藤原失恋ルート (まさきたま(サンキューカッス))
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藤原失恋ルート

この短編は『もし文化祭で、藤原萌葉が白銀御行に告白していたら』という世界線の話です。


 文化祭初日の夜!!

 

 藤原家三女、藤原萌葉は……号泣していた!!

 

「ヴぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

「えぇー……」

 

 それはさながら、惑う死人の断末魔。中等部生徒会副会長を務めあげる藤原家の傑物は、自宅でみっともなく鼻水を垂らして泣いていた。

 

「ね~千花~? 萌葉どうしたのぉ?」

「あー何と言いますか。つまり失恋?」

「マジでぇ? 受ける~」

 

 藤原千花としても、別にその場にいて全てを見たわけではない。ただ、学園祭も終わった帰り際、号泣する妹にタックルを食らって延々愚痴を聞かされ続けただけである。

 

「萌葉ったら会長に告ったんですって。……あれだけやめておきなさいとアドバイスしたのに」

「うるさい!! 姉様はいつも傍にいるからあの人の魅力が分からないんでしょ!!」

 

 がぁぁ、と噛みつくように怒鳴る萌葉。

 

 だが、いつも傍にいるからこそ妹よりも遥かによく会長の事を分かっている。藤原千花は、心の中で断言した。

 

「と言うか萌葉は会長とほぼ初対面ですよね? 何で行けると思ったの」

「だってー、フリーって聞いてたし。それに、今日はちょっと好感度アピールだけのつもりだったし」

「で、軽くアピールしたらガッツリ振られちゃったのね~? あの会長も意外と侮れないね~」

 

 話を聞くに、萌葉はハート型のキーホルダーを会長に手渡そうとしてみたらしい。だが、会長は毅然とした態度でバッサリ断ったそうだ。

 

「で? どんな振られ方したの~?」

「せっかくだから会長の振り方、教えてください萌葉」

「酷い。姉様方に一切の慈悲を感じない、欠片の遠慮も無く傷口を興味本位で抉って来る」

「はっはっは~」

 

 ぷるぷる、と怒りで顔を震わせながら姉を見つめる萌葉。だが、その視線は何故か藤原千花にのみ向けられていた。

 

「……」

「あれ? 何で私だけ睨んでるんですか?」

「姉様が理由で振られたからですよ!!」

「……はい?」

 

 少し不審に思った藤原千花が、その詳細を問いただすと。

 

「会長は姉様が好きだから!! 私を振ったの!!」

「……ええええ!?」

 

 末の妹は、藤原家にまさかの大爆弾を落として行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えええええ……」

 

 藤原千花は困惑した。

 

 困る。それは正直、死ぬほど困る情報だった。

 

「良かったじゃん千花。付き合うの?」

「いえ……それだけは、絶対に、有り得ませんけど」

 

 何度も何度も、面倒を見続けた相手だ。そういえば、最近会長から遠回しに好意を確認されたりした。藤原千花には、会長に惚れられていると思い当たる節は山のようにあった。

 

「えええ! 姉様、会長を振るの!?」

「……会長と付き合うことだけは、天変地異で地球が爆発したとしても有り得ません。ただ……はぁぁぁ、絶対気まずくなる奴ですよ」

 

 藤原千花は、告白され慣れている。告白してきた相手に対し、なるべく傷つけずに振る術も理解している。

 

 ただ、生徒会長白銀御行だけは別格だ。何せ、男友達としては最も近い位置にいる存在。そして、彼は豆腐の如く弱いメンタルの持ち主でもある。

 

 2階から放り投げられた豆腐を、形を崩さず受け止めることは不可能。どんなに優しく受け止めたとしても、白銀御行の繊細な心は衝撃でボロボロのズタズタに粉砕される。

 

 つまり。下手をしなくとも、生徒会崩壊の危機なのだ。

 

「とはいえ、我慢して付き合うのも有り得ませんし……。うわぁぁぁ、凄く嫌なこと聞きました」

「姉様が死んだ魚みたいな顔をしている……。なんて贅沢な」

「青春だね~」

 

 どうしたものか。遠回しに、会長には脈がないことをアピールするべきか。いや、今まで散々アピールしてきたつもりである。

 

 あそこまで言ってなお好かれているなら、どうしようもない。

 

「あー……。と、とりあえず敵の出方を伺ってから臨機応変に対応しよう。そうしましょう!!」

「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に、って奴~?」

「そう、それです!!」

 

 そして。藤原書記はすべてを明日の自分にゆだね……、泥のように眠ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────その翌日!

