狂い舞う蝶に花を (イベリ)
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プロフィール
プロフィール


見たい人だけ見てください。

見なくても物語にはあまり関係ないです。

新しい情報を掲載します。2021/05/21


武布都 命(タケフツ ミコト)

 

階級 甲 武柱

 

誕生日 不明な為1月1日(決めるのが面倒だった)

 

年齢 現時点17歳 原作開始時18

 

身長 169cm

 

体重 64kg

 

出身地 佐賀県(正確には不明)

 

趣味

・猫と戯れる(吸引)

・寝る

・鍛錬

・しのぶ と出かける

・苔の育成

 

好きなもの

・しのぶの作った料理

・苔

・アマゴの塩焼き

 

嫌いな物 ・童磨(上弦ノ弐)

・自分の命を大切にできない奴

・姉妹を鬼殺隊に入れた人。

人物モデル 武神 タケミカヅチ

 

座右の銘 勝てば官軍 負ければ賊軍

 

口癖 しのぶ

愛読書 日本書紀 外つ国の生物学論文

 

 

経歴・性格

 

物心ついた時から孤児であり、盗みを繰り返してその日々を暮らしていた。しかし7歳の頃、ある男の剣技を見て感銘を受け、自力でその剣技を模倣。たまたま見ていた鬼殺の現場で、不思議な呼吸をしていることに気づき、優しい隊士に教わり、全集中の呼吸を習得。自己鍛錬の際に身体能力の向上に喜びを感じ常に使っていたら、自然と常中を習得。見ただけで模倣する才能も相まってこの時点でも相当に強かった。

金が貰えることを聞いていた命は、一人最終選別を受ける為に上京。その最終選別でしのぶと出逢う。この頃から不思議な夢を見始め、行動や技のヒントをここから得ていた。この時の本人はラッキー程度しか思っていなかった。

 

徐々に仲を深めた2人は共に住まう事に。カナエの指導のもと花の呼吸を1ヶ月で習得。しかし、全集中の呼吸と自身の剣技だけで戦っていた命にはあまり性にあわず、自身の呼吸と剣技をより効率的に、より力を出す為に武の呼吸を編み出す。

 

カナエ死亡の1年前に夢が現実味を帯び初め、しのぶの顛末を悟り、死ぬ程の鍛錬を開始。上弦ノ弐と遭遇1週間前に赫刀を習得。

 

上弦ノ弐を退け、上弦ノ参である猗窩座との死闘の末辛勝。この時に透き通る世界に入門。しかし、透き通って見えるよりも、感知に優れており、軌道予測や行動予測に長けている。透けて見えたのは後にも先にも最初だけ。

 

後に柱となったが、カナエの進言により蝶屋敷にて医者として住み込むことを続ける。薬学の知識をしのぶから教授されていたため、しのぶには及ばないが薬学も齧っている。猛勉強の末、人体の仕組み、遺伝や細胞学に精通。鬼の起源に関心を持ち、鬼を病として猗窩座の血を元に研究。しかし、最近は上手くいくことが少なく、行き詰まっている。

早く夢で聞いた鬼の医者が欲しい。

 

本人に頼まれ、秘密裏に産屋敷耀哉の体を改造し、体の侵食を止める。本当にたまたま出来ただけで未だに綱渡り状態。正直なんで止まってるのかわからない。

 

戦闘においては冷静で冷酷。

元々が感情の起伏が小さく、無を体現する様な人。植物とまでは行かないが、それに近い性質で、焦らず、逸らず、動揺しない。

 

日本書紀に登場する武神、タケミカヅチに影響を受けているため、滅茶苦茶に卑怯者。勝てばいい精神が強いため、結構逃げることもあった。

 

柱合会議はたまに参加するだけ。ほとんどを研究と耀哉の体の治療に当てているため、カナエが代わりに報告等を行っている。正直、柱からの評価は良くは無い。実力は認められるものの、自覚が足りないとして不死川と良く衝突を起こす。自身に傷をつけるやり方に異常だと突き付け、反発した不死川と斬り合い寸前の喧嘩になったこともある。(不死川が突っかかるだけで、命はさほど反応を示さない。)

 

柱の中でも義勇との関係は良好。月に数度、鍛錬を共にする為に道場に籠る。

今時点で富岡語を理解出来る2人目。(1人目はカナエ)

 

猫と苔としのぶの事になると急に喋りだす。悲鳴嶼とは趣味は合うものの、どうしても感情がでるため、余り関わらないようにしている。

 

全集中・武の呼吸

 

無呼吸運動に着目し、酸素を他の呼吸よりも倍近く取り込み、体に循環させることで、痣に似た状態を作り出している。この呼吸を使っている間は無呼吸状態でいるため体力の消耗が激しいが、力を引き出す点に関して言えば呼吸の中でも随一。鍛えた膂力もあり、痣を発現させずに赫刀を編み出した唯一の人。

この呼吸は、童磨を殺す事に特化している。

 

 

しのぶとは好い仲である。何気なく月見をしたり、昼に縁側で共にいる時間が好き。何も無い日常を愛している。

ちょっと依存気味な2人を、カナエは心配している。

 

武の呼吸・型

 

開祖を縁真とする天道流・剣舞術を土台とする物。決まった型と言うよりも、より実戦的な剣術であり、縁真の剣技にある舞の要素を除去した、より攻撃的な技。

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、プロフィールでした。

追加情報とか入れるので、確認したい人は確認してくださいね


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本編
君が笑わぬ世界の為に


しのぶさんの最後が悲しくてやりきれない。
まぁ、鬼滅めっちゃニワカなんですけどね。アニメしか見てませんし。


(────嗚呼…終わった────終わったよ……)

 

崩れ行く鬼の首領、鬼舞辻無惨の体を眺める

 

ただの鬼殺隊隊士、武布都命(タケフツミコト)は、長い夢を見た。幸せで、儚く、然れど残酷な夢。

 

 

『全く…そんなにぼーっとしてるからこんな怪我するんです…動かないでください…また、隊士達を守ったんでしょう?全く…貴方はいつも無茶ばかり…』

 

病室のベッドの上に寝かされ、治療される。

仏頂面で、呆れ顔の君の顔が、よく見えた。初めて会ったのは、最終選別。鬼に囲まれ、背中合わせに戦った。彼女が足止め、トドメが自分。七日間、たった2人で複数の鬼を相手にした。

 

君は初めから終わりまで仏頂面だったけど。

 

『…私は、鬼の首が切れないんです…力が無くて…でも、諦めなかったんです。姉さんと、一緒に鬼を倒すって約束したから…貴方は、応援してくれる…?』

 

育手からも見放されて、彼女は姉である花柱の継子となったらしい。

どうしても、鬼を許せないのだと彼女は言った。元々喋るのは苦手だ。でも、頑張って応援してると伝えたら、彼女は泣きながら「ありがとう」と言った。

 

別に自分は、鬼に家族を殺されたとか。大切な人を亡くしたとか。そんなことは無かった。ただ、自分の生きる意味がわからなくて。何となく鬼殺隊に入っただけ。鬼を殺して死ねば、無意味な自分の命にも、価値が付くと思ったから。

 

でも、少しだけ。君にこんな顔をさせる鬼が────

 

 

 

────鬼が、嫌いになった。

 

 

 

 

『────────わた、し…ひとりぼっちに、なっちゃいました…っ────』

 

報せを受けて急いで君が住まう屋敷に駆けた。運がいい事に、任務は無かったから、すぐに君の元に駆けることが出来た。

 

部屋の中にいた君は、今まであった目の光を失っていた。ただ姉が着ていた羽織を握り締めて、呆然とこちらを見ていた。

耐えきれなかった。初めて、こんな激情が沸き起こった。それよりも、何よりも、初めて彼女を抱き締めた。壊れんばかりに抱き締めた。

 

こんな時、自分でなければ、何を言うのだろうか。

 

慰めの言葉は容易い。

 

希望を指す言葉は、きっとこの状況では禁句だ。

 

頭を回した、必死に考えた

 

 

でも

 

 

 

────俺は、何も言えなかった。

 

 

 

泣き叫ぶ君を、胸に抱くだけ。

それから、俺は君の傍に居続けた。

 

御館様に無理を言ってお目通りして、休みを貰うために畳に頭を擦り付けて土下座をした。何とかこぎつけていた『乙』の位を捨てる覚悟で頼んだ。すると、あっさりと許された。拍子抜けする程に、あっさりと。そんな俺に、御館様は

 

『花が枯れてしまえば、蝶は止まる場所を失ってしまう。ただ一輪の花は、枯れてしまった…君が、彼女にとっての花になってあげなさい。────(ミコト)

 

これまで会ったことも無い、柱でもない一隊士の俺の名前を覚えていた事に衝撃を受けたと同時に、頭から血が出る程畳に擦り付け感謝して、急いで彼女の元に向かう。

 

『■■■…!』

 

『……みこ、と…?』

 

『■■■…暫く、一緒にいても…その、いいだろうか。』

 

『────…いて、くれるんだね…命…』

 

撓垂れ掛かる■■■を抱き締める。体重を預かっている筈なのに、全く重さを感じない。軽すぎる、小さ過ぎる。

 

嗚呼、神よ…いるならば答えてくれ────この子が何をしたというんだ。

 

幸せに過ごしていただけなのに何故、こんなにもか弱い彼女が不幸にならねばならないのだ。

 

心の内で、初めて誰かの為に、全てに激昴した。

 

 

俺は、鬼と────神様が憎い。

 

 

それから、■■■と共に過ごした。元々この屋敷────蝶屋敷には彼女の姉である■■■が存命であった頃も、よく招待してもらっていたし、全集中・常中を鍛錬し会得したのもここだ。

 

鍛錬と、■■■と会話を繰り返した。楽しそうに話してくれる■■■に、俺も少しだけ…彼女の支えに慣れていると思えた。

 

 

だが、それは

 

 

 

────思っていた、だけだった。

 

 

 

共に蝶屋敷で暮らし始めて、2ヶ月。変化は、葉が落ちるよりも唐突に訪れた。

 

 

『おはようございます。武布都さん(・・・・・)。』

 

 

朝起きて、顔を突合せた■■■のその顔には、笑顔が貼り付けられていた。普段とは違い、化粧が薄くされていて、髪の結方も違う。何よりも、彼女が身につける羽織は、彼女の姉のものであった。

 

『────■■、■?』

 

『はい!貴方の■■■ですよ?』

 

既に、■■■は壊れてしまっていた。

 

姉の背中を追うあまり、自己に投影してしまっていた。それ程に、彼女はもう、壊れていた。

 

あの日、あの場所で、2人死んでしまった。

 

『■、■■■…やめてくれ…悪い冗談はよしてくれ…っ…』

 

『…武布都さん?なんのことを言っているんですか?私はいつも通り…さっ!今日も頑張りましょう!』

 

『────────』

 

その時に、自分の中の何かが、バキリと割れた。

 

後悔の思念だけが流れ込んでくる。

守れなかった。彼女の笑顔を、彼女の呆れ顔も、仏頂面も、何も守れなかった。

 

 

俺が、弱かったから。

 

 

蝶は狂ったように羽ばたく(笑う)。もう、君が笑わない世界は、ない。

 

 

もう君は────

 

 

 

 

俺の名を、呼んではくれない。

 

 

 

 

 

『もうやめるんだ…命…お前まで壊れてしまえば、■■■は本当に壊れてしまう…』

 

剣を支えに、汗だくになりながら、現柱である『悲鳴嶼行冥』にまた土下座をして鍛錬をつけてもらっていた。元々、俺は岩と雷の呼吸の2つを混ぜる為にこのふたつを伸ばしていた関係で、親交があった。岩よりも適性があると花柱を紹介してくれたのも彼だった。

 

彼女とは、既に半年以上会っていない。合わせる顔がなかった。

 

『俺がっ…弱がっだから…っ!俺がッ!!強かったらッ!!■■■は…っ!』

 

『なんと悲しきことか…このような幼子にすら…世界は牙を剥くというのか…南無…』

 

泣きながら手を合わせる悲鳴嶼さんに、俺は斬り掛かる。あの人も、俺の気が済むまで付き合ってくれるあたり。怖がられているが、普通にいい人なのだ。

 

 

そこから、1年のときを経て、自分の階級は『甲』に上がり、彼女は柱になった。しかし、会うことは無かった。

 

会いたくなかったなんてことは無い。会いたかった。とても。でも、合わせる顔がなかった。彼女の顔を見てしまうと、もう俺は立ち直れない気がして。傷だらけになっても、死ぬ程体調が悪くても、しのぶがいない時を見計らって傷の薬や手当だけを受けて、自分の屋敷に逃げるように帰った。

 

鬼を狩りまくった。100を超えた時に、御館様に呼び出された。

 

『…さて、単刀直入に言おう。命、柱になってはくれないかい?』

 

『………俺が…ですか…』

 

『あぁ…君も知っている通り。今、柱は一人欠けてしまっている。杏寿郎の抜けてしまった穴を埋めなければならない…君には資格がある。下弦の鬼の討伐、及び上弦の鬼撃退の功績は、柱に足る功績だと思うんだ。行冥も君を推した。』

 

俺は強くなった。竈門君や、我妻君、伊之助君、煉獄様との任務も、1人の犠牲を出しながらも、上弦の参の両腕を切り落とし、撃退。夜明けまでなんとか生き残ることが出来た。

だが、俺には何も出来なかった。できなすぎた。

 

『…申し訳、ありません…その話は、お受けできません。』

 

俺は────無理だった。

 

『…理由を、聞いてもいいかな?』

 

『…何も、守れなかった、俺には…その称号は重すぎます…』

 

御館様は、何も言わなかった。全てを知っているから。俺は、無礼ながら、フラフラと屋敷を出て、鎹鴉が知らせる任務の方向に駆ける。

 

 

少しでも、彼女が、無駄な体力を使わず、休めるように────鬼を斬る。

 

 

 

それからは、あっという間だった。

鬼舞辻無惨を追い詰め、鬼になってしまった竈門君も、竈門妹も人に戻った。

 

最後の戦いで失った右足と左目。それを引きずるようにして、墓の前に立つ。

 

『■蝶し■■ ここに眠る』

 

あの時から、おはようも言うことが出来なかった。俺が意気地無しだったから────弱かったから。

 

彼女の継子に渡された、自分宛の遺書。彼女は元々、この平穏には戻る気はなかったと聞かされた。

 

手紙を見て俺は、後悔した。

 

『─────私は、貴方を慕っています。』

 

 

 

気づいたら、紙がぐしゃぐしゃだった。濡れていて、文字が滲んでいる。手紙から、君の温もりが溢れてきた。

振り返って、降り積もる後悔の過去。泣いて泣いて、墓に縋り、許しをこう。

 

ごめん、ごめんなさい。俺が傍にいれば、君の柱になれたなら。

 

────好きだった、好きだ。愛していたのに。

 

 

 

 

 

俺は、世界が嫌いだ。

 

 

 

 

『────起きて、命。』

 

不意に、彼女が囁く声が聞こえた。

 

 

長い、長い夢を見ていた。何よりも、嫌な夢だった。

 

 

「おはよう、しのぶ…今日も起こしてくれたのか…」

 

「あの時の風格はどこ行ったのよ、シャキッとしなさい!全く…おはよ、姉さんがご飯作ってくれたのにこんな時間まで寝て…早く行くわよ!」

 

「…か、カナエさんのご飯は絶品だからなぁ…はは…。」

 

「貴方も、姉さん姉さん言う…」

 

「拗ねないでくれ。君のご飯は今日の夜だろう?楽しみにしているよ。」

 

「っ…調子いいんだから…」

 

ありがとう、俺。あんたと同じ轍は踏まないから。だから、ゆっくりしのぶの元に逝って、土産話でも聞かせてやってくれ。

 

大丈夫、彼女はそんなことで怒りはしない。胸を張って、生きてやったと彼女に話してやってくれ。

 

俺は────俺が見たい世界にする。命に変えても。

 

これから、運命の日が訪れる。

 

なんとなくで入った、無意味だったこの人生に、意味ができた。

 

 

 

 

 

寒い寒い夜だった。

 

頭から血を被ったような、鬼を見つけた。手には2対の鉄扇。張り付けたような笑顔に、虫唾が走る。

狂った笑顔で花を踏みにじり、今にもその命を刈り取らんとする。今度は、目を背けない。

 

「────(たけ)の呼吸 武舞 武御神槌(タケミカヅチ)

 

一閃

 

居合から続く2連撃で鉄扇を叩き斬り、手首を切り落とす。

 

黒地に赤の立涌花菱の羽織が音をたてる。

 

「痛いなぁ…もう少しでその子を救ってあげられる所だったのにいきなり「黙れ」

 

「喋るな、貴様と話すことは無い。カナエさん、呼吸をしないで、常中をやめるんだ。奴の血鬼術は肺胞を壊していく。」

 

「み、こと…くん…逃げ、て…」

 

「喋らないでください。死を近づけるだけだ。そうしたら、俺がここに来た意味が無くなる。」

 

「へぇ!カナエちゃんって言うん────」

 

鬼の言葉は、そこで途切れる。否、出せなくなった。

 

「俺は言ったはずだ。貴様と話すことは無いと。」

 

鬼の喉仏が、抉り取られていた。しかも、鬼は何をされたのかすら理解できなかった。そして、治らない。いつまでたっても残るのは、焼けるような痛みと、未知のものに感じる、不思議な感覚だけ。

 

目の前の男が、異常な強さを持っている事だけが、事実として突きつけられた。

 

生まれて初めて、恐怖を感じた。14やそこらの少年に、恐怖を感じた。

 

「上弦の弍、童磨。お前はここで殺す。────この命に変えても。」

 

柄を、握り潰す。純白に赤の線が入った刃が、赫く染まる。燃えるような、真っ赤な夕焼けの様に、刀身が燃え上がる。

 

非才の彼には、痣など出せない。武の極致にも、片足を突っ込むのが限界だった。

 

だが、これならば出来た。鍛錬の末、生木をも砕く程の握力を得た。万力の握力で、柄を潰す。既に彼が駄目にした木刀、柄の数は20を超える。

 

赫刀

 

夢で見た技術で唯一完全に再現し、極めることが出来た技術。

 

「お前のせいで…狂った蝶を見た────地獄を見た。同じ轍は踏まない。喰われて、意志を繋いで…はいおしまい…?させるかそんなこと…絶対にさせないッ!!」

 

血走る瞳が、鬼を射貫く。

 

鬼の頬に、冷や汗が流れる。極大の殺意、極大の憎悪。突き刺さるように肌を焼いた。

 

「この技術は…彼が教えてくれた。彼の後悔の念が、俺に後悔するなと叫んでいる。」

 

これは、狡だ。夢からとって掴んだ力に過ぎない。呼吸の仕方も、『武の呼吸』も、着想を得たのは夢を見てから。狡に重ねた狡なのだ。

 

 

────だからなんだ

 

 

罵りも、罵倒も、甘んじて受け入れよう。彼女が笑わなくなる(狂わぬ)ならば。耐えられる。

 

「俺は────お前を斬るためだけに…生きてきたッ!!」

 

息を、全て吐き出す。歯の隙間から漏れ出す吐息が、熱を帯びる。ごっごっごっ、と特殊な呼吸法で、肺がぺしゃんこになる迄吐き出す。

 

「この羽織を覚えておけ…貴様が最後に見る物だッ!」

 

視界が狭まる、ただ1匹の鬼しか目に入らない。

酸素が足りない。それでいい。

 

この技は、君と作りあげたもの。君の突き、そして俺の斬撃を組み合わせたモノ。

 

この鬼を殺す為だけに作りあげた技。

 

この一撃に全てを賭ける。

 

相手が驚愕や恐怖を感じ、体が硬直している隙に、一撃で仕留める。

 

俺ならできる、力を貸してくれ、しのぶ。君と作りあげたこの技で、この鬼を殺す。

 

 

 

 

「武の呼吸 蝶舞(ちょうぶ) 武布都ノ蝶(たけふつのちょう)

 

 

 

 

俺は、君が笑わぬ(狂わぬ)世界が欲しい。

 

 

 

 

ただ、それがあるだけで…それだけで────俺は強くなれる。

 

 

 

 

 

 

君の仏頂面が、どうしようもなく好きだから。

 




こんな話が書きたかっただけ。

多分続かない


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届かない

やっぱりちょっと書きたかったからどれくらい続くか分からないけど書きます。

あと彼の技とかは刃牙のスペック見て思いつきました。

吸って吐く呼吸法があるなら、無呼吸があったっていいよね。


「それを吸っちゃ駄目っ!!」

 

カナエの絶叫を置き去りにして、吐き出した蒸気を伴って地面を蹴り飛ばす。鬼の目の前に躍り出る命は、息を止めた。

 

武の呼吸

 

命としのぶが1から生み出した呼吸。命が使用する武の呼吸は、従来の呼吸とは違う。武の呼吸のその特徴は、無呼吸運動(・・・・・)にある。人は、一瞬力を入れる時、無意識のうちに呼吸を止めている。これを意識的に行い、瞬発の力を極限まで高めているのだ。全集中で取り込んだ酸素を一瞬で体中に巡らせ、肺に停滞させるというものだ。負荷が通常の呼吸よりも大きい代わりに、絶大な力を引き出す。

 

そしてこの技、

『武の呼吸・蝶舞 武布都ノ蝶(タケフツノチョウ)

 

完全なオリジナルの技であり、2人で鍛錬している時に偶然生まれた技。しのぶの独自の呼吸である『蟲の呼吸』にも同名の技が存在する。彼女の技は拾連の突き技なのだが。

 

一つに結んだ真っ黒な髪を靡かせ、蝶が舞うような歩法から一変、急激な直線運動より繰り出される無呼吸の拾連の斬撃。稲妻の如き速さの斬撃は、童磨の体を細切れにしていく。未だ完成していない体から繰り出される型は、ジリジリと体力を削っていく。視界が狭まり、徐々に意識が混濁していく。

 

それが何だ

 

これが最大のチャンス。この鬼を殺す最大のチャンスなのだ。

 

油断している、呆気に取られた一瞬。本来のこの鬼のポテンシャルならば防げただろう。だが、回復しない傷跡に状況が追いついていないのだ。

 

鉄扇が袈裟懸けに胴を切り裂く。叩き、斬り裂いた鉄扇の破片が、頬を抉った。貫き破壊した鉄扇の破片が腕に突き刺さる。

 

だからどうした。

 

血鬼術を出す暇は与えない。ただこの一瞬のみに命を賭けろ。

 

腕を抉り、脚を抉り落とした。目玉を切り裂き、あとは頸を斬り落とす。

 

ぐるりと回転し、速さを増した横一閃が、頸目掛けて振り抜かれる。

 

「とっととくたばれ糞野郎ッ!!」

 

「────これは、不味いかな?」

 

何も感じない瞳に、僅かな恐怖が写った。

 

絶叫する鬼に、最後の瞬間を感じた。刃が頸にくい込み、焼き切るように頸の半分程に刀身を埋めた。

 

 

────()った!!

 

 

べべんっ

 

頭に響く琵琶の音。鬼の真下、その空間に襖が訪れる。

夢で見た、上弦の肆の血鬼術。

 

逃げられる、逃げられる。

 

最後の抵抗をした童磨は、日輪刀を側面から殴り付ける。

 

日輪刀が、根元からへし折れ、鋒が宙を舞う。急速に刃の色が薄くなり、元の純白に戻る。

 

襖が開き、鬼が沈んでいく。手を伸ばしても届かない。

 

逃げられる、逃げられる、逃げられる

 

 

 

 

────逃がさない。

 

 

 

 

そこからは、まさに執念のみが命の体を突き動かした。

 

閉じかけた襖を破壊。そのまま中に飛び込む。

中は吹き抜けの様になっていて、鬼と命は落下していく。すぐさま追いついた命は、宙を舞っていた鋒を握り締める。手の平から滴る血を無視して、握り潰す。

 

赫刀を作り出し、鬼の頸に振るう。

 

「凄いなぁ、君は────あと一歩で俺を殺せるね。」

 

巫山戯たようにケラケラと笑う鬼を無視し、なおも頸を落とす為に、力を篭める。

 

刀身が進むと同時に、悟った。

 

(────────死ぬ)

 

敵の本拠地に飛び込み、この鬼を殺したところで、死ぬか、鬼にされるか。ここは鬼舞辻無惨の拠点で、自分は満身創痍。退路も上空にある。もう、引き返せない。

 

嗚呼、これで、彼女は笑わない(狂わない)で済むだろうか?

