異界食らいし蛇 (お料理研究家サー・ザウザー・ハンバーグ)
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身請け先はボーダー①

変なクロスオーバーです。よろしくお願いしまーす。

1話だけ1万文字書きます


 ああ、と思った。

 何処の世界に行ったところで──武器はなくなりはしないんだって。

 

 この世界も。

 あの世界も。

 何も変わりはしない。

 

 弾薬の代わりに未知のエネルギーが代替して。

 それを使うための武器や兵器が生産され、

 兵員を揃えて徒党を組んで、エネルギーを巡って奪い合う。

 

 僕は、武器を巡る全ての奴等が憎い。

 武器を作る奴も売る奴も使うやつも。

 全部が憎い。

 

 .....なら。

 ここではないどこかに。

 人が暮らしているどこかの世界に。

 

 あるのだろうか? 

 僕が何も憎まずに暮らしていける場所が。

 武器を手にするやつも武器で殺される人も、誰一人としていない世界。

 

 .....少なくとも、ここにはなく。

 

 今判明している、異世界にもないらしい。

 

 この世はかくも残酷な世界だ。

 

 

 西アジアの某国某所に一つの基地がありました。

 

 基地にいた兵員と、その場所で交渉を行っていた武器商人が死にました。

 いや。

 殺されました。

 

 たった一人の少年兵によって。

 

「──どうですかミスター忍田。この少年。非常に素晴らしい人材だ。ここで使わないなら僕の私兵として運用したいくらい。どうですかね」

「.....」

「無視はよくないですよ。僕等は貴方たちのスポンサーだ。──まあ貴方たちが軍事産業のスポンサーを持つのは大問題だろうから、系列の広告企業からの出資という形にはなっていますが」

「一つ聞きたい....何が目的だ?」

「目的なんてものは何も変わらないよミスター。──僕等は、貴方たちが持っているトリオンというエネルギー。それを用いた兵器に将来性を感じている」

「....トリガーを。我々以外が使用することは無い...!」

 

 銀髪碧眼の白人の男は、忍田の声に両手を上げてまあまあと制する。

 スーツの襟を正し、出された茶を啜って、笑っていた。

 

「いえいえ。解っていますよ。所詮僕等はスポンサーであって株主ではない。貴方たちを応援することはできても方針を変える事は出来ない。貴方たちがトリガーを徹底して秘匿する立場に置くならば、僕等もそれに口を出すことはできない。──でも。それでも僕等が貴方たちにお金を出している理由が何なのか。教えてあげましょうか?」

 

 その時の──キャスパー・ヘクマティアルの笑みは。

 悪魔のよう、ではない。

 まさしく悪魔そのものであった。

 

「どうせいつか.....貴方たち如きたかが一個の民間組織で、この異世界人の侵略を収束させることができずに瓦解する時が来る。そう確信を持っているからこそです。その時になれば──我々と貴方たちとの関係が、スポンサーからビジネスパートナーとなる。そう自信をもっているからこそ、です」

「....」

「このトリガーは。いずれ潤沢な資金を持つ組織が流通を整え、訓練され格式化された兵隊が使用し、異世界人との戦争に使用される。その未来を確信してのものです」

「.....そんなことはさせん」

「そうですか? ──元々貴方たちの組織は、十数人ばかりの少人数の組織だったそうですね。それが何故、ここまでに巨大な組織になったのですかな?」

「それは....!」

「仲間が死んだからでしょう? そして、ミスター城戸が人を集めなければやっていけないと確信をしたからでしょう? より巨大で、資金があって、人材も集められる組織にしなければならないという、そういう判断をされたからでしょう」

 

 ならば、と。

 キャスパーは言う。

 

 いずれ。

 またこの先も──様々な問題が立ちはだかっていくだろう、と。

 今はまだ。

 異世界人が侵略する『門』が三門市に限定されている。

 誘導用の機材が上手く作用しているから。

 だが敵が、その誘導機への対策をしたらどうなる。

 この先、トリオン回収のために攫われる市民の数が増えればどうなる。

 敵の数が増えれば? 

 基地を落としかねない程の戦力が襲い掛かってくれば? 

 

 より大きな人材が必要だ。

 より大掛かりな研究が必要だ。

 より潤沢な資金が必要だ。

 

 その為には? 

 何が必要か。

 

 ビジネスが必要なのだ、と。

 そうキャスパーは言う。

 

「まあ。この少年は我々からのプレゼントです。──彼はとても有用なサンプルケースとなるでしょう。なにせ。潤沢なトリオンがあり、そして確かな戦闘力があり、何より若い。きっと貴方たちの力になってくれるはずだ」

「何故.....この少年を我々に?」

「スパイさせようとは思っていませんよ。スパイするにもそれ相応の人材が必要ですからね。──ただ興味があるんですよ。彼が培ってきたものが、トリガーという兵器にどれだけ適応できるのか。能力を活かせるのか、それとも殺してしまうのか.....。これから先、実際の兵員がトリガーを使う際の、非常に強いサンプルケースとなってくれるであろうと。それだけですよ」

「少年兵...」

「少年兵であるが、心優しい人物だ。なにせ、赤の他人の子供を兄弟と呼び、彼等を守るために基地の人間を皆殺しにしたんだ。──武器を憎みながら、それでも武器を取らざるを得ない。そんな人物だ」

「....」

「そして.....君たちが使わないというなら。喜んで僕が使わせてもらう。彼の戦闘力はとても魅力的だ。戦場で頼りになる力を全て備えている」

 

 .....この男。

 

 つまるところ言外に、こう伝えているわけだ。

 お前らがこの少年を使わなければ.....また人殺しの世界に連れていくのだと。

 

 少年兵だろうが何だろうが関係ない。

 武器商人にとって、人を殺せる能力は確かな宝なのだ。

 

 ──ああ。

 

 この世界には。

 こういう奴等もいるのだ。

 

「....一度、この件に関しては持ち帰らしてもらう。最終的には城戸司令が判断する」

 

 忍田の心のうちは決まっていた。

 それはそうと、一度トップの城戸にはきかせなければならないだろう。

 

 しかし。

 

 .....組織を設立し、スポンサーを募るという事は、こういう事か。

 

 本当に厄介この上ない。

 

「これは.....唐沢さん辺りにも報告をしなければならんな」

 

 はぁ、と一つ溜息を吐いて。

 忍田真史は頭を抱えていた。

 

 

「で。結局受け入れた訳なのですね」

「だな。揉めに揉めたが、結局は城戸司令の鶴の一声だ」

 

 界境防衛組織──略してボーダー。

 繰り返される異世界人である近界民の対処の為に設立されたこの組織に、『訳アリ』な人材が入った。

 その人材は、現在訓練の真っ最中。

 その様を──東春秋と風間蒼也が見ていた。

 

「使い物になりそうですか?」

「流石は、元少年兵。探知追跡、隠密の訓練ではもうずば抜けている」

 

 その少年は、ボーダーから支給される武装である『トリガー』の使用感に違和感を持っているのか。彼自身が選んだ武装である突撃銃の命中精度が少々低い。とはいえ、構えや撃つ際の照準の速さは目を見張るものがあり、慣れれば大いに改善されるだろうと東は見ている。

 

 しかし。

 隠れる・追う・動くの三分野において──C級ではもはや敵なしのレベルに至っていた。

 

「元山岳兵だと聞いている。市街での訓練が主なこっちとは勝手が違うだろうに、よくやるものだ。──特に隠密行動は上位の狙撃手でも運用できるレベルだ。素晴らしい」

「....」

 

 西アジアのとある国。

 彼はまず村を焼かれ両親を殺されることとなる。

 最新の武器を手に持った略奪者によって。

 

 その後彼は、油田開発地域に近い軍事基地の中で山岳兵として働くこととなる。

 基地で保護されている孤児の世話をしながら、少年兵として。

 

 その後の顛末は──聞かされていない。

 

「東さんとしては....どう思っていますか。今回の上層部の決定を」

「俺個人としては、大いに興味がある。──実際の戦場を体験してきた人間がボーダーに入る事は初めてだからな。どういう結果となるのか、是非とも見届けたい。──風間は、反対か?」

「いえ。上が決めた事です。反対はしません。.....ただ。下手にあの新入りが成果を出したとして。後続で少年兵が送り込まれるような事態にならないか。そこが心配なのです」

「ふむん...」

 

 今回。

 新たにやってきた新入りの過去は当然のことながら伏せられているし、過去についてはみだりに話すなとも伝えている。

 しかし。

 それでも──彼がここでA級レベルの成果を上げれば。あの厄介なスポンサーが、また少年兵を送り込んでいく形になるかもしれない。

 

 そうなると。

 最早この組織自身が、どういう意義で存在しているのかが解らなくなってくる。

 ここはあくまで──近界という脅威を対処する為の組織であり、少年兵の育成機関ではないのだ。

 

 ”金を出してやっているのだからこちらの要望を通せ”という前例が通って。

 スポンサーが増長する事態も考えられる。

 

「それに....話を聞く限りにおいても、少年兵の中でも、とびっきり能力が高い人材を送り込んでいるのも間違いない。そこもまた不安なんです」

「言いたいことは解る」

 能力の高い人材を送り込む、という行為自体が。

 その後に何かしらのリターンがあると確信しての行動であろうから。

 

「....とはいえ。我々にできるのは、事態を見守っていくことしかない訳ですが」

「...」

 

 少年の名前は。

 ジョナサン・マル。

 通称、ヨナ。

 

 出身地も経歴も年齢もあらゆる全てが抹消され上書きされたその少年は──無表情のまま射撃訓練を行っていた。

 

 

 褐色の肌に銀髪を携えた少年。

 誰よりも小柄なその少年は──されど誰よりも速く道を踏破していく。

 なんか空を飛んでいる怪物。

 

 ──これから、あんな怪物と戦う事になるんだ。

 

