パワフルプロ野球ポケット 〜両利きのエース〜 (人類種の天敵)
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プロローグ

俺の名前はパワ村風太郎。

父の影響か、物心ついた時から野球が大好きだった俺は、地元のパワフルリトルに幼馴染みと共に入団した。

 

「悪いなパワ村くん。でも、監督の言うことは絶対だから。これから聖の相棒はボクだ」

 

「すまない……パワプロ」

 

幼馴染みの六道聖と一緒に小学4年生でリトルに入団して5年生の進級と同時にパワフルリトルのエースになった俺は、夏前に突然入団してきた新顔の鈴本大輔にチームのエースの座も、相棒すらも奪われ、いつしか二番手ピッチャーに甘んじていた。

 

(くそっ!今に見てろよ、鈴本。エースも聖ちゃんも、必ず実力で奪い返してやる!)

 

そう奮起した矢先ーー。

 

 

 

 

 

「母さん!パワプロ!!父さんの会社、倒産しちゃったよーー!!なんちゃって!全然笑えないけどね!」

 

「は?」

 

「これから父さんの実家に家族で引っ越しになる。父さんの親父、お前にとっての祖父ちゃんのパワ村英作はパワフル村で農家を営んでいるからその仕事を手伝うことになる。パワフル村のパワ農って言えば結構有名だぞ?」

 

「は?」

 

「もうお前のリトルの監督さんにも話と手続きはしておいたから、2日3日で荷物を纏めて、直ぐにこの街を出るぞ」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見渡す限りの山と段々畑、曇りない晴天、眩しすぎる太陽。

都市部から離れて何時間、山に入って何時間、半日以上車を走らせたその先に、パワフル村はあった。

 

「着いたぞ!ここがパワフル村だ。ーーっ、んーーー!!やっぱ田舎は空気が上手い!お前も久しぶり過ぎるか?はっはっはっは!」

 

「私先にお義父さんに挨拶してくるから、パワプロはその辺散歩しなさいな」

 

「………………………」

 

結局父の会社が倒産してしまい、鈴本とエース対決をすることもできず、聖ちゃんやチームのメンバーにお別れを言うこともできず、何処とも知れない、ど田舎の圏外村に引っ越すことになってしまった俺は、魂の抜けた抜け殻のように呆然としていた。

 

「………」

 

「とうさーん!あれ?オヤジー!!いないのかー?」

 

「おお、帰って来たか。馬鹿息子、とっとと荷物を置いて仕事を手伝え。ん?そのユニフォーム…お前の子供も野球をしてるのか?」

 

「ああ、地元のリトルにね。そうだパワプロ!お前の祖父ちゃんのパワ村英作は昔甲子園で活躍して神童なんて呼ばれるほどの投手だったから、この際祖父ちゃんに野球を見て貰ったらどうだ?なんせ、我がパワ村家は代々野球が好きで好きで堪らない一族だからなぁ」

 

投げては三振の山、打ってはホームラン。

親父が誇らしげに語る先では英作爺ちゃんが昔の話だと鼻を鳴らして俺を見ていた。

 

「お前、エースとして男として負けたっつー顔してんなぁ」

 

「えっ?」

 

爺ちゃんと目が合って投げかけられた言葉にギョッと驚いた。

 

図星だった。

鈴本にエースを取られてから、アイツとバッテリーを組み出した聖ちゃんは、練習中は鈴本と投球練習でつきっきりな他、休日に遊ぶ時でもよく鈴本の名前を口にしていた。

 

『ストレートも変化球もコントロールも一級品だ!私もキャッチャーとしての腕が鳴るものだ。今一緒に開発している変化球があるのだが。うむ、完成が楽しみだ』

 

彼女が、聖ちゃんが鈴本を褒め称えるほど俺の中のプライドはボロボロに砕かれていった。

 

彼女の知らない一面をまざまざと見せつけられているようで、幼馴染みの立場も、彼女に抱いていた感情も、全て鈴本に奪われていくようだった。

 

悔しかった。今の自分じゃ到底敵わない実力を持つ鈴本が。

 

辛かった。聖ちゃんが、初めて見るような表情を俺じゃなくて鈴本に見せる瞬間が。

 

妬ましくて、疎ましくて、鈴本を嫌う、そんな自分が嫌で嫌で堪らない。

 

だから、本当はほっとしていたのかも知れない。

 

親の都合で田舎に引っ越すことになって、あの2人から離れることが出来たことが。

それに気付いてしまったことで、俺の中にあった自信は、跡形もなく崩れ去ってしまった。

聖ちゃんに対する初恋も、今までの投球フォームも道連れにして。

 

「………チッ。馬鹿息子。孫は俺が鍛えてやるから、その分お前はしっかり働けよ」

 

「はは、こりゃ手厳しいな。でも。頼むよ親父。コイツも急な引越しでまだ心の整理がついてないだろうし、野球に打ち込めるならその方がマシだろう」

 

「それだけだったら良かったんだろうが。コイツは随分根っこが深ぇや。おう、先ずは走らせて走らせてスタミナを付けさせることにすっか!」

 

 

 

こうして英作爺さんのもと、俺のパワフル村での野球人生が始まった。

 

「オラ走れ!今のお前に必要なもんは投げて投げて投げまくれるスタミナだ!どうせ田舎に練習設備なんてねーんだ!その代わり走れる土地ならアホほどあるからな!遠慮なく走って走って走りまくれ!」

 

と言ってもパワフル村は呆れれほどのド田舎。

それに加えて英作爺さんはここら辺の土地をほぼ所有しているようで「ぐるっと見回したとこは俺の土地」と言った通りとにかく土地が広い。

その中を朝も昼も夕も夜も走れと言われるのだから溜まったもんじゃなかった。

 

でもそのお陰で走ることに必死で鈴本のことも聖ちゃんのことも少しの間だけ忘れることが出来た。

 

「ああ?ピッチャーの癖に投球フォームを忘れた!?俺の投げ方を教えてくれえ!?カァー!!ンなもんこの大自然の中で見つけろぃ!探してみりゃ至る所にヒントは隠れてるぞ!畑仕事に動物に自然に!お前だけのフォームを探してみるんだよ!」

 

はっきり言って英作爺さんの教育方針はスパルタであり、半ば放任主義だ。

そりゃあ、昼間は畑仕事があるにせよ、馬鹿広い土地を走り回らせてその途中で投球フォームを見つけて来いって、その昔神童と呼ばれた伝説的ピッチャーのやることかよ!?

