ハリーポッターと化物となった少女 (96℃)
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化物(フリークス)

 

 

 

 

化物という言葉を耳にした時、貴方はどのようなイメージを抱くだろうか?

 

醜い姿をした異形の存在?

 

自分達が理解することのできない行動をとる存在?

 

自分達では到底敵わないような力を持った存在?

 

あるいは、どこにでもいる何の変哲もない人物こそを化物とする人もいるかもしれない。

 

貴方達が抱くイメージは多岐に渡るだろうが、その全てが間違いではない。化物という呼称は、自分の常識や価値観から外れている存在に対して使われるものだからだ。自分の知らない、もしくは理解ができない存在ならば、それが誰かにとっての普通であっても化物になり得るからだ。

 

例え話をするなら、あるところに象の存在を知らずに生きてきた人物がいるとする。

 

象は動物の中でも存在を知っている人間の数が多い種であり、その存在を知る我々からしてみれば多少好き嫌いが有るとしても取り乱すほどの恐怖となることはほとんどない筈だ。だが、その存在を知らなかった人物が初めて象を見た時どう感じるか?きっとその人物は恐れおののくだろう、その巨大さは人間など簡単に捻り潰してしまうことを容易に想像させ、牙の有る種を見たならばその鋭く反り上がった牙に己が貫かれる様を幻視するに違いない。

 

そして叫ぶのだ。―――――――化物だ! と。

 

人は未知のもの、理解できないものを怖がり、時にそれを化物と呼ぶ。自分の常識ではあり得ない存在を受け入れる事が出来る人間は一握りだ。理解できない存在と出会った時、まず疑いから入り、否定する所から始める人間は数多く存在するだろうがね。

 

化物には常識が通じない。当たり前だ。常識が通じないからこそ化物と呼ばれるのだから。

 

常識の通じない存在と共に生きることはとても困難なことだ。常識の通じないという一つの要素だけで恐怖の対象になる。なってしまう。

 

だからこそ人々は化物を排除しようと様々な形で動く。それは物理的なやり方かもしれないし、社会的なやり方かもしれないし、精神的なやり方かもしれない。

 

それがたとえ友好的な素振りを見せたとしても、排除しようと動いてしまうのは自然な流れなのだ。

 

だが、恐怖に駆られた多くの人々は考えもしないのだ。化物にも自分の常識があり、価値観があるのではないかということを。

 

化物と呼ばれたものが何を感じ、何を思うかなど。

 

化物として排除されようとしたものが何を感じ、何を思うかなど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これから先に綴るのは、化物(フリークス)と呼ばれ、排除されようとした一人の少女の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フリークスという言葉は本来異形や奇形を意味する言葉だそうですが、某吸血鬼漫画で化物のルビにフリークスと入っていたのを気に入って採用させて頂きました。


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序章 かくして化物(フリークス)は生まれた
かくして化物(フリークス)は生まれた 一


1985年 8月5日 夜

 

 

 

 

 

月の光が崩れ落ちた館を照らしている。所々に残る豪奢ではないがどこか気品を感じる装飾に、崩れ落ちる前はさぞ立派な館であったろう事が伺える。その館は、魔法界でも指折りの名家、ウォルター家の館であった。館の周囲に散らばる炭になった建材を見れば、この館が崩れ落ちた原因が火災である事がわかるだろう。

 

館の内外では魔法使い達が忙しそうに動き回っている。 その内の一人に半月型の眼鏡をかけた長身の老人―――――ホグワーツ魔法魔術学校の校長であるアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアは声をかけた。

 

「ウォルター家のものたちは見つかったかの?」 

 

「いいえ、ダンブルドア先生。何しろ邸内はどこもかしこも黒焦げで、元が何だったのかの判別すらつかない状況でして...」

 

「そうか...火災の原因は解っておるのか?」

 

「いいえ、火災の原因も見当がつかない状況です。」

 

「ふむ...ウォルター夫妻は魔法戦争で活躍してきた一族の末裔じゃ。無論、自らの身を守る術にも長けておる。夫妻が火災に対応出来なかったとは思えんのじゃが...」

 

ダンブルドアにはウォルター夫妻がただ火災にあっただけだとは思えなかった。ウォルター家は代々魔法界での決闘や戦争で名声を高めてきた一族であり、こと命を奪われるような状況にこそ力を発揮してきたためだ。 

 

「ウォルター夫妻が不在の時に火事が起きたということでしょうか?」

 

「火災が起きてから少なくとも半日は経っておる。夫妻は村の人間以外との付き合いをほとんど絶っておる上、外へでなければいけない用事も屋敷妖精に行わせておった。極一部の人間と会わなければいけない時も必ず館へ招く形であったのじゃ。夫妻に半日以上も館を離れる事情があるとは思えんの。」 

 

ウォルター家は魔法界の戦争において傭兵のような形で参戦していたために交友関係は多岐に渡っていたが、ここ数年は現当主夫妻の意向によりほとんどの縁を切っていた。

 

「何より、今日はわしがウォルター家を訪ねる予定だったのじゃ。夫妻は約束を何の連絡もなくすっぽかすような人間ではない。」

 

「ならば...やはり夫妻は...」

 

突然、邸内から声が上がった。 

 

「生存者です!」

 

「ウォルター夫妻のご息女だと思われます!」

 

その報告に、ダンブルドアは思わず呟いた。

 

「メルセデスが...!」

 

ダンブルドアは声が上がった場所に足を向けた。声のする方向へ向かい、辿り着いたのは黒焦げの絨毯の下に地下室への扉が隠されていた部屋だった。

 

そこには数名の魔法使いと、床に敷かれているローブの上に寝かされた五歳程度の少女がいる。

 

ウォルター家に少ないながらも何度か訪れ、直接言葉を交わしたことのあるダンブルドアには見間違えようがない。その少女はウォルター夫妻の一人娘 メルセデス・ウォルターであった。

 

メルセデスは母親から受け継いだであろう美しい金髪を埃まみれにし、病的なまでに白かった顔の所々に煤をつけ黒く染めていた。恐らく火災が起きてから今までの間にずっと地下室に隠れていたのだろう。しかし、彼女の姿で最も目立つのは全身を染める赤い血液であった。

 

メルセデスが大きな怪我をしているのではないかと思ったダンブルドアは近くにいた魔法使いに尋ねる。

 

「この子に怪我はないのかの?」

 

「かすり傷がいたるところにあることを除けば、目立った怪我はありません。呼吸にも問題はないようです。この血は.....他の誰かのもののようです。」

 

「ふむ...怪我をしていないこと自体はひとまず安心じゃの。ゆっくりと休ませてあげたいところじゃがしかし...この子には酷なようじゃが、ここで何が起こったのかを聞かねばならん。」

 

ダンブルドアがメルセデスを起こそうとしたところで、再び邸内で声が上がる。

 

「ウォルター夫妻と思わしき遺体と大勢のマグルのものと思われる遺体を発見しました!」

 

「屋敷しもべ妖精の死体もだ!」

 

その報告にダンブルドアは驚愕に目を見開いた。

 

「あのウォルター夫妻が...!」

 

ダンブルドアは、かつて英雄の一族とすら称えられたウォルター家の中でも抜きん出た魔法の腕を誇った二人の死に信じられない思いを抱いていた。大勢のマグルの遺体というのも不可解だ。ここで大規模な闇の魔術の儀式でも執り行われたのではないかという考えがダンブルドアの頭を過る。

 

詳細を伝える為、ダンブルドアがいた部屋に入ってきた魔法使いにダンブルドアは訪ねた。

 

「何故大勢の遺体がすぐには見つからなかったのじゃ?」

 

「にわかには信じられない事なのですが...床一面が黒焦げの遺体と崩れ落ちた瓦礫で黒く塗り潰されていたため、よく見なければ床に転がっている物が死体だと気付けなかったのだそうで…」

 

「なんということじゃ.......」

 

ダンブルドアは床一面を黒く染める遺体の山を想像し背筋が凍る思いをする。明らかに只の火災では済まなくなった。一体この屋敷で何が起こったというのか?

 

「床を埋め尽くすほど程のマグルが死んでおったと言うのかの?」

 

「少なくとも三十人ほどの遺体を確認しています。どうやら付近の村の男達のようです。」

 

「夫妻の死因はなんじゃ?」

 

「死因は判然としませんが...火災による火傷の他に夫妻の体の複数箇所に刃物による刺し傷と思われるものがありました。複数のマグルの遺体が刃物を握りしめていたようなので、恐らくウォルター夫妻はこのマグル達に刺されたものと思われます。また、しもべ妖精にも刺し傷があったため主人を庇おうとしていたのではないかと考えられるかと。」 

 

夫妻の死因がマグルによるものと知り、ダンブルドアはこの館で起こったことへの疑念を強めた。複数のマグルが刃物を所持していたと言うのなら恐らく先に手を出したのはマグル側なのだろう。しかし何故、マグルの村人達がウォルター家を襲ったのか?そしてどのようにして死ぬ事となったのか?

 

「マグルの死因は分かっておるのかの?」

 

「そちらには火傷以外には何もないようでしたので普通に考えれば焼死ということになりますが...」

 

「火災が起きている状況で逃げないということはないじゃろう。そのもの達が自殺志願者でもないかぎりの。」

 

火災というものは直ぐに人の命を奪うものではない。逃げようと思えば逃げる時間は有った筈である。炎によって退路が塞がれていたとしても死体が一つの部屋に集中しているのはあまりにも不可解だった。

 

「ええ。ですので可能性の一つとしてウォルター夫妻が死の呪文を行使したことも考慮するべきかと。死の呪文を行使したと仮定すれば、疑問が解決します。死の呪文によって死亡した遺体には外傷がつきませんから。」

 

「夫妻が死の呪文を使うとは考えにくいのじゃが...しかしウォルター家は代々闇の魔術にも戦闘の手段として手を伸ばしておった。無いとは言い切れん。」

 

ウォルター家の人間は闇の魔法使いと呼ぶには邪悪さが無いものの、戦闘の手段として悪霊の火を始めとする闇の魔術を修めていた。その為、先の戦争では闇の陣営からの執拗な勧誘にあっていたようだが。

 

「死の呪文の行使には本物の、それもとてつもなく強い殺意が必要じゃ。現当主夫妻はウォルター家には珍しい温厚な人柄をしておった。彼らにそれほどまでの殺意を抱かせることがこの館で起こったというのかの...」

 

「んんっ...うぅ...」

 

声がして振り向くとメルセデスがうめき声を上げていた。意識が覚醒したのだ。

 

「ここは...」

 

ダンブルドアは直ぐ様メルセデスの元に駆け寄り、メルセデスを抱き起こす。

 

「目が覚めたかの?メルセデスや。」

 

「ダンブルドア...先生?なぜあなたが...っ!」

 

自分の周りの惨状を見て、何があったのかを思い出したのであろう。メルセデスは突然叫ぶようにダンブルドアを問い詰めた。

 

「お父さんは!?お母さんは!?カームは...どうなったのですか!ダンブルドア先生!」

 

「落ち着くのじゃ。メルセデス」

 

ダンブルドアは激しく取り乱して自分の服を揺さぶるメルセデスをそっと抱き締め、人を落ち着かせる深みのある声でゆっくりと語りかける。

 

「メルセデスや、この事実は幼い君にはとても残酷なことであろう。だがしかし、心を強く保って聞くのじゃ。」

 

メルセデスは顔をうつむかせながらも続く言葉を待つ。その姿はさながら、刑を言い渡される直前の罪人の様であった。

 

「ウォルター夫妻...君の両親は...帰らぬ人となってしもうた。カームも...君の両親を庇い...」

 

「っ!...」

 

メルセデスは動揺した素振りを見せるが、激しく取り乱すことはなかった。ダンブルドアには、メルセデスが両親と屋敷妖精の死に半ば確信めいたものを持っていたように見えた。

 

「メルセデスや君には酷な頼み事じゃろうが、教えて欲しいのじゃ。この館で一体何が起こったのかを。」

 

メルセデスは何かを思い返すように目を閉じ、絞り出すように呟く。 

 

「私が...私が...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前当主であり、四十年前の魔法戦争の英雄であったケリー・ウォルターの死によって当主となったオスカー・ウォルターとその妻、アイリーンは争いから身を引き魔法界との関わりを最低限にすることを望んでいた。

 

そんな彼らが住みついたのは住民が二百名程度の小さな村だ。村に住んでいる魔法使いはウォルター家のみであったが村人達はウォルター家が魔法使いであることなど知らなかったし想像すらしなかった。―――――――――――事件が起きる寸前までは。 

 

村自体はどこにでもありそうな村であったが、少し他の村と違う事があるとすれば、村人が魔女や怪物といった存在に対して異常とすら思える恐怖心を抱いていたことであろう。しかし、それは表面に現れるものではなかった。村人達はその恐怖心によって魔法使いや怪物の類いを話題に挙げることすら避けていたためだ。

 

表面的にはその村は過ごしやすい村であった、村人たちは気が良くよそ者にも寛容であったし、何より村では争い事が起こることがなく平和であった。いっそ平和ボケしているようにも見えたほどだった。

 

だからこそ、争い事に関わることを疎んだウォルター家はその村に居を構えたのだろう。否、構えてしまったのだろう。

 

そして油断していたのだろう。もし村人達に魔法がばれて騒がれたとしても、魔法を持たないマグルが相手ならばウォルター家たる自分達にはどうすることも出来ると。平和ボケしている村人達は直接自分達を攻撃することはないだろうと。

 

彼らは知らなかったのだ。人間が、自分達に理解ができない光景を目にした時に起こす行動の恐ろしさを。例えマグルであったとしても狂気に囚われた人間が幾人も集まれば、それは強力な暴力になりうることを。

 

抑圧された恐怖心が恐怖の源に触れた時、恐怖は抑圧から解放され溢れでる。

 

溢れでた恐怖は伝染する。

 

伝染した恐怖は村人達を狂気に染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は事件が起きた二日前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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かくして化物(フリークス)は生まれた 二

――――――――1985年8月3日 朝

 

 

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

 

窓に掛かったカーテンの隙間から射し込む光を感じ、私は目を覚ました。

 

「もう...朝ですか...」

 

朝早くなければできない事があったのでいつもより早い時間に起きた。

 

起き上がって背伸びをし、ふぁと欠伸を一つしてからベッドを降りて壁に立て掛けた姿見の前に立つ。私の容姿は両親を知る人が見ればすぐに二人の娘だと解る程に両親の要素を受け継いでいる。

 

お母さんから貰ったかなり黄色味が強く癖がない真っ直ぐな金髪に、お父さんから貰ったたれ目がちの血のように赤い瞳。この顔を見るたびに自分が両親の娘であることが実感できて嬉しくなる。

 

「さて、せっかく早起きをしたのですから早く目的を達成しましょう。」

 

さっさと着替えを済ませて我が家の台所へ向かうと、そこにはギョロリとした大きな目をしている小さい二足歩行の生物がいた。

 

「おはようございます、カーム。」

 

「おはようございます、メルセデスお嬢様。」

 

彼はカーム。ウォルター家の屋敷に仕えている屋敷しもべ妖精だ。

 

屋敷しもべ妖精というのは古くから由緒正しい魔法使いの家に仕えるとても献身的で忠実な魔法生物だ。彼らは魔法使いとは違う体系の魔術を扱うことができるのでそこらの魔法使いよりは強力なことが多い。

 

私も彼らの魔法にはとても興味があるのでよく教えを乞おうとするのだけど、カームは自分は屋敷妖精の中でも魔法の扱いが上手くないからといってなかなか教えてくれない。

 

「メルセデスお嬢様。このような朝早い時間に如何なさいましたか...?」

 

「私にも朝食の用意を手伝わせて貰おうと思ったのですよ。」

 

私が台所にきた目的を伝えるとカームは恐れおののくような態度をとった。

 

「お嬢様に朝食の用意を手伝わせるなど!とても恐れ多いことでございます!そのようなことは私目にお任せ下さい!」

 

「でも、私は料理が出来るようになりたいのです。一体いつどこで自分で料理を作らなければいけない時が来るか解らないのですから。」

 

「そのような機会は訪れませぬ。たとえ訪れたとしても私をお呼びくだされば、例え吸血鬼達がたむろする森の中であろうとも駆けつけますとも。」

 

「さすがに吸血鬼の住む森で料理を作って貰おうとは思いませんよ...」

 

カームが頑なに首を縦に降ろうとしないので今日はこの辺りで引くことにする。

 

「わかりました、今日のところは諦めます。でも!いずれ絶対に教えてもらいますからね!」

 

私はそう言い残し、台所を後にしてリビングに向かう。

 

カームに料理を教えて貰うために早起きをしたからお父さんもお母さんもまだ起きてはこないけどこの空いた時間に魔法の勉強をしようと思う。

 

ウォルター家は魔法による戦いによって名を上げてきた一族だ。私もその一員なのだから魔法の力量は少なくとも同年代に負けることの無い位にしなければ。

 

アクシオ(来い)!勉強道具!」

 

私がそう言って手を振ると教科書と羊皮紙、そして羽ペンとインクが飛んでくる。私が杖も持たずに魔法を使えることに疑問を持つ人もいるだろう。

 

魔法使いの子供は魔力が安定しておらず魔力の流れが体の中で完結していない。その為、魔力が体の外に漏れてしまっているためふとした時に思いもよらない魔法を発動させてしまうのだ。

 

成長するにつれてだんだん漏れでる魔力が少なくなってだいたい十一歳頃には漏れでる量は微々たるものになる。

 

魔力が漏れでなくなると魔法を使うには体の魔力の流れに孔を空けなければいけなくなる。その為の道具が杖だ。魔法使いにとっての杖とは水道の蛇口のようなものだと私は考えている。

 

また、魔力の流れは強い感情によって孔が空くことがある。これは大人の魔法使いも起こりうることだ。

 

話がそれたけど、魔法使いの子供は漏れでた魔力によって不意に魔法を発動してしまう。そしてほとんどの子はそれを制御することができない。それでも極一部の子供は自分の意思で漏れでた魔力を制御出来るのだそうだ。

 

その極一部に私が含まれているのだ。自分の意思で魔力を制御できた子供は杖を使用した魔法でも様々な応用を効かせるようになりやすいとのことなのでかなり期待をしている。

 

勉強道具をテーブルに並べて早速勉強を始めた。教科書を開き、羊皮紙に内容を分かりやすく要約しながら書き込みながら魔法の論理を頭に叩きこんでいく。

 

魔法が起こす現象を見ると一見何の原理もなくただただ不思議な力が働いているようにしか見えない。しかし、実のところ魔法は複雑な論理によって形作られている。

 

論理を理解していなければ自分の望む通りの事象を引き起こすことは出来ない。魔力を制御できているとはいえ私が魔法を扱えるのも論理を学んでいるからだ。

 

しばらくするとリビングに人が入ってきた。

 

「おはよう、メルセデス。あら、朝から勉強をしているの?偉いわね。」

 

「おはようございます、お母さん。私もウォルター家の名を上げることができるような魔法使いになりたいのですよ。」

 

入ってきたのはお母さんだった。黄色味の強い金髪に深海のように深い青色の瞳をしている。 名前はアイリーン・ウォルター。 お父さんと結婚する前はプルウェットという姓だったそうだ。

 

プルウェット家は英国魔法界で間違いなく純血であるとされている聖28の一族だったけど、四年前まで続いた戦争でほとんどの人間が殺されてしまった一族だ。

 

以前お父さんに聞いた話だと自分の甥達が闇の魔法使いに殺されたことを知ったお母さんは普段の争い事を好まない性格からは想像できない程激昂したみたいだ。自分達を勧誘しに現れた犯人達を見た時には自ら犯人達を打ち倒し、裁判を経由することなく直接アズカバンにぶちこもうとしたらしい。

 

そんなお母さんだけど、見ている分には若くて綺麗な深窓の令嬢という言葉がよく似合う人だ。だけど私は知っている。お母さんの年齢がもうすぐ六十歳に達しようとしていることを。見た目の若さは何かの魔法なのだろうか?

 

五十歳を越えるまで子供を作らなかったのは自分達の子供が危険にさらされる可能性がとても高かったからだと聞いた。

 

お母さんがお父さんと結婚したのは二十代の頃だけど、その頃にはお父さんが例のあの人に狙われていることを確信していたから子供を作ることを断念したそうな。

 

お父さんが例のあの人に狙われている理由は教えてくれなかったけど、お父さん達の年齢からして例のあの人と同時期にホグワーツに通っていたはずだからその時に何かしらあったんだろうと思っている。

 

「フフ...メルセデス。自分を高めようとすることは立派なことだわ。でもね?無理にウォルター家の家風を意識しなくてもいいのよ?」

 

「そう...なのですか?しかしウォルター家は歴史の年表にもたびたび出てくるほど歴史のある家です。他国の魔法使いとの婚姻も多かったので聖28一族にこそ名を列ねていませんが...その長い歴史の中で作り上げられたウォルター家の家風は受け継ぐべきではないのですか?」

 

「そうね、歴史は大事だし、受け継いでいかなければならないことも有るわ...でもね、メルセデス。受け継がないという選択も時には必要なのよ。」

 

「受け継がない事も必要?ですか?」

 

「そうよ、メルセデス。ウォルター家がどんな一族かは知っているわね? 代々魔法界の戦争で名を上げてきた一族...それが世間一般のウォルター家のイメージだわ。 だけど、私達はそれを快く思っていないの。 戦争なんて...起こらないほうがいいのよ。」

 

戦争は数多くの悲劇を引き起こすということは知識としては知っている。けれど、戦争は起こらなければいいものだと、戦争は悪だと言うのなら、戦争で名を上げてきた私達(ウォルター)は何を誇れば良いのだろう?

 

「確かに、戦う力は持っていなければならないわ。力がなければ敵になった人たちから何もかも奪われていくだけになってしまうから。でも力を使ってただ敵を殺していくだけではいけないの。」

 

「戦争とはそういうものではないのですか?」

 

「ええ、戦争とはそういうものだわ。でもね、殺した敵にも親しくしていた友人、家族、仲間......少なからず関わりを持った人物がいるわ。そしてその人たちが自分達に憎悪を向ける。それが限りなく広がっていくのよ...殺したから殺されて、殺されたから殺す。その連鎖はいつか人が滅びるまで止まらない...だから一人一人が戦いを止めようという意思を示さなければならないの。」

 

お母さんは視線は私に向いているはずなのにどこか遠くを向いているように感じた。

 

私は直に戦争を経験したわけではないのでお母さんの言っていることには実感がわかないけど、私も戦争を経験すればお母さんが言っていることの意味が解るのだろうか...

 

「アイリーンの言う通りだ。魔法使いの一人一人が戦いをやめなければ戦争は無くならない。戦いの力は敵を殺す為では無く、自分と自分の大切なものを守る為に使われなければいけないんだよ。メルセデス。」

 

そう言ってリビングに入ってきたのは私のお父さんでありウォルター家の当主 オスカー・ウォルターだ。短く刈り上げられたプラチナブロンドの髪とたれ目がちな血のように赤い瞳が特徴的な優しそうな雰囲気を纏った人だ。

 

「ウォルター家の人間は力を持っている。だからこそ光にとっても、闇にとっても敵を打ち倒す手段として魅力的に見えてしまう。敵に奪われれば不味いともね。実際にあったんだよ。私達の目の前で勧誘にきた光と闇が殺し合いを始めたことが、それも一度や二度ではない。」

 

それは初めて聞いた出来事だった。

 

「私達はどちらにも付かなかった。それを批難する魔法使いは大勢いる。私のことをウォルター家のくせに戦いから逃げた臆病者(チキン)と蔑む者もいる。先祖達であれば間違いなく光の陣営の先頭に立って戦っただろう。だが、私は自分の選択を間違いだったとは一度も思ったことはない。」

 

お父さんの言葉からは強い意思を感じ取れる。

 

「ウォルター家には敵があまりにも多かった。長い歴史の中で先祖達に打ち倒されてきた魔法使いの末裔が、虎視眈々と狙っている。私達が光に付いたと聴けば、彼らは闇に接触を図っただろう。だからと言って闇に与することなど言語道断だった...」

 

「私達はこれ以上敵を作る訳にはいかない。これ以上敵を作り続ければいずれ止まらない憎悪の渦に巻き込まれ、魔法使いを絶滅させる争いが起きてしまいかねない。」

 

「だからこそ私達はウォルター家の歴史を捨ててまで姿を眩まし、マグルに混じって生活をすることにしたんだ。それが最も正しい選択だと信じてね......さて、そろそろカームが朝食を作り終えた頃だ。ダイニングへ向かおう。」

 

そう言ってお父さんはリビングから出ていった。今のウォルター家がマグルしかいない村で隠れもせずに生活している理由がそんなに深刻なことだったとは思わなかった。だから私が他の魔法使いに会うことが滅多にないのか。

 

けれど、どちらの陣営にも付かず魔法界から離れているのなら我が家に光陣営の代表的存在であるダンブルドア先生がたびたびやって来るのはどういう事なんだろうか?朝食を食べたら聞いてみよう。

 

ダイニングに入るとカームが料理の配膳をしている所だった。素早く席について食事を始める。今日の朝食はトーストにスクランブルエッグ、ベーコンといったイギリスの伝統的な朝食だ。

 

とてもシンプルなのだけどカームが作る料理は美味しい。といっても私はカームが作った料理以外を食べる機会が少ないのでもしかしたらこれが標準なのかも知れない。

 

黙々と朝食を食べて一息ついたところでお父さんに訪ねた。

 

「お父さん、先程ウォルター家はどの陣営にも入らずに距離を置いたと言っていましたけど、それならばダンブルドア先生は何故我が家にやって来るのですか?」

 

お父さんは少し驚いた様子だったがすぐに何かに気づいたように言った。

 

「そういえばメルセデスにはダンブルドアが何をしに来ているのかを教えたことはなかったね。 彼は私の母の墓参りに来ているんだよ。」

 

「お祖母さんの墓参りですか?」

 

「ああ、ダンブルドアと母さんはホグワーツの同級生でね...四十年前の戦争でも色々と世話になったと言っていたよ。闇の魔法使い、ゲラート・グリンデルバルトを知っているね? 彼を最終的に打ち倒したのはダンブルドアだが、私の母、ケリー・ウォルターはそこに行き着くまでの過程でニュート・スキャマンダー氏と共にグリンデルバルトと戦っていたんだそうだよ。」

 

「へぇ、あのグリンデルバルドと渡り合うなんて、やはりお祖母様も優れた魔法使いだったのですね.....そういえば、お祖父様はどんな人だったのですか?」

 

私がお祖父様について尋ねるとお父さんは困った表情になった。

 

「実は、判らないんだよ。私達だけではない、ダンブルドアも他の母と親しかった魔法使いも、誰も私の父が誰なのかを知らないんだ。」

 

誰もお祖父様が誰なのかが判らない?一体どういう事なんだろうか?

 

「私の母は、二十七年もの間行方を眩ましていたんだ。1926年に突然赤ん坊の私をつれてダンブルドアの元に現れたと聞いている。ダンブルドアは...私の父に心当たりがあったみたいだけど、確実でないことは迂闊に言えないとはぐらかされてしまったよ。」

 

まさか私のお祖父様が誰なのかが判っていないなんて...今日はやけに今まで知らなかった事実が判明していく。

 

「そういえばメルセデス、今日も勉強が終わったらあの子と遊ぶのかい?」

 

「はい、今日もダニーと約束をしているんです。」

 

「メルセデスはあの子...ダニエル・ウォード君だったかしら?あの子と随分と仲が良いようね?」

 

――――――ダニエル・ウォード。村で私と一番仲が良い友達だ。私はお父さんから受け継いだ血のような赤い瞳をしているため村の子供達から遠巻きにされることが多いのだけど、彼だけは物怖じせずに私と仲良くしてくれている。私の瞳を綺麗だと言ってくれるのは彼だけだった。

 

その為自然と彼と一緒に遊ぶことがほとんどになっていた。だけど、私と仲良くしているせいで彼まで村の子供達から遠巻きにされてしまっているので少し心苦しい思いもある。それでも私は彼と離れたいとは思えなかった。

 

「ダニーは私の大切な人なのです。」

 

そう言うと両親は微笑ましそうな表情を浮かべた。

 

 

 



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かくして化物(フリークス)は生まれた 三

――――――――1985年8月3日 昼

 

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

「では、行ってきますね。お母さん。」

 

「気を付けてね?メルセデス。ダニエル君と一緒ならそんなに心配はしてないけど、いつどんな危険があるかわからないわ。それと、いつも言っていることだけど...」

 

「みだりに魔法を人に見せないこと、ですよね?わかっています。」

 

「わかっているならいいわ。楽しんでらっしゃい。」

 

太陽が頂上を過ぎた頃に勉強を終えた私は帽子を被っていつも遊んでいる場所へ向かった。

 

そこは私の家の近くにある森で一番開けた場所で、大きく広がった樹の枝によって空が覆われている。ところどころにある枝の隙間からは太陽の光が射し込んでいて幾つもの光の柱がそびえ立っているように見える。

 

その光の柱の一つの下に一人の少年が立っていた。

 

「ダニー!」

 

「おはよう、メルセデス。」

 

彼はダニエル・ウォード。村の名主の家の次男で私の一番の友達だ。黒みの強い焦げ茶色の髪に、琥珀色の瞳をしていて将来は必ず女性にモテるようになると確信できる位には整った顔の造りをしている。

 

「おはようございます、ダニー。今日は何をしましょうか?」

 

「そうだね...今日は、この森を少し探索してみないかい? 長いことこの森で遊んでいるけど、隅々まで探索したことはなかっただろう? 猟師の人に聞いたんだけど山の方に近づき過ぎなければ危険な獣も出ないそうだし。」

 

「確かに、良く探索したことはありませんでしたね。もしかしたらこの場所のように綺麗な所がまだあるかもしれません。」

 

「決まりだね?なら、早速行こうか。」

 

「はい!」

 

そうして私達は森の探索を始めた。今まで何気なく通っていた森だけど詳しく知ろうと意識して歩き回って見ると私達は森のほんの一部しか知らなかったのだと気づかされる。

 

森の中に魚が住めるような池があるなんて知らなかったし、一目で遥か昔からそこに立っていたのだとわかる巨大なオークを見つけた時は二人とも開いた口が塞がらなかった。

 

数々の新発見をした私達だけど、夕方までに探索できた範囲は森の半分にも及んでいなかった。

 

「ふぅ、さすがに僕らの足だと森を全部周りきることはできなかったね...明日も森を探索しようか?」

 

「そうですね。森の半分を探索しただけでもとても多くの発見がありましたし...ここまで来たなら全部周りたいですから....あっ!」

 

突然森の木立の中を強風が吹き抜けていき、私が被っていた帽子が高い所にある樹の枝に引っ掛かってしまった。引っ掛かった枝の高さは目測でも二十メートルはある。

 

あれは魔法を使わなければ取れないか...私には樹に登るなんてまだ無理だ。解散してから取りに戻ることにしよう。

 

「帽子が飛んで行ってしまったね。僕が取ってこよう。」

 

そう言うとダニーはさっさと帽子が引っ掛かった樹に登り始めてしまった。

 

「ダニー!?帽子なら後でお父さんにでもお願いします!危ないので戻って来て下さい!」

 

「大丈夫だよメルセデス!僕の木登りの腕は知っているだろう?」

 

確かにダニーは木登りが上手だった。だけど、二十メートルもある樹に登ったことはなかった筈だ。

 

私の心配をよそにダニーはするすると樹を登り、遂に私の帽子を掴んだ。

 

「ほら、心配は要らなかっただろう?帽子を掴んだ...うわっ!」

 

「ダニー!!」

 

ダニーが樹の上から私に声をかけてきた瞬間再び強風が吹き荒れ、男の子とはいえまだ小さいダニーの体を吹き飛ばした。私は咄嗟に魔法を使って彼を助けようとする。

 

アレスト・モメンタ(動きよ 止ま)―――――――――

 

しかし、私が魔法を発動することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は私が魔法を使う前に空中にとどまったのだ。それから彼は徐々に高度を下げ、地面へと降り立った。地上に降りた彼は明らかに狼狽した様子だった。

 

「メルセデス...僕は、僕はどうなったんだ?何であの高さから落ちて何の怪我も、痛みもないんだ?」

 

「ダニー、落ち着いて下さい。まずは大きく深呼吸をして.....吸って.....吐いて.....落ち着きましたか?」

 

「あ、ああ、落ち着いた。すまないね、メルセデス。」

 

ダニーはまだ困惑している様子だったがとりあえずは落ち着いたようだ。

 

「いいえ、ダニー。あなたが無事でよかった...」

 

「本当にすまない。君にいいところを見せたかったんだ......失敗してしまったら意味がないけどね。」

 

ダニーは平常時なら、私の顔が赤くなったであろう事を言ったが、今はそれどころではない。

 

「ダニー。樹から落ちたとき、どうなったのかわかりますか?」

 

「樹から落ちた時......無我夢中で必死に止まれ!と思い続けていたような気がするんだ...他には何もわからないな......メルセデスからはどう見えていたんだい?」

 

「私からは...あなたが空中にとどまって、そのままゆっくりと降りてきたように見えました。」

 

「そんな事が.....いや、君が今嘘をつく必要もないか。」

 

ダニーはとても信じられない様子だったがかといって否定する要素もない、というような態度だった。

 

「以前にもこういったことは?」

 

「ないと思う。父さんからも不思議な事が起こったとは聞いていないし...」

 

「そうですか.....ダニー。良く聞いてくださいね。」

 

「うん?何だい?」

 

前にはなかったということだが私は確信を持って今起きた不思議な出来事の理由をダニーに伝えた。

 

「ダニー...あなたは魔法使いです。」

 

「魔法使いだって?」

 

今度こそダニーは信じられないといった様子だった。

 

「それは...何だい?僕に起きた事がまるで魔法のようだってことかな?」

 

「まるで魔法、ではなく魔法なのです。」

 

きっと信じられないだろうから私も魔法を見せることにする。お母さんに人に魔法を見せないよう言い含められているけど......相手が魔法使いなら問題ないだろう。

 

「実は...今まで隠して居たのですが、私と私の家族も魔法使いなのです。オーキデウス(花よ)....」

 

私が魔法を唱えると私の周囲に美しい花達が咲いた。

 

「花が急に.....まさか.....本当に?」

 

ダニーは驚きを隠せないようだ。

 

「これで信じられましたか?」

 

「ああ....何もない地面からいきなり花が先だしたんだ、仕掛けにしても限界がある。」

 

マグルの常識ではあり得ない光景を見てダニーは流石に信じてくれたようだ。

 

「それなら、僕にも今君がやったようなことが出来るのかい?」

 

「勉強すれば、ダニーも出来るようになりますよ。」

 

「だけど、僕には勉強が出来るような環境がないよ?魔法なんて.....今までお伽噺の存在だと思っていたし、父さんもそのはずだ。」

 

「そこに関しては大丈夫です。魔法使いの素養がある人には、十一歳になる年に魔法学校から招待状が来るんですよ。」

 

「魔法学校だって?」

 

「ええ、普通の人は知りませんけど。魔法使いには魔法使いの社会があるんです。魔法使いの学校がありますし、村がありますし、少し実態とは違いますが、国もあるんですよ?」

 

「そうなのか...しかし、何で普通の人は知らないんだい?魔法が使えるなんてすごいことじゃないか。隠すなんて勿体無くないかい?」

 

ダニーは魔法使いが隠れていることに対して疑問を呈してきた。

 

「それは、昔に色々とあったのですよ。昔は魔女狩りなんてものもあって......魔法使い達は魔法を使えない人達...私達からはマグルと呼ばれていますが、マグルに攻撃されることが多かったのです。」

 

「そうか...攻撃してくる人達から身を隠すのは当たり前だね。」

 

ダニーは私の答えに納得したようだ。

 

「話を戻すけど、魔法学校っていうのはどんな所なんだい?」

 

「私もまだ行ったことがないのでよく知りませんが...全寮制で十一歳から十七歳までの七年間通うことになります。名前はホグワーツです。」

 

「ホグワーツ......そのホグワーツには魔法使いの子供は皆通うのかい?」

 

「皆が皆通うわけではないようですよ?魔法使いの家系の子でも家で教育を受ける子もいますし....マグルの家系から産まれてきた魔法使いには、魔法界に入らずにずっとマグルの世界で暮らす人もいます。ダニーは、魔法の世界で生きたいと思いますか?」

 

「僕は.....魔法が学べるなら学んでみたい。けど、まだ他にやりたい事が出来るかもしれない。だからどちらの世界で生きるかは決められないな...」

 

私はダニーと通うことが出来るならとても楽しい学校生活を送る事が出来ると思うから出来ればダニーに入ってほしい。けど、ダニーの意見は尊重したい。

 

「ダニーなら、きっとどんな道に進んでも立派な人物になれますよ。道が魔法使い以外にも沢山あることは事実です。まだ十一歳になるまでに、時間は沢山ありますから、一緒に考えていきましょう。」

 

「ああ。頼らせてもらってもいいかな?メルセデス。」

 

そう言ってダニーはこちらに手を差し出した。

 

「ダニーにはいつも頼らせてもらっています。お互い様ですよ。」

 

そう言って私は差し出された手を取った。

 

「早速なんだけど.....他にも魔法を見せてくれないかい?」

 

ダニーが遠慮がちに訪ねてきた。

 

「申し訳ありませんけど....今は駄目です。」

 

「どうしてだい?やっぱり、むやみやたらに見せるものではないのかな?」

 

「そういうわけではありません。あっちを見てください。」

 

そう言って私は遠くを指差した。私が指を差した方向にはもうすっかり茜色に染まった太陽が山の陰に隠れようとしていた。

 

「.........思ったより時間がたっていたんだね。全く気づかなかったよ。」

 

「まあ、今日は色々ありましたししょうがないと思いますよ?でも、そろそろ帰らないとお父さんとお母さんに心配されてしまうので、魔法は明日という事でお願いします。」

 

「わかった。僕もそろそろ帰らないと心配されると思うしね。何より僕のせいでメルセデスの帰りが遅くなってしまったら、せっかく僕を信用してメルセデスと遊ばせてくれるご両親に合わせる顔がない。さ、家まで送ろう。」

 

「ありがとうございます、ダニー。」

 

そうして私達は帰路についた。

 

 

 




明らかに五歳の子供の会話じゃないですね......


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かくして化物(フリークス)は生まれた 四

――――――――1985年8月3日 夜

 

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

 

私が家に帰るともう夕食の準備が整っていた。

 

「お帰りなさい、メルセデス。」

 

「お帰り、遅かったね?」

 

「ただいま帰りました。遅くなってしまって申し訳ありません、お父さん、お母さん。予想外の事が起こりまして...」

 

「予想外の事?」

 

私はダニーの事を両親に相談することにした。

 

「はい、実は....ダニーがマグル生まれの魔法使いだということが判明したのです。」

 

「何だって?」

 

お父さんは驚いた声をあげた。お母さんも声にこそ出さなかったもののかなり驚いているようだ。

 

「とりあえず、どういう状況でダニエル君が魔法使うことになったのかを教えてくれるかい?」

 

「はい、私の帽子が風に飛ばされて高い樹の枝に引っ掛かったのを、ダニーが取りに行こうとして二十メートル程の高さから落下してしまったんです。私は、咄嗟に魔法を使って助けようとしたのですが...私の魔法が発動する前にダニー自身が魔法で落下速度を落としたのです。」

 

「ダニエル君が魔法を使ったのは確かなのかい?」

 

「子供が魔法を暴走させた際に生じると言われている魔力の微かな波を感じました。ダニーが魔法を使ったのは確定だと思います。」

 

そう、私はダニーが落下した時に微かな波を感じていた。だからこそダニーが今まで魔法を発動させた事がなかったとしても彼が魔法使いであると確信できたのだ。

 

「そうか...ダニエル君が魔法使いであることはわかった。ダニエル君にはどこまで話したんだい?」

 

「ダニーに魔法使いの素養があることは勿論、私達一家が魔法使いの家系であること、魔法使いには魔法使いの社会があること、魔法使いはマグルから隠れて暮らしていること、後は...十一歳になったら魔法学校から招待状が来ること位です。.....私の判断でダニーに色々と話してしまいましたが、何か不都合なことはありますか?」

 

「いや、魔法使いが隠れて暮らしているこを教えているのなら、ダニエル君も迂闊に我々の事を洩らしたりしないだろう。ダニエル君は、自分が魔法を使えると聞いてどんな様子だった?」

 

「魔法を使えることは凄いことだと、学べるなら学びたいと言っていました。ですがまだ他にやりたい事が出来るかもしれないからどちらの世界で生きるかは決められないとも言っていました。」

 

「自分の人生を決める大事な選択だ、迷うのは当たり前なことだね。じっくり考える必要があるだろう。しかし、そうか.....それならダニエル君のご両親、いや、奥方は数年前に亡くなっていたか。ダニエル君のお父さんに魔法界の事を話すのは、彼が道を決めてからの方がいいかな。」

 

どういうことだろう?なるべく早く教えた方が心構えもしやすくなると思うのだけど。

 

「もし、ダニエル君がマグルの世界で生きることを選んだならその時は―――――――彼の魔法界に関する記憶を全て消さなければならない。私達のことも含めてね。」

 

「―――――っ!」

 

「だから、その時まではウォード氏には魔法界の事を話さないでおこう。手間が増えてしまうからね。」

 

お父さんの言葉に私は、言葉に表せない不安を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

 

メルセデスを家まで送った僕は自分の帰路についた。

 

今日は僕に魔法使いの才能があった何て言う信じられない事がわかった。まだ何かの間違いじゃないかと疑う気持ちが完全に消えた訳じゃない。だけど、僕はメルセデスが、確証の無いことを人に喋るような性格ではない事をよく知っている。

 

―――――――メルセデス。僕の大事な素敵な友達だ。実の所を言うと友達以上になりたいと思っている。

 

彼女はとても魅力に溢れた女の子だ。他の子は不気味だって言うけど、鮮やかな赤色の目はルビーのように輝いていて綺麗だし、本物の黄金のような光沢をした髪は驚くほどさらさらとしている。

 

何より、とても優しくて一緒にいるととても居心地が良いんだ。メルセデスって名前は深い慈悲を意味しているらしいけどメルセデスほど名前が実態を表している子を僕は知らない。

 

彼女が僕に嘘をつく何て考えにも浮かばない。きっと僕は魔法使いなんだろう。父さんに相談したい所だけど、魔法使いが隠れて暮らしているなら許可をとらないで人に話すことは避けた方が良いんだろうね。

 

そんな事を考えているうちに家に着いた。メルセデス住んでいるウォルター邸には及ばないけど、村の中ではかなり大きい家だ。

 

「ただいま。」

 

「帰ったか。夕飯の準備はもうできている。早く食卓につきなさい。」

 

ダイニングに入ると父さんと兄さんはすでに食卓についていた。父さんの名前はアルフレッド、兄さんの名前はアーロンだ。

 

「ダニエル。今日はいつもより遅いんだな?一体何をしていた?」

 

兄さんが疑わしい目を向けてきた。何故か兄さんは僕の事をあまり良く思っていないようでよくこうして僕の行動に疑りをいれてくる。

 

兄さんとはかなり歳が離れている。僕は五歳で兄さんは十五歳だ。十歳も歳が離れた弟にどうしてこんな態度をとるんだろうか?

 

兄さんは村では悪い意味で有名だ。暴力を振るうのが好きでよく村の人達に意味もなく暴力を振るっては父さんに尻拭いをさせている。

 

「森の探索に夢中になっちゃってて、太陽をよく見ていなかったんだ。」

 

とりあえず魔法のことは秘密にしておく。

 

「ふん、随分とあの娘に入れ込んでるんだな。知っているぞ?お前は他の村の子供達とは関わらずにウォルター家の娘とばかり関わっていると。あんな薄気味悪い目をした娘の何処が良いんだか....」

 

「よせ、アーロン。あの娘には利用価値がある。ダニエルを通してお前の陰口があの娘の耳に入ったらどうする。」

 

僕は家族を嫌っているわけではない。だけど、二人のメルセデスへ向ける明らかに見下している言動の数々には我慢ならない気持ちが込み上げてくる。

 

駄目だ。この人達に向かって感情に任せて叫んだところで何も変わらないとわかっていても堪えきる事は出来ない。

 

「メルセデスは薄気味悪くなんかない!僕は彼女を利用するつもりなんかない!そうやって彼女を侮辱するのはもういい加減にしてくれ!」

 

そう言って僕は自分の部屋へと駆け戻った。

 

僕は明日メルセデスが見せてくれるだろう魔法の事を考えて気分を変えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

sideアルフレッド

 

 

 

 

「メルセデスは薄気味悪くなんかない!僕は彼女を利用するつもりなんかない!そうやって彼女を侮辱するのはもういい加減にしてくれ!」

 

そう言って食べ終わった食器も放って部屋へと駆けていった息子を見て、思わずため息をついた。

 

「はぁ、全く....あれには困ったものだな。」

 

―――――――あれほど利用価値のある娘も珍しいと言うのに。

 

六年ほど前に村に住み着いたあの夫婦。どうみても上流階級の人間だとわかる彼らは突如として村に現れ、いつの間にか作られていたあの館で生活を始めた。

 

村のものたちも明らかに一般人ではない雰囲気に当てられて一時は腰が引けていたが元々余所者にも寛容だった事もあり、一月もたつ頃には誰も気にしなくなっていた。

 

私は彼らを一目で貴族であると断定した。ただの金持ちや、やり手の商売人の線も無くは無かったが...あの立ち振舞いは産まれた時から身体に染み付けてきたものだ。間違いはないだろう。

 

かつて幾多の貴族と関わってきたのだ、付け焼き刃かどうかなどすぐにわかる。

 

だが、彼らが貴族であるならば率直に言うと邪魔であった。

 

この村は私がロンドンを追われて以来二十年をかけて作り上げた私の国だ。村人達は私に心酔している。様々な悪条件が重って滅びかけていた村を救い。その成果をもって私は村のまとめ役だった老人の孫娘を娶り、この村を実質的に支配してきたのだ。

 

この村に私以外の権力者など要らない。そう考えてこの村からあの夫婦を排除する策を練っていた頃にあの夫婦は娘を作り、私の妻は男児を作った。

 

この機会を逃す手はなかった。排除するより取り込んでしまった方が時間はかかるがやり易かった。

 

あの娘と私の息子を結婚させるように仕向ける。そう決めて色々とやって来たはいいものの.....

 

「少し、考えが足りなかったか......」

 

「あん?何をいってるんだ?親父」

 

息子を近づかせ、娘に惚れさせる事であちらから婚姻話を持ち出すように仕向けるつもりだった。恐らくそれは成功するだろうという確信も持っている。

 

あれは容姿に優れていたし、女に請けのよくなるように性格を矯正している、それがアーロンには気にくわないようだが。

 

娘を惚れさせることは出来るだろう。しかし、私は一番肝心であった常に他人を利用しようとする考えをダニエルに根付かせることを怠っていた。

 

そのせいであれは驚くほど全うに育ってしまった。私の息子とはとても思えん。人を疑うことを知らなかったあの愚かな女に似てしまったのだろうか?

 

恐らくあれは娘と結婚したところで私に利用させようとはしないだろう。やはり原点に戻って彼らを排除する策を練り直すべきか..................

 

ふむ?そういえばこの村の老人どもは魔法使いや怪物の類いを極端にに恐れていたのだったな。一度彼らが恐怖に駆られる姿を見た事があるが......あの倫理も何もかも消えて無くなったような行動は利用できる。

 

丁度親子は異常なほど赤い目をしている。あの赤い目こそが魔法使いの証拠だなどとでっち上げれば老人達はすぐさま行動に移してくれるだろう。自分たちの娘のような存在だったとしても躊躇無く排除したのだ。元が余所者ならば尚更だろう。

 

「ふふふ...そうと決まれば早速詳細を詰めよう。楽しくなってきた。」

 

「???」

 

人を陥れる策を練る瞬間こそが人生で最も心が踊る。アーロンが奇妙なものを見る目をしているが関係ない。

 

そうだ!この暴力が好きなバカ息子にも、たまには私の役にたってもらうとしよう。いつも後始末をしてやっているのだから、役にたってもらわなければ生かしておいている意味がない。このバカも、私や村のものたち公認で暴力を振るう機会が与えられるのだから喜んで協力するだろう。

 

 

 




ハリポタ要素が出せない.....序章が終わって賢者の石に入ったらこれでもかと言うほど出しますのでお待ち下さい。


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かくして化物(フリークス)は生まれた 五

少し短めです。


――――――――1985年8月4日 朝

 

 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」

 

まだ村の人たちも殆ど起きてこないような朝早い時間に僕は日課の走り込みをしていた。

 

農道を駆け、森の一部をつけ抜けて出発点である自分の家の裏庭にたどり着く。

 

「ふぅ、今日はここまでにしよう。」

 

走り込みをするのは勿論体力をつける為だ。

 

何をするにしても体力があることは損にはならないし、何よりメルセデスに自分が疲れてへばっている所を見せたくない。

 

メルセデスは見た目からは全く体力があるようには見えないのだけど、僕は一度も彼女が疲れた様子を見たことがなかった。

 

体力を増やす魔法でもあるのかな?それとも単純に体力を付けているだけなのかな?

 

そんな事を考えながら、僕は朝ご飯を作るためにキッチンへと向かう。

 

我が家では基本朝と昼を僕が作り、夜を父さんが作っている。兄さんは「料理なんて面倒なもん俺がするわけねえだろ?」といって料理をすることはない。

 

僕のお母さんは僕が産まれてすぐに死んでしまったと聞いている。何が理由なのかは教えて貰ってないけど。

 

だから僕には母さんの記憶がない。どんな人柄だったのかもどんな顔だったのかも僕は知らない。―――――――写真の一枚も残っていないんだ。

 

村の人達に母さんの事を聞いても、皆まるで何かを恐れているかのように口を閉ざす。

 

一体母さんは何故死んでしまったのだろう?思い出すことも憚られる程酷い死に方だったのだろうか?

 

母さんの死に思いを馳せている間に朝食の用意が整った。

 

父さんも兄さんもまだ起きてこないけどさっさと食べてしまうことにする。

 

昨日のことがあって父さんと顔を合わせづらいからだ。最も、父さんは僕が何を言った所でため息一つで終らすんだろうけど。

 

食べ終わった食器を水に付けてから部屋に戻る。食器の後片付けは一番食べるのが遅かった人がすると決まっている。大抵は優雅にゆっくりと食べる父さんがすることになる。

 

部屋に入った僕は本がぎっしりと詰まった本棚から魔法が登場する小説を取り出した。きっと今日の昼にはメルセデスが魔法を見せてくれるだろう。

 

どちらの世界で生きるかを決めることはまだできそうにない。両方を選ぶ事が出来る道があるのかも知れないが、どちらも中途半端になってしまうことを考えるとそれを選ぶことは難しい。

 

どちらも最上の結果を得る為に努力をする事が出来れば一番いいのだろうけど、僕は自分の能力がそこまで高いものだとは思っていなかった。

 

魔法の世界で生きることを選べば小説の登場人物達が使うような魔法が僕にも使えるようになるのかな?

 

メルセデスが見せてくれるだろう魔法に、大きな期待と少しの不安を覚えながら、僕は小説を読み進めていった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

私は昨日の夜から気分が沈んでいた。昨日のお父さんの言葉が頭から離れないのだ。

 

ダニーが魔法使いであると知って私はとても嬉しかった。全寮制であるホグワーツに入学してしまったら会えなくなると思っていたダニーと一緒に居ることが出来るかも知れないし、自分が魔法使いであることをダニーに隠さなくてもよくなったからだ。

 

私はダニーに自分が魔法使いであることを隠していることに小さな罪悪感を抱いていた。

 

ダニーは私にとても良くしてくれている。彼にはとても感謝をしているし、返したいと思っている。それでも彼に隠し事をしなければいけなかったことは少なからず私にストレスを与えていた。

 

それがなくなる。彼に隠し事をせずにすむ。

 

そう思ってお父さんの話を聞くまでは気分が晴れやかだったのだけど.......

 

「記憶を消す.....ですか....」

 

彼の選択によっては彼はまた私が魔法使いであることを忘れてしまう。それが正しいことであるのは十分知っている。

 

マグル生まれの魔法使いがホグワーツへの入学を拒否した際も、そのマグルとその両親は説明の為に伝えられた魔法界に関する情報の一切を消去されるのだそうだ。

 

記憶を消されぬままマグルの世界で生活している魔法使いが気まぐれに魔法界の情報を洩らさないとは限らない。記憶を消すのは必要な処置であると言えた。

 

――――――――魔法使いがマグルから隠れる必要がなければいいのに。

 

英国の魔法界は他国の魔法界と比べてもマグルとの距離が遠い。英国の魔法使いは他国の魔法使いと比べてもマグルの知識が少なく偏見が多いのだ。

 

これには今なお上流階級に蔓延り、戦争の要因ともなった純血主義の影響がとても大きいだろう。純血主義とは、簡単に言うと魔法使いこそを上位の存在であると位置付け、魔法を持たないマグルを穢れた血と呼ぶものだ。

 

しかし、そもそも純血主義とは中世の頃に魔女狩りをはじめとした魔法使いの迫害を行いだしたマグルから魔法使いを守る為に自分達の世界からマグルを追い出そうとする考えが始まりである。

 

だけど、純血主義の『マグルを排斥する』という考えだけが後世に伝わっていき、純血主義の目的が本来の()()使()()()()()ことから()()()()()()()()()()()()()()ことに移り変わってしまった。

 

そんな考えを持った人たちが英国魔法界の権力の椅子に座っているものだから、英国魔法界はマグルをひどく下等な生物だと思っている人で溢れてしまっている。

 

現代のマグルの暮らしを知らない純血主義者達の脳内では彼らマグルの文明レベルが中世で止まっているに違いない。

 

彼らは魔法の代わりに科学を作り上げた。

 

私が実際に科学の産物を見る機会は殆どないので知識でしか知り得ないことだけど、時に科学は魔法をも越えた便利さを見せる。

 

マグルが魔法使いより完全に劣っていた時代は当の昔に終わっている。現代に至ってもマグルを見下し続ける魔法使いが膨大な数存在するのは今や英国位のものではないのだろうか?

 

英国の魔法使いからマグルの偏見が消えないもう一つ理由があるとすれば、四十年前に国際魔法使い機密保持法の破棄を目指して戦争を起こしたゲラート・グリンデルバルドが英国では活動をしなかったことかもしれない。

 

グリンデルバルドは魔法使いがマグルから隠れることを止めてマグル達を支配することを目的としていたが、彼はマグルを侮っていたわけではないと聞いている。

 

彼はマグル生まれの魔法使いを差別していた訳でも血筋を重視していた訳でもなく、ただ魔法使いか否かで人を分けていた。

 

事実、彼の信望者にはマグル生まれも数多く存在していた。

 

もし彼が英国にも手を伸ばし、英国内の魔法使いを多数見方につけていたのなら彼の考えが英国中に広がり、マグルへの偏見が減っていたのではないかと私は思う。

 

....彼の被害者が聞いたら憤慨しそうなことだ。

 

他にも様々な要因があるだろうけど他国にはないその二つの要因が英国の魔法使いとマグルの距離を離れさせている。

 

―――――――魔法使いも、マグルも、同じ人間なのに。

 

他国の魔法界も英国程でないにしてもマグルとの距離はあるのだろう。私には、その世界中に存在する距離が、ひどく息苦しいものに感じられる。

 

もしダニーがマグルとして暮らすことを選んだのなら、私と彼との間にもその距離が生まれてしまうのだろうか?

 

そのあるかもしれない未来を想像する度に、私は魔法使いとマグルとが手を取り合って暮らしている世界を夢想せずにはいられないのだ。

 

二つの種族が同じ人間として認めあう世界を作りたい。

 

そんな考えが浮かぶも、それを実現する為には多くの血が流れる事は考えるまでもないことだった。

 

私が先祖のような戦争屋(ウォルター)であったのなら、私は同士を集め、今の世界を叩き壊す為に戦うことを選んだかもしれない。

 

だけど、戦争をやめなければならないと考え行動しているお父さんやお母さんの思いを、二人の娘である私が踏みにじるようなことをしようとは思えなかった。

 

今はダニーが魔法界を選んでくれるように魔法の魅力を精一杯伝えよう。

 

そう考えて私は今日ダニーに見せる魔法を吟味していった。

 

 

 

 




純血主義について色々と考えを巡らせていたらすごく時間がかかりました。これらの設定を考え付いた原作者様を本当に尊敬しています。


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かくして化物(フリークス)は生まれた 六

メルセデスさんによる魔法講座、初級編です。




――――――――1985年8月4日 昼

 

 

 

 

いつもの時間にいつもの場所へと集まったメルセデスとダニエルは、椅子にするのに丁度よい倒木に隣り合って腰掛けていた。

 

「さて.....今日はダニーに魔法を見せるという事でいいですか?」

 

「ああ、よろしく頼むよ。昨日は森の探索の続きをしようと言ったけど、流石に魔法を直に見れる状況で探索をしても魔法の方に気をとられてしまうだろうし。」

 

そう言うとダニエルはメルセデスの方に向き直った。その狼を思わせる琥珀色の瞳は隠しようがない期待で満ちていた。

 

メルセデスは魔法に興味津々な様子のダニエルを見て沈んでいた気分がいくらか浮上したのを感じた。

 

「では、早速魔法を見せる。と言いたいところですが、先に昨日説明していなかった魔法のあれこれを教えようと思います。」

 

「前提となっている事がわからないと話が伝わらないこともあるだろうからね。お願いするよ。」

 

メルセデスは魔法の常識を説明し始める。

 

「まず、魔法とは何か?という話から始めます。魔法とはこの世界の理、マグルの世界でいう科学の法則をねじ曲げることができる力です。」

 

「世界の理を...ねじ曲げる?」

 

「世界の理をねじ曲げると言われても想像しにくいと思いますので、例に出して説明します。ダニーは火が何故燃えるのかを知っていますか?」

 

「火が燃える原理かい?確か....炭素?という物質が含まれたものの周りに十分な空気があって、その状況で大きい熱を与えると炭素と空気が反応して火が出る?だったかな?」

 

ダニエルは曖昧ながらも何かの本で見た火が燃える原理をメルセデスに伝える。

 

「私も科学というものには少々疎いので、よくわかっていませんが、多分ダニーが言ったような原理です。要は火が出るには燃えるものが必要ということですよね?」

 

「ああ、なにもない空中から火が出てくることはないはずだよ。」

 

「その、火が燃える為に必要な条件を無視して、火を発生させることが出来るのが魔法です。実際に魔法で空中に火を発生させてみましょう。インセンディオ(燃えよ)。」

 

間髪を入れずにメルセデスがなにもない空中に向かって呪文を唱え、腕を振るとメルセデスの指先から放射状の炎が放たれた。

 

「うわっ!」

 

ダニーは突然現れた炎に驚き、後ろにひっくり返りそうになったがなんとか踏ん張った。

 

「ふふっ、驚きましたか?」

 

メルセデスはいたずらが成功したようなニヤリとした笑みを浮かべていた。

 

「参ったな...メルセデスにからかわれる日がくるなんてね。それが火を出す魔法かい?」

 

「はい。インセンディオといいます。このように、魔法は呪文を唱えて発動するものなのです。」

 

「そういえば、昨日花を咲かせた時も呪文を唱えていたね。魔法は全て呪文を唱えるものなのかな?」

 

ダニエルは魔法には全て呪文が必要なのかと尋ねる。

 

「基本的には呪文を唱えるものですが、魔法薬の調合や、姿現し、分かりやすく言うと瞬間移動等の一部の魔法は呪文を必要としない事があります。また、呪文を必要とする魔法でも熟練者ならばそれを省略することもできますね。」

 

魔法の技術の一つとして無言呪文というものが存在する。主に魔法使いの決闘に用いられる技術であり、欠点としては魔法の効力が有言呪文と比べて些か落ちる事があるが相手に自分の手の内を悟られず意表をつけるという利点がある。その為、無言呪文を体得している魔法使い同士の決闘は端から見れば何をしているのか全くわからないこともある。

 

「腕をふっていたけど、それも必要なことなのかい?」

 

「そうですね。私が腕を振っていたのは確かに魔法に必要なことです。けれど、本来は腕ではなく杖を振るものなのですよ。」

 

「杖を?それはまた魔法使いらしいね。だったら君が腕を振って魔法を使ったのはどういうことなんだい?腕の中に杖が潜り込んでいるなんてことだったら病院に行くことをオススメするよ?」

 

「流石の魔法使いにも自分の腕に杖をめり込ませるような人はいません!.....多分」

 

「多分なのか...冗談のつもりだったんだけど。」

 

魔法使いには変人も多いためにメルセデスは断言ができなかった。

 

「それで、実際はどういうことなんだい?」

 

「説明するにはまず魔法を使うのに必要な魔法力の話から始めないと行けません。」

 

「魔法力?やっぱりそういうものがあるんだね。」

 

「魔法力は親から子供へと伝わる特性で、親が魔法力を持っていない子供と親から伝わり損ねてしまった子供には魔法力が無いので、魔法を使えません。」

 

「へぇ、なら僕や他のマグルの生まれと呼ばれる人は何で魔法力を持っているのかな?」

 

「それにはきちんとした理由があります。親から魔法力が伝わらなかった子供、スクイブと言われる人達なのですが、彼らは魔法界で生きていくことが難しくマグルの世界へと移り住む事が多いのです。」

 

スクイブは魔法が使えないことで周りから出来損ない扱いを受けたり魔法学校を卒業出来ない為に信用がなく、魔法界ではろくな仕事につけないのが現状だった。

 

「マグルの世界へと移り住んだスクイブはマグルと結婚をして子供を作ります。」

 

「もしかして、そのスクイブって人達の子供に魔法使いが産まれるってこと?」

 

「そうです、正確には何代かたった後の子孫に現れることが多いのですが、それがマグル生まれの魔法使いが誕生する理由です。」

 

「なら、僕の先祖にも魔法使いがいるってことか...」

 

ダニエルは自分の先祖がどのような人達なのかを知らなかった。父であるアルフレッドからは自分の家がどのような家系であるかなど効いたこともないし、母に関しては言うまでもない。

 

ダニエルは自分の母親について存在したということしか知らない。

 

「話が逸れましたが、魔力について続きを話しますね。魔力なのですが、普段は私達の身体の中を循環していると言われています。その流れは自分の中だけで完結していて外に漏れることはありません。しかし、私達のようにまだまだ幼い子供はその流れが完成しきっていないので身体の外に魔力が漏れてしまうのです。」

 

「僕の魔力も漏れているのかな?」

 

「はい。昨日ダニーは樹から落ちた時に魔法を使いましたよね。その時にダニーは呪文を唱えたり杖を振ったりしましたか?」

 

ダニエルは昨日の体験を振り返る。

 

「いや、そんな覚えはないよ。だけど魔法は使えたんだよね?」

 

「そうです。実は私達の身体から漏れている魔力は、自分の意志や感情によって勝手に魔法を発動させることがあるのです。ダニーの場合は、自分の止まってほしいという思いが魔法を発動させたきっかけになったのではないかと。」

 

「確かに、あの時は止まってくれ!と強く願っていたよ。」

 

「このように、子供は自分の意志や感情によって呪文も杖も無しに魔法を使うことが多々あるのですが、その反面漏れでた魔力を制御することが出来ないことが殆どなのですよ。」

 

「待ってくれ。ならメルセデスは何故魔法を自由に使えるんだ?」

 

「それは私にもよくわかりませんが....極々稀に自分の意思で魔力を制御できる子供が現れるんです。」

 

「それが君だってことかい?凄いじゃないか!」

 

ダニエルは素直にメルセデスを褒めた。自分が特殊な力を持っていることを何の悪意もなく褒められたことに、メルセデスの耳は少し赤くなっていた。

 

「あ、ありがとうございます.....話を戻しますが、身体から漏れる魔力は成長するにつれて少なくなり、11歳頃に殆ど無くなります。身体の魔力の循環に孔が無くなるので勝手に魔法が発動することもほぼ無くなります。そこで登場するのが杖です。」

 

「杖は一体どんな役割を果たしているんだい?」

 

「杖は穴が無くなった循環に意図的に穴を開けることができます。その穴から杖を通して魔力を体外に放出して魔法を使います。循環が未完成の時とは違って孔が一つしかないので、魔力の制御が容易になるのです。」

 

子供の魔法使いの循環には大量の孔が存在する。その孔から漏れた魔力がそれぞれ好き勝手に動き回ることで制御を困難にしているのだが11歳頃には孔が無くなり、強い感情の発露等による一時的に発生する孔を除き魔力が漏れることが無くなる為個人差こそあるものの杖を持つことで自在に動かすことが出来る。

 

ダンブルドアやグリンデルバルドといった伝説級の魔法使いともなると自分の魔力の循環に自ら孔を空けることが可能となり、杖無しで魔法を使うことが出来る。無論制御が難しいので普段は杖を使った方がいいのだが。

 

「杖は魔法使いにとっての水道の蛇口です。呪文を唱え、杖を振ることは蛇口を捻ることだと考えると分かりやすいのではないかと。」

 

「なるほど、まだ実感は湧かないけどなんとなくは理解できたよ。」

 

ダニエルはまだ杖を持ったことは無いためどのような感覚なのかは分からなかったが、蛇口の例えには理解を示した。

 

「さて、小難しい話はここまでにしましょう。これからは色々と魔法を見せようと思います。」

 

「いよいよだね。さっき炎の魔法は見せてもらったけど、次はどんな魔法を見せてくれるんだい?」

 

「まずは、水の魔法を見せましょう。アグアメンティ(水よ)!」

 

メルセデスは水の魔法を使って空中に水の塊を出現させた。

 

「ただ水を出しただけではつまらないですよね?エイビス(鳥よ)!」

 

メルセデスが魔法を唱えると水の塊が無数の透明な鳥に変化し、メルセデスとダニエルの周りを飛び回る。

 

透明な鳥達は木々の隙間から射す太陽の光に照らされ、冬の空で輝くダイヤモンドダストのように見えた。

 

「綺麗だ.......」

 

ダニエルはその光景のあまりの美しさにただただ綺麗だという感想を抱いていた。

 

「次は?次は何を見せてくれるんだい?メルセデス!」

 

「ふふっ、次はですね.........」

 

それからメルセデスは様々な魔法をダニエルに見せていった。氷を出現させ、それを甲冑を着た兵士へと姿をかえて頭を垂れされる。炎をドラゴンのように変化させて氷の兵士と戦わせる等、どれもダニエルの興味を尽きさせないものだった。

 

矢のように時は過ぎていき、直ぐに日が沈み始めた。

 

「次で最後にしましょう。次は.....ダニー、あなたの希望を聞きたいと思います。」

 

「僕のかい?」

 

メルセデスに希望を聞かれたダニエルは暫く悩んだ後に自分の服の袖を捲った。

 

袖が捲られたことによって顕になった前腕の半ばから肘にかけて大きな傷痕が残っていることが分かる。

 

「この傷痕を消して欲しいんだ。この傷痕は目に入る度に僕の母さんのことを考えさせる。」

 

その傷はダニエルに物心がついた頃には既に存在していた。ダニエルは父にこの傷痕について聞いたことがあり、その時に知ることが出来たのはこの傷痕が母が死んだ時に出来たものだということだけだった。

 

「出来るかな?」

 

「......わかりました。」

 

メルセデスはダニエルの家庭環境をよく知っているわけではない。だが、ダニエルから彼の母親の話を聞いたことが無いため彼の母親は既にダニエルのそばには居ないのだろうと察していた。

 

彼が母親のことを考える機会を無くして良いものかはメルセデスには判断がつかなかったが、他ならぬ彼自身が消したいと願っているのだと自分を納得させた。

 

「では、行きます。プラーガ・イヴァネスカ(傷よ 消えよ).....」

 

メルセデスが呪文を唱えダニエルの傷痕に指先を当てると傷痕はみるみると薄くなっていき、遂には消えてしまった。

 

「ありがとう、メルセデス。さぁ、帰ろうか。」

 

「どういたしまして、ダニエル。帰りましょう。」

 

二人はいつも通り帰路についた。

 

 

 

 

 




プラーガ・イヴァネスカ(傷よ 消えよ)

戦闘は好きだが肌に傷がつくのは嫌だ。というウォルター家の女性が作り上げた魔法。生物以外の傷にも使えるため汎用性が高かったりする。


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かくして化物(フリークス)は生まれた 七

――――――――1985年8月4日 夜

 

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

今日は人生で一番魔法を工夫した日かもしれない。

 

私は、今日のダニーへの魔法の披露に確かな手応えを感じていた。

 

ダニーの思いが魔法界に傾いてくれるように、魔法の魅力を最大限に伝えることが出来る魔法をいくつも考え工夫した。

 

努力の甲斐あって今日のダニーは珍しく興奮しっぱなしで、訪ねるまでもなく魔法に夢中になってくれたようだった。

 

ダニーが魔法界に来てくれるのなら、昨日の夜から頭を離れないいくつもの考えが全て意味を失う。

 

そうなってくれるように、これからも魔法の魅力を伝えていこう。

 

私が今後に向かっての決意を固めながら食事をとっていると、お母さんが声をかけてきた。

 

「メルセデス、今日はダニエル君に魔法を披露したんですって?」

 

「はい。お母さん。ダニーには是非とも魔法界に入って欲しいので、魔法の魅力をどんどん伝えていきたいのです。」

 

「ふふ、今日はどんな魔法を披露したの?」

 

「今日はですね.........」

 

私はお母さんと今日披露した魔法について話を咲かせていった。

 

「――――――そして、最後にダニーに傷痕を消して欲しいと頼まれたので魔法で傷痕を消しました。」

 

「傷痕?」

 

「はい。ダニーの前腕の半ばから肘にかけて大きな傷痕があったのですが、あまり良いものではないから消して欲しいと言われたので「それは少し軽率だったね、メルセデス。」魔法で....?」

 

静かに私達の会話を聞いていたお父さんが口を挟んだ。

 

「大きな傷痕だったのならば、ダニエル君の家族もその傷痕の存在を知っているはずだよ。家を出るまであった傷痕が帰ってきたら無かったというのは普通じゃないだろう?魔法の事がバレてしまうかもしれない。」

 

「あっ.......」

 

そこまでは考えていなかった.....なんて軽率だったのだろうか。

 

私はダニーがどちらの世界で生きるのかは自分の意志で決めて欲しいと思っている。

 

ダニーが自分の意志を固める前に家族にダニーが魔法使いだと知られれば、ダニーの意志にどんな影響を与えるかわからない。

 

そんな危険性を考慮することが出来なかった自分が情けなくなってくる。

 

「まぁ、ダニエル君が魔法界に入るのならいつかはバレることだ、バレたらバレたで何かしら対応しよう....そうだ、メルセデス。明日はダンブルドアが墓参りに来る予定になっている。ダンブルドアにダニエル君のことを相談してみようじゃないか。」

 

ダンブルドア先生か.....あの深い知性を感じさせる穏やかな海のような瞳の老人なら、ダニーへ向ける様々な思いで複雑に絡まった私の心中をほどいてくれるだろうか?