 

「ごめんなさい。今、何て言いました?」

「ふむ、何度でも言ってやろう」

 

 藤原千花は、物凄く混乱していた!!

 

「その、実は四宮と付き合うことになった」

「あれえええええ!?」

 

 なぜなら白銀会長は、副会長である四宮かぐやと交際するに至っていたからである!!

 

 本来であれば、四宮かぐやと白銀御行の交際は『断固として隠す』べきモノである。特別な事情が無ければ、用心深い四宮は白銀と口裏を合わせ徹底的にその関係を秘しただろう。

 

 だが、とある事情から四宮かぐやは『石上優』『藤原千花』に限り交際を宣言する方針を取った。

 

 その結果!!

 

「嘘つき!! 話が違う!! この屑会長!!」

「えっ?」

 

 これには、温厚な藤原書記も激怒した。一晩中彼女を悩ませておいて、このオチはあんまりである。

 

「な、何を怒っているんだ藤原書記」

「だって昨日、私の事が好きだって言ったじゃないですか!!」

「えっ」

 

 そして飛び出る、爆弾発言。

 

 当然、白銀はそんな事を言った記憶などない。それらは全て、藤原家三女の勘違いによるものである。

 

 昨日。白銀はダイレクトに、藤原萌葉からハート型のキーホルダーを手渡されていた。それはまさに、かぐやに告白する直前の出来事であった。

 

 つまり、その時の白銀の頭の中はかぐやで一杯だ。普段の彼なら少々調子に乗りつつ(後輩からの憧れを拒否するのもな)と萌葉のキーホルダーを受け取っていたが、この時の彼はひたすらかぐやに一途だった。

 

 結果、

 

「すまない。俺はこの学園祭で……好きな人に告白すると決めているんだ。そのキーホルダーは受け取れない」

「ええええ!?」

 

 ばっさり、萌葉を振ったのだ。そして、

 

「……その女性は、誰なんですか? ……一応、その、私に関係のある人だったり?」

「ああそうだ。お前も良く知ってるだろう」

 

 白銀はたまたま、藤原経由で四宮かぐやと藤原萌葉が交友関係にあるのを知っていた。それが、裏目に出た。

 

「生徒会の初期から俺をずっと、俺を支えてくれたかけがえのない人だ」

「それってまさか!!」

 

 自分と関係がある女性。生徒会のメンバー。これだけの情報でも、既に選択肢は四宮かぐやと藤原千花しかありえない。

 

 そして。肝心な部分で、日本語の難しさが悪さをしたのである。

 

 

(生徒会の書記の立場から会長を支えたのって……姉様じゃん!)

 

 

 藤原萌葉は、書記と初期を間違えたのだ。こうして、妹は無実の姉を強く恨んだのだった。

 

 そしてこれこそが、四宮かぐやが藤原千花に自身の交際関係を明かした理由でもある。

 

 結果として白銀は、かぐやと交際に至る前に『藤原家3女から告白を受けて、四宮が好きだから振った』と明言した。その結果、四宮かぐやの中で方針が大きく変わったのだ。

 

 藤原一族は、口止めをすれば信用できる。だが、放置しておけば凄まじい速度で情報を拡散していくインフルエンサーだ。

 

 幸いにも藤原千花、石上優は四宮自身が深く信頼している人間だ。この二人になら交際の事実を明かしてもローリスク。

 

 むしろ姉である千花を抱き込んで藤原妹の萌葉に対する口止めを行い、既に藤原妹が広めてしまったかもしれない情報に関してはSNSに強い石上を巻き込んで情報操作を依頼する方が安全だと判断した。

 

 その結果!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会★長」

「何も知りません何もわかりません本当藤原書記が何言ってるのか意味分かんないはっはっはっは」

 

 真の恋人は目で殺す。四宮かぐやの眼光は、軽く数十人は屠っているだろうアブノーマルな殺人性を秘めていた。

 

 白銀御行、四宮との新婚夫婦さながらな幸せな空気が一変して窮地である。

 

「藤原ぁぁぁ!! お願い、何でそんな意味分かんない事言うの!? 俺なんかした!?」

「女の敵の言う事なんか知りませーん」

「……あー(多分誤解なんだろうなと察し、助け舟を出す機会をうかがっている)」

 

 藤原千花も頬を膨らまして激怒しているし、四宮かぐやは怒髪天を突いている。冷静なのはもはや、石上会計ぐらいだ。

 

「会★長」

「何か四宮が超怖いんだけど!! 仲悪かった時代ですらここまで壮絶な視線向けられたことないんだけど!!」

 

 だが、そこは腐っても天才の集まる秀知院学園生徒会。唯一落ち着いて場を見渡していた石上は、場の収拾を狙い何とか会長を援護するべく立ち上がった。

 

「まず状況を整理しましょう。藤原先輩、具体的には会長からどのような言葉を?」

「それは!! それはっ……それは?」

 

 その結果!!