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……こ、こんなんでほんとに鈴本を超えるピッチャーになれんのかな??」

 

走り続けて何ヶ月が経つ。

スタミナが付いて余裕が出来てくると、英作爺さんは足に重りを着けて走らせるようになった。

 

重い、辛い、苦しい。

 

毎日死んだようにベッドに眠り込む日々、割とスパルタで有名なリトルでの練習が可愛く思える英作爺さんのこの特訓に不安を抱きながらも、今の俺にはこれしか無いんだと走り続けしかなかった。

 

「振り上げて、振り下ろす。言葉にすりゃ簡単だがその途中にこそ意味がある。振り上げるときの姿勢、肩、腕の位置、腰、足の踏ん張り、目線。振り下ろす瞬間の重心移動はスムーズか?そういう気付きが未来のエースを作るんだろうさ」

 

学校がない休日は畑仕事を手伝わされたり何処そこに連れて行かれたり、でもそう言ったものに目を向けろって口酸っぱく言う爺さんに従って、俺は俺の投げ方を見つけるべく頑張った。

 

「鍬を、斧を振り下ろすことに、力は要らない。最後の一瞬だけに力を込めるんだ」

 

「呼吸からリズムを作る。周りが聞こえなくなるほどの集中を」

 

「イメージは鉈……いや、鍬で畑を耕す様に……」

 

「草刈り鎌で雑草を、根元を刈り取る様に。低く、低く……」

 

気付けば小学校を卒業していた。

 

中学生になり、その年の夏に英作爺さんと3打席勝負をして、その三つともを場外ホームラン張りにかっ飛ばされた。

 

「打たれたお前が拾っとけよ」

 

「何処まで飛ばすんだよ!?爺さん今年で何歳だ!?」

 

お前のへなちょこピッチングなら力じゃなくて技術で十分だとドヤ顔の爺さんに若干の恐怖を抱きつつ何処かへ行った硬球を探して山の中に入る。

 

野生動物に会わないうちに探してしまおうとするが何処にも見当たらず、周りの景色も徐々に暗くなっていくので焦っていると、近くの茂みからガサゴソガサゴソと音が鳴る。

 

「ヒィエッ!?だ、だだだ、誰だ!?」

 

熊か!?猪か!?はたまた何だ!?威嚇のつもりでバットを振り上げて音の発生源を見るも、茂みの中の何某かは一際大きな音と黒い影を残影にして何処かへと飛び去っていく。

 

「さ、猿か?……ん?」

 

木々の向こうへ消え去っていく影からぽろっと白い球体が3つ。

あの爺さんがかっ飛ばした硬球だ。

 

「こんなところに落ちてるなんてツイてる!やった!」

 

もうこんな所に用はないとさっさと家まで踵を返して家まで帰った。

そんな俺の後ろ姿を、木々の隙間から見ている人影に気づかないまま……。

 

 

 

 

 

 

それから、秋に入って……しんと静まる田舎道を帰る途中、不意に猫と戯れる少女に出会った。

 

黒髪のおかっぱの、黒い服を着込んだ、肌の白い少女だ。

100人が見れば100人が美少女と言うだろう美しさ……綺麗と言うよりは可愛い系の小柄な少女だ。

 

どことなく幼馴染みだった聖ちゃんに似た雰囲気を感じて、俺は彼女に目を奪われてしまった。

 

こんなド田舎でこれほどの美少女が?と疑問になるが、その辺の野良猫の腹を撫でる手つきはとても様になっている。

 

「……美味そう」

 

「いや、食うなよ?」

 

予想外すぎる言葉につい口が出てしまった。

振り返ってこっちを見つめる少女にウッ、と今更ながら挙動不審になる。

 

(なんてこった!思いの外可愛過ぎてヤバい。大丈夫か俺、変な顔してないよな?)

 

とりあえずニコニコと笑って見るものの、少女は猫に視線を戻し、猫を可愛がっている。

 

見てるだけで癒される様な光景がーーーー。

 

「……スキヤキにしよう」

 

「いや本当に食べないよな!?」

 

……少女の続いての言葉に俺もまた突っ込まずにはいられなかった。

その後少女が、「名前」と言って、猫が鳴いて返事をするのを聞いて、ああ、その猫の名前をスキヤキにするって意味ね。と解釈した俺は、それにしてもスキヤキが名前ってどうよ?と内心首を傾げざるを得なかったが。

 

「……それじゃあ」

 

「あ……ちょっと待って」

 

その少女は、ふらりと姿を消した。

夜空に溶け込む影の様に、周囲を見渡したとして、彼女のあの美しい白い肌も、吸い込まれるような翡翠色の瞳さえ見つけることは出来なかった。

 

「何だったんだ……あの子」

 

名前、聞いておけば良かったな。

狐に化かされたみたいで今日のこと出来事を両親や爺さんに言って聞かせようとは思えなかった。どうせ、信じないさ。

 

 

 

 

 

夏を過ぎる頃、中学一年の秋。

 

俺は、彼女に出逢ってしまったんだ。

 