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

今日は人生で一番興奮した日かもしれない。

 

メルセデスが見せてくれた魔法の数々はとても美しくて、魔法の可能性を想像させてくれるものだった。

 

僕もあんな風に魔法を使いたい。

 

魔法界と非魔法界、どちらで生きるかは到底決められないことだと思っていたけど、それを撤回しなければいけないかもしれない。

 

それほどまでに、今日の体験は僕の心に焼けついていた。

 

それに、ずっと悩まされてきたあの傷跡もメルセデスに消してもらうことが出来た。

 

あの傷痕が消えたことで、僕は心も腕も軽くなったような感覚になっていた。

 

あれだけ大きくて、恐らく一生残るような傷跡だったから消えたことに気づかれるかもしれなかったけど、あの傷跡はもう何年も人に見せていないし、話題にも出していなかった。

 

もしかしたらもう誰も傷痕のことなんて覚えていないかもしれない。

 

そう考えて僕は気楽に構えていた。

 

「ただいま。」

 

「今日は時間通りのようだな。さぁ、配膳を手伝いなさい。」

 

家に帰ってダイニングに向かうと、父さんが料理を作り終えたところだった。

 

父さんはやはり昨日の僕の癇癪に何の感情も抱いていないようだった。いや、むしろ機嫌がいいようにすら見える。

 

いつも何を考えているのかさっぱりわからない父さんから何かしらの感情が見てとれることはとても珍しいことだった。

 

「あれ?」

 

出来上がった料理をテーブルに運ぼうとすると、料理が二人分しかないことに気づいた。

 

「アーロンなら今日は家に帰っていないようだ。大方、村の舎弟どもと広場でばか騒ぎでもしているのだろう。テーブルに着け、食事を始めるぞ。」

 

兄さんは村の同年代の人達を従えて、村のあちこちで騒いでいる事がある。兄さん一行が騒いでいる場所の近くの家の人にはとても申し訳なくなってくる。

 

そうして二人での食事が始まったのだけど、今日はやけに父さんから視線を感じる。

 

やっぱり昨日のことを気にしていたりするんだろうか?それにしては父さんの表情からは僅かな驚愕を感じる。父さんから一日に二種類も感情を見ることが出来たのは初めてかもしれない。

 

視線は感じるものの、父さんから言葉が掛けられることもなく僕は食事を終えた。そして食器の後始末をして部屋に戻ろうとしたその時、

 

「待て。」

 

父さんから声がかかった。

 

「何?父さん。」

 

聞き返した後に続いた父さんの言葉に、僕は背筋が凍りつくような感覚を覚えた。

 

「ダニエル、袖を捲って()()()()を見せろ。」

 

「えっ?」

 

父さんは僕に傷痕を見せろと言ってきた。

 

傷痕が消えたことがバレたのか?いや、そんな筈はない。傷痕のあった箇所は服で隠れているし、たまたま捲れて見えたなんてことも起きない箇所だ。

 

「どうした?傷痕を見せろと言っているんだ。」

 

「えっと、その...あまり見せたいものじゃ無いんだけど。」

 

とりあえず、なんとか見せない方向に持っていかなければ!

 

そう考えて、苦しいながらもなんとか言い訳をしたのだけど.......

 

「お前の意向は聞いていない。さぁ!」

 

有無を言わせない態度の父さんに根負けして、僕は袖を捲った。

 

「.....まさかとは思ったが本当に消えているとはな。」

 

「...っ!何でわかったの?」

 

父さんは傷痕が消えたことに気づいていたのか?一体どうやって?

 

「ふん、お前はそれが当たり前で気づいていなかったのだろうが、お前の腕は傷痕に引っ張られた皮膚によって多少動きがカクついていたのだ。知っていなければわからない程些細ではあるがな。だが、何気なく目を腕にやって見ればいつもよりスムーズに動いているではないか。」

 

そんな....そんなことで気づいたっていうのか?

 

「あれは都市にあるような設備が整った病院で処置を受けなければ一生消えることは無い傷の筈だ。ダニエル、一体どうやって傷痕を消した?」

 

言える筈がない、魔法で消してもらったなんて...

 

「あの傷痕が一生残るものじゃなかったんだ、傷痕はだんだん消えていっていたんだよ!それに、僕の腕の動きが前と違うだって?父さんの勘違いじゃ無いのかな?」

 

僕がそういうと、父さんは心底失望した、とでもいうような表情を浮かべた。

 

普段良くも悪くも表情を変えない父さんの失望の顔、それは思った以上に僕の心をかき乱した。

 

「そんな嘘がこの私に通用すると思ったのか?私の見解が間違っていたと?私が勘違いをしたと?私も随分と舐められたものだ。それも、自分の息子に....!」

 

どうやら僕は父さんの逆鱗に触れてしまったらしい。失望から憤慨へと変わった表情で僕を睨み付けていた父さんだったが、暫くたった後に今度は一転して笑顔を浮かべた。

 

その表情は確かに笑顔に見える筈なのに......この世の何よりも恐ろしく感じた。

 

「まぁいい、お前が答えないのならば当ててやろう.....魔法を使ったのだろう?違うか?」

 

「―――――――っ!」

 

父さんは魔法を知っているのか?それとも僕をからかっているだけなのか?それが分からない内は迂闊に答えてはいけない.......

 

「...........」

 

「沈黙は肯定と受け取られることを知らないのか?愚かな....どうせ傷痕を消した魔法使いに口止めでもされているのだろうが、私は魔法使いが実在していると確信している。隠す必要はない。」

 

魔法使いの実在を確信している?やはり僕の家には魔法使いと何か関係があったのか?

 

「何で.....魔法使いが実在しているって...考えてるの?」

 

僕は訪ねずにはいられなかった。

 

「普段ならばはぐらかしている所だが、話してやろう。お前の母のことも含めてな?」

 

母さんのこと?魔法使いと関連があるのか?

 

父さんは物語の語り部のような口調で話始めた。

 

「この村には時折、異常な現象を起こす子どもが産まれるとされていた。引き起こされる現象は様々だ。瞬間移動、見えない力で物を破壊する、自分の周りに大量の動物を出現させる.....これらの現象を引き起こす子どもが産まれる度にこの村の住人はそれを化け物だの魔法使いの呪いだのと呼び、恐れ、自分達に危害が及ぶ前に()()()()()()という。」

 

「何だって!?」

 

処分って......殺すってことなのか!?

 

「そして五年前、その異常な現象を引き起こす子どもが生まれた、名前は.......ダニエル、ダニエル・ウォード。お前のことだ。」

 

「っ!」

 

今度こそ僕は言葉を失った。今まで不思議なことなんて起きたことがないと思っていたのに。物心がつく前には魔法を使ってしまっていたのか?

 

「異常な現象を引き起こす子供。それによって私は魔法使いかどうかはともかく、それに準じるものが確実に存在することを知った。」

 

父さんが魔法使いの存在を確信しているのは、僕が魔法を使った所を見たからなのか?

 

「この世に生まれ落ちてから一月程たった頃、お前は自分が寝ていた部屋を吹き飛ばしたのだ。本来ならば、異変を察知した住人にお前は見つかり、村の慣習に従い処分される筈だった.....だが、それをよしとしない人間がいた、お前の母だった。あの女は、いち早く吹き飛んだ部屋に向かい、瞬時に状況を理解して行動に移した。部屋に散らばっていた木片をお前の腕に深々と突き刺し、その他大小の傷をお前につけた。まるで、お前が()()()()()()爆発に巻き込まれて怪我をしたようにな。」

 

「そんな...まさか...」

 

それが本当なら、あの...傷痕は...

 

「ここまで言えば気づいたか?あの女は自らが魔女であると村の人間に証言したのだ。ろくに頭を使わない連中だ。状況を見て直ぐに目の前の女を魔女だと決めつけた。成人してから異常を引き起こす事例も無いわけではなかったようでな。」

 

「待ってくれ、それじゃあ母さんは!」

 

母さんは、僕を....僕を.....!

 

「そうだ。あの女はお前を庇い魔女として村人達に処刑されたのだ。あの女に唯一幸運な事があったとすれば、それ以降お前が異常を引き起こすことが無かったことだろうな。あの女の犠牲は無駄にはならなかったわけだ。」

 

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 

なんてことだ!母さんは僕を守ってくれたのか!それなのに何だ?僕は母さんが守ってくれた(傷痕)をまるで自分に害のある存在であるかのように....

 

「随分とショックを受けているようだな?だが、すまないな。これからもっと酷なことを話さなければいけない。」

 

これ以上酷なことだって?

 

「お前の傷痕を消したのはウォルター家の娘だな?」

 

父さん...まさか....メルセデスを!

 

「お前が自力で消した可能性もなくは無いが...お前は私が先程言ったことを否定しなかった。『魔法を使った魔法使いに口止めをされているのだろう』ということをな。」

 

父さんの顔が歪んでいく。

 

「自在に異常な現象を引き起こすことの出来る人間.......そのような存在ほど村にとって危険なものはない。そうだろう?」

 

「メルセデスに.....何をする気だぁっ!」

 

父さん....いや、こんな奴を父だとはもう思えない!

 

「何を....?勿論村の掟に従って貰うさ、私にとって彼女らウォルター家は邪魔でねぇ。お前を通してウォルター家を操ることが出来るならまだ生かしておいたが、どうやら無理らしいからな.....彼らにはもう何の利用価値もない。せいぜい、村の団結力の向上にでも役にたって貰うさ。」

 

アルフレッドの言葉を聞いた僕は、身体の内から溢れた何かが暴れ出そうとしているのを感じた。

 

これがきっと魔法の暴走なのだろう....

 

どこかに残っている冷静な部分がそう考えていたが、もうどうだっていい。

 

メルセデスを殺させる位なら、ここで!

 

溢れ出るものに身を任せようとした瞬間、僕の後頭部に強い衝撃が走った。身体が倒れていくのを感じる。

 

「おっと、悪いな?ダニエル。何かやばそうだったんで思わず殴っちまったよ。」

 

僕が最後に見たのは、にやけた顔で僕を見下ろしているアーロンと。

 

「よくやった、アーロン。安心しろダニエル、お前にはまだ利用価値があるんだ、殺しはしない。だが邪魔されるのは困るのでな、暫く眠っていてもらうぞ。」

 

おぞましい程の狂気をはらんだ表情で僕を見下ろすアルフレッドの顔だった。

 

 

 

 

 

 




長かった序章も、もうすぐ終わります。


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かくして化物(フリークス)は生まれた 八

――――――――1985年8月4日 夜

 

 

 

 

sideアルフレッド

 

 

 

 

「素晴らしいタイミングでの帰還だな?アーロン。よくやった。お前もたまには役に立つではないか。」

 

床へと倒れ伏したダニエルを横目に、私はアーロンを労った。

 

「へっ、あんたに労われても嬉しかねぇよ。しっかしこりゃ一体どういう状況だ?ダニエルから明らかにやばそうな圧力を感じたから咄嗟に殴っちまったけどよ。」

 

どうせこのバカ息子にも協力させるのだ。少し面倒だが説明してやるとしよう。

 

「そうだな...簡潔に説明するならば、これから私が行おうとすることにダニエルが激怒し、私を魔法の暴走で殺そうとしていた。という状況だ。」

 

私が簡潔にに説明してやると、アーロンは府に落ちたような表情をしていた。

 

「ダニエルが魔法使いだってのは知ってたが実際に見たことは無かったからな。そうか、あれが魔法か。ありゃ確かに村の老人どもが怯えちまうのも仕方ねぇ。この俺ですら肝が冷えたぜ....んにしても何をしようとすればあのいい子ちゃんのダニエルがあんたを殺そうとするんだ?」

 

「私のここ数年の目標を成し遂げようとしただけだ。――――――ウォルター家を排除するという目標をな。」

 

「ウォルター家を......!」

 

ウォルター家を排除すると聞いたアーロンは喜びと期待に溢れた様子で私に尋ねた。

 

「なぁ?親父。そいつにゃ俺は噛ませてくれるのかい....?」

 

「勿論だとも。お前に暴力を振るう機会を与えてやる。感謝するがいい。」

 

アーロンは歓喜の声をあげた。暴力を振るう機会を与えるだけでここまで喜ぶのだ、戦時に生まれたならばさぞ充実した人生を送れたろうな。

 

「そりゃあいい!あのくそ忌々しい娘も殺せるんだろ?だがよ、どうやって奴等を排除するんだ?いくらあんたを信用してる村の連中だって何の謂われもねぇ奴を殺したら怪しむだろ?」

 

「それについても抜かりは無い......奴等には魔法使いと娘を魔法使いと知りながら隠し続けていた愚か者になってもらうつもりだった。つい先程まではな?」

 

「先程ぉ?」

 

怪訝そうな声をあげるアーロンだが、この事実を知れば再び歓喜の声をあげるだろう。

 

「くくっ、ダニエルが教えてくれたのだよ。あの娘が、メルセデス・ウォルターが本物の魔法使いであるとな!」

 

「あいつが本物の魔法使いだったって?本当かよ!」

 

「無論事実だとも、私は確証の無いことなど喋らん。メルセデス・ウォルターは魔女だ。その力であの娘はダニエルの一生消えない筈の傷痕を消したのだ。私にそれが伝わるとも知らずにな...愚かな娘だ、小賢しそうな顔をしていたが所詮は頭の足りない餓鬼であったということだ。」

 

私の話を聞き終えたアーロンは、長年の謎が説けたとでも言いたげな様子であった。

 

「ははっ、そうか、そうだったのか!だからあの娘に俺は何も出来なかったのか!」

 

一体何の話をしているんだ?こいつは。

 

「あの娘っ!あの気味の悪い娘っ!俺がどんだけ殴りかかってもまるで見えない何かに受け流されているように一発も当てられなかったんだ!それも魔法を使ってたんだってぇなら納得だぜ!」

 

どうやらこのバカは私の知らないところであの娘にちょっかいを掛けていたらしい。全く.....ウォルター家から何も言われていないから良いものの、あの家に本気で報復をされたら私でも危うかったかもしれん。

 

まぁ、これからあの家は滅びるのだ。不問にしてやろう。

 

「あの娘が魔法使いである事がある判明したのだ。大義は私達にある!アーロン!村の男達に伝達しろ。狩人は全員収集だ。銃を持ってこさせるのを忘れるな?農家の男どもからは四十を過ぎたものに刃物を持たせろ。()()()()も持ってこさせろよ?集結は明日の払暁、村の広場だ!」

 

「まかせろ!直ぐに伝える!」

 

ようやくだ...ようやく目障りなウォルター家を排除出来る。

 

彼らに直接何かをされたわけではない。だが、この村に私の立場にとってかわる可能性のある人間は存在するべきではないのだ。

 

彼らはもしかしたら強力な魔法使いであるのかもしれない。だが、この村の男達は赤子とはいえ、周囲に破壊を撒き散らす化物達を長くに渡って殺し続けてきたのだ。

 

そんな総勢三十と余人の男達による魔女狩りだ。防ぎきれる筈がない。

 

それに、五年前に突然現れた男から渡された結界を発生させる道具、魔法使いどもの瞬間移動を封じる道具もある。

 

ペルシア風の伊達男という言葉がよく似合う男だった。あの男も見るからに怪しい人物だったが、道具の効果は()()()()()()()()()()

 

あの部屋を吹き飛ばしたダニエルの魔法を受けて傷ひとつ付かなかったのだ、効果は確かなものだろう。

 

それを魔女狩りに参加する全ての男が所持している。我々に敗北する道理はない。

 

「朝日がこれほど待ち遠しいのは、人生で初めてのことだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

アーロンはアルフレッドの言い付けの通り、村中の家々をまわり魔女狩りの始まりを告げた。

 

ウォルター家の娘が魔法使いであり、その両親がその事実を隠蔽していたと知った村人達が感じたものは様々であった。

 

ある者は、自分達の村に魔法使いが紛れ込んでいたことに恐れ戦いた。

 

ある者は、魔法使いを村人達に隠し続けたウォルター夫妻に対して怒りを滲ませた。

 

ある者は、今まで良孝な関係を築いていたウォルター夫妻が魔法使いを隠していたと知り、信じられない思いを抱いた。

 

ある者は、.........................

 

ある者は、................

 

ある者は、........

 

 

 

 

 

 

 

抱いた感情は実に様々であったが、行き着く先は皆同じであった。

 

自分達に害をなす存在を許しては置けない。

 

自分達に害をなす存在を隠していた者を許しては置けない。

 

殺さなければならない!

 

排除しなければならない!

 

我々を脅かす化物に死を!

 

我々を騙し続けた者に死を!

 

村人達は、武器と己の身を化物から守ってくれる不思議な御守りを手に広場へと歩き出す。

 

 

 

 

日常の中に隠された恐怖心は抑圧から解放され、溢れでる。

 

溢れでた恐怖心は周囲の人間へと伝染し、高まり続ける。

 

頂点に達した恐怖は、己を守る為の抑えようのない殺意へと姿を変える。

 

抑えきれない殺意に身を沈めた村人達の目は、狂気に染め上げられていた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――――――――1985年8月5日 払暁

 

 

 

 

 

払暁。昇りかけた朝日によって照らされ始めた村で最も大きい広場に、三十人を越える男達の姿があった。

 

男達は皆、何かしらの凶器を携えていた。

 

長い棒の先にナイフをくくりつけたもの、農業で使う鍬、巨大な鉈、一部の人間はその肩に猟銃を担いでいた。

 

普段の姿が見えれば大きく手を振り、目が合えば世間話に花を咲かせる陽気な姿は見る影もない。

 

男達は誰一人として口を動かさず、広場は夏の真っ只中とは思えないような寒々しさすら感じる程に静まり返っていた。

 

暫くすると、広場に村人達より身なりのいい男が現れた。

 

男は、村人達の視線を受けながら堂々たる足取りで広場の中央へと歩いていった。

 

中央に立った男が、口を開いた。

 

「諸君、このような夜明けの刹那によくぞ集まってくれた。まずはその事に礼を言いたい。」

 

男――――アルフレッド・ウォードはそう言って頭を下げる。

 

村人達は何も返さない。

 

男は続ける。

 

「本日、集まって貰った理由は我が愚息から聞いていると思う......なんとも恐ろしいことに、私達の村に、魔法使いが紛れ込んでいたのだ。」

 

村人達は無言のまま目に怒りを滾らせた。

 

「魔法使いは我々に害をなす存在だ。我々の理解の範疇を越える現象を引き起こし、我々の日常を脅かす化物なのだ。排除しなければならない....!打ち倒さなければならない.....!」

 

男は拳を握りしめ、頭上へと掲げた。

 

「今回、我々の村を脅かすのは今までのようながむしゃらに魔術を振り回す災害のような魔法使いではない!自らの意思によって魔術を操り、的確に我々を攻撃する脅威だ!」

 

村人達の顔が僅かに恐怖で歪む。

 

「さらに、昨日判明した魔法使いはウォルター家長女、メルセデス・ウォルターのみであるが、その両親が魔法使いでないとは言い切れない.....だが、」

 

男はそこで一旦言葉を切って息を吸い、演説を続けた。

 

「諸君等は数百年に渡り魔法使いを殺してきたいわば魔法使い殺しのプロである!この中にも魔法使いとの戦いを経験した者もいるだろう、それもろくに準備が整っていない状況でだ!今回!我々は入念な準備を行い総勢三十と余人に及ぶ部隊であのウォルター邸に襲撃を行う!準備が出来ない状況でも魔法使いを殺しうる諸君等がこの戦力で敗れる事など万に一つもないと私は確信している!」

 

男の演説によって村人達からは恐怖が消え去り、闘争を前にした興奮のみが残る。

 

「我々は我々の変わらぬ日常のために魔法使いを打倒する!行くぞ諸君!今ここに魔女狩りの開始を宣言する!」

 

「ウォォォォォォォ!!!!!」

 

男の宣言と共に、村人達は雄叫びを挙げウォルター邸へと進撃する。

 

彼らの目には、溢れんばかりの闘争の狂気と興奮のみが爛々と輝いていた。

 

ウォルター家の人間は、まだ誰も己に迫る狂気の波に気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 




ハリポタ要素の欠片も感じられない....なんだこれ


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かくして化物(フリークス)は生まれた 九

――――――――1985年8月5日 払暁

 

 

 

 

ウォルター邸に横たわっていた早朝の静けさは、突如響いた轟音と男達の雄叫びによって引き裂かれた。

 

「なんだ!?」

 

書斎のソファでうたた寝をしていたウォルター家当主、オスカー・ウォルターは、外から響いてくる音にすぐさま目を覚まして窓へと駆け寄った。

 

「なんだ...これは...どうなっているんだ!?」

 

眼下に広がるのは、打ち破られた門とそこから雪崩れ込んでくる武装した三十人程の村人達の姿であった。村人達は口々に「魔法使いに死を!」「化物に死を!」と叫んでいる。

 

その村人達の最後尾を歩く身なりのいい男を見つけオスカーは唸り声を上げた。

 

「あれは...ウォード氏か!ダニエル君の傷痕から我々が魔法使いであると知られたのか...だがこうも直接的な手段に訴えてくるとは!魔法使いに死をだって?魔女狩りを繰り返すつもりか!そうはさせんぞ......!」

 

「あなた!外の状況はどうなっているの?」

 

憤慨するオスカーの元に妻、アイリーンが姿を現し外の状況を訪ねる。

 

「ダニエル君の父君、アルフレッド・ウォード氏が武装した村人達を引き連れて襲撃を仕掛けてきた。私達が危惧した状況が本当に起こってしまったようだね....彼らは魔法使いの死を求めている。恐らく、狙いはメルセデスだろう。」

 

「そんな....」

 

アイリーンの顔は蒼白になっていた。しかし、その目に湛えているのは絶望ではなく、この状況を切り抜ければならないという意志であった。

 

「オスカー、戦うしか無いのね?」

 

「ああ、煙突ネットワークは魔法省の追及を避けるために設置していないし、どうやら姿眩ましの妨害呪文を掛けられているようだ...敵はマグルだけでは無いようだね。恐らく、姿を見せはしないだろうけど。現状、私達の逃走手段は全て潰されている。」

 

オスカーは憂鬱な様子で続ける。

 

「敵が闇の魔法使いであったならまだ楽だった。魔法で叩き潰してアズカバンの目の前にでも放っておけばいいからね。だが、今回の相手はマグルだ...下手なことをすれば直ぐに魔法省が私達をアズカバンに連行しに来るだろう。そういう連中だ。私達が自分の陣営に参加しなかったことが余程腹に据えかねたらしい...」

 

オスカーは大きなため息を吐いて壁に寄りかかり、力なく呟いた。

 

「私達は...また戦わねばならないのか?ここ(マグル界)まで来たというのに...すまないね、アイリーン。君に魔法界を捨てさせてまで私がしたことは無駄だった。私は、君の人生を犠牲にしてしまったのかも知れない...」

 

アイリーンは壁に寄りかかるオスカーの首に腕をまわし、耳元で口を開いた。

 

「私は、大切なものの為に戦争を無くす第一歩として、自分達が戦争から遠ざかろうという考えに賛同したわ。だから貴方が魔法界を去ることを決意したときも貴方についていったし、今もここにいる。」

 

「だが、その結果がこの様だ。僕は君の人生を...」」

 

「私は貴方についていったことで人生を無駄にしたなんて思っていないわ。この村での平穏な生活は今までにない安らぎを私に与えてくれたし、家族を守る為に自らの一切合切を投げ出せる貴方を私は愛していたの。そして...何よりメルセデスと会うことが出来た。」

 

「アイリーン......」

 

「貴方はメルセデスと会うことが出来たことを無駄だと言うの?いいえ、そんなはずは無いわ。貴方の行動原理は全て家族のためだもの。戦争の無い世界を望むのも、家族が安心して暮らせるようにするためでしょう?」

 

――――――そうだ、元々僕が望んでいたものは家族が安心して暮らせる世界だった筈だ――――

 

アイリーンの言葉に、オスカーは夢から覚めたような感覚を覚えていた。

 

(戦う事が家族を危険に晒すという考えだけが先走っていたのか?自分で言っていたではないか!力とは大切ものを守るために使うものだと!私の中で言葉のみが残り、意味を失っていた...あれほどメルセデスに語った理想の中身を見失っていたとは、情けない!)

 

階下からは、玄関をぶち破ろうと村人達が重厚な扉に体当たりを繰り返している音が響いている。

 

「貴方は今、戦うことによって起こる様々な問題に目を向けすぎているわ。今はメルセデスを守るという最低条件を達成するのよ。」

 

「ああ、すまない...アイリーン...寝ぼけていたようだ。冷静さを欠いていたよ...今、私がすべきことは自分の行動の先にあるものを恐れることではない、家族を守る為に敵を駆逐することだ!自分の行動への反省や後悔は後ですればいい!」

 

オスカーは迷いを振り切り、前へと踏み出す。

 

「カーム!ここへ!」

 

「ここにございます。旦那様!」

 

オスカーはカームを呼び出し、命令を下した。

 

「メルセデスを頼む。あの子はきっと共に戦おうとするだろう。君の出来る限りでいい。止めるんだ!また、もしメルセデスに近づこうとするものが居たならば、躊躇なく排除せよ!方法は君の判断に任せる!」

 

「御意に!」

 

命令を受けたカームはメルセデスの元へと向かった。

 

オスカーはアイリーンの方を振り向き、手を差し出した。

 

「アイリーン...私と共に戦ってくれるかい?」

 

「私は四十年前から、貴方と共に戦っているつもりでいるわよ。」

 

アイリーンはオスカーの手を取り、いとおしげに握りしめた。

 

二人は連れ立って敵がやって来るであろう階下の大広間へとむかう。

 

私達(ウォルター)の行く先々に争いがやって来る...最早これは家名にかかった呪いのようなものなのかもしれない。...私は争いの無い世界を望んでいた。

この村に来たのも、せめて私の周りからは争いを無くしたいという思いがあったからだ。だが...その思いすらも越えて争いがやって来るならば、受けて立とう...」

 

オスカーの血のような赤色をした瞳には、先の魔法戦争ですら見せることのなかった程の闘志を宿していた。

 

「相手はマグルだ。それも、魔法使いに何らかの支援をされているもの達だ。マグルの武器もある。敵の戦力は未知数、手加減をしきれずに殺してしまうこともあるだろうし、私達がここで死ぬことも十分にあり得るだろう...」

 

「ええ、それでもメルセデスだけは守るわ。例え後世にマグル殺しの犯罪者として名を連ねることになっても、自分の身を犠牲にしても、自分の命が尽きることになっても...!」

 

「ああ、だけど、それは最終手段だ。メルセデスに犯罪者の娘という汚名を着せるのは忍びないし、私は君にも生き残って貰いたいのだから。」

 

「生を渇望する時期は当の昔にすんでいるわ。そろそろ死に場所にも困っていた所よ。私は自分の死に場所をここと定める。...気がかりがあるとすれば、あの子を一人にすることだけよ。」

 

「敵さえ打ち倒せれば、後はきっとダンブルドアがメルセデスを一人にしないでいてくれる。今日が母の命日でよかった...」

 

玄関から轟音が鳴り響く、敵は直ぐ近くだ。

 

オスカーは自嘲気味に笑う。

 

「メルセデスから見れば、私は自分の言ったことすら守れない父親に見えるのだろうね...」

 

「そうね。でもきっと、あの子はそれを自分を守る為だったと理解してくれるわ。」

 

「きっとそうだ、あの子はとても敏いからね。...どうやらお出ましのようだ。」

 

大広間の扉が開かれていく。

 

「ウォルター家当主、オスカー・ウォルターとその妻、アイリーン・ウォルターがお相手しよう。さぁ来い!アルフレッド・ウォード!戦ってやる。」

 

開け放たれた扉の先には、武器を持ち殺気だった村人達と、その先頭で狂気的な笑顔を浮かべるアルフレッドの姿があった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「先程の大きな音は何だったのでしょうか...」

 

メルセデスは門が打ち破られた轟音で目を覚ましていた。しかし、まさか自分の命が狙われているとは思いもしないメルセデスは何かあったのなら両親がやって来るだろうと考え、部屋から動かずにいた。

 

「高く積み上げた荷物が崩れ落ちたとかですかね?でも...そんなに高く積み上がったもの何て知らないですし...音だけでは考えてもわかりませんね。」

 

メルセデスが暫く音の原因についてあれこれと考えていると、部屋の扉が開いた。

 

「っ!誰?」

 

「カームでございます。お嬢様。」

 

「カーム?」

 

部屋に入ってきたのはウォルター家の屋敷妖精、カームであった。

 

「カーム、先程の大きな音は何だったのですか?」

 

「そのことなのですが...お嬢様...」

 

カームはとても話しにくそうにしていたが、意を決して話始めた。

 

「お嬢様、心してお聞きください。実は...お嬢様のご友人であられるダニエル様のお父上が、村人達と共に武器を持ってこの館に襲撃を仕掛けてきたのです...それも、魔女であるお嬢様は危険な存在であるから排除しなければならないと...」

 

「何ですって!?」

 

メルセデスは、カームの報告に血の気が引くような感覚を覚えた。

 

ダニエルの父が自分を魔女として殺しに来る理由が、自分が治したダニエルの傷痕以外に見当たらなかった。

 

「襲撃が起こったのは私が原因ということですか...!」

 

メルセデスはカームに掴みかかるような勢いで問いかける。

 

「お父さんとお母さんはどうしたのですか!」

 

「旦那様方は、カームにお嬢様を任せて大広間にて襲撃者達を迎え撃つようでございます。」

 

メルセデスは、戦うことを嫌っていた両親が戦おうとしていることに信じられない気持ちになった。

 

「お父さん達は...戦うのですか?」

 

「それしか道がないのでございます...」

 

「それは...きっと私の為なのですね...」

 

メルセデスは暫く項垂れた後に再び顔を上げた。その父親譲りの赤色の瞳に秘めた決意を感じ取ったカームはメルセデスを止めようとする。

 

「お嬢様...!まさか自らも戦おうなどとお考えになっているのではありませんな?いけません!旦那様方は貴方を御守りするために戦うのです。お嬢様はここで大人しくしているべきなのです!」

 

その時、階下から幾つもの破壊音、銃声、男達の怒号が響いてきた。戦いが始まったのだ。

 

「私の考え無しの行動によって起きた戦いなのです!私の考え無しの行動の為に二人を危険晒して!二人の信念反する行動を取らせて!当の私が...こんな所で大人しくしているなどと...私はウォルター家の恥晒しになるつもりはありません!」

 

メルセデスは抑えようとするカームを押し退け、部屋の外へと向かおうとする。

 

「お戻りください!お嬢様!お戻りくださらないならばカームは貴方様を止めなければなりません。」

 

カームは魔法を使ってでもメルセデスを止めようとする。主人に手を上げる自分には、後でキツイお仕置きをしなければならないと考えながら。しかし...

 

「ごめんなさい...カーム...でも、ここで止まってしまえば私は...きっと自分をこの家族の一員だと胸を張って言えなくなる!

―――――――ペトリフィカス・トタルス(石になれ)!」

 

カームがメルセデスを止めるより先にメルセデスの石化呪文がカームを石に変えた。

 

「暫くしたら解けるようにしてあります...カーム、私を許してとは言いません。ただ分かって欲しいのです...」

 

そうして、メルセデスは戦場と化した大広間へと向かった。そこで自分が何を見てしまうのかも知らずに...

 

 

 




序章の筈なのにクライマックスを感じる......


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かくして化物(フリークス)は生まれた 十


かなり長めになりました。


 

――――――――1985年8月5日 払暁

 

 

 

 

ウォルター邸大広間にて、二つの勢力が向かい合っていた。

 

片や、総勢三十名を越える武装した男達。

 

片や、たった二人の、杖を持った紳士淑女。

 

杖を持った紳士――――オスカー・ウォルターは口を開く。

 

「ようこそ、ウォルター家へ。貴殿方を歓迎する...そう言いたいところですが、事前の連絡も約束もされた覚えがない。この村には礼儀というものが存在しないのですかな...?」

 

男達の先頭に立つ人物――――アルフレッド・ウォードは返答する。

 

「無論、この村にとて礼儀は存在するさ。だが、礼儀なんてものは敬意を払うべき人間に使うものだ。罪人に払う敬意など、我々は持ち合わせていないものでね。」

 

「罪人だと?」

 

「そうだ...お前達は魔法使いを匿っていた、あるいはお前達自身が魔法使いであるという大罪を犯している。この村において、魔法使いは存在そのものが死刑に値する罪なのだ。よって我々は、お前達ウォルター家を粛清する!」

 

我々はお前達を裁きに来たのだと叫ぶアルフレッドの表情は、その宣言にそぐわない笑顔であった。明らかにこの状況を楽しんでいる。そう感じ取ったオスカーとアイリーンは、アルフレッドに向かって杖を突き出した。

 

アルフレッドは二人が突き出してきた杖を視界にいれると、その笑顔を更に深めた。

 

「杖...?そうか、やはりお前達自身も魔法使いなのだな?ならば遠慮など要らない!さぁ諸君!魔法使いを討つのだ!」

 

その言葉を聞いた集団の中で一際若い男――――アーロン・ウォードは散弾銃を片手に先陣を切った。

 

「いくぞジジイども!このアーロン様に続けぇ!」

 

男達はアルフレッドの号令を受け、アーロンを先頭にして一斉に二人へと突撃を開始した。

 

「っ!来るぞ!アイリーン!」

 

「ええ!」

 

「「ステューピフォイ(失神せよ)!!」」

 

二人は手始めに先頭を走るアーロンに向かって失神呪文を放つ。しかし...

 

「きかねぇよ!」

 

「っ!」

 

二人の放った失神呪文は、アーロンへと到達する前に突如出現した障壁によって消失した。障壁はアーロンが首から下げている飾りから発しているように見える。そして、その首飾りを見る限り全ての男が下げている事がわかる。

 

「おのれ!盾の呪文が付与されているのか?マグルが一体どこからそのようなものを!」

 

男達の後方でアルフレッドが笑い声をあげる。

 

「くははははっ!素晴らしい効力ではないか。この結界とやらを我々にもたらした男には感謝しなければなるまい!」

 

「くっ!やはり何処かの魔法使いが関与しているのか!」

 

失神呪文、武装解除呪文、衝撃呪文...男達は、次々と繰り出される呪文を気にも止めずに二人へと接近する。

 

「私達程の魔法使いの呪文を受けてもびくともしない...あれを作ったのは相当位の高い魔法使いなのか?直接攻撃は全て弾かれる...それなら!」

 

「直接攻撃をしなければいい。そうよね!」

 

アイリーンは杖を振り上げ、声高々に呪文を唱えた。

 

ヴェンタス・マキシマ(最大の風よ)!」

 

大広間の中央から男達に向かってハリケーンにも劣らない暴風が吹き荒れる。

 

「うぉぉぉぉっ!?」

 

男達は暴風に耐えきれずに後方へと吹き飛ばされ、壁や床に激突する。だが、衝撃そのものは障壁へと吸収され、ダメージにはならない。

 

「ただ吹き飛ばされだけだ!進めぇ!魔法使いに死を!」

 

「「「魔法使いに死を!」」」

 

「吹き飛ばされて尚向かってくるか、やはり接近されるまでの時間稼ぎにしかならないね...」

 

「それでも、向かってくる間に幾つもの呪文をぶつけられるわ。あの首飾りの効力も無限ではないはずよ!」

 

幾つもの呪文を受けながら接近し、ある程度近づいた後に吹き飛ばされる。数度、このサイクルが繰り返されるのを後方で見ていたアルフレッドは、側に控える猟銃を担いだ猟師に話しかけた。

 

「猟師殿、次にあの女が杖を振り上げた瞬間に杖を狙撃することは可能だろうか?」

 

猟師は簡潔に答える。

 

「可能だ。」

 

「結構、結構、ならばお頼みしよう。あまり時間をかけすぎて娘に逃げられてはかなわん。」

 

そのような会話がされているとはつゆとも知らず、アイリーンは再び二人の元へと接近した男達を吹き飛ばそうと杖を振り上げた。

 

 

 

 

 

―――――――――――パァン―――パァン

 

 

 

 

 

 

「っ〜〜〜〜〜〜!」

 

 

 

「アイリーン!?」

 

 

アイリーンの振り上げた手は猟師の放った弾丸によって杖ごと貫かれ、継いで放たれた弾丸によって胸を貫かれた。アイリーンはその場に崩れ落ち、吹き飛ばされることなく接近を続けた男達が遂に二人へと肉薄する。

 

それを眺めていたアルフレッドは猟師を称賛していた。

 

「ふむ...相変わらず素晴らしい腕前ですな。貴方の一発...いや、二発で戦局は大いに我々に傾いた。」

 

「礼なら酒でも寄越すんだな。」

 

「そうさせて貰いましょう。丁度我が家には秘蔵の酒があるのですよ。」

 

一方、オスカーは崩れ落ちたアイリーンを背に、肉薄した男達の猛攻を受けていた。

 

「女に止めをさせ!」

 

「させるものかよ!」

 

アイリーンの周りに張った守護を維持しつつ、自分に放たれる散弾、振り下ろされる鉈、鍬をなんとか反らし続けていたオスカーの耳に、今最も居てほしくなかった人物の声が聞こえた。

 

「お...母.....さん?」

 

声を発したのは、大広間から二階への階段に続く扉から現れたメルセデスであった。メルセデスは目の前の床に倒れる母親の姿に酷く狼狽し、母親の元へと走りよった。

 

「駄目だ!メルセデス!入ってくるんじゃない!」

 

オスカーがメルセデスを制止するも、彼女の耳には届いていない。

 

「お母さん...そんな...血がこんなに...」

 

「メル...セデ...ス...駄目...」

 

母親の元へと近づいたメルセデスを見咎めた男達は口々に叫ぶ。

 

「魔法使いの娘だ!殺せぇ!」

 

「我々に災厄をもたらす化け物だ!確実に息の根を止めろ!」

 

「っ!させん!ヴェンタス・マキ(最大の風)――――」

 

「動きがおせぇぞ!おっさん!」

 

オスカーはメルセデスに殺到しようとする男達を押し留めようと魔法を発動するが、発動しきる前にアーロンに抜けられてしまう。咄嗟に追いかけようとするが、残りの男達がオスカーを回り込んだ。

 

「へへっ!ようやっとお前を殺せる時が来たぜ!さぁ死に晒せ!薄気味の悪ぃ化け物がぁ!」

 

アーロンはメルセデスの目の前に立ち、その手に持つ散弾銃の銃口をメルセデスの目の前に突きつけ、引き金を引いた。

 

「やめろぉぉぉぉぉ!」

 

オスカーの叫びが虚しく響き、アルフレッドが笑みを深める中、一発の銃声が大広間に響きわたる。

 

 

 

 

―――――――ズガァン――――――

 

 

 

 

 

血飛沫が舞い、メルセデスを赤く染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!女!まだ動けたか!」

 

 

 

 

メルセデスを赤く染め上げたのはアイリーンの血であった。アーロンが引き金を引き終わる前にメルセデスに覆い被さっていたのだ。

 

「あ...あ...お母さん...嫌...嫌......」

 

メルセデスは、母親の命が尽きていく感触を生々しく感じとっていた。メルセデスの中で何かが溢れだしていく...

 

「余計なことしやがって...あんたも娘もどうせ死ぬ!早いか遅いかでしかねぇってのによ! おら!おめぇもお母さんのところに行きてぇだろ?さっさとくたばれぇ!」

 

アーロンは散弾銃の弾丸を再装填し、メルセデスへ向ける。しかし、その銃口が火を吹く機会は永遠に失われることとなった。

 

 

 

 

 

「嫌ぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

メルセデスの叫びと共に彼女の振り上げた腕から炎が立ち上り、アーロンを呑み込む。炎が通りすぎた後にはアーロンの姿は無く、ただの炭の塊のみが存在していた。

 

「アーロン!?」

 

唐突に起きた息子の死に、流石のアルフレッドも驚愕の声を洩らした。

 

オスカーはメルセデスが出現させた炎の正体に気がつき、顔に焦りを浮かべる。

 

「あれは...悪霊の火か!今のメルセデスが操りきれるものではない!」

 

オスカーの懸念通り、アーロンを炭にした炎は消えることなく尚もメルセデスの腕から迸り続け、大広間の床や壁へと燃え移る。その姿に男達は怖じ気づくが...

 

「諸君、怖じ気づくな!あの化け物を打ち倒さなければ次に炭と化すのは諸君らの村だ!諸君らの家だ!諸君らの家族だ!」

 

続いたアルフレッドの言葉で無理矢理士気を上げる。

 

「化け物を打ち倒せ!」

 

「あの化け物に村を焼かせるな!」

 

「やはり我々に災厄をもたらすか!化け物め!」

 

最も近くにいた男達がメルセデスへと特攻を仕掛けるが、炎が全てを炭に変えた。それによって男達は再びメルセデスから距離を取り始める。

 

再び距離を取った男達を見たアルフレッドは再び猟師へと声をかけていた。

 

「あの娘を殺さなければ...猟師殿、頼めるな?」

 

「流石にあれを放置はできん。任せな。」

 

猟師は猟銃を構え、いまだ炎を迸らせているメルセデスへと照準を合わせた。

 

しかし、それを見ていたオスカーが猟師を止めるべく動き出す。

 

「アイリーンを貫いた()()が来る...!止めなければ!」

 

オスカーは杖を振り上げる一瞬で猟師を止めることの出来る魔法を探す。だが、猟師が下げている首飾りは突撃してきた男達のものよりも飾りが多く、盾の呪文の効力が高いものである可能性が高かった。並の魔法では彼を止めることは出来ない。そう考えたオスカーが()()()()を使うに至ったことは当然の帰結だったのかもしれない。

 

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!!」

 

オスカーの放った緑の閃光は一直線に猟師へと突き進み、猟師を貫いた。猟師はその場に崩れ落ち、動かなくなる。

 

アルフレッドは緑の閃光に撃たれ、動かなくなった猟師に声をかける。アルフレッドは、特別効力の高い首飾りを与えた猟師がよもや魔法で死んだなど考えていなかった。

 

「猟師殿?どうし―――――!?」

 

アルフレッドには猟師が脈を確認する必要性すら感じぬ程明らかに死んでいると分かった。それほどまでに明確な死の雰囲気を緑の閃光を受けた猟師は放っていた。

 

「ばかな...猟師には効力の高い首飾りを与えた筈では...!」

 

「私は決心したよアイリーン...!遅くなってすまない。もう少し早く決めていれば、君が死ぬことは無かったのに...」

 

「っ!」

 

アルフレッドが気づくと、自分のすぐ側でオスカーが佇んでいた。その表情からは敵を()()ことへの躊躇いが消えていた。

 

アルフレッドはここに来て初めてオスカーに、魔法使いに恐怖を覚えていた。

 

「オスカー...オスカー・ウォルター...!」

 

アルフレッドはオスカーに背を向けて大広間の外へと飛び出した。その背を見つめるオスカーは虚空に向かって呟く。

 

「カーム...いるかい?」

 

「ここにございます...旦那様...お嬢様を止められずに..」

 

「それはもういい、君に新たに命令を下す。アルフレッド・ウォードを逃がすな。私の元へと連れてくるんだ。私は...娘に群がる男どもを始末するとしよう。」

 

「御意に...」

 

カームはアルフレッドを追い、走り出した。

 

オスカーはいまだメルセデスの周りをうろちょろしている男の一人に死の呪文を放つ。

 

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)

 

緑の閃光がまた一人その息の根を止める。

 

それに気づいた男達がオスカーに振り向いた。

 

「敵はメルセデスだけではないよ?さぁ、私ともやり合おうじゃないか。」

 

おぞましい炎の化け物と恐ろしい魔法使いに挟まれ、男達は半狂乱になりながらオスカーへと突撃をする。

 

突き出されるナイフをへし折り、振り下ろされる鉈を砕き、その合間に死の呪文を放つ。男達は徐々にその数を減らして行き、遂に大広間にいたもの達は全滅する。

 

「終わったよ、メルセデス...さぁ、君を安全な地下室に避難させなければ。インパービアス・マキシマ(最大の防火をせよ)

 

オスカーは、茫然自失として炎を迸らせ続けているメルセデスを抱き上げる。悪霊の火は防火の魔法をも越えてオスカーの身を焦がすが、オスカーは痛がる素振りすら見せない。

 

オスカーはウォルター邸でもっとも魔法、物理共に守りの硬い地下室へとメルセデスを移動させた。

 

地下室には魔法を遮断する結界が張ってあり、それによってようやくメルセデスの出していた炎が消える。

 

「お父...さん...ごめんなさい...」

 

「謝ることはない...とは言わない。君は確かに愚かだった。だが、それを責めはしないよ、私も同様に愚かだったのだからね。マグルの危険性を見誤り、みすみすアイリーンを死なせてしまった...さぁここで助けを待つんだよ?きっとダンブルドアが来てくれる。」

 

「お父さんは...どうするのですか...?」

 

「私はアルフレッド・ウォードと決着をつけなければ気がすまない。そこで生き残るにしても、私は死の呪文を使った。アズカバン行きは逃れられないだろう...」

 

「...........」

 

「君は、これからとても困難な人生を歩むことになるだろう。だから...今はゆっくり休むといい。ソムヌス(眠れ)...」

 

オスカーはメルセデスに睡眠呪文をかける。メルセデスの意識が遠退いていき、静かに寝息をたて始める。

 

「君が目を覚ました時には既に私はいないだろう。だから今、言っておくよ。もう聞こえてないかも知れないけどね...君が生まれてきて本当によかった。ありがとう、メルセデス。」

 

そう言い残すとオスカーは、再び大広間へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「くそっ!まさかここまでとは!」

 

オスカーに背を向け大広間を飛び出したアルフレッドは、ウォルター邸の長い長い廊下を走っていた。しかし、アルフレッドの行く手を遮るものが現れる。

 

「逃がしませぬぞ!」

 

「誰だ!」

 

アルフレッドの目の前に現れたのは醜い見た目をした珍妙な生物であった。

 

「魔法使いのペットか?私の邪魔をするな!」

 

アルフレッドは懐から拳銃を取り出し、醜い生物―――――カームへと三度発砲する。

 

アルフレッドの放った三発の弾丸はカームの身体を貫くが、カームは倒れなかった。

 

「貴方様を...大広間へと連れ戻せとのご...命令でござい...ます。」

 

「くっ!」

 

倒れないカームに再び発砲しようとするアルフレッドであったが、その寸前にカームが指を鳴らし、その音を聞いたアルフレッドはいつの間にか燃え盛る大広間へと戻っていた。

 

「やぁ、アルフレッド・ウォード。また会ったね?」

 

「――――――っ!」

 

背後から聞こえてきたその声に咄嗟に振り向き、拳銃を乱射するアルフレッドだが、その弾丸は全て主を庇ったカームへと着弾する。カームの身体は床へと崩れ落ちた。

 

「任務ご苦労様...カーム、君は世界一称賛されるべき屋敷妖精だった。ゆっくりとお休み...さて、後は君だけだよ。アルフレッド・ウォード。」

 

「くそっ!まさか本物の魔法使いというものがこうも強力な存在だとはな!」

 

アルフレッドは拳銃をオスカーに向け、後退る。

 

「魔法使いの全てが私達のように戦える訳ではないさ...我がウォルター家は代々戦争に生き、戦争に死んで来た一族だ。他の魔法使いの家系とは格が違う。最も、その血塗られた歴史は私の代で終わらせる予定だったのだが...余計なことをしてくれたものだよ。君は。」

 

オスカーはアルフレッドへと杖を向けた。

 

杖先と銃口をお互いに突きつけあい、睨み合う。

 

その後に響いたのは、死の呪文と一発の銃声のみであった。

 

 

 

 

 

 



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かくして化物(フリークス)は生まれた 十一

二話分程ありましたが、あまり引き伸ばすのもどうかと思ったので繋げました。




――――――――1985年8月5日 夜

 

 

 

 

 

焼け落ちたウォルター邸の一室にて、複数の魔法使いが一人の少女の話に耳を傾けていた。

 

「そうして父は、私を眠らせた後に燃え盛る大広間へと戻っていきました。それからのことはむしろ貴殿方の方がよくご存知なのではないですか?」

 

少女――――――メルセデスは事件が起こった経緯と、ウォルター邸で何があったのかをダンブルドア達に語っていた。話始めた当初は酷く言葉に詰まっていたメルセデスであったが、話を進めるにつれて淡々とした何の感情も込められていないかのようにすら感じられる話し方へと変わっていった。

 

魔法使い達には、そんなメルセデスが言葉に言い表せない不気味な存在のように見えていた。

 

「なんということじゃ...メルセデス...君にはとても悪いことをした。辛い記憶を掘り返させたことを詫びさせて欲しい...」

 

メルセデスの話を聞き終わったダンブルドアは深々と頭を下げた。この幼い少女の心に今回の事件はどれ程の傷を負わせてしまったのだろうか?ダンブルドアの頭はそんな疑問ばかりが浮かぶ。

 

「必要なことなのでしょう?貴方が謝る必要性を感じません。」

 

そう言って首をかしげるメルセデスの目からは、一切の感情が抜け落ちてしまっているようにダンブルドアは感じていた。

 

その目を見たダンブルドアは、五年前にもたらされた()()を思い出していた。闇の帝王を打ち破る者の予言と、それに続いて語られた闇の帝王と肩を並べる者の予言を。

 

闇の帝王を打ち破る者の予言は以下の通りだ。

 

 

 

闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている

 

七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる

 

そして闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印すだろう

 

しかし彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つだろう...

 

一方が他方の手にかかって死なねばならぬ

 

なんとなれば、一方が生きうるかぎり他方は生きられぬ...

 

闇の帝王を打ち破る力を持った者が、七つ目の月が死ぬときに生まれるであろう

 

 

この予言の通り、闇の帝王は打ち破られた。しかし、ダンブルドアは闇の帝王が完全に消滅したわけではないことを確信していた。その根拠が後に続いた闇の帝王と肩を並べる者の予言であった。

 

以下が闇の帝王と肩を並べる者の予言である。

 

 

闇の帝王が隣に立つことを許す者が現れる

 

その者は、八つ目の月が五度目に大地を見下ろす時に自らの運命を決する

 

その者が人の心を持たないならば、その者は数多の人々を絶望へと導く化物と成り果てるであろう

 

しかし、その者が人の心を持つ事ができたのならば、その者は数多の人々を希望へと導く救世主と成るだろう

 

その者が化物と成り果てたならば、その者は闇の帝王を再び常世の存在へと引き戻すであろう

 

そして闇の帝王は、その者を最も信の置く存在として肩を並べるであろう

 

 

 

この予言がもたらされたのは1981年であり、英雄が生まれたのもこの年であったために「肩を並べる者」もこの年に現れるとされていた。しかし、ダンブルドアはそれらしき人物を確認することができず、「肩を並べる者」は既に誕生してしまったのだと考えていた。

 

だが、このウォルター家襲撃事件が起こったこの日は八月五日、八つ目の月が五度目に大地を見下ろした日である。ダンブルドアにはこれが偶然だとは思えなかった。メルセデスの父、オスカー・ウォルターと闇の帝王の間に、とある因縁があったこともその考えを助長させた。

 

――――――このままでは、この子はトムのように闇に落ちてしまう...

 

その思いがダンブルドアを焦らせた。彼女の両親がマグルによって殺されたということもダンブルドアの判断を鈍らせ、闇の帝王へと与することになるという予言がマグルへの強い恨みによるものと()()()()()()()()()

 

このままでは彼女はマグルを憎み、闇へと落ちていく...

 

そうダンブルドアは思い込んでしまったのだ。

 

だからこそこのような的外れな質問をしてしまったのだろう。

 

「メルセデスや、君は...君の両親を殺したマグルを恨んでいるのかの?」

 

メルセデスは淡々と答える。

 

「両親を殺した人たちは恨んでいます。ですが、彼らはもう死んでしまったのでしょう?ならばもう恨んでいる人はいません。マグルを恨んでいるのかと聞かれましたが、全てのマグルが私達を殺しに来たわけではないでしょう?それに、この事件はお互いがお互いを知らな過ぎたことによって起きたことです...非は私達にもあります。マグルだけを恨むつもりはありません。」

 

ダンブルドアはメルセデスが本当にそう思っているのかを確認するため、密かに開心術を使った。メルセデスの心にはマグルに対する行き過ぎた恨みは無く、深い後悔と自責の念があった。その結果にダンブルドアは安心してしまった。

 

――――――これならば、この子がマグルを憎んで闇に落ちることは無いだろう...

 

ダンブルドアはまたしても失敗したのだ。愛を知らなかった子供を愛するのではなく、危険視してしまった()()とはまた、逆の失敗を。

 

予言の人物はメルセデスではない、もしくはメルセデスは予言のもう一つの可能性の人物であると考え、密かに安堵をしていたダンブルドアにメルセデスがたずねる。

 

「ダンブルドア先生...私は、少なくとも五人のマグルを暴走した魔法によって殺し、館を全焼させました。私はどのような咎めを受けるのでしょうか?」

 

「安心するのじゃ、メルセデス。君が罪に問われることはない。君は確かに人を殺してしもうた。じゃが、幼い魔法使いに目の前で母親を殺されても魔法を制御しろ、というのはあまりにも困難なことじゃとわしは思う。君の魔法は事故として処理されるじゃろう。」

 

罪に問われることはない、そう言われたメルセデスが一瞬呆れたような表情を浮かべたように見えたが、ダンブルドアはそれを気のせいだと思った。

 

「申し訳ありません、先生...しばらく一人になりたいのです。皆さんにここを離れて頂くのも申し訳ないので、裏の森のいつも遊んでいた場所へと行ってもいいでしょうか...?そこが一番私の心が落ち着く場所なのです。」

 

メルセデスはしばらく一人になりたいとダンブルドアに頼み込み、ダンブルドアは快諾する。

 

「そうじゃの、今は心を落ち着ける時間が必要じゃろう。好きなだけ時間を使ってくれてかまわぬ。ただし、夜の森は危険じゃ、気を付けるのじゃぞ?」

 

「ありがとうございます。では、失礼します。」

 

メルセデスは森へと歩き出した。森への道すがら、横を通りすぎる数名の魔法使いの視線がメルセデスに突き刺さるる。魔法使い達はメルセデスを見咎めるとひそひそと会話を始めた。

 

「あの娘がこの惨状を作ったんだってよ。これほど大きな屋敷を燃やし尽くすなんて...やっぱり化物の娘は化物だったってことだな。」

 

「全くだ、子供の魔法の暴走だなんて言わずにさっさとアズカバンにぶちこんだ方がいいんじゃないのか?親が死の呪文を使うような家庭環境だ、今後似たような事件を引き起こさないとは限らないぞ?」

 

「俺もそう思うよ。だけど、ダンブルドア先生の決定だ、魔法大臣はダンブルドア先生に首ったけだからな。覆らないだろう。...あんな化物がこれから力を付けて更なる脅威になったらどうするんだ?全く...」

 

「それに、さっきの話し方を見たかよ?親が殺されたってのに淡々とまるでどうとも思っていない見たいに...きっとあの娘には慈悲なんてものの欠片もないんだろうな。」

 

メルセデスには聞こえていないと思っているのか、はたまた聞こえても構わないと思っているのか魔法使い達は口々にメルセデスを化物と罵る。

 

(化物...化物ですか...)

 

メルセデスの脳裏には、炎を発し続ける自分を恐怖に引きった表情で化物と罵り、殺意を向けてくる村人達の姿がよぎっていた。

 

『へへっ!ようやっとお前を殺せる時が来たぜ!さぁ死に晒せ!薄気味の悪ぃ化け物がぁ!』

 

『化物を打ち倒せ!』

 

『あの化け物に村を焼かせるな!』

 

『やはり我々に災厄をもたらすか!化物め!』

 

メルセデスの耳に村人達の声が甦る。

 

(そうですか...私は...)

 

いつの間にかメルセデスは月光の柱が立ち並ぶ森の広場へとたどり着いていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ダニエルが目を覚ましたのは、満月が既に頂上へと登った頃であった。

 

「うっ...僕は...」

 

放置されていた床から起き上がり、何があったのだったかと一瞬考えたダニエルは、直ぐに立ち上がって周囲を見渡した。

 

「メルセデス!くそっ!あの二人はどこだ!」

 

ダニエルは家中を走り回るが家には一切の明かりが灯っておらず、明らかに人が居ないであろうことか分かる。

 

「まさか、もうメルセデスを?いかなくちゃ!」

 

ダニエルは家を飛び出し、村を走る。村はとても静かであり、人の気配というものが全く感じられなかった。事実、村の人間達は魔法使いを討伐しに向かった者達が戻ってこなかったことにより、魔女の祟りを恐れてなるべく気配を気取られないようにしていたのだが。

 

農道を走り抜け、森の端を突き抜けて走り続けていたダニエルの目に、絶望的なものが映った。

 

「そんな...メルセデスの家が...崩れ落ちている...?メルセデス!頼む!生きていてくれ....!」

 

ダニエルの目に映ったのは、崩れ落ちたウォルター邸の姿であった。それでもダニエルは、メルセデスが生き残っていてくれることを願い走り出す。

 

ウォルター邸へとたどり着く寸前、ダニエルの目が森へと向いた。森の樹の裏に誰かが寄りかかっている。

 

メルセデスかもしれない、そう思ったダニエルが樹に近づくと、それは予想もしていなかった人物であった。

 

「アルフレッド!?」

 

「ダニエル...か...?」

 

樹に寄りかかっていた人物は、ダニエルの父、アルフレッドであった。アルフレッドは半身が炭と化しており、これから死を迎えるであろうことはダニエルにも理解できた。

 

「その...火傷は?どうしたんだ。」

 

「くく...燃え盛るウォルター邸から脱出するには...炎を突っ切らなければならなかった...結局は...この様だ...あまり意味は無かったろうが...な...」

 

アルフレッドは自嘲したような笑いを洩らす。

 

「メルセデスはどうしたんだ?生きてるのか!」

 

「あの娘の母親をアーロンが...父親は私が殺した...私の銃の弾が切れるまで守りに徹されていたら...死んでいたのは私だったな...まぁこれから死ぬんだがな...くく...」

 

「っ!メルセデスの両親を...!いや、まだメルセデスのことを聞いていない!答えろ!」

 

「さぁな...気づいたら消えていた...だが...生きてはいるだろうよ...心まで生きているかどうかは知らんがな...」

 

「どういう意味だ!」

 

「くく...考えてもみろ?目の前で母親が殺され...自分の魔法で人を殺してしまい...果てには目の前で父親が人を殺し回る...これでおかしくならない子供がいるなら...そいつは既に狂ってたんだろうよ...」

 

アルフレッドは心底愉快そうに語る。

 

「全てお前が引き起こしたことだろうが!」

 

「そうだ...だからこうして報いを受けているんだろう?全く...本物の魔法使いというものがあそこまで強大なものだと知っていれば...手は出さなかったものを...」

 

「くっ!もういい!僕はメルセデスを探す!」

 

そう言って踵を返したダニエルをアルフレッドが呼び止める。

 

「探してどうなる...?もうあの娘は...お前の知っているメルセデス・ウォルターではないかも知れんぞ...?」

 

「それでも!彼女は僕の大切な人だ!」

 

ダニエルは叫んだ。

 

「例え...あの娘が人を殺すことをなんとも思わない無慈悲な化物となっていても...?」

 

それでもお前はあの娘を肯定することができるのか?そうアルフレッドは問いかける。

 

「どんなにメルセデスが変わっても僕がメルセデスに抱いてきた思いは変わらない!彼女の行く道が僕の道だ!」

 

ダニエルの意思は既に決まっていた。マグル界だろうが魔法界だろうが関係無い、光だろうが闇だろうが関係無い。彼女が自分を拒絶しない限り、自分はメルセデスと共にあろうと。

 

「ならば...お前はあの娘が望むのなら...自ら地獄へと下る道を選ぶと...?」

 

ダニエルは確固たる決意を持って答える。

 

「覚悟の上だ。」

 

「くく...ならば何も..言うことは...ない...死後の楽しみが...できた...私は...地獄へと落ちる......お前も私...同じ場所へ.....落ち.....くる.....を楽し......して........」

 

「アルフレッド?」

 

アルフレッドは息絶えていた。

 

自らのために人を殺すことをなんとも思わない人間であったが、それでも自分の父親であった男が死んだ。その事実に実感が湧かず、ダニエルはしばらくその場に立ち尽くした。

 

「メルセデスを探さないと...!」

 

最早自分に残っているのはメルセデスしかいない。ダニエルは再び走り出した。しかし、今度はウォルター邸に向かってではない。いつもメルセデスと遊んでいたあの場所へ―――――――――

 

ダニエルが森の広場に辿り着くと、立ち並ぶ月光の柱の下に一人の少女が立っているのが見えた。

 

「メルセデス―――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

満月の光が射し込む森の広場、メルセデスは月の光を浴びながら微笑んでいた。

 

(そうですか...私は...化物なのですね...慈悲の欠片もない化物...)