 地を這う蜘蛛のようなフォルムの怪物。

 首がやたらと長くて大きな怪物。

 

 その位置を補足しながら、タン、タン、と進んでいく。

 

 あの怪物も。

 個々とは違う別の世界の兵器だという。

 

 要は。

 ミサイルなんだな、と少年は思った。

 

 探知機をつけて自動的に敵国に送り込んで被害をもたらす兵器。

 送り込んだ先で爆発するか人を攫うかの違いでしかない。

 あの怪物は、そういうものだ。

 

 機械だというなら。

 その挙動を疑わなくていい。

 

 ならば簡単だ。

 奴等が気付かないであろう場所を選定し、さっさと進めばいいだけ。

 

 地形を見れば解るではないか。何処が逃げやすくて見つかりにくい場所か。

 

 隠れるのは得意だ。

 生い茂る草木の代わりに大きな建物がそこら中にあって、しかも相手は大きくてこちらが見つけやすい。

 人間を相手にしている方がよっぽど面倒だ。

 

 隠密訓練を終えると、今度は射撃訓練を行う。

 単純に、今まで使っていた武装と使用感が違う。

 

 軽いのだ。

 今まで、突撃銃を持つとその重さが如実に感じられた。金属特有の冷たさと共に、その重さを扱うための訓練を続けてきた。

 

 ただ。

 今自分が持っている肉体は──トリオン体という別エネルギーで換装した肉体だ。

 

 ここに内蔵されている肉体の機能は、とてつもなく向上していて。

 銃を持つのも、非常に軽い。

 

 いままで重い銃を扱う感覚で照準を向けると、ブレる。

 

 まあでも。

 使用感はこれから慣らしていけばいい。

 このくらい、どうってことはない。

 

「.....ねえねえ、君」

 

 訓練をしている途中。

 声をかけられる。

 

「君、すんごく可愛いね。同期? 同期なの? うわー、嬉しいな」

 

 ひどく、明るい声。

 振り返ると、ブラウンの髪色の女が、同じ訓練着を着てそこにいた。

 

「.....誰?」

 少年は問いかける。

 

「チナツだよー。──君は?」

「....ジョナサン・マル」

「おお! 外国の名前だ。ねぇねぇ、君のことなんて呼べばいい?」

「....ヨナでいいよ」

「解ったよ、ヨナ。私の事はチナツねー。来年から高校生なのだ」

「....高校生?」

「そう、高校生」

 

 高校生、って何だろう。そう疑問に思うヨナを置いてけぼりに、チナツはどんどん話を進めていく。

 

「もうずっとここら辺の雑魚の相手をしていてさ。ずっと退屈だったんだよね~。ねぇねぇ、一緒に個人戦やらない?」

「....ごめん。個人戦は、もうちょっと射撃に慣れてからでお願い」

 

 ボーダー内において、ヨナは現在C級隊員だ。

 Cは訓練生。Bからが正隊員。現在はまだ給与も発生していない候補生。

 

 それ故に。ヨナは自分の武装を使いこなすまでには出来るだけ個人戦は避けていた。これは元々の感覚もある。ここで敗北しても仮の身体であるトリオン体が壊れるだけで生身の肉体自体は平気である事は頭では理解しているが。それでも得物を使いこなせないまま戦いに赴く恐怖が先立つ。

 

「射撃が難しい?」

「うん」

「そっかそっか。──あ、でも。ヨナ君とっても姿勢ががっちりしてる」

「慣れてるから」

「慣れてるんだ~」

 

 チナツはヨナの首に両手を交差させてヨナの足の付け根辺りを触る。

 

「多分だけどヨナ君、姿勢自体は凄くいいんだけど。その姿勢になるまでの動きに余計な力が入っていると思うんだ」

「余計な力?」

「そう。なんか、ヨナ君銃を構えるとき、えいや、って感じで重いものを持ち上げるような動きをしているんだ。トリオン体にかかればあんな銃なんかもっと軽く動けばいいのだ。かるーく」

 

 そう言うと、ヨナの足の付け根に力を加えて射撃体勢の時の足の構えをチナツは変えさせる。

 

「これで撃ってみて」

 

 ヨナは頷き、その通りに撃ってみる。

 

「.....おお」

 

 照準もブレず、力も抜け、滑らかに構えることが可能となった。

 

「さっすがヨナ君なのだ。これはもう大丈夫っぽいね」

「....ありがとう」

「お礼を言われた。いい気分なのだ!」

 

 首に腕を交差させたまま、チナツはぐりぐりと顔をヨナに押し付けていた。

 

「君、今ポイント何点?」

「えーと」

 手の甲に刻まれたポイントは.....3700。

 

「これが4000になるとさ、B級隊員の仲間入りなんだって」

「うん。知っているよ」

「でもすごいね。今まで個人戦やっていなかったのに、こんなに早くポイントを稼いでいたんだ。.....まあ、とにかく」

 

 ニコリと、チナツは笑う。

 

「あたしと戦うのは後にして。雑魚共に勝負吹っ掛けていって.....さっさとB級に上がっちゃおう。そして、一緒にトリガーセットを考えるのだ!」

 

 

 その後。

 

 チナツと共に積極的に個人戦を重ねたヨナは、着実に勝利を重ねていった。

 色々と危機感もあったのかもしれない。

 

 このチナツ。C級でもかなりのポイントを稼いでいた三人組を言葉巧みに誘い、”あたしかヨナのどちらかにタイマンで勝てば生身に戻って下着を見せる”という約束を取り付け、三人ずつ全員とそれぞれ戦ったのだ。

 

 その唐突な提案の感情にヨナまで含まれてるともあって、彼もまた必死にならざるを得なかった。

 

 その後三人ずつに完勝した後、それぞれ解散し相手を見つけて勝負を仕掛ける事とした。

 ヨナはその後数人と戦い、無事4000ポイントを奪取。B級昇格を決めた。

 

 チナツであるが。

 

「....」

 頭を抱えて。

 天を仰いでいた。

 

「どうしたの?」

「....負けたァ!」

 

 うぎぃー! 

 呻きながら地団駄。

 

「負けたんだ....」

 

 それは中々。

 先程、ちらりチナツの戦いを見ている限り。──自分には決してできない戦い方をしていると、そう感じていた。

 

 ぴょんぴょんと建造物の間を跳ねまわり、飛び跳ねながら銃弾を撃ち放つ。その弾丸の命中精度が高い事高い事。まるで大道芸のようなその戦いに、かなりの衝撃を覚えていた。

 

「なんかさ! 十本勝負の前半は私が有利だったの! 実際に4本取れてたのだ! でも....休憩挟んだ後半の五本で全部巻き返された!」

 その相手は、刀剣型トリガーである弧月を手にした、眠たげな眼をした男だったらしい。

 飛び跳ねるチナツの軌道を冷静に見極め着実に距離を詰め、ジャンプするタイミングを見透かされ斬り伏せられたという。

 

「....あー、もう腹立った! ヨナ君、ちょっと待ってて! すぐにポイント稼いでくるから」

「うん。頑張って」

 

 ふわあ、と一つ欠伸をして。

 ヨナは一つ身体を伸ばした。

 

 

「ジョナサン・マル君。──君の入隊を認めよう」

 

 一週間前くらいだろうか。

 ヨナは日本のボーダーという組織に在籍することが決まった。

 

「もう伝えられているかもしれないが。HCLI社は、君をボーダーに在籍させることにしたらしい。曰く、”スポンサーの善意”との事で」

 

 大きな傷が頭から口元まで走っているその人は。今までヨナが見てきた大人たちとはまた違った人物であった。

 目はどこまでも冷たいが。

 それでも、強い意思を持っている。

 

 キャスパーのような笑みも浮かべていないし、司令のような優しさも感じないし、副司令のようなろくでなさも感じない。

 機械のようだ、とヨナは思った。

 

「今回の入隊をもって、HCLI社は君を放棄するとの事だ。三人の孤児についても、ボーダー提携の福祉施設に入れる。──君は君で、ここで頑張りたまえ」

 

 放棄? 

 そんなわけがない。

 キャスパーが、放棄する為に拾うなんて、非合理的な判断をするわけがない。

 何かしらの意図があるだろう。そうに決まっている。

 

 ──だって。自分の両親を殺したのも基地で武器を売ろうとしたのも全部全部アイツの気色悪いほどの意図があった。

 

「所詮はスポンサーの善意で送られた身だ。辞めたければ辞めればいい」

「....」

 

 辞めて。

 どうなるのだろうか。

 

「だが──ボーダー提携の福祉施設に入った孤児の三人は、君が入隊する事と実質対価で入れられている。君が辞めた時は、あの孤児の処遇はHCLI社が決定する」

 

 成程。

 実質、辞めるわけにはいかないという訳だ。

 

「では。君が培ってきた経験を十全に活かしてくれることを期待している。──入隊おめでとう」

 培ってきた経験。

 人殺しの経験。

 大嫌いな武器を素早く上手に使う経験。

 

 こんなものが活かされることを期待される世界。

 

 なんだ。

 同じ世界じゃないか。

 

 

「ふん。一応、貴様の後見人という事になった鬼怒田本吉だ」

 

 その後。

 実に恰幅のいい中年の男と会う事になった。

 

「本当はお前のような正体も解らん奴を入れるのは反対だったがな.....。城戸司令の決定ならば従うほかない」

 

 いいか、と鬼怒田はいう。

 

「ここに来たからには問題行為を引き起こすことは勿論のこと。隊員として恥ずべき行為も当然にしてはならぬ。──まずは最低限の常識と教養を叩き込まんといけんな」

 

 何となくだが。

 この鬼怒田という男から発せられる圧は怖くなかった。

 怖がられようとしてやっているな、という事が簡単に解ったから。

 

「な。お前九九は出来るのか? 国語は? ──そもそもお前計算できるのか。おい。この配線の数を数えてみろ。いっぱい? ふざけるなちゃんと数字として数えろいっぱいじゃダメに決まっているだろうああもうそこからかこれだから少年兵は.....!」