パワ村風太郎
主人公。エースになって早々に鈴本くんにエースと聖ちゃんを奪われる。
圧倒的な実力の差、しかし鈴本くんには秘密が……。


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芹沢真央

一年の秋頃に出逢った少女は、自分の名前を芹沢真央と呼んだ。

 

ぼうっとしていて何を考えているかよく分からないその子とは学校から帰る時やランニング中などでよく顔を合わせる様になった。

 

ある時はスキヤキと名付けられた猫の腹を撫で回していたのを見かけた。ある時は山の中からボロボロの状態でいるのを家に連れ込んで介抱し。ある時は俺が栄作爺さんにしごかれているのを木の上から眺めていた。

 

「……ヒーローの特訓?」

 

「何でだよ。どう見ても野球の練習だろ」

 

何十本と地面に刺されたカカシの頭をバットでフルスイングする栄作爺の特訓をしつつ彼女の疑問を否定した。

 

「昨日爺に新しい投球フォームで投げて打たれて自信無くしたから今日はバッティング練習やってるんだよね」

 

カカシは大小それぞれ背が高かったり低かったり、顔の部分も大きいものや小さいものがあり、俺は目の前の太々しい面構えを施されたへのへのもへじに向けてバットを振り抜く。

 

ごおん。

 

鈍い、寺の鐘を鳴らした様な音を立ててカカシがぶらりぶらりとえび反りをする。

 

硬い棒ではなくゴム製の支柱を手に入れたソイツは何度か体を逸らすと元の背筋をピンと伸ばした姿勢に戻る。

 

「はぁ。42点」

 

今のスイングに評価点をつけよう。

 

振ったバットはカカシの顔の真芯上部を叩き、鈍い感触と共にお前の打撃はまだまだだなとその顔は俺を見つめていた。

 

これが実戦だったならゴロを引っ掛けて居るはずだ。

 

「爺曰く真芯を打ち抜けば土から棒ごと引っこ抜けるんだと。だから今回のはハズレ」

 

今のスイングを修正する様にバットを振るうと、次は別のターゲットへ向かう。

 

素振りを繰り返したために出来た2つの足跡の定位置へ、外角低め、得意なコースに設定されたソイツは、さっきのカカシと比べると既に顔の布はボロボロの土塗れ。

 

ーー今回も地面にキスさせてやるよ

 

カーン!!

 

いい音を鳴らしたカカシはズボッと引き抜けた棒と一緒に十メートルをくるくる飛んでボチャッと地面に着地した。

 

いい音と叩いた感じについ口角がにやけてしまうのを感じながらくるくるとバットの頭を回す。

 

レフト方向に流し打ちで弾き飛ばしたカカシをまた土に突き刺してグリグリと埋める。

 

これで通算20本塁打、まあ、外角低めのこのカカシだけの記録だけど。

 

「簡単に言えばコース別のバッティング練習ってヤツかな」

 

ちょうど良い高さの切り株に腰を下ろした真央ちゃんにそう言ってやると、彼女はポーカーフェイスのその顔でボソリと呟く。

 

「そう、てっきり怪人を殴り殺す特訓かと思った」

 

「いや、何でだよ。怖いわ」

 

つーか怪人ってなんだよ……と呆れる。

 

でも他所から見ればあながち間違いではないのかも知れないと気の抜けたスイングを振りながら思う。

 

ピューーー

 

「あっ」

 

「………」

 

その時丁度いいそよ風が吹いた。

 

汗ばんで暑い身体を丁度良く冷やすと共に切り株に腰掛けている彼女のスカートさえも翻したそれに感謝しつつ、さてバッティングの練習だと真央ちゃんから背を向けた俺の脳内にはあの一瞬で永久保存した彼女の下着が貼り付いていた。

 

「えっち」

 

「な、なななな何のことかな!?」

 

慌てて振り向くその先で真央ちゃんの美しい回し蹴りがホームラン叶わなかったあの内角高めのカカシを草むらの向こうへと蹴り飛ばしていた。

 

ーー場外ホームラン

 

おみごと!の掛け声もいざ知らず恐怖に本能が警鐘を鳴らして地面に飛び土下座をかます俺。

 

ーー真芯で当てても引き抜けるまではいかないあのカカシを場外へ持っていくなんて、この子本当に何者???

 

許して欲しかったら明日私についてくること。と無機質な瞳をしながら言った真央ちゃんに仰せの通りにと従いつつ、俺の頭の中は回し蹴りの際にまた見えた下着を脳裏に焼き付ける事で精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………で、なにこれ」

 

俺は今真央ちゃんとデートに行く予定だった目的地で手にバットを構え、縄に吊るされた複数の丸太に周囲を取り囲まれていた。

 

??????????

 

全く事情を把握出来ていない俺の正面で目を光らせた真央ちゃんが徐に丸太を掴み俺に向かって全力投きゅうおおおおおおあおおおおおおお!!?

 

ブォン!

 

「あぶねええええええええ!!?」

 

とっさに地面へスライディングした俺の頭の上を唸りを上げて丸太が通過した!

 

急になをする気だよこの子と真央ちゃんを見ると遠心力で加速している丸太を大したことないと受け止めた真央ちゃんが首を傾げていた。

 

「?なんで避けるの?これじゃあ訓練にならない」

 

「いや、だからなんの」

 

ブォン!

 

「話を聞けええええええええええええ」

 

横っ飛びのヘッドスライディング!心臓がバクバク言ってんだけどマジでこの何始める気だよオイ。

 

「バットで打ち返すことで強くなるって書いてた」

 

(え!?何!?漫画!?小説!?フィクションを真に受けないで!)