 

メルセデスは自分の心から何かが剥がれていくのを感じていた。今まで自分が持っていた()()()()()()様々なものが、もう必要もないと言わんばかりに消え去っていく。

 

「メルセデス!」

 

メルセデスは自分の名前を呼ぶ声に気付き振り向く。

 

今ならばこの声の持ち主も何の躊躇いもなく殺せるだろうか?そう考えたメルセデスであったが、どういうわけか頭に警鐘が鳴り響くような感覚を受ける。殺そうと思えばいつでも、微塵の躊躇すら無く抹殺できる。いまだに大切な友人だとは思っているがそれぐらいは出来るはずだった。

 

メルセデスは自分の感覚に疑問を覚えながらも、振り向いた先にいた少年――――ダニエルにいつも通りの挨拶をした。

 

「こんばんは、ダニー。こんな夜更けにどうしたのですか?」

 

「っ!」

 

ダニエルは、まるでこれから遊ぶ為に集まったかのように感じられるほど普段通りのメルセデスに言いようの無い不安を覚える。

 

「どうしたって...僕の父と兄が君の家を襲っただろう!?」

 

メルセデスはしばし首をかしげると納得がいったと言わんばかりに答える。

 

「ああ、申し訳ありません、ダニー。私は貴方のお兄さんを殺してしまったのでした...そのことを怒りに来たのですか?」

 

ダニエルはあっさりと自分の兄を殺したと答えるメルセデスに、アルフレッドの予想が当たっていてしまったことを確信した。

 

「違う!兄さんと父さんが死んだのは自業自得だ!僕は君を心配して来たんだよ。最も...君の両親を殺した奴らの家族である僕に君を心配する権利があるのかはわからないけど...」

 

ダニエルは、自分の身内がメルセデスの運命を狂わせたことに罪悪感を覚えていた。

 

「私を心配してくれたんですか?やはりダニーは優しいですね。でも...もう私には関わらない方がいいですよ?」

 

何故かわからないが、自分からダニエルを遠ざけた方がいい。そう思ったメルセデスはダニエルに告げる。

 

「何を...いってるんだい?」

 

「村の人達も...魔法省の人達も...私を化物(フリークス)と呼びました。排除するべき化物(フリークス)と...」

 

「メルセデス...」

 

「だから私は決めたのです。」

 

 

 

 

――――――――――世界が私を化物(フリークス)と呼ぶのなら。なりましょう...本物の化物(フリークス)に。

 

 

 

 

メルセデスは、ダニエルが今まで一度も見たことがない狂気に満ちた美しい笑顔でそう宣言した。月の光に照らされたその黄金の髪は眩しさすら感じるほどの輝きを振り撒き、その輝きの下に隠された赤い双眸はより一層血の色が濃くなったように見える。

 

「私は、ダニーが知っているメルセデスではありません。メルセデス(深い慈悲)?とんでもない。私はフリークス(化物)、慈悲の欠片もない化物(フリークス)。」

 

自分は既に自らの名前のような人間では無くなったとメルセデスは言う。

 

「ダニー、私は夢を持ちました。叶えるために数多の血が流れる夢を。私は遠くない未来多くの人々を恐怖に陥れます。自らの目的の為に人々を何の躊躇いもなく殺すことのできる化物(フリークス)となったのです。貴方の、父親のような...そんな私に、貴方はこれまで通りの優しさを向けることができるのですか...?」

 

自らの為に人を殺し、それに対して何の感情も抱かない存在に成り下がった自分に、貴方はこれまで通り接することができるのか?

 

そう問いかけられたダニエルは、真っ直ぐにメルセデスの目を見て答える。自分は嘘偽りを言わないと示すように...

 

「君がメルセデスではなく、フリークスになったと言うのなら、僕は改めてフリークスの友人になろう。人々から恐れられる化物にだって、一人くらい友人がいてもおかしくないだろう?そして、僕は君の助けになりたい。」

 

「っ――――――」

 

予想だにしない返答に、メルセデスもしばし言葉を失う。

 

「それが何を意味しているのか...分からないほど貴方は愚かではないでしょう...?」

 

ダニエルはアルフレッドに宣言した通りに自ら地獄へと下る決意を固め、それを言葉にしてメルセデスへと伝える。

 

「ああ、君が人を殺すのなら、僕はそのための道具を用意しよう。君が人を騙すのなら、僕はそのための口上を考えよう。それが、君の本当に望んでいることならば、僕はどんな手を使ってでも君の助けになろう。あの父親(アルフレッド)の血が入ってるんだよ?僕にだってできるさ。」

 

メルセデスはダニエルの宣言に思わず笑顔を見せる。その笑顔には安堵の感情が見え隠れしていたことに彼女は気づいていなかった。

 

「ふふ...やっぱり貴方は面白い人ですね...?そこまで言うのならいいでしょう。改めてこのフリークス(化物)と友人になってください。」

 

「ああ、よろしく頼むよ。フリークス―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、化物(フリークス)は生まれた。

 

 

傍らに一人の友人を置いて。

 

 

自らの歪んだ望みを叶える闘争を始める為に。

 

 

 

 

 

 

彼女が何を望み、何を叶えようとしているのかを、今は、まだ、彼女自身しか知り得ることはない。

 

 

 

 

 

 




ようやく序章が終わりました。次回はメルセデスとダニエルが十一歳を迎える年の夏、原作での賢者の石編からスタートです。

尚、村人達には忘却術士達によってカバーストーリー、「金持ちの屋敷での宴会で起きた火事」が適用されました。



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第一章 化物(フリークス)と賢者の石
化物(フリークス)と賢者の石 一


 

イングランドの何処かに存在する森、マグルには魔法によって認識すらされない森の奥深くに魔法使いの屋敷があった。

 

その屋敷は魔法界の貴族と呼ばれる者達の屋敷と同等の規模であったがきらびやかさは無く、何処か寂れているような印象を見る者に与えた。その屋敷は、先代ウォルター家当主が魔法界から姿を眩ます際に放置されたウォルター家の別邸の一つであった。

 

そんな屋敷へと一羽のふくろうが飛んでいく。その嘴には二通の手紙が咥えられていた。

 

ふくろうは屋敷の窓の一つへと近づくと脚を持ち上げて窓を叩いた。その窓からは一人の少年が料理を作っているのが見える。

 

「ん?ふくろう便か。」

 

ふくろうが窓を叩く音に気づいた少年――――――ダニエル・ウォードは料理を中断して窓を開ける。

 

「お疲れ様。ほら、ご褒美をあげよう。」

 

ダニエルは手紙を受け取ると焼こうとしていたベーコンの一枚をふくろうに投げてよこした。

 

ふくろうはベーコンを嘴に咥えるとそのまま来た道を引き返していく。

 

ダニエルは料理を再開しながら手紙へと目を向けていた。そのまま手紙は、獅子、蛇、穴熊、鷲が象られた封蝋によって閉じられている。

 

「この封蝋は...この手紙はホグワーツからの入学許可証というやつかな?料理が出来たらメルセデスにも渡しに行こう。」

 

手紙に目を向けながらもダニエルは手際よく料理を作り上げていく。ほどなくして料理が完成し、ダニエルはテーブルに料理を並べた。

 

「さて、朝食も作り終わったしメルセデスを呼びに行こう。メルセデスは今日も地下かな...」

 

そう呟くとダニエルは地下室へと足を向ける。

 

屋敷の中はその大きさに反比例するかのように飾り気がなく、殺風景な様相であった。掃除だけはされているのか不潔な印象こそ抱かないが、その静けさに何処か不気味さを感じることができる。

 

長い廊下を歩き、何もない壁の前に立って壁に空いた穴の幾つかに指を挿していくと壁は機械的に動き始め左右に開いていく。その間からは地下室へと続く階段が現れた。

 

この仕掛けには魔法は使用されておらず、マグル式のからくりによって作られたものであった。魔法による仕掛けばかりを探す魔法使いを欺く為のものである。

 

地下へと続く階段を降りるとそこには重厚な扉があった。扉からは言い様の無い不安を掻き立てる雰囲気が漏れ出していて、中には何か恐ろしい化物が居るのではないか...と言う想像が浮かぶ。

 

ダニエルは扉をノックして中へと呼び掛ける。

 

「おはようメルセデス、朝食が出来たよ。それと、ホグワーツからの手紙が来た。」

 

ダニエルの呼び掛けに扉の先の人物は鈴を鳴らしたような綺麗な声で答えた。

 

「少し待っていて下さい。直ぐに向かいます。」

 

しばらく中から物音と()()()()()が聞こえた後、扉を少し開けて一人の少女が顔を出した。

 

「おはようございます。お待たせしました、ダニー。さぁ、ダイニングに向かいましょう?」

 

少女――――――この屋敷の主人であるメルセデス・ウォルターは、ダニエルの手を取り歩き出す。

 

「研究は順調かい?」

 

前を行くメルセデスに、ダニエルが声をかけた。

 

「ええ、新しい資料の方がやっと大人しくなってくれたので、わざわざ押さえつけずに済むようになりました...これで研究が捗りますね。」

 

今までは押さえつけながら研究をしていたのかと思うダニエルだったが、今は大丈夫ならいいかと思い直した。次の資料に移ることになったら拘束具でも作ろうかと考え始める。

 

「そうか、それは良いことだね。君のやっている研究は正直僕には分からないけど...君がそれを必要だと思っているならいくらでも応援するよ。」

 

「ありがとうございます、ダニー。貴方には随分とお世話になっていますね...貴方がいなければこの屋敷も埃まみれになっていたでしょう。それに料理まで引き受けてくれて、とても助かっています。私は料理が出来ませんから...」

 

そう言ってメルセデスは苦笑する。事実、彼女は料理をしたことが無いため、もしダニエルがいなければその食事事情は悲惨なことになっていたことは明白であった。

 

「気にすることは無いよ?()の家でだって家事の大半は僕の仕事だったんだから、魔法を使える今となってはこれぐらい楽なもんだよ。そもそも、僕はこの屋敷に置いてもらっている立場だからね。できることはするさ。」

 

ダニエルは、六年前の事件によってこの別邸へと移り住むことを余儀なくされていたメルセデスに付いてきた形でこの屋敷に住んでいる。

 

会話をしながら歩く内にダイニングへと戻ってきた。大きな縦長の食卓には、その大きさに似合わず二人分の朝食が並べられている。この屋敷に住んでいる()()が二人しか居ないためだ。二人の他には使用人も屋敷妖精も居ない。

 

二人は向かい合って椅子に座り、朝食を食べ始めた。

 

「今日も美味しいですね、ダニー。」

 

「お褒めに預り光栄だよ。だけど、まだ君の家の屋敷妖精だったっていうカームには追い付いて居ないんじゃないかな?」

 

「それは否定しません。ですが、直ぐに追い付ける所までは来ていますよ?」

 

和やかな雰囲気で食事は続き、二人は同じ頃に食事を終えた。食器を片付けようかというところでダニエルが忘れていたと声をあげる。

 

「そうだ、さっき渡そうと思っていたんだけど忘れていた。ホグワーツからの手紙だ、これが君の分だよ。」

 

メルセデスは渡された手紙を受け取り封蝋の上を指で一閃する。すると封蝋は二つに別れ、メルセデスは中から手紙を取り出して開いた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

ホグワーツ魔法魔術学校

 

校長 アルバス・ダンブルドア

 

マーリン勲章勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員

 

 

 

親愛なるウォルター殿

 

このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。

教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。

 

敬具

 

 

副校長 ミネルバ・マクゴナガル

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ふむ...やはりホグワーツの入学許可証ですか。」

 

メルセデスが手紙を読んでいる間にダニエルは準備物のリストを読んでいたようだ。

 

「色々と教材を買わないと駄目みたいだね。教科書も屋敷には無いものが有るみたいだしダイアゴン横丁に行かないと。後、そろそろ新しい杖も買わないとね。いつまでも()()()()()()()()を使うのも気分が良くないし...いつがいいかな?メルセデス。」

 

都合の良い日を訪ねられたメルセデスはしばし悩んだ後希望日を伝える。

 

「そうですね、七月三十一日が一番都合がつきます。」

 

「なら決まりだ。七月三十一日にダイアゴン横丁へ行こう。移動手段は煙突飛行で大丈夫かな?」

 

煙突飛行とは魔法界における移動手段の一つであり、魔法のかかった暖炉に煙突飛行粉(フルーパウダー)と呼ばれる粉を入れることで緑色の炎を発生させ、その炎の中に入ることで行きたい場所にある暖炉へと瞬時に移動することができるというものだ。

 

「煙突飛行を使うと魔法省の監視がつく可能性もありますが...今回は夜の闇(ノクターン)横丁に行くつもりはありませんからね。もし見張られていても困るようなことは無いでしょうし、そちらで構いませんよ。」

 

煙突飛行のネットワークは魔法省によって管理されているため、魔法省は必要とあらば特定の家の暖炉の使用状況を監視することもできる。メルセデスは六年前の事件によって一部の魔法省職員から危険視されていた。

 

「魔法省の人達もしつこいな...表面上は大人しくしている筈なのにね?ある意味仕事熱心なのかも知れないけど。」

 

「ええ、特にあのマッドアイと呼ばれる凄腕の闇払いは妙に私たちに構ってきますね。前大戦中にアズカバンの独房の半分を埋めたと聞きましたが...そんな人物に警戒されるなんて生きた心地がしません。」

 

そんなことを言いながらも、メルセデスは機嫌が良さそうであった。

 

「生きた心地がしないなんて言いながら随分と嬉しそうだね?」

 

「それはそうでしょう?あんな実力者に警戒されてるということは、それだけ私の望みが果たされる可能性が高くなるのですから。」

 

嬉しそうに微笑むメルセデスを見ながら、ダニエルは少し呆れたように呟く。

 

「警戒されてもいるんだろうけど、どっちかというと世話をやきに来ているように僕には見えるんだけどな...」

 

マッドアイは一ヶ月に一度程度屋敷に現れ、屋敷を一通り見回った後に消耗品をこれでもかと二人に渡して帰っていく。時には少しばかりの魔法の講義をして帰る時もあった。

 

屋敷を見回られているが、見られて困るものは全て例の地下室に置いてある。流石の凄腕の闇払いもマグル式の隠し扉には気づかないようだった。

 

「まぁいいや。じゃあメルセデス、ダイアゴン横丁へは七月三十一日の朝に煙突飛行で行くってことで問題無いね?」

 

「はい、問題ありません。久しぶりの外出ですから楽しみましょうね?」

 

それから二人はダイアゴン横丁で何を買うかを話あっていった。

 

自分達がダイアゴン横丁に向かうその日に英雄が初めて魔法界にやって来ることを、二人はまだ知らない。

 

 

 

 




次回は原作主人公の初登場です。


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化物(フリークス)と賢者の石 二

 

sideメルセデス

 

 

 

 

ウォルター家の談話室、煙突飛行の為の暖炉が設置されている部屋で私とダニーはダイアゴン横丁へ行く準備の確認をしていた。

 

「さて...これで準備は整ったかな?」

 

「これで大丈夫かと。お金はこれからグリンゴッツで卸しますし、容量を拡大した鞄さえあれば大抵のことはなんとかなりますからね。」

 

今日の私達の服装は、魔法使いとしては一般的なローブ一式にショルダーバッグを肩にかけているだけだ。

 

このショルダーバッグには検知不可能拡大呪文がかけられているので、中が見た目より遥かに広くなっている。学校で使う教材を全て収納することができる程度には容量がある優れものだ。この屋敷の物置に乱雑に放って置かれていたものを拝借している。

 

バッグの中にはグリンゴッツで使う鍵と買うものを書き留めたメモ、それといくつかの携帯品しかまだ入っていない。

 

「よし、それじゃ行こうか?」

 

ダニーは暖炉の上にある壺から煙突飛行粉(フルーパウダー)を一匙すくい、それを暖炉の炎にばらまいた。粉が撒かれた炎はたちまち緑色に変化していく。

 

ダニーが緑の炎の中に入り行き先をはっきりと叫んだ。

 

「ダイアゴン横丁!」

 

ダニーの姿が消えたことを確認した私は続いて炎の中に入った。そよ風のように感じる緑色の炎の中で、多少灰を吸い込みながら私は叫んだ。

 

「ダイアゴン横丁!」

 

私が行き先を叫ぶと吸い込まれるような感覚を感じる。しばらくそのあまり好きに慣れない感覚を感じていると目的地に着いた。

 

目的地のある暖炉は漏れ鍋というパブの中に設置されていた。暗くて薄汚れたパブで普段はそこまで活気があるような場所では無かったのだけど、今日はどうも様子がおかしかった。

 

大勢の客が一点に集中して騒いでいる。客達の話し声に耳を傾けてみると、ハリー・ポッターという名前が聞こえてきた。

 

「ハリー・ポッター?」

 

「ああ、どうやらハリー・ポッターが店に居るみたいだね。大人たちに隠れて全く見えないけど。」

 

振り返ると、先に暖炉に入っていたダニーが背伸びをしながら群衆を見つめていた。

 

ハリー・ポッター―――――生き残った男の子、魔法界の英雄。十年前、英国魔法界で悪逆の限りを尽くした闇の帝王を僅か一歳の時に打ち破った少年だ。そして、将来()()()()()()可能性のある存在だった。

 

「ハリー・ポッターが来ているのなら是非とも会って見たいですね...私達もあの人だかりに入りますか?」

 

「そうしようか、僕も彼には会ってみたいからね。噂の英雄がどんな人間なのか興味が尽きないよ。」

 

ダニーの合意も得たので人だかりへと突入する。暫くの間は全く人の壁が薄くなることが無かったけれど、人の壁から頭三つ分くらい飛び出た大男が群衆を散らした所でやっと姿が見えた。

 

群衆の中から現れたハリー・ポッターは普通の少年のようにしか見えなかった。いや、余程食生活に問題があったのか見るからに痩せ細っているため、むしろか弱そうにすら見えた。彼がハリー・ポッターであると知らなければ誰も彼が英雄と呼ばれているなどと想像もしないだろう。

 

大男が彼を連れていこうとしたところ、彼の視線が私達の方を向いたので挨拶をすることにした。

 

彼を緊張させないように、同じ男であるダニーが先に声をかけ、握手を求めた。

 

「やぁ、君がポッターさんかい?お会いできて光栄だ。」

 

彼はダニエルの握手に応じつつ、何処か恐縮した様子で答える。

 

「うん...そうだよ。僕、ハリー・ポッター。君は?」

 

「おっと、名乗るのが遅れたね。僕はダニエル・ウォード。それでこっちが...」

 

ダニーが目配せをしてきたので、一歩前に出て名乗る。

 

「メルセデス・ウォルターと言います。お会いできて光栄です。ミスター・ポッター。」

 

私が彼に握手を求めようとすると、私達の様子を眺めていた大男がいきなり大声をあげた。

 

「ウォルター!?オスカーとアイリーンの娘か?よく見れば二人によう似ちょるわ。」

 

どうやらこの大男は両親を知っているようだ。それも、二人を呼び捨てにするくらいなのだからかなり親しかったのだろう。

 

「私の両親を知っているのですか?」

 

私が質問すると大男は感極まったような声で話始めた。

 

「知っているなんてもんじゃねぇ!あの二人は俺の恩人だった...ホグワーツの先輩でよぅ。俺がホグワーツを退学になるってなった時にも最後まで抗議してくれたのがあの二人だったんだ...あんな優しい二人がマグルを三十人も殺して自分も死んじまったなんていまだに信じられねぇ。」

 

大男はしばらく涙ぐんだ後に私の方を向いて名乗った。

 

「俺はハグリッドだ。ルビウス・ハグリッド。ホグワーツの森番をしちょる。お前さんもハリーと同じで今年からホグワーツだろ?何かあったら頼りに来るといい。」

 

大男――――ハグリッドはホグワーツの森番のようだ。随分と情に厚そうな性格に見える。何かあったら利用させてもらうことにしよう。

 

「メルセデスとそっちの、あ〜、少年はこれから入学の準備か?」

 

ハグリッドが私達にたずねる。どうやらダニーの名前は記憶から飛んでいったようだ。

 

「ダニエル・ウォードです。ハグリッドさん。あなたの言う通り、僕達はこれから入学の準備に向かう所でした。」

 

ダニーが答えると、ハグリッドはそれは都合がいいと言うように大きく頷いた。

 

「それなら、俺達と一緒に来ねぇか?ハリーも同じ年頃の子供がいた方がいいだろう。どうだ?お願いできねぇか?」

 

英雄と知己を得ることができるのは良いことだろう。彼がこの先どのような運命を辿るにしろ、彼の性格や考え方を知っておくことは彼が敵になったとしても味方になったとしてもマイナスに働くということは無いはずだ。

 

私とダニーは目配せをしあい、お互いの意見が一致していることを確認するとダニーは快い返事を返した。

 

「ええ、構いませんよ。最初はグリンゴッツですか?僕達は最初にグリンゴッツへ行く予定だったのですが。」

 

「おお、そうだ。俺達もグリンゴッツに行く予定だった。それなら丁度いいな。よし、行こうか。」

 

そうしてハグリッドは漏れ鍋の奥へと歩き出した。それを三人で追いかける。道すがら改めてミスターポッターへと握手を求める。

 

「先ほどはうやむやになりましたけど、改めてよろしくお願いしますね?ミスター・ポッター。」

 

ミスターポッターは多少しどろもどろになりながら受け答えた。

 

「う、うん。よろしく。ええと...なんて呼べばいいかな?」

 

ミスター・ポッターは随分と人との関わりに慣れていないようだ。一体どのような環境で育ってきたのだろうか?まぁ、人との関わりに問題があるのは私も人のことを言えないのだけど。

 

「メルセデスと、そう呼んで頂ければ結構です。」

 

「なら、僕もハリーでいいよ。敬称をつけられる程今の僕は偉くはないんだ。」

 

「僕もハリーと呼んでいいかな?僕のことはダニエルと呼んでくれると嬉しい。」

 

「わかったよ、ダニエル。これからよろしくね。」

 

そんな話をしている内に壁に囲まれた小さな中庭に着いた。先に着いていたハグリッドが壁の前に立っている。どうやらレンガの数を数えているようだ。いちいち数えずに済むように覚えておけばいいのに。

 

「三つ上がって.....横に二つ.....」

 

それを見たハリーがダニーに声をかけていた。

 

「ねぇ、あれ、何をしているの?」

 

「ここに来るのは初めてなんだろう?ハリー。なら、楽しみを奪う訳にはいかないから教えられないな。僕も初めてここに来た時は随分と楽しんだもんだよ。」

 

しばらくブツブツと言っていたハグリッドはハリーへ声をかけた。

 

「よしと。ハリー下がってろよ。」

 

ハグリッドが手に持っていた傘の先で壁を三度叩くと、叩かれたレンガが震え、左右に別れていきアーチ形の入り口へと姿を変えた。その向こうには石畳の通りが続いているのが見える。

 

「ダイアゴン横丁にようこそ。」

 

壁が入り口へと姿を変える光景に、ハリーは大層驚いた様子だった。

 

私達はアーチを越えてダイアゴン横丁を歩く。

 

鍋屋にふくろう百貨店、箒屋にマントの店、望遠鏡の店、通りを行く魔法使い達.....

 

私達にとっては既に見慣れた光景でしかないが、つい最近までマグル界で暮らしていたらしいハリーにはこの光景の全てが不思議と驚きに満ちているのだろう。彼は目が二つしか無いことが惜しいと言わんばかりに周囲を見渡していた。

 

初めてダニーと共にここへ来た時も、ダニーはハリーと同じように周囲を見渡していた。最も、その時のダニーは今のハリーよりは魔法界の知識があったためにここまでの興奮を見せることは無かったのだけど。

 

小さな店が立ち並ぶ通りを歩いていくと、前方に周囲の建物よりも遥かに高く立派な白い建物が見えた。

 

魔法界の銀行、グリンゴッツだ。英国魔法界ではホグワーツの次に安全な場所であるとされていて、盗みに入るのは狂気の沙汰だと言われている。

 

「ほれ、あれが小鬼(ゴブリン)だ。」

 

白い石の階段を登りながら、ハグリッドは声を潜めてハリーに小鬼(ゴブリン)のことを話していた。

 

小鬼(ゴブリン)は私達よりも頭一つ小さく、浅黒い肌、先の尖ったあごひげに、とても長い手足の指が特徴的であった。

 

私達は小鬼(ゴブリン)からお辞儀を受けながらグリンゴッツの中へと入っていった。

 

そこで私とダニーが見たものこそ、私が現状最も手にいれたいものであったと知ったのは、数ヶ月先の事であった。

 

 

 

 

 




今さらですが、どうも私は話を引き伸ばしてしまう質のようです。完結するまでには途方もない時間がかかると思いますが、気長に待って頂けると幸いです。



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化物(フリークス)と賢者の石 三

グリンゴッツで一話使いました。これはひどい。



 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

グリンゴッツ―――――英国魔法界唯一の銀行であり、英国の魔法使いのほとんどがここに金庫を有している。グリンゴッツは主に小鬼(ゴブリン)達が運営していて、魔法使い達の金庫の管理、マグル界の通貨の両替、財宝の発掘等を行っている。金庫はロンドンの地下深くに存在していて、マグルが移動に使う地下鉄と言うものよりも深いらしい。

 

白い階段の先にあるブロンズの扉を通って二番目の扉を通ろうとすると、ハリーが扉に書いてある言葉を興味深げに眺めていた。どうやら盗人への警告文が珍しかったようだ。

 

ハリーが食い入るように警告文を読んでいるのを見てハグリッドが呟いた。

 

「ここから何かを盗もうなんて、狂気の沙汰だわい。」

 

確かにここの警備はかなり厳重だ。盗人落としの滝、ドラゴン、小鬼(ゴブリン)達にしか開けない扉...このグリンゴッツには様々な仕掛けが施されている。今はまだ難しいかもしれないけど、いつかここを余裕で突破できるようにはなりたい。

 

扉を抜けて中に入ると、中は広々とした大理石のホールだった。大勢の小鬼(ゴブリン)達がカウンターの向こうで様々な仕事をしている。ハグリッドとハリーが空いているカウンターへ向かったので、私達も着いていく。

 

「おはよう。ハリー・ポッターさんの金庫から金を取りに来たんだが。」

 

ハグリッドが小鬼(ゴブリン)に話かける。

 

「鍵はお持ちでいらっしゃいますか?」

 

鍵は有るかとたずねられたハグリッドはポケットをひっくり返し始める。

 

「どっかにあるはずなんだが...」

 

どうも時間が掛かりそうだったので隣の小鬼(ゴブリン)に声をかける。

 

「おはようございます。ウォルター家の金庫を開けに来ました。」

 

「鍵をお持ちでいらっしゃいますか?」

 

私は鞄の中から小さな黄金の鍵を取り出して小鬼(ゴブリン)に渡す。

 

「はい。これです。」

 

鍵を受け取った小鬼(ゴブリン)は慎重に鍵を調べる。見つめるだけでどうやって鍵を見分けているのかが甚だ疑問なのだけど、銀行員にしかわからない何かが仕掛けられていたりするのだろうか?

 

「承知いたしました。」

 

しばらく鍵を見つめていた小鬼(ゴブリン)が言った。隣ではやっと鍵を見つけたハグリッドが鍵を渡し、同時に手紙も渡して言った。

 

「それと、ダンブルドア教授からの手紙を預かってきとる。七一三番金庫にある()()()についてだが。」

 

例の物?随分と気になる言葉が飛び出してきたものだ。ダンブルドアがグリンゴッツに預けていた物か...よっぽど重要なものなのだろうか?いや、本当に大事な物なら自分の手で管理した方が安全な気もする。なんと言ったってあのダンブルドアだ。グリンゴッツよりもホグワーツの方が安全といわれている所以は彼にあるのだから。

 

渡された手紙を読んだ小鬼(ゴブリン)は了解した旨をハグリッドに伝えるとグリップフックと呼ばれる小鬼(ゴブリン)を連れてきた。グリップフックが金庫へと案内してくれるらしい。

 

私達はグリップフックについてホールの外へ続く扉へと向かった。その途中でハリーがハグリッドに話しかける。

 

「七一三番金庫の例の物って、何?」

 

例の物については私も気になっているので便乗する。

 

「私も気になりますね。ダンブルドア先生がわざわざグリンゴッツに預ける物なのですから、余程大事な物なのでしょう?」

 

「極秘だ。ホグワーツの仕事でな。ダンブルドアは俺を信頼してくださる。お前さん達に喋りでもすりゃ俺が首になるだけではすまん。」

 

ホグワーツの仕事で極秘...?ますますわからなくなった。もとからホグワーツにあった物をグリンゴッツに移動させたとは考えにくい。ホグワーツに置いておいた方が安全だからだ。恐らく何かを外部から持ち込もうとしているのだろう。少しダニーと話合ってみるべきかもしれない。

 

私は少し後ろを歩いていたダニーに歩調を合わせ、前の二人に気づかれないように例の物についての意見を聞く。

 

「例の物とはどんな物だと思いますか?ダニー。」

 

「そうだね...僕ら生徒にすら話したら首が飛ぶような物だろう?生徒にすら話せないってことは余程情報が漏れてはいけない物ってことなんだと思う。そして、それはホグワーツの運営そのものには関係していない物なんだ。ホグワーツに必要なものならわざわざグリンゴッツを経由しないだろうし。」

 

「そうですね。私もホグワーツに直接関わる物では無いと思います。では、外部の物をホグワーツに移動させる意味は何でしょう?やはり、より安全な場所へ、と言うことでしょうか。」

 

グリンゴッツからホグワーツへ、銀行から学校へと考えるとおかしく感じるが、安全な場所からより安全な場所へと考えるとしっくり来る。

 

「その考えで合っていると思うよ。多分、ダンブルドア先生は誰かに何かを守ってほしいと頼まれたんじゃないかな?誰かに狙われるか何かして最初はグリンゴッツに預けていたけど、それでもまだ不安だからダンブルドア先生に守って貰いたいって。」

 

そうだとすると、その誰かはダンブルドアに個人的な頼みができる程近しい関係で、物はダンブルドアが真剣に守ろうとするほど奪われるといけない物だってことだろうか?

 

「もしそうなら、僕はダンブルドア先生の正気を疑うかな。誰かに狙われているようなものをか弱い生徒が大勢いる学校に移すなんて迂闊すぎる。ホグワーツの守りに自信があるのかもしれないけど、教育者として優先するべきは生徒の安全じゃあ無いのかな?」

 

最もだと私は思った。だけど、例の物がダンブルドアにとって生徒を危険にさらしてまで守りたい物なのか、もしくは生徒が危険にさらされるなどと考えもしていないのか私には読めない。

 

ダンブルドアはとても長い年月を生きてきた、物事を考える力は十分以上に持っている筈だが彼には浅はかだった前科がある。六年前、この私を野放しにしたことだ。けれど、それさえも彼の何かしらの考えによって行われた事なのではないかという思いが脳裏をちらつく。考えているのかいないのか、それすらも読むことが出来ない所がダンブルドアの一番厄介な所だと私は思う。

 

私がダンブルドアの思惑について考えを巡らせている内に、トロッコに着いた。トロッコは大男のせいで非常に乗り心地が悪かったが、当の大男が最も気分が悪そうにしていたので誰も何も言わなかった。トロッコが苦手らしい。ついでにダニーも死にそうな表情を浮かべていた。彼は高い所が得意ではない。欠点が目立つことの少ないダニーには珍しい欠点らしい欠点だった。後ろは大男、目の前は大穴で普段の倍は苦痛を感じているようだ

 

一番最初に着いたのはポッター家の金庫だった。ポッター家は随分と財産を溜め込んでいたようで、金庫の中はガリオンの山で埋め尽くされていた。まぁ、元が純血の名家だったので当たり前か。

 

次に着いたのはウォルター家の金庫だ。金庫の中にはポッター家の金庫よりも金貨の山が積み上げられ、所々に魔法の道具や高価な装飾品、そして大量の剣や槍といった武器が置いてある。ここ二百年ほどは全く使われていないが、昔のウォルター家は武器も使っていたらしい。しかし、自分の家系ながらよくここまでの金貨を集めたものだ。戦争で儲かるのはマグルも魔法使いも変わらないらしい。

 

ウォルター家の金庫の中身に驚いていたハリーが興奮した様子で私に話かけてきた。

 

「すごい金貨の山だね!メルセデスの家系はどんな家なの?剣とかもいっぱいあるけど...」

 

「私の家は代々魔法界の戦争で名をあげてきたんですよ。この金貨の山も打ち負かした相手から奪った物達ですから、あまり誉められたような出所では無いのです。」

 

ハリーの質問に答えながら私は当面の生活費と今日の買い物のための金を魔法の鞄に詰めていく。明らかに鞄に入る容量ではない貨幣がどんどん鞄に収まっていくのが不思議だったのか、ハリーはポカンと口を開けていた。

 

「この鞄には魔法がかけてあるんです。便利な物ですよ?」

 

私がハリーに鞄を開いて見せると、彼は物欲しそうな表情をした。金はあるのだから自分で買えばいいのに。

 

再びトロッコに乗り、若干二名ほど半死半生になった所で例の七一三番金庫に着いた。

 

「下がってください。」

 

その金庫には鍵穴が無かった。どうやら小鬼(ゴブリン)にしか開けられないという噂の扉のようだ。

 

グリップフックがその長い指で扉をそっと撫でる。すると扉が溶けるように消えていった。

 

彼によると小鬼(ゴブリン)以外がこれをすると扉に吸い込まれて閉じ込められるらしい。

 

さて、金庫が開いたことだし例の物とやらを拝もう。

 

私が金庫の中を覗きこむとそこには茶色の紙でくるまれた小さな包みがぽつんと一つ置かれているだけだった。

 

これが...ダンブルドアが守ろうとしているもの?予想以上に小さいけど、これほど小さいなら正体の候補は絞られてくるだろう。まぁ、気になりはするけどそれまでだ。是が非でも答えを見つける必要はないか...

 

ハグリッドはさっさと包みをコートの奥へしまいこむとトロッコへ向かった。

 

「行くぞ。地獄のトロッコへ。帰り道は話しかけんでくれよ。俺は口を閉じているのが一番よさそうだからな。」

 

そう言ってハグリッドトロッコへ乗り込む。

 

「全く同意だ...!でもこれで最後だ...!耐えろ、僕...」

 

ダニーもハグリッドの後を追ってトロッコへ乗り込む。ハグリッドとダニーはトロッコの中で、お互い大変だなとでもいうように顔を見合わせた。

 

「あれ?次はダニエルの金庫に行くんじゃないの?」

 

ハリーが不思議そうにたずねる。覚悟を決めるのに忙しそうなダニーに変わって私が答えた。

 

「ダニーはマグル生まれの魔法使いなのです。だから、彼の財産はここには無いのですよ。」

 

私の答えにハリーは驚いた様子だった。

 

「え?そうなの?メルセデスと一緒でここに慣れた様子だったからてっきり昔から通っているのかと思ってた。」

 

「そうですよ?彼が初めてここに来たのは六年程前のことです。」

 

ハリーはさらに混乱したようだ。

 

「えっと...つまり、どういうこと?」

 

「まぁ、ダニーにも私にも込み入った事情があるのですよ...」

 

私が会話を切り上げるとハリーはそれ以上は聞いて来なかった。

 

私達がトロッコに乗るとトロッコは猛烈な速さで走りだし、再び二名の脱落者を出しながら地上へと帰っていった。

 

 

 

 





六年前に人格が破綻したメルセデスさんですが、この六年の間である程度普通の人間に()()()ようにはなっています。


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化物(フリークス)と賢者の石 四


長めです。やっとダイアゴン横丁が終わりました。


 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

グリンゴッツを出た私は、今にも吐きそうなダニーの背を擦りながら次に買うものを思案していた。けれども、ダニーから通りへ目を向けた時点で次に買うものが決まってしまう。というのも、目の前に買わなければいけない物の店があったからだ。

 

「制服を買った方がいいな。」

 

ハグリッドが店の看板を顎でさした。看板には「マダム・マルキンの洋装店〜〜〜普段着から式服まで」と書いてある。

 

私達が店に向かおうとすると、ハグリッドがハリーに話しかけているのが聞こえた。

 

「なぁ、ハリー。漏れ鍋でちょっとだけ元気薬をひっかけてきてもいいかな?グリンゴッツのトロッコにはまいった。」

 

ハグリッドの話を聞いていたダニーが申し訳なさそうに聞いてきた。

 

「ごめん、メルセデス。僕もハグリッドについていっていいかな?今のままだと店の中が酷いことになりそうなんだ...」

 

「仕方ないですね...まぁ二人分の採寸が終わるのにも多少時間が掛かるでしょうし、時間的には問題無いと思いますよ。」

 

私が許可を出すとダニーは青い顔をしながら礼を言った。

 

「ありがとう、メルセデス。恩に着るよ...なるべく早く戻るようにする。」

 

ダニーとハグリッドと別れ、ハグリッドと別れたことで不安そうにしているハリーを引っ張ってマダム・マルキンの店に入る。

 

店には藤色の服を着た愛想のよい魔女がいた。彼女がマダム・マルキンだろう。マダムは店に入ってきた私達を見つけると、にこやかな笑顔で話かけてきた。

 

「坊っちゃん達。ホグワーツなの?全部ここで揃いますよ......もう一人お若い方が丈を合わせているところよ。」

 

店の奥では、青白い、あごのとがった男の子が踏み台の上でローブをピンで留めてもらっていた。

 

何処かで見たような顔だ...魔法省に行った時に見たような...?いや、子供が魔法省にいることなど特別な場合を除いてほとんどない。多分気のせいか、魔法省にいた誰かの子供なのだろう。

 

「ハリー、先に採寸をしてもらって下さい。」

 

そう言って私はさっさと店の入り口側に置いてある順番待ちの椅子に座った。あれは話すのが面倒そうな手合だ。ハリーには犠牲になって貰おう。

 

ハリーが採寸をされながら男の子と話しているのを横目に見つつ、私はあの男の子が誰の子供かを考えていた。

 

あの青白い顔、ホワイトブロンドの髪、気取ったような振る舞い......ああ思い出した、やっぱりハリーを犠牲にして正解だった。あれはルシウス・マルフォイの息子だろう。あの行き過ぎた純血主義とマグル差別が服を着て歩いているような男は、私の父を最も見下している人物だ。魔法界の名家の当主であったのにマグルに殺されたという事実がどうも気に入らないらしい。あの男には、魔法省で顔を合わせる度に何かしらの嫌味を聞かされてきた。あの男の息子なのだから、あれもろくな育ちかたをしていないはずだ。今も話をしているハリーの機嫌が急降下している。

 

私がルシウス・マルフォイにありったけの罵詈雑言を心の中で投げつけていると、ハグリッドとダニーが店の前にやって来ていた。二人の手にはアイスクリームがある。ハグリッドは店の中のハリーになにやら合図をしているようだ。

 

私は店の外に出てダニーに話かける。

 

「戻って来たのですね。その手に持っているアイスクリームは?」

 

「ハグリッドがハリーの為にアイスを買っていたから君にもと思ってね。」

 

ダニーが私にアイスクリームを手渡してきたので、受け取ってお礼をする。

 

「ありがとうございます。」

 

私はダニーに渡されたアイスクリーム―――ナッツ入りのチョコレート味のようだ―――を食べ始める。今までアイスクリームを食べる機会は殆ど無かったので少し食べるのに手間取ってしまった。

 

私がアイスクリームを食べていると店のドアが開き、中から機嫌が悪そうなハリーが出てきた。やはりルシウス・マルフォイの息子に何か言われたのだろう。ハリーはハグリッドからアイスを貰うと多少機嫌が回復したようだ。

 

これから二人分の採寸を待たせるのも効率が悪いと思うので、私はアイスを食べ始めた二人に一つ頼み事をする。

 

「これから二人分のの採寸となるとかなりの時間が掛かると思います。なので申し訳ないのですが、私達の分の買い物をしてきてくれませんか?請け負ってくださるなら魔法の鞄をお借ししますよ?」

 

私の提案にハグリッドは直ぐ頷いた。

 

「お前さんの鞄が借りれるならそれ以上楽なもんはねぇ、いいぞ。お前さん達の分も買ってきちゃる。」

 

「ありがとうございます。私達の分はこのメモに書いてある物をお願いします。そこに書いていない物は既に用意してあるので不要です。」

 

そう言って私は買い物の代金分の金貨とメモが入った鞄をハグリッドに渡した。

 

「よし、メモに書いてある物だな?それじゃ、採寸が終わったらオリバンダーの店に来てくれ。そこで待ち合わせしよう。」

 

そう言ってハグリッドはハリーを連れて歩いていった。私達も採寸をして貰おうと店に向き直った瞬間、ルシウス・マルフォイの息子が店から出てきた。嫌味ったらしい顔が私達に話しかけてくる。最悪だ。

 

「やぁ、君達はあの男の子と知り合いなのかい?」

 

ルシウスよりはまだ気取り方が甘いが、それでも鼻につくような喋り方だった。

 

「ええ、そうですよ。失礼ですが私達も採寸をしてもらわなければいけないのでお話はまた今度。では。」

 

さっさと会話を切り上げてダニーの手を引っ付かみ、店の中へと戻った。視界の端にあの男の影が見えたような気がする。あの男がダイアゴン横丁に息子一人を放り出すとは思えない。近くに居るのは確実だろう。こんな人の往来の激しい所で嫌味をたれ流されるのは御免だ。

 

「メルセデス?あの男の子は誰なんだい?随分と気にくわなさそうだったけど。」

 

ダニーが目を白黒させながら聞いてくる。

 

「あれがルシウス・マルフォイの息子だと言えばわかりますか?」

 

「ああ...なるほど...」

 

ダニーは直ぐに察したような表情をした。ダニーには魔法省であの男に会った後に屋敷で散々愚痴っていたので、私が彼をどう思っているのかをよく知っている。

 

二人で採寸をしてもらっている間も、私はダニーに向かってルシウス・マルフォイのことを散々に扱き下ろし続けた。

 

「さて、採寸も終わったのでオリバンダーの店に行きましょうか。」

 

「そうだね.......」

 

ダニーは心なしか疲れているような表情をしている。きっと気のせいだろう。

 

店から出て通りを歩いていくと、オリバンダーの店が見えてきた。オリバンダーの店は歴史があるのに随分とみすぼらしく、扉には剥がれかかった金色の文字で「オリバンダーの店――――紀元前三八二年創業、高級杖メーカー」と書かれている。紀元前三八二年....二千年以上の歴史があるなんて信じがたいことだ。ウォルター家でさえ千年ほどの歴史しか無いのに。

 

「ウォルター家の歴史も十分長いと思うんだけどな...」

 

後ろでダニーが何かを言っているけど気にしない。

 

中に入ると、丁度ハリーの杖が決まった瞬間だったようだ。ハリーが振った杖から赤と金色の火花が舞っている。

 

「ブラボー!」

 

中にいた老人―――店の店主であるギャリック・オリバンダーが叫んでいた。

 

「すばらしい。いや、よかった。さて、さて.......不思議なこともあるものよ.......まったくもって不思議な.....」

 

オリバンダー老はぶつぶつと不思議だと繰り返している。ハリーが渡された杖に何かあったのだろうか?

 

「あのう。何がそんなに不思議なんですか?」

 

オリバンダー老にハリーが聞いた。オリバンダー老はハリーをじっと見つめて話始める。

 

「ポッターさん。わしは自分の売った杖は全て覚えておる。全部じゃ。あなたの杖に入っている不死鳥の羽根はな、同じ不死鳥が尾羽根をもう一枚だけ提供した.....たった一枚じゃが。あなたがこの杖を持つ運命にあったとは、不思議なことじゃ。兄弟羽根が.....なんと、兄弟杖がその傷を負わせたというのに......」

 

兄弟杖がハリーの稲妻形の傷を負わせた....つまりそれはヴォルデモート卿の杖に他ならない。なるほど、それは確かに不思議なことだ。信じていないわけでは無かったが、やはり運命というものは存在するらしい。

 

オリバンダー老はさらに続けた。

 

「さよう。三十四センチのイチイの木じゃった。こういうことが起こるとは、不思議なものじゃ。杖は持ち主の魔法使いを選ぶ。そういうことじゃ.....。ポッターさん、あなたはきっと偉大なことなさるに違いない.....。名前を言ってはいけないあの人もある意味では、偉大なことをしたわけじゃ.....恐ろしいことじゃったが、偉大には違いない。」

 

他の魔法使いには成し遂げられないことをした、という意味ではかの闇の帝王は偉大だったのであろう。私は彼の思想には共感していないけど.....彼が魔法界に与えた恐怖の大きさは尊敬に値する。彼は既にハリーによって打ち倒されているがもし彼がまだ生きていて再起を図っているのなら、私は彼と接触を試みたいと思っている。彼の力は、私の()()に近づくのに最も理想的な手段になり得る。

 

オリバンダー老から話を聞いたハリーが少し肩を落としながらハグリッドの所へと歩いていった。私達もハグリッドの所へ向かう。

 

「先ほどぶりです、ハグリッド。買い物は無事に済みましたか?」

 

「おお、メルセデスか。あの鞄には助かってるぞ、荷物を運ぶのにかかる手間が何一つ無いんだからな。買い物はメモに書いてある通りにすんだ。つりは鞄にしまってある。」

 

私は鞄を開いて中を確認する。買い物はきちんと済ませてくれたようだ。

 

「ありがとうございます。では、私達も杖を選んで貰いますね。」

 

まず私がオリバンダー老へと声をかける。

 

「こんにちは。」

 

オリバンダー老は私を見ると懐かしそうな顔をした。

 

「おお、これは懐かしい顔だ。オスカーさんとアイリーンさんの娘じゃな?お父さんと同じ目をしておる。三十二センチ、黒檀で作られていて、とても振りやすかった。ウォルター家の名に相応しく戦闘に適した杖じゃったな。最も、その最後は残念なものじゃったが....」

 

マグルを三十人も殺したことに自分の杖が使われてしまったのが残念で仕方がないのだろう。オリバンダー老の顔色は優れているとは言えなかった。

 

「アイリーンさんはナナカマドの杖に選ばれておった。二十五センチ、しなりのよい杖じゃった。高い防衛力を持つが、ここぞというときに相手を上回る攻撃を放つことができる杖じゃった。」

 

確かに、母は闇の魔法使いを一人で複数人ぶちのめしたことがあったそうだ。杖の性能というのはかなり正確にわかるものなのだなと思う。

 

「さて、それではウォルターさん。拝見しましょうか。どちらが杖腕ですかな?」

 

オリバンダー老が巻き尺を取り出しながらたずねる。

 

「左腕です。」

 

「腕を伸ばして。そうそう。」

 

オリバンダー老は私の寸法を測りながら杖の芯材について話す。この店では一角獣(ユニコーン)のたてがみ、不死鳥の尾羽根、ドラゴンの心臓の琴線が使われているようだ。

 

巻き尺が私の鼻の寸法を測りだしたので、反射的に燃やそうとしてしまったがなんとか抑える。ダニーの目の前で鼻の寸法を測られるのは何か気に入らない。

 

「では、ウォルターさん。これをお試しください。リンボクに一角獣(ユニコーン)のたてがみ。二十四センチ、曲がりにくい。」

 

オリバンダー老が巻き尺を片付けると、杖を差し出してきた。

 

渡された杖を手にとって振ってみるが、すぐにもぎ取られる。それから二、三本杖を振ったがどれもしっくり来ない。

 

「う~む、それではこれを。ヤマナラシにドラゴンの心臓の琴線。二十センチ、全く曲がらない。」

 

私が杖を振ると、今までとは違って杖の先から衝撃が発生し、店の一部をえぐった。

 

「おお、すばらしい。その杖もまた決闘に優れた杖じゃ。ウォルター家のあなたに相応しい。また、革命家の好む杖でもある...あなたはきっと偉大なことを成し遂げるじゃろう。」

 

ふむ.....革命家か。ある意味では私も革命家になることを望んでいるのかもしれない。私にあった杖だと言える。少し短めなのが気になる所ではあるけれど...

 

「杖が決まってよかったね。メルセデス。さぁ次は僕だ。」

 

私と入れ替わりにダニーの杖を選んでもらう。何本か杖を入れ換えた後、やっとダニーの杖から見事な火花がとんだ。

 

「ブラボー!イトスギに一角獣(ユニコーン)のたてがみ。三十三センチ、よくしなる。イトスギに選ばれる魔法使いは英雄になると言われておる。あなたもまた立派な偉業を成し遂げるじゃろう。」

 

英雄、という所でダニーは複雑そうな表情を浮かべた。

 

英雄.....か。もしダニーが英雄になる運命なのだとしたら、彼は何をもって英雄と呼ばれるのだろうか?頭の中で私の前に立ちはだかるダニーの姿が一瞬見えたような気がした。

 

.......彼は化物(フリークス)の友人だ。少なくとも、今は。杖の伝承が確実であるとは限らない。考えるのは止めておくことにしよう。

 

いまだに気分が落ち込んでいる様子のハリーとハグリッドと共に、私達はオリバンダーの店を出る。

 

外では既に太陽が世界を赤く染めていた。私達は来た道を戻り、漏れ鍋へと帰って来た。

 

ハリーは道中もずっと黙りこくったままだった。余程さっきのオリバンダー老の話が引っ掛かっているらしい。この状態のハリーに魔法鞄に入れてある荷物を全てもって帰らせるのは流石に酷く見えるかと思い、私はハリーに声をかけた。

 

「ハリー、よかったらその魔法鞄を入学まで貸してあげましょうか?これからマグルの交通機関で帰るのでしょうから、その荷物は目立ちますよ。」

 

ハリーは突然の提案に驚いたようだ。

 

「え?いいの?確かに助かるけど...」

 

「大丈夫ですよ、まだダニーの鞄がありますから。」

 

私は自分達の分の荷物をダニーの鞄に押し込んで、自分の魔法鞄を差し出す。ハリーは遠慮しながらも嬉しそうに受け取った。

 

「ありがとう、メルセデス..ダニエルも...あの、ええと...」

 

ハリーは何かを言いたそうにしているが、中々声にならないようだ。

 

「どうかしましたか?」

 

ハリーは意を決して口を開いた。

 

「あの、二人とも僕と友達になってくれないかな!」

 

これは驚いた。まさか英雄から友達になりたいと言われるなんて。私とダニーは顔を見合わせて同時に頷く。

 

「勿論ですよ。よろしくお願いしますね、ハリー。」

 

「こちらこそよろしく、ハリー。」

 

ハリーは随分と感激した様子だ。ハグリッドも後ろで涙ぐんでいる。

 

「ありがとう、二人とも。ホグワーツでもよろしくね!」

 

こうしてハリーと友人になるという予想外の出来事が有りつつも、私達の買い物は終わった。英雄と友人になったことで今後私達にどのような影響が出るのかはまだ、わからない。

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 五


申し訳程度のHELLSING要素一つめがでます。また、今回は捏造設定の嵐です。描写は上手くありませんが残酷な描写のような何かもございます。お気をつけください。



 

 

 

ウォルター邸の地下室 仕掛け扉によって隠された階段の下にある学校の講堂ほどの空間は、壁のようにすら思える重厚なカーテンで二つに分けられている。扉を入って直ぐは天井に届かんばかりの高さの本棚に埋め尽くされ、その奥には、気の弱い者が見れば直ぐに吐き気を催すだろう光景が存在していた。

 

壁には様々な刃物、鈍器が吊り下げられており、並べられた棚の中には多種多様な薬品が収められていた。部屋に入った者の目を最も引くものは中央に置かれた金属製の台とその横に立つ少女であろう。台の上には全身を血で染め上げられた男が横たわっており、少女はその男の心臓に向かって今まさにナイフを振り下ろさんとしていた。

 

少女の振り下ろしたナイフは何の抵抗もなく心臓へと突き刺さり、傷穴はどす黒い血の塊を周囲に撒き散らした。ナイフを振り下ろした少女もまた、吹き出した血によってどす黒く染まっていく。ナイフを刺された男は多少身動ぎをした程度で声すら出さなかった。

 

台の上に横たわった男からは、知識が無いものでも一目で致死量を越えていると判るほどの血が吹き出している。しかし、よくよくその男を観察してみると何事も無かったかのように生命活動を行っていることが見てとれる。それどころか、ナイフが深々と突き刺さった筈の胸からは最初から傷などついていなかったように傷穴が消えていた。

 

ナイフに着いた血を布で拭き取っている少女―――――メルセデス・ウォルターは傷が消えた胸を確認すると満足そうに声を洩らす。

 

「ここまでは完璧ですね......さて、次は頭ですか。」

 

メルセデスは血を拭き取ったナイフを壁に吊り下げて懐から杖を取り出すと男の眉間に突き付け、呪文を唱えた。

 

フリペンド(撃て)

 

至近距離から放たれた衝撃呪文は男の眉間を容易く貫通し、男の後頭部からは脳髄が音をたてて撒き散らされる。しかし.......

 

「素晴らしいです。まさかここまでの損傷すら再生してしまうとは......流石はバチカン教皇庁の技術の結晶、再生者(リジェネレーター)。」

 

後頭部から脳髄が撒き散らされて尚、男の生命活動には何の支障も出ていなかった。男の意識は一度途絶えたようだが、男の眉間に空いた風穴はたちまち再生していき、最終的には胸の傷穴と同じように消え去っていた。

 

再生者(リジェネレーター)、カトリックの総本山バチカンが極秘に保有する戦闘機関「存在しない筈の第十三課」イスカリオテの極一部の戦闘員のみに施される技術。

 

賢者の石を模倣することを目的とした数々の失敗作の中の一つ、人に尋常ではない再生能力を付与する液体を生み出す「生命の石」。この石をマグルの技術によって身体の血液の循環に組み込み、それに合わせて回復法術(ヒーリング)を身体に刻み込むことで人ならざる生命力を実現したものだ。

 

メルセデスは何故かこの地下室に安置されていた再生者(リジェネレーター)の資料を発見し、数年間に渡りこの技術を再現することを目的とした人体実験を繰り返してきた。

 

それは目的のため、自らの心だけでなく、身体までもを完全な化物(フリークス)とするためであった。

 

彼女の望みを果たすためには、幾つもの死線を乗り越えなければならない。心が化物であっても、身体が人のままであるのは大きな不安要素であった。

 

そのため、メルセデスはバレれば即アズカバン行きであろう人体実験をするに至ったのだが、人体実験に使われてきた資料(サンプル)達はウォルター家に恨みを持ち、娘一人しか残っていないウォルター家を根絶やしにせんとメルセデスを襲撃した者達の成れの果てである。襲撃は極秘裏に行われてきた為、メルセデスにとっては足がつくこともない理想的な研究材料だと言えよう。

 

「次は......まぁこれは結果がわかっているのですが、念のためにやっておきましょう。」

 

頭部の穴を観察し終えたメルセデスが壁から取り上げたのは、大振りの鉈である。大人でも少々振り上げるのに苦労するような大振りの鉈を彼女は片手で軽々と振り上げ、台上の資料(サンプル)の腕へと振り下ろした。

 

――――――ガツン――――――

 

メルセデスが振り下ろした鉈は易々と骨ごと腕を両断し、腕の下の金属製の台に一筋の切れ込みを入れる。腕の切断面からはやはりおびただしい量の血が溢れ、周囲を赤く染めた。

 

「.......ふむ、やはり欠損したものを再び造り出すことまでは出来ないのですね.....」

 

メルセデスは腕の切断面を観察するが、新しく腕が生えてくるようなことは無く、表面が皮で覆われていくのみであった。

 

生命の石は対象に再生能力を付与するものの、その再生はあくまで傷を塞ぐ程度のものであり、賢者の石のように失ったものを造り出すことはできない。これが生命の石が賢者の石の劣化版たる所以である。

 

「やはり、私が求めるレベルの不死性を得る為には賢者の石を使わないといけませんね.....しかし、賢者の石を現在所有しているのはニコラス・フラメルのみ。彼はフランスにいるでしょうから奪いに行くには時間がかかります。それに、今まで幾多の魔法使い達が不死を求めて彼を襲ったでしょうに彼は数百年間賢者の石を保持し続けている。そう簡単に奪えもしませんか....」

 

メルセデスは生命の石を使う方法に限界を感じていた。先ほどのように切断されてしまったものまでは再生できず、広範囲を爆発等で吹き飛ばされてもそれを再生することは出来ない。また、魔法界で戦うならば必ず飛んでくるであろうある呪文も防ぐことができなかった。

 

「録るべき記録は全て録り終わりました。この資料(サンプル)ももう必要ないでしょう。ですが、この資料(サンプル)のおかげで研究が終わりましたし、労いの言葉くらいはかけてあげましょうか。」

 

メルセデスは虚ろな表情で虚空を見つめる台上の男に杖を向け、別れの挨拶をする。

 

「私の実験にお付き合い頂き、深く感謝しています。ご苦労様でした.....アバダ・ケダブラ(さようなら)

 

メルセデスの杖から放たれた緑の閃光が男を貫く。胸を抉られようと、眉間に風穴を空けられようと止まらなかった男の生命活動は、死の呪文によってあっけなく止められていた。

 

「再生能力は素晴らしいですが...この魔法界において死の呪文を防ぐことが出来ない不死身の身体には何の価値もありません。やはり、賢者の石、またはそれに準ずる何かを見つけなければ...」

 

生命の石に替わる物質を思い浮かべながらメルセデスは死体の処理をしていく。小規模な悪霊の火を作り出して死体を塵と化させ、消失呪文で塵を消し去った。

 

「メルセデス、いるかい?」

 

メルセデスが死体の処理を終えた所で地下室にダニエルが入ってくる。ダニエルは鼻に布を当てていた。地下室の中には血や幾つもの薬品、死臭によって混沌とした臭いが充満しているためである。

 

「あ〜メルセデス?派手にやったね.....全身が血まみれだ。スコージファイ(清めよ)

 

部屋の惨状に少し眉をひそめたダニエルが浄化呪文によってメルセデスの身体ごと部屋の中の汚れを消し去っていく。

 

「いつもありがとうございます、ダニー。」

 

「礼なんて言わなくていいよ。おかげで浄化呪文の精度が飛び抜けて高くなった。浄化呪文だけならダンブルドア先生にだって勝てそうだよ。」

 

ダニエルはそう言って愉快そうに笑う。

 

「それで、どうしたのですか?」

 

「ああ、そろそろマッドアイが屋敷にくる頃だと思ってね、地下室を隠して欲しいと言いに来たんだ。」

 

今日は八月の三十一日、ホグワーツ入学の前日である。マッドアイが二人がホグワーツに行く前の最後の見回りと称して入学を祝いにくる日だった。

 

「わかりました。研究も今日で終わることが出来ましたし、本棚の本を幾つか取り出した後にこの地下室を封印するとしましょう。」

 

メルセデスは本棚から幾つか必要になりそうな本を魔法のかかった鞄に入れていく。取り出した本の多くは、決闘のための魔法が多数載せられている歴代のウォルター家が執筆したものであった。

 

本をしまい終わり地下室から地上へと出ると、メルセデスは壁の窪みに隠された仕掛けに向かって衝撃呪文を放つ。仕掛けは与えられた衝撃によって歪み、修復しない限り作動することは無い。

 

「封印は完了です。さあ、マッドアイを出迎える準備でもしましょう。警戒している相手から歓迎を受けるとどんな気分になるのでしょうね?」

 

「普通に嬉しがるんじゃないかな?心の中で。」

 

二人はマッドアイを迎える用意を始めていった。

 

 

 





活動報告にて今後の活動についての報告を載せました。


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化物(フリークス)と賢者の石 六


ムーディ視点がこれほど難しいとは思いませんでした...


 

 

 

sideマッドアイ

 

 

 

 

「全く!面倒な場所に建ちおって!」

 

傾いた太陽が木々を赤く染めている森の中を歩きながら儂は独りごちる。

 

森の中には道というものが存在しておらんし、周りの風景も何一つ変わらん為に歩きにくいことこの上ない。方角を示す魔法を使わんで進むことは不可能だろう。

 

そのような面倒な場所を歩く羽目になっておるのは一重に儂の目的地であるウォルター邸がこの森の中にあるせいだ。

 

ウォルター邸には姿現し妨害もかかっておるわ、とある事情によって煙突飛行も使うわけにはいかないわでウォルター家に向かうには森の中を突っ切る他無い。箒で空を飛ぼうにも上からはウォルター邸が見えないという徹底ぶりだ。

 

「油断大敵」が儂の座右の銘ではあるが、いざ自分が防御を固めた屋敷へと向かう身になるととても面倒な道のりだ。

 

こんな苦労をしてまで儂がウォルター邸を目指すのは、あの屋敷に住む二人の子供に会いに行くためだ。

 

メルセデス・ウォルターとダニエル・ウォード。儂はあの二人に月に一度ほど会いに行っている。

 

何故そのようなことになったのかというとだ。六年前、闇払いを引退して隠居生活をしておった儂の元にホグワーツ校長であるダンブルドアが現れて頼みごとをしてきおった。その頼みごとは、ウォルターの娘の監視役を兼ねた保護者になってくれという内容だった。

 

ダンブルドアが現れたのはあの事件がまだ新聞に載っていない時期だったからな、ウォルターが死んだことをまだ知らなかった儂はダンブルドアに事の顛末を聞いたのだ。

 

するとどうだ?ダンブルドアから語られたのは幼い子供が心を病むには十分すぎる凄惨な事件であった。闇に堕ちないように監視をせねばならないのは至極真っ当なことだろう。ダンブルドアは闇に堕ちる可能性は低いと断じていたが、儂はそうは思わん。

 

オスカー・ウォルターとは知らない仲では無かった。ホグワーツの同級生でな。若い頃は闇の魔術を使うというウォルター家の人間だということでよく突っかかったものだ。

 

最も、戦争屋の人間のくせに争い事を避けたがる姿勢を崩さなかったウォルターに対する敵愾心は長くはもたなくてな、一方的に突っかかる相手からある程度認めた相手へと変わっていくのに時間はかからんかった。

 

奴とは戦う力への考え方が正反対だったが、あの時はお互いを尊重しあっていたと思っている。

 

そんなウォルターの娘だ、保護者になることは吝かでは無かったので二つ返事で承諾した。闇払いとしてもウォルター家の人間が闇に堕ちることは防ぎたかったからな。......まさかウォルターを殺した男の息子までついてくるとは思わんかったが。

 

あの二人は仲が良い、お互いにの肉親が殺しあったとはとても思えんくらいに。依存し合っているようにも見える。特にダニエル、あの小僧はメルセデスの為ならば何でもするだろう。あの二人の間に何があったのかまでは知らんが危ういことこの上ない。

 

メルセデスもそうだ、今でこそ様々な表情を見せるが初めて会った当初は微笑んでいる姿しか見せなかった。両親が殺された人間がする表情ではない、明らかに何処かが壊れてしまっていた。

 

ダンブルドアはこの二人の何処を見て闇に堕ちる可能性が低いと断じたのか?儂には全く理解ができん。

 

ダンブルドアが何を考えているにせよあの二人が闇に堕ちないようにし、もし闇に堕ちたのならば打ち倒すのが今の儂の仕事だ。しかし、六年間の関わりの中で、流石の儂もあの二人に情が湧いてしまっているのを自覚していた。

 

―――――――儂は、あの二人が敵として目の前に立った時でも容赦無く打ち倒す事が出来るか...?