 

 取り敢えず。

 非常にお節介な人が、後見人になるらしい。

 

 

 そうして。

 ヨナのボーダー生活が始まった。

 

 ──キャスパーから特段、何かを言われたわけではない。

 単純に、必死に上を目指せとしか言われていない。

 

 何が狙いなのか。

 全くわからないけれど。

 

 ──それでも。

 ここで自分がいることで子供たちの幸せが担保されていて。

 そして、以前の環境よりも幾分かましな環境で働くことが出来る。

 

 それだけで、ヨナは現状を良しとした。

 

「──取り返した!」

 

 その後。

 取られた分のポイントを(他のC級から)取り返し。

 ふんす、とチナツは胸を張った。

 互いに4000ポイントを取り、諸々の手続きを終えた次の日。

 

「よーやく。これでトリガーセットを組むことが出来るのだ。ちなみにあたしは、こんな風にしたよ」

 

 トリガーは。

 正隊員(B級)に上がった際に渡される武装で、メインとサブそれぞれ二つ、4×2のトリガーをセットすることが出来る。

 C級では一つの武装しか装備できず、B級になれば一気に戦略に幅が出来る。

 

 そうして──チナツのトリガーは。

 

 メイン:アステロイド(拳銃) メテオラ(擲弾銃) シールド バッグワーム

 サブ:アステロイド(拳銃) ハウンド(拳銃) シールド グラスホッパー

 

 という構成であった。

 

「....どれもこれも解らないや」

「えー。説明受けなかった?」

「アステロイド、っていうのが普通の銃弾だっていうのは知っているよ。ハウンドだとかメテオラだとか、全部解んないや」

 

 そうかー、とチナツは言うと。

 なら仕方がないと一つずつヨナにトリガーの説明を行う。

 

 

 その結果

 メイン:アステロイド(突撃銃)空き シールド 空き

 サブ:拳銃(アステロイド) スコーピオン シールド バッグワーム

 

 これで、決まった。

 

「えー。空きがあるよぉヨナ君」

「うん、これでいい」

 

 ヨナが少年兵時代に持っていた武装をそのまま移したようなトリガー構成だ。

 突撃銃、拳銃、ナイフ。

 

 これでいい。他の選択肢を生むと、一瞬の判断に迷いが出てしまう可能性がある。

 

 ヨナは一つ、満足気に頷いた。

 

 

 木虎藍という女は至極単純かつ明快な女である。

 同年代以上に対等な立場を求め。

 そして年下には慕われていたい。

 

 プライドの高さと対人関係の充足という二足の草鞋を履き均さんと日々苦闘を続ける彼女にとって、

 

「ごめんなさい、お姉さん。一つ聞いてもいい?」

 

 自分よりも明らかに小柄な少年──それも明らかに留学生──しかも可愛い顔立ちをしている──から何事かを聞かれるという事態を前にして何をするのか。

 決まっている。

 

「ええ、大丈夫よ。どうしたのかしら?」

 

 虫も殺せぬ慈母の笑み(と本人は思っている)を浮かべ、優しく手を差し伸べるのだ。

 それこそが木虎藍であり。それこそが彼女の欲求の充足方法であるから。

 しかも。

 ──この子、私よりもちょっと後に入った子じゃない! 

 彼女はヨナを知っていた。

 隠密訓練と探知訓練を図抜けたスピードで終わらせたことで話題になっていた子だ。外国人であることも相まって何か事前に訓練を受けてきたのか、とか──そんな風に。根も葉もないうわさが立っていたとか。

 そんな! 

 とても! 

 優秀な子が! 

 自分を、頼ってきている! 

 高い自尊心が満たされ、対人欲求不満感が解消されていく心地よさが、全身に広がっていく! それはまるで麻薬のように! 

 

「昨日。B級にあがったんだ」

「うんうん」

「B級に上がったら、防衛任務ってやつに出なきゃいけないんだよね。僕は部隊を組んでいないんだけど、どうやって出るの?」

 聞かれた内容に。

 木虎は、とても、とても、優し気な笑み(と本人が思っている)を浮かべて、丁寧に返事を返す。

 

「えーとね。後から多分、忍田本部長辺りから呼び出されて、シフトを決める事になると思うわ」

「シフト?」

「スケジュールね。どの時間帯に防衛任務を入れられるのかを本部長に伝えるの。そのスケジュールに沿って、防衛任務をこなしてもらう事になると思うわ」

「ふむふむ。なるほど...」

「その時に時間が被っている部隊と合同で、防衛任務につくことになるかな」

「....なるほど。ありがとう、お姉さん」

 

 ありがとう、お姉さん──。

 

 何と。

 何と、心地よい言葉だろうか。

 

「い、いいえ。当たり前の事よ。気にしなくても大丈夫。防衛任務頑張ってね」

「うん。──僕の名前はジョナサン・マル。ヨナ、って呼ばれてる。お姉さんは?」

「私は木虎藍よ。私もこの前までC級だったの。立場も近いだろうから、何でも聞いてね」

「うん。木虎さん。ありがとうございした」

 

 ああ。

 ここまで、年下とパーフェクトコミュニケーションを取れたのはいつ以来だろう。

 

 年上との話し方から後輩から怖いという印象を持たれ続け。

 いざこの間年下の女の子に話しかけたら冷たい態度を取られ。

 巡り巡った中──この子は理想的なコミュニケーションをとってくれた。

 なんと。

 なんとありがたい事か。

 

「お、木虎じゃん。何やってんの?」

 

 して。

 背後より。

 

 来た。

 来てしまった。

 

 ──年上の男が。

 

「....何ですか米屋先輩」

 声色が百八十度変わる。

 冷たい声音だ。

 

 カチューシャで髪をオールバックに纏めた男が首を竦める。

 

「いやぁ。話題の子と話してんなーって。気になっただけだよ」

「そうですか。それでは、ここで失礼しますので。──あ、ヨナ君。また今度ね」

 

 ヨナは。

 その声音の変化を──首をかしげながら聞いていた。

 

「よ、おチビ君。木虎と何を話していたの?」

「防衛任務の事を聞いていたんだ。凄く優しく教えてくれた。──お兄さん、木虎さんに嫌われているの?」

「嫌われてる、っつーよりかは多分対抗心がマシマシなんだろうな。年上だったらみんなそうなる」

 

 ふーん、とヨナは呟き

 

「へんなの」

 

 と。

 そう呟いたのでした。

 

 

「さて」

 

 米屋は。

 そのままがしりとヨナを捕まえ、担ぐ。

 

「....何をしているの?」

「B級昇格おめでとう、おチビ君」

「うん。ありがとう」

 

「祝いにだ──個人戦やろうぜ」

 

 実に単純な理屈であった。

 新人で目立った奴がいて、B級に上がってきたのだ。

 

 気になる。

 気になったのならば、知りたくなる。

 

 知る方法は何なのか。

 

 米屋陽介は、こう言う。

 

 ──個人戦をすればいい、と。

 

 ここにはいくら斬られても撃たれても死にはしない身体があって。

 どれだけ戦っても疲労もすることもない。

 

「....それはいいんだけど。おろして」

「まあまあ」

 

 まあまあ。

 まあまあ。

 

 ....逃げられるわけにもいかないし持ち運ぶのも何だかおもしろいので。

 何も気にせず、米屋陽介はそのままヨナを運ぶこととしたのであった。




Q 何でヨナ日本語喋れるの?
A 近界民も日本語喋れるからセーフ

Q チナツはボーダーでもノーパンなん?
A ノーパンのまま換装したら弾が当たるようになったから生身はノーパンです

Q 何でこんなクロスオーバーしたん?
A チナツ可愛いしヨナも可愛かったから....。



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身請け先はボーダー②

 1話のヨナのトリガー構成ですが

 メイン:アステロイド(突撃銃)空き シールド 空き
 サブ:拳銃(アステロイド) スコーピオン シールド バッグワーム

 に修正しました。バッグワームをサブに変更。
 普通バッグワームで隠れているときは突撃銃メインだろう馬鹿じゃないの馬鹿でした。頭オーケストラな筆者を許して。


「.....」

 

トリオンというエネルギーは未知の塊だ。

人間の中にある肉眼では見えない器官から生み出されるそのエネルギーは、抽出すれば肉体を作る事も武器のエネルギーともなる。電力にもなれば建造物にもなる。そして――世界そのものを作り出せるだけの力を内包している。現在、地球においてもこれほど安定し、応用力のあるエネルギーはないだろう。石油で肉体を作れないし原子力で建物を作ることはできない。更にトリオンは無限の応用性を内包しながらも、他の物質からの非干渉性も持っている。トリオンはトリオン以外の物質からの干渉は受けない。それ故に、トリオンに対抗する為にはトリオンを用いなければならない。――そのエネルギーを持っていなければ一方的に虐げられる構図を作りやすく、それ故に持つ者が持たざる者へ搾取する構図もまた作りやすい。

 

成程。

兵器産業が欲しがるわけだ。

 

このエネルギーを独占すれば。

現在存在するあらゆるエネルギー問題が解決する。その上でこの技術を持つ者が、完全なる支配を敷くことも夢ではない。

 

――まあ。

――そんな事には絶対にさせないが。

 

「唐沢さん」

「どうしたのかな、迅君」

 

ふぅ、と息を吸って、吐いて。

唐沢克己は――声をかけてきた男を見た。

 

「HCLI社って、唐沢さんが引っ張ってきたスポンサーですか?」

「全世界で何千万の屍を作っている兵器運送会社のツテなんて流石の私にもないよ。スポンサーの公募にしれっと応募して、しれっと莫大な金額を投げただけだ」

「ちなみにその金額は?」

「億で、ドルだ」

「.....」

「とんでもないだろう?この金額をわざわざHCLI本社ではなくて支社の支社のこれまた支社の、複数の企業体に分散して送ってきたんだ。こちらの体裁まで完全に考慮した投げ銭だ。兵器産業からの寄付は嫌だろう。一社から莫大なスポンサー料を貰うのも怪しまれて嫌だろう。そういう配慮のこもったありがたい金な訳だ。――ま、どれだけ配慮をされたところで武器商人の金をこちらの懐に入れているという事実は変わらんがね」