 

でも、これでいい筈だ。この鬼の頸を刈り取って、それで自分も腹を切る。鬼になって彼女に牙を向けるくらいなら、死んだ方がマシだ。

 

彼女の仏頂面が頭を掠め、静かに笑った。

 

そして、力を込める。

 

その数瞬の迷い、その数瞬の走馬燈が、命を死の淵から引き上げた。

 

 

 

「────────命ッ!!!」

 

「────」

 

見なくてもわかる、彼女があそこにいる。

でも、もうこの鬼を殺してからでは間に合わない。今すぐに離脱しなければ間に合わない。

 

命の脳裏に、過去の思い出が走馬灯によって巡る。花柱の仮継子として居候のような形で蝶屋敷に住むことになって2年。最初は自分以外にいなかった人員は徐々に増えた。今では随分賑やかで、彼女も寂しくはないだろう。最初は野良犬のような彼女だったけれど、段々と心を開いてくれた。

 

だから命は、笑った。彼女が笑わぬ世界を作れるのだと。己を誇った。そして、最後に彼女の顔を見上げた。

 

 

「お願いっ!掴んでっ!!!」

 

 

「────っ」

 

 

泣いていた。叫んでいた。夢で見た、彼女の姉が死んだ時のように。

 

 

未来が、見えた気がした。

 

 

彼女が、壊れる。

 

 

決断は、無意識だった。

反射レベルで動いた彼の体は、諦めた筈なのに呼吸をしていた。

 

「────残念、次の機会にまた会おうね。次は、殺してあげるから。」

 

深く吸い上げ、パンパンに膨れ上がった肺をそのままに、停滞。左右の壁を蹴り上がり、差し出される手に手を伸ばす。

 

彼女の小さな掌が、命の手首を掴む。

 

 

暖かい。

 

 

引っ張りあげられる。真ん丸の月が、夜を照らし、彼女の美しい顔を、良く照らした。

 

髪が珍しく下ろされている。

 

そんな関係のないことを考えながら、命は地面を転がりながらなんとか受け身を取り、大の字に寝転がった。

 

体が冷えている。しかし、今は自分よりも優先すべきことがある。

 

「しのぶ…!カナエさんを処置して────」

 

言おうとして、しのぶに遮られた。キッとキツい眼差しに、思わず口篭る。

 

「姉さんの治療は終わってる…凍傷だった。肺が極度に冷えてて、もう少し処置が遅かったら剣士としてはもうやって行けなかった。」

 

「そ、そう…流石…じゃあ早くここを離れて…」

 

「貴方の応急処置が、先。」

 

「は、はい…」

 

それからは、ずっと無言。視界の端に「あらあら〜…」なんてボロボロの状態で言ってるカナエを見て、命はこんな状況で良くあんな顔を緩められるなぁ、なんて、こっちもこっちで緩んだことを考えていた。

 

粗方の応急処置が終わり、唐突に実感した。

 

守れたのだと。

 

こうして目の前で彼女が、不機嫌そうに俯いているのだって。それが嬉しくて仕方がない。

それが、彼女は気に食わなかったようだが。

 

「…何嬉しそうにしてんのよっ…!なんで全部諦めた顔したのよっ…私、私っ…!」

 

「えっ」

 

ギョッとした。知り合ってから3年間。彼女の涙など、あの夢以外で見るのはほとんど初めてだった。

 

「し、しのぶ…?!」

 

「…もうっ…心配させないで…っ!」

 

綺麗に手当された傷跡が、妙に痛む。いや、それはもっと奥の痛みだった。心が痛かった。

 

命の隊服を握るしのぶの頭を撫で、自身の羽織をしのぶに被せた。

 

「……あの時、本当に諦めてた。死ぬつもりだった。でも、君の声が俺を引き上げてくれた。ありがとうしのぶ、心から感謝する。君がいなければ、こうして君の頭を撫でる事も、なかったかもしれなかった。」

 

「………うん……」

 

「…ほら、俺はもう平気だから。帰ろう。カナエさんの治療もある。」

 

殺り損ねたやつの事は、今は忘れる事にした。ただ次に会った時は、その決意だけを抱き、今の家とも呼べる蝶屋敷に帰る為に、しのぶの手を握った。

 

 

────この時、生死の境を彷徨った命の感覚神経は、極限まで研ぎ澄まされていた。故に

 

 

「────っ!?」

 

 

背後に迫る死を、間一髪で回避した。

しのぶの腕を掴み、カナエの元に放り投げ、背後の敵に蹴りを見舞い、自身もカナエの元に舞い降りる。

 

荒く吐き出す息、呼吸が乱される。それは、目の前の男の殺意故か。

 

自分が避けていなければ、自分が少しでも気を抜いていたなら、今のあの瞬間に、全員が死んでいた。

 

「いったぁ…なにすんのよ命!わた、し────」

 

「そんな…こんな事って…」

 

しのぶのカナエの瞳が、驚愕に見開かれる。カナエの頬に、冷や汗が流れた。

 

運命は、この姉妹を逃さない。

 

「────よく無傷で避けた、鬼殺の隊士。よもや柱だったか?」

 

桃色の髪、白い肌に走る黒い線の刺青。そして、瞳に刻まれる『上弦・参』の文字。

 

夢で見た、この鬼の強さ、技の完成度の高さを。正に、拳鬼。修羅そのものと言ってもいい気迫。

 

この鬼を、知っている。

 

「猗窩座…!!」

 

「ほぅ!俺を知っているのか。どこの一門だ、柱の一門となれば…水柱か?あれは強かった。」

 

乱れる呼吸を正し、命は正確に判断する。

 

カナエは今、全集中すら使えない。ただの剣士。しのぶに関しては、あの一撃に反応すら出来なかった。

 

戦えるのは自分1人。

 

そして、命は理解した。なぜ、今自分がこの場にいるのかを。

 

そこからの行動は早かった。

 

「鴉、夜明けまであと何分だ。」

 

「20分!ノコリ20分!」

 

「本部に戻って直ぐに柱を派遣してくれ。誰でもいい。なるべく強い人を連れてきてくれ。時間は稼ぐ!」

 

「了解ーッ!了解ーッ!」

 

呼吸を整える。

 

「…命君、貴方…」

 

「わかっているはずだ、カナエさん。呼吸も満足に使えない貴方が戦ったとしても、ただ無意味に死ぬだけ。逃げた俺たちも追いつかれる。」

 

「でもっ!」

 

「貴方は柱だ。こんな所で死んでいい人じゃない。俺の代わりは、いくらでもいる。」

 

「…待って、命…何言ってるの…?ね、ねぇ?逃げよう?」

 

「…刀を貰います、師範。返せそうにありませんので。」

 

笑えた。彼女の前で、2人の前で、上手く笑えた。

 

そして、伝えなければ。この赫刀を。

 

「いまから、ある物を見せます。覚えて、伝えてください。」

 

「……分かりました、しかと、見届けます。」

 

「姉さんッ…!なんでそんなこと言うの!?3人で逃げようよ!あと20分なら…!」

 

「しのぶッ!!…見ていなさい。彼の、覚悟を踏みにじるつもりですか…っ…お願いだからっ…何も、言わないで…っ!」

 

「────嫌…っ!イヤイヤ、イヤっ!なんで…っ、なんでよっ…!」

 

無力を噛み締め、厳しく叱責する姉に怯むしのぶは、それでも嫌だと泣いた。

命は、いつものしのぶを見るように、そっと微笑む。そして、肺に溜まった息を全て吐き出す。

 

「…正直、俺も偶然知りました。特別な事はいらない。ただ────」

 

花の鍔が罅割れる。桃色の線が走る刀身が、熱を帯びる。

 

「────万力の力で、柄を握る。」

 

一気に吸い上げ、息を止め、刀の柄を思い切り握り締める。一気に燃え上がる刀身。罅割れる柄。正に紅蓮に染る刀身は、どこか太陽を連想させた。

命の刀剣でないこの刀は、壊れるまで果たしてどれ程の猶予があるのかわからない。ただ、死ぬ迄時間を稼ぐだけだ。

 

「待たせたな、猗窩座。夜明けまで────付き合ってもらうぞ。」

 

ボロボロになった隊服を引き裂き、手当され丁寧に巻かれた包帯を破り捨てる。それすらも邪魔であると判断した。

 

ユラりと構えた命を見て、猗窩座は歓喜する。

 

「その歳でそれ程まで…いい闘気だ…!今まで屠ってきたどの柱よりも洗礼されている!至高の域に手を掛けているのか(・・・・・・・・・・・・・・)!嗚呼、嬉しいぞ!童磨を屠っただけはある!俺はお前が気に入った!鬼になれ!お前の強さにはまだ上がある!俺と共に更なる高みを目指そう!」

 

「…またそれか、断る。高みを目指すのは人故に。鬼になっては守りたい物も守れない。」

 

「…弱者を守って何になる?強さこそが全てだと言うのに、貴様も下らん義に絆されたか。」

 

「その弱者こそが俺の守りたい物だ。強ければ、なんだっていいのだろう?」

 

「…面白い男だ…この俺を前に、微塵も恐怖が感じられない。」

 

どっしりと構える猗窩座を見て、命は呼吸を深くする。

 

「あぁ、怖くないさ。死ぬつもりはないから────だが、この(みこと)、ここで果てようとも惜しくはない!」

 

この姉妹を生かす。それが、この命の使い道。

 

「そうか、それがお前の名か…行くぞ、命。」

 

「…しのぶ、師範、生きろ。生きてくれ。」

 

「────ぁっ」

 

拳と刃が交わったと同時に、カナエは暴れるしのぶを押さえ込み、その場を離れる。

 

「姉さんっ、お願い離して!お願いだから!彼を置いていかないでぇ!」

 

「ごめんね、しのぶ…っ、ごめんね…っ!」

 

背後から鳴る剣戟の音に、カナエは無力を改めて痛感した。今まで過ごして来た弟も同然の少年に、命を救われた。そこから逃げるように走り去った。殿となる彼を見捨てた(・・・・)。悟っているのだ、彼が助かることは多分きっと、無い事を。特に親しかったしのぶには、酷な事を迫る事を、ただ悔いていた。自分がもっと強かったなら。

 

流れる涙が、しのぶの頬に零れ落ちた。

 

そうして漸く、しのぶも悟ってしまった。彼の死を。

 

「────あ、ぁあ…嫌、嫌よ…みこ、と…命…っ」

 

彼の羽織を握りしめ、ボロボロと流れ溜め込んだダムが崩れたように流れる。霞む視界、遠のく背中に手を伸ばす。

 

首が切れない事を悩んでいた時に、励ましてくれたのは彼だった。

 

『大丈夫、君なら絶対できる。』

 

その遠のく背に、今まで感じていた、淡い感情が一気に発露した。大切で、ずっとそばに居て欲しい人だった。

ずっと傍に居てくれると、そう思っていた。今にも言葉にしたかった。

 

藤の花が綺麗だと微笑むと、彼は少し嫌そうに、それでも首を縦に振った。

 

『君にその花は似合ってるけど…俺は────』

 

羽織から香る、彼の匂い。未だ残る手の温もり。響く優しい低い音。全てが愛しくて、大好きだったのに。また、奪われる。

 

でも、その手を掴むには、その言葉を届けるには、もう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠すぎた

 

 

 

 




はい、ここで自己解釈説明タイムです。
えー、原作において赫刀の説明がわからなすぎて、痣があるから出せるのか。それとも無くても出せるのかよく分からなかったのです。ネット漁ってもよくわかりませんでした。確かに痣を出した人が赫刀を出してましたが明確に『痣者しか出せない』という描写はなかったので。えーそこで、断熱圧縮の原理を勝手に当てはめました。
このお話の中では、痣がなくても赫刀は出せる。としました。間違ってるのかもうわからんです。
知ってる人いたら教えてください。純粋に疑問です。


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零式

書きたくなったので書きます。




「術式展開 破壊殺・羅針」

 

雪の結晶の様な陣が猗窩座を中心に展開される。

猗窩座は一息に飛び上がり、命の真上に飛び出した。

 

「破壊殺・空式」

 

「花の呼吸 弍ノ型 御影梅!」

 

四方から繰り出される拳圧の乱打を、自身を中心とした連撃をもって斬り払う。自身の刀では無いために、花の呼吸を使用する。この刀では、武の呼吸の力に耐えきれない。

一撃一撃が必殺の威力。当たれば即座に挽肉は免れない。肌に感じる殺気は依然変わらないが、猗窩座のどこか戦いを楽しんでいる雰囲気に、命は苦笑する。

 

「破壊殺・乱式!!!」

 

「肆ノ型 紅花衣!!」

 

降り続ける連撃を、剛力の一刀で弾き返す。元々命はカナエの継子であることもあり、花の呼吸を習得している。そして、花の呼吸を使うには珍しく男性である事もあり、繊細ながらも力強い攻撃を放つことが可能なのだ。速度や正確さではカナエに劣るものの、威力で言えば師であるカナエの遥か上を行く。

 

猗窩座は、自身の治らぬ手の傷を見て、ある記憶が浮かんだ。

 

月下に輝く紅蓮の太刀、額の痣、揺れる耳飾り。そして、呼び起こされる本能的な恐怖。燃え上がる太刀が、体を焼き斬った。

 

(これは…なんだ?俺の記憶ではない…まさか、あの方の…?)

 

しかし、その思考すら無駄であると判断した。

 

「無傷で斬り返されるとは!今までの中で最も強い柱だ!疼くぞ、命!やはりお前は鬼になれ!」

 

「残念だが、俺は柱じゃない。」

 

「お前程の腕を持つ者で柱で無いだと?どうも見る目がないようだな。」

 

「お前を倒せば晴れて柱だ。」

 

口元を薄く上げた命に、より一層猗窩座は歓喜する。人間にとっては致命傷になり得る怪我を負いながら、未だに余裕を仄めかす強者を前に、より弓形に嗤った。

 

しかし、実際命に余裕はない。

 

全て"見た"からこそ出来る芸当。無限列車での戦闘にて、煉獄 杏寿郎と猗窩座の戦闘を見ていたからこそ、今の攻撃を無傷で回避出来た。しかし、この技以外知らない。故に、命も本気でかからねばならない。

 

「理解出来んな…武を志す者同士、鬼になる事は選ばれし者の証であると言うのに!」

 

「…お前達鬼が、もっと優しい存在であったのなら…良かったのかもしれない。」

 

命にとっては都合のいい会話。時間を稼ぐ。朝までこのまま戦闘と会話を繰り返す。それが命の狙い。

 

「…でも、お前達は悲しみを生む。地獄を生む。だから、ならないし、お前達を斬る。」

 

「今まで俺の誘いに頷く者はいなかった…だが、その返答をしたのは、お前が初めてだ。だが何故だ、お前には憎しみが感じられない。鬼に憎しみはないというのか?」

 

「ない。」

 

キッパリと言い切った命に、猗窩座は目を見開いた。

 

「俺は、鬼に何かを奪われたわけじゃない。大切な人を奪われたことも無い。だから、鬼は別に憎くない。それによって死者が出る事にも興味もないし、何か崇高な理由があって鬼殺隊に入隊したわけじゃない。」

 

「…ならば、貴様を動かす物はなんだ?弱者の守護でないと言うのなら、弱い人の身に収まる必要は無いはずだ。」

 

純粋な疑問だった。力を持ちながら、一切の憎しみの籠らない太刀筋。いつも戦えば、隊士の剣には憎しみや怒りが篭っていたのに、この男にはそれが無い。故に、攻撃を察知しにくい。闘気を感じ取り読み取る術であるが故に、感情の籠らない命の攻撃は、察知しにくいのだ。言うなれば、無我の境地に近い(・・・・・・・・)。この男の答えに。

 

「…人は、誰しも心に鬼が巣食っている。何か大切な者を失った時。鬼は怒りを、憎しみを()んでいき、人を鬼に変える…人はどうしようもなく弱い存在だ。俺はそれを知っている────だからこそ、守りたいと思った。」

 

復讐に身をやつした最愛の人を知っている。怒りに呑まれ、毒鬼となった愛した人を知っている。

 

悔しくて、悔しくて、思わず鞘を握った。何かが割れる音がした。

 

「失った悲しみは癒えない。失ったその時から、その人の時間は止まってしまう。時間は解決してくれない。」

 

何処までも弱く、情けない。それが人であるのだ。

 

「だが!人は誰かを支える事が出来る!他人を思いやり、倒れる誰かに寄り添い、慈愛を込めて抱きしめることが出来る!お前達はそれが出来ない、守りたい人を抱きしめることが出来ない!俺は、鬼にならない…彼女が狂わぬ(笑わぬ)世界を作る為に、俺は鬼を殺す刃になる。」

 

「────」

 

目の前の男の姿が、誰かに重なった。自分が求めて止まなかった。手を伸ばし続けた誰かを守る為()の強さ。

 

 

 

『───────さん』

 

 

 

どこかで、誰かの声が聞こえた。

 

「…語らいは無意味のようだ。お前は強い。だからこそ惜しい。若く、強いまま死んでくれ。」

 

最悪だ。あと15分程ではあるが、話し続けて時間を稼ぐ策はもう使えない。ここからは、純粋に生き残ることだけを考える。納刀し、居合の構えを取る。

 

「…逃げても先に楽園は無い、辿り着いた先には地獄しかない…俺は頑張ってきたはずだ…気張れ、目の前の地獄を切り捨てろ…!」

 

 

猗窩座が一気に地面を蹴り飛ばし、命の間合いに入る。

 

命の狙い通りに動いてくれた。抜刀、そのまま振り抜くのではなく、鋒を引き絞る。

 

命は逃げない。距離をとるのではなく、逆に一気に詰めた。

花の呼吸しか使えないと見せ掛け、新たな型で奇襲をかける。

 

 

 

 

 

「────蟲の呼吸 蜂牙(ほうが)ノ舞 真靡(まなび)き」

 

 

 

 

 

しのぶが作り出した花の呼吸からの派生型。紅蓮の鋒を、左眼に突き通す。猗窩座ですら反応できなかった初動。しかし、流石と言ったところか、弍撃目は避けられ、完全に目を潰されることは無かった。

 

(完全に視界を封じる事は出来なかった…でも、片目は潰した!少なくとも今この戦闘中には再生しない!)

 

間髪入れずに、命は猗窩座の左側を重点的に攻める。

 

「花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬 !!」

 

最大で玖連撃の斬撃を放つ技。しかし、これっぽっちでは足りはしない。

 

(増やせ、増やせっ!呼吸を深く!師範の教えを思い出せ!今こそが踏ん張りどころだろう、命ッ!!!)

 

玖連撃目を叩き込んだ後に、更に刃を振るう。

 

拾、拾壱、拾弍────その斬撃は、拾伍に至った。

 

「オオオオオォォォォォッ!!!!!」

 

「ッ!?脚式・流閃群光ッ!!」

 

「────────ッ!?」

 

命の連撃は、確実に猗窩座にダメージを残し、左腕をズタズタにした。しかし、猗窩座は左腕を犠牲にして豪脚で命を吹き飛ばす。

 

命は何とか防御したが、吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。肺の空気と共に血を吐き出す。

 

(なんて威力だ…っ!?息が…!いくらなんでも出鱈目すぎだ…!)

 

そうして、左腕に握った刀を支えに立とうとした時、気づいた。

 

「────」

 

ポロリと零れ落ちる日輪刀。ひしゃげた左腕。右腕にも罅が入っているのだろう。肋の骨は既に感覚すらない。たったの一撃で、心が折られた。

 

────それがなんだと言うのか。

 

片腕の戦闘は既に想定済み。帯を解き、左腕を胴体に密着させて固定。心を燃やせ、折れた()を槌で打て。己を一振りの刃に変えろ。

 

 

彼女を失いたくないのなら、何度でも立ち上がれ。

 

 

既に紅蓮を失った刀に、もう一度(くれない)を吹き込む。

 

まだ、終わりではない。

 

白む空が夜明けを告げる、あと5分。焦りを見せる奴、頸を斬ればこっちの勝ちだ。

 

攻めろ

 

攻め続けろ

 

もう一度、地面を蹴り飛ばす。

 

花の呼吸において、重要視される技術は速度と繊細さ。しかし、それは使い手が女性に偏っていることから出された特徴にすぎない。命は、約70年振りに現れた男性の使い手。そして、過去の花の呼吸使いは、同じ男が現れた時の為に、男性にしか習得しきれない技を残していた。

 

カナエでは筋力が足りなかった、柱であるカナエの膂力でさえ、再現できなかった。

 

それを再現、改良、新たな技に昇華して見せた。

 

蹴り出した時の滞空時間で体を大きく捻り、着地と同時にもう一歩更に蹴り出す。

 

 

「花の呼吸 拾弍ノ型 月胡蝶(つきこちょう)

 

 

猗窩座の目の前に躍り出ると、命は下から切り上げる様に、半月の太刀筋を刻む。

猗窩座は背後に飛ぶ事でその斬撃を避ける。

 

そう、猗窩座は斬撃を避けたのだ。避けたにも関わらず

 

左腕が、消し飛んだ。文字通り、跡形もなく、蒸発した。

 

(なんだ────何が起きた?)

 

腕が、再生しない。焼け付くような痛みが猗窩座を襲う。経験したことがある、いいや───見たことがあるのだ(・・・・・・・・・)。だからこそわかる。この腕は、治らない(・・・・)

 

そして、痛みに悶える間もなく、命は次の斬撃を繰り出す為に、もう一度呼吸をした。それから逃げるように、猗窩座も片腕の連撃を繰り出す。

 

それを命は、全て最小・最低限の動きだけで、回避する。極限の境。正に生死の狭間で、命の感覚神経は、全てが通常よりも鋭敏になっていた。

全てが遅く見え、攻撃の軌道を示してくれる。呼吸すらつけぬその攻防の最中、命の思考はたいして働いていなかった。

 

本来の命ならば、この動きはできない。しかし、彼は手を掛けた。無我の領域、その一端に触れた。

 

(全細胞が、産毛までもがこの男を殺せと信号を出している。)

 

猗窩座の勘は当たっていた。

 

命の目には、全ての攻撃の軌道が見えている。致命傷にならぬ攻撃だけを避ける。真っ白の頭の中には、ただ、なにかが透き通る様に見えた。型を染み込ませ、無意識の内に放てるまでに練度を上げた。

 

その変化に、その進化に、猗窩座は焦りを見せた。

 

(不味いッ!?終式・青銀乱────)

 

自身の最強をぶつける前に、理解した。

 

全てが遅かったのだと。

 

 

 

 

 

「────花の呼吸 拾参ノ型 湖面之蝶(こめんのちょう)

 

 

 

 

猗窩座の突き出された右腕を、内面に回ってギリギリで回避。そして、突き出された腕沿い、肉を削ぎながら、頸に刃を振るった。

 

その斬撃は、音もなく、殺気すらなく、頸に迫った。蝶が舞い降りようとも、小波(さざなみ)一つたてない広大な湖面の様に。死を知覚することもなく、猗窩座の頸に刃が喰い込んだ。

 

しかし、回避。

 

それを回避できたのは、正に生存本能が働いたに過ぎない。もう少し万全の状態で、対人戦ににおける絶対の制空圏を少しでも過信していたなら。確実に沈んでいたのは己であったことを確信した。

 

「……これでも…届かないか…」

 

「ハァ…ハァ…ハァ…!?」

 

鬼になって、初めて明確に意識した死。荒れる息、流れ落ちる冷や汗。その全てを、猗窩座は湧き上がる歓喜で塗りつぶした。

 

「ハッ───ハハハハハハハッッ!!!何という一撃だ!何という技量だ!正に無我の境地!認めよう!お前は俺の先にいるッ!!…故に惜しい。お前の今の一撃は、全集中力、今持つ全力を絞り出したものだった筈だ…お前が鬼であれば、負けていたのは俺だった。もう一度言おう、鬼になれ、命。」

 

「…何度言われようとも、俺の答えは変わらない───断る。」

 

「…そうか…では、死ね。」

 

体力の限界、垂れた右腕。もう足は動いてくれない。しのぶは、信じて待ってくれているだろうか。それとも、諦め涙を流しているのだろうか。

 

だが、命は大きく息を吸った。

 

 

 

「最後の足掻きか?無様、だ、な────?」

 

 

 

視界が、ぐにゃりと一気に歪んだ。

足に力が入らない、理解できなかった。頭痛、気分が悪い、吐き気がする。

 

そこで、身体を隅々まで精査して、この原因を探る。

 

はたと、気づいた。

 

「……毒…だと?」

 

膝を着く命は、笑う。

 

「上弦にも、通用したよ…しのぶ。」

 

この一瞬、たった数秒の停止。それが、猗窩座の命運を分けた。

命は、決して諦めていなかった。

話している最中に、気付かれないように鞘に流し込んだ毒を刀に染み込ませていた。しのぶが作り、治験をしようとしていた物が残っていた事が、何よりの幸運だった。

自信に満ちた顔で、言ってやるのだ。彼女を弱いと言った、この男に。

 

「これが────お前が弱いと罵った、弱者(しのぶ)が作った毒だ。よく味わって…逝け。」

 

吸った息を、体に停滞させる。酸素を巡らして、巡らして、巡らせる。そうして、冴えた頭が全てを透き通らせた。

 

心臓の位置、骨格、筋肉の動き、血の流れ、全てが透き通った。

脇構えの位置から、刃を後ろに流す様に構える。

 

 

(これが…極地…)

 

 

感動を噛み締める心を御して、命は柄に手をかける。文字通り、最後の一撃。全身全霊を掛けた決死の一撃。

 

 

 

 

 

 

「武の呼吸 零式 十束剣(とつかのつるぎ)

 

 

 

 

 

瞬間、猗窩座は見た。間欠泉の様に噴き出す闘気。しかし、それを感じ取ることは出来ない。彼の羅針を持ってしても。

 

命の背後に、武神を見た。

 

極限の脱力から放たれた太刀筋の残像は、剣が拾本に見える程の光速剛力の居合。刃は頸を、腕を、胴を切り離した。

猗窩座は、焼けるような痛みを全身に感じた時に、「ああ」と声を上げた。認めざるを得なかった。

 

「俺の…負けか」

 

「ああ…お前の負けだ。」

 

ぼとっ、と首が落ちた。体は陽光に燃やされ、灰が崩れ去るように、サラサラと散っていく。ボコボコと膨れ上がり、修復しようとしていた体は焼け、ボロボロと崩れる。

 

『────────狛治さん』

 

(嗚呼────お前は…)

 

猗窩座の消え行く首は、最後に笑った気がした。

 

そ刀が砕け散る。ゴマ粒程の小ささになって、風に靡かれ消えて行く。精神力だけで支えていた命の体が、支えを無くし、地面に倒れ込んだ。

 

流れる血を呼吸で止血しながら、白む朝焼けを眩しそうに眺めた。

 

「これで…守れたのかな…」

 

長い長い、夜が明けた。

 

産屋敷邸、各柱、すべての隊士に、その伝令は光の速さで報告された。

 

 

「階級庚!武布都命!上弦の弍ト戦闘ノ末撃退!ソノ後出現シタ上弦ノ参討伐ゥ!カァーッ!重症!重傷ー!至急救援に向カエ!カァーッ!」

 

 

 

 

 

 

 

100年動かなかった均衡が、僅かに傾いた。




命は普通に強いです。16で歳で単独で猗窩座をギリギリ殺せるレベル。


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月が綺麗ですね。

掴み取ったものは、確かにここにあった。

胸を張れ俺。お前は確かに掴み取ったんだよ。


お前がずっと、守りたかったものを。


暖かい。触れ慣れた温もりを感じる。

瞼を開けるのですら億劫だ。全身に鈍い痛みを感じる。鉛のように重い。どうやら動かな過ぎて完全に固まっているようだ。

 

ベッドに寝かされている。体の動かない具合からして、だいぶ大怪我をしたようだ。

 

そもそも、何故こんなことに。そう思って、思い出した。あの鬼との戦闘を。

 

勝ったのだ、あの武人に。俺は、猗窩座を倒して何を得たのだろう。

 

気だるさを抑え、命は目を開ける。辺りは暗い。恐らくは夜中なのだろう。でも、ひしゃげた筈の左手が、暖かった。感覚もあるし、動く。殆ど治っているのだろう。

 

「────────っ」

 

しのぶが、自分の手を握って眠っていた。目の下には酷い隈ができている。寝ずに看病してくれたことが分かった。よく見れば、自分の羽織を大事そうに抱えている。なんとも可愛らしいことだ。そうして、ほんの少しだけ、嬉しくなった。

 

「…こんなに隈を作って…いつもそうだ…何かに集中すると、酷い隈をこさえて机で寝てたな…」

 

その度に布団を敷いて寝かせてやってるのは誰だと思っているのだろうか。なんて考えながら、しのぶの頬を撫ぜる。どうにも、彼女には甘くなってしまう。

 

「…水でも飲もうか。」

 

ついでにしのぶを寝台まで運んでやろう。そう考えて、ガチガチの体を起こす。少し体を伸ばすだけでバキバキと音がなる。これは機能回復がいつまでかかるやら。少し、ため息を吐きたくなった。