 

そんなことを考えている内にウォルター邸が見えた。相も変わらず規模の割に飾り気の無い屋敷だ。儂は玄関の扉に近づきドアノッカーで扉を叩く。

 

しばらく待つと玄関の扉が開いた。

 

「ようこそ、マッドアイ。お久しぶりですね。」

 

扉を開いて現れたのはメルセデスだった。その赤い血のような目からはこの娘がウォルターの娘であることを確信できるだろう。

 

「一月ぶりだな?え?メルセデス。お前達がホグワーツに行く前に良からぬことを企んでいないかを改めに来た。」

 

儂がそう言うとメルセデスの表情に僅かな警戒が現れた。メルセデスは儂が魔法省からの依頼でここに来ておると思っている。魔法省にはこの娘をアズカバンにぶちこみたがっている者もいるからな。儂が何かをでっち上げないかどうか不安なのだろう。もしくは、本当に疚しい事があるのかもしれんが。

 

「今日は珍しく日時をお知らせくださいましたので、ささやかながら歓待の用意をさせて頂きました。」

 

メルセデスは儂をもてなそうと言う。時間から考えて儂の分の料理でも作ったのだろう。ダニエルの料理は何度か食った事があるが、あれが中々旨い。単純に有難いと思った、態度には出さんがな!

 

「そうか、それならばもてなして貰うとしよう.....だが!まずは屋敷の見回りからだ!お前達が儂に何か隠しているやも知れんからな。油断大敵!」

 

儂は屋敷へと上がり込み部屋を一つ一つ確認していく。隠されている物を暴く魔法を幾つか公使していくがどれも反応がない。いつも通りのことではあるがやはり不安は残る。

 

今までこの屋敷から見つかった闇の魔術関連のものが図書室から見つかった本が数冊と倉庫に置かれていた物品が幾つかしか無い。ウォルター家所有の屋敷の中でも古い部類に入るこの屋敷にこれだけしか闇の魔術に関連するものが無いものなのか?

 

違和感はあるが六年間探し続けて見つからなかったのだ。違和感はただの違和感なのかもしれん。

 

「見回りは終わりましたか?ダニエルが料理を作って待っていますのでご案内しますね。」

 

一通り屋敷を見回った後ダイニングへと案内される。六年もの間歩き回った屋敷だ、ダイニングの場所くらいわかるが大人しく案内されることにしよう。

 

「久しぶりだね、マッドアイ。今日は腕によりをかけて料理を作ったから、是非味わって行ってくれ。」

 

ダイニングに入ってきた儂に、ダニエルが料理を配膳しながら笑顔で声をかけてきた。

 

ダニエルの顔は儂から見ても女に好まれそうな顔だと感じるくらいだ、ホグワーツに行けばさぞ狙われるのだろうな。きっとこの小僧の目がメルセデス以外に向くことは無いのだろうが。

 

ダニエルに軽く挨拶をして食卓につく。普段ならば毒殺を警戒して自分の用意したものしか口にせんのだが....一度ダニエルの料理を拒否した次の訪問の時に、メルセデスが何処から持ってきたのかベアゾール石を筆頭とした解毒剤をありったけ用意してきたのを見て諦めた。

 

だが、まぁおかげで旨い料理を食う機会を得ることが出来たのは良いことだ。

 

「どうです?マッドアイ。ダニエルの料理は美味しいでしょう?」

 

「否定はせん。確かに旨い。だが、旨い料理ぐらいで儂が油断すると思っているのではないだろうな?え?儂はお前達を信用しているわけではないぞ?お前達がいつ闇の魔術で儂を殺そうとするかわからんからな!油断大敵!」

 

こう言ってはいるが徐々に気が緩んでしまっているのは事実だ。情で突きつけた杖が震えるようならば、監視役を交代する必要があるかもしれん。だが、他に任せられる人間がいないのもまた事実だ。

 

六年前のウォルター家の事件は大々的に新聞に載せられた。しかし、その内容は事実をねじ曲げ、ウォルター家を徹底的にこき下ろす内容であった。オスカーはまるで罪の無い三十人のマグルを殺した残虐な殺人鬼のように報道され、人々はオスカーがマグルに殺されたのは自業自得だと口々に言うようになった。

 

その娘のメルセデスもまた残酷な子供だとされ、魔法省にはメルセデスをアズカバンへ送るべきだという嘆願が幾つも届いたらしい。ダンブルドアが魔法大臣を通じて全てねじ伏せたようだったがな。

 

今やウォルター家は魔法界で一二を争う嫌われた家だろう。純血主義の連中からはマグルに殺された情けない一族だと軽んじられ、親マグル派からは恐ろしい殺人鬼の一族だと罵られる。

 

ダンブルドアと親しい家の中にもウォルター家をよく思っていない家があるくらいだ、儂の後任が見つかるとは思えん。メルセデスを悪く言う連中を監視につけるようなことがあれば、メルセデス達はさらに魔法界への不信感を高めるだろう。

 

二人と下らない会話をしている内に食事が終わっていた。儂は今日ウォルター邸にやって来た目的を果たすためにトランクを持ってくる。

 

「そのトランクには何が入っているのですか?」

 

メルセデスとダニエルが不思議そうに儂のトランクを見つめる。

 

「明日からはホグワーツだろう?あまり気は進まんかったがお前達に餞別をくれてやろうと思ってな。」

 

儂はトランクを開くと中に入っているものを取り出す。取り出したのは二つの鏡だ。メルセデスはその鏡の招待に気づいたようだ。

 

「それは両面鏡ですか?マッドアイ。」

 

「そうだ。儂には正直お前達がホグワーツで同じ寮になるとは思えんからな。寮が別れてお前達が泣きわめかんように連絡手段を用意してやった。」

 

両面鏡は対になった二つの鏡の間で連絡を取り合う事が出来る魔法具だ。鏡に向かって相手の名前を呼ぶともう一対の鏡の相手が映る。遠く離れていてもお互いの顔を見ながら話す事が出来る優れものだ。

 

「両面鏡って.....鏡どうしで連絡が出来る道具だったっけ?」

 

「それであってますよ、ダニエル。しかしマッドアイ、わざわざ私達にそんな物を?確か両面鏡はとても高価な物だったはずでは?」

 

メルセデスはかなり驚いた様子だ。普段は落ち着いた様子しか見せない娘を驚かせただけでもこれを買った価値はあるかもしれんな。

 

「闇払いとして稼いできた儂にはそう高い買い物では無い。だか大事に扱えよ?壊したとて儂は二度と買わんぞ?」

 

メルセデスは渡された両面鏡を胸に抱いて微笑んだ。

 

「ありがとうございます、マッドアイ.....勿論大事に使わせてもらいますね.....本当にありがとうございます。」

 

自分が渡した鏡を抱いて笑顔を見せるメルセデスに、儂は不覚にもメルセデスが本当の娘のように思えてしまった。

 

―――――どうか、儂がこの娘に杖を向けなければならない時がこないでいてくれ......

 

儂には、メルセデスが闇に堕ちないことを祈ることしかできなかった。

 

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 七


二話分です、詰め込みました。



 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

ホグワーツ入学の日の朝、僕とメルセデスはマッドアイに伴われてキングズ・クロス駅に来ていた。

 

メルセデスは何故マッドアイが着いてくるのか不思議そうだったけど、マッドアイは多分僕達の保護者のような立ち位置にいるんじゃないかと考えている。魔法省からの仕事で来ているにしては世話焼きが過ぎると思うからね。

 

ロンドンからホグワーツへ向かうには汽車に乗らなければ行けないんだそうだ。魔法学校に行く手段がマグルの作り出した汽車なのはどうも違和感が拭えないな。

 

ホグワーツ行きの切符には九と四分の三番線と書いてあるけど、九と四分の三番線何て何処にあるんだろうか?

 

メルセデスなら何か知っているかもしれないと思って隣を歩いているメルセデスに訊いてみることにする。

 

「メルセデス、九と四分の三番線って何処にあるのか知っているかい?」

 

「私も何処にあるかはわかりませんが....九と四分の三番線ということですから、九番ホームと十番ホームの間の柵に何かあるのではないかと思いますよ?」

 

メルセデスが自分の予想を教えてくれると、僕らの会話を聞いていたマッドアイが口を開いた。

 

「メルセデスの言った通りだ、九番と十番の間の柵は魔法によって突き抜ける事が出来るようになっている。ほれ、今まさに実演してくれている連中がおるぞ。」

 

マッドアイが指し示す方向を見ると、カートに沢山の荷物と篭に入った梟を乗せた青年が柵に向かって走るところだった。青年が柵にぶつかるのではないかと一瞬思ったが、青年の姿は柵の中へと消えていった。

 

「ああやるんだ、お前達も行ってこい。」

 

マッドアイに背中を押されて僕達は柵へと向かう。柵の手前でメルセデスが話しかけてきた。

 

「どちらから入りましょうか?ダニエル。」

 

「僕らは荷物も鞄しか無いし、二人で一緒に行こうか?」

 

僕らの荷物は全て魔法の鞄に入れてある。カートで荷物を運んでいたら二人同時に入るのは危険極まりない行為だけど、軽装の僕達なら問題無いだろう。

 

僕はメルセデスの手を取って柵へと向かっていく。柵に突入する寸前に少し目をつぶってしまったけど、しばらくたっても何かにぶつかるような感触もなく、目を開けた時には向こう側にたどり着いていた。

 

目の前には紅色の蒸気機関車が停車していて、プラットホームは大勢の魔法使いでごった返していた。魔法使い達の喋り声以外にも多数の動物の鳴き声が聞こえてきて少しうるさい。メルセデスも僅かに眉をひそめている。

 

「あれがホグワーツ行きの汽車だ。空いてるコンパートメントを探してこい。」

 

いつの間にか後ろにいたマッドアイに急かされてコンパートメントを探す。少し来た時間が早かったようで、車両にはまだかなり空きがあった。適当なコンパートメントを見つけるとメルセデスと共にさっさと乗り込んで窓の外のマッドアイに話かける。

 

「マッドアイ、来てくれて助かったよ。僕達だけだったら多少手間取ってたかもしれない。」

 

僕がマッドアイに感謝の意を伝えると、彼は追い払うように手を振りながら「感謝されるほどのことでは無い」と言うような表情をした。

 

「私からもお礼を言いたいですね.....今まで色々と教えてくださった事も、両面鏡のことも....ありがとうございました、マッドアイ。」

 

メルセデスからも礼を言われるとますます口をへの字にして不服そうになった。

 

「儂はもう行くことにする。儂の目を離れていても怪しい真似をしようとは思わないことだな?え?お前達が良からぬことを企んでいたと聞けば儂は何処からでも飛んでくるぞ!わかったな!」

 

マッドアイはそう言うと足早に汽車から離れていった。マッドアイは随分と不器用な性格をしていると思う。

 

「マッドアイはよく分からない人ですね?私を警戒しているような言動をしているのに何処か甘い所があるような気がします。」

 

立ち去るマッドアイの背中を見つめていたメルセデスが不思議そうにしていた。

 

「彼が何の為に僕達に関わってきたのかはわからないけど、六年の間に情でも湧いたんじゃないかな?」

 

僕の考えを聞いたメルセデスは呆れたような顔をしている。

 

「もしそうなら随分と可哀想な人ですね....私のような存在に情を抱くなんて自殺行為以外の何物でもありません。魔法界の老人方はみんな迂闊なんでしょうか?」

 

メルセデスがそう言った所で突然コンパートメントの扉が開いた。

 

「二人共、このコンパートメントに入ってもいいかな?」

 

扉から顔を出したのはハリーだった。相変わらず痩せ細っていてあまり健康的とは言えなかったけど、前会った時よりは顔色が良さそうだ。

 

「勿論だよ、ハリー。メルセデスも良いよね?」

 

「大丈夫ですよ。ようこそ、ハリー。」

 

ハリーをコンパートメントに迎え入れると汽車が走り出した。マグルの汽車より圧倒的に速い.....なんてことはなく、普通の汽車と全く変わらない速度で動いていた。

 

ようやくホグワーツへと向かう。メルセデスと僕には他の生徒とは違った目的があるにせよ。新天地へと向かうこの時間に僕は大きな期待を感じていた。メルセデスは普段通りだけど、ハリーは楽しみだと思っているのが目に見えるほど浮かれている。

 

ハリーが僕たちに何かを話そうと口を開いた所で再びコンパートメントの扉が開いた。現れたのは、そばかすだらけの燃えるような赤毛をした少年だった。

 

「ここ空いてる?ほかはどこもいっぱいなんだ。」

 

赤毛君がハリーに尋ねる。知り合いなのかな?

 

「僕はいいけど、二人はどう?」

 

ハリーが僕達に許可を求めてきたから軽く頷いておく。

 

赤毛君は椅子に座るとすぐに窓の方へ視線を移して黙りこんだ。人見知りするタイプか?面倒だな......

 

黙りこんだままホグワーツへと向かうのも嫌だから赤毛君に話しかけようとした時、またもや扉が開いた。なんて来客の多いコンパートメントなんだ?

 

コンパートメントに入って来たのは赤毛の双子だった。赤毛君の兄弟なのだろう、双子は赤毛君に話しかけた。

 

どうやら弟に自分達のコンパートメントを知らせに来たようだ。赤毛君はロンと言うらしい。双子はロンに要件を伝えると今度はハリーに話しかけた。

 

「ハリー、自己紹介したっけ?僕達、フレッドとジョージ・ウィーズリーだ。こいつは弟のロン。それで...そっちの君達は?」

 

赤毛の双子、純血の家系のウィーズリーの人間らしい二人が僕とメルセデスの方に視線を向けてきたので自己紹介をする。

 

「僕はダニエル・ウォード、よろしく。」

 

「メルセデス・ウォルターと言います。よろしくお願「ウォルターだって!ウォルターって言った?あの大量殺人鬼の?」」

 

僕に続いて自己紹介を始めたメルセデスの言葉を遮ってウィーズリー少年が叫んだ。

 

「よせ!ロン!」

 

双子の片割れがウィーズリー少年を止めようとするけど彼の口は止まらなかった。

 

「何でウォルターみたいな殺人鬼の娘がホグワーツに通うんだよ!ホグワーツ中のマグル生まれが殺されるかもしれないぞ!ハリー!こんな奴とは付き合わない方がいいよ。こいつと一緒にいたら君まで殺人鬼の仲間だって言われちゃうよ!」

 

ハリーは突然始まったメルセデスへの罵倒で目を白黒させているし、メルセデスはウィーズリー少年をぞっとするほど冷気を帯びた目で見ている。このまま続けさせたらメルセデスが彼に磔の呪いでも掛けかねない。それに、僕もメルセデスを侮辱されて黙っていられるほど大人しくはない....!

 

「ウィーズリー君。」

 

僕が声を出すとウィーズリー少年はびくりと身体を震わせた。思ったよりも怒気が表に出ていたのかな?まぁそんなことはどうでもいい。まずはこの少年の認識を正さなければ。

 

「ウィーズリー君、彼女は僕の大切な人だ。悪く言うことは許さないよ。第一、君がメルセデスの何を知っていると言うんだい?君が言っていることは全て他人から伝え聞いたことだろう?君が実際に見て聞いたことじゃ無い。」

 

ウィーズリー少年、面倒臭いからもうロンでいいか。ロンは僕の言葉に一瞬狼狽えたけど直ぐに言い返してきた。

 

「じゃあなんだい?君はウォルターの全てを見て来たって言うのかい?」

 

愚問だ、僕にする質問じゃ無いな。

 

「全て見て来たとは言わない、人には誰しも隠れた面があるからね。だけど、僕はメルセデスを一番近くで見て来た。これだけは自信をもって言える。何しろ一つ屋根の下で六年間暮らしてきたんだから。君はメルセデスがホグワーツ中のマグル生まれを殺して回ると言っていたけど、そんなことは絶対にあり得ないよ。」

 

「何でそう言いきれるんだよ?ウォルターがマグルを憎んでいないとは限らないだろ?」

 

ロンはまだ食い下がってくる。中々しつこい人だな。

 

「僕がマグル生まれだからさ。もしメルセデスがマグル生まれを憎んでいるなら、僕がこの列車に乗る時は永遠にこなかっただろうね。」

 

ロンはまだ反論したそうだったけど口をもごもごさせたまま何も喋らなかった。上手い言葉が見つからないらしい。

 

「ダニーの言うとおりです。私はマグルを憎んでなどいませんから、マグル生まれを殺して回るなんてことはあり得ませんよ。」

 

「そうだよ、ロン。僕、メルセデスのお父さんが何でたくさんの人を殺したのか聞いた事があるけど、仕方のない理由があったんだよ。ただマグルが憎かった訳じゃないよ。」

 

メルセデスの言葉には不服そうな表情を崩さなかったけど、続いたハリーの言葉でやっと納得してくれたみたいだ。

 

「ロン!初対面の女の子に向かって大声で罵倒するなんて男のすることじゃないぞ!謝れよ!」

 

双子の片割れがロンに怒鳴る。ロンはばつが悪そうな顔をしながらメルセデスの方を向いて頭を下げた。

 

「ごめん....」

 

「もう気にしていませんよ。ウォルター家が世間からどう思われているかはよく知っています。あなたのような反応をする人も少なくはないですからもう慣れっこです。」

 

メルセデスの顔には微笑みが戻っていた。完全にとはいかないまでもメルセデスはロンを許したらしい。この先こんな反応ばかりされるんだろうと思うとメルセデスが不憫で仕方がない。

 

「よし!これで一見落着だな?それじゃここら辺で失礼するよ。またな、ハリー、ロン。そっちの二人も弟が迷惑をかけた。」

 

そう言って双子はコンパートメントから去っていった。気のいい二人だな、つるむと楽しそうだ。

 

それから僕達はハリーの傷のこと、車内販売のお菓子のこと等色々な話に花を咲かせた。窓から見える景色に荒れた土地が目立っようになった頃、コンパートメントに四度目の来客があった。泣きべそをかいた丸顔の少年だ。

 

「ごめんね。僕のヒキガエルを見かけなかった?」

 

ペットのヒキガエルが逃げ出したらしい、それなら簡単に解決出来るかな。

 

「君、そのヒキガエルの名前は?」

 

少年は泣きながら答えた。

 

「トレバーって言うんだ。」

 

「トレバーだね。それなら....アクシオ(来い)・トレバー」

 

懐から杖を取り出して呼び寄せ呪文を使うと、何処からともなくヒキガエルが飛んできた。

 

「このヒキガエルであってるかい?」

 

飛んできたヒキガエルを捕まえて少年の前につき出すと。少年はとても涙を引っ込めて嬉しそうな顔になった。

 

「トレバー!」

 

「へ〜驚き、君ってもう魔法が使えるんだ?」

 

ロンの疑問に答えようと振り向いた所でコンパートメントの扉が開いた。本当に何なんだ?このコンパートメントは。

 

「ついさっきヒキガエルがこのコンパートメントに飛んでいったのだけど、誰か魔法を使ったの?」

 

扉を開くなり喋り始めたのは栗色の髪をした少女だった。少女は僕の手に杖があることを確認すると機関銃のように話始めた。

 

「あら、あなたが魔法を使ったのね?今の魔法は私の知識が間違っていないなら呼び寄せ呪文だと思うのだけどあの呪文は確か四年生で習う魔法よね?あなたも私と同じ一年生に見えるのだけど魔法の練習をしてきたのかしら?あなたって魔法使いの家の生まれなの?魔法使いの家系だとホグワーツに行く前に魔法の練習ができるのかしら?でもそれだと私が必死で魔法の練習をしても魔法使いの家の子には追い付けないかもしれないわ!私の家には魔法使いがいなかったの。ホグワーツから手紙が来たときは本当に驚いたわ。試しに簡単な魔法を使ってみたことはあるけど、魔法使いの家の子にも追い付けるようにもっと勉強しないと....」

 

次々と繰り出される言葉の弾丸に少し面食らいながら、なんとか少女の話を逸らそうとする。

 

「ねぇ!君!君の名前をまだ訊いていないよ。教えてくれないかな?」

 

「あら、ごめんなさい?私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなた方は?」

 

やっと機関銃を撃つことをやめてくれたグレンジャーという少女に名乗り返す。

 

「僕はダニエル・ウォード。そっちに座ってるのがメルセデス。」

 

メルセデスの家名を聞いてまた騒がれても困るので、メルセデスの紹介は名前だけにしておく。少年二人は各自で自己紹介を始めた。

 

「僕、ロン・ウィーズリー。」

 

「ハリー・ポッター」

 

ハリーの名前を聞いた瞬間、再びグレンジャーは引き金を引き始めた。ハリーの事が書かれている本をつらつらと読み上げ、どの寮に入るのかという話に発展し、僕達の答えを訊かずに丸顔の少年と共に出ていった。

 

「どの寮でもいいけど、あの子のいないとこがいいな。」

 

「確かに。」

 

ロンの呟きに思わず同意してしまった。あのマシンガントークを毎日受け止める羽目にはなりたくない....

 

「ところで、君達は自分がどの寮に入ると思う?」

ハリーが訊いてきたので、まず僕から答えた。

 

「僕は正直どこになるか全くわからないな。メルセデスと一緒になれたらとは思うんだけど...」

 

「私は家系からしてスリザリンかグリフィンドールになりますが、私は勇猛果敢な人間ではありませんから恐らくスリザリンになりますね。なので、ダニエルと一緒になる可能性はとても低いと思いますよ。スリザリンにマグル生まれが入ることはありませんから。」

 

メルセデスがスリザリンに入るだろうと言うと、ロンがまた不機嫌そうな顔になった。

 

「スリザリンなんて最悪だよ。闇の魔法使いはみんなスリザリン出身だ。例のあの人だってそうだったんだ。」

 

「そう言わないで下さい。入りたく無くなるではないですか。」

 

メルセデスがそう返すとロンは多少気を良くしたようだ。そのまま自分の寮について話す。

 

「僕の家族はみんなグリフィンドールなんだ...もし僕がそうじゃなかったら、何て言われるか。」

 

「えっと、君には卒業したお兄さんがいるんだよね?今は何をしてるの?」

 

がっくりと座ったロンが寮の事を考えないようにしようとしてるのかハリーがロンに話題を振っていた。ロンの卒業した兄二人はそれぞれルーマニアでドラゴンの研究、アフリカでグリンゴッツの仕事をしているらしい。グリンゴッツで思い出したのか先日、日刊預言者新聞で報道された事件について語りだした。

 

一月ほど前、グリンゴッツの特別警戒金庫を荒らそうとした者がいたそうだ、しかも犯人はまだ捕まっていない。金庫からは何も盗られなかったそうだけど、恐らく盗られなかったのではなく何も無かったから盗れなかったが正解なんだろうね。特別警戒金庫は多分、僕達が目にした七一三番金庫だ。何物かに狙われてるっていう予想はあっていたらしい。

 

グリンゴッツの事件に考えを巡らせている内にハリーとロンの会話はクィディッチのことへと変わっていた。メルセデスはクィディッチの話題にはついていけないのか舟をこいでいる。コンパートメントは和やかな雰囲気に包まれていたが、もう何度目かもわからない事態が起こった。また扉が開かれたのだ。

 

「ほんとかい?このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、汽車の中じゃその話でもちきりなんだけど。それじゃ、君なのか?」

 

入ってきたのはルシウス・マルフォイの息子と体格のよい二人の少年だった。僕はハリーをコンパートメントに迎え入れた事を後悔し始めた。なんたってこうメルセデスと相性の悪い奴ばっかりくるんだ!

 

「こいつはクラッブで、こっちがゴイルさ。そして、僕がマルフォイだ。ドラコ・マルフォイ。」

 

マルフォイが名乗るとロンが吹き出した。それを見たマルフォイはウィーズリー家を扱き下ろし、さらに視線をメルセデスの方へと向けた。メルセデスはいつの間にか目を覚ましている。

 

「おや、誰かと思ったらマグルに殺された魔法使いの恥さらしの娘じゃないか。ポッター君。そのうち家柄のいい魔法族とそうでないのがわかってくるよ。特にこの連中ときたら本当に魔法使いの恥さらしで――――ぐあっ!」

 

マルフォイがうめき声をあげた。何が起こったかというと、ハリーに忠告めいた話を始めたマルフォイにメルセデスが一瞬で近づいて胸ぐらを片手で掴み持ち上げたのだ。もう片方の手に持った杖を眉間に突きつけている。

 

度重なる暴言にもとから我慢強い方ではないメルセデスは完全に切れていた。

 

「ぐっ!離せ!クラッブ!ゴイル!この女を叩きのめせ!」

 

マルフォイの命令を聞いた二人がワンテンポ遅れて動き出す前に、メルセデスが二人に向かってマルフォイを投げつけた。

 

コンパートメントの外の廊下から凄まじい音が響く。マルフォイ達三人は床に尻餅をついていた。

 

「何て野蛮な奴だ!」

 

マルフォイがメルセデスに向かって叫ぶけど、メルセデスはそれを鼻で笑った。

 

「野蛮?私がですか?私は戦争屋(ウォルター)の娘ですよ?何を今さら......戦争屋の娘が野蛮でなくて何になるというのですか?そんなに私が野蛮な事が気に入らないならば、あなたの立派な父上に泣きついたらどうです?ウォルターの娘が野蛮だからどうにかしてほしいと。きっと何とかしてくれますよ?それが実を結ぶかどうかは、さておき。」

 

マルフォイは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「くそっ!こんなことをして父上が黙っていると思うな!ポッター!こんな連中と付き合っていると君まで下等な存在になるぞ。よく考えておくことだ!」

 

そのままマルフォイは子分二人を連れて逃げていった。見事な小物っぷりだ、ある意味尊敬できる。

 

「メルセデス、僕、君の事を誤解していたよ。君、最高だよ!」

 

ロンがメルセデスを讃え始める。

 

「全く...あれと同じ寮になるかもしれない事が今一番不快なことですよ.....!」

 

「僕にはどうすることも出来ないけど、同情するよ。メルセデス.....」

 

メルセデスは不快感を顕にしながら呟く。やっぱりメルセデスにとってマルフォイ家は鬼門なんだろうね....

 

しばらくするとグレンジャーが顔を出した、騒ぎが聞こえてきたのだろう。

 

「いったい何をやってたの?まさかケンカしてたんじゃないでしょうね?まだ着いてもいない内から問題になるわよ!」

 

グレンジャーは色々と文句を言っていたが最終的にもうすぐホグワーツにつくことを知らせて出ていった。ハリーとロンが制服に着替えるというのでメルセデスと共に廊下で待っていると車内にアナウンスが響く。

 

「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いていってください。」

 

色々あったけどホグワーツ特急ももうすぐ終着らしい。ホグワーツにつくまででここまで疲れる何て思わなかった。僕はホグワーツの生活に一握の不安を抱きながら、汽車が止まるのを待っているのだった。

 

 

 

 




爺、親世代ならともかく子世代でホグワーツに行くまでに二十話かかるSSが今まで有っただろうか?いや、無い。(多分)


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化物(フリークス)と賢者の石 八


遅れた上に短いです。とても難産でした....




 

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

停車した汽車からダニーと共に降りる。降りた先は薄暗いプラットホームで、汽車を降りた生徒がひしめいていた。秋になったばかりとはいえ夜の空気は冷たく、私の肌を刺しているような感覚を覚える。

 

殆どの生徒はこれからの生活に対する期待で胸を膨らませているのだろうが、私の胸の内はこれから起こるだろう膨大な数の面倒事に対する嫌気に占められていた。

 

まだホグワーツに着いてもいない間に二人の人間からウォルター家であることに起因する罵倒を受けたのだ。汽車内で関わった人間で私の家名を知った者の半分である。

 

これからホグワーツで関わることになる人間は少なくとも百はくだらないはずなので単純計算で五十人、あの双子がたまたま良識のある人間だったと考えると九十九人程の人間と何らかの衝突が起きると私は思う。これで学校生活に思いを馳せられる人間がいるならその者はどんな悲惨な戦場でも気負うことが無い素晴らしい戦士になれるに違いない。

 

さらに最悪なことにルシウス・マルフォイの息子を早々に投げ飛ばしてしまった。これは私は悪くない。寝起きのあまり動かない頭に自分に向けられた暴言が入ってきたら誰だって下手人を投げ飛ばすはずだ。我慢出来なかったんだね...とでも言いたげな小さい子供を見る眼差しを向けてきたダニーだってきっとそうする。今度寝起きの時間を狙って両面鏡ごしに暴言を吐いてみようか?

 

...駄目だ、向けられる眼差しがさらに優しくなる未来しか見えない。ダニー自身には並の暴言では意味をなさない。長い年月をダニーと共に過ごしてきた私でも彼が自身への暴言に腹を立てた姿を見たことがない。何を言われても涼しい顔を崩さないのだ。私も見習った方がいいのだろうか?

 

話が逸れて思考が明後日の方向へと走ってしまったが何を言いたいかというと、マルフォイ家の者に手を出した時点で私がスリザリンに組分けされた際の人付き合いが絶望的なことになっているということだ。

 

マルフォイ家は先の魔法戦争によって多少名が落ちたものの、いまだに魔法界の天葢で権勢を振るっている。同じ貴族家は勿論、魔法省の高官にも影響力のある一族だ。それらの家の子供が多く在籍するスリザリンにおいてマルフォイに逆らった私に近づこうと思う者はいないだろう。私はスリザリン内で孤高を貫く(ぼっちになる)事が確定しているのである。

 

「うぉーっ!」

 

周囲から轟く歓声によって思考の海から浮上することを余儀なくされた。一体何が?

 

「やっと顔をあげたね?メルセデス。見てごらん、あれがホグワーツだ。」

 

歓声に驚いて俯いていた顔を上げると、私の顔をダニーが覗き込んでいた。私がぐだぐだと今後の生活を悲観している間に湖のほとりにたどり着いていたようだ。物思いに耽りながら歩いていたせいか私とダニーは列の最後尾よりも少し離れてしまっている。私はダニーに促されて湖の上へと目を向けた。

 

夜空をそのまま写し取った黒い湖の向こう岸に高い山がそびえ立っている。その山の頂きには大小様々な塔によって形作られた城が見え、その城の窓から漏れる光が天と地に広がる夜空に星を与えている。

 

あれが...ホグワーツ...難攻不落の学舎、生きている城塞、英国魔法界の希望の象徴、そして.....私が、私の望みの為に()()()()()()()()()()()()場所。

 

「ダニー...」

 

「なんだい?」

 

私はダニーに向き直り、彼の目を真っ直ぐに見据える。ダニーも私が真剣な話をしようとしていると察したのか顔から笑みを消し、その琥珀色の瞳で私を見つめる。

 

「遂に始まります。化物(フリークス)が己の望みを果たす為の計画、その序章が。貴方は(化物)の友人として、これから数多くの闘争に身を投じることになるでしょう。そして貴方は六年前、誓ってくれましたね。(化物)が人を殺すなら、その為の道具を用意しようと。(化物)が人を騙すのなら、その為の口上を用意しよう...と。その覚悟に変わりはありませんか...?」

 

私の問いかけにダニーは微塵の躊躇も見せずに答えを返す。

 

「それが、君が心から望んでいることならば、僕はどんな手を使ってでもその助けとなろう。僕は言った筈だよ、フリークス。何も変わってなどいない。」

 

私はダニーに開心術を使う。隠さず堂々とだ。入り込んだダニーの心には一切の防壁が存在していなかった。ダニーは閉心術を使えない訳ではない。むしろ、他人に知られる訳にはいかない秘密が多すぎる私達にとって必須な技術であるから、ダニーに真っ先に修得してもらっていた魔法の一つだ。彼の得意な魔法だと言える。

 

しかし、今現在ダニーは閉心術を一切使っていない為、私にはダニーの全てが手に取るようにわかる。ダニーの闘争に身を投じる覚悟も、ダニーの誓いに塵芥ほどの虚偽も含まれていないことも.....私に向ける、想いも。

 

初めてダニーの心を覗き、その大部分を占めるその想いを知った時、私の中に溢れた感情は膨大な歓喜だった。

 

私がダニーに向ける想いそのものは化物と成り果てた後も変わっていなかった。この想いこそが私がダニーを殺す事を躊躇させたたった一つの要因であると、私はこの六年間で気づいていた。

 

化物(フリークス)と成り果て、人に対する慈悲を失った私が唯一殺すことを躊躇してしまう人間。それこそがダニエル・ウォードなのだ。

 

ダニーに覚悟を問うておきながら自分はこの様だ。この想いはいずれ私の首を締めるだろう。彼は英雄の杖に選ばれた。彼が化物()を打ち倒す人間(英雄)になる未来が来ないとは限らない。それでも尚、私はダニーの手を離すことを選べなかった。

 

今は、まだ、彼は私の側にいる。化物(フリークス)の友人でいてくれる。私の助けとなってくれる。

 

時間はある。彼が私の元を離れるその時までに、私も覚悟を決めなければならない。己の望みを果たす為に。

 

「貴方の想いは全て受け取りました.....行きましょう、ダニー。城に見惚れていた生徒達も動き出したようです。」

 

湖の方を見ると生徒達が四人一組でボートに乗り始めていた。向こう岸まではボートにで渡るようだ。

 

「ああ、行こう。」

 

私達も湖へと近づき、余っていた二人の生徒と共にボートに乗った。二人の生徒はどうも人と話す事が苦手らしく一言も話さない。余っていた理由はそういうことだったらしい。

 

「みんな乗ったか?」

 

生徒を先導していたハグリッドが大声を出した。勿論彼のボートには彼一人しか乗っていない。四人乗りのボートでも彼にかかれば一人乗りのボートに早変わりするようだ。

 

「よーし、では、進めぇ!」

 

ハグリッドの号令によってボートの群れは一斉に動きだし、星空の上を突き進んでいく。山の上にそびえ立っているホグワーツ城は圧倒的な存在感をもって眼下の生徒達を威圧していた。

 

「頭、下げぇ!!」

 

蔦のカーテンを潜り抜ける為に頭を下げる。通学路にしては不便が過ぎるように思うのだけど一体どういう意図をもってこんなに面倒な道のりを活かせるのか?

 

カーテンを潜り、その影に隠れた崖の入り口の中へと進む。その先には船着き場があり、ようやくボートの旅も終わったようだ。

 

私達はハグリッドの持つランプに導かれ、岩の山道を登り、城の石階段の下へと辿り着く。石階段を登った頂上には、長い歴史を感じさせる巨大な樫の木の扉が立ちはだかっていた。

 

ハグリッドがその丸太のような腕を振り上げ、城の扉を三回ノックする。

 

重厚な音を響かせながら開いた扉に、私は巨大な生き物が口を開いたような錯覚を覚えていた。

 

 

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 九


また遅くなりました.....今日で二話投稿するので許してくださいお願いします。



 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

扉から現れたのはエメラルド色のローブを着た老齢の魔女だった。厳格な顔つきをしており、規律や秩序といったものを深く重んじているだろうことが滲み出る雰囲気から察せられる。

 

ルールを破りたい盛りの少年達にとっては煙たい存在だろうが、私にとっては関わりやすいタイプだ。彼女のような人間は、人を噂や評判で判断することが無いことが多い。最初から悪印象を持たれていることばかりの私の数少ない警戒せずに済む人間になって欲しいところだ。

 

「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです。」

 

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預りましょう。」

 

老齢の魔女、ホグワーツ副校長であるミネルバ・マクゴナガル教授らしい彼女は、中途半端に開かれた扉を大きく開け放つと一年生を中へと導き始めた。

 

ホグワーツの中は解放感に溢れている。石壁が四方八方に先が見えないところまで続き、天井は存在などしないのではないように見えるほど遥か彼方にあった。

 

一年生達は巨大な大広間の扉を横切り、脇にある空き部屋に詰め込まれた。隣の大広間からは大勢のざわめきが聞こえる。上級生は皆既に大広間に集まっているようだ。

 

マクゴナガル教授が一年生の前に立った。挨拶が始まるらしい。

 

「ホグワーツ入学おめでとう。新入生の歓迎会が間も無く始まりますが、大広間の席に着く前に皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。」

 

教授は寮について話を始めた。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリン、どの寮に入ったとしてもホグワーツにいる間は勉強も自由時間も睡眠も寮で行う。寮生が家族のようになると言われたが私の場合はそうはならないだろう。何処に入ったとしても敵が多すぎる。せめて私の時間を無駄に浪費させないでいてくれればいいのだけど。

 

「――――――学年末には、最高得点の寮に大変名誉のある寮杯が与えられます。どの寮に入るにしても、皆さん一人一人が寮にとって誇りとなるように望みます。」

 

寮の得点か...正直興味は無いけど、少しくらいとっておかなければ寮に貢献していない等の理由で突っ掛かって来る輩が現れるだろう。面倒なことだ。

 

「間も無く全校生の前で組分けの儀式が始まります。待っている間、出来るだけ身なりを整えておきなさい。」

 

教授の目が数人の生徒に向けられる。私もダニーも身なりは整えているので何かする必要はない。

 

教授が部屋を出ると途端に一年生達がざわめき出す。話の内容は大体組分けの方法のようだ。

 

「組分けねぇ...どんな方法なんだろうね?公平な方法で決めてくれるなら何の不満も無いんだけど。」

 

ダニーも組分けの方法に興味が有るようだ。

 

「私は何かの魔法で生徒の適性ごとに分けるものだと考えています。周りは魔法の試験だの凄く痛いだの言っている人がいますが、まだ魔法を知らない生徒もいるでしょうし、痛みを伴う試験など実施していれば保護者が黙っていないでしょうからね。生徒が何かをするわけでは無いかと。」

 

少し耳を澄ませてみると何かをぶつぶつと早口で唱えている少女がいた。汽車の中でダニーに詰め寄っていた少し気に障る少女だ。名前は確か....ハーマイオニー・グレンジャーだったはず。

 

ハーマイオニー・グレンジャーはどうやら本で覚えた呪文を繰り返しているらしい。呪文集に載っている呪文の記載を載っている順番に呟いている。

 

丸暗記したのだろうか?私ですら記述の丸暗記はしない、丸暗記をするよりは要点をまとめた方が必要な知識を直ぐに取り出すことが出来ると考えているからだ。丸暗記を全否定するわけでは無いが、あの分厚い呪文集を丸暗記するなんて...勉強熱心というか病的というか...

 

私がハーマイオニー・グレンジャーに引いていると不意に周囲の空気が冷え始めた。咄嗟に振り向くと、背後の壁から二十人ほどのゴーストがすり抜けてきた。ゴースト達は一年生に目もくれずに何か話し合いをしながら部屋を横切っていく。唖然として自分達を見ている一年生に気づいた何人かのゴーストが生徒に話しかけ始めた。

 

「新入生じゃな?これから組分けされるところから?ハッフルパフです会えるとよいな。わしはそこの卒業生じゃからの。」

 

生徒に話しかけた修道士のような格好の太ったゴーストはハッフルパフ出身らしい。生徒達は死後数百年はたっていそうなゴーストから嫌でもホグワーツの歴史を感じとることができただろう。

 

しかし、ホグワーツの卒業生がホグワーツでゴーストとして住み着いている理由はなんだろうか?というよりは死後ゴーストになる条件はなんだろうか?死んだ後もさまよい続けるのは御免なので、ゴーストにはなりたくないものだ。

 

「さあ、行きますよ。組分けの儀式が間も無く始まります。」

 

再び部屋に入ってきたマクゴナガル教授の先導によって私達は大広間の扉をくぐった。いよいよ組分けが始まる。何処に組分けされたかによって私の学校生活の難易度が大きく変わってしまう。もはや結果は見えているようなものだが、番狂わせが起きることを祈るばかりだ。

 

大広間の中には見事光景が広がっていた。空中に浮かぶ幾千幾万も存在しているだろう蝋燭によって四つに別れた長テーブルが照らされ、恐らく寮ごとに別れているのであろう上級生達がこちらを興味津々に見つめている。上座にも長テーブルが置かれており、ゴースト、ターバン、小人、等々酷く個性的な教授陣が座っている。

 

マクゴナガル教授は私達を上座のテーブルまで誘導し、上級生の方を向く形で並ばせた。

 

ふと天井の方に目をやると、そこには天井がなく、どこまでも広がる星空が見えていた。

 

「本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ。ホグワーツの歴史に書いてあったわ。」

 

何処かで誰かがそういったのが聞こえる中、私は天井の魔法を掛けた魔法使いに想いを馳せていた。あの魔法を掛けた者はきっと素晴らしい感性を持ち、人に美しいものを魅せようとする芸術家であったに違いない。

 

私の魔法は既に人に害を成すものに特化してしまっている。今さら人を喜ばせる生き方をしたいなどとは思わないが、もし私が只の少女であったのなら、どのような未来を描いていたのか?あの素晴らしい魔法を見て自分も...ということがあり得たかもしれないと考えてしまう。

 

「天井、綺麗だね...」

 

「ええ......」

 

天井から視線を自分の隣に移すと、ダニーがこちらを見ていた。

 

「メルセデス、君が望むのなら...僕は生き方を変えることに何の不満もないよ。」

 

私の頭を一瞬過った想像をダニーは見透かしていたらしい。そんな言葉をかけてくる。

 

「今さらです。私はもう、人の道には戻れませんよ。」

 

ダニーから目をそらし、前を向くとマクゴナガル教授がスツールの上に古くさいとんがり帽子を置いたところだった。あの汚ならしい帽子に何の意味が...?そう思った瞬間、帽子の破れ目が開き歌を歌いだした。

 

「私はきれいじゃないけれど 人は見かけによらぬもの

 

私をしのぐ賢い帽子 あるなら私は身を引こう

 

山高帽子は真っ黒で シルクハットはすらりと高い

 

私は彼らの上をいく ホグワーツ校の組分け帽子

 

君の頭に隠れたものを 組分け帽子はお見通し

 

かぶれば君に教えよう 君が行くべき寮の名を

 

グリフィンドールに行くならば 勇気ある者が住う寮

 

勇猛果敢な騎士道で ほかとはちがうグリフィンドール

 

ハッフルパフに行くならば 君は正しく忠実で

 

忍耐強く真実で 苦労を苦労と思わない

 

古き賢きレイブンクロー 君に意欲があるならば

 

機知と学びの友人を ここで必ず得るだろう

 

スリザリンではもしかして 君はまことの友を得る

 

どんな手段を使っても 目的遂げる狡猾さ

 

かぶってごらん!恐れずに!

 

おろおろせずにお任せを!

 

君を私の手にゆだね(私に手なんかないけれど)

 

だって私は考える帽子!」

 

帽子の歌が終わると広間にいた全員が拍手を始め、地響きすら感じた。帽子はお辞儀をすると再び動かなくなる。

 

組分けというのはあの帽子を被るだけのようだ。だけど少し不味いことになったかもしれない。

 

あの帽子は頭に隠れたものも何でもお見通しだと歌った。それが誇張で無いならば強力な開心術でも使って判断をするのかもしれない。私は隣のダニーに小声で囁く。

 

「あの帽子は開心術を使ってくるかもしれません。知られては困るものは今のうちにしまっておいてくださいね?」

 

ダニーは小さく頷く。閉心術は特に力を入れて鍛えたが、太古から存在する魔法具を相手にどこまで通用するかは未知数だ。下手をしたら全ての企みがダンブルドアにばれるかもしれない。私達二人は周囲の生徒とは違った理由で緊張に顔を強ばらせた。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組分けを受けてください。アボット・ハンナ!」

 

最初の一人が帽子を被り椅子に座ると、帽子は一瞬の内に叫ぶ。

 

「ハッフルパフ!」

 

右側のハッフルパフのテーブルから歓声と拍手が沸き上がり、アボット嬢は迎え入れられた。アボット嬢を皮切りに組分けが進んでいく。

 

「ボーンズ・スーザン!」

 

「ハッフルパフ!」

 

「ブート・テリー!」

 

「レイブンクロー!」

 

――――――――――

―――――――

―――――

―――

 

組分けが進む内に何人か知った人間が組分けされた。ハーマイオニー・グレンジャーはグリフィンドールに組分けされ、ダニーがカエルを探してあげていた少年、ネビル・ロングボトムもまたグリフィンドールに組分けされた。

 

マルフォイは帽子をかぶってすらいない間にスリザリンと叫ばれていた。もしあれがスリザリンに選ばれなかったなら、私は大いに安堵することができただろうに。マルフォイをスリザリンに選ばない、それはつまりあの組分け帽子の目が節穴であるに違いないからだ。

 

マルフォイの後に何人かの組分けが終わり、また一人知った名前が呼ばれた。呼ばれたのは、恐らくこの場にいる誰もが知っているであろう英雄様だった。

 

「ポッター・ハリー!」

 

ハリーの名前が呼ばれた瞬間、大広間は静寂に支配された。誰もが彼の行く寮に興味を示し、自分達の寮に入って欲しいと噂の英雄に穴が空きそうなほどの熱視線を浴びせた。彼にかかるプレッシャーは相当なものだろう。魔法界に入ってまだ日も浅い内に気の毒なことだ。

 

ハリーの組分けには時間がかかった。恐らく今までの生徒の中では一番長いのではないだろうか?帽子が悩むほどに各寮への適性が分散しているのかもしれない。

 

更に五分ほどたった頃に帽子は叫んだ。

 

「グリフィンドール!」

 

瞬間、グリフィンドールのテーブルから爆発と聞き間違える大歓声が炸裂した。グリフィンドール寮生達は自分の寮に英雄が選ばれたことを大層喜んでいる。汽車であったウィーズリーの双子も「ポッターを取った!」と叫んでいた。凄まじい歓迎ぶりだ、ハリーも笑顔になっている。

 

しばらく興奮が覚めなかった大広間だったが、次に呼ばれた名前によって時が止まったかのように静まりかえった。

 

「ウォルター・メルセデス!」

 

誰もが私を見ている。嫌悪、嘲り、恐怖.....様々な負の感情が込められた目線が私を射ぬく。ハリーとは全く逆だ、誰もが私の行く寮を気にしているのは同じだが、自分達の寮にだけは来ないで欲しいと思っている。

 

ふとスリザリンの方を向くとマルフォイと目があった。これがお前の評価だ、とでも言いたげにニヤニヤとこちらを見ている。ここが一目の無い場所だったのならまた投げ飛ばしていたところだ。

 

ダニーとも目があった。彼は周りの反応に不快感を抱いているようだ。顔が珍しく歪んでいる。ハリーの方にも目をやってみると、彼は周りの反応に困惑しているようだ。ウォルター家の悪い評判は知っていても、想像を越えた嫌われぶりだったのだろう。

 

視線に晒されつつ、椅子に座って帽子を被る。低い声が私の耳の中に響いてくる。

 

「フーム...頭は良い、何事にも怯まずに向かって行くこともできる。だが正々堂々とはいかない、狡猾さも見えている。そして.....随分と隠し事が多いようだが、見せてはくれないのかな?」

 

やはり気づかれたようだ。だが、無理やり抉じ開けることまではしてこない。それならば、このまま通させてもらう。

 

「申し訳ありませんが組分け帽子。私はどのような存在かもわからないあなたに全てをさらけ出すつもりはありません。あなたが私の弱みとなるものを何処かの誰かに伝えないとも限りませんからね。」

 

組分け帽子は私の言葉に何か言いたげな雰囲気を出していたが、口には出さなかった。

 

「なるほど......では今見えている部分で判断するとしよう。私の選択に文句は言うまいね?フム、ならば.......」

 

組分け帽子は数瞬の貯めの後に叫んだ。

 

「スリザリン!」

 

歓声も拍手も無い。スリザリン生達からは見下したような目線で迎えられた。他寮の生徒は殺人鬼の娘がスリザリンに入ったことによって更に嫌悪感を増したようだ。

 

私は近くに人がいない端の方の席に陣取ると次に組分けされるだろうダニーを見る。

 

「ウォード・ダニエル!」

 

名を呼ばれてスツールへと歩きだしたダニーを見て、大広間の女生徒達が色めき立った声をあげる。ダニーは女性にモテる。物腰は基本柔らかく、女性には紳士のような振る舞いをすることが多い。何より顔がいい。今のダニーの表情は不快感に歪んでいるのだけど、見慣れていないとわからないものなのだろうか?

 

私によって凍りついていた大広間の雰囲気はダニーによって溶けだしていた。正直気に入らない。ダニーが周りの黄色い声になんとも思っていないだろうことが救いだろうか。もし嬉しそうな表情でも見せていたら、少し...いや、かなり機嫌を悪くしていたと思う。

 

黄色い声援を受けながらダニーは帽子をかぶり、椅子に座る。しばしの沈黙の後に組分け帽子が叫んだ。

 

「グリフィンドール!」

 

グリフィンドール...か...

 

私はダニーがハリーを含めたグリフィンドールの寮生から歓迎されている姿をじっと眺めていた。

 

 

 

 

 





次回はダニエル視点でメルセデスの組分けからスタートです。


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化物(フリークス)と賢者の石 十

 

 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

「ウォルター・メルセデス!」

 

メルセデスの名前が呼ばれた瞬間、ハリーの寮が決まったことで興奮の最中にあった大広間は静まり返っていた。

 

大広間中の人間の視線がメルセデスに集中している。しかし、何百と向けられたその視線の中で敵対的でない視線は片手で数えるほどしか存在しない。魔法界でのウォルター家の立ち位置を嫌と言うほど理解させてくれる光景だ。反吐がでる。

 

確かに、真実を知っている者から見れば今のメルセデスは自らを化物(フリークス)と称し、殺人を何の躊躇いもなく行うことができる殺人鬼なんだろう。だけど、今メルセデスに悪意のある視線を向けている連中はそれを知らない。彼らは汽車でのロンのように伝え聞いた話から抱いたイメージだけでメルセデスを非難している。

 

気に入らない。全くもって気に入らない。こんな奴等の中で七年間もメルセデスを過ごさせなければいけないことに苛立ちを覚える。

 

メルセデスは自分に向けられる視線を全て無視して堂々と組分け帽子の前に立った。横に立っているマクゴナガル教授はメルセデスに心配そうな視線を向けている。どうやらあの教授は噂で人を判断しないらしい。

 

「スリザリン!」

 

組分け帽子をかぶってしばらくすると、メルセデスの寮が決まった。よりによってスリザリンか......スリザリンの連中はテーブルに向かってくるメルセデスをあからさまに見下した態度で迎えていた。他三つの寮の生徒達はスリザリンに入ったメルセデスに更なる敵意を向けている。

 

......スリザリンが最悪だと思っていたけど他三寮の方が危ないかもしれない。スリザリンはメルセデスを見下しているだけだ。それはそれで気に入らないが危害を加える可能性が低いという意味ではマシだろう。他三寮、特にグリフィンドールは行き過ぎた正義感からメルセデスを攻撃しようとするかもしれない。

 

「ウォルターの嫌われようって凄いんだね...もし汽車で君たちに会ってなかったら僕もあんな反応をしたんだろうな。ウォルターはよくあの空気の中を堂々としていられるよ。」

 

いつの間にか僕の隣にいたロンが話しかけてきた。ロンはメルセデスへの認識を改めてくれているらしい。汽車でマルフォイを投げ飛ばしたのが効いているのかな?

 

「メルセデスをよく知りもしない連中が彼女に悪意を向けるなんて......メルセデスを悪く言っていいのは彼女を理解した人間だけだ。僕だけなんだ。只の先入観からでてくる悪印象で彼女を決めつけることは許せない。彼女はそんな安っぽい存在じゃない。」

 

思わず出してしまった言葉にロンは僅かに顔をひきつらせながら反応を返してきた。

 

「あー、君が言っていることはよく分からないけど、とりあえず君がウォルターを大事にしているのは伝わったよ......ごめんね、汽車で君たちに失礼なことをして。」

 

「過ぎたことだよ。君は今メルセデスに悪意を向けていない。それで、十分だ。」

 

ロンに気にしないように伝えると、丁度僕の名前が呼ばれた。

 

「ウォード・ダニエル!」

 

呼び出しを受けて前へと歩き出すと、周囲の女生徒達が僕を見て色めき立つのが分かる。僕の顔がいいのは自分なりにわかっているつもりだ。メルセデスによく言われるし、出掛け先で女性に会うと大抵は好意的に接される。だけど、今までメルセデスに悪意を向けていた奴らに好意を向けられたところで喜びなどすることはない。むしろますます気分が悪くなってくる。

 

さっさと組分け帽子をかぶり椅子に座ると低い声が聞こえてきた。

 

「フーム、君の頭の中は見事に一色に染まっておる。愛しい人を守りたいと、守る為ならどんな恐ろしいものにも立ち向かっていくと......先程の娘のように何か隠し事があるようだがそれすらも気にならん。君の寮はこれしか無い....グリフィンドール!

 

あっという間だった。僕が組分け帽子の言葉に何か反応を返すよりも前に僕の寮が決まった。

 

グリフィンドール...メルセデスに最も敵意を向けていた寮だ。グリフィンドールのテーブルに向かうとハリーがこちらに手招きをしている。ハリーの隣に座ると、ハリーは笑顔で話しかけてきた。

 

「ダニエル!同じ寮だね!これからよろしく。」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。」

 

ハリーに言葉を返すと、周囲の生徒達が次々と僕に話しかけてきた。ハリーと親しそうにしていたことで興味を持たれたらしい。同じくグリフィンドールに決まったロンも隣に座り、ウィーズリーの兄弟達も集まってくる。

 

――――これは使える。僕はこのグリフィンドールで最も信頼される人間になろう。皆の信頼を勝ち取り、少しずつメルセデスへの悪印象を削いでいく...そうしてメルセデスの学校生活を少しでも楽にしなければ。

 

ただでさえスリザリンの相手をしなければいけないメルセデスにグリフィンドールの対処までさせるわけにはいかない。その為ならば、現時点では不快感しか湧かないグリフィンドール生にも愛想を振り撒こう。

 

僕はそれからしばらくの間ひっきりなしに話題を振ってくる生徒達に笑顔で相手をしていった。

 

ザビニ・ブレーズがスリザリンに決まり、マクゴナガル教授が帽子を片付けるとダンブルドア校長が立ち上がった。

 

彼は生徒達を歓迎するかのように腕を広げ、満面の笑みを浮かべている。

 

「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!

 

意味のわからない掛け声を掛けたダンブルドア校長が席につくと、大広間中の人間が拍手し、喝采をあげた。

 

「あの人.....ちょっぴりおかしくない?」

 

隣でハリーが上級生に聞いていた。ハリーの感性は正しいと思う。

 

それからは食事が行われた。長テーブルの上は料理で埋め尽くされ、様々な料理の匂いで混沌とした様相であった。料理をいくらか食べてみるが、中々美味しい。少し脂っこい料理ばかりなのが気になるところではある。メルセデスの好みでは無いな。彼女は脂は控えめの方が好きなんだ。

 

食事を進めている内に、グリフィンドールのゴーストが挨拶にやって来たり、自分の出自の話になったりした。出自の話は曖昧に誤魔化しておいた。あまり話して気分の良いものでもないし、僕の出自にはメルセデスが不利になる要素が山のように存在する。

 

僕とメルセデスの関係を黙っていることは苦渋の決断だった。血の涙がでそうなほどには心苦しい。だけど、これからメルセデスの印象をよくしていく為にはここで話してしまう訳にはいかなかった。メルセデスには後で了承を取ろう。彼女を不安にはさせたくない。

 

食事が終わり、テーブルから料理が消えると再び校長が立ち上がった。

 

「全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。」

 

校長は校内の森の立ち入り禁止、授業間の魔法の使用の注意、クィディッチの選抜の連絡をした。

 

「最後にじゃが、とても痛い死に方をしたくない者は、今年いっぱい四階の右側の廊下には入らぬことじゃ。」

 

最後の連絡は、死にたくなければ廊下に近づくなという学校とは思えない注意だった。今年いっぱいということは昨年まではなかったということ。今年になって新たに追加されたというところに思い当たる理由が一つある。

 

「七一三番金庫の例の物.....」

 

立ち入り禁止の廊下というものは、もしかするとあの謎の物品を守る仕掛けが施されているのかもしれない。そうだとしたら本気で校内に、しかも生徒が気軽に立ち寄れる場所に危険のある物を置いたことになる。

 

校長室にでも置いておけば良いものを、ここまで露骨だと誘っているようにしか見えない。いや?むしろ本当に誘っているのか?

 

「では、寝る前に校歌を歌いましょうぞ!」

 

校長の宣言に、大広間内の一部の人間の顔がひきつったのが見えた。何故校歌を歌うと聞いただけで顔が強張るんだ?

 

ダンブルドアが杖を振り上げ、空中に金色の文字が描かれる。校歌の歌詞らしい。聞いたこともない校歌だ新入生に歌えるとは思えないが、先輩達の歌を聞いて覚える方式なのだろうか。

 

「みんな自分の好きなメロディーで。さん、し、はい!」

 

「好きなメロディー?え?」

 

僕が校長の口から出た言葉に困惑していると、学校中に響くような大声が耳を貫いた。

 

ホグワーツ ホグワーツ

 

ホグホグ ワツワツ ホグワーツ

 

教えて どうぞ 僕たちに

 

老いても ハゲても 青二才でも

 

頭にゃなんとか詰め込める

 

おもしろいものを詰め込める

 

今はからっぽ 空気詰め

 

死んだハエやら ガラクタ詰め

 

教えて 価値のあるものを

 

教えて 忘れてしまったものを

 

ベストをつくせば あとはお任せ

 

学べよ脳みそ くさるまで

 

皆が皆バラバラに歌い終わった。ウィーズリーの双子など葬送行進曲で一番遅く歌い終わっていた。正気とは思えない。校長も双子にあわせて指揮をしていた。随分とノリがいい校長だね!?

 

「ああ、音楽とは何にもまさる魔法じゃ!」

 

校長は感激の涙を流しながらそう言った。確かに何にもまさる魔法だ。ただし、耳を破壊する魔法の中ではという注釈がつくけど。

 

「さあ、諸君、就寝時間。駆け足!」

 

やっとこの歓迎会も終わりのようだ。さっさと寮の部屋に入らせてもらって鏡でメルセデスと連絡を取りたいな。大分機嫌も悪くなっているだろうし...

 

僕たちは監督生の誘導に従い、騒がしい人混みを潜り抜けながらグリフィンドールの寮へと向かっていった。

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 十一

 

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

「さあ、諸君、就寝時間。駆け足!」

 

ダンブルドアは先程の騒音に対する感激の涙を拭きながらそう言った。正直、あの老人は既に耄碌しているのではないかと思う。なんだか拍子抜けしてしまったが、あんなふざけた言動をする人物にこそ油断のならない一面があったりするので警戒をしておいて損は無い。

 

ダンブルドアの号令によって四寮の生徒達は大広間から各々の寮へと向かう。一年生には監督生が付き、寮への案内をしてもらうようだ。

 

マルフォイとその取り巻きが一年生の集団の最前列を我が物顔で歩いているので、あのにやけ面がこちらに意識を向けないように最後尾へ避難する。

 

最後尾に近づくと、前列の生徒からかなり距離を開けて歩いている一人の女生徒がいる。その女生徒は近づいてくる私を見て目に見えて狼狽え始めた。理由は分かりきっているのだけど、それを無視するのもさらに印象が悪くなると思うので話しかける。

 

「どうかなさいましたか?」

 

突然私に声をかけられたことによって彼女は更に狼狽え始めた。彼女は栗毛の髪をショートボブにした眠たそうな緑目の少女だ。綺麗というよりは可愛いといわれるだろう容姿をしている。そんな彼女を狼狽えさせている現状を周りが見れば苛めているように見られるに違いない。

 

そう思い至って周囲の誤解を招く前に立ち去ろうとすると彼女が口を開いた。

 

「えっ、いや、そのぉ....ウォルターさん?ですよね....す、すみません、あなたの家の噂を聞いて育ってきたもので.....少し、体が過剰に反応してしまって.....」

 

おや?少し意外な返答だ。問答無用で嫌われるか見下されるかしているものだと思っていたけど、この娘にはまだ話せる余地がありそう。

 

「ああ、気にしないで下さい。慣れてますからね。初対面でいきなり見下したり暴言を吐いたりしない分、あなたの反応はむしろ有難いぐらいですよ。」

 

ため息を吐きながらそうこぼすと、彼女は呆気にとられた表情をしていた。

 

「有難い.....ですか?それだけで?何もそんなことにまで有り難みを感じなくても.....一体どんな人生送ってるんですか.....」

 

信じられないといった表情をした彼女は下を向いて何かを考え込み始めた。

 

「あの....?」

 

そのまま口を開かなくなった彼女にどうしたのか問いかけようと顔を近づけた瞬間彼女の顔が勢いよく上がり、思わず後ずさってしまった。彼女の顔は謎の決意に満ちている。

 

「決めました!ウォルターさん。私と友達になって下さい!」

 

「友達?」

 

こともあろうに彼女は私に友達になろうと提案してきた。今の数秒で一体どんな思考の巡り方をしたらそうなるんだろうか?

 

「私の評判を聞いて育ったのでしょう?それに、組分けの時に私に向けられた視線をあなたも感じているはずです。私と関わりを持てば、あの視線があなたにも向けられるのですよ?」

 

彼女も自分の評判を落としたくはないだろう。友達になりたいという発言も何かが間違って出てきた戯言に違いない。そう思っていたのだが彼女の口は止まらない。

 

「私の評判だってスリザリン内では既に地に落ち欠けているようなものです!私はシャロン・ガードナー!嫡男の兄がマグル生まれと結婚して純血主義者からはぶられた貴族家、ガードナー家の娘です!」

 

前方にいる純血の家系の者達を気にしたのか、彼女は小声で叫ぶという器用な芸当をしながら私に名乗った。ガードナーという家名には聞き覚えがある。純血主義者からはぶられたというところで思い出したのだが、ルシウス・マルフォイが魔法界の今後を憂いている(ウォルター家をなじる)時にウォルター家と並べられていた家だったはずだ。

 

「私のスリザリンでの扱いがひどいことになるのはほぼ確実です。だから、あなたと関わりを持ってもあまり変わりません!むしろウォルターさんと一緒にいた方が、強い人と一緒にいた方が安心できます!」

 

強い人?私が?荒事に対する能力には自信があるが彼女が言っているのは立場のことだろう。立場という面で見ればウォルター家は弱い部類に入るはずだけど?

 

「私とて純血主義のスリザリン生からは下に見られているはずですよ?あなたが期待するような影響力はありません。」

 

「彼らも内心ではあなたを恐れてるんですよ。あなたを下に見ることで自分が優位に立っていると思いたいだけなんです。あなたを見下すような発言はしてくるかもしれませんが、直接危害を加えようとはしません。だから」

 

ガードナー嬢はそこで言葉を区切ると私に頭を下げる。

 

「ウォルターさん、私をあなたの庇護下に置いてください。私にできることなら何だってやります。それが例え、悪いことでも。」

 

彼女の顔からは嘘の気配は見えない。開心術を使うことも考えながらその真意を問おうとする。

 

「いいのですか?私が本当に悪いことをあなたに頼むかもしれませんよ。」

 

「そんなことは百も承知です。あなたは決していい人ではありません。むしろ悪い人の部類だと私の無駄に当たる勘が言っています。でも、あなたは役に立つ人間を意味もなく害する人ではないとも勘が言っています。私もまたいい人ではないです。今までもそれなりに悪いことをしてきました。役に立つと思いますよ?私は。」

 

私はこっそりと開心術を使用する。彼女が私に一切の嘘をついていないことは直ぐにわかった。詳細は省くがかなり悪どいことをしてきたのは確からしい。実行までは行かなかったようだが殺人を計画していたことも見えた。なるほど、人畜無害そうに見えたこの少女も内面はかなり壊れているらしい。純血主義に傾倒している訳では無さそうなところはプラスだ。仲間に引き入れるにしてもダニーといさかいを起こされてはたまったものではない。

 

「解りました....受けましょう....しかし、その関係は友達と言うのでしょうか?」

 

友達と呼ぶには殺伐としすぎているように感じる関係だと呟くと、反ってきたのは、彼女のこれまでの人間関係がよく分かる一言だった。

 

「友達とはそういうものじゃないんですか?あっ、私のことはシャロンと呼んでください。」

 

「......私のことはメルセデスと。」

 

「解りました、メルセデス。これからよろしくお願いします。」

 

「ええ、シャロン。」

 

会話を終えるといつの間にかなり離れていたスリザリンの列へと早足で近づく。スリザリンの一団は階段を下っていき、地下へとたどり着く。地下はまるで牢屋のようになっており、とても陰鬱とした雰囲気に溢れている。まさか寮内もこんな雰囲気なのだろうか?