「.....」

 

唐沢は煙草に火をつけ、フッと吐き出す。

 

「.....そして現れたのが、少年兵のヨナ君という訳だ。少年兵なんて、本来ならば門前払いだが.....こちらとしては実に都合がいい。そう私が城戸司令に説得した」

「そうみたいですね」

 

「.....君の力で、ヨナ君を通したHCLIの動向を探ることが出来る」

 

ボーダー側も。

HCLIが純粋な善意で少年兵を送ったとは全く思っていない。

何らかの意図をもっていることは解り切っている。

 

だが。

その意図は.....送ってきた人材の動向を見ることで、こちらには丸解りなのだ。

 

――迅悠一。

彼は、他者を通した未来を見ることが出来る。

それはまた。

トリオンというエネルギーを豊富に持つ人間が会得する――副作用という名の現象によって。

 

「今まではヨナ君という人事に関する事柄だっただけに本部長が対応をしてくれていたみたいだが。ああいう交渉事を彼にやらせるのは気が引ける。彼は指揮官だ。――餅は餅屋。こちらが対処しよう」

「よろしくお願いします。――忍田本部長、ずっと頭を抱えていましたもんね」

「こちらも頭を抱えているよ。――まあ金を出してもらっている分、面倒ごとに文句は言わんさ。だが、トリガーを連中にやるわけにはいかん。絶対に奴等だけには」

「....それは武器商人だから、ですか」

「ただの武器商人ならまあよかったがね。――奴らは、奴らの都合で戦争を起こす。心の底から儲けの為に人が死ねばいいと考えている。億を稼ぐために億が死ぬ必要があるなら、迷わず殺しにかかる。そういう連中だ」

 

そんな奴らに。

トリオンも、トリガーも、何も渡しはしない。そう唐沢は――確かな意思をもって、言った。

 

「――ヨナ君の動向。しっかり見ていてくれ」

「了解」

 

 

ヨナの戦闘方法は実に解りやすい。

建造物を盾にしながら制圧射撃をかけ、距離に応じて拳銃と使い分ける。

 

――いいねぇ。

 

銃手の基本をどこまでも煮詰めたかのような戦闘スタイルだ。

市街地に設定して行われている米屋陽介とヨナの個人戦。

 

構図としては――建物に立てこもるヨナを米屋が襲撃をかける形となる。

 

ヨナは基本的にシールドを用いず、バッグワームで身を隠している。

レーダー上に自分の位置が映ることをとにかく嫌っているのだろう。

仕留めにかかる時以外はバッグワームを手放さない。

 

――狙撃手の動きをする銃手、って感じかね。動きとしては。

 

現在。

十本勝負の二本目。

 

一本目、米屋は至極あっさりと敗北した。

 

というのも。およそ五十メートルほどの相対距離から至極当然のように射撃を浴びせかけ、付近の建物に潜伏しながら距離を詰めていくと――先回りされ壁越しに弾丸を放たれたからである。

 

――こっちの動きを先回りするのが抜群にうまい。ずっとバッグワームをつけているから動きそのものも観測できないのもかなり痛い。

 

シールドを前提とした動きがみられない。

近付かれたら終わりであると本人は認識しているのだろう。

 

基本は建物の中に潜伏し、索敵が終わると同時に襲撃をかける。

襲撃をかけシールドを盾に向かうなら削り殺す。隠れて動くならば隠れながら先回りする。

 

「――だが。今回はそうはいかねぇぞ」

 

前方45メートル先。

高層マンションのバルコニーに身を倒し、米屋に銃撃を浴びせる。

 

「そら来た」

瞬間。

米屋は建造物の間を飛び回る。

 

壁を蹴り、建物から建物へ間断なく飛び回り、ぐるり円状の軌道を巡りながらヨナとの距離を詰めていく。

 

その動きを補足し、その軌道をなぞりながら弾丸を掃射する。

仕留める、ではなく、削る動きに変化をかける。

 

「.....いいね。ここでしっかり足を狙う辺り解っているじゃん」

 

頭部、胸部近くの急所にはシールドで真っ先に反応される事を理解してか。弾丸の向かう先は視認しにくく意識も行きにくい足先に向かう。

 

米屋は――自らの得物である槍を壁に突き刺し、体勢を器用に変えて弾丸を避ける。

「――ほい」

 

そして。

体制を変える一瞬、足が止まる瞬間を見逃さずヘッドショットを狙った弾丸をシールドで防ぐ。

 

「――いや。いいな。この油断も隙もない感じ」

 

相対距離が二十メートル程になった時。

ヨナは即座にバルコニーを放棄しその場を去る。

 

マンションの裏手に回り、飛び降りる。

 

「逃がさねぇぞ」

 

米屋陽介は”攻撃手”

A級特権で改造した近接攻撃トリガーである”弧月”を、刀剣型から槍型に改造した得物を手に戦う隊員だ。

 

彼の大いなる強みは――その機動力。

壁から壁へ。障害物を盾にしながら立体軌道をもって相手に肉薄する手段を持つ彼は、――これまで山岳兵として生きてきたヨナにとっては、信じがたい挙動であった。

 

 

――今までの戦場とは、ちょっと戦い方が違うな。

 

そうヨナは感じた。

何が違うかと言えば、――銃という武器の絶対性が薄れている。

 

これまで。防弾性能の高い部隊と戦う事も多々あったヨナであったが――”自在に空間に出し入れが出来て”なおかつ”掃射に耐えうる”防弾装備は見たことがない。

 

こちらが視認し適正範囲内で一方的に銃撃を仕掛けても、一方的に倒すことが出来ない。

シールドに防がれるし。当たったところで急所でない限り身体が削れるだけ。負傷してもメディックがいらないし出血死もない。弾丸に当たる事は、それすなわち死に直結しにくい。

もう一押しが必要となる。

この条件で銃手が勝つ条件は――シールドを張らせない状況下で弾丸を浴びせる事となる。

 

相手と適正距離で戦う事よりも

相手に認識されずに確実に弾丸を叩き込むことが、個人での戦いでは重要となる。

 

――でも。隠れることの重要性は変わらない。

 

先程の米屋の動きの意図は理解できる。

素早く距離を詰める事。そして素早くこちらの射線を切る事。この二つを両立する為に――建物の裏手側を高速で移動しながら円状にこちらに向かってきているのだろう。

 

円状に動けば、より多角的にこちらの動きを見れる。

 

――そして。近接での戦いの絶対性が大いに増している。

 

今までの戦いであっても。

ナイフで喉元を斬れば確実に死ぬ。

でも――トリガーでの戦いだと、近接攻撃は”シールドを容易く斬り裂ける手段”として存在している。

 

この相対性。

射撃は防がれる手段が存在して、近接にはない。

この条件下で、相対的に近接攻撃の価値が高まっている。

 

――僕の位置はばれたか。

 

円状に動き続けていた米屋が、こちらを認識し真っすぐに向かってくる。

ならばバッグワームはもう必要ない。

迫りくる米屋に向けハンドガンにて応撃。

 

それを体捌きで避け、シールドで防ぎ――槍が届く範囲に至る。

 

ヨナは――あえて一歩を踏み出し、刺突の効果範囲内に身を乗り出し拳銃を向ける。

 

上体を反らし、刃から逃れ、引金に指をかける。

 

が。

 

槍はうねるようにその姿を変え――反らしたヨナの首にその刃を突き立てた。

 

「――幻踊」

 

そう。

米屋は口にしていた。

 

 

結果として。

7本を取られ、ヨナは敗北した。

 

「.....負けた」

 

槍一本で戦う男に、突撃銃を武装した兵が負ける。

この構図が――ここでは当たり前に存在しているのだ。

 

「いやー。緊張感ヤベェな。――お、おチビ君。マジでお前強いじゃん」

「.....でも、負けた」

「実際のところさ。攻撃手と銃手だと、タイマンじゃ銃手じゃ不利なんだよなー。それでも俺から三本取れたんだ。――お前は部隊で運用してこそ力を発揮するタイプとみた」

 

ばしばし背中をたたきながら、米屋は惜しみない賛辞を告げる。

 

「何というか、――新人らしからぬ強さだな。新人で強い奴って、とにかく動きが速かったり攻撃のキレがヤバかったりってタイプが多いのに。お前はなんか修羅場慣れしている強さなんだよな。なー、なんかお前なんかやっていたの?」

 

確か。

元少年兵だという過去は絶対に言ってはならないと、ここの司令に言われていた――とヨナは思い出し。

 

用意していた言い訳を告げる。

 

「ぼくが住んでいたところは凄く治安が悪い所で。子供のころから銃の使い方や山道での隠れ方とかを教えられるんだ」

「へー。マジかぁ」

 

そりゃあんな風に慣れた動きが出来る訳だ、と米屋は言う。

 

「お。そうだ。――俺の名前は米屋陽介ってんだ。お前は?」

「ジョナサン・マル。ヨナって呼ばれてる」

「おっけ。――お前はじゃあヨナ坊だ。俺のことも好きに呼べ」

「好きに呼んでいいの?じゃあ――ヨースケ」

「お、呼び捨てか。――いい度胸じゃねえか。今度もまた個人戦付き合ってもらうぜ。というか、マジで銃手でやってほしくない動き全部やってくれるからいい訓練になる。定期的に個人戦付き合ってくれたら助かる」

 

よっしゃ、と米屋はヨナの首に腕を回して

 