 

しかしいつも無表情の顔を綻ばせ目を輝かせている真央ちゃんにそんなことを言えるはずもなく、俺は足元のバットを掴むと気合の声を張り上げて丸太を睨みつける。

 

「やってる!やれば良いんだろ!」

 

「その調子」

 

「うおおおおお!!やってやぐへっ!?」

 

ちょ………待っry

 

 

 

 

ドカドカドカドカバゴベキボコバコベコゴキャ

 

 

 

真央ちゃんの特訓は熾烈を極めたものだった。

 

振り子の遠心力に加えて真央ちゃんのとんでもパワーで放たれる丸太はその迫力と恐怖を増して近づいて来る上にそれをバットで迎え撃とうとするもバットが当たった瞬間に丸太の勢いに負けてバットが手から弾かれるのだ。

 

そうなるともう俺に出来ることはブランブランと断頭台の様な丸太にぶつからないよう飛んで跳ねて避け続けるのみだ。

 

ーーいや、怖いわ!

 

「数を増やす」

 

「お願い待って!?」

 

ちくしょう!?泣いて懇願したのに本気で丸太追加しやがったよあの子!しかも2個一気にぶん投げて来た!あぁ〜死んでしまう〜〜〜!!

 

「死にたくないよおおおおおお」

 

バットを掴む。立ち上がる。向かって来る丸太に向き合う。丸太の角度から引っ張る方が良いのか流す方が良いのかを瞬時に判断する。構える。そしてバットを振る。

 

コーン

 

「ーーーーえ?」

 

「……その調子」

 

自然と身体が丸太を打ち返していた。

 

「……次」

 

横合いから向かって来る丸太の音を耳が捉えた。

 

思考するよりも早く身体が動く。

 

グルンと身体が回転すると同時に丸太の真芯に向かって既にバットが振りかぶられていた。

 

コーン

 

良い音が鳴ったと思えばぶつかる直前の丸太は遠くへ遠くへと離れていく。

 

「?」

 

不思議な感覚だ。

 

まるで、今まで何回もやって来たかのように、身体が丸太の打ち返し方を知っていた。

 

既に丸太の数は5本を超えていた。

 

決して同時に向かって来ることはないものの、何故かドリル回転していたりスライダーやフォークなど変化球のようにその軌道を変えたりと明らかにおかしい様子だったにも関わらず俺は全ての丸太を打ち返すことが出来ていた。

 

「うん。これなら怪人とも戦える」

 

「何でだよ。いや戦わないからね」

 

真面目な顔でアホなことを言ってる真央ちゃんを半目で睨む。

 

 

 

『ーーパワプロ』

 

『ーー君は……誰?』

 

 

 

視界が朧ろげに霞んだ。

 

目の前にいるはずの彼女が突然消えてしまった感覚に背筋を凍らせ、慌てて右手を突き出す。

 

「真央ちゃん!」

 

もにゅ

 

「パワプロ?」

 

怪訝そうな真央ちゃんの声が耳に入ると、霞んでいた視界が急速に色付いていく。

 

「良かった。居たんだね!」

 

「?」

 

真央ちゃんの呆れ顔、それを見るだけで何故かひどく安心してしまう。

 

「パワプロ、それより……離して」

 

「え?」

 

もにゅもにゅ

 

「こ、この感触は」

 

果たして俺は真央ちゃんを掴もうとするあまり、彼女の慎しげなお胸さんをがっしりと掴んでいた!!

 

「ま、真央ちゃん」

 

「なに」

 

「ちゃんとご飯食べてる?」

 

「……大きなお世話」

 

ゴス

 

真央ちゃんがブレたと思ったらふと視界が暗転とする。

 

最後に見たのは真央ちゃんの虫を見るような冷たい瞳とスカートから覗く白地に猫の刺繍が施されたパンティーーーー

 

「ばか」

 

 

 

 

 

 




ーー???を思い出した。
バットエンドルートNo.???を回避します。

ーーバッティングフォームを思い出した。
「神主打法」を思い出しました。

ーー流し打ちのコツLv1.2.3を思い出した。
流し打ちを思い出しました。

ーーやる気が10上がった。
調子が絶好調になりました。

体力が70減りました。

ーー芹沢真央の好感度が10上がった。


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花と猫とピクニックと魚

早く学園編に行きたい


 

ズドン

 

コケコッコ〜〜〜!!

 

ズドン

 

「……うぅん。もう、朝ぁ?……ふぁ」

 

まだ日の登らない朝方。

 

パワプロことパワ村風太郎の父、パワ村降史は朝っぱらから家の庭から響く息子の壁当ての音と飼っている鶏の鳴き声に目を覚ました。

 

「……引っ越す前は寝坊が当たり前だったくせに環境が変わればこんなにも違うのか……」

 

寝起きの身体と頭でふらつく身体で外を見ればまだ肌寒い時間帯の筈が全身汗まみれでボールを投げる息子の姿がある。

 

自分で土を持ってきて整備したマウンドに立ち、山の横にはボールを沢山入れた籠が所在なさげに佇んでいる。

 

そして今、ふぅ、と息を吐いたパワプロが豪快に両手を首の後ろへ持っていくと、そこからまるでスローモーションのように腕を、足を、腰を、全身をゆっくりと動かしていく。

 

脱力した身体のはず。

 

しかし地面に対して一本だけ残された右足は爪先立ちをしているにも関わらず一切の揺らぎを見せず、通常よりも短めに刻んだ左足のステップはされど力強く大地を踏み抜き、リボルバーの撃鉄が雷管を強打するように左肘を思い切り背中へ突き出せば、限界ギリギリまで引き絞られた長くしなやかな右腕がまるで鞭のように風を斬る。

 

ズッドン!