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? よく考えたら私、特に会長から何も言われてませんね」

「じゃあ今までの問答は何だったんだよ!」

 

 1秒で事態は収束した!!

 

「ほらほらほら!! 俺無実!! 俺、無実!!」

「藤原さん、詳しくお話を聞いてもいいですか?」

「えっと、あー。会長! 昨日、萌葉を振ったでしょう?」

「えっ? ああ、四宮に告白する前に」

 

 そして、見る見るうちに場の空気は穏やかになっていく。

 

「萌葉が言ってたんですよ、会長は私が好きだから萌葉を振ったって」

「そんなこと俺言ったっけ!?」

「おかげで昨晩ずっと、どんな言葉を使えば会長のお豆腐みたいなメンタルを傷つけず振れるか悩まされていたんですよ!! 謝ってください!!」

「俺は微塵も悪くなくないかそれ!?」

 

 そして、藤原書記の発言を受けて四宮かぐやの機嫌も急速に良くなっていった。会長の不貞疑惑は結局いつもの藤原千花の妄言であった事、更に万が一トチ狂った会長が藤原千花に興味を示しても成就することはないと知ったからである。

 

「全く人騒がせな……」

「藤原先輩は普段ラブ探偵とか痛い事言っておきながら、いざカップルが出来ると邪魔しかしてませんね」

「そういう何気ない言葉が一番人を傷つけるんですよ石上君」

「と言うか俺、何の脈絡もなく今日藤原に振られる可能性が有ったのか……。いや、四宮がいるから別に良いんだが」

 

 こうして、白銀・四宮と言う新たなるカップル誕生により生徒会は一層明るく、楽しい冬休みを迎えようとしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────筈だった!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 幸せそうな、会長とかぐやの二人が抱き合って生徒会室を出るのを見て。

 

「……あれれ?」

 

 邪魔してはいけないと、あえて一人で帰る選択をした藤原千花は。

 

 

 

「あれぇ…………?」

 

 

 

 

 ポロポロ、と涙をこぼしていた。

 

 理由は分からない。だが、彼女は無性に悲しかった。言いようのない圧倒的な悲しみが、藤原千花を強襲していた。

 

「まさかVI〇A忘れるとは……、ん? 藤原先輩どうしたんですか。まだ残って……」

「うぇぇ……うぇーん……」

 

 そして彼女は独り、誰もいない生徒会で号泣するのだった。

 

 

 

 

「え、ええぇー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのね、石上君もそうなんだけど、会長を男として見るのは生理的に不可能ってレベルでね……」

「仮にも愚痴聞いてあげてる人間に、よくそんな口がきけますね」

「だから、好きじゃないと、会長なんか全然好きじゃないと思ってたんだけどね……」

「はぁ」

 

 帰りたい。でも、人として号泣している女の先輩を放置して帰ることはできない。

 

 忘れ物を取りに来てしまった自分の間の悪さを嘆きながら、石上は藤原の泣き言を聞いてあげていた。

 

「本当に、会長は駄目な子供を世話してたみたいな気持ちで……」

「むしろ藤原先輩が会長に勝っている部分が想像できないんですが」

「いっぱい面倒見てあげて、会長の成長を見守っているうちにそれが当たり前だと思っててね」

「は、はぁ」

 

 きっと藤原は妄想の中で、会長を面倒見てあげていた事になっていたのだろう。石上は勝手にそう納得した。

 

「そんな会長がかぐやさんと付き合っているって思ったら、何か、何か涙が止まらないぃぃぃ」

「……つまり、自覚してなかっただけで会長好きだったんですか。藤原先輩」

「そうみたいぃ」

「うーわっ」

 

 うっすらと、彼女自身も気付いていた事実はあった。

 

 藤原書記は本来『出来ないことがあってもみっともなく挑戦し続けて、必死で努力を続けることが出来る人間』が好みの異性のタイプである。

 

 だが、白銀御行に関しては過去に行われた特訓における藤原の被害が非常に大きかったため、無意識に異性として除外していたのだ。

 

 本来であれば、白銀御行は藤原書記のストライクゾーンど真ん中!! ましてや、生徒会会長にして学年1位の秀才というのも大きなプラス要素。

 

 白銀御行は所謂『彼氏と思われたら恥ずかしい』人間ではないのだ!