「せっかくだ。ここで俺と一緒にてきとーにブース回って挨拶回りしようぜ。ここにゃ、ボーダーのトップクラスの化物がうようよしているからな」

「化物...?」

「そ。化物。――まあ見りゃ解るさ」

 

という訳で。

ヨナは言われるまま――米屋陽介に付いていくこととなった。




ジョナサン・マル

トリオン7
攻撃8
援護・防御8
機動7
技術9
射程4
指揮3
特殊戦術2

total48


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鉄壁の暴走機関車

 今からおよそ三年前だろうか。

 三門市には地獄が舞い降りた。

 

 怪物が闊歩し町を破壊し人を攫う。

 壊れていく家屋。火の手が上がり見える彼方の煙。

 銃声だったり破壊音だったり。悲鳴だったり断末魔だったり。

 

 抗ったり絶望したり死んだり燃えたり壊れたり。

 

 色々な音が、そこにあった。

 

「──あは」

 

 女の子はそこにいて。

 家族もみんな死んで。

 周りの人たちも逃げ出していて。

 

 ──なんて、いい音だろう。

 

 その光景をすべて感じ取って。

 壊れたのだろうか。

 それとも元から壊れていたのだろうか。

 

 その忙しない音のすべてが──楽団に見えたのだ。

 

「とっても──いい音──」

 

 絶望に抗い絶望に塗りたくる破壊と破壊と化物の協奏曲。

 

 たった一つのオーケストラ。

 

 少女は思った。

 でも──今の自分はただの観客でしかない。

 

 聞くのもいいけど。

 それでも──自分もこの楽団の一員として楽器を吹いていたい。

 

「あ。今の──とってもいい音だなぁ」

 

 発砲音が一つ聞こえた。警察が化物に向かって撃ったのだろうか。

 絶望の中でもしっかりと主張するその乾いた音に──少女はうっとりと微笑んでいた。

 

 

「──あ、ヨナ君。こっちなのだ~」

 

 米屋に”挨拶をする”と言われ着いてきた矢先。

 ぶんぶんと手を振るチナツの姿があって、

 その周りには、複数の隊員の姿があった。

 

「おー、何か見覚えのある人たちが集まっているなぁ。あ、双葉じゃん」

 寝癖なのだろうか。髪が跳ねている小柄な少年──緑川駿。

 

「....何でここにいるのよ、駿」

 髪を両脇に結んだ、いかにもクールそうな少女──黒江双葉。

 

「....ああ、皆B級に上がれたんだな」

 眠たげな眼をしながら姿勢を伸ばしている、武士然とした青年──村上鋼。

 

「....何でオレまで集められたんだ...」

 伏し目がちに目を床にやり、壁際に腰かける少年──絵馬ユズル。

 

「えーと....皆、同期の子だね。親睦会でもするのかな?」

 何となしにおどおどしているように見える、優し気な目つきをした青年──来馬辰也。

 

「げ。東さんいるじゃん....」

 耳を覆うカバー付きの帽子をかぶった、元気そうな少年──別役太一。

 

「お、おい....木虎がいるぞ」

「本当だ...」

 ニット帽の少年と、癖っ毛の少年──茶野真と藤沢樹。

 

 そして。

 

「あ。お姉さん」

 

 そこには──木虎藍の姿もあった。

 

「米屋。連行ご苦労」

 

 その背後には。

 鋭い目つきをした.....小柄な少年? と。

 肩までかかる髪をした男。

 

 

「皆。集まってくれてありがとう。──俺は狙撃手の教官をしている東という。そして、こちらが」

「風間だ。A級風間隊の隊長をしている」

 髪の長い男と、少年? がそう自己紹介をするとともに。

 

「恐らく皆も薄々気付いているとは思うが。ここに集まってもらった皆は、つい最近までC級だった者だ」

 薄々気づいていたものは一つ頷き、全く気付いていなかった者は無反応で返す。

 その様子に東は苦笑しつつ、言う。

「今年の新人は本当に粒ぞろいでな。有望な新人が数多く入ってきて、こちらも本当にうれしい。──だからこそ、一度現時点での皆の実力を計りたい」

 

 そこで、と東が言う。

 

「皆の親睦を兼ねて──部隊戦をしようではないか、という事で。ここに集まってもらった」

 

 と。

 

 ふーん、とヨナは呟いた。

 

 

「部隊は....どう分けるかな。今ここには──」

 11人が集まっている。

 力量も年齢もそれぞれバラバラな11人。

 ふむん、と東は呟く。

 

「3部隊に分けるか。3・4・4で」

「部隊わけはこちらでやりますか」

「だな。ある程度戦力差も考えて──」

 

 東と風間の独断と偏見に基づく部隊分けの結果──。

 

 A ヨナ チナツ ユズル

 B 木虎 茶野 緑川 太一

 C 村上 来馬 黒江 藤沢

 

 ....という形となった。

「オペレーターはどうします?」

「そうだな──」

 そして。

 オペレーターは、Aに国近、Bに月見、Cに三上が──それぞれの隊のオペレーターとしてつくこととなった。

 

 その旨が通告され、それぞれブースの控室に入っていく。

 

「私達だけ3人!」

 

 そして。

 Aチームの中。チナツは実に──

 

「つまり、....ほかのチームより多く殺せるのだ!」

「おお~。物騒だね~!」

「物騒な発想だね...」

 オペレーターの国近と、部隊に編入したユズルが同じ感想を述べる。

 .....何というか。バトルジャンキーとも少し趣が違う物騒さ加減だ。

 

 チナツはそう言いながら、笑っていた。

 それはそれはとてもとても楽しそうな笑みで。

 

 その様を、あまりやる気のなさそうな表情で、ユズルは見ていた。

 

「ふんふん。これはとってもいい音が聞けそうなのだ。──ユズル君のポジションは何かなー?」

「....狙撃手」

「おお。狙撃手! いいねいいね追い込んでスパ、と殺せる。狙撃手大好き」

 

 よーし、とチナツは声を上げる。

 

「作戦は──私が暴れて敵を寄せ付ける! 集まった敵を私たち三人でバンバンバン! 以上!」

「Bにも狙撃手の別役君がいるよ~。大丈夫~?」

 ゆるゆる、とした声で国近が問う。

 その言葉に、グッと親指を立てる。

「大丈夫大丈夫。だって──」

 

 ニッと笑んで。

 チナツは言う。

 

「狙撃手の位置は、あたし勘で解っちゃうから!」

 

 と。

 変わらない声音で、恐ろしいことを呟いた。

 

「だから、何の心配することはナシ。──暴れて暴れて、いい音楽を鳴らそうよ」

 

 

「気候条件はそのままで──マップはランダムに決める」

 

 東は、ブースのマップ設定をアトランダムにし、そのまま転送を待つ。

 選ばれたマップは──。

 

「....ふむん」

 

 市街地B

 

 範囲が広く、ビルをはじめとした背の高い建造物が多く立ち並ぶマップが選択された。

 

「それでは。好きに戦ってくれ:

 

 

 ヨナの目の前には、高層ビルディングの室内から見える景色であった。

 

「ウワァ、高いな....!」

 高度50メートル近いビルディングからの景色は、ヨナの人生の中でも数度もない景色であった。数秒、その景色に心奪われる。

 

「ふっふっふー。高いでしょ~」

 その様子を責めることもなく、にこやかに声をかけるは、オペレーターの国近。

 

「あ、ごめんなさい...」

「いいのだよ~。こういう反応をする子は実に珍しい。可愛かったからあとで存分に見せてあげようじゃないか~」

「お姉さんは、状況を知らせてくれる人だよね」

「そうだね~。私はヨナ君含めて、部隊に情報を届ける人なのだよ~。──あ、ヨナ君。ここから南方に六十メートル位に反応があるね。今からマーカーをつける場所に向かって、捕捉をお願いね~。基本、開幕でバッグワームつけない人は強い人だから、多分木虎ちゃんか村上君かな? 気を付けて移動してね」

「わかった」

 

 ヨナは国近の指示を受けると、すぐさま切り替え走っていく。

 

「....」

 

 ビルを出て、周囲を見渡す。

 狙撃の危険性のある通りをある程度チェックし、周囲に気を配る。

 

 ....大丈夫だ。

 嫌な()()がしない。

 

 サッと身を翻し、ヨナは突撃銃を構えながら走り出す。

 

「──着いた」

「おっけ~。誰が見えるかな~」

「前髪が綺麗に揃ってるお姉さん。部隊と合流するつもりなのかな。建物の間を抜けて走ってる。──撃っていい?」

「うん。やっちゃえ」

 

 構え、照準を合わせ、──引金に指をかける。

 

 開戦の合図であった。

 

 

「──この銃声。ヨナ君だね。出遅れちゃった~」

 ニコニコと笑みを浮かべながら、両腕に拳銃を握り──チナツは走っていく。

 

「うーん。とりあえず、反応があるまでは銃声がある方向に走っちゃおう」

 

 通りを堂々と横切るその姿を──茶野と来馬が捕捉していた。

 

「うわ。マジかよ....両手に拳銃もって、シールドすら張ってないのかよ」

「....チャンスだね。ここで勝負をかけよう」

 

 距離が近く、合流できた両者がそれぞれの得物を構える。

 藤沢が前に出て。

 来馬が建物の影から援護体勢。

 

 その態勢が出来た瞬間に。

 

 チナツは動きを止める。

 

「──見つけた」

 

 くるり身を翻し、拳銃を構え──藤沢へとその銃口を向ける。

 

「な.....!」

 先に捕捉したのはこちらの方が先だったはずなのに。

 いざ襲撃を書けようとしたその瞬間に──チナツは瞬時に勘付いた。

 

 響く銃声と共に、チナツと藤沢の弾丸が交差する。

 チナツの弾丸は藤沢の右脇腹と足を貫き、藤沢の弾丸は後ろを通り過ぎていった。

 銃口の向きから上体を反らし回避しながら──チナツは更なる弾丸を藤沢に叩き込まんと銃を向ける。

 