 

「シッ!」

 

中学1年の冬の時点で既に身長180㎝に届かんとする規格外の体躯と長い手足、更に祖父の栄作によってしごかれたストレッチによって手に入れたとても柔軟な関節。

 

それらを活かして放たれるストレートは高高度から一気に壁に描かれた四隅の真ん中低めへと鋭く突き刺さる。

 

「ふぅっ、ふぅっ、ふぅーーーー」

 

ぐるんぐるんと癖のように腕を回す我が息子のピッチングを見て、降史は苦笑する。

 

(まあ田舎だしなぁ。野球しかやることないし)

 

打者のはるか頭上から振り下ろされ、足元目掛けて叩きつけられるストレートに自身の息子ながら軽い身震いを覚えつつ日課の準備を始める。

 

(あんなえげつないもの投げて耕し投法なんて名付けるもんだから笑っちゃうよな。センスがあるんだかないんだか)

 

さて、と背筋を伸ばして骨を鳴らした降史は妻を起こすと自身はサンダルを履いて家の裏手にある花壇に向かって花に水をやりつつ鼻歌を歌う。

 

「ふんふふんふふん」

 

ポケットに手を突っ込み片手間に水をやるのは花壇に咲く9本の紫色の花。

 

降史が生まれる前から咲いていたと言われるこの花達は田舎から出た時と変わらない姿で降史一家を出迎えてくれた。

 

その中で一本だけ他と比べると背丈の低い花がある。

 

この9本目の花は息子のパワプロが生まれた際に彼の掌に花の種が握られていたと病院の看護婦から伝えられていた摩訶不思議な種子で、それを受け取った栄作がパワ村家の伝承を語ると共に植えたものだ。

 

曰く、その花はある1人の男が植えたものであると。

 

 

1つは右投げを極めた男の花

1つは変幻自在の左投げ投手だった男の花

1つはパワーを追い求めた男の花

1つはどんな球でも狙い撃つ男の花

1つは猫よりも俊敏に駆け抜けた男の花

1つは観客を魅せる美技を持った男の花

1つはどの距離にも届かせる強靭な肩を持つ男の花

 

そして1つは、とにかく諦めの悪く、黒猫と野球を好いた男が咲かせた花であると。

 

 

栄作の口からその話を聞くたびに1人の男ではなく複数の男達が植えた花になるし9本目に至っては息子の花なのでは?と首を捻るが「そうであってそうではない。これらは1人の男が植え続けたものよ」と英作はいつも最後にそう締めくくるのだ。

 

 

 

「この花だけ他と違ってどんどん成長していくんだよな」

 

まだまだ背丈は低いものの、恵の水と太陽の光を燦々と浴びる紫色の花は何処までも伸びていこうとする気概を感じる。

 

「ま、こんなものか。さぁて飯、飯。……んん?」

 

区切りよく水やりを切り上げようと顔を上げるといつの間にそこに居たのか、花壇の横に1人の女の子が腰を下ろして9本の花を見つめていた。

 

「おお、芹沢ちゃんじゃないか。おはよう」

 

「……ぺこり」

 

「おおい!パワプロ!芹沢ちゃんが来てるぞ!」

 

「えー!?分かった親父!あと10球で終わる!」

 

返事代わりにボールが壁を撃つ音が聞こえた。

アレは当分終わらないヤツだろう。

 

「すまんなぁ。あいつがああなると時間がかかるぞぉ。先に朝ごはんを食べるから芹沢ちゃんも来ると良い」

 

「……ふるふる」

 

小顔を横に数度震わせまたパワプロの投球練習を眺め始める少女に息子も良い嫁さんを連れてきたものだと何故か誇らしくなってしまう。

 

(……小柄な見かけによらず芹沢ちゃんは結構食べる子だから母さんには朝ご飯を多めに作ってもらうとするか)

 

 

この後神速の箸使いでご飯を平らげ、栄作爺と一騎討ちの唐揚げ争奪戦が熾烈を極めることを降史は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

今日は真央ちゃんとピクニックだ。

前回のように山の中に連れて行かれて丸太をバットで打ち返すような予定は無い正真正銘のピクニック。

 

「ここらでご飯を食べようか」

 

「うん」

 

木々同士がちょうど良い距離を保っているのか、眩しくも暗くも無い塩梅の木漏れ日が照らす地面に2人が座れる大きさのシートを敷いてそこに座る。

 

今回ピクニックに来た山はパワフル村の昔話に登場する野球の神様のお社があるとされる山だ。

 

なんでもこの山の何処かに祠があり、そこに奉られている野球の神様に出会うことが出来れば何か一つだけ願い事を叶えてくれるのだとか。

 

しかし邪な気持ちで神様に願い事をしようとする者には神様を守る番人にボコボコにされてしまうらしい。

 

「ん〜この炊き込みご飯美味しいなぁ。噛めば噛むほど味が出るっていうか」

 

「ん、私も作るの手伝った」

 

「ほんと?美味しいよ真央ちゃん」

 

ふんす、とドヤ顔の真央ちゃん可愛いなぁと2人で昼飯を食べていると、近くの茂みからガサゴソと音がする。

 

(兎かな?)

