『神様転生』という概念がある。
それが、若者を中心として流行していた。
もちろん、神界でも対応はしっかりとされていた。
「あいつも地上に降りたのか」
今の神界では重大な問題があった。この前は、サボり魔の水の女神だったからともかく、恋愛の女神が自らどこかの世界に遊びにいってしまうとは思わなかった。常に『神様転生』課にいるわけではない彼女たちだが、仕事の途中で急に抜けられると、事務の天使がとても困る。
「はい。だから、その代わりをお願いしたくて」
見た目からして真面目そうな天使が申し訳なさそうに、そう告げる。
最近、女性の神や天使を中心に、どこかの世界に遊びに行くことが多い。人間の男と会う場合が増えてきていて、その恋愛が本気かどうかはそれぞれだ。100年もしたらその恋も冷めるのだから、上の神も特に対処してはいない。
「わかった。こっちにまとめておいていいから」
「転生希望者、全員でしょうか?」
もしかして、その書類全てが転生希望者の履歴書なのだろうか。
その流行の始まりは、ゼロの使い魔だったか、ブレイブ・ストーリーだったか、はたまた輪廻転生の仏教だったか。ともかく、彼ら彼女らの魂は転生の際、最近は『異世界』を求める傾向にあった。まして、記憶の保持まで求める者も多く、これが厄介だ。
「グループディスカッションが最近、流行ってるみたいだし、その人間たちもできるだろ……たぶん」
天使は不安そうにこちらを見ているが、俺だって不安だ。
書類をとりあえず上から5枚抜き取って、まとめて少年少女を喚び出した。同時に、「「「テンプレキタ!」」」って3人が叫んでいて、むしろ説明が省略できて助かる。本人たちも聞かされても困るだろう、死因については割愛する。
今回の場合、どうしても起こりうる転生システムのエラーなのだから、できる限り彼らの希望に添うこととされている。まあ、俺たちは気まぐれな存在が多いから、ぶっちゃけ自由裁量でオーケーだ。親切に普段から転生特典を与える神だっている。ちなみに、魂にかなりのダメージを負わせる神もいて、それが見つかったらアウトである。下働きの神には、代わりがいくらでもいる。
「それじゃあ、まずは自己紹介をしてもらえるかな」
「俺は、キリトです」
書類と違うんだけど。
これはあれだな。憑依転生だ。
人々の欲望は膨れ上がり、やがて『転生特典』という概念を生んだ。神様から能力や強い身体を授けられ、英雄のような活躍をしたいという欲望だ。最初は、勇者というちょっとした才能を付けるだけだったのに、今となっては架空のキャラクターの能力や容姿をほしがる。ぶっちゃけ、彼らの思い描いた英雄王の方が、俺より強いまである。
「じゃあ、俺はエミヤです」
「僕もエミヤです。」
じゃあってなんだよ。
しかも真名明かしていいのかよ。
何の苦労もしてない見た目なのに、あの苦労人の容姿にしてもいいのだろうか。
「えっと、僕は竜也です」
いたって普通、天然っぽさがある。
こういうやつほどキレると怖いやつだ。
それはもう、敵には別に何をしてもいいと思ってしまうほどだ。男の俺でも引くほどのことをしても、女性から称賛されるほどの魅力を持たされる場合が多い。特にご老人の神や、優しい女神がこっそり付ける能力だ。
「……紗良です」
トラウマ持ちなのか、ずいぶん暗い女の子だ。こういう女の子は転生特典を与えようとしても、遠慮することが多い。人間も神も、内面はすぐに変わることはできないのだから、こればかりは彼女次第だ。
次回も、か。
「オーケー、それじゃあ、行きたい世界ね。行ってくれたらそこの3人はすぐ行かせるから」
「まずは俺、鬼滅の刃で!容姿はキリトで、彼女はアスナみたいなかわいいやつで、というかアスナで!」
キリトの容姿だけでいいのかとふと思ったが、スペックをなんとなく調整しておけばいいか。上中下の3択のうち、上にしておけば彼は満足してくれるだろう。誤差は気にしない。
さらさらっと言われるがままに、書き綴っていった。そして、判子を押せば、『神様転生』である。あくまで俺のやり方だから、神によってその手法は異なる。親切な神は、とことん親切だ。
「はい次。」
「じゃあ、インフィニット・ストラトスで、能力エミヤで」
「俺もリリなので、能力エミヤ、ついでにギルの力も」