 

「よくよく考えたら、会長を彼氏に出来たら結構なステータスだったぁ……。勿体ない事したぁ……」

「男をアクセサリーか何かと勘違いしていませんか」

 

 だがしかし。そもそも、藤原からして白銀が対象外だったのと同様、白銀からしても藤原は割と対象外である。

 

 白銀は四宮に結構一途。一方で藤原とは仲は良いが、女として見られない友達の関係。その残酷な事実に、藤原書記は気付いていない。

 

「で、どうするんです。物凄く幸せそうでしたよ、会長と四宮先輩」

「……」

「寝取りとか止めてくださいよ?」

「しないわよぉそんな事!! 私だって、かぐやさんも会長も大好きなんだもん~」

 

 藤原千花は、基本的に善生の人間だ。当然、自分の欲望を優先し他者を陥れることを良しとしない。

 

 まぁ、つまり彼女に残された選択肢はと言えば。

 

「うわぁ~ん」

「……」

 

 思いっきり泣いて、忘れる事のみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ……、おなかいっぱい」

「……そうですね」

 

 大した用事もなかった石上は、家に帰ってゲームをしたい欲望より藤原千花の愚痴に付き合う事にした。

 

 そのまま藤原行きつけのラーメン屋に付き合うことになり(この姿は女子としてどうなんだろう)、小一時間も話を聞いているうちに藤原の機嫌は徐々に改善していった。

 

 何度も告白された経験のある藤原の恋愛経験値は、流石に高い。自分が振られる立場になった時の動きも、ある程度シミュレーション出来ていたのである。

 

「今日は恥ずかしいところを見せてごめんね~、ははは」

「いえいえ、お役に立てたようで」

 

 無論この時石上は『普段は恥ずかしい所を見せていないつもりですか』と突っ込みそうになったが、そこはグッと我慢する。今日の石上は優しかった。

 

「こちらこそ、ラーメンご馳走様でした」

「良いって良いって~」

 

 実は少しラーメンの油で腹が凭れている石上だったが、それも口にしなかった。

 

「うん、これで明日から頑張れます! ちゃんと心から、二人の恋路を応援しますよ!」

「伊井野には内緒なんで、そこを忘れずに」

「わかってますってばぁ」

 

 女は過去の恋愛を引き摺らない。きっと、藤原千花もこのショックを乗り越えてまた一つ成長するだろう。

 

 石上は慣れないことをした自分を褒めながら、笑顔で藤原と別れて帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……翌日。

 

「────」

「お、おい四宮」

「この位置では誰も見えませんよ」

 

 二人は全力でイチャついていた!!

 

「────」

「今は伊井野さんは居ませんし、見られるとしても藤原さんだけです」

「だ、だからって」

 

 見ている。さっきから、藤原は書類仕事をこなしながら二人の熱々スキンシップを横目でしっかりと見ている!!

 

 むしろ、見せつけているんでは無いかと錯覚すらしている。声を潜めすらせずイチャイチャしている姿に、藤原は吐き気を催す邪悪を感じている!!

 

「────」

 

 なんの躊躇いもなく男に躰を預ける性欲の化身……! 男を食い物としか見ていない……! 下賤……!

 

 待て、いったい今何を考えた。藤原書記にとって、四宮かぐやは友人ではなかったのか。親友に対してそんな感情を抱いてしまうなんて、最低もいいところだ。

 

 だが、待て。そもそも今は生徒会の活動中である。イチャイチャとしている方がおかしいのではないだろうか!? 一声くらいは、文句を言って良いんじゃないか?