 

この辺に熊や危険な動物が出るという話は聞かないのでご飯の匂いに釣られた小動物だろうと見当をつけて見ればそこに立っていたのは緑色の服装にオレンジ色のマフラーをつけ、何故か頭に魚の被り物を被った変人野郎だった。

 

「?????????」

 

「………」

 

「こんな所で俺様に遭遇するとは運の無い奴らだなぁ。俺様は怪人だ!」

 

「いや、なんで魚の被り物被ってんの?山の中でそのチョイスはおかしいだろ」

 

「お前の突っ込むところもおかしいけどな!な、何故こんなとこに怪人が!?って言うとこだろ!」

 

「いや怪人ってなんだよ」

 

「はっはっはっはっはっは!!!」

 

魚の被り物を被った男は高笑いをすると俺と真央ちゃんを指差し「まずリア充カップルがイチャイチャしているのを見るのは腹が立つ!ここらの水源に毒を入れてミネラルウォーターを毒水に変える前に彼氏の前で女を犯してやるわ!」と無謀にも真央ちゃんに飛びかかろうとしてきたのだが。

 

「……邪魔」

 

「ゲベーーッ!!?」

 

鋭い蹴りを顎先に蹴り込まれて魚野郎はダウン。

そのまま何処からか取り出した縄でグルグルに拘束されてしまった。

 

「ぐ、ぐぐぅ。ミネラルウォーターを毒水に変えて、ここらに噂される野球神とやらを調査にしに来たつもりがこんな根暗そうな貧乳ロリに負けるとは!」

 

「……野球神は怪人の相手はしない」

 

とあるワードが気に食わなかった真央ちゃんにその後もフルボッコにされて魚野郎は白目を向いて失神した。

 

やはり真央ちゃんは強いというかなんというか。

 

「行こ。パワプロ」

 

「え?あれ、この人置いてって良いの?」

 

「怪人だから良い」

 

「いやその理屈はおかしい。あと怪人ってこの人の中学二年生的な病気で言ってるだけだから」

 

「くす、そろそろ中学2年生になるパワプロが言うのは変」

 

「うーん。いつも思ってるけど真央ちゃんって笑う所おかしくない?」

 

くすり、と笑う真央ちゃんは珍しいぞと顔を覗き込めば真央ちゃんは「知らない」と言ってそっぽを向きながら走る。

 

(うっひょー!デートしってるぅ〜!!)

 

「お、ぉぉーぃ俺を忘れるなぁ〜〜?」

 

余談だが山頂で休憩していたらどうやって抜け出したのかまた魚野郎が出て来たのでキレた真央ちゃんに谷底から投げ飛ばされていた。

 

 

 




ーー?????が使用されました。
?????が無くなりました。

ーー耕し投法を思い出しました。
専用の右投げフォームを思い出しました。

ーー芹沢真央の好感度が5上がりました


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変な夢と野球の神様

すいませんお久しぶりです。
仕事が忙しいうえに書いても書いても納得出来ない無限ループに陥っていました。というか出来上がった今話も正直微妙な感じです。
先の展開は妄想出来るのにそこに行くまでの話を書くのが難しいっていう……。あとパワプロアプリで真央ちゃん当たらなかったんでそれも失踪の原因の一つですかね(適当)。


 

 

 

 

 

 

俺は夢を見ていた。

 

夢を見ていると言ってもどう説明すればいいのか。

 

身体はピクリとも動かず、ただボーッと目の前にあるマウンドを眺めていて、マウンドには1人の投手とバッターボックスに立つヒーローのコスプレをした打者がいた。

 

赤青黄ピンク銀と色彩様々なヒーローのコスプレをした打者達。

 

このヒーローもどき達は格好こそふざけているものの、今の俺ではどこに投げようが打たれてしまうと予感出来るほど打者としての実力を持っていると、その立ち姿や構えで解った。

 

ーーードシン!

 

ーーードシン!

 

ーーードシン!

 

そんなヒーローもどき達を相手に豪快なフォームのオーバースローで目にも止まらぬ速さのストレートを投げ続ける右投げの男に、俺はただ、「凄い」という感想しか抱くことが出来なかった。

 

ーーードシン。ドシン。ドシン。

 

胸を張り、腕を高く高く上げたワインドアップ。

 

ゆったりと左足を上げ、右足は爪先立ちをしているものの、それは大地に突き刺さった案山子のように体を揺らすことなくピンと立っていた。

 

そこから左足が地面を踏みしめれば連動するかのように左肘が勢いよく背中側へ突き抜け、白球を握りしめた右腕は垂直の軌道をなぞり打者目掛けて放たれた。

 

打者の遥か頭上から放られたストレートは地面にバウンドする軌道を描くも、浮いていると錯覚してしまうほどのスピン量で低めスレスレを抉り。ドロンと縦に割れるカーブは打者のタイミングを著しく狂わせてバットを空振らせ、ストレートと同じ速度で、しかも手元で鋭く変化するカットボールとスプリットが鈍い音を轟かせば打者はその衝撃に堪らずバットから手を離す。

 

こうして青いヒーローを。黄色のヒーローを。ピンクのヒーローを。緑のヒーローを。色味様々なヒーロー達をその豪速球で捩じ伏せていくその男は、赤色のヒーローが打席に立った時、ふと左手のグローブをこちらへ向けて口を動かした。

 

ーーー俺の投げる姿を、よぉく見とけよ。

 

俺が習得しようとしている投球フォームに酷似した、否、正に完成形と言えるフォームで持って打者を次々葬っていく姿は、男の背後に断頭台を幻視させ、知らず知らず背筋を凍りつかせた。

 

そして男と赤いヒーローの勝負が始まった。

 

バットを構えた途端に鳥肌が立つ程のオーラを纏う赤いヒーローと、それを全く意に介さず、それどころか見下すように鼻で笑う男。

 

外角低めに落ちるドロップカーブ。内角低めに突き刺さるストレート。ボールゾーンへ逃げるカットボールと、男が投じた3球は全てがボール球の判定となる。

 

その間赤いヒーローはバットを振るどころか身動ぎ一つしないーーーいや、動くことすら出来なていなかった。

 

ヒーローは恐れている。

 

男のストレートを、投球を、まるでギロチンに掛けられる罪人のように。

 

そして、投手と打者の戦いにおいて、相手に怯える事は即ち投手と打者に明確な差が存在し、敗北を意味している。

 

ーーこいつらに手こずってる暇なんてねえんだ。

 

ズドン

 

ズドン

 

2球立て続けに外角と内角に撃ち込み、相手を追い込んだ男の視線は、そもそも打者を見てすらいない。

 