 

私がスリザリン寮の中を想像していると、先頭を歩く監督生が何もないように見える壁の前で一年生の方に振り返った。

 

「さて、一年生の皆、入学おめでとう!私は監督生のジェマ・ファーレイ、スリザリン寮に心から歓迎するわ。」

 

ここで歓迎の挨拶を始めるらしい。わざわざこんなところでするということは目の前の壁がスリザリン寮の入り口だったりするのだろうか?

 

「スリザリンの紋章は生物の中でも最も賢い蛇、寮の色はエメラルドグリーンと銀、談話室は地下牢の隠され入り口、今私の後ろにある壁の奥よ。すぐに目にすると思うけど、談話室の窓はホグワーツ湖の水中に面しているわ。よく巨大イカが水を吐きながら通りすぎていくし、ときにはもっと面白い生物を見れるわ。神秘的な沈没船といった趣でみんな気に入ってるのよ。」

 

思った通り入り口はここのようだ。しかし、談話室の窓が湖の底に面しているのは興味深い。昔ダニーから話に聞いた水族館のようなものだろうか?

 

それからもジェマ・ファーレイの話は続いた。内容は大きく2つに別れており、一つはスリザリンが何でないか、もう一つはスリザリンが何であるかという話だった。彼女の話をまとめると、スリザリンが全員闇の魔法使いだとか有名な血縁者がいなければ無視をされるだとかそういう話は全てでたらめであり、仲間を大切にし、常に勝利を目指して努力する誰もが偉大になれる寮だということだ。片親がマグルの生徒も増えてきているとも語られた。

 

彼女は他三寮への若干優しめの皮肉と小粋なジョーク、分かりやすい例えを用いてこれらの話を進めていった。ただ聞いている分には素晴らしく、いかにも自分が素晴らしい寮に入れたように感じる話方だ。話の上手さも監督生には必要のなのだろうか?

 

聞いている分には素晴らしいと言ったが私とシャロン、そして恐らく片親がマグルだったりするのだろう一部の生徒はいまいち話にのめり込めていなかった。特に仲間を大切にするという部分から冷めてしまっていた。私とシャロンは言わずもがな、片親がマグルの生徒のくだりで純血主義者達の眉間にシワがよったことを敏感に察知し、監督生の話があくまで純血同士の話でしかないと気づいたのだ。

 

「談話室に入る合言葉は二週間ごとに変わるわ。だから掲示板に気を配ること。他の寮の生徒を連れてきてはいけないし、合言葉を教えるのも禁止。談話室には七世紀以上も部外者が立ち入っていないのよ。」

 

合言葉が変わる頻度がかなり早い。掲示板の確認を怠って寮から閉め出されることが無いようにしなければ。

 

「まあ、こんなところかしら。私たちの部屋を気に入るはずよ。私たちが寝るのは、緑の絹の掛け布がついたアンティークの四本柱のベッド、ベッドカバーには銀色の糸で模様が入っている。有名なスリザリン生の冒険が描かれた中世のタペストリーが壁を覆い、天井からは銀のランタンが下がっている。きっとよく眠れるわ。夜、湖の水が窓に打ち寄せるのを聞いているととても落ち着くから。」

 

そう締めくくって彼女は壁に向かって「純血」と唱える。すると壁から隠し扉が現れたのだが、私は思わず頭を押さえてしまった。誰が合言葉を考えているのかは知らないが、よくもまあスリザリンが純血主義に染まっていることを一発で露呈させる頭の悪い合言葉を作ったものだ。隣でシャロンも呆れ返っている。

 

何とも言えない表情をしつつ、スリザリンの談話室へ入ると、そこは私が地下牢から連想していたような陰鬱とした談話室ではなく、どこか宮殿の一室を思わせる内装だった。

 

荒削りの石でできた壁や天井には壮大な彫刻が施され、中央には人が五人ほど横に並んで入りそうな大きさの暖炉が鎮座している。暖炉の前には手触りに良い革が使われたソファーセットとテーブルが置かれている。談話室の一番奥には監督生が言った通り湖の中に面した窓があり、丁度巨大なイカが通り過ぎていったところだった。

 

正直に言うとかなり好みの内装だ。質素なウォルター邸も居心地が良いのだがこのような落ち着いた高貴さというのも捨てがたい。

 

「もうとっくに就寝時間よ!一年生の皆!自分の荷物が置いてある部屋を探してね。そこがあなた達が七年間過ごす部屋よ。同じ部屋にいる人達は苦楽を共にする家族になるわ!」

 

談話室をうろうろしていた一年生が監督生の指示に従って動き出す。私はルームメイトによっては常に寮から抜け出すことを考えていたのだけど、それは杞憂に終わった。

 

何の奇跡が起きたのか本来四人部屋の筈が二人部屋で、ルームメイトがシャロンだったのだ。さすがに出来すぎだと思い、さりげなく他の部屋の四人組を見てみるとどうやら純血主義とそれ以外で分けられているように感じた。

 

ホグワーツ側も最低限の配慮はしていたらしい。しかし、私とシャロンが同室なのは疑問だ。彼女と知り合ったのはつい先程のことなのだから。

 

......まあ純血にも関わらず純血主義者からはぶられているという共通項も有ることだし考えすぎないようにしよう。

 

「まさかメルセデスと同室になれるとは思いませんでした.....これで周りを気にすることなく悪巧みができますね!それじゃ、今日のところはおやすみなさい.....」

 

そう言うとシャロンは直ぐにベッドに潜り込み、寝息をたて始めた。私は夜はダニーと両面鏡で話す約束をしているので荷物の中から鏡を取り出し、念のために耳塞ぎの魔法を周囲に掛けてから鏡に向かって呟く。

 

「ダニエル...」

 

ダニーの名前を鏡に向かって呟くとダニーも丁度鏡を取り出したところだったのか直ぐに鏡に彼の顔が映った。

 

「やあ、メルセデス。さっきぶりだね.....君には色々と話したいことがあるんだ。」

 

「こちらもですよ。あなたに伝えなければいけないことが幾つも有ります。」

 

私達のホグワーツ初日の連絡会が始まった。

 

 

 

 

 








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化物(フリークス)と賢者の石 十二

連日の夜勤により投稿が滞っております。申し訳ありません。次の更新は土曜日の夜になりそうです。



 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

初めて訪れるホグワーツという環境。慣れない環境に興奮と僅かな今後の心配を感じ続けて疲れきった一年生達が寝静まった頃、メルセデスと僕は両面鏡を使って連絡をとっていた。念のため、ルームメイト達に睡眠魔法を掛けた上で耳塞ぎ呪文を使用している。

 

僕のルームメイトはハリー、ロン、カエル少年のネビル、あと二人いるのだけどまだ名前は分からない。ハリーとルームメイトになれたのはこれ以上無い幸運だろう。個人的には残念なことだが彼とは今後敵対する可能性が非常に高い。恐らく敵の中心人物になるだろう英雄を近くで観察できることは大きなアドバンテージだ。

 

「それでは....お互いの報告を始める前にこのホグワーツで私達が達成しなければならない目標と、その為に必要な準備を確認しておきましょうか。」

 

鏡の中に映ったメルセデスが二本の指を立てる。僕達がホグワーツに来たのは勉強の為だけじゃない。メルセデスの望む世界の為。魔法史上最大の戦争を起こす準備の為だ。

 

「まず一つ目は、ダンブルドアと真正面から渡り合える力をつけることです。人質をとる、何かしらの毒を盛る、精神的な打撃を与える等の相手の戦力を削ぐ小細工を一切使用せずに真正面からです。老いて尚も英国魔法界の守護神と崇められるあの老人を擁護のしようもなく叩き潰す。英国全土の魔法使いに、最強の魔法使いすら打ち倒すことのできない化物(フリークス)が生まれたことを知らしめなければいけません。」

 

メルセデスは熱を込めた様子で語りながら指を折る。

 

例え魔法界を揺るがす事件が起こったとしても、英国の魔法使い達は次々にこう口走るだろう。ダンブルドアさえ居れば何とかなる。彼が何とかしてくれる。彼が解決できない問題がある筈がない.....ダンブルドア校長の存在は英国魔法界に他人任せな風潮を蔓延させている。

 

だけどそれじゃ駄目だ。それでは彼らは全力で戦おうとしない。全力で生き残る為に戦おうとはしない。メルセデスの望む終着点の為に、彼らには全力で生き残ろうとしてもらわなければ困るのだ。

 

だからダンブルドア校長には死んでもらわなければいけない。それも壮大に。彼の死に様が広く世間に響き渡るように。

 

「その為に、まずは私達が魔法の研究、訓練を行える部屋の確保。更なる魔法の知識を得る為の書物の収集。そして、私が今まで研究してきた再生者(リジェネレーター)の技術を昇華させる為、命の石を凌ぐ核となる物質を発見すること、これ等三つが必要となってくるでしょう。」

 

メルセデスはそこまで言い切って一呼吸おくと二本目の指を折りながら続ける。

 

「二つ目は、協力者を見つけることです。協力者といっても二種類います。一つは単純に私の手の届かないところで動いてくれる。分かりやすく言えばダニーのような協力者です。もう一つは、手っ取り早く魔法界を恐怖に陥れることのできる強力な闇の魔法使いで、協力することにお互い利益を見いだせる存在です。候補としては、闇の帝王と黒い魔法使いです。誰の事かは分かりますね?」

 

メルセデスが挑戦的な笑みを向けてくる。闇の帝王は誰でも答えられるだろう。黒い魔法使いはあまり知られていない呼び名だろうけど、存在自体はよく知られているはずだ。

 

「ヴォルデモート卿とゲラート・グリンデルバルド氏だね。どちらも英雄に打ち倒されてしまっているけど、彼らはまだ生きているのかい?」

 

ヴォルデモート卿はハリーに、グリンデルバルド氏はダンブルドア校長にそれぞれ打ち倒されている。その後どうなったのかまではあまり気に止めて来なかったから僕には分からなかった。

 

「ヴォルデモート卿は遺体が発見されていません。何があったにせよ、彼ほどの闇の魔法使いならば死を回避する方法の一つや二つは持っていたでしょう。今はどこかに潜伏していると考えています。グリンデルバルドの方は現在オーストリアの監獄、ヌルメンガードに囚われたままです。獄中死したなら大きく報道されていると思うのでまだ生きてはいるのでしょうね。」

 

メルセデスの意見はどちらもまだ生きているという内容だった。もしそれが本当なら、英雄に打ち倒されて尚生きている最悪の闇の魔法使い達は今どんな気持ちで生きているのだろうか?

 

「私としては、この二人がまだ再起を狙っていることを望んでいます。彼らと手を組むことが出来たならば、出来なかった場合と比べて私の計画を十年は早めることができます。まあ、在学中に彼らと接触出来る可能性はかなり低いです。あまり期待はしていませんが。」

 

在学中の闇の魔法使いとの接触をメルセデスは諦めているようだ。だけど、やりようによっては接触出来る機会があるように思える。

 

「メルセデス、今のホグワーツにはハリーが居る。彼を狙って帝王の配下がホグワーツに現れることも有るんじゃないのかな?帝王が消えた後にも魔法省の追求から逃げ延びた配下も居るはずだ。中には自分の主を奪った憎い英雄を許しておけずに直接手を下そうとする人物が居るかもしれない。その人物に何とか渡りをつけられれば在学中に接触出来るかもしれない。」

 

僕の発言にメルセデスは首をかしげていたが、暫くすると合点がいったというような顔をした。

 

「.....そういえばそうですね。彼があまりにもらしくない背格好をしているので彼が闇の帝王を打ち倒した張本人であることを失念していました......ダニーの言うとおり、ハリーが虫を引き寄せるランタンになってくれる可能性は高いでしょう。機会を逃さないようにしていきたいところです。」

 

ハリーが哀れでならない。色んな意味で。からかい半分でメルセデスに抗議じみた視線を送ると、彼女は素知らぬ顔で横を向いてしまった。

 

「目標の確認はこのくらいにしておきましょう。次は今日あったことの報告ですね。ダニーからお願いします。」

 

何かを誤魔化すようにメルセデスが早口で言ってのける。まあ、これ以上からかうと拗ねられるかもしれないし素直に従っておこう。

 

「それじゃ始めるよ。知っての通り僕はグリフィンドールに組分けされた。組分け帽子に情報を抜かれることはなかったよ。ああそうだ、ルームメイトにハリーが居るんだよ。これはかなり都合が良いと思う。」

 

メルセデスは少し驚いたように目を開くと、直ぐに目を細めて微笑んだ。

 

「ルームメイトにハリーが居るんですか?それは良いことです。一つ屋根の下....とは少し違いますが、同じ空間を共有することで相手に対して信頼感を得ることは私とダニーで証明済みです。ダニーにはハリーにとって信頼出来る友人となり、彼の動向をある程度制御できるようになって欲しいですね。」

 

メルセデスは機嫌がよさそうにしているけど、これから言うことは彼女の機嫌を損ねてしまうんだろうな.....

 

「それと......すごく気が進まないけど、出来ればやりたくないんだけど、暫く人前での接触を避けた方が良いんじゃないかと思うんだ。君はマグル生まれと仲良くしていることで非難されるし、僕もあまり良くは思われないだろうからね。勘違いしないでくれよ?僕の行動原理は全て君にある。僕はグリフィンドールの生徒を懐柔して徐々に君の評判を....」

 

「それは駄目です!」

 

メルセデスは大声を出して僕の言葉を遮った。彼女に大声を出されたのはいつぶりだろうか?機嫌を損ねるだろうとは思っていてもここまで強く提案を否定されるとは思っていなかった僕の心臓は大きく脈打っていた。

 

「あなたの行動が私の為であることは言わずとも十分わかっています....ですが、あなたが私から離れていくことは許しません。あなたは、私の協力者である前に友人なのでしょう.....?」

 

鏡の向こうにあるメルセデスの顔は幾つかの感情がぐちゃぐちゃに混ざりあった表情が浮かんでいる。大きいものは怒りと不安。メルセデスは僕が自分の側から居なくなることに不安を覚えている....?彼女は僕が側に居ることを求めていてくれる.....?

 

そう考えた途端、僕の心臓は先程までとは違った理由で大きく脈を打ち始めた。メルセデスが僕を求めてくれている。それだけで僕の胸には言い様の無い歓喜に満ち溢れていく。

 

「そうだ、僕は君の友人だ。何よりも優先するべきは君との時間だった。あの大広間の空気を変えたいあまり大事なことを見落としていたよ。すまない。考えてみれば、僕との関係が無くても君の寮内で向けれる視線の悪意は変わらない。僕だけがその悪意を回避しようなんて烏滸がましいにも程がある。僕も化物(フリークス)の友人としてのそしりを受けよう。」

 

メルセデスの表情に安堵が見え始めた。安心してくれたのかな。

 

「僕の報告は以上だよ。君の報告を聞きたい。」

 

メルセデスは軽く頷くと話を始めた。彼女の表情からは先程のような怒りや不安は消えている。

 

「私は予想通りにスリザリンに組分けされました。組分け帽子には多少怪しまれましたが秘密がバレることはなかったはずです。スリザリンの寮生達からは案の定下に見られているようですが.......それは内心の恐怖を隠しているからだと言われました。」

 

「言われた?誰に?」

 

スリザリン寮にメルセデスに話しかける奴が居たのか?真っ先にマルフォイ一派が思い浮かんだけど、自分達の弱みを敵に伝えるはずは無いから違うんだろう。一体誰が?

 

「実はスリザリンの一年生の一人が私の庇護下に入りたいと言ってきたのですよ。名前はシャロン・ガードナー。マグル生まれを家系に入れたことで純血貴族から疎外された一族の娘だそうです。スリザリン寮内で孤立するとろくなことがないから同じく孤立するであろう私と....といった具合ですね。」

 

納得できる理由ではあるけどよくメルセデスを頼ろうと考えたね.......メルセデスの間違った情報を聞いて育ったなら中々彼女に近づこうとは考えないと思うのだけどよほど肝のすわった人なんだろうか?

 

「そのシャロンという人はメルセデスから見てどう思ったんだい?僕らの協力者になり得るかな?」

 

シャロンという人物が計画に関わらせられる協力者になり得るなら一歩前進したことになる。メルセデスが彼女を信用するなら僕には否はない。

 

「そうですね....見た目は人畜無害な小動物なのですが、中身はかなり計算高いというか悪どいというか.....自分の保身のためなら化物に近づくことも人を殺すことも厭わない人柄のようです。私もまだ彼女のことをよく知らないので、計画に関わらせるかどうかはこれからの観察によって決めようかと。」

 

なるほど、現時点では状況によっては簡単に裏切るタイプに見えるようだ。観察は妥当な判断だね。

 

「私の方からは以上です。もう夜も遅いので今日はこの辺りで終わりたいと思います。そろそろ眠くなってきましたからね。他に何か有りますか?」

 

そう言いながらメルセデスは小さくあくびをした。僕も今日は色々あって疲れたし、ここで終わることには賛成だ。

 

「いや、もう何もないよ。それじゃあお休み、メルセデス。.....また、明日。」

 

「はい、お休みなさい。ダニー。また明日会いましょう。」

 

鏡からメルセデスの顔が消えて僕の顔が映った。魔法が切られたようだ。

 

鏡を片付けてベッドに潜り込む。横になりながら明日からのグリフィンドール内での立ち回りを考えていると、直ぐに意識が沈んでいった。

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 十三

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

入学の日からもう五日ほど経ったが、ホグワーツでの生活は予想を遥かに越える困難に満ちていた。一番厄介なのはホグワーツ中に張り巡らされた百四十二もの階段だ。突然一段消える階段に特定の日に違う所へと繋がる階段、その他様々な迷惑極まりない階段が授業へと向かう私達に立ち塞がる。ホグワーツでは階段だけではなくありとあらゆる物が魔法によって動き回っており、それら全てを把握しようとするだけで一つの学問が出来るのではないかと思う程だ。

 

スリザリン生とのもめ事は想像していたよりも少なかった。大半の生徒は私の姿を見て陰口になっていない陰口を叩くくらいで直接突っ掛かって来るのはマルフォイとその取り巻きくらいのものだった。そのマルフォイ達にしたって手を出してくる訳では無い。汽車での投げ飛ばしが効いているのか大人しいものだ。

 

私は一番厄介なのは階段だと考えているが、他の生徒からすれば階段より厄介なものが少なくとも二つ....否、二人はいるようだ。その二人とはポルターガイストのピーブズとホグワーツ管理人のフィルチである。

 

ピーブズは活動している時間の全てをいたずらに捧げていて、そのターゲットは生徒から教員まで多岐に渡っている。ゴミを頭から被せる、物を投げつけてくる等のいたずらを廊下を歩く人間に対して仕掛けてくるのだが、彼が唯一恐れている存在、スリザリン付きのゴーストである血みどろ男爵に遠慮してかスリザリン生に手を出してくることは殆ど無い。

 

管理人のフィルチはスリザリン生に対しても容赦なく罰則を受けさせようとしてくる。少しでも規則違反の兆候が生徒に見えた瞬間彼は何処からともなく飛んできて、例えわざとでなくても徹底した追及をしてくる。生徒に罰則を受けさせることが生き甲斐な彼の行動からは生徒に対する憎しみのようなものが透けて見えるのだが、何故そんな危険人物をホグワーツの管理人に置いているのかが全く分からない。

 

しかし、何故か私は彼の追及を受けた事が無かった。興味本位で四階の立ち入り禁止の廊下の入り口に嫌がるシャロンを引きずって近づいた際に現場を見られたのだが(そこにはダニーとハリー、ロンもいた。どうやら順調に仲を深めているらしい)彼は何故か私と私の背中にかじりついていたシャロンを無視して他の三人に対して脅しを開始したのだ。理由はまだ分からない。ハリーとロンからは助けを求めるような目で見られたが、悟ったような顔をしたダニーに早くこの場を去るように目で促されたので早々に退散した。

 

ダニーと言えばだが、初日の連絡会で彼から接触を避けることを提案されたのだ。もちろん問答無用で却下した。私との接触を断っている内に他の人間にかっさらわれては敵わない。ダニーはずっと私の側に居ればいい。

 

シャロンとダニーの顔合わせは二日目の朝食の時間にさっさと済ませておいた。スリザリン生がグリフィンドールのテーブルに行ったら袋叩きにされると必死に逃げようとするシャロンの首根っこを掴み、グリフィンドールの席に座っていたダニーの元へと突貫したのだ。

 

案の定グリフィンドールの生徒達からの猛ブーイングが私達を歓迎してくれたが、もう気にしないことにした。どうせ遠くない未来私が起こす戦争によって殺されるかもしれない有象無象共だ。既に死んでいるような連中に払う注意など無駄にしかならない。全て笑顔で黙殺する。私が何の反応も示さないのを見て彼らはつまらなそうに食事へ戻った。目だけはこちらを憎々しげに睨み付けている。

 

ダニーは猫のように首を掴まれてぶら下がっているシャロンを見て一瞬ひきつった表情をしたが、直ぐに何時もの笑顔になって迎えてくれた。

 

「おはようございます、ダニー。見てください、私の新しい友人ですよ。」

 

「友人だと思ってくれているならこんな小動物みたいな運び方しないでください!恥ずかしいし惨めです!」

 

ダニーの前につき出されたシャロンが喚きだしたので仕方なく下ろす。運ばれ方に不満があるなら最初から逃げなければいいのに。

 

「っとっと。え〜、メルセデスの友人になりましたシャロン・ガードナーです!四階の廊下の前で一度会いましたよね?あなたのことはメルセデスからよ〜く聞いています。よろしくお願いしますね、ウォードさん!」

 

シャロンはよ〜くの部分を強調して言った。少しダニーがどんな人か数時間に渡って話しただけなのに大げさだ。

 

「ああ、よろしく。僕のことはダニエルと呼んで欲しい。メルセデスには敵が多いからね。メルセデスの友人になってくれたことには感謝してる。....色々と大変だろうけど頑張って。」

 

シャロンは何やら感激したような顔をしている。シャロンにもダニーの素晴らしいところが分かったようだ。

 

「良かった.....こっちは常識人だった.....私のことはシャロンと呼んでください。それで....その.....そっちの凄くこっちを睨んでいる人はどなたですか...?」

 

気づくと少し遠くに居るロンが嫌悪感丸出しの目でシャロンを見ている。また持病のスリザリン嫌いを発症しているらしい。ロンの隣にはハリーもいた。

 

「彼はロナルド・ウィーズリー。僕の友人だよ。すまない、彼はスリザリンが嫌いでね.....まあメルセデスのことは認めたようだから君も認めてくれるさ。」

 

「ああ、純血のウィーズリー家の方なんですか....それなら.....」

 

何か思い付いた様子のシャロンはロンの方へと歩きだした。ロンは彼女が自分から近づいていくるとは思っていなかったのか目に見えて慌て始める。

 

「あなた、ウィーズリー家の方なんですか。血の裏切りだって言われている......」

 

「そうだよ!お前も僕の家を侮辱しに来たのか?そうだったら許さないぞ!」

 

ロンは警戒心を顕にしてシャロンを睨み付け続けている。

 

「私の名前はシャロン・ガードナーです。ガードナーという家名に聞き覚えは?」

 

「ガードナー?そういえばママとパパが何か話していたような.....」

 

ロンはガードナー家の名前に心当たりがあるようだ。

 

「私には兄が居るんですが、兄が結婚した女性がマグル生まれなんですよ。だから私の家も血の裏切りだって言われてるんです。あなたとは仲良く出来るんじゃないかって思って......やっぱり、スリザリン生はお嫌いですか?」

 

シャロンがしょんぼりとした顔でロンに上目遣いをすると、彼の顔はみるみる赤くなっていった。

 

「えっと、いやっ、べ、別に、君なら仲良くしても良いかな〜なんて.....」

 

ロンは小動物的な可愛さを持つシャロンの上目遣いにあっさりと陥落したらしい。情けない。

 

「前もメルセデスと一緒にいたよね?四階の廊下でメルセデスの背中にしがみついてたし.....君もメルセデスの友達なのかい?」

 

横にいたハリーがシャロンに話しかけた。ハリーも若干顔を赤くしているがロンのような醜態を晒していない分かなりましだろう。

 

「はい、初日にスリザリンのグループから除け者にされていた所をメルセデスに話しかけてもらってそのまま友達になって貰いました!思ったよりも大変な人ですけどね......あ、そういえばあなたは....?」

 

「僕はハリー、ハリー・ポッター。」

 

「あなたがあのハリー・ポッターなんですか!?」

 

ハリーの名前を聞いたシャロンは少し大袈裟に驚いて見せた。シャロンはハリーのことも私から聞かされていたはずなので、あの会話も含めて全て演技なのだろう。持ち上げて相手の気を良くしようとする意図が見える。

 

「お会い出来て光栄です!ポッターさん!あなたもメルセデスの友達なんですか?」

 

「うん。そうだよ。メルセデスとダニエルは僕が魔法界に来てから初めて出来た友達なんだ。」

 

「へぇ〜!メルセデスと友達ならこれから私とも関わる機会があると思います。その時はよろしくお願いしますね!シャロンと呼んでください!」

 

「僕もハリーでいいよ。」

 

シャロンはちゃっかりハリーとも友好を結ぼうとしている。まあ、彼女の立場上有力者と関わりを持っておくことは重要なことなのだろう。

 

「僕もメルセデスやダニエルと友達なんだ!僕も関わることがあると思うからよろしく!ロンってよんでくれ、僕も君のことをシャロンって呼んでいいかい?」

 

ロンがハリーに負けじとシャロンと仲を深めようとする。何を考えているかは見え見えだ。

 

「ダニーはあんなことしませんよね?」

 

「僕にはメルセデスしか見えていないからね。でもまぁ、ロンも年頃の男なんだしあまり否定しないであげてくれ。男としては正常な反応だから......多分。」

 

そういうものなのだろうか?まぁ、ダニーがああならなければ気にすることはないか。

 

それから暫くハリー達と話して戻ってきたシャロンを連れてスリザリンの席へと戻る。後ろではダニーが周囲のグリフィンドール生に質問攻めされていたが彼なら何とかするだろう。

 

スリザリンの席に戻ってくると待っていたのはやはりマルフォイ御一行だった。

 

「おいウォルター。お前が会いに行っていたのはマグル生まれの生徒だろう?親のようにマグルを殺す下調べでもしてきたのかい?ガードナーもそうだ、ウィーズリーの末子と仲良さそうに話していたじゃあないか。同じ血の裏切り同士で傷の舐め合いをしていたんだろう?もしかして、あいつに好意でも抱いているのか?あいつと結婚なんてしてみろ。待っているのは身につけるものが全てお下がりになる生活だ!惨めなものだな!」

 

マルフォイは相変わらずのにやけ面で畳み掛けてくる。後ろの豚二人もマルフォイに追随するようにせせら笑いをしているが自分の名前すら満足に喋れなさそうな二人だ、きっと話の中身が分かっていないに違いない。

 

「別に彼に好意を抱いている訳ではありませんよ!それに、例え好意を抱くとしてもあなたのような純血かぶれの嫌味ったらしい男より彼の方がましです!」

 

「私の一族が殺してきたのは何もマグルだけではありませんよ?先に目の前の純血貴族様から殺して差し上げても構わないのですが...?」

 

そう言いながら懐から杖を取り出すとマルフォイの顔が僅かに強張った。

 

「相変わらず野蛮な奴だ!こんな奴と話していたら僕の品も下がってしまうよ。いくぞ、クラッブ、ゴイル。」

 

微妙な捨て台詞を残すとマルフォイはさっさと大広間から出ていってしまった。杖を見せただけで逃げ腰になるようではまだまだ私の脅威にはなり得ない。

 

「ふん!メルセデスが杖をだしただけでびびる腰抜けは居なくなりました!ほら、早くご飯を食べましょう!」

 

このようにしてダニーとシャロンの顔合わせと些細な言い争いは終わった。その後に待ち受けていたのは様々な魔法の授業だった。

 

 

 

 

 

 




次回 授業風景


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化物(フリークス)と賢者の石 十四

長めです。


 

sideメルセデス

 

 

 

 

ホグワーツで一年生が受けなければいけない授業は全部で八つ。天文学、薬草学、魔法史、妖精の呪文、変身術、闇の魔術に対する防衛術、魔法薬学、そして飛行訓練だ。

 

天文学は真夜中に行われる授業で、星の名称、惑星の動きを学ぶ学問だけど、正直私にはこの授業が何の為に行われているのかが分からない。

 

星辰の位置によって魔法の効力に違いが出るという学説を目にしたことは有るのだが、実感したことは一度たりとも無いのでそもそも間違っているか感じ取れないほど些細な変化しかしないのではないかと思う。

 

授業自体は望遠鏡で空を観察するだけなので楽なのだが、夜に活動する時間が削られることが痛い。ダニーとの連絡会もあるし、寮を抜け出して魔法の訓練に最適な部屋を探すことも夜中に行っている為だ。部屋が見つかれば訓練も夜中に行うことになるだろう。この事はまだシャロンには教えていない。

 

薬草学は城の外にある温室で行われる。様々な魔法植物やキノコの栽培のやり方、用途について学ぶ学問だ。この学問は天文学とは違い実用性に溢れている。まぁ、私は大抵のことは魔法でどうにか出来るのでここで学ぶ知識を使うことは少ないのではないかと思う。

 

ダニーは薬草学を魔法薬学と合わせて熱心に勉強しているようだ。私との六年に及ぶ訓練によってダニーの魔法力はそこらの大人に引けをとらないレベルなのだが、私には敵わないことを気にしているらしく色々な分野に手を出している。私の後を追うのではなく、隣に立てるような何かが欲しいとのことだ。それを聞いた私の機嫌が急上昇したことは言うまでも無い。

 

魔法史だが、私にとっては半ば自習と化している授業だ。魔法界の歴史に関しては幼いころから自主的に学んで来たので一年生レベルの教科書の内容など魔法の練習をしながら暗唱出来る。教師のカスバート・ビンズ教授の授業は淡々とした一本調子な喋りで行われる為常に眠気が襲ってくるのだが、いい睡眠魔法への抵抗訓練だと思うことにしている。ちなみにシャロンはずっと寝ている。

 

次に妖精の呪文の授業だ。ホグワーツに来るまで魔法の魔の字すら知らなかった生徒がいるので仕方がないことなのかもしれないが、この授業で習う魔法は初歩中の初歩なので面白味に欠ける。小人の血が入っているらしい担当教師のフリットウィック教授がやけに私の一挙一動を気にしてくるのも気に入らない。彼もウォルター家の悪名を信じている魔法使いのようだ。

 

変身術の授業は私がとても気に入っている授業だ。何と言っても先生が良い。変身術の教師はホグワーツ副校長のマクゴナガル教授だ。彼女は教師の中でも数少ないウォルター家の名前で私を警戒しない人物だった。

 

ウォルター家の名前だけで警戒されるのは快くない。私が何かをしたから警戒された訳では無いからだ。どうせ警戒されるなら私自身を警戒して欲しい。警戒されると多少動きにくくはなってしまうが、私は人から警戒されることにある種の達成感を覚えるのだ。

 

話が逸れたが、とりあえずマクゴナガル教授は良い先生だった。彼女の授業は説教から始まった。

 

「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いいかげんな態度で私の授業を受ける生徒は出ていってもらいますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます。」

 

そう言って彼女は杖を振っただけで机を豚へと変身させ、それを元に戻して見せた。彼女が何気なく行った魔法にクラスが沸いていたが、私は彼女の変身術の力量に舌を巻く思いをしていた。元々命の無い机というものを命のある動物へ、それも動物の中では大型の部類である豚へと変えることは至難の技だ。この世界には、有を無にすることは出来ても無から有を生むことができないことなど掃いて捨てるほど存在する。そんな魔法の全てを無言呪文で行うなど、どれ程の修練を積めばそこまで辿り着けるのだろうか?

 

変身術は、私がホグワーツに入学する前にかなり力を入れて学ぼうとしてきた分野だった。しかし、教授も言っていた通り変身術は魔法の中でも一二を争う事故率を誇る危険な魔法の為、私とダニーしか居ないウォルター邸では確実な安全を確保出来ずに中々先へと進むことが出来なかった。六年間で得たものと言えば、有を無にする方法と、既存のものの形を少し作り替える程度の魔法しかない。その日の授業で配られたマッチを針にすることくらいは簡単に出来たが彼女の領域までは遥か彼方だ。彼女からは出来るだけ多くのものを吸収していきたい。

 

変身術とはうって変わって闇の魔術に対する防衛術には肩透かしを食らった。まず教室がニンニクの臭いで満たされている。噂によると担当教師のクィレル教授がルーマニアで出会った吸血鬼を寄せ付けない為にニンニクを用いているとのことだが、そのせいで生徒まで寄せ付けなくなってしまっては教師としては失格なのではないかと思う。彼は常にターバンを身に付けているのだが、その中にはニンニクが詰まっているともっぱらの噂だ。授業そのものもクィレル教授がどもってばかりいるのでとても聞きづらく、闇の生物の話になる度に怯え出すので進まないことこの上ない。

 

そんな闇の魔術に対抗出来なさそうな教師がクィレル教授なのだが、シャロンの評価は周りとは違うものだった。

 

「あのクィレルって教授のどもりとか怯え方、絶対演技ですよ!世渡りの為に演技ばっかりしているこの私が言うのだから間違いありません!」

 

「例え彼の言動が演技だったとするのなら、一体何の為に?」

 

「それは勿論周囲の人々を油断させる為ですよ!私のもはや預言者の領域にまで達している勘が言っています!彼はこのホグワーツで何かを企んでいると!」

 

シャロンの勘は中々侮れない。彼女の言うように預言者か何かなのではないかと思う程だ。彼女とは毎日就寝時間の前まで色々な話をするのだが、一切匂わせてもいないことを平然と会話の中で当ててきたりする。

 

今までで一番驚かされたのは、私とダニーの複雑な関係を言い当てられたことだ。詳しい情報も無しに私達の親が殺し合いをしたことを当てられるとは想像もしていなかった。一体誰がお互いの親が殺し合った子供が仲睦まじくしていると考えるだろうか?シャロンの勘には常識というものが通用しないらしい。

 

そんな尋常ではない勘をもつシャロンが言うのだ、クィレル教授に注意を払うことに無駄はないだろう。こんな時期に何かを企んでいるのだから、もしかしたらクィレル教授がグリンゴッツからホグワーツに移された例の物を狙っている魔法使いなのかもしれないし、ハリーを狙う闇の帝王の配下という可能性も無くは無い。私としては出来れば後者が良いのだけど。ダニーにもクィレル教授の動きはよく見ておくように伝えなければ。

 

そしてホグワーツ入学から五日目になった今日は初めての魔法薬学の授業がある日だった。授業はグリフィンドールと合同。授業を受ける前から魔法薬学の教科書を読みふけっていたダニーは少し楽しみにしているようだ。しかし、魔法薬学の教師はスリザリンの寮監で贔屓をよくするらしいスネイプ教授だ。ダニーが期待するような授業にしてくれれば良いのだけど.....

 

魔法薬学の授業は地下牢で行われた。地下にあるため勿論薄暗く陰湿な雰囲気で、壁にはずらりと何かの動物が浮かんだ薬瓶が並べられているので気味が悪く見える。私は血が飛び散っていない分ウォルター邸の地下室よりは清潔だと思った。私はとりあえずダニーの側に座り、私の隣にシャロンが座った。グリフィンドールの隣にスリザリンが座っていることで周囲から視線が集まっていたがもう三人とも気にしていなかった。

 

授業の最初は出席をとることから始まった。スネイプ教授は黒くねっとりとした肩まである髪に黒い目をしていて、身に付けている裾の長いローブのせいで巨大な蝙蝠のように見える。スネイプ教授は一人一人の名前を呼んでいったのだが、ハリーの名前に来たところで一言。

 

「あぁ、さよう.....ハリー・ポッター。我らが新しい....スターだね。」

 

思わず寒気がするくらいに似合わない猫なで声だった。マルフォイ御一行がハリーに対して冷やかし笑いをしている。私の名前でも少し止まったのだが、こちらに意味ありげな視線をよこすだけで何も言ってこなかったので微笑みを返しておいた。出席を取り終わると彼は生徒を見渡し、呟くような声で演説を始めた。

 

「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く大釜、ゆらゆらと立ち昇る湯気、人の血管をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力......諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である.....ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであれば、の話だが。」

 

地下牢は教授の演説によって静まり返っていた。私は死にさえふたをする...という部分に多少の興味をしめし、ダニーは魔法薬学を修めることに対する静かな決意を滾らせ、シャロンは半分夢の世界に沈んでいた。

 

「ポッター!」

 

スネイプ教授が突然ハリーの名前を叫んだ。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

教授がハリーに出した問題は六年生で習う内容だった。答えは生ける屍の水薬で、強力な睡眠薬だ。飲むと生きながら死んだように眠ってしまう為この名が付いたとされている。一応全ての教科書に目を通した私と魔法薬学を熱心に勉強していたダニーは答えが分かったが、ハリーには何を言っているのかさえ分からなかったようだ。ハリーの隣ではグレンジャーが天高く手を挙げている。

 

「わかりません。」

 

ハリーが降参だと言うように答えると教授は口元にせせら笑いを浮かべた。マルフォイも笑っているが、彼には問題の答えが分かっているのか怪しいところだ。

 

「チッチッチッ、有名なだけではどうにもならんらしい。」

 

グレンジャーの手は教授の中では無いものとして扱われているらしい、目線すら向けられていない。

 

「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」

 

答えは山羊の胃の中だろう。万能な解毒剤だ。しかし、産出されるところを訊かれている訳ではないので売っている店だとでも言えば一応正解にはなる。屁理屈でしかないけど。

 

グレンジャーは天井を突き破らんとするくらいに手を挙げている。どうせ無視されるだろうにご苦労なことだ。

 

「わかりません。」

 

「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかった訳だな、ポッター、え?」

 

どうやらスネイプ教授はハリーのことが大層気に入らないらしい。随分とハリーに無茶振りをしている。教科書を開くとしても普通なら一年生の範囲だろうに。

 

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」

 

これまた意地の悪い質問だ。どちらも脱狼薬の原料となるトリカブトの別名、違いなんて無い。

 

グレンジャーは椅子から立ち上がっている。行動自体は無駄だと思うのだが、ずっと手を挙げていられるということは答えられるということだ。少し彼女の評価を上乗せしても良いかもしれない。

 

「ハーマイオニが分かっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう。」

 

ハリーの発言で数名の生徒が笑ったが、教授の顔はますます不快げに歪んだ。

 

「座れ。」

 

ようやく教授がグレンジャーに目を向けたが有無を言わさずに座らされた。グレンジャーは悔しそうにしている。

 

「教えてやろう、ポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬となる。あまりに強力なため、生ける屍の水薬と言われている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒剤となる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名をアコナイトとも言うが、トリカブトのことだ。」

 

ダニーが教授の解説のメモを取り出したのを見て私もメモを取り始める。分かってはいることだが、授業のメモを取ること自体はマイナスにはならない。

 

「さて?我輩の今言ったことをノートに書き取っているのが僅かに二人しかおらん。我輩の解説はメモを取るに値しないとでも思っているのかね?」

 

メモを取り出したのは正解だったようだ。他の生徒たちは慌てて羽ペンと羊皮紙を取り出している。シャロンが完全に寝に入っていたので叩き起こしておく。彼女は口の端から涎まで垂らしていた。本当に貴族の家の出なのか疑わしく思えてくる。私がシャロンを叩き起こしている間にハリーは無礼な態度を取ったとして一点減点されていた。

 

その後は二人組を作り、簡単なおできを治す薬の調合をすることになった。私はシャロンと組み、ダニーはロングボトムと組んでいた。

 

干したイラクサの量を測る、蛇の牙を砕くといった作業が続くのだが、マルフォイがお気に入りらしいスネイプ教授はマルフォイ以外のほぼ全ての生徒に注意をした。ダニーにも注意をしようとしたらしいが、注意するところが見つからなかったらしく無言のまま通りすぎた。私にはそもそも目線すら向けて来なかった。彼からはウォルター家への警戒をそれほど感じないのだけど、何か私に対して思うところがあるのだろうか?

 

マルフォイが角ナメクジを完璧に茹でたから皆で見るようにとスネイプが言った瞬間。シューシューという何かが溶ける大きな音とダニーの声が響いた。

 

「ネビル!退いてくれ!エバネスコ(消えよ)!」

 

見るとダニー達が調合していた鍋が捻れた小さな金属塊へと姿を変えていた、周囲には緑色の煙が立ち昇っている。どうやらロングボトムが調合していた薬品を強力な溶解液へと変化させてしまったようだがそれをダニーが消失させたという状況らしい。ダニーが薬を消したおかげで周囲への被害は無かったが、ロングボトムにはそこそこの量が掛かってしまったようだ。おできが出来てしまっている。

 

「バカ者!」

 

教授は酷く忌々しそうにロングボトムに怒鳴った。

 

「おおかた、大鍋を火から降ろさない内に、山嵐の針を入れたのだな?」

 

ロングボトムはあまりの痛みに泣き出している。

 

「医務室に連れていきなさい。ああ、それと。」

 

スネイプ教授はダニーにロングボトムを医務室に連れていくように言いつけたがすぐに呼び止めた。

 

「一年生にしては見事な消失呪文だ。グリフィンドールに一点をやろう。」

 

スリザリン贔屓で知られているスネイプ教授の思わぬグリフィンドールへの加点に周囲は騒然とした。特にマルフォイなどはマグル生まれに点を渡すなんて!と憤慨している。私も教授がダニーに点を渡したことが意外だった。何か企みがあるようにすら見える。

 

「ありがとうございます、先生。ほら、いくよネビル。」

 

ダニーが綺麗に礼をしてロングボトムと地下牢を出ていくと、教授はネビルの隣で作業していたハリーとロンを睨み付けた。

 

「君、ポッター、針を入れてはいけないとなぜ言わなかった?彼が間違えば自分の方がよく見えると考えたな?グリフィンドールはもう二点減点。」

 

教授がダニーに点を渡した理由が分かった。教授はダニーに点を渡すことで次に減点するハリーがより屈辱を感じるように仕向けたのだ。スネイプ教授がハリーに向ける感情はもはや憎しみなのではないかと思う。

 

この後はスネイプ教授がグリフィンドール生に文句をつける以外は特に事件が起きる訳でもなく淡々と授業が進み、初めての魔法薬学は重い空気の中で終わった。

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 十五


一度書き上げた話を全て消してやり直したので時間がかかりました。最近投稿が遅れぎみなので、読んで下さっている皆さまに本当に申し訳ないです。


 

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

『飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとスリザリンとの合同授業です。』

 

ホグワーツでの初めての休日があけた月曜日の朝に、飛行訓練の連絡が掲示板に貼り出されていた。寮の自室から眠そうに出てきた生徒達がその連絡を読んで盛り上がり始める。

 

「やっと箒に乗れるのか。随分とまたされたな。」

 

「でもグリフィンドールと合同なんですって。いやね、あんな騒がしい猿みたいな人達と合同なんて。」

 

「グリフィンドールには今まで一度も箒に乗った事がない奴だっているんだろ?僕達がマグル生まれより優れた存在だっていうことを奴らに知らしめるチャンスだ。」

 

盛り上がっている話の内容は大抵グリフィンドールと合同であることに対する反応か自分がいかに箒に乗るのが上手いかというものだった。掲示板の内容を見たマルフォイなどは一日に二度は周囲の取り巻きに話して見せる自慢話を空きもせずに語り始めた。

 

「僕は幼い時から父上に箒を与えられていてね。勿論その時代の最高の物さ。僕には最新の物以外は似合わなくてね。その最高の箒で僕はよく自分の家の敷地内にある森の上を飛んでいて――――――」

 

その光景を見ながらシャロンはうんざりとした顔をしていた。

 

「まーた同じ話をしてますよマルフォイの奴。あんなに同じ話を繰り返すなんて周りが自分の話を覚えていられない間抜けだとでも思っているんですかね?それとも逆にマルフォイ自身が自分が同じ話をしていることに気づけない間抜けなんですかね?全く....箒の何が良いのだか。箒で飛ぶのが苦手な私には良さなんて何にもわかりませんよー。メルセデスはどうですか?」

 

「飛んでいる時に感じる風は少し気分が良いものです。それは認めますが熱中出来るものではありませんね。」

 

「つまりは飛べるんですね...メルセデス...そうですか...そうですか...」

 

私とダニーはホグワーツに来る前、マッドアイに何度か箒の講義をしてもらったことがある。私は生まれつき良い身体能力を駆使して難なく飛ぶことが出来たのだが、ダニーがかなりてこずっていたことを良く覚えている。箒で地面に向かってまっ逆さまに突っ込んで行った時は肝が冷える思いをしたものだ。ただ、ダニーも回を重ねるごとに上手く飛べるようになっていたので飛行訓練には特に不安はない。

 

「――――――そうして僕は真正面から突撃してくるマグルのヘリコプターを華麗に避けて見せたのさ。あれが僕じゃなかったらきっと死んでいただろうね。」

 

「凄いわ!ドラコ!」

 

マルフォイの変わったものが接続詞くらいしかない自慢話が終わったようだ。取り巻きのパーキンソンの反応もも毎回変わらない。彼女の場合はあの反応が取り繕ったものではなく素の反応であるというから驚きだ。二人とも恐ろしいバリエーションの無さなので結婚すればある意味良い夫婦になるだろう。近づきたくは無いが。

 

ところで、マルフォイの話はいつもヘリコプターを避けたところで終わるのだが、マルフォイ家の敷地内にはマグル避けが施されている筈だ。ヘリコプターなど入ってこないと思うのだがどうなのだろうか?本当かどうかはかなり疑わしいと思う。

 

それに、真正面から突っ込んで来たヘリコプターには勿論マグルが乗っていた訳で。それをギリギリで避けたのなら箒で飛んでいる所をマグルに見られた可能性が高いはずだ。就学前の魔法使いがマグルに魔法を見られた場合その責任は保護者へと向かうので、ルシウス・マルフォイは自分の子供をきちんと監督出来ていない無能だということになる。話の真偽はともかく彼の恥になる話は是非とも広まって欲しいのでマルフォイにはその事に気づかないままどんどん他人に話していって欲しい。

 

「けっ、皆してたかが掃除道具に盛り上がっちゃって。箒で飛べなくても別に死にはしないですもん。飛行訓練なんか無くなれば良いのに......」

 

シャロンはぶつぶつと箒談義で盛り上がっている人々に向かって呪詛を呟いている。相当乗れないようだ。これから飛行訓練がある度にこうなられても困るので彼女には何とか乗れるようになってもらいたい。

 

「シャロン.......教えてあげましょうか?」

 

「.........お願いします。」

 

気づけば掲示板の前に集まっていた生徒も殆どが居なくなっていた。皆朝食を食べに大広間へ向かったのだろう。食事中にマルフォイ達に絡まれることを避ける為に寮で時間を潰してから私達も大広間へ向かった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

その日の真夜中、私は月の光以外の光源が一切存在しないホグワーツを歩いていた。城内は静寂に包まれており、時折管理人のものだろう忌々しげさを感じられる足音が響いてくるのみだった。

 

私は寮の部屋を抜け出して来ているなのだが、こんなところを教師の誰かに見られれば勿論厳重に処罰されることは間違いない。

 

寮の得点が減ることは私にとってはどうでもいい。問題なのは私が夜中に出歩いていることを知られることだ。夜中に動きづらくなることはなるべく避けておきたい。その為、今の私にはこれでもかと言わんばかりの隠蔽の魔法が掛けられている。他人から姿が見えなくなる目眩まし呪文は勿論、周りが自分の発する音に気づけなくなる耳塞ぎ呪文、マッドアイがウォルター邸でよく使っていたような隠れているものを暴く魔法に抵抗する魔法等出来ることは全て行っている。

 

ここまで魔法を掛けた状態ならば教師達や管理人に気づかれるようなことは無いだろうが、廊下でばったりとダンブルドアに出会った際に気づかれないと言い切れないのがつらいところだ。

 

どんな魔法を使用してもダンブルドアに通用する気がしない。ダンブルドアにはそう感じさせる凄みがある。恐らく英国魔法界中の魔法使いが感じていることだろうが、それを感じている間はまだまだダンブルドアと渡り合えないということだ。当面の目標はダンブルドアの底を見えるようになることになるだろう。今私が夜中に出歩いているのもその為だ。

 

初日のダニーとの連絡会の時に確認したように私は魔法の訓練等の為に使うことの出来る部屋を探していた。今日までに私が二度、ダニーが一度ホグワーツ中を歩き回って探していたのだが中々条件に合致する部屋を見つけることが出来ていなかった。広い城なので授業でも使われていない空き部屋はそれなりに存在するのだが、夜中に使って気づかれないことを考えると全く役にたたない部屋ばかりだ。

 

早くも手詰まりになって頭を悩ませていたのだが、解決策は直ぐに見つかった。昔両親が私にしてくれたホグワーツでの思い出話の中に、とある部屋で夜中に魔法の訓練を一緒にしていたというものがあったことを思い出したのである。

 

四歳頃にされた話なので記憶は大分曖昧だったのだが、ホグワーツに飾られているバカのバーナバスと呼ばれる絵画が目印であることは覚えていた。なんでもトロールにバレエを教えようとしている人物の絵だということなので、昼の間にダニーに情報を集めてもらい何とか八階にあるということを突き止めたのだ。

 

そして今、私は八階のバーナバスの絵画の前に立っている....の....だけど.....

 

「.......石壁しかありませんね。」

 

そう。私の目の前には石壁しか無かった。絵画を捲ってみたり、石を押してみたり、暴露呪文を使ってみたりしているのだが何の反応もない。八階に辿り着いてからかれこれ二十分ほど経っているがここに部屋があるという確信を持てなかった。

 

「うーん.....バカのバーナバスという確かな目印があるんだから君の両親の情報に間違いがあったとは考えにくいと思うんだけどね...」

 

手に持った両面鏡からこちら側を見ていたダニーが怪訝そうに言った。

 

「何か部屋を開く為の魔法があるのかもしれないな。ウィーズリーの双子に聞いたんだけど、ホグワーツには特定の呪文を唱えることでしか開かない扉なんかも結構あるらしいんだ。」

 

「特別な呪文が必要ならここでぐたぐだしていることに意味はありませんね。教師に見つかるリスクが高まるだけです。とりあえず今日のところは引き上げましょうか....」

 

せっかく手にいれた手がかりがあまり役に立たなかったことに肩を落としながら寮に戻ろうと歩き出す。魔法の訓練や研究が....出来ればダニーの希望である魔法薬学や錬金術等を学ぶことが出来るような部屋が欲しい...そう考えながら石壁の前を横切ると、視界の端で何かが動いていることに気づいた。

 

「っ!―――――」

 

驚いて振り向くと、今までただの石壁だった場所から扉が滲み出てきていた。現れた扉は私を歓迎するかのように開いてその内装をさらけ出した。

 

部屋は大広間の半分程の広さがあり、壁からはかなりの衝撃を加えても崩れなさそうな頑丈さを感じる。魔法の的になりそうな人形、魔法薬学や錬金術等に用いられる器具、軽く百は本が入りそうな本棚が備え付けられており、見回しただけでも『魔法理論』『魔法薬のすすめ』『初級錬金術』といったタイトルが確認できた。

 

「これは....私の望みが反映されているのでしょうか?」

 

部屋の中にあるものはまるで私の頭の中を覗いていたかのように私の望み通りだった。

 

「そうだとしたら色々な問題が解決するんじゃないかな?他の望みでも部屋が出来るのかを確認した方がいい。部屋が開く条件も曖昧だ。色々と試してみよう。」

 

それから幾つかの実験を行った。まずは部屋の出現条件を確定することを優先し、部屋が現れる前までの行動を再現し、それを少しずつ変えていくことで何がトリガーになっているのかを調べていった。これにはかなりの時間を要したが何とか部屋が開く条件を見つけることが出来た。

 

部屋が開く条件は石壁の前で自分が必要としていることを強く思い浮かべながら三回行ったり来たりすること。正直バカのバーナバスという手がかりがなければ一生かかってもこの部屋を見つけられなかったと思う。両親はどのように部屋を見つけたのだろうか?

 

部屋の内装や道具等も自分が願う通りに変化してくれることがわかった。しかし、用意してくれるものには流石に限界があるようで、試しに賢者の石を望んで部屋を開いてみると部屋の中は殺風景で何も置いてない部屋に変化した。今日調べることが出来た限りでは、世界に幾つかしか無い手に入れることが不可能に近い貴重なもの、あまりに巨大なもの、生きているものは用意してくれないようだ。それでもかなり融通はきく。この部屋を利用すれば私達は更なる魔法力を得ることが出来るだろう。

 

「やりましたね、ダニー。これで一つ目の関門を突破することが出来ましたよ。」

 

「そうだね。でも、今日はこのくらいにしよう。流石にもう寝ないと明日.....いや、もう今日だね。今日の行動に響く。」

 

外へと目を向けると、既に空が白みをおび始めていた。もう朝といっても良い時間だ。部屋を調べることに夢中になりすぎたらしい。

 

「まさかこんなに時間が経っているとは思いませんでした.....私も少しは寝た方がいいですね。寮に戻ることにします。それではダニー。またホグワーツのどこかで。おやすみなさい。」

 

「ああ、おやすみ。」

 

鏡からダニーの顔が消えたことを確認した私は切れかけていた魔法をかけ直しながら寮への道を歩く。今日はとても良い成果を得ることが出来た。明日からはこの部屋....必要としたものを用意してくれることから必要の部屋と呼ぶことにしたここで様々な準備をしていくことになるだろう。

 

誰にも気づかれずに寮の部屋へと戻り、ベッドに潜り込む。必要の部屋をどう利用するかを考えていると眠気が襲ってきたので、そのまま眠気に身を任せていった。

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 十六

 

 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

メルセデスが必要の部屋を見つけてから数日が経った。自由にやりたいことが出来る環境を手にいれた僕らは夜な夜な寮を抜け出しては部屋に集まり、自分が伸ばしたい分野の研究を行っている。

 

今日も僕らは必要の部屋で自分の研究に精を出していた。部屋の内装は魔法の訓練場を中心として、四方に薬学や錬金術等のスペースが配置されたものになっている。

 

メルセデスは荒事に使う魔法の修練に注力しているようで、今は訓練場で魔法の早撃ちをしている。使用しているのは切り裂き呪文、セーヴァ(切り裂け)だ。メルセデスの先祖が作った魔法で、唱えると金属のような質感の閃光が対象へと突き進んでそれを切断する。ただの紙から、極めれば金属すら容易に切断できる汎用性の高い魔法で、メルセデスは人相手だけでなくペーパーナイフがわりにするくらいによく使っている。彼女が最も早く無言で撃てるようになった得意魔法だ。

 

切り裂き呪文をいかに早く、鋭く、連続で撃てるように出来るかが課題だと言っていた。訓練場に無数に並んでいる人型の的達が瞬きをする間に首を飛ばされていくのが見える。

 

僕から見ると十分早く撃てていると思うのだが、メルセデスからしたらまだまだのようだ。複数の闇払いに囲まれても魔法を使う暇なく首を飛ばせるくらいにはなりたいとのこと。

 

僕は何をしているかというと、魔法薬学のスペースで薬の調合をしている。今作っているのはウィゲンウェルド薬、治療薬だ。最近の僕は杖を使った魔法よりも魔法薬や錬金術といった分野に重点を置いていた。魔法に関わり出してから今までの六年間で杖魔法に関してはメルセデスに敵わないことをはっきりと自覚した為、杖魔法以外の何かで彼女の役に立とうと考えたからだ。いつまでもメルセデスの下位互換のままでいることは彼女と対等でありたいと思う身としても、一人の男としてもいただけないことだった。勿論杖魔法の練習もしているのだが、比率は魔法薬等の杖を用いない魔法に偏り始めている。

 

調合は教科書を広げながら行っているのだけど、その教科書の内容には幾つもの訂正が書き込んである。これらの訂正は全て僕の手によるものだ。

 

つい先日までは教科書をよく読み込んでその通りに調合をしていたのだが、どれだけ教科書通りにしても薬の効能が完璧とは言えないものに仕上がってしまっていた。最初は自分が気づかない内に何らかのミスをしてしまっていると考えていたのだが、どれだけ試行を繰り返しても目指した効能には近づけず、何度かメルセデスに監視してもらいながら調合をしても教科書の手順からは離れていないという事でようやく教科書そのものが間違っている可能性に気づいた。

 

それからは教科書を手本としつつも材料の刻み方や量、火に掛ける時の時間や火の勢い等、疑える所は全て疑って試行を重ねて一番効能のいい方法を探すようになった。

 

言うまでもないことだけどこれには時間がかかる。しかし、この作業を通じて材料のどんな作用がどんな混ざり方をして薬を形成していくのかを把握していくことが出来ている。このままありとあらゆる材料の作用を知ることが出来れば全く新しい薬を作り出すことも可能なのではないかと思う。これは普通に魔法薬の調合を学ぶだけでは一生身につけることが出来ない筈だ。

 

不可解なのは何故間違いだらけの、否、最適ではない記述ばかりの本がホグワーツ指定の教科書になっているのかだ。魔法薬学の最初の授業であれだけの大演説をしたスネイプ教授が教科書のミスに気づいていないとは考えたくない。いずれ聞いてみるべきだろうか。あなたはこの教科書を素晴らしいとお考えですか...?と。

 

「ダニー、その調合はもうすぐ終わりますか?」

 

魔法薬学の教科書についてあれこれと考えていると後ろからメルセデスの声が聞こえる。早撃ちの練習が終わったのかと訓練場の方を見ると軽く百はあった人形が全て首が無い状態で訓練場に山積みされているのが見えた。あれが人であったなら史上類を見ない凄惨な事件として歴史に残るような惨状だろう。よくもまぁ、あんなに魔力がもつものだ。

 

「ダニー?」

 

訓練場の光景に感心するやら呆れるやらしている内にメルセデスがすぐ隣にまで近づいていた。彼女は僕の隣に座って大鍋を覗きこんでいる。まだ返事をしていなかったことを思い出して直ぐに口を開いた。

 

「もうしばらく火に掛けておけば終わるよ。何かあったのかい?」

 

「大したことではないのですよ。私達は箒に乗ったことがあるとはいえ、明日は初めての飛行訓練なので早めに切り上げた方がいいかと思っただけです。」

 

そういえば明日は飛行訓練だったかと寮の掲示板に貼られた知らせを思い出す。ハリー達がスリザリンとの合同だと知った時はひどいものだった。ハリーは露骨に絶望しだすしロンは周囲のグリフィンドール生とスリザリンへの愚痴を垂れ流しついた。スリザリンについては僕は何も言えないので巻き込まれないように目眩まし呪文をかけてさっさと退散したものだ。

 

グリフィンドール内での僕の扱いは現状微妙なものになっている。二日目の朝食の時のメルセデスの突貫によって僕が彼女と親しいことは白日の下に晒された。その後のグリフィンドール生による大量の質問責めに答えていった所、僕への態度は大きく二つに別れていった。

 

一つはウォルターと親しくても僕自身はいい奴そうだから特に気にしないという態度。もう一つはウォルターと親しいからこいつもヤバイんじゃないかと警戒している態度だ。どちらにしてもメルセデスへの悪印象が解けていないのは問題なので、前者の人達から徐々に切り崩して行こうと思っている。

 

「訓練の内容もどんなものか分からないし、早めに寝て体調を万全にしておいた方がいいかもね。分かった。この調合で今日は終わるよ。」

 

「はい。」

 

それからはお互い無言で煮えていく大鍋を見つめていた。周囲には薪が燃える音と二人の息づかいしか聞こえず、久しく感じていなかった穏やかさが僕らを包んでいる。僕が、メルセデスが向かう道の性質上、穏やかな時間を過ごせる機会はそう多くは無いだろう。薬が出来上がるまでの短い間、この貴重な穏やかさを噛み締めよう.....そう思っていると肩に重みを感じた。

 

「メルセデス?」

 

隣を見れば、メルセデスが僕により掛かって寝息を立てていた。昔から夜遅くまで起きていることが多かったメルセデスは眠気をある程度制御する術を持っている。だけど、ウォルター邸からホグワーツへと環境が変わって流石に無理が祟ったのだろうか、メルセデスの眠りは随分と深いようだ。

 

とりあえず着ていたローブをメルセデスが起きないように脱いで床に敷き、その上にメルセデスをゆっくりと移動させる。

 

ウィゲンウェルド薬が出来上がるころだったので火を消しておき、さてメルセデスをどうしようかと考える。出来れば彼女を起こしたくは無い。周りに僕しか居ないとはいえ、思わず寝てしまうくらいには疲れがたまっているのだろうからゆっくりと寝させたい。

 

スリザリン寮の部屋に戻すことも考えたが直ぐに却下した。合言葉は知っているのでスリザリン寮には入れるが、女子寮には男子の侵入を阻む魔法が掛けられている。突破できないこともないとは思うがリスクが高い。談話室に寝かせておくのも他のスリザリン生に何をされるか分からないから駄目だ。

 

グリフィンドールなどもっての他だ。スリザリン生がグリフィンドール寮に侵入しているなどと知られれば寝起きの凶暴な連中に総攻撃をされかねない。

 

しばらくあれこれと考えた末に必要の部屋にベッドを用意してもらって寝かせることにした。朝にメルセデスが居ないことにシャロンが気づくだろうが、そろそろシャロンにも夜出歩いていることくらいは伝えようかとメルセデスが言っていたことだし丁度いいきっかけになるだろう。朝食にもメルセデス達はいつも時間を遅らせて向かっている。時間的な問題は少ない筈だ。朝からメルセデスに八階から地下まで走らせることになるのは忍びないが仕方がない。

 

薬の始末をした後、寝ているメルセデスを抱き上げて必要の部屋から一度出る。扉が消えたことを確認すると石壁の前でよく眠れる部屋を望みながら三往復した。

 

現れた扉から部屋に入ると、中にはキングサイズのベッドが一つ設置されており、床には安心感を覚える仄かな光を放つ照明、暑くも寒くもなく適度に乾燥した環境、朝に日が射し込んで来るだろう方角には小さめの丸型の窓がはめられていてレースのカーテンが掛かっていた。よく眠れることは間違いないだろう。

 

ベッドもより良い眠りを提供してくれることは疑いようがなかった。メルセデスを寝かせて見るとベッドはメルセデスの身体に沿って沈んだ。呼吸がしやすいのだろうか、メルセデスの寝息がより深いものへと変わっていく。布団も凄い、今まで見たことが無いほどふっくらとしているがとても軽い。ダウンの配合がかなり多い羽毛布団だと思われる。

 

ここまで至れり尽くせりだとメルセデスが明後日まで寝てしまうのではないかと心配になるくらいだったがその心配も内容だった。部屋に置いてあったベッドの説明によるとこのベッドには魔法が掛けられていて、あらかじめ何か音声を録音しておくことで設定した時間になると使用者の耳元に音声を流してくれるのだそう。とりあえず僕の声を入れておくことにする。大きな音を入れてもいいが、それをすると折角の快適な眠りの余韻を吹き飛ばしてしまいそうだ。ついでにメルセデスの機嫌も悪い方へ飛ばしそうなので絶体に止めた方がいい。

 

起きたら知らない部屋にいることでメルセデスが少なからず混乱するだろうから状況を説明する内容を書いた紙を枕元に置いておく。メルセデスの寝顔はとても安らかで美しく、朝まで眺めていたい衝動に駆られるけどこれを何とか押さえつける。僕がベッドに居ないことがハリー達にバレることはなるべく避けたい。彼らに夜出歩いていることを知られればその好奇心の赴くままに僕を追及してくることは火を見るよりも明らかだ。

 

「お休み、いい夢を。」

 

メルセデスの目に掛かっていた髪を払うと僕は必要の部屋を後にする。明日は色々と大変な一日になりそうだと考えながら僕はグリフィンドール寮への道を歩いていった。

 

 

 

 





セーヴァ(切り裂け) 適当に考えた呪文名です。恐らく今後呪文名で出てくることはないでしょう。出番は多いと思いますが。
効果はだいたい某プリンスのお得意な魔法と同じです。


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化物(フリークス)と賢者の石 十七


かなり長めになりました。



 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

朝日が私の顔を照らしているのを感じ、意識が浮上していく感覚を覚える。どうやら私は寝ているようなのだが、昨夜に寝ようとして寝た記憶が無い。第一ここは私の寮の部屋では無いことは明らかだ。地下にあるスリザリン寮で朝日を感じることなどあり得ないし、何より今私が寝ているベッドの寝心地が良すぎる。

 

雲で作られているのではないかと錯覚するほど軽い布団は秋の朝の寒気さなど微塵も感じさせない温もりをもって私を包んでいるし、体を受け止めてくれているマットレスは私自身よりも私の身体を知っているかのように最も負担を感じない姿勢を作り出してくれる。寝ている時でも無意識に入ってしまう力の一切を霧散させ、真のリラックスとは何かを無理矢理分からされてしまう。

 

寮のベッドも悪いものでは無いがこれとは比べ物にならない。このまま永遠に過ごしたいと本気で思ってしまうほどの寝心地の良さに目を開ける気力があっさりと奪われていく。

 

ああ、これは駄目だ...........