 

傍にある水差しを取り、コップに水を注ぐ。

月明かりだけがその部屋に差し込み、辺りを照らす。

 

水を久々に飲んだ気がする。一体自分はどれ程の間意識がなかったのだろうか。

 

飲み干した水が、妙に美味い。少し柑橘系の味がする。果実水と言うやつだろうか。水を飲み干してから、しのぶをどこかに寝かしてやろうかと、ベッドから身を乗り出す。

 

「…まぁ、無理だよな。」

 

やはり、無理だった。あまりに長い時間寝ていたのだろう。体が本当に動かない。まいった、と頭を抑え、仕方なくしのぶの体を揺する。

 

「しのぶ…しのぶ…起きてくれ。」

 

二度揺すると、しのぶは目をゴシゴシと擦りながら、寝ぼけ眼で命の顔をぼうっと眺めてる。

 

「こんなところで寝ていたら、風邪を引くぞ。速く自分の部屋に───」

 

「………みこ、と?」

 

「ああ、そうだ。俺だ、起きてくれ。」

 

暫く見つめあっていると、ブワッ!としのぶの瞳から涙が溢れ出した。

 

次の瞬間には、しのぶは命に思い切り抱きついた。傷のことなんて気にせず、夜であることなんて気にせず、大泣きした。

 

わんわんと泣くしのぶに面食らった命だったが、すぐにしのぶの背に手を回し、よしよしと頭を撫でた。

 

「…みこと…み、ことっ…みことぉ…っ」

 

「…心配させて悪かった…俺はここにいるから…」

 

グズグズと啜り泣くしのぶに少しあたふたする。

 

「…だってっ、4ヶ月も目、覚まさないしっ…ずっと、このままなんじゃ、って…っ…!」

 

「────そんな寝てたのか、俺…」

 

泣き崩れるしのぶを他所に、天を仰ぐように頭を抑えた。こんな期間寝ていれば、体がバキバキなのも納得出来た。

 

そう頭を抱えていると、更にしのぶの力が強くなる。

 

「…もう、どこにもっ…いか、ないでっ…大事な人が、いなくなるのっ、もう…いやなのっ…!」

 

しのぶにとって、近しい人を失うことが心の傷として、深く、深く刻まれていた。

 

「1人にっ、して、ごめんなさいっ…!私がっ、弱かった、から…っ!」

 

「────────っ」

 

どこかで、聞いた事がある。この言葉を、命は知っていた。それは、どこかの自分。どこかの後悔。強ければ、もっと力があれば。

あの時は、誰も救ってはくれなかった。いいや、救えなかった。けれど、今は違うのだ。ちゃんと救えて、この手に全てを掴んだ。

 

「────違う、違うよしのぶ…君の毒が、俺を生かしてくれた。あれがなければ…俺は死んでいたんだ。ありがとう…1人にしないでくれて、ありがとう…」

 

命は、あの窮地に置いても、孤独ではなかったのだ。あの勝利は、しのぶと共に掴んだもの。この生も、しのぶが掴み取らせてくれたのだ。

 

華奢な体を、精一杯抱き締める。命の胸に灯る淡い炎が、燃え盛る。

 

 

 

────どうしようもなく、彼女が愛しい。

 

 

 

「1人にっ…しないで…一緒に、いてっ…」

 

「……あぁ…俺は、どこにも行かない。」

 

「うんっ…うん…っ」

 

鬼が跋扈する夜が、この時だけは優しく、2人を包み込んだ。

 

 

 

次の日。陽だまりの中、無理やり動いた命は縁側に腰掛け、太陽を眺める。恋しい甘味を想像しながら、緑茶を流し込む。こんなに寝てたせいで固形物が食べれない。

 

「あら、日向ぼっこかしら?」

 

「師範!おはようございます。えぇ、気持ちよくて…」

 

「いいわね。隣、いいかしら?」

 

「えぇ、勿論。」

 

少し横にずれた所に、カナエが座る。命が継子になったばかりの頃も、よくこうして縁側にてボーッとしていると、隣に来て勝手に話をする人だった。

カナエは、笑顔から真剣な顔に変え、命に向き直った。

 

「…命君。この度は、誠にありがとうございました。貴方は命の恩人です。」

 

「…やめてください、師範。俺は…そう褒められる様な理由で戦ったわけじゃありません。」

 

「それでも、命を助けられたことに変わりはありません。貴方が来てくれなければ、私はこうして貴方と喋る事も、しのぶと抱き合うことも出来ませんでした。」

 

「…わかりましたよ。どういたしまして…これでいいでしょう?」

 

「ふふっ、素直が1番よ!」

 

「頭を撫で…はぁ、貴女には何言っても無駄だ…」

 

照れ臭そうに顔を逸らし、大人しく頭を撫でられる。命は、カナエに頭が上がらない。拾ってもらった恩もある、鍛えてもらった恩もある。この人には、1度命を救った程度では恩を返しきれないのだ。

 

「そういえばしのぶはどうしたのかしら?」

 

「今はベッドで寝てますよ…心配かけちゃったみたいなんで…」

 

「あらあら…大変だったのよ?あの子、貴方が担ぎ込まれてから、看病して倒れてを繰り返していたから。」

 

思わず苦い顔になる。そこまで心配させてしまっていたとは思わなかったから。

すると、カナエは丁度いいと微笑んだ。

 

「そう言えばね?前から聞きたかったことがあったの。いいかしら?」

 

「どうぞ?」

 

「貴方は、どうして鬼殺隊に入ったの?」

 

「……それ、今更聞きます?俺ここ来て2年目ですよ?」

 

「だって〜、あのお堅いしのぶが男の子連れて来て、ちょっと興奮しちゃったんだもの!」

 

「頬を染めないでください…本当にそういうとこ残念ですよね、師範って。理由なんて…呆れますよ、絶対。」

 

「いいじゃない、今までそう言う話する暇もなく鍛錬の毎日だったんだし…2人とも任務に出れないし、ちょうどいいかなって思って。それでもいいわ、絶対呆れないから!で?どうして鬼殺隊にはいったの?」

 

命は、本当に残念なものを見る目でカナエを見てから、バツが悪そうに語り出す。

 

「金ですよ…金。」

 

「お金?」

 

「えぇ、知ったのは偶然ですけど…金払いがいいって聞いて。乞食、しかも孤児だった俺は、飛びついた。」

 

当時幼かった命は、呼吸を扱う隊士に偶然出会い、全集中の呼吸を教えてもらった事を思い出した。数ヶ月教えて貰ったあとは、自分だけで練習もしたりしていた。入隊後に調べてみれば、彼は死んでしまったらしい。名誉の死だったそうだ。名前すら知らなかった彼は、天国に行けただろうか。

 

「幸い親もいなかったし、俺の帰りを待つ人もいなかった。この無価値な命を賭けて金になって生活ができるなら、なんだって良いんですよ。」

 

「命。」

 

少しの怒気。カナエはそういう人物だと知ってはいても、命は己を卑下せずにはいられない。

 

「わかってますよ…わかってるんですけど…俺には…ここは場違いに過ぎる…俺は、何も失ってません。それどころか、師範やしのぶのように、名も知らぬ誰かの為に、なんて高い志、欠片も無い。」

 

相変わらずの捻くれ具合の自身に苦笑する。しのぶには、あんまり自分のことは話さない。嫌われたくないから、失望されたくないから。でも、この人ならば少しだけわかってくれる気がした。だから、続ける。

 

「────でも…夢を、見ました。1人の、何も出来なかった男の話です。最愛の姉を殺され、狂ってしまった少女の…臆病で、残酷で…最悪の夢でした。」

 

「…まさか…それって…」

 

何かを察したカナエに微笑みを向けて、命は茶を飲み込む。

 

「今は、違うんです…それがみたくなくて…彼女が、狂わない世界が欲しかった…悲しみに暮れて、泣いて欲しかった…頼って欲しかったっ!ずっと笑っている彼女の姿は…見ていて苦しかったから…だから、俺はその為なら、命だって惜しくないんだ。」

 

「命君…」

 

「俺は…もう…!」

 

「命ー!どこにいるのー!!早くベッドに戻りなさいー!」

 

途端に、緊張感の無いしのぶの声が届いて、2人とも表情が和らいだ。

 

「しのぶがお怒りみたいなんで…失礼しますね。」

 

「ふふっ、えぇ…行ってあげて。」

 

「では…また後で。」

 

「命君。」

 

立ち上がり、部屋に戻ろうとすると、カナエが呼び止める。

 

「…もう、ここはあなたの家よ。貴方の帰りを待ち、貴方の為に泣く人は大勢います。だから…そう簡単に、命が惜しくないなんて言わないでちょうだい。」

 

「────っ…肝に、銘じます…」

 

鼻の奥がツンとして、込み上げてくるものを押さえ込んだ。同時に、胸の奥のところが、熱を持つのを感じた。暖かい…暖かすぎる。

 

「居た!勝手に移動しないでって言ったじゃない!心配するこっちの身にもなってよ!」

 

「ご、ごめん…あんまりにも気持ちよさそうに寝てたから…」

 

「どうせなら起こしなさいよ!ほら、早くベッドに戻りますよ。薬もあるんだから。」

 

「あっ…あれか…砂糖、入れていい…?」

 

「ダメに決まってるでしょ。逆に不味くなるわよ。」

 

そうしてじゃれ合う2人に、カナエはホッとする。いつもの日常の様で。それを守ってくれたのが、彼である事を嬉しく思った。

 

あっ!と、カナエは思い出した様に手を叩いた。

 

「そうそう!命君にお知らせよ!とってもびっくりすると思うから!」

 

「お知らせ?」

 

何事かと思っていると、命の鴉が肩に止まった。

 

「御館様カラノ伝言ダ!『武布都命、今度の柱合会議に参加して欲しい。よろしく頼むよ。』カァー!伝言終了ォーッ!カァーッ!」

 

『………え?』

 

「ね?びっくりしたでしょう?」

 

びっくり所ではない。正直唐突過ぎて頭が追いつかない。やはり、この師範はどこか残念な気配が漂うのを、否定が出来ないでいた。

 

とにかく、次の会議は1ヶ月半後らしい。それ迄に、新しい日輪刀と、機能回復訓練をしなければならない。

 

今日何回目かの溜息を吐いて、現実から逃げるようにベッドに潜り込んだ。

 

 

 

1ヶ月後、命は完全に復活していた。後遺症は無し、元の状態に元通り。そして、今は木刀を持ち、カナエと向き合っている。

 

「こうして向き合うのも、久しぶりね。最近はずぅっと、しのぶと2人で鍛錬してたから、寂しかったわ。」

 

「そう言って、毎回誘っても断ってたのは師範でしょうに。」

 

「だって〜、2人の邪魔はしたくなかったもの!」

 

「余計な気を回さないで結構ですよ!さぁ、やりますよ。」

 

「ふふっ、お手柔らかにね。」

 

完全に回復した2人は、鈍った勘を取り戻すために、久々の打ち込み稽古。

 

「先手はどうぞ?」

 

「あら、優しいのね。じゃあ、遠慮なく…!」

 

その言葉と共に、カナエは飛び出した。やはり、速度的には同等か、少し命が負けている。しかし、猗窩座との戦闘経験は、決して無駄ではない。あの技を想い描く。

 

(あの技…羅針、だったか…確か、闘気を感じ取り、動きを先読みしている…だったか…なら、いけるな(・・・・)。)

 

あの時、本当に決着がつく直前。全てが透き通って見えた。攻撃の軌道、次の動きの予測。全てが見えた。いくら練習をしても、またあの世界が見えることは無かったが、真似事だけは出来た。

 

 

極致の一端に触れた事で、数手先の予測が可能になった。

 

 

(この軌道……肆────いや、伍だ。)

 

 

全身に迫る玖連撃の軌道、次来る斬撃が見える。

 

成程こうして使うのか。悠長に考える命は、その斬撃全てを弾き返す。

 

自身の間合い、剣が届く範囲、手が届く範囲を己の制空圏として、その領空を侵した物を斬り落とす。

 

更に早くなる連撃。カナエも、更に強くなっている。無力な自分が許せなかった。殿を継子に任せることしか出来ず、惨めに逃げる事しか出来なかった己を恥じた。

 

全てを基礎から見直し、反復練習を繰り返し、更に速度と繊細さ。技の完成度を上げた。

 

しかし、命には通じない。

 

(凄い…ここまで強くなっていたなんて…攻撃がまるで当たらない…しかも、全ての動きに無駄が無い!最低の動きで、最低の力で、全て返されてる…しかも…型を使ってない…?)

 

暫く打ち合い、カナエは漸く気づく。型を数多く出てきたが、彼は一切型を使っていない。恐らく全集中の呼吸はしているが、それだけ。自身の型を全て、ただの剣技のみで捌かれている。

 

「…侮られているのかしら?」

 

「いいえ、出せないんです。木刀が木っ端微塵になるんですよ。」

 

一撃を返した命が、一転。攻勢に移る。

脇構えから、狙いをつけた突き。そこから派生される流れる様な連撃を、カナエは型を繋げて余裕で捌き続ける。

 

「流石、俺の剣技なんて当たり前のように捌いてくれる。自信なくすよ。本当に。その辺の鬼なら型なしでも倒せるのに。」

 

「あら、心外だわ。その辺の鬼と一緒にされたら困るわよ?」

 

「ま、柱ですもんねぇ、その若さで。」

 

「あら、褒めてくれるなんて珍しいわね。」

 

「これでも尊敬してるつもりですよっ!」

 

再度打ち合う、命は力勝負に持ち込もうとするが、流石柱と言ったところか。のらりくらりと、蝶が羽ばたくように仕切り直しに持ち込まれる。膠着状態が続くと、カナエが楽しげに、何かを思いついた子供のように笑った。

 

「そうだ!このまま勝負してもつまらないでしょう?賭けをしましょう?」

 

「…賭け、ですか?」

 

「そう!先に1本取った方が勝ち!勝った方は、負けた方に何でも言う事を聞かせられるの!」

 

相変わらずの楽天家のカナエに、命は呆れるように呟いた。

 

「…師範…男に何でも言う事聞かせられるとか言うのやめた方がいいですよ?どうするんですか、俺がとんでもないこと言い出したら。」

 

「あら、その心配ならないわよ…貴方はしのぶ一筋でしょう?」

 

「………全く、本当に嫌な姉君だ……」

 

「義姉様、でもいいわよ?」

 

「やめてください…意気地のない自分に嫌気がさしちゃうから。」

 

皮肉った命は、ニヒルに笑う。この人には全部見透かされてるし、隠しても意味は無いと。

 

「私が勝ったら峠の団子屋まで走って甘味をみんな分自腹で買ってきてもらおうかなぁ〜!」

 

「峠のって…ここから3里位のところの…扱き使うなぁ…ま、それでいいですよ。その代わり、俺が勝った時も、何でも言う事聞いてもらいますよ?」

 

「ふふっ、何をさせるつもりなのかしら?」

 

「なに、簡単なことですよ…俺が勝ったら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しのぶと鬼殺隊を辞めてください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一言に、カナエは固まった。何よりも、命の真剣な眼差しに、何故か殺気を感じる。

 

何よりも、終始微笑む彼には、一種の狂気が宿っていた。

 

「大丈夫、この蝶屋敷は俺が持ちます。薬学の知識も、この2年でしのぶ並についてきた。貴女達は、全てを忘れて、平和に過ごしてくれ。お金は工面します。必ず、何にも怯えぬ夜を掴み取ってみせるから…だから、頼みます。この組織から、去ってください。」

 

「命、貴方は…」

 

「貴女達は、こんな戦場とは縁遠く、女の幸せを掴んで…しわくちゃになるまで生きて欲しい。大丈夫…貴女の夢も、しのぶの怒りも、全て────全て俺が請け負いますから…安心して辞めてください。」

 

穏やかな声音で、囁くように言い切った。

命は確信している。この世界には、この蝶達はあまりにも場違いであると。自分のように、いくら傷つこうとも、誰も悲しまないような人間でなければならないのだ。だから、願った。全てを忘れて欲しいと。

 

「────さぁ、やりましょう。」

 

「待って…命…!」

 

彼の名前を呼んだ時には、既に目前に迫っていて、咄嗟に飛び退く。しかし、命の斬撃はカナエを逃さない。

 

「花の呼吸 拾弐ノ型 月胡蝶」

 

「────っ!?」

 

空を斬ったはずの命の斬撃は、正確にカナエの木刀を叩き折った。

 

この型は、男の呼吸使いが残した手記に記されていた型を元に、命が改良を加えた物。武の呼吸と花の呼吸を混ぜ合わせ、瞬発的に超怪力で剣を振るい、高密度の剣圧を飛ばしているのだ。所謂、飛ぶ斬撃。

 

その斬撃は、竜巻の様に、一瞬にして木刀を飲み込み、粉々に砕いた。それは、命の木刀も同じ様に破壊する。木刀が、負荷に耐えられないのだ。

 

その後は、首元に手刀が迫る。ただ意識を狩る為に。

 

(やられるっ────!)

 

カナエはそう確信し、目を瞑る。しかし、いつまで経っても、衝撃は来ない。目を、ゆっくりと開ける。そこには、首元に手刀を添えた命が、悲しそうな眼差しでカナエを見ているだけだった。

 

「命…君?」

 

「────今日も見に来たのか?カナヲ。」

 

「……」

 

命がそう言うと、入口扉から覗いていた少女が道場に入ってくる。

 

栗花落カナヲ。

過去にカナエとしのぶが拾ってきた少女。過酷な環境にいた事で感情を閉ざしてしまっているそうだ。

命は、この子を見ていると、つい頭を撫でてしまう。

 

「……お昼。」

 

「おぉ、呼びに来てくれたのか…ありがとうな。」

 

命が頭を撫でると、ビクッと身体を震わせた後にこちらを見て、驚いたような顔をする。父親から暴力を受けていたようで、男の手に恐怖するのだ。

 

命は、優しく微笑んだ。

 

「ほら、先に行ってなさい。」

 

パタパタと去って行くカナヲを見送り、命は溜まった息を吐き出した。

 

「ねぇ、命君…さっきのって…」

 

「…冗談ですよっ。ああでも言ったら、本気出してくれるかなって思っただけです…まっ、驚いて声も出なかったみたいですけどね!ほら、行きますよ。アオイ達がご飯用意してくれてるんですから。」

 

そう言って、命は足早に去って行く。

 

 

「…相変わらず、下手ね…それじゃあ女の子は騙せないわよ。」

 

 

そう背中に零して、カナエは命の背を追った。どこか後悔の熱が篭もる、まだ小さな背中を。

 

 

 

「あぁ…憂鬱だ…」

 

「諦めなさいよ…ていうか、もっと誇りなさいよ。階級も上がったし、お金も入ったでしょ?」

 

「いや…うん…まぁ…」

 

頭を抱える命を、呆れるように眺めるしのぶ。月夜の中で、縁側に足を投げ出し、茶を啜る。いつもの時間、いつもの2人で。

 

しのぶの言う通り、階級が上がった。それも一気に庚から甲迄一気に。大出世もいいところだ。あと、給料が馬鹿みたいに上がって、命の金銭感覚が狂った。

 

「…嫌だなぁ…師範以外の柱なんて知らないし…絶対他の柱怖いよ…でも、師範は仲良いって言ってるし…わかんないなぁ…」

 

柱合会議が明日に迫った日。命は憂鬱を極めていた。いくら夢で見た事があるとはいえ、柱に会うなんて最悪だった。人外魔境を凝縮した様な集団だ。カナエも含まれているが、それはそれ。あの人は色々人外だ。

 

その人外魔境に、片足どころか全身どっぷり漬かっている事に、命はまだ気づいていないのだが。

 

「それは姉さんだからよ…対人能力おかしいのよ、本当に。でも、最近柱になった人もいるらしいし…平気じゃない?たしか…煉獄 杏寿郎さん、炎柱…だったはず。」

 

「…煉獄さん…か…」

 

知っている。あの誇り高い、焔の様に熱い人を。夢で最後にかけられた言葉を。死してなお、人の心に炎を灯し続けた。彼は、本当に凄い人だ。

 

『武布都少年…どうか、彼女を気にかけてやってくれ…酷く、後悔していたんだ。』

 

自分が死んでしまうというのに、他人の心配をする、お手本の様な善人だった。

あの言葉があったのに、俺は逃げた。彼女の笑顔が、あまりにも痛かったから。辛かったから。

 

(…今は、違うだろ…)

 

隣にいる、しのぶを見やる。

 

「…髪型、変えたんだな。」

 

いつもの夜会巻きに、後れ毛を出している。

僅かな変化に気がついた命に、しのぶは少し照れたように否定する。

 

「えっ?いや、これは…その…姉さんが…似合わないなら言いなさいよ…!」

 

「いや?似合っている。」

 

「あっ、と…ぐぅ…ありがと…」

 

「あぁ…よく似合ってる、本当に。」

 

彼女の真っ黒な髪を撫でる。毛先から根元まで真っ黒である事に、酷く感慨を覚える。夢の彼女は、既にこの時期、髪の色が変わる程に毒を摂取していた。それほどまでに壊れてしまっていた彼女が、なんともないのだ。

 

その変化の無い今が、酷く嬉しい。

 

「ちょっ、ちょっと命…!……命?」

 

「……あぁ、何でもない。」

 

思えば、出会った時からそうだった。何かを失うことを恐れるような、儚げな笑顔。自分に触れる時。割れ物でも扱うかのように、本当に優しく触れる。その度に、もっと強くと願ってしまうのは、なんなのだろうか。

 

ずっと不思議だった。笑うより、喜ぶよりも、怒ったり、感情を表に出す事に、何より嬉しそうな顔を向けていた彼が。

自分を見ていると同時に、その先にいる人を見ているような。

 

ふと、寂しさを覚える。

 

自分だけを、見て欲しい。

 

何かが湧き上がる。

 

向き合う命の胸に、頭を預ける。グリグリと押し付けられる小さな体が、やっぱり愛しかった。

 

「ねぇ、離れないで。」

 

「…うん。」

 

「どこにも、行かないで。」

 

「俺はどこにも行かない。」

 

「一緒に、居て…」

 

「君が許す限り、決して離れない。」

 

抱き締めれば、すっぽりと覆ってしまう程に小さな体が、軽い体が、僅かに震えている。

 

嗚呼、失ってなる物か。この平穏を、この少女の感情を。

 

命は、いつかのように、優しく、されど強く抱き締める。

 

見つめ合った先に出た言葉は、奇しくも同じだった。

 

 

 

 

 

月が綺麗ですね(愛しています)。』

 

 

 

 

 

ただ、(さく)の空が2人を眺めていた。




鬼滅の刃最終回来ましたね。いい終わり方でした。

正直、ジョジョみたいに現代編突入はしたらしたで面白かったと思うのでそれはそれで良かったと思ってる。

感想、よろしくお願いします。

前回の第3話では、猗窩座を倒すルートと負けて鬼になるルートも考えてた。


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黒揚羽(クロアゲハ)と藤の花

どうも。めっちゃ伸びました。

調子乗って書いちゃいます。


どうぞ


今日は、会議に参加する事になっている日。命は、憂鬱な気持ちを押さえ込んだ。

 

「姉さんはもう先に行ってるから、早く行きなさい。」

 

「わかってるよ…行ってくる。」

 

「はいはい…行ってらっしゃい。」

 

少し照れたように見送ったしのぶを見て、苦笑する。

歩き出すと、不意に袖口が引っ張られる。何かと視線を下に落とすと、無表情で袖を掴むカナヲがこちらを見ていた。

 

「どうした、カナヲ。なんかあったか?」

 

「……」

 

「カナヲ?何持ってるの?」

 

すると、無言で何かを差し出してくる。見ると、それは藤の花だった。裏山に咲く藤の花を取って来たのだろう。だが、意図が掴めない。

 

この子とも一年以上暮らして来たが、本当に気持ちが読めない。何よりも表情に変化が無さすぎる。蝶と戯れ、たまに一緒に野山を肩車して駆け回り、シャボン玉を吹いたりして遊んだこともある。だが、未だに全くわからない。楽しい、のだとはわかっている。少し喋る事もある。だがそれは酷く事務的なものが多く、日常会話はほとんど無い。最初の頃なんて、喋れないと思っていた程だ。

 

「お、鬼。」

 

「…………あっ、そういう事!」

 

「どういう事?」

 

ボソッ、と呟かれた一言で漸く合点がいったと、しのぶは1人納得した。

 

「多分だけど、鬼が来ないようにって事でしょ?この子、よく命が寝てるところを見に来てたのよ。多分、怖かったのよ…貴方がいなくなることが。」

 

「カナヲ……」

 

命は、少し感動した。今までなんとも思われてないと思っていたが、ちゃんとこうしてくれるくらいには、思われているのだと。正に、妹を見る兄の目線とはこの事なのだろう。

 

正直泣きそうだった。

 

「ありがとう!カナヲ。何よりもお守りだ…必ず帰ってくるよ。」

 

そう微笑むと、カナヲは少し目を見開いて袖口を手放し、スタスタとどこかに行ってしまった。

 

「驚いた…自分からあんな事するなんて…少しは、心を開いてくれてるのかな?」

 

「あぁ…きっとそうなんだろう。」

 

貰った藤の花を、胸ポケットに差し込んで荷物を持って向かう。

 

まぁ、憂鬱な事に変わりはないのだが。

 

 

 

「武布都命、ただいま到着致しました。」

 

隠に連れてこられた命は、大きな屋敷の庭に行き着いた。そこには、6人の男女が立っている。

 

「命、来たのね。ほら、こっちに来て!」

 

「は、はい師範…」

 

手招きをするカナエの元に行くと、一斉に見られる。その全員がやはり強者。会うのは初めてだし、勿論見るのも初めて。なるべく嫌な顔をしないように気を付けながら、頭を少し下げる。

 

「初めまして、柱の皆様。胡蝶カナエの継子、武布都命と申します。一時の邂逅でありましょうが、どうぞよろしくお願いします。」

 

そう声を出すと、ヌッ、と命に影が差す。目の前には、額に傷の入った大男が手を合わせながら、こちらを見ている。首には大型の数珠、岩のような巨躯、やはりこの人物だけは、別次元の場所にいることを理解させられた。

 

「…少し、いいだろうか。」

 

「…貴方は…」

 

「私は、岩柱。悲鳴嶼行冥と言う。まずは…ありがとう。心から感謝する。」

 

「…いえ、別に…」

 

胡蝶姉妹をこの鬼殺隊に連れてきた張本人。岩柱、悲鳴嶼行冥。よく話は聞いている。

しかし、命の悲鳴嶼への印象は、決して良くは無い。2人をこの道に引き入れたこと。優しく、頑固な2人が選んだ道とはいえ、もっと強く拒否をすればよかったのに。2人と知り合ってから、そう思ってしまう。無意識に、目線が睨むように変わる。