ーー俺達に遊んでる暇はない。

 

ホームベース手前に叩きつけられるように投げられたボールは地面に跳ねる直前にギュルギュルと音を唸らせ、バウンドするー!!と確信した俺と赤いヒーローを嘲笑うかのように上昇し

ストライクゾーンの真ん中を螺旋を描くように穿った。

 

赤いヒーローは膝を突き、やがて体が透けるように消える。

 

ヒーロー達を打ち取った男は帽子を脱ぎ捨て、俺を見た。

 

ーーバッターボックスに立て。俺の投げ方を教えてやる。

 

その素顔は紛れもなく俺自身の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゅんちゅんちゅんちゅん

 

「はっ……!」

 

ガバッと体を起こす。

 

あぁ、変な夢だった。昨日は真央ちゃんと雪山に登山に行って危うく遭難し掛けて疲れていたのかもしれない。

 

しかし遭難することを想定して下見をしていたのか真央ちゃんに連れられた洞窟で一夜を過ごすことになり、そこで洞窟の奥にポツンと建ったお社を見つけた時はまあ……男心が疼いたよね。

 

 

 

 

昨日

 

「『野球神の祠』ぁ?(うっわー胡散臭そうなのがぷんぷんしますねぇ!)」

 

腐っている上に虫食い状態でボロボロのお社にはデカデカと野球神の祠と書かれていて、一目見るだけで村人は誰も立ち寄らないんだろうなーってのが分かる。

 

「……雨風凌げて便利」

 

「えっ。もしかしなくても住んでる?此処に?」

 

コクリと頷く真央ちゃん。え、マジか?よく見てみると打ち捨てられたソファやら冷蔵庫やら、え?ブラウン管?あんなもの久しぶりに見たぞオイ。

 

「いや、流石にこんな場所……え?真央ちゃんてホーム……」

 

こんなボロっちい場所に、しかも山に幼気な女の子を済ませるってやばくないか?え、親は?育児放棄?虐待?捨てられた?やばいやばいやばいやばい。これ親父に相談しないとやばい案件過ぎるだろ!?

 

「と、とにかく真央ちゃん!今日からこんなゴミの掃き溜めみたいな所じゃなくてちゃんとした家っていうか俺の家で生活しよう!うん!そうしよう!」

 

そうと決まれば一刻も早くこんな所から真央ちゃんを連れて行こうと手を掴むが突然頭に頭痛が走り出す。

 

『小僧!黙って聞いていれば好き放題抜かしよるのう』

 

(な、なんだこれ!?頭に誰かの声が響く!)

 

『儂は野球の神様じゃ!野球男児であれば儂のことを知っておろう!』

 

いや、知らねーよ。

 

『む、むう。そうか。しかしこの野球の神様たる儂のお社をゴミの掃き溜めと呼ぶとは失礼な奴じゃ』

 

「あ、いえ。「ゴミの掃き溜め」じゃなくて「ゴミの掃き溜めみたいな所」って言ったので間違えないで下さい」

 

『煩いわ!どっちでも失礼な事に変わりないわ!』

 

なんだか分からないが老人を怒らせてしまったらしい。

 

「と、所で野球の神様ともあろうお方がなんでこんなボ…………………んー………ボ〜…………」

 

『………』

 

「………古風?……いや無いな…えぇ?じゃあ…すぅー。んー…………」

 

『………』

 

「……趣ある?」

 

「そう、そう!趣ある!趣ある!」

 

『喧しいわ!ボロっちいと言い掛けて別の言葉探すのに時間かけすぎじゃろ!語彙力を鍛えんか!』

 

勉強は嫌いだ。特に数学。

 

『ろくな大人にならんな。お主』

 

「うぐ。そ、それは置いといてなんで野球の神様が住んでる社がこんな悲惨な事になってんですか」

 

『………それはのう』

 

神様の声の調子がさっきより暗くなる。

ということは何か村人との確執とかそんな事があるんじゃないかと期待しry

 

「ただ忘れられただけ」

 

『ちょ、おwお主w確かにそうだけどももうちょっと言い方あるじゃろwwあるじゃろwwww』

 

なんでも無いかのように言う真央ちゃんとセリフを取られた上に何故かツボって爆笑し出す神様。

 

「………うっそーん」

 

ほんとなんなんだこの人?

 

『とまれお主。この小娘は我が社を悪しき者どもから守る役目を持っておる。連れて行かせるわけには行かんのう』

 

「えっ?」

 

「……たまに変な奴らが来る」

 

「変な奴?」

 

「そう」

 

変な奴ってあの魚の被り物をした?アレみたいなやつが来るってことか?

 

『奴らに場所を特定されるとちと面倒なのよ。野球はせんくせに願い事ばかり厚かましい奴らでのう……おお!そうじゃったそうじゃった。そういえばお主、昔儂が願いを叶えてやったじゃろう』

 

「は?」

 

『惚けるでない。……ん?お主忘れておるのか?ふうむ。ちょっと待て………これは、どうも継承が不完全な状態になっとるのう。出力をする時に何か不純物が混じったかのう?うーむ分からん』

 

(え!?不純物!?出力!?)