 

 だがしかし、親友と友人の微笑ましい恋愛を邪魔してよいモノだろうか。四宮かぐやは忙しいのだ、こうして生徒会の間くらいしかイチャイチャ出来ないのではないか。

 

「……」

 

 いや、その理論はおかしい。いまは、生徒会活動の時間なのだ。

 

 イチャつきたいなら。フリーな時間に好きなだけイチャつけばよい。こんな人目に付く場所で、恋人同士の甘い時間を繰り広げられても反応に困る。

 

 藤原は、非常に珍しく頭をフル回転させ、二人の邪魔をする大義名分を獲得した。

 

 本棚の陰、そこでゴソゴソしている二人の駄カップルに向かって立ち上がり、歩き出そうとして。

 

 

 とても幸せそうな四宮かぐやと、目が合った。

 

 

「……」

「あ、藤原さん!? こ、これはその」

「おぉーっと!! な、何か用事か藤原書記!!」

 

 それは、かつて藤原自身が望んでいた────

 

 心からの笑顔を浮かべる、四宮かぐやの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……辛いです」

「昨日、振っ切ったんじゃないですか先輩」

 

 その日の帰り道。

 

 きょうこそ昨日やり損ねたゲームをしようと心軽やかに帰路についていた石上は、めんどくさい女の先輩に再び捕まっていた。

 

「吹っ切ったつもりでした」

「……はぁ」

「でも、でもでもでも!! 親友と思ってた人に好きな人寝取られて、圧倒的なイチャイチャを見せつけてきて、でもかぐやさんはとっても幸せそうで!! なんか今の状況、私にとって尋常じゃなく辛いです!!!」

「……」

 

 どこかで聞いたことのあるシチュエーションだ。石上はそう思った。

 

「まぁ、想像するだけで辛いですね」

「この辛さは想像するだけではわかりません! 勝手に分かった気にならないでください!!」

「じゃあどうすりゃいいんですか」

「慰めてください!! この学園で最も不幸なのは私と言っても過言じゃないと思います!! なんか親友と好きな人を一気に失った感じで、笑顔を作っていると嘘をついているような気持になるんです!! 分かりますか!!」

「……うわぁ」

「優しい言葉をください!! 慰めてください! そして私の心労をすべて綺麗に消し去ってください!!」

「そんな無茶な」

 

 因みに、その『学園で最も不幸』な経験を半年ほど耐え続けている稀有な少女も、この学園には存在する。

 

「……うーん。正直力になれるか分かりませんが、やるだけやってみましょう」

「お、おお! 石上君は、どんなハートフルな慰めが出来るんですか!? 正直欠片も期待していませんでした!」

「期待してないなら呼び止めないでください。……いや、そういうのは先達に聞くのが早いんじゃないかと思って」

「……先達?」

 

 そう言って、石上は思い当たる伝手に連絡を取る。

 

 おそらく、今の藤原の状況にこれ以上無く詳しい不幸な先輩に。

 

「ああ、こんな時間にすみません先輩、恋愛相談がありまして。これは、僕の友達の話なんですが……」

『あっはっはっは。そう言って切り出す話ってほぼほぼ本人の話よね。で、どうしたの? つばめ先輩関係?』

「実は、そうではなくて────」

 

 

 

 

~石上相談中~

 

 

 

 

 

『私は今まさに、そうしているところよ。その不幸な誰かにも、教えてあげて頂戴』

「どうも、ありがとうございました」

 

 相談を終えた石上は、改めて藤原に向き直った。

 

「え、何? 何を相談していたんですか?」

「『同性の親友が好きな異性と付き合うことになり目の前でイチャイチャを繰り返している状況』に詳しいエキスパートの知り合いに、今の藤原先輩に出来る対策を相談していました」

「よくそんなニッチな状況のエキスパートを知ってましたね!?」

 

 むしろ石上も、よくそんなピンポイントな状況の知り合いが数少ない知り合いに二人もいるもんだと感じていた。

 

「で、私はどうすればいいんですか?」

「『無』だそうです」

「はい?」

 

 ちなみに、石上の相談相手である四条眞妃の対策はシンプルだった。

 

「心を『無』にして、何も考えず時間をやり過ごすのだそうです」

「は、はぁ」

「静水のように平穏で穏やかな心を持っていれば、大概の不幸は乗り切れるそうです」

「それは、諦めているだけでは……?」

 

 四条眞妃と四宮かぐやの、ストレスに対する防御反応は似通っていた。

 

「……でも、その道のプロが言うなら間違ってないんでしょうね」

「エキスパートですからね。なにごとも、専門家の人の意見は大事にして損はありません」

 

 四条眞妃は勝手に失恋の専門家扱いされた。

 

「なら、試してみましょうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────その、さらに翌日!!

