述べた彼女は、だからまあ気にしなくていいわよと笑顔で手をひらひらとさせた。

 

「よし。じゃあ俺は明日は寝るか」

「いや参加しなさいよ祭」

 

 そうと決まれば、と宣言したカズマをキャルはジト目で見やる。それを睨み返した彼は、そんなこと言ってもと言葉を続けた。

 

「今更一人で祭ぶらついてもしょうがないだろ」

「え? カズマくん、一緒にお祭り行かないんですか?」

「主さま、ご一緒されないのですか?」

 

 カズマのそれを即座に否定される。いやまあ、確かに仲間だし、そういう流れになる可能性もあるかもしれないと思ってはいたが。そんなことを思いつつ、しかし彼女たちは彼女たちで交友関係もあるので、そちらに行く場合だってあっただろうと反論した。

 

「あんた何言ってんのよ。この流れでこいつらがあんた置いてくわけないでしょうが」

 

 即座に否定その二。呆れたようなキャルの言葉にコノヤローとカズマは睨むが、いかんせんそこには勢いがない。

 そんな彼を見てどこか勝ち誇るように笑みを浮かべたキャルは、まあ精々両手に花を堪能してなさいと腕組みを。

 

「え? キャルちゃん、一緒に行かないんですか?」

「キャルさま、わたくしたちとお祭りをご一緒されないのですか?」

「え?」

 

 ついさっきと同じ展開が今度は自分を当事者にして繰り広げられたことで目を丸くさせた。どういうこと、と視線を彷徨わせても、ユカリがそりゃそうだろうという表情を浮かべるのみである。

 となると、どうなるか。当然、パニクる。

 

「え、いやだって。あたしはほら、アクシズ教の出店あるし」

「別にお前がやってるわけじゃないんだから休めばいいだろ」

「そうだよ。別に気にしなくても大丈夫」

「あたしがいないと、アクシズ教徒が」

「ここまで来て無茶苦茶し始めるほど向こうも空気読めないわけじゃないだろ」

「ちゃんと私が見てるから大丈夫」

「いやほら、シズルとリノが」

「……お姉ちゃんは、ほら、あれだ」

「心配性だなぁ。お姉ちゃんは弟くんの楽しみをぶち壊すような空気の読めないことはしません」

「……そう言うなら。あたしも参かいや待って」

 

 弾かれたように横を見る。シズルお姉ちゃんリターンズ。先程帰ったはずのお姉ちゃんがリポップしていた。パクパクと声にならない状態のまま指差していたキャルは、どういうことだとカズマを見る。同じように目を見開いて固まっていた。

 

「シズルちゃん、また会いましたね」

「うん。弟くんのために戻ってきちゃった」

「……これが、お姉ちゃんパワー……やはりわたくしも、いついかなる時にも主さまのもとへと馳せ参じるようになれなくては」

「うんうん、お姉ちゃんは負けないぞっ」

「やばいですね……」

 

 とはいえある意味平常運転だ。気を取り直したペコリーヌは、先程の会話を思い出しながら彼女へと言葉を紡いだ。迷惑かけちゃいそうですけど、大丈夫ですか、と。

 シズルはそんな彼女の言葉に笑顔を見せる。大丈夫だよ、とサムズアップした。

 

「お姉ちゃんは、弟くんのために全力を尽くすものだからね。キャルちゃんとの時間を、お姉ちゃんがきっちりサポートしてあげるから」

「何かデートのプラン練られてるみたいになってるな」

「何であんたとデートしなきゃいけないのよ」

 

 えっへんとでっかい胸を張るシズルを見ながら呟くカズマの横で、ジト目でキャルが文句を述べる。ふん、と鼻を鳴らしている彼女は照れ隠しとかそういう類では無さそうで。

 それでも全力で拒否していない辺りを感じ取ったカズマがニヤリと口角を上げた。

 

「そう言う割には満更でもないんじゃないのか? いいんだぜ? 素直になってくれても」

「バッカじゃないの。あんたと一緒に馬鹿騒ぎするだけならともかく、デートとかそういうのはお断りよ」

「それはデートと何が違うのでしょうか……」

「若いっていいわよねぇ……。いいなぁ……爆発すればいいのに……ぐすん」

 

 幸いというかコッコロのツッコミのような何かとユカリの呪詛は聞こえていなかったらしい。二人共に反応せず、そのまま普段のような言い合いへと移行していく。

 そんな流れに、珍しく飛び込んでいく少女がいた。

 

「あの、カズマくん。デート、したいんですか?」

「うぇ? どうした急に?」

「ちょっとペコリーヌ、血迷っちゃダメよ。こいつ可愛い女の子なら誰でもいいとか言い出すスケベなんだから」

「流石に誰でもいいとかは言わねぇよ。お前俺のこと何だと思ってんの?」

 

 場合によってはダストより酷い扱いされてないだろうか。そんなことを思いながら抗議したカズマをキャルは流し、そういうことならと見守りから猛禽の目に変わりそうになっていたシズルをごめん勘違いだったと宥めにかかる。

 それはさておき。

 

「それで? どういうこと?」

「あはは……。いえ、ここのところ迷惑かけっぱなしですし、お詫びが出来たら、なんて」

 

 カズマがぐ、と唸った。これは間違いなく据え膳。ここでそういうことならばと首を縦に振れば、ペコリーヌは間違いなく色々尽くしてくれる。普段自重しているお願いがひょっとしたら通るかもしれない。

 

「いや、そういう理由でならお断りだ」

 

 だが、カズマは耐えた。心の中では血の涙を流しながら、ひょっとしたらちょっといけたかもしれない希望を沈めながら。ぶっちゃけそれやったらアイリスに塵も残さず消される可能性があるので命の危険的に踏み止まりながら。

 

「別に言うほど迷惑とかかけてるわけじゃないからな。そんなお詫びとかいらねーよ」

「カズマくん……」

「主さま……」

 

 お前誰だと言わんばかりの受け答えをしたことで、ペコリーヌと、それを見ていたコッコロがジーンとする。キャルは思い切り何だこいつという目で見ていたが。

 

「だから、そんなお詫びとかそういう理由じゃなくて、ただデートしたいとか、そういうのじゃないかぎり」

「え? デートしたいなら誘っていいんですか?」

「え?」

 

 目をぱちくりとさせるペコリーヌを、カズマは呆気にとられた表情で見やる。キャルの何だこいつという目で見る対象が二人に増えた。

 

「えっと。特に理由がなくても、カズマくんとデートがしたいなら、誘っても良かったんですか?」

「え? お? そ、そりゃ、えっと……」

「こっち見んな」

「主さま。大丈夫でございます」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしたキャルと、子供の成長を見守るような顔をしたコッコロを経由し、ふぁいとだよと笑顔のシズルを通り、リア充爆発しろと麦しゅわを飲み始めたユカリを見なかったことにして。

 

「も、もちろん」

「本当ですか!?」

 

 ぎゅ、とペコリーヌがカズマの手を握る。何この子ちょっと眩しすぎるんですけど、とカズマが思わず直視できないレベルの笑顔を見せた彼女は、じゃあじゃあ、と嬉しそうにスケジュールを考えている。

 

「明日、みんなでお祭りを楽しんだ後に……わたしとデート、してくれますか?」

 

 カズマがそれに何と答えたかは、コッコロの苦笑と、キャルの非常に冷めた目で察して欲しい。

 

 

 

 

 なお。

 

「弟くん。こういうときの返事は、もう少しきちんとしてあげるべきです」

「はい……ごめんなさい」

「お姉ちゃんはさっきのでもオールオッケーで今すぐデートに向かっちゃうけど、他の女の子によってはダメな時もあるんだからね。ペコリーヌちゃんだから通用したんだよ」

「き、気を付けます」

「お姉ちゃん基準で考えてくれるのは嬉しいけど。すっごく嬉しいけど。他の女の子を相手する時は、きちんとその子を見てあげないとだめだぞっ」

 

 蛇足だが、カズマは後でお姉ちゃんにガチ説教された。

 

 




次回がデート回だと思ったら大間違いだからな!


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その117

女神祭ボス戦(?)


「二日間出店やってたから知らなかったけど、意外と俺の知ってる祭っぽいのもあるんだな」

 

 三日目。カズマが祭を見て回りながらそんなことを呟くと、コッコロはそうなのですかと頷き、ペコリーヌもまた微笑む。ふーん、と冷めた返事をしつつもキャルはキャルで同じ方向を見ていて。

 

「何かやってくの?」

「ん? そうだな……えーっと」

 

 彼女の言葉に視線を彷徨わせ、そして視界にペコリーヌが映ったのでカズマは思わず視線を逸らした。間髪入れずにキャルが彼のスネを蹴る。

 

「いってぇ!」

「あんたねぇ……もう少し自然に出来ないわけ?」

「んなこと言われても……」

 

 ずずいと迫るキャルに圧されつつ、カズマは何ともいい難い顔で彼女を睨み返す。こちとら転生するまで童貞を貫いた生粋のチェリーボーイ。そういう経験など皆無で、距離の近かったはずの幼馴染とはとあるきっかけで疎遠となり。

 静流(あね)璃乃(いもうと)に構われてようやく立ち直れた程度の自分に一体何が。

 

「あれ?」

「どうしたのよ」

「いや、何か記憶がおかしかったような」

 

 そもそも立ち直ってたらここに来ていないような。頭にハテナマークを飛ばしながら自分の過去を疑いつつ、カズマはまあいいと気を取り直した。

 ともあれ。昨日のあの約束から、どうにもカズマはペコリーヌを意識してしまっている。しないほうがおかしいと言えばそれまでなのだろうが、だとしてもあまりにも露骨過ぎて、当の本人であるペコリーヌもどことなく恐縮してしまっている。

 

「あの、カズマくん」

「な、なななんだ?」

「別に、無理はしなくてもいいですからね? わたしはこうやってみんなと一緒にお祭りを楽しむだけでも、物凄く幸せですから」

「いや違うって。そういうんじゃなくて、ただ俺は」

「大丈夫ですよペコリーヌさま。主さまはただ、恥ずかしがっておられるだけなので」

「ひょふっ」

 

 何だか慈愛に満ちた表情でコッコロにフォローされた。確かに彼は自分ではそこを口にすることは出来なかった。だから彼女のその行動は間違いなく正しい。カズマとしても助かったことには違いない。

 問題は、心情的にベッドの下のエロ本を机の上に置かれたような状態になってしまったことだけだ。

 

「ほらカズマ。死んでないでさっさと行くわよ」

「他人事だと思って余裕だな」

「他人事だもの。というか、あんたがそうやってるのを見るのはむしろ楽しいわね」

「覚えてろよ」

「嫌よ。普段色々やられてるんだし、こういう時くらい楽しんでもいいじゃない」

 

 ぷーくすくす、とどこぞの水の女神のような笑い方をしたキャルは、笑顔のまましゃきっとしなさいとカズマの背中を叩いた。そうしながら、大体、と向こうの二人に聞こえないように彼に顔を近付ける。

 

「ペコリーヌとのデートなんだし、どうせ食べ歩きで終わるわよ」

「身も蓋もねぇな……」

 

 だが、しかし。言われてみれば、とカズマも少し思い直し、そしてふと思い出した。

 あれ? それ前やらなかったっけか、具体的にはサキュバスの店で、と。

 

「よし、祭楽しむか」

「何か急に吹っ切れたわね……」

 

 

 

 

 

 

 射的の店やくじ引きの店を適度に引っ掻き回し、屋台の食べ物を買い込んでは平らげ。

 そんなことをしていると、意外にも時間は過ぎていく。つい先程まで朝だった気がするのに、気付けばもう昼もとうに過ぎ去っていた。

 

「それにしても」

「どうされましたか?」

 

 カズマの呟きに、コッコロが反応する。いや、大したことじゃないと言いながら、彼は眼前に広がる女神祭で賑やかになっている街を見渡した。

 獣人、エルフ、ドワーフ、そして悪魔とか幽霊とかその他諸々。多種多様、と言ってしまって大丈夫なのかいささか不安になる顔ぶれが、思い思いに楽しんでいた。

 

「いかにも異世界って感じの光景なんだけど、普段が普段だからもう実感通り過ぎてるなぁ……」

「それは……主さまがこちらの暮らしを日常だと感じておられるからではないでしょうか」

「あー……なるほどな」

 

 コッコロの言葉にカズマは頷く。ひょんなことから始まった異世界転生だが、戻りたいなどという気持ちはとうの昔に失せていた。アメスにもそれは以前に述べた気がするが、その時から気持ちは変わっていない。

 それは、取りも直さず、こちらの生活に満足しているということにも繋がるわけで。

 

「あの、主さま」

「ん?」

「以前も口にしておられたのですが、その異世界というのは一体――」

 

 コッコロの言葉はどこからか聞こえてきた歓声で掻き消された。何だ何だ、と視線を向けると、広場の一角で人だかりが出来ているのが見える。キャルとペコリーヌもそれに興味が出たのか、行ってみましょうと駆けていった。

 

「悪いコッコロ。何だっけ?」

「……いえ、なんでもありません。わたくしたちも参りましょう」

 

 そう言って微笑むコッコロ相手に、カズマはそれ以上何も言えず。分かったと彼女の手を引いて人だかりに突進していった二人へと合流した。

 それで一体何なんだ、と視線を向けると。

 

「さあ、このアダマンタイトを砕ける冒険者はいませんか?」

 

 どうやら祭を聞きつけてやってきたらしい露天商がちょっとしたゲームのような屋台を出しているらしいのが分かった。地面に置いてある石、アダマンタイトだとかいうそれを砕けるかどうかの挑戦なのだろう。

 

「へー、アダマンタイト砕きかぁ……」

「ん? なんだキャル、知ってんのか?」

「冒険者として色々旅してた時にわたしも見ましたね。大抵は成功しなさそうな人達がいる場所を狙ってやるんですけど」

 

 目の前では挑戦者が撃沈していく光景が広がっている。そんな流れに気を良くしたのか、露天商は声を張り上げ、賞金額が上がっただの、魔法でも大丈夫だの、デストロイヤーを破壊したという話だから期待していたのにだの、周囲をどんどん煽っていく。

 それを聞いた周りの人々は、さてどうするかと顔を見合わせていた。これ以上話が大きくなると、間違いなくアレらが来る。許可を出したということはそれを見越しているのだろうが、だとしても、来る面子によっては一瞬にして。

 

「まったく。私達の出店の近くで余計なことをしないでもらいたいものですね」

「あ」

 

 ざざっ、と人混みが割れた。そこを歩いてくる小柄なエルフの女性を見て、周囲は思う。

 終わったわこれ、と。

 

「おやお嬢さん。今度の挑戦者はあなたですか?」

「あ、バカ」

 

 見ていた人の誰かが呟く。あーあ、と何も知らない露天商の末路を察して静かに首を横に振る者もいた。勿論ここで露天商を庇って逃がすことも可能だが、この街でそんなことをする命知らずはいない。恐らく勇者ですらやらない。

 

「ね、ねぇキョウヤ……止めないの?」

「え? ……まあ、元々そうなるように仕向けている節もあるし、いいんじゃないかな……」

「そ、そっか……」

 

 どこからか魔剣の勇者が匙を投げた言葉が聞こえてきたが、誰も彼を責めるような空気を出していないのが証拠とも言える。

 ともあれ、人だかりはネネカ達がやってきたタイミングで盛大に下がった。空間の広がりが一気に数倍になり、露天商がいきなりのそれに思わず視線を彷徨わせる。

 ふう、と彼女は息を吐いた。それに合わせるように、じゃあとりあえずあれ破壊しましょうと腕をぐるぐると回しながらめぐみんが前に出る。

 BB団の二人が全力で押し留めた。

 

「ちょ! 何するんですか!?」

「お、おおおおちおちついてて! おちちついてててください!」

「いやあなたが落ち着いてくださいよ!?」

 

 いかに頭に血が上りやすいめぐみんといえども、自分を押し止める面子の一人が滅茶苦茶テンパってるのを目の当たりにすれば少しは冷静になる。人混みの圧力でガリガリと正気が削られているアオイを見ながら、彼女は何だかもうどうでもよくなったかのように表情を無に変えた。

 

「ゆんゆん」

「な、何? めぐみん」

「とりあえずアオイを落ち着かせてやってください」

「わ、分かったわ! 大丈夫、BB団の絆があればこれくらい…………絆、あるわよね?」

「本人に聞けばいいでしょう」

「アオイちゃん!? 私たち、絆あるわよね!? 私の一方通行じゃないわよね!?」

「え? は、はははははい!? 絆? え、あの、その、はいって力強く言いたいんですけどそれって結構自意識過剰じゃないかって思ったりもするんで……あ、でも私としてはそうであって欲しいというか、そういう願望は人並みに、いや人一倍、ああでもそれは流石におこがましい――」

「ルーシー! 安楽王女! ちょっとこいつら回収してくださいよ!」

 

 立場逆転してない? と誰もがツッコミを入れたかったが、巻き込まれるのは嫌だったので皆避けた。幽霊とモンスターがぼっち二人を運んでいく中、完全に白けためぐみんが視線をネネカへと戻す。それでどうするんでしたっけ、と。

 

「ええ。まずはそこの露天商にご退場願うのですが」

 

 丁度いいので少し実験をしましょう。そんなことを言いながら、ネネカが背後に声をかける。セレスディナは屋台で留守番をしているのでおらず、ちょむすけは彼女の隣。なので、それに反応するのは。

 

〈なあ姐さん、俺っち鎧なんで攻撃力自体はそこまで、てかほぼないぜ?〉

「そこは期待していません。あなたの材質であるオリハルコン、それとの衝突にアダマンタイトはどれほど耐えられるのかを調べるだけですから」

〈やっべぇ俺モルモットだ。これそのうちマイボディが七色に光るんじゃね?〉

「光りたいのでしたら、そのうちと言わず今すぐにでも可能ですよ」

〈アイギス、いっきまーす!〉

 

 ガションガションさせながら全身鎧がアダマンタイトへと向かう。完全にビビっている露天商を気にすることなく、アイギスは鉱石へとチョップを繰り出した。

 オリハルコンとアダマンタイト。二つのぶつかり合いにより、思った以上の音が広場に響き渡る。

 

〈いってぇ! 意外と硬いんですけどこれ!?〉

「ふむ。やはり一撃では駄目ですか。アイギス、続きを」

〈ねえ姐さん血も涙もないとか言われない?〉

「意外と面倒見が良い、とは言われたことがありますね」

〈マジかよ、世界狂ってんじゃね?〉

 

 鎧なので表情は変わらないが、明らかに空気がげんなりとしたままアイギスはアダマンタイトに攻撃を続ける。チョップは痛かったのでひたすらゲシゲシと踏み付けるだけという非常に不毛な行動を繰り返すだけに成り下がったが、ネネカはその様子を観察しながらレポートを書き続けていた。

 露天商は腰が抜けたまま呆然としている。

 

「師匠」

「どうしたの?」

「これ、いつ終わるんでしょうか」

「……ネネカが満足するか、アダマンタイトが壊れるまでじゃないかしらね」

 

 ちょむすけのその言葉を周りも聞いていたのだろう。よし撤収、と人だかりは段々と小さくなっていく。思ったより大事にならなくて良かった良かった。人々の感想は概ねこれであった。

 そうして残されたのは一部の物好き。近くの露店で食い物を買って食べながら、アイギスvsアダマンタイトを観戦している。

 

「……そろそろ別んとこ行くか」

「そうね」

「はい」

「分かりました」

 

 そんな中、最初こそ物好きだったカズマ達も、このまま代わり映えしないだろうと判断したらしく、見物をそろそろ打ち切ろうとしていた。まあ精々頑張れ、そんなことを思いながら軽くアイギスに声を掛け。

 

〈――ん? ん!?〉

 

 聞こえてきた方向に視線を動かしたアイギスの動きが止まった。こないだの兄ちゃんじゃねぇか、とカズマを一瞥。これからに期待だよなぁ、とコッコロを眺め。ボリューム不足はなんともしがたいとキャルを見て小さく溜息を吐き。

 ペコリーヌを見て、そこに視線を固定させたのだ。可愛くて、巨乳で、見る限り剣士。おおよそアイギスの求める基準をパーフェクトに満たしている。

 

〈おっっ嬢さぁぁぁぁん! 俺、いや僕はアイギスという歌って踊れる素敵な鎧型神器なのですが。どうでしょう、ひとつ、自分と一つになってみては?〉

「はい?」

〈あなたのような素敵な騎士を待っていたのです。ああ、あなたを包み込むことが出来たら、きっと極上の心地を味わえるに違いない。ささ、遠慮なく〉

「え、っと?」

〈さあ! あなたのその柔らかそうな素肌も、豊満な胸も、美しい顔も! 全て包み込んでみせますから! 匂い味わうのは不可抗力ですしね〉

「……やばいですね」

〈ええそれはもう、ヤバいくらいの極上体験をおやくそ――〉

『いい加減にしろこのクソ鎧!』

 

 ダブルのドロップキックを食らい、アイギスが吹っ飛ぶ。アダマンタイトと盛大に激突した鎧は、鉱石を潰しながら転がっていった。

 ゴロゴロと転がったアイギスが起き上がると、ペコリーヌを守るようにカズマとキャルが立ち塞がっている。どうやら蹴り飛ばしたのはあの二人らしい。

 

〈へいへいへい兄ちゃんよぉ。あんたこの間俺見逃してくれたじゃねぇかよ〉

「こっちに危害を加えないならに決まってんだろうが」

「ったく。思った以上に碌でもない鎧ね」

〈えー。ってか何? そこの極上の女騎士ちゃんお前の仲間なの? どういう関係? 別に口出しする権利とかなくない?〉

「仲間が変態に襲われそうになってたら助けるだろ普通」

 

 思った以上にやる気のカズマを見て、アイギスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。何だよそういう関係か? そんなことを思いながら、彼に合わせるように武器を構えるキャルと、そしてコッコロを見て。

 

〈えー。俺っちそういうの好きくなーい。冴えない野郎が可愛い女の子はべらしてるの見てると、こう、ムカムカしてきますよ〉

 

 残っていた物好きという名の野次馬は、アイギスの言葉にうんうんと頷き。やっぱり最初はそう思うよなぁ、と何かを懐かしがっていた。そうしながら、多分この先どうなるかを何となしに予想する。

 

「所長」

「どうしました?」

「この流れって多分、アイギスが」

「そうですね。それが何か?」

「……いえ、よくよく考えたら別にあれに愛着とかありませんでした」

「めぐみん……」

 

 まあそうだろうけども、と苦笑するちょむすけを他所に、アイギスは観客やネネカ達が思っていた通りの行動をし始めた。

 すなわち、カズマを倒して周りの女の子ゲットだぜ、である。

 

〈大体、そこ女の子同士で仲良さそうじゃない? そういう空間に挟まろうとする男は抹殺するべきだと思うわけよ。あ、もちろん俺っちは鎧だからノーカンだけど。そういうわけだから――〉

「――そういうわけだから、なんですか?」

 

 地獄の底から響くような声が聞こえた。へ、とアイギスがその声の方向に目を向けたが、いるのは可愛らしいエルフの美少女が一人。殺気全開で目が完全に座っている以外は、特に変わったところもない。

 

「主さまを、排除しようと……? そう、言ったのですか?」

〈なにこれ怖い〉

 

 明らかに少女と幼女の中間くらいの女の子の出すオーラではない。神器であるアイギスが気圧されて、思わず一歩後ろに下がる。と、同時に無数の矢でハリネズミになった。

 

〈ぎゃぁぁぁぁぁ! なにこれ!? なにこれ!?〉

「――お兄ちゃんを抹殺?」

〈増えた!?〉

 

 いつの間にか同じような状態の少女がもうひとり。見覚えがない、こともない。確か以前、スカウトしようとして失敗した美人の横にいた少女だ。

 ということはまさか、とアイギスの鎧に悪寒が走る。

 

「弟くんに危害を加えようとするなんて――それは駄目だよね」

〈ひゅっ〉

 

 あ、これ死んだ。曲がりなりにも神器であるはずのアイギスが、何故か本能的にそんなことを思った。思ってしまった。

 それくらいに、目の前の美女は恐ろしかった。他の二人と違って、彼女はあくまで自然体だ。だからこそ、怖かった。

 感情のままに、ではなく。ただそれが当たり前だからという、日常の一ページのような気安さでこちらを排除しようとしているのだから。

 

 




アクア「なんか凄い勢いで女神パワー使われてるんですけどぉ!」
アメス「奇遇ねアクア。あたしもコッコロたんが珍しく使ってるわ、女神パワー」


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その118

「ぐあぁぁぁぁぁ――――ッ!!」


〈くっ! 殺せっ……!〉

「勿論です」

「当たり前じゃないですか」

「よいしょ、っと」

〈即答やめて!? 後そこの巨乳美人のねーちゃん言葉より先に剣振りかぶったよね! というか俺っちの宣言全く聞いてなかったよね!?〉

 

 料理の後片付けをするかのように、生ゴミを捨てるかのようにアイギスを処理しようとするシズルは、ただただ恐ろしかった。これならばまだヤンデレオーラを放ちながら呪詛を呟いて来る方がマシだ。神器の特性ともいうべきか、無駄に高い防御力のおかげでなんとか原型を保っているものの、持ち主のいない鎧が目の前の三人に勝てるかと言えば答えは否。

 一応念の為。忘れがちだがここは駆け出し冒険者の街である。普通ならば、その枕詞通りならばアイギスをボコせるような冒険者はこの街に存在しないはずである。

 

〈何なんだよ……! 何なんだよこの街っ……! 見た目は俺っちの好みがあちこちにいるくせに、中身やべーのしかいねーじゃねぇか!〉

「そりゃそうですよ。ここはアクセル、変人の宝石箱です」

〈俺っちの知ってるアクセルじゃなぁい!? いや姐さんの時点で薄々感じてたけどね!〉

 

 コッコロ、リノ、シズルのトリオによってズタボロにされるアイギスを楽しそうに観察していた変人窟筆頭ネネカ。その横でどこか呆れたようにめぐみんがそんなことを述べ、己の知識との差異に鎧は叫ぶ。そうしながら、彼はガシャガシャとゴキブリのような動きで三人から距離を取った。念の為に言っておくが、めぐみんも思い切り変人側である。

 ともあれ。このままでは間違いなくアイギスは鉄くず、もといオリハルコンくずへと変化させられる。間違いなく死ぬ。意思を持った神器の最後としては大分お粗末なものだが、それを回避する手段が現状ほとんど見付からない。土下座して謝って向こうでドン引きしているあの冴えない男の靴でも舐めればワンチャンあるくらいか。

 

〈ふっ……。確かにそうすれば、俺は明日が来るかもしれない〉

 

 ゆっくりと立ち上がる。ギシギシと体を軋ませながら、アイギスは真っ直ぐにコッコロを、リノを、そしてシズルを見た。

 

〈けどな! それをしたら俺の心は死ぬんだよ! 心を無くしたアイギスは、ただの鎧だ。それじゃあ、何の意味も、ねーだろうが!〉

「何言ってるかよく分かりませんけどとりあえずさっさと死んでください」

〈容赦ねぇ!?〉

 

 豪雨のような矢がアイギスを襲う。ぎゃぁ、と汚い悲鳴を上げながら地面に転がったアイギスは、その視界一杯に広がる空を覆い隠すように飛来してくる少女を見た。

 

〈意外とエロい下着履いてるな嬢ちゃん。だが残念、俺っちは十代前半のロリっ子じゃあビンとこなぁぁぁぁぁ!〉

 

 鎧の顔面、纏った人間の視界を確保するその場所に、容赦なくコッコロの槍がねじ込まれた。中に人がいれば間違いなくアイギスの内側で頭部が潰れたスイカみたいになっているであろう。

 幸い、中に誰もいませんでしたので惨劇は回避出来たのだが、ならばアイギス本体も無事かというとそういうわけでもない。

 

〈おごぉぉぉ! 目がぁ! 目がぁ!〉

「……」

〈無言で突き刺した槍を更にねじ込むのやめてぇぇぇ! らめぇぇぇ! 壊れちゃうぅぅぅ!〉

 

 コッコロの目がゴミを見るものに変わっていく。顔面に槍を突き刺したまま、彼女はアイギスをフルスイングした。すっぽ抜けた鎧は再度ゴロゴロと転がり、蜘蛛の子を散らすように逃げていった野次馬のいた場所でボロ雑巾のように倒れ伏す。

 

「こ、コロ助……?」

「はい。どうされましたかキャルさま」

「いや、あの、その……。か、カズマカズマ! ちょっと何か言ってやって!」

「俺!? いやまあ、そのだな……もうちょっと、落ち着いてくれ、なんて」

 

 恐る恐るそう述べるカズマに、コッコロはクスリと笑みを浮かべた。大丈夫ですと言葉を紡いだ。

 

「わたくしは落ち着いております。なので、もう少しだけお待ち下さい。あのアイギスを片付けてまいりますので」

「……やばいですね」

 

 ペコリーヌの呟きにカズマとキャルもうんうんと頷く。多分言葉では止まらないやつだ。そう判断したので、彼ら彼女らとしては何かしら行動でどうにかするしかない。

 が、いかんせん目の前の鎧自体には同情心は欠片も湧いていないので、どうにも必死さがいまいち足りない。

 そんなやり取りをしている隙に逃げ出そうとしていたアイギスは、シズルのスキルによって地面に磔にされていた。完全に詰みである。

 

〈ねえいくらボコされて弱まってるからって俺っちにここまで出来るのはおかしくない!? 何なの!? どういう原理!?〉

「お姉ちゃんパワーだよ」

〈どういう原理っ!?〉

 

 お姉ちゃんパワーはお姉ちゃんパワーである。それ以上でも以下でもない。

 

 

 

 

 

 

 ジタバタと往生際悪くもがくが、お姉ちゃんパワーに女神力をおまけしたそれはびくともしない。アメスの夢空間で状況を見守るアクアがもう好きにすればいいじゃないとやさぐれながらチューハイを空け始めるくらい、アイギスに希望はなかった。

 

〈まだだっ……! まだ、俺はやれる……! やらいでか! 目の前に、こんな、こんなおっぱいと、尻と、太ももがパラダイスしてるのに……何も出来ずに、死ぬ? そんなこと……許されるはず、ないだろうがぁ!〉

「どうしようもないですねこれ。バカにつける薬はないってやつですか」

「リノちゃん、それは――あれ? 合ってる」

「どちらにせよ、さっさと片付けてしまいましょう」

 

 アイギスの叫びを聞いたところで、攻撃の手が鈍るはずもなし。遠巻きになった野次馬ですら、トドメ刺しちまえと応援する始末だ。彼らは共感こそすれど、あの鎧側に立つことはないのである。

 それでも。アイギスは諦めなかった。戦闘中揺れるシズルの胸や、ちらちらと見えるパンツ。リノのスパッツによる曲線。コッコロは対象外なので置いておくとしても、それらを目にして、彼女らに匹敵する美女美少女が闊歩するこの街で、彼は生き残ることを決意したのだ。

 

〈……我が名は、アイギス……! 女神によって賜れし神器にして聖鎧……。女神よ、勇者の誓いよ――俺に、力を!〉

 

 何を、と一瞬皆が身構えるが、何も起きない。何だハッタリかよ、とカズマが呆れたように溜息を吐いたそのタイミングで、どこからか女性の悲鳴が耳に届いた。

 

「今のは、セレスディナ?」

「店番してたはずですよね。どうしたんでしょうか」

「……成程。アイギスの力は腐っても女神由来ということですか」

 

 え、とネネカの言葉に振り向いためぐみんとちょむすけだが、そんなことよりもと彼女が指差した方向に向き直る。その先にあるのは自分たちの屋台で、そこにあるのは。

 

〈そうだ……俺はアイギス……諦めの悪い鎧……〉

「何か飛んできてますよ!?」

「ちょっと!? 何よあれ!?」

「アイギスに似てるっぽいけど……いやほんと何だあれ!?」

 

 カズマたちの驚きを他所に、アイギスに似た形の飛来物は一直線にオリジナルへと向かっていく。羽虫を落とすようにコッコロ達がそれらを叩き落としていくが、しかし落としても壊しても勢いが止まらずアイギスへと。

 

〈オ、オオオオオオオオオオッ……!〉

 

 破片が、欠片が、壊れなかったものが。次々にアイギスへと吸収されていく。ネネカが用意した、《戦えデストロイヤー》をベースにアイギスの要素を付け加えた試作量産品。それが、本物のアイギスに呼応して自立起動を果たしたのだ。一斉起動した結果、セレスディナは屋台ごと吹っ飛んで爆心地で転がっている。

 

「レジーナの加護を組み込んだ人形をベースにしたことで、本来のアイギスの能力と相乗効果を生み出し余計な機能が追加されたのですね。中々に興味深い」

「言ってる場合ですか!? なんか凄いことになってますけど!?」

「これはまた……随分と」

 

 ちょむすけがアイギスを見上げる。そう、見上げているのだ。急なことで一瞬緩んだお姉ちゃんパワーを跳ね除け、アイギスは再び立ち上がった。立ち上がり、ネネカの試作量産品を取り込み、そして。

 

〈オッパァァァァイ……尻ィィィィィ……太モモォォォォォ……!〉

 

 巨大な鎧へと変化を遂げた。その代償なのか、先程までの何か鬱陶しい口調は鳴りを潜め、ただただ己のエロ欲望を垂れ流すようになっている。

 ズン、と巨大アイギスが一歩踏み出した。振動が空気を震わせ、それだけで単純な恐怖を煽る。流石にこれ以上ここで見るのは危険だと判断したのか、遠巻きだった野次馬も避難を開始し始めた。

 同時に、近くにあった屋台の人々も慌てて撤収を始める。そして、それに合わせるように、一人の少女が前に出た。

 

「ペコリーヌ?」

「このままだとお祭りが中止になっちゃいます」

「……ここの連中がこの程度で祭やめるか? いやまあ、今日は確かに無理かもしれないけど」

「そうよ、ほっといてもあの辺のがぶっ倒すでしょうし、明日には何事も」

「今日中止になったら、駄目じゃないですか」

 

 うぇ、とキャルかカズマのどちらかが変な声を上げた。ペコリーヌの表情は真剣で、ふざけている様子は見られない。なので、間違いなく彼女は素で言っている。それがどういう意味なのか、分かっているのか無意識なのか。カズマにそれを聞く勇気はないので、やたらとぎこちない動きでお、おうとだけ返事をしていた。

 

「……ま、確かに今日この後中止になったら花火も上がんないし、アクセルの連中は不満かもしれないわね」

「お、おう、そうだな? てか何? 花火ってそんな人気なの?」

「そりゃそうよ。花火ないと駆除しそこねた虫の残党を殲滅できないでしょ?」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「あんたこそ何言ってんのよ。花火は祭の宣戦布告の合図じゃない。あれで集まってきた虫の残党を一網打尽にするのよ」

 

 これだから異世界は、とカズマは思わず叫ぶ。ほんのちょっとだけ、夜空に咲き誇る大輪の下でイチャコラできるかもとか思っていた希望が潰え、ひっそりと盛り上がっていたテンションが萎えていく。もっとも、いざ実際その場になったらヘタれる程度のものではあったが。

 

「あー……んじゃペコリーヌもそういう意味で」

「……あんた、何言ってんのよ」

「いやもうそういう意味でいいじゃん! 俺は何も聞いてない! あーあー聞こえない!」

「ヘタレ」

「何とでも言え! とにかく、今はあのクソ鎧をぶっ倒すのが先決だろ」

 

 そうね、とキャルも杖を構える。が、現在の場所は街の広場。ここで魔法をぶっ放してしまえば、たとえアイギスを倒したとしても祭がすぐに再開できるかどうかが怪しくなる。

 ちらりとペコリーヌを見た。同じ考えに至ったのか、彼女も出来るだけスキルを使わずにどうにかする方向でいくようだ。

 

「つっても、あれ腐っても神器だろ? 普通の攻撃チマチマやってちゃ結局その間被害増えるんじゃ」

「そ、そそそそういうことならば!」

 

 カズマの呟きに反応するように、明らかに避難する側だろと言わんばかりのテンションの叫びが挟み込まれる。視線を向けると、突如三人に見られたことで視線の暴力に耐えきれず悲鳴を上げながら半透明のプリーストの後ろに隠れる姿が見えた。勿論隠れられていないので丸見えである。

 

「リーダー! えっと、その、あ、あれ? 私、何言おうとしてたんだっけ?」

「お前もかよゆんゆん……。とりあえず落ち着け。あのエロ鎧をどうにかするアイデアかなんかだろ?」

「あ、そうだそうだ。リーダー、とりあえずあれを街の外に出せればいいんですよね?」

「出来るのか?」

「あ、はい。それで、リーダーのあのスキルを使って欲しいんですけど……いえあの! おこがましいとは思うんですけど!」

 

 手をブンブン振りながら後ずさるゆんゆんを見て、それは別に構わないとカズマは即答した。別段渋る理由もないし、むしろいい加減この程度のお願いで遠慮するのをやめて欲しいくらいだ。そんなことを思いながら、じゃあ早速とゆんゆんに繋げるように剣を構え。

 

「あ、えっと、私じゃなくて。いえ、私も勿論手伝うんですけど、今回の方法で重要なのはアオイちゃんと安楽王女さんで」

「え? こっち?」

 

 ぐりん、と対象を切り替える。相も変わらずルーシーの後ろに隠れているアオイを見て、本当に大丈夫かよと彼はジト目になった。

 

「てか普段より酷くないか?」

『お祭りに参加したせいで、ぼっちラキシーショックを起こしたみたいなの』

「帰れよもう」

「私もそう思ったんだけどなぁ。一人で祭の端っこをこっそり一周して終わりじゃない年なんて生まれて初めてとか言われると、なぁ?」

「心が痛い!」

 

 アオイの肩に乗っていた安楽王女の言葉に、カズマの中で何とも言えない、同情というか同調というか、そういう感情が生まれてくる。いや流石にここまで酷くはなかったような気もするけど、と頭を振ってそれを散らした。

 

「で、だ。アオイと安楽王女でいいんだな?」

『ええ、私とゆんゆんはサポートに回るから、それでお願い』

「お願いします、リーダー」

「よし。……いや本当に大丈夫か? アオイが微振動とかそういうレベルじゃない揺れ方してるけど」

「だ、だだだだ大根人参いんげん豆!」

「大丈夫じゃねぇな」

「い、いいえ! や、やや、やりますぅ!」

 

 相変わらず目はグルグルしているままだが、それでも生まれたての子鹿のような足を一歩踏み出し前を睨む。そんなアオイを見て、安楽王女がほれ早くやれと笑みを浮かべながらカズマを促す。

 

「しょうがねぇなぁ。いくぞBB団!」

 

 アオイと安楽王女にブーストを掛ける。よし、と彼女の肩から飛び降りた安楽王女は、後ろにいるアオイに向かって叫んだ。よしやれ、と声を掛けた。

 

「び、BB団の絆と、私の知り合いになってくれた皆さんのために……!」

「別に友達でいいだろうに……」

「そ、そそそそそんな恐れ多い! 私みたいなのがそこまで高望みしたら、世界のバランスが」

『若干紅魔族の影響受けてるわね』

「わ、私は違うわよ! あ、友達じゃないとかそういう意味じゃなくて、むしろアオイちゃんは大切なBB団のおともだ――」

「早くやれよぼっちども!」

 

 カズマが叫ぶ。今の所押し留めているだけに抑えている三人も、時間が掛かり過ぎれば優先順位も変わってしまう。やるならば、急がなくては。

 そんな彼の声に姿勢を正し、アオイは安楽王女へと手を向けた。彼女はぼっちを極めしエルフ。植物を友人にしようと試みたことも両手の数では足りない。だから。

 

「植物と――絆の力です!」

 

 マスコットサイズであった安楽王女が急成長をする。本体の森とは別ベクトルで、どんどんと大きくなっていく彼女を見て、カズマ達はなんじゃこりゃと目を見開いていた。

 

「よし。そこのエロ鎧!」

〈オッパイィィィ!〉

「やかましい。暴れるんなら――」

〈尻ィィィィ?〉

 

 巨大化した安楽王女が巨大化したアイギスを掴む。そのまま持ち上げると、狙いを定めて思い切り投げ飛ばした。落下地点は、勿論街の外。

 

「人様の邪魔んならんとこでやっておけっての!」

〈太モモォォォォ!?〉

 

 安楽王女。かつて塩漬けクエストの討伐対象にまでなっていた魔物だが、その実彼女の行動自体は割と今の発言に即していたりもするわけで。

 

「モンスターが常識人の範疇の街って、何なんだろうな……」

「いやむしろ魔物以上に頭おかしい連中が闊歩してる方を問題視しなさいよ」

「あははは……」

 

 ともあれ、これで遠慮なく叩きのめせる。行くぞ、とアイギスの落下地点へ、カズマ達は急いで駆けた。

 安楽王女はデカイままである。

 

 




戦隊モノのお約束みたいなアレ


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その119

決着というか、もう一回ボコるというか。


 その報告を聞いたダクネスは、まず頭を押さえ溜息を吐いた。が、驚きは所詮それほどではない。例の鎧が暴れているというそれだけだったからだ。やはりあの場で捕獲するべきだったか、などと思いながら、まあ今度こそ終わりにできるだろうとほんの少しだけ楽観的に安堵をした。

 その表情が変わったのは次の報告だ。なんでもネネカが関係しているらしい。それを聞いたことで彼女の顔色が変わる。それはひょっとしてまずいのではないだろうか。事後処理で済まそうと思っていたが、これは悠長なことを言わずに見に行ったほうが。

 更に次の報告がきた。何でも騒動の原因は鎧が冒険者カズマのパーティーメンバーの一人にちょっかいを出したからだ、と。もし王女に何かあったら、と立ち上がったダクネスに、その続きが伝えられた。それをカズマが妨害した結果、恐ろしいオーラを出した三人の女性陣に鎧はボコされたとのこと。

 

「……すまん。なんだって?」

「ですから。冒険者カズマを害そうとしたのでしょう。件の鎧はアメス教のアークプリーストで彼のマ――従者コッコロ、彼の姉を名乗るアクシズ教アクセル支部長シズルと彼の自称妹リノの三人によって叩きのめされました」

「そ、そうか」

 

 じゃあもういいか。半ば諦めが入ったような感想を抱きつつ、やはりこれは事後処理担当なのだなと小さく溜息を吐いて。

 

「その後、巨大化して街中で暴れようとした鎧は同じく巨大化したBB団の安楽王女によって街の外に放り出され、現在野次馬がそこに集結中です」

「この街の連中はっ!」

 

 誤解なきように言っておくが、彼女も該当者である。というか、筆頭の一人である。統治者というのは時に棚上げが必要なのだろう。

 

「何なのだこれは!?」

 

 そうして向かった街の外。幸いというべきか狙ったのか、その空間は花火大会の決戦場として誂えられた場所である。飛来する虫を撃退するべく用意されたそこは、何かしら暴れたとしても別段損害はない。

 場所は問題がないのだ。彼女が頭を抱えているのは。

 

「はいはーい。たい焼きおまたせにゃー!」

「へいまいど。こちらは仮面焼き二つだな」

「は、は~い。飲み物おまちどうさまです」

「何をやっている何を!」

 

 城門付近を観客席にして、野次馬を遠ざけつつ売り子で小金を稼いでいる昔馴染の所属陣営だ。タマキがたい焼きを、バニルが肉や野菜を具材にした仮面焼きとやらを、そしてウィズが飲み物を。それぞれ売り歩いているその姿を見て彼女はツッコミを入れつつ何とも言えない表情を浮かべた。

 

「おや? どうした、気の抜けたところに思わぬ騒動が来て頭の処理が追いついていないドM娘よ。汝の求める快楽ならばここよりも向こう側に行くがいい」

「そ、そうなのか……? ではない! いや、それはそれで気になるが今はそこではなく」

「ほんとダメダメだにゃー……」

「この騒動はどういうことだ?」

「見て分からんか?」

「分からないから聞いている!」

 

 やれやれ、とバニルが呆れたように肩を竦める。報告は聞いているのだろうと彼が問うと、ダクネスは勿論だと頷いた。ならば何が分からないか。それはもちろん。

 

「何故ここで商売をしている!?」

「稼げるからだが」

「そうかもしれんが、そうではなく!」

「いやまあ、実際アキノの根底そこだし」

 

 タマキがたははと苦笑しながら述べる。うぐ、と彼女のことをよく知っているダクネスは一瞬怯み、だとしても、と尚も言葉を紡ごうと口を開き。

 

「勿論オーナーは余計な被害者を出さぬよう配慮するのも目的だと言っておったぞ。ほれ、あっちの現場に近付けるのは一部の限られた変人のみだ。残りはこちらの観客席で大人しくしているからな」

「……あ、うん」

「絶妙なタイミングで言いやがったにゃ」

「バニルさんですから」

 

 思い切り勢いを削がれた彼女が萎んでいくのを見ながら、タマキとウィズがポツリと呟いた。そうしながら、それでもういいのかと問い掛ける。先程言ったように、商売も立派な目的の一つなのだ。

 すまなかった、とダクネスは三人に頭を下げ、では改めてと騒動の原因たる眼の前で繰り広げられている怪獣大決戦を見やる。デストロイヤーには及ばないが、見上げないと顔が見えないほどの巨大さは十分に脅威であろう。

 

「よし、では私は向こうに。……ん? 向こう?」

 

 怪獣大決戦の現場付近。明らかに観客ではない連中の集団が視界に映った。先程バニルが言ったように限られた変人なのだろう。ダクネスの知り合い達ともいう。

 

「おい待て。まさかあそこに」

「フハハハハハ、まさかとは愚問だな。無論、腹ペコ娘もあちら側に決まっておろう」

「それを早く言え!」

「何を言っている。我輩は最初に言ったはずだ。汝の求めるものは向こう側だと」

「意味合いが違う!」

 

 がぁ、と叫んで一目散に駆けていくダクネスの背中を見ながら、バニルは心底楽しそうに笑った。美味美味、と満足そうに呟いた。

 

「そもそも。今更あの連中がこの程度でどうにかなるはずもあるまい」

「あはは……まあ、そうなんですけどね」

「悪魔のお墨付きの変人ってぶっちゃけどうなのかにゃぁ……」

 

 まあいいや、と気持ちを切り替えたタマキはたい焼き販売を再開する。ウィズもそれに続き、バニルも笑いながらやってくるお客に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

「おー……」

「すげぇなぁ……」

 

 そんな観客席の呟きを、現場から遠巻きに見ていたカズマの耳が拾った。そのセリフをのたまったのは男連中で、一体全体何が凄いかと言えば。

 

〈オッパァァァァイ!〉

「やかましい! さっさと壊れろ!」

 

 巨大アイギスを巨大安楽王女が蹴り飛ばす。全身鎧はもんどり打って転がり、げんなりした顔で美女の姿をした植物モンスターは息を吐いた。既に何回か行っているやり取りで、大分理性が飛んでいるアイギスはただただ突っ込んでくることしかしない。ほぼ本能で動いていると言っていいだろう。

 では、彼の本能とはなんぞや。

 

〈オッパァァい〉

「だから黙れって言ってんだろ!」

 

 本能的に胸を隠しながら安楽王女が再度蹴り飛ばす。そんな光景を見ながら、カズマはそんなこと言ってもなぁと心中で思う。野次馬は思い切り口に出していた。

 

「布地が少なすぎる」

「だよなぁ」

「普段小型だから忘れかけてたけど、安楽王女って元々塩漬けクエストになってたくらいの評判だからなぁ」

「あれは、確かに行きたくなるな」

「聞こえてるぞお前らぁ!」

 

 観客の方をギロリと睨む。そんな安楽王女を見て、一部の男連中はありがとうございますとお礼を言っていた。どうやら手遅れ、あるいはいつぞやの影響がこっそり残っていたのだろう。

 

「……ちょっと服装変えるか」

「そ、その時は私がおて、おて、おててて繋いで!」

「分かったからちょっと黙ってろアオイ。舌噛むぞー」

 

 このやろー、と起き上がったアイギスを右ストレートでぶっ飛ばす。めきょ、と何か嫌な音がして鎧が再度倒れ伏した。

 ちらりと右手を見る。指が変な方向に曲がっているのが見えて、あちゃー、と彼女は顔を顰めた。本体の大本ではないのでダメージはそれほどでもないが、痛くないかと言えば嘘になる。

 

「ゆゆゆゆゆびー!」

「落ち着け。というかお前いい加減降りろ」

 

 肩にしがみついているアオイをチラ見しながら安楽王女はそう述べたが、彼女はいいえと珍しく強い口調で首を横に振った。それは出来ませんとはっきり答えた。

 

「BB団の仲間として、少しはサポートをさせてください」

 

 そう言ってアオイは自身のスキルを使う。エルフ特有、というより彼女がとことん尖らせたそれは植物栽培というレベルではない。成長の促進や病気の治療も可能にした、いわば植物専門の万能スキル。友達候補が植物しかいなかったからこそ成し遂げた努力の結晶である。

 そんなわけで安楽王女の傷を癒やし、これで大丈夫ですねとアオイは微笑んだ。

 

「はぁ……」

「ふぇ? あ、安楽王女さん!?」

 

 治った右手でアオイを摘んだ。ジタバタともがく彼女を、ゆんゆんとルーシーがスタンバっている場所に落とす。ぺい、と落とされたアオイは、そのまま尻餅をついた。

 

「ばーか。あのなアオイ。私もこんなんであの鎧が倒せるとは思ってないの」

 

 溜息混じりにそう告げた安楽王女は、準備はどうだと視線を動かす。起き上がるアイギスではなく、足元のBB団でもなく。

 

〈し、尻ィィィィ、太モ――〉

「おう、いいぞ。めぐみん!」

「《エクスプロージョン》!」

 

 アイギスの頭部が爆発した。上空に生まれた盛大な爆発は、街の全方位からでも確認できるほどの大きさで。

 そして勿論、範囲の大きさも絶大である。

 

「おーおー。飛んできた虫達もついでにぶっ飛んだわね」

「やばいですね☆」

「ふふん。我が爆裂魔法にかかればこれくらい造作もないです」

 

 元々この場所は花火大会の決戦場。集まってきた虫を一網打尽にするための空間である。そして花火とは、いわゆる爆発魔法や炸裂魔法の類だ。

 ならばその最上位である爆裂魔法でも何ら問題はない。そういう理屈である。

 

「え? あ、ひょっとして」

「うん。アオイちゃんがあのまま安楽王女さんの肩にいると衝撃で吹っ飛んじゃうかもしれなかったから」

『素直にそういえばいいのに』

「うるせー。さっき言った理由も本当のことだろうが」

 

 何回か殴り飛ばして彼女は理解した。巨大化しているアイギスは脅威ではない、と。コッコロ達にボコされていた時と比べると、神器としての格が数段落ちているのだ。恐らくネネカの試作品を大量に取り込んだことで本来の性質が薄まったのだろう。だから、どれだけ大きかろうとそこまで苦労せずに退治ができる。

 

「私としては、この結果はあまり喜ばしいものではありませんが」

「試作品だから当然、じゃないかしら」

「ふむ。成程、そういう考えもありますね」

 

 ちょむすけのその言葉は果たしてネネカにとってフォローになったのか。もしかしたら余計な騒動の火種を作ってしまったのかもしれないが、どちらにせよ今の状況にはそこまで関係がない。魔力を使い果たしてネネカの用意した椅子で満足気にぐったりしているめぐみんを見ながら、じゃあ行きましょうかと彼女はアイギスと残っている虫の群れを見る。

 

「ええ。出来るだけ作業は迅速に行いましょう。カズマ」

「あーはいはい分かってますよ! やりゃぁいんだろやりゃぁ!」

 

 BB団、めぐみん、そしてネネカとちょむすけ。短時間で一気にブーストを行ったのでカズマとしてもそこそこの負担が掛かっていた。これ以上となると、流石の彼も倒れることを考慮しなくてはいけなくなる。

 

「その時は、ちゃんとお姉ちゃんが支えてあげるよ」

「あー、ずるいですよシズルお姉ちゃん! 私も! 私もお兄ちゃん支えます!」

「いいえ。主さまを支える役目は、普段から行っている、わたくしにお任せを」

 

 背後から聞こえてきたやり取りをカズマは聞かなかったことにした。ヘタに口出しするものではないと判断した。懸命である。

 ともあれ。

 

「《エクス――」

「――プロージョン》」

 

 ネネカとちょむすけによる爆裂魔法おかわりによってアクセルの街には立派な光の花が咲き誇り、見ていた観客も思わず歓声を上げている。虫はまとめて吹き飛んだ。

 

「爆裂魔法を花火大会用に転化する方法……流石は師匠と所長というべきですか。来年は私も学ばなくては」

「来年は多分このエロ鎧厳重に封印されてると思うわよ」

 

 次なる高みを目指そうとしているめぐみんにそうぼやきながら、はてさてとキャルはアイギスを見る。あれで木っ端微塵なら万々歳。そうでないのなら追撃の準備が必要だ。

 爆煙が晴れた。倒れたままの巨大アイギスにゆっくりとヒビが入っていく。が、そこまで。腐っても神器、完全破壊には至らなかったらしく、そのままゆっくりと体を起こすところであった。

 

〈ん? ううん? あ、あれ俺っちどうしたんだっけ?〉

 

 そんなことを呟く。ダメージの蓄積で取り込んだネネカの試作品が限界を迎え始めたのだろう。アイギスの言葉には幾分か理性があった。当初の状態を理性があると称するのはいさかか問題な気もしないではないが。

 

〈あー、そういや何か取り込んで巨大化して。でっけぇおっぱいを揉みしだこうとして〉

 

 キョロキョロと辺りを見渡す。仁王立ちしている巨大な安楽王女を見て、そうそうあれあれと手をワキワキさせた。どうやら多少言語能力を取り戻しても変わらないらしい。

 

〈相手はモンスターだし、不可抗力の合法ってことでいいよな? よっしゃ、いっただーき――〉

「《オーロラブルーミング》」

「《セイクリッド・ビヨンド》」

「《コロナレイン》!」

〈またこのパターン!? ぐぇぇぇぇ!〉

 

 コッコロにより強化されたシズルとリノのスキルを食らってよろめいた。全身のヒビが更に大きくなり、パーツの一部が崩れ始めている。

 

〈えちょっとこれまずくない? あ、でもこの巨大ボディと俺っちの本体は別か。……でも駄目だろ!? 破壊で強制解除とか絶対とんでもない負担が〉

『支援完了。さ、やっちゃいなさい』

「《カースド・クリスタルプリズン》!」

「べ、《ヴェノムブルーミング》!」

〈おほぉぉぉぉぉぉ! 冷気と毒の蔦が全身を弄ぶぅぅぅ!〉

 

 ゆんゆんの放った猛吹雪がアイギスのヒビを増大させ、アオイによる地面から伸びた蔦がそこに入り込んで内部から破壊していく。思ったよりエグいその所業に、見ていたキャルは若干引いた。

 そして。

 

「いい加減ぶっ壊れろ!」

〈ひでぶぅ!〉

 

 ダメ押しに安楽王女がぶん殴り、巨大アイギスは見事なまでに粉々になった。バラバラと破片が周囲に降り注ぎ、そしてその中心部にはコアとなっていた普通サイズのアイギスが。

 

〈ああ……燃え尽きちまったぜ……真っ白にな……。俺っち元々純白ボディだけど〉

 

 余裕があるのかないのか分からないことをぼやきながら、アイギスは落下していく。そのまま地面にドシャリと落ちれば、今回の戦闘は終了、ということになる。

 そう、皆が思っていた。カズマもはい終わった終わった、と気を抜いていた。

 

「――変身」

「ん?」

 

 だから、突如真横でフォームチェンジしたペコリーヌを見て、彼は思わず目を見開いた。お前いきなり何やっちゃってんの、と。

 彼女はそれに答えない。目の前に魔法陣を展開し、背中からオーラの翼を生み出して、足に思い切り力を込め。

 

「《超☆全力全開!――」

〈え? ちょっと待った。俺もうやられてるよ? 後はこのまま倒れて終わりだよ!? 追撃の必要ないよね!? ね? ねぇってば!〉

 

 ペコリーヌは答えない。一直線に空を舞い、目の前のターゲットに向かって剣を振るう。

 

〈俺っちが何をしたっての!? ここまでされるいわれはなくない!?〉

「――プリンセスストライク》!」

 

 メキョ、とアイギスの顔面が凹んだ。全力で振り抜かれたペコリーヌの剣により、そのまま喋る鎧は遥か彼方へ吹っ飛んでいく。遠くに見える崖に激突したのか、土煙が舞い上がっているのが薄っすらと見えた。

 すとん、とペコリーヌは着地する。元の姿に戻りながら、普段の彼女らしからぬ、どこか拗ねたような表情を浮かべながら、飛んでいった向こう側を睨んでいた。だって、と小さく呟いていた。

 

「今日のお祭り、中止になるところだったじゃないですか」

 

 




ダクネス「もう終わってる!?」


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その120

 アイリス
(`0言0́)<ヴェアアアアアアアアオネエサマトラレルウウウウウウ!!


 土砂の中に埋もれていたアイギスを発掘したクリス達は、持って帰って泥を落とし、そしてその惨状を見て思わず声を出した。具体的には、うわ、である。

 

「酷いね、これ」

「ああ。だがまあ、ユースティアナ様があれだけ怒ることも滅多に無い以上、必然とも言えるな」

「神器同士のぶつかり合いがこの程度で済んで御の字、といったところですわね」

 

 うんうん、とアキノが頷き、控えていたタマキやミフユはそんなものだろうかとアイギスを見やる。

 

〈うぅ……あぁぁんまりだぁぁぁ〉

「いや、割と自業自得にゃ」

「そうね」

 

 ぼやく鎧にツッコミが入った。そこまでか、とリアクションを取ったアイギスは、己の状態を触れて確かめ、そして再度項垂れる。すんすんめそめそとすすり泣く全身鎧は非常に鬱陶しかった。

 

「ああもう、泣かないの。神器でしょ」

〈うぅ……だってよ……俺っちの――――頭が!〉

 

 物凄くひしゃげていた。間違いなく中に収納するスペースがないほど、それは見事に潰れていた。

 

「確か分解は出来ないのだったな」

「となると。現状はただの役立たずですわね」

「修理、かぁ……。神器の修理の当て、誰か持ってたり……?」

 

 クリスが皆を見渡すが、揃って首を横に振る。だよねぇ、と肩を落とす彼女だったが、そこに新たな声が二つ。連れてきたわ、というユカリの声と、そして。

 

「話は聞かせてもらいました。直りさえすれば、その過程は多少無視しても構わないのですよね?」

「え? ま、まあ。そうだね」

〈ひぃぃぃぃぃ!? 姐さん!?〉

 

 笑顔を浮かべた、ネネカである。

 

 

 

 

 

 

 そんな鎧の末路はどうでもいいとして。所変わってアメス教会。結局アイギスの騒動を祭の三日目のイベントとして組み込んでしまったため、件の約束は翌日、女神祭最終日と相成った。

 

「えっと、じゃあ」

「はいはい。行ってらっしゃい」

「お、おう。よし、じゃあ」

「は、はい。えっと」

「いいからさっさと行けぇ! あんたら玄関でいつまでモタモタしてんのよ! 祭の最終日なんだから、グズグズしてると出店も終わっちゃうわよ」

 

 がぁ、と吠えるキャルに促され、ペコリーヌとカズマはどこかギクシャクした動きで揃って教会から出掛けていった。付かず離れずなポジションを維持している背中を見ながら、彼女は呆れたように溜息を吐く。

 

「まだまだ女の子のエスコート力が足りないね」

「まあ、お兄ちゃんですから。戦士の道も尻尾から、そのうちレベルアップしてくれますよ、きっと」

「そうだね。あとリノちゃん、『千里の道も一歩から』だよ」

「で、あんたらは何で当然のようにここにいるわけ?」

「弟くんのデートを見守るのはお姉ちゃんの努めです」

「お兄ちゃんのデートを見守るのは妹として当然ですよ」

 

 迷いなく言い切った。追加の溜息を吐きながら、キャルはもういいと視線を外す。偽姉妹とは別に、多少の心配をしつつも穏やかな表情で見送っていたコッコロを見た。

 

「コロ助。あんたはどうなの? 心配?」

「少しは。ですが、ペコリーヌさまと主さまですから」

「……ま、そうよね。あんたはそういうやつよね」

 

 そう言いつつも、キャルはだったら別の方向の心配はどうなのかと口を開きかけた。が、途中で踏みとどまる。聞いてもしょうがない、と判断したのが一つ。

 そしてもう一つは。

 

「どうしたの? キャルちゃん、やきもち?」

「そんなわけないでしょ。ぶっ殺すわよ」

 

 そう言われるのが嫌だから。だったのだが、口にしなくとも結局シズルが絡んできたので台無しとなった。まだ昼前なのにも拘らず、彼女は既に数えるのも馬鹿らしくなった溜息を吐く。

 そもそも、そのやり取りはペコリーヌがカズマをデートに誘う下りの際に既にやったやつだ。もう一度蒸し返しても答えが変わるはずもなし。

 

「さて、と。じゃあお姉ちゃんもそろそろ行こうかな」

「ですね」

「待て」

 

 ぐわし、とシズルの肩を掴んだ。どうしたの、と笑顔で振り返る彼女を見ながら、キャルはジト目で何をする気だと問いかける。勿論答えは分かっている。

 

「さっきも言ったでしょ。弟くんのデートを成功させるために、見守りにいくんだよ」

「却下よ却下! あんた絶対余計なことするでしょ!」

「信用ないなぁ。大丈夫、お姉ちゃんだよっ」

「だから言ってんだけどぉ!」

「もー。しょうがないなぁ。じゃあ予定より早いけど、あっちの準備を始めようか」

 

 くるりと反転。そうしてリノとコッコロの二人とアイコンタクトを取るシズルを見て、キャルは何を企んでいると睨み、問うた。が、当の本人は別に何も企んでいないと笑顔を浮かべるのみで、残り二人もそれは同様だ。

 

「じゃあ、始めようか」

「はい」

「お任せください」

「え? ちょっと! 何!? 何なの!? コロ助まで一緒に何する気!? ちょっと! ねえってば! 教えなさいよ! 無視すんなぁ!」

 

 三人に詰め寄りつつ、彼女はどこか他人事のようにこう思った。

 これもう昼過ぎた頃には声枯れるんじゃないだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

「お、今日は二人か」

「あれ? ペコちゃんと、あれ?」

「おう。おう? あ~」

 

 街を歩く。出店を冷やかしながら歩いていた二人は、人々の反応に何とも言えない表情を浮かべた。単純に気にしていない人、このタイミングでこの組み合わせは珍しいと首を傾げる人。

 そして、謎の察しを見せる人。特に三番目が二人にとって問題であった。

 

「あ、あはは。なんだか、余計な気を使わせちゃったみたいですね」

「お、おう。そうだな」

 

 サービスの品を貰いながら苦笑するペコリーヌの横で、カズマが歯切れの悪い返事をする。誘われた時もそうであったが、彼にこの手の経験は皆無。どうすればベストコミュニケーションなのかさっぱり分からないのだ。

 そもそも。別に二人で街を歩いているという状況自体は別段変わったことではない。普段、買い出しなり散歩なり、パーティーメンバー全員ではなく、ペアで何かしらすることは珍しくないのだ。だからカズマの緊張は、状況そのものではなく。

 デート、という、この状態を特別なものに変えた単語そのものにある。

 

「な、なあ、ペコ――」

「おいひいですね、カズマくん」

 

 それでも。何とか気を取り直した彼は、多少なりともそれっぽいことを言おうと顔を隣の彼女に向けたわけなのだが。

 その時には既に、ペコリーヌはもらった出店の食べ物にかぶりついていたわけで。

 

「むぐむぐ。んっく。どうしました?」

「いや、なんでもない。……意識した俺が馬鹿だったわ」

 

 色々あろうがとりあえず食欲が優先順位のトップに来るこの娘に期待してもしょうがない。はぁ、と溜息を吐いたカズマは、少しだけ気が楽になったのか硬かった表情を元に戻し。

 

「あ。……あの、カズマくん」

「ん?」

「えっと……。手を、繋いでもいいですか?」

「お前何言っちゃってんの!?」

「あ、ははは。そうですよね、ごめんなさい」

「いやそうじゃなくて! 食欲優先したじゃん! 今!」

「温かいうちに食べないと美味しさが落ちちゃいますから」

「違う、そうじゃない!」

 

 振り幅どうなってんの。と聞きたいが、意図してやっているわけではないのが分かるのでそれを聞いたところで何か変わるわけでもなし。でも油断したところにボディブロー打ち込むが如き所業は間違いなく致命傷である。

 それはそれとして。しゅんと項垂れながらもぐもぐと食事を続けるペコリーヌを見ていると、カズマとしても放っておくことなど出来ないわけで。というかデートなのでそもそもしない理由がない。

 

「こ、これでいいか?」

「っ! ……はい。ありがとうございます、カズマくん」

「別にお礼言われるようなことじゃないだろ」

 

 気恥ずかしくなってそっぽを向く彼を見ながら、ペコリーヌはえへへと笑う。そうして二人、手を繋いだまま祭の町並みをゆっくりと歩く。アクセルでは顔も名前も性格もよく知られている二人のその姿に、やはり街の人々は思い思いの反応をした。とはいえ、概ねプラスの印象である。多少の妬みもあるが、その程度。

 

「けっ。ガキみたいなことしてやがんなぁ」

「何、ダスト。僻み?」

「バカ言え。俺だったらあんなじれったいことしてないでさっさと宿屋に連れ込むって話だ」

「ふーん。……リールさんを?」

「あれは関係ねぇだろ!?」

 

 後は精々このくらいである。お前も人のこと言えねぇだろというキースのツッコミに、チンピラはそんなわけあるかと逆ギレしていた。

勿論聞こえているわけでもなし。段々と慣れてきたのか、カズマもペコリーヌもその距離の近さに違和感を覚えなくなってきた頃。

 二人に声をかける出店の店員が一人、いた。

 

「やあやあ、普段の食べ歩きと変わらんと自分に言い聞かせていた割にバリバリ意識しまくっていた小僧よ、我輩の屋台に立ち寄っては如何かな?」

「いきなり何言ってんだお前!?」

 

 そう言って笑う仮面の店員、言うまでもなくバニルなのだが、彼はほれほれと屋台を指し示す。あはは、と苦笑しているウィズがそこに立っていた。

 カズマの隣にいたペコリーヌは目をパチクリとさせると、せっかくですからとそちらに足を向ける。屋台とは思えないバリエーション豊かなラインナップが、悪く言えば節操のない品揃えが目に飛び込んできた。

 

「お前これ許可取ってんの?」

「無論だ。そもそも我輩の雇い主はウィスタリア家の令嬢アキノ、オーナーがそのような抜かりをするはずもあるまい」

「ま、まあ最終日だからって見逃されている部分もありますけど」

「駄目じゃねぇか」

 

 どちらにせよ、この出店を摘発したところで何の得もない。まあいいやと溜息を吐いたカズマは、ペコリーヌと同じように屋台の品物を順繰りに眺めていった。

 目立つ場所に飾られているのは仮面、バニルの趣味なのか以前アキノが作った在庫処分なのかは判断つかないが、とりあえずこれを買うことはないだろうと視界から外す。

 それ以外はちょっとしたアクセサリーが主で、祭の怪しい屋台っぽいなぁ、と彼はそんなことを思った。案外こういうところで買った指輪を、彼女に渡したりするのがラブコメの定番だったりするのだ。

 

「いやいやいや」

「どうしたんですか?」

「い、いや、何でもないぞ」

「ふむ。腹ペコ娘よ、そこの小僧はここで指輪を買ってプレゼントするのもデートっぽいかもしれんと考えただけで、確かに何かあったわけではないぞ」

「え? あ、そ、そうなんですか」

「やめろよそういうの暴露するの! ちょっと俺死にたくなるだろ!」

「何を言う。我輩は商品を買ってもらえるよう努力を怠らんだけだ。それにほれ、腹ペコ娘も満更でもないだろう?」

「えぇ!? いえ、その、それは、えっと」

「おいやめろ。そういう空気にするのマジやめろ」

 

 うむうむ、と笑顔で頷いているバニルは、そこで一旦引き下がる。ウィズが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたが、彼はどこ吹く風。挙動不審に、しかしちらちらと指輪を見ているカズマを、実に楽しそうに眺めていた。

 

「あ、ちなみに私のオススメはそこの赤い宝石です」

「じゃあそれ以外にするわ」

「賢明であるな」

 

 吹っ切れたのか開き直ったのか。ウィズがそんなことを言い出したので、カズマは即答する。バニルも同意し、ペコリーヌは特に何も言わなかった。反論も、である。

 そして同時。彼は自分がうっかり勢いで口走ってしまったことに気付いた。それ以外にする、と言ってしまったのだ。

 

「フハハハハハ。では小僧、どの指輪にする?」

「……この、青いやつで」

「ふむふむ。腹ペコ娘の瞳と同じような透き通る蒼の宝石の指輪だな。まいどあり」

「だからそういう言い方やめろよ!」

 

 先程からバニルは上機嫌だ。カズマからいい具合に羞恥の悪感情を頂いているからだろう。それを分かっているのか、ほどほどにしてくださいよとウィズも彼を窘める。そうしながら、ラッピングしたそれをカズマへと手渡した。

 そのまましばし動きを止めていたカズマは、やがて意を決したように振り向く。急なそれにビクリとしたペコリーヌを見ながら、彼は手に持っていた小包を差し出した。

 

「……本当に、いいんですか?」

「べ、別に元々そのために買ったやつだし? いいも悪いもないというか?」

「ヘタレだな小僧」

「カズマさん……それはちょっと」

「そこ! ちゃちゃ入れない!」

 

 元魔王軍幹部二人による、えぇー、という視線を振り切りながら、カズマはいいから受け取っておけと半ば無理やり押し付けた。わっとっと、とそれを慌てて受け取ったペコリーヌは、しかしすぐさま笑顔になる。

 

「ありがとうございます、カズマくん」

「お、おう」

 

 恥ずかしくなってそっぽを向いたカズマを見てクスクスと笑った彼女は、じゃあ早速と小包の中の指輪を取り出し、自身の指へと。

 

「あ、あれ?」

「どうした?」

「いえ、ちょっと。……大きさは問題ないはずなんですけど」

 

 指輪を近付けると、何かに反発されたように弾かれはまらない。どういうことだろうと首を傾げていると、それを見ていたバニルが言い忘れていたと声を上げた。

 

「その指輪は少々特殊でな。何か別の意味合いを持つ指輪と同時に装備が出来んのだ」

「はぁ? なんだよそれ? 詐欺じゃねぇか」

「いやはや、普通はその制限に引っかかるような指輪を装備している者がおらんのでな、失念していた。……どうする? 腹ペコ娘よ」

 

 バニルが問い掛けたのはカズマではなくペコリーヌ。彼の質問の意味を理解したのか、彼女は苦笑すると、左手の薬指にはめていた指輪を取り外した。そして、その指輪の代わりに、カズマから貰った蒼い宝石の指輪をはめる。

 

「これで、いいです」

「そうか。汝の選択だ、我輩がとやかく言うことではあるまい。まあ趣味は悪いと思うが」

「あはは。やっぱりお見通しなんですね」

「さてな」

 

 そう言って笑うバニルの横では、ウィズがハテナマークを飛ばしている。同じく何のことだか分からないカズマも、じゃあそろそろ行きましょうかというペコリーヌの声で我に返った。

 そうして別の出店へと向かう二人の背中を見送ったバニルは、いい加減起きろとウィズを小突く。大分いい音が響き、彼女の頭から煙が出た。

 

「うぅ……」

「ぼーっとしている汝が悪い」

「むぅ。――それにしても、バニルさんも意外と」

「ん?」

 

 何の話だ、と彼は彼女を見る。どこか優しい笑顔を浮かべていたウィズは、あの二人ですよと言葉を続けた。

 

「二人の仲を進展させようとしてたじゃないですか」

「ああ、あれか。我輩の見立てによれば、あれによってまた新鮮な悪感情を自動摂取出来そうだったのでな」

「……はい?」

「フハハハ。とりあえずドM娘はあれを見ても胃痛で悦べるかどうか、実に楽しみだ」

 

 ちょっとでも見直した自分が馬鹿だった。表情をジト目に変えたウィズはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 そろそろ日も傾いてくる。祭も撤収を始めており、恐らくこの後は皆で宴会でもするのだろう。道行く人々が笑いながら歩いていくのを横目に、カズマとペコリーヌも今日一日を終え、教会へと歩みを進めていた。

 

「カズマくん」

「ん?」

「……今日は、楽しかったですか?」

「ん、ああ。そっちはどうなんだ?」

「わたしは。わたしも、凄く楽しかったです!」

「そっか。それならよかった」

 

 そこで会話が途切れ、二人は暫し無言で歩く。別に気まずい空気ではないが、ただ何となく流れている空気が気恥ずかしくて、カズマは思わず空を見た。空はそろそろ星が見える頃。夕方と夜の境界のようなそれを見て、彼はああそうだと全く関係のない、しかし思いの外重要なことを思い出した。

 

「そういえば、俺今日誕生日だったわ」

「え!?」

 

 ば、と勢いよくペコリーヌが振り向く。本当ですか、と詰め寄り、次いであたふたと慌て出した。誕生日のお祝い、何も用意していない。そんなことを呟き、どうしようと頭を抱える。

 

「いや、このデートで俺は十分お釣りが来るレベルなんだけど」

「……そんなことで、いいんですか?」

「いや、そんなことって。自慢じゃないが、俺は生まれてこのかた女子と付き合ったことなんか一度もなくてさ。初めてのデートがペコリーヌみたいなめちゃくちゃ可愛い子で、むしろこっちがお礼をしたいくらい」

「そ、そう、なんですか」

 

 どこか泣き笑いのような表情を浮かべた彼女は、それならよかったです、と小さく呟く。そうしながら、彼女は口には出さず、心中だけで言葉を続けた。

 お礼を言うのはこちらの方だ、と。こんな自分と出会ってくれてありがとう、と。

 そして――

 

「あ、あの!」

「ん? どうした?」

 

 もう少し進めばアメス教会が見えてくる。そこでペコリーヌは足を止め、カズマを呼び止めた。視線を少しだけ彷徨わせ、大きく息を吸い。

 彼女は、あの時指から取り外した指輪を、カズマへと差し出す。

 

「も、もしよかったら。この指輪、貰ってくれませんか?」

「これって、さっき取り外した指輪か? そういや、バニルが言ってたっけ。なんか特別なやつなんだろ?」

「それは、そうなんですけど……。えっと、その、……た、誕生日のプレゼント、とか……駄目、ですよね」

 

 しゅん、と項垂れるペコリーヌを見て、カズマは状況がよく分からずガリガリと頭を掻いた。何がどうなってこうなったのかさっぱりだ。だが、ならそんなものいらないと断るかと言えば答えは否なわけで。

 

「さんきゅ。じゃあ、ありがたくもらうな」

「――っ! はいっ!」

 

 先程と一転、ぱぁ、と明るい笑顔を浮かべる彼女は、普段通りのペコリーヌだ。やっぱりこいつはこうでなくちゃな。そんなことを思いながら、受け取った指輪をくるくると手の上で転がす。自分の指には入らないので、チェーンでも通してペンダントにでもするか、とそのままポケットに押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

『ハッピーバースデー!』

「うぉっ!?」

 

 アメス教会に帰ってきた途端に、中の面子が一斉に祝いの言葉を投げかける。コッコロ、キャル、シズルにリノ。何故かいるセシリーと既に出来上がっているユカリ。

 

「お誕生日おめでとう弟くん。久しぶりにお祝いできるから、お姉ちゃん、張り切っちゃった♪」

「私も! 私も頑張りましたよお兄ちゃん!」

「……お、おう。ありがとう、二人とも」

「お誕生日おめでとうございます、主さま。わたくし、今日という日は精一杯、力の限りおもてなしをさせていただきます」

「あ、ありがとうコッコロ」

 

 満面の笑みでそう述べるシズルとリノ、そして当事者以上に幸せそうなコッコロに言葉を返し、カズマは流されるまま席につく。料理から始まり何から何までとにかく手が込んでいた。

 ちらり、とキャルを見る。疲れた、とぐったりしているところを見ると、かなりのものだったらしい。

 

「……なあ、キャル」

「なによぉ……。ったく、あんた今日誕生日なら最初から言っときなさい。おかげであたしてんやわんやだったんだから」

「あー、それは悪かった。いや、でも」

「カズマくん。コッコロちゃん達には教えてたんですか。今日誕生日だって」

 

 彼が口を開きかけた瞬間、ペコリーヌが割り込んできた。その表情はどこか寂しそうで、特に考えずとも理由は察せる。

 

「いや聞けって。だからな」

「何よ」

「どうしたんですか?」

 

 だからこそ、彼は誤解を解くべく口を開く。間違いなくこの空気に似つかわしくないであろうその答えを、カズマは口にするのだ。

 

「俺、こっちに来てから誕生日が今日だって言ったことないんだよ」

「は?」

「え?」

 

 ば、と向こうの三人を見る。セシリーやユカリと共にプレゼントの山を積んでいる、コッコロと、シズルと、リノを見る。

 

「……だってあいつら、当然のように準備してたわよ」

「なにそれ怖い」

「あ、ギルドの登録を見たんじゃないですか? それなら」

「確かにコッコロは俺が冒険者登録した時にいたから、その可能性はあるな。なーんだ、そっかー」

「そうね。うん、そういうことにしておきましょう」

 

 当時を思い出す。間違いなくコッコロがそれを見るチャンスなど無かった。そして、百歩譲ってコッコロはいいとしてもシズルとリノは謎のままだ。ギルドの登録など見せてと言われてはいどうぞと渡されるものではないからだ。

 が、そうでないと正気を失うような気がしたので、三人はそういうことにした。

 

「よし、俺の誕生日だし、遠慮なく食べて飲むか!」

「そうね、飲みましょう!」

「わたしも、食べますよー!」

 

 そういうことにした。

 

 




第六章、完!


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第七章
その121


ある意味なかよし部より書くの難しい


―1ー

 死屍累々を築き上げたその人物は、やってきたこちらを見て口角を上げた。傍らの騎士はそんな彼女を守るように付き従い、しかし邪魔をしないようにと一歩引いている。

 その光景を見て、思わず目を細めた。そこに転がっているのは自身の部下。とはいっても、背後に控えている昔からの従者である悪魔二人と比べると繋がりは浅く、上司として認識もされていない程度の、正直そこまで思うこともない存在ではあったが、しかし。

 

「あなたが、最近暴れまわっているというエルフかしら」

 

 そう問いかけると、目の前の相手は少し考え込む仕草をとった。そうしながら、隣の騎士の名前を呼ぶ。

 

「マサキ。私に心当たりはありませんが、あなたはどうですか?」

「はい。いえ、そうですね。私の方も、存じ上げません」

 

 彼女の質問に何故かやたら爽やかオーラを発しながら答えるマサキと呼ばれた騎士は、そのまま視線をこちらに向けた。人違いでしょう、と言い切った。

 目の前の光景を作り上げた張本人が、何を抜かしているのか。思わず目を瞬かせ、そして二人がふざけていないことを確認し。

 何だこいつら、と若干引いた。

 

「おいお前ら! この惨状作っといてそれとか頭おかしいんじゃねぇのか!?」

 

 自身の代弁を従者の一人が述べてくれた。が、向こうのエルフは彼の言葉に失礼ですねと返すのみ。視線を左右に動かしながら、そもそも、と指を立てた。

 

「この状況のどこが惨状なのですか?」

「どっからどう見てもだよ! 何なのお前!?」

「そこの悪魔の男性よ。それ以上ネネカさまを愚弄するのならばこちらも」

「マサキ」

「はっ。出過ぎた真似をしました」

 

 一歩前に出した足を即座に戻す。主に仕える騎士としては間違いなく優秀なのだろう。が、主人を致命的に間違えているように思えてしまうのはこちらの気のせいではあるまい。

 はぁ、と溜息を吐く。そうしながら、ならば質問を変えるわと口を開いた。

 

「ここのところ、魔王軍所属の魔物を狙っているのは貴女?」

「ふむ。そこまで気にしてはいませんでしたが、良い実験材料を調達していたことを言っているのでしたら、私に間違いありません」

「えぇ……」

 

 予想以上に酷い答えが返ってきた。何が問題かといえばまったくもって自然にそう述べていることだ。挑発とか、そういう相手のペースを乱したりする意図で放ったものではないことだ。本気で実験材料として魔王軍を襲撃したのだ。子供のような身長に似つかわしくない大きな帽子を被ったエルフ、アンバランスなその見た目も相まって、一種異様な恐怖を煽る。

 

「ウォルバク様。これ以上の問答は無意味かと」

 

 傍らにいたもう一人の女悪魔が彼女にそう告げた。言われたウォルバクも割とそうは思うのだが、しかしでは何をどうすればいいかといえば答えに詰まる。

 戦闘を開始した場合、間違いなくこちらに被害が出る。負けることは無いとは思うが、もしこの二人のどちらか、あるいは両方を失ってしまったら。そう考えると、彼女はその答えを躊躇した。

 

「ネネカさま」

「必要ありません。私は会話をしているのですよ」

「しかし……いえ、失礼しました」

 

 感じ取ったのだろう、マサキが剣に手をかけた。が、ネネカがそれを止める。そうしながら、そうでしょう、とウォルバクへと微笑みかけた。

 ええ、と彼女は答える。幸か不幸か現状向こうにその気はないし、気まぐれを起こす様子もない。実験材料、というカテゴリに自分たちは当てはまっていない。

 

「……それで、一体何を話題にするの?」

 

 だからだろうか。ウォルバクはそんなことをネネカに問いかけていた。後ろの二人が驚きの声を上げるのを苦笑しながら抑え、彼女は真っ直ぐ目の前の得体の知れない存在を見る。魔王軍幹部という肩書も、今この空間には何の意味もないように思えた。

 

「そう身構えないでください。私は何の変哲もないエルフの魔道士です。あなた相手ではすぐさま敗北してしまう、か弱い存在ですよ」

「か弱い存在は魔王軍を実験材料にしないものよ」

「彼らが脆弱だったのでしょう。あなたと違って」

 

 どこから取り出したのか、あるいは生み出したのか。椅子のようなものに座りながら、ネネカはそう言ってクスクスと笑う。その表情は何かを見透かされているようで、魔王軍幹部という立場が所詮仮の宿に過ぎないことを看破されているようで。

 

「さて、話題でしたね。勿論ありますよ」

 

 とん、と杖で地面を叩く。波紋のように広がったそれは、地面に一つの紋章を描き出していた。ウォルバクには見覚えのある、勿論従者二人も見たことがあるそれを前に、彼女は言葉を紡いでいく。

 

「邪神ウォルバク。いえ、怠惰と暴虐の女神の封印について。中々に研究しがいのあるテーマですが」

「――っ!」

「私は、共同研究者を探しているのです。都合の良い人物に心当たりは?」

―□―

 

 

 

 

 

 

 ギルド酒場の掲示板に珍しい依頼が貼られている。ということで覗き込んだカズマは、なるほど確かにと頷いた。

 

「へー……」

 

 横のキャルもそれを見て何とも言えない感想を零している。まあそりゃそうだろうな、と彼は思いつつ、もう一度内容を見直した。

 求む、感想。見出しはこれである。色々と書いてはあるが、要は小説を読んで感想を聞かせて欲しいらしい。冒険者の依頼としては意味不明であった。

 だからだろう。貼ってある場所はクエストボードではなくパーティ募集などに使う掲示板だ。だが、それが逆に多数の人々の目にとまるようになっていた。

 

「小説の感想、か」

「え? あんたやる気?」

「その小説の内容次第だけどな。こう見えて俺、読書家なんだぞ」

 

 引きこもり生活の際、ラノベを読み漁っていたことを言っているのだが、その辺りの事情を知らないキャルは素直に受け取る。その割には最近本とか読んでないわよね、という極々普通のツッコミを入れた。

 

「こっちは俺の好みのジャンルないからなぁ」

「ふーん。で、この依頼のは好みのジャンルっぽいってこと? ……これが?」

「いや待て。まだそうとは決まってない。とりあえず見てからだ」

「でも見て判断しようと思う程度には琴線に触れてるのよね」

 

 何とも胡散臭い目で掲示板とカズマを交互に見る。そうしつつも、まあいいやと打ち消した。カズマがこの手の香ばしい冒険小説が好きでも、別段自分には関係がない。

 まあ暇だし、行くならついていくくらいはしよう。そんなことを思いながら、あまりよく見ていなかった依頼を受ける際に連絡を取るべき相手の名前を見たキャルはそこで固まった。カズマカズマ、と袖を引っ張り、ここ見たのかと指差す。

 

「げ」

「これ絶対ろくなことにならないでしょ」

「そうだな。よし、や――」

「おや、あなた達が受けてくれるのですね」

 

 やめよう。そう宣言するよりも早く、彼らの背後から声がかけられた。既に大分聞き覚えのある声となったそれは、当然誰かも判別できるわけで。

 

「こちらとしても、あなた達ならばある程度耐性もあるでしょうから安心ですね」

「耐性って何!? 小説読むだけなのに何の耐性がいるわけ!?」

「あ、キャルはともかく俺はただの《冒険者》なんでそういう耐性とか無いんで。いやー、残念だなー」

「安心してくださいカズマ。あなたはこの手の類に問題がないことを既に調査済みです」

「何でだよ!?」

 

 理由が聞きたいのですか。そう言って薄く微笑んだ相手に――ネネカに対して全力で首を横に振ったカズマは、どうやら逃げられないということを覚り項垂れた。同じく逃げられないと諦めたキャルであったが、隣のこいつよりは直接的な被害者にならなそうなのでこっそりと胸を撫で下ろす。

 と、いうわけで。なし崩し的にネネカに連れてこられた二人は、研究所のソファーに見知らぬ人物が二人腰掛けているのを視界に映した。年は自分たちと同じくらい、片方は縦ロールに似た髪型をした黒髪の少女で、ローブ越しでも分かる胸部の豊かさは隣のキャルでは相手にならない。眼帯と赤い瞳を見る限り、紅魔族なのだろう。

 そしてもう一人は。光の加減で緑に見える黒髪を首辺りで二房だけ伸ばしている少女。紅魔族とは少し違う赤い右の瞳と全く違う金色の左の瞳も目に付くが、それよりも首の赤いマフラーと腕や足に巻かれている包帯、ベルトが至るところについているレザー感溢れる服装にチェーンまで完備という出で立ちは、カズマの心の奥底の何かを刺激した。

 

「おかえりなさい、ネネカさん。おや? その二人は?」

 

 紅魔族の少女の方がこちらに声をかける。思ったより落ち着いた声と雰囲気に、カズマもキャルもほんの少しだけ安堵した。

 

「ええ、ただいま帰りました、あるえ。この二人は、あなた達の依頼を受けてくれる私の知り合いです」

「ほう、それは、ありがたい」

「あーいや、まあ」

 

 あれ? ひょっとしてこの人まともなの? そんなことを思わず考え、よろしくと警戒することなく言葉を紡いだ。そうした後、自身の名前を名乗る。カズマとキャル、という名前を聞いた彼女は、ではこちらも名乗らねばと立ち上がった。

 

「我が名はあるえ。紅魔族随一の発育にして、やがて作家を目指す者」

「あ、やっぱ紅魔族だったわ」

「そりゃそうよね」

 

 スン、と二人のテンションが再度ネネカに連れてこられた時と同じくらいまで下がる。

 そのタイミングで、静かに様子を眺めていたもうひとりの少女も立ち上がった。ふ、と小さく笑みを浮かべると、左手で金色の瞳を覆い隠し、指を開いて再度瞳を露出させる。意味があるようには見えないが、とにかく瞳は光っていた。

 

「我が名はアンネローゼ・フォン・シュテッヒパルム! またの名を、《疾風の冥姫(ヘカーテ)》! 暗黒騎士にして、終焉戦争(ラグナロク)を終わらせし、旧世界の英雄だ!」

「そして、我ら二人」

『人呼んで《熾炎戦鬼煉獄血盟暗黒団(ジ・オーダー・オブ・ゲヘナ・イモータルズ)》!』

 

 ポーズを決めたあるえとアンネローゼの周りを青い炎が舞う。やがて炎がゆっくりと消え去り、決まったとばかりに二人も決めポーズを解いていた。

 勿論カズマもキャルもついていけていない。紅魔族のことはめぐみんやゆんゆんである程度知っていたつもりであったが、その予想の斜め上をいかれたのだ。あるえはまだしも、恐らく紅魔族ではないアンネローゼが同等かそれ以上をぶちかますとは予測も出来ない。

 

「さて、と。では、依頼の件だけれど」

「あ、そこは普通にやるんだ」

「無論だ。私達は紅き絆で結ばれし盟友、作家としても名を残すべく日々精進をしているのだからな」

「お、おう……」

 

 紅魔族より紅魔族している厨二オッドアイにカズマは大分引き気味だ。この調子だとでてくる小説も凡そ想像がつく。絶対ルビが多いやつだ。そんなことを確信しながら、案外普通の説明を受けこれがそうだと二人から小説の原稿を渡された。

 

「……うん、予想通りだ」

「あー……あたしパス」

 

 キャルは早々に諦めたが、しかしカズマはまあせっかくだしと読み進める。まずはきりのいいところまで、とあるえの方の原稿に手を付けた。普段の日常ならともかく、この手の小説ならば紅魔族の言い回しもそういうものだと案外流せる。むしろ芝居がかったそれは合っていると評してもいいほどで。

 一旦切り上げ、次はアンネローゼの原稿を手に取った。やはり独特の言い回しとあるえよりも多いルビ。だが、それが設定を盛りに盛った物語に思ったよりもマッチして、ギリギリのところで胃もたれしないようになっている。

 

「……」

「ん? どうかしたのかな?」

「我らの綴りし世界に予想以上に潜り込んでしまったのかもしれないな」

「え? カズマ? マジなの?」

「待て待て待て」

 

 キャルが本気で心配し始めたのでカズマは慌てて顔を上げる。あ、よかった無事だったと安堵の溜息を吐く彼女に当たり前だろうと返し、視線をあるえとアンネローゼに向けた。

 

「思ったより面白かった」

「微妙な反応だね」

「あまり賛美には聞こえないな」

「いやまあまだ途中だし。でも、両方とも結構続きが気になる感じではあったな」

 

 こう、ラノベの新刊コーナーで見かけたら買っちゃおうかなって考えるくらいには興味が湧いている。とはいえ、あくまで現状はだ。ここから一気に展開が変わって途中切りしてしまう可能性も無きにしもあらず。

 そんなことを思いながら二つの原稿を読んでいたカズマであったが、ふと気になることを見付けた。正確には、気が付いたと言うべきか。

 

「なあ」

「なんだい?」

「これってひょっとして、テーマというか元ネタというかが同じだったりするのか?」

 

 出てくる登場人物の名前や容姿が共通している。舞台も同様だ。だが、それでもすぐに気付かなかったのは広げ方が異なっていたからだろう。同じ傾向でも、案外細分化されているんだな、とカズマは明日から役に立たない知識を学んだ。

 

「そこに気が付くとは、中々の慧眼の持ち主だな。その通り。その物語は、私とあるえ、共通の友であるとある人物の過去の記録を再現し、後の時代へと受け継がせるべく綴ったものだ」

「へー。あれ? じゃあそれって実際にあった出来事ってこと?」

 

 原稿を読んでいないキャルが呑気に返事をし呑気な質問をしているが、カズマの方はそうでもない。これ元ネタにされた方大変だろうな、と誰かは知らないがこっそりと同情した。自分の人生をラノベにされて喜ぶほどまだカズマも染まってはいない。

 そんなタイミングで扉が開く。やってきた人物はカズマ達を見るとおや、と声を上げ、そしてあるえとアンネローゼを経由し机の上の原稿で視線を止める。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

「うお!?」

「ど、どうしたのよめぐみん」

 

 その人物、めぐみんは猛スピードで机の上の原稿を奪い取ると、全力で破りにかかった。あっという間に二つの物語が紙吹雪へと変わり果てる。その急展開にキャルはもとより、カズマでさえも頭がついていかなかった。

 

「めぐみん! 何をするんだ」

「何をするんだはこっちのセリフですよ! 何をしてるんですか!? 何でよりにもよってこの二人に読ませてるんですか!」

「めぐみん、読んでいたのはこっちのカズマだけだ。それにしても、あまりの素早さに止める暇もなかったではないか。今の貴様は、まさしく不可視の雨音(インビジブル・レイン)と呼ぶに相応しい」

「やかましいですアンナ! というかどっちかならまだキャルの方がマシでしたよ!」

「おいどういう意味だ」

「そのまんまの意味じゃない?」

 

 頬杖をついてどうでもよさげに述べるキャルの頬を引っ張りながら、カズマはようやく落ち着いてきた思考で一つの結論を出した。先程のあるえとアンネローゼ――アンナの言っていた元ネタ、そしてこのめぐみんの取り乱しよう。

 そこから紡ぎ出される結論は。

 

「なんだめぐみん、さっきの話お前が元ネタだったのか」

「ほらこうなる!」

「めぐみん。紅魔族ならばむしろここは誇るべきでは?」

「うむ。自身の足跡が英雄譚として残る、素晴らしいではないか」

「読んだ相手が問題って言ってるでしょうが!」

 

 まあつまり、そういうわけである。

 

 



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その122

まあ元々紅魔の里はやべーのしかいないし大丈夫だろう、うん


―2―

 冒険者カードを眺める。自身の目標としているそれの習得まであと僅かなのを確認すると、めぐみんは小さく息を吐いた。もう少し、そう思ってしまうことで、かえって彼女の中で焦りを生み出していたのだ。順調ではあるし、躓きもない。けれども、それと心は別である。

 隣では色々こじらせている自称ライバルが気合を入れているが、別段気にすることなく席を立った。紅魔族の学校の授業は既に終わっており、各々家に帰る時間だ。クラスメイトとは家が近所にないので連れ立って下校することもなく、そもそも一人が寂しいと思うほど子供でもないので彼女にとってはそれほど。

 と、そんなめぐみんの横で、自称ライバルが小さく声を上げた。視線を横に向けると、何か言いたげな表情が見える。

 

「なんですかゆんゆん」

「え? あ、うん、べ。別に何か用事があったわけじゃないんだけど、その」

「……そうですか。では」

 

 ゆんゆんを放置して教室を出る。待って、と慌てて駆けてくる彼女を横目で見ながら、めぐみんは少しだけ速度を落とした。

 そのままなし崩しに一緒に帰ることになり、しかし別段話が弾むこともないので、お互いテクテクと家路を進むのみ。ゆんゆんはどうにかして会話を続けようと思考を巡らせていたようだが、いかんせん実行に移せていないので少し前にいるめぐみんにとっては何も変わらない。それでも、全然家の方向の違うめぐみんとわざわざ遠回りしてまで一緒に帰りたいという謎の決意だけは伝わっていた。

 

「もう少し軽く出来ないものですかね」

「え? な、何が?」

「こっちの話です」

 

 会話が再度止まる。あぅだのうぅだの言っているゆんゆんを気にすることなく、彼女はそのまま歩みを進める。

 そんな背中に、声が掛けられた。少し尋ねたいことがあるのですが、と話し掛けられた。

 

「は、はははははい!? わ、私で良ければ何でも聞いてください!」

「落ち着いてくださいゆんゆん。……見ない顔ですね。紅魔の里に何用ですか?」

 

 テンパるゆんゆんを庇うように、声を掛けてきた相手の前に立った。一見すると子供のエルフだが、纏う雰囲気が幼い少女のそれではない。小柄な体にアンバランスな大きな帽子が、何故か妙に似合っていた。そして、その隣には無駄に爽やかなオーラを醸し出す騎士の男性。どう考えても怪しい二人組である。

 

「そう身構えないでください。あなた達に声を掛けたのも、偶然です」

「……偶然で、他にも大人がその辺にいる中でわざわざ子供の私達を選んで尋ねたのですか?」

「ちょっとめぐみん、そんな言い方」

「ふむ。思ったよりも聡いのですね」

 

 え、とゆんゆんがエルフの女性を見る。子供といえどもやはり紅魔族ですか。ふむふむと頷きながら、彼女は隣の騎士を見た。分かりましたとばかりに頷くと、彼は一歩後ろに下がる。何もしないから安心しろ、というメッセージ代わりなのだろう。勿論めぐみんは益々警戒を強めた。

 

「ええ、そうでなくては面白くありません。名前を教えてもらっても? ああ、勿論口上をつけてくれて構わないですよ」

 

 そう女性は述べたが、生憎まだ学校の生徒の身ではこれといった何かがあるわけでもなし。現状何を言っても既に誰かが言っているような二番煎じにしかならない予感を覚え、めぐみんはぐ、と歯噛みした。

 ゆんゆんは普通に名乗った。

 

「……ふ。いいでしょう。ならばとくと聞け! 我が名はめぐみん!」

 

 が、すぐに思い直す。そうだ、あるではないか。自分だけの、とっておきの口上が。他の誰も真似できない、自分だけの名乗りが。

 そんなことを考えながら、めぐみんは学校の制服であるローブを翻しポーズを決める。

 

「やがて爆裂魔法を覚え、紅魔族唯一にして絶対の魔道士に至る者!」

「……え? ちょっとめぐみん!?」

「やはり。当たりですね」

 

 驚くゆんゆんとは裏腹に。エルフの女性は、彼女のその名乗りを聞いて満足そうに口角を上げた。

―□―

 

 

 

 

 

 

「へー、ここが紅魔の里。じゃねぇ!?」

「向こうに見えるのが里よね。何でここに?」

 

 めぐみんによる人力シュレッダー事件により小説の続きが閲覧不可になったため、別の予備を使うことになったのだが。それならばいっそこちらの工房に来てもらおうというあるえの提案によって、カズマ達は紅魔の里へとテレポートで連れてこられたのだ。

 目的はただ単に小説を読みに行くだけなので、コッコロとペコリーヌには連絡済みではあるがこちらには来ていない。そのため、現在の面子は。

 

「いやまあすぐそこではあるんだけど。ここ普通に街道だろ? モンスター出てきたらどうすんだよ」

「ふ。案ずるな。この暗黒騎士たる私がついているのだぞ。安心して背を任せるが――」

「おう、じゃあよろしく」

「え? ……貴様は魔王軍幹部ともやりあった特殊な《冒険者》なのだろう? それでいいのか?」

「アンナ。カズマにそういうのを期待しても無駄ですよ」

「どういう意味だこら」

「言わなきゃ分かりません?」

 

 カズマとキャル、あるえとアンナ、そしてめぐみん。前衛を担える人物が果たして存在しているのかといえば。

 

「まあ、かっこつけてもしょうがないから言うけど。所詮俺は《冒険者》なんだから、前衛とか無理だぞ。だからその辺は暗黒騎士に」

「カズマ。アンナの暗黒騎士は自称です。実際は普通にアークウィザードですよ」

「は? いやだって大剣持ってんじゃん」

「我が魔剣は溢れ出る魔力を制御する役割を担い、そしてそれにより真価を発揮する。ただの剣と同じと思わないことだ」

「つまり?」

「杖です」

「何で紅魔族でもないのに紅魔族してんだよ!」

 

 何ででしょうね、とめぐみんは素で返す。あるえに視線を向けても頷くのみで、どうやらそこに何か理由や意味を見出すのはやめた方がいいらしい。

 ともあれ。そんなこんなで騒いでいたものの別段何の問題もなく街道を歩き、紅魔の里の入り口へと到着する。やってきたカズマ達に気が付いたのか、里の紅魔族は皆一様に黒い装備を翻し来訪者を歓迎した。里のあちこちで儀式のようなものや魔法の鍛錬らしき動きも見え、成程強力な魔力を持った種族の町であるということを否応にも感じさせた。

 

「……」

「どうしたキャル」

「いや、何か思い切り観光客向けのパフォーマンスを見せられたような」

 

 儀式も、鍛錬も。ついでにいうと里の人々の装備も。普段の生活でそんなことをしているようには見えなかったのだ。自分たちが来るということを分かっていて、わざわざ見せるためにやっている感じがひしひしと感じられる。言われてみればそうかもしれない、とカズマは顎に手を当てていたが、その辺りはやはりアルカンレティアでアクシズ教に育まれた誇り高き驚異の猫耳美少女キャルちゃんをやらされていた経験の賜物なのだろう。

 

「それは、そうさ。わざわざ紅魔の里から少し離れた場所にテレポートしたのもそのためだからね」

「準備の時間が必要だったんですよ」

「私のように常に昂ぶる気を纏い生活しているわけではないからな」

「あの位置そのためかよ!」

 

 ツッコミを入れたものの、観光客向けにわざわざそこまでやるというプロ根性は普通に感心するレベルではある。そんなことを思いつつ、いやでもなぁ、とめぐみんを見た。

 基本的に紅魔族は独特のかっこよさを基準に動く。多分見せたいだけなんだろうな、と己の意見を翻した。

 

「んで。肝心の小説はどうすればいいんだ?」

「ああ、すまないね。私達の拠点に向かおう。そのついでといってはなんだが、里の案内もしようじゃないか」

 

 あるえに案内されながら、カズマ達は紅魔の里を歩く。所々にアクセルでは見ない変わった建物やオブジェがあるのを、つい視線で追ってしまった。おかしな神社やいかにもな岩に刺さった聖剣、どこかで見たような逸話が看板に書いてある泉など、なんというか怪しい観光施設に迷い込んでしまったような錯覚に陥る。

 実際怪しい観光地なので、彼のその認識はある意味正しい。

 

「ん?」

 

 そんなカズマの目に飛び込んできたのはその中でも更に怪しい地下へと続く階段。とはいえ、所詮これまで同様おそらくその手の施設なのだろうと軽い気持ちで覗き込み。

 

「ん? 何だ小僧? 見ない顔だな?」

「ぶふっ!」

 

 いかにもなビジュアルの、どう見ても悪魔だと断言できる姿をした存在が、入り口のスペースを掃き掃除していた。見た目とやっていることのギャップが凄すぎて思わずカズマの動きが止まる。その横では、同じように覗き込んだキャルがげぇ悪魔、と叫んでいた。

 

「おや、ホーストではないですか。今日は掃除当番ですか?」

「お、なんだめぐみん。またこっち帰ってきたのか。これは昨日こめっこがここで食い散らかしたから、片付けしてんだよ」

「あー……それは、申し訳ない」

「いや、食いもん渡したのも俺だしな」

「軽いな! え? 何? こいつひょっとして紅魔族なの?」

 

 てっきり赤い目をした割と美形の人間タイプの種族だと思っていたが、あんな見た目も存在したらしい。そう誤解しかけたカズマに、そんなわけないだろうというあるえのツッコミが入る。彼は紅魔族ではなく、普通に上位の悪魔だと続けられた。

 

「へーそうなんだーってなるかぁ! 悪魔が掃き掃除とかおかしいんじゃないの!?」

 

 同じく聞いていたキャルがズビシィと指を突きつけながら叫ぶ。が、いかんせんアクセルでは割と日常の光景であることを思い出し、指はへにょりと曲がった。

 ホーストはそんな二人を見てカカカと笑う。久しぶりにそういう反応をされたと少しだけ嬉しそうにしながら、持っていた箒を壁に立て掛け翼を広げた。

 

「我が名はホースト! 怠惰と暴虐の女神ウォルバク様に仕えし上位悪魔! でっけぇゴブリンじゃねぇぞ」

「……ここで暮らすと名乗りみんなあれになんのか?」

「さあ。生まれ育った私にはそれに対する答えは持ち合わせてませんね」

「まあ、それはもういいわ。何でその上位悪魔がこんなところにいるわけ?」

 

 余計なことは考えないことにした。そんなわけで流したキャルはホーストに問い掛けたが、ああそれなら、と彼は割と軽い口調で言葉を返す。階段を上がり地上にやってきたホーストは、丘の上にある巨大な建物を指差しあれだと続けた。

 

「ウォルバク様の頼みでな。ネネカっつー血も涙もないちっせぇ極悪エルフの研究の手伝いさせられてんのさ」

「本人とマサキがいないからって言いたい放題ですね」

「いいじゃねぇか、たまには言わせろ」

 

 そう言って再び笑ったホーストは、それで一体何の用だったのかとめぐみんに問う。彼女は別段ここに用があったわけではないと答え、本来の用事をとてつもなく嫌そうな顔で彼へと告げた。

 

「あー、こないだの。そういや二人共ここんとこずっと書いてたな」

「ああ。おかげで中々の力作が出来たよ」

「うむ。あの綴られし英雄譚を是非とも読んでもらわなくては」

「モデルにされた本人としては非常に不本意なんですけどね。そういうわけで、私も確認しておこうかと」

 

 場合によってはマスター原稿ごと灰燼に帰す必要性がある。目を紅く光らせながらそう述べためぐみんは、ではそろそろ行きますとホーストに手を振った。帰ったらウォルバク様によろしくな、と手を振り返す彼と地下施設を後にし、一行は改めてあるえとアンナの拠点へと。

 

「ねえ、ところでさっきのあのホーストとかいうのが指差してた建物ってなんなの?」

「あの建物ですか? あれは遥か昔の謎施設で、今は研究所と呼ばれています」

「研究所? まあ確かにそれっぽいが」

「名付けたのは所長ですけれど。アクセルのあそこが研究所と呼ばれているのもそのせいですね」

「へー。んで、あれは何を研究してんだ?」

「特に何も」

「は?」

「あの建物自体はどうやら玩具の工場だったらしくて。しいていうならば施設の設備の復旧ですかね」

 

 そんなことにあの悪魔担当させてるのか。何とも言えない表情になったカズマとキャルを見て、一応もう一つ目的はありますよとめぐみんは苦笑した。流石に玩具工場を復活させるためだけにホーストとアーネス、そしてマサキを出向させるほどネネカもアレではない。

 

「さっきの地下施設に玩具とは別に兵器が格納されてまして」

「どういう落差!?」

「その施設作ったやつ馬鹿だろ」

「それを分析するという目的もあります。一応心配はいらないとは思いますが、こちらの兵器の方は危険なのであまり関わらないほうがいいでしょう」

「当たり前じゃない。言われなくても関わらないわよ」

「うわ、フラグくせぇ……」

 

 これひょっとしてヤバいことに巻き込まれるんじゃないだろうか。何だか無性に嫌な予感が湧いてきて、カズマは小説を読んだら早めに帰ろうと一人誓った。

 

「……なあ、あっちの建物はなんなんだ?」

 

 そんな彼の視界に映る、玩具工場とはまた別方向。里の外れに位置するであろう場所にある何ともいえない怪しさを醸し出す建物。例えるならば、収容所のような。

 そんな彼の質問に答えたのはめぐみんではなくあるえとアンナ。あの建物なら、と笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。

 

「紅魔の里を拠点にしている闇医者の病院さ。そして、私達の拠点もあの方向にあるよ」

「建物の見た目は悪いかもしれないが、腕は確かだぞ。三割増しに元気になれると評判だ」

「絶対やばいやつだ……」

 

 小説を読んだら絶対にすぐ帰ろう。カズマはそう誓った。叶うかどうかは別である。

 

 



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その123

ゲーム版『希望の迷宮と集いし冒険者たち』の敵キャラ出てきます、一応念の為ご注意ください。


―3―

「ここです」

 

 そう言ってめぐみんは草をかき分ける。紅魔の里のはずれにぽつんと佇む、邪神の墓。女神が封じられた地とともに里の名物の一つで、出自と真偽不明の観光地に毛が生えたような場所である。だが、めぐみんにとっては違う。

 

「ありがとうございます、めぐみん」

「いえ。……私はまだあなたを信用したわけではありませんから」

 

 そう言って彼女はネネカを睨んだ。状況についていけずに、しかし置いてきぼりは嫌なのでついてきたゆんゆんはただオロオロとするばかり。傍らのマサキが心配いらないと歯を光らせたところで全く効果なしだ。

 

「慎重なのは美徳ですが、あまり疑り深いのはよくありませんよ」

「いきなり現れた胡散臭いエルフの魔道士を信用する根拠などどこにもありませんから」

「ふふっ。ええ、そうでしょうとも」

 

 口角を上げたネネカは、それで肝心の封印はどこにあるのかと問い掛けた。非常に嫌そうな顔で、しかしここまで案内した手前放棄するわけにもいかず。めぐみんはあそこですよと指差した。

 指差し、そして目を見開いた。

 

「こめっこ!?」

「あれ? 姉ちゃん」

 

 めぐみんより幾分か年下の少女がそこにいた。手に何かの欠片を持ち、足元の窪みにカチャカチャとはめ込んでいる。先程めぐみんが述べたことが正しいのならば、あそこにあるのは邪神の封印だ。

 

「一応聞きますが、何をやっているんですか?」

「おもちゃで遊んでる」

「ちくしょう間違いなく私の妹だ」

 

 数年前の出来事だ。自分が全く同じことをしていたことを思い出し、めぐみんは頭を抱えた。そうしながら、彼女の足元の封印をちらりと見る。割と順調に進んでいるのが確認でき、どうしようと頭を抱えたまま更に唸った。

 

「これは重畳。私が手を出すまでもないようですね」

「そうはさせませんよ! こめっこ、お姉ちゃんが遊んであげますから、こっちに来なさい」

「やだ」

「今なら結構言うこと聞きますよ!?」

「んー。ちょっと待って。あいつと相談する」

 

 本気なのか、からかいなのか。ネネカのその言葉に焦っためぐみんがこめっこを説得し始めたが、どうも彼女は一人ではなかったらしい。おーい、と向こうの草むらの方へと声を掛けていた。それに合わせ、ガサガサと茂みが揺れる。

 

「あー? どうした? 封印解けたのか?」

「違う。お姉ちゃんが遊んでくれるっていうから、今日は帰っていい?」

「あぁ? 何だよ家族が迎えに来てたのか。じゃあしょうが――」

「悪魔ぁぁぁぁぁ!」

 

 ガリガリと頭を掻くこめっこの話し相手を見ていたゆんゆんが、そこで限界を迎えたらしい。顔面蒼白で瞳をグルグルさせながら、めぐみんとこめっこの手を掴んで全力でダッシュする。あっという間に邪神の墓が見えなくなった。

 

「ちょ! 待ってくださいゆんゆん」

「待たないわよ! 魔法もろくに覚えてない私達じゃ悪魔になんか勝てっこない!」

「それはそうですけど、落ち着いてください! あの怪しいエルフが置いてきぼりです!」

 

 あ、とゆんゆんが立ち止まる。そうだった、と顔面蒼白で目ン玉ぐるぐるのまま慌て出した彼女を、めぐみんが落ち着けと一発引っ叩いた。若干涙目だが我に返ったゆんゆんへ、とりあえず戻りましょうと彼女は提案する。

 

「む、無理でしょ!? 悪魔よ? 悪魔がいるのよ!?」

「確かにあれは悪魔でしたが、こめっこと意思疎通が出来ていました。少なくともいきなり襲われることはないでしょう。そうですよね、こめっこ」

「うん。うまいものくれる」

「餌付けされてるじゃない!」

「いえ、逆に考えれば交渉でどうにかするタイプだということです」

「本当かなぁ……」

 

 不安な表情を隠すことなく、しかしめぐみんが戻っていくのを見ているわけにもいかず。ゆんゆんは結局再び彼女と共に邪神の墓へと歩みを進めた。念の為、と茂みで息を潜め、向こうの様子をそっと伺う。

 

「やれやれ。好戦的ですね。私は戦う意志など無いと言うのに」

「騙されるかよ! 魔王軍の兵士達を何十体と実験台にしたこと忘れてねぇぞ!」

「あれは所詮実験台。あなたのような上位悪魔とは比べ物にならない存在価値の低さです。ですから、それはここでの会話を断る理由足りえません」

「お前そういうセリフは悪役が言うやつなんだよ! ぐぅ……むやみに暴れると他の紅魔族に気付かれちまうし……」

「賢明な判断ですね」

 

 歯噛みする悪魔をネネカが見下ろす。比喩表現である。ともあれ、悪魔は吐き捨てるように彼女に問い掛けた。それで一体何の用事だ、と。

 対するネネカは顎に手を当てながら目を細め、返す。おかしな質問ですね、と。この場所に来る理由を、そちらは既に知っているはずなのに、と。

 

「むしろ、私の方が問い掛けたいのですが。ウォルバクは共同研究を蹴った。そしてその理由は、現状封印に手を出す気はない、だったはず」

「……」

「つまり、ここにいるのはあなたの独断ということでしょうか」

「……だったら、何だ?」

「お節介を言わせてもらうのならば。すぐに戻ってウォルバクに相談したほうが良いですよ。余計なトラブルを生み出す前に」

「お前に何が分かるってんだ」

 

 ギロリとネネカを睨む悪魔だが、彼女は全く動じない。傍らのマサキも動く気配がないということは、そういうことなのだろう。

 口角を上げたまま、ネネカは述べる。そうですね、と彼女の分かっていることを口にする。

 

「このままでは、紅魔の里に襲来した魔王軍幹部と紅魔族の全面戦争。そんなところでしょうか」

『――――っ!』

 

 息を潜めていためぐみん達が思わず叫びそうになり、慌てて口を塞いだ。

 そんな彼女達のいる茂みをちらりと見たネネカは言葉を続ける。そうならないためにも、と悪魔に告げる。

 

「まずは一旦、報告に戻るべきでは? 怠惰と暴虐の女神ウォルバクに仕えし上位悪魔、ホースト」

「……この外道が」

「光栄ですね」

―□―

 

 

 

 

 

 

「嫌よ! 絶対に嫌!」

 

 魔王城。そこで全力拒否をしているのは大分層が薄くなった魔王軍幹部の一人、シルビアだ。困り顔の伝令係がそう言われましてもと呟いているが、どうやら意見を変えるつもりはないらしい。

 

「紅魔の里に行け? アタシがあそこでどれだけ酷い目に遭ったか分かってるでしょう!? 一回目はまだ良かったわ、でもね、二回目でもう懲りたの」

「しかし、そういう指令でして……」

 

 額に浮かんだ汗を拭きながら伝令係がそう述べるが、シルビアは変わらず行かないの一点張りだ。あそこに行くくらいならばベルゼルグ王国との最前線に突っ込んで行ったほうがなんぼかマシ。そのくらいの覚悟である。

 

「現在、前線では例の女騎士が暴れているらしいですが」

「……ほとぼりが過ぎたら前線に行くわ」

 

 王族よりバーサーカーしていると魔王軍でももっぱらの評判なあの宴騎士とぶつかるのも御免こうむる。こちとら幹部とはいえ肩書は強化モンスター開発局長、純粋な戦闘力はベルディア、バニル、ハンス、ウォルバクと比べると数段落ちるのだ。そんなことを思いながら、彼女は大きく溜息を吐いた。

 

「同じ裏方仲間だったセレスディナも行方不明だし……もう、あの時の幹部はアタシ一人だけになっちゃったわね」

 

 新たな幹部はいる。まだ立て直せる戦力はある。だが、かつての同僚の姿が見えなくなるのは、寂しいのだ。こういう感傷に浸るのは間違っていると分かってはいるのだが、しかし。

 

「では、先輩幹部。ここは共同作戦というのは如何かな?」

「ん?」

 

 横合いから声。シルビアがそこに視線を向けると、オレンジの道士服に黒い外套を羽織った人形が立っていた。大きさは人間と同じくらい。薄紅色の無機質な目がギョロリとこちらを見詰めている。

 

「目的は紅魔の里にある兵器の情報だろう? ならば私の力が役に立つと思うのだが」

「あなたの力が?」

「私は道具の怨念の集合体。使われなくなった兵器は我が同胞だ」

 

 む、とシルビアは人形を見る。凝った名前は持ち合わせておらず、ドールマスターと名乗っているその人形の言葉は確かに真実だ。事実、その能力で持って占い師の目に止まり、魔王軍にスカウトされたのだから。

 溜息を吐く。真正面から戦うことは絶対にしない。そう念押しすると、彼女はドールマスターへと手を差し出した。

 

「じゃあ、期待しているわよ。セレスディナの忘れ形見さん」

「全力を尽くそう」

 

 カシャリ、と人形の手がシルビアの手を取った。

 

 

 

 

 

 

 所変わって紅魔の里。ようやく辿り着いたあるえとアンナの工房、というか小説執筆用の家である。ほらこれだ、とめぐみんによって処理された原稿の新たなコピーを渡され、カズマは気を取り直して前回の続きから読み直していた。めぐみんも確認のために二つの物語を読書とは思えない表情で睨んでいる。

 

「……ねえ、めぐみん」

「なんですか」

 

 ついでに、ついてきてしまったので暇なキャルも知り合いがモチーフということでなんとなくそれを眺めていたのだが。ある程度流し読みしたところで顔を上げた。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、とめぐみんに声を掛けている。

 

「この辺ってどこまで本当なの?」

「凡そはあるえとアンナの誇張です」

「ふーん。じゃあ幼い頃に復活した邪神の半身に襲われたのを助けられたのが今の自分のきっかけってのもそれっぽく物語にしたやつなのね」

「あ、それは本当です」

 

 へ、と目をパチクリさせる。めぐみんの表情にからかいは感じられず、本気の発言だということが伺えた。そんなキャルの顔を見て、彼女はふう、と溜息を吐く。

 そうしながら、そもそもですね、と指を一本立てた。

 

「私の師匠の正体は怠惰と暴虐の女神ウォルバク。かつては邪神と呼ばれその力がここに封じられていた元魔王軍幹部なんですよ。別におかしなところは一つもないじゃないですか」

「あー、そっか。……じゃあ、昔ちょむすけさんに助けられて、それから師匠って呼ぶようになったのね」

「いえ、師匠を師匠と呼ぶようになったのはそれから大分後です。……多分、その辺りも書いてあるんじゃないですか?」

「勿論だ。私の綴った物語の最高潮(クライマックス)場面(ステージ)に」

「おいこらネタバレやめろ。今俺読んでるんだから」

「おや、意外にのめり込んでくれているんだね」

「こういうの読むの久々だからなぁ」

 

 こちらに来てから初かもしれない、かつてのヒキニートライフスタイルに組み込まれていたオタクムーブだ。懐かしさもあるし、体を動かしてばかりだった生活に一息入れる意味もある。

 一応念の為言っておくが、彼の平時の日常は仕事もせずその辺りをブラブラするダメ人間スタイルで大して変わりはない。横の猫耳娘も同様である。

 

「この主人公に突っかかっては泣かされるポンコツライバルってモデルいるの?」

「ゆんゆんですね」

「あー……」

 

 察した。成程ね、とどこか優しい目になりながら、キャルはポンコツライバルの行く末を読み進めていく。カズマほどではないが、彼女もそれなりに楽しんでいるらしい。

 そうなると、と残り一人に必然的に注目が行く。

 

「それで、どうだいめぐみん」

「どう、とは?」

「我らの物語は、禁書となるか否か」

「……まあ、今のところは問題ないんじゃないですか?」

 

 思い切りモデルになっているのは恥ずかしいが、それは許可を出した時点で諦めている。はぁ、と溜息を吐きながら、めぐみんはペラペラと原稿を捲っていた。場面は封印の地で悪魔と対峙するところだ。未だ力に目覚めていない主人公とへっぽこライバルは、それでも悪魔を真っ直ぐ睨む。それに対し、悪魔は矮小な人間風情がと鼻で笑いながらこちらを意に介さず封印にかかりきりだ。

 

「ホーストも随分と悪役になってますね」

「許可はもらっているよ」

「意外とノリノリだったぞ」

「それはまた……ああ、成程、所長モチーフのキャラとやりあうからですか」

 

 読み進めると、いかにも黒幕ですと言わんばかりの怪しいキャラが悪魔と戦っていた。悪魔の攻撃を受け止めながら、お互い全力を出していないと笑い合うその姿は対等の存在に見える。

 実際はどうなのか、はあえて言うまい。

 

「さて。お茶でも淹れようか。喉も乾いた頃だろうし」

「私も手伝おうか?」

「大丈夫だよアンナ。君はめぐみんを見張っていてくれ」

「それはどういう意味なのか聞かせてもらおうじゃないか」

「どこが君のアウトなのか分からない以上、目は離せないだろう?」

「自覚があるなら自重してくれれば」

「それは無理だね」

 

 笑いながらお茶を用意しに行ったあるえを睨んでいたが、小さく溜息を吐くとめぐみんは再度原稿に視線を向けた。このままぶっ飛んでいかなければまあ。そんなことを思いながら、でもそうはならないだろうと謎の確信を持ちながらページを。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 悲鳴が響いた。ビクリと反応したカズマとキャルが、一体何があったと立ち上がり視線を動かす。この建物内ではなく、恐らく外。そして声の主は男性であることは分かったが、しかしそれ以外はさっぱりだ。

 めぐみんもアンナも動じていない。あるえもお茶を用意し終わったのか、呑気にティーカップを運びながらこちらに戻ってきていた。

 

「え? ちょっとあんた達、さっきの悲鳴って」

「ん? ああ、あれは多分ぶっころりーですね」

「誰!?」

「紅魔族の遊撃部隊とかいう名目でニートをやっている靴屋のせがれさ」

「反応に困るわね。いや、だからなんで悲鳴が」

「大方ミツキの診療所から抜け出したのではないか?」

 

 なんてことのないようにアンナが述べる。まあそうでしょうね、とめぐみんも頷きお茶に口をつけた。あるえも大体同じような反応だ。

 それで済まないのがカズマとキャルである。何がどうなって診療所から抜け出そうとすると悲鳴が響くのか。ひょっとしてこれは日常茶飯事なのか。そんな疑問が湧いて出る。

 

「この間から虫歯の治療を拒んでいたからね。そのせいだろう」

「素直に受け入れていればあのような末路にならなかっただろうに」

 

 あるえとアンナの言葉に、二人の思考が理解を拒んだ。カズマはそれでもなんとか必死で妥協点を探す。ああそうか、ここは異世界、きっと虫歯治療はとんでもなく痛いものなんだ。そう自分に言い聞かせ、心を鎮める。

 虫歯であんな叫ぶわけ無いでしょうが、というキャルのツッコミで露と消えた。

 

「だから、治療を拒否して逃げたのでああなったんでしょう」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「ですから――」

「助けてくれ! 嫌だ! 俺はまだやりのこしたことが!」

「おい外から断末魔が聞こえてくるんだけど」

「いつものことです」

 

 さらりと流された。必死の命乞いは段々と小さくなり、そしてやがて聞こえなくなる。

 バタン、とどこかの扉が閉まる音とガチャリと鍵がかけられる音だけが、静寂の訪れた空間にやけに大きく響いた気がした。

 

 



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その124

このコンビだとキャルちゃんが汚れヒロインみたいに


「げ、気付いたらもうこんな時間じゃねぇか」

 

 外の惨状から目を逸らすように小説を読んでいたカズマは、窓から差し込む夕日に顔を上げた。元々大分無理矢理なスケジュールで動いていたので当然ではあるが、しかし彼としては出来るだけ日帰りをしたかった。

 これ以上ここにいると絶対何かが起こる。そう確信していた。

 

「まあ、一応コロ助とペコリーヌには朝行く時に伝えてるし、泊まりになっても大丈夫だとは思うけど」

「いや大丈夫じゃねぇよ。外の悲鳴聞いてただろ」

「あれは病気の治療を嫌がったからでしょ? 健康なら何の問題もないじゃない」

 

 そう言って手をヒラヒラとさせたキャルは、ここって泊まる場所あるのとめぐみん達に尋ねていた。一応宿屋もあるし、なんならここに泊まっていってもいい。あるえとアンナがそう返し、めぐみんもそれに同意するように頷いていたので、それもいいかと彼女は。

 

「ふざけんな、こんな場所にいられるか! 俺は宿屋に行くぞ!」

「まるでこれから被害者になるような物言いだね」

「惨劇の序曲(プレリュード)が奏でられるかのようだな」

「別方向でお約束が分かってますねカズマは」

 

 うんうんと満足そうな三人を見て、カズマはこんちくしょうと表情を歪めた。そしてそんな彼を呆れたような表情で眺めているキャルは、小さく溜息を一つ吐く。分かった分かった、とどこか年下の弟を見るような目でカズマを見た。

 

「それで、その宿屋ってどこにあるの?」

「里の商業区にありますよ。サキュバス・ランジェリーという名前の酒場兼宿屋なんですけど」

「どう考えてもいかがわしい宿じゃない! 宿屋そこしかないの!?」

「キャル。そうか、お前……」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 突如キメ顔で短く何か分かったような事を言い出したカズマを思い切り睨みつけ、キャルは却下だ却下と叫ぶ。男女がそんな名前の宿屋に向かったら間違いなくそういう目的だ。少なくとも彼女はそう判断した。カズマもそう思った。ちょっとだけ興奮した。

 

「ああ、いえ。確かに名前はアレですが、別に普通の酒場ですし普通の宿屋ですよ。観光客が名前に釣られてつい立ち寄るのを狙ってますから」

「あ、そ、そうなんだ。……いや待って。だとしても、その名前の宿屋にあたしとカズマが入っていったら誤解されない?」

「俺は構わないぞ」

「あたしが構うのよ! ていうか! あんたペコリーヌほっといてそういうことするわけ?」

「いやほっといても何も。べ別にほら、俺とあいつは別にそういう関係じゃないし」

「面白いくらいに狼狽えているね」

「修羅場だな。というよりも優柔不断か」

「最低ですね」

 

 紅魔族プラスワンからボロクソである。そんな三人にうるせーと返したカズマは、どこか開き直ったようにああそうですよと叫んだ。こちとら生まれてこの方色恋とは無縁の人生送ってきたんだ、少しくらい悩んだっていいじゃないか。そんなことを言い出し、思ったよりも真剣だったのであるえもめぐみんも、アンナですら茶化さずそうですかと引き下がった。

 

「というか。別に告白されたわけでもないのにそういうの意識するってのも何か……こう」

「は?」

 

 今度はキャルが非常に冷めた目になった。何言ってんだこいつという顔で、カズマを思い切り睨む。あいつが、わざわざデートに誘ったというその意味を、こいつは理解していないのか、と。

 そこまで考え、するわけないかと溜息を吐いた。ついでに考えれば、緊張しないようにと散々っぱら言ってきたのも自分たちだ。原因の一端を担っているのだから、これ以上追求するのもよくないかもしれない。

 

「って、ここで流されたら最悪あたしこいつと一緒の部屋で一晩過ごす羽目になるじゃない!」

「馬小屋生活の頃だってそうだろ」

「あん時はコロ助いたでしょうが! ストッパーがいないあんたと二人きりとか、何されるか分かったもんじゃないわ」

 

 ただでさえ以前不可抗力とはいえ擦り付けられた経験があるのだ、万が一が無いとは言い切れない。思わず視線がカズマの顔から思い切り下に向かってしまい、我に返るとブンブンと首を振って散らした。

 

「おいおいおい。いくら何でも俺の信用無さ過ぎないか?」

「さっきまでとの態度の変わりよう見てれば当然でしょ」

「酷い言われようだな。だがな、考えてもみろ。そもそもコッコロは今たまたまここにいないってだけで帰ったらまた会うんだぞ。後ろめたいことなんか出来るわけないだろ」

「ぐっ。それは、確かにそうかもしれないけど」

 

 少なくともそこについては信用してもいい。カズマの傍らにコッコロがいる限り、許可なくその手の行為は出来ないしやらないだろう。

 だが。

 

「……本当に、何も、しないのね?」

「いや、して欲しいなら喜んで」

「ぶっ殺すわよ!」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで結局二人はあるえとアンナの自称工房に一晩泊まることになった。めぐみんは実家があるのでここでは寝ないが、夕飯までは一緒にいるとのこと。気を取り直し何だかんだでデザートまで食べ終えたカズマは、ふと思いついたことを口にした。

 

「なあ、めぐみんは帰るっつってたけど、あるえとアンナはどうなんだ?」

「ん? 私は当然実家があるからね。特に何もなければ帰るよ」

「私はどちらでも構わないが。普段寝る場所はそこだしな」

 

 そこ、とアンナが指差したのは窓の向こう。カズマが出来るだけ記憶から消していた診療所である。え、と思わず聞き返すと、誤解はするなと口角を上げポーズを決めた。

 

「我はあいつらと協力関係、対等だ」

「一応言っておきますけど、病室に住んでいるわけではありませんよ」

「診療所には居住スペースが併設されているからね」

 

 怪しさに拍車が掛かりそうだったアンナのイメージを元に戻す。そのつもりだったのだろうが、カズマにはあまり効果がなかったらしい。というか彼の疑問はそこではなかった。

 めぐみんやあるえの反応も似たようなものだったので同じ立ち位置かと思っていたら、まさかがっつり関係者だったとは。そういうわけである。

 

「だから誤解をするなと言っただろう。私は向こうの言いなりになるつもりはない」

「へ?」

 

 そんな中アンナだけは彼の疑問にきちんと答えていたらしい。実験台にしたいから連れてこいなどと言われても自分は従わないから安心しろ。そう言って再度口角を上げる彼女を見て、あれこいつ実はかっこいいんじゃないかとカズマは思う。

 一方でめぐみんとあるえはああそういうことかと納得していた。そうしながら、これでも彼女は向こうの他の連中と比べると大分良識はあると付け足す。

 

「いやそれ、診療所にいる面々の良識がないって言ってるようなもんなんだけど」

「いやまあ実際無いですし」

「良心と良識は全く別物と切り離せるあの姿勢はある意味驚嘆するね」

「その辺りが所長と意気投合する所以でしょうね」

 

 紅魔族二人の診療所の中の人評が間違いなく悪い。キャルの何気ないツッコミから暴かれた怒涛の真実に、彼女は思わず戦慄する。するが、よくよく考えたらネネカと立ち位置がそう変わらないのかと落ち着いた。

 いやあれが二人いたら恐怖以外の何物でもないだろうと思い直した。

 

「まあ、心配無用だ。先程キャルが言っていたように、どうしても治療を受けねばならない事態にならない限りはミツキも手を出してくることはないだろう」

「なあそうやってフラグ立てるのやめない?」

 

 ふふん、とドヤ顔で述べるアンナにそんなことを返しつつ、まあそうなったとしてもきっと被害者はキャルだろうと一人カズマは頷いていた。ここら辺はお約束をきちんと守ってくれるだろうと高をくくっていた。

 ――翌日。

 

「お腹痛い」

 

 見事なフラグ回収である。げんなりとした表情で客間から昨日集まっていたリビングへとやってきたカズマは、既に起きてソファーでだらけているキャルと目が合った。そんな彼女は彼の顔を見てギョッとする。

 

「どうしたのよ。顔が悪いわよ」

「顔色って言え」

 

 ツッコミを入れつつ、というかお前は人んちでだらけすぎだろと追加を叩き込みつつ、カズマはそのまま空いているソファーに座ると項垂れる。吐き気はしない、熱がある様子もない。ただただお腹が痛いのだ。しかもこれはトイレに行きたいという系統のものでもない。原因不明の腹痛だ。

 

「おはよう。ん? どうしたのだ?」

 

 そんな二人のいる場所へアンナがやってくる。めぐみんやあるえと比べると場所も近いし家族と住んでいるわけでもない彼女のフットワークは軽いのだろう。あるいは、意外と面倒見が良いのかもしれない。

 ともあれ、アンナはカズマを見るなり眉尻を下げた。体調が悪いのか、どこがおかしいのか、そんなことを尋ねてくる。純粋に心配しているようだったので彼は素直に話していたが、キャルはそれを横目で見ながら心中でこんな感想を持った。

 病院の受付で様子聞いている看護師みたいだ、と。

 

「ふむ。原因としては食中りだろうか」

「でもあたしは何ともないわよ。めぐみんやあるえはどうかしら」

「そうだな。彼女達の状態によっては、我らも何かしらの対策を――」

「おはようございます。って、あれ? どうしたんですか?」

「おはよう、みんな。おや、カズマ、調子が悪そうだね」

 

 言っていたそばからめぐみんとあるえが現れる。そして見る限りピンピンしていた。ここから察するに、症状が現れているのはカズマ一人だと考えられる。

 二人にも事情を話すと、何か心当たりはないだろうかと記憶を辿り始めた。が、いかんせん昨日は殆ど全員がここにいたのだ。特別な何かは何も起こっていない。

 

「カズマ。あんた夜中にこっそり抜け出したりとかしてないわよね?」

「いやする理由がないし」

 

 それこそサキュバス・ランジェリーが名前通りの店であったのならばカズマとしてもやぶさかではなかったが、そうでない以上怪しい診療所がすぐ近くに建っているこの家から一人外に出る意味はない。まあそうよね、とキャルも肩を竦め、そうなるとお手上げだろうと彼女は考えるのをやめた。

 

「まあ、我慢できないってわけでもないし。大人しくしてれば治るだろ」

「それならばいいのですが。これで実はとんでもない病気だったとかはシャレにならないんでやめてくださいね」

「おい怖いこと言うなよ。不安になるだろ」

「しかし実際に私達は元気で君だけが。となると、そういう疑いを持ってもおかしくはないからね」

「だから不安煽るんじゃねーよ!」

 

 こころなしか腹痛が酷くなっている気がしてきた。病は気から、という言葉があるように、こういう場合精神は重要な要素だ。特にここは彼のいた世界とは違う理がある。実際の理論として確立していてもおかしくはないのだ。

 

「……ねえ、カズマ」

「何だよ」

「病院行く?」

 

 カズマの動きが止まった。思わず顔を上げると、キャルが何ともいえないような顔でこちらを見ているのが視界に映る。からかいで言っているわけではないのだろう。だが、あまりにもお約束通りの展開をなぞっている彼の姿を見て、百パーセント真剣になりきれない感が見て取れた。

 

「いやだから大丈夫だろ。寝てれば治るって」

「しかし、キャルの言うことももっともです。もしかしたらですが、知らないうちに寄生型モンスターに侵入されていたとか、謎の呪いを受けていたとか、そういう可能性がないとも言いきれませんし」

「ねーよ! そんな事が起きるような生活してねーよ! こちとらただの《冒険者》だぞ、毎日適当に生きるのをモットーにしてるカズマさんだぞ!」

「……何だか、病院に行きたくないと駄々をこねる子供を見ている気分になってきたね」

 

 あるえがぽつりと呟く。聞こえてんぞこら、とそんな彼女を睨みながら、カズマはとにかく大丈夫だから心配ないと言い張った。傍から見ていると間違いなく彼女の言った通りである。

 はぁ、とキャルが溜息を吐いた。あのね、と駄々をこねる子供を諭すように彼の瞳を真っ直ぐに見る。

 

「あんたに何かあったら、コロ助どうすんのよ」

「ぐっ……」

「ねえ、めぐみん。私は実際に見ていないのだけれど、コロ助という少女は私達よりも幾分か年下なんだよね」

「ええ、年齢にそぐわない落ち着きと物腰ですが、間違いなく私達より年下です」

「……犯罪かい?」

「初見は誤解してもおかしくない絵面ではありますね」

 

 目の前でコッコロの存在によって説得されたカズマを見ながら、あるえが苦虫を噛み潰したような顔でそう問いかける。めぐみんは既に慣れたと言わんばかりに言葉を返し、まあ実際はそういう関係ではないですしね、と締めた。

 

「どちらかといえば、母親と息子でしょうか」

「犯罪だね」

 

 そう言いながら創作意欲が湧いたのかポケットから取り出したメモにガリガリと記入を続けていく。

 ともあれ。ちょっと診てもらうだけ、という念押しをしながら、アンナの先導によりカズマはその診療所へと足を進めた。進めて、入り口で足を止めた。

 

「どうしたのだ?」

「……滅茶苦茶頑丈そうな扉ですね」

「患者が逃げ出しにくいようにな」

 

 つまり紅魔族でも手こずるレベルだということである。間違いなくカズマの自力では突破できない。それが分かっただけでも、ここから逃げ出す気になるのは充分であった。

 扉が開く。地獄への入り口でも開かれたのかと言わんばかりの軋んだ音と共に、ゆっくりと診療所の内部が明らかになった。見た目は思っていたよりも普通の建物だ。どこかコンクリートを思わせる素材で、その壁や床には。

 

「ひっ」

 

 キャルが悲鳴を上げる。べっとりと壁に塗りたくられたような赤い跡。既にそこには何も無いが、恐らく赤い色の液体を流しながら抵抗し力尽きたのではないかと思われる痕跡がそこにあった。

 他にも、明らかに不自然な手形がついている。勿論赤い。何か赤い液体を流して、それを手で塞ごうとした結果ついてしまったそれで壁や床を触ったような。必死で逃げ出そうとして叶わなかった跡のような、そんな手形が。

 

「お邪魔しました」

 

 即座にカズマは踵を返した。ここはやばい。何がどうやばいか説明する必要がないくらいにやばい。一目見てこれあかんやつだと判断出来るくらいにやばい。

 

「あら」

「え?」

 

 がくりと力が抜け、膝から崩れ落ちた。いきなり立っていられなくなったカズマは、尻餅をついたままガクガクと震える体を必死で動かして視線を巡らせる。何だ、何が起きた。その原因を探ろうと、必死で。

 

「これは、あまりよろしくないわね。アンナちゃん、すぐにその子を運んで頂戴」

「み、ミツキ!? いや、しかし、私は彼に実験台にする手伝いはしないと」

「何を言っているの? その子、早く治療しないと危ないわよ」

 

 慌てるアンナに、ミツキと呼ばれた女性は冷静に返す。言葉も、口調も、別段危険なところは感じられない。ただ、服装は赤い裏地の黒というより濃い紫のコートで、酷い隈のある瞳という見た目から医者というよりも呪いや毒薬でも専門にしていそうな雰囲気が感じられた。ただ薔薇のアクセントのついたガーターストッキングは中々色っぽかったので、カズマとしてはあれはあれでありかな、と現実逃避を一瞬行うほどだ。

 

「大丈夫よ。まだ初期段階だから、後遺症も残らないわ」

「え? あ、はい」

 

 クスリと微笑まれ、カズマは何とも間抜けな声を返す。アンナはそういうことならと動けなくなったカズマを運ぼうと肩を担いだ。キャル達もそれに続き、えっちらおっちらと彼は診療所内へと運ばれる。

 

「それにしても。紅魔族じゃない被検た、じゃなかった、患者さんは久しぶりね」

「――え?」

「冗談よ。……じゃあ、少し眠っていてね。きちんと治療してあげるわ」

 

 それはどっちの意味なのだろうか。そんな疑問を浮かべる間もなく。

 ミツキの笑みと共に、彼の意識は底へと沈んでいった。

 

 



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その125

今更ですが、今回の章はめぐみんの過去話を所々挟むスタイルでやってます。


「はい、久しぶり」

「へ?」

 

 ガバリと体を起こすと、目に飛び込んでくるのは以前数回訪れたことのある女神の夢空間とされる庭園の景色。そんな庭園の一角にある東屋、というよりちょっとしたリビングと化しているその場所で、カズマは目の前の相手を見た。歯車のような翼、グラデーションのような髪色、どこかダウナー気味の表情。

 

「アメス様? てことは俺今ヤバい?」

「ああ、そこは大丈夫。あんたがしばらくは意識飛ばしてた方がよさそうだったからちょっと呼んだの」

「ヤバイよねそれ!?」

 

 カズマの記憶が確かならば、あの美人だが明らかマッドな医者のお姉さんに治療を受けさせられたところで飛んでいる。つまり現在の状況は大分アレなのだろう。

 

「そこまでじゃないわ。あんたはあたしの特殊な加護があるから、何かの拍子に意識回復しちゃうとマズいでしょ? そういうことよ」

「あ、ああ、そういう……」

 

 麻酔用の呪術だとかなんとか言われてスキルと投薬を同時にやられたが、確かに言われてみるとあれは精神に作用する状態異常だ。完全に信用していないカズマがそれを受けた場合レジストしてしまう可能性も無きにしもあらず。麻酔無しで手術は彼としても勘弁願いたかった。

 

「じゃあ、とりあえず治療終わるまで厄介になろうかな」

「ええ、そうしなさい」

 

 では遠慮なく、とソファーに座る。テーブルの上にあるお菓子が物凄く見覚えのあるものであったことを確認すると、ひょいと摘んで口に入れた。間違いなく日本のメーカーのポテチである。

 

「ああ、それは」

「あ、ちょっとカズマ! 何勝手に人のお菓子食べてるのよ!」

 

 へ、と視線を向けると、こちらにズカズカとやってくる水色の髪の少女が一人。その後ろで、まあまあ、と宥めているらしい見覚えのない銀色の長髪の少女も視界に映った。

 

「お、アクア」

「はぁ!? ちょっとあんた! アメスは様付けで私は呼び捨てとかどういう了見よ。言っておきますけど、そっちの世界でちょこーっと名が売れてきた程度のアメスじゃあ、優秀なアクシズ教徒を沢山抱えるこの水の女神アクア様の足元にも及ばないんだから。ほら、敬って! アメスよりも偉い私を敬って!」

「で、そっちの人は? アメス様の知り合いの女神だったりします?」

「あ、はい。初めまして……?」

「ちょっと無視とか良くないんですけど! 敬うどころかシカトするなんて天罰下るわよ! 水のトラブル頻発するわよ! 夜中にトイレ行っても紙がなかったりするわよ!」

 

 地味な嫌がらせだな、と顔を顰めながら、カズマははいはい分かった分かったとアクアに向き直る。とりあえず勝手にポテチ食ってごめん、と謝罪した。分かればいいのよと彼女はドヤ顔で胸を張るが、それを見ていたアメスともう一人は苦笑している。

 間違いなく敬ってない。

 

「で、改めて。俺は佐藤和真、そっちの女神様は?」

「ふふっ。あなたのことはよく知ってますよ、カズマさん。私はエリス、と申します」

「エリス様かぁ……エリス?」

「そう。向こうで一番知られているあの女神エリスよ」

「名前だけ知られても、質がダメならダメダメよねぇ。その点うちのアクシズ教徒は優秀で、エリス教徒なんか一撃よ一撃!」

 

 何か思わぬところでやべぇ女神に遭遇した気がする。リアクションの取りづらい状況になっていたカズマは、エリスが苦笑しながら気にしないでくださいと話し掛けたことで我に返った。

 

「ここにいるのはアメスさんの知り合いで、アクア先輩の後輩でもあるただのエリスですから」

「まあ、そういうことなら」

 

 ポリポリと頬を掻きながらカズマは了承する。そうしつつ、よくよく考えると確かにこんな場所でアクアと一緒にポテチ食うような女神なんだからそこまで緊張しなくてもいいかと思い直した。

 

「ところで、なんで二人はここに? アメス様の場所なんだよなここって」

「え? そりゃ、サボってゴロゴロするのに丁度いい場所だもの」

「……えーっと、その。たまには、私も気を抜きたいというか、最近は向こうでいいこと無しだからやる気出てこないというか」

「三日に一回は来てるじゃないのよ。まあ使用料貰っているからいいけど」

「ああ、そういう」

 

 ここの女神全員割とダメなんだな。うんうんと納得したように頷いた。そして、ほんの少しだけ残っていた緊張感は綺麗サッパリなくなった。

 

 

 

 

 

 

―4―

「よう」

「ひぃぃぃぃぃ!」

 

 紅魔の里の学校帰り。めぐみんはこの間の出来事を忘れられず、しかし誰にも相談できず悶々とした日々を送っていた。それは隣を歩くゆんゆんも同じで、そのせいか揃って帰路につくことが増えた。どちらもあの日のことを口にはせず溜め込むばかりの、単独行動が二組である。

 そうして一週間が経った頃。里の外れのめぐみんの家へと向かう途中にそいつは現れた。

 何故かこめっこを肩車して。

 

「おいおい待て。俺様は別に争いに来たわけじゃねぇ」

「……でしょうね」

 

 ぺしぺしと目の前のそいつ、大悪魔ホーストの頭を叩いているこめっこを見ながらめぐみんは溜息を吐く。ゆんゆんはテンパって叫んだ挙げ句目をぐるぐるとさせていたが、しかしそれから何も起きないので段々と呼吸を整え始めていた。

 それで、とめぐみんはホーストに問う。一体何の用なのか。それを尋ねると、彼は少しだけ苦い顔を浮かべた。

 

「あの時の極悪エルフは……いねぇな?」

「彼女なら、あれからやりたい実験があるとか言ってあそこの謎施設に籠もっていますよ」

 

 あそこ、と紅魔の里の人々もよく分かっていない建物を指差す。視線をそこに向けていたホーストは、とりあえずここにはいないんだなと息を吐いた。

 視線を戻す。そうしながら、頼みがあると彼は述べた。

 

「大悪魔が私達みたいな魔法も覚えていない子供に何を頼むんですか?」

「ホーストはウォルバク様とかいうのをふっかつさせたいらしい」

「おいこめっこ、先に言うんじゃねぇよ。後復活させるのはウォルバク様の半身の力だ」

 

 視線を肩に乗っているこめっこにも向けつつ、ホーストは続ける。邪神の墓と呼ばれているあの場所には、彼の仕える女神の半身が眠っているらしい。その封印を解き、完全な主の復活を望んでいるのだとか。

 

「ただ、ウォルバク様本人は乗り気じゃねぇんだ」

「駄目じゃないですか」

「まあな。……恐らく、半身の力をきちんと取り込めるかどうかが分からないからだろう」

「ちからぶそく」

「俺様としてはウォルバク様が封印が解かれたばかりの半身に遅れを取るとは思わねぇんだけどな」

 

 そこでだ、とホーストはめぐみんを見る。嫌な予感がしたので、彼女はそれを隠そうともせず顔を顰めた。多分無理ですよ、と先に述べた。

 

「そうか? お前たちはあの極悪チビエルフがわざわざ選んだ相手だ。何もないってこたぁねぇよ」

「そうは言っても。私もゆんゆんもただの学生で、秘められた力こそ無限大ですが現状は――あれ? そういえばゆんゆん、さっきから随分と静か」

 

 隣を見た。立ったまま気絶しているゆんゆんが視界に映り、めぐみんは思わず目を見開く。そっと触れると、そのままぐらりと彼女は倒れていった。

 危ない、と慌ててゆんゆんを受け止めためぐみんは、とりあえず彼女を休ませる場所へと足を進める。近いのは自分の家だが、流石にこの状況で連れて行くわけにもいくまい。何より人を抱えて移動は中々にしんどい。

 

「よ、っと。おい、えっと、めぐみんだったか? どうするんだこの嬢ちゃん」

「ああ、すいませんホースト。私の家が近いので、ひとまずそこへ。幸い誰もいませんし」

「あー、そういやこめっこが言ってたな。親は仕事で、同年代もいないって」

「代わりにホーストが遊んでくれるからへーき」

「普通に馴染んでますね……」

 

 どのみちここではもう話は出来ない。じゃあこっちです、とめぐみんはどう考えてもビジュアル的にアウトであろう大悪魔を連れて、そのまま自分の家へと帰っていった。

 その道中、めぐみんはホーストに問い掛ける。ところで、と彼に件の人物についてを尋ねた。

 

「その、ウォルバク様とやらはどんな人なんですか?」

「そうだな。ウォルバク様の本来のお姿は巨大な漆黒の魔獣、だと思ってたんだが、どうやらあれは半身の要素を表に出した形態だったらしくてな。今は人間とそう変わらない美しい女性だ」

「へぇ。ではとりあえず誰かに見られたら騒ぎになるということはないようですね」

「お前さりげなく俺様に文句言ってるだろ」

 

 そりゃそうでしょう、とめぐみんは肩を竦める。言われたくなければもう少し紛れ込む工夫でもしてくださいと追撃を入れながら、彼女は引っかかっていたことを口にした。邪神の墓、あそこで見た巨大な魔獣がホーストのいう半身の力だったとしたら。それを再封印したのは。

 

「ホースト」

「あん?」

「ウォルバク様という人は、以前ここに来たことがありますか?」

「さあ、どうだろうな。俺様があのお方と再会してからは来てないはずだが、それ以前は知らん」

「……そうですか」

 

 ひょっとしたら。そんな期待を込めて口にしたそれは、結局分からないままで。

 ああ、でも。ホーストがふと思い出したようにそんな呟きをしたことで、彼女は俯いていた顔を上げた。ここに来たとは言えないかもしれないが、確か、前にこんなこと言ってたぞ、と彼が笑っているのを見た。

 

「紅魔族の女の子にせがまれて、爆裂魔法を教えたことがあるってな」

「――っ!?」

 

 うお、とホーストがこめっこを肩車しゆんゆんを抱えた状態のままのけぞる。お前どうした、と隣のめぐみんに尋ねるが、当の本人は何がどうしたんですかと怪訝な表情を浮かべるのみだ。

 

「いやどうしたもこうしたも、目がすげぇ紅く光って――」

「ホースト」

「あん?」

「役に立つかは保証しませんが、仕方ないので協力はしましょう。その代わりに」

 

 そのウォルバク様に、会わせてください。興奮状態は冷めず、目を紅く光らせたまま。

 めぐみんは、ホーストへとそう述べた。

―□―

 

 

 

 

 

 

「――あ?」

 

 目が覚めたカズマの視界に映るのは特におかしなところもない天井。寝かされているのがベッドなので、診療所の病室なのだろう。よかった部屋の中まではアレじゃない。そんなことを思いながら視界を巡らせ。

 

「っ!?」

 

 扉に鉄格子がはめられているのを見て震えた。ここ診療所じゃ無いだろ、やっぱり監獄とか収容所とかその辺だろと自身の意見をさっぱり変えることなく、しかしまあ逃げることも出来ないのでとりあえずは寝転んだまま息を吐く。

 そんな彼の耳に、ガチャリと扉の開く音がした。

 

「あら、目覚めたのですね」

 

 顔を向けると、そこにいたのは見覚えのない少女。ボブカットに近い髪型に整った目鼻立ち、そしてしっかりと開いたワンピースからドドンと自己主張している凶悪なバスト。突如出現した美少女にカズマは思わず目を見開いた。

 が、すぐに持ち直す。場所を考えろ、と。状況からして間違いなくあのマッドな美人女医の関係者だ。見た目に騙されてホイホイされるとあっという間にゲームオーバーだ。

 

「調子はいかがですか?」

「え? あ、はい。多分大丈夫……?」

「そうですか。それはよかった」

 

 そう言いながら病室に置いてあった花瓶の花を交換していく。あ、そっちなんだと思いながら、しかし別段こちらになにかする様子もないのでカズマはほんの少しだけ安堵した。安堵して、だから駄目だっつってんだろと頭を振る。

 

「あ、あのー」

「はい?」

「俺、どうなったんですか?」

「詳しいことはミツキさんから直接聞いたほうがよろしいでしょう。ただ、運が良かったのは確かですわ」

「運が良かった?」

 

 どういうことだと眉を顰める。どう考えてもこの状況は不運だろう。そんなことを考えたのが表情でモロバレだったためか、少女はほんの少しだけ口角を上げた。

 

「スイカのタネを飲んでしまったでしょう? 腹痛の原因はそれでした」

「……お、おう」

 

 何だかよく分からないが、詳しいことは向こうに聞けと言われている以上、聞いても教えてくれないかもしれない。そう思ったカズマはとりあえずそこを流し、肝心の部分の続きを聞いた。それで一体全体何が幸運なのか、と。

 

「そのおかげでここに運び込まれた。おかげで、あなたは無事に帰ることが出来ます」

「……はい?」

 

 ちょっと何言っているか分からない。頭にハテナマークが飛んだままのカズマを見て、少女は微笑んだ。少しからかってしまいましたか、と笑みを浮かべた。

 

「クスクス。ああ、ごめんなさい。これだけでは分からないですね」

「そりゃあまあ…………今クスクスって口で言った?」

 

 カズマの呟きはスルーされた。先程も言いましたけれど、と彼女は前置きし、詳しいことはこの後来るであろうミツキに聞いたほうがいいと続ける。

 自分は所詮手伝いで来ているだけだ。趣味の調薬が好きなだけ出来るからこその協力関係。だから、患者のどうこうは医者である彼女の役目で、自分は関係ない。

 

「呪い、ですわ」

「呪い? それって」

「正確には、マーキング、でしょうか」

「何か単語がおかしくなった!?」

 

 カズマの驚きをよそに、少女はどのみち解呪されたので問題はありませんと述べる。少なくともその身はきれいになっていると続けた。

 

「では私はこれで。次はオークに目を付けられないといいですわね」

「ちょっと何か不穏な単語だけ呟いて帰らないで!? オーク? オークってどういうこと!? 俺何に狙われてんの!?」

 

 少女はそのまま病室を出る。詳しいことはミツキさんへ、ともう一度だけカズマに述べ、彼女は部屋の扉を閉める。

 そうしながら、先程述べた呪い、マーキングの資料を取り出し眺めた。オスがほぼ絶命し、強靭なメスが様々な種族と混ざりあったことで生まれた現在のオーク。それが持つ能力の一つで、彼女としては興味深いもの。

 

「私の運命の相手も、見付かるでしょうか」

 

 クシャリ、と資料を握りしめてしまい、彼女はいけないいけないとそれをポケットにしまい込んだ。さて、今日の仕事を終えたら、占いの館でも行ってみようか。そんなことを思いながら、少女は廊下をゆっくり歩く。運命を、未来を、描きながら。

 

「クスクス……クスクス……」

 

 




アメス様の加護、精神に作用しない呪いは通用しちゃうのが今回は致命的。


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その126

フラグはまだ回収しない。


「というわけで、暫く紅魔の里から出るのは控えてちょうだい」

 

 病室にやってきた怪しい美人女医ミツキから伝えられたことがこれである。何が何だか分からない彼は、とりあえず「はぁ?」とだけ返した。

 対するミツキはまあその反応でしょうね、と笑う。分かっていていきなりそう述べたらしい。

 

「君に付けられていた呪いは特殊なものよ。オークが次の子種を見定めた証」

「子種て」

「あら? その反応だと知らないのね。オークは紅魔の里からそれほど離れていない場所に集落を作っているのだけれど」

「へー。でもそのオークと俺に何の関係が?」

「オークはメスの性欲が強すぎて、オスが生まれてもすぐに搾り取られて死んでしまうの。当然、その程度で満足できない彼女達は種族問わず好みの男を襲っては干物にして捨て、襲っては搾り取って捨てを繰り返しているわ」

 

 カズマの動きが止まる。冗談ではないのは何となく分かった。まあつまり彼のよく知るオークのイメージをそのまま男女逆にして当てはめればいいのだろう。最悪である。

 

「その結果、今のオークは様々な遺伝子を取り込んだごった煮のような生物へと変貌を遂げているわ。勿論性欲はそのままでね」

 

 様々な遺伝子、というのは当然冒険者のものも含まれる。オークによっては独自の進化を遂げた特殊なスキルを持ち合わせた個体も存在するらしく、その手の研究者にとっては新たなる可能性を見出す貴重な宝でもあるわけなのだが。

 念の為言っておくが、その手の研究者というのは大概が狂人のカテゴリである。勿論ネネカは該当者だ。

 

「幸い、今回の呪いは過去に類似の症例の記録が残っていたから対処できたけれど、肝心の加害者は諦めていないわ」

「……何で分かるんです?」

「はいこれ」

 

 す、とポケットから何かを取り出す。トカゲの死骸だ。頭にメスを打ち込まれたそれを見てカズマが思わず悲鳴を上げたが、しかし我に返ると怪訝な表情を浮かべる。死骸だと思っていたが、どうやらそもそも生物ではないらしい。日本でドッキリにでも使うような、リアル造形の人形である。

 

「診療所の壁に張り付いていたわ。呪いが剥がされたから、ターゲットの確認をしようとしたんでしょうね」

「多彩過ぎる!?」

 

 まだ見ぬオークへの不安がぐんぐんと増していく。俺こんなのに目を付けられたの、と背筋に嫌な汗が流れた。

 そんなカズマを見ていたミツキは、そういうわけだから、と微笑んだ。ほとぼりが冷めるまで、あるいは原因を排除するまで。紅魔の里の外に出るのは非常に危険が伴う。

 

「テレポート屋とかは?」

「あなたアクセル住みでしょう? ここにアクセル行きのテレポートはないわ」

 

 それに、とミツキは微笑んだまま言葉を続ける。もしあったとしても、と述べる。

 

「今これだけ執着している時にいきなり手の届かない場所に逃げたりしたら、その方がオークの心にずっと残っちゃう可能性が高いわよ」

「笑顔で死刑宣告し始めた!?」

 

 

 

 

 

 

 面会謝絶。ドドンと札の貼られた病室の前で、キャルはどうしたもんかと悩んでいた。事情は聞いた。本人の体には異常が無いのも確認済みだ。外的要因が問題であり、簡単に侵入を許さないための処置であることも説明はされている。あくまで現状は、なので、二・三日もすれば経過観察に移行するのは間違いない。

 

「どうやって紅魔の里を出られるようにするか、よね」

「時間経過に任せるとキリがないですからね」

 

 キャルの隣にいるめぐみんが頷く。紅魔の里出身なだけはあり、彼女もオークについてはある程度承知の上だ。マーキングなる新技の呪いを取得しているのは驚いたが、まあ元々が元々なので今更ではある。だからこうして対処法を考えているわけなのだが。

 

「ふむ。まずはマーキングを行った張本人を見つけ出すところから、かな」

「無理矢理紡いだ運命の鎖を引き裂くためにも、互いの繋がりを知らねばな」

 

 壁にもたれかかっていたあるえとアンナがそんなことを述べた。やっぱりそれよね、とキャルは肩を落とし、その厄介さを予想してげんなりした表情を浮かべた。何であいつのためにこんな苦労せねばいかんのか。頭によぎったそれを振って散らす、こともせず、彼女は思い切り口に出す。

 聞こえてんぞこらぁ、と病室の中から声が聞こえた。

 

「そりゃそうよ。聞かせてんだもの」

「面会謝絶は形だけですからね。部屋に入れないだけで、カズマも別にベッドに縛り付けられているわけでもないですし」

 

 扉にもたれかかり四人の会話を聞いていたカズマは、だからとっとと出られるようにしてくれとぼやく。だから今こうやって話してるんでしょうが、とキャルは間髪入れずに返した。

 

「んー……ねえカズマ、あたし帰っちゃだめかしら」

「ダメに決まってんだろ! 置いてくんじゃねぇよ!」

「違うわよ人聞き悪いわね。コロ助とペコリーヌに細かい事情を話しておかないと心配するでしょ?」

 

 ついでに協力してもらえばいい。そう続け、キャルは備え付けられていた椅子から立ち上がった。善は急げ、さっさとアクセルに戻って、さっさと済ませてしまった方がいい。

 

「あ、待ったキャル。お姉ちゃんとリノはどうするんだ?」

 

 ピタリとキャルの動きが止まった。そうだ、失念していた。今アクセルにはカズマ関連で笑いながら一線を越えてしまうのがいたんだった。安易に街に戻って事情を話したりすると、どこからか湧いてきたシズルに感付かれ、お姉ちゃんvsオークのとてもじゃないが見せられない光景が展開される恐れがある。

 放っておいてもそのうち現実になる可能性は充分にあるが、自ら引き金になりに行く勇気はキャルにはなかった。

 

「というか、そうよね。コロ助に話しても最悪同じパターンになる可能性があるわよね……」

 

 ブッコロvsオークになるだけである。目からハイライトが消えたコッコロが槍を振り回しながらオークとドンパチやる光景など見たくもない。

 よし、とキャルは椅子に座り直した。ここは大人しくほとぼりが冷めるのを待って、向こうには心配させないように手紙でも書いておこう。うんうんと頷きながら彼女はそう宣言した。

 

「キャル……あなたという人は」

「何よ、しょうがないじゃない。大体、そういう意味だったらめぐみんの方こそ、所長呼んでくれば何とかなるのにやらないじゃないのよ」

「何で好き好んでこんなクソどうでもいい場面であんな面倒な人に頼らなくちゃいけないんですか」

「お前ら覚えてろよ……」

 

 扉の向こうからカズマの恨みがましげな声が聞こえてくるが、二人は当然無視である。

 ともあれ、キャルはまあいいや放置、と決めた。めぐみんも溜息を吐いているものの、別段その方針に異議を唱えるつもりもないらしい。

 そんな二人を見ていたあるえは、やれやれと肩を竦めてもたれていた壁から離れた。ふ、とアンナも薄く笑いながら同じように姿勢を整える。

 

「ここは我々の出番かな?」

「うむ。迷える者を導き、光差す道へと先導するのも闇から闇を渡り歩く我々の重要な任務」

 

 揃ってポーズを決める。それに、とカッコつけていた表情を少しだけ戻すと、扉の向こう側に向かって彼女達は言葉を紡いだ。

 大事な読者を見捨てるわけにはいかないから、と。

 

「あるえ、アンナ……。あ、なんか俺感動してきた。一年以上付き合いあんのにさらっと見捨てたアクセルに毒されたアークウィザード(笑)どもとは違うなぁ」

「キャル、言われてますよ」

「あんたもよ」

 

 お互いを肘で突きながら、その表情はあのヤローと扉を睨んだまま。その表情を知ってか知らずか、カズマはそのまま調子に乗ってどんどんとキャルとめぐみんの二人をボロクソ言い始めた。

 勿論というか、当然というか。それはもう二人揃ってキレるわけで。

 

「上っ等じゃない! あんた土下座して謝る準備しときなさいよ!」

「吐いた言葉は飲み込めませんよ。その暴言の数々、後悔させてやります!」

 

 がぁ、と叫んだ二人は勢いよく立ち上がり、行くわよめぐみん、行きますよキャル、と猛スピードで駆けていく。診療所の廊下を全力疾走する二人は中々にキマっていた。

 そしてそんな二人を目で追っていたあるえとアンナは、顔を見合わせると苦笑する。しょうがない、と揃って口角を上げた。

 

「では、私達も行くとしようか」

「無論だ。ではカズマ、吉報を期待して待つがいい」

 

 大分掛かり気味のキャルとめぐみんとは違い、こちらは比較的冷静である。そういう意味では正反対の方向から調査を進められるのでこれはこれで丁度いいのかもしれない。勿論向こうの二人がそんなことを思い付いているはずもないのだが。

 そうして部屋の外が静かになったカズマは、やれやれと扉の前からベッドに戻る。どのみち現状は自分は暇だ。何もやることがない。

 

「小説の続きでも読むか」

 

 見舞い代わりに渡されたあるえとアンナの原稿を手に取り、カズマはごろりと横になった。このまま事件解決しねーかなぁ、と他力本願なことを考えながら。

 

 

 

 

 

 

―5―

「……」

「……」

「あ、あの。ウォルバク様……?」

 

 ウォルバクはホーストの声に反応すると、視線だけを彼に向けた。明らかに睨んでいるそれを受けて、すいませんでしたと反射的に彼が頭を下げる。

 

「待ってください。ホーストに頼んだのは私です。いや確かにいきなり協力しろとかこんなビジュアルで言われたら紅魔族とはいえ戦う力をまだ持たない子供は従わざるを得なかったんですが」

「フォローしろよ! 追い打ちじゃねぇか!」

「ホースト」

「いえ違うんです! いや言っていることは間違ってないんですけど、でも違うんです!」

 

 めぐみんの言葉によって更に立場の悪くなったホーストがオロオロとし始めたが、ウォルバクの表情は晴れないまま。普段であればここである程度は部下の気持ちを汲むのが彼女なのだが、今回ばかりは少し事情が違ったのだ。

 小さく息を吐く。視線をめぐみんに戻すと、それで、一体何の用なのかしらと問い掛けた。

 

「お久しぶりです」

「……人違いじゃないかしら」

 

 めぐみんの言葉に彼女はそう返す。だが、めぐみんはそれを聞いても揺るがなかった。いいえ、と首を横に振った。

 

「人違いなんかじゃありません。私は、あの時のことをよく覚えています。あの日、私が私になった時の光景を、覚えています」

「……知らないわ。私は、そんなこと覚えていない」

「お姉さんが何と言おうと、私は忘れません。だから、私は」

 

 その続きは何を言おうとしていたのか。彼女の言葉が発せられる前に、この空間に乱入者が現れた。随分と扇情的な姿をした女悪魔が、大変ですウォルバク様と駆けてきたのだ。

 何とも言えない、感情を仕舞い込むような表情をしていたウォルバクは、そこで瞬時に元に戻す。どうしたのアーネス、と女悪魔に視線を向けると、彼女は慌てた表情でもう一度大変ですと述べた。

 

「あいつらがこちらに向かっています!」

「あいつら?」

「はい。あの時の、やたら眩しい騎士と頭のネジが二・三本ぶっ飛んでそうな子供体型のエルフが――」

「やれやれ、失礼な紹介ですね」

 

 アーネスの言葉が途中で遮られた。いつのまにか彼女の背後に二人の人物が立っている。片方は男性の騎士、やたら眩しい、という表現がピッタリくるようなそんな立ち姿。

 そしてもう一人は小柄なエルフ。体型にアンバランスな大きな帽子のずれを手で直しながら、微笑を浮かべたままゆっくりとこちらに歩いていた。

 

「こんにちはウォルバク。あの時の返事はまだ変わらないままですか?」

「……当然よ」

「おや、そうですか。ならば彼女は、一体何故ここに?」

 

 わざとらしくそう尋ねたネネカは、めぐみんを一瞥すると口角を上げる。何かを見透かされたような気がして、めぐみんは思わず肩を震わせた。

 対するウォルバクはあからさまに不機嫌そうな顔をする。あなたには関係のないことだ。そうとだけ述べると、これ以上の会話は無意味だと言わんばかりの態度を取った。

 成程、とネネカが頷く。そうしながら、今度はホーストに視線を動かした。

 

「ところで、きちんと説明はしたのですか?」

「うぇ? な、何の話だ!?」

「おや、私の口から言った場合、あなたの立場はあまりよろしくないことになると思いますが。それでも構わないのならば」

「待て待て待て! 今してる最中だったんだよ! お前らがそれを邪魔したんだろうが!」

「そうでしたか。それは申し訳ありません」

 

 ならばここは一旦引きましょう。そう述べると、ネネカは傍らにいるマサキに声を掛ける。かしこまりましたと頭を下げた彼は、ネネカの後についてこの場から去っていった。

 そこで慌てるのはホーストである。この空気の中、ただでさえ非常に言い辛い説明をしなければならなくなったのだ。これならばまだネネカから暴露されたほうが自分の胃には優しかったかもしれない。

 アーネスも、一体何をやらかしたのかとジト目でこちらを見ているし、めぐみんは何かを思い詰めた顔のままだ。助けになるようなことはないだろう。自分一人だけで、この状況をなんとかしなくてはいけない。

 

「ホースト。あなた、彼女達と何かあったの?」

 

 そんな状況の中、出された助け舟は主であるウォルバクからであった。言わなくてはならない報告を置き去りでめぐみんがぐいぐいと行ったことを、彼女も薄々は感じ取っていた。だからある程度はしょうがないで流そうとも思っていた。が、向こうと何かあったというのならば話は別だ。

 

「い、いえ。別に何も。……協力をしないか、と聞かれただけです」

「……そう。それで、彼女達がここに来たということは」

「違います! 俺はただ、ウォルバク様に力を取り戻して欲しかっただけで!」

 

 こうなりゃヤケだと言わんばかりに、ホーストはぶっちゃける。あの時のネネカの言葉が引っかかってつい単独で行動したこと。封印場所でこめっこと出会い、封印解除の協力をしてもらっていたこと。その最中にネネカが襲来し、一人でコソコソやっていると事態が悪化すると煽られたこと。そんなネネカがわざわざ連れてきためぐみんとゆんゆんの二人には何か秘密があるに違いないと思い交渉を持ちかけたこと。

 その時の会話で、ウォルバクがかつて紅魔族の少女に爆裂魔法を教えたことがあると話したことも、全部だ。

 

「ホースト」

「あれ何か最後の部分で一番機嫌悪くされてる!?」

「はい、私がその時の女の子です」

「……そうだとしても。私はその子がどんな顔をしていたのか、どんな名前だったのかも覚えてないわ」

 

 少しだけ顔を赤くしながら、ウォルバクが視線を逸らす。傍観者のアーネスも、何だかいたたまれなくなって俯いた。

 対するめぐみんは、顔を真っ青にするホーストを尻目に、それならばと真っ直ぐウォルバクを見た。忘れたのならばと目を光らせた。それが嘘だとしても、どちらでもいい。もう一度、改めて告げるだけだ。宣言するだけだ。

 

「我が名はめぐみん! 爆裂魔法を身に着け、やがて世界一の爆裂魔法を放つもの!」

「紅魔族、ではないのね。随分と大きく出ちゃって」

「当たり前です。私の目の前には、まさにその目標がいるのですから」

「……本当に。もう少し、穏当な人生を歩む気はないの?」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらウォルバクが問う。それに、めぐみんは愚問ですと笑った。あの時と同じ問い掛けに、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「勿論約束できません。でも、あの時の約束は、必ず果たします」

「……だから、覚えていないと言ったでしょう?」

「はい。絶対に」

 

 まるで噛み合っていないようなその会話。だが、ウォルバクがほんの少しだけ嬉しそうに、楽しそうに口角を上げていることを見たのは恐らく。

 

「お姉さんに、爆裂魔法を見せてあげます!」

「……いつでも気が変わっていいのよ」

 

 目の前で宣言している、めぐみんだけだ。

―□―

 

 



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その127

セレスディナ「来いよ……こっち来いよ!(切実)」


「あぁん、もう。使えないわね!」

「いやはや手厳しい」

 

 ジロリと一体のメスオークが横目で睨む。睨まれた相手はカシャリと音を立てながら肩を竦め、次いで申し訳ないと頭を下げた。そうしつつも、少々歪な作り物の目をギョロリと開く。まあ、しかし、と言葉を紡ぐ。

 

「監視を行っていたのがオークの仕業だと向こうは認識している。まだ有利はこちらにあると思うがね」

「はん。口だけは一丁前ね。下半身はあるだけで出やしないってのに」

「いやそりゃ私元々捨てられた人形だからなぁ」

 

 ちょっと引きながらそう述べたオークの対面にいる相手、ドールマスターは、とりあえずこのまま続けようと提案した。オークはそれにはいはいと返すと、同じく聞いていた仲間のメスオークに向き直る。

 じゃあそれで行きましょう。舌なめずりをしながら同意する仲間たちを見ながら、オークはニヤリと口角を上げる。先日、紅魔の里の近くにテレポートした紅魔族をたまたま見かけ、そして痺れた。あんな貧弱なボーヤに一体何故惹かれたのか、本人もよく分からない。だが、間違いなく彼女は思ったのだ。運命の相手だと確信したのだ。

 ちなみにオークの運命の相手はとりあえずダース単位で増えていき、そしてその都度使い潰される。

 

「まあ、こちらとしては都合がいいが」

「んん? ああ、心配しなくても、あんたたちの目的の邪魔はしないわ。魔術師殺しだかなんだか知らないけど、魔道具には興味ないもの」

「それは助かるな。こちらも、紅魔族と関係のない男に興味はない。魔王様の障害にもならんだろうからな」

「そうかしらぁ? 案外、ああいうのが勇者として活躍しちゃったりするのかもしれないわよ」

 

 オークのその言葉に、ドールマスターはまさかと肩を竦めた。監視をしても、あの男に特別なものは感じられない。むしろ周りの連中のほうがよっぽど脅威だ。オークたちの趣味は分からんと思いつつ、彼は一度彼女達から離れた。お互いの作戦のすり合わせは一応終わったので、今度はこちら側の行動を話し合う番だからだ。

 そうしてオークの集落から戻ってきたドールマスターは、いまいちやる気の出ていないシルビアを見て小さく溜息を吐いた。幹部がそんなことでどうすると述べた。

 

「だって、この間の子が来てるじゃない。どうせ碌なことにならないわよ」

「しかし、前回酷い目に遭った相手は違うのだろう?」

「いやあの子も相当だったわ。こっちが一番被害受ける場所にピンポイントで爆裂魔法打ち込んでくるのよ。大体、なんで人間がああも爆裂魔法に詳しいの。師匠との修行の賜物ですとか言ってたけど、爆裂魔法の師匠って何よ……」

 

 あんな事ができるのはシルビアの知る限りかつての同僚であったウォルバクくらいだ。紅魔の里で消滅したという話だったから、ひょっとしたらあの少女の師匠とやらが彼女を討伐したのかもしれない。そんなことを思い、余計な驚異にげんなりした。

 

「前回は出てこなかったのならば、その師匠とやらは数に入れずともいいだろう」

「そうなんだけど……。後はあれよ、所長? だとかいう子供体型のエルフ」

 

 魔王軍幹部である自分が頭おかしいと感じる時点で相当だ。出来ることならばアレとは二度と会いたくない。あのイケメン騎士は一体何がどうなってあのエルフを慕っているのか謎すぎる。

 

「そうなのよ……。そうでなくてもイケメン騎士と上位悪魔が二人いるのに」

 

 紅魔族だけでもお腹いっぱいなのに、余計な戦力がマシマシになっているこの里は、正直シルビアが真正面から突っ込んでいっても返り討ちに合う未来しか予想できない。監視で少しだけ見たあの女医も、前回ことあるごとに目にしたので後方支援として申し分ないのだろう。

 まあ、それでも前回より人は少ない。幽霊のプリーストも挙動がおかしいエルフの弓使いとパートナーらしき魔物もいないし、あの女医の知り合いらしき面子も数人いない。何かしら行動を起こすのならば、確かに好機ではある。

 

「でもねぇ……どうも成功する気がしないのよ」

「まあ、念には念を。死なないための準備は怠らないようにしよう」

 

 シルビアの溜息に、ドールマスターは苦笑しながらそう答えた。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。みんな揃っていますか?」

「あら? めぐみんじゃないか。珍しいわね」

 

 勢いだけで飛び出しためぐみんとキャルは、ではどうするのかといったあたりで我に返った。もう面倒だからオークの集落行って爆裂魔法ぶっ放そうぜ、という結論になりかけた。

 その後の対処、というか逃走ルートを確保しないとそのままお陀仏だったので、二人は別の方法、あるいは対処法を手に入れるために進路を変えたわけであるが。

 

「また上位悪魔……。まあ、そんなもんだろうとは思ってたけど」

 

 めぐみんが軽い調子で話をしているのはムチムチボディの女悪魔だ。キャルはそんな彼女を見て諦めというか慣れというか、そういう状態になっている。ぶっちゃけ今更ではある。が、キャルとしてはそこら辺流すようになってしまったら終わりなんじゃないかと思わないでもないのだ。

 

「ま、いいわ。あたしはキャル、よろしく」

「アーネスよ。ウォルバク様、今はちょむすけ様かしら、に仕えている上位悪魔」

「それで。マサキやホーストは?」

「何? あいつらに用事?」

「いえ、特にそういうわけでもないのですが、出来れば頭数は多いほうがいいと思いまして」

 

 また何かやらかすのか、とアーネスが眉を顰めている中、めぐみんはそこまで大したことじゃないと言い放った。そうして語った話は、確かに傍から聞くと大した話ではない。というか一応関係者ではあるめぐみんやキャルとしてもこれまでの経験からすれば割と軽い問題だ。当事者のカズマですら、事態が大きいのか小さいのかよく分かっていないくらいである。

 案の定、話を聞き終えたアーネスも拍子抜けしたような顔をしていた。まあつまりオークをどうにかすればいいのね、と軽い調子で述べている。

 

「とはいっても。オークをどうにかすることは案外難しいわね」

「殺しても死ななそうな連中ですからね」

「近場に住んでいる連中が言うと重みが違うわね……」

 

 だが、どうにもならない相手かと言えば答えは否なわけで。最悪そのマーキングを施した相手をどうにかすればいいだけの話だ。まさか種族全体でカズマの遺伝子を狙っているというわけでもあるまい。

 

「もしそうだったら、捕まった時点で即干からびるでしょうね」

「……多分、その可能性は低いと思うわ」

 

 キャルがどこか死んだ目で述べる。そうなったら、間違いなくカズマは泣き叫ぶし、恥も外聞もなく助けを求めるだろう。そして訪れる、例のアネが、オークと対峙し。

 

「とにかく! あたしたちのやることは、そうなる前にオークをどうにかして、何もなかったことにすることよ」

「何だかキャルの心配事が若干ずれている気がしますね」

「やることは変わらないから、いいんじゃないの」

 

 対処さえ間違えなければ、今回はいつものように酷い目に遭うことなく終わることが出来る。最初から殆ど変わっていないが、キャルの出した結論はそんなところである。とはいえ、差し当たっての問題がその間違えない対処の仕方なのだが。

 

「オークの集落に直接乗り込むのが一番手っ取り早いんでしょうが」

「それで、犯人見付けてその後は?」

「そこなのよねぇ……」

 

 やはり当初の予定位通り、ミツキの言うことを聞いてほとぼりが冷めるのを待ったほうがいいのだろうか。ううむと考えながら一人悩み始めたキャルを見て、まあとりあえずお茶でも飲んでいくかとアーネスが述べた。そうですね、とめぐみんが同意し、三人は研究所を歩いていく。

 

「そういえば」

「どうしました?」

「ここ、一体何なの?」

「この間言った通り、所長が復旧しようとしている場所です」

「それは聞いたけど」

 

 見たこともないような構造の、何だか分からない設備が目に映る。ぶっちゃけ何一つとして用途の推測すら出来ない。修理中で動いていないからだ、と言い訳もできたが、多分動いていても分からないだろう。

 

「あれ? 何かここだけ優先的に補修されてるわね」

「ああ、そこは爆殺魔人が寝かされていた場所ですから」

「……え? あんたここで生まれたの?」

「私の爆裂魔法のルーツはあるえとアンナの小説で暴露されたから知っているでしょう!?」

「あたし読んでないし。しかも途中だったから、その後そういう話が出てきてもおかしくないでしょ?」

「あたしが口出すのもなんだけど、それおかしいって思わない感性も中々だね」

 

 ははは、とアーネスが苦笑し、気付いたキャルが悶える。あたしは普通あたしは普通あたしは普通、と呪文のように連呼し、気持ちを落ち着けたのか小さく溜息を吐いた。

 

「アクシズの巫女は間違いなく普通じゃありませんよ」

「うるっさい! ぶっ殺すぞ!」

 

 めぐみんに言葉の致命傷をぶちこまれたキャルが叫ぶが、もちろんはいはいと流される。そうしながら辿り着いた部屋に入ると、先日見た悪魔悪魔したビジュアルのホーストがこちらに振り向いた。

 

「お? 何だめぐみん。と、確かキャルだったか。どうした?」

「ちょっと手伝って欲しいことがありまして」

 

 心配しなくとも、所長の無茶振りよりマシです。そう続けためぐみんに、ホーストは当たり前だろうと少し疲れたように返した。

 

 

 

 

 

 

 一方のあるえとアンナは、ミツキが持っていた処理済みの監視人形を調べつつ、他にも残っていないかどうかから調査を始めた。ターゲットの近くにいた個体が処理されただけで、全て処理済みだと考えるのは早計だからだ。

 

「その辺り、ミツキ先生は不干渉だからね」

「診療所以外の監視は管轄外だからな」

 

 紅魔の里を歩きながら、時折魔力感知を行う。普段見慣れたものとは違う、異物が紛れ込んでいないかどうか。それらを行いながら、気になった場所をガサガサと探し。

 

「これは、思ったよりも厄介だね」

 

 杖の先端に纏わせた雷で、その辺りにうろついている生物を模した人形の頭を焼く。バチン、という音と共に、焦げ臭い臭いがほんの僅か鼻についた。

 里を何となしに見て回った結果、とりあえずというレベルで既に五体ほどの人形を処理することになった。たまたま偶然、違う事件が重なっていると考えることももちろん出来たが、それよりは同一犯の仕業だとした方が手っ取り早く確実だ。

 

「だが、解せんぞ。ターゲットであるカズマは診療所だ。こんな場所を監視する理由が見当たらん」

「そうだね。元々マーキングをされていたのだから、それが途切れた場所を重点的に探すのは自明の理。加えると、監視の人形もそこで破壊されたのだから、理由を探りに行かないというのも考えにくい」

 

 ふむ、とあるえが顎に手を当て考え込んでいる中、アンナは破壊した人形を見ながらふと思い付いたそれを口にした。ミツキは多種多様なスキルを持ったオークが用意したものだと言っていたが、その実はそうではなく。

 

「オークと、見えざる協力者(シュバルツァ・コペラシオン)が存在しているとしたら」

「それは最初に却下した、事件が二つ重なっているという意見を再び持ち上げた形になるのかな」

「そうではなくて。オークと協力しているが、目的が異なっている。そういうことだとしたら」

「ほう。成程、それは面白い。つまりこの監視の真の目的は」

 

 そこであるえは言葉を止めた。分からない、と言うつもりはない。あくまで見解の一つを述べるだけではあるが、しかしそれでも少しだけタメを作りたかっただけだ。

 勿論アンナも承知で、彼女の言葉に被せようと目を見てタイミングを伺った。

 

『魔術師殺し』

 

 ふ、とお互いに笑みを浮かべた。拳をカツンと打ち合わせ、そして揃ってポーズを取る。

 そうしながら、だとするとこれは中々に危険だと表情を引き締めた。正解である前提だが、その場合の犯人というのは容易に予想ができたからだ。

 なにせ、少し前に襲撃されているのだから。

 

「どうやら諦めていなかったみたいだね」

「まあ、当然だろう。あれを手に入れてしまえば紅魔の里を攻め落とすことは容易。いや、世界の天秤を即座に魔王側に振り切ることも」

「……となると、それに対抗するための力が必要になるね。成程、だからカズマを」

「私達は実際に目の当たりにしてはいないが、あの男の潜在能力はあの所長が手放しで褒めるほどだ。当然魔王軍も承知だろう」

「考えたね。流石は魔王軍、というべきだろうか」

 

 ちなみに。二人はこの話をしながらどこからか取り出したメモ帳にガリガリと何かを書いている。間違いなく次の小説のアイデアにするつもりだろう。あるいは、この考察自体がただのネタ出しなのかもしれない。

 

「魔王軍の策略に陥るわけには行かないな」

「そうだね。設定をもう少し練る必要があるけれど、まあ概ね事件をなぞっても話はできるだろう」

「ああ。では、我らの執筆活動、ではなく。世界の救済を始めようではないか」

 

 アンナの目が怪しく光る。紅魔族でもないのに。それを見ながら、あるえもテンションの高ぶりが抑えられないのか、眼帯で塞がっていない方の瞳が紅く輝いていた。

 病室でカズマがのんびり小説を読んでいる間に、どうやら調査メンバーの立ち位置は入れ替わってしまったようである。が、それを指摘するものはだれもおらず、何より本人たちも自覚がないので軌道修正はされないままだ。

 

 

 

 

 

 

「騒がしいですわね」

 

 そんな二組とすれ違っていた少女は、眉を顰めながら紅魔の里にある占い屋へと足を踏み入れる。いらっしゃい、と笑顔を見せた占い師の女性に軽く会釈をすると、そのまま対面の椅子に座った。

 

「それで、今日も恋の占いかしら?」

「はい。お願いできますか?」

「ええ、勿論」

 

 そう言って笑顔を見せた女性は、机の上にある水晶玉に手をかざす。目の前の少女、エリコがこの占いをしにくるのは初めてではない。恋の相手を、運命の相手を知るために何度か訪れているのだ。

 随分と離れているのか、あるいは未だ出会っていないからなのか。水晶玉に映ったその映像はとてもおぼろげで、だからこそエリコはその映像を鮮明にするために色々と行ってきた。おかげでこの一年ほどで大分名が売れてきており、彼女としては面倒な反面、これで運命の相手が見つかるかもしれないと期待もしている。

 では、と占い師の女性、そけっとが水晶玉を見詰めた。これまでとは違う、何が何だか分からない映像から、随分と分かりやすいものに変わっていたそれを見る。

 

「これは……結構若い、のかしら。まだ繋がりきっていないのか、はっきりと姿はわからないけれど」

「いえ、これまでに比べれば大きな一歩です」

 

 そけっとの申し訳無さそうな言葉に、エリコはゆっくりと首を横に振る。前進しているということが分かったのだ。後はこれを続ければ。

 と、そこで彼女の動きが止まった。シルエットのようなその映像。そこに映っている姿。

 それは、見間違いでなければ。

 

「……ど、どうしたのエリコちゃん?」

「クスクス。いえ、ありがとうございますそけっとさん」

「え、ええ。役に立ったのならばよかったわ」

 

 立ち上がり、ペコリと頭を下げる。そのまま占いの館を後にしたエリコは、普段見せないような笑みを浮かべながらゆっくりと歩みを進めた。

 成程、そうか、そういうことか。つまりあれが運命ということか。

 

「……いえ、違いますね。もう少し冷静にならなくては」

 

 あの水晶玉に浮かび上がって見えた姿は、彼に相違ない。そうは思うのだが、しかし現状あの男性に魅力を感じたかと言えば答えは否。運命の相手だというだけで、盲目的に信じるには少し弱い。

 

「ですから、見極めなくてはいけませんね」

 

 逆に言えば。彼が運命の相手だと確信さえすれば。彼女はもう、迷うことはないのだ。

 幸いにして、彼は現状少々問題に巻き込まれている。見極めるには丁度いい。

 

「失望、させないでくださいませ……クスクス」

 

 ああ、願わくば。この自分の冷めた想いに再び火を灯してくれるような、そんな相手でありますように。人を心の底から信用できないこの自分に、もう一度信頼を与えてくれますように。

 

 



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その128

マダガスカル!(宇宙海賊感)


―6―

「ね、ねえめぐみん」

「どうしました?」

 

 オドオドビクビクしながらゆんゆんが問い掛ける。それに振り向くことなく言葉を返しためぐみんは、彼女とは反対に堂々と封印を解き始めている自身の妹を見詰めていた。

 

「何で私、ここにいるのかな……?」

「いやあなたがついてくるって言ったんじゃないですか」

「そうだけど……そうじゃなくて。そんなつもりじゃなかったのに」

「何を言っているのかさっぱりですね。嫌なら来なければよかったんですよ」

「だって……置いてきぼりは嫌だったし……」

 

 めんどくせぇ。相手の方には見えないのをいいことに思い切り顔を顰めながら、そうしつつだからといってこの集まりを見ても貫けるのはある意味凄いなと溜息を吐いた。

 やるじゃねぇか、とホーストがこめっこを褒め、アーネスはそんな二人をやれやれと眺めている。紛うことなき上位悪魔である。そしてそれを複雑な表情で見守っている女性は、話を聞く限りでは魔王軍幹部にして、邪神。紅魔族とはいえ、まだ魔法も覚えていない子供が束になったところで僅かな傷がつけられるか怪しい。

 

「置いてきぼりが嫌というだけでここに参加するというのは」

「わ、私にとってはそんなことじゃないもの……!」

 

 本人は紅魔族の在り方をおかしいと常日頃文句を言っているくせに、なんだかんだこういうところで紅魔族としての根を感じさせてしまう辺りが皮肉だろう。

 ともあれ。以前は自身が解いたそれは、こめっこが役目を引き継いだおかげで別段することがない。橋渡し役は担ったが、それだけだ。そういう意味では、あまり協力をしているという感じはしないが、まあ余計なトラブルを回避したと考えれば妥当なところだろう。

 

「問題は」

「ど、どうしたの?」

 

 す、とめぐみんは目を細める。魔法こそ覚えていないが、学校でも成績優秀者で通っている彼女は、ある程度のスペックの高さを誇っている。微妙な空気の変化や、魔力の揺らぎなどを感じ取ることも出来なくはないのだ。

 だが、ことこれに至っては例外。恐らく、自身が気付くギリギリをあえて行っている。その証拠に、ウォルバクは苦い顔を浮かべて視線だけをそこに向けていた。隠す気がないのか、と言わんばかりの表情からすると、向こうのレベルでは堂々としている範囲なのだろう。

 

「偶然ですね」

「どの口が」

 

 ゆっくりとネネカが姿を現す。不機嫌さを隠そうともしないウォルバクを見て笑みを浮かべた彼女は、そのまま視線を邪神の封印へと向けた。どうやら、協力してくれる気になったようですねと言葉を紡いだ。

 

「そんなわけないでしょう」

「おや。では、何故ここでこんなことを?」

「……部下の頼みを断れなかっただけ。ただの気まぐれよ」

「ふふっ。それならばそれで構いません。ですが、いいのですか?」

 

 ネネカは笑みを浮かべたまま、視線を再度ウォルバクに戻す。それに少しだけ気圧された彼女は、ネネカを睨むように見つめ返しながら問い掛け返した。一体何がいいのか、と。

 す、とネネカは指を差す。その先にあるのは封印。こめっこが最後のピースをはめ終えたそこに、生贄の供物を捧げるよう記された文字が浮かび上がっていた。

 

「消極的なあなたと、封印を破ることに積極的な半身。お互い離れていればまだしも、この至近距離では」

「お、おぉ!? なんだぁ?」

「おわ、ひかってる」

「言ってる場合か! ホースト! その子連れて離れな!」

 

 膨大な魔力の渦が発生した。祭壇を取り囲むようにそれが渦巻き、ゆっくりと地面に侵食していく。地面が揺れ、空は急激に色を無くしていった。

 

「これは……!?」

「あなたが危惧していた通りですよ。今のあなたでは、半身を取り込むには足りない」

 

 封印の石版が割れる。ポン、と音を立ててそこから飛び出してきた小さな猫は、キョロキョロと辺りを見渡すと短く鳴いた。背中に生えた小さな翼が、パタパタと揺れる。

 

「め、めぐみん。何だか凄く可愛い猫ちゃんが出てきたんだけど」

「ええ、そうですね。……見た目は」

「姉ちゃん。あれ食べられる?」

「煮ても焼いても食えそうにありませんよ」

 

 ごくりとめぐみんが息を呑む。何であんな小さな生物にここまで緊張しているのか。自分でも分かっていないその感覚を、しかし彼女は捨て置かなかった。事実、ホーストもアーネスも猫を見て驚愕の表情を浮かべている。期待外れ、という意味合いではない。予想通り、あるいはそれ以上だったからだ。

 

「くっ……」

「ウォルバク。落ち着きなさい。今のあなたは動揺するだけで容易く向こうに持っていかれてしまいます。……まったく、まさかここまで腑抜けていたとは」

「どういうことなの……。どうして、こんな」

「自分でも分かっていないのですか? いえ、違いますね。予想外、予想以上ということでしょうか。ふむ」

 

 ネネカが視線を動かす。めぐみんを視界に捉えると、彼女はそれが妥当ですかと呟いた。

 

「では――」

「ウォルバク様!?」

 

 ネネカが何かを言うよりも早く、小さな猫が吠えた。その体格からは信じられない声量の咆哮は、そこにいた者たちを縫い止めるような威力を持っていて。

 視界にウォルバクを映した猫は、もう一度吠える。それに合わせるように、小動物のようであったその体躯はミシミシと音を立てながら変化していった。怠惰と暴虐を司る邪神、その文言に相応しいであろう巨大な魔獣へと。

 

「――か、は」

「ウォルバク様!?」

「動揺しないように、と言ったではありませんか。主導権を握られ始めていますよ。このままでは、向こうを取り込むのではなく、向こうに取り込まれる方が早い」

 

 立っていられなくなって、ウォルバクは膝を付く。荒い息を吐きながら、しかし視線だけは下げんとばかりに魔獣となった半身を睨んでいた。そんな彼女を見て、ネネカはそうでなくては、と口角を上げる。

 そうしながら、彼女はもう一度問い掛けた。ウォルバクに、以前持ちかけた提案を告げた。

 

「共同研究の件は、考えてもらえましたか?」

「……この外道め」

「お褒めに預かり光栄です。ほら、向こうも離脱するようですし、こちらも移動を開始しましょうか」

 

 苦々しげにネネカの手を取るウォルバク、そこに、もう一つの手が重ねられる。おや、とネネカは視線を向け、ウォルバクはどうして、と目を見開いていた。

 

「私も、その共同研究とやらに加えさせてください」

「私は構いませんが、いいのですか? 恐らくあなたの望んでいた道とは外れますよ」

「いいえ。私はむしろ、こちらこそが正しい道だと思っています」

 

 ウォルバクを見る。かつて、己の世界を変えた人が。ほんの僅かの間で、自分に道を示してくれた相手がここにいて。そして。

 これからも、共にいてくれる可能性があるのならば。

 

「私は、迷いません」

「めぐみん!?」

「姉ちゃんかっけー」

 

 めぐみんは、立ち止まってなどいられないのだ。

―□―

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 ぺらり、と原稿を捲る。最初のページに戻ってしまったのを確認し、カズマは顔を顰めた。これで終わりかよ、と思わず叫ぶが、いや違うと気を取り直す。

 恐らく、持ってきた原稿が中途半端だったのだろう。その証拠に、アンナの方の原稿は文章が思い切り途中で途切れている。

 

「マジか……」

 

 うへぇ、とベッドに倒れ込んだ。現状面会謝絶扱いのカズマでは、この続きを読むためには誰かに持ってきてもらうしかない。が、生憎と頼める面々は調査に飛び出していってしまったきりだ。ミツキに頼めばなんとかしてくれるかもしれないが、彼としてはそれを行うのは避けたかった。嫌な予感がしたからだ。

 元々暇潰しに読んでいたものなので、それがなくなれば当然暇になる。が、それとは別に、何だかいいところで止められたもやもや感が彼の中で渦巻いていた。いやまあ気にしなきゃいいだけなんだけど。そんなことを呟きながら、ぐだりと天井を眺め。

 

「……」

 

 あー、暇だ。と暫し呆けた。基本的にだらけるのは好きだし、働きたくない気質で、一日中寝ていたい願望を持ち合わせてはいる。が、強制的にさせられるとそれはそれで面白くないし反発したくなるのが佐藤和真という人間だ。ちなみに、時と場合によるので強制させられても喜んで従う時もある。

 

「抜け出すか」

 

 よし、とベッドから起き上がった。病院着から手早くいつもの服装に着替えると、鉄格子のはまっている扉に手をかける。何か変な装置とか罠とかついてないよな。そんなことを思いながら、カズマはゆっくりと扉を開けた。

 

「……」

 

 特に問題もなく開いたのを見て、彼は思わず拍子抜けする。まあ事情が事情だからそんなもんか、と廊下に出た途端聞こえてくる男性のうめき声をスルーした。部屋の中では聞こえなかったところからすると、一部の防音はきちんとしているのだろう。患者が恐怖で逃げ出すのを防ぐ工夫というやつか。

 見た目の時点で多分意味ないよな、とカズマは小さく溜息を吐きながら廊下を歩く。診療所の誰かとすれ違わないかと要所要所で敵感知を行ったが、別にあれは敵じゃないから分からないかと気配察知に切り替えた。こちらは敵感知と比べると自分が《冒険者》だからなのか精度がイマイチだが、無いよりはマシだろうという判断である。

 

「……んん?」

 

 病室に収容されている紅魔族であろう面々の気配と悲鳴は感じ取れるが、それを監視するであろう役目の気配はさっぱりだ。扉を隔てて全く別の空間になっているかのようなそれに、カズマの背中に冷や汗が流れる。

 戻ろうかな、と後悔の念が一瞬もたげた。あのまま何もなかったと病室で暇を持て余せば、こんな得体の知れない恐怖からはおさらばできる。待っていれば、オークの問題とやらもじきに解決する。

 

「そうよ。だから出歩かないで欲しいのだけど」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 唐突に聞こえたその声に、カズマは思わず叫んだ。そのままバランスを崩し、思い切り転がる。視界に映るのが天井に変わり、そしてミツキの顔へと移り変わった。まったくもう、と笑みを浮かべる彼女は相変わらず隈がすごい。美人なのにそこもったいないよな、と彼は割と見当違いなことを考えた。現実逃避ともいう。

 

「どうしたの? まだ事態は解決していないから、無闇に歩き回ると彼女達に捕食されるわよ。性的な意味で」

「相手がオークじゃなかったらお構いなくって言ったのになぁ」

「あらそう? なら、オークの見た目を変えちゃえば問題ないかしら?」

 

 さらっとマッドなことを言い出したミツキへ丁重にお断りしますと返したカズマは、立ち上がるとゆっくりと後ずさった。遠慮しなくてもいいのよ、と怪しい液体の入った瓶をチャプチャプと揺らす彼女から距離を取った。

 

「君の認識を変えるのが手っ取り早いけれど、そう警戒されているとやりにくいわね」

「おいさらっとやべぇこと言ったぞこのマッド医者」

「何より。君、精神汚染に強い耐性を持っているわよね。この薬だと力不足かしら」

 

 残念、と小瓶を仕舞う。そうしながら、だったらこっちね、と別の小瓶を取り出した。先程よりは色は怪しくない。が、りんごジュースのような液体が薬瓶に入っている時点で物凄く怪しいということに気付かない時点でカズマも大分麻痺している。

 

「はいこれ」

「へ?」

「そうね。もしオークに襲われそうになったら、それを相手に飲ませなさい。見た目が問題なら、君の悩みは解消されるわ」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「ふふ。大丈夫、効能は保証するわ。ネネカ所長との共同研究の賜物だもの」

「信用できる要素が微塵もない!」

 

 が、効能自体は間違いなく本物だろう。自分にとってプラスになるかマイナスになるかは不明だが、ミツキは悪意を持って押し付けているわけではないことだけは分かる。

 じゃあ、貰います、と小瓶を受け取る。念の為予備もいるかしら、という彼女の言葉にそうですねと後二瓶ほど貰うと、カズマはじゃあこの辺でとミツキに背を向けた。足を進める先は診療所の出口である。

 

「無理なら、すぐに戻ってきなさいね」

「あ、いいんだ」

「患者がそれを望んでいるのならば、出来る限り叶えてあげるのも医者の務めよ」

「振り幅でけぇなぁ……」

 

 くすりと笑うミツキを見ながら、カズマは何とも言えない表情を浮かべる。まあいいや、と頭を振り、彼はそのまま診療所を後にした。

 久しぶり、というほどではないが、病室から開放されたことでカズマはどことなく爽やかさを感じていた。空気を吸い込み、ああ自由って素晴らしいと一人思う。

 さて、ではあるえとアンナの事務所に行って原稿の続きでも探してくるか。そんなことを考えながらすぐそこの建物へと足を進めた彼は、いや待てよ、と思いとどまる。別に病室から開放されたんだし、向こうに戻る算段立てなくてもよくない、と。

 

「つっても今の状態でアクセルに戻ると問題があるって話だし、結局戻ったほうが安全か」

 

 とはいえ、原稿を回収するのは後回しでもいいだろう。そう結論づけ、彼はどうせだから少し里でも見て回ろうと進路を変えた。ここから里の中心部には少し距離がある。元々地元民のいない区画なので、必然的に歩く人物はカズマ一人となる。

 あれ、これマズいんじゃ、と思うのが少しだけ遅かった。

 

「みぃぃぃぃつけたぁぁぁぁぁ。だぁぁぁぁぁりぃぃぃぃん!」

「おひょぉぉぉぉぉ!」

 

 突如視界いっぱいに広がる猛烈なボディ。人に似た体を持ち、大きな胸を揺らしているそれは、カズマを見てベロリと舌なめずりをした。

 即座に反転、逃走の構えを見せたカズマであったが、もう遅い。ぐわしと掴まれ、鯖折りされてんじゃねと思うほどの勢いで抱きしめられる。そうされたことで、彼の視線の先に豚に似た顔がはっきりと映し出された。

 

「あぁぁぁぁ! いやぁぁぁぁ!」

「そんなに興奮しないで。大丈夫よぉ。最初はちゃーんと優しくしてあ、げ、る、から」

「すいません、丁重にお断りします!」

「遠慮せずに、さあ。さあ、さあ!」

 

 そのままオークはカズマを横抱きにする。ふふふ、と微笑むと、そのまま荒い鼻息を盛大に発した。

 

「ここだとムードに欠けるわね。もう少し開けた場所がいいわぁ。終わった後、夜空と月が見えるような」

「まだ昼なんですけどぉ! 俺の初めてが最後の体験になるぅぅぅ!」

 

 そうして素早くその場から離脱したオークは、見事な手際というべきか、その痕跡を残さなかった。彼女自身は、である。

 ほんの僅か。カズマが逃げ出そうとした時。オークに無理やり抱きとめられたことで破れた手袋の切れ端が、そこにぽつんと落とされていた。

 

 



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その129

途中のやり取りひっどい。


「おや?」

「あれ?」

 

 とりあえず協力を取り付け研究所を出たキャル達は、そこであるえとアンナにばったり出会った。カズマの問題解決でここへ来る理由は特に思い付かず、まさか自分達と同じようにここの連中に協力でも仰ぎに来たのかと首を傾げる。

 が、あるえもアンナもそれは違うと首を横に振った。というか、そういえばそもそも最初の目的はそうだったと思い出したように手を叩いた。

 

「めぐみん」

「なんですか?」

「これであたしたちの方が薄情だって言われるの納得行かないんだけど」

「同感ですね。そもそも彼女達は小説のネタを優先するきらいがあります。何だかんだカズマのことを考えているキャルとは大違いですよ」

「いやその評価も個人的には違うというか」

 

 好き好んでアレのことを心配しているわけではない。ぶすぅ、と不満そうな表情を浮かべたキャルは、まあいいと姿勢を戻した。そういうところなんですけどね、とめぐみんが苦笑するのは見えなかったらしい。

 それで、と二人は小説優先組を見る。だったら何の理由でここに来たのか、と問う。

 

「それなのだけれど。オークには協力者がいる」

「は?」

「ふ、驚くのも無理はない。しかし、我らが魔眼の前には真実は常に白日へと曝される。そこにたとえ不都合な事実が紛れ込んでいようとも」

「それで、何故ここに?」

「流石紅魔族、慣れてるわね……」

「私達にとっては普段の会話ですからね」

 

 ゆんゆんがぼっちになるわけだ。そんなことを思いながら、キャルはあるえ達の話の続きを待つ。

 その協力者というのは、監視用の人形を見る限り魔王軍だと推察される。そんな言葉を聞いて、聞くんじゃなかったと目を細めた。デタラメ言うな、という意味合いではない。またこのパターンの厄介事かよ、という目である。

 

「ふむ。二人の考察が本当だとするならば、狙いはやはりここですか」

 

 研究所の近くにある地下格納庫を見やる。里の紹介の際に述べた、強力な兵器がそこに眠っている。そして以前、魔王軍がそれを手に入れるために襲撃してきたのも記憶に新しい。

 懲りない連中ですね。そう言って溜息を吐いためぐみんは、しかし前回と違って今回は搦手を使ってきているのを疑問に思った。魔王軍がそこまで慎重に、ともすれば恐れていると思われかねないような行動をする理由は何だ。

 

「……考えるまでもないですね」

 

 この研究所を根城にしている面子とそのトップが原因だろう。ちょむすけを相手に隠しつつ、BB団とタッグでぶちのめした魔王軍幹部だとかいう女性には多大なトラウマを植え付けたらしい。ちょむすけ曰く見た目は女性だが半分男性だという話だが、細かいことはどうでもいいだろう。今重要なのは、その結果向こうがこそこそと行動するようになったことだ。

 

「真正面から来ないとそれはそれで厄介ですね」

「まあでも目的が分かってるなら問題ないんじゃない?」

「その通り。だから私達はここに来たんだ」

「あの魔術師殺しを敵の手中に収めさせるわけにはいかないからな」

 

 ふ、とポーズを決める二人。そんな二人を見ながら、キャルもめぐみんも一つ考えが浮かんでいた。それを実行すると間違いなく当初の目的からは遠ざかるであろう選択だ。

 何やってんだお前ら、と丁度いいタイミングでホーストが顔を出した。帰ったと思った二人がすぐそこで騒いでいるので気になったらしく、あるえとアンナを見付けてなんだそういうことかと溜息を吐きながら踵を返す。

 その背中に、待ったとめぐみんが声を掛けた。やっぱりそうするのか、とキャルも諦め顔で頭を振っている。

 しょうがない、とここで話していたことをホーストに伝え、目的のものを奪われないよう注意して欲しいと述べた。聞いていた方は、いいのか、とめぐみんとキャルを交互に見やる。

 

「ぶっちゃけカズマは診療所で引きこもっててもなんとかなるけど、里がメチャクチャになったらそれも出来ないでしょ」

「私も概ね同意見です。優先順位としては里の平和の方が上ですから」

「それならいいけどよ。お前らは無理すんなよ」

 

 悪魔に心配された、と何とも言えない表情を浮かべるキャルを経由し、めぐみんはではそういうことでとあるえ達に向き直る。こちらのことは任せましたよ。そう告げると、キャルと共に今度こそ本当にこの場を後にした。

 向かう先は診療所。カズマに事の経緯を話し、場合によっては時間の解決を待つという選択肢を取らせるためだ。まあ無茶しなければ問題ないし、と隣でぼやくキャルを見ながら、めぐみんはそうだといいんですけどね、と呟いた。

 勿論彼女の心配は現実となる。

 

「は?」

 

 カズマが外に出た、という話をミツキから聞いたのがその直後だ。一応最終手段になりそうなメタモルアップルの抽出液は渡したから、すぐにどうこうなるとは限らないわよ。そうミツキは述べたものの、こちらに視点に立っての意見なのかどうかが分からないので安心は出来ない。そもそも問題として、その張本人が見当たらない時点でアウトである。