前者の男子も、英雄王の能力が欲しいと言い、やがてエスカレートしてどんどん付け足していく。魔力SSSはともかく、金髪や銀髪などにオッドアイって、日本では目立ちそうなものだが、そこはある程度システムが調整してくれるだろう。
さらには、『オリヒロ』や『踏み台』、または『アンチ対象』が欲しいと言われる。善意か悪意かのどちらかに振り切っている人間しか、システムは作れないのだけれど。
そんなことをわざわざ説明する気もなく、箇条書きを書き終えた。判子を押せば、『神様転生』完了だ。両手それぞれにペンを持っているので、2人同時までなら可能である。
「お待たせ。君はどうする?」
積極的な3人と違って、残ったのは消極的な2人だ。事務的な『神様転生』作業の俺に当たったのは運が悪かったと割り切ってもらうしかない。
俺は、次の少女と早く話したいのだ。
「えっと、僕はおまかせしますが……さっきくらいのは……」
彼らの言い合いに唖然としていたこともあるだろう。まあ、この場ではグループディスカッションであまり意見を言えないとしても、何も咎めることはない。むしろそれなりに意見を聞いていたことは褒めるまである。
「じゃあ、言い方を変えて……無人島に持って行くのなら何が欲しい?」
最近編み出した、必勝法的な質問だ。
少し考えているのか彼は顎に手を当てて、やがて制服から1つのものを見せてくる。
「じゃあ、スマホで」
現代っ子あるあるなのだろうか。
「はいよ。充電は魔力でできるようにして、中の上くらいの魔力とか付けておくから」
「あ、ありがとうございます」
お礼をちゃんと言えるやつは、いいこだよ。それはもう、本当の異世界に転生させてあげたいくらいだ。残念ながら、身についた強さに満更でもない彼に、その選択肢はないのだけれど。
いつものように事務作業的に、判子を押した。
「最後になってすまないな」
「いえ……」
まあ、ほとんどの転生者は、箱庭的な『盤面』で満足してくれるから助かる。そこで満足して老衰すれば、未練も無くなって、やがて魂と記憶をゼロからスタートしてもらえることがほとんどだ。どれだけ本来の魂に影響を与えるほど強くなっても元が人間なのだから、老いという概念には勝てない。
「いつもこんな感じに?」
「まあな」
俺はあっけらかんと言い放った。
神の嘘は、上位の神じゃないと見抜けないものだ。彼ら彼女らが思い通りになる『盤面』に送り込んでいることは、さすがにこの少女も気づかないだろう。もちろん、そこから英雄から神にまで成り上がってきた後輩はいる。
そこまでしてようやく、俺という神はその存在を『個』として扱う。
「以前の能力があれば、特には……」
逆に言えば、それまで関心を持つことは、ほとんどない。
「今度は、記憶はどうする?」
「もう、決めていますよ」
彼女は一度目を閉じた。
その2度味わった記憶は、いつしか彼女を蝕むものになるだろう。彼女をわざわざ途中で引っ張りあげてきたのに、まだあがこうとしているのだ。1度目の世界にはいけないルールを、俺は捻じ曲げることはできない。
異世界の死者の転生だなんて、それこそ最上位の神にしかできない。
「……この大切な記憶を持ったままで」
「はいよ」
再び、新たな現実世界へ旅立っていった。
おもしろい。
ほんと、この『神様転生』作業をやめられない。あの紗良という少女と次に出会うのが楽しみになってくる。2度目の現実世界へ記憶を持ったまま旅立っていった少女を、確かに俺は憶えている。本来、あの恋愛の女神に優しく対応してもらえるところだったが、再び俺のところへ来たのは運命なのかもしれない。
何度目で、あの少女は真の意味で変われるのかどうか。
俺は今回もサイコロを振る。
たとえ魔法のような力があったとしても。
現実世界は、個人にとって優しいものではない。
「次も5枚でしょうか?」
「6枚でもいい」
神は気まぐれで、贔屓だってする。逆に、その人間1人に無関心のままの場合もある。たった1人の人間のために都合のいい『夢』を創ることなど容易だ。神によっては、1つの『夢』で転生者同士を合わせて、衝突するかしないかを愉しむまである。
『神様転生』課にはたまにおもしろいやつがくる。神の遊戯に付き合ってくれる人間候補が、また6人やってきた。
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