 

「…言いたい事は、分かる。私も、何度後悔してもし足りない。あの状況で、私はついぞ間に合わなかった。倒れる君を蝶屋敷に運ぶことしかできなんだ…不甲斐ないばかりだ…君がいてくれて、よかった。」

 

「……いえ、お気になさらず………失礼します…」

 

雰囲気から、命の心情を悟ったのか、悲鳴嶼は見えぬ瞳から涙を流す。ただ、命はこの言葉しか言わなかった。これ以上話せば、余計なことまで言ってしまいそうになったから。その場から、何も言わずに離れ、カナエの傍に控える。

 

「…あいつ、派手に喧嘩売ってたなぁ。悲鳴嶼さんに喧嘩売るやつなんざ初めて見たぜ。見た目の割にド派手な野郎だ。」

 

「宇髄…彼の気持ちは最もだ…あの姉妹は、優しすぎる…この世界には…命取りだ。」

 

音柱、宇髄天元が悲鳴嶼の隣に降り立ち、命を細めた目で見やる。

 

「感情を出しちゃいるが、抑える術も知っている。だが、奴からは何も感じねぇ。本当にアイツが上弦の参を倒したのか?」

 

「わかっているはずだ…彼の異様な気配を…隠すのが上手いのか…はたまた無意識にそうしているのかは分からないが…昔に見掛けた頃は、あれ程の剣気は無かった。」

 

長く人を見てきた2人は、命が纏う気配に気付く。猗窩座の様に正確に感じることは出来ないが、ある程度その人物の強さというのは、見てわかるものだ。しかし、命からは何も感じない。正に『無』。それと同時に計り知れぬ底を見た。

 

「事実、彼は単独で上弦の参を討伐した。実力はカナエ以上、既に我々と並ぶと考えても差支えは無いだろう。」

 

「まぁ…これから見てきゃいいかねぇ…」

 

「その藤の花どうしたの?」

 

「カナヲがくれたんです。帰ってきてくれますようにって…多分ですけどね。」

 

「えー!羨ましいわ!帰ったら私も強請ってみようかしら!」

 

「これが今まで遊んできた成果…!」

 

カナエの隣で談笑する命を眺めながら、宇髄は零した。

 

すると、丁度屋敷の中から3人の人物が出てくる。

 

『御館様のお成りです。』

 

少女2人と男が1人。手を引かれるように現れた男は、如何にもな格好をした優男と言う印象を受ける。真っ直ぐな黒髪を肩口で切りそろえた美丈夫。しかし、顔半分が紫色に腫れ上がり、爛れている。

それに見入っていると、柱の全員が頭を下げていることに気づき、隣のカナエに倣い、命も頭を下げる。

 

「おはよう皆、いい天気だね。こうして誰も欠けずに集まれたこと、嬉しく思うよ。」

 

「御館様に置かれましても御壮健で何よりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます。」

 

端にいる傷だらけの、目が血走った男────不死川実弥が、丁寧に語る。その様に普通に驚く命。正直、あの見た目でこんなことを言うと思わなかった。

 

「ありがとう、実弥────さて、早速今回の会議を始めよう。まず皆も気になっている命について…と言っても、この場に知らない子はいないだろう。初めまして、命。私は産屋敷耀哉、この鬼殺隊で頭目をやらせてもらっているものだよ。」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

「…驚くのも無理はない。これは一族の呪いで皮膚が爛れてしまっているんだ。怖がらせてしまったなら謝るよ。」

 

「い、いえ。決してそのような事は…」

 

焦る命に、輝哉は笑いかける。

 

命は、知らぬ父を連想させる様な低音の声に、少し心地よくなった。

 

輝哉は、本題に入る。

 

「さて、命。報告書は既に貰っているが、もう一度詳しく話して欲しい。君がわかったこと、感じたこと。なんでもいい。」

 

「…はい、では報告させていただきます。」

 

それからは、あの状況を詳しく報告した。猗窩座がどういう鬼だったのか。童磨の能力に、琵琶鬼の能力、赫刀の事まで細かに報告した。

 

赫刀については、1番の力を持つ悲鳴嶼でも変わらなかったことで、一旦その話は終わりとなった。

 

「以上になります。」

 

「ありがとう、命。それと…もう一度感謝を。君は、100年動かなかった均衡を破った。これはどの柱にもできなかったことだ。鬼殺隊を代表して、君に感謝する。 」

 

「…私は、私の守りたいものを守っただけです。それに、既に金という対価をもらっています。お気になさらないでください。」

 

「それでも、だ。ありがとう、命。」

 

「……有り難きお言葉。」

 

命は、あくまで御恩と奉公の関係を崩すつもりはなかった。生命を賭けるに見合う対価を貰っているのだ。それに、守りたいものも守れた。命は、それ以上何も求めるつもりはない。

 

それはそれとして、長きに渡り平行線だった戦況が、少しでもこちらに傾いたことに、輝哉が興奮していたのは確かだった。

 

コホンと咳払いをして、輝哉は心を落ち着かせる。

 

「さて…命、本題はここからなんだ。今現在、柱は6人。本来の規定人数より3人下回っている。そこでだ、上弦の参を倒した命に、新たな柱になってもらいたい。」

 

「…柱、ですか…」

 

予想していなかった訳では無いが、正直柱になる理由が今の所ない。将来的にはと考えてはいたが、今なる利益があるのかどうか。柱は自身の管轄を持ち、そこの地区を管理しなければならない為、必然的に蝶屋敷から離れる事になる。しかし、はたと思い出した。ある鬼の事を。

 

「質問、よろしいでしょうか。」

 

「構わないよ。」

 

「柱になった際の私の発言力は如何程になるでしょうか?」

 

「…そうだね、君は上弦を仕留めた。新参者とはいえ、高い物と思っていい。」

 

「…成程…師範、アオイの研修は終わってますよね、どれくらいできてますか?」

 

「え?え〜っと…確かほとんど1人でできるはずよ?まだ及ばない所もあるけど、彼女勤勉だから、すぐに覚えちゃうわ!有事の時は私かしのぶ、命君が居れば大丈夫よ。下働きの隠の方もいるし、すみ、なほ、きよ、もいるもの。」

 

命はそれを聞いて、少し考える素振りを見せた。実際、今頭に浮かんだ事を行うならば、柱になる必要がある。しかも、早期から取り組めば、薬の調合や新薬の開発だって目じゃない。毒が効くことがわかった今、強力な毒を開発すれば、上弦の鬼ですら倒せるようになるかもしれない。デメリットを見ても、非常に優秀だ。

 

しかし、命には懸念があった。

 

「…御館様、本当に私でよろしいのですか?私は師範の様に、名も知らぬ人の為に命を賭ける程お人好しでも、鬼によって何かを奪われ、強い恨みを持つわけでもありません。金の為にこの組織に入っただけです。」

 

「うん、私もそう聞いている。だが、理由などどうでもいいんだよ。事実、君は無辜の民を救っている。その事実さえあれば、私は満足だよ。」

 

「…」

 

黙りこくった命に、輝哉は尚微笑んだ。

 

「…絶対に失いたくない物があるんだね。瞳は口よりも余程雄弁だ。大切な者だけを守る…それは私には…いいや、私達にはできない選択なんだ。君は、強い子だ。」

 

「────なぜ、それを…!」

 

「その絶対の1を折ってはいけないよ。」

 

カナエ以外に話すことの無かった目指す世界。その見透かすような瞳が、命を包む様に細められた。

 

柱の面々が、心酔するのも頷ける。

 

命は、この男に敬意を払った。

 

「御館様…柱への提案、慎んで受けさせていただきます。不肖この命。身命を賭して、その1を守り抜きましょう。」

 

「瞳に更に力が籠ったね…命。」

 

微笑んだ輝哉は変わらずに、然れど荘厳に告げる。

 

「ここに新たなる柱を任命したい。みんな、異議は無いね?」

 

輝哉の声に、皆が反応する。

 

「ありません。命君の柱就任を歓迎します。」

 

花柱、胡蝶カナエ

 

「私も異論はございません…」

 

岩柱、悲鳴嶼行冥

 

「上弦の鬼を正面から始末する派手なヤツを柱にしない、は無いでしょう。異論はありませぬ。」

 

音柱、宇髄天元

 

「うむ!これほどの実力者を野放しにしておく手はないでしょう!私も異議はありません!」

 

炎柱、煉獄杏寿郎

 

「…御館様のご意志に従います。」

 

水柱、冨岡義勇

 

「実力が伴っているのは確か。私も異論はありませぬ。」

 

風柱、不死川実弥

 

現柱の承認をもって、新たな柱が誕生する。

 

「みんな、ありがとう。では、ここに新たなる柱を任命する。武布都命、君には…そうだね。君が編み出した呼吸の名前から取って────【(たけ)柱】の名をさずける。君のこれからの働きに期待しているよ。」

 

 

 

 

会議は今後の方針から動きまでを話し合って終了した。何とか蝶屋敷を離れる件については、カナエにより免れた。人手が足りないこと、戦場医療の優位性を示し、如何に命と言う薬師が必要かを力説していた。それについては、少し助かったが、風柱との喧嘩じみた言い合いはやめて欲しい。心臓に悪すぎる。ただでさえあの風柱は見た目が怖いのだ。普通に辞めて欲しい。

 

柱になってから2ヶ月が過ぎた。鬼の活動は以前よりも頻度は少なくなっている。雑魚鬼は別だが、強い鬼の出現は減った。猗窩座を倒したことが少しは効いたのだろうか。会議終了後、命はある研究をしていた。

 

ノートに描かれた血液成分のスケッチ。そして細々と書かれる実験の結果。

深い溜息を吐き出して、眉間を揉む。

 

命は、会議にてある事を進言していた。それは、鬼の研究への資材提供の申し出。最新の研究器具に、外つ国の資料や論文の提供。

 

ずっと疑問だった。元は同じ人間であるはずなのに、何故こうも化け物になってしまうのか。

 

鬼とは、なんなのか。

 

この猗窩座の血は、研究を大きく進めてくれた。

 

(保存処理すらしていないのに、半年以上新鮮なまま…死してなお、その生命力が桁外れだ。もう、ひとつの生物と言っても過言じゃない。)

 

鬼舞辻無惨の血がより濃い猗窩座の血だからなのだろう。

 

鬼の血には、人間の血漿、赤血球など、それら全てが見当たらない。代わりに、見たことも無い成分が見られた。この血液は一体何の役割を持っているのか。分かることはただ、この血液の成分が生き物の細胞に非常に近い事。持ち主が死したからなのか、分裂のような反応はしないが、この新鮮な状態が半永久的に保持されている。このことから、生きている鬼と比較し、検証。結果として、鬼は血を基点として再生することがわかった。

 

そして、この血液の細胞は藤の毒で腐敗させられることも結果として得られた。

 

それがわかってから、生きた鬼にあらゆる毒を試した。蛇の毒、蜘蛛の毒、黴や菌。人の身に害ある物を注入した。しかし、全てこの細胞のようなものに一瞬で飲み込まれる様にして消される。

 

この細胞のようなものが、独立した生物の様な反応を見せるのだ。

 

雑魚鬼では日輪刀で頸を斬り落とすと途端に消滅してしまう。太陽光でも同じ反応を示し、日輪刀を近づけるだけでも若干の拒絶反応を見せることがわかった。

 

その事からわかるのは、強い鬼ほどこの細胞が多く血中に含まれていること。

 

この細胞の量は、純粋な再生力と比例する事もわかっている。

 

猗窩座の再生速度からしても明らかだったが、首が弱点ではない鬼が出てくる可能性がある。赫刀で頸を斬ったにもかかわらず、僅かに再生の兆しを見せていた。猗窩座ですらあの再生速度だ、上弦の弐と壱はそれ以上と考えていい。

 

そして、その研究を初めてまず最初の到達点として定めた、この細胞の完全破壊方法を2つ見つけた。1つはしのぶが作り出した藤の花から抽出し、濃縮した毒。

 

そして、もう1つが

 

 

 

 

 

 

 

彼岸花である。

 

 

 

 

 

 

 

正確に言えば、この毒は鬼にとって毒ではない。逆に血液を活性化させてしまい、鬼を強くしてしまう。人で言うドーピングに近い。しかし、一定量を超えると、一気に血液が壊死し始めるのだ。鬼によって分量は違うようだが、普通の鬼であれば極わずかな量で体が崩壊し始める。

この発見に喜び、小躍りして気絶したのが、八徹目の正午だった。

 

起きたらしのぶに泣きながらビンタされるわ、カナエに結構本気の説教されるわ、仲良し3人組(なほ、きよ、すみ)とアオイには泣かれるわ、カナヲが手を握ったまま汗だくでこちらを見ていたりして、本気で反省した。

 

それからは、しのぶと共に配合を変えた毒を精製し、尚且つそれを戦闘中に即座に調合出来るように簡略化する。頸を斬れないしのぶにとって、これは非常に強い武器になる。しのぶには必ず命と組むか、2人1組(ツーマンセル)以上で動くように厳命している。しのぶが毒で足止めをして、ほか2人が首を斬る。なにも自分一人だけで鬼を殺す必要は無いのだ。

 

現在、その毒の抽出段階を行っている。自分ではなくてもこの毒を精製・調合出来るように。

 

「────そう、ここまで来たらほぼ完成。後は量と使い所かな。」

 

「…はぁ…これ本当に集中力必要じゃない…よく見つけたわね。」

 

「毒のある薬草や漢方を試し続けたんだ。あぁ、あと、この漢方とこの薬草…で、この薬なら血気術の中和剤が出来るはずなんだ。どう思う?」

 

「ん、ちょっと待って。ならこれじゃなくてこの薬草よ。反応的に中和剤はこっちね。」

 

「む、そっちか…なら明日はこれを試してみよう。治験用の鬼の毒は保存してあるし。」

 

「そうね、まだ命の刀も届いてないし…他に任務も入ってないから。終わりにしましょ。」

 

血の入った試験管を日の当たらない棚に保管して、鍵を厳重に閉める。今日の仕事はもう終わり、任務もない。

ぐぐっ、と伸びた命は深い欠伸をする。

 

作業の終わったしのぶは、襖を開けて外を確認する。誰もいないことを認識すると、命の膝に座り、こてんっ、と胸に頭を擦り付け、寄り掛かる。それを覆い隠すように、命が抱き寄せる。

 

歳の割には身長が高めの命に、しのぶの小柄な体躯は隠される。

 

「…あったかい。」

 

「そうだな…」

 

モゾモゾと身動ぎをして、命の胸に耳を当てる。心臓の拍動の音に、心底安心する。何度悪夢を見た事か。拍動が止まり、青白く変色する肌。二度と目を覚まさぬ幻想で、どれ程精神を削られたか。

 

その反動か、2人きりでこうする事が多くなった。

あの夜、互いの気持ちを確かめあった夜が、しばらく経った今も鮮明に思い出せる。

 

昔は羨ましくて、妬ましいだけだった命の大きな体が、こんなにも愛おしくて。家族以外に、これ程まで誰かを愛したことは無い。

 

「ねぇ…好きよ、命。大好き。」

 

「あぁ、俺も君がいっとう好きだ。」

 

そうして抱き合うと、無性に恥ずかしくなったしのぶは、体に熱が籠るのを実感して、理由をつけて離れる。

 

「そっ、そうだ!命、柱になったじゃない?だから、そのお祝いでボロボロになっちゃった羽織の代わりを作ってたの!」

 

「えっ、そうなの?」

 

「これ!」

 

袋から出されたのは、しのぶの真っ白な羽織とは対局の、黒。しかし、日に当てると光の当たり具合で濡れた羽のように、艶やかに輝く。左胸元から垂れる大きな藤の花と、それに留まる黒揚羽(クロアゲハ)が刺繍されている。どうやらだいぶ高い布で作られているようだ。

 

早速羽織ると、少し大きめに作られているが、これから成長することを考えれば、恐らくピッタリになるだろう。

 

「凄い…ありがとう、しのぶ!」

 

「う、うん…気に入ってもらえて、よかった。似合ってるわよ。」

 

濡れた様に輝く黒髪に、日に輝く羽織がやけに映える。その様に、少し頬を染めるしのぶは、隠す事無く零した。

 

「藤の花…か…」

 

「うん、命はなんか…あんまり好きじゃないみたいだけど。その花言葉が、あなたにぴったりだから。」

 

「確か…優しさ、歓迎…だったか。」

 

「そっ、でもそれだけじゃないの。」

 

しのぶは命の手をそっと握って、ふわりと微笑む。

 

 

 

「────決して離れない…貴方があの夜に言ってくれた言葉よ。」

 

 

 

剣を握っているにしては、柔らかくて、しなやかな手先が、どうにもくすぐったい。

しのぶにとって、あの言葉は酷く心安らぐものだったのだ。

 

「あぁ…もう一度、誓う…決して離れない。」

 

「うん、私も…離れない。」

 

「指切りだ。」

 

「…貴方、たまーに子供っぽいわよねっ」

 

そうか?と不思議そうに返す命に笑いかけ、しのぶは差し出された小指に、自身の小さな小指を絡ませた。

 

「…嘘ついたら、酷いんだから。」

 

「────ははっ、善処する。」

 

「何よそれっ!」

 

にししっと笑ったしのぶの額に、軽くデコピンをする。そうして見蕩れていたことを誤魔化すのだ。そうしないと、赤くなっていた耳が見られそうだったから。

 

 

確かに、ここに誓おう。死が2人を引き裂こうとも

 

 

 

 

 

 

 

────心だけは、君の傍にあると。

 

 




日本でも、蝶は神の使いとして語られるそうです。

黒アゲハを見たら亡くなった方が挨拶に来てくれてると言う解釈をするそうです。面白いですね。


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蝶屋敷少女日記:胡蝶しのぶにとって

箸休め、箸休め。

過去編とかいつかやりたいな。

しのぶさんの彼への思いをただ連ねる番外だと思ってください。


私────胡蝶しのぶにとって、命と言う少年は、親友よりも近しい存在だった。出会いは最終選別で、危ない所を助けられ、そこから7日間を共にすごした。鬼殺隊に入ってからも、任務は殆どペア。故に連携を磨くことも多かった。男には珍しく、姉にあまり興味を持たず、色気も優しさも無い自分とばかりいる不思議な少年だった。

 

姉の事をどう思っているのかと尋ねた時「え、いや…別に…?」と言う反応をされ、逆に気に食わなくなり殴ったこともしばしば。

 

しかし、関係は良好だった。初めこそ警戒していたけれど、優しい人当たりの命と、いつしか暮らすようになっていた。私と仲のいい男子という事で、姉さんの機嫌は絶好調になり、あれよあれよと継子になってた。

 

まぁ、それは結果的に良かったのだけれど。

 

彼は優秀だった。天才とまでは行かないけど、見た型は2週間で完璧に模倣、一月たてば自身のものへ昇華させていた。それに、すぐに蝶屋敷の人達とも仲良くなり、当時居た3人の継子とも関係は良好だった。

 

羨ましかった。自分より背の高い彼が、自分より大きな手が、自分より強い筋力が。当たり散らしたこともあった。全部持ってるくせに、同情して一緒にいられても迷惑だと。鍛錬の相手も根気強くしてくれて、クタクタになるまで付き合ってくれていたのに、上手くいかないことを、八つ当たりしてしまった時があった。

 

その時の命の顔を、私は今でも覚えていた。

 

どこか迷子の様な、居場所を無くしたような顔をしていた。

 

すぐにハッとして、謝った。彼は同じ様な顔をして、優しく許して頭を撫でてくれた。「君の気持ちも考えずに共にあるのは良くなかった。」と言われて慌てて違うと首を横に振った。思えば、この時既に彼はかけがえのない存在だったのだ。

 

そのあとは、相談に乗ってもらったりもしていた。鬼の首が斬れないのだと言えば、精一杯励ましてくれて。

 

胸の中に疼く、淡い熱も見て見ぬふりをして、後悔した。死ぬ程の重症で運び込まれた彼は、生きていた。だが、意識は不明。復帰出来るかも怪しいほどに、ズタズタだった。

 

上弦の参から私たち姉妹を逃がすために、殿をつとめた。もう、帰ってこないと号泣したけれど、彼は帰ってきてくれた。それだけで嬉しかった。

 

彼が運ばれてから4ヶ月。彼はずっと眠り続けたまま。殆どを命のそばで過ごし、離れるのは風呂と厠のみ。

 

寝ずの看病をする私に、姉は微笑ましげに笑うだけで、住み込みで働いている者たちの方が私を心配しているくらいだった。

 

そして、三日月が私達を眺める夜中だった。

 

彼が目覚めた。

 

何を言おうか、なんて言おうか。言いたいことがいっぱいあった。

 

良かった、嬉しい、ごめんなさい、ありがとう。

 

その言葉が零れる前に、体は動いていた。彼に抱き着いてすすり泣き、ただ謝っていた。

 

1人にしてごめんなさい、弱くてごめんなさい。

 

でも、彼は優しく抱き締めてくれて。

 

自分は1人ではなかった、君の毒が俺を生かしてくれた。そう言って、強く抱き締めてくれた。

 

その時の温もりが、心の温度が気持ちよくて。私は、その時にはもう、彼がいなければダメになってしまうと思った。

 

覚悟が決まったのは、いつだったろうか。この淡い炎が日に日に強くなっていることに、見て見ぬ振りを止めたのは。

 

確か、命が目覚めて一月位の頃。彼に縁談が来た時だったろうか。本当にどこから聞きつけたかはわからないが、命に会いたいと言う少女が現れたのだ。

 

最初は「は?」と思ったが、聞けばよくある事らしい。助けた人から惚れられ、結婚。なんて、鬼殺隊の寿脱退のパターンらしい。

 

命と話している所を盗み見たが、気立ての良さそうな、可憐な町娘という感じだった。直情的で体の起伏も乏しい自分なんかよりも、よっぽど女性的で、魅力的に見えた。

 

命は自己評価が果てしなく低いが、もう少し見直した方がいいと思う。癖のない真っ直ぐな美しく長い黒髪に、歳よりも若干幼く見える童顔、纏う柔らかな雰囲気、何より優しい。紅顔の美少年…は褒めすぎだけれども、世間でも美少年と言って通る見た目はしている。

 

…多少色眼鏡が入ってることは認めるけど!それを抜きにしたって、彼は…その、いい男、だと思う。

 

まぁ、この時の私は酷く焦った。

 

辞めてしまうのか?いなくなってしまうのか?

 

不安の気持ちが漏れだした。

 

でも、彼は首を横に振った。

 

 

守りたい人がいるのだと。

 

 

「怒りん坊で、すぐ不貞腐れるし、よく照れ気味にどつかれるけど…そうして彼女が感情を表に出す事が、嬉しくて仕方ないんだ。」

 

微笑んだ命は、頭を下げてその少女の縁談を断った。少女は軽く微笑んでから、蝶屋敷を後にしたけれど、私は気が気じゃなかった。

 

そこまで鈍いつもりはないし、鈍感ぶるつもりもない。彼の言ってる人が、誰なのかはわかっている。顔に篭もる熱も、激しく脈打つ心の臓も。全部が気持ちを理解させるものだったから。

 

それから少しして、朔の夜に思いを打ち明けて…幸せだった。正直格好つけてしまって恥ずかしくて仕方なかったけど、彼だって同じセリフを口にしたのだから、きっと悪くないはずだ。

 

それでも、抱き合った温もりはお日様よりも暖かくて。軽く触れた口付けは、花の蜜よりずっと甘くて。寄り添って布団に潜り込んだら、幸せの香りに包まれた。

 

いつだったか、酔った姉さんが語った女の幸せというものを思い出す。

 

この抱き締められる温もりが、この湧き上がる様な暖かい感情が、きっとそれなのだろう。

朝目が覚めて、1番に貴方の顔を見る。安らかに寝息をたてる貴方が愛おしくて、ツンと顔を突っつけば、むにゅりと形を変える頬が可愛くて。顔のニヤけが収まらなくて、アオイ達にバレないようにするのは大変だった。

 

 

鬼の頸も切れない、ずっと嫌いだったこの小さな体が、手が。彼に包まれて、その温もりを全身で感じられるから、ちょっぴり…ほんの少しだけ好きになった。

 

 

私にとって命という人は、兄であり、弟であり、家族であり────なにより、姉と同列に語れる、最愛の人なの。

 




次はカナエさん視点で出したい。多分2個くらい話し出したあとだと思う。


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思わぬ邂逅

今回は義勇さん出します。命君の立ち位置と言うか、彼が如何にして


「武布都、暇か。」

 

昼下がり、猫と戯れ癒されていると、特徴的な半羽織を着た訪問者が現れた。

 

「冨岡さん?えぇ…縁側でお茶飲んで猫と戯れてる位ですし…」

 

「なら、来い。」

 

任務も研究も今日は休み。しのぶもカナエも居ない蝶屋敷の留守番を任されていた命は、急に訪れた水柱、冨岡義勇によって、道場に連れ出されていた。

 

「冨岡さん、本当になんの御用です?」

 

「やるぞ。」

 

尋ねても、要領を得ない返答しか帰ってこない。だが、木刀を投げ渡され、漸く何がしたいのかを察した。

 

鍛錬だ。

 

「行くぞ。」

 

「…お手柔らかに。」

 

そして、木刀を打ち鳴らす音が道場に鋭く響く。

 

「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り」

 

「フンッ!」

 

水平を斬り裂く様な斬撃を、足元から掬い上げるように弾き返す。

 

「お前は、型を使わないのか。」

 

「えぇ、型なんてもの知ったのも鬼殺隊に入って暫くしてからですしね。なくても別に戦えてましたし。ほとんど癖で…型はあるんですけど、自分の刀じゃないと圧でへし折れるので。」

 

「……そうか。」

 

それからも2時間近く打ち込み稽古は続いた。互いが汗だくになりながら、打ち続ける。

すると、義勇の纏う空気が変わった。

 

「水の呼吸 拾壱ノ型 凪」

 

(拾壱…初見だ。何よりこの空気…似ている────そうか、ならば…)

 

「────俺も出そう、技を。」

 

 

義勇が編み出した拾壱ノ型。どこか猗窩座の羅針を彷彿とさせる空気に、命は口角を少し上げる。

 

戦いを楽しいと思ったことなどないが、この時ばかりは心が踊った。

故に、自身の技で迎え撃つ。

 

「武の呼吸 神樂(カグラ) 魕還(オニガエ)し」

 

「…!」

 

義勇の表情が変わる。初めての経験だった。

 

ある程度の強さを持つ者ならば、説明しにくいがそれなりの空気を纏っている。勿論、命もそれを纏っているし、義勇が感じるその空気は、柱の中でもかなり上位の方だ。しかし、その命から、全てが消えた。

 

戦意も、浮かべていた笑みも、全てが無に還った。

 

間合いに入った攻撃、そして次の手を予測し、最低限の攻撃で敵を倒す。猗窩座の血気術を命流に改造して、作り上げた。

 

命は、猗窩座という鬼が嫌いではなかった。話している中で、どこか垣間見せる自身への嫌悪感に、僅かに見せた最後の笑み。あの最後の瞬間。命は殺されてもおかしくはなかった。猗窩座ならば、刺し違えるくらいはできたのに、彼はただ優しく微笑み、負けを認め、潔く散った。

 

彼は鬼だった。それと同時に命の目に映る彼は、武人であったのだ。

 

その彼の洗礼された技は、深く焼き付いていた。

 

彼に敬意を。地獄に落ちた彼に、せめてもの鎮魂を。

鬼である彼が、あるべき場所に還れることを願った。

 

故に、魕還し。

 

命が一歩踏み込み、間合いに飛び込む。互いの領域に入った瞬間。

 

 

無数の斬撃が閃く。

 

 

間合いに入った者全てを切り刻む柔の技と、進路を侵した攻撃を尽く弾き、反撃する剛の技が静かに激突する。

 

カウンターに次ぐカウンター。受けに対する受け。全てが静かに、然れど激流の様に流れていく。

 

それが、数分続いた時だろうか。ピタリと、どちらからともなく終わる。

 

フゥと滝の様に流れる汗を拭った命は、義勇に真新しい手拭いを投げる。

 

「使ってください。外に井戸があるので、そこで汗を拭きましょう。」

 

「…感謝する。」

 

隊服を脱ぎ、水洗いをしながら冷水で濡らした手拭いで体を拭く。無言の時間が続き、耐えきれず命が口を開く。

 

「……で、急にどうしたんです?何の目的で俺と?」

 

「………」

 

(………え?無視?…いや、これは…考え、てる?)