 

『メルセデス、起きるんだ。』

 

「ん.....ダニー?」

 

そのままうっかり次の日くらいまで寝てしまいそうになったが、耳元でダニーの声がしたような気がして反射的に体を起こした。私の周りには案の定全く見覚えがない空間が広がっている。ダニーに起きるよう促された筈なのだが部屋に彼の姿は無かった。状況が分からないまま辺りを見回すと枕元に一枚の紙切れが置いてあることに気づいた。紙にはダニーの筆跡で文章が書いてある。

 

『おはよう、メルセデス。よく眠れたことだと思う。今君が起きた部屋は必要の部屋だ。薬を火に掛けている間に君が寝てしまったから、疲れてるんだと思って必要の部屋によく眠れる環境を用意してもらったんだ。僕がスリザリンの女子寮に君を運ぶ訳にもいかなかったからね。一応、まだ生徒が寝ている時間に寮に戻れるように少し早めの時間に君が起きるように魔法を仕掛けておいたけど、君が寮の部屋に居ないことにシャロンが気づく可能性も無くは無い。対応は申し訳ないけど君に任せるよ。それじゃ、大広間で会おう。」

 

どうやら昨夜の私はダニーの前で寝落ちてしまったらしい。私の疲れがよく取れるようにこの部屋を用意してくれたとのことだけど、流石にやり過ぎだと思う。この部屋は魔性だ。危うく堕ちかけてしまった。この部屋のことはさっさと忘れよう。シャロンに気づかれる前に寮へ戻らなければ。

 

乱れた髪を整えながらベッドの側に置いてあった自分の杖や鏡といった小物をポケットに仕舞っていく。身仕度を整えたら直ぐに部屋を後にし、真っ直ぐ地下牢を目指して走った。

 

八階から地下牢まで走るのは中々いい運動になった。厄介な階段や廊下を行ったり来たりしなければならない面倒な道のりではあったが、朝の静けさの中を堂々と走り抜けるのは清々しい。

 

地下へと続く階段を駆け降りてスリザリン寮の前の石壁に立ち、合言葉を言って中に入り、なるべく音を立てないように自室へと滑り込む。何とか誰にも気づかれずに自室に戻れたことにほっと息を吐くも、ベッドからシャロンがこちらを半目で見ているのが目に入った。

 

「へー、朝帰りとはやりますね?メルセデス。逢い引きしてたのはダニエルですか?そりゃあ二人がただの幼馴染に収まらない関係なのは察してましたけどまさか朝までいちゃつくほどとは思ってませんでしたよ。」

 

「い、いちゃついて来た訳ではありませんよ!」

 

「ダニエルと会ってたことは否定しないんですね?ふ〜ん?」

 

シャロンは凄く疑わしい!と言いたげな目を止めない。何か色々と面倒臭くなった私は全てをダニーに投げることにした。

 

「後でダニーに聞いてください........」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

朝食時間に大広間で合流したダニーはシャロンによる質問の嵐にあっていた。夜中に何をやっていたのかだのどこまで?してるのかだのと根掘り葉掘り聞かれている。ダニーからは助けを求める視線が痛いほど飛んできているが涼しい顔で素知らぬふりを続けた。

 

結局はダニーが根強く誤解を解いていくことによって何とか夜中にしているのは自主的な魔法の訓練であることを伝えることが出来た。

 

「なんだ.....いちゃついてる訳じゃ無いんですね...」

 

「最初からそう言っていたでしょうに...」

 

シャロンは心なしかがっかりしているように見える。今までの話のどこにがっかりする要素が有ったというのだろうか。

 

「それで?その夜中の訓練には私も参加していいんですか?」

 

彼女は夜中の訓練に興味を持ったようだ。今の所味方側であるシャロンに魔法の技術を身につけさせるのは損にはならないだろう。しかし、地下から八階へ向かう間が心配だ。

 

「構いませんが、目眩まし呪文は使えますか?訓練場に行くまでに見つかるのは困りますよ?」

 

「使えませんけど大丈夫です!勘で何とかなります!」

 

動物でもゴーストでも近づいてくるかどうかは勘で分かるのだとシャロンは自信満々に胸を張っている。彼女の勘は下手な魔法よりも遥かに利便性が高いらしい。

 

「話は纏まったようだし、そろそろグリフィンドール寮に戻るよ。まだ次の授業の準備をしていないんだ。」

 

そう言ってダニーが席を立つ。話し込んでいる内に一時限目の授業が間近に迫っていた。そういえば私達も授業の準備をしていない。

 

「そうですね。私達も授業の準備をしなければいけませんし寮に戻りましょう。ではダニー、昼食はハリー達と食べるのでしたよね?飛行訓練で会いましょう。」

 

「ああ。」

 

今日は午後から飛行訓練がある。グリフィンドールとスリザリンの合同である以上何らかのトラブルが起きることは間違いない。せめて私達に直接被害が及ばないトラブルであって欲しい。そう考えながら寮へと戻っていった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

飛行訓練は禁じられた森の側の校庭で行われる。地面には何本もの箒が綺麗に並べられているが、肝心の箒は酷いものだった。製品名は恐らく流れ星(シューティング・スター)

 

発売当初はその安さから人気があった箒だが、経年劣化が激しく使い物にならなくなるのが早かった為に人気が急降下。文字通り流れ星となって制作会社を倒産に追いやった箒だ。今ここにある箒も見るからに古めかしい。安全に飛べるかはかなり怪しいと言わざるを得ない。

 

スリザリンより少し遅れてきたグリフィンドール生が箒の前に並んだ所で飛行訓練の担当教師であるマダム・フーチが現れた。マダムは短く切った白髪に黄色い目をしており、鷹のような印象を受ける気の強そうな女性だ。

 

「何をぼやぼやしてるんですか。みんな箒のそばに立って。さぁ、早く!」

 

マダムの怒鳴り声を聞いて生徒達が慌てて動き出す。私とシャロンは隣に並び、目の前にはダニーもいる。生徒全員が箒の隣に立ったことを確認したマダムは号令をかけ始めた。

 

「右手を箒の上に突きだして。上がれ!と言う!」

 

皆が口々に上がれと叫びだす。私とダニーの箒は素直に飛んできてくれたがシャロンの箒はぴくりともしない。他の生徒も直ぐに成功することは稀のようで、私とダニーの他に直ぐ箒を手にしたのはマルフォイを含めた一部の魔法族出身の人間と、少し意外なことにハリーも成功していた。

 

何とか全員が箒を手に取ることが出来ると、次は箒に跨がる方法の指導だった。マッドアイ直々に教えを受けた私達は難なく突破。シャロンも跨がりかたは問題が無かったようで特に注意を受けることは無かった。しかしマルフォイはずっと間違った箒の握りかたをしていたとマダムに大勢の前で暴露されていた。マルフォイが屈辱で顔を真っ赤にしている様は胸がすくような気持ちだった。

 

「さあ、私が笛を吹いたら地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルくらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ―――」

 

ようやく実際に飛んでみようということになった。生徒の緊張は最高潮に達し、笛がなる瞬間を今か今かと待ちわびている。

 

「一、二の―――――」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

笛が鳴るまでの緊張に耐えられなかったのか、二人の生徒がフライング気味に強く地面を蹴ってしまった。――――ネビル・ロングボトムとシャロンだ。

 

「こら!戻ってきなさい!」

 

マダムが大声で二人に呼び掛けるが、二人はどんどん高度を上げていく。遠目に見える二人の顔は真っ青になっていていつ墜落してもおかしくはない。ロングボトムはともかく、シャロンには恩を売っておいて損は無いので彼女を助けるべく懐から杖を取り出す。

 

ダニーもロングボトムを助けることにしたようで、私と同じく杖を取り出していた。

 

「ダニー。地面をお願いします。」

 

「了解。」

 

ついに二人が箒から滑り落ちた。私は落ちてくる二人へ、ダニーは二人の落下予測地点に杖を向ける。

 

アレスト・モメンタム(動きよ 止まれ)

 

スポンジファイ(衰えよ)

 

私の放った制止呪文は二人の落下速度を緩め、彼女らはダニーが魔法によって軟らかくした地面へと怪我をしない程度の勢いで墜落した。私はダニーと共に二人の元に駆け寄る。

 

「あ、ありがとうございます.....二人とも。死ぬかと思いました.......」

 

シャロンは真っ青な顔をしながらも礼を言うくらいは出来るようだ。しかし、ロングボトムは地面に横たわったままぴくりともしない。ダニーがロングボトムを抱き起こして容態を確認している。

 

「......怪我は無いようだけど気絶しちゃってるね。落ちる時の恐怖に耐えられなかったんだろう。」

 

「かなり高い所から落ちましたしね。」

 

見上げると二人が乗っていた箒が十五メートルほど上空を漂っている。箒はそのまま禁じられた森へと飛んでいって見えなくなってしまった。

 

「二人は大丈夫なのですか?」

 

一足遅れてマダムも二人の元にやって来た。マダムはシャロンとロングボトムに怪我が無いことを確認すると私達の方を向いた。

 

「ウォルター、ウォード。迅速に二人を助けてくれたことを感謝しています。授業中に勝手に魔法を使ったことは本来咎めるべきことですが.....今回ばかりはそんな規則はどうでも良いことです。グリフィンドールとスリザリンにそれぞれ五点をあげましょう。」

 

「「ありがとうございます。」」

 

マダムは私達に微笑みかけると、成り行きを見ていた他の生徒の方に向き直った。

 

「私はこの子達を医務室に連れて行きますから、その間誰も動いてはいけません。箒もそのままにして置いておくように。さもないと、クィディッチの『ク』の字も言う前にホグワーツから出ていって貰いますよ。ガードナー、歩けますか?」

 

そう言うと彼女はロングボトムを抱き上げ、シャロンを連れて城内に向かって歩いていった。マダムが城の中へと消えていくと、校庭に大きな笑い声が響く。

 

「あいつらの顔を見たか?大間抜けの。」

 

笑い声の主はマルフォイだった。マルフォイに同調して周囲のスリザリン生も囃し立て始める。

 

「あんなのが純血の魔法族なんて信じられないね。あいつらは魔法族の恥だ.....ウォルター!恥さらしどもを救ってさぞ気分がいいことだろうね?良かったじゃないか、あいつら喜んで君に恩を返そうとするよ。最も、あの無能っぷりじゃ何の役にも立たないだろうけどね。」

 

矛先が私に向いたようだ。そろそろ言い返すことにもうんざりしてきているのだが、調子に乗られるとさらに面倒になることは分かりきったことだ。何か言い返さなければいけない。

 

「少なくとも、あなたの後ろにいる人の真似をした豚共よりかは役に立ってくれると思いますよ?シャロン達は言葉を理解してくれますからね。」

 

私の言葉にマルフォイは押し黙る。ここで言い返せない辺り彼も自分の取り巻きが本当に人なのかを怪しんでいるに違いない。

 

大きく舌打ちをして機嫌が悪そうに周囲を見渡したマルフォイが何か見つけたような仕草をして草むらへと手を伸ばした。

 

「見ろよ!ロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉だ。」

 

マルフォイが拾いだしたのは煙がつまった水晶玉だった。マルフォイはどうやらロングボトムの持ち物らしいそれを見せびらかしている。

 

「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう。」

 

怒気のこもった声でハリーがマルフォイに詰め寄った。マルフォイはニヤニヤと笑っている。

 

「それじゃ、ロングボトムが後で取りに来られる所に置いておくよ。そうだな、木の上なんてどうだい?」

 

「こっちに渡せったら!」

 

水晶玉を奪おうとするハリーの手をかわし、マルフォイは箒に乗って飛び上がった。話の誇張はしても飛ぶこと自体は出来たようで、木の頂上まで舞い上がったままそこでハリーに呼び掛ける。

 

「ここまで取りに来いよ、ポッター。」

 

マルフォイの挑戦にグリフィンドール側が騒がしくなる、ダニーもグリフィンドールの集団に駆けていった。どうやら飛ぶ飛ばないの問答をしているようだが、ハリーは今日初めて箒に乗ったのだから、マルフォイのいる所まで飛べはしないだろう。その間に私は全く別のことを考えていた。

 

今、マルフォイはマダムの言いつけを破って空を飛んでいる。マダムが戻ってくるまでに空を飛んだ者に待っているのは退学だ。今の状況は奴を退学、退学までは親の力で無理でも何らかの処罰を受けさせる絶好の機会だと言える。

 

そうと決まれば、マルフォイをあそこに固定してしまおう。何の魔法を使えばいい?インペディメンタ(妨害せよ)だろうか?イモビラス(動くな)だろうか?自分でもあまりに幼稚なことをしようとしていると思うが、マルフォイ親子には散々ストレスを与えられてきたのだ。別に殺す訳では無いのだから少しくらい痛い目にあわせても神罰はくだらないだろう。

 

自分の行いを正当化しつつもマルフォイに使用する魔法を決めて、いざ放とうとする。しかし、杖を振り上げた直後に予想外のことが起きた。グリフィンドールの集団の中からハリーが箒で飛び出してきたのだ。それも、マルフォイと同じ高さまで素早く安定した飛びを見せている。

 

考えても見なかった事態に杖を振るおうとしていた腕が止まる。その間にハリーとマルフォイは空中で水晶玉の取り合いを始めていた。

 

槍のように突き進んだハリーの箒をマルフォイがさっと横にずれてかわすが、鋭くターンしたハリーが再度マルフォイへと突撃をする。とても素人とは思えないハリーの飛びっぷりにグリフィンドールからは大歓声が上がっている。マルフォイも流石に不味いと感じたのか水晶玉を遠くへと放り投げ、さっさと地上に戻ってしまった。

 

ハリーは投げられた水晶玉を追って地面へと急降下を始めた。あれは駄目だ。素人にしてはかなり飛べるほうだとはいえ、いくらなんでもダイビングキャッチなど出来るはずがない。マルフォイを処罰させる機会を失ったのは少々残念だったが、嘆いている暇は無いらしい。

 

スポンジファイ(衰えよ)

 

先程ダニーが使った物質を軟らかく出来る魔法をハリーが突っ込むであろう地面に掛けておく。彼は敵になるが可能性がとても高い人間だが、ここで英雄の命を終わらせるのはつまらない。彼も初めて乗った箒で調子に乗って死んだ英雄だなどと言われたくは無いだろう。

 

しかし、英雄はやはり英雄だと言うのだろうか。ハリーはことごとく私の予想を上回る。彼は水晶玉をキャッチすると箒を地面すれすれの所で翻し、再び空へと舞い上がったのだ。

 

天才、私の頭に浮かんだ言葉はまさにそれだ。この場にいる全員がそう感じたであろう。グリフィンドール生達は爆発のような歓声をもって地面に降り立つハリーを迎え、マルフォイ達スリザリン生は信じられないものを見るような目でハリーを見ている。

 

しかし、そんな空気もその場に現れた人物によって真逆の方向へと変えられてしまった。

 

「ハリー・ポッター......!」

 

ハリーの名を叫びながら走ってきたのはマクゴナガル教授だった。教授はハリーに近寄るなり彼の手をひっ掴み、何とか擁護しようとするグリフィンドール生をあしらいながらハリーをホグワーツの中へと引きずっていった。

 

グリフィンドールは意気消沈としているし、スリザリンは勝ち誇ったような表情をしている。ハリーが退学になるのだと思っているのだろう。規則に人一倍厳しいマクゴナガル教授に見つかったのだからそう思っても仕方がないが、腑に落ちないことがある。

 

怒鳴り込んで来たのがマダム・フーチならば退学になるのだと思えるのだが、マクゴナガル教授が怒鳴り込んで来る理由が分からないのだ。彼女は私達が飛ぶことを禁止されていることを知らないはずなのだから。

 

私達はマダムが戻ってくるまでに飛んではいけないと言われているからハリーが規則を破ったと感じている。しかし、端から見れば飛行訓練の時間に空を飛んでいることは普通だ。飛行訓練とはそのための時間なのだから。

 

ハリーの飛び方はかなり危険が伴う行為だったので、その飛び方は危険だと注意することはあるかもしれないが危険な飛び方をしたというだけで退学にはならないだろう。だが、そうすると今度はわざわざホグワーツの中に引きずっていった理由が分からなくなる。

 

まぁ、彼がどうなったかは後でダニーに聞けば分かるだろう。

 

飛行訓練はその後、マダム・フーチが終了時間ギリギリまで現れなかったためにグリフィンドールとスリザリンのにらみ合いだけで終わった。

 

連れていかれたハリーがマクゴナガル教授から破格の扱いを受けているとは誰も想像もしていなかった。

 

夕食の時間に会ったハリーから事の顛末を聞いた私が盛大に呆れ返ったことは言うまでもないことだろう。

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 十八


話が進まない!



 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

「新しいシーカー?君が?」

 

医務室で休んでいるシャロンとネビルの様子を見に行った後、僕はメルセデスと夕食を食べに大広間に向かって歩いていた。大広間に近づくと顔に満面の笑みを浮かべたハリーが興奮した様子で歩いていたので先程の一件の後にどうなったのか話を聞いた。何でも、飛行訓練の時にマクゴナガル教授がハリーを連れていったのはハリーの見事な箒捌きを見て大層感心し、グリフィンドールのクィディッチチームの新しいシーカーに抜擢しようと思った為だったのだとか。

 

「それは.....驚いたね。規則をねじ曲げることになるんじゃないのかい?」

 

ホグワーツでは規則で一年生は個人的に箒を所有することは禁止されている。それと同時にクィディッチに参加することも禁止されていた。ハリーがクィディッチチームに所属することになるなら専用の箒も持つことになるのだろうし、マクゴナガル教授はこの一件で二つの規則をねじ曲げる事になる。

 

「うん.....でも、百年前にも一年生で代表になった生徒がいるから前例が無いわけじゃないんだって。」

 

前例が有ったとしても、普段は規則に厳しいマクゴナガル教授が自分から規則を破ろうとするとは思っても見なかった。それだけハリーへの期待が大きいということなのだろうが他の生徒に示しがつかないんじゃないだろうか。表情には出ていないけど、メルセデスも心なしか呆れているように見える。

 

「規則云々は置いておいて、君がシーカーに選ばれたことは凄いことだ。応援しているよ。」

 

「そうですね。流石は英雄と言ったところでしょうか。スリザリン生ではありますが私も応援していますよ。」

 

「ありがとう二人とも、頑張るよ!」

 

僕らの応援にハリーはさらに機嫌を良くしたようだ。

 

「今日はダニエルはメルセデスと食べるんだね?それじゃあ、僕はロンの所に行くよ。またね。」

 

そう言ってハリーは大広間の中へと駆けていった。僕らも連れだって大広間の中に入り、グリフィンドールのテーブルの片隅に向い合わせで座った。

 

「しかし、ハリーがシーカーになるとはね。驚いたよ。マクゴナガル教授に連れていったいかれたときはてっきり退学にされるものだと思っていたんだけどね。」

 

「私は退学まではならないと考えていましたけど、流石にあの連行の仕方でいい方に転ぶとは思っていませんでしたよ.....ん?あれは...またマルフォイですか。」

 

メルセデスが視線を向けた方向にはいつも通りクラッブとゴイルを連れたマルフォイがグリフィンドールのテーブルに近づいているのが見える。その足取りは真っ直ぐとロンと話しているハリーのほうへと向かっている。飛行訓練の件でハリーを笑いに来たのだろう。

 

ハリー達も近づいてくるマルフォイに気付いて臨戦態勢をとり、マルフォイと言い合いを始めた。断片的に会話が聞こえて来るのだが、今回はいつもの嫌味の応酬とは違うようだった。

 

「僕一人………相手に………今夜…………決闘………」

 

「もちろん………介添人………誰………」

 

「………真夜中………トロフィー室………」

 

「決闘?」

 

聞こえてくる会話はなにやら決闘に関する内容のようだ。言葉の断片を繋げると『今日の真夜中にトロフィー室で決闘をしよう』というところだろうか?

 

「ハリーとマルフォイが決闘ですか?それはそれは……何とも安心して見れる見せ物になりそうですね。」

 

ハリーもマルフォイも本物の魔法使いの決闘のように殺し合う為の魔法を使うことは無いだろう。いや、どちらかというと使えないと言った方が正しいか。

 

「おい、ウォルター。またグリフィンドールのテーブルに座っているのか?君がスリザリンに組分けされたことが疑問でならないよ。」

 

いつの間にかハリー達から離れたマルフォイがメルセデスの後ろに立っていた。クラッブとゴイルは先にスリザリンのテーブルに戻っていっている。たまたまメルセデスを見かけたので突っ掛かりに来たらしい。誰かに嫌みを言いに行かないと死んでしまう病気にでもかかっているのだろうか?

 

メルセデスは思いっきり顔をしかめている。彼が来たときの対応はメルセデスに任せっきりだったけどいい加減僕も口を出したくなった。

 

「そろそろしつこいんじゃ無いかな?マルフォイ君。君達がこうやってメルセデスに静かな時間を与えてくれないからメルセデスはスリザリンのテーブルに座らないんだと思うんだけど。」

 

僕に言い返されたマルフォイは直ぐに顔を真っ赤にして忌々しげに口を開いた。

 

「お前には話しかけてないんだ。僕に気安く喋りかけるなよ。この穢れた血め!」

 

穢れた血という単語がマルフォイの口から出たとたんにメルセデスは背後にいたマルフォイの頭を掴んで勢い良くテーブルへと叩き付けた。ガシャン!と大きな音がなり周囲の生徒からの注目を集めかけるが、その前に意識逸らしの魔法を使って何とか誤魔化すことが出来た。

 

メルセデスは痛みに呻くマルフォイの耳元に顔を近づけ、ゆっくりと冷え冷えとした声色で囁く。

 

「ダニーの血が穢れているというのならあなたの血はさぞかし美しいのでしょうね?是非とも私が見たダニーの血と見比べてみたいので腕の一本でも頂戴させて貰いましょうか。そういえば、あなたはハリーに決闘を申し込んでいましたね。ハリーの代わりに私が承けてあげましょう。ハリーの手を煩わせるまでもなくあなたを殺してあげますよ。あなたの父上も、決闘の末に死んだのなら文句も言わないでしょうしね。どんな死に方をしたいですか?斬殺、絞殺、爆殺、何でもできますよ。死の呪文はあっさりしすぎてつまらないので辞めておきましょうか。ああ、私は切り裂き呪文が得意なのですよ。あなたの身体を少しずつ切り刻んでいくのは想像するだけで心が躍ります。あなたの血も見れますし一石二鳥というもの。あなたが死ぬまでに身体にどれだけの裂傷を負わせることが出来るのか見ものですね?」

 

マルフォイは前とは一転して真っ青な顔でぶるぶると震えている。メルセデスが冗談を言っていないことを理解してしまったのだろう。きっと今の彼はいつも連れているクラッブとゴイルを今日に限って先にスリザリンのテーブルに返したことを後悔しているに違いない。

 

メルセデスがここまで殺意を顕にしているのは僕への暴言の為だ。穢れた血という言葉は魔法界においてマグル生まれへの最大の侮辱に値する。メルセデスは僕にその言葉を使ったマルフォイへ殺意を向けているのだと思うと仄暗い喜びを感じてしまう。僕が彼女に向けているような感情を彼女も僕に向けてくれていることを実感できる瞬間だからだ。

 

しかし、こんな生徒も教師も大勢集まっている大広間でマルフォイを殺してしまうのは不味いという言葉では済まない。しばらくメルセデスの殺意を堪能した僕は今にもマルフォイを切り裂かんとしている彼女を止めることにした。

 

「そこまでにしよう。僕への暴言くらいでマルフォイ君を殺す必要はない。彼も十分懲りただろうしね。」

 

「ですが…」

 

「君もまだ行動を制限されるような環境に身を置きたくはないだろう?君が魔法界中から追い回されたいというのなら僕も付き合うけど。」

 

「……いえ。まだその時ではありません。」

 

メルセデスはテーブルに押さえつけていたマルフォイの頭を後ろへと放った。尻餅をついたマルフォイは慌てて立ち上がりこちらに向かってなにやら口をパクパクとしているが声にならず、そのまま走り去ってしまった。

 

メルセデスは後先を考えずに行動してしまったことが恥ずかしいらしくそっぽを向いている。それも僕を思っての行動だと思えば愛しさしか浮かばない。

 

「メルセデス……君が僕の為に怒ってくれて嬉しいよ。」

 

「………嬉しかったのならお礼としてダニーの手料理を所望します。」

 

メルセデスはそっぽを向いたままお礼を要求してきた。内容は可愛いものだ。

 

「ああ、そういえばホグワーツの料理は君には味が濃かったのかな。分かった、今夜でもどうだい?必要の部屋に最高の食材と厨房を用意してもらおう。」

 

「いいえ、今夜は駄目です。」

 

「ん?どうしてだい?」

 

メルセデスは首を振っている。今夜に何か優先してやらなければいけないことが有っただろうか?

 

「ハリー達が決闘をしに夜中に抜け出すのでしょう?ダニーも巻き込まれそうな予感をひしひしと感じます。最も、今夜マルフォイが使い物になるとは思えませんがね。」

 

そうか、そうだった。その後に起きたことの印象が強くてすっかり忘れていたけど、今夜はハリー達が寮を抜け出す可能性が高かった。なんだかんだ言って僕も巻き込まれることはとてもあり得そうなことだ。

 

「今日はシャロンの始めての訓練に付き合うだけにします。就寝時間には戻ってくるでしょうからね。ダニーはハリー達の対応に集中してください。何か有ったら鏡を使うことです。いつでも反応出来るように待機していますから。」

 

「そうさせてもらうよ。出来ればマルフォイが決闘の場に現れずに即解散してくれるとありがたいんだけど……トラブルの運命の元に生まれた節のあるハリーの事だ、ただで済む気がしないよ……手料理は明日にでも振る舞おうと思う。楽しみにしていてくれ。」

 

「ええ、楽しみにしていますよ。」

 

それから僕はメルセデスと別れて寮に戻り、案の定マルフォイとの決闘騒ぎに巻き込まれる事になる。しかし、この夜がきっかけで一年を通してハリーが関わることになる事件にも巻き込まれるとは、僕も予想することが出来ていなかった。

 

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 十九

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

『こっちは君の予想通り決闘騒ぎに巻き込まれることになったよ。廊下で僕らと出くわさないように気をつけてくれ。まあ、耳塞ぎを使っているとはいえこっちは結構な大所帯で騒がしいから君は気づけると思うよ。』

 

自室にてスリザリンの生徒が寝静まるのを待っているとダニーから鏡を通して連絡があった。走り書きが鏡に映っている。あちら側は紙に書いてある通り随分と賑やなようで五人程の話し声が聞こえてきた。

 

「へぇ、この鏡でメルセデスは夜な夜なダニエルと話し合ってたんですね。寮が違うから話す機会が少ないわりに最近あったこととかあまり話題にしないなーって思ってたんですけどそういうことだったんですか。」

 

シャロンは興味深そうにあちこちから鏡を眺めながらそう言った。意外な観点から疑いを持たれていた事にひやりとする。やはりシャロンは油断ならない相手だ。余計なことをされる前に味方につけたいのだがそのためには色々と秘密を話さなければならない。最悪忘却呪文を使うことを想定した上であたって砕けて見るべきだろうか。

 

まあ、それをするにしても今日では無いのでさっさとシャロンを必要の部屋へと連れていくとしよう。

 

「そろそろ行きますよ。私は道中目眩まし呪文によって姿が見えないので私の手をしっかりと掴んでいてください。」

 

「分かりましたよー。」

 

シャロンが私のローブの裾を掴んだことを確認し目眩まし呪文を自分に掛ける。

 

「おお、メルセデスの姿が消えましたよ。裾を握っている感覚は残っているのが何か気持ち悪いです。目眩まし呪文ってこんなに完全に姿を消せるんですねー。」

 

「シャロンも直ぐ出来るようになりますよ。と、言うよりはさせます。これから何百と繰り返すのですからいちいち裾を掴んで連れていきたくはありません。覚悟してくださいよ?」

 

「…これは少し早まりましたかね?」

 

談話室に誰も居ないことを確認して素早く通り抜ける。廊下に出た後は耳塞ぎ呪文も併用しつつシャロンがついてこれるようにいつもよりはゆっくりとした足取りで進んで行く。

 

暫くは物音一つしない道のりを歩んでいたのだが、四階に差し掛かったところで『ガラガラガッシャーン!!』という金属製の何かが崩れ落ちたような爆音が響いてきた。

 

「メルセデス!このままここにいると誰かと鉢合わせる気がしますよ!」

 

何かを感じ取ったらしいシャロンが小声で叫ぶ。ダニー達が向かったトロフィー室は確か四階。音の発生源も直ぐ近くのように聞こえたのでこの音の発生源はダニー達だろうか?城中に響いたのではないかと思うほどの轟音だったから直ぐにフィルチが飛んでくる筈だ。鉢合わせる誰かというのはフィルチから逃げる五人なのかもしれない。

 

「シャロン、そこの扉に入っていてください。私は姿を確認したまま様子を見ます。」

 

ダニー一人ならフィルチに捕まるような愚を犯すことは無いだろうが、今回ばかりは一人で逃げる訳にも行かない状況の筈だ。一人で逃げてハリー達から悪印象を持たれることをダニーは良しとはしない。現れるのがフィルチなら私が姿を見せてみよう。彼が昼と同じように私を見逃すかは分からないがスリザリンの点数を引かれるくらいならどうでもいいことだ。

 

シャロンが近くの部屋に身を隠して直ぐにバタバタと複数人が走る音が聞こえ、廊下の角からやはりダニー達が現れた。彼等が私に気づくことなく反対側の廊下の角へ消えていくと、息を切らしたフィルチがゼーゼーと言いながら走ってきた。

 

「おのれ……逃がしはしないぞ……」

 

「誰を逃がさないのですか?」

 

目眩ましを解いてフィルチに姿を見せる。フィルチは突然現れた私に驚きながらも手を伸ばそうとしたが、私の顔を確認すると手を引っ込め忌々しく舌打ちをした。

 

「お前か…ウォルター……私が探しているのはお前ではない。失せろ。」

 

フィルチは私の側を通りすぎて行こうとする。やはり私を捕まえようとはしない。何故なのだろうか?時間稼ぎも中途半端なので呼び止めてみることにしよう。

 

「何故、私を捕まえようとしないのですか?もう月が高く昇っている時間ですよ?こんな時間に出歩いている生徒を捕まえるのがあなたの仕事ではないのですか?ミスター・フィルチ。」

 

彼はかけられた声に足を止めると、私に背を向けたまましわがれた声で答え始めた。

 

「自ら捕まりに現れて良く言うものだ……私が捕まえたいのは捕まえられると困る連中なんだ。捕まりたい奴を捕まえるのは私の趣味じゃあなくてね……それに、」

 

そこで一旦言葉を区切るとフィルチは首だけを私の方に向け、様々な感情が入り交じった歪んだ顔を見せた。

 

「お前のその血のように赤い目を見ていると忌々しくてしょうがない。あの男と同じ目だ。あの、忌々しくも私の道を決定付けた、オスカー・ウォルターとな。」

 

「……父を知っているのですか?」

 

まさかフィルチの口から父の名を聞く事になるとは。父が道を決定付けた?父との間に一体何があったというのだろうか。

 

「お前にオスカー・ウォルターと何があったかを語るつもりは無い……思い出すだけでもはらわたが煮えくり返ってくる…!だが……奴が私に言った言葉がなければ私がホグワーツの管理人をこんな年まで続けはし無かったことだけは確かだ………」

 

フィルチは私の目を睨み付けながらぶつぶつと独り言のように話している。彼の目には私ではない誰かが映っているように見えた。

 

「……気が向いた。お前に一つ質問をすることにしよう……」

 

ぶつぶつと呟くような声が突然明瞭なものに変わった。私ではない誰かを見ていた目が私を見ている。

 

「お前にとって力とは、なんだ?」

 

私にとって力とは何か?彼はこの質問によって一体何を知ろうというのだろうか。質問の意図が分からない以上、ホグワーツ側の人間に自分の思想を語るのは少々危険なように思えるが何故か嘘偽りを答えようとする気は起きなかった。

 

「私にとって力とは、自分の道を阻むものを叩き潰す為のものです。それは単純な暴力や権力だけにとどまりません。自分の行動を邪魔されない状況を作れるのなら一見マイナスに見えるような欠点すらも力たり得ると考えています。」

 

私の答えを聞いたフィルチは忌々しげだった空気を霧散させ、愉快そうな笑いを洩らす。

 

「くっくっく……そうか、奴とは真逆なことを言うのだな……いや、言っていることそのものは似たようなものだ。違うのは根本的な考え方か……」

 

奴とは恐らく父のことだろう。確かに生前語られた父の思想と私の考えは逆かもしれない。力をあくまで抑止力と位置付けていた父が結局は戦いによって死んだことで得た私の考えは『力は振るわなければ意味が無い』というものだからだ。

 

「生徒がベッドから抜け出した! 『妖精の呪文』教室の廊下にいるぞ!」

 

少し遠くからピーブズのキーキーとした声が響いてきた。ダニー達が運悪くピーブズに見つかってしまったのか。フィルチは声が響いてきた方向に向き直る。

 

「行け、どうせ八階の隠し部屋でそのお前の言う力とやらを蓄えているのだろう?あの男と同じように。私はそれを咎めはせん…お前を取っ捕まえてスネイプ先生の元に引きずり出したとて痛くも痒くも無いだろうからな。さっきも言ったが私が捕まえたいのは痛くも痒くもある連中なのでね。」

 

父が必要の部屋を使っていたことも知っているらしい。父も必要の部屋での訓練を隠れて行っていた筈だ。それを知っているということはかなり付き合いがあったのだろうか。

 

父が彼に言った道を決定付けたという言葉とは何なのか。先程の質問に何か関係が有りそうだ。私もこの短い間にこの老人に対して興味が湧いている。彼にとっての力とは何か、聞いてみたい。

 

フィルチは妖精の呪文教室に向かって歩き出す。私はその曲がった背中に向かって質問を投げ掛けた。

 

「あなたにとっての力とは何なのですか?」

 

今度は足を止めることなく答えが帰って来た。

 

「私にとって力とはこの役職そのものだ。私のやりたいことを堂々とさせてくれるからね……」

 

何とも彼らしい答えを残し、そのまま彼は廊下の闇へと消えていく。幾つか疑問は残ったものの彼が私を見逃してきた理由は分かった。時間稼ぎも十分出来たことだろう。

 

「シャロン、もう出てきてもいいですよ。」

 

近くの扉に声をかけると音がならないようにスーっと扉が開き、中からシャロンが顔を出した。

 

「いろいろと、っていうか全部聞こえちゃったんですけどあまり聞かない方がいい話でしたか?なんなら全部忘れますよ!気合いでですけど……」

 

シャロンが遠慮がちに訊ねてくるが今の会話くらいなら聞かれても問題無いだろう。

 

「大丈夫ですよ。聞かれて不味いことならあなたが何かを言う前に忘却呪文を叩き込んでいます。」

 

「ええ……」

 

「さあ、気を取り直してさっさと行きますよ。折角ミスター・フィルチのお墨付きを得たのですから堂々と向かわせてもらいましょう。」

 

とは言ってもまだ教師を警戒しなければならないのは変わらないのでシャロンに裾を掴ませて目眩ましを使用する。それから八階までは何のアクシデントもなく辿り着くことが出来た。バカのバーナバスの絵画を横切り、何も無い石壁の前に立つ。

 

「着きましたよ。ここです。」

 

「ここですか?何も無いように見えますけど……」

 

「特別な開き方があるのですよ。自分が必要としている部屋を思い浮かべながら壁の前を三回行ったり来たりするだけです。」

 

シャロンの目の前でいつも通りの部屋を思い浮かべながら三回行ったり来たりして見せると石壁から徐々に扉が現れる。

 

「おお…本当に何も無い壁から扉が出てきました。早速中に入ってみてもいいですか?」

 

「勿論です。」

 

部屋の中に入るといつも通りの部屋が出来上がっていた。真ん中の訓練場に周りの研究スペース、本棚には初級から上級までの様々な分野の書籍が並んでいる。

 

「凄いですね!必要なものは何でも揃えられるんですか?」

 

「そうですね。余程貴重なものでなければ大抵のものは揃えられますよ。さて、シャロン。早く杖を出して下さい。今週中に目眩ましを使えるようになってもらいますよ?」

 

「分かりました!頑張ります!」

 

シャロンは元気良く返事をした。魔法を習うには最適とも言える環境に自分も魔法が上達できるのではないかと期待しているのだろう。これならば遠慮はいらないか。

 

「やる気は十分あるようなので手加減はせずにいきましょうか。」

 

「え?」

 

「まずは理論です。これとこれと、後はこの本の目眩ましに関する記述を十分でまとめてください。出来なければ……辱しめを受けてもらいます。」

 

「え?」

 

「では始め!」

 

「ちょっと!?」

 

シャロンは慌てて本を読み進めていくが十分でどこまで出きるか見ものだ。出来なければダニーが練習がてら作った頭に獣の耳を生やす魔法薬でも飲んでもらおう。

 

その後シャロンの頭に可愛らしい犬の耳が生えたのは分かりきったことだった。

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 二十

 

 

 

sideシャロン

 

 

 

 

私の名前はシャロン・ガードナー。歴史だけならマルフォイ家にも劣らない魔法界の名家、ガードナー家の長女です。

 

家族構成は父と母に兄が一人、後は長女の私のみとシンプルな構成で、家族仲は悪くはない…というよりはお互いに感心が薄いから大したいざこざが起きないというような状況でした。

 

両親は政略結婚で有るのは義務感だけなので愛情はありませんし、私達兄妹は次期当主と政略結婚の駒としてしか接されることは無く純血貴族として恥をかくような行動さえしなければ放っておかれます。兄に関しても私が生まれた時には兄は既にホグワーツに通っていたので五歳になるまでは殆ど話したこともありませんでした。

 

それでも私は歴史も古くそれなりの権力を有している家の娘という事で付き従ってくれるお友達も居て、楽しく過ごせる順風満帆な幼少期を過ごしていた…のですが…

 

六年前、私の兄で次期当主だったニコラス・ガードナーがホグワーツを卒業すると同時にマグル生まれの女性を伴侶として家に連れてきたことで全てが崩壊していったんです。

 

他の名家の例に洩れず純血主義に染まりきっていた両親はもちろん憤慨。マグル生まれを嫁になど認めない!誇り高き我が家の敷地に穢れた者を連れ込むなどガードナー家への冒涜だ!と兄に罵声を浴びせました。しかし、兄は頑なに連れてきた女性―――名をアン・リードさんと言うのですが―――と結婚すると言い張り、リードさんもなかなか気の強い女性のようで純血主義なんて間違っていると言って退きません。

 

結局この言い合いは半日に渡って続いた後、兄のあまりにも頑なな態度に疲れた両親が決着を次の日に伸ばしたことで一旦終わります。兄はリードさんと一緒に別館に立て籠ってしまいました。

 

私はその言い争いを部屋の外から見ていました。私は家族を血が繋がっている他人ぐらいにしか思っていなかったので普段ならこの言い争いを気にも止めなかったんでしょうけど、当時の私はこの騒動に今後の人生を崩壊させる予感を感じていたんです。

 

私は幼い頃から凄く当たる勘を持っていました。その当たり様は未来予知か予言かと思うほどで、あの時も私は自分の勘を信じてどうにかこの騒動を収めなければならないと必死に考えを巡らせていました。

 

色々と考えた末、やはり一番手っ取り早いのは兄にリードさんを諦めさせることだと思い至ったので別館にこっそりと入り込みんで兄が一人になるタイミングを見計らっていたのですが、兄はリードさんと離れようとしません。

 

お風呂まで一緒に入る始末で全く隙がありませんし、二人が寝たときを狙って寝室に忍び込んで見れば兄はリードさんをきつく抱き締めて寝ていて全く起きる気配がありません。これは駄目だと思ってその日は諦めました。

 

そして次の日、昨日先送りにした決着が付くかと思いきやまたしても決着が付かず先送り。私が兄と接触しようにも昨日と同じく隙が無い。その繰り返しが一週間ほど続いたんです。

 

その間にも私の勘が訴えてくる悪い予感は消えぬばかりか日々増大していき、寝ても覚めても続く悪い予感に苛まれ、騒動を収めようにも打つ手が見つからない状況に私はだんだん精神が壊れていきました。

 

やがて私の考えは自分を苛ましている一番の原因であるリードさんを殺す事に移り変わり、悲鳴をあげさせずに一瞬で殺す方法や自分が殺した事を魔法省に嗅ぎ付けられない殺り方を日頃考えるようになります。

 

リードさんを殺すこと自体は簡単です。寝たら中々起きないことは忍び込んで来た時に判明していましたから。誰よりもリードさんを殺したいのは両親でしょうから両親にはバレても構いませんでした。むしろ嬉々として隠蔽をしてくれた筈です。

 

全ての準備が整い、リードさんの心臓を一突きにするためのナイフと口元を覆う布を持って兄とリードさんがいつもベッドに入ってしばらく経った時間に別館に侵入しました。いつもは二人がまだ起きている時間に侵入していたのですが、今日ばかりは侵入したことがバレてはいけなかったためギリギリまで自室で待機していたんです。

 

それがいけなかったんですかね。私が寝室に入って見るとベッドの上に二人は居ませんでした。見ていない間に何処かに出掛けたのかと肩透かしをくらいながら自室に戻り、過去最高に訴え続ける勘を無視しようとしながら朝を迎え、そして愕然とすることになります。

 

朝食の時間になっても両親が降りてこず、時間に厳しい両親には珍しい寝坊かと思って二人の寝室に様子を見に行くと、そこにあったのは二つの死体でした。言うまでもなく両親の死体でした。最初は死体だと気づかないほど綺麗で深く眠っているような顔をした死体でした。

 

その後魔法省の調査が入ったのですが、どこを探しても魔法の痕跡が無い原因不明の死亡だと片付けられました。闇の帝王が権勢を振るっていた時代に死喰い人(デスイーター)として活動し、帝王が墜ちると金にものを言わせて光の世界に戻った父は魔法省執行部からひどく嫌われていましたから、死んでくれたのは万々歳だったのでしょうか。ろくに捜査をされなかったことを良く覚えています。

 

突然の両親の死に頭が着いていけず混乱している間に兄は当主となり、両親の葬式が執り行われました。その時兄が言っていた言葉は六年経った今でも夢にでるほど頭に焼き付いています。

 

――――――ああ、両親はきっとアンを傷つけようとしていたから、僕らの愛を祝福してくれている愛の神が神罰を下してくれたんだよ。シャロン?君は僕のアンを傷つけようとしたりしないよね?

 

満面の笑みで放たれたその言葉に私は心の底からおぞけが走り、壊れた箒のようにガクガクと頷くことしか出来ませんでした。

 

葬式には付き合いのあった純血主義の貴族家も大勢参列していたのですが、兄はあろうことかリードさんと共に壇上に上がり、リードさんがマグル生まれだと明かした上で結婚を宣言したのです。

 

葬式という場で結婚を宣言するのも愚かなら、純血主義貴族の前でマグル生まれとの結婚を宣言するのも愚か過ぎて話になりません。勿論我が家は血の裏切りの烙印を押され親戚との付き合いも断絶。私のお友達の家からも全て絶縁を突き付けられ、ガードナー家は孤立の一途を辿っていきました。私の勘は当たってしまった訳です。

 

ウォルター家の事件が新聞に載ったのもこの頃からです。ウォルター家の当主夫妻が三十人以上のマグルを正当な理由も無く殺し、その報復を受けて殺されたと。夫妻の一人娘のメルセデス・ウォルターは報復から生き残ったがその為に五人のマグルを殺し、それを魔法の暴走によるものだとして罪に問われることを免れたと。

 

ウォルター家の記事を読んだ兄と義姉はとても憤慨し、マグルを不当に殺すなんて家だ!この娘はホグワーツでシャロンと同じ学年になるだろうが絶対に関わりを持つな!もし関わりを持つようなら勘当だ!と常々私に言っていました。だから、今私がメルセデスと友達になっていることはかなり危ない賭けなんです。

 

ホグワーツに入学するまでの生活はかなり苦痛なものでした。兄夫婦は常にイチャイチャし続け、没落したことによって収入源が無くなったにも関わらずろくに仕事もしない、屋敷妖精もやめてしまったのに家事もしないのです。

 

私が屋敷の調度品や貴重な魔導書を売り払って今後二十年は生活できる金を工面し、家事を全て引き受けることで何とか回して来ましたが、私がホグワーツに居る今屋敷がどうなっているのか想像もしたくありません。

 

何度二人を殺そうと悩んだか分かりませんが、その考えが浮かぶ度に葬式での兄の笑顔を思い出してしまい実行に移そうと出来なかったんです。

 

そんな生活を続けてきたのでホグワーツからの入学許可書はまさに救いに感じました。しかし、入学してから待っていたのは純血貴族家の子息達からの嘲りの視線です。

 

スリザリンに組分けされた時は悪い夢でも見ているんだ、いや、夢であって欲しい。そんな思いでいっぱいになり、歓迎の歓声の中に混じる嘲笑にホグワーツでの生活も苦痛に満ちているのだと絶望が私を襲いました。

 

その上さらに関わったら勘当と言われていたメルセデスに話しかけられたときは自殺すら考えた程です。しかし、メルセデスと話している内に勘が働きました。彼女に元に降れば今後の生活が保証されると。

 

メルセデスからは昔父から感じたような、否、父を遥かに越える闇の気配を感じましたが、裏切りさえしなければ殺されることは無い。そんな予感がしたのです。

 

先ほども言った通りかなり危ない賭けでした。メルセデスとの関わりが兄にバレれば勘当。メルセデスが私を殺す可能性も完全に無いとは言い切れません。しかし、私は私の意思に関係無く、いつだって正しかった私の勘を、今回も信じることに決めました。そうして私はメルセデスのお友達になったんです。

 

そんな私は今、頭に犬の耳を生やしているところをメルセデスに笑われています。

 

「ふふっ、可愛いですよシャロン。少し触って見てもいいですか?実は犬とふれ合ったことが無いのですよ。」

 

「いやっ、ちょっ、やめてくださいメルセデス!何か腰の当たりがぞわっとします!」

 

「やめてあげません。言ったでしょう?出来なければ辱しめを受けてもらうと。」

 

何故こんな状況になったかというと、メルセデスとその旦那のダニエルが夜中に行っている訓練に参加してみたらとても理不尽な難易度の課題を出されてしまい、それをクリア出来なかったことで罰ゲームを課されてしまったんです。

 

やっぱりメルセデスは理不尽です!ドSです!最初っから私が課題をクリア出来ないことを見越していたに決まっています!それでも……

 

メルセデスは私が兄夫婦や純血主義の連中にぼろぼろにされる未来を奪ってくれます。私がマルフォイ達に絡まれた時も見捨てずに共に闘ってくれます。これでも私はメルセデスにとても感謝しているんです。声に出そうとは思えませんけどね!

 

私を振り回してくれる困ったお友達(主人)ですが、私は末永く付き合っていきたいと思っていますよ。これからもずっとよろしくお願いします。メルセデス。

 

 

 

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 二十一

ここ数日頭痛に悩まされております。回らない頭で文を考えたのでおかしい部分があるかもしれません。



 

 

sideダニエル

 

 

 

今日は色々と有りすぎた。飛行訓練に夕食の時の騒動、決闘騒ぎに禁じられた廊下への侵入だ。一日に詰め込みすぎじゃあないだろうか。特に夜中の決闘からの一連の流れはたった一時間かそこらで起きたとは思えないほど濃い時間だった。

 

僕は夜中十一時頃に抵抗も虚しくハリーとロンに連れ出され、夜中に出歩くのを止めようと待ち伏せしていたハーマイオニー、合言葉が分からずに寮から閉め出されていたネビルを加えた五人でマルフォイが来るであろうトロフィー室に向かうことになる。

 

しかし、トロフィー室にやって来たのはマルフォイではなくフィルチだった。マルフォイはフィルチに告げ口をしてハリーを嵌めようとしていたんだ。フィルチに気付かれる前にトロフィー室から逃げ出して走るもピーブズに遭遇。居場所を大声でばらされたので近くの鍵の掛かった扉に逃げ込んだがそこには三頭犬が居た...というのが大体のあらすじだ。

 

扉に入って一息つこうとして後ろから三重に重なった唸り声が聞こえてきた時はここ数年で一番肝が冷えた。思わず振り向き様に全力の失神呪文をぶちかまして来てしまった。三頭犬程の魔法生物であれば魔法使い一人の失神呪文でどうにかなるとは思えないけど...もう少し冷静に行動出来るようにならないとね。

 

寮に戻るとみんな息も絶え絶えになっていた。三頭犬に至近距離で遭遇するなんて普通に生活していればあり得ない恐怖体験なのだから仕方ない。ハリーとロンは三頭犬が学校に居ることに不満を洩らしていたし、ネビルなんかは恐怖のあまりブルブルと震えていた。

 

ハーマイオニーはしばらく無言だったが時間が経つにつれて怒りを表し始め、「あなた達、さぞかしご満足でしょうよ。もしかしたらみんな殺されてたかもしれないのに。もっと悪いことに、退学になったかもしれないのよ。それとダニエル。あなたはもっとまともな人だと思ってたのにがっかりよ。では、皆さん、お差し支えなければ休ませていただくわ。」と一方的にまくし立てて去っていった。

 

殺されることよりも退学になることをもっと悪いことと表現したことにも驚いたが、何故か僕だけ名指しで非難されたことに開いた口が塞がらなかった。確かにハーマイオニーの前ではハリー達を諌める側にまわっていることが多かったが勝手に期待して勝手に失望しないで欲しいな。

 

どうも彼女は自分が絶対的に正しいと思っていそうで苦手だ。規則を守ることは秩序だった生活をする上で重要なことではあるが、規則を押し付け過ぎるのは周囲の顰蹙をかってしまう。そういった彼女の普段の物言いにハリー達は不快そうな表情を隠しもしないようになってきている。不満が爆発して大きないさかいに発展するのは時間の問題だろう。

 

部屋に戻ってもロンはハーマイオニーへの愚痴をこぼしつづけていた。ハリーは何かを考え込み、ネビルはまだガタガタと震えていたがさすがに疲れたのだろう。数分も経たない内に三人共寝入ってしまった。

 

僕も今日は休もうかと思ったけど、三頭犬のことをメルセデスに報告した方がいいかと思ったし、今日はシャロンが初めての訓練をしていることを思い出して心配になった。心配しているのはシャロンがメルセデスの無茶振りに振り回されていないかどうかだ。

 

メルセデスは訓練の時によく到底出来そうにない課題を出して困らせてくる。先に出来そうにない課題をを出せば後に出てくる少し難しいくらいの課題をスムーズにクリアできるからというのが理由だと言っていたが、明らかにメルセデス自身の楽しみも含まれていると思う。

 

一度考えだすと眠気もそれほど感じなくなってしまったので鏡を起動してみるが応答がない。訓練に熱中しているのかもしれないと思い、もう一度寮を抜け出すことにした。寮を出るところをグリフィンドール寮の門番である太った婦人の絵画に毎回見られているが、目眩ましを使っているので誰かまではバレていない。しかし、リスクはできるだけ減らすべきだからそろそろ窓からの脱出を考えていいかもしれない。

 

窓から出たときのルートを考えながら必要の部屋に向かう。部屋の前にたどり着き、さてシャロンは無事かと部屋に入ると、そこには予想外の光景が広がっていた。頭から犬の耳を生やしているシャロンとそれを楽しそうに撫で回しているメルセデスの姿だった。

 

どうしてこうなったかは分かる。恐らくメルセデスが課題に罰ゲームでも追加したのだろう。しかし、問題なのは犬の耳を生やした手段だ。

 

床に薬瓶が転がっているからやはり使われたのは僕が作った魔法薬だろう。それは人に犬の耳を生やすなんていうあまり使いどころが無さそうな薬なのだが、メルセデスに犬耳が生えたら可愛いかもしれないと思いながら作ってしまったある意味黒歴史な薬だった。

 

なんとも微妙な気分になりながら僕は意を決して二人に話しかける。

 

「何をしているんだい?君達。」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

「メルセデス………そろそろ耳を触るの辞めません?」

 

私は今、シャロンの頭に生えた犬耳を堪能している。昔住んでいた村には犬がおらず、現在住んでいる屋敷も深い森の奥にあるので犬という生物とふれ合ったことが無かったのだが随分と損をしてきたものだと思う。耳をもふもふとしているだけで全く飽きがこないのだから本物はもっと楽しめる筈だ。

 

「何をしているんだい?君達。」

 

シャロンの不満を無視してもふもふとし続けていると、いつの間にかダニーが必要の部屋にやって来ていた。呆れたような目で見られているがダニーだってこの感触を味わえば夢中になるに違いない。

 

「ダニー、ハリー達の対応お疲れ様です。今あなたの作った魔法薬でシャロンに犬の耳を生やしてみたところなのですがダニーも触って見ます?」

 

ダニーの目の前にシャロンを差し出す。シャロンはダニーに向かってブンブンと首を振っている。

 

「遠慮しておくよ。シャロンは嫌がっているようだしね。君が耳を生やしてくれるなら喜んで触らせてもらうけど?」

 

ダニーが私の耳を?……少し心が引かれる提案だ。撫でられる側も体験してみたいと思っていたところだし、相手がダニーなら尚更だ。

 

「ダニーがそうしたいなら……」

 

「え?本当に?……冗談のつもりだったんだけど言ってみるもんだな。いや!それより、報告があるんだ。」

 

「報告?」

 

ピーブズに居場所を大声で暴露された後に報告がいるようなことがあったのだろうか?とりあえずシャロンの犬耳を塞いでおく。耳を塞がれたシャロンは状況を察してか大人しくされるがままになった。

 

「それはシャロンに聞かれても問題無いことですか?」

 

「ああ、問題無いよ。四階の廊下についてだ。」

 

シャロンの耳を塞ぐのを辞める。無論、犬耳から手を離した訳ではない。

 

「あれ?いいんですか?聞いても。」

 

「禁じられた廊下についてだそうです。これはまぁ、今はさほど重要では無いのであなたに聞かれても問題はありませんよ。」

 

禁じられた廊下については現在只の興味本位に収まっている。中に何があるのかによっては対応を変えるかもしれないが聞かれて困ることはないだろう。

 

「それじゃあ報告をするよ。切っ掛けは省略するけど四階の禁じられた廊下に入る羽目になったんだ。中には……三頭犬がいた。」

 

「三頭犬?三頭犬っていうと…あれですか?頭が三つあって凄い大きいっていうあの……」

 

三頭犬、キメラやマンティコアといった伝説級の魔法生物よりは危険度が劣るものの、只の学生が出会えば間違いなく喰い殺されてしまうような生物だ。とはいえ犬は犬なので手触りは良かったりするのだろうか?

 

「三頭犬ですか……そんなものを用意してまで一体何を隠しているのでしょうね?いえ、隠しているというよりは守っていると言う方が正しいでしょうか。何かがあるというのは誰の目にも明らかですから。そういえば、三頭犬の他には何かありましたか?」

 

「三頭犬の足の下に仕掛け扉があった。何かが置いてあるとしたらその先だろうね。やっぱり…グリンゴッツから持ち出された例の物なのかな。」

 

「タイミングがあまりにも合致しすぎています。もし本当に何かがあるのだとしたら例の物で間違い無いでしょうね。」

 

ダイアゴン横丁で初めてハリーと会った日にハグリッドがグリンゴッツから持ち出し、謎の人物が盗もうとした小さな包み。それがあの廊下の先にあるのか、はたまたあの廊下がダミーなのかは分からない。しかし、どちらにせよダンブルドアは物を奪おうとする輩をホグワーツに誘きだそうとしているように感じる。

 

「何かを狙っている人物が居て、その何かがここ(ホグワーツ)にある。何かを企むクィリナス・クィレルにホグワーツに入学したハリー・ポッター(帝王を討った英雄)...そして(化物)...ホグワーツは今、騒動の種で魔法薬の大鍋の中身のように混沌としています。いつ何が起きても対応出来るだけの能力と気概を持たねばなりませんね。」

 

このまま何も起きずに時が過ぎる筈がない。必ず何かが起こる。問題は、私達がそれを踏み越えることが出来るかどうかだ。

 

「さらっと自分を騒動の種に数える辺りメルセデスって自分のこと良く分かってますよね。」

 

「シャロン、黙っていた方が身のためだと思うよ。」

 

 

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 二十二


かなり時間が空いてしまって申し訳ありません。ようやく頭痛も収まったので投稿頻度を上げられると思います。



 

 

sideダニエル

 

 

 

騒動の種は幾つも存在しているが三頭犬との遭遇を境に目立った事件が起こることは無く、次々と経験の無い事態に見舞われていたホグワーツでの生活にも日常を感じられるようになった。僕の一日の行動もだんだんと決まったものになってきている。

 

朝起きて朝食をメルセデス達かハリー達と食べ、夕方まで授業を受ける。授業が終われば就寝時間までグリフィンドール寮で課題をこなしたりハリーやロンと談笑をしたりして過ごし、皆が寝静れば必要の部屋で魔法の研究に打ち込んでいく……といった生活を一月と少し続けていた。

 

メルセデスの生活にも変わったところは無い。強いて言うのならマルフォイがメルセデス達に近づく頻度が一日に二、三回から一日に零回になったことだろうか。

 

頭を押さえつけられた上で「どう殺して欲しい?」と尋ねられれば流石のマルフォイも近づきたく無くなるらしく明らかに避けられているのだそうだ。

 

シャロンはと言えば必要の部屋での訓練で目覚ましい成長を遂げている。開始当初はメルセデスに無理難題を吹っ掛けられてあわあわとしていたけど素質は高かったのだろう。目眩まし呪文や耳塞ぎ呪文といった僕らが常用している魔法は直ぐに修得し、更に盾の呪文のような防御の為の魔法に顕著な適性を示した。

 

今では盾の呪文の最高峰のプロテゴ・マキシマ(最大の防御)を範囲が狭いながらも発動することが出来るまでになっている上、閉心術も少なくとも僕を越える精度で扱える。

 

逆に直接相手を攻撃する魔法を不得意としているけど、生き残るという一点に限ればシャロンに勝る魔法使いはそうは居なくなったのではないだろうか。メルセデスでさえもいざというときにシャロンを殺すことが難しくなってしまったとぼやく程だ。

 

さて、現在の時刻はハロウィン当日の十月三十一日の十二時頃。空には満月が怪しく輝いている今日この日に、メルセデスはシャロンに自分達が進む道を行くということが何を意味するのかを話そうということになっている。

 

保身の為ならば何でもするように見える性格から最初は状況が変われば直ぐに裏切るのでは無いかと疑われていたシャロンだったが、閉心術の訓練で使った開心術によって心を覗いた結果メルセデスに彼女が裏切る可能性は低いと判断された。シャロンがメルセデスに抱いているのは少しの憧れと小さな畏怖、そして多大な感謝の念だったからだ。

 

しかし、メルセデスの進もうとしているのは死と闘争の足で踏み荒らされる修羅の道だ。常人ならば決して進路上には立とうとしない道。それを知ったシャロンは怖じ気づくのか?それとも知った上で尚、メルセデスと共に逝こうとするのか?その心の動きを見ることで彼女が化物の友人(狂人)と成るかが決まる。

 

「ダニー、そろそろ始めましょう。」

 

………今宵の訓練も一段落したようだ。さて、彼女はメルセデスの真の友人足り得るのかな?

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

sideシャロン

 

 

 

 

「シャロン、お話が有ります。こちらに来て下さい。」

 

必要の部屋の片隅で自分の周囲に張っていた盾の呪文を解除して一息付いていると、メルセデスが私を呼ぶ声がしました。振り向いて見れば、メルセデスが二人掛けのテーブルに座っていて、そのすぐ側ではダニエルがメルセデスに紅茶を淹れています。メルセデスの向こう側には空いている椅子が一つ置いてあって、どうやらそこに座れということのようです。

 

今までに無い真剣な雰囲気に、私はとうとうこの日が来たかと思いました。メルセデスが私を警戒していたことは知っています。訓練に参加させてはくれるものの、これが何の為の訓練なのか、何をしようとしているのかといった説明を一切してもらえていなかったことから彼女が私を信じきっていないことは察することが出来ましたから。

 

でも、それは仕方がないことだと考えています。心を見れる彼女はきっと初めて会った時も私の心を覗いて過去を見たことでしょう。もしそうなら私が義姉を殺そうとしたことも知られている筈です。精神的に追い詰められていたとはいえ、自分の為に他人を殺すことを選択出来る人間を信用しろと言われて出来る人間がいるならそいつは底抜けの馬鹿でしかありません。

 

しかし今、恐らくメルセデスは私を信用して自分達の秘密の一端を話してくれようとしています。勿論いくつかの保険は掛けていると思いますよ?私が秘密を洩らそうとするようなら忘却呪文を掛けたり、最悪殺すことまで想定しているでしょう。

 

それでも、メルセデスが一度私を信用しようとしてくれていることに変わりはありません。私は、その期待に応えたい。メルセデスのおかげで私の生活には六年間感じることの無かった安らぎを感じることが出来ています。小さいことだと思われるかもしれませんが私にとってはそれだけで人生を掛けて返したい恩になるんです。

 

テーブルに座るとダニエルが私にも紅茶を淹れてくれました。カップを手に取って口へ運ぶと心が落ち着くような香りがして、いつの間にか緊張していた心が解れていきます。メルセデスも紅茶を飲み始め、しばらく香りを楽しんだ後に口を開きました。

 

「さて…どうやら察しがついているようですが、呼び出したのは他でもありません。そろそろあなたにも私が何をしようとしているのかを話しておこうと思ったのです。しかし……これを聞くからにはもう後戻りはさせません。あなたが選べる選択肢は協力か死か、そのどちらかになります。それを踏まえた上であなたは話を聞きたいですか…?」

 

「ここまで来て話を聞かずにおめおめと逃げ帰るようなら最初からメルセデスと友達になろうとなんてしてません。只でさえメルセデスは私にとって破滅の象徴のようなものだったんですから。でも、今こうして私はメルセデスの友達になっています。それは私の勘が囁いたからです。メルセデスと友達になりなさいと。そして今!私の勘が囁いています!メルセデスの話を聞きなさいと!」

 

そう返すとメルセデスは優雅に微笑みました。本当、こうして笑っていると凄く綺麗なお人形さんにしか見えないのになぁ。

 

肩より少し下の辺りで切り揃えられた金髪は光の加減で本物の金塊のように見えますし、血のようだと揶揄される赤い瞳だって先入観を無くせばルビーかガーネットにしか見えません。それが白磁のような肌に映えるんですよ。同じ女の子として羨ましくてたまりませんよ全く。

 

「それならば遠慮は要りませんね?話すとしましょう……」

 

そこでメルセデスは再び紅茶を口に含むとダニエルに目を向けます。するとダニエルは角砂糖を差し出し、メルセデスはそれを紅茶に入れてスプーンでかき混ぜ始めました。メルセデスはスプーンを動かしながら話を進めます。

 

「私が望むもの……それは戦争です。」

 

「戦争…?」

 

紅茶を飲みながら何気なく言っていますが十一才の少女が望むものではありませんよ?分かりきったことではありますけどね。

 

「ええ、しかし、只の戦争ではありません。世界中の()()を巻き込んだ大戦争です。構図は……私と闇の魔法使い対それ以外。ですかね?」

 

駄目です。スケールが大きすぎて想像が出来ません。ウォルター家が戦争屋であったことを考えればメルセデスが戦争を望むことも分からなくはありませんが、目的が分かりません。ただただ戦争がしたいだけにしては規模が大きすぎませんか?

 

「それは…何の為に行う戦争なんですか?世界征服とか?」

 

「世界征服などに興味はありませんよ。私は只、人々に知らしめたくなったのです。私という化物(フリークス)がこの世に生まれてしまったことを。それならば一人で町に繰り出して暴れまわればいい、と思うかもしれませんがそれだけではつまらないのですよ。どうせやるなら盛大にやらなければ損というものです。」

 

まさかのまさかですよ。本当にそれだけのために世界を巻き込もうってんですかこの人。でも、化物が生まれたことを知らしめたいって部分にだけ、戦争を望むものとは違う感情が含まれていたような気が…何処か怒りのような焦りのようなものが…

 

「手始めにこの英国魔法界で再び大きな戦争を起こしたいと思っていますが、一から戦力を集めるのではさすがに時間が掛かります。ですので、私は今でも大勢の信者が復活を待ち望んでいる闇の魔法使い、ヴォルデモート卿のカリスマを利用したいと考えています。」

 

紅茶を飲みながらメルセデスの言葉から一瞬感じ取ったものの正体を考えていましたが、耳に飛び込んで来た名前に吹き出しそうになります。え?今ヴォルデモート卿って言いました?ヴォルデモート卿をどうするって言ったんです?