 

「あのバカ、どこ行ったのよ……!」

「考えたくありませんが、里に侵入したオークによって連れ去られた可能性がありますね」

「……ヤバいじゃない」

「ええ。何か痕跡がないか、探しましょう」

 

 診療所を再度飛び出した二人は、もしそうだった場合ミツキの渡したもので本当に何とかなっているのだろうかという疑問がどうにも拭えなかった。

 

 

 

 

 

 

 佐藤和真は、異世界に転生してから最大のピンチを迎えていた。何がどうピンチなのかを一言で伝えるのは難しい。ただ、ナニがピンチなのかは明らかだった。

 

「ふふふ。中々面白いことをしてくれるじゃない」

 

 そう言って彼女は笑う。その仕草でちらりと見えた舌が唇を湿らせ、どことなく甘い空気を醸し出す。

 が、状況はあまりよろしくない。カズマは地面に寝かされているし、彼女はそこにまたがるような体勢を取っている。まあ言ってしまえば襲われている状態だ。性的な意味で。

 勿論襲っている相手はカズマをさらったオークであるし、そんな状態であるから彼はもう必死で逃げようと頑張った。初めての相手が豚の頭部を持つモンスターとかマジ勘弁と抗った。まあ結局無意味だったわけだが。

 所詮低ステータスの《冒険者》。様々な種族を交配を繰り返したオークに敵うはずもなく、この体勢になってからは碌な抵抗も出来ていない。だがそれでも。カズマは何とかして現状を打破する手段を模索した。恐らく今までの中で一番必死で思考を巡らせた。まあ結局無意味だったわけだが。

 そんな時に思い出したのが例の薬瓶である。ミツキの言葉を信じるならば、これをオークに飲ませれば自分の悩みが解消される。勿論かもしれないであり、思い切り胡散臭く信じるか信じないかで言えば当然信じていないのだが、それでも。

 

「待って! ちょっとこれ飲んでみない!?」

「ん? りんごジュースみたいね。別にいいけれど」

 

 そんなやり取りでえらくあっさりそれを飲んだオークは、その直後全身が軋むような感覚で思わずのけぞった。マジか本当に効いた、とカズマはその隙を逃さないように馬乗り状態から逃れるとすぐさま逃亡を。

 

「逃さないわよ♪」

 

 などということが出来るはずもなく。あっさりと捕まった彼は再び同じ体勢になってしまったわけなのだ。

 が、そこからが問題であった。最大のピンチになったのはここからであった。

 

「いや待って! そういう効果!? 悩みが解決ってそういう意味!?」

 

 カズマが悶える。先程のオークの笑みに、その唇に、思わず視線を向けてしまったのを悔やむように頭を抱えながら、彼は叫ぶ。

 

「別に私は構わないわよ。こういう趣向も、悪くないわ」

 

 右手を自身の胸に添える。むにゅりと柔らかな弾力を持ったそれが形を変え、カズマの目の前で揺れていた。そこに視線を固定させながら、カズマはいや違うそうじゃないと必死で言い訳をする。こいつはさっきまで二足歩行する人型の豚モンスターだったんだぞ、と己を落ち着かせる。

 

「あら。でも今は、違うでしょ? あなたの好みの、人間の、お・ん・な」

 

 馬乗りの状態から、腰を落とす。むっちりとした太ももと張りのあるヒップがカズマの下半身に触れ、彼は思わず変な声を出した。そのまま覆いかぶさるように、彼女は彼に顔を近付けていく。先程まで彼女自身の手で形を変えていた胸は、カズマの胸板で潰れ、ぐにぐにと歪んだ。

 そして至近距離に。さっきまで豚だったとはとても思えない、どこか勝ち気な瞳を持ったほんの少しだけ幼さの残る美少女が妖艶に微笑んでいる。オークの元々の体毛を反映したのか、薄桃色のロングヘアーを左右でくくった髪型が顔立ちによく似合っており、むっちむちのボディと組み合わさってかなりの破壊力を誇っていた。

 

「さ。もういいかしら。私といいこと、しましょ?」

「あ、はい。――じゃなくて! 待って! ほ、ほら話をしよう!?」

「いいわよぉ。何を話すの? あなたのちょっぴりイケナイ性癖の話?」

 

 そう言いながら、美少女に変化したオークがカズマの上着を脱がしにかかる。先程よりもダイレクトに向こうのおっぱいが感じられるようになり、彼は再び変な声を出した。

 ダメだ。これ以上はダメだ。間違いなくこのまま食われてしまう。性的な意味で。そして何が問題かって見た目がエロ可愛い美少女になっちゃったおかげで逃げるための必死さが足りない。カズマの中でそんな結論を弾き出し、これはむしろ逆に大ピンチになったのではないかと思い始めた。今更である。

 クス、と笑った元オークは、カズマの手を取り自身の胸に押し当てる。あ、やばいこれ上書きされちゃう。そんな最低な感想を抱いたカズマを気にすることなく、そのまま彼の手の平に顔を近付けた。そして。

 

「ひゃぁん!」

「うふ。ちょっとした味見♪」

 

 手のひらを舐めた。見た目が美少女なので間違いなくいかがわしいビジュアルである。当然カズマもそう思ったし、なんなら舌が気持ちよかったとか考えていたりもする。

 

「ダメだダメだダメだ。俺は騙されないぞ。これいざおっぱじめるとオークに戻るやつだろ!? 時間制限がタイミングよく発動するやつだろ!?」

「んー。本当ならありのままの私を愛して欲しいけれど。まあ今回は妥協してあげる。そんなに心配なら、もっと飲めばいいでしょう? 知ってるわよ、まだあるの」

「あ、その手が。じゃない! こんな流されるまま初体験ってなんか妙にリアル感あるのもどうかと思うんだよ俺! 大体こういうのって最初は心に決めた人とかさぁ!」

「いいじゃない。それとも、私のこの体は、嫌い?」

 

 おっぱいを押し付け、カズマの下半身に自身の下半身をグリグリと押し付けた。疑いようもないほどのいかがわしい行為であり、まさにこれからおっぱじめるであろう男女のあれこれである。

 

「ま、待って! そ、そうだ。な、名前! 名前と歳とか、そういうの知らないままヤッちゃうのって寂しいだろ! 自己紹介、しよう!? 俺は佐藤和真って言います! ちょっと前に十七になったばかりで」

 

 何とかして気を逸らして、一歩間違えるとそのまま流されるように搾り取られるこの現状をどうにかしなくてはいけない。いいじゃんもう、可愛くてエロいし、戻らないように薬飲んでもらって諦めようぜ。そんなもうひとりのカズマの誘惑を振り払いながら、彼は必死で逃げ道を探す。

 

「ピチピチの十六歳、オークのスワティナーゼよ。年も近いし、体の相性も、きっといいわぁ。さ、じゃあ次は――あなたの息子を、そろそろ紹介してもらいましょうか!」

「クライマックスぅぅぅ! いや待って! まだほら、俺の息子はシャイだからさ! ね!? もうちょっとお互いのこと知ってから」

「あら、その割には……私の股ぐらで元気に起きてるみたいだけど」

「俺の息子が反抗期ぃぃぃぃぃ!」

 

 今日も元気に頑張るぞいしているカズマのカズマさんを見て、見た目だけは美少女になったオークが舌なめずりをする。ズボン越しにそれをさすり、中々の一品じゃないと楽しそうに笑った。

 じゃあそろそろヤッちゃいましょうか。ズボンを脱がし、パンツ一丁になったカズマの上で、むっちむちのツインテール美少女の見た目をしたオークという説明をしても理解できない状態となったスワティナーゼが自身の服に手をかける。元々オークの状態で薄着だったので、現状体操服姿的な状態であったそこから、半裸、そして全裸へとフォームチェンジを行っていくのだ。勿論カズマに目を逸らすという選択肢はなく、おっぱいとかその他諸々がモロになっていくのを抵抗することも出来ずに黙って見ていることしか出来ない。

 決して抵抗しなかったわけではない。出来なかったのだ。

 

「ああ、そう言えば。あなた、着たままのほうが好きな人?」

「服によるかな。って違う! そもそも俺はそんなことをするつもりが」

「随分と立派な息子だこと」

「息子の親離れ早すぎるんですけどぉぉ!」

 

 終わった。何だかんだ多分気持ちいいんだろうな、とか至極どうでもいいことを考えながら、カズマはもう天井のシミでも数えようと諦めの境地に達した。ちなみに野外なので天井など無い。

 あるのはこれからカズマのカズマさんを咥えて離さないようにと完全に獲物を食らう目をしているおっぱい丸出しのスワティナーゼと、木々の合間に見える空。

 そして、横から迫ってくる巨大な斧。

 

「ぐはぁ!」

 

 スワティナーゼが吹っ飛んだ。合体前だったので衝撃でもげることこそ無かったが、割とギリギリだったのであっという間にカズマのカズマさんは大人しくなる。我が息子よ、割とこのパターン多いよな。ホロリと自身の下半身の不憫さを嘆きながら、カズマは即座にズボンを履き直し体を起こした。間違いなく誰かが乱入してきた。それが味方ならばいいが、もし敵、あるいはそれに準ずるものだった場合。

 

「はぁ……」

「うえ?」

 

 そんなカズマの視界に映ったのは、振り抜いた斧を杖のようにしてもたれかかっている一人の少女。見覚えはある。確か診療所で花の交換をしていた美少女だ。そんな彼女は、何とも言えないアンニュイな、というかやる気のない表情でこちらを眺めていた。

 

「運命の人……。そんな文言に踊らされた私が愚かだったのでしょうか」

 

 はぁ、と溜息を一つ。そうしながら、彼女はいいえと頭を振る。まだそう断ずるのは早い。あの占いも、まだ鮮明ではなかった。ならば、運命を感じるのはこれからの可能性だって十分にあるはずだ。

 

「ですが。現状はこれっぽっちも感じませんわね」

「何か唐突に現れて唐突にダメ出しされた気がするんですけど」

「まあ、いいでしょう。大切なのは、これから」

「あー、分かったぞ、この子人の話聞かないやつだ」

 

 とりあえず敵ではない気がする、とカズマが安堵したそのタイミングで。彼の背後で何かが立ち上がる気配がした。振り向くと、色々丸出しのスワティナーゼが痛いじゃないのとこちらを睨んでいる。薬の効果がまだ続いているので、カズマにとっては思い切り眼福、もとい、目の毒であった。

 

「流石はオーク。一撃では沈みませんか」

「当然よぉ。私達はね、愛のためにいくらでも強くなれるんだからぁぁ!」

「あんぎゃぁぁぁぁ!」

 

 叫びと同時に美少女がオークへと戻っていく。勿論服のはだけ具合はそのままなのでカズマは絶叫とともに本来のスワティナーゼの裸から逃げ出した。そうしながら、よかったあのままだと絶対トラウマになってた、とこっそり安堵した。薬飲ませてからじゃなきゃダメだったな、と助かったからなのかかなり最低なことも考えた。

 そんな彼のことは気にせず、スワティナーゼは彼女へと襲いかかる。が、一撃を手にした斧で軽く受け止めると、ぐるりと力任せに振り回し再度オークを弾き飛ばした。

 

「無駄ですよ。……さっき、あなたは言いましたね」

「な、何をよ……?」

「愛のためならばいくらでも強くなる、と。奇遇ですね、私もそうです」

 

 斧を地面に打ち付ける。大地が割れ、亀裂が走った。そうしながら、彼女は笑う。クスクスと、独特な笑い方をする。

 

「運命の人を、愛を、見付けるために」

「……あんた、ひょっとして」

 

 スワティナーゼが目を見開く。思い出したのだ、風のうわさを。狙った獲物はどんな相手でも粉砕することから、あの難攻不落であった巨大兵器になぞらえて呼ばれている冒険者の話を。人でもないオークにすら届く、その二つ名を。

 

「私は、いくらでも強くなりますわ」

「《壊し屋(デストロイヤー)》か!」

 

 その言葉に答えるように、彼女は手にした斧をもう一度振り上げた。正解だ、と言葉にはせずとも、その表情が物語っていた。

 

「クスクス」

 

 



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その130

今回のボス戦の方向が決まってきたような気がしないでもない


「おはようございます、ペコリーヌさま」

「おいっす~☆ おはようございます、コッコロちゃん」

 

 アクセル、アメス教会。朝食を作っていたペコリーヌは、食堂にやってきたコッコロに笑顔で挨拶をする。そうしながら、彼女の顔を見てあははと苦笑した。

 あんまり元気じゃなさそうですね。そう述べたペコリーヌに、コッコロはそうでしょうかと首を傾げる。傾げるが、しかし自分では予想がついていたので小さく溜息を吐いた。

 

「まあ、カズマくんもキャルちゃんも帰ってきてませんしね」

 

 寂しいですよね、と続ける彼女に小さく頷いたコッコロは、それにと呟いた。勿論そんなことはないし、向こうでは無事であり何も心配いらないというのは分かっているのだが。そんなことを思いつつも、眉尻を下げ、言葉を紡ぐ。

 

「やはり、気になってしまうのです」

「コッコロちゃん……」

「主さまはきちんとご飯を食べておられるのか、ぐっすりと眠れているのでしょうか」

 

 コッコロちゃんらしいですね、とペコリーヌは笑う、そうしながら、とりあえずは朝食を食べましょうと出来上がったそれをテーブルに。

 

「お風呂には嫌がらずに百数えてから出られているのでしょうか、苦手なお野菜もイヤイヤせずにごっくん出来ているのでしょうか」

「……コッコロちゃん?」

「一人でおトイレに行ってしーし」

「ご飯食べたらわたしたちも行きましょうか、紅魔の里」

 

 あ、これ駄目なやつだ。瞬時に結論付けたペコリーヌは、コッコロの心配がカズマの尊厳をアレしかけたあたりで打ち切るように言葉を被せた。どうやらこの間の騒動のせいで、彼女のお世話欲が大分高まりすぎていたらしい。全部発散する前に離れてしまったおかげで、捌け口がなくなっているのだろう。

 

「それは、よろしいのでしょうか?」

「別に来るなって言われてませんし。寂しいなら、会いに行けばいいんですよ」

 

 笑顔でそう述べるペコリーヌを見て、コッコロも笑顔でそうですねと返す。そんな彼女を見て、ペコリーヌは笑顔の裏でほっと安堵の溜息を吐いた。何だか生贄にするみたいでちょっぴり心苦しいですけど。そんなことを思いつつ、まあでもと口にする。

 

「わたしも、カズマくんやキャルちゃんに会えないと寂しいですしね」

 

 やっぱり四人揃っている方がしっくりくる。後半は口にしていないつもりであったが、どうやら漏れていたらしい。対面のコッコロがその通りですね、と微笑んでいるのを見て、彼女はあははと頬を掻いた。ほんのちょっぴり、照れくさかったのだ。

 そんなわけで。朝食をしっかりと食べた二人はユカリに断りを入れると紅魔の里へ行かんと教会を後にした。普通であればアルカンレティアへテレポート屋に転送してもらい、その後は馬車なりなんなりで時間を掛けて向かうものなのだが。

 

「あ、はい。この間から登録先は変えていませんから、紅魔の里へ送ることは出来ますよ」

 

 向かった先はウィズ魔道具店。ユカリから、ウィズがテレポート先に紅魔の里を持っているという話を聞いてやってきたのだ。彼女にそのことを尋ねると笑顔で頷かれ、別に問題ないですよと返される。ありがとうございます、とそんなウィズに頭を下げた。

 そのやり取りを見ていたバニルが、ほんの少しだが残念そうな顔をする。向こうでは直接摂取できんので旨味半減だな。そんなことを言いながら、しかしまあいいと口角を上げた。

 

「バニルさん。また何か企んでます?」

「人聞きが悪いな。我輩は何も企んでおらんぞ。その必要がないからな」

「……バニルさん」

「そんな顔をしても無駄だ。これは我輩とは何ら関係のない事件であるからして、その結果も過程もこれっぽっちも関与していない」

 

 きっぱりと断言されたが、ウィズの表情は不満げなままだ。何がどうなろうが恐らくバニルの求める悪感情が発生する事態になるのだろう。そう確信は持てたのだが、同時にここで二人を送る限り不可避であるということも察した。

 ならば断るかといえば答えは否なわけで。ぐぬぬ、と唸りながら、彼女のそれを摂取していたバニルを睨んだ。

 

「分かった分かった。エルフ娘、腹ペコ娘よ」

「はい」

「なんですか?」

「一つだけ忠告してやろう。小僧のあれは無理に治そうとしても碌な結果にならんぞ。諦めるか受け入れるか、どちらを選ぶかは汝ら次第だ」

「それはどちらも同じでは……?」

「さてな。それを判断するのは我輩ではない」

 

 そこで会話を打ち切ったバニルは店内の清掃に戻る。意味深、というほどでもないようなそれを聞いた二人は、若干首を傾げながらもウィズのテレポートで紅魔の里へと転送されていった。

 その頃のカズマがどんな状態だったのかは、ここでは語るまい。

 

 

 

 

 

 

 では件の兵器を防衛するにはどうすればいいか。そんなことを扉の前で考えていたあるえとアンナであったが、ここはやはり最終防衛ラインで立ちふさがるのが一番いいだろうと結論付けた。何がいいのかといえば、勿論絵面である。あまりにも手前で守り切るとかっこよくない、という理由である。

 

「とはいえ、時が来るまで扉自体は閉めておいたほうがいいだろうな」

「守れないのは駄目だろうからね」

 

 アンナの言葉にあるえが返す。見守っていたホーストは、これだから紅魔族はと肩を竦めていた。一応念の為言っておくが、アンナは紅魔族ではない。溶け込んでいるが、厳密には種族的に無関係である。

 

「で、どうするんだ? 魔王軍をおびき寄せでもするのか?」

「確かにそれも一つの手だけれど、考えなしにそれをやってしまうとその過程で里に被害が出かねないからね」

「うむ。無駄に被害を増大させては疾風の冥姫(ヘカーテ)の名折れだからな」

 

 だが、その案自体は有用だ。要は被害が出ないようにこちらへ誘導すればいい。無駄に探し回らせず、ここだとピンポイントに知らせれば魔王軍も寄り道をしないだろう。と、そういうわけである。

 実際、前回の襲撃で向こうはある程度学習している。搦手を使ってまで、大っぴらに行動するのを控えているのだ。こちらに動線を引くのは容易いはず。

 

「こちらを監視していた人形を全て破壊してしまっていなければ、この会話も向こうに届いているだろうから」

「当然、罠だということも奴らは承知。その上で、尚もこちらに向かってくる気概があれば」

「……それもう素直に諦めて帰るんじゃねぇのか?」

「それは魔王軍としてどうかと思う」

「失望したぞ。我が宿敵は、そのようなことで逃げ帰るほど腑抜けてしまったのか」

 

 何か俺が責められてるみたいなんだけど。そんなことを思いながら、まあこのやり取りも向こうの挑発を兼ねているのだろうとホーストは思う。何の考えなしにポンポン口にするような奴らではあるが、一応多分。思いつつも自信がなくなってきた彼は、まあいいと溜息を吐いて視線を扉から外へと向けた。

 そこに、人影を見付け首を傾げる。お前は、と零す。

 

「おや、キャルじゃないか。どうしたんだい? さっきめぐみんとカズマの対策に向かったと思ったんだけれど」

「……あー、あれね。こっちはいいから向こうの手伝いをしてくれって」

「ふむ……。何か問題でも起きたのか?」

「そういうわけじゃないけど」

 

 なんとも淡白な反応のキャルは、ただ単にこちらの地理に疎い自分では別行動が出来ないからだと述べた。それを聞いて成程、と頷いたホーストだが、あるえとアンナは少しだけ怪訝な表情を浮かべる。

 

「別に、二人で行動すればいいのでは?」

「カズマは診療所で療養中だろう? 単独行動を予測しているのは、奴の身に危険でも迫っているのか?」

「え? 別にそういうわけじゃないけど」

「なら何故……」

「……キャル。めぐみんに何か変わった様子はなかったかい?」

 

 あるえがそう問い掛ける。それに対し、キャルは少し考え込むような仕草を取った後、分からないと首を横に振った。誤魔化しているようには見えなかったが、しかし何とも言えない違和感を覚える。まるで、与えられた会話パターンに沿って反応しているような。

 

「まあいいか。じゃあキャル、君もここで防衛に参加してくれ」

「分かったわ」

 

 あるえの会話を流すようなそれに、アンナは少しだけ眉を顰めた。が、同じようにまあいいかと小さく息を吐くと、彼女もそこで会話を打ち切る。

 そんなわけで、もう一度作戦の確認を行った。こちらに動線を引き、里の被害を出来るだけ少なくさせる。そのために、ここが本当に兵器の格納されている場所だと相手に周知させる必要があるのだが。

 

「ここに、本当にあるの?」

 

 キャルがそんなことを述べた。自分は見たことがないので、この場所がダミーなのか本命なのかの判断はつかない。そう続け、そもそもその兵器がどんなものなのかも分からないしと締める。

 言っていることはもっともだ。そうだね、とあるえはホーストを見て、好きにしろとリアクションを取ったことで口角を上げた。

 

「きちんと本物だよ。この扉の奥に《魔術師殺し》は眠っている」

「……見れないの?」

「そこの装置に決められた手順を入力すれば開放されるぞ」

 

 ほれ、とアンナが指を差す。キャルはそこに視線を向け、そのまま暫し固まった。視線を戻すと、どうやって、と二人に尋ねる。

 

「だから今言ったであろう。決められた手順を入力せよと。古代文字を解読せし選ばれし者がその資格を得るのだがな」

「じゃあ、二人は無理なのね」

「聞き捨てならないな。私もアンナも、解錠は可能だよ」

「解いたのはあの性悪チビエルフだけどな」

 

 ホーストが口を挟んだ。そもそもあいつ解読したの扉開いてからだし、と当時を思い出してげんなりとした表情を浮かべる。

 そんな彼の言葉を聞いているのかいないのか。キャルはそれならばこの扉は開くのね、と淡々とした口調で述べた。勿論だ、とあるえは頷き、アンナもそれに同意する。

 

「見せてもらってもいいかしら」

「それは構わないが。動力が尽きているらしく、現状はただの置物だよ」

「来たるべき時に力満ちし兵器はかつての栄光を取り戻す。そういうわけだからな」

「どういうわけだよ」

 

 ホーストのツッコミは流された。キャルはノーリアクションで、二人が扉を開けるのを静かに待っている。

 では、とあるえが装置にコマンド入力を行っている横で、アンナがゆっくりと彼女を見た。ところで、と口を開いた。

 

「貴様は随分と寡黙になったな。つい先程までとは異なり、まるで人形のようだぞ」

 

 

 

 

 

 

「これ、カズマの手袋の切れ端じゃない?」

「そうなのですか?」

 

 キャルが道端に落ちているそれを拾い上げた。めぐみんはじっと見詰めた後、気配は向こうに続いていますねと視線を動かす。ついでに何だか見覚えのない残滓も察知した。

 

「てことは、あいつやっぱりオークに捕まったのね」

「……言いたくありませんが、その役目は本来ヒロインが担うものでは?」

「言いたくないなら言わないでよ。あたしもちょっと思ってうげってなったんだから」

 

 囚われのカズマを想像し、キャルが吐きそうな顔になる。そうしながら、とにかくさっさと助け出そうとめぐみんが指した方向に足を向けた。

 その途中、待ってくださいと声が掛かる。

 

「なによ」

「いえ、もう一つ気配があります。……これは、エリコですね」

「エリコ?」

「診療所の手伝いをしている冒険者です。恋に恋する乙女で、二つ名は《壊し屋(デストロイヤー)》」

「その二つ繋がってなくない? というかデストロイヤーって……」

「彼女の通った後にはアクシズ教徒くらいしか残らないあたりが共通しているらしいですよ」

「危険人物じゃない! え? カズマもう死んでる?」

「いえあの、見境なく襲いかかるわけではないですからね? あなたは何でたまに思考がぶっ飛ぶんですか……」

 

 やっぱり根底がアクシズ教徒だからなのだろうか。非常に失礼なことを考えつつ、めぐみんは歩みを再開しながら言葉を紡いだ。もし彼女がオークの対処に動いたのならば、と告げた。

 

「カズマが余計なことをしていない限り、彼は助かっていると見ていいでしょう」

「してないわけないじゃないあのバカが」

「流石に命の危険を犯してまではやらないのでは?」

「甘いわね。あいつは予め察していれば回避するけど、そうでなければやっちゃってから頭を抱えて解決策を練るタイプよ。じゃなかったら無闇に出歩いてオークに捕まるわけないじゃない」

「成程。よく理解してますね、彼のこと」

「コロ助には負けるわよ」

「いえあれは何というか別次元というか……」

 

 ちょっと自分の言ったニュアンスとはベクトルが違うというか。そんなことを思いながらめぐみんは困ったように頬を掻く。そうしながら、まあ自分がこの手の話題をするのもおかしな話だと頭を振った。

 ともあれ。それならば出来るだけ早く対処を考えなくてはいけない。カズマがエリコによってミンチにされる前に。

 ふと頭上に影が差す。え、と見上げると、何やら人のようなものが落ちてきているところであった。

 

「うおぁあ!?」

「いつも思うんですけど、キャルのリアクションって女の子としてどうなんでしょうか」

 

 ドスン、と地面に落ちたそれ、気絶したオークを回避したキャルを見ながらめぐみんが溜息を吐く。あんたに言われたくないわ、と反論した彼女を見つつも、そのまま視線を落ちてきたオークに向けた。死んではいない、無駄に耐久力が高いおかげで、始末するのに手間がかかるのがオークだ。同時に、戦闘不能に追い込むのもまた手間が掛かる存在でもある。

 

「……一撃でのされてる感じだけど」

「まあ、エリコでしょうね」

 

 当分目を覚ます様子もない。起こす必要もないため問題ないのだが、しかしそうなるとこれが行われた現場はどうなっているのかという疑問、というか不安が湧いてくる。

 

「集団でカズマをさらったのか、あるいはエリコが来たことで応援を呼んだか。後者ならば大分事態は進んでいるでしょう」

「この様子ならカズマも全身複雑骨折くらいで済んでそうね」

「助かっている可能性をもう少し信じましょうよ」

 

 どのみち行けば分かる。そんなことを思いながら二人はオークが飛んできたと思われる方向をさらに進む。定期的に降ってくるオークに半ば慣れつつ、晴れ時々ぶたの天気をかき分けて。

 

「やめて! もうやめてあげて! 俺巻き込まれてるから! さっきから紙一重だから!」

「クスクス。そうは言いながら、的確に避けているでしょう? 更にはお互いの被害を減らすように立ち回ってすらいる。――少し、興味が湧いてきましたわ」

「ダーリン……スワティナーゼ、感激でもう溢れちゃいそう!」

「違うから! 俺が! 危険だから! 俺の命が危ないからだから!」

「ひょっとしたら、本当に私の運命の人なのでしょうか……なんて。クスクスクス」

「駄目よ。彼は私のダーリンなんだから!」

「どっちも違う! ごめんなさい! 女性の誘いを断るのは心苦しいけど、違います!」

 

 倒れ伏すオークの群れの中、大地を踏みしめているスワティナーゼと。それを見ながらクスクスと笑うエリコ。

 そしてそれに挟まれて半泣きのカズマという何が何だか分からない光景が二人の目に飛び込んできた。

 

「なにこれ」

「私に聞かれても」

 

 




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その131

プリコネ公式ツイッターより
この中で男の娘は誰?
1:ユニ 2:キョウカ 3:ユキ 4:キャル


4:キャル


 あるえも、ホーストも。アンナの言葉について何も言わない。正確にはあるえは織り込み済み、ホーストは展開についていけてないだけなのだが、それはそれとして。

 キャルは彼女の言葉を聞いて、何を言っているのか分からないというような仕草を取った。一体何を言っているのか、と首を傾げた。

 

「言葉通りだ。貴様はもう少し喧騒を好み、静寂を打ち破るような人間だと思っていたのだが」

「……そこまで親しい相手がいないと、こんなものよ」

「おや、ということは私達は親しくない相手ということか。やれやれ、何とも寂しい」

 

 あるえが会話に割り込む。装置のパスワードは途中で止められており、扉が開く様子もない。その状態で、彼女はゆっくりとこちらに近付いてきた。

 相変わらずホーストはどう反応していいのか迷っている。

 

「そんなことはどうでもいいじゃない」

「否。我々は絆を紡がぬ者とは相容れん。それがこちらの一方通行だったのならば、尚更だろう」

「そうだね。信用されていない相手を信用するのは難しいものだよ」

 

 一歩踏み出す。二人のそれを受けて、キャルは一歩後ろに下がった。表情は変わらず、しかし視線は二人から別の場所へと動いている。入力途中の装置を眺め、す、と目を細めた。

 

「……なら、それでもいいわ。自分でやるもの」

「自分で? 何を言って」

 

 あるえの言葉を無視して、キャルは装置に近付く。文字盤と、そこに書かれている文字を手でなぞりながら、成程成程と頷いた。

 これは魔法に頼らない装置。道具として機能しているものだ。それならば、人形を、打ち捨てられた道具を統括する自分ならば、解析は容易い。無表情であったキャルの口元が歪む。ニヤリと笑みを浮かべながら、装置のボタンを押していった。あるえの入力していたその途中を、迷うことなく。

 

「キャル、何故それを……っ!?」

「くっ。やはり貴様、操り人形か」

「はぁ!? こいつ偽物だってのか!?」

 

 ホーストの素っ頓狂な言葉に、あるえとアンナは是と頷く。とはいっても、完全な偽物なのか、あるいは本人が操られているだけなのかは不明だが。そう続け、敵は中々に巧妙だと小さく笑った。

 

「言ってる場合か! このままじゃ向こうに取られちまうだろ!」

「そうだね。――辿り着けるのならば!」

 

 あるえが呪文をぶっ放す。容赦なくキャルに命中し、彼女は盛大に吹き飛んだ。ゴロゴロと転がったキャルは、そのままピクリとも動かない。

 ホーストがドン引きした。

 

「マジかよ……こいつ顔見知り躊躇なく殺りやがった……」

「人聞きが悪いね。私はそこまで冷血非道じゃないよ」

「どの口が言ってんだよ。おいアンナ、お前も何か」

「矢張りな。こいつは完全な偽物だ」

 

 倒れているキャルの手を持ち上げブラブラと動かした。放り投げるように手を離し、次いで顔に触れる。光のない瞳を覗き込み、よく出来ていると顎に手を当てた。

 

「まるで本物のキャルの死体のようだ」

「いや本物なんじゃねぇの!?」

「ふっ。私がそのような間違いをするとでも? 我が魔眼は如何様な偽りも暴き出し、崇高なる真実のみを映し出す。こいつが本物ではないことなど、とうに看破しているのだ」

「さっきどっちか分からないっつってなかったか?」

「さて、何か情報はあるかい?」

「おい」

 

 こいつらノリで喋ってやがったな。そんなことを思いながら、まあつまり分かっていたが展開を優先したのだろうとホーストは諦める。そして傍から見ると猫耳美少女の死体を漁る美少女二人という正気を疑うような光景を眺め、もう帰っていいだろうかと溜息を吐いた。

 

「ん?」

「おや?」

 

 ピクリとキャルの指が動いた。それにすぐさま反応した二人は、素早く距離を取ると再度呪文を叩き込もうと詠唱を始める。

 だが、それよりも再起動したキャルのほうが早かった。人の構造を無視したような動きで跳ね起きると、そのまま開きっぱなしの扉の奥へと消えていく。うおキメェ、というホーストの言葉は流された。

 

「くっ。油断した。あの偽物、まだ破壊されていなかったのか」

「キャルの姿をしていたからね。どうしても躊躇ってしまった私の失態だよ」

 

 詠唱を中断、二人も即座に扉の奥へと駆けていく。フォローはよろしく、とホーストに頼むのも忘れない。ここで聞き返すほど彼も経験が浅いわけでもないので、ああちくしょうと二人とは別の場所に、外の研究所へと飛んでいった。

 二人はそのまま格納庫を走る。向こうの動きは尋常ではなく、追いつくどころか背中を見失わないのがやっとだ。恐らく人形であることを利用し負荷を無視しているのだろう。

 キャルが止まった。目的地まで来たのだろう、それを見上げながら、彼女はブツブツと何かを呟いている。

 

「これが、魔術師殺し……? 起動は……無理ね。ああもう、アタシの本体なら取り込めるんだけど。え? 嫌よ、絶対嫌! 遠隔操作ですら渋々なのに。というか、あなたこれ動かせるんでしょう? いいから早くやりなさいよ!」

 

 それが聞こえる距離に来た二人は怪訝な表情を浮かべた。先程より随分と感情豊かな口調、というか別人のような喋り方をしている。ついでに、一人のはずだがまるで誰かと会話をしているような様子すら見られた。

 ともあれ。それを起動されるわけにはいかない。あるえとアンナはキャルの背中に向かって宣言し、そして呪文を叩き込んだ。

 ぐるん、とキャルの首だけが回転する。本人とは似ても似つかない笑みを浮かべながら、彼女はその攻撃を飛んで躱した。

 

「追い付かれちゃったわね。さて、どうしようかしら」

「随分と余裕だが、この状況を打破する手立てがあるとでも?」

「勿論よ。ほら、ここ。魔術師殺しがあるじゃない」

「動力が尽きている、という話は聞いていたはずだけれど」

「そうみたいね。……というか、この状況は動力が尽きているとかそういうレベルじゃないでしょう……」

 

 ちらりと見上げる。いたるところの装甲が外され、内部構造はバラされ。解体途中と言ったほうがしっくりくる状態のそれを視界に入れながら、キャルは溜息を吐いた。これを起動させたところで、果たしてちゃんと役に立つのだろうか。

 

「ネネカ所長が解析していたからな。かつての大国の技術と記憶を刻み、そして紡ぐ。古の兵器は別の名で呼ばれ、やがて平和の礎へと」

「ちょっと何言ってるのか分からない」

「やれやれ。これだから魔王軍は風情を理解しないと言われるんだ」

「アタシが悪いの!? ああもう、紅魔族はこれだから!」

 

 きぃぃ、と地団駄を踏むその姿は割と本物のキャルっぽかったが、その辺りはどうでもいい。ともあれ、疲れにイライラを混ぜたような表情を浮かべた彼女は、しかし嘲るように鼻で笑った。まあ、だとしても、と口角を上げた。

 

「こっちはこの状態でも何とか出来るのだけど。……本当でしょうね?」

 

 不敵に宣言して、何故か不安げに誰かに問い掛けた。望んだ答えをもらったのか、だったらいいわと小さく溜息を吐いた。

 瞬間、キャルの顔が変わる。歪んだ人形のような表情を浮かべ、そしておもむろに魔術師殺しへと手を伸ばした。それに合わせるように、魔術師殺しがゆっくりと光を帯びていく。

 解体されかけているそれが、軋んだ音を立てて動き始めた。ククク、と笑うキャルに寄り添うように移動すると、そのまま彼女を守るように周りを囲む。

 

「さて。彼女の特性へとこの素体を近付ければ融合も可能だろう。後は任せたよ。――ったく、だからアタシは嫌だって言ったのに」

「……アンナ、あれは」

「ああ。恐らく一つの体を二つの魂が操っている。成程、人形という器を使うことで、ああも容易く再現可能だとは……」

「惜しむらくは、今が余裕のない状態だということだね」

「まったくもって口惜しい」

 

 解体途中の魔術師殺しを纏うように合体していくキャルを見ながら、あるえもアンナも残念そうに武器を構えた。

 そのためというかなんというか。魔術師殺し相手に魔法は効果がないということを思い出すのが一瞬遅れた。

 

 

 

 

 

 

―7―

 大地をつんざくような音の後、紅魔の里全体が暗雲に覆われた。里の紅魔族は何事かと大地と空を見上げ、そして渦巻くそこに一体の魔獣らしき影が見えたような気がして目を見開く。

 思い切りテンションを上げていた。

 

「……まあ、里の人達は問題ないでしょう」

「問題ありありでしょ!? 里に被害が出たらどうするのよ!?」

「そうならないように、今向かっているんじゃないですか」

 

 ゆんゆんがめぐみんをガックンガックン揺らしていたが、当の本人はしれっとそう返す。確かにそうだけど、とぐぬぬ顔で引き下がった彼女は、この場にいるもうひとりの巻き込まれに声を掛けようとした。

 

「ねえ、こめっこちゃんは――」

「おー、たけー」

「暴れんなよ、落ちるから」

 

 ホーストに肩車された状態で一緒に飛んでいるのを見て、ああ駄目だと諦める。そもそも幼い少女に何を求めているのか、という部分があるのだが、常時テンパっているような彼女は行き着かないらしい。

 

「それで」

 

 そんなゆんゆんを尻目に、めぐみんは先頭を行く小柄なエルフの女性に声を掛ける。一体どうする気なのか。それを、これからの流れを問い掛ける。

 対するネネカは、背後の彼女をちらりと見ると、薄く笑った。どうするも何も、と述べた。

 

「あれを撃退し、ウォルバクと融合させます。言わずとも分かるのではないですか?」

「いえ、それは分かっています。どうやってそれを為すのかを聞いているんです」

「おや、めぐみん。あなたからそんな言葉を聞くとは思いませんでした」

 

 何を、と彼女の表情が歪む。一体何の話をしているのか、と眉を顰める。

 だが、ネネカはそれ以上を語らない。既に分かりきっていることを話す必要など無いとばかりに、彼女は会話を打ち切り再度前を向いてしまう。

 

「私としては、今すぐにでも避難してもらいたいのだけれど」

 

 その横で、少し苦しそうな様子のウォルバクが呟く。それを耳にしためぐみんは、当然のことながら首を横に振った。何を言っているのですか、と視線をそちらに向けた。

 

「そもそも、私はもうあなた達の仲間です。なんと言われようとついていきますよ」

「……私は、魔王軍の幹部よ」

「もう辞めるのでしょう?」

「本気で言っているの?」

「勿論。お姉さんならば絶対にそうすると、私は信じています」

 

 迷いないめぐみんの言葉に、ウォルバクは盛大に溜息を吐く。付き従っている二人の悪魔に声を掛けると、迷うことなくウォルバク様の思うままにと返された。ホーストにいたっては別に元々人間に敵対するほどの理由もないとあっさり言ってのける。

 

「ホースト、いいやつ」

「お、そうか? もっと褒めていいぜ」

「くいもんくれたら褒めちぎる」

「現金だなお前……」

 

 肩の上のこめっことそんな会話をしているホーストを見て、アーネスは呆れたように肩を竦めた。こんな状態だから、自分も毒気を抜かれてしまったと苦笑しながら零す。

 そんな二人を見て、ウォルバクは困ったように笑った。バカね、と呟いた。

 

「魔王軍幹部をしていたような存在が、そこを抜けて一体どう生きれば」

「誤解をしているようですが」

「え?」

「私は、あなた達全員をスカウトしたつもりなのですよ」

 

 言葉に感情を乗せていないように。というか至極当たり前のようにネネカが述べた。え、とウォルバクが零し、ホーストとアーネスも目を瞬かせる。彼女に付き従うマサキだけは、その通りだと言わんばかりに頷いていた。

 

「ネネカネネカ。わたしも入りたい」

「ふふっ。いいでしょう。ではこめっこ、あなたもこちらの一員ですね」

「いえーい」

「嘘でしょ!? ねえちょっと! めぐみんも何か言ってよ!」

「……えらくあっさりでしたね。いえ、私の加入時のやり取りは心震えたので問題ないのですが、ううむ」

「今そういう問題じゃないでしょ!」

 

 再度ガックンガックンやるゆんゆんを引き剥がしながら、めぐみんは呆れたように彼女を見る。否、ように、ではなく、思い切り呆れた様子で見詰めた。

 だったらゆんゆんも入ればいいでしょう。しれっとそう述べた。

 

「む、むむむむ無理無理無理!? 上位悪魔と一緒に生活するとか、私は無理!」

「仲間の一員になるというだけで一緒に住むこと前提なのが既に重めですが、まあゆんゆんなのでしょうがないですね」

 

 自ら進んでぼっちを選択したのだ、何も言うまい。頭を振っためぐみんは、そろそろ目的地ですねと前を見た。邪神の墓よりも更に奥、女神が封じられた地を破壊しながら突き進んだらしい魔獣は、里を見下ろせるその位置に陣取ろうとしていた。そこに辿り着き、誰かに姿を見られてしまえば、成功には届かない。

 だから、まずはその進路を変えさせる。

 

「それで、そのための手は!?」

「心配いりません。ほら、そこに」

「……え?」

 

 彼女が指差した先には、魔獣の進路を塞ぐように立っているネネカの姿。先頭にいる彼女の背中と、向こうにいる彼女の顔を交互に見るが、間違いなく同じ姿だ。

 向こうのネネカが呪文を唱えた。上級魔法を連発し、ダメージを与えるのではなく進路を変更させるのに専念している。短くいなないた魔獣は、ふいと顔を逸らすと、魔人の丘から霊峰ドラゴンズピークの方へと進路を変えた。

 

「お疲れさまです、私」

「ええ。ですが、流石は邪神の半身ですね。撃退するには生半可な呪文では難しいでしょう」

 

 合流したネネカとネネカが会話している。もはや何がなんだか分からなくなったゆんゆんは理解することをやめて現実逃避をし始めた。めぐみんも正直そうしたい。が、それはそれで負けた気がするので必死で観察し、考察した。

 す、とネネカとネネカが彼女を見る。ビクリと震えためぐみんは、なんですか、と思わず戦闘態勢を取った。

 

『めぐみん』

「あなたは確か、爆裂魔法を覚えるのだと言いましたね」

「それならば」

「ちょ、ちょっと待ってください! その前にどっちか片方だけで会話してくれませんか!?」

 

 ああこれは失敬、と先程現れたネネカが最初からいたネネカに重なり消える。何かもうそういう存在なのだと割り切ったほうがいいのかもしれないと思いつつ、めぐみんは先程の会話を反芻した。お前は爆裂魔法を覚えるのか、という問い掛けを思い返した。

 

「では改めて。めぐみん」

「勿論です」

「おや?」

「私は、爆裂魔法を覚えます。いつか、などと言っていましたが、別にそれが今日でも何の問題もありませんよ」

「それは重畳」

 

 ぽい、とネネカが数本の瓶を投げ渡す。おっとっと、とそれを受け取っためぐみんは、小瓶がスキルアップポーションだということを確認し目を見開いた。

 

「本来ならばウォルバク本人にやらせるのですが。どうやら彼女は今腑抜けているので」

「……うるさいわね」

「だから、お姉さんから教わった爆裂魔法を持つ私が適任だ、と」

「ええ。足りないのならば追加しますが」

「いえ、大丈夫です」

 

 ぐい、とそれを飲み干す。元々あと一歩だったのだ。このチャンスを逃す手などない。

 では、と冒険者カードを取り出そうとしためぐみんだったが、待ったというマサキの言葉に動きを止めた。その前に、と武器を構える彼に続くように、ホーストとアーネスも戦闘態勢を取る。

 

「どうやら、こちらを邪魔者だと判断したようですね」

「……どうするの? ここだと」

「いえ、既にここは山の中。当初の予定よりは浅いですが、十分許容範囲内です」

 

 殺気が飛ぶ。へたりこんだゆんゆんを起き上がらせ、めぐみんはこめっこと共に後方へと下がった。悔しいが、今の自分では何の役にも立たない。

 自分が出来ることは、現状ひとつだけ。

 

「めぐみん……」

「名前で、呼んでくれましたね、お姉さん」

 

 ウォルバクのそれに笑顔で返しためぐみんは、迷うことなく冒険者カードを取り出した。そうしながら、大丈夫ですと続けた。最初から決めていましたから、と述べた。

 

「本当に、いいの?」

「ええ。……何より、ここまで燃える展開ならば、やるしかないでしょう!」

「さすが姉ちゃん」

「ふふっ。そうですね、流石はめぐみんです」

 

 小さく笑うネネカを見て、ウォルバクも同じように小さく微笑んだ。ありがとう、とめぐみんに告げた。

 いいえ、と彼女は返す。お礼を言うのはむしろこちらの方だ。そう言って、冒険者カードに記されたそのスキルを迷うことなく習得する。爆裂魔法を、自身の道を示してくれてありがとうと彼女は呟く。

 

「それに。私の最初の爆裂魔法をお姉さんに見せられることが、何より嬉しい」

「……ええ。しっかりと見ていてあげるわ。私が教えた――弟子の、爆裂を」

「――はいっ! 師匠!」

 

 頭に浮かんだそれを、爆裂魔法の詠唱を唱える。まるで最初から知っていたようにすらすらと。否、とうの昔に知っていたそれを、何度も何度も頭に叩き込んだそれを、淀みなく。

 これは、ただの爆裂魔法ではない。何年も思い続けた、自身の道を指し示す、最初の一歩だ。もはや遮るものなど何もない。自分だけの、道だ。

 

「私は、今日という日を忘れません。――」

 

 だから、たとえ邪神の半身であろうとも、歩みの邪魔などさせるものか。

―□―

 

 




過去話を繋げるのがやっぱり紛らわしかったみたいなので、ちょっと分かりやすい目印付けました。前までの話にもついてます。


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その132

前回の前書きはこれの前フリだって言っても信じないですよね


 がくりと膝をつくスワティナーゼを冷めた目で見下ろしながら、エリコはやれやれと頭を振る。いい加減諦めませんか。淡々とした口調でそう言い放った。

 

「駄目よ! あたしは、愛するダーリンのために、負けられないんだからぁ!」

「一方通行ですよ!? 俺別に愛してないから! だからいい加減諦めろって!」

「あぁ、ダーリン……心配してくれるのね。でも大丈夫、あたしは、負けない!」

「ボッコボコじゃねぇかよ! いいから諦めて帰れって」

「……ひょっとして、本当に心配しているのですか?」

「ないわー、ないない」

 

 エリコの訝しげな表情で問い掛けられたそれに即答する。カズマとしては一刻も早くこの状況を終わらせられればそれでよかったので、そこに含むところは何もない。無駄に耐久力が高いオークなので、トドメを刺すより諦めて撤退してもらったほうが多分早いと判断しただけなのだ。

 

「ま、そんなところでしょ」

「はぁ……」

 

 それを離れた場所から見ていたキャルがめぐみんに伝えると、何とも言えない表情で溜息のような返事をされた。何か文句あんのかと目を細めると、別にそういうわけじゃないですと返される。

 

「さっきも言いましたけど、よく理解しているんだなぁ、と」

「さっきも言ったけど。こういうのはコロ助の方が上だし、大体この程度なら多分ペコリーヌも出来るわよ」

「……はぁ、そうですか」

 

 噂が本当ならば、ペコリーヌと同等の位置だとアレなのではないだろうか。そうは思ったが口には出さない。自分のキャラではないし、馬に蹴られる趣味もない。ただ単にパーティーメンバーで付き合いがそこそこ深いから、という以外に深い意味なく言っているのだろうと分かってしまうからということもある。

 

「まあいいです。それで、私達はどうしましょうか」

「そうね。……向こうが落ち着くまで見学でいいんじゃない?」

「あなたという人は……」

「何よ! 別にいいじゃない! 何で好き好んであんな修羅場とバイオレンスが同居してるカオス空間に口挟むのよ。切羽詰まってないんだから、嫌なことからは極力逃げるに決まってんでしょ」

「いやまあ、そうかもしれませんけれど」

 

 やっぱり気のせいかもしれない。カズマの心配を欠片もしていないようなその物言いに、めぐみんはやっぱりこいつも変人だなと再確認した。自分のことは棚上げである。

 とはいえ。現状を見る限りそろそろ終わりが近そうだ。愛の力とやらで限界を超えていたスワティナーゼも、そろそろ他のオークのようにぶっ飛ばされて地面に倒れ伏すであろうことが傍から見ても予想できる。カズマもそれは同じで、だからさっさと帰れと彼女に述べていた。

 

「嫌よ。だって、だって……もう少しだったんだもの!」

「な、何が?」

「もう少しでダーリンの子種を貰えるところだったのに、諦めきれないわよぉ!」

「何言っちゃってんのお前!? 事実無根もいいとこだぞ!」

「本当のことでしょう? ダーリンったら、あんなにガッチガチにしてたのに」

「え?」

「うわぁ……」

 

 キャルとめぐみんがちょっと引く。何あいつオークいける口なの? そんなことを思いながら、これ助けなくても良かったんじゃないかとちょっとだけ天秤が傾いた。

 そんな空気を感じ取ったのか、カズマは誤解だと必死で弁明する。あれはミツキの薬で人型になったからであって、オークに興奮したわけではない。だってしょうがないだろ美少女だったんだから。そんな割と最低な言い訳を思い切り言い放った。

 

「正直なのは美徳ですが、時と場合を考えたほうがいいと思いますわ」

「……あ、はい」

 

 ドン引きしているキャルとめぐみんを見ながら、エリコが呆れたようにカズマに述べる。そうしながら、素直な殿方は好ましいですけれど、と彼女は少しだけ口角を上げた。

 

「とはいえ。運命の相手には少し物足りませんね」

「あたしには運命のダーリンなのよ!」

「ですが、可能性のある相手をオークに渡すのも癪です。さあ、いい加減に逃げ帰るか、もしくは」

 

 巨大な斧を片手で軽く振ると、エリコはその殺気を膨れ上がらせた。壊れてもらう。口にはしていないが、間違いなくその腹積もりの行動である。

 そのタイミングで地面が振動した。ん、と皆が意識をそこに向け、そしてその位置がすぐそこ、というよりもこの場所だということを認識し。

 

「ヤバいわよ! 逃げなきゃ!」

「離れましょう!」

 

 キャルとめぐみんは素早く離脱した。エリコも興が削がれたと言わんばかりに斧を下ろすと、即座に後方へと退避する。そして残されたカズマはというと。

 

「おい、スワティナーゼだったっけか? いいタイミングだからお前も逃げろよ! 俺も逃げるから! じゃ、出来ればもう会わないようにな!」

 

 もう近付くな、と念を押しながら、皆が逃げた方向へと全力で走り去っていくのであった。

 

「……ダーリン。こんな時まで、あたしの心配をしてくれるのね」

 

 ヨロヨロと起き上がったスワティナーゼが、そんな誤解をしていることなど露知らず。

 

 

 

 

 

 

 地面が爆ぜた。巨大な穴が突如生まれ、そして土砂とともに巨大な何かが姿を現す。蛇のようなシルエットのそれは、その場にいたカズマ達を見下ろすとニヤリと口角を上げた。否、正確にはめぐみんを見て表情を変えた。

 

「あら、誰かと思えばこの間の紅魔族のお嬢ちゃんじゃない。丁度良かったわ。あんたには随分と借りがあったもの!」

「あ、あなたは……っ!」

「え? 何だめぐみん、あれお前の知り合いか?」

「いえ、あんな化け物に知り合いはいません。ですが、恐らく我らの魂に脈々と続く因縁が引き寄せたのでしょう」

「あーはいはい。って、え?」

 

 あるえとアンナが割とノンストップだったので忘れていたが、こいつも同類だった。そんなことを思いながらめぐみんの言葉を流したキャルは、それで結局あれはなんなのかと目を凝らす。そうして蛇のような姿の先の、人型をしている部分を見て目を見開いた。そのままアホみたいに口をポカンと開けながら固まった。

 

「……あたし?」

 

 キャルであった。足の代わりに巨大な蛇が生えている以外はキャルであった。随分と口調も声も違うが、見た目だけならばそれは紛れもなくキャルであった。

 

「キャルって増えるんだな」

「人を謎生物みたいに言うな! そんなわけないでしょうが! 偽物よ偽物!」

 

 ズビシィ、と向こうのキャルを指差しながらキャルが叫ぶ。そうしながら、何勝手に人の姿真似てるんだとキレてかかった。

 そんな彼女の眼前に人影が降り立つ。ふう、と二人の人物を抱えたその人影は、怪我はなかったかなと抱えている二人に問い掛けた。降ろされた二人、あるえとアンナは、おかげさまでと人影に返す。

 

「礼には及ばない。困っている人を助けるのは、騎士の務めだからね」

「え? 誰?」

「ああ、そういえばカズマは初対面でしたね。彼はマサキ、ネネカ所長の従者の騎士です」

「何か所長を慕ってるらしいわよ」

 

 突如現れた新キャラに目を丸くしていたカズマは、めぐみんの説明でああそうなのかと頷く。そうしながら、キャルの補足でパッと見正当な騎士である彼が得体の知れない存在なのかもと疑った。あれを慕っているとか正気度がマイナスでもおかしくない。

 

「それはともかく。あるえ、アンナ。あれは一体何なんです?」

「ふむ。そうだね。魔王軍幹部の新たなる形態、とでも言うべきだろうか」

「やつらもなりふり構わなくなったのだろう。我らが友であるキャルの姿を模して魔術師殺しを手中に収めようと画策していたのだ」

「その通り。新たなる友人であるキャルの姿をしていたことで、対処が後手に回ってしまったよ」

「魔王軍も卑怯で姑息な手を使うものだ。我らの絆を利用するとは」

「いやお前ら割と容赦なくキャルぶち殺しにかかってたよな」

 

 横合いから声。マサキに援護を頼みアーネスと共に周囲の人払いを済ませたホーストが呆れたような顔で立っていた。魔術師殺しを取り込んだことで、アークウィザードが殆どのこの里では対処が難しい。そのため、少数精鋭による特効討伐戦線を張ることに決めたのだ。

 ちなみに人払いというのは観客席の設置であり、そこで見ている面子も要所要所で解説と演出を適宜行う予定である。魔法が効かないのならば丁度いい、とは紅魔の里の面々の談だ。

 

「それで。どうやって倒すんだ?」

「いや一応あたしの姿してるんだからもう少し躊躇いなさいよ……」

「そうは言うけどな。急がないと、ほれ」

 

 向こうを指差す。巨大な蛇の体を振るいながら、高らかに宣言している偽キャルの姿が目に映った。

 

「あーっはっはっは! いいわぁ、凄く気分がいい。この間まで散々コケにしてくれた連中を見下ろすのは最高ね」

「くっ、魔王軍幹部め」

「見ていることしか出来ないのが歯痒い……魔王軍の幹部め」

「負け犬の遠吠えは心地良いわ。はっはっは!」

「何かやたらとお前っぽいこと言ってるし、お前が魔王軍幹部として認識されるぞ」

「こんちきちぃぃ!」

 

 地団駄を踏んだキャルは、一刻も早くあいつぶっ殺すと表情を変えた。杖を構え、先端の魔導書をパラパラと捲りながら呪文を放つ。

 直撃したそれがあっさりと弾かれたことで、あ、と我に返った。魔法が効かない特性を持っているからこそ、紅魔族が主戦力になっていないのだということをようやく思い出したのだ。

 とはいえ、その一撃で向こうはこちらに意識を向けたらしい。ズルリと巨体を動かし、カズマ達を真正面から見下ろす。

 

「魔法は効かないって言ったのに、聞き分けのない子ね。……あら? あなた、この体の本物かしら」

「だから何だってのよ。あんたのせいで風評被害が酷いじゃないの。とっとと倒されなさい!」

「キャンキャンと可愛く吠えるのね、子猫ちゃん。でも、そういう強気な子が絶望に顔を歪めるのもそそるのよねぇ」

 

 ニィ、と口角を上げた偽キャルは、そんなことを言いながら軽い調子でその場に巨体を叩きつけた。木々が地面ごと薙ぎ倒され、地形が変わるほどの衝撃が襲いかかる。

 それらをスキルを利用して回避したカズマは、これ大分マズいのではないかと顔を顰めた。現状、戦力として考えられる面子は正気とは思えない騎士と上位悪魔くらい。特効討伐部隊とやらが彼らなのだとしたら、この状況は大分詰んでいる。

 

「どうすんだよこれ……逃げる、のも無理くさいし」

「逃げてどうすんのよ。ここで始末しないとあたし魔王軍幹部としてお尋ね者になりかねないのに」

「……今まで世話になったな」

「ぶっ殺すぞ!」

「おい、ちょ! 冗談に決まってんだろ! 大体お前置いてくとかコッコロとペコリーヌが認めるわけないじゃねぇか! 絞まってる! 首絞まってる!」

 

 首根っこを掴んでガックンガックン揺らされる。落ち着いてください、というめぐみんの言葉で手を離したキャルがゼーハーとカズマを見ると、彼も窒息していたのでゼーハーと荒い息を吐いていた。

 そうしながらも、実際問題何かきっかけでもない限り策も練りようがないとぼやく。敵の情報も、魔術師殺しを体に組み込んだことで魔法が効かないという一点のみだ。後は精々、キャルと同じ姿をしているというくらい。

 そんなことを思いながら視線を上げたカズマは、そこで何かを発見してしまった。思わず動きが止まり、横のキャルがどうしたのよと訝しげに彼を見る。

 彼はゆっくりとそれを指差した。キャルも、その横のめぐみんも、ついでにあるえとアンナも。カズマの指した方向へと視線を動かしていき。

 

「あぁ、最っ高……。これまでのフラストレーションを吹き飛ばしちゃうわ。いい、いいわ。もう、グングンと上がってきちゃう……!」

 

 興奮しているのか、頬を上気している偽キャルのそこで視線を止めた。彼女の姿形はキャルそのものだ。違いは下半身、スカートの中から伸びているのが人の足ではなく蛇の体だということくらい。

 だが、問題はその蛇の部分ではない。キャルの体の部分、スカートに覆われているそこで。

 

 何故か、真ん中あたりが、不自然に盛り上がっていた。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 キャルが絶叫した。明らかに錯乱した表情で、目の焦点が合ってない顔のまま違う違うそんなわけないと呟き、そして顔を上げて。再び股間の膨らんでいる偽キャルを見て絶叫する。完全なる負のスパイラルであった。

 めぐみんもあるえも、アンナですら流石にこれはコメントが出来ない。ただ、アンナだけはそういえばと格納庫での偽キャルの言葉を思い出していた。魔術師殺しと融合するためには、あの体を彼女の特性と近付けなければならない。そう言っていたはずだ。

 

「めぐみん」

「どうしました?」

「以前の魔王軍幹部の名は覚えているか?」

「ええ、確かシルビアとかいう名前のはずですが。……あれがそうなのですか?」

「恐らくな」

「ああ、成程。そういえば特性を近付けるとか言っていたね」

 

 そのやり取りを聞いていたあるえもピンとくる。めぐみんが少しだけ首を傾げたが、その時の言葉を教えられ納得したように頷いた。

 

「つまり、今の向こうはガワだけキャルですが、中身はほぼシルビアだ、と」

「そう考えていいだろう。だから、その」

「キャルを、その方向で慰めたほうがいいかもしれないね」

 

 目をグルグルさせているキャルを見る。何というか気の毒過ぎてコメント出来ない状況であった。だからこそ、これで少しは。

 そう思っていた矢先。カズマが彼女へと近付いた。落ち着け、と短く述べ、そして真っ直ぐにキャルを見た。

 

「カズマ……?」

「大丈夫だ。だから、しっかりと俺の話を聞いて欲しい」

 

 その表情があまりにも真剣だったからだろう。ほんの僅か正気を取り戻したキャルは、どうしたのよと彼に問うた。それを聞き、カズマは小さく頷く。

 そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「お前、生えてんの?」

「ぶっ殺す!」

 

 首絞め再び。先程よりも容赦ないそれに、カズマの顔色があっという間に土気色になった。このままではパーティーメンバーに殺される。そう判断したカズマは素早く《ドレインタッチ》でキャルをひるませ、そのままスティールでパンツを奪い取る。別の意味で衝撃を受けたキャルが彼から距離を取ると、カズマはいいから落ち着けと彼女に述べた。

 パンツを握りしめたまま。

 

「あれがお前の偽物だというなら、あれを見て当然浮かぶ疑問だろう」

「だから何なのよ! あたしはあんな、あ、ち、生えてない!」

「それは本当か?」

「当たり前でしょうが! というか何でそんな念押しするのよ」

「いやだって」

 

 もしお前が生えてたら、俺男の娘に抱きつかれて勃っちゃったことになるじゃん。危うくそれを口にしかけて、言ったら今度こそ絞殺されると飲み込んだ。パーティーメンバーなのにそんな重大なことを隠していたなんて、とかそれっぽいことを言うに留めた。

 

「そもそも隠してないし、あたしはマナ兄さ、姉さんと違って最初から女よ」

「何か身内に前科があると一気に胡散臭くなるな……」

「ぶっ殺すわよ」

「落ち着け。だから俺はお前を信じたいだけなんだ」

 

 襲いかかってきそうなキャルを宥めながら、カズマはそれを口にする。とりあえず現状一番手っ取り早い方法を提案する。

 ちょっとスカートの中見せてくれない、と。

 

「……」

「待て待て待て! いやだってしょうがないじゃん! このままじゃ気になって戦闘どころじゃない!」

「そのまま死ね!」

「だから落ち着けって。別にしっかり見せてくれなくても、流石に女物のパンツだけじゃブツは隠せないだろ!? だから」

 

 勿論アウトである。なのだが、大分テンパっている状況で、何だかそれなら微妙にセーフそうな感じで提案されたことで、キャルも思わず妥協してしまった。ちょっとスカート捲るだけだから、という言葉に、それならギリギリかと思ってしまった。

 もう一度言おう。勿論アウトである。

 

「……い、一瞬だけよ」

「おう、確認するだけだからな」

「……めぐみん、あの二人は何をやっているんだい?」

「見ないほうがいいです。変態が感染ります」

「は、破廉恥だぞ……」

 

 紅魔族と限りなくそれに近い一人がついていけなくなる中、正気を失っていたキャルはカズマに言われるままスカートに手をかけた。そのままゆっくりと、裾を掴み上げていく。そしてカズマは、そんな彼女をじっと見詰めている。

 何度でも言おう。アウトである。

 だからして。

 

「えっと……カズマくん、キャルちゃん。何をやっているんですか?」

「主さま、キャルさま……?」

 

 いくら彼女達と言えども、その瞬間の光景を見ただけならば理解が出来ないのも当然のことなのだ。

 

 




亀仙人とブルマのアレ。


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その133

しゅらばらばらんば(大嘘)


 時が止まった。ペコリーヌとコッコロの視界には、キャルが何とも言えない表情を浮かべながらカズマの目の前でスカートをたくし上げている光景が映っている。彼の手に女物の下着が握られていることを踏まえると、恐らくキャルは穿いていないのだろう。だというのにその行動をするということは、つまり。

 つまり、どういうことなのだろう。ペコリーヌはどうにも理解できず、頭にハテナマークが飛んでいた。考えていても仕方ない。もう一度尋ねようと彼女は口を開く。一体何をやっているんですか、と。

 

「ち、違う! 誤解だ!」

 

 我に返ったらしいカズマが叫ぶ。誤解も何も状況の把握が出来ていないんですけどと思いはしたが、あまりにも彼がテンパっていたので口が挟めない。

 

「俺はただ、キャルのスカートの中を見せてもらおうとしただけだ!」

「そ、そうよ。あたしはただカズマにちょっとスカートの中を見せようとしていただけなの! 何もやましいことなんかないわ!」

「やましいことしかない」

「破廉恥だよぉ……」

「あるえ、アンナ。私達は逃げておきますよ」

 

 やばいですよ、とめぐみんが二人を伴って退避する。幸いなのが最近猛スピードでアクセルの変人坂を駆け上がるあの姉妹がいないことだろうか。そうは思ったが、案外承知の上な気がして、彼女は考えないようにした。

 そんなわけでペコリーヌ達である。どうやら考えていた通りの行動をしようとしていたらしいと頷くと、今度は理由を考え始めた。とはいえ、カズマがスケベなのは周知の事実である。コッコロがいる手前自重してはいるが、そういうことに興味津々なのは知っている。

 

「えっと。……カズマくんは、キャルちゃんのスカートの中が見たかったんですか?」

「あ、ああ。そうだぞ、お前たちが思っているようなことは何も……」

 

 そこまで言ってから気が付いた。俺何言っちゃってんの、と。今の言葉を額面通りに受け止めた場合、カズマがやろうとしているのはただのセクハラ、あるいはそういうプレイである。

 

「ち、違う! 待ってくれ、これには重大な理由があってだな!」

「主さま」

 

 これはマズい。そう判断したカズマが口を開くよりも先に、先程から黙って聞いていたコッコロが割り込んできた。ど、どうした、と若干どもりながら返事をした彼の前で、彼女は少しだけ恥ずかしそうにしながらゆっくりと自身のスカートに手をかける。

 

「スカートの中が見たいのでしたら……わたくしでよければ、いくらでも」

「ちょいちょいちょいちょいちょーい! 違うから! そういうんじゃないから! コンプライアンス違反になるからそういうのちょっと控えて!」

「こんぷらいあんすいはん、でございますか……?」

「ちょっと何言ってるか分かりませんね」

 

 大慌てでコッコロを説得しに掛かるカズマを見ながら、ペコリーヌはもう一人のテンパっている方に視線を向けた。それでキャルちゃん、と彼女はその人物の名前を呼ぶ。

 

「何がどうなったんです?」

「ち、違うわよ!」

「落ち着いてください」

 

 目ン玉グルグルになっているキャルは、違うそうじゃないと頭を抱えて悶えている。そんなつもりはなかった、気付いたらああなっていた、勢いに押された。大体そんなことを呟いて、違う誤解だと弁明している。

 ちなみに、傍から聞いていると修羅場以外の何物でもないという感想になるのだが、あるえもアンナもめぐみんも今回は空気を読んで黙っていた。マサキとホーストは現状あれは見ないことにしている。

 そうしてたっぷり時間を掛けてある程度落ち着いたカズマ達一行は、もう一度改めてあの状況に陥った流れを説明することになった。

 なったのだが、結局そこまで誤解じゃないというオチが付く。

 

「わたしが言うのも何なんですけど……。この状況で何やってるんです?」

 

 一応戦闘中だったはずだ。そのことを指摘されたカズマとキャルは、いや全くその通りと縮こまった。そうしながら、あれおかしいなと視線を動かす。

 おっ勃ててた偽キャルが、腕組みしながら事の成り行きを見守っていた。

 

「何やってんのお前!?」

「それはこっちのセリフよ。何で戦闘中におっぱじめようとしてるわけ? おかげでアタシも何だか気まずくなって一時中断しちゃったじゃない」

「し、してないわよ! なんてこと言い出すわけ!? ぶっ殺すわよ!」

「説得力ないわよ? だってほら、ボウヤがその手に持ってるのあなたの下着でしょ? その状態でスカートなんか捲ったら、ねぇ」

 

 え、とキャルの視線がカズマの右手に移る。あ、ほんとだあれあたしのパンツだ。そんなことをどこか他人事のように考えつつ。彼女はゆっくりとスカートの中を確認した。

 穿いてない。

 

「……」

「待て、落ち着け。話し合おう? これは不可抗力だし、俺もすっかり忘れてた。だから見えても事故だ事故。な? そもそも見えてないし。あ、ちなみに本当に生えてないんだよな? 大丈夫だよな?」

「…………殺す」

「待て待て待て待て! 今はそれどころじゃないよ!? ほら、コッコロとペコリーヌだって」

「主さま、嫌がるお方にそのようなことをやってはいけません。ご心配なさらずとも、後でわたくしがやってあげますから」

「その反応間違ってるよ!? やらなくて大丈夫だよ!? どうしたのコッコロ!? あ、こないだの反動か、ダメだこれ! ペコリーヌ! ペコリーヌだけが最後の頼り!」

 

 縋るようにカズマはペコリーヌを見る。あいつなら、何だかんだこういう時はツッコミ役に回ってくれると信じているあいつならば。そんなことを思いながら、彼は彼女の顔を見て。

 

「……カズマくんのえっち」

 

 なんか違うベクトルでこっちもダメだったと崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「さて、ではシルビア。戦闘を続けましょうか」

「アタシが言うのもなんだけれど、あっちは放っておいていいの?」

 

 めぐみんが杖を構えるのを見ながら、偽キャル――シルビアは向こうを指差す。ペコリーヌに慰められながらパンツを穿いているキャルと、コッコロに甘やかされながらピクリとも動かないカズマを一瞥しためぐみんは、はいと頷いた。

 

「平常運転です」

「えぇ……」

 

 シルビアと、ついでにアンナもちょっと引く。何だか知らないうちにめぐみんも大人になったんだなぁ、とあるえが謎の感心をしていた。

 こほん、と誰かが咳払い。そこで空気を元に戻すように、シルビアは表情を不敵な笑みに変えると眼下にいるめぐみん達を見下ろした。

 

「さて、それで? 戦闘を続けるのはいいけれど、どうする気? アタシのこのボディは魔術師殺しを組み込んであるわ。あなた達紅魔族じゃ、傷一つ付けられないでしょう?」

「……それはどうでしょうか」

 

 杖に魔力を込める。生半可な呪文は弾かれるが、爆裂魔法ならば話は別だ。あのデストロイヤーの魔力結界と比べて、魔術師殺しの耐魔法は不完全。同製作者の以前の作品なのだろうというのがネネカの見解で、ベクトルこそ違えど、同じ方法で対処できるということも彼女が言っていたので知っている。

 

「あははははっ。いいわ、やってごらんなさい。その爆裂魔法に耐えきればもう打つ手なしなんでしょう?」

「めぐみん」

「あるえ、心配しないでください。私は負けませんよ」

「違うな、めぐみん。我らも力を貸す、と言っているのさ」

「アンナ……」

 

 そんな彼女の横に二人の少女が並ぶ。それぞれに武器を構え、真っ直ぐにシルビアを睨むその姿は、死地に赴く戦士のごとし。その覚悟を受け取ったのか、めぐみんも小さく笑みを浮かべると、では行きますよと杖を掲げた。

 それに合わせて、よし行くぞとあるえとアンナがめぐみんを掴む。

 

「へ?」

「今はまだその時ではない。機が熟すのを待て、ということだ」

「そういうことさ。退避ー!」

 

 えっさほいさ、とめぐみんを担いで盛大に距離を取る。なんですとー、とされるがままになるめぐみんを目で追いながら、シルビアは目の前に誰もいなくなるのをポカンと眺めていた。

 

「……さて、邪魔者もいなくなったことだし、遠慮なく」

「遠慮なく、どうする気かしら」

 

 横合いから声。ん、と視線を動かすと、一人の女性がこちらに歩いてくるところであった。眼帯をつけた、隈の深い紅魔族とは違う赤い瞳をしたその女性は、これ以上暴れられると困るのよねと軽い調子で言葉を紡ぐ。

 

「あなたは確か……」

「あら、知ってるの? 以前どこかで会ったかしら?」

「前にこの里を襲撃した時に見た女医でしょう? 見た目こそ違うけど、アタシはシルビア、魔王軍幹部のグロウキメラ、シルビアよ! 忘れたとは言わせないわ」

「ああ、成程。そういうわけだったのね」

 

 ふむふむ、と何かを考え込むような仕草を取った女医――ミツキは視線をシルビアから他の場所へと動かした。マサキとホーストは、いつでも大丈夫だと頷いている。めぐみんは彼女の登場で何となく察したのか、出番まで出来るだけ威力を高める算段を始めた。

 

「そこの坊や達。そろそろ落ち着いたかしら?」

 

 後は、と彼女はカズマ達四人に声を掛けた。段々と落ち着いてきていたキャルはその言葉で我に返り、あ、そうだ戦闘中だったと慌てて武器を構える。あははと苦笑したペコリーヌは、大丈夫ですよとティアラを装備しながら剣を構えた。

 

「主さま、はい、どうぞ。たっちできますか?」

「大丈夫です。大丈夫なんであの、もう少し」

 

 よしよしとカズマを立たせているコッコロにされるがまま、揃って視線を向こうに動かした。流れは完全にお母さんに連れられる幼児である。誰もツッコミを入れないところがもう既に手遅れ感を増していた。

 

「そいつらがどうしたっていうの?」

「分からないほど鈍くもないでしょう? あなたを撃退するのに必要な戦力よ」

「あはははははっ! 笑わせてくれるじゃない! 魔法が効かないこのボディに、一体何をどうするって? まさか物理攻撃? この巨体を薙ぎ倒せるほどの実力者がどこに」

 

 シルビアの言葉が終わらないうちに、彼女の足元に猛烈な衝撃が襲いかかった。巨体が揺れ、そのままバランスを崩し地面に転がる。何が起きた、と慌てて立ち上がったシルビアは、そこで見た。

 

「クスクスクス」

「ひっ!」

「そうね、巨体を薙ぎ倒せる物理攻撃はたしかに有効だわ。エリコちゃん、もう一回お願いできる?」

「ええ。……ですが、そこまで期待はなさらないでくださいね。私はあまりやる気が無いので」

「分かってるわ。でも、今はルカもナナカちゃんもメリッサもいないから、もうちょっとだけ我慢して頂戴」

「しょうがないですね」

 

 ふう、と息を吐いたエリコは、持っていた大斧を上段に構えた。それだけで猛烈な悪寒が走るほど、周囲の空気が変わっていく。観客の紅魔族がエフェクトを撒き散らし、そして《壊し屋(デストロイヤー)》の異名を伝えながら技の解説を行い始めた。

 

『あの一撃はまさに無慈悲。敵対する相手を破壊することそれだけに特化した、《壊し屋(デストロイヤー)》のデストロイヤーたる所以! だがしかし、それこそがむしろ慈悲であると言わんばかりの――』

「覚悟は、いいですわね」

 

 一撃。魔術師殺しの装甲が弾け飛んだ。げぇ、とシルビアが驚愕するのをよそに、エリコはそのまま再度斧を振り上げる。

 二撃。露出していた内部のパーツが砕け散る。それに加えて、丸太のような太さの蛇の巨体に亀裂が走った。

 惨撃。再度振り下ろしたそれにより、魔術師殺しの複数ある蛇の尻尾の一つが三分の一ほど寸断された。否、寸断などという綺麗なものではない。叩き潰され、千切られたのだ。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!」

「《デッドリーパニッシュ》」

『後で言うんだ……』

 

 衝撃で吹き飛んだシルビアが悲鳴を上げる。確かに魔術師殺しは対魔法使い特化装甲。物理攻撃には特別強いものではない。だが、だからといってそう簡単に破壊されるような代物でもないはずだ。そうでなければ、かつて魔族が恐れたなどと言われるはずもない。

 

「な、何!? 何なの!? どういうこと!? 嘘でしょ? 魔術師殺しの装甲がこんなにあっさり」

 

 千切り飛ばされた箇所を見る。ズタズタにされたその場所に、何やら斧とは違う痕跡が残っていた。まるで液体でもぶっかけたようなそこから、侵食するように色が変わっている。

 

「何これ!?」

「何って、魔術師殺しの装甲を腐食させる薬剤よ。エリコちゃんなら無くても大丈夫だったでしょうけど、彼女が疲れちゃうものね」

 

 さらりとミツキが解説する。何でそんなものを、とシルビアが驚愕していたが、研究材料になっていたのだから当たり前だろうと返され、彼女は思わず口を噤んだ。言われてみれば、ただただ封印されていたわけでもなくあの頭のおかしい小柄なエルフが既にバラしていたのだ、その可能性も考えてしかるべきであった。

 

「ミツキさん」

「ええ。ご苦労さま」

「はい。では……少し観戦させてもらいます」

「あら珍しい。何か気になることでも」

「ええ、少し」

 

 視線を向こう側に向ける。マサキとホーストから伝えられたのだろう、そういうわけだからと物理主体で陣形を組まされたカズマ達が、ダメージを食らったシルビアへと向かうところであった。

 

「汚名挽回よ!」

「返上しろよ、挽回すんな」

「キャルちゃんもカズマくんも調子戻ってきましたね、やばいですね☆」

「はい。行きましょう、主さま、キャルさま、ペコリーヌさま」

 

 ペコリーヌとマサキを先頭に一行が駆ける。コッコロの支援によりステータスを底上げされた二人は、一気に肉薄するとその剣を振るった。

 

「ぐぅ! こ、んのぉぉぉぉ! 魔王軍幹部を嘗めんじゃないわよ!」

「マサキさん!」

「大丈夫だ、そちらこそ問題ないかい?」

「はい。コッコロちゃんとカズマくんの支援がありますから」

 

 残っている別の尻尾を振り回したシルビアの攻撃を避けつつ、マサキが牽制しペコリーヌが一撃を叩き込むというサイクルを繰り返す。先程とは違い決定打はなかったが、着実にダメージを与える戦い方だ。

 そんな光景を見ながら、ミツキはふむふむとエリコに声を掛けた。

 

「あの子達が気になるの?」

「ええ、少し。……クスクス」

「……ふーん。少し、ねぇ」

 

 あの子達、正確には一人の少年を見ながら、ミツキはほんの僅かに口角を上げた。

 

 



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その134

アニメのあれアドリブなのほんとすげー


「うーむ。これはそろそろ撤退を視野に入れた方が良いのではないかな?」

 

 離れた場所でシルビア操縦の偽キャルをモニタリングしていたドールマスターがそんなことを呟くが、当の本人であるシルビアは聞いている余裕がないのか無反応だ。意識を向こうにすべて持っていっているのか、とシルビア本体の様子を確認した彼は、さてどうするかと腕組みをした。もし倒されたとしても本体にダメージがフィードバックされることはないので、彼女自体は無事ではあるだろうが、しかし。

 

「精神的ダメージが大きいと支障が出るやもしれん」

 

 とはいえ、腐っても魔王軍幹部。そこまで心配することもないだろう。そう結論付けたドールマスターは、再び向こう側の監視へと意識を集中させた。どの道勝てば問題あるまい。そんなことを呟きながら。

 さて、では向こうはといえば。

 

「ぐ、このっ……! ちょこまかと!」

「ふむ。やはり魔術師殺しの装甲が厄介だな。まあ、ネネカ様が管理していたのだから、高性能なのは当然だが」

「言ってる場合か!」

「あはは。ん~、ちょっとやばいですね」

 

 キャルのツッコミを流しつつ、ペコリーヌも一旦距離を取る。マサキの言ったように、先程エリコによって一部破壊されたとはいえ魔術師殺しは未だ健在。彼やペコリーヌのような物理攻撃は通るものの、魔法攻撃が基本的にシャットアウトされるおかげでキャルや紅魔族組は牽制程度が関の山なのが現状だ。あるえとアンナはまだ打開策を練りつつその役目に準ずることが出来るが、いかんせん自分と同じ顔が暴れ回っているので、オリジナルとしては黙っていられないわけで。

 結果キャルは前衛の物理組と並んで立っている。

 

「なあキャル。お前」

「何よ。分かってるわよ。でも仕方ないじゃない! あの偽物、ぶっ殺さないと気が済まないもの!」

「だからって無駄に魔力使ってんじゃねぇよ。一旦落ち着け」

「そんなこと言われたって」

「キャルさま」

 

 カズマの言葉に尚も食い下がろうとしていたキャルは、横合いからの声で言葉を止めた。コッコロが、真っ直ぐにこちらを見ていた。

 彼女は述べる。キャルさまのご活躍の場は必ず訪れます。だから。

 

「だから、わたくし達を信じてくださいませ」

「……ぐぅ」

「そうですそうです。わたし達があの装甲をどうにかしますから、その後でキャルちゃんがドカンといっちゃってください」

「わ、分かったわよ。そこまで言うんだから、絶対何とかしなさいよ!」

 

 言葉はあれだが、信じた任せたと言わんばかりに彼女は下がる。そうしながら、先程からやけに静かなめぐみんを見た。あるえとアンナは別段気にしていないようだが、キャルはそのことでかえって気になった。

 

「ねえ、めぐみん」

「どうしました?」

「あんた、どうしたの?」

「どうした、とは?」

「いや、何だかいつもと違って静かだなって」

「集中していますからね。我が爆裂魔法を最も輝かせるそのタイミングを見極めるために」

「あ、うん。いつも通りだったわ」

 

 ちょっとだけ脱力した。が、彼女の言葉が偽りではないのは紅魔族特有のその瞳が薄っすらと点滅していることからも伺える。感情の昂りを抑えているのだ、あのめぐみんが。

 ふう、とキャルは息を吐いた。先程無駄使いした魔力を惜しみつつ、残っている全てを集中させ、前を見る。横の彼女と同じように、そのタイミングを逃さないように。

 

「で、だ。どうする? 物理パっつっても現状ペコリーヌのソロに近いぞ」

「ははは。いや済まない、私は基本ネネカ様を守る盾だからね。自分から打って出るのは少々苦手なんだ」

 

 そうは言いつつ、彼もきちんと攻撃の役目は果たしている。問題は火力不足と、それに伴ったワンパターン化だ。ペコリーヌがメインアタッカーなのは揺るがないので、牽制をマサキが担う。ここにバリエーションがないわけだ。

 

「主さま」

「ん?」

「それでしたら、わたくしにお任せを」

 

 支援を行っていたコッコロが前に出る。え、とカズマが一瞬目を見開いたが、彼女が小さく微笑んだことでその表情を変えた。頭をガリガリと掻きながら、しょうがねぇとプランを練る。今回の俺の出番はこっちかと弓を取り出し矢をつがえた。

 

「コッコロ」

「はい!」

 

 狙撃。突然のそれに虚を突かれたシルビアは、偽キャルの顔面に思い切りそれを受けてしまった。突き刺さってちょっぴりグロいキャルちゃんの出来上がり、にはならず当たった矢は弾かれたが、しかしそれでも多少のダメージはある。

 

「こ、んの……?」

 

 やってくれたな、と反撃しようとしていたシルビアは、自身の体がやけに動かないとそこで気付いた。なまじっか本当の体ではないので自覚症状が出なかったのだ。毎度お馴染み、カズマの特製毒麻痺矢である。人形とはいえ結局の所モンスター、完全な生物よりは劣ってもある程度は効くらしい。

 そこに一瞬にして懐に飛び込んだコッコロの槍が突き刺さる。げぇ、と思わず叫んだシルビアに向かい、彼女はそのまま武器を振るう。

 

「風よ……刃に集え――《緑翠の絆風》!」

 

 それに合わせるように、コッコロの周囲に風が舞い、追撃となってシルビアへと放たれた。

 

「うぇ!? ちょ、ちょっと! アークプリーストがこんなこと出来るとかアタシ聞いてないんですけどぉ!?」

「ちょ、ちょっと! コロ助がそんなこと出来るなんてあたし聞いてないんだけど!」

「おい本物と偽物が同じリアクションしてるぞ」

「やばいですね」

 

 槍と風の刃が集中して突き刺さったことで、シルビアの動きが止まった。ついでにキャルの集中も止まったが、こちらはカズマ達にはあまり関係がない。

 ともあれ、先程までとは違い、今度はしっかりと攻撃が通る。行きます、とペコリーヌが一歩踏み出し、そして思い切り剣を振りかぶった。

 

「《プリンセスストライク》!」

「あ、しま――っぎゃぁぁぁぁ!」

 

 ペコリーヌのそれは魔法攻撃とは違う純粋な攻撃スキルのそれだ。分類的には《エクステリオン》に近いので、当然のことながら魔術師殺しの装甲の特性とかそれがどうしたである。とはいえ、先程マサキが言っていたように、ネネカが研究していた以上それでぶっ壊れるような代物であるはずがなく。

 

「ぐ、こ、の……!」

「やっぱりそう簡単にはいきませんね」

「だよなぁ……」

「ですが、効果はあるようです。もう一度わたくしが牽制を」

「させるわけねぇぇえだろぉぉぉ!」

「いけない。皆、下がれ!」

 

 マサキが前に出る。剣を構え、カズマ達の盾になるようにシルビアへ立ちふさがった。そこに放たれる火炎放射。一瞬にして周囲が火の海になり、後ろにいた紅魔族プラスアルファも慌てて後退する。周囲にいる紅魔の里の野次馬共は盛り上がっていた。

 

「マサキさま!?」

「心配いらない。今のうちに君達は後退を」

「……まああの人の盾をやってるってんだからある意味当然か」

 

 割と普通に返答が来たので、カズマはそのままコッコロを連れて攻撃範囲から下がる。尚も火の勢いを強めようとしていたシルビアは、周囲の被害の補修を終えたホーストが横合いからちょっかいを掛けたことで一旦その手を止めた。

 さてどうするか、とカズマは再び持ち直したシルビアを見やる。ダメージ自体は蓄積されているだろうから、もう少し突けば恐らくいけるであろうとは思うのだが、いかんせんそのための一手が足りない。やはり魔法を防ぐ装甲が邪魔をするのだ。

 

「あ、待てよ」

「どうされましたか? 主さま」

「ちょっとな。おーい、ミツキ先生」

 

 火の海でも平然としていた二人組の片方に声を掛ける。あら、私? と自身を指差したミツキは、それで何の用なのかと彼に問うた。

 

「さっき使ってた装甲を駄目にさせる薬剤って、まだ残ってたりは」

「診療所には在庫があるけれど、今の手持ちはこのアンプル一つ分しかないわよ」

 

 これ、と小さな小瓶を取り出す。思ったより少量ではあったが、しかし全く無いわけではないのならば大丈夫だ。カズマはそれを受け取り、踵を返した。これで後は、と今現在の面子を眺める。

 

「めぐみん」

「ええ、待ち望んでいましたよ。適切なタイミングは、こちらで判断しても?」

「おう。じゃあ後は」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。どうする気?」

「どうするもこうするも。見れば分かるだろ」

 

 キャルの抗議を受け流し、カズマはコッコロとペコリーヌを見る。コクリと頷いたので、ほれ二人は分かってると彼女を煽った。

 

「むっかつくぅぅぅ!」

「よし、じゃあ行くぞ」

「無視すんな! ぶっ殺すぞ!」

「あはは。でもキャルちゃん、本当は分かってるんじゃないですか?」

「そうでございますね。キャルさまならば、確実に」

「二人の信頼が重い!?」

 

 ぐぬぬと唸るキャルを尻目に、カズマはもう一度矢をつがえた。今回はブーストを全員に掛ける余裕がない。そういうわけだからと前置きし、彼は向こうの偽キャル、シルビアへと狙いを定めた。

 

「コッコロ!」

「お任せください、主さま」

 

 先程と同じように、槍から風を生み出して一直線に放つ。炎の海を切り開くようにして出来たその道は、ほんの僅かな時間ではあるが真っ直ぐシルビアへと通じていた。

 

「ペコリーヌ!」

「はい! 変身!」

 

 ティアラに手を添え、フォームチェンジ。そのままノータイムで出来た道を真っ直ぐかっ飛んでいった。

 嘗めるな、とシルビアが吠える。尻尾を振り上げ、同時に火も吐きながら突っ込んでくるペコリーヌを叩き潰さんと、燃やさんとする。

 が、しかし。持続時間は短いとはいえ、この姿の彼女は第二王女や宴騎士というベルゼルグ王国トップクラスのバーサーカーとも渡り合えるバーサーカー、第一王女ユースティアナなのだ。

 加えて。

 

「止まらない!? って、へ?」

 

 狙撃再び。ペコリーヌを追い越すように放たれたそれは、シルビアの振り下ろした尻尾に当たると盛大に弾けた。仕込まれた《ブービートラップ》によって、先程ミツキからもらった腐食液がシルビアの体全体にぶっかかる。

 そのタイミングで、ペコリーヌが接敵した。

 

「全力全開の更に先、にはちょっと足らないので――全力、超! 全開《プリンセスヴァリアント》!」

 

 押し潰そうとしていた尻尾が纏めて吹き飛んだ。何本もあった尻尾はこれで残り一本、魔術師殺しの装甲もボロボロで、かろうじて機能しているレベルだ。だが、そのかろうじてですら魔法を防ぐのだから厄介である。ダメ押しをするには物理攻撃を更に重ねるしかないが、残っている火力担当は魔法職。

 

「ふぅ……来ましたね」

 

 それがどうした。そう言ってしまえるのがここに一人。昂りを遂に抑えきれなくなったその瞳は紅く輝き、攻撃に耐えきったと判断し反撃しようと突っ込んでくるシルビアをハッキリと見据えている。

 

「狂乱に惑いし人形よ。伽藍堂を汚泥で満たされた人形よ。

 切なる願いも絶たれたこの地にて、せめて安らかなる静寂のあらんことを。

 ここに顕現せし理は、我が友の思いへと繋ぎその願望を体現せしもの也。

 さあ、刮目せよ! これぞ爆裂道! これぞ我が師ちょむすけより伝えられし覇王への道程! そして誇れ! やがて爆裂魔法の頂に至る礎になることを!」

 

 尋常ではない魔力が集まっていく。めぐみんの杖の先端は、迷うことなくそこへと向けられた。

 

「《エクスプロージョン》!!」

 

 それは、普段見慣れているものと比べると規模が小さいように思えた。何故ならば、周囲に被害が及んでいなかったからだ。だからカズマは流石の爆裂魔法も魔術師殺しに防がれたのかと一瞬眉を顰めた。

 だが、それが間違いだと知るのはその直後。いっそ清々しいほどに魔術師殺しの装甲を破壊されたシルビアが、偽キャルの顔を驚愕に歪ませて吹き飛んでいるのを見たからだ。信じられない、と呟いていたからだ。

 

「な、何が起こったの……? なんで、こんな」

「――当然でしょう? 私は目立つのが好きですが、今回あなたにとどめを刺すのは私の役目ではありませんから」

 

 その呟きにめぐみんがそう返す。ゆっくりと倒れながら、まあ、そういうわけですよと隣に立つ彼女に笑みを見せた。

 

「何よ、カッコつけちゃって」

「当然でしょう? 我が名はめぐみん! 爆裂魔法を極めしもの! だからこれくらいはやっておかないと」

「……ありがと。じゃあ、後は」

 

 自身と同じ顔をしたその人形を睨む。ふう、と息を吐くと、キャルはゆっくりと魔法陣を展開し始めた。

 狙いは勿論、自分の偽者。

 

「嘘でしょ……!? 爆裂魔法で魔術師殺しの装甲だけを狙って破壊した? どういう精密性をしていたらこんな芸当が出来るの……!?」

「我が師ちょむすけの教えの賜物ですよ。それより、いいんですか? 追撃が来ますよ」

「え? ――あ」

 

 倒れているめぐみんの横、そこに集まっている魔力を察知しシルビアの目が見開かれた。

 キャルの魔法陣が光り輝く。そこから生み出された無数の光弾が、あっという間にシルビアを蜂の巣にした。魔術師殺しの装甲が失われた今、それを防ぎ切る術はどこにもない。

 

「あたしの溜まりに溜まった怒りの分、何発だって打ち込んでやるわ!」

 

 回避はもう間に合わない。飛んでくる光弾の嵐の前に、同じ顔をした少女の放つそれに、出来ることはただただ蹂躙されることのみ。

 

「《アビス――」

 

 魔法陣が一際大きく輝いた。巨大な魔力の塊が、巨大な光弾となってキャルの前に展開された。杖を大きく振りかぶると、彼女はそれを思い切りぶん殴る。そうして叩き飛ばされた色々の籠もった魔力光弾は、真っ直ぐにシルビアへと着弾し。

 

「――バァァァストォォォォ》!」

 

 キャルの偽物を、綺麗サッパリ欠片も残さず消し飛ばした。

 

 



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その135

向こうは普通にシリアスで進むみたいだし、コメディする機会もなさそうだし、もう出しちゃってもいいかなぁって……


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!」

 

 ドサリと倒れる。視界いっぱいに映る空を暫し呆然と眺め、シルビアは恥も外聞もなくボロボロと涙を流した。死ぬかと思った。否、死んだ。確実に死んだ。木っ端微塵になった。

 ここは紅魔の里から少し離れた場所である。ドールマスターの用意したキャルの人形を動かして殴り込みをかける際に、いざという時のために出来るだけ距離を取ろうと決めた位置である。

 だから、ここには誰も来ていないし、危険もない。

 

「戻ってきたか。消滅の瞬間まで意識を共有していたので心配したが、無事なようで何より」

 

 傍らに佇んでいたドールマスターがそんなことをのたまう。が、シルビアは倒れたまま動かない。ただただ泣きじゃくるのみである。

 

「……どうした?」

「やだぁ……もうやだぁ……」

「お、おう?」

 

 何か泣き言いい始めた。見た目的に物凄くアンバランスなことをやりだしたシルビアを見て、彼はちょっとだけ引く。引いたが、しかし心当たりがあったのか即座に表情を戻した。

 

「やぁだぁ……おうち帰るぅ……おそと出たくない……出たくないぃ……」

「……うわキツ」

 

 心当たりがあっても目の前の光景は中々にアレである。いやこうなった原因自分だけどさ、と思いはするのだが、それで割り切れるかといえば答えは否なわけで。

 

「落ち着いてくれ。大丈夫だ、もうあなたを攻撃する相手はいない」

「ほんとう? もうシルビアいじめられない?」

「うわキツ」

 

 もう一度言うが、自分が原因だろうがなんだろうがこの光景は中々にアレである。こころなしか潤んでいるその瞳が幼さを宿したものになっているのが拍車をかけているようであった。

 

「……と、とにかく帰ろう。魔術師殺しのサンプル自体は回収したのでな。一応任務自体は達成と言っていいだろう」

 

 今回の戦闘の様子を見る限り、これがあってもちょっと対策面倒だな程度で済まされるような気がしないでもないが、無いよりはマシだろう。そんなことを思いながら、ドールマスターはシルビアの手を取って立たせる。

 

「帰るの? しるびあのおうち、帰る?」

「キッツ……」

 

 何度でも言うが、目の前の結果が全てである。原因とか過程とかその辺は置いておいて、とにかくシルビアのその姿がアレなのだ。

 

「もう、こわいものいない? しるびあこわいのやぁなの……おそと出るの、やぁ……」

「キツい……」

 

 ドールマスターの返事がワンパターン化してきた。自身の精神がガリガリと削られるような思いを感じつつ、とりあえず療養させておけばそのうち治ってくれるだろう。そんなことを思いながら、彼はそこでふと思う。

 シルビアの精神退行は恐らく自身の人形による侵食が原因だろう。魔王軍になる前は、己の領域で道具を蔑ろにしている連中を幼児化させていたこともある。

 だが、あくまでそれは人間の冒険者が対象であったし、魔王軍幹部などという大物に通用するとは思っていなかったので、その辺つけっぱなしにしていたのだが。

 

「これは、案外他の種族にも有効なのかもしれん」

 

 魔王軍に所属したからには、人間一辺倒のスキルにも改良を加える必要がある。今回のこれはいい転機になった。

 

「差し当たっては、サンプルが必要だな。……人間以外の強力な種族を対象に出来るのが望ましいが」

 

 あまりにも人型とかけ離れていると勝手が違いすぎる。それらに該当するものといえば。

 そこまで考え、思い付いた。思い付いたが、そうそう簡単にサンプルが見付かるとは思えない相手でもある。

 

「ううむ。どこかに、幼児化出来そうな上位種のドラゴンでもうろついていないものか……」

 

 

 

 

 

 

「くしゅん!」

「どうした? 風邪か?」

 

 同時刻。一人の少女が先端を三編みにした水色のセミロングを揺らしながらくしゃみをしていた。その横に立っている長髪の男性が、少女にそんな声を掛ける。ぶっきらぼうではあるが、それにはどこか優しさが感じられた。

 

「う、ううん。大丈夫よ、兄さん。きっと、どこかで誰かが私の噂でもしていたんじゃないかしら」

「……それは、碌なものではないだろう」

「あはは……。で、でも、ほら、この間の豚獣人の紳士さんなんかはまだ」

「奴が例外なだけだ」

 

 取り付く島もない。そんな兄の言葉を聞いた少女はあははともう一度苦笑し、とにかく大丈夫だと言葉を続けた。

 そうしながら、今度はどこに向かうの、と彼に問う。目的もなく旅をしている、というわけでもなかったが、最近は割と考えなしにぶらついているようにも思えたからだ。

 そんな彼女に、兄はそうだな、と少し考える素振りをした。今いる場所と照らし合わせ、恐らくお前も知っているだろうがと前置きをする。

 

「ブライドル王国か、ベルゼルグ王国のどちらかに向かう」

「それって、両方とも」

「……ああ。ホワイトドラゴンの気配が感じられる場所だ」

 

 自分達と同じ。言外にそう続けながら、彼は歩みを進める。少女はそれを追い掛けるように、少しだけ小走りで足を動かした。

 

「あ、でもブライドル王国のホワイトドラゴンって、噂になっていた騎士の相棒よね? 簡単には近付けないんじゃない?」

「そうだな。……ならば、まずはベルゼルグ王国か」

 

 こちらはドラゴン本人ではなさそうだが、手掛かりぐらいにはなるだろう。そう結論付け、二人は行き先を決定させた。

 

「碌でもない連中がいなければいいのだがな……」

「心配し過ぎよ、兄さん。きっと私達を受け入れてくれる人だって沢山いるわ」

「……碌でもない連中がいなければいいが」

「どうして二回言ったの!?」

 

 はぁ、と溜息混じりで述べる兄を見て、少女はそんなツッコミを入れていた。

 

 

 

 

 

 

『あー……酷い目に遭った』

「見事に重なりましたね」

「あはは、やばいですね☆」

 

 戦闘から一夜明けた、紅魔の里。あるえとアンナの事務所に泊まったカズマ達は、無事に平穏な朝を迎えたことでようやく一息ついていた。げんなりしているカズマとキャルに対して、コッコロとペコリーヌはそれほどでもない。

 とはいえ、愚痴なら聞きますよという二人の厚意に甘えることも出来ない。キャルは例のアレが原因である以上、口にするのもげんなりするのだ。何が悲しくて自分の偽者が股間にテント張ってた話を蒸し返さねばならんのだ。

 そしてもう一方のカズマはもっと顕著である。彼の酷い目の大半はオークに襲われかけたことだからだ。ド直球の下ネタだからだ。何が悲しくてこの二人にそんな話をせねばならんのだ、というわけだ。

 

「まあ、もう終わったことだし。忘れようぜ」

「そうね。うん、そうよ、それがいいわ」

 

 謎の連帯感を見せて誤魔化しにかかった二人を、コッコロもペコリーヌも静かに見守る。言いたくないことを無理に聞く必要もない。彼女たちの見解は概ねこれである。

 ともあれ。事態が一件落着したので、一行としてもここに留まる理由はない。そろそろ帰るか、というカズマの意見に、別段異を唱える者はいなかった。

 

「おや、もう帰るのかい?」

 

 そうして帰り支度をしていると、事務所にやってきたあるえが少しだけ寂しそうにそう述べた。貴重な読者が離れてしまうのは中々の損失だ、とそれを隠そうともせずに彼女は続ける。

 

「せっかく新作の構想も出来てきたのだがな」

 

 後ろにいたアンナもそんなことをのたまう。執筆の準備をし始めているところからすると、早速それに手を付け始めるつもりらしい。

 それにちょっぴり興味が湧いたのはカズマである。何だかんだめぐみんモチーフの小説は楽しんだので、新しい話とやらがどんなものになるのか気になったのだ。

 

「なら、もう少し留まっていくかい? 出来上がったらすぐに見せられるように」

「我が執筆を愛する者を満たすことを確約するぞ」

「あー、いや。それは遠慮しとくよ」

 

 ぶっちゃけそこまでして読みたくはない。流石に口にはしないが、彼としては出来上がったらそのうち見せてもらおうかな程度である。本屋で新刊を見かけたら買う程度である。積極的に情報を集めて予約して購入するレベルの情熱は持っていない。

 それは残念、とあるえが肩を竦める。ならば我が書の完成を待つが良いと笑みを浮かべるアンナも、無理に引き留める事はしないようだ。

 

「それがいいですよ。この二人と一緒にいたら、日常が全て小説のモチーフにされかねませんから」

 

 途中から聞いていたのだろう。いつの間にかやってきためぐみんが、げんなりした表情で二人を見ていた。そうしながら、一応言っておきますがと言葉を続ける。

 

「許可は取ったんですよね?」

「心配いらないよ。あくまでメインのモチーフはめぐみんだ」

「私は許可してませんけど!?」

「何故だ? 以前の約束を違える気か?」

「今回の! 許可は! 出してませんけどぉ!?」

 

 がぁ、と叫ぶめぐみんに、二人はまあ落ち着けと軽く返す。ざっけんなと額に十字が浮かび始めていたが、毎度毎度のことなので彼女もそこで踏みとどまった。

 ゼーハーと息をしながら、彼女は振り返る。そういうわけですので、とカズマ達を真っ直ぐに見た。

 

「無許可であなた達を書いていたら遠慮なく燃やしちゃってください」

「いえ、流石にそこまでは」

「わたしは別に構わないですし」

「正気ですか!? コッコロなんかは慈悲深き癒やしと風の母なる巫女とかになるんですよ!?」

「そ、それは確かに、少し恥ずかしいですね……」

 

 割と正確じゃないかな、とカズマは思わないでもない。が、それを口にするとあるえ達が喜々として書き始めるので自重した。

 

「ペコリーヌはきっと、お忍びで世直しをする大国の麗しき姫騎士とかそういう感じになるでしょうし」

「別にそんな麗しくもないですし、世直しだってしているつもりはないんですけどねぇ……」

 

 いやあんた実際やってんじゃない、とキャルは思わないでもない。が、それを口にするとアンナ達が盛りに盛って書き始めるだろうから自重した。

 

「カズマとキャルは……多分アレがそのままモチーフになりますよ」

『ぶっ殺すぞ!』

 

 誤解だ誤解、とあるえとアンナが説得を成功させるまで、二人の怒りのボルテージは上がりっぱなしだったそうな。

 尚、出来上がったら即チェックするという約束を取り付け、一応執筆の許可はおりたらしい。みんな甘いですね、と呆れたように呟いているめぐみんの姿が印象深い。

 そんなわけで、ネタも使えて原稿チェックという名の読者も手に入れた二人が、何だかんだで今回一番の勝利者である。

 

 

 

 

 

 

―8―

 邪神の消滅事件のほとぼりも冷めた紅魔の里では、今日も一人の少女が元気に里の外で魔法をぶっ放していた。

 

「《エクスプロージョン》!」

 

 盛大な爆発が起きるが、既に里の紅魔族は慣れっこである。今日もやってるな、とどこか満足げな表情だ。

 

「まだよめぐみん。威力を高めるのはいいけれど、その分制御が散漫になっているわ。天才肌に胡座をかいては駄目」

「はいっ、師匠!」

 

 倒れためぐみんが勢いよく返事をする。それを聞いて笑みを浮かべたウォルバクは、では次、とその横で緊張している少女を見た。

 ゆんゆん、と少女を名を呼ぶ。いい加減慣れなさいと苦笑しながら、爆裂魔法の勢いでこちらにやってくる魔物を見た。

 

「討ち漏らしはきちんと処理するから、大丈夫よ」

「はははははははいぃぃぃ! お、おおお師匠様!」

「大丈夫じゃないですね」

 

 首だけをそちらに動かしながらめぐみんが呆れたように呟く。事件後、改めて師弟関係を結んだめぐみんとウォルバクであったが、そこに今にも死にそうな表情で待ったをかけた人物がいたのだ。ゆんゆんである。何かもう色々限界でテンパりまくっていて自分でも何言っているか分からない状態ではあったが、とにかく待ったをかけたのだ。

 ウォルバクが宥め落ち着かせ、心配いらないと笑みを見せて。そうしてゆんゆんも気付いたら彼女をお師匠様と呼ぶようになった。どういうことなの、と困惑していた彼女を見て、ネネカは楽しそうに笑っていたが。

 弟子になったからにはきちんと面倒を見る、というあたりが彼女の人の良さを表しているが、ともあれ今日も今日とて二人は修行で腕を上げていくのだ。

 

「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……」

「お疲れ様」

 

 尚ゆんゆんが疲れているのは大半がテンパっていることによる緊張である。これでもましになっているのだから恐ろしい。

 今日はここまで、ということでホーストがめぐみんを脇に抱える。その背中には野次馬をしていたこめっこもいた。完全に懐いたらしい。

 そんな出来事が日常として定着しきった頃。ウォルバクはとある街から届けられた手紙を見て難しい顔を浮かべていた。

 

「どうしたんですか、師匠」

「あれ? それお手紙ですか? じ、実は私も前に文通してたことがあって、アオイちゃんっていう……」

「ゆんゆんのそれとは関係ないでしょう」

 

 ばっさりといく。そうしながら、めぐみんは再度ウォルバクを見る。溜息を吐いた彼女は、見てもいいわよとめぐみんにそれを手渡した。

 差出人は、ネネカ。そして用件は。

 

「アクセルに来い、ですか……」

「向こうでやっている研究所とやらに人手が足りないらしいわ」

「マサキを呼び戻せばいいのでは?」

 

 ネネカの騎士であるマサキは、現在この紅魔の里でホーストやアーネスと謎施設を補修中である。中々に使えそうな研究所跡ですね、という彼女の一声で決まった作業だが、しかしそれでも本拠地を疎かにするほどの価値はないはずだ。

 

「建前でしょうね。私を手元において研究を進めたい、といったところかしら」

 

 やれやれと肩を竦める。こんなあからさまな要望を出してくるということは、半ばからかっているも同義だ。同時に、それにこちらが乗っかるということも確信しているという自信の表れだ。

 もしくは、そう。

 

「……めぐみん。あなたはどうするの?」

「え?」

「恐らく、この手紙にはあなたも来るように書かれているわ」

 

 可能ならばゆんゆんも。そう続けたが、彼女は即座に後ずさりしてぶんぶんと首を横に振っていた。彼女の中でネネカは分身する謎の怖い人で固定されている。これが解けるのはまだ時間がかかるであろう。

 はぁ、とめぐみんはゆんゆんを見やる。そうしながら、彼女は覚悟を決めたようにウォルバクへと振り返った。

 

「行きます」

「めぐみん!?」

「どのみち私はあの人との共同研究を約束しています。紅魔族としてあの誓を違えるわけには行きませんし。……何より、まだ師匠と離れたくありません」

 

 自身の爆裂道はまだ始まったばかりなのだから。そう迷いなく言い切っためぐみんを見て、ウォルバクはしょうがないと苦笑した。なら、準備を済ませましょうと言葉を続けた。

 それからはあっという間。ホーストとアーネスにはここを頼むとお願いをし、ゆんゆんが来たくなったら送ってあげて欲しいとも付け加えた。

 そうしてアクセルへと出発する時、ウォルバクはああそうだとめぐみんを見る。どうしましたかと首を傾げる彼女に向かい、悪戯でもするかのように口角を上げた。

 

「せっかくだから、名前も変えましょう」

「名前、ですか」

「ええ。ウォルバクではなく、紅魔の里からやってきた人らしく、ね」

 

 えぇ、と見送りのゆんゆんは眉を顰めるが、当のめぐみんはノリノリである。ならばとっておきの名前を考えましょうと弾けるような笑顔を見せ、そして。

 

「決めました!」

 

 彼女はそれを告げる。えぇー、と引くゆんゆんではあったが、ウォルバクは気にしていないようなのでもういいかと諦めた。

 

「じゃあ、今この瞬間から。邪神ウォルバクは完全に消滅よ。そして――」

 

 楽しそうに彼女は笑う。以前とは違い、信頼できる仲間が増えた状態で、とっておきの弟子も出来て。

 かつてない幸せを噛み締めながら、彼女は笑う。

 

「我が名はちょむすけ! 才能ある紅魔族めぐみんとゆんゆんの師匠であり、爆裂魔法を始めとした数多の魔法を教示せしもの!」

―□―

 

 




第七章、完!


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第八章
その136


前章よりはのんびりするような、しないような


 それは、実に唐突であった。アクセルのギルド酒場、そこでいつものように暇を潰しているカズマとキャル、そしてバイトをしているペコリーヌ。その他の冒険者も同じように、そんな当たり前のように過ごしていたその場所に。

 

「大変なの! 一大事なの! 重大発表なの~!」

 

 扉を開ける前にすり抜けてきたプリン幽霊がかっ飛んできた。突如現れたそれに一瞬注目が集まるが、なんだミヤコかと警戒を消す。消すが、彼女のその叫びで再び何だ何だと注目が集まった。

 一体何が大変なんだ。酒場にいる誰かがそう彼女に問い掛けると、ミヤコはダボダボの袖をブンブンと振りながら何だかいつになくテンパった様子で口を開いた。今日、とんでもないやつが来た、と述べた。

 

「ダクネスの子供が来たの! アイツ子持ちだったの!」

 

 は、と一瞬皆が呆け、そして次の瞬間には大騒ぎになった。マジかよ、と驚く者、何となく納得する者、微妙にショックを受ける者など様々だが、割と誰一人冷静ではない。

 それは勿論、この三人も例外ではなく。

 

「いやまあ、あの性癖だと処女じゃないのもなんか納得というか」

「生々しいわ! というかだったらクウカはどうなんのよ」

「いやあれはさ、ちょっと無理じゃね? ……だったらダクネスも無理か」

「あの、二人とも……一応ララティーナちゃんはわたしの昔馴染なので、その辺で」

 

 そうは言いつつペコリーヌも言葉に元気がない。はっきり違うと言い出せないのがその証拠だ。カズマとキャルも、そんな彼女を見て怪訝な表情を浮かべた。昔から知ってるんなら分かるんじゃないのか、と問い掛けた。

 

「それは……」

 

 ちらりとミヤコを見る。酒場にいた連中に尋ねられ、ダクネスの子供とやらの説明を語っている彼女の言葉を聞きながら、ペコリーヌはあははと寂しそうに頬を掻いた。

 ちなみにその子供はダクネスによく似た可愛らしい金髪の女の子で、歳は凡そ五・六歳程度なのだとか。

 

「丁度その頃って、わたし一番やさぐれてた時ですし……」

 

 アイリスがめきめきと才能を伸ばしていた頃である。もしその時にダクネスが子供を作っていたとしても、視野狭窄なユースティアナでは気付かなかった可能性がなきにしもあらず。

 彼女のそれを聞いた二人は思わずごめんなさいと謝った。そうしながら、いやちょっと待てと下げた頭を再び上げる。

 

「その頃って、ダクネスまだ十二とかその辺だろ?」

「コロ助と同じくらいの歳で子供作ったのあいつ……?」

 

 流石に貴族とか関係なくアウトじゃないだろうか。窺うようにペコリーヌを見ると、若干顔色を悪くした状態でコクリと頷いた。もしそうだったとしたら、大切な昔馴染がそんな状態であったのに気付いてあげられなかったことになる。

 

「わたし……ララティーナに、なんて言えば……」

「ペコリーヌ……」

 

 そのタイミングで酒場のドアがぶち破られん勢いで開かれた。再び全員の視線が新たなる乱入者に集中する。

 まあ当然というか、ダクネスであった。

 

「ミヤコの馬鹿はどこだぁ!」

「ミヤコさんなら、言いたいこと言って向こうにプリン食べに行きましたよ」

「手遅れかっ……!」

 

 ルナの言葉を聞き、がくりとその場で膝をつくダクネス。そしてそんな彼女を見た酒場の面子は皆一様に頷いた。頷いて、問う。

 それで、お前ほんとに子持ちなの? 遠慮というものを知らないのがアクセルの住人なのだから。

 

「そんなわけあるか!」

 

 全力否定である。でもなぁ、と納得できない連中を見て、こいつら全員ぶち殺そうかなとダクネスは思わず拳を握った。

 そんな彼女の前に一人の少女が立つ。少女は、ペコリーヌはダクネスの手を取ると、今にも泣きそうな顔でごめんなさいと頭を下げた。

 

「わたし、ララティーナがそんなことになっていたなんて知らなくて……」

「誤解です! 違いますから! どうか頭を上げてください! 貴女様が心配するようなことは何一つありませんので! ああもう、ミヤコのプリンは当分抜きだ!」

「横暴なの!」

「妥当だ! 私は最初から違うと言っていただろうが!」

 

 プリン抜きのキーワードにホイホイされたミヤコを引っ掴んでこめかみをグリグリする。ぎゃぁぁ、と断末魔の叫びを上げて、彼女はその場に倒れ伏した。

 そうしてミヤコが沈黙した辺りで新たなる乱入者である。まったくもう、と呆れたような顔をしたイリヤが、一人の少女の手を引いていた。その顔立ちは、先程ミヤコにグリグリをお見舞いしていた人物に非常に似ていて。

 

「ダクネスよ。追い掛けるのは構わんが、こやつを放置しておくのはいただけんぞ」

「あ……そ、そうだったな……。すまないイリヤ。……置いてきぼりにしてすまなかった、シルフィーナ」

「い、いいえ。大丈夫です、ママ」

『ママ!?』

 

 誤解が真実へと昇華された。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの。ダスティネス・フォード・シルフィーナと申します」

『やっぱりダクネスの』

「違うと言っとろうが! この娘は私のいとこで、ついこの間この街に引っ越してきたのだ!」

『へー』

「まったくもって信じていないな!?」

 

 うがぁ、と叫ぶダクネスを見ながら、カズマもだってなぁ、と眉を顰める。性癖はともかく、見た目だけならば特級のダクネス。その彼女に非常に良く似た可愛らしい顔立ちの少女は、二人並んでいると姉妹というよりも親子のほうがしっくり来るように思えて。

 

「ねえペコリーヌ。どうなの? あの娘本当にダクネスのいとこ?」

「えっと……確かに、ダスティネス公爵の、ララティーナちゃんのお母様の家には娘さんがいたはずですけど」

 

 いかんせん先程も言っていたように、その頃の自分は割とやさぐれていたので詳しいことが分からない。ダクネスの母親の家系は魔力や魔法抵抗力に秀でていたが体が弱く、彼女の母親も幼い頃にこの世を去っている。それくらいは知っているが、そこから離れると流石に。

 

「その通りですユー、ペコリーヌさん。彼女の母親もまた幼い頃に他界しておりまして、私が何かと世話を」

「そういう設定か」

「ぶっ殺すぞ貴様!」

「あれ、何かあたしの出番取られた気がする」

 

 とにかくそういうわけだから、とダクネスは全力で彼女が自分の娘ではないと述べる。母親がいなかったからこそ、自分がその代わりとなれればという意味合いも込めているだとか、自分と同じような寂しい思いをさせたくなかっただとか。そういう説明をされると体の大半が悪ノリで出来ているアクセルの住人も、この場にはいないが主にコッコロという良心というかそれを飛び越える母性というかママみの塊に背く真似は出来ないわけで。

 

「……理解してくれたようでなによりだ」

「ごめんなさい、ママ……ララティーナ様」

「シルフィーナだったっけ? 無理に呼び方変える必要もないでしょ。ダクネスのこと遠慮なくママって呼んじゃいなさい」

「え?」

「そうだな。別に事情はもう知ったんだから大丈夫だろ」

「で、ですが」

 

 不安そうにダクネスを見上げる。そんなシルフィーナを見たダクネスは、しょうがないなと苦笑しながら彼女の頭を優しく撫でた。

 気にせず、好きに呼びなさい。そう告げると、シルフィーナは嬉しそうにはいと頷いた。

 

「じゃあ、これで一件落着ですね」

「ご迷惑をおかけしました」

「そんなことは。むしろわたしの方が、改めてララティーナちゃんに恩を返さないとって思いましたし」

「いいえ。私は貴女様がそうして元気な笑顔を見せてくださるだけで――」

 

 そこまで言って、いやそれだけで本当に大丈夫かと若干不安になった。こうして酒場のアルバイトをしているのもそうだし、アレな連中と馴染みまくっているのもそうだ。

 何より、何か最近パーティーメンバーのあいつと距離近くないかと思うことがしばしばで。

 

「ユースティアナ様」

「どうしました?」

「何かあったら、相談に乗りますので。抱え込むのだけはおやめください」

「は、はぁ……。わかりました」

 

 必死過ぎるとも言えるような表情だったので、思わず気圧された。が、別にその言葉自体は今の自分に否定する理由もないため、ペコリーヌも素直に頷く。その反応で安堵の溜息を吐いたダクネスは、気を取り直すように視線をシルフィーナ達へと向けた。

 

「え、っと。プリン、ですか?」

「そうなの。オマエは見所があるから、ミヤコにプリンを献上することで手下にしてやるの」

「プリンが食べたい、ということでいいのでしょうか……」

「シルフィーナよ。あやつの言葉は話半分に聞いておくとよいぞ」

「イリヤ、余計なこと言うななの! いいからミヤコにプリンをよこすの!」

「……で、ではプリンを一つ」

「オマエはケチなの!? ミヤコに渡すプリンはもっと沢山なの!」

「え? で、では三つ」

「この大馬鹿者!」

 

 ゴツン、とゲンコツが落ちた。あんぎゃぁ、と頭を押さえてプルプルするミヤコを見ながら、お前は一体何をやっているとダクネスが彼女を睨む。イリヤはやれやれとそんな光景を見て肩を竦めていた。

 

「ねえ、カズマ」

「どうした。いや、言いたいことは何となく分かるけど」

「母親と我儘言う長女に大人しめの次女よね」

「イリヤは、近所のお姉さんポジか何かだな。もしくはしっかりものの長女」

「あはは。やばいですね☆」

 

 聞いていたペコリーヌも内心同意したのだろう。思わず笑ってしまうと、どこか微笑ましい表情でダクネス達を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけでアクセルに新しい騒がしさが増えた。ミヤコがシルフィーナを連れてよく街を歩いているのを見かけるようになったし、イリヤもお目付け役なのかそれに同行する姿がたびたび目撃された。

 今日も今日とてプリンを食べるのだと壁をすり抜けて酒場に乗り込んできたミヤコを、普通に扉を開けて入ってきたシルフィーナとイリヤが追い掛けるという光景が広がっている。

 

「ミヤコよ。こやつは体があまり強くはないのだぞ。手下だというのならば、もう少し考えてやれ」

「む~。分かってるの。だからプリンも泣く泣くおすそ分けしてやってるの」

「あの、イリヤさん。私は大丈夫ですので」

「そうは言うがな。おぬし、元来こうして走り回るのは苦手じゃろう? 無理をして倒れられたりもすれば、わらわもダクネスにお説教を食らうのじゃ」

 

 称賛と賛美の悪感情を得る機会が減るのであまりよろしくない。だから自分自身のためにも、もっと体を労れ。そんな彼女の言葉を聞いて、シルフィーナは心からの笑顔でありがとうございますと頷いた。

 

「完全にあれだな」

「あれね」

「あれ、でございますか」

 

 そしてそんな三人を見ているカズマとキャル、そしてコッコロのいつメンである。今日は魔道具店の仕事はせずに、久しぶりにクエストでも受けようかと珍しく普通の理由でギルド酒場に集まっていた。ペコリーヌは仕込みだけしてから合流予定だ。

 

「まあ、忙しい母親の代わりに面倒を見るってのはお約束だしな」

「いえ、恐らくですが。本当は付いていきたいけれど、我が娘の成長を妨げてはいけないと断腸の思いで見守ることにしたのではないかと」

「あ、うん、そっか。何か、やけに具体的ねコロ助……」

 

 詳しく聞いたら駄目なやつだとキャルはそれ以上触れなかった。そうこうしているうちにペコリーヌがやってきて、じゃあ何か依頼受けましょうとクエストボードへと足を進める。

 毎度毎度のクエストがずらりと張り出され、しかし張りっぱなしであった塩漬けクエストは見当たらない。駆け出し冒険者の街という謳い文句に違わないようなものもちらほら存在しており、いつも通りのアクセルだと認識させてくれる。

 

「で、何かリクエストはあるのか?」

 

 正直何でもいいカズマは他の三人にそう問い掛ける。見る限りそこまで面倒なものはなく、これまでのアレコレから考えるとヌルすぎるくらいだ。それが彼にとっては丁度いいのだが。

 そうですね、と彼の言葉を受けてぐるりと依頼を見ていたペコリーヌであったが、あれ、とその中の一つで視線を止める。依頼自体はそこまで大したことのないモンスター退治ではあったが、他と違い備考欄に注釈がいくつかついていた。

 

「……白い竜らしきものが目撃されている?」

「は? げ、ほんとだ。これヤバいやつじゃないの?」

「これが本当ならば、クエストの難易度が釣り合っていないように思えますが」

 

 ペコリーヌの呟きを聞いてその依頼書を覗き込んだキャルとコッコロがそんなことを述べる。そしてカズマはじゃあこれは却下だなと即座に話を打ち切ろうとした。

 が、ペコリーヌはそこから視線を外さない。白い竜、と小さく呟いているところからすると、何かしらその単語に思うところがあるらしい。

 

「……一応聞くけどな、それ食べたいって思ってないよな?」

「カズマくんはわたしのこと何だと思ってるんですか?」

「何でも食う腹ペコだよ」

「酷くないです!? いや、まあ、確かにそうなんですけど……」

 

 認めるのかよ、とカズマは一人ツッコミを入れながら、だったら理由は何なんだと彼女に問う。食欲以外の理由ならば、とりあえず言ってくれないと反応も出来ない。そんな意味合いの言葉を聞いたペコリーヌは、やっぱり優しいですねと微笑んだ。

 

「……ふふ」

「ふーん」

「コッコロ、キャル、その表情やめてくれない?」

 

 いいから早く言え。そう促すと、彼女はコクリと頷いた。そうして、もしこれが本当だとしたら、と口にする。

 

「ひょっとしたら、わたしの知り合いが関係しているかもしれません」

「……は?」

「白い竜といえば、既に絶滅したと言われている希少種です。でも、今現在存在が一体だけ確認されています」

 

 ブライドル王国にかつて所属していたドラゴンナイト。その相棒が、白い竜、既に存在しないと言われたホワイトドラゴン。

 

「え? じゃあ何? ブライドル王国の誰かがそこで何かやってる可能性があるってこと?」

「……ひょっとしたら」

 

 いえーい、とピースしているリオノールが浮かんできて、いえいえまさかそんなと振って散らす。が、不安は中々消えない。一応念の為、と酒場にいるであろう一人のチンピラを視線で探すが、見渡す限りどこにもおらず。

 ちょっとごめんなさい、と目の前の依頼書を引っ掴んでからペコリーヌはギルドカウンターへと向かい、とある人物についてを尋ねた。ダストは今クエストを受けているか、と。

 

「ダストさんでしたら、先程クエストを受けましたよ。ああ、丁度その依頼と殆ど同じ場所のやつですね」

 

 ルナがカリンと情報共有をして、二人で答える。そうですか、と言葉少なく頷いたペコリーヌは、何かを決意したように振り返った。コッコロは微笑みながら頷き、キャルは呆れたように肩を竦め、カズマはしょうがねぇなぁと頬を掻く。

 

「これ、受けます」

 

 ばん、と持っていた依頼書を叩きつけ、承認印を貰うと同時に彼女はカズマ達へと駆け寄った。ごめんなさい、ありがとうございます。そう言って、ペコリーヌは頭を下げる。

 

「いいからとっとと行こうぜ。あれだろ、ダストも受けてるってことは、リールさんが関係してる可能性あるんだろ」

「……何か思い出したくないこと思い出したわね」

「あれは、大変でございました……」

 

 ドMレギオンの件である。とにかく再び街がえらいことになっては堪らない。クエストに行く準備自体は終えていた四人は、そのままの勢いで酒場を飛び出していった。

 

「心配し過ぎなだけだと、いいんですけど」

 

 そんなペコリーヌの呟きは、街の喧騒へと消えていく。

 

 




リオノール「まあ今回は関係してないんだけれどね!」


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その137

赤ちゃんが今までで一番難しいかもしれない……


 クエストの目的地に辿り着くと、そこには先程言われていたように先客の姿があった。そんな先客である金髪のチンピラは、やってきたカズマ達を見て、正確にはペコリーヌを見て顔を顰める。

 

「何で来たんだよ」

「理由は多分ダストさんと同じですよ」

 

 しれっとそう述べた彼女を見て、ダストはガシガシと頭を掻く。非常に嫌そうな顔をしながら、邪魔はすんなよと踵を返した。

 そんな二人を見ていたカズマ達は、改めて思う。何であいつペコリーヌに時々当たり厳しくなるんだろうか、と。

 

「リールちゃんのお友達だから、だと思いますよ」

「ふーん。……そういえば、完っ全に流してたけど。あのリールって人、あんたの友達ってことはひょっとして」

「確か、聖テレサ女学院の理事長を務めておられるということでしたが。キャルさまは、それ以外にも何かお心当たりがあるのですか?」

 

 コッコロの言葉に、キャルはまあ外れてたらいいんだけどとペコリーヌを見る。あはは、と視線を逸らされたので、あ、これ確定だと目が死んだ。

 

「そういや、アイリスが留学してた時の愚痴でポロッと何か言ってたよな。確か……リオノールちゃん、だったか?」

「……それ、ブライドル王国第一王女の名前よ」

「ぶっ!」

 

 思わずむせながらペコリーヌを見る。頑なにこちらを見ようとしない彼女を見ながら、三人はコクリと頷いた。

 よし、何も分からなかったことにしよう。そういうことになった。

 

「というか、何でお前名前知ってんだ?」

「に、姉さんがね。お姫様になるための研究だって色々調べてたのよ」

「そうだったんですね~。…………え? あれ?」

「うん、あんたの正体多分、いや確実に知ってる」

 

 ピシリとペコリーヌが固まる。が、まあ今更ですねとすぐさま開き直った。成長したのだ。これが正しい成長かどうかは別として。

 そんなことを話しながら、とりあえずクエスト自体は終了させる。そこまで強いモンスターではないが、よくよく考えるとこの辺にはあまり見かけない顔ぶれであった。

 

「つまり、何かしらこの辺で異常が起きてるってことよね」

「恐らくは。主さま、十分をお気を付けくださいませ」

「コッコロも、無茶はするなよ」

「……カズマくんカズマくん。わたしはどうなんですか?」

「え? お前はまあいつも通りでも問題ないだろ?」

「……そうですね」

 

 むすー、と若干ふてくされた顔でペコリーヌが先頭を歩く。それを見て対応を間違えたのは分かったが、いかんせん何が問題だったのかがいまいち分からない。いや何となく予想はつくが、勘違いだったら非常に恥ずかしいので口に出来ないと言ったほうが正しい。

 

「あんたバカ?」

「うるせぇよ。そもそも、相手がもし本当にドラゴンだったら俺なんか瞬殺だぞ? カッコ付けてる暇なんかないっての」

「そりゃそうだろうけど、もうちょっと言い方ってもんがあるでしょ」

「俺と一緒にペコリーヌを盾にしてるやつに言われたくねぇよ」

「はぁ? しょうがないじゃない。ドラゴン相手とかあたし瞬殺よ?」

「ふふっ。お二人は、本当に似た者同士なのでございますね」

『どこが!?』

「息ピッタリですね。やばいですね☆」

 

 クスクスとペコリーヌが笑う。機嫌が直ったのか、それとも最初からちょっとそういう素振りを見せてみただけなのか。どちらにせよ、そこまで深刻ではないようだと判断したカズマは、そこで安堵の息を吐いた。そうしつつ、いやなんでだよ、と一人ツッコミを入れる。そういうハーレム野郎みたいな悩みはよその転生者に任せろよと脳内ツッコミを続けた。

 同時刻、御剣響夜が盛大にくしゃみをしていたが、特に関係はないだろう。

 

「んで? いそうなのか? ドラゴン」

「ん~。どうでしょうか。今の所、そういう気配はないっぽいですけど」

「というか、むしろあんたの方が専門でしょ、そういうの」

「いや、敵感知はやってんだよ。でもあれって敵意がないと反応しないから」

「成程。おや、ということは、目撃されたドラゴンはこちらを害する気がないということになるのでしょうか」

「まあ、わたしやダストさんが想像していたホワイトドラゴンなら間違いなく敵意はないと思いますよ」

 

 ただ、その場合余計な問題が二つ三つ追加で発生するだけだ。どちらが厄介かと言えば勿論どちらも厄介なのだが、まだある程度顔見知りの可能性がある分そちらのホワイトドラゴンの方がマシかもしれない。

 そんなことを思っていた矢先。ば、とカズマが後ろを振り返った。それに即座に反応したコッコロが彼を庇うように立つが、しかし何かがやってくる気配はない。

 

「……どうしたのよ」

「いや、今敵感知が反応したんだけど……何もいない、よな?」

「こちらでは感じ取れませんが、恐らくは」

「不意打ちをしてくる、って感じもしませんね」

 

 武器を構えて暫し待ったが、何かが襲ってくる様子はない。スキルが反応したのだから気の所為ということはないはずなのだが。狙っていた獲物と違ったのだろうか、そんなことを思いながら、しかし安心は出来ないので一行は戦闘態勢のまま探索の続きを行うことにした。

 そんな彼らの背中を暫く見ていた長髪の青年は、とりあえず様子見だと視線を外す。もう一組も、こちらも、今の所彼女を害そうとやってきたわけではないのを感じ取ったのだ。だが、油断はできない。もし何か不埒な事をしようものならば、この手で叩き潰してやる。そんなことを思いながら、別ルートで彼は進む。

 

「……その前に。奴らより先にシェフィを見付けなくては」

 

 まずそこをやっておくべきだろう。そうツッコミを入れてくれる相手は生憎といなかった。

 

 

 

 

 

 

 そうして探索をしていると、ある意味必然というか、もう一組と再度ぶつかるわけで。

 

「邪魔すんなっつったじゃねぇか」

「たまたまだ、たまたま。というか、どうしたんだよダスト、何か妙にピリピリしてるな」

「うるせぇ。こっちも事情があんだよ」

「ダストさま、もしよろしければ、わたくしたちもお手伝いさせてくださいまし」

「ぐっ……保護者ちゃん相手に怒鳴るわけもいかねぇし」

 

 ああもう、とダストが息を吐く。視線をカズマ達から外すと、一緒に来ていたパーティーメンバーへと声を掛けた。キースとテイラー、そしてリーンがこちらへとやって来て、何だどうしたと口にする。

 

「あ、ひょっとしてダストのわがままの手伝いしてくれるの?」

「わがまま、ですか?」

「そうそう。こいつ噂のホワイトドラゴンを見てみたいとか言いやがってさ」

「見るだけ、という約束でこちらも協力してるんだ」

「く、クウカとしては、少しくらい齧られたほうが昂ぶるのですが」

「うぉ!?」

 

 何かドMが湧いてきた。三人に遅れてこちらに来たらしいクウカは、いつものアヘ顔でホワイトドラゴンにガジガジされるのを想像して悶えている。何でこいつ連れてきたの、という目をカズマとキャルがダストに向けたが、彼は知らんと突っぱねた。

 

「まあ、いざという時の生贄くらいにはなるだろ」

「は、はい。凶悪なドラゴンがこちらに齧りつき、クウカを蹂躙しているその横で、まるでゴミを捨てるかのような扱いのまま放置し去っていく。そんな状況を想像しただけで、クウカは、クウカはぁ……っ! じゅるり」

「平常運転ね」

「これを平常運転で流すようになるのも大概だけどな」

 

 キャルの言葉にカズマがツッコミを入れる。そうは言いつつ、彼自身も割と慣れている感があるのが手遅れである。コッコロですらもう驚いていないあたり、どうしようもないのかもしれない。

 

「それで、ダストさん。ホワイトドラゴンはいたんですか?」

「いたらとっくに帰ってるっつの。……ただ、どうもおかしいんだよな」

「おかしい、ですか」

「この付近にあいつがいるんなら、何かしら感じ取れてもおかしくないんだが。その気配がない」

「……ということは、ひょっとして」

「ダスト、ペコリーヌ。何話してるの?」

 

 リーンの問い掛けに何でもないと返した二人は、じゃあ手分けして捜索しようと話を打ち切った。向こうに戻っていくダストをチラ見しつつ、ペコリーヌは彼の言っていた言葉を反芻する。

 

「ペコリーヌ、どうしたの?」

「キャルちゃん。ひょっとしたら、やばいかもしれません」

「は? いやドラゴン捜索の時点で既に十分ヤバいわよ」

「そうなんですけど。わたしの予想が外れたのかも――」

 

 咆哮が響いた。ビリビリと周囲の空気を揺らすようなそれを聞いたカズマ達は、即座にそれの発信源であろう方向へと視線を向ける。

 

「あっちか」

「そうね」

「主さま!」

「カズマくん!」

 

 向けるが、即座に行こうとしないカズマを見て、コッコロとペコリーヌが声を掛けた。ついでにいうとキャルも同じく視線を向けているが動いていない。

 いやだって真っ先に行って攻撃されたら死ぬじゃん。これが二人の出した結論であった。

 

「大丈夫です、主さま、キャルさま。わたくしがこの命に代えてもお守りいたします」

「そういうのいいから。コッコロが死んだら何にもならねーの!」

「そうよ。もうちょっと命大事にしなさいよコロ助」

「は、はい。もうしわけありません……?」

 

 逆に諌められたコッコロは、二人の剣幕に圧されて目をパチクリとさせている。毎度毎度のことですよね、とそんな三人のやり取りを見て苦笑したペコリーヌは、とにかく様子を見に行きましょうと述べた。ある程度状況を把握しないと、突然の強襲に遭う可能性がある。そういうわけである。

 先頭はペコリーヌ、殿がコッコロという隊列で目的地へと進んだ一行は、そこで同じく遠巻きに様子を見ているダスト達を発見した。どうですか、と彼に声を掛けると、見ての通りだと返される。

 その視線の先には、何やらフラフラと森をぶらついている真っ白なドラゴンが一体。

 

「ホワイトドラゴン……」

 

 誰かが呟く。強力な魔物としてその名を馳せているドラゴン。その中の一種族であるにも拘らず、その純白の姿は恐怖よりも美しさが勝っていた。アメジストのような紫の瞳はどこか好奇心旺盛な幼子のように揺らめいており、広げた翼からは氷の結晶が舞い散っている。今の季節にそぐわぬそれは、まるでこの空間だけ別の世界を切り取って持ってきたような、そんな風に思えるほどで。

 

「フェイトフォーじゃ、ない……」

 

 ダストの呟きに反応したのは二人、リーンは何のことだと首を傾げ、ペコリーヌはああやっぱりと眉尻を下げた。後者の彼女はそのまま視線を再度ホワイトドラゴンに向けると、どうしようと腕組みをする。胸部の特盛が押し上げられたが、現状そこに注目出来るほど余裕のある人間はここにいなかった。

 

「ね、ねえペコリーヌ」

「なんですか?」

「あのホワイトドラゴン、あんたの知ってるやつなの?」

「知らないドラゴンですね」

「ヤバいじゃない!」

 

 あまりにもしれっと答えたので、キャルは思わず全力ツッコミを入れてしまった。その叫びは当然向こうのホワイトドラゴンにも届いてしまうわけで。

 キョロキョロと視線をさまよわせた白い竜は、そこに集まっている一行を見付けると目を瞬かせた。まるで子供だな、とどこか場違いな感想を抱くが、それを噛みしめる暇もない。どこか歌うように嘶いたホワイトドラゴンは、そのまま一直線にこちらへと駆けてくる。

 

「げぇ!」

「逃げろ!」

「く、クウカはおかまいなく。あの竜の玩具にされることで皆さんの無事を祈っていますので――」

「いいからお前も来い!」

「……なーんか最近クウカに優しいわよねぇ」

「どっちかっていうとドラゴンに優しいんだよ!」

 

 リーンの疑惑の目にそんなツッコミを入れつつ、ダスト達はその場を退避。そしてカズマ達も、当然迎え撃つなどという選択肢はないので急いで逃げた。

 どん、と盛大な音がして、一行の後ろにあった大木がへし折れる。それを見て首を傾げた白い竜は、再びキョロキョロと視線を巡らせた。そして一行を見付けると、どこか楽しそうに首を振ると短く吠える。

 

「ねえ」

「どうした」

「あたしの気のせいだといいんだけど、あれって」

「いえ、恐らくは、キャルさまの考えておられる通りかと」

「……じゃれてますね」

 

 マジかよ、とカズマが顔を顰める。犬とか猫ならともかく、というか犬ですらサイズによっては危険なのにあの大きさの竜にじゃれつかれたら間違いなく死ぬ。そして厄介なことに、向こうは遊んでもらいたいからやっているのであって、害する気など欠片もないということだ。

 

「これ攻撃したら俺ら絶対悪者じゃん……」

「そうね。というか流石にあたしでもそんな後味悪いことしたくないし」

「かといって、放置するわけにもまいりませんし」

「悪い人に捕まっちゃう可能性もありますしね」

 

 特にホワイトドラゴンは既に絶滅してしまったと言われていたほどの超希少種だ。それがこんな場所で人に敵意なくじゃれついていたら、間違いなくその手のハンターに捕獲されるか素材目的で討伐される。もしそうなったら、後味が悪いなどというレベルではない。

 

「ああもう、しょうがねぇなぁ! おいダスト! こいつどうにかするぞ!」

「はぁ!? お前正気か?」

「とか言っちゃって、ダストもさっき同じようなこと言ってたじゃない」

「素直じゃねぇなぁ」

「いや、以前よりは案外素直になった方だろう」

「く、クウカは、そんなダストさんも悪くないと思います」

「お前らうるせぇよ!」

 

 騒がしいが、とにかく向こうも同じ意見らしい。とはいえ、一体全体何をどうやったらいいのか。それがさっぱりだ。何かいい方法ありますか、とペコリーヌがダストに聞いていたが、ここまでガキな竜を見たことがないと返されていた。

 

「そもそも、そういうのは俺よりももっとこう……あいつがいれば少しはマシか? いやでもなぁ、世界一カワイイボク云々がこいつに通用するとは思えねぇし……」

 

 何やら意味不明なことを呟いていたダストは、とにかく落ち着かせるなりなんなりしないとどうにもならんと締めた。言われた方は、その方法が知りたいんですけどと眉尻を下げる。ダストは知らんと突っぱねた。

 

「ん~。やっぱり、遊んであげればいいんでしょうか。おもちゃとか、そういうので」

「それ玩具にされるのあたし達なんですけどぉ!」

「あ、そ、その時は是非ともクウカを」

「お前は黙ってろ!」

「は、はい……あぁ、そうやってぞんざいに扱われた挙げ句、『お前は玩具の価値すらねぇんだよ』とクウカはその辺に無造作に打ち捨てられ風雨に晒されるのですね……イイ」

「やっぱりこいつ玩具として与えとく?」

「それは流石に……」

 

 キャルの提案に流石のコッコロもちょっと引く。そうやって、ああでもないこうでもないと作戦を練っている一行であったが、そこで誰かが気付いた。

 あれ、なんか向こう大人しくない、と。

 

「……待ってるな」

「待ってるわね」

「待っておられますね」

「待ってますね」

 

 ペタンと座り込んで、カズマ達の意見が固まるのを首を揺らしながら待っている。どうやら自分をかまってくれようとしているのが分かっているらしく、まだかなまだかなと目を輝かせているのが見て取れた。

 

「ダスト、どうしよう。あたし何だかこの子凄く可愛く思えてきた」

「もうちょっと小さければどうにでもなったんだけどな」

「まあ、相手はドラゴンだ。そこはしょうがないだろう」

 

 どことなくホッコリし始めたその空気で、ドラゴンはキュイキュイと鳴きながら頷いていた。耳にした言葉は、小さければ。大きいのが問題。小さければ、遊んでくれる。そうか、そうだったのか。そう判断したらしいホワイトドラゴンは、ゆっくりと立ち上がると空に向かって一際大きく鳴いた。

 そして、それと同時に体が薄く光を帯びる。光は全身を覆い、そのままドラゴンの巨体を段々と小さく変えていき。

 

「どう? どう? しぇふぃ、あそべる?」

「ダスト、見るなぁぁぁ!」

「おごっ!」

「カズマ! あんたもよ! って、見てないわね」

「そうしないとお前物理的に俺の目を潰す気だっただろ」

「と、とにかく何か羽織るものを」

「あはは……やばいですね」

 

 カズマ達とそう変わらない年齢の少女へと変化すると、無邪気な顔できゃっきゃと笑っていた。

 全裸で。

 

 



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その138

実際シェフィの赤ちゃん状態って何歳くらいを想定してんだろう


「あそぼ! あそぼ!」

「うーむ。見た感じ年は問題ねぇが、胸も色気もねぇな、こいつ」

「ていっ!」

「メガっ!」

 

 復活し少女の品評を始めたダストを再び沈めたリーンは、シェフィと名乗ったドラゴンの少女に向かって声を掛けた。とりあえず落ち着いて、と述べた。

 

「しぇふぃ、あそべるよ? あそぼ?」

「あー、うん。そうね、そうなんだけど。まずはその格好を」

「だめ? あそべない?」

「う、ううん。そんなことないわよ、だから」

「わーい。あそぼ、あそぼ」

「あーもう! ちょっとは大人しくしてなさいよクソガキ! 後隠せ!」

 

 横で聞いていたキャルがキレた。さっきからもろ出しでピョンピョン飛び跳ねているその姿は、同性からしてもぶっちゃけ恥ずかしい。そんなわけで叫んだ彼女であるが、当然というかなんというか、シェフィはそれにビクリと反応して動きを止めた。そして勿論、くしゃりと表情が歪む。

 

「大体、遊んでやるってさっきから言ってんでしょうが。その前にまずその格好どうにかしろっつってんの」

「ふぇ……かっこう?」

 

 が、泣き出すよりも早くキャルが更に言葉を紡いだことで、シェフィの涙が引っ込んだ。遊んでやる、という言葉に反応した。そうして、かっこうかっこうと首を傾げながらクルクルと回り出す。相変わらずもろ出しで。

 

「ドラゴンなんだから、服とかも出せたりしないわけ?」

「ふく? ――おようふく!」

「そうそうお洋服。どうなの?」

「おようふくはね、おにーたんがきせてくれるの!」

「はいはいそれは良かったわ――今なんつった? 誰が着せてくれるって?」

「おにーたん!」

「……えちょっと待った。ここにあんた一人って、ことは」

 

 ギギギ、と錆びついた動きで辺りを見渡す。会話を聞いていたリーンが顔を青くしているのが見える。こちらを見ないようにしているキースとテイラーも、背中だけで緊張しているのが見て取れた。クウカは平常運転である。

 

「ぺ、ペコリーヌ……」

「そうですね。その可能性は十分あると思います」

「やばいじゃない……」

「ですが、キャルさま」

 

 よし決定とばかりに逃げだす算段を立て始めたキャルに向かい、コッコロは静かに首を横に振った。だとしても、この状態の彼女を置き去りには出来ない。そう述べると、鞄に入っていた外套を取り出しシェフィへと被せた。

 

「何より、主さまの《敵感知》が反応しておられません。シェフィさまのお兄様は、きっと心優しいお方なのでしょう」

「信頼が重い……。いやまあ確かに敵感知に反応ないけどさ」

 

 シェフィをあやしているコッコロを横目で見つつ、カズマはやれやれと息を吐く。同じように、他の面々も彼女のその動きで緊張を解いた。ダストだけは、どこか別の理由で警戒を薄めていたようであったが。

 ともあれ、何にせよ、そんな裸マントでは色々と問題があるだろう。一行はシェフィの姿を見て、一旦街に戻ろうと結論付けた。

 

「待て」

 

 そこに掛けられる短い声。皆一斉にその声の主の方へと振り向くと、そこには長髪の青年が一人。目つきは鋭く、あまりこちらに友好的には見えないが、ただ単に素の表情が怖いだけという可能性もあるので警戒しつつ、一行は彼の次の言葉を待った。

 

「街、というのは、向こうにあるアクセルとかいう場所のことか?」

「え、あ、うん。そうだけど」

 

 思わずリーンが答えてしまったので、じゃあ交渉よろしくとばかりにダストは彼女を前に押し出す。リーンは無言で彼に肘打ちを叩き込んだ。

 一方の青年、彼女のその返事で眉を顰める。その表情のまま、そこに行かせるわけにはいかんと言い放った。

 

「何でよ。こいつ裸のまんまでいいっていうの?」

 

 今度はキャル。お前余計なこと言うなって、とカズマが彼女を引っ張ったが、うるさいと払われた。相変わらず一度頭に血が上ると後先考えない少女である。

 

「そういう意味ではない。着替えならこちらに用意してある」

「あっそ。じゃあさっさと着替えさせて……ん? ――ちょっとシェフィ」

「んー?」

 

 コッコロに庇われる形になっていたシェフィをキャルが呼ぶ。なになに、と顔をひょこりと出した彼女は、キャルを見て、向こうを見ろという彼女の指に従ってその先を見た。

 

「あ、おにーたん!」

 

 ぱぁ、と笑顔を浮かべたシェフィは、そのままてててと青年のところまで走り寄ると勢いよく抱きつく。ちなみに格好は裸マントである。

 そして抱きついたまま、えへへ、と青年に体を擦り寄せた。裸マントで。

 

「……やべーよ、犯罪だよあの絵面」

「でも、ほら。こう、襲われていた妹を助けたお兄さん、っていう可能性もあるじゃないですか」

「あのねペコリーヌ。その場合襲ってた連中ってあたしらよ」

「あー……やばいですね☆」

「言ってる場合か!」

 

 そんな会話など露知らず。シェフィは青年に抱きついたまま、先程までの出来事を話している。といっても、向こうの人達が遊んでくれるということくらいしか言っていないが。

 それでも青年は口角を上げ、そうか良かったなと彼女を撫でる。えへへ、とシェフィは嬉しそうに撫でられていた。

 

「じゃあ、あそんでくる」

「待て」

「え?」

「……服を着ろ」

 

 はぁ、と小さくを溜息を吐いた青年を見て、カズマ達は思った。案外大丈夫そう、と。

 

 

 

 

 

 

「はーち、きゅー、じゅー」

 

 きちんと服を着たシェフィが、木にもたれかかりながら十数える。その間に、皆がバラバラと森を逃げた。とどのつまりが鬼ごっこである。遊ぶ、といってもこんな場所でやれることなど限られている。かくれんぼも候補に上がったが、シェフィを完全にフリーにしてしまうのは流石にどうかと見送られたのだ。

 というわけで。

 

「いくよー」

 

 見た目はともかく、中身はほぼ幼児の彼女相手に、いい年こいた男女が割と本気で逃げていた。それも当然であろう、なにせ彼女は少女の見た目をしているがつい先程までホワイトドラゴンだったのだ。否、正確には今もホワイトドラゴンではあるのだろうが、まあ見た目的な話である。

 ともあれ。キョロキョロと視線を動かしたシェフィは、にぱ、と笑うと突如滑るように移動をし始めた。走るよりも早いその滑走は、瞬く間に一人を間合いに捉え。

 

「つかまぇたー」

「がはっ――」

 

 テイラーがぶっ飛んだ。まだスピードに乗り切る前だったのが幸いしたのか、木に激突して呻くだけで済んでいる。が、あれを無事と呼んでいいのかは中々に悩むところであった。

 

「つぎは」

「あーこれは参った! 俺捕まっちゃった!」

 

 ぐりん、と視線を動かす。そのタイミングで、キースは全力でシェフィに近付いた。彼女の手を取って自分に触れさせる。いやー負けた負けた、と非常に白々しい口調でわざとらしい笑いを浮かべていた。

 

「つかまえた? しぇふぃ、かった?」

「そうそう。俺は捕まったから、狙うのは向こうの奴らにしとけよ」

「ちょ!? キース、あんた!」

「ふざっけんな! ぶっ殺すぞ!」

 

 向こう、とリーンやキャルを指差す。わかった、と無邪気に笑うシェフィを見送りながら、キースは安堵の息を零した。ついでにテイラーの介抱に向かう。

 

「あぁぁぁ! 待った待った待ったぁ! あんたスピード、もう少しスピード落としなさいよぉぉ!」

「きゃ♪ きゃ♪」

「笑ってんなぁ!」

 

 全力疾走するキャルに向かい、シェフィが猛スピードで滑走してくる。ターゲットから外れたリーンがごめんキャルと手を合わせているのが見え、こんちくしょうと彼女は叫んだ。

 森の木々をかき分けながら走るキャルと、スイスイ滑るように移動するシェフィ。どちらが有利かは明らかで、そしてその時が来るのがもう間もなくなのも明らかであった。そしてその結果キャルがどうなるのかも、何となく予想がつく。

 

「きゃーる、つーかまー」

「ね、狙うのならクウカを、クウカをお願いしま――あ」

 

 横からクウカが割り込んできた。飛び出すな、シェフィは急に止まれない。思い切り正面衝突をしたクウカは、そのまま錐揉みして木々を薙ぎ倒しながら地面に突き刺さった。ビクンビクンと痙攣しているのは衝撃のせいなのか、それとも性癖のせいなのか。別段分かりたくもないので、キャルはさっさと彼女を視界から消した。あれのおかげで首の皮一枚繋がったのだが、そこら辺は流す方向らしい。

 なにせ、所詮死期がほんの僅か伸びたに過ぎないのだから。

 

「きゃーる、きゃーる」

「やめろあたしの名前を呼びながら突っ込んでくんなぁ! ああもう、敵意がないのが厄介だわちくしょう!」

 

 全力で横っ飛び。ばばっと飛び込んできたシェフィを何とか避けると、キャルはそのまま再び全力疾走を開始した。割と体力的にもそろそろ限界である。誰か助けを、と視線を動かしたが、テイラーの治療ついでに観客になったらしいリーンを見付けて薄情者と吐き捨てた。

 

「ていうかペコリーヌはどこよ!? あいつなら受け止められるでしょ!?」

「呼びました?」

「うぉぁ!?」

 

 横合いから声。ビクリと反応したキャルは、いつのまにか並走しているペコリーヌを見付けて目を見開いた。あんたいつからそこにいたの、と彼女を指差した。

 

「さっきですよ。クウカちゃんを回収して、シェフィちゃんとお話したいからって言うんでコッコロちゃんを連れてきたんです」

「あ、そう。って、コロ助が何だって? お話?」

 

 思わず立ち止まって振り返る。そういえば追ってこないな、とシェフィの姿を探すと、どうやらコッコロが彼女に何かを教えているらしい光景を目にした。ふんふん、と頷いているところを見ると、シェフィも彼女の話をきちんと聞いているのは確からしい。

 なんぞや、と近付いていくと、どうやら先程の鬼ごっこのタックルについてらしかった。

 

「シェフィさま、鬼ごっこのつかまえた、は優しくタッチするのでございます」

「やさ、しく? たっち?」

「はい、痛くしないように。そーっと、たっち、でございます」

 

 そう言ってコッコロはシェフィに優しく、柔らかく触れる。そんな彼女の姿を見たシェフィは、じーっとそれを見て、こくりと頷いた。

 

「たっち、たっち。やーしく、たっち」

「ふふっ。はい、よく出来ました」

 

 ぺとぺとと彼女をタッチするシェフィを見て、思わず顔が綻ぶ。ゆっくりと頭を撫で、笑顔で、こちらにやって来た二人を見た。やさしくたっち、やってみましょうとシェフィに述べた。

 

「うん。やーしく、たっち!」

「わ、捕まっちゃいました」

 

 ててて、とペコリーヌまで移動したシェフィが、ぺち、と彼女に触れる。シェフィちゃん、強いですね~、と笑うペコリーヌにつられるように、シェフィも笑顔を浮かべている。それを見ていたコッコロも、慈愛に満ち溢れた笑みを浮かべていた。

 

「しぇふぃ、つよい?」

「はい。やばいですね☆」

「やーいですね、やーいですね♪」

「ふふっ。シェフィさま、お強いですよ」

「つよい! しぇふぃ、つよい!」

 

 ふふん、と胸を張る。そんな光景を見ていたキャルはあーはいはい強い強いと流しながら、もうさっさと捕まって終わらせようと彼女の前に立った。シェフィはそんなキャルを見て、にぱ、と笑顔を浮かべ。

 

「しぇふぃ、つよい。つよい」

「……ん? え、ちょっと待って。あんたさっきのやさしくたっち忘れてないでしょうね!? 何で腰落とすわけ!? 何でそんなタックルの体勢なの!?」

「きゃる、つーかまーえたー」

「だからちょっと待げほぅ!」

「キャルちゃん!?」

「キャルさま!?」

 

 それはそれはいっそ見事なくらい、しっかりと『く』の字に折れ曲がったそうな。ついでに何だかキラキラとお見せできないものを吐瀉してしまったのは、本人の名誉のためになかったことにしておく。

 そんなことを思いながら《潜伏》スキルでひたすら逃げていたカズマは、結局誰かに語ったとか語っていないとか。

 

 

 

 

 

 

「それで」

「あん?」

 

 そんな騒動から少し離れた場所。シェフィの様子を見守っていた彼女の兄は、参加しなかったチンピラ冒険者をじろりと睨んだ。一体何の用だ、と。

 

「まあ、俺としても野郎と二人きりで会話すんなんざ本来はごめんだが。……少し、聞きたいことがある」

「……何だ?」

 

 彼の返答にダストは少しだけ言葉を詰まらせた。話すことなど無い、と打ち切られるのを予想していたからだ。それを感じ取ったのか、彼も小さく息を吐き、ほんの僅かに警戒を解いた素振りを見せた。

 

「お前達は碌でもない連中のようだが……少なくとも、悪人ではなさそうだ」

「へっ。そんな簡単に信じていいのか? 善人ぶって近付く魂胆かもしれねぇぞ?」

「その時は、その時だ。叩き潰すのみ」

 

 なんてことのないように述べたが、彼の発する威圧はそれがハッタリでも何でもないことを示している。それが分かったからこそ、ダストはガリガリと頭を掻くと冗談だ冗談と両手を上げた。

 

「まあそもそも、俺はあいつの同族に危害を加えないし、加えさせる気もないけどな」

「同族、か」

「……その反応、お前もそうなんだな?」

「ああ。……聞きたかったことはそれか?」

 

 彼の言葉にああそうだと頷く。そうしながら、なんでまたこんなところにと肩を落としながら呟いた。二人の様子からして、ダストの知っている彼女よりも年上だ。上位をとうに超えているであろうホワイトドラゴンが、人々のいる場所にわざわざ姿を現した理由が分からなかったのだ。

 

「同族を、探しに来た」

「っ!?」

 

 彼の言葉に反応したダストが、弾かれたようにそちらを見る。その反応を見た彼は、成程なと小さく頷いた。ベルゼルグ王国の反応の正体はこれか。そんなことを思いながら、彼は改めてダストを見る。

 

「未熟だ。いや、成らずに引いたか。どちらにせよ、悪手だ」

「うるせぇよ。何も知らねぇくせに勝手に決めんな」

 

 ダストが睨む。それが意外だったのか、彼は至極あっさりと自身の非を認めた。確かに知らずに語るのは間違っていたと続けた。

 そこまで述べて、だが、と彼はダストに視線を向けた。

 

「語る気は、無さそうだ」

「たりめぇだろ。何で初対面の野郎に話さなきゃならねぇんだ」

「当然だな」

 

 そう言って彼は小さく笑う。何だお前笑えるのかよ、と皮肉も交えた言葉を返したダストは、向こうで虹色の吐瀉物を生み出した猫耳少女を一瞥し、体を伸ばした。そろそろ帰るか、と呟いた。

 

「街に厄介になるんなら、あそこのお人好しが服着てるようなエルフの嬢ちゃんとその横の胸のでかいお姫様にでも頼みな」

「……街に行く気はない」

「そうか? あのガキンチョは多分こっちついてくるぜ? 無理に引き剥がしたら泣くんじゃねぇの?」

「……」

 

 苦い顔を浮かべる。そんな彼に向かって、ダストはまあ心配するなと言葉を返した。あの街は、ホワイトドラゴンより厄介なのがウジャウジャいるから、と続けた。

 それはむしろ問題なのでは。そう彼は思ったが、あまりにも普通にダストが述べたため、そういうものなのかとトチ狂ってしまった。

 

 



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その139

シリアス? 知らない人ですね


「成程。事情は分かった」

 

 アクセル、ダスティネス邸のララティーナの執務室。変人トラブル担当部署と裏で呼ばれているそこで、ダクネスはカズマ達の説明を聞いて溜息と共にそう述べた。そうしながら、無言で佇んでいる黒髪の青年に目を向ける。

 

「ゼーン殿、だったか?」

「ああ」

「彼の話に相違はない、ということで構わないだろうか」

「ああ」

 

 言葉少なく、しかし迷うこと無く肯定するゼーンを見て、ダクネスはふむと考える。どうやら少なくとも話が通じない相手ではないらしい。ただその一点だけで、彼女はどこか安心をする。

 

「……警戒をしないのか?」

「ん? 警戒と言われても、貴方は話が通じるだろう? ならば何も問題が」

「なあ、これ遠回しに俺たちは話が通じないって言われてないか?」

「そうよね。そもそも話が通じない筆頭が何言ってんのって感じじゃない?」

 

 ダクネスの言葉に被せるように、これみよがしにわざとらしくカズマとキャルがそんなことを言い出す。あーやだやだ、とカズマが肩を竦め、ほんとほんととキャルが頭を振る。

 何お前ら打ち合わせでもしてんの、と言わんばかりのそれに、一応真面目な話をしていたダクネスの表情が歪んだ。一応言っておくが、罵倒で感じたからである。喜びである。

 

「……」

「はっ!? ああ、いや、失礼。このアクセルの街の領主代行として、ダスティネス・フォード・ララティーナが貴方達を歓迎しよう」

 

 こほん、と咳払いをして何もなかったことにしようとしている彼女を見て、ゼーンは表情を変えぬまま、しかしほんの少しだけ眉を顰め小さく頷いた。そうしながら、ここにやって来た面々の一人に視線を向ける。向けられた方は、知るかよ、と投げやりな表情を浮かべていた。

 

「大体、言っただろ? ホワイトドラゴンより厄介なのがウジャウジャいるってな」

「……こちらの受け取りが悪い、と言いたいのか?」

「ちげーよ。一応これでもお前達にとっちゃ安全な場所だぜ? 俺は嘘は言ってねぇ」

「ねえ、ゼーンさんだっけ? こいつの言うことまともに聞いちゃだめだからね」

「話半分くらいがいいだろう」

「適当に聞き流しとけよ」

「で、ですが騙されていたぶられるのも、それはそれで……じゅるり」

 

 こいつ、とリーン以下パーティーメンバーに指差されたダストは、やかましいと一蹴する。クウカのそれは全員聞かなかったことにした。

 ゼーンはそんな面子を見ながら、小さく溜息を零す。碌な連中ではないのは確定した。だが、それを踏まえても、こちらの想定していた危害を加える人間とは毛色が違うのも感じる。善人であると判断してしまうのは早計だが、さりとて悪人と断じてしまうのも違うと己の竜の勘が述べていた。

 

「……承知した。どのみち、シェフィがあの状態ではまともに動くことも出来ん」

「ん? ちょっと待った。シェフィのあれって何かの異常なの?」

 

 さりげなく話を聞いていたらしいキャルが口を挟む。あれ、と彼女が指し示す先では、コッコロにあやされているシェフィの姿が。きゃっきゃと笑っているそれは、どう考えても幼い少女、というより幼児である。見た目の年齢はカズマ達と変わらないが。

 

「まあ、よくよく考えれば、いくらドラゴンでも赤ちゃんなら赤ちゃんですよね、見た目も」

「そりゃそうか。一瞬こいつもこの見た目でバブバブ言ってたんだろうかと思ってごめんな」

「……誤解が解けたなら、それでいい」

「いや、ここは怒ってもいいとこよ。あたしが許すわ」

「何ちゃっかり自分だけ逃げてんだよ。お前だって思っただろ? ほれ、素直になれよ」

「はぁ? 勝手にあたしの思考捏造しないでくれる? あんたと違って、冷静で的確な判断があたしは出来るの。分かったらあんたも殴られてゲロぶち撒けなさい」

「ほーら本音出やがった。お前結局ゲロ仲間増やしたいだけじゃねーか。そうだな、この際だから酒場で大々的に宣伝しとくか? キャルちゃんは今日幼女にぶつかられて盛大にゲロ吐きましたーってな」

「こいつ……っ!」

「まあそう怒るな、腹に一撃を喰らい盛大に吐瀉物を撒き散らした猫耳娘よ」

「よりにもよってクソ悪魔のマネしやがったわね! ぶっ殺すぞ!」

 

 ゼーンそっちのけでギャーギャー言い合いを始めたキャルとカズマを見ながら、ペコリーヌはまったくもうと苦笑する。そうしながら、あれはいつものことなので気にしないでくださいねと彼に述べた。

 

「……騒がしいな」

「あはは。でも、まあ、これがこの街の日常なので」

「そうか……」

 

 ふう、とゼーンは息を吐く。この喧騒が不快か、と問われれば、別段どちらでもないと彼は答える。答えるが、しかしその実そこまで悪くないと思い始めている自分もいた。もう何十年も忘れていた感覚だ。既に期待など無くしていたが、ここならばひょっとして。そう思えてしまうような、そんな空気がこの街にはある。

 

「ララティーナ、だったか」

「ん? ああ、基本的にはダクネスと呼んでくれ。基本冒険者としてこの街で過ごしているからな」

「……では、ダクネス。この街で俺達が寝泊まりできる場所を見繕って欲しい」

「ふむ。それは、その姿でか? 竜の状態でだろうか?」

「人の姿で構わない。シェフィも、そうだな……大丈夫だろう」

 

 視線を自身の妹に向ける。なにー? と首を傾げていたので、人のままで大丈夫だろうと問い掛けた。だいじょうぶー、と笑顔で胸を張ったので、それならいいと彼は口角を上げる。

 

「そ、そうか。では――」

「あ、だったら」

 

 ダクネスの言葉に被せるようにペコリーヌが手を叩く。カズマとキャルはそれを聞いて、まあそうなるだろうと思っていたと息を吐いた。いつのまにか言い合いが終わっている辺り、いつものこと感が凄い。

 

「アメス教会に、来ませんか?」

 

 

 

 

 

 

 朝。盛大なあくびをしながら自身の部屋からリビングに降りてきたキャルが見たのは、シェフィに馬乗りにされているカズマの姿であった。中身のことを考えると幼女と遊んでいるお兄さんの図なのだが、絵面は十六・七の少女が同年代の少年を跪かせているようにしか見えない。事実、キャルはそれを見て一気に眠気が吹っ飛んだ。

 

「変態……」

「おいこらそういう呟きはやめろ。これはあくまで幼女との遊びだ、誤解するなよ」

「いやどう見ても変態じゃない」

「へーたい? かずま、へんたい?」

「違うぞシェフィ、あのゲロ吐き猫耳の言うことは聞くんじゃない」

「げろはき? げろはき! きゃる、げろはきー!」

 

 キャルを指差し物凄い単語をのたまうシェフィ。おいこら、と彼女は当然カズマに食って掛かったが。ここで暴れると背中に乗せているシェフィが転がり、泣く。そう判断したキャルは足を止めてグギギと唸った。馬の格好のまま勝ち誇るカズマを見て、彼女は当然ながらこう思う。

 こいつ後で殺す。

 

「主さま、そこまでにしてくださいませ」

 

 そんなタイミングでひょこりとコッコロがやってくる。手にお盆を持っているので、朝食の用意をしていたらしい。朝ごはんですよ、とシェフィに告げると、彼女は顔を輝かせてカズマの背から飛び降りる。ぐげ、とその勢いで潰れたカエルのような声が聞こえたが、キャルはハンと潰れたカエルを鼻で笑った。

 

「はい、シェフィさま。あーん、でございます」

「あーん。あむ……おいちー!」

「ふふっ。まだまだありますから、たくさん食べてくださいませ」

 

 手づから食事を食べさせ、汚れた口元を拭き。甲斐甲斐しく世話をするその姿は、なんだか非常に満たされているように見えた。潰れたままの格好のカズマも、そんなコッコロを見て何とも言えない表情を浮かべている。

 

「楽しそうね、コロ助」

「そうだな」

「お世話できるのがそんなに嬉しいのかしらね」

「そうだな」

「……何あんた、コロ助取られて寂しいの?」

「いや違うよ!? 人聞きの悪いこと言わないでくれますぅ!?」

 

 こいつも割と手遅れ一歩手前だな。そんなことを思いながら、キャルははいはいと彼の抗議を流す。そうしながら、シェフィとは別に用意されている朝食を食べるために席についた。あむ、とパンを齧りながら、そこで彼女はふと気付く。用意されている食事はシェフィの分を入れても四人分だ。ここにいる面子で全部だとすると、元々の住人と新たな居候の分が足りない。

 

「ペコリーヌさまもゼーンさまも、既に朝食はお召し上がりになられましたよ」

「あ、そうなの? あいつ今日バイト休みじゃなかったっけ?」

 

 そういう日は基本的に皆と食卓を囲むようにしている彼女にしては珍しい。そんなことを思ったキャルは、コッコロの次の言葉で疑問を氷解させる。

 何でも、王都に用事があるとかで。彼女の口振りからすると詳しいことは告げずに向かったらしいが、キャルはそれで何となく合点がいった。あいつも律儀よね、と頬杖をつきながら紅茶をすする。

 

「というか、コロ助も分かってんじゃないの? ついでにカズマも」

「それは、まあ」

「ついでって何だよついでって」

 

 復活したカズマも同じように席に付き、いただきますとパンを齧る。そうしながら、この流れであいつが王都に行くって言ったらそりゃ一つだろと述べた。

 

「ダクネスんところと、アキノさんとこ。それからベルゼルグ王家。そんだけのお墨付きがあれば、シェフィにもゼーンにも手を出すようなやつはいなくなるだろ」

「ま、そういうことよね」

「ペコリーヌさまは、お優しいですから」

「あいつのあれはお人好しっていうのよ。ったく、しなくてもいい苦労しちゃって」

「ま、でもコッコロの言う通り。それがあいつのいいところだろ」

「……はいはい」

「何だよその顔」

 

 べっつにー、と目を細め口角を上げるキャルをジト目で睨んだカズマは、まあいいと舌打ちすると表情を戻した。そうしながら、だったらゼーンはどうしたんだとコッコロに問う。

 問われた彼女は、こちらもあまり詳しくは分からないのですがと少しだけ眉尻を下げた。

 

「街を、見てくるとのことですが」

「……それ、大丈夫?」

「変なのに出会ったらヤバいんじゃないのか。ネネカ所長とか」

「あの、流石にネネカさまでもそこまでは……」

 

 やりかねない空気を醸し出しているものの、彼女は彼女で一応線引はきちんとしているはずだ。そうは思うのだが、カズマもキャルも割と真剣に述べているのでコッコロとしても強く言えない。

 

「後はあの仮面クソ悪魔とか」

「バニルさまでございますか?」

「そういや人間は殺さないがモットーとか言ってたよな。……人化したドラゴンってどういう扱いなんだ?」

 

 流石に殺し合いに発展することはないと思いたいが、バニルだとどうにも信用がない。これは普段から悪感情の宝石箱扱いされるキャルの偏見ではあるのだが、少なくとも当人にとってはこれが真実なのでカズマとしても否定しにくい。

 行くか、とカズマは呟いた。そうね、とキャルも肯定する。

 

「おでかけ?」

「へ? あ、いや、ちょっとお前の兄さんを探しに」

「おにーたん! さがすの? しぇふぃもいく!」

「あのねシェフィ、ちょっとした散歩とかじゃないの。危ないからあんたは」

「だめ? しぇふぃ、いっちゃだめ?」

 

 じわ、と目に涙が溜まっていく。げ、とキャルが顔を引きつらせ、カズマがあーあとジト目になる。

 そうしてコッコロが宥めるよりも早く。シェフィの堤防は決壊した。

 

「うぁぁぁぁぁぁん」

「シェフィさま、ほら、いーこいーこでございますよ」

「やぁだぁぁぁぁ、しぇふぃもいくぅぅ。おにーたんのところいくの!」

「はい、いきましょうね。いっしょにお散歩とまいりましょう」

「ぐす……ほんとう?」

「はい。おでかけですよ」

「うん! おでかけ!」

「……えらくあっさり泣き止んだわね」

「ま、幼女なんかそんなもんだろ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしているキャルの横で、割とカズマは平然としている。そういえば、とそんな彼に彼女は視線を向けた。朝のお馬さんごっこといい、小さな子供の扱い手慣れてないか、と。

 

「いや別に慣れてるわけじゃないけど。子供と遊ぶのは割と好きだったからさ」

「……なんか、あんたが言うといかがわしい発言に聞こえるわね」

「それはお前の心が汚れてるからじゃないか?」

「ぶっ殺すわよ」

 

 

 

 

 

 

「邪魔したな」

「気にするな、無愛想だが妹ラブな白竜よ。我輩としては新たなお得意様はウェルカムなのでな。今後ともご贔屓に」

「もう、バニルさん。あの、ゼーンさん、この人のこれは性分なので、あまり気にしないほうが」

「悪魔のことは慣れている」

「そういうことだ、雇われてるおかげでギリギリ貧乏脱出している店主よ。こやつは見通しにくいし、あまり感情も揺らがん。我輩の食事にとってはぶっちゃけ不適格この上ない」

 

 そんなのが一人二人いたところでこの街での悪感情の摂取に困らないので、バニルとしてはどちらでもいいというのが本音だ。だから客になるのならば歓迎するという先程の言葉は何ら間違っていない。

 それはゼーンも承知の上らしく、バニルのその物言いにも別段文句をつけない。だからワタワタしているウィズの方が逆に場違いに感じてしまうほどで。

 

「そ、それならいいんですけど」

「早合点が過ぎるぞ。だからこれみよがしな商機ですらもあっさりと逃すのだ。オーナーにまたどやされたであろう?」

「うぐぅ……」

 

 何だかいつの間にか自分がターゲットにされている。そんなことを薄々感じつつ、しかし言っていることは本当なので彼女は縮こまるしかない。そんな二人のやり取りを見ていたゼーンは、邪魔をした、と短く述べると魔道具店を後にした。自分がこれ以上あの場にいる必要もあるまい、そう判断したのだ。

 そうして街を歩きながら、成程確かにと彼は思う。先程の二人はリッチーと公爵級悪魔、普通の人間では逆立ちしても勝てない存在だが、それが極々普通に人間に雇われ、普通に商売をしている。それがどれだけ異常なのかを口にしたところで、恐らくこの街の住人はあっさりと流すだろう。それほどに、異常と騒動が日常の風景になっている。

 木を隠すには森の中、とはよく言ったもので。ひとすくいしただけでこの状況なこの場所ならば、ホワイトドラゴンが人化して歩いていたところで何もあるまい。ふ、とほんの少しだけ口角を上げたゼーンは、さて次は、と街をぶらつくために視線を巡らせ。

 

「おにーたーん!」

「ん?」

 

 こちらにテテテと駆けてくる少女を見て動きを止めた。そのまま少女は、シェフィは勢いよく彼へと抱きつく。流石というべきか、手加減なしのそれを受けても、ゼーンはびくともしない。

 

「おにーたん、みつけたー」

「シェフィ。どうした?」

「おさんぽ! おにーたんさがし!」

「……そうか」

 

 視線をシェフィから彼女の背後に動かす。ヒィヒィ言いながら駆けてくるキャルの姿が見えて、どうやらあの連中を置いてきてしまったらしいということに彼は気付いた。もっとも、彼女を一人で外に出すことはないだろうとどこか確信を持っていたので、それほどの驚きはなかったが。

 

「シェフィ」

「んー?」

「一緒に来た相手を、置いてきぼりにするものじゃない」

「んー? あ、きゃる、かずま、こっころママ!」

 

 ば、と勢いよく振り向くと、シェフィは再び先程の道を戻っていく。まったくもう、と肩で息をしていたキャルは、そんな彼女を真っ先に見付け。

 

「え? ちょ、ちょっと待ちなさい! 戻ってくるのはいいけど、勢い、勢いをかんがばぁ!」

「きゃる!」

「……懐かれてんなぁ」

「キャルさま……ご無事ですか?」

「かずまー」

「おう、カズマさんだぞ」

「こっころママ!」

「ふふっ。はい、ママですよー」

 

 ワシワシと頭を撫でられたシェフィは、気持ちよさそうにされるがままだ。ゆっくりとそちらに近付いていたゼーンも、その光景を見て思わず空気を綻ばせるほどで。

 

「いや……何あんたら緩い空気出してんのよ……」

「あ、申し訳ありませんキャルさま。つい」

「あたしの扱いが軽い!」

 

 泣くぞこんちくしょう、と彼女の叫びが街に木霊したが、まあいつものことだと流されたとかなんとか。

 

 




王宮のペコ「クリスティーナが前線に遊びに行ってたので手続きスムーズにすみました、やばかったですね☆」


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その140

おかしいぞ、本当はもっとこう、ほのぼのするはずだったのに。


「子供の体力嘗めてたわ……」

 

 ギルド酒場。そこでぐだりと溶けている猫耳娘が一人。言わずもがなキャルであるが、その反対側には貧弱だなと鼻で笑うカズマがいる。

 

「うっさい。というか、あたしのこれは疲れたとかそれ以前にシェフィのバカに散々突進されたからなの!」

「好かれてんだろ? 喜べよ」

「はぁ? だったらあんたも激突されなさいよ!」

「いや俺もされてるっての。お前の時だけなんか勢い強いだけで」

「理不尽!」

 

 子供ってそんなもんだろ。一人笑いながらカップを傾けたカズマは、その笑顔のまま調子良く語る。妹分が出来たと思えばいいじゃないかと続ける。

 

「まあお兄ちゃんの妹は私ですけどね」

「うわ出た」

「何ですかキャルちゃん。私は妹ですよ? お兄ちゃんのいるところに妹あり! 切手も貼る必要ない関係なんです」

「あっそ」

 

 シズルがいないので流される。非常にどうでもいい返事をしたキャルは、そこであれ、と視線を巡らせた。やべー方がいないじゃないか、と。いや、こっちはこっちで十分やべーのだが。

 

「ねえリノ、シズルは?」

「シズルお姉ちゃんですか? ……そういえば、見てませんね」

「ちょっと、同じ教会にいるんだからそこは把握しときなさいよ」

「セシリーさんなら多分その辺でエリス教徒煽ってると思いますけど」

「いやそっちはどうでも……よくはないけど、まあその程度なら」

 

 その程度扱いなのかよ、と聞いていたカズマはジト目でキャルを見る。生まれが生まれだから根本的な部分でたまにアクシズ教徒が顔出すんだよなぁ。彼女が聞いていたら首を吊りそうなことを考えつつ、彼はまあ心配いらないだろうと二人に声を掛けた。

 

「あんたねぇ。あいつがまた何か企んでる可能性だってあるのよ?」

「失礼しちゃうなぁ。私は弟くんの迷惑になるような企みはしないのに」

「そんなこと言って、こいつの迷惑にならなきゃ何やってもいいとかやらかすのがあんたでしょうが」

「それは当然でしょ? 弟くんの幸せのためになら、お姉ちゃんは何でもするよ」

「度合いを考えろって――」

 

 ば、と声のした方向であるカズマの隣を見る。ニコニコ笑顔で座っているシズルが視界に映り、キャルは思わず叫んだ。何だ何だ、と酒場の客がキャルを見るが、彼女の対面にいるシズルを見てああそういうことかと視線を外す。そうしながら、よし暫くカズマに近付くな、と皆がアイコンタクトを取った。

 

「それで、弟くん。最近の調子はどうかな?」

「へ? いやまあ、普通? かな?」

「うんうん、調子を保つのは大切だからね、えらいえらい。でも、ここのところは色々あったでしょ? 疲れはどう?」

 

 色々、と言われても。ここ最近の出来事を思い出しながら考え込むカズマに向かい、シズルは優しい笑みを浮かべた。大丈夫だから、と言葉を紡いだ。

 

「オークにマーキングされたり、襲われかけたりしたでしょ? その後休憩する間もなく魔王軍との戦いまでこなしちゃうんだから凄いよ。本当に、弟くんは立派になったね。お姉ちゃんとしても鼻が高いぞっ」

「さも当たり前のように言ってるけど、こいつあの事件一ミリもからんでないわよね……」

「そうですね、お兄ちゃんから話を聞いたわけでもないですよ」

「……あんたはあんたで何でノーリアクションなのよ」

「妹ですから」

「ちょっと何言ってるかわかんない」

 

 よしよし、と抱きしめられているカズマを横目に、キャルはもうこれ考えないほうがいいやつだと思考の放棄をし始めた。追加で、よくよく考えたらいつものことだったわと開き直った。

 

「んで? あんたら何しに来たのよ」

「お姉ちゃんが弟くんに会うのに理由が必要?」

「カズマ」

「俺!? いや、まあ、別にいいんじゃない?」

「うんうん。流石は弟くん。大好きだよ」

 

 ハグリターンズ。色々と柔らかいものをぐいぐい押し付けられているので、カズマも表情がそろそろ賢者に近付いていく。酒場でスタンドアップって終わりじゃね? そういうわけである。

 その辺りはシズルも察しているのだろう。ギリギリのタイミングで彼女は離れると、じゃあ気を取り直して、と手を叩いた。それはそれで彼にとっては生殺しである。こうして調教が進んでいくんだろうな、とリノはどこか他人事のようにアネの所業を眺めていた。まあその前に妹が颯爽と助け出すんですけど、とか追加で考えている時点でこっちもどうしようもない。

 

「最近やってきたあの二人は、信用できそう?」

「……予想外に真面目な話題ぶっこんできたわね」

「何か誤解してませんか? 私たちだって、きちんとやる時はやりますよ」

「リノちゃん。そういうまるで普段私達がきちんとしてないみたいな言い方は駄目だぞ☆」

「っ!?」

 

 思わず身構えたが、シズルの頭突きは飛んでこなかった。まあカズマを挟んで両隣なので当たり前ではあるのだが、お姉ちゃんパワーは容易に空間を超えるのでリノの警戒は至極もっともといえる。

 こほん、と咳払いをしたリノは、気を取り直すように視線をキャルとカズマに戻した。さっきの会話を聞く限り、シェフィは今の所普通に幼児なので問題なさそうではあるが、しかし。

 

「いや、私としては何だか妹の領域を侵されている感じがするんでむしろこっちの方が警戒対象な気もしますけど。コンビに油絵を描かれちゃうようなことがあると困りますし」

「『トンビに油揚げをさらわれる』って言いたいんだよね」

 

 そう言いながら、大丈夫だよとシズルは笑みを浮かべた。弟くんはそんな薄情な人じゃないから。そう続け、笑みをリノからカズマに移す。まあそりゃ当然、と向けられた方は頬を掻きながらそう返した。

 

「というかあいつ本物の兄さんいるしな」

「まるでどこかに偽物の兄さんがいるような言い方ね。凄い身近なところとか」

 

 キャルのツッコミは流された。そうしながら、だから大丈夫と先程のシズルが言ったように言葉を続けると、あの二人は問題ないだろうと彼も結論付ける。

 

「この後も、何かダクネスんとこの子と一緒に遊ばせるって言ってたし。心配なら一緒に来るか?」

「むむむ。妹対抗馬としては気になるところですけれど、ここでグイグイいくと妹度が微妙に下がりそうな……いや、むしろ甘えん坊妹アピールに」

「今のところは問題ないみたいだし、お姉ちゃんは遠くから見守るだけにしておくね」

「比喩表現じゃないのがなぁ……」

 

 その場にいなくても見守ってるのだろう、とキャルは謎の確信を持った。

 

 

 

 

 

 

「しぇふぃ!」

「あ、あの、シルフィーナと申します」

 

 笑顔で手をブンブンと振るシェフィに対し、シルフィーナはおっかなびっくりである。まあ見た目の年齢は自身のママより少し下程度だからある意味当然であるが。それでも一応話は聞いていたので、取り乱しはしていない。

 

「ふふっ。シェフィさま、元気よく挨拶できましたね」

「うん、こっころママ!」

「シルフィーナ。無理はしなくてもいいのだぞ」

「い、いいえ。大丈夫ですママ。私もこの街で、沢山のお友達を作りたいと思いますから」

 

 コッコロがシェフィを、ダクネスがシルフィーナを撫でる。そんな光景を見ていたカズマ達は、うんまあこれってあれだよなと生暖かい目をしていた。

 

「ママ友交流会……」

「思ってたとしてもそれ言っちゃ駄目なやつですからね。ララティーナちゃん、ああ見えて結構気にしてるんですから」

「でもさ、気にしてるっていっても。実際はどうあれ、母娘っていうか家族っていうか、そういう関係なのは間違いないじゃない。それを否定するのは違うと思うわ」

 

 家族に恵まれなかったキャルがそう言ってしまえば、口など挟めるはずもない。若干心外ねぇ、と性転換した狐耳の人物の幻影が見えた気がしたが、それはそれだと振って散らした。

 

「というか、むしろツッコミ入れるべきはこっちサイドじゃないの?」

「いやまあ、コッコロはママだろ」

「こいつ手遅れだったわ……」

「やばいですね☆」

「……そうか、やばいのか」

 

 静かに見守っていたゼーンが呟く。それを聞いていた一行は思わず吹き出してしまった。いや今のはペコリーヌの口癖みたいなものだから、と説明しながら、だから問題ないと彼に伝える。

 いや実際ヤバいからね。そう改めてツッコミを入れてくれる常識人は生憎この場に存在していなかった。

 

「しるふぃ、あそぼ!」

「は、はい。えっと、何をしましょうか」

 

 そんな空気の中、ママ友交流会はつつがなく進んでいく。コッコロママとダクネスママに見守られる中、シェフィとシルフィーナは遊びの算段を立てていた。

 ここ数日、キャルの尊い犠牲によってシェフィはきちんと勢いの調整が出来るようになった。中身基準の同年代と遊んでも問題ないとなったので、今回の顔見せに至ったのだ。ちなみに、キャルには変わらず突っ込んでいくがもう誰もそこを気にしない。

 

「おにごっこは?」

「鬼ごっこ、ですか……。それは、二人では難しいのでは」

「んー? じゃあ、かくれんぼ!」

「……鬼ごっこより難しいと思います」

「んー。……んー? むむむ」

 

 コテンコテンと首を傾げながら、遊ぶ方法を考えるシェフィ。そんな彼女を見ながら、シルフィーナはクスリと笑った。見た目はどう見ても自分が下だが、どうやらこちらがお姉さんぶれるかもしれない。そんなことを考えて、ほんのちょっぴり心が弾んだ。

 

「じゃあ、シェフィさん。お散歩に行きましょう」

「おさんぽ! しぇふぃ、おさんぽすき!」

「それはよかった。お散歩しながら、遊ぶことを考えましょう」

「うん!」

 

 笑顔でシルフィーナの手を掴む。へ、と思わず目をパチクリさせた彼女を気にすること無く、シェフィはおさんぽおさんぽと外に出ていった。その強引さに少し驚いていたシルフィーナも、すぐに笑顔になって、手を繋いだまま屋敷を後にする。

 うんうん、とほっこりその光景を見ていたコッコロとダクネスも、やがて我に返るとお互いに自分の娘について語り始めた。間違いなくママ二人である。

 

「ママ友交流会だな」

「そうですね~」

「あ、もういいんだ」

「いやまあ、ここまで来ると否定のしようがないですし」

 

 あはは、とペコリーヌが笑う。そうしながら、それでどうしますかと問いかけた。何がどうするなのか、とカズマ達は首を傾げたが、様子を見に行くんですかという彼女の言葉に成程と頷く。

 

「危険なのか?」

「あ、いえ。そういうわけじゃないんですけど。ただ単に、ちゃんと遊べているかな~っていう心配です」

「……そうか」

 

 ふむ、と頷いたゼーンは、そのまま無言で部屋を後にしようとする。待て待て待て、とカズマが止めると、どうしたとばかりに振り返った。その顔には純粋に疑問であると書いてある。

 

「何か言ってから動けよ! あとお前が一人でシェフィとシルフィーナ追い回してたら事案だからな! 警察にしょっぴかれたくなかったら大人しくしてろっての」

「俺はシェフィの兄だ」

「そういう問題じゃねーんだよ!」

「……普通かと思ってたけど、そうよね、ドラゴンだもんね。そういう常識疎いわよね」

「あはは、やばいですね☆」

 

 そんなやり取りを聞いていたのだろう。コッコロとダクネスもこちらに合流し、ならばこっそり見に行くかということになった。六人の男女が子供を追いかけ回す時点で中々に狂気なのだが、基本街の住民はこの面子の顔を知っているのでそこまでの騒ぎにはなるまい。

 

「よし、では。ミヤコ、私は少し外に――ミヤコ?」

 

 応接間を出て、ダクネスはその辺を漂っているであろうプリン幽霊に声を掛けた。が、返事はない。おかしいな、ともう一度呼んだがやはり無反応。まさか、ともうひとりの居候の名を呼んでみたが、やはり反応は返ってこず。

 

「ハーゲン。ミヤコとイリヤがどこに行ったか知らないか?」

 

 執事長を呼び止め問い掛けた。が、彼ははてさてと首を傾げるのみ。そんな態度がどうにも怪しかったため、彼女はジッと彼を睨んだ。

 はぁ、とハーゲンは溜息を吐く。申し訳ありませんお嬢様と頭を下げた。

 

「ミヤコさんは少し前、イリヤ様と一緒に外へ」

「そうか。……待て、何故それを今隠した?」

「口止めをされましたので」

「どうしてだ」

「シルフィーナ様を追い掛けていったから、ではないでしょうか」

「ミヤコの大馬鹿者ぉ!」

 

 というかお前は何故そうホイホイ言うことを聞いてしまうのだ。彼にそう尋ねると、孫には弱いのですと返された。

 ああそっかー、既にミヤコとシルフィーナで二人いたのかー。知りたくなかったその事実に、ダクネスは思わず崩れ落ちる。

 

「ダクネスさま。ご安心くださいまし。わたくしも、主さまとシェフィさまで二人ですので」

「そ、そうだな……いやおかしいだろう!?」

 

 一瞬納得しかけて慌てて我に返った。確かにそう言われてしまえばそうなのかもしれないが、多分そうじゃない。大体、自分は望んでママになっているわけではないのだ、シルフィーナはともかく。

 

「いやそれ以前にカズマがカウントされてることにツッコミ入れなさいよ……」

「やばいですね」

 

 言いながら、二人はカズマを見る。ここで俺!? と思い切り動揺したカズマは、そんなこと言われてもと視線を巡らせた。

 そうすると、当然コッコロが視界に入るわけで。

 

「どうぞ、主さま」

 

 ば、と微笑みながら手を広げる。最近寂しかった兄を構う母のごとし。そんな魔力に当てられたカズマは、そのままフラフラとコッコロに導かれていった。

 

「あ、何か落ち着く……」

「よしよし、主さま。いーこいーこでございます」

「やばいな……」

「ヤバいわね……」

「やばいですね……」

「……そうか、やばいのか」

 

 ゼーンの呟きを否定する者は、今回は誰もいなかった。

 

 




シズル「そういえばリノちゃん。さっきのは『切っても来れない関係』って言いたかったんだよね?」


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その141

しぇふぃと!