 

命の質問に何も答えない義勇に、困惑するが、何とか表情や雰囲気で読み取り、返答を考えていることがわかった。

 

数十秒待っていると、おもむろに義勇は口を開いた。

 

「…お前は、俺とは違う。」

 

「…え?えぇ…は?もっと、具体的に…何が?」

 

突拍子も無さすぎる発言に、やはり疑問符しか浮かばないが、次の言葉で漸く彼の真意を理解した。

 

「お前は、守りきったのだろう。護りたいものを。俺とは、違う。姉も、友も守れなかった俺とは、違う。だから…俺の様になるな。」

 

「………そういう事ですか…」

 

この人も、また鬼によって何かを失った類の人なのだ。その苦しみを、命に味わって欲しくないから、鍛錬をしてくれたのだ。

 

本当に、不器用で優しい人だ。

 

「…俺は、別に鬼に恨みなんてない。それでも、柱なんて、いいんですかね。」

 

「何故駄目だ?」

 

「いや…ほら、あの…傷だらけの…」

 

「不死川か。」

 

「そう、あの人…めちゃくちゃ睨んで来るので……まぁ、欠片も気にしてないんですが。」

 

そんなことを呟くと、義勇は若干考えるように目を細めて、数秒後に口を開いた。

 

「お前は、鬼を殺している。それも、上弦を単独で。」

 

「えぇ。」

 

「ならば、お前は誰よりも柱だ。守りたい者を守り、鬼を下した。それで十分だろう。」

 

「ふふふっ…なるほど、貴方はそういう人か。」

 

「…どういうことだ。」

 

この短い間で、義勇という男を理解した。この人、言葉が足りない上に、果てしない口下手。そのくせ、口を開けば、物事の核心をつくことばかり言う。わざと人の中にズケズケと入り込んでくる天然さに、命は呆れ笑いを零す。

 

「しのぶが嫌う訳だ…」

 

無駄を嫌い、沸点の低いしのぶからしたら、逆鱗にわざと触れてくる感じの物言いは、耐えられないだろう。

 

「……胡蝶妹か…良い仲だと聞いている。」

 

「えぇ、まぁ、そうですね。」

 

「お前は、守れ。何があろうと。」

 

「言われるまでもない。」

 

それを聞くと、義勇はまた無表情のまま踵を返した。

 

「邪魔をした。」

 

「いいえ、またいつでも来てください。少なくとも、俺は歓迎しますよ?」

 

「……感謝する。」

 

そうして、背を向ける義勇を見送ると、義勇は不意に立ち止まり、命に質問を投げかけた。

 

「時に、武布都。」

 

「はい?」

 

「…お前は、鬼に詳しいと聞いた。」

 

「えぇ、まぁ普通よりは詳しいですね。」

 

 

 

 

 

「…ならば、人を食わぬ鬼を、信じるか。」

 

 

 

 

 

義勇が帰った後、命は自室にてようやく訪れた好機に、興奮しながら、入念な準備をしていた。

 

(来た…!確実に夢で見た炭治郎君の事だ…!)

 

そう、このときを待っていた。夢の中で、最後の鍵だったのは竈門炭治郎の妹である禰豆子の血。それが人化薬の鍵となったのだ。それに協力した鬼がいる事も聞き及んでいる。

 

だいぶ前のことであるが、命は彼らを探していた。炭治郎の人柄を知っているせいか、他人に関せずの命も、彼の事は救いたかった。だが、あまりにも手掛かりがなく、二ヶ月ほど探して諦めてしまっていたのだ。

 

しかし、ようやくこのチャンスが巡ってきた。何よりも、早く禰豆子の血を調べあげ、薬を完成させる。

 

 

 

 

 

と、思っていたのだが。

 

 

 

 

あの天然言葉足らず鮭大根柱。それだけ聞いたら満足気に去っていきやがった。

 

 

(どこにいんだよあの兄妹は…!?てか、そこまで言って俺に言わないの信じらんないんだが!?いや、俺の答えも少し曖昧だったから悪かった……悪かったか?)

 

義勇の質問に『鬼という物が常識の外にあるんだ。例外だってあるんじゃないですかね?いるなら是非会ってみたい。』というものだった。

 

決して曖昧ではない。遠回し…と言うか殆どどストレートに『早く会わせろ』と言っている。のに、あの義勇(アホ)は気づかなかった。

 

「クソッ…肝心な所でポンコツなのは夢の通りだよ本当に…!」

 

怒りとも呆れともつかない感情が命を支配して、苛立ちを抑えられない。

 

竈門兄妹に協力していた鬼も探さねばならない。目的は目の前にあるはずなのに、変にお預けをされている気分だ。

 

しかし、問題だらけではあるが、これからすることはさして変わらない。

 

 

必要であるのは、鬼の研究と並行して「痣」の研究。

「痣」とは、人外の力を得る代わりに、25を迎える前に死に至ると言う、激しい反動がある1種のドーピング。

今代の柱は殆どが痣者だった、そう記憶している。

 

しかし、しのぶに関しては、恐らく出ない。彼女の小さな体では、熱負荷に耐えられないから。しかし、しかしだ。

 

 

カナエは、確実に痣を発現させる。

 

 

恵まれた才覚に、剣の冴え。これで出ないはずがない。痣で彼女が死んで、しのぶが壊れでもしたら、今までの努力が水の泡だ。

 

(…でも、前提条件として…誰かに痣者になってもらわなきゃ、調べようがない…それに、確実にその人は助からない…自分で出せれば良かったんだけど…)

 

命は、深くため息を1つ。

 

「猗窩座と戦って出なかったんだもんなぁ〜…」

 

極限環境に身を置く事で、痣を出せると思っていたのだが、甘かった。

 

命の推測だが、痣は人間が元々持つ力であると考えている。普段はその力の負荷に耐えられないために、体が無意識に力を抑えている。が、体を鍛え、極限の状態に身を置くことで、体がその力を抑えなくなる。その時に発現する物。言わば痣は副産物で、本質的なものはその力にあるのだと考えている。

 

この痣の研究を進めれば、痣者を救う事が出来る筈なのだ。それに、無休で動ける鬼が研究に加われば、正に鬼に金棒。研究を早期の段階で詰める事が出来る筈だ。

 

そう思案していると、襖の外から、人の気配を感じた。

 

『…命様、少しよろしいでしょうか。』

 

「アオイか。あぁ、構わないよ。」

 

襖を開けて入ってくるのは、ツリ目のキリッとした少女。神崎アオイ。鬼殺の隊士ではあるが、鬼に恐怖を覚え、剣を握れない隊士。今は蝶屋敷にてカナエやしのぶ、命の補助を行っている。

 

「────この時に処方する薬ってこれでいいのでしょうか?」

 

「あぁ、それで構わないよ。それと────」

 

彼女とする話は、大抵仕事の話。世間話なんてほとんどしない。

 

命は、普段は無口な方だ。喋る時はだいたいしのぶ絡みか、研究の話。

生真面目なアオイも命と世間話をする事はほとんど無い。

食事の時に幼い三人娘や胡蝶姉妹とはしているが、意図的に命にはあまり話を振らない。嫌っている訳では無い。ただ、彼女が空気を読めるだけだ。命はこの少女の接し方が嫌いではなかった。

 

「命様は…怖く、ないのですか?」

 

しかし、そんなアオイが珍しく仕事以外の話をしてきた。

 

「怖くないって…何が?」

 

「鬼と、戦う事です。」

 

なるほど、と命は納得した。鬼に恐怖し、剣を握れなくなった彼女故の質問だろう。

 

「いや、怖いに決まってるだろ。」

 

しかし、命はあっけらかんと返した。

 

「え…で、では何故!鬼狩りをしているのですか?」

 

「金だよ、金。それに、もう一つの理由は知ってるだろ?」

 

「え、えぇ…?」

 

さも当然と言わんばかりに返されたアオイは、若干混乱しながら、疑問符を浮かべ続ける。そんなアオイに、深い溜息を吐き出して、あのな…と呆れ気味に続けた。

 

「誰も彼もが、鬼への恨みで戦ってる訳じゃない。それに、俺はこの組織の異常さの方が恐ろしい。それこそ、鬼より。」

 

「鬼…より?」

 

「そう…柱連中と会ってわかった。アイツら殆ど全員狂ってる。しのぶも、師範も含めて…ね。」

 

「お、お2人は…!」

 

「君もとっくにわかってるだろう?2人を含めて、恐怖という感情が欠如してる。人として、大事なネジが何本かぶっ飛んでる。とっくに狂っちまってるのさ。特に…あの御館様の『意志を繋ぐ』事に対する執着…あれは、洗脳だ洗脳。」

 

正確には、鬼に狂わされた。なのだが。それ以上に、命は「意志を繋ぐ」と言う事に、異常さを見出していた。

 

「言葉ってのはね、呪いだ。呪縛と言ってもいい。」

 

「呪い…?」

 

「そう。言葉は深く残る、近しいものが口にすれば尚更深く…それが、最後の言葉(遺言)なら、一生消えない(呪い)になる。」

 

「…それ、は…」

 

その最後の言葉に縛られた人を知っているから。この組織に属する者の殆どにあるその精神性の異常さを、よく理解している。

 

「っと、話が逸れた…アオイ、君の事だ。臆病者の自分は役に立っているのか。そんなことを聞きたかったのだろう?」

 

「…は、はい…」

 

「なら役には立ってる。人としてその反応は当たり前。責められる筋合いは無い。君は、戦えない隠の人達を役立たずと罵るか?」

 

「い、いいえ!そんな事は…!」

 

「それにな、戦いが終われば…非日常に身を置いてた俺たちは無用の長物。それこそ、君のようなありふれた日常を生きる者にこそ…俺は憧れる。臆病さを捨てるな、恥じるな。恐怖を捨てるな。君だけは狂うな。俺達が、鬼を殺すから。君は蝶屋敷(ここ)で戦ってくれ。」

 

そう言い切ると、命は満足したように微笑む。

アオイがその微笑みを見やると、意外そうに目を見開いた。

 

「…なんだその反応は。」

 

「いえ…命様って、案外優しいんだなって…」

 

「君は俺の事なんだと思ってるの?」

 

「しのぶ様にしか興味が無くて、鬼を殺す為なら市民をも利用する非道な人…?」

 

「…間違ってないからなんも言えない。」

 

ガックリと肩を落とした命に、アオイはクスクスと笑った。

 

「なにさ…からかってるの?」

 

「ふふっ、いいえ。私の思っていた命様の印象と…本当は随分違うんだと思って。しのぶ様が好きになったのも、少し頷けます。」

 

「…そ、そうか…なら、いい。印象の変化は大事だ…いい方向の変化なら尚更ね。」

 

若干の照れ隠しをして、命は頭を掻いた。やはり、そんな彼を見るのが新鮮だったアオイは、快活に笑っていた。

 

命は、そんな彼女を見ながらしのぶに常々言われていた事を思い出した。

 

『命!アオイと仲良くしなさい。蝶屋敷に一緒に住んでるんだから、食事中に一言も喋んないの、見てて怖いから。』

 

(別に、仲悪いわけじゃないんだけどなぁ…)

 

少し愚痴を零しながら、命はやれやれと首を振った。

 

「…あー、アオイ。仕事はまだあるのか?」

 

「いいえ、もう夜の夕餉の支度だけですが?なにか仕事ですか?」

 

「あー、いや。暇なら、茶でも飲まないか?色々と、話してみたいと思ってさ…君とは、あまり話してこなかったから。どう、だろうか…?」

 

そう言うと、固まったアオイは、また吹き出して笑う。ポカンとしている命には、何がおかしいのかわからなかった。

 

「すっ、すみません…!どうしても、ふふっ…しおらしい貴方がおかしくって!えぇ、喜んでそのお誘いお受けします。用意しますから、縁側に…茶漬けはカナエ様が買ってきてくれた『カステラ』にしましょう。」

 

「あ、うん…待ってるわ。」

 

上機嫌に台所に向かう。不思議な気分だった。しのぶに感じる親愛とはまた別で、なんとも言えない気分。もしや、これが友達と言うやつなのだろうか。

 

「でも…うん、悪く…無いかな。」

 

1人微笑んだ命は、上機嫌に縁側に座り込んだ。その時、慌てたようにバサバサと飛び込んでくる、命の鴉が目に入った。

 

『急患ッ!急患ーッ!産屋敷あまねから伝言!伝言!『即時に対応出来るようにお願いします』伝言終了ーッ!カァーッ!』

 

「はいはい…ったく、休めそうにないな。アオイー!」

 

その数十分後に、帰ってきたしのぶに伝え、急患の手術準備を行う。

 

そして、その日。

齢16歳。武布都命は、思わぬ邂逅を果たす事になる。

 

「武柱様!急患です!至急処置を!」

 

「準備しています、アオイ、あまね様を客間に。急患はこっ、ち────」

 

「命…?どうした────え?嘘…」

 

運ばれて来た患者を見て、命は頭を真っ白にしてしまった。

 

まだ幼さが目立つ、毛先に青のグラデーションを持つ長髪の少年。ボロボロではあるが、端正な顔立ちは、どこか鏡を見ているような気分になった。

 

「この子…命…?」

 

その顔は、命と瓜二つであった。

 

 



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始まり

お久しぶりです…ごめんなさい。大学の課題に追われ、原神がリリースされ、APEXシーズン切り替えに追われ…遅れてしまいました…

ちょくちょく更新出来たらいいなと思ってます。

映画まだ見れてません。面白いですか?感想欄で教えてくださいね!(露骨)


手術があらかた終わり、何とか峠は超えた。後は、この少年の精神力に期待するしかない。

 

処置も滞りなく成功し、問題は何も無い。しかし、命は浮かない顔をしていた。

 

「……ねぇ、命…この子って…」

 

「他人の空似と言うには、似すぎだ。それは無い…恐らく、俺の血縁者…なんだと思う。」

 

「そ、それじゃあ…」

 

良かったね。なんて、命を知っているしのぶは、言えなかった。こんなに困ったように、戸惑っている命を見たことがなかった。

 

命は、家族という存在に縁がない。気がついたら1人だったから。なんで自分だけ。なんて思うことは無い。いまは、とても幸せだから。でも、感情が少年との邂逅を拒んだ。

 

(夢で見たことが無い…霞柱、時透無一郎…そうか、俺は会った事が無い。柱稽古も参加しなかったし…縁もなかった…)

 

時透無一郎。これが、昏睡状態の少年の名前。

後の霞柱である、命のふたまわり以上の天才。

 

懸念するのは、彼の兄の存在。なんでも、その兄も彼と瓜二つだったらしい。つまりは、命とも似ているということだ。

 

でも、その兄は鬼に殺されたとの事。目の前に死んだはずの兄に瓜二つの他人など、気持ち悪くて仕方ないだろう。

 

「み、命…」

 

「…俺は、大丈夫だ…」

 

「で、でも……」

 

「あまね様に呼ばれてるから、俺は、行くよ…」

 

俯きながら出ていった命の背に、しのぶは何もする事が出来なかった。

 

夜中から手術を開始して、既に早朝。しかし、揺らいだ心持ちの命が眠れる筈もない。そうして、かの少年を連れてきた産屋敷あまねと向き合った。

 

「…お話とは、なんのことでございましょう。」

 

「お話すべきか、悩みましたが…あの少年、時透無一郎の話と、そして……あなたの話です。」

 

産屋敷あまねに聞かされた彼の素性。それは、夢で聞き覚えのあった霞柱、時透無一郎本人で間違いなかった。しかし、初めて聞かされたのは、彼の血筋の話。

 

それは、命にも関わるものだった。

 

「武柱様。始まりの呼吸…【日の呼吸】を、ご存知ですか?」

 

「それは…!」

 

その言葉に、命は心臓が跳ねるような思いだった。確か、それは、夢で炭治郎が扱っていた『ヒノカミ神楽』なる舞の別名だったはず。

 

考え込んだ命の反応を見て、あまねはやや驚いた表情を見せてから、言い淀むように続けた。

 

「ご存知、なのですね…彼は、その始まりの呼吸を編み出した剣士の末裔。そして……瓜二つである、貴方も────」

 

「それ以上は、お待ち頂きたい。私の事であるのなら……胡蝶しのぶをここに同席させても、よろしいでしょうか。」

 

「花柱様の継子様、ですね。はい、貴方のことですので、命様さえ良ければ……」

 

「…では…八咫(ヤタ)、しのぶを呼んできてくれ。」

 

コクリと頷いた命の鎹鴉、八咫は器用に襖を開けてしのぶを呼びに行く。

 

二人の間で無言の間が出来る。流石に、直属の上司の妻に気を使い、普段は余り喋らない命でも口を開く。

 

「…御館様のその後は、いかがですか。」

 

「はい、とても安定しております。命様の治療以降、顔の侵食もほぼありません。今も家族の顔が見れるとは思っていなかったと、日々感謝しておりました。私からも、感謝を。」

 

「いえ、研究と…仕事ですから。御館様を実験台にしたようなもの…本当に侵食が止まったのか、俺の立てた仮定が確実なわけではありません。もしもの時は、罵倒される覚悟もしております。」

 

「ふふ、そんな事は有り得ません。過程はどうあれ、あの人を救ってくれた事は確かなのです。子供達も感謝しています……本当に。」

 

「……では、お気持ちだけ頂戴致します。」

 

そうして、また沈黙が訪れる。

 

正直、命自信口が回る質ではないため、何を話していいか熟考しても何を話していいかわからなかった。そうして目を回していると、タイミング良く外にしのぶの気配を感じた。

 

『胡蝶しのぶ、参上致しました。』

 

「あぁ、入ってくれしのぶ。」

 

失礼しますと入って来たしのぶは、あまねを見て驚いたように目を見開いて、オロオロしてから、命に助けを求めるように視線を送る。命は、自分の隣に来るように動作をして、しのぶを落ち着かせる。

 

スっ、と命の横にピッタリとくっついたしのぶは、どうしたものかと思案してから、挨拶を丁寧に行った。

 

「挨拶が遅れました。お初にお目にかかります、あまね様。私、胡蝶しのぶと申します。」

 

「ご丁寧に、ありがとうございます。産屋敷あまねと申します。」

 

一通り挨拶を終え、本題に入るべくあまねは佇まいを整えた。

 

「先程…あの少年の話を致しました。彼、時透無一郎は、鬼殺隊の始まり…始まりの呼吸を生み出した剣士、その末裔。そして、瓜二つである貴方も……」

 

「始まりの呼吸…?」

 

「日の呼吸、そう呼ぶらしい。」

 

「日?炎では無く?」

 

「はい。この呼吸は、全ての呼吸の源流にして、鬼舞辻無惨を追い詰めたと言われております。」

 

「鬼舞辻、無惨を…!」

 

「……」

 

知っている。どのような呼吸であり、どの様な型なのか。今それを、誰が使えるのか。しかし、ここで知っていると言っても辻褄が合わない。せめて、炭治郎が来るまでは、自身の事は秘さねばならない。

 

「つまり、その日の呼吸を使えるかもしれないあの子を、勧誘する為に訪れていたと…」

 

「…油断、していたのです。武柱様が上弦の参討伐してから2年…鬼の活動は驚く程に少なくなりました。だから、彼らに護衛をつけることも無く…」

 

確かに、命が柱になってからは鬼の活動は減った。この2年で上弦や、下弦が現れた報告は無い。命自身、研究に熱を入れていたことを考えても、明らかに任務の数も減った。柱が動く任務は、月に3度あれば多い程には減っていた。

 

「…鬼の居ぬ間に、戦力を増やしたかったことは理解します。現実的な戦力増強…特に言うことはございません。」

 

「……責めないのですね。」

 

「確かに迂闊ではありましたが、私と彼は赤の他人。同情はしますが、それ以上の感情はございません。血が繋がっていたとしても…今は、まだ彼と俺は他人だ。なんの関係も築いていない彼には、それ以上の感情は持てませんので。」

 

冷徹ともとれる言葉ではあるが、命と言う人を理解しているしのぶは、らしい、とも思いながら、呆れるようにため息を吐いた。

 

(『まだ』…ね…本当に不器用なんだから。)

 

そうして、言葉に含まれている真意に気づいたしのぶは、やはりニコニコと命を見ていた。

 

「…なに笑ってるの。」

 

「別に〜?いつも通りの命だなぁって思っただけよ。」

 

どこか含みのある言葉に、命は自分の心を見透かされているようで、居心地悪そうに頭を掻いた。そんな二人を見て微笑ましげに笑っていたあまねは、また真剣な眼差しのまま命に尋ねる。

 

「武柱様…貴方の呼吸、武の呼吸は…日の呼吸なのでしょうか?」

 

これが本題か、と命は察した。

その血筋が使えるかもしれない始まりの呼吸を、命がもしや使っているのではないかと、そう聞きたかったのだろう。

 

しかし、違う。

 

「…残念ながら、この呼吸はしのぶと共に練り上げた物…他の呼吸とは別ものなれど、原型はある男の剣術。日の呼吸とはまた別のものと考えた方がよろしいかと。」

 

「そうですか…失礼致しました…」

 

「いえ、お気になさらず。期待するのも分かりますので。」

 

そうして会話が途切れ、そろそろ終わりかと思った時。あまねが口を開いた。

 

「お2人は、好い仲なのですね…」

 

その言葉に、2人は顔を見合わせて柔く微笑み、身を寄せあった。

 

「……えぇ、かけがえのない存在です。」

 

「まあ…!良い事ですね…祝福致します。」

「ありがとうございます、あまね様。」

 

そうして、あまねは憂う様に襖から覗く庭を眺め、ポツリと零した。

 

「…この組織には、お二人のように…未来を見る者が少な過ぎます。夫を含め、柱の皆様ですら…私は、少し怖い。鬼に狂わされたこの組織が、真に狂ってしまうのではないか…次に繋がるようにと願って、誰もが逝ってしまう未来がある様な気がして…」

 

「あまね様…」

 

「お2人はどうか…生きてくださいね…」

 

それだけ言って、部屋を後にした。残された2人は、彼女の言葉を胸に刻み、手を取りあった。

 

「…私ね、死んでもいいと思ってたの。鬼を殺して、誰かを救えたのなら、それでいいって…でも…私、生きたい。貴方と生きたい…前は、こんな気持ちなかったのに…今は、どうしても生きたい。」

 

どこか、心の奥底にあった棘が取れたように、清々しい顔で、しのぶは命の手を握った。

 

小さな、小さな手を取って、命は柔く包み込む。この人を守りたい、この人と生きたいと願うように。

 

「ああ…生きないとな。」

 

「うん…」

 

そして、命は決意をより固める。強くならねばと。

 

思い出す、命の起源ともなっている男。命の知る中で最も流麗で、力強い太刀筋。齢70を超えた老人の細腕から繰り出されるくせに、痛みすら感じる間もなく沈んでいた。由緒ある道場の師範を軽く捻った命が、赤子のようにあしらわれた。

 

たった1度、間が悪かった。本能的に避けていたあの老人が、何故か道場にいた。まだ、その辺の餓鬼だったころ。食い物を求めて忍び込んだ庭から見えた、ただの素振りに、心を奪われた。無駄の一切ない太刀筋、自然の摂理であるように振られる木剣が、どこか舞うように見えた。人を倒すために編み出された様なその剣技が、今でも記憶に染み付いている。

 

その記憶を辿りながら、決心を鈍らせることなく、命は筆を走らせた。

 

 




このしのぶはあまね様と初めてこの時に会います。なんと言おうと初めてなんです。


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蝶屋敷日記:胡蝶カナエにとって

今回の蝶屋敷日記から、蝶屋敷日記のみで大正コソコソ噂話を記載します。

主に命の事。武の呼吸の解説などを載っけときます。


あれは、5年前。しのぶが最終選別に向かって2ヶ月がすぎた頃。その時に、彼を連れてきた。

 

それが、私と彼の出会い。

 

「姉さん、友達を連れてきたの!ほら!入りなさいよ!」

 

「…武布津命、よろしくお願いします。」

 

「あらあら!しのぶがお友達を連れてくるなんて!今日はお赤飯ね!」

 

「姉さんっ!?」

 

「飯くれるなら食べる。」

 

しのぶに半ば無理やり連れてこられたような彼は、無表情のまま淡々と挨拶をした。

 

どこか、眠っているように見える彼は、とても不思議で、掴みどころのない感じの人だった。

 

最終選別で手を取りながら助け合ったふたりは意気投合。しのぶが選別でのお礼がしたいと誘ったが、礼を言われるほどのことはしていないと断られ、その場はお開きとなったそう。けれど、初任務で再開して、鬼を狩り続け絆を育んだみたい。それで、遠慮する彼を半ば無理やり連れてきたらしい。頑固なしのぶらしいと言えばそうだったけど、男の子と仲良くなるのは珍しかったから、嬉しくなって少し舞い上がってしまった。

 

「────それでね!鬼に囲まれた時に、あっという間に首を切っちゃったの!強いのよ命は!」

 

「何故か怒られたけど。」

 

「そ、それは忘れて!」

 

「嫌だ。」

 

彼の話は聞いていたし、非力なしのぶを助けてくれる、好少年だった。硬い表情は変わらないけれど、所作や雰囲気から優しさを感じる子だった。聞けば、彼はその時点で既に、鬼を25程斬っているらしい。彼の鎹鴉に確認したから間違いはない。彼はあまり頓着していなかったけれど、当時居た私の継子達よりも実力は上だった。

 

それで、誰に剣技と呼吸を教わったのかを聞いてビックリ!