「──藤沢君!」

 背後より、援護。

 突撃銃を構えた来馬の掃射。

 さしものチナツも突撃銃の掃射の正面に立つ事は出来ず、その場よりぐるり身体を回しながら跳躍。弾幕の掃射範囲から逃れる。

 跳躍後の着地の硬直すら生み出さず二丁を構え両者に弾丸を浴びせつつ、チナツは付近の建物の裏手側に回る。

 

「うーん。二人もいるとうっざいなぁ。──そうだ」

 

 拳銃からトリガーを変更する。

 

「──チナツキャノンスペシャル」

 そう勝手に名前を付けた──メテオラ擲弾銃を取り出す。

 

「ぶっ飛べ~」

 

 本来この銃は。

 ある程度の距離をとっての間接射撃を主な利用法とするものであり──断じて数十メートル先の相手に放つものではない。

 

 下手すれば誘爆・自爆の恐れすらもあるというのに。

 全く恐れることなく──彼女はグレネード型のメテオラを両者に叩き込んだ。

 

「え──あれって」

「あ、うそ」

 

 ボールが頭上に投げ込まれるような低空の軌道から。

 ──メテオラがやってくる。

 

「ちょ、マジかようそ──」

 

 爆撃音と破砕音。

 音と共に視界に映る爆炎に飲み込まれ──藤沢樹は、緊急脱出。

 

「藤沢君...! くそぉ!」

 

 爆撃に足を取られ、削られた来馬も──何とかその場を逃れんと必死に走る。

 

 が。

 

 その頭上に、影が見えた。

 

「逃がさないのだ~」

 

 空を飛んでいた。

 

 四角の陣を張り、そこに足を乗っけて──空中を横切りながら、ぼす、ぼす、ぼす。三連射のメテオラ榴弾。

 その全てが来馬の頭上に降り注ぎ──。

 

 シールドを張るもむなしく、爆炎に飲み込まれ──来馬辰也もまた、緊急脱出。

 

「ふふん」

 

 爆撃の音を背後に、通り過ぎる。

 この感覚が、本当に気持ちいい。

 

 四角の陣──グラスホッパーの高速移動を終え、着地する。

 その瞬間。

 全身がそば立つような感覚が走る。

 

「おっと」

 

 着地の瞬間を狙った狙撃。

 それを察知してか、すぐさまフルガードに切り替え彼方からの弾丸を防ぐ。

 

「はーい。国近さん。今の弾道解析こっちに送ってー。撃ってきたやつ、殺しに行くから」

 

 ニコニコ笑みを浮かべながら。

 チナツはまた──擲弾銃を構えていた。

 

 

「....」

 一見。

 チナツの戦いは無鉄砲に見える。見えるのだが。

 

 危機察知能力が尋常ではない。

 まるでアンテナが張られているかの如く敵の位置捕捉と攻撃の察知を行うものだから、あれだけ暴れてもすぐさま対処が行えている。

 

「影浦に次ぐ狙撃手の天敵だな、あの子は」

「....しかし。何と滅茶苦茶な」

「けど...機動力で面攻撃をばらまいていくタイプは、結構新しいかもしれない」

 

 ──しかし。

 心底からの笑みを浮かべ戦いに興じている、チナツの姿。

 

「あれは......市民の前に出しちゃいけないですね。根付さんが頭を抱えそうだ」

 

 その姿は。

 ──市民を守るヒーローではなく。戦いを楽しむ悪魔の姿そのもののように思えた。




チナツ

トリオン8
攻撃9
援護・防御5
機動10
技術8
射程6
指揮1
特殊戦術2

total 49


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新たなる武器①

「うーん。そもそも今の技術の体系そのものが異なっているのかな?」

 とある場所にあるとある研究室。

 とある、と場所を限定していないのは、研究者である天田南自身が研究室の所在を知っていないからだ。

 

「無理無理。こんなの無理―。そもそもの理論が違いすぎて意味が解んないんだもんー」

 

 というかさー、と。

 天田南は呟く。

「よくこんなもの集められたよねー」

 

 眼前には。

 様々な”欠片”があった。

 その欠片に幾つもの配線を繋ぎ山のようなデバイスで解析が行われている、その素材。

 それは──異世界が送り込む、機械の兵士の残骸。

 

「あー。三年前に何千人も死んだ異世界人の大侵攻の時に火事場泥棒してたの? 誰が? 本当にたちが悪いわねどいつもこいつも。──まあ、誰が死んでいようがどうでもいいけど」

 ショートカットの髪。野暮ったい眼鏡。咥えた煙草。

 いかにも研究者然とした女は、特段の感情も浮かべず”どうでもいい”と言い放った。

「こんな事よりも。──私は愛しの蝶を追いかけに行きたいんだけどなー」

 はぁ、と。

 天田南は呟く。

「しかし....奴等本当によくやるわねー。手術した奴の五人に一人は死んじゃったじゃない。ありゃりゃ。ステイツの兵士も死んでいるじゃない。こいつの処理どうするんだろ? ああ、こいつ国際法違反の捕虜虐待で前科持ちか。扱いも雑なわけだわ」

 彼女は眼前のデバイスを操作し、データの閲覧を行う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何を考えているのかねー。知りたくもないや」

 そこには。

 心臓付近に存在すると言われている、トリオン器官を切除する手術を受けた兵士たちのデータがつらつらと書かれていた。

 

 

 

「──うげぇ。何であれ避けられたんすか?」

 

 あまりにも不可解なその挙動に、別役太一は顔をしかめる。

 それもそのはず。

 空中を飛び回っていたチナツの姿を監視し続け、地面に着地したその一瞬をとらえた必殺のスナイプ。

 されどその一発は──シールドで阻まれるでもなく、瞬時の回避動作によって避けられた。

 

「──別役君。すぐにその場から脱出しなさい」

 

 オペレーターの月見から、そう指示が飛ぶ。

 

「──グレネードが来ているわ」

 

 直後。

 太一の頭上にはメテオラの榴弾が降り注ぐ。

 

「ひぇ~」

 

 潜伏地点である高層ビル。

 爆音と共に、上階から吹き飛ばされていく。

 

 たたらを踏んで、別役はその場より脱出する。具体的に言えば、ビルの上階から地面へと転げ落ちる。

 その先。

 

「あ」

「....」

 二つ結びの髪型の、小柄な少女が。

 転げ落ちる太一を冷たい目線で見つめていた。

 

 だん、と。

 握る刀でもって、太一の首を叩き落した。

 

 

 彼方からの銃声を聞き咎め。

 木虎藍はシールドを張りつつその場を離れる。

 射線を切れる建造物の影へと動きつつ、即座に建物の中に潜伏する選択を行う。

 

「──三上先輩。今撃ってきた地点の情報と画像をお願いします」

「了解」

 

 三上はすぐさま、木虎の要望通りの処理を行う。

 

 距離はおよそ六十メートルほど。突撃銃による襲撃。精度はかなり高い。

 

「──ヨナ君ね」

 

 以前挨拶を交わした年下の少年。

 送られてきた画像にちらり映る白髪と褐色の肌。間違いなく彼だ。

 

「なら。潜伏のし合いは危険ね」

 

 ヨナは潜伏訓練において、桁違いの実力を持つ駒だ。こと隠れ合いで勝てるとは思えない。

 

 ──ヨナ君のメイン武装は突撃銃。サブトリガーがどうであれ、ここは間違いない。

 

 となれば。

 今の自分のトリガーは二丁拳銃。

 

 距離を詰めなければいけない。

 距離を詰めるのに必要な要素。──位置の捕捉と機動力。

 

 ヨナの位置は捕捉できているのか? ──いや。先に捕捉されたのはこちらだ。

 どちらにしろ潜伏のし合いになるのは目に見えている。

「──ここから撤退するわ」

 木虎はそう呟き。

 ヨナとは反対側へと走り出していった。

 

 その光景を。

 ヨナはしっかりと視認していた。

 

「──ユズル。聞こえる?」

「うん。今こっち側に敵が来ているね」

「あの人、見た感じ手強そうだから早く仕留めよう。弾幕で追い込みをかけるから、狙撃地点を指定して」

 

 ユズルはそれを聞くと、オペレーターの国近にマップのマーキングを依頼する。

 ヨナは記された地点を見ると、一つ頷く。

 

「追い込みかけるのー? はいはーい。アタシも協力するよー」

「了解。チナツも指定した地点の周囲に爆撃を撒いて。建物を崩して狙撃の通り道を増やすんだ」

 

 反対側に逃げていく木虎の左右。

 

 爆撃が降り落ちていく。

 

 ──報告にあった、爆撃か。

 

 木虎はシールドを張りつつ、爆風を防いでいく。

 

 破壊されていく建物と煙によって視界が制限されていく中。

 その煙に紛れて突撃銃の掃射が行われている。

 

「.....ぐ」

 

 ──自身が撤退していくのを見て、即座に部隊で連携を取ってきたのか。

 即席で作られた部隊なのに、練度が高い。

 

 爆撃と、銃撃。

 二つに対処する為にシールドが使われている状況下。

 

 絵馬ユズルは──指定した地点に木虎が入り込んでくるのを、スコープ越しに見た。

 

「──あ」

 

 木虎の腹部に、大穴が出来上がる。

 シールドごと木虎を貫いたその弾丸は、地面に突き刺さるように衝突し、粉塵を巻き上げていた。

 

「く....」

 

 トリオンの漏出により、木虎が緊急脱出。

 

「──これで何点かな?」

 ヨナがそう尋ねた瞬間、すぐにチナツの声が響く。

「アタシが二点で、ユズル君が一点。三点なのだ!」

「....まあドベはないかな。三人部隊でこれだけやれれば上等でしょ」

 