「おさんぽ~♪ おさんぽ~♪」

「おさんぽ~、じゃないの。散歩はいいからプリン食べるの」

「あ、あはは……」

「はぁ、まったくこやつは」

 

 アクセルの街を歩く四人組。正確には一人はふよふよと浮いていたが、まあ細かいことは置いておいて。

 シェフィとシルフィーナのおさんぽはえらくあっさり終わりを告げた。どこからともなくやってきたミヤコが乱入し無理矢理加わったのだ。野放しには出来ない、とついてきたイリヤがすまないなとシルフィーナに謝っていたが、彼女は別段気分を害してはいない。何だかんだでミヤコもイリヤもこの街で出来た大事なお友達である。迷惑かどうかはともあれ、嫌がることはないのだ。

 

「ぷりん?」

「何なのオマエ、プリン知らないの? プリンは最高に美味しい食べ物なの。プリンがあれば他に何もいらないの」

「それはお主だけじゃ。いたいけな子供に間違った知識を与えるでない」

「何を言ってるの? ミヤコは何も間違ったこと言ってないの。プリンは最高なの、違うって言ったやつ全員ぶっ飛ばすの」

「ミヤコさん、暴力はよくないですよ」

「む。はいはいなの。ちょっぴり呪うだけで勘弁してやるの」

「かんべんしてやるー」

 

 きゃっきゃと騒ぐシェフィを見てイリヤは苦笑する。そうしながら、さてではどこに行くかとシルフィーナへ問い掛けた。向こうの二人はあまり参考になりそうにないからだ。

 そのついでに、ちらり、ととある一角に視線を向けていた。

 

「あ、これはバレたな」

「流石は公爵級大悪魔といったところか」

 

 潜伏し続けるのにも限界ある、と途中から普通に隠れていたカズマがぼやく。それを聞いたダクネスはまあ仕方ないと肩を竦め、コッコロとキャルもバレたのがイリヤだけなら問題ないだろうと頷いていた。

 ちなみに残り二人である。

 

「おじさ~ん。串焼きとりあえず三十人前くださいな」

「はいよまいど。相変わらずペコちゃんはよく食べるねぇ」

「今日はちょっと秘密の見守りですからね、定期的にご飯食べないと参っちゃいます」

 

 そうかそうか、と屋台の店主は串焼きの袋をペコリーヌへ渡す。そうしながら、そっちの兄ちゃんはどうするんだと問い掛けた。聞かれた方であるゼーンはこくりと頷くと、とりあえず同じだけと注文をする。

 

「……あんた、大丈夫か?」

「何がだ?」

「いや、ペコちゃんと同じ量食べられるのかってことなんだが」

「……何か問題があったのか?」

「あ、い、いや。大丈夫ならいいんだ」

 

 はいよ、と同じ量の串焼きの袋をゼーンに渡す。代金を支払った彼は、一本を取り出すと即座に平らげた。ふむ、と頷き、続いてもう一本もう一本と腹に入れていく。

 美味しいですよね、とそれに並んでペコリーヌも串焼きをバクバクやり始めた。

 

「……なあ、後ろの」

「あたしは何も見てない」

「流石はドラゴン、ということでございましょうか」

「う、うむ。確かにドラゴンならば多少量を食べてもおかしくはないな」

 

 ドラゴンとタメ張るくらい食ってるベルゼルグ王国第一王女のことはスルーするらしい。今更ということもあるし、改めて比較すると彼女のアレさが浮き彫りになる気がしたからだ。

 それよりも、と意識を大食い王女とドラゴンの二人組から子供たちへと戻す。天気もいいですし、とシルフィーナが大通りを歩くことを提案し、シェフィは笑顔でそれに同意をしているところだった。

 

「ま、その辺でプリン探して食べれば問題ないの」

「お主は本当にブレんのぅ」

 

 てくてくと歩く三人とふよふよ浮く一人。最初こそ注目されていたが、面子が面子なので次第に住人たちも慣れ、むしろ見守る視線が多くなっていった。そのおかげというべきか、当初より追い掛けていたカズマ達の見守りの視線が紛れていく。

 このまま無事に終わりそうだな、と誰かが呟いた。コッコロはその意見に同意するように微笑み、ダクネスもまたミヤコが今の所問題を起こしていないことを確認して安堵の溜息を漏らす。

 

「さあ、プリンをよこすの~」

 

 即座にこれである。ばばっ、と視線を動かすと、店員が苦笑しながらちょっと待っててくださいね、と奥に引っ込んでいくところであった。イリヤは慣れたものなのか特に反応せず、シルフィーナですらあははと頬を掻くのみだ。

 

「ぷりん、もらえるの?」

「そうなの。ミヤコはとっても偉いから、プリン貰いたい放題なの!」

「お~、みやこえらい!」

 

 目をキラキラさせているシェフィにドヤ顔で胸を張るミヤコ。どっからツッコミ入れようかとジト目のイリヤは、念の為の確認とばかりにちらりと視線をとある一角に向けた。シルフィーナに気付かれないように、である。

 ダクネスが親指を立てた拳を下に向けていたので、了解したとばかりに彼女は頷いた。

 

「ばかもの」

「ふげっ!」

 

 ゲンコツ一発。墜落したミヤコは暫し地面にのたうち回っていたが、復活すると何しやがるのと彼女に食って掛かった。当然だろう、とイリヤは悪びれる様子もない。

 

「無垢な幼子を騙すでない」

「何も騙してなんかいないの! ミヤコはプリン貰いたい放題なのは本当なの!」

「ダクネスへのツケだろうに」

「それがどうかしたのかなの? ダクネスはミヤコの面倒を見てるんだから、それくらい当然なの」

「ばかもの」

「ぷぎゅ」

 

 二発目。そういう時は少しでも申し訳無さそうにしろ。まったくもう、と言葉を続けると、イリヤはシェフィに向き直った。倒れているミヤコをツンツンしている彼女に向かい、こいつの言うことを聞いてはいかんと述べる。

 

「お主はいい子じゃからな。こやつのようになってはいかんぞ」

「ん~? うん、わかった。しぇふぃ、いいこだから、みやこにならない!」

「ふふっ。えらいですね、シェフィさん」

「何かボロクソ言われてる気がするの……」

 

 妥当だよなぁ、と見守り組のうちカズマとキャル、そしてダクネスは思う。コッコロとペコリーヌ、彼女をよく知らないゼーンはコメントを控えた。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、見守り組に護衛されつつ、四人は街をぶらついていく。あの後結局プリンは貰ったので、ありがたく頂いた。彼女たちが離れてからダクネスが平謝りして料金を払っていたが。

 

「……ん?」

 

 その後は別段問題はなし。途中鬼ごっこのように走り回ったり、かけっこしたりと動き回ったことでシルフィーナが少し息切れしたが、飛び出そうとしたダクネスをコッコロが押し留めた。ゆっくりと首を横に振り、視線だけを向こうに動かす。

 

「しるふぃ、つかれた? おやすみする?」

「い、いえ。大丈夫……違いますね。はい、少し疲れたので、どこかでお休みしたいです」

「そっか。じゃあ、おやすみしよう!」

 

 シルフィーナの手を取って、シェフィはブンブンと振る。おやすみおやすみ、と視線をキョロキョロさせ、そしてそのまま何かを考え込むように首をぐるぐると動かし始めた。

 

「シェフィ。休むのならば、ほれ、そこらの店の中はどうじゃ?」

「おみせ?」

「イリヤ、休むならこっちなの。そっちの店はプリンがないの」

「あはは……。では、そちらのお店に行きましょうか」

「うん。とつげきー」

 

 突撃なの、とシェフィとミヤコが店へと走る。が、シェフィはすぐに止まると、横のシルフィーナを見た。そうだった、と頷いた。

 

「しるふぃ、おつかれだったね。ゆっくりいこう」

「ふふっ。ありがとうございます、シェフィさん」

 

 テクテクと歩く二人の後ろをイリヤが追い掛ける。そしてそんな一行を物陰から見守る怪しい六人組は、どことなくほっこりした表情を浮かべていた。特にダクネスは涙目である。

 

「シルフィーナ、いつも心配かけまいと無理をしていたあの娘が、素直に……。ふ……私の知らないところで、きちんと成長していたのだな」

「完全に母親目線だぞこいつ」

「シェフィさまもご立派でした……ああやって他人のことを気遣うお心は、何物にも代えがたい」

「こっちは、まあ、うん。平常運転ね」

「むぐむぐ、やばいですね☆」

「はぐ、もぐ、がぶ。……ああ」

 

 どう見ても怪しい。母親とツッコミとひたすら食ってる六人組だ。ここがアクセルでなかったら即通報ものである。実際はアクセルでも通報ものなのだが、いかんせん顔が知られすぎているのでスルーされているだけだったりする。

 それで、どうする。カズマが他の面々にそう問い掛けると、どういうことですかとペコリーヌが代表して首を傾げた。

 

「いや、流石に店の中にはいけないだろ? ここで待つか?」

「それは、確かにそうだな。ううむ」

「あんたのスキルで中覗けないの?」

「めんどい」

 

 キャルの言葉にカズマは即答する。彼女自身もそこで食い下がることはせずに、じゃあ待ってましょうかと意見を変えた。コッコロとペコリーヌは、そうですねとキャルに同意する。

 

「私としてはミヤコが少々心配だが、まあ、イリヤもいるから、うん」

「多少の荒事なら、シェフィがどうにかするだろう」

 

 悩むダクネスに対し、ゼーンはどうやら欠片も心配していないらしい。その辺りはドラゴンだからなのだろう。あくまで荒事限定だが。

 

「じゃあ外で待つってことで。ま、そうそう問題事なんか起きることもないわよ――」

「何だてめぇら!?」

 

 即問題事である。お気楽な締めをしようとしていたキャルは店内のその叫びで動きを止め、カズマは素早く《潜伏》しながら窓を覗き込んだ。そうして、げ、と声を上げる。

 

「ど、どうしたカズマ!?」

「いや、何か店の中にガラ悪そうなのが大量にいる」

「何だと!?」

 

 ダクネスも窓を覗き込む。カズマと違って周囲にバレバレであったが、誰も怪しまない辺り彼女の信頼が伺えた。アレな意味で、である。

 彼女の視界に映るのは、確かにガラの悪い男達の姿。背中に鳥のマークのついた服を着たそいつらは、店の席全てを占領していたらしい。らしい、というのは状況と人数から推測したからだ。

 なにせ、今男達は店に入ってきた面々を取り囲まんとしているからだ。

 

「……ミヤコよ。これはどういう状況じゃ?」

「ミヤコのプリンの邪魔したやつなの。万死に値するの」

「ばんしにあたいする!」

 

 ブカブカの袖をビシリと男達に突きつけるその仕草を真似て、シェフィも笑顔で男達を指差す。何だこのガキども、と彼らの表情が訝しげなものに変わっていった。

 

「あ、あの……これは、一体どうしたのですか?」

 

 そんな中、シルフィーナが慌ててこちらにやってきた店員の女性に話しかけていた。ごめんなさい、と女性は謝ると、迷うこと無くこう述べる。

 こいつらが悪い。

 

「言ってくれるじゃねぇか。俺達は客だぜ?」

「はん。何か注文してからお客さん名乗りなよ」

「おいおい。ちゃんとメニューも見てただろ? 迷ってるだけ――」

「はぁ? プリン頼んでないとかオマエ馬鹿なの?」

 

 ミヤコが噛み付く。なんだこいつ、とさっきからこちらを威嚇してくるミヤコを若干引き気味に見ながら、男達は揃って頷くと彼女を睨んだ。ガキがいっちょ前にしゃしゃり出てくんな、と脅した。

 こいつにそんなものが通じるはずがない。

 

「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いの? ……はぁ、オマエらみたいなやつにプリンをオススメするのが間違ってたの。とっとと出てけなの。二度と来んな」

「……おいガキ。こっちが下手に出てるからって調子乗ってんじゃねぇぞ」

「何言ってるの? 調子乗ってんのはオマエらなの。そもそも、ミヤコのプリンタイムを邪魔した時点で慈悲は無かったの」

「お主さっきから言ってること滅茶苦茶じゃぞ……」

「プリンを布教したいのか独り占めしたいのかどちらなのでしょうか……」

 

 基本ノリとプリンで喋っているミヤコにその辺の整合性を求めてはいけない。恐らく自分でも改めて聞かれると首を傾げるであろうからだ。ともあれ、現状分かっているのはこの男達は店の営業妨害をしているガラの悪い連中だということと、ミヤコがそれに思い切り喧嘩を売ったということだ。

 はぁ、とイリヤが溜息を吐く。窓を眺め、慌てて顔を隠した連中を見て苦笑すると、とりあえずシルフィーナを下がらせた。何がどうあっても、彼女だけは無事でいさせなければならない。というかほかの面子はこの程度では無事でない理由がない。

 

「いっそ向こうに合流させる、わけにもいかんか。やれやれ、子供のお守りは大変じゃのぅ」

「あう。申し訳ありません、イリヤさん……」

「お主のことではない。あれじゃあれ」

 

 メンチ切ってるミヤコを指差す。その隣で、キャッキャ言いながらはしゃいでいるシェフィも見えて、アレも追加で、と彼女は述べた。

 

「このガキ……ちょっと痛い目見なきゃ分からねぇようだな」

「それはこっちのセリフなの。オマエら、ちょっと痛い目見せてやるの」

「いたいめみせてやる!」

 

 ち、と男達は舌打ちをする。図体だけはでかいガキどもに世間の厳しさを教えてやるのも大人の役目。そんなことを思いながら、彼らは目の前の二人に向かって一歩踏み出した。

 

「あ、そうだなの」

 

 そのタイミングで、ミヤコが思い付いたとばかりに手を叩く。ぐるんと視線を動かすと、店員の女性に取引があるのと笑顔を見せた。

 

「ど、どうしたの? ミヤコちゃん」

「こいつらぶっ飛ばすから、後でプリンよこせなの」

「……ぶちのめしたら大盛りプリン!」

「任せとけなの!」

 

 先程よりやる気に満ち溢れたミヤコは、覚悟をしろと男達に向かってドヤ顔を浮かべた。

 

「な、なあ。これ俺達立場逆じゃねぇか?」

「だ、大丈夫だ。ここであのガキどもを黙らせれば、むしろ警備会社『八咫烏』に頼るしかなくなるだろうからな」

「そ、そうだな」

 

 知ってるか、それフラグって言うんだぜ。窓から眺めながらオチを予想したカズマは、後始末の準備するぞ、と残りの面々に声を掛けた。

 

 



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その142

今回の章は大体短編の組み合わせ的な感じ


「ナーッハッハッハ! さてお主たち。何か言うことがあるのではないか?」

「ひぃぃぃ! すいませんすいません! 調子乗ってましたぁ!」

「こんな弱っちい俺達がこの街で警備会社とかナマ言ってましたぁ!」

「うむうむ。程よく甘美な悪感情じゃ」

 

 イリヤの目の前にはきれいに並べられ土下座させられる男達がいる。見事なまでにミヤコ、シェフィ、イリヤにボコされた哀れな連中の末路であった。若干暴走しがちだったミヤコとシェフィを抑え、定食屋の被害も極力ゼロに済ませたことで、店員からの称賛・賛美も貰えてイリヤはご満悦である。

 

「この街の快適さは癖になる。失われた力も、短時間ならば取り戻せるまでになったからのぅ」

「…………」

「ん? どうしたシルフィーナ」

「い、いえ。イリヤさん、大人だったのですね……」

「見た目は悪魔にはそれほど重要ではないがの。じゃがまあ、少なくともお主の数百倍以上は生きておるのは確かじゃ」

 

 そう言いながら、イリヤはシルフィーナの頭を撫でる。とはいえ、別にそんなことを今更気にする必要などない。そう言って笑みを浮かべると、彼女は視線を入口の扉に向ける。

 

「あ、あの。それは――」

「お主とわらわは友人なのじゃろう? だったら、そんなものは些細なことじゃ。さ、母親が心配しておるぞ」

「誰が母親だ! いやまあ、ここまで来ると若干否定しづらいが」

 

 定食屋に入ってくるのはダクネスだ。その後ろでは警察を呼んできたカズマ達の姿も見える。呼び出されたセナは、土下座している男達を見て若干引いたが気を取り直して連行していった。

 

「ふむ。これで一件落着じゃな」

「らくちゃくー」

「さ、プリンをよこすの!」

 

 そうして倒れたテーブルなどを戻した一行は、約束の特盛プリンを食べるミヤコを横目に、ほんの少しだけバツの悪そうな顔でシルフィーナに睨まれていた。何故か、はもちろん、こっそりとこちらを見ていたからである。

 

「心配してくれるのは嬉しいのですけれど……」

 

 とはいえ、その行動の理由が理由なので強く出られるはずもない。しゅん、と、眉尻を下げると、やはり自分の体が弱いからですよね、と呟いた。まあそれはそうだろうな、とカズマとキャルは否定せずにダクネスを見るので、余計に言葉に詰まってしまう。

 

「俺はシェフィが心配だっただけだ」

「分かってるからあんたは黙ってなさい」

「……そうか」

 

 ドラゴンに空気読めっていうのが無理な相談じゃないだろうか。そうカズマは思ったりもするが、何となくこいつがそういう性格だからではないかとも感じる。どちらにせよ、その辺のツッコミはキャルに任せて自分はスルーと決め込もう、彼はそう決めた。

 

「で、でも、ママ。私、この街に来てから凄く調子がいいんです」

 

 ぐ、と拳を握ると、シルフィーナは笑みを見せる。今までならば、こんな風に街を歩き続けることなど出来なかった。鬼ごっこで走り回るなんて無理だった。一日屋敷で本を読んで、少しだけ散歩をして。それが限界だった。

 だというのに、友人たちと街を歩き、走り回って、しかも疲れてはいても倒れることはない。シルフィーナにとって、それは初めての経験なのだ。

 

「だから、私は大丈夫です」

「……無理をしては、いないのだな?」

「はい!」

 

 元気よくそう返事をするシルフィーナを見て、ダクネスはそっと視線を逸らした。彼女に顔を見せないようにした。ちょっぴり涙が潤んでしまったその顔を、見られないようにしたのだ。

 

「否定できる要素がなくなったな」

「もう完全に母親ね」

「で、でもほら、姉と妹でも似たような状況になると思いますし。わたしとアイリスだって」

「なるか?」

「ならないわね」

「……こ、コッコロちゃん」

「ええっと……ノーコメントでお願いいたします」

 

 そこの王女姉妹のやり取りと比べると、やっぱりこっちは母娘だよなぁ。そう結論付けてしまったカズマとキャルに反論できる者は、生憎といないようであった。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでママ友交流会は無事終了し、シルフィーナとシェフィはお友達となった。暇があればシェフィはシルフィーナと遊ぶようになったし、ミヤコもついていくのでお目付け役にイリヤが加わり、安全面で言えば心配もない。

 安全面では、である。別の心配は常に付きまとうが、それはこの街がアクセルだからなのである意味仕方ない。

 ともあれ、今日も今日とて四人が出掛けていくのを見送ったダクネスは、自身の執務室で来客の対応を行っていた。来客、といっても顔見知りなので空気自体は気楽なものである。

 

「それで、あの警備会社の件だったな」

「ええ。ララティーナさん――というよりミヤコさん達ですわね、が叩きのめした連中ですが、警察署では向こうに暴行を受けたと主張していましたわ。……まあ実際嘘ではなかったので少々のお説教で釈放されたらしいですけれど」

「ああ、うん。そうだな」

 

 向こうが嫌がらせを行っていたのは確かだが、警察沙汰かといえばそういうわけでもなく。おかげで警察としても街の住民による喧嘩としてしか処理できなかったらしい。その辺りは、いくらダスティネス家でも、ベルゼルグ王家第一王女でも無理を通せないし、通したら問題だ。やっても問題にならなさそうなのはモーガン家くらいだろうか。

 

「しかし、『八咫烏』とかいったか。近隣の街々で勢力を広げている警備会社……とは聞こえがいいが、実際は嫌がらせをして無理矢理警備の押し売りをしている、と」

「ええ。まあ結局は商売人の風上に置けないチンピラですわ」

 

 やれやれ、とアキノが肩を竦める。そんな彼女を見て、ダクネスは苦笑した。この様子だと、件の事件が起きた時点で既に調査は済ませてあったのだろう。だというのに報告が遅れたのは。

 

「それで、解決はしたのか?」

「あら、気が早いですわね。(わたくし)はまだ何も言っておりませんわ」

「何年の付き合いだと思っているのだ。大体は分かる」

「ふふっ、そうでしたわね。では、結論から言いますと」

 

 この街にはもういない。笑顔を浮かべたまま、アキノはそう言い放った。結論自体は予想が立っていたので、ダクネスもそれには何も言わない。どちらかというと問題なのはそこに至る過程である。

 

「そもそも、リサーチ不足も甚だしいのですわ。(わたくし)の財団の息の掛かった店に売り込みに来た時は呆れ返ったものです」

「それは、なんとも……」

 

 一人前の商人は一人前の武人でもある。その教えを実践しようとするウィスタリア家のお嬢様が、そんなもの必要とするはずもなく。大体どんなオチになったかのを想像しながら、ダクネスは目の前の紅茶に口を付けた。

 

「まあ、それよりも問題なのはネネカ研究所に売り込みに行ったことでしたが」

「ぶふっ!」

 

 そして吹く。まあ確かにアクセルのことを知らなければ、あの研究所も何かの商売をしている建物に見えなくもない。勿論知っているアクセルの住人はそんな命知らずな真似はしないので、『八咫烏』をそれはそれは気の毒そうな顔で見送っていたのだとか。

 

「えっと、大丈夫だったのか? その、向こうは」

「三日三晩うなされる程度で済んでいたので大丈夫でしょう」

「あ、ああ、そうだな……。穏便に済んでいるな……」

 

 何だか訳の分からない見た目ロリエルフの狂人と、元魔王軍幹部で元邪神である唯一の良心と、その弟子で大抵のことを爆裂魔法で解決しようとする爆裂娘、研究材料兼パシリ一号と化している元魔王軍幹部のダークプリーストに、顔面凹んだセクハラ神器。一般人は足を踏み入れた時点で正気を失ってもおかしくない場所に乗り込んでその程度なのだから確かに穏便であろう。

 机にぶち撒けた紅茶を拭き取りながら、ダクネスは色々と諦めた目で事件解決だなと述べた。

 

「ええ。それ以外の店も結局碌に警備が出来なかったらしく、連中は撤退。というより、壊滅と言ったほうが正しいでしょうか」

「……何だろうか。こちらが被害者のはずなのに、物凄く悪いことをしている気がしてくる」

「自業自得でしょう。噂ではシズルさんの目の前でカズマさんの悪口を言った輩もいたとか聞きますし」

「私は何も聞いていない」

 

 この街の冒険者なんか当てにならない、そういう売り込みをしている現場に遭遇したのだろう。特に最弱職なんかがでかい顔をしている、とか言ったのだろう。ひょっとしたら遭遇したのではなく、その現場に突如現れたのかもしれないが、深く考えたら負けだ。

 話はそれで終わりだろうか、と若干死んだ目でダクネスは彼女に述べる。が、アキノは勿論違いますわと別の書類を取り出した。

 

「最近、街に体調不良者が急増しています。幸い命に別条はないので、プリーストの方々の回復魔法と解毒魔法で治療は出来ているのですが」

「ふむ……確かに、これは多いな。何か原因に心当たりは?」

「それが、さっぱりなんですの。ひょっとしたらと思い、バニルさんにも尋ねてみたのですが」

 

 コロリン病、という特殊な病であることはバニルの口から述べられたが、それだけ。この病はキャリアとなるものがおり、その対象者を中心に媒介・潜伏を行い、時が来ると発症するのだとか。

 

「ただ問題は、バニルさんがキャリアを特定できていないことですわ」

「……どういうことだ? あいつならば見通すことが」

「キャリア自身が強力な存在か、あるいは近くにバニルさんが見通せないほどの相手がいるか。どちらかだろうと彼は言っていましたが」

 

 そこまで言うと、アキノは言葉を止める。正直な話、この説明だけでほぼほぼ答えのようなものだ。いくら変人の街アクセルでも、仮面の悪魔が見通せないほどの実力者は数えるほどしかいない。リッチーであるウィズ、研究所所長のネネカと所員ちょむすけ、彼と同じく公爵級悪魔のイリヤ、最近吹っ切れたことで対象となった腹ペコバーサーカー王女ペコリーヌ。

 そして。

 

「病が広がったのは最近、ということは」

「……ゼーンさんかシェフィさんのどちらかでは、と(わたくし)は睨んでいます」

「だ、だがあの二人はピンピンしているぞ。現に今日だって――」

 

 猛烈に嫌な予感がした。慌てて立ち上がったダクネスは、すまないとアキノに告げると執務室を飛び出す。彼女の考えを察したアキノも、同じように駆け出した。

 

「シルフィーナは今日どこに!?」

「し、シルフィーナ様でしたら、今日は街の外に出掛けるとおっしゃっていましたが……」

「なんてことだ……っ!」

 

 途中ハーゲンに問い掛けて返された答えがこれだ。何故よりにもよってこのタイミングで、とダクネスは歯噛みする。そんな彼女に、落ち着いてくださいとアキノが声を掛けた。

 

「ララティーナさんの心配はもっともですが、今は冷静に事を運ぶべき場面ですわ」

「……ああ、すまない。ではまずは」

「ええ、まずは」

 

 選択肢の片方を潰そう。揃って頷くと、二人はアメス教会へと進路を変えた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ!?」

 

 教会に飛び込んできた二人を出迎えたキャルは、その説明を聞いて素っ頓狂な声を上げた。そうしながら、何かに気付いたようにキョロキョロと視線を彷徨わせる。

 

「おそらく、キャルさんは女神アクアの加護が強力に掛かっているでしょうから、問題ないと思いますわ」

「その説明で安心したくない……」

 

 首のチョーカーを思い切り握りしめ、うううと謎の唸り声を上げた。そのまま暫し動きを止めていたが、気持ちを切り替えたのか、よし、と顔を上げる。二人に待ってなさいと告げると、彼女はそのまま奥へと引っ込んでいった。

 

「カズマー! ゼーン! ちょっとこっち来なさい! ヤバいのよ!」

「何だよ。俺は昨日徹夜でデッキ組んでたんだから寝かせろって」

「どうした?」

 

 キャルの叫びに、教会住みの男性陣が降りてくる。いいからこっち来なさいとそのまま二人を強引に連れ出すと、ダクネスとアキノにもう一度説明をするように述べた。コクリと頷くと、先程話していたコロリン病のキャリアについて言葉を紡ぐ。

 

「……あれ? じゃあ俺ヤバいんじゃ?」

「ああ。カズマは念の為後で治療を受けておいた方がいい。……それよりも、だ」

 

 ダクネスはゼーンを見やる。説明を聞いて何かを考え込む仕草を取っていた彼は、しかし彼女の視線を受けると首を横に振った。自分はそうではない、という意思表示だ。

 

「失礼ですが、証拠はおありになって?」

「……俺はドラゴンだ」

「短い。もっと分かりやすく説明しなさいよ」

 

 ジト目でキャルがゼーンを睨む。む、とその視線を受けた彼は、再度暫し考え込む仕草を取った。若干困っているような雰囲気が感じられ、こいつドラゴンとかそういうの関係なく根っから口下手なんだなと少しだけほっこりする。

 

「ドラゴンは、あまり人の病には掛からない。……感染してしまう可能性が無いとは言えないが、キャリアにはならないだろう」

「成程。……ではシェフィさんも同様だと?」

 

 頷く。そこに嘘は含まれてはおらず、というかゼーンは嘘をつけるタイプではないので言っていることはほぼ間違いないと見ていいだろう。

 そうか、とダクネスが息を吐く。シェフィがキャリアだった場合、一番影響を受けるのは一緒にいたシルフィーナだ。だが、そうでないのならば。

 心配は心配だが、先程のものよりはまだ少し。

 

「すいません! ユカリさんはいますか!」

 

 ばぁん、と扉が開く。何だ何だ、と視線をそこに向けると、ウィズが血相を変えてそこに立っていた。その傍らにはバニルと、それに背負われた。

 

「コッコロ!」

「あ、主さま……。申し訳、ありません。お見苦しい姿を……」

「言ってる場合かよ! 何がどうなって、って熱ぅ!」

 

 慌てて駆け寄ったカズマがコッコロに触れたが、その体は尋常じゃない熱を持っていた。おいまさか、と視線をダクネスとアキノに向けると、緊張した面持ちで頷かれる。

 

「うむ。この症状はコロリン病であるな。どうやらエルフ娘もキャリアと接触していたらしい」

「そうなんです。だから、ユカリさんに回復魔法と解毒魔法を」

「ユカリさんは他の罹患者の治療で今日は街中を駆け回っていますわ……呼び戻すにも時間が」

「い、いいえ。わたくしは、大丈夫でございます……。どうか、他の方々の治療を、優先してくださいませ……」

「大丈夫じゃないですよ!? コッコロさんいきなり倒れたんですから。無茶して我慢しすぎなんですよ!」

 

 泣きそうな顔でウィズが叫ぶ。一緒に仕事をしていたのに、彼女の体調の変化を察することが出来なかった罪悪感が渦巻いているのだろう。だが、そんなウィズに対し、コッコロは苦しげな息を吐きながらも微笑む。大丈夫ですから、と彼女の手を握る。

 

「ええい、我輩の背中で湿っぽい会話をするでない。とにかくエルフ娘を寝かせる場所を用意しろ」

 

 コッコロの部屋、というわけにもいかないので、教会内の治療室へと彼女を運ぶ。が、それ以上のことが出来ない。濡れたタオルを額に乗せても、ほんの気休めにしかなっていないのだ。

 

「ああもう、なんでよりによってコロ助が……」

 

 ガリガリとキャルが頭を掻く。こういうのは自分かカズマの役目だろう。そんなことを続けながら、苦しげに息を吐くコッコロを痛ましげな表情で見つめた。

 それで、とアキノを見る。向こうも忙しいらしく、やはりすぐには無理だと首を横に振られた。ここで他の連中なんかどうでもいい、とユカリを呼び寄せるのは簡単だ。だが、コッコロはそれを望まないし、それで治療されても悲しむだけで終わってしまう。

 

「キャル。お前こういう時こそ女神パワー使えよ」

「使えたらやってんのよ! ああいや、今の無し。でもコロ助が、あー、うー……」

 

 自分の中の何かと葛藤をし始めたキャルを見ながら、カズマは思考を巡らせる。こういう時に自分はコッコロに頼りきりだったことを実感したのだ。かといって自分が代わりの役目を担えるかと言えば勿論否なのだが。

 だから彼が出来るのは、そんな時にもどうにかするアイデアを捻り出すだけ。

 

「つまり」

「そういうことだね」

 

 ば、と振り向いた。笑顔で立っている人物を視界に入れて、カズマは思わず安堵の息を零す。そうしながら、お願いできるかと彼女に述べた。

 勿論、と彼女は二つ返事で頷く。そもそもそのためにここに来たのだし、何より。

 

「お姉ちゃんは、弟くんの頼みなら聞いちゃうからね」

 

 ベッドのコッコロを中心に魔法陣が生み出される。回復魔法と解毒魔法、彼女を治療するためにそれらの呪文をシズルが唱えたのだ。彼の思考を読んだかのように湧いて出てきた、カズマのお姉ちゃんが、だ。

 

「お姉ちゃん」

「何? 弟くん」

「ありがとう」

「ふふっ。どういたしまして」

 

 柔らかな笑みを浮かべたシズルは、そのままコッコロの顔色が戻るまで、呪文を唱え続けた。皆が見守る中、全力で。

 

「……いや、うん。コロ助の治療してくれるのはありがたいし、あたしも大分慣れてきた感はあるんだけど。なんかこう、釈然としないというか……」

「シズルさんって、不思議な人ですよね」

「それで済ます汝も大概だがな。まあ、我輩としてはエルフ娘を運んだ運賃代わりの悪感情を摂取できたので何も問題はない。が、小僧の動じなさには少々不穏なものを感じるな。あやつ、常識書き換えられていたりせんか?」

 

 ううむ、と少々訝しげな顔でカズマを見るバニルであったが、そこに答えは返ってこなかった。ゼーン以外の面々は薄々そんなような気がしていたが、はっきりと口にすると取り返しがつかないような気がしたからだ。

 勿論コッコロは完治した。

 

 




アクア「ぶっぶ~。書き換えられたのは因果で、常識なんてちっぽけなもんじゃないんですぅ! 所詮悪魔のあっさい考えなんてそんなものよね。ぷーくすくす」
アメス「それ誇ることなの?」


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その143

若干真面目回


「ふう……それで? 私を呼び出した理由はなんですか?」

 

 場所は引き続きアメス教会。椅子に座ってこちらを睨んでいるのは、ついこの間自称警備会社『八咫烏』のチンピラどもにトラウマを植え付けた研究所所長である。自分から植えられに行ったので彼女としては至極どうでもいいことなのだが、今回呼び出されたのはそれとは全く関係がない。

 

「ああ。実は」

 

 そんなネネカの視線を受けながら、ダクネスがいつになく真面目に説明を行う。ここ数日で爆発的に増えたコロリン病の感染者について。そして、そのキャリアとなるものはバニルで見通せないだけの実力を持ち合わせているらしいということをである。

 

「成程。それで、人ではないものを除いた結果、該当者が絞られたわけですね」

「まあ、所長なら実験と称して自身を媒介に病原菌撒き散らすとかやりかねませんしね」

 

 うんうん、と同行していためぐみんの言葉を聞いたネネカは、そちらを見ること無く呪文で彼女の眼帯をパッチンした。そうしながら、心外です、と目の前の連中を睨み付ける。

 

「まさか、貴女達も同じ考えを持っているのですか?」

「い、いや。流石にそこまでは考えていない。ただ、どこかのフィールドワークで持ち込んでいる可能性があるかもしれない、とは思ったが……」

「それこそ心外です。私がそのようなミスをするとでも?」

「まあ、わざとじゃない限りはしないでしょうね」

 

 同じく同行していたちょむすけが苦笑する。コロリン病キャリア疑惑の該当者ではあるものの、流石に女神は違うだろうと彼女は除外されていた。

 ともあれ、故意でない限りネネカがキャリアではないとちょむすけは言い切った。何より、と言葉を続けながら、視線を皆からめぐみんに移す。

 

「その場合、真っ先に発症するのはめぐみんよ」

「ああ、そういえばそうですね。でも私はピンピンしてますし」

 

 ここにはいないがセレスディナも体だけは無事である。精神は知らない。

 そこまでの説明を受けたダクネスは、わざわざ申し訳なかったと頭を下げた。別にそこまでせずともいい、とネネカは彼女の謝罪を軽く流す。どのみち、現在のこの状況は自分にとっても良い資料になるからだ。臆面なくそう言い切ったので、ダクネスも下げた頭を即座に上げた。

 

「勿論、治療の協力はします。これでも私は、アクセルの街を気に入っていますから」

「……素直に喜んでいいのだろうか」

「それよりも。あちらの尋問はいいのですか?」

 

 視線を少し離れた場所に向ける。う、とその言葉を聞いて表情を歪めたダクネスは、横で聞いていたアキノが覚悟を決めましょうと肩を叩いたことで渋々頷いた。ネネカはそんな二人を、どこか興味深そうに眺めている。相変わらず爆裂級に趣味悪いですね所長、と呟いためぐみんは再度眼帯パッチンされた。

 そういうわけで、疑惑者最後の一人である。

 

「あはは……」

「申し訳ありません。ですが」

「いえいえ。もしそうだったら、一刻も早く原因を取り除かないといけませんから」

 

 そうやって微笑む彼女はどこか元気がない。それも当然だろうな、とダクネスは思う。現状、疑惑者の中で残っているのは一人、彼女だけだ。それはつまり、彼女がキャリアであると言っているも同然なわけで。

 

「……わたし、コッコロちゃんやみんなに、どんな顔して会えばいいんでしょうか」

「そのままの顔で会えばいいのよ、ばっかじゃないの」

 

 え、と顔を上げる。呆れたような顔をしているキャルが、彼女を、ペコリーヌを見下ろしていた。その横にはカズマも、そして調子を取り戻したコッコロもいる。

 

「ペコリーヌさま。わたくしは大丈夫です。ですから、ご自分を責めるのはおやめください」

「そうやって自分で溜め込んでたからアイリスとだってこじれたんだろ? 別にわざとじゃないんだから、もっと気楽に考えろって」

「……はい。ありがとうございます、キャルちゃん、コッコロちゃん。カズマくん」

 

 調子を取り戻すまではいかなかったが、それでもどん底状態からは復帰した。そんなペコリーヌを見て少しだけ安堵の表情を浮かべたダクネスは、改めて、と彼女に問い掛ける。

 

「ユースティアナ様。貴女がコロリン病のキャリアかどうかを調査させていただきます」

「はい。とはいっても、どうすればいいんでしょうか」

 

 それなら、とアキノが一歩前に出る。こんなこともあろうかと腕のいい医者に依頼をしておいた。そう続けると、彼女はその人物を連れてくる。

 カズマとキャルはその人物を見て顔を強張らせた。カズマはついこの間のトラウマが一瞬フラッシュバックする。横のキャルも思い出したくない光景を思い出し悶えていた。

 

「あらあら。相変わらずみたいね」

 

 そう言って微笑んだ腕のいい医者とやらは、次いで視線をネネカに向ける。クスリ、と笑みを浮かべた彼女を見て、同じように笑みを返した。

 では早速、と赤い裏地で黒というより濃い紫のコートを翻し、そこに仕込まれていた試験管を一つ取り出す。細長い紙のようなものをもう片方の手に持ち、それをペコリーヌへと突き出した。

 

「これを舐めてもらえるかしら」

「えっと……こうですか?」

 

 髪を掻き上げ、少し体を突き出しながらその紙をペロリと舐める。その光景を見ていたカズマは、ちょっと反応しかけて慌てて気持ちを無にした。隣に病み上がりのコッコロがいる状態でそれは間違いなくアウトだ。そうでなくとも、これだけの人数がいる場所でそれは社会的に死ぬ。

 そんなカズマの葛藤は他所に、ペコリーヌの唾液がついたその紙に、医者――言うまでもなくミツキは持っていた試験管の液体を垂らす。液体の掛かった部分が青く染まり、彼女は眼帯で隠されていない、隈の酷い目を細めた。予想とは違うそれを見て、成程と呟いた。

 

「結論から言います。彼女は陰性、つまりキャリアではないわ」

「え」

 

 それに思わず声を上げたのはダクネス。仕えるべき第一王女がキャリアでなかったことは安堵するべきであり、喜んでいいのだろうが、しかし。

 

「だが、それでは該当者がいなくなってしまう……」

「バニルさんが嘘をついているということはありえないでしょうから……何か見落としが?」

 

 むむむ、と唸りながら視線をバニルに向ける。正確には、その横にいるウィズを視界に入れた。リッチーがキャリア、というのはまず考えられないから元から選択肢に入れていなかったが。

 

「コッコロさんが魔道具店で感染したとしたら」

「……え? あ! わ、私ですか!?」

 

 アキノの呟きを聞いていたのだろう。ウィズは自身を指差しただでさえ青白い顔色を完全に真っ青にする。倒れたコッコロを連れてきた時と合わせ、完全に死人のようだ。そもそも死人なので当然ともいえるが。

 

「オーナー。流石にこの普段以上に死体の顔色をしているポンコツ店主をキャリアと考えるのは浅はかにもほどだと言わざるをえんが」

「……そうですわね。そもそも、ウィズさんがキャリアならば、たとえ見通せずともバニルさんが気付かないはずがありませんもの」

 

 やはり違う。そう結論付け、アキノは再度考え込む。ならば残るはイリヤか。それも違うだろう。公爵級悪魔が、人の病原菌に掛かるはずもない。

 そこまで考え、彼女は目を見開いた。そうだ、バニルは何と言っていた。

 

「バニルさん」

「どうしたオーナー」

「見通せない理由について、こう言っていましたわね。強力な存在がキャリアであるか、あるいは」

 

 キャリアの近くに強力な存在がいるのか。その問い掛けにその通りだと頷いたバニルは、アキノの表情を見て口角を上げた。どうやら心当たりが出来たようだな、と述べた。

 

「ええ。……バニルさん、あなた、分かっていたのではなくて?」

「だから我輩では見通せんと言ったであろう。今日、こうして汝らが集まったので確定出来ただけだ」

「ええと。アキノ? どういうことだ」

 

 やり取りについていけていないダクネスがそう問い掛ける。同じくよく分かっていないカズマとコッコロ、背景が宇宙のキャルもその辺りは同様のようであった。ただ一人、ペコリーヌは何となく流れが掴めていたが。

 

「ネネカ所長」

「どうしました、ミツキ先生」

「あまり喜ばしいことではないけれど。どうやら、準備は無駄にならなそうね」

「ええ。そのようですね」

 

 

 

 

 

 

「そ、れは……本当、なのか」

 

 アキノが告げたその言葉に、ダクネスは顔面蒼白で呟く。肯定するように彼女が首を縦に振ったことで、そのままベシャリと床に膝をついた。

 バニルが見通せないほど強力な存在そのものがキャリアではないのならば、それらと深く接しているものが該当者となる。それに当てはまるのは、カズマ、キャル、コッコロ。めぐみんとセレスディナ。そしてダクネスと。

 

「私が違うのならば……シルフィーナが」

「恐らくは」

 

 悲痛な表情でアキノが頷く。その事実を受け入れきれていなかったダクネスは、しかしよろよろと立ち上がると、ふらついた足取りで教会の出入り口へと向かった。行かなくては、と掠れた声で呟いている。

 

「お待ちなさいララティーナさん、どこに行く気ですの!?」

「あの娘を……シルフィーナを、早く、見付けなくては……」

「ええ、そうでしょうとも。ですが、それはあなただけでやるものではありませんわ。私たち皆でやることです」

「そうですよ、ララティーナちゃん。わたしも全力でお手伝いします!」

「はい。ダクネスさま、わたくしたちを頼ってくださいませ」

「ったく、しょうがないわね」

「ああ。しょうがねぇなぁ」

「アキノ、ユースティアナ様、コッコロ、キャル、カズマ……」

「おおっと、私を忘れてもらっては困りますね」

「そうね。ここで手伝わない理由はないわ」

「そうですよ、私もバニルさんもお手伝いします」

「勝手に我輩を数に含めるな、まったく。そもそも、いや、まあいい」

「めぐみん、ちょむすけ、ウィズ、バニルまで……」

 

 ダクネスの目に光が戻っていく。同時に、彼女の目に涙が浮かんだ。ありがとう、そう短く述べると、溢れる雫を拭うことなく踵を返す。皆で力を合わせて、一刻も早くシルフィーナを見付けるのだ。

 

「よし、では――」

「大変なの~!」

 

 行こう、と宣言するその直前、突如頭上に大きな影が差した。同時に、大分聞き覚えのある声も聞こえた。

 何だ何だと見上げると、そこには立派なホワイトドラゴンが一体。ゆっくりとこちらに降りてくるところであった。え、と誰かが呟き、どこぞの仮面がほらこうなると肩を竦めている中、ホワイトドラゴンは教会の敷地内に着地する。そのまま視線を動かし、コッコロを見付けると嬉しそうに鳴いた。

 

「シェフィ、さま?」

「何でドラゴンに戻ってんのよあんた!」

「一刻を争う状態じゃったのでな。少し無理をさせてしまった」

 

 キャルのツッコミに答えるように、背中に乗っていたイリヤが述べる。大人モードのまま、彼女は一人の少女を抱えた状態でシェフィの背中から飛び降りた。

 抱えている少女は、ぐったりとしたまま目を覚まさない、シルフィーナ。

 

「シルフィーナ!」

「いきなり倒れたの! 苦しそうで、目も開けなくて」

 

 ふよふよと浮いているミヤコも、大分慌てている。ダクネスはそんな彼女を見て、分かっていると声を掛けた。心配してくれてありがとう。そう、続けた。

 イリヤからシルフィーナを受け取る。普段体調が悪い時よりももっと息苦しそうにしており、弱々しい呼吸は今にも止まってしまいそうだ。熱も高く、このままでは彼女の体はもちそうないのがすぐに分かった。

 

「すぐに治療を!」

「はい、わたくしにお任せください!」

 

 ベッドまでシルフィーナを運ぶと、コッコロが即座に回復魔法と解毒魔法を掛ける。だが、ほんの僅か持ち直しただけで、彼女の容態は一向に良くならない。

 どういうことだ、とダクネスが焦ったように叫んだ。落ち着けと誰かが彼女を宥めたが、当然そう簡単に落ち着けるはずもない。

 

「コロリン病は厄介な病気だ。その理由の一端が潜伏したまま広がること、そして」

 

 そんな中、バニルとネネカ、そしてミツキは一歩下がった場所にいる。慌てている皆と違い、冷静に状況を判断している。

 

「キャリアには解毒魔法が効かないことよ。……どうやら、その娘がキャリアで間違いないようね」

「街で広がった理由は、最近彼女達が遊び回っていたからですね。不可抗力です、誰も彼女を責めることはしないでしょう」

「……所長が人間味溢れること言ってますよ。天変地異の前触れですか!?」

 

 雉も鳴かずば撃たれまい。眼帯パッチン三連発を食らって悶えるめぐみんを気にすること無く、ネネカはそういうわけですから、とミツキを見た。彼女は彼女で、バニルに手伝いをお願いするわねと遠慮ない事を言っている。

 

「それは構わんが、我輩の出番などないであろう? ミツキ女医の腕があれば問題あるまい」

「薬の調合自体は、ね。ただ、材料が足りないの」

「……成程。しかし、だとしても我輩では役に立たんぞ」

「ま、待ってくれ。ミツキ先生、バニル! 材料が足りないとは」

「言葉通りだ。コロリン病の特効薬にはカモネギのネギ、マンドラゴラの根など五つの材料がいるのだが」

 

 バニルの述べたそれのうち、三つは準備していた材料の中に持ち合わせがあるのだとミツキは述べる。だが、残りの二つが足りないのだ。それらは市場に出回ることもそうそうないため、在庫を切らしているらしい。

 

「そ、その二つとは何なんだ?」

「ゴーストの涙と、高位悪魔の爪よ。どちらもそう簡単には――」

 

 ゴン、と盛大な音がした。何だ何だと視線を動かすと、頭を思い切り柱にぶつけているミヤコの姿が見える。

 

「ミヤコ、何を」

「ゴーストの涙なの。これでさっさとコイツを治すの!」

 

 彼女の言う通り、ミヤコの目にはぶつけた痛みで目に涙が溜まっている。え、とそんな彼女の行動に思わず動きを止めてしまったダクネスに対し、では遠慮なくとミツキはミヤコから涙を採取していた。

 

「ほれ、高位悪魔の爪はこれで構わんじゃろう」

「イリヤ……!?」

 

 そしてもう一人。躊躇なく剥がしたらしい生爪を、イリヤがダクネス達へと突き出していた。ありがとうとミツキはそれを受け取り、即座に薬の調合に取り掛かる。迷いなく材料を混ぜていくその姿が、何故だか無性に頼もしかった。

 調合はそうかからずに終わり、ミツキは出来上がった特効薬をシルフィーナに投与する。苦しげであった呼吸が段々と穏やかになっていくのを確認し、彼女は小さく息を吐いた。

 ダクネスはミツキに深々と頭を下げ、ありがとうございますと感謝を述べた。ミツキはそんな彼女の言葉を聞き、お礼を言う相手はもっといるだろうと向こうを指差す。

 

「ミヤコ、イリヤ……」

「何なの?」

「どうしたのじゃ?」

 

 言われるままにダクネスが視線を向けた先にいるのは、二人。先程、必要な材料を即座に用意した、ゴーストと高位悪魔だ。

 言われるまでもない。そう思ってはいたものの、彼女が発したのはお礼の言葉ではなく、短く、そして単純な疑問の言葉。

 

「どうして」

「は? 何言ってるの? シルフィーナはミヤコの友達なんだから、助けるのは当たり前なの」

「そうじゃな。あやつはわらわの友人じゃ。友を助けるのに理由はいるまい」

「……そう、か…………そうか……」

「うわ、何かめっちゃ泣き出したの。きもっ」

「ふ……。そう言ってやるな、ミヤコ。……まったく、見返りなど期待しておらなんだのに……極上の悪感情ではないか」

 

 うげぇ、とドン引くミヤコに対し、イリヤはしょうがないなといった表情で。気付くと、その場にいた他の面々も、涙を流すダクネスにどこか温かい目を向けていた。

 

「やれやれ。さしずめ今回はイリヤ殿の御馳走タイムといったところか」

「ここでそういう感想が出るからバニルさんなんですよ……」

 

 




あの二人をダクネスの仲間にした時から絶対やろうと思ってたやつ


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その144

真面目は終わりだ


「はい、じゃあエリスをおちょく――慰める会を始めましょう」

「わーわー」

「……」

 

 アメスの夢空間。別名、三馬鹿女神の溜まり場。そこでアクアがテーブルにつまみと飲み物を広げながら音頭を取っていた。アメスも一応乗っているような素振りを見せてはいるものの、どことなく距離を取っている様子であった。

 そして主賓、と言っていいのか定かではないが、エリスに至っては表情が無である。テンション高めなアクアとの対比が物凄いレベルだ。

 

「じゃあ早速、エリスから一言貰いましょうか。大事な友人の娘さんを助けたのがあなたの嫌ってるゴーストと悪魔だったけれど、今どんな気持ち?」

「なぁぁぁぁぁ!」

「えちょ、ま、待って! いきなり暴力は女神としてどうなの!? 話し合いましょう!? 対話って重要だと思うの!」

「うわぁぁぁぁぁぁん!」

「ガチ泣き!? ねえこれどういうこと!? マウント取られてる私が間違いなく被害者でしょ!? どうしてエリスが泣いてるの!? 今まさに危機に陥ってるのは私の方でしょ!?」

「私だってぇ、私だってぇぇぇ! 何で、何でぇぇぇ!」

 

 ボロボロ泣きながらアクアにマウント取って胸倉掴んでガックンガックン揺すっているエリスの姿は、とてもではないが向こうの世界のエリス教徒に見せられる光景ではなかった。マウント取られて半べそかいているアクアの方も大分見せられない状態ではあったが、これは割と日常風景なのでアメスとしてはそこまで感想がない。

 

「ねえアメス! 助けてよ! 見てないで助けなさいよぉ!」

「嫌よ。巻き込まれたくないもの」

「薄情者! 友達でしょ! 仲間でしょ! そういう少年漫画みたいな関係って、もっと助け合い精神育んでいくものよね!? 絆とかそういうなんかふわっとしたワードで繋がるやつよね!?」

「自分で後輩との絆破壊したやつに言われても」

 

 我関せず、とカップに飲み物を注いで飲んでいるアメスは、しかしそれでも溜息混じりでエリスに声を掛けた。まあ見ての通り八割方からかい目的なのは間違いないけれど。そう、彼女に告げた。

 

「一応、あなたのことは心配してたわよ、それ」

 

 それ、とエリスがマウント取っている相手を指差す。そうよそうなのよ心配してたのよと必死の表情でそれに乗っかる姿はどう見ても言い訳でしか無かったが、そのあまりの必死さにエリスも思わず気圧される。というか引く。

 ゆっくりと胸ぐらをつかんでいた手を離した。中途半端に持ち上がっていたアクアの頭がそれにより解放され、思い切り床に激突する。凄く小気味いい音がしたのは、果たして床が原因なのか、彼女の頭が原因なのか。

 

「……そうですね。すいません、取り乱しました」

 

 ゆっくりとマウントを解除する。被害に遭わないよう動かしたテーブルを元に戻し、エリスも席に着き直した。後頭部を擦りながら、アクアも涙目で椅子に座る。

 

「それで、もう一度今回の集まりの趣旨を説明しておく?」

「いえ、いいです……」

 

 一度テンションの上昇が終わったエリスは、今度は際限なく下がっていくらしい。俯いたまま、自分の目の前のカップに注がれた液体を見詰め続けている。

 

「何よエリス。別にそこまで落ち込まなくてもいいじゃない。ダクネスの娘さん助かったんでしょ? コロリン病もキャリアさえいなくなればその内収まるし、めでたしめでたしじゃない」

「……先輩は、それでいいと思うんですか?」

「なんで?」

 

 きょとんとした表情で首を傾げる。アクアのそれは演技とか煽りとかそういう類のものではなく、素だ。本気でエリスの問い掛けの意味が分かっていない。

 

「アクシズ教だって、悪魔やアンデッドは滅ぼすべき存在ですよね。……それなのに」

「あ、そういうこと? んー……まあ、私としては別にいいんじゃないかしら」

「どうしてですか!?」

「私の可愛いアクシズ教徒があれらを受け入れてるなら、女神の私が許さないのは駄目でしょ?」

「っ!?」

 

 目を見開き、思わずアクアを見た。笑みを浮かべながら、そんなこと当たり前だと言わんばかりの彼女を見て、エリスは思わず言葉を無くす。

 そしてアメスも、こいつ誰だと言わんばかりの表情でアクアを見ていた。何か変なもの食ったんじゃないだろうな、と悪友の体調を心配した。

 

「あんたのとこの教義にアンデッドと悪魔っ子は却下ってなかったかしら?」

「女神の私がノーカンって言ったらノーカンよ。何事にも例外は必要なんだから」

「……何か拾い食いでもした?」

「ちょっと! どういう意味よ! 私は寛大で慈愛あふれる女神なの! それが教義にちょっと反してたとしても、大事なアクシズ教徒の子たちが本当に心の底から願ってるなら、エリス教徒に改宗する以外は認めるくらいの度量はあるわよ」

「こっち側に来るのはアンデッドや悪魔を許容するより下なんですね……」

「いつものアクアね、安心したわ」

 

 まあつまりちょっといい顔したい感が全面に押し出されている状態なのだろう。そんなことを思いながら、アメスは口角を上げる。それを差っ引いても、何だかんだ人情家なのだ、この駄女神は。

 

「あんたって、水の女神って肩書に案外相応しいのよね」

「ふふん、そうでしょ? 私ってば女神の中の女神だから――あれ? 今ちょっと馬鹿にしなかった?」

「……」

 

 その一方で、エリスは一言も言葉を発さず、先程のアクアの発言を何度も何度も心の中でリピートしていた。エリス教徒に改宗するのはアンデッドや悪魔を許容するより下だという部分以外のやつである。

 

「ダクネスが、心の底から認めているなら……」

 

 涙を流して感謝する親友の姿を思い出す。そして、自分には出来なかったことをやってのけた憎き相手を思い出す。憎き相手、というのは種族だ。彼女達個人ではない。勿論そう簡単にアンデッドや悪魔に対する感情が消え去るわけではないが。

 それでも。

 

「うぅ……でも、アンデッドだし、悪魔だし……」

「悩んでるわねぇ。もっと簡単に考えればいいのに」

「みんながみんな、あんたみたいに単純じゃないのよ。それこそ、悪ささえしてなきゃ何だかんだ屋敷憑きのゴーストや貧乏リッチー見逃しそうなのと違って」

 

 

 

 

 

 

 コロリン病も収束に向かった。シルフィーナが治療されたことで、後は定期的に症状が現れた患者に回復と解毒の魔法をかけていけば終わりだ。ひとまず騒動も終わり、街を治める貴族としては一安心といったところだろう。

 とはいえ、まだ患者は多数いる。プリーストはクエストボードや直接指名の依頼、自発的な行動などで忙しく駆け回っている状態だ。

 

「はい、これで大丈夫です」

 

 そう言って患者の治療を終えたプリーストの女性は笑みを浮かべる。患者の家族はありがとうございますと頭を下げ、彼女はそれを聞きいえいえと返した。プリーストとして当然のことですから、と続けた。

 

「なにせエリス教徒はこういう時役に立ちませんからね! この街のプリーストといえばやっぱりアクシズ教! っと、コホン。まあこれからも、アクシズ教会アクセル支部にお任せください」

 

 そう言ってドヤ顔を浮かべたプリースト、セシリーはその場を後にした。治療を受けた家族は、勧誘されないだけでそれ以外は基本そう変わってないのに何だろうこのアクシズ教も悪くないと思っちゃう感は、と無駄にモヤモヤしていたが関係ないので割愛しておく。

 

「お疲れ、セシリー」

「キャルさん! キャルさんが私を労いに!? デレ期到来!?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。余計なことしでかしてないか監視に来たの」

「ツンデレ! ちょっとキャルさん尊みが強すぎませんか!? ああ女神アクア様、やはり貴女様の教えを忠実に守ることで、こんなにも世界が輝くのですね……!」

「……とりあえず大丈夫そうだからあたし帰るわ」

 

 目が死んだキャルがそのまま踵を返したことで我に返ったセシリーは、ちょっと待ってくださいと声を掛けた。振り向くこと無く、しかし一応足を止めたキャルは、彼女に向かって何よと問い掛ける。

 

「シズルさんの方はいいのかしら?」

「……」

 

 無言でキャルは去っていく。これはどっちの意味合いなのだろうかとセシリーは暫し考えたが、まあどちらでも個人的にはオイシイので問題ないかと思い直した。とっくに手遅れである。

 そんな手遅れを放置したキャルは、そのまま待ち合わせ場所へと歩みを進める。同じく患者の治療を行っていたコッコロが、そこで彼女を待っていた。

 

「ごめんコロ助、待たせちゃった?」

「いえ、問題ありません。こちらも治療が先程終わったところでしたので」

 

 そう言って微笑むコッコロは、しかし多少の疲れが見えた。冒険者としてブイブイ言わせているとはいえ、アークプリーストとはいえ、彼女はまだ子供だ。何より、他と違って病み上がりなのだ。どうしたって疲労が溜まる。

 

「よし。今日はここまでね。帰りましょうか」

「ですが」

「それであんたがぶっ倒れたら意味ないでしょ。ほら、帰って休むわよ。無理して苦しいことやるくらいなら、今が楽な方に流れたほうがずっといいわ」

 

 多少強引にコッコロを引っ張るキャルであったが、された方であるコッコロも抵抗はしなかった。かしこまりました、と笑みを浮かべ、そのままアメス教会へと歩いていく。

 街の活気は普段通り。ただ、ここ最近とは少しだけ違う部分があった。その証拠、というべきだろうか。街の人々が、ついつい視線を彷徨わせ、そして見当たらないことに寂しそうな表情を浮かべている。

 

「……まだ、なのよね」

「……はい」

 

 はぁ、とキャルが溜息を吐く。こればかりはどうしようもない。こちらから働きかけることが出来ないということはないが、そう簡単にいかないからこその現状なのだ。

 

「シルフィーナさまは……お優しい方ですので」

「損な性格よねぇ。別にやりたくてやったわけじゃないんだし、かかった連中だってあの娘を責めることなんかあるわけないのに」

「それでも……他の方々がお許しになっても、シルフィーナさまがご自身を責めてしまっては」

「そこなのよねぇ……。あーやだやだ、解決したんだからめでたしめでたしで済ませなさいよ」

 

 キャリアであったシルフィーナは、治療が終わった後から屋敷に閉じ籠もりきりだ。自分が街中を駆け回っていたから、だから街中に病が蔓延した。そう信じて疑わず、実際それを否定することは出来ない。街の人々がどれだけ彼女を許そうとも、シルフィーナは自分が許せないのだ。治療に関わった人達に感謝をするのならば、笑顔で再び外に出ることが一番だと、皆にそう言われ、自分でも頭では分かっていて。それでも。

 

「シェフィも寂しがってるし。さっさとなんとかしないと、あたしもカズマもへばっちゃうわ」

「はい。シェフィさまとシルフィーナさまが再び街で遊べるように、なんとかいたしましょう」

 

 そんなこんなでアメス教会到着である。ただいまー、と声を掛け、教会内で暇しているであろう男性陣の名前を呼ぶ。シェフィを背負ったゼーンがひょこりと現れ、寝かせてくると一言伝えるとそのまま去っていった。

 

「おう、おかえり。どうだ、様子は」

「コロリン病の方は多分もう問題ないわね。だから」

 

 カズマに帰る途中に話していたことを伝える。ここのところの残った問題として大きく立ち塞がるそれを、いい加減なんとかしよう。そう決めたことを彼にも述べる。

 まあそうだよな、とカズマもそれを聞いて頬を掻いた。シェフィの相手をしていて、シルフィーナと遊びたいと言われることがよくあるのだ。何だかんだ誤魔化していたが、そろそろ限界でもある。

 行くか、とカズマは二人に告げ、キャルとコッコロも頷いた。ゼーンに出掛けてくると伝えると、彼は短く分かったと頷く。何となく察したのだろう、そうした後、先程少しぐずった後寝てしまったシェフィの方を見た。

 

「解決すれば、シェフィが喜ぶ」

「はい。全力を尽くします」

 

 兄とママがそんなやり取りをして、では出発と一行は目的地へと向かう。途中でペコリーヌを回収し、四人となったカズマ達はダスティネス邸へと歩みを進めた。もはや勝手知ったる大貴族の屋敷である。割と顔パス気味に通され、別段案内されること無くララティーナの執務室へと辿り着いた。

 

「わざわざ済まない」

 

 そう述べるダクネスの顔色もよろしくない。シルフィーナのことに心を痛めているのがひと目で分かった。ついでに、こういうのは流石のドMでも快楽に変えられないらしいということが分かって、よかったこいつも人の心が残っていたとカズマはこっそりと安堵した。

 

「シルフィーナちゃんの気持ち、わたしも少しは分かるんですよね……」

「あんた似たような状態になってたものね」

 

 ペコリーヌが眉尻を下げる。姉妹のわだかまりを解消した今だからこそ皆の言葉で持ち直したが、あれがまだ吹っ切る前の精神状態だったら、ひょっとしたらシルフィーナよりも酷い状態になっていたかもしれない。そう考えると、彼女は他人事ではないのだ。

 

「つってもなぁ。無理矢理外に連れ出すわけにもいかないし」

「そんなことしたら二度と外に出なくなるわよあの娘」

「ですが。シルフィーナさまも、背中を押してもらいたいと思っておられるはずです」

 

 彼女は子供とはいえ、聡明である。このままではいけないと分かっているはずなのだ。自分で踏み出すには勇気が足りない、ただそれだけなのだ。

 ふよん、と壁から顔が出てくる。だとしてもそう簡単にはいかないの。そう言って壁を抜けてきたミヤコがぼやいた。

 

「ミヤコが外で一緒にプリン食べようって言っても断られたの。プリン食べないとか、アイツ絶対動く気ないの」

「まあミヤコ基準のそれは置いておいて」

 

 そう言いながら、カズマは成程と一人頷く。何かしら強引に外に出すためにも、そういうきっかけを用意しなくては始まらない。それも、その場の思い付きなどではなく、しっかりと計画を立てたイベントを。

 

「……じゃあ、みんなでピクニックに行く。とかどうです?」

「それも思い付きじゃないの?」

「いえ、そうじゃなくて。こう、いついつにお出かけしますって予め言っておくんです。そうすれば、外に出る勇気をその間に溜めておけるじゃないですか」

 

 最初の時点で断られる可能性もあるだろうとキャルが反論したが、シルフィーナも外に出たいと思っているという前提のもとのアイデアなので、そこを言い出したらきりがない。確かにそうね、と引き下がった彼女は、まあそれならありかもと同意する。

 

「どうですか? ララティーナちゃん」

「そう、ですね……。ユースティアナ様の仰られたそれで、いってみましょう」

 

 決まりだ、と皆が頷く。そうなるとまずは向かう場所。シルフィーナのことを考えると、ある程度近場がいい。アクセルの近くにある湖辺りが丁度いいだろうか。候補を他にも数個考えつつ、他に決めるべきことを煮詰めていく。彼女のためなのだから、当然一緒にシェフィ、ミヤコ、イリヤを連れて行くとして。ママ二人は勿論参加、コッコロが行くならとカズマ、キャル、ペコリーヌも混ざり。

 

「ゼーンはどうする?」

「シェフィさまが参加ならば、ゼーンさまも恐らく参加かと」

「シルフィーナが怖がらない?」

「シェフィと遊ぶ際に何度も会っているし、それは問題ないだろう」

 

 じゃあ参加、と本人のいない場所で決定され、あれよあれよと中々の大所帯に変わっていく。そうなると、当然必要なものも盛大になるわけで。

 

「じゃあ、沢山のお弁当を用意しましょう」

「ま、ペコリーヌじゃないけど、当然よね」

「はい。腕によりをかけさせていただきます」

「わたしも当然作りますよ~」

 

 王女の手作り弁当って逆に恐縮しない? そうは思ったが、まあ今更なのでいいかとカズマは諦めた。そこを流して、それで弁当って何を作るんだと問い掛ける。

 よくぞ聞いてくれました。ぐりん、と振り向いたペコリーヌは、弾けるような笑顔で彼を見た。こういう時、ピクニックで大勢と食べるお弁当といえば決まっていますと胸を張った。

 

「おにぎりです!」

 

 拳を握りながらそう述べた彼女に反論するものはいなかった。まあ確かにそれっぽいな、と皆どこか納得したように頷いた。

 だからだろうか。ペコリーヌはそのまま言葉に勢いが増した。そういうわけですから、とっておきのおにぎりの具を用意しなくちゃいけません。握った拳を突き上げ、そう宣言した。

 

「とっておき、でございますか?」

「はい! ピクニックの日までに、絶対用意してみせますよ」

「……一応聞いておくけど、何を用意するわけ?」

 

 何だか猛烈に嫌な予感がしたので、キャルがどこか恐る恐る尋ねた。よくぞ聞いてくれました、と再びぐりんと向きを変えたペコリーヌは、今回は鮭にしようと思ってますと続ける。

 

「鮭……?」

「はい! なので、取りに行きますよ――最高の、荒魔鬼鮭(あらまきじゃけ)を!」

「え? 何だって?」

 

 何か聞き覚えがあるようで全く無い凄いワードが聞こえたぞ。ノリノリのペコリーヌを見ながら、カズマも何だか猛烈に嫌な予感がし始めていた。

 

 



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その145

何か凄い勢いで美食殿


「というわけで。やってきましたよ~」

 

 テンション高めで拳を突き上げるペコリーヌの傍らで、キャルは始まる前から既に目が死んでいる。これ絶対碌なことにならないやつだ、と確信しているのだろう。同行者となったダクネスも、何とも言えない表情でペコリーヌに付き従っている。

 

「しかし」

 

 そんなダクネスだが、この食材調達にやってきた面子の一人を見て少し不思議そうに、それでいて申し訳無さそうに声を掛けた。本当に良かったのだろうか、と述べた。

 

「なんで? シルフィーナちゃんの治療には役に立てなかったからさ、このくらいはあたしも手伝わせてよ」

 

 そう言って笑みを見せるのは、彼女の親友である盗賊の少女。そんな気にしなくてもいいのだが、とダクネスは苦笑するが、そういうわけにもいかないらしい。

 だってアンデッドと悪魔に負けるのは悔しいじゃないか、とは彼女自身の弁である。

 

「……そこまでいうのならば、頼んだぞ、クリス」

「うん。あたしに任せてよ!」

 

 そう言って無い胸を張る。まあ被害担当が増えるのはいいことよね、というキャルの呟きは、幸か不幸か聞こえなかった。

 そういうわけで。今回の食材探しの面子はカズマ、コッコロ、キャル、ペコリーヌに、ダクネスとクリスが追加され、そして。

 

「おさかなー」

「あまり離れるな」

「はーい」

 

 シェフィとゼーンのドラゴン兄妹である。ちなみにここまで来るのもゼーンに乗ってきたのであっという間だ。ホワイトドラゴンがそうポンポン姿現して飛んでていいのだろうかと思わないでもなかったが、既にベルゼルグ王家が声明を出しているので、ここで手を出すというのはバーサーカー王家に弓引くに等しい行為だ。素材や希少種であるという理由では割りに合わないので、普通ならばもう大丈夫である。全く別の理由でうずうずしている約一名は、片方が幼児だったので今回は手を引いた。元に戻ったら襲撃するらしいので、その時はジュンが付き添うか止めるかする算段である。

 ともあれ。港町にやってきた一行は、漁師から件の食材についての情報を聞き込みに向かった。殆どの漁師がその名前を聞くと、面子を見て、本当に大丈夫かと心配そうに聞き返していたのがカズマには印象的であったが、それそのものには命の危険性があるような相手ではないらしいというのは情報を集めているうちに彼も理解した。

 

「ペコリーヌさま」

「どうしました? コッコロちゃん」

「漁師の方々からお話を聞く限り、季節が少し外れているように見受けられますが」

「そうですね」

「そうですね、じゃないわよ。分かってんだったら何で来たわけ?」

「ふっふっふ~。そこがポイントなんですよ」

 

 キャルの言葉にペコリーヌは不敵な笑みを浮かべる。さっきまでの情報で大体場所は絞れましたと続けると、彼女はまた別の漁師に話を聞きに行った。ただ、その問い掛けは先程とは少し違う。それを聞いた漁師は怪訝な顔を浮かべ、次いでお前さんたちアレを獲る気かと目を見開いた。

 

「はい。最高の食材といったら、もちろんあれですから」

 

 成程なぁ、と漁師は溜息を吐く。まあ無理はするなよと告げ、彼は彼女が持っていた地図に数箇所の印を付けた。これはこの街の漁師が共有しているもので、その付近は基本警戒し近付かない。いるとしたらここのどこかだ。そこまで言うと、漁師はまあ頑張れと踵を返した。そうした後、船酔いだったのか吐いていたがまあ今は関係あるまい。

 

「よし、じゃあ」

「待て」

 

 行きますよ、と宣言しようとしたペコリーヌをカズマが止める。さっきまで命の危険性が少なかった気がしたので、一気に不穏な空気になったぞ。そう感じた彼は、隠すこと無く彼女に告げた。お前これ本当に大丈夫なんだろうな、と。

 

「大丈夫ですよ。今のわたしたちなら」

「ちょっと待てお前それ絶対危険なやつだろ」

「まあ、完全に安全かといえばそうじゃないかもしれませんけど」

 

 やっぱりじゃねぇか。がぁ、と叫ぶカズマに向かい、ペコリーヌはでも、と返す。

 ここの所の騒動と比べれば間違いなく危険じゃないですよ。さらりとそう述べられ、彼は何とも言えない表情になる。違う、そうじゃない。比べる対象が間違っている。そう言いたいが、彼女の判断からすると、実際言うほどの危険はないような気がしないでも。

 

「カズマ、騙されるんじゃないわよ。こいつ食べ物のときは基準ガバガバなんだから」

「……そういやそうだったな」

 

 蟲スイーツを思い出す。アレを何の問題もないですよと言い切ったのだから、今回もボーダーラインが狂ってる可能性は大いにある。

 

「ですが。ペコリーヌさまはわたくしたちの命の危険性まで判定をおかしくすることはないかと」

「……まあ、それはそうなんだけど」

「命『は』大丈夫かもしれないけどさぁ……」

「何だか凄く疑われてますね」

 

 じとー、とペコリーヌを見るキャルとカズマ。あははと苦笑を返した彼女は、まあ心配いりませんと二人に返した。いざとなったら自分が盾になりますから。そう言って胸をどんと叩いた。揺れた。

 

「その時は私が盾になりますので! ユース――ペコリーヌさんは下がっていてください!」

「でも、提案したのはわたしですから」

「それでもです。必ず私を盾にしてください!」

「これどっちの理由なんだろうな」

「どっちもじゃない?」

 

 こういう時のダクネスはとことん信用がない。

 

 

 

 

 

 

 何だかんだとグダグダしたが、とりあえず印の場所へと向かうことにした一行。が、そこにいたのはどう見ても鮭じゃない。まあつまり間違いなくお目当てのものではないわけで。

 

「……いや、そうは言っても、こいつも相当の食材だからね」

 

 目の前には、ジャイアントトードとタメを張るレベルの大きさの甲殻類がいる。カチンカチンとハサミを鳴らしながらこちらへと近付いてくるその姿は中々に恐怖だ。実際カズマはいやこれヤバいんじゃねぇのと大分引いている。

 

「こいつは、威勢エビか……」

「ラッキーですね。天むすも追加できますよ」

「言ってる場合かぁ!」

 

 キャルが叫んだ。それを合図に、威勢エビがハサミを振り上げる。食らったら間違いなくその部分が吹き飛ぶだろうと確信したカズマとキャルは全力回避。コッコロとクリスも同様であったが、残りは。

 

「くぅ……このハサミの一撃、中々の……!」

「いい感じに身が詰まってます。やばいですね☆」

 

 真正面から受け止めたドMと腹ペコバーサーカーである。ベクトルは違えど、どうやらその攻撃で彼女達には喜ぶべき要素があったらしい。恍惚の笑みを元に戻し、ダクネスは威勢エビのハサミを掴みその場で踏ん張る。ギチギチとハサミを動かして彼女を轢き潰そうとするエビのそれを受けながら、何だか凄く満たされた表情で今ですと述べた。

 ペコリーヌが受け止めていたハサミを剣でかち上げる。突如のそれに体勢を崩された威勢エビは、もう片方のハサミも動きを止められていることで、完全に無防備となり。

 

「スパッと斬ります!」

 

 外殻など知ったことか、と言わんばかりの斬撃を叩き込まれあっさりと沈黙した。動かなくなった威勢エビに刻まれたその一撃を見て、うへぇとカズマの表情が歪む。

 

「何かもう今更だけどやべぇな」

 

 コンコン、と外殻を叩く。どうやったらこれをスッパリ斬れるんだよとぼやき、キャルと共にフリーズで冷凍保存した。これを持ったまま次の場所は流石に無理なので、一旦港町に戻って再度出発となる。

 

「ねえ、ところで。あたし肝心の目的を聞いてなかったんだけど」

 

 これより凄いやつなの、とクリスが問う。どでかい威勢エビの時点で既に大分条件を満たしている気がしたのだが、一行の口ぶりからすると追加のおまけ食材扱いだ。何か鮭らしいというのだけは聞いたが、そんな言うほどの鮭がいただろうかと彼女は首を傾げていたのだ。

 

「荒魔鬼鮭ですよ」

「あたし用事思い出した」

「《バインド》」

「ちょぉ! カズマ君!? なんでぇ!?」

「いや、生贄は多いほうがいいかなって」

「そうね。ねえクリス、あんたが自分でついてきたんだから、今更逃げるのは駄目じゃない?」

 

 逃さんとばかりにキャルが詰め寄る。そして彼女の言葉に、クリスはうぐ、と呻いた。確かにわざわざ同行したのは自分だ。ミヤコとイリヤに負けてなるものか、と鼻息を荒くしていたのも間違いない。

 だが。だがしかし、である。

 

「荒魔鬼鮭相手って、あたし前衛だよね! 絶対被害受けるやつじゃない!」

「う、うむ。それはまあ、そうかもしれんな」

 

 だからいいのか、と聞いたのだが、と困った表情を浮かべているダクネスを見て、クリスはどうやら自分が勢いでやっちまったことを今更ながらに気が付いた。

 何となく、どこかでモニタリングしている二人が大爆笑をしている姿が見えて、ゆっくりと彼女の目から光が失われていく。

 

「……まあ、無理はしなくてもいいのだぞクリス。食材探しは私達だけでも」

「……やるよ。こうなったらヤケだ! やってやるよ!」

 

 バインドを解かれたクリスがやけくそ気味に叫ぶ。アメス、録画の準備しておいて、とどこぞの水の駄女神がこれからのことを予想して提案していたとかいないとかそういうのはあるが、それを差っ引いても彼女は撤退の選択肢を消し去ったようだ。

 港町で借りた倉庫に威勢エビを放り込み、では次のポイントだと皆は意気込む。カズマとキャルは除く。

 

「また威勢エビじゃないのよ!」

「いえ、向こうに別の魚もいるようです」

「ちょうちん暗光だ。え? 何か向こう戦力バランスよくない?」

「なあ俺話に若干ついていけないんだけど、向こうの魚もヤバいのか?」

「ちょうちん暗光は闇と光の魔法を操る強敵だ」

「あ、何か前聞いたな」

 

 言うが早いか、ちょうちん暗光が魔法をぶっ放す。コッコロの魔法防御呪文によって防がれたが、目の前で着弾したそれを見る限りカズマが食らったら即お陀仏だろう。勿論威勢エビのハサミも同等である。

 

「……まあ、魔王軍の幹部よりかは弱いでしょうから、なんとかなるでしょ」

「比べる基準おかしいだろ。というか俺にとっちゃどっちみち食らったら死ぬから一緒だ一緒」

「だったら食らう前に片付けるわよ。ほれカズマ、援護!」

「へいへい。――《狙撃》!」

 

 場所の形状は入り江に近い。威勢エビは浜に上がってくるが、ちょうちん暗光は水の中でしか行動できない。それを逆手に取って、カズマは狙撃で海を狙った。

 バシン、と盛大に火花のようなものが上がる。水を伝い、彼の置きトラップが広がったのだ。ちょうちん暗光は盛大に麻痺し、ビクンビクンと痙攣している。威勢エビは甲殻が多少防いでいるのか、動きが鈍くなる程度で済んでいるらしい。

 

「よし、じゃあ」

「くぅぅぅ。この痺れは、中々っ……」

「おーいシェフィ、あの辺まとめて凍らせられるか?」

「できるよー」

 

 ホワイトドラゴンによるブレスで、悶えているドMごと一網打尽となった。よいしょ、と凍ったちょうちん暗光を引っ張ってきたペコリーヌは、手際よく吊るし上げると慣れた手付きで捌いていく。威勢エビはそのままでいいが、こちらは先に〆てしまった方が味がいいらしい。

 

「というか、ついにペコリーヌですらダクネスのこと心配しなくなったわね」

「あれはただ単にダクネスより食材の方が優先度上なだけじゃ」

「それはそれでどうなんだ……」

「信頼の表れ、と思えば……」

 

 コッコロのフォローも微妙に苦しい。まあ実際冷凍と麻痺のダブルコンボでご満悦になっているドMを見る限り心配は欠片も必要ないのだが。クウカとどっちがマシか、という不毛な疑問を抱きつつ、やっぱりこれだけの量だと一旦戻らないと駄目だろうと再び帰還する。漁師たちは次々運ばれる強力な海産物を見て驚いていたが、彼女達の狙いが例の鮭だと聞くと、それも納得と頷いていた。

 

「……ねえ、ダクネス」

「どうしたのだ、クリス」

「なんだか、ただの荒魔鬼鮭を獲るにしては反応おかしくないかな?」

「言われてみれば、そうだな」

 

 んん? と首を傾げたクリスの言葉に、ダクネスもううむと考え込む。それを聞いていたカズマは、なあキャル、と隣に話しかけていた。

 

「荒魔鬼鮭とかいうのって、そんな強いモンスターなのか?」

「モンスターっていうか魚だけど、強さ自体はそこまでね。所詮鮭だもの」

 

 だったら何でそんな。そう問い掛けた彼の言葉に、キャルは何とも嫌そうな顔をした。問題はこいつが強力な水魔法を使うことよ、とぼやいた。

 

「水魔法、でございますか」

「あれ? コロ助知らないの? 荒魔鬼鮭は産卵時期になるとそれに適した場所に向かって一直線に進むのよ。ほんとに一直線、水魔法と天候操作で無理矢理川を作って移動するわ」

「それはもう俺の知ってる鮭じゃないな」

「大自然の驚異でございますね」

「まあでも、別にこいつと出会って人が死ぬってことはそうそうないはずなんだけど。……そうよね、何でこんな危険物扱いされてるのかしら」

 

 キャルの中の嫌な予感センサーがビンビンに反応をし始めた。いやまあ最初からヤバいヤバいとは思っていたが、ここに来てヤバい指数が跳ね上がってきた気がしたのだ。

 しまってきましたよ~、とシェフィやゼーンと呑気に戻ってくるペコリーヌを視界に入れると、キャルはちょっとあんたと詰め寄った。何か隠していることあるんじゃないの、と問い掛けた。

 

「隠していること、ですか?」

「そうよ。荒魔鬼鮭獲るだけにしては、何だかヤバい雰囲気出しすぎてんのよ」

「……あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「聞いてない」

「あ、はは……それは、ごめんなさい」

 

 頭を下げる。二人のやり取りに注目していた残りの面々も、それを聞いてどういうことだと眉を顰めた。ダクネスだけはいいえそんなと恐縮していたが。

 ともあれ、ペコリーヌが狙っているのは普通の荒魔鬼鮭とは少し毛色が違うらしい。まずそれだけは確実に分かった。

 

「わたしが狙っているのは荒魔鬼鮭の特別個体です。本来ならば産卵時期でない限り、荒魔鬼鮭は海以外で活動しません。でも」

 

 説明は道中を移動しながら。そういうことで別の印の場所へと向かいながら、ペコリーヌは皆に説明をし始めた。よくよく考えると、地図の印はどれも海上ではない。普通に考えると魚を獲るのだから海の上だろうとならないのは、サンマが畑で取れるからなのだがそれでも。

 

「ごくたまに発生するんです。産卵時期でもないのに陸地を突き進む個体が。それらは通常の荒魔鬼鮭の群れを抜け、己の力だけを頼りにしている。ですから」

 

 そこで彼女は言葉を止める。それに続く言葉を想像し、皆がゴクリと息を呑んだ。

 

「物凄く身が引き締まっていて、とっても美味しいんです!」

 

 そしてコケた。強調する場所そこかよ、とカズマが代表してツッコミを入れる。何かおかしかったですかと首を傾げるペコリーヌは素なので、どうやら自分達の考えの方がずれていたのだと思い直した。

 まあそういうことなら、と空気が緩む。どうやら杞憂だったようだ。そんな結論を出した一行は、じゃあ今度の場所にその荒魔鬼鮭の特別個体がいるかもしれないなと呑気に話していた。海からそこそこ離れている場所にうってあるこの印は、先程のように威勢エビなどではないだろうからだ。

 

「……ん?」

 

 急激に雲が広がってきた。何だ何だ、と空を見上げると、視界があっという間に雷雲らしきもので埋まっていく。雨こそまだ降っていないが、このままだと間違いなく。

 

「当たりですね」

「何がよ。どこか雨宿り出来る場所を――って、え?」

 

 ペコリーヌが前を見ながら呟いた。それに反応しながら、キャルは彼女の視線を追って。

 そして、見た。ついでに他の面々も同じようにそれを見た。

 

「なんじゃありゃぁぁぁぁぁ!」

「荒魔鬼鮭、なのでしょうか……?」

「いやデカすぎでしょ!?」

「普通の鮭の数百倍はあるね……」

「群れを抜けるというか、追い出されたのでは……?」

 

 視線の先には、自らが生み出した雨雲を周囲に纏わせ、出来上がった水を泳ぐ巨大な鮭。その無機質な瞳は、望まぬ客人を歓迎しているようにはとても見えなかった。ゴロゴロと雲から雷が光っていることからもそれが伺えよう。

 

「出ましたね。荒魔鬼鮭の変異種、斗鬼白頭!」

「俺の知ってるトキシラズじゃねぇ!」

「おにーたん。あれおいちー?」

「多分な」

「あんたらはマイペース過ぎるわぁ!」

 

 




ついに出しちゃったオリジナル敵、斗鬼白頭。
……敵?


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その146

巨大な敵との戦歴
三章  :ハンス
よりみち:ベトブヨニセドラゴン
六章  :アイギス
七章  :シルビア
八章  :鮭(New)


「さあ、やっちゃいましょう」

「出来るかぁぁぁぁ!」

 

 キャルの全力ツッコミ。ノリノリのペコリーヌとの対比が凄まじいことになっている。が、いかんせんカズマも同じ気持ちなのでそれについては何も言わない。

 というかあれはどうにかなるものなのだろうか。彼の疑問はもっぱらこれである。

 

「でも、鮭ですよ?」

「意味分かんないんですけどぉ!」

「鮭って美味しいじゃないですか」

「だから何なのよ!」

「美味しいご飯のためなら頑張れる。そう思いません?」

「限度ってもんを知りなさいよあんたは!」

 

 そんなこんなのいつものやり取りをやったところで、巨大な鮭、斗鬼白頭のターンである。ギョロリと魚眼をこちらに向けると、ばしゃりと水面から飛び跳ねた。それに合わせるように、雨雲が周囲に広がっていく。

 

「おっと、向こうもやる気ですね」

「もういやぁ、あたし帰るぅぅ!」

「大丈夫ですよキャルちゃん。わたしが、キャルちゃんを守りますから!」

 

 雨雲から吸い取ったのか、斗鬼白頭が猛烈な勢いの水ブレスを放つ。ペコリーヌはそれを剣で受け止めると、押し返すように振り上げた。その光景を目にした鮭は再び水面へと戻ると、ならばこれだと言わんばかりに嘶いた。

 

「おい鮭が吠えたぞ」

「そうだな」

「……え? 鮭って吠えるもんなの?」

「いえ、わたくしは存じあげませんが……」

「あたしも知らないかな……」

 

 流したダクネスを、カズマ、コッコロ、クリスの三人が見やる。視線を向けられた彼女は、いやまあ私も知らないぞとのたまった。じゃあなんで流したんだよとカズマの追加のツッコミが入る。

 

「い、いや。向こうの攻撃をどう受けるか、あるいはどう避けるかの見極めに集中していたので、つい」

「いやお前は全部受けりゃいいだろ。それで一人で悶えてろ」

「そうしたいのは山々なのだが。あの鮭は荒魔鬼鮭の特殊個体なのだろう? ならば、特徴も同じくしているはずだ」

「だからなんだよ」

「あ、そっか。カズマ君知らないのか」

 

 ぽん、とクリスが手を叩く。何がだよ、というカズマと、申し訳ありませんがわたくしも、と眉尻を下げるコッコロがいて、彼女はなら今のうちに説明しようと指を立てた。

 

「元々荒魔鬼鮭はモンスターじゃないからね。所詮魚類、だから外敵から身を守る術も迎撃じゃなくてあくまで防衛なんだ」

「と、言いますと?」

「うん。あの鮭は水魔法に長けているって話はしたよね。だから、効率よく人間を撃退するために――」

「しぇふぃもいくよー」

「シェフィ、あまり前に出るな」

 

 クリスの言葉を遮るように、笑顔のシェフィが斗鬼白頭に向かって突撃していた。あの巨体を恐れないのは、中身が幼児だからとかそういうわけではなく、単純に自分の正体も巨体を持つドラゴンだからなのだろう。

 そんなわけで、彼女はカズマ達の目の前で雨雲を媒介にした泡の水流に直撃されて。

 

「あ、ふくとんでった」

「装備を吹き飛ばす攻撃をしてくるんだよ」

 

 素っ裸になったシェフィが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

「成程」

 

 中身が幼児でも見た目は同年代の美少女である。以前は予想が出来たので回避したが、今回は思い切り見てしまった。やれやれ、と息を吐きながら、カズマはゆっくりとコッコロから距離を取る。木にもたれかかると、足を組んで何やら考え込む仕草を取った。

 

「主さま? どうされたのですか?」

「ちょっと考えることがあってな。気にしないでくれ」

 

 まあ中身が中身なので半減してたのが幸いだ。無知シチュはカズマの好物とは少し離れているからだ。もし恥じらいがあったらヤバかった。

 

「とりあえず、装備っていうか服を剥ぎ取る攻撃があるわけだな」

「ああ、そうだ。それ以外はいくら食らっても構わんが、それだけは流石に私も抵抗がだな」

「今更何言ってんだよ汚れ令嬢」

「そういう名誉を辱めるのは――それは、それでまああれだが、実際になってしまうのは問題があるのだ……」

「ペコリーヌ! ちょっとダクネス盾にしてやってくんない?」

「え? ララティーナちゃん、いけるんです?」

「しょ、少々お待ち下さい! 心の、準備が……!」

 

 深呼吸を一つ、二つ。そしてよし、と覚悟を決めると、ダクネスはペコリーヌの隣に並んだ。お待たせしました、と彼女に述べた。

 

「……えっと。あまり無理はしちゃだめですよ?」

「いいえ。王国貴族として、貴女様があられもない姿になるくらいならば、私が」

「いえあの、わたしの装備は王家の装備なので、向こうの水魔法でも吹き飛ばないんですよ」

「……え?」

 

 一瞬ダクネスが呆けた隙を狙い、斗鬼白頭は再び装備を剥ぎ取る泡水流を生み出した。初撃を受け止められたことで、確実に脅威を排除するように動きを変えたらしい。

 危ない、とペコリーヌがそれを受け止める。成程確かに彼女の言う通り、ティアラを筆頭とした王家の装備は相手の攻撃でも揺らがないらしい。

 が、しかし。

 

「ユースティアナ様!? 靴が!」

「お、っとと。受けきれませんでしたね」

「剥ぎ取られているではないですか!?」

「そりゃあまあ、服まではカバーしてませんし。でも装備は無事なので」

「それは駄目ではないですかぁ!」

 

 水流で吹っ飛んでいった靴を大慌てで回収する。幸いというべきか、完全破壊するというわけではないらしく、普通の水とは違い生臭い液体でベッチョベチョではあったものの、装備し直すことは可能のようであった。したいかどうかは別として。

 

「さて。クリス、いけるか?」

「いけるわけないよね!? このやり取りで何を理解したの!?」

「当たらなければ大丈夫なんだろ? クリスは身軽さが売りの盗賊職、問題ないじゃないか」

「何かもっともらしいこと言い出した……っ」

 

 ぐぬぬ、と表情を歪めながら、向こうでべっちゃべちゃの服を着直しているシェフィを見る。最悪、食らったら即座に離脱して服を回収すればギリギリ大丈夫な気がしないでもないような。

 

「ゼーンさんはドラゴンだから、カズマ君にさえ見られなければ」

「《千里眼》」

「何やってんの!?」

「いやフォローのためにも視力強化はしとくべきだろ?」

 

 反論しにくい。しにくいが、まず間違いなくこいつは自分がひん剥かれるのを待っている。そんな確信はあるものの、じゃあやめるかといえばそれも出来ないわけで。

 こんちくしょー、とヤケになりながらクリスも斗鬼白頭の戦闘エリアへと突っ込んでいった。カズマはそんな彼女を見ながら、出来るだけ範囲外にいようと弓を構える。

 

「あんたも行きなさいよ」

「いや何でだよ。この状況なら俺は後方支援だろ。というかお前は何でここに?」

 

 そこに声。いつの間にか戦闘範囲外に逃げていたキャルがジト目でカズマを見ていた。カズマはカズマで、そんな彼女を見ながら不満そうに表情を変える。あの巨体を倒すにはそれなりの攻撃力が必要だろうから、キャルも向こうに行くべきだ。そういう主張である。

 

「嫌に決まってんでしょ。あたしはこの辺から魔法でちょくちょく援護する役よ」

「ここからじゃお前の魔法も制限されるだろ? ちゃんと向こうに行くべきだ」

「お互い様でしょ。あんたも罠とか使えないじゃない。もっと前に出なさい」

 

 譲らない。両方ともに、自分はここにいるからお前は向こうに行けと言い張った。

 そうして睨み合っている二人の間に、それならば、と割り込みが入る。当然というべきかなんというか、やり取りを見守っていたコッコロであった。

 

「わたくしがあちらに向かいますので、お二人は後方で支援を」

「コッコロは向こうに行っちゃ駄目だ」

「コロ助は向こう行っちゃ駄目よ」

「キュッ!?」

 

 全力で止められた。他はまあともかく、コッコロだけは駄目だ、と二人は断言した。まあ正確には多分全員アウトなのだが、それでもコッコロだけは駄目なのだ。

 ですが、と眉尻を下げながら向こうの様子を見る彼女を見ていると、カズマもキャルも思わず言葉に詰まってしまう。恐らくここで、いいから三人で見てようと言ったところで彼女は納得しないだろう。

 だから。

 

「俺とキャルが行くから、コッコロは後方支援!」

「ちょっと何どさくさに紛れてあたし巻き込んでんのよ!」

「しょうがねぇだろ。コッコロ、俺達を頼んだぞ」

「え、っと。よろしいのですか?」

 

 キャルを見る。え、と一瞬動きが止まった彼女は、ああもうと頭をガリガリ掻いた。

 

「行くわよ。行けばいいんでしょ行けば! いいコロ助、その代わり、あんたは絶対に前に出ちゃ駄目よ。分かったわね!」

「は、はい……」

 

 半ば圧される形で返事をしたコッコロを見て、よし、と二人は頷く。そしてそのまま揃ってヤケクソ気味に突撃していった。クリスと大体同じような状況なあたり、なんというか物凄くブーメラン味がある。

 

「あ、カズマくん、キャルちゃんも」

「お前達、大丈夫なのか?」

 

 装備を吹き飛ばされるのだけは死守しているタンク組二人が途中参加メンバーを見てそんなことを述べたが、カズマもキャルも大丈夫なわけないだろうと全力で即答した。

 

「え。じゃあ何で来たの? ぶっちゃけカズマ君あたし達がひん剥かれるのをニヤニヤしながら見てると思ったんだけど」

「俺のイメージ悪過ぎない!?」

「何よ、妥当でしょ。あんたあたしを素っ裸にさせようとしたじゃない」

「誤解だ誤解。俺は純粋に戦力としてだな」

「わぷ」

「ユースティアナ様!? 服が」

「え?」

 

 ぐりん、と会話を打ち切って思わず視線を動かした。肩部分が吹っ飛んでノースリーブになっているペコリーヌが見えて、ああそういうことかとカズマはほんの少しだけがっかりと。

 

「……ねえカズマ。もう一回言ってくれない?」

「誤解だ」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 

 

 

 

 

「あの~。カズマくん、ちょっと恥ずかしいので、あまり見ないでくださいね」

 

 上半身の露出が大分マシマシになったペコリーヌが、少しだけもじもじしながらそう述べる。カズマはそんな彼女を見て、ああごめんと反射的に返してしまった。

 

「……ね、ねえダクネス。ペコリーヌとカズマ君って、その、そういう関係なの?」

「馬鹿を言うな、そんなはずがないだろう。……ない、はずだ」

 

 直接確かめていないので、と少しだけ自信がなくなる。そもそも確かめなくとも断言出来る状況ではない時点で大分問題なのだが、そこを言っていてはきりがない。

 とにかく今はそこを問題にしている状況ではない、と半ば力押しで話題を打ち切ったダクネスは、視線を改めて斗鬼白頭に戻す。先程から防戦一方で、あまり有効打が与えられていない。食材として確保しなくてはいけない、という縛りがあるので、やたら強力なスキルは必然的に封印されてしまうのだ。おかげでドラゴン兄妹も割と暇を持て余し気味だ。

 

「まあぶっ倒すだけなら火力でゴリ押しすればいいものね」

 

 はぁ、とキャルが溜息を吐く。自身の魔導書付きの杖に魔力を込めながら、そうなると何を使ったもんかと思考を巡らせた。

 ん? と思考が中断される。周囲の地面が淡く光り輝き始めたのだ。それと同時に、ステータスが上昇するのを実感する。

 

「コロ助? あんたは下がってなさいって」

「勿論、出しゃばりはいたしません。あくまで後方支援でございますので」

 

 振り返ると、成程確かに距離を取った状態で支援呪文を唱えている彼女の姿が。お任せいたします、と微笑んでいる彼女を見て、しょうがないわねぇとキャルは肩を竦めた。

 

「見てなさいコロ助」

 

 杖を振る。そこから生み出された雷撃は一直線に斗鬼白頭に向かって伸び、鮭を行動不能にせんと襲いかかる。

 それが着弾する直前、斗鬼白頭が嘶く。それに合わせるように周囲の雨雲が輝き、ベクトルを変更された雷はそのまま雨雲に吸収された。

 

「……え?」

 

 雨雲が雷雲に変わる。ゴロゴロと響いたそれは、お返しとばかりにキャルに向かって雷閃を放った。

 危ない、とダクネスが間に立つ。直撃した雷は、彼女をいい感じに痺れさせた。

 

「あの雲は中々に厄介だな」

「一応ダクネスの心配してあげようよ……」

「案ずるなクリス。これならば服が剥かれる心配もなし、いくらでもやってくれ」

「ちょっと罪悪感覚えたあたしが馬鹿みたいじゃない」

「あはは、やばいですね☆」

 

 既にペコリーヌが流しているのでもういいか、と一行はダクネスを無視って次の手に出る。じゃあこれはどうだ、とカズマが弓を引き絞った。狙撃によって狙い違わず鮭に向かって飛んだ矢は、先程の雷と同じように雨雲に受け止められた。当然、矢に仕込んでいたトラップがその場で発動する、が。

 

「ねえちょっとあれ罠吸い込んでない?」

「うむ。いい感じに膨れているな」

「て、ことは?」

「退避ぃ!」

「やばいですね!」

 

 予想がついたので、即座に距離を取った。破裂するように、雨雲から麻痺の雨が降り注ぐ。ここで麻痺ると間違いなくひん剥かれる。そういう判断をしたのか、ダクネスですら回避を選択した。

 

「遠距離攻撃じゃ駄目だ」

「いやでも、雷とか麻痺とか、いかにも雲が吸い込みそうなのだったのが悪いのかも」

 

 カズマの出した結論にクリスは反論を行う。一応試してみるべきかもしれない、と彼女はあの雲が吸い込みそうにない属性を提案した。

 

「つまり、火ってこと?」

「うん。あ、ドラゴンのブレスでも」

「俺のブレスは加減が利かん」

「しぇふぃ、ひをふくのにがてー」

 

 そういうことらしい。げんなりした顔をしたキャルが、結局また戦闘エリアに行くのか、と肩を落としていた。

 では気を取り直して、と再び一行は戦闘エリアへと駆ける。ぶっちゃけ待っていたかったカズマも、何だかんだ引っ張られて向かっていった。

 斗鬼白頭は魚眼を向ける。しつこいぞ、とっとと失せろ、これ以上痛い目に遭いたくなければ、と。

 だがそんな視線を受けても、目の前の面子は引き下がらない。絶対をお前を倒して、そして食してやるという気合が、言葉を交わさずとも伝わってくるのだ。

 

「さあ、第二ラウンドですよ」

 

 ペコリーヌの言葉を皮切りに、皆が一斉に武器を構え直した。

 

「……このまま被害が無いといいなぁ」

「クリス、それフラグだぞ」

「不吉なこと言わないでくれる!?」

 

 いやあたしもそう思うわ。そうよね、私もそう思うわ。そんな言葉がどこからか聞こえた気がしたが、クリスは聞かなかったことにした。

 

 




一応言っときますけど、このすば原作だと鮭のこれは装備破壊だから、もっと酷いかんな!


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その147

これボス戦でいいんだろうか……


「今更なんだけど。何で俺達は鮭相手にガチバトルしてるんだ?」

「確かに今更ね。……いやほんと何でなのかしら」

 

 武器を構えたカズマとキャルのやる気が一気に萎える。そうはいっても実際高級食材はそれなりに高レベルであることが多いため、状況としてはそこまでおかしいものではない。ないのだが、それを許容できるかどうかはまた別である。これがせめてもうちょっと敵らしいビジュアルならまだマシだったのだが、目の前の相手はデカイだけで基本鮭である。

 

「ちょっと二人共! 呆けてると身ぐるみ剥がされるよ!」

 

 は、とクリスの言葉で慌てて我に返った二人は、斗鬼白頭の水泡から全力で離脱する。特にカズマは大分切実だ。ほぼほぼ女性だけ、それも美女美少女の集まりの中で全裸とか特殊な趣味に目覚めるか憤死するかの二択である。

 それでも自分とコッコロ以外は被害に遭わないかなぁ、と一瞬考えてしまうあたりが彼らしいと言えるかもしれない。

 

「とりあえず、あの泡が厄介だな」

「そうね。あれさえなければダクネスを盾にでもして突っ込んでいけば問題ないもの」

「もはや完全に人扱いされていない……ふ、まあ望むところだがな」

「望んじゃ駄目だよ……もう手遅れなのは知ってるけど」

 

 はぁ、と溜息を吐くクリスの横では、ペコリーヌがあははと笑っている。苦笑ですら無いのが彼女の言ったように手遅れを熟知している感を醸し出していて何とも言えない。

 ともあれ、現状カズマとキャルが述べたように斗鬼白頭、というより荒魔鬼鮭の問題点は装備解除だ。防具はともかく、武器が吹っ飛んでしまえば戦う手段が失われてしまう。そしてその隙をついて攻撃を行うというのが向こうの鉄板なのだろう。逆に言えば、装備さえ剥がされなければどうにかなる。

 

「あの反撃は大丈夫なのか?」

「びかびかびりびり、あぶないよ?」

 

 ひょいひょいと攻撃を躱しながらドラゴン兄妹が呑気にそんなことをのたまう。二人の言っているのは鮭の周囲の雨雲だろう。あれらが向こうの弱点になりそうな属性を防ぎ、あるいは吸収して跳ね返す役目を担っている。生半可な相手は装備解除などしなくても撃退できるからこそ、目の前の鮭は斗鬼白頭なのだ。

 

「ま、だからこそ跳ね返されない攻撃をするって決めたんでしょ。じゃあ、行くわよ!」

 

 杖の魔導書がバラバラと捲れる。そこから生み出された火球が、連打となって鮭へと叩き込まれた。バシャリと水面から跳ねた斗鬼白頭は、雨雲でカバーをしつつも被弾を無くすよう回避を行う。

 そこだ、とクリスとペコリーヌが一気に間合いを詰めた。相手は空中、その位置では流石に逃げ場はない。そう考え、二人は各々の得物を鮭へと。

 

「はぁ!?」

「えぇ?」

 

 雨雲が斗鬼白頭の尻尾に集まったと思ったら、そこから水流が生み出され、空中で水面が出来上がった。泳ぐように横移動、跳ねるように縦移動を行った鮭は、お返しだと言わんばかりに振り抜いた格好の二人へと水泡の雨を降らせる。

 このぉ、とペコリーヌはその状態のまま勢いを殺さず一回転。独楽のように回転しながら、自身に浴びせられる水泡を力任せにぶった切った。それでも数カ所は被弾し、スカートの後ろ側を覆っていた部分が流されていく。普段そこまでしっかりと見えないミニスカート部分が顕となり、肩口が無いことも踏まえて眩しいくらいに肌が露出していた。

 クリスはガッツリ命中した。

 

「いやぁぁぁぁぁ!」

 

 盗賊職の真骨頂とばかりに猛スピードで一行の視界から消えたクリスは、木々や茂みで大事な部分を見られないように隠しながら半べそ状態で服を探し始める。くりすもはだかー、と笑っているシェフィの無邪気な一言で彼女の心は見事に致命傷を負った。

 

「流石だな。凄い速さでフラグ回収した」

「そういうのいらないからぁぁぁ! パンツどこぉぉ!」

 

 木の上に引っかかっているそれを取るには道具を使うか木に登るかだが、彼女は全裸である。登り始めたら流石に気の毒だから録画切りましょうと提案する誰かさんと、流石にギャグで済まないものねと頷く誰かさんの呑気な会話など露知らず、クリスは必死で姿勢を出来るだけ低くしながら移動を行っていた。

 

「なんかここまで必死だとエロさより気の毒さの方が勝ってくるな」

 

 ううむ、と何かを考え込んだカズマは、視線をちらりとキャルに向けた。クリスは期待はずれだったので、今度は。そういうわけである。

 

「ぶっ殺すわよ」

「別にやれって言ってるわけじゃないだろ。もし食らった時はそれ相応のリアクションして欲しいってだけだ」

「あんた五回くらい死んだほうがいいんじゃない?」

 

 完全にゴミを見る目である。そのまま視線を前に戻すと、上下に水面を作った斗鬼白頭が三次元に泳ぎながら雨雲を周囲に設置し始めていた。戦力を減らしたことで、向こうは大分攻め気になったらしい。

 

「主さま」

「コッコロは駄目だって言ってるだろ」

「……わたくしは、大丈夫です」

「俺が大丈夫じゃないの!」

 

 世間体的に。そういう意味を込めて叫んだカズマのそれは、何だか色々足りてない感じだったので微妙に意味がねじ曲がった。まあ実際彼女に何かあったら彼が大丈夫ではないのはこの間のコロリン病の際に証明済みなのだが、今回のはちょっと違うわけで。

 尚それに挟まれて大分扱いが雑な少女が隣にいる。

 

「こいつごとあの鮭ぶっ殺せないかしら……」

「キャルちゃんが何だか物騒なこと言い出し始めましたね」

「いつものことのような気もしますが……」

 

 それよりも、とダクネスはペコリーヌを見る。最初の時とは違い、服を回収している暇がなかったので彼女は先程の露出マシマシ状態のままだ。戦う分には支障がないということだが、ダクネスとしては何とも言えない気分である。

 

「まあ、確かにちょっと恥ずかしいですけど」

「それならば服の回収を優先しませんと……」

「いえ、これ以上長引くのもマズいですし。何より……そんなことさせてくれなさそうです!」

 

 周囲の雨雲が真っ黒になる。中で光が瞬き、次いでゴロゴロと音もした。先程の反射とは別に、ある程度の準備をすれば自身でも雷雲化出来るらしい。勿論その雷が狙っているのは鮭の目の前にいる邪魔者達。

 

「ユースティアナ様!」

「ララティーナちゃんはカズマくん達を!」

 

 雷の雨が降り注ぐ。前傾姿勢で一気に駆けるペコリーヌに顔を顰めつつ、ダクネスは彼女の命令に従いカズマとキャルの盾となった。範囲外に逃れていたコッコロは、それが放たれる前に即座に呪文を詠唱、ペコリーヌとダクネス両名に支援を掛ける。

 

「く、うぅ。これは流石に、中々」

「ちょ、ちょっと大丈夫なの? 流石にあんたでも」

「この刺激、やみつきになりそうだ……っ」

「別の意味で大丈夫じゃねぇな」

 

 ダクネスという名の盾から視線を外すと、カズマとキャルは斗鬼白頭に突っ込んでいくペコリーヌを見た。降り注ぐ雷の嵐を剣で弾き、ステップで躱し。空中と地上を泳ぎ分けながらこちらに攻撃を加える鮭を、間合いに入れんと足を踏み出す。

 

「これ、俺の出番ないな」

 

 貧弱ステータスの冒険者が足を踏み入れていい領域じゃない気がする。そんなことを思いながら見学者にジョブチェンジしかけたカズマは、しかし横のキャルも同じように観客に転職を考えている素振りを見せていたことで目を細めた。いやお前は行けよ、と。

 

「無茶言わないで。あんたあたしの耐久値どんなものだと思ってんのよ。紙よ紙、ペラッペラなの。あれに近付いたら即死しちゃうわ」

「シェフィのタックルで鍛えられてんじゃないのか」

「あれで鍛えられたら苦労しないっての」

 

 ドラゴンのタックルを毎回食らっているというのは割とそれなりなんじゃないだろうか。そうは思ったが、そこツッコミ入れていたらキリが無さそうだったので、カズマははいはいと流すことにした。

 

 

 

 

 

 

 それはそれとして。ペコリーヌも周囲の雷が邪魔をして中々鮭に攻撃が当てられない。《プリンセスストライク》で雷雲ごと薙ぎ払うという手段は取ったら最後、作戦失敗と同義である。

 

「とはいっても、本当の本当に危ない時はしょうがないですね……」

 

 飛来した雷を薙ぎ払う。弾けたそれが露出している肌に当たってビリリと痺れたが、この程度ならば別に大したことはない。足に力を込め、跳躍すると空中の水面に向かって剣を振り上げた。

 水面が割れる。が、その剣閃から退避していた斗鬼白頭により、瞬く間に修復されてしまった。

 

「う~ん。これは中々にやばいですね」

 

 よ、と着地したペコリーヌは縦横無尽に泳ぐ鮭を見てぼやく。せめてもう少し手数があればと思わないでもないが、雷雲を処理しない限りまともに動けるのは彼女だけだ。そして処理しようにもペコリーヌでは難しい。

 

「……よし。カズマく~ん!」

 

 ほんの僅か迷った。だが、すぐさま顔を上げると、ペコリーヌは振り返る。ダクネスで雷を防ぎながらちょっとずつ前進しているカズマとキャルを視界に入れ、やばいですねと呟いた。

 

「どうしたペコリーヌ」

「何かいいアイデアありませんか?」

「ふわっとし過ぎだろ。まあ、雲さえどうにか出来ればいいんだよな。流石にダクネスも同じ刺激で飽きてきたみたいだし」

「変態が極まってるわね」

「人聞きの悪い事を言うな! そもそも、私もそれなりにダメージを負っているんだぞ。コッコロの支援が的確だからこうして立っているのだ」

 

 コッコロがドMの介護に完全に適応してしまうのは非常にマズいので、そういうわけだからこちらとしても早いほうがいい。ペコリーヌに言われるまでもなく、カズマはカズマで自身の思考を巡らせていた。先程も言ったように今の自分では戦線に紛れ込めない。なので、あくまで動いてもらうのは他の面々だ。

 

「あ、待てよ。風ならどうだ?」

「風?」

「雲が取り囲んでるのが問題なんだから、それを吹き飛ばせば」

 

 風の強い日に物凄い勢いで流れていく雲を思い出す。あれと同じ状況に出来れば、この場に雷雲が留まることを防げるはずだ。そう結論付けたカズマは、まずキャルを見て、いや違うと振り返った。コッコロ、と声を掛けた。

 

「はい。主さまのご命令とあれば、わたくし」

「いや違う違う。コッコロはそこで暇してる二人に支援掛けて欲しいんだ」

 

 紅魔の里での戦いと同じように。そう思ったのか、表情を引き締め前に出ようとしたコッコロをカズマが止める。それにほんの少しだけ不満そうな顔をした彼女であったが、先程の彼の言葉を思い出し、分かりましたと小さく微笑んだ。

 

「んでそこのドラゴン二人! はばたきで雲吹き飛ばしてくれ!」

「構わんが、お前達は大丈夫か?」

「みんなぴゅーっとしちゃうよ?」

「ダクネスなら耐えるだろ」

「なっ、私はそこまで体重が重くはないぞ!」

「いきなり乙女出してんじゃねーよ。壁は壁らしくドシンと構えてろ」

「言ってることは最低だけどまあ今回は同意ね。頼んだわよ、ダクネス」

「うぅう……」

 

 先程とは違い、若干涙目になりながらダクネスが二人を守るように仁王立ちする。これでいいんだろう、とヤケクソになって叫んだ彼女に向かい、二人は頼んだ壁、と容赦ない。

 

「主さま、キャルさま……流石に、それは」

「いやまあ確かに若干言い過ぎかもしれんが、いやほら、今状況が状況だし!」

「そうそう。後で謝るから、ね?」

「絶対謝らないんだろうなぁ……」

 

 ようやくべっちょべちょの服を回収し終えたクリスがコッコロよりも後ろでぼやいていたが、話はもう進んでいたので向こうにそれが届くことはなかった。

 では、とコッコロがゼーンとシェフィに支援を掛ける。羽ばたきだけで吹き飛ばすとなると、ドラゴンでもある程度の労力がいるだろうというカズマなりの試算であり、当の本人達もあったほうがありがたいので遠慮なくそれを受け止めた。

 

「シェフィ、大丈夫か?」

「がんばる~」

 

 何とも呑気な声と共に顕現するホワイトドラゴンが二体。大きく歴戦を感じさせるドラゴンは、地面にどしりと足をつけると、思い切りその翼を広げた。その隣の少し若く美しいドラゴンも、それに合わせるように無邪気に翼を広げていく。

 瞬間、周囲の木々がまとめて吹き飛ぶ勢いで風が吹き荒れた。耐えきれない葉はあっという間に千切れ飛び、地面の落ち葉はそれに巻き込まれ周囲を覆い隠すほどの吹雪さながらとなる。

 

「おわぁぁぁぁ!」

「ヤッヴァイわよぉぉぉぉ!」

「私は重くない……重くないもん……」

 

 ダクネスの後ろで必死に耐える。ただそこにいるだけでは無理なので、恥も外聞もなくダクネスにしがみついていた。

 そうして吹き荒れたその羽ばたきは、カズマの予想通り斗鬼白頭が周囲に配置した雷雲をまとめて吹き飛ばすことに成功し。同時に空中の水面も風により流された。突如として陸にあげられた鮭は、ビチビチと跳ねながら残っている水面に向かって移動を行う。普通の魚ならばチャンスなのだが、いかんせんこの鮭は巨体である。ビッチンビッチンしているだけでも大分危ない。潰されたらぺちゃんこだ。

 

「まあ、でもこれで攻撃のチャンスだ」

「よし、行くわよペコリー……ヌ?」

 

 カズマとキャルが武器を構え直したタイミングで、あ、と気が付いた。そういえばペコリーヌは吹き飛ばされなかったんだろうか。何か大丈夫な気がする、と流していたが、どうにもさっきから反応がないのだ。

 

「ふひぃ~。ちょっとやばかったですね」

 

 大丈夫だったらしい。風の勢いで大分ボロボロになってはいるが、吹き飛ばずに耐えきったようだ。髪に葉っぱが付きまくっている。

 

「よし、じゃあ改めて」

「はいっ。行きますよ!」

 

 ぐ、と足に力を込める。一足飛びで鮭に近付いたペコリーヌは、水面に向かうより水面を作ったほうが早いと判断した斗鬼白頭へと剣を叩き込む。体をしならせた尻尾とぶつかり、甲高い音を立てた。

 

「今すげぇ音したけど、あれ食えるのか?」

「荒魔鬼鮭は食べられるし、いけないことはないでしょ」

 

 そう言いながら弓と魔法で牽制を行う。これらがトドメにはならないのは重々承知。ペコリーヌが活け締めするチャンスを作り出せればそれでいいのだ。

 そこだ、と彼女が鮭の頭に向かって剣を振るう。手早く仕留めて、きちんと下処理を済ませるまでが今回の勝負だ。そんなことを思っていた。

 だからだろう。そのほんの僅かな油断で、向こうの反撃に気付くのが遅れた。いつの間にか水面に仕込んでいた、装備解除の水泡の対処が一瞬遅れた。とはいえ、ペコリーヌの装備で戦闘に重要な部分はほぼ王家の装備だ。それらは吹き飛ばないので、最悪ティアラと剣と細かいパーツ以外全裸になってもトドメを刺す分には問題ない。

 だが、彼女は攻撃を止めてまでそれを躱した。どうしても吹き飛ばしたくないものがあるとばかりに、左手を庇うように無理矢理体を捻って、体勢が崩れるのも気にせず。

 ゴロゴロと地面を転がる。素早く立ち上がりもう一度、と前を向いたその時には、体勢を立て直した斗鬼白頭がもう一度生み出した雷雲をペコリーヌに向けていて。

 

「し、まっ……」

『こんにゃろぉぉぉぉ!』

 

 何かが突っ込んできた。突っ込んできた一つは杖を思い切り振りかぶりながら呪文を唱える。鮭が吠えた。邪魔だ、と水泡で装備品もろとも押し流そうとしたが、あろうことかその魔法使いは装備品が吹き飛んでも構わず、杖などいらんとばかりに素手で呪文を完成させるとほぼゼロ距離で火球をぶっ放した。雷雲と一緒に吹き飛び、若干香ばしい匂いが上がる。

 衝撃で悶えながらも、鮭は大きく強靭な尻尾で魔法使いを弾き飛ばそうとする。装備品もない状態で喰らえば、間違いなく致命傷だ。

 

「《ワイヤートルネード》ぉ!」

 

 尻尾にワイヤーが絡みつく。ギチギチと音を立てながらも、全裸のキャルに当たる直前で尻尾は動きを止めた。ギョロリと魚眼を動かすと、突っ込んできた二人とは別口で、倒れている騎士の少女に寄り添うようにべっちゃべちゃの服を着た盗賊の少女とエルフの聖職者、落ち込んでいるのか興奮しているのか分からない怪しい聖騎士の姿が。

 

「カズマ君!」

 

 さっきの鬱憤を晴らすかのごとくスキルをぶっ放したクリスが、突っ込んでいたもう一人の名前を呼ぶ。その声に、斗鬼白頭も反応した。即座に視線をもうひとりに戻すと、迎撃するため水魔法を放つ。雨雲はまだチャージに時間がかかるが、見る限り魔法使いではない。ならば、装備品を吹き飛ばしてしまえば。

 そう考えた鮭は水泡でカズマの装備を流すが、彼も先程のキャルと同じように構わず突っ込んできた。それで何が出来る、と斗鬼白頭はチャージの終わった雨雲を。

 

「ダブル、ドレインタァァァァッチ!」

 

 雨雲が消えた。同時に、鮭の中の魔力が急激に失われていく。水も生み出せず、自分が泳ぐ水面も消え去り、そして最終的にはビチビチと跳ねる体力すら。

 そうして光の失われていく鮭の視界に映ったのは、全裸でぶらぶらさせながら仁王立ちする一人の少年の姿であった。無念極まりない。

 

 

 

 

 

 

 動かなくなった斗鬼白頭を見て、カズマはふう、と息を吐いた。全裸で。

 そしてそんな彼の隣に立ったキャルも、やったわね、と笑みを見せた。全裸で。

 そのまま、二人揃って満足気にパァン、とハイタッチをした。全裸で。

 

「あ、ははは……。あの、二人共、喜んでるとこ悪いんだけど」

 

 そこに声。クリスが非常に申し訳無さそうに、それでかつカズマを視界に入れないようにしながら、とりあえず隠した方がいいんじゃないかな、と述べた。

 隠す? と視線を下げる。まっぱだった。

 

「いぃぃぃやぁぁぁぁ!」

 

 即座にキャルはしゃがみ込んだ。おいどうしたキャル、とこちらを見てくるカズマをぶん殴ろうとしたが、そうすると見えるので動けなかった。というか改めて向こうに視線を向けると見たくないモノが見えてしまう。

 

「キャルさま。吹き飛んだ服でございます」

「うぅぅぅ……ありがとう、コロ助ぇ……」

 

 べっちょべちょの服を受け取る。が、ここでパンツ穿いたらカズマに丸見えなのでしゃがんだままずるずると茂みに移動を開始した。

 その途中。

 

「それにしても、やっぱりそのチョーカーは外れないんだね。……流石、先輩の加護が詰まってるだけはあるなぁ」

 

 クリスのそんな呟きが聞こえてキャルの目が更に死ぬ。ついでにどこぞで当たり前でしょとアクアがドヤ顔をしていたがまあ蛇足である。

 そして残ったカズマだが。

 

「……死にたい」

「主さま!?」

「俺、もうお婿に行けない……」

 

 同じくコッコロからべっちゃべちゃの服を手渡されたカズマは、世の無常を嘆き、新たな性癖が目覚めることもなかったことで絶望の淵にあった。性癖が目覚めていればまだ楽だったのに、と現実逃避をし始めた。

 まあ悔やんでも仕方がない。ここにいる面々にカズマのカズマさんをフルオープンしてしまったことは、とりあえず歴史の奥底にでも沈めておこう。どこか遠い目をしながら、彼もキャルと同じようにどこぞの茂みで着替えようと足を。

 

「か、カズマ……!? お前、それは!」

「ん?」

 

 そんな折、何かに気付いたダクネスが叫んだ。彼を指差しながら、先程とは違い真面目に顔色を悪くしながら。突如のそれに、彼は一体どうしたんだと彼女に問い掛ける。

 

「何故、お前がそんなものをぶら下げている!」

「え、何故って。そりゃ男なんだから、これはぶら下げているに決まってんだろ」

「そっちではない! お前の首に掛かっている、その指輪だ!」

 

 指輪、とカズマは視線を動かす。そこにはいつぞやにペコリーヌからもらった指輪をペンダントにしたものが、装備解除にも負けずに残っていた。流石は王家由来の指輪だな、と彼は変なところに感心してしまう。

 ともあれ、これのことを言っているのならばとカズマは説明しようとした。ペコリーヌに指輪を渡して、その代わりに貰ったものだと。何かこれだと婚約者の指輪交換みたいだな、とか思いながら口を開き。

 

「それは、王族が子供の頃から肌身離さず身に付け、婚約者が決まった時にのみ外し、伴侶となるものに渡すものだ。……なのに、何故お前がそれを。い、いや、それ以前に、それは一体誰の……っ!?」

 

 閉じた。え、それってじゃあ、と思わず視線をペコリーヌに向けてしまう。彼女は先程からこちらを見ていない。視線を外し、頑なにこちらを見ようとしていないのだ。それは、つまり。

 

「カズマ、お前、まさか……」

 

 勿論ペコリーヌはカズマが全裸なので見れないだけである。早く服を着てくれませんかね、と恥ずかしそうに呟いていたので、ぶっちゃけ向こうの会話もそこまで聞いていない。

 ただ問題は、ダクネスのそれがそこまで勘違いではないことであった。

 

 




指輪バレのシチュエーションとしてはかなり最低の部類。


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その148

こちらから、新たに現れた強力な魔物に挑戦する事ができます。
頑張って挑戦してみてください!


「……あぁー……」

 

 むくりと体を起こす。もうすっかり見慣れた、一旦仮の拠点にするとか言っていた割には馴染みまくっているアメス教会の自分の部屋をぼんやりと見ながら、カズマはぐぐっと体を伸ばした。今日も天気は晴れ、そして明日も明後日も晴れだという話だ。ピクニックの準備も順調で、後はシルフィーナがこのピクニックで元気になってくれるだけだ。

 が、その辺りの心配はダクネス達の問題だ。彼にとっての目下の問題は、準備の終わったそれではなく。

 

「あ」

 

 扉を開けると、どうやらノックしようとしていたペコリーヌが目の前に。目をパチクリとさせた彼女は、どこか誤魔化すようにあはは、と視線を逸らしながら、朝ごはんですよと伝え逃げていった。

 

「……はぁ」

 

 ここのところずっとこれである。上と下で大事なものをぶらぶらさせてしまったあの時から、どうにも彼女の様子がおかしい。

 否、理由は分かっているのだ。分かっているのだが、それを口にすると無性に悶えたくなる。というか自意識過剰もほどだろ、とセルフツッコミをしたくなるのだ。

 帰りの道中、ダクネスは苦虫を噛み潰した表情のままであった。ずっと悩んでいる様子であったが、結局アクセルに戻った辺りで、見なかったことにすると思い切り納得していない顔でそう述べた。胃痛で快楽を覚える体に変貌した被虐的変態令嬢であったが、今回のこれは未知の領域だったらしい。新しい扉は一直線では開かず、回り道が必要だったのだろう。そもそも開けてはいけない気もするが、そこら辺はダクネスなのでしょうがない。

 そんなわけで、カズマとしても何だか不完全燃焼であった。結局これそういう意味でいいの? そんな疑問が浮かんでいても、尋ねる相手がいないのだ。

 本人に聞けとか言ってはいけない。十六年以上モテない男子をやっていた彼が、金髪巨乳フレンドリー美少女姫騎士に「お前俺のこと好きなんだな」とか言えるわけがない。間違いなくただの勘違い野郎で、間違いなくフル・モンティカズマよりも羞恥の波が押し寄せてくる。バニルの腹が破裂する勢いだ。

 

「いや、でもなぁ……」

 

 そうは思っているのだが。先程のあれといい、どうもペコリーヌ自身からその辺を言い出そうとしているような気がしてならないのだ。自惚れも甚だしいんじゃないの、と思わないでもないが、鈍感主人公よりはマシな自覚はあるので、カズマとしてもちょっぴり期待してしまうのだ。

 

「朝から変な顔してるわね」

「うお」

 

 そんな彼の横合いから声。思わず横に飛び、そしてその声の主を見ると、キャルが呆れたような顔をしているのが視界に映った。ほれほれ、と朝ごはんに向かわせるように彼の背中をグイグイ押す。

 

「で? 何か進展あったわけ?」

「いや知らねーし。というか? 進展とか何のことかカズマさんわっかんねーなー」

「そういうのいいから」

 

 ジト目で呆れたような顔をしながら、キャルは盛大に溜息を吐く。そうしながら、まさか本気でそこまで進んでいるとは思わなかったと彼女は誰に言うでもなくぼやいた。

 

「……こいつが王族かぁ」

「おい何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

「ベルゼルグ王国大丈夫かしら」

「喧嘩売ってんなら買うぞ」

 

 そもそも大貴族筆頭がドM、ポンコツセレブ、戦闘狂、アイリス命とバリエーション豊かなので、今更カズマが加わったところで王国が揺らぐことなどない。というか国を憂うならばまずアクセルの変人共とアルカンレティアの変人共と紅魔の里の変人共をどうにかしたほうがいい。変人が多過ぎる。

 

「まあいいわ。あんたら二人がその調子でいいなら別にそれで。あたしに迷惑掛かんなきゃ、だけど」

「ふふっ。そう仰られている割には、随分と心配なさっているようですが」

「コロ助うっさい」

 

 話し声が聞こえたのだろう。合流したコッコロが、そんなことを言いながら会話に加わる。微笑みを浮かべたまま、彼女はキャルからカズマに視線を移した。そして勿論、わたくしも心配しております。そう述べたが、表情はどこか柔らかい。

 

「ですが、わたくしは主さまもペコリーヌさまも信じておりますので」

「甘いわねコロ助。そんなこと言って見守ってたら、こいつらきっと一生そのままよ」

「しかし、ペコリーヌさまは指輪をお渡しになられたのですよね? それならばきっと」

「だからそれが甘いって言ってんのよ。あいつのことだから、まだちゃんと正式な意味を込めてないとか思ってて、そのこと言わないと効力は発揮しないとか決めつけてるわよ」

 

 やれやれ、と頭を振りながら、キャルはここにいない誰かの気持ちを代弁するかのように語る。だからここんとこ挙動不審だったじゃないと追い打ちもかけた。

 

「動こうとしているのならば、大丈夫では?」

「あいつってそういう時はとことん慎重派で後ろ向きなのよ、ほっといたら永遠にやってるわ。ほんっと、普段のパッパラパーな勢いだけで動く状態を一割でもいいから回せばいいのに」

「なあお前らそういう話当事者のいない場所でやってくんない?」

 

 ペコリーヌはいなくとも、言われる方であるカズマは思い切りここにいるわけで。ただでさえ若干気まずいのに余計顔が見れなくなる。そんな抗議をしたものの、キャルは当然としてコッコロですら聞き流した。

 勿論朝食の二人は思いっきりギクシャクしていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 はぁ、とペコリーヌは溜息を吐きながら街を歩く。正直、あの時はそこまで重い意味を込めてはいなかった。ただ、ずっと一緒にいられたらいいのに、と思ってしまったから。だから、勢いのままに渡してしまって。

 

「……でも、それじゃあ駄目ですよね」

 

 指輪の意味は当然知っている。そして、そんなつもりはなかったなどと今更言うつもりもない。この気持ちは、嘘じゃないのだ。

 ベルゼルグ・アストルム・ソード・ユースティアナは、佐藤和真のことが。

 

「うぅ……でも、断られたらって考えると」

 

 項垂れる。ぶっちゃけそんなわけねぇだろと周りの連中は口を揃えて言うだろうが、いかんせんユースティアナは基本的に自分に自信がない。吹っ切れたとはいえ、根底はそう簡単に変えられないのだ。自信を持てる理由が見付からない間は、どうしてもこうなってしまうのだ。

 これ本気で言ってるから始末が悪いのよねぇ、と普段一緒にいる猫耳娘の幻影がぼやいていたが、あくまでイメージなのでペコリーヌに届くはずもなし。結局今日も告白できないまま、悶々とした気持ちを抱えて教会から飛び出してきてしまったのだ。

 いやまだ時間あるんだし戻って告れよ、とか言ってはいけない。それが出来たらとっくにやっている。

 

「よし。自棄食いしましょう」

 

 ぐ、と拳を握ると、ペコリーヌは手近な店のメニューを全制覇した。何か今日のペコリーヌちゃん荒れてるなぁ、と店員は首を傾げていたが、それ以外何もツッコミが無い時点で何だかもうアレである。

 

「じゃあ次は」

 

 そうして三軒ほど全食したタイミングで、彼女はふと足を止めた。今誰か呼ばなかっただろうか。そんなことを思いながら、キョロキョロと視線を動かし。

 

「お」

「ん?」

「ねえ」

「へ?」

「さまぁぁぁぁ!」

「うわっとぉ!」

 

 猛スピードで突っ込んできた一人の少女を受け止めた。衝撃でギャリギャリと石畳が削れたが、ペコリーヌもその少女もケロリとしている。

 そんな突っ込んできた少女は、ペコリーヌとよく似た顔立ちのそれを笑顔にして、改めて彼女へと抱きついた。

 

「お姉様! お久しぶりです!」

「あ――イリス? どうしたんですか?」

 

 弾けるような笑顔のアイリスを見て、ペコリーヌは少しだけ不思議そうな顔を見せる。ここはアクセル、王都ではない。何だかんだ当初の予定より延びていた留学も少し前に終わったという話も聞いていたのでベルゼルグ王国にいるのは知っていたが、それでもここにいるのはおかしいと首を傾げたのだ。

 そんな彼女の反応を見て、アイリスはぷくーと頬を膨らませた。だってしょうがないじゃないですかと言葉を紡いだ。

 

「お姉様、この間王城に帰ってきていましたよね?」

「え? はい、ちょっとドラゴンの所属について手続きをするために」

「どうして私は会っていないのですか!?」

「……用事で王城を離れていたからじゃないんですか?」

「どうして! 私がいない時に帰ってくるのですか!」

「たまたまですよ」

 

 そう言ってアイリスの頭を撫でたが、彼女の機嫌は直らない。あはは、と少し困ったように笑ったペコリーヌは、そこで彼女がこの場にいる理由を覚った。まあつまり、会えないならば会いに行けばいいということなのだろう。

 

「王城は、大丈夫ですか?」

「緊急性の高い仕事は終わらせています」

「そうですか。……じゃあ、わたしと一緒にのんびりします?」

「はいっ!」

 

 ぎゅー、っとアイリスは大好きな姉に抱きつく。そんなアイリスを、ペコリーヌもまた優しく抱きしめた。そうして暫し抱き合い、二人揃ってえへへとはにかみながら離れる。

 それじゃあ、と手を繋いだまま。ペコリーヌとアイリスは街を歩きだした。

 

「それにしても、お姉様お一人なのですか?」

「あー……ちょっと、事情があって」

 

 あからさまに視線を逸らしたのを見て、アイリスの目付きが鋭くなった。これはパーティーメンバーとなにかあったのだ。そう瞬時に理解した。

 では誰と何があったのか。追加のそこで、アイリスがまず選択肢に出したのは一人。というか他の二人と何かあったのならば多分割と深刻で、こんな風に姉は笑っていない。そこまでを結論付けた。

 

「……カズマさんと、何かあったのですか?」

「え!? い、いえ、何も、ないですよ?」

 

 アイリスの目からハイライトが消えた。これ絶対そういうやつだ。彼女の中の脳内なかよし部がちぇるっと答えを弾き出した。端的に換言すれば、恋バナだ。そんな追い打ちが追加で放たれた。

 

「い、いや、本当に何もないんですよ!」

「そうですか」

「信じてませんよね!?」

「そうですか」

「アイリス」

「……そんな顔をしないでください。というか、泣きたいのはこちらですよ!」

 

 しょんぼりと眉を下げたペコリーヌを見て、アイリスも悲痛な叫びを返す。何だ、どうしてこうなった。自分はただ、大好きな姉と一緒の時間を楽しく過ごしたかっただけなのに。

 そこまで考えたアイリスは、ああそうか、と手を叩いた。落ち込んでいるのならば。

 

「お姉様」

「はい?」

「私と一緒に遊びましょう! それで、悩みなど忘れてしまうのです! ええそうですとも、そんな悩み、捨ててしまいましょう!」

「それは――いえ、そうですね。悩んでいても仕方ないですし、うん」

 

 うんうん、と頷き、ペコリーヌはありがとうアイリスと笑みを浮かべた。その笑顔に笑顔を返した彼女は、気を取り直してと再び街を歩き出す。

 そうして、食べ歩きなどをしながら、二人はアクセルをぶらついた。ペコリーヌにとっては大分慣れ親しんだ街も、アイリスにとってはまだまだ新鮮な驚きのある場所である。そして、そんな妹を見ていると、ペコリーヌもまた新たな発見があるように思えて。

 

「ん?」

 

 そんな折。二人は向こうを歩いている男女のペアを視界に入れた。長身で長髪の男性は、ペコリーヌを見ると小さく会釈をする。そして、その横にいた少女はぺかーと笑みを浮かべると駆け寄り抱きついた。

 

「ぺこ~」

「はい、シェフィちゃん。おいっす~☆」

「おいっすー」

「朝会っているはずだが」

「ゼーンさん、こういう時の挨拶はまた別なんですよ。というわけで、ゼーンさん、おいっす~☆」

「ああ」

 

 そんなやり取りを見て首を傾げたのはアイリスだ。何だか親しげで、しかも朝既に会っているらしい。そこだけをピックアップすると、姉に近付く新しい男の影だと邪推してしまうが。

 どうにも纏う雰囲気が普通ではない。少なくとも普通の人間とはまるで違う。違うのだが。

 

「クリスティーナやジュンで慣れているので、判断がし辛いですね……」

「あの二人はまた別枠だと思いますよ」

 

 そう言いながら、ペコリーヌはアイリスにこの二人が例のホワイトドラゴンだと説明する。王城にいるのだから当然話は聞いているし、姉からの頼みなので全力で協力したからそこに驚く要素はない。成程そうでしたか、と納得するだけだ。

 

「ぺこー? このひとだれ?」

「シェフィちゃん。この子はあ――イリスっていって、わたしの大好きな妹なんですよ」

「いりす?」

「……はい。よろしくお願いしますね、シェフィさん」

「うん、しぇふぃ! よろしくー!」

 

 ブンブンと手を振るシェフィを見て、アイリスは聖テレサ女学院のことを思い出す。なかよし部のメンバーである、彼女と同じホワイトドラゴンの。

 フェイトフォーと比べると、見た目はどう見ても上なのに、中身はどっこいどっこいか少し下くらいだ。同じホワイトドラゴンでも大分違うのだな、とアイリスは思う。

 

「……ん? その首飾りは」

 

 そんな、シェフィとアイリスのやり取りを見守っていたゼーンが、ふとそんなことを呟いた。ペコリーヌもシェフィもその言葉を聞いて、アイリスの首元へと視線を移す。

 白く美しい鱗を使ったペンダントが、そこにキラキラと輝いていた。

 

「これは、私の大切なお友達から貰ったものです。自身の鱗を使って、他のお友達に加工をしてもらったのだとか」

「……そうか」

 

 そこに嘘偽りはない。そう感じ取ったゼーンは、どこか優しい表情になる。探していた同胞は、どうやら人の世界で絆を結んでいるらしい。そんなことを思い、安堵の息を零し。

 

「ぺんだんとだ! しぇふぃ、しってるよ。かずまがおなじのもってた」

 

 そんな空気をぶち壊す勢いでシェフィが何か言い出しやがった。とはいえ、それだけならば別段問題がない。アイリスも、そうなのですか、と笑顔で彼女の話を聞いている。

 

「うん。たしか、ぺこのこんやくゆびわ? とかいうやつ」

「――は?」

 

 その笑顔が固まったのは、シェフィの次の言葉だ。一瞬何を言っているのか理解できず、そしてペコの婚約指輪、というものをカズマがペンダントにしているらしいということに気付き。

 

「――――は?」

 

 明らかに可憐な姫とは思えないほどの、低い声が出た。

 

 




魔物(も逃げ出すベルゼルグ王国第二王女)


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その149

あっれー? 何かラブコメ始まったぞ?


「たのもう!」

 

 アメス教会が壊れるんじゃないかというくらいの勢いで扉が開かれる。何事、と入り口を見たキャルは、そこで仁王立ちしている人物を見て全てを察した。そして思った。

 もう逃げられない。

 

「おや、アイリスさま。どうされたのですか?」

「こんにちはコッコロさん。少し、確認したいことがありまして」

「確認、でございますか……」

 

 コッコロの表情が怪訝なものに変わる。第二王女が突然こんな場所にやってきて一体何を確認するというのだろうか。そんなことを考え、そして即座に結論に至った。というかアイリスの目が据わっている時点で何となく予想が出来た。

 す、とコッコロの表情が険しくなる。もし、自分の予想が正しいのならば。そう前置きをして、彼女は傍らに置いてあった自身の槍を手に取った。

 

「主さまにお会いさせるわけにはいきません」

「……何故です?」

「いや今のアイリス様見てはいどうぞとか言えるわけないでしょうが」

 

 横合いから声。思わずツッコミを入れてしまったキャルが、あ、しまったという表情で立っていた。コッコロはそんな彼女を見て、クスリと少しだけ微笑む。

 

「今のアイリスさまは随分と頭に血が上られているご様子。そのような状態で主さまとまともな話し合いが出来るとは到底思えません」

「はっきり言い過ぎじゃない!?」

「……ぐ」

 

 そんなキャルの驚愕とは裏腹に、アイリスは思いの外効いたらしい。自身の行動を省みて、非常に悔しそうな顔をしながらも、大きく息を吸い、吐く。

 目の据わった状態はとりあえず解除された。が、相変わらず空気は変わっていないのでコッコロは槍を構えたままである。

 

「お二人の反応からすると、私がここに来た理由はご存知なのですね」

「ご存知っていうか……来た時点で覚ったっていうか」

「少なくとも、わたくしもキャルさまも、そのことについては知っております」

「ならば、何故!」

「いや何故って言われても……」

 

 止めなきゃ死ぬじゃんカズマ。ポリポリと頬を掻きながら、キャルはそう言い放った。コッコロも無言で頷いていることから、アイリスが何をしようとしているのかを把握していると見ていいだろう。

 が、それに異を唱えたのは他でもないアイリス自身だ。そんなはずがないでしょう、と思いきり二人に言ってのけた。のけたが、じゃあまずその殺気どうにかしてくれない、というキャルの言葉に再び呻く。

 

「……それほどでしたか」

「それほどでしたよ」

「はい。間違いなく主さまが害される、と判断してしまうほどには」

 

 追撃。ぐふぅ、とよろめいたアイリスは、自分が思い切り冷静さを失っていたことを改めて認識した。認識したが、いやでもこれは仕方ないと開き直る。あこれはダメじゃね? チエルやパイセンみたくなってんじゃん。とダウナー系っぽいエルフの幻影が匙を投げた。

 

「お二人共。考えてもみてください。……お姉様が、指輪を渡してしまったんですよ……っ!」

「うんまあそれは知ってるけど。けど、何ていうのかしらね……。仕方ないかなって」

「何故です!」

 

 ズズイとアイリスが詰め寄る。圧が凄い、とドン引きしつつ、キャルは何故も何もと言葉を紡ぐ。

 だってあいつ、カズマのこと好きみたいだし。

 

「――――」

 

 絶句した。いや、薄々そうだとは思っていたが、認めたくなかったそれを、第三者から告げられたのだ。

 よろめきながら、アイリスは段々と光を失い始めた目を二人に向ける。それで、いいのですか。絞り出すように、彼女はそう呟いた。

 

「え? まあ、趣味悪いなぁとは思うわよ」

「そうですよね! いえそうではなく。……あれ?」

「わたくしは、主さまとペコリーヌさまが幸せならば、それで」

 

 こっちはこっちで純粋百パーセントである。一周回って若干冷静になり始めたアイリスは、おかしいな、と少しだけ首を傾げた。王城でのやり取りを見る限り、この二人も。

 

「あの……お二人は、カズマさんのことを、好きではないのですか?」

「多分あんたの言ってる意味でなら違うわね。仲間とか、悪友とか、そういう分類ならまあ……嫌いじゃないわよ」

「勿論主さまのことは大好きです。ですが、わたくしは主さまの従者ですので」

 

 何か微妙に基準値に足りてない感じがする。脳内なかよし部の判定も渋めである以上、ここから踏み込んでも恐らくあまり成果は得られないだろう。

 あるいは、この二人の好感度より君の姉上のそれが勝っているからじゃあないだろうか。遠慮なく言いやがった脳内ちっちゃいパイセンを、アイリスはほんのちょっぴり恨んだ。

 

「何かさっきから何の騒ぎだ――って!?」

 

 タイミングが良かったのか悪かったのか。そこにカズマがひょっこりと顔を出してしまった。最初の時点でやってきていたら問答無用でデッドエンドだったので、そういう意味では助かったとも言えるが、しかし。

 

「あ。アイリス様じゃん……。ど、どうした?」

「あからさまに動揺してんじゃないわよ……」

「しかしキャルさま、そうなるのも無理はないのでは?」

 

 そう言いつつ、アイリスの反応を見た。一旦落ち着いてはいたものの、カズマの顔を見たことで再度バーサーカーになりかねない。もしそうなったら、とりあえず教会が倒壊しないように外に連れ出して。

 などと考えている二人を尻目に、彼女は彼を見てゆっくりと言葉を紡いだ。まずは、自身の呼び方について。

 

「どうしたのですか? この間はアイリスと呼んでいたではないですか」

「いやそうなんだけど、何か今日は圧が違うっていうか」

「気のせいではありませんか?」

 

 アイリスは笑う。自身の口元を、三日月のように歪めて、微笑む。それは人が浮かべる笑顔とは何かが違う、さながら獰猛な魔獣が獲物を威嚇し射竦めるようで。

 

「ねえ――『お義兄様』」

 

 やっぱり冷静さなんぞ保ってられないという、意思表示でもあった。

 

 

 

 

 

 

 爆音が響く。何だ何だ、と住民は音の方へと視線を向けたものの、しかしすぐに興味をなくして元に戻った。何かしら原因があるのは確かだろうが、そこを気にしていてはこの街で生活などままならない。ぱっと思い付くだけで原因になりそうな変人がダースになる。

 

「だあぁぁぁ!」

「待ちなさい!」

「待ってたら死ぬだろうが!」

 

 そんなわけで、街を必死に全力疾走しているカズマを見ても、アクセルの人々は動揺しないのだ。

 

「それはそれでどうなのよ……」

「キャルさま! そんなことよりも、主さまを!」

 

 隣のコッコロもこれである。まあいいや、と視線を戻したキャルは、しかし猛スピードで爆走するアイリスを見てそっと表情が死んだ。

 

「無理」

「キャルさま!」

「いや無理だってば! あたしがあそこに突っ込んでって何が出来るってのよ。無駄死にもいいとこよ?」

「……わたくしは、それでも」

「だから待ちなさいっての。あのねコロ助、こういう時はもうちょっと冷静になんなさい」

 

 ですが、と尚も食い下がるコッコロの頬を、キャルは両手で挟み込んだ。むにむにと彼女のほっぺたをさせながら、よく聞きなさい、と真っ直ぐに目を見る。

 

「ここで一番効果的なのはペコリーヌよ。だからあいつを呼んで、丸投げしましょう」

「キャうはま……」

 

 コッコロの目が若干ジトる。そんな視線を受けたキャルは、しょうがないじゃないと返した。だって自分ではどうにも出来ないのだから、そう続けた。

 

「そうよ。あたしには無理なの。今回のこれはあたしは悪くないわ。タイミングが悪かったのよ、それか世間」

「……」

 

 言ってることは分からないでもないが、それを堂々と言ってしまうのはどうなのだろう。そんなことを思いつつ、コッコロは自身のほっぺをムニムニしているキャルの手を外してジト目から表情を戻した。今重要なのはキャルのこれではなく。

 

「……それで、ペコリーヌさまは、どちらに行かれたのでしょうか」

「……そういやそうね。アイリス様がここに来たんなら、あいつに会ってないはずがないし」

 

 そして恐らくペコリーヌとの会話で件の状況を知り、こうなったのだろう。そこまでを思考したキャルは、おかしいぞと首を傾げた。だったら何故、彼女はここに来ない。

 再度爆発音。流石に聖剣でエクステリオンをブッパするほど暴走してはいないが、ぶっちゃけその辺の箒とかで十分アクセル周辺のモンスターをぶちのめせるのがアイリスだ。武器の有無はあまり基準にならない。なので、カズマの絶体絶命度も加速度的に跳ね上がっていた。

 

「待て! 落ち着け! というか俺が何をした!?」

「お姉様取ったぁ!」

「まだ取ってない!」

「まだって言いましたか!? これから取るのですか!?」

「言葉のあやですぅ! 俺はその予定は――」

 

 キラン、と胸元の指輪が煌めいた。思わずそこに視線を向けて、それに合わせるようにアイリスもそこを見てしまう。

 くしゃり、と彼女の表情が歪んだ。

 

「お姉様の指輪を持っているのに、予定がない……?」

「いや待て。だから、俺は、その、えーっと」

「お姉様弄んだぁ! この鬼畜ぅ!」

「誤解もいいとこなんですけどぉ!」

 

 緊急回避が発動した。スレスレを通り過ぎる謎の斬撃に冷や汗をかきながら、カズマは落ち着けとアイリスに訴えかける。最初の状態とは随分と様変わりしたが、テンパっているのは間違いない。間違いないのだが、しかし。

 何だか泣きそうな顔で瞳グルグルさせている姿を見ていると、死にそうなのはカズマなのに悪いことをしているのもカズマな気がしてきてしまうわけで。

 

「なあアイリス。お前一体俺に何させたいんだよ?」

「……お姉様、取っちゃ、やだ」

「そんなこと言われても、俺は別に」

 

 そこまで言ってカズマは言葉を止める。別に何だ、と自問自答をしたのだ。何とも思っていない、だろうか。それは間違いなく違うと言える。そもそも、カズマは巨乳美少女が自分に好意を持ってくれている時点で何ならこっちも好きになっちゃうタイプだ。そういう感じのモテない男だ。

 だから、だからこそ。はっきりきっぱりと答えがすぐ出せない。改めて、立ち止まって、考えて。それをしている最中で。

 

「俺は、ほら、あいつとはここに来てから付き合い長くて。でも、出会ったばかりの頃はそんなふうに考えることなんかなくて」

 

 自分でも何を言っているかよく分からない。分からないが、それでもカズマは言葉を紡ぐ。まとまらない考えを、とにかく口にする。アイリスの攻撃を止めようと必死になっていたのがきっかけだったが、それもだんだんと忘れていって。

 

「自分の本当の気持ちって言われても、付き合ったこともなければロクにデートもしたことない俺は、好きになるとか、恋い焦がれるとか、そういう気持ちは」

「……無い、のですか?」

「分からない。分からないんだけど……」

 

 いつの間にか、立ち止まって。アイリスもカズマも、何か何処かを彷徨うような。そんな状態で、お互いに気持ちを述べていく。

 身構えていたキャルとコッコロも、そんな二人を見て息を吐いた。何だかんだずっと緊張しっぱなしだったのだ。とりあえず会話だけの状態になったのならば、ひとまずは。

 ん? とキャルは振り返る。息を切らせながら、一人の少女がこちらに駆けてくるところであった。コッコロも同じくそちらを見て、その人物の名前を呼んだ。そうしながら、現状を軽く説明しながら、向こうにいる二人を指差す。

 少女はそれを聞き、分かりましたと頷くと、一歩、カズマとアイリスへと。

 

「カ――」

「何ていうか、あいつと一緒にいると楽しいんだよな。まあ、当然キャルとかコッコロとかと一緒でも同じなんだけどさ。でも、あの二人の時とは少し違うっていうか、ただ楽しいだけじゃなくて、もっとこう……」

「それは……好きとは、違うのですか?」

「ちが――わ、ない、んだろうな。……あー、そっか」

 

 どこか拗ねたようなアイリスの顔を見ながら、何で私が背中押しているのだと文句を言いかねないようなその表情を見ながら。

 カズマは、どこかスッキリとした表情になった。誰に言うわけでもなく、そこに相手がいないと信じ切っているからこそ。一人、呟くように。

 

「俺、ペコリーヌのこと、好きなんだ」

「……っ!?」

 

 言っちゃったので、仲裁しようと足を踏み出していたペコリーヌはその場で完全に固まった。目を見開いたまま、手を伸ばしかけたまま。彼女はそこでピクリとも動かないし、動けない。物凄く優しいほっこりした表情のコッコロと、思い切りスンとなっているキャルが、そんな彼女といい具合にマッチしていた。

 

「私に言っても仕方ないでしょう。きちんと、お姉様に言うべきです」

「いいのか?」

「仕方ないでしょう! 不本意ですが、非常に! 不本意ですが! ……お義兄様と呼んでもいいと思える殿方は、今の所あなただけです」

 

 顔は思い切り認めていない。完全にふてくされている。それでも、アイリスはそう告げた。大事な姉が、どこの馬の骨か分からない冴えない男に取られる。その事実を受け入れようとした。

 さんきゅ、とカズマは笑った。思わずワシワシとアイリスの頭を撫でて、反射的にその手を弾かれた彼は悶絶する。ここは素直に撫でられる場面じゃないの、という抗議は、煩いです不届き者、というアイリスの返しで沈黙した。

 

「もう、そんなことよりも。早くお姉様に」

「あ、ああ。分かっ――」

 

 拗ねたようなアイリスに促され、カズマは視線を彼女から外す。よし、とそのまま顔を動かし。

 真っ赤になっているペコリーヌと、目が合った。

 

「……あれ?」

「……」

「ひょっとして、さっきの」

「……っ!」

「聞いてって逃げるの早ぁ!」

 

 即座に反転、王女のステータスを十全に使って全力で逃げ出した。あひゃぁ、とダッシュの始まりに巻き込まれたキャルが独楽みたいにスピンしていたが、まあいつものことなので誰も気にしない。

 それよりも問題は。

 

「お義兄様! 早く追いかけてください!」

「いや無理だろ。俺追いつけないし」

「駄目でも行くのですよ! いいから行きなさい!」

 

 背中を蹴り飛ばされた。ちょっと義兄に当たり厳しくない? そんな視線をアイリスに向けると、殺すぞとばかりに睨まれたのでカズマは即座にペコリーヌが見えなくなった方へと走り去っていく。

 

「……まったく、もう」

 

 そんな背中を見て、アイリスは呆れたように溜息を吐いた。溜息を吐いて、そして。

 

「アイリスさま」

「損な役回りしたわねぇ……」

「コッコロさん、キャルさん……」

 

 ぎゅ、と手を握られ、ぽん、と頭に手を置かれ。

 そこで我慢の限界が訪れた。

 

「うぅ……うわぁぁぁぁぁん!」

「おーよしよし。ったく、子供の世話はあたし苦手なんだけど」

「いえ、キャルさまは、とてもお優しく面倒見の良い方でございますよ」

 

 水を差すようで何だが、この場で一番子供なのはコッコロである。年齢的に一番下なのはコッコロなのである。

 

「うぅ……ぐす」

「大丈夫でございますよ、アイリスさま。ペコリーヌさまは、決してアイリスさまをないがしろになどいたしません。勿論、主さまもです」

「……分かっています。私の方が、お姉様を良く知っています」

「ふふっ。そうでしたね。申し訳ございません」

「ほらやっぱりあたしよりコロ助の方が上手いし」

 

 何度でも言おう。コッコロが一番年下である。

 

 




いやほんといいの? ラブコメ的なの。


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その150

よくよく考えたらラブコメなんか書けるわけないだろって思いました。


「見失った」

 

 そもそも追いかけた時点で既に見えなかったので最初からなのだが、とにかくそれっぽい方向に向かって来た結果がこれである。どこかに隠れているという様子もないので、普通にどこかに行ったのだろう。詰んだ。

 

「……お腹空いたら帰ってくるか」

 

 冗談交じりではあるが、何だか本当にそうなりそうな気がしないでもない。そんなことを一瞬だけ思ったが、いや違うかとカズマは頭を振った。確かにペコリーヌはそういう性格ではあるが、あくまで一面だ。芯からそんなタイプではない。明るく、能天気で、前向きで、周りを笑顔にするムードメーカーで、頼りになる存在。

 その実、本当は臆病で、自信が無くて、後ろ向き。多少改善されたが、結局今もそれは変わらず。

 

「ああもう。どこ行ったんだよ」

 

 だから、ここで探すのを諦めたら、多分きっと永久にそのままだ。気持ちの整理を自分で勝手につけて、帰ってきた時には何もなかったかのように、いつも通りに戻ってしまう。

 それでは、駄目だ。ほんの少し前のカズマならば、まあそれでもいいと割り切ったかもしれない。かつてのことを思い出さないように、思い出せないように、そういうものだと諦め流していたかもしれない。

 だがもう、口にしてしまったのだ。あれをなかったことにしたら、多分きっと、これまでの日々や、重ねてきた絆に。きっと、後ろ指さされてしまう。

 そもそもそれ以前にこのままだと聞かれていたけどスルーされたとして新しいトラウマになる。

 

「あれ? リーダー?」

「あ、ぼっち共」

 

 ちくしょう、と悪態をついていたカズマに声。そちらに振り向くと、ゆんゆんとアオイが不思議そうにこちらを見ているところであった。

 その表情を見て怪訝な顔を浮かべる。別に自分がここにいるのは珍しいものでもないだろうに、何故そんな顔をされねばならんのだ、と。

 

「え、あ、いあ、ち、ちちちちちち違うんです! 誤解です、誤解なんです!」

「何がだ」

「そんなつもりは毛頭なくてですね! 決してリーダーを不快にさせようと思ったわけではなく、あ、でもそれって私が存在することがもはや不快!?」

「落ち着けぼっち」

「そ、そうよアオイちゃん。リーダーはこんなことで怒るような人じゃ――えっと、怒らない、ですよね? 大丈夫ですよね!?」

「なあお前ら俺のこと何だと思ってんの?」

 

 テンパるぼっち共を見ながら、カズマはげんなりした表情を浮かべる。ぶっちゃけ今こいつらの相手をしている暇など無い。かといってこの状態で会話を打ち切るとぼっちの暴走が拡大しかねない。

 

「うっわめんどくせぇ……」

「は、はははははいぃぃごめんなさい! 生まれてきてごめんなさい!」

「ごめんなさいごめんなさい。何でもしますから見捨てないで!」

「ルーシーと安楽王女どこ行ったんだよ……」

「いや、ルーシーは別件だけど、私はいるけどねここに」

 

 止めろよ、とアオイのポケットにいる安楽王女にぼやく。別にいつものことだしな、とあっけらかんと言い放つ彼女に向かい、俺が今それどころじゃないとカズマは返した。

 ん? と安楽王女が目を瞬かせる。アオイ、ゆんゆん。そう二人の名前を呼ぶと、さっきのあれだと意味深な言葉を続けた。

 

「あ、あの、ペコリーヌさんが私達のことなんか眼中にないって走り去っていった」

「こっちのことなんか見もしてなかったものね……。嫌われちゃったのかな」

「ちょっと待て。ペコリーヌがなんだって?」

「やっぱりか。おい二人共、理由あったみたいだぞ」

『え?』

 

 正気、といっていいのか分からないがグルグル目を戻すぼっちーず。そのまま視線をカズマに向けたが、あんな恥ずかしい理由を言えるわけないので、彼は普通に誤魔化した。

 

「と、とにかく。ペコリーヌはどこに行ったんだ?」

「え? ……ど、どこに行ったんでしょうか?」

「向こうの方に行ったような……」

「あーはいはい分かったありがとう」

「変に気を使われた!? も、申し訳ありません! この命に代えても必ずや」

「もういいから。俺ペコリーヌ追いかけるから、じゃあな」

 

 再びテンパるアオイをほっぽりだして、カズマはゆんゆんの指し示した方へと走る。それを目で追っていた安楽王女は、やれやれ、とコンパクトサイズのまま肩を竦めた。

 

「もういいからほっときな。あれは馬に蹴られるやつだから」

「え?」

「……っ! そ、それって!?」

 

 はてなマークを浮かべるアオイと、耳年増のゆんゆん。そんな二人を見ながら、こいつらには縁遠そうだなぁ、と安楽王女は苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 そうして走っていった先に見えたのは見慣れた魔道具店。まさかここにいるわけないよな、と思いながら、カズマはその店の扉を開いた。

 

「あ、いらっしゃいませ。どうしたんですか、カズマさん」

「あーいや。ちょっと聞きたいんだけど」

 

 ペコリーヌは来なかったか。そうウィズに尋ねると、彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。いいえ、来てませんけれど、と返事をし、そのまま視線を横に向ける。

 

「何かやらかしましたの?」

 

 喫茶スペースで紅茶を嗜んでいたアキノが、呆れたような表情で彼に告げた。彼女にとってペコリーヌ――ユースティアナは昔馴染みにして仕えるべき姫だ。いくら友人とはいえ、カズマとどちらの肩を持つかといえばどうしても彼女寄りになる。

 

「いや、そういうわけじゃなくて」

「おや、勢い余って好きだと宣言したのを腹ペコ娘に聞かれた上に逃げられた小僧ではないか。あやつならばここにはおらんぞ」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 そもそもここにはバニルがいるので誤魔化すことはまず不可能。へぇ、とウィズにもアキノにも、ついでに横にいたタマキとミフユにすら生暖かい視線を向けられたカズマは、絶叫しながら崩れ落ちた。勿論バニルはご満悦である。

 

「そもそも、汝らの関係など割と周知の事実であろう? ドM娘くらいか、本気で気付いておらなんだ者は」

「……マジ?」

「そりゃ女神祭であれだけイチャついてりゃ察するにゃ……」

「さっさと付き合ってしまえば早いのに、とは思っていたわね」

 

 うんうん、とタマキとミフユの追撃を食らいカズマは悶絶する。まあ当の本人が気付いていなかったようですけれど、とアキノが紅茶に口を付けながら付け加えた。

 

「その様子ですと、ユースティアナ様はまだその辺り吹っ切れていないようですわね」

「まあ、腹ペコ娘は恋愛事には特に臆病のようであるからな。まったく、面倒なことだ」

「バニルさん、凄く楽しそうな顔してますね……」

 

 ウィズの呆れたようなその声に、バニルは失敬なと返した。周りを見てみろ、と彼女に告げ。

 ぶっちゃけ皆同じような顔をしていることを、というかウィズですら似たような表情なことを自覚させた。

 

「お前ら悪魔か!」

「我輩はそうだぞ」

 

 しれっとカズマの言葉に返答し、それよりもとバニルは口角を上げる。こんなところで時間を食っている場合ではないだろう。そう続けると、彼はカズマの入ってきた魔道具店の扉を指差した。

 

「ほれ、とっとと腹ペコ娘を追い掛けるがいい。甘酸っぱい青春の一幕は羞恥の悪感情とは少々趣が違うのでな」

「言われなくてもそうするよ。ちくしょう、覚えてろ!」

 

 勢いよく魔道具店を飛び出すカズマを、店にいた一行は笑顔で見送る。成程成程、とどこか共感を覚えるような表情を浮かべていたのは見間違いではあるまい。

 

「バニルさんの気持ちが、少し分かったような気がしますわ」

「フハハハハハハ。それはそれは。ではオーナー、我輩もう少し汝らをおちょくっても」

「それとこれとは話が別ですわね」

 

 だろうな、とバニルは気にすることなく笑った。

 

 

 

 

 

 

「そういう時は、闇雲に移動せず、心当たりを探るものですよ」

 

 魔道具店を飛び出して当てもなくさまよっていたカズマは、今日に限って厄介な連中とエンカウントする、と顔を顰めた。そんな表情を向けられた方、小柄なエルフの女性は、心外ですねと表情を変えることなく言葉を紡ぐ。

 

「私は普通にアドバイスをしているだけですが」

「まあ所長の日頃の行いでしょうね」

「そこはまあ、否定できないわね」

 

 やれやれ、と呆れたような表情のめぐみんと、苦笑するちょむすけ。そんな二人も、しかしネネカの言葉自体には異を唱えなかった。恐らくペコリーヌは、無意識にそういう場所へと向かっているはずだ。

 

「いや、つっても……ぶっちゃけこの街であいつとの思い出のない場所のほうが少ないくらいで」

「師匠、どうしましょう。何だか唐突に惚気けられましたよ」

「若いわねぇ」

「まったく。そういう言葉が自然と出るのならば、こじれる前に何とかしておくべきだったのでは?」

 

 三者三様の、どこか呆れたようなそれに、カズマはやかましいと返す、こちとらそれを自覚したのはついさっきだ。それでもってその自覚を染み込ませる猶予すらなくこの状況なのだ。そんなことを言われても、どうしようもない。

 ともあれ。ネネカの助言自体はある程度の指針になる。心当たりが全く無いより、大量でも数が絞られるならばその方がいい。よし、と頷いたカズマは、じゃあ行ってくると三人に背を向けた。そんな彼の背中を見ていた三人は、やはりというべきか、どこか楽しそうな表情を浮かべる。

 

「これ、三日後くらいにはアクセル中に知れ渡ってそうですね」

「そうね。まあ、いいんじゃないかしら」

「疑惑が確定に変わるだけです。そう大した違いはありませんよ」

 

 やべーやつ筆頭組がそんな会話をしていることなど露知らず、カズマはとりあえず思い付く限りのペコリーヌとの思い出のある場所を探っていく。主に飲食店だ。というか半分以上が食べ物関係だ。

 五件くらいそれを続けて、いやこれは違うだろうとようやく気付いた。思い出の場所で真っ先に出てきたが、今回はそうじゃない。飲食店を除外して、それでも何だかんだその辺の場所ですら彼女との思い出があるのを自覚して何となく気恥ずかしくなりながら。

 

「まったく……何をやっているのだお前は」

「流石に今食べ物屋さんにはいないわよ……」

 

 そんな声を掛けられ、カズマは思わず振り向いた。走り回ってからもはやお約束になりつつある呆れたような表情を向けられ、彼はまたかよと顔を顰める。

 

「何の用だよ、ダクネス、ユカリさん。俺は」

「ユースティアナ様を捜しているのだろう?」

 

 ダクネスのその言葉に、カズマはぐぬぬと言葉を止める。そんなことは分かっていると言わんばかりの彼女を見て、だったら何なんだと負け惜しみのような言葉を返した。

 ユカリはカズマを見て苦笑を浮かべる。実はね、と頬を掻きながら彼にそれを告げた。

 

「こっちに逃げてきたのよ。ペコリーヌさん」

「へ?」

「私が以前何かあったら相談して欲しいと進言したのを覚えていてくださったようでな」

 

 偶然居合わせたユカリと共に、事の次第をめちゃくちゃテンパったペコリーヌから聞き出し、そして。

 貴女の一番彼との思い出が強い場所に向かってください。二人の出したその結論を受け取り、分かりましたと彼女は全力ダッシュしたとか。

 

「いやどこだよ!」

「さあ。それは私の知る由もないからな。……というかカズマ、お前は分からんのか?」

「一応言っておくけれど、教会ではないわよ」

 

 思い出の強い場所、で真っ先に思い出すのはそこであったが、ユカリに先んじて潰された。しかしそうなると一体どこになる。カズマはああでもないこうでもないと思考をフル回転させ。

 駄目だ思い浮かばん、と匙を投げた。

 

「お前というやつは……」

「いや仕方ないだろ! 俺とあいつの考えだって違うだろうし」

「そうかしら。案外、こういうのって一緒だったりすると思うんだけど」

「そんなこと言われたって……。何かヒントでもあれば」

「そんな時は、お姉ちゃんにお任せだよ♪」

「寄らば大事な姉。あ、勿論妹も大事で頼って構いませんよ」

 

 姉妹が湧いてきた。もはやアクセルの風物詩のようなものなので、ダクネスもユカリも驚かない。当然というべきか、カズマもシズルやリノを見て、むしろ安心したような表情を浮かべていた。手遅れである。

 

「リノちゃん、『寄らば大樹の陰』だと思うけど、今回は合ってるからまあいっか」

「それではお兄ちゃん。私とシズルお姉ちゃんのアドバイスをさあどうぞ」

 

 勿論彼女達も最初からそこにいたかのように話を進める。ツッコミがいないというか放棄したというか。まあ今回はそこは本題ではないのでしょうがない部分もあるが、ともあれカズマはありがとうと二人のアドバイスを素直に聞くことにした。

 が、しかし。シズルは笑顔でこう告げる。でも、具体的な場所は言わないよ、と。

 

「こういうのは、弟くんがちゃんと自分で見付けるものだからね」

「恋愛ごとに一から十まで口出しちゃったら、おせっかい通り越しちゃいますもん」

「いやそう言われても、それが思い浮かばないからこうして」

「本当に?」

 

 シズルが真っ直ぐにカズマを見る。本当に、思い浮かばない? どこか真剣な表情に変わった彼女は、もう一度よく考えてみてと彼に告げた。

 自分と彼女の、カズマとペコリーヌの一番思い出が強い場所。それは、一体どこなのか。

 

「……いや、まさか」

 

 ふと頭によぎったものがあった。でも流石にそんな、と思わないでもなかったが、思い出といえば、確かにあれは強烈な印象が残っている。

 

「何だ、思い浮かぶじゃないか」

「いいんじゃないかしら。そこに行ってみても」

 

 ダクネスとユカリは、そんな彼を後押しする。シズルも表情を笑顔に戻し、リノと共に彼の出した答えをただ見守るのみだ。

 よし、カズマは頷いた。ありがとうと四人に告げ、じゃあ早速そこに行ってくると足を踏み出す。

 

「あ、その前に」

 

 出来れば支援してくれないだろうか。そう言って振り返ったカズマを見て、ユカリとシズルははいはいと快くありったけの支援をぶちこんだ。

 

 

 

 

 

 

 ゼーハーと息を切らせながら、カズマはようやくそこに辿り着いた。アクセルの外、草原が見渡せる小高いその丘で、彼は一人の少女が座っているのを発見する。近くには倒されたらしいカエルが数体積み上げられているのが、何とも彼女らしいと苦笑した。

 

「ペコリーヌ」

「っ!?」

 

 ビクリとその背中が震える。今度は逃げないでくれよ、と呟きながら、カズマはゆっくりと彼女の隣へと歩いていった。

 

「……よく、ここだって、分かりましたね」

「いやまあ、色々な人からアドバイス貰ってようやくだけど」

 

 ガリガリと頭を掻きながら、カズマはペコリーヌの横に座る。何だかんだ走り回ったおかげで、太陽も大分傾いていた。これは帰ったら夜だな、とぼやくと、横のペコリーヌはそうですね、と苦笑する。

 

「……わたしは、ここで。コッコロちゃんと、キャルちゃんと。そしてカズマくんに出会いました」

「腹ペコでぶっ倒れてたもんな」

「あはは。思えば、あの時はだいぶやばかったですね☆」

 

 おにぎりを貰い、元気を取り戻し。カエルを討伐し、そして。

 宝物ともいえる、パーティーを組んだ。

 

「みんなに出会えなかったら、きっとわたしは、今もやさぐれたままでした」

「そうか」

「はい。コッコロちゃんと、キャルちゃんと、カズマくん。三人がいたから、わたしはこの街で沢山の絆と、思い出を貰って」

 

 遠くを見るように、ペコリーヌはそこで言葉を止め、目を細める。今までのそれを、噛み締めるように、ゆっくりと。

 視線を上に向けた。まだ空は赤く染まっておらず、しかし青空と言っていいのかは少し疑問で。

 

「カズマくん達のおかげで、わたしは、前を向けるようになりました」

「……そうかい」

「はい。だから、わたしは、今凄く、すっごく幸せで――」

 

 カズマはペコリーヌの方を見ていない。真っ直ぐ、広がる草原を眺め、彼女の言葉をただ待っている。

 

「こんなに、幸せなのに……これ以上を望むなんて、あっちゃ、いけないのに……」

 

 ペコリーヌの言葉がつっかえつっかえになる。こころなしか声も震えているし、こういっては何だが鼻を啜る音が少し聞こえた。まあつまりそういうことだろう、とカズマは彼女を見ない。見てはいけないような気がした。

 

「わたし……わがまま、ですよね……」

「いや何言ってんのお前」

「え?」

 

 だから、カズマは彼女を見ない。見ないまま、どこか呆れたような口調で、もう一度同じ言葉を繰り返した。お前は何を言っているんだ、と。

 

「わがままっていうのは、もっとこう、あれだ。違うんだよ」

 

 その割には良い言葉が出てこない。普段ならばもっとうまくやれるはずなのに、と心中で悪態をついたが、しかしそれがかえって彼女の気持ちを少し解すことには成功したらしい。ふふ、と泣きそうだった表情が少し綻んだ。

 

「でも、やっぱりわたしのこれはわがままですよ。今のままでも十分幸せなのに」

「いやだから」

「いいんです。心配してくれてありがとうございます。わたしはもう、大丈夫ですか――」

「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁ! 俺が大丈夫じゃないんだよ!」

 

 立ち上がった。わわ、と目を見開くペコリーヌを見下ろしながら、お前ふざけんなよ、とカズマは逆ギレしたように彼女へと指を突きつける。

 

「ここではいそうですかってなったら、俺アイリスに殺されるの! というかそれ以前に、そもそもここに来るまで街中走り回ったから、これで終わったら普通に俺恥ずかしさで死ぬわ!」

「え? え?」

 

 キョトンとした顔でカズマを見上げるペコリーヌは、彼が何を言っているかよく分からない。よく分からないが、しかしその話を聞く限り。

 

「……えっと、カズマくんは、死にたくないから。……だから、来たんですか?」

「いやそこだけピックアップするのやめてくれない? 俺ちゃんと覚悟決めてきたからね」

「ぴぇ」

 

 覚悟を決めた。その言葉とともに表情をどこか真剣なものに変えたカズマを見て、ペコリーヌは変な声を出してしまう。同時に、彼女が逃げた原因でもある、彼の発言がフラッシュバックした。

 

「あ、あの、カズマくん。その」

「俺、お前が好きだ」

「はぅ!?」

 

 はっきりと、目を見て言われたそれに、ペコリーヌは固まってしまう。言ったカズマはカズマで、彼女がそれほどまでに無反応だったので、あこれやっちまったんじゃないかと急に嫌な汗が吹き出てきた。

 

「あ、ちょま。いや、そのだな」

 

 あかん死にたい。前世の色々とアレな思い出が急激に頭を駆け巡り、ああやっぱり勘違いなんかするんじゃなかったと後悔した。そうだよな、こんな可愛くて、スタイル抜群で、性格もいい美少女が自分なんかに。

 

「……いいん、ですか?」

「へ?」

「ほんとうに、わたしで、いいんですか?」

「へ?」

 

 いや何いってんの、と思わず口に出しかける。ペコリーヌで駄目なら多分世界の半分ぐらいは間違いなく駄目なレベルだぞ。そんなことを思いつつ、カズマはどこかぎこちなくコクコクと頷くだけとなった。

 それでも、なんとか言葉を紡ごうとして、彼はゆっくりと口を開く。

 

「あのさ。……聞いてたかもしれないけど。俺、ここに来るまでは全く色恋に縁がなくて――じゃない。いや、ないのは確かだったんだけど、そうじゃなくて」

 

 多分これは、他の誰にも言っていない。言っていないのに知っている人が若干名存在しているような気がしないでもないが、とりあえずカズマが自分から話すのは初めてだ。

 

「昔、小さい頃。大きくなったら結婚しようって、まあ大したこともない口約束した子がいてさ。……でも、その子は別の人と付き合って」

「……」

「馬鹿みたいだけど、それが結構ショックでさ。そういうことには触れないようにしてたんだ。勘違いするなって、自分に言い聞かせて。俺はそういうのに縁がないに決まってるって」

 

 だから、本当は。ずっと前から、好きだったんだと思う。視線を逸らして、彼女の顔を見ないようにして。カズマは、そう告白した。愛の告白とか、そういうものではなく、ずっと燻っていた自分の思いを、告白した。

 

「だから、だからさ。俺、お前がいいんだよ。能天気で、腹ペコで、いつも笑ってて」

「カズマくん、それは――」

「でも、本当はどこか臆病で、何だかんだ後ろ向きで。それでも仲間のことを大切にする。――そんなペコリーヌだから、いいんだ」

「――っ! カズマ、くん……」

 

 ああちくしょう、とカズマは一人ぼやく。何だか締まらないし、カッコつかない。胸が苦しい、情けなく泣き出しそうだ。どうしてゲームや漫画みたいに、うまくやれないんだろう。

 どうして。

 

「カズマくんっ!」

「うぉ!?」

 

 そんな思いは、思い切りこちらに抱きついてきたペコリーヌで消し飛んだ。ぎゅっ、ともう離さないとばかりに抱きしめる彼女の感触で、全部吹っ飛んだ。

 

「ぺ、ペコリーヌ?」

「カズマくん……カズマくん……っ!」

「ちょ、ちょっとまって。いやあの、これやばいから。すっげぇ柔らかいしいい匂いする、じゃなくて」

「わたしも!」

「へ?」

 

 一瞬カズマのカズマさんが空気読まずに起きてこようとしたそのタイミングで、ペコリーヌがそう言い放った。何が何だって、と難聴系主人公みたいなことを言いかけた彼よりも早く、彼女はそのまま言葉を紡ぐ。

 

「わたしも、カズマくんがいいです! ううん、違う。カズマくんじゃなきゃ、いや!」

「え、っと? え?」

「好きです! 大好きです! お調子者で、めんどくさがりで、ちょっぴりエッチで。でも、優しくて、勇気があって、みんなを笑顔にしてくれる。そんなカズマくんが、わたしは――大好きです!」

 

 言った。ついにそれを口にした。大事なことは、最後の一線だけは、常に一歩引いて、予防線を張って。まず尋ねる。そうするのが染み付いていたペコリーヌが、迷うことなく、相手に聞くこともなく。

 自分の思いを、全力で口にしたのだ。

 

「……ペコリーヌ」

「はい」

「自分から言っといてなんだけど、本当にいいのか?」

「カズマくんじゃなきゃやだ」

 

 顔を彼に埋めたまま、ペコリーヌはそう呟く。それを聞いたカズマは、何だか急に挙動不審になった。いやいいのこれ? 本当にいいの? これってオーケーでいいの? そう聞きたくとも、生憎周りにいるのはペコリーヌが始末した肉となったカエルのみ。コッコロも、キャルも、普段ならいるはずの面々は誰一人としていない。

 

「あの、そのだな」

「はい」

「これって、俺たち付き合うってことで、いいの?」

「……駄目ですか?」

「いやむしろこちらこそよろしくお願いしますなんだけど! なんだけど、何をどうすればいいのか全く分からなくて」

「……あはは。大丈夫です、わたしも全然分かりませんから」

 

 そう言って顔を上げたペコリーヌは笑う。その笑顔が何だか無性に眩しくて、カズマは思わず目を逸らした。彼女はそんな彼を見て、その顔が真っ赤なのを見て、クスリと微笑む。

 

「そうですね。じゃあ、まずは……帰って、一緒にご飯を食べましょう!」

「いつも通りじゃねぇか」

「それでいいじゃないですか。わたしも、カズマくんも。その方が、多分『らしい』です」

 

 そうかな、とカズマは呟く。そうですよ、とペコリーヌは力強く頷いた。

 空を見上げる。いつの間にか青空は夕焼けに、そして夜空に変わりつつある。街に戻ったら晩ごはん、そういう時間帯だ。

 

「……じゃあ、帰るか」

「はい。帰りましょう、わたしたちの家に。そうして、美味しいものを、お腹いっぱい食べるんです!」

「一緒にか」

「はい! 一緒に!」

 

 重なっていた二人が離れる。そうしても、手は繋がったままで。今この瞬間だけは絶対に離すものか、とそこだけは頑なで。

 

「あ、これもったいないですし、晩ご飯にしませんか?」

「ここでムードぶっ壊すなよ!」

 

 積んであったカエルを指差すことで、あっという間にいつもの調子に戻ってしまった。

 それでも、手だけは繋いだまま。

 

 



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その151

ハッピーエンドのちょっと後


 天気は晴れ。雲ひとつない青空の下で。

 

「今日は絶好のピクニック日和ですよ~!」

 

 ペコリーヌの宣言とともに、そこに集まっていた面々はいえーいと声を張り上げた。えっちらおっちらとお弁当を背負ってやってきたここは、アクセル近くの湖。木陰にシートを広げると、思い思いにそこで暫しの休憩をし始めた。別段何かをする、というわけでもない。ただただ皆で出掛け、お弁当を食べる。言ってしまえばそれだけだ。

 

「シルフィーナ。ほれ、もっと日陰に行くの。オマエ引きこもりだったんだから、ぶっ倒れたら困るの」

「あ、はい。ありがとうございます、ミヤコさん」

「ミヤコが人に気を使うとはな。天気は大丈夫かのぅ」

「どーいう意味なの。ミヤコだって友達はちゃんと大切にするの」

「そーだそーだー」

 

 よく分かっていないがとりあえず乗っかるシェフィを見て、イリヤはやれやれと肩を竦めた。そうしながらも、まあやっていることは間違っていないのでそれ以上は何も言わない。

 

「それで? お主はどういう理由じゃ?」

「いえ、シェフィさんに誘われて、お姉様も是非と言ってもらったので」

 

 あはは、と横でちょこんと座っているアイリスに目を向ける。お姉様という単語で視線を向けた先を一瞥し、そういうことならとイリヤは流した。丁度いいからシルフィーナの新しい友人にでもなってやってくれ、と続けた。

 

「それは勿論。……シルフィーナさんが、いいのならば」

「え? その……よろしいのですか?」

 

 幼いとはいえ、シルフィーナは貴族の子女だ。当然アイリスが何者かを知っている。だからこその質問であったが、当のアイリスは笑顔で頷いていた。まあそもそも彼女は他の友人代表がテレ女のやべーやつらなので、もう細かいことは気にしない。

 そんなわけで彼女の新たな友人となったアイリスは、シルフィーナ達とともに遊ぶため湖の方へと引っ張られていった。

 

「……うん、まあ、アイリス様がいいのならば、いいんだ」

 

 ちなみに保護者は凄い顔をしている。諦めというか、もうどうにでもなれというか。もはやその程度は細かいことと流すべきか、ダクネスはほんの少しだけ悩んで、そして決めた。

 

「ダクネスさま」

「ん? ああ、コッコロか。どうしたのだ?」

「いえ、少しお悩みになられていたようでしたので」

「あぁ、いや。大したことではないよ。……もう一つと比べれば」

 

 視線をアイリスたちから動かす。元々本来の目的は、沈んでいたシルフィーナを元気にさせることだ。そしてあの姿を見る限り、それは大成功といっていい。

 だからピクニックの目的自体は達成している。そこを悩む必要は欠片もない。

 

「変に悩み過ぎなのよねぇ、あんたは」

「キャル……」

 

 やれやれ、とコッコロの横にキャルも並ぶ。大体、見てみなさいよ、とほんの少し呆れたような顔で、彼女は向こうを、ダクネスが心配していた方向を指差した。

 

「ん~。いい天気ですね~」

「そうだな」

「シルフィーナちゃんも元気になりましたし、ピクニックは大成功ですね」

「まあ、そうだな」

「おにぎり、食べます?」

「おう。食べる」

 

 はいどうぞ、と弁当箱からおにぎりを一つ、カズマに手渡す。それを受け取るのを見ながら、ペコリーヌは楽しそうに微笑んだ。それじゃあわたしもいただきますね。そう言って、同じようにおにぎりを手に取る。

 

「あれでどうにかなると思う?」

「い、いや。そういうわけではないのだが」

 

 というかむしろあれでいいのかと心配になる。一応、想いを告げ合ったはずだろうに。

 そうは思うのだが、いかんせん異性と付き合った経験がゼロのダクネスは、じゃあどうするといいのかと言われても答えられない。

 勿論横のキャルも同様である。

 

「わたくしは、主さまもペコリーヌさまも、とても幸せそうに見えます」

「……ま、そうね。それはあたしも同感だわ」

 

 ふ、と口角を上げたキャルは、そのまま伸びをすると近くのシートに寝転がった。久しぶりにのんびり出来るのだから、ここは目一杯ダラダラさせてもらおう。そういう腹づもりである。

 

「あれ? キャルちゃん、お弁当食べないんですか?」

「後でいいわよ。というか何でこっちに来たの? あんたはカズマと二人きりになってなさいよ」

「え? でも、ご飯はみんなで食べたほうが絶対美味しいですよ」

「そうじゃないでしょうが……」

 

 ひょこ、とこちらを覗き込んだペコリーヌにそうツッコミを入れながら、ほれ見ろと言わんばかりに視線をダクネスに向けた。その視線の意味を察した彼女は苦笑し、ではいただきましょうかと弁当箱のおにぎりを手に取る。

 

「ん? これは鮭、じゃない?」

「威勢エビのエビマヨおにぎりです。せっかくなので具も色々バリエーションを増やしたんですよ」

「あー、どうりで。何でわざわざ別々の弁当箱用意したのかと思ったら」

「はい。ペコリーヌさまとお二人で、サプライズを行おうということになりまして」

 

 あむ、と同じくエビマヨおにぎりを頬張りながらコッコロが述べる。そうした後、彼女は極々自然に口元が汚れているカズマへ寄り添い、ハンカチでそれを拭った。

 

「コロ助」

「はい? どうされました?」

「あんたがそれやっちゃ駄目でしょうが。その馬鹿、きっとペコリーヌにやってもらおうとソワソワしてたわよ」

「してねーよ!? いやほんとだよ!?」

「あ、それは。申し訳ありません主さま」

「だから違うからね!? 俺はコッコロにお世話される方がいいから!」

「その発言はそれでどうなのだ……?」

 

 今更である。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで遊びから戻ってきたシルフィーナ達もお弁当を食べ、食休みで暫しの間木陰で休憩を行い。

 じゃあ遊び再開、とシェフィを筆頭に勢いよく立ち上がった。

 

「いーち、にー、さーん、しー」

「なあ何で俺たちも参加してんの?」

「知らないわよ。うぅ、何かもうオチが読めた」

 

 そういうわけで鬼ごっこである。子供連中が鬼、そして保護者達が逃げる役だ。なおイリヤは保護者枠になっていた。

 

「シルフィーナに捕まればよいであろう? 変に無理をするから余計な被害を食らうのじゃろうに」

「まあそうなんだけど。そう思ってても上手くいかないんだろうなぁって」

「お主も中々に難儀じゃのう」

 

 精々頑張るがよい、とイリヤはそのまま別方向に逃げていく。被害を喰らいたくない、とカズマもさっさとキャルを置いていった。

 そうして出遅れたキャルは、じゅー、というシェフィの声で我に返り。

 

「きゃるー!」

「あぁやっぱげふぅ!」

 

 彼女のタックルを食らい盛大に吹き飛んだ。つかまえたー、と呑気な声を上げているシェフィの下で、キャルはピクリとも動かない。

 

「……大丈夫なのですか?」

「いつものことなの」

「はい。キャルさんでしたら、大丈夫です」

「そ、そうですか」

 

 自分がブライドル王国に留学しているうちに、彼女も随分とアレな方向に振り切ったのだな。そんなことを思いながら、アイリスは気を取り直して、と視線を動かす。今の自分は鬼ごっこの鬼。そして、あの二人は捕まえられないように逃げる役。

 

「ふ。……いいですかお義兄様、私はそう簡単に認めませんよ!」

 

 鬼ごっこで出していい速度じゃない。そんなツッコミを入れたくなる勢いであったが、いかんせんホワイトドラゴンが割と手加減無しで動いた後なので、何か別にこれでいいような気がしてくる。

 

「カズマくん、こっちです!」

「うおわぁ!」

 

 アイリスがタッチだと手を伸ばす。多分当たったらカズマの土手っ腹に穴が空いたであろうそれを、ペコリーヌは彼の手を掴んで回避させた。盛大な風切り音と共に、周囲の葉っぱが弾け飛ぶ。

 

「殺す気か!?」

「その程度で死ぬのならば、お姉様の恋人は務まりません」

「お前の基準どうなってんの!?」

「大丈夫ですカズマくん。わたしが、死なせはしません」

「鬼ごっこだからな! そういうセリフいう場面じゃないからな!」

 

 そう言いつつ、カズマはカズマでペコリーヌの手を取るとそのままダッシュで逃げ出した。バラバラに逃げた方が捕まる確率は下がるのだろうが、そもそもアイリスの狙いはまずカズマなのでその辺りのセオリーに意味がない。

 

「懐かしいですねお義兄様。思えば、最初の勝負も鬼ごっこでした」

「え? そうだったんですか?」

「お姉様は知らなかったのですね。王城でのあの日、お義兄様が提案して、合図もなしに逃げていて」

「カズマくんらしいですね」

「おい何だその目は。大体お前三階からダイブしてこっち突っ込んできたじゃねーかよ。初見だったから驚いて捕まえられちゃったし」

 

 やっぱり負けたんですね、というペコリーヌの視線と呟きを無視しながら、カズマはそうやって負け惜しみを抜かす。勿論それを聞いていたアイリスは、だったら、とどこか獲物を見るような笑みをそこに浮かべた。

 

「今はもう承知の上ですし。負けないのですよね、お義兄様」

「タイム! ターイム! 作戦会議の時間を要請する!」

「認めません!」

 

 今度こそ、と突き出したその手は、緊急回避スキルまで使った全力のカズマによって躱された。手を繋いでいたので、ペコリーヌもそれに巻き込まれる形になり。

 

「あ、あの。カズマくん、重くないですか?」

「ここで重いって言ったら俺後ろの義妹に殺されるじゃん! いや別にそこまで重くないけど!」

 

 何の因果か、お姫様をお姫様抱っこする羽目になっていた。

 

「アイツら飽きもせずによくやるの」

「ふふっ。ミヤコさま、あれが主さまとペコリーヌさまの日常ですので」

 

 ふよふよと浮かびながら適当に鬼をやっていたミヤコがそうぼやく。シルフィーナに捕まったコッコロは、彼女の視線の先にいる二人を見ながら優しげな笑みを浮かべていた。

 

「……はぁ。本当に、ユースティアナ様も男の趣味が悪いというか」

「ペコリーヌも存在が趣味悪いあんたに言われたくないと思うわよ」

「ふ、そんなこと言っても何も出ないぞ」

「貶してんのよ! 喜ぶな!」

 

 シルフィーナがいないからって、ここぞとばかりに性癖を満たすな。倒れたまま動けないがツッコミは入れるキャルは、追加のそれをぼやきながらもういい知らんと目を閉じた。状況が状況なだけに、何だかこのまま死にそうである。実際は無事だが。

 そんなシルフィーナは、現在シェフィと共に残った二人と鬼ごっこ中だ。イリヤとゼーン、両方人外だが、両方こういう時にちゃんとお約束を守ってくれる人物である。

 

「おにーたん! つかまえたー!」

「む。捕まえられたか」

「えへへ。しぇふぃ、つよい!」

「ああ」

 

 ぎゅー、と抱きつくシェフィを優しい眼差しで撫でるゼーン。そんな二人を横目で見ながら、イリヤはほれどうするとシルフィーナに声を掛けた。

 

「が、頑張ります」

「無理はするでないぞ。というか少し休め。一旦水分補給をして、それからじゃな」

「うぅ……分かりました」

 

 悶えていたダクネスの方へと足を進める。その頃には態勢を取り繕っていたので、幸いなことに保護者のアヘ顔を見なくて済んだ。戻ってきたシルフィーナは水分補給を行い、イリヤに言われたように一度休憩を挟む。

 そうして、向こうで人外の動きをしている鬼ごっこを目撃した。

 

「いい加減捕まってはどうなのです!?」

「それ俺に死ねって言ってるのと同義だからな! っと、ペコリーヌ!」

「はいっ!」

「何ですかそのコンビネーションは! そんな見せつけて、嫌味のつもりですか!?」

「ああもうめんどくさいなお前!」

 

 ペコリーヌのフォローと、カズマの逃走スキル。その二つを駆使することで、割とムキになっているアイリスの猛攻をなんとか捌いていた。勿論それが出来るのは鬼ごっこというルールの範囲内だからであり、カズマがベルゼルグ王国のバーサーカー姉妹と同等の実力を身に着けたという意味では決して無い。本人も重々承知である。

 

「なあアイリス。そろそろやめないか?」

「まだです、まだ!」

「でもアイリス、向こうにみんな集まっちゃってますよ」

「え?」

 

 急ブレーキを掛け、振り向いた。成程確かに、既にあちらでは鬼ごっこの時間は終わっている。

 ぐぬぬ、と捕まえきれなかったカズマをひと睨みすると、アイリスは分かりましたと引き下がった。そうしながら、彼女はカズマからペコリーヌを奪い去ると手を取り向こうへ歩みを進めていく。

 その途中、振り向いてべー、と舌を出した。

 

「何かもう姫様っていうより完全に子供だな……」

 

 そんなことをぼやきながらも、カズマの表情は笑顔である。何だかんだアイリスは自分を受け入れてくれているし、他の皆も、アクセルの住人もそれは同様で。

 そもそも街全体に広まってるのっておかしくない? そう思わないでもないが、アクセルなので仕方ない。

 

「ま、いっか、こういうのも。……色々あったけど、何だかんだ大変だったけど。こういう繋がりを見てると、俺って結構運がいいよな」

 

 そうやって、視界に映る面々を見ながら、カズマは思う。そう、願わくば。

 

「カズマく~ん! デザート食べましょう!」

「おう、今行く!」

 

 こいつらとのこんな暮らしが、ずっとずっと、続きますように――

 

 




第八章、完!


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第九章
その152


Q:何で章始めをこのエピソードにした?

A:ごめんなさい。


 ある朝、カズマが寝苦しい夜を迎えて目覚めた時、自分がベッドの上で一匹の巨大なカエルに変わってしまっているのに気付いた。彼はぬめぬめの背中を下にして横たわり、頭を少し上げると、盛り上がっている真っ白の自分の腹が見えた。腹の盛り上がりの上には、掛け布団がすっかりずり落ちそうになっていて、まだやっともちこたえていた。普段の大きさに比べるとあまりにも大きな水掻きの付いた足が目の前にでっぷりと光っていた。

 

「ゲコゲコ!?」

 

 俺はどうしたのだろう、と彼は叫んだが、カエルの鳴き声しか出てこない。目の前に広がるのは自分の部屋だ。何だかんだもはや仮でもなんでもなくなった我が家であるアメス教会だ。

 

「ゲコゲコゲ!」

 

 いやここで冷静に部屋見てる場合じゃねぇだろ、とカズマは一人ツッコミを入れた。のっそりと起き上がると、窓ガラスに映るカエルを見て一瞬現実逃避をする。

 それと同時に、これはなにかの呪いだろうかと思考を巡らせた。

 

「ゲコ……ゲコゲコゲッコゲコ」

 

 でも、心当たりはないんだよなぁ。溜息とカエルの鳴き声を零しながら、彼は別の方向を考える。つまり、自分に関係ないところでナニカされた。

 

「ゲーコー……ゲゲコゲコ」

 

 やべぇ、心当たりがありすぎる。先程とは真逆の結論を出したカズマは、まず真っ先に思い付いたネネカ研究所へと向かおうと踵を返した。

 そして、この体でどうやってアクセルを移動するのかと動きを止めた。

 

「ゲコゲコゲッゲッコォ……」

 

 やべぇ詰んだ。絶望したカズマは、もうこのまま部屋で干からびたカエルになろうかと思い始め。

 

「ゲコ?」

 

 何かが語りかけてくるのを耳にした。それによると、この姿になったのは確かに呪いであり、そして呪ったのはカエルの怨念。そしてこの数多のカエルの怨念を鎮め元の姿に戻るためには、世界をぬめぬめにしなければならないのだ、と。

 

「ちょっとカズマ、あんたいつまで寝てうぉあ!? カエル!?」

 

 そのタイミングでドアが開く。呆れた表情で部屋にやってきたキャルは、しかしカズマを見て目を見開き声を上げた。まあカエルだしね。

 そしてカズマもまた、そんなキャルを見て低く鳴いた。成程、ぬめぬめか。そういうことならば仕方ない。怨念が若干困惑するのも気にせず、カズマはそのまま迷うことなく目の前の猫耳美少女をぬめぬめにするべく舌を伸ばした。

 

「あひゃぁぁぁ!」

 

 口の中でキャルを堪能したカズマは、べ、とぬめぬめになった彼女を吐き出す。べっちょりと粘液まみれになった彼女は、そのまま死んだような目で床で倒れていた。何で朝からこんな目に。この世に絶望したようなその呟きは、カエルカズマにはどこか心地よく感じられて。

 

「ゲッコゲーコー♪」

 

 この調子でアクセルの女の子をぬめぬめにしてやるぜ。テンションの上がったカズマは、部屋を破壊する勢いで飛び出すとそのままアメス教会の外へ。

 

「行かせませんよ!」

「ゲコォ!?」

 

 一閃。斬撃によって教会の敷地に舞い戻らされたカズマは、目の前に立っている人物を見て、あ、と思わず間抜けな声を出した。

 剣を構え、こちらを真っ直ぐに見ている。ロングのストレートで胸がデカくて割と甘やかしてくれる、ついこの間告白してめでたく付き合うことになったこの国の第一王女。

 

「ゲコゲーコ……」

「どういう原理か分かりませんが、街に危害を加えるのならば、容赦はしません」

「ゲコっ!? ゲコゲコ! ゲッコゲッコ!」

「大丈夫です。きちんと美味しく頂きますから」

「ゲコゲコゲーコゲコゲッコ!」

「行きます。はぁぁぁ!」

「ゲコォォォォォォ!」

 

 ずんばらり。まあ所詮ジャイアントトードに毛の生えた程度の強さじゃベルゼルグ王国第一王女という名のバーサーカーに勝てるはずもなし。あわれカエルと化したカズマは恋人の食料へと成り果ててしまうのでした。

 

「さあ、御馳走にしてあげますね、カズマくん」

「今日は主さまの唐揚げでございますね。わたくし、主さまと一つになれるかと思うとワクワクいたします」

「その前にあたしのぬめぬめをどうにかして……」

 

 

 

 

 

 

「いや分かってんだったら食うなよ!」

 

 がばぁ、と跳ね起きたカズマは、荒く息を吐きながら辺りを見渡した。自分の部屋である。視線を落とした。自分の手である、カエルではない。

 窓ガラスを見た。映っているのは自分の顔である、カエルではない。

 

「夢かぁ……」

 

 いやそりゃそうだろう、と思う。いくらなんでもあのカエルがカズマだと分かったのならば、ペコリーヌは食おうとしないはずだ。やるとしたら、どうにもならなかった時の最終手段にするはずだ。結局食うんじゃないかと言ってはいけない。

 というかそれ以前に最後に唐突に出てきてやべーこと言い出したコッコロの方がインパクトでかかったので、何だかもうどうでもよくなってくる。

 

「カズマ? あんた何変な声出してんのよ」

 

 ドアの向こうから声。ああそういや夢の中でもこいつだけ酷い目に遭ってたな、と大分余計なことを考えながら、カズマは何でもないと言葉を返す。それで納得するかといえば答えは否だろうが、キャルはキャルで別に詳しく聞く気もないのかあっそ、と流した。

 

「まあいいわ。というかいい加減寝てないでご飯食べに来なさい。ペコリーヌとコロ助が待ってるわよ」

「あー、今行く」

 

 ベッドから這い出ると、カズマは夢見のせいで嫌な汗を掻いていたシャツを脱ぎ捨てる。後で洗濯に出さないと、などと思いながらズボンを脱いで。

 パンツ一丁になった彼は、そこで妙な違和感を抱いた。何だか普段とバランスが違う。そんなことを考えた。

 

「……」

 

 視線を下に向ける。恐る恐る、パンツのゴムを引っ張って伸ばし、生まれた時からの付き合いである我が息子の状態を確認し。

 

「俺の○□@@¥$*%&*ッ!?」

「うっわびっくりした!? 何よ」

 

 食堂へと向かいかけていたキャルが振り向く。カズマの部屋に戻り、一体どうしたんだとドアをノックし、そして。

 

「……え、どうしたの?」

「うぅぅぅぅ、ぐっすぐっす」

 

 マジ泣きしているカズマを見て、彼女は引いた。とにかく泣いている彼に事情を聞こうにも、情緒が振り切っているのかしばらくは落ち着きそうもない。

 これはお手上げだな、と溜息を吐いたキャルは、泣きべそをかいているカズマを引っ張って食堂へと向かった。他の連中にどうにかしてもらおうという算段である。

 そんなわけで。おはようございます、とやってきた二人を見たペコリーヌとコッコロは、泣いているカズマを見て即座に表情を変えた。どうしたんですか、と慌てて駆け寄った。

 

「うぅ……ぐすっ……ずずぅ……」

「キャルちゃん、何があったんですか?」

「あたしが聞きたいわよ。何か急に部屋で叫んで」

「……不覚でした。主さまとキャルさまのいつものやり取りかと思ってしまい、つい」

「うぅ……ぐすん」

「いやコロ助は悪くないわよ――ちょっと待って、いつものやり取りって何!?」

 

 ツッコミを入れるキャルの横で泣き続けるカズマ。話が進まない、と叫んだ当の本人が無理矢理に軌道修正をした。

 それで一体どうしたんだ。時間が経って少しは落ち着いただろうかともう一度カズマに尋ねると、彼は鼻をグズグズとさせながら、ゆっくりと顔を上げた。その表情は大分絶望、というか落ち込んでいる。

 

「……笑わない?」

「内容によるわね」

「…………」

「キャルちゃん……」

「キャルさま……」

「笑わないわよ! え、何? そもそも笑うようなことなの?」

 

 この流れで笑うような状況って一体何だ。そんなことを思いながらカズマを見たキャルは、その思い詰めた表情を見て怪訝な顔をした。どこでどうやるとここから笑える内容が出てくるのか。彼女の思考は大体これである。

 

「俺の……、……が」

「はい?」

「主さま? 今なんと?」

 

 そんな中、カズマは普段とはまるで違う、か細い蚊の鳴くような声で呟いた。ペコリーヌとコッコロもそれが聞こえなかったのか、申し訳無さそうにもう一度尋ねている。勿論キャルも聞こえなかった。

 だからだろうか。彼はもはやヤケクソだとばかりに顔を上げると、泣き腫らした目を思い切り見開きながら叫んだ。だったら聞けよとばかりに叫んだ。

 

「俺のぉ!」

「カズマくんの?」

「カズマさんのカズマさんが! 小さくなられてんだよ!」

 

 一瞬時が止まる。え今なんつった。そんな空気が流れ、ゆっくりと彼の言葉の意味を咀嚼し、そして。

 

「あの……主さま。主さまの主さまというのは」

「コロ助! ちょっとあんた黙って!」

「コロッ!?」

 

 コッコロを一喝したキャルは、ギロリとカズマを睨む。が、どうやら本気で言ったらしいことを理解すると、床に届くほどの長い溜息を吐いた。

 そうした後、よし解散、と告げる。

 

「おまっ!」

「いやどうしろってのよ! 確かに聞いたあたし達が悪かったわ、それは認める。あと、あんたにとって深刻な悩みなのもまあ理解した。でもどうしようもないでしょ?」

 

 ごもっともである。原因を調べようにもそもそも元のサイズが分からないし、当然患部を確認など出来るはずもなし。

 

「いや元々のサイズは知ってるだろ。見たんだし」

「あたしが自分から見たみたいに言うな!」

 

 不可抗力な上にキャルもその時マッパである。多分ダメージとトラウマは彼女のほうがでかい。

 ともあれ。彼女達では力になれそうにもない、というのは間違いないのだ。

 

「でも、何も出来ないのは、歯がゆいですよ」

「はい。わたくしの出来ることでしたら、何なりと」

「いやあの、分かるんだけど、場所が場所よ? 場合によっちゃ警察行きだから」

 

 勿論留置所行きになるのはカズマである。第一王女と年端もいかない少女の眼前で原因究明と称してナニをボロリさせたら問答無用でアウトだ。

 

「いえ、大丈夫でございますよ。わたくしは以前、主さまとお風呂にも入りましたので」

「何も大丈夫じゃない」

 

 というか何が大丈夫なのか小一時間ほど問い詰めたい。現状ツッコミ一人でかつ残りが口を開くたびにツッコミポイントが増えていくこの状況で、キャルは割と限界であった。

 ものっそい盛大な溜息再び。そのまま疲れたように椅子に座ると、とりあえずご飯食べましょうと言い放った。そうですね、とペコリーヌも同意し、コッコロは落ち込むカズマを慰めながら席に座らせる。当然ながら、そのまま甲斐甲斐しくご飯を食べさせた。

 そうして食事を済ませた後、非常に不本意だが、とキャルは口を開く。このまま知らんと彼女が言っても、残り二人は関わろうとするだろう。ならば、どうにかして身内に犯罪者を出さないように監視する必要があるのだ。

 

「あの、キャルちゃん。わたしたちそこまで信用ないですか?」

「今の状態のあんたはシズルとリノの次に信用ないわ」

「やばいですね」

「ちなみにコロ助はあいつらと同レベルだから」

「え」

 

 そこまで言い切られると流石に我が身を振り返る。逆に言うとそこまでになってもその上を行く偽姉妹がアレ過ぎるのだが、それはまあ今更であろう。コッコロはもう言うことはない。

 

「……えっと。カズマくん、その、なにか心当たりとかあります?」

 

 そういうわけで出来るだけ行動を減らし、まずは事情を聞くところから始めることにした。それが普通である。

 とはいえ。カズマとしてもこんな状態になる心当たりなどあるわけがない。何か変わったことが無かったかと言われても、精々今朝の夢見が悪かったくらいだ。

 

「夢、でございますか」

「どうしたのよコロ助」

「この教会は夢の女神アメス様のお膝元です。もし主さまの夢見が悪かったのならば、そこには何かしらの理由があるのでは、と」

「成程。カズマくん、その夢ってどんなのだったんですか?」

「どんなのって……呪いだかなんだかで、俺がカエルになって、ペコリーヌ達に食われる夢……」

「ペコリーヌ……」

「濡れ衣ですよ!?」

 

 こいつ遂に、みたいな目でキャルが彼女を見たので、ペコリーヌはブンブンと首を横に振る。流石にそうなっても食べるのは最終手段ですよ、と力強く反論した。やっぱり最後は食べるらしい。

 

「ふむ。……となると、主さまの現在の状態も呪いの可能性があるのではないでしょうか」

「え?」

「夢の中で明確に呪いだと断言されたのならば、現実のそれも同じなのでは、と」

 

 夢の女神の教会で悪夢を見るということは普通に考えておかしい。だからそれはヒントである可能性が高い。コッコロのその言葉に、成程と頷いた一行は、ではそうなると一体全体どういう呪いで誰が呪ったのかという話になるわけで。

 

「……あんたのそこを使えなくしたってことは、そういうことよね」

「いやまだ使えないことはないよ多分! ……そういうことって、そういうことか?」

 

 心当たりが一人浮かんだ。浮かんだが、流石にそれはちょっとどうなのと思わなくもない。コッコロは二人のやり取りに首を傾げ、ペコリーヌは何となく察してあははと苦笑した。

 ちなみに、もしそうだった場合詰みである。

 

「王城行って俺の、カズマさんのカズマさんを元に戻してくれってアイリスに言いに行ったら」

「合ってても違ってても死刑でしょうね」

「あ、じゃあわたしがアイリスに頼めば」

「言いに行った時点で間違いなくカズマが死刑ね」

「えっと……そもそも、アイリスさまが本当にそのようなことを……?」

 

 コッコロの純粋な疑問に、三人はピタリと黙る。そうして、いやまあ違うだろうと断言した。彼女は姉に似てあまり回りくどいことをせずに真正面からぶつかるタイプである。わざわざ呪いで小さくさせるくらいなら自ら聖剣でカズマのカズマさんをぶった切るであろう。

 

「となると……あんた、何か変なもんでも食ったんじゃないの?」

「お前らと同じもんしか食ってねぇよ。そもそも夢で呪いだって言われたんだから呪いの方で考えろっての」

「う~ん。呪い、ですか……」

「呪い……」

 

 あ、とペコリーヌとコッコロが声を上げた。どうした、とカズマが二人に尋ねると、そういえばそうだったと揃って頷く。今日、今この場にドラゴン兄妹がいない理由がそういえばそうだった、と口にした。

 

「シェフィちゃんを元に戻せないかって話をこの間していて」

「少し調べた結果、呪いのようなものではないかと」

 

 呪い。そのキーワードが出たことで、カズマが食いつく。このタイミングでその話題、関係がないと言うには少し出来すぎだ。

 

「それで? どんな呪いなのよ」

「子供に戻っちゃう呪い、みたいな感じじゃないかってミツキ先生は言ってましたけど」

「はい。ただ、通常のものとは少し違うらしく、簡単に治療が出来ないのだとか」

「いやそれと俺のこれに何の……関係、が……」

 

 カズマの言葉が段々とか細くなっていく。子供に戻ってしまう呪い。シェフィの場合は、精神が子供に、幼児になってしまっている。

 では、カズマだったらどうなるのだろうか。肉体が子供に戻ってしまうのだろうか。あるいは。

 

「……子供に戻ったんですね」

「あぁぁぁぁぁ!」

「ペコリーヌ、あんたちょっと言い方考えてやんなさいよ」

 

 ダクネスやクウカと似通った性癖を持っていないカズマは、ペコリーヌのそれに致命傷を負った。

 

「大丈夫でございます主さま。わたくしは主さまが可愛らしくなられても、精一杯お世話させていただき――主さま!?」

「コロ助ぇ……」

 

 そして、コッコロの追撃で死体蹴りをされた。

 

 




前回までとのギャップが酷い


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その153

ラブコメ?