 

彼、自分で覚えたらしいくて、聞けば、まだ鬼殺隊に入る前、近所の剣術道場の稽古を盗み見て、剣術を覚え、ある人の技を盗む為に勝負を挑み続けたらしい。

 

日輪刀ですら拾い物で、最終選別後に刀を作ってもらわなかったらしい。と言うよりも、話を聞いていなかったらしく、刀を貰えることすら知らなかったとか。

 

けど、刀はやっぱりこれでいいって言って、そのまま。なんでも、まだ使えるのにもったいない。との事だった。

 

彼らしいってしのぶは笑っていたけれど、私は信じられなかったわ。

 

挙句の果てに、何の呼吸の使い手なのか聞いて「……?」って困り気味に反応された時は、こっちも困っちゃったわ。

 

全集中の呼吸は使えるし完璧なのよ?でも、型を知らなかったし、呼吸の名前すら知らなかった。

 

なんの適正があるのか見てみようと、私の継子の一人と稽古をする事になって、ようやくわかった。

 

決して、彼と立ち会った子は、弱くなかった。寧ろ継子の中でも特に強い子だったのに。彼は平時と変わらぬ真顔で9連撃を弾き返し、高速の突きを首元で寸止め。怪我をすることもさせることも無く稽古を終えた。

 

彼は本当に強かった。

 

彼と稽古をして、彼の強さがよくわかった。型なしで鬼と渡り合う剣技の美しさには、本当に目を見張った。加減していたとはいえ、私の型をただの剣技で弾き返された時はみんなして驚いたわね。

 

それで、寝泊まりも野宿かお世話になっている藤の家紋の家しかないらしくて、適性もありそうだから、すぐに継子に勧誘して、結構強引に継子にしたわ。

あの子は、継子の3人ともすぐに打ち解けて、姉さんって呼ばされてたわね。カナヲと仲良くなるのも早かった。

 

あの子達3人が…まだ鬼殺隊に居た頃の話。

 

あぁ、勿論亡くなってなんかないのよ?今もちゃんと元気に生活してるみたいだから。

 

簡単に言えば、鬼殺隊を辞めた。悲しかったけど…うん。私は賛成しちゃったわ。彼が、特に強くやめて欲しいって言っていたからね。任務で下弦ノ鬼に遭遇して、ボロボロにされて…心に傷を負って…彼と協力して、なんとか救えたけれど、心までは治療できなかった…。

 

蝶屋敷から去っていくあの子達を、彼は嬉しそうに眺めてたわ。

 

「…姉さん達には生きる価値がある。女の幸せを掴んで…それで、全部忘れて生きて行って欲しい……あぁ、そうか……俺、死んで欲しくなかったんだ。姉さん達に。」

 

まるで、自分には生きる価値が無いから。そう言うように語った彼は、彼女達の背中が見えなくなるまで手を振ってた。

 

その時から、彼はよく笑うようになった。今までの無表情は変わらないけれど、表情が豊かになった。

 

それから少しして、彼は私の継子として、本格的に修行を始めた。もはや癖で型を使わずに戦う事は許したけど、念の為と花の呼吸の型を教えてやらせたらあら不思議。すぐ覚えて、私が再現できなかった幻の型を再現までしてしまったのよ。

 

うん、本当に彼はすごいと思ってる。

 

あの時…私に背を向けて、上弦の弐に立ち向かう彼を。上弦の参と邂逅し、殿を勤めた彼を…私は尊敬したわ。連続で遭遇したのに、生きて帰ってきてくれた。

無力を痛感した。必死に並ぶ力をつけた。けれど、未だに彼に届く気がしない。剣技の質というものが根本から違う。

 

それから、夜中に逢引している二人を見て、凄く嬉しかった。

 

彼には本当に…感謝しかない。しのぶの為に、彼は剣を振るっている。心を奮い立たせている。それがどれだけ嬉しい事か…

 

彼は、私がいなくなっても、しのぶが生きることへの楔になってくれる。

 

いつか私が居なくなっても、彼がいてくれるから、もう私に憂いは無い。

 

えっ?私にとっての彼?

 

うーん、そうねぇ……とても出来のいい自慢の義弟かしら!

 

私は、その未来を願っている。

 

彼としのぶが、笑って子を抱えている未来を。

 

それだけで私にはもう、思い残す事はないわ。

 

えぇ、本当に…本当よ




大正コソコソ噂話①
命は今まで刀を作ってもらったことがなく、拾い物でずっと戦っていた。とてつもない貧乏性を発揮して、まだ使えるまだ使えると、拾った刀を童磨との邂逅まで使っていた!その後初めて刀を貰ってテンションが上がり、一日中見つめていたことがある。命の刃の色はまだ内緒!


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起源の刃

その太刀筋は、酷く透き通っていた事を今でも覚えていた。11年前にみた情景は、未だに脳裏に焼き付き、命の剣技の核となる存在だった。

 

子供ながらその美しさに惹かれ、古びた木刀を拾って、川の水面に移る自分の姿を見ながら、手の豆が潰れようが、握力が無くなろうが、目に焼き付いた太刀筋を只管になぞっていた。それがどうしようもなく楽しかった。

 

日に日に削られていく無駄な動き。徐々に流麗になる太刀筋は、優しさを孕んだように緩やかで柔を帯びた。木刀を振り始めて2年が経った頃には、水面を揺らす無駄は消え、剣速は既に大人のそれを優に超えた。

 

そうなると、試したくなるのだ。自分の力は、どの程度通用するのか。

 

そして、近隣にあった剣術道場、武道場の門を片端から叩き、自分の力を試した。

 

道場破りをして師範級を打ちのめし、看板の名前と引き換えに飯をたらふく食べた。

その日から、あらゆる道場の師範級が勝手に命に勝負を仕掛けてきては、飯や金の代わりに勝負を引き受けた。命は、当たり前のように挑戦する尽くを打ちのめした。

 

狡い盗人をしていた幼少よりも、ずっといい生活ができるようになったころ。

 

命は、所詮井の中の蛙である事を知った。

 

命が10の頃、最高の機会が巡ってきた。自分が剣を握ったきっかけである名も知らぬあの老人との立ち合い。

 

結果は、勝負にすらならなかった。何が起きたのかすら分からなかった。見えた太刀筋は辛うじて一閃。体の跡を見てわかったが、6度攻撃をされていた。超高速の6連撃を防げることもなく、命は為す術なく沈んだ。

 

努力は怠らなかった、あんたのようになるために。

 

修練は欠かさず毎日行った。あんたに近づくために。

 

なにが、何が足りないのか。

 

そう叫んだ命に、老人は静かに告げた。

 

 

 

何が為に、剣を振る。

 

 

 

命は、何も言えなかった。そんなこと、考えたことも無かったから。そんな理由、必要がなかったから。

 

無言で呆然とする命に、老人は微笑みを向け、答えは、またいずれにしよう。今は、食べなさいと、握り飯を差し出して来た。

 

貪るように食べる命を、優しく撫でて、老人は快活に笑って、しっかりと語った。

 

何かを極めた者が辿り着く場所は、いつも同じだ。いつか、お前もここに来いと。

 

それから、道場の一室を貸し与えられ、道場で暮らすことになった。老人に技を教えてくれと言うと。

 

盗んでみろ。

 

と悪戯っぽく笑われるだけ。だから、意地で勝負を挑み続け、技を盗んだ。必死に、強くなる為に。生きる意味も、存在理由さえ分からなかった命には、剣を握るだけで、十分な理由があると思えた。

 

鬼殺隊の隊士と邂逅したのも、丁度このときだった。夜の鍛錬に向かっていたら襲って来た雑魚鬼。それが鬼の存在を初めて知った時だった。

いくら叩きのめしても再生する鬼を練習台に、数多の技を放っていたら、鬼殺隊がやって来て、そのまま首を落として終わらせた。

 

そこで、呼吸の仕方を覚え、剣の修練と同時に、全集中の呼吸の修練を同時に行い始めた。

 

呼吸を扱える様になって、剣技も上達した。その命が1年間に及び勝負を仕掛け続けても、老人に勝てることは無かった。そして、暫くすると、あの老人はただ1文、己の刃を見つけたら会いに来なさいと書き置きを残し、それ以降会うことはなかった。

 

だから記憶を、憧憬を辿って、必死に剣を振った。

 

鬼殺隊の隊士の言葉を思い出す。

剣を振って、鬼を殺すだけで金が貰える。いつか、こうして剣を振るえれば楽しいだろうと夢を見て、呼吸の修練とともに、剣の修練を続けた。

 

そして、ある日唐突に、なんの前触れもなく、なんの前兆も無く。

 

命の刃は、六の軌跡を一筋に束ねた。

 

そこに興奮はなく、動揺もなく。ただ、己が老人の領域に片脚を踏み入れた事だけが、ストンっ、と理解出来た。

 

程なくして、過去に拾った鬼殺隊の殉職者の刀を担いで、道場を後にした。東京にあると言う、鬼殺の本拠地。そこに行けば、己の刃が見つかる気がして。

 

懐かしい情景は、未だに己の起源として残っている。

 

あの澄んだ太刀筋を、ずっと求めた。今だって、ずっと求めてるんだ。あの頂きに座する、老人の背を。

 

 

 

そうして、思い出の海から目覚め、目を開ければ、懐かしい風景が飛び込んでくる。住宅地と森を隔てる境界線。このど真ん中に建つ、ボロ小屋。未だに残っているとは思ってもいなかったが、帰巣本能というのか、どうしてか足を運んでいた。

 

「ここが、命の住んでた場所…?すごく…その…」

 

「あ、やめて、惨めになる。これだから金持ちは……さぞいい暮らししてたんだろう?」

 

「わ、悪かったわよ…!」

 

若干拗ねた命に苦笑したしのぶは、悪い事をしたと反省した。

 

2人が今いるのは、東京府から遠く離れた佐賀県。列車と馬車と船を乗り継いで、1週間かけてようやく辿り着いた。命が育った場所である。

 

蝶屋敷での業務は悪いとは思ったが、カナエとアオイに任せ、命はしのぶを連れてある人物に会いに来ていた。

 

「この街並みも酷く懐かしく感じる。」

 

「…ねぇ、良かったの?あの子を任せても…」

 

しのぶが言ったあの子とは、時透無一郎。彼の事。血の繋がった唯一の人のその後をアオイやカナエに任せてよかったのかと。

 

「…いい。カナエさんの医者としての技術は高いし、アオイも補佐できる。何かあってもあの二人なら、問題ない……それに、見立てではまだ目覚めるまでに時間はかかる… 」

 

「だからってこんな遠くに来なくったって…」

 

「あの人との約束なんだ…それに、いついなくなるかも分からない。早い方が良かった。」

 

「……約束約束って…私、その約束知らないんだけど?」

 

「後で話してやるさ。そら、腹拵えでもしよう。」

 

「ちょっと!遊びに来たわけじゃ…!まったく、もう…っ」

 

そう言って、しのぶの頭に手を置いて急かして、食事処を探しに先を歩いて行く。

しのぶはしのぶで、撫でられた頭を抑えて唸り、不承不承と言った具合に、命の後を追った。

 

 

 

「それで?約束ってなんなのよ。あっ、このイカ美味しい!」

 

「別に、大したことじゃない。理由を見つけたら、逢いに来なさいと言われていただけさ。ほんと、イカ美味いな。」

 

「だろうお二人さん!うち自慢の活け造りさね!あとね、ちょいと値は張るけど、鯨肉の唐揚げも家の看板商品さ!」

 

「鯨肉!頂きましょう、命。」

 

「あぁ。じゃあ、それも1つお願いするよ。」

 

「あいよ!ちょっと待ってな!」

 

街で有名だと言う食事処に入り、2人して名産の食事を楽しむ。

遊びに来た訳では無いが、これくらいの楽しみがあって然るべきだと、命に説得されて、さっきまでブチブチ言っていたしのぶも、結局楽しんでいる。

 

「…悪いな、こんなとこまで。」

 

「…何よ?気にしてないわ、修行しに行くって言ってたし、私もそれに付き合う形なだけよ。」

 

「それでもさ。俺の事情で来ただけだから…」

 

「いいのよ、貴方は気にしなくて!私は来たくて来たの!いい?」

 

「あ、あぁ……ありがとう、しのぶ。」

 

「…いいって言ってるでしょ。」

 

ツンと突き放したように言ったしのぶだが、単に照れてるだけなのは、耳が赤い事を見ればバレバレだ。そんなしのぶを微笑ましく思っていると、ドンッと揚げたての唐揚げが運ばれてきた。

 

「お待ち!たんと食べとくれよ!お似合いなお2人さんにサービスでオマケしとくよ!」

 

「あっ、ありがとうございますっ!」

 

「どうも。」

 

少し赤くなったしのぶをよそに、命は爽やかに笑って流す。なんだかんだ言って満更でも無いが、後で揶揄うネタにしようかなぁとか考えていた。

 

カラッと揚がった唐揚げを前に、しのぶは目を輝かせ、早速手をつける。もりもりと消えて行く空揚を見て、余程気に入ったのだろうと命は笑った。

見た目には全く分からないが、胡蝶しのぶは意外と健啖家。けれど、ほとんど体型が変わらない。どこにその栄養が行ってるのかは、見れば分かる。見れば分かるのだ。

 

夢のしのぶは、共に居た時間こそ短かったが、どんどん痩せていく一方だったから。なんだか、感慨深いものがある。

 

(…本当に立派に育って…)

 

命は拝む様にしのぶの一部分を眺める。どこを、とは言わない。

 

「…コラ、どこ見てんのよ、変態。」

 

「……健全な反応だ、許せ。」

 

女性とは、やはり視線に敏感なのだろうか。絶対にバレないと思っていたのに普通に怒られた。

 

「…暫く嫌よ……貴方…夜、優しくないから。」

 

「だから謝ってるだろ……もしかしてこれ死ぬまで言われるのか?」

 

「あら、どうかしら?」

 

くすくすと笑うしのぶに、どうにも敵わないと頭を抱えれば、弱点を見つけたと言わんばかりに頭を突っついてくる。こうして弱点を晒すことは珍しいから、存分に揶揄おうという魂胆が見え見えだ。

 

いたたまれなくなった命は、もういいだろうと金を取り出す。

 

「…そら、食ったなら行くぞ。ごっそさん、美味かったよ。」

 

「あっ、待ちなさいよ!ご馳走様でしたー!女将さん、美味しかったわ!」

 

「まいど!ありがとうね!」

 

代金を机に置いて、空の食器を纏めた命としのぶは、足早に目的地へと向かった。

 

 

「ここ…なの?」

 

「そう、ここだ。」

 

そこは荘厳な趣がある、大きく古い道場。湿った木の匂いと、稽古場から響く素振りの音すら、命をあの荒んでいた頃へと戻された気がした。

 

(俺が…ここに戻ってくるなんて…考えもしなかった。)

 

昔の命のままであったのなら、きっとここに来る事は、生涯なかった。けれど、今は違うのだ。

 

(そうだ…俺はもう違う。今は、しのぶが…彼女が……)

 

隣に並ぶしのぶの手を取ると、しのぶは驚いた様に体を固めたが、直ぐに微笑みながら握り返した。

 

遠慮なく立ち入った命は、迷うこと無く奥にある離れの道場に向かう。

 

その道場に近づく度に、えもいえぬ緊張感が、しのぶに纒わり付く。

 

「凄い…ここ…なんて言えばいいのか分からないけど…全然違う…」

 

「……もういるのか。」

 

「いる?誰が?」

 

「先生だ。俺の剣の。」

 

何の変哲もない道場なはずなのに。この場所だけがこの現世から隔絶されたような雰囲気を醸し出している。どうにも引き寄せられるような、不思議な空気があった。

 

そして、命の師を初めて見るしのぶは、どんな人物なのだろうと夢想する。

 

とてつもない大男だったり、剣狂いの狂犬のような男を想像して、少し怖くなった。

 

どこか心ここに在らずなまま、しのぶは命の背中を追う。

 

そうして、その中に入れば、1人の老人が正座をして、ピクリとも動かずに、その場にあった(・・・)

 

あまりにも動きがなかったその老人を、はじめしのぶは置物かと思ったのだ。

呼吸による体の上下。止められるとは思えない筋肉の震えも、何もなかったその老人に、しのぶは植物を幻視した。

 

そして、道場に漂う不思議な空気の発生源が、この老人であることに気がついた。

 

「────7年。まさかお前が、女子を連れてくるとは、思いもしなかった……お前の刃は、その女子という事か。」

 

「……先生。」

 

「えっ、え?な、何の話?」

 

命の言葉から、この人が、命の師なのだと理解した。

 

しかし、全く話を理解できないしのぶとは反対に、分かりきったように話す二人。

いい加減分からなくなってきたところ、老人がしのぶに顔を向けた。

 

「はじめまして、お嬢さん。遠路遥々、よく来てくださった。何も無いところだが、ゆっくりして行って欲しい。」

 

その老人は、至って穏やかにしのぶを見つめた。白髪の長髪は丁寧に纏められているが、肌の感じや、声の質を見るに、凡その年齢は70歳前後。しかし、その高齢を感じさせぬ程に、風格があった。鋭くも優しい眼光、伸びた背筋に、握り拳から見える剣ダコは、しのぶのそれよりも厚く、堅く硬質化していて、年季を感じさせた。

 

自身の想像よりも、ずっと優しそうなこのお爺さんに、しのぶはなんだかドギマギしてしまう。

 

どこか、初めて命に会った時のような。

 

あの時を、無意識に思い出していた。

 

「あっ、えっと、その、ありがとうございます…」

 

「可憐なお嬢さん。自己紹介をしたい所だが…申し訳ない。そこから五歩、下がってはくれんか」

 

「えっ、ここから…?」

 

「少し、下がっていて欲しい。」

 

よくわからず、言われた通り1歩ずつ下がり、その4歩目。

 

自然に、本当に自然に、老人は膝に置いた握り拳を緩め、自分の脇に置いてあった刀に置いた。

 

次に老人が出した声は、さっきと同一人物とは思えない程に、底冷えする様な殺気を孕んでいた。

 

「抜けい。」

 

 

 

 

「耄碌したか────もう、抜いてる(・・・・)ぜ。」

 

 

 

 

そして、命のその言葉と同時に、しのぶが5歩目を踏み出した。

 

その瞬間。なんの前触れもなく、老人が消え、命を襲う一筋の軌跡を、しのぶは見た。

 

道場に響く八度の剣戟の音(・・・・・・・)。いつの間にかしのぶの前に移動していた命が、口角を少し上げた。それに対する老人は、いつの間にか命の前に立って、くつくつと可笑しそうに、心底楽しそうに笑った。

 

「ハッハッハッ!愉快!そうか来たか、ここまで!」

 

「…えぇ。漸く、並びました。」

 

「…ふむ……見え方は違うようだが…なに!辿り着く場所は同じとは言ったが、見え方まで同じわけではあるまい。お前はそれでいい。」

 

「そこまでわかるんですね。」

 

(また、私の分からない話…!)

 

また2人だけで盛り上がっている。置いてけぼりにされて少しだけイラッと来たしのぶは、二人の間に入り込んで、丁寧にお辞儀をした。

 

「はじめまして!私、胡蝶しのぶと申します。命とは、好い、関係を築かせて貰っています。」

 

「おぉ!これは失礼した。挨拶が遅れてしまったな。しかし、しのぶ嬢は豪胆なお嬢さんだ。狂狼とまで言われたじゃじゃ馬をここまで大人しくさせるとはなぁ…」

 

「ちょっ、先生…!その話はやめてくれ!」

 

「命の小さい頃のお話ですか!是非聞いてみたいです!」

 

「後で存分にしてやろう。今家の者に茶を持ってこさせる。」

 

そうして家の者を呼びつけた老人は、にこやかに2人をもてなした。

 

予想外のところで過去の黒歴史を掘り返されそうになった命は、こうなったしのぶは止まらないと、若干諦めて、老人に促した。

 

「先生。名前言ってないぞ。」

 

「おぉ、そうだったそうだった。さて、まぁ、なんだ、私はこの剣術道場の頭みたいのをやっとる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天道(テンドウ)流開祖

 

継国縁真(ヨリマサ)。よろしく頼むよ、しのぶ譲。」




感想お待ちしてます。

命くんのお師匠名前めっちゃ迷った。

あ、大正初期の剣豪と言われた辻真平という人が縁真さんのモデルです。


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逢魔の夢:堕ちた武神

もしもの話。

サッと作ったんですけど、本当はこんな話にする予定でした。途中で自分で書いてて辛くなったから辞めた没案です。


────夜が明ける。死闘の末猗窩座に勝利した命は、白む空を見ながら、万感の想いと共に、落ち行く意識を繋止めながら、深く息を吸い込んだ。

 

(これで…君は狂わない(笑わない)かい…?)

 

やり切った。あの二人を守り、漸く自分の生に意味を見い出せた。きっと、この為だけに生まれたのだろうと、笑って見せた。

 

その時だった。

 

君、持って帰って鬼にしよう。

 

「────ガァっ!?」

 

 

 

ベベンッ

 

 

 

 

あの鬼の声と共に、聞き慣れぬ琵琶の響きを置き去りにして、その場は何事も無かったかのように、静寂と二対の鉄扇だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

階級庚、武布都命。上弦ノ弐を撃退後、上弦ノ参討伐。必死に捜索されるも、遺体すら見つからず断念。鴉の証言により戻ってきたズタボロの上弦の弐に腹を貫かれ死亡。名誉の死と語られることになった。この出来事をきっかけに、柱達の更なる実力向上に死後も貢献。彼の残した医学手帳を元に、胡蝶しのぶは取り憑かれたように毒・薬を作り、勢力的に鬼殺をこなし、蟲柱となる。

 

そして、数年後に現れた竈門炭治郎の入隊により、物語は大きく進展。上弦の鬼を複数討伐。柱も欠けることなく、禰豆子も太陽を克服。そして、決戦の舞台へと移る。

 

 

 

 

「姉さん!」

 

「しのぶ!」

 

無惨を追い詰め、無限城へと取り込まれた胡蝶姉妹は、何とか合流。2人でこの無限城を攻略することを決意する。

 

「花の呼吸 弐ノ型────!」

 

「蟲の呼吸 蝶ノ舞────!」

 

濁流のように押し寄せる雑魚鬼を前にも、2人は決してその目の色を絶望に染めることは無かった。

 

「御影梅!」

 

「戯れ!」

 

無双の強さを見せる2人のコンビネーションに、雑魚鬼は為す術なく腐り落ち、頸を切り落とされる。

 

そして、2人は血の匂いを頼りに、ある鬼に立ち向かう。

 

傷だらけの火傷痕が残る、男の鬼。その姿に、2人は見覚えがあった。

 

「お前は…ッ!」

 

「貴方は…ッ!」

 

「おやおや?見覚えがあるなァ、小さなその子の、その羽織り(・・・)?」

 

屈託の無い笑みを貼り付けた、仇。ただこいつを殺すためだけに、しのぶは生きてきた。

 

彼を失い、喪失の想いに耐え切れなかった。けれど、彼が遺したこの羽織だけが、しのぶの心をつなぎ止めていた。

 

「良く見ろッ、この羽織りを!お前を死の淵に追いやり、お前に殺された彼の物!」

 

「命君の仇…ッ貴方は絶対に許さない…!地獄に叩き落とすッ!────?」

 

しのぶは柔和な口調を思い切り崩し、ただ殺意を滾らせる。鬼を哀れと悲しむカナエですら怒りに呑まれ、同じく口調を崩したが、カナエだけは違和感を覚えた。

 

その違和感。あの夜、確かにこの鬼の瞳に刻まれた数字は【弐】だったはずなのだ。

 

それが、今は【参】の字が刻まれている。

 

「────思い出した!俺を殺しかけた彼の羽織り!懐かしいなぁ…彼には、あれからも何度も殺されかけた(・・・・・・・・・)!でも彼、人を食わないのにどうしてあんなにも強いんだろうか!黒死牟殿の子孫というから、それは当然かなぁ?」

 

そして、ピタリと静寂が訪れた。

その言い草、まさか、まさかと。2人の頭に、最悪の想像が過った。

 

「そうだ!鳴女殿!面白いものを見れそうだから、彼と俺の場所を交代させてくれ!感動の再開を…果たそうじゃないか!」

 

ベベンッと、空中に現れた襖から、酷く懐かしい香りを、2人は明瞭に嗅ぎ分けた。

 

「やぁやぁ!血鯰(チナマズ)殿!感動の再か────」

 

「黙れ、意思も持たぬ肉人形が。疾く失せろ。」

 

声を掛けられ、数瞬のうちに童磨の首を刈り取り、襖に投げ入れてコチラを一瞥することも無く童磨が作りだした惨状を眺め、ゆっくりとその姿を、2人に見せた。

 

「女か……戦うのは趣味ではないが────?…なんだ…この、感覚は…」

 

「…うそ…うそよ、そんな…酷い…!」

 

「なんで、彼が…そんな…っ」

 

瞳に刻まれた、上弦・弐の文字。変わらぬ、変えられぬその面影が、2人を絶望に叩き落とした。

 

「何故か…懐かしい香りがする…花と…藤か?よもや、人だった頃の知人か?奇妙な物だ。」

 

「どうして…命…」

 

その鬼は、4年前に死んだと思われた、命だった。

喜べない、嬉しいはずなのに。けれど、まだ治せる、あの男の言葉が本当ならば、まだ────

 

「…お願い、命…私よ、思い出して…!胡蝶しのぶよッ!」

 

「…っ?…悪いが、知らん…しかし、何故だ…体が上手く動かん…いつもなら、俺は……────俺は……なんだ…?」

 

「────命君!思い出して!貴方は鬼なんかじゃない!貴方は武布津命!鬼殺の隊士で、私の継子よ!」

 

迷いに入る命に、記憶を思い出させようと、カナエは叫ぶ。しかし、血鯰はその考えを吹き飛ばし、剣を抜いた。

 

「抜け、女共。この迷いと共に、貴様等を斬り捨てることにした。」

 

『────っ!?』

 

さっきの鬼よりも遥かに強い剣気。この鬼が本気なら、一瞬のうちに殺されると思った。けれど、どうしてか殺気だけが欠如していた。

 

その一瞬で既に、刃は首元まで迫っていた。

 

 

 

 

「────ッ?!っ!?」

 

飛び起きたしのぶは、自分の首を撫でて繋がっていることを確認して、荒れた息を整えた。

 

「…ふぅ〜っ!…ふぅーッ…!ゆ、め…?最悪…」

 

現実を理解してからも、心臓が飛出ているのかと思う程に煩く音を上げる。

 

同時に、とてつもない不安に襲われる。

 

本当に、夢なのか?