 

「しかし、ヴォルデモート卿と戦力を拡大していく上で最も邪魔になるのはダンブルドアでしょうね。ですので、私達の当面の目標はダンブルドアを殺すことが出来る力を手に入れることです。私はダンブルドアの首を持って英国魔法界への宣戦布告と出来たらと思っています。」

 

本気で闇の帝王を味方につける気のようですね…それにダンブルドアってあのダンブルドアですよね?我らが校長の。あれ以外のダンブルドアを知らないのでそうなんでしょうけどかなり厳しくありませんかね?決闘の逸話には事欠かない生ける伝説の首を取ることが当面の目標なんて気が遠くなりますよ…これって終わりがあるんですかね。

 

「それで…その戦争は何をもって終わるんですか?何がどうなれば終わるんですか?」

 

「首謀者たる私が死んだら終わりますかね?ヴォルデモート卿の思想は私には合わないので途中で死んでもらう予定ですし。ですが、私はそう簡単に打ち倒されるつもりはありませんよ?出来るだけ長く戦い続けていたいですからね。」

 

ヴォルデモート卿でさえも捨て駒のようにしか考えていないって言うんですかこの人は…!普通に考えて十一才の少女がするには無謀過ぎる考えの筈です。ですが何故でしょうか、メルセデスの言葉を信じてしまっている自分がいます。これも私の勘なのでしょうか?

 

「残念ですがシャロン。あなたが協力せざるを得なくなった化物には大した目的も大義も無いのですよ。あなたはただ、いつか私がもたらす鉄火に包まれて何の意味も無く死ぬことになります。」

 

そう叩きつけたメルセデスの目からは挑戦的な視線を感じました。これでも私に着いていきたいと思えるのか?という声無き声がよ~く聞こえます。ふっふっふ。甘いですね。メルセデス。私はとっくに覚悟を完了しているんですよ。

 

「実を言うとですね?メルセデスと会った時の私って人生に絶望してまして。もう終わらせちゃってもいいかな~なんて思ってたんですよ。だけどメルセデスと会って希望を見出だしたんです。だからここにいる。だから、私はメルセデスに会ってなかったら死んでたんです。もう死んでいるみたいなものなんです。」

 

そうです。私はメルセデスに会わなければ死んでいた。最近はちょっかいをかけてきませんが、メルセデスがいなければマルフォイ達は私をありとあらゆる手を使って追い詰めていたことでしょう。最大限見下している人物が同じ寮という絶好の隠れ簑にいるんですから当然です。そして私は生きるのに疲れて自殺するか逃げ出して何処かで野垂れ死んでいたに違いありません。

 

「なので、今さらあなたは何の意味も無く死にますって言われたってどうということはありません。どうせ何を選んだって意味も無く死んでたんですから。」

 

そう言って口を閉じた私の目を、メルセデスは視線を一切逸らすこと無く見つめていました。私の勘が心を読まれていると告げてきますが今の私には何も隠すことなど何もありません。

 

「シャロン、あなたの思いはよく分かりました……」

 

目を閉じて紅茶を飲み干すと、メルセデスは私に手を伸ばしてきます。そのメルセデスの手は握手を求める形をしていました。

 

「ようやくあなたを信頼することが出来るようになりました。今まで警戒をしていたことをお詫びします。改めて、この(化物)と友人になってくださいますか…?」

 

嬉しさに少し冷静では無くなった私は、咄嗟に差し出された手を引っ掴んで上下に振り回してしまいました。

 

「勿論ですよ!これからも宜しくお願いします。」

 

そうして私は本当の意味でメルセデスの友達になりました。きっとこれから何度も死にそうになるんでしょうし何度も死なせるんでしょうね。本当に死ぬこともあるでしょう。勘もそう言ってます。

 

それでも、もう私は勘に従って命を守ろうとはしません。なんたってもう死んでいるようなものなんですから。そう考えれば昔は自分を追い詰めていた悪い予感というものも大したものではないように感じます。

 

私は文字通りメルセデスの死兵として戦いましょう。メルセデスに従って死ぬなら兄夫婦やマルフォイが原因で死ぬことになるよりも遥かに気持ちが楽です。自分の意思で決めた死に方ですからね。

 

とはいえ、しばらくは穏やかな日常が続くでしょう。後何年、何ヵ月、何週間、もしかしたら何日かもしれませんが、残り短くなった安らぎの時間を噛み締めていきたいですね。あまり急がなくてもいいんですよ?メルセデス。

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 二十三

 

 

 

sideダニエル

 

 

 

スリザリン寮へと戻っていくメルセデス達を見送りながら、随分と二人の距離が縮まったものだと思う。物理的な距離だけなら抱きついて耳を撫で回すくらいだった今までとそう変わっていないけど、メルセデスから感じていた無意識の警戒というものが無くなったせいだろうか?より親密な雰囲気を醸し出している。

 

そう、今宵シャロンは見事にメルセデスの信頼を勝ち取り、人を喰らう化物に味方をする狂人の一人となった。

 

この結果を予想していなかった訳ではない。シャロンがメルセデスへと向ける感謝が日に日に大きくなっていたことを感じ取ってはいたし、戦争への忌避感も無いだろうことは分かっていた。メルセデスの為だけに死ぬ。それが出来る下地は十分にあると考えていたんだ。だから、メルセデスがシャロンに握手を求めた時はやっぱりそうなったかと思ったし、素直に称賛することが出来た…んだけど……

 

仲睦まじく歩いていく二人を見ていると、僕の胸の内に黒く澱んだものが浮かび上がって来る。これが何なのかは分かりきったことだ。シャロンと出会うまでメルセデスが唯一信頼している人間は僕だった。僕だけだったんだ。でも、それはシャロンに崩されてしまった。僕はメルセデスの唯一では無くなってしまったのかもしれない。シャロンにメルセデスの隣を奪われるんじゃないかと不安になる。僕はあろうことかシャロンを、同じ道を歩むことになる同士を邪魔だと感じてしまっている。

 

なんて醜いんだろう。なんて馬鹿なんだろう。メルセデスが信頼出来る人間が増えたことは本来なら喜んで然るべきなのに。彼女を僕だけに繋ぎ止めておけないことなんて分かっていたはずなのに。

 

………こんな思いもメルセデスには見透かされるんだろうな。伊達に物心がつく前から一緒に居るわけじゃない。開心術なんて使わなくてもお互いに何を考えているかはだいたい分かる。

 

「はぁ.....」

 

メルセデスに会いたくないと思う日が来るなんて夢にも思わなかった。とりあえず、なんとかこの気持ちを整理しておかないとね。只でさえ仲間が少ない僕達の間に不和を招くなんて有ってはならないことだから。今日はさっさと寮に帰って寝よう。朝になれば、この暗い胸の内にも光が射し込んでくれるかもしれない。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

翌朝、ホグワーツ中で微かに漂っているパンプキンパイの匂いで目を覚ました。ルームメイト達も美味しそうな匂いにつられて目を覚ましたようで、今日がハロウィンであることを思い出して嬉しそうにしている。

 

同様にハリーも嬉しそうにしているけど、彼からは僅かに疲れが滲んでいるように見える。それはそうだ、飛行訓練の一件以来グリフィンドールのクィディッチチームに所属することになったハリーは週に三回練習に参加しているんだから。ちなみにハリーはマクゴナガル教授から最新の箒をプレゼントされたらしい。僕の中で厳格なマクゴナガル教授のイメージが崩れていく…

 

普段の授業に加えて更に過酷なスポーツであるクィディッチの練習もしているハリーが他の皆より疲れているのは当たり前のことなんだろう。だけど、そんなハリーの表情はとても生き生きとしているんだ。授業もクィディッチも楽しくて堪らない。そう思っているのが分かりやすく顔に出ている。今のハリーは人よりもハードな一日による疲れを遣り甲斐で帳消しにしているらしい。

 

そんなハリーとは逆に僕の気持ちは沈んでいた。昨夜よりは多少ましになっているけど、黒い澱みは依然として僕の胸に横たわったままだ。このままメルセデス達と朝食を食べることになるのは気が進まないけど行かないわけにはいかない。

 

鬱屈とした気分のままいつも二人が朝食を食べに来る時間帯に大広間へと向かう。入り口を抜けるとグリフィンドールの席の端の方で既に二人が並んで座っているのが見えた。周囲の生徒も流石に二ヶ月も経てば慣れたのかグリフィンドールのテーブルに紛れるスリザリンを気にしていない。

 

向かい側の席に座って、なるべく普段通りを装って二人に挨拶をする。

 

「おはよう、二人とも。」

 

「おはようございます、ダニー。」

 

「おはようございます!」

 

二人もいつも通り挨拶を返してくれたけど、直ぐに怪訝そうな表情になる。

 

「ダニエル?気分が落ち込んでいるみたいですね?そんな感じがします。」

 

「そんなことは無いよ。大丈夫だ。」

 

シャロンが僕の顔を覗き込んできたので反射的に目を反らしてしまった。彼女を邪魔だと思ってしまっている今の僕ではシャロンの目を真っ直ぐ見ることなんて出来ない。反らした視線に先にはメルセデスの何かを察したような顔がある。やっぱり彼女には気づかれるかと罪を暴かれる犯罪者のような気持ちでメルセデスの言葉を待っていたが、彼女からは何か言われること無く食事が終わった。

 

「シャロン、私は少しダニーに用があるので先に戻っていてください。」

 

大広間から出てそれぞれの寮に戻ろうとした時突然メルセデスが僕の腕を取ってそう言った。シャロンが頭に疑問符を浮かべながらもスリザリン寮に戻っていくのを確認すると、人通りが少ない廊下に連れ出される。

 

「ダニー?シャロンに何か思うところがあるようですね?」

 

やっぱりその話をされるか。メルセデスに誤魔化したところでどうしようもない。素直に話すことにしよう…

 

「ああ、そうだよ…僕は…」

 

「言わなくても分かりますよ。大方、シャロンに私の隣を奪われるのでは無いかと不安になったのでしょう?」

 

訳を話そうとする前に言いたかったことを当てられてしまった。メルセデスにはお見通しか…彼女には敵いそうにない。

 

正解だよ、という風に力無く肩をすくめて見せるとメルセデスは僕と鼻先がくっつきそうになるまで近づいて来た。僕の目を見つめるメルセデスの雰囲気は、あの事件以前の彼女のように優しげなものだった。

 

「……馬鹿ですね。本当に馬鹿です…そんなお馬鹿さんには………こうです。」

 

ふと暖かいものに包まれる感触がして、懐かしい匂いを感じる。数年前まで一緒に寝ていたベッドで感じた匂い。メルセデスの匂い。……ああ、僕はメルセデスに抱きしめられているのか…

 

自分が何をされているのかを理解した途端に心が途方もない安心感に溢れ、全身から力が抜けてメルセデスに身体を預けてしまう。それでもメルセデスは僕を受け止めて、僕の耳元で柔らかく言い聞かせるような声で話し始めた。

 

「全く…確かにシャロンはフリークスの本当の意味での友人になりました。ですが、それであなたと私の関係が変わる訳ではありません。それに、私達は六年間も一つ屋根の下で暮らしてきたのですよ?あなたはもう、只の友人では済みません。家族です。私の、たった一人の家族……」

 

メルセデスは僕の頬を撫で上げた。その手つきはとても愛しげで…思わず目から何かが溢れそうになる。

 

「だからダニー。そんなことで不安がる必要は無いのですよ。あなたはいつまでも、私の唯一なのだから…」

 

今度は頭を撫でられた。ゆっくりと慈しむように……

 

どうしてなんだ…君は化物の筈なのに。人を殺すことに微塵の躊躇も葛藤も無いその精神性は紛うこと無く化物そのものなのに…どうしてここだけは昔と変わらないメルセデス(深い慈悲)のままなんだ…!

 

僕の心から黒い澱みが消えていく。我ながら単純なことだと思うけど、こればっかりは許して欲しい。愛した人から『あなたは自分の唯一だ』と言われて歓喜に咽び泣かない人間なんていないだろう?

 

僕は、しばらくの間メルセデスにされるがままになってこの幸福な時間を胸に刻み込んでいた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

寮へと続く階段を降りながら、私は先程の自分の行動を深く反省していた。

 

「はぁ...やってしまいましたね....」

 

ダニーがシャロンに嫉妬心を向けていることには直ぐに気づくことが出来た。シャロンからあからさまに目を反らしたので何か思うところがあるのは直ぐに察しがつき、では何を思っているのかと直近の出来事を思い浮かべれば私がシャロンを本当に信頼出来る存在であるとしたことが原因であろうと予想出来た。

 

ダニーは自分が私に唯一信頼されていることにある種の優越感を感じていた。そこにシャロンが割って入ったのだからダニーがシャロンを良く思えなくなるのは必然なのだろう。シャロンが入ったところで私とダニーが今まで過ごしてきた時は変わらないのに、と思わなくも無いが、私にはダニーしか居なかったようにダニーにも私しか居ないのだ。自分の唯一をぽっと出の少女に奪われることはダニーには耐え難いことなのかもしれない。

 

そう考えてダニーを連れ出し、なんとか彼がこれ以上シャロンへの感情を拗らせないようにしようと思ったのだが想定に無い事態に見舞われてしまった。ダニーがシャロンへの不安を認めて力無く肩をすくめる姿を見て心の底から愛しさが込み上げてきたのだ。

 

私は、その抗い難い愛しさに身を任せてダニーを抱きしめて彼を撫で回し、あなたは私のたった一人の家族だと、不安がる必要は無いのだと言い聞かせてしまった。

 

ダニーを家族のように思う気持ちが無かった訳ではない。だが、言葉にしてしまったのは私の最大のミスだった。言葉にしてしまえばもう、それは一時の気の迷いだとか、只の気まぐれだということに()()()()()()なってしまう。そう、私はダニーを家族だと思ってしまった。口にしてしまえばもう気のせいには出来ない。

 

一体なんだというのかこれは。私は化物になったのでは無いのか?愛してくれた両親も世話をしてくれた従者も、大切な日々を過ごした家も想い人への想いも何もかも失い、ただ闘争を求めてさ迷い歩く存在。それこそが化物ではないのか?それが今はどうだ。ダニーを目の前にしただけで私の中にもう一人誰かが居るかのように彼への想いを止めることが出来ない。

 

この城に向かう道中に誓った筈だ。この想いはいずれ自分の首を絞めると、だからいつかは断ち切らなくてはいけないと。だが……それでも…………

 

私は彼への想いを断ち切ることなど出来ない…!ならば…仕方がない。断ち切ろうとするのは辞めだ。その代わり……彼が私の首を絞める日が来ないように私はダニーを愛そう。彼が私から離れることが無いように……ダニーを私の愛で溺れさせよう。

 

化物(フリークス)にだって、一人くらい愛情を向ける存在がいたって良い筈でしょう?ねえ?ダニー。」

 

次にダニーに会った時にはもう抑えはしない。ダニーはどんな反応をするだろうか?楽しみだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

あれからどのようにしてメルセデスと別れたのかは覚えていない。あの後僕はとてもぼーっとしていたようで、気づいた時には妖精の呪文教室の机に座っていた。

 

「あっ、やっと目に意識が戻ってきたね。大丈夫?ダニエル。凄くぼーっとしてたよ?」

 

どうやらネビルが放心状態の僕を授業まで連れ出してくれたらしい。思わぬところで世話になってしまった。これはしっかりと授業の内容を手伝ってあげなければね。

 

今日の授業は浮遊呪文の実践のようだ。呪文は「ウィンガーディアム・レヴィオーサ(浮遊せよ)」魔法界に存在する数ある呪文の中でも一際長い呪文でとても言い間違えやすい。僕もメルセデスからこの呪文を習った時は度々呪文を言い間違えてよく分からない効果を発揮させたものだ。

 

授業は二人ペアで行う。僕は先程の礼も兼ねてネビルと組み、ハリーはルームメイトのシェーマスと、ロンはハーマイオニーと組んでいた。

 

ロンとハーマイオニーのペアは凄く心配になる。彼らはハリーが貰った箒の件で揉めて以来話している姿を見たことがない。僕とネビルのペアは二人の隣なので喧嘩が始まった時に真っ先に被害を被るのは僕らだ。

 

全員がペアを組み終えたところでフリットウィック教授の講義が始まった。

 

「ビューン、ヒョイ、ですよ。いいですか、ビューン、ヒョイ。呪文を正確に、これもまた大切ですよ。覚えてますね、あの魔法使いバルッフィオは『f』ではなく『s』の発音をしたために、気がついたら自分が床に寝転んでいてバッファローが胸の上に乗っかっていましたね。」

 

教授の話が終わると皆一斉に呪文を唱えたり杖を振ったりし始めた。僕は自分のことは置いてネビルにドジを起こさせないことに集中する。ハリーのペアではシェーマスが配られた羽を爆発させてハリーがついた火を必死になって消そうとしている。シェーマスの魔法は良く爆発するんだ。ハリーも可哀想に。

 

さて、問題のロンとハーマイオニーのペアだが、早速険悪な雰囲気になっている。

 

「ウィンガディアム・レヴィオーサ!」

 

「言い方が間違っているわ。ウィン・ガー・ディアム・レヴィ・オー・サ。『ガー』と長ぁーくきれいに言わなくちゃ。」

 

ハーマイオニーがロンの間違いを指摘している。只でさえ気にくわない相手に自分のミスを指摘されたことでロンは随分と腹を立てているようだ。

 

「そんなによくご存知なら、君がやってみろよ。」

 

そう言われたハーマイオニーは目に焼き付けろと言わんばかりに腕捲りをし、張り切って呪文を唱えた。

 

ウィンガーディアム・レヴィオーサ(浮遊せよ)!」

 

すると突き付けられた杖の先にあった羽は自ずと浮き上がり、ハーマイオニーの頭上二メートルほどの高さで浮遊した。成功したのだ。

 

「オーッ、よく出来ました!皆さん見てください。グレンジャーさんがやりました!」

 

相変わらず魔法の腕は悪くないらしい。そういったところもロンの敵愾心を買ってしまうのだから難儀なものだ。

 

授業が終わるとロンの機嫌は最悪になっていた。教授に惜しみ無く称賛された時のハーマイオニーの勝ち誇った顔が物凄く気に障ったみたいだ。ネビルと並んで後ろを歩いていても聞こえる声でハリーに悪態をついている。

 

「だから、誰だってあいつには我慢できないって言うんだ。まったく悪夢みたいなやつさ。」

 

だが、ロンがそう言ったその時に件のハーマイオニーが僕らのすぐ後ろを歩いているのに気づいた。

 

「あっ…ハーマイオニー。」

 

「え?」

 

僕の声にロンが振り向くが、ハーマイオニーはハリーにぶつかって急ぎ足で去ってしまった。ちらりと見えた顔には流れ落ちる涙があった。

 

「今の、聞こえたみたい。」

 

「ロン…確かに彼女は君を苛立たせてきたんだろうけど、泣かせるのはどうかと思うよ。」

 

ロンは多少ばつが悪そうな顔をしていたが、直ぐに不機嫌そうな表情に戻った。

 

「あんな奴を泣かせたところでどうしたっていうんだ?誰も友達がいないってことは、とっくに気づいているだろうさ。」

 

ハーマイオニーはその後の授業を全て欠席した。

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 二十四

 

 

 

sideシャロン

 

 

 

現在は本日の授業が終わってメルセデスと一緒にハロウィンのパーティーが行われる大広間に向かっている道中なのですが、メルセデスの様子がおかしいです。なんというか…こう…凄く楽しそうにしてます。口角がいつもより上がっていますし、声色もなんだか甘ったるいというか…とにかく私が初めて見るくらいには機嫌がいいんです。

 

時期的にハロウィンパーティーが楽しみなのかとも思いましたがメルセデスが素直にハロウィンを楽しみにしてるなんて想像がつきません。それに様子が変わったのはダニエルに用があると言って別れてからです。

 

私の見ていないほんの少しの間に一体何があったんでしょうか。気になります。気になるので聞いてみましょう。

 

「ダニエルに用があると別れてから随分と楽しそうですけど、何があったんですか?ダニエルが遂に愛を囁いてきたとか?」

 

冗談で言ってみましたがあながち間違いでも無いような気がしてきました。この二人ってあんなにお互いを想いあっているように見えるのに友人の域を越えて無いんですよね。

 

一度二人は結局どんな関係なのかと聞いてみたんですけどダニエルは真っ先に大事な友人だと答えましたしメルセデスも複雑な表情をしながらも否定しませんでした。ダニエルからは関係を知られるのが恥ずかしいから誤魔化してるような感じはしなくて……好意はあるけど関係を友人でとどめておこうという意思が感じられるんですよ。何でかまでは流石に分かりませんでしたけど。

 

その何らかの理由が取っ払われて遂に!…ていうことかもしれないと思ったのですが、その考えは否定されました。いえ、ある意味では合っていたんですけどね?

 

「ふふ、逆ですよ。私がダニーに愛を囁くことにしたのです。今までは様々な理由から抑えてきましたが…これからは遠慮しないことに決めました。ダニーを私の想いで雁字がらめにして私から離れられなくしてやるのです。」

 

おお、とても解放感に溢れた笑顔です。メルセデスってかなり愛が重そうなタイプですよね。ダニエルも苦労しそう……いえ、ダニエルなら戸惑いながらも喜んで受け入れそうです。ダニエルはダニエルで愛が重そうですからちょうどいいのかもしれません。

 

「ダニーは私に好意を抱いてくれています。しかし、それと同時に私に対する負い目がありました。彼の父親が私の人生を狂わせたことを今日に至るまで引きずっているのです。それが、彼を今の関係に踏みとどまらせた要因でしょう。そして私も、ダニーが私から離れていこうとした時に躊躇無く殺すことが出来るように、彼に過剰な想いを抱かないようにしようとしてきました。しようとしてきたんです。」

 

「ダニエルがメルセデスから離れる時が来るとは思えませんよ?だって…あんなにメルセデスの為にと頑張っているじゃないですか。」

 

ダニエルの行動原理はスニジェットが逃げ出す隙間も無いくらいメルセデスで埋め尽くされています。杖魔法の訓練だけじゃなく、役に立つ魔法薬を作ってストックしてたりハリー達と交友を深めているのもメルセデスのため。なんなら生きていること自体がメルセデスの為と言っても過言ではありません。

 

「シャロンは杖の木材が示す魔法使いの運命というものを信じていますか?」

 

「杖の木材ですか?セコイアの杖に選ばれた魔法使いは幸運になるとかそういう?」

 

杖には色々と伝承だとかジンクスだとかいうものがあります。例を挙げると、セコイアの杖に選ばれた魔法使いは運が良いことが多いんだそうです。ちなみに私の杖は黒胡桃でできています。特に目立った伝承はありませんけどオリバンダーさんによれば直感が鋭い魔法使いが選ばれやすいんだとか。私にぴったりですね。そう考えると杖の伝承も根拠が無いものではないのでしょうか?そうだとして、ダニエルがメルセデスから離れていくことになんの関係があるのでしょうか。

 

「ダニーの杖の木材はイトスギ…イトスギの杖に選ばれた魔法使いは昔から偉大な英雄になると言い伝えられています。私は彼がイトスギの杖に選ばれた時からダニーが化物を打ち倒す英雄になる(私と決別する)運命にあるのではないかと考えずにはいられなかったのですよ。」

 

魔法界において運命というのは存在しないと切り捨てることが難しいものです。魔法というものはどこまでも謎めいていて、人が何もせずとも自然と原因不明の魔法が作り出されることもあります。運命という名の魔法が無いとは言い切れません。メルセデスも自分の不安を只の妄想だと決めつけられないんでしょう。

 

「同じ村で育った幼馴染の二人がいずれ決別し、お互いに殺し合う…王道とは言いませんが、物語ではよくある話でしょう?ましてや、片方が化物として人々を脅かす存在と成り果てているのなら、尚更。」

 

「確かに二人はよく物語で見る関係のように見えます。でも…そんなのは只の物語でしかありませんよ!重ね合わせる必要なんてありません!」

 

「ええ、そうですね。ですから私はダニーと殺し合いをするつもりなど毛頭ありません。ダニーを英雄になんてさせるものですか。ダニーは死ぬまで私と共にいてもらいます。その為に……ダニーが私から離れられなくなる程私の愛で彼を溺れさせたいのですよ。」

 

メルセデス……そんなにダニエルのことを想っているんですね。少し妬いちゃいます。私にもこんなに想い合える人が現れますかね~...多分無理でしょうね。メルセデスに着いていく以上知り合う人は皆死体になりそうです。

 

「………」

 

メルセデスが急に足を止めました。目線が明後日の方向を向いているので何か考え込んでいるようですが…?

 

「シャロン。ハロウィンパーティー...行きたいですか?」

 

「え?そこまで興味はありませんけど…」

 

どうしたんでしょうか。突然行きたく無くなったとかですかね。何故かマルフォイは最近近づいて来なくなりましたが他のスリザリン生はまだまだしつこいのでそいつらが面倒になったのかもしれません。

 

「次にダニーに会う大広間でのハロウィンパーティーから行動に移そうと思っていたのですが…大広間だと周囲の有象無象が煩いかもしれません。夜中に必要の部屋で集まった時にしようと思うのですよ。なのでダニーには所要が出来たからハリー達とパーティーを楽しんで欲しいと伝えようかと。」

 

そんな理由ですか…まあ確かに甘ったるい空間を作るつもりなら周囲がやっかみの視線を向けてくるのは間違いないでしょうね。間に挟まれる私も凄くいたたまれなくなりそうですからこれには賛成です。

 

「良いんじゃないですか?伝える所要は何にします?」

 

「そうですね……シャロンがお腹を壊したとかどうでしょう?」

 

「なんでですか!もっと他に良いのがあるでしょ!」

 

またこの人はもう!たまに出るいたずらっぽい一面がほぼ私に向かうのはどうにかなりませんかね?

 

「良いではないですか。考えるのが面倒なのですよ。なんなら、腹痛になる呪いでも掛けてあげましょうか?」

 

本気の目をしていますよこの人!辞めてください!杖を出そうとしないで!

 

「分かりましたよ!大人しくトイレに籠っていればいいんですね!だから呪いは勘弁してくださいお願いします。」

 

メルセデスは手を口元に当ててクスクスと笑っています。相変わらずからかうのが好きですね…

 

「ごめんなさいね、ダニー。必要の部屋で会いましょう。愛してますよ。それでは。」

 

呪いを掛けられずに済んだことにホッとしている間にメルセデスがさっさとダニエルへの連絡を済ませていました。さらっと愛してると伝えてましたね…ダニエルがどんな反応をしたのか見てみたかったです。

 

「それでは、トイレに向かいましょうか。」

 

「ッ!―――――」

 

メルセデスの発言を聞いた瞬間に身体に震えが走りました。何か……凄く嫌な予感がします!このままトイレに向かうと危ない!なんで急に……!

 

「待ってくださいメルセデス。今トイレに行くと何か危ないことに巻き込まれるような気がします。」

 

私の切羽詰まった表情を見て冗談ではないと悟ったのかメルセデスの顔も真剣味を帯びました。

 

「具体的にどう危ないのか分かりますか?」

 

「命の危険…ですかね。」

 

メルセデスの目がスッと細まります。トイレで何が起こるのか考えてるんでしょうか?しっかしトイレで命の危機って何が有るって言うんですかね?滑って転ぶくらいしか思いつかないんですけど…まさかトイレに危ない生き物でも迷い込んでくるとか?まあ何が起こるにせよ近づかなければ何の問題も……

 

「ここ一ヶ月ほど平穏な時が流れていましたが…ようやく何かが動き出すようですね。いいでしょう。命の危機の一つや二つをいちいち遠ざけようとしているようでは、これから待ち受けている幾千幾万の命の危機を乗り越えることは出来ません。参りましょう、死地(トイレ)へ。」

 

……闘いに行く気満々のようです。死の危険を伝えたってどうせメルセデスは迎え撃とうとすると思っていましたけどやっぱりこうなるんですね…あ、そうだ。メルセデスが死地に赴くならダニエルを呼ばないといけませんよね。そうに違いありません。

 

「じゃあ私は大広間にダニエルを呼びに…」

 

「何を言っているのですか?勿論シャロンも行くに決まっているでしょう。」

 

「ですよね~」

 

ちっ、ダニエルを呼びに行く体でおさらばしたかったのですが無駄ですか。あ~もう!分かりましたよ!メルセデスの言う通りどうせこれから何千回も何万回も死にそうになるんです。腹を括ってこれが記念すべき一回目だと思って突貫しましょう!

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

sideダニエル

 

 

 

妖精の呪文学の授業の後、ハーマイオニーは残りの全ての授業を欠席していた。彼女のルームメイトのパーバティによればトイレで泣いているらしい。声を掛けたが一人にしておいて欲しいと言われたそうだ。

 

僕自身は彼女に何かしたわけでは無いのだけどなんとなく罰が悪い。ロンもハーマイオニーが泣いていると聞いて罰が悪そうにしていたのだが大広間のハロウィンの飾り付けを見て直ぐに忘れてしまったようだ。ハリーと共に嬉しそうに大広間へ駆けていった。

 

全く薄情な…と思いながら僕も大広間に入ろうとすると懐の両面鏡から小さく僕を呼ぶ声がした。直ぐに人目につかない小部屋に入って鏡を見るととても機嫌が良さそうなメルセデスが映っていた。

 

「突然連絡してごめんなさい。実はシャロンがお腹を壊してしまいまして…色々と付き添わないといけないのでそちらにはいけなくなりました。」

 

シャロンが腹痛…?ハロウィンが待ちきれなくて何か摘まみ食いでもしたのかな?それにしてもメルセデスはなんでこんなに機嫌が良さそうなんだろう。まさかシャロンの腹痛が嬉しい訳ではないよね?

 

「残念だけど仕方がないな。シャロンに大事にするよう伝えて欲しい。しかし、そうか…これないってことはメルセデス達は夕食を食べ損ねることになるね。僕が持っていこうか?」

 

「欲を言えば必要の部屋でダニーに作ってもらいたいです。」

 

……もしかして僕の料理を食べる口実が出来たから機嫌がよかったりするのかな?そうだったら嬉しいんだけど。

 

「大丈夫だ。むしろ喜んで作らせてもらうよ。それじゃ、また必要の部屋でね。」

 

「ごめんなさいね、ダニー。必要の部屋で会いましょう。愛してますよ。それでは。」

 

さりげなく付け加えられた一言に僕の心臓が跳ねた。今、メルセデスに愛してると言われた…?はずみで付け加えられただけで特に意味は無いのかもしれない。それでも僕の心臓はうるさく脈打っていた。

 

「あ、ダニエル。遅かったね?」

 

なんとか心を落ち着けてハリー達の元へ向かうと、二人は既にハロウィンのご馳走を食べ始めていた。

 

「ちょっとね。」

 

僕も席について料理を取り分ける。夜のことを考えて少し少なめにし、さあ食べようとしたところで大広間の扉が慌ただしい音を立てて開かれた。入ってきたのは―――――クィレル教授だ。顔は恐ろしいモノを見たと言わんばかりにひきつり、今にも死にそうなほど息を切らしている。

 

教授は足をもつらせながらも校長の前まで駆けていってゼーゼーと息を吐きながら言った。

 

「トロールが……地下室に………お知らせしなくてはと思って……」

 

教授はそのまま派手に床に崩れ落ちて気を失った。

 

大広間は生徒の恐怖と悲鳴で満杯になった。トロールは危険レベルが四の魔法生物。禁じられた廊下を守護していた三頭犬と同じくらい凶暴で、やはり只の生徒が出会えば死ぬことは間違いない。誰だ?魔法界でホグワーツほど安全な所はないと言った大馬鹿野郎は。

 

しかし、もともと居たのでなければ野生のトロールがホグワーツに侵入するとは考えにくい。誰かが意図的に侵入させたと考えるのが妥当だろう。そして、今回トロールを発見したと知らせに来たのはシャロン曰く何かを企んでいるらしいクィレル教授だ。トロールをおとりに何かしようとするかもしれない。ここは教授を見張っているべきか?

 

いや、待て。メルセデスはトロールが侵入したことを知らない。彼女がトロールに遅れを取るとは考えもしないが彼女がやり過ぎることは十分にあり得る。彼女がトロールを殺してしまう前に合流しなければ!

 

僕が混乱する群衆に紛れて姿を消そうとしたところで爆竹の爆発音がした。ダンブルドア校長だ。

 

「監督生よ。すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に帰るように。」

 

校長の指示によって混乱していた生徒達は統制の取れた集団へと早変わりした。くそっ、これじゃ動きにくくなるじゃないか。仕方がない。後で抜け出したことがバレてもいいから今はメルセデスを優先しよう。

 

周囲の生徒の視線を切って目眩ましを使用する。そのまま大広間を抜けようと歩き出すとハリーとロンの二人が列を抜け出そうとしているのが見えた。こんな時に何をしようって言うんだ?

 

「どこに行こうとしてるんだい?」

 

「ダニエル!?今どこから出てきたんだ?」

 

「ハーマイオニーはトロールのことを知らないんだ。だから知らせにいかなくちゃって…」

 

…ハーマイオニーのことをすっかり忘れていた。薄情なのは僕の方だったか。だけど、メルセデスと比べれば優先するべきはメルセデスだから仕方がないね。

 

「ダニエルはどうして列を抜け出したの?まさか僕らを連れ戻しに?」

 

「いいや、メルセデスもトロールのことを知らないんだ。だからとりあえずトロールが出たことを連絡する。」

 

「連絡するって言ったってどうやるんだ?」

 

「僕とメルセデスには離れていても連絡できる手段があるんだ。」

 

連絡手段があると聞いてロンがよく分からないといった顔で尋ねてきた。

 

「それじゃあなんで抜け出してきたんだい?離れていてもできるなら寮からも出来るんだろ?」

 

「メルセデスがトロールが居ると聞いて大人しくしている筈がない。絶対に。だから止めに行くんだ。」

 

二人はああ…と納得した表情をした。この二人も二ヶ月の間に何度かメルセデスと交流することでそこそこ彼女のことが分かってきたらしい。

 

「そうだよね、流石にあのメルセデスでもトロールに殺されちゃうよ。」

 

いや、やっぱり分かっていなかったか。メルセデスがトロールに殺されるって?

 

「何を言ってるんだ?メルセデスがトロールごときに殺される筈がないだろう。僕が止めるのは彼女がうっかりトロールを殺してしまうことだ。いくらトロールといっても殺してしまえば印象が悪くなってしまうからね。」

 

ポカンと口を開けて固まった二人をおいてさっさと大広間を抜けようと移動を始める。さあ、早くメルセデスの元に行こう。僕が行くまでトロールが生きているといいんだけど。

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 二十五

気づいたら八千字を越えていたので二話に分割しました。続きは夜に投稿します。



 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

私はシャロンが危険だと断じたトイレを目の前にして立つ。外から見る限りは何も普段と変わっていないように見えるが……

 

「………見た所特に異常は無いようですね。シャロン、あなたの勘はまだ危険を予兆していますか?」

 

「してますね~凄くしてます。具体的に言うと頭がガンガン痛むくらいに。」

 

ふむ……ならば、ここに危険が待ち受けているというよりはここに危険がやってくるということだろうか?扉を開けて中を見渡してみるがやはり異常は感じられない。しかし、よくよく耳を澄ませてみれば奥の個室から誰かが啜り泣く声が聞こえた。

 

「女性の泣き声……?」

 

「誰か泣いているんですか?」

 

私の呟きを聞いたシャロンが奥の個室に向かって呼び掛けた。すると、泣き声の主はこちらに気づいて声をあげる。

 

「っ!誰っ!?」

 

尋ねてきた声には聞き覚えがあった。普段の勝ち気な声色とは違い、弱々しく掠れた声であるので確証は無いが…声の主は恐らくグリフィンドール生のグレンジャーだ。

 

「ウォルターです。中にいるのはミス・グレンジャーですか?大広間ではハロウィンパーティーが行われていますよ。こんなところでどうして泣いているのですか。」

 

「そうですよ。ご馳走を食べ損ねちゃいますよ?あ、ちなみに私はガードナーです。何度か会ったことはありますよね?」

 

普段ならばグレンジャーが泣き喚こうがどうしようが知ったことでは無い。しかし、今はここで命のやり取りが行われるかもしれない状況。巻き添えでグレンジャーが死ぬことも同様に知ったことでは無いが見捨てればまた周りの人間が騒がしくなるだろう。出来るならさっさとここから叩き出したいところだ。

 

「ウォルターにガードナー......ダニエルやハリー、ロンと大層仲がいいあなた達なら私の悪口も聞いているんでしょう?知ったかぶりで、独りよがりで、我慢ならないような奴だって。」

 

……悪口も何もダニーの口からグレンジャーの名前が出たことすらほぼ無い。他の二人からもだ。まあ、とりあえず何故泣いているのかは分かった。要は人付き合いに失敗して孤立したのだろう。

 

「ダニエル達からグレンジャーさんの悪口を聞いたことなんてありませんよ?何か三人に嫌われるようなことをしたんですか?私達で良ければ話を聞きますよ。安心してください!ここで聞いた話を誰かに話すようなことはしませんから!ねえ?メルセデス。」

 

「ええ、そうですね。ミス・グレンジャー、話してみてください。」

 

シャロンはグレンジャーを元気付けることにしたようだ。私は誰かに取り入ろうとすることに関してはシャロンよりも一歩も二歩も劣るのでここは任せるとしよう。シャロンと話しすことで気を持ち直してここから出ていくならそれで良し。間に合わなかったならば……その時はその時だ。

 

「私……自分が魔法使いだって知って…沢山勉強したの。そうしなきゃ他の魔法使いの家の子達においていかれちゃうって思って…でも、実際にホグワーツに来てみたら違ったわ。皆あまりにも勉強をしていないものだから私が教えてあげなきゃって皆に正しい知識を教えていこうとしたの。でも…皆はそれが嫌だって、あいつは知ったかぶりだって…」

 

「それは酷いですね~。あなたはただ皆に教えてあげようとしただけなのに。」

 

シャロンはグレンジャーの話に共感をしていった。どんなことを話しても受け入れてくれそうな親しみやすい雰囲気を醸し出している。

 

「それに、規則を破ろうとしている人にも何回も注意したわ。規則を破ったことがばれたら寮の点数が引かれちゃうし最悪その人が退学になっちゃうかもしれないから良かれと思ってそうしたの。でも皆規則を守ろうとすることがまるで悪いことみたいに…私が間違っていたの?規則は守る為にあるんじゃないの?もう分からなくなったのよ……」

 

「グリフィンドールって規則を守れと言われれば言われるほど破りたくなる人ばかりなように見えますからね~」

 

シャロンはうんうんと頷き、しばしの間を開けて今度は真面目な雰囲気を身に纏った。

 

「グレンジャーさん、あなたの考えは間違ってはいませんが、正しくもありません。あなたは他人が自分と同じく意思を持つ人間であるということを少し軽視しているんです。」

 

「どういうこと…?」

 

「確かに規則は守るべきものですし、破れば待っているのは罰則です。ですが進んで規則を破ろうとしている人達にとってそんな事は分かりきったことなんですよ。分かっててやってるんです。分かっていることをわざわざ注意されるのはそういう人達にとってありがた迷惑でしかならないんですよ。それが、自分を思って言われたことでもね。あなたはきっと、自分がした注意が相手にどんな風に伝わるかを考えていなかった。」

 

「っ!」

 

「勉強を教えることも同じです。魔法があなたよりも遅れている人達の誰しもがあなたに魔法を教わりたい訳じゃないんです。中には自分で試行錯誤しながら技術を高めるのが好きな人もいます。誰かに教わることを屈辱だと思う人もいます。後、教えようとする時の入り方とか言い方が悪いこともありますよね。グレンジャーさん、誰かに教えようとする前に助けが要るかどうか確認してましたか?突然横から割り込んだりしていませんか?」

 

「そっ…それは……」

 

「ある程度信頼関係が出来た後ならちょっとやそっとでしゃばった位では不愉快には思われません。ですが、信頼を築く前は慎重に行動するべきです。まずはそこから始めましょう。自分が人に対して何かをする前に自分の行動が相手にどう写るかを考えてみるんです。時間はかかるかもしれませんがきっと、いずれあなたの知識を素直に欲してくれる人が現れますよ。」

 

「………」

 

カチャ、と扉が開きいて中からグレンジャーが出てきた。泣いていたせいだろう、目は赤く腫れているがどことなく決意を感じられる面持ちをしている。

 

「ありがとう……ガードナー。おかげで少しどうすればいいか分かったような気がするわ。ウォルターもありがとう。」

 

「私は最初から最後までシャロンの横に立っていただけです。礼を言われる筋合いはありませんよ。ですが……いえ、そうですね…私からも何かを言わなければシャロンに負けたような気がして面白くありません。」

 

「いいじゃないですか!たまには勝った気でいさせてくださいよ!」

 

シャロンが何か喚いているが気にしない気にしない。

 

「では私からも一言、二言、シャロンは相手から見た自分を考えてみろと言いましたが……周囲の人間を気にしすぎて自分の生き方をねじ曲げる必要はありません。敢えて自らの思うがままに振る舞い、障害を捩じ伏せようとする気概も時には必要です。」

 

「あ、ありがとう…参考にするわ…」

 

グレンジャーに引かれているような気がする。自分を押さえつけすぎるのは良くないと伝えたつもりなのだが何処に引かれる要素があったのだろうか?

 

「メルセデス、そこは普通に自分を押さえつけすぎなくても良いって言えばいいんです。言葉が物騒なんですよ…メルセデスは。」

 

言葉使いを意識している訳ではないのだが周りからは物騒に思われたらしい。これはシャロンの言っていた自分の発言の前に一旦考えろというものを実践してみるべきか。

 

「ウォルターは凄いわよね……私、組分けであなたの名前が呼ばれた時の息苦しい雰囲気を今でも覚えているわ。あなたの事は本で読んだから知っていたけど……まさかホグワーツ中の人達が敵意を剥き出しにするほどなんて思ってもみなかった。考えてみれば、私が言われた悪口なんて大したこと無いんじゃないかって思うの。ウォルター、あなたはどうして平気なの?」

 

「吠えるばかりで私と真正面から相対する勇気も力も無い有象無象なんていちいち気にする価値も無いからですよ。あまりにも羽虫の如く鬱陶しいなら叩き潰したくもなりますがそれまでです。下らない正義感を振りかざしてでも私を打ち倒そうとするなら喜んでお相手するのですが…どうもこのホグワーツは腰抜けばかりなようですね。」

 

「ほら!また言葉づかいが物騒ですよ!」

 

おっと、またグレンジャーを引かせてしまったか…と思ってグレンジャーの顔を見るがこれはどうしたことだろう。笑っている。

 

「うん…私、あなた達がどんな人なのかが少し分かった気がする。ねえ、私もメルセデスとシャロンって呼んでいいかしら?私の事もハーマイオニーって呼んで欲しい。」

 

どういう風の吹き回しだろうか?良くわからないが別に損はしないだろう。

 

「結構ですよ。ハーマイオニー。」

 

「私からお願いしようと思っていたくらいですよ!よろしくお願いします!ハーマイオニー!」

 

私達から名を呼ばれたハーマイオニーは恥ずかしげに顔を赤くしている。端から見れば和やかな雰囲気ではあるが忘れてはいけない。今まさに、ここへ脅威が迫っていることを。

 

『メルセデス!』

 

突然、緩みかけた空気を切り裂くようにして鏡からダニーの焦ったような声が響いてきた。グレンジャーは突然聞こえてきたダニーの声が何処からしたのかと辺りを見回している。相手が身内以外と接触している時に鏡の存在がバレないよう、使用する時は小声で起動させることが私達のルールだったのだがその手間すら惜しい事態が起こったというのだろうか?

 

「どうしたのですか?ダニー。何か緊急事態が?」

 

『取り敢えず教えてくれ!君は今どこにいる?』

 

「一階の女子トイレですが……」

 

『地下室の近くか……!メルセデス、実は…『一階の女子トイレ!?メルセデス!そこにハーマイオニーは居る?』こらっ!勝手に映りこむんじゃない!』

 

ダニーに加えてハリーが鏡に映り込んできた。ハリーに鏡の存在を教えたのか知られたのかは分からないが、私とダニーの鏡に他の人間が映り込むのは少々不快だった。いや…そんな不満は後にしよう。今は何が起こっているのかを把握するべきだ。

 

「ハーマイオニーならば一緒にいますよ。一体何が起こったというのですか?」

 

『ハーマイオニーは君と一緒か。それなら心配は要らないね……実は、ホグワーツにトロールが侵入したんだ。最後に発見されたのは地下室。』

 

トロール……!シャロンの言う命の危機とはトロールの襲撃を指していたのか。かの生物は魔法に対する耐性が高く、感覚も鈍いため並の魔法では痛みを与えることすら困難な魔法使いを殺しうる存在。なるほど、確かに十分に死の脅威を与えてくれる敵だ。

 

『確か君達が居るトイレは地下室に近かっただろう?十分に注意してくれ。君がトロールに遅れを取るとは微塵も思っていないけど、出来れば安全な所に避難して欲しい……』

 

「あ~、ちょっと遅かったようですね。もう扉の前にいますよ。トロール。」

 

シャロンの言葉に呼応するかのように女子トイレの扉に凄まじい衝撃が走り、重厚な扉の木材がひび割れていく音が鳴り響く。ひび割れた隙間からは顔をしかめたくなるような悪臭と、低く腹の底に響くような唸り声が洩れ出してきている。扉が蹴り破られるのは時間の問題だ。

 

「既に闘う以外に選択肢が無いようです。ダニー。」

 

『そうか…なら仕方ない。ご武運を(Good luck)、メルセデス。後…あまりやり過ぎないでね?』

 

「善処しましょう。………ハーマイオニー、戦闘の心得はありますか?」

 

二ヶ月前まで只の少女であったハーマイオニーが戦えるとは思えないが一応は聞いておこう。もしもし戦えたとしても、トロールが今にも自分が居る所に入り込もうとしている現状に頭が着いていっていない様子から見てあまり役には立たないだろうが。

 

「え?な、無いけど……」

 

「まあ、そうですよね。シャロン、ハーマイオニーを任せます。私は……そこの木偶の坊のお相手をさせて頂きましょうか。」

 

「了解ですよ~」

 

本気の命のやり取りなど何年ぶりだろうか?二年前にウォルター邸が襲撃に遭った時以来か。あの時はそれなりに死ぬ思いをしたが今回はどうなることやら……

 

入り口の扉が吹き飛び、トロールがその醜い姿を顕にした。トロールは私達を確認して歓喜の叫びをあげている。

 

「ウォルター家当主にして化物(フリークス)、メルセデス・ウォルターがお相手しましょう。さあ来なさいトロール。戦ってあげます。」

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 二十六

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

私を第一の獲物と定めたトロールが目の前の肉を喰らわんと動き出した。歩みそのものは鈍いが全長が四メートルを越える肉の砦が迫ってくる様子は中々の迫力がある。

 

トロール…直にまみえたことは無かったが噂に違わぬ巨躯だ。灰色の皮膚に剥げた頭、どうやらこの個体は三種いるトロールの中でも最も巨大で凶暴だとされる山トロールらしい。只の学生なら出会った時点であの世での人生計画を練り始めるところだろうがそうはいかない!

 

振り下ろされた身の丈程もある棍棒をバックステップで避け、床にめり込んだ棍棒を足掛かりにトロールの頭上へ跳躍する。狙うのは前側よりも若干肉が薄く見える後ろ首だ。空中で身を翻し、突然目の前から獲物が消えて呆けているトロールへと切り裂き呪文を飛ばす。これで首を落としきれるならそれで終わりなのだが……

 

金属質の閃光がトロールの首に一筋の切れ込みを入れ、傷口から血が噴き出す。だが、やはり首を切断するまでには至らない。床に着地して直ぐ様追撃を仕掛けようと身を屈めて跳躍の準備をするが、自分の首から何かが飛び出していることに気づいたトロールが慌てふためいて手に持った棍棒を出鱈目に振り回し始めた。

 

トロールが振り回す棍棒のもたらす災害のような衝撃波は周囲の洗面台や個室のことごとくを破壊し、トロールの周りは更地と化していく。一瞬だけ見えたトロールの後ろ首からは既に血など流れていなかった。膨張した筋肉の圧力で止血されたようだ。だがトロールは自分が何故暴れまわっているのかも忘れてただただ棍棒を振り回し続けている。

 

……軌道に塵ほどの意図も感じられない予測不可能な暴力の嵐だ。あれでは何度も後ろ首を大人しく狙わせてはくれないだろう。しかし、急所でなくとも、直ぐに止まるとしても、血を流すならばいつかは力尽きる時が来る。その時まで全身の皮膚という皮膚を切り裂き、その灰色の身体を朱に染めてやるとしよう。

 

「さて、愉しませてくださいよ?途中で逃げるような真似は許しませんからね。」

 

私は暴風の渦中にその身を投じた。歓迎の一打が私の頭上に迫る――――――

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

sideシャロン

 

 

 

「きゃあっ!」

 

こちらに飛んできた無数の洗面台の破片にハーマイオニーが悲鳴をあげています。盾の呪文に阻まれて当たることは無いとはいえ怖いものは怖いので無理もありませんね。

 

私は今、自分とハーマイオニーの周囲をドーム型の盾の呪文で覆いながらメルセデスとトロールの戦いを眺めています。設置型の盾の呪文は最近使えるようになったんですけど便利なものですよ。一度張ったら破られるまで手を加える必要が無いんです。いや~自分がこんなに盾の呪文に関して天才だとは知りませんでした。……まあ、防御関連の魔法と一部の補助的な魔法以外はからっきしなんですけどね。

 

そんな事よりメルセデスの方に目を向けましょう。先程はメルセデスが戦っていると言いましたが、やっぱりこれは戦いとは言えないかもしれません。曲芸師が猛獣をパートナーに踊っているようにしか見えないんですもん。

 

地を這うようにして薙ぎ払われた棍棒を宙返りでかわし、続いて振り上げられた棍棒を空中で風を起こして自ら飛ばされることで避けています。さっきも棍棒を足場にして飛び上がったり壁を蹴り上がったりとアクロバティックな動きを繰り返していました。

 

動きが激しくてよく見えませんが合間に無数の切り裂き呪文を行使しているようで、トロールの身体中がズタズタな上に全身から血が噴き出していて見た目的にとてもよろしく無い姿になってしまっています。これでも大して痛がる素振りを見せて無いんですからどんだけ鈍いんですかね?トロールっていうのは。

 

「なんなのよ…メルセデスのあの動きは…本当に人なの?シャロン。」

 

飛び散っている血飛沫に顔を青くしながらハーマイオニーが尋ねてきました。実際自らを化物と呼称してますからね~メルセデスは。なんだかもうその名に偽り無しって感じですよ。ですがそんな事をハーマイオニーに口走る訳にはいきませんから適当なこと言っときましょう。

 

「分類的にはまだ人だと思いますよ?ただ、ウォルター家の人って成長するにつれて身体能力が人並み外れたものになっていくそうです。メルセデスのご先祖様の中には吸血鬼と素手で殴り合って勝った人も居たんだとか。」

 

この話を聞いた時は冗談だと思ったんですけどね。だって吸血鬼ですよ?今目の前で暴れているトロールと力比べで勝ったという逸話がある吸血鬼ですよ?そんな生き物と殴り合うって……

 

「吸血鬼って…本当の話なの?」

 

「ちゃんと記録に残っているれっきとした事実だそうですよ。まあ、そこまで人から外れる人は千年ほど続くウォルター家の歴史でも二人しか居ないらしいです。メルセデスがそうじゃないとは言い切れませんけど……」

 

メルセデスならそうなってもおかしく無いような気がするんですよ。根拠は特に無いんですが。

 

吸血鬼と殴り合うメルセデスの姿を想像していると、戦闘音の中に笑い声が混じり始めたことに気づきました。

 

「あはははは!」

 

いつも控えめな笑い方しかしないメルセデスが声をあげて笑っていたんです。心の底から愉しそうに。綺麗な顔を返り血で赤く染めながら笑っています。闘うのってそんなに愉しいんですか?メルセデス。私にはまだ理解できませんが、いつか私も闘いの最中に笑えるようになるんですかね?

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

「ふふっ。」

 

私の頭を吹き飛ばさんと棍棒が薙ぎ払われる。

 

「ふふふっ。」

 

身を屈めて前方に跳び、トロールの懐に潜り込む。

 

「あはっ。」

 

がら空きの胴体に幾重にも大きな裂傷を負わせてやる。

 

「あははっ!」

 

トロールは懐にいる私を叩き潰そうと自らの腹部に向かって棍棒を振り下ろす。

 

「あはははは!」

 

私は飛び退けるが振り下ろされた棍棒は止まらず、大きく切り裂かれた胴体を深く陥没させた。強い圧力を加えられた傷口からは大量の血と臓物の一部を噴き出し、私をより赤く染め上げる。

 

人ならば明らかに致命的な失血をして尚、トロールは私を殺す為に腕を振り上げた。

 

「あはははははは!」

 

愉しい!こんなに愉しいのは久し振りだ!トロールはどれほどに血を流そうとも私を殺す事を諦めない!これだ!これが欲しかったのだ!

 

ああなんということだ、私は今日この時までトロールを心の何処かで下等な生き物だと軽んじていた。しかしどうだ?このトロールという生物は少し死を目の前にしただけで戦意を喪失する無様な襲撃者共よりも遥かに私の心を震わせてくれる!

 

もはやトロールに対して『ごとき』などという言葉は使うまい。その戦意が自らの死を理解していない故のものだったとしても彼が死ぬまで闘い続けようとしていることは事実だ。ならば、私もその戦意に敬意を表し全力で彼を殺さなければならない!

 

彼の手首に刃を放つ――――彼は棍棒を握っていられずに地面に落とした。それでも彼は残った腕で私を叩き潰そうとする。

 

彼の肩に刃を放つ―――――彼の腕はだらりとぶら下がり、使い物にならなくなった。それでも彼は残った脚で私を蹴りあげようとする。

 

彼の膝に刃を放つ―――――彼の膝は砕けちり、床へと崩れ落ちた。それでも彼は残った顎で私を食い千切ろうとする。

 

最早彼が動かすことができる部位は頭だけだ。既に脅威とは言えなくなってしまったが、このまま生き永らえさせるのは今も尚闘い続けようとしている彼への侮辱だ。久々に私を愉しませてくれた彼への手向けに安らかな死を贈ろう。

 

アバダ・(息絶)―――――

 

トロールに死を与えようと杖を振り上げた瞬間、私は誰かに後ろから抱き締められた。振り上げた腕は優しく掴まれて下へと降ろされる。

 

邪魔をされたことで一瞬怒りのままに背後の人物を投げ飛ばしそうになったが、嗅ぎ覚えのある匂いに昂っていた心が急激に鎮まっていくのを感じた。

 

「ダニー......」

 

「落ち着いたかい?君がそれを使う前に間に合って良かった。」

 

抱き締められたまま後ろを向くと、穏やかに笑っているダニーの顔が直ぐ側にあった。少し遠くにはズタズタのトロールを見て青い顔をしているハリーとロンも見える。

 

危ない所だった。死の呪文をホグワーツで使うリスクの高さは良く分かっている筈だったのだが、思いの外トロールが奮闘してくれるものだから興奮してしまって周りが見えなくなっていたようだ。トロールをあのままにしておくのは彼に失礼だが……今回は私の立場を優先しなければならない。

 

私を抱き締めている腕をほどき、ダニーに向き直って止めてくれた事に感謝を伝えようとすると、廊下がなにやら騒がしくなった。

 

バタバタと複数の人間が走る音が聞こえ、マクゴナガル教授、スネイプ教授、クィレル教授がトイレに飛び込んできた。スネイプ教授は床に横たわるトロールの傷を見て顔をしかめ、クィレル教授はトロールそのものを見て腰を抜かした。マクゴナガル教授はトイレの惨状を見渡すと、彼女からは今まで聞いたことが無いような大声で怒鳴った。

 

「これは一体どういうことですか!この悲惨な状態のトロールは誰がやったんです!」

 

私がトロールと闘っていたのは逃れようのない事実だ。ここは正直に名乗り出た方が良いだろう。

 

「トロールの傷に関しては、全て私が負わせたものです。」

 

「ミス・ウォルター、あなたが?」

 

「ええ、私はお腹を壊したシャロンを介抱するためにこのトイレに来ました。そこにはハーマイオニーも居たのですが運悪くトロールがトイレに入って来てしまい、ウォルター家の者として闘う力のある私が闘う力の無い友を守る為、トロールと闘うこととなったのです。」

 

私は確かにお腹を壊す(予定になっている)シャロンを介抱するためにトイレに来たしトロールが来ることも直前まで知らなかった。それに最初はシャロン達を守る為に闘っていたから嘘は言っていない。だが教授はまだ納得がいっていない様子だった。

 

「だからといってこんなに惨たらしい姿にする必要があったのですか?」

 

私がわざとトロールをズタズタにするような闘い方をしたと疑っているのだろうか?確かに闘いを愉しみはしたが無惨に殺す事を愉しんでいた訳ではない。

 

「教授もご存知でしょう?トロールは痛みに強くどれだけの傷を与えても逃げようとはしないと。トロールを止める為には動けなくなる程の傷を負わせなければならなかったのです。私とてトロールに要らぬ苦しみを与える事を心苦しく思っています。」

 

トロールが結局最後の最後まで止まろうとしなかった事もトロールに苦しみを与えていることを良く思っていない事も本当だ。出来ることなら早く解放したい……この世からではあるが。

 

「ミス・ウォルターとミス・ガードナー、ミス・グレンジャーについては分かりました……ですが、他のグリフィンドール生三人は何故ここに居るのですか?」

 

私の言い分を納得してくれたようだが、今度は男子三人への尋問が始まった。きつい説教を覚悟しているのか項垂れている三人だったが、そこに助け船を出す人物がいた。ハーマイオニーだ。

 

「先生、ハリー達は私を探しに来てくれたんです。私がハリー達に気分が悪いからしばらくトイレに行くって伝えていたのを覚えていてくれて…トロールがホグワーツに侵入したって知らない私がトロールに襲われる前に連れ戻そうとしてくれたんです。」

 

ハーマイオニーが自分たちを庇って教授に嘘を言っていることに驚いているのか、ハリーとロンは口が開いたままになっている。ダニーも僅かながら驚いているようだ。

 

「そうなのですか?」

 

三人はいかにもそうだと言わんばかりの真面目な顔で頷いている。

 

「はあ…分かりました。危険を省みない無謀な行動にグリフィンドール生の三人はそれぞれ五点減点します。」

 

厳しい顔をした教授の言葉にダニーはともかくハリーとロンの二人は露骨にがっかりとした顔をした。

 

「ですが、友の命を守る為に行動したことは素晴らしいことです。よってあなた達にそれぞれ十点を差し上げましょう。」

 

だが、次の瞬間教授の表情が優しげなものに変わり、得点を与えたことによってハリー達の表情も明るいものになった。さらに教授は私の方にも優しげな表情を向ける。

 

「ミス・ウォルター。野生のトロールから生徒二人を守った事に二十点を差し上げましょう。今後も、その力を友の為に使ってくれる事を期待していますよ。」

 

そう言って教授は私に清め呪文をかけた。すっかり忘れていたが大量の返り血を浴びていたのだった。ダニーはトロールの返り血まみれで酷い臭いだったろう私を抱き締めてまで止めてくれたのか。この礼は後で必ずしよう。

 

「寮に戻った生徒が中断したパーティーの続きを行っていますよ。さあ、あなた達も寮にお戻りなさい。」

 

マクゴナガル教授はさっさと私達をトイレから追い出してしまった。ハリーとロンはパーティーの続きがあると聞いて寮に飛んで帰っていった。あのトロールの行く末が気になるが私が手を出すことはもう出来ないだろう。

 

私が名残惜しげにトイレの方を向いていると、ハーマイオニーが遠慮がちに話しかけてきた。

 

「メルセデス……正直に言って戦っている時のあなたは怖かったわ。でも、あなたに助けられた事に感謝してるのも本当よ。」

 

「私はただトロールとの闘争を愉しんでいただけですよ。それより、あなたはハリー達と上手くやる事を考えるべきです。」

 

「そうね……今日はありがとう。シャロンも、話を聞いてくれて助かったわ。じゃあ、また。」

 

「ええ。」

 

「またね、です。」

 

ハーマイオニーが去ると、私達のやり取りを見守っていたダニーが意外そうに尋ねてきた。

 

「ハーマイオニーと仲が良くなったんだね?」

 

「主にシャロンが、ですが。」

 

最後の反応を見るに私は怖がられてしまったのだろう。まあ、彼女に怖がられたところで何か不利益が有るかと聞かれれば特に思い付かないので問題無いとは思うが。

 

「ダニエル達が冷たいせいでハーマイオニーったら泣いてたんですよ?女の子を泣かせるなんてサイテーです。」

 

「ぐっ、それを言われると痛いな……」

 

ダニーはシャロンのからかい混じりの罵りに罰が悪そうな顔をした。しかし、ダニーが他の女子に良い顔をするのは私が不機嫌になるだけなのでダニーは今のままで良い。

 

「シャロン、ダニーは私だけを見ていれば良いのですからあまり責めてはいけませんよ。」

 

「あ~、そうでしたね。それじゃ、ダニエルがメルセデスだけを見るように私は先に帰りますね!」

 

そう言ってシャロンは風のように去っていった。その去りっぷりが何かから逃げ出している様に感じられたのだが何から逃げたのだろうか?