アイツはもう消した!(AA略


三馬鹿女神の溜まり場。そこで、とある水の女神が呼吸困難に陥っていた。カヒューカヒューと割とやばめな音が口から漏れているが、幸いにしてここは女神達の空間だ。多分死なない。

 

「……」

 

 ちなみにアメスも無言である。微妙に肩を震わせているあたり、案外似た者同士なのかもしれない。

 

「あの、先輩、アメスさん」

 

 そんな中一人だけリアクションを取りづらいという反応をしていたエリスが、残り二人におずおずと述べた。笑い事ではないのでは、と。

 荒い息を吐きながら、なんとか呼吸を復帰させたアクアは、そんな彼女を見て何でと短く簡潔に返した。ぶっちゃけこれが笑い事でなくてなんなのか。そういう返しであった。

 

「え、でも、呪いなんですよね?」

「そうね。まあ一応、呪いではあるでしょうね」

 

 今度の返答はアメス。それを聞いたエリスはだったらなんでと再度問いかけたが、二人はむしろ怪訝な表情をするのみだ。

 ねえアメス、とアクアが呟く。そうね、とアメスが頷いた。

 

「この子、分かってないわね」

「何エリス、あんたあれだけいかにも真面目な女神でございみたいな顔して無駄に信徒集めてたくせに、こんなのも分かんないの? あらら、ちょっとそれは由々しき問題じゃない?」

「え? え?」

「そう言ってあげないのよアクア。多分この子はあれよ、場所が場所だからきちんと確認もせずに向こうの話の流れだけで判断しちゃっただけなのよ、きっと」

「えー、それって女神としてありえないんですけどー」

 

 物凄いディスられっぷりである。言われた当の本人も、理由は分かったが原因が分かっていないのでオロオロすることしか出来ない。

 というかいくら女神とはいえ年頃の少年の股間の呪いをまじまじと分析とかやりたくない。

 

「……先輩たちは、平気なんですか?」

「何が?」

「ですから、その、カズマさんの、か、カズマさんに掛かっている呪いを分析、とか」

「何カマトトぶってんの?」

「清純派気取るには遅くないかしら」

 

 ボロクソ再び。二人のそれに圧されて言葉を止めたエリスは、そのまま俯くとプルプルと震え始めた。あ、キレた。二人がそんなことを思うのと同時、ああもう分かりましたよとヤケクソのように叫ぶ。その姿は斗鬼白頭戦で見せたどこぞの盗賊少女のリアクションと寸分たがわぬものであった。

 

「それで! 何なんですか!?」

「いやだから何が?」

「呪いには違いないですよね。流石に私もカズマさんのか、ズマさんをじっくり見なくてもそこは分かりますし」

「というかエリス、あんたカズマのカズマってこないだ生で見たのよね?」

「私が自分から進んで見たみたいな言い方やめてくれます!? ……ちらっとしか見てませんよ」

「ムッツリだわ」

「ムッツリね」

「あぁぁぁもぉぉぉぉ!」

 

 間違いなく向こうのエリス教徒には見せられないリアクションを取る。そんな彼女を見て堪能した二人は、じゃあ話を戻しますかとからかいの笑みを潜めた。とはいえ、表情自体は別段真剣なものではない。むしろしょうもない話を今からしますよと言わんばかりの、ちょっとした雑談程度の空気だ。

 

「まずそもそも、呪いっていう言い方がおかしいのよ」

「まあ原因は呪いでしょうけど」

 

 どういうことですか、とエリスが首を傾げるので、アメスが先程までの観測モニターとは別のものを隣に設置した。こちらには先程のペコリーヌ達の会話に出てきたシェフィの診察の様子が映し出されている。

 はいじゃあこれで確認したやつと向こうを比べてみて。アクアに促され、エリスはシェフィの方を眺め。

 

「あれ?」

「そういうことよ」

 

 カズマのカズマさんに纏わりついているものとは少々差異があることに気が付いた。とはいえ、全然違うものかと問われればそれもまた違うと言えてしまうもので。

 非常に苦い顔を浮かべながら、エリスは最初のモニターに目を向けた。そして、子供になったカズマのカズマさんを観察する。露出はしていないので勿論ズボン越しだ。

 

「……うぅ」

「意を決して青少年の股間を睨む女神ってシュールよね」

「本人は真面目なんだから、そこは流してあげないと」

 

 アクアとアメスの茶々が後ろから聞こえたが、無視無視とエリスはそれを調べる。調べて、そして出した結論に何とも言えない表情を浮かべた。

 成程、だからこの二人そういうリアクションだったんだ、と。

 

「分かってくれたかしら?」

「……まあ、一応」

「笑っちゃうわよね。診察をきっかけにホワイトドラゴンの抵抗作用が活性化を始めて、シェフィの呪いを体内から少しずつ排出したんだけど、その場にいた面子でカズマが特別へっぽこだったおかげで、その呪いの毒素を受けちゃった。なんてね。まあギリギリカズマもカズマが子供になるくらいで済んだみたいだけど、他の人には一切影響なかったんだから一緒よね。ぷーくすくす」

 

 笑い事じゃないですよ、とエリスが溜息を吐いた。

 アクアとアメスは、まあ笑い事よ、とそんな彼女にさらりと返した。

 

 

 

 

 

 

「それで、どうやったらシェフィの呪いは解けるんだ?」

 

 普段の三割増しで真剣なカズマがそう述べるが、それが分かるのならばそもそもシェフィはとっくに解呪されている。ミツキの言によるならば、通常の治療では解呪が困難であるということなので、おそらく一番簡潔で効果的なのは原因を排除することだろう。

 そんな結論を他の面々が出せないはずもないわけで。

 

「とりあえずゼーンさんとシェフィちゃんが帰ってきたら改めて聞いてみましょう。案外簡単に解呪出来る方法見つかってるかもしれないですし」

 

 ペコリーヌの言葉に、カズマは渋々ながら頷く。どちらにせよ、今の状況ではそれくらいしか方法がないのだ。やみくもに走り回ったところで何も解決しない。ミツキが診ているという時点でアクセル変人窟に相談しているも同然なのだから。

 

「あの、主さま」

「ん? どうしたコッコロ」

「お二人が帰ってくるまで、一度試してみてもいいのでは?」

「試す、っていうと」

 

 ミツキの解呪には及ばずとも、プリーストも当然その手の呪文は使用できる。駄目かどうか、実際確かめてみようという算段なのだろう。

 ただ、重大な問題が一つ、やばいくらい重大な問題が一つ、ある。

 

「コッコロ」

「はい」

「呪文を、使うんだよな」

「はい」

「……どこに?」

「勿論、主さまの主さまにでございます」

 

 間違いなくアウトだ。どこをどう切り取っても絵面がアウトである。カズマのカズマにそっと手をかざす年端もいかない美少女。果たしてこれは治療の一環なんですと主張してどこまで通るであろうか。

 

「コロ助」

「はい?」

「あんた今回の件でこいつに関わるの禁止」

「何故です!?」

「あはは~……。わたしもそれについてはキャルちゃんと同意見ですかねぇ……」

 

 ポリポリと頬を掻きながらペコリーヌも目を逸らす。お付き合いしている相手が幼女にいかがわしいことをした罪でしょっぴかれたら目も当てられない。というか普通に婚約破棄になる。

 

「しょうがないなぁ。じゃあ代わりに、お姉ちゃんがやってあげる」

「帰れ」

「もはや私達が存在することに疑問も持たなくなってますね」

 

 ひょい、とシズルが割り込み、リノもキャルの隣でうんうんと頷いていた。アクシズ教会よりアメス教会に行ったほうが会えるんじゃないかなどと一部で言われているこの偽姉妹に一々驚いていたら身が持たない。キャルはそう学んだのだ。思い出したとも言う。

 そんなシズルであるが、カズマをじっと見詰めた後、成程成程と頷いていた。その顔は少々難しい表情を浮かべている。

 

「確かにこれは普通の解呪じゃ駄目そうかな。でも、一時しのぎくらいなら出来ると思うよ」

「一時しのぎ、って」

「うん。弟くんが望むなら、お姉ちゃんが弟くんの弟くんを一時的だけど大きくしてあげるよ」

「リノ、あんたの姉が教会でいかがわしいことしようとしてるわよ」

「い、言い方の問題ですよ。ほら、地下にかんぬきをただ刺すだけじゃ駄目みたいな」

「『李下に冠を正さず』だよ、リノちゃん。そもそも、お姉ちゃんは誤解を招くような事は言っていません」

「ちょっと何言ってるかわかんない」

 

 本気で分からない。むしろ分かりたくないと言うべきであろうか。キャルからだいぶ表情が抜け落ち、コッコロも何となく状況を把握し始めたそのタイミングで。

 ペコリーヌが、少しだけ不満そうにカズマの隣に立った。

 

「……心配しなくても、お姉ちゃんは弟くんの恋路の邪魔はしないよ」

「どの口が言ってるんですかね」

「もー。リノちゃんも人を疑っちゃ駄目だ、ぞっ☆」

 

 アメス教会に激突音が響き渡った。衝撃が頭を突き抜けたリノは、そのまま悲鳴も上げずにぶっ倒れる。はらひれほれ、と倒れてからは発していたので、とりあえず無事ではあるのだろう。

 

「ふふっ、弟くんは愛されてるね」

「どうせなら別のシチュエーションで感じたかったなぁ……」

「もー、贅沢だなぁ」

 

 微笑みながらシズルはカズマの頭を撫でる。そうしながら、じゃあこの方法はやめておこうかと引き下がった。

 帰ることはしない。

 

「いや帰りなさいよ」

「弟くんが心配だからね」

 

 嘘がない。それが分かるので、キャルとしてもそこを否定できずにぐぬぬと唸った。まあもしもの時の戦力が増えたと思えばいいか。そう開き直ることにした。

 そんなことをやっているうちに時間が経ったのだろう。教会の扉が開く音がして、お目当ての人物が帰宅してきた。相変わらず基本無愛想なゼーンと、何も考えてなさそうな精神幼女のシェフィ、そして向こうの診療所の。

 

「あれ? ミツキ先生じゃないのか?」

「ミツキさんでしたら、紅魔の里に残っています。流石に診療所を空け過ぎるわけにもいかないので」

 

 そう言って、ボブカットの少女はクスクスと口にした。そのまま視線をカズマ、ペコリーヌ、コッコロ、キャルと動かし。

 知らない顔を見付けて、あら、と声を漏らした。

 

「はじめましてですわね。私はエリコ、診療所の手伝いでここに来ました」

「はじめまして。私はシズル、そこのカズマくんのお姉ちゃんだよ」

 

 迷いなく、心の底から一片の疑いもなくそう述べたので、エリコもそこを気にしない。そうですかと頷くのみだ。ちなみにそこで目を回しているのがリノちゃんだよ、とシズルは追加で紹介を行ったが、やはり彼女にとっては別段驚くに値しない。

 

「それで、シェフィの呪いってどうなったんだ?」

「……どうした?」

 

 そんなやり取りを横目に、カズマはゼーンにそんなことを尋ねていた。やけに真剣なその表情に、彼も何かを感じ取ったのか少しだけ眉を顰める。対するカズマは、どうもこうもない、と自分の現状を語った。相手が男なので、ここら辺はペコリーヌ達に話すより迷いがない。

 

「お前に呪いが……?」

「何だよ。何かおかしいのか?」

「ああ」

 

 即答する。ミツキの診察によると、彼女にかけられた呪いは特定の存在による呪術であり、本来はテリトリーに誘い込んで呪うものらしい。テリトリーに心当たりはないだろうかと問われ、彼は彼女にそれを伝えていた。

 つまり、同じ呪いだったのならば、カズマもそのテリトリーに足を踏み入れていることになる。

 

「え? じゃあこれ違うの?」

「それは分からん。……似ているのならば、シェフィの呪いの影響かもしれんが」

「……どっちみちシェフィの解呪が必要ってことか」

 

 それで駄目だったらその時は。最悪定期的にシズルに解呪してもらうのを視野に入れながら、カズマはよし、と気合を入れた。呪った相手のテリトリーに心当たりがあるのならば、さっさと行ってそいつをぶちのめせばいい。

 

「あれ、でもゼーンさん。心当たりあったのに何で行かなかったんですか?」

「それは――」

「ちょっと。いつまでワタシたちを待たせるつもり?」

 

 教会の入り口から声がする。何だ、と皆が視線を向けると、そこには三人の女性が立っていた。服装もバラバラで、共通点がまるで見られない。

 その内の一人、盗賊風の露出の多い服装をした女性は、呆れたような、不満げな表情でこちらを睨んでいる。

 

「え? 誰?」

「いきなりご挨拶ね。わざわざ協力してやろうって来た相手に」

「おおぅ、初っ端からこの喧嘩腰。メリッサさんはブレませんなぁ」

「言ってる場合かい」

 

 ふん、と鼻を鳴らすメリッサと呼ばれた女性と、ケラケラ笑いながら茶化す奇抜な格好をした魔法使い。そして、そんな二人を見て溜息を吐く、日本の着物のような物を着た女性。

 その着物の女性は、動きやすいように項あたりで纏めた髪を揺らしながら連れが悪いね、と苦笑した。

 

「ちょっとルカ」

「まあまあ。向こうさんもちょいと焦っている理由があるみたいだし、ここは大人の余裕ってやつを見せてもいいんじゃないか?」

「……ふん」

 

 そっぽを向いたメリッサを見て再度苦笑したルカは、それじゃあどうしようかとカズマ達に述べた。自己紹介が先か、自分達の目的が先か。

 

「いや別にどっちも一緒にすればいいじゃない」

「それもそうだ。アタシはルカ、それでこっちが」

「サイカワ魔法少女、ナナカちゃんでっす」

「……メリッサよ」

 

 服装だけでなく、キャラも立ち位置もバラバラらしい。いやなんでこの三人一緒にいるのと思わないでもないが、流れからすると恐らく紅魔の里の、ミツキの関係者だろう。さもありなん。

 

「えっと、それで。一体何の御用でこちらに」

「さっき龍の兄さんが言いかけてただろう? 呪いの原因となる領域について」

 

 心当たりに向かわなかった理由は単純明快で、その領域が同じ場所に存在しなかったからだ。領域自体が移動を行っているらしく、見付けるのが困難な上にそこに足を踏み入れると精神が幼児化してしまう危険性を孕んでいる。そんな場所に好き好んで行く物好きがそうそういるはずもなく。

 

「そこで私達にご指名かかっちゃったんですねこれが。どんどん、ぱふぱふー」

「ワタシたちなら大丈夫だろうって……ミツキも勝手言ってくれるわよね」

「……まあ、そういうわけさ。それで、アンタ達はどうする?」

 

 ついてこなくても、こっちで勝手にやるが。そんな意味合いを込めたルカの言葉に、コッコロとペコリーヌは迷うことなく同行を申し出た。そんな二人を見て、キャルも仕方ないと溜息混じりで参加を決める。

 

「いつもならじゃあよろしくって見送るところだが、今回は自分の息子の危機だからな」

 

 そしてカズマも。言っていることは割と最低だが彼らしからぬ気合の入れようで一歩前に出た。お姉ちゃんも行くよ、とえらく軽くシズルも加わる。

 決まりだ、とルカが笑う。じゃあ行こうかとそのまま即座に出発を決めた。あまりにも急なそれであるが、今更その程度でこの面々が驚くはずもなし。

 そうして、教会の管理者であるユカリが戻ってくるまでピヨっているリノが取り残された。

 

 



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その154

『希望の迷宮と集いし冒険者たち』で多分一番有名(負け狐調べ)な例のアレ


 件の領域は街であるらしい。らしい、というのは仕入れた情報だからであり、何よりそこが特定の場所ではないからだ。現れては消える街、いうなればそういう存在。ぶっちゃけ移動するダンジョンだ。

 

「まあ、そんなわけでドラゴンの兄妹さんもなかなか見付けられなかったわけなんですなこれが」

「あー……まあ、情報収集とか苦手そうだもんな」

 

 半ば移動手段と化しているゼーンの背中から彼の顔を見る。特に何かリアクションをしてはいなかったが、何となく図星を突かれたような空気は察せられた。

 

「おにーたん、どらごんなかまさがすのもたいへんしてたよ」

「シェフィ」

 

 変身せずにゼーンの背中に乗っていたシェフィが補足する。ほんとだもん、と兄の反応に反論していた。事実そうなのだろう、彼はそれ以上何も言えない。

 

「まあ、その辺はどうでもいいわ。そんなわけで、ワタシたちが持っていた情報から、それらしいものを選んで提供してあげたのよ。感謝することね」

「タダで戦力が追加出来るってほくそ笑んでたのはどこのどいつだったかね?」

 

 フフ、と笑う着物姿の女性――ルカの言葉に露出の多い盗賊の女性――メリッサが不機嫌そうに鼻を鳴らす。そしてそれを笑いながら眺める、魔法少女を自称する割には露出過多な少女ナナカ。改めて見ても統一感はまるでない。ミツキの関係者というくくりならばエリコもここに入るだろうが、統一感のなさが追加されるだけである。

 唯一、共通点と言えるものがあるのならば、間違いなく豊満であると断言できるその胸部の。

 

「カズマ」

「な、なんだよ」

「鼻の下伸びてる」

「の、のびてねーし!?」

「弟くん、大丈夫? おっぱい揉む?」

 

 キャルの視線が絶対零度になる。まあ確かにここまでおっぱいが並んでいたらちっぱい猫耳少女は肩身が狭いだろう。普通乳仲間になるであろうリノが置いてきぼり食らっているのも拍車をかける。

 ちなみにカズマはシズルのその発言に是非と答えかけ、コッコロがこちらを見ているのを確認すると必死で飲み込んだ。そうだよな、お姉ちゃんに元気付けてもらうならこんな人のいる場所じゃ駄目だよな。うんうんと一人言い訳を心中でしつつ、ジト目を通り越しているキャルを見なかったことにした。

 

「ところで、何故貴女がそのような反応を?」

「え? 彼女の横で別の女にデレデレしてる奴を見た反応としては普通じゃない?」

 

 そんな様子を眺めていたエリコが問う。それになんてことないように答えたキャルであったが、問い掛けた方が訝しげな表情に変わるのを見て首を傾げた。

 おかしいですね、とエリコは呟く。そうしながら、視線をキャルからペコリーヌに向けた。

 

「彼の恋人は、貴女では?」

「な、何だかそうやってはっきり言われると照れますね」

 

 たはは、と頬を掻くペコリーヌを見て、彼女はもう一度視線をキャルに戻す。当の本人がこんな感じだが、お前は何なんだ。そんな意味合いが視線に込められている気がした。

 

「こいつが怒らないからあたしが何か言わないとこの馬鹿が調子乗るのよ」

「姑でしたか」

「誰が姑だ!」

 

 そもそも姑ってのは嫁をいびる方だから逆だろう。謎の偏見に満ちた反論をしながら、キャルはグリンと顔を動かす。ペコリーヌを睨み、お前が言えとばかりにカズマを指さした。

 

「え? でもカズマくんがちょっぴりエッチなのは今に始まったことじゃないですし」

「受け入れんな! あんたこいつの彼女でしょうが!」

「だそうだよ、弟くん」

「あ、はい。反省します」

 

 叫ぶキャルの横で微笑みながらシズルが述べる。姉に諭されるとカズマとしては弱いのだ。最近はママがその辺寛容になっているので余計に、である。

 とはいえ、と彼は思う。この三人の格好が格好だ。エリコは以前も見たし《壊し屋(デストロイヤー)》の異名もあってまだ耐えられる。だが、谷間は丸見えだわへそ出しだわホットパンツだわのメリッサや、同じく谷間見せてるわハイレグだわで魔法使いっぽい帽子と仮面にも近い眼鏡が辛うじて魔法少女を主張しているナナカなど、若い少年が目を向けない理由がない。着崩した着物にサラシのルカも大概だが。

 そんなこんなで別段緊張などすることはなく。情報によるとそろそろだというメリッサとナナカの言葉通り、一行の視界になにやら建物が立ち並ぶ空間が広がっていく。

 成程、これは確かに街だ。そんなことを思いながら入り口へと辿り着き、そこで一度立ち止まる。ゼーンも人型になり、眼前に広がる不思議な光景を見詰めていた。

 

「確かにここは、以前見たことがある」

「おはながきれーだった」

 

 満開の桃色の花が彼女の言葉を肯定するかのようにさらさらと揺れている。そして、それに囲まれた建物はアクセルや王都、紅魔の里やアルカンレティアとも違う形で。

 

「何だか、昔の中国みたいな。いや、どっちかっていうと仙人の住んでる桃源郷に近いか」

「ん? お前さん、知ってるのかい?」

 

 カズマの呟きにルカが反応する。何が、と振り向くと、彼女はこの場所についてさと口角を上げた。

 

「アタシたちはこの手の情報や噂を手に入れては向かう口でね。この場所もその一つだったんだが」

「おやおや、君は中々話せる口だったり? 同士キタコレ!」

「別にいいけれど。報酬は山分けしないわよ」

 

 彼女達曰く。ミツキの診療所の居候であるこの三人は、理由こそ全員異なるものの、伝承に語られる幻の都を探すために情報を集め世界を渡り歩いているらしい。そして、その候補の一つとされる場所の名前がここ、桃源郷。

 

「……え、待った。じゃあ何か? この呪いって仙人由来なのか!?」

「さてね。そこはアタシたちの専門外さ」

 

 マジか、とカズマの顔色が変わる。ここが本当に桃源郷だとして。カズマの知っているそれと近しいあるいは同じものだとして。

 仙人って大分ヤバい相手なのではなかろうか。

 

「ここで考えていても仕方ありません。主さま、まずは進むことが先決かと」

 

 そんな彼に寄り添うようにコッコロが述べる。そうですよ、とペコリーヌもそこに並び、ほれ行くわよ、とキャルがそんなカズマの背中を叩いた。

 では気を取り直して。そんな空気になったところに待ったがかかる。見る限り、分類上はダンジョンとはいえ広さも見た目も街、全員で行動していては時間が掛かり過ぎるだろう。そう述べたエリコは、手分けして探索することを提案した。

 

「それに、シェフィさんの呪いの原因がここであるのならば、あまり中に入らせない方がいいでしょう」

「……そうだな」

 

 エリコの言葉にゼーンが同意し、自分とシェフィはここで待つことを選択すると述べた。元より面倒である上、ミツキの代理として来ているエリコも彼女の診察を名目にそれに続く。

 

「ワタシは元々ここのお宝が目的だもの。調査は二の次、原因排除の手助けはしてあげるけれど、他は期待しないでちょうだい」

 

 それを皮切りに、メリッサもひらひらと手を振りながら一人で街へと向かっていく。まったく、と溜息を吐いたルカが、こっちはこっちでやっておくよと彼らに苦笑を返した。

 

「ではでは、吉報をお待ちあれー」

 

 ナナカのテンション高い挨拶とともに、三人が揃って去っていった。いいのかあれ、と思いはしたが、紅魔の里の診療所面子、ミツキ、アンナ、そしてエリコを思うと何だか大丈夫な気もしてくる。

 

「俺たちも行くか」

「そうですね」

「参りましょう」

「はいはい」

「お姉ちゃんに任せて」

 

 当然のようにシズルはこっちについてきたが、まあそうだろうと誰も異を唱えなかった。

 

 

 

 

 

 

 満開の桃の花に囲まれた街を一行は歩く。ダンジョンならば当然のように出てくるはずの魔物は見当たらず、それどころか、遠くには人影もちらほらと。

 あれが仙人だろうか。そんなことをカズマは思う。そして同時に、仙人だとしたら自分の、正確にはシェフィの呪いについて何か知っているかもしれないと考えた。

 

「ん~……平和な街にしか見えませんねぇ」

 

 キョロキョロと辺りを見渡していたペコリーヌがそう呟く。そうだよなぁ、とカズマは同意し、先程思っていた意見をついでに口にした。

 成程、とコッコロが頷く。そして、そういうことでしたらと視線を向こうの人影へと移動させた。

 

「わたくしが、聞いてまいります」

「いや、一人で行くのは危険じゃないか? いやまあ、確かに敵感知も反応していないけど」

「じゃあ、わたしがコッコロちゃんについていきますよ」

 

 二人なら何とかなるだろう、とペコリーヌが述べる。そこまでするなら全員で行けばよくないかと思わないでもなかったが、そういうわけなのでそっちは別の人に聞いてくださいと彼女に言われれば、それもありかと頷いてしまうわけで。

 

「本当に大丈夫なんでしょうね?」

「はい。ついでに向こうの小川で釣りをしている人から美味しいお魚の情報も貰ってきますね」

「そっちが目的か!」

 

 行ってきます、とコッコロを連れて魚釣りをしている人影の方へ駆けていくペコリーヌを見ながら、ああもうとキャルは溜息を吐く。こんな訳の分からない場所でもブレない腹ペコ具合に、感心すればいいのか呆れればいいのか。

 まあいい、と彼女は気を取り直す。そういうことならば、こっちはこっちで真面目に情報収集するだけだ。そう二人に告げると、シズルはともかくカズマも渋ることなく首を縦に振った。

 

「どうしたのよカズマ。変なものでも食べた?」

「俺の息子の一大事にふざけてられるか」

「駄目だよ弟くん、そういう時こそ落ち着かないと」

 

 そう言ってシズルがカズマを抱きしめよしよしと撫でる。当然のことだがそのバストは豊満なので、彼はおっぱいに埋もれるわけなのだが。残念ながら今のカズマはカズマさんが子供である。幼いそれはまだ起き上がるほどの経験を積んでいないのだ。

 

「…………」

「ちょ!? カズマ、何で泣いてるの!?」

「俺の、俺のぉ……何でだよ」

「死ねば?」

 

 即座に状況を理解したキャルが短く告げる。そしてそんなカズマを見たシズルは、聖母のような笑みを浮かべながら、彼を抱きしめ撫で続ける。大きくしたかったら、いつでも言ってね。彼女はそう囁いた。間違いなくいかがわしいことへの誘いにしか聞こえない。

 姉の抱擁を終えたカズマは、目覚めない自分の息子を一瞥し、必ず元に戻してやるからなと決意を固めた。キャルのやる気ゲージがモリモリと下がっていく。

 

「もういっそそのままのほうが平和なんじゃない?」

「何言ってんだお前。むしろこのままだと一大事だろ」

「あーはいはいそうね」

 

 真面目に返すのがバカらしくなったのか、キャルも段々と返事が適当になる。最初こそ本人が深刻だったので心配していたが、この様子だともう心配するだけ無駄だろうと結論付けた。

 そんなことを言いながらも、三人は情報収集のために歩いている人影に近付く。遠目ではおぼろげであったそれは、はっきりと視認できるようになったことでその正体が何なのか判明し。

 

「え?」

「何だこれ? 人形?」

「木の上の小鳥も、作り物だね」

 

 人影が人でなかったことに驚愕した。どういうことだ、と周囲を見渡すと、流れていると思っていた小川はガラスで、人工物でないと思われるのは満開の桃の花くらい。そう思って花びらを手にとって見ると、これも造花であった。空気以外は全て作り物らしい。

 キャルの表情が変わる。ここは街なんかじゃない。最初から分かっていたことだが、やはりダンジョンの一部なのだ。

 

「でも、この人形。襲ってくる様子はないみたいだね」

 

 一定の思考ルーチンに沿って動いているのか、こちらに反応すらしない人形を見ながらシズルが呟く。本当だ、と試しにカズマが軽く突いてみたが、やはり無反応であった。

 ダンジョンのモンスターとかではなく、ただの設置物扱いなのだろうか。そんなことを考えはしたが、とりあえずその答えは後回しだ。まず重要なことは、今この場にいないペコリーヌとコッコロに合流すること。

 

「戻るぞ」

 

 カズマの言葉に二人は頷く。即座に踵を返し、先程の場所へと戻ろうとした三人は、既に情報収集を終えたのか、こちらへと向かってくる二人を見付けた。特に戦闘を行った形跡も見られないので、恐らく自分達と同じ経験をしたのだろう。

 

「コッコロ、ペコリーヌ!」

「主さま、キャルさま、シズルさま」

「カズマくん、キャルちゃん、シズルさん」

 

 彼の声を聞き、二人もカズマを呼ぶ。そうしながら、どうしましたかと二人揃って問い掛けた。いやどうしたもこうしたも、とキャルが顔を顰めながら彼女達へと口を開く。ここ明らかにおかしいでしょうに。頭を掻きながら、彼女はそう続けた。

 

「そうですか?」

「そうですか、って……ちょっとあんた、ちゃんと調べたんでしょうね」

「はい。何も聞けませんでした」

「そりゃそうでしょうよ……」

 

 ペコリーヌのどこかズレたような答えに、キャルはやれやれと溜息を吐く。どことなくテンションが低めな気もするが、どうせ魚が作り物だったことで落ち込んでいるのだろうと目を細めた。

 

「主さま、先へ進みましょう」

「へ? ああ、そうだな。この様子じゃ、そうするしかないよな」

 

 コッコロに促され、カズマも視線を街の中心部へと向ける。人や自然がほぼ作り物ならば、そうでないものを探すしかない。そして恐らく、それこそが呪いの元凶だ。

 

「……ねえ、コッコロちゃん、ペコリーヌちゃん。本当に大丈夫?」

 

 じゃあ行くか、と歩みを進めようとしたそのタイミングで、シズルが二人に声を掛けた。いきなり何言ってんだとキャルは彼女の方を向き、そしてふざけている様子がないのを確認してコッコロとペコリーヌへと向き直る。カズマも同じく、シズルの言葉を聞いて二人に目を向けていた。

 

「はい、わたくしは大丈夫でございます」

「そうですよ。問題ないです」

 

 そして二人はシズルの問い掛けにそう答える。別段無理をしている様子はない。ならば本当に大丈夫なのだろう。そうは思うのだが、しかし。

 何故そんな質問をしたのか。それがカズマとキャルにはどうにも引っ掛かった。

 

「……ねえ、カズマ」

「なんだよ」

「どう思う? コロ助とペコリーヌ」

「どう思うって……何かテンション低いかなってくらいか」

「……そうよね。でも、んー」

 

 少し様子を見よう。キャルの言葉に、カズマも、ついでに聞いていたシズルも小さく頷いた。

 

 



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その155

あのボス戦、間違いなくアクア達の人形ノーパンのまま襲い掛かってきてるよね


「ラァァイト・オブ・セイバァァァ!」

「うるさいわよナナカ」

「おっとこれは失礼」

 

 たはは、とてへぺろしながらメリッサの文句に謝罪をしたナナカは、しかししょうがないと小さく溜息を吐いた。その横では、ルカも彼女に同意するように頭を掻いている。

 眼前に転がっているのは人形の残骸。正確には、モンスターを模した人形だ。偽物なので素材も碌に手に入らず、ただただ鬱陶しいだけの邪魔者である。

 

「これは、外れか」

「ですねぇ」

「案外こういう場所の方が貴重なお宝が眠っている可能性もあるけれど……まあ、なさそうね」

 

 やれやれ、とメリッサがつまらなさそうにぼやく。これ以上探索しても無駄骨になりそうだし、戻ろうか。そんなことまで考える始末だ。

 

「まあ、アタシたちとしては外れだとしても、あちらさんには関係ないだろうし」

「まあ、ついでだし調査もパパッとやっときますかね」

「ワタシは嫌よ。面倒だもの」

 

 ルカとナナカにそう返すと、メリッサはさっさと踵を返す。そんな彼女の背中を見ながら、二人は苦笑しそれを追いかけた。

 そもそも、もう調査することもないでしょう。振り返らずにそう続けるメリッサに、まあそうだなと返して。

 

「ここはそういう場所ってことさね」

「場所というか、街そのものが元凶な感じですなこれは。スケールの大きさだけは結構評価ポイント?」

「別に、何でもいいわ。趣味が悪いのは変わりないもの」

 

 三人が去っていったその場所の残骸には、彼女達を模したであろう人形も転がっていた。

 

 

 

 

 

 

「しっかし」

「どうしたんですか?」

 

 カズマの呟きに、ペコリーヌが問い掛ける。いや、大したことじゃないんだけど、と返しながら、彼はぐるりと周囲を見渡した。

 

「これ全部作り物って、何か不気味だな」

「そうですか?」

「いやまあ、ダンジョンだって思えば全部人工物でも不思議じゃないんだけど」

 

 見た目がなぁ、とカズマはぼやく。なまじっか明るく開けた空間なおかげで、ダンジョンだという感覚が薄れてしまうのだ。そのおかげで、人工的に作られた自然などというレベルを通り越したここが異質に映る。

 そんなことを話しながら歩みを進めるが、道中ですれ違う街の住人として作られたのであろう人形や自然を飛び交うよう設定されている動物の人形以外何も見付からない。中心部には近付いているはずなのだが、向こうからの反応が何もないのだ。

 

「変ね」

「どうされたのですか?」

「いや、どうしたもこうしたも、絶対おかしいわよ。ここはダンジョンであたしたちは侵入者。だっていうのに、ここまで何もないのはおかしいわよ」

「そうでしょうか?」

「……そうよ」

 

 コッコロのその返しに、キャルはじっと彼女を見る。どうしましたと首を傾げる仕草はコッコロのもので、おかしな点は見当たらない。見当たらないのだが。

 カズマカズマ、とキャルはペコリーヌと歩いているカズマを呼んだ。どうしたんだとこちらに来る彼と、それについてくるペコリーヌを見て、彼女はなんとも言えない表情を浮かべる。

 

「ペコリーヌ、あんたはちょっとどっか行ってなさい」

「……わかりました」

 

 コクリと頷いたペコリーヌはコッコロの方へと向かう。それを見ていたキャルは、視線を横のカズマに戻すとそれでどうなのと問い掛けた。

 

「コロ助もそうだけど、なんか変なのよね」

「様子がおかしいのは何となく分かるけど。呪いを食らったんならシェフィみたいになるだろうし」

「コロ助は加護があるし、ペコリーヌは王家の装備持ちだから抵抗できるじゃない? その結果とか」

 

 実際カズマもシェフィとは違う症状に悩まされた結果が今現在なのだから。そう言われると彼としてもそうかもしれないと思わなくもない。ただ単に凹んでいる可能性も無きにしもあらずだが、そうなるとその理由を話してくれないのも気になるわけで。

 

「んー。調査に行ってくれたお姉ちゃん待ちかなこれは」

 

 彼女を一人にさせていいのか、と思わないでもなかったが、まあいかんせんシズルだからいいかと結論付けてしまうのもまた仕方ないわけで。そもそも調査で別行動しているのに待たずに移動している時点で色々とアレである。どうせ弟くんを起点に湧いて出てくるからいいだろうというやつだ。

 

「弟くん」

「ほらね」

 

 背後から聞こえた声にキャルは呆れたように溜息を吐く。はいはいそれで、と振り向いた彼女は、しかしそこで怪訝な表情を浮かべた。

 

「シズル?」

「どうしたの、キャルちゃん」

「……あんた、何かテンション低くない?」

「そうかな?」

「カズマカズマ!」

「俺!? あー、いや、どうしたんだお姉ちゃん」

「別にどうもしないよ。お姉ちゃんは大丈夫だから」

 

 絶対何かあった。二人は確信を持ってそう結論付けたが、しかしやっぱり何がどうなったのかは分からないままだ。三人が向かった場所に何か精神に異常をきたすものでもあったのだろうか。そんなことを思いはしたが、この三人が駄目になるほどの何かが存在していたならば恐らく王国の街が二桁単位で滅んでいる。むしろ近隣の国が滅ぶ。

 

「……どうしようカズマ。あたしたち、ひょっとしてとんでもないヤバい場所来ちゃったんじゃない?」

「今更だろ。ここまで来たら、もうやるしかない」

「そうだけど……」

 

 こんな状態になった三人をほっぽりだして逃げるわけにもいかない。シズルはまあ別にいいかもしれないが、コッコロとペコリーヌは駄目だ。キャルの出した結論は大体そんな感じである。

 ともあれ、もうここまで来たら中心部まで向かうしかない。二人揃って頷くと、行くぞと様子のおかしい三人と共にキャルとカズマは歩みを進めた。変わらず視界に映るのはのどかで平和な風景のみ。こんな状況でもなければ、これが本物ならば、デートにもふさわしいかもしれないなどと思ってしまうほどで。

 

「……はぁ」

「どうしたんですか?」

「いや、こんなことがなければ、お前とのんびりデートでもしたかったなぁ、って」

「そうですか」

 

 滅茶苦茶そっけない返事がきて、ちょっと調子のいいことを口にしたカズマは大ダメージを受けた。いや彼氏彼女なんだし、こういうときはもうちょっと反応してくれてもいいじゃん。そんなことを思いながら、彼はペコリーヌの横顔を見る。そうは言いつつ、照れてる感じだとカズマとしてはごちそうさまですといったところだからだ。

 普通だった。追加でダメージを受けた。

 

「な、なあペコリーヌ」

「はい」

「……怒ってる?」

「どうしてですか?」

「いや、何かこう、そっけないっていうか……。いやほら、いくらダンジョン探索中でそういう状況じゃないっていっても、俺とお前ってほら、あれだ……恋人同士じゃん? 少しくらいは」

「恋人同士――」

 

 カズマの言葉を聞いて、ペコリーヌは暫し動きを止める。何かを染み込ませるようなその素振りを一瞬見せると、彼女はそのまま彼の腕に抱きついた。

 

「ぺ、ぺぺぺペコリーヌさん!?」

「どうしました?」

「いきなり何をしちゃってんの!?」

「恋人同士なんですよね?」

「いやそうだけど。そうなんだけど! こんなこといきなりやってくるタイプだったっけ!?」

「愛してますよ、カズマくん」

「あ、もうそういう細かい事どうでもいいかな」

 

 ぎゅむ、と腕におっぱいを押し付けたペコリーヌは、彼の頬に口付ける。そうして、耳元でそんなことを囁いた。ある意味当然というべきか。されたカズマは思考の大半をおっぱいと柔らかな唇で埋め尽くす。そうだよな、恋人同士だし、そういうのもありだよな。本人的にはキメ顔でそんなことものたまった。

 そこまでをしてから、大事な部分が無反応なのに気付いた。ああ、そうだった。俺はなんてことを忘れていたんだ。噛み締めるように涙をこらえながら、カズマはゆっくりとペコリーヌに向き直る。

 

「この続きは、俺の息子の呪いが解かれてからゆっくりと」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 後頭部を思い切りぶっ叩かれた。冒険者の低ステータスでは割と痛い。とはいえ、殴った方も物理攻撃力自体はそこまでないアークウィザードだ。ただ、視線だけは物凄かった。お前を殺すと目が述べていた。というかそもそもさっき宣言していた。

 

「あんた何やってんのよ!?」

「何で俺!? ペコリーヌがいちゃついてきただけだろ!?」

「この恋愛奥手な天然スカポンタンがこんな場所でそんなことするわけないでしょうが!」

 

 ズビシィ、と殴った勢いで離れたペコリーヌを指差す。指差された方は首を傾げていたが、キャルはその反応を見てほらこれ、とカズマに追撃を放っていた。

 

「それを言うならコッコロだってそうだろ。この状況で俺達を見てるだけって」

 

 いつつ、と頭を押さえながらコッコロを見る。その言葉の意味が分からないのか、彼女は不思議そうにこちらを眺めていた。

 

「そうよ。シズルはまあ確かめるまでもないから置いとくとしても――待って。あんた分かっててされるがままだったの?」

「しょ、しょうがないだろ! ペコリーヌにそんなことされたら拒めないじゃん!」

「正気でやってんならあたしだってそう思うけど」

 

 明らかにまともな精神状態じゃないだろう。そう続けながら、キャルは改めて三人を見やる。カズマも同じように彼女達を確認しながら、どうしたもんかと頭を悩ませた。

 もし何かしらの状態異常、ないしは呪いを受けているのだったら、回復なり解呪なりでどうにか出来る。が、いかんせんそれが出来るコッコロとシズルが向こう側だ。《冒険者》でしかないカズマとアークウィザードのキャルでは如何ともしがたい。

 

「いっそ今ここであんたが解呪覚えて使うってのはどう? 冒険者カードには載ってるでしょ?」

「いやそりゃあるけど。俺のステータスでどうにか出来ると思うのか?」

「そうよね」

「というかそもそも、そのどっちかなのか? まああの様子じゃただ凹んでるとか隠し事してるって感じじゃなさそうだけど」

「でも、他に何があるっていうの?」

「そうだよなぁ…………ん?」

 

 ううむと悩んでいたカズマは、そこでふと気付いた。そういえば、と目を見開いた。

 さっきから向こうの三人は、こちらの会話に参加しようともしていない。というより、こちらが意識を向けない限り反応すらしない。

 

「……なあ、キャル」

「どうしたのよ?」

「似てないか?」

「似てないかって、何が何によ」

 

 向こうを、ペコリーヌ達を見ないように、カズマは指で指し示す。街を歩く住人の人形達を、自然を飛び交う動物の人形達を。

 そうだ、よくよく考えたら。ペコリーヌが急におっぱい押し付けてきたりキスしてきたりしたのも、自分が彼女に恋人同士だという情報を与えてからだ。それまで淡白な反応だったのに、急に。そう結論付け、カズマはキャルにこっそりと持論を述べる。

 

「……あんた、それ本気で言ってる?」

「え? 駄目?」

「いや、まあ確かに特定の行動しかしない感じは似てるけど」

「それにだ。ほれ、恋人同士って言った途端あれだろ? ペコリーヌっぽさも別になかったし」

「決められた行動してるって言いたいわけね」

 

 でもそれならば操られている可能性だってあるだろう。彼女のその言葉に、それもそうだとカズマは頷く。そうしながら、どちらにしろ、と少し考える素振りを見せた。

 

「そうだったんなら、それを指摘すればボロを出すかもしれないだろ」

「解呪や回復よりは分かりやすいわよね。で、どうするわけ?」

 

 その口ぶりだと何か方法を考えているのだろうと当たりをつけてキャルが続けると、カズマは無言で首を縦に振る。

 視線をキャルから三人に向けると、なあ、と彼は声を掛けた。コッコロとシズルの名前を呼んだ。

 

「実は二人も俺の恋人だったんだ」

「頭沸いてんのあんた!?」

 

 いくらなんでもそれはないだろう。もし操られていたとしても、操ってる方がツッコミを入れるはずだ。そう指摘するキャルの意見はもっともである。

 の、だが。

 

「愛しております、主さま」

「愛してるよ、弟くん」

「どういうやつ!? ここのダンジョンマスター馬鹿じゃないの!?」

 

 コッコロもシズルもカズマにイチャイチャし始めた。ツッコミどころ満載の展開に、キャルも思わずこの街のボスであろう存在に文句を叫ぶ。

 その一方で、カズマはよし、と確信を持った。とりあえず操られている方ではないだろうと結論付けた。もしそうだとしたら、いくらなんでも雑すぎる。

 

「つまり、この三人は偽物ってことね」

「多分な」

 

 ちなみに傍から見ているとカズマにベタベタ寄り添うペコリーヌ、コッコロ、シズルの三人を冷ややかな目で見ているキャルの図である。何だこれ、と言わざるをえない。

 

「もういいから、さっさと離れなさいよ偽物ども!」

「キャルさま? 何をおっしゃっているのですか?」

「どうしたんですか? キャルちゃん」

「変なこと言うんだね、キャルちゃん」

 

 彼女のそれに、三人は不思議そうにそう返すのみだ。こちらが確信を持ったとしても、確たる証拠を突き付けなければならない。そういうわけなのだろう。ぶっちゃけ目の前の行動で十分な気がしないでもないが。

 

「……もうまとめてぶっ飛ばそうかしら」

「待て待て。俺に考えがある!」

「何よ。返答次第じゃあんたごとドカンだからね」

「さっきは操られてる本物の可能性もあってやらなかったやつがあるんだよ」

 

 偽物だと確信を持っている今なら、証拠を突きつける意味でも問題ない。ゆっくりとカズマは右手を上げ、そして、三人に向かってその手を向けた。

 

「《スティール》!」

「は?」

 

 キャルが呆気にとられる中、カズマの右手に三枚の女物の下着が握られる。白のレース、可愛らしい薄緑、ほぼ紐。それらを掲げ、彼は目の前の三人を見た。お前らこれを見ろと言わんばかりに。

 

「主さま? どうされたのです?」

「どうしたもこうしたも、ほれこれ!」

「女物の下着ですね」

「お前らのパンツだよ! えちょっと待ってお姉ちゃんすげぇの穿いてる」

 

 捲し立てようと思ったカズマはその中の一つを見て思わず素に戻る。そういえば混浴の時見たのは上だけだったなと至極どうでもいいことを思い出しながら、コホンと咳払いをして再度向き直った。それを眺めているキャルの表情は無である。

 

「スティールでパンツを取られたのに平然としてるなんて、本物なら絶対にありえない! いやお姉ちゃんは分からんが、コッコロとペコリーヌならもっと恥ずかしがるはずだ」

「……あんたさぁ……もっと、こう、あるでしょ……」

 

 ツッコミを入れる気力すらなくしたらしい。キャルは力なくそう呟き、まあ偽物だって分かったんならどうでもいいやと前を向く。

 その視界に、自分と同じ顔があることで目を見開いた。

 

「あたしぃ!?」

「見破られてしまったなら仕方ないわね」

「ああ。流石の手強さだ」

「俺までいるのかよ!?」

 

 キャルとカズマの驚愕をよそに、コッコロ、ペコリーヌ、シズルも向こうのキャルとカズマに合流する。そうしながら、ゆっくりと武器を取り出し、構えた。搦手が失敗したので、直接こちらを始末する方向に切り替えたのだろう。

 向こうは五人、対するこちらは二人。

 

「……ねえ、カズマ」

「なんだ」

「これ、ヤバくない!?」

「ヤバいなんてもんじゃねーよ! 逃げるぞ!」

「了解!」

 

 戦う、という選択肢は二人には欠片もないらしい。即座に踵を返すと、一目散にダッシュした。元来た方向は偽物に塞がれているので、必然的に先へ、中心部へと進むことになる。

 

「あ、これひょっとして誘導されてる?」

「ああちくしょう、結局向こうの思う壺かよ!」

 

 そうぼやきつつ、カズマは手に持っていた三枚の布をポケットへと突っ込んだ。あまりにも自然に下着泥棒を完遂したので、キャルですらそこを気にしない。むしろ本人さえも意識していない可能性があった。

 

 




Q:偽物だって確信持ってたら十一歳のママのパンツスティールしていいの?

A:そもそもパンツスティールするのがアウトだからセーフ


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その156

ペコ人形(ノーパン)のスカートの下を見ちゃうカズマというネタは流石にアレだったのでボツにしました。


「うぅ……」

「ぺ、ペコリーヌさま……」

 

 誰がどう見てもしょんぼりしているペコリーヌを見て、コッコロはどう声を掛けたものかと悩む。理由は分かっている、分かりきっているのだが。

 ならばどうすれば慰められるかと言えば。これがさっぱりなのである。

 

「お魚……木の実……」

「……全て、作り物でございますね……」

 

 そういうわけだからだ。食材、と言っていいのか定かではないが、まあとりあえずそれらは全て本物ではなかった。それも、作り物、人形の類である。間違いなく普通には食べられない。

 

「……焼けばいけませんか?」

「流石にそれは無理ではないかと」

 

 ピチピチと跳ねる魚の人形を掴みながら中々沸いたことを言い出すペコリーヌに、流石のコッコロもそう返す。そうですよね、とは言ったものの、彼女はそのまま魚から視線を外さない。

 まさか。そうコッコロが判断するよりも早く、ペコリーヌは魚の人形に串をぶっ刺した。ゴリゴリと魚の調理とはいえない音が出ている時点で既に結論が出ている感が半端ない。

 が、彼女は構わず続けた。ペコリーヌさま!? とコッコロが驚愕するのをよそに、そのまま焚き火を手早く作ると串に刺した魚の人形を焼き始める。香ばしい匂いが発生するものの、分類は食材としてではないのは明らかであった。

 

「ペコリーヌさま! いけません! ペッ、してくださいませ!」

「いいえ、出来ません。食材はきちんと食べるのがわたしの流儀です」

「それは食材ではありません、人形でございます!」

「……やっぱり人形ですね。焼き魚っぽい香ばしさはあるものの、ゴリゴリした食感はイマイチですし、味も染み込んでません」

「食レポされている場合ですか!?」

 

 キャルがいないから、というわけではないが、この場にいるのがペコリーヌとコッコロだけな以上、必然的にこういう時のツッコミはコッコロが担当することになる。そのまま大凡食事をしているとは思えない咀嚼音を響かせたあと、ペコリーヌは小さく溜息を吐いた。

 

「ついでですし、木の実もいっちゃいますか」

「ペコリーヌさま!?」

 

 どう考えても同じ結果にしかならない。割と必死でコッコロが止めるので、流石の彼女も冷静になった。ごめんなさい、とコッコロに謝った。

 そうして改めて周囲を見渡した二人は、はてさてどうしたものかと首を捻った。なにせ目に映るものは何から何まで全て作り物なのだ。魚しかり、木の実しかり。

 勿論、街をゆく人々も、だ。

 

「情報収集、出来ませんね」

「はい。ですが、これはこれで収穫ではないでしょうか」

 

 やはりここは街ではなくれっきとしたダンジョンなのだ。そして、この風景はそういうふうに見せかけるための仕掛けであり、罠。そう判断出来るだろうとコッコロが述べると、確かにそうですねとペコリーヌも同意する。

 

「でも、そうなるとこの状況はちょっとやばいですね」

「意図せず向こうの策にはまり、主さまたちと分断されてしまった。そう考えていいかと」

「さっきの道を戻って、カズマくんたちと合流できるといいんですけど」

 

 踵を返す。逸れた道から、先程の大通りへと戻るために足を動かした。が、広いその場所に辿り着いても、お目当ての人物は見当たらない。同じように聞き込みに向かってしまったのならば同じ結論に達したであろうからここに戻ってくるだろう。そう思いその場に留まっていたが、一向に戻ってくる気配もない。

 

「おかしいですね」

「主さまたちの身に、何かが……!?」

「でも、向こうはキャルちゃんもシズルさんもいますし、カズマくんだってこういう時の機転は凄いですからね。そうそうやられないと思います」

 

 だから、無事であることは前提として、戻ってこれない、あるいは合流できない状況に陥っている可能性はあるかもしれない。そう結論付け、こちらも動いたほうがいいかもしれないと彼女はコッコロに述べた。コッコロもペコリーヌのその意見に賛成し、では向かう先はと大通りの先を見やる。

 

「はい。中心部に行けば、きっとみんないるはずです」

「参りましょう、ペコリーヌさま」

 

 ペコリーヌは知らない。丁度そのころカズマが自分の偽者人形におっぱい押し付けられキスまでされた挙げ句に愛を囁かれたことでデレデレしていることを。呪いが解けたら続きをしようとか偽物人形相手に抜かしてキャルにシバかれていることを。

 

 

 

 

 

 

 そうして中心部へと向かった二人には、先程とはうってかわって大量の障害が湧いて出ていた。人形の住人とはまた違う、モンスターがそこかしこから襲い掛かってきたのだ。

 

「合流させない気ですね」

 

 モンスターを真っ二つにしながらペコリーヌがぼやく。あからさまに苦い顔を浮かべたコッコロも、彼女の背中を守るように眼前のモンスターを風の刃でズタズタにした。そうしながら、その死骸、否、残骸を見下ろし小さく息を吐く。

 

「これらも、人形でございますね……」

「ん~。何から何まで作り物なんでしょうか」

 

 むむむ、と唸りながら別の魔物人形を袈裟斬りにした。見た目も強さも本物と相違ないように感じられるが、しかし所詮その程度だ。特別強力な魔物ではなく、厄介なのは数の多さだけ。

 そして、数が多いだけならばコッコロの支援込みのベルゼルグ王家第一王女が不利になることはまずありえない。

 

「その辺りを織り込み済みなのでしょうか」

「倒そうと思ってないってことですか?」

「はい。これらはわたくしたちを足止めするためなのではないか、と」

「でもそうなると。狙いは向こうのカズマくんたちってことになりません?」

 

 そう言ってから、あ、しまったとペコリーヌは額を押さえた。こんなことを言ってしまったら、カズマの従者を自称するママがどう考えるかなど火を見るよりも明らかだ。

 中心部へと向かう道を塞いでいた魔物人形を吹き飛ばしたコッコロは、今向かいますとそのまま駆け抜ける。駆け抜けようとする。が、当然のように追加の魔物人形がワラワラとその進路を遮った。

 

「落ち着いてくださいコッコロちゃん」

「くっ……」

 

 邪魔だとそれでも前に進もうとした彼女に迫る魔物人形の爪を弾き斬り飛ばしたペコリーヌは、先程までの自分を棚に上げてそんなことをのたまった。ここにキャルはいないので、そこをツッコミされることもなく、コッコロは素直に申し訳ありませんと謝罪する。

 そうしながら、しかし、と彼女は呟いた。

 

「このままでは、どうしようもありません」

「そうなんですよね。どうしましょうか」

 

 ともすれば呑気に聞こえるようなその発言。だが、その実彼女がきちんと考えていることをコッコロは知っている。仲間達のことを心配しているのを知っている。

 それでも、焦らずに。そうであろうと努めているのだ。ならばコッコロがやれることは。

 

「支援はお任せください」

「コッコロちゃん?」

「……邪魔ならば、突き進めばよろしいかと」

「……ふふっ。何だかコッコロちゃん、キャルちゃんやカズマくんに似てきましたね」

 

 そういうことならば遠慮なく。自身のティアラに手を添えたペコリーヌは、それじゃあ行きますよとそこに力を集めた。変身、とキーワードを口にしようとした。

 

「ちょいと待ちな。切り札はまだ切るんじゃないよ」

「へ?」

 

 その直前、周囲の魔物が纏めてぶった切られる。そうして出来た空間に軽い調子で着地した着物姿の人物、ルカは、手助けに来たと笑みを浮かべた。

 

「まったく……面倒なのは勘弁してほしいわ」

 

 それに続くように倒れた魔物人形を踏み潰しながらメリッサが歩いてくる。その口調とは裏腹に、などということもなく、割と本気でやる気が無いらしい。それでも一応襲い掛かってくる魔物人形を倒している辺り、こういう事態には慣れ切っているのだろう。

 

「ルカさん、メリッサさん」

「見た感じ、分断されたんだろう? アタシたちがフォローしてやるから、お前さん方は合流しに向かいな」

「ありがとうございます。ルカさま、メリッサさま」

「ワタシは別に何もしないわよ。やるのはルカと」

 

 コッコロの言葉にメリッサは気怠げにそう返す。ほれ、向こうを指差しながら、もう一人の名を呼んだ。

 

「私、参上!」

 

 ナナカが着地しポーズを決める。紅魔の里にいると影響されるのかしらね、とメリッサがぼやいているのが二人の耳に届いた。

 

「さ、行った行った。今回はサービスしてあげるから、ワタシの気が変わらないうちに早くしなさい」

「やるのは私達なんですけどねー。いやー、流石メリッサさん、そこにシビれる、憧れるぅ!」

 

 言いながらナナカが進路上の魔物人形を魔法でぶっ飛ばす。ありがとうございます、とペコリーヌとコッコロはその空間を振り返ることなく駆け抜けた。

 

「さて、と」

 

 ルカが腰の刀の鯉口を切る。構えるのは一本。そこまで気合を入れなくてもいいか、と呟いているところから、どうやら彼女の本気はもう少しあるらしい。それでも魔物人形など相手にならない辺り、レベルとステータスは相当だろう。

 

「ふっふっふ。サイツヨ魔法少女ナナカちゃんは最初からクライマックスだぜぃ!」

 

 一方のナナカ。やたらハイテンションでワラワラといる魔物人形に魔法をぶっ放している。自分達の探索時より多いその数を見て、向こうをよほど警戒しているのだろうとそんな中でも冷静に判断していた。

 

「おんやぁ。てことは、ここのダンジョンマスター向こうと顔見知り?」

「一方的な知り合いだろうさ。呪い掛けられてるんだしね」

「悪質なストーカーかしらね」

 

 メリッサは関わりたくないと全身で表現しながら、これが終わったら今度こそ入り口に戻るのだと宣言した。誰が何と言おうとも、お前らが向こうの手助けをしようとしても。そう言い切った。

 

「ここで実は、とかじゃない辺りがメリッサさんですなー」

「何よナナカ。文句あるの?」

「いえいえ。滅相もない。まあ私もそこは賛成ですしおすし」

「そうさね。アタシもその方がいいと思う」

「……どうしたのよ、二人共」

 

 人情家のルカと、結果や過程はともかく何だかんだ正義の味方ムーブが割と好きなナナカがそんな事を言いだしたので、メリッサが怪訝な表情を浮かべた。それに対し、二人はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「まだ一波乱ありそうだからね。一旦準備を整えるのさ」

「そういうことでありますよ」

「……あっそう」

 

 エリコを巻き込むつもりだこいつら。それを理解したメリッサは、まあいいやと肩を竦めた。その時は後方で野次馬していようと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

「逃げ切れない!」

「ですよねー!」

 

 一方のカズマとキャルである。元々誘導されているのは承知の上だったが、それでも何とか撒こうと足掻いて結局駄目であった。このまま走り続けても体力が尽きたタイミングで接敵して終了である。どうする、と隣のキャルに目で述べたカズマは、どうしようもないでしょうがという視線を受けて溜息を吐いた。

 足を止めた。どっちにしろもうここはほぼ中心部、向こうが誘導しようとしていた場所もこの辺りだろう。逃げ切れないし、逃げる必要もない。

 

「観念しましたか?」

「してるわけないでしょうが」

「ですが、お二人に勝ち目はありません」

「やってみないと分かんないだろ」

 

 ペコリーヌ人形とコッコロ人形にそう言われても、強がっているのかキャルもカズマも戦意を失わない。それぞれ武器を構えると、覚悟を決めたように前を見た。

 

「無謀だな」

「本当ね」

『やかましい!』

 

 尚、カズマ人形とキャル人形には普通にキレた。対応の違いがあまりにも過ぎて、思わず人形二体の動きが止まる。

 では行きます。律儀にもそう宣言したペコリーヌ人形は、本物もかくやという勢いで突っ込んでくる。げ、と顔を引き攣らせたキャルが慌ててバックステップするのに対し、カズマはその場から動かなかった。反応できなかったともいう。武器を構えて立っていたので、ペコリーヌ人形の剣とカズマの剣とがぶつかりあった。

 

「カズマ!?」

「キャルさま。よそ見をしていてよろしいのですか?」

「げ。偽コロ助!?」

 

 いつの間にか眼前にいたコッコロ人形が槍を振るう。少女らしからぬ悲鳴を上げながらそれを必死で躱したキャルは、バタバタとどこぞのゴキブリのような動きで距離を取ると、とりあえず適当に呪文をぶっ放した。

 狙いも碌につけられていないそれを、コッコロ人形はこともなげに回避する。所構わずであったので、剣と剣がぶつかり合っていたカズマとペコリーヌ人形の方にも影響が出た。す、と剣を引いたペコリーヌ人形は、ひらりとその魔法の影響下から逃れると武器を構え直す。

 

「ど、どうする? 次もう一回攻撃されたら」

 

 さっきはたまたま受け止められた形になっただけで、本来ならば最初の一撃でカズマは真っ二つであった。所詮人形であり本物には遠く及ばないと予想が出来ても、じゃあカズマでもなんとかなるかといえば勿論そんなことはないわけで。

 そんなペコリーヌ人形の横にもう一体。シズル人形が同じように武器を構えてこちらを見ていた。ペコリーヌ人形だけで彼にとっては十分オーバーキルなのに、ここでシズル人形まで加わってはどうしようもない。助けを求めようにも、キャルはコッコロ人形の攻撃を避けるのに精一杯でこちらをみている余裕はなさそうであった。むしろ仕切り直しの状態になっているカズマのほうがまだマシなくらいで。

 

「狙撃、とかやってる間にぶった切られる……。スティールで武器を……取れないよなぁ」

「もういいですか?」

「行くよ、弟くん」

「うんうん。頑張って色々考えているね、えらいぞっ」

「待った待ったタイムタイ――ん?」

 

 打つ手が見付からない。そんな中改めて攻撃を開始しようとしているペコリーヌ人形とシズル人形。その横に、もう一人シズルがいた。思わず首を動かしシズルとシズルを往復する。

 

「そんな弟くんには、お姉ちゃんの援軍をプレゼントだよ☆」

「え?」

 

 笑顔のまま、シズルはシズル人形の顔面に向かって剣を振り抜いた。ガシャン、と何かが砕ける音がして、吹き飛んだシズル人形がバウンドする。

 そうして、カズマの目の前でゴロリと倒れ伏した。

 

「オ、とうと、くン……」

 

 体が変な方向に折れ曲がったシズル人形が、ギシギシと音を立てながらカズマに手を伸ばす。そんな、突如本物の偽姉によって無惨な姿にされた人形の姉に、カズマは思わず悲鳴を上げた。確かにこうなる可能性を予想していなかったわけでは無いが、いざ目にするとショックがでかい。

 

「もう、弟くん。お姉ちゃんはここにいるよ」

「いや分かってるよ!? 分かってるんだけど」

「ううん、分かってない。それに、ほら、あれ」

「え?」

「弟、くン――」

「うげ」

 

 生物ならば間違いなく再起不能な状態であったシズル人形がゆっくりと起き上がる。折れ曲がっていた関節を無理矢理元に戻し、何事もなかったかのように武器を構え直すその姿は、先程とは違う恐ろしさがあった。いつの間にかこちらを見ていたキャルもその光景にドン引きしている。

 

「弟くんも、キャルちゃんも。向こうがそっくりだからってどこか遠慮していたでしょ? だから、お姉ちゃんが一肌脱いであげたんだよ。これでもう、大丈夫だよね」

「いや、そうかもしれないけど……もっと……こう、あるでしょ……」

 

 ドン引きしながらキャルが絞り出すように述べる。だがまあ、確かに相手が仲間の姿をしていたから吹っ切れなかったという部分はある。そういう意味では助かったと言えるかもしれない。

 いつの間にかコッコロ人形が距離を取っていた。自身の姿で動揺を誘う方向から切り替えるのだろう。そして、その指示を出したのは恐らく。

 

「カズマ」

「な、何だ?」

「あれ、どう思う?」

「……俺とキャルの偽物か。さっきからこっちに出張ってきてないってことは」

「多分、あいつらが司令塔よね。優先的に片付けるわよ」

「そうだな。そっちのほうがまだ心情的に楽だ」

 

 自分の姿をしてるなら迷うことなくいける。先程のシズルが行ったことをある意味踏まえたその結論を弾き出したカズマは、弓を取り出し構えた。先程とは違い、今度はちゃんと前衛がいる。だから。

 

「頼んだぜ、お姉ちゃん」

「うん♪ お姉ちゃんにお任せだよ」

 

 ペコリーヌ人形とシズル人形の攻撃を弾きながら、シズルは嬉しそうにそう述べた。

 

 



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その157

美食殿vsメカ美食殿(ノーパン)


「とは、言ったものの」

 

 カズマの目の前には司令塔だと思われるカズマ人形と、傍らで構えるキャル人形。そしてその二体をサポートするべくこちらを睨んでいるコッコロ人形がいる。

 

「やりづれぇ……」

「うん、まあ、気持ちは分かるわ」

 

 恐らく司令塔をどうにかすれば瓦解する。そう判断したものの、現状そのためには厄介なサポート役を潰す必要があるわけで。

 つまりはコッコロ人形を破壊する必要があるわけだ。

 

「ただでさえ俺のステータスだとコッコロとガチバトルしたら普通に負けるってのに」

「いやそこ堂々と宣言するのもどうなの?」

「しょうがないだろ、俺は《冒険者》だぞ! 高レベルアークプリーストにステータス勝負で敵うわけないだろ!」

 

 キャルのツッコミにカズマはそう返す。確かにね、と納得したように頷いた彼女は、そうしながら向こうへと視線を戻した。だったら、相手も条件は同じだろう、と。

 

「向こうのあんたもへっぽこなんじゃない?」

「ま、まあステータスはそうだろうな」

 

 自分で認めるのはよくても他人に言われるとなんか嫌だ。そんな思いを抱きながらカズマは頷き、それならカズマ人形だけを倒すことも不可能ではないかと気を取り直す。

 

「やらせません。主さまは、わたくしが命に替えてもお守りいたします」

「……」

「怯むな! 望み通り偽コロ助ごとぶっ殺せばいいのよ!」

 

 そうは言いつつキャルも非常にやり辛そうな顔をしていた。口にはしたが、恐らくいざその時になったら間違いなく躊躇するであろうことを感じさせた。

 そんな二人を見て、カズマ人形とキャル人形は笑みを浮かべる。どうした、かかってこないのか、と挑発するように彼らに述べた。コッコロ人形を盾にするように前に立たせたまま、そんなことをのたまった。

 

「……は?」

「……あ?」

「俺達の攻撃はコッコロがかばってくれる。こいつを先に倒さない限りは、どうにもならないだろう?」

「コロ助があんたたちの攻撃を受けてくれれば、あたしも存分に魔法が撃てるしね」

 

 そう言って笑う二体の人形を見たカズマとキャルは、さっきまでの表情を一変させた。お前今なんつった。そんなことを思いながら、滅多にないほどの真顔で前を睨みつける。

 躊躇なくコッコロ人形を捨て石にするのだと言い切ったのだ。破壊されることを気にせず作戦を組んでいるのだと抜かしたのだ。

 

「カズマ」

「何だキャル」

「あたし今キレそう」

「奇遇だな。俺もだ」

 

 なにやら振り切ったらしく、二人は目が据わった状態で笑う。よし決めた、とカズマとキャルは目の前に立っている自分の顔をした人形を真っ直ぐに見た。その眼光に、人形二体も思わず怯む。

 

「コッコロを盾にするようなやつは俺じゃないな」

「コロ助を犠牲にするようなのはあたしじゃないわね」

 

 きっぱりとそう言い切った二人は、そのまま一歩踏み出した。それを見て一歩下がりコッコロ人形を押し出す二体を見たカズマとキャルの怒気が更に膨れ上がる。

 決めた。いや最初からそうだったけど、改めて。こいつらは、こんなやつは。

 

『ぶっ殺す!』

 

 

 

 

 

 

「うんうん、コッコロちゃん、すっごく愛されてますね。やばいですね☆」

「……うぅ」

 

 カズマとキャルがキレているその後ろ。そこではルカ達に送り出されたペコリーヌとコッコロが合流していた。二人の啖呵を聞き、ペコリーヌはほんわかとした笑みを浮かべ、コッコロは恥ずかしさで縮こまっている。

 そんな彼女を見ながら、ペコリーヌは笑みから表情を少しだけ真剣なものに変えた。まあ、わたしも気持ちは同じですけれど。そんなことを言いながら、目の前を相手を睨み剣を構えた。

 

「カズマくんとキャルちゃんにコッコロちゃんを盾にするような真似をさせるとか、偽物でもちょっと見逃せません」

「そうですか」

 

 彼女のその言葉に、ペコリーヌ人形は短く返す。だとしても、お前は向こうに行けないだろう。そんな意味合いを含んでいるようなそれに、す、とペコリーヌの目が細められた。

 

「ペコリーヌさま、支援を」

「大丈夫です。コッコロちゃんは二人の方に行ってください」

「行かせませんよ」

「――いいえ」

 

 その言葉に頷き駆け出したコッコロを迎撃するようにペコリーヌ人形は剣を振るったが、しかしあっさりとペコリーヌに防がれる。その一連の動作の間、コッコロは微塵も動揺することなく、足を一瞬たりとも止めずに走っていった。

 

「こういう言い方はあんまりしたくないんですけど。あなたは、所詮偽物です。本物のわたしには勝てません」

「……」

 

 ペコリーヌの言葉に、ペコリーヌ人形は思わず怯む。疑うことのない事実をただ告げているだけ。そんな彼女の物言いに、偽物の人形は圧されたのだ。

 ほんの僅か、人形の表情が歪む。そうしながら、どこか苦し紛れに口を開いた。本当にそうでしょうか、と述べた。

 

「わたしは、カズマくんとキスをしましたけれど。もちろん、本物の」

「え?」

 

 物凄い勢いで本物が動揺した。目を見開き、そしてぱちくりとさせ。ついでに視線をキョロキョロと彷徨わせ。

 

「……えぇ?」

 

 完全に錆びついた鉄扉のようなギシギシとした動きで一歩後ろに下がった。隙だらけである。どこから攻撃してもクリティカルになる勢いである。

 

「てい」

 

 ペコリーヌ人形の攻撃が面白いようにペコリーヌへと叩き込まれた。目をグルグルさせながら、先程までの姿が嘘のように情けなく吹っ飛んでいく。そのままゴロゴロと転がり、そしてべしゃりと倒れ伏した。

 

「ペコリーヌちゃん!?」

「……わたし、まだ、なのに……」

「精神的ダメージのほうが強そうだね」

 

 シズルがぶっ倒れたペコリーヌへと駆け寄ったが、どうやら肉体のダメージはそれほどでもないらしい。ほんの少し安堵し、でもこれはまずいなぁと彼女は頬に手を当てる。

 とはいえ、じゃあ代わりにと眼の前のペコリーヌ人形を倒してもおそらく事態は解決しない。大切な弟であるカズマの彼女が立ち直らないというのは、お姉ちゃんとしては見逃せない部分であった。

 

「しょうがないなぁ。向こうはとりあえず置いておいて」

「……弟くんの、邪魔は、させなイ」

「この、お姉ちゃんの風上にも置けない人形の始末を先にしておこうかな」

 

 そう言って武器を構えたシズルは、しかしああそうだと何かを思い付いたように手を叩いた。弟くーん、と戦闘中にも拘わらず呑気に向こうのカズマを呼ぶ。

 

「何だよお姉ちゃん、俺今真面目な――」

「お姉ちゃんの人形、後で使う? もし使うなら、なるべく残すけど」

「……じゃ、じゃあ」

「あの、主さま。使う、とは?」

「何でもないです! 気にしないで大丈夫だお姉ちゃん!」

「うんうん、分かったよ弟くん。じゃあ、そうするね」

 

 笑顔で頷くシズルから視線を外すカズマ。その横で、どこぞのスナギツネのような目をしたキャルがジーっと彼を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ドシャリ、と倒れ動かなくなった背後のシズル人形を気にすることなく、カズマとキャルは目の前の相手を睨む。が、先程のやり取りで若干真剣さが薄れ始めていた。意味がよく分かっていなかったコッコロだけが、真面目なテンションを維持し続けている。

 

「主さま、キャルさま。わたくしがお二人を命に替えてもお守り――」

「よし行くぞキャル。コッコロは支援よろしく!」

「ええ、行くわよ。コロ助、支援頼んだからね!」

 

 が、それでもそこは譲れないので二人は彼女が言い終わる前に突っ込んでいった。冒険者とアークウィザードが何やってんだというツッコミを入れてくれる人もいないので、カズマもキャルもそのまま自身の偽物に接敵する。が、当然それを防がんとコッコロ人形が立ち塞がるわけで。

 

「かしこまりました。――ならば、偽物の相手はお任せを!」

「きゅ」

 

 高く跳び上がったコッコロが、コッコロ人形へと襲い掛かった。咄嗟に槍を掲げ攻撃を防いだものの、突っ込んでいく二人の迎撃は失敗してしまう。しまった、と人形が思うよりも先に、コッコロは槍を回転させ柄で人形の顎をかち上げた。コッコロの姿をしているとは言え、生物ではなく所詮人形である。それで脳が揺らされるなどということはなかったが、衝撃で思わずたたらを踏む。

 そこを逃すことなく、彼女は更に追撃を行った。一瞬掻き消えるように素早く懐に入り込むと、そのまま連続で斬撃を叩き込む。それによって吹き飛ばされたコッコロ人形は、二体の人形の援護に向かえない距離まで離された。

 

「な、何よあれ?」

「どういうことだ? コッコロはアークプリーストだろ?」

「はあ? なに言ってんのお前」

「コロ助なんだから当たり前でしょ。これだから偽物は」

 

 人形共の驚愕を鼻で笑った二人は、しかし無理するなとコッコロに叫ぶ。承知しております、と元気な返事が来たので、ならばよしとカズマもキャルも前に出た。

 

「この調子じゃ、あたしの偽物も大したことなさそうね」

「そうだな。俺の偽物も雑魚だろ」

「そうね。あんたみたいな狡っ辛い手や支援とか無理そう」

「なあそれ誉めてる?」

 

 そう言いながらカズマはほれ、と小石を投げ、同時に駆け出す。こちらに当てる気配すらないそれを一瞬だけ目で追った偽物は、そんなものに気を取られるかと即座に武器を構え直した。

 こつん、と地面に落ちた小石はその場で麻痺のトラップを発動させる。当然ながらカズマは急ブレーキを掛けブービートラップの範囲外で立ち止まっていた。

 

「なぁ!?」

「ひゃぁぁぁっん!」

「ほらこれよこれ。っていうかあんたそれいつの間に仕込んでたのよ」

「そりゃ、向こうがコッコロに気を取られてる時だよ。その辺ちゃんと分かってくれてるからな、コッコロは」

「コロ助が派手に動いたのも作戦のうちだったわけね……」

 

 はぁ、と溜息を吐いたキャルは、麻痺して動けない自分の人形を見下ろす。そういえば、こうして偽物をぶち殺すのはこれで二度目だ。思い出したくもない記憶がフラッシュバックし、彼女は思わず顔を顰めた。

 

「なあ、キャル」

「なによ」

「痺れてるお前の人形、悲鳴とか本物よりエロくない?」

「一緒にぶっ飛ばしてあげるからちょっとそこ動かないで」

 

 魔法陣を展開させた。待て待て、と本物のカズマが必死で制止するが、非常に冷ややかな目をした彼女は全く気にすることなく呪文を唱え続ける。勿論人形の方も抵抗した。

 

「ぐ、ま、待て! そうだ、話し合おう。俺達が悪かった!」

「待て待て待て! 話し合おう! な! 俺達仲間だろ!?」

「そういうところだけ本物に似なくてもいいのにね……」

『躊躇いなし!?』

「――《アビスバースト》!」

「あたしだけついでみたいに倒されるんですけどぉ!? 偽物登場二回目だからって雑すぎない!? ねぇ!」

 

 盛大な爆発と共に、三つの人影が吹き飛んだとか吹き飛ばなかったとか。

 なお、言うまでもないが、カズマは無事であった。お姉ちゃんパワーの賜物である。

 

 

 

 

 

 

 そうして倒されたカズマ人形とキャル人形、そしてシズル人形を見ながら、残されたペコリーヌ人形は溜息を吐いた。向こうではコッコロ人形が本物にボコされているので、倒れるのも時間の問題だろう。

 

「これ以上は詰みですよ、マスター」

 

 虚空に向かって呟いたそれに反応するかのごとく、一体の人形がカシャリと動いた。いつのまにかそこに存在したその人形は、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、倒れていた人形達を引き寄せる。

 

「まったく……人間というやつは、何故こうも目障りなのだろうな」

 

 静かに述べたその言葉に、カズマたちが反応した。誰だ、と視線を動かすと、ペコリーヌ人形の横に見知らぬ何かが立っているのが見える。その何かは、手招きするように右手を動かすと、やられかけていたコッコロ人形を自身の傍らに呼び寄せた。

 

「申し訳ありません、マスター……」

 

 ボロボロのコッコロ人形を見た何か――ドールマスターは、そのまま無言で手をかざす。傷が修復され、人形は元通りとなった。同じように倒れているカズマ人形、キャル人形、シズル人形にも同様の処置を施す。だが、コッコロ人形とは違い、既に倒された三体はどうやら先程までとは違い意思を持っていないようであった。

 

「さて、人間どもよ。わざわざ我が領域を荒らし回りに来たその所業、許せんな」

「はぁ!? 許せねぇのはこっちだ! 俺はな、お前の呪いのせいで……呪いのせいで! 今回だけでせっかくのチャンスが何回もふいになったんだぞ!」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「とぼけるな! 俺の、カズマさんのカズマさんを子供にしやがって!」

 

 心の底からの怒りの叫び。周囲の女性陣の反応とかその他諸々ガン無視のその主張を聞いたドールマスターは、想定外で理解の範疇を超えたので思わず動きが止まる。

 

「知らん……何それ……怖」

 

 そして出した言葉がこれである。何がどうなってそうなるのか。まったくもって意味不明な怒りをぶつけられたドールマスターは思わず怯んでしまった。

 だがそれも一瞬、即座に我に返ると、今度は何でそんなことをこちらのせいにされんといかんのだという怒りが湧いてくる。

 

「貴様、まさかそんな、身勝手な理由でここを荒らしに来たのか」

「だから――」

「あんたちょっと黙ってて。勿論違うわよ。あたしたちはシェフィに掛けられた幼児化の呪いを解きに来たの。こっちは分かるわよね?」

 

 ぐい、とカズマを押しのけてキャルが前に出た。シェフィ、と言う名前に怪訝な表情を浮かべたドールマスターであったが、心当たりがあったのか成程と口角を上げる。あの時実験台にしたホワイトドラゴンのことか。そう返すと、キャルはふうんと笑みを浮かべた。

 

「どうやら当たりみたいよ。ってことは、あんたをぶっ殺せばシェフィの呪いも解けるのね」

「威勢のいいことだ。だが、たかが人間風情がこの私を倒せるとでも? この、魔王軍新幹部ドールマスターを」

「はん。そっちこそ、これまで散々魔王軍倒してきたこのあたしたちに勝てるとでも思ってんの? さ、行くわよカズマ、コロ助、ペコリー……ヌ?」

 

 あれ、と横を見た。そういえばここにいる面子はカズマ、コッコロ、そしてシズルだ。あれがやられるはずもないし、逃げるはずもない。一体どうしたんだとキョロキョロ視線を動かすと、後方の離れた場所で膝を抱えている彼女の姿が見える。

 

「え、ちょっとペコリーヌ。あんたどうしたのよ」

「……キャルちゃん?」

 

 慌てて近付くと、ペコリーヌはゆっくり顔を上げた。その表情には覇気がない。以前の王宮で見た時には及ばないが、しかし普段と比べると間違いなく焦燥していた。

 何かあったのか。目線を合わせそう尋ねると、ペコリーヌはあははと乾いた笑いを上げ、そして俯いた。そうしながら、先を越されてしまったんです、と呟く。

 

「……何を?」

「わたしの人形に、カズマくんへのキス、やられちゃいました……」

「……」

 

 どうしよう、これ。自分では何も言えないのを察したキャルは、とりあえず立ち上がるとドールマスターへと向き直った。真剣な表情の彼女を見て、ドールマスターも同じように空気を引き締める。

 

「ちょっとタイム」

「嘗めとんのかお前ら」

 

 これだから人間は。ドールマスターの吐き捨てるような言葉に、ペコリーヌ人形とコッコロ人形はそっと顔を逸らした。

 

 




キャルちゃん人形とキャルちゃん入れ替えてたらバレなかったんじゃないかなこれ


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その158

ここ数話は完全に性癖優先させています、ごめんなさい。


「よし。じゃあこういうのはどう? 向こうの偽ペコリーヌをぶっ殺せばその事実は無くなるわ」

「真顔でなんてこと言うんですかキャルちゃん」

 

 凹んでいたペコリーヌが思わずツッコミを入れた。そうしながら、彼女はゆっくりと立ち上がり前を見る。このダンジョンの主であり魔王軍幹部だというドールマスターとそれが操る完全に人形となったカズマ人形、キャル人形、シズル人形。まだ固有の意思を持っているらしいコッコロ人形と。

 

「立ち直ったんですか、わたし」

「……まだ立ち直っていませんよ、わたし」

 

 普段よりもノロノロと剣を構える。それでも、彼女は真っ直ぐに見た。自分と同じ顔をした、自分の恋人に先んじてキスをしたらしい人形を、見た。

 とりあえずはよし。そんなことを思いながらキャルは彼女を見て、そしてドールマスターへと改めて向き直った。

 

「待たせたわね、偽物」

「無駄な時間を取らせた上に何を言うかと思えば。私達こそが本物だ。自分達の都合で道具を使い捨てる愚かな人間とは違ってな」

「はん、勝手に言ってなさいよキモ人形!」

「……今、私のことを何と言った?」

「何って、キモい人形って言ったのよ。鏡見てみなさい、女の子受けとか微塵もしない面が確認できるから」

「キャルさま!?」

「何ぶっちゃけてんのお前!?」

 

 何となしに状況を見守っていたコッコロとカズマも、急転直下で転がり落ちていくそれに思わず叫ぶ。横で凹んでいたペコリーヌですら目を瞬かせているほどだ。

 カタカタとドールマスターが震える。そうかそうか、と呟くように言葉を零すと、先程よりも強く、殺気を込めてこちらを睨んだ。

 

「死にたいのだな、人間」

「うわめっちゃ殺る気満々じゃん。どうすんだよ」

「まあ、どうせ元からそのつもりだろうし、しょうがないんじゃないかな?」

「軽いなお姉ちゃん!?」

「汝、我慢することなかれ。言いたいことは言わないと。アクシズ教徒だからね」

「アクシズ教徒だからかぁ……」

 

 にこやかにそう述べるシズルを見て、勢いだけで喋っているキャルを見た。そうしながら、アクシズ教徒だからか、ともう一度カズマは呟いた。

 ドールマスターは糸を繰るように指を動かす。それに連動し、カズマ人形、キャル人形、シズル人形がこちらへと襲い掛かってきた。

 

「お前達は、燃やして潰して捨ててやる!」

「ああもう、行くぞコッコロ」

「はい、主さま!」

「させません」

 

 迎撃態勢を取るカズマの横、サポートを行わんとしていたコッコロをコッコロ人形が邪魔をした。先程とは逆の構図となり、彼女は人形により距離を取らされる。

 

「これで、主さまの支援を行うことは出来ません」

「……ええ。そうでございますね」

 

 それでもコッコロは慌てず騒がず。コッコロ人形の槍の一撃を自身の槍で受け止めながら、それがどうしたとばかりに笑みを浮かべた。

 

「まだ向こうにはキャルさまも、ペコリーヌさまも、シズルさまもいらっしゃいます。……何より、主さまは強いお方ですから」

 

 コッコロの言葉が聞こえていたのだろう。同じく迎撃せんと杖を構えたキャルも、自然体のまま立っているシズルも。そういうことらしいとばかりにカズマを見た。

 勿論カズマは驚愕する。マジで、と思わず自分を指さした。

 

「コッコロの信頼が重い!? ……まあいいや、見せてやるよ、カズマさんの本気をなぁ!」

 

 いつになく真剣な表情を浮かべたカズマは、そう言うと後ろに下がった。今の流れで即座に後退できるのはある意味一種の才能である。が、自信満々なことを言いながら敵前逃亡したにしては、他の面々は文句を何も言わず。

 ドールマスターはふんと鼻を鳴らす。所詮は人間、下賤で下郎で救いようがない。そんなことを思いながら、人形を操り追撃を。

 

「――は?」

 

 ボン、と地面が爆発したことでカズマ人形が打ち上げられた。地面には模様が浮き出ており、罠が発動したことを示している。空中に投げ出された状態になったカズマ人形は、元々のベースである人間のステータスも相まって、そこから防御など出来ないわけで。

 

「再生怪人は弱いってのがお約束なんだよ! 《狙撃》っ!」

 

 ブービートラップを仕込んだ矢をそこに叩き込むと、そのままカズマ人形は爆発四散した。再生可能かどうかは定かではないが、とりあえず戦闘不能なのは間違いないだろう。

 バラバラと降ってくる残骸を見ながら、カズマはキメ顔で口角を上げた。欠片も残心せずに、何なら目まで閉じて笑みを浮かべた。

 

「ふ……どうだ、これが勇者カズマさんの本気だ」

「かっこいいですよ、カズマくん」

「そうだろうそうだろうってあれ?」

 

 声は前から聞こえた。慌てたように前を見ると、そこにはペコリーヌ人形のドアップが。おわ、と思わず声を上げたが、いかんせん可愛い彼女と同じ顔である。ドキドキしてしまってもある意味仕方ないといえよう。

 

「いつのまに!?」

「普通に近付きましたけど」

「な、なんで?」

「……わたし、カズマくんの恋人ですよね?」

「いやそれは本物のペコリーヌであって、お前偽物の人形じゃん!」

「キスしたじゃないですか」

 

 笑みを浮かべることもせず、ペコリーヌ人形は淡々と述べる。その表情とアンバランスな発言が、普段の本物とのギャップで何だかちょっぴりグッときてしまう。俺ってひょっとしたらクールなダウナー系も好きだったかもしれない。そんなことまで考えた。

 

「いや違う違う。大体俺は」

「好きですよ、カズマくん」

「俺は……」

 

 更に一歩距離を詰められる。むに、と同じ距離のキャルではまだ密着しないであろうそれがカズマの体に触れ、そしてゆっくりを顔を近付けてきたことで思わずゴクリと喉を鳴らした。これは、あれか、ひょっとしてしちゃうのか。さっきはほっぺただったけど、今度こそ。

 ぐい、と猛烈な勢いで引っ張られた。無理矢理ペコリーヌ人形と引き剥がされたカズマは、一体誰がこんなことをと後ろを見ようとする。むにい、と背中に柔らかい感触が伝えられ、あれこれさっき前面でも味わったぞと感想を抱いた。

 そして結論を出した。まあつまりそういうわけである、と。

 

「……駄目です」

「何がですか?」

「駄目なものは駄目です。わたしも――いえ、わたしの方が、カズマくんに恋してますから!」

「……あれこれ俺ヒロインポジじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 一歩踏み出す。向こうが構成した呪文を撃つより、キャルがゼロ距離でぶっ放した呪文の方が早かった。上半身が弾け飛び、呪文の唱え終わった右手が明後日の方向にそれを発射する。バラバラになった胴体の残骸と、目に光がないキャル人形の頭部が地面にゴトリと落ちるのと同時、残っていた下半身がガクリと崩折れた。

 それをふんと鼻を鳴らして見ていたキャルは、視線を別の方向へと動かす。なるべく壊さないようにしているのだろう。シズル人形を破魔呪文で作り出した光の剣で地面へと磔にしているシズルを見て、碌でもないこと考えているんだろうなとキャルの目が死ぬ。いかんいかんと頭を振り気を取り直すと、彼女は別の人物へと顔を向けた。

 

「コロ助!」

「キャルさま」

 

 その声に反応し、コッコロはコッコロ人形と距離を取り彼女に合流する。二人を相手にするのは厳しい、そう判断したのか、人形はそこで一度攻撃を止めた。

 

「人形のわたくし、これ以上は不毛かと思われますが」

「……そうですね、本物のわたくし」

 

 コッコロ人形はドールマスターを見る。思った以上に簡単に三体の人形が再度倒されたことで、その顔には焦りが見えていた。

 視線を戻す。そうしながら、コッコロ人形はですが、と言葉を紡いだ。

 

「まだ終わってはおりません。――あちらが」

 

 その言葉に、キャルとコッコロは目の前から別の方向へと視線を動かした。残っている戦闘は、一箇所。

 

「やめて! 俺のために争わないで!」

「……あいつぶっ殺そうかしら」

「キャルさま……」

 

 悲劇のヒロインムーブをしているカズマをジト目で睨む。そしてそんな彼とキャル達の間では、一人と一体のペコリーヌが剣を交えているところであった。本物が押しているのは当然と言うべきか。所詮ペコリーヌ人形はドールマスターによりカズマ達の記憶から複製された模造品に過ぎない。ベルゼルグ王国第一王女を完璧にコピーするには至っていないのだ。

 

「……くっ」

 

 剣を跳ね上げられ、そこに拳を打ち込まれた。人形なので肺から空気を押し出され呼吸が出来ない、などということは起きなかったが、その衝撃でペコリーヌ人形は吹き飛びゴロゴロと転がった。それを見て一瞬怪訝な表情をペコリーヌは浮かべたが、いやまさか気のせいでしょうと振って散らす。もしそうだとしたら製作者はとんだ変態だ。

 

「と、とりあえず念のためスカートが捲れないように気を付けて倒しましょう」

「……余裕ですね」

 

 起き上がったペコリーヌ人形が本物を見やる。それを見詰め返したペコリーヌは、表情を変えること無くそうかもしれませんねと述べた。

 

「さっきも言いました。あなたでは、わたしには勝てません」

「カズマくんとの距離は、わたしの方が近いですよ」

「……これから、縮めます。あなたよりも」

 

 そう言って視線を横に向ける。いっそペコリーヌ二人とイチャイチャするというのはどうだろうなどと悩んでいるカズマを見て、彼女は苦笑しながら溜息を吐いた。それでも、そんな彼だから好きになったのだ。恋は盲目とはよく言ったものである。

 

「あ、キャルちゃんがカズマくんぶっ飛ばしましたね」

「お説教……というよりも喧嘩を始めましたね」

「あはは、やばいですね☆」

「面白いですか?」

 

 クスクスと笑うペコリーヌが理解できないとばかりに首を傾げるペコリーヌ人形を見て、彼女ははいと迷いなく即答した。ああいうやりとりが、ああいった日常の姿が、ペコリーヌにとっては限りなく楽しくて。

 そして、ユースティアナにとってはどうしようもなく大切なのだ。

 

「そうですか」

「はい」

 

 どこかぼんやりと取っ組み合いをしているカズマとキャルを眺めていたペコリーヌ人形は、再度ペコリーヌに向き直ると剣を構え直した。その姿は先程までと変わらないように見えるが、しかしどこかが違う。

 

「だいたい、そう思うんなら止めに行きなさいよ!」

「馬鹿言うな。あそこに俺が割り込んだら間違いなく一撃死だぞ。俺はその辺のか弱いヒロインとは違って自分をわきまえてるんだよ」

「まず自分をヒロインだとか言い出すその腐った頭をわきまえなさいよ」

 

 ギャーギャーと喧騒が聞こえてくる。調子を取り戻したペコリーヌは自然体で剣を構え、人形の攻撃を全て迎撃するであろうことを窺わせた。

 そのタイミングで、ペコリーヌ人形の足元に魔法陣が浮かんだ。そこから糸が彼女へと絡みつき、そして吸収されるように消えていく。

 

「マスター……」

「このままでは埒が明かん。少し強引に開放させてもらうぞ」

「それは……いえ、分かりました」

 

 その後方ではその糸を生み出したであろうドールマスターがペコリーヌ人形を睨んでいた。工程を続けながら、やはり人間の模造品ではこんなものかなどと呟いているのが近くにいたコッコロ人形の耳に届く。一瞬だけコッコロ人形は目を見開き、そして戻した。

 

「ぐっ……」

 

 ペコリーヌ人形の姿が変わる。両手足が黒く染まり、青と白であった服装は白黒へと変わった。そして、関節からは何かが溢れ出るかのように青白い炎のようなオーラが漂っている。

 踏み込んだ。その一瞬でペコリーヌの懐に飛び込んだ人形は、手にしていた黒く染まった大剣を振るう。それを受け止めたペコリーヌは、しかし止めきれず弾き飛ばされた。

 

「ペコリーヌ!?」

 

 カズマが叫ぶ。その声でちらりとペコリーヌも人形も視線を動かしたが、それも一瞬。体勢を立て直したペコリーヌに向かい、彼女は追撃の剣を放つ。先程までとは桁違いの威力、オーラの出ている関節部はギシギシと嫌な音を立て、殆ど変わらなかったペコリーヌ人形の表情がほんの僅か苦しそうに歪んだ。

 

「……っとと。今のはやばかったですね」

 

 再度弾き飛ばされたものの倒れることなく着地したペコリーヌは、改めて人形の姿を見ると眉尻を下げた。その表情は、相手が急に強くなったから、余裕で勝てなくなかったから、というものではなく。

 カズマくん、キャルちゃん、コッコロちゃん、シズルさん。彼女はその場にいる全員の名前を呼ぶと、お願いがありますと言葉を続けた。

 

「『わたし』を、助けてください」

「……あんたって、ほんっと甘ちゃんよね」

「ふふっ。でも、それがペコリーヌさまの良いところですので」

「そうだね。弟くんの彼女さんとしては花丸だよっ」

 

 口々にそんなことを言いながら、視線を向こうの相手に向ける。それだけで何をするのか分かったとばかりに、倒すべき相手を見る。

 

「可愛い彼女の頼みだし、しょうがねぇなぁ」

 

 ついでにコッコロ人形も貰っちゃうか。そんな軽口を叩きながら、そこに続くようにカズマもそれを見た。

 自身の人形に限界を超えた負荷の強化を、道具を使い捨てるような行動をした相手を。

 

 



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その159

今までと毛色が違いすぎるやつ


 桃源郷入り口。中の様子を一通り話し終わり、さてではどうするかと話していた面々は、そこでなにやら不穏な空気を感じ取り視線を中心部の方向へと向けた。

 

「むむむ。これは中々にピンチなオーラ?」

「とはいっても、向こうの連中がやられるとは思えないけどね」

 

 ナナカの言葉にルカが返す。そうですね、とナナカもあっさりとそれに同意した。そしてそんな二人を見ながら、メリッサは別にどうでもいいと鼻を鳴らす。別段お宝もないようなこのダンジョンがどうなろうと彼女には関係ない、というわけだ。

 

「どうせ戻ってくるでしょ」

「メリッサさんが評価をするのは珍しいですわね」

「別にそういうのじゃないわ。厄介そうな連中ってだけよ」

「クスクス。そうですか」

 

 エリコの微笑みに再度鼻を鳴らしたメリッサは、そこで怪訝な表情を浮かべた。この場にいる残り二人、片方は元より無口でぬぼーっと立っている事が多いので気にしていなかったが、もう片方がやけに大人しい。

 

「……ん、あ」

「ん? おいシェフィ、どうしたんだい?」

「しぇ……ふぃ……。わ、私……は」

 

 立ち上がる。頭を押さえながら、ふらふらと足を踏み出し。そしてゼーンに支えられた。焦点の合わない目で自身の兄を見上げたシェフィは、そのまま口をパクパクと動かし何かを伝えようとする。だが、思考が追い付いていないのか別の理由か、そこからはすぐに言葉が出ず。

 失礼、とエリコがシェフィの顔を覗き込んだ。ミツキから預かっていた道具で彼女の瞳を確認し、口を開けさせ口内を覗き込む。それで分かるのかよこの状況、とツッコミを入れてくれる人物が生憎といなかった。ルカ達にはいつもの光景だからだ。

 

「え、りこ、さん……」

「……どうやら、呪いが解けかかっていますわね」

「どういうことだ?」

「そのままの意味です。恐らく向こう側が原因の排除に成功したのでは?」

「ご、め……さい、兄さん。迷惑、ずっと……」

 

 急激に回復してきたことで、少し混乱しているのだろう。幼い物言いと見た目相応の口調が混在し、ちぐはぐな状態になっている。そんなシェフィを、ゼーンはゆっくりと優しく撫でた。気にするな、と笑みを浮かべた。

 

「お前が迷惑をかけるのはいつものことだ。一々気にしてはきりがない」

「台無しだよこのドラゴン!」

「流石は竜、でいいのかねぇ……」

「前半部分だけなら、いい話で終わったかもしれないのだけれども」

 

 三者三様の呆れ具合を見ながら、エリコは一人クスクスと笑った。

 

 

 

 

 

 

 グシャリ、とドールマスターが叩き潰された。それを後ろで見ていたカズマは、そのあっけなさに思わず目を瞬かせる。

 

「おいこいつ滅茶苦茶弱いぞ」

「そうね。魔王軍幹部って言ってた割には、その辺のモンスターと同じくらいの強さしかないみたいだけど」

「弟くんが、それだけ強いんだよ。立派な勇者でお姉ちゃんは誇らしいなぁ」

「あ、やっぱり? 伝説の勇者カズマさん始まっちゃった?」

「……あの」

 

 調子に乗って高笑いを上げるカズマの真下から声。視線を落とすと、バインドで拘束されたままカズマが抱きしめているコッコロ人形の姿があった。絵面がこれ以上ないほどの犯罪である。ちなみに隣のコッコロは目が死んでいる。

 

「おっと、暴れないほうがいいぞ。向こうの手助けをするようなら、俺達だって手荒な真似をしなくちゃいけないからな」

「……通報したほうがいいのかしら」

「弟くんだから大丈夫だよ」

「カズマだからアウトなのよ」

 

 そもそもダンジョン内でどこに通報するというのか。そこを指摘できそうな唯一の人物は、自分の人形が優しく抱きしめられて(コッコロビジョン)いることで頭がイッパイイッパイになっている。

 

「いえ。どうせわたくしたちは使い捨てなので。自分から命を懸けてまで守ろうとは考えておりません」

 

 はぁ、と諦めたような溜息を吐いたコッコロ人形は、とはいえ、と視線をそこに向けていた。カタカタと揺れている、倒れ伏したドールマスターを。

 

「マスターはこの空間の主。ここそのものですので」

「――人間ドモめぇ!」

 

 起き上がると同時に、周囲の空間が揺れた。作り物の街がまるで意思を持った一つの生物のように蠢き、そこにいるものを害そうとし始める。

 

「な、なにこれ!? ヤバいんじゃないの!?」

「許さんぞ、貴様らのような人間が、私の街を、道具の楽園を汚すなどと!」

「何が道具の楽園ですか!」

 

 声が割り込む。過負荷を与えられているペコリーヌ人形の猛攻を凌ぎながらも、ペコリーヌは街と一体化しつつあるドールマスターを睨み付けた。急なその叫びに、カズマたちも思わずそちらを向いてしまう。

 

「大事な部下を、大切な仲間を。こんな自分の都合で使い捨てようとしているあなたが! 一体何を偉そうに!」

「私に説教をする気か? 人間」

「違います。わたしは、怒っているんです!」

 

 そう言い切ったペコリーヌは、視線をペコリーヌ人形に戻すと一歩踏み出した。急なそれに人形は迎撃が一瞬遅れてしまい。

 ぎゅ、と抱きしめられ、思わず目を見開いた。

 

「もうこれ以上、無茶しないでください」

「……わたしは、自分で望んで戦っていますよ」

「勝っても負けても壊れちゃうような勝負をしたいわけじゃないですよね」

「……」

 

 ペコリーヌ人形が項垂れた。青白いオーラが勢いを減らしていき、それと同時に関節部の悲鳴も少なくなっていく。そんな彼女を見ながら、ペコリーヌは微笑んだ。大丈夫です、と彼女に告げた。

 

「わたしは、いつでも勝負を受けますから。剣でも、恋でも」

「恋は、わたしが勝ってます」

「それは、これからです。これからです……」

「……ふふ」

 

 抱きしめられ、ほんの少しだけ口角を上げるペコリーヌ人形。そんな光景を眺めていたカズマは、よかったよかったと満足そうに頷いた。これでこっちは一件落着だななどと呑気なことを言いつつ、自分の彼女が二人抱き合っているどこか倒錯的な光景を視界にしっかりと収め。

 

「……あの、申し訳ありませんが、本物の主さま」

「ん? どうしたコッコロ人形」

「わたくしのお尻に、その……当たっております」

「え?」

 

 コッコロ人形の言葉を聞いて、そこでカズマはようやく気付いた。何がきっかけだったのか、向こうのドールマスターが一度倒されたからなのか。どうやらカズマのカズマさんは無事に大人へと戻れたらしい。

 そしてその反動で、思い切り飛び起きてしまったのだろう。

 

「…………」

「待てキャル! 無言で杖を振りかぶるな! これはあれだあれ! 朝起きた時になるやつ!」

「あんたついに、コロ助の前でおっ立てたわね……」

「だから違うって、いや違わないけど! ていうか言うなよ、誤魔化せなくなるだろ!」

「お姉ちゃんは気にしないから、どんどん大きくしても大丈夫だよ」

「俺は全然大丈夫じゃないよ!?」

「あの、主さま……戻られたのならば好ましいのでは? 馬小屋時代にわたくしは何度か確認しておりますし、ご心配なさらずとも……」

「いやぁぁぁぁ!」

 

 ヨロヨロとカズマは後ろに下がる。コッコロ人形を抱えたままなのでどう考えてもエロ本の導入部なのだが、もはやこの世の終わりのような表情をしている彼ではそこに思い至る余裕がない。ちなみに突如降って湧いた衝撃の真実によって無事カズマさんは平常となった。

 

「さあ、行きますよ。ドールマスター」

「お前あれを背景にしながらよくやれるな……」

「いつものことですから」

 

 それはそれとして。満身創痍のペコリーヌ人形を庇うように、ペコリーヌは剣を構えドールマスターと対峙した。ドン引きのドールマスターにさらりとそう返したので、向こうの顔が嫌そうに歪む。人間嫌だなぁ、とこれまでとは別ベクトルの評価を下していた。

 地面から巨大な腕が生えた。眼の前の相手を叩き潰そうとその拳を振り下ろしたが、ペコリーヌは避けることもせずに真正面から受け止める。ほんの僅か地面に足がめり込んだが、それだけで済ませた。

 

「なん、だと……!?」

「はぁぁぁぁ!」

 

 驚愕するドールマスターをよそに、ペコリーヌはその腕をかち上げる。破片が飛び散り、そのまま巨大な腕はゆっくりと後ろに倒れていった。

 ならば、と爪のように鋭い何かが生えてくる。彼女を串刺しにせんと一斉に襲い掛かっていったが、ペコリーヌは慌てることなく剣を構え直した。

 

「《プリンセスストライク》!」

 

 迫る爪を全て叩き切る。いともたやすくへし折られたそれに、ドールマスターは再度目を見開いた。嘘ぉ、と間抜けな声を上げた。

 ちなみに一旦落ち着いたカズマ達であるが。

 

「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」

「そうね。あたしたちは応援してましょうか」

「主さま!? キャルさま!?」

 

 そんな声が聞こえたので思わず振り向いたコッコロは、しかし言葉とは裏腹にちゃんと準備をしている二人を見て目をパチクリとさせた。バインドが解かれたコッコロ人形は、そんな二人のやり取りを無表情で眺めている。

 

「あの、本物のわたくし」

「どうされました?」

「この方々は、頭がおかしいのですか?」

「……ふふっ。いいえ、このような軽口は、信頼の現れです」

「でも、頭はちゃんとおかしいと思うよ」

「よりにもよってあんたが言うな!」

 

 恐らくこの空間で一番頭のおかしさがぶっちぎっているアクシズ教会アクセル支部長にツッコミを入れながら、キャルは行くわよと前に出る。へいへい、とカズマもそれを追うように足を踏み出した。

 

「にん、げん、どもめぇェェェェ!」

「ああもう、うるっさいわよ。コロ助、カズマ、シズル!」

「お任せを」

「お姉ちゃんに任せて」

 

 アメス教徒の支援とアクシズ教徒の支援が二重に掛かる。それによって上昇したステータスを更に跳ね上げるように、カズマはショートソードを構え二人へと線を繋いだ。

 街の建物で押しつぶそうとしてくる眼の前の敵に、キャルは真っ直ぐに杖を構える。そしてその横では、同じように剣を構えるペコリーヌの姿が。

 

「さ、見てなさい! 《アビス――」

「はりきっちゃいますよ。《プリンセス――」

 

 呪文を唱える。剣を振り下ろす。その二つによって、道具の理想の世界だとかドールマスターが抜かしていた場所が、自分自身で滅茶苦茶にした街が。

 

「――バースト》ぉ!」

「――ヴァリアント》!」

 

 所詮は偽物だったのだ。そう言わんばかりに、吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「派手にやったねぇ、お前さんたち」

「あはは。ちょっとやばかったですね」

 

 桃源郷の中心部を吹き飛ばした一行は、ダンジョンの崩壊に巻き込まれる前にその場を離れた。この場所はドールマスターそのものだ、とコッコロ人形は言っていた。ならば主を失えば消え去るのみ。

 

「……カズマくん」

「なんだ」

「重くなかったですか?」

「重かったよ」

「そうですか……」

 

 入り口で座り込んでいるペコリーヌ人形は、そこで言葉を止めた。彼女の四肢はヒビだらけで、これ以上酷使しては間違いなく壊れてしまう。そういうわけでカズマが背負ってここまで来たのだ。口ではああ言ったものの、人形とはいえおっぱいの感触をずっと堪能していたので彼としてはプラマイゼロだ。

 

「それで? そいつらがここのお宝ってことかしら?」

 

 碌に動けないペコリーヌ人形と、所在なさげに立っているコッコロ人形を見る。誰かを模したのではないオリジナルの人形なら使い道もあったのだけど、とメリッサはつまらなさそうに視線を外した。

 

「まあ、俺としては自分の呪いが解ければそれでよかったからな」

「はいはい。んで? そこのはどうなの?」

「え? あ……」

 

 コッコロ人形よりも更に所在なさげにしている少女をキャルは見た。オロオロと視線を彷徨わせ、彼女を見て、何かを思い出したのか顔を真っ赤にして俯く姿は、とてもではないが笑顔でタックルをかましてきたガキんちょには見えない。

 

「あの、その……迷惑かけて、ごめんなさい」

「いいえ。わたくしは、迷惑だなどとは微塵も思っておりません。ですから、そのような顔をなさらないでくださいませ」

「……うん。ありがとう、ママ」

「え?」

「え? ――あ、いや違うの!? これまでずっとそうやって呼んでたからつい、じゃなくて! えっと、その」

「ふふっ。どうぞ、シェフィさま」

「……ままぁ」

「駄目じゃん」

 

 コッコロに甘えるシェフィを見ながら、キャルは短く簡潔にそう結論付けた。いや呪いは解けたかもしれないが、手遅れなのには変わりない。そういうわけだ。いいのあれ、と視線をゼーンに向けても、別段表情を変えていないので、多分アレでいいのだろう。

 

「よし、じゃあ帰――」

「ニガス、モノカァァァァ!」

 

 入り口が、否、残っていた桃源郷が盛大に揺れた。崩壊する街が蠢き、巨大な何かへと作り変わっていく。もはやここまで来ると道具のためでも何でもない。否、恐らく魔王軍幹部という存在へと変貌した時から既にそうだったのかもしれない。道具の必要とされる世界を作ることよりも、人間を憎み復讐することを優先してしまったのだ。

 

「シェフィ」

「任せて。さあみんな、私に!」

 

 ホワイトドラゴンの姿へと変わったシェフィが、同じくドラゴンになったゼーンとともに皆を乗せて舞い上がる。桃源郷を組み替えてできた巨大な蛇のようなそれは、カズマたちを決して逃さんと襲い掛かってくる。

 

「このまま逃げたら、あいつ絶対追ってくるぞ!」

「そうね。てことは」

「ここで倒すしかないですね」

 

 シェフィとゼーンに頼み、高度を下げてもらう。降りて戦う、という提案はシェフィが頑なに却下したのでこうなったのだ。

 とはいえ。巨大な街全体を作り変えたドールマスターは、生半可な攻撃で倒せない。それこそ、爆裂魔法のように超威力の呪文なりスキルなりが必要となるのだ。

 が、しかし。一番それが可能そうなペコリーヌは、先程までの戦闘で消耗しており足りない。キャルも同様で、二人揃っての攻撃だけでは破壊しきれないだろう。

 

「ワタシはああいうのと戦うようには出来てないわよ」

「アタシも流石にあれ相手だと厳しいかね」

 

 しれっとそう述べるメリッサと、ううむと悩むルカ。そんな二人を見て、そういうことならば仕方ないとナナカが立ち上がった。

 

「ではでは。やっちゃうぜ☆ 私の必殺技パートツー」

 

 巨大な蛇人形の周囲に魔法陣が浮かび上がる。それら全てが猛烈に光り輝くと、魔力が激流のように放たれた。四方八方縦横無尽、光の奔流に飲まれた桃源郷は、その輝きの中に消えていく。

 

「《ナナカ・∞・グリッド》!」

 

 そうして起こる大爆発。ふっふっふ、と決めポーズまでしていたナナカは、しかしあれ、と振り返った。煙を吹いているものの、桃源郷だったものは未だ健在。

 

「おおっとぉ? これはどうしたことだ?」

「ふむ。形からして、あれは恐らく《魔術師殺し》の特性を携えているのでしょう。あの時の人形も、つまりはそういうことでしたか」

 

 エリコの説明に、ナナカはあちゃーと額を叩く。所詮模造品だろうから、完全防御ではないものの、魔法攻撃は大分軽減されてしまう。

 ということは。魔法でない攻撃スキルで、それも巨大な相手を薙ぎ倒す一撃を繰り出さなくてはいけない。

 

「いえ。お待ち下さい」

「どうした、コッコロ人形」

「……あれはもはやマスターではありません。道具の怨念でもない、ただの残留思念。ですから」

 

 槍を構える。桃源郷の動きが鈍くなり、そのままゆっくりと地面に落下していった。そして、それと同時に、コッコロ人形の体にヒビが生える。

 

「お、おい!」

「……わたくしが、新たなドールマスターとなります。向こうの制御を乗っ取り、防御を解きますので」

「ちょ、ちょっと偽コロ助! それ、あんたが大丈夫じゃないでしょ!?」

「……いいえ。わたくしは、大丈夫でございます」

 

 真っ直ぐにそう言い切った。間違いなく大丈夫じゃない。そう感じさせる一言であったが、しかし。

 コッコロがこくりと頷く。ペコリーヌが前に出て、剣を構えた。コッコロの支援を貰い、ゆっくりとティアラに手を添えて。

 

「――変身」

 

 無駄にはしない。そう言わんばかりに、彼女はそのまま桃源郷へと突っ込んでいく。剣を振り被り、それを打ち倒さんと。

 

「カズマくん」

 

 そんなペコリーヌを見ていたペコリーヌ人形がゆっくりと立ち上がった。ギシギシと音を立てながら、カズマの名を呼び、お願いがありますと言葉を続ける。

 

「さっき本物に使っていたスキル、わたしにも使ってくれませんか?」

「は? いやだってお前」

「お願いします」

 

 真っ直ぐに、彼の目を見て。それだけを告げたペコリーヌ人形を見たカズマは、ものすごく複雑な表情を浮かべた。分かっている。これをやったらどうなるかなど、すぐに分かる。

 

「大丈夫です。わたし、まだ本物との勝負が終わっていませんから」

「……いいか。絶対戻ってこいよ、絶対だからな!」

「勿論ですよ。だって――」

 

 スキルを使い自身を強化してくれた彼に一歩近付く。クスリと、ペコリーヌとは少し違う笑みを浮かべた彼女は、彼へそっと囁いた。

 

「呪いが解けたから、続き、してくれるんですよね?」

 

 へ、と間抜けな声をあげるカズマに背を向けると、ペコリーヌ人形は空を駆けた。変身しているペコリーヌに並ぶように突き進むと、彼女に合わせるように己の剣を振りかぶる。

 

「どうしてあなたまで!?」

「わたしが、やりたかったんです。さあ、行きますよ」

 

 文句は腐るほど言いたい。だが、今はその場面ではない。ペコリーヌはぐっと堪え、彼女と共に剣に力を込めた。人形の怨念を消し去らんと、本当に、道具のための街に戻さんと。

 

「超! 全力全開! 《プリンセス――」

「ここで決めます……! 《オーバーロード――」

 

 二人のペコリーヌが剣を振るう。偽物などそこにはどこにもおらず。

 

『――ストライク》!』

 

 桃源郷だったそれが崩れ落ちていく。本質を失った主が立てた理想郷は、そのまま残骸へと変わるのだ。

 そしてそれは勿論、そこで作られた人形も例外ではない。

 

「どうですか? わたしも、やれるんですよ――」

「何で、どうして! 何で笑ってるんですか!?」

「当たり前じゃないですか。……これでわたしは、両方、あなたに、勝ったんです」

「だからって、そんな……勝ち逃げなんかしちゃ、駄目ですよ!」

「ふふっ。――やばい――ですね☆」

 

 泣きじゃくるペコリーヌの腕の中で、もう一人のペコリーヌは、ゆっくりと砕け散っていく。

 これまで見せなかった、満面の、笑みで。

 

 




一応ちゃんとオチつけるよ!


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その160

バッドエンドのあとしまつ


 意識が浮上した。ここはどこだ、と視線を彷徨わせるが、全く見覚えがない。確か自分は憎しみに飲まれ、人間を害することだけに囚われ、その結果己の作り出した人形によって否定され消滅したはずだ。そう冷静に考えられるのは、恐らくそれが正しいと思ってしまったからなのだろう。人と道具がお互いを認め合い、そして共に歩む。その姿を垣間見たような気がしたからこそ、どこか満足したのだろう。

 うんうん、と一人納得していたそこに、声。視線を再度動かすと、そこにはどこかドヤ顔をしているような表情のくまのぬいぐるみが鎮座していた。何をトチ狂ったのか、振り回せるようにハンマーと一体化している。

 

「お、やっぱりか。俺の勘もしっかり冴えてるな」

「……誰だ?」

「見てわかるだろ? お前と同じさ」

 

 そう言ってぬいぐるみはこちらを指す。同じ? と視線を下に向けると、そこに見えるのはぬいぐるみのボディ。

 

「お前、違うところから入り込んだ口だろ? 俺も似たようなもんでな、今はここで世話になってるのさ」

「ここで? 世話に? 一体何を」

「まあ、説明するより味わったほうが早いか」

 

 疑問に対する答えがこれだ。まるで要領を得ないそれに、少しだけ苛ついたように言葉を返そうと自身の入っているぬいぐるみの口を開く。開こうとする。

 そのタイミングで、一人の少女が割り込んでた。

 

「どうしたの? ぷうきち」

「お、丁度いいところに。今丁度新顔が来てたところだ」

 

 ハンマーのぬいぐるみ、ぷうきちはそう言って少女に彼を紹介する。視線をこちらに向けた少女は、暫しぬいぐるみを眺めると、嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「よろしく、新しいお友達さん! あなたの名前は――私がつけても、いいかな?」

「へ? え、まあ、構わんが……」

 

 ドールマスター、などという名前は既にこの身には過ぎたものだ。形すら別物になってしまった今、新たな名を貰えるのならばそれでもいい。そんなことを思いながら、少女がううむと悩んでいるのを彼は眺める。

 そういえば。眼の前の少女は人間だ。だというのに、魔物時代に抱いていた憎しみをまったく抱かない。浄化されたからなのか。それとも、目の前の少女がとてつもなく純粋なのか。どちらでも構わないし、彼はそれを好ましいとも感じた。

 今度こそ、自分を大切にしてくれるのかもしれない。そんなことをぼんやり考えながら。

 

「じゃあ、今日からあなたはぷうたろう!」

「……承知した」

 

 ちょっと引っ掛かるような気がしないでもないが、まあ悪気はないだろうから仕方ない。嬉しそうに自身を抱える少女を見ながら、ドールマスター改めぷうたろうは、これまでとは全く違う場所での生活を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「……」

「……ふぅ」

 

 所変わって変人共の蠱毒壺アクセル。そこのウィズ魔道具店にて、コッコロが静かに作業を行っていた。そんな彼女をバニルは暫し眺めていたが、やがて我慢の限界が来たのか持っていた荷物を床に置くとコッコロの頭を強引にワシャワシャと揺さぶる。

 

「わわ、ば、バニルさま!?」

「ええい鬱陶しい! これで三日目だぞ! ただでさえ日陰でしか生きられんようなナメクジ店主が鎮座しておるのに、汝までその調子では店内の商品が湿気で腐る!」

「……申し訳ありません」

「だからそれを改めろと言っておるのだ」

「あの、バニルさん? どさくさ紛れで私のことボロクソ言いませんでした?」

 

 ウィズの抗議をガン無視し、バニルはほれ向こうに行けとテーブルを指差す。ペコリと頭を下げたコッコロが着席するのに合わせ、彼は紅茶を淹れそこに置いた。

 

「それで? 何があった?」

「……それは」

「言いたくないのならば無理には聞きません。けれど、もし相談できるのならば。私達で力になれるのならば、遠慮なく言ってください」

 

 俯くコッコロに、ウィズもそう述べる。彼女もバニルと同じく、コッコロの様子がおかしいことを心配していたのだ。だが無理に聞き出すのも、と見守っていたのだが。結局バニルが先んじて動いたので、ウィズもそこに乗っかることにした。

 

「言っておくが、我輩はそんなジメッとした思考を見通すのは御免であるぞ。欲しい悪感情も手に入らんしな」

「いえ……大丈夫です。聞いて、くださいますか」

「はい。今日はお店も暇ですし」

 

 コッコロはポツポツと話し出す。この間の、シェフィの呪いを解きにダンジョンへと向かった話を。そこで起きた出来事を。そこで出会った、自分とペコリーヌを模した人形のことを。

 そして、自分達を助けるために彼女らは砕け散ってしまったことを。

 

「それは……」

 

 どうしよう、いい言葉が出てこない。ウィズは何かを言おうと口を開きかけるが、しかし言葉にならず口を閉じるを数回繰り返した。縋るようにバニルを見たが、彼は何かを考えるようにじっとコッコロを見詰めているのみだ。

 

「特に……ペコリーヌさまと主さまが、とても落ち込んでおられるのです」

 

 二人共普段通り過ごそうとしているのだが、どうにもギクシャクしており、明らかに無理していることが傍目にも分かるくらいだ。そのせいと言うべきか、ゼーンとシェフィはダスティネス家に入り浸っている。

 

「それで」

 

 そこまでを静かに聞いていたバニルが口を開いた。どうにかしたいと思っているのかどうか。それを彼女に問い掛けた。

 当然コッコロは是と答える。いつものように、皆で笑顔で、食卓を囲みたい。そのために、出来ることは何でもするつもりだと彼女は告げた。

 

「……そうか。まあ、我輩としてもあやつらが落ち込んだままでは最適な悪感情が摂取できんのでな。少し手を貸してやらんこともない」

「それは、本当でございますか!?」

「というかバニルさん、当てがあるんですか?」

「一応はな。しかし、あくまで条件が揃えばという但書がつく」

 

 それでもいいか、とバニルはコッコロに問う。それでよければこの手を取れ、と彼は述べる。悪魔と契約を交わすのだ、と告げる。

 

「それで、主さまとペコリーヌさまが元気になるのならば」

「即答か。まあ、そうでなくてはエルフ娘ではないな」

 

 フハハハハハ、と笑ったバニルは、ではまず、と指を一本立てた。これがなくては始まらんと彼女を見た。

 

「壊れた人形の核は、残っておるだろうな?」

「……それらしき魔石は、保管してあります」

「ならばよし。ポンコツナメクジ店主、汝にも手伝ってもらうぞ」

「それは勿論。――誰がナメクジですか誰が!」

 

 ウィズの抗議をやはり聞き流し、バニルは明日また来るがいいとコッコロに言う。用意を忘れずにな、と付け加えるのも忘れない。分かりましたと頷いた彼女は、気を取り直して魔道具店の手伝いを再開する。今日はもう帰っていいと言ったつもりのバニルは、しかし調子を取り戻し始めたコッコロを見て少しだけ満足そうに口角を上げていた。

 そうして翌日。コッコロだけでなく、カズマ、ペコリーヌ、キャルも魔道具店にやってきた。一体何をどうする気なのか。黙って待っていられなくなったのだ。

 

「まあ、だろうと思ったがな。さて、エルフ娘よ、例の物はどれだ?」

「はい。こちらでございます」

 

 机の上に置いたのは、二つの魔石。ペコリーヌの腕の中で砕け散ったもう一人のペコリーヌが残した青の魔石と、無理矢理制御を続けた桃源郷の崩壊と共に崩れ落ちたもう一人のコッコロが残した緑の魔石だ。

 それを手に取ったバニルは、ふむふむ、と頷くと少しだけ難しい顔をした。仮面をしているのではっきりとは分からないが。

 

「他には何も残ってはおらんのか?」

「と、申されますと?」

「回りくどいことを言ってもしょうがないのでぶっちゃけるが、今から行うのはいわば魔王軍がしていることと同様、魔物の創造だ。まずはそこを理解してもらおう」

 

 魔物の創造。それを聞いたキャルが眉を顰める。そうしながら、それって一体何が問題なのよと問い掛けた。普通は問題しかない。が、いかんせんここはアクセル。そもそも魔物がボッチのおもりで平然と街を歩いてゴーストが今日もプリンを食べている場所だ。

 

「あやつらは元々存在した魔物だ、誤魔化そうと思えばどうとでもなる。だが、作り出すとなれば話は別だ」

「元魔王軍のくせにそんなこと気にすんのかよ」

「今の我輩の所属はウィスタリア家であるからな。オーナーの不利益になることは出来るだけ避けるのは仕えるものとして当然であろう? そこの無駄飯食らいのいるだけ店主とは違うのだ」

「何で一々私馬鹿にするんですか!?」

 

 それで、どうする。やっぱりウィズの抗議は知らんぷりをして、バニルは四人に、否、ベルゼルグ王国第一王女に問い掛けた。これは人間側に対する裏切り行為とされてもおかしくないぞ、と警告した。

 勿論ペコリーヌは分かりましたと即答する。続けてくださいと迷うことなく言い切った。

 

「よかろう。では、これがそのためのボディであるが」

 

 ほれ、と机の上にそれを置く。バニル人形と大体同じくらいのサイズだろうか。ペコリーヌとコッコロのぬいぐるみのようなそれを、それぞれの魔石の傍らへと添えた。

 

「え? 何これ?」

「元々の大きさで復活させてあわよくばと考えていた小僧よ。ものには順序がある。高望みしすぎると失敗するぞ」

「何のことかカズマさんわっかんねーなー」

 

 調子は取り戻したみたいね、と非常に冷めた声でキャルが呟く。ペコリーヌはそんなカズマを見て、あははと苦笑した。そうしながら、ちょっとだけ彼と距離を詰める。

 

「それで? これからどうするんだ?」

「話を逸らそうとしているのがバレバレであるが、まあいい。後はこれらを合成させるだけだ。……エルフ娘がな」

「え?」

 

 急な指名にコッコロが目を見開く。どうして自分なのか分からずバニルへと問い掛けたが、彼はその追求をさらりと躱した。どうやら答える気はないらしい。

 

「それは、わたしたちじゃ駄目なんですか?」

「うむ。ことこれに関しては、エルフ娘でなければ駄目だろう。我輩やポンコツ店主でも出来んことはないが、その場合別の魔物になってしまう可能性が高まるのでな」

「……分かりました」

 

 その説明に若干の違和感を覚えたが、別にそこを追求する必要もない。ペコリーヌは引き下がり、コッコロは首を縦に振った。

 バニルに教えられるがまま、ペコリーヌのぬいぐるみに青い魔石を、コッコロのぬいぐるみに緑の魔石をそれぞれ乗せる。そこに手をかざし、手順に沿って呪文を唱え。

 魔石は、ゆっくりとぬいぐるみに吸収されていった。

 

「これで完成なの?」

「後はこのままエルフ娘が魔力を注ぎ込めば完成だが……少々危ういな」

「どういうことだよ」

「魔石の情報だけでは、汝らの言っていたものと同じ魔物が生成されるか分からん。最悪、全く違うものが出来てしまうやもしれん」

「そんなっ! なんとかならないんですかバニルさん!」

「何故汝が驚くポンコツ店主。だから最初に言ったであろう、他には残っておらんのかとな。こやつらの体の一部が残っていれば、それらを追加触媒にすることで成功率を百パーセントに限りなく近付けられるが」

 

 そう言われても、とペコリーヌは眉尻を下げる。あの時粉々になっていくもう一人のペコリーヌを思い出す。魔石を掴み取るのが精一杯だった。それ以外を回収する余裕などなかったのだ。

 それはキャルやコッコロも同じ。崩壊するもう一人のコッコロに手を伸ばして、唯一掴んだのが魔石一つ。それ以外は、何も。

 

「なあ、バニル」

「どうした小僧。心当たりでもあったか?」

「あるって言ったらどうする?」

「え?」

「本当でございますか?」

「カズマくん!」

 

 カズマの言葉に、皆の表情が輝く。不安で塗り潰されそうになっていたそれが、希望に変わっていく。

 そんな空気の中、彼は自身のポケットから、あの時からずっと持ち続けていた、彼女達の形見を机の上に置いた。これで、追加触媒は大丈夫だと、ドヤ顔で。

 

「……」

「……」

「……えっと」

「……主、さま……?」

「これ……わたしのパンツですよね……」

「こちらは、わたくしの下着でございます……」

 

 バニルが崩れ落ちた。我慢の限界が来たらしい。普段の高笑いではなく、声にならないほどの痙攣をしているあたり相当ツボだったようだ。ウィズは状況が全く分からず、突如二人の下着を取り出したカズマをぽかんと眺めているばかり。

 ふう、とキャルが深呼吸をした。そして無言で杖を振りかぶる。

 

「待て待て待て! っていうかお前は分かるだろ!?」

「何がよ! ……ん? え? これひょっとして」

「そうだよ! あの時スティールしたペコリーヌ人形とコッコロ人形のパンツだよ!」

「えぇ……じゃああの時のあれは、カズマくんのせい……?」

「もう一人のわたくしのぱんつを、スティール……」

「いやぁ人生何が希望になるか分からないよな。まさかこんなところで役に立つなんて」

「……何で肌身離さず持ってたの?」

「……」

「……ぶっ殺」

「待て待て待て待て! 誤解だ! 俺は断じて使ってない!」

 

 誰も聞きたくないであろうそんな釈明を述べながら、カズマは目の据わっているキャルを必死に説得する。そもそもお前のパンツじゃないんだから関係ないだろ。そんな彼の言葉を聞いて、キャルはゆっくりと振り返った。何かの許可を得るようなそれに、ペコリーヌとコッコロは首を横に振る。ちぃ、と盛大な舌打ちをすると、彼女は非常に不満そうに構えていた杖を下ろした。

 

「えっと……一応これで条件は整ったと思うので」

 

 笑い過ぎて立てなくなったバニルに代わり、ウィズが非常に複雑そうな顔でコッコロに先程と同じことをするよう伝える。ペコリーヌぬいぐるみの上には白のレースが、コッコロぬいぐるみの上には可愛らしい薄緑が置かれた。絵面が間違いなく変態のそれである。

 ぬいぐるみにパンツが吸収されていく。追加の触媒を得たぬいぐるみは、情報を元に魔物へと変貌し始めた。コッコロの魔力を受け、段々とそこに存在感が増していく。

 

「やはり、と言うべきか。生成時の魔力の流れがよく似ているな」

「あ、バニルさん、落ち着いたんですね。……似ている、って、誰にです?」

「成程、脳みそ消費期限切れの店主には分からんか」

「だから! ……それってつまり、私の知っている人……? ――え?」

 

 一瞬コッコロと姿が重なった。目を瞬かせ、まさかそんなと青褪める。リッチーの顔は元々青白いので変わらなかったが。

 ともあれ。コッコロの魔力を大分注ぎ込んだ頃。ぬいぐるみのどこか無機質な瞳に火が灯る。二体のぬいぐるみがゆっくりと体を起こし、そのデフォルメされた顔を左右に動かした。これで、生成自体は成功したと見ていいだろう。後は、この二体の新たな魔物が果たして自分達の知っている相手かどうか。

 コッコロのぬいぐるみが、コッコロを見た。ペコリと頭を下げると、そのまま彼女へと歩き出す。コッコロが差し出した手を、ぬいぐるみコッコロはしっかりと掴んだ。

 

「――またお会いしましたね、本物のわたくし」

「ええ。また、よろしくお願いいたします、もう一人のわたくし」

 

 それを聞いてコッコロは笑顔を浮かべる。少しだけ、泣きそうになった。よかった、成功したのだ。そんなことを思いながら、もう一つのぬいぐるみに視線を向ける。

 机の上で、ぬいぐるみのペコリーヌはカズマを見上げていた。表情は変わらず、しかしどこか気まずそうにクシクシと頭を掻いたぬいぐるみは、そのままゆっくりと口を開く。

 

「ちゃんと、戻ってきました」

「戻ってきてねぇよバカ! 何でそういうところはそっくりなんだよ」

「しょうがないですよ。わたしも、ペコリーヌですから」

「ったく。……しょうがねぇなぁ」

「キャルちゃんキャルちゃん。これわたしさり気なく馬鹿にされてませんか?」

「別にさり気なくないしあたしも思ったから問題ないわ」

「酷くないです!?」

 

 




イイハナシダヨネー?


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その161

今更というかようやくというか


 シェフィの呪いも解け、カズマ達の調子も戻ったアメス教会では、普段通りの日常が戻ってきていた。皆で揃って、ご飯を食べる。何の憂いもなくそれが出来るというのが、ここでは当たり前で、幸せなのだ。

 そんなわけで。

 

「はい、シェフィさま。あーん、でございます」

「あーん。……おいちー♪」

「ふふっ。まだまだありますので、たくさん食べてくださいませ」

 

 いつものようにコッコロが手ずからシェフィにご飯を食べさせ、シェフィはそれを嬉しそうに食べる。そんな普段通りの朝食を終えたコッコロが魔道具店の手伝いに、ペコリーヌは酒場のアルバイトに向かった後の話だ。

 

「……このままじゃ駄目になる……」

「手遅れだよ」

 

 頭を抱えるシェフィを見ながら、カズマは端的にそう述べた。子供化から戻ったのにコッコロにお世話されている時点でどうしようもない。頬杖をついていたキャルも、そうよね、と割とどうでもよさげに頷いていた。

 

「だ、だって。これまでもそうだったから、つい」

「手遅れね」

 

 つい、であの状態ではもう無理だろう。もう素直にもう一回子供になったらいいんじゃないだろうか。そんな結論まで出した。勿論シェフィは反対した。

 反対はしたが、しかし行動が伴っていないので全く説得力がない。ついでに言ってしまえば、既に駄目になっているのをどうすればいいのかという悩みは、カズマやキャルに相談してもしょうがないのだ。

 

「住処を変えるか?」

 

 そんなやり取りを眺めていたゼーンは、段々絶望し始めてきたシェフィに向かいそう告げた。え、と顔を上げた彼女は、自身の兄へと向き直る。

 

「コッコロに世話をされるのが問題なら、ここから出ていけばいい」

「妹追い出しにかかったぞこのドラゴン」

「多分引っ越すかっていう提案なんだろうけど、ほんと言葉足りないわねこいつ」

 

 ぶっちゃけ他人事の二人はそんなことを呟く。そして言われたシェフィは、何だかんだ兄なのできちんと言葉の意味は伝わっていた。伝わった上で、それはどうだろうかと渋い顔をする。

 

「ここを離れたら、マ――ッコロさんが寂しがらないかしら」

「もう諦めろよ」

 

 子供が母親から離れたくない時にする言い訳である。はい終了、とばかりにカズマは話を打ち切る態勢に入った。キャルは既に話すら聞いていない。

 どうして、とシェフィが抗議をするが、むしろこの流れで何故抗議されにゃいかんのだとカズマが逆にジト目で彼女を見る。それに少しだけ怯んだシェフィは、助けを求めるようにキャルを見た。ボードゲームの手入れをしている姿が見えて、えぇ、と若干ショックを受けた。

 

「もう、私は真剣に悩んでるのに……!」

「真剣に悩んでそれなら無理よ」

 

 カチャカチャと手入れを済ませた駒を仕舞いながら彼女を見もせずにキャルがトドメ。シェフィには最早頼れる味方がどこにもいなかった。

 

「それなら、近場に引っ越せばいいんじゃないですか?」

「教会近くの物件を探せばよろしいかと」

「え?」

 

 ぽてぽてとぬいぐるみがシェフィに近付く。この間の一件で教会の新たな居候というかマスコットになったペコリーヌとコッコロのぬいぐるみ型魔物である。どうやら先程までのやり取りを聞いていたらしい。

 

「な、成程。確かに近くならママに会いに行くのも簡単ね」

「ぬいペコ、ぬいコロ。だからこいつもう手遅れだってば」

 

 それだ、と手を叩いたシェフィが立ち上がる。さっそく探しに行きましょうと教会を飛び出していくのを見ていたカズマは、盛大な溜息を吐いて立ち上がった。あれほっといたらこっちに迷惑がかかる。そう判断したのだ。

 

「おい行くぞキャル。余計な問題が起きる前に」

「ほんと、中身変わってないわねあいつ」

 

 

 

 

 

 

「それで、予算はいかほどに?」

「……予算、って何かしら?」

「え?」

 

 不動産屋の扉を開けたカズマ達が見たのは、人の常識を基本持ち合わせていないドラゴンの末路であった。予算? 敷金? 担保? 初めて聞いたとばかりに首を傾げるシェフィを見て、ほらやっぱりとカズマは溜息を吐く。

 

「おいこらシェフィ、行くぞ。じゃ、お騒がせしました」

「あ、ちょっとカズマ!? 私はまだ何も見てないわよ!」

「予算も分からないドラゴンが不動産屋にいても何にもならないわよ。ほら、さっさとこっち来る」

「で、でも私は住処を引っ越すために……」

 

 いいから来い、と二人に言われ、シェフィはそのまま引きずられていく。何だったんだ、と首を傾げる不動産屋がそこに取り残された。

 とりあえず適当なベンチに座らせ、カズマは彼女を仁王立ちで見下ろす。この馬鹿、と短くばっさり切って捨てた。

 

「なっ! そんな言い方はないじゃない!」

「だったら人の生活圏でどれだけ暮らしたことがあるのか言ってみろ」

「馬鹿にしないで頂戴。私はこれでもあなた達の何十倍も生きているのよ」

「あそ。じゃあどうやったら土地が買えるか言ってみなさい」

「お金を払えばいいんでしょう?」

 

 だめだこいつ。自信満々にそう答えたシェフィを見たカズマとキャルは、もうこのまま連れて帰ろうかなと割と真剣に悩み始めた。違うの? と聞いてきた彼女に、そういう意味じゃないと二人はツッコミを入れる。

 

「そもそも、そんな風にはいお金払うから土地よこしなさいとか出来るのはそれこそ大貴族か王族レベルよ。……身近にいるからあれだけど」

 

 少なくとも庶民が出来ることではない。そういうのはアキノやペコリーヌの領分だ。

 そこまで考えたキャルは、ならばいっそそうするかと思考を巡らせた。ペコリーヌはペコリーヌである限り無理だろうから、やるとしたらアキノだろう。ダクネスも該当者ではあるが、ダスティネス家は家柄はともかく財力はあまりないので期待できない。

 よし、とキャルはカズマに向き直った。先程考えた意見を話すと、それはありだなと彼も頷く。まあ早い話が誰かに丸投げ、だからである。

 というわけで。シェフィを引っ掴むと二人はウィスタリア家の、アキノの屋敷へと向かった。普通ならばアポ無しなど門前払いなのだが、そこら辺は付き合いの深さで割と簡単に押し通れる。

 

「成程。お話は分かりましたわ」

 

 アキノに経緯を伝えたところ、アメス教会付近に丁度いい屋敷があるとの答えを貰った。地図を広げ、ここですわと指し示す。それを覗き込んでいたシェフィは、あれ、と目を瞬かせた。

 

「ここって」

「地図は読めるのか」

「知識偏ってるわねぇ」

「もう! いいじゃないのそんなこと」

 

 茶々を入れられたシェフィが顔を顰めたが、ぶんぶんとそれを振って散らした。そうしながら、前に行ったことがあるとアキノに述べる。

 でしょうね、と彼女は軽く返した。管理区域としてはウィスタリア家だが、現在この土地を預かっているのはダスティネス家だ。そして。

 

「ミヤコさんたちの遊び場ですわ」

「ええ。私もここで遊んだ記憶があるもの」

 

 成程確かに、ここならば自分の新たな住処にちょうどいい。うんうんと頷きながら、シェフィはありがとうアキノさんと笑顔で感謝の言葉を述べた。こんなに簡単に見付かるなんて、と喜びを隠すことなく続けた。

 お待ちなさい、と声が掛かる。物事はそう上手くはいかないもの、そんな前置きをしながら、彼女は指を一本立てた。

 

「まず第一に。先程告げたようにあの場所はダスティネス家の預かり。ララティーナさんに話を通す必要がありますわ」

「分かったわ。この後ダクネスさんにも会ってくる」

「そうしてくださいな。それで、向こうでも言われるでしょうが、もう一つ」

 

 現在屋敷が幽霊のたまり場になっている。それだけを告げると、アキノはでは頑張ってくださいと丸投げの態勢に入った。視線をカズマとキャルに向けながら、である。どうやら最初から彼らの考えはお見通しだったらしい。

 素直に頷いたシェフィが二人に行きましょうと声をかけるのを見ながら、彼女はひらひらと手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

「めんどくせぇ」

「ほんとよね……」

 

 たらい回しにされた結果、アメス教会から少し離れたその屋敷へとやってくる羽目になった二人はげんなりした表情でぼやいていた。ついでだしゼーン呼んできて戦力増強しようぜ、と一度戻ったものの、既に彼は出掛けていておらず、代わりに二人の肩にはぬいぐるみが引っ付いている。

 

「なあ、お前ら戦えるの?」

「カズマくんのスキルを貰えば、一時的にあの状態になれるとは思いますけど」

 

 肩のぬいペコの言葉に、カズマは嫌そうに眉を顰めた。ついこの間それでこいつ体砕け散ったじゃん。そんなことを思い出し、じゃあいいやと諦めた。

 

「まあ、そこまで心配するような規模ではないからな」

 

 二人のやり取りを見ていたダクネスが苦笑しながら述べる。幽霊のたまり場とは言っても、脅威になるような存在が住み着いているわけではない。精々があの時の、ミヤコが暴れまわっていた時にいた幽霊レベルだ。

 

「そもそも、あいつが調子乗ってるからこうなるの」

 

 ダクネスの説明を補足する、と言っていいのだろうか。ミヤコがふよふよ浮きながら不機嫌そうに屋敷を睨んでいた。最初から素直に言うことを聞いていればよかったのだ、などと抜かしているので、間違いなくこの状態に一枚噛んでいるのだろう。

 

「おい元凶」

「は? いきなり何言ってるの? 頭おかしくなったの?」

「いやお前がやらかしたんだろ?」

「人の話聞いてなかったの? ここをこんなにしたのはあいつなの」

「あいつって誰よ」

「この屋敷に住み着いてる幽霊なの」

 

 大した力もないくせに調子に乗ってる。ダボダボの袖をブンブンさせながら追加でボロクソ言い出したミヤコであったが、しかし次の瞬間どこからか植木鉢が飛んできて彼女の頭に激突した。ふげ、と悲鳴をあげるとそのまま地面にポトリと落ちる。

 

「ミヤコさん、あまりアンナさんを悪く言っちゃ駄目ですよ」

「こんな事するやつなんだから悪口言われても当然なの!」

 

 がばぁ、と起き上がったミヤコは、ダクネスの横――今回の件の関係者でもあるらしいシルフィーナに食って掛かる。やめんか、とダクネスに首根っこを捕まれ、彼女はそのままブラブラと揺れた。

 

「アンナ、って。ここにいたあの幽霊の女の子よね? こんなことする子だったかしら……」

「だから調子乗り始めたの。ちょっとミヤコがその辺の幽霊を呼び寄せるやり方教えたからってやりたい放題やりやがってなの」

「やっぱりお前が元凶じゃねぇか」

 

 シェフィの疑問に答えたミヤコのそれを聞いてカズマがジト目になる。そのままダクネスに視線を向けると、なんとも言えない表情でこくりと頷いていた。

 とりあえずドレインタッチでミヤコを吸っておく。はんぎゃぁ、と彼女の悲鳴が木霊した。

 

「で? これどうにかしたらこの屋敷俺達のものにしていいのか?」

「正確には、幽霊アンナを落ち着かせたらだな。彼女はこの屋敷に憑いているからな、引き離すのは難しい。だからここは元々曰く付きではあったのだが」

 

 ミヤコが知り合いだったおかげで、シルフィーナも件の幽霊少女とは仲良くなってしまったらしい。以前のシェフィも交え何度か交流している以上、本人が望まない限り除霊は出来ないと結論付けた。なので、その辺りを折り込み済みならば問題はあるまいとダクネスは判断したらしい。

 

「まあ、知り合いならシェフィは問題ないでしょうしね」

「とはいえ、まずは説得をしなければなりません」

 

 ミヤコの態度や向こうの反応を見る限り、間違いなく喧嘩中だ。これをどうにかしないと交渉以前の問題である。ぬいコロの言葉に、また厄介事かぁ、とキャルは溜息混じりでぼやいた。

 

「それで? あたしやカズマはそのアンナって幽霊のこと知らないんだけど。どういうやつなわけ?」

「は、はい。アンナさんは、少しいたずら好きですが、悪い人ではないです。冒険話と人形やぬいぐるみが好きで、このお屋敷にはそういったものが保管されています」

「ふーん。まあ割と普通の女の子って感じだな」

「そういえばあの子、お酒も好きだったわね。あまり気にしていなかったけれど、あの年の人間ってお酒駄目なんじゃ?」

「まあ幽霊だし、別にそれはいいんじゃない? そもそも、無理に我慢するより食べたい時に食べて飲みたい時に飲んだほうが幸せよ」

 

 そんなものかしら、と首を傾げるシェフィにそこまで極端じゃなくていいからなと釘を刺したカズマは、とにかくその少女を見付けないことには始まらないと建物を見やる。この流れでは、間違いなく屋敷の中にいるであろう。集めた幽霊の影響なのか、屋敷は昼であるにも拘わらずどこか薄暗い雰囲気を醸し出していた。

 

「考えててもしょうがないし、行くわよ」

 

 そう言ってキャルが足を踏み出す。が、一歩目で彼女は足を止めた。あれ、と急に肩の重みがなくなったことに首を傾げる。

 

「おい、あれ!」

 

 カズマの声に視線を動かすと、そこにはいつの間にか西洋人形に捕まえられたぬいコロが。ふわりふわりと彼女を持ったまま、西洋人形は屋敷の正面玄関へと戻っていく。そういえば、ぬいぐるみが好きだとか言ってたな。そんなことをぼんやりと考え。

 

「って! 待ちなさい!」

 

 我に返ったキャルが慌てて追いかけた。そんな彼女を馬鹿にするように左右に揺れた西洋人形は、開かれた扉をくぐって屋敷の中へ。勿論キャルも扉へと走り、そのまま中へと侵入する。

 

「待ちなさいって言ってぎゃ!」

 

 そして急に閉まった扉と激突して屋敷へと放り込まれた。バタン、と屋敷の中と外とを遮断した扉は、暫しの後再びゆっくりと軋んだ音を立てて開く。

 キャルは影も形もなかった。

 

「やばいですね」

「あ、お前も言うんだ」

「呑気に言ってる場合じゃないでしょう!?」

「いや、まあキャルだし。どうせそのうちどっかから出てくるだろ」

「そんな雑な扱いでいいの!?」

 

 シェフィがカズマにそう述べるが、彼はいいよと軽く流す。そのあまりにも自然な反応に、彼女もそうだったかもしれないと思い始めてきた。

 そんなわけないでしょうが、とツッコミを入れてくれる人物は残念ながら先程消えた。

 

「まったく……そういう扱いはキャルではなく、私にするべきだ」

「ママ?」

「オホン。いや、何でも無いぞシルフィーナ」

「コイツらダメダメなの……」

 

 やれやれ、とミヤコが呆れていたが、そもそもの原因はこいつである。だがやはりその辺りについてツッコミを入れてくれる人物は先程消えたので流された。

 

 



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その162

まあfigmaやねんどろでも顔芸フェイスつく娘だし。


「いたた……って、どこよここ?」

 

 後頭部を押さえながら起き上がったキャルは、どこかの廊下のど真ん中にいることに気付いた。ぬいコロをさらった相手を追いかけ、扉が後ろから激突し、盛大にすっ転がる。

 そこから即座にここだ。何が起きたのかさっぱり分からない。

 

「転移の罠? こんな街の屋敷にそんな御大層なもの仕掛けてあるとは思えないんだけど……」

 

 ううむと首を傾げながら、とりあえずどちらかに進もうと視線を動かす。前か、後ろか。まるで夜中のような廊下はほとんど先が見えず、どこに何があるかも分からない。ああもう、と頭をガリガリとしながら、とりあえずと壁に手を添える。位置を見失わないように、壁伝いに進む算段だ。

 そうしてとりあえず前に歩き出すと、ほどなく手が壁ではない物に触れた。ん、と視線を動かすとそこには大きな絵画が一枚。額縁もそこそこ年季の入ったもので、そこに描かれている貴婦人が静かにこちらを見下ろしている。

 

「……」

 

 何かこっち見てない? そんなことを思いはしたが、気のせいだろうとキャルは頭を振って散らした。が、手は壁から離した。絵を触りたくないらしい。絵画の絵の具で手が汚れるかもしれないしね、とどこか言い訳じみたことをわざわざ口にした。

 そうしながら絵画を通り過ぎ、再び彼女は壁に手を当てる。べちゃ、と音がした。

 

「え? ――ひっ!」

 

 べっとりと赤い手形がつく。何でどうして、と自分の手を見ると、そこにはまるで血に塗れたような手のひらが。

 思わず振り返った。先程通り過ぎた絵画は変わらずそこにある。こちらを見下ろしている貴婦人の視線もそのままだ。変わらず、じっとキャルを見詰めている。

 無数の赤い手形がついた絵画の中で。彼女が見ているその眼の前で、新しく手形がつく中で。バン、バン、とそれがはみ出してくる中で。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 全力で走った。何だあれ何だあれ。目を若干グルグルとさせながら、とりあえずキャルは走った。逃げた。

 そうして気付くと曲がり角。赤い手形は追ってきていないらしい。ふう、と息を吐いた彼女は再び先へと進む。もう絶対引き返したくない。

 

「――え?」

 

 ふと、廊下の先に明かりが見える。耳も尻尾もビクリと跳ね上がったが、もはや戻る選択肢を潰されているキャルはそこへと向かうしかない。ゆっくりと、一歩一歩、恐る恐る。前に足を動かし、段々と大きくなる明かりへと。

 ある程度近付いたところで、それはランプであることに気付いた。そして、それを持っている誰かがいることにも。顔は見えない。服装も、暗闇に溶け込んでいるかのように黒いメイド服と、空中に浮き上がるかのように白いエプロンだ。屋敷を管理するダスティネス家のメイドなのだろうか、そんなことを思いながらおっかなびっくり近付いたが、向こうはこちらに何の反応もしない。怪訝な表情を浮かべながら、キャルはもう少しだけ近付いた。まだ顔は見えず、どのくらいの年齢かも分からない。

 違う。彼女は気付いたのだ。ここまで近付いて、服装もちゃんと認識できるのに、何故顔だけが分からないのか。

 分からないのではない。無いのだ。明かりを持って立っているメイドは、首から上が存在していない。

 

「――――っ!? い、いや、デュラハンだって首がついてないんだから、こ、こここのくらいで取り乱したりはしないわよ。さ、さあ、かかかかかってくるなら、きな」

 

 す、とメイドがランプを持っていない方の腕を動かした。人差し指を立て、それを真っ直ぐにキャルの方に向ける。否、キャルを指差しているのではなく。

 

「う、後ろ? 後ろに何があるって――」

 

 振り向いた。

 そこには、目に光がなく、無機質な瞳でじっとこちらを見る。逆さまの、女性の生首が。

 

 

 

 

 

 

「な、なんだぁ? 今鶏を絞めたような声が聞こえたぞ」

 

 屋敷に足を踏み入れたカズマ達は、突如夜中になったようなそこをゆっくりと歩いていた。今のところ何か襲ってくるような様子はないが、暗闇を進むというのはそれだけで大分精神力を削られる。

 

「キャルじゃないかしら。やっぱり何かあったのかも」

「だとしても、無闇に動いてもしょうがないぞ」

「それは、そうだけど……」

 

 シェフィはカズマの言葉にしゅんと項垂れる。これまで何十年と兄と旅をしていたドラゴンの少女は、こうして仲間と生活するというのに慣れていない。だから過剰に心配してしまうのだろう。子供状態の時も寂しがりやだったので、根っからの性格かもしれない。

 

「しかし、シェフィの言葉も一理ある。この屋敷の状態は明らかに異常だ。キャルを孤立させておくのは好ましくはないだろう」

「そりゃそうかもしれんが。っていうかダクネス、今聞き捨てならんこと言ったな。お前屋敷の状態知ってたんじゃないのかよ!」

 

 彼女の発言は情報を持っている人物のそれではない。カズマがそこに食って掛かると、ダクネスは誤解だと頭を振った。事前調査はきちんと行っていたと話した。

 

「だが、その時はここまでの状態ではなかったのだ。ここまで来ると流石にこちらも本腰を入れなくてはいけなくなるからな」

「多分、調査の奴らが来た時は隠してたの。ずる賢いやつなの」

 

 け、とミヤコが吐き捨てるように述べる。そんなことしなくても正々堂々やればいいのに、と続けながら、彼女は虚空に向かってあっかんべーをした。

 上から降ってきた花瓶がミヤコに直撃する。殺人事件の現場のような状態になったミヤコは、そのまま廊下で動かなくなった。

 

「あれ今どっから出てきたんだ?」

「転移させた、というわけではないだろうが……花瓶自体は見る限り近くにも飾ってあるからな」

「カズマさん、ママ……。一応少しはミヤコさんの心配をしたほうが」

「何しやがるなの!」

 

 シルフィーナの心配をよそに、ミヤコは何事もなかったかのようにガバリと起き上がった。ばーかばーかとそのまま幽霊アンナを追加で挑発した結果、今度は突如倒れてきた棚に潰される。第二の殺人事件現場が出来上がった。

 

「一応、ミヤコ以外には物理的な危害を加えないようにしているみたいね」

「まあ、そこら辺は分かってんだろうな」

 

 シルフィーナと、シェフィ、そしてミヤコ。恐らくここにはいないイリヤも加えて何かしらやっていたのだろうから、やっていいことと悪いことの分別自体は出来ているに違いない。

 つまりこの空間は、物理的な危害を加えずに何かをやらかす場所なのだろう。

 

「考えられるとしたら、お化け屋敷か……」

「お化け屋敷? それは幽霊屋敷とは違うのか?」

「ああ、そういう曰く付きの物件とかじゃなくて、アトラクションだよ。スタッフがお化けに変装したり仕掛けを作ったりして、お客さんを怖がらせるんだ」

「ほう。……それは何の意味があるのだ?」

「いや意味っていうか、そういう催し物だから」

 

 遊園地とかにあるものをイメージしたカズマがそんなことを説明するものの、いかんせんこの世界にお化け屋敷の概念は存在していない。ひょっとしたらどこかの転生者がやらかしていた可能性もあるが、少なくともベルゼルグ王国に浸透はしていないようであった。

 

「人形劇の主役を観客にする、みたいな感じですか?」

 

 肩から声。ぬいペコがカズマの説明を聞いて、自分なりの答えを出したらしい。厳密には違うが、まあそれでもいいかと彼は頷く。ふむ、とぬいペコのそれを聞いたダクネスもそれで少し合点がいったらしい。

 

「ということは、今私たちは、その、お化けに怖がる話の主役にされているのでしょうか」

「多分な。ミヤコに当たりが強いのはその辺台無しにされるからじゃないか」

 

 私怨も混じってそうだけど。そんなことを言いながら棚に潰されジタバタしているミヤコを見下ろす。早く助けろなの、と騒いでいるが、正直こいつ置いていったほうがスムーズに話が進むような気がするとカズマは思った。

 

「ねえ、カズマ。それじゃあ、これからそのお化け屋敷みたいなことが起こるのよね?」

「まあ俺の勝手な予想だけどな」

「カズマなら何が起こるのか分かるでしょう?」

「あー、まあな。そうだな……例えばそこの絵」

 

 シェフィの質問に答えるように絵画を指差す。顔色の悪い男性が描かれているそれを見ながら、この絵が気付いたら血塗れになっていたり、こちらをじっと見詰めていたりとかするんだよと話した。現状この絵にはその仕掛けはないようだが、成程この暗闇で知らずに遭遇したら肝が冷えるかもしれない、とダクネスもシルフィーナも顔を顰めた。

 

「……? そうなの?」

「うん、ドラゴンにはちょっと難しかったかもな」

「馬鹿にしないで頂戴。私だって分かるわよ。……えっと、それは実は絵じゃなかったのよね?」

「絵じゃなかったら何なんだよ」

「幽霊でしょう?」

「……そうだな」

 

 それを込みで、人としてはそういうのに恐怖を覚えるという話をしているのだが。感性がドラゴンのシェフィにはどうやら理解できないらしい。

 

「ほら、やっぱり私も分かっているのよ。あ、見て。男の人が骸骨になってるわ。こういうことよね?」

 

 え、と絵画に視線を戻すと、そこにはボロボロの額縁に腐り果てた男性が。眼球だけがきれいに残ったその目がこちらを見ているようで、シルフィーナはひっ、と短く悲鳴を上げて後ずさり、ダクネスに抱えられた。

 

「……成程。カズマに言われていなければ私も驚いたかもしれんな」

「こういうのが怖いのね」

「説明しちゃった俺が言うのも何だけど、そういうリアクションはスタッフ泣かせなんでやめて差し上げて」

 

 

 

 

 

 

 首無しメイドを突き飛ばすように必死で走ったキャルは、気付くと扉の前にいた。廊下はそこで突き当たり、戻るか部屋に入るかの二択しか無い。カツン、カツン、と何かがゆっくりとこちらに歩いてくる音が響く中、元来た道を戻る勇気は彼女にはなかった。

 何より、廊下の突き当りに女の子の書いたような落書きが目に入ったのだ。みぎはからだ、くびはひだりから。うしろ、みないでね。

 

「見るわけないでしょうが!」

 

 叫びながら部屋の扉を開ける。後ろのなにかが入ってこれないように、部屋に入った後扉を閉めると鍵をかけた。

 そして後悔した。部屋の中には、所狭しと西洋人形が並んでいたのだ。暗闇の中そんなものを見たキャルは当然短く悲鳴を上げ、後ずさる。

 何かを踏んだ。それによってバランスを崩した彼女は尻餅をつく。いたたた、とお尻を摩りながら、一体何を踏んだのかと視線を下ろし。

 

「――イ――タイ――ヨォ」

 

 顔を半分砕かれた西洋人形が、残った片方の目から血を流しながらそんなことを口にした。

 バッタのように跳ね跳んだキャルは、高速で左右に首を動かしながら、四つん這いで部屋の入口に向かう。閉めた鍵を必死で開け、転がるように廊下へと飛び出した。

 首無しメイドが立っている。ゆっくりとランプを掲げると、それに合わせるように部屋の中が騒がしくなった。笑い声と、すすり泣く声。そして、痛い痛いと悲鳴も。

 

「あひゃぁぁぁぁ!」

 

 抜けていた腰を無理矢理立たせ、キャルは走った。背後にはどんどん近付いてくる笑い声、すすり泣く声、悲鳴。追いつかれる、追いつかれたらおしまいだ。だから走る、必死で、後ろを見ずに、ひたすら前だけを見て。

 

「また悲鳴だ。って、うおぉぉぉ!?」

「キャルか? なっ!?」

 

 目の前に見たことのある顔が見えた。が、彼女は止まれない。追い付かれないように必死なのだ。完全にパニックになっているキャルは、カズマ達をすり抜けて逃げていく。

 勿論カズマ達もそれに続いた。彼女の後ろには大量の西洋人形が笑いながら、すすり泣きながら、悲鳴を上げながら向かってきていたのだ。お化け屋敷とかそういうのを抜きにしてもこれは普通に逃げる。

 

「成程。分かったわカズマ。これがお化け屋敷なのね」

「違うわドアホ!」

「シルフィーナ、しっかり掴まっていろ」

「は、はいママ。……あれ? ミヤコさんは?」

 

 ダクネスに抱えられたシルフィーナがキョロキョロと視線を動かすが、友人のプリン幽霊はどこにもいない。ということは、あの西洋人形の波に飲まれたのだろう。どうしようと悩んだものの、結局どうしようもないので彼女もミヤコのことは諦めた。

 

「キャル! おいキャル!」

「いやぁぁぁぁ――え? あれ? カズマ?」

「おう、カズマさんだ。お前大丈夫だったのか?」

「大丈夫じゃないわよぉぉ……! 怖かった、すっごく怖かったんだからぁ」

「そうかそうか。ちなみに状況は全く好転してないぞ」

「へ? ……いやぁぁぁぁ!」

 

 振り向く。大量の人形を視界に入れ、キャルは再びパニックになった。あたしじゃないあたしじゃないごめんなさいごめんなさい。そんなことをブツブツと口にしながら、完全に目の焦点が合っていない顔で走り続ける。

 これはどうしようもない。そんなことを結論付けたカズマであったが、しかし彼本人も立ち位置はそこまで変わらない。あそこまでパニックにはなっていないが、あの大量の西洋人形が笑いながら泣きながら悲鳴を上げながら迫ってくるのは普通に怖い。ゴブリンとかならば開き直ってしまえるかもしれないが、どうしてもホラーの様相をしているとその辺りの判断が鈍るのだ。

 

「ああちくしょう、どうすれば」

 

 ふと気付いた。肩が軽い。先程まであった重みが、いつの間にか消えていたのだ。

 まさか、と首を動かす。ぬいペコの姿がそこにはなかった。そのまま視線をシェフィ、ダクネスに向けたが、そのどちらにもくっついていない。

 幽霊アンナはぬいぐるみが好きだと聞いた。だからぬいコロはさらわれた。迂闊だった、ぬいペコだって見た目はぬいぐるみだ。この屋敷に足を踏み入れた以上、同じように捕まってもおかしくない。

 

「ちっくしょう。一体どこに――」

 

 半ば八つ当たりのように西洋人形へと振り返った。実行犯かどうかは知らないが、この幽霊屋敷にいるのだから同罪だろう。そんなことを思い、恐怖より別の感情を優先させて大量の人形を睨んで。

 その中に紛れて一緒に飛んでいるぬいペコを見付けた。無表情だが、どこか満足げであった。

 

「……」

「あの、無言で掴むのはやめてください。出ちゃいます、綿」

「うるせぇよ!」

「……いいなぁ」

「ママ?」

「何でも無いぞシルフィーナ」

 

 



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その163

ホーンテッドお屋敷


「なあ」

「どうしたカズマ」

「俺たち廊下をひたすら走ってるけど、これいつになったら角につくんだ?」

「……言われてみればそうだな」

 

 シルフィーナを抱きかかえて走りながら、ダクネスは周囲を見渡す。真夜中の廊下で窓の外は真っ暗で何も見えない。ポツポツと存在する明かりでどうにか近くが見える程度のそこは、前も後ろもどこまで続いているのか確認ができないのだ。

 

「ひょっとして、空間が歪んでいるのかしら」

「大したことのない幽霊を集めた程度でそんな事が可能なのか……? ミヤコ、はいないのだったか」

「あいつほんっと役に立たねぇな」

「聞こえてるの。誰が役立たずなの!」

 

 にゅ、と皆の目の前に上からミヤコが降ってくる。パニック状態であったキャルは、突如目の前に現れたプリン幽霊がトドメになったらしい。プツンと糸が切れるように仰向けにぶっ倒れた。

 そして倒れたキャルが後ろに流れていく。

 

「ん?」

 

 何だ今の。自分達が走っているから倒れたキャルが置き去りにされた、という感じではない動きだった。その事に気付いたカズマは、おいちょっとストップと皆を止める。

 足を止めると背後の西洋人形が近付いてくる。そう思っていたが、これは。

 

「これ、床が動いてるぞ」

「本当だな。立ち止まると後ろに流される」

 

 カズマの言葉に、ダクネスも床へと視線を移した。どうやらこちらの走る速度に合わせて廊下の床を後ろに動かしていたらしい。

 

「ルームランナーじゃねぇか!」

「何だそれは?」

「俺の故郷にある運動器具だよ。床が歩く方向と逆に動くようになってて、動かずにランニングとか出来るんだ」

「この仕組みと同じなのね」

 

 西洋人形に捕まらないようにしつつ先程よりもゆっくりと足を動かしながら、カズマ達はそんなことを述べる。どうりで全く廊下の端につかないわけだ。種がバレれば案外単純なものだとカズマは小さく溜息を吐く。

 

「まあ、怖がらせるネタとしてはかなり高ポイントだな。追ってくる幽霊、逃げても逃げても終わらない廊下。これは分かってるやつの仕業だぞ」

「あの。ところで……キャルは、大丈夫なのかしら」

 

 あ、と皆が後ろを見る。廊下を埋め尽くす西洋人形の端っこ、その奥の方で気絶しているキャルが引っ掛かっていた。一応安全面にも配慮してあるらしい。

 

「……何だろう。俺この幽霊のこと好きになりそう」

「それは、カズマの故郷のお化け屋敷に似ているからか?」

「そんなところだな」

「浮気ですかカズマくん」

「好きの意味が違う。そういうのが分からないあたり、お前もまだまだだな」

「何分かった顔で語ってるの。オマエもどうせ何も分かってないの」

 

 はん、と鼻で笑うプリンにうるさいと返しながら、彼はそろそろ次のポイントに移動した方がいいんじゃないかと皆に述べた。完全にアトラクション感覚である。

 その言葉を聞いたからなのか、それとも仕掛けを見破られたからなのか。西洋人形は笑い声、泣き声、悲鳴を止めると後ろへと消えていった。それと同時、床の動きも止まる。

 

「これは、次に行ってもいいってことよね?」

「だろうな」

「次はどんな仕掛けがあるのかしら」

「お前滅茶苦茶ワクワクしてるな」

 

 口調や立ち振舞いは見た目相応になったものの、行動や感性が子供の時とあまり変わっていない。そんなシェフィを見ながら、まあいいかとカズマは廊下を歩き出す。ダクネスもシルフィーナを下ろし、それに続いた。

 

「あ、キャル」

 

 そして暫し進んだタイミングで廊下にキャルを置きっぱなしであったことに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 屋敷を進むたびにあの手この手で怖がらせようと仕掛けが飛び出す。廊下の途中にあった扉は、キャルが通り過ぎる瞬間に開き骸骨がもたれ掛かってきた。途中の部屋の中、棚の上に置いてあった箱は、ガタガタと揺れると床に落ちた。そしてキャルの目の前にごろりと生首がまろび出る。鏡に映るキャルの背後から、何かが近付いてくるのが見えたが、振り返っても何もいない。視線を戻すと目の前にそれがいた。

 

「あひゃぁぁぁぁぁ!」

 

「いやぁぁぁぁぁ!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 大体こんな感じの悲鳴パターンで彼女のセリフの大半が構成される中、カズマはかなり楽しんでいた。勿論怖いことは怖いし絶叫もするが、あくまでお化け屋敷だという前提の下でである。危険性がないと結論付けたからである。

 

「もうやだぁ……おうち帰るぅ……」

 

 三年分くらいの絶叫を使い切ったキャルは、最早息絶え絶えだ。しっかり立つことも出来ないので、カズマにしがみついたまま情けなく膝が震えている。思いがけずリア充のシチュエーションを体験したカズマはそういう意味でもご満悦であった。出来ればもう少し胸のボリュームが欲しかったとは彼の弁である。

 そうしてお化け屋敷を堪能した一行は、ようやく最奥の部屋へと辿り着いた。本当にこれが最奥の部屋なのかは不明だが、流れに沿って行った結果ここにやってきたので多分最奥の部屋なのだろう。

 扉を開く。軋んだ音を立てて開かれたそれは、部屋の中に仁王立ちしている一人の少女のいる空間をカズマ達の視界に広げた。

 

「あ、ようやく見付けたのアンナ。まどろっこしい仕掛けばっかやりやがってなの」

 

 ダボダボの袖をブンブンとさせながらミヤコが部屋の少女、幽霊アンナに文句を飛ばす。言われた方は、何言ってんのお前とばかりに表情を不満げに変えた。

 

『そもそもミヤコ呼んでないし』

「はぁ? オマエに幽霊を手下にする方法教えたのはミヤコなの! もっと敬うの!」

『はん』

「鼻で笑いやがったの!」

 

 こいつぶっ飛ばすとミヤコが幽霊アンナへとダッシュする。これでも喰らえとダボダボの袖の拳を振り上げるのと同時、どこからともなく現れた巨大な何かがミヤコを叩き潰した。モヤモヤした塊なので、おそらく幽霊を固めたものなのだろう。

 スリッパでぶっ叩いたゴキブリみたいになったミヤコからゆっくりと手をどけたその塊は、目なのか何なのか分からない黒い部分をそのままゆっくりとカズマ達に向ける。

 

「待て待て待て! 何でいきなりこういう展開なんだよ!」

『え?』

「いや何不思議そうにしてんの!? 俺達に危害加える気満々!?」

 

 お化け屋敷で終わると思っていた矢先に唐突なバトルだ。まったくその覚悟をしていなかったカズマはとにかく戦闘を回避しようと幽霊アンナに語りかける。が、彼女は彼女で何の話だと首を傾げていた。別にミヤコ以外に危害を加える気はないよ。そう、あっけらかんと述べた。

 

「アンナさん。でもこの、大きな幽霊、こっちをじっと見てますけど」

『見てるだけじゃないかな。まあどうせ大したことない幽霊だし――』

 

 拳を振り上げた。あれ? と幽霊アンナが素っ頓狂な声を上げる中、幽霊の塊は思い切りこちらにそれを振り下ろす。

 危ない、とシェフィがシルフィーナを庇い、ダクネスはその身で攻撃を受けた。

 

「ママ!?」

「ふふふ、大丈夫だシルフィーナ。私はこの程度では倒れん。さあ、攻撃するならば私に来い!」

「嬉しそうだなこいつ……」

 

 娘の前でアヘ顔を晒さないだけの理性は辛うじて残っているようだが、滲み出る喜色が隠せていない。不幸中の幸いなのが、シルフィーナにはそれがドM由来だと気が付かれていないことだろうか。

 

『シルフィーナ! 大丈夫!?』

「は、はい。私は大丈夫です」

「アンナ、これはどういうつもり?」

『そんなこと言われても、私も分からないし。……あれ? シェフィ何だか様子が変わった?』

 

 おや、と首を傾げる幽霊アンナに、シェフィは今それどころじゃないだろうと返す。そうだったそうだったと手を叩いた彼女は、でも分からないものは分からないのだと眉を顰めた。

 

「余計なことばっかしてるからなの」

 

 床で引き潰れていたミヤコが起き上がる。やれやれと呆れたように肩を竦めた彼女は、よーく聞けなのとダボダボの袖をビシリと幽霊アンナに突き付けた。

 

「オマエみたいなへっぽこ幽霊じゃ、あの大きさの幽霊は操れないの」

『え? でもあれ、小さい幽霊が集まってるだけだよ?』

「ちっさいのが集まって一つにまとまってるの。あれはもうでっかい幽霊と同じなの」

 

 だからちょっとかじった程度の力じゃ制御できない。そう言うと、ミヤコはばーかばーかと幽霊アンナを煽りにかかった。非常にむかつく姿であったが、彼女は彼女で実際制御できていないので言い返せない。

 

「ここに来るまでの仕掛けみたいにちょっとずつ使ってればよかったのに、調子乗るからこうなるの。ぷーくすくす」

「今この空間で一番調子乗ってるの間違いなくお前だよ」

 

 カズマのツッコミに反論をするものはいない。シルフィーナですらあははと苦笑し視線を逸らしている。

 それはともあれ。どうやらこのでかい幽霊の塊はアトラクションになれなかったらしい。大したことのない幽霊でも、まとまって大きくなることで力と凶暴性が増したのだろう。どうにかするには、極々普通に冒険者としての対処をしなければならない。

 

「結局戦うのか……いや待て。この面子で、この場所でどうすりゃいいんだ?」

 

 相手自体は恐らくそこまで大した強さではないだろう。少なくともこれまで戦ってきた魔王軍幹部と比べれば明らかな雑魚だ。

 だがしかし。それはあくまで戦力が揃っていれば、である。今のこの場にいる面子で、シルフィーナは非戦闘員、幽霊アンナも同様だとして、ミヤコが微妙な分類。戦えると認定していいのはカズマ、シェフィ、キャル、ダクネスの四人だが、現在キャルはお化け屋敷を堪能しすぎて使い物にならない。つまり、残るはシェフィとダクネスになるわけで。

 

「あれ? 詰んだ?」

「どうしたのだカズマ。私ならばいくらでも盾に使え」

「いや盾はいいんだよ。攻撃手段がないの」

「どうしてだ? キャルが――あぁ、そうか」

 

 カズマにしがみついてガタガタ震えているキャルを見る。ブンブンブンと全力で首を横に振られたので、やはり彼女を戦力にするのは諦めたほうがいいだろう。

 

「なら、わたしが」

「わたくしもおります」

「お前らは俺の肩に乗ってろ」

 

 ぬいペコと幽霊アンナに抱きしめられていた状態からこちらに移動したぬいコロの提案は即却下である。そもそもこんなの相手に命を懸けられたらたまったものではない。

 べしべしと叩かれるが、やかましいと一蹴した。こうなったらしょうがないと彼は自身の弓を取り出す。自分がメインアタッカーとかマジ勘弁して欲しい。そんなことを思いながら、幽霊の塊に向かって矢を放った。当然、トラップ付きである。

 

「あれ?」

 

 が、巨大な塊は矢が触れる瞬間煙のように霧散し、そして再び形を作った。当たり判定も無かったようで、壁に当たった矢はそこにトラップを設置させていた。

 

「カズマ、あれは一つにまとまってるだけで結局雑魚幽霊の集まりなの。くっついたり離れたりとか自由自在だから、矢なんか当たるわけないの。もうちょっと頭使うの」

「アンナ」

『おっけー』

 

 ミヤコを壁のトラップに押し付ける。静かになったプリン幽霊から再び幽霊の塊に視線を戻すと、カズマは何かを結論付けるように頷いた。

 

「詰んだな」

「だがカズマ。どうにかしないことには、我々もここを抜け出せんぞ」

「わーってるよ。ああちくしょう、こうなったらダクネスに耐えてもらってペコリーヌが心配して来てくれるまで粘るか……?」

「ならやっぱりわた――」

「カズマ」

「ん?」

「私のこと、忘れていないかしら」

 

 す、とシェフィが前に立つ。あ、忘れてたと思い切りぶっちゃけたカズマは、彼女のジト目でごめんなさいと頭を下げた。そうしながら、お前本当に大丈夫なのかと心配そうに声をかける。子供状態の時のシェフィは、ドラゴンなので戦えはしたものの威力の調整がイマイチであった。広い場所ならともかく、こんな屋敷の中で似たようなことをした場合、最悪倒壊する可能性もある。

 

「大丈夫よ。私に任せて頂戴」

 

 そんなカズマの心配を他所に、シェフィはどこか自信満々に笑みを浮かべた。自身の魔力で生み出した氷を使い、一本の剣を作るとそれを真っ直ぐに構える。

 

「いくわよ!」

 

 いつぞやの鬼ごっこでも使っていた動き、足元に氷の道を作り、スケートのように滑って移動する。うげ、とキャルがみぞおちを押さえながら顔を顰めていた。

 幽霊の塊はそんなシェフィを潰そうと拳を振り上げるが、スピードが圧倒的に足りていない。振り下ろした拳はことごとく割り込んだダクネスに命中した。

 その隙に彼女は接敵した。相手の懐に潜り込むと、そのまま舞うように剣を振り上げる。

 

「氷の道よ!」

 

 氷の軌跡が舞い上がる。あっという間に氷漬けにされた幽霊は、分離する暇もなくそのまま纏めて撃破された。

 

 

 

 

 

 

「成程。じゃあシェフィちゃんたちはそのお屋敷暮らしになるんですね」

「そういうことだな」

 

 アメス教会の夕食風景。ここ最近六人であったそのテーブルは、今日は四人。これまでずっと一緒だったいつものメンバーではあるが、やはり少しだけ静かな気がしないでもない。

 あの後幽霊を退散させたカズマ達は、幽霊アンナに今回の事の経緯を説明したところあっさり許可をもらった。なので、善は急げとシェフィは拠点を移動しにかかったのだ。

 

「シェフィさまも、もう立派にお一人で立てるのですね」

「コロ助……」

 

 そう述べるコッコロの表情は笑顔である。だが、そこに寂しさが混じっているのはこの場にいる誰もが分かった。お世話出来なくなるもんな、と口には出さないが何かを納得したように三人とも頷いた。

 

「あ、でもほら、あいつぬいコロ連れてったじゃない? 何だかんだコロ助いないと寂しいでしょうから、どうせまたすぐ甘えに来るわよ」

「……ふふっ。ありがとうございます、キャルさま」

 

 キャルのフォローなのか何なのか分からないそれを聞き、コッコロもその表情から寂しさを消す。そうだ、今生の別れでもなければ、どこか遠くに行ったわけでもない。いっそこちらから訪ねてもいいくらいだ。そう結論付け、彼女は調子を取り戻す。

 ふう、とキャルはそんなコッコロを見て安堵の溜息を吐いた。そうしながら、それでもって、と視線を移動させる。

 

「あんたらは何やってるわけ?」

「何だよ、見て分からないのかよ」

 

 分からないから聞いてるんだ、とジト目で彼女はカズマを見た。正確には、カズマに寄り添うペコリーヌを見た。もっといえば、その横でカズマに乗っかっているぬいペコを見た。

 そんなキャルに向かって、カズマはやれやれと頭を振る。これだから素人はと言わんばかりのその態度を見て、彼女のイラつき度が跳ね上がった。

 

「俺はついにハーレム主人公になった」

「死んだら?」

 

 ジト目から非常に冷たい目へと変化したキャルの視線を受けても、カズマは動じない。いやぁ俺の時代来ちゃったな、と謎のキメ顔で口角を上げている。キモ、と彼女は短く簡潔に評した。

 

「そんなこと言ってるくせに、本物一筋なんですよねこの人」

 

 そんな中で、どこか不貞腐れたように、ぬいペコはペシペシとカズマの頭を叩いていた。あの時の言葉は彼女の中にしっかり残っている。いざという時にはペコリーヌが何とかしてくれる。そんなどこか情けなくて、ちゃんと信頼のこもった彼の呟きが、しっかりと。

 

 



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その164

元々書くのが難しいのに久々だからさらに難しい


 剣と剣がぶつかり合う。同じ顔をした美少女二人は、そこで一度距離を取った。片方は落ち着いた表情、もう片方は無表情ではあるものの少し悔しげに。

 顔こそ同じであるが、その装いは異なる。青と白を基調としたバトルドレスに身を包んでいる少女は、頭上のティアラを光らせることなく、目の前の同じ顔をした少女に剣を振るう。一方の少女は白と黒を基調としたバトルドレス。ノースリーブに、両手には黒い長手袋、そして両足は黒いガーターブーツと、相手と比べると少し露出が多い。そんな彼女は相手の剣を受け止めるとその無表情の顔を顰めた。

 

「限界ですか?」

「……いいえ」

 

 青と白の金髪美少女――ペコリーヌのその言葉に、白と黒の同じ顔――人型になったぬいペコは首を横に振る。この程度で負けていては、あの時勝ち逃げした意味がない。そんなことを思いながら、彼女はペコリーヌへと踏み出した。

 

「よくやるわねぇ」

 

 そんな二人を見ながら、キャルは庭に用意した椅子に座って飲み物を啜る。ここは幽霊アンナの屋敷、シェフィの新たな拠点となった場所だ。案の定というか、ぬいコロを連れて行ったシェフィはほぼ改善されなかった。一応一日一回呪いでも何でもなく子供化していた頃と比べればマシになったが、結局何かしらのきっかけで子供化する癖は治っていない。そしてコッコロもカズマのお世話をいつも通りにするだけでは物足りない体になってしまっていたため、定期的にシェフィのお世話に出向いていた。ある意味ウィンウィンだ。

 そんな日々がここ最近は続いている。教会と幽霊屋敷を往復するという行為は中々魔物の活性化にも繋がったのか、ぬいコロとぬいペコも順調にボディが馴染んでいた。以前カズマに言った時よりも改善し、何かしらのサポートがあれば多少の時間は以前のような人型ボディでいることも可能となったのだ。

 そんなわけで、ぬいペコはペコリーヌと模擬戦中である。仕方ないというべきなのか、オリジナルであるベルゼルグ王国が誇るバーサーカー王女が相手では彼女は敵わない。桃源郷の時よりステータス自体は上がっているはずなのだが、目の前の規格外の腹ペコ相手では誤差である。

 

「まだ――です!」

「っ甘い!」

 

 横薙ぎの一撃を剣の腹で受け止めたペコリーヌは、そのまま巻き込むように回転、相手の剣を跳ね上げた。その勢いのまま、剣の柄をぬいペコの土手っ腹に叩き込む。彼女の体がちょっと浮き、衝撃で巨乳が揺れた。

 人ではないぬいペコはそこで呼吸どうこうにはならない。すぐさま地面に足をつけ、しかしこのままでは再び防がれると判断した彼女は、全身へ溢れんばかりに魔力を流し込んだ。ペコリーヌとは違う小さめのカチューシャのような髪飾りから青白い炎のようなオーラが噴出し、ティアラの形を作り出す。それと同時、彼女の両手足の関節部にも同じような青白い炎のオーラが纏わりついた。

 

「行きま――」

「はい《バインド》ぉ!」

「え、きゃ、ぁん」

 

 その状態で一歩踏み出そうとしたぬいペコにワイヤーが絡みついた。彼女の体を拘束すると、そのまま地面にごろりと転がす。

 そんな光景を作り出した張本人であるカズマは、お前何やってんのと半目で彼女を見下ろしていた。

 

「模擬戦だっつってんだろ。なに体ぶっ壊そうとしてんだよ」

「……大丈夫ですよ」

「はいダウトー。おーい、コッコロ、ぬいコロ、支援終了」

「はい、主さま」

「かしこまりました」

 

 視線を転がっているぬいペコから、彼女をこの状態にさせておくための支援役である二人に移す。彼の言葉に頷いた二人は、言われた通りぬいペコへの支援を止める。あ、と転がっている彼女が短く声を上げ、ゆっくりとカズマに向き直った。そのタイミングで、等身大の人から普段通りのデフォルメぬいぐるみへと体が戻る。表情こそほとんど変わっていないが、思い切り不満であると顔に書いてあった。

 

「お前が約束破るからだろうが」

「あはは。カズマくん、大分大切にしてますね。ぬいペコのこと」

 

 ぬいペコの不満を一蹴したカズマは、ペコリーヌのそれを聞いて彼女に向き直る。別にそんなことないだろうと返すと、ペコリーヌは微笑みながらそういうことにしておきますねと述べた。

 

「まあ、でも。今の状態なら多少はクエストに連れて行っても大丈夫だと思いますよ」

「そうか。まあ当分クエストに行く予定はないけどな」

 

 別段生活には困っていないし、冒険らしい冒険はついこの間やったばかりだ。のんびり何もせず過ごす日々を送ったところでバチは当たらないだろう。カズマの中ではそういうことになっている。

 

「それは、いいの?」

「いいんだよ」

 

 模擬戦を見学しつつ、人間社会勉強用の本を読んでいたシェフィが口を挟む。が、彼が堂々と言い切ったので、彼女はそうなんだと納得してしまった。

 

「そういうわけで。模擬戦も終わったし、何か適当に――」

「たのもう! っと、ああ、いましたね」

 

 ん? と視線を向ける。屋敷の門に一人の少女が立っていた。赤い服にマント、帽子に眼帯、そして紅魔族特有の赤い瞳。この場にいる面子で彼女を知らないのは幽霊アンナくらいだろうか。

 どうしたんだ、とカズマは彼女に問い掛けた。カズマ達のいる方へと歩みを進めながら、それは勿論これですよと一枚の紙を取り出す。

 

「何だこれ? えーっと、『アイドルフェス』?」

「はい。毎回開催国を変えて、世界で一番のアイドルを決める聖なる祭典です。それが今回はここ、ベルゼルグ王国で開かれるんですよ」

「ふーん。で、めぐみん、これがお前と何の関係があるんだよ」

 

 アイドルという存在とは間違いなく縁遠い。そんなことを思いながら問い掛けたそれに対し、めぐみんはふっふっふと不敵な笑みを浮かべた。ならば教えてあげましょうとマントを翻した。

 

「そう、我が名はめぐみん! 紅魔族一の、いえ、世界一のアイドルの頂点に立ちしもの!」

「なんか変なものでも食ったのか?」

「ちがわい! 私は本気でアイドルの頂点を目指そうとしています。世界一の魔道士たるもの、やはりカリスマ性や人気は必要ですから」

 

 ふーん、とカズマは適当に流す。それで、とほぼほぼ聞く気のない状態で彼女の話を続きを促した。

 よくぞ聞いてくれました、とめぐみんは再度マントを翻す。アイドルフェスは現在活躍中のレジェンドアイドルの招待とは別に、国家代表戦を勝ち抜いた新たなアイドルを加えたドリームマッチが目玉だ。新たなアイドルとしてその代表戦に出場するためには三人以上のユニットが必要になるのだが、自身に相応しきパートナーはやはりそれ相応の魅力を持っていなければならないと彼女は考えたのだという。

 

「所長や師匠はアイドルとか無理ですし。あるえやアンナにも一応聞きましたが、原稿の執筆が優先らしく、そこを曲げさせると私のエピソードが向こうの創作活動の糧にされてしまうので却下したんです」

「じゃあ、同じ紅魔族ならゆんゆん――は、無理か」

「BB団は出場と同時に彼女達の命が尽きそうだったので……」

 

 そもそもアイドルらしい行動が出来るイメージが欠片も湧かないので、そういう意味でも無理だろう。そんな経緯もあって、条件を満たしている面々がいるこちらに来たのだとか。

 一応話は分かった。面倒事というほどでもないのも理解した。そしてカズマは自分にほぼ関係ないことも感じ取った。

 つまりは。

 

「というわけなので、ペコリーヌ、キャル、コッコロ。私とアイドルをやりましょう!」

 

 そういうわけである。確かにこの面々ならばアイドルをやらせても問題ないどころかお釣りが来るレベルの美少女ではある。アイドルフェスの参加者がどのくらいの輝きなのか知らないが、少なくとも予選落ちはしないだろう。そんなことを彼は思う。

 

「えっと、わたしは別に構わないですけど……大丈夫ですかね?」

「あ」

 

 あはは、と苦笑するペコリーヌを見て、そういえばそうだったと思い出した。こいつベルゼルグ王国の第一王女だったわ、と。この間のコロリン病騒動の時にめぐみん達にもバレてしまったので彼女もそこは知っていたものの、普段その肩書が役に立つことがないので正直どうでもいい二つ名程度の扱いであった。が、今回はその辺は重要な致命傷である。

 

「うーむ。では、キャル」

「絶対嫌」

 

 だろうな、とカズマは思う。アルカンレティアとアクシズ教が育んだ誇り高き驚異の猫耳美少女キャルちゃんはカムバックしないらしい。理由を語らないキャルではあったが、その意志が固いことだけはよく分かった。分かったので、めぐみんとしても切り崩す手段がなさそうな彼女は諦める方向に舵を切るしかない。

 

「じゃあ、コッコロはどうです?」

「わたくしは、構いませんが……。果たしてわたくしにアイドルが務まるのでしょうか?」

「いやコッコロなら大丈夫だろ。間違いなくアイドルになれる」

「主さまが、そうおっしゃるのなら」

 

 自信満々にカズマが断言したので、コッコロも二つ返事で了承する。これで二人、あと一人丁度いい人材がどこかにいれば。ううむとめぐみんが視線を巡らせ、まだ人型の状態であったぬいコロに目を付けた。

 が、時間制限がある以上フェスの参加者は難しいと断られる。実際会話の途中で彼女はぬいぐるみに戻っていた。

 

「と、なると……」

 

 視線を残っている一人に向ける。呪いは解けたという話は聞いたので、これまでより見た目相応の状態ではあるだろうが、果たして。めぐみんが接したのは子供状態の時のシェフィだけだ、どうしても考えが偏ってしまう。

 

「アイドルって、私にも出来るかしら?」

「おや、意外と乗り気ですね」

「ええ。せっかくだから、人の世界をもっと楽しみたいもの」

 

 そう言って笑うシェフィは、今まで見ていたものと同じで。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、ホワイトドラゴンならば五百も六百も同じ魂でいるのかもしれない。そんなことを思いつつ、ならばよろしくお願いしますとめぐみんはシェフィの手を取った。

 

「では、ここにアイドルユニット結成です!」

「はい、精一杯頑張らせていただきます」

「ええ、私も全力で頑張るわ」

 

 えいえいおー、と拳を振り上げる三人を見ながら、カズマは頑張れよコッコロ、とどこか優しい表情を浮かべる。とりあえず何か問題が起きているわけでもなし、今回は応援するだけで済みそうだ、とついでにそんなことも考えた。

 

 

 

 

 

 

 そんなアクセルから街どころか国すら違うとある場所。ブライドル王国聖テレサ女学院の学院長室にて、一人の少女がううむと悩んでいた。机の上に広げられているのはアイドルフェス関係の書類である。学院の仕事しろよ、というツッコミを入れてくれる人物は背後にいるのだが、既にし終わっているので何も言わない。ツッコミも、仕事も、である。

 

「ねえ、どうしようかしらモニカ」

「諦めればいいのでは?」

「そういうわけにはいかないの。……確かに面白がっている部分はあるわ、そこは認める。でも、ブライドル王国第一王女として、世界規模のイベントで情けない姿を晒すわけにはいかないじゃない」

「言葉だけは立派ですが。……ならば、相応しいアイドル候補を探せばいいだけでしょう? 姫様自身がアイドルをやる必要がどこに」

「こういうのは上が率先して動いてこそじゃない」

「もっと違う場で行ってください」

 

 はぁ、と今日だけで何度目か分からない溜息を吐く。確かに彼女の、リオノールの言っていることは正しい。アイドルフェスは何だかんだ世界中の国々が一緒になって騒ぐイベントであり、無礼講の極みのような催しではあるものの、無様を晒すのはこれから先の国家間の関係にも影響する。手抜きのしょうもないアイドルを代表として選出してしまえば、非難の目で見られることは想像に難くない。

 だがしかし。だからといって、だったら自分がアイドルをやる、は流石にどうなのだろう。結局モニカの行き着く思考はここである。

 

「そもそも、ブライドル王国のアイドル志望者はそこまで層が薄くないでしょうに」

「んー。それはそうなんだけど……何ていうのかしら、インパクトが足らないのよ」

 

 言ってしまえば小綺麗にまとまっている感じが否めない。アイドルというのは様々な要素の集合体だ。それらを極限まで高めればそれだけで武器にはなるし突出するだろうが、それが出来るのは選ばれた一握りの存在だけ。

 

「結局カルミナには絶対に敵わない」

「アイドルの頂点と比べるのが間違いです」

「アイドルフェスのエキシビジョンはカルミナも含めたレジェンドアイドルとの勝負よ。負けると決まってる勝負はつまらないじゃない」

「では、どうするのです? 姫が出たところで結果は一緒でしょう」

「やってみないと分からないわよ」

 

 やらなくても分かる。そんな思いを込めた視線をジト目で向けると、リオノールはふふんと笑った。そういう考えをひっくり返すから面白いのだ。そんなことを口にしながら、彼女は再度新たなアイドルの構築に取り掛かった。

 

「アユミはあの特性上アイドルは厳しいわよね」

「でしょうね。……ん?」

「ニノンは……素のままだとどう頑張ってもイロモノだし」

「いや、あの、姫?」

「ユキはいけそうだけれど、あの性格がなぁ……」

「姫! 何をどうするつもりですか!?」

「アイドルユニットの構成案だけど」

「あれが! アイドルを! やれるわけが! ないでしょうが!」

 

 ゼーハーと肩で息をしながらモニカが叫ぶ。その声量に耳を塞ぎながら、リオノールはぶうぶうと反論した。インパクトは十分だろうと言ってのけた。

 インパクトしかない、と即座に返された。

 

「情けない姿を晒すわけにはいかないという言葉は嘘ですか!?」

「私が言うのもなんだけど、情けない姿確定扱いはどうかと思うわ」

「別にあいつらが駄目だと言っているわけではありません。アイドルには致命的に向いていないと言っているだけです」

「はいはい。んー、じゃあ、仕方ないか」

 

 リオノールはそう言うと目の前の書類に記入を始める。アイドルフェス代表戦に参加するための応募用紙、そこのユニットメンバーの欄に名前を書いた。リオノールと、モニカ。

 

「あと一人は」

「姫」

「何よぉ」

「私の名前が書かれているのですが」

「アイドルに向いてると思うわ」

「それで丸め込めるとお思いですか!?」

 

 再度絶叫ツッコミ。そろそろ喉枯れるのではなかろうかと思うようなそれを聞き流しながら、リオノールはまあまあと彼女を宥めにかかった。第一王女である自分が出場するとなれば、どのみち護衛騎士であるモニカはついていかざるを得ない。そしてただの護衛騎士だとステージ上まではついていけない。

 

「……」

「あと、ラインにアイドル姿見てもらえるわよ」

「御免被りますが」

「えー」

「何が悲しくてあいつにそんな姿を見せなければならんのですか!」

「あ、フェイトフォー。フェイトフォー三人目にしましょう」

「聞かなかったことにしないでもらえますか!?」

 

 鼻歌交じりに三人目の欄に名前を書いていくリオノールを見て、モニカの目がゆっくりと死んでいく。ああでもこの面子ならばラインは姫とフェイトフォーを優先させるだろうから、自分への注目はそこまでされないかもしれない。現実逃避気味にそんなことを考えた。

 

「よし、これで。……もう一組くらい用意できないかしら」

「アユミとニノンとユキで組ませたら大事故です」

「そこはちゃんと分かってるわよ。んー」

 

 誰かいないかなぁ。そんなことを考えながら頬杖をついていたリオノールは、学院長室の扉をノックする音で我に返った。はいどうぞ、と声をかけると、物凄い勢いで扉が開かれる。学院長室のドアぶっ壊れるんじゃないかってなくらいで。

 

「学院長! ちょっと小耳どころか大きくお耳に挟み込んじゃってこれどう考えても無視したらだめなやつですよねってなくらいの情報があるんですけど! そこんとこどうなんです!? これおこぼれ頂戴してドリームドリーム叶っちゃったりとかしません!?」

「チエル、ちょい落ち着き。本題すっ飛んでっからそれ。いつも以上に意味不なワードだから」

「そ、うだぞ……少し、落ち着きたまえ……ゼヒィ、フヒィ」

「ゆに、ちにそう」

「……ぼくは頭脳労働が主であり、ふう、ひぃ……肉体労働は忌避すべき悪魔の所業だと断じて疑わない根っからのインドア派だ。極々普通になかよし部の拠点からここまで来るのならば問題はないが……ぜぇ、ぜぇ……チエル君の全力ダッシュに並走できるだけの肉体的余裕は持ち合わせていない。……端的に、換言すると……もう、無理」

 

 そうして入ってきた四人組を見たリオノールは、何か天啓を得たかのように目を見開いた。そうだこれだ、と言わんばかりに手を叩いた。

 

「いたわよモニカ! もう一組!」

「……いましたね、もう一組」

 

 まあこいつらなら別にいいか。色々疲れたモニカは心中でそんな結論を弾き出した。

 

 



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その165

なんでこう、自分の書く姫様キャラってゲスくなるんだろう……


「ヤです」

「えー」

 

 やたらハイテンションでやってきたチエルに向かいリオノールが提案したそれに、当の本人は短く簡潔に述べた。

 

「いいじゃない。アイドルフェスのカルミナを見たいけど金欠だから、ブライドル王国第一王女に引っ付いてタダ乗りしたくて来たんでしょ? お金かけたくないなら、それ相応に体で対価をもらわなくちゃ」

「言い方。いやまあ、ぶっちゃけそうなんだけど。手付きとか表情とか、明らかに援交せまる脂ぎったおっさんの動きじゃん。正直引くわ」

「待ち給えクロエ君。その手の交渉を迫る輩が皆そうとは限らない。案外紳士な見た目の男性の方がそういうやり取りに慣れていることもあるだろう」

「パイセンがそういうの語ってると頭でっかちのマセガキ感半端ないな……」

「そういうクロエ君こそ。表面上は悪ぶっているものの中身は清純派を地で行く身でそのような事例を語ったところで、説得力は皆無だぞ」

「貴公ら二人はどうでも良さげだな……」

 

 リオノールの提案を聞いて即座に拒否ったチエルとは違い、クロエもユニもそこには触れていない。触れていないだけで肯定もしていないのだが、それはモニカが言うようにどうでもいいという意見の表れのようでもあった。

 実際、彼女の言葉に二人はまあ別にどうでもいいという旨の答えを返す。学院長でありブライドル王国第一王女でもあるリオノールの無茶振りは今に始まったことでもなし。突拍子もない話ではあるが、驚愕に値するかといえば答えは否だ。

 

「いやまあ、アイドル活動に興味あるなしでいえばナシだけど」

「然り。ぼくも少女舞踊合唱団の存在は認知しているし、その活動による効果の是非は興味を持ってはいるが。自身でそれを実践しようとはあまり考えてはいないな」

「まあ、そうだろうな。……チエルはそうでもないだろう? 何故あんな?」

「ちえる、かるみな大ちゅきなんだって」

「それは分かるが」

 

 ならば憧れのアイドルと同じ舞台に立てるかもしれないというこの機会はむしろ喜ぶべきなのではないだろうか。そんなことを思っていた、というか呟いたモニカに超反応したチエルがぐりんと振り向いた。

 

「何頭ちぇるったことほざいてるんですか!? カルミナといえばアイドル、アイドルといえばカルミナ、むしろアイドルという言葉の語源がカルミナってなくらいのトップオブアイドルですよ! 人生がアイドルで出来てるような真剣MAX本格派の前に、顔とスタイルがいい超絶美少女だから人生イージーモードだけど何の努力も苦労もしていない素人が付け焼き刃で対抗とか、無礼の極みですよ!」

「そ、そうか……」

「だかしかしチエル君。アイドルフェスはこれが初開催でもないだろう? カルミナ某と共に壇上に上がった者達も既に存在しているはずだが。もしや君はそれらの存在を記憶から抹消しているのかね?」

「ちゃんとアイドル目指しているユニットが憧れのカルミナと共演は推せるじゃないですか。百歩くらいギリギリ譲っちゃって、アイドルの頂点に立つって考えでカルミナに対抗する女神への反逆者マインドのアイドルもそれはそれでアリよりですけど」

「じゃあいいじゃない」

「っんはー! 分かってない! ッなんっにも分かってない! チエルがここまで説明したのにその認識とか、ちょっと頭大丈夫です? 学院長その若さでその理解度は親御さんが泣きますよ! むしろどんな育て方したのか小一時間ほど問い詰めたいくらい」

「学院長の親御さん国王だけど。えちょっとこれ大丈夫なやつ?」

「姫の育て方について説教した場合、恐らく陛下は同意して項垂れるな」

「そこ、余計なこと言わない。いやまあ、お父様は私の育て方云々は実際溜息吐きそうだけど、でも流石にこれについては同意しないわよ」

「そりゃなぁ……」

 

 アイドルとの距離の在り方がチエル基準を満たしていないと言われても、国王としてもリアクションが取りづらいだろう。そもそも聞いてもらえるという前提な時点でここの空気が大分おかしいのだが。

 ともあれ。現状彼女の言いたいことを理解している者が誰一人としていない状態である。

 

「しかしチエル君。その物言いならば、君がきちんと努力と苦労をすれば条件を満たすということに相違ないのではないか?」

「相違ありまくりですから。かけ離れて過ぎててお互い何の話してるのか分からないまま物事が決まってくけどみんな帰りたいから流しちゃう心の底からしょうもない系会議やってるんじゃないんですよ?」

「あ、これ面倒くさいやつだ」

「いいですか? チエルは見守りたいんです。壁に隠れて、とかじゃなくて、壁でいいんです。モブですらなくていいんです。ストーリーに介入しないで、ただ観測したいんですよ。理解できました? どーゆーあんだーすたん?」

「ふむ。とりあえず、理解できないということは理解した」

「推しに認知されたくないタイプのオタ拗らせてんなぁ……」

「ちえる、壁なの?」

 

 欠片も理解できていないらしいフェイトフォーが首を傾げているが、モニカはそんな彼女に向かってまあ気にするなと声を掛けた。

 リオノールはチエルのそれを聞いて、ふむふむと頷く。とりあえず参加したくないということだけが彼女にとって今は重要だ。そこをひっくり返さねばならないということだけを気にすればいい。

 

「ねえ、チエルちゃん」

 

 なんですか、と彼女の方を向いたチエルに向かって、リオノールは笑みを浮かべる。まあそれならば仕方がないとは思うけれど、と頬に手を当てた。

 その場合、自分達がカルミナとステージに立つことになる。そう続けた。

 

「は?」

「ちえる、声低い」

「……でもそうなると、やっぱりちょっと不安よね。カルミナに情けないパフォーマンスを見せないためにも、サポートをしてくれて、かつアイドルに詳しい人がいてくれると助かるんだけれど」

「姫、どう考えても喧嘩を売っています」

「それな」

「どうしましょう。チエル今穏やかな心を持った美少女が激しい怒りに目覚めかけている瞬間をこの身に感じちゃってます。別名キレそう」

「まあまあ。落ち着き給えチエル君。これは考え方によっては朗報だ」

 

 はぁ? と割とドスの利いた声でユニへと振り向いたチエルは、彼女に再度落ち着き給えと言われ渋々下がった。それで一体何が朗報なのか、そう問い掛けると、ユニはふむと顎に手を当てる。

 

「まず第一に、君はカルミナ某の出るアイドルフェスに行きたいのだろう? 学院長の提案を飲めば、当初の予定通り自身の懐が痛むことなくベルゼルグ王国へと向かえる」

「そこ妥協するくらいならチエル冒険者ギルドでも行ってお金稼いで自腹切っちゃいますけどね」

「だろうな。だが、ここで第二だ。学院長はこれでも一応真面目にアイドルフェスの代表戦を勝ち進もうとしている。第一王女として、国のために身を粉にするつもりだろう」

「それはどうなんスかね……」

「一応、無いことはないぞ……」

 

 クロエとモニカの呟きに、リオノールは信用ないなぁと笑った。そこで笑顔な時点でしょうがないとは二人の弁である。

 それがどうした、というチエルに、ユニは言葉を続けた。少なくとも、苦労も努力もしないわけではないし、ベクトルは違えどその在り方には人生を注いでいる。そんな彼女の言い分に、そうかもしれませんねとチエルは聞き流すように返した。が、多少は理解を示そうとする素振りは見せている。

 

「ふむ。では第三。学院長をサポートする名目で言質を取り、結果としてチエル君が代表戦に出場し予選を勝ち抜いてしまえば解決だ。ベルゼルグ王国にさえ辿り着ければ、後は本選を棄権するなりなんなりでカルミナ某との対面を避ければいいだろう」

「それ堂々と言っていいやつです? 学院長が妨害しません?」

「失礼ね。そんなことしなくても、私達が勝つから問題ないわ」

 

 ふふん、とリオノールは胸を張る。そうしながら、提案を受けてくれるということでいいのかしらとチエルに問うた。

 普段ならば即答することが多いチエルが、そこで迷う。断ればアイドルフェスに向かう道のりが遠くなるし、リオノールがカルミナと共演してしまう可能性が高まる。しかし受ければ、あの手この手で気付いたらカルミナの横でライブをしている可能性が高まる。

 

「………………本選に出たら棄権しますからね」

「おっけー。交渉成立ね」

 

 非常に苦い顔を浮かべたチエルを見て笑顔を浮かべたリオノールは、さらさらとアイドルユニットのメンバー表に名前を書いていく。チエル、クロエ、ユニ、と。

 

「あそっか。流してたけど、これうちらも巻き込みセットされてんじゃん」

「然り。まあ、タダでベルゼルグ王国に向かえるのだから、多少の対価は許容すべきだとぼかぁ思うよ」

「あれパイセン乗り気? いいの? わりかし激しく動くよアイドル」

「その辺りは創意工夫でどうとでもなる。ぼくは動かない彫像系アイドルを目指そう」

 

 ふーん、と軽く流したクロエは、まあいいけど、とぼやく。彼女としても、ベルゼルグ王国に行けるのならば願ったりだ。短い間ではあったが、その期間でしっかりと友情を結んだ、年下の友人に会えるのだから。

 

「あ、そうそう。アイリスちゃんにフェス参加するって連絡したら、自分もやってみたいって言ってたわよ。ユニットの当てもあるみたいだし、案外本選に出てくるかも」

「マジか。うわきったねぇ……これ棄権出来ないやつじゃん」

「既に書類は記入済み。してやられたな、チエル君」

「え? 何で?」

「あこれ素ですね。……怒るに怒れないやつじゃないですかやだー」

「いや、怒って構わないと思うぞチエル……」

 

 

 

 

 

 

 場所は戻って変人梁山泊アクセル。そこの広場で三人のパフォーマンスを見ていたカズマは、盛大な溜息を吐いた。

 

「三十点」

「どうしてですか!?」

「当たり前だろ! お前アイドル嘗めてんのか!」

 

 めぐみんの抗議にカズマがそう返す。が、納得いかんとばかりに彼女は残り二人を見た。シェフィはよく分かっていないので首を傾げているが、もう一人は。

 どこかいたたまれない、そんな立ち姿であった。

 

「コッコロ? どうしたんですか?」

「い、いえ、その。……何でも、ございません」

「お前の用意したパフォーマンスのせいだよ! コッコロに何やらせてんだお前は!」

「だから、何でですか!? 紅魔族らしさの詰まったかっこいいパフォーマンスだったでしょう!」

「だからだよ!」

 

 この面子で紅魔族らしさをどうこうした時点で大事故である。めぐみんはいつものこととして、シェフィはまあギリギリかもしれないが、コッコロは間違いなく駄目だ。練習を野次馬していた街の住人も、うんうんと同意するように頷いている。

 でも恥じらうコッコロちゃんはいいよね。野次馬の心は一つであった。

 

「何でもかんでもそれで通用すると思うなよ。そりゃ、かっこよさで売れるアイドルもいるだろうけどな、それはその適性が高いからだ。キュート系やパッション系にクール系のパフォーマンスさせるもんじゃないし、芝を走るやつにダート走らせちゃいけないの!」

「言っている意味はよく分かりませんが、ならカズマはどういう風にするんです?」

「え? 俺なら、か」

 

 うーむ、と暫し考える。とりあえずめぐみんは当初の路線を突き進めばいいだろう、変に曲げるとそれこそバランスがおかしくなる。なので、問題は残りの二人だ。

 

「シェフィは一見クール系だけど中身は天然だから、その辺を押し出すのがいいだろうな」

「成程。参考になるわね」

「シェフィシェフィ、これ褒められてませんからね」

「そうなの?」

 

 めぐみんとのやり取りで思い切り体現したので、カズマは満足そうに口角を上げた。そんな彼の顔を睨みながら、なら最後の一人はどういくのですかと彼女は詰め寄る。

 決まってるだろうとカズマは頷いた。コッコロはキュート系でかつ包容力を兼ね備えた癒やしのアイドル。全ファンをバブみの海へと溺れさせるのが目標だ。

 

「頭沸きましたか?」

「どういう意味だ」

「コッコロだけ分析ひん曲がってるじゃないですか。身内贔屓も大概にしてくださいよ」

 

 ジト目のめぐみんをカズマは睨み返す。だとしても、立ち位置自体は何も間違っていない。そう断言し、その方向に舵を切ればいいと続けた。

 

「最後のトチ狂った提案はともかく、それ以外は確かに一考の価値はありますね」

「まあ少なくとも、即予選落ちするようなイカれたパフォーマンスよりはマシになるぞ」

「そこまで言いますか?」

「さっきの三十点の内訳は見た目がほぼ全てだからな。お前らが美少女じゃなかったらマイナスだ」

 

 分かったらさっさと改善するぞ。そう言いながらカズマはああでもないこうでもないと案を練り始めた。いつの間にか滅茶苦茶やる気になってますね、とめぐみんはそんな彼を見て思わず呟く。

 

「それだけ、キミ達のことを真剣に考えてくれてるんだよ」

「まあ、それはそうかもしれませんが……」

 

 とりあえずシェフィとコッコロの改善が最優先、とカズマが二人に指示を出しているのを見ながら己の動きを見直していためぐみんの横から、声。ん? とそちらへ振り向くと、一人の見知らぬ少女が、こちらを眩しそうに眺めながら立っているのが見える。眼鏡とマスクで顔がほとんど分からないが、その奥で見える綺麗な瞳や恐ろしいほど丁寧に手入れされた髪を見る限り、恐らく美少女であるのは間違いないであろうことを確信させた。

 

「あ、ごめんね。一生懸命レッスンをしてる現場を見ちゃったから、つい」

「いえ、それは構いませんが。あなたも、アイドルフェスの代表戦に出るのですか?」

「……どうして、そう思うの?」

「ただの野次馬ならば、こちらに近付いてくることはありませんからね。何かしら感じ入るものがあったからこちらに来たのでは?」

「……ふふっ。うん、そうだね。私たちも出るよ、アイドルフェス」

「やはりそうでしたか。ということは、私のライバルということですね!」

 

 マントを翻しビシリとポーズを決めるめぐみんを見ながら、少女はマスク越しに笑みを浮かべる。うん、そうだよ。そう言って、楽しそうに笑った。

 

「ふ、しかし残念でしたね。この地の予選は我らが『真紅眼の白妖精龍(レッドアイズ・フェアリー・ドラゴン)』が突破することが約束されているのですから」

「す、凄いユニット名だね……」

「我ら三名の力を結集するという意味が込められています。そんじょそこらのアイドルでは太刀打ちできませんよ」

 

 自信満々にそう述べるめぐみんを見て、少女はそっか、と頷いた。そうしながら、いい名前だね、と彼女に述べる。そうでしょうとも、とめぐみんはユニット名を褒められたのが嬉しかったのかテンション高めに胸を張った。

 

「でも、私たちだって負けないよ。アイドルとしての想いの強さなら、誰にも負けない自信があるもの」

「ふ、言いましたね。では、勝負といこうではありませんか! アイドルフェスでどちらがよりアイドルの頂点かを決めましょう!」

「――うん。その勝負、受けて立つよ」

 

 ピリ、と少女の雰囲気が変わった。それを感じ取っためぐみんは、目の前の相手が相当の実力者だと看破する。相手にとって不足なし。己の赤い瞳を輝かせながら、彼女はポーズを決め、いつものように。

 

「我が名はめ――」

「ストップ。それは、後に取っておこうよ。私とキミが、改めて、ふさわしい場所で出会った時のために」

「……ふ、ふふふふ。ええ、そうですね。名乗りを止められてここまで嬉しくなったのは初めてですよ! 約束しましょう! 相応しい場所で、その時に!」

「約束だよ。待ってるから」

 

 そう言って少女は踵を返す。負けないように、もっと気合を入れてレッスンしなきゃ。そんなことを言いながら、彼女はその場を去っていった。

 よし、とめぐみんは気合を入れる。向こうで二人を見ているカズマへと突進すると、さあ練習を再開しますよと拳を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

「あ、どこに行ってたんですか? アクセルハーツの皆さん、もう来ちゃいますよ」

「あはは。ごめんね、凄くキラキラしてる人たちがいたから、つい」

「まったく……。大丈夫だったんですか?」

「うん。凄く真っ直ぐな子で、ライバル宣言されちゃった」

「そういう意味ではなかったのですけど……」

「でも、ちょっと気になりますね。何ていう人なんですか?」

 

 合流した少女は、メンバーであるピンクブロンドのツインテールの少女のその問い掛けに、分からないと返した。え、と目を瞬かせる少女に向かい、彼女はだって、と言葉を続ける。

 

「フェスのエキシビジョンで改めて名乗り合おう、って約束したから」

「それ……伝わってます?」

「この調子では、伝わってなさそうですね……」

 

 ツインテールの少女と、もうひとりのメンバーである緑がかった長く綺麗な髪を左右で一房ずつ編み込んでいる少女が、どこか自慢気にそう宣言する彼女に少々呆れていたが、本人はどこ吹く風である。

 

 



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その166

役者が揃った……?