「おお~。順調だね~。今の連携なんてとてもよかったよ~」

「でしょ~」

 国近の誉め言葉に、チナツはニコリと笑みを浮かべる。

「あ、そだそだチナツちゃん。さっきチナツちゃん撃った狙撃手の子ね。もう他の部隊に倒されちゃった~」

「ええ~。アタシが殺したかったのになぁ。何処の部隊?」

「Cチームの、弧月を使っている女の子だね~」

「よっし。──ユズル君、ヨナ君。ついてくるのだ~」

 

 チナツはすぐさま別方向へと走り出す。

 

「どうするの?」

「取り敢えず反応が多いとこ! 狙撃がありそうだったらアタシが教えるから!」

 

 ひどく雑な指示を受けながらも、ヨナとユズルは特に反論することなくついていく。

 

 

 レーダーの反応を追っていくと。

 

「あ!」

 

 Bチームの茶野を、たった今葬り去った村上鋼の姿があった。

 

「あの時の!」

 眠たげな眼に、弧月とレイガストを構えた姿。

 チナツのB級昇格を阻んだ男だ。

 

「殺す!」

 屈辱の記憶が、即座にチナツの脳味噌を沸騰させる。

 二丁拳銃を手に、駆け出す。

「やってみろ」

 対する村上は、あくまで冷静にその宣言を受け止めていた。

 

 チナツはグラスホッパーを展開し、村弧月を持つ村上の右手側に高速移動を行う。

 

 ──村上鋼は、攻撃手用トリガーである弧月と、レイガストの双方を扱っている。

 レイガストとは、変形機能を有したトリガーである。

 攻撃を可能とする剣モードと、防御に特化した盾モード。

 

 基本的に村上はレイガストの盾モードで敵の攻撃を防ぎつつ、弧月による反撃で相手を仕留めるというスタイルを確立していた。

 レイガストの堅牢さは、シールドよりも数段上であるが、しかしあくまで腕の可動範囲内でしか守れないという不便さも存在する。

 

 チナツはその弱点を突かんと──レイガストと反対側から高速移動を行っての銃撃を行使することに決めた。

 

 その動きを視認し、村上は最小限の体軸の動きで盾を銃口に構えつつ──その動作の中で、弧月による横振りの斬撃を完成させる。

 

 その斬撃は、オプショントリガーたる旋空により伸ばされたブレードによって──チナツの身体へと届かせる。

 

「ギャア!」

 

 銃撃を防がれ、その上で斬撃によって右足の脛を斬り飛ばされたチナツは──憎悪を込めて村上を見ていた。

 

 

 一連の動きを頭に入れて。

 ヨナは、チナツに身体を向けた村上の背後を取り、突撃銃を向ける。

 

 その瞬間には。

 村上は背後を振り返り──ヨナに向けてレイガストを放り投げていた。

 

 レイガストはスラスターと呼ばれるオプショントリガーにより──トリオンによる噴出装置による加速効果と共にヨナの眼前に迫る。

 

 ヨナは瞬間的に突撃銃でそれを防ごうとして──理性がそれを取り止めさせる。

 ここで武器を手放せば死ぬと、そう本能が伝えていた。

 

 

 即座に極限まで収束させたシールドを眼前に展開し、レイガストの突撃を防ぐ。

 シールドは粉々に砕け散るが──加速が一気に衰え、ヨナが身体を転がして避けるだけの隙がその瞬間に生まれていた。

 

「──あ」

「──え」

 

 その瞬間であった。

 全てが動いた。

 

 村上に向け銃口を引こうとしたヨナの背後から緑川がスコーピオンにより斬りかかり、その首が落とされるのと。

 ヨナへの攻撃に背後を晒した村上に銃弾を浴びせようとしていたチナツが黒江に首を落とされるのと。

 

 そして──ヨナの首を落とした緑川がシームレスに村上に斬りかかるのと。

 

 全てが、数秒にも満たない一瞬の間に巻き起こった。

 

 

「....」

 

 その様を見届けたユズルは。

 息を殺し、全てを見届ける。

 

 村上が緑川の攻撃に対処しつつ後ろへ下がり、背後の黒江と組んで攻撃を仕掛けた瞬間。

 誰を撃つべきかが決まった。

 

 ──村上に狙いを定め、撃った。

 

 完全に緑川へと意識が向いており、更にレイガストを失っていた村上は、ユズルの狙撃を避けきれず頭部が吹き飛ばされる。

 

「....!」

「やば....!」

 

 瞬間。

 狙撃を警戒し、残る二人は瞬時に射線から逃れる。

 

 

 これでいい。

 

 後はどの部隊も一人ずつ残る事となる。

 

 狙撃手である自分を探したくとも──もう一人の攻撃手が頭にチラついて索敵もしにくいだろう。

 

 こちらはもう四ポイントを取っている。

 

 後は──徹底して隠れておけばいい。こちらはもう四点を取っているのだから。

 

 

 結果。

 Aチームが4点を取り、勝利となった。

 

「ナイスユズル君~。粘り勝ちだったね~」

 

 絵馬ユズルの並外れた隠蔽能力が活き、最後まで隠れ切ってトップのまま終わった。

 

「....あの刀使いの人、強かったね」

「悔しいのだ~!」

 

 ヨナは背後からの襲撃に即座に対応した村上鋼の強さに感心し。

 チナツはぎゃいぎゃいと地団駄を踏んでいた。

 

 そして。

 ヨナの関心は──ユズルへと向かう。

 

「ユズル」

「.....何?」

「あの.....お姉さんを撃った銃はなに?」

「ん....これはアイビスだよ」

「さっき、シールドを簡単に撃ちぬいていたよね」

「うん。──これはトリオンに応じて威力が上がる仕様だから、かなりの威力がある。よっぽどトリオンが高い人じゃなければ、フルガードでも防ぐのは難しいだろうね」

「....」

 

 

 ヨナは。

 今回の戦いでもやはり再確認した。

 

 トリガー同士の戦いにおいて──銃の絶対性は完全に崩れている、と。

 今回の戦いにおいても、ヨナは一点も取れていない。

 トリオンを収束させられない突撃銃の弾丸では、シールドを削ったり圧力をかけることは可能でも、敵を倒す絶対的な手段にはなりえない。

 

 ──それでは、少し困る。

 

 今の自分は──お金を稼がなければいけない。

 福祉施設に入っている兄妹達の為にも。

 

 だからこそ。

 絶対的な──シールドを破砕する手段を、ヨナは欲しいと思った。

 

「決めた」

 

 ヨナは呟いた。

 

「──僕は、アイビスを装備する」

 

 

 その後。

 戦いに関して選評を東より貰った。

 

 優勝したAチームは、かなり手放しに誉められた。ポイントを取ったチナツやユズルだけでなく、ヨナのサポートにまで言及され、即興で作られた部隊の中にあってかなりの練度であったと。そういう事を言われた。

 

 その後。

「──うーん」

 

 ヨナはすぐさまアイビスを用いて射撃訓練を行ったものの。

 

 すぐさま問題点が浮上した。

 

「スコープが邪魔だ」

 

 アイビスは狙撃手用のトリガーである。

 その為、当然スコープがついている。

 

 これが、本当に邪魔であった。

 

 ヨナはアイビスを狙撃に使うつもりは毛頭なく、シールドで防御を仕掛けてくる相手をミドルレンジで撃ちぬくための武器として使用することを想定している。

 その為、スコープを覗き込むという動作も邪魔であるし。スコープによって視界と視野が制限される事も邪魔であった。

 

「──こんにちは、ヨナ君」

 

 さてどうしたものかと悩んでいると。

 先程敵として戦っていた木虎が話しかけていた。

 

「こんにちは」

「合同戦お疲れ様。すぐに訓練するなんて真面目ね。──あら。それはアイビス?」

「うん。新しく使おうと思ったんだけど。ちょっと考えていたのと違う」

 

 そうして。

 ヨナは木虎に促され、”スコープが邪魔である”事を告げた。

 

「成程ね....新しい使い方だわ」

「どうにかスコープをアイアンサイトか何かに取り替えられないかな」

「──悩みは解ったわ。解決できるかもしれないから、ちょっとついてきてくれる」

「取り外せるの?」

「多分ね。──取り敢えず行ってみましょう」

 

 木虎は少し微笑んで、言う。

 

「ボーダー本部技術室へ」

 



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新たなる武器②

 結論から言うと、アイビスのスコープの取り外しは出来るとの事だった。

 

「銃そのものの改造や仕様の変更はA級の特権だが、外装の変更はB級でも許されておる。スコープの取り外しをしたいのならばすぐにやってやろう」

「ありがとうキヌタ」

「わしを呼び捨てにするんじゃないガキめ」

 

 ボーダー本部、技術室内。

 ヨナは木虎に連れられ、この場に来ていた。

 自身の決定力不足を解消するべくアイビスの装着を検討し、その訓練の過程でスコープが邪魔である事に気づいた。

 

「取り回しがしやすいようにバレルを切り詰めたりはできない?」

「そこまで行ってしまえば、本来の仕様とは別物になる。やりたければA級にまで上がるんだな」

「A級に上がれば固定給がもらえるんだよね? どうやったら上がれるの?」

「B級の部隊に入ってA級に上がるか、A級の部隊に入るか。どちらかしかない。まあ近道はA級の部隊に入れてもらう事だろうな」

「....A級。ヨースケも確かA級だったよね」

「ああ。あのバカもA級だ」

「うーん」

 

 ヨナは現在、福祉施設に入っている三人の弟妹に仕送りをしている。

 ボーダーで稼ぐ給料が、そのまま彼等にとっての将来の為の貯蓄となる。稼がなければいけない。

 そう考えると。固定給が稼げるA級に入りたい気持ちはある。

 

「.....さあて。ヨナよ」

「?」

「お前は一応、来年から中学校に行く事となる」

「学校?」

「ああ。──だからだ。最低限の知識は来年までに入れてもらわなきゃならん。というわけで」

「...」

 