 

「メルセデス?いつもと何か雰囲気が違う気がするんだけど……何かあったのかい?」

 

ダニーは私の雰囲気が変わったのだと言う。変わった原因は明らかに私がダニーへ向ける想いの変化だろう。だが……

 

「そうですね……あったと言えばありました。ですが…何があったかは夜に必要の部屋で話しましょう。」

 

こんな廊下では落ち着いて話せない。ダニーに私の想いを伝えるのは夜に持ち越そう。

 

「それでは、夜にまた会いましょう?ダニー。」

 

「あ、ああ。」

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 二十七


大変長らくお待たせしました。うっかりアレルギーを発症させて酷い事になりまして……



 

 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

ホグワーツを騒がせたトロールは無事にメルセデスによって討伐された。トロールも四肢の自由を奪われ腹を破られながらも死んではいない。メルセデスが死の呪文を使う前に止められて良かったけど、興奮すると色々と頭から飛んで行ってしまうのは彼女の悪い癖だと思う。

 

しかしメルセデスの雰囲気がいつもと違ったのが気になる。朝食の後に連れ出された時も普段とは違ったがそれともまた違う。具体的にどうとは言えないんだけどね。まあ、それに関しては自分から話してくれると言ってくれたことだし夜を待つことにしよう。しないといけない事もあるわけだし。

 

「ねえ?大馬鹿野郎共(ハリーにロン)?」

 

「「な、なんだい?」」

 

僕は今、ハロウィンパーティーを楽しむ生徒達を横目に二人にSEIZA(正座)というものをさせている。極東の国の文化で膝を揃えて折り畳む座り方なんだけど、これを長時間続けていると足が痺れて何かに足が触れる度に不快感が襲ってくるようになるんだ。なんでも、悪い事をした人に反省を促す為の罰として用いられていたんだとか。

 

「そろそろ足が痺れてきたところかな?足をつついてみようか。」

 

二人の背後に回って足をつつこうとしてみるとロンが悲鳴のような声をあげた。

 

「やめてくれ!だいたい何だって僕らがこんな目に遭わないといけないんだ?」

 

「そりゃあ、僕が大人しく帰れって言っても帰らなかったからだよ。今回は僕らが到着する前にメルセデスがトロールを倒していてくれたけど、戦闘に乱入することになっていたら君達がトロールの標的になっていてもおかしくなかった。君達には危険な事をしたってことを反省してもらわないとね。」

 

帰そうとする僕と帰らない二人とで揉めに揉めて危うくスネイプ教授に抜け出したことがばれそうになったし、最終的に僕が折れたけどもう少し長く揉めていればメルセデスがトロールに死の呪文を使うところだった。いろんな意味で僕を焦らせてくれたんだ。少し位痛い目にあって貰ってもバチは当たらない。

 

「君だって危ないことに変わりは無いじゃないか!」

 

「そういうことは僕よりも魔法が上手くなってから言うんだね。さあ、つついてあげようじゃないか。」

 

第一、僕にとってメルセデスの為の行動は危険の内に入らない。危険というのは不都合な事態に陥る可能性のことだ。それが彼女の利になるなら僕は自身の死だって不都合だとは思わない。メルセデスの為なら闇の帝王の御前でマグル学の教鞭だってとってみせるさ。

 

「あの……お取り込み中のようだけど三人とも、少し良いかしら?」

 

今度こそ二人の足をつつこうとした所で僕らに声をかける人物が居た。ハーマイオニーだ。さすがに足をつつきながら話を聞く訳にもいかないか。命拾いをしたね、二人共。普段はハーマイオニーが近づいて来ると良い顔をしない二人も今はハーマイオニーを救世主のように見ていた。

 

仕方なく二人に立ち上がる事を許すも足がプルプルと震えていてどうにも立ち難そうだ。座らせているだけでも軽めの拷問になるんじゃないかな。

 

「それでどうしたんだい?ハーマイオニー。」

 

「その……お礼を言おうと思ったの。心配してくれてありがとうって。あなた達が私を探してくれてるって知った時、嬉しかったわ。」

 

「別に……君がトロールに殺されちゃ寝覚めが悪かっただけだよ。」

 

ハーマイオニーが素直に礼を言ってきた事に驚きながらも素っ気なくロンが言った。

 

「それでも嬉しかったのよ。後………今までごめんなさい。シャロンに言われたの。自分が正しいと思っていることが他の誰かにとっても正しいとは限らないって。相手の事も考えろって。私、あなた達にずっと嫌な思いをさせちゃってたんだわ。本当にごめんなさい。」

 

ハーマイオニーが深々と頭を下げる。あんなに自分が正しいと言って憚らなかった彼女が凄い変わりようだ。ハリーもロンもしばらく開いた口が塞がらない様子だったが、次第に罰が悪そうになっていった。

 

「僕も沢山悪口を言ってごめん……」

 

「ごめん、ハーマイオニー。」

 

二人は口々にハーマイオニーへ謝罪の言葉を言い合う。二ヶ月という時間も七年間続くホグワーツでの生活を考えれば短いものだ。仲違いしていた日々はこれからの日々で取り戻していけばいい。きっとこれからは仲良くやっていけるだろう。さて、僕も反省するところはあるし、彼女に謝らないとね。

 

「僕も、君とは分かり合えないと勝手に決めつけていた。もっとよく話してみるべきだったんだ。そうすればこんなに拗れる事も無かったろうに…すまない、ハーマイオニー。」

 

「あなた達が謝る必要は無いわ。それで……出来ればでいいんだけど、私があなた達の事を考えられるようになったって思えたら私とも仲良くしていって欲しいの。お願いできるかしら…」

 

僕らは顔を見合せ、声を揃えて言った。

 

「「「勿論!」」」

 

 

 

こうしてトロールの襲撃という大きな事件が解決した夜に僕らの間で起こった小さな事件も終息した。

 

……いつか杖を突き付け合う仲になるかもしれない彼等と馴れ合っている事に何をしているんだと呆れている自分がいる。だけど、これも悪くは無いという思いがあるのも確かだ。まあいいさ、最終的にメルセデスの邪魔にならなければ問題は無い。いずれ来る決別まではこの友達ごっこを楽しんでおこう。

 

さて、こっちの問題は片付いたしメルセデスに振る舞う料理の事を考えようかな。久々に食べて貰う料理だからしっかりとしたものを作りたい。よし、今日はいつもより早く部屋へ向かおうか。メルセデスからの話もある、早めに作って温かい内に食べてもらって直ぐに落ち着いて話せるようにするとしよう。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

ホグワーツの校長室。ホグワーツの三階に存在する美しい円形をした部屋の中心で、三人の教師がテーブルを囲み話をしていた。一人はグリフィンドールの寮監であるミネルバ・マクゴナガル。二人目はスリザリンの寮監、セブルス・スネイプ。そして三人目はこの部屋の主であるホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドアだ。

 

「では、トロールはメルセデスによって何の被害も無く討伐されたのじゃな?」

 

マクゴナガルによる此度の事件の報告を聞いたダンブルドアはそう尋ねる。

 

「ええその通りですダンブルドア。誰一人として目立った怪我もせずにトロールは討伐されました。トロールに対抗する術を持たない生徒が大勢いるこのホグワーツにおいて、このような形で事件を終えられたことは奇跡のようなことだと言えるでしょう。……事件を解決したのが一生徒であったことは彼女達を守る立場にある者として恥ずかしく思いますが。」

 

ダンブルドアはしばらく考え込み、今度はスネイプに尋ねる。

 

「セブルス。討伐されたトロールはどうなっておった?」

 

「もはや何故生きているのか不思議に思うほどの重症を負ってはいますが息の根は止まっておりませぬな。全身は無数の切り傷に覆われ、腹を破られ、四肢はその機能を喪失し立ち上がる事も不可能。実際にご覧になれば一年生の生徒が造り上げたとは思えないような惨状であったとご理解頂けるかと。」

 

「使われた魔法は……なんじゃった?」

 

「我輩の見立てではトロールに使用された魔法はたった一つ、切り裂きの呪いだと存じます。それも、相当に熟練の域に達した……我輩も教職に就く以前にトロールに切り裂きの呪いを使用した経験がございますがあのトロールに刻まれた裂傷ほど深い傷を負わせることはとても難易度が高い。ウォルターは少なくともホグワーツを卒業した直後の我輩以上に切り裂きの呪いに熟達していると考えられますな。何故そのような技術を得るに至ったのか、一度ウォルターを問い詰めてみた方がよろしいかと。」

 

スネイプの意見にマクゴナガルが声を荒げて反論した。

 

「しかし!ミス・ウォルターは友人を守る為にその力を振るったのですよ?」

 

「友人を守ろうとしたからと言って切り裂きの呪いという危険な魔法を修めるに至った経緯を聞かぬ理由にはなりませぬな。」

 

メルセデスに対する意見の食い違いでマクゴナガルとスネイプは言い争いを始める。ダンブルドアはその言い争いを手で制し、自らの考えを述べる。

 

「メルセデスはウォルター家の者じゃ。切り裂きの呪いを幼い頃より教えられていたとしてもおかしくはあるまい。彼女の祖母もホグワーツに入学した当初から喧嘩を仕掛けてきた相手に切り裂きの呪いを使用して同級生から怖がられておったからの。実際は髪を数本切り飛ばして済ませただけだったのじゃが。」

 

だから問い詰める必要は無い。そう言われたスネイプは尚もダンブルドアに食い下がった。

 

「我輩にはもう一つウォルターに懸念がございます。入学当初、ウォルターは度々マルフォイを中心とした純血主義の者達といさかいを起こしておりました。しかし、一ヶ月ほど前からウォルターと衝突する人間はマルフォイからバーキンソンに移り変わり、当のマルフォイはウォルターに怯えているような素振りを見せ始めた。我輩としてはウォルターがマルフォイを何らかの方法で脅したのではないかと考えているのですが。」

 

これでもウォルターを野放しにしておくのか?無言の抗議を感じとるダンブルドアだったがそれでも彼の意見は変わらなかった。

 

「疑わしきは罰せずじゃよセブルス。今は見守るのじゃ。」

 

苦い顔をしながらもスネイプはしぶしぶ頷く。

 

「校長がそうお考えならば。」

 

その後も話し合いは続く。トロールに侵入されるという前代未聞の事態に見舞われた教師達の夜は長い。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

ようやく夜がやって来た。石壁から扉へと変化していく必要の部屋の入り口を眺めながら随分と長く感じた一日を思う。

 

ちなみにシャロンはこの場には居ない。彼女は寮の部屋に戻るなり直ぐにベッドで寝てしまったようで、私が寮に戻る頃には『疲れたのでもう寝ます。ダニーと仲良くハロウィンを過ごしてください。』との書き置きが残されていた。あの暴力の権現のようなトロールを目の前にしながらずっと盾の呪文を張り続けていたのだから疲れるのは当然だろう。

 

必要の部屋の扉を開くと室内は既にかぼちゃの甘い匂いとベーコンの香ばしい匂いで満たされていた。内装もハロウィン風になっており、壁や家具が艶の無い黒に統一されていて所々にジャックオーランタンが飾られている。部屋の中心に大きめな長方形のテーブルが置かれ、向こう側にキッチンが見える。そのキッチンではダニーが料理を盛り付けている所だった。ダニーは私が来た事に気づくと、料理の皿を持った手を広げるようにして私を歓迎した。

 

「やあ、メルセデス。一足先に料理を作って待っていたよ。君に一刻も早く楽しんで貰いたくてね。」

 

一通りの料理は完成してしまっているようだ。ダニーが料理をしている姿を見るのも楽しみにしていたのだが……

 

「ありがとうございますダニー。……でも少し残念です。あなたが私の為の料理を作ってくれている姿を見て幸福感に浸りたかったのですが……あ、ダニーの気持ちが嬉しく無いわけではありませんよ?ただ料理をしている時のあなたを見ているのが好きなのです。」

 

私がそう言うとダニーは照れたように空いた手で後頭部を掻いた。

 

「そうかい?待っている間暇なんじゃないかと思ってたんだけど…君がそう言うなら次から存分に料理を作っている姿も楽しんで貰おうかな。……そういえばシャロンは一緒じゃないんだね?」

 

「シャロンはもう今夜は休むと言ってベッドに入ってしまいました。初めて目に見えた死の脅威に遭遇したので疲れてしまったのでしょう。ですから……」

 

さあ、そろそろ仕掛けていこう。ダニーに思い切り身体を寄せる。

 

「今夜は久々に…あなたと二人きりですよ……ダニー。」

 

「っ!」

 

耳元に顔を近づけて囁いてみるとダニーは面白いくらい顔を赤くした。身体を離して赤くなった顔をまじまじと見つめるとダニーは直ぐに顔を反らす。

 

「冷めない内に料理を食べてしまおう!せっかく作ったんだから温かい内に食べて欲しい。僕も要らなくなったシャロンの分を君と食べる事にしようかな。」

 

誤魔化すように多少早口になりながらダニーはテーブルに料理を並べていった。可愛い反応をしてくれるダニーに思わず舌なめずりをしてしまう。どうしよう、癖になりそうだ。

 

テーブルにはかぼちゃのスープにベーコンやキャベツが入ったマッシュポテト、ドライフルーツを使ったケーキ等が並んでいく。魔法を使えばある程度の工程を短縮出来るとはいえこれだけの料理を短時間で揃えるのは大変だったろうに……

 

「どれも美味しそうです。それにしても随分と気合いの入った料理を作ってくれたのですね?」

 

「一月前にも君に料理を作って欲しいと頼まれていたけどシャロンの加入やら三頭犬騒ぎやらで有耶無耶になっていたからね。その分も含めて今夜は張り切って料理をさせてもらったよ。」

 

ダニーが作ってくれた料理ならば多少手が抜かれたものでも文句は無い。だが、やはり私の為に張り切ってくれたというのはこれ以上無いほど目の前の料理を素晴らしいものに見せてくれる。

 

実際に料理は美味しかった。ダニーがわざわざ張り切って作ったと豪語しただけはあり、久しぶりに食べるダニーの料理ということも相まってウォルター邸で毎日作っていた頃をも凌ぐ満足感を私に与えてくれた。

 

滑らかな食感が好きな私のためか、かぼちゃもジャガイモもしっかりと裏ごしされていて私に合わせて味付けも薄めにされていた。色々とおおざっぱで濃いめの味付けなホグワーツの料理はどうしても好きになれないのでダニーの料理を食べるとほっとする。

 

「やはりダニーに作って貰って正解でしたね……とても美味しかったです。」

 

「それは良かった。」

 

食後にはアップルティーを振る舞ってくれた。アップルティーを私が淹れると紅茶の風味が林檎に負けてただの林檎味の水になる事も多いのだがダニーの淹れたものはきちんと紅茶だと感じるので流石だ。

 

「それで……何か話があるんだろう?」

 

二人でゆっくりと紅茶を楽しみ、私達の間に落ち着いた空気が流れ始めた頃にダニーが切り出してきた。遂に私の想いをさらけ出す時が来たのだ。

 

「ええ……単刀直入に言いますと、私はあなたへの想いに決着を付ける事にしたのです。」

 

「想いに……決着…?」

 

「私はここ数年程、あなたがいつか私の元を離れるのではないかという妄執に囚われていました。勿論、今までのあなたにそんな考えが浮かんだことすら無いことは知っています。」

 

「そうだ、僕が君の元を君の意思を無視して離れるなんて考えた事も無い。今までも、そしてこれからもだ。」

 

少し強めの口調だった。自分が離れていくと思っているのならそれは的外れだと強く主張するように。

 

「しかし、人の運命というものは複雑怪奇。不完全な理論を元に行使された魔法のように予測不可能なもの。今は隣にいるあなたもいつかは…いつかはと考えずにはいられなく、もしもの時にあなたを前にして苦しむ事がないようあなたとの間にある決定的な一歩を踏み込まないようにしてきたのです。」

 

「…………」

 

ダニーの顔が切なそうに歪んでいる。もしかすると私が自分を切り捨てようとしているのではないか……という考えが浮かんでいる事がありありと分かる。そちらの方が的外れも甚だしい。私がどれ程ダニーへの想いを拗らせているのかをしっかりと見せつけなければ。

 

「ですが、あなたへの想いだけはどうしても断ち切ることが出来ませんでした……なので、私は開き直ることにしたのです。私があなたを離さなければ良いことだと。」

 

テーブルに身を乗り出してダニーの手を握る。不安げに揺れている琥珀色の瞳を安心させるように、私の想いが確実に伝わるように言葉を紡いでいく。

 

「ダニー、あなたを愛しています。歪んだ私を受け入れてくれたあなたが、私の隣に立とうと努力してくれるあなたが、常に私を思って行動してくれるあなたが、私の事になると気が短くなるあなたも嫉妬してしまうあなたも、あなたの全てが私は愛しい。私の傍らに居て、私だけを見て欲しいのです。……ダニー、私は胸の内をさらけ出しました。あなたの胸の内も聞かせてくださいませんか?」

 

心など読まなくても分かった。今のダニーの心は歓喜と私への負い目、それに付随する躊躇で満杯になっている。

 

「僕は……僕たちウォード家は君たち(ウォルター家)の人生を滅茶苦茶にした!……未だに疑問に思う時があるんだ。ただでさえ君の人生を狂わせた立場の自分が君の隣に立とうなんて烏滸がましいことなんじゃないかって。ましてや、君に恋慕の情を向けるなんて、醜い独占欲を向けるなんて許されないことなんじゃないかって……それでも僕には君の側を離れようなんて考えられなかった……!」

 

長年溜まったものを吐き出しているような静かな叫び。そうだ、吐き出してしまえばいいのだ。それは無駄なものなのだから。

 

「他ならぬ私が許しているのです。私の他に一体誰があなたを許さないと言うのですか?ダニー、あなたには何も躊躇う事などありません。さあ……」

 

私達を隔てているテーブルを消し、ダニーの眼前に手を広げて立ちはだかる。さあ、来なさいダニー。あなたの数多存在した道はもう私の小さな身体に塞がれてしまったのだから。

 

恐る恐るダニーの手が私の首に回されていく。腕がしっかりと私の首元を覆い、ダニーが確かに私を抱き締めた時、絞り出すような言葉が彼の口から紡がれた。

 

「君を、君を愛している。他の誰にも君の心を渡したくない。君の傍らで、君だけを見ていたい。そして僕だけを見ていて欲しい。僕が死んだ後も僕だけを心に残していて欲しい。君がそうしてくれるなら僕は……自分の人生を棒に振ることすら厭わない。」

 

ダニーを抱き締め返して背中を撫でる。やっとだ。やっとお互いを何の気負いもなく愛していると言えるのだ。こんなことならば最初から強引に私から離れられなくするべきだった。

 

「それで良いのです……あなたの願いを受け入れましょう。その代わり…英雄にすら成れると言われたあなたの輝かしい生涯を台無しにしてください。私の為に……」

 

「ああ、ああ、誓うよ。僕は英雄になんてならない。なってやるものかよ。決して。僕は……僕は君のものだ。」

 

嗚咽が洩れそうな程の幸福感に身体が震えているのを感じる。この人間は私のものだ。彼の心は誰にも奪わせない。彼の命も誰にも奪わせない。奪っていいのは私だけだ!

 

賽は投げられた。これで私はダニーを死なせるという選択肢を最後まで選ぶことが出来なくなってしまっただろう。愛しくて堪らないダニーを失う事を最後まで惜しんでしまう筈だ。とれる行動が大きく制限される事になる。だがそれでも構わない。代わりにこの上ない幸福感を得ることが出来るのだから。

 

元より娯楽というものは幾ばくかの苦難を伴うものだ。スポーツであれば身体を壊す可能性があり、ギャンブルであれば身の破滅の危険が付いて回る。娯楽を享受するためには大なり小なり何らかの代償を支払わなければならない。

 

私の邪魔をする者は許さないが、それに加えてダニーを害する者も許す事が出来なくなった。馬鹿になって考えれば単純に敵が倍になる訳だ。まあ、あまり気にすることは無いか。どうせ数え切れない程の人間を死なせる予定なのだから、たかが倍になった程度ではさほど変わらないだろう。

 



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化物(フリークス)と賢者の石 二十八


体調の絶不調により執筆が遅々として進みませぬ。




 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

十一月に入り、ホグワーツにも冬を感じられるようになってきた。吐く息は白く、スリザリン寮の窓から窺える湖の水面は氷に覆われ、湖に生きる人ならざる者達もその姿を見せる機会を減らしている。

 

あのハロウィンの夜以降、私とダニーの関係が大きく変わった……という事は無い。挨拶を交わし、時にはハリー達も交えながら共に食事をとり、合同の授業があれば隣に座り、夜中にはお互いの修練に没頭する。表面的に見れば何も変わっていないように見えるだろう。

 

しかし、何も変わっていないかと聞かれればそうでは無い。変わったのはダニーが私に向ける視線に混じる想いであり、私がダニーに向ける言葉に含まれる想いである。私達に近しい間柄でもなければ気に止めない程度の事ではあるが。

 

とはいえ、やはり目敏い人間というものはどこにも存在するらしく、バーキンソンを始めとする煩わしい蝿(純血主義の女生徒)共がやたらと私がマグル生まれのダニーと親密にしている事を嘲笑うようになってきた。何故かダニーへの罵倒を口にする事は無いので相手にしないでおこうとは思うが耳障りで仕方がない。マルフォイのように大人しくしてくれればいいのだが。マルフォイは変わらず私に近づこうとはしない。一度脅された程度でこうなるとは情けない男だ。

 

蝿は騒がしいもののダニーと愛し合えている実感が湧く日々にとても充足感を覚えている。だが、もっともっとダニーを私に縛りつけたいという欲求が膨れ上がっている事も感じていた。私だけを見て()()()()()のでは無く、私だけしか見れ()()させたい。ここまでくれば私が元々こういう嗜好をしていると考えた方がよさそうだ。ダニーを縛りつけておけるならこの身体を使う事も吝かでは無いのだけど……お互いにまだ十一歳なのだから後数年は先の話か。まあ、欲しかったものは手に入っているのだから時間を懸けてゆっくりと進めていこう。

 

そんな風に、いかにしてダニーを囲いこんでいくかを考えながら過ごしている時には決まってシャロンが半目になってこちらを見るようになった。今も見られている。

 

「……どうかしましたか?」

 

「いえ?別に何でもありませんよ?メルセデスが疚しい事を考えていそうだな~なんて一切思ってませんよ?」

 

思っているではないか……相変わらず要らない所でもよく働く勘なことだ。是非とも緊急時のみに特化して精度を上げて欲しい。

 

「そう言えば談話室の方が騒がしいですね。何か騒ぐような事ありましたっけ?」

 

今いるのは寮の自室。今日の授業で出された課題をこなしながら消灯時間を待っているところだ。消灯時間を目前にしたこの時間帯はいつも静かなのだが今日は扉から音が洩れる程度には騒がしい。洩れてきているのは主に大勢の人間の話し声だった。

 

「明日はクィディッチの初戦、それも相手はグリフィンドールですからね。寮総出で応援の準備でもしているのでしょう。」

 

娯楽の少ないホグワーツという環境においてクィディッチというものは生徒達の貴重な楽しみとなっている。加えてクィディッチの勝敗は寮杯を獲得出来るか否かに直結している為クィディッチ自体に興味が無い者も熱心に応援するというわけだ。特にスリザリンは七年連続で寮杯を勝ち取っているので自分たちの代で寮杯を奪われたく無いと誰もが必死なのである。

 

「どうして皆あんな集団自殺じみた狂気の沙汰に夢中なんですかね?選手が死にたがりなのは当然として観客達も人が死ぬ様を見たいんでしょうか?あ、勿論メルセデスは見に行きませんよね?自寮のチームが勝とうが負けようが死のうが興味無いって言いそうですし。」

 

シャロンは淑女にあるまじき忌々しそうな表情をしている。彼女の箒嫌いはクィディッチにも及んでいるらしい。他人とクィディッチの話をする機会は多い方では無いがここまでクィディッチを罵詈する人間というのもほとんど居ないのでは無かろうか。

 

「気持ち的にはシャロンの言った通りですが観戦には行きますよ?」

 

「え?なんでですか?」

 

今にも「正気か?」と聞いてきそうな顔と声の調子で驚かれた。本当に時が経つにつれてこの少女から遠慮というものが消え失せているような気がする。

 

「明日のクィディッチはハリーの初陣でもあります。観戦に行かずにいて次にハリーと話す時に自分の初陣はどうだったか等と聞かれて困るのは御免なのですよ。素直に行かなかったと伝えるのも面倒そうですし。」

 

「ええ~いいじゃないですかそれぐらい。」

 

「英雄様がどれ程出来るのかも見ておきたいのですよ。ああ、私が行くのですからシャロンも来ますよね?」

 

周囲の人間が大盛り上がりで立ち上がったり叫んだりしている中を一人で座っているのは流石に苦痛だ。道連れが欲しい。

 

「明日はちょっと体調が悪くなる気がするので私は遠慮したいかな~なんて……」

 

「遠慮はいりませんよ。大丈夫です。例えあなたが風邪をひいて寝込んだとしても担いで会場に運んであげます。」

 

毛布にくるまって抵抗するようならそのまま毛布で梱包して首だけを出した状態で観戦させてやる。勿論目眩ましなんて掛けてやらない。衆人環視の中でその間抜けな姿を晒すのだ。

 

「……明日クィディッチを見ると死にそうな気がするな~」

 

「大丈夫です。弔ってあげますから。」

 

何がなんでも連れていくという意思を視線に込める。絶対に逃がすものか。

 

「………」

 

「………」

 

「「………………」」

 

 

 

 

 

 

 

「……行きます。」

 

「よろしい。」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

sideダニエル

 

 

 

 

寮の談話室の片隅で魔法薬学の教科書に目を通していると、ハリーが羊皮紙を数枚持って近寄ってきた。

 

「宿題が終わったんだけど、ちゃんと出来ているか見てくれないかな?」

 

ハリーから手渡された羊皮紙を受け取って内容を確認していく。渡されたのは魔法使い達が箒を移動手段として用い始めた経緯についての魔法史のレポートだ。近頃はこうやってハリーに宿題のチェックを頼まれることが多くなった。すぐ近くではロンもハーマイオニーに宿題を見てもらっている。

 

ハロウィンの夜からハーマイオニーは随分と僕らに馴染み始めていた。規則違反には今までからは考えられないほど寛容になったし、頼めば丁寧に勉強を教えてくれるようになった。()()()というのが肝心で、以前ロンが不快感を示したようないきなり首を突っ込んでくるようなやり方を一切しない。おかげでロンのハーマイオニーへの態度も軟化しているようだ。

 

ハロウィンと言えばもう一つ大きな出来事があった。メルセデスに愛を乞われ、それに応えた事だ。僕は昔からメルセデスを愛していた。メルセデスもきっと、昔から僕に好意を向けていてくれたと思う。でも、彼女に対する負い目が僕に停滞を選ばせていた。そんな停滞もメルセデスに強引に動かされたんだけどね。六年も燻らせ続けた悩みにしてはあっさりとした幕切れだった。かといって僕の負い目が消えた訳ではない。これからも一生をかけて、否、来世すらかけて彼女を愛し、支え続ける事で償いとしていこうと思う。

 

……そう言えばあの時は雰囲気に酔って随分と恥ずかしいことを口走っていたような気がする。君の心を誰にも渡したく無いとか僕は君のものだとか……ああ恥ずかしい………メルセデスは素面で言ってのけるんだろうな。

 

「ダニエル?」

 

おっと、宿題を確認する目が止まっていたらしい。ハリーに声を掛けられてしまった。

 

「ああ、すまない。少し別の事に気をとられていたよ。」

 

「ダニエル、何か悩みでもできたの?最近ぼーっとしてる事が多いみたいだけど。」

 

気に止められる程呆けていることが多かったのか。確かに最近はあの夜の事を思い出すばかりだったような気がする。

 

ハリーになんと答えたものかと考えあぐねているとロンが話に入ってきた。

 

「ハリー、聞くだけ無駄だと思うよ。どうせウォルターに誉められるか何かしてその思い出に浸ってるだけだ。」

 

ロンに見透かされた…?メルセデスの事を考えている時の僕はそんなに分かりやすいんだろうか。しかし、まさかロンに言い当てられるとは思わなかった。

 

「そうなの?」

 

ハリーの呆れたような目線が僕を貫いてくる。くっ、メルセデスの事を思い出していたのは事実だから否定は出来ない…!

 

「ま、まあ、そんなところかな……」

 

「ダニエル。あなたって本当にメルセデスのことが好きよね。ちなみにさっきは何を思い出してぼーっとしていたの?」

 

ロンの宿題をチェックし終わったハーマイオニーまで話に加わってきた。メルセデスに悶えたくなるような文句を言った事を喋らされるのは御免だ。なんとか話を変えなければ。

 

「僕よりハリーの事を気にした方がいいんじゃないかな?明日はクィディッチの初戦だ。ハリーの初陣なんだよ?」

 

今言った通り明日はハリーが初めてクィディッチの試合に出場する事になっている。

 

「思い出させないでよ……また緊張が戻ってきちゃったじゃないか。スネイプに取られたせいで『クィディッチ今昔』を読んで気を紛らわす事も出来ないから別の事に集中しようとしてたのに。」

 

『クィディッチ今昔』はハーマイオニーがハリーに貸していた本で、クィディッチの基本的なルールから豆知識まで幅広い情報が載っているものだ。ハリーはこれをとても楽しんで読んでいたのだが、スネイプ教授に因縁をつけられて取り上げられたと聞いていた。

 

「それは……すまなかったね。」

 

僕がハリーに謝ると暫く無言の時間ができた。ロンとハーマイオニーは明日への緊張からか少し顔色が悪くなったハリーを心配そうに見つめ、ハリーは何かを考え込んでいる。

 

「僕、やっぱり本を返してもらってくるよ。」

 

そう言うなりいきなり立ち上がってハリーは寮の出口へと足を向けた。これからスネイプ教授のところに行こうとしているらしい。

 

「一人で大丈夫かい?」

 

「勝算があるんだ。」

 

ここ数日機嫌が悪いスネイプ教授の元に一人で行くのはリスクが高いのではないかと思ったが、ハリーには何やら考えがあるようでそのまま寮の外に出てしまった。

 

ハリーを見送ってから暫く二人と明日のクィディッチの話に花を咲かせていると、激しく息を切らしたハリーが談話室に転がり込んできた。戻ってきたハリーにロンが声を掛ける。

 

「返してもらった?どうかしたのかい。」

 

ハリーは息を乱しながらも僕らに何があったのかを話してくれた。

 

「実は……スネイプが言っているのが聞こえたんだ。『三つの頭に同時に注意できるか?』って……フィルチに傷の手当てをされながら……そう言ってたんだ。わかるだろう?どういう意味か。」

 

三つの頭で思い付くものなんて三頭犬くらいだ。ここいらで三頭犬に遭遇できる場所なんて四階の廊下しかない。ならばスネイプ教授は廊下に入ろうとしたということだろう。あの傷も三頭犬によるものということか。

 

「ハロウィンの日、あいつは三頭犬の裏をかこうとしたんだ。僕らが揉めている時にスネイプが通りがかった事があった。思い出して見ればあいつの歩いて行った方向には四階の廊下があった!きっとあいつはあの犬が守っている物を狙っているんだ。トロールもあいつがいれたんだよ。みんなの気を引く為に……箒を賭けたっていい。」

 

今の自分の持ち物の中で最も大事にしているといっても過言ではない箒を賭けるくらいだから相当自分の考えに確信を持っているのだろう。しかし、ハーマイオニーの考えは違うようだった。

 

「違うわ。そんなはずない。確かに意地悪だけどダンブルドアが守っている物を盗もうとする人ではないわ。」

 

「おめでたいよ、君は。先生はみんな聖人だと思ってるんだろう。僕はハリーと同じ考えだな。スネイプならやりかねないよ。」

 

ロンはスネイプ教授が何かを盗もうとしていると思っているらしい。まあ、普段が普段だから彼が疑われるのは当然の帰結なのかもしれない。

 

「僕はハーマイオニーに賛成だよ。確かにスネイプ教授ならやりかねないと思わないでもないけど、教授ならもっと傷を負わないやり方も考えられたと思うんだ。」

 

「誰しもが一番いい方法をとれるって訳じゃないだろ?ただスネイプにいい方法が思い浮かばなかっただけかもしれない。」

 

ロンの意見は最もだ。だけど、僕にはスネイプ教授が盗む目的で廊下に行ったとは思えなかった。だって杜撰過ぎるじゃないか?三頭犬がいるかどうかなんて扉を少し開けてみれば知ることができる。三頭犬がいると分かれば何かしら対策をするだろう。疚しい事をしようとするならもっと入念に下調べをしていてもおかしくは無い。それを思い付かないほどスネイプ教授は考え無しではない筈だ。

 

「それにしてもあの廊下には何があるんだろう?あの犬、何を守っているんだろう?」

 

ロンの疑問は僕も常々抱いているものだった。本当に何があるんだろうか?シャロンが怪しんでいるクィレル教授の動向も気になるところだ。取り敢えず、スネイプ教授が廊下に入ろうとしていた事はメルセデスにも伝えておこう。彼女と相談してあの小包の件に対する僕らの姿勢もそろそろ固めておくべきかもしれない。

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 二十九

 

 

 

sideメルセデス

 

 

 

消灯時間になり、いつも通り必要の部屋で各々の時間を過ごしていく。訓練に一段落がついた為部屋の端に設けられた休憩スペースで水を飲んでいると同じく休憩にきたダニーが話かけてきた。

 

「少し君の耳に入れておきたい事があるんだ。スネイプ教授の事なんだけど……ハロウィンの日から彼は足を引きずっていただろう?」

 

確かにスネイプ教授はハロウィンの頃から足を怪我しているようだった。ハロウィンからそれなりの日数が経っているにも関わらず、未だ癒える様子が無いので傷は相当深いらしいと思っていたのだが……

 

「それがどうかしたのですか?」

 

「ハリーが言うには教授の足の傷の原因がどうも三頭犬らしいんだよ。確か……職員室でフィルチさんに手当てをしてもらいながら『三つの頭に同時に注意できるか?』って言ってたんだって。」

 

なるほど、三頭犬に咬まれたなら傷が深い事にも納得だ。ホグワーツで三つの頭をもつ生物は三頭犬ぐらいしかいないだろう。他にいるとはここが学校である事を思うと考えたくない。……個人的には少し闘って見たくはあるが。

 

「つまり……スネイプ教授が四階の廊下に入ろうとしていたということですか。」

 

「そういうことになるね。ハリーはトロールを誘いこんだのもスネイプ教授だと思っている。僕はトロールを最初に発見したクィレル教授が怪しいと考えているんだ。ハロウィンの夕食の時間、他の先生方もほとんど大広間に集まっていたあの時に地下室に居る理由なんてほぼ無いと思うんだけど君はどう思う?やっぱり確実に廊下に入ったであろうスネイプ教授の方が怪しいと思うかい?」

 

ふむ……スネイプ教授が廊下に入ったのは確かなのだろうが、わざわざトロールを用意して入ろうとした廊下の中にある(三頭犬)を対策しておかないという愚を彼が犯すだろうか。傷を負った事を隠していない事も気になる。

 

「疚しい事で負った傷ならばもう少し隠す努力をする筈です。常日頃から足を引きずっているなど何かあったと白状しているようなものですから。そう考えればスネイプ教授が廊下に向かった事は別段隠す事ではないのではないのかもしれません。今はあなたやシャロンが怪しいと断じているクィレル教授の方が観察を要するでしょう。」

 

「私がどうかしたんですか?」

 

シャロンも休憩をしに来ていたらしい。自分の名前が出た事が気になったのか会話に入ってきた。

 

「シャロンがいつも言っている通りクィレル教授が怪しいのでよく観察しておこうという話ですよ。」

 

「クィレル教授……あっ!」

 

クィレル教授の名前を聞いたシャロンは次第に申し訳なさそうな顔になった。……何をやらかしたのだろうか。些細な事であれば良いのだが。

 

「そうでしたそうでした。クィレル教授について言い忘れてた事があるんですよ。実は、最近あの人が何かに怯えているような気がするんです。」

 

「怯えている?」

 

怯えていると言えば普段から怯えたような振る舞いをしているが……シャロンが言いたい事はそういう事では無いのだろう。そもそも普段の様子を演技であると断じたのがシャロンなのだから。

 

「胡散臭さとか怪しさは変わってませんよ?相変わらず何かしらやらかすんだろうなって気がしますから。ただ……」

 

「ただ?」

 

「クィレル教授とは別の何か恐ろしい存在がこのホグワーツにいて、彼はその何かに怯えながらも従っている。そんな気がしてならないんですよ。」

 

シャロンは僅かに不安を滲ませていたが、私の胸には僅かな期待が渦巻き始めていた。シャロンの言う恐ろしい存在、暫定的にではあるが闇の魔法使いであるクィレル教授を怯えさせ、ダンブルドアが守る物を奪おうとする度胸と実力のある人物……闇の帝王なら当てはまりそうではないか?英雄が魔法界へと戻ったこの年に、暴君が玉座を取り戻そうと再起する。物語でありそうな展開だ。こじつけだと言われればそれまでだが可能性は零では無いと私は思う。

 

そうとなればより一層クィレル教授を観察しておかなければならない。彼がもし帝王の命令で動いているのならば帝王と接触する機会が巡って来る可能性がある。出来ればもう少し早くこの情報を持っていたかった。シャロンに次は無いようにしてもらわねば。

 

「シャロン、そういうことは早めに報告するように。今回は致命的という程でも無いので咎めは無しにしますが……次は犬耳ですよ。撫で倒してあげます。」

 

「しょ、承知しました…!」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

sideシャロン

 

 

 

 

昨日は少しヒヤッとしました……まさかクィレル教授の変化を報告し忘れているとは。日頃感じていることってどうも当たり前になっちゃって他の人も同じように感じていると錯覚してしまうんですよね。違和感を感じた時点で報告をし忘れるとそのままにしてしまうのは大きな反省点です。取り敢えずメルセデスにお仕置きされなくて良かった…!

 

まあ、お仕置きされずにすんで良かったとは言いましたけど別に殺されたりする訳じゃありません。何かと物騒なメルセデスですけど失敗した時のお仕置きは物騒じゃないことが多いんです。どちらかと言うと辱しめを受けさせられます。犬耳とか。この前にも魔法薬学で思い切り調合を間違えて爆発させた罰と言って夜の間中撫でまわされましたし。恥ずかしい上にぞわっとするのであまりされたく無いんですけどね。

 

でもこれは私を真の仲間と思ってくれているからこの程度で済んでいるという可能性が……愛玩動物(ペット)がおいたをした位に思われてる気がするのは何故でしょう……いえ、取り敢えずこの話は置いておきましょうか。今から私にとって地獄のような時間が始まることですし。

 

現在の時刻は午前十一時頃。マダム・フーチのホイッスルが空高くなり響くと共に十五本の箒も空高く飛び上がりました。魂までお空に昇って逝く人が居ない事を祈っておきましょう。

 

さあいよいよ私の目の前でクィディッチとか言う命捨てにいってるとしか思えない競技が始まったわけです。場所は勿論ホグワーツの競技場。フィールドは楕円形でその周りをぐるりと観客席が囲んでいます。観客席には等間隔に尖塔が建っていて、空で飛び回る選手達をよく見たい人が座る席になっているんだそうです。実況席や先生方の席も尖塔にあるんだとか。

 

観客席は寮によって別れていまして、どこがどの寮なのかは群衆の色で分かるようになっているんです。おや?グリフィンドールの頭上に『ポッターを大統領に』と書かれた横断幕が派手に点滅しながらはためいています。流石は英国魔法界のスターですね……応援のされ方が違いますよ。

 

ちなみに私はメルセデスと一緒にスリザリン側にある尖塔の端に座っています。出来れば試合終了まで白目を向いていたいくらいなんですけどね!なんで特等席にいるんですかね!

 

後、意外な事にメルセデスの隣にダニエルがいません。まあ、ここはスリザリンの席なので当たり前と言えばそうなんですが……メルセデスならグリフィンドールに特攻しそうなものです。

 

「てっきりダニエル達と座るものだと思っていたんですけど違うんですね?」

 

と尋ねてみればとても不服そうな声で答えが返ってきました。

 

「クィディッチの観客席では普段より他の寮に対する敵愾心が高まります。特に試合相手の寮には。そんな状況で私達がグリフィンドールの席に座れば確実に面倒事が起きますよ。普段は私達への関心が薄い一部スリザリンの生徒からも敵意を持たれる可能性があるので今日ばかりはダニーの所には行けません。本当に、本当に不本意ですが。」

 

声に続いて顔も酷く不服そうですね……そんなにダニエルと一緒にいたいなら周囲を完全に無視してグリフィンドールの席に居座ればいいのに。でもそれをされると私にも結構大きい被害がきますからこれで良かったと思っておきましょう。……そもそもこの場に来たく無かったんですけどね。

 

「さあ、観戦しますよ。どうせ持ってきてないでしょうからこれを貸してあげます。」

 

といって渡されたのは何処にでもありそうな双眼鏡です。……これで試合を見ろという事でしょうか。あ、双眼鏡を差し出すメルセデスが一転していい笑顔をしています。完全に私で遊びだしましたねこの人。受け取らなかったら後でもっと遊ばれそうです。具体的に言うと犬耳が待っている気がします。

 

「……双眼鏡は覗いておきますけど目をつむっていてもいいですか?」

 

「駄目です。」

 

ですよね……まあ、こんな理不尽もたまにの事なのでメルセデスのお遊びに付き合ってあげていると思っておきましょう。

 

さて、視線をフィールド内に向けますと馬鹿みたいな乗り物に馬鹿みたいな速度で飛んでいる馬鹿がいます。見ているだけで吐き気がしてくるような気がしますがきっと気のせいですね。そんな馬鹿達の動きを拡声魔法で観客達に伝えてくれるのが実況席の人達で、リー・ジョーダンというグリフィンドールの三年生とマクゴナガル教授が務めているようです。

 

『さて、クアッフルはたちまちグリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソンが取りました。なんて素晴らしいチェイサーでしょう。その上かなり魅力的であります。』

 

『ジョーダン!』

 

『失礼しました、先生。』

 

なかなかノリの良い実況ですね。クィディッチの戦略なんかは全く興味がないので試合がどんな状況なのかは実況に教えてもらいましょう。実を言うとルールも曖昧なんですよねぇ……三人のチェイサーが敵のキーパーが守る三つのゴールにクアッフル(大きめのボール)を入れる毎に十点。選手を叩き落とそうとするブラッジャー(暴れ球)をビーターが妨害する。金のスニッチ(羽虫のようなボール)をシーカーがとる事で試合終了と百五十点の加点……でしたっけ。よく分かりませんけどシーカーだけで十分じゃないですかね?

 

私がクィディッチのルールを思い出している間にも試合は目まぐるしく展開していっていました。今は丁度、グリフィンドールが先制点を獲得したところです。グリフィンドール側の席からは大歓声が聞こえ、私の周りからはグリフィンドールに対するブーイングと大きめため息が上がりました。

 

そういえば私がここに来る事になった元凶のハリーは何処にいるんでしょう?そもそもハリーを見にきたのはメルセデスですから彼女の視線の先にいるかもしれません。そう思ってメルセデスの双眼鏡の向きを確認しようとすると競技場が騒然としている事に気づきました。

 

実況を聞くところによれば、どうやらスニッチが現れたようです。フィールドを飛ぶ誰もが呆然とスニッチを眺める中を二本の流星が、ハリーとスリザリンのシーカーがスニッチに向かって急降下をしています。ですが、どう見ても赤色の流星が速いです。

 

これは早々に試合を終わらせてくれるかと思って期待たっぷりに成り行きを見守っていたのですが、そこに邪魔が入りました。スリザリンのキャプテン、マーカス・フリントがハリーにタックルをかましたんです。外しましたけど当たってたらハリーを殺してましたよ?やっぱりクィディッチの選手は頭がいかれているようです。というかせっかくこの場からおさらばできるチャンスだったのに何をしてくれてるんですかね……!

 

「エグいことしますね。流石はスリザリンのチーム……やることが汚い。死ねばいいのに……

 

「あくまでも勝ちに拘るのならば有効な手ではありますね。勝ちに貪欲な姿勢は嫌いではありませんよ。フリント自身は嫌いですが。しかし…まあ…他寮からスリザリンが嫌われている理由が良く現れている試合展開になってきました。」

 

フリントを避けて大きくコースを逸れたハリーはそのまま上空へと向かうとそこで静止しました。そうそう、そうやって大人しくしていた方が身のため……ってあれ?ハリーの箒が右に左に行ったり来たり、急降下したかと思ったら跳ね上がって……絶対まずいやつじゃないですか!

 

「ハリーの様子がおかしいです。箒に振り回されてますよ!」

 

ぶっちゃけるとハリーにそこまでの思い入れはありませんし、人が死ぬ姿を見るのが怖い訳じゃありません。朝起きたら両親が死んでた事よりはましですからね。でも、箒で死なれるのは勘弁して欲しいです。苦手意識が加速してしまいますよ。

 

「ああ……見てられません。飛行訓練の初日を思いだしてしまいますよ。それにしてもハリーの箒は一体どうしたんでしょうね?マルフォイ辺りに妨害されているとか……」

 

自分で言っててなんですけどマルフォイでは無いと勘が言ってます。あれにそんな度胸があるようにも見えませんし。しかしあれは尋常じゃない動き方ですよ。

 

「ハリーの使用している箒はニンバス2000。現時点での最先端の技術によって作られた箒です。勿論、魔法による妨害への耐性も並では無い。マルフォイ家の人間とはいえ、子供にどうにかできる代物ではありません。あれが何者かの魔法によって引き起こされている現象ならその下手人は……」

 

メルセデスは双眼鏡を観客席の中でも一際立派に設営されている尖塔へと向けています。私も追従して双眼鏡を彼女が見つめる先へ向けるとそこには……

 

「極めて単純に考えれば子供では無いという事になりますね。例えば、教師のような。」

 

メルセデスが見つめる先―――教師達の観客席には、ハリーを凝視して絶えず口を動かし続ける()()の教師の姿がありました。

 

 

 

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 三十

 

 

 

sideダニエル

 

 

 

僕は今、ロンを始めとしたルームメイト達とハーマイオニー、ハグリッドと共にハリーの初陣を観戦している。しかし、試合も佳境を迎えるというところでハリーの挙動に異変が起きていることに気づいた。箒に振り回されているのだ。飛行訓練初日のネビルでさえあそこまで箒に振り回されてはいなかったと言える程酷い荒ぶりようで、いつ地面に叩きつけられてもおかしくはない。

 

「一体ハリーの箒はどうなっとるんだ?あれがハリーじゃなけりゃ箒のコントロールを失ったんじゃないかと思うが……ハリーに限ってそんなこたぁ……」

 

ハグリッドに同感だった。今まで何度かハリーのクィディッチの訓練の様子を見せてもらった事があるけど、ハリーは箒のコントロールに関してまさに天才と言うべき才能をしている。

 

「ハリーがコントロールを失うとは思えないな。何か箒に異常が起きているんだ。」

 

「フリントがぶつかってきた時にどうかしちゃったのかな?」

 

「箒ってのは意外と厳重に魔法で守られてるんだよ。高いやつなら尚更ね。授業で使うような古びた箒ならともかく、ハリーのニンバス2000はぶつかられたところでどうにかなる代物じゃない。」

 

シェーマスの呟きに、それは無いとはっきり言えた。箒としては馬鹿げた金額をするニンバス2000があの程度でいかれてしまうようなら学校所有の流れ星(シューティング・スター)は新種の魔法生物として教科書に載るレベルでいかれていただろう。

 

「その通りだ。箒に悪さしようとするにゃ強力な闇の魔術でも使わねぇと話にならん。」

 

ハグリッドの言葉を聞いた瞬間、ハーマイオニーがハグリッドの双眼鏡を奪い取って観客席を見渡し始めた。そしてある一点を見つめたかと思えば僕らに苦虫でも噛み潰したような表情を向ける。何を見つけたんだ?

 

「見てごらんなさい。スネイプだわ、ハリーの箒に魔法をかけてる。」

 

「なんだって?」

 

教員席に双眼鏡を向ければ確かにスネイプ教授がハリーに魔法をかけているように見える。ハリーを凝視して口を動かし続けているんだ、ほぼ確定だろう。しかし、彼がどうしてハリーを狙う?あれは悪ふざけでは済まない、確実に殺しにいっている呪いだ。彼がハリーを何故か憎んでいるらしいというのは聞いているが殺したいと願うほどなのだろうか。

 

そうだ、あの人はどうしている?ふと思い当たる事があって双眼鏡をずらしてみればやはり居た。スネイプ教授のようにハリーを凝視して口を動かす人物―――クィレル教授だ。ならば話は変わってくる。彼が呪いを掛けているとしたらスネイプ教授は………

 

「僕達、どうすりゃいいんだ?」

 

「私に任せて。」

 

僕がクィレル教授に注目している間にハーマイオニーは蒼白になって慌てふためいているロンに双眼鏡を押し付け、何か言い返す暇もなく走り出していた。

 

「ハーマイオニー!何を!?」

 

「スネイプの邪魔をするのよ!」

 

駄目だ……スネイプ教授を妨害すればハリーが危険に晒される。ニンバス2000がいくら優れた箒だとはいえ、二人の教授から呪いをかけられればすぐにでもハリーを地面に叩きつけていた筈だ。そうなっていないという事は二人のどちらかが呪いをかけ、どちらかが反対呪文をかけているという事。スネイプ教授が呪いを掛けている可能性も無いとは言えないが、反対呪文を掛けている可能性の方が高い。しかし、あくまで可能性でしかない以上、邪魔をするならどう転んでもいいように二人同時にだ……!

 

既に走り去ってしまっていたハーマイオニーを追いかけ、観客を掻き分けて教員席がある尖塔へと走る。

 

「くそっ、意外と速いな!ハーマイオニー!」

 

僕よりは小柄だからなのかハーマイオニーは観客の隙間を器用にすり抜けていき、そのまま群衆の中に消えてしまった。このままでは彼女に追い付く前にスネイプ教授の元にたどり着いてしまうか?ならば仕方ない……かなり遠いが尖塔の下からクィレル教授を狙おう。上手くいくかは賭けになるな……

 

尖塔の下の観客席からなんとかスネイプ教授とクィレル教授を視界に入れておける場所に陣取る。教員席に杖を向けているところを見られれば要らぬ面倒を引き寄せるかな。目眩ましも掛けておこう。さて、ハーマイオニーが行動を起こせばスネイプ教授に何か変化がある筈だ。

 

目を反らすな。彼女が何をしでかすか分からない。些細な変化も見逃すな…………ん?教授のローブに火が付いた!今だ!

 

ヴェンタス(風よ)!」

 

魔法を唱えると同時に吹いた強風によってクィレル教授は後ろにひっくり返った。塔の下から塔の上を狙って魔法を使ったのは初めてだったけど上手くいったようだね。……でもぶっつけ本番はするもんじゃない。凄く気疲れする。

 

それにしてもハーマイオニーは随分と大胆な事をしたな……教授のローブに火を付けるなんてバレたら罰則で済むかも怪しいところだ。死ぬことよりも退学を恐れていた以前の彼女は何処に行ったんだろうね?

 

『ハリー・ポッターがスニッチを取りました!百七十対六十でグリフィンドールの勝利です!』

 

興奮したリー・ジョーダンの声と大歓声が競技場内に響き渡った。邪魔が無くなったハリーは上手くやれたらしい。今回の騒動も無事に終わったようだ。

 

メルセデスはこの騒動を見ていたかな……見ていたならきっと笑っていることだろう。クィレル教授の凶行もそうだけど、ハーマイオニーの豹変も彼女が好きそうなシチュエーションだからね。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

sideシャロン

 

 

 

「あははっ!見ましたかシャロン?あのハーマイオニーが……つい先日まで周囲の人間が規則を遵守しないと嘆いていたあのハーマイオニー・グレンジャーが教師のローブを燃やすなどという規則どころか倫理すらも犯した行いをする様を!」

 

グリフィンドールの大歓声とスリザリンのブーイングが競技場を震わせる中、双眼鏡を覗き込みながらメルセデスが無邪気にはしゃいでいます。楽しそう……というよりは嬉しそう?楽しいならなんとなく分かりますけど嬉しいって……何が嬉しいんですかね?

 

「彼女のような人間も友の為なら自分の生き方を曲げられるようになるのですね。価値観や育った環境の違いから反目し合っていた者達も第三者による些細な影響によって無二の友と成りうる……素晴らしい……!彼女のような存在が私に夢を見させてくれるのですよ。」

 

そう呟きながらメルセデスは陶酔したような、恍惚としているような表情でハーマイオニーを見つめています。……どうしましょう。彼女の言っている事がよく分かりません。メルセデスは一体ハーマイオニーに何を見いだしているんでしょう。

 

怪訝そうな目になっている私に気づいたのか、メルセデスは我に返ったような仕草をした後一つ咳払いを挟みました。

 

「……気にしないでください。ただのくだらない戯言です。」

 

戯言にしておくには随分と感情が込められていましたけど……メルセデスが気にしないでいて欲しいと言うならそうしておきましょう。

 

「しかし、クィレル教授がハリーを狙うとは……私の与太話もいよいよ現実味を帯びてきましたね。」

 

「例のあの人がホグワーツにいるかもしれないって話ですか?」

 

メルセデスは以前からホグワーツに例のあの人が現れるかもしれないと言っていました。昨日私が伝えた予感と今回彼がハリーを狙った事でほぼ確信を持ったようですね。

 

「ええ、ハリーを殺したがるのは彼の信望者か彼本人くらいのものでしょうからね。他に居ないと確実に言うことはできませんが、別の目的を持ってダンブルドアが守るホグワーツに潜入しているという時にわざわざハリーを狙おうとする者はその二者ぐらいでしょう。」

 

そう言われると確かに……はぁ、例のあの人ですか……お父様の元ご主人様なんですよね。彼が姿を隠した後真っ先に光側へ寝返ったお父様はきっと恨まれてるんだろうなぁ。あまり関わりたく無いんですけど仕方がありません。メルセデス(私のご主人様)がなんとかしてくれます。きっと。

 

「試合の興奮から覚めて他の生徒達が大移動を始める前に寮に戻りましょうか。人混みは嫌いですからね。」

 

「大賛成です。さっさとこんな場所からおさらばしましょう。」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

sideダニエル

 

 

 

試合の後、ハリーやハーマイオニーと共にロンと合流した僕はハグリッドの家で紅茶を頂いていた。紅茶はかなり濃いめだった。個人的には嫌いじゃないけどメルセデスは苦手だろうな……

 

僕が純粋に紅茶を楽しんでいる間に、ロンは先程の箒の異変についてハリーに説明している。

 

「スネイプだったんだよ。ハーマイオニーも僕も、ダニエルも見たんだ。君の箒にブツブツ呪いをかけていた。ずっと君から目を離さずにね。」

 

「バカな、なんでスネイプがそんな事をする必要があるんだ?」

 

ロンの説明にハグリッドが割り込む。自分のすぐ隣であれほどスネイプがどうこう騒いでいたのに全く聞いていなかったらしい。まあ、それだけハリーが心配で目が離せなかったってことだろう。

 

「僕、スネイプについて知っている事があるんだ。あいつ、ハロウィンの日、三頭犬の裏をかこうとして咬まれたんだよ。何か知らないけどあの犬が守ってる物をスネイプが盗もうとしたんじゃないかと思うんだ。」

 

ハリーの話の三頭犬という部分に反応してハグリッドは手に持ったティーポットを落とすなんていう分かりやすい動揺をした。

 

「なんでフラッフィーを知ってるんだ?」

 

「フラッフィー?」

 

あの犬に名前がついているのか?ということはハグリッドがあの犬の飼い主なのか……魔法生物が好きらしいとは聞いていたがあんなものに手を出す程だとは。正直、ハグリッドの正気を疑わずにはいられないな……

 

「そう、あいつの名前だ。去年パブで会ったギリシャ人から買ったんだ。俺がダンブルドアに貸した。守るため……」

 

「何を?」

 

ハリーがぐいぐいと質問していくもハグリッドは首を振ってこれ以上の返答を嫌がった。

 

「もう、これ以上聞かんでくれ。重大秘密なんだこれは。」

 

「だけど、スネイプが盗もうとしたんだよ。」

 

尚も食い下がるハリーの言葉にも聞く耳を持たない。

 

「バカな、スネイプはホグワーツの教師だ。そんなことするわけなかろうが。」

 

「ならどうしてハリーを殺そうとしたの?」

 

ハーマイオニーは半ば叫ぶようにしてハグリッドに詰め寄った。つい昨日迄はスネイプ教授が物を盗もうとしている事に半信半疑だった彼女も先程の件で完全にクロと認識してしまったようだ。……そうでもなきゃローブに火を付けようなんて考えないか。

 

「ハグリッド。私、呪いをかけているかどうか一目で分かるわ。たくさんの本を読んだんだから!じーっと目を反らさずに見続けるの。スネイプは瞬き一つしなかったわ。この目で見たんだから!」

 

「お前さんは間違っとる!俺が断言する!」

 

ハグリッドの頑固さに埒が開かないと判断したロンは僕にも賛成を求めてきた。

 

「なあダニエル、君からも言ってくれよ。君だって見ただろう?スネイプがハリーから目を反らさずに呪文を唱え続けてたところを。」

 

「ああ……僕もスネイプ教授が何らかの魔法を掛けていたところは見たよ。だけど、それがハリーを殺す呪いだったと決めつける事は出来ない。同じように、スネイプ教授が廊下に侵入した事も盗む為だったとは限らないだろう?物が無事かを確認する為だったかもしれないじゃないか。」

 

先程はなし崩し的に邪魔をしてしまったが、これからメルセデスが闇側の存在として接触するかもしれないのでクィレル教授の名は出さないでおくが、一応スネイプ教授がシロかもしれない事は仄めかしておこう。

 

「君!スネイプの肩を持つのか!」

 

ロンが噛みついてきた。全く……自分がこうと信じた事を否定される度に突っかかろうとするのはロンの一番直すべきところだと思う。

 

「君達がスネイプ教授に偏見を持ちすぎなんだよ。いいかい?人ってのは見た目や日頃の行いでは図りきれないんだ。目に見える事だけに気を取られていればいつか、痛い目を見る。」

 

クィレル教授など正にそれだ。一体誰が上部だけを見て臆病者でおどおどしているクィレル教授を疑おうとするんだ?あんな人間もこの世には存在するという事を知らなきゃならない。只でさえ僕のような潜在的な敵を抱えてるってのに……

 

「じゃあなんだい?君はスネイプが実は聖人だったんだとでも言いたいのかい?」

 

「そうは言ってないだろう!」

 

なんだってロンはこう極端に人の言葉を捉えるんだ!そんなだから――――――――――

 

「喧嘩はよさんか!」

 

ハグリッドがその大きな腕で言い争う僕らの間に割り込んで来た。それでも尚、ロンはじっと僕を睨んでいる。困ったな……今度は僕がロンに敵視される番になったらしい。

 

「ハリーの箒がなんであんな動きをしたんか、俺にはわからん。だがスネイプは生徒を殺そうとしたりはせん。」

 

ハグリッドは僕らの目の前に立って腕を組み、一人一人と目を合わせながら真剣な面持ちで言い聞かせようとしている。

 

「四人ともよく聞け。お前さんたちは関係のない事に首を突っ込んどる。危険だ。あの犬の事も犬が守っている物の事も忘れるんだ。あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの……」

 

ニコラス……フラメル?

 

「あっ!ニコラス・フラメルっていう人が関係しているんだね?」

 

ハリーがハグリッドを追及する声も、ハグリッドが自分の失態に憤る声も、僕の耳には入って来なかった。それほどまでにハグリッドの口から飛び出した名前が衝撃的だったんだ。

 

「ニコラス・フラメルだって……?」

 

ニコラス・フラメル、記憶に間違いがなければ世界的に有名な錬金術師の名だ。そして、生物に永遠の命を与える事ができる賢者の石を世界で唯一所持している人物。

 

「ダニエル、あなたニコラス・フラメルっていう人がどこの誰だか知っているの?」

 

ハーマイオニーは僕がフラメルの名を聞いてあからさまに動揺してしまった事に勘づいたようだ。とりあえず惚けておこう。

 

「いや……そうだな、聞き覚えはある気がするんだけど、どうだったかな……」

 

この情報は安易に伝える訳にはいかない。もし……あの廊下の先にある物が賢者の石であるのならメルセデスは絶対に石の奪取を目指す筈だ。彼女の研究は石が手に入らないからこそ停滞しているのだから。賢者の石の話を聞いてこの三人がどう動くのか全く分からない。メルセデスの邪魔になる可能性が塵芥ほども存在する以上、余計な知恵を彼らにつけさせる訳にはいかなかった。

 

これは一刻も早くメルセデスに知らせないとな…

 

そう考えながら、僕は紅茶の残りを飲み干した。

 



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化物(フリークス)と賢者の石 三十一


一週間ぶりの投稿です。お待たせしました。仕事の都合で投稿が絶望的な週がでるようになりました。その場合は事前に前書きに書いておこうと思います。

今回は短めな上に地の文がくどいです。お気をつけください。



 

 

sideメルセデス

 

 

 

 

「では、例の物の正体は賢者の石であると?」

 

『ニコラス・フラメルがわざわざダンブルドア校長に預けるような物なんだ。可能性は限りなく高いと思う。』

 

―――――――君に朗報があるんだ。

 

珍しく両面鏡を用いてダニーが連絡をしてきたのはクィディッチの試合が終わって暫く経った頃、自室にて箒への私怨しか書かれていないシャロンの魔法史レポートを破り捨てている時だった。伝えられたのはニコラス・フラメルがダンブルドアに何かを預けたという情報。つまるところ、賢者の石がホグワーツで守られている可能性の浮上であった。

 

正直、探し物の思わぬ手がかりに両面鏡を持つ腕が震えている。ホグワーツに来て以来停滞を続けている私の再生者(リジェネレーター)の研究は賢者の石を手に入れない事にはどうにもならない。石の組成すら分からないのでは結果の予測も出来ないからだ。出来れば直ぐにでも行動を起こしたい。だが、馬鹿正直に石の奪取に動くには不安要素が多すぎる事実が私の足を止めていた。

 

「……色々と考える必要がありますね。ダニー、今夜はその情報を受けての私達の行動指針を協議しようと思います。主な議題は本格的に廊下への侵入を試みるかどうか。ついでにずっと曖昧なままにしていたクィレル教授への対応も決めましょう。」

 

『了解だ。僕も消灯時間までに色々と考えておくよ。』

 

「お願いしますね。それと……よくニコラス・フラメルの情報を手に入れてくれました。何かご褒美をあげますからそれも考えておいてください。何でも構いませんよ?」

 

この情報がなければ直ぐ近くに石があるかもしれない事すら知れなかった。素晴らしい働きをしてくれたのだから何か報いなければならない。

 

『何でもいいのかい?』

 

「私の手が届く範囲なら。」

 

『……分かった、考えておく。じゃあ、また夜に。』

 

「ええ、また夜に。」

 

鏡からダニーの顔が消え、代わりに私の顔が映る。さて、今の会話の内容をシャロンにも伝えておかなければ。

 

シャロンの方に目を向ければ彼女は机の上の羊皮紙に向かって頭を抱えていた。私に破り捨てられたレポートの書き直しをしているのだろう。紙面を覗くと先程とは違い箒に肯定的な文章が綴られている。

 

「うむむ……なんでこんな心にも思っていないような事書かなきゃいけないんですか?自分の思いの丈をぶちまけてこそ真のレポートになると思うんですよ。」

 

「レポートなどむしろ心にも無い事を書く物でしょう?先日の魔法薬学のレポートだってそうです。レポートでもなければ一体誰が愛の妙薬を危険な薬だと書きますか?きっと皆、心の内では素晴らしい薬だと思っていますよ。」

 

愛の妙薬とは要するに惚れ薬の事で、効果を継続させるには定期的な投与が必要ではあるが効力は中々高く大抵の人間はあっさり落とす事ができるらしい。先日の魔法薬学ではこの薬の危険性についてのレポートを課題に出されていた。個人的に一年生に出すには早い内容だと思う。

 

「それはちょっとどうかと思いますけどね……メルセデスはどう思ってるんですか?愛の妙薬、ダニエルに使いたいとか……」

 

む、それは失礼と言うものだ。私達の間に薬に頼る必要は無い。

 

「あんな物を使わずともダニーは私を愛してくれますよ。私があの薬を評価しているのは人間関係への破壊力です。」

 

愛の妙薬を本来の用途に使う者など只の敗北者でしかない。本来の用途とはまた別の用途にこそ意義を見いだすのは当然だろう。

 

「………そういえば、さっきダニエルと何の話をしてたんですか?どうせこの後合うのに連絡してくるなんて余程急ぎの話だったんでしょう?」

 

「賢者の石がこのホグワーツに隠されているという話ですよ。まだ可能性の段階ではありますがね。」

 

「……?」

 

……シャロンが首をかしげている。賢者の石がホグワーツにあるかもしれないと知ればそれなりに驚くだろうと思っていたのだが……

 

「賢者の石……って何でしたっけ?この前研究がどうたらは聞いたんですけどそもそも賢者の石が何なのか分からなくて……」

 

「そこからですか……」

 

思わず肩を落としてため息を吐いてしまう。よく考えてみれば、そうか。賢者の石と言えど、多少なりとも錬金術をかじらなければ知る機会は無いのか。

 

「えっと……何かごめんなさい。」

 

「いえ……勝手にあなたが知っている前提でいた私の落ち度ですよ……賢者の石は中世から幾多の錬金術師達が目指した終着点の一つです。屑鉄を黄金に変化させ、あらゆる生命に不死を与える。正に究極の錬金術の産物だと言えるでしょう。」

 

「そんな物がホグワーツに?あ、例の廊下の先に隠されているのがその石って事ですか?」

 

「あくまで可能性です。しかし、廊下の先にあるものが本当に賢者の石ならばクィレル教授が狙う事にも納得できます。単純に不死は誰もが求める物ですからね。また……石を使えば、ヴォルデモート卿がどれだけ力を失っていようと彼を全盛期以上の力を持って復活させる事ができます。」

 

ヴォルデモート卿の名前が出たところでシャロンは嫌そうな顔をした。前々から感じていたがシャロンどうもヴォルデモート卿に苦手意識があるらしい。まあ、戦争の後に英国魔法界で生まれた者なら誰もが彼の話を聞いて育つ。シャロンの反応も当然か。

 

「あ~、これでまた帝王様がホグワーツにいる理由が増えましたか……メルセデスもその賢者の石とやらを狙うんですよね?」

 

「そのつもりです。研究に必要なのもそうですが、あれをダンブルドアの手元に置いておくのもヴォルデモート卿の手に渡るのもあまり好ましくありません。」

 

ダンブルドアは勿論、ヴォルデモート卿とも敵対する可能性がある。あの二人に相対した時、敵が不死身の力を手にしていたのでは魔法力と経験で劣る私には手に負えない。勝ち目の無い闘いというのも乙なものかもしれないが勝てるようにできる闘いには勝ちたいのだ。

 

「それにしても、そんな悪い人を集めそうな石をよく学校に持ち込みましたね~実際にそれを狙っている悪い人が二人もいるじゃないですか。校長先生は何考えてんでしょう。」

 

「そうですね……それは大きな疑問です。」

 

フラメル夫妻の次にあの石と関わってきたダンブルドアが賢者の石を求める人間の数を知らない筈が無い。あれを学校に持ち込めば盗人が毎日のように侵入してきてもおかしくは無かった。だが、今のところ石を狙って起きた事件はクィレル教授によるものしか無いように思える。石がホグワーツに存在すると知る事ができたのが元から教師であるクィレル教授のみであったということだろうか?だとすればかなり情報操作を上手くやったものだと思う。しかし、何故そこまで徹底して外部に洩らさなかった情報をクィレル教授には簡単に洩らしたのか。これが分からない。

 

聞くところによればクィレル教授は二年前まではマグル学の教授としてホグワーツにいたらしい。それが昨年、研究旅行に行くと言って一年間も行方を眩ました。戻ってきたのは今年の七月