「お姉様!」

「えっと……?」

 

 ベルゼルグ王国の王都、そこの王城にて、頼みがあると言われ帰ってきたペコリーヌを出迎えたのはアイリスであった。彼女がいるのは大体予想が出来ていたが、しかし他に並んでいる面子は予想外。

 そのおかげで、頼み事が何なのかも分からなくなってきた。

 

「アイリス、これってどういう状況ですか?」

「はい、実は」

 

 ふんす、と姉に向かって語ったところによると、どうやらブライドル王国のアイドル代表戦に彼女の友人が参加するらしい。そのことを聞いたアイリスは、ならば自分も、と考えたのだそうだ。

 念の為に言っておくが、リオノールがアイリスに手紙を送った時点ではチエルは了承していない、どころかなかよし部を出すアイデアすら出ていない。リオノール自身も、自分が出るよ、程度の内容しか送っていない。純然たるアイリスの勘違いである。もっとも、今現在は勘違いではなくなっているのだが。

 

「そうなんですね。ん~、でも、アイリスが出て大丈夫なんですか?」

「向こうではリオノール姫も出るそうなので、私達が出ても問題はありません」

 

 本当に? と視線をアイリスの後ろに控えているクレアとレインに向けたが、全力で首を横に振られた。どうやら問題大アリらしい。

 が、しかし。ペコリーヌは視線をそこからスススと横に向けた。楽しそうに立っている一人の女性を、見た。

 

「クリスティーナ」

「ん? どうしたボス」

「何でここにいるんですか?」

「何で、だと? 決まっているだろう? 姫様達のプロデューサーをやるためさ☆」

 

 一瞬動きが止まり、目をパチクリとさせる。視線を再度クレアとレインに向けると、先程よりも勢いよく首を横に振られた。全力の更に先があったらしい。

 え~っと、とアイリスを見た。そういうわけなのです、と自信満々に答えられ、ああなるほどとペコリーヌは理解する。

 

「面白がってますねクリスティーナ」

「これが面白くなくてなんだというんだ。最近魔王軍の襲撃も少なくて退屈していたところだからな。丁度いい暇潰しになる」

「はぁ……やばいですね」

 

 溜息混じりに呟くと、ペコリーヌはまあいいやと気を取り直した。別にアイドルフェスに参加するのは嫌ではない。めぐみんとシェフィ、そしてコッコロがアクセルで代表戦に勝ち進むためにしている練習を見て、楽しそうだと思っていた部分もある。それでも、自分の立場的に応援に回るしかないだろう。そう考えていた矢先に、この提案だ。

 ある意味、渡りに船とも言える。

 

「分かりました」

『ユースティアナ様!?』

 

 クレアとレインが叫ぶ。メンバーが集まらなければ渋々諦めるだろうと考え、アイリスの提案を必死に断っていた二人にとっては、彼女の了承は地獄への道をまた一歩進んでいくことに他ならない。

 だが、と二人は思う。アイドルフェスに参加するためのユニットは最低三人。ユースティアナとアイリスだけでは一人足りないのだ。このままメンバーが決まらなければ、どのみち立ち消える。まさかクリスティーナが参加することはないだろうから、三人目の当てなど。

 

「それで、残りはどうする? ララティーナちゃんかアキノちゃんでも呼んでくるか?」

「そうですね……クリスティーナの提案に乗りましょうか」

「ん~。でもあの二人はアクセルの代表戦の運営の方で忙しいと思いますよ」

 

 無理矢理引っ張ってきてもいいぞ、と言わんばかりのクリスティーナの顔を見ないようにして、ペコリーヌはううむと考える。クレアやレインの様子からすると、王城でメンバーを集めるのは無理だろう。となると、アクセル側から誰か、ということになるわけで。

 自分もアイリスも素人。クリスティーナはプロデューサーとは言っていたが面白がっているだけなのであまり期待できないだろうから、ある程度アイドルの基礎を知っている者が望ましい。それでいて、話をスムーズにするために自分とアイリスの正体を知っている人物というおまけの条件を付け足すと。

 

「あ」

 

 該当者が一人いた。いたが、間違いなく全力で拒否られる。というか実際拒否ってた。あれは照れ隠しとかツンデレとかそういうのではなくガチだったので、ペコリーヌとしても改めて親友に声は掛けにくい。

 とはいえ、他に丁度いい当てがあるかといえば、答えは否なわけで。

 

「……ダメ元で、一応、聞いてみましょうか」

「私も、交渉についていきます」

「なら、ワタシも行くとするか☆」

 

 この時ばかりは、流石のペコリーヌも露骨に嫌な顔をした。

 

 

 

 

 

 

「嫌に決まってるでしょうが!」

「やっぱりそうですよね~……」

 

 即答であった。アメス教会にて、いつでも逃げ出せるように開け放した窓を背にしながら、ペコリーヌが思い付いたその該当者――いわずもがなキャルであるが――は、全力で拒否った。そもそも、めぐみんの時とは違ってこちらは事情を知った上での交渉なのだ。キャルの心象もだだ下がりのスタートである。ぶっちゃけ成功するわけがない。

 

「大体、そこの後ろ!」

 

 ビシィ、とキャルが指を差す。ペコリーヌの背後で彼女の交渉を見守っているのは、結局ついてきたアイリスとクリスティーナだ。アイリスの方は真剣にお願いをする、という様子なのでまだいいとして、問題はもうひとり。

 ワンチャン力尽くでメンバーへと組み込まれる。そんな確信があった。だからこそキャルは教会を飛び出す準備をしているのである。

 

「やれやれ。人聞きが悪いな、ワタシはボスが交渉するのを見ているだけだぞ」

「それだけで十分怪しいのよ!」

「あ、あの……キャルさん。どうしても、駄目でしょうか?」

 

 おずおずといった様子でそう問い掛けたアイリスに対し、キャルはうん駄目、と即答した。何がどうあってもアイドルなんかやらない。そう宣言した。

 

「別に心配しなくても、ゼスタ元最高司祭はアクセルにも王都にも来ないよ」

「そういう問題じゃ――」

 

 振り返った。窓の外側の壁にシズルがもたれかかっており、その横にはリノも立っている。お前らカズマがいないのに湧いてくるんじゃない。そんなツッコミを入れながら、キャルは気を取り直して、と再びペコリーヌの方へと視線を。

 

「ぶげっ!」

「よし、ボス、捕まえたぞ☆」

「頼んでませんよ!? わたし何も言ってませんよ!」

 

 肩をがしりと鷲掴みにされたキャルは、そのまま床から足を離されでろりと伸びた猫のようになる。クリスティーナの勢いが強すぎたのだろう、壁に押し付けられたキャルの呼吸が若干止まったが、まあ彼女にとっては些細なことである。

 

「さて、では王城に戻るとするか」

「交渉終わってませんよ!? ただ捕まえただけじゃないですか!」

 

 ペコリーヌの珍しい絶叫ツッコミをクリスティーナは軽く受け流し、これ以上は時間の無駄だと言い放つ。何もかもを諦めたような顔をしたキャルが動くこともなく彼女に担がれた。

 

「く、クリスティーナ……それは、流石に」

「そうは言うがな、妹様。貴女達がアイドルフェスで勝ち進むには必要な人材だろう、このお嬢ちゃんは」

「ですが、嫌がる相手を無理矢理参加させても、望んだ結果は得られないのではないですか?」

 

 完全に拉致の体勢に入ったクリスティーナであったが、アイリスのその言葉にふむ、と足を止めた。そっちはどうだ、とペコリーヌへと視線を動かすと、彼女も同じなようでコクリと頷く。

 やれやれ、と肩を竦めたクリスティーナは、絶望で心を閉ざしていたキャルをぽいと捨てた。ぶげ、と美少女としては完全にアウトな悲鳴と共に、キャルの瞳に光が戻る。

 

「さて、そういうわけらしいが。……どうする?」

「いやだからどうするもこうするも、あたしは……」

 

 嫌だ。勿論答えはそれである。だが、そのまま黙っていれば無理矢理メンバーに出来たのにも拘わらず、アイリスもペコリーヌも自分を解放することを選んだのだ。ここで頑なに否定するのが果たして正しいのか。キャルは思わずそんなことを考えてしまう。

 誤解なきように言っておくが、この流れで彼女は全くもって二人に恩はない。強硬手段を止めただけで、そもそもの元凶はこいつら王女姉妹である。が、いかんせん恐怖を刷り込まれてから助けられるという行動を経たおかげで、何だか絆された気分になってしまったのだ。

 これを俗にマッチポンプという。そう仕向けたのはクリスティーナだが。

 

「……ねえ、シズル。本当にゼスタのおっさんは来ないのね?」

「マスターが結構強力な制約叩き込んでいたからね。流石の元最高司祭でも難しいと思うよ」

「ペンキで原っぱを塗っちゃうくらいのレベルですよね」

「『連木で腹を切る』じゃないかな、リノちゃん」

「とにかく、来ないのね」

「うん、キャルちゃんがアイドルフェスに出ても、ゼスタ元最高司祭は来ないよ」

 

 シズルのその言葉に、キャルは床に座り込んだまま暫し唸る。いやまあ絶対やりたくないんだけど、でもこのままだとこいつしょうがないですねとか言いつつ内心絶対寂しがるしなぁ。ペコリーヌを見ながらそんなことを考え、ぐるぐると頭を振り。

 うにゃぁぁぁぁ、と叫びながら頭をガリガリ掻いた。

 

「分かったわよ! やればいいんでしょやれば!」

「本当ですか!」

「いいんですか? キャルちゃん」

「よくない。けど……もう、しょうがないじゃない」

「あはは。カズマくんの口癖移っちゃってますね」

「うげ。やめてよそういうの、鳥肌立つ」

「ふふっ、やばいですね☆」

 

 決まりだな。楽しそうに話を締めたクリスティーナは、ならば早速練習を始めようかと踵を返す。王城では練習用ステージの手配も済んでいるからな、と彼女は口角を上げた。

 

「では、行きましょう」

「はい、キャルちゃんも」

「はいはい」

 

 嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく。そんな連中を窓の外から見送ったシズルは、さてじゃあ弟くんのところに行こうかと足を踏み出した。そんな背中に、リノがちょっといいですか、と声を掛ける。

 

「シズルお姉ちゃん、さっき何だかゼスタ元最高司祭『は』を強調しませんでした?」

「何のことかな? お姉ちゃんは分からないなぁ」

 

 

 

 

 

 

 場所は再度ブライドル王国。聖テレサ女学院の学院長室で、少しおでこを出した黒髪の少女が黙々と書類に記入をしていた。そんな彼女を見ながら、モニカは労いのコーヒーとケーキを置く。ありがとうございます、と少女は彼女に視線を向けるとお礼を述べた。

 

「礼には及ばない。そもそも、姫のやらかしが原因だからな」

「いえ。この程度ならば正直なところ、問題ありません」

 

 書類仕事で終わる程度の問題ならばむしろばっちこいだ。そんなことを続けながら、黒髪の女生徒――生徒会長マリアは記入を終えた書類に不備がないか確認すると、学院長の机に纏めたそれを置いた。ちなみにそこには誰も座っていない。

 

「というか、モニカさんはいいのですか?」

「……私は、その、あれだ。ここを貴公だけにするわけにはいかないからな」

 

 あ、やりたくないんだ。それを覚ったマリアはそうですかとだけ返した。ちなみに何をやりたくないかといえば当然アイドルレッスンであり、ここにリオノールがいないのは別の場所で練習しているからである。マリアの書いていた書類の内半分は、暫く学院長が不在になるのでその引き継ぎを行うためのものだ。

 モニカに淹れてもらったコーヒーを飲む。めっちゃ甘い。そんなことを思いながら、マリアは彼女に再度視線を向けた。

 

「どちらにせよ、予選を抜けた以上覚悟を決めるべきでは?」

「うぐ。それは、そうなのだが……いや、しかしだな」

 

 あの衣装を着て歌って踊るのはぶっちゃけどうなのだ。ノリノリのリオノールと気にしていないフェイトフォーに挟まれているモニカは一人頭を抱えた。流石はラブリー☆モニカ、とか褒められても嬉しくない。

 ふう、と貰ったコーヒーとケーキを食べ終わったマリアは、ありがとうございましたと席を立つ。では私はこれで。そんなことを言いながら学院長室を出ようとする彼女の背中に、少し待ってもらえるかと声が掛かった。

 

「貴公は今から、行くのだろう? ……その、見学に」

「ええ。学院長はともかく、あちらの自称アイドル部の方が何かしでかしていないか確認しないといけないので」

「なかよし部は今回どちらかといえば被害者側だからな……。いや、やらかさない保証はどこにもないが」

 

 はぁ、とモニカが溜息を吐く。そう仕向けた、といえば聞こえが悪いが、リオノールのユニットの予選となかよし部の予選のエリアは見事に別であった。おかげで二組とも予選突破である。どこかをフラフラしているかテレ女にいるかの二択が多いせいで、自分の所在地が王城なのを失念していたリオノールの完全なるミスであった。流石のリオノールも平謝りである。普段あれだけ好き勝手やっている第一王女のその姿に、キレ散らかそうとしていたチエルも毒気を抜かれてしまった。

 そんなわけで。

 

「はい、ワンツー、ワンツー、ちぇるちぇる、ワンツー」

「ワンツー、ワンツー」

「わんちゅー、わんちゅー」

「ふぅ……うん、無理」

「パイセン、はい水」

 

 学院に併設されている運動場で、何だかんだ真面目にアイドルとしての練習を行っていた。なかよし部も、リオノール達も、である。

 マリアと共にそこに向かったモニカは、その光景を見て諦めたように溜息を吐く。皆が真剣な中、一人恥ずかしいからとサボっているのは騎士としての矜持に関わるのだ。

 

「あ、モニカ。遅かったじゃない。もう大丈夫なの?」

「……はい。マリア殿の仕事も終わったので」

 

 気付いたリオノールにそう答え、ええい、と頬を叩くと練習の中に加わりにいった。リオノール、フェイトフォーと共に、本選でのパフォーマンスを出来るだけ完璧に近付けていく。

 マリアはそんなモニカを目で追っていたが、次いで反対側へと視線を動かした。木陰でバテているユニを経由し、やると決めたからにはカルミナに恥じない動きをとマジモードで練習しているチエル。そして。

 

「お、マリアじゃん。どしたん?」

「自称アイドル部が問題を起こしていないかを確認しにきましたが、何か?」

 

 メガネを外した状態のまま、マリアはこちらにやってきたクロエにそう答える。それを聞いた彼女は、あー、と何かを考えるように一瞬だけ言葉を濁し、いやまあ大丈夫と言い直した。

 

「チエルは珍しくマジだし、パイセンは、うん、まあ、やってんじゃね?」

「……貴女は、どうなのですか?」

「ん? うち? ……ま、やるからには手抜きなんてダサめなことはしないつもり」

 

 そう言って笑みを浮かべたクロエを見て、マリアはそうですか、と視線を逸らした。が、すぐに視線を戻す。眼の前の相手を、クロエを真っ直ぐに見る。ついでにしっかり顔を見たいのでメガネを掛けた。

 

「えっと……クロエちゃん、頑張って。応援してるから」

「……おう、まかしとき」

 

 笑みを強くさせたクロエをはっきりとした視界で見てしまい、マリアは思わずよろけた。ではこの辺で、とどこか逃げるように踵を返す。そうして運動場を後にしながら、彼女はよし、と心に決めた。フェスの本選、どうにかして映像を手に入れよう、と。

 

「りょ~かい。それじゃあ、後で生徒会にも配布しておくね~♪」

「あ、はい。よろしくお願いします。……え?」

 

 すれ違いざまにそんなことを言われたので、思わず返事をしてしまったが、今のは誰だ。勢いよく振り向いたマリアは、しかしそこに誰もいないのを確認し首を傾げた。

 

 



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その167

なかよし部で話をサクサク進めるのは己の腕では無理だと悟りました。


 ベルゼルグ王国、王都。王城の門の前では、やってきた三人組を怪訝な表情で見ている門番がいる。服装を見る限り冒険者ではなさそうだが、一体ここに何の用で。

 そう思った矢先、その中の一人がやあお勤めご苦労と言いながら堂々とした足取りで通り過ぎようとした。勿論門番は止める。

 

「ん? どうしたのかね?」

「いやどうしたのかねじゃないだろう。ここは許可なく立ち入って良い場所ではない」

「ほらユニ先輩、駄目じゃないですか~。顔パスでオールオッケーみたいなドヤ顔宣言出してないで、素直に学院長から許可証もらえばよかったんですよ。そりゃ確かに、アイリスちゃんならこっそり根回ししてくれてるかなとか思わないでもなかったですけど、まあそれにしたってせめて名乗りくらいは入れとくべきだったくないです?」

「それな。まあ、アイリスもここ最近忙しかっただろうし、しょうがなくね?」

 

 門番達は更に表情を歪める。会話に出た名前、アイリス。第二王女の名を気軽に呼び捨てにできるような存在に彼らは心当たりがなく、この無礼な三人組は一体何なのだと思わず武器を構えかけ。

 

「おい、待て。この三人組って、ひょっとして例の……」

 

 横にいたもう一人の門番が彼を止めた。同僚のその言葉に動きを止めた門番は、自身の記憶を探るように思考を巡らせる。アイリス第二王女が王城で働く者に教えるのは、まず冒険者をしているために不在である最愛の姉ユースティアナのこと。彼女への対応を間違えることはアイリスの逆鱗的な意味でも第一王女に対する不敬でもアウトなので、これについては細心の注意が払われる。それ以外の意味でも、アイリスの口からはしょっちゅう話題に出るので、王城では彼女がシスコンなのはお約束となってはいるのだが。

 最近、そんな彼女からもう一つ、頻繁に出るようになった話題がある。ブライドル王国で出来た、大切なお友達。アイリスにとっての、ユースティアナのパーティーメンバーのような。そんな存在。

 

「確か、今度のアイドルフェスでベルゼルグ王国に来るって話じゃなかったか?」

「そういえば、そんな話をしていたな……」

 

 ちらりと門番は三人組を見る。粗野な冒険者とは違うが、話に聞いていたお嬢様学院の生徒にしては、どうにも変な気が。

 そもそも、アイリス第二王女が言っていたお友達は全部で四人。一人足りない。

 

「失礼ですが、あなた達とアイリス様との関係をお聞きしても?」

「え? アイリスちゃんとチエル達はお友達ですよ? 強敵と書いてともと呼ぶとかそういう殺伐でデンジャラスな関係じゃないくて、友情と青春でちぇるっとデコられたふんわりキュートな関係です」

「然り。彼女はぼくらと青春を謳歌するために固い絆で結ばれた、ユニちゃんズの大切な仲間なのだよ」

「そうですね、なかよし部の大切な仲間ですね」

 

 ちらりと、恐らくこの中では話が通じそうなショートツインテールの少女を門番は見る。とりあえずそういうわけなんで、アイリス呼んでもらえます? そんなことを言われたので、あ、これ全員話通じないタイプだと彼は思い直した。

 まあ、話が通じないといってもあの方ほどじゃない。というかただ通じないだけならマシだ。うんうんと頷きながら、さてではどうするかと門番は難しい顔をした。

 

「アイリス様は、現在アイドルフェスの練習のためにメンバーと集まっておりまして」

「あ、そゆこと? どするパイセン、チエル。うちらこのままだと敵の偵察ポジに早変わりするっぽいけど」

「ふむ。敵情視察というわけか。勝利を掴むために情報収集は避けては通れない。この機会を逃す理由はないだろう」

「いやこれ遠回しに帰れっつわれてんだけど」

「えー。でもでも、アイリスちゃんだったらそんな固いこと言わないで、正々堂々どストレートに情報フルオープンしてくれるんじゃないです? 真っ向勝負とか好きですし」

 

 ちらり、とチエルが門番を見る。肯定も否定もせず、とりあえず伝達だけしておこうと一人が城内へと走っていった。もし本当に彼女達がアイリス第二王女のお友達だった場合、いくら事情が事情とはいえ伝えもせずに門前払いは流石にまずい。

 そうして暫くすると、城の兵士がこちらにやってくる。通していいらしい、と門番に告げ、そのまま彼は案内役となる。ならばもう足止めは必要なし。門番達はどうぞお通りくださいと道を開けた。

 

「ですが、申し訳ありません。先程伝えられたように、アイリス様は現在練習のために他の方々とおりまして」

「あ、チエルそういうの気にしないんでオールオッケーです」

「そうそう。ま、アポ無しで来たのうちらだし」

「ああ。ついでだ、本気で敵情視察と洒落込もうじゃあないか」

 

 そんなことを言う三人を見ながら、兵士は大丈夫だろうかと苦い顔を浮かべた。今あの場にいるのはアイドルフェスのユニットとして組んだ三人と、少し用事があるクリスティーナに面倒を押し付けられたおまけの一人。そのうちの一人は、アイリスの最愛の姉である。いくら友人といえども、逆鱗に触れる可能性が無きにしも。

 

「カズマくん!?」

「待て! 話せば分かる!」

「何を分かれというのですか? お義兄様が出来ることは、この場で真っ二つになって詫びることだけです」

「いやちょっとポーズの矯正しただけじゃん!? 俺悪いことしてなくない!?」

「手付きがいやらしかった」

「……不可抗力です」

「そうですよアイリス。それに、わたしはほら、カズマくんなら、ちょっとくらいは……」

「エクス――」

「死ぬわぼけぇ!」

 

 ああこれは大丈夫だ。案内役の兵士はどこか安心したように胸を撫で下ろした。

 何が大丈夫なのか小一時間ほど誰か問い詰めた方がいい。

 

 

 

 

 

 

「なんあれ」

「アイリスちゃん、激おこですね」

「見たところ、あの少年がアイリス君の怒りに触れることを何かしらしたのだろう」

 

 何をしたのかまでは分からないが、あのアイリスがあそこまで怒りを顕わにするのだから相当なことをしたのだろう。そんな結論を出しつつ、とりあえず彼女達の方へと近付いていく。マイクで相手を真っ二つにしようとしているアイリスを見つつ、完全に野次馬をしている猫耳の少女へと声を掛けた。

 

「こんにちぇるーん。ちょっと、いいですか?」

「ん? 別にいいけど、あんたたち誰よ」

「ぼくらはあそこで大暴れしているアイリス第二王女の友人でね。彼女に会いに来たのは良いが、どうやら取り込み中のようだから、少し事情を聞きに来たのだよ」

「ふーん」

「つかチエルの挨拶流すとかスルースキル高いなこの子」

 

 クロエの言葉を聞き流しつつ、キャルは三人を順繰りに見る。アイリスの友人、ということは聖テレサ女学院の関係者だろう。つまりリオノール姫の関係者だ。碌な奴じゃないな、と即座に結論付けた彼女は、まあいいやと向こうを指差した。

 

「あそこにいる奴、カズマっていうんだけど。あれがアイリス様の姉さんの太もも撫で回したのよ」

「うっわセクハラじゃないですか。もしくは痴漢? そりゃアイリスちゃん怒りますよ」

「ただまあ。あれ、あいつの――アイリス様の姉さんの彼氏なのよねぇ……」

「あ、そういうプレイでした? や~ん、チエル、ぴゅあぴゅあ純情可憐な美少女なんで、そういう話題全然分からないです~」

「あそ。つか、あれが例のアイリスの姉さんか、確かに似てんな……。え? ヤバない? スタイル良すぎじゃね?」

「アイリス君の語る所が真実ならば、彼女はあの見た目でホワイトドラゴンであるフェイトフォー君と同等の食事をするのだろう? ふむ、まだまだ人間には未知なる領域が隠されているようだ」

「あの光景見ながらその会話できるあんたら凄いわ……」

 

 色々疲れ切っているキャルのツッコミは大分抑え気味である。眼の前ではアイリスのマイクとペコリーヌのマイクがぶつかり合い、明らかに歌うための道具とは思えない鍔迫り合いの音が響いていた。カズマはペコリーヌの後ろに隠れて彼女を応援中である。

 

「はぁ……おーい! アイリス様、なんかあんたの友達だって人が来てるわよ!」

 

 このままだと埒が明かない。溜息を一つ吐いたキャルは、野次馬をしていた東屋の椅子から立ち上がると声を張り上げた。え、とぶつかり合いを止めたアイリスは、殺気を消すとこちらに振り向く。

 そして、弾けるような笑みを浮かべた。

 

「ユニさん! クロエさん! チエルちゃん!」

 

 じゃれつく子犬といえばいいのだろうか、そんな様子でこちらに駆けてきたアイリスは、嬉しそうな表情のままお久しぶりですと彼女達に述べた。まあそうはいっても言うほど経っていないけれど、とクロエ達は若干の照れ隠しと共にそう返す。

 

「そうだ、皆さんもアイドルフェスに参加するのですよね?」

「ん、まあ。どこまでやるかはチエル次第だけど」

「え~、ここでチエルに投げるの卑怯じゃないです? そういうのって条約で禁止されてるじゃないですか。クロエ先輩の鬼畜ぅ」

「? チエルちゃんが、どうかしたのですか?」

「どうかしたというか、彼女は常にどうかしているというか。まあ、例の発作だ、あまりアイリス君が気にすることじゃあない」

「何かユニ先輩に言われると心外度マックスハートなんですけど。いっつもどうかしてるのはチエルよりユニ先輩のほうじゃないですか」

「やっかましい連中ねぇ……」

 

 傍から見ながらキャルがぼやく。再び東屋に戻った彼女は、頬杖をつきながら完全サボりモードだ。そんな彼女の横に、ペコリーヌが寄ってきた。向こうで楽しそうに話すアイリスを見ながら、優しい笑顔を浮かべている。

 

「よかったじゃない。あんたの妹も、ちゃんと友達出来たみたいよ」

「そうですね……。うん、よかった」

 

 あの顔を知っている。あれは、自分がカズマやキャル、コッコロと共にいる時に浮かべている顔だ。心から信頼している相手に浮かべる顔だ。ユースティアナの最愛の妹は、自分と同じように、大切な仲間を手に入れたのだ。そう思うと、どこか込み上げてくるものが。

 

「何か陽キャでパリピみたいな連中だけど、アレ大丈夫なのか?」

「あんたここで水差す? ていうか何よそれ」

 

 陽キャ? パリピ? 怪訝な表情を浮かべながらカズマにそれを尋ねると、彼は彼でどう説明していいか暫し悩む。まあ元々異世界の冒険者なんぞそういう連中ばかりだといってしまえばそれまでかもしれないが、しかしそれでも強いていうならば。

 

「ダストみたいなやつ」

「それは向こうに失礼じゃない?」

「まあ、確かにあれはパリピというよりチンピラか」

 

 ならばどう言えばいいだろう。そんなことを考えたカズマの手を、ペコリーヌが掴む。もう片方の手でキャルも掴み、それなら、と彼女は笑みを浮かべた。

 

「直接話せばいいんですよ。お~い」

 

 そのまま向こうへと彼女はずんずん進んでいく。性根はともかく、そういやこいつが分類するなら陽キャだったわ。そんなことを思いながらキャルに伝えると、じゃあ何が問題なのよと返された。その説明だとそうなって当然である。

 

「お姉様!」

「はい。アイリスのお友達を、わたしたちにも紹介してくれませんか?」

「はい! もちろんです!」

「うわめっちゃ嬉しそう。これどっちだ?」

「アイリス君にとって、大好きなものと大好きなものが交流するのはこれ以上無い幸せなのだろう。そこに口出しするのは無粋というものだ」

「というか迷いなくこっちも大好き枠にしましたね。いやチエルもそこは疑う気がこれっぽっちもナシナシですけど」

「文字数うるせぇなこいつら……」

 

 数歩離れた場所で見ていたカズマがぼやく。あんたもそう変わらないでしょ、と呆れたようにキャルが返した。

 そうこうしながら、ペコリーヌ、カズマ、キャルをアイリスはなかよし部に紹介する。本来ならばここにペコリーヌのパーティーメンバーがもう一人いるのだが、今回アイドルフェスでは別のユニットなので不在らしい。それを聞いたクロエ達は、それはこっちも同じだと笑った。フェイトフォーはリオノールのユニット側で不在だからだ。

 

「なら、全員が集まるのはアイドルフェスの当日ということになりますね」

「かもなぁ。何かフェイトフォー、ご主人に会いに行くとか言ってたし」

「あの見た目でご主人さまとか言い出しちゃうと犯罪臭はんぱないですよね。例のドラゴンナイトの人今頃警察に捕まってたりしません?」

「その辺りは学院長やモニカ君もいるだろうから、心配あるまい」

「……あー」

 

 そのやり取りを聞いていたペコリーヌがさっと視線を逸らす。本当に大丈夫ですかね、とアクセルのチンピラ冒険者の行く末をほんの少しだけ心配した。

 なかよし部の預かり知らぬところだが、リオノールはフェイトフォー一人でダストに会わせており、自分達は顔見せしていない。彼女にも口止めをした上で、ダストをアイドルフェスの観客にすべく画策中だ。横で見ていたモニカは目が死んでいた。

 

「ところでアイリス君。君達の仕上がりはどうかね?」

「それ聞いちゃいます? 何かチエルたちが友達って立場をいいように使って敵情視察来たライバルポジションみたくなってません?」

「あはは。大丈夫ですよチエルちゃん。私は別に逃げも隠れもしませんので」

「いや隠せよ。こういうのはちゃんと秘密にしとくのがセオリーだろうが」

 

 カズマのツッコミ。ん、とそんな彼の言葉に視線を向けたなかよし部は、そういうわけだから諦めろと追い払うような仕草をされ目を細めた。

 

「何か特殊プレイの人チエルたちに当たり強くありません?」

「ま、いきなり特殊プレイしてるの目撃されればしゃあなしじゃね」

「確かに。だが少年よ。特殊プレイが公に晒されたくないのならば、あまりこのような人気の多い場所で行うのはお勧めしないぞ」

「何の話だ何の! 特殊なプレイなんかここじゃやってねぇよ」

 

 何だこいつら、とカズマは顔を顰める。が、数多の変人と関わりを持ってきた彼にとって最早新たな変人との邂逅は日常茶飯事ともいえるものだ。勿論慣れているわけではない。

 そんなわけで。とりあえず、もう仲良くなったんですね、とぱっぱらぱーなことを言っている自身の彼女のほっぺたは引っ張った。

 

「お義兄様……?」

「いや今のはしょうがないだろ。こいつが変なこと言うから」

「というか今特殊プレイの人、ここじゃやってないって言いませんでした? え? マジです? いきなりそういうピンクのしおり挟まれてもチエルとしてはリアクション取りづらいっていうか」

「いやまあ、そこはうちらがとやかく言うことじゃなくね? 特殊プレイの人だってそこら辺ちゃんと守ってんだろうし」

「そうだぞチエル君。今我々の目の前で行われたアイリス君の姉君の頬を引っ張ることがそれに該当していない限り、ぼくらが咎めるのはお門違いというものだ。そうだろう、特殊プレイの人」

「まずその呼び方やめてくんない?」

「お義兄様。今のは本当のことなのですか? お姉様と、と、特殊なプレイを……!?」

「してないよ!? 冤罪だよ!?」

 

 アイリスには少々刺激が強かったのだろう。顔を真っ赤にさせながら、カズマに向かってそんなことを問い詰める彼女はなんとも可愛らしかった。傍観者としていられるなら、そんな感想を持てたであろう。彼女の姉に対する感情を知っているものはその後のカズマの末路を想像し震えるが。

 

「練習しなさいよあんたら……」

 

 尚この場でそれに該当するのはキャルのみである。

 

 



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その168

プリフェス


 ベルゼルグ王都。それぞれの国の代表戦を勝ち抜いたアイドルユニットがここで鎬を削り、最終選考に残った四組が、レジェンドアイドルとのエキシビジョンに挑む。そんなアイドルフェスの本選の行われるこの場所では、普段とは違う異常なほどの熱気に包まれていた。

 

「ふーむ……」

「めぐみん、どうかしたの?」

 

 そんな出場ユニットが集められているその場所で、めぐみんは一人難しい顔をして周囲を見渡してた。シェフィが彼女に問い掛けるが、大したことではないのですが、と返すのみ。

 

「めぐみんさま。何か気になることでも?」

「ああ、いえ。だから大したことではないんですよ。あの時私にライバル宣言をしたあの子がどこにもいないなぁ、と」

「あの子?」

「ええ。二人はカズマに色々指導されていたから見ていないかもしれないのですけど。あれは間違いなくアイドルとして最高峰の実力を持っていたはずなんです。我が目に狂いはない、必ずや本選にて相見える! はずだったんですけど」

 

 確かに各国の代表戦をくぐり抜けるだけはあり、どのアイドルも一線級の輝きを持っている。だが、あの時の彼女がそれに劣っていたとはとても思えない。むむむ、と考え込み始めためぐみんに、シェフィは大丈夫よ、と声を掛けた。

 

「今この場にいないだけかもしれないでしょう?」

「いえ、あの、シェフィ? ここ、本選出場者が全員集まる場所ですよ?」

「後から来るかもしれないわ」

「それはもうただの乱入者ですよ! いや目立ってかっこいいかもしれませんが、流石にルールぶっ壊して登場されても困ります」

「うーん。なるほど、そうなのね」

「はい。シェフィさまのお考えは中々に着眼点が面白いものですが、今回はそちらではないと仮定しておきましょう」

「分かったわ、ママ」

 

 頷いたものの、しかしそうなるとどうなのだろうとシェフィは首を傾げる。普通に予選敗退したのだろうか。それとも。

 

「めぐみんが気付いていないだけで、ここにいるんじゃ?」

「私の目が節穴だとでも? まあ、確かに、変装を解いたことで別人と化している可能性も無きにしもあらずでしょうけれど」

「どちらにせよ、めぐみんさまとの約束があるのならば、向こうの方も接触してくるのではないでしょうか」

「そう、ですね」

 

 よし、と気を取り直しためぐみんは、本選の出場者を改めて見渡す。強敵が揃っているのは間違いない。油断など全く出来ない。

 というか、王都代表のあれは大丈夫なのだろうか。見知った顔が連なっているユニットを見て、めぐみんはふと思う。

 

「クリスティーナさまがプロデューサーをしておられるようですし、恐らく了承済みかと」

「でも、ダクネスが泡吹きかけてましたよね? 私は直接面識ないですけど、ペコリーヌの横にいるのはアイリス第二王女でしょう?」

「アイリスは、私もシルフィもお友達だから大丈夫よ」

 

 ドラゴンの常識で語られても。そんなことを思いはしたが、まあ深く考えても仕方あるまい。めぐみんはとりあえず流すことにして、改めて気合を入れ直した。

 

 

 

 

 

 

「お? カズマ、お前はこっちでいいのか?」

「ああ。てかむしろ何でお前ここにいんの?」

 

 一応プロデューサーの体をとってはいるが、本選の控室には流石に入れない。ということで、用意された関係者席へやってきたカズマは、何故かそこにいたダストに声を掛けられ怪訝な表情を浮かべた。お前まさか無理矢理来たんじゃ。そんな疑惑の目を向けると、違う違うと首を横に振られる。

 

「チケット貰ったんだよ。フェイト、あー、いや、昔の相棒に」

「ふーん」

 

 何だか訳ありっぽかったので、面倒な自分語りとかされる前にカズマは会話を打ち切った。アイドルフェスである。何だかんだ美女美少女が歌って踊る場所である。お触り出来ないとはいえ、そんなイベントでダストが一人で、さらにほぼほぼ平常テンションな時点で聞くのはもうめんどい。彼の結論はそれであった。

 

「まあ、本選参加者はそれ専用のチケット渡されてるし、そういうこともあるか」

「そうですね。あまり深く詮索しないその姿勢は正しいですよ」

「うぉあ!?」

 

 振り向くと狂人がいた。二十を超えているとはとても思えない小柄なエルフの女性は、横にちょむすけを伴って関係者席で観戦の体勢に入っていた。何でここに、と尋ねかけ、今自分が口にしたそれのことを思い出す。めぐみん、この人に渡したのかよ。そんな文句が一瞬浮かんだが、よくよく考えずともそれは普通だ。視線を動かすと、シェフィが呼んだのであろうゼーンと、ミヤコ、イリヤ、シルフィーナの姿もあるし、コッコロが招待したユカリやウィズ、バニルの姿もある。向こうで色々諦めた目をしているダクネスと、その横でいい加減開き直りなさいなと肩を竦めているアキノ達はペコリーヌが呼んだのだろう。

 その一方で、頑なに誰かを呼ぼうとしなかったキャルというのもいる。チケットはぬいコロとぬいペコ用となったが、一応魔物とはいえほぼぬいぐるみなのでチケット不要でここに来ていた。

 

「まあ、呼んでも都合つかなかった人もいるだろうしな」

 

 特に他国はそれが顕著であろう。最初からこの遠征についてきた人達以外はこの席にはいなさそうであった。余談だが、クロエはマリアにチケットを渡したものの、生徒会長の仕事があるし、そもそも生徒がそんな遠出は出来ないと断られている。勿論マリアは家で泣いた。

 

「そうだね。ま、アタシ達みたいに半ば無理矢理来ちゃうのもいるけど」

「ん?」

 

 横合いから声。視線を動かすと、やけに赤い服装をしたメガネの女性が目に入った。そしてその横には、着物のような服を着た狐耳の獣人の見た目女性の姿も見える。

 

「……え?」

「お久しぶりね、キャルのパーティーリーダーさん」

「え、あ、はい。お久しぶりです」

 

 何でいんの? 彼の頭の中はその疑問で埋まったが、しかしすぐにまあアクシズ教徒だしなぁで片付けた。代表例はお姉ちゃんである。

 

「ああ、心配には及ばないよ。ちゃんとキャルちゃんのチケットを盗――いただいてここに来てるからさ」

「おい今盗んできたって言った?」

「人聞きが悪いわね。私はキャルのことをよく知っているわ。あの子がこういう時何処に仕舞うかも、全部」

「後はそことアタシの手元をちょちょっと組み替えて繋げればあら不思議、チケットが手に入っちゃいました、ってね」

「犯罪はアウトなんじゃなかったのかよ新最高司祭」

「キャルのものを私が使って何か問題が?」

 

 マジ顔だった。この人本気でこれを悪いことだと思っていない。それを察したカズマはもう触れないでおこうと誤魔化した。ゼスタはゼスタで人としてアウトな変態であったが、こいつはこいつで別の意味で人としてアウト気味だ。勿論隣のラビリスタも含めて、である。

 

「そんな警戒しないで頂戴。大変だったのよ、ゼスタの再封印は」

「アイドルフェスをちゃんとアルカンレティアに中継するって言っても聞かなかったからね。まったく、骨が折れたよ」

 

 今さらっとキャルの精神が死ぬのが確定しなかっただろうか。そうは思ったがやっぱり口に出さない。カズマは命が惜しいのだ。

 ともあれ。今この空間には特別やべーやつらが集結しているといってもいいだろう。めぐみんの招待に残念ながら来られなかったあるえとアンナ、そしてミツキ診療所の面子がいないのは不幸中の幸いかもしれない。

 そんなカズマを横目で見ながら、ダストは盛大に溜息を吐く。素直に一般の観客席にリーン達といればよかっただろうか。そんなことを考えた。

 

「それは、姫様もフェイトフォーちゃんも悲しんじゃうかな~。勿論、モニカちゃんもね」

「んなこと言っても、俺は俺で――」

 

 言葉を途中で止め、思い切り振り向いた。紫がかった長い髪をした糸目の美女が、楽しそうにクスクスと笑いながらこちらを見ている。その美女を視界に入れたダストは、叫ばなかった自分を褒めてやりたくなった。

 

「……何でいる?」

「何でって。フェイトフォーちゃん一人で国を越えさせるわけにはいかないからね。貴重なホワイトドラゴンだもの、管理は徹底しておかないと」

 

 当然でしょう、と笑顔のまま述べる美女に舌打ちをすると、ダストは視線を彼女から外した。自身のかつての相棒をまるで道具のように扱っているが如くの物言いだが、彼はそこには何も言わない。実際そういう扱いをしている側面は否めないものの、それでも彼女はブライドル王国の守護竜ホマレ、国の仲間たるドラゴンを見捨てることはない。

 

「いや、そこは別にカヤでいいだろ……」

「カヤちゃんはこういうのに興味ないからね~。イノリちゃんは論外だし」

「だとしても。後継者育てとくための経験とかにしとけばいいだろ」

「そういうのは別口でやってるから大丈夫☆」

 

 笑みを変えることなくそう返される。ああそうかい、とぼやいたダストは、もういいと彼女との会話を打ち切った。打ち切られたホマレも、そうそう、とどこか楽しそうにステージを見ていた。

 

「さあ、本選が始まるね~」

「お待たせしました! 只今より、アイドルフェス本選を開催します!」

 

 ブライドル王国のユニット一組目の出番はこの次だ。プログラムを見ながらダストにそう告げたホマレは、実に嬉しそうであった。

 流石は代表戦を勝ち抜いたアイドルユニット。歌も踊りもレベルが高く、見ているダストはフェイトフォー大丈夫なんだろうなと心配に。

 

「ん? いや待て。カヤもイノリもいないってことは、フェイトフォーは一体誰と――」

「次の登場ユニットは、ブライドル王国代表『ヴァイスフリューゲル』!」

「こんにちはー! キューティー☆リールよ!」

「こんにちはー。んと、ぷりてぃー☆ふぇいとふぉー」

「よ、よろしく……ら、ラブリー☆モニカだ!」

 

 盛大にダストが飲み物を吐いた。横のホマレは滅茶苦茶楽しそうであった。

 

 

 

 

 

 

「あ゛ぁぁぁぁぁ。これもう逃げられないやつですよね。アイリスちゃんが見てるとこでわざと失敗とかするのは無理無理カタツムリですし……。もう詰んでて出れない略してツンデレとかそういう感じになってません?」

「いや今更だし訳わからんし。ほれ、いいから覚悟決めな」

「然り。チエル君、最早君がやれることは最良のパフォーマンスをアイリス君達に見せつけることだけだ。諦めてユニちゃんズの名を世界に知らしめるといい」

「……ああぁぁぁもぉぉぉぉ! 分かりましたよ! 諦めてなかよし部の名をちぇるちぇるっと世界に知らしめてあげちゃいますよ!」

 

 深呼吸をし、チエルは表情のギアを普段より一段階上げる。アイリスが見ているからというのは勿論あるが、やると決めたのならばカルミナに失望されないだけの姿を見せなければならない。彼女はそんな決意を固めていた。どっちみちここで自分達に負けるようなアイドルユニットはカルミナに挑戦する資格なし。何様だお前的な発想で、カルミナすこすこ侍はレジェンドアイドルの頂点のためのバリケードになろうとしていた。

 

「では、次の登場ユニットは! ブライドル王国代表『聖テレサ女学院なかよし部』!」

「は~い! ちぇるるるる~ん♪ みんなお待たせー! ただいまご紹介に預かっちゃいました、ご存知テレ女のアイドル、私たち~――」

「ユニだ」

「クロエ」

「ちえるんでっす☆ 三人合わせて~――」

「ユニちゃんズです」

『なかよし部です!』

 

 おー、と控えの舞台袖で三人の姿をアイリスは見ている。その目はキラキラとしており、そして負けませんと闘志も燃えていた。ペコリーヌはそんな妹を笑顔で見ており、これは負けられませんねと隣の少女に言葉を紡ぐ。

 

「……そうね」

「あれ? どうしたんですか? キャルちゃん」

「あたしは、あんたたちみたいに神経図太くないのよ……。アルカンレティアの時だってやりたくてやってたわけじゃないし」

「あ。……そう、ですよね。ごめんなさい、無理矢理誘っちゃって」

「いや、もうそれはいいのよ。ちょっと愚痴りたくなっただけだし。そうじゃなくて、失敗したらどうしようって緊張してんのよ」

 

 はぁ、と溜息混じりでそんなことを言ったキャルを、ペコリーヌはキョトンとした顔で眺める。何言ってるんですか、と割とマジトーンの疑問を飛ばした。

 

「キャルちゃんが一番上手でしたよね?」

「上手じゃない! あたしは全然! これっぽっちも! 上手じゃない!」

 

 アルカンレティアとアクシズ教徒が育んだ誇り高き驚異の猫耳美少女は伊達ではなかった。あのイカれた宗教団体を虜にするだけのことはあり、身体能力でゴリ押す王女姉妹より洗練されたパフォーマンスを見せ付けたのだ。クリスティーナはそれをもってしてアイリスとペコリーヌをとことん煽ったが、結果として上達したのでまあ良しだろう。

 そんなこんなでなかよし部のパフォーマンスも終わる。次のユニットが壇上へと向かう中、その次の出番であるペコリーヌ達も準備を整えていった。

 

「ユニさん、クロエさん、チエルちゃん。凄く良かったです!」

「そうだろうそうだろう。まあ、結果として君達の出番を食ってしまう形になってしまったのだが、これも勝負、致し方あるまい」

「パイセンパイセン、言い方が悪役くさい。うちら別にヒール路線進まないから」

「そうですよ、ヒールは回復呪文だけで十分ですって。ま、そんなわけなんで――アイリスちゃんのパフォーマンス、がっちぇる楽しみにしてるからね」

「――はい。任せてください!」

 

 会場の歓声を聞く限り、どうやら向こうのパフォーマンスは終わったようだ。となれば、次の出番は自分達。スタッフが準備はいいですかとアイリス達に声を掛け、アイリスとペコリーヌは元気よく、キャルは諦め気味に返事をする。

 

「ありがとうございました! では次は――これほんとに大丈夫?――ベルゼルグ王国代表ユニット『プリンセスナイト』!」

「はい! こんにちは! イリスです! よろしくお願いします!」

「おいっす~☆ お腹ペコペコの、ペコリーヌです!」

「――きゃるきゃる~ん♪ アイドルキャルちゃん、華麗に登・場・にゃ~♪」

 

 ばばん、と登場する三人組。関係者席にいる二人――クレアはもう開き直ったのかサイリウムを振っていたが、レインは完全に目が死んでいる。そしてダクネスもやっぱり目が死んでいた。

 

「な、なあ……カズマ」

「心配するな。あいつはちゃんと覚悟の上だ」

 

 そしてダストはリオノールが先に登場したせいで感覚が麻痺したらしく、アイリスとペコリーヌよりキャルの方に注目してしまった。思わず彼はカズマを見たが、カズマが迷いなくそう言ったので、ダストはああそうかと返事をすることしか出来ない。

 

「いやぁ、いい感じに仕上がってるねぇ、キャルちゃん」

「そうね。アルカンレティアの皆も喜ぶでしょう。ラビリスタ、録画も出来ているわね?」

「当然。永久保存版だよ」

 

 勿論カズマは、これを向こうに中継しているアクシズ教徒のやべートップ二人のことはガン無視である。

 

 



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その169

アベンジャーズ


「それではラストバッターは、ベルゼルグ王国代表、『真紅目の白妖精龍(レッドアイズ・フェアリー・ドラゴン)』!」

 

 名前が呼ばれる。それを聞いて、めぐみんはシェフィとコッコロに目配せをした。分かっているだろうな、と合図をした。

 

――お前が欲しいインパクトとかっこよさを重視するなら、初っ端に名乗りを上げるのはむしろ悪手だ。

 

 カズマの言葉が頭の中に木霊する。そうですね、自分達はアイドルの頂点に立つもの。セオリーに縛られていては何にもならない。

 

――観客の目を集めてからの方が、絶対に名前を覚えてもらえる可能性が高い。だから、まずやることは。

 

 シェフィとコッコロも、カズマのアドバイスをしっかりと心に留めている。コッコロにいたっては間違いなく刻み込んでいる。

 ん? と観客は一瞬ざわついた。名前を呼ばれたのに、肝心のアイドルユニットが出て来ないのだ。何かトラブルか、そんなことまで考えた。

 が、次の瞬間。ステージに突如吹雪が巻き起こる。驚きに声を上げた観客のその眼の前で、まるでそこから舞い降りたかのように、三人の少女がステージに出現していた。

 そのまま、三人は歌い出す。力強い歌声、突き抜けるような歌声、包み込むような歌声。登場のインパクトとそれらが合わさり、観客たちはあっという間に魅了された。

 

「うわぁ……やってくれるわねあいつら」

「凄いです……。あれは、お義兄様のアイデアでしょうか」

「でしょうね。ったく、そういうところだけしっかりやるのよねぇ」

「えっへへ~」

「何であんたが嬉しそうなのよ」

 

 キャルがジト目でペコリーヌを見る。が、彼女はそうでしたかと首を傾げるのみ。ちなみにめっちゃ笑顔である。アイリスはそんな姉を見て物凄く悔しそうな顔をした。

 そうこうしている間に、めぐみんたちのパフォーマンスは終わる。歌と踊りの最中に、それぞれの『らしい』名乗りをあげることによって、三人のキャラクターは強烈な個性として残ることになった。

 本選出場者全てのパフォーマンスが終わり、いよいよ審査と結果発表だ。ここでエキシビジョンへと進むアイドルが四組まで絞られる。出場者も、関係者席で見守る面々も、この瞬間ばかりは皆一様に固唾を呑んで見守っていた。

 

「発表します! アイドルフェスエキシビジョンに出場する上位四組、その中でも栄えある第一位に輝いたのは――『真紅目の白妖精龍(レッドアイズ・フェアリー・ドラゴン)』!」

 

 会場が割れんばかりの歓声に包まれる。めぐみんは堂々と胸を張り、シェフィとコッコロはそんな彼女を口々に称える。勿論、敗れたアイドルユニット達も、皆笑顔で拍手をしていた。

 

「では残りの三組、惜しくも届かなかったが、エキシビジョン進出を決めたアイドルユニットは――『プリンセスナイト』! 『ヴァイスフリューゲル』! そして、『聖テレサ女学院なかよし部』だぁぁぁぁ!」

 

 再び割れんばかりの歓声が響く。やりましたよ、とペコリーヌはアイリスとキャルに抱き着き、いえーいとVサインをするリオノールと真似をするフェイトフォーの横で、モニカが若干目の光を無くしかけていた。

 

「で、どするチエル」

「いやこれ無理無理の山盛りじゃないですか。アイリスちゃんの目が思いっきり言ってますもん。チエルたちとアイドル活動略してアイカツしたいって」

「うむ。間違いなく彼女は我らユニちゃんズとの共演を求めているだろう」

「それな。……んじゃ、ま、やっときますか」

 

 ぽん、とクロエがチエルの背中を叩く。そうですね、と短く返事をしたチエルは、一歩前に出てみんなありがとーと手を振った。

 

 

 

 

 

 

「コッコロたん! コッコロたーん! コッコロたぁぁぁん! こっ、ころ……こーっ、コロォォォォ、コアァァァァ!」

「手遅れね」

 

 自作のうちわをブンブンと振っている夢の女神を横目に、アクアはコーラをがぶ飲みしながら超大画面で映し出された向こうで行われているアイドルフェスを眺めていた。その横には、同じくジュースを片手に観客と化しているエリスの姿もある。

 

「でも……本当に、凄い熱気ですね」

「どっちが?」

「いや向こうですよ。アイドルフェスかぁ……私も、挑戦しても良かったかも」

「えー。ダクネスとか絶対断ると思うわよ」

 

 実際向こうで死んだ目してるし。ワイプでもうどうにでもなーれ状態のダクネスを映しながら、アクアは頬杖をついてポテチを齧る。それを見たエリスも、まあ確かにそうですね、と苦笑していた。

 

「それに? エリス程度じゃうちのキャルには敵わないし? なんてったってアルカンレティアとアクシズ教徒が育んだ誇り高き驚異の猫耳美少女だもの」

「……先輩も割と向こうのこと言えないですよね」

「なんでよ。アクシズ教の巫女として、日々アクシズ教徒を影で導いているキャルを可愛がって何が悪いの?」

 

 悪くない、というかエリス教徒を見守る自分としては非常に助かっている。そうは思ったが、それを口にすると間違いなく眼の前の先輩女神は調子に乗るので彼女は言葉にしなかった。

 

「というか。エリスの方はどうなの? アイドルフェス頑張ってくれてる信徒とかいないわけ?」

「あはは……。私のところは、その、根が真面目というか、こういうのに向いていないというか」

「ああ、面白みがないのしかいないってことね。駄目よエリス、時にはね、こうパーッと楽しむことも教えてあげなくちゃ。せっかくの人生なんだから、やりたいことはやりたい時にやりたいだけやらせてあげる、それが女神ってものよ」

「やりたくないことをやっているわけではないんですけどね……。でも、先輩の言う通りかもしれません。ダクネスも、もう少し緩くなってくれても」

「ごめんなさいエリス。手の平返すようで悪いけど、あの子は十分はっちゃけてると思うわ」

 

 ううむ、と悩むエリスにアクアが若干引き気味に返す。そういうところなのよね、と先輩風を吹かせるような表情で彼女はエリスを眺めていた。

 そんな二人をよそに限界オタク街道まっしぐらであったアメスが、ピクリと何かに反応するように動きを止めた。アイドルフェスの中継とは別のモニターを呼び出すと、そこの光景を映し出す。

 

「どうしたのよアメス。って、うわ、なにこれ?」

「トロール、ですか? 人に変装しているみたいですけど」

 

 何かあったのだろうか。そんなことを思いながらアメスを見たアクアとエリスは、即座に見るんじゃなかったと視線を逸らした。目が据わっている。一瞬しか顔を見なかったが、彼女が一体何を考えているのかなどその一瞬だけで即座に分かった。

 

「ま、まあほら。アイドルフェスを立ち見に来ただけのトロールかもしれないじゃない? ね?」

『ここが、お目当てのアイドルの集まるステージだな』

「そうですよ、ほら何だかそういう感じの会話が――」

『さあ、チャーリー様とダニエル様のために、アイドルを片っ端から奪っていくぞ!』

 

 指差していたエリスの動きが止まる。えぇ、と視線をモニターに戻すと、明らかに暴れてさらう気満々の顔が見えた。アウトである。

 

「コッコロたんの舞台を汚すなんて、どうしてくれようかしらあいつら……」

「お、落ち着いてくださいアメスさん! そんな心配しなくても」

「そうよ! あそこにいる連中のラインナップ見てみなさい、多分あんなの瞬殺だから」

 

 ここで止めないと女神の力を無断で行使して間違いなく始末書沙汰だ。せっかく最近平和なのに、こんなことで残業を増やしたくない。水の女神と幸運の女神の心は一つであった。

 そんな二人の必死な説得に、アメスは渋々であるが手を下ろす。分かったわよ。そんなことを言いながら、一応念のためとモニターに一人の少年を映し出した。

 

「ちょっとした天啓くらいならセーフよね?」

「ど、どうですか先輩? あれセーフです?」

「……多分、忠告レベルならいいんじゃない? 知らないけど」

 

 

 

 

 

 

 関係者席で敏腕プロデューサー面をしていたカズマがそれに気付いたのは偶然であった。周囲にいる面子が面子なので、無意識に敵感知やその他諸々の斥候スキルを使っていたが故だ。何だかそうした方がいいと猛プッシュされた気がしたのだ。

 

「何だか向こうが騒がしいな……」

 

 席を立ったカズマは、エキシビジョンのための準備で第一部が終了したステージを横目に、何があったのだろうかとそこに近付く。どうやら警備の兵士達のようだが、随分と慌てた様子である。

 

「お? どうしたんだ?」

「ダスト。いや何かあっちが騒がしくて」

 

 ほれ、と兵士達を指差す。ふーん、と興味なさげにそれを見ていたダストは、まあ気にすることはないだろと踵を返した。が、彼は席に戻らない。彼は彼で何だか無性に嫌な予感がしたのだ。こっちは女神の天啓とは無関係である。

 そんなダストを他所に、カズマは兵士達の会話を盗み聞いた。どうやら怪しい集団がこのフェスの会場へと突入しようとしているらしい。他国の王族や重鎮の警備に重きをおいているため、こちらへの対処がどうにも後手に回りそうだとかなんとか。最悪フェスを中止させ、避難を優先させることも検討しているらしい。

 そこまでを聞いて、何だその程度かとカズマは安堵の息を吐いた。魔王軍幹部が来たわけでもなく、デストロイヤーが突っ込んできたわけでもない。何だかよく分からない怪しい連中など、もし警備の兵士の手が足らなくとも、ペコリーヌ達がいれば瞬殺だろう。

 

「……あー、ったく」

 

 その代わり、アイドルフェスは中止になってしまう。ペコリーヌも、コッコロも、あれだけ頑張って、笑顔で楽しんでいたイベントが変な連中のせいで台無しになってしまうのだ。

 

「しょうがねぇなぁ! おいダスト!」

「あん? 何だよカズマ」

「フェスのエキシビジョンまでまだ時間あるだろ? ちょっと付き合え」

 

 何言ってんだお前、と言わんばかりのダストを無理矢理巻き込み、カズマは先程盗み聞きした情報を頼りに件の場所に向かう。道中に説明を聞いたダストは、何でそんな面倒なことをと非常に嫌な顔をしていた。

 それでもそのままついていくあたり、彼は彼で何か思うところがあるらしい。

 

「つーか、大丈夫なのか?」

「話を聞く限りチンピラの集団みたいだし、よっぽどの高レベルが紛れてたり、実はモンスターだったりしなけりゃ平気だろ」

「それもそうか」

 

 そんなことを言いながら、二人はそこに辿り着く。なるほど確かに、素行の悪そうな大柄な男たちがフェスの会場に向かってノシノシとやってきているところであった。警備の兵士らしき男が、そんな連中に警告をしている。これ以上こちらの言うことを聞かないのならば実力行使も辞さない。そんなことまで口にしていた。

 大柄な男たちは、それを聞いてふんと鼻を鳴らす。やれるものならやってみろと、逆に兵士達を挑発していた。数こそ少ないが、王都の兵士だ。そこまで言われたならば、後悔するなと暴徒鎮圧用の武器を構え。

 

「グルァァァァァ!」

 

 大柄な男の一人がトロールへと変貌したことで、対処が一瞬遅れた。持っていた武器ではモンスターを倒すことが難しい。それに加えて不意打ちを食らったことで、兵士はあっさりと吹き飛ばされてしまう。そこで動揺した隙を狙って、残りの男たちもトロールの正体を現すと兵士に襲いかかった。

 

「カズマ」

「……結構な数がいるな……。よし、なかったことにするか」

「おせーよバカ。気付かれた」

 

 数人の兵士を殴り飛ばしたトロールたちは、完全に油断していたことで気配を消していなかったカズマたちを見やる。何だお前ら、とメンチを切りながらノシノシ歩みを進めてきた。

 

「通りすがりの者です」

「だよな、カズマ。じゃあ、そういうことで」

「逃ガスト思ッテイルノカ?」

「やっぱり駄目かー!」

 

 ひぃぃ、と後退りするカズマを見て、トロールは見下したように笑いながら更に距離を詰めた。一歩、また一歩と足を踏み出し。

 そして見事にトラップに引っ掛かる。

 

「ぶはははははは! ぶぁぁぁぁぁか! そんな簡単に引っ掛かんじゃねぇよ!」

「ほれおまけ。《狙撃》!」

 

 先頭が麻痺したことでバランスを崩したトロールに、カズマがダメ押しで矢を放つ。当然罠入りなので、何の警戒もしていなかったトロールが纏めて吹き飛んだ。ドサリと数体のトロールがあっさり倒されたことで、残りが数歩後ろに下がる。

 

「俺を誰だと思ってやがる。魔王軍幹部を倒した凄腕冒険者、カズマさんだぞ!」

 

 ドヤ顔で宣言したそれに、トロールの顔色が変わった。顔を見合わせ頷き合うと、どこからか取り出した角笛を構え、思い切り吹く。

 先程までいた集団と同じくらいの数のトロールが、追加で二組、現れた。

 

「よし、凄腕冒険者カズマ。後は任せたぞ」

「待てよ大親友! こういう時は一緒だろ?」

「やなこった! 俺はさっさと帰って――」

 

 数が絶対有利になったからなのか、トロールがそんな二人に襲いかかる。一応罠を警戒したのか、今度は少数で道を塞がないように。

 ダストはそんなトロールの攻撃を槍でいなすと、お返しとばかりに突き上げた。カエルの引き潰れたような声を上げ、巨体が宙を舞う。帰るっつってんだろ、と動かなくなったトロールを見下ろしながら言葉を続けた。

 

「……お前、そんな強かったっけ?」

「あぁ? しょうがねぇだろ、約束だったんだからよ。ったく、勘取り戻すのに苦労したんだっつの」

 

 もしこの場にリオノールがいたら、間違いなく彼女は求婚していた。冗談半分ではなく、割とガチ目に。約束していたのだ、ライン・シェイカーが再び槍を振るう時は――。

 

「ま、いいや。じゃあダスト、前衛任せた」

「無茶言うな! この数俺一人でどうしろっつーんだよ!」

「え? お前強いし、いけるだろ?」

「てめぇんとこの脳筋腹ペコ王女と一緒にするんじゃねぇよ!」

 

 ギャーギャーと文句を言いながら、しかし警戒は緩めない。というかここで緩めたら死ぬ。元ドラゴンナイトであろうと、ブランクが有る上にドラゴンが傍らにいない以上そこまで強いわけではなし。カズマに至ってはそもそもステータスがガチバトル出来るようになっていない。

 トロールもそんな二人の様子を見て何となく察したのだろう。ジリジリと包囲するように、二人の行動範囲を狭めていく。その要所要所で遠距離罠を設置したカズマと追撃のダストにより数が多少減らされたが、それ止まりだ。

 

「ダスト、念の為に言っておくけどな、俺はもう魔力がない」

「詰みじゃねぇか。この数は無理だぞ……」

 

 ニヤリ、とトロールは笑う。それは良かった、と包囲を狭めていく。カズマもダストも、既に逃げる方向に舵を切っているので、この連中をどうこうする気が全くない。その代わり、周囲の様子をしっかりと観察することだけは怠っていなかった。

 だから、気付いた。

 

「やれやれ。何をコソコソしているかと思ったら」

 

 す、と大きな帽子を被った小柄なエルフが現れる。トロールはその乱入者を怪訝な目で見ていたが、だからどうしたと構わず踏み出した。先程それで痛い目にあっているのにも拘わらず。勿論、その一歩がトロールの最期の動きであった。一瞬にして蜂の巣にされた巨体は、立ったまま絶命する。

 

「何だ坊や。オマエもユースティアナ様達の出番までの暇潰しか?」

 

 際どいドレスに鎧のパーツをつけた美女が、剣の一振りでトロールを数体薙ぎ倒す。明らかに遊びの動きなので、彼女の言う通り暇潰しなのだろう。

 そこで動きの止まった別のトロールは、気付くと周囲が壁に覆われていることに気付いた。全く身動きが取れず、そしてその壁は段々と狭まり。

 グシャリ、と圧縮されたトロールの隣では、毒々しいほどの輝きを持った雷で作られた剣にズタズタにされている個体がある。

 

「まったく。これで中止になったらアルカンレティアの連中がうるさいからね」

「ふぅ。キャルのせっかくの晴れ舞台。きちんと残すためにも、余計な邪魔はいらないわ」

 

 真っ赤な装束の眼鏡の女性と、着物に狐耳の見た目女性。その言葉とは裏腹に、間違いなく何か企んでいるかのような口調であった。

 そうして現れた四人に、カズマとダストは呆気にとられる。え、どゆこと。そんなことを思いながら、まあでもこの四人がいるなら問題ないだろうと気を取り直し。

 

「ざ~んねん。ライン君、私もいるんだよ☆」

 

 空から舞い降りた紫がかった長い髪の糸目美女は、一瞬だけ目を開くと、その赤い瞳で視たトロールを纏めて消滅させた。文字通り、塵も残さず消されたことで、横にいたトロールが恐怖を覚え。

 

「シェフィの邪魔を――するな」

 

 飛んできた斬撃によりミンチとなった。もはやトロールであったことなど想像もつかないような肉塊になったが周囲に広がり、生き残ったトロールはそれに足を取られて尻餅をつく。

 そうしてカズマとダストの眼前に現れた乱入者は六人となった。

 

「さて、手早く片付けましょう」

「少しは楽しませてくれよ☆」

「やれやれ。随分と豪勢だね」

「何でも構わないわ。時間が掛からないのなら」

「うんうん。良いものが見れそうだね~♪」

「……行くぞ」

 

 ネネカと、クリスティーナと、ラビリスタと、マナと、ホマレと、ゼーンが。

 揃ってトロールの前に立ったことで、カズマとダストはそっと後ろに下がった。これ間違いなく俺達いらないな。そんな確信を持って。

 

 



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その170

宴は終わりだ!


 アイドルフェス会場。関係者席とはまた別枠の、厳重な警備が敷かれている王族達の貴賓席。そこで、一人の男性が難しい顔をして第二部の始まりを眺めていた。その横にいる赤毛の少年が、そんな男性に怪訝な顔を向ける。

 

「どうした? ラグクラフト」

「ああ、いえレヴィ王子。大したことではありません」

「そうか。いや、父上がお前の手腕を称賛していたにも拘わらずそんな顔をしていたからな。少し気になってしまった」

 

 レヴィ王子と呼ばれた少年がそんなことを述べると、ラグクラフトははははと苦笑した。勿体ないお言葉です、と頭を掻く。そうしながら、本当に大したことではございませんと彼に述べた。

 

「先程小耳に挟んだのですが、何でもこの会場にモンスターが侵入しようとしていたとか」

「何だと!? そ、それで、ここは大丈夫なのか?」

「……はい。会場に辿り着くことなく、魔物の群れはチリ一つ残らず殲滅させられたらしいとのことです」

「そ、そうか。まあ、武闘派で野蛮なベルゼルグ王国なのだから、その程度は出来て当然だろう」

「だとしてもあの数のトロールを瞬殺とか頭おかしいんじゃないのかこの国……」

「どうした?」

「いえ、何でもありません」

 

 レヴィにそう返すと、ラグクラフトは小さく溜息を吐いた。あのアクセルハーツ推しの男の手下をわざわざこちらで誘導してやったというのに、こんな結果になるとは。心中でぼやきながら、彼はまあいいと気を取り直す。これで、あのアイドル狂いの元魔王軍幹部候補が再び暴れてくれるのならば、こちらとしては願ったりだ。幸いエルロード国王はまだ帰国する予定はなし、隣のレヴィ王子は子供で御しやすい。このまま自分が実権を握っていれば、エルロードの経済を潤わせることなど造作もないだろう。

 

「……ん? 何か違うぞ……? まあいいか」

 

 魔王軍としての仕事を他者に押し付け、自分は完全に宰相としての仕事に集中しようとしているこの男。その名はラグクラフト、魔王軍諜報部隊長のドッペルゲンガーにして、国の上層部でカルミナの活躍を誰よりも喜んでいる者である。カジノで経済を食い潰す国から、トップアイドルが所属するエンターテイメントの国に押し上げた立役者である。既に自分の手から離れたカルミナを、後方パトロン面で眺めている男である。

 ぶっちゃけホマレもこのままなら放置でいいかな、と若干考えている状態である。

 

「しかし、王子も何か浮かない顔ではございませんか?」

 

 ラグクラフトは少年を見る。エキシビジョンで勝つのはカルミナだから、と後方パトロン面全開の彼は、その余裕でもってレヴィの表情を指摘した。対するレヴィは、まあ少しな、と小さく溜息を吐く。

 

「わざわざここまで来たのだから、婚約者だというベルゼルグの姫の顔でも見ておこうかと思ったのに、まさかいないとは」

「所用で欠席、とのことですが」

「こんな田舎で何の用があるのやら……」

 

 はぁ、と今度は大きく溜息を吐いたレヴィは、そろそろ第二部の始まるステージを見ながらぽつりと呟く。

 

「顔も分からない田舎姫より、向こうで輝いているアイドルの方がよっぽど」

「何か言いましたかな?」

「……別に。あの、『プリンセスナイト』とかいうアイドルユニットは悪くないかもな、と思っただけだ」

「推しが出来ましたか」

「別に、そういうわけじゃないからな。違うからな」

 

 

 

 

 

 

 トロールを殲滅させたカズマ達が関係者席に戻ってこられたのは、それからもう少し経ってからであった。理由は言わずもがなである。

 

「まったく、王国騎士というのはあんな落ち着きのない人ばかりなのでしょうか」

「まあまあ。それだけアタシ達のこと買ってくれたってことで、いいんじゃない?」

「軽いわね。まあ、私としては間に合えば何でも良いけれど」

 

 若干ボロったネネカ、ラビリスタ、マナが席に着く。そこから少し離れた場所にカズマが座り、その後ろにはやはり若干ボロったゼーンが座った。向こうの三人とは違い、彼はクリスティーナの奇行にはそこまで思うところはないらしい。

 

「ドラゴンにとっちゃこういうのは慣れっこってことか」

「あそこまで突拍子もないのはそうそうないけれどね」

 

 カズマの少し横の席、ダストのぼやきにちょっぴりボロったホマレがそう返す。彼女とマナはクリスティーナを見た時点で予想が付いていたので他の面子より被害が少ない。誤差だが。

 どのみち、クリスティーナ自身もユースティアナとアイリスのステージを見たかったので早々に切り上げ、ルンルン気分で戻っていったので普段の彼女と比較すれば被害はゼロと言っていいだろう。カズマとダストの心は大ダメージを負ったが。

 

「ほらほら、気を取り直して、ラインくん。姫様とフェイトフォーちゃん、モニカちゃんの出番が来るよ」

「モニカはぶっちゃけ見られたくないと思ってるだろ絶対……」

 

 まあ見るけど。からかうネタ探しも兼ねて、ダストはかつての主君、相棒、そして同僚の晴れ姿を焼き付ける。その視線は『かつて』などではなく、今でも繋がりを感じさせるものであることを、当の本人は気付いていない。知るのはめちゃくちゃいい笑顔でステージとダストを見比べているホマレのみだ。

 

「なあ、ゼーン」

「何だ?」

「いや、滅茶苦茶今更だけど。良かったのか?」

「何がだ?」

 

 その一方で。カズマはシェフィの出番をじっと待っているゼーンに声を掛けた。が、どうやら彼の心配は杞憂だろうと確信できるような声が返ってきたので、じゃあいいやと話を打ち切る。こいつまさか自分とシェフィがホワイトドラゴンという超貴重種なの忘れてないだろうな。そんなことも若干思った。

 勿論ゼーンは忘れていない。が、ベルゼルグ王国が保証するという言葉を一度信用したからには疑わないし、何より他国のブライドル王国もホワイトドラゴンをアイドルとして出場させている。守護竜も見ているので何の問題もないだろう、というのが彼の考えである。当然ながらカズマはその辺り何も知らない。

 ともあれ。騒動など何もなかったことになったアイドルフェスは、いよいよ第二部、エキシビジョンが始まる。それぞれ国を代表するレジェンドアイドルが控えの空間に現れ、参加者達はほぼ皆一様に盛り上がった。

 まあ、勿論例外は存在する。ブライドル王国のレジェンドアイドルは、よろしくお願いしまーす、と軽く挨拶された自国の第一王女に苦笑していた。いつもこんなことやってますね、と返され、リオノールは若干気まずそうに視線を逸らす。アイドルにも言われるって相当だぞ。

 そしてベルゼルグ王国のレジェンドアイドルは、いわずもがなアクセルハーツ。アクセルの面々と挨拶を交わし、まあアタシの方が可愛いけど、と返されるお馴染みのやり取りもあった。

 なにより。

 

「……ようやく、会えましたね」

「うん。待ってたよ」

 

 めぐみんの目の前には、一人の少女。この場にいるアイドルの中でも最も輝いているといっても過言ではない、トップオブアイドル。カルミナのリーダー。

 

「まさか、あなたがかの有名なカルミナのリーダーだったとは」

「あはは、ごめんね。……怖気付いちゃった?」

「むしろワクワクしていますよ。そっちはどうなのです? あなたが認めた私達は、ちゃんとここまでやってきましたよ」

 

 そう言って不敵に笑うめぐみんを見て、彼女は楽しそうに笑った。勿論こっちもワクワクしている。そう言って、パチリとウィンクをした。様子を窺っていたすこすこ侍が流れ弾で倒れたが、特に関係ないので割愛しておく。

 

「――では、改めて名乗りましょう! 我が名はめぐみん! 紅魔族の、いえ、世界一のアイドルに到達せしもの!」

「――歌って戦うアイドル『カルミナ』のリーダー、ノゾミ。ファンからの愛称はノゾミン。アイドルのことだけは、負けないし、譲らないよ」

 

 視線がぶつかり合う。火花が散るかのように、背景に雷が鳴るかのように。二人のそこには、誰も割り込めない空気が存在していた。

 シェフィはそんな二人に思わず圧される。が、横で彼女を支えるようにコッコロが立っていたことで、すぐに気持ちを持ち直した。そんな二人を見ていたカルミナの残り二人も、笑みを浮かべ一歩前に出る。

 

「同じく『カルミナ』メンバー、チカです。お互い、悔いのないようにしましょう」

「改めて名乗るのも若干恥ずかしいですけど、『カルミナ』メンバー、ツムギです。手加減はしませんからね」

「ええ。トップアイドルですもの、胸を借りるつもりで行くわ。……え? あ、シェフィよ」

「コッコロ、と申します。こちらも、精一杯、やらせていただきます」

 

 フェス代表戦の一位と、レジェンドアイドルの頂点がぶつかり合う。エキシビジョンはこれ以上ない盛り上がりが期待できるのは間違いないであろう。当然、他のレジェンドアイドルも、残りの代表戦選出組も、それに負けるつもりなど毛頭ない。歴代でも類を見ない、伝説となるアイドルフェスが今、始まろうとしていた。

 

「さて、我らもそろそろ出番だろう。いくぞチエル君……し、死んでる……」

「いやアホやってないで。チエルー、いい加減起きとけー」

「うぅ……カルミナが……ライバルと真っ向からぶつかり合うとか……。ちょっとこれどういうことです? こんなのチエルの知ってるカルミナじゃない……だが、それがいい! 新たな一面大発見で尊み凄いんですけどこれどうなってんですか!? いや勿論カルミナが他のアイドルを下に見てるなんてことはこれっぽっちもチリ一つないことは分かりきってることで今更説明する必要なんかなしんこなんですけど、それでも先輩後輩みたいな? そういう立ち位置になってるんじゃないかってのがチエル調べだったんですよ。でも違ったんです、カルミナは、アイドルを目指す人は皆ライバル! それでいて皆志を共にする仲間! っかー! チエル解釈違いしてました、そうですね、そうなんですね! あぁそうか、新たな一面とかじゃなくて、これこそが本当のカルミナ! シン・カルミナ! なんてことですか! これを知らずに今までチエルはカルミナカルミナ言ってたなんて……! あー恥ずかしい! チエル恥ずかしかっ! 生きておられンゴ! あ、勿論言葉の綾なんでこれからもふつーに生きてきますけど、でもそれくらいの衝撃っていうか、こう人生の転機ってこんなところに転がってたんだって。こうして人はまた一つ大人になるんですね。ああ、チエルはどうして大人になるんでしょう、なんてちょっぴりおセンチメンタルを抱えながら、ちぇるちぇるっと前を向いていこうと思いました。かしこ」

「量が多くてしつこい。胃もたれするわ」

「ちょっとクロエ先輩、人のポップでキュートな語りをアブラマシマシラーメンみたく言うのやめてくれます?」

「ぼくもクロエ君に同意だ。もう少し読者のことも考えたまえよチエル君」

「いやそういう配慮とか別にいらないんで」

 

 

 

 

 

 

 アイドルフェスは大盛況であった。結局カルミナを筆頭にしたレジェンドアイドルに代表戦選出者達は敵わなかったが、それは決して見劣りしていたというわけではなく。

 

「わぁ……凄い量ですね」

 

 今彼女達の目の前にドドンと置かれているファンレターの量がそれを物語っているだろう。アイリスが持ってきたそれを見て、ペコリーヌは思わず目をパチクリとさせている。ユニット全体のものと個人個人のものは別らしく、それぞれ箱に分けられていた。

 

「あ、これ、見てください。ペコリーヌさんの笑顔に癒やされました、って……。わたしも、こんな風に人を笑顔にできたんですね……」

「何を言っているのですかお姉様! お姉様は常に沢山の人々を笑顔にしています。もっと誇るべきです」

「そうそう。あんたもうちょっと自分に自信持ったら?」

 

 ファンレターを見てじんわりしているペコリーヌに、アイリスとキャルがそんなことを述べる。そうですか? と首を傾げる彼女に向かい、そうだそうだと追撃をした。

 そうしながら、キャルは横にいるカズマを見る。こういう時励ますのはお前の仕事だろと言わんばかりに。

 

「ほら、あんたも言ってやんなさいよ。ペコリーヌのファンが増えたからって妬いてないで」

「お前そういう勝手な決めつけは良くないって教えてもらわなかったのかよ」

「お生憎様、アクシズ教にそんな教えは欠片もないわ」

「完全復帰してんなお前……」

 

 ふふん、とドヤ顔で言葉を返すキャルを横目に、カズマはやれやれと肩を竦める。そうしながら、別にそんなんじゃないとはっきり言ってのけた。彼の考えていることはそのことではなく違うことだ。

 そもそも、彼の中ではファンレターが届こうが気にすることではないのだ。

 

「大体だな、俺はペコリーヌの彼氏だぞ? 遠くから見てる奴らとは立つステージが違うんだよ」

「うざっ」

「そういう簡潔なのやめてくれない? 地味に傷付く」

 

 二人のやり取りを見てペコリーヌが笑う。そうですね、と笑顔で彼に言葉を紡ごうと口を開き。

 それよりも前に、ちょっと待ったとばかりにぬいぐるみが割り込んできた。

 

「大丈夫です。本物と違って、わたしはカズマくんだけのものですよ」

「ぬいペコ……」

「……え? あれ? 今ここってわたしが甘えていい場面でしたよね?」

「早いもの勝ちです」

 

 カズマの腕にひっついたぬいペコは、無表情気味ではあるもののドヤ顔を隠すことなく本物に向ける。それを暫し眺めていたペコリーヌは、ゆっくりと立ち上がると無言でカズマに近付いた。

 

「てい」

「いや何してんのお前!?」

「駄目、でしたか?」

「……全然。むしろもっとしてくれても、いいんだぜ?」

 

 腕に抱き着いたペコリーヌ相手に、キメ顔でそんなことをカズマは抜かす。そうして両手にペコとなった彼を、キャルは呆れた様子で、アイリスは若干の殺意を持って眺めていた。

 

「ま、すぐに終わるからほっときましょ」

「……ぶぅー」

「心配しなくても、あんたのお姉様はちゃんとこっちも構ってくれるわよ」

 

 ぺしぺしとアイリスの頭を撫でながら、キャルはファンレターを眺めていく。個人宛のそれを見ながら、あれ、と怪訝な表情を浮かべた。二人に比べて、自分宛のファンレターがやたらと多い。

 

「まあ、キャルさんは私達の中で一番目立っていましたし」

「そうですそうです。キャルちゃん、とっても輝いてましたよ! やばいですね☆」

「ほら戻ってきた。いや、それにしたってこの量はおかしくない? っていうか、何か見覚えのある字が混じってるような……」

 

 ううむ、と悩むキャルだが、その理由を知っているのはこの場でカズマだけだ。ペコリーヌもアイリスも、そしてぬいペコも知らない。そしてカズマも決して口にしない。口止めされているからだ。マナとラビリスタに。だから絶対に言わない。

 ――アルカンレティアに、アイドルフェスが中継されていたことは。

 

「ま、いいわ。別に顔を合わせることもないでしょうし」

 

 知らないことは幸せだ。カズマは一人、うんうんと心中で頷いていた。

 尚、セシリーがバラしてキャルが絶叫し一週間ほど引きこもるのがこれから三日後である。

 

 



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その171

祭りの後に。


 シェフィの住処、もとい、幽霊アンナの屋敷。そこでファンレターを広げているめぐみんは、しかし満足とは言い難い表情であった。理由は言わずもがな、カルミナとの勝負に負けたからである。

 

「沢山応援してもらったのね、私たち」

「はい。みなさまの暖かいご声援、とてもありがたく思います」

 

 が、いかんせんユニット残り二人がこういう時はポワポワなので、思い切り悔しがることも出来ない。まあ彼女としても普段アクセルで『頭のおかしい研究所の爆裂娘』扱いなので、こう手放しで称賛されると心地よい。頭のおかしい、が両方にかかっているのがミソである。

 

「とはいえ、やはり負けっぱなしというわけにはいきません。次こそは、カルミナに勝ってみせます」

 

 ぐ、と拳を握り宣言する。そんなめぐみんを見て、コッコロもシェフィも笑顔を見せた。その通りだと言わんばかりに頷いた。

 とはいえ。ここから向こうに対抗するためには、更なるレベルアップの他にも、新しい要素を加えたいところである。そんなことを思いながら、めぐみんは考え込むように腕組みをし。

 ファンレターを覗き込んでいる幽霊とぬいぐるみに目を付けた。

 

「幽霊の方のアンナ、ぬいコロ。どうです? 次はあなた達も出演するというのは」

『面白そうだけど、私地縛霊だから無理かなー』

 

 彼女の提案に、残念そうに幽霊アンナは返す。性格上、やれるのならばやりたいのだろう。移動できる範囲でライブをやればワンチャン、とめぐみんは割と本気で考えた。

 そしてもう一方だが。

 

「……どう思われますか? 本物のわたくし」

「……? そちらのお好きなようにすればよいのでは?」

「ですが、わたくしは所詮偽物の…………いえ、そうですね。わたくしはわたくし、コッコロではなく、ぬいコロとして存在している。それを、失念しておりました」

「そうよ、ぬいコロ。あなたはママとは違うもの」

「……わたくしを抱いて寝る免罪符にしておられるようにしか聞こえませんが、まあとりあえず置いておきましょう」

 

 本物のコッコロとは少し違う皮肉混じりの返しをしながら、ぬいコロはめぐみんに視線を戻す。そういうことでしたら、やれるだけやってみましょう。そう答え、ペコリと頭を下げた。

 

「ありがとうございます。これで新たなる『真紅眼の白妖精龍(レッドアイズ・フェアリー・ドラゴン)』がアイドル業界に牙を向くわけですね」

「ええ。新たな獲物を狙うわ」

「シェフィさま、その発想は少し……」

「ドラゴンの感性はどちらかといえばわたくしたち魔物寄りですので」

 

 ぬいコロの言葉に、まあそういうことなら仕方ないでしょうとめぐみんも流す。コッコロも若干苦笑気味ではあるが、それならばと頷いた。

 次の機会が果たしていつになるのか。それはこれからの活動次第だが、ともあれ、彼女達のアイドル活動はこれからも続いていくようである。

 

「さて、ではまずはアクセルハーツに挨拶に行きましょう」

「成程。早速相手の縄張りを奪うのね」

「いえ……うちの研究所のエロ鎧が煩いので、アイドルの先達に筋を通しに行くつもりだったのですが……。あの、シェフィ? 流石の私もそこまで常に弱肉強食思考はしてませんからね?」

「……そうなの?」

「急角度からドラゴンの流儀ぶっ放すのやめてくれます!?」

 

 流石にそこらへんはもう少し育ててやってください、とめぐみんの視線が物語っていたので、コッコロはお任せくださいと笑顔でそれを了承した。ぬいコロはオリジナルほどイッちゃってはいないので、そんな彼女を一歩下がった場所から眺めるのみである。

 

 

 

 

 

 

 そんなアメス教会の周囲の騒がしさとは裏腹、でもなく、アクセルは今日も賑やかであった。変人密度も絶好調である。アイドルフェスも終わり、各国の要人も参加アイドルも帰国していく中、よりにもよってブライドル王国代表戦を勝ち抜いた連中が残留したからだ。

 ちなみに表向きは聖テレサ女学院の特別短期留学である。ここで何を学ぶのか、というのは基本的に詳しく語られないが、まあメンバーがメンバーなので問題ないだろう。

 

「ふむ。他国の文化に触れるのは新たなインスピレーションを得るための刺激足り得る。ぼくとしては願ったりではあったが、クロエ君とチエル君はよかったのかね?」

「ん? いやまあ、これ何だかんだ別口に学院長から報酬出るみたいだし、親や弟も遠慮すんなとか言ってくれちゃったし……」

「そこら辺は何だかんだ姫様なんだなぁってやつですよね学院長。普段適当ぶっこいてやりたい放題してるようでやっぱり適当でやりたい放題ですけど、ちゃんと国民のこと考えてるみたいな。ノブレス・オブリージュ的な? まあその分、自分が守らなくてもいいやみたいな感じのポジにセットした人相手にはめちゃくちゃ迷惑かけるんですけどねあの人。おかげでチエルはか弱いのに先輩たちとちぇるっとひとまとめにされてこんな理不尽な……。あ、チエルは留学は勿論オッケーでしたよ?」

「もうちょい会話の容量削ってくんない? 一々消去すンのも疲れんだわ」

「然り。我々の知識の量は有限だ。ぼくはその程度で一杯になるような柔な脳をしていないが、それでも出来るだけ無駄を省きたい。端的に換言すれば、聞き流すのめんどい」

「えちょっとそれ酷くないです? 可愛い後輩の可愛いトークをアクシズ教徒の宗教勧誘みたいな扱いとか、チエルが踏まれてもくじけず咲き誇る野に咲く可憐な花系後輩じゃなかったら、そのままぺしゃんこ枯れ枯れですよ?」

「んで、ユニ先輩。どする? アイリスんとこでも行っとく?」

「そうだな……。フェイトフォー君は例のご主人さまと一緒らしいし、学院長はいわずもがな。ならば、我々は我々で友情を深めに行こうではないか」

「ガン無視!?」

 

 確か今日は王都ではなく、ここアクセルのアメス教会とかいう場所にいるはずだ。そんなことを言いながら、クロエはさっさと歩き始める。ユニもそれに続き、ぶーぶー言いながらチエルも続いた。

 たのもー、と教会の扉を開く。丁度ファンレターの整理を終わらせていた一行は、やってきたなかよし部を見て思い思いの反応をした。ペコリーヌはこんにちはと笑顔で、キャルは大して反応せずああいらっしゃいという態度で。

 そしてアイリスは目を輝かせ、カズマは非常に嫌そうな顔をした。ぬいペコは初対面なので傍観者になるつもりである。

 

「皆さん、どうしたのですか?」

「ん? いや、うちらも特別短期留学でこっちいることになったじゃん? だから、どうせなら友達と一緒にいようかっつって」

「……っ! はい! では――あ、えっと」

「ふふっ。行ってらっしゃい、アイリス」

「行ってきます! お姉様!」

「ちょいちょい待ち待ち。まだどこ行くかとかノープランだから。もうちょいここいるから」

「あ、そうでしたか」

「アイリス君はどうやら姉君がいると年相応になるようだな。ふむ、成程、これがギャップ萌えというやつか」

「ん~、それはちょっと違うくないです? だって元々アイリスちゃん可愛いじゃないですか。普段のアイリスちゃんも今のアイリスちゃんもどっちも可愛いですし、ギャップにやられるというより二属性持ちの倍々ダメージみたいな。大抵の相手に有利取れる強キャラみたいな方向性のが正しい感じしません?」

 

 ほんと煩いなこいつら。そんなことを思いながら、カズマは関わらない方向に舵を取る。初対面の時のやり取りの時点でそうだが、あの三人は間違いなくこちらのペースに引き込めないタイプの変人だ。ああいうのは厄介だし、何よりアイリスの友人という部分がだいぶマズい。そんなことを思いながら、彼はぬいペコを抱えたままキャルやペコリーヌのいる場所へと合流した。

 

「何ていうか、あんたに似てるわよね、あの三人」

「お前それ訴えたら勝てるやつだぞ」

「何でよ。好き勝手にペース作ってくところとか似てるじゃない」

「ん~。まあ、確かに言われてみればそんな感じもしますね」

「お前までそういうこと言うのかよ」

「え? でも、ふざけてるように見えて、大切な仲間のことはしっかり考えてるところとか。似てると思いますよ」

「そうですね。そこはわたしも本物に同意します」

 

 純度百パーセントでそんなことをのたまったペコリーヌとぬいペコに、カズマはなんとも言えない表情になる。何これ俺どういうリアクションしていいやつ? と視線を彼女たちから思い切り逸らした。

 

「何か向こうラブでコメっちゃったりしてますね」

「それな。なんあれ、アオハルかよ」

「……そうですね」

「おや、アイリス君。君は姉君の恋愛事情に異を唱える立場なのか。……ふむ、君が望むのならば、手伝うのも吝かではないが」

 

 ユニの言葉に、アイリスは視線を向こうから彼女に戻す。そうしながら、ゆっくりと首を横に振った。確かに文句は腐るほど出てきますけれど。そう続けながら、少しだけ困ったように笑った。

 

「お姉様のお相手は、あの人がいい、と思ってしまうのです」

「ふーん。……ま、アイリスがいいなら、いいけど」

「ですね。チエルとしてはイマふたつくらい足らないですけど」

「私としてもお義兄様はナシです。……嫌いでは、ないのですけれど」

「成程。大好きな姉を取られたような気がして、中々認められない複雑な妹心というやつか。ここにきてまさかの妹キャラ大爆発とは……これは、ぼくの立場が脅かされかねない」

「パイセンパイセン。あんたこの四人で一番年上だから」

「しかしクロエ君。実年齢で見てしまえばフェイトフォー君が一番年上だ。見た目との差異を考慮すれば、ぼくも十分妹キャラとしてやっていくだけの素質を持ち合わせている」

「いや無理ですって。ユニ先輩普段から小難しい単語並べてこまっしゃくれたクソガキ感醸し出してるじゃないですか。百歩どころか百万点ばらばらっと譲っても背伸びした子供博士ですよ?」

「ふぇぇ~、そんなことないよ~。アイリスおね~ちゃん、あのお姉ちゃんがユニのこといじめるの~」

「え? ……え?」

「ほらアイリス怯えてンじゃん。――いや違うな、この人こんなことするんだって何か評価書き換えてる顔だわこれ」

「待ち給え。アイリス君、恐らく今の君の評価には訂正すべき部分がある。まずは下方修正を止めて欲しい」

「え? いえ、ご心配なく。私の周りと比べればこの程度で失望することはありません」

 

 普段自分の近くにいる騎士はクレアであるし、姉の昔馴染はポンコツ大富豪とどうしようもないドMだ。そもそも王城で宴おっぱじめて半壊させる大貴族の当主がいるので、今更この程度で付き合いを考え直すはずがない。嘘偽りなく、アイリスはユニにそう言ってのけた。

 

「あ、でも。コッコロさんと会うのは少し控えてもらってもいいでしょうか」

「何かめちゃくちゃ低評価連打されてますね」

「はは、ウケる」

 

 残念ながら、アイリスのこれは彼女達の思っている理由とは若干違う意味である。

 

 

 

 

 

 

 さて。短期留学生がそんなことをしていることなど露知らず、というか放任しているブライドル王国の第一王女が何をしているかといえば。

 

「ほれほれ。どう? ダスト?」

「何がですか?」

「何って、ハーレムよハーレム。こんなに可愛い子が沢山いるんだから、最高でしょう?」

「はんっ」

「鼻で笑った!?」

 

 そのままダストは件のブライドル王国第一王女、リオノールを引き剥がす。これ前回もやったぞ、と盛大に溜息を吐きながら、彼の後ろにいたモニカに押し付けた。押し付けられた方も同じく溜息を吐き、彼女の首根っこを引っ掴む。

 

「さて、姫様」

「別に今回は制限もないでしょ? ホマレのお墨付きだし」

「……それは、そうですが」

 

 ふふん、と勝ち誇った顔のリオノールを見て、モニカの顔が顰められる。その隙に少々強引に彼女の拘束から抜け出したリオノールは、今度は逆にモニカの手を掴み前に出た。

 

「はいどーん」

「うわっぷ」

「あだぁっ!」

 

 そしてダストにぶつける。もんどりうって倒れた二人を見て、彼女はケラケラと笑っていた。彼の横にいたフェイトフォーが、何をしているのか分からないと首を傾げている。

 そんな彼女と目線を合わせ、あなたも混ざったらどうかしら、とリオノールは悪魔の囁きを放った。

 

「ん。だちゅと、ふぇいとふぉーもまぢゃる」

「え? うおっとぉ!?」

「ん? 待てフェイトフォー、貴公まで来たら、うわっ」

 

 三人でもみくちゃになる。幸い場所は舗装された道なのでそこまで酷く汚れはしないが、しかし綺麗かといえば当然否なわけで。

 ああもう、と転がったままモニカがぼやいた。アイドルをやらされ、あの格好をよりにもよってかつての同僚で悪友のこいつに見られた。その上で暫くベルゼルグ王国に滞在するので、距離をおいてほとぼりを冷ますことすら出来ないときた。

 

「私が一体何をしたというのだ……」

「……あー、そのだな。……似合ってたぞ」

「違う! 嬉しくない!」

 

 叫ぶ。ダストを引っ張りながら立ち上がると、一緒になって転んでいたフェイトフォーも立ち上がらせ服の汚れをパンパンと払った。そうしながら、ギロリと後ろを振り向くと。

 気は解れた? と笑っているリオノールの姿が見えた。

 

「だから最初からラインは別に気にしないって言ったでしょ? いやまあ、巻き込んだのは私が悪いからそこは素直に申し訳ないけれど」

 

 そう言って頭を下げたリオノールは、視線を彼女からダストに向ける。その視線を受けた彼は、やれやれと頭を掻くと、モニカに向き直った。

 

「あそこまで姫様の被害者だと、流石の俺もネタにしにくいというか」

「おいやめろ。それはむしろ私がいたたまれん」

「うん。もにか、結構たのちんでたよ?」

「フェイトフォー!?」

 

 ここでホワイトドラゴンの援護射撃である。見事にフレンドリーファイアを食らったモニカは、違う違うんだと両手で顔を覆いながら逃げ出した。流石にやりすぎたなぁ、とリオノールも若干バツの悪そうな顔で頬を掻いている。

 

「……姫、モニカに愛想尽かされたら終わりですよ」

「わ、分かってるわよ……。うん、後でちょっと土下座して謝っておくわ」

「それはそれであいつの胃に悪いと思う」

 

 はぁ、と溜息を吐いたダストは、リオノールの手を取る。いきなりのそれに目を見開く彼女に向い、彼はどこか意地悪そうに口角を上げた。

 後で、とかそんな悠長なことを言ってるんじゃない。そう述べ、彼は先程モニカが走り去っていった方向へと歩みを進めた。

 

「だちゅと、もにかとひめちゃまの仲直りちゃちぇに行くの?」

「おう。あの二人が喧嘩したままだと面倒くさいからな」

 

 くしゃりともう片方の手でフェイトフォーの頭を撫で、ダストはそのまま彼女の手を握る。真ん中にダスト、左右にリオノールとフェイトフォー。そんな状態で、彼はスタスタと歩いていく。

 

「……ねえ、ライン」

「何ですか?」

「手、握ったままでいいの?」

「離したら逃げるでしょう?」

「……まあ、そうだけど」

 

 だけれども、これは。この握り方は。お互いの指を絡ませ合うようなこの握り方は。意図せずなってしまったものの、流石に恥ずかしいのではないだろうか。そんなことを思いながら、リオノールはダストの横顔を見て。

 

「……あれ?」

 

 こちらを見ていない。その事に気付いた彼女は、ニンマリと笑って彼との距離を詰めた。

 

「ちょ!? 姫」

「どうせ逃さないんなら、これくらいくっついていたほうがいいでしょ?」

「さっき転んだから、汚れてますよ」

「私は気にしないわ」

「……はぁ」

 

 振り解かない。それを確認したリオノールは先程とは違う笑顔を見せた。いたずらに成功したかのようないつものものではなく。

 恋する、一人の少女のような笑顔を。

 

「ん? ひめちゃまとだちゅと、らぶらぶ?」

「そうよ☆」

「違う!」

 

 もっとも、フェイトフォーのその言葉にすぐさまいつもの笑みに戻ったのだが。

 ちなみに、勿論モニカはこの後彼女を一時間ほど説教した。

 

 




第九章、完!


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第十章
その172


なぜかここから


「おい、あれがそうなのか?」

「ん~?」

 

 アルカンレティアのとある場所。そこに集まっているスライムを覗き込みながら、フードを被った少年は隣の褐色の少女に問い掛けた。が、彼女はのらりくらりと気怠げな生返事をしたのみで、彼の言葉を肯定も否定もしない。

 

「おい! 聞いてんのか! あれがそうなのかって言ってんだよ!」

「も~。コエ大きいよ~。向こうに気付かれたら~、めんどくなーい?」

「だったらさっさと答えろよ! ほれ、あれ!」

 

 少年の指差す方に視線を向けた少女は、やる気なさそうな顔でスライムの群れを暫し眺め。

 そーそー。と非常に適当な肯定を告げた。

 

「テメーふざっけんなよ!」

「別に~、ふざけてるとかないし~。何かあっちのめっちゃ弱くなってそうでー、あんま面白くなさそ~っていうか」

 

 ぴょこんと頭に生えている角のような半透明なものを長い銀髪と共に揺らしながら、少女は口元に手を当てそう述べる。対する少年は、フードの下の顔をあからさまに歪め、まだ幼さの残るものの鋭い目付きを彼女に向けた。勿論少女は動じない。

 

「弱くなってるって、どの程度だ?」

「ん~。まあ、カリザきゅんのオトモにする程度には~、強いんじゃなーい?」

「……要するにテメーよりは弱ェってことか……んだよ、つかえねぇな」

「ン・ン・ン~。そんなに心配しなくても、おねえちゃんが~、カぁリザきゅんをしっかり可愛がってあげるし~♪」

「それが嫌だっつってんだよ!」

 

 がぁ、とカリザと呼ばれた少年が叫ぶ。そんな彼をニヤニヤと楽しそうに見ていた少女は、あ、と何かを思い出したように目を瞬かせた。憤懣やるかたない様子のカリザに向かい、ね~ね~、と声を掛ける。

 

「んだよ。オレはテメーの話なんぞ聞いてる暇は」

「あっち、こっちに気付いたっぽい~?」

「……はぁ!?」

 

 ば、と振り向く。先程まで集まって何かをしていたはずのスライムたちが、こちらをじっと見詰めていた。その視線からすると、友好的とは言い難い。

 それがどうしたとばかりにカリザは鼻で笑った。自分はその辺のガキとは違う。スライムが群れていようとも全く怖くない。

 

「て・ゆ~か~、あれほとんどところてんスライムだし~、ぶっちゃけコワいとかなくな~い?」

「だからうるっせぇっつってんだろ! ってか、真ン中のスライムは違ぇだろうが!」

「そだね~。で・も~、それだけっしょ~? あー、カーリザきゅん、ホントはコワいんだ~」

「なわけねェだろ! おいそこのクソスライム! オレはテメェに用があんだよ」

 

 隣で思い切り煽ってくる少女にあっさりと乗せられ、カリザはスライムたちの中心部に指を突き付けた。ところてんスライムはそんな彼の気迫に圧されたのか、その直線上からザザッと離れる。動じていない中心部のスライムだけが、ゆっくりと彼の方を振り向いた。

 とりあえず黒い。そして何だか触手のようなものが下に生えている。スライムというよりクラゲのようなそれは、カリザを見ると目を細めた。

 

「何だ小僧。俺に何の用だ?」

 

 スライムが喋る。普通ならばそれはかなりの異常事態であり、場合によっては即座に逃げ出す状態だ。人型でもないのに人語を話せるモンスターはよほどの上位種。それを分かっていない無知無謀な者は即座に屍へと変わり得る。

 では知っていて尚その態度ならばどうだ。

 

「決まってンだろ。おい、テメェ、オレの手下になりやがれ」

「……ふざけてるのか? この俺が貴様のような子供の手下になるはずがないだろう」

「あァ? テメェに拒否権なんざねーよ。クソみてぇなスライムの分際で、何強キャラぶってんだよ。いいから黙ってオレの手下になってろ」

「小僧……死にたいらしいな」

 

 触手が伸びる。ふんぞり返って立っているカリザを貫かんとするそれに、彼は避ける素振りも見せない。そのままカリザは触手にあっさりと貫かれる。などということもなく。べし、と彼の体に軽く当たるに留まった。

 黒いスライムはそれを見て目を見開く。予想以上に自分の力が落ちている。そんなことを考え、そして、何故そう思うのか自問自答を始めた。

 

「おかしい……。いや、違う、俺は強かった……そのはずだ。触れるだけで敵の息の根を止め、俺を見るだけで恐怖し、そして」

「何自分語り始めてンだよ。オレはテメェが触っても死んでねぇし、全ッ然恐怖もしてねーぞ。調子乗りすぎだろ」

「ま・カリザきゅんがヘーキなのは、アタシの守護のオカゲなんだけど~。強がってるカリザきゅん、か~わいー♪」

「テメーは黙ってろ!」

 

 ぷにぷにとカリザの頬を突く少女を鬱陶しげに手で払うと、彼は再度スライムを見る。いいから黙って手下になっとけ。そんなようなことを言い放った。

 

「……覚えがあるぞ。お前たちみたいなふざけた奴らに、俺は……っ!」

 

 は、と何かに気付いたように周囲を見渡す。離れた場所に温泉を引いているパイプが見え、思い出したと彼は呟いた。

 

「そうだ、俺は、あいつに……あの女神の力を借りた猫娘に――」

「おい、話なげーんだよ。いいからさっさと来やがれ」

「いやいやいや、今思い切り話し始めだっただろうが! じゃない! そもそも、俺は魔王軍幹部でデッドリーポイズンスライムの――」

「はいは~い。ソーユーの、い~から。て・ゆーか、デッドリーポイズンスライムなら、アタシもそ~だしー?」

「……は?」

 

 スライムが少女を見やる。ニンマリと笑った彼女は、右手をドロリと変化させ、そのままカリザを包み込んだ。

 

「ぶおッ! テメっ! ネアぁ!」

「ネアおねえちゃん、でしょ~? あ・そーそーアタシ~、毒らせないのトクイなんよ~。もち、猛毒も作れっけど~、今はめんどいかな~」

 

 ケラケラと笑いながら、少女、ネアがスライムを見る。カリザの代わりに、というわけではないだろうが、彼女は彼が先程言っていた言葉をもう一度口にした。そーゆーわけだから、と言葉を紡いだ。

 

「カリザきゅーんのオトモ、ゲットってことで~。こっち来てもらおっかな~♪」

「ふざけるな! 誰が貴様らなんぞとぶぉ!」

「はいは~い。ホカク、しゅーりょ~♪♪」

「出来んなら最初からやりやがれクソボケぇ!」

「えー、めんどー。あ・じゃ~、カリザきゅんがプリンセスのドレス着てくれたら、次は頑張っちゃおうかな~」

「ざっけんな! オレは絶対にやらなぶおぁ――テメっ、ちょ、うがぁぁぁぁ!」

 

 ズルズルとカリザとスライムを引きずりながら、ネアは上機嫌でその場を後にした。

 残されたのは、主を失い統率が取れなくなった大量のところてんスライムの群ればかり。

 

 

 

 

 

 

 変人奇人のテーマパークアクセル。その街の一角にあるアメス教会に、一人の女性が訪ねてきていた。ギルドでもよく見る女性職員ルナで、珍しい訪問者に一行は首を傾げる。

 

「どうしたんですか? 今日はわたし、アルバイト入ってませんよ?」

「いえ、ペコリーヌさんを呼びに来たわけではなくて」

 

 教会にいる面々を見る。ペコリーヌ、キャル、コッコロ、そしてカズマ。その隣のぬいぐるみも見ながら、彼女は実はと言葉を紡いだ。

 指名依頼が来ています。ルナはそう言って一枚の紙を取り出した。

 

「指名依頼、でございますか」

「珍しいわね、そういうのってもっと有名で高レベルに来るもんじゃないの?」

「いえあの、この街にいるから感覚麻痺しているかもしませんけど、皆さん有名で高レベルですからね?」

 

 ルナがなんとも言えない表情でそう述べる。言われた方は暫し考え、そしてペコリーヌを見た。そういやそうだった、と納得した。いやお前らもだからなとカズマのツッコミが飛ぶ。

 

「んで、そんな有名な一流冒険者パーティーである俺達に、一体どんな依頼が?」

「自分で言いやがったわよこいつ」

「ですが、主さまの仰ることもあながち間違いではないのでは?」

「さっきの話じゃないですけど、何だかんだわたしたち色々やってますしね」

「はい。そんな一流冒険者の皆さんへの依頼が、こちらです」

 

 す、と改めて依頼書を差し出す。どうやら大量に現れたスライムの駆除作業をして欲しいようだが、種族はところてんスライム。正直、指名依頼などせずとも適当に貼っておけば誰かが受けるであろうクエストだ。

 その辺りを問い掛けると、ルナは小さく溜息を吐いた。内容自体はそうですけれど、と紙に書かれているとある箇所を指差す。その依頼があった場所を、指差す。

 

「アルカンレティアなんです」

 

 物凄い音を立て、キャルがダッシュで部屋まで逃げた。バタンと扉が壊れかねないくらいの勢いでドアを閉めると、鍵をかけて開けられないようにする。そうした後、部屋の隅でガタガタ震え始めた。

 

「……何かあったんですか?」

「あ、気にしないでください。で、何でアルカンレティアの依頼がアクセルに?」

「ああ、はい。実はですね、向こうの最高司祭の方の依頼なんです」

 

 そっかー、とカズマはそこで諦めの境地に入った。これ依頼受けない方向に進むと碌な目に遭わないやつだ。そんなことをついでに思う。

 一方のペコリーヌとコッコロは、部屋に閉じこもったキャルのことを考えた。あの様子では、アルカンレティアに行くことは無理だろう。そういう判断をした。

 

「えっと。それって、わたしだけだと駄目ですか?」

「ペコリーヌさま?」

「コッコロちゃんとカズマくんはキャルちゃんを看ててください。その分、わたしが頑張ってきます」

 

 ぐ、とサムズアップをするペコリーヌを見て、コッコロが眉尻を下げる。彼女を一人で行かせるのは心配だが、しかしキャルをあのままにしておくことも出来ない。ベルゼルグ王国第一王女を心配するのは余計なお世話と言われるかもしれないが、大切な仲間を心配しない理由はどこにもないのだ。

 そんなわけで悩み始めたコッコロを見ていたカズマは、ガリガリと頭を掻きながら決定しようとしていた彼女を止めた。待った、とペコリーヌへ声を掛ける。

 

「どうしました? カズマくん」

「俺も行く。な? コッコロ」

「主さま……。はい、お願いしてもよろしいでしょうか」

 

 察した。やはり自身の主は心優しい。そんなことを思いながら、よろしくお願いいたしますとコッコロは頭を下げる。そんな彼女に、じゃあ頼んだとカズマは返した。

 背中に衝撃。おっとっと、とたたらを踏んだカズマは、そのまま肩によじ登ってきたぬいペコが、わたしも行きますと主張してきたので顔を顰める。

 

「いや、お前は留守番してろよ」

「大丈夫です」

「大丈夫じゃないから言ってんだけどな」

 

 ジト目で彼女を見たが、どうやら主張は曲げないらしい。どうする、とペコリーヌを見ると、少し考えはしたが、いいんじゃないでしょうかという返事が来た。

 ペコリーヌがそう言うのならば、実際大きな問題はないのだろう。そう判断した彼は分かった分かったと折れる。が、今度はぬいペコが若干不満そうになった。

 

「えっと、ではサトウさんとペコリーヌさん、ぬいペコちゃんで依頼を受けるということで良かったですか?」

「ルナさま。わたくしとキャルさまもそこに加えていただけませんか?」

 

 大丈夫かどうかは分からないが、キャルが正気に戻れば参加する可能性がある。そんなことをコッコロが述べたので、分かりましたとルナは手続きを行った。もし不参加となっても、このクエストの依頼料は人数で変わらないし、元々パーティーメンバーなので揉めることもない。そんな確信を持っていたので、彼女は別段気にせず進めていく。

 ではお願いしますね、とルナは帰っていく。それを見送った一行は、では早速と準備をし始めた。コッコロは行ってらっしゃいませ、とカズマたちを見送り、そのままキャルの部屋の前へと歩みを進める。

 

「キャルさま」

「……何よ。行かないからね、あたしは絶対に行かないからね!」

「無理に、とは申しません。ですから、まずはこちらに出てきて頂けますでしょうか」

「知ってるわよ。出てきたらカズマがあたしのこと縛ってペコリーヌが担いで連れてくんでしょ!? 絶対に騙されないわよ!」

「いえ、主さまとペコリーヌさまは一足先にクエストに向かわれました」

 

 は、と扉の向こうから素っ頓狂な声が届く。次いで、それは本当なのかという問い掛けが投げ掛けられた。嘘を吐いているわけでもなし、コッコロは扉の向こうの彼女にその通りだと肯定の言葉を返した。

 

「あの、キャルさま? どうかなされたのですか?」

「いや、どうしたもこうしたも……それって、ちょっとマズくない?」

「え?」

「いやだって、あいつら一応付き合ってるのよ? その状態で、二人っきりでクエストでしかも別の街って……」

 

 アルカンレティアは観光地だ。クエストだとはいえ、それなりの宿に泊まれば温泉にも入れるし、くつろげる。二人きりでそんなことになれば、コッコロがいない状態で、恋人同士という免罪符を持っているのならば。

 キャルの頭に嫌な想像が過ぎった。親友と悪友が致している想像は非常に精神に悪い。

 というかそもそも王女と婚前交渉ってアウトじゃないの? そんなことをついでに思った。

 

「ヤバい、ヤバいわよ……あいつ今度こそペコリーヌと混浴する気よ……」

「きゃ、キャルさま?」

「あ、でもペコリーヌが抵抗すればカズマの頭とかトマトみたいにグシャッとなるわよね」

「キャルさま!?」

 

 安心だ、と言わんばかりのそれに、コッコロが思わず叫ぶ。冗談だと彼女は返したが、しかし冗談では済まなさそうな問題はしっかりとぶら下がっていた。

 コッコロはそんなキャルに言葉を紡ぐ。カズマは自分の心配を察してくれただけなのだから、何の問題もない。彼が依頼を受けると述べた時のことを話しながら、彼女はそうキャルへと語った。

 

「いやそれはそれとしてあいつは絶対スケベなこと考えてるわよ」

「キャルさま……」

「何よ。コロ助だって分かってるんでしょ? あいつあんたに知られてるってバレてからその辺緩まってるし」

「それは、その。確かにそうですけれど。……ですが、わたくしは主さまを信じておりますので」

「……はいはい。ったく、しょうがないわねぇ」

 

 やれやれ、と大きな溜息を吐く。ある意味トラウマがぶっ飛ぶ話を聞いたおかげで、引きこもる気分ではなくなっていた。鍵を開け、扉を開く。そこにいたコッコロを見て苦笑すると、彼女は行くわよ、と声を掛けた。

 

「まあ、でも。あたしはあそこに長居したくないし、行くのはもうちょっと後でもいいかしらね」

「かしこまりました。では、ゆっくりと準備をいたしましょう」

「そうしてちょうだい」

 

 ひらひらと手をさせながら、キャルは廊下を歩く。まあ何だかんだいいつつ、二人きりならあいつはヘタレるだろう。首で後ろ手に組みながら、彼女はそんなことを考え。

 

「あ、そうでした。キャルさま、クエストに向かわれたのは、主さまとペコリーヌさまの二人ではございません」

「はい?」

「ぬいペコさまも、同行しております」

 

 キャルの動きが止まる。ぬいペコはペコリーヌを模した魔物だ。分類としては魔王軍でも悪魔でもないのでアルカンレティアでどうにかなることはないだろう。

 問題は、オリジナルと違って割と肉食系なことだ。そうなった原因はカズマだが。

 

「コロ助」

「どうされました?」

「やっぱり、出来るだけ早く行くわよ」

 

 変なことが起きてませんように。そう願いたかったが、あの場所で起きないはずがないだろう、と彼女はほぼほぼ諦めていた。どういうベクトルか、は別である。

 

 



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その173

掛かっているかもしれません


「アルカンレティアへのテレポートですか? はい、ありますよ」

 

 ウィズ魔道具店。そこの雇われ店主であるウィズに聞いてみたところ、快い返事がもらえた。そうしながら、彼女は送るのは今いる面子だけなのかと問い掛ける。カズマはその言葉に肯定し、何かあったのかと逆に尋ねた。

 

「いえ、特に何かあるというわけではないんですけど」

 

 カズマとペコリーヌ、おまけでぬいペコ。順繰りに視線を動かすと、彼女はうんうんと何かに納得するように頷く。振り向き、やり取りを見ていたバニルに視線を送った。送られた方は、ゆっくりと口角を上げる。ですよね、とウィズが少し興奮気味に同意した。

 

「分かりました。……では、存分に楽しんできてくださいね」

「へ? いや俺達クエストに行くだけなんだけど」

「ほほう。小僧、本当に汝はそう思っているのか?」

 

 口角を上げたままバニルが述べる。何がだよ、と今度は彼に視線を向けたカズマは、しかし余計なことを言われそうなのでたじろいだ。肩のぬいペコも察しているのか無反応である。

 

「何だ、言ってよかったのか? 恋人と温泉街に旅行だからあわよくばと考えている、などという小僧の心境を、腹ペコ娘に」

「尋ねるなら言うんじゃねぇよ! いやそもそもそんなこと考えてませんけどぉ!」

「……えっ、と?」

 

 ツッコミを入れる横で、ペコリーヌが目をぱちくりとさせる。バニルの言葉をゆっくり染み込ませると、物凄い勢いでカズマを見た。勿論カズマは彼女を見ない。そうだクエストに必要な道具でも見ていくか、と無かったことにしようとしている。

 

「本物。一応言っておきますけど、わたしがいますからね」

「し、知ってますよ!? だ、大丈夫ですから!」

「明らかに大丈夫ではないな」

「大丈夫ではなさそうですね」

 

 テンパるペコリーヌを笑顔で見るバニルとウィズ。この瞬間だけは、ウィズもバニルサイドの住人であった。こういうのめっちゃ好きやで、と彼女の顔に書いてある。

 さてと。とりあえず爆弾を落とすだけ落として投げっぱなしのバニルは、行くならさっさと行ったほうがいいと二人と一体を促した。その言葉に恨みがましげな視線を向けたカズマを見て、バニルはうんうんと満足そうに頷く。

 

「では改めて。存分に楽しんできてくださいね」

「それそういう意味か! お前もかよウィズ!」

 

 抗議の言葉が消えていく。テレポートによって送られていくのを眺めていた二人は、さてさてどうなるのかなどと考えながら再び仕事に戻っていった。直接摂取出来ないのが実に残念だというバニルの言葉に、ウィズは別段文句を言うこともなく、むしろ同意するようにあははと笑う。

 

「さて、他人の色恋沙汰にはしゃいでいる割に自身の出会いは枯れ果てている店主よ。エルフ娘と猫耳娘が来るのはまだ先であろうから、その緩んだ顔を戻して仕事をするぞ」

「分かってますよ。…………今ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど!」

 

 

 

 

 

 

 というわけでアルカンレティアである。以前来たときと同じく、水の女神アクアを信仰するアクシズ教徒の街だけあって、青と水色を基調とした街の景観は涼やかで美しい。これでアクシズ教徒がひしめき合ってさえいなければ、とやってくる観光客は口々に言っていた。最近は新最高司祭であるマナと補佐のラビリスタによって強引な勧誘から巧妙な手口へと変化しているらしいが、それでも以前よりはマシなのがアレである。

 

「さて、と。とりあえずはクエストだよな」

「そうですね」

 

 ギルドに行けばいいのか、それとも大教会か。依頼者のことを考えると大教会が正解なのだろうが、マナとラビリスタに会うのはぶっちゃけ避けたい。そんなことを思ったカズマは、とりあえずギルドの方に行ってみようと提案した。ペコリーヌもぬいペコも、彼の言葉に頷き、横に並ぶ。

 

「いや待って」

「どうしました?」

「どうしたもこうしたも! 何でお前人型になってんの!?」

 

 横に並んでいるのである。ペコリーヌとぬいペコ、双子の姉妹と言われれば信じるであろう同じ顔の美少女が、カズマを挟んでいた。さっきまでデフォルメぬいぐるみ姿で肩に乗ってたじゃん、と叫ぶように述べると、そうですねという非常に簡潔かつ軽い返事が来た。

 

「わたしも今知ったんですけど。アクセルでみんなと一緒に過ごしていたおかげなのか、どうやらわたしアメス教とアクシズ教両方にカウントされているらしくて」

「は?」

「ここ、女神アクアのお膝元じゃないですか。加護の力がブーストしているみたいなんです」

 

 その影響で、アルカンレティアの敷地内ならば今の状態でも人型を保つことが出来るらしい。そう述べると、彼女はカズマの腕に抱きついた。人型になったおかげで、ぬいぐるみとは違うたわわで柔らかな感触がしっかりと彼の腕に伝わってくる。

 

「んんっ!?」

「さあ、行きましょうか」

「おう、そうだな。……じゃなくて! いや感触は素晴らしいしできればもっと堪能したいんだけど」

 

 キャルが不在なのでそこら辺をツッコミしてくれる人物がいない。そんなことをちらりと考えながら、カズマは滅茶苦茶名残惜しそうにぬいペコを引きはがした。とりあえず、まずはクエストが優先だ。先程言った言葉をもう一度述べると、彼はゆっくりと歩き出す。

 ちらちらとペコリーヌとぬいペコを見ている辺り、どうやら自身の欲望を隠す気はないらしい。それを見たぬいペコは少しだけ口角を上げ、では後で、と囁く。

 オリジナルは完全に出遅れた。所在なさげに少しだけ上げた手が、へにょりと下げられる。そんな彼女へと、一連のそれで大分調子に乗ったらしいカズマが声を掛けた。

 

「ちょっとペコリーヌ! ここはじゃあ今からはわたしですねって俺の腕に抱きつく場面だろ!」

「え? えぇ……?」

「いやえぇじゃなくて。ほれ、どうぞ!」

「え? え、っと、じゃ、じゃあ、いきます……」

 

 そっとカズマの手に自身の手を絡ませると、そのままゆっくりと腕に抱きつく。先程のぬいペコがぎゅむっと行ったのならば、今回のペコリーヌはむにぃっと行っている。静と動、異なる二つのおっぱいの押し付けに、カズマは今ここにいない女神に感謝した。アメス様、ついでにアクア、ありがとう、と。

 ちなみに感謝された当の本人達は、何かカズマが気持ち悪いんですけど、と若干引いていた。

 ともあれ。まあ当然そんなことを街に入ってすぐの場所でやっていれば目立つわけで。いい加減視線が痛かったので、気を取り直してギルドに向かうことにした。ペコリーヌもぬいペコも今度は普通に並んで歩いている。

 

「なあ」

「……はい」

「……やばいですね」

 

 その道中で彼らは気付いた。微妙に隠しながら、どの土産屋にもキャルグッズが置いてある。しかも最新版だ。この間のアイドルフェスのやつである。大っぴらに出ていないのは、今回の依頼をするにあたってマナからの指示があったのだろう。即死させるのではなく、じわじわとメンタルの死に向かわせる方向に舵を切らせたのだ。

 

「今度は一週間じゃ済まないかもしれないなこれ」

「あの様子じゃ来ないと思いますけど」

「いいえ。多分キャルちゃんは来ますよ」

 

 ぬいペコの言葉にペコリーヌが反論する。そうしながら、この状態だと来ないほうがいいかもしれないんですけど、と苦笑した。カズマもうんうんと頷いているので、恐らく彼女と結論は同じだろう。そんな二人に何だか負けた気がして、ぬいペコは無表情気味の眉を顰めた。

 幸いにも辿り着いたギルドにはキャルグッズが飾ってあるということはなさそうで、カズマ達は安堵する。本人ではないが、無許可で作られた身内のグッズで一杯のギルドは流石に居心地が悪い。

 受付のカウンターに向かうと、貰っていた依頼書を見せる。それを確認したギルドの受付は、了承済みであったのかこちらが資料ですと別の書類を手渡した。

 

「えーっと。水路や温泉のパイプの隙間からところてんスライムが湧き出てきて、食料を奪っていく、か。目撃された場所の地図もあるな」

 

 ペラペラとめくりながら、結構広いなこれとカズマがぼやく。資料を見る限り、とりあえずこちらでやることは盗みを働くスライムの駆除と、原因の特定だ。前者は簡単だが、後者は厄介かもしれない。

 そんなことを思いはしたものの、まずは動きましょうというペコリーヌに促され、一行は資料に記された場所へと向かう。目的が食料ならば、獲物がある場所を再び狙うだろうという算段だ。

 

「……見付かりませんね」

 

 だったのだが、何箇所か回っても全く遭遇しない。被害にあった家や宿の人に聞いてみても、普段はここまで気配がないことはないとのこと。ひょっとして、既にスライムはいなくなっているのでは。そんなことを一瞬考えたが、別の場所で被害が起きたという声を聞き、やはり偶然かと思い直した。

 

「ちょっと待ってください」

「ん? どうしたぬいペコ」

 

 それならば、と今日起こった被害の場所を追いかけるように調査してみると、これまた全く気配がない。さっきまで少しはあったのに、と首を傾げる人達の話を何度も聞きながら、カズマ達はアルカンレティアを駆け回る。

 それを暫し繰り返した後、ぬいペコが何かに気付いたように足を止めた。

 

「相手はところてんスライムです。冒険者の脅威となるスライムと違って、街の人のおやつにもされちゃうような魔物なんです」

「そうだな」

 

 以前持っていた印象の、ザコ敵の代名詞みたいな方のスライムに近いタイプ。そのことを思い出しながら、それがどうしたんだとカズマは彼女に問い掛ける。その問いを聞いたぬいペコは、コクリと頷くと指を一本立て、とある方向に向けると言葉を続けた。

 そんな弱い魔物は、強者がいると逃げていく、と。

 

「……わたしが原因ですか!?」

 

 指差されたペコリーヌは、目を見開いて思わず叫ぶ。叫ぶが、言われてみると確かにと思わないでもないことに気付いた。そして同時に、その場合街の被害を抑える役には不向きだという結論になる。

 

「いやでも、そうなると俺だってそうだろ。こう見えても魔王軍幹部討伐の功績を持った最上級の高レベル冒険者だぞ?」

「多少の高レベルなら大丈夫だと思いますよ」

 

 カズマの言葉の是非はともかく。ただレベルが高いというだけではない、レベルとステータスの総合評価が一名ぶっちぎっているのが問題なのだ。そう結論付けたぬいペコは、そういうわけですとペコリーヌに言葉を紡いだ。

 街のスライム討伐は自分とカズマでやるので、オリジナルは原因の調査をお願いします、と。

 

 

 

 

 

 

「二人きりですね、カズマくん」

「なあお前それ狙ったの?」

 

 人型のぬいペコとカズマがアルカンレティアを歩く。顔も声もスタイルも同じなので一瞬ぐらつきそうになるが、ぬいペコはぬいペコであって、カズマの付き合っているペコリーヌではない。そうしっかりと己の中に境界線を引いて、彼はくっついてくる彼女の感触を堪能していた。

 それはそれとして可愛い女の子から好意を向けられる異世界ハーレムライフは最高だな。というわけである。

 そんな心の中身を知られたらアイリスに真っ二つにされそうなカズマは、敵感知スキルでところてんスライムを探知しようとしていた。何だかんだクエストはクエストでやるらしい。

 

「んー。イマイチ引っかかんねぇな」

「直接カズマくんを襲おうとしてるわけじゃないですからね。気配察知とかの方がいいんじゃないですか?」

「街中でやってもどれがアクシズ教徒でどれがスライムだか分かんないって」

 

 さりげなく同列扱いしながら、スライムが狙いそうな場所と地図を照らし合わせて街を行く。根が真面目なペコリーヌは原因の調査で別行動なので、彼女のいる方向とは離れた辺りが丁度いいはずなのだが。

 近くで悲鳴が聞こえた。そちらの方向に駆けていくと、ぷにぷにした物体が飲食店の食材を運んでいる光景が目に入る。ようやく見付けた、とカズマは武器を取り出し。

 

「行きます」

「ちょま! お前は!」

 

 それよりも前に、大剣をどこからか取り出したぬいペコが間合いを詰めていた。ところてんスライムが気付くよりも早く、彼女の斬撃で食材を奪ったモンスターは食材を奪おうとした食材に早変わりする。返す刀で横にいた別のスライムも真っ二つにした。

 次、と軸足を使ってターンしたぬいペコは、一瞬で仲間がやられたことで逃げ出そうとするところてんスライムに襲いかかる。

 あっさりと周囲のところてんスライムを討伐したぬいペコは、どうかしましたかとカズマに向き直った。

 

「だーかーらー! 無茶すんなって言ってんだろうが!」

「別に無茶はしていません。この街なら消費も少ないですし、元々ところてんスライム相手ならオーバーロードをしなくても大丈夫ですから」

「だったら最初からそこ言っといてくんない!? 心配しただろ!」

「……心配してくれたんですか?」

「当たり前だろうがバカ!」

 

 がぁ、とまくし立てるカズマを見て、ぬいペコはその無表情気味の顔を少し和らげる。そうですか、と短く返すと、彼女は彼にギュッと抱きついた。

 表情は見えない。見えないが、えへへ、と普段のぬいペコらしからぬ声がカズマの耳に届いた。ついでにおっぱいががっつり体に押し付けられたので色々と上がってきそうになる。

 

「じゃあ、わたしでもいいんですよね?」

「いや、それはないけど」

「……」

「あ、待ってちょっと待って。ギリギリ言ってるミシミシ言ってる! お前だって一応高レベルモンスターなんだから俺のステータスじゃ色々致命傷に、ああでも抜け出したいという気持ちがそこまで出ないのは思い切り押し付けられるおっぱいのせい……!」

 

 余裕なのか必死なのかよく分からないカズマの悲鳴を聞きながら、ぬいペコは少し不貞腐れたように力を込める。即答しやがったこの野郎。表情は彼に見せないように、抱きついた状態のまま、彼女は暫しその体勢を維持し続けた。

 ちなみに、スライムの被害にあっていた店の店員は、どうして急にこんなものを見せられているのだろうと困惑していたりいなかったり。

 ともあれ。カズマの背骨を若干犠牲にしながら、二人はこれまでとはうってかわって見かけるようになったところてんスライムを片っ端から討伐しまくった。それによってスライムも警戒度を上げたのか、夕方になる頃には被害もひとまず落ち着いてくる。今日はこのあたりにしておこう、と一度ギルドに戻った二人は、同じタイミングで戻ってきたペコリーヌと合流した。

 

「やっぱり源泉の方に問題がありそうですね」

 

 調査の途中、大教会でマナとラビリスタへ相談しにも行ったらしいペコリーヌは、そこで手に入れた資料を机に並べながら今日の成果を二人に述べる。そうしながら、どこか困ったように頬を掻いた。

 

「……でもこの資料、とっくの昔に作られてたみたいなんですよね」

「罠確定じゃん」

 

 そしてターゲットは恐らくここにいない猫耳娘。つまり今回自分達だけでここに来ているのは向こうの想定外なのだろう。一瞬そう思ったが、あのマナがこれを織り込み済みでないはずがない。ということをこちらが考えるのも込みで、まだ気付いていない罠が数個仕込まれている気がする。カズマが出した結論は概ねこんな感じであった。

 

「街に現れたモンスターといっても、ところてんスライムですからね。緊急性はそこまで高くないですけど……でも、危険なことには変わりないですよ」

 

 ペコリーヌは難しい顔だ。やはりこういうところはしっかり第一王女である。ちなみにそんな感想をカズマが持った辺りで、アクセルではどこぞの国の第一王女が盛大にくしゃみをしてモニカに日頃の行いですねと冷ややかな目を向けられていた。

 

「……まあ、とりあえずその辺は明日にしようぜ。何だかんだ走り回って疲れたし、温泉宿でのんびりするのもいいだろ」

「そうですね」

「はい。……ところで、宿の予約とかはしてるんですか?」

 

 え、とぬいペコの言葉にカズマの動きが止まる。視線をペコリーヌに向けると、ふるふると首を横に振られた。あれこれひょっとしてヤバいんじゃ、と一瞬背筋に冷たいものが流れる。

 とはいえ、まあ観光客向けのサービスが充実している街なのだから大丈夫だろう。そんなことを思いながらギルドを出て宿屋に向かってみると、何故だか客が増えたおかげで部屋が空いていないと言われてしまったわけで。店員がキャルちゃん効果が凄いとか言っていたのは聞かなかったことにしたが。

 

「……どうする?」

「どうする、といわれても」

「まあ、しょうがないと思いますよ」

 

 結局何軒か温泉宿を回った結果、取れたのは一部屋のみ。かつては馬小屋で雑魚寝していた経験もあるのだから、今更そんなと思わないでもない。そう言い聞かせはするのだが、しかし。

 不意にウィズのいい笑顔が頭に浮かんだ。存分に楽しんできてくださいね。そう言って左手を頬に添えながら、彼女は拳を突き出していたはずだ。そう、人差し指と中指の間に親指を挟み込んだやつを。

 

「……ああもう、そこまで言われたら俺だってやるしかないだろ!」

「本物。あれ、カズマくんはどうかしたんですか?」

「ん~……キャルちゃんがいたら多分何かしら言ってくれたと思いますけど……」

 

 ちなみに。そこまではやってませんよ! と物凄い風評被害を受けた魔道具店のリッチーがバニルに向かって叫んでいたとかいないとか。

 

 




冷静さを取り戻せるといいのですが


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その174

期待した場面はないので石は投げないでください


 というわけで、案内された部屋でギルドに預けていた荷物を置く。クエストの延長上なので旅行時よりは少ないものの、何だかんだ時間がかかることを想定していたためある程度は用意済みだ。部屋は三人がちゃんと泊まれるようになっているためそこそこの広さがあり、ベッドもきちんと用意されている。寝る場所がないから一緒に、というドキドキエロエロハプニングが確定することはなさそうであった。

 

「……とりあえず、温泉入ってこようかな」

 

 誰ともなしにカズマは呟く。以前ここへ旅行に来た時の温泉イベントは二回。コッコロと混浴した時と、偽姉妹と混浴した時だ。紛うことなきドキドキエロエロハプニングであるが、彼は今回もそんなことをが起きるなどと期待はしていない。

 大嘘である。滅茶苦茶期待している。だから彼は迷うことなく混浴を選んだ。部屋を出る際に、さりげなく混浴に向かうことも口にした。

 

「よし」

 

 何がよしなのか分からないが、混浴温泉には人がいない。泊まる人は多けれど、混浴に入る人はそれほどなのだろう。左右の男湯と女湯からはある程度声が聞こえてくるので、本当にそういう目的ならば別途家族風呂でも予約しているのかもしれない。

 勿論カズマはそこまでするほど度胸がない。予約して、ペコリーヌに「それはちょっと……」と引き気味に断られたら致命傷だからだ。実際はそんな言い方はせずに、それはまだ恥ずかしいから無理ですとか顔を真っ赤にして言ってくれるのかもしれないが、どちらにせよ断られるのならば一緒である。

 だから彼は賭けに出た。この人がいない混浴に彼女が来ることを。ちなみにもし来なくとも、若くて可愛い女の子や美人のお姉さんがやってきたならそれはそれで勝ちらしい。

 

「いやまあ、来ないだろうけど」

 

 誰とはなしに呟く。気付いたら左右の喧騒も少なくなっていた。どうやら丁度穴のタイミングらしい。まるで貸し切りにでもなったような錯覚を覚えながら、カズマはさりげなく女湯側に移動した。このタイミングなら、向こうにやってきたペコリーヌとぬいペコの会話とか聞こえるだろう。そういう算段である。

 と、そのタイミングで扉が開く音がした。え、と思わず間抜けな声を上げ、そして彼は入り口を凝視する。まさかそんな。思わずゴクリと喉を鳴らしながら、カズマは湯気で曇るその入口からやってくる人影を。

 

「これはこれは、お久しぶりですな」

「何でだよ!」

 

 体にバスタオルを巻いたおっさんが立っていた。見覚えのあるそのおっさんを見て、カズマは思い切り叫ぶ。いっそ呪いでも籠もっているかの勢いで叫ぶ。

 勿論裸バスタオルのおっさんは、ゼスタはその程度でどうにかなるはずもなく。はっはっは、と笑いながら、湯船に浸かる前に体を洗い始めた。

 

「ここのところキャルちゃん効果で観光客が増えておりますからな。アクシズ教徒元最高司祭としては、街の治安を見守る必要があります」

「おい理由になってねーぞ」

「勿論、正規の警備隊が仕事をしているのは百も承知。ですが、彼らの目をかいくぐる輩も必ずや出てくるでしょう。そのことで起こる悲劇を少しでも減らしたい。一介の聖職者となった身ではありますが、私はそう思うのです」

「ねえそれで何で混浴に来るわけ? おかしくない?」

 

 カズマのツッコミに、ゼスタはふう、と小さく溜息を吐く。そうしながら、彼はゆっくりと首を横に振った。それは違いますと言ってのけた。

 

「温泉というのは身に纏うものを全て取り払い、無防備極まりない姿になります。もし何かあった時に対処が遅れてしまうこと必至。特に混浴は、男女が共に湯船に入るもの。恥ずかしさで動けないという可愛らしい姿を見られる可能性がある以上、優先的に見回らなければなりますまい」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 理解できない、ではない。理解したくない、が正しい。言っていることは結局もっともらしい言い訳しながら混浴で合法的に美少女とお風呂に入りたいなのだが。それを理解してしまうと、自分が同じ穴のムジナになってしまいかねない。だからカズマはゼスタを理解するわけにはいかなかった。

 

「ふむ。ではカズマさん、あなたはどうなのですか? この混浴に来た理由とは?」

「え? そ、そりゃ、あれだよ。一人でゆっくり温泉入りたかった、とかそういうやつ」

「成程。それは申し訳ないことをしてしまいました」

 

 そう言ってゼスタは頭を下げる。え? 信じるの? そんなことを一瞬思ったカズマは、しかし彼が微塵もここから離れる気配がないことで即座にその考えを消した。とはいえ、ここで会うのも女神のお導き、ご一緒させていただきますよと思い切り居座る気な言葉を聞いて顔を顰めた。

 

「はっはっは、そう邪険にせずともいいではないですか。……ときにカズマさん、キャルちゃんはいつ混浴に来るのですかな?」

「来ねぇよ! こないだのトラウマでアクセルに引きこもり中だっての」

「なんと!? しかしトラウマとは……至高のアイドルキャルちゃんに何たる仕打ちを……エリス教徒、許すまじ!」

「お前らだよ! アクシズ教徒! 細かく言うならアルカンレティアの連中だよ!」

「我々が? はっはっは、何をおっしゃるやら。アルカンレティアのアクシズ教徒はキャルちゃんをとても大事に思っております。決して傷付けはしません。イエスキャルちゃんノータッチの精神ですぞ!」

 

 こいつが最大の原因なんだよなぁ。これ以上話していても疲れるだけなのを覚ったカズマは、もういいから出てけと締めた。キャルが来ないのだからここにいる理由はないだろうと続けた。

 その言葉に、ゼスタは暫し考える素振りを見せる。そうしながら、ゆっくりとカズマを見た。キャルちゃんがいないのならば、あなたは誰と来たのですかな。そう、問い掛けた。

 

「一応言っておくけど、コッコロもいないからな」

「なんと!? くぅ……いやしかし、幼女の汚れなき裸体はそれだけで至高の宝、そう簡単に目にすることが出来ないからこそ輝きは増すもの。決して届かぬ理想を追い求めるのもまた、アクシズ教徒らしいのかもしれません」

「ねえ何でお前シャバにいられるの?」

 

 知っているネームドアクシズ教徒の中でもぶっちぎりの変態である。変人ではなく、変態である。オープンスケベなことを隠さなかったエロ鎧こと聖鎧アイギスと比べると、隠しはしないがオープンとはまた違うねっとりとした変態さがこのおっさんにはあった。

 

「しかし、となると今回はペコリーヌさんと二人で? ……んん? え? そういうこと?」

 

 そんなカズマの思考を他所に、ゼスタは一人話を進めていた。進めて、そして一つの結論に辿り着いた。

 成程、こいつリア充か。

 

「……いえ、ご安心ください。私は他人の恋愛に口出しをするような人間ではありません。愛を育むのならばそれはそれで結構。決して嫉妬などしませんとも」

「本当かよ」

「ええ勿論。ところでカズマさん。ここにいるということは、当然、そういうことだと思ってよろしいのですかな?」

「え? いや、それはそうだろう。俺としてはちょっとした賭けのつもりでここに来たし」

「成程。……そういうことでしたら、このゼスタ、カズマさんの賭けにお付き合いしましょう。一人は寂しいでしょうから」

「あ、うん、それは助か――じゃねぇよ! お前見たいだけじゃねぇか!」

「おかしなことを言いますな。美少女と混浴できるチャンスを、なぜ捨てねばならないのですか?」

 

 そこにからかいは何もなかった。思わずカズマが一瞬圧されるほどのそれは、百パーセント本気でそう言っていた。余計たちが悪い。

 カズマはここでキャルの気持ちが何となく理解できた。成程こいつはぶっ殺しとかないとやべーわ。彼の中の脳内キャルが全力で中指を立てていた。

 

「なあいいのか? こんなことしてるって知られたらキャルは絶対お前のこと嫌うぞ」

「何を言い出すのやら。私はキャルちゃんを愛でる、そこが違わぬ限り、何の問題もありますまい。そしてキャルちゃんもまたアクシズ教徒、この愛を理解してくれるに違いない」

「この間ぶっ殺されかけたの記憶から消してんの? 都合良すぎない?」

 

 アクセルではシズルやリノ、そしてキャルと会話していたので忘れかけていたが、よくよく考えればアクシズ教徒は大体こんなんであったとカズマは思い出した。なまじっか元々は偉い立場だったおかげで毒素も抜けないのだろう。セシリーが小賢しく立ち回っているだけかもしれないが。

 ともあれ。とりあえず目の前の変態を始末しないと大事な大事な恋人の裸を見られかねない。既にここに来ることを前提にそう結論付けるカズマも大概ではあるが、彼はそう決意するとゼスタを手に掛けるためゆっくりと彼に近付いた。

 

「いや待て。こいつ確かキャルの呪文食らってもピンピンしてたな……どうすれば死ぬんだ?」

「急に距離を詰めて中々物騒なことをおっしゃる。そう心配なさらずとも、私は恋人の逢瀬を邪魔することなどしません。物陰からこっそりと見守っていますので」

「堂々とデバガメ宣言されて何を安心すればいいんだよ!」

 

 とりあえずドレインタッチで体力と魔力吸い取ってから湯船に沈めようか。割と本気でそんなことを考え始めたタイミングで、扉の向こうから声がする。思わず動きを止めたカズマは、ゼスタの始末を後回しにして向こうの側の声を聴くことに全集中した。

 

「ま、待ってください! 流石に、ちょっと……」

「そうですか。ではわたしだけで行きます」

「駄目ですよ! というか、その、ほ、ほら、他の人もいるかもしれませんし」

「脱衣所を見る限り、カズマくん以外に人はいないみたいですけど」

 

 聞き覚えのある声がする。それだけを聞いていると一人二役で喋っているだけのようなそれを耳にしたカズマは、来るとは思っていなかったドキドキエロイベントの到来に胸を躍らせた。俺は賭けに勝った。そんなことを思いながら思わず拳を突き上げ。

 

「いや待って。こいついるじゃん」

「おかまいなく。私は温泉の景観の一つだとでも思ってくだされば結構」

「構うし思えんわ!」

 

 真面目な顔で静かにそう述べたゼスタにツッコミを入れると、カズマはそのまま立ち上がる。どうされましたかな、と尋ねる彼に向かって、決まってんだろと言い放った。

 

「ペコリーヌの裸は俺のもんなの! お前みたいな変態のおっさんに見させてたまるか!」

「な、なんという独占主義……可愛い美少女は皆で愛でよう、そういうアクシズ教徒の慈愛の精神はどこにいったのですか!」

「いや俺アクシズ教徒じゃないし」

 

 というかこの状況でその発言はアクアもちょっと引くんじゃないだろうか。そんなことを思いはしたが、まあどうでもいいかと飲み込んだ。

 ちなみに。どうなの? とアメスに聞かれたアクアはノーコメントを貫いた。

 そういうわけなので、カズマはゼスタを無視して湯船から出る。そのまま入り口へと進むと、ガラリと扉を開け放った。その音に反応して、脱衣所にいた二人がカズマに目を向ける。

 

「今、他にも客がいるからやめといた方がいいぞ」

「え? あ、はい」

「分かりました」

 

 それだけを言うと、カズマはそのままゆっくりと自分の服があった場所へと歩みを進めた。服を着直す音が彼の耳に届くが、決して振り向かない。静かに、冷静に、ゆっくりと。

 内心で血の涙を流しながら。

 

 

 

 

 

 

 二日目。浴場で必死に説得を試みるゼスタを無視りながら温泉を後にし、夕食を食べ、そしてダブルペコのいる空間で寝泊まりをしたカズマは、ぶっちゃけ寝不足であった。既にコッコロに見られている以上もう何も怖くない状態ではあるものの、それでも早起きする息子をペコリーヌに改めて発見されるのは避けたかったのだ。お預けを食らって悶々としていたから余計にである。

 

「大丈夫ですか? カズマくん」

「ふぁぁ……。まあ、大丈夫だろ。どうせ相手はところてんスライムだし」

「原因の場所はそう簡単にはいかなさそうですけど」

 

 昨日の資料を見直しながらぬいペコがそう述べる。その心配にはカズマも、そしてペコリーヌも同意するものの、ならば脅威となる何かがあるのかといえばそれも違うだろうと考えていた。流石のあの二人も、街の人々の命に関わるレベルのものを放置はしない。

 それでは行きましょうか、と三人は準備を整え目的地へと向かう。向かうは源泉、あの一件では結局辿り着かなかった場所だ。山道を登り、道中にある女神降臨の地という新たなる観光スポットを素通りし、険しくなる坂道の先。

 

「カズマくん」

「俺は何も見なかった」

「キャルちゃんの像が立ってましたね」

 

 降臨せし女神アクア像がある広場とは別に、特設展示とか書かれた場所にはこの間のアイドル衣装のキャルの像が飾られていた。係員が写真を撮ってくれるらしく、大分人だかりが出来ており大盛況である。ここにキャルがいたら、間違いなく目的地に辿り着く前に力尽きていただろう。

 幸いキャルはここにいない。恐らく来ることもないだろう。そう信じて、三人は源泉のある場所へと辿り着く。岩陰からそこを覗き込むと、昨日あれだけ討伐したにも拘わらずうじゃうじゃといるところてんスライムの群れが見えた。一箇所に集まり、そして何かに従っているような素振りを見せながら、しかしそこから先で立ち止まっている。

 

「なんだあれ?」

「ん~。誰かの命令を受けている感じはするんですけど」

「いえ、あれは多分逆です」

 

 え、とカズマとペコリーヌはぬいペコを見る。かつてドールマスターに従えられていた自分だからこそよく分かる。そう前置きすると、彼女はあの集まりの中心部を指差した。ぽっかりと空いているそこに目を向けさせると、ぬいペコは言葉を紡ぐ。

 

「あそこに、親玉がいたんだと思います」

「いたんだと思うって、どう見てもいないだろ」

「はい。だから、もう親玉の命令がないところてんスライムは、これまでの命令をひたすら繰り返してるんじゃないでしょうか」

「戻ってくるまで、場所を守るために……ですか?」

 

 ペコリーヌの言葉に、ぬいペコはそんな上等なものじゃないと思いますけどと返した。ちょっとだけ向こうに感じ入ってしまった彼女を引き戻すようにそう述べた。実際に、集めてきた食料はそのままところてんスライムが普通に自分達の栄養にしているらしく、それによって成長、増殖を行っていた。

 

「ま、どっちにしろ迷惑なものには違いないし、さっさとまとめて倒そうぜ」

「そうですね」

「はい」

 

 カズマの言葉に軽く頷くぬいペコと、気を取り直したペコリーヌの声が響く。とはいえ、範囲攻撃でズドンとやろうものならば源泉や配管に被害が出てしまう。奇襲はあまり適した戦法とは言えなさそうであった。

 仕方ない、と三人は岩陰から出る。見る限り集まっているのは全てところてんスライムだ。真正面からぶつかってもどうにかなるだろう。そう結論付け、群れへと足を踏み出す。

 

「ペコリーヌ、それ大丈夫なのか?」

 

 その前にカズマがペコリーヌに問い掛けた。今日の彼女は普段の服と剣のみである。頭にはティアラではなくカズマたちから貰ったカチューシャをつけており、王家の装備は全外し状態だ。フル装備だとところてんスライムが逃げるので仕方なしではあるが、この状態だともし万が一の時全力全開になれないという弊害もある。本人は大丈夫だと思いますよと言っている以上信じることしか出来ないが、彼としてはどうしても不安が残るわけで。

 

「もしもの時はわたしがいますから」

 

 そんなカズマにぬいペコが声を掛ける。が、勿論カズマは却下した。無表情のまま彼女は不満げに彼を見たが、カズマが意見を変えるはずもなく。

 もういいからさっさと倒して帰るぞ。そんなことを言いながらところてんスライムに近付いたカズマは、そこで急ブレーキを掛けた。何か変だぞ、と怪訝な表情を浮かべた。

 

「なあ、俺の気のせいだといいんだけど」

「どうしました?」

「あれ……合体してないか?」

 

 うぞうぞと動いていたところてんスライムが、こちらを認識した途端激しさを増した。重なり合うように更に集まっていくスライムは、そのままぐねぐねと体積を増やし、それに反比例するように数を減らしていく。

 小さな大量の群れが、大きな一つの個体へ。三人の目の前で変貌していく。

 

「おおぅ……」

「随分と大きくなりましたね」

「お~。これだけ大きいと、ゼリーにすればかなり食べごたえがありそうです。やばいですね☆」

「え? 食うの?」

「え? 食べないんですか?」

 

 どでかいところてんスライムを見上げながらそんなことをのたまったペコリーヌを、カズマは思わず見た。当たり前だが本気である。だよなぁ、とぬいペコを見た彼は、ゆっくりと首を横に振る彼女を見て目を瞬かせた。

 

「あれ? 食べないんだ」

「わたしのリアクションのほうが普通ですよね?」

「安心してくださいぬいペコ、わたしがしっかりと美味しく料理しますから」

「本物ほど食べられませんよ?」

「いや結局食うのかよ」

 

 量の問題なだけじゃねぇか、とツッコミを入れるカズマを見て、ペコリーヌとぬいペコはお互いに顔を見合わせた。何か変だっただろうか、と。

 

 



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その175

キングスライム


 アルカンレティアに着いてキャルがまずしたことは、土産物屋とそれに連なる連中をしばいて回ることであった。その姿はまさに鬼神が如し。一度もうどうにでもな~れ状態になったキャルに怖いものはない。

 ちなみにしばかれたアルカンレティアの面々の反応は、やりすぎたと反省する者、仕方なかったと言い訳を始める者、売上あげるから見逃してと買収を仕掛ける者、キャルちゃんが可愛いから悪いんだと開き直る者、しばかれるのがご褒美ですと喜びおかわりを要求する者などに分けられた。後半二つはそのまま埋められた。

 

「あの、キャルさま……」

「何? 言っとくけど今のあたしは機嫌悪いから、いくらコロ助でも変なこと言ったらただじゃおかないわよ」

「いえ、その……少し、休まれてはどうか、と」

「ここの連中ぶっ飛ばすのに半日掛かっちゃったもの、これ以上時間かけたらカズマ達に追い付けないわよ」

 

 しばき倒すついでに向こうの情報収集も行ったので、今日あの面子が源泉の方に向かったことは知っている。アルカンレティアは観光地を兼ねた広い街なので、移動するにもそこそこ時間が掛かるのだ。今二人がいる場所から源泉となると、最悪向こうが敵を倒し終わっている可能性すらある。

 

「ですが、相手はところてんスライムなのですから、主さまやペコリーヌさまならば問題ないのでは?」

「いや、まあ、そうかもしれないけど……。でも、なーんかやな予感するのよねぇ……」

 

 コッコロが心配してくれるのはありがたいが、自身のこの勘を捨て置くわけにもいかない。ガシガシと頭を掻いたキャルは、まあそういうわけだから心配するなと彼女の肩を叩いた。

 

「しっかし、こんなことならシェフィ連れてくればよかったわ。そうすりゃ一気に行けたのに」

「街中でシェフィさまにドラゴンの姿をとっていただくのは流石に問題では……?」

 

 移動手段!? と一人屋敷で虚空に向かってツッコミを入れているシェフィのことなど露知らず。迷っていても仕方ないとキャルはそのまま三人が向かったという源泉の道へと歩みを進めた。

 そうしながら、道中で集めた情報の整理を改めて行う。何が問題かといえば、当然。

 

「三人で行動してるらしいわね」

「男性お一人と、同じ顔をした女性お二人の組み合わせ、とのことでございますが……」

「ぬいペコ人型でいるってこと? 何か変な手段でも使ったのかしら」

「知らないうちに、単独でも変身を保てるまで力を蓄えたのかもしれません」

 

 ううむ、と二人は悩む。が、答えがそう簡単に出てくるはずもなく。合流すれば自ずと正解も分かるだろうとそれについては脇にどけた。ぬいペコが人型を保っている原因はとりあえず保留した。

 肝心な問題は原因ではなく、結果である。肉食系ぬいぐるみが肉食系等身大ペコ人形になっているのだ。そこから導き出されるのはどうしても下世話なものになる。ただでさえ悪友と親友が婚前交渉しているかどうかの心配もあるのに、そこに追加でそんな心配まで加えられてはたまったものではない。

 

「いえ、キャルさま。わたくしは主さまを信じております」

「あたしもあいつは信じてるわよ。多分あんたとは逆の意味で」

「キャルさま……」

「何よ。しょうがないじゃない。カズマよ? あれが色仕掛けとかに騙されないはずがないじゃない。っていうかついこないだ騙されてたのよ! それも今向こうにいるぬいペコに!」

 

 あの時カズマのカズマさんが無事だったのならば、ワンチャン桃源郷の建物内で致していてもおかしくなかった。そうキャルは考えている。考えているが、それはあくまであの時彼は相手がペコリーヌだと思っていたからだとも理解している。最初から偽物だと気付いていたら、あるいは何かしら別の誰かの色仕掛けだったら。最終合体まではいかなかったのではないか、とも思ってしまう。

 

「んー……。まあ、確かに、ペコリーヌがいれば大丈夫、かな?」

 

 どちらにせよ今現在クエスト中にやらかすことないだろうから、心配は杞憂、あるいは手遅れのどちらかだ。そんな当たり前の結論を出して、アホかあたしはとキャルは首を振って散らした。

 

「どちらにせよ。まずは主さまたちと合流するのが先決かと」

「そうね。よし、じゃあ一気にこの道を駆けあが――」

 

 そうして辿り着いた源泉へと続く道。以前は管理者くらいしか立ち入ることのなかったそれは、とある一件から整備され、道中にある女神降臨の地に向かうためのハイキングコースと化していた。降臨の地より先は従来のままだが、それでもかつてよりずっと進むのは楽になっている。冒険者であるキャルとコッコロが突き進むのも問題ないほどに。

 ただ、別の問題がそこにはあった。嫌な思い出のあるそこを眺めながらさっさと先に進もうとしたキャルは、はっきりとそれを視界に映してしまったのだ。

 

「あれは……キャルさまの、像、でございますね……」

「……ふ、ふふふふふふふふふ」

「キャルさま!? 一体何を!?」

 

 パチクリとそれを眺めていたコッコロは、隣の猫耳少女が魔力を急激に収束していることに気付いて声を上げた。パラパラと杖の先の魔導書は捲れ、集めた魔力を純粋な破壊の力へと変換していく。ネタ魔法ともいわれる最高威力の爆裂魔法には及ばずとも、彼女の固有上級魔法はその熟練度も合わせ今では相当のものを誇る。

 ちなみにそれの着弾点は今向こうでアクシズ教徒達が喜々として写真を撮っているアイドルキャル像である。

 

「ウァァァァビィスゥ、ヴァァァァストォォォォォ!」

 

 こうして特設展示場は木端微塵になったが、爆心地にいたアクシズ教徒は何故かどこか満足げであったという。

 

 

 

 

 

 

 巨大ところてんスライムをどう料理しようかと考えているペコリーヌのもとに、突如爆発音が響いた。視線を動かすと山道の途中、降臨の地のあたりから盛大に煙が上がっている。爆弾の処理でも失敗したのだろうか、そんなことを思わず考えてしまうほどだ。

 ちまみに、言うまでもないがどう料理しようかというのは比喩でもなんでもない。

 

「何かあったんでしょうか?」

「かもな。まあ、気にするほどじゃないだろ」

「……そうですか」

 

 ぬいペコも煙の上がっている方を見てそんなことを呟くが、カズマが別段慌てている様子でもなかったので流すことにした。アクセルでは確かに日常茶飯事だが、ここはアルカンレティア、向こうの流儀が通用するわけではない。彼女はそんな考えを持っていたが、反論する気もなかったのだ。

 勿論カズマとペコリーヌは、ここも変人と変態の巣窟であることを知っているので許容範囲内だ。

 

「そもそも、もし街に本当に何かあるんならあの二人が事前に何とかしてるだろうし」

「あ、じゃあ。あれひょっとしてキャルちゃんかもしれませんね」

 

 カズマの言葉にペコリーヌはそんな結論を出す。何で? とぬいペコはオリジナルの顔を見たが、ふざけている様子は一切ない上に割と自信ありげだったので考えることを諦めた。

 ともあれ。向こうの爆発がこちらのクエストに関係ないならば、さっさとこれを倒してしまうに限る。

 

「とりあえず適当に細かくして、食べやすい大きさにしましょう」

「料理番組の手順みたいなこと言い出したぞこいつ」

 

 カズマのツッコミを他所に、ペコリーヌは一足飛びで巨大ところてんスライムに迫る。グニャリと塊から触手のようなものを生み出していたが、王家の装備なしとはいえバーサーカー第一王女がそれで怯むはずもなし。地面が凹むほどの質量のそれを跳んで躱すと、そのまま触手を一刀両断した。でかい触手の先端がピチピチと活きの良い動きを見せる。

 

「じゃあ、まずはこれを使いましょう」

「その辺から食材調達してきたみたいな気安さやめない?」

「カズマくん。心配しなくても、ところてんスライムは立派な食材ですよ?」

「違う、そうじゃない!」

 

 巨大ところてんスライムの切れ端を活け締めしたペコリーヌは、手早く三枚おろしにすると、真ん中部分をくり抜き始めた。四角く切り取られたそれを見ながら、さて何から行きましょうかと暫し考え込む。

 

「カズマくん。甘いものとしょっぱいもの、どっちが食べたいですか?」

「え? じゃあしょっぱいやつ」

「分かりました。……っと、向こうの本体、動きませんね」

「あ、食欲に思考全振りしてたんじゃなかったのか」

 

 呑気なことを言いつつ、その実しっかりと警戒していたらしい。料理のレシピを検索しながら、一度迎撃されて以降攻撃を行わない巨大ところてんスライムを見て、彼女はそんなことを呟いていた。ぬいペコはそんな彼女をジト目で見つつも、同じく巨大ところてんスライムの様子に首を傾げている。

 

「本物のわたしのあの一撃で戦意喪失しちゃったんでしょうか」

「ん~。まあ確かにところてんスライムはスライムの中でも弱っちい部類ですけど。あれだけおっきくなったんなら、もう少し凶暴でもおかしくないと思うんですよね」

 

 ズズズ、とこちらの様子を窺うように巨体を揺らしているところてんスライムを見る。実際先程は逃げることより攻撃することを選んでいたので、凶暴さは増しているはずである。ぬいペコの言うように一撃で戦意喪失した可能性もないことはないが、合体した程度で凶暴さが増すスライムがそこまでの知能を有しているとも考えにくい。

 だが、しかし。

 

「いや、ちょっと待てよ」

「どうしたんですか? カズマくん」

「あいつひょっとして、こっちから攻撃仕掛けなきゃ動かないんじゃないのか?」

「え? あ、成程」

 

 『凶暴さが増している』と『戦意がない』のそれらは両立する。合体し凶暴さがましたので逃げることはしないが、しかし戦意はないので自分からは攻撃せず向こうが攻撃したときのみ反撃ないしは迎撃する。カズマの考えたのはそれだ。

 しかしそうなると。今度はなぜそうなったかが問題となる。配管を通って街を荒らし食料などを奪ってここに集まっていたところてんスライムは、やってきた敵を見て合体し巨大になった。だが、攻撃する気はない。流石にそれはおかしい。

 

「何かの罠か? にしちゃあからさまだし」

「……ひょっとしたら、親玉を待っているのかもしれませんね」

「どういうことですか?」

「あの合体、不完全なんじゃないでしょうか。本当ならあそこに親玉がくっつくはずだった、とか」

「成程。……じゃあ、その親玉が合体するともっと美味しくなるかもしれないってことですね」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 閃いたとばかりにそう述べるペコリーヌに、カズマはどこか可哀想なものを見る目を向ける。同時に、やっぱりこいつ食欲に思考全振りしてるわと考えを改めた。

 

「でも、カズマくん。さっきのこの巨大ところてんスライムの切り身、すっごく脂が乗ってますよ? 不完全でこれなら、完全体はこれ以上の旨味を凝縮するはずです」

「いやどうでもいいから。大体、その完全体とかいうのが滅茶苦茶強かったらどうするんだよ。お前は今王家の装備がないし、ぬいペコは全力禁止だしで詰むぞ」

「う……それは、そうですけど……」

 

 いくら食欲に全振りとはいえ、それで仲間を危険に晒すのは駄目だ。その一線はペコリーヌも越えないので、カズマの言葉に彼女は残念そうに肩を落とした。今の状態で我慢しましょう、そんなことをぼやきながら剣を構えた。

 

「じゃあ、さくっと倒してところてんスライムのフルコースと行きましょう」

「わたしは料理の手伝いしませんよ?」

「大丈夫です、わたしが腕を振るいますから。行きます! 《プリンセス――」

 

 ティアラは無いが、それでも王家の剣技スキルは十分な威力を誇る。光り輝く刀身から繰り出される一撃は、巨大なところてんスライムもあっさりと切り裂くことが出来るだろう。勿論、放てれば、の話である。

 それに気付いたのはぬいペコだ。カズマとペコリーヌを突き飛ばすと、自身も即座にその場から離脱しようとした。が、一歩遅い。どこから伸びてきた黒い触手が、ぬいペコの体を貫かん勢いで叩きつけてきた。

 

「ぬいペコ!?」

 

 衝撃で吹き飛ばされ、バウンドする。そのまま倒れて動かないぬいペコを見て、カズマが慌てて彼女へと駆け寄ろうと足を踏み出した。が、その前にペコリーヌがそれを遮る。追撃の黒い触手を、刀身の光っていた剣で弾き飛ばした。

 

「カズマくん!」

「さんきゅ!」

 

 改めてぬいペコへと駆け寄る。派手に吹き飛んだが、見る限り外傷はそれほどでもない。胸は全く動いておらず、呼吸をしていないのは明らかであった。

 

「ぬいペコ!? おい、大丈夫か?」

「はん! 無駄だ小僧。俺の一撃を食らったんだ、生物は間違いなく即死だろう」

「あ、はい。大丈夫です」

「何でぇ!?」

 

 思わず抱き寄せたぬいペコに声を掛けたのと同時、一体の黒いスライムが姿を現した。タコやクラゲのような、地球の古い映画の火星人のようなそれは、不敵に笑いながら自信満々にそんなことを述べ。

 パチリと目を開けたぬいペコをみて絶叫した。

 

「馬鹿な!? 息の根止まっていただろう!?」

「わたし魂はともかくボディは人形なので。元から呼吸は振りだけなんですよ」

「は? ……だ、だとしても! たかが人形のボディが毒に侵食されないはずが」

「このボディ、バニルさんとウィズさん、それにネネカさんの合作ですし」

「訳分からんわ! ――いや待て! バニル? ウィズ? その名前は、確かに聞いたことが……っ!」

 

 黒いクラゲスライムが頭部を押さえて悶える中、合流したペコリーヌもぬいペコが無事なのを見て安堵の息を零した。そんな彼女を見ながら、カズマは先程のぬいペコの言葉を思い返す。バニルとウィズ、ネネカの作ったボディだから。そう彼女はのたまった。

 

「え? マジで大丈夫なの?」

「最初からそう言ってるじゃないですか」

「お前の大丈夫は信用できないんだよ! 特にお前それで一回体ぶっ壊してるし」

「まあ、実際オーバーロード状態は限界を超える力を引き出すのでボディの頑丈さは関係ないですけど」

「お前ふざっけんなよ! やっぱりダメじゃねぇか!」

 

 ぐにぃ、と思いきりほっぺたを引っ張る。無表情のまま変顔になるぬいペコは、されるがまま抵抗をしなかった。自分と同じ顔が酷い目にあっているのを複雑な表情で見ていたペコリーヌも、気持ち的には似たようなものなので助けない。

 

「はぁ……。んじゃ、普通に戦う分には大丈夫ってことだな」

「はい」

「あぁ、もう。余計な心配させるなよ」

「……そうやって、心配して欲しかったから」

「俺は難聴系主人公じゃないから聞こえてるぞ。ったく」

「カズマくんカズマくん! わたしも! わたしも心配してください!」

「は? 何言ってんのお前? 心配って頭か? それとも腹?」

「酷くないです!?」

 

 がぁん、とショックを受けるペコリーヌを見ながら、ぬいペコはゆっくりと立ち上がる。心配してもらえるのは確かに嬉しいが、ああやって十全の信頼を貰える向こうが、彼女にとっては羨ましい。

 

「で、王家の装備なしで行けるのかあの黒いの」

「ん~。ちょっとやばいかもですね」

「おいペコリーヌ」

「大丈夫ですよ。カズマくんも、ぬいペコもいますし、それに」

 

 視線を黒いクラゲスライムの向こう側に向ける。つられるようにそちらを見たカズマは、毎度お馴染みの猫耳娘と大切な従者兼ママがこちらに駆けてくるのが見えた。こちらを見付けた二人、コッコロはご無事でよかったと笑顔を見せ、そしてキャルは小さく安堵の溜息を吐くと敵を見る。三人の背後の巨大ところてんスライムと、挟み撃ちにしている黒い――。

 

「ん? ……あんた、ハンス!? 何で!? あの時ぶっ殺したはずじゃ!?」

「ハン、ス……? ――そうだ、そうだ! 俺の名前はハンス! 魔王軍幹部のデッドリーポイズンスライム! ……あれ? 元だったか? というかこの間名前は思い出せてなかったか? そもそも何で俺はここに来たんだ? 確か俺は……お、れ、は……?」

 

 我に返ったかと思ったら再び悶え始めた黒いクラゲスライム、ハンスを見て、一行はさてどうしたものかと暫し迷った。普通に考えれば前回倒した相手なので、そのまま再び倒してしまうのがいいのだが、しかし。

 

「いや待て待て待て! 違う、そうじゃない! 俺はあの時あの子供と俺と同種族のあいつに連れ去られて――ネア、いくら俺が弱っているからって、そんなことにこの体を……っ! カリザ、お前だけでも……おい諦めるな! やめろ、やめてくれ! 逃げろ? 逃げてどうする!? 俺はもう……あ、あぁぁぁぁ!」

「……やばいですね」

「何かあったみたいね……」

「少し、お話を聞いてもよいのでは……?」

「いやでもこいつ問答無用で攻撃してきたんだぞ」

「そうでしたね。……あ。ひょっとしてところてんスライムの親玉って」

 

 ぬいペコの言葉に、ペコリーヌとカズマが素っ頓狂な声をあげる。事情を知らないキャルとコッコロに説明をしながら、トラウマと悪夢に苛まれているハンスをどうしたものかと再び頭を悩ませた。

 

「合体されたら食べられなくなっちゃいますもんね」

「そこじゃねぇよ!」

 

 



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その176

ネオ・○オング


「ええい! とにかく俺は絶対に戻らんからな!」

「いやこっち何も言ってないわよ」

「うるさい! アクシズの巫女の言う事なんぞ信じられるか!」

「あぁ? ぶっ殺すわよ?」

 

 呆れたようにハンスを見ていたキャルは、しかし彼の言葉で即座に表情を変える。なんとなく予想が付いたカズマとペコリーヌは、ああじゃあやっぱりあの爆発はキャルだったのかと頷いた。

 

「な、何だお前その殺気は……!? この俺が、魔王軍幹部のハンス様が圧される、だと……!?」

「元でしょ、元。あんた一回ぶっ殺されてんだからとっくに幹部の席なんか残ってないわよ」

 

 はん、と鼻で笑いながらキャルはハンスに一歩近付く。そうしながら、完全に目の据わった状態で、彼女は彼に指を突き付けた。まあ別にそんなことはどっちでもいいけど、とのたまった。

 

「どうせ今からもう一回ぶっ殺されるんだから、肩書もクソもないわよ」

「っ!? ぐ、ふ、な、嘗めるなよ! たとえ弱体化しても俺はデッドリーポイズンスライム、その辺の冒険者に負けるほどでぶおっ!」

 

 フルスイング。持っていた杖で思い切りハンスを殴り飛ばしたキャルは、バウンドする黒いスライムを見てもう一度鼻で笑った。転がったハンスを見下ろしながら、その口元を三日月に歪めた。

 横で見ていたコッコロはドン引きである。

 

「あーらあら、どうやらめっちゃくちゃ弱くなってるみたいねぇ。あたしみたいなその辺の冒険者にも負けそうになるなんて、元魔王軍幹部の名が泣くんじゃない? まあ、あたしは寛大だし? ここで地べた這いつくばって許しを請うなら考えてやってもいいわよ」

「誰がそんな……っ! いや、ちょっと待て……おかしいだろ。弱体化してるといっても物理攻撃がここまで効くはずが……」

「だからあんたがクソ弱いんでしょ? ところてんスライムに毛が生えたような強さしかないんだから、素直に謝って楽になっときなさい」

「やばいですね」

 

 変な方向に吹っ切れているキャルを見たペコリーヌが短く簡潔に感想を述べる。そんな彼女の言葉に、カズマはそうだなと頷いた。ハンスがぶちのめされている途中で合流したコッコロも、目の前の光景がよく分からないと困惑した表情を浮かべている。

 そんな中、ぬいペコだけは一人難しい表情を浮かべていた。何かおかしくないですか、と三人に述べた。

 

「おかしいって、何がだよ。いやまあキャルは確かにおかしいけど」

「そういう意味じゃないです。見たところ、あのハンスとかいうスライムは別に弱くありません。デッドリーポイズンスライムって言ってましたし、それなりに高レベルで、ちゃんと物理耐性とか魔法耐性もあるはずです」

「ですが、キャルさまは」

「はい、だからおかしいんです」

「……キャルちゃんに何か起きてるってことですか?」

 

 ゲシゲシとハンスを踏みつけているキャルを見る。やっていること自体はまあキャルの行動の範囲な気がしないでもないが、しかし確かに違和感はあった。あそこまで調子に乗った発言をしたり、あそこまで執拗に相手を痛めつけるようなことをしたりするのは。

 

「いやでも、キャルだからなぁ……」

「カズマくんのキャルちゃんのイメージどうなってるんですか?」

「いや、あいつって調子乗りやすいしマウント取れるならとことん取るし、後キレやすいし煽り耐性ゼロだし」

「後半関係なくないですか?」

「いやだから。ほれ、ここに来るまでにキレ散らかしてればああなるんじゃね、って」

 

 ぬいペコの問い掛けにそう返すと、カズマはコッコロを見た。え、と目をパチクリさせた彼女は、カズマの言いたいことを察するとコクリと頷く。

 ここに来るまでに、キャルはアルカンレティアで大暴れしていた。コッコロは彼へとそんな返答を述べた。予想はしていたので、カズマとついでにペコリーヌも彼女のそれに納得をする。

 

「えっと? それで、どうするとハンスをあんな風に?」

「そこが問題だよなぁ」

「今の会話何だったんですか……」

 

 無表情気味のぬいペコの眉が若干顰められる。そんな彼女にまあまあと言いながら、ペコリーヌは向こう側をもう一度見た。どちらにせよ、何か変な感じはするんですよね、と呟いた。

 あ、とコッコロが目を見開く。何かに気付いたように、彼女はキャルの首元を指差した。

 

「あのチョーカー……って確か、アクアの加護がすげぇ詰まってるんだっけ?」

「はい。女神アクアによるアクシズの巫女の証は、キャルさまを常に守護しております。ですが、今は守護というよりも、むしろ」

 

 コッコロの言葉で向こうのキャルのチョーカーへと注目すると、青い宝石が何かに呼応するように点滅を繰り返していた。何だか今にも爆発しそうだな、と思いはしたものの、それを口にすると面倒なことになりそうだったのでカズマは自重する。

 

「加護の力が溢れそうになってるんですか? あれって」

「そこまでは流石に分かりませんが……キャルさまの今の力の源はあのチョーカーで間違いはないと思われます」

「まあ、大丈夫なら別にいいんじゃないか?」

 

 爆発しそう、という感想は自分だけだったようなのでしっかり飲み込んで、カズマはそんな風に皆に述べた。あのままハンスを倒してくれるのならば万々歳。そう結論付けた。

 そうやって上手く行けばいいんですけど。ぬいペコはそんなことを呟く。他の面々と違って、自分の性質は魔物だ。だから、この状況でもあのレベルの魔物は黙ってやられはしないだろうと確信めいたものを持っている。とはいえ、その辺りは経験豊富な高レベル冒険者ならば同様に考えてもおかしくないはず、と彼女はカズマやコッコロ、ペコリーヌを見て。

 

「じゃあ今のうちに向こうのところてんスライム捌いておきますね」

「やっぱり食うのか……」

「では、お手伝いいたします」

「……いいんですか? 向こうは」

 

 ともすれば油断のし過ぎ。それで仲間を失ってはただの馬鹿だ。そんなことを思いながら述べたぬいペコに、ペコリーヌはクスリと笑みを浮かべた。しっかり仲間のことを大事に思ってくれてるんですね、と笑った。

 

「でも、大丈夫です。キャルちゃんはそんなに簡単にはやられません」

「でも」

「そうですね。確かに、向こうも何か考えているかもしれないっていう心配はあります。だからこそ、あのところてんスライムを先に片付けておこうって思ったんですよ」

 

 目をパチクリとさせたぬいペコは、そのまま視線をカズマに向けた。いや知らんし、と首を横に振っていたことから、織り込み済みではなかったのが伺える。が、口からデタラメを言っているようにも見えなくて。

 

「わたしはキャルちゃんのサポートに行きます」

「はい。じゃあ、よろしくお願いしますね」

「……むぅ」

 

 迷いのない信頼をぶつけられると、ぬいペコとしても何だかくすぐったい気持ちになる。オリジナルの性格は自身の生成の際にある程度承知だが、魔物な分若干やさぐれている自分と比べると、その真っ直ぐさは眩しすぎる。

 

「というか、わたしの中身ってカズマくんのも注がれてるんですよね……」

「おい急に俺を業の深いやつみたいにするのやめろ」

 

 唐突にぶっ飛んだ言葉を口にした彼女にジト目を向けながら、カズマは同じくキャルの方へと足を向けていた。彼の場合はペコリーヌの言葉を疑っているとかではなく、向こうには自分が必要ないと判断したためである。

 そんなわけで。彼は変わらずハンスを踏み付け続けているキャルに声を掛けた。

 

「何よ。あたし今このスライムぶっ殺すのに忙しいんだけど」

「いやトドメさせてないじゃん。決定打無いんじゃねぇの?」

「んー、まあ、そうね。カズマ、ちょっとブーストちょうだい」

「それでいけるのかよ……」

 

 キャルはそう簡単にはやられないのは確かだが、それとハンスを倒しきれるかどうかはまた別の話である。腐ってもデッドリーポイズンスライムで元魔王軍幹部。トドメが刺せない可能性は十分にあるわけで。

 まあいいやとカズマはショートソードを構えた。キャルと糸で繋ぐように切っ先を向け、そして彼女の能力を強化せんと力を。

 

「待ってください。様子が」

「いい加減にしろアクシズ教徒の猫娘ぇ!」

「うわっと!」

 

 踏み付けていたキャルの足を思い切り跳ね除けると、ハンスは怒り心頭のまま触手を伸ばした。させませんとぬいペコによって弾かれるが、元々牽制程度だったらしく、彼は追撃をしない。それによって三人が足を止めた隙に、ビョンビョンと飛び跳ねながらハンスは目的地まで駆け抜けた。

 向こうでペコリーヌが倒そうとしている、巨大合体ところてんスライムへ。

 

「え?」

「ペコリーヌさま!?」

「わ、っとと!」

 

 飛んできたハンスを横っ飛びで回避したペコリーヌは、しかしそれによって出来た隙間を通り抜ける黒いスライムを見て目を見開く。巨大合体スライムの頭頂部へと辿り着いたハンスが、見るがいいとドヤ顔を浮かべているのを視界に入れた。

 

「この俺の子分共と力を合わせ、俺は、あの時の力をもう一度取り戻す!」

 

 ぐにゃりと巨大合体ところてんスライムが形を変えた。まるで巨大な鎧のように、あるいは搭乗可能な要塞のように。カズマの感想で言うのならば巨大ロボットの合体アーマーのように。いかつい様相のその中心部には、ハンスが黒いタコクラゲスライム姿のまますっぽりと収まっていた。

 

「よくも、この俺をコケにしてくれたな! 覚悟しろ!」

 

 ハンスの触腕に合わせ、巨大アーマースライムもそのロボットアームを振り上げる。融合に統率者ともいえるパーツが合わさったためか、その耐久度や威力はところてんスライムとは思えないほどで。

 盛大な音とともに、地面がえぐれた。

 

 

 

 

 

 

「おいおいおいおい! ヤバいぞあれ!」

「親玉が合体したら物凄く強くなっちゃいましたね。ちょっとやばいかもしれません」

 

 質量の関係か、それともそんなものは飾りだと切り捨てたのか。巨大アーマースライムには足がない。が、別段問題なくこちらへと迫ってくる巨体は一種異様で恐怖を煽る。もっとも、ビジュアルだけで言うならば前回のハンスのほうが数倍グロテスクなので、その程度で戦意は失わないのだが。

 

「前回みたいに全力を叩き込むのもこの面子じゃ無理だしな……」

「あたしとペコリーヌだけじゃ確かにキツイわね」

「あ、キャルちゃん。わたし今王家の装備ないので、あれ相手だと決定打足りませんよ」

「何でよ!? 忘れるにしても限度あるでしょ!?」

「いや~、王家の装備を着けてると、ところてんスライム逃げちゃったんで……」

 

 たはは、と笑うペコリーヌを見て事情を察したキャルが肩を落とす。ああもう、と頭をガリガリ掻きながら、諦めたように前を見た。こうなったら自分ひとりでも何とかするしかない。そんな覚悟を決めて、彼女はカズマにブーストの要請を出した。

 

「いやお前一人じゃ無理だろ」

「やってみないと分かんないでしょ? あの時よりレベルも上がってるし、コロ助の支援とあんたのブーストで、思いっきりぶちかましてやるわ」

「ですがキャルさま……」

「大丈夫よコロ助。別に命懸けるわけじゃないんだし」

 

 そういうわけだから、と杖を構え直したキャルの頭上に影。危ない、とペコリーヌが彼女を掴んで飛び退ると、巨大スライムアームが彼女をぺしゃんこにしようと振り下ろされていた。

 

「呑気に相談している暇があるのか?」

「こ、っのクソスライム……っ!」

「はっ、雑魚が粋がるな!」

 

 叩き潰しから薙ぎ払いに移行した巨大アームは、地面ごと周囲を吹き飛ばした。地形が変わるほどの一撃に、源泉にも影響が出始める。

 

「あまりモタモタしてられませんね」

「そうだけど。どうすんのよ」

「――こうします」

 

 ぬいペコの髪飾りがオーラでティアラを形作り、彼女の関節部に青白いオーラが溢れ出る。ちょ!? とキャルが目を見開くのも気にせずに、ぬいペコはその状態でカズマに視線を送った。

 

「駄目だっつってんだろうが!」

「このままだと全滅です。犠牲は少ないほうが」

「だから! そういうシリアスめな選択肢は出さないんだよ俺は!」

 

 べし、とぬいペコにチョップを叩き込んだカズマは、オーバーロード状態を終了させるとそのまま彼女の手を取った。そうしながら、彼は他の三人の名前を呼ぶ。

 了解、とカズマに合わせるように、皆一斉にハンスから逃げ出した。

 

「貴様ら! 逃げる気か!」

「あったりまえでしょ! こんなところであんたみたいな図体のでかいクソバカスライムと戦ってなんかいられないわよ!」

「っく、待てぇ!」

 

 巨体を揺らしながら逃げる一行を追いかけてくる。逃げてどうするのか、と困惑顔のぬいペコとは違い、ペコリーヌもコッコロも彼の意図は承知済み。そのまま暫し逃走を続けたカズマ達は、大体この辺でいいかと足を止めた。

 

「……あ、源泉から」

 

 そういうことかと納得がいったぬいペコが手を叩くが、しかしだからといって状況が改善されているわけでもなし。依然として決定打がないのは変わらないのだ。それは当然キャルもコッコロも、そしてカズマとペコリーヌも分かっているはずなのだが。

 ギシリ、とハンスの動きが鈍った。自身の巨大アーマースライムとの連動が上手く行っていないのに気付いた彼は、一体どういうことだと体を構成しているところてんスライムを見やる。が、スライム自体には別段変化がない。

 

「これは一体――」

「何よあんた、気付いてなかったわけ?」

 

 ここよここ。とキャルは今自分が立っている場所を指差す。源泉の山道をとうに過ぎて、随分と舗装された景色の広がるここは、ハンスも見覚えのある光景だ。

 なにせ、彼は以前この場所でキャルにゴッドレクイエムを食らったのだから。

 

「キャルさまがここに来る前に魔法で広場を吹き飛ばしていたので、人は誰もおりませんね」

「おかげで、わたしたちで女神アクアの神域の効果を使えるわけです。やばいですね☆」

「……源泉から離れるだけじゃ、なかったんですね」

 

 以心伝心、とでも言うべきなのだろうか。四人の連携に、彼女は思わず感嘆の息を零す。そんな彼女に向かい、何ぼーっとしてんだよとカズマが声を掛けた。作戦に、連携に気付かずあぶれていた自分に何の用なのかと視線を向けると、彼はショートソードを構えてブーストを使う体勢に入っている。

 

「ここならギリギリいけるだろ」

「へ?」

「アクアの神域だし、俺のスキルみたいに一瞬使うだけなら体も無事なはずだ」

「……え、あ!」

 

 そういうことなのか。今度こそ本当に納得したぬいペコは、皆の顔を見渡すと己の体に火を入れた。再度髪飾りがオーラでティアラを形作り、関節に青白い炎が纏われる。ぶっ放せ、とカズマはオーバーロード状態のぬいペコにスキルブーストを行った。

 

「はい、見ててください。《オーバーロード――」

「ぐ、嘗めるなぁ! この俺が、この程度で!」

「――ストライク》!」

 

 巨大アーマーが袈裟斬りにされた。体の崩壊を気にせず限界を振り絞ればそのままトドメを刺すことが出来たかもしれないが、それをしたところで別に意味もない。そうしなければ全滅してしまうという状況は既に脱したし、何より。

 

「よし、体は大丈夫だな」

「……ちょっとふらつくので抱きしめてくれますか?」

「大丈夫だな!」

「むぅ」

 

 好き好んでモーニング以外でカズマのカズマさんがおはようしている姿をコッコロに見せる趣味はない。滅茶苦茶惜しんではいたが、カズマは断固として今この状況の色仕掛けを回避した。その辺りは分かっているので、ぬいペコも食い下がることはしない。そもそも戦闘中なのだ、ほんのちょっとならともかくガッツリ特殊プレイをするほど彼女も頭のネジが飛んでいない。

 

「へっくしゅ。さあ、クソスライム。もう一回ぶっ殺してやるから、覚悟しなさい!」

「ぐぅぅぅぅ……。まさか、俺はまた負けるのか? 記憶を失って、同族に拾われ、カリザを犠牲にしてまで生き延びたのに、こんなところで……っ!?」

 

 半壊している巨大アーマースライムを動かす。ところてんスライムの大半は既に倒され、残っている部分も後僅か。それでも、ハンスは諦めるわけにはいかなかった。魔王軍幹部というかつての栄光を取り戻すでもなく、デッドリーポイズンスライムという種族のプライドのためでもなく。

 何故かフリフリドレスを着せられ死んだ目になりながら。テメーみたいな弱ェやつなんざいらねぇんだ、とっととどっか行きやがれ。そう言ってあのデッドリーポイズンショタ喰いの魔の手から逃してくれた不器用な少年の最期の思いを無にしないために。*1

 

「俺は、ここで死ぬわけには――いかねぇんだよ!」

 

 半壊した巨大アーマーの手を伸ばした。虚を突かれた形になったキャルは、それに対する反応が一瞬遅れる。弱体化したそれでは叩き潰すことは出来ないが、捕まえて吸収しこちらのエネルギーに変換することは可能なはずだ。掴んだそれを引き寄せ、ハンスは巨大アーマースライムの中にそれを取り込み。

 

「ぐぅう、この粘液まみれは中々癖になりそうですぞ……! だが惜しい! 無害な状態で美少女を粘液でぬめぬめにすることさえ出来れば、私が女神アクア様のもとに罪の浄化を願うというのに。……そうだ、次のアクシズ教集会でところてんスライムを使ったぬめぬめ風呂を提案してみるのは」

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!」

 

 それがキャルの身代わりとなったゼスタであったことに気付くと盛大な悲鳴を上げた。

 

 

*1
カリザがハンスを捕まえようとしたから起きた、ただの自爆である



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その177

愛と怒りと悲しみの


「お、お前はあの時の変態!?」

「おや、どこかで会いましたか? 触手による快楽を布教する活動は最近ご無沙汰でしたが」

「そんなおぞましい宗教活動なんぞ関わっとらんわ! 見忘れたとは言わせんぞ! この俺、デッドリーポイズンスライムのハンスのことを!」

「……?」

「え? マジで覚えてないの?」

 

 巨大アーマースライムの中でたゆたいながらゼスタは首を傾げる。その反応を見たハンスは呆気にとられたような顔を浮かべ、しかし即座に首を振って散らした。別に覚えていようがいまいが関係がない。こいつを養分にして力を増大させるだけなのだから。

 

「む。これは……私を溶かすつもりですか?」

「ようやく気付いたか。だがもう遅い、俺と融合したところてんスライムはその消化力も進化を遂げている。人間一人溶かすことなど」

「消化力の変化……つまりそれは、あの伝説の服だけを溶かすスライムに変貌したと!?」

「いや聞けよ人の話! 服以外も溶かすわ!」

「ああ、そうですか」

「おい急に興味を失うな。今自分が溶かされようとしてるの分かってるのか?」

「いやはや、異な事をおっしゃる。あなたの目にはあそこに立つアクア様の加護を受けた伝説のアイドル巫女キャルちゃんの姿が見えないのですかな?」

「は?」

 

 視線を腹部から前に戻す。先程取り込もうとしていた猫耳少女が、状況の整理をしているのか目を瞬かせていた。

 あれがどうかしたのか。そんなことを思わないでもなかったが、ゼスタの言葉にハンスは嫌な記憶を思い出し顔を歪める。そうだ、あいつが水の女神を自身の体に降臨させ、桁違いの浄化をこの身にぶち込んだのだ、と。おかげでハンスは無駄に綺麗になっている。これまで喰らい己の体にしてきた者達の魂も天に召されたらしく、他の姿はさっぱり取れずデフォルト状態なのもそのせいだ。

 

「ふ、だが。今はもうあの時のようにはいかんぞ! こっちは人質が――」

「《アビスバースト》ぉ!」

「うぉぉぉぉ!?」

 

 腹部が爆発した。デッドリーポイズンスライムボディの特性によって魔法攻撃は減衰させているが、それはそれとして多少のダメージは受ける。が、それよりも問題なのは。

 眼の前のこいつがコアであるハンスではなく、明らかに腹部のゼスタを狙ったことだ。

 

「き、貴様! 何のつもりだ!」

「あんたが丁度よくゼスタのおっさん取り込んでくれたから一緒に始末しようかなって」

「迷いなく言ったぞこいつ……」

 

 マジかよ、とハンスが引く。そんな扱いでいいのかこのおっさんと視線を再度腹部に戻したが、当のゼスタはキャルの攻撃を受けてご満悦であった。見なかったことにした。

 

「きゃ、キャルちゃん! 流石にそれはちょっと」

「大丈夫よペコリーヌ。心配しなくてもちゃんとハンスもぶっ殺すわ」

「え、っと……? じゃあ、いいんですかね……?」

「ペコリーヌさま!? 丸め込まれないでくださいませ!」

 

 コッコロがツッコミを入れるが、キャルはそんな彼女に何も問題ないと言い放つ。あまりにも堂々とした物言いに、コッコロですら圧されかけた。

 本当にいいんですか? と傍観者になっていたぬいペコがカズマに問いかける。彼は彼で、少し悩んだ後首を縦に振った。彼は忘れていないのだ。あれがいなければ今頃自分は魔法使い予備軍を卒業していたのかもしれない、ということを。

 

「おーいキャル。ブーストいるか?」

「主さま!?」

「助かるわ」

「キャルちゃん!?」

「やばいですね」

 

 一人スンとした表情で野次馬をしているぬいペコはともかく。ノリノリでゼスタごとハンスを爆殺しようとしているキャルとカズマにペコリーヌもコッコロも慌て気味だ。

 が、説得しようとしている二人にカズマもキャルも笑みを浮かべた。大丈夫だと言いやがった。

 

『あのおっさんを始末するついでに、ハンスをぶっ殺すから』

「余計に駄目でございます!」

 

 

 

 

 

 

 ゼスタを取り込んだハンスは、非常に嫌々ではあるが、その力でどんどんと強力な存在へと変貌していく。対処法を間違えれば、やられるのはこちらの方であろう。

 そんなわけでキャルはさっさとゼスタを爆殺しようと画策しているのだが。

 

「キャルさま、分離させるのでは駄目なのでしょうか」

「駄目よ。おっさんが無事じゃない」

「そのための方法を提案したのでございますが……」

「コッコロ、聞いてくれ。キャルはこう言いたいんだ。ただ引き剥がすだけじゃもう一度取り込まれる可能性がある。だから、そうならないようにするべきだ、と」

「やばいですね……」

 

 いい感じに一人のおっさんの爆殺を納得させようとしている恋人にペコリーヌが若干引く。が、いかんせんその横の猫耳少女な親友も同じスタンスなので彼女としては自分のほうが間違っているんじゃないだろうかと思ってしまうわけで。

 

「本物。一応言っておきますけど、人として間違ってるのは多分向こうです」

「あ、やっぱりそうですよね。ん~……じゃあ、どうして二人はそんなことを?」

「多分本物には分からないと思いますよ」

 

 ベースがペコリーヌだが魔物でもあるぬいペコはその辺りが何となく理解できるが、基本真っ直ぐで純粋な腹ペコ脳筋王女はいまいち理解しづらいのだろう。それはそれで王族としてどうなのかと思わないでもないが、カズマがいれば十分カバー出来るので問題はあるまい。

 そこまでを考え、表情こそ変わらないものの、ぬいペコは少しだけ不貞腐れたように唇を尖らせる。

 

「さ、コロ助、ペコリーヌ。余計な話してる暇なんかないわよ。早くおっさんぶっ殺さないとハンスが強化されちゃう」

「……分かりました」

 

 キャルとカズマに説得されたのか、コッコロは覚悟を決めたように槍を構える。正直あんな変態のために心を痛めなくてもいいのにと二人は思っていたが、この心優しい少女はそれでも気にしてしまうのだろう。そう結論付け、カズマもキャルも一歩前に出る。手を汚すのは自分達だけだ、と。

 

「よし、行くぞペコリーヌ」

「あ、はい。……え? わたしは対象外なんですか?」

「いや、こういう時ってお前割り切りそうだし」

「まあ、本当にしょうがない時は割り切りますけど」

 

 これそういう場面かな、とペコリーヌは首を傾げている。ぬいペコの話を聞いて多少は理解を示したものの、彼女としてはまだそこまでだ。ついでに言ってしまえば、彼女の割り切る時は食すところまで入っているので、カズマ達がそこを承知かどうかが微妙でもある。

 

「とはいっても」

 

 自身のカチューシャを撫でる。王家の装備全パージ中の状態で、はたしてどのくらいの威力が出せるのか。剣を構えつつ、ゼスタを吸収した巨大アーマースライムを見上げ、ペコリーヌは少しだけ難しい顔をした。

 

「無理はしないほうがいいですよ、本物」

「大丈夫、無理はしませんよ」

 

 足に力を込める。一気にスライムへと駆けた彼女は、再生し始めた巨大な腕に向かって剣を振り上げる。ぞぶ、と刃がめり込んだものの、両断することは出来ずに途中で止まった。即座に剣を引き、向こうの反撃を躱しながらバックステップで距離を取る。

 

「やっぱり、普通の攻撃じゃダメみたいですね」

 

 フィニッシャーを担当できないのは分かっていたが、この様子だと牽制も怪しい。かといってコッコロのように後方支援に回ることも出来ないので、この状態では完全にお荷物だ。

 

「ペコリーヌ」

「どうしました?」

「いやどうしたはこっちのセリフだよ。めちゃくちゃ思い詰めた顔してたぞ」

「……そんなにですか?」

「そんなにだよ。ぬいペコが引き下がったら今度はお前かよ」

 

 はぁ、と溜息を吐くカズマに、ほんの少しだけ拗ねたような顔を向ける。そうしながら、でも役立たずは嫌ですと口にした。

 

「別に普段はあんたに頼りっぱなしなんだし、今回くらいは大人しく見てなさいよ」

「キャルちゃん……」

「大丈夫でございますペコリーヌさま。今回はわたくしたちにお任せを」

「コッコロちゃんまで」

「みんなもこう言ってるんですし、下がっててください本物」

「いやお前も下がってろよ。またぶっ放すのは普通にアウトだ」

 

 不満そうにペコリーヌとぬいペコが一歩下がる。そんな二人を見て思わす笑ってしまったキャルは、少しだけリラックスした表情でハンスを見た。杖を構え、先端の魔導書がパラパラと捲れ、そして先程と同じように魔法陣が展開される。

 

「さ、あんたが倒れるかあたしの魔力が尽きるか、勝負よ」

 

 一発目。衝撃でのけぞりはしたものの、やはりスライムボディの特性でダメージが軽減される。この程度でやられるか、とハンスは気にせずこちらへと迫った。

 

「一発で駄目なら、何発だって撃ってやるわよ! 《アビスバースト》ぉ!」

 

 二発目。三発目。そして四発目。直撃するたびにハンスの動きは止まるが、決定打には至っていない。食らうたびにゼスタがファンサービスに喜ぶので、再生能力が尽きることもない。先程のキャルの言葉で言うのならば、この勝負は間違いなく彼女の魔力のほうが先に尽きる。

 ならばカズマのブーストをその都度掛けて撃てばいいのかといえば、天秤はこちらに傾いていくだろうがキャルより先にカズマが力尽きるわけで。

 

「ふ、ははははは! どうやら俺より先にお前のほうが力尽きるみたいだな。……この男のおかげなのが釈然としないが、まあ選り好みしても仕方ない」

 

 魔法戦をする距離は既に詰められている。キャルが魔法を撃つよりハンスが巨大アーマースライムで彼女を押し潰す方が早いだろう。

 

「嘗めんじゃないわよ! 《ライト・オブ・セイバー》」

「はっ。その程度で俺がどうにかなるはずないだろうが!」

 

 だったら、と自身の最大火力ではなく、小回りの利く呪文に切り替えたキャルだったが、しかし生み出された光の刃は先程のペコリーヌの一撃のようにスライムの巨体の途中で止まってしまう。彼女とは違い、キャルはその辺りの近接戦闘の駆け引きは出来ず、ムキになって振り抜こうとしたことで回避のタイミングも逃してしまう。

 あ、とキャルが気付いた時には、彼女の頭上を影が覆い隠していた。

 

「そこまでですぞ! ピンチで怯える姿は滾りますが、大怪我は断じて否!」

「うぉ! 吸収されてるなら大人しくしていろこのっ!」

 

 くわ、とゼスタが目を見開き巨大アーマースライムの動きを鈍らせた。なら最初からやれよとツッコミを入れるほど余裕のある者はおらず、このチャンスを逃すなと行動をするのみだ。勿論ゼスタに感謝はしない。

 振り上げられた腕より高く飛び上がった少女が一人。王家の装備が使えないので、周囲の地形を踏み台にそこまで駆け上がったペコリーヌは、普段とは違う構えを取り、思い切り上段に剣を振りかぶった。

 

「お覚悟ぉ!」

 

 上から下に。落下する勢いを味方につけて、そのまま巨大な腕を切り裂いた。先程は半ばで止まった斬撃は、今度は止まることなく突き抜ける。

 巨大な腕を断ち切られたハンスは、その勢いで少しだけ後ずさる。前回の記憶がフラッシュバックし、そしてここに来た直前のネアの悪夢を思い出し。怒りか、パニックか、彼はゼスタのデバフを振り切って、残っていた部分でペコリーヌを吹き飛ばした。剣で防御をしたものの、ボールのように弾き飛ばされた彼女が宙を舞う。

 

「ペコリーヌ!?」

「わたしは大丈夫ですから、向こうを! ――あいたっ!」

 

 向こうに飛んでいきながら、キャルの言葉に彼女はそう返す。向こう、と言われた方向に向き直ったキャルは、そこでゼスタと目が合い。

 ぷつんと、何かが切れた。

 

 

 

 

 

 

 視界が真っ白になる。これは怒りか、それとも別の感情か。そんなことを思ったキャルは、しかし目の前に立っている存在を見て目を見開いた。青い髪、透き通った羽衣をまとったその姿。彼女は間違いなく。

 

「女神アクア……様?」

「キャル。私の愛しいアクシズの巫女」

「え、いやあたしそこまで目を掛けてもらうほどアクシズ教徒らしいことやってませんけど」

 

 柔らかに微笑みこちらを見詰める水の女神に、キャルは明らかに困惑した表情でそう返した。が、アクアはゆっくりと首を横に振る。いいえ、と。あなたは私の愛すべき存在だ、と。

 

「あなたの心は、いつでも私と共にあります。忘れないで。そして、あなたの為したいことのために力が足りないのならば――」

 

 す、と彼女のチョーカーに触れる。女神アクアを顕現させたことにより清められたそれは、普段よりも一際大きく輝いていた。キャルの気持ちに同調するように。己の足りない力を補うように。

 

「さあ、行きなさい、キャル。あなたの思うがままに」

「おっさんごとぶちかましますけど、大丈夫ですか?」

「…………アメスとエリスが流石にちょっとNG出してたし、少しくらいのお灸はまあいいかなって」

 

 女神の力をぶっぱしても死なない前提なんだ。そのことを察したキャルは、まあこのやり取りを伝えるだけでもダメージになるかと諦めた。ありがとうございます、と眼の前の水の女神に頭を下げた。

 

「私は、いつでもあなたを見守っていますよ」

 

 そう言って微笑む姿は、まさに全てを癒す女神そのもので。

 コンタクトを終えた後、二人の女神にからかわれてギャーギャー言いながら小学生みたいな喧嘩を繰り広げる存在にはまるで見えなかった。が、キャルには預かり知らぬ話である。

 彼女にとって重要なのは、女神のオフモードの姿ではなく。

 

「キャルさま……!? その、お姿は……」

「うお。何だ!? いきなり変身したぞ!」

 

 コッコロとカズマが驚く中、普段の黒を基調とした服からまるでウエディングドレスのような白い姿へと変貌したキャルがゆっくりと目を開く。ブラボー、とスライムの中で感動しているゼスタを一瞥し、短く舌打ちをした。

 

「コロ助、ペコリーヌの回復をお願い」

「は、はい。かしこまりました」

「ぬいペコ。大丈夫だとは思うけど、もしものフォローは頼んだわ」

「分かりました」

「カズマ。あんたはあたしにブースト」

「お、おう」

 

 言われるがまま、三人は指示に従い行動する。カズマからのブーストを貰ったキャルは、よし、と息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 

「行くわよ!」

 

 背中にオーラの翼が生える。ペコリーヌの変身後のそれと似た翼で、キャルは飛翔し一気にハンスへと肉薄した。先程自分がやろうとした、魔術師相手の接近戦を向こうが行ったことで、彼の動きが一瞬遅れる。

 キャルの手に魔法陣が浮かぶ。この距離で一体何の魔法を放つというのか。先程の焼き増しでもやるかのようなそれに、ハンスは一歩遅れた迎撃で。

 

「ぶっ殺す!」

「ぶぼぉ!」

 

 魔法陣で殴った。巨体がその一撃で後方に吹き飛ばされ、数回バウンドする。何が起こったのかさっぱり分からないまま、ハンスは追撃をしようとするキャルに巨大アーマースライムの腕を振り下ろした。

 飛翔する彼女にそんな攻撃は当たらない。バレルロールでもするかのように一撃を躱すと、もう一度生み出した魔法陣で再度ハンスをぶん殴った。

 

「《ゴッドブロー》!」

「が、はぁ……っ! お前、それは、あの時の!」

 

 動きやスキル構成こそ違うが、この一撃は紛れもない、魔王軍幹部のデッドリーポイズンスライムであった頃の自分が浄化された、忌々しい女神アクアの力そのものだ。以前はただ顕現した女神の力を借りているようであったが、今はまるで己の力へと昇華させたようにも見える。

 

「俺は、俺はまた負けるのか? あの女神の力に……? そんな、そんなはずが!」

「うるっさいわね。あんたはおっさんのついでなんだから、大人しく浄化されときなさいよ」

「ふざけるな! 俺は、俺はぁ!」

「ふ、大人しくしなさいスライム。キャルちゃんのあの神々しい姿、甘んじて受けることこそ、至高ではありませんかな?」

「いやお前は確かに素直にそのまま息の根止まっておけとは思うが」

 

 受け入れる態勢のゼスタをそっちのけで、ハンスは何とか抵抗しようと試みる。が、目の前の少女の両手に集まっていく聖なる力は中途半端な復活を果たした状態の自分では防ぎきれない。ゼスタを最後まで取り込んでいれば話は違ったかもしれないが、もうそんな時間もない。

 

「さあ、とっておきをお見舞いよ《ゴッドレクイエム》」

 

 両手に集めた浄化の力を解放する。その手を重ね合わせ、左手一つに集約させた。指を鳴らし、杖の魔導書のページが舞い散るように彼女の背後で魔法陣を形作る。有り余るほどの女神の力と、自分の得意とする魔法の組み合わせを、キャルは目の前の相手に叩き込もうとしているのだ。

 狙いは勿論ハンス。ではなく、取り込まれているゼスタだ。ハンスはついで、ぶっちゃけると当たっても当たらなくてもどっちでも良い。

 

「ネア!」

「え~。違うくな~い? カリザきゅん、人にものを頼むトキは~?」

「テメー人じゃねェだろ!」

「あ・そんなこと言っちゃうんだ。べっつに、アタシはどっちでも、いーんだけど~?」

「ち、っくしょうが! ……ね、ネアおねえちゃん」

「はいは~い♪」

 

 横合いからスライムの触手が伸びてくる。巨大アーマースライムと融合していたハンスを鷲掴みすると、一本釣りするように引き剥がし回収した。

 当然キャルもその動きは視界に映っている。が、先程も言ったように現在の彼女はぶっちゃけゼスタにぶち込むことができればそれでいいので。

 

「消えちゃえ! 《アビスエンド――」

 

 二つの力を重ね合わせたそれを、左手から撃ち出す。普段の彼女の呪文をゆうに超える力の塊が、目の前の相手を消し飛ばさんと放たれるのだ。

 

「バースト》ぉぉぉぉぉ!」

「素晴らしい! アクア様とキャルちゃんの力が合わさったこれはまさ」

 

 そうして何か言っていたゼスタは、今回の問題の原因であるスライムの融合体ごと吹き飛んだ。

 

「ああ……貴重な食材が」

「いや食うなよ! おっさん混ざってんだぞあれ」

「ペコリーヌさま……その、流石にわたくしも人を食すのはちょっと」

「わたし、本物を見てると自分が魔物なのか少し疑問になってきます」

 

 そう。誰もゼスタを心配しないのである。

 

 



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その178

リザルト


「ええ。ご苦労さま」

 

 アルカンレティア大教会の執務室。そこで今回のクエストの顛末の報告を受けたマナは、一行を見て笑みを浮かべた。絶対何か企んでいると身構えるカズマとキャルに、そんな怖い顔をしないで頂戴とマナは続ける。

 

「報告を聞くのが遅れた理由は、ゼスタを封印していたからよ。そこに他意はないわ」

「封印て」

 

 カズマはその言葉に眉を顰める。いやまあ確かにあの変態は野放しにしていてはいけない類だったろうけれど。彼のそんな思考を読んだのか、マナは笑みを浮かべたままそうは言っても、と言葉を続けた。言葉は強いが、実際は彼への制約をもう少し締め上げただけだと述べた。

 

「あれでも実力だけはアクシズ教徒の中では最高峰だもの」

「力持った変態って手に負えねぇな……」

「物は使いよう、よ。実際、今回の彼は役に立ってくれたわ」

 

 ねぇ、とマナはキャルを見る。ビクリと肩を震わせた彼女は、一体何の話でせうと視線を逸らした。

 

「女神の加護を受け、巫女として覚醒したわね。……ふふ、やはり貴女は、大事な仲間のためになら力を使うのを躊躇わないのね」

「別にあたしは……ゼスタのオッサンがむかついただけで……」

「ええ。ゼスタの行動が目に余ったのでしょう? 貴女の大切な仲間が迷惑を被っていたから。自分に降りかかることよりも、仲間が被害を受けることの方が許せなかったから。だから、目を逸らそうとしていた女神の加護と向き合った」

「…………悪いですか?」

「いいえ。汝の為したいことを為せばいい、アクシズ教はそれに異を唱えない。そんなことは百も承知でしょう?」

 

 若干怯えながらも、真っ直ぐにこちらの目を見てそう問い返すキャルに、マナはどこか満足げにそう返した。思い通りに動いてくれてご満悦なのか、それとも妹分がきちんと成長しているのが嬉しいのか。横でやり取りを見ながら笑っているラビリスタは見当がついていたが、口にはせずに飲み込んだ。はなからするつもりもなかったが。

 

「ともあれ。依頼は完了、報酬もギルドに渡しておいたから、後で受け取って頂戴」

「あの、マナさま……」

「どうしたのかしら?」

 

 書類をカズマ達の座っている机に置いたマナに、コッコロが小さく手を上げながら問いかける。どうしたのか、と言いつつも、しかしマナは彼女の質問が何か既に承知の上であるようだ。別段驚いた素振りもなく、表情は変わらぬ笑みのままだ。

 

「わたくしたちは、依頼を完遂したということでよろしいのですか?」

「ええ。私がそう言っているのだから、何も問題はないわ」

「え、っと。ということは」

 

 今度はペコリーヌが口を挟む。ちらりと視線を動かして、彼女たちとは別の場所にいる連中を視界に入れた。

 疲れ切っているハンスをおもちゃにしているネアを見て、その横で同じく燃え尽きているカリザを見て。あれでいいんだと彼女は頷いた。

 

「もう魔王軍でもなんでもない野良デッドリーポイズンスライムを捕獲している連中は、今のところアクシズ教徒には別段関係のない話よ。こちらに迷惑さえかけなければ、何をしても気にしないわ」

「アクシズ教だからね」

 

 マナの言葉に被せるようにラビリスタがそう言って笑う。そういうことでしたら、と頷いたコッコロは、同じく納得したようなペコリーヌと共に引き下がる。まあ何でもいいやとカズマはそんな二人を見ながら思った。

 

「そうそう。それで、これはアタシからのおまけ」

 

 そうして話が一段落したところに、ラビリスタが小さな飴玉のようなものをコトリと置く。一見すると小石だが、しかしただの石を彼女がおまけとして渡すはずもない。

 何なのよこれ、とキャルがラビリスタに尋ねると、彼女は視線をついとぬいペコへと動かした。これはそっちの娘用さ、と笑った。

 

「見たところ、普段の姿はそれじゃないだろう? これを体内に入れれば、この街と同じとはいかないけれど、今までよりぐっとその姿でいられる条件が緩くなるはずだ」

「……どういう理屈ですか?」

「そんな睨まなくても。それは女神アクア様の神聖力が染み込んだ石を加工したものだよ。別におかしなものじゃない」

「十分おかしい気がするのは俺だけか?」

 

 女神のだし汁か何かがあるのかこの街。そんなことを思いながら呟いた彼のそれに、ラビリスタはちゃんと理由があるからと返す。これはあの場所、女神降臨の地にあったものだと続けた。

 

「あそこのキャルちゃん像がアクシズ教徒にすっごい拝まれていたからね、破壊された破片を有効利用したってわけさ」

「ええ。丁度よく破壊されてよかったわね、キャル」

「…………」

 

 そこら辺から全て織り込み済みだったらしい。再び目が死んだキャルを見て、カズマは強く生きろよと心中だけで励ました。そのついでに、少し余計なことまで考えた。彼女自身で破壊させることで、この街の過剰なアイドルブームを意図的に抑えさせたのではないか、と。

 

「――っ!?」

「あら、どうしたのかしら、キャルのパーティーリーダーさん?」

「何でもないです!」

 

 育ての親と似てるんだな、とか一瞬でも思ったことを若干後悔しながら、カズマは全力で首を横に振っていた。

 マナの隣でラビリスタが爆笑していた。

 

 

 

 

 

 

 そうして用事を終えたカズマたちが執務室から出ていくと、今度はこちらだとマナはネアたちを見る。この連中のリーダーは実質彼女だろうとは思うのだが、名目上はそこで目が死んでいるカリザだろう。視線を一瞬ネアと交差させると、マナは彼女ではなくカリザに声を掛けた。

 

「さて、さっきはああ言ったけれど。今回の責任の一端は貴方達にも当然ある」

「……んだよ。テメェらが周囲のモンスターに出し抜かれただけだろ。オレには関係ねェ」

「あら、そう。まあどっちでもいいわ。認めようが認めまいが、こちらで勝手に処分を下すだけだもの」

「はぁ? ざっけんなよテメェ!」

「そんなに怒鳴らないで頂戴。別に貴方自身をどうこうするわけじゃないわ。そこの、野良デッドリーポイズンスライムを討伐するだけ」

 

 マナの言葉にカリザは顔を顰める。視線をハンスに向けると、彼は小さく舌打ちした。

 そうして視線を戻すと、嫌だね、とマナに返す。

 

「こいつはオレが捕まえた新しい子分だ。はいそうですかと簡単に渡すわけねェだろうが」

「別に、ハンスがいてもカリザきゅんいぢるのはやめないけど~」

「うるっせェんだよテメー!」

 

 ケラケラ笑うネアに向かって叫ぶと、カリザはとにかく嫌だともう一度言い放った。そんな啖呵を切った少年を、マナの横で見ていたラビリスタが楽しそうなものを見る目で眺める。

 そしてマナは、ただただ口角を上げた。口を三日月に歪めた。

 

「そう。なら、貴方が責任を負うということでいいのね?」

「んなわけねェだろ。オレはテメェらに文句言われる筋合いなんざこれっぽっちもねぇ」

「成程」

 

 空気が急激に冷える感覚がした。カリザは素早く身構えると、腰につけていた鞭を引っ張り出す。そんな彼を見て、ネアはカリザきゅんかっこいーと笑っていた。

 彼の背後で音。ラビリスタが生み出した物質でハンスを手早く捕らえると、そのままこちらへと引き寄せた。檻に入れられたことで我に返ったハンスは、脱出しようともがくもののどうにもならない。

 

「はい、一丁上がり、と」

「おいこらダサ赤メガネ! そいつを返しやがれ!」

「ダメダメ。さっきも言っただろう? 彼には責任を取ってもらわないと」

「だから、そんなことはさせねーって言ってんだろうが! ソイツはオレのもんだ、テメェらに好き勝手させるかよ!」

「あ、カリザきゅーん、今のアタシにも言ってホシいな~。ネアお姉ちゃんの~、お・ね・が・い~♪」

「うっせぇわ!」

 

 ネアとカリザのやり取りを見て、ラビリスタは楽しそうに笑う。いやー、これは中々じゃないかな。そんなことを言いながら、彼女は隣のマナを見た。

 

「さ、そろそろいっちゃう?」

「そうね。これ以上は流石に時間の無駄だわ」

 

 そう述べると、マナはカリザへと一歩踏み出した。ビクリと震え再度身構えた彼に向かい、マナは変わらぬ笑みを浮かべながら一枚の書類を取り出し、見せる。そんなに嫌ならば、と言葉を続けた。

 

「貴方がこのスライムの管理責任者になってもらおうかしら。野良モンスターを勝手に従えていると自称するよりは、きちんと手続きをした方が軽くなるもの」

「だからオレは責任なんか」

「あら、そう。子分にしたとか豪語する割には、責任を持ってこのスライムを従える、ということはしたくないのね」

「……あぁ?」

「沸点ひっく~い。つ・ま・り~。これって、ハンスの責任者になっとけばカリザきゅんお咎めナシー、ってことで、いい感じ?」

「注意でおしまいだね。まあもうそれも終わってるから、実質無しでいいと思うよ」

 

 口を挟んだネアの言葉に、ラビリスタが返す。ふ~ん、と返事をした彼女は、マナの持っている書類をちらりと見た。見て、ふむふむと頷きながら非常に悪い笑みを浮かべる。

 

「カリザきゅん、どーする?」

「どうするも何も、オレは」

「俺のことは気にするな」

「あん?」

 

 檻の中でハンスが呟く。カリザを真っ直ぐに見ながら、別にもういいと彼は続けた。魔王軍幹部でも何でもなくなった自分は、無理に生きながらえる理由がない。そんなことを自嘲気味に述べた。

 

「あぁ、そうかよ。……おい腹黒カマ狐、その書類よこしやがれ」

 

 マナから書類を奪い取る。そのまま署名欄に乱暴に自分の名前を書くと、これでいいだろと押し付けた。

 マナはそれを静かに受け取る。己の呼称のことなど全く気にせず、カリザの名前の書かれたそれを見て、なんとも容易いとばかりに口角を上げた。

 

「ええ。これで貴方は――アクシズ教徒よ」

「……は?」

 

 ペラリと書類を裏返す。そこに書かれていたのは紛れもないアクシズ教への入信書。そして署名のところには、これら全てを承諾するという旨がしっかり記載されていた。

 

「テメェ、騙し――」

「人聞きが悪いわね。アクシズ教徒ならば、この程度のことは咎めるまでもない。ほら、嘘は吐いていないでしょう?」

「っざ、っけんなァァァァ!」

「ラビリスタ」

「はいよ」

 

 瞬時にカリザが檻に捕らえられる。ガシャガシャと掴んで抵抗するが、彼のスキル構成ではそれを破壊することが出来ない。そして何より。

 

「さて、こちらの用事も終わったことだし。ネア、後は好きにしてかまわないわ」

「はーい。ゴチになりま~す♪」

「え、ちょま、おいネア! テメー本気か!? 待て待て待て待て! こ、この! 出せ、ここから出せ! 出してくれェェ!」

「も~。ダイジョーブだから、お姉ちゃんが、ちゃ~んと、可愛がってあ・げ・る・か~ら」

「俺は、このまま生きてていいのか……?」

 

 モラトリアム気味なハンスを他所に、哀れな少年の悲鳴がアルカンレティアの大教会に木霊する。アクシズ教徒はそれを聞いて、ああなんだか羨ましそうなことをやっているんだなと思いを馳せるのだ。

 

 

 

 

 

 

「酷い目にあった」

 

 帰宅したカズマの第一声がこれである。本当はもっとキャッキャでウフフなイベントが待っているはずだったのに、結局彼が見たのはおっさんの裸体だけだ。可愛くてスタイル抜群の彼女が一緒だったのに、その彼女と同じ見た目で肉食系気味な人形の魔物も一緒だったのに。彼が見ることの出来たのはおっさんの裸だ。

 

「あはは。でも、わたしは意外と楽しかったですよ」

「ああそうかい」

 

 ペコリーヌの言葉に大分テキトーな言葉を返しながら、カズマは教会リビングのソファーに座る。その隣に、無言のままキャルがどかりと座り込んだ。

 その表情はカズマと同じく、否、カズマより疲れ切っている。そんな彼女を横目で見ながら、まあこいつはこいつで酷い目にあってるからなぁ、と心中で呟いた。

 

「もうやだ……」

「大丈夫ですよキャルちゃん。わたしは嬉しかったですよ。キャルちゃんが、わたしのためにあれだけ怒ってくれたんですから」

「それが嫌だっつってんのよあたしは! はっきりと言葉にされると何かもうどうしようもなくむず痒いの!」

「いや、ていうか今更だろ」

「そうかもしれないけど、そうじゃない!」

 

 自分の中で仲間が、ペコリーヌやコッコロ、そしてカズマがどうしようもなく大切な存在である、ということを改めて突き付けられ、自分でも認めてしまった。そうマナに暴露されたのが問題なのである。

 

「マナにぃ姉さんは絶対これ利用して何かしてくる……」

「それがなくても何かしてくるんじゃないのかあの人」

「そうだけど……」

 

 そもそもがそうなるよう仕向けられたのだから、今更何を言っても手遅れだ。そんなことをカズマに言われ、そうなんだけどとキャルは肩を落とした。自分でも理解しているのだが、認めたくないのだろう。

 ふむ、とそんなキャルを見たペコリーヌは、分かりましたと胸を叩いた。こういう時に元気を出すには一つしかないと言い放った。

 

「美味しいものを食べましょう!」

「お前さ、最終的に解決方法いっつもそれに持ってくのやめない?」

「何かおかしかったですか? みんなで美味しいものを食べれば、元気が出てきますよ」

 

 微塵も疑うことのない口調でそう言われると、カズマもそれ以上反論しにくい。いやまあそうだけどさ、と若干圧され気味にそうとだけ述べると、どうしようとばかりにキャルを見た。こっち見んなと視線で返された。

 

「はいはい。ったく、あんた見てると悩んでるあたしが馬鹿らしくなってくるわ」

「まあ実際お前の悩みは馬鹿らしいと思うぞ」

「うっさい。で? 何食べるの?」

 

 よいしょ、と立ち上がったキャルが伸びをする。どうやら彼女の中では今から外食をするという流れだと思ったらしい。実際カズマも同じ考えで、まあ酒場でいいんじゃないかと言葉を返している。

 が、提案者は違ったらしい。ここはわたしに任せてくださいと再度胸をどんと叩いた。

 

「それに、今コッコロちゃんとぬいペコが向こうの屋敷におみやげ渡しに行っちゃってますし、食べに行くなら戻ってきてからじゃないと」

「まあ、そうね。じゃあそれまでは」

「はい、それまでの間に食べるものを今からわたしが作ります」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 皆が集まってから食事に行くから、それまでの間食べるためのものを彼女が今から作るらしい。ペコリーヌにとってはある意味いつものことなのだが、それでも不意打ち気味に繰り出されるとカズマも時々脳がバグる。

 

「大丈夫です。丁度今回のクエストで手に入れたおみやげがありますから」

「いやそういう意味じゃなくて。……おみやげ?」

「ん? 何? あんたたち向こうで何か食材買ってたの?」

「いや、俺は覚えがないけど……何か買ってたのかな」

 

 鼻歌交じりにキッチンへと向かっていくペコリーヌを見ながら、カズマもキャルもどこか訝しげな表情になる。これはこのまま待っていていいやつなのだろうか。そんな不安が頭をもたげた。

 

「……まあ、美味しいものには仕上げてくるだろうから」

「あんたそれでいいわけ?」

 

 いつぞやの蟲スイーツを思い出しながら、カズマはどこか遠い目でそう呟いた。何が問題かって本人は純粋に善意のもてなしでやっているからだ。美味しいものを食べさせたくてやっているからだ。

 結局逃げるのは諦め、二人はペコリーヌが用意する得体の知れない食事を待つことにした。暫くして、はい出来ました、とガラスの器に入ったスイーツを机に置く。

 

「……あれ?」

「普通だわ」

「二人ともわたしのこと何だと思ってるんです?」

 

 出てきた涼やかな見た目のスイーツとペコリーヌを交互に見る。その動きに少しだけ不満げに頬を膨らませながら、しかし次の瞬間には笑顔になってさあ召し上がれと彼女は述べた。

 

「んじゃ遠慮なく……あ、美味い」

「あむ。あ、ほんとね。これ美味し――って、あ」

「どうしました?」

 

 食べて気が付いた。この食感には覚えがある。知り合いのアレなやつが大好物の、例のアレだ。とはいえ、それ自体は別段問題はない。食材として扱われる魔物であり、ゲテモノの類には当てはまらないからだ。

 

「ねえ、ペコリーヌ」

「どうしました?」

「これ、ところてんスライムのゼリーよね」

「そうですよ。食事前の軽いおやつにはぴったりですよね」

「うえ!? って、まあ言われてみれば確かにそうだな。……いや待った、これひょっとして」

 

 材料を聞いて一瞬驚いたカズマも、食材として使われるタイプの魔物なのを思い出して胸を撫で下ろし。そしてキャルと同じ答えに行き着いた。

 

「クエストの時に剥ぎ取った新鮮な巨大ところてんスライムの欠片です。生クリームのような濃厚なコクとバターみたいな滑らかな油が、ゼリーなのにケーキやプリンみたいな味わいを出してくれるんですよ。やばいですね☆」

「…………あ、でも、おっさんとハンスが混ざってない時のだからセーフか」

「そっちの可能性が浮かんで胃ごと中身吐き出すとこだったわ」

 

 一瞬浮かんだ最悪のイメージをなんとか振り切り。盛大な溜息を吐きながら、二人は再度スイーツにスプーンを向けた。美味い。美味いが、何となく手放しに褒めたくない。

 

「ところてんスライムと聞いて!」

「呼んでない。帰れ」

「……なあ、おっさんも突然出てきたし今のセシリーもそうなんだけど、ひょっとしてどこからか湧き出てくる特性ってアクシズ教徒のスキルなの?」

「はぁ? そんなわけないで――」

「もう。弟くんは心配性だなぁ」

「そうそう。だめですよお兄ちゃん。そんなのはトリモチ葡萄です」

「私達はお姉ちゃんパワーと妹パワーであって、向こうとは別だしね。あとリノちゃん、『取り越し苦労』だと思うよ」

 

 蛇足だが。ぬるりと現れたアクシズ教徒ーズを目の当たりにして、キャルは自分のツッコミが間違っているんじゃないだろうかと割と本気で心配し始めるのだった。

 

 



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その179

別の姫様


「こ、ここここんこんちちわわ!」

「アオイちゃん落ち着いて! あ、お、おはようございます。……おはようございますでいいですよね?」

「別に気にすることじゃないだろ……。というか何で付き添い私だけなんだよ、ここまで揃うならルーシーも来いっての……」

 

 ウィズ魔道具店。そこに入ってきたぼっち二人と、森のぼっちのポケットで溜息を吐く安楽王女を見ながら、バニルは楽しそうに笑っていた。そんな彼を横目に、ウィズはいらっしゃいと三人を休憩スペースに案内している。

 

「それで? 何の用だよバニル」

「そう警戒するでない、気付くと絆されまくって保護者になっている安楽王女よ。まあぼっちの手綱役としては非常に重宝するので是非とも継続してもらいたいところではあるが、今回の用件は汝そのものだ」

「私?」

 

 その通り。そう言って口角を上げたバニルは、実は新商品のアイデアを思い付いたのだと言葉を続けた。画期的なダイエット食品、そう前置きをした彼は、そのために食べても太らない食材を調達したいと述べた。

 そんなものがあるんですかと不思議そうに首を傾げるぼっち二人とは対照的に、安楽王女はバニルのその言葉にあからさまに顔を顰めた。食べても太らない食材の調達、という話で自分が呼ばれたということは、つまり。

 

「そういうのは安楽少女の領分だろ。私クラスまで進化するとそっちの能力は殆ど使わないんで鈍るぞ」

「だろうな。安楽少女と比べ、安楽王女が塩漬けクエストになれど積極に討伐依頼が出ないのがその証左であろう」

「個体が少ないってのもあるけどな」

 

 そう言って鼻で笑った安楽王女は、なら話はおしまいだと打ち切りに掛かった。が、バニルは笑みを消さずに彼女を見ている。そんな彼の様子を、ウィズも別段慌てることなく眺めていることから、どうやらこのやり取りは織り込み済みだったらしい。

 勿論ぼっち二人は話についていけない。

 

「え、ええっと? どういう話なのでございますでしょうでありますか?」

「そこの性悪仮面悪魔が、安楽少女の生息地教えろっつってんだよ」

「え? 安楽少女って、安楽王女さんの若い頃の姿、ですよね? それっていいんですか?」

「その言い方は語弊があるけどな。後私自身は別に安楽少女をどうこう思っちゃいないし」

「それは汝がBB団として馴染みまくっているからであろう。喜ぶがいいぼっち共、そやつは汝らを大切に思っておるぞ」

「やかましいわ!」

 

 バニルの言葉を聞いて目をキラキラさせているアオイとゆんゆんを無視して、安楽王女は盛大に溜息を吐く。自分は魔物なのに何でこう疲れる立ち位置にいるのだろうか。そんなことを思いながら、そういえば最近この街の住人になったイカれ野郎を模したぬいぐるみ型魔物もこっち側じゃないかとどうでもいいことがふと頭をよぎる。

 ともあれ。別段同種族の扱いについては個人的にはどうでもいい以上、バニルの提案を断らなくてはいけない理由は特にない。強いて言うのならば個人的に嫌、ということくらいだ。

 

「勿論報酬は用意する。何なら情報提供だけしてくれれば、後は別の連中に捕獲なり採取なりを任せてもマージンの確保は約束しようではないか」

「胡散臭い。何でそんなに羽振りがいいんだよ」

「フハハハハ! そんなものは決まっておろう、そこにいる雇われになったおかげで経営が安定し、無駄に腹の肉がついてしまったアンデッド店主が贅肉を腐り落とす以外の方法を模索していたから以外にあるはずが」

「《カースド・ライトニング》!」

「華麗に脱皮!」

 

 バニルが立っていた場所に落雷が落ちる。が、その前に仮面を外し放り投げたことによって、雷は土塊を焦がすだけに終わってしまった。勿論仮面は再度土塊を吸収しバニルを形作る。

 

「店を破壊する気か? 汝の呪文とは違う雷がオーナーから落ちるぞ?」

「誰のせいだと思っているんですか!」

「汝の不摂生の賜であろうに。そもそもアンデッドが太るな。ファットゾンビにでもクラスチェンジするつもりか?」

 

 はぁ、と呆れたように肩を竦めるバニルを、ウィズは涙目になりながら睨む。そんなやり取りをぽかんとした顔で見ていたぼっち二人であったが、しかし我に返ってからの反応は異なっていた。アオイは成程そうなんですね、と子供のような感想を述べるのみで、ゆんゆんは流石に女の人に太るとか言っちゃだめですよとご立腹だ。

 

「はっ! た、確かに! そういうキャッキャウフフな話題とか今まで生きていて一度も振られたことがなかったので気付きませんでした。……まあ、そもそも会話する機会自体がなかったんですけど」

「だ、大丈夫よアオイちゃん。私も別にそういう会話した経験一度もないから! 脳内で想像していたシチュエーションってだけだから!」

「お前らさぁ……」

「こやつらのぼっちは筋金入りだな」

「これから私達とそういうお話しましょうね……」

 

 何だかキレた自分が馬鹿らしくなったウィズまでもそこに参加する辺り、恐らくもうどうしようもないのだろう。もちろん腹はへっこまない。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、ギルドで把握している個体と安楽王女の持っている情報を照らし合わせ丁度いい場所を絞り込んだバニルは、件の依頼を酒場に張り出すことにした。出来上がった商品は儲けになるため、その辺りはアキノも承知の上である。

 とはいったものの、安楽少女の果実の採取という依頼は件の魔物の見た目や特性のこともあり、中々受注してくれる冒険者はいなかった。依頼書を見ながら、安楽王女もまあそうだろうなと頷いている始末である。

 

「そんなに大変なんですか?」

「いや、強さは別にそうでもないんだけど。見た目で庇護欲を誘って、手を出しにくくしてるんだよ」

「紅魔の里に向かう街道でも一時期問題になってましたね。ミツキ先生たちに採取されちゃいましたけど」

「今の私の話全否定するような例を出すんじゃない」

 

 ちなみに内訳は診療所からミツキとエリコ、研究所からネネカの三人である。運が悪かったと言わざるをえない。

 そんな狂人の共演はどうでもよく、目下の問題はこの依頼を受けてくれる冒険者がいないことである。最悪自分で取ってくる羽目になる。というか多分その方が早い。

 

「あ、ねえねえダスト。これとかどうかしら?」

「だから、ノリと勢いでどうしようもない依頼受けようとするなって何回言ったら分かるんですかね」

 

 そう思っていた矢先。一人の少女が依頼書を指さして笑顔を浮かべていた。そうしてやってきた相手に、ほれほれと剥がした依頼書を見せつける。見せられた方、アクセルのチンピラ冒険者ダストは、彼女のそれをひったくると一瞥した後再び掲示板に貼り直した。

 そんなやり取りを見ていたBB団も、まあそうだろうなと別段驚かない。

 

「なんでよー。採取依頼でしょ? お手軽じゃない」

「依頼をよく見ろっつってんですよ。安楽少女の果実の採取が手軽なわけねぇだろうが」

「そう? だってほら、そこに王女サマいるじゃない」

 

 ほれ、とアオイのポケットにいる安楽王女に向き直る。突如視線を向けられたアオイはあばばばとテンパっていたが、挙動不審な振動を始める前に脱出した彼女はそのままゆんゆんの肩に移動した。

 

「いや、こいつがここにいるってことはこれに関わらないってことだろ」

「まあ、確かにそうね」

 

 ふむ、と頷いた少女――リオノールは、しかし依頼書に視線を戻して動かない。何でそんなにその依頼にこだわるんだとダストは呆れた表情で彼女に述べたが、返ってくるのはまあちょっと、という一言だけ。

 どうせ碌でもない理由なんだろうな。そう彼は結論付けた。

 

「ひ――お嬢様。いい加減諦めたらどうですか?」

「何よモニカ。あなたは気にならないの? 理想的なダイエット食品よ? 楽して痩せられるのよ?」

「……私の体型を見てもう一度おっしゃってくれますか?」

「背の小ささと体重は別でしょ? この間もお菓子食べ過ぎたって――」

「あー! あー! あー! 確かに! ここのところアクセルでのんびりとし過ぎたきらいはありますね!」

「おいモニカ」

「貴公は少し黙っていてくれ。いや、そもそも、今の姫の呟きは聞こえたのか……?」

「増やすんなら腹より胸にしとけよ」

 

 次の瞬間、思い切り足を踏まれ追撃にスネを蹴り飛ばされたダストが悶絶することになるが、周囲のやり取りを聞いていた面々は誰一人として同情の目を向けなかった。男性冒険者ですら、そりゃそうだろ、と非難の目を向けている。

 

「モニカさん、ごめんね、うちのダストが」

「い、いや。こいつにデリカシーがないのは昔から知っているので、リーン殿が気に病むことはないぞ」

 

 セクハラ発言こそしなかったが、女性の気持ちを欠片も考えないのはライン時代から変わらない。堅物過ぎて枯れている、という感じだったので今のダストとは真逆であるが。

 

「そうよ~。こいつってば私の胸を平気で揉みしだいてくるんだもの」

「しとらんわ!」

「ダストはね、自分で私を汚しておいて、俺が綺麗にしてやるって二の腕を掴んで、私の胸に手を……」

「ダスト、あんた……っ!」

「誤解だ誤解! 汚れたってのはこのお転婆が自分で地面に寝っ転がって砂で汚れた話だし、俺はその汚れを払っただけだっつの!」

「でも揉んだのよね?」

「揉んでない!」

「嘘つき。あんたがその状況でエロいことしないはずないでしょ」

 

 ジト目でダストを睨むリーン。そしてそんな彼を見て笑っているリオノール。収拾つかないと溜息を吐くモニカ。ここ最近の彼の周囲のお約束パターンである。よく飽きないな、と思わないでもないが、まあ日常というのはえてしてそういうものなのだろう。

 

「ま、ダストをからかうのはこの辺にして。ねえリーンさん、この依頼ってどう思う?」

「さっき見てたやつよね。んー……果実の採取だけなら、大丈夫じゃない?」

「でしょ? ほら、ダスト、早速依頼を」

「だから! そんな楽な依頼ならそこのぼっちどもが自分でやってるだろうが! 絶対面倒なことになるに決まってんだよ!」

「ただ単に同族だから手を出したくない、というわけではないのか?」

「何でお前もそっち側になってんだよ!」

 

 リオノール、リーン、そしてモニカの三人が肯定寄りになったおかげで、拒否りたいダストは完全にアウェーとなってしまった。どうにか味方を用意しようとしても、ぼっち共はむしろ依頼を受けてくれるなら良しのスタンスなので敵側。そうなると周囲にいる中で探さなくてはいけないわけで。

 

「……あ、フェイトフォー!」

「ん? だちゅと、呼んだ?」

「ああ、ちょっとこの三人に言ってやってくれないか? こんな依頼受けるんじゃないって」

「依頼? いりちゅが、ゆにとくろえとちえるといっちょに受けてるやちゅ?」

「へ? ああ、そういやあの三人今王都に行ってんだったな。あー、よく知らねぇが多分それより面倒なやつだ。な、だから」

「やる」

「――え?」

「いりちゅたちより大変な依頼やって、ふぇいとふぉーがちぇるっと勝ちゅ。たんてきにゆーと、ドヤ顔ちたい」

「誰だよこいつに変な言い回し教えたのは!」

 

 酒場のテーブルで山盛りの食事をしていたフェイトフォーを呼んでみたものの、結果はまさかの大誤算。逆に向こうの仲間を増やすことと相成った。これでますますダストの意見が通らなくなる。

 

「チンピラ。一応私の方でもルーシーが手伝い探してたし、人手多ければその分危険もなくなるだろうから、まあ元気出せ」

「余計に心配になってきたぞ」

 

 

 

 

 

 

 というわけで集まった面子の肩書は、チンピラ、王女、護衛騎士、冒険者、ホワイトドラゴンに加えて。

 

「頑張るわ」

「よろしくお願いいたします」

「あの幽霊ふざけてんのか」

 

 ホワイトドラゴンその二、ぬいぐるみ型魔物、となった。ダストは追加メンバーを一瞥すると、後ろのリオノール達に大丈夫じゃないだろと言い放つ。

 

「どうして? シェフィちゃんはうちのフォーちゃんより年季のあるホワイトドラゴンでしょ? 戦力として申し分ないわ」

「しぇふぃは、強い」

「ありがとう、フェイトフォー。私もホワイトドラゴンとして恥ずかしくない働きをするわ」

「……じゃあこいつは? 連れてくるなら本物の方だろ。何で偽物のぬいぐるみなんだよ」

 

 シェフィの肩にいるぬいコロを指差す。彼の言葉にぬいコロ自体は承知の上なのか、お言葉はごもっともでございますと頷いていた。

 

「しかし、今本物のわたくしはキャルさまのメンタルケアをしておりまして」

「何があったんだよあいつ」

 

 アルカンレティアの一件は箝口令が敷かれた。経緯はどうであれ、完全なるアクシズの巫女として成ってしまったことが知られるとキャルの終わりだからである。

 そんなわけで、丁度よく強化アイテムを貰ったこともあり、他に変人窟に値する支援役のあてもないことから彼女に白羽の矢が立ったのだ。ユカリは依頼者側だから忙しく、ルーシーはBB団の地縛霊であることから範囲外での単体運用が厳しい、セレスディナも研究所の実験体扱いなので同様、セシリーとシズルは論外だ。

 

「……こいつが一番マシか」

「未熟な魔物なりに、精一杯努めさせていだきますので」

 

 というか一番常識人な気がする。そんなことを思ったダストは、相変わらず魔物が常識人の分類になるこの街の異常さからそっと目を逸らした。

 まあここでグダグダしていても仕方がない。早速出発しようと一行は街から目的地へと足を進める。場所はアクセルからそう遠くない湖の近く。そこへ向かいながら、ダストとリーンはあれ? と首を傾げた。

 

「なあリーン。こっちの方向って確か」

「あー、うん、そうね。確かこっちは」

 

 シェフィを見る。どうかしたの、と首を傾げている彼女に向かい、お前がいた場所だろうがとダストがツッコミを入れた。

 

「え? あれ? そうだったかしら?」

「頭赤ん坊になってた頃の記憶なくなったわけじゃねぇんだろ? 単純に物覚え悪いのか」

「失礼ね。そんなことはないわよ。ちょっとど忘れしただけよ、きっと」

「あるいは、思い出したくない記憶なのかもね」

 

 リーンがあははと苦笑する。そういえば彼女はあの場所でドラゴンから人に変身したのだ、ダスト達の目の前で、幼児後退していたおかげで未熟な状態のまま。

 

「あー。そうか、お前あそこで俺たちに全裸を」

「あぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 精神が元に戻り、ドラゴンから人としての生活に段々と馴染み。その結果、かつて平気でまっぱだったあの時は彼女の中で立派な黒歴史になっていた。羞恥が後から押し寄せてきたのだ。記憶に蓋をしたくなるのも仕方ないことである。

 真っ赤になって慌てるシェフィに、ダストはニヤニヤと笑いながら気にするなと述べる。個人的にはもっとムチムチしてないと興奮しないからなと追い打ちをかけた。

 

「……ふーん。ねえダスト、私は結構ムチムチだと思うんだけど」

「だからなんですか」

「彼女と比べて、どう? 見たことあるでしょ? 私の裸」

 

 リーンが目を見開いた。こいつ遂にやりやがったと杖を構え、呪文を唱えようとする。そんな彼女を待て待て誤解だと必死で押し留めると、ダストはモニカに助け舟を求めた。

 そう言われても、とモニカは彼の言葉に頬を掻くのみである。

 

「あの夜のことは、私は伝聞でしか知らないからな。貴公の擁護は難しいぞ」

「ダスト……。あんたってやつは」

「だから誤解だっつの! というかだな、別に犯罪じゃないんだから文句言われる筋合いはねぇだろ?」

「う……まあ、確かに、そうね」

「酒に酔った勢いで凄く激しかったけれど……きゃ♪」

「デタラメやめてくれます!?」

 

 頬に手を当てていやんいやんと悶えるリオノールを、ダストとモニカがいい加減にしろとひっぱたく。頭を擦りながら、はいはいと話を切り上げた彼女は、目的地に行きましょうと鼻歌交じりに歩いていった。

 

「フェイトフォー」

「んー?」

「あなたのところの姫様、凄いのね」

「ん。でも、悪い人じゃないから、へーき」

「それは、そうね。ペコリーヌさんのお友達だものね」

 

 頷き、納得し。そして笑顔を浮かべるシェフィを彼女の肩から見上げつつ、ぬいコロは思う。

 リオノールちゃんは悪い人じゃないですけど、くれぐれもしっかりと気を付けて、あまり信用しすぎないでくださいね、悪い人じゃないんですけど。そう無駄に念押ししていた腹ペコ姫の言葉が、何だか無性に気になってきた、と。

 

 



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その180

「はぁ……」

 

 道中でリーンがぼやく。そんな彼女を見てモニカは苦笑して声を掛けた。あの表情はそういうことだろうと察したのだ。案の定というべきか、モニカの言葉にリーンはその通りだと言わんばかりに頷く。

 

「やっぱりどうにも信じられないのよね。清廉潔白で騎士の鑑みたいな人がどうやるとああなるわけ?」

 

 彼女にとってダストは女好きのチンピラ冒険者で、どうしようもないクズで、でも何だかんだ放っておけないパーティーメンバーで。とまあそういう存在で、自身との関係としては別段何か特別な意味合いを持つようなものではないと無駄に強調する感じだ。

 ちなみに、彼女がそうやって自分に言い聞かせているタイミングでアメス教会にいた猫娘が盛大にくしゃみをしていたが多分関係ないだろう。

 ともあれ。脱線したがリーンにとってのダストと、リオノール達から語られたかつてのダスト――ライン・シェイカーが重ならなさすぎて未だに混乱しているのだ。

 その事自体はモニカも頷けることである。彼女にとっての融通の利かない堅物で馬鹿みたいに真面目で共にリオノール姫に引っ掻き回された悪友と、だらしない女好きのチンピラ冒険者の一致する部分が少なすぎて最初は何の冗談かと思ったからだ。

 

「まあ……あいつは変なところでも真面目だからな。全力でチンピラになろうとして実際になってしまったのだろう」

「……ふーん」

「だが、まあ。本質は変わっていない。リーン殿の知るダストと、私の知っているラインは、紛れもなく同じ男だ」

「それではいそうですかって納得できないから悩んでるんだけど」

「だろうな」

 

 ははは、とモニカは苦笑する。その辺りはこちらが両方を知っているからかもしれない、と何となく彼女も察しているからだ。後はリオノールに毎度巻き込まれて感覚が麻痺しているからとか。

 

「はぁ……あたしもクウカみたいに気にしないでいれたらよかったんだけど」

 

 これまでと変わらず接してくれるのなら別に何でもいい。そう言ってのけたアクセル第二ドMの姿を思い出す。思い出して、あれそれは何か違くないと己の妥協点を変更させた。

 あいつはただ自分の性癖を満たせるのならば過去はどうでもいいという意味合いじゃなかったか、と。

 

「いや、ああ見えて何だかんだダストに懐いてるし、ちゃんとした意味もあるわよね、うん」

「リーン殿?」

「大丈夫大丈夫。何でもないから」

 

 ぶんぶんと首を振って散らし、再び最初の悩みに戻る。戻るが、結局のところ解決方法は無いと言っても問題ない。彼女達の言っていることは真っ赤なウソだと否定して信じないかでもすれば、一応現状無くすこと自体は出来るが。

 

「あーあ、あたしも昔のダストを見れたらなぁ」

「本人は全力で嫌がりそうだが」

「別に減るもんじゃないでしょ。それに……何か、悔しいし」

 

 ポツリと自分で呟いた言葉にハッとして、リーンは違う違うと否定する。自分は別にあんなチンピラのことなんか何とも思っていないし、実は姫様だったらしいリオノールがダストにベタベタするのに嫉妬もしていない。そうだそうだと言い聞かせ、彼女は会話を打ち切るとずんずんと歩みを進め始めた。

 

「りーん、ご機嫌ななめ?」

「いや、あれは……まあ、大丈夫なやつだろう、多分」

 

 フェイトフォーの言葉にモニカはそう返す。ぶっちゃけ自分もあの手の物事が得意ではない。下手に首を突っ込むと碌なことにならないと結論付け、横の彼女にも述べた。

 

「私も、自分ではそういうのはよく分からないから、なんとも言えないわね」

「わたくしは……ぬいペコほどではありませんが、多少なら」

 

 同じく聞いていたもう一体のホワイトドラゴンとぬいぐるみ型魔物はそんな感想をこぼす。そう言いながら、しかしシェフィは誰かを思い出すように視線を上に上げ、そして戻すと同時に表情を笑顔に変えた。

 

「でも、恋が凄く素敵なものなのはよく知っているわ」

「ええ。そうでございますね」

 

 彼女が思い浮かべたのは、最弱職と腹ペコ姫の顔。あるいはひょっとしたら、そこに猫耳娘とお世話エルフ少女も混ぜていたかもしれない。どちらにせよ、シェフィにとっての恋とは、ああいう感じなのだ。だから、リーンとダストとリオノール、そしてひょっとしたら横にいるモニカも加えて、そうなれるのが良いと思ったりもするわけで。

 

「応援は、しっかりとするから」

「ん? あ、ああ」

 

 なぜ自分を見て言うのだろう。モニカは首を傾げながらシェフィに返事をした。

 

 

 

 

 

 

 目的地までもう少し。その辺りで、一行は足を止めた。集団の気配がしたのだ。耳をそばだてるとうっすらと聴こえてくるのは人の言語だが、安楽少女のものとは違い、恐らく男。もし他に人語を解する魔物が群れていたのだとしたら大問題なので、緩んでいた空気を引き締めると、ダスト達はゆっくりとその方向へと近付いていった。

 

「……冒険者?」

「にしちゃ、見かけねぇ顔だな」

「二人が知らないということは、別の街の人なのかしらね」

「どちらにせよ、あまり真っ当ではなさそうだな」

 

 リーン、ダスト、リオノール、モニカの人間組が向こうの集団をそう評する。クエストもない状態でここに冒険者がわざわざやってくるような理由は殆どない。現在アクセルのギルドではクエストは出ていなかったし、別の街では尚更。なので、ピクニックにでも来たか、あるいは自分達のように何かを探しに来たかくらいになるわけだが。

 

「ホワイトドラゴンの目撃例、かしら」

 

 シェフィが呟く。以前の自分がここでやらかしたことを思い出しながら述べたそれを聞き、だとしたら相当情報が遅れているわねとリオノールが笑った。笑ったが、しかし視線は男達から外さない。

 

「一度目撃されたってことは、ここには何かある。そう考えたチンピラ崩れかな?」

「そうね。リーンさんの言った通りな可能性は十分あるわ」

「落ちてた毛でも拾うつもりか? 王家が声明出してるんだから、真っ当な手段じゃ売れねぇだろ」

 

 ホワイトドラゴンは希少種であり、幸運の象徴として好事家に大人気、実際に爪や体毛にも十分な魔力が宿っているので高値で取引される。だからこそ冒険者がこぞって白竜を狩り、その結果姿を消したと言われていたほどだ。そのため、再び存在が確認された現在ではその三体共に所属が明確にされており、下手に手を出すと国を敵に回すことに繋がるため、普通の手段ではどうしようもない。

 ちなみに、それを置いておいても普通の高レベル冒険者程度程度では手を出した時点ですり潰されて終わりである。変人窟の一員だぞこいつら。

 

「それで、どうする? 放置しておくのも面倒な気がするが」

「こっちに関係ないならめんどくせぇし放置でいいだろ」

「……ちょっと無理かも。気付かれたわ」

 

 二人の会話を聞いていただけのシェフィが、ピクリと反応した。その言葉に向こうの集団を再度見るが、こちらに目を向けてはいない。どういうことだとシェフィを見ると、彼女は集団とは別の方向を睨んでいた。

 

「ちっ。仲間がいたのか」

「ちょうど向こうの巡回ルートだったみたいね」

「話が通じればいいけど……やっぱり無理かな」

 

 ダスト、リオノール、リーンがそんな事をぼやきながら構える。モニカも無言で剣の柄に手を添え、フェイトフォーとシェフィも空気を引き締めた。そういうことならば、と肩に乗っていたぬいコロもぴょんと降り立ち、ゆっくりと意識を己の中心に集中させる。

 

「わ! コッコロちゃんになった」

「はい。わたくしは本来模倣人形の魔物ですので、魔力を充填することによって本物と同じ姿へと変化できます。これまでは外部からのバックアップが必要でしたが、この間頂いたアイテムによって、わたくしの力だけでも短時間ならば可能となりました」

「へー。……なんだか、服の布の量少なくない?」

 

 普段のコッコロの格好もローブ一枚で割と薄着気味だが、人型になったぬいコロはそれにも増して薄着である。流石に下着、ではないのだが、ぱっと見ほぼ水着だ。本人はそれ自体には別段思うところはないらしく、やはりまだ己の力だけではこれが限界なのでしょうと軽く言ってのけた。

 まあそれでいいのなら、と一行もそれ以上は何も言わず、改めてと気を引き締める。すぐさまこちらに来ないところからして、向こうの連中に伝えて挟み撃ち、ないしは合流してからという腹積もりだろう。周囲を警戒しつつ、不利にならないよう自分達の位置を入れ替えるように移動し、そして。

 

「お前ら、一体ここに何の用だ?」

「こっちのセリフだ。お前ら、こんな場所に何の用があって来てんだよ」

 

 草木をかき分けやってきた男達の一人が、奇襲が出来ないと判断してそんな言葉を投げ掛けてきた。ダストはそれに返しながら、合流して増えた連中をぐるりと見渡す。冒険者崩れ、といったところだろう。この程度ならば真正面からぶつかっても今の面子は問題なく勝てる。

 

「お前たちには関係ないだろう」

「まぁな。俺たちに関係ないなら、こっちだって相手しねぇよ」

 

 ダストの言葉に、残りの面々も別段反論しない。現状眼の前の連中はただ怪しい奴らというだけだ。素直に引き下がってこちらに何もしないのならば、戦う必要も全くない。

 こちらに話しかけてきた男は、それを聞いてしばし考え込む。じゃあそっちの目的は何だ、そうダストに問い掛けた。勿論答える義理もないので、ダストは先程の男が言った言葉をそっくりそのまま返したのだが。

 

「言えないようなことをする気か? ここで」

「あぁ? お前らみたいな怪しい奴らに言う必要はねぇってだけで」

「親分。やっぱりこいつら」

 

 ダストの言葉を遮るように、眼の前の男とは別の冒険者崩れが言葉を紡ぐ。その視線は彼ではなく、彼以外の女性陣を一人一人眺めていた。リオノールは除く。

 そしてその男の言葉を聞いた親分と呼ばれた冒険者崩れも、ああ分かっていると頷く。リーンとシェフィを見て、フェイトフォーとモニカ、そしてぬいコロを愛でるように視界に入れて。

 

「お前、そこの可愛らしいロリに何をするつもりだ?」

「……は?」

 

 射殺さんばかりにダストを睨んだ。その表情は皆一様に、こいつは始末するべき悪だと述べている。勿論ダストは意味が分からないので、何言ってんだこいつという目を向けるのみだ。

 

「とぼけるなよ。ここは人気もないし、モンスターも出ない。街からも程よく離れている。――いかがわしいことをするには最適だろう?」

「いや普通に宿だろ、そういう時は」

「何を言ってる。ロリといやらしいことをするのに宿を使ったら捕まるだろ、だからお前は」

「お前が何言ってんだよ。……あ? お前ら、そういう連中か」

 

 呆れたような顔をしていたダストだが、そのやり取りでピンときた。まあつまりはそういうことだろうと合点がいった。こいつらがそういう事をしようとしていたのだろうと判断した。

 

「ガキでも攫って犯そうとでも思ってたのかよ、おま――」

「バカなことを言うな! 神聖なるロリをそんな扱いしてたまるか!」

 

 ガラじゃないが、流石にそれは胸糞が悪い。リオノールと再会したことで若干昔に引きずられたのもあるかもしれないし、フェイトフォーがいるからかもしれない。ともあれ、彼にしては珍しく真面目な表情を浮かべたその瞬間、男達はそれを全力で否定した。そしてついでに何か言い出した。

 

「団内ルール、その一! ロリは愛でても手を出すな」

『ロリは愛でても手を出すな!』

「団内ルール、その二! 決して性的な目で見てはならない!」

『決して、性的な目で見てはならない!』

 

 そのまま続けて謎の団内ルールを復唱し始める変態共。この口ぶりだとまだいくらでもありそうだが、とりあえず切りの良いところまで終わると、分かったかとダストを睨んだ。

 分かりたくない。それが素直な彼の感想である。

 

「ね、ねえダスト。この人達って」

「ロリコンだ」

 

 リーンがおずおずと尋ね、ダストはきっぱりと断言した。そうだよね、とげんなりした顔で一歩下がる、というか引いた彼女は、しかしそこで首を傾げた。何にキレたんだこいつら、と。

 

「そこのお前が、神聖なるロリにいかがわしいことをしようとしているからだ!」

「とっとと始末しようぜこいつら」

「そうはいかんぞ! 俺たちは何としてでも、そこのロリたちを守ってみせる」

「何これ?」

 

 シェフィが状況についていけずに呟いた。が、いかんせんほぼ全員ついていけていないので彼女のそれに返答は来ない。

 

「大体お前、ロリ顔少女二人と、パーフェクトなロリを三人も侍らせて言い訳が利くと思ってんのか!」

 

 ロリコン集団はそう言ってリーンとシェフィ、そしてモニカとフェイトフォー、ぬいコロを指差す。こんなところにそんな美少女をわざわざ連れてくるチンピラとくれば、答えは一つであるとばかりに、そう述べた。

 

「ロリ顔……。ま、まあ童顔ってだけで、別に体型は何も言われてないからセーフセーフ……」

「私、そんなに幼く見えるのかしら」

 

 そして言われた方である女性陣だが。リーンはものすごく微妙な顔で、シェフィは純粋に疑問なようで首を傾げていて。

 

「ぱーふぇくちょ、ろり?」

「フェイトフォーさま、あれは覚えなくともよい言葉でございます」

 

 よく分かってないフェイトフォーに、本物と比べると純粋さは薄めのぬいコロがそう述べて。

 対象外のリオノールは蚊帳の外なのを少し不満げにしながら傍観者立ちをして、そして。

 

「……おい」

 

 モニカが普段出さないようなドスの利いた声を零す。ロリ顔少女でもなく、対象外でもなく。普通にロリ扱いされたことに、あれだけの人数の誰一人として彼女がロリであることを疑わないことに。

 彼女は、キレた。

 

「覚悟しろ。全員まとめて、叩きのめしてやる」

「おいモニカ、落ち着け。お前の見た目がガキなのは今に始まったことじゃねぇだおぼぉ!」

「こいつらを始末したら、次は貴公だ、ライン」

 

 神速抜刀でダストのみぞおちに剣の柄をねじ込むと、モニカはゆっくりと一歩前に出た。それはまさに鬼神、かつてブライドル王国で並ぶものなしと言われたほどの部隊を率いた、一人の騎士隊長。

 

「な、ま、待て! 俺たちはロリを決して傷付け――」

「まだ言うか! 私はモニカ・ヴァイスヴィント、ブライドル王国所属の騎士で――――十七歳だ!」

 

 紫電一閃。瞬く間に複数人を薙ぎ倒したモニカは、倒れた連中に目もくれず、残った男達をギロリと睨み付ける。殺気がひしひしと伝わってくるそれに、男達は震え上がり。

 そして同時に、なんだか少し快感を覚えた。

 

「これが……合法ロリ……幻の……存在したなんて」

 

 そんな新たな芽生えを感じつつ次々と吹き飛ばされていく部下を見ながら、親分は地面に転がったまま呟いた。ロリでありながら、きちんと年齢を重ねている。人外でしかありえないと思っていた存在が、ギャップ萌えを体現する存在が、まさかこんなところに。

 

「ああ……女神エリスに、感謝を」

 

 




エリス「何を感謝されているの!?」


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その181

これダストの方が真っ当な主人公してない?