 

「うわああああん!!」

「やはり、効果なかったみたいですね」

 

 今日も、石上は藤原に捕まっていた!!

 

「やはり、やはりって何ですか!! 石上君が勧めてきた方法でしょう!?」

「いえ、まぁ。家に帰ってから、改めて自分の間違いに気が付いたので」

 

 藤原は素直に先人の知恵に倣い、心を『無』にしようと頑張った。

 

 しかし、イチャつく馬鹿ップルを前にどんなに心を無にしようと、藤原の精神的ダメージは軽減されなかった。むしろ、心のガードが出来ない分余計にダメージを貰った程である。

 

「失恋のエキスパートに聞いたんじゃなかったんですか! ちっとも効果がないじゃないですか!」

「……藤原先輩。実は、その」

 

 その理由は、石上には想像がついていた。

 

「藤原先輩って、普段から脳みそが『無』だから普段と変わらないんじゃないですか」

「はっはっはぶっ殺しますよ~」

 

 この思考を『無』にする心理的防衛反応は、普段から頭の回転が速い人間にとっては有効なストレス回避手段である。

 

 しかし、藤原千花と言う存在は普段から思考回路が『無』!! 頭の作りが根本的に違ったために、何の解決策にもならなかったのである!!

 

「……そっか、じゃあもうどうしようもないですね~。ずっと私が我慢し続ければ済む話と言うわけですか」

「……」

 

 藤原が悲し気に吐いたこの言葉こそ、正解である。

 

 恋愛において、二人の人間が同じ異性を好きになってしまえば、万人が笑えるハッピーエンドは存在しない。

 

 誰かが涙を呑んで、耐えて、乗り越えねばならない。今回はその貧乏くじを引いたのが、藤原だったというだけだ。

 

「ごめんなさいね、石上君。もう3日間も愚痴につき合わせちゃいました」

「……いえ」

 

 石上としても、藤原書記が納得するというなら万事解決。四宮かぐやと白銀御行の交際関係は、普段からリア充を怨む彼が心の底から応援しているカップルである。

 

 本音を言えば、藤原書記に介入して荒らされたくなかった。だからこそ、積極的な介入は避けていた。

 

「石上君は、頑張ってくださいね。私みたいに、負け犬になっちゃだめですよ」

 

 だが、しかし。

 

 その、消え入りそうな藤原の笑顔は、石上の根本的な部分のどこかに響いた。

 

 響いてしまった。

 

 

「────はぁ。それで、良いんですか?」

「……はい?」

 

 石上は、悩んだ。その言葉を出していいものかを。

 

 だが、他ならぬ『彼』にその言葉をぶつけたのは────

 

「いえ。その、僕としては会長と四宮先輩の仲を限界まで応援するつもりなんですけど」

「え、ええ」

「藤原先輩にも、一握り位は恩義があるような気がしなくもないので……。とある、僕の尊敬している人の言葉を贈っておきます」

 

 石上優は、四宮かぐやと藤原千花の二人の後輩だ。

 

 そして、藤原千花と四宮かぐやは自他ともに認める親友。

 

 だから、これは裏切りではない。

 

 

「────好きな気持ちは、隠さなくて良い」

 

 

 その言葉に支えられて、石上優は勇気を出して子安先輩を文化祭デートに誘えたのだから。

 

「勇気を出して、藤原先輩」

 

 そして、もう一つ石上が信じていた物。

 

 それは、

 

「でも、そしたらかぐやさんを……」

「大丈夫です。藤原先輩がどんな行動を起こそうとも、相手はあの会長ですから。完璧に、場を治めてくれますよ」

 

 自分の敬愛する白銀御行は、藤原千花から想いを告げられたところできっとうまく収めてしまうと信じていた。

 

 以前、自分を暗闇から救い出してくれたヒーローは、生徒会の仲間が辛い思いをしていることを知って『解決に乗り出さないはずがない』。

 

「藤原先輩も、甘えてみていいんじゃないですか? 僕達の会長は、大物ですから」

「……」

「それじゃ、また明日」

 

 石上はそう言い残すと、藤原を置いてさっさと一人で帰った。

 

 今の藤原に必要なのは愚痴を聞いてもらうことじゃない。自分の心に折り合いをつける事だ。

 

 そう判断しての事だった。

 

「……そっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 

 自転車置き場で、藤原千花はとある男子生徒を待っていた。

 