 ヨナは、非常に嫌な予感がした。

 その嫌な予感に口を半開きしながら、垂れ切った眼を更に怠そうに垂らし──ヨナは鬼怒田を見ていた。

 

「勉強だ」

 

 

「お、ヨナ坊。こんな所でどうした?」

 

 個人ランク戦ブース内。

 米屋陽介は──新入りの姿を一目見ると、そんな声をかけた。

 

「ヨースケだ」

「おう陽介だぜ。お前も個人戦しに来たのか? 俺も暇してんだ。一緒にバトろうぜ」

「また今度ね。ちょっと今は、ボーダーの中を探検しているから」

「ちぇ。じゃあまた今度な~」

 

 米屋はちょっと口をとがらせつつ──ブースを抜けていくヨナの背中を見つめていた。

 

 その後。

 数分が経過した後に──今度は米屋陽介に声がかけられる。

 

「おーい。米屋」

「お。──どうしました、嵐山さん?」

 

 声をかけてきたのは──B級嵐山隊隊長、嵐山准であった。

 部隊を率いながら広報活動まで積極的に行っている嵐山隊の顔であるこの人物は、とにかく見た目がいい。顔立ちの端正さだけでなく、その表情から所作から声立ちから全てが爽やかである。恐らくボーダー隊員の中で一番一般人に有名な男であろう。

 

 その男が、少し困った顔で米屋に声をかけてきた。

 

「ヨナ君を知らないか? 鬼怒田さんが探していたんだ」

「鬼怒田さん?」

「うん。どうやら技術班で勉強を教えようとしたら、トイレ行くフリして逃げ出したらしいんだ」

「へぇ。やるじゃんアイツ」

 

 嵐山は腕を組み、ううむと一言呟く。

 

「ボーダー本部内は広い。ヨナ君が迷子になっていなければいいけど...」

「迷子になってもアイツは大丈夫だよ」

 

 成程な、と米屋陽介は呟いた。

 ヨナは──結構な問題児になる予感がした。

 

 

 ボーダー本部を歩き回る中。

 ヨナは幾つもの作戦室が並ぶ場所へとたどり着いていた。

 

「....」

 

 興味深そうに周囲を見渡す。

 確か。部隊ごとに部屋がボーダーから与えられて、そこで訓練をしたり作戦を立てたりしていると聞いたことがある。

 

「.....お」

 

 その時。

 オレンジの隊服を着込んだ青年が、周囲を見渡しながら歩き回っているヨナを見かけると──その背後から近づいていく。

 

「昨日東さんと風間さん主催のチーム戦で勝ったチームにいたろ? 名前は確か──」

 名前を思い出そうと、少し言葉を切った様子の眼前の男を見て、ヨナは言葉をかぶせる。

「ジョナサン・マル。ヨナでいいよ」

「おお。ヨナ、か。自己紹介さんきゅ。──俺は柿崎国治だ。好きに呼んでくれ」

「ん。それじゃあ、....カキザキ?」

「おう。俺もこう見えても部隊の隊長でな。あそこの部屋が、ウチの作戦室だ」

「へぇ。隊長なんだ」

「おう。いま飲み物買いに行こうとしていた所でな。ヨナも何か飲みたいものあるか? 奢るぞ」

「いいの?」

「おう。何か好きな飲み物でもある?」

「....甘いコーヒーがいいな」

「了解」

 

 その後──自販機の前に立つと、柿崎は二つ分の紙カップにコーヒーをドリンクサーバーから入れ、片側に角砂糖を幾つか入れる。

 すると、二つのカップを手に翻って元の道を歩いていく。

 

「....何処に行くの?」

「ん? 俺のとこの作戦室。どうせだったら中も見に行けよ、ヨナ」

 

 実に爽やかな笑みを浮かべて、柿崎はそう言った。

 その笑みは。

 ──かつて、基地にいた司令が、子供達を前に浮かべていた笑顔と重なって見えた。

 

「.....」

 

 そこに──嬉しいという感情も。哀しいという感情も。他の感情も。

 ないまぜになったような不思議な気分になりながらも。

 ヨナは──その背中をジッと見ていた。

 

 

 最新の兵器で武装した集団に村を襲撃され、両親が死んだ。

 そこからジョナサン・マルの人生は始まった。

 

 武器を手に取り戦い続け。

 山岳兵となり。

 油田開発地に近い、紛争地域の基地に配属となり。

 

 ──彼は、基地にいる兵員と外からやってきた武器商人含め、その全員を殺し尽くした。

 

 基地は隠れる場所が多く、その人員の配置全て頭に入っていたジョナサンにとって、それはさほど難しい事ではなかった。

 

 紛争地域だ。ジョナサンのような孤児は珍しくもなかった。

 そういった孤児を見捨てられない人間というのは一定数いて、基地の司令もその一人だった。

 彼は孤児を四人基地に引き入れ、そして自ら養っていた。

 ジョナサンもまた。その子たちの面倒を見ていた。

 

 ──そして。

 ──その子供のうち一人は武器商人が地雷原を歩くための盾となり死に、司令も同時に殺される事となった。

 

 

「ここが、ウチの作戦室だ」

 

 柿崎はヨナに笑いかけ、作戦室に案内した。

 周囲を見渡すと。

 パソコンが置いてあるデスクが一つと、資料が整えられ置いてあるテーブルが一つ。私物含めて丁寧に整えられ、そこにあった。

 

「....ここが作戦室なんだ。結構広いんだね」

「おう。お前も部隊に入るか、作るかすれば持つことが出来るぞ」

 

 笑いかけながら柿崎はそう言った。

 

「今、他の隊員たちは出払っていてな。もうちょっとで戻ってくると思うから、それまでここで寛いでくれ」

「うん。隠れさせてもらう」

「.....隠れる?」

 

 ヨナの発言に首を傾げながらも、柿崎はヨナをソファにまで誘導すると、先程サーバーから淹れたコーヒーを手渡す。

 

「甘さが足りないならまた角砂糖取りに行くから。遠慮なく言ってくれ」

「ううん。丁度いいよ」

 

 柿崎はデスクを挟んだ向かい側のソファに座り、ヨナと向き合う。

 

「いやあ、本当に若い奴が来たな。年齢はいくつだ?」

「えーっと.....12だったかな」

「自分の年齢忘れるなよ。──しかし大変だな。海外から来たんだろ?」

「うん」

「何処の出身なんだ?」

「西アジア。国名は解らない」

「解らないか―」

「うん」

「それじゃあ、なんでボーダーに来たんだ?」

「.....事情があって日本に来ることになって。僕の年齢で働けるところが、ボーダーしかなかったから」

 

 事前に用意した情報をつらつらと喋る。

 ヨナは難民として受け入れられ、そこからボーダーで働く事となった──というシナリオで日本にやって来ている。

 元少年兵である、という情報はもちろんの事。難民という表向きの理由も出来るだけ隠せ、という指示を受けていた。それもそうだろう。元少年兵を雇用するよりもマシであろうが、難民を兵士として運用するのもあまりにも体裁が悪いだろう。

 

「.....そうか。お前にも事情があるんだな」

「うん」

 

 柿崎は──このやり取りでも、何となく眼前の少年の事情を察した。

 

 そして何事かの言葉を繋げようとして、

 

「──隊長。今戻りました」

「戻りました!」

「ただいま~。──ありゃ、お客さん?」

 

 三人の人物が、作戦室に入ってくる。

 おさげ髪を下げた少女と、

 溌溂とした印象の小柄な少年と、

 ユルイ笑みを浮かべたウェーブ髪の少女。

 

 全員が柿崎と同様の隊服を着込み、作戦室でコーヒーを啜っているヨナを見ていた。

 

 

 

 

 

 

「──そうか。まだまだ実働には時間がかかるか。いやいや、それでいいんだよ。そんなに早く計画そのものが始められるわけはないからね」

 

 ニコニコと笑みを浮かべ。

 キャスパー・ヘクマティアルは、電話口から言葉を吐き出していく。

 

「それにしても。今まで見てきた中で一番稀有であり、そして異常な組織だね! ボーダーは」

 

 稀有。そして異常。

 

 そう──キャスパーはボーダーに評価を下した。

 

「組織を運営している人間が皆優秀だ。情報の統制が完全になされている。優秀な技術班がいるのに外部に流出することも無く、メディアに余計な情報を掴まれることも無く、──何より記憶に干渉する技術を持っているところが一番のミソだね。アレは本当に大変だ」

 

 キャスパーは、三門市の全景を頭に思い浮かべる。

 ボーダー本部とその周辺──いわゆる危険区域とされる、トリオン兵が発生していた区画を。

 

「あの危険区域はボーダーにとっての主戦場であると共に、強固な砦でもある。敵兵が現れるが故に、組織関係者以外誰も立ち入ることが出来ない。その上あの一帯をトリオン追跡をかけることで、部外者の立ち入りも完全に阻害されている。──諜報の前提となる”人を送り込む行為”がそもそも出来ない。いや~。本当に強敵だ」

 

 そう。

 ボーダーが所有している技術。──トリオンという道エネルギーを用いた兵装である、トリガー。

 その技術の一端でも手に入れたい所であるが。

 誰もいない危険区域の中、侵入すればトリオン反応で追跡をかけられる。

 この状況が続いてしまえば──どうにもならない。

 

「まあそれでも。手立てはある。──取り敢えず頭数を揃えて出方を見てみないと仕方がないね」

 

 頭数、という言葉を発するとともに。

 キャスパーの脳裏には。現在進められている計画が浮かんでくる。

 

「──どう? 取り敢えず百人くらいはできたかな? トリオン器官をぶっこ抜いた兵隊」

 

 まずは。

 ボーダーのトリオン探知を避ける事が大前提となる。

 

 その為に──彼等は兵隊を作っている。

 

「楽しみだなぁ。──これからは危険区域内に忍び込めるわけだ。見てみたいなぁ。どんな武装をしているんだろうね、ボーダー隊員って」

 



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