「で?」

 

 縛られ転がされている連中を見下ろす。やる気のない表情のまま、ダストはロリコン団の親分に問い掛けた。お前らはなんでここに来たんだ、と。

 

「何度も言わせるな。俺たちは、ここにいる可憐なロリを守りに来たんだ!」

「頭おかしいのか?」

 

 さっきから質問の答えはこれである。男達はこんな場所にロリっ娘を探しに来たのだと言い張っているのだ。いくら危険が少ないとはいえ、小さな少女がふらふらとやって来られるような場所ではない。男達もその辺りを見越してなのか、最終目標はその少女の保護だと抜かしていた。

 

「あ、じゃあひょっとして私たちを攻撃してきたのは」

「噂の正体はお前たちなんじゃないか、とは思った」

 

 こんな場所にやって来るロリ顔少女二人と、ロリっ娘三人。そして適齢期を過ぎた女と少女たちを率いた男。それを見て勘違いしない理由はない、そう彼は言ってのけた。というより、未だに疑っている。

 

「なんだか知らねぇが、噂と俺たちは関係ないな」

「そうそう。変な疑いは止めて欲しいわね」

「はっ。可憐な幼女を引き連れてる怪しい男と、水も弾かない熟れた女の言う事なんぞ信用できるか!」

「誰が水も弾かないよ! まだ二十歳も過ぎてないピッチピチの美少女ですぅ!」

「アウトじゃねぇか。せめて十代前半だろ」

「お前その基準だとここに該当者いないからな」

「あ、わたくしは一応生まれたばかりですので、該当するかと」

 

 リーンは普通にアウトであるし、モニカはリーンより年上だ。シェフィとフェイトフォーは、そもそも人型になれるドラゴンという時点で数百年は軽く越えている。そんな彼女らと正反対の状態であるぬいコロが付け加えていたが、まあだとしても向こうの主張に合っているとはいえないだろう。

 まあいい、とダストは頭を掻く。こちらが向こうのターゲットではない以上、言葉を信じるのならば森の何処かに年端もいかない少女がいることになるのだが。勿論そんなことは普通ありえないので、彼としてはただの頭のおかしい変態集団で片付けるつもりである。

 

「さっさと突き出して金に変えようぜ」

「ん~。ブライドル王国ならこの程度じゃ懸賞金出ないと思うけれど、ベルゼルグ王国だと違うの?」

「多分こっちでも同じじゃないかな」

 

 ダストの言葉を聞いて、リオノールとリーンがそんなことを言っている。やっぱりそうかと二人の会話を耳にした彼は、じゃあ放置でいいかと興味を無くしたように男達から視線を外した。しょっぴくだけしょっぴけとモニカに窘められていたが。

 

「待て! お前ら、このまま俺たちを突き出したりしたら、森にやってきた可憐なロリっ娘が危ないだろうが!」

「いねぇよそんな存在」

「そんなはずはない。俺たちは確かな情報で行動している。いるんだ、この場所に! 可憐で、華奢で、ふわとろのロリっ娘が!」

 

 本気の顔である。こいつマジか、と言いたくとも、完全なるマジ顔なので聞くまでもないという中々の地獄である。男達はこの湖近くの森に、ロリっ娘がいると信じて疑わない。

 ああそうか、とダストはもう考えないことにした。どちらにせよ金にならない以上、彼の中ではこいつらの始末の優先順位は低い。クエストの目的である安楽少女の果実を採取してからでいいだろう程度だ。

 

「行こうぜ。こいつらのことは後でいいだろ」

 

 そう言うとダストは森を進む。安楽少女の正確な場所は分からないが、あの男達の行動範囲にはいないだろう。そうあたりをつけて、一行は男達とは逆側へと足を進ませ。

 暫くして、少しだけ開けた場所に出た。位置としては湖の近くで、シェフィが暴れまわっていた付近。あの時の鬼ごっこで出来たスペースだ。

 そこに、新しく生えたような木がポツンと一本。そして、その下には少女が一人。ダストたちがやってくるのを見ると、ビクリと怯えたように震えた。

 

「……こいつが安楽少女だな」

「え、っと……お兄さんたちは?」

 

 おずおずと安楽少女が口を開く。見た目と纏う雰囲気は、一見すると可憐で華奢でふわとろな感じが見受けられた。何も知らない人間ならば、否、安楽少女のことを知っている人間でも、その見た目と仕草に絆されてしまうのかもしれない。

 

「こんにちは。あなたが安楽少女ね」

「安楽ちょうじょ。だちゅと、これがたーげっと?」

「……え? ひぃ! ドラゴン!?」

 

 が、いかんせんこの場にいるメンバーの大体半分が人外である。ついでにいうと人間側も安楽王女と知り合っているので今更表面上の仕草には騙されない。今までの獲物とは明らかに違う連中に、安楽少女は今度こそガチで怯えた。表情も雰囲気もマジもんである。

 

「ちょっとダスト、女の子を怯えさせるんじゃないの」

「いやどう見ても怯えた原因そこのドラゴン共だろ。まあいいや、この方が交渉はやりやすいしな」

「んー、まあ、確かにそうかもね」

 

 騙されない、とはいえ、やはり見た目が見た目である。リーンは危害を加える気がないと安楽少女に伝え、今回ここに来た目的を彼女に伝えた。任せろと前に出ようとしたリオノールはモニカに止められた。絶対余計なことをする、という信頼の賜物である。

 なあ、とダストは安楽少女に声をかける。ビクリと震えた彼女は、何でしょうかと彼に問い掛けた。

 

「お前の作り出す実が欲しいんだが、何個かもらえるか?」

「へ? あ、はい……どうぞ」

 

 質問に一瞬キョトンとした安楽少女は、しかし意味を理解すると自身が寄りかかっていた木に生っている果実を二・三個もぎ取り手渡してきた。受け取ったダストは、よし依頼達成とその実を袋に放り込む。

 

「え?」

「あ?」

 

 そんな彼の行動を見て目を見開いたのは安楽少女だ。食べないんですか、とダストに尋ねるその姿は、もう少しで捕まえられそうな獲物を逃さんとする捕食者のようで。

 

「フォーちゃん。あの娘食べてもいいわよ」

「あんまりおいちくなちゃちょう」

「姫様!」

 

 ぽん、とリオノールがフェイトフォーの肩を叩く。こらこらと引き止めるモニカであったが、しかしその表情は安楽少女を思ってのことではないのが傍から見ても分かる。視線をリオノールから安楽少女に動かすと、彼女は問い詰めるように言葉を紡いだ。

 

「ここで食べないと何か問題があるのか?」

「ええ、っと。その実は日持ちしないから、すぐに食べないと美味しくないの、だから」

「そうか。どの程度持つのだ?」

「え? そ、その……は、半日くらい、かな?」

 

 しどろもどろの安楽少女の言葉を聞いたモニカは、しばし考え込むような仕草を取る。視線をリオノールへと動かすと、彼女は分かったとばかりに頷いた。

 

「困ったわねぇ。それじゃあ私たちの依頼が達成できないのよ。そうなると……アクセルまでついてきてもらうしかないかしら」

「え? リールさん、それはマズいんじゃ。この娘連れて行ったら、多分そのまま実験材料になっちゃうよ」

「ひぃ!?」

 

 リオノールの言葉に、リーンがそう返す。わざとらしい演技というわけでもなく素の言葉だというのは、普段から人を騙す演技をしている安楽少女にはよく分かった。本気で自身を実験材料にする存在がいる、あるいはそんなことをしそうだと周囲の人間が納得してしまう輩がアクセルという街にはいることになる。

 そうよねぇ、とリオノールがわざとらしく述べた。リーンのその返事を引き出したことをどこか満足そうに頷くと、彼女は視線を安楽少女に向ける。

 

「そういうわけなんだけど。もう少し日持ちする果実って、ないかしら?」

 

 もし、横の純情そうな少女と同じ顔で中身の性根がひん曲がってそうな彼女の脅しを真に受けなかったとしても、どのみち目の前には人化している上位と最上位のドラゴンが二体いるわけで。

 

「は、はひ……すぐに、用意させて、いただきます……」

 

 安楽少女が抵抗出来ることなど、ないのだ。

 

 

 

 

 

 

「貴様らぁ! 可憐で華奢でふわとろなロリっ娘になんて仕打ちを!」

「うお、こいつらどうやって」

 

 もらうもん貰ったし帰るか。そんなことを思った矢先、彼らの背後から叫び声が聞こえた。振り向くと、先程ふんじばったはずのロリコン団が全員こちらを睨んでいる。変態が不死身なのはどのレベルでも共通なのかもしれない。

 

「許さん……許さんぞ!」

「うるせぇよ。ロリコンの集団に許してもらおうとも思ってないしな」

「開き直りやがってこの悪党が……! そこなお嬢ちゃん、今俺たちが助けてさしあげますからね!」

「え? ……え?」

 

 突如現れた変態共に、安楽少女も動揺が隠せない。というか状況が飲み込めない。そもそも現状として、自身に起こったのは脅されて日持ちするようにした果実を渡しただけで、これからどうなるかは未知数なのだ。従順にしていればなんとか命は助かるかもしれない、という状況なのだ。

 

「あらら。……抵抗されちゃったなら、仕方ないかしらね」

「ひぃ! ま、待って! 待ってください! 私は何もしていませんから、だから、どうか、どうか命だけは!」

「おいこらそこの年増! 純情可憐なロリっ娘を泣かせるんじゃねぇ!」

「誰が年増よ! 大体、そんな口利いていいと思ってるの? この娘が生きるか死ぬかは私の手にかかっているのよ?」

「くっ……卑怯者め!」

「おーっほっほっほ! いくらでも敗北者が吠えるがいいわ!」

「……ねえダスト。どっちが悪人なんだっけ?」

「心配するな。向こうが悪人で、あれは俺たちの仲間じゃない」

「リーン殿。あれはこちらとしてカウントしなくて大丈夫だ」

 

 呆れたようなモニカを見て、シェフィ達魔物組も何となく察する。察するが、それでリオノールの暴挙を咎めるかと言えばそうでもないわけで。所詮向こうは変態共の集まりであるし、脅されている相手も知り合いでもない魔物だ。人の世界で生活しているとはいえ、その辺りの感性はやはり魔物寄りなのだ。

 もっとも、アクセルの変人達の中でもこの状況を咎めるのは数人であろうが。

 

「……っ? みなさま! 何かがこちらに来ております!」

 

 そんな中、ぬいコロがピクリと反応した。不意打ち気味にロリコン団が現れたことを反省し、周囲をそれとなく探っていたのだ。その結果、大きな何かが複数迫ってきているのを探知した。

 

「ぬいコロ、そんなこと出来たの?」

「今のわたくしは、本物のわたくしと主さまが混ざり合って出来ていますので」

「ぬいころ、ちゅごい」

「それはいいが、何か来るって一体何がうおぁ!」

 

 バサバサと羽音が響き、巨大なコウモリが飛来してくる。メガバットと呼ばれるモンスターで、討伐依頼が出されることもある中々の魔物。それが複数、こちらを睨んでいた。

 

「おいおいおい。ここにいるモンスターじゃねぇだろ」

「こんなのいたら討伐依頼が出てるはずだし」

 

 舌打ちし、ダストが武器を構える。その横で、リーンも同じように杖を構えた。何だかんだで変人達に揉まれて成長しているし、いつぞやのグリフォンとマンティコア二体に比べればこの程度は問題ない。そんなことを思っていた彼らだったが、しかしメガバットの視線が自分達に向いていないことに気付いて怪訝な表情を浮かべた。

 

「ん? こいつら、俺たちには目もくれねぇな」

「うん、どっちかっていうと見てるのは」

 

 視線の先は、リオノール。辿ったことで二人も彼女を見ることになり、見られた本人は目をパチクリとさせている。ロリコン団は悪は滅びる運命だからな、と笑っていた。

 

「いやいやいや! いくら私でも知らないモンスターに恨まれるようなことはしてないわよ!」

「知らないうちに恨み買ってそうなんだよなぁ」

「姫様だからな」

「ラインもモニカも酷くない!? って、あれ?」

 

 んん? とメガバットが敵意を向けている先をしっかりと見る。その視線はこちらだが、敵意そのものは自分ではなく、自分の抱えている。

 

「ねえ、安楽少女」

「な、なんですか?」

「あのメガバットに心当たりは?」

「丁度いい獲物がいなかったので、この間ちょっと罠にはめて食べました」

 

 てへ。と可愛く舌を出してウィンクしたので、リオノールはそのまま迷わず安楽少女を放り投げる。勿論投げた先はメガバットの集団だ。え、と目を見開いている安楽少女は、そのままコウモリの爪と牙で八つ裂きに。

 

「い、いや、待って。やだ、いや、死にたくない! 死にたくない! 助けて、誰か! 助けて! 助けてよ! 死にたくないぃぃ!」

 

 元来戦闘能力は碌に無い安楽少女だ。メガバットの集団へと投げられれば、後は為す術もなく蹂躙されるだけ。悲痛な叫びも命乞いも、魔物相手には何も通用しない。

 

『勿論だ!』

「――え?」

 

 だから、彼女を助けるのは人だ。メガバットの攻撃を受けながらも、ロリコン団は己の持てる力を振り絞ってメガバットの集団から安楽少女を助け出した。少女を抱きしめ、その身で攻撃を防ぐ盾となったのだ。

 

「な、何で……?」

「泣いているロリっ娘を笑顔にさせるのが、俺たちの使命だからさ」

 

 傷だらけになりながら、団員達は笑みを浮かべる。安楽少女を用意した椅子に座らせると、決して通さんとばかりにメガバットへと立ち塞がった。ダメージは決して軽くなく、立っているのもやっとな者もいる。それでも、愛らしいロリっ娘のためならば、彼らは命を懸けるのだ。

 

「このまま共倒れしてくれねぇかなあれ」

「無理っぽいわね。それに」

 

 うげ、と顔を顰めながらその光景を見ているダストに、リオノールは苦笑しながら向こうを指差す。その方向を見た彼は、浮かべていた表情をさらに苦いものに変えた。

 

「たとえ魔物でも構わず助けるその心……これが、人の暖かさなのね」

「ちょうなの?」

「いえ、多分……違うかと」

 

 うんうんと何か分かったような素振りを見せているシェフィが、メガバットの方へと駆け出した。そういうことならばと同じように走り出すフェイトフォーを追って、ぬいコロもしょうがないと後を追う。

 

「メガバットの餌にするより、あの連中に愛でてもらう方が安楽少女は嫌がりそうね」

「あいつらが餌にされて終わりじゃないのか?」

「大丈夫でしょ。だってその時はあの娘もドラゴンの餌か実験材料だもの」

 

 キシシ、と笑うリオノールを見て、ダストは呆れたように溜息を吐く。フェイトフォーに食わせたら腹壊しそうだから却下だ。そう言って彼女のほっぺたを摘んで伸ばすと、彼はガリガリと頭を掻き手に持っていた槍をくるりと一回転させた。

 そうして頭に浮かんだ言葉を口にして、それが親友だとこちらが宣言している少年のものと同じなのに気付き、笑う。

 

「ったく。しょうがねーなー」

「ふふ、ダストもカズマに似てきちゃった?」

「うるせぇよ。行くぞリーン、モニカ。ついでにリオノール」

「おっけー」

「ああ、任せろ」

「何で私ついでなのよー! って、うぇ!? ちょ、ちょっとライン! もう一回!」

「とっとと働けバカ姫」

「酷くない!? でもそれくらい遠慮ないのもそれはそれでありだからまあいいわ」

 

 いいのかよ。というダストのツッコミはさらりと流れていったとかなんとか。

 

 



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その182

ちょっと書くだけで異様に体力を消耗する三人組。


 結局あの後どうなったのかといえば。メガバットを始末した後、安楽少女はロリコン団のアイドルとなった。遠慮せずに愛でることの出来るロリっ娘の登場に、ロリコン共は歓喜の涙を流したとかなんとか。安楽少女の目は死んでいたが、それでも案外まんざらでもなさそうだったので問題ないだろう。

 というわけで。ロリコン団の解決、安楽少女の無力化、バニルの依頼の三つを同時に達成したことで、ダスト達の懐は潤った。ツケ払いで飲んでいた酒も普通に支払えるようになったくらいだ。

 ちなみにリオノールが滞在するようになってからは、リーンに加えてモニカにどやされるようになったため彼は渋々ツケ払いを控えていたりもする。そんなわけで現在の彼は極々普通にお金を持っているわけなのだが。

 

「あれ? ダストじゃないか。どうしたんだ、変な顔して」

「変な顔は余計だ。いや、ちょっとな」

 

 チンピラ生活をするようになってからは、枯れていた己を取り戻すかのようにスケベになっていた彼だ。余裕もあるし、サキュバスの店にでも行こうかと考えつつ。そのためにはまずリオノールとフェイトフォーを撒かないといけないなどと考えていた矢先、ダストに声を掛けた少年がいた。言わずもがなカズマである。何だお前かと安堵しながら、ダストはそのまま男同士の会話の流れで、その辺のことを話そうと口を開いた。

 

「そういえば、今日はダストさん一人なんですね。リオノールちゃんは別行動ですか?」

「――別にいつもいつも一緒なわけじゃねぇよ。お前らと違ってな」

 

 が、その横にペコリーヌがいたことで即座に飲み込む。女性の前でそういう話題を避けた、ということでは決して無い。この腹ペコ姫は今まさに撒こうとしている腹黒破天荒姫の友人なのだ。うっかり口を滑らせる可能性がある以上、情報を渡すわけにはいかない。

 

「ったくよぉ。ほれ、女に困ってないハーレム野郎はさっさと向こう行っちまえ」

「まあ俺にモテ期が来てることは間違いないけど、お前が言うなよ。最近モテてるって話題になってるぞ」

「はっ。いくら俺でも選ぶ権利があるっての」

 

 ちなみに彼の言葉でまあそうだなと同意してくれる男冒険者は皆無である。該当者の約一名についてだけはギリギリ同意されないこともないが、他は間違いなく皆無である。聞かれたら囲んでボコされること請け負いである。

 

「っつーか、お前たちこそ何やってんだ? こっちに用事なんかないだろ」

 

 彼らの向かう方向にあるもので該当するのならば、テレポート屋であろうか。もしそうだとしても、二人だけで行く理由が思い浮かばない。

 

「……あー、そうかいそうかい。確かに保護者ちゃんや猫ガキがいる場所じゃヤりにくいわな」

「へ? やりにくいって――」

「ちっげーよ! こいつの用事で王都行くの!」

 

 ピンと来なかったペコリーヌが聞き返そうとしたので即座に割り込む。ついでに彼女には、アイリスが待ってるんだろと話題を流すことにした。

 ちなみに。勿論カズマはやれるものならやりたい男である。前回の遠出がアレだったため、いっそ王都に行けば逆にワンチャンあるんじゃないかとかこっそり考えている奴である。が、いかんせん彼はヘタレで童貞なので、どうすればいい感じになるのか圧倒的に知識不足であり、今ここでその辺を話題に出して変に警戒されるとその場で終わると考えている。

 ぬいペコなら逆にその方法でいけそうだけど、と一瞬思い浮かべ、違う違うと振って散らした。

 

「ああそうかい。ま、精々頑張れよ。骨は拾ってやるぜ」

「失敗する前提で話すんじゃねぇよ!」

 

 ひらひらと手を振りながら、ダストはさてどうするかと二人から離れる。そんな気分ではなくなった、などというわけでもないので、このままサキュバスの店に向かうのが正解といえば正解だが。

 よし行くか。さくっと気持ちを切り替えると、彼は再びスケベなチンピラ冒険者として目的地へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、お姉様!」

 

 ベルゼルグの王城にて、本来ならば相応の場所で待つ立場であるはずの第二王女が思い切り出迎える。そのことに門番も別段驚きはせず、むしろどこか微笑ましい様子でアイリスを見守っている。やってきた相手が彼女の姉、第一王女ユースティアナであるというのも勿論であるし、アイリスが姉にベッタリなのも周知の事実。前一度不在のため会えなかったことを悔やんだアイリスが意地でも姉と会うためにやっているということも知られているからだ。

 

「はい。ただいま、アイリス」

「はいっ! ――あ、ついでにお義兄様、いらっしゃいませ」

「俺の扱いぞんざいすぎない?」

「お姉様の隣を歩いていることを認めている時点で、かなりの高待遇だと思っているのですが」

 

 一介の冒険者を、第一王女の恋人として第二王女が認めている。その事柄は確かにこれ以上無いほどの高待遇だと言えなくもない。が、それで納得するような男ではないのがカズマなわけで。

 

「まあいいや。それで、今日は一体どうしたんだ?」

「別にお義兄様には関係ない事柄なのですが」

「一々俺のことボロクソ言わないと話進められないわけ?」

「いえ、これはからかいでも何でもなく、事実なのです」

 

 まあそれでも下手に藪を突くと蛇どころかドラゴンがまろび出てきかねない相手なので、カズマは毎度のようにヘタれる。何度も言うが、納得はしていない。

 だったのだが、話を戻したら戻したで、アイリスにそんなことを言われて彼の表情はますます曇る。え、じゃあ何で俺呼ばれたの? そんな意味合いを込めて彼女を見ると、そもそも呼んでませんけどという致命の一撃が繰り出された。

 

「何でだよ! 俺ペコリーヌについてきて欲しいってちゃんと言われたぞ」

「あはは。それは、ただわたしがカズマくんについてきて欲しいって思っただけで、呼び出されたのはわたしだけだというか」

「はぁ? じゃあ何だ? お前俺と二人きりで王都に行きたいって思っただけだってことかよ。……え?」

「……えへへ」

 

 アイリスの顔が急速に不機嫌になる。ぐい、とユースティアナの手を取ると、とにかくまずはこちらの用事を済ませましょうと自身の執務室まで手を繋いだまま並んで歩き、部屋では半ば強引に彼女を自身の横に座らせた。

 

「それで。今回はどうしたんですか?」

「はい。実は、お父様――陛下からお仕事を頂きまして」

 

 これです、と一枚の書類を取り出す。どれどれ、とユースティアナがそれに目を通すと、どうやら王国内の領地の視察を依頼するものようであった。場所はアクセルからほど近い街で、そこを治める貴族も別段問題のなさそうな相手ではある。おそらくこれから先のことを見越した、ちょっとした練習のような仕事なのだろう。

 問題があるとすれば、この仕事を行う人物が確定していないことであろうか。

 

「わたしかアイリスのどちらか、ですか」

「はい。……元々はお姉様を向かわせようとしていたらしいのですが、お母様が気付いて修正したと言っていました」

「あはは……」

 

 国王としては、王家の装備を十全に使いこなせるようになったユースティアナを冒険者にしておくよりも、王族として運用したいという腹積もりがあるのだろう。もしくは、そんなことなど考えずに、父親としてただ戻ってきて欲しいから提案したのかもしれない。

 どちらにせよ、王妃の提案によってその目論見は露と消えたが。魔王軍幹部を撃退しているのだから冒険者生活のままでも構わないし、以前と違って呼べば普通に帰ってきているのだから何も問題ない。そう言われてあっさり王は沈んだとかなんとか。

 

「そういうわけですので」

「なあそれどっちかというと王様の依頼っていうか王妃様の依頼なんじゃねぇの?」

「否定はしません」

「しないのかよ」

 

 意図的に離された場所に座らされたカズマがツッコミを入れたが、同意されたので思わず顔を顰める。そういえばクリスティーナと馬が合うとか何処かで聞いたような。王妃の噂を思い出して、関わらんどこと彼は改めて心に決めた。

 

「それで? 俺たちがそこに行けばいいのか?」

「お姉様にやって頂く場合はそうなります」

「なるほど。わたしは別に構いませんけど……アイリスは、どうです?」

「お姉様がそれでいいのならば」

 

 そう彼女は告げたが、その表情はどこか寂しそうだ。それに気付いたユースティアナは、もう一度書類を見る。視察に行く代表者はユースティアナかアイリス。当然のことながら、どちらか一方しか行ってはいけないとは書かれていない。

 

「アイリスも、一緒に行きますか?」

「え? いいのですか?」

「別に、片方が代表者になった場合もう片方はついて行っていけないとは書いてないですから。というより、お母様の場合そう仕向けたフシがありますし」

 

 ユースティアナとしても、やさぐれ放浪冒険者をしていたことでブランクのある自分がこの仕事をする場合、現役で執務をしているアイリスの存在はありがたい。勿論ですよ、と笑顔を見せると、アイリスも嬉しそうに破顔した。お供させていただきます。大好きな姉の手を握り、力一杯返事をした。

 

「えっと。カズマくん、そういうわけなんですけど」

「別にいいんじゃないか? お前たち二人がいれば大抵のモンスターは楽勝だろうし」

 

 護衛の冒険者としてついていき、道中のモンスターは王女姉妹が殲滅。楽して依頼料を手に入れられる簡単な仕事だ。カズマの中では大体そんなような計算をはじき出していた。魔王軍幹部でも来ない限り、否、来てもぶっちゃけなんとかなるだろうとすら考えていた。

 

「お義兄様。大凡何を考えているか分かりますが、私とお姉様の二人共が行く場合、流石にそれ相応の立ち位置にされると思うので、あまり大っぴらには戦えませんよ」

「え?」

 

 詐欺じゃん。思わずそれを口にして、カズマはアイリスにしばかれた。

 

 

 

 

 

 

 というわけでアクセルである。王都から向かうよりこちらの方が近いということで、一度こちらに来てから改めて馬車で出発する手筈となっていた。

 用意された馬車は三台。ユースティアナとアイリスの王女姉妹の乗るものと、護衛の冒険者用のものが二台だ。

 

「あんなこと言っていた割には、そんなに規模も大きくないじゃないか」

 

 やってきたアイリスにカズマがそう述べると、ああ言いはしたが実際に大規模にするつもりは毛頭なかったとしれっと返された。しばかれ損じゃねぇか、と彼は抗議したが、未来の義妹はどこ吹く風だ。

 

「しかしお義兄様、こちらの方がある意味大変かもしれませんよ」

「は?」

「規模は減らしましたが、あの時に言ったように私とお姉様はあまり積極的には戦えませんから」

 

 そう述べるアイリスの格好は旅装ではあるがシンプルなドレス姿。成程確かに戦う格好ではない。

 それを見て、あれ、とカズマは首を傾げ、視線を彷徨わせた。アイリスがこの姿だということは、つまり。

 

「お待たせしました」

 

 そう言ってやってきたペコリーヌも普段の格好ではなく、アイリスと同じようにワンピースタイプのドレスを着てカーディガンを羽織っている。頭もキャペリンを被っており、王家の装備を身に着けているようには見えなかった。成程これは確かに戦力として数えることは出来そうにない。

 それはそれとして。

 

「どうしました?」

「え? あ、いや、えっと」

「お義兄様」

「オホン。……似合ってて可愛いぞ」

「……え?」

「え何その反応。俺今若干命の危険感じてまで言ったのに」

 

 しかもキメ顔で。目をパチクリさせたペコリーヌを見たカズマは、その表情を思い切り崩した。アイリスはその状況を見て、あれ? と首を傾げている。

 

「えと、その……ありがとう、ございます」

 

 が、そんな二人の疑問を掻き消すように、ペコリーヌが恥ずかしそうに彼から顔を逸らし、小さな声でそんなことをのたまった。どうやら反応が悪かったわけではなく、逆だったらしい。ちなみにアイリスはそんな姉を見てはう、とよろけた。

 

「なあアイリス、お前最近あの白スーツに似てきてないか?」

「あそこまで落ちてはいません」

「お、おう」

 

 主にそこまで言われるのも相当だな。ベルゼルグ王国最上級貴族のアレさ加減を改めて刻みながら、カズマは話を戻すように視線を動かし。

 この場にいるはずの人物がいないことに気付いて、怪訝な表情を浮かべた。

 

「あれ? その白スーツ、クレアはいないのか?」

「今回はお姉様が代表者で、私は付き添いです。クレアやレインを伴うと、私の方が代表扱いになりかねないので」

 

 ペコリーヌ――ユースティアナの護衛となるのはカズマ達冒険者だ。それに対し、アイリスの護衛が王国の大貴族の長女と貴族の魔法使いとなれば、相手の領主はどういう印象を持つだろうか。想像に難くない。

 ならばユースティアナの護衛ということにすればいいのかといえば、半ば無意識にアイリスを守ってしまうクレアにはそれも厳しいわけで。

 

「そうなると、残る手段はお姉様の専属護衛を王国から用意することなのですが」

「あ、もういい、分かった」

 

 その場合やってくるのは全身鎧と戦闘狂だ。前者はともかく、後者がいると領地の視察が侵略戦になりかねない。ついでに王都の戦力が激減する。

 

「そういうわけなので、今回クレアとレインには王城での仕事を頼みました」

 

 レインはともかく、クレアは若干血の涙を流していたが、無理についていく選択をすると王都と視察先の領地が片方あるいは両方荒廃する恐れがあったので、流石に自重した。

 その代わりというわけではありませんが、とアイリスは向こう側の馬車を指差す。今回は自分も、頼りになる冒険者を雇うことにしました。そう言ってどこか誇らしげに胸を張った。

 

「それならそれでいいけど。大丈夫なのか? 自慢じゃないが、俺たちはこれでも高レベル冒険者だぞ。有象無象じゃ相手になんか」

「ままー! だっこー」

 

 何だって? 突如聞こえたワードに、カズマは言葉を止めて声の方向を見た。今回シェフィは連れてきていないはずなんだが、と聞こえてきたそれの心当たりを考えながらその人物を視界に入れた彼は、しかし想像だにしていない光景に思わず動きを止めた。

 

「ちょ、パイセンパイセン。正気に戻りな? いや普段から割と正気少なめ狂気割高だけど」

「そうですよ、いつものこまっしゃくれたクソガキ感溢れるユニ先輩に戻ってください。そんな頭ゆるふわでママに甘えてすやすや眠るような純粋な少女とか超絶似合わなくてドン引き案件ですよ? 見た目はともかく、中身とか普段の行動とか知ってる人からうわキツってリプ飛びまくりのバズりまくりですよ?」

「え~。ゆにわかんなーい。ままー」

「うわこの人最年長の尊厳秒で投げ捨てたぞ。つかこないだアイリスにそれやって引かれたのにもっかい擦るとかメンタルヤバない?」

「そこら辺はやっぱりユニ先輩ですよね。憧れるところ微塵もナシんこですけど」

 

 ショートツインテールの少女と、ゆるふわピンク髪の少女が一人の少女を見て呆れている、のだろう。いかんせん会話の内容から確信を持てないのがアレであるが。

 そして呆れられているような気がする少女。左右に大きめの三つ編みをしている見た目は小さいその少女は、カズマ達のメンバーであるコッコロにでちゅねプレイを要求していた。本当に幼い少女が甘えているわけではない。それだけは確信を持って言える。

 

「よく、分かりませんが……はい、どうぞ」

「まま~」

「えちょい、迷うことなく受け入れたぞあの娘」

「ユニ先輩もぶっちゃけっていうかオブラートにくるくるくるりんしてもアレでしたけど、あっちもあっちで手慣れてる感バリバリっていうか、もはやプロの風格感漂っちゃっててチエル的には得体の知れなさが急上昇ですよ」

「ふふっ、よしよし」

「まま~……ままぁ」

「パイセンの語彙死んでんなあれ」

「もはやただの幼女ですね。戻りそうにないんで、クロエ先輩、チエルたち暫く他人のふりしておきましょうよ。一切関係ございませんの方向で」

「それな」

 

 ただ、相手はコッコロである。シェフィが元に戻ったことで、再度お世話欲を控えめにしていたコッコロである。そうなるのは半ば必然であった。

 その一部始終を眺めていたカズマは、ゆっくりとアイリスに向き直った。さ、と彼の視線から顔を逸らした彼女は、わざとらしく咳払いをすると、そろそろ出発の準備をしましょうと言い放つ。

 

「お互い、初対面でもありませんし、余計な挨拶も不要でしょう。さあ、行きましょう」

「こっち見て言ってくんない?」

「大丈夫です。ユニさんもクロエさんもチエルちゃんも、私の大切なお友達ですから」

「だからこっち見て言ってくんない?」

「……お義兄様だって似たようなことをしているではありませんか!」

「濡れ衣もいいところだよ!?」

 

 ちなみに濡れ衣でもなんでもない。純然たる事実である。むしろただだっこされているだけのユニより、何から何までお世話されたカズマの方が業は上である。

 ともあれ。そういうわけで。ペコリーヌの護衛はカズマ、コッコロ、キャル。アイリスの護衛はユニ、クロエ、チエルと相成った。

 

「あはは、やばいですね☆」

「言ってる場合かぁ!」

 

 



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その183

逃れたと思ったか?


 道中、カズマの心配していたような事態にはならなかった。ペコリーヌとアイリスがいなくとも、何だかんだキャルとコッコロは高レベルの冒険者である。カズマが後ろで適当な支援さえしておけば、ぶっちゃけその辺のモンスターは問題ない。加えるならば、なかよし部の面々もリオノール、あるいはその背後にいるホマレの無茶振りにモニカと共に巻き込まれてきた面々である。アクセル変人窟に勝るとも劣らない実力を見せ付け、アイリスの推薦を正しいものだと証明してみせた。

 勝るとも劣らないのが実力だけならば、そこで終わっていたのだが。

 

「……」

「……」

「あの、主さま、キャルさま……。大丈夫でございますか?」

『大丈夫なわけあるかぁ!』

 

 そういうことである。護衛用の馬車でぐったりしている二人をコッコロは心配していたが、ある意味元気な、ある意味手遅れな返答が来て、彼女は苦笑するしかなかった。

 ちなみに言うまでもないがツッコミ疲れである。

 

「なあ、あいつら何なの? 俺この世界の学生のことよく知らなかったんだけど、みんなああなの?」

「何言ってるかよく分かんないけど、そもそもベルゼルグ王国は正式な学校がないからあたしはその辺知らないわ。魔王軍と一番近い場所だから、そういうでっかい施設建てる余裕がないんでしょうね」

「あぁ、そういえば前にクリスティーナさんが言ってたな。ここは基本私塾か家庭教師だって」

「はい。ですが、最近は魔王軍との戦いも幾分か落ち着いてきたということで、試験的に小さな学校を建てる事業をダクネスさまやアキノさま達が先導して行っていると聞いています」

「へー……。いやそれはそれでいいことかもしれんが、今問題なのはそこじゃなくてだな」

 

 学生が皆ああなってしまうのならば、この国に学校なんぞ建てた日にはそれはもうえらいことになってしまう。カズマの懸念はそこであった。なかよし部がこの世界の学生の基準値だという仮定で話を進めていた。

 

「いや、いくらなんでもアレは特別でしょ。あんた普段から変人に接しすぎて感覚麻痺してんじゃない?」

「そりゃひとつ屋根の下で一年以上暮らしてるからな」

「確かに――ってあんた今あたしのこと変人扱いしたわね!」

「当たり前だろ、アクシズの巫女」

「ぶっ殺す!」

「主さま、キャルさま……」

 

 馬車でどったんばったんやる二人を見ながら、コッコロは困ったように眉尻を下げる。が、その表情とは裏腹に、彼女はどこか安堵したような溜息を零した。どうやら元気を取り戻されたようですね。そんなことを思いながら、毎度毎度の二人の喧嘩を優しく見守る。

 今更ではあるが、一応言っておく。変人度合いはコッコロも相当のものである。向こうの馬車でクロエとチエルがあれは只者じゃない判定をしたっきり認識が覆っていないのが何よりの証拠だ。ユニは甘え放題プランを堪能したので、そこを考えるのは愚問だとばっさりいった。

 

「さあ、お二人とも。そろそろ目的地でございます。ペコリーヌさまとアイリスさまの護衛を、しっかりと全ういたしましょう」

『はーい』

 

 毎度毎度の流れだが、もう一度言っておく。アクセルでの、コッコロの変人度合いは相当である。

 

 

 

 

 

 

 そうして辿り着いた視察先の領地は、王都はもちろん、アクセルと比べてもいささか華やかさに欠けていた。とはいえ、では寂れており侘しい場所かといえばそうでもなく、街そのものはきちんと活気に溢れている。人々が困窮している様子もなく、何かしら問題があるようには見えなかった。

 

「ふむ。見たところ問題はなさそうだが、アイリス君と姉君を試す試金石として選別された、表面を剥がせば中は真っ黒という三文小説にでも出てきかねない状況の可能性も考慮してしかるべきだろう」

「いや流石にそれはなくないすか? つかだとしたらうちらどんだけ評価されてんのって話じゃん」

「ですね~。チエルたちってこっちじゃ別に冒険者としてのネームバリューよわよわですし、顔の知られ度的なのだとアイドルちえるんの方が美少女冒険者チエルに大差つけてぶっちぎりのぎりですもん」

 

 街の様子を眺めていたユニの言葉に、クロエとチエルがそう返す。そのまま視線を動かすと、アイリスも同じように考え込んでいる様子であった。彼女達と違う点は、既に件の領主と顔を合わせていることであろうか。

 

「お姉様も、顔合わせをしたことはありましたよね?」

「随分前ですけどね」

 

 付け加えるならばやさぐれていた頃だ。手を抜いていたわけではないが、そういう仕事をすることは来ないだろうと優先順位を下げていた時代だ。勿論合格ラインに達しないとクリスティーナとジュンに説教されたので、出来ないということはないのだが。

 

「ん~。やっぱりその辺りはアイリスの方が今は上ですね」

「ふふ。では、任せてください。今日は私がお姉様の先生になりますから」

 

 嬉しそうに胸を張るアイリスの頭を撫でると、では行きましょうかと皆を促した。なかよし部もそれを受け後に続き、カズマ達も勿論異を唱えることなく歩みを進める。

 

「何かいかにも冒険の途中に立ち寄る街って感じだな」

「あんたも向こうの三人みたいなこと言い出すわけ?」

 

 カズマの呟きにキャルが反応する。別にそういうわけじゃないんだけど、とカズマは言ったものの、しかしよくよく考えると内容的にはそこまで違わない事に気付き一人肩を落とした。

 ふと顔を上げる。街の人々がこちらを見ている。その視線の先は、言うまでもなくペコリーヌとアイリスの王女姉妹だ。あらかじめ視察だということは通達してはいただろうが、まさか街の入り口で馬車を降りて徒歩で領主の城まで向かうとは。御者が半ば諦めたような顔で行ってらっしゃいませと頭を下げていたのを思い出し、彼はなんとも言えない表情を浮かべた。

 

「ペコリーヌさまもアイリスさまも、ご自分の足で街を見て、ご自分でしっかりと判断をなさりたいのでしょう」

「いやまあ、それは分かるんだけど。……目立ちすぎじゃないか?」

「それは、まあ、お二人とも、とても美しい方ですので」

「それもあるかもしれないけど、どっちかっていうと髪と目の色でしょ」

 

 一目で歴史ある貴族だと分かる金髪碧眼。ベルゼルグ王国での高貴な者である証を隠すことなく晒している二人に、街の住人は興味と恐れが半々くらいの視線を、おっかなびっくり向けていた。

 カズマはそんな説明をされてもいまいちピンときていない。話を聞く限り偉い貴族であるという認識で、二人が王女だからという理由ではないらしかったからだ。彼にとって、貴族がその辺を歩いているのは別段非日常ではないのだ。異世界転生して、アクセル変人窟と深く関わってしまったばかりに、転生前の彼のファンタジー知識が通用したであろう数少ない部分はすっかり破壊されていた。ちなみにそろそろ王女がその辺を歩いているのにも違和感を持たなくなってきている。

 そんなことを考えているうちに、先頭のペコリーヌは目的地に到着したらしい。ドアを開け、いらっしゃいませという店員の声を聞きながら、彼女はとりあえず手近な席へと。

 

「おいこら」

「いひゃいいひゃい、いひゃいでふよ~」

 

 ほっぺた引っ張った。流れるように自然な動きで飲食店に入ったペコリーヌに、カズマはとりあえずツッコミを入れておく。一瞬ドラゴン殺せるくらいの表情で義妹が睨んだが、しかし行動に対する反応としては正しいのでその殺気を引っ込めた。

 

「うぅ……。ほっぺた伸びちゃいますよ……」

「自業自得だ。お前何やらかしてんの?」

「何って……視察ですよ?」

「ああそうかい。俺にはただこの土地の食べ歩きしたいようにしか見えなかったけどな」

「食事は土地と人々の生活に結びついてます。その土地の名産品を食べることは、街を知ることと同じなんです」

「お前自分の食欲にもっともらしい理由つけやがったな」

「本当のことなんですけど」

 

 若干ふてくされたような顔でペコリーヌがカズマを見る。可愛い彼女のその表情に一瞬押されかけたが、いかんいかんと彼は気を持ち直した。持ち直したが、いかんせんペコリーヌは本当の本気でその発言をしているので、カズマとしても嘘つくなと言えないのが現状である。

 

「……まあ、馬車の移動中はキャンプ料理みたいなのだったし、ちゃんとした食事をするのもありっちゃありか」

「日和りましたね彼氏さん。いやまあチエルとしても同じシチュでノーを突きつけられるほど精神つよつよメンズじゃないですけど」

「惚れた弱みというやつだろう。まあ、あれほどの美人と交際をしているのだから、この程度の可愛い我儘など許容範囲なのかもしれんが。チエル君の弁ではないが、ぼくも彼の立場であったら断固として断るかいささか不安だ」

「いや、別にそこまでの話じゃないっしょ。んでアイリス、あんたとしてはどうなん?」

「そうですね。おそらく領主の城では食事が出るので、皆さんは量を控えておいた方がいいと思います」

「……りょーかい。それうちの聞きたかった答えじゃなかったわ」

 

 まともなのは自分だけか。はぁ、と溜息を吐いたクロエは、一応念のため、と向こう側の護衛である残り二人に目を向けた。付き合いの長さは間違いなく向こうが上なので、今回のことにもある程度慣れているだろう、そう考えたのだ。

 

「まあ、予想はしてたわ。ツッコミもカズマがしたし、あたしは見てるだけにしておこうかしら」

「ふふっ。では、わたくしたちの注文はどうしましょうか」

「領主の城でも食事出るでしょ。適当に軽いものか、飲み物で済ませるわよ」

「あ、共通認識なんだ」

「どうしたんですクロエ先輩。何か人生諦めた顔してますけど。ちょっと早すぎません? チエルには敵わないかもしれませんけど、もうちょっと頑張っても罰は当たりませんよ?」

「いや……まあ、うん。別にいいや、もう」

「落ち着きたまえクロエ君。王族というものは常に非常識だ。我々は自国の王女でそれを学んでいるはずだろう。そもそも彼女はあの学院長の友人にして、我らがユニちゃんズの一員であるアイリス君の姉君だ、むしろ予想して然るべき結果にすぎない。端的に換言すれば、類友だ」

「そっすね……」

 

 まあ食事をすることに別段文句はなし。ユニやチエルの言う通り、気にしても仕方がないと結論付けたクロエは、同じようにテーブルに付いた。

 総勢八人の大所帯だったが、その手の席がきちんと用意されているところを見るに、成程ペコリーヌの言う通り、こういう場所に立ち寄ることで街の本質を確認できるというのもあながち間違いではないのかもしれない。ふむふむと一人頷きながら、アイリスは隣に座る姉を見て。

 

「じゃあ、とりあえずメニューにあるやつ上から全部ください」

「お前やっぱそうじゃねぇか!」

「あいたたたぁ!」

 

 笑顔で全メニューを頼んで、即座にカズマにこめかみをグリグリされていた。アイリスとしては予想通りの行動なので別段文句はなかったが、彼は違ったらしい。そういう立場とか振る舞いとか気にしないタイプの人間だと思っていた彼女は、カズマのその行動に眉を顰める。姉にグリグリしたのが理由ではない、念のため。

 

「でも、カズマくん。どのメニューも美味しそうなんですよ?」

「知るかぁ! お前ここに来た理由頭からすっ飛ばしてんのか!?」

「そんなわけないじゃないですか。そもそも、理由はさっき言いましたし」

「だったらオススメ食っとけ」

「でもカズマくん、どのメニューも美味しそうなんですよ?」

「会話ループさせるのやめてくれない?」

 

 溜息を吐きながら横を見たが、キャルは我関せずであり、コッコロはペコリーヌさまらしいですねと柔らかな笑みを浮かべていた。詰みである。彼にとってなかよし部はアレな三人組であるし、こと姉に対してはほぼ全肯定BOTであるアイリスは論外だ。

 もういい、とカズマは椅子に座り直した。そのまま流れるようにコッコロに頭を撫でてもらう。よしよし、とコッコロは母性溢れる微笑みで彼を慰めていた。

 

「うわキツ」

「やっぱり特殊プレイの人なんですね。特殊プレイしてくれる人なら誰でもいい感じなんでしょうかあれ。それともでちゅねプレイとセクハラが二大巨頭だったりする感じ? ん~、プレイが被ってるユニ先輩的にはそこら辺どうです?」

「チエル君。その言い方は遠回しにぼくを非難しているように聞こえる。訂正したまえ、ぼくは学術的見地からある一定の立場を演じることで情報収集をしているに過ぎない」

「いやパイセンめっちゃノリノリだったじゃん。なんなら向こうの人より見ててキツめだったし」

「まあ身内の幼児退行プレイとか見なくても字面だけでいたたまれませんもんね」

 

 

 

 

 

 ありがとうございました、という言葉を背中に、一行は店を出た。いつものこと、と別段気にしていない面々の中、初見の三人だけは若干反応が異なっていた。

 

「マジかぁー……」

「チエル思わず二度見どころか四度見くらいしましたよ。むしろチラ見繰り返してちょっと首が痛いくらい」

「確かに、見る間に大量の食事が消えていくさまは、驚嘆を通り越して一種の恐怖すら覚えたよ。アイリス君が以前述べていたように、確かに彼女の食欲はドラゴンに勝るとも劣らないだろう」

 

 うんうんと頷くユニを、クロエはなんとも言えない表情で見る。チエルも似たような顔ではあるものの、彼女よりは許容を見せていた。とはいえ、結局クロエもまあそんなものかで流してしまうのだが。そうでなければテレ女のやべーやつなどやっていない。

 そんなわけで、食事を終えた一行は改めて領主の城へと向かっていた。途中で食べ歩きを挟みながら、街を観光するように進みつつ、である。食べ歩きをしているのはペコリーヌのみだ、当たり前だが。

 

「待たれよ。我らが主への面会は、予め約束を取り付けていなければ許可は出来ません」

 

 城門の前に立っていた衛兵が、やってきたペコリーヌ達を遮るようにそう告げる。あれ、とカズマは首を傾げたが、キャルが横でそりゃそうでしょと肩を竦めていた。ユースティアナが顔パスレベルで知られていたのならば、これまでの冒険のほぼ全てに支障が出ている。

 こういう場合ってやっぱり自分達が説明した方がいいんだろうか、キャルの説明で納得したカズマは、そんなことを思いながら一歩前に出る。出ようとする。

 が、その前にアイリスが先んじて前に出て、それすらもペコリーヌが押し留めた。

 

「お姉様?」

「わたしのお仕事ですし、ここはわたしに任せてもらえませんか?」

「そういうことでしたら……」

 

 門番達がそのやり取りに首を傾げる中、話をまとめたペコリーヌが前に出た。微笑を浮かべつつ、約束はきちんと取り付けてあるはずですと彼らに述べる。

 

「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」

「ベルゼルグ・アストルム・ソード・ユースティアナ」

「っ!?」

 

 門番が固まった。その家名に聞き覚えがないはずもなく、その名前を知らないということもありえない。自国の王族であり、第一王女の名前だ。勿論視察でこの街にやってくることも上から伝達されている。通さない理由はどこにもない。

 なのだが、一体全体何がどうなると城門に徒歩でやってくるのか。門番達の中ではそこがどうにも気になっていた。普通視察で領主の城に来るなら馬車でここまで来ないだろうか。至極当然の疑問が頭をもたげたのである。

 

「領主であるゼーレシルト様に会う前に、街の様子を見ておきたかったんです」

 

 その疑問に、目の前の王女殿下は迷うことなく即答する。そこに嘘が含まれているようには見えず、この視察がただ形だけのものではないと伝えているようにも思えた。成程、そうでしたか。そう返すと、門番は頭を下げ、お通りくださいと道を譲る。

 

「……なんか王女っぽかったな」

「いや王女だから。普段アレだしさっきまでアレだったけど、ちゃんと王女だから」

「主さま、キャルさま。ペコリーヌさまはいつもその肩書に恥じない、立派なお方でございますよ」

「うん、まあ、コッコロが言うならそうか」

「流されるな。コロ助がなんと言おうと、あいつの普段はちゃらんぽらんよ。そこは譲らないわ」

 

 ペコリーヌ、アイリス、そして護衛であるカズマ達となかよし部。城門を通りながら、皆が思い思いの感想を述べつつ。

 

「お姉様」

「はい。ここからが本番ですね」

 

 立ち直った第一王女として、領主との会談という仕事に臨むのだ。

 

 



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その184

 領主の城内で、領主との会談を行うのに自身と護衛の冒険者合わせて八人総出で向かうのは流石に如何なものか。念には念を、ということもあるが、それはここの領主が第一・第二王女を揃って亡き者にしようと考えでもしない限り出て来ない結果である。まあ突き詰めるとその辺の暗殺者ではペコリーヌとアイリスに碌なダメージを与えられないのでそもそもが杞憂なのだが。

 そんなわけで、第一王女ユースティアナの護衛一人、付添である第二王女アイリスの護衛一人をそれぞれ連れて行くということに相成った。

 

「アイリスちゃん。ちぇるっと二つ返事でオーケーしちゃったけれど、選んだのはチエルで本当によかったの? ユニ先輩、はまあいてもいなくてもこの場合一緒だからポポイと除外しても、クロエ先輩のほうが睨み利かせたり脅したりとかマルチな活躍できたんじゃないかなって思っちゃったりするわけなんですけど」

「ふふっ。大丈夫ですよチエルちゃん。私はなかよし部の皆さんを信用していますし、その実力を疑っていません。チエルちゃんなら護衛として申し分ないと思ったからこそ、私は同行をお願いしたのです。……一番最初の、お友達ですし」

「ちょっと可愛すぎじゃないですか!? やーんもーアイリスちゃん大好き!」

 

 がばちょ、とチエルがアイリスに抱きつく。それに満更でもない顔をしている彼女は、そのままちらりと向こうを見た。表情を若干むくれたものに変えて、あちらはそうではないかもしれませんけれど、とぼやく。

 

「おい、何か文句があるなら聞こうじゃないか」

「お義兄様一人は一番戦力的に論外では?」

「なあもうちょっと歯に衣着せてくれない?」

「あはは」

「フォローしろよお前も! 本当に別の理由で選ばれたみたいじゃん」

「え? 彼氏さんむしろそれ以外の理由で選ばれるポイントとかあるんですか?」

「あるよ! めっちゃある! ……あるよね?」

 

 味方が一人もいない。そんな状況のカズマは、若干弱気になってペコリーヌを見る。少しだけ困ったような笑みを浮かべていた彼女は、しかし迷うことなく頷いた。二人の思っている理由だけじゃないですよ、と言葉を続けた。

 

「何かあった時の機転と支援はカズマくんが一番ですから」

「あー、まあ、お前たち二人だと解決方法脳筋物理しか出さなさそうだしな」

「それは流石に失礼では? 私もお姉様も、きちんと勉強をしています」

「じゃあ例えば、領主がペコリーヌ一人だけと話したいって腰に手を回して別室連れ込んだらどうする?」

「斬り捨てます」

「ほらね」

「いやお姫様にそんなことする領主は間違いなくギルティですし、アイリスちゃんの意見間違ってないと思いますよ。チエルみたいなピュアピュア美少女も、当然一応うちの国の姫様な学院長がそんな目にあったら……行ってらっしゃいって笑顔でちぇるっと送り出しますね」

「ダメじゃねぇか」

 

 はぁ、と溜息を吐く。アイリスもチエルも、対象者が限定されているからその選択をするのだろうし、それ自体は間違っていないのだが、いかんせん他の理由を考慮していない。かく言うカズマもいざその場面になったら普通に妨害するのは想像に難くないが、それでも一応そういう状況になった場合の予想図をある程度立てられるという自負がある。

 

「なら、お義兄様はどうするのですか?」

「領主がただのスケベなオッサンならペコリーヌがそいつの頭素手でかち割って終わりだろ」

「しませんよ!? カズマくんわたしのことなんだと思ってるんですか!?」

「できないじゃないとこにアイリスちゃんのお姉さんなんだな~ってチエルは謎の感心湧いてきましたね」

 

 なお、この会話は案内役に丸聞こえである。若干顔を引きつらせながら、領主様はそのようなことをする方ではないのでご安心ください、と振り向き釘を刺した。

 そうして辿り着いた部屋は、センスのある調度品で飾られた品のある部屋で、やはり成金や悪徳などという言葉はつかなさそうだと感じさせた。部屋ではこちらを待っていたらしい領主が立っており、ペコリーヌとアイリスを見ると、お久しぶりですと深々頭を下げる。

 

「第一王女殿下。風のうわさで聞いておりましたが、成程、ご立派になられた」

「いえ。わたしはまだまだです。今回も、たくさんの友人達に支えられてここまで来ましたから」

「ご謙遜なされるな。大勢の仲間に囲まれ、支えられるというのは、それだけ人望があるという証左。国王陛下もお喜びになることでしょう」

「……ありがとうございます、ゼーレシルト様」

「いえいえ。そして第二王女殿下も大きくなられた。ははは、お二人が揃ってここに視察に来るとは、驚きました」

「……お姉様と比べると、私の評価はまだ子供に対するものですね」

 

 少しむくれるアイリスを、ゼーレシルトは笑顔で宥める。ペコリーヌもそんな彼女を優しく撫でながら、では気を取り直して、と各々席に着いていった。この領地の状況を示す資料や、自分達が見てきた街の様子などを踏まえ、今回の視察について話し合うのだ。

 

「ねえ、彼氏さん。ところでチエルたちってあれスルーしたまま真面目な話続けていったほうがいいんですかね。まあチエルは空気読める系奥ゆかしい美少女なんでそのくらいのことはお茶の子さいさいなんですけど、ユニ先輩だったらこれアウトだったかもしれませんね」

「いやそこ口に出してる時点でお前もアウトだよ。俺必死で我慢してたのに」

「えー。別にしっかり口に出してないからよくないです? 向こうにも質問飛ばしてないし、向こうはちゃんと真面目な空間維持しちゃってますし、チエルたちがこそっと話してるくらいはノーカンですよ」

「まあ、言われてみれば、そうか。というかリアクション割と薄いなそっち」

「彼氏さんだってそこは同じくないですか? ちなみにチエルの場合は学院長の無茶振りで慣れっこちゃんだってのがありますけど」

「俺も似たようなもんだよ。アクセルの変人共と過ごしてると、あの程度のビジュアルで一々リアクション取ってられん」

 

 そうは言いつつ、じゃあ流せるかというとそれも微妙だよな、と二人は改めてゼーレシルトを見た。

 

「ペンギンだな」

「ペンギンですね」

 

 二人の王女と話している領主は、紛れもなくペンギンであった。ペンギンの着ぐるみであった。

 

 

 

 

 

 

 そんなペンギンの着ぐるみ領主と会談しているなどということは露知らず。残りの面々は面々で領主の城にある施設へと足を踏み入れていた。

 

「うわ」

「ふむ。話には聞いていたが、直接赴くのはぼくも初めてだ」

 

 周囲を見渡しながら、クロエとユニがそんなことを呟く。そうしながら、心配そうな表情を浮かべている一人の少女へと足を進めた。その少女、コッコロの横では、別段気にするふうでもなく、いつもの調子のキャルがいる。

 

「キャルさま……」

「何よコロ助、この程度で今更ビビることなんかないでしょ? まあ、王女が視察に来てる真っ最中にやらかすのは中々の度胸だけど」

 

 クロエ達と同じように周囲を見渡し、そして施設の中心部に目をやった。闘技場のようになっているそこでは、周囲の観客席にいる連中が熱狂する催しが開かれている。

 人間であれば何十人もが戦えるようなその空間には、何体ものモンスターが放たれ、そして争っていた。

 

「しっかし、ついでだから城を見回って欲しいってペコリーヌに言われてやってみたら、まさか地下にこんな場所があるなんてね」

「いやこれ法律とか大丈夫なん? 見られたからにはっつって消される系じゃない?」

「その心配はないだろう。貴族が魔物を捕らえ、戦わせるのはある程度黙認されている。ブライドル王国は守護竜ホマレが見逃せば許可が出るし、ベルゼルグ王国も処罰する法律自体は存在していない。エルロードなどは、むしろ表立ってカジノの項目にしているくらいだ」

「しかし、ユニさま。その言い方ですと、ベルゼルグ王国ではあまりよろしくないことなのでは?」

「然り。確かに表立って行うのは外聞が悪いという部分はあるだろう。だからこその地下闘技場だ」

「パイセン、それダメなやつじゃん」

「こっそりやってる分には問題ないんでしょ」

 

 そう言いながら、キャルはやれやれと肩を竦める。規模の大きさ的に、こっそりというレベルではなさそうだ。大勢いる観客達も恐らく貴族か、あるいは裕福な商人あたりだろう。何かやらかしているとまでは言えないが、問い詰めたら少しばかりは埃が出るかもしれない。

 

「ま、清廉潔白な貴族ってのもそうそういないし、精々普通のお貴族様ってやつかしらね。ここの連中は」

「罰するほどのものではない、ということか。では、どうするのだね?」

「どうするもこうするも。違法じゃないなら何もしないわ。一応後でペコリーヌには聞いておくけど」

「ま、その辺が落とし所か。いーけど、別に」

「成程。分かりました」

 

 そういうことでしたら、と頷くコッコロに軽くデコピンをしたキャルは、そんな難しく考えなくてもいいの、とどこか意地悪な笑みを浮かべる。そうしながら、ぐい、と彼女の手を取った。

 

「きゃ、キャルさま!?」

「どうせだし、あたしたちも賭けましょうよ。ここで稼いで、向こうが何かやってくるならその時はぶっ飛ばせばめでたしめでたしよ」

「そう、でしょうか……?」

「そうそう。あ、ねえ、賭けをする場所ってここでいいの?」

 

 観客席とは別に用意されているスペースへと向かったキャルは、ええそうですという言葉を聞いて、オッズを見やる。成程貴族の遊びと言われるだけはあり、ちょっとお小遣いを賭ける、という程度では済まない賭け金がそこには記されていた。

 

「キャルさま……それは流石に、お止めになられたほうが」

「大丈夫大丈夫。何だかんだお金だってあるし、ちょっと賭けるだけなら問題ないわよ」

「問題しかない発言してんなぁ……」

「然り。あれはズルズルと沼にはまり込んでいく者が述べる台詞だ。加えるならば、止めても無駄だろう」

 

 オッズとモンスターの名前を見比べながら、ああでもないこうでもないと悩むキャルを、クロエとユニは遠くから見守る。他人のふりとはまではいかないが、直接関わるのはやめておこうかなくらいまでは距離を取っていた。しっかりと付き添っているコッコロとは対照的であるが、見捨てないだけ有情ではある。

 

「よし決めた。この、爆裂岩に賭けるわ」

「あの、キャルさま……超大穴、と書かれておりますが……」

「こういうのが案外いけるもんなのよ。ふふん、見てなさいコロ助、あたしがドカンと儲ける姿を」

「はい撤収ー」

「やれやれ。アイリス君に説明するためのメモを取っておくとしようか」

 

 

 

 

 

 

「ゼーレシルト様!」

「何事だ、騒々しい。王女殿下がいらっしゃっておるのだぞ」

「も、申し訳ございません! しかし」

 

 大慌てで部屋に入ってきた男は、頭を下げ謝罪をした後、地下の闘技場で問題が、と彼に耳打ちした。そのことを聞いたゼーレシルトはピクリと着ぐるみの眉尻を上げ、失礼と一旦席を立つ。そうした後、どういうことだと詳細を促した。

 

「実は……その、目を背けたくなるほどの大負けをしたお客様がおりまして」

「珍しいな。ある程度節度を持って催しを楽しんでもらうよう言っているはずだが」

「それが、その……普段参加される方々ではなく」

 

 ちらりと向こうにいる人物達へ視線を向ける。ペコリーヌとアイリス、王女姉妹を一瞬だけ見ると、あちらの護衛の冒険者の一人が、と言いにくそうに続けた。

 ゼーレシルトは顔を顰める。大切な友人に支えられてここまで来た、と彼女は言っていたが、そのような問題を起こすとなると少々話は違ってくる。そのことを考え、老婆心になるが伝えたほうがいいだろうと暫し考えた。

 

「それで、その冒険者は何をしでかしたのだ?」

「……闘技場で、燃え尽きていまして」

「……は?」

「なんというか、真っ白になったというのが相応しい有様で、お連れの方々も、そこにいた来客の方々も、それはそれは気の毒なものを見る目で」

「待て。……暴れたとか、恫喝をしたとか、そういう類ではないのか?」

「はい。こう、ピクリとも動かないので、闘技場どころではないという話になりまして」

 

 それはそれである意味営業妨害だが、直接的に何かをしたわけではないので彼としても何ともいい難い気持ちになる。結局途中で終了したので、今闘技場には件の燃え尽きたお客とその仲間しかいなくなってしまったそうだ。そう報告を受けたゼーレシルトは、普段は決して起きない頭痛がするような気がした。

 

「仕方ない……。とりあえず、様子を見に行くとしよう」

「申し訳ありません。それで、あの……王女殿下は」

「連れて行くしかあるまい。彼女達ならば件の人物を慰めることも出来るだろう」

 

 はぁ、と溜息を吐くと、ゼーレシルトはお待たせしましたと席に戻る。そうした後、申し訳ありませんがと言葉を続けた。視察の話を中断し、闘技場で起きたことの解決に協力してくれないだろうか、と二人に述べた。

 話を聞いた二人は、というかペコリーヌは件の人物に心当たりがありすぎたのですぐさま察した。あの場所で調子に乗って大負けするような人物は一人しかいない、と。反論も文句も出るはずがない。王女という身分から遠ざかっていたこともあり、アイリスが何かを言うよりも早く、彼女は思い切り頭を下げた。この場で最も高貴な存在である第一王女が、あっさりと。

 

「ごめんなさいごめんなさい!」

「いえ、こちらとしても、闘技場自体はあまり真っ当なものとは言えませんからな」

 

 平謝りするペコリーヌに、ゼーレシルトは苦笑する。そうしながら、まあ何か被害があったわけでもありませんので、と彼女を宥めた。

 

「なので、そう気にすることでもありません」

 

 そう言って彼は微笑む。人のいい着ぐるみペンギンの皮をかぶって、笑みを浮かべる。

 思わぬところから、絶品の食事を味わった。そんな内心を隠しながら。

 

 




闘技場で有り金全部溶かすキャル


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その185

まあ今更苦戦する相手じゃないよね


 なんと言っていいのだろうか。他に誰もいなくなった観客席の、チケット売り場のすぐ目の前で。

 一人の猫耳少女が燃え尽きていた。

 

「なんだこれ」

「アイリスちゃんのお姉さんの彼氏さんが分からないんならチエルに分かるわけナシなしじゃないですか。いやまあぶっちゃけぱっと見でこれかなって予想はできちゃいますけど、それを言っちゃったら終わりっていうか、ターンエンドどころかゲームエンドしちゃいそうっていうか」

 

 事情をしっかりと聞けていない二人は、そんな日本語でいうなら「ぬ」と「め」の区別もつかなくなっていそうな表情のキャルを見て立ち尽くしている。ペコリーヌとアイリスはゼーレシルトから話を聞いていたこともあり、即座に彼女の回復へと足を踏み出していたのだが。

 まあいいや、とカズマは視線をコッコロへと向けた。オロオロと心配そうな表情をしている彼女のもとへ向かい、大丈夫かと声を掛ける。多分大丈夫じゃないのはキャルの方である。

 

「あ、主さま……。申し訳ございません、わたくしでは、キャルさまを止めることが出来ませんでした……」

「いや、コッコロは悪くない。悪いのは言うことを聞かなかったキャルだ」

「主さま……」

「彼氏さん彼氏さん、さっき事情サッパリでしたよね? そういうのチエルよくないと思いまーす」

「然り。表面上の慰めは一時の助けになっても、後々に大きな禍根を生むこともある。できる限り避けるべきだろう。端的に換言すれば、テキトーぶっこくな」

「それな。いやまあ、いいけど、別に。……んでも、アイリスの姉さんの彼氏さん、その娘大切にしてンなら、そういう時は本気で心配してやったほうがよさげくね?」

「唐突にボロクソ言うんじゃねぇよ! ちゃんと考えとるわ! 中身知らなくてもキャルが悪くてコッコロが悪くないのは分かるの! 付き合い長いんだから! ……あといい加減名前で呼んでくれない?」

 

 なかよし部にそうツッコミを入れてから、カズマは再度コッコロへと向き直った。変わらず心配そうな表情をしている彼女に向かい、それで結局何がどうなったのかと問い掛ける。

 眉尻を下げながら、彼の質問にコッコロは答える。この闘技場ではモンスター同士を戦わせて賭け事をする催しをやっていたこと、キャルがそれを見て自分もやってみようと意気揚々に向かったこと。

 そして。

 

「いや、もういい。分かった」

「主さま……」

「どれだけ負けたんだ? あいつ」

「……ご自分の貯蓄を、全て」

「バカじゃねぇの!?」

 

 何だかんだ、カズマ達は一流冒険者と名乗っても文句を言われない程度は活躍している。実際高レベルの依頼もこなせるだけの実力はある。だから、それに相応しい報酬も勿論手に入れている。更にはベルゼルグ王国の最上位貴族とも交流を持ち、立派な拠点も持ち合わせている。その日暮らしとは無縁の生活を約束されているような状態なのだ。

 そんな冒険者の一人分の貯蓄である。実家と縁を切っているので家への仕送りなどというものもなく、その上最近はアクシズ教の巫女としてのおまけまで持っている人物の貯蓄である。後半はマイナスな気がしなくもないが、ともあれその貯蓄は相当なものである。

 

「なあ、コッコロ。……具体的には、どんだけだ?」

「……口にするのは、憚られます」

「バカじゃねぇの!?」

 

 数千万単位の可能性が出てきた。ひょっとしたら億かもしれない。頭によぎった金額で、思わずカズマはブルリと震える。向こうではチエルがうっわマジですかと割と素でドン引いていたので、彼の考えは間違っていないのだろう。

 とはいえ、貯蓄を全部失っただけならばまだギリギリ踏ん張れる。借金を拵えてさえいなければ、最悪素寒貧になって魂の抜けているキャルをアクセルまで運んでいけばいいだけなのだから。

 

「これは少々困ったな……」

「ん?」

 

 だから、向こうでそんな呟きが聞こえたことで、カズマは思わずそちらに振り向いた。ペンギンの着ぐるみが何やら少々難しい顔をしている、ように見える。その対面には、なんとも言えない表情のアイリスとペコリーヌも見えた。

 何かあったのだろうか。こくりとコッコロと頷き合うと、二人はそのままゼーレシルトのいる場所へと足を進めた。なかよし部は観客を決め込む腹づもりらしい。多分見ていたほうが絶対面白いという考えだ。

 

「あ、カズマくん」

「どうしたんだ?」

「えっと。……キャルちゃんの事情は聞いたんですよね?」

「ああ。全財産スッたんだろ?」

「あはは……。そうらしいですね」

 

 苦笑しながら、ペコリーヌはポリポリと頬を掻く。そうしながら、そのことで少し問題が起きちゃって、と言葉を続けた。

 

「問題? 別に借金はしてないんだろ? キャルが一文無しになっても自業自得で」

「いえ、お義兄様。そういうわけにもいかないのです」

「アイリスさま、それは一体どういうことなのですか?」

 

 カズマの言葉を遮るようにアイリスが口を開き、コッコロの問い掛けに実はと述べた。

 キャルは一流冒険者で、コネも持っていて、バフなのかデバフなのか分からない地位もある。そんな人物の財産は、当然ながらその辺の冒険者とは比べ物にならず、場合によっては田舎の貧乏貴族を上回るほどのもので。

 

「いきなりそれだけのお金がゼーレシルト様の領地に支払われてしまうと、領主と王族の立場から少々問題になりまして」

「バカじゃねぇの……」

 

 座ったまま光のない瞳で虚空を見上げている仲間に視線を向けると、カズマは三度目の呆れたツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあもうなかったことにして帰ろうぜ」

 

 多分これが一番問題のない解決方法だ。そんなことを思いながら述べたそれは、ゼーレシルトが変わらず難しい顔をしているように見えたことで頓挫する。何か問題があるのだろうか。そう思ったカズマは、とりあえず思い付いた意見を彼へとぶつけた。

 

「何だかんだ金は欲しいってことか?」

「ん? いや、そういうわけではないよ。私は別に金に困っているわけではないからね。考えているのは別の理由だ」

「んじゃ、あれか。王族に貸しを作って地位の向上とか」

「それも違う。私はこう見えてあまりその手の成り上がりに興味がなくてね。領地も収入も満足している。税収の時期だけ領地を離れ税金を踏み倒すような連中と違い、きちんと税も納めているしね」

「何かペンギンの着ぐるみに理性的な態度取られると絶妙にイラッと来るな」

 

 そんなことを言いながら、そこでカズマはん? と動きを止めた。今の会話に少し引っかかる部分があったのだ。

 税金。元いた世界でも聞いたことのあるその言葉に、彼はなんだか嫌な予感がした。ペコリーヌへと振り返ると、ちょっと聞きたいんだけどと問い掛ける。

 

「この国って、税金払わないといけないの?」

「え? それはそうですよ。冒険者は職業上ある程度免除されてますけど、納税の義務は国民全員が持ってます」

「……俺、こっち来てから払ったことないけど。え? これ大丈夫なやつ!?」

「冒険者はきちんと依頼をこなしていれば大丈夫です。払うとしてもちょっとだけで済みますから」

 

 結局払わなくてはいけないらしい。一瞬踏み倒せないかと考えはしたものの、いかんせん目の前にいる自分の恋人が国の第一王女である。縁を切る覚悟でもない限り実行するのは難しいだろう。

 

「あ、わたしも冒険者として活動している分はきちんと国に税を払ってますよ」

 

 ペコリーヌの追撃にぐうの音も出ない。いやでもその払った税は結局王族の懐じゃねぇかとか屁理屈ぶっ込むほど彼の性根はひん曲がっていないし、言ったところで何の意味もない。まあある程度免除されているという話だし、これまでの稼ぎを考えればそう大したものでもないだろう。半分税金で持っていかれるとかふざけたことはないはずだ。

 そこまでを考え、そして気付いた。嫌な予感の真実に気付いた。

 

「……キャルの税金、どうするんだ?」

「あ」

 

 一文無しの猫娘に払えるものなど何もなし。税収のタイミングが来るまでに稼ぐことが出来れば何とかなるかもしれないが、納税の時期は秋口の最初の月。今からだと時間が足りない。

 ついでに言うとお金がない理由がギャンブルだ。冒険者としての免除も受けられない可能性がある。

 

「なあペコリーヌ。お前の権力でなんとかならないか?」

「この場で言われても無理ですよ! いやどの場で言われても無理なんですけど!」

 

 王族としてもやっていいことと悪いことがある。彼女のやれることは、精々クエストを頑張る手伝いと、いざという時にお金を貸すくらいだ。

 そんなやり取りを聞いていたゼーレシルトは、はははと苦笑しながら会話に口を挟んだ。そちらはそちらで問題があるのでしょうが、こちらとしても別の問題がある、と。

 先程アイリスが少し言っていたのがそれだ。キャルの負け分があまりにも多いため、これを受け入れてしまうとその分の税収やら何やらで彼の領地の経営に問題が生じてしまうのだ。

 

「かといって、ただ無かったことにしてしまうと、貴族同士の繋がりで行っていた催しに弊害が出てしまう」

「胴元の信用問題ってやつか」

 

 ついでに言ってしまえば、王族の友人だから、お抱えの冒険者だから、などという理由でチャラにしたのだろうと勘ぐられる可能性すらある。ぶっちゃけ誰にとっても好ましくない展開が待っているのだ。

 

「じゃあ、どうするんだ? チャラにはできないけど支払われると困るって、詰んでるじゃないか」

「その通り。……なので、こういう提案はどうですかな?」

 

 ピンと指を立てる、ようなポーズをする。そうしながら、これからもう一戦、勝負をしましょうと述べた。賭け金はキャルの負けた分全額。

 

「そうやって口裏合わせてたって言われるんじゃないのか?」

「勿論、そうならないようにきちんと証拠映像は残させてもらう。なので、きちんと勝って貰う必要があるのだが……第一王女殿下、その辺りは大丈夫ですかな?」

「わたしは構いません」

「待て待て待て。そう簡単に返事すんなって。あのペンギンの着ぐるみのおっさんが、どんな勝負を持ちかけてくるか分かってないんだから」

「そう心配しなくとも、冒険者としての実力が一流ならば、何の問題もないものですぞ」

 

 口角を上げる、ような気がする状態になる。いかんせんペンギンの着ぐるみなので正確な表情や動きが判別しにくい。そんなことを思いながら、ゼーレシルトのその言葉を胡散臭いとカズマは一蹴した。一流冒険者ならば問題ない、そんなことを言い出す時点で碌なものではないだろう。

 

「ですが、主さま。他にいい方法もございませんし」

「別に特別な勝負しなくても、普通にここの賭けで勝てばいいだろ。こう見えて俺はこの手の勝負事には強いからな」

「今日の催しは終わっている。その方法だと翌日に持ち越しとなるので、領地の帳簿に残ってしまうのだよ」

「だったらこれから勝負を――って」

 

 結局そうなる。ガリガリと頭を掻きながら、ああもうしょうがねぇ、とカズマは半ばやけくそのようにそう吐き捨てた。

 それで一体何の勝負をするのか。睨むようにそう問い掛けると、ゼーレシルトは再度笑う。だから心配することなどない、ともう一度口にした。

 

 

 

 

 

 

「はい、始まりました負け分チャラにするためのエキシビジョンマッチ! 実況解説その他諸々は世界に轟く超絶美少女ちえるんと、あとクロエ先輩にユニ先輩でお送りしちゃいます」

「扱い雑。いや、まあいいけど」

「そもそも、実況解説するような何かがあるのだろうか」

「ちょっとノリ悪くないです? ただ見てるだけだと面白みがないって言い出したの先輩たちじゃないですか。二人の思いを汲んで、後輩力高すぎて困っちゃうくらいのチエルがこうしてちぇるっと頑張ってるんじゃないですか~」

「はいはい」

「分かった分かった」

「返事がテキトー極まりない!」

 

 闘技場の観客席の一角でそんなことをしているなかよし部を余所に、コロシアムの中心では三人の少年少女が何やら揉めていた。

 ゼーレシルトの提案は、モンスター同士の勝負ではなく、冒険者とモンスターとの勝負を行おうというものだ。当然勝つのは冒険者側だ、ということを疑わない前提で話が進められている。

 

「あの、キャルさま……。やはりわたくしが」

「ここでコロ助に戦わせたらあたし最低じゃない」

「でもなぁ。悪いこと言わないから、ペコリーヌに代わってもらえって」

「そこは俺に任せろくらい言いなさいよ……。いやまあ、あんたに代わってもらうのも癪だし、断るけど」

 

 そう言ってキャルが二人より前に出る。杖を構え、反対側にある鉄格子を睨みつけた。

 

「さあ、来なさい! あたしが全員ぶっ殺して、負け分チャラにしてやるから!」

「はははは。威勢がいいな。――高貴さは少々足りないが、プライドを持った人間が屈服した時の悪感情もついでに頂きたくなる」

 

 後半は聞かれないように呟きながら、ゼーレシルトは腕を振り上げる。実況解説のなかよし部、ゼーレシルトの横で見守るペコリーヌとアイリス。そんな六人の前で、開かれた鉄格子からダース単位のゴブリンがコロシアムへと放たれた。

 

「え? ちょま! 俺たちまだ退場してないんだけど! てか多っ!」

「キャルさま。お一人でやるとは、言われませんよね?」

「え? い、いいの?」

「おいお前そこは一瞬でもいいから自分一人で大丈夫だって言えよ。あのくらいのゴブリンとか楽勝よって言っとけよ!」

「はぁ!? 別にあたし一人でも大丈夫だけど? コロ助が手伝いたいって言うから許可を出しただけよ」

「だからそれを先に言っとけって俺は」

「お二人共! お喋りをしている暇はございません!」

 

 二人の言い合いを待ってくれるようなゴブリンではなし。こちらへと間合いを詰めたゴブリンは、持っていた棍棒を振り上げていた。コッコロの声に慌てて前を向いたカズマは、とっさにキャルの手を取って緊急回避を発動させる。それに追従するように、攻撃を弾いたコッコロも間合いを取った。

 

「あっぶねぇ! おいキャル! さっさとやっちまえ」

「言われなくても分かってるわよ。コロ助、ちょっとあいつらまとめて!」

「かしこまりました」

 

 一歩前に出ると、槍で前線にいたゴブリンを薙ぎ倒す。吹き飛んだゴブリンが後ろを巻き込んで倒れると、そこに合わせるように炎の嵐が纏めてモンスターを消し炭に変えた。

 ふん、とキャルが杖を振るう。自分達だけになった闘技場のど真ん中で、どんなもんだと胸を張った。

 

「何かえらくあっさり終わっちゃいましたね~。まあ元々税金逃れの言い訳てんこ盛りのための勝負でしたし、出来レース感醸し出しまくりでしたけど」

「うむ。だが、これでは流石に映像が残っているとしても説得力には欠けるような」

「ん? パイセン、チエル、アレ見てみ」

 

 クロエが先程ゴブリンが出てきた鉄格子を指差す。一旦閉まっていたそれが、ゴブリンの全滅と共に再び音を立てて開いていた。え、とカズマ達もそこに視線を向け、ペコリーヌとアイリスはゼーレシルトに問い掛ける。彼はそれに、当然、説得力を持たせるためにはもう一勝負は必要でしょうと言葉を紡いだ。

 

「先程のゴブリンである程度の実力の証明はできた。ならば次のこれを打倒して、勝敗を決めようではないか」

 

 そんな声に合わせるように、向こうの暗闇から大きな体躯の獣が数体、コロシアムへとやってくる。青い虎のようなそれは、いつぞやに戦ったモンスターによく似ていて。

 

「初心者殺し? にしちゃデカいし、何か凶暴そうな」

「中級者殺しでございますね。初心者殺しの上位種とされている魔物です」

「はん。あたしたちは上級冒険者よ、中級者殺しの一体や二体、敵じゃ――」

 

 キャルの言葉が途中で止まる。ノシノシとやってきた中級者殺しは合計五体。狡猾な知能を持っているとされているように、先程のゴブリンとは違い、範囲攻撃に引っかからないように間合いを取り、ジリジリと距離を詰めてきていた。

 

「おいこれマズくないか? 逃げ道塞がれたぞ」

「背後を取られていないのが不幸中の幸いですが」

 

 右を向いても左を向いても中級者殺しの顔が見える。一度に襲いかかってこないのはやはり巻き込まれを警戒しているのだろう。一発逆転を狙えないが、しかし逆に助かっている部分でもある。

 

「ペコリーヌがいればさっさとぶっ倒して終わりなんだけど」

「何よ。あんたあたしが信用できないっていうの?」

「別にそういうわけじゃないけど。じゃあやれるのか?」

「……勿論よ。見てなさい。このあたしの実力を」

 

 杖に魔力を込め、先端の魔導書がパラパラと捲れていく。その行動に脅威を感じたのか、中級者殺しの一体がキャルへと飛び掛かった。

 

「やらせはしません!」

 

 迫りくる牙をコッコロが槍で迎撃する。穂先を叩きつけ、体ごと回転するように弾き飛ばした。体重差もあって、彼女も同様に弾かれたが、しかしこれで攻撃がキャルに当たることはない。

 勿論中級者殺しが一体だった場合の話である。体勢が崩れたコッコロに一体、そして詠唱中のキャルにもう一体。中級者殺しは飛びかかる。

 

「《狙撃》! 狙撃ぃ!」

 

 矢が飛来する。大した威力ではないと致命を避けるようにそれを受けた中級者殺しは、着弾により発動したトラップで盛大に吹き飛んだ。不意を突かれた残り二体の近くに倒れ、そして再度そこを起点にした罠で動きを止められる。

 

「キャルさま」

「キャル!」

「任せなさい! アビス――はちょっとここじゃマズいから、《グリムバースト》ぉ!」

 

 杖を振り下ろす。それと同時にコロシアム全体を覆うほどの数の魔法陣が現れ、それらが獲物を捕食するように収縮していく。そして、食らいついた魔法陣は再度弾け、獲物を外から中から蹂躙していく。

 全身を引き裂かれた中級者殺しは、そのまま倒れ動かなくなった。ふん、と鼻を鳴らしたキャルは、魔物の死骸を見下ろしながら髪を掻き上げる。

 

「これくらい余裕余裕」

「よく言うぜ」

「ふふっ。流石はキャルさまでございます」

 

 観客席ではパチパチとペコリーヌが拍手をしている。隣のアイリスは安堵の溜息を吐き、なかよし部も実況解説という名目で好き勝手に喋っていた。

 

「……流石ですな」

 

 ただ一人、ゼーレシルトだけは、追加で摂取出来ると思っていた悪感情がサッパリ手に入らなかったことで、少しだけ面白くなさそうな顔をしていたが。

 

 



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その186

今回のボス戦? これが?


「申し訳ありませんでした」

「あはは……キャルちゃん。もういいですから、頭上げてください」

 

 土下座である。晴れて負け分チャラ、自身の資産が戻ってきた猫耳少女がやったことはまず土下座であった。プライドもへったくれもない、完全無欠の土下座である。普段の性格の割にこういう時は流れるようにプライドを投げ捨てる辺りを鑑みて、やっぱり似てるな、と謝罪されているペコリーヌは思う。横ではアイリスが滅茶苦茶挙動不審であった。姉の親友が自分に土下座しているのである、テンパらないほうがおかしい。

 

「結果的になんとかなりましたし、わたしは別に何とも思ってませんから、大丈夫ですよ」

「あんたにそう言ってもらえるのは助かるけど、やらかしたのは事実だし、けじめは必要でしょ」

 

 土下座したままキャルはそう述べる。まあそうかもしれませんけど、と頬を掻きながら苦笑したペコリーヌは、どうしたものかと隣の妹を見た。どうしろと? という表情なので相談するのは止めておく。

 

「ん~。あ、じゃあ今度わたしのお仕事があったら、手伝ってください」

「別にあんたの仕事の手伝いとか、よっぽどのことじゃない限り断らないけど……え? ひょっとしてよっぽどのこと?」

 

 思わずキャルが顔を上げる。そんな彼女と目が合ったペコリーヌは、あはは、と少しだけ誤魔化すように笑みを浮かべた。別に今のところ自分の出番が来る予定はないけれど、と呟いた。

 

「お母様かクリスティーナがこっそりねじ込んでそうな気もするんですよね~」

「滅茶苦茶不安になってきたんですけど!? あたし何の手伝いさせられるの!? いやまあ、この状況になったの自業自得だし逃げないけど」

「……お姉様? 一体何を?」

 

 やり取りを聞いていたアイリスが首を傾げる。話の内容的にその仕事というのは冒険者ペコリーヌの方ではなく、第一王女ユースティアナの方であろう。だが、ならばこちらに、自分に心当たりがあるはずなのだ。だというのに、どうにもピンとこない。今回の仕事の提案で姉がこれからの仕事を覚っていての発言ならば、誘ったにも拘らず察せられない自分は。

 

「やはりお姉様にはまだ敵わないのですね……」

「アイリス? ど、どうしたんですか?」

「私にはお姉様の予期しているという仕事が分からないのです」

「あ~……いや、わたしもひょっとしたらって思ってるだけですよ?」

 

 そう言いながらアイリスに耳打ちする。先程の、キャルの負け分を取り返す勝負をする前にしていた会話でふと頭に浮かんだだけの、その程度の話なのだという前置きをして妹にそのことを述べる。

 聞かされたアイリスはアイリスで、ああ成程それは確かにと感心した。そうしながら、先程ペコリーヌが言っていた母親かクリスティーナがねじ込んでくるという言葉を思い出し、なんとも言えない表情になる。

 ああ、やりそうだ。ベルゼルグ王女姉妹の意見は一致した。

 

 

 

 

 

 

 視察も無事に終わり、ペンギンの着ぐるみは通常営業へと戻った。後日、視察時に領地の食料消費が普段より倍増していたことに若干顔を引きつらせていたが、まあタダ飯されたわけではないのだからと気にしないことにした。

 そんなわけで。王族としての仕事をこなしてしまったペコリーヌは、案の定ともいうべきか、冒険者の依頼とは別の仕事が少々舞い込んでくることになった。元がやさぐれ半家出王女であったので、本人としては別段そこに抗議を挟むことはなかったのだが、しかし。

 

「最近、忙しそうだな、あいつ」

「そうねぇ」

 

 アメス教会にいるこいつらはそうでもないわけで。前衛かつタンク役かつ火力要員のペコリーヌがいないと、必然的に冒険者の依頼も請け辛くなる。というかカズマとキャルが基本やる気ないので積極性がなくなる、と言ったほうが正しい。アキノとダクネスを伴ってアクセルの書類の手伝いをしに行っている彼女についてぼんやり呟きながら、今日もまあダラダラするか、と二人揃ってソファーに体を投げ出していた。

 

「三日連続でそれですよ」

 

 ぴょこ、とぬいペコがカズマの頭に乗りながら溜息を零す。ちらりと自分の頭上を見た彼は、仕方ないだろうとぼやいた。

 

「別に元々蓄えはあるしな。借金もないし拠点もある。いいか? こういう時は働いたら負けの精神が大事なんだぞ」

「何言ってるんですか、まったく」

 

 ペシペシとカズマの頭を叩きながら、ぬいペコは視線をキャルに向けた。彼と同じようにだらけていた彼女も、まあそれでいいんじゃないとほざいている。

 

「……本物のお手伝いするんじゃなかったんですか?」

「だって何にも言ってこないんだもの。いやまあ、書類仕事は手伝えないからしょうがないんだけど」

 

 ゴロン、と寝返りをしながらぶうたれた。彼女は彼女でカズマとは違う理由があるらしい。勿論働くのが面倒という部分もあるのだろうが、どちらかというと寂しさが勝っているような気がしないでも。

 

「あーもう。カズマ、ちょっと街の外で憂さ晴らししに行くわよ」

「はいはい。行ってらっしゃい」

「あんたも来るの!」

「え、やだよ、めんどくさい」

 

 即答である。ひらひらと手を振りながら、じゃーなー、と完全に見送る体勢に入っている。

 そんなカズマの下へと近付いたキャルは、暫し彼をじっと見下ろす。その状態のまま、はぁ、と溜息を吐いた。そうしながら、ゆっくりと口角を上げた。

 

「な、何だよ」

「別に? そういうことならしょうがないかしらね、って」

「お、おう。いきなり素直になったな」

「だって行きたくないんでしょ? ならしょうがないじゃない。ああ、ちなみになんだけど、もうすぐ税金の支払日なのって知ってる?」

 

 踵を返し、出かけようとする素振りを見せながらキャルは言葉を続ける。カズマはカズマで、目の前の猫耳が燃え尽きている時に聞いていたので彼女の質問に頷いた。知ってるけど、それがどうしたんだ、と。

 

「いや、あたしもそういえばって思い出したんだけど、冒険者って税金の支払い結構温情されてるのよ、街の治安維持とか、街そのものをモンスターから守ったりとかしてるから」

「まあ、冒険者家業なんか危険と隣り合わせだしな。それくらい優遇してくれてもバチは当たらないだろ。で、それがどうしたんだよ」

「税収の時の調査で、資産があるのに冒険者としての働きが少ないと支払う額上がるらしいわよ」

「流石に三日程度サボるくらいじゃ問題ないだろ」

「冒険自体はもう一ヶ月くらい行ってないですよ?」

 

 頭上のぬいペコが再度溜息。この男、前回の領地視察から全くと言っていいほど冒険者していないのである。マジで? と聞き返すと、振り返ったキャルも頷いた。

 が、だとしても。大きな仕事を行った後の休息という意味では別におかしくはないだろうと思い直し反論する。この教会で暮らすようになった頃だってそんなもんだっただろうと言葉を続ける。

 

「今のあんたは曲がりなりにも大物賞金首を討伐した高レベル冒険者で、高額所得冒険者の一人で、ベルゼルグ王国第一王女の恋人なのよ? 駆け出しの基準で許されると思ってんの?」

「……マジで?」

「いや、分かんないけど」

「ぶっ飛ばすぞお前!」

「でも、用心するに越したことはないでしょ? 知ってる? まともに払うなら、あんたの場合今年度の収入の半分持ってかれるわよ」

 

 半分。その単語の意味が一瞬理解出来ずに、カズマはそれを繰り返した。そうして、己の支払額を具体的に計算し終えると、冗談じゃないと立ち上がる。わわ、と頭の上のぬいペコがソファーに転がった。

 

「おいキャル。なんか適当なクエスト受けて働いてるアピールするぞ。出来れば簡単かつギルドや街の人に受けが良いやつ」

「……ペコリーヌもこいつのどこがそんなにいいのかしらねぇ」

「こういうところがいいんですよ。少なくとも、わたしは」

「物好きだわ」

 

 はぁ、と盛大な溜息を吐き。じゃあ行くわよ、とキャルはぬいペコを肩に乗せたカズマに声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

「はい、ではサトウカズマさん。……ええっと、この収入ですと本来はこれだけですが、ギルドと街の貢献に関与していただいているので、その一割で結構です」

「それでも五%か……」

 

 うげぇ、と顔を顰めながら、カズマは渋々税金を払う。横では同じようにキャルが税金の手続きをしていた。ふふん、と彼の視線に気付いた彼女が口角を上げ、支払いが収入の一%ほどであるという書類をピラピラとさせている。

 

「はぁ!? お前なんで」

「キャルさんはアクシズ教徒のストッパーを務めてますので、その分の免除が加算されてますね」

「いやこいつも割と一緒になって暴れてるだろ。むしろ課税するべきだと俺は思う」

「特に何もないくせに問題引っ張ってくるあんたには言われたくないわよ。だったらあんたももっと課税されてしかるべきだわ。そうよ、もっと税金払いなさいよ!」

「アクシズ教徒筆頭巫女のキャルさんには到底敵いませんけどね! 大体アクシズ教会アクセル支部のメンツお前どうにか出来るのかよ、出来ないだろ」

「あれらをどうにか出来るやつがいたら逆に教えて欲しい」

 

 死んだ目でそう述べるキャルに、カズマは思わず日和った。ギルド職員のルナも、まあしょうがないですよね、と苦笑している。カリンもあははと苦笑しながら、まあでも、と言葉を続けた。

 

「あの三人もきちんと税金の支払いには来てくれたので、街としては助かってますよ」

「シズルとリノはともかく、セシリーも来たんだ……」

「その辺のエリス教徒の冒険者と違って、アクシズ教徒はしっかりしてますからね、とギルドにいた他の人達に大声でアピールしながらでしたけど」

「マウント取るために来たのか……」

 

 まあ実際、これでアクシズ教徒の冒険者カード所有者は全員税金を納めたので、彼女のマウントもあながち間違ってはいなかったりもするのだが。母数の問題である、ということを除けばである。

 ともあれ。支払い自体は終わったので帰ろうかと酒場の席で待っているコッコロを呼ぼうとした矢先、窓口に見知った顔がやってくるのが見えた。まあこいつは当然か、とカズマはその人物を見て頷く。

 

「佐藤和真、何故僕を見てそんな反応を?」

「いや、別に深い意味はないぞ。お前は真面目だよなって思っただけだ」

 

 先程も言われていたように、冒険者はあまり自分から税金の支払いに来ない。それでも街の周辺のモンスターを退治し平穏を維持してくれている彼ら彼女らに強く催促はせず、温情を行ってきた。だからきちんと手続きをするのは稀で、自主的となるとほぼ物好きレベルになっているわけなのだが。

 御剣響夜という人物は、間違いなくその物好きであった。いつもありがとうございます、と言われているので、おそらくこの世界に転生して収入が安定してからずっと払っているのだろう。

 そしてなにより。

 

「え? お前何でそんな払ってんの?」

「何故って。これが通常の税収だろう?」

「いや冒険者の優遇措置が」

「ああ、そのことかい。僕は冒険者であると同時に、魔王軍の討伐を期待された勇者でもある。ただお金を貯め込むくらいならば、少しでも人々のために使われるようにと思ってね」

 

 歯が光るような笑みでそんなことを抜かすキョウヤを見て、あーはいはいとカズマは流した。ちなみに同行していたクレメアとフィオは普通に優遇措置込みで支払っている。流石に周囲に強要するほど盲目ではないらしい。

 

「その口ぶりからすると、君達も支払いかい?」

「まあな。コッコロはウィズ魔道具店で働いてるんでアキノさんが手続きしてるから、俺とキャルだけだけど」

「ペコリーヌさんは?」

「あいつは――」

 

 基本国を治める側なので、多分手続きはここではやらないと思う。そう言いかけ、カズマは飲み込む。一応ペコリーヌがユースティアナであることは秘密なのだ。バレバレな気がしないでもないが、公言していないので現状こちらからバラすのはNGなのだ。キョウヤならばもう知っているような気がしないでもないが、それでも人のいる場所で口にするわけにはいかない。

 

「今ダクネスの仕事手伝ってるみたいだし、そっちでやってんじゃねぇの?」

「成程ね」

 

 幸い彼も深く聞く気はないようで、それで話は一息つく。ふう、と息を吐きながら、カズマは今度こそとコッコロたちのいる席へと歩いていった。歩いていこうとした。

 そのタイミングで何やらガヤガヤとうるさい連中がこちらに向かってくる。そしてその中の一人は、彼の知る限り間違いなくこんな窓口に、税金の支払いにやってくるような男ではなかった。

 

「ダスト……お前どうしたんだ? ここは税金の支払い窓口だぞ?」

「知ってるっつの。俺だってこんな場所来たくなかったし、何なら今すぐにでも逃げ出したいと思ってんだけど」

「ふ~ん。ダストってば、逃げちゃうんだ、へー。ほら見てフォーちゃん、これが穀潰しよ、はい復唱」

「だちゅと、ごくちゅぶし?」

「ダスト。いくら貴公がチンピラになったとはいえ、流石にこれは見過ごせん」

「あはは……これについては、あたしもあんまり強く言えないからなぁ」

 

 ダストを取り囲む女性陣を見て、カズマは理解した。理解して、まあダストがモテキャラ化してるのは気に入らないから助けないと心に決める。リオノールとモニカの圧に負け、そのままダストは渋々税金の手続きを行っていた。

 勿論彼の現在の資産では足りない。

 

「あー、これは困ったな。まあでも払えないもんは払えないから、非常に残念だが今回は見送るってことで」

「じゃあ、私が代わりに支払うわ」

「却下。お前が払ったらそれを口実にしてまた無茶やらせるつもりだろ。そもそも最初から俺は払えないっつってたのに、わざわざお前たちがここに」

「まあ、ひめさ、お嬢様の目的は間違いなくそれだろう。仕方ない、私が貸してやるから、早急に依頼でも請けて返済を」

「……フェイトフォーちゃん、知ってる? ああいうのをヒモって言うの」

「だちゅと、ひもでごくちゅぶし」

「何教えてんだリーン!」

「え? 私はダストをヒモにするのは全然構わないけれど」

「姫様……」

 

 はいはい知らん知らん。カズマは向こうの会話を聞き流しながら止めていた足を再度動かした。隣にはいつの間にかキョウヤもいる。悪い男に引っ掛かっているようにしか見えないな、と苦い顔を浮かべていたが、口を出さないのは何となくやり取りで察したからだろう。

 まあどうでもいい。さっさと帰ろう。キョウヤの言葉も聞き流したカズマは、とっくに離脱していたキャルも一緒に座っているコッコロの席に向かうと、じゃあ帰るかと声を掛け。

 

「それでしたら、こちらの依頼を請けてはどうですか? 領主代行と、第一王女様が連名で出しているものなんですけれど」

「あ? それでタダになるのか?」

「ゼロにはなりませんが、最大級の便宜が図られると思います」

 

 カリンの言葉で動きを止めた。領主代行はダスティネス家のことだろう、まあそれは問題がない。魔物討伐ならダクネスとイリヤ、ついでにミヤコでどうにかなりそうな気がしないでもないが、まあ忙しいだろうから依頼を出すこともあるだろうと納得できる。

 問題は連名の方だ。第一王女、ということはつまり。

 

「主さま。ペコリーヌさまからの依頼、とは一体どういうことなのでしょうか……?」

「俺にも分からん。けど、んー」

「どっちみち、あたしたちじゃなくてダストたちに出せるって時点で、そこまで特別なものじゃないでしょ」

 

 そうは言いつつ、どんな依頼かは聞いておこう、と三人はその場に留まっている。何かしら手伝えるなら手伝うし、という気持ちも後押しをしていた。

 だから、油断した。そのままカリンの伝える依頼を聞いてしまった。

 

「実はここ最近、大物賞金首討伐で儲けた結果怠けるようになった冒険者の方々が結構いまして。免除規定からも外れるので、その方々からの税金の徴収のお手伝いを頼みたいのです」

「……んん? これ本当にペコリーヌの出した依頼」

「――尚、極秘の依頼ですので、これを聞いた方々は協力か完全守秘かどちらかをお願いしますし、もし情報漏洩があった場合は罪に問われるのでご了承ください。とのことです」

「じゃねぇ!?」

 

 カズマの脳裏に、なんだかペコリーヌやアイリスに似ている女性が扇を持って微笑んでいる姿が浮かんだ。横に楽しそうな顔のクリスティーナが立っているおまけ付きで。

 

 



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その187

Q:わかった、じゃあボス戦だな……ボス戦は何だ?

A:あ? ねぇよそんなもん


 冒険者ギルドの前に集められた冒険者達は、普段と違う空気を感じ取っていた。緊急の呼び出しだということでやってきたものの、強大な魔物や街の危機というわけでも無さそうで。その代わり、集まってきたこちらを取り囲むようにギルド職員や公務員らしき人物が立ち塞がっている。

 そんな異様な状態にざわめき出した冒険者達に向かって、ギルド職員であるルナとカリンが声を掛けた。今回の呼び出しについての理由を語り始めた。

 税金の支払いをお願いします、と。

 

「おーおー顔が引き攣ってる」

 

 二人が説明するのを聞きながら、カズマは集められた冒険者側ではなく、立ち塞がる側の位置でほくそ笑んでいた。横には今回の事態、税金を集める側である領主サイドのダクネスが苦い顔を浮かべている。

 

「ダクネスさん、まだ不満なんですの?」

「いや、そういうわけではないが」

 

 今回の発案者はカズマである。ダスト達と共に逃げられない仕事を請け負う羽目になった彼は、ならばいかにして自分は楽をするか思考を巡らせた。その結果生まれたのが現在の光景である。この仕事の恩恵を一番に受けるダストは、それはいいとカズマの案を喜々として受け入れ、協力をしていた。

 その方法というのが。

 

「免除の高い奴も低い奴も一緒くたにして、本命の全然免除のない連中の目をくらまして」

「本命が逃げないように協力してくれた冒険者は冒険者としての務めを果たしたから免除の段階を引き上げる、と」

「うまい具合に餌を用意して、自分は動かず手駒を増やす。カズマ君は軍師タイプだよね」

 

 ダストとリーンが目の前の状況を見ながら呟き、リオノールはそれに感心する。モニカはそんなリオノールの言葉を聞いて何とも言えない表情をしていた。

 ちなみにダクネスは当初この案に難色を示していた。街の冒険者のほぼ全員が免除規定を下回っているのならばともかく、特定の連中だけならばそいつらを集めればいいのではないか、と。勿論カズマは却下した。その場合、勘のいい連中には気付かれる可能性がある、より確実に集めるためにもこれがベストだ。そう言われ、更には先程の他の冒険者も包囲網の一員にするという策も加えられたことで、彼女は首を縦に振ることとなった。アキノは最初からノリノリである。

 

「あんたってほんとこういう時の悪知恵は凄いわよね」

「頭の回転が速いと言え。別にお前らに迷惑かかるわけじゃないから、いいだろ」

「ま、ね。……ところでペコリーヌ。あんたの言ってた手伝いってのはこれのことだったの?」

 

 やれやれとカズマを見た後、ふと思い出してキャルは横のペコリーヌに問い掛ける。問われた彼女は、あははと頬を掻きながら首を縦に振った。

 

「お母様――王妃が何かしでかしそうだと思ってたので、その時は手伝ってくれたらな~、くらいに思ってたんですけど」

 

 まさか堂々と娘の名前を使ってしでかすとは。クリスティーナとタッグで高笑いを上げている自分の母を思い浮かべ、ペコリーヌは溜息を吐いた。キャルちゃんには迷惑かけちゃいましたね、と苦笑した。

 

「いや、別に元々約束だったし、こういう時に手伝うのはなんかもう当たり前にもなってるから、それは全然構わないんだけど」

 

 キャルはそんな彼女の言葉にあっさりと返し、それよりもと彼女を見た。むしろこの状況はそっち的に大丈夫なのか。そう問い掛け返した。

 

「へ? まあいいんじゃないですか? 犯罪してるわけでもないですし」

 

 今度はペコリーヌがあっさりそう返す。確かに彼女の言う通りではあるが、いかんせん恩赦を受けたいなら、助かりたいならと同僚を売り渡すよう仕向けさせるのは果たして真っ当な手段と言えるのだろうか。というかこれは犯罪組織がやる手口ではないだろうか。冷静に考えると何となくキャルは不安になる。

 が、いかんせん彼女もアクシズ教徒である。まあでも実際犯罪ではないのは確かなのだからいいかと開き直るくらいには頭アクアであった。

 

「しかし、これは後々冒険者の皆様に軋轢が生じてしまわないのでしょうか……」

「ああ、そっちの方は別に心配いらないわよコロ助。冒険者なんかそういう連中の集まりだし、仲良しこよしとかやってる方が珍しいでしょ」

「そうよママ。こういう仲間割れは最終的に強いやつだけ残って続いていくものだもの」

「シェフィ、あんたの理解とあたしの説明はこれっぽっちもかすってない」

 

 野生の魔物よりはもうちょっとだけ理性があるわい。そんなことを言いながら、キャルは目の前で繰り広げられる光景に視線を戻す。デストロイヤーや魔王軍幹部、祭りのエロ鎧、一部微妙なものもあるが大物討伐でアクセルの冒険者はそこそこ潤っている。そこで多少は安全策を取りながらも冒険者として生活していたものと、手に入れた大金にかこつけて働いたら負けを続けていたもの。後者は場合によっては税金で収入の半分を持っていかれると知って必死で抵抗するが、突如降って湧いた税金支払減額サービスにホイホイされた前者と後者のちょうど真ん中辺りの連中によって駆逐されていく。

 

「まあサボってれば腕も鈍るわよね」

 

 連行されていくニート冒険者をぼんやりと眺めながら、キャルがそんなことを呟く。まあそうだな、と売られていく子牛のような連中を見ながら、カズマもなんとなしに同意した。

 

「ちくしょう! 何で俺たちだけ! もっと金持ってる奴とかの家に直接乗り込めばいいだろ!」

 

 抵抗していた冒険者が喚く。それに同調したのか、そうだそうだとニート冒険者達はジタバタと暴れながら叫び始めた。捕まえる側だった冒険者も、まあその言い分はもっともだよな、とほんのわずか捕まえる手が緩む。

 そんな冒険者達に向かって、ギルド職員と公務員は返答をした。以前似たような事例があった時にそれを行ったら、衝撃を与えると爆発するポーションなどを家に置いてわざと徴税に来た職員に触らせ、資材を破壊したと逆に訴え抵抗した輩が続出したのだ、と。それを聞いたニート共は、成程冴えてやがると一瞬だけ考え。

 

「その結果、とある大貴族の方がこれ幸いと武力と権力でその人達をケツの毛までむしり取る宴を開催したので、こちらとしても流石にアクセルの冒険者の数が減り過ぎるのはよくないと」

 

 徴税は二の次でただただ楽しそうに腕利き冒険者を薙ぎ払っていた一人の女性を思い出しながら述べた公務員のそれを、嘘や誇張だと一笑に付することは出来なかった。おい初耳だぞとダクネスへ振り向いたカズマは、彼女が遠い目をしていたのを見て覚った。できるだけ穏便に済ませようと言っていた理由はこれか、と。

 

 

 

 

 

 

「どうやら、問題なく終わりそうだね」

 

 カズマの横合いから声。視線を動かすと、駆逐されるニート冒険者を眺める観客としてキョウヤが立っていた。その表情を見る限り、現状に不満を持っているようには見えない。

 だからこそ、カズマは首を傾げた。こいつこういう方法嫌ってなかったっけか、と。

 

「なあ、ミツルギ」

「なんだい?」

「お前いいの?」

「何がだい?」

「いや、お前ってこういう時「そんな卑怯な手を使わずに、きちんとこちらでやるべきだ」とか言うタイプじゃん」

 

 バカ正直にニート冒険者だけを集めて、説得なり何なりをやるだろう。最終的に戦闘になるとしても、本人が矢面に立つであろうとも予想できた。が、現実は傍観者ポジションで冒険者同士の醜い争いを眺める立ち位置にいる。

 

「まあ、確かに思うところはあるけれど。弱者を虐げているわけでもないし、彼等は悪い言い方をしてしまえば大なり小なり犯罪者になり得た人達だからね。多少のことには目をつぶるよ」

「え、何? 何か悪いものでも食ったの?」

「失礼だな君は。僕はただ、君の気持ちを汲んだだけさ」

「は?」

 

 何言ってんだお前、という顔をしたカズマに向かい、キョウヤはどこか楽しそうに笑う。君も素直じゃないね、と何か分かった風な言葉を紡ぐ。

 

「これで、多くの税金を払わされる冒険者達の矛先は直接的に邪魔をした同じ冒険者になる。多少遡っても、精々がギルド職員や公務員で、だとしても憤りは低いだろう」

「で?」

「皆まで言わせるのかい? 今回の指示を出した大元、領主代行の彼女やアキノさん、そして第一王女ユースティアナ様へのヘイトはほとんど無くなるんじゃないかな」

 

 そう言ってキョウヤは笑う。何だかんだ言って、君も仲間思いだよね。笑みをどこか生暖かい感じに変えながら、彼は言葉を続けた。カズマにとっては非常にムカつく顔である。

 

「あのなお前、俺がそんな考えでこれを実行したと思ってんの? 大体指示を出したのが誰かなんて最初から話題に出してないんだからあの連中は知らねーよ」

「ああそうかい、それじゃあ僕の勘違いだ」

 

 そう言いながらもキョウヤの笑みは変わらない。ムカつくなこいつ、と思いながらも、話が通じないと結論付けたカズマは彼から離れた。誰が好き好んでそんなラブコメのやれやれ系主人公みたいなムーブをしなければいかんのだ。悪態をつきながら、向こうで指示を出しているダクネス達の方へと足を進める。

 極々普通に集めて包囲して支払いをさせた場合、直接的な実行者はギルド職員と公務員になる。単純に一つずつ下がってくるわけだ。ただし、仕事なのでと必死な職員達には多少同情の念が入る。結果として指示の大元である領主と第一王女への不満が、多くはなかったとしても生じてしまう可能性があったわけで。

 

「嫌われちゃいましたかね、とか言わせるわけにはいかんだろが」

 

 街の連中はペコリーヌがユースティアナであることを知らない。だから、もし今回の件で顔も知らないユースティアナへの不満を持ってしまったら。酒場でアルバイトしているペコリーヌへと、第一王女が酷いことをしたとちょっと愚痴ってしまったら。

 まあしょうがないと彼女は割り切るだろう。が、それでも。あはは、と少し悲しそうに笑うだろうということは想像に難くないわけで。

 

「ていうか王妃だろ一番は。娘の名前勝手に使うからわざわざ俺がこんな」

「どうしました?」

「うぉあ!?」

 

 顔も知らない彼女の母親に文句を呟いた矢先、たまたま聞こえたらしいペコリーヌがこちらを見て首を傾げていた。いきなり驚いたカズマに、彼女も若干目をパチクリとさせている。

 

「ぺ、ペコリーヌ? え? 何? 聞いてた?」

「聞いてた、って……何をですか?」

「聞いてないならいいです、はい」

 

 キョウヤに邪推された、というか合ってなくもないそれを本人に聞かれた場合、もれなくカズマが羞恥心で死ぬ。キャルにからかわれ、コッコロに褒め称えられる追加攻撃付きだ。そんなわけで彼はしらばっくれた。何でもないと言い張った。

 そうですか、とペコリーヌは追求をやめる。勿論本当に何でもないのだとは思ってないのだが、嫌われたくないので言いたくないことを無理に聞く気もない。吹っ切れたとはいえ、相変わらずこういうところはとことん臆病なのだ。

 だから彼女は、時々キャルが無性に羨ましくなる時がある。そんなこと気にしないとばかりに、カズマにずけずけと入り込んでいく彼女が。自分の好きな人のことを、どんどん積極的に知っていく彼女が。

 

「おーい、ペコリーヌ?」

「あ、ごめんなさい。どうしました?」

「いや、だからどうしたはこっちのセリフだってば。何かあったのか?」

「え? 別に何もありませんよ?」

「……じゃあ何で俺のとこ来たの?」

「特に理由はありませんけど」

 

 何だか話が噛み合ってないような。そんなことを思いながら首を傾げるペコリーヌに対し、カズマはカズマで何だか微妙に変なことを考えていた。これはどういうことだ、と。ひょっとしてただ単に俺と一緒にいたいとかそういうアピールなのか、と。

 別に付き合っているので本来はその答えでも全然構わないはずなのだが、いかんせん先程のキョウヤとの会話で辺に意識している関係上、カズマはそれを素直に受け取れない。そして当の本人であるペコリーヌは本当に何も考えていないが正解なので、落とし所も真実も決して見付からないのである。

 そのタイミングで、ギルド職員達のバリケードが緩んだ。一応バリケード役であるカズマ達は、その緩んだ一角に何事だと視線を向ける。そして生き残っていたニート冒険者は千載一遇のチャンスとばかりにその穴へと突入した。

 

「よし、これ、で……」

 

 そして顔を引き攣らせた。緩んだバリケードの外側から、こちらにやってくる人影が見えたからだ。ただそれだけならば気にせず突っ切ればよかったのだが、いかんせんその人物が問題である。

 

「おや、随分と鬼気迫る顔をしていますね」

「そうね。見たところ、大方税金を払うのが嫌で逃げ出した連中の一部でしょう」

「成程。……あ、ひょっとして捕まえたら金一封とかもらえませんか?」

 

 この騒ぎの中でも冷静にそんなことを述べる小柄なエルフの女性と、スタイルのいい美女。の横で眼帯に覆われていない方の目を紅く光らせた少女が、大人しくお縄についてもらおうかとポーズを決めていた。

 

「ぎゃぁぁぁ! 頭のおかしい集団だぁぁぁ!」

「誰が頭のおかしい集団ですか! 頭がおかしいのは所長だけですよ!」

「めぐみん。今更否定しても、一般の冒険者から見れば、貴女も十分狂人の類ですよ」

「……まあ、否定はしないわ」

「師匠まで! ここはそう思っていても否定してくれる場面でしょう!?」

 

 何か揉め始めた。とその隙を逃さんとばかりにニート冒険者は横をすり抜ける。アクセルが誇る狂人のおかげで、緩んだバリケードも立て直されていない。いける、と彼等は思った。これで俺達は大金を失わずに済む。そんな叶いもしない夢物語を描いた。

 

「どこに行くつもりですか?」

「え? ――え!?」

 

 目の前には先程すり抜けたはずのネネカが立っている。思わず振り向いてしまった先には、やはり先程と変わらぬ位置に佇んでいるネネカの姿が。

 それが致命的となった。動きを止めてしまったニート冒険者の足元には、盛大に輝く魔法陣が生み出されていて。

 

「めぐみん。殺してはいけませんよ」

「分かってますよ。『エクスプロージョン』!」

「分かってねぇえだろこれぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ニート冒険者の断末魔の叫びは、真上に跳ね上がる爆裂によって掻き消された。周囲の連中がポカンとそれを見上げる中、めぐみんはドヤ顔でネネカが生み出した椅子に倒れ込む。

 いやこれ木端微塵だろ。誰もがそう思っていたが、爆煙が収まると同時に装備を一切合切吹き飛ばされたニート共が降ってきた。多少焦げているが命に別状は無さそうである。

 

「ふ。見ましたか? これぞ爆裂魔法を極めし者の持つ秘儀の一つ、暴徒鎮圧を目的としたエクスプロージョン。不殺(ころさず)ノ爆裂!」

「いやもう素直に別の魔法使えよ。何で全てを爆裂魔法でまかなおうとしてんだ……」

 

 そんなんだから頭のおかしい爆裂娘呼ばわりなんだぞ。引きずられていく全裸ニートと椅子に座ったまま運ばれていくドヤ顔爆裂バカを見ながら、カズマは付き合ってられんと溜息を吐いた。そうしながら、そういやあいつらは何しに来たんだと怪訝な表情を浮かべる。

 ギルド職員も彼と同じ意見を持ったようで、近付いてきた狂人共、もとい、ネネカ達に思わず姿勢を正す。今日はどうされたのですか、と少し震えながら問い掛ける。

 

「おかしいですね。今日は税金の取り立てを行っていると言うので来たのですが」

「……え!?」

「師匠、何だか所長が滅茶苦茶驚かれてますけど」

「ネネカ、あなたひょっとしてアクセルに来てから手続きしていないの?」

 

 ちょむすけとめぐみんはこちらに来てから税金の支払いを行ったことがない。なので以前からアクセルに住んでいるネネカに聞こうと思っていたのだが。職員の反応からすると、ひょっとしたら彼女もこれが初なのかもしれない。思わずジト目で彼女を見た二人だが、当の本人は失礼なと短く返す。

 

「払うほど収入を得ていなかっただけです」

「ダメじゃないですか!?」

「正確には、税収の対象になるような稼ぎを行っていなかった、という方がより近いでしょうか」

「ねえネネカ、それはこの場で言っても大丈夫なやつなの?」

「さあ? それを判断するのは私ではありませんから」

 

 しれっとそう述べ、ネネカは窓口に書類を提出する。元々冒険者カードこそ持ってはいるものの、彼女は冒険者ではない。だが、デストロイヤーや魔王軍幹部、エロ鎧などで街への貢献度は非常に高いわけで。

 

「おや、この程度で良いのですか? 思ったより少額ですね」

「まあ、その、色々と街に貢献をしていただいていますので……」

 

 微妙に奥歯に何か挟まっているような物言いではあったが、ともあれ彼女の支払いはほとんど無いらしい。ちょむすけとめぐみんに至っては免除である。

 まあ怪しい研究所に収入なんかないよな。淡々と手続きを行うネネカを見ながら、周りの連中は皆一様にそう思った。

 

「は、はい。では、これで手続きは完了です。ご協力感謝します」

 

 ともあれ。最後の最後で特大のイレギュラーが襲来したものの、作戦自体には別段影響はなく。

 アクセルの街の税金の支払い手続きは、滞りなく終了した。

 

 



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その188

第十章、完!


 アクセルの街の税収に関する書類を眺めながら、クリスティーナは口元を三日月に歪めた。その横では、どこか呆れたような表情を多分しているであろう全身鎧の女性がいる。

 

「クリスちゃん、それは王妃様に渡す書類じゃないのかい?」

「ん? ああ心配するな団長、王妃様には既に提出済みだ。これは写しさ」

 

 笑みを浮かべたまま、なんなら見てみるかと彼女は全身鎧――ジュンにそれを渡す。やれやれとぼやきながら、彼女もその書類に目を通した。

 暫しそれを眺め、兜の中で目をぱちくりとさせる。思った以上にきちんと税収が出来ている。というかほぼ完璧だ。ここのところあの街の冒険者は割とサボリ気味だったので免除が少ないという話は聞いていたが、その手の輩は大抵支払いを渋るものだと思っていたのだ。

 

「その通り。だから王妃とワタシでその辺りをどうにかするようにギルドに依頼を出したのさ。うちのボスの名前を使ってな☆」

「クリスちゃん……」

 

 というか王妃様も何やってるんだ。若干の頭痛を覚えながら、ジュンはつまりそういうことかと溜息を吐く。ユースティアナ様が頑張ったんだね、と横の彼女に言葉を紡いだ。

 が、クリスティーナは笑みを浮かべたまま残念はずれだ、と返した。

 

「それをやったのはボウヤさ。恋人のために頑張るなんて、いじらしいじゃないか♪」

「うん、確かに。少年は大事な人のためになら頑張るタイプだったね」

 

 成程、と納得したように頷いていたジュンは、そこでピタリと動きを止めた。

 

「恋人!?」

「何だ団長、知らなかったのか? ユースティアナ様とボウヤは付き合っているぞ」

「え? し、知らないよ? というかどうしてクリスちゃんは知っているの!?」

「その場に立ち会ったアイリス様がぼやいていたぞ。後は王妃様も承知で楽しんでいるようだったしな」

 

 真面目に仕事をしているからそうなる、とクリスティーナが笑う。何でそこを責められるのかさっぱり分からないが、しかしクリスティーナだからしょうがないとジュンは諦めたように肩を落とした。

 そうしつつも、今の彼女の話によると王城へ報告したわけではなさそうだと判断し、こっそり安堵する。自分にだけ知らされていない、というショックからは免れたのだ。

 

「……だとしても、私達には教えてくれても良かったのに」

「あれはただ恥ずかしがっているだけだな。どうせこれからバレるんだ、さっさと言った方がマシだっただろうにな☆」

「まあ、ユースティアナ様にとっては初めての経験だろうし、仕方ない――ん? クリスちゃん、今なにか変なこと言わなかったかい?」

 

 変なこと、というより不穏なことと言った方が正しいだろうか。何だか無性に嫌な予感がしたジュンは、返答を聞くべくクリスティーナの顔を見た。が、彼女は変わらず笑顔のまま。相変わらずの人を喰ったような顔、というか楽しくて仕方がないと言わんばかりの邪悪な笑みだ。

 

「実は、アイリス様が近々許嫁と顔合わせをするらしいんだが」

「うん、その話は私も聞いたことがあるよ。でも、それがどうかしたの?」

「どうしたもこうしたも。妹様に許嫁がいるのに、姉君であるユースティアナ様に婚約者がいないのは問題だろう」

「ああ……そういうことか」

「そういうことさ♪」

 

 

 

 

 

 

「う゛ぁぁぁぁぁぁぁ」

「クロエ先輩、なんかアイリスちゃんお姫様キャラ完全崩壊総崩れって感じの声出してますけど、どうしたんです?」

「いや、知らんし。うちが来た時はもうこれだった」

「然り。ここでぼくが読書に興じている最中、ふらりとやってきたアイリス君は席に着くなりこの状態へと移行した。理由を一切口にせずだ」

「あ、じゃあ先輩たちが何かやらかしたからぐったりくたりしてるわけじゃないんですね、な~んだ」

 

 そんなことを言いながら、チエルもクロエやユニと同じように席に着く。置いてあったポットから紅茶を注ぐと、適当に味を調整し口を付けた。

 視線だけをアイリスに向ける。上半身を机に投げ出したまま奇妙なうめき声を上げている彼女は、普段とは似ても似つかない。ベルゼルグ王国の第二王女として常にきちんとした姿を心がけているのを知っている三人としては、一体何ごとなのかと心配になってくる。

 

「まあでも、こうやってチエルたちの前でこういう格好見せてくれるってことは、信頼関係マックスハートってうぬぼれちゃってもいい系なんですかね」

「ふむ。確証はないだろうが、少なくとも彼女がぼくたちにある程度の心を開いてくれているのは事実だろう。そういう意味では、チエル君の意見もあながち間違いとは言えない」

「いや、あんさ。そういう話って本人の前でやるやつじゃなくない? 見てみ? アイリスうめき声止まって顔真っ赤になってっから」

 

 先程とは別ベクトルで顔を突っ伏したまま動かないアイリスを見て、チエルはちょっとやりすぎましたねと呟く。その一方で、ユニはそれの何が問題なのかと言わんばかりの態度であった。

 

「友情を育むのは青春の一幕だろう? そして現状数値で可視化出来ない以上、お互いに言葉で確かめ合う必要がある。何よりぼくはアイリス君との友情を育むのを良しとしている。何の問題が?」

「しいていうならデリカシーっすかね……」

「ユニ先輩、そういう青春大爆発、みたいなこっ恥ずかしいセリフってここぞでやるからいいんですよ? なのにそんな初めて心を手に入れた悲しきマシーン系キャラみたいなこと言っちゃったら台無しじゃないですか。空気読んでくださいよ」

「いや元凶お前だから。なんでちょっとだけ反省したから自分関係ありませんヅラしてこっちがわ回ってんの?」

「え~。チエルはアイリスちゃんと友情育みまくりですから、常にそれっぽい話しても万事オールオッケーっていうか、むしろそれがないとノルマ未達成でEランクになっちゃうタイプのカワ娘プリティーハッピーっていうか」

「あーはいはい。んでアイリス。どしたん? 気持ち落ち着いてからでいいから話してみ?」

「うっわ~この人釣った魚にはお塩ぶっかけてこれから釣る魚には美味しい餌ぶらさげてますよ。どう思いますユニ先輩、チエルこのままだと擦り込まれた塩対応で水分シオシオにされて心カラッカラになっちゃうんですけど」

「落ち着き給えチエル君。クロエ君なりに優先順位を付けた結果だろう。現状どうにかしなければいけない問題の最たるものはアイリス君だ。まずは彼女の状況改善をしてからでも遅くはない」

「そうですね。このやり取りでもアイリスちゃんがあのままってことは割と本気で参っちゃってるぽいですし」

 

 ショックを受けたような素振りをあっさりと捨て去り、チエルもクロエと同じようにアイリスの方へと向き直る。そうしながら、まあ無理には聞きませんけど、と彼女には珍しく短く言葉を紡いだ。ユニは語らず見ている。

 その状態が暫し続き。体を投げ出したままのアイリスは、ようやくぽつりぽつりと話し始めた。今少し面倒なことになっていまして、と前置きをした。

 

「実は、私の許嫁である隣国の王子との顔合わせが近い内にあるのですが」

「へー。やっぱ王族ってそういうのあんだ」

「まあ、お姫様ですし、お約束的な感じしますよね。学院長にはいませんけど」

「彼女は自身で伴侶を決めたいという理由で元の婚約話を蹴って学院長をやっている奇特な人物だ。一般的な王族の範疇には当てはまらんだろう」

「聞こえてるんですけどぉ」

 

 振り返る。そこには笑顔のまま微妙に眉をピクピクさせているリオノールがいた。横にはフェイトフォーが立っており、全く含みのない顔で彼女に問いかけている。

 

「ひめちゃま、こんやくちゃいないの?」

「いーまーすぅぅ! ……予定だけど」

「いないんじゃん」

「学院長、このタイミングの見栄っ張りは寂しんぼちゃんですよ?」

「やっかましいわ! というか私のことより、今はアイリスちゃんでしょ!」

 

 会話には参加せず後ろで吹き出していたモニカとダストを睨み付けながら、リオノールは軌道修正をする。ついでに四人の座っているテーブルの空いている席にドカリと座り込んだ。

 

「アイリスちゃん。その口ぶりだと、許嫁との顔合わせの件で何か問題があるのよね?」

「……はい」

 

 ようやく顔を上げたアイリスが話すところによると。そもそもこの婚約話は隣国エルロードの関係強化のためだ。エルロードの支援金は馬鹿にならない金額で、攻撃力だけアホのように高いベルゼルグ王国の防衛費の一角を担っている。

 

「ですが、ここのところ資金の援助を減額、あるいは取り止めにしたいという話が向こうの国から出てきていまして」

「は? 何で?」

「最近幹部も倒され始めて、魔王軍も焦っているじゃない? 前線と繋がっている上に戦力が充実しているここだけじゃなくて、他の国にも攻め入って戦線を維持しようと考えていても不思議じゃないわ」

 

 特にエルロードは軍備が整っているとは言い難い。もしもの時に備えて支援より自国に金を使うというのは間違った選択肢ではないだろう。そんなことを思いながら、リオノールはアイリスに述べる。はい、と頷いた彼女は、そうはいってもと言葉を続ける。

 

「同盟なのですから、その場合はこちらが戦力の支援をする算段もあります。婚約者の国を見捨てるような不義理を、ベルゼルグ王国がするわけにはいきませんので」

「しかしアイリス君。その返答は当然向こうの国にも伝わっているのだろう? それでも尚支援を打ち切りたいというのはいささか奇妙に思えるのだが」

「はい。私もそう思います。ですので、今回の顔合わせも踏まえ、向こうの国の真意を知りたいのです」

 

 そう真っ直ぐに述べるアイリスの瞳には迷いがない。そんな彼女の表情を見たクロエは、ん? と首を傾げた。じゃあ何でさっきのあの状況だったんだ、と。

 そのことを問い掛けると、途端にアイリスの表情が険しくなる。防衛費の件とは別に、この話には問題があるのだ。先程とはうってかわって、非常に嫌そうな顔で彼女は言葉を紡いだ。

 

「……今回の交渉材料の一つとして、同盟のための婚約者を変えるという意見もありまして」

「え? それってアイリスちゃんじゃなくて別の人にチェンジってことですか? でもそれって――」

 

 言いながら気が付いた。第二王女であるアイリスが向こうの不満ならば、第一王女ならばどうだ。そういう意見が出ているということなのだ。

 つまるところ。

 

「え? ティアナちゃん彼氏いるじゃない」

 

 そういうことである。リオノールの言葉に頷いたアイリスは、そうなのですが、と言いにくそうに言葉を続けた。

 

「お姉様は、その……まだ国王陛下――お父様にお付き合いをしている相手がいることを伝えていないので」

『あー……』

 

 これどうしようもないやつだ。そう覚った皆は、何とも言えない顔を浮かべることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「いや、ならとっとと報告しに行きなさいよ」

「そうなんですけど……」

 

 王城から届いたその手紙を読んで頭を抱えるペコリーヌに、キャルはジト目でそう言い放った。内容は奇しくも妹がブライドル王国組に相談している内容と同じものだ。つまり、エルロードとの同盟交渉で婚約者がユースティアナになる可能性がある、だ。

 

「流石に付き合ってる相手がいるってなったらその提案されたところで国王陛下も却下するでしょ? こう言っちゃなんだけど、隣国のボンボン王子よりカズマのほうが絶対いいわよ」

 

 見た目はパッとしないし普段の性格は大分アレだが、有能であることは間違いない。勇者候補としての功績も恐らく突出しているだろう。ベルゼルグ王国の王族の恋人としてはこれ以上ないほどの人材だ。

 

「はい。ペコリーヌさま、わたくしもキャルさまと同意見でございます。主さまならば、国王陛下もお認めになるかと」

「そう、なんですけど……」

 

 何とも歯切れが悪い。一体何が問題なのかとキャルが彼女に問い掛けると、ペコリーヌはもごもごと口を動かし、そして視線をゆらゆらと彷徨わせた。そうしながら、絞り出すように二人に向かって言葉を紡ぐ。

 

「は、恥ずかしいじゃないですか……」

「っかー! 見なさいコロ助!」

「卑しい女ですね、本物」

「キャ、キャルさま……? ぬいペコさままで……」

 

 顔を赤くしてモジモジするペコリーヌを見て、何らかの限界が来たらしいキャルと肩のぬいペコがぶっちゃける。本気の本気で言っているわけではないのは分かるが、あまりにもなそれに流石のコッコロも窘めた。

 ともあれ。理由を理解したキャルは、しかし表情は変わらないままだ。やってらんねー、あるいは、あーはいはい、である。

 

「まあ、あんたが言いたくないならそれでもいいけど。じゃあどうするのよ、なんとかしてアイリス様を婚約者の座に留まらせる?」

「それは……」

「でしょうね。あんたもシスコンなんだから、自分のわがままに妹使うのなんて嫌なんでしょ?」

「あの、キャルさま。アイリスさまは、婚約話を望んでおられないのでしょうか?」

 

 彼女の話は、まずアイリスがしたくもない婚約、という前提で進んでいる。流石にそれはどうなのだろうかとコッコロが尋ねたが、まあしたいとは思ってないでしょうねという答えが返ってきた。

 

「でも、あの娘のことだから姉に迷惑がかかるくらいならって考えてるんじゃない?」

「そう、ですね。アイリスなら、多分そう考えちゃうと思います」

 

 恥ずかしがっていた表情から一転、しょんぼりと肩を落としたペコリーヌは、そのまま暫し考えるように机を見詰めていた。が、答えが決まったのか勢いよく顔をあげた。そうだ、元来の性格的にどうしても肝心な場所で二の足を踏んでしまうのは悪い癖だ。そんなことを思いながら、彼女はそれを口にする。決めました、と言葉にする。

 

「わたし、お父様とお母様に、カズマくんとお付き合いをしていることを話してきます」

「りょーかい。それでどうするの? 一人で行く?」

「……できるなら、ついてきてもらっても、いいですか?」

「ふふっ。勿論、わたくしはかまいません」

「はいはい、分かったわよ」

「本物がどんな顔をするか、見させてもらいますよ」

 

 ペコリーヌの頼みに、コッコロは笑顔で、キャルは苦笑して、ぬいペコは変わらず無表情で。それぞれ同意の返事をする。じゃあ善は急げ、さっさと向かおうと立ち上がった三人と肩の一体であったが、そこにかけられた声で動きを止めた。

 

「なあ当事者の俺の意見ガン無視するのやめてくれる?」

「なによ、今更怖気づいたの?」

「そ、そんなことねぇし!? いや俺はただ、俺の意見もちゃんと聞けってだけでだな」

「主さま。わたくしもついています、ご心配なく」

「おう、コッコロがいるのは心強いよ。でもな」

 

 両親に挨拶という大難関で、しかも相手が国王と王妃というツートップ。覚悟を決めるにはあまりにも時間がなさすぎる。カズマとしては、出来ることならもう少し段階を踏んでご挨拶に向かいたい所存であったりするわけなのだが。

 

「大丈夫です、カズマくん。今回は報告に行くだけなので、直接はわたし一人でも」

「それはそれで俺がヘタレ過ぎるから嫌だよ! そもそも、俺とおまえが付き合ってる報告するだけじゃアイリスの婚約はそのままなんだろ? そっちもどうにかするなら、行かないわけにはいかんだろ」

「カズマくん……」

「ったく、ほんと、そういうとこよ」

「流石は主さまです」

「惚れ直しますね」

 

 うがぁ、と半ばやけくそになったカズマは、そのまま大急ぎで王城へ向かう準備を整えると、ペコリーヌ達の隣に並んだ。行くならさっさと行くぞ、と投げやりに告げた。

 

「はい! じゃあ行きましょう、カズマくん」

「あぁもう、……しょうがねぇなぁ!」

 

 




第十一章に、続く


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第十一章
その189


しっちゃかめっちゃか確定エルロード編、開始


 ベルゼルグ王国の王城。いくらここが実家であるとはいえ、自身の両親だとはいえ、国王と王妃に話があるからの一言ですぐ会えるわけではない。国王はユースティアナが頼めば二つ返事をしそうだが、当の本人が望まないのでそこはきちんとわきまえる。

 そもそも無理矢理他の仕事より優先して娘に会いに来た父親に、付き合ってる人がいるんです、は致死ダメージだ。あるいは狂王一丁上がりである。

 

「流石に一言で国が乱れるのは勘弁して欲しい」

「あはは……」

 

 カズマの呟きに、ペコリーヌは否定をしない。ひょっとしたらありうるかもしれない、と彼女自身も思っているからだ。ついでに王妃とクリスティーナがなんかしそう、とも思っている。

 

「ペコリーヌさま、流石にそのようなことはなさらないのでは?」

「クリスティーナは退屈だから戦争とか革命でも起きないかな、とか普通に本気で言う人ですよ」

「頭おかしい……」

 

 何でそんなのが国の貴族のトップに立っているのか。そんなことをキャルは思いはしたものの、よくよく考えると頭がおかしいだけなら地位の高い連中が腐るほどいることを思い出した。というか身内が筆頭の一角である。ペコリーヌとどっこいどっこいの立ち位置であったのを自覚し、彼女は無言で項垂れた。

 

「魔王倒したらどうするんだろうなあの人」

「ははっ、心配するな、ワタシだって多少はわきまえるぞ。定期的に好きに暴れられる機会があれば、平和とかいう退屈も享受するさ☆」

「ほんとかよ……おぉ!?」

 

 そんな会話を聞きながら、カズマは現状があの戦闘狂を大人しくさせている丁度いい状況なんじゃないかと少し心配になりぼやいたそのタイミングで。彼の横合いから声がした。カズマの心配についての返答がきた。

 その心配事の本人である戦闘狂、クリスティーナ本人からである。

 

「クリスティーナ? どうしてここに?」

「なに、ボスが陛下に会うまでの時間暇しているだろうと思ってな。ユースティアナ様の忠実な臣下として、馳せ参じたまでさ」

「仕事は?」

「ん? 何だボス、これがワタシの仕事だとしたら不満か?」

「……またジュンが溜息吐いてそうですね」

 

 半ば諦めたようにペコリーヌが呟く。そんな彼女を見たクリスティーナは、笑みを浮かべたまま確かにそうかもしれないなと述べた。今の発言のことなど微塵も関係ない様子で、言葉を続けた。

 

「団長はボスがボウヤと付き合い始めたことを知らなかったのがショックだったようだからな☆」

「はぇ!?」

 

 目を見開いた。そんなペコリーヌを見て楽しそうに笑ったクリスティーナは、何とも薄情なことだとわざとらしく溜息を吐く。

 

「え? 何あんた、あの人に話してなかったわけ?」

「……はい」

「大事な元教育係の片方だけ、こっちには言ったのに向こうには話してない、は流石にちょっとダメでしょ」

「うぅ……」

「そう責めてやるな猫のお嬢ちゃん。ワタシはボウヤ達と会う機会があったから指摘したが、団長がそこに立ち会うタイミングはゼロだったんだ。ボスの性格上、言い出せなくとも仕方ないだろう」

 

 自分で追い詰めて自分でフォローする。こういうのをマッチポンプっていうんじゃないだろうか、とカズマは思わないでもなかったが、下手に口出しするとヤブヘビになるので彼は何も言わなかった。

 というかそもそもその会う機会ってアイドルフェスのプロデューサーの時だよな、とカズマは追加で思ったが、やっぱり下手に余計なことを考えると碌なことにならないので即座に流した。あれ絶対仕事じゃなかったよな、というツッコミは闇に葬った。

 

「まあ、国王陛下と王妃様に報告した後にでも会ってやるといい。団長もボスの恋愛成就を祝いたがっていたからな」

「はい、そうします」

 

 ペコリーヌが力強く頷くのを見ながら、クリスティーナは顎に手を当てる。ぺろりと舌で唇を濡らしながら、それでだ、と言葉を紡いだ。

 

「肝心の陛下達への報告はどうするんだ? ボス」

「え? ど、どうするって、普通に」

「どこの馬の骨かも分からない弱小冒険者を婚約者にします、か? それで通るといいなぁ?」

 

 ククク、と笑う彼女を見て、ペコリーヌは少しだけ面白くなさそうな顔をする。そうしながら、カズマくんはそんな人じゃありませんと反論をした。

 

 

 

 

 

 

 という感じでクリスティーナに乗せられたペコリーヌは、向こうの都合が付き謁見室へと通された際に胸を張った。恥ずかしいとか照れるとかそういう感情よりも、好きな人が見下されるのが嫌だという思いのほうが勝ったのだ。ついてきたクリスティーナが悪戯成功と言わんばかりに楽しそうな顔をしているのを横目で見ながら、キャルはこっそりと溜息を吐く。

 

「いやまあ、ペコリーヌのことを考えてやったんでしょうけど……」

「キャルさま、どうされたのですか?」

「あー、いや、結果オーライなのかしらねって」

「……ああ、なるほど」

 

 小声でそんな会話をしながら、堂々と話をしているペコリーヌを見る。この人が、わたしが恋している人です、と宣言している彼女を見る。出発の時は覚悟を決めたとはいえまだ多少迷いがあったようだったが、今の彼女にはそれがない。そういう意味では確かにクリスティーナの挑発はいい発破になったのだろう。

 逆に紹介されているカズマはペコリーヌの吹っ切れっぷりに動揺していた。え? いいのそんな堂々紹介して。分かった、とか国王言った後に俺首刎ねられない? そんなこともちょっぴり考えつつ、とりあえず余計な口を挟まないように静かに立っている。

 何より。

 

「ええ、知っていましたよ」

『え?』

 

 王妃がなんてことのない様子でそう述べ、国王とペコリーヌは揃って素っ頓狂な声を上げた。その横で、カズマはですよねー、と心中で思う。

 この間の、娘の名前を使って難題を出していた時もそうだったが、目の前の王妃を見る限り横に控えているクリスティーナと近しいものを感じるのだ。以前仲が良いだとかそんな話を聞いた気もしたので、それを踏まえると間違いなくユースティアナの恋人の話は耳に入っているのだろう。

 

「陛下は前線で剣を振るっている身、余計な情報を入れることでもし何かあったらと止めておりました」

「そ、そうなのか……」

 

 何か言おうとした国王に先んじて王妃が述べる。確かに魔王軍とぶつかり合っている最中に娘に彼氏出来たんだって、などと伝えられたらその場で戦線崩壊してしまいかねない。それを理解したのか、国王も反論できず引き下がった。

 でもこいつを大事な大事なユースティアナの彼氏にするとか認められん。国王の心中はこれである。

 

「あなた。殺気が溢れていますよ」

「む。いやだが」

「諦めてください。アイリスも彼のことを認め、お義兄様と呼んでいるのですから」

「――は?」

 

 今なんつった。目を見開いて王妃の方を向いた国王は、涼しい顔でもう一度アイリスも彼を慕っているという言葉を述べる彼女を見て、ワナワナと震え始めた。

 

「認めん、認めんぞ! こんな――」

「魔王軍幹部を複数討伐し、デストロイヤー破壊の立役者にして、勇者候補の一人、サトウカズマ」

「……こんな、大した、ことも、ない……」

 

 王妃に口を挟まれ、勢いが急激に下がる。扇で口元を隠した王妃は、若干泣きそうな顔をしている国王を見て口角を上げていた。魔王軍幹部討伐も、デストロイヤー破壊も、どちらも王国がきちんと認めたことだ。これを否定するには確かな証拠が必要となるし、それもなしに行えば国王への不信感へと繋がる。つまりはクリスティーナが喜々として宴の準備を始めることに繋がるのだ。

 何よりそれをやろうとした悪徳領主が既にいて、不正を暴かれ処罰されている。他でもない、こいつらに、だ。

 

「やべぇ、俺多分過去最高に異世界転生主人公してるわ」

 

 これだよこれ、と思わず拳を握りしめる。異世界の勇者になって国の偉い人に讃えられる。望んでいたラノベ主人公の姿がここにあった。後はここで自分一人の力ではない、とか言えば完璧だ。実際そうだし。

 そんなことを考えていた彼に向かい、覚えてろよこの野郎と捨て台詞を吐いて沈黙した国王に代わって王妃が話し掛けた。どうでもいいが、国王のその姿はどこかの誰かさんを彷彿とさせた、具体的には隣にいる彼女の妹とか。

 

「それで、サトウカズマさん。貴方はこれからどうするの?」

「へ? どうするって……何がですか?」

「ユースティアナと結婚をする気はあるの?」

「お母様!?」

 

 思わずペコリーヌが叫ぶ。その後ろでは、いやそりゃそうでしょと言う顔でキャルがやり取りを眺めていた。コッコロもまあそうなるでしょうと納得顔である。

 

「なあ、ペコリーヌ。これ、どうすればいいんだ? このまま娘さんをくださいって言っちゃうべき?」

「話飛びすぎてません!? あ、いや、カズマくんとが嫌なわけじゃないんですけど、でもその、まだちょっと心の準備が」

「お義母様、娘さんを僕にください」

「カズマくん!?」

「いやだって、この流れは言うだろ? それに例のあれを防ぐためにも、それくらいまで関係を進めておいたほうがいいだろうし」

 

 エルロードとの同盟に際し婚約者がどうこうという話のことだ。アイリスの方をどうにかするにしても、まずはユースティアナがエルロードの王子の婚約者にはなり得ないと確定させておかなければ話にならない。そしてそのためには、恋人であるというよりも既に人妻であるという方がより強力だろう。そういう判断である。

 

「そこまでしなくても、カズマくんはもうわたしの婚約者なんですよ!? 指輪だって渡してるんですから、よっぽどのことがない限りもうなりませんよ」

 

 説明するならば、そのよっぽどのこととはカズマが死ぬことである。その場合結婚してようが結果は一緒なので、彼女の言っていることは間違ってはいない。勿論ペコリーヌとしてはカズマは死なせないという告白も兼ねている。

 ちなみにペコリーヌのその発言で再度復活した国王が再び沈黙した。指輪あげたの……? という呟きと共に白くなっていく。そしてそんな夫を見た王妃はこほんと咳払いを一つした。わたわたしていたペコリーヌ達も、それにより再び視線を王妃に戻す。

 

「ユースティアナ。それはきちんと覚悟の上の行動ですか?」

「はい」

 

 迷いなく告げた。ここ一番で、こういう時には一歩踏み出すのがどうにも遅いきらいがある愛娘が、躊躇うことなく踏み込んだ。それを確認した王妃は、そうですかと口角を上げる。

 

「ですが、王族の婚姻はそう簡単に決められるものではないということも、承知ですね?」

「はい」

 

 同盟のために、国と国とを繋げるために婚約を結ぶ。そういうことが起きてしまう立場にいるのが王族、普通の貴族以上に窮屈で、恋しているからはいオッケーが通じない世界だ。

 

「最悪、縁を切られることも、廃嫡となることも覚悟の上ですね?」

「え? ちょっと待って、そこまでなの俺と付き合うのって!?」

「いえ、最悪の話ですし、そもそも跡継ぎはジャティスがいるのでユースティアナにはそこまでの責任はないですよ」

「……なあペコリーヌ、お前の母さんなんなの?」

「こういう人なんです」

 

 まあこんなんでもないと変人と狂人と脳筋がひしめく王国の王妃なんぞやってられないのだろう。お前はお前のままでいてくれ、とペコリーヌに言いながら、カズマは気を取り直して王妃に向き直った。母娘の会話に割り込むようで申し訳ないですけど、と言葉を紡いだ。

 

「つまり俺がペコリーヌの婚約者として相応しければいいんですよね?」

「勿論」

「あんだけやってまだ足りませんか?」

「十分ですよ」

「なあペコリーヌ、ほんと何なのこの人!?」

「こういう人なんです」

 

 カズマの反応を見て楽しそうに笑っている王妃は、少しふざけすぎましたねと彼に述べる。そうしながらも、確かに貴方達の功績は素晴らしいと続けた。仲間達との協力ありきとはいえ、高位貴族の婚約者としての資質は十分。

 

「ですが、やはり王族の婚約者となるには立場が問題ですね。貴族でもない冒険者という身分を覆すには一手足りません。何より夫の、国王の覚えが悪い」

 

 扇をパタンと閉じながら、そういうわけなので何か出来ることはありますかと王妃は問う。もう一手何かを用意しろとカズマに要求する。

 対するカズマは、そんな王妃を見てそれが狙いかと言わんばかりに顔を顰めた。視線をクリスティーナに向けると、何とも楽しそうに笑っているのが見える。成程、と頷き、丁度いいとばかりに彼も口角を上げた。

 

「そうですね……じゃあ、こういうのはどうですか。――エルロードの王子との婚約話を白紙にしつつ、防衛費を引き続き支援してもらえるよう同盟交渉をする」

「いいですね」

「そうすればアイリス――様も向こうに嫁がなくて済むし、国王陛下にとっては願ったりなのでは?」

「ええ、今ちょっと燃え尽きているけれど、それが出来れば陛下も貴方を気に入ると思いますよ」

「ふっ」

「くすっ」

『ふふふふ』

「カズマくんとお母様が悪い顔してる……」

 

 ついさっきこの人なんなんだと言っていたその口で同調する自身の恋人を見ながら、ペコリーヌはまあいいかと流すことにした。

 ともあれ。カズマの案はもとから勝手にやるつもりであったことが王家公認の依頼に替わっただけである。むしろ動きやすくなったので万々歳だ。

 

「では、冒険者サトウカズマ、キャル、コッコロ。貴方達三人とユースティアナに任せます。宣言したからには、きちんと成し遂げてもらいますよ?」

 

 王妃の言葉に、四人は頷く。言われなくともそのつもりだとばかりに、力強く。

 そうと決まればすぐにでも行動開始。話を終えたペコリーヌが踵を返し、キャルとコッコロがそれに続く。カズマもそんな急がなくてもとぼやきながらその後を追った。

 

「ちなみに」

 

 そして謁見室を出ようとしたタイミングで、王妃が口を開く。今回謁見に時間がかかってしまった理由を口にする。

 

「アイリスは先程お友達のホワイトドラゴンに乗ってエルロードに向かったので、明日には向こうで婚約話を進めると思いますよ」

 

 バァン、と扉を吹き飛ばす勢いで部屋の外に出ていったカズマ達は、このままでは絶対に間に合わないと走りながら頭を抱えた。

 

「どーすんだよ!? 馬車じゃ無理だろ!?」

「竜車は? 王族なら持ってるでしょ?」

「ありますけど、ホワイトドラゴンには追い付けませんよ」

 

 速度が出るとはいえ、所詮陸を走る竜車では空を駆けるドラゴンには敵わない。詰みである。追い付けるとしたら、アイリスが乗せてもらっているホワイトドラゴン以上のドラゴンくらいであろう。

 

「……主さま、ペコリーヌさま、キャルさま。アクセルに戻りましょう」

「へ? 戻ってどうす――あ」

 

 コッコロの言葉に、思い出したとばかりに三人は目を見開く。

 そうだ。人化出来るようになったばかりのホワイトドラゴンよりも上の。フェイトフォー以上に長く生きているホワイトドラゴンの知り合いが、自分達にはいるのだ。片方はつい最近まで精神赤ちゃんだったけれど。

 

「ゼーンに頼むのね」

「即選択肢からシェフィ消してやるなよ、泣くぞあいつ」

「あはは」

 

 尚、当然というべきか。アクセルに戻った一行は本人の猛プッシュによりシェフィに搭乗することになった。

 

 




クリス(宴)「結局団長には言えなかったなぁ☆ 残念残念」


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その190

原作で敵だったキャラが敵じゃない立場で出てくるパターンが好きです。


 カジノ大国エルロード。そう呼ばれていたのはもはや過去の話。とはいえそれはカジノ自体が廃れたわけではなく。この国の重要な経済であることは変わっていないのだが、代名詞の座からは転落してしまったのだ。

 そして、今現在この国のもっとも重要な産業は。

 

「やってきましたエルロード! いやまさかチエルのお財布ほとんど痛めつけずにここまで来られるとは思ってもいませんでした。持つべきものは友情、地位、権力! 青春してますね~」

「チエル、今友情にコネってルビうってたくさくね? アオハルさの欠片もないんだけど」

「然り。喜びを表現するのは構わないが、そこに青春の一ページを加えるのは乱暴ではないのかね。そして私見を加えさせてもらえば、学院長はともかく、アイリス君との関係をそう評してしまうのはいささか失望の念を禁じ得ない」

「ちえる、腹黒」

「ちょちょちょ!? むしろチエルの方こそ心外度マックスハートなんですけど!? アイリスちゃんとの関係をコネ扱いとか先輩たちってば人の心ないんですか!?」

「いやあんたが言ったんだから」

「うむ」

「誤解通り越してタワマンですよ!?」

 

 ちなみにエルロードの王都入り口である。通行人達は騒いでいる五人組を何事だと見ていた。あまりにもなので、若干警備兵が遠巻きに睨んでいる。

 というわけで。騒いでいる五人組扱いではあるものの、成り行きを見守っていたアイリスは、一旦落ち着きましょうと声を掛けた。

 

「ん。まあ被害者がそう言うんなら、うちは従うけど」

「そうだな。裏切られた張本人たるアイリス君がそういうのならば、ぼくもここは矛を収めよう」

「チエルが裏切り者で加害者の確定演出されてるのは捨て置けないんですけど!?」

「ちえる、うるちゃい」

「味方ゼロ!?」

 

 ジロリと警備兵が目を細め更に一歩踏み出そうとしたので、素早く反応した一行は即座にその場を離れた。街の喧騒に紛れ、警備兵が追ってこないのを気配で確認する。そうしながら、再び視線をチエルに集中させた。

 

「チエル、弁明」

「言い分だけは聞こうじゃあないか」

「あの、クロエさんもユニさんも、少し落ち着いてください」

「アイリスちゃん……! やっぱりアイリスちゃんはチエルのこと信じて」

「チエルさんもきっと何か理由があったのです。そうですよね、チエルさん」

「パーテーション置かれてる!?」

 

 笑顔のアイリスを見て、その発言を聞いて、今度こそチエルは力尽きた。違うんです誤解なんですと呻き始めた。クロエは鬱陶しいの一言でそんな彼女をバッサリといく。

 るーるるー、とそのまま謎の寂しい口笛を吹き始めたので、そろそろ限界だなとユニは呟く。そうですね、とアイリスも頷いた。

 

「んで。チエル、落ち着いた?」

「落ち着くとか今更聞きます? チエルは既に墜落して木端微塵こちゃんですよ……。翼の折れたエンジェルは地面に愛されて情熱キッスをその身で受け止めちゃいました」

「案外余裕がありそうだ」

「とはいえ、到着直前ほどの勢いは流石に無くなったのでは?」

「うるちゃかった」

 

 クロエもユニも、当然アイリスも。チエルの発言がそういうものではないことなど承知の上である。そもそもあの発言の対象者は九割九分リオノールだ。なにせ、今回彼女達なかよし部がエルロードに来れたのもリオノールの存在が大きいのだから。

 アイリスが婚約者との顔合わせでエルロードに行く際の護衛として同行することになったなかよし部だが、そもそも普通ブライドル王国の面子がベルゼルグとエルロードの問題に参加できることがおかしいわけで。アイリスだって愚痴ってはいたし多少迂闊な面はあったものの、あくまで信用に値する友人相手という認識であった。

 そこでじゃあ協力しましょうとなかよし部を護衛の冒険者として王妃に許可をもらいに行ったのがリオノールである。即オーケーを出した王妃に対し流石にどうなのと渋面の国王に、彼女達はアイリスの親友であり実力も十分だと告げ、決して裏切ることはないといつになく真剣に説き伏せたのも彼女だ。フェイトフォーがいれば移動もあっという間とダメ押しをして、見事護衛の座を勝ち取った。モニカの目は死んでいた。

 

「私は皆さんが一緒なのはとても心強く嬉しかったのですが」

「いやまあそれはうちらも一緒だったけど。チエルがなぁ」

「うむ。それに加えて余計なスイッチが入ってしまったのが問題だった」

「カルミナの本拠地でしたからね、エルロードは」

「うるちゃかった」

 

 そう。エルロードの今現在もっとも重要な産業。それはすなわち、アイドルである。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで。平常運転とは言い難いものの会話が出来る程度には頭のちぇる具合が改善されたカルミナすこすこ侍を連れて、一行はまず宿へと向かうことにした。ホワイトドラゴン、フェイトフォーの協力によって通常の三倍近いスピードでエルロードにやってこれたとはいえ、では即会談となるかといえば。向こうの準備もあるであろうし、何よりまさか超スピードでやってくるとは思ってもいないので、王都に到着した時点で頼んだ言伝の返事は、暫し待っていただきたい、であった。

 

「この様子ですと、明日、というわけでもなさそうです」

「そうなん? 早く来た意味あんまない感じか」

「クロエ君、そうとも限らないぞ。先んじてこちらにやってきたことにより、向こうの出鼻を挫くことには成功している。上から目線で聞くに堪えない交渉をしかねん輩に貸しを作ったことは、優位に立つことのできる一因になるだろう」

「アドバンテージ取っちゃった感じですね。いいじゃないですか、この調子でどんどん爆アド稼ぎましょう」

「ん? チエル、なんかアイデアあんの?」

「え? ないですけど。こういうのって自然と積み重なってモリモリしていくものじゃないんですか?」

「ふふっ。まあ今のところはこれでも十分だと思います」

 

 チエルの言葉にアイリスがそう締め、なので暫くは観光を楽しもうと続けた。まあそういうことなら、とクロエもユニも反対することはなく頷いた。フェイトフォーも同様だ。そしてそれを聞いて一番テンションノリノリになったのがチエルである。

 

「じゃ、じゃあじゃあ! カルミナの聖地余すことなく堪能探索目いっぱいお腹いっぱいフルコースとかしちゃったりしてもいい……ってことですか!?」

「いやよくねーよ。取ったアド即ドブに捨てようとすんのやめな?」

「然り。チエル君がカルミナを好いている、というか崇拝しているのは承知の上だが、今のぼくたちはあくまでアイリス君の護衛だ。そこを違えるのはよくないな。たとえアイリス君が荒事に対しては一人でどうとでもなり、我らは護衛とは名ばかりの友人枠だとしてもだ」

「最後で台無しだよパイセン」

 

 実際何かしらの戦闘を伴う問題に遭遇した際、この場で一番足手まといなのは支援役であるユニだ。そういう意味では彼女は正しく自身のことを認識しているとも言える。が、この場でぶっちゃけることでは当然ないわけで。

 クロエが普段からそれっぽいジト目を更に強くさせ彼女を見る。その一方で、チエルはその発言で調子付く、というわけでもなく、まあ確かにある程度は自重しないといけませんねと頷いていた。

 

「え? チエル、何でパイセンのあれで説得成功されてんの? 要所要所に洗脳ワードとか紛れ込ませてた頭脳プレーやらかしてた?」

「いやそこは普通にユニ先輩の言う通りだな~って思っただけですけど。ひょっとしてチエル説得コマンド聞かない系暴走後輩だと思われてます?」

「うん」

「心からの肯定!?」

 

 がぁん、とショックを受けたようなポーズを取りつつ、チエルはまあそれもそうですねとあっさり同意した。実際先程までの彼女は間違いなく説得の聞かない暴走状態であったからだ。

 それはともかく。チエルはそんなことを言いながら置いておいてとジェスチャーをし、でも少しくらいなら問題ないですよねとアイリスを見た。彼女としても、最初から別段反対する理由もないのでええ勿論と頷く。我が意を得たりと拳を天に突き上げたチエルは、じゃあ早速行きましょうと部屋を飛び出す体勢に入った。

 

「えちょい待ち。うちらも行くの?」

「え? 来ないんですか?」

「ぼくは遠慮しておくよ。アイドルとカジノで発展した国の想像に違わず、ここは随分と騒がしい。喧騒に身を置くのも時には有益だが、それを良しとしない時もある。会談に臨む王女の護衛という立場を鑑みて、体調は万全をキープしておくべきだろう。端的に換言すると、人混みに酔った、うぷ」

「あー、そりゃなぁ……。しゃーない、うちがパイセン見とくから、そっちは観光行ってきな」

 

 元気になったら合流するから、とクロエは笑う。ユニもそれに同意し、念のためと彼女謹製お喋りロゼッタちゃん端末を渡す。さらっと取り出されたが、これ大分ヤバい代物なのではなかろうかとアイリスは一瞬戸惑い、よくよく考えたら知り合いでやばくない人のほうが少なかったと思い直した。何もよくない。

 

「ではでは、行ってきますね、クロエ先輩、ユニ先輩」

「アイリスに迷惑かけんなよー」

「チエル君、あまり羽目を外してアイリス君を困らせないように」

 

 信用ゼロである。

 

 

 

 

 

 

 所変わって、再度エルロード王都入り口。の、詰め所の中で、警察が非常にやりづらそうな顔をしていた。目の前には男女混合の五人組プラスアルファ。

 正確には。

 

「えっと、ですから、その……出来れば、王都での変身は控えていただけますと、あの」

「誤解よ!? 今回はちょっと急いでいたから仕方なかったの! いつもはちゃんと人型になってから街に入るわ!」

「ごめんなさい。今回の責任はわたしが」

「待ってください待ってください! ベルゼルグの王女に頭を下げられるとこっちの立場が!」

 

 急いでエルロードへ、という注文を真摯に実行したシェフィは、何をトチ狂ったかドラゴン形態のままで入り口に突っ込んだ。勿論大慌てで警備兵や警察が出動し、人型になった彼女と共にカズマ達一行は詰め所へと連行されたのだ。フェイトフォーと違い、精神がもとに戻った最上位のホワイトドラゴンである彼女の場合いちいち全裸にならないのでこういう時は便利である。

 それはともあれ。詰め所で話を聞いた結果、この一行がベルゼルグ王国第一王女ユースティアナであることを知った警察達は頭を抱えた。やらかしたのは確かである。騒ぎにはなったが、逮捕するとかそういうところまではいかず、厳重注意で済ませれば終わってしまう話でもある。問題は、その身分。これがきっかけで国際問題とかに発展しないだろうか、その場合自分達が関係者になってしまうのではないか、という杞憂だ。

 

「と、とりあえず。幸い、というべきですか、少し前にドラゴンに乗ってアイリス第二王女がこちらに来られたという報告があったので、その辺りは問題ないのですが」

 

 初見ではないので多少はマシ、というわけである。ただ誤解なきように言うならば、目撃者が大量にいたので騒ぎになったものの、フェイトフォーは入口に入る前に人型になった。街中で全裸の幼女が登場するのはアウトだというなかよし部の判断のためだ。シェフィはなまじっかその辺りに問題がなかったのが仇となった。

 

「初っ端から躓いたな……」

「そうね……。どうするのカズマ? これ場合によっちゃアイリス様の不利になるんじゃない?」

「話を聞く限りエルロードの王城にまで報告が行くことはなさそうだから、今んとこペコリーヌとシェフィが凹むだけで済むだろうけど」

「良くも悪くも目立っちゃったものね。動きにくくはなったかしら」

 

 別のテーブルに座っているカズマとキャルがそんなことをぼやく。そうしながら、二人は横のコッコロを、正確にはコッコロの持っているカバンに視線を動かした。

 

「こいつはどうすっかなぁ」

「王城で大人しくしてたから、置いてくの忘れて持ってきちゃったのよね……」

「その言い方はちょっぴり心外です」

 

 カバンの蓋を上げながら、中のぬいペコがキャルを見る。そんなこと言ったって、とぬいペコに反論した彼女は、溜息混じりで言葉を続けた。余計なことにならないように動かない喋らない状態では、完全にただのぬいぐるみだもの、と。

 

「あの場所ではそれが一番だと思ったんです」

「まあ、確かにね。……ここまで来ちゃったし、しょうがないか」

「そうだな。……一応聞くけど、ぬいコロもカバンに入ってたりしないよな?」

「ぬいコロでしたら、わたくしたちが留守の間お屋敷や教会の管理を手伝うと言っていましたので、問題はないかと」

 

 まあぬいペコが入っている時点で問題なのだが、過ぎたことを言ってもしょうがない。エルロードに魔物を持ち込んだ、などとここで疑われたら交渉どころではなく、むしろ同盟をぶち壊しに来たという扱いになってもおかしくない。

 ちらりと向こうを見る。警察との話し合いに口を出せればよかったのだが、現状カズマには何も交渉材料がない。やり取りを聞きながら付け込める隙を探しているが、今のところ厄介な問題は追加発生しておらず、もう暫くすれば自由の身になれるだろうと予想できた。

 だが、これからどうするかは問題だ。あまり目立ち過ぎないように、と思っても、この状況でお忍びなんですは無理がある。

 

「いや、まあベルゼルグ王国だしでなんとかなるか」

「あんたあの国なんだと思ってんのよ」

「変人と狂人のユートピア」

 

 迷わずそう答えたことで、キャルも思わず言葉に詰まる。いやまあそうかもしれないけど、と視線を逸らした時点で彼女の負けであった。コッコロは、ですがみなさまとても良い方でございます、というフォローなのかなんなのか分からない返事をしていた。

 それで行くか、とカズマは立ち上がる。ペコリーヌの横に立ち、今回の件は気を急き過ぎていたこと、お忍びの用事があるので出来れば口外しないで欲しいことを警察に伝える。

 カズマのそれがとってつけたような言い訳がましいものではなく堂々とした物言いだったために、警察も思わず息を呑む。これひょっとして大分まずい立ち位置なのではないか、と。彼の心中で先程も思っていた杞憂が、段々と確信に近付いていく気配がした。

 丁度そのタイミングである。彼らにとってダメ押しとも思えるような報告が飛び込んでいた。

 

「は? 身元引受人?」

「はい。なんでも、件のドラゴンは顔見知りらしく、合流しやすいよう分かりやすくしていてくれと頼んでいたのだと。……これ書類本物みたいですけど、どうします?」

「どうしたもこうしたも」

 

 許可取りしているのならば不当拘束に他ならない。ペコリーヌ達に向き直った警察は、申し訳ありませんでしたと頭を下げた。え? と困惑する彼ら彼女らをよそに、あれよあれよと詰め所から解放される。

 状況が飲み込めないペコリーヌ達は頭にハテナが浮かんでいる。カズマだけは話を盗み聞きしていたので多少情報は持ってはいるが、それでも理解したとは言い難い。シェフィの顔見知りが身元引受人をした。だからなんだ、なのだ。

 

「ほっほ。どうやら、無事に釈放されたようですな」

 

 そんな一行に声が掛かる。ん、とそこに視線を向けると、随分と恰幅のいい豚の獣人らしき男性が。勿論カズマには見覚えがなく、横を見てもペコリーヌもキャルも、そしてコッコロも怪訝な表情を浮かべている。

 そんな中で、一人だけ。

 

「あ! 豚の紳士さん!」

「おお、覚えていてもらえたのですね。これは重畳」

 

 どこか嬉しそうな顔で目を見開く、ドラゴンの少女の姿があった。

 

 



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その191

原作では酷いことになったキャラが救われる話

……嘘は言ってないデスヨ?