 

いつもなら、隣に居るはずの命は既に居ない。そこに居たと示す温もりもなく、布団の乱れもない。

 

一瞬でゾッとした。

まさか、あの幸せな時間が、全て夢だったら?

 

その最悪の想像をして、全身に鳥肌が立った。いつもなら四半刻はかかる身支度をすることも無く部屋を飛び出して、まだ夜明け間近の蝶屋敷を駆ける。

 

研究室にもいなかった。道場にもいない。どこかどこかと探して、ふと、考えた。

 

 

 

 

本当に、彼が、いない?

 

 

 

 

湧き上がる、喪失の実感。自分だけが、あの幸せな夢に囚われ続けていた。

 

しのぶを襲った絶望は、激しい怒りに変わった。

 

あの鬼を、死んでも殺す。

 

その唇を噛み締めて、握った拳から血が滴り落ち、何よりも涙が止まらなかった。

 

その時

 

「ふぃ〜、疲れたぁ…あれ、しのぶ…って、なんで泣いてる!?」

 

「────み、こと…?」

 

ちょうど帰ってきた命と鉢合わせ、呆然と命を見つめて、その場に崩れ落ちる。

 

「し、しのぶ、どうしたんだ一体!?」

 

「本、物?本当の、命?」

 

「……は?いや、本物も何も…俺は命だけど…」

 

気の抜けたような、こっちの気も知らぬような無神経な返事に、命の存在を確信したしのぶにあった喪失感は、徐々に怒りに変わっていった。

 

命の胸に突っ込んで、ボカボカ叩きながら、嗚咽混じりに叫んだ。

 

「……どこに、行ってたの…!心配して…っ、いなくなっちゃったとっ…!」

 

そうやって、悲愴たっぷりに言ってやれば、命はため息混じり疑問符をうかべた。

 

「どこにって…言っただろ。久々の任務が入ったって…今終わって帰ってきたんだけど、忘れたのか?」

 

「────あっ」

 

そして、しのぶはハッと思い出した。眠い目をこすりながら、なんか言われたなぁと。

 

「……聞いてなかったか。確かに、眠そうにしてたからな。」

 

「す、すみません…」

 

深々と頭を下げるしのぶの頭に、人差し指をグリグリと押し付けて、大体の事情を悟った命は、しのぶを正座させた。

 

「……俺が死ぬ夢でも見たか?」

 

「…じ、実は…そう、なの…ば、馬鹿馬鹿しいわよね!こうして、命は私の前にいるのに!」

 

「────そうとも、言えないよなぁ。」

 

「命…?」

 

いつもとは違う雰囲気を纏った命は、自嘲したように笑った。しのぶは、そんな命が珍しくて、目を見張ってしまった。

 

「…なに、夢も馬鹿にできないものさ。君の見たその夢も、もしかすると起こり得た可能性の一つなのかもしれない。」

 

「何言ってんのよ…もう。はぁ、安心したら眠くなってきちゃったわ。」

 

ドっと肩の力が抜けたしのぶは、まだ目頭に残っていた涙を雑に拭って、命の背中を叩いて風呂場に押し込んだ。

 

「そんな汗臭い体で布団に入ってこないでよね!」

 

「俺の枕の匂い嗅いでるの知ってるからな?」

 

「なんで知ってんのよ変態!」

 

「そうカッカするなよ。薬は渡してあるだろう?ちゃんと飲めよ〜」

 

「最っ低!早く風呂いきなさい!」

 

そうやって、セクハラ紛いの軽口も勢いで流して、風呂場に押し込んだ命の服を洗濯場に運ぶ。

 

「夢じゃない…ふふっ…」

 

少しだけ香る彼の匂いが、夢ではないことを教えてくれて、思わず笑がこぼれた。




本当はこういう感じの絶望マシマシの話書くつもりだったけど、構成組んだ時点で精神が死んだ。

だから命君は生きてるんですねぇ!

ちなみに、バットエンドの方はカナエさんを殺した時に人の頃の記憶を思い出して、発狂して襲いかかったしのぶさんに受け入れるように殺される。灰になっていく命が安らかに笑ったのを見て、本当に全てを失ってしまったけれど、それでも前に進むしのぶさん。って感じにする予定でした。誰も幸せにならない話嫌いなんだよなぁ…(??)


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散るも花よ

みんな鬼滅の刃飽きちゃった…?私が見させて頂いていた作者さんたちが軒並み更新しなくなってる…


『────私は、大切な者を何一つ守れず、人生において成すべきことも成せなかったなんの価値もない男なのだ。』

 

赫灼の、どこかまだあどけなさが残る青年を前に、自身の無能さを痛感した。

 

嗚呼、そうだ。私は何も成せなかったのだと。生命を簡単に踏み躙るあの男に、怒りという感情を抱いた。

 

『────お労しや…』

 

どこまでも尊敬して止まなかった。それでも、自分ではダメだった。あの人を止められなかった。嗚呼本当に、自分はなんて役立たずなのだろうか。

 

『────貴方は価値のない人なんかじゃない!』

 

嗚呼、この言葉に、この家族に、どれほど救われただろうか。

 

『────後世に伝える!約束します!』

 

涙ながらに叫ぶ青年に、誰かは笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

「────また、この夢か……」

 

縁真は、まだ陽も昇らぬ時間に、ふと目が覚めた。

幼少より幾度となく見る、知らぬ男の夢。それは、歳を重ねる毎に鮮明に、感情の起伏すらも深く感じさせた。

 

傍らに寝かせていた、継国の家に伝わる宝刀。それを握り、抜き放つ。

 

「…先祖よ……私に、あの子に…何を見出したのだ…」

 

数百年も受け継がれているこの刀は、きっとそういう業を秘めている。

 

闇夜の中で尚黒く輝く旭の花札を模した鍔の、黒い日輪刀。一族に伝わるこの刀は、遠い先祖が最後の瞬間に握っていたという。

 

この刀の存在が、先祖が鬼狩りであったことを示唆している。刀を見ればわかる。刃毀れひとつも無く、歪みも摩耗もない。過去の使い手がどれほどのものだったのか伺い知れるというものだ。

 

継国の家が滅び(・・)自分一人となった今、この宿命にも思える何かを、誰かに託すつもりはなかった。

 

しかし、老いさらばえ、これから何を残せるのかを考えていた時、もう会うこともないかと思っていた命の来訪は正直に嬉しかった。

 

そして感動した、あれ程完璧に、己のものにされていることが。

 

縁真の技は、確かに受け継がれていた。過去に見たときより流麗に、過去よりも無駄が削られた。昔からその才覚の片鱗は見せていたが、20に満たない内にこの場所まで来るとは思ってもいなかった。縁真の見立てでは、鍛錬を続ければ30の頃には、覚醒するだろうという見立てだったが、命はそれを簡単に覆してきた。

 

笑いが止まらなかった。嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。継国の家督争いに巻き込むまいと遠ざけ、姓すら変えたあの子が、よもやここまで極まっているとは。

 

己が焦がれ、極めた剣を、ああも自分のモノにされることが、存外に気分がいいものだった事にも驚いた。

 

それを命は、己の物に昇華させた。技術は移ろう物。使い手によって在り方を、使い方が変わる。古きより伝わるものだけが、至高では無い。命は、それをよく理解していた。

 

「…長生きはしてみるものだ…なぁ、詩よ…」

 

縁真は、命との鍛錬を思い出し、今日はどう扱いてやろうかと悪い笑みを浮かべながら、未だ暗い中道場へ足を進め、日課の鍛錬をしようと、道場の扉に手を掛けると、既に中には気配があった。

 

(ほぅ……中々、悪くない。)

 

少し扉を開けて覗けば、中ではしのぶが鍛錬を行っていた。既に鍛錬を始めてから数時間は経っているだろう程に疲労を浮かべているが、その動きは蝶のように軽やかだ。

 

首を切れぬ程に非力だと聞いていたが、光るものはあるし、やり方次第では恐らく化ける。

 

そして、勘づいた。

 

(……命め、教えなかったか。)

 

命程の観察眼、腕があれば、しのぶはこの程度の実力ではなかっただろう。鍛錬に耐える胆力も、基礎も出来上がっているしのぶが、なぜこの程度で留まっているのか納得が行った。

 

それでも、初めて命が自分以外の誰かを大切にしている所を見て、笑みが零れた。

 

(しかし……まずいな…)

 

だが、騒ぐ。縁真の剣を握る者としての勘が、矜恃が、好奇心が騒ぐ。

 

1度考えてしまったら、もう止まらなかった。この娘は、どれほど強くなるだろうか。あと1ヶ月ほどこちらに滞在するとのことだ、そうすれば、2人を今よりどれほど強くできるだろうか。

 

(……あ〜、すまん命。無理だわ。)

 

光る原石を放って置けるほど、縁真は大人ではなかった。武の探求、強者の育成は、縁真の生き甲斐となっているのだから。

 

「精が出るな、しのぶ嬢。」

 

「あっ、縁真さん!おはようございます。」

 

「はい、おはよう。して、命は?」

 

「まだ寝てますよ。命ったら、一回寝たら全然起きないんです。いっつも私が布団を抜け出しても起きないんですから…」

 

「ははは……そうか?」

 

その話を聞いて、縁真は思わず乾いた笑いがこぼれた。

縁真の記憶の通りならば、命は異常なまでに眠りが浅い。部屋の外を誰かが通る度に覚醒し、誰かの身動ぎが聞こえる度に剣を構えていたはずである。

 

(良い変化…か。)

 

命の変化は、とてもいい傾向にある。守る物がある人は、強い。それに、前のように浅い睡眠だけではいつか体を壊す。そうなる前に変われたことを、この少女に感謝すべきなのだろう。

 

「さて、しのぶ嬢。こんな時間から鍛錬とは感心だ。が、少し力が入りすぎているな。もっと、抜いてみなさい。」

 

「えっ、こう、ですか?」

 

「そうだ。もっとゆったりと、風に揺蕩う雲のように、自由に穏やかにだ。」

 

そうして少し矯正してやれば、すぐに無駄は消えた。意識を怠らなければ彼女の突きはより速く、より強くなる。

 

「い、今の…!」

 

「技は決して力ではない。しのぶ嬢はソレを理解していても、まだまだ固い。より靭やかに、蜂のように鋭く……どれ、良ければ、私が見てみようか?」

 

「ほ、本当ですか!是非お願いします!」

 

「よしきた。自由に打ってみなさい。」

 

「胸をお借りします…!」

 

凄まじい剣気は、本能的にしのぶを萎縮させる。その剣気は命と似通った性質で、空気のような、そこにあることが当たり前のような雰囲気を持っている。

この空気は、あの上弦の鬼達にはなかった物だ。

 

(この空気が、強さの秘訣…?)

 

 

そこを見抜くことが出来たとて、戦闘力に関して、今の所しのぶはまだ低い。しのぶは考えを振るって、縁真に突きを放つ。

 

「ほぉ…何という突き!」

 

「……っ!」

 

縁真は称賛を贈りながらも、片手間にしのぶの突きを流し、更に来いと口角を上げた。

 

「これでも鬼殺隊の中では、突き技なら柱と同等を自負してるんですけどね…っ!」

 

「世界は広いのさ、しのぶ嬢。それ、足元がお粗末だぞ?」

 

危うく足元を払われそうになったしのぶだったが、なんとか軽業で回避、ヒラヒラと舞い降りる様に着地はしたが、たった数回剣を交わしただけで、これ程に神経を使うのは初めての経験だった。

 

「っ!?っと、と…!あー、もう!ホンットに、師弟揃って規格外すぎ!」

 

「ハハハ!ほら、踏み込みを意識して。さぁ、もう一度だ……本気で来なさい。」

 

「──はいっ!」

 

その声と同時に、深く体を沈めたしのぶは呼吸を変える。

 

「蟲の呼吸 蜈蚣の舞 百足蛇腹」

 

しのぶが今出せる最速。ソレは、命と共に仕留めた下弦の鬼すら止めることはできず串刺しにし、貼り付けた岩壁すらも砕くほどの強烈な突き。そして、縁真の言いつけ通り、二歩更に深く踏み込む。一気に加速したしのぶの刺突と踏み込みを見て、縁真は目を見張った。

 

(助言を素直に吸収できる柔軟さ。そして、この速度…何という軌道だ、常人ならば見ることすらできぬか。)

 

縁真はしのぶの評価を、一段回上げた。ソレは、剣を握るものとして、敬意と激励を含めて。

 

「故に、見せよう。こちらも技を。」

 

鋒が縁真の胴に突き刺さったとき、しのぶの鋒は縁真の体を貫通して、空を突いた。

 

 

「───えっ?」

 

「天道流 虹蜃(ニジミズチ)

 

 

しのぶは、確かに縁真の姿を見ていた。その場にいたし、見間違えるはずがない。だのに、気がつけば縁真はしのぶの背後に周り、襟を掴んで猫を抱えるようにしのぶを引っ掴んでいた。

 

「これぞ、天道流。面白いだろう?命もできるぞ、この程度ならな。」

 

「う、うそ…だって今…え?」

 

訳の分からない現象に、しのぶは未だに困惑顔を浮かべながら、ストンとその場に降ろされた。

 

「とまぁ、先のようにして突けば、より攻撃的な剣技を作り出すことも可能だろう。それこそ、鬼の首を斬ることも(・・・・・・・・・)、な。」

 

「───っ!」

 

未だ惚けるしのぶに、縁真は可能性を見せた。

 

「一ヶ月のみだが…やってみるかね?」

 

「やります…やってみせます!」

 

しのぶの瞳には、今までにない希望の光が宿っていた。

 

 

 

「先生。あんた、しのぶに稽古つけてんだろ。」

 

「あぁ、面白い様に素直でな…ちょいと疼いた。」

 

あれから2週間。2人が打ち合っている時だった。

 

命が唐突に尋ね、縁真は何の気なしに即答する。溜息を漏らす命をよそに、くつくつと笑う縁真は相当に面白いらしい。

 

「過保護が過ぎるぞ、命。」

 

「何のために俺が鬼となんぞ戦ってると思ってる。」

 

また木剣を衝突させ、数合で弾き飛ばしてしまう。今日だけで既に木剣を5本もダメにしている。

 

「やはり、加減せねば木剣ではすぐにダメになる。」

 

「そりゃそうだ。それなりの使い手が打ち合って無事なら、それはもう木じゃないだろ。」

 

「それなりの使い手か。謙遜も過ぎたるはと言うぞ?」

 

「抜かせ。」

 

手元に残った木片を放り投げ、からんからんと転がった音が道場に反響した。

 

そして無表情のままに、それぞれの腰から刃を引き抜く。さも当たり前のように、真剣で打ち合う気なのだ。

 

「────2人ともー、ご飯できたわよー!早く来なさーい!」

 

そこに、しのぶの声が響いた。

 

つい数秒前まで無表情だった2人は、ふふっと口角を上げて、刀を鞘に収めた。

 

「くくくっ、尻に敷かれとるなぁ。」

 

「お互いにな…ほら、怒られちゃかなわないから行きましょう。」

 

どうにもしのぶの前ではそれ程本気になれないらしく、縁真は柔和な表情のままに命に続いた。

 

「あっ、来た。今日はお魚が美味しそうだったの。」

 

「ほぉ、アマゴとかではないかな?」

 

「ふふっ、残念ですけど鰤です。」

 

「まぁしのぶ嬢の手料理だ、有難く頂こう。うむ…分かるぞ匂いだけで美味い。」

 

「まぁ、持ち上げてもお漬物がつくだけですよ?」

 

上機嫌に台所をパタパタ移動するしのぶを見て苦笑しながら、台所から美味しそうな料理を運んで来てくれる。

 

「さっ、食べましょう!」

 

『いただきます』

 

3人で揃え、箸を手に取る。この3人の食事は、しのぶが喋らねばとても静かなものだ。もとより命も縁真も口数は少ない。故にそうなるのは必然だった。

 

しかし、今日は命が口を開いた。

 

「────先生。考えてくれたか。」

 

「……あぁ。アレ、か…」

 

「アレ?なんの話ししてたの?」

 

どこか含みのある言い方に、しのぶは首を傾げる。縁真は濃い緑茶を啜って、一息吐いた。

 

「…鬼殺隊の思いは分かる。無辜の民を守護せんとする思いはな。私も、誰かの為に剣を握った時期があった。」

 

突然語られる、鬼殺隊に対する思い。しのぶはその言葉で、答えに至った。

 

「まっ、待ってください!もしかして、縁真さんって…」

 

「…言っていなかったか。私は、一時期鬼殺隊に席を置いていたことがあった。」

 

しのぶはその言葉に驚愕したが、漸く合点がいった。

 

珍しい黒刀も、あれは日輪刀。良く聞けば静かだが全集中の呼吸もしている。卓越した剣術も、やけに慣れている実戦の指南も。

 

全て、経験則から来るものだった。

 

「縁真さんが来て下さるなら、百人力です!きっと、みんなもっと強くなれます!」

 

「済まないが、私は鬼殺隊に協力するつもりは無い。」

 

「そう…ですか…」

 

ただ目を瞑る命とは反対に、少し俯くしのぶ。しかし、その言葉も今のしのぶならば理解出来た。自分達が歪んでいる事も、わかっているから。

 

しかし、縁真は続ける。

 

「だが、お前の頼みだ。無下にするのも忍びない。」

 

「────じゃあ…!」

 

「どうせ無意味に散っていくのならば…お主らの為にこの生命を使いたい。」

 

また柔らかくこぼしたその言葉も、本心なのだ。しのぶは先の表情とは裏腹に、花が咲いたように笑った。

 

「お主らに同行しよう…しかし、私は鬼殺隊に協力するのではない。あくまで2人の未来の為に剣を取るのだ。そこだけは、理解していただきたい。」

 

「…充分です。感謝致します。」

 

深く頭を下げた命を見て、物珍しいものを見たと朗らかに笑った。

 

 

 

「────散るもまた、花の運命。私も、そろそろそっちに行かねばな…」

 



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その血の運命

心地よい風を感じながら、海上を進む蒸気船の甲板で、命は日差しを浴びながら寝転がっていた。

 

現在、3人は蝶屋敷に向かい、丁度良く寄港していた客船に乗り込み、東京の港に向かっていた。

 

大きな欠伸をした命の顔面に命の鎹鴉である八咫が突っ込んできた。

 

「ぶぇあっ!?」

 

「テガミ!」

 

「…お前な、いくらなんでも顔面に突っ込んでくるな。」

 

「キンパツとアオイからテガミ!」

 

「…ありがとさん。」

 

何かと思えば、時透少年の経過報告。そして、愚痴が書き殴られた手紙を受け取って、少し表情を緩めた。

 

この愚痴ばっかりの手紙の差出人は、少し前に出会った。恐らく彼は、命が生きてきた中で最も才能に恵まれている少年だ。

 

そして、夢の中での通りにその疾さは健在。雷の化身のような居合は、初見であれば下弦は愚か、回避出来る鬼は上弦にしか居ないだろう。

 

ただ、煩いことと女にだらしない所が傷だ。

 

「あっ、こんなとこにいた。」

 

そうして手紙を広げた瞬間に、しのぶが船内から出てきた。

 

「ん。探してたか?」

 

「別に…それ、誰からの手紙?」

 

手紙を眺め苦笑していると、なんだか聞きにくそうに顔を顰めてしのぶは後れ毛を指先でくるりと巻いた。

 

「これか?アオイから、経過報告だ。後は彼だよ。」

 

「彼って……あぁ、あの煩い…」

 

「それで覚えてやるなよ…余計煩くなるぞ。」

 

「それは勘弁ね…」

 

本当に嫌そうに口をへの字にしたしのぶは、どこかホッとしたように肩を下ろした。

 

命は目敏くその変化に気付き尋ねる。

 

「どうした、何かあったか?」

 

「え?ううん。なんでもない!違ったからどうでもいいわ…」

 

「違った?」

 

よくわからない事を口走ったしのぶに、命は考えるように俯き、数秒後に先のしのぶの態度を理解した。

 

「…あのなぁしのぶ…」

 

「わかってるわよ!だからもういいのっ!」

 

「…もう手紙も来てない。向こうも諦めたさ。」

 

「……ん。」

 

「はいはい…」

 

隣に寄り添ったしのぶの頭をやれやれと撫でて、機嫌を治して貰おうと態度で示した。

 

それもこれも、この旅に出る前の話。久々の任務中に鬼から救った少女がこれまた強引な娘だったのだ。しのぶがいる事は言ったが後妻でも良いと、1週間は手紙が絶えなかった。

 

生憎と命にはそんな気もなければ、甲斐性もない。そして何より、しのぶの機嫌がはちゃめちゃに悪くなり、正直たまったものでは無かった。

 

カナエが話しかけても「なに?」と冷たくあしらう程には機嫌がはちゃめちゃに悪かった。命に至っては3日間完全無視だったのだ。そりゃ嫌にもなる。

 

これは鬼殺隊男性隊員あるあるだ。

義勇もまぁまぁの頻度であるらしいが、基本手紙も出さずにやり過ごしているらしい。

 

それでも納得がいかないしのぶは、話をぶった斬って本気で煩かった彼を思い出した。

 

「あの子、もう少し静かに出来ないのかしら。」

 

「実力は確かなのに…せめてもう少し勇敢だったらモテるだろうに…損な性格してるよ。」

 

「思えば、顔は悪くないものね…本当に…煩くなければ、結構引く手数多かも。」

 

「言えてるなぁ…」

 

2人は苦笑しながら、遠くの地平線を眺めこういう旅も悪くなかったと命は振り返った。

 

そうして寄り添っていると、不意にしのぶが命をじっと見つめボソッと呟いた。

 

「貴方は、本当に私を見てるの…?」

 

「────」

 

風の音に紛れて消えてしまいそうなその声は、妙にはっきりと命の耳朶を叩いた。

 

「ねぇ、命!カモメよ、餌あげましょ!」

 

けれど、何も無かったかのようにしのぶはカモメをさして笑った。

 

「……あぁ。餌がないか、船員の人に聞いてくるよ。」

 

「うん、待ってる」

 

そういったしのぶの顔は、どこか儚く見えた。

 

けれど、今は鬼殺隊の面々にも夢の話をする訳には行かない。どこから情報が漏れるとも分からないし、変な疑いが掛けられて余計な手間を食らうのも御免だ。

 

(────俺は……誰を…いや、彼女だけだ。それだけは…どんな俺だって変わらない。)

 

確かに、夢の中の彼女への想いは少なからずあるが、それはそれこれはこれ。あれは所詮夢、現実はどう繕おうと変わらない。自分が見ているのは、確かにしのぶだけだ。

 

それと同時に、その奥にあの壊れてしまった笑顔を浮かべた少女が重なるのも否定はできなかった。

 

けれど、命はその虚像を斬り捨て、目の前で淡く笑う少女を眺め、客室へと向かった。

 

 

 

夜、甲板に出たしのぶは風で靡く髪を耳にかけて、夜空を眺めて昼の出来事を思い出す。

 

「…私、なんであんな事言ったんだろ…」

 

誰も返すことがない独り言に、更に落ち込む。

 

命がしのぶを好いているのは火を見るよりも明らかであるし、事実彼の所作や言葉からは愛情を感じる。

 

けれど、本当にごくたまに。彼はしのぶを見ながら、その奥にいる誰かを見ている気がするのだ。

 

けれど、彼は確かに自分を見ている。例えるなら────

 

「…私じゃない、私を見てるみたいな…」

 

しのぶ自身、何を言っているのかと思ったが、それしか表現のしようがない。

 

どこか、届かない物に手を伸ばすような彼の眼差しは、不思議と嫌な感じはしないし、それを向けられる事に嫌悪もない。ただ、少し不安になっただけ。

 

幸い、命には届いていなかったようだし、素知らぬ顔をして過ごせばいい。

 

思えば、昔からどこか先の方を見ることが多かった命の視線。

 

そう振り返りながら、手摺に体重を預け頬杖をついて、もう闇に包まれ見えない地平線を指でなぞった。

 

すると、1人。こちらに近寄る足音を耳に捉えた。この1ヶ月の間で随分と聞きなれた独特の摺り足とも取れる脚運びの音は、1発でその人物を特定できた。

 

「しのぶ嬢、こんな所にいたか。」

 

「縁真さん…酒盛りですか?飲みすぎちゃダメですよ、もうそんなにお若くないんですから。」

 

「くくく、これは手厳しい…程々にせんと年甲斐もなく怒られてしまう。」

 

夜目がきく距離まで出てきた縁真は、ほろ酔いで、さっきまで命と呑んでいた事を如実に語っていた。なにより、手に持った酒壺と猪口が証拠だ。

 

この人、見た目とは裏腹に意外と茶目っ気が強い。いや、年の功だろうか。人によって態度が大きく変わり、世渡りをそつなくこなして来たのだろうと年季を感じさせる。

 

そんな縁真は、無言で隣の手摺部分にドッカと座り、海側に足を放り出して酒盛りを始める。

 

猪口の酒が全て喉を通った時、縁真はふと尋ねた。

 

「ひとつ聞きたいのだが、命はしのぶ嬢から見てどんな人間かね。」

 

そう問いかければ、しのぶはキョトンとした後に、ウンウン唸った。

 

「どんな人間…ですか?大切な人…いやこれは私の感情だし…」

 

「ははは、難しかったか。言い換えよう。出会ったときの印象…それから、鬼殺隊士としてはどうかね?」

 

「えぇ、それなら…初めて会ったときは───寝てるのか起きてるのかわからない人でした。あと、何だこいつって想いました。」

 

しのぶの感想は至極真っ当。初対面、藤襲山にて行われた最終選別にて、全くの初対面の状態、一人鬼に囲まれたしのぶを救った命が最初に放った言葉は

 

『見えたからには、死なれても寝覚めが悪い。そこ、動かないで。邪魔だから。』

 

と、初対面にあるまじき対応をしたため、今よりも子供であり、より勝ち気であったしのぶは心のなかでブチギレた。しかし、怪我を治療してもらったわ、食料も分けてもらい、3日間守ってもらった恩もあったから、その気持をグッとこらえた。

そして、しのぶが動けるようになってからは、役割を決め共に戦った。

 

『俺と君ではできることが違う。だから、役割を精一杯をするだけ。君は、それができる、理解っている、だからきっと強くなる。』

 