「……あ、来た」

「藤原?」

 

 待っていた相手は、当然。ここ数日、自分の心の折り合いがつけられず悩みに悩みぬいた相手『白銀御行』だ。

 

「会長、おっはよう。待ってたんですよ」

「どうした、朝っぱらから珍しいな。急ぎの用事か?」

「んー、急ぎではないですけど、重要な用事ですかねー」

「そうか」

 

 白銀は自転車を降りると、そのまま周囲を見渡して人影が無いのを確認した。

 

 周りには、藤原書記以外の誰もいない。

 

「教室ではなくわざわざこんな場所で待ち伏せていたという事は、内密の話か?」

「当たらずも遠からず、です。内密にするかどうかは、会長に任せようと思っていますので」

「そうか」

 

 急ぎではないけれど、重要な用事。

 

 それも、わざわざ朝一番から白銀を待ち構える必要のある話。

 

「────聞こう」

 

 いつもの悪ふざけであれば、それで良い。だが、何か本当に藤原が困っていることがあるのかもしれない。

 

 白銀御行は『本気』の顔になって藤原千花を見据えていた。

 

「……ふふふ。そっか、そういう顔も出来るんですよね会長は」

「茶化すな、何やら真剣な話なんだろう? 雰囲気でわかる」

「ええ、真剣な話です」

 

 そんな目で見つめられたら、堪らない。

 

 少女は、照れたように少年から顔を背けながら。

 

「真剣に、好きになっちゃってた、みたいでした」

「……あん?」

 

 親友(かぐや)の言葉通りに、隠さぬ想いを真っすぐに告げた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、会長。貴方がかぐやさんと付き合っている今だからこそ、改めてお伝えいたしましょう」

 

 

「頑張り屋な貴方が、ずっと好きでした」

 

 

 

 

 ────その言葉の数分後。

 

 少女は、涙を拭きながらそっとその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、そんな感じでして。そりゃあもう、我ながら完璧な告白だったと思うんですよ。ムードバッチリ、もう少女漫画の世界的な」

「……」

 

 半日後、その日の生徒会室。

 

「ムードに押されたのか告白された時の会長の顔、凄かったですからね。もう真っ赤でした、真っ赤!!」

「へぇ~」

「で、その後。口をパクパクさせながら顔を真っ青に変色させて『あの、その』とドモり始めてですね」

「成程。照れの感情から『二股ヤベェ』の危惧に思考回路が切り替わったんでしょうね」

「『お、お、俺っ。四宮が居て、その』は傑作でしたよ。こっそりムービー取ってたんですが見ます?」

「……それは人としてどうかと思いますよ藤原先輩。見ますけど」

 

 藤原千花は、完全に復活していた!!!

 

「藤原ぁぁぁぁ!!! いい加減にしろよお前、何で人の告白されシーンをそんなネタにするの!?」

「えー、ちゃんと会長に許可取ったじゃないですか~。私が会長に告白したことを、隠さなくても良いかって」

「好きにしたらいいとは言ったけど、ここまで全力でネタにされるとか思っとらんわ!!」

 

 ニマー、といつの通りの笑みを浮かべて白銀を煽る藤原。彼女はようやく、いつもの自分を取り戻していた。

 

「うんうん、変に押し殺してモヤモヤしてたから辛かったんです。隠し事が性に合わないんですよね~」

「それは政治家の娘として致命的では?」

「でも、こうやって堂々と告白しとけばかぐやさんとイチャつくのも自重してくれるでしょう? あれ結構胸に来たんですからね、本当」

「うっ……。それはすまんとは思うが」

「だったらその報いを受けて貰います、ふふふ~」

 

 そこには、ここ数日の暗い感情は見当たらない。

 

 告げて振られて、前に進める想いもあるのだ。

 

「一応、確認ですけど。藤原さんは会長とは、その」

「心配ご無用ですよかぐやさん! もう、そうりゃあバッチリクッキリ振られてますので!」

「そうではなくて。きちんと藤原さんが諦められたかどうかを聞いているんです」

「おや? ふふふ~」

 

 想いを自覚し、ぶつけた乙女は強い。失うものなど、何もない。

 

 藤原は、強敵である『四宮かぐや』に向かってニヤリと微笑みかけた。

 

「かぐやさんからは、どう見えますか?」

「……っ!!」

 

 

 

 天才たちの恋愛頭脳戦は、こうして新たなフェイズへと移行していく。

 

 

 



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