 アゾールド、と名乗った豚の獣人の紳士に連れられて、カズマ達は商会らしき建物へと足を踏み入れた。店内ではゴーレムが店を切り盛りしており、それを指揮している一人の少女が、彼を見付けておかえりなさいと声を掛けていた。

 

「ああ、ただいま。それで、部屋の用意は?」

 

 出来てるよ、と少女は返す。それに頷いたアゾールドは、ではこちらへとそこまで案内した。カズマ達をソファーに腰掛けるように促すと、彼は一行を見渡し、そしてペコリーヌに頭を垂れる。

 

「では、改めて。ワタクシは貿易商を行っているアゾールド、と申します。お目にかかれて光栄です、ベルゼルグ王国第一王女殿下ユースティアナ様」

「あ~……やっぱりバレちゃってますよね」

「ははは。ワタクシはその手の情報には敏いのです。少し前に妹君が、第二王女のアイリス様がこちらにやってきたのも、知っておりますぞ」

 

 そう言って彼は恰幅のいい腹を揺らして笑う。そうしながら、視線をペコリーヌから他の面々に向けた。第一王女と第二王女が同時にエルロードにやってくるということは。何かしら事件が起こる前触れに他ならないだろう、と言葉を続けた。

 

「それは違うわアゾールドさん。私たちは」

「はいストーップ! いきなり何バラそうとしてんだよこのドラゴン娘!」

「むがっ!?」

 

 そんなアゾールドの視線を受け、迷うことなく今回の目的をぶっちゃけようとしたシェフィをカズマが慌てて抑える。キャルはそんな彼女を見て、ほらやっぱりゼーンの方がよかったじゃないとジト目を向けていた。

 そうして残った二人であるが。ペコリーヌは少し考える素振りを見せ、コッコロちゃん、と隣の少女に声を掛けた。

 

「どう思います? 話しても、問題なさそうですかね?」

「現状では何とも言えませんが……わたくしとしては、ある程度信用のおけるお方ではないかと思います」

「そうですね。まあ、そもそも言わなくても知っちゃってそうですけど」

 

 あはは、と苦笑したペコリーヌは、シェフィの口を塞いでいたカズマに声を掛けた。いいと思いますよ、と彼に述べた。

 

「お前正気か!? 初対面の怪しい商売やってるオッサンにそんな大事な話を」

「ふむ。怪しい商売、は少々心外ですな。少なくとも違法な商売を行ってはいませんぞ」

「店の中ゴーレムばっかりだったじゃねぇかよ。後は女の子一人だけだし、どう考えても違法だろ」

「ゴーレムは自前で用意した人手代わり、店内の愛らしい少女はワタクシの娘です。何もやましいことなど」

「……まあ、アクセルのあれよか普通よね」

 

 リッチーと悪魔が店員をやっている魔道具店とか、狂人がひしめき合っている研究所とか。あれらに比べればゴーレムを人手として使い、管理を娘に任せるのは至極真っ当だ。

 このおっさんの娘が割と美少女だった、という一点でカズマは微妙に信用していないが、しかしキャルの言うことももっともである。ううむ、と唸りつつ、その部分は引き下がるかと彼は締めた。信用したわけではない。

 

「貿易商、という職業柄、人手は常に必要です。最近はここエルロードを拠点としているのですが、ここはあまり人員が集まらないもので。そうそう、シェフィ嬢と出会ったのも、そんな時でしたな」

 

 兄上は息災ですか、とアゾールドはシェフィに尋ねる。ええ勿論、と頷いた彼女は、そのまま視線をカズマとキャルに向ける。この人は信用できると目で訴える、というか直接口に出したので、二人としても諦めたように溜息を吐くしかなかった。

 

「まあそもそも。わざわざシェフィの身元引受人になったくらいだし、場所も整えてたし、状況なんかとっくに知ってるんじゃないのか?」

「ふむ」

 

 カズマの言葉に、アゾールドは少しだけ考え込む仕草を取る。残念ながら、詳細は何も。そう言って彼は笑い肩を竦めた。そうしつつも、ある程度何かしら掴んでいることは隠そうともしない。

 

「警察に提出した書類も、アイリス様がここに来たという情報を入手してすぐに用意したものでしたが。念の為のものが即座に活躍するとは思ってもみませんでしたな」

「えっと、それで、アゾールドさん。わたしたちに協力してくれるということで、いいんですか?」

「こちらの不利益にならない程度、という但書はつきますがな」

 

 彼のその言葉に、ペコリーヌはコクリと頷く。既に他の面々も反対はしなくなっていたので、彼女はそのまま今回の事情を語り始めた。アイリスは婚約話を踏まえて交渉をしに来ているが、こちらは婚約を解消した上で防衛費の撤回を取り消してもらうよう来たのだ、と。

 それを聞いたアゾールドは少しだけ驚いたように目を見開き、それはそれは随分と強欲なことで、と笑みを浮かべる。

 

「ですが。元々ワタクシはエルロードの民ではないですし、流れてくる情報を見る限り、エルロード側も婚約話には消極的な様子。どうにかなる可能性は十分にありますな」

 

 そう述べると、彼はふむふむと思案をする。考えをまとめたのか、カズマ達に向き直りではここを拠点とするのがいいでしょうと述べた。

 

「よろしいのですか? アゾールドさま」

「ええ。ここでベルゼルグ王家と繋がりを作るのは商人としてプラスに働きますし、何より」

 

 視線をシェフィと、そしてキャルの持っていたカバンへと向ける。その視線を受けて、彼女のカバンがごそごそと動いた。

 

「ホワイトドラゴンのシェフィ嬢はまだしも、そこの魔物の方はそのままでは外で活動できないでしょう? 人形型のようですから、ワタクシならばこちらのゴーレムとして仮登録して差し上げられますぞ」

「……だってさ、カズマ」

「はぁ……しょうがねぇな」

「ぷは。……迷惑、かけちゃいましたね」

 

 カバンから顔を出したぬいペコに、元々協力してもらう流れだったから気にすんなとカズマは告げた。

 

 

 

 

 

 

 シェフィとぬいペコが自由に動けるよう手続きを行う、ということで時間の出来てしまった四人は、さてどうするかとエルロードの街並みを見ながら考えていた。アゾールドの話によると、フェイトフォーに乗ってかっ飛んできたアイリス達は、早すぎた為にエルロード側の準備が整っていないらしく暫く足止めを食らっているらしいとのこと。すぐに向こうと合流するのも手ではあるが、いかんせんアイリスに同行しているのがなかよし部である。素直に宿にいるとは考え辛い。

 事実、彼女達が泊まっているであろう宿へと向かってみるとものの見事にもぬけの殻であった。全員一緒に行動していないらしいという噂のおまけ付きである。

 

「とりあえず問題は後回しにするか」

「そうね。探し回ってもしょうがないし」

 

 カズマの言葉にキャルが同意する。そういうわけなので、今日は観光でもするかということに相成った。王城でのやり取りを踏まえても、シェフィのおかげでまだ時間は昼過ぎだ。功労者が留守番状態なのは申し訳ないが、本人は気にせず楽しんできてと言っていたので変に気を使ってもしょうがないだろう。

 

「じゃあ、どうしましょう。まずはどのお店でご飯食べます?」

「選択肢の一発目すっ飛ばすのやめない?」

「え? でも、せっかく他国に来たんですから、その土地の美味しいものを食べますよね?」

「一点の曇りもないわねこいつ」

「ふふっ。ペコリーヌさまですから」

 

 いつものこと、と言ってしまえばそれまで。そんなやり取りをしたカズマ達は、街並みを見渡しながら飲食店を探し始めた。カジノとアイドルで経済を回しているだけあって、その手の店舗は文字通り腐るほどある。娯楽には事欠かないであろう。

 とりあえず適当な店に入るか。そうカズマが提案しようと思ったその時だ。

 

「おお? 随分と綺麗な冒険者だ。ねえ、そこの金髪美人のお姉さん。そんな冴えない男放っておいて、俺達とこの街でも巡らない?」

 

 どこからか聞こえてきた軽薄な声。視線をそこに向けると、ぶっちゃけてしまえばチャラそうな軽い雰囲気の男が三人立っていた。今声を掛けた一人以外も、こちらを見てなにやら色めきだっている。

 

「お、本当だ。すげぇ可愛い。そこの黒髪の猫耳の女の子とか俺好みだ」

「俺は、そこのエルフの女の子が、なんて言うんだろう、こう、キュンとする」

 

 最後の一人は絶妙にアウトな気がしないでもないが、ともあれこれは俗にいうナンパというやつなのだろう。そのことを瞬時に判断したカズマは、あからさまに顔を顰めた。確かにこの三人はとびきりの美少女だ。見逃せない問題をそれぞれ最低一つは完備しているものの、それを除けば性格も悪くない。

 

「……え? あれ、これって」

「何? 今あたしたちナンパされてるの?」

「びっくり仰天でございます」

 

 が、いかんせんアクセルでこの三人を口説く人はいないわけで。経験したことのない状況に、ペコリーヌ達が思わずパチクリと目を瞬かせている。

 その反応にひょっとしたらいけるんじゃないかと判断したナンパ男達は、笑顔になってずずいと距離を詰めてきた。

 

「待て」

 

 そこにカズマが割り込む。ペコリーヌ達を守るように立ち塞がったカズマは、ナンパ男達を見据えながら、なんというか非常に勝ち誇った顔で口を開いた。

 

「悪いな。こいつらは俺にべた惚れなんだ。あんた達の割り込む隙はない」

「……何言ってんのこいつ」

 

 ドヤ顔のカズマを見ながら、非常に冷めた視線でキャルがツッコミを入れる。ナンパ男も、そんな彼女を見てどこか白けた目を彼に向けていた。どこがべた惚れだって? と呆れたように言葉を返す。

 

「何だ、知らないのか? こいつはツンデレだからな、素直になれないのさ」

「どこから湧いてくるんだその自信」

 

 微塵も揺らがないカズマにナンパ男がちょっと引く。そうしつつも、まあ嘘だろうと結論付けキャル以外の二人に目を向けた。一人がこの様子なので、残りもどうせ似たようなものだろうと判断したのだ。

 

「申し訳ございません、わたくしはお断りさせていただきます」

「え? あれ?」

「わたくしは身も心も主さまに捧げておりますので」

「……え?」

 

 そう言って丁重に断るコッコロが予想外だったのか、ナンパ男の動きが止まる。が、その後に続けられた言葉で今度は別ベクトルの衝撃を食らった。年端もいかない少女が身も心も捧げているとか言ったぞ今。流れ的に主さまってこの冴えない男だろ。そんな考えがぐるぐると思考を巡り、眼の前の現実を中々受け入れられない。

 

「カズマ。あれ大丈夫なの?」

「……そういえばすっかり忘れてたな」

 

 ちなみに当の本人も衝撃を受けていた。アクセルで過ごしていたおかげで完全に慣れきっていたが、普通あの年の少女が年頃の男を主さまと呼んで甲斐甲斐しくお世話していたら間違いなく事案だ。紅魔族ですら初見は引くのだ。エルロードの一般人がどういう反応をするかなど想像に難くない。

 

「な、なあ、どうする? 警察に通報したほうがいいのか……?」

「いや、でもなんか女の子の方がノリノリだし……そういうプレイなのかも」

「それはそれでマズくないか? せっかく観光に来たのに、羽目外しすぎたか……」

 

 ヒソヒソとナンパ男が相談し始める。ちょっと可愛い女の子に声をかけたら、想像以上に闇深な光景を見せ付けられたのだ。軽い気持ちでの行動だったので、こういう状況に首を突っ込むのは非常にまずい。

 とりあえずあのエルフの娘はパスで。そう結論付けたナンパ男は、残りの一人を見た。ツンデレがどうとか言っていた猫耳少女は性格上手こずりそうだが、天然で明るそうな金髪巨乳美少女なら案外いけるかもしれない。というわけで、男達はペコリーヌに声を掛け。

 

「えっと……わたしは本当にこの人にべた惚れなので」

『え?』

 

 予想外の角度から、ど直球に断られ玉砕するのだった。

 

 

 

 

 

 

「にしても、意外ね」

「何がだよ」

 

 すごすごと去っていくナンパ男を見送り、改めてと飲食店を三軒ほど本日営業終了に追い込んでから、さて次はどうするかと街を歩くカズマにキャルがそんな言葉を掛ける。彼の返答に、彼女はあんたのことだから、と指を一本立てた。

 

「こいつの食事代払えるなら、とか言って体よく自分の懐痛まないようにしそうだったし」

「お前俺のこと何だと思ってんの?」

「ゲス」

 

 迷うことなく即答したキャルに、カズマがジト目を向ける。そんなことないですよ、と言ってくれそうなペコリーヌもコッコロも、これが普段の軽口だと分かっているので別段何も言わなかった。

 おかげでたまたま聞こえていた通行人は、ああこいつゲスなんだ、と誤解のようでそうでもない認識を抱く。

 

「相手がお前だけを狙ってたんならそうしたかもしれんが、ペコリーヌとコッコロもだぞ? ナンパ成功とかさせるわけないだろうが」

「いやそこはちゃんとあたしも加えなさいよ」

「え? 何お前ほんとに俺に惚れてんの?」

「ぶっ殺すわよ」

 

 今度はキャルの目が据わる。勿論いつものことなのでそのままやり取りが見逃され、何も知らない通行人は何だかギスギスしてるなあのパーティー、と少し距離を取った。

 ともあれ。腹を多少満たしたペコリーヌは、話を元に戻すようにせっかくですから何か遊びましょうと提案する。コッコロも笑顔で頷き、キャルもそうね、と同意した。

 

「とはいっても、ここってカジノの国だろ? 気楽に遊べるのか?」

「今はアイドルの方が勢い強いですからね。カルミナのファンの人たちも楽しめるような施設も増えてるみたいですよ」

「カルミナ……ノゾミさまたちでございますね」

「そういや、アイドルフェスで何かやりあってたわねあんたたち」

 

 トップオブアイドル。揺るぎないその称号を持つアイドルグループ『カルミナ』が存在し続ける限り、エルロードは安泰だと言われるほど。噂では彼女を見出したのはこの国の宰相だとかで、エルロードに乾杯ならぬ宰相殿に乾杯とか言われているらしい。

 

「別の意味でこの国が心配になるな」

「でもまあ、そういう意味じゃ防衛費自分の国に回したくなる理由も分かるわね」

 

 宰相が後方プロデューサー面で腕組みしている限り、財布の紐は緩みそうにない。その辺りをどうにかするのが今回の課題になるだろう。アイリスは同盟であることを強調し、この国も守ると信用させる方向のようだが、カズマはそれで上手くいく可能性は低いだろうと睨んでいる。

 

「まあとりあえずはこの場所のことをもう少し知るところからだな。っと、ん?」

 

 歓声が響いてきた。なんだろうと視線を向けると、どうやら建物内でなにかの大会が行われているらしい。カジノとは違うそれに興味を惹かれた一行はそこへと入り、そしてカズマとキャルは思わず声を上げた。

 

「ねえカズマ、これってあのカードゲームじゃない?」

「そうだな。お前が俺にボッコボコにされたやつ」

「うるっさい。……何か飛び入りもできるみたいよ」

 

 どことなくそわそわしながら、キャルがカズマにそう述べる。ふーん、と返しつつも、カズマはカズマで向こうのカード販売エリアに目を向けていた。

 二人の視線が交差する。行くか、行くわよ。目だけで会話を済ませた二人は、そのままカード販売エリアへとダッシュしていった。

 

「お二人とも、目がキラキラしておりましたね」

「やばいですね☆」

 

 童心に返ったかのような二人を、コッコロとペコリーヌが優しく見守る。パックを箱買いし、足りない分をシングル買いしながらデッキを組み立てていくカズマとキャルは正直大人げなかったが、周りの連中も似たようなものなので問題はないだろう。

 そうして出来たデッキを手にエントリーした二人は、隣り合ったステージ上で勢いよくカードを引いた。

 

「カズマ、あたしと当たるまで負けるんじゃないわよ」

「こっちのセリフだっての」

 

 眼中にない、と言われたも同然の二人の対戦相手は、そんな態度に顔を顰めながら同じようにカードを引く。そして、司会進行であろうサングラスを掛けた男が勢いよくその手を天に掲げた。

 

「デュエル開始ィィィ」

 

 



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その192

きちんとしたデュエルはしません


「トドメだおらぁ!」

「嘘だろぉぉぉ!?」

 

 完封されガクリと膝をつく対戦相手を見下ろしながら、カズマは当然だとでもいうようなドヤ顔でステージを後にする。そのあまりにも堂に入った態度を見て、観客たちは一体あいつは何者なんだとざわめきはじめた。やれあの苛烈な攻撃は『黒のカタリナ』なのではないかとか、いやあいつは男だしトラップカードの使い方からして『謀略のクロード』じゃないのかとか。そんな言葉を聞きながら、誰だよそいつらと心中でツッコミを入れながら。

 彼は隣のバトルフィールドにいた猫耳少女に視線を向ける。

 

「おーい、キャル。俺はもう終わったぞ」

「見れば分かるわよ! ちょっと待ってなさい、あたしもすぐに」

 

 ドロー、と勢いよくデッキからカードを引いたキャルの表情があからさまに曇る。観客も、対戦相手も、当然カズマもああこれは駄目だったんだなと確信を持った。が、当の本人は隠せているつもりだったらしい。大分ぎこちなくふふんと鼻を鳴らすと、これはいいカードを引いたと宣言する。

 

「いや絶対嘘だろ」

「うっさいわね! そこは素直に乗っかって驚きなさいよ!」

 

 ぎゃーぎゃーと叫びながらキャルは二枚のカードを伏せる。場にモンスターはいない。どう考えても罠である。対戦相手はそんなことを思いながら、だとしてもこの状況をひっくり返せないだろうと考え攻撃を選択した。

 

「キャルちゃん、ちょっとやばいかもですね」

「いや、別に大丈夫だろ」

「主さま、お疲れ様です。見事な戦いぶりでございました」

 

 むむむ、とそんな彼女を応援していたペコリーヌとコッコロの二人と合流したカズマは、周りの反応とは裏腹に平然としていた。アクセルではほとんどキャルとしか対戦していなかったので、ただ単に彼女がこの手のゲームにクソ弱いだけだと思っていた彼は気付いたのだ。先程の対戦で滅茶苦茶あっさりと倒せたことで理解したのだ。

 こいつらの知識は日本と比べて数シーズン遅れている、と。

 

「多少手札事故っててもあんなスターターに毛の生えたようなデッキ使ってるやつには負けねーって」

「そうなんですか? まあ、確かに、普段カズマくんとキャルちゃんがカードゲームで遊んでいる時はもっとこう、お互いの番が長いのにすぐ終わってたような」

 

 アメス教会や酒場での一幕を思い出す。あれと比べると、対戦相手は召喚も魔法もトラップも発動や割り込みが極端に少ない。

 わぁ、と歓声が上がった。向こうの攻撃が終わった返しのターン。キャルは先程とはうってかわって大したリアクションもせずにカードを引いていた。ふう、と息を吐くと、先程伏せておいたカードを発動させる。

 

「な、何で……!?」

「いや何でも何も。あんたがさっきのターンで伏せてたこれを除去するかあたしのライフゼロにするかのどっちかをしなかったんだから、こうなるに決まってんじゃない」

 

 何だか黒いドラゴンの鎧を纏ったかのような魔術師と青い鎧を着た剣士と白と金の装備と巨大なランスを持った戦士が滅茶苦茶殺意高めで相手を睨んでいる。その過程で相手のフィールドと手札は全滅した。

 ハイ終わり、と三体で攻撃した結果、対戦相手は大体三回分くらい負ける程度のライフをぶっ飛ばされた。断末魔を上げて倒れる対戦相手を、観客たちは気の毒なものを見るような目で眺めていた。

 

「ふふん、どうよカズマ。ちゃんと宣言通り勝ったわよ」

「はいはい凄い凄い」

「はぁ!? 何よその態度! いいわよ、あんたがそういう態度取るなら容赦しないから。もし途中でぶつかったら泣いて土下座させてあげるわ」

「出来るといいですねー。あれこれ詰めまくって手札事故率高レートのキャルさん?」

「ムッカつくぅぅぅぅ!」

 

 ドンドン、と思いきり地団駄を踏んだキャルは、次だ次、と鼻息荒く受付へと歩いていってしまった。そんな彼女を見ながら、カズマは余裕の表情で手をひらひらとさせる。

 

「主さま。あまりキャルさまを挑発されては」

「いいんだよ、ああ言っとけばもうちょい回るように改造するだろうし」

「よく分かってるんですね、キャルちゃんのこと」

「そりゃ、付き合い長いしな」

 

 後単純だし。そう付け加えたカズマに向かい、ペコリーヌはあははと苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 そういうわけなので。基本一方的に相手をボコボコにしながら勝ち進んでいったカズマと、度重なる手札事故を起こしつつ想定レベルがカズマだったおかげで致命的にならないまま相手をぶちのめし続けたキャルが、えらくあっさりと優勝まで辿り着いた。最終的に一人を決めるのだと思っていたが、ブロックごとで終わりらしいということを知った二人は、若干不完全燃焼のまま賞金を受け取っている。ついでに最初のあのやり取りが完全にただ恥ずかしいだけになったという事実はゴミ箱に投げ捨てた。

 

「おめでとうございます。主さま、キャルさま」

「二人ともとっても強かったですよ。やばいですね☆」

 

 そして何の含みもなく笑顔で祝福してくれるのがこの二人だ。ここでまあそれほどでもと謙遜するような性根を二人は持っていないので、カズマもキャルもそうだろうそうだろうと胸を張った。そうしながら、じゃあ次はどこに行こうかとカードゲームの会場を後にしようとする。

 そんな一行に、ちょっと待ってくださいと声が掛けられた。振り向くと、最初に大会の宣言をしていた男性が、お願いがありましてと言葉を続けてくる。

 

「とてつもない実力を持っているお二人に、ぜひ勝負をしてもらいたい相手がいまして」

「だって。どうするのカズマ」

「俺は別に構わないぞ。久々にゲーマー魂が昂ぶってるし。あ、でもペコリーヌやコッコロが退屈するか」

「わたしは平気ですよ。カズマくんやキャルちゃんの試合を見ているのも面白かったですし」

「はい。わたくしも、お二人のご活躍をこの目で見られるのは、とてもワクワクいたしました」

 

 二人の答えを聞いて、じゃあいいかとキャルとカズマは返事をする。そうしながらも、カズマはただし、とやたら勝ち誇った顔で言葉を続けた。

 

「悪いが、俺の相手を務められるような奴がこの場所にいるとは思えないがな」

「調子に乗って何か言ってるわこいつ」

「それは勿論。実は、この会場には同じように強すぎて対戦相手のいないプレイヤーがいまして」

 

 サングラスを掛けた男は、黒のカタリナや謀略のクロード、鉄壁のマリネスも強者としてここに君臨しているが、件の相手は文字通り次元が違うのだと語る。観客が勝利者を当てる賭けも、その人物がいるだけで勝負にならないので廃れていったという伝説持ちだ。

 

「ふーん」

「あんまり驚いてないわね」

「いやだって、大会参加者のレベルがあの程度だし」

 

 誰だかよく知らないが、その黒のなんとかとか謀略のどうとかいうやつらも結局自分基準からすれば初心者を抜け出した程度の強さだろう。オンラインマッチングでランクを上げるためのカモ程度だと思っているカズマにとって、ぶっちゃけだからなんだレベルの話である。

 まあ簡単に追加で賞金ゲットできるボーナスくらいに軽く考えながら、男に案内されカズマはステージへと向かった。横にはキャルが、ステージの下には観客としてペコリーヌとコッコロもいる。

 そうして彼が来たことを合図にするように、会場全体が震えるほどの歓声に包まれた。彼女に挑戦できる相手がついに現れた。そんなアナウンスや観客の会話が聞こえてきて、カズマはなんだか若干申し訳なくなる。これで相手瞬殺するのはエンターテイナーとして失格かもしれない。滅茶苦茶余裕の表情でそんなことを考えていた。

 

「よしキャル。お前行け」

「はぁ!? いきなりどうしたのよ」

「いや、俺だと多分この盛り上がりに水を差すからさ。キャルなら手札事故ったりしていい感じになるんじゃないか?」

「ぶっ殺すぞ! ……ふん、いいわよ。じゃあ、あたしがあんたの代わりに向こうを瞬殺してやろうじゃない」

 

 一歩前に出る。用意していたデッキを取り出し、反対側に立っている相手を真っ直ぐに見た。あたしが相手になるわよ。そう述べると、件の相手は笑顔でよろしくお願いしますねと頭を下げる。

 

「最近、相手をしてくれる人がいなくてご無沙汰だったから、色々と溜まっちゃってモヤモヤしてたんです。今日はいーっぱい、スッキリさせてくださいね♪」

「……なんて?」

 

 

 

 

 

 

 観客が大盛り上がりをしている中、キャルと相手はデッキからカードを引く。鼻歌でも奏でていそうな向こうに対して直接攻撃しそうな表情のキャルであったが、引いたそれを見て思わず拳を握った。

 

「カズマ」

「何だよ」

「残念だったわね。あたしがあっさり勝って興醒めさせちゃう方だったみたいよ」

 

 振り向きドヤ顔を見せたキャルは、じゃあ行くわよと自信満々でカードをプレイする。一度大会が終わって若干気が緩んでいたのもあったのだろうが、想定をカズマからこの大会の連中にまで彼女は無意識に落としていた。ただただ回すためだけの動きを行った。

 だから。

 

「ぁ、それはダメです。そんなに早く動かれちゃうと、アカリも気持ちよくなれませんから」

「え?」

 

 飛んできた妨害札でキャルの見せ場は終わった。効果が不発して墓地に落ちていく初動札をしばし眺め、そして目の前の対戦相手を見る。銀に近い髪色の、ショートツインテールのぱちりとした目が可愛らしい女の子。年齢は自身と同じくらいで、一部の発育はこれ以上ないほどに負けていた。

 違う違う、と頭を振る。今はそんなことよりも、確かに会場の連中よりも強さが違うということだ。カズマからすれば、むしろその程度も出来ない連中しかいなかったという話なのだが。ともあれ、出鼻を挫かれたキャルはぐぬぬと唸りながらもう少し遠回りで最終盤面が弱くなるけど仕方ないと別のカードを場に出した。

 

「ダメですってば。そんなにやっちゃ、ダメ」

「あ、え」

 

 再度妨害。まさか無いだろうと思っていたキャルは、再度墓地に落ちるカードを見て叫ぶ。なんでよぉ、と頭を抱えながら結局大したことのない盤面のままで相手にターンを渡すことになってしまった。

 その後の展開は酷いものである。向こうが繰り出した女騎士と射手と聖職者によってことごとくカードの発動を邪魔されたキャルは、じっくりねっとりと倒された。先程までのカズマ達の戦い方とは大分違ったが、間違いなくその辺にいる連中とは一線を画すであろう。確かにこれなら間違いなく会場の選手は全員もれなくカモだ。そんな確信を彼は持った。

 

「かじゅまぁ……」

「あーはいはい仇取るから泣くな」

 

 見せ場もなくボッコボコにされたキャルが半べそかきながら戻ってくるのを見ながら、カズマはやれやれと肩を竦める。観客や司会役になっているサングラスの男も、やはり『代行天使』は強かった、などと口々に述べていた。

 ああやっぱり何か二つ名的なやつ持ってるのね。そんなことを思いながら、彼は目の前の少女を見る。よろしくお願いしますね、お兄さん、と甘い声で挨拶されて、思わずカズマはキメ顔になった。

 

「これはあれだな。現地の最強格を転生主人公が倒すことでフラグ立って惚れられるやつ」

「またなんか変なこと言ってる」

 

 ベソベソ状態からコッコロによしよしされることで回復したキャルが、そんなカズマを見て白けた視線を向ける。聞こえてるぞ、と振り向いたカズマは、さっき人に泣きついておいて何だその態度と指を突き付けた。

 

「むぅ。でも、しょうがないじゃない、変なことは変なことでしょ? というかそもそも、あんたペコリーヌがそこにいるのにそういうこと言っちゃっていいわけ?」

 

 隣を指差す。いきなり話を振られたペコリーヌは、一瞬目を見開き、そしてあははと苦笑した。その反応からすると、キャルが心配しているほど彼女は思うことがあるわけではないらしい。

 

「えっとぉ。アカリは今のところ、お兄さんに惚れちゃうような要素は、一つもありませんよ」

「今はな。だが、この俺の秘められし実力を見れば、あっという間に」

「何か変なものでも食べたのあんた? ……ねえ、ペコリーヌ」

「流れるようにわたしに濡れ衣着せるのやめてくれませんか」

 

 だって紅魔族みたいなこといい出してるしこいつ。そんな言葉を続けながらのキャルのツッコミは風に消え、カズマと少女との――アカリとの勝負が始まった。

 先程の勝負で相手の戦術は大体把握している。妨害を立ててこちらに何もさせないようにしてからゆっくりトドメを刺すタイプだ。日本でも割と見ていたタイプの、相手にすると滅茶苦茶面倒なやつ。そう判断はしたものの、しかしカズマはそこまで焦ってはいなかった。

 なんせ、この手のデッキとはネット対戦でうんざりするほど戦っていたのだから。

 

「うそ? 早いよぉ、もう出ちゃうの? これじゃあアカリ、満足できないよぉ」

「ふぅ。まあこのカズマさんにかかればこんなも……ちょっと待って今の流れ俺の尊厳が地に落ちてない!?」

 

 先行を取って、向こうの妨害が整う前ならばどうとでもなる。見事にフルボッコにされたキャルのおかげで、手札からの妨害もおおよそ把握していたカズマは、そのまま一気に押し切った。微妙に息を吐きながらアカリの言葉に反応してしまったせいで、声だけ聞いていたら割とアウトな会話になってしまったものの、とりあえず勝利を手にはした。

 

「うぅ、早かったけど、でも確かにすっごく大きくてたくましかった……。アカリ、あんな風に回されるのは久しぶりでした」

「何か俺にありもしない罪が積み重なってない? ねえ大丈夫これ?」

 

 少し悲しげにそんなことを述べるアカリに、カズマはどうにも物申してしまう。というかツッコミ入れておかないとワンチャン自分の両手に手錠が掛けられてしまいかねない。

 そんなことを考えていた彼であったが、しかしアカリがそうだ、と手を叩いたことで我に返った。何がどうした、と彼女に問い掛けた。

 

「お姉ちゃんなら、もっと素敵で激しいことができると思うんですけど……お兄さん、どうですか?」

「もっと、素敵で、激しい……っ」

「こいつ……」

「……あの、キャルさま。どうなされたのですか? 今の、アカリさまのお話に何か別の意味合いがあるのでしょうか?」

「何もないので、コッコロちゃんはそのままでいてください」

 

 コッコロの疑問にペコリーヌは笑顔で返す。その笑顔がどこか貼り付けたようなものであったのに気が付いた彼女は、深追いしてはならぬと首を縦に振った。そうしつつ、恐らく何か変な勘違いをする類なのだろうと察する。何だかんだカズマのカズマさんスタンドアップを許容し、眼の前でカズマが女性の下着を盗んでも思春期の男の子はしょうがないと受け入れたこともある少女である。強い。

 

「そ、それはまさか、『代行天使』のもう片翼を!?」

「はい。元々アカリはお姉ちゃんと一緒に遊んでいたから覚えただけで、お姉ちゃんの方がずっと経験豊富でテクニシャンですから」

 

 どうですか、とアカリがカズマに問い掛ける。そこまで言われては仕方ないな、と彼も彼で迷うことなくそう答えた。双方共に同意を得たことで、サングラスの男は新しい対戦カードを会場全体に発表する。かつて廃れてしまったカード勝負の勝利者への賭け、それが今この瞬間に復活した合図でもあった。

 

「……で、どうするのペコリーヌ」

「どうする、って……何がですか?」

「せっかくだし、あたしたちも賭けてみる?」

 

 その脇で。微妙に希望を持ち続けているカズマを横目で見ながら、キャルは隣のペコリーヌへと問い掛けた。聞かれた彼女はどうしましょうか、と首を傾げ、そのままバケツリレーのようにコッコロへと視線を向ける。

 

「お二人は、主さまにお賭けになるのですか?」

「そりゃあね。あれだけ自信満々だったんだから、ここで負けたら今回の旅の間ずっとからかってやるわよ」

「あはは。それはカズマくんは負けられませんね」

 

 じゃあわたしも賭けましょう。笑みを浮かべながらそんなことを述べたペコリーヌは、キャルとコッコロの分もついでに買ってくると受付に向かう。すれ違う人達を見る限り、どうやらオッズは向こうの方が有利らしい。

 そこは仕方ないだろうと思いつつ、しかしほんの少しだけ面白くないな、などと考えていた彼女の視界に、何だか妙な動きをしている人影が映った。ステージにいるアカリと似た顔立ちの、ショートの少女。見る限り彼女がアカリの言っていた姉なのだろう。妹よりも少々スレンダーな体つきと、少し勝ち気に見える顔つきをしていた。

 

「うぅ……出たくない……こんな流れでステージに上がりたくない……何よあの紹介、何であんな言い方……アカリのバカぁ……」

「あの、どうかしましたか?」

「ひゃ、わ、あああぁ!」

 

 にも拘らず。とてもじゃないがステージに上るような雰囲気ではなかったため、ペコリーヌは思わず彼女に声を掛けていた。そしてテンパる少女の、ワタワタしながらいや別に何でもないです、と言い訳を始めるその姿を見て。

 

「ゆんゆんちゃんたちと、ちょっとだけ似てますね」

「え?」

「あ、ごめんなさい、こっちの話です」

 

 ふと、そんなことを彼女は思ってしまった。

 

 



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その193

元々この章に出そうとは考えていたんですよ、いやほんと


「決まったぁぁぁ! 勝者はなんと可憐な少女の二人組だ!」

 

 大歓声が上がる中、勝者となった二人の少女のうち片方は少しだけ恥ずかしそうに、もう片方は我関せずと食事を続けている。

 エルロードはアイドルの国になったとはいえ、娯楽と結び付きこれまでとは少々様変わりしつつもまだカジノの要素は残り続けている。今この場所もその一つ。大きなレストランのようなその建物内では、大食い勝負が行われていた。

 

「まあ普通はあれだけ小さな可愛さ大爆発的小動物系女の子が滅茶苦茶食べるとは頭の片隅どころか場外ホームランしても見つからないですもんね」

 

 そのステージ上で讃えられている二人を見ながら、チエルはどこか同情するようにうんうんと頷いていた。そしてそのまま、大勝した賭け札を換金所に持ち込みに行く。受付が顔をひくつかせているのを見ながら、彼女は気持ちいいくらいのドヤ顔をした。

 

「おつちぇるさま~。二人共余裕のぶっちぎり大勝利だったね」

「あはは。ありがとうございます、チエルちゃん。とはいえ、殆どフェイトフォーさんの活躍ですが」

「おいちかった」

 

 ステージから戻ってきた二人――言わずもがなアイリスとフェイトフォーに合流したチエルは降って湧いたように潤った懐を見せながらサムズアップをした。それに応えるようにアイリスとフェイトフォーもサムズアップをし、では次はどうしようかと建物を出る。

 蛇足ではあるが、カズマ達がカードゲーム会場にもし立ち寄らなかった場合、予測されるルートはここであった。そしてこの会場は暫くの間閉鎖されていたことであろう。

 

「それで、どうしましょうか? お小遣いも増えたのですから、チエルちゃんの行きたがっていたカルミナ関係の場所へと向かいますか?」

「えっと? チエルとしてはその提案だと船はジャストタイミングですし人参は目の前にぶら下がってますし火の中に飛び込んでジュジュっといっちゃうくらいには望むところなんですけど。最後なんか違いますね、反省反省」

「ちえる、燃えるの?」

「炎上系は今日日流行らないんで不用意な発言はやめましょうね。素敵なチエルとの約束だゾ♪」

 

 よく分からない、と首を傾げているフェイトフォーを見ながら、まあ行ってもいいなら行きたいってことですと彼女は簡潔に述べる。そうしながらも、本当にいいんですかと視線をアイリスへと向けた。

 

「はい。カルミナの皆さんはアイドルフェスでもお世話になりましたし、チエルちゃんが好きになるのも良く分かりましたので。もしよければ、私にもカルミナのことを教えてもらえると嬉しいです」

 

 彼女のその言葉と笑顔に、チエルは思わず目を見開く。そうしながら、アイリスの手を握りしめブンブンと振った。そういうことなら、とズズイと距離を詰め、若干鼻息を荒くした辺りで我に返った。ブンブンと頭を振り、いかんいかんと深呼吸をする。

 

「落ち着け、落ち着くんだチエル。ここで一気に押せ押せでいっちゃったら逃げられる可能性がマシマシ。カルミナは頂点にして原点のマスターオブアイドル、廃れることのない永久殿堂入り。そのファンの母数は増えることこそすれど減ることなど無い、あってはならない。とはいえ、そこに辿り着くまでの道のりを少しでも縮めていくのが真のファンたるチエルの使命。そのためにチエルがやれることは、初心者を大切にして沼に沈めること……これすなわち!」

「ちえる、うるちゃい」

「いっけなーい、声に出ちゃってました、しっぱいしっぱい☆」

 

 てへ、と可愛らしく舌を出したチエルは、そこで再び我に返った。そういえば先輩二人がいなかったことを思い出したのだ。

 

「こういう時、クロエ先輩の辛辣なツッコミスキルって唯一無二の激レアスキルだったんだなって実感しますね。というかあの人それでいて可愛さも兼ね備えてるとかテキストに強いことしか書いてなくないです? 準制限どころか制限食らってもおかしくないですよね。まあチエルは完璧なんで無制限にデッキに組み込むと環境がそれ一色になっちゃうくらいのつよつよ系美少女なんですけど」

「ちえる、うるちゃい」

 

 フェイトフォーの目が冷たい。そんな彼女を見て、苦笑しているアイリスに視線を移し。

 じゃあどこから行きましょうか、とチエルは気を取り直した。いい加減ボケ倒していても埒が明かないと判断したとも言う。

 そんなわけで。今のエルロードの象徴ともいえるもの、アイドル、ないしはカルミナを堪能するために、三人は歩みを進めた。先導するチエルは初めて来る国、土地だというのに迷いがない。流石はカルミナすこすこ侍。まずは初心者にオススメのカルミナスポットへと向かうらしい。

 

「何はともあれ、やっぱりライブを見るのが一番だと思うんですよね。とはいえ、世界が誇るトップオブアイドルたるカルミナはこの魔王軍の脅威にさらされている大地を歌とダンスで癒やす使命のため泣いている子供がいれば西へ、悲しんでいるお爺さんがいれば東へと大忙しなので、カルミナの拠点たるエルロードでも本物のライブを見るのは難し子ちゃんなんですけど」

 

 ななんと、とチエルは振り返る。辿り着いた場所は劇場のような大きな建物。大勢の人がそこに入っていくのを見る限り、大変な人気を誇っているのが見て取れた。

 

「ここは?」

「よくぞ聞いてくれました。ここはエルロードの後方腕組みプロデューサー面した宰相が政策で作り上げたカルミナ劇場なんです。これまでのエルロードの公演を国の金に物言わせて録画して、国の金を湯水のように使って臨場感たっぷりに再現して上演するという最高に贅沢な建築物!」

「……ひょっとして、エルロードの防衛費の打ち切りの原因って」

「ちゃんとそれなりの料金取られますし、グッズやブロマイドでしこたま儲けちゃってますから、この劇場で使ったお金はとっくのとうに完済しちゃってむしろ上振れ真っ最中って感じじゃないかな」

 

 だから問題はそこじゃないと思う。一瞬顔が曇ったアイリスにそんなことを言いながら、チエルはとりあえず行きましょうと二人を促した。彼女が言うだけはあり、劇場に客足が途絶えることはない。このままここに突っ立っていると、中に入れるのはいつになるのか分からなくなりそうであった。

 そのまま列に並ぶ。待っている間、チエルは今回見れるライブは一体どれなのだろうかと予想を立てながら、どのパターンでも楽しめるように二人へと注目ポイントを語っていた。どこも全て余すことなくオススメではあるのだが、その中でも特に、という前置き付きである。

 その最中。ん、と視線を前に向けると、どうやら一組の集団が列に割り込んだだの割り込んでいないだのと揉めているのが目に入った。割り込んだ方は言ってしまえばどこかチャラい格好の連中で、自身の身分を笠に着て少しくらい問題ないだろうと言い張っているらしい。

 

「うっわー。何なんですかあのバッドマナーを体現したかのような連中は。ああいうのを見てファンの民度がどーのこーの言い出すのがいるのがまたチエル的には腹立つポイントなんですけど、まあそこは今回のそれには関係ないから置いておいて。そもそも真のファンならカルミナの歌声に浄化されてあんな振る舞いとか恥ずかしくてその場で自害するレベルの醜態なんで、あれはまだ浅い、というかこれから触れる新規ユーザーでしょうね。ああいうのがここに入場して、見終わって出てくる時にどうなっているのかを想像するのもまた一興って言っちゃえばそれまでなんですけど、だとしても既存のファンに喧嘩を売るだけでなくせっかくの新規を一時的とはいえ近寄らんとこ状態にするようなあの振る舞いは、一ファンとしても見逃せるような代物じゃありませんよ。ええありませんとも」

「ちえる、うるちゃい」

「ですが、確かにチエルちゃんの言っていることも分かります。この場は皆が楽しむべき空間なのですから、あのような方々には少し注意が必要ですね」

 

 アイリスの言葉に、フェイトフォーも成程と頷き、じゃあ少し言ってこようかと足を踏み出した。列を抜けることになるが、まあそこはしょうがないと割り切って向かおうとした。

 そのタイミングで、チャラい男の一人が吹っ飛んだ。え、と動きを止めたアイリス達の視線の先には、一人の少女が仁王立ちをしながらドヤ顔を決めている。

 

「おいオマエら! 何だ何だそのみみっちい悪行は」

「は?」

「悪いことってのは、もっとスケールのでっかいやつじゃないと面白くないだろ。恥ずかしくないのか」

「論点がずれてるんだよなぁ」

 

 少女の後ろでは、ボブカットに近い髪型の青年がどこか呆れたような表情でやり取りを眺めている。その割には、何故か楽しんでいるようにも見えるのが不思議であった。

 少女はその呟きが聞こえたのか、青年に振り返ると何でだよ、と文句を述べた。お前だってこんなやつらと自分達を一緒にされたら迷惑だろうと反論した。

 

「そもそもがさ、マナーの悪い一般人と悪党は別だと思うんだけどね。別にそいつら悪いことをしようと思ってやってるわけじゃないし。だから」

「だから何だよ。オマエはただ面倒くさいから言ってるだけじゃないのか?」

「あ、バレた? でも言ったことは本心だよ。ボクらの目指す大悪党ってのは、こういう奴らとはジャンルが違うじゃん?」

「まあ、言われてみればそうかも」

 

 むむむ、と顎に手を当てて考え込む少女。肩口辺りまで伸ばされたオレンジに近い茶髪がゆらゆらと揺れ、勝ち気な瞳は若干細められている。そんな彼女を見て、青年は楽しそうに口角を上げた。

 よしじゃあ、と彼は口を開く。それよりも前に、少女はだとしても、と青年と割り込みの連中に指を突き付けた。

 

「どっちにしろ、こういうヤツらを見てると面白くないから、きっちりシメておくぞ」

「えぇー。めんどくさーい」

「いいからやるぞ。おい、オマエら、アタシに見付かったのが運の尽きだ。大人しく――」

「あ、逃げた」

「え、おい、待て!」

「わざわざ追い掛けてボコボコにするのは三流悪党でしょ」

「ぐっ」

 

 ぽんぽんと少女の頭を軽く叩いた青年は、それじゃあ退散しようかと彼女に述べる。ぐぬぬと彼を見上げていた少女は、分かった分かったと踵を返した。

 大股でずんずんと歩いていく少女の背中を見ながら、青年は面白そうに、楽しそうに笑う。そうしてから、ふと気付いたように視線をアイリス達に向けた。

 

「ああ、ごめんね。出番取っちゃったみたいで」

「いえ、ご心配には及びません。むしろ、こちらは騒動を解決していただいたお礼を述べる側だと思うのですが」

「あれはうちの相棒がただ首を突っ込んだだけだからね。良い事をした、みたいなことは欠片もないから気にしないで」

 

 むしろそういうの嫌がるんだよねぇ、と青年はまた面白そうに笑う。じゃあまあそういうことで、と手をひらひらさせると、彼はそのまま少女を追い掛けて去っていった。

 何だったのだろう、とアイリスは見えなくなっていく二人を見て首を傾げる。会話の節々からすると、あの二人はどうやら悪党を目指しているらしいのだが。しかし。

 

「なんというか……お義兄様のような雰囲気を感じました」

「え? そう? アイリスちゃんのお姉さんの彼氏さんって、ぶっちゃっけきっぱり身も蓋もないこと言っちゃうと冴えない系のフツメンじゃない?」

「あ、いえ、そういう意味ではなくて……」

 

 とはいえ、ならば具体的に何がどう似ているのかと言われるとはっきりとは答えられないわけなのだが。あえて言うのならば、グイグイ前に行くような少女をうまい具合にコントロールしているところというか、そういう組み合わせというか。

 

「かじゅまときゃるっぽい?」

「コンビ的でサムシング的なあれですか。言われてみれば確かにそんな気がしないでも?」

 

 ふむふむ、と頷くような首を傾げるようなフェイトフォーとチエルを見ながら、あまり気にしないでくださいとアイリスも述べる。そのまま話題を変えるように、チエルへここで見られるカルミナのライブは何かと問い掛けた。

 どのみち名前すら聞いていないのだ。また会うこともそうそうないだろう。それがアイリスの出した結論である。

 

 

 

 

 

 

 所変わってカード大会会場。ペコリーヌに宥められ滅茶苦茶嫌そうな顔でステージ上に上がってきたアカリの姉である少女は、自身のもやもやをぶつけるかのごとくカズマを睨み付けた。

 

「アンタのせいでこうなったのよ! こてんぱんにしてやるから、覚悟しなさい!」

「いやなんでだよ。身に覚えのないことで責められてはいそうですかと受け止めるほど俺は寛大な心は持ってないからな」

「そうね」

「黙ってろ噛ませ猫」

「ぶっ殺すわよ!」

 

 やかましい、と振り向いてキャルに指を突き付けたカズマは、一度深呼吸をすると再び眼前の対戦相手に向き直る。先程対戦した少女アカリの姉――名前はヨリというらしいのだが、身長もそう変わらず、それに対して一部の成長が敗北しているためどうにもお姉さんには見えない。年が近ければそんなものなのだろうか、と思いつつ、彼の交友関係での姉妹を思い浮かべて。

 

「やっぱり姉には見えないよなぁ」

「何だか知らないけど滅茶苦茶不快な視線を感じるわね……」

 

 ペコリーヌとアイリスしかり、シズルとリノしかり。めぐみんとこめっこも多分そうだろう、きっと、おそらく。そんなわけで、やはりデカい方が姉という感じがする、というのがカズマの結論だ。

 まあいいか、と気を取り直す。姉だろうと妹だろうと、今大事なのはこの勝負に勝って賞金をゲットすることだ。先程の勝負を踏まえて、これまでの有象無象とは違うという認識を持ってはいるが、流石に日本産の知識を持つ自分の方が上だろうとどこかカズマは油断をしていた。

 

「よし、じゃあ俺のターン。まずは」

「まずはこれを発動ね」

「は? いやだから俺の――」

「アンタのターンでも使えるのよ、これは」

 

 デッキトップを数枚墓地送りにして、場に一枚のモンスターを召喚する。それに繋げるように、手札からもう一体モンスターが飛び出してきた。そして、その二体をコストにして、別のモンスターが出現する。ついでにデッキから落とされたカードは墓地効果で場にセットされ、コストになったモンスターのおまけ効果でカズマの手札が二枚落とされた。

 

「インチキ効果も大概にしろ!」

「何言ってるのよ。全部カードに書かれてることじゃない」

 

 確認すると確かにその通り。あれって確か日本だと墓地じゃなくて除外じゃなかったか、とか、余計な効果が追加されてないか、とか色々言いたいことはあれど、しかし書いてあるのだから仕方がない。恐らくこれを持ち込んだ転生者が『ぼくのかんがえたさいきょうのかーど』を作ってしまったか、あるいはミリしらで作成された名残なのだろう。そしてカード知識もなければ腕もそこそこなその辺の連中はこれが強いのかどうか分からず、一握りのプレイヤーだけはその真価に気付いて使いこなせた。つまりはそういうわけで。

 

「さっきの威勢はどうしたのよカズマ」

 

 どことなくからかうような声が後ろから飛んできたが、カズマはそれに反応しない。余計なことを考えていたらワンミスで封殺される。幸い同じように日本より効果が極悪になっているカードは自分のデッキにも組み込まれているので、この状況も絶望的ではないのだ。

 キャルもいつになく真剣な彼に気付いたのだろう。表情を元に戻すと、今度は心配そうにいけそうなの、と問い掛けた。

 

「……俺を誰だと思ってる。伝説の決闘者、カズマさんだぞ」

 

 向こうの妨害は推定三つ。自身の手札は三枚。普通に考えれば詰みだ。

 が、しかし。

 

「嘘!? この状況から展開した!?」

「嘗めんなよこらぁ!」

 

 向こうの盤面を崩せはしなかったが、それでも対抗できるだけの戦力は呼び出せた。そのことでカズマの気力は持ち直したし、完封できると思っていたヨリは対抗されたことでわずかにたじろぐ。

 そして観客は、大会の歴史に残るであろう勝負を肌で感じとって沸きに沸いた。

 

「あの、ところで」

「どうしたのよコロ助」

「何故ペコリーヌさまはあちらにおられるのでしょうか……」

「ステージにいるあの娘を連れてきてたし、多分なんかお節介したんじゃない? 知らないけど」

 

 まあ別に向こうの応援してるわけじゃないし。そう言ってキャルは手をひらひらとさせる。それもそうでございますね、とコッコロも素直に納得し再びステージに視線を戻した。

 

 



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その194

デュエル部分は飛んだけど話数は飛んでません。


 創立以降かつて無いほどの盛り上がりを見せたカードバトルも終わり、熱狂の冷めやらぬ会場を後にしたカズマ達は、ヨリとアカリの姉妹とも別れ、帰路へとつこうとしていた。

 

「お疲れ様でございます、主さま」

「おう。……いや、ほんと疲れた」

「あはは」

「ま、いいじゃない。なんだかんだ稼いだでしょ?」

 

 賞金のたんまり入った財布を指差しながらキャルが笑う。そんな彼女を一瞥すると、まあ別に何か厄介事だったりするわけじゃないからいいんだけど、とカズマも流した。これまでの流れだと、このまま変な事件に巻き込まれたり巻き込んだりはたまた巻き起こしたりするのがお約束だったのだが、幸いというべきかここは他国。アクセルの狂人共はその辺をうろついておらず、カズマとしては眼の前にいる三人の動きにさえ気を付けていれば事足りるので少々気が緩み気味だ。

 そもそもの発端が厄介事だということに目を瞑れば、であるが。

 そんなこんなで、一行はエルロードの仮拠点であるアゾールドの商会へと戻ってくる。店の扉を開くと、最初にここへ来た時にも顔を見た少女が目をパチクリとさせてからこちらへと歩いてきていた。

 

「おかえりなさい」

「あ、はい。ただいま」

 

 迷うことなくそう述べた彼女に、カズマも思わずそう返す。続くように、ペコリーヌやキャル、コッコロもただいまと少女に声を掛けた。その言葉に少しだけ満足そうに頷いた彼女は、こっち、と一行を店の奥へと案内する。最初に話をした場所を通り過ぎ、商会の奥にあるゲストルームらしき部屋で立ち止まると、そこで少女は立ち止まった。

 

「ここが、あなたたちのおへや」

「わざわざ用意してくれたんですか? ありがとうございます」

「王女にはおんを売っておくのがいいらしい。から」

「そういうのは言わないほうがいいんじゃないかしら……」

「……おっと」

 

 ぽん、と手を叩いた少女は、今のは聞かなかったことにと言葉を紡いだ。いや無理だろ、とカズマとキャルが同時にツッコミを入れ、コッコロはそんな二人を見てクスクスと笑う。

 どちらにせよ、助けてくれるのには変わりない。ペコリーヌはそんな結論を出し、最初にアゾールドの言っていたこともそうなのだからと頷いた。

 

「あれ? そういえば、アゾールドさんはどこに行ったんですか?」

「そういえば見ないわね。シェフィやぬいペコの手続きが長引いてたりしてるわけ?」

 

 二人の問い掛けに、少女はふるふると首を横に振る。違う仕事で今外に出ているだけだと続けると、心配ご無用とばかりにどこか自慢気に胸を張った。

 

「へー。ん? じゃあ今は一人で店番してんのか?」

「パパのゴーレムがいるからもんだいなし。わたしが晩ごはんのじゅんびする余裕もある。よ」

「晩ごはん……」

 

 少女のその言葉に、コッコロが何かに気付いたように呟く。視線を隣の巨乳腹ペコプリンセスへと向け、少しだけ考え込む仕草を取ると、彼女の手を取った。自分にも夕食の準備の手伝いをさせて欲しい、と。

 

「……どうしたの?」

「いえ、お世話になるのですから、多少なりともお手伝いをさせていただけないものかと」

「べつに、しんぱいしなくても」

「そういうわけにもまいりません。……それに、わたくしは元々お世話やお手伝いを好む性分ですので」

「そういうレベルじゃないのよねぇ……」

「キャルちゃん?」

「こっちの話よ」

 

 ペコリーヌにそう述べると、キャルは一抜けたとばかりに部屋の扉に手を掛けた。カズマも同じく、もてなしてくれるのなら甘えようぜと離脱の態勢に入る。ペコリーヌは手伝いを申し出ようとしたが、流石に一応ベルゼルグ王国第一王女ユースティアナとしてエルロードに来ている状態でそこまでするのはと止められた。

 

「じゃあ、よろしく」

「はい、よろしくお願いいたします。プレシアさま」

 

 

 

 

 

 

「もぐもぐもぐもぐ」

「はぐはぐはぐはぐ」

「おぉ……でございます」

 

 夕食時。アゾールドの娘プレシアとコッコロにより作られた料理は非常に美味であった。そこに文句のつけようはない。そもそもそんな心配はしていない。

 問題は。カズマ達の目の前で繰り広げられている光景だ。大食い大会ばりに食いまくっているプレシアとペコリーヌだ。

 

「おや、どうしましたかな? 手が止まっておりますが」

「どうしたもこうしたも……いや、まあ割と見慣れた光景か」

「適応早いわね。でも確かに、あいつが食うのは当たり前だし、それに匹敵するのがいるのもそこそこ見てきてはいたっけ」

「身内かドラゴンの二択だった気がしますけど」

 

 自己解決し始めたカズマとキャルの横でぬいペコがツッコミを入れる。ついでに言えば選択肢の片方である身内、アイリスは姉の影響というだけでアホほど食うわけではない。ただ残さず食べるをモットーにしているだけだ。結果として沢山食べているだけで。

 

「そういえば、シェフィちゃんはあまり食べないんですよね」

 

 ぐりん、とぬいぐるみ状態なので視線を顔ごと横で普通に食事しているシェフィに向ける。既におかわりをしている状態でその感想は大分ずれている気がしないでもないが、彼女も立派なホワイトドラゴンの上位種。兄であるゼーンが大食漢なこともあり、相対的に見ればそう見えなくもない。

 なんとなく流していたので今更の質問であったが、ぬいペコのそれを聞いてそういえばとカズマもキャルも、めちゃくちゃ食べているペコリーヌとプレシアを微笑ましく見ていたコッコロもシェフィへと視線を向けていた。アゾールドは視線を向けず、話に加わらないスタンスを貫いている。

 

「私はこう見えてそれなりに長生きしている上位種よ。フェイトフォーみたいに成り立てならともかく、人に変化することに適応しているのだから食べなくても問題ないの」

「へー。……ん? じゃあ何でゼーンはあんな食ってんだ?」

「兄さんは、それ自体が道楽みたいなところがあるから……」

 

 料理は人の世界に触れる一端であるということなのだろう。長い時を生きている最上位種のドラゴンの考えることはよく分からない、と彼女の説明を聞いたカズマは流すように返事をしたが、いつぞやに出会ったダストの関係者らしきドラゴンの女性も大分得体の知れない相手だったので、そんなものかもしれないとなんとなく納得した。

 

「どちらにしても、みんなで美味しく食べることのほうが重要ですけどね はぐ」

「うん。たのしく食べるのはたいせつ。だよ。もぐ」

 

 大食い大会ばりに食っていてもちゃんと話を聞いている余裕があったらしいペコリーヌとプレシアがそんなことを述べる。現状それを体現している二人にそう言われると、なんだか無駄に説得力が湧いてくるから不思議なものである。というかあの量を楽しく食べているのはそれはそれで何か問題があるような。

 一瞬浮かんだ余計な疑問を振り払い、カズマもキャルもまあいいかと流すことにした。

 

「それで、これからの予定はどうされるのですかな?」

 

 話に一区切り付いたタイミングで、アゾールドがそんな問い掛けをする。持っていた骨付き極太ソーセージを平らげたペコリーヌは、カップのジュースを飲み干すと少しだけ思案するように視線を上に向けた。

 

「カズマくんは、どう思います?」

「即投げ良くない。いや俺の受けた仕事っちゃそうなんだけどさ。お前も王女なんだからそれなりにアイデアあるだろ?」

「王女としての交渉はアイリスの担当ですからね。ここでわたしがしゃしゃり出てくると、多分面倒なことになっちゃうと思うんです」

 

 第一王女ユースティアナがエルロードに来ている、という部分は使うとしても、アイリスを押しのけてテーブルにつくのは得策ではない。そう彼女は考えているのだ。

 ペコリーヌのそれを聞いて、カズマもううむと顎に手を当てる。確かに、今回の目的はエルロードとの同盟を婚約無しで結び直すこと。ユースティアナをこの国の王子の婚約者にすげ替える、などという案を欠片でも出させないようにしに来たわけで。

 

「どっちにしろ、アイリスと一回会っておいた方がいいか?」

「ん~。それは、どうでしょうか」

 

 向こうは向こうで、恐らく大事な姉を嫁がせないように全力だ。下手に協力を申し出ると意固地になってしまう可能性も十分ある。カズマが関わっているならば余計に、だ。

 

「そうなると、真正面からは行かないってことかしら」

「それは、少し難しいのでは?」

「裏工作するには時間が足りないからな」

 

 キャルとコッコロの言葉にそう返しながら、カズマは手を組み後頭部へと添えた。少しギシギシと椅子を揺らしながら、そうなると手段は限られるとぼやく。

 おっさん、とアゾールドに声を掛けた。急なそれに、彼は別段驚くことなくどうしましたかなと軽い調子で言葉を紡ぐ。

 

「俺達って、どのくらいまでここに滞在していいんだ?」

「商売の邪魔にさえならなければ、数ヶ月滞在していてもかまいませんぞ」

「……あんたまさかベルゼルグから逃げて駆け落ちとか考えてないでしょうね」

「そんなわけあるか。そもそも、成功率がゼロだって確定してる手段なんか考えてもしょうがない」

「じゃあ、何なのかしら?」

 

 ジト目のキャルにツッコミを入れ、純粋な疑問で首を傾げるシェフィに視線を向けると、彼はまあ見てろと言わんばかりに口角を上げる。裏工作するには時間が足りない、動く前にアイリスに出会うとへそを曲げる可能性がある。その二つをとりあえずすり抜けるにはどうするかといえば。

 

「とりあえず一回アイリスに交渉失敗してもらって、手助けする体を装って接触しようぜ」

「こいつ……」

 

 まあでもそれが手っ取り早いか、などと思ってしまう辺り、キャルも大分カズマに毒されているといえるだろう。

 

 

 

 

 

 

 エルロードから準備が整ったとの連絡が来たのは翌日の昼。思ったより早かったと向こうの手際の良さに感心したアイリスであったが、横にいたなかよし部の面々はなんとも言えない表情、というより滅茶苦茶白けた顔をしていた。

 

「ユニ先輩クロエ先輩。これどう思います? チエルとしては、どうせ脳筋弱小国の出迎えなんか適当でいいだろ的な裏事情がシースルーばりにスッケスケしてる感バリバリちゃんですけど」

「それな。金持ってるからってえらく嘗めてかかってきてンじゃん」

「落ち着き給え二人共。確かに向こうの思惑は筒抜けであるし、そう見せかけている可能性も見る限りゼロであろうが、かといってここで頭に血を上らせていては上手くいく交渉も台無しになる。アイリス君の不利になりに来たわけではあるまい」

「つってるけど、パイセンだって眉間にシワ寄ってんじゃん」

「当たり前だ。あからさまに見下されて笑っていられるほど、ぼかぁ寛容な人間ではない。ましてや、その対象が友人たるアイリス君ならば尚更だ」

「っすね」

「なんかいい話風にまとめてますけど、ひょっとしてバカにされた相手がチエル達だったら反応変わってたりしてません? 流石に考えすぎ子ちゃんです?」

「正当な理由もなしであれば、ぼくは同じ反応をするさ」

 

 迷うことなくそう言い切ったユニを見て、チエルはさくっと引き下がる。そういやこの人なんか青春とか友情とかそれ関係だと割と熱いんだった。そんなことを思いながら、まあその辺りは自分も同じかと使者との会話を終えたアイリスに声を掛けた。

 

「それで、アイリスちゃんどうするの? もうさくっとちぇるっと向かっちゃう?」

「はい。向こうの準備が出来ているのならば、こちらも出来るだけ急いで準備を整えて」

「いや、いいけどさ。アイリスは向こうの態度に納得してんの?」

「……思うところはありますが、それはそれでかまわないと思います」

 

 クロエの言葉に、アイリスは少しだけ口角を上げてそう返す。その表情を見て、ユニは成程と言わんばかりに不敵に笑った。

 

「やれやれ……。王族というのは自然と似てくるものらしい。いや、アイリス君の姉君と仲間達の影響か」

「そこはチエル達の影響って言っちゃっても良くないです? 別に悪いことじゃないんですし」

「いや悪影響だから。ついでにアイリスの姉さん達じゃなくてこっち由来だからそれ。うちんとこの学院長とか」

 

 結局悪いのはリオノールだ。そういうことにしておいて、ともあれ腹芸を身に着けてきたアイリスは、そのまま手早く身支度を整え、会話に混ざっていなかったフェイトフォーも連れてそのまま王城へと向かうことにした。

 宿を出て、王城へと向かう途中に彼女はふと立ち止まって周囲を見渡し、少々の違和感を覚えながら小首を傾げ再度足を進める。誰かに見られていたような。そんなことを思ったが、証拠はないので口にはしなかった。

 ちなみに物陰のカズマ一行は王女のステ振りやべぇとこっそり戦慄していたりする。大人数まとめてとはいえ、潜伏スキル使用状態のカズマを勘だけで察知しかけたのである。

 

「なあ、ペコリーヌ。お前もひょっとして」

「ん~、どうなんでしょうか。今度試してみます?」

「やめときなさい。成功したらこいつ泣くわよ」

「では、その際はわたくしがよしよししてさしあげますので」

「…………ママに、よしよし」

「うらやましいとか思ってませんよね?」

 

 正気なのがぬいぐるみだけという時点でこっちも割とどうしようもない。が、今のところ問題はないので置いておく。

 そんなこんなで王城へと辿り着いたなかよし部は、その大きさと豪華さを見て思い思いの感想を持っていた。

 

「みなさん、あまり驚かないのですね」

「ん? まあ、ほら。学院長あれでも一応ブライドル王国の王女なワケじゃん。んでアイリスんとこの城も見たわけだし。正直三回目のインパクトって薄めっつーか」

「然り。ついでに言ってしまえば、ぼくの抱いた感想は驚きよりも呆れが勝る。実用性を感じられない無為な装飾、権力を誇示することのみを目的とした規模。どれを取っても称賛に値しない。端的に換言すれば、ダサい」

「ですです。っていうか、お城なんかにお金掛けるくらいならもっとカルミナ劇場の規模を大きくして全世界カルミナファン化計画を少しでも早める努力をするべきですよ。まあどうせ遅かれ早かれ世界はカルミナを推すようになるんですから問題はないんですけど、本拠地であるエルロードの本気度に疑い感じちゃったりすると、チエルとしてはどうも好感度だだ下がりイベント踏んじゃった的にバッドな音がぎゅぎゅんと鳴り響くんですよね」

 

 勿論城門の前である。一応城主が出迎えるからというのでそれを待つ間の会話である。当然のように兵士がそこにいるわけで、勿論声量を抑えているわけもないので。

 ギロリ、とあからさまに機嫌を損ねたとばかりの視線が向けられた。そして勿論そんな視線を受けて反省するようであれば、彼女達はお嬢様学院でなかよし部を名乗る異端児集団として王女の御旗のもと活動していない。

 

「え? 何? 他国からやってきたお客に対してガン飛ばしてんの?」

「うっわー、カルミナの聖地でそんな人間存在していいんですか? カルミナに正しいって言えるんですか!? 言えるわけないですよね! 言えたら問題ですよ!」

「まあまあ、落ち着き給え。この国の兵士の教育が行き届いていないことを我々が憤っても詮無きことだ。むしろ可哀想だと同情心を持つべきだろう」

「かわいちょう……」

 

 見た目幼女のフェイトフォーの呟きがトドメである。黙って聞いてれば、と兵士の一人が前に出た。田舎の弱小国家の分際で、と明らかにこちらを見下した発言をしながら食って掛かってくる。

 

「そもそも、こんな碌な装備もない子供連中が護衛な時点で王女の格も知れるってものだろ」

「あ?」

「は?」

「なんだと?」

「あいりちゅのこと、ばかにちた?」

「はん。お前らみたいなガキがいくら凄んだところで――」

 

 刹那。兵士の一人は城門に叩き付けられた。突然のそれに、周囲の兵士も、アイリスも、ついでになかよし部も思わずポカンと当事者を見ている。

 やった当事者は、振り上げた拳を手に掲げたままドヤ顔であった。

 

「ちょーちょー、フェイトフォー。マジで殴っちゃだめだって」

「そうですよ。ここは向こうが先に手を出してきたっていう既成事実を作ってからひと暴れするのが大人のやり方なんですから。別名学院長の黄金パターン」

「然り。とはいえ、友人を馬鹿にされて歯止めが利かないという気持ちも共感の出来る理由だ。ならば、ここは情状酌量の余地有りとして不問にすべきだろう」

「そっすね。んじゃま、フェイトフォー。次は気ぃ付けな」

「りょーかい」

 

 コクリと頷いたフェイトフォーをワシワシと撫でたクロエは、問題は片付いたとばかりに空気を緩めた。チエルとユニも同様で、アイリスも別段動揺していない。むしろこの面子だからこの程度で済んで良かったと思っているほどだ。

 そう思わないのはエルロード側である。

 

「お前達! 何をしたのか分かっているのか!?」

「ベルゼルグ王国第二王女アイリス殿下に無礼を働いた輩をこちらで処罰しただけだが。それともなにかね? 君達の国の兵士は他国の王族を馬鹿にしても良いという規律でも存在しているのかね?」

「まあ先にお城のことバカにしたのはこっちなんですけどね」

「しっ、黙っとき。言わなきゃバレないんだから」

「ちえる、かちこい」

「聞こえてるぞ! そ、そうだ、お前らが」

「王城の感想と王女への無礼が同等になるとでも? これは驚きだ、エルロードでは建築物が王族と同等の価値を持つらしい。我が国とは随分と価値観が違うようだ」

「こういう時のユニ先輩って無駄に頼りになりますよね」

「まあ普段から小難しいこと考えてんだから、こういうのは得意分野っしょ」

「そうですね」

 

 クロエの言葉にアイリスが同意する。そうしながら、視線を圧され気味の兵士から城門の向こうへと動かした。この状況ならば、多少なりとも。

 

「一体何を騒いでいるのですか?」

「さ、宰相殿! これは……」

 

 その人物の登場で場の空気が引き締まる。周囲を見渡し、何があったのかという報告を軽く受け。宰相と呼ばれた男性は、アイリスに一礼をした。兵士達とは違い、そこにはあからさまに見下すような雰囲気は感じられない。

 

「初めまして、宰相様。私はベルゼルグ王国第二王女アイリスと申します。お目にかかれて光栄です」

「これはこれは、あなたがあのベルゼルグの妹姫ですか。私は宰相を務めているラグクラフトと申します。よろしくお願い――」

 

 それも踏まえ、アイリスはしっかりと相手を見据え挨拶を行った。宰相ラグクラフトも承知の上なのか、同じように彼女を見据え。

 

「え?」

 

 アイリスの顔を見て、思わず動きを止めてしまった。王子の推しじゃないか、という言葉は、幸いにして誰にも聞こえていないようであった。

 

 



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その195

勝手に決められた婚約者と結婚するつもりがなかったので顔も見ずに冷たい態度を取っていたら、実は自分の推しのアイドルだった件について。~今更乗り気になってももう遅い~


「まったく。面倒くさい」

 

 エルロード王国第一王子レヴィは、自身の支度をしながらそうぼやいた。支度をする、とはいっても王族なので自分で何かをすることはないのだが、それでもなお彼がそんなことを呟いてしまう理由は一つ。

 

「すぐに向かう、とは聞いていたが、本当にすぐ過ぎる。ふざけてるのかベルゼルグは」

 

 この手の、国と国との交渉事ならばある程度こちらも準備をするのが当然。知り合いの家に遊びに行くのとはわけが違うのだ。そんな当たり前のことをしない相手に、レヴィは苛立ちを隠せてはいない。

 宰相に言わせればこれも戦略の一種なのだという。元々こちらが支援を打ち切ろうとしていることが発端なのだから、少しでも交渉を有利に運ぶためには出鼻を挫き痛いところをつくのはある意味当然。そう説明されたものの、まだ年若い彼ではそう簡単に納得も出来ない。

 

「そもそも、あんな野蛮な国相手になぜこっちが歓迎なんぞしなければいかんのだ」

 

 武力だけでどうにかなっている脳筋王国ベルゼルグ。そういう認識であるレヴィにとって、その国の王女など相手をするに値しないとハナから考えていた。交渉のため、とは言うが、前提としてこちらは折れる気が毛頭ない。わざわざ来たところで、成果など得られるはずもないのだ。

 

「適当に相手をして、さっさと追い返すのがいいだろうな。ラグクラフトもそう言っていたし」

 

 相手は一応婚約者だというのに、彼の態度は非常に冷めたものだ。元々国と国との交渉によって決められたものであるのだから、という見方もあるが、だとしても友好国との結び付きの証でもある相手をないがしろにしていいはずもない。レヴィが国のことなどこれっぽっちも考えていないぼんくらでないのならば、考えられるのは。

 

「……『プリンセスナイト』の所属国でなければ、未練は欠片もないんだが」

 

 アイドルの国、エルロード。その国のトップもまた、ドルオタに片足突っ込んでいた。それも自国のアイドルではなく、この間のアイドルフェスにいたアイドルユニット推しというちょっぴりニッチなやつ。実はこっそりファンレターも書きそうになって思いとどまったというおまけ付き。

 とはいえ、元々カジノ大国をアイドル大国へと変革した立役者であるラグクラフトが宰相として彼の隣にいるのだから、アイドル好きになるのはまあそれほどおかしくはない。特に思春期の男子は微妙に逆張りしたくなるお年頃なので、メジャーどころを避ける傾向があってもまあそんなものかもしれない。

 問題は、だ。その推しユニットがこれから冷たくあしらおうとしている国の所属であることと。

 

「大体、あの武闘派ベルゼルグの王女だぞ、ゴツいオークみたいな女だろうし……。まったく、『プリンセスナイト』のイリスくらい可愛ければ、俺だって」

 

 まだ見ぬ婚約者の顔を想像しながら溜息を吐いたレヴィは、推しのアイドルが婚約者だった、的な若干キモい想像をしながら支度を終える。先に宰相であるラグクラフトが挨拶をしているという話なので、別段こちらは急ぐ必要もないだろう。そんなことを考えつつ、傍目からしてもめんどくさそうに彼は城の廊下を歩く。そうして従者に案内されたであろう相手がいる部屋に向かうと、外にいても聞こえてくる喧騒を耳にし、不機嫌さを隠そうともしない様子で扉を開いた。

 

「まったく、騒がしいぞ。礼儀というものをわきまえたらどうだ」

「あれ? 何だかいきなり偉そうなこと言いながらダイナミックエントリーしてきた子供がいるんですけど、ひょっとしてあの人がエルロードの第一王子さんなんですか? まあお城の兵士の態度からして、性格ネタバレ生意気っぽいなって思ってましたけど」

「アイリスと同い年だっけか? 年上? まあ、いいけど、どっちでも。ガキ風隙間から漏れまくってるのは変わらんし」

「ふむ。恐らく、恵まれた環境で甘やかされて育てられていたのだろう。だが、同じ境遇でもアイリス君は真っ直ぐに育っていたところを鑑みるに、現在の性格形成はやはり生来の部分が大きいと見える。学院長が良い例だ」

 

 が、若干の嫌味を含みながら述べた言葉を三倍返しされて思わずたじろぐ。視線をずらすと、三人にボロクソ言われたであろう兵士達はぐったりとした表情で項垂れていた。

 更に視線を動かす。無言で大量のお茶菓子を食べている白く美しい髪の幼い少女が見えて、顔が引きつった。野蛮な国だと知ってはいたが、予想以上に頭のおかしい連中らしい。まさか交渉のテーブルにやってきた連中がこんなのとは。そんなことを思いながら、彼はラグクラフトの顔を探す。流石にあのやかましくやべーやつらや幼女が許嫁ではないだろう、と考えたからだ。

 

「おい、ラグクラフト」

「お、おお。レヴィ王子。もう少しゆっくりでも構わなかったのですが。というかむしろ来なくても」

「ん? どうしたんだラグクラフト。いくら面倒事とは言え、流石に顔を見せないわけにもいかないだろう。たとえ即座に断るとしても」

 

 そうして見付けた宰相に声を掛けたのだが、その相手がやけに慌てているのを見てレヴィは怪訝な表情を浮かべた。別に最初から交渉などする気はない、と言っていたではないか。そんなことを思いながら、彼はラグクラフトの対面に座っているベルゼルグ王国の第二王女アイリスを見やる。どうせ大した女ではないだろうと高をくくって、若干バカにした表情を作りながら、彼女を見る。

 

「それで? お前が俺の許嫁か。ベルゼルグの王女だからどうせゴツいやつが来ると思っていたのに、随分と……弱そうで……小さくて……っ!?」

「初めましてレヴィ様。私はベルゼルグ王国第二王女、アイリスと申します」

「……え? え!? お前が、アイリス!?」

「はい。本日はあなたにお会いするためにやって参りました。あなたのお顔が見られて嬉しいです」

「あ、い、いえ。こちらこそ! そ、そんなことを言ってくれて、嬉しいです!」

「あー……」

 

 推しがいた。推しが自分に会いに来たとか言い出した。自分の顔を見れて嬉しいとか言い出した。いきなりのそれにテンパったレヴィは先程までの態度が嘘のようにあたふたし始める。予想通りの結果だったのか、ラグクラフトは頭を抱えて盛大な溜息を吐いていた。

 

「クロエ先輩、ユニ先輩。あれどうなっちゃったんです? 偶然推しにあった一般ファンみたいに大変身してますけど」

「いや、みたいっつーか、そのものなんじゃね?」

「然り。どうやらあの第一王子は、以前のアイドルフェスでアイリス君のファンになっていたのだろう。たった一度のパフォーマンスを見ただけで魅了されてしまったアイドルのことを忘れられず、好きでもなんでもない自身の婚約者と会うのも乗り気ではなかった少年が対面した相手がまさかの、という一般大衆娯楽小説にありがちな荒唐無稽な設定を今まさに体感しているところではないだろうか。端的に換言すれば、これなんてラノベ?」

 

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっと、あれマズいんじゃないの!?」

 

 エルロードの王城。こっそりと侵入したカズマ達はアイリスの交渉の様子を窺っていたが、レヴィの予想外の反応にキャルは思わず目を見開いていた。ペコリーヌやコッコロも、彼女の言葉に考え込む仕草を取っている。

 

「ん~。確かに、ちょっとやばいかもですね」

「交渉自体は上手くいくのでしょうが……あの様子ですと、アイリスさまの婚約話はそのまま通ってしまうのでは」

「それよそれ。どうすんのよ。ねえカズマ、黙ってないで何か言いなさいよ」

 

 ぐりん、と首をカズマへと向ける。そんなキャルを一瞥し、彼はそうだな、と少し考え込む仕草を取った。その格好のまま、なんてことないように言葉を紡ぐ。

 

「こっちの良いように交渉成立だけしてから、アイリスが振れば万事解決じゃないか?」

「サイッテー……」

 

 キャルの視線が絶対零度になる。つい先程までの仲間にアイデアを求める表情は近くにゴミが落ちているかのようなものへと変化していた。一方のカズマは、そんな顔をしたキャルに反論をする。だったらお前は一瞬でも考えなかったのかよ、と。

 

「考えるわけないでしょ。アイリス様はペコリーヌの妹で、個人的にも知り合いなのよ。これが普通に依頼でよく知りもしないお偉い貴族のお嬢様とかだったら迷わずやったけど」

「やるんじゃねぇかよ」

 

 ジト目を返しつつ、まあこちらとしても義妹を生贄にする趣味はないと彼は述べた。選択肢としては考えてみたが、実行する気はないボツアイデアだと続けた。そもそもが今回の目的は交渉事の成功の鍵を自分にすることである。アイリス自身が、推されているのをいいことに向こうの王子を手玉に取って交渉を成功させてしまったら何の意味もないのだ。

 

「まあ、そもそもとしてあいつがそういう交渉できるとは思えないしな」

「そうねぇ……そこら辺どうなの? ペコリーヌ」

「へ? わたしはそういうの学んでないから分からないですけど」

「そういうの、って、色仕掛けのこと?」

「シェフィちゃん、そういうのははっきり言わない方がいいんですよ」

 

 話を聞いていただけのシェフィとぬいペコが余計な口を挟む。えっと、その、と微妙に視線を逸らして頬を赤くしているとこを見る限り、学んではいなくとも知らないということはなさそうであった。個人の見解である。

 

「あの、ペコリーヌさま?」

「いや、本当に学んでないですからっ! ララティーナちゃんとかはひょっとしたら学んじゃったりしてるかもしれないですけど、わたしは全然!」

「落ち着け」

 

 あんまり騒ぐとバレる。そうなった原因であるカズマが言っても説得力は全くないが、ともあれその一言で一行は一旦息を吐いた。その途中、そもそもクリスティーナとジュンから何を学べるんですか、と少し拗ねたようにペコリーヌはぼやいていたが、皆が皆聞こえないふりをした。

 

「ところで」

「どうしたんですか、シェフィちゃん」

「実際、アイリスはどう思っているのかしら。いざ出会ったらあの人が番でもいいかも、とか考えたりしてないとは限らないでしょう?」

「つがいって言うな。でも、確かにそうね。ねえペコリーヌ、どう思う? 姉として、あの王子ってアイリス様の好みにあってたりするの?」

 

 今度は視線をペコリーヌに向ける。が、当の本人はここ数年距離を置いていたからよく分かりません、と自嘲気味に微笑むと俯いてしまった。思い切り地雷である。

 

「おいキャル」

「何よ! あたしが悪いの!? ……あたしが悪いわね、ごめんなさい」

「そこで謝るのはトドメだと思いますよ」

「あ、あはは。いえ、でも大丈夫です。もう仲直りはしていますし、これから知っていけばいいんですから」

 

 そう言って気を取り直したペコリーヌは、そこでふと何かを思い出したように手を叩いた。そういえば、少し前にお話したんでした、と言葉を続けた。

 

「カズマくんみたいな男の人はお断り、だとかなんとか」

「何の参考にもなりませんね」

 

 ぬいペコがバッサリいく。そんなやり取りを聞きながら、コッコロはしかし、とフォローをするように言葉を紡いだ。少なくとも、向こうの方が主さまのような人物ならば婚約話が上手くいくことはないのでは、と。

 

「ねえコロ助。国の王子がこんなのだったらお先真っ暗よ」

「はぁ? 嘗めんなよ、俺はこう見えて何度も国の経営をしたことあるんだからな」

「どうせボードゲームか何かでしょ」

「ですがキャルさま。シミュレーションできちんとした結果を出されているのですから、主さまは知識を身に着けておられます。実際も十分期待は出来るのではないでしょうか」

「あんたは何でこういう時は全肯定なのよ」

「まあ、勉強ってそういうものですしね」

「ペコリーヌまで……って、今はそれはどうでもいいの」

「自分から不利だからって無理矢理話題を変えようとするな」

「うっさい! ぶっ殺すぞ!」

 

 がぁ、と叫んだキャルは咳払いを一つ。まあとにかく向こうのレヴィ王子がアイリスの好みから完全に外れているとは断言できないだろう、と話題の方向を修正し、そう言いながらもう一度向こうの交渉席を覗き見た。

 アイリスの一挙一動に反応して錆びたゴーレムのような動きをしているレヴィを、ラグクラフトがどうにかフォローしている光景が目に映る。傍目には有利に見えるが、しかしアイリスの表情を見る限りそういうわけでもなさそうだ。

 

「思ったよりあの宰相が厄介だな」

「というよりも、国の政治の管理を担っているのが宰相さんなんだと思います。今この国は国王が他国に行っていますし、その状態で残されているということは、それだけ信頼も厚いんじゃないでしょうか」

「まあ、そうでしょうね。なんだっけ、この国をアイドル大国に改革した立役者、だっけ?」

「苦労してそうですね。……まあ、その方が案外幸せかもしれないですけど」

 

 皆のやり取りを聞いていたシェフィの肩にいるぬいペコが、ラグクラフトを見ながらぽつりと呟く。どうしたの、とシェフィが彼女を見たが、大したことじゃないです、と首を横に振った。

 

「ああやって魔物が宰相をしているのを見ると、王女のコピーであるわたしもまあいっかって思えてきますねって話で」

「なるほど……ちょっと待って。魔物?」

 

 さらっと今凄いこと言わなかったか。その言葉にすぐさまラグクラフトへ視線を向けたシェフィは、言われてみれば確かに、と納得して頷いた。

 そのやり取りが小声で行われているはずもないので、当然ながらカズマ達にも聞こえるわけで。

 

「え? どういうこと? この国って魔物が政治牛耳ってるの?」

「だとすると、話が少し変わってくるのでは?」

「防衛費を打ち切る理由は、魔王軍を援護するため……?」

 

 キャル、コッコロ、ペコリーヌの表情が真剣なものに変わる。先程までの婚約者が推しだったことでテンパる王子とフォローする宰相から、魔王軍に操られているきな臭い国の中枢部へと。振れ幅がでかすぎる。

 

「……なあ、あの宰相、さっきからアイドルのことしか語ってないぞ」

 

 ともあれ。それを踏まえ再びあの交渉席を真剣に盗聴していたカズマは、それらをメモしつつ皆に伝えながら段々と表情がゲンナリしたものに変わっていった。なんとなしに聞いていた状態から真剣に聞き直したところで、向こうの内容が変わるはずもない。

 宰相ラグクラフトは、エルロードのアイドル大国の拡大を理由にベルゼルグへの出資を渋っている。

 

「というか、何か魔王軍の勢いが弱っている今がチャンスとか言ってるぞあいつ。なあ、あの宰相って別に魔王軍と関係ない魔物なんじゃないのか?」

「まあ、確かに。魔物の全部が全部魔王軍っていうわけでもないですからね」

「全然関係ない魔物って意外といるものね。アクセルには両方いるけど」

「となると、あの方は人の社会に溶け込んでおられる魔物なのでしょうか」

 

 発言を聞く限り、現状そう考えるのが妥当であろう。というか、後方腕組み敏腕プロデューサー面しながらカルミナ全国ツアーの展望やアイドルが生み出す力を力説する魔王軍所属の魔物は嫌だ。実際、チエルはうんうんと頷いているが残りのなかよし部とアイリスは若干引いている。

 どちらにせよ、ラグクラフトが魔王軍所属の魔物であろうが野良魔物であろうが、あの様子では交渉は上手くいくまい。アイリスが落ち込んでいるのを見てこの世の終わりのような顔をしているレヴィを尻目に、彼は話を締めに掛かろうとしていた。

 

「まあでも、これで進む方向は見えたな」

「どこがよ。何、あんたこの国のアイドル事業でも潰す気?」

「やばいですね……」

「主さま、流石にそれは少々問題かと」

「お前ら俺のことなんだと思ってんの?」

 

 そうじゃなくて、もっと穏便なやつだ。そう続けると、カズマは撤収の準備を始めた。もう向こうを覗き見する必要もない。こっちの方向で話を進めれば、アイリスの婚約話を無くしつつベルゼルグ王国に資金を流すことが出来るはずだ。

 そんな結論を出した彼は、まあとりあえずやってみようぜと口角を上げた。

 

 



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その196

アイドル群雄割拠


 アゾールドの屋敷へと戻ったカズマ達は、早速とばかりに彼に交渉を持ちかけた。アゾールドとプレシアは、その話を聞いてううむと少し考える仕草を取る。

 

「パパ。これ、どう思うの?」

「そうだな……。アイデアとしては悪くはない、王国に恩を売るという部分では申し分もないだろう」

「問題ありそう。だね」

「ああ。――カズマ君、その商売の勝機はどの程度あると見込んでいるのですかな?」

 

 視線を自身の娘からカズマに向ける。親と子の会話でしていた表情から、笑顔ではあるものの裏を見せないようなそれに瞬時に変わるあたり、やはり中々食えない人物なのだろう。そんな評価をカズマは持ったが、残りの、具体的にはペコリーヌはどう感じたか。

 

「百、とか威勢のいいことを言えればよかったんだけどな。現状は半々ってところかな」

 

 ともあれ。現状交渉の決定権は自分にある。余程ヘマをしない限りは仲間達は口を挟んでこないだろう。そう結論付け、カズマはアゾールドにそう返す。ハッタリの交渉、搦め手や卑怯な手段は得意な方であるが、流石に相手が悪い。リスクが大きすぎる上にリターンが割に合わないからだ。

 

「ほう。それでも半分はあると」

「まあな。ここエルロードはアイドル産業の国だ、その手の情報はどこよりも早いはずだろ?」

「確かに、アイドルフェスの第一回はこの地で行われました。この間のフェスの結果も、出場アイドルユニットも、しっかりと周知されておりますぞ」

「ちょっと待った! え? それって!?」

「ああ、お気にめされずとも、この国にとってアイドルは不可侵の存在。たとえ『そう』だと確信を持たれていても、向こうから正体を迫ってくることはありますまい」

「安心できるかぁ! バレてる可能性あるってことじゃないのよそれぇ!」

 

 余計なことに気付いたキャルが口を挟んできた。当人にとっては重要なことなのである意味仕方ないだろうが、アゾールドはそんな彼女を優しく諭す。ステージ衣装などのアイドルとして活動している状態ならばともかく、そうでない時であればたとえカルミナであろうともそこは不可侵。後方プロデューサー面宰相ラグクラフトの手腕もあり、この国がアイドル産業で発展した理由の一端が詰まっているのだ。

 その暗黙の了解を破るようなものがいたならば、場合によっては国が動く、と言われるほどである。

 

「思ったより規模がヤバいが、まあいいや。ともかく、じゃあここでアイドル活動をすれば割と簡単にファンを集められるんだよな?」

「ふむ。アイドルフェス上位の方々でしたら、容易いでしょうな」

「絶対嫌!」

 

 即答であった。カズマが何かを言う前に拒否られた。手で思い切りバツ印を作ったキャルは、そんなアイデア却下に決まってるでしょうが追加でカズマに食って掛かる。

 

「あんた自分でいいアイデアがあるって言ってそれなわけ!? というかそもそもそれのどこがいいアイデアなのよ! あたしがやるやらない以前に、エルロードのアイドル産業に真っ向から喧嘩売りに行ってんじゃないのよ!」

「まあ落ち着けって。そもそもお前は何か誤解してるぞ」

「何がよ。あたしたちにアイドルやらせようとしてるんじゃないの?」

 

 滅茶苦茶不満そうな顔で、ドスンとソファーに座り直す。ジト目のまま、キャルはカズマにそれだけを述べた。ここの部分が誤解でないのならばなんなのだ、と。

 それに対し、彼はやれやれと肩を竦めた。最後まで話を聞けって、と彼女を宥めにかかった。

 

「まず第一に、エルロードはアイドル産業が売りの国だ。カルミナが、じゃない」

「えっと、カズマ、それのどこが違うの?」

 

 ひょこ、とシェフィが口を挟む。カズマはそんな彼女を見て、まあドラゴンには少し難しかったかな、と頷いた。

 

「……申し訳ございません、主さま。わたくしも、いまいち理解が」

「いやまあこういうのはしょうがないよな。まあこれから説明する気だったし気にするな」

「見事な掌返しですね」

「やばいですね」

「うんうん頷いてるとこ悪いけど、そこの同じ顔コンビは分かってるわけ?」

 

 言外にキャルはカズマの言いたいことをある程度理解しているのだと述べながら、ぬいペコとペコリーヌに視線を向けた。これから言うことはまだ分かりませんけど、と彼女の視線を受けたペコリーヌは頬を掻く。

 

「カルミナ以外のアイドルも応援してくれる国、ってことですよね?」

 

 その言葉にぬいペコは頷き、聞こえていたカズマもそうそうと同意する。そうしながら、まあ補足するとだな、と指を立てた。

 

「別にここでアイドル活動をしても、文句は言われないわけだ」

「どっちにしろ喧嘩売ってるのには変わらないじゃないのよ」

「いやいや、キャル嬢、それは違いますぞ。先程も言ったように、ここエルロードにとってアイドルは宝。その中の至宝であろうカルミナの在り方を汚すようなことは許されない」

「何か言い方が怪しい宗教みたいなんだけど。具体的には非常に不本意だけどあたしに凄く近いとこのやつ」

「全然具体的じゃないし、素直にアクシズ教っていっとけばいいじゃねーか」

「うっさい」

「大丈夫。流石に、あそこまでじゃない。よ?」

「ぐふぅっ!」

「……?」

 

 フォローのつもりで言ったらしいプレシアのそれに、キャルは致死量ダメージを受けてのけぞり動かなくなる。どうしたのだろうかと首を傾げる彼女に、残りの面々は気にしないでいいと返した。

 

「まあいいや。とにかく、アゾールドのおっさん。ここでのアイドル活動は問題なくいけるんだよな」

「ええ」

「でもって、その儲けはあくまでアイドル達のもの。これも合ってるよな?」

「勿論。まあ、そのアイドル達がきちんと同意をしているのならば、それらを何か別の事業に使用することも問題ないでしょう」

 

 最初にカズマが軽く説明したことを、きちんと把握した上でアゾールドはそう述べる。笑顔のままそれを告げたので、カズマも分かってるじゃないかおっさんと同じように笑みを浮かべた。

 他の面々に視線を向ける。シェフィは狩り場の奪い合いじゃないことにハテナマークを浮かべていたので流し、コッコロは争いをするわけではないと理解して安堵していたのでカズマも胸を撫で下ろした。何はともあれ、コッコロが乗り気ではないと初手で躓く。心情的な意味で、である。

 

「ねえ、カズマ」

「何だ? 言っておくが、お前が反対しても俺は気にしないからな」

「少しは気にしなさいよ。じゃなくて、まあ、あんたのやりたいことは一応分かったんだけど」

 

 肝心のアイドルはどうするの? そう告げた彼女の言葉に、カズマはそれは勿論と口角を上げた。

 

「『プリンセスナイト』で」

「やってたまるかぁ!」

 

 

 

 

 

 

「そもそも! 第一第二王女を両方使ってそんなことしたら当初の目的台無しじゃない」

「確かに、アイリスは当然として、わたしも今回は一応ユースティアナ名義になっちゃってますしね」

 

 エルロードの王都突入時のアレである。それが無ければギリギリ冒険者ペコリーヌで押し通せたかもしれないが、その場合こうやってアゾールドと交渉出来ていたかも怪しくなるので一長一短だろう。

 ともあれ。それを聞いたカズマは、しかし食い下がることもせずまあそうなるよな、と息を吐いた。あんな態度をしておきながら、本人的にも割とダメ元だったらしい。

 

「今この場所でメンバーが揃ってるのがそれくらいだったから、一番手っ取り早かったんだけど」

「あの、主さま……アイリスさまの護衛についておられる『なかよし部』では、駄目なのでしょうか?」

「アレは駄目だろ」

「そうね。アレは駄目ね」

 

 手を上げてそう提案したコッコロにカズマとキャルが突然結託して駄目出しする。きゅ、と目を丸くしたコッコロに向かい、いやまあそう思うのも分からないでもないんだけどと彼は頬を掻いた。

 

「あの連中が俺の言う事聞くわけないんだよなぁ……」

「アイリスのため、じゃあ、駄目なの?」

「駄目でしょうね。ほら、あいつ、チエルがいるでしょ。本当にどうしようもないってわけでもない今の状況じゃあ、あれがカルミナの聖地でシェアを奪い合うなんて方法に協力するはずないわよ」

 

 向こうもここの流儀、というかカルミナすこすこ侍の矜持があるので妨害はしないだろうが、協力もしないであろう。それが分かっているので、カズマはあのやべーやつ三人組を選択肢から外していた。

 ちなみに、このことを提案することで違う案を出させて成功させるという方法も考えはしたものの、その場合の手柄はなかよし部に持っていかれるのでカズマは即座に却下している。

 

「そもそも、あの三人はブライドル王国の所属ですしね」

 

 ぬいペコの一言で、あ、と誰かが声を上げた。そういえばそうだった。非常にシンプルかつ致命的な問題があったのを失念していた。じゃあまず王女が他国に行く護衛として選出するなよと言われればその通りなのだが、そこら辺はベルゼルグ王国のアレさ加減とブライドル王国第一王女のアレさ加減の問題である。

 

「まあそういうわけだとして。……シェフィとコッコロはいるけど、『真紅眼の白妖精龍(レッドアイズ・フェアリー・ドラゴン)』で行くにはめぐみんのインパクトが必須だからなぁ。二人だとどうしてもパンチが弱い」

「他の人を入れるのでは駄目なの?」

「駄目だ。アイドルってのはイメージも重要なんだよ。アイドルフェスで優勝したユニットが突然メンバーを交代させて再登場、とかもう余計な憶測を呼んで炎上する未来しか見えん」

「炎上? 火炙りにでもされるのかしら?」

「……アイドルというのは恐ろしいのでございますね」

「いやあの、俺の故郷の例え話で実際に燃えるわけじゃないから。とりあえずそのイメージは捨てて」

 

 シェフィとコッコロの中で盛大な誤解が生じているのを訂正しつつ、まあとりあえずメンバー変更はなしの方向でと話を締めた。そうした後、カズマはそこで動きを止める。

 あれだけ自信満々に交渉していた割に、アイドルユニットの当てがいない。

 

「話は終了ですかな」

「待て待て。まだ手段はある。新しいユニットを作ればいいだけだ」

「ほう。それで、そのユニットの人員はどのような?」

 

 あくまで笑みを消さず、その眼光だけが鋭くなる。ここが勝負所、ということなのだろう。カズマもそれを理解したが、だからといってすぐさま答えが出てくるはずもなし。というかすぐ出てくるならこの流れになっていない。

 ふむ。とアゾールドは顎を擦る。視線の鋭さは変えず、笑みも湛えたまま。彼はゆっくりと口を開いた。

 

「パパ」

 

 その直前、プレシアがそこに口を挟んだ。どうした、とアゾールドは彼女に視線を向ける。父親とは違いどことなくぽやぽやしているような少女ではあるが、しかしその瞳はしっかりと意思を見せていて。

 

「そのやりかたじゃ、かせぐの遅くなりそう」

「ああ。その通りだな。今回の交渉は既に知名度があるアイドルユニットに投資をする、という前提の話だ。一から新たなアイドルを売り出すには時間も費用も足らない」

「うん。詰んでる。よね?」

 

 視線を父親からカズマに向ける。ぽやぽやの瞳は真っ直ぐに彼を見詰めており、今の話を聞いてどういう答えを出すのかと問い掛けているようにも見えた。アゾールドは何も言わない。というよりも、言う必要がない。伝えようとしたことは今の会話で十分だったからだ。

 

「どうすんのよ、カズマ」

「これはちょっとやばいかもですね」

 

 打つ手なし。そう判断したのか、キャルもペコリーヌも大分弱気な反応である。コッコロはその手の言葉は口には出さずカズマを応援するだけであったが、しかしだからといって彼女自身にアイデアがあるわけでもなし。

 

「……いや、発想を変えよう。もともと知名度のある誰かをアイドルに仕立て上げれば、今言った問題は解決できるんじゃないか」

「だれ?」

「カードゲームの大会で戦ったあいつら、アカリとヨリなら」

「ふむ。確かにエルロードではそこそこ知名度のある人物ですな。それで? その二人をどうやってアイドルに仕立て上げるつもりですかな?」

「たぶん、失敗する。と思う」

 

 アカリはともかく、ヨリにそういうことをさせるのはまず不可能だと思った方がいい。プレシアの話とあの時の態度や性格を思い返し、それが間違っていないこともほぼ確定である。

 だったら最後の手段とばかりに、カズマはそれを口にしようとした。眼の前のぽやぽや美少女、プレシアをアイドルに仕立て上げる、という案を。

 

「その場合、勿論稼いだ報酬は一エリスたりともそちらにお渡しすることはないと承知の上でしょうな? 譲歩しても、スタッフとしての労働報酬を払うくらいになりますぞ」

「わたしは、パパのおみせの従業員だから」

 

 商売の交渉を持ちかけて、その内容がアイドルの売り出し、そしてそのアイドルは交渉相手の娘。これでカズマ達が稼げる方がおかしい。至極もっともな意見であり、ここから目の前の相手を口八丁で騙くらかすには、いかんせんカズマは人生経験が足りない。脳筋国家の適当貴族や冒険者とは違うのだ。

 

「それはどうかな? 俺のプロデュース力なら、間違いなく大金が稼げる。想定の倍以上になれば、その分こちらにも回せるだろ?」

 

 それでもカズマは諦めない。動揺など微塵もしていないように、不敵に笑ってアゾールドへとそう返した。確かに彼にはその手の人生経験は足りないが、その代わりに日本での知識がある。これらと己の口の上手さを合わせれば、まだ勝機が。

 

「――以上が、エルロードで行われているカルミナのプロデュースですが、これを超えるアイデアというものがあれば是非教えていただきましょう。信用させる証拠ですので、一つで結構ですし、勿論対価も支払いますぞ」

「……」

 

 大体彼の知っているアイドルプロデュースはほぼほぼカルミナが通っていた。そもそも女神祭りのアクセルハーツのライブで観客がサイリウム振っていたりライブ後にファンミーティングしたりしている時点で予想して然るべきである。

 

「待て待て待て。俺はプロデュース力だって言っただろ? アイデアは既存のものでも、それを活かす力が必要。その点この俺カズマさんはアイドルフェスで一組のユニットを優勝に導いた経験がある。任せられるだけのものはあるはずだ」

「ソロアイドルの売り出しのご経験は?」

「……」

「諦めなさいって」

 

 いい線は行っておりましたぞ、とアゾールドは笑う。タオルを投げられたような形となった言葉を述べたキャルをぐぬぬと睨んでいたカズマであったが、まあ実際その通りではあったので引き下がった。いいアイデアだと思ったんだけどな、とぼやきながら、仕方がないので別のプランでも、と思考を回転させる。

 そんな彼に、ならばこういうのはどうでしょうかとアゾールドが声を掛けた。商会に届いていた依頼の一つだと、彼は一枚の書類を机に置く。

 

「プロデュース力には自信があるのでしたな。ここでその力を存分に振るってもらえれば、望む結果を出せるのでは?」

「ん? 何よそれ」

「えっと……『アクセルハーツ、臨時スタッフ募集』?」

「ええ。なんでも、全国ツアー中にエルロードのスタッフが怪我で担当できなくなったそうで」

「怪我、でございますか」

「うん。トロールにおそわれたんだって」

 

 そんな事情もあり、何かしらのトラブルにも強い人員を探しているらしい。そう説明をしたアゾールドは、返事を聞くべくカズマに視線を戻す。正直思い切り誘導された感は否めない。が、この提案をわざわざ突っぱねる理由もないわけで。

 

「ある意味丁度いいか。よし、アクセルハーツに協力してもらって、この国のシェアを一部ベルゼルグ王国に向けさせるぞ」

「……これ、やっぱり縄張りを奪うんじゃ」

 

 カズマの宣言を聞いたシェフィは、んん? と首を傾げる。気にしたら負けですよ、と肩のぬいペコがそんな彼女の頭をペシペシと叩いていた。

 

 



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その197

現状三部ネタは殆ど使わない方向で


 渡された紙に記された場所は、思っていた以上にきちんとしたスタジオと併設されたホテルであった。アイドル事業の国だけあってその辺りのサポートは完備されているらしい。

 

「その割にはトロールに襲われてスタッフ不足って、何か変な話じゃない?」

「そう言われてみれば、そうですね。他に事情でもあるんでしょうか」

「まあどっちでもいいさ。このチャンスを逃さず向こうに取り入って資金稼げれば」

「相手の住処に潜り込んで食い荒らすのね」

「シェフィさま、それは少し違うのではないかと」

 

 そんな思い思いのことを話しながら、スタジオにいたスタッフに声を掛ける。最初は怪訝な表情をしていたが、そこに気が付いた他のスタッフがやってくることで事なきを得た。どうやらアイドルフェスのことを知っている組と女神祭に関わっていた組、そしてそれ以降で割と分散しているらしい。

 

「新規スタッフ多くないか?」

 

 案内されている途中にそんなことを尋ねると、古参スタッフは苦笑しながら頭を掻いた。それがな、と少し疲れたように口を開いた。

 なんでも、ここ最近ツアー中に妙なトロールの襲撃が頻発しているらしく、付き合いの長い古参スタッフは道中でのそれに巻き込まれて負傷し療養しているのだとか。入る前にも考えていたそれが、どうやら思ったよりも深刻らしい、とカズマは表情を苦いものに変える。

 

「思ったよりめんどくさそうな状況だな」

「っていっても、所詮トロールでしょ? 魔王軍幹部とやりあった一流冒険者のあたしたちにかかれば楽勝よ」

 

 ふふん、とキャルがそんなにない胸を張る。彼女のそれを聞きながら、まあ確かに俺達は一流冒険者だけど、とカズマは少しだけキメ顔をしながら視線を巡らせた。

 

「一流っていうのは、状況の見極めも大事なんだぞ。……まあ、俺がいるからその辺の心配は無用だけどな」

「言うじゃない、カズマ」

「まあな」

「……ねえ、マ――ッコロさん、ペコリーヌさん。あの二人は何をやってるの?」

「凄腕の冒険者であることを主張しておられるようですが……交渉術の一つなのではないでしょうか」

「えっと、まあ、確かにそうかもしれませんね」

「そうだったのね。ただの自慢話だと思ってたわ」

 

 うんうん、とシェフィが納得したように頷く。そんな彼女を見ながら、ペコリーヌはあはは、と頬を掻いていた。今同意したのは嘘ではないし、そうやって実力者アピールすることでこちらの要望を通しやすくするというのも間違ってはいないだろう。ただ、相手はアクセルハーツ、ぶっちゃけて言えば顔見知りでこちらの実力など先刻承知。そんなアピールしなくとも、普通に交渉すれば事足りる。全滅はしていないものの、古参スタッフが欠員しているのでそういう意味では多少効果はあるかもしれないが、それでも。

 

「ただの自慢話ですよね」

「……やばいですね」

 

 バックの中のぬいペコのツッコミを、ペコリーヌは聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 勿論、といっていいのかどうは置いておいて。アクセルハーツの面々はカズマ達の協力を快く承知した。不足している人員の仕事以外にも、冒険者としての仕事がこなせるというのも要因としては大きい。

 が、いかんせんもう一つの方の交渉はイマイチであった。

 

「エルロードでシェアを広げるから、マージンを王国に回して欲しい、か」

「アタシとしては可愛さを世界に広められるなら全然オッケーだけど」

「駄目だよエーリカちゃん。この件は簡単に受けちゃ」

「いや、流石に分かってるわよ。で? カズマ、なんでいきなりそんな話になってるの?」

 

 主目的を伝えると、まずリアが渋い顔をした。次いでシエロ、エーリカは他の二人よりは前向きではあったものの、それでも首を縦には振らない。いくら顔見知りで、アクセル変人窟の同類とはいえ、いきなりそれだけではいそうですかとなるわけがないのだ。

 そんなことは先刻承知である。むしろそれを狙って、カズマはいきなり本題から入った。向こうがこちらをある程度信用しているという前提を踏まえ、理由を聞いてくれるように誘導したのだ。

 となれば後は、話せる分の王国の事情を、それっぽく、それでいて嘘ではない程度に脚色して語って聞かせるだけである。ご丁寧に人払いをして、極秘であるという強調も行った。

 

「こういう狡っ辛いやり方は得意よねぇ、あいつ」

「とはいえ、行動そのものは誠実に事情をお話ししているだけですので、問題はないかと」

「いやまあ、そうなんだけど。なんだろう、詐欺を見てる気分だわ」

「あはは」

 

 ほんのちょっぴり同じことを思ったペコリーヌは笑って誤魔化した。そうしつつも、自身の母親や、クリスティーナの暴れる下準備のやり口などを見る限り、そうした手腕は場合によってはむしろ称賛されるべきことだというのも理解はしている。実際、自身もアクセルの元領主を投獄した際にキャルを無関係へと仕立て上げた時は彼女達を参考にしていたくらいだ。

 

「獲物を狩る時の騙し討ちは当たり前でしょう?」

 

 ちなみにこれがドラゴンの意見である。まあ自身は真正面から狩れるが、と無駄な注釈も付けた。鞄の中のぬいペコが、やばいですね、と短く纏めた。

 ともあれ。カズマの語った、第二王女の自身を差し出すかのようなお涙頂戴悲恋でロミジュリ的な何かっぽい今回の話を聞いたリアとエーリカは、そういうことなら協力するのもやぶさかではないと頷いてくれた。シエロだけは、貴族の婚約はある程度そういう部分もあるから、と同情はしつつも決め手にならないようであったが。

 

「あれ? シエロってそういうのに理解ある方なの?」

「えっと、まあ……ボク、エルロードの貴族なので」

「は? 何で貴族が――いや、よくよく考えたら貴族ってそういうもんか」

「違いますよ? 誰を想像しているかなんとなく分かりますけど、違いますよ?」

 

 一瞬だけ驚いたが即座に納得するカズマにペコリーヌが反論する。が、いかんせんそういう貴族の頂点みたいな第一王女が言っても説得力は皆無であった。実際、キャルは思い切りそれをツッコミ入れている。

 まあそこは現状特に問題ではない。話を戻しながら、カズマはシエロにならば反対なのかと問い掛けた。問われた方は問われた方で、そういうことに一応理解があるだけだと苦笑する。そもそもそういう貴族のしきたりは苦手だ、とついでに続けた。

 

「そうでなきゃ、こうやってアタシたちとアイドルやってないわよね」

「そこは少し違うんじゃ……いや、そうでもないか」

 

 エーリカとリアが同意する。そんな二人に視線を向けると、シエロはそういうわけだから、とカズマに答えを返した。反対することもないから、二人が賛成なら問題ない、と述べた。

 

「でも、話を聞く限り、問題なのはレヴィ王子じゃなくてラグクラフト宰相の方なんですよね?」

「正確には、どっちもだ。宰相はアイドルに全振りで援助を打ち切ろうとしてるし、王子は援助や同盟を繋げてアイリスと婚約したがってる」

「説得の方向が正反対じゃない」

 

 エーリカのその言葉に、だから違う方法を選んでいるのだとカズマは返した。そしてその方法というのは。

 アゾールドとの会話でアイドル活動のめぼしい部分は既存のものだと分かっているので、日本での知識でお手軽無双は出来ない。なので、全く新しいものを独自に編み出すか、あるいは応用で隙間を狙うかになる。

 

「それで、結局どうするのよ。どうにかするアイデアは出来たの? あのおっさんにだいぶダメ出し食らってたけど」

「……まあな。一応確認するけど」

 

 キャルにそう返すと、彼はアクセルハーツに向き直る。応用の隙間、あの後絞り出して思い付いたそれを、彼女達に尋ねた。これは既にやっていることなのか、と。

 カズマのそれを、エーリカもリアもシエロも、首を横に振ることで答えにした。それそのものはまだやられていない、と。

 

「よし、なら行けるな」

「でも、カズマくん。それって費用凄くかかりませんか?」

「初期投資は確かにあるかもしれないが、多分合計は安く済むはずだ」

「ほんとかしら」

「いや、確かにカズマの言う通りだ。私たちのツアーの移動や護衛の費用を考えると、多分費用は抑えられるはず」

 

 ペコリーヌの疑問、キャルのジト目。それらを解消するような答えを返し、じゃあこれで行けるな、とカズマはアクセルハーツの三人に許可を取る。こちらはオーケーだから、後はスタッフだ、という返事も無事もらい、一行は人払いしていたスタッフを呼び戻した。

 そうして、もう一度先程の説明を、今度は新しいアイドル活動の事業として説明する。

 

「エルロードの他の街に映像投影用の魔導具モニターを設置して、ライブの様子を生中継する」

 

 エルロードがアイドル大国だとしても、他の国よりは活動しやすいとしても。それでも、ツアーで行ける場所は限られる。カルミナは人気と実力で無理矢理押し通る事が可能かもしれないが、アクセルハーツは一歩及ばない。この一歩が向こうとの致命的な差となっている。

 それを解消する手段として提案されたのが、出来るだけ多くの街にライブ中継用のモニターを設置し、遠距離から参加してもらうという方式だ。

 

「ファンの中には、ツアーで立ち寄る街に行く余裕がない人だっているはずだ。そういうファン用に、ライブを中継する。勿論見るためにはチケットを必要とさせるし、そこでグッズの物販も行うつもりだ」

 

 そうすることで、旅費や護衛費などを用意出来ないファンもチケット代だけでライブに参加出来、心理的余裕が生まれればグッズも買う可能性が高くなる。ツアーの街に向かえる余裕がある、あるいはその街に住んでいるファンも、別の場所のライブにもお手軽に参加出来るようになる。場合によっては移動費をグッズなどに回してライブ中継に切り替えることもあるかもしれない。

 

「ファンの移動費は本来だったらこちらの儲けにはならないが、それをグッズなどに使ってくれるならば、その分稼げるはずだ」

 

 そこで一度言葉を止め、カズマはスタッフを見る。納得している者もいれば、悩んでいる者もいた。そしてその悩みというのは、カズマもある程度想定済みのもので。

 例えば、ライブ中継で満足して本来の方にファンが来ない可能性があるのではないか、というものは。移動費をグッズに回す可能性はあれど、握手会などは本人のいる場所でしか出来ないので、それを望んでいるファンは必ず来る。アクセルハーツはそれだけの人気があるのだから、と言われれば支えているスタッフはそんなことないなどと言えるはずもない。

 例えば、ライブ中継といっても所詮映像、録画を劇場で流すのと大差ないのではないか、という懸念については。

 

「何言ってるんだ? 向こうの観客の様子もこちらに中継するんだよ」

 

 これからのライブは、目の前と中継先で数倍のファンを見ながらすることになる。まあアクセルハーツはそれだけの人気と実力があるから問題ないだろう。そう言われてしまえば、スタッフも違うとは言えないわけで。

 丸め込まれたスタッフは、じゃあやってみようか、とカズマのアイデアを採用してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「成程。考えましたな」

 

 場所は変わって再びアゾールドの商会。エルロードの街に中継用の魔導具モニターを設置する、という仕事に丁度いいのは彼だ。不利益にならないならば協力する、という約束も最初に取り付けているので、今回の話は断る理由がないはず。

 そういうわけでカズマはアゾールドにそれを持ちかけ、聞いた彼はどこか楽しそうにはははと笑った。

 

「まさかあの状況から即座にこう切り返すとは。ワタクシはあなたを少々見くびっていたようですな」

「まあな。やられっぱなしで終わるカズマさんじゃないんだよ」

「とはいえ。これはアクセルハーツがいてこそ、という部分も大きい。そしてそのチャンスを与えたのは」

 

 笑みを浮かべながらアゾールドはカズマを見る。その視線を受けながら、彼は彼で元々の人脈の力の方が大きいけどなと譲らない。

 

「ひきわけ?」

「プレシア、そこは父の肩を持つ場面だろうに」

「パパのいいぶんも、カズマさんのいいぶんも、どっちも正しい。から」

「きちんと判断していると褒めるべきか、父親の味方をしてくれないと嘆くべきか……」

 

 先程の表情とはうってかわって、どことなく落ち込んだ顔になったアゾールドは、一度だけ盛大な溜息を零す。そうして一度視線を落とし、再度顔を上げた時には表情を戻していた。やっぱりこのおっさんやりにくい、とカズマはそんな彼を見て内心で毒づく。

 

「さて。話を戻しましょう。そちらの望む品物を用意するのは可能ですが、流石に今すぐ、というわけには行きませんぞ」

「早ければ早いほうがいい。アクセルハーツの王都のライブに間に合わせたいからな」

「となると――そうだな、プレシア、値段を出してみなさい」

「ん。……えっと、とっかん費用をふくめて、このくらい」

 

 机の書類にさらさらと料金の内訳が書かれていく。どん、どん、どんと積まれていくそれに、カズマは思わずふざけんなと顔を顰めた。これでは自分の取り分が殆どない。

 

「こっちも、もうけなきゃいけない。し」

「だとしてもぼり過ぎだろ。こことかどうなってんだよ」

「人件費はエルロードでは一番かさむものですからな。アイドル事業にもっていかれて、それ以外の人気が低いのです」

「……これもある意味アイドル事業なんだから、その方向で募集かければいけるんじゃないのか?」

「おー。じゃあ、ここはこうなる。かも」

「あ、おいプレシア」

「はっ、残念だったなおっさん」

 

 素直にそこを訂正してくれる彼女を見て、カズマは勝ち誇った笑みを浮かべる。はぁ、と小さく溜息を吐いたアゾールドは、まあこの辺りが元々の落とし所だろうと心中で呟いた。先程プレシアが言っていた通り、こちらも儲ける必要がある。そしてその訂正案でも、成功すれば十分儲けは出る。

 

「この予算で人が雇えたのならば、という条件が付きますが、よろしいかな?」

「ああ。それでいいや」

 

 交渉成立、と書類に署名をする。それを手に取ると、では手配をしましょうと彼は席を立った。早ければ早い方がいい、というカズマの要望を可能な限り叶えてくれるらしいその動きは、何だかんだ人の良さがうかがえる。

 ふう、と商談を終えたカズマは椅子に体を預け息を吐く。おつかれさま、とそんな彼を見てプレシアは労いの言葉を述べた。ちなみに父と一緒に追い詰めてきたのも彼女である。

 

「カズマくーん、どうでした?」

「おー。まあ何とかなったかな」

 

 アゾールドが店舗に行ったのが見えたのだろう。別の部屋にいたペコリーヌがひょこりと顔を出した。ひらひらと手を振って返事をしながら、こちらにてててとやってくる彼女に視線を向ける。

 

「いざとなったらわたしもお金出しますよ」

「それやったら俺が王妃に認められないだろうが」

「ユースティアナの資金じゃなくて、ペコリーヌのお金でもですか?」

「逆に聞くけど、それであの人納得するのか?」

「……あはは」

 

 無理そう、とペコリーヌは結論付けた。武力の値を何割か謀略に寄せたクリスティーナみたいなところがある自身の母親を、そんな詭弁でどうにか出来たら苦労しない。苦笑で誤魔化しつつも、ならそれ以外の部分では手伝いますよ、と彼女は拳をぐっと握った。脇を引き締めたので、ぐいむにゅ、と強調された。

 

「じー」

「俺はやましいことはしていない」

「……カズマさんと、ペコ姉は、こいびと。だっけ?」

「おう」

「はっきり言われると照れちゃいますね」

 

 えっへへ、と頬を掻くペコリーヌを見ながら、プレシアはううむと顎に手を当てる。そうなると、と視線を彼女からカズマに向けた。

 

「呼び方、お兄、のほうがいい?」

「え? 俺いつの間に妹フラグ立てた?」

「ふらぐ? ペコ姉のこいびとなら、お兄かなって思った。だけ」

 

 意味分からん。とプレシアの説明を聞いて怪訝な表情を浮かべる。というかそもそも何でペコ姉呼びなんだ、というところからの疑問も出てくる。

 そんなことを二人に尋ねると、ご飯を食べていたら絆が出来ました、という非常にどうしようもない答えが返ってきた。

 

「あと、プレシアちゃんと話してると、アイリスをなんとなく思い出しちゃって」

「……そうか?」

 

 言われてみれば。一瞬そう思ったものの、いやでも違うだろ、とカズマはそれを振って散らす。そうしながら、とりあえずアゾールドのおっさんに殺されたくない、と彼はプレシアの提案を一旦却下した。

 

 




某アクシズ教新最高司教「私とラビリスタがこの間やったやつよね。使用料取ろうかしら」


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その198

 エルロード王都から遠く離れたとある場所。山奥には不釣り合いなその立派な城の中で、二人の人影が何やら話をしていた。眼前には机と、そこに置かれたアイドルグッズ。

 

「成程。それは中々に画期的だ。しかし」

 

 紳士風の格好と佇まいをした男が、身なりと恰幅のいい男に向かって声を掛ける。それを受け、恰幅のいい男はダニエル様、と紳士風の男の名を呼んだ。何か問題があったのでしょうかという疑問に、ダニエルは顎髭を軽く撫でる。

 

「単純な話ですよチャーリー。これではアクセルハーツに触れることが出来ない」

「おお、成程」

 

 当たり前だが元々である。ライブビューイングであろうと、目の前のステージで踊っていようと、然るべき場所で然るべき手続きを踏まない限りアイドルには触れられない。が、ダニエルはそれが当たり前だとばかりに述べ、チャーリーも流石ですと頷いていた。

 視線を机の上のアイドルグッズに向ける。大きな問題は残っているものの、アイドル活動としては新たな風を吹かせてくれるに違いない、とダニエルは述べた。これまでと比べて手軽にライブを見てグッズを購入できる。恩恵を受けるファンは沢山いるだろう。

 

「ですが。私にはそこまで関係がない。いえ、むしろマイナス面が多い」

「そうなんですか?」

「移動は自前で簡単にできる。ツアー全てを回ることも容易。グッズはチャーリーが確保してくれる。そんな私にとって、これはただ単に生で見られる機会が少なくなるだけ」

「な、なるほど……?」

 

 顔を手で覆い天を仰ぐ彼を見ながら、チャーリーは微妙に引っかかりを覚えつつ同意する。そうしながら、ではどうしましょうかと問い掛けた。もしこれがこれからの主流となる場合、自分達の目的に支障が出る可能性があるのかもしれない。主であるダニエルの様子から、チャーリーはそう考えたのだ。

 

「とりあえずは様子を見つつ、これからはエルロードの王都に向かうとしましょう」

「王都に、ですか?」

「アクセルハーツは恐らくツアー中の移動を少なくするはず。王都に向かえば確実でしょうからね」

「流石はダニエル様です」

 

 では行きますよ。帽子を被り、踵を返して部屋を出る。そんな彼を追い掛けるように、チャーリーも慌てて部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 ううむ、と書類を睨みながらカズマが唸る。そんな彼の後ろで、どうしたんですかとペコリーヌが声を掛けた。

 

「ん? ああ、これだよこれ」

「これ、って……今回のアクセルハーツの売り上げですか?」

「そうそう。アゾールドのおっさんとプレシアに大分融通きかせてもらいはしたけど、思ったよりは儲かってない」

 

 まあ仕方ないけどな。そう言ってカズマは書類から顔を上げる。初期投資をしてすぐに儲けが出るようなアイデアではなく、長期的に、これまでより少ない労力で売上を増やす方法である以上、現状は受け入れるしかない。

 受け入れるしかない、のではあるが。これの目的はベルゼルグがエルロードの援助を必要としないだけの資金を集めることである。それも、王女の婚約話を潰しつつというおまけ付き。ついでにアイリス達にはバレないように。

 

「正直、もうバレちゃってる気もしますけどね」

「……まあ、いきなりエルロードでアクセルハーツが新しい活動を始めりゃ気にはするだろうしな」

 

 特にアイリスサイドにはカルミナすこすこ侍がいる。こういう時のアンテナは人一倍だろう。もしこれがカルミナを下げる方向であったならば即断即決で攻め込んできていたに違いない。

 まあ向こうは向こうで動いているのならば、現状自分達はその心配をする必要がないと結論付けていいだろう。条件のうち、最後の一つと最初の一つはこのまま進めればいい。

 

「問題は、二つ目なんだよなぁ」

 

 向こうはこちらを気にしない、それならばいい。が、こちらは向こうを気にしなくてはいけないのだ。

 

「なあペコリーヌ。アイリスの交渉は進んでんのか?」

「え~っと。軽く調べた限りでは、あんまり進展はないみたいですね」

 

 アクセルハーツの方に集中していたカズマは、その辺りの調査はほぼノータッチだ。欲を言えば両方を担当し全てを把握していたかったが、無理をしてどちらも中途半端になったり両方失敗するよりはよほどいい。

 一つ不安があるとすれば、アイリスの動向を調査していた面々である。

 

「あいつら、本当に大丈夫だったのか?」

「あはは。心配いらないですよ、シェフィちゃんもぬいペコも、ああ見えてしっかりしてるんですから」

「……そうか? いやまあ、性格がまとも寄りなのはそうなんだけど」

 

 思考が野生の世間知らずホワイトドラゴンと肉食系女子型人形をしっかりしていると評するのはいささか過大ではないか。そうは思ったが、比較対象であるアクセルの人間共が狂人過ぎたので相対的に頷くしかなかった。まあコッコロもいるし大丈夫か、とカズマも納得の方向に舵を切った。

 

「ナチュラルにあたしをはぶくなっ。ぶっ殺すわよ」

「いやだってお前は何か肝心なところでポカしそうだし」

「そこの腹ペコポン姫と一緒にすんなってのよ」

「酷くないです!? わたしだってそこまではしてませんよ。……多分」

 

 言われてみればそうかもしれない、とペコリーヌの表情が若干曇る。が、カズマとキャルはそんな彼女をていと指で小突いた。多分お前のその心当たりは違うやつだ、と。

 二人の言うそれは魔物を食わせたり魔物を食ったりそれに付随するあれそれのことであり、ペコリーヌの頭によぎった自身の自己肯定感の低さから来る重めのあれそれは全く考慮していない。

 

「まあそれはそれとしてたまに食欲全振りで行動するのはやめて欲しいけどな」

「ちょっと無理ですね」

「即答しやがったわねこいつ」

「キャルちゃん、カズマくん。美味しいものを前にして我慢するのは失礼なんですよ、常識です」

 

 迷いのないドヤ顔でそう告げられると、もうどうしようもないな、と二人の表情に諦めが浮かぶ。まあいいや、とカズマもキャルもこれは置いておいてのジェスチャーをすると、話を戻そうと頷いた。

 

「まあそもそもキャルがいきなり割り込んできたのが原因なんだよな」

「はぁ? あんたがあたしのこと役立たず扱いしてるからでしょうが」

「ほーう? そういうからには、調査もきちんと余すことなく出来てるんだろうな?」

「……あったりまえでしょ」

 

 微妙な間があったが、どうやら彼女の意地が勝ったらしい。ふん、と横のペコリーヌと比べるとあまりにもささやかな胸を張りながら、キャルは指を一本立てる。

 そうしながら、まず軽く調べた限りでは特に進展はないようだった、と述べた。

 

「それさっきペコリーヌから聞いたぞ」

「え? じゃあ何を聞きたいのよ」

「きちんとした調査それで終わりかよ! 本気で役立たずじゃねーか」

「そんなわけないでしょ!? あたしはただ、ほら、あんたがそんな細かいところまで気にするとは思えなかったから」

「はいギルティ」

「なんでよぉー!」

 

 うがぁ、と叫ぶキャルを無視して、カズマはペコリーヌへと向き直った。ちゃんとした話が聞きたいから、コッコロとぬいペコ、ついでにシェフィを呼んできて欲しい、と。

 

「コロ助は分かるし、まあぬいペコも分からないでもないけど、シェフィ以下は認められないわよ! あいつ性格はともかく思考は野生のドラゴンじゃない! いくらなんでも流石にあたしのほうが説明出来るんだから!」

 

 

 

 

 

 

 聞き流したものの、カズマも本当にシェフィの方がキャルよりもきちんとした説明が出来るとは思っていない。ただ、全員から話を聞こうと思っただけだ。決して本人には言わないが。

 そんなわけで、エルロードの拠点となっているアゾールド商会の一室で、カズマ達は各々の成果と情報を改めてすり合わせていた。

 

「アイドル大国というだけあって、エルロードでのアクセルハーツの活動の売り上げは、このままいけばかなりのものになるはずだ。支援を打ち切られても問題ないくらいにはなるし、逆に防衛を盾にして強気にも出れる」

 

 これが通れば、少なくとも婚約話は潰せる。先程ペコリーヌとも話していたそれを他の面々にも説明し、そちらの進捗はどうなのかという問い掛けをした。向こうはあまり進展がないようだ、という部分は聞いたので、それ以外、あるいは細かい説明をだ。

 

「かしこまりました。では主さま、何からお話しいたしましょう」

「そうだな、まずは」

「ちょっとカズマ。コロ助も言ってることあたしと変わんないでしょ。何で反応違うのよ」

「説明いるの?」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 ぎゃーぎゃー再び。直角に脱線したそれを、いつものことだと皆が流していた。コッコロすらである。ある程度のタイミングで、そろそろ話を続けましょうと何事もなかったかのように進める始末だ。

 

「そういうわけですので。キャルさま、お願いできますでしょうか?」

「うぇ!? あたし?」

「はい。状況の理解はわたくしよりもキャルさまのほうがお詳しいかと」

「そ、そうかしら? そういうことならしょうがないわね」

「上手く乗せられてないかしら、あれ」

「ノーコメントで」

 

 シェフィとぬいペコの呟きは幸か不幸か当の本人には聞こえていなかったらしい。聞こえていたペコリーヌは苦笑するだけで耐えた。

 

「それで、他のことや詳しい説明、だっけ?」

 

 そういう前置きで話し始めたキャル曰く。基本的にアイリスは支援金等現状を維持した状態を望んでいるようで、向こうとはその方向で交渉を続けている。婚約をしたいわけではないが、それが一番確実かつ強固な結び付きになるという判断のもとでの行動らしい。一方、エルロード側は宰相ラグクラフトが後方腕組みプロデューサー面を崩さないためいつまで経っても平行線のままであるのだとか。

 

「そんなわけでなんだけど。ほら、最初覗いた時あんたも見たでしょ。エルロードの第一王子、あれがアイリス様にご執心みたいで、話がこじれてるみたいなのよね」

 

 エルロードは元々カジノ大国。派手できらびやかに見えるだけのハリボテ大赤字のそんな国をアイドル事業で立て直した宰相は、名実共に国の舵取り役と言っても過言ではない存在になっている。そのため、第一王子であるレヴィの発言力は彼よりも低い。とはいえ、ならば自国の王子をないがしろにしていいかといえば、そういうわけにもいかず。

 

「まあ言っちゃえば三すくみって感じね。全員折れる気配がないから進まないっていうおまけ付き」

「こっちとしては願ったりだな」

 

 交渉決裂と宰相は会談を打ち切れないので、その分他に回す時間が減る。こちらに対抗して何かされるという心配がないなら、余裕も出てくるほどだ。

 そんなことを話している中、でも、とペコリーヌが少し考え込むような仕草を取った。確かにその通りで、順調であり、それは彼女自身も認めるところではあるが、しかし。

 

「アイリスたちがこのままずっと、ってこともないと思うんです」

「お姉ちゃんパワーからくる予想ってやつか」

「そういう禍々しいやつとはちょっと違うんですけど」

 

 姉としての勘といえば、確かにそうかもしれない。そう続け、ちらりと視線をカズマに向けた。順調だと述べた彼であるが、彼女からすれば、本当に心の底からそう思っているようには見えず。

 

「カズマくんも、そう思ってますよね?」

「……まあ、そりゃなぁ」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら、視線を他の面々にも向ける。そう簡単に行くような相手ならば、自分達はここまで苦労していない。キャルも、コッコロも、シェフィやぬいペコも。その辺りの意見は一致している。

 アイリスが、ではなく。アイリスも、である。

 

「リオノールちゃん絡みの人たちというのも、理由といえばそうかもしれませんね」

 

 ブライドル王国とベルゼルグ王国のはた迷惑なタッグのやべー集団、なかよし部。こいつらが普通に予想できる動きをするはずがない。

 予想通りの動きをする知り合いの方が少ない、とは言ってはいけない。カズマは考えないようにしているからだ。

 

「よし、話のすり合わせもある程度したし、行動に移るか」

「アイリスさまたちの調査に向かうのですね」

 

 コッコロのそれに、カズマはちょっと違う、と首を横に振った。変にあちらに近付くと、スルーされている、あるいはしている状況から向こうの動きが変化する可能性があると告げ、だから直接的には動きたくないと口にした。

 なので、調査するのは。

 

「ねえカズマ。一応聞くけど、ひょっとしてまた城に侵入する気?」

「今更何言ってんだよ。お前らだってそうやって情報集めたんだろ?」

「城の中にまでは行ってないわよ。あんた無しで出来る気もしなかったし」

 

 やってきた王城の城壁付近で、キャルはそんなことをカズマに尋ねた。対するカズマは彼女に逆に尋ね返したが、返ってきた言葉はそんなもので。城の周囲や街の聞き込み等、あまり危ない橋を渡らない方法で集めたらしい。まあそれもそうか、とキャルの言葉にカズマも納得し、ついでに彼女が言ったようにこの面子で隠密行動とか無理があるよなと頷いた。

 それはそれとして。アイリスに勘付かれないようにより深く内情を探るにはやはりこの方法が手っ取り早い。そう結論付けた彼は、なら自分ともう一人くらいにしておくかと提案した。

 

「ペコリーヌさんの力で城に入れてもらうのは駄目なの?」

 

 はい、と手を上げてシェフィが述べる。前回はともかく、今回は別にアイリスの会談に割り込むでもなし、何かしらの理由をつけてユースティアナが王城にやってきたでも通らないこともない気はする。彼女のそれに、カズマはまあそれも考えてはいたんだが、と頭を掻いた。

 

「それにしなかった理由は何個かある。そのうち一つはアイリスにバレやすくなることだ。向こうに確定されるとめんどくさい。もう一つは、王妃様にダメ出しされにくくするためだ。ほいほいとペコリーヌの権力を使った場合、向こうの試練に合格しないかもしれないから、出来るだけ使わない方向でいきたい」

 

 色々と脱線している感はあるが、カズマにとって今回の一件は何だかんだ娘さんを僕にください的なあれこれなのである。その前提がなければ、もう少し悪事ギリギリを攻めながらゲスい手段も取れないこともないわけで。

 

「わたしが本物の代わりになりましょうか?」

「それもちょっと考えたんだけど、そういう抜け道的なのでセーフを勝ち取れる気もしないからなぁ」

「じゃあわたしがカズマくんの恋人になれば解決ですね。顔も体も一緒ですし」

「何がじゃあなんだよ。大体中身違うだろ。ペコリーヌはペコリーヌ、ぬいペコはぬいペコ」

 

 むぅ、と嬉しさと文句が綯い交ぜになったような声を漏らし、ぬいペコはシェフィの持っている鞄の中に一度引っ込む。コッコロはそんな彼女をどこか微笑ましく、キャルはジト目でカズマを見ていた。

 

「とにかく。俺がちょっと侵入して探ってくるから、誰か一人――」

「お? 何だ何だ? 王城に侵入だって?」

 

 横合いから声。ば、と一行がそこに目を向けると、オレンジがかった茶髪の少女が、勝ち気な瞳をこちらに向けて、なんとも年頃の少女らしからぬ悪ガキのような笑みを浮かべて立っていた。その隣には、マッシュボブのような髪型の長身の青年が肩を竦めている。何をやっているんだか、といった表情は、横の少女にも、そしてカズマ達にも向けられているようであった。

 ともあれ。少女はこちらにズカズカと歩いてくると、一行を順繰りにジロジロと見やる。やっていることが小学生男子のようで、カズマは思わずなんだこいつと呟いてしまった。

 

「そうだろそうだろ。アタシが何者か気になるだろ?」

「いや別に。まったくもって気にならないんで早急に帰ってください」

「は? なんだと? おいオマエ、この流れでその言い方は――」

「いやそりゃそうなるって。ごめんねそこの人、ほら、帰ろうか」

「はぁ!? こんな風にバカにされてすごすごと帰れってのかよ!」

 

 がぁ、と自身に食って掛かる少女を見ながら、青年はやれやれと頭を振る。ぽん、と彼女の頭に手を置きながら、彼はそもそも、と口角を上げた。

 

「さっきから発言が小物なんだよなぁ」

「誰が小物だ! アタシは」

「ちゃんと大悪党だよ。だから、それに相応しい立ち振舞をしないとね」

 

 ぐぬぬ、と少女は悔しげな表情で黙る。そんな少女を見て笑みを浮かべた青年は、さてとと視線を動かした。

 

「まあ、それはそれとして。こう見えてボクもこの国のそこそこ偉い貴族だからさ、怪しい人物を放っておくわけにもいかないんだよね」

 

 その言葉に真っ先に反応したのはペコリーヌ。貴族ならば、と思考を巡らせ始めた彼女を一瞥した彼はまあ落ち着いて、と言葉を続けた。

 

「警察に突き出す、なんてしないよ。それやるとボクも怒られるからね~。なんたってボクと」

「アタシとオクトーは大悪党だからな!」

「……そういうことだから、事情によっては協力してもいいかもな~、って思ったのさ」

 

 はーっはっは、と高笑いを上げる少女を見ながら、青年――オクトーはそう言って肩を竦めた。

 

「で、ノウェム、とりあえず移動しようか。君の笑い声で人も集まってきたし」

「んあ?」

 

 




ここだとコンビでいるせいで何かおバカキャラみたいに


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その199

しれっと更新


 カズマ達が作戦会議を始める少し前。丁度動向を探るのをやめた辺り。

 勇者の血筋のなせる業か、あるいはやべーやつらのやべーアレ的な何かなのか。

 

「どうすれば交渉を進めることが出来るのでしょうか……」

「つっても、ぶっちゃけこのままじゃどうにもならんくない?」

「ですね。アイリスちゃんの意見とあちらさんの意見が正面衝突大事故確定ってなくらいぶつかりまくっちゃってますからね。正直このままだと百年経ってもはじめの一歩は踏み出せないでまごつきこちゃんのままなんじゃないかなーってチエルは思ったり、かしこ」

「ふむ。余計な装飾がいささか多いが、ぼくも大筋はチエル君の意見に賛成だ。エルロードの宰相は頑なに意見を変えず、王子は宰相を跳ね除ける力がない。さりとて王子は宰相の意見に首を縦には振りたくない。これでは意見も纏まらないだろう」

「向こうの内ゲバじゃねーか。うちらと関係ないとこで一生やってんなら勝手にしろって感じだけど」

 

 はぁ、とクロエが面倒くさそうに息を吐く。それを見ながら、ユニもアイリスも、ついでにチエルも同じように息を吐いた。結局これのせいで本来の交渉が進んでいない。こちらの立場からすればいい加減にしろと言いたくなるのもしょうがないわけで。

 かといってそれを言うわけにはいかず、にっちもさっちも行かないまま滞在時間が過ぎている。暗躍しているカズマたちにとってはある意味理想的で、膠着しているからこそ動き出そうと考えるには十分。

 

「仕方ない。アプローチを変えるとしよう」

「え? ユニ先輩、何かいいアイデアがちぇるっとピカッとひらめいちゃった系ですか?」

「まあ、パイセンこういう小賢しいの得意だしなぁ」

「言い方に気を付けたまえよ。この状況を打破するための一手は、すなわち神の一手にも等しい。状況や時代によっては、ぼくが新たなる女神として召し抱えられると言っても過言ではないのだぞ」

「いや過言だし。過言過ぎて二回通り過ぎた後もっかい戻ってきて顔覗き込むくらい言い過ぎてるわ」

「ユニ先輩。もう少し自分の立ち位置を冷静に分析したほうが幸せになれますよ、ちぇるん」

「百歩譲ってクロエ君に言われるならともかく、チエル君にそう返されるのは非常に遺憾だが?」

「あはは……」

「それで、ゆに、ちゅづきは?」

 

 リアクションし辛かったアイリスは苦笑するに留めた。そしてそんなやり取りを見ていたフェイトフォーが続きを促すという、中々のぐだぐだっぷりである。

 ともあれ。ふむ、と彼女の言葉を受けたユニは、立てた指をくるくるとさせながら簡単なことだと言い放った。先程の前置きで述べたように、現状のままではどうにもならない以上アプローチを変えるのは至極正攻法の手段でもある。言いながらこつこつと移動し、彼女は窓際に立つとその先に広がる景色を眺めた。

 

「ベルゼルグに支援を行えないのならば、いっそ諦めてしまえばいい」

「パイセンパイセン、もったいぶって出した答えがクッソ投げやりとかどうなん?」

「……ふう、話は最後まで聞き給え。現状必要なのはエルロードの資金だ。それさえ手に入れられれば、それがどのような経緯でも結果は変わらない。用途を明確に定められさえしなければいいのだから」

「えっと、それはつまり……違う方向でエルロードからお金をもらう、ということですか?」

 

 然り、とユニは頷く。が、横合いからそんなことが出来たら苦労していないでしょうがというチエルのツッコミが入った。クロエも、非常に不本意だがという顔で彼女の意見に賛成している。

 

「それはどうかな?」

「なんかカードゲームで大逆転しそうなこと言い出しましたね。あ、そういえば最近ここのカードスタジアム大盛況らしいですよ。なんでも、久しぶりにカードクイーンが敗れたとか敗れなかったとか」

「どこか破れたの? すかーと?」

「いえ。この場合のやぶれたというのは、敗北した、負けたという意味ですよ、フェイトフォーさん」

「へー」

「んで、パイセン。何がどうだって?」

「国と国との交渉、魔王軍との防衛や同盟などという部分ではトップが纏まらず道筋が不明瞭なのだから、切り崩しやすい部分、この国が最も財布の紐を緩めやすい箇所を狙い撃ちにすればいい。端的に換言すれば、商売の話をしよう」

 

 脱線なんぞなんのその。別段気にすることなく話を続けたユニは、そう言うとアイリスへを視線を向けた。その視線の意味に気付かない彼女ではない。が、いきなり商売の話をしようと言われても何がどうすればと首を傾げる。

 とはいえ、アイリスは一国の王女。脳筋変人王国とはいえきちんと王族の教育を受けた第二王女である。ユニの言葉の意味を考え、そして彼女が窓の外を見ていた意味を考え。

 

「……アイドル事業の、支援同盟?」

「へ?」

「あー……」

 

 その呟きに、ユニはどこか満足そうに口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 オクトーのツテで真正面からエルロードの王城に入り込んだカズマ一行は、そこで聞いた話に思わず動きを止めた。内容は、ラグクラフト宰相とアイリス第二王女が交渉を行っている、ということ。それ自体は別にいい、何の問題もない。

 重要なのは、その交渉が今までとは違い、どんどんと前進しているらしいということだ。

 

「どういうことなんでしょうか。向こうの宰相さんが根負けしちゃったんですかね」

「あの筋金入りの後方腕組みプロデューサーがそんなことするかしら?」

「ですが、事実交渉は前向きに進んでおられるようですし」

 

 ううむ、とペコリーヌ達は頭を抱える。そんな三人を見ながら、カズマはカズマで別のことに思考を割いていた。

 

「お、どうした? 留守番頼んだあの二人、やっぱり連れてくればよかったとか思ってるのか?」

「あー、いや。あの宰相に接近するならシェフィとぬいペコは一旦隠しておきたいからそれは問題ないんだが」

 

 ラグクラフトと直接会う可能性が出てきたので、向こうの正体を知っているというアドバンテージを覚られないため魔物組には待機を指示した。その事自体には別に何も問題がない。だから、ノウェムのそれにも首を横に振った。

 だから問題はそこではなく。

 

「これ場合によっちゃ俺たちとアイリスたちとで潰し合う羽目にならないか、って」

「あー、成程ね」

「ん? どういうことだオクトー」

「話を聞く限り、宰相が元のままの交渉で前向きになるとは考えにくい。ということは、あちらさん――第二王女様たちは方針を変えた可能性が高いってことさ。第一王女様たちも、同じ結論にはなったんじゃないかな」

「まあ、そうですね。とはいっても、どういう風に方向転換したのかは」

「分かるぞ」

 

 横合いから声。え、と視線を向けるペコリーヌ達とは対照的に、オクトーは承知の上のようで胡散臭い笑みを浮かべたままだ。そんな彼は、話についていけているのかいけていないのか分からないノウェムを見て、まあ細かいことは気にしないといったような表情であることを確認すると、声の主、カズマに視線を戻した。

 

「じゃあ、説明よろしく」

「……はぁ。アイリスたちを門前払いしなくなったってことは、あの宰相が話を聞く気になったってことだろ? だったら、その方向なんかアイドル関係に決まってる」

「なるほど、言われてみれば確かにそうね」

「流石は主さまです」

「あれ? でも、そうなると」

 

 気付いたのか、ペコリーヌが目を見開く。カズマが口にした言葉を思い出し、その意味を理解して。そんな彼女を見てオクトーがそういうことだよと頷いた。

 

「そうそう。そうなると、内容はどうであれ、君たちと第二王女の交渉の方針は同じってことになる。うん、タイミングが悪いなんてもんじゃないよね。どうする君たち、ここで全面対決と洒落込んじゃう?」

「……そうだな」

 

 考え込む素振りを見せたカズマを見て、キャルが怪訝な表情を浮かべた。今回の、エルロードに来た主目的を考えれば、そうする必要がないことなど彼は承知だと思っていた。だというのにその態度、今度は一体何を考えて。

 

「本来なら、向こうが上手くいって俺達が余計なことしなくても問題なくなれば丁度いいんだけど、今回はそういうわけにもいかないからなぁ」

「あー……」

 

 それもそうか、とキャルは考え直す。そうだ、今回の主目的は、カズマがペコリーヌとのお付き合いを家族に認められるための旅だ。改めて考えると非常に下らなくて、ぶっちゃけ自分が関わる必要性が皆無に近い。それでも協力しているのはまあ、そういう繋がりだからだ。

 それはそれとして。

 

「でもカズマ。向こうの邪魔してこっちを成功させるのって、王妃様に認められないんじゃないの?」

「……だよなぁ」

 

 成功しそうなアイリスを蹴落としてどうするのか、というわけである。王妃の条件を満たすわけでもなし、ペコリーヌが喜ぶわけでもなし。はっきり言ってやるだけ無駄、むしろマイナスだ。

 ちなみにこのまま何もせずアイリスが成功すれば、王妃に告げた条件を満たせないのでペコリーヌとのお付き合いに支障が出る。詰みだ。

 

「あー、くっそ。絶妙なタイミングで邪魔してきやがってあのやべーやつら!」

「なかよし部が原因なのは確定なのね」

「アイリスがそんな搦め手やれるわけねーだろ。ペコリーヌの妹だぞ」

「酷くないですか!?」

「ごめんペコリーヌ。あたしもそれには同意だわ」

「……ペコリーヌさまは、やれば出来るお方だと信じております」

「キャルちゃん!? コッコロちゃんまで!?」

 

 がぁん、とショックでよろけるペコリーヌを尻目に、過ぎたことはしょうがないとカズマは気を取り直すように思考を巡らせ始めた。向こうの交渉が失敗するという前提が少々きな臭くなってきた以上、自身の手札を使いながら違う方向に場を整えなければならない。それはさながら、この間のカードバトルでヨリと戦っていた時のように。

 

「まどろっこしいな。別に気にせず乗り込めばいいじゃないか」

「ノウェム。世の中ってのは、そう単純にはいかないもんだよ」

「それは……分かってるけどさ。でも敵でもないなんでもない、そこのペコリーヌの妹さんだろ? 似たような交渉するんなら、合流したって別に」

 

 オクトーに諭され、どこか不貞腐れたようにノウェムは後ろ手に組んだそれを後頭部に回す。ちまちまするってのは大悪党らしくないんだよ、などと今回と関係あるのかないのか分からない愚痴まで呟き出した。

 

「……なあ、ノウェム」

「あん? どうしたカズマ」

「お前たちって、実際どのくらいの悪党なんだ? 指名手配とか賞金首とかになってたりするのか?」

「してたら口利きで王城に入れないよ。残念ながら、ボクたちを金にするには諦めてもらおうかな」

「……あんたってやつは」

「誤解だ誤解! これからの交渉に問題があるかどうかの確認をしたかったんだよ」

「と、いうことは。主さま、何か新しいアイデアを思い付かれたのですか?」

 

 キャルのジト目に反論をしつつ、コッコロの言葉にそうだと頷く。そうしつつも、まずはアイリスの交渉の内容をもう少し詳しく知る必要があるのだと続けた。自分達の予想通りならば大丈夫だが、果たして。

 

「だってさ。ほら、オクトー、出番だぞ」

「やれやれ、人使い荒いんだから」

「いいじゃないか。アタシの理想とはちょっと違うけど、こういうのも悪党っぽいだろ?」

「まあね」

 

 どことなく誰かさんに似てますね、と二人のやり取りを見てペコリーヌはそんな感想を抱いたが、同時刻にリオノールが盛大にくしゃみをしているのを彼女は知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 アイリスは攻めあぐねていた。ユニの助言により交渉を一歩進めることは出来たものの、ではこれで円満解決となるわけでもなく。

 

「ちょっとちょっとユニ先輩。こういう時こそその無駄に頭いいところをちぇるっとばばっと見せ付けてドヤ顔するところじゃないんですか?」

「チエル君、確かにぼくは頭脳明晰であると自負してもまあ恥ずかしくない程度には教養や知識を持ち合わせているが、他国の経済や政治の情報を知り尽くしているわけではない。アイリス君よりもその点では劣っている以上、下手に口を出すのはむしろ徒に場を引っ掻き回すことになりかねないのだよ」

「ああ、余計なお世話になる感じ? でもアイリスならその辺別に気にしなくないすか?」

「だからこそ、だ。ぼくはこれでも年長者として、後輩にカッコ悪い姿を見せたくないというくらいの見栄はある」

「いやパイセンにそういうのもう欠片どころかチリ一つ残ってないから。手遅れもいいところだから」

 

 交渉の邪魔にならないようにヒソヒソと話をしているものの、アイリスにはそこら辺ばっちりと聞かれている。もっとも、そういう会話が彼女の緊張を解しているので結果としてはいい方向に向かってはいるのだが。

 とはいえ、現状は難しいのは変わりがない。

 

「その提案ならば一考の余地はある。現状はそこ止まりですな。失礼ながら、アイリス様にはその案について詰めていけるだけの知識がおありではないようですので」

「それは……確かに、そうかもしれません。ですが、この草案だけでもそれなりには」

「……まあ、そちらの国のことならば、多少の無茶は後出しで通ってしまいそうではありますが」

 

 許嫁と会うついでに王女がほぼ単騎で直接同盟の交渉をする、という事自体がそもそもぶっとんでいるので、方針転換して交渉を進めようとするくらいはまあそんなもんかで流しそうにはなる。ラグクラフトも、この国の運営を担うようになるまでの間にその辺りを実感していたので頷けるところもある。

 なので、前提条件は気にせず新たな交渉内容についてを判断するわけなのだが。

 

「やはり内容ですね。共同スポンサー、ということだけでは、こちらとしても首を縦に振るのは難しいでしょう」

「……そうでしょうか? こちらとしては元々の同盟と同じようにこの国を守る戦力を用意しますので、実質的にはそちらの有利が増えることになると思うのですが」

「だからですよ。一方的にこちらが得をする、そんな提案をこのような場でされて、はいそうですかと首を縦に振れるわけがない。お忘れでしょうが、ここは元ギャンブル大国。賭けにはそれなりに覚えがあるのですよ」

 

 ですが、とラグクラフトは息を吐く。そちらが騙そうとしているのではないことは分かるし、こちらも好んで同盟を破棄したいわけでもない。そんなことを言いながら、お互いの眼前にある書類を見て顎に手を当てた。

 

「何か、決め手が欲しいところですな。言うなれば、エルロードもベルゼルグも、双方がアイドルのプロデューサーとして高めあっていくような一手が」

「何かキメ顔ですげーこと言ってんだけどあのオッサン」

「え? 全人類カルミナを推しに推すにはまあ極めて普通の意見じゃないです? なにせあの人はファンの間でも有名な後方腕組みプロデューサーですし。そこしか見てないからこそ認められているフシもありますからね」

「あ、そ」

 

 こいつに聞いても無駄だ。そう判断したクロエは流した。そうしながら、視線をユニに向ける。フェイトフォーと戯れているのを見てああもう駄目だと結論付けた。

 

「む、何やら失礼な視線を感じたな」

「いや妥当だから。そうでない方がむしろ異端っつーか、えこれ空気読めてなくね、ってなるっつーか」

「アイデア自体はある。が、それを実行するには少々の時間と労力が必要となってしまうのだよ。ぼくとしても手回しはしておきたかったが、間に合わないのは明白だったからな、仕方なかった。端的に換言すると、面倒臭すぎて時間がない」

 

 そこまで告げると、まあしかし、とユニはフェイトフォーに目配せをした。うん、と彼女が頷いたのを見ると、その視線をクロエに向け、そして部屋の扉に移動させる。

 

「方法が無いわけでもないかな」

 

 コンコン、と扉がノックされた。何用だ、とラグクラフトが尋ねると、この交渉に参加したいという輩が来ているという返事が来る。あまりにも非常識なその言葉に、誰だそのバカは、と少々乱暴な口調で再度尋ねた。

 

「どうも宰相。こんな馬鹿です」

「……うわ」

 

 それを許可と判断した相手が顔を出す。その相手――オクトーを見たラグクラフトはあからさまに表情を歪めた。まあ考えればそんなことしそうな奴こいつくらいだよな、と一人嘆きながら、彼は飄々とした表情のオクトーに再度尋ねた。それで一体何の用だ、と。

 

「いや、今回のボクはただの仲介役。本命はこっちの人ですよ」

「どうも宰相、初めまして」

 

 そんな彼の言葉で前に出てきたのはなんとも冴えない少年が一人。見たこともないその顔を見て、宰相は怪訝な表情を浮かべた。一体全体、この男が何だというのか、と。

 その一方で、彼の対面にいたアイリスの反応は劇的であった。ガタン、と椅子を倒さんばかりに立ち上がると、その少年を指差して、先程までの彼女とは思えないような声を張り上げる。

 

「なっ! お義兄様!? 何故こんなところにいるのですか!」

「何故って。お前の交渉に横槍を入れて利益を掠め取りに来ただけだが?」

「言い方」

「主さま……」

「あはは……」

「お、何かいいな。ちょっと悪党っぽいぞ」

 

 



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その200

 おにいさま、というアイリスの言葉で、部屋にいたエルロードの面々はざわつき始めた。ベルゼルグ王国第二王女には兄と姉が一人ずつ。となれば、必然的に兄と呼ばれたこの男が何者なのかが分かる。

 

「……魔王軍との最前線で戦っていると聞いたのですが、情報が間違っていたのでしょうか?」

「さて、どうでしょうね」

 

 とぼけたようなカズマの言葉に、ラグクラフトは眉を顰めた。カズマの表情には動揺した様子もなく、それが彼をあえて答えていないようにしっかりと見せている。エルロードの面々もそう誤解をしたので、あれがジャティス王子なのかと刷り込まれた。

 

「それで、アイリス第二王女様の兄君が、一体何の御用ですかな?」

「いや、俺は別にアイリスの義兄としてこの場に来ているわけではないんですけどね」

 

 そう言うと、カズマはちらりと視線を後ろの面子に向けた。ペコリーヌとキャル、そしてコッコロはそれで伝わったのかこくりと頷き、最初から承知であるとばかりにオクトーは笑みを浮かべたまま何か言おうとしたノウェムの口を塞いだ。

 

「駄目だよノウェム。こういう交渉事は、余計な口を挟まないものさ」

「余計な口ってどういうことだよ」

「その説明が、余計な口になるんだけどね~。まあ、今はちょっと黙っててよ」

 

 気にしないで続けてくれとオクトーは手で促す。本来ならば気になると向こうを問い詰めるのだが、相手が相手。ぶっちゃけあんまり関わりたくないとラグクラフトは彼のそれを受け入れてカズマとの会話を優先させた。

 

「実は、俺はいまアイドル事業の新しい形を使ってビジネスの拡大をしておりまして」

「……それは、アクセルハーツの使っているあれのことでしょうか?」

「流石、お耳が早い。その通り、あの装置と運営方法はこちらで特許を取った正式なもの」

 

 まあつまり、ライブビューイングを使いたければ交渉をしろというわけだ。実用化してすぐではあるが、アイドル大国ではその有用さはあっという間に知れ渡っていた。アクセルハーツがエルロードで一気に活動の幅を広げているのは紛れもなくあの技術のおかげであるのだ、と。

 

「それはそれは。しかし、我がカルミナはそのような小細工を弄さずとも、すでに盤石の地位を得ていますので」

「おや、カルミナの活動というのはそんなものでしたか」

「……なんですと?」

「世界をアイドルの力で、カルミナで満たすのが目標だと思っていましたが、どうやら違ったようですね」

 

 やれやれ、とカズマは頭を振る。その仕草は勿論挑発で、その程度かカルミナ、と言っているかのようで。

 

「はぁぁぁ!? ちょっとそれは流石にアイリスちゃんのお義兄さんでも許せませんけど!? いいですか? カルミナはこの魔王軍がやりたい放題して汚しまくった一人暮らしの学生のような世界を清めクリーンなイメージに変えるべく降臨した究極のアイドル! 魔王みたいな汚れきった存在に効果てきめんちぇるっとピカッとツヤツヤに、みたいなキャッチフレーズが出来るくらいなんですからね! この程度でいいかとかそんな妥協の産物が生まれるはずないんですよ!」

「いや魔王様はそこまで汚れてないぞ! ――ではなくて、何故そちらの方がその主張を」

「あ、さーせん。こいつちょっと強火なんで」

「何言ってるんですかクロエ先輩。こんなのカルミナのファンなら常識も常識、全人類がそらで言えるくらいは浸透しきってどこをとっても溢れてくるくらいの当たり前なんですけどぉ!」

「最近、チエル君の言うカルミナファンはアクシズ教徒に近しいものではないのかと若干不安になるな」

「そっすね」

「心外が過ぎる!?」

 

 おい言われてんぞアクシズ教、とカズマはキャルを見たが、同意しかないとばかりに頷いていたのでスルーすることにした。オホン、と咳払いをすると、気を取り直したかのように彼は言葉を紡ぐ。よもやプロデューサーともあろうものが、そちらのファンの熱量に負ける程度のものしか持っていないなどということはないでしょう、と。

 

「……確かに、それは。いやでもこれを一般ファン代表面として扱うのはちょっと……いやでもしかし」

 

 ぐぬぬ、とラグクラフトが悩み始める。そんな彼を見たカズマは、まあいくらでも悩んで構いませんと続け、視線を別の人物へと移した。

 

「さてアイリス。ここに向こうが導入しようか迷っている、というか導入すれば一気にアイドル活動が広がる技術が転がっているわけだが」

「買います。その全てを、私が」

「んなっ!?」

 

 悩んでいるラグクラフトの横で、アイリスは即答した。それらの特許を、ベルゼルグ王国第二王女アイリスがすべて買い取る、と言い切った。

 

「成程。安くないけど、払えるのか?」

「はい。…………非常に、身を切る思いではありますが、お義兄様の望むものを対価として用意します」

「その言葉が聞きたかった」

 

 グッド、とカズマは指を鳴らす。交渉成立だな、と手を差し出すと、アイリスはその手をゆっくりと握った。そうした浮かべた表情は、笑顔。

 

「流石は、お義兄様ですね」

「いだだだだだだだ! 砕ける! 手が砕ける!」

 

 そしてその額には、きれいに十字のマークが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

「アイリスのやつ……思い切り握りやがって」

「あれはまあ、しょうがないんじゃない?」

 

 グシャリとされた右手をコッコロにヒールで癒やしてもらいながらカズマはぼやく。その横では、どこか楽しそうな表情でキャルが言葉を返していた。

 アイドル事業の商売同盟。それを成立させるにはベルゼルグ側に決め手がない。その一点を、アイリスはカズマから技術を買い取ることで解決させた。あからさまに目の前で行われたそれに、ラグクラフトは当然抗議の声を上げたものの、最初にこの話を持ちかけたのにも拘わらず一度断ったそちらの落ち度だと言われてしまえば強くも出られないわけで。

 

「でも、よかったの? あんたこれじゃ王妃様との約束事が」

「これでアイリスはこの国に嫁がなくても済むし、同盟交渉も成功してる。きちんと達成してるじゃないか」

「いやそれやったのはあんたじゃ……ない、こともない、のか」

「俺の手柄だと証言してくれるようにアイリスも約束してくれたしな」

「成程。あの言葉はそういう意味でございましたか」

「勿論金もいただくけどな」

 

 おお、と納得したようにコッコロが手を叩く。そういうところ抜け目ないわね、とキャルは呆れたように肩を竦めたが、話を聞いていたペコリーヌは笑顔を浮かべたままツッコミを入れることもなく静かに話を聞いているのみだ。

 実際のところ、あの場でアイリスの出した対価は義兄と認めたカズマの味方をするという意味合いで、自身の母より姉を取るという宣言に過ぎない。そして本人は否定するであろうが、そんなものはとっくに成立している。

 なので結局のところ、ペコリーヌから見れば大した条件もなくさらりと決め手を渡しただけにしかなっていないわけで。ただただアイリスをぐぬぬさせただけなのである。

 

「やっぱり優しいですね、カズマくん」

「いきなりどうしたのよペコリーヌ。変なもの――はいつも食べてたわね。じゃあいつも通りか」

「今いつも変だって言われました?」

 

 そんなやり取りをしながら、自分たちの仕事は終わったとばかりに帰路につく。オクトーとノウェムは次の悪事も期待していると中々不名誉な期待を彼にして去っていった。あの様子だと、エルロードに滞在している間には再び会うことがありそうだ。などと思いつつ、しかし目標自体は達成したも同然なので、このままベルゼルグに帰っても問題はなさそうでもある。

 

「あ、おかえりなさい。どうだったの?」

「交渉は上手くいきましたか?」

 

 この国の拠点であるアゾールドの商会に辿り着くと、シェフィとぬいペコが出迎えてくれた。彼女たちの問い掛けにまあなと返すと、これから二人はどうするのかと問い掛け返す。

 

「一応仕事は終わったし、帰るか?」

「えっと? いいのかしら? まだ完全に交渉は終わっていないのよね?」

「流石にここからこじれられるとどうしようもないぞ」

「でも、あの宰相は魔物でしたし、ひょっとしたら」

 

 ぬいペコの言葉にカズマは暫し考え込む。どうする、と横に尋ねると、まあ終わるまで待っていてもいいんじゃないでしょうかという言葉が返ってきた。

 

「それに、アクセルハーツのお手伝いがまだ残ってますし」

「あー……そっか。一応契約してるから、ツアー終わりまではいないとマズいか」

「あ、そういえば。アクセルハーツの方はどうするのよ」

「いや今言っただろ」

「そうじゃなくて、あんたがアイリス様に売っぱらったあの技術、このまま使い続けてていいわけ? 今度はこっちが違反にならないの?」

「ベルゼルグ王国の技術を、ベルゼルグのアイドルユニットが使って何が悪い。元々売上マージンを国の資金にするっていう話だったんだから、流れが短くなっただけだよ」

「……ほんっと、狡っ辛いわね、あんた」

 

 ついでに言えば、マージンの手数料は取れないのでこちらの儲けは本来アクセルハーツの事業支援の依頼料のみであったのだが、売り払った技術の譲渡料が追加されているわけで。

 

「ま、それならいいわ。やることも済んだし、あとは特に問題もなく手伝いやって終わりね。あー疲れた疲れた。もうどでかい問題なんか起きないでしょうし、のんびりいくわよ。あー終わった終わった」

「……お前さぁ、なんでそう特大フラグみたいなこと」

「あはは。やばいですね☆」

 

 

 

 

 

 

「……やばいですね」

「ほらなー!」

 

 エルロードの王都にて。アクセルハーツのエルロードツアーのクライマックスコンサートが行われていたその日の出来事である。

 ライブビューイングの効果も相まって、これまでのツアーの倍以上の売上を叩き出したアクセルハーツは、これまで以上の気合を入れて今回のコンサートに臨んでいた。会場は熱狂の渦に包まれ、カルミナ単推しであった人々も、アクセルハーツを追加で推しにするものが出てくるくらいには盛り上がった。

 そうしてパフォーマンスを終えた彼女たちがステージから去り、アンコールの声が会場に響き渡り、当然その声に応えなくてはと三人が再びステージに上がろうとしたそのタイミングで。

 

「おや、どうやら既に終わったところでしたか……。アンコールには間に合ったとはいえ、少々出遅れてしまいましたね」

 

 妙に落ち着き払った男の声が上空から響いた。何だ何だと観客が空を見上げると、ワイバーンが二体。そして、それに乗った紳士服を着た二人の男。

 どうみても厄介事であった。

 

「おいキャル」

「なんでよぉ! あたしのせいじゃないでしょ!? というかあいつら、前言われてたアクセルハーツを襲った連中なんじゃないの!?」

「言われてみれば……ですが、あのお二人はトロールには見えませんが」

 

 コッコロの言う通り、確かに見た目は人である。ならば違うかと結論付けるには中々に難しい状況であるのも事実であった。別にトロール自体はあの二人がけしかけていたと考えれば何の問題もない。

 

「いや問題大有りだろ! ここにトロールとか乱入されたら」

「ふっ」

 

 カズマの心配を他所に、男達はそのままステージに降り立った。突然の事態に観客も静まり返り、アクセルハーツの三人も男達の動向を見守るばかりだ。

 その空気の中、少しお時間を頂きますと宣言した紳士風の男は、帽子を取りアクセルハーツに向かってお辞儀を行う。

 

「初めまして。私はダニエルと申します。こちらは従者のチャーリー」

「……一体、そのダニエルとかいうやつが何の用だ?」

「おお……! 推しのリアに名前を呼ばれた……! くぅう、録音機材を持ってくれば」

「ダニエル様、羨ましいです。俺もシエロちゃんに名前を呼ばれたい……」

「何だあれ」

「やばいですね」

 

 この流れで限界オタクムーブされてもそれはそれで反応に困る。というかこいつらアクセルハーツのただのファンなのか。そんなことが一瞬頭をよぎり、そんなわけないだろうとカズマは振って散らした。ただのファンはワイバーンに乗ってステージに乱入しない。

 

「これが、害悪ファン、とかいうやつなのね」

「違うと思いますよ」

 

 シェフィが成程と手を叩いていたが、ツッコミはとりあえずぬいペコに任せて、彼は舞台袖からステージへと近付く。コンサートを台無しにされるわけにはいかない。なにせここには規模を拡大するためにリースをしたライブビューイング用の装置がガッツリ設置されている。事情が事情、不可抗力であるとしても、破損した場合はアゾールドに払う金額が馬鹿にならない。

 

「おい、お前。暴れるなら別の場所にしろ」

「おや、スタッフですかな? ご心配なく、私はアクセルハーツを我が城に招待しようと来ただけですので」

「招待って、行くわけないでしょ。分かってるのよ、最近トロールけしかけてツアーの邪魔してるのがあんたたちだって!」

「邪魔、とは心外ですね。城に招待するための迎えを出していただけなのですが」

 

 エーリカの言葉に、ダニエルはやれやれと肩を竦めた。あくまでこれは推し活である、と宣言し、状況についていけていない観客に同意を求めるように振り返る。

 うるせー引っ込め、アンコールの邪魔をするな。そんな罵声を浴びせられ、彼の眉毛がピクリと上がった。

 

「ふう……まったく、ファンとはもう少し紳士であるべきだと私は思いますよ」

「どの口が言ってんのよ」

「ん? ……スタッフにしては、随分と踊り子の適正値が高い。もしや、新規売り出し中のアイドル?」

「ちっがぁぁぁぁう! あたしはアイドルじゃないって言ってんでしょうが! ぶっ殺すぞ!」

「それだけの素質を持ちながら、アイドルを否定するとは……随分と歪んでいる」

 

 どこか憐れむような顔でキャルを見たダニエルは、仕方ありませんねと帽子を被り直した。チャーリー、と横の従者の名前を呼ぶと、二人揃ってこちらへと足を踏み出す。

 

「あまりこういう真似はしたくないのですが。招待の件――力づくでも、させていただきます」

 

 言葉と共に、横のチャーリーの姿が変貌していく。体の色が変わり、肉体は膨張し、人の姿から魔物の姿へと。人からトロールへと変わっていく。

 そしてその横で、ダニエルもまた変身した。こちらは竜巻のようなオーラを纏い、変身プロセスを見せないようにしている辺り、紳士らしさがあるのだろう、多分。

 

「……おいおいおい。こいつ、何かやばいんじゃないのか?」

「あれは、トロールロードですね」

「本当ね。久しぶりに見たわ」

「ちょ、ちょっとぬいペコ、シェフィ! あれどうなの!? 強いの!?」

「やばいですね」

「中々の強敵じゃないかしら」

「あぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ダニエルの変身した姿を見た魔物組の反応からすると、現在の状況は非常にマズい。一番の問題は場所で、守るべきものが多すぎる。観客とか、機材とか。どちらも見捨てることは出来ない。最悪ペコリーヌ達は機材を諦めることが出来るが、カズマは出来ない。

 

「とりあえず観客の避難!」

「手配済みでございます!」

「機材は!?」

「どうにもならないわよ! 諦めなさい!」

「お前ふざっけんなよ! 損害賠償いくらになるか」

「カズマくん! 来ます!」

 

 トロールのチャーリーとトロールロードのダニエル。二体のトロールがアクセルハーツを捕まえんと突っ込んできた。何も考えなしに魔法やスキルをぶっ放すわけにもいかないというのを相手も承知なのか、その表情にはどこか余裕も見えていて。

 

「……あー! ちくしょう! ペコリーヌ!」

「はいっ!」

「わたしもいけますよ」

「私だって、変身しなくてもある程度は」

「……ぬいペコ、シェフィも、機材壊さない程度にしろよ!」

 

 了解、と三人の少女がトロールに立ち塞がる。彼女たちの支援にコッコロは呪文を唱え、カズマも出来るだけサポートしようと弓を構え、スキルのためにショートソードの準備もして。

 

「……あれ? あたしは?」

「お前は下がってろ! 絶対に魔法ぶっ放すんじゃねーぞ! フリじゃねーからな! 本気でキレるぞ!」

「そんな念押ししなくても分かったわよ!」

 

 ぶうぶうと文句を言いつつ、キャルはじゃあ観客の避難でも手伝ってくるとステージを後にした。

 

 




分かった(分かってない)


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その201

元魔王軍(アイドルオタク)vs元魔王軍(アイドルオタク)

ファイ!


 同日、エルロード王城。アイドル事業の同盟ということで改めて結び直したお互いの国の支援について会談を行うその場にて。

 

「あの、何故レヴィ王子がここに?」

「俺はこの国の第一王子、この場にいてもおかしくないはずだ」

 

 アイリスの問い掛けに、レヴィはそう言って返す。確かにそうだ、とアイリスは頷いたものの、では何故今回になっていきなり参加したのかという疑問が残るわけで。そもそも彼女はそういう意味での質問であった。勿論遠慮なくそれを述べる。

 

「……同盟の内容が変わったのならば、確認するのも王族の務めだろう」

「何か言ってますけど、あれ婚約話ポシャったんでなんとかワンチャン賭けてお近づきになりたいな~的なやつですよね」

「言ってやんなって。そっと見守っとき」

「然り。恋愛話を楽しむ秘訣は、適切な距離を取りつつ、関わらないようにして眺めることにあるのだよ。端的に換言すれば、野次馬サイコー」

「ちゃいこー」

「うるさいわ貴様ら!」

 

 茶々を入れるなかよし部に向かって叫んだレヴィは、コホンと咳払いをして気を取り直すと、今のは向こうの誤解だからなとアイリスに念を押した。分かりました、と取り付く島もない返事を告げられ、彼の表情がピシリと固まる。横では宰相がなんとも言えない表情で自国の王子を眺めていた。

 

「レヴィ王子。話を進めてもよろしいでしょうか」

「あ、ああ。悪かったな、ラグクラフト。……おい何だまだいるのかよみたいな目は。別に俺が参加してもいいだろうが」

「それはそうですが。王子はそこまでアイドル事業に熱心ではありませんので」

「お前が熱を入れすぎなんだよ」

 

 エルロードに仕え始めた頃はもう少し違う野心を持っていたような気がする。昔聞いた自身が生まれる前の頃の彼の話と、幼い頃の記憶の中のかつてのラグクラフトを思い出しながらそんなことを思ったレヴィは、まあいいと背もたれに体を預けた。別に大きく口出すつもりはないし、こういう場に参加して経験を積もうと思っているのも本当のことだ。

 はあそうですか、と流したラグクラフトをレヴィが睨みつけたりとかしながらも、そのまま会談は概ね順調に進んでいった。これまでと違ってお互いの道がしっかりと重なったので、後は細かいすり合わせが主になったからだ。最初こそただ聞いていただけのレヴィも、途中からは気になったところを質問するなど、言い訳などではなく本当に王族の経験値となりつつある。

 

「レヴィ王子は、聡明なのですね」

「え? そ、そうか? 世間の評判はバカ王子なんだけどな」

「急に褒められたから返し思い付かなくなった感バリバリですね」

「謙遜は美徳になるが、だとしても多少は言葉を選ぶべきだろう。あれでは評価したアイリス君も下げている。好感度調整は失敗だな」

「パイセンがドヤ顔で恋バナ語ってんの違和感パないんだけど。え? 漫画の読みすぎじゃね?」

「失礼だなクロエ君。青春を美徳とするならば、多少の男女間の感情の入り混じりは理解していて然るべきだ。というよりも、この程度の機微はたとえ恋愛に興味がなくとも一目瞭然だろう」

「まあ、言われてみりゃそれもそうか」

 

 彼女たちの言う通り、というべきか。レヴィもいやそういうわけではなくて、とワタワタ言い訳を繰り返している。そうして出てきたのが、褒められて嬉しかった、というなんとも言えないものだ。隣のラグクラフトはそういうの他所でやってくれないかな、と言わんばかりの目であった。

 

「王子。落ちこぼれの不良がヒロインに認められてトゥンクする場面とかどうでもいいので、話を進めてもよろしいですかな?」

「ち、違うぞ、そういうのじゃなくて! ……というかお前何か向こうのやべーやつらに影響受けてないか?」

 

 ジト目でラグクラフトを見つつ、まあ脱線させたのは事実なのでしょうがないとレヴィは溜息を吐く。

 そんなタイミングで。会談の場に伝令の兵士が大慌てで飛び込んできた。何事だ、と尋ねられた兵士は、緊急事態ですと手にしていた報告書を読み上げる。

 

「王都に――アクセルハーツのライブ会場に、強力な魔物が乱入しました!」

 

 

 

 

 

 

 トロールのチャーリーを観客席の方にぶっ飛ばした三人は、静かに佇んでいるダニエルへと目を向けた。部下がやられたというのに取り乱す様子もないその姿を見て、一行は何を企んでいるのかと怪訝な表情を浮かべる。

 

「ふむ。成程。どうやら貴方達はただの冒険者ではなさそうだ」

「……なんだ、知らないのか? 俺たちは魔王軍幹部を数多く打倒してきた、伝説の冒険者パーティー、カズマさんとその仲間だ」

「勝手にあんた主体にすんなー!」

 

 観客の避難を終えたキャルが遠くの方からツッコミを叫ぶ。ペコリーヌやコッコロは肯定するから自分がやらなくては駄目だという無駄な責任感を発揮したらしい。ちなみに主体がカズマである、というところ以外は何も否定していない。

 それはさておき。カズマのその言葉を聞いたダニエルは、ほうと頷くとその瞳を細くさせた。魔王軍幹部、その言葉には彼には少々因縁がある。

 

「その口ぶりからすると、今の魔王軍は幹部が少なくなっているのでしょうか?」

「へ? どれだけいるかはよく知らないが、まあ俺たちだけで四体は倒したんじゃないのか?」

「成程。その情報は貰っていませんでしたね……わざとか、それともとっくの昔に仕事を放棄していたのか」

 

 顎に手を当てながらダニエルはそんな言葉を呟く。そうしながら、視線をカズマに戻すとその口元を笑みに変えた。パチパチとトロールロードの巨体に似合わぬ軽やかな拍手をすると、素晴らしいと目の前の彼らを褒め称える。

 

「では、今の魔王軍は大分ボロボロなのでしょうね。はははは」

「えっと? 魔王軍がボロボロだと喜ばしいのでしょうか?」

「ええその通りですよ可愛らしいお嬢さん。私はかつて魔王軍に所属していました。ですがある時、理不尽な理由でクビになったのですよ。その時から、魔王様に復讐をしようと決意していたのですが」

「復讐するまでもなくボロボロになっていたからスッキリした、みたいな感じですか」

 

 コッコロとペコリーヌの言葉に大きく頷く。せっかく持ち出せるところまで研究の進んだ古代兵器を披露できないのは残念ではありますが。微妙に物騒な言葉を続けつつ、ダニエルはゆっくりと天を仰ぐ。その表情は少しだけ複雑そうで、それでも何かを吹っ切ったようで。

 

「さて、心のつかえも取れたのでアクセルハーツを招待して私専用のコンサートを開いてもらいますか」

「今までの流れなんだったんだよ! 結局ただの害悪アイドルオタクじゃねーか!」

「その通り!」

 

 カズマの叫びに呼応するように別の人物の叫びが響いた。視線を向けると、息を切らせたラグクラフトが観客席からステージの方へとやってくるところで。その後ろには、レヴィ王子と、アイリス込みのなかよし部もいる。

 

「ダニエル! お前は一体何をしている!」

「おやおや。これはこれは。宰相殿、こんなところで奇遇ですね」

「御託はいい! エルロードのコンサート会場を襲撃するとは、何をしでかしたか分かっているのだろうな!」

「勿論。全てはアクセルハーツを推すため。宰相殿ならば分かってくれるでしょう?」

「分かるかぁ! アイドルはなぁ、そうやって独りよがりで囲い込むものではない! ファンの風上にも置けないその所業、恥を知れ!」

「お、おいラグクラフト」

 

 どでかいトロールロードに指を突きつけながら思い切り喧嘩を売っている宰相を見て、レヴィは思わず声を掛けた。お前そんなこと言って勝ち目はあるのか、というかこのままだと自分も危険ではないのか。そんな文句を述べようとして、しかしその直前で横にいるアイリスにカッコ悪いところを見せたくないというプライドがそれを飲み込ませた。思い切り深呼吸をするような仕草となり、そのおかげか思考が冷静寄りになる。だから、今の会話でおかしいところがあることに気が付いた。代わりに何を言おうかと思っていたので、丁度いいとそれを口にした。

 

「お前、あの魔物と知り合いなのか」

「あ」

 

 彼の言葉に、ラグクラフトは動きを止めた。錆びた蝶番のような動きで、横のレヴィを見て、そのままアイリス達を見て、視線を戻してダニエルとその相手をしているカズマ達を見る。どう考えても誤魔化せそうになかった。

 

「熱くなりすぎたようですね、宰相殿。いや、魔王軍諜報部隊長のドッペルゲンガー、ラグクラフト」

 

 そんな空気の中、ダニエルだけは楽しそうに言葉を紡いだ。彼にとって魔王軍はかつて自分を不当解雇した憎き職場だ。庇い立てしてやる理由も義理も何もない。

 

「いやはや、上手く隠し通していたのに、こんなことでバレてしまうとは。何とも世界は理不尽だ。これでは魔王様にも顔向けできないでしょうね」

「……魔王様など、もはや私には関係ない」

「んん?」

 

 そう思っていたのだが。ダニエルが語るそれに、ラグクラフトは迷うことなく返した。浮かべる表情は絶望とも違う、覚悟を決めた男の顔だ。

 

「確かに私は、ここに潜入工作として潜り込んだ。そしてギャンブルで散財するだけのふざけた王族を見て、このままではこの国は潰れるだけだとひたすら馬車馬のように働き続け――」

 

 財政を回復させたことで、いつしか宰相という地位にまで上り詰めた頃。当初の目的を思い出したラグクラフトは魔王軍としての活動を再開しようと街を歩き回っていた。

 そして、出会ったのだ。自分がこの国に来た理由は、魔王軍の諜報活動などではなかったのだと気付いたのだ。

 

「カルミナとの出会いが、私を変えた。アイドルだ。アイドルこそ、この世界を統べる力なのだと。この世界を満たすのは魔王様などではない、アイドルの歌声であるべきなのだと」

「ねえカズマ。あたしが馬鹿なのかしら? あのおっさんの言ってることが理解できないんだけど」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 要約するとアイドルに沼ったので魔王軍やめました、である。それだけならただのアイドルオタクで済むのだが、厄介なのは彼が宰相であったことだ。おかげでエルロードは見事アイドル大国になり、元魔王軍のドッペルゲンガーは後方腕組みプロデューサーへと変化したわけである。

 

「……成程。どうりで、最近の魔王軍の情報が何もないと思いましたよ」

「……同じ元魔王軍のアイドルオタク、多少の便宜は図ってやった。だが、それでも限界はある」

 

 ラグクラフトはダニエルがエルロードにいることを知っていて、あえて見逃していた。何なら多少の支援もしていた。同じアイドルを応援するものとして、僅かな友情を感じていたかといえばそうかもしれないと言えるほどではあったからだ。

 だが、ここ最近の行動は目に余った。ブライドル王国のアイドルを調べたいからと名義を貸したら聖テレサ女学院にベトブヨニセドラゴン(仮称)を送り込むわ、ベルゼルグ王国のアイドルフェスに行きたいというからほんの少し警備を緩めたらトロールの集団で乱入しようとするわ。そして今回はとうとうエルロードの王都で、アイドルのためのステージを土足で汚した。

 

「許さんぞダニエル!」

「ふっ、貴方に許してもらおうなどとは思っていませんよ。どのみちここで、潰されるのですから」

 

 その巨体に見合わぬスピードで、トロールロードのダニエルはラグクラフトに迫る。そのまま剛腕を振り上げ、彼をぺしゃんこにしようと拳を叩きつけた。元魔王軍の魔物同士とはいえ、諜報が専門のドッペルゲンガーと強い戦闘力を持つトロールロードとでは戦闘力に違いがありすぎる。ダニエルのそれを喰らえば、ラグクラフトはあっさりと黒いシミに早変わりであろう。

 

「なにっ!?」

「グルァァァァ!」

 

 だから、彼が生きているのはそれに割って入った白いドラゴンのおかげに他ならない。突如現れたホワイトドラゴンに驚き動きを止めてしまったダニエルは、そのドラゴン――フェイトフォーの追撃を食らって後ろに吹き飛んだ。

 

「クルァァ」

「ええ、そうね。その通りだわ」

「グルゥ」

「分かったわ」

「通訳!」

 

 フェイトフォーの鳴き声に相槌を打っているのは勿論シェフィである。当然ながら他の面々には何を言っているのか分からないので話の流れが理解できないわけで。キャルのツッコミに、シェフィはコクリと頷くと一向に向き直った。

 

「元魔王軍なら、別に助けてもいいかなって、って言ってたわ」

「軽っ! いやまあ学院長の影響受けまくりのフェイトフォーちゃんなら割とそういうことちぇるっとやっても違和感ないですけど」

「ですが確かに、フェイトフォーさんの言う通りです。経緯はどうあれ、今の宰相様はエルロードの立役者であり、魔王軍を抜けた身。どちらに味方をするかは明白です」

 

 アイリスもそう述べると一歩前に出て剣を構える。そんな彼女を見て、フェイトフォーが嬉しそうに一鳴きした。

 そうなるともうカズマ達もやることは一つである。アクセルハーツ込みの面々はラグクラフトのいる場所へと合流し、そして皆戦闘態勢を取った。

 

「……リアが、私の推しが宰相殿を守るために……!? いやまあ、これはこれでそそりますが」

 

 とりあえずダニエルの言葉は聞かなかったことにしながら、カズマは宰相を避難させる仕草をしつつ高価な機材から距離を取らせた。まあ最悪国に補填させよう、という考えも若干浮かび始めている。

 そうしながら、この戦力ならあっさり倒せるだろうと彼は高をくくった。相手が強力な魔物で元魔王軍だとはいえ、流石に幹部クラスでもなければワンパンだろうと踏んだのだ。

 

「まあ、いいでしょう。このダニエル、かつては魔王軍幹部候補として君臨していた身、そう簡単にはやられません」

「……そういう後出しは卑怯だろ!」

「大丈夫よカズマ。ほら見なさいよ、こっちは王女が二人揃ってんだから。それに、しょせん候補でしょ候補。あたしたちは本物の幹部を倒してるんだから楽勝よ」

「うっわ~、なんだかすっごくフラグがびんびこびんしてますよ」

「いや意味わからんし」

 

 そんなやり取りを見透かしたかのように、ダニエルはチャーリーの名を呼んだ。先程倒されたはずのトロール、チャーリーは、その声に応えてピンピンした巨体を再び見せる。ついで、とばかりにいつの間にかいなくなっていたワイバーンが上空から雑魚トロールを投下していた。

 

「本来ならば手荒な真似はしたくないのですが。ここまできては致し方ありません」

「ダニエル様。トロール部隊の増援投下の準備が完了しました」

「流石ですねチャーリー。では、行きましょうか」

「ダニエル、貴様まさか、エルロードの街にトロールを!?」

「それは、そちらの誠意次第、といったところでしょうか」

 

 そう言ってトロールロードの口角を上げるダニエルを見て、ラグクラフトはギリギリと歯噛みをした。魔王軍であった頃ならばそれがどうしたと言い放ったのだが、今の後方腕組みプロデューサー状態である彼にはそれが出来ない。カルミナの歩みを止めてしまうようなことを許容は出来ない。

 

「くっ、仕方が――」

「クルァァ」

「了解、行くわよフェイトフォー。――グルァァァァ!」

「グルァァァァ!」

「ちょ!?」

 

 そんなこと知らんとばかりにホワイトドラゴン二体はその翼を大きく広げた。ドラゴンに戻ったシェフィと共に、フェイトフォーは即座に大空へと舞い上がる。最上級のドラゴンが突如目の前に現れたことで、ダニエルの用意していたワイバーンは一気にパニックになった。トロールを輸送していた籠を持ったまま右往左往し始め、中のトロールもしっちゃかめっちゃかになる。

 そしてそのタイミングで、フェイトフォーとシェフィはその口に魔力を溜め始めた。

 

「グルァァァァ!」

「クルァァァァ!」

「強靭! 無敵! 最強!」

「いやパイセン。言ってる場合じゃなくない?」

「まあでもあれで多分投下予定のトロールは大分こんがりちゃんされちゃったでしょうし、残りはチエルたちでぱぱっとちゃちゃっとちぇるちぇるしちゃいましょう」

「あー、そうね」

 

 アイリス、となかよし部は彼女に声を掛け、お願いしますという返事を聞いて踵を返して駆け出す。それに合わせるように、フェイトフォーも彼女達の上空に移動した。

 

「だ、だだだダニエル様!」

「落ち着きなさいチャーリー。……確かに、魔王軍幹部を倒したという話は嘘ではなさそうだ」

「別に、ここで引いてくれちゃってもいいんですよ」

 

 ペコリーヌのその言葉に、ダニエルはふむ、と頷く。が、それは出来ないと首を横に振った。自身は魔王軍とは特に関係のない野良魔物。だから、その行動原理は至極単純で、自分のやりたいことをやる、だ。

 

「アクセルハーツとここまで接近できる機会はそう訪れないでしょうから。こちらとしても千載一遇のチャンスを逃すわけにはいきません」

「あくまで戦う、ということでございますか」

「そちらが抵抗しなければ、戦う必要はないのですが」

「それは無理な相談だな」

 

 カズマの言葉に、他の面々も頷く。眼の前には投下された雑魚トロールとチャーリー、そしてその中心にいるダニエル。向こうの戦力は増加されているが、しかし。

 アイリスが前に出た。それに合わせるように、ペコリーヌと、そして等身大になったぬいペコが続く。事情を知らない者が見れば、おそらく三姉妹に見えるであろう。

 

「ぬいペコさん」

「はい」

「……お姉様の名を汚さないよう、お願いします」

「ご心配なく。わたしは本物に二回勝ってますから」

「ぬいペコになってからは全敗じゃないですか」

「勝ったことには変わりないですよ」

「違いますよ。だとしても今はわたしの方が勝ってます」

 

 珍しい姉の不貞腐れた顔。そしてそれに対する無愛想気味の同じ顔。どちらともなくふん、と鼻を鳴らすと、二人は揃ってトロールの群れに突進していった。

 

「行きますよ、ぬいペコ、《プリンセス――」

「分かってます、本物。《オーバーロード――」

『――ストライク》!』

「……息ピッタリではないですか」

 

 雑魚を薙ぎ倒していく姉と姉のコピーを見ながら、アイリスは微妙に面白くないような顔で、持っていた剣に力を込めた。

 当然雑魚トロールは薙ぎ倒された。

 

 



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その202

「よし、この調子でいけば問題なく倒せそうだな」

「またあんたはそんなこと言って……。向こうが奥の手を持ってたらどうすんのよ」

「お前が言うのかよ」

 

 ダブルペコとアイリスによってトロールの討伐カウントがガリガリ増えていくのを見ながら、カズマとキャルはそんなことを話していた。言われずとも余裕ぶっこいてフラグ立てた挙げ句しっかり回収するような趣味は自身にはない。横の彼女に向かい、彼はそんなことを続ける。

 お前じゃないんだから、という言葉は口にはしなかった。表情は思い切り言っていたが。

 

「ぶっ殺すわよ」

「事実を言って何が」

「キャルさま、主さま」

 

 はい、ごめんなさい。コッコロの言葉に、二人は思わず反射的に謝る。完全に親に叱られた子供であるが、いつものことなのでここにツッコミを入れるものは新参者だけだ。

 

「……アイリス姫の兄上が、なんか俺よりも年下の女の子相手に親子みたいなやりとりしてるが」

「そういうプレイか何かでは? それよりも、今はダニエルをどうにかしなくては、アイドル達が不幸になります」

「お、おう……」

 

 吹っ切れたのか、それともテンションがバグったのか。カルミナからアイドル全ての後方腕組みプロデューサー面になったラグクラフトに若干引きつつ、ダニエルをどうにかするというのは確かに正しいので気を取り直す。

 だが、目の前で無双している三人の美少女を見ていると、杞憂なのではないかとも彼は思ってしまうわけで。

 

「それにしても、アイリス姫の姉上は双子だったんだな。兄も姉もここに来ているとなると……やっぱり婚約話を進めるのは無理か」

「レヴィ王子。今目の前の出来事に集中してください。先程自分で言っていたようにあいつはかつて幹部候補だった男です。……アイドルに入れ込むあまり仕事をサボりすぎて首になった時はアホだと思っていましたが、今なら奴の気持ちも分かる」

「分からないでくれ、頼むから」

 

 とはいえ、だからこそ魔王軍を抜けて後方腕組みプロデューサー面になったのだから、そういう意味では結果オーライとも言えるかもしれない。そんなことを思いつつ、レヴィはラグクラフトに言われたように目の前の戦闘に集中し始めた。どのみち現状自分は役立たずなので、アクセルハーツと共に邪魔にならないよう支援を行うことしか出来ない。

 そんな結論を出してしまったので、結局彼の誤解は解かれることはなかった。

 

「ぐぅ……まさか、ここまでとは」

「ダニエル様。どういたしましょうか」

 

 増援のトロールが文字通り雑魚にしかなっていない。そんな状況を眺めながら、ダニエルはしかし考え込む仕草を取るとすぐさまチャーリーに指示を出した。我々はアクセルハーツを推す者、スタジアムを溢れさせることなど造作もない。

 

「そう、これこそが私の推しへの課金!」

「いらんわそんなスパチャ!」

 

 カズマのツッコミなど気にせず、ダニエルは再度トロールのお代わりを呼び寄せる。先程迎撃されたものとは別のワイバーンが現れ、トロールを乗せた籠が会場に押し寄せてきた。

 が、いかんせんその上空にはホワイトドラゴンが一体、待ち構えているわけで。

 

「クァァァァ!」

「ナイスだシェフィ!」

「ふ、ですが、それだけでは全てを止められますまい」

 

 フェイトフォーが王都の方に行ってしまったことで、先程よりは迎撃率が低くなっている。本来ならばそれがどうしたであったのであろうが、何をどうしたのか推しへの課金力だとかいうダニエルのそれは、次々に押し寄せてくる。シェフィが頑張っているが、五体満足で降下する籠もそれなりに増えてきた。ペコリーヌ、ぬいペコ、アイリスのトリオはその程度で揺るがないものの、現状は好転しないままだ。

 勿論、後方支援のカズマ達もそれは承知の上である。

 

「こいつ、無限に仲間を呼ぶタイプのボスか」

「何言ってんのかよく分かんないけど、どうすんのよあれ、ヤバいわよ」

「落ち着け。あの手のボスは本体をぶっ倒せば戦闘終了だって相場が決まってんだよ」

「ふーん。で? どうやってあのダニエルとかいうトロールロードをぶっ倒すわけ? ペコリーヌたちは雑魚の処理に回ってるわよ」

「では、わたくしが単騎で」

「コッコロは支援の要だから! そういう危ないのは他に任せろ」

「そうよコロ助。そういうのは別の……ん? あれ?」

 

 そこでキャルは気付いた。現状ボスに攻撃できる火力役で動けるのは、見渡す限り一人しかいないことに。

 

「あたしぃ!?」

「よしキャル、行って来い」

「無理に決まってんでしょうが! あたしの防御力なめんじゃないわよ、あれに突っ込んでいったら秒でミンチよミンチ」

「そこはアクシズの巫女の加護とかでどうにかなるんじゃないのか?」

「あんたアクシズ教何だと思ってんのよ。……いや、考えてみるとそう思われてもおかしくないか。じゃなくて! だとしても、無理なものは無理よ!」

 

 ワンチャンどうにかなるかもしれないと一瞬ぐらついたものの、そんな博打みたいな考えで命は張れない。出来そうにないと思えたことはきっと出来ないから無理してやる必要はないのだ。女神アクアもそう言っている。

 

「毎度思うけど、あの駄女神ほんと碌でもないな」

「何かしっかり話したことがあるような口ぶりね。まあいいわ、とにかく、あたしには無理よ」

「ならばやはりわたくしが」

「だからコッコロは駄目だって。おいキャル、なんで突っ込むこと前提なんだよ」

 

 一歩踏み出したコッコロを抑えつつ、カズマはジト目でキャルを見る。その視線にひるんだ彼女は、何よとむくれつつ口を開いた。あんたが機材壊さないようにしろって言ったんじゃない、と。

 

「だとしてもだろ。あの場所に魔法ぶっ放して会場の機材全滅は流石にない。制御できない爆裂魔法じゃあるまいし」

 

 嘗めるな、制御などお手の物ですよ紅魔の里の活躍見ていなかったんですかとアクセルの爆裂娘が抗議をしていたらしいが、生憎カズマには届いていない。

 ともあれ。そんなことを挑発染みた口調で言われたキャルは、ふんと鼻を鳴らすと杖を構えた。そういうことなら、ちゃんと見てなさい。そう言い放つと、推しへの課金だとか抜かしながら呼び寄せたトロールの中心にいるダニエルへと照準を定める。余裕ぶった顔をして、ペコリーヌ達を物量でどうにかしようとしているあの野郎へと。

 そのタイミングで、キャルのチョーカーが薄っすらと光を放ち始めた。

 

「ん? おいキャル、何か光ってるぞ」

「へ? あれ? 何で?」

「おそらく、キャルさまのお気持ちに反応をしたのではないでしょうか」

 

 なんだかんだ、ああ見えて、あんなんでも。女神アクアは身内への愛情が深い。そしてその加護をがっつり受けているキャル自身も、なんだかんだ仲間が大好き人間である。相性がいいというか、なるべくしてなったというか。そういう意味でもアクシズの巫女に選ばれたのは当然ともいえるかもしれない。

 

「おいそれ大丈夫なやつ?」

「あたしに聞かないでよ!? ど、どうしよう。これこのまま魔法撃っちゃっていいのかしら?」

「お前が分からなきゃ誰も分かんねーよ! あれか? こないだみたいに変身するとか?」

「なるほど、確かに。キャルさまの、ペコリーヌさまたちを思う心に呼応したのでしょうし、主さまのおっしゃっていることが正しいのかもしれません」

「うぇ!? べ、別にあたしはあの連中がウザいって思っただけで、別にペコリーヌたちやシェフィがあれだけ頑張ってるからどうにかしてやらないとなんて思ってもいないし!」

「……お手本みたいなツンデレしやがったなお前」

「うっさい! ……えっと? じゃあこれ、あたしがどうにかしてみんなを助けたいって思うと光るってこと?」

 

 めちゃくちゃ恥ずかしい。公開処刑みたいな発動条件を聞いて、キャルは思わず奇声を上げてその場から逃げ出したくなる衝動に駆られる。女神アクア様、何故そんな仕様にしたのですか。ちょっぴり嘆いて天を仰いだ。

 尚当の女神は、溜まり場で一緒にモニタリングしていたアメスに問われた際に分かりやすくていいじゃないと言い放ったとかなんとか。

 

「あぁぁぁぁぁもう! そうよ! あいつらの負担減らしたいって思ったわよ! 大事な仲間なんだから当たり前じゃない! 当然コロ助だってそうよ、あんたが無理しないようにって」

「俺は?」

「うっさい死ね!」

 

 ニヤニヤしているカズマにそう吐き捨て、だから、とキャルはチョーカーに手を添える。女神アクア様、そこまでいうのならば、きちんと力をお貸しください。一言添えて、僅かに目を閉じ、そして開く。大事な仲間の力になるならば、女神の力を使うことを躊躇わない。

 

「――変、身!」

 

 

 

 

 

 

 それに気付いて振り向いたダニエルが見たのは、高速で飛行するウエディングドレスのような衣装の猫耳娘であった。青き女神の力を纏い、まるで踊るかのように空を舞いながら突っ込んでくる。それは一種幻想的ですらあり、アクセルハーツのシエロ推しであったチャーリーですら一瞬見惚れてしまうほどで。

 

「はっ! ダニエル様! 危ない!」

 

 慌ててチャーリーが前に立つが、それがどうしたとばかりにキャルは拳を握る。そのまま振りかぶり、スピードを落とさないまま思い切り振り抜いた。

 

「《ゴッドブロー》!」

「おぶぉ!」

 

 格闘漫画のインパクトの瞬間みたいな顔面のひしゃげ方をして、チャーリーの巨体が吹っ飛ぶ。思わず避けてしまったダニエルの背後で雑魚トロールを巻き込んで会場の壁に突っ込んでいくチャーリーを見ることなく、彼は勢いを削がずにこちらを睨む猫耳少女を見た。

 

「ぐぅ、アイドルの輝きが見える……馬鹿なっ、私は、私はリア推しなのだぞ! そのようなものに惑わされるはずが」

「勝手にアイドル力の鑑定するんじゃないわよ! いいから、さっさとぶっ殺されなさい!」

 

 指を鳴らす。杖の魔導書がパラパラと舞い上がり、彼女の後ろで魔法陣を形作った。膨大な量の魔力が集約されていき、目の前の相手を全てまとめて消し去らんと唸りを上げる。ただならぬそれに、雑魚トロールも動揺を隠せずダニエルを守ろうと、ではなくダニエルを盾にするように後ろへと下がっていく。推しへの課金というのはあながち嘘ではなかったようで、アイドルオタクの有象無象でありダニエルへの忠誠心はチャーリーほど持ち合わせていないようであった。

 

「ぐっ、私は、私はっ……リアの、推しの自分だけのコンサートを見るまでは――」

「《アビスエンドバースト》ぉぉぉぉぉ!」

 

 巨大な魔力の奔流がダニエルへと叩き込まれ、盛大な爆発とともに天に届かんばかりのオーラの爆風が上がる。その威力はまさに神のごとし。コンサート会場なんぞ木っ端微塵にしてしまうほどの強大なもので。

 

「……やっば」

 

 思った以上に力を貰っていたらしい。裏返せばそれだけキャルの仲間大好きパワーがでかかったのだが、それはそれとしてやり過ぎ感は否めない。というかこの規模の爆発だと普通に仲間も木っ端微塵である。

 まあそこは腐っても女神の力。器用にも仲間にはダメージが行かないようにされているらしく、被害はトロールの群れとダニエルにチャーリー、そして会場くらいであった。ちなみに最後が大問題である。そこは考慮してくれないのは加護を与えているのがアクアだからである。

 

「わぁ……やばいですね☆ きれいに吹き飛びましたよ」

「そうですねお姉様。綺麗さっぱり吹き飛びました」

「……それは問題なのでは……いやまあ、魔物のわたしが心配することじゃないですね」

 

 パチパチと手を叩いているペコリーヌと同意しているアイリスの脳筋姉妹を見ながらぬいペコは溜息を吐いたが、いつものことかと諦めた。上空ではシェフィがうんうんと同意している。どちらの同意かは聞かないことにした。

 そして当の本人である。やっば、と思わず呟いたキャルは、空中に浮かんだままゆっくりと後ろを振り向いた。やりましたねキャルちゃん、と拳を突き上げているペコリーヌを見てちょっぴりドヤ顔をし、そしてお見事ですと笑顔を浮かべているコッコロを見てドヤ顔を強くさせて、そして最後に。

 

「……よし、宰相に弁償させよう」

「あれ?」

「何だよその顔。俺がここで責めるようなやつに見えるのか?」

「うん」

 

 即答である。ついでに割と食い気味であったことでカズマの眉がピクリとしたが、ふんと鼻を鳴らすと、自分はそんな器の小さな男じゃないと何故かキメ顔でそう言い放った。

 そもそも、ラグクラフトとダニエルは顔見知りであり、ある意味協力関係でもあった間柄だ。今回の事態を引き起こした原因の一つは間違いなくそれであり、だからこそ多少の便宜は図って然るべき。時間が掛かれば掛かるだけ王都の被害も増えていただろうから、この程度で済んでむしろ喜ぶべきだ。

 まあつまりそういう方向で自分達は悪くないということにするらしい。

 

「別に間違ってもないしな。アイドルのためだし、あの宰相ならそれくらいやってくれるだろ」

「……確かに、そうかもしれないわね。ふう、安心したら気が抜けちゃった。この格好でいるのも結構力使うし、さっさと元に――」

 

 背後が光った。ん? と振り向いたキャルは、何だかよく分からない輝きとともに一点に集まって結晶化していくそれを見た。まるで雷が武器へと変貌したようなそれは、巨大な金槌にも見えて。

 

「ふ、ふはははははは」

 

 瓦礫からダニエルが姿を現す。あの攻撃でも無事だったのかと目を見開くキャルを視界に入れた彼は、いえいえとゆっくり首を振った。

 

「まともに喰らえば私も木っ端微塵でしたよ。ですが、何という僥倖。長年の研究で持ち出した封印された古代兵器が守ってくれたのです」

 

 バチバチと光るハンマーを見やる。そうしながら、まさか封印まで解けるとは、とダニエルは心底楽しそうに笑った。これで形勢逆転だと言わんばかりに笑みを浮かべた。

 

「『女神の如き舞いを披露せしもの、青き衣をまといて封印の地に降り立つべし』。この条件を満たさずとも封印が解けるとは……どうやら運は私に味方しているようです」

「……んん?」

 

 今なんつった。ダニエルの言葉に一瞬動きを止めたキャルは、確認の為にカズマに視線を向ける。

 こくり、と何か色々諦めた顔で彼はゆっくりと首を縦に振った。

 青き女神の力を衣のようにまとったキャルが空を舞いながらダニエルに、正確にはダニエルの持っていた封印物に魔法をぶっ放した結果、ガバ判定で条件を満たしてしまったらしい。

 

「なぁぁぁぁんでよぉぉぉぉ!」

「流石にこれは不可抗力では……」

「やばいですね」

「はい。……やばいですね」

「クルゥゥゥ」

「主さま。どうか」

「いや責めないって……キャルの不幸嘗めてたわ……」

 

 封印された古代兵器を構えるダニエルを見ながら、集結した一行はどうしたものかと前を見る。明らかに普通とは違うそれは、古代兵器というよりはむしろ。

 

「お姉様、あれは」

「そうですね。わたしの持っている王家の装備と同じ感じがします」

「じゃあれ、神器ってことかよ……」

「やばいですね」

 

 アイリスとペコリーヌの装備もそうであるし、これまで見てきた神器は完全なる使用者でなければその力を発揮することは出来ない。であれば、あの古代兵器もある程度の制限はかかるであろうことは予想出来るが、しかし。

 

「どの程度まで、制限されるのでございましょうか……」

「そこが分からないとなぁ……」

「ふむ。では見せてあげましょう、この古代兵器の力を! 唸れ……稲妻よ!」

 

 カズマ達のやり取りを聞いていたのだろう。余裕を取り戻したダニエルはそのハンマーを天に掲げ、強大な力を叩き込もうとする。それだけで、まともに喰らえば一巻の終わりであろうことを感じさせた。

 

「アイリス!」

「はい、お姉様!」

 

 そう判断した二人の行動は素早かった。キャルは変身の力はもう残っていない。ぬいペコとシェフィでは力が足りない。ならば自分達でやるしかない。

 変身したペコリーヌと、剣に力を込めたアイリスは、真っ直ぐにダニエルを見る。神器だからどうしたというのだ。それをいうのならば、自分達だってそうだ。否、勇者の血筋を持っているのだから、こちらの方がずっと。

 

「《超! 全力全開――」

「《セイクリッド――」

「む……!? 成程、小手調べでは駄目なようですね。いいでしょう、最初から全力でいかせてもらいます! トールハンマー!」

 

 三つの神器が唸りを上げる。怪獣大決戦のような様相を帯びてきたそれに、見ているものは緊張で思わずごくりと喉を鳴らした。

 どの攻撃も、こんな場所でぶっ放すものではない。そういうツッコミを入れられる者も、当然いない。

 

「――プリンセスストライク》!」

「――エクスプロード》!」

「唸れ、稲妻!」

 

 大爆発二回目。木っ端微塵になったコンサート会場が再び木っ端微塵になるほどの威力のぶつかり合いの余波で、カズマ達は思い切り吹き飛ばされてしまう。アクセルハーツ達を含めたそんな全員を、シェフィがギリギリでなんとか抱きとめた。

 そうして出来上がったクレーターの中心部には、剣を振り切ったペコリーヌとアイリスの二人が。

 

「ペコリーヌ! アイリス! 大丈夫か!?」

「あ、あはは。ちょっとやばかったですけど、わたしは大丈夫です。アイリスも」

「はい、お義兄様。この通り」

 

 カズマの声に、二人はひらひらと手を振ることで無事なのをアピールする。そうしながら、彼女たちは視線を戻して前を見た。神器の力がぶつかりあったことで、お互いに攻撃は届かなかったらしい。それはつまり。

 

「ダニエルもダメージがないのか」

「はい、恐らく……あれ?」

 

 緊張の表情でそう返し剣を構え直したペコリーヌであったが、そこでふと気付いて目を瞬かせた。アイリスも同じように、そこに立っているダニエルを見て、首を傾げている。

 カラン、と彼の持っていたハンマーが地面に落ちた。チャージが必要なのか、輝きが収まったそれを拾うことなく、トロールロードの巨体はピクリとも動かない。

 何が起こったんだ。そんな疑問が渦巻く中、カズマの眼前に何か紙が落ちてきた。それを拾い上げると、何やら説明らしきものが書かれている。この度はトールハンマーをご利用いただきありがとうございます。そんな一文から始まって、そしてその先には、非常に危険ですので生身のご使用は避けてくださいとの文字が。

 

「……それ、防御用の魔導具が無いと、使った分のダメージを自分も受けるみたいだな」

「えっと? と、いうことは……」

「自分の攻撃のダメージで……」

 

 小手調べを最初に放っておけばこうはならず、ダメージは最小で済んだ後説明書に気付き防御用の魔導具を探したのだろう。だが、眼の前の相手のせいでいきなり全力使用をする羽目になってしまった。

 その結果が、目の前のダニエルの惨状である。封印をガバ判定で解いた辺りで彼の運は尽きたのだろう。

 

『……やばいですね』

 

 立ったまま力尽きた害悪アイドルオタクの末路を見ながら、王女姉妹は言葉を揃えてそう呟いた。

 

 




我が生涯がいっぺんに台無し!