真顔で言われたその言葉は、今まであらゆる育手に見放されてきた自分が認められた気がして、気分が良かった。

 

「何を考えているかわからなかったけど、多分優しいんだろうなって位は思いました。実際名前も知らない私のことを付きっきりで護衛するくらいにはお人好しでしたから。感情が外に出ない人なんだろうなーって。うん、優しさを秘めてる人だって、そう思いました。」

 

「秘めたる優しさか……して、隊士としてはどうかな?」

 

そう尋ねれば、しのぶはクシャッとした渋い顔をした。

 

「うーん…『異端』ですかね?」

 

「ほう…して、その心は?」

 

その在り方は、鬼殺隊の中では、確かに異端であった。

 

「合理的で、無駄が無く、戦いにおいては例外を除いて、決して感情的にならない。冷酷で…絡繰りみたいとか、言われてます。私も、昔は少しそれが怖くなる時がありました。他の隊士と違って、感情を戦闘に持ち出さないので…」

 

「ふむ……。」

 

「それで何度衝突したか…正直、今は相当マシになりましたけど、鬼殺隊内では問題視されることも少なくなかったです。」

 

鬼を狩るために、餌として死体を使うこともあった。村ぐるみで鬼に協力した民間人を斬ったこともあった。

 

『人は、理性を持たなければ人ではない。獣だ。貴方も、鬼を殺すだろう。ソレは獣と同義。生きる価値など無い…それに、なぜ人殺しに加担していた者が無罪放免で見逃される?』

 

その後継子の問題行為という事で面談をしたカナエは、この言葉に難色を示し3ヶ月の謹慎を言い渡したが、命が変わることは無かった。変わったのは、しのぶが彼とよく関わるようになってからだ。

 

しかし、根本の所では今も変わってはいない。

 

「やはり……か。」

 

その出来事に、縁真は弱く笑みを浮かべた。その後に、ぼそりとその内情を語った。

 

「…私は、鬼に感謝している。」

 

「…どういうことですか…?」

 

「…考えても見てほしい。奴が剣を握った理由…ただ楽しかったから。嗚呼、それが斬ることに楽しさを覚え、断末魔に快感を覚えたなら…」

 

「────っ!」

 

縁真の言葉に絶句したしのぶ。そんな事は無いと言い返す頭が沸騰したが、どうしてかその言葉を否定しきれなかった。

 

「…奴は、生まれついての人斬りだ。鬼がいない世であったのなら…私は、奴を…」

 

そう言い淀んで、縁真は手を強く握りこんだ。そうした後、縁真はその表情を緩めしのぶに笑いかけた。

 

「そして、同時にしのぶ嬢。君にも感謝しているのだ。」

 

「縁真さん…」

 

そう返せば、縁真はまた柔和に笑って、猪口に並々入った酒を煽った。

 

「奴には、命だけには…己の血に踊らされて欲しくは無い……」

 

「血に?」

 

聞き返しても、縁真は見えない地平を眺めて、ボソリと呟いて踵を返した。

 

「……今宵は、少し冷える。しのぶ嬢も早く船室に戻るといい。」

 

おやすみ。そう付け加え、縁真は船室に戻っていった。縁真の言葉は、どこか憂いを帯びているような気がして、しのぶは疑問を残しながら、船室に戻っていった。

 

 

ボーっと汽笛が鳴って、漸く港に着いたらしい。ムクっと起き上がった命は、濡れタオルで顔を拭いてから、諸々の準備を済ませ、荷物を抱えて部屋を出た。

 

もう夕方だが、生憎の曇り空。どうにも、嫌な予感が過ぎる。それは本能的な予感と言うのが1番に近い感覚だった。

 

外には既にしのぶと縁真が命待って、隠の隊士と馬車に乗り込んで待っていた。

 

しかし、これ以上待たせる訳にはいかないと急ぎ馬車に向かう。

 

「お待ちしておりました、武柱様。」

 

「悪い。遅くなった、出してくれ。」

 

乗り込んだ命は、荷物を下ろして溜息を1つ吐き出した。

 

いの一番にその溜め息を拾ったのは、目を瞑り腕を組む縁真だった。

 

「……命。」

 

「先生もか……」

 

「なに…どうしたの?」

 

「…しのぶ。いつでも動けるようにしておけ。」

 

「…わかったわ。」

 

刀を握った2人を倣って、しのぶも自身の日輪刀を構える。念の為にと、バチンバチンッと音を鳴らして鞘の中で毒を調合する。

 

嫌な緊張感が充満する馬車の中。ゴトゴトと揺れること数十分。

 

その感覚は、突如現れた殺気。それは、あの上弦の鬼を思い出させるには、十分だった。

 

(────違うッ…あの鬼が可愛く見えるくらいに…もっとおぞましい…!)

 

『止めろ。』

 

師弟が同時に声を上げた。

命は、数瞬考えてから冷酷に言い切った。

 

「しのぶ、お前はこのまま帰るんだ。」

 

「なっ…!一緒にいるわ!」

 

「駄目だ。お前では、居るだけで足手まといだ。カナエさんと…義勇さんが恐らくいる。だから、ここまで頼む。」

 

「────っ…」

 

初めて、彼から明確な拒絶をされた。それと同時に、自分の実力が及ぶことでは無いという事が分かった。彼がここまで言うのは、上弦と出会った時だけだ。

 

また、置いて行かれる。

 

唇を噛み締め、悔しさを露わにするしのぶに、縁真は微笑みながら頭を撫でた。

 

「その気持ちがあるのなら…お主はまだ成長できる。いつか、強くなって見返してやれい。」

 

「……はい。」

 

止まった馬車の中から降りる2人を眺め、必死に神に祈った。

 

もし、居るのなら。この2人を助けてください

 

「荷車は置いていけ。最速で逃げろ!行けっ!」

 

「はっ、はいっ!」

 

運転していた隠に指示を出して、この場から急いで離れさせる。

 

そうして2人は、対峙する。

 

 

 

「……猗窩座と童磨が…敗れた事も…頷ける……」

 

 

 

夜の帳が降りて、月明かりが支配するこの場は、逢魔が時。

 

長い黒髪、人と変わらぬその見姿。しかし、月光に照らされた面には、目、目、目、その数6。

 

瞳に刻まれた序列は

 

 

 

上弦 壱

 

 

 

月明かりに照らされる異貌の武士には、首と額に、燃え盛るような痣があった。

 

(竈門君のと、似ている…アレが痣者…始まりの剣士、其の成れの果て…これが、俺の祖先か。)

 

命は夢の記憶を頼りに、その痣を思い出して、身近に見ていた物と照らし合わせた。

 

すると、目の前の鬼はピタリと動きを止めて、目を細めた。

 

「……お前達は…何やら懐かしい…気配だ…」

 

「お前達…?」

 

「────嗚呼…そうか、御先祖よ。これが言いたかったのか…」

 

その一言に命とは違い、縁真は同じ感想を抱いた。

 

そして、縁真の脳裏に夢の情景が流れ出す。

 

意味を持つ様に、いつかの再演を噛み締めるように。

 

『……お労しや…兄上…』

 

自身と瓜二つの、あの老人。そして、ぼやけていた目の前に立っていた人影は、この鬼だったのだ。

 

 

 

「────クッ…クハハハハハハッ!!!」

 

 

 

その瞬間に、縁真は腹の底から笑いが込み上げてきた。

 

なぜ祖先が、この刀が夢を見せてきたのか。

 

嗚呼、漸く合点がいった。

 

「そうか…逃げたか。人から、武の道から。」

 

突如腹を抱えて笑う縁真を、目を細めて上弦ノ壱は酷く煩わしそうに睨み付けた。

 

しかし、縁真はその視線を何するものぞ。

 

黒刀を抜き、不敵に笑った。

 

「姓は継国、名を縁真。一族の汚点、我が祖先の心残り────今宵この場で、斬り捨てる。」

 

構える縁真を見てホウと感心した上弦ノ壱は、剣を抜いた。

 

「名乗られたのならば……こちらも名乗らねば…無作法というもの……あの方から拝命した…名を黒死牟…上弦ノ壱也……参る……」

 

油断なく構える縁真に、上弦ノ壱────黒死牟は同じく名乗りを上げた。

 

隣に構えた命も、油断なく構える。

 

「先生……油断するな。」

 

「誰に物を言っている…共闘なんぞ初めてか。だが、面白い。」

 

「互いの動きは把握してる。完璧に合わせてやるさ。」

 

同じ構えの命を見て、やはり縁真は笑った。

 

「クククッ…血の運命も、存外悪くない。」

 

「…生き急ぐなよ、爺。」

 

「ほざけ童め。この縁真、まだ20も行っとらん若造に心配されるほど、ヤワな人生は送っていない!」

 

そうして2人は、運命と向き合った。

 




命君の刀の色そういえばまだちゃんと書いてなかったな。


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プロファイル:柱からの印象

今更YouTubeで錆兎さんの考察を見て、へー!とか思い立ったので書きます。

思いついた順で書いてるので、順番とかには特に意味ないです。

柱が出てくる度に更新しますね。

設定集に近いです。全然読まなくてもいいし、なんなら自己満なので。


悲鳴嶼行冥

自らが守らねばならなかった姉妹を代わりに守ってくれる強き男。初めて会ったのは命が鬼殺隊に入り1年後の事。警邏の途中で救援要請が入り、現場に向かうと既に命の戦闘は始まっており、ここで共闘をしたことがある。型なしで下弦の鬼と互角に戦う命に驚きはしたがその技量に納得し、ただ有望な隊士と言う印象を抱いた。

後にカナエの継子である事が分かり、あれ程ならばとより深く納得した。しかし、度々問題行為を起こしている事もあり、彼のやり方に不信感を抱くも、姉妹に対する態度は整然としたものであるため対して気にすることも無くなった。

今は少し関係がギスギスしているためにあまり近寄らないようにしている。

しのぶと好い関係である事に大いに喜んでいるが、この関係になる前。たまに飛んで来ていたしのぶからの論文やレポートの様な恋愛相談に首を傾げていたが、なんか上手くいってるみたいだからとりあえず良しっ!

柱になってからは、耀哉への態度に若干の難色を示すが、恩義がなければこんな物だろうと流している。

 

命を認めているし、関係性を考えて互いに干渉しないようにしている。

 

 

 

宇髄天元

初めて会ったのは命が柱に就任した時。空気や物腰等で地味な奴という印象を持つ。その後、聞きかじった鬼殺のやり方や、思考に実の弟であった男と重なり、嫌悪感を覚える。しかし、蝶屋敷に寄った時に話してみたところ、意外と人間味があると知り嫌悪感はほぼ無くなる。ただ物の命につける優先順位が極端であることがわかった。後に会う度に話すようになり鍛錬も共にすることがある、友人と言って差し支えない存在にはなった。女持ちという事で話が合うところもあれば合わないところがある。

柱としての実力には信頼を置いており、医者としての腕でも鬼殺隊に貢献している為、割と命の発言に賛同、若しくは改善案を出した上での賛同を示す。

 

剣技という括りていえば、柱の中では悲鳴嶼行冥に並ぶ程の強者であると見ている。

 

鬼殺の方法には嫌悪感を持つが、それ以外では割と仲がいい。

 

 

 

不死川実弥

初めて会ったのは、カナエに会いに行った時に蝶屋敷の縁側で置物のように置いてある所を見かけた時。その後に継子であると紹介された。その後も蝶屋敷に訪れすれ違う度に調子を聞いていたら「師範のこと好きなんですか」と秒でバレた。初めは少しカナエと共にいることに嫉妬しなくもなかったが、しのぶと共にいる所をよく見ていたため、察した。2人がいる時は極力声をかけないようにした。この長男は空気が読めるのだ。

関係が悪化したのは命が柱になってから。耀哉に心酔しているため、態度に関する摩擦も起きた。柱としての認識の違いも実弥の琴線に触れ、どうにも馬が合わない。何を言っても顔色を変えず、柱の中でも殊更弁が立つ命は実弥が苦手とする人種の1人であった。事実と理論で相手をねじ伏せるような命の話し方は最も苦手。

 

力は認めるが態度が気に食わない。

 

 

煉獄杏寿郎

初めて会ったのは柱合会議で。その後、何故か妙に自分に親切な命を不思議に思ったが、特に悪い気はしなかったのでわっしょい。1度剣を交えた事があるが、先を読まれているような戦いで終始劣勢。柱として、剣には自信があったが、唯一勝つ想像すらできない人物。

蝶屋敷に行くと良く干し芋をお土産に持たせてくれるから好き。たまに弟である千寿郎に剣技を教えてくれているため、剣の技量が上がって嬉しそうな千寿郎を見る度に感謝している。

柱としては、冷酷な印象を抱く。鬼を切り刻み情報を得ている事を知った時には少し引いた。

ことある事に鬼殺隊に懐疑的な発言をするが、言われてみれば確かにという事が多い為、割とためになる。

 

 

敵に回したくない人物No.1

 

 

 

 

冨岡義勇

 

いっぱい話しかけてくれるから好き。

鮭大根も奢ってくれるから好き。

 

強い、友達。

 

胡蝶姉妹を守った凄い友達。

彼が水柱だったらなぁと思っている。

 

他は特になし。

 




思ったんですが、柱の中でインテリ系ってマジで胡蝶姉妹と宇髄さんくらいしかいなくない?育ちとか見るとあの時代なら読み書きできないって割と有り得るから…根性論で動く人多すぎん?


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強者共

サァサァと夜風に木々が揺れ、月がいっそうにその場を照らした。

 

その場を支配する殺気、剣気は常人ならば数秒ともたずに失禁するだろう。

 

「────ッ!!」

 

睨み合いの続いた沈黙を突き破るように、まず命が飛び出した。

 

独特の緩急を付けた踏み込みは、黒死牟に無数の残像を見せた。しかし、その中から正確に命を見抜き、刃を煌めかせた。

 

「月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵ノ宮 」

 

横に広がる死の領域を、命は上に飛んで回避。それを目で追った黒死牟は、余裕で命の首を狩りとる。

 

「……小賢しい…だが…技は確か……肉の頃は…17…未だ未完成と…見た…あの方が…危惧する気持ちも分かる…」

 

しかし、それも残像。少し体を横に傾けた黒死牟の伸びた髪が、ハラリと舞った。

 

余裕のある黒死牟とは対照的に、大きく息を吐いた命の着物は、腹がスッパリと切れていた。幸い肌まで届く前に回避はしたものの、やりにくいと感想をこぼした。

 

しかし、黒死牟は自身の髪を斬り裂いた斬撃は見えていなかった。勘、動きを見ていたから避けられただけだ。長い袖で隠れた命の着物は、振りを隠す目的もある。

 

「…上手い…常に刀を体の側面に隠し…間合いを測りきれぬ…未だ…色すら見えぬか…」

 

「余裕だな、黒死牟!」

 

命に集中する黒死牟に、縁真は肉薄。そのスピードは、齢70を越えた人間が出せる速さではなく、黒死牟は素直に感心した。

 

そして、それに合わせるように背後から命も迫る。

 

「天道流 ────」

 

「武の呼吸 剣閃────」

 

似通った構えから繰り出される一撃は、黒死牟にいつかの情景を思い起こさせた。

 

天剱(アマツルギ)

 

天之羽張(アマノハバリ)

 

横薙ぎの一撃は、ほぼ同時に黒死牟の首元に軌跡を残したが、黒死牟は受けること無く上に跳躍し、2人の頭上から背中側に刀を担ぎ、大きく振りかぶった。

 

「月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面(クダリヅキ レンメン)

 

黒死牟の血鬼術により、降り注ぐような軌道で、複雑かつ無数の斬撃が放たれる。

 

しかし、その真下で2人はどっしりと構え、同時に技を放つ。

 

「 武の呼吸 天刀 火之夜藝・暁光(ヒノヤギ・ギョウコウ)

 

「天道流 火之篝毘・日陽(ヒノカガビ・ヒヨウ)

 

2人が放った立ち上る豪火の螺旋は、下段から大きく振り抜かれ、黒死牟の技を一刀のもとに斬り伏せる。

 

それと同時に飛び上がった縁真は、黒死牟に斬り掛かる。

 

「喝ァァァッッ!!!」

 

空中で真上から振り抜き、縁真が一閃。それを受け止めた黒死牟は大きく吹き飛ばされ、地面に荒々しく着地。そのタイミングは、命が踏み込んだ瞬間だった。

 

「月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間(トコヨコゲツ・ムケン)

 

命に向かい無数の斬撃が襲いかかるが、命は先の世界で見切り、斬撃の軌道を避けながらを爆進する。水底を自在に泳ぎ、鯰のようにするりと避け、黒死牟に肉薄する。

 

「武の呼吸 要刀 地鯰の癇癪」

 

真正面から迫った命は、黒死牟が反応した事を視て、剣を地面に叩きつけて軌道を変え、真横から強襲する。

 

(自重だけでなくあの速度さえも殺し、強引に軌道を変えているのか…なんという膂力…地すらも揺るがすか!)

 

内心で零した黒死牟の言葉のとおり、命が剣を叩きつける度に地が揺れ、正しく癇癪を起こした大鯰の様な力強さを見せつけた。

 

迫る剣気は、黒死牟に大鯰の尾を想起させる。

 

とてつもない威力で叩きつけられる刀は、土煙に隠れ未だしっかりとした影を捉えることが出来ずにいた。

 

(成程…恐らくこの男が、現柱の上位の者…童磨に未だ癒えぬ傷を与えた、あの刀を持つ者。)

 

そして、命の情報を聞いていた黒死牟は、刀の変化に注力していた。本当に、この男が忌々しい弟と同じ能力を持っているのか。

 

命の刃が迫る瞬間。踏み込みを変え、握りを変える。音叉のような高音が響く。

 

「月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍(ゲッパクサイカ)

 

一切の振りを省き、斬撃を飛ばす。本命の斬撃に混ざる不規則な刃が弾ける。

 

(振りを省いた斬撃…!だが、甘いッ!!)

 

これを避けられなかった者がいなかった事への慢心。次の動きまで読めると言う油断。それが、僅かな隙を生み出す。

 

命の見る世界は、未来(サキ)をうつすのだ。

 

風を切る刀の軌道を無理やり真下に落とし、その衝撃を利用して飛び上がり、空中で身体を捻りながら斬撃を紙一重で回避。そのまま縦に高速で回転し、黒死牟の肩に刃を叩き落とす。

 

「武の呼吸 臨剣 炎天鳥船(エンテンノトリフネ)!!」

 

(此奴…見えているのか(・・・・・・・)!私と同じ世界が!)

 

驚愕に生まれた隙は、決して大きなものではない。しかし、命が刃を振り抜くには十分な時間だ。

 

舞いあがる鮮血。ぼとりと落ちた黒死牟の腕。確かに、命は黒死牟の技を一瞬上回った。

 

大きく飛び退いた命、縁真の真隣に着地し、荒れた息を整えた。

 

「ふははっ、やるではないか!」

 

「…はぁ…はぁ…先生。無理するなよ、何歳だと思ってる。」

 

「ククク…老兵は死なず。まぁ見ていろ。」

 

不敵に笑う縁真と、表情を変えぬ命は油断なく黒死牟に切っ先を向ける。

 

目を瞑った黒死牟が、感嘆の溜息を吐き出し、口角を薄く上げた。

 

「…貴様の剣…漸く見えた…よもや…色無しとは…初見なり…」

 

「…御明答。この短時間でよくお分かりで。」

 

「…長さは…2尺8寸…長く、厚く、硬く、重い…その大刀をその速度で扱うとは…これほどの使い手は…戦国の世でも稀であった…」

 

(…ここまで、見破られるか。)

 

そう、命の剣が黒死牟に見えなかったのは、剣が色を失い鏡のように周囲の色を反射している事で、極限まで見えにくい色をしている。

 

その大きさも、厚さも特注。命の膂力に耐えられる刀を作るとなると、これ程の大きさにもなる。

 

黒死牟は切り落とされた片腕を再生させながら、久方振りに感じる高揚感を隠すことが出来ずにいた。

 

「…これ程まで完成された剣士を見るのは…400年ぶりだ…痣すら無くそれ程までの技…やはり、血は受け継がれている…」

 

「…血だと?」

 

命の問に、黒死牟は懐かしげに語った。

 

「…親子…いや…孫と祖父(・・・・)で鬼狩りとは…なんとも感慨深きもの…」

 

「──────は?」

 

命は、黒死牟の言葉が理解できなかった。

 

孫と祖父?それは誰と誰だ?俺?俺と────先生が?

 

縁真を見れば、苦々しそうに命から目を逸らすだけ。だが、それが雄弁に真実である事を語っていた。

 

「…真実を…知らなかったのか…貴様らは血縁にある…比較的近い物だ…家督争いから逃したか…」

 

「まさか…馬鹿な…!」

 

その推察は図星だった。

 

「先生…どういう事だ!」

 

「…お前は、私の2人の子のうちの一人…我が娘…継国伊弉(イザナ)の一人息子…私の孫に間違いはない。」

 

(じゃあ、先生も…この鬼の子孫だってのか!?)

 

初めて聞く母の名。考えすらもしなかった縁真との関係に、命は激しく動揺した。

 

「家督争いから…息子娘夫婦を逃がすために名を変えさせた。1人を時透…もう1人を武布都として。」

 

「時透…!じゃあ、彼は俺の…!」

 

「会っていたのか…そうか…その子はお主の従兄弟に当たる子だ。」

 

「────後でたっぷりと話してもらうからな!先生!」

 

似ているわけだ、と内心で零した命を見た縁真は、もう十分だと黒死牟に目を向けた。

 

「…継国の家は…私の代で絶えさせる。この因縁も…血の記憶も…この技も…誰にも継がせぬ。」

 

「…嘆かわしい…それ程の技を…絶えさせるなど…同じ武人として惜しくは無いのか…」

 

「クククッ…何を言う。何も残せなかった…残そうとしなかった貴様が、未来を語るな。先を語る権利があるのは、何かを残した者のみよ。」

 

「私が…技を保存するのだ…そうする事で…得た技術を…永遠に磨く事が出来る…」

 

「それが貴様の限界だろう。技とは、始まりが至高では無い。時代を経て、形を変え…より洗礼されるのだ。私は、命にそれを思い知らされた。我らは何も…特別などでは無い。」

 

そう語る縁真に、黒死牟は嘆かわしいと言わんばかりの表情で続けた。

 

「…愚かな…人の口伝程信用出来ぬものも無かろう…貴様は老いた…全盛の時ならば…私の首にもその刃が────」

 

 

 

 

 

「────誰の全盛が過ぎたって?」

 

 

 

 

 

その言葉が続くことは無く、縁真の刃は黒死牟の首元に迫った。

 

(速い、これが先生の本気…!齢70にして、未だ全盛か!!)

 

そこから繰り出される剣技は、今こそが全盛であると誇示するように流麗で、何よりも力強かった。

 

希望が湧き出た命は、畳み掛けるように突貫する。

 

「先生!行くぞ!」

 

「おうさ!!」

 

黒死牟を吹き飛ばした縁真と並び、2人は大きく沈み、力強く踏み込む。

 

「天道流 ────」

 

「武の呼吸 刀環(カタワ) ────」

 

もう隠す必要は無いと、命は思い切り柄を握り締め剣に紅蓮を宿す。

 

黒死牟は、2匹の龍を幻視した。

 

「龍頭 光冠の舞 陽雲(ヒウン)!」

 

赫蛇王(ヒダオウ) 神祇(ジンギ)の舞・旱天(カンテン)!」

 

正にそれは、白き龍と紅き龍の夜行。特殊な歩法でうねりを描き、爪と牙が同時に迫る。

 

迫る黒刀と赫刀。

 

鳩尾から突き抜けるような焦燥。目の前の龍に切り裂かれ、噛み砕かれる未来。最早感じることは無いと思っていた、死の予感。

 

ゾクゾクと腹から湧き出る、喜び。

 

嗚呼、この男達には────本気を見せてもいいかもしれない。

 

同時に黒死牟の胴を切り裂き、そのまま2人は畳み掛けるように地を滑り、最後の構えに入った。

 

「行くぞ命ッ!」

 

「応ッッ!!」

 

背中を晒す黒死牟に、最後の一撃を加える瞬間。

 

命は、無数の斬撃を見た。

 

「先生!来るぞ!!」

 

「────!」

 

瞬間、その場全てが死地と化した。

異様な間合い、速度も今までとは一段は違う。

 

「ぬぅんッ!! 」

 

「ぐ…オオォォォォ────!!」

 

2人はその斬撃を弾き返さんと剣を振るうが、やがて2人の咆哮ごと斬撃の波に飲み込まれる。

 

地面が、木々が、岩が。全て斬られた。

 

舞い上がった土煙が晴れれば、そこには全身を斬られた命と縁真が荒い息のままその場に立っていた。

 

「…見事…今の斬撃を防いだのは…お前達が初めてだ…」

 

「何が…防いだだ、クソッタレ…!」

 

黒死牟の刀は、七支刀に姿を変え、長さを増し、間合いを大きく増やした。

 

もし、ここにしのぶがいたのなら。有無も言わさず細切れになっていた。己の判断は間違っていなかったのだ。

 

そして、後悔した。柱を呼べと言ったことを。これは、誰がいても邪魔にしかならない。カナエでも、義勇でも駄目だ。

 

「八咫!岩柱を呼べッ!その他は誰も近寄らせるな!無駄死にさせるだけだ!!」

 

「デ、デモ…」

 

「いいからお前も行け!死にたいのか!?」

 

「カ、カァー!ツタエル!ツタエルーっ!」

 

「…成程…これで明瞭となった…今の鬼狩りに…お前を越える者は…いない…つまり…お前を殺してしまえば…後は楽に済みそうだ…」

 

ドス黒い、まとわりつく様な殺気。それが2人にのしかかる。

 

(不味いな…使うか…?あの薬を…)

 

最悪の状況を想起して、懐に手を入れたその時。

 

対照的に、縁真はまた笑った。

 

「ククク…そうか…其方が本領を出すのなら…此方もやらねばなぁ?」

 

そう言って、腰に差していた古びた脇差しを抜いた。それは酷く錆びついているような見た目をしているが、その刀が放つ異様なまでの鋭さは、錆を感じさせぬ程に顕著だった。

 

「天道流の真髄…お見せしよう。」

 

錆び付いた刃が月明かりに照らされ、鈍く輝いた。

 




初めて黒死牟を書いてるワイ「こいつ(…)←これ多くね?」

命君の刀の色は《色無し『鏡面』》と言う新たに発見されたものです。鏡よりも自然に周囲を写すことで、刀を透明化させることを再現しています。雑魚鬼では刀身を見ることすらできません。

これは命君の起源である『鏡のように真似た』ことからこの色になりました。





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