 

『まっ!特に気にせんでもええわい。とかくお主も山に入ってくる不届き者を小娘と一緒にしばき倒すなら小娘と懇ろになるのも構わんぞ』

 

「ねん……?はぁ、まあ此処らへんは爺さんの土地らしいんで怪しい人が来ないように相談しますけど」

 

『うむ!それならついでに止まっている継承もこちらでなんとかしてやろう。早速今日から効果がある筈じゃ』

 

「はぁ。ありがとうございます?」

 

こうして野球の神様と不思議な祠で出会い、その日の内に親や爺さんと相談して真央ちゃんはパワ村家に住む事になり、変質者が山に立ち入らないようにする為の対策も立てた。

 

そして今日見たのが右投げオーバースローの男とヒーロー?達の試合だったんだけど、これが神様の言ってた「継承」ってやつなのだろうか?どうにもヒーロー戦後の夢の続きを思い出せそうにない。

 

なんかおしっこちびりそうだったのは朧げに残ってるんだけど……。

 

「まぁ、あの投球フォームやストレートの威力と変化球はしっかり目に焼き付けてるんだしいっちょ投げ込んでみよっと!」

 

夢の中のあの投球フォームを頭の中でなぞりながら投げ込みをしてみるとこれまでよりも指の掛かりや全身の勢いをボールに乗せて投げる感覚が掴めた。

 

それでもまだ、あの男が投げるストレートは程遠かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今回のはどんな奴だった?」

 

「話にならねえ。つーか継承が不完全なのはどういうことだよ?」

 

一面に紫色の花を咲かせたマウンド、同じ野球部のユニフォームを着た男2人が話している。

不思議なことに彼らは背格好や顔など、全くの瓜二つ、まさに同じ人間が2人マウンド上に存在しているかのようだった。

 

「さあ?もしかしたらもう打ち止めなんじゃない?」

 

ニヤニヤと笑う男の言葉に左腕にグローブを嵌めた男は苦々し気に表情を歪める。

 

「チッ。自分は関係ない面しやがって。あの時お前が救えていれば終わったはずだろうが」

 

「僕に言われたってね。最初は固定エンドってソレ、厳しすぎなくないかい?そもそも、三代目ってことで右と左で投げれたって言ってもヒーローもニトロも厳しいんだよねーいやホント……阿部様はね?」

 

「………………ふ、フン。俺は諦めないからな。例えアレに才能が無くたって継承さえ終われば問題無い」

 

「ああ、その通りさ。僕らは今度こそ真央ちゃんを救ってみせる……所で彼の記憶探ったけどさ。彼を追い出した新しいエース。アレ……臭いよねぇ」

 

「…………そこを含めて全部捩じ伏せればいいだけの話だろ」

 

あーあ、と右腕にグローブを嵌めた軽い調子の男が肩を竦める。

 

「これだから脳筋1号は。真央ちゃんの好感度が足りなかった人間は違うね」

 

「ハン。ソレはお前もだろ。しかも何を血迷ったか発狂して手当たり次第に攻略し出した挙句に全員に刺されれて終わりやがってよ」

 

「ハァー!?僕のルートは強制的フラグだったんですぅー!バカ過ぎて補修で練習に参加させてもらえなかった頭の足りてない脳筋は黙っててくださいねー!」

 

「アァー!?お前のは所詮クラスの頭の良い子を口説き落として必要な知識だけ身につけただけだろ!あとお前だって補習受けてたろが!」

 

「ノンノン。補修も必須イベントだっただけなのでノーカンでーす」

 

「やるかテメエ!?しょーもねー変化球ばっかの見かけた倒しクロスファイヤーがッ!」

 

「脳筋理論のジャイロボールよりマシだよねー!なんだよ気合で投げれば浮き上がるって……バッカじゃねーの?こちとら相手の思考を読み切った上での繊細な投げ方が要求されるんだよ!」

 

「………」

 

バスンバスンとグローブを叩く音が聞こえる。

ホームベース付近にはいつの間にかキャチャーマスクを被った男が座っており、振り返った投手2人に「良いから投げてみろよ」と視線で投げかけている。

 

「フン。まあ、手数と底維持の悪さだけは買ってやるよしょんべんサイドスロー」

 

「ほーん。まっ、相手の心を折るストレートの速さだけは認めるけどね。ストレートゴリラ」

 

この2人の投手は、存在しない甲子園を沸かせた無名の投手である。

 

片やMAX160kmのストレートに異常な回転量で以って浮き上がるストレートを実現させ、数多くの打者の心を折ってきた〝悪魔の右手〟と恐れられた投手。

 

片やありとあらゆる変化球を曲がり始めやその変化量を自在に操り、消えるシュートさえ投げたと謂われた、数多の観客どころか打者をさえ魅了した〝神の左手〟と呼ばれた投手。

 

そして2人の周囲に1人、また1人と同じ顔、同じ体格の男達が集まり始めた。

 

一人一人が存在しない甲子園にて自らの高校を優勝へ導いてきた類稀な能力を持つ選手ばかりだ。

 

彼らには共通してある一つの目的があり、この夢の世界で自らの技術をパワプロに継承していた。

 

「時間だ。継承を始める」

 

今日もまた、夢の世界でパワプロの悲鳴が上がる。

 




阿部様をマウンドに立たせてはいけない(迫真)
阿部様をマウンドから追い出すために投手でプレイすれば点がなかなか取れず、打者でプレイすれば阿部様がマウンド上で輝きを放つジレンマ。

ガンダー戦はちょこまか動いて冷静にヒーローをコロコロすれば良いんで実質のラスボスはニトロ。あと真央ちゃんのイベントフラグェ……


右投げの男……初めてヒーローを打ち破った男。高高度から打者の足元へ突き刺さるストレートから断頭台と呼ばれ、後に頭のおかしい回転量でホップするジャイロボールを会得してからは悪魔の右手と恐れられた。脳筋。自称力の一号。

左投げの男……完璧超人だったが強制イベントフラグによって持ち越しせざるを得なかった男。彼女の記憶を失った後、心にポッカリ開いた穴を埋めるように複数の女性との関係を作り、それが元で刺されて死んだ。打者を観察するのが得意で相手の思考を呼んだ投球術や変化球から神の左手と称えたが、唯一彼のクロスファイアの餌食となった者は死神の鎌と恐れた。自称技の二号。


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