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その203

害悪ファンのあとしまつ


 エルロード王都に襲来しようとしたダニエルが用意した害悪ファントロール共は、ホワイトドラゴン二体の活躍によりその規模を大幅に減らしていた。被害は極力抑えられ、町の人々も怪我人はほとんどいない状況である。

 それも、ゼロというわけにはいかない。トロールはある程度の数王都に現れ、アイドルの匂いのするスポット目掛けて突撃をしていた。

 

「アカリ、そっちの具合は?」

「んっ……っと。思ったより大きいけれど、そんなにキツくないみたい」

「規模の話ね!」

「そうだよ?」

 

 ヨリとアカリの姉妹はそんなことを言いながら、やってくるトロールを一箇所に留める。ある程度の実力はあるとはいえ、こいつら相手に無双出来るほどの強さを持ち合わせていない二人は、決定打を持っている誰かを待ちながらこうして待ち構えていた。

 そのタイミングで、トロール達の足元になにやら魔法陣が浮かぶ。何が、などと考える暇もなく、そこから生み出された呪文によって害悪ファンはまとめて吹き飛ばされた。よし、などと言いながら首を鳴らしているのはオクトー。そして、視線は別のトロールの集団へと向けられている。

 

「こっちは終わらせたよ、ノウェム」

「おう。ならこっちも――薙ぎ払え!《天楼覇断剣》!」

 

 瞬間。彼女の手に喚び出された大剣の一撃でトロールは薙ぎ倒された。振り抜いたその大剣を肩に担ぎながら、いっちょあがりだ、とノウェムはケラケラ笑っている。

 

「相変わらずだねぇ、その剣の威力」

「なんだなんだ、羨ましいのか? でも駄目だぞ、これはアタシだけの特典だからな」

「はいはい。別に取って奪おうなんて考えちゃいないから」

 

 それよりも、とオクトーは視線を動かす。こっちはもう大丈夫だというヨリ達の言葉を受け、彼はノウェムを連れて別のポイントへと移動しようと足を動かした。

 その道中、ホワイトドラゴンが空中からブレスを吐いてトロールを薙ぎ倒している光景が視界に映る。

 

「うひゃー、あいつらも派手にやってるなぁ」

「こちらとしては手間が省けて丁度いいけれどね」

「何言ってるんだ。出番がなくなるってことは、大悪党への道のりが遠くなるってことだぞ!」

「この程度では別に遠くも近くもならないよ。っと、ノウェム」

「伏せろオクトー」

 

 瞬時に屈んだオクトーの頭上を天楼覇断剣が通過する。こちらに襲いかかろうとしていたトロールと、その後ろにいた害悪ファンの集団はそれだけで真っ二つにされた。やれやれ、と何事もなかったかのように立ち上がった彼は、ドヤ顔をしているノウェムを見て、そしてその頭をポンポンと叩く。

 

「ナイスだよ、ノウェム」

「だったらちゃんと撫でろよ。じゃなくて、子供扱いするな!」

「だって子供じゃん?」

「そこまで年は変わらないだろ!」

 

 ギャーギャーと騒ぎながら歩みは止めない。ついでに言うなら見かけた害悪ファンは始末していく。そんな光景を避難するエルロードの住人はどこか安心した様子で見守っていた。別段心配することもなく、なんなら頼もしいものだというように応援していた。

 オクトーとノウェム。エルロードでは有名な『大悪党』である。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでダニエルも自爆し、害悪ファンの王都侵攻は無事鎮圧された。それによって起きた被害は大きくはないものの、決してゼロではない。だが、王族であるレヴィも宰相であるラグクラフトもその辺りの復興をケチることはなかったので、王都の住民は安心して生活を再開していた。

 それとは別の場所で。渡された書類を見て動きを止めている少年が一人。この流れ前もやったような気がすると若干思いながら、それを渡してきた相手を向いてこれは一体何なんだと問いかける。聞くまでもないだろう、と目の前の親子の目が物語っていた。

 

「せいきゅうしょ」

「それは見りゃ分かる。いや、はい、分かってるんだけどさ」

「国が補填してくれるのではなかったのか。というところが気になるのですな?」

 

 そりゃそうだとカズマは頷く。あの状態でこちらに責任が来ることは流石にないだろうと言葉を続けた。ダニエルはアクセルハーツの害悪ファンであったとはいえ、大本を辿ればラグクラフトが元魔王軍のよしみで見逃すどころか一部協力までしていたのが原因である。こちらから文句を言いに行くことこそすれ、向こうから何か言われる筋合いはない。

 そんな彼の言葉に、プレシアはそれはそうと頷いた。アゾールドも娘のそれに反論することなく、どこか人の良さそうに見える笑みを浮かべたままである。

 

「だから、これ。延滞料金。だよ」

「……は?」

「お忘れでしたかな? ツアーの最中に用意する機材は、その都度ではなく一括でレンタルするという契約をしたではありませんか」

「ああ、そういやそうだな。その方が手続きも面倒くさくなくて安かったし」

 

 ライブの開催ごとにライブビューイングの用意などしてられないので、エルロードでツアーをしている間はずっと貸し出してもらうように交渉していたのだ。勿論その間はこの機材を何かの用途で使用する機会が失われるため、その辺りも踏まえた契約であったのは間違いない。

 

「いやでも、他の用途なんかないだろ?」

「むしろ、今回のツアーの用途が特別だったのです。アイドル事業の新しい形としての宣伝にもなりましたが、それ一本というわけにもいきませんからな」

「にそくのわらじ」

「……だとしても、別に機材の補填はされてるんだろ? 何の問題もないだろ」

「ええ。それそのものは何の問題もありません。ですが、ワタクシは商売人でして」

 

 慈善事業ではない以上、取り立てはきちんと行わなくてはいけない。特例だからと見逃すと、後々にそれが借金となって襲いかかってくる可能性だってあるのだ。

 

「いちおう。王城には言ったよ。パパ、おひとよし。だから」

「あ、こら。そこは黙っておくところだろう」

 

 機材はともかく、そこの補填は適用外だと言われたらしい。そんなわけで取り立てる先がカズマに戻ってきたので仕方なく、ということなのだろう。

 ここで知るかよ、と突っぱねることができればカズマとしても楽だったのだが。いかんせん彼のパーティーメンバーの大半はこういう時お人好しが服着て歩いているような面々ばかりである。ついでに言うならば、カズマ自身も悪意には悪意を持って返すだけで根っからの外道ではない。

 

「そういうわけだから。悪い人のえんぎをしたパパにめんじて、支払いおねがい。します」

「やめたげて。アゾールドのおっさん悶えてうずくまってるから」

 

 娘に色々暴露されて悶える恰幅のいいおっさんは、絵面もさることながらその心情も見ていていたたまれなかった。分かったから、と思わずなだめてしまうほどに。

 ともあれ。回り回ってやってきた補填されない分の請求を受け取ってしまったカズマなわけで。

 

「えっと? ひーふーみー、げ、結構高いわね」

 

 戻ってきた彼の持っていた書類を覗き込んだキャルが思わず顔を顰める。不可抗力とはいえ、真っ先に機材を全滅させたのは彼女である。こういう場合、自分が一番矛先が来るのだということをこれまでの経験でよく分かっていた。

 

「ですが、支払えない金額ではございません。恐らく、アゾールドさまも最大限の譲歩をなさってくれたのでしょう」

「機材自体はエルロードで補填されるといっても、それまでの間商品が扱えないわけですしね」

 

 コッコロとペコリーヌの言葉を聞いて、まあそうだよなぁ、とカズマも溜息を吐く。ここでバニルみたいな交渉をされていたら自分もそれなりの対応をしていたのに。そんなことを考えながら、まあそれでもある程度の儲けは出るようにしているんだろうなと抜け目のなさそうなあの親子のことを思いぼやいた。

 

「それで、どうするの? 今すぐここで払ってしまう?」

「まあ、その方が確実ですよね」

 

 シェフィとぬいペコのそれに、カズマもまあそうだなと返した。変に後日とか数回に分けるとかすると、それはそれで面倒な事態になりそうではある。あの様子だと支払いを終えたらはいそれまでと繋がりを打ち切るようなこともないだろうから、ここらで一つ誠意を見せておけば、今後何かコネを使うのにも役に立つかもしれない。

 そう結論付けた彼は、善は急げと支払額を用意することにした。持ち合わせからは流石に難しいので、多少手数料は取られても銀行から引き出してしまうのが一番手っ取り早い。

 

「あ、でも。今って銀行やってるのかしら?」

「あの襲撃からまだそこまで経っておりませんし、どうなのでしょうか……」

 

 二人の言葉を聞いて、そういえばそうだと思い直し足を止める。視線を動かしても、それについて正確な答えを出してくれる人物はここにはいない。行ってみて、駄目だったら別の手を考える。それくらいしか現状を進める方法はないのだ。

 結局か。そんなことを呟きながら、カズマは再び足を踏み出した。

 

「いざとなったら、アクセルハーツの運営から支払ってもらうか」

「どっちにしろ銀行動いてなきゃ駄目じゃない?」

 

 そりゃそうだ、とキャルの言葉を聞いて吐き捨てるように彼はぼやいた。

 

 

 

 

 

 

「面目ない!」

 

 時も時間も変わって、エルロード王城。アイリス達一行相手に、ラグクラフトは平謝りを決行していた。本来ならば第一王女ユースティアナ込みのカズマ達も呼ぶのが筋かもしれないが、いかんせんあちらの面子は名目上は今回の同盟には無関係ということになっているので、正式な謝罪の場は設けられない。勿論後日公ではないが謝罪を行ったのだが別段何もなかったので割愛。

 ともあれ。今回の件である。ダニエルの暴走で一大事になってしまったことを、宰相である前に元魔王軍諜報部隊長であるラグクラフトは非常に責任を感じていた。魔王軍であったこと、アイドルファンであったこと、それらを加味してなんとなく連帯意識をもってしまっていたのが今回の始まりの全てである。

 

「いえ、結果として被害は最小限に抑えられましたし」

 

 アイリスはそんなラグクラフトに言葉を返す。あの時のやり取りを見る限り、もし彼が抵抗していた場合、最悪ラグクラフトはダニエルに殺され、アイドル大国の後方腕組みプロデューサーを失ったことで国が乱れていた可能性すらある。そう考えると、一概に責めることも出来ないのだ。

 何より。

 

「エルロードとベルゼルグは同盟国ですので」

「……ありがとうございます。このラグクラフト、エルロードの宰相として、これからもベルゼルグとの同盟を強固なものにしていきたいと思っております」

「待て待て。俺を省くな。宰相だけでなく、エルロードの王族も同じ思いだ」

 

 横にいたレヴィも言葉を続ける。そうしながら、そのために一番いいのはやはり王族同士の繋がりではないだろうか、などとぽつぽつであるが口にした。

 

「何だか必死ですねぇ。ユニ先輩的にはこういうのもアオハル大爆発みたいなちょっぴり甘酸っぱいちぇるっとした青春群像グラフィティを描いちゃったりするんです?」

「言い方。まあ、あのくらいの男子はあんなもんだって。生暖かく見守ってやり」

「然り。そもそも、愛だの恋だのは当人同士の間で燃え上がり揺れ動くものだ。外部の人間がとやかくいうものでもあるまい。無論、節度を守るという大原則はあるが。それを踏まえれば、彼の行動は別段問題視するものではなく、チエル君の言うほどのものでもない。端的に換言すれば、いいから見とけ」

「はーい。……じゃあ質問変えますけど、アイリスちゃんがあの王子の告白受けると思います?」

「いや無理っしょ」

「無理だな」

「むり」

「そういうのは当人に聞こえないところでやれぇ!」

 

 レヴィの絶叫が部屋に響き渡ったが、なかよし部のやべーやつらは意に介さない。彼の横のラグクラフトも肩を震わせており、どうやら味方は一人もいないことを伺わせた。とはいえ、彼自身も分かっているのだ。自分の望みは決して叶わないことを。

 そもそも推しが婚約者になるとかそれはそれでなんかこう不可侵なものを汚してる気がしないでもないのだけれども、でもガチ恋勢としてはそういうのも一種の夢のシチュエーションなので実現しちゃったらそれはそれで最高とか思えてしまうような気がしないでも。

 

「レヴィ王子」

「はっ! あ、ああ、なんだろうか」

「ごめんなさい」

 

 ど直球にお断りされた。あんなしどろもどろの回りくどい告白もどきを、思った以上にばっさりといった。

 

「え、いえ。その、決してレヴィ王子が嫌だというわけではないのですけど……でも良いわけでもないというか」

「ごふっ」

「私、その……お姉様に憧れているのです」

 

 追撃を食らって咳き込んだレヴィは、その言葉に我に返った。どういうことだ、と首を傾げる彼に向かい、アイリスはあははと苦笑しながら言葉を続ける。自身の姉は、自慢の姉であり、目標であり、尊敬すべき相手であり、憧れであり。そして。

 超えるべき、壁なのだと。

 

「お姉様がお付き合いなさっているお相手は、見た目はパッとしませんし、根は悪い人ではないのですが捻くれていますし、実力はそれなりにあるはずなのにサボり癖があって他力本願ですし、真っ当なことをするより抜け道や人を出し抜くようなことの方が得意なダメ人間なのですけど」

「それ王族の恋人として大丈夫なやつなのか?」

「けれども、いざという時には仲間や大切な人のために自ら飛び出していける人で、しょうがないだなんて言いながら、問題を解決させようと必死で色々と考えて実行してしまう人で、その結果相手がデストロイヤーでも魔王軍幹部でも、私でも関係なく立ち向かえる人で」

 

 だから、とアイリスは微笑む。本人が目の前にいたら絶対に、死んでも言わないであろうことを口にする。視線でなかよし部には強く、具体的には言ったら殺すとばかりの眼光で口止めをしながら口にする。

 

「私は、そんなお義兄様のことが、好きなのです。異性としてではなく、一人の人間として、お姉様の隣に立つものとして」

「……そうなのか」

「はい。なので私は、そんなお姉様と同じように、心から信頼できて、愛することの出来る人を婚約者にしたいのです」

「……俺はまだ、そこには至れないか」

 

 それならしょうがないな、とレヴィは笑った。完膚なきまでに振られたが、それでも彼の中には一種の清々しさがあった。そして同時に、まだ可能性は消えてはいない、と思えるだけの前向きさがあった。

 

「なら、アイリス姫。一つお願いがある」

「はい、なんでしょうかレヴィ王子」

「俺と、友人になってくれないか?」

 

 そう言って彼は手を差し出す。表情は笑顔、色々と吹っ切れた、一歩前に進んだ少年の顔だ。

 それを彼女は迷うことなく握り返す。ベルゼルグとエルロードは同盟国で友好国だから。そんな建前は別段気にせず、ただただ彼の言葉に応えるように。

 

「はい、よろこんで。私とお友達になりましょう」

「アオハルぅ~」

「しっ、茶化すな。黙って見とき」

「然り。ここは我らは壁になるのが最善だ」

「かべー」

「だから聞こえてんだよ!」

 

 



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その204

 会談も終わり、アイリスはレヴィに案内され城から帰ることとなった。王子が自ら、と思わないでもないが、友人なのだからという言葉を伝えられれば無下にも出来ない。

 そうして城門まで歩いている最中、アイリスはあれ、と首を傾げた。どうしたのかというなかよし部に向かい、一緒にいた面子が一人足りないのだと述べる。具体的にはフェイトフォーがいない。

 が、それを聞いたチエルもクロエもユニも、別に心配はいらないと告げた。向こうと合流しているだけだと言葉を続けた。別段何も動揺していないので、アイリスもそうなのかと思わず納得しかける。

 

「向こう?」

「ですです。まあアイリスちゃんは気にしないで全然オッケーなことですし、なんならチエルたちもまるっと気にせずオールオッケー案件なんで」

「そういうこと。うちらが気にしても何もなんないから」

「然り。むしろ学院長と守護竜の悪巧みに自ら進んで関わる方が悪い結果に繋がるだろう。我らは遠くから知らぬ存ぜぬで通せばいいのだよ」

「今物凄く不穏な方々の名称が聞こえた気がするのですが」

 

 アイリスのその言葉に、なかよし部は揃って笑顔を浮かべた。言葉は紡がない。それだけで何が言いたいのかを理解した彼女は、三人に向かって分かりましたと頷くことにした。それ以上話を進めないことにした。

 

「……アイリス姫」

「大丈夫です。私は大事なお友達を信じていますし。何より、あの方はお姉様のお友達ですから」

 

 まあ当たり前のように聞こえていたレヴィは口を挟むのだが、しかしアイリスの返しで口を閉じた。お友達は信頼している。その一言で、自分もそのカテゴリに入れられていると自惚れて嬉しくなってしまったからだ。彼の道のりは遥か遠い。

 ともあれ。そんなある意味ボロクソ言われている学院長ことブライドル王国第一王女リオノールは。

 

「そういうわけですから、こちらとも仲良くしていただけると助かりますわね」

「ぐっ……」

 

 エルロードの宰相ラグクラフトを脅し、もとい、宰相と交渉を行っていた。その後ろではブライドル王国守護竜ホマレが静かに佇んでいる。さらにその横では先程アイリス達と帰ったはずのフェイトフォーが呑気におやつを食べていた。

 竜の中の竜、神獣に勝るとも劣らないとされる存在に睨まれている状態では、元魔王軍といえどもドッペルゲンガーでは為す術もない。それを踏まえた上での交渉となれば、それはもう脅迫以外の何物でもないのだ。

 それを承知の上であろうリオノールは、ふうと息を吐くと、そんなに緊張しなくともと微笑む。見目麗しい女性のその表情は、普段であれば緊張を解くに値するものだったのかもしれないが、しかし。

 

「この状況で何をどう気を抜けばいいのですかな?」

「何をどう、って。だから別に私はあなたを脅迫しに来たわけでは、ちょっぴりしかないのよ?」

 

 あるんかい。思わずそう言いかけて、ラグクラフトは飲み込む。会話を始めてほんの僅かしか経っていないが、それだけでも目の前の彼女のペースに巻き込まれてしまえば一巻の終わりであると己の本能が述べていた。なので、その代わりに咳払いを一つ。

 

「それで。今回の会談の場の目的は何でしたか?」

「あら、二度も言わせる気? 私たちとも仲良くしてくれると助かります、と言ったんですけど」

「……同盟を結べ、と?」

「そんな堅苦しくなくても別に構わないんですけどね。あ、でもそういう目に見える成果になったほうがお父様にも受けがいいわよね。じゃあ同盟で」

「姫様、同盟ってそんな酒場の注文みたいに気軽にするものじゃないんだけどね~」

 

 あはは、と全く困った様子も見せずむしろ楽しそうにホマレがツッコミを入れる。止める気はゼロだ。分かっていたことだが、この流れに抵抗できるものがいないのを確認したラグクラフトは溜息を吐いた。騒動が解決してめでたしめでたしだと思っていた矢先にこれである。彼がドッペルゲンガーだから我慢できたが、人間ならば我慢できなかっただろう。

 

「しかしながら。我が国とそちらの国とが同盟を結ぶ理由が必要では?」

「ブライドル王国とベルゼルグ王国は友好国で同盟国よ。繋がりも強いし、お互いに信頼関係が築けているわ。実際、今回のアイリスちゃん、こほん、アイリス姫の有能な同行者はブライドル王国所属でしたから」

「あの頭おかしいやべー連中はそっちの国の人間か!」

「あれ? 逆効果?」

「流石は姫様だね~」

「だから褒めるところじゃなくない!?」

 

 ちなみにであるが、リオノールは本気でなかよし部を有能だと判断している。性格が多少ぶっ飛んでいようと、やべーやつらであろうと、別にそれも踏まえていいよねという判定なのだ。本人の性格がアレだからと言ってはいけない。ラインだった頃のダストもモニカも既に飽きるほど言い続けた。

 

「でも宰相さん。この国の人間も割と大概じゃないかな~。あそこの自称大悪党とか」

「そんなもの一部だ。大半の人間は」

「立て直さなかったらギャンブルで破滅していた国民はまともじゃないと思うよ」

 

 会話を引き継いだホマレにバッサリいかれた。ぐうの音も出ないのでラグクラフトは押し黙るしか無い。かつての苦労を思い出し、彼は静かに天を仰いだ。

 そんな宰相の姿を見て、ホマレは楽しそうに笑みを浮かべている。別に他人が苦しんでいる姿が楽しいというわけではない。そんな悪魔が悪感情を摂取するような理由ではなく、ただただそういう気分なだけである。余計にたちが悪かった。

 

「じゃあ気を取り直して。宰相、同盟よろしく」

「国民が国民なら姫も姫か……」

「失礼しちゃうわね。私はただ、成果を上げて評判を高めればラインを無理やり娶っても文句を言われないだろうからやってるだけよ」

「やべー姫だ……」

「正直、もうユースティアナ姫とカズマ君が恋人関係になった時点で、評判よりもラインくんの気持ち次第だと思うけれど。まあ面白いし、私はどっちでもいいからな~☆」

「ふぇいとふぉーはだちゅとが幸ちぇならどっちでも」

 

 じゃあ同じだね、とホマレは微笑んでいるが、フェイトフォーはそれに若干首を傾げていた。流石の彼女も丸め込まれないらしい。ホマレは気にしていないが。

 ともあれ。眼の前のやべー姫相手にラグクラフトは大分引き気味である。なまじっか、その後急に同盟について真面目に話し始めたことで警戒度が更に上がった。きちんと双方のメリットを書面にしている用意周到さが怪しさに拍車をかけた。

 

「まあ堅苦しくない理由を言うと、カルミナを支援したいって気持ちもあるのよ。うちの優秀な側近候補の一人がカルミナすこすこ侍だし」

「それは……しかし」

 

 アイドルに弱い。正直こいつも大概なのだが、いかんせんそれにツッコミを入れてくれるレヴィは婚約者はダメだったが友人にはなれた推しのアイリス優先でここにはいない。

 まあこれは時間の問題かな。そう判断したホマレは、ならばそろそろ飽きてきたし話を切り上げるかと小さく手を上げた。ちょっといいかな、と割り込んだ。

 

「宰相さん、フェイトフォーちゃんに守ってもらわなかったら死んでたよね? 実はこの子は、以前誰かさんがブライドル王国に送ってきた魔物も退治しているんだよ~♪」

「……弱みにつけ込む気ですかな?」

「そうじゃなくて。うちのドラゴン優秀でしょう? 喧嘩欲の発散をするために、おっと、修行も兼ねて、守護竜候補を一人貸し出そうかな~って」

 

 確か、あのトロールロードがいなくなったことで野良ドラゴンが調子付いているんでしょう。そう続けて口角を上げるホマレを見て、ラグクラフトは思わず怯んだ。

 確かに。あんなんでも元魔王軍幹部候補。その存在は周囲の野良魔物を押さえつける防壁の役割も果たしていた。それが無くなった今、余計な連中の台頭が問題になっており、その中でも鉱山に居座るドラゴンは目下新しい問題となってはいた。

 ただ、まだそれを知る者はごく僅かで、他国のものが知る機会など。

 

「私はそういうの、よく見てるからね~☆」

「……っ」

 

 ゆっくりと、ほんの少しだけ開かれた赤い瞳に気圧され、ラグクラフトは後ずさる。ああこれは誤魔化せない。そう結論付けた彼は、しかし守護竜候補を貸し出すというのは割と破格ではないかと前向きに考えることにした。

 こうして、ベルゼルグ・ブライドル・エルロードの三国は友好国にして同盟国となり、その繋がりを強固なものに変えた。

 

 

 

 

 

 

「終わってみれば、結局いつもの流れだったな」

 

 ドラゴン状態のシェフィの背に乗ったカズマがそんなことを言いながら横になる。その頭をそっと自身の膝に乗せながら、コッコロは優しく微笑み彼の頭をさらりと撫でた。

 

「それでいいではありませんか。主さまのご活躍によって、エルロードも平和になりました」

「何かその言い方だとこいつ一人の手柄みたいね」

「い、いえ。決してそのようなことは」

「おいキャル、コッコロいじめんな」

「いじめてないわよ。あたしはただ、コロ助だってその活躍の一人なんだから胸張ればいいのにって思っただけ」

 

 ふん、と鼻を鳴らすキャルを見て、コッコロは嬉しそうに笑う。ありがとうございます、と彼女にお礼を言うと、ですがそれはキャルさまも同じですと言葉を返した。

 

「そうですよ、キャルちゃん。あのトロールロードの戦いでは大活躍だったじゃないですか」

「大活躍したのはあんたでしょうが。結果的に自爆したけど、あの神器の威力相当のものだったじゃない。あんたとアイリス様いなけりゃどうなってたか」

 

 横にいるペコリーヌも笑顔で同意するが、やはりキャルはそんなことを返す。それを聞いた彼女は、それじゃあみんなの活躍ということで、と笑みを強くさせた。

 

「勿論、シェフィちゃんもぬいペコも。当然、アイリスやなかよし部のみんなもですよ」

 

 そう言って大きく手を広げるペコリーヌに反応するようにシェフィがきゅいと鳴き、どういう原理で聞こえていたか知らないが並走していたフェイトフォーの背中ではアイリスがはしゃぐ。

 相変わらずだな、とカズマはそんなアイリスの姿を遠目で見て、そのまま視線をコッコロ、キャル、そしてペコリーヌへと動かした。

 

「……今度は、ただの観光旅行とかするのもいいかもな」

「アゾールドさまもプレシアさまも、また来てくださいと快くおっしゃってくれましたし」

 

 あの二人には今回終始世話になりっぱなしであった。悪意には全力で仕返しするタイプではあるが、カズマは恩を仇で返す人間ではない。もしベルゼルグに商売の手を広げるなら、手伝ってあげようと思うくらいには情が湧いていた。アクセルなら財団も紹介できるし。

 

「あの自称大悪党も、また来いとかそのうち遊びに行くとか言ってたっけ」

「ノウェムはともかく、オクトーはそこそこ偉い貴族だろ? 大丈夫なのかよ」

「シエロがアイドルやってる時点で今更じゃない?」

 

 言われてみればそうか、とカズマは思い直す。そもそもとして今ここで呑気に鼻歌を歌いながらおにぎりを食べているパーティーメンバー兼恋人がベルゼルグ王国第一王女だ。これを超えるには王様レベルがその辺をぶらついていなければならない。

 

「ふぉうひまひはか? はむはふん」

「食べるか喋るかどっちかにしろ」

「むぐむぐはぐはぐ」

 

 知ってた。先程までのことを踏まえてまあどうでもいいやと結論付けたカズマは、改めて今回の状況を思い返す。王妃との約束は一応達成しているはずだ。ここで難癖をつけられたらしょうがないが、それでも徹底抗戦するつもりではある。最初に告げた条件には違反していない以上、とやかく言われる覚えはないのだ。

 

「大丈夫ですよ」

「ん?」

「お母様はそういうところはちゃんとしてますから」

「……だといいな」

 

 ペコリーヌの言葉にそう返すと、彼はコッコロの膝枕を堪能しながら空を仰ぐ。国の問題も解決し、ペコリーヌとの仲もきちんとさせた。だから。

 

「……あ、待った」

「どうされましたか? 主さま」

「今回って、何か依頼料とか出るのか?」

「へ? 王妃様からのやつなら、多分出ないんじゃない?」

 

 キャルの言葉に、そうだよな、と彼は苦い顔をする。そもそも今回の依頼料ともいえるものはペコリーヌがきちんとした自分の婚約者になることだ。それはそれで異世界ファンタジーの定番ともいえるイベントで姫様ゲットだぜは転生勇者としては願ったり叶ったりではあるのだが。

 

「結局アクセルハーツとの協力で儲けた売上は支払いに飛んじゃったし」

「最初にマージンを国の資金にするって契約しちゃったものね。あれもったいなかったかも」

 

 着地点が分かっていればあの時点でもう少し資金を自分達に流れるように仕向けたのだが、こればかりは仕方がない。まあ変に借金が出来るとかでないだけマシだと思うしかないだろう。

 

「これからどうするかなぁ」

「え? 何あんた、そんなにお金ないの?」

「何でこの前闘技場で全財産スりかけたやつにそんな顔されなきゃいけないんだよ。別に蓄えはある。あるけど」

「……どうしたんですか? そんなにわたしの顔をじっと見て」

「なあ、ペコリーヌ。やっぱり王族の旦那になるには財産があったほうが良いのか?」

「ふぇ!? い、いきなりどうしたんですか!?」

 

 突然のことに顔を真っ赤にさせてワタワタするペコリーヌを見ながら、カズマはいやな、となんてことのないように言葉を続けた。一流冒険者ではあるものの、やはり王族の婚約者ならもっとこう箔とかついてたほうがいいんじゃないだろうか、と。

 

「コロ助のヒモが今更何言ってんのよ」

「誰がヒモだ誰が! そういうのは初期の話で、今は立派に独り立ちしてるっての」

「初期にヒモだった時点でどうしようもないわよ」

 

 あと独り立ちしている人間は膝枕されながらドヤ顔はしないと思う。ジト目でカズマを見ながら、キャルはやれやれと肩を竦める。そのまま視線をペコリーヌに向けると、もう一度やれやれと肩を竦めた。

 

「余計な心配よ。ぶっちゃけこいつはあんたがヒキニートでも多分ついてきてくれるわよ」

「いやそれは何となく分かる。分かるけど、ほら、あるじゃん、こう俺のなけなしのプライドとか」

「はっ」

「鼻で笑いやがったなコノヤロー」

「主さま。キャルさまも。あまりシェフィさまの背の上で暴れるものではございませんよ」

 

 立ち上がったカズマとキャルをコッコロが諫める。はーい、と再び座った二人は、そこで喧嘩の続きをすることもなくのんびり空を見上げていた。

 そんな姿を見て、ペコリーヌが楽しくたまらないといった様子で笑い出す。なんだなんだとカズマ達が視線を向けても、その笑顔は変わらない。

 

「えっへへ~。そんなに大したことじゃないんです。やっぱりみんなといると毎日が凄く楽しいな。って、こう、改めて思いました」

「え? これで? お前大丈夫か?」

「あんたなんか変なもの食べた? あ、いつもか」

「酷くないですか!?」

「ふふふっ」

 

 そうしていつものようにぎゃーぎゃーと騒ぎ始める三人をコッコロが優しく見守り、そしてそんな彼ら彼女らを乗せたシェフィもご機嫌で短く鳴き。

 

「お気楽ですね。まったく」

 

 カバンの中でそうぼやくぬいペコも、なんだかんだ心地よさそうに目を細めるのであった。

 

 




第十一章、完!


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第十二章
その205


多分先に族長試練


 三女神の溜まり場。そこでいつものように仕事の合間を縫ってくつろぎに来ている面子は、向こうの様子を眺めながらだべっていた。

 

「ねえ、エリス」

「どうしましたか? 先輩」

 

 そんな面子の一柱、水の女神アクアは、隣の後輩である幸運の女神エリスに問い掛ける。それがなんてことのない口調だったので、エリスも彼女の言葉になんてことない返事をした。

 

「もう魔王軍幹部ほとんど倒したし、このまま魔王討伐できるんじゃない?」

「ぶふっ!」

 

 そこから飛び出る爆弾発言。そう思っていたのは聞かされた本人だけだったのか、その横で呑気にペットボトルからコップに移した紅茶を飲んでいる夢の女神アメスはノーリアクションである。げほげほと咳き込みながら、エリスは困惑した表情のままアクアを見て、そしてアメスを見た。

 

「……言われてみれば?」

「アメス、こいつ仕事サボってるわよ。報告報告」

「そうね。始末書の量があたしたちを追い越さないといいわね」

「アメスさんはともかく、先輩の量は越しませんよ!?」

「はぁ!? ちょっとエリス、それは流石に聞き捨てならないんですけどぉ?」

 

 さりげなくディスられたアクアが食って掛かる。が、エリスもここ最近で慣れたのか割と軽くあしらうと態勢を整えるように咳払いをした。ぶーぶー言いながらもアメスに渡されたポテチをバリバリと齧り、アクアは頬杖をついた状態でそんな彼女をジト目で睨む。

 

「ふーん。別にいいけど。それで? 自称あの世界で一番認知されている女神はどういうふうに言い訳してくれるのかしら? 見逃してた、は神格下がるわよ」

「…………」

「え、ちょっと本気で見逃してたの? さすがの私もちょっとそれは引いちゃうわよ?」

 

 黙ってしまったエリスを見て、アクアもちょっぴり困惑する。そんな二柱を見ながら、普段から優等生やっていたせいで、一度気を抜くととことん落ちていくのね、などとアメスは他人事のように考えていた。実際他人事である。

 

「で、でも。ほら、先輩やアメスさんだって向こうの管理女神には違いないじゃないですか? だから、これは私だけの責任じゃないというか」

「なんだかアクアみたいなこと言いだしたわね。ダメよ、そういう悪い影響受けちゃ」

「何言ってるのよ。アメスの影響でしょ? はーやだやだ、自覚がないって質悪いわねぇ。私みたいな立派で素晴らしい女神の影響を受けたなら、もっと立派になってるはずだもの」

「自覚がないって質悪いわね」

「何よ」

「そっちこそ」

 

 ジロリ、とアクアとアメスが睨み合うのを見ながら、エリスはまあ今はそんなことは重要じゃないですと割って入る。そんな彼女を見て暫し目を瞬かせた二柱は、あれこれ別の場所から影響受けているのかもしれないとふと思った。

 

「ねえ、エリス。私が言うのもなんだけど。付き合う相手は選んだほうがいいと思うわよ」

「いきなりどうしたんですか先輩。心配しなくとも、私はその辺りはしっかりしていますので」

「……そうかしら? いやまあ、あそこの面々は冷静に考えたら全員アウトな気もするし、でもアクアを基準にすればそんなものかで済ませられるような気もするし」

 

 クリスとしてアクセルで生活をするとこんなんなるのか。真面目で素直な後輩がスれていくさまを目の当たりにした彼女達は、ほんのちょっぴり優しくしてやろうと言葉にせずにアイコンタクトだけで話を決めた。

 ちなみに、そうなるように土壌を耕したのは間違いなくこいつらである。

 

「それで、話を戻すんですけれど。魔王軍の本拠地に打って出る、ということですよね?」

「え? あ、そうね。もう結界もほとんど機能してないし、私のかわいいアクシズ教徒の精鋭なら多分ぶっ壊して中に入れるようにしてくれるわよ」

「実力的には、まあ、そうかもしれないわね」

 

 やるかどうかは別である。アメスの予想では該当者で女神アクア様のためならばと動くのはとある変態のおっさんくらいしかいない。能力譲渡すればキャルがワンチャンあるくらいか。セシリーは実力が足りていない。

 

「だとしても。結界破壊を確実にするならもう一体くらいは幹部をしばいておきたいところね」

「とはいっても、残る幹部は魔王の娘と、ウィズさんくらいですし……」

 

 前者はともかく、後者を討伐するのはちょっと。アンデッドと悪魔に厳しいはずのエリスがそんなことを口にするのを見て、アクアとアメスは思わず口角を上げる。ふーん、そういう感じになったんだ、と何だかニヤニヤした表情を浮かべながら後輩を眺めた。勿論エリスは何なんですかとちょっと拗ねる。

 

「別に、私だって少しは融通ききますよ。アクセルにはBB団の安楽王女やルーシーとかぬいペコやぬいコロもいますし、イリヤだってなんだかんだ話は分かる相手ですし。ミヤコは別ですけど」

 

 ダクネスの家の居候でシルフィーナの友達じゃなきゃとっくにしばいてる。ぐぬぬとエリスではなくクリスの顔で文句を言う彼女を見ながら、私はあの子割と気に入っているけどとアクアが笑っていた。

 

「まあいいわ。話を戻すわよ。アメスの言ってたもう一体って、その辺のことじゃないわよ」

「え?」

「何か補充要員集めてたじゃない。ドールマスターとかいうやつもそのうちの一体だったけど、なんかもう一体いたのよ。やる気だけは十分だったみたいだけど、実力は他より落ちるしドールマスターみたいな一芸特化でもないしで影が薄くて忘れ去られたのが」

 

 ボロクソである。聞いていたエリスでさえそれはちょっととフォローを入れたくなるレベルである。

 が、アクアはそんな彼女に向かって、だってしょうがないじゃないと言い放った。

 

「そいつ堕天使よ」

「しばきましょう」

「手のひらクルックルね」

 

 まあそいつには何の思い入れもないし、元々そのつもりだったので構わない。そんなことを思いつつ、アメスはコップの紅茶を飲みながら空を見上げた。そう、そいつは何の問題もない。問題は。

 

「魔王から指令を受けて舞い上がってることよね。……今更、ってほど魔族の感覚では長くないでしょうけど、それでも何のつもりなのよ八坂」

「ん? どうしたのよアメス。いきなり溜息なんか吐いちゃって」

「なんでもないわ。コッコロたんを悲しませたら魔王は殺すって思っただけ」

「いつものアメスね、よかった」

 

 

 

 

 

 

 エルロードの騒動も終わり、再び日常が戻ってきた。そんな気がするのを感じつつ、カズマはアメス教会で惰眠を貪っていた。ペコリーヌはギルド酒場に、コッコロはウィズ魔道具店に行っている。

 勿論キャルは暇を持て余していた。

 

「ねえ、カズマ」

「なんだよ」

「最近お金稼いでないわよね」

「そうだな」

 

 ソファーに寝っ転がりながらそんな会話をしている時点でもうどうしようもない。ぬいペコも今日はシェフィの住処へ行っているので、本当にニート二人組だけなのだ。ツッコミがいない。

 

「少しは稼がないとヤバいかしら」

「どうだろうな。ぶっちゃけこれまでの蓄えで生活には困らんし」

「……こないだペコリーヌと婚約するんだからもう少し稼ぐとか言ってなかった?」

「言ってたけど」

 

 この間の反動で動く気になれない。そうぶっちゃけると、キャルもまあそうよね、と同意した。

 そうして会話が一旦止まる。そのまま何をするでもなくダラダラとしていた二人であったが、何の気なしに見ていた新聞記事を見てカズマが動きを止めた。どうしたのよ、と立ち上がったキャルがカズマの見ていたそれを覗き込む。

 

「えっと、『最近勢いに乗っている冒険者特集』? これがどうしたのよ」

 

 よくある系のエンタメ記事の見出しが見えて、キャルの興味は瞬く間に無くなった。見知らぬ冒険者についてあることないこと針小棒大に書き連ねるそれを読んだところで面白くもなんともない。

 あからさまに白けているそんな彼女に向かい、待て待てとカズマは声を掛ける。ここを見ろここを。そう言って、その特集記事の一角を指差した。記事の大半は写真つきの見出しで紹介されている中、ピックアップとかいう枠の中に文章だけ書かれている箇所がある。

 

「……『謎に包まれた一流冒険者、サトウカズマのパーティーに迫る』? なにこれ」

「なにこれも何も、俺たちの特集だろ? でも扱い小さいよな、どうせなら紙面をガッツリ使って特集してくれたっていいのにさ」

 

 写真すら無いそれを見ながら、しかしどこか嬉しそうにカズマは述べた。とりあえず見出しだけ見てテンションを上げていたらしい彼は、そのまま詳しく記事を読み進めていく。同じように、キャルも肩を竦めながらそこに目を通した。

 

「……んん?」

「いや、そりゃそうでしょ」

 

 聖職者、魔法使い、剣士。三人の美少女とそれをサポートする冒険者である少年のパーティが、魔王軍幹部との戦いには毎回参加しているらしい。ぶっちゃけるとそれだけの記事である。詳しい戦績とかパーティーメンバーの詳細とかは殆ど語られていなかった。

 

「抗議しに行こうぜ。もっと詳しく特集組めって」

「無理に決まってるでしょ。あんたうちのパーティーメンバーがどういう面子なのか忘れたわけ? さっきまで話してたじゃない」

「……あ」

 

 アメス教徒のアークプリーストであるコッコロは問題ない。勇者候補であるカズマもまあいいだろう。キャルはアクシズの巫女なので微妙だが、その辺りは自主規制の範囲である。

 一応名目上はお忍びで冒険者をやっている第一王女をでかでかと特集したらその新聞社は翌日影も形もなくなっているだろう。物理的に。

 

「ペコリーヌが許可を出せば」

「あいつが出すと思う?」

「無理だな」

 

 まあ新聞なんぞで特集されずとも、王都の貴族や国王、王妃が知っているので気にすることもない。そう思い直し、ついでにキャルの有名になるとそいつと決闘して名を上げようとするバカが出てくるわよという言葉でじゃあいいやと結論付けた。

 そうしながらぺらりと新聞をめくると、今度は『魔王軍に新たな動きが?』という見出しが目に入る。まあ所詮新聞なので詳細が書かれているわけでもなく、幹部が倒されていることから向こうも危機感を覚えているのかもしれないという憶測で締められていた。

 

「そういや、魔王軍幹部ってどれだけいるんだっけ?」

「んー。どうだったっけ。七体だか八体だかそんなもんじゃなかったかしら」

「へー。えーっと、俺たちが倒したのがベルディア、ハンス、シルビア、ドールマスターに、一応バニルもカウントするとして。ちょむすけさんは抜けたんだったよな」

「ウィズも一応そんな感じだかなんだかって言ってなかったっけ?」

「そうだったっけ? まあいいや、そうなると……幹部の席七つ空白になってるな」

 

 指折り数えながらそんなことを呟く。ちなみに彼らは全く認知していないが、セレスディナも倒されているのでプラスワンである。

 

「これもう幹部全滅してないか?」

「可能性はあるわね。ひょっとして魔王が直接こっち来るのかしら」

「嫌だよそんなラスボス。魔王は魔王らしく城でドンと構えとけって」

 

 キャルの予想に嫌そうな顔をしたカズマは、新聞を閉じると机の上に投げた。そうしながら、そういえばと呟く。一つ前の話題である、魔王軍幹部を討伐した冒険者という話が向こうにも広まっているとするならば、ひょっとしたらこっちに何かしら刺客が来る可能性も無きにしもあらず。そんな予想が頭をよぎり、その表情が更に苦いものに変わった。

 

「どこかに逃げるか」

「どこによ。そもそも、変に逃げるより多分この街のほうが安全よ」

 

 変人と狂人には事欠かない闇鍋の街アクセルである。木を隠すには森の中、という意味ではかなり効果的であろう。

 

「確かにそうだな。よし、じゃあ俺しばらくこの街から出ない」

「ニュアンスが違う。少しは稼ぐって話したばっかでしょうが。それに、ああ言ったけど、多分ここ以外でも王都とかアルカンレティアとか紅魔の里とかでも似たようなものだから普通にしてりゃ平気よ」

「改めて考えるとなんなんだろうなこの国」

 

 アクセル、ではなく、変人と狂人の闇鍋国家ベルゼルグという方が正しいのかもしれない。考えたら負けな気がしたので、カズマははいやめやめ、と会話を打ち切って立ち上がった。何かクエストでも受けるか、と首をコキコキさせながらキャルに述べる。

 今日はユカリもいないので、アメス教会を戸締まりした二人は、そのままギルド酒場へと足を進めた。適当に楽して稼げるクエストでもあれば一番手っ取り早い、などと抜かすカズマをはいはいと流しながら、キャルも似たような気持ちでついていく。

 

「あの、すみません」

 

 そんな二人の背後から声。何だ、と振り向くと、そこにはショートヘアの少女が一人立っていた。ゴスロリチックな服装と端がボロボロになったような布を合わせたその格好はなんとも怪しく思えたが、骨を加工したらしい武器とドクロの意匠のチョーカーが全体的にそういうものだと纏め上げていて警戒心を呼ぶほどではない。

 問題は、そんな彼女の横に存在している何かデカい頭蓋骨だ。オーラを纏っているので死霊か何かの類なのかもしれない。

 

「……あの?」

 

 が、少女はそこを気にせずこちらに話しかけてくる。ひょっとしてこれ見えちゃいけないものだったのか。そんなことを思ったカズマは、キャルとアイコンタクトを取って浮いているドクロを見なかったことにした。そうしながら、なにか用かと問い掛ける。

 

「はい、実は、道をお尋ねしたくて」

「道? どこに行くのよ。知ってるところなら別に案内するわよ」

「ありがとうございまず。その、紅魔の里に向かいたいのですが」

「何でここにいるんだよ。ここアクセルだぞ」

 

 カズマの言葉に、乗る馬車を間違えてしまって、と少女は少し恥ずかしそうに述べた。こんなことでは占い師失格ですね、と言葉を続けて溜息を吐く。ここでいやそんなことはない、と言えるほどカズマは甲斐性があるわけでもないので、別段フォローをするわけでもなくそれはそれとしてと話を続けた。

 アクセルから紅魔の里に行くには、テレポート屋でアルカンレティアに行った後馬車で向かうのが通常ルートだ。時間と都合があれば、馬車だけでも問題はない。だが、彼女のこの口ぶりではある程度急いだ方がいいのだろう。

 

「んー。ウィズに頼むか? 確かまだ紅魔の里のテレポート持ってたはず」

「それが一番手っ取り早いかしらね。えっと」

「あ、すいません。シノブと言います」

「俺はカズマで、こっちはキャルだ、よろしく。じゃあシノブ。案内するからこっちに」

「おいこら小僧。誰の許可を得てシノブを呼び捨てにしてんだ? あぁ?」

 

 横合いから声、というかドスの利いた脅しが入る。は、と視線を動かすと、オーラを纏ったドクロがこちらにメンチを切っていた。急なそれに思わず動きを止めたカズマは、それを指差して言葉を紡ぐ。これ喋るの、と。

 

「これとはなんだこれとは。オレはシノブの父親だぞ」

「……はぁ?」

「何だ信用できないかお嬢ちゃん。本来ならここは優しくしっとり教えるところなんだが、嬢ちゃんはちょっと胸が足りねぇな。もう少しデカくなったらまた来いよ、そん時は」

「お父さん」

「おぶっ!」

 

 自称父親のドクロを、シノブは躊躇なく剣でぶん殴った。地面に落ちてバウンドするドクロを思わず目で追ったが、気にしないでくださいという彼女の言葉で二人は視線を戻す。

 

「……じゃあ、とりあえず案内するぞ」

「はい。ありがとうございます」

 

 ペコリと頭を下げた彼女は、転がっているドクロ親父を拾い上げると二人についていく。そのまま暫し無言で歩いていたが、何だか微妙にいたたまれなくなったので、聞いてもいいことなら、とキャルはシノブに声を掛けた。

 

「紅魔の里に何の用なの? あそこってほら、アレじゃない?」

「仲良くさせてもらっている占い師の方がいるんです。普段は迎えに来てもらっているのですが、今回は忙しかったらしく」

「そけっとちゃんのテレポートに同乗するには密着しなきゃいけないからな。オレはあれを毎回楽しみにしてたってのに」

「……ねえ、このスケベドクロなんなの?」

「いえ、その……本当に父親なんです。占い師としての実力も高いので、私の師でもありますから」

「これが?」

「なんだ小僧。疑ってんのか? だったらちょっくらお前を占ってやろうじゃないか」

 

 シノブに抱えられていたドクロ親父がふわりと浮かぶ。本当は野郎なんぞ占わないから特別だ。そんな割と最低なことを言いながら、目の部分のオーラを輝かせ。

 

「は? 何だお前。死ねばいい」

「おいこら頭蓋骨。いきなりご挨拶じゃないか」

「……お父さん」

「でもよシノブ。こいつ可愛くて胸がデカい上に性格もいいし料理上手な美少女を彼女に持ってるんだぜ? しかも彼女がべた惚れ。しょうがないだろ」

「……成程、占いの腕だけは凄いみたいね。腕だけは」

 

 全く話題に出していないペコリーヌのことを見抜いたのだ。確かにその実力は高いのだろう。性格と言動で台無しなので、まあ話半分に聞いておけばいいなとキャルは結論付けた。

 

「はっ、まあいい。こいつこれから爆発するしな。はーっはっはっは、ざまあみろ」

「お父さん」

「いや本当だって。何ならお前も見てみろよ」

 

 ジト目のシノブに言われ、ドクロ親父は若干後ずさりながらそう返す。言われた方の彼女は、疑いの眼差しを父親に向けて、しかし一応、と水晶玉を取り出しカズマを見た。

 そして、え、と目を見開く。

 

「あの、カズマさん」

「な、なんだ?」

「女性と二人きりになる時は、気を付けてください。現状ではそうとしか言えません」

「どういうこと!? 何かバニルに見通されるよりある意味怖いんですけど!?」

「占いはあくまで占いですので。決まった未来を見通しているわけではありません。可能性の一つ、として思ってもらえれば」

「余計に心配になるわ!」

 

 何がどうすると女性と二人きりになって爆発するのだ。そこまで考えて、爆発ってそういう意味だったりするのか、とカズマはふと思う。となると、実際は何か修羅場的なものに巻き込まれるという可能性の話なのかもしれない。

 成程、と頷いた彼を見て、キャルはまた碌でもないことを考えてるわね、と肩を竦めた。

 

 



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その206

欲望の迷宮ルートと迷ったけどこっちに


 アクセルの街から少し離れた場所にあるとある森の一角。何だか知らないうちにツリーハウスに改造されてしまった安楽王女の棲家にて、ぼっちのぼっちによるぼっちのための対策会議が今日も開かれていた。

 BB団のだべりとも言う。

 

「そ、それで……どうするんですか?」

 

 なんだかいい感じに設置された木のテーブルの上に置かれたその紙を見ながらぼっちエルフはそんなことを尋ねる。問われた方のぼっち紅魔族は、それはもちろん、と言葉を返した。

 

「受けるわ。だって、私はこう見えて族長の娘なんだから」

「ねえ、ゆんゆん。お節介かも知れないけど、そういう義務感で受けるならやめといた方がいいぞ」

 

 ぐ、と拳を握って宣言したぼっちに対し、安楽王女は溜息混じりで口を挟んだ。お茶の用意をしていたルーシーも、まあそうですよね、と同意するように頷いている。

 

「そ、そうですね。私もそれはそう思いま――はっ! いやこれは決してゆんゆんさんを否定しているわけでなくてですね! むしろお互いを尊重しようと分不相応にもついつい身を乗り出してしまったわけでして、いや本当にごめんなさい! 生きててごめんなさい!」

「落ち着けアオイ。ゆんゆん別に気にしてないから」

「……は、ははは。そうですよね、やっぱり私みたいなのが族長とかおこがましいものね……これをきっかけに少しでも里の人と関われたらな、なんて思っちゃった」

「あ、あぁぁぁぁ! 違います違います! 私は決してそのようなつもりではなくてですね! むしろゆんゆんさんのぼっちを解消するためにはいかなる自己犠牲をもってしても、あ、いらない? そうですよね、いらないですよね……」

「ちょっとお前ら黙ってくれない?」

 

 ぼっちがぼっちを呼んで相乗効果でどこまでもぼっちに落ちていくぼっちスパイラルを形成し始めた辺りで、安楽王女が強制的に会話を終了させる。ごん、と頭を引っ叩かれたことで我に返った二人は、ルーシーから貰ったお茶を飲んでほう、と息を吐いた。

 

「それで。ゆんゆん、お前本当に受けたいの? さっきも言ったけど変な義務感なら」

「……確かに、そうなんですけど。でも、紅魔族って気ままな人が多くて、何かと束縛される役職には就きたがらないんです。それでいてまとまりがあるわけじゃないから、誰かが族長にならないと何をしでかすか分からなくて」

『それで、ゆんゆんがなるのが適任だ、と。……どう思います安楽王女』

「紅魔の里の紅魔族だけで済めばいいけど」

 

 思い出すのはあそこにいるネネカの関係者と診療所の危ない奴らだ。前者はゆんゆんが族長ならば迷惑を掛けないようにするという常識を持ち合わせている悪魔と騎士だが、後者の人間達はどうだろうか。

 

「……紅魔族の族長なので、あの人達は管轄外というか」

『族長になるのはやめた方がいいですよ』

「で、でも……」

 

 ぼっちの保護者二体に言われて、ゆんゆんは言葉が出なくなる。元々ぼっちを拗らせているのだ、この状況で意見など言えるはずも。

 

「わ、私はそれでも」

「安楽王女さん、ルーシーさん」

「え?」

「あ。……ご、ごごごごめんなさい! そうですよね! ゆんゆんさんだったら何の問題もないですよね! 私みたいなのが口を挟むなんてなんという大罪を!」

「そ、そんなことないわ! アオイちゃん、私のことなんかどうでもいいから、アオイちゃんの話を先にしてちょうだい」

「いいいいいえええええいえいえいえいえいえあ! 私みたいなその辺のダンゴムシより石の下にへばりついていたいような存在が先を進むなんてことは」

「話進まないじゃない……」

『いつものことですけどね』

 

 はぁ、と溜息を吐く安楽王女に、ルーシーは苦笑しながらそう返す。落ち着け、と再度二人をペシペシとしてから、彼女はとりあえずアオイから話を聞いてみることにした。多分この調子だとゆんゆんを先にした場合永久に喋らないからだ。

 

「あ、でもでもでもでもですね。ゆんゆんさんが決意しているなら別に私のこれは余計なお節介というか」

『まあまあ。ほら、言ってごらんなさい』

「……きっと、ゆんゆんさんは簡単に決めたわけじゃないと思うんです。ちょっと言われたからやめる、なんて軽い気持ちではないと思うんです。だから私は、BB団の仲間として、ゆんゆんさんのお友達として応援を――お、と、ととととと友達ぃぃ!? そんな大層な宣言を今私は自分勝手に!? 許可も貰えていないのに!? 勝手な妄想で!?」

「……とも、だち……? アオイちゃんは、私の……友達……」

「あ、あぁぁぁぁぁごめんなさいごめんなさいナマ言ってすいません土下座してお詫びいたしますのでどうか、どうか平に平に!」

「アオイちゃんが、私のことを友達って……言って」

 

 テンパるアオイを他所に、ゆんゆんはゆんゆんで彼女の「友達として応援したい」が体をリフレインしまくりで、噛みしめるように涙を流した。今更何を言っているのかとツッコミを入れてはいけない。ぼっちとぼっちが組み合わさったところで容易に友達同士などという上位職にクラスチェンジなど出来ないのだ。BB団の仲間、というだけでもテンパるぼっち共にとって、何の装飾語も付かない『友達』は魔王を討伐する勇者に匹敵する伝説の称号なのだ。

 

「アオイちゃん」

「は、はいぃぃぃ!覚悟はできています! さあひとおもいにスパッと」

「私達、ずっと友達だよね!」

「すぱぁぁぁぁっと!? え? いいんですか? 私たち友達ですって宣言しちゃっても許される世界に足を踏み入れたんですか!?」

「あ、で、でも勿論アオイちゃんが嫌ならばいいのよ! 私はほら、そういうの慣れてるし、勘違いとか日常茶飯事だし」

「い、いえいえいえええええ! とんでもござるでしょう! 私は、私はぁぁぁぁ! ……ゆんゆんさんとお友達なら、とっても、それはとっても嬉しいことだなって」

「アオイちゃん!」

「ゆ、ゆんゆんさん!?」

 

 がばぁ、とゆんゆんがアオイに抱きつく。それはこれまでの過程とかその辺を考慮しなければとても微笑ましく、優しい気持ちになれる光景であり。BB団のことを知っている面子、特にカズマとキャル、後はめぐみん辺りにとってはなんだこれというツッコミを入れるようなものであり。

 安楽王女とルーシーにとっては、やれやれようやくか、と肩の荷が下りたような気持ちになれるようなものであった。

 

『あ、いけない。ちょっと天に還りかけちゃった』

「いや私一人でこいつらの面倒見るのは勘弁して欲しいからやめて」

 

 

 

 

 

 

「危なかった」

「そうね」

 

 静かになったウィズ魔道具店の片隅で二人は息を吐く。シノブを送り届け、無事紅魔の里へとテレポートしていくのを確認するだけであったそれは、居合わせた人物たちにより一瞬にして地獄への片道切符へとなりかけた。

 

「何でいたんだ、所長」

「あたしが聞きたいわよ。なんか用事でもあるのかしら」

「ん? 何だ猫耳娘、ネネカ女史の用事がなにか知りたいのか?」

 

 先程から満足そうな顔と笑顔を綯い交ぜにした表情のバニルが口を開く。いらん、と即答したキャルは、そのままバニルを見ることなく帰ろうと踵を返した。

 が、それに待ったをかけたのはカズマだ。わざわざバニルがこう言い出すということは、十中八九こちらに関連する部分がある。

 

「そう思わせてるだけでしょ。このクソ悪魔は人をおちょくることしか考えてないんだから」

「心外だな猫耳娘よ。我輩はちゃんと商売のことも考えておるぞ。そこのポンコツ店主を主導にしてはあっという間に赤字転落してオーナーにどやされるのでな」

「そ、そんなことはないですよ。失礼ですねバニルさん」

 

 はぁ、と息を吐いたバニルに向かい、ウィズが反応して捲し立てる。そうですよね、と横で作業をしていたコッコロに同意を求めた彼女は、何も語らず曖昧に微笑む姿を見てショックを受けていた。

 

「エルフ娘を困らせるでない。そやつはこの魔道具店の従業員では我輩の次に有能なのだからな」

「私を入れて三人ですよ!? それってつまり私がドベだって意味じゃないですか!」

「貴様はランク外だ。圧倒的だぞ、喜ぶといいポンコツ店主」

 

 ズバッと一刀両断したバニルは、カウンターでメソメソするウィズを気にすることなくカズマ達へと向き直る。ウィズはコッコロがよしよしと慰めていた。

 それで、本当に聞かなくていいのか? そう言って口角を上げたバニルを見て、カズマは首を横に振った。聞く、と返した。

 

「ちょっとカズマ」

「いやここは聞く流れだろ。それに、俺あの占いが気になってるんだよ」

「ああ、何か爆発するってやつ?」

「主さまが爆発!?」

「あ」

 

 超反応したコッコロがカズマに駆け寄る。大丈夫なのですか、と彼に寄り添い、そして悲壮な顔をした後、決意を込めた表情を浮かべ槍を取り出した。とりあえずそれっぽい原因は全て排除する気だ。これまでの付き合いで瞬時に覚ったキャルとカズマは、待った待ったと彼女を止めた。

 

「やれやれ。迂闊な発言と行動に定評がある猫耳娘よ、損害は汝に全額支払ってもらうぞ」

「まだ出てないでしょうが。コロ助、大丈夫よ。占いってのはこうふわっとしたやつなんだから、当たらない時は全然当たらないの。良くない占いなんか全部当たらない嘘っぱち、良い占いは全部当たる。外れたら向こうが悪い。そういう風に考えたほうが気持ちが楽なんだから」

「汝はなんだかんだ骨の髄までアクシズ教徒だな」

「失礼なこと言うな! ぶっ殺すわよ!」

 

 自覚がないのは幸か不幸か。ふ、と小さく笑ったバニルは、いい加減話を進めるぞとカズマを見た。そうして、その占いというのは先程の人物だなと述べる。

 

「成程。占い師としての実力は相当のようだ。我輩のように見通す力を持たずともそれを見るとは」

「え? じゃあ俺マジで爆発するの?」

「何、案ずるといい小僧。少なくとも汝の考えたハーレムルートとやらの妄想に近い出来事は確かに関係している」

「……カズマ、あんた」

「何の話なのかまったくもって分からないな。それで? 爆発はどうなんだよ」

「それは汝の行動次第だ。我輩は占い師ではない、見通した結果を述べているに過ぎんのだからな。さて、では最初の話題に戻るとしよう。ネネカ女史が紅魔の里に向かった理由だが」

 

 今紅魔の里では族長試練を行っている最中らしい。が、いかんせんなりたがる人もそうそうおらず、今回試験を受ける紅魔族はゼロなのだとか。

 

「そういうわけで、試練をテコ入れするために外部の協力者を呼んだというわけだ。ちなみにミツキ女医と向こうの騎士の推薦らしい」

「その人選でどうやると受ける人がいない族長試練の参加者が増えるようになるんだよ。それむしろ族長になる奴を滅ぼす面子だろ」

「甘いな小僧。我輩もそうであるが、滅ぼす事ができるということは、救う方法を排除する事ができるということでもある。どうすれば救えるかが分かるからこそ、相手を破滅に追い込めるのだからな」

 

 成程? とキャルは首を傾げながらも頷く。カズマは胡散臭げな表情でバニルを見ていたが、しかしそれで何か変わるわけではないと息を吐いた。そうしながら、それと俺の占いには何の関係があるのか、と問い掛ける。

 

「さてな。我輩は聞かれたから答えただけで、関係があるかどうかはまったく言及しておらん」

「ほらやっぱり」

「関係がない、とも言っておらんがな。フハハハハハハッ」

 

 さて仕事に戻るか、とバニルはそこで会話を打ち切った。そうしながらも、コッコロには安心するといい、だから仕事を再開するぞと声を掛ける。それがどういう意味であるかは、彼女にはすぐに分かった。かしこまりました、と返事をし、視線をカズマとキャルに向ける。

 

「もし何か力になれることがおありでしたら、遠慮なく申し付けくださいませ」

「ああ。まあ今んとこは大丈夫だと思うけどな」

「そうそう。コロ助は気にしないでのんびりしてなさい」

 

 コッコロの言葉にそう返すと、今度こそ二人はウィズ魔道具店を後にした。そういえばウィズはどんよりしたままだったような気もするが、まあいつものことだし問題ないだろう。そんなことを思いつつ、寄り道をしていたが、当初の目的地であるギルド酒場へと辿り着く。

 辿り着くが、いかんせんもうその頃にはやる気が完全に失せていた。

 

「あれ? カズマくん、キャルちゃん。依頼でも受けに来たんですか?」

「……いや、何か食べようかなって」

「そうね。ついでにネロイドでも飲もうかしら」

 

 バイト中のペコリーヌにそう返すと、二人は適当な席に座る。一応クエストボードは見える場所であるものの、ぶっちゃけそこに目を向ける気がない。

 それでも、食事をして一息つけば再び気持ちも少しは変わる。一応見とくか、というカズマの提案に、まあ一応ねとキャルも同意した。

 

「面倒な依頼しかないな」

「そうね。もっとお手軽なのでもあれば受けたんだけど」

 

 貼ってある依頼書を見ながらそんなことをお互いにぼやく。よしやめやめ、と結論付けた二人は、しかし丁度いいところにというルナとカリンの声で動きを止めた。あ、これ絶対厄介事だと顔を顰めた。

 

「実は、依頼したいことがありまして」

「断る」

「他を当たってちょうだい」

「カズマさん達のパーティーにしか頼めないんです」

 

 嫌そうに振り返ったキャルとカズマであったが、しかしいつになく真剣な表情のルナを見て、その表情を更に曇らせた。これ絶対厄介ごとじゃん。口にはせずとも顔が物語っていた。

 

「それ、多分俺たち以外でもやれる仕事ですよ、じゃ」

「話くらいは聞いてください。実は大物賞金首の目撃情報がありまして」

 

 その一方で平常運転のカリンが平然と話を続ける。だから知らんっつってんだろが、というカズマとキャルの抗議は無視された。

 そんなわけで。曰く、アクセルの街の近くの森に厄介な魔物が目撃されたらしい。

 

「近くの森? それって」

「はい、BB団のアジトの辺りです」

「え、ちょっとヤバいんじゃないの?」

「幸い、そこの森のオーラを受けてその魔物は移動していったらしいのですが」

 

 ぼっちに当てられたらしい。なんか急にしょぼいような気がしてきたが、ルナの表情は変わらず真剣なので、厄介事であり受けたくないというスタンスは変わらない。

 それで目撃者――安楽王女の監視株からの情報を整理した結果、その魔物は『強壮なる使者』とか呼ばれる、一説によると土の大精霊が変化したものではないかと思われる謎の多い賞金首なのだとか。

 

「それで、彼女の話では生半可な冒険者では調査の前にやられてしまう、ということで」

「じゃあ俺は無理だな。お疲れ様」

「あたしも無理ね、お疲れ」

「今この街で一番優秀な冒険者はカズマさんのパーティーなんですよ。新聞でも特集されていたじゃないですか」

「あんな片隅コラム程度の紹介しかされない冒険者じゃ無理だっての。ミツルギにでも頼んどけよ」

「ミツルギさんは魔王軍との戦線に出張中です」

「使えねぇなあいつ!」

 

 それは酷くないか!? というツッコミが虚空に流れたが、カズマは気にしない。だったら、と彼は冒険者というカテゴリを取っ払って話をする。ぶっちゃけるとこの街には職業冒険者ではない狂人と変人がひしめき合っている。ギルドとしては多少問題であろうが、その連中に頼めば何も問題はないだろう。

 

「一番適任そうなネネカ所長の研究所を訪ねたんですけど、どうやら留守みたいで」

「ちくしょうめ!」

 

 ついさっき紅魔の里に行きやがった小柄な見た目ロリエルフの狂人を思い出し悪態をつく。そうだよな、こういう場合あの人に頼まないわけないよな。一人納得して、それでもまだいるだろうと該当者を思い浮かべていく。

 

「あ、ゼーンは? あいつなら別に問題ないでしょ?」

「……現状世界に三体しか確認されていないホワイトドラゴンにこの依頼をさせると、国際問題になりかねないので」

「ゼーンさん一人では難しいので、その場合協力者が必要になりますね」

 

 キャルの提案にルナは申し訳無さそうに、カリンは笑顔でそう告げる。協力者が誰なのかは言うまでもないということだろう。

 ギルド職員でも存在感のある花形二人が集まって何やらやっているのだ。いい加減酒場の面々も何事かと注目し始める。そして聞く限り厄介事で、カズマ達が請けるのが一番いいらしい。

 そうなれば場の空気も当然ルナとカリンの味方をするわけで。

 

「それがどうした。俺はこういう状況でもノーと言える人間だ」

「流されて死ぬのはまっぴらごめんよ」

 

 それでも二人は首を横に振った。ゼーンを連れて行くとしても、なんだかんだ最弱職である冒険者のカズマと防御力はカスみたいなキャルでは荷が重い。

 そんな空気を有る意味ぶち壊すように、いいですよ、という声が聞こえた。げ、とその聞き覚えのありまくる声の方を向くと、やはりというべきかペコリーヌが手を上げている。

 

「ゼーンさんとわたしで行ってきます」

「待て待て待て待て。お前そんな夕飯の買い出しみたいな気安さで請けるな!」

「そうよ。得体の知れない魔物の調査とか何があるか分かったもんじゃ」

 

 ん、とキャルはそこで気付いた。ペコリーヌの視線がどこに向いているかを。ルナとカリンが持っている依頼書の、その調査対象であろう魔物のイラスト。

 タコのような姿の人型モンスターのデフォルメされた絵を見て。

 

「……あんた、こいつ食べようと思ってないわよね」

「え? ……調査ですよ?」

「味を! 調査するって! 意味じゃ! なぁぁぁぁい!」

「でも、色々な角度から調査は必要ですよね」

「そんな角度はいらん! そもそも得体の知れない危険なモンスターだっつってんだろうが」

 

 キャルに続いてカズマもそうツッコミを入れる。が、ペコリーヌは引き下がらない。未知の食材ってロマン溢れますよね、などという始末だ。

 

「……それに。そんな危険な魔物がこの近くにいるなら、わたしは見逃せません」

「急にシリアスするのやめてくれない? 温度差で風邪ひきそうになるから」

 

 彼女の厄介なところは、どちらも百%なところだ。ユースティアナとして、王族として、そういう気持ちと。ペコリーヌとして、冒険者として、そういう気持ちと。

 そのどちらもが、建前ではなく本音で、本気なところだ。

 

「……しょうがねぇなぁ」

「ったく。なら、コロ助も連れてくわよ。万全の状態にしないと」

 

 ルナとカリンが笑顔になる。よろしくお願いしますと頭を下げ、クエストの詳しい情報を書いた書類をカズマ達に手渡した。でも、無理はしないでくださいね。最後にそう続け、二人は再度頭を下げて去っていく。

 ギルドの客達も、じゃあ頑張れよ、と応援してそれぞれの場所へと戻っていった。その様子だとどうやら特に心配されていないらしい。信頼というべきかなんというべきか。

 

「ありがとうございます、カズマくん、キャルちゃん」

「コロ助にも言いなさいよ」

「勿論です」

「よし、じゃあ準備したら行くか」

 

 善は急げ。さっさと魔道具店でコッコロと合流し、向こうの屋敷でゼーンを拾ってしまおう。そんなことを思いながらカズマは酒場を後にする。キャルもそうねと彼に続き。

 

「あ、お刺身醤油だけ貰ってきますね」

「だから食べるんじゃねぇんだよ! しかも生かよ!」

 

 ペコリーヌのそれに、カズマは今日一番のツッコミを入れた。

 

 



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その207

本当に食べてしまったのか?


 森を歩く。ぼっちの住処とはまた別の、得体の知れない空気を感じながら、カズマ達は目的のモンスターを探すべく視線を彷徨わせていた。行きの酒場では中々にちゃらんぽらんなことを言っていたペコリーヌも、流石に現場で食欲を優先させてはいない。今のところは。

 

「……何か空気が淀んでない?」

「確かに、あまりよろしくない気配を感じます」

 

 キャルが顔を顰め、コッコロもそれに同意しながら眉尻を下げる。確かにそうですね、とペコリーヌですら表情を真剣なものに変えた。

 

「だから言ったじゃねぇかよ、やめとこうって。どうするんだよ俺たちで対処出来ないやつだったら」

「もしそうなら、わたしは尚更受けましたよ」

「……だよなぁ、お前はそうだよなぁ」

「でも、それはわたしの意見なので、カズマくんもキャルちゃんもコッコロちゃんも、ゼーンさんだって無理はしなくても」

「俺は構わない」

 

 短く、しかしはっきりとゼーンはそう返した。それを見ていたキャルがカズマを肘で突き、先越されてるわよとジト目を向ける。何が先なんだよ、とそんな彼女に一言述べて、彼はペコリーヌへと向き直った。

 

「お前が行くのにはいそうですかって送り出せないんだよこっちは。みんなで行くかお前も行かないかの二択なの。ったく、何度も言わせるな」

「そうよペコリーヌ。嫌なことは一人でやると余計嫌になるから、もしやるならみんな揃って愚痴でも言い合う方がいいの。やらないのが一番だけど」

「主さまもキャルさまも、ペコリーヌさまが心配なのです。もちろん、わたくしも」

 

 コッコロがいい感じに締めてくれたので、二人の微妙にアレな話は流された。ペコリーヌはありがとうございますと頭を下げ、じゃあさっさと終わらせましょうと拳を突き上げる。

 

「それにしても、なんだっけか? 『強壮なる使者』だっけ? なんか御大層な名前付けられてるけど、他に何も情報とか無いのか?」

「まあ、完全に未知の魔物ってわけじゃなきゃ、何かしらあってもおかしくないけど」

 

 キャルもううむと首を傾げる。この中でその手の情報を一番持っているのはキャル、次いでペコリーヌであろう。その二人が分からないとなれば、調査というのが本当にほぼ一からのものとなる。

 

「一応この依頼書には、土の大精霊が変化したものじゃないかって書かれてますね」

「ああ、そういやあの二人がそんなこと言ってたっけ……。精霊って大分ヤバいわよ」

「精霊は他者の心を読み取ってその影響を受けます。有名な冬将軍もそれがきっかけだと聞いたことがありますので」

「冬将軍?」

 

 微妙に聞き覚えのある名前が出てきたので思わず聞き返したカズマに、キャルはあんた知らなかったっけと首を傾げる。知っていると答えるのは簡単だが、自分の知識のそれとここのそれが合っている保証もないので、彼は同じ名前の自然現象なら知ってると述べた。

 

「冬将軍とは、冬の雪精を狩るものに襲いかかる強力な魔物で、生半可な冒険者では太刀打ち出来ない強さを持ち合わせております。そして、その正体も精霊が誰かの心を読み取り姿を変えたものではないかと」

「なるほどねぇ」

 

 見た目は鎧武者のようなものらしく、冬将軍という名前のイメージから出てくるものとそう大差ない。誰だか知らんがアホなこと考えるやつもいるもんだ。そんなことを思いながら、カズマはそこでふと足を止めた。

 

「なあ、コッコロ。その冬将軍って誰の心を読んだのか、とか分かってたりするのか?」

「いえ、そこまでは。……ただ、一説によるとかつての勇者かあるいは勇者候補なのではないか、とは言われております」

 

 まあつまり転生者の割と適当な思考を読んだ結果という可能性が高い、というわけだ。そう結論付けたカズマは、今回のそれも同様の経緯で生まれているのではないかと思考を巡らせて。

 

「……人型のタコ……? 何か嫌な予感がするぞ」

 

 動画サイトでよく見ていたアレ。ダイスロールして正気度が削られていくボードゲーム。

 あるいは、某死にゲーに出てきたそれモチーフの啓蒙が増えていくアレ。

 普通に半魚人もどきの可能性もあるが、それだって繋がりがないとも言い切れない。

 

「カズマ」

「ん?」

「余計なことを考えるな」

「へ? お、おう?」

 

 ゼーンのいきなりのそれに、カズマはどう反応していいのか分からず変な相槌を打ってしまう。そして当の本人はそれで会話を打ち切ってしまったので、何がどういう目的で言った言葉なのかさっぱりのままだ。

 

「主さま、恐らくですが。ゼーンさまはホワイトドラゴンの最上種、モンスターよりも神獣に近い存在でございます。ですので、精霊のように他者の心に反応する感覚が分かるのかと」

「……俺が変なことを考えて、それを感じ取ったから向こうに影響を及ぼさないようにした方がいいってことか?」

 

 相変わらず言葉も表情も足りなさ過ぎる。アドバイスというか、心配するならちゃんとそういう態度を見せて欲しい。妹のシェフィはあんなに分かりやすいというのに。そんなことを考えながら、そういえばとカズマはゼーンに声を掛けた。

 

「シェフィ置いてきてよかったのか?」

「竜は無闇に敵陣に切り込む必要はない」

「だから分かり辛いっつってんだろうが。ちゃんと言えちゃんと」

「……シェフィは影響を受けやすい。今回の相手は不利だ」

 

 暫し考えた素振りを見せたゼーンは、今度はそう述べた。先程よりは分かりやすい。分かりやすいが、一体何の影響なのがはっきりしない。が、まあ先程までの会話の流れからすると、他者の心の影響、あるいは今回の魔物の影響のことであろう。

 彼より若いとはいえ、最上種のホワイトドラゴンであるシェフィがそんな簡単になるのだろうか。

 

「……なるな」

「なるわね」

 

 コッコロのバブみに当てられてあの状態になっている彼女はその辺り信用がない。それならしょうがないな、と納得したように頷くカズマとキャルは、恐らく向こうでくしゃみでもしているであろうシェフィのことを考えつつ森を進む。

 そうして再び歩みを進めた後。カズマは妙なことに気付いて足を止めた。どうしたのよ、と尋ねるキャルに彼は真剣な表情を向けた。そのやり取りを見て、コッコロもペコリーヌも周囲を警戒し始める。

 ただ、ゼーンだけはその空気の中でも変わらず立っていた。

 

「なあ、ゼーン」

「どうした?」

「近くにいるんだよな、これ」

「ああ」

 

 短く、しかしはっきりと肯定した。敵感知には引っ掛かっていないので、まだ向こうはこちらを敵だと認識していないのだろう。そう判断し気配探知に切り替えたのと同時、木々の一角に異様な何かを感じた。

 

「か、カズマカズマ……あれ、あれ……」

 

 キャルが目を見開き、そこを指差す。ぐにゃぐにゃと蠢く、見るものの正気を削り取るような、見た瞬間に恐怖と震えで吐き気を催すような。

 そんな、見せられたイラストとは似ても似つかない、おぞましい触手の怪物がそこにいた。

 

「コッコロ! 見るな!」

「主さま!?」

 

 咄嗟にコッコロの目を隠す。その動作を行ったために、カズマは思い切りそれを見てしまった。直視など出来ない、奇怪な声を空気を震わせて発するさまを。

 遭遇してしまったあなたはSAN値チェックです。

 

「って、はっ!?」

「ど、どうしたのよカズマ。あのキモいの、知り合い?」

「そんなわけあるか! というか何なんだあれ!?」

 

 一瞬謎のアナウンスが流れたような錯覚に陥ったカズマであったが、思ったより精神に傷は負っていないらしい。キャルの言う通り、思っていたのより数十倍キモい、くらいの認識で済んでいる。

 

「あ、そっか。アメス様の加護」

「主さま? アメスさまがどうかされたのですか?」

「あーいや。えっと、コッコロ、大丈夫か? 見てみる? キモいけど」

「……? はい、わたくしは大丈夫でございます」

 

 見えないと支援も出来ませんので。そう続ける彼女の塞いでいた視界を取り払うと、目の前の『強壮なる使者』を見て驚いたように目を見開く。が、やはりそれくらいである。精神に異常はきたさないし、SAN値も直葬されない。

 

「お前達を選んだ理由だろう」

 

 その横でやはり平然としているゼーンがそう告げる。カズマの知っている何かに近い姿をしていようとも、あくまで精霊がその情報を読み取って姿を模しているだけだ。言ってしまえばそういう名前とビジュアルのモンスター。ゲームでよくあるモチーフにした敵だ。

 それでもそれなりの特性は引き継いでいるわけで。女神アメスの加護により精神に対する異常は無効化されるカズマと、アメスの最推しのコッコロ。二人ほどではないが耐性を持ち合わせているアクシズの巫女のキャルと勇者の装備を受け継いだペコリーヌ。そんなパーティーでなければ、こんな風に呑気なことは言ってられなかっただろう。

 

「なるほどねぇ……」

「あはは……やばいですね☆」

 

 完全耐性ではないので凝視はしないようにしながら、キャルとペコリーヌは戦闘態勢に入る。調査、という名目であったが、ここまでの流れとゼーンの話を総合すれば話は別になる。野放しにしておくわけにはいかない。

 

「……つっても、あの街だと頭おかしい連中ばっかりだし案外平気かもしれないな」

「ですが主さま、平気ではない方も確実に存在しております」

「シルフィーナは発狂するだろう」

 

 ゼーンも一歩踏み出し、構える。妹の友人に危害が加えられるのを良しとしないのだろう。回り回って妹が、シェフィが悲しむのを防ぎたいらしい。

 当然カズマも、具体的に知り合いの名前を出されるとじゃあ放置で、とはいかなくなる。

 

「しょうがねぇなぁ。行くぞ!」

 

 剣を構え、短期決戦だと皆を線と線で繋ぐ。若干久しぶりなおかげで消費を間違え体がぐらついたものの、効果自体は問題なく使用できている。コッコロの支援をここに加えれば、たとえモチーフがどこぞの混沌であっても遅れを取ることはないはずだ。

 

「あんまり広範囲の魔法だと余計な被害が出るし……《カースド・ライトニング》!」

 

 一直線に相手を貫く雷撃が『強壮なる使者』にぶち当たる。決め手にならずとも、超強化されたそれはしっかりと相手に浸透し、動きを麻痺させた。

 ペコリーヌに先んじてゼーンが一歩踏み出す。その瞳を光らせ、獲物を振り下ろすようにその手を振りかぶり。

 

「噛み砕け……!」

 

 まるでそれ自身が竜の顎のように、魔物の立っていた地面ごと盛大に抉り取った。相手が相手なだけにまったくもって同情はしないのだが、その威力は流石にカズマもちょっぴり引く。技術とかスキルとか、そういうのを取っ払った純粋な竜の力による一撃だ。

 とはいえ、やはり人型では多少のリミッターが掛かっているのか、それだけで『強壮なる使者』を粉砕してしまうということはなかったらしい。空中に吹き飛び大ダメージを負ってはいるが、変わらずそのおぞましい触手は蠢き、何か攻撃をしようと触手が構えられる。目がどこにあるのかは分からないが、それでもこちらを睨んでいるのは何故か分かった。

 そしてその対象が自分であるということも、カズマはなんとなく理解した。

 

「おせーよ! ペコリーヌ!」

「はいっ! 《プリンセスヴァリアント》!」

 

 が、それよりこちらのトドメの方が早い。ペコリーヌが振り抜いた剣の一撃で、『強壮なる使者』は真っ二つにされた。スキルで強化されたオーラを纏った勇者の剣技、それによってかつて勇者の思考から生まれた魔物は討伐されたのだ。どしゃり、と音を立てて地面に落ちた魔物は、今度こそピクリとも動かなくなった。

 

「……なんとかなったな」

「ふう、ちょっとやばかったですね」

 

 『強壮なる使者』が倒されたからだろうか。何の音もしなかった森に、ざわめきが戻っていた。それに気付いたカズマ達は、実は生きているということもないだろうと一息つく。終わってしまえばあっさりであったものの、ならば雑魚かというと勿論そんなことはないわけで。耐性を持っていたからこそ全力で攻撃に転じることが出来たのだ。相性勝ち、ということだろう。

 

「よし、じゃあもうさっさと討伐したって報告するために帰ろうぜ」

「そうね。……あ、でもこれどうする? カエルみたいに回収してもらうのはちょっと厳し――」

 

 終わった終わった、と暫し休憩していたカズマであったが、どうせ休むなら帰ってからの方がいいだろうと立ち上がる。それに同意したキャルも同じく立ち上がり、そして倒した魔物の死骸をどうしたものかと呟いた。ギルドに回収してもらう、あるいはこちらで持って行って提出するなどすれば追加報酬も期待できる。が、いかんせん倒し終えたとはいえこれを街に持ち込むのは少し抵抗があった。

 そんなことを思いながら振り向いたキャルは、そこで動きを止め、そして目を見開き、ついでにワナワナと震え始めた。

 理由は簡単である。

 

「あ、あんた、何してんのよぉぉぉぉ!」

「え? せっかくですし、新鮮なうちにちょっと頂こうかと」

 

 倒した触手を薄造りにしているペコリーヌの姿が目に映る。間違いなくタコではないそれをタコの調理法でどうにか出来ると思っているのだろうか。そんなことを思ったキャルも、ツッコミポイントがズレていると頭を振った。

 そんな彼女の葛藤を他所に、ペコリーヌは這い寄る混沌の薄造りを刺身醤油を付けて口に入れる。今日これまで見た光景の中で一番正気度が下がりそうな絵面であった。

 

「んー。コリコリした食感が意外と癖になりますね」

「食レポしてる場合か! おいペコリーヌ、お前それ大丈夫なのか!?」

「確かに、これだけだとちょっと……ご飯が欲しくなりますね」

「違う! そうじゃない!」

 

 カズマのツッコミが森に響く。コッコロはそんなやり取りをどうしたものかと少々困り気味で見守っていた。ペコリーヌの様子を見る限り、どうやら毒はなさそうで。

 

「コッコロ」

「はい? どうされたのですか、ゼーンさま」

「解呪は出来るか?」

「…………っ!? ペコリーヌさまっ!」

 

 ゼーンの言葉で即座に顔色を変えたコッコロは、他の料理のバリエーションを考えていたペコリーヌに向かって全力で呪文を唱えた。急なそれにビクリとした彼女は、一体どうしたんですかとコッコロに向き直る。が、その表情が真剣そのものであったのでペコリーヌも表情を引き締めた。

 

「ペコリーヌさま」

「は、はい。どうしました?」

「呪いが、掛かっております」

「……へ?」

 

 短い言葉であったが、それだけで何がどうなったのか理解した。カズマもキャルも、である。

 

「ほら見ろ! だからその辺の魔物をほいほい食うんじゃないって言っただろうが!」

「あんたも子供じゃないんだから、何でもかんでも口にしていいわけないでしょうが!」

「主さま、キャルさま。わたくしが気付かなかったのも原因ですので、あまりペコリーヌさまを責めないでくださいませ」

「……ごめんなさい」

 

 ちなみに、叱る言葉が軽いなというツッコミを入れてくれるような常識人はこの場に存在しない。呪いの時点でもう少し大事のはずなのだが、と言ってくれる者もいない。

 

「まあ、いいや。じゃあもう帰ろうぜ。食ったら呪われるんなら持って帰っても色々面倒そうだしな」

「あんたも大分基準がペコリーヌ寄りになってきたわね」

「あ、でも解呪できるならもう少し食べても」

「いいわけねーだろ! ほら行くぞ」

「うぅ、は~い。って、わわっ。カズマくん、そんな強く引っ張らないでください」

 

 名残惜しそうに混沌を見ていたペコリーヌの手を、カズマは少々強引に掴む。相手はベルゼルグ王国第一王女。単純な力では絶対に敵わない相手だが、そこまで全力で抵抗するなどということもないだろうから。

 そんなことを思っていたカズマは、あまりにもあっさりペコリーヌがこちらに引っ張られたことで首を傾げた。別にそんな強く引っ張った覚えはないのだが、と彼女を見ると、演技でもなんでもなく、本気でカズマに力負けをしているようで。

 

「ペコリーヌ、ちょっと手を出せ」

「え? はい」

「よし、力入れろよ」

「はいっ……わっ、カズマくん、何でそんなに力が強くなったんですか?」

 

 試しに、とペコリーヌと軽く力比べをしてみると、ものすごくあっさりと彼女が負けた。それを見ていたキャルも、ちょいちょいとペコリーヌを呼んで力比べをする。当然というか、キャルが勝った。

 

「……ねえ、あんた弱くなってない?」

「え? ど、どうしてですか?」

「どうしてもこうしてもないだろ。さっき言ってた呪いに決まってんだろ!」

「で、でもコッコロちゃんが」

「申し訳ありませんペコリーヌさま。解呪自体は成功しましたが、呪いそのものはすぐには消えないのかもしれません」

「そんな、コッコロちゃん、謝らないでください。元はと言えばわたしが考えなしに食べたのが悪いんですから」

「そうだな」

「反省しなさいよ」

「……ごめんなさい」

 

 しょんぼりとするペコリーヌを見ながら、しかしそうなると中々厄介かもしれないなとカズマは顎に手を当てた。能力低下がどれだけ続くかは分からないが、あまり長引くと面倒なことになる。出来ることならば早急に解決したい。

 となれば、思い浮かぶのは一人の人物。呪いのスペシャリストで、腕だけならば非常に優秀な医者。そして、その人物がいる場所は。

 

「……紅魔の里に、ミツキ先生に会いに行くか」

「あの仮面のクソ悪魔の言う通りになってきたわね」

 

 



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その208

いつにも増してひっどい話なので最初に謝っておきます

大変申し訳ございませんでした


 クエストを終えたカズマ達がギルドに戻り、『強壮なる使者』を討伐した旨を話すと、ルナとカリンは期待通りとばかりに笑顔を見せた。そうして、ありがとうございますという言葉と追加報酬を貰うなどのやり取りを済ませた後に、それで一つ問題があってと口を開く。

 件の賞金首を食ったペコリーヌが呪われて弱体化した、ということを伝えられたギルド職員達、そして酒場で話を聞いていた冒険者達は、説明が一段落すると皆揃ってこう思った。

 

――いつかやると思ってました。

 

「それで、大丈夫なんですか?」

「コッコロちゃんに解呪してもらったので、あとは体に残った呪いをどうにかすれば、という感じですね」

 

 ペコリーヌの返答に、それは大丈夫といえるのだろうかとルナは首を傾げる。が、まあその口ぶりからするとある程度の算段はついているのだろう。それならばいいのですけれどと話を締め、ルナもカリンも無理はしないように告げると業務に戻る。一応回収したらしい『強壮なる使者』の残骸は厳重に保管をしておくとのこと。

 そんなこんなで手続きを終えて教会に戻ってきたカズマ達は、疲れたとソファーに座り込んだ。部屋の隅に置かれた残りの残骸をなるべく見ないようにしながら、彼はそれでどうすると三人に視線を向ける。ゼーンは向こうに帰ったので、今いるのはキャルとコッコロ、そして当事者のペコリーヌだけだ。

 

「出来ることならば、急いだ方がいいかと思われますが」

「まあそうなんだけど、時間も時間だし」

 

 時刻はもう夕方だ。これから紅魔の里に行った場合間違いなく夜になるし、ミツキに治療を頼むとしても診療所の時間外になる可能性がある。もっとも、彼女ならばその辺りは気にしないかもしれないが、しかし。

 

「明日にしましょう」

「いいのか?」

「幸い、命に別状はありませんから。それに、ひょっとしたらコッコロちゃんの解呪がババーンと効いて明日はバッチリになってるかもしれませんし」

「お気楽ねぇ……。まあ、あんたがそれでいいならいいけど」

 

 手をひらひらとさせたキャルは、じゃあ今日はもう何もしないということで、とソファーに体を預けた。ぐだぁ、と溶けた猫になった彼女を見ながら、じゃあ晩御飯の用意をしましょうとペコリーヌが立ち上がる。

 

「お、っとっと?」

「あぶねぇ」

 

 その拍子にバランスを崩した彼女は、思わず飛び出したカズマに支えられた。何やってんだお前、という彼の表情を見ながら、ペコリーヌはあははと苦笑する。

 

「普段と調子が違いすぎて、つい」

「お前ひょっとして普段から王族のステータスでゴリ押ししてんの?」

「そういうつもりではないんですけど。慣れ親しんだ動きというか」

 

 カズマの支えから抜け出して頭を掻くと、でも大丈夫ですとたわわな胸を張る。そのままキッチンに向かい、そして、あれ、と困惑した声を上げた。どうやら全然大丈夫ではなかったらしい。

 

「どうしたんだよ」

「えっと、その……このお鍋、こんなに重かったですか?」

「……は?」

 

 スープでも作ろうとしたのだろう。鍋を用意しようと手に取ったのはいいが、ちっとも持ち上がらず困り果てている。そんな光景を見たカズマ達は、揃って顔を見合わせた。弱体化、という言葉の意味をどうやら甘く見すぎていたらしい、と。

 

「おいどうすんだよこれ。もう完全にか弱いお姫様じゃねぇか」

「そうね。……まさかあんた、ティーカップより重いものは持てないとか言わないでしょうね」

「え? 流石にそれは……」

 

 キャルの言葉に、ペコリーヌは慌てたように周囲のものを持ち上げようと手にする。が、フライパンは当然持ち上がらず、ティーポットもやっとこさ。危ないので試せないが、この調子では料理の入った器を持たせるのすら危ないだろう。

 

「ペコリーヌさま」

「は、はい」

「今日はわたくしが全てやりますので、座ってお待ちくださいませ」

 

 笑顔ではあったが、有無を言わさぬ迫力があった。

 

 

 

 

 

 

「これは、想像以上ね……」

「うぅ……」

 

 酷い。キャルの感想はこれに尽きる。夕食の時点で確定したのだが、現在のペコリーヌは恐らくか弱さではシルフィーナにも負ける。いつもならば割と豪快に、それでいて王族らしい気品も添えながらガツガツ食べるペコリーヌが、深窓の令嬢のような食事しか出来なくなっていたのだ。そっと髪を掻き上げ、ゆっくりと匙を口に運ぶそれは、見ていたカズマが思わずごくりと生唾を飲んでしまうほど。別に普段のパッパラパーが嫌いではないしむしろ好きなのだが、それはそれとしてそういうシチュもいいよね、というのがカズマの弁明である。

 そんなわけで、どうなるかというと。

 

「はい。ペコリーヌさま。あーん、してくださいませ」

「あ、あーん」

 

 こうなる。コッコロのスイッチがパチンと入り、後はもうなすがままだ。何から何までお世話されるペコリーヌと、何から何までお世話して大満足のコッコロという構図が出来上がる。まあそうなるだろうなと予想は出来ていたので、カズマもキャルもそこはもうツッコミを入れない。

 

「まあコッコロが満足ならいいか」

「か、カズマく~ん」

「実際何も出来ないんだから、あんたは大人しくコロ助にお世話されてなさい」

「キャルちゃんまで……」

 

 ちらりと横を見る。めちゃくちゃキラキラした笑顔のコッコロが見えて、ペコリーヌは色々と諦めた。トイレだけは死守しようと心に決めながら、彼女に連れられてお風呂へと向かっていく。

 ともあれ。この様子では翌日に全快していることはなさそうである。それどころか、この状況が長く続くと色々と危険だ。

 

「そうだよな……コッコロのタガが外れたら」

「そこじゃない。いやまあそこも確かに問題だけど」

 

 解呪自体は終わっている。だから、悪化して寝たきりになる、などという心配はなさそうではある。が、それだけだ。このままでは冒険者を続けることも出来ないし、王族として、勇者の血筋を持つものとしての立ち位置が非常に危うい。

 

「今はまだいいけど。あいつのことだから、きっと前より酷い状態になるわよ」

「……アイリスに殺されるな、俺」

「でしょうね」

 

 多分塵も残らない。明確な死の存在を背後に感じながら、まあそんなつもりは微塵もないけどと天井を見上げる。確かに深窓の令嬢なペコリーヌは割とそそられたが、それでも普段の彼女のほうがずっといい。よし、と呟くと、カズマはさっさと紅魔の里に行って治療してもらおうと心に決めた。

 

「後は、あんた」

「ん?」

 

 そのタイミングで、キャルがずびしとこちらに指を突きつける。ジト目で、分かってるでしょうけど、と彼を睨みつけた。

 

「今のペコリーヌは抵抗できないからって、ムリヤリ襲うとか考えるんじゃないわよ」

「するわけないだろ!」

 

 人を何だと思ってんだ、とカズマはキャルに食って掛かるが、彼女は一言鬼畜と返した。心外だと言わんばかりに表情を歪めたカズマは、そんな彼女を鼻で笑うと、見下すような視線を向ける。

 

「大体だな、ペコリーヌは俺にべた惚れなんだから、そんなムリヤリなんてしなくても」

「何がムリヤリなんですか?」

「うおぁ!?」

 

 横合いからの声で思わずソファーからバランスを崩す。どうやら思った以上に話し込んでいたようで、お風呂を終えたペコリーヌとコッコロがリビングへと戻ってきていた。直前の話題自体は聞いていなかったようなので、何でもないと誤魔化したカズマは、そのまま勢いで押すように明日の予定を口にする。朝起きたら紅魔の里へ行って、可及的速やかに呪いを抜いてもらおう、と。

 

「そうね。……色々問題が起きそうだし」

「おいキャルなんだその目は」

「べっつにー」

「あはは。ありがとうございます、キャルちゃん、カズマくん。わたしのことを心配してくれて」

 

 二人のやり取りを見ながらそう述べたペコリーヌは、そこでふうと息を吐く。ソファーに体を預けると、そのままぐだりと力を抜いた。

 どうしたのか、とそんな彼女の様子を見ていた二人に、コッコロが心配そうな表情で言葉を紡ぐ。弱体化の影響は多岐にわたっている、と。

 

「お風呂に入るだけでもお疲れになってしまわれたようで」

「……」

「……」

 

 それはちょっと違うんじゃないかな。そうは思ったが、口にはしなかった。だってコッコロがやけにツヤツヤしてるもの。多分何から何までお世話したんだろうな。そうも思ったが、やっぱり口にはしなかった。彼女の心配自体は純粋な気持ちから出ているのだから。

 

「まあ、今日はもう寝たほうがいいんじゃないかしら」

「そうだな。そんな状態じゃ何も出来ないだろうし」

「そうですね……っと?」

「ペコリーヌさま!?」

 

 二人に言われ、立ち上がろうとしたペコリーヌがよろめく。確かにコッコロのお世話も一因であろうが、弱体化の影響はやはり大きい。体力自体も相当弱っているらしく、今日一日の疲れが出てしまった状態では歩くのも一苦労のようだ。

 もう一度座り直したペコリーヌは、そこでふうと息を吐く。このままでは自分の部屋に向かうことすら出来ない。かといって、コッコロにこれ以上お世話されるのもそれはそれで少し。そんなことが頭に浮かんでは消え、ぐるぐると纏まらない思考のまま、彼女はそれが思わず口をついて出た。

 

「あの、カズマくん」

「ん?」

「わたしの部屋に行きたいので……抱っこをお願いしても、いいですか?」

「ほぁ!?」

 

 今なんつったこいつ。思わず立ち上がったカズマは、それが幻聴や聞き間違いではないことを確認するように視線を巡らせ、何言ってんのよあんたと騒ぐキャルを見て安心する。

 否、安心など出来るはずもない。今眼の前のこいつは何と言ったのか。抱っこをしてくれと、そう言ったのか。風呂上がりで、パジャマ姿の、ペコリーヌを抱っこしろと、そう言ったのか。

 

「カズマ」

「な、ななななんだ? どうした?」

「動揺し過ぎでしょ……変な気起こすんじゃないわよ」

「だったらお前が運べよ」

「……」

「何だよその目は」

「ヘタレ」

「お前の立ち位置どっちだよ!」

 

 ペコリーヌを抱っこさせたいのかさせたくないのかどっちだ。そんな疑問を込めた目を向けても、キャルはジト目で返すのみ。ぬいペコがいない時でよかったわね、と割と投げやり気味にそうとだけ述べて、後は好きにしろとばかりに話を打ち切った。どうやらもうこの件に口を挟む気はないらしい。

 ならば、とコッコロを見たものの、彼女は彼女でこちらを見守る表情を向けるのみだ。今のカズマの葛藤を果たして分かっているのかいないのか。案外分かっていて、それでいてあの表情なのかもしれない。それはもうママを通り越してオカンである。

 ともあれ。どうやら代わりにペコリーヌを運んでくれる人員はいないようで。となると後は、カズマが彼女を抱っこするかしないかの二択になる。

 それでもって。しない、となるとペコリーヌはここから動けないわけで。

 

「……じゃ、じゃあ、いくぞ。いいんだな? 本当にいいんだな?」

 

 普段であればセクハラも辞さないように手をワキワキさせかねないカズマであるが、色々と状況が重なっている状況ではそんな余裕がない。ついでにそういうことをしても受け入れられてしまいそうなので余計に出来ない。キャルの言う通りのヘタレなのだ。これが例えばもっと普段から凶暴で堅物なのに性癖が歪んでいたり好意を素直に出さなかったりとかしている女騎士だったならばカズマもあまり意識しなかったかもしれないが。

 

「は、はい。じゃあ、お願いします」

 

 そう言って両手を前に出して待ち構える。ハグ待ちである。抱っこをして欲しいのだから間違っていないのだが、カズマにとっては色々と危険が危ない。

 ゆっくりと薄着のペコリーヌに近付き、そのまま背中に手を回す。ぎゅ、と抱きしめるような形になった二人は、しかしそのまま固まってしまった。

 

「……カズマくん?」

「ちょっと待って。今必死で般若心経唱えてるから」

 

 ダイレクトアタック。湯上がりペコリーヌを至近距離で食らってしまったカズマは、それはもう息子が大はしゃぎだ。寝巻きなのだから当然寝やすいようにゆったりとしてかつ薄着なので、普段のバトルドレスよりもより一層柔らかさも堪能出来るわけで。天に突き上がろうとしている己の欲望を、カズマはただただ無心で般若心経を唱えることで抑えようとした。

 

「……よし、じゃあ」

「あ、あの。もう少し強く抱いてもらっても、いいですか?」

「……っ!?」

 

 ペコリーヌ湯上がりASMR。ついでにちょっと勘違いするようなワード選び。出番だなと再び息子が立ち上がろうとするのを、お前じゃない座ってろと言い聞かせ宥めすかせるのにカズマは全神経を集中させた。

 でも正直我慢のし過ぎはよくないんですよ。どこからか天の声が聞こえてくる。女神のお告げ、とアメス・アクア・エリスの三馬鹿女神が聞いたらブチ切れそうな感想を抱いたカズマは、じゃあもういいかとばかりにゆっくりと二重の意味で立ち上がって。

 

「……主さま?」

 

 ひゅん、と頭を垂れた。コッコロがこちらを見ているのを認識して、カズマは一瞬にして冷静になった。いやもう不可抗力とはいえ以前敵だった頃のぬいコロの尻におっ立てたものをこすりつけたさまを見せてしまった時点でどう取り繕おうとも無駄なのだが、それでも自分から彼女に見せ付けられるほどカズマは覚悟を決めていない。

 よし、とペコリーヌを持ち上げる。ゆっくりと彼女を抱えたまま、リビングを出て、そして部屋へと足を動かした。大丈夫だ、コッコロには気付かれていないはずだ。

 そんなことを思っていたからだろうか。油断していたカズマは階段を上りきった辺りで少しバランスを崩してしまい。抱き抱えられていたペコリーヌは、咄嗟に目の前にしがみついた。普段の彼女と比べれば非常に弱々しい、深窓の令嬢がぎゅっと抱きつくような。それでいて、非常に立派なそれが、想像していないタイミングで、薄着でぎゅぎゅっと。

 

「ひゃん」

 

 追加で、思わず出てしまった色っぽい声が、カズマの耳元で。

 

「……あっ」

「カズマくん? どうしたんですか?」

「……大丈夫です。気にしないでください」

「で、でも……なんだか賢者みたいな顔をしてますし」

 

 本当に、我慢のし過ぎはよくない。今回はギリギリセーフではあったが、次はないだろう。今度は間違いなく爆発する。そうしたら、夜中にこっそりと、コッコロに見付からないようにズボンとパンツを洗う羽目になる。それだけは死んでも避けなくてはならない。

 ペコリーヌを部屋に送り届けたカズマは、そのまま自分の部屋に戻り、そして大丈夫であったことを確認してからそんなことを心に誓った。勿論暴発予防は怠らない。

 

 



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その209

 久しぶりにやってきた紅魔の里。カズマはあまり変わらない里の姿を見て顔を顰め、キャルも同じように目のハイライトが消えかけた。思い出は苦いものだ。特にこの二人には。

 

「……よし、さっさとミツキ先生のとこ行って診察してもらうか」

「そうね。それがいいわ」

 

 そう言いながら里を歩く。一応曲がりなりにも観光地であるここは、やってきたお客に対してのサービス精神が旺盛である。前回もいかにもなパフォーマンスをこれ見よがしにやっていて、カズマはその姿にプロ根性を感じたものだったのだが。

 首を傾げる。確かに観光地用のパフォーマンスを担当している連中はいる。いるが、里を総出でやっていた前回と比べると大分ささやかだ。準備がいるからテレポートで直接里に来る時は連絡が必要だとかなんとかと以前あるえとアンナに言われていたが、まさかそのせいだろうか。そんなことを思いつつ、その割には別に慌てていないなと考えて。

 

「あら? アナタたち、どうしたの?」

「ん? あ、メリッサ」

 

 声に振り向くと、以前協力してもらった見覚えのある人物がいた。診療所所属の狂人の一人で比較的まともな部類、可愛い動物が好きだがそれ以外には塩対応のトレジャーハンター。どうやら何かの買い出しの途中なのか、荷物を持った状態でこちらを眺めている。

 丁度いい、とカズマはそんな彼女に事情を話した。別に取り次いでくれるとは思っていないが一応話しておいた方がいいだろうくらいの感覚である。案の定メリッサはそれを聞いて別に協力はしないと即答した。

 

「まあでも、一応忠告だけはしておくわ。今行くと巻き込まれるわよ」

「……どうするのカズマ。帰る?」

「普段ならじゃあ落ち着くの待ってからにするかって言いたいけど」

 

 ちらりとペコリーヌを見る。わたしなら大丈夫ですよ、と微笑む彼女に無理をしている様子はない。恐らく本気で言っているし、最悪王家の装備を常時フルパワーで使っていれば何とかなると思いますという追加の言葉に嘘はないだろう。

 じゃあそれで、となるかといえばそんなことはない。それでもある程度のタイミングでひ弱ペコリーヌになるのは確実で、そうなると彼女を抱っこして運ぶにはカズマが適任。そしてその場合深窓の姫ユースティアナがおっぱい押し付けながら照れくさそうに微笑んで耳元で囁いてくるので間違いなくカズマのカズマさんは出番を確信し始める。前回は耐えられたが果たして次はどうかな?

 

「俺が大丈夫じゃない」

「何か色々な意味が込められてそうね」

「色々な意味、でございますか?」

「コロ助は知らなくてもいいことよ。いや知ってるかもしれないけどその時はスルーしてやって」

 

 キャルの一欠片の良心がコッコロを止める。そうしながら、まあ自分も別の理由だけどそれは大丈夫じゃないとペコリーヌに述べた。

 

「王家の装備常時フルパワーって、間違いなく燃費が悪いわよね? で、その場合のエネルギー補給は」

「……えへへ」

「えへへじゃない! 眼の前の厄介事とこれまでの蓄えが全部潰れるだろう食費だったら流石に前者を選ぶわ! 嫌なこととヤバいことがあるなら、どっちもやりたくないけどしょうがないならマシな方選んで我慢しないでひたすら愚痴る方がずっといいもの」

 

 がぁ、と捲し立てたキャルはそういうわけだから却下と告げた。そうしながら視線をメリッサに向けて、大丈夫よと言い放った。別段協力する気もない彼女は、そんなキャルにあらそうと返すのみ。

 

「じゃあ精々頑張りなさい。今のあそこ、ミツキ達だけじゃなくてネネカ達もいるから、気を抜くと何かの実験に使われるわよ」

 

 だから自分は当分あそこに近付かないようにしている。そう続けると、メリッサはひらひらと手を振って去っていった。振り向くこともなくこちらの視界からいなくなる彼女をゆっくりと目で追いながら、キャルは表情を消した状態でカズマを見る。同じように無表情になっていたカズマは、彼女のそれを見てゆっくりと頷いた。

 

『帰りたい……』

 

 口から出かけた言葉がシンクロする。が、二人共声にはしなかった。行かないという選択肢はないのだ。ここでペコリーヌがじゃあやっぱり、と言い出しても却下するくらいには。

 

「あの、二人共」

「ペコリーヌさま」

「え、はい。どうしたんですかコッコロちゃん」

「お二人の意志は固いようでございます。ここは、素直に甘えられるのがよろしいのでは、と」

 

 元はといえば自分の蒔いた種なのに。そんなことを思い彼女の心が少し痛む。

 ちなみに、じゃあ最初から食うなよ、と即座に二人からツッコミというお叱りが入った。

 

「……はい。みんなに二度と迷惑を掛けないように、今度はきちんと毒抜き呪抜きをしてから食べます」

『食べるなっつってんだろ!』

 

 

 

 

 

 

 どことなく雰囲気が違う紅魔の里を歩き、里の外れに向かう道を進み。そうして辿り着いた監獄、もとい診療所の扉を見上げたカズマたちは、意を決してそれを開けた。地獄の扉が開かれたかのような音を立て、診療所の内部がゆっくりと目の前に現れる。

 見知った顔が倒れて動かなくなっていた。

 

「めぐみん!?」

「ちょ、ちょっとどうしたの!? 生きてる!?」

 

 思わず駆け寄った。そうして動かないめぐみんの様子を確認したが、とりあえず死んでいるわけではないということは分かった。

 

「まあそもそも死んでたらミツキ先生が片付けてるか」

「そうね。片付ける余裕がないほど忙しいなら話は別でしょうけど」

「あの、主さま、キャルさま。さすがにそれは、ちょっと……」

「やばいですね」

 

 無事だから言える軽口なのだろう。あるいは、こいつらは死んでも死なないか向こうで女神がお断りする連中だと確信を持っているか。どちらにせよ、コッコロの反応は普通ではあるものの、こいつらに当てはまるかどうかは少し怪しい感じもした。が、カズマもキャルもはーいと素直に頷く。ママだし。

 それで、どうしてこんなところで倒れているのか。そう思ったものの、メリッサの言っていたことを思い出せばおおよその推測は出来る。多分実験体になったのだ。

 

「……人の結末を勝手に決めるのはやめてもらおうか」

「あ、生きてた」

「さっきの会話聞こえてましたからね! その反応はおかしいでしょう!?」

 

 ごろり、とうつ伏せに倒れていた体勢を仰向けに変える。そうしながら、一体この地獄に何の用ですかとめぐみんは問い掛けた。

 

「地獄、ですか?」

「はい、それはもう。紅魔の里のみんなもここ最近は近寄らないようになって。どうやらこの門をくぐる者は一切の希望を捨てよとかまことしやかに噂されているらしいです」

「でも事実なんでしょ」

 

 キャルのそれに、めぐみんは答えなかった。抵抗しなければ助かりますよ、というアドバイスなのかなんなのか分からないことだけを述べると、彼女はゆっくりと立ち上がる。

 そのまま彼女はふらふらと廊下に消えていき、それに入れ替わるように相変わらず隈の酷い女性がこちらへとやって来た。あら、どうしたの。そんなことを言いながら、その女性――ミツキは視線を順に動かし、そして一通り見るとペコリーヌで固定させた。

 

「あらあら。これは酷いわね」

「そんな一目で分かるものなんですか?」

「これでも医者だもの。……うん、でも解呪はされているのね。これならまあ」

 

 視線を落とし顎に手を当てて暫し考えていたミツキは、そこで思い出したかのように顔を上げた。用事はこれで合ってるのかと、今更のように彼女は問い掛ける。

 

「はい。ミツキさま、ペコリーヌさまの症状はどのようにすれば」

「大丈夫。さっきも言ったけれど、解呪は済んでいるのだから、薬でも飲んで安静にしていればすぐに良くなるわ」

 

 なんてことのないように言うが、普通の医者、あるいは呪術師はその薬を用意するのが至難の業である。なにせ呪いの元凶がほとんど正体不明の賞金首だったのだから。

 が、目の前の医者は当たり前のようにそう言ってのけた。ことその手の治療に関してはバニルですら向こうに聞いたほうが早いと断言するほどだ。レベルが違う。

 

「薬があるんですか!?」

「既存のものはね。特効薬が欲しいのなら、そのモンスターの素材がいるけれど」

「ああ、それならここにあるぞ」

 

 ミツキかネネカの研究用の材料にでもなるかと思って交渉用に持ってきていた、『強壮なる使者』の残骸の入った箱を取り出す。受け取ったミツキは嬉しそうにその箱を開け、隈の酷いその瞳をキラキラとさせた。

 

「これは……ネネカ所長とも話す必要があるわね」

「ちょっと! 特効薬は!?」

「もちろん作るわ。でも、それ以外の用途にも使えるでしょう? こんな楽しいもの」

 

 そう言って口角を上げたミツキは、じゃあ入院の手続きをするわねと踵を返した。鼻歌を奏でながら、スキップでもしそうな勢いで手続きを終えると病室への道案内を誰かに頼もうと視線を巡らせる。

 

「エリコちゃん、悪いのだけれど、彼女を病室まで連れて行ってもらえないかしら」

「はい? あら、あなたたちは」

 

 そこを丁度通り掛かったボブカットの巨乳美少女は、ミツキに言われハイライトのない瞳をこちらに向けた。ある程度見知った顔であることを確認した彼女は、今度はどうしたのですかと問い掛ける。

 実はこうこうこういうわけで、と説明すると、どこか呆れたように溜息を吐いた。

 

「まあ、いいでしょう。ただ、今少し忙しいので、あまりサービスは期待しないでください」

「あ、はい。それは大丈夫です。迷惑を掛けているのはこっちですから」

 

 ペコリーヌの返事を聞いて、やれやれといった様子のエリコはこちらですと歩みを進めた。ぞろぞろとその後についていき、言われた病室のナンバープレートの前で立ち止まる。

 

「あれ? ここって」

「前にあんたが入院してた部屋ね」

「ここが一番使い勝手のいい部屋らしいですわ。では、私はこれで」

 

 病室に入る一行を見送ることもなく、エリコはその場を去っていく。廊下を一人で歩きながら、このタイミングでやってくるのは運がいいのか悪いのか、などとひとりごちた。

 ふと足を止める。そういえば、と彼女は手に持っていた紙を見た。それは数日前、紅魔の里にやってきた占い師に占ってもらった『運命の相手』に対する情報だ。それによると、彼女の運命の相手は今複数の少女とパーティーを組んでいるらしい。

 そしてその内訳は。

 

「剣士と、獣人と、回復役……」

 

 当てはまってはいる。だが、あの浮遊する頭蓋骨はそんな遠い相手より自分とランデブーしないかとか抜かしていた。占ってもらった手前、粉砕するのは控えたが、そのタイミングで盛大に叩き潰してしまったので詳細は聞けずじまい。一緒にいたシノブにも、父がすみませんとめり込んだドクロ親父を掘り返してお開きになってしまったので尋ねることが出来なかった。

 

「……以前にも同じことがあった。偶然も二度続けば、それは必然……」

 

 ハイライトのない瞳が妖しく光る。が、すぐにそれを振って散らした。前回も今回も、条件に合致する相手だからといって運命を感じるかといえば答えは否。何より、先程も気になっていたドクロ親父の遠い相手、というのが気にかかる。それは物理的な意味なのか。

 それとも、その人物にはすでに恋人がいる、という比喩的な意味なのか。

 

「まあ、どちらでも別に構いはしませんわ」

 

 運命の相手ならば迷うことはない。だから、少しでもときめきを感じたのならば。

 

「……もう少し、話を聞きに行きましょう」

 

 焦ることはない。退院までまだ余裕がある。二度目なのだから、これまで以上に慎重に慎重に。じっくりと。

 

「クスクス」

 

 そう考えると、この面倒な手伝いにも少しだけ身が入るというものだ。そんなことを思いながら、彼女は一人、クスクスと笑った。

 

 

 

 

 

 

 そういうわけでペコリーヌは入院患者となり、診療所は忙しそうなのでお世話はお任せくださいと三割増しで笑顔のコッコロが張り切っている。そんなわけで、カズマとキャルはただの見舞客になった。暇人とも言う。

 かといって、じゃあ帰るか、とはならないわけで。

 

「それで、ここに来たのかい?」

「他に思い付く場所がなかったんだよ」

「ネネカ所長も何かやってるってことは、下手に動くと巻き込まれそうだし」

 

 診療所のすぐ近く。あるえとアンナの執筆工房へと避難していた。ちょうど原稿を書いていたあるえがいたおかげで無事にソファーでくつろげるようになった二人は、これからどうしたものかと天井を見上げる。

 

「暇なら、原稿でも手伝ってくれてもいいけれど」

「無理」

 

 キャルは即答した。カズマは一瞬迷ったが、中学時代の黒歴史を掘り起こしかねないので首を横に振る。まあそれならばしょうがない、と彼女はその答えを聞いてあっさりと引き下がった。反応からして、ちょっと聞いてみた程度のものだったのだろう。

 

「あれ? そういえばアンナはどうしたんだ?」

「彼女なら、今は向こうの診療所の手伝いさ。知っているかい? 今紅魔の里の族長試練を改造しているのだけど」

「そうらしいわね。ネネカ所長がいるのもそのせいなんでしょ」

「そうそう。そのおかげで、これまでとは随分と様変わりしたそれに、里の若者はこぞって挑戦して」

 

 全滅した。オチを述べたあるえに、カズマもキャルも別段驚くことなくこう答えた。

 知ってた。

 

「あの二人の用意した試練とか、そりゃそうなるだろ」

「そうよね。それで、何人死んだの?」

「流石に死者はいないよ。入院したのは何人かいたけれど」

 

 そんなわけで。最初のバージョンでは全滅という結果に終わったため、次のバージョンに着手している最中らしい。それだけを聞けばきちんとバランス調整をする良運営に聞こえなくもないが。

 カズマもキャルも、妙な確信があった。全員が全員ギリギリの極限状態で生かさず殺さずのまま試練を行うようになる、というのが理想なのだろうということを。

 

「まあ、それももうすぐ終わるらしいから、彼女の入院については心配しなくてもいいだろうね」

「一応あの人の医者の腕は信用してるしなぁ」

 

 要所要所で助けてもらっているので、そこは心配していない。懸念があるとすれば、入院が長引くと変な問題に巻き込まれる可能性が増える、ということくらいだろうか。

 

「っていっても、あたしたちには族長試練は関係ないし」

「そうだな。まあ気長に待つか」

「その方がいい。最近物騒な噂もあるからね」

「物騒な噂?」

「ああ、何でもカップルに天誅を下す謎の変態がいるとかなんとか」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「奇遇だね。私もそこは同意だ。もっとこう、インパクトとかっこよさが欲しいところだ」

「あたしの意見と欠片もかすってないから同意しないで」

「その姿は忍者であるとか、騎士であるだとかで定まっていない。一説には逃げ出した爆殺魔人が正体だとも言われているが、白金の騎士の方には特徴が当てはまらず、ひょっとして二体いるのかなどとも言われている」

「無視して話進めないで――って、ん?」

 

 前半はともかく、後半には何だか聞き覚えがあるような。そんなことを思いながらカズマの方を見たキャルは、彼が同じような表情をしていたのを見て確信を持った。

 ねえ、とあるえに声を掛ける。ちょっと聞きたいことがあると言葉を続け、そして彼女に向かってそれを問い掛けた。

 

「ネネカ所長って、めぐみんとちょむすけさん以外に何かいた?」

「ん? 何かパーツ単位で分解された鎧を箱に詰めて持ってきていたけれど、それ以外は記憶にないな」

「あ、うん。ありがとう。もういいわ」

 

 あの聖鎧って分割できないとか本人言ってなかったっけ。そんな疑問が浮かんだものの、考えたら負けな気がしたのでキャルもカズマもこれ以上考えないことにした。元々同情する相手じゃないしな、と追加で考え、さっさと対処しておこうと立ち上がる。

 

「ちょっと診療所行ってくるわ」

「さっきの変態の片方はこれで多分すぐに解決するから」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 




破片を渡せたりゴリゴリ削られてたりしてるし、実際分割出来ないんかあいつ


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その210

馴染んでるのか調教済みなのか分かんない元幹部(強制)さん


 アクセルの街外れ。変人奇人のバーゲンセールの街だとはいえ、その大半がある程度は諦め、もとい許容される中未だに狂人のレッテルを貼られ続けている数少ない人物の住処。そんなネネカの研究所の入口の前に立っているのはぼっち共。奇人変人がひしめき合う中で尚ぼっちとカテゴリ分けされる彼女らも十分狂人の部類なのであろうが、しかしそうなるとやっぱりこの街のアレな連中の大半が狂人になるので気にしない方がいい。

 ともあれ、そんなぼっちの一人であるゆんゆんは、入り口で深呼吸をたっぷり三分行ってから、気合を一分間込めて呼び鈴に一分使い手を伸ばして鳴らした。アオイはそんな彼女の決断の速さに感嘆の声を漏らしている。安楽王女とルーシーはスルーした。

 

「あ? 誰だこんな時に」

「ひぃ!?」

 

 そんな彼女の勇気の結果、研究所から顔を出したのは髪を肩口で切り揃えた目付きの悪い女性。めぐみんかちょむすけを予想していたゆんゆんは、その人物――セレスディナを見て一瞬にして心が折れる。おかしいよね、女神祭の後もある程度交流があった顔見知りなのにさ。などというツッコミは誰も入れない。ビビられたセレスディナ当人さえもである。

 

「なんだぼっち共。めぐみんならいないぞ」

「ほ、ほほほほ本日はお日柄もよくわざわざこんな場所まで来てくださって実にきょう、きょうきょうきょきょ――え?」

 

 その横でテンパったアオイが挨拶、だと思う何かを発するべく口を動かしていたが、聞いちゃいないセレスディナは用件を予想してそう述べる。目をぐるぐるさせながらも一応話を聞いていたのか、意識が戻ったゆんゆんと共にアオイは素っ頓狂な声を上げた。

 

『おはようセレスディナ。めぐみんは留守なの?』

「おはようルーシー。ああ、めぐみんもウォルバクもネネカと一緒にクソみてーな鎧持って紅魔の里に行ったきりだ。まあそのおかげであたしは自由を満喫できてるんだけど」

「なんかもうすっかり染まってるんだなぁ……」

「うるっせぇよ! あのクソエルフには逃げられないように首輪も付けられてるし、そもそも今更逃げ出せたってあたしはもう魔王軍から見れば死んでるか裏切り者扱いかどっちかしかねーんだから、生き延びるにはここが最適なんだよ」

 

 狂人の研究所の雑用兼実験体が最適、という結論を出す元魔王軍幹部に安楽王女は若干憐れみを覚えないでもなかったが、まあそうは言いつつ適応しているので問題はないのだろう。そう思いながら、はいはいごめんなさいと彼女はセレスディナの言葉を流した。

 

「ったく。んで? あの狂人共に何の用だよ」

「あ。は、はい。実は、紅魔の里の族長試練というのがあって」

「ん? 何だお前らあれに参加すんのか」

 

 同じ紅魔族なので情報交換もかねて、そしてあわよくば一緒に行けないかという願望を持ちながら訪ねてきた。などという説明をすることは中々に難易度が高い。なので当たり障りのないような説明でもしようかと口を開いたゆんゆんは、セレスディナのその反応に目を瞬かせた。ある程度紅魔の里の知識を持っていればそれ自体を知ることは難しくないが、しかし彼女の反応はそういう感じではない。知識として知っているものを話したというよりは、身近な誰かがそれに関係しているからといったふうで。

 

『めぐみんも試練に向かったの?』

「あー、違う違う。ネネカが依頼で行ってんだよ」

「依頼?」

「ああ。なんでも最近試練受けるやつが少なくなってるだかなんかで、テコ入れするからアドバイザーに呼ばれたらしい。向こうの医者の、ミツキだっけか? あいつと何かやるんだと」

「よしゆんゆん、族長は諦めろ。向こうの連中と交流する方法も、新しい名乗りも、私が一緒に考えてやるから」

「安楽王女さん!?」

『まあ、試練を受けたいなら止めないわ。いざとなったら私と一緒にゴーストやりましょう』

「ルーシーさん!?」

 

 安楽王女とルーシーからそんなことを言われ、ゆんゆんは思わずそちらを見る。からかっている様子は微塵もないその表情を見て二度驚いた。

 そうしてその話をした方、対面のセレスディナもまあそうだろうなと頷いていた。

 

「そ、そんなに、ですか?」

 

 会話に参加する勇気も度胸も気合も何もかもが足りていなかったアオイであったが、流石にこの流れだと思わず言葉が口に出てしまう。友達が困っている。そう、友達が、友達が、友達が! 困っているような気がしないでもない気配を感じるようなそうでもないようないや多分そうだといいな、だったからだ。

 結果として安楽王女、ルーシー、ついでにセレスディナに揃って視線を向けられてキャパオーバーで座ったまま意識が飛ぶのだが、ゆんゆんはそんな彼女を倒れる前に支え、そして友情を感じて一人涙した。なんだこれ。

 

「で、アオイ。落ち着いた? 落ち着くわけないよなぁ……」

「は、ははははい! バッチリです! お、おちちちついてます!」

 

 ダメそうである。とはいえ平常運転なのでまあいいやと流し、安楽王女は視線をセレスディナに向けた。自分は直接ここに所属しているわけではないから、あくまで勝手な想像になるのだが。そう前置きしながら、目の前の彼女の反応を見る。

 

「あの所長が監修って、碌なことにならないでしょ」

「当然だ。あれが監修とか間違いなく碌なことにならん」

 

 力強く断言するセレスディナを見て、安楽王女はそういうわけだからと視線をゆんゆんへと変える。変な意地を張って無駄に命を散らす必要はない。冗談でもなんでもない、ごくごく普通に心配している言葉を彼女へと伝えた。忘れているかもしれないが、安楽王女は植物のモンスターである。純粋混じりっけなしの魔物である。

 言われた方のゆんゆんも、彼女の言葉を跳ね除けない。アジトで話していた内容を忘れているわけでもないのにそんな提案をするということは、状況が確実に変わったのだと理解しているからだ。だからアオイも、今回のこれには口を出していない。そう判断した彼女は、ありがとうございますとお礼を述べた。ちなみにアオイはタイミングをことごとく逃しているだけである。

 

「でも。私……やります」

 

 ともあれ。それでもゆんゆんはそう言ってのけた。たとえこれまでの試練と違って地獄が形成されていようとも、彼女はそんな死地に向かうことを宣言したのだ。

 それを聞いて安楽王女は溜息を吐く。どうなっても知らんぞ。そう言って、これ以上止めるのを諦めた。ルーシーはそんなやり取りを見ながらクスクスと笑うのみである。タイミングが噛み合ったアオイも、頑張りましょうとエールを送ることに成功した。

 そんなBB団の絆を見たセレスディナは、研究所の立場の扱いの差でちょっぴり泣いた。

 

 

 

 

 

 

「そういえば」

「ん?」

 

 所変わって紅魔の里。アイギスをシバいたカズマとキャルは、そのまま二人で里をぶらぶらとしていた。来た当初の不穏な空気の正体も分かったので、警戒心も大分薄れたからだ。

 

「ここ来ると毎回お前と二人になるな」

「そういやそうね」

 

 なんてことのない会話をしながら、入院中暇しているであろうペコリーヌに差し入れでもと店を回る。いつもの癖で大量に食料を買い込みそうになり、今の状況でそれはちょっとまずいのではないかと思い留まった。

 そうして暫くして、カズマはふと気付いた。

 

「なあ、キャル」

「何よ」

「これってデートじゃないか?」

「ぶっ殺すぞ」

 

 瞬時に目が据わったキャルが横を睨む。あまりにもな速度に流石のカズマも一瞬怯んで、いやでも世間一般的に考えればそうだろと言い訳のような言葉を紡いだ。

 

「あんた何言ってるの? そもそも、アクセルじゃ別にいつものことじゃない」

「アクセルならそうかもしれないけど、ここは紅魔の里だろ? 観光地で二人で店を回るって普通にデートなんじゃないかって」

「で?」

「いや、何かそう思うと急に恥ずかしく……でもないか」

「ぶっ殺すぞ」

 

 再び。気付いた時はちょっぴり思ったものの、よくよく考えると前回もこんな感じで、そして何より今回はもう既にきちんとお付き合いをしている巨乳美少女のお姫様がいる。ヘタレなのは相変わらずだが、多少耐性も付いたのでこれまでよりは余裕がないこともない。

 

「大体カズマ。その考えだと今のあんた入院中の彼女ほっといて別の女とデートしてる最低野郎よ」

「見損なったぞキャル」

「あんたよあんた! あたしが元凶みたいに言うのやめなさい!」

「いやだって、お前が誘っただろ?」

「そりゃだって、何だかんだあいつ迷惑かけたって落ち込んでたし、何か差し入れでもあげないと。調子出ないのよ、ペコリーヌがあんなんだと」

「まあなぁ。いや根っこがああいう奴だってのは分かってんだけど」

 

 なのに何で食に関する時だけストッパーぶっ壊れるんだろうな。二人揃ってそんなことを考え、何でもなにも、そういやこの国の大貴族そういうのしかいないんだったと思い直した。

 

「まあでも常時ぶっ壊れてる奴らよりはマシよね」

「常時ぶっ壊れてる大貴族もいるけどな」

「あれはそもそも無いでしょ、ストッパー」

 

 存在していないものは壊れようがない。そんな結論を出してから、さっきの話題が有耶無耶になっていることに二人共が気付いた。気付いたが、ここで蒸し返すと蒸し返した方が確実に悪者になる。そう結論付け、どこか妙な緊張感がお互いに漂った。

 

「何をやっているんですか二人共」

「へ?」

「ん?」

 

 そんな二人の背後から声。振り返ると、どこか呆れたような表情のめぐみんがそこに立っていた。どうしたんだ、と聞くと、どうしたもこうしたもないという返事がくる。

 

「里のど真ん中で修羅場の始まりを予感させるような会話を始めたんですから、目立つに決まってます」

「修羅場?」

「恋人がいるのに他の女とデート。なんて会話修羅場以外に何だというのですか」

「キャル」

「あたしのせいにすんな!」

 

 ぎゃーすか再び。その光景を見ていためぐみんが、だからそれですよ、と呆れたような、溜息を交えた口調で会話に割り込む。

 

「ここはアクセルではないんです。あなた達の普段のやり取りとか知らないんですよ? 分かったらそのケンカップルみたいな言い合いをやめてください」

「いや俺はやめたいんだけど、こいつが俺にかまって欲しくて仕方ないらしくて」

「捏造すんな。あんたが余計なこと言わなきゃあたしだって一々突っかかんないわよ。そうよ、むしろあんたの方でしょ? あたしにわざわざちょっかい掛けて」

「言ったそばから」

 

 若干めぐみんの声に怒気がこもっていたので、カズマもキャルも動きを止め、ごめんなさいと謝った。こういう姿を見ていると、本当にこの二人は似た者同士なのだと思わせる。

 そうして変な空気を霧散させた彼女は、じゃあ気を付けてくださいよ、と踵を返す。ただそれだけのためにこちらに声を掛けたかのようなその行動に、カズマは思わず呼び止めていた。

 

「どうしました?」

「いや、何か用事があってここに来てたんじゃないのか?」

「ああ、それならもう終わりましたよ」

 

 彼の疑問に彼女はさらりと答える。そのまま、軽い調子で言葉を紡いだ。

 

「ゆんゆんをアップデートした族長試練に参加者第一号として放り込んできました」

「……お前やっぱりネネカ所長のとこの一員だな」

「そうね」

「しみじみと失礼なことを言うのはやめてもらおうか」

 

 

 

 

 

 

「……ここ、どこ?」

 

 ゆんゆんが立っている場所は、どこかの屋敷の廊下らしき空間だ。出口は見えず、振り返っても入り口は見当たらない。どこまでも、延々と続く廊下のど真ん中に彼女は立たされていた。

 

「確か、最初の試練は謎掛けだったっけ」

『謎を解いて、ここから脱出しろ、ということかしらね』

 

 ひょい、と左右の窓を覗き込みながら安楽王女とルーシーが述べる。窓の外には庭園が広がっており、差し込む日差しも相まって春の陽気を感じさせた。

 ちなみに春はもう過ぎている。

 

「と、とりあえず歩きます? 私の見た限り、即死系のトラップは配置されてませんし」

 

 間違った道を進んだ瞬間に死ぬ、ということはなさそうだ。アオイに促され、とりあえず一行は前に進んでみることにした。終わりの見えない廊下は、やはりどれだけ進んでも景色が変わらない。この様子だと、恐らく戻ったところで同じだろう。

 

「これ、出られなかったらどうなるんだろう……」

「まあ普通に考えればそのまま死ぬんだろうな」

「普通に考えてそれなんですか!?」

 

 定位置、アオイの肩に戻った安楽王女がしれっとそう述べ、彼女は思わずツッコミを入れる。が、それを肯定するかのように、ルーシーもうんうんと頷いていた。

 

『大丈夫よ。餓死なら無念もそれなりに溜まるし、ゴーストになりやすいもの』

「セカンドライフの提案はまだ早いですよ!? あ、でも、それはそれでお互いのことを知ることで今よりもう一歩進んだ関係になれる可能性がなきにしもあらずんば虎子を得ず?」

「アオイちゃん!? 落ち着いて! 正気に戻って!? 大丈夫よ、試練なんだから、流石に死ぬ寸前には回収してくれるから」

「もうちょい前に回収してやれよ。いやこの流れ作った私が言うのもなんだけどさ」

 

 はぁ、と溜息を付いた安楽王女は、ぐるりと周囲を見渡す。まったく同じものが延々と続くこれは、ゆんゆんの驚きからしても元々の試練とは似ても似つかないのだろう。コンセプトである謎掛けという部分しか共通点が見いだせないレベルなのかもしれない。

 それはそれとして。この仕掛けを作った人物は間違いなく心当たりがある。というかここに来る前に心配していた状況がそっくりそのまま当てはまった。

 

『めぐみんの話しぶりからすると、これも改良された状態なんでしょうけど』

「試しに参加したぶっころりーが濁流に流されて消えていったのは中々壮観でした、とか言ってたしな。……染まってるなぁ、あいつも」

 

 ちなみにめぐみんもテスターとして参加させられ奈落に落ちた。だからこその発言である。一応、念のため。

 

「と、とりあえず周りを調べましょう。アオイちゃん、手伝ってくれると凄く嬉しんだけど、あ、でも無理はしなくていいから! 私は別に大丈夫だから、だから本当に気にしなくても――ってこれは余計気を使わせちゃう!? どうしよう、どうしよう」

「だ、だだだだいじょぶですゆんゆんさん。私のことは便利な道具か何かだと思ってもらっても構いませんので! でもそれでもほんのちょっぴり気にかけてもらえると恐悦至極で、いやいやいや、そんなおこがましい。ああだめだどうしようわがままだと思われる!?」

「……こないだの友達宣言なんだったんだろうな」

『あの二人らしいじゃない』

 

 やっぱり昇天するのは当分無理だな。微笑ましいものを見ているような顔で頷くルーシーを見ながら、前途多難だと安楽王女は小さく溜息を吐いた。

 

 



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その211

 キョロキョロと辺りを見渡す。延々と続く謎の廊下ではなく、見慣れた場所、というほどでもないけれどまあ全然知らないわけでもない建物の中だ。

 そしてそんな感想を抱いているゆんゆんを見て、どうやらゴールで監督役をしていたであろう女性の悪魔がこちらを見る。

 

「お、無事生還したね」

「言い方が物騒!?」

 

 パタン、と持っていた本を閉じた監督役――アーネスは、試練突破おめでとうと何やら腕輪のようなものを渡してくる。なんぞこれ、と受け取ったそれを眺めていると、横合いからまた別の声が聞こえてきた。

 

「成程。どうやらアップデートの結果は上々のようですね」

「なわけないだろ。こいつしか生還してないのよ」

 

 ふむ、と顎に手を当て頷く小柄なエルフの女性、言うまでもなくネネカに対してアーネスは全力でツッコミを入れる。が、言われた方はそんなことはないと首を横に振った。里の紅魔族と比べれば、ゆんゆんは経験が足りていない。にも拘わらず彼女が生還し他の連中が未帰還者になったのならば。

 

「彼らは族長になる資質を持ち合わせていなかったのでしょう」

「……いやまあ、あの連中がまとめ役をやれるかっていえばそりゃそうだけど。だとしてもゆんゆんも上に立つタイプじゃないでしょうに」

「そうでしょうか? 元来族長試験は前衛と後衛の二組で受けるものという、いつの間にか有名無実と化してしまったルールが存在します。私はそのルールの意味を自分なりに解釈し、きちんと守るべきものだと制定したのですが」

 

 それを満たしたのは現状ゆんゆんただ一人。だからこそ、試練をクリアできたのだ。そう続けたネネカは、アーネスに理解できたかと言わんばかりの視線を向ける。ガリガリと頭を掻いた彼女は、ネネカの言葉にあーはいはいと降参したようで投げやりな言葉を返した。

 

「それで? 二次試験はどうするの?」

 

 最初の試験は挑戦者がいい感じに人柱となり改良点を炙り出していたが、この先の試験はテスターであるめぐみんしか受けていない。そしてめぐみんからは流石人の心を持ち合わせていないだけはある、というお墨付きをもらっている。もちろん褒めていない。

 

「最初の試練をアップデートする時点で、残りの試練もそれを基準に改良を行いました。ミツキ先生とも協議を重ねたのですよ、安心してください」

「安心できる要素が欠片もない」

 

 はぁ、とアーネスは溜息を吐いた。とはいえ、結局のところこちらが何と言おうとゆんゆんは試練を続けるだろうと予想は立てている。ついでに、里の連中が全滅したこれを彼女が突破すれば、族長としての権威や発言力もそれ相応に上がり結果的に貴重なブレーキ役が出来上がる可能性があるわけで。

 

「……まあ、頑張って」

「え? あ、はい」

 

 その辺りも踏まえてホーストに投げよう。そう結論付けた彼女は、ゆんゆんを応援しつつそっと一連の騒動から距離を取ることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 そんな一行とはまた別の問題を抱えているのがカズマ達である。ミツキの監獄、もとい診療所では、一人の少女がベッドで上半身を起こした状態で黄昏れていた。

 

「……うぅ~」

「しょうがないでしょ」

 

 ぺしょりとしているペコリーヌに、キャルはやれやれと肩を竦めながらそう述べる。彼女の言葉に同意したコッコロも、笑顔でりんごをペコリーヌの口元に運んでいた。

 

「はい、ペコリーヌさま。あーん、でございます」

「あーん」

 

 されるがままである。しゃくしゃくもぐもぐとりんごを瞬く間に数個完食した彼女は、しかしはぁ、と溜息を吐いた。りんごが足りなかったわけではない。念のため。

 

「わたし、みんなに迷惑かけちゃってますね」

「まあそれはいつものことだからいいとして」

「否定はしないのね」

 

 カズマはペコリーヌの弱音を流した。キャルも別段そこには反論しない。どちらかというと自分も普段迷惑を掛けている側なのを自覚しているから、ということもある。

 そもそも、このパーティーは誰もが誰かしらに普段迷惑を掛けている。今ここでお世話欲を満たしてご満悦のコッコロですら例外ではない。迷惑だと思われていないだけだ。

 

「でも、これじゃあ冒険にもいけませんし」

「別に元々行く気もないからそれは大丈夫だぞ」

「それはそれでどうなのよ……。いや、あたしも行く気はないんだけど」

 

 ヒキニートとニート猫にその反省は無意味である。コッコロも別段現状冒険に行かなければならない理由もないため、二人がそれでいいならばと中立を保っているため問題はない。

 まあつまり、現在ペコリーヌがしょんぼりしている理由は特にないわけで。

 

「それでも、こうやってみんなに頼り切りなのはちょっと」

「いいんじゃない? 普段の戦闘とかはあんたに前衛任せっきりなんだから、こういうときくらいは」

「そうかもしれませんけど」

 

 やっぱり王家の装備を使って動けるように。そんなことを呟いた彼女に向かい、カズマは何言ってんだお前と鼻で笑った。呪い治療中で現在絶賛蝕まれ中なんだから、と続けた。

 

「やれるもんならやってみろ、ほれ」

 

 そう言ってティアラを投げ渡す。ベルゼルグ王家に伝わる神器の扱いとしては間違いなく重罪レベルだが、そこを咎めるような者は今ここにいないのでよしとして。

 問題は、それをキャッチしたペコリーヌの方だ。

 

「わ、っと、っと……」

「それを重そうに持つ時点で無理だろ」

 

 そこまで弱々だと、王家の装備の力を使うとかそれ以前の問題だ。頭に装着したらそのまま重みで倒れて首がグキりといきかねない。ティアラでそれなのだから、メインパーツではない他の鎧部分を装備したら潰れてぺしゃんこだろう。

 持ち上げて頭に装着しようと頑張るペコリーヌからティアラを奪い取ると、カズマはそういうわけだから大人しくしてろと言い放った。項垂れながら分かりましたと述べたものの、彼女はそれでもなんとかしてもう少し動けるようになりたい理由がありそうで。

 ベッドの横に設置してある机代わりにもなる台を見た。そこには、弱弱になったおかげで指にはめられなくなった指輪が箱に仕舞われていて。

 

「……うぅ~」

「しょうがないでしょ」

 

 左手の薬指を見て、再びぺしょりと唸るペコリーヌに、キャルは溜息混じりでそう返した。

 

 

 

 

 

 

「そんなに心配しなくても。呪い自体は抜けているから、すぐに回復していくわ」

「だとしても、弱くなりすぎじゃない?」

「彼女の場合、元々の血筋で抗体があるおかげで治療の反動が少し大きいのよ。だから経過観察はとても興味深い結果が出ているわ」

「おいマッドドクター」

「人聞きが悪いわね。人体実験をしているわけではないの、ただ治療のデータを収集しているだけ」

 

 微塵も態度を変えずにそう述べるミツキ。言っていることは確かにその通りなのだが、いかんせん普段の行い、というか存在がそれの説得力を大幅に落としている。彼女自身、振る舞いが偽悪的なのも拍車をかけた。

 

「まあ、とはいえ。あそこまで弱体化しているのは確かに問題ね。ほとんど寝たきり状態になるほどではないはずだもの」

 

 キャルの心配を肯定しつつ、ただそれは、とミツキは続けた。今すぐ動かなくてはいけない状況に陥った場合だと述べた。絶妙にフラグ臭い物言いではあるものの、この里にいる面子を考えれば、何か問題が起きたとしても、例えば魔王軍の襲撃なり強力な魔物なりが現れたとしてもペコリーヌが出張ることなく事足りる。カズマもキャルもその辺りは承知の上で、勿論この二人はその場合戦う気はこれっぽっちもない。

 

「ただ、あいつはそうじゃないのよね」

「これまで逃げていた反動、といったところかしら。王女も難儀な生き方をしているわね」

 

 コロリン病騒動やらなんやらで今ではすっかり事情を理解している彼女も、キャルのそれに同意するように溜息を吐いた。カズマはそんなミツキに対し、いやそういうわけじゃなくて元々の性格だからと訂正する。ふうん、と途端にミツキの表情が生暖かいものになった。

 

「若いっていいわねぇ」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 カズマのツッコミを流し、ミツキはそれじゃあ自分も用事があるからと踵を返した。どうやら族長試練の第二次の調整にいくらしい。

 そうして去っていった彼女の背中を見ていた二人は、ではどうするかと顔を見合わせる。現状ペコリーヌのよわよわ姫様はどうにもならないらしいし、心配しすぎるほどでもない。あんなのではあるが恐らくベルゼルグ王国で最高峰であろう医者にそう言われてしまった以上、彼らに出来ることはお見舞いくらいなわけで。

 それでもって、お見舞いは常にしているわけで。

 

「……あんたが代わりにあいつのお世話でもする?」

「嫌だよ。コッコロに睨まれたくない」

「別にコロ助は睨まないでしょ。お世話の対象がペコリーヌだけからあんたも追加した二人になるだけよ」

「余計嫌だ」

 

 当の本人はイキイキするだろうことが予想できるから余計に。はぁ、と溜息を吐いたカズマは、どこかぶらぶらするかと足を進めた。別段用事もないキャルも、そんな彼についていく。

 ついでに食料の買い出しでもいくか。そんな提案に、まあそれもありね、と同意しつつ、二人はそのまま紅魔の里の中心部へと。

 

「……ん?」

「どうしたのよ」

「いや、何か見られているような……って」

 

 視線を感じた。キョロキョロと辺りを見渡すと、そこにはボブカットの巨乳美少女が、相変わらずハイライトのない瞳で、こちらを観察するようにじっと見詰めていて。

 慌てて目を逸らす。あかんあれは見ていると駄目なやつだ。『強壮なる使者』と相対した時と同じような感想を抱きながら、カズマはそんな彼女を見なかったことにして進もうとした。キャルは最初からそれである。

 

「クスクスクス」

「うおぁ!?」

 

 が。気付かれたことで遠距離監視を止めたらしいエリコはそのままノータイムで接近してきた。別段知らない仲ではないし、なんなら何度か助けてもらったこともある。それはそれとして、得体の知れない人物であることは間違いないので、カズマの警戒心はマックスになった。ネネカとミツキの彼女の評価が高いのも怪しさに拍車をかけている。

 

「どうされたのですか?」

「なんでもないですよ!」

 

 カズマは相手が女性だからとか関係なく、自分にとって敵となるならばドロップキックをかませる人間だと自覚しているし、相手が美人でもやる時はやる男である。問題はエリコが別段敵ポジションでもなんでもない脅威であり、準備万端の搦め手でなければシンプルにぶち壊されるので現状打つ手がないというところだ。紅魔族でもなんでもないのにハイライトのない瞳が妖しく光っているのは、気の所為ではないのだろう。

 キャルは静かにカズマから距離を取り、極力他人のふりをした。

 

「買い物に行く、と言っていましたが。よろしければ、お手伝いしましょうか?」

「あ、いや結構で――も、ないかな! うん、そうですね、お願いしちゃっても、いいかもね!」

 

 断ったら死ぬ。本能的にそう察知したカズマは日和った。いざという時にノーと言える男を目指していた彼にとってそれでいいのかと思わないでもないが、恐らくどちらを選んでも結果が同じになるであろう現状わざわざ余計な危険を冒す必要もない。

 じゃあごゆっくり、と小声で告げたキャルは二人を見送る方向に舵を切った。

 

「では、何を買うのですか?」

「ん? ああ。食料を買い込まないと、ほら、うちのパーティーの腹ペコが食い尽くすから」

「……ペコリーヌさんのためですか」

 

 す、とエリコの目が細められる。何かを見極めるように、見定めるように。極々自然にペコリーヌのことを話すカズマを見て、彼女は暫し考え込むような仕草を取った。

 普段は情けないし、真正面から何かをするような素直さもない。根は善人であろうが、はっきり表立ってそう評価されるほどでもない。頭の回転は早く抜け道を探し出すことやルールの盲点を突くことは得意だが、知識を磨く勤勉さがあるわけでもない。

 そこまでを考えた彼女は、現状自身の運命の相手たる要素は満たしていないと結論付けた。以前と同じ結論だ。ただ、これにもう一つ新しい情報を付け加えれば。

 恋人には、一途。その一点でエリコの評価がモリモリ上がる。

 

「惜しいですわね」

「何が!?」

「その目が私を見ていてくれれば、あるいは……」

 

 まあいざとなったら王家を潰して奪えばいいか。そんなことを一瞬考え、それはそれで面倒だと一蹴した。燃えるほどの運命を感じればやぶさかではないが、占いで示された条件を一応満たしているだけの彼には、まだ既定値を満たすほどではない。前回も今回も、こんなにもぴったりの物件であるのに。

 

「しかしそうなると。少々不可解です」

「いやあの、一人で考察して一人で納得するのやめてくれない? 怖いんだけど」

「あら失礼。少々、運命の出会いについて考えていたもので。クスクス」

「へーそれはたいへんですね俺は陰ながら見守っていますから、じゃ」

「お待ちなさい」

「うぎゃぁ!」

 

 やべーレベルの前衛職による引き止めである。骨が砕けるかの勢いで掴まれたカズマはシンプルな悲鳴を上げた。何事だ、と里の紅魔族は一瞬視線をこちらに向けたが、エリコだと分かったのでなーんだとばかりに興味をなくしていた。あのへんの面子はアクセルでいう変人狂人どもと扱いが同じらしい。さもありなん。

 

「一人では大変でしょう? 私がお手伝いしてさしあげます」

「いや人手は間に合って――あれ? キャルは?」

「とっくに逃げましたわ」

「覚えてろよあのヤロー!」

 

 勿論自分が同じ立場になったら彼女を見捨てて逃げるのは想像に難くないが、まあお互い様なのでそこは仕方ないだろう。勿論カズマはそう思わない。

 ともあれ。カズマ一人でペコリーヌの腹を満たす量を買い込むのは実際不可能なので、買い物を一回で済ませるには確かに手伝いが必要になる。彼女が一体全体何を思ってこちらに接近してきているのかさっぱり分からないが、断っても碌なことにならなさそうなので彼はその申し出を受けることにした。

 

「ええ。お任せくださいませ。クスクス」

「……なんだろう。面倒見が良くて可愛い美少女が手伝ってくれてるのに、鳥肌止まんないんだよなぁ……」

 

 選択肢を間違えたらデッドエンド一直線の気配がプンプンする。そんなことを思いながら、よりにもよってここの面子でどうにかなる問題じゃないのが降って湧いてくるのはどういう了見だと思わず天を仰ぎ女神に愚痴った。

 幸運値が高いからそれで済んでるんだけどなぁ、としたり顔で解説している水の女神のアホ面が浮かび上がり、うるせぇ駄女神と内心叫ぶ。アメスもエリスも同じ結論なんですけどぉ! 謝って! 私に謝ってよ! などと雑念が追加投入されたが無視した。

 同タイミングで、あ、なんかアクア様がしょげてる、とキャルが察したがどうしようもないので心中でエールを送るだけに留めた。

 そういうわけで里を歩き食料を買い込むことになったのだが。意外というべきか、エリコは手慣れているようで、カズマは実に行動しやすかった。何だかんだ一緒にグダるキャルとは大違いである。

 そうして思ったよりも倍近くスムーズに買い物を終えた二人は、診療所へと帰路につくことにした。どのみちエリコもそこが住居である。同行してもらっても何の問題もない。

 

「今日は助かった。ありがとうな」

「いえ。私が好きでやったことですから」

 

 そう言ってクスクスと、実際にクスクスと口に出しながら笑うエリコは可愛らしく、普段纏う雰囲気や立ち位置、そして瞳のハイライトの無さを考慮しなければ非常にカズマの好みであった。致命的な部分が多すぎるおかげでグラつかないが。

 そんな折。ガシャリと何かが立ち塞がる音がした。何だ何だ、と視線を向けると、先日ボコした自称聖なる鎧がこちらを見てプルプルと震えている。

 

〈き、貴様ぁぁぁぁぁ〉

「おい何かキャラ変わってないか?」

〈うるせー! はぁ!? なんなのお前? ハーレム主人公街道爆進中!? ただでさえ三人の美少女とひとつ屋根の下でキャッキャウフフしてるくせに、今度はヤンデレ美少女攻略中ですかぁ!? 何々? そんなに夜も眠れなくなりたいの? それは睡眠必要ない俺っちみたいなのが日常のスパイスに求めるものであって、ハーレム野郎には過ぎたシチュだぜ!〉

「ネネカ所長のとこで過ごしてもブレないのはある意味凄いよなこいつ」

〈あそこの生活は慣れれば美女美少女愛で放題だし、姐さんの無茶振りに応えられれば結構高待遇なのさ。あ、そういう意味では俺もハーレム主人公なのかも〉

「ああそうかい。じゃあ問題ないな、ほれどけ」

 

 関わりたくない、とカズマはアイギスを手で追い払う仕草をしたが、当の鎧はそのまま仁王立ちをやめなかった。それとこれとは話が別だ、と言い放った。

 

〈俺がハーレム主人公するのは問題ないが、人がハーレム主人公するのは我慢ならない。分かるだろう? この気持ち〉

「分かる」

〈だよなマイブラザー。……だから、俺は、お前を、許さない!〉

 

 覚悟しろ、と指を突きつけたアイギスは、そのまま一直線にカズマに突っ込んでくる。腐っても聖鎧、素手とはいえその一撃を喰らえば所詮最弱職でしかない彼のステータスではひとたまりもない。

 だからというべきか。

 

〈覚――〉

「まったく……」

〈ごぉぉぉ!?〉

 

 彼を守るようにその途中に割り込んだエリコが、非常に禍々しいオーラを纏いながら斧を振りかぶっていた。勿論、ハイライトのない瞳が妖しく光っている。

 

「塵も残さずお消えなさい」

〈あ、ちょっと待ってそれやばいって流石の俺っちも塵も残さず消えはしないけど入院コースっていうか姐さんに修理依頼出さないとしばらく行動不能になりそうっていうかそもそも神器をそんなふうに粗末に扱うと色々と問題がですね――〉

 

 オーラごと叩きつけられた斧が、そのままアイギスの言葉を掻き消した。爆裂魔法でもぶっ放したのかと言わんばかりの余波が周囲に響き、カズマの持っていた紙袋が一つおじゃんになる。エリコの分はきちんと安全な場所に避難させていたらしい。配慮の塊である。

 そうして出来上がったクレーターの中心には、ある意味鎧なのだから当たり前なのだがピクリとも動かなくなったアイギスが。

 

「《デッドリーエグゼキューション》」

「やっぱり後で言うんだ……」

 

 




「ぐわぁぁぁぁーーーッ!!」(二回目)


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その212

間が空きました

のにカズマが出ない


〈やっぱりよぉ、おかしいと思うんだよな〉

「おうそうか。お前も中々大変だな」

 

 紅魔の里の酒場サキュバス・ランジェリーという名前だけいかがわしいお店のようなただの酒場兼宿屋にて、鎧と頭蓋骨がカウンターに並んで何やら駄弁っていた。ちなみにどちらも酒は飲んでいない。

 

〈大体、ハーレム主人公をボコすのはお約束だろ? じゃなきゃスッキリしないってもんだ〉

「まあ他人がモテてるのはムカつくからな。気持ちは分かる」

 

 お約束まで昇華はしないが。そんなことを小さく続けながら頭蓋骨――ドクロ親父は席に着いている風の場所で浮かびながら横を見る。なんとなく同じ波長を感じて意気投合した怪しい鎧――アイギスとこうして駄弁っていると、深入りは避けたほうがいいという占い師の勘が働くのだ。

 まあそれはそれとしてハーレム野郎をどうにかするのは大賛成だが。横にシノブがいたらシバかれそうなことを考えながら、ドクロ親父はそのままアイギスの話を聞く。

 どうやら件のハーレム野郎は以前彼が占ったあの少年らしく、ここ紅魔の里でも新たなヒロインとのルートを開拓したらしい。成程それは許せない。うんうんとアイギスの主張に同意しながら、それでどうするんだと続きを促した。

 

〈流石はマイフレンド、分かってくれるんだな。こりゃ心の友と書いて心友って呼ぶのもそう遠くないかも? あ、いやむしろシノブちゃんがいるんだからお義父さんの方が〉

「シノブに手ぇ出すんならお前を全力で呪うぜ? 分かったらくだらねぇジョークはやめろ」

〈お、おう。眼がマジっすねお義父さん。いや眼球ないけど〉

 

 じゃあ気を取り直して、とアイギスは咳払いのモーションをした後、傍らに置いてあったミルクを手に取り、そして再び置いた。何から何まで無駄なモーションである。

 

「何やってんだお前」

〈たとえば……このグラスの中身がバーボンでも泥水でも、俺には大差ない。まあミルクだけど〉

「で?」

〈でもな。俺の鎧の中身は重要なんだ。むさくるしい男より、可愛くて巨乳な美少女が中に入っていたほうが、ずっとずっと素晴らしい〉

「まあ、そりゃな」

 

 そこ同意するんだ、と酒場にいた客は内心でツッコミを入れたが、たとえ紅魔族といえどもここまで怪しい二人(?)組にはノリでも関わりたくないので傍観を貫いた。

 

〈だからよぉ……俺には夢があるんだ。巨乳美少女姫騎士を俺の中に入れるっていう、夢が〉

「そりゃ壮大だ。まあ叶うとは思えねぇけどな」

〈そう、思うか? マイ・フレンド〉

「あ? そりゃそうだろ。そうそう都合よくそんな理想を詰め込んだようなのが」

〈いるのさ。それも、今、ここに〉

 

 無駄にキメ声でそう告げると、アイギスは眼の前のグラスを指で弾く。材質の関係上かちゃんと音が鳴り、決まったとばかりに一人余韻に浸っていた。

 

〈ミツキ先生の診療所に、呪いで弱体化したペコリーヌちゃんっていうとんでもなく可愛い巨乳姫騎士がいる。性格も良くて一途で、ありゃさいっこうなんだよ〉

「……あー」

 

 知っている。占いであの男――カズマを見たときに出てきたあの美少女だろう。確かにあの娘に惚れられているカズマは大分恨まれるだろうと思えるくらいには最高スペックだったが、しかし。

 

「なあ、その娘、相手いるだろ」

〈マイフレンドともあろう男が、そこを気にするのか!?〉

「オレぁ確かにスケベで最低男な自覚はあるがよ、これでも娘を持った父親なんだよ。そういうのシノブがすっげー嫌うんだ」

〈確かにそんな感じするね、おたくの娘さん〉

 

 まあやるのは俺だし、とアイギスはドクロ親父の言葉を流す。それもそうかと同じく流したのを見て、酒場の客はいいのかよと内心でツッコミを入れた。

 

〈それに、ほら、こういうのって愛の試練だろ? 純愛ものだと思ったらNTRだった、みたいなのはアンチが大量についちゃうし〉

「ならやめとけよ……」

〈失礼だな。俺っちのこれは純愛だよ?〉

 

 ふ、と決めポーズをしたアイギスは、自分はただ美少女を中に入れたいだけなのだからと言葉を続けた。純愛とは?

 ともあれ。アイギスいわく現在のペコリーヌはほぼほぼ深窓の令嬢で、仲間のピンチに助けることも出来ない無力感に苛まれているらしい。

 

〈そこで俺っちの出番よ。大事な仲間を助けるために新たな力を手に入れたペコリーヌちゃんは、その力を以って大活躍。そうして聖鎧アイギスの魅力に気付き、離れられなくなるって寸法さ〉

「いやお前それって」

 

 間違いなく邪悪側というか洗脳側というか。とりあえず純愛をぶち壊す要素であることは確実だろうとドクロ親父は思う。酒場の客もそう思った。

 

「後今この里でピンチになる要素ないだろ」

〈……そ、そうかな? いや、まあ、ペコリーヌちゃんが俺に装着()れて欲しいって頼む時はきっと来る。だって俺は自分を信じてるから!〉

「占わなくても分かるけどよ。絶対お前碌な事にならねぇぞ」

 

 ドクロ親父の言葉に同意しないものは、この場に一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

「よし、お疲れさん。……いやほんとお疲れ。俺が言うのもなんだけどよ」

「……いや、大丈夫、です」

 

 起き上がる気力がない状態のまま、ゆんゆんは申し訳なさ全開の監督役だったホーストにそう返す。その横では木にもたれかかった状態で魂が抜けかけているアオイの姿もあった。

 第二の試練はシンプルに、という名目で崖登りをした後紐なしバンジーをすることになった。ただの投身自殺である。もっとも、あくまで簡潔に表記したらそうなるだけで、実際は罠だらけの断崖絶壁を登った後、登頂と同時に崩れるそこから地上へと脱出するというものだ。詳しく書いても大して変わらなかった。

 発案者いわく、限界ギリギリの中でどこまで冷静に対処できるかを見極める試練らしい。ちなみにテスターのめぐみんは崖ごと落下し、爆裂魔法をクッションにしてなんとか生き延びた。

 

「まあ、しかし今回はゆんゆんの仲間たちの大勝利ってやつだな。あのぼっちが、いい友達見付けたじゃねぇか」

 

 どこか感慨深げにホーストが述べる。アオイやルーシー、安楽王女の協力で、崖登りも崩れる崖からの脱出も、盛大に疲れるだけで無事にこなすことが出来たのだ。案外本当に族長にふさわしい器なのかもしれない、と彼は口角を上げながら彼女を眺め。

 

「と、ともともとも友達ぃ!? あ、いや、そう! そうだ、うん……友達……友達なんだ……えへ」

 

 急に起き上がって挙動不審になったかと思えばでへへと頬を緩ませてクネクネしだすゆんゆんを見て、ちょっと勘違いだったかもしれないとホーストは思い直した。

 が、そんな動きから一転。彼女はピタリと動きを止めると、肩を震わせ始める。地面にはぽたりぽたりと雫が落ちた。

 

「……本当に、本当に……私、素晴らしい友達を……見付けられて……」

「泣いたー!?」

『飲み物取りに行っている間に何があったの?』

 

 そのタイミングで、比較的無事だったので飲み物を取りに行っていたルーシーと安楽王女が戻ってくる。パッと見ホーストがゆんゆんを泣かせている以外の何物でもない。ついでにいうと、突き詰めればその解釈でも間違っていない。

 どういうことだ、と安楽王女がゆんゆんを見るが、彼女は泣くばかり。そしてホーストは違う俺じゃないと狼狽えて。

 

「アオイ……は、ダメそうだな。んー」

「うぅ、ひっく……違うの。安楽王女さん、ルーシーさん……」

『違う?』

「私が、ひっく……泣いてたのは……ホーストさんが……ホーストさんが、私に……ひぐっ、えぐっ。それが……すごく……私ぃ……」

「違わないじゃん」

「誤解しかない!」

 

 ホーストが、ゆんゆんに、いい友達を持ったなと言った。それがとても嬉しくて、感極まって泣いた。というのが理由で、確かに彼女はそう伝えたつもりであった。嗚咽でところどころ途切れただけだ。状況としては最悪である。

 とはいえ。普段の行いというべきか。そのまま制裁されるなどということもなく、落ち着いてからもう一度聞くかということになり、無事誤解も解けた。冷や汗を掻いたホーストも、そうやってゆんゆんを心配してくれる相手がいるということにちょっぴり満足していたので結果オーライである。

 そうして落ち着いた後、一行は今回の新作族長試練の制作者のいる場所へと向かっていた。研究所、ではなく診療所の方に辿り着くと、待っていたとばかりにマッドサイエンティストとマッドドクターが出迎える。圧にビビったアオイは一瞬意識が飛びかけた。

 

「何回も会ってんだから、いい加減さぁ……無理か」

「い、いえ。私としてもぉ、頑張ってみようと思う所存でぇ、ご! ございぃぃ、まぁ」

「分かったからちょっとそこに座ってな」

 

 安楽王女に促され、アオイはちょこんと椅子に座る。るーるるー、と口ずさみながらゆらゆら揺れているのを見て、いやお前はちゃんと頑張ってるからと肩に乗っている安楽王女が彼女の頭をぺしぺしと叩いた。

 

「……ミツキ先生。どう思います?」

「どう、とは?」

 

 わざわざ惚ける必要もないでしょう、とネネカはミツキに言葉を返す。そうねとえらくあっさり答えた彼女は、もう一度目の前の少女達を見た。ぼっちと、ぼっちと、幽霊と、モンスター。それらが集まって、友人同士になった、何とも奇妙なメンバー。

 

「紅魔の里の族長になるのだから、このくらい変わっていないと面白くないわね」

「ええ。私も概ね同意見です」

「あら、概ね? 何か気になることでも?」

 

 眼帯に覆われていない瞳を隣の小柄なエルフに向ける。ええ、と再度頷いたネネカは、この後の試練についてですがと前置きをした。

 

「どうやら、こちらの備品が少々いたずらを施したようなのです」

「懲りないわね、あの鎧。じゃあ、延期かしら」

「いえ。私はむしろ、丁度いいのではと思っています」

 

 族長、というからには、紅魔の里を纏める必要がある。ならば今回の試練で、ついでにその素養も確かめてみようではないか。そういう腹積もりだ。

 ネネカのそれに、ミツキもそれはいいと笑みを浮かべた。いつぞやにバニルが、破滅させる術を熟知しているのは救う方法を熟知しているからだと言っていたが、今の二人はまさにそれを体現しているかのようであり。

 

「さて、では最後の試練の内容を伝えようかしら」

「ゆんゆん。準備はいいですか?」

「は、はいっ」

 

 二人の言葉に、ゆんゆんは姿勢を正す。座っているアオイも表情を若干真剣なものにしながら固唾をのんでいた。

 そんな彼女に、二人はとはいえ、と言葉を続ける。元々族長試練の最後はそれなりにきちんとしたものが続けられていたので、大幅な改変はかえって伝統を損ねる可能性があったと述べた。

 

「ですから、基本的には同じ流れを汲むつもりです」

「紅魔の森で一定期間を無事に過ごすこと。ここは同じね」

 

 違いは単純に二つ。これまでと同じようにパートナーの数は問わないので、もし集められるのならば百人いても構わないということと。

 こちらで用意した試験官兵器を投入することだ。

 

「紅魔の森の危険性は里の住人ならば知っていて然るべき。ですので、予想外の対処を見ることが出来ません」

 

 さも当然のようにそう述べるネネカに一瞬ゆんゆんは納得しかけるが、そもそも凶暴な魔物がひしめき合っている紅魔の森の、その全ての対処法を学んでいる前提で話を進めているのがおかしいと思い直す。が、いかんせん目の前の相手はネネカだ。そうでない者は論外、というより紅魔族扱いすらしなさそうな人物である。

 ミツキはミツキで、それならば仕方ないと何かしらのアレで詰め込んでからにしようとかする人物である。

 

「どうしましたか?」

「あ、いえ! なんでもないです!」

 

 人体改造も薬漬けもまっぴらごめんなので、ゆんゆんは全力で首を横に振る。辞退する、という選択肢は出てこない辺り、彼女も大分染まっているのだろう。

 ともあれ。普段の最終試練と比べてもイレギュラーが多いということは分かった。その分助っ人も増やすことが出来るので、いざとなれば数の暴力でどうにかすることも可能だ。

 問題は試練を受けるのがゆんゆんだということだ。BB団をようやく友達だと胸を張って、かどうかは定かではないが言えるようになったばかりだ。当然これ以上人員を増やすことなど無理なわけで。

 

『ちなみに、その予想外の対処って』

「伝えたら予想外じゃなくなるじゃない」

『まあ、そうですよね』

 

 ミツキにそう返されたルーシーは、ダメ元だったしと素直に引き下がる。そうしながらも、それがある意味ヒントになるのではないかと思考を巡らせ始めた。そんな彼女を見て、ミツキは口角を上げネネカはふむふむと頷く。

 

「この調子ならば、ほぼ確定でしょうか」

「そうね。ただ、まあ、さっきネネカ所長が言っていた部分がどう出るか」

「それも踏まえ、ほぼ確定だとは私は思いますが」

 

 ネネカの言葉にミツキも頷く。そうしながら、そうだそうだとわざとらしく、今思い出したとばかりにゆんゆん達へと声を掛けた。

 従来の族長最終試練は夜の森で一晩だが、今回は日中に執り行うのだ、と彼女はそう告げる。

 

「だから、ひょっとしたら野次馬が案外手伝ってくれたりとかするかもしれないわね」

「……あー……」

『成程』

 

 そういうことか、と安楽王女とルーシーは合点がいったように頷く。その一方で何がどういうことなのかと頭にはてなマークが浮かんでいるのが元ぼっちーずだ。ひょっとしたら、などということすら頭の片隅にもないだろう。

 

「師匠。これ大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫よ。あの娘だって私の弟子の一人なんだから」

 

 ちょむすけに問い掛けるめぐみんの表情は、言葉とは裏腹にどこか信頼しているようで。師である彼女も、そんなめぐみんを見て楽しそうに笑みを浮かべた。

 

 



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その213

原作と比べるとアイギスの扱いが悪すぎるかもしれないと思う今日このごろ。


 紅魔族族長最終試練。これまでであれば危険な紅魔の夜の森で一晩耐えるというものであったが、今回は日中。朝、指定された時間から日の入りまで健在かあるいは試験官の合格をもらうまでという変則となっている。時間が時間なので当然というべきかギャラリーが大量におり、その様子を見られているため不正が非常に難しい。

 加えるならばその試験を受けるのはゆんゆんである。通常の試練とは別の試練が追加されていた。

 

『ゆんゆん、大丈夫?』

「だ、だだだだ大丈夫です」

「大丈夫じゃなさそうだなぁ」

「し、しんしんぱいぱいしんぱいぱいありままません!」

「こっちはこっちで大丈夫じゃないし」

 

 ルーシーの言葉にガッチガチのゆんゆんが挙動不審に返事をする。が、いかんせんその横にいるアオイの方がテンパっているので相対的に落ち着いているような気がしないでもないと思ってしまうのは割とだめかも知れない。そんなことを安楽王女は思いつつ、彼女の肩に乗った状態でベシベシと頭を叩き気付けをした後、安楽王女はさっさとやれとばかりに頬を引っ張った。

 はいぃ、とグルグル目になったり戻したりを繰り返しながら、アオイは安楽王女に植物成長のスキルを使いポケットサイズから人間大へと変化させる。準備完了だ、とルーシーと安楽王女が最終試練の試験官であるネネカとミツキに視線を向け、二人もコクリと頷いた。

 

「では、始めましょう」

「ギャラリーは下がって頂戴。飛び入りするのならば参加者の許可をもらってね」

 

 その言葉に紅魔の里の面々は指定された位置まで下がっていく。同じように見学に来ていたカズマ達も、まあそういうことならとそれに続いた。

 

「主さま」

「どうした?」

「ミツキさまの飛び入りをするならば、というのはどういうことなのでしょうか」

「まあそりゃ、そのまんまじゃないのか?」

「ゆんゆん達に協力したけりゃ勝手にしろってことでしょ。あっちが断わんなきゃっていう条件があるけど」

 

 疑問に答えたカズマとキャルの言葉を聞いて、コッコロは成程と頷く。そうしながら、ゆんゆんさま、と向こうに声を掛けていた。突然のそれに横の二人は別段驚かない。まあそうなるよな、と流し気味だ。

 

「何かご協力できることがあれば、おっしゃってくださいませ」

「ふぇ!?」

 

 その申し出に面食らうゆんゆんと、事前説明で言われていたあれそれを思い出しそういうことかと納得するルーシーに安楽王女。そういうことなら遠慮なく頼らせてもらえとゆんゆんに伝え、言われた方は事態を理解する前に反射的にはいと言ってしまう。アオイはこの流れで何か言えるはずもなし。

 それでは、とネネカの宣言で最終試練が開始される。同時に、本来ならばもっと奥に生息しているはずの魔物が何かに追い立てられるようにこちらへと迫り寄った。

 

「思うんですけれど」

「どうしたの?」

 

 その様子を見ながら、ギャラリーに交じっためぐみんはぼやく。試験官役ではないので同じように見学者の立ち位置のちょむすけも、彼女の視線の先、ゆんゆん達へと襲いかかる魔物を見ながら何となく答えの分かっているその質問の続きを促した。

 

「診療所の面々に追い立てられる時点で、なんか、こう。強力な魔物がひしめき合うという言葉の意味が大分軽くなるような」

「まあ、元来の族長最終試練と比べると緊張感は薄まっているわね」

 

 紅魔の森で一晩過ごすよりミツキ診療所の面々に追われる方がよほど恐ろしい。そういう認識を持ってしまう時点で、これらが茶番に成り下がってしまうような気がしないでも。などと考え口には出したものの、それはあくまであの連中が特別にイカれているだけで、魔物の格が下がっているわけではない。凶暴性のことを思えば夜の方が危険度が増すのは確かであるが、試練が日中になったことで観客が存在するためサボる暇が無いし、魔物自体も試験官がそれらをけしかけてくる形になっているので戦闘を避けて体力を温存することも難しい。心情的なものを取っ払えば、難易度はむしろかなり跳ね上がっているのだ。

 

「それで。どうするの、めぐみん。手伝う?」

「まさか。私の立ち位置は試験官側です、そんなことをしたら不正を疑われますよ」

 

 そう言って肩を竦める。そんな彼女を見て微笑んだちょむすけは、ちゃんと友達のことを考えているのねと言葉を返した。

 

「師匠の言うそれはともかく。今のゆんゆんならば姉弟子である私の助力などなくともいけるはずです。BB団もいますし、何より」

 

 しょうがない、と最終的に手助けしてしまうお人好しがいるのだから。そう言って彼女は笑った。そうね、とちょむすけも同意するように笑みを浮かべ、吹っ切れたのかそれどころではなくなったのか魔物の群れと大立ち回りを行っているゆんゆんを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 歓声が上がる。メイン火力ゆんゆんの放つ魔法で魔物を吹き飛ばし、アオイと安楽王女のコンビが植物を使いサブアタッカーを務め、ルーシーが要所要所でサポートと回復を担当する。思った以上にバランスはしっかりしているのを目の当たりにした紅魔の里の面々は、異色な出で立ちの王道パーティーというそれに湧いた。

 

「成程。まさかゆんゆんがそんな――悔しいけど、認めるしかない、か……」

 

 かつて同級生だった紅魔族の少女の呟きに、周囲も各々考えるかっこいい言い回しで評価をしていく。ちなみに敢えて飾らないで言うならば、こっちはそういうのめっちゃ好きやで、といったところだろう。

 当然、同じようにゆんゆんの活躍を見ていたあるえもそう思った。小説のアイデアがビンビンに溜まっていき、手元のメモ帳とBB団の大立ち回りを交互に見ながらめちゃくちゃに目が輝いている。

 

「邪道こそが王道。道を外れるというのは、また一つ別の道を見出すことだ。ふっ、決して交わらない道があるならば、繋げてしまえばいい。すなわち、結束(コネクティング)!」

 

 追い立て役に参加していなかったアンナもまた、あるえの隣で捗っていた。概ね同じようなことを言いながら、しかし診療所所属であるために今回のあれそれも知っている彼女は、そこでパタンと手帳を閉じる。

 

「あれ? どうしたんだいアンナ」

「ああ。私はこの魔眼により多少の未来は見通せる。だから分かるのだ。次の破嵐(テンペスト)は、もうじき」

 

 咆哮が響いた。追い立てられた魔物が吹き飛ばされたことで何かを感じ取ったのか、明らかにこれまでのモンスターとは格が違う一体が姿を現したのだ。

 フェンリル。森の覇者とも呼ばれている強力な魔物で、その強さはベテラン冒険者ですら全滅しかねないと言われている狼。もちろんギャラリーはざわついた。本来ならばもっと奥深くにいるはずのこいつがここに来たということは。

 

「成程。森の異変を察し、その元凶たる彼女らを滅しに現れたか」

「そう、普段ならば、これまでならばそれも当然であっただろう。だが、今は」

 

 ギャラリーが騒ぐ中あるえとアンナも絶好調だ。ネネカとミツキは止める気配が欠片もない。それはつまり、試練の範囲内でかつ想定内なことに他ならないのだ。だから観客も、ゆんゆん達の心配など微塵もしない。だって勝つもの。

 

「ゆんゆんさま!」

 

 ついでに言えば、始まる前のやり取りの伏線がここで回収されるだろうという確信もあったからだ。フェンリルも乱入して強力な魔物の対処が遅れ気味になったそのタイミングで、コッコロが向こうへと飛び出した。ああもう、とキャルがそこに続き、コッコロが先陣を切ったためにじゃあいってらっしゃいと言えるはずもないカズマも続く。

 

「コッコロさん、キャルさん、リーダー!」

「助太刀、いたします」

「ったくもー」

「……しょうがねぇよなぁ」

 

 とはいえ、やることはあくまでサポートだ。これはゆんゆん達の試練なのだから、こちらがメインになってはいけないし、なれるはずもない。だからやることは支援と露払いで、だからこそカズマも明らかにヤバい魔物であるフェンリルがいるそこの場所に突っ込んだのだ。

 ちなみに露払い、という扱いの魔物も普通に強力なやつである。

 

「選択肢ミスった!」

「いいから手を動かしなさい!」

 

 フェンリルと比べれば弱い。そういう相対的なやつは『冒険者』であるカズマには何の意味もない。ついでに、冷静に考えたら今の面々でタンク役やれるような前衛がいないことに気付いたのだ。

 

「そういや、昔BB団だと後衛しかいないって何かぼやいたことあったな」

「いいから手を動かせっつってんでしょうが!」

 

 やっとるわ、とキャルの声に返答をしながらカズマは罠をばらまいた。デバフと足止めをしながら、出来るだけ省エネで味方の強化をする。敵対したら真っ先に仕留めないといけないポジションを確立しつつある彼は、そのためにこういう場では、特にペコリーヌがいない現状では最大限の注意を払って戦線のギリギリを見ながら。

 

「……ん?」

 

 敵感知が引っかかった。周囲にいる魔物でもないし、時々混じる一撃熊でもないし、ゆんゆんが押し戻しているフェンリルでもない。なんだか非常に嫌な感じが数体、こちらにゆっくりと向かってきている。

 

「コッコロ、キャル」

「主さま? どうされましたか?」

「何よ、そんな変な顔して」

「なんか来る」

「なんかって、何が――」

 

 キャルの言葉は途中で止まった。森の向こう、フェンリルがやってきたその方向から、何かがやってきていたのだ。カズマの言う通り、何か、としか彼女は言えない。既存の知識で、アレに当てはまるものはなかったのだ。強いて言うならば二足歩行のゴーレムだろうか。

 そんな中、ギャラリー達はざわついた。あれはまさか、とやってきた数体の何かを見て、皆が揃ってその名前を出した。

 

「爆殺魔人もぐにんにん――!」

「おい何だそのふざけた名前は」

 

 思わずツッコミを入れる。が、カズマのそれにギャラリーの紅魔族は何を言っているのかという表情を浮かべた。どうやらごく当たり前のことで、しかも向こうは至極真面目らしい。嘘だろ、とキャルの方を見ると、非常に冷めた目で件の何か――爆殺魔人を見ていた。ふざけた名前して、とぼやいているので感想としてはカズマ寄りなのだろう。

 

「って、そうじゃない。爆殺魔人って確か聞いたことあるわ。めぐみんのプロトタイプだっけ」

「おい、人を勝手に同ジャンルにするのはやめてもらおうか」

 

 聞こえていたらしいめぐみんが抗議の声を上げる。いやだって、とその声に反応しつつも、キャルは向こうの爆殺魔人をちらりと眺めた。怪しい人型の何かは、頭部にある一ツ目を赤く光らせながらゆっくりと周囲を見渡して。

 近くにいた魔物を爆殺した。突然のことについていけないBB団とカズマ達は、視界が広がったらしく再度周囲を見渡しながら、無機質な音声でスキャンがどうとか言うのを聞いた。どうやら調査対象が多いため、ノイズになるようなものを排除したらしい。

 フェンリルが吠えた。ターゲットをゆんゆん達から爆殺魔人に変更し、素早く反転するとその牙を突き立てる。硬いものがぶつかるような音が響き渡り。喉元に噛みつかれた爆殺魔人はその顎をこじ開けようと両手でフェンリルの頭を掴む。

 まあいいやとばかりに、別の爆殺魔人がまとめて吹き飛ばした。木っ端微塵になるフェンリルと爆殺魔人をモノアイで眺めていたそれは、動きが止まると進化をするかのように、隠し機構を発動するかのように形を変えていく。装甲の追加、スラスターの増設、頭部にはブレードアンテナ。そしてその機体色は。

 

「……おい、何か赤くて三倍速く動きそうなのになったぞ」

「ちょっと何言ってるか分かんない。けど、ヤバいのは確かね」

「はい。明らかにレベルが上っております」

 

 シャアザ、ではなく赤い爆殺魔人は、そのままゆっくりとモノアイの光の軌跡を描きながらこちらへと振り向く。ゆんゆん達を視界に入れ、暫し動きを止めた後スキャン完了と音声が流れた。

 

〈コウマゾクを確認。周囲の個体はユウジン……ユウジン?〉

 

 スキャンしたデータを確認した赤い爆殺魔人が一瞬フリーズした。が、爆殺対象ではないので無視できるデータだと判断しエラーをスキップする。紅魔族とその友人に危害を加えないことという解析結果をデータとして僚機に飛ばすと、首だけを駆動音をさせながら移動させた。

 

〈タイプ・チートハーレム型リア充日本人をカクニン。スキャン続行、レベル検知――――チートハーレム度SSSと認定。目標物、爆殺対象最優先に設定〉

「俺!? というかチートハーレム!?」

「リーダー! 気を付けてください! 爆殺魔人は黒髪黒目でパーティーメンバーを女性ばかりで構成していると最優先で襲ってきます!」

「何でそんなピンポイントなんだよ!」

 

 特に髪の色。恐らく転生チートハーレム野郎を抹殺するように設定されているのだろうが、基準がガバ過ぎるおかげで取りこぼしがかなり出てしまう。具体的に、カズマの知っているもう一人の転生勇者候補もチート持ちで女性ばかりのパーティーを組んでいるが、黒髪黒目ではない。

 

「もっと基準細かくしろよ。クレームもんだぞ!」

「言ってる場合か! お前をターゲットにしてるぞ!」

 

 安楽王女の叫びで我に返ると同時、緊急回避が発動して全力で飛び退る。彼の立っていた場所がきちんと一人分だけ吹き飛ばせるよう爆発した。赤い爆殺魔人が初撃を外したのを確認すると同時に、僚機が素早くこちらに接近してくる。

 

「族長試練なのに何で俺!?」

「やはりこうなりましたか」

「予想通りね」

「ねえ冷静過ぎませんかマッド共!」

 

 爆殺魔人と名乗っているくせに物理的に害しにきた僚機の手刀を連続発動した緊急回避で躱すと、彼は迷うことなくギャラリーに紛れようとした。先程の動きと説明からすると恐らく向こうは紅魔族に攻撃できない。なので、あの人混みに混ざることさえ出来れば。

 

「主さま!」

「どわぁ!」

 

 眼前に現れた僚機が蹴りを放つ。当たったらあばらが二・三本へし折れそうなそれを寸でのところで避け、情けない声を上げながらギャラリーへの道が絶たれたカズマがコッコロのところへ駆け寄った。

 

「主さま! ご無事ですか!?」

「あ、ああ。なんとか」

「で、どうすんのよアレ。赤くて厄介なのはゆんゆんたちが今抑えてるけど、手下まで手は回んないみたいだし」

 

 赤い爆殺魔人の強さは相当のものなのだが、いかんせん攻撃対象をリア充に限定している都合上ぼっちは確実に攻撃されない。紅魔族でぼっちのゆんゆんはほぼほぼノーリスクでアレに攻撃できるのだ。そんなわけでBB団は赤い爆殺魔人をボコしているものの、自動修復や回避率の高さで決定打がない上にそいつで手一杯。

 そんなわけで僚機はカズマ達でどうにかしなくてならない。最優先爆殺対象のカズマがいる状態で、である。

 

「なんであろうと、主さまを爆殺などさせるわけにはまいりません」

「まあ、そうね。……いざそのタイミングになったらどこからか何かが来そうだけど」

 

 真剣にブチギレているコッコロとは裏腹に、キャルはどうにも気が引き締まりきらなかった。ネネカとミツキの言葉からすると、これは想定内。となればカズマが本気で爆殺されることはないだろう。多分どこぞの誰かに根回しとかしてるんじゃないか、というのが彼女の見解である。アネェとか効果音のあるバリアでもあるのだろう。

 

「……それが発動したら負けよね」

 

 コッコロと例のアネの大戦勃発の引き金になる。想像してうへぇと顔を歪めたキャルは、まあそれを差っ引いてもと杖を構え直した。

 

「ここでカズマが怪我すると、入院してるどっかのバカが責任感じちゃうし」

 

 

 

 

 

 

 診療所の病室にいても聞こえてくる爆発音。それにいてもたってもいられなくなって、ペコリーヌは部屋を飛び出した。冒険者どころかか弱い令嬢にも劣る程度の能力しか持ち合わせていない彼女が向かったところで何もならない。それでも、今何が起こっているのか、また何か巻き込まれていないか。それが気になって、心配で、思うがままに動いてしまったのだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 病室から診療所の外に出るだけで息切れしてしまう。もうじき元に戻る、とは言われていたが、それが今すぐではないことに彼女はどうしようもない焦燥感を覚えていた。

 残った呪いはかさぶたのようなもの。自然に剥がれればそれでよし、剥がしてもまあ、ちょっと痛いけど再び血が出るほどでもない。そんな感じの説明を受けていたから、無理をすれば戻るのかもと少しだけ期待はしていた。

 

「こんな、状態じゃ……みんなを助けに、はぁ、ふぅ、行けません……」

 

 肩で息をしながら、ペコリーヌは顔を上げる。場所は確か紅魔の森、診療所から向かうとなると、普段ならともかく今の彼女では大分厳しい距離。

 それでもペコリーヌは足を動かした。自分の知らないところで、大切な人が危険な目にあっているかもしれないと考えると、立ち止まってなどいられなかった。自分の体より、その方がよほど大事なのだから。

 

〈なるほど〉

「え?」

 

 声が聞こえた。ゼーハーと息を荒げながら視線を動かすと、そこにはどこかで見た覚えのある鎧が一つ立っている。

 

「あなたは確か」

〈ふ。私のことなど今はどうでもいいでしょう。ここで重要なことはただ一つ〉

 

 そう言って、鎧はゆっくりとその手をペコリーヌに差し出す。この手を掴めとばかりに、彼女に向かって、神器のその手を。

 

〈さあ姫。――力が、欲しいか〉

「……」

 

 欲しいならくれてやる。そんな鎧の囁きに、ペコリーヌは差し出された手を、ゆっくりと――。

 



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その214

イメージはギアナ高地のデスアーミー


 最終試練のために魔物を追い立てていた診療所の面々、エリコ、ルカ、ナナカの三人はその先で繰り広げられている光景を確認して各々動きを止めた。爆殺魔人のダイナミックエントリーが原因である。とはいえ、それ自体はミツキとネネカに事前に伝えられていたので驚くというほどではないのだが。

 

「とはいえ、少々面倒なことにはなっているようですわね」

 

 ふむ、と向こうで暴れている赤い爆殺魔人とその僚機を見やりエリコが呟く。あの爆殺魔人は例の二人が品種改良を行った量産型ではあるが、その強さはオリジナルと遜色ない。むしろあの赤いやつはエース機といっても過言ではない強さを持ち合わせている。盛大な変更点といえるのは思考プログラムくらい。

 

「まあでも、基本のシステムは変更なしですしおすし、問題はないのでわ?」

 

 紅魔族には危害を加えない。そこの部分は概ね変更なしなので、試練の相手としてはむしろ緩めになる。まあ迎撃とか致命傷に至らない攻撃くらいはするので絶対安全というわけではないが、それくらいはないと面白くない。その辺りを踏まえてのナナカの発言であったが、横のルカは少々難しい顔だ。

 

「あの鎧、アイギスだっけか? あれをシステムに組み込んだってのが、どうにも気になってね」

「下劣な鎧ではありますが、さほど脅威ではないでしょう」

「あれ神器って話なんすけどねー。まあエリコ様ですからそれもやむなし」

 

 うんうん、じゃあ終わり、閉廷。そんな感じで話を終わらせる流れであったナナカを止める。強さとかそういう部分を問題視しているわけじゃないと続け、彼女は顎に手を当て少々考える仕草を取った。

 

「なんていうか、やらかす輩の空気がするんだよ。野放しにしとくと面倒な」

「それは確かに? 実際やらかしてネネカ女史の実験動物になったとかいう経歴持ちですから。鎧って動物でいいのかな? まいっかー」

「先日も世迷い言を述べながらカズマさんに襲いかかっていましたわね。叩き潰しましたが」

「おおぅ、流石はエリコ様だと言わざるをえない」

「じゃあエリコ。それで懲りたとは思うかい?」

「無理でしょう。恐らくもう少し考えて何か企んでいるのでは?」

「ってーことは?」

 

 爆殺魔人を見る。あれを使って何かをしようとしている可能性が高い、ということだろうと結論付けた三人は、では何かするのかといえばそういうわけでもなく。

 何よりネネカとミツキはこれを想定通りに組み込んでいる。ということは、それを踏まえて最終試練だということに他ならない。

 

「まあ、アタシ達の仕事は向こうに試練用の魔物を追い立てることだ。そこから先は向こうの管轄」

「そう言いつつもしもの時は助けるんですなぁ。さっすが姐、おっと」

 

 ジロリとこちらを見たルカにナナカは慌てて口を手で塞ぐ。そうしつつ、視線を別の人物に向けていたエリコに気付きんん? と目を細めた。

 

「エリコ様? どうしたの?」

「……いえ。もう一度、聞いてみるべきかどうかと少々」

「なるほど、わからん」

 

 ナナカの言葉を聞き流し、彼女はカズマをじっと見詰めてから一度目を閉じる。己の心に燃えるものはあるのか、燃え盛る熱量は存在し得るのか。それを改めて問い掛け、そしてふぅ、と息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「どうすんだよこいつ」

 

 僚機の爆殺魔人相手にカズマ達は攻めあぐねていた。単純に相手の能力が高い。コッコロとキャルをアタッカーにしてカズマで支援、というスタイルで倒すには中々にハードモードだったのだ。せめてちゃんとした前衛が欲しい。

 

「主さま」

 

 槍をくるりと回し、突っ込んでくる僚機を受け止め弾く、そのまま穂先に風を纏わせ相手に叩き込んだ。バウンドし転がるそれを見ながら、コッコロは小さく息を吐く。

 

「わたくしが、前衛を務めます。ご安心ください」

「……いや、まあ、そうなんだけど」

 

 初期も初期の頃、自分が低レベルで彼女のヒモをしていた頃。その時ならば人として負けな気もするがしょうがないとか諦めることもあったかもしれない。だがしかし、なんだかんだ皆と過ごして、ある程度成長して、一流冒険者も自称とは言えなくもない状態になった今は。

 

「それも違うか。よしコッコロ、任せる!」

「はい。おまかせくださいませ!」

 

 同じような立ち位置でも、明確に異なると言いきれる。だからカズマは、彼女を信じて前衛を担わせることにした。もちろん支援は惜しまない。

 そんな二人を見たキャルも、ふんと笑うとどこか面白そうに杖を構えた。あんたも言うようになったじゃないとカズマを見た。

 

「なら、あたしも。しっかりとコロ助のフォローをしますかね」

「頼りにしております、キャルさま」

「まっかせなさい!」

 

 背後に魔法陣が浮かぶ。大技をぶっ放すのではなく、コッコロのアシストとして手数で、それでいて向こうに無視されない程度の威力を連打する。回避を潰された僚機の動きが止まったところに、コッコロが再度槍の一撃を叩き込んだ。今度は深く抉り込み、爆殺魔人の体からパーツが飛び散る。よろけた隙にもう一体にターゲットを変更した彼女は、支援で自分自身を強化し弾けるように間合いを詰めた。

 ガシャン、と二体の僚機が倒れる。撃破は出来ていないが、とりあえず戦闘不能にはなっているのだろう。自己修復機能で回復する前にとどめを刺せば事足りる。

 

「……ふぅ、はぁ」

「大丈夫? コロ助。慣れないことはするもんじゃないわよ」

「……いえ、以前はこうして一人でも戦闘を行っていましたので」

 

 カズマと出会う前。キャルやペコリーヌとパーティーを組む前。そのことを告げると、キャルはふぅんと目を細めた。

 

「どうされたのですか?」

「いや、別に? あたしはもう独りでやってた頃の動き忘れかけてたなぁ、って」

「完全に家猫になったな」

「うっさい。大体、そういうあんたは……最初から今まで同じだったわね」

「何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

 

 ガン付けるカズマとそれに対抗するキャル。そんな二人をどこか微笑ましく見ていたコッコロは、そこでそうだったと我に返った。倒れている僚機に向き直り、そのまま頭部に攻撃を加え破壊する。盛大な破壊音で同じく我に返った二人も、もう一体に攻撃を加え破壊した。

 

「危ない危ない」

「これで回復されたら目も当てられないところだったわね」

「ああ、誰かさんのせいでな」

「ぶっ殺すわよ」

 

 あぁん? と再度睨み合いを始めかけた二人は、しかしそこで妙な気配を感じて振り返った。BB団に攻撃されていた赤い爆殺魔人は、僚機が破壊されたことでその行動パターンを変えたらしい。モノアイを光らせると、一行から距離を取った。

 

「なあゆんゆん。あいつが何をする気か分かる?」

「流石に爆殺魔人の生態とかまでは私も……ごめんなさい、こういう時に役に立ってこその仲間なのに……」

『そこは別に大丈夫ですよ。でも、警戒は必要ね』

「そうだな。よしアオイ、警戒」

「はい! ……え? 私がぁ!? いえ言われたからにはもちろん全力を尽くす所存でございますが……! いえ、違いますね。まかせてくだしゃい!」

 

 慣れたもので、ゆんゆんの言葉をさらりと流しながらルーシーは話を続け、安楽王女がアオイに指示を出し、そしてアオイもいつになくキリッとした表情で肝心なところを噛んだ。ある意味平常運転なBB団は、つまるところこの状況でも別段慌てることなく行動しているというわけで。

 普段から慌てているのが二名いるとか言ってはいけない。

 ともあれ。赤い爆殺魔人は背中から何かを放出した。それは真っ直ぐ上空に打ち上げられ、そして空で破裂する。爆発魔法の応用とでもいうべきか、信号弾のようなそれは、紅魔の森どころか里全体からも確認できるほど。

 それを認識した爆殺魔人の仲間が、次々とこの場へと集まってきた。

 

「仲間を呼んだ!?」

『流石にちょっと、数が多いですね』

「仲間が……友達が……あんなに、沢山……!?」

「ひぃぃぃぃ! 友達百人出来てますかぁ! 私はまったく出来てませぇぇぇん!」

 

 各々その光景を見て、先程までの勢いはどうしたものやらという勢いでBB団が瓦解する。主な理由はぼっちを拗らせていたゆんゆんとアオイだが。信号弾だけで集合をかけられる仲間の爆殺魔人というのは、彼女達には致命傷だったらしい。

 

「か、カズマカズマカズマ! あれどうすんのよ! ちょっと洒落にならない数いるんだけどぉ!」

「どうするもこうするも。こんなもん逃げるしか――」

「主さまっ!?」

 

 そしてその近くにいたカズマ達も当然それに巻き込まれるわけで。というよりも、先に僚機を倒してしまったから、という方が正しいのかもしれない。しかしそんなものは結果論であり、この手のボス敵によくあるタイプの仲間を無限に呼ぶやつだと見抜け、というのも酷な話だ。

 今問題なのはそれではなく、爆殺魔人の行動パターンの優先順位はチートハーレム型リア充を爆殺するということだ。

 

「なんか、こっち見てるぞ……」

「こっちっていうか、あんたよね」

「お逃げください! 主さま! ここはわたくしが命に替えても!」

 

 大量のモノアイが一斉に向き直ったことで、コッコロは肉盾にならんと前に立つ。そんなこと出来るわけないだろうが、とキャルとカズマのツッコミが同時に入った。

 

「しかし主さま」

「逃げる時は一緒だ。俺と、コッコロで」

「そうそう。……ん? 今あんた、あたしは囮にするって暗に言わなかった?」

「今はそんな細かいことを気にしてる場合じゃない」

「細かくないんですけどぉ! まあいいわ、とにかく、コロ助を犠牲とかまっぴらごめんよ」

 

 新たにやってきた爆殺魔人は、赤い機体からの情報を共有しつつ眼の前で繰り広げられているやり取りもデータに入れ込む。そうしながら、再度計測を行っていた。

 

〈計測結果、チートハーレム型リア充日本人とカクテイ。ランクSSS+、最上位爆殺対象とニンテイ。速やかに、リア充、爆発処理をジッコウします〉

 

 モノアイの駆動する音が響く。キュィィンというその音を同時に発しながら、追加爆殺魔人が一斉にカズマへと敵意を向けた。ギャラリーはまあそうなるだろうと思っていた流れにうんうんと頷いている。

 

「まあこれでゆんゆんとアオイを立ち直らせる時間が出来る」

『流石はリーダーですね』

 

 申し訳ない、と一言添えてから、BB団の魔物組はぼっちの回復に取り掛かり始めた。大分混沌と化しているが、あくまでこれは族長試練。なんとかするのはゆんゆんが望ましいし、そのなんとかという具体的な部分はあの赤い爆殺魔人の撃破が該当するだろう。

 それはそれとしてあの大量の爆殺魔人はどうしようもないような気もする。

 

「……どうやら、数が多すぎてあいつらが一斉に爆殺しようとすると周りも巻き込むから出来ないみたいね」

「バカで助かったってことか」

「ですが、そうなると次は恐らく」

 

 物理的に爆発、内臓とか脳漿とかをぶちまける方向にシフトしたらしい機体が駆けてくる。だろうと思ったとばらまいていたトラップは、回避しようにも数が多すぎるという本末転倒な事態により有用に働いた。

 

「……さっきから聞いた話だと、あの爆殺魔人とかいうのってヤバいモンスターなんだよな」

「そうね。まあ、あれはあそこのマッド組が量産したんでしょうけど」

「ここまで大量に出てくるとなんかもう逆に冷めてくるな」

「そうね」

 

 罠に引っかかり倒れた機体を踏み潰しながら進撃してくる爆殺魔人を見ていると、恐怖を通り越して笑ってしまう。気分は序盤に出てきたボスが道中の雑魚敵に成り下がっていた時に感じたあれに似ていた。

 とはいえ、たとえ気分がどうであろうとも、強力な敵が大量に湧いている事実は変わらない。ついでにいえば強さも変わらない。一定数はどうにか出来ても、完全に倒し切ることなど出来はしないのだ。

 

「で、どうするの? 流石にヤバいわよ」

「主さま、いざとなれば」

「そうだな、いざとなればみんなで逃げるとして」

 

 コッコロの覚悟を決めたそれを違う方向に変えつつ、カズマはどうにかして逃走するためのルートを模索し始める。が、よくよく考えると紅魔族がギャラリーとして沢山いるからどうにかなっている現状から逃げると普通に爆発して木っ端微塵になりかねないと思い直した。

 

「めぐみんにまとめてふっ飛ばしてもらえないかなぁ」

「これが最終試練じゃなければありかもね」

「……じゃあつまり、試練さえ終わればあの辺の人達に片付けてもらえるわけだ」

「成程」

 

 こちらの勝利条件は敵の全滅ではない。そう結論付けたことで、こちらとしては向こうでゆんゆんが試練を終えるのを待つという形になる。無理して敵を減らさなくとも、ひたすら耐えれば。

 

「いや無理でしょ! 先にバテるわ!」

「おいBB団! まだか!?」

「は、はい! ごめんなさい!」

 

 一応正気を取り戻したらしいゆんゆんが返事をするが、しかしじゃあすぐさまあの赤い爆殺魔人を倒せるかといえば答えは否。考えて、最も有効な一撃を叩き込まなければいけない。そういう意味では最終試練として、族長の力を示す場としては適しているともいえる。

 もちろんカズマにとってはたまったものではない。

 

「なんとか潜伏して逃げられないか」

「流石に目の前で使ったらバレるでしょ」

「何より、数が多過ぎます」

 

 罠で減らすのも限界、未だ大量に残っている量産型爆殺魔人のモノアイがゆらゆらと揺れる。じりじりと追い詰められるカズマ達は、どうにかしてこの状況を好転させる方法を思い付こうと思考を巡らせ。

 そして、唐突に現れた気配に思わず頭上を見た。それは奇しくも最初の爆殺魔人が現れたのと同じような流れで、そして。

 

「な、なんだぁ?」

「……あいつって、確か」

「聖鎧アイギス……?」

 

 空から降ってきたそれの一撃でまとめて吹き飛ばされた量産型爆殺魔人は、それを認識するとモノアイを駆動させ細めたり広げたりを繰り返した。

 

〈サーチ……対象を、聖鎧アイギスと予測。爆殺対象外、識別信号――エラー。警告、対象の作戦目的と識別を述ベヨ〉

〈――愛。聖鎧アイギス〉

 

 ゆっくりと鎧が爆殺魔人を見やる。ゆっくりと構えを取ったアイギスは、どこか見覚えのあるもので。無手であるはずのそこには、非常に見知った剣が一振り。

 

「……あれは、プリンセスソード?」

「え、じゃあ」

 

 コッコロとキャルの呟きに、鎧がゆっくりとこちらを振り向いた。そこには何も表情など分からないはずなのに、なぜだか非常に申し訳無さそうな顔をしている知り合いのそれを幻視して。

 

「……なんで?」

〈愛だよ、愛〉

「クソ鎧は黙ってろ」

 

 カズマの問い掛けに、鎧の中身は答えない。視線を向こうの爆殺魔人に向き直すと、持っていた剣を振り被る。

 

「やっぱりこんなの、違います!」

〈へ? おぉぉぉお!?〉

 

 と、同時に鎧が中から発光し始めた。その光に導かれるように、どこからか見覚えのある装備とティアラが飛来してくる。そのままそれらはアイギスの中へと吸い込まれていった。光は更に勢いを増し、物理的にも溢れてしまいそうで。

 

〈え、ちょっとこれマズくない!? 内部でドンドンと大きくなってぇ、いやぁ! らめぇ! こんな大きなのが入ったら壊れちゃうぅぅぅ〉

 

 段々とアイギスが膨張し始めた。分離しない継ぎ目のないボディ、という自身の謳い文句が裏目に出ているかのように、全身がバラバラになることなく、破裂しそうな風船のように広がっていく。

 

〈中は、中はダメェ! ひぎぃぃぃ!〉

 

 ボン、と。鎧というにはあまりにもお粗末な音を立ててアイギスは吹き飛んだ。そうして中から現れたのは、まるで蛹が蝶に羽化するかのように、王家の装備を纏い変身したペコリーヌの姿。

 

「……力が、戻った……?」

 

 自身の姿を確認し、つい先程までの倦怠感が消え去っていることを確認した彼女は、即座に眼の前の爆殺魔人に向かって剣を振るった。あっという間になぎ倒される量産型を一瞥すると、そのまま一気に大量の群れへと突っ込んでいく。

 

「《超! 全力全開! プリンセスストライク!》!」

 

 これまでの不調が嘘のように、先程までの鬱憤を晴らすように。その一撃で天高く舞い上げられた量産型はバラバラと破片に変わっていく。

 その破片に混じって、爆発四散したアイギスの部品もそこらに転がっていくのであった。

 

〈途中まではいい感じだったのに……俺は、何を間違えたんだ……〉

 

 四分の一くらいになった頭部が転がりながらそんなことを呟いていたが、おそらく最初からなので改善点は何一つないだろう。

 

 



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その215

まさか公式でドMの街アクセルが出てくるとは……


 紅魔の里の観客は沸いた。突如飛来した全身鎧が、ポーズを決めて装甲を吹き飛ばして美少女騎士へと変化したからだ。可愛さとかっこよさ、そしてシチュエーションの妙の三つを兼ね備えたそれに興奮しないものなどいなかった。

 それはもちろんこの二人も例外ではない。

 

「成程な……ともすればあざといとも言われかねない『鎧の中身が美少女』も、実際このスピード感で見せられるとかっこよさが勝る。盲点だった」

「我らが認識外に置いてきてしまった『忘れ物』の中には、まだ金脈が眠っているということか。ところで、あるえとしてはあれを呼称するならアーマーパージか? それともキャストオフ?」

「それは……迷うところだね、あの場面ではどちらにせよ似合う。アンナもかい?」

「ああ、同感だ。これが同調(シンクロニティ)というやつだな」

 

 猛烈な勢いでメモ帳にアイデアを書きながら語る作家二人の視界の先では、もぐにんにん僚機を片付けたペコリーヌがふうと息を吐きながら変身解除をしているところであった。そうしながら、振り返った彼女はカズマ達を見て苦笑する。

 

「おいペコリーヌ」

「はい」

「お前何やってんの?」

 

 ジト目で問い詰められたペコリーヌは、あははとごまかし笑いをしながら視線を逸らす。先回りしたキャルが同じくジト目で彼女を見ていた。

 

「……みんなが危ないのに、わたしだけ何も出来ないのに耐えられなくて」

 

 そんな二人に耐えかねて、ペコリーヌは絞り出すようにそう述べる。それは生来の、ユースティアナの性格であり、かつ腹ペコちゃらんぽらん冒険者ペコリーヌ状態の時でも変わっていない感情である。

 しかし、いかんせんそういう彼女の吐露は今回の前提条件が前提条件なのでカズマにもキャルにも響かないわけで。否、まったく響いていないわけではないしまあそりゃそうだろうなと二人共納得はしているが、でもやっぱりそうなった理由が理由なので。

 

「だったら最初から拾い食いなんかしてんじゃねーよ!」

 

 まあつまりはこれである。シリアスな理由を話すにしては原因がギャグ過ぎた。もちろんクリティカルヒットしたペコリーヌはうぐぅと胸を押さえよろめく。

 

「というか。それで縋るのがそこのエロ鎧ってのがどうなのよ」

「……それはわたしも思うところはありましたけど。それでもすぐさま動けるようになる手段が他になかったから、つい」

「つい、でこんなのに身を委ねるなっ!」

 

 残骸を指差しキャルが吠える。結果が散々だった上に残骸になった後もこんなの扱いなアイギスであるが、まあ当然といえば当然なので誰一人としてそこの鎧にフォローは入れない。

 

〈ふっ、酷い言われようだな。まあ事実だからしょうがないけど〉

 

 四分の一になった頭部がほざく。ある程度自分がアレな自覚はあるらしい。あった上でこれだと救いようがないのではないか。

 

〈なあそれよりもよぉ。向こうの手伝いはしなくていいのか?〉

「へ?」

 

 アイギスの残骸に言われ視線を動かす。赤いもぐにんにんは残骸となった僚機を回収しながらBB団と戦闘を続けていた。マッド共に再生再起動再調整された爆裂魔人の根底プログラムは、紅魔族には危害を加えないということは殺さずに無効化出来るならば該当しないという割とガバな結論を導き出していたりして、その攻撃は段々と苛烈さを増し始めていた。

 

「主さま、キャルさま、ペコリーヌさま。ゆんゆんさまたちの援護を」

「といっても、どうするんだ? 取り巻きはもう片付けたし、後はあのボスだけだろ?」

「あれまであたしたちが加勢して倒しちゃったら、流石に試練に物言いつかないかしら」

 

 コッコロの言葉にカズマとキャルはううむと悩む。元々加勢に来たのでそれ自体は問題ないのだが、その辺りの判定がどうなるかが未知数である以上下手に手を出して向こうの足を引っ張ることになるのは避けたい。

 そんな中、ペコリーヌは多分大丈夫だと思いますよと言葉を紡いだ。

 

「流石に全部わたしたちでやっちゃうと駄目でしょうけど。でも、お手伝いをするだけなら問題ないはずです」

「お前病室で寝てただけなのにその辺分かるのか?」

「病室で寝ていただけだったので、その辺りはしっかり頭に叩き込みました」

 

 自信満々にそう返されると流石に反論できない。アイギスを装着して乱入したのもその辺りを織り込み済みだったと続けられれば、カズマとしてもじゃあいいかと頷くのみである。

 

〈そこで本来は俺っちの力によりペコリーヌちゃんがアイギスさん素敵って感激する予定だったんだけどなぁ〉

「登場シーンの小道具にしかなってなかったな」

「まあクソ鎧にはお似合いじゃない?」

〈辛辣ぅ。でも美少女に罵倒されるのって、こう、あのドMの彼女ほどではないけど、ちょっと目覚めそう〉

 

 踏み潰そうかなこいつ、と思い足を振り上げかけたキャルは、触るのも嫌だと思い直し足を引っ込めた。もはや完全に日本で毛嫌いされている黒光りするアレと同レベルの扱いである。

 

「でも、どうして力が戻ったんでしょうか」

〈そりゃ、俺っちの愛の力が〉

「お前の神器が変態から助けてくれたんだろ」

 

 アイギスの言葉を遮って、カズマがほれ、とペコリーヌのティアラを指差す。キラキラと輝くそれは、そこに転がっている鎧とは違い、どこか清浄な空気をまとっていて。

 そっとティアラに手を添える。そうしながら、彼女はありがとうと呟いた。かつての所有者の血を引く、もう一度自身を使いこなしてくれる存在。そんな彼女に応えるように、王家の装備はもう一度煌めいた。

 

〈同じ神器なのにこの扱いの差よ〉

「自業自得でしょ」

 

 そう言い捨てると、キャルはならとっとと向こうに加勢するわよと話を締めにかかった。そうですね、とペコリーヌも剣を構え直し、カズマとコッコロも同じように切り替える。アイギスはいないものとなった。

 

 

 

 

 

 

 さてBB団である。ペコリーヌの登場により違う意味で注目度がアップしたこの空間は、ぼっち共にとっては居心地のいいものとはいえない。その辺りを危惧した安楽王女がぼっちとぼっちに視線を動かしたが、意外にも彼女たちはそれほど動揺していなかった。

 

『注目が分散したから、一周回ったのかもしれないですね』

「まあ、それならそれでいいや。アオイ、いけるか?」

「はははははいぃ! 全身全霊粉骨砕身当たって砕けて木っ端微塵になる所存であります!」

「砕けるな。あとそこまで気合い入れなくていい」

「え?」

「そんな気負わなくても、味方はいるんだから」

「……それは」

『ふふっ』

「それはつまり私はお払い箱ということでしょうか!? すいませんすいません、隅で大人しくしてますから、平に! 平にご容赦を!」

 

 目ん玉ぐるぐるさせながらテンパるアオイを見て、こいつは本当にブレないな、と安楽王女は目を細めた。ルーシーも微笑を苦笑に変えながら、どうどう、と慰めている。アオイの方を。

 

「ごめんなさい! 忙しいのは重々承知の上なんだけれど、手伝って!」

 

 そんな中、独り普通に赤い爆殺のもぐにんと対峙していたゆんゆんが声を張り上げる。アオイはテンパりが上回ったが、ゆんゆんは族長試練を超えるという意志が上回ったらしい。そうはいいつつ膝は笑っているので、ほんの僅かのデッドヒートなのかもしれないが。

 ともあれ、その言葉に気を取り直した三人は彼女に並び立つと各々構え直した。この試練の残る壁はあの爆殺魔人。あれをいかに倒すかがポイントになるだろう。そんなことを考え、自分達が負けるということを欠片も考えていないことが少しだけ可笑しくなって。

 それを察知されたのか。赤い爆殺のもぐにんは一歩下がった。そうしながら、先程集めた残骸まで後退する。一体何を、とゆんゆん達もカズマ達も、そしてギャラリーも疑問符を浮かべている中、ジャッジのマッド共とその関係者だけは何かに気付き各々の反応を見せていた。

 

「師匠! あれは」

「ええ、女神祭でも見たわね」

「ふむ。丁度アイギスの残骸が良いスパイスとなったようです。これは重畳」

「さっきのペコリーヌちゃんが盛り上がりの最高潮だと、族長試練としては少し、だったものね」

 

 驚愕するめぐみんと困ったように頬を掻くちょむすけと対比するように、ネネカとミツキは実に楽しそうであった。そこに何喜んでんだ、という目を向けためぐみんであったが、二人は別段心配いらないと流す。

 

「そもそも。あそこの面々があの程度でやられるとでも?」

「大丈夫よ。ちょっぴり怪我くらいはするかもしれないけど」

 

 信頼度で負けた気がする。とめぐみんはグギギと顔を歪めるが、ちょむすけがそんな彼女の頭を撫でた。あれが特別なだけで、心配と信頼は両立するから大丈夫よ、と付け加えた。

 

「師匠……」

「だから――」

 

 二人の言葉が途切れる。もぐにんにんに備わっている修復機能と聖鎧アイギスの修復能力、赤い爆殺のもぐにんをコアとしてそれらを最大限に発揮することで、一つの巨大な鎧へと変貌を遂げた。

 

「なんかこれ、あたし見覚えあるわ……」

「奇遇だな、俺もだ。しかも二回くらい」

 

 女神祭とスライム騒動。なんでこうも厄介なやつは取り込んで巨大化するのが好きなんだろうと嘆きたくなったが、それをやったところで事態が好転するわけでもなし。

 

〈割り切れよ。でないと、死ぬぜ〉

「うるせぇよ」

 

 まあ実際頭部の四分の一しか残っておらず残りは向こうの材料になった奴が言うと割と説得力があるような気がしてくるので、カズマはそう吐き捨てつつ被害に遭わないようアイギスを遠くへと蹴り飛ばした。

 ゆんゆん達と合流する。手伝う、と改めて宣言すると、カズマの指示のもとペコリーヌはゆんゆんの隣に立つように剣を構えた。

 

「盾役は任せてください」

「……は、はいっ!」

 

 隣に並び立って戦う。まるで仲間のようなそれにゆんゆんは一瞬感動でトリップしかけて、慌てて首を振ると正気に戻った。まるでもなにもちゃんと仲間である。少なくともペコリーヌはあの時から、初めて出会って一緒に朝ご飯を食べた時からそう思っている。コッコロも同様であろう。キャルとカズマはそうでないかもしれないが、あの二人がそう思っていることは承知だ。

 だから。

 

「よし、んじゃ行くか」

「そうね。なんかもうデカブツの相手に慣れきってるのが嫌だけど」

 

 アイギスの言葉ではないが、さくっと割り切った。巨大アイギスや巨大ところてんスライムハンスと比べると、爆殺魔人の残骸を再構築して作られた眼の前のそれは巨大ロボットとしての造形が段違いだ。どこからどう見ても敵の巨大兵器である。中央部にある赤い爆殺のもぐにんのモノアイが怪しく光るところも実にそれっぽい。

 巨大もぐにんがその腕を振り上げる。指の先端に銃口が空いており、そこからビーム兵器としか言いようのない何かが発射された。森がいい感じにえぐられる。

 

「わぁお……」

「いやいやいや! 当たったら欠片も残らないじゃない! これでどうやって紅魔族だけ不殺出来るのよ!」

 

 キャルの叫びに答えるかのように、巨大もぐにんのバックパックから何かが射出された。円盤状のそれは、ひゅんひゅんと嫌な音を立てながら周囲を飛び回り、そして紅魔族とそうでないものをセンサーで選別する。特に黒髪のハーレムリア充日本人男子は最優先殲滅対象だ。

 

「うぉぉぉぉぉ!?」

「主さま!」

「カズマくん!」

 

 高速回転した上に鋭い刃が飛び出してきたその円盤型装置は、カズマを切り刻まんと一斉に飛来した。持ち前の運と緊急回避スキルによって何とか躱すことが出来たものの、流石にこれを繰り返されたらカズマとしても危ない。

 というか多分二回目でデッドエンドである。

 

「ぎゃぁぁぁあぁあ――あ?」

 

 そういうわけでリア充だけを殺す兵器がカズマに襲い掛かったそのタイミングで、どこからか出現した光の剣がそれを弾いた。何の前触れも前フリもないそれに観客も周囲の面々も爆殺魔人も、そしてネネカとミツキでさえ一瞬動きが止まる。当の本人であるカズマも何が起きたのか理解できずに固まった。

 ただ、その光の剣にうっすらと浮かんでいる文字である『姉』は見なかったことにした。

 

「はっ。何かわかんないけど、っていうか分かりたくないけど今だ、くらえぇ!」

「これ以上はやらせません!」

 

 キャルの魔法で円盤兵器を、そしてペコリーヌの攻撃でバックパックをそれぞれ破壊する。衝撃でわずかにグラついた巨大もぐにんは、しかしそちらが使えないのならばと再度指のビームの発射態勢に入った。

 

「や、やらせませんよ!」

 

 森の木々が突如成長し巨大な腕に絡みつく。そうして指の銃口に入り込むと、発射直前のエネルギーを全てその場に留まらせた。盛大な爆発と共に、巨大もぐにんの片手が吹き飛ぶ。それを行ったアオイは、安楽王女のサポート込みとはいえ規模の大きさの負担で肩で息をしていた。女神祭ではカズマのブースト込みであったそれを自分でやったのだから、それで済んでいるのは成長の賜物であろう。

 

「アオイちゃん!」

「わ、わたひ……私は大丈夫です。ゆんゆんさんは、向こうに攻撃を!」

 

 頷く。片腕から黒煙を上げている巨大もぐにんに向かい、ゆんゆんは両手に魔力を集中し始めた。自分は爆裂魔法のようなド派手で超威力なそれはない。けれども、上級魔法は覚えている。自分の全力を込めれば。

 

『さあ、一発行きましょう』

「ゆんゆんさま。頑張ってくださいませ」

 

 ルーシーとコッコロの支援が己の力を底上げする。思わずお礼を言おうと振り返ると、コッコロがカズマを支えてよしよししているところであった。思わず力が抜け、しかしそれにより余計な緊張もどこかに吹き飛ぶ。

 そうして再度気合を入れたタイミングで、謎のお姉ちゃんパワーで九死に一生を得た後我に返ったカズマがゆんゆんにショートソードの切っ先を向けた。糸と糸を繋ぐように行った動作で、彼女の中に、ほんのひと時の限界を超えた力が引き出される。

 観客はいつのまにか黙り、一人の少女に注目していた。巨大もぐにんだけが駆動音を響かせながら、不殺を踏まえつつ眼の前の脅威を排除せんともう片方の腕の銃口を向けている。

 

「――我が名はゆんゆん」

 

 そんな中、大きいわけではないその声は。森によく響いた。ぼっちが、人の目を気にしていた彼女が、他に何も見えていないかのように集中している。それだけで、ある意味もう十分であった。

 

「紅魔族随一の魔法の使い手にして」

 

 バチバチと、溢れ出る魔力が大気を震わせる。滅茶苦茶楽しそうにそれを見ながら、でも空気を読んだ紅魔族は歓声を上げない。こういう時の口上はしっかり聞いてやるのがマナーだ。だから誰も茶化さないし、喋るにしても声量を落とす。

 

「この里の長となる者――! 『ライト・オブ・セイバー』ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 そうして放たれた光の斬撃がもぐにんを真っ二つにするのと同時に、観客は爆発せんばかりの歓声を上げた。それはまさに爆裂級、森全体が震えるほどの大歓声。そして生まれるゆんゆんコール。万人が認めた、族長ゆんゆん爆誕の瞬間である。

 

「ぞーく長! ぞーく長! ゆーんゆん! ゆーんゆん!」

 

 里の者が一つとなり、口上を踏まえた一連の流れを称える。真っ二つになり崩れ落ちるもぐにんと、それを見詰めるゆんゆんがまた絵になり、彼らの感情を爆発させた。

 そのまま盛り上がるその空間で、手伝いをしていたカズマ達は一息を吐く。

 

「……終わったか?」

「みたいね」

「主さま……本当に大丈夫なのですか?」

「ん? ああ。何か無事だった」

 

 コッコロの心配に彼はそう返したが、実際本当にそうとしか言いようがないのである。いつぞやの紅魔の里のあれそれを把握していた時といい、ひょっとしたら以前からこれずっとついていたのかもしれない。そう一瞬思い、これ以上考えたらいけない気がしたのでカズマは考えるのをやめた。

 

「……無事で良かったです」

 

 戦闘が終わり落ち着いて、ペコリーヌもあの時の最悪が起きていたらと今更ながら怖くなる。カズマに近付き、そしてそのまま抱きついた。本調子に戻ったばかり、などと言い訳をするつもりもなく、単純に自分の力不足だ。そう思っているから、余計に。

 

「いやあの、ペコリーヌさん? 俺は大丈夫なんでちょっと待っていただけると、それかもうちょっと違う時間と場所で」

「ペコリーヌ、こいつ大丈夫みたいだからもうほっときなさい」

 

 ぺし、とキャルが彼女の頭を叩く。一瞬ちらりとカズマから視線を下に動かしたキャルは、そのままジト目で彼を見た。不可抗力だ、と口には出さずにカズマは反論をした。

 

「ま、まあ。とりあえずこれで問題は解決か。ペコリーヌも治ったし」

「そうね。……何か無性に疲れたわ」

「ふふっ。では、戻って休みましょう」

「ゆんゆんちゃんの族長おめでとうの宴会も明日みたいですしね」

 

 我に返りもみくちゃにされてテンパりまくっているゆんゆんを見つつ、一行は最終試練場を後にする。おめでとう、と言えるのはもう少し後になりそうだ、などと考えながら。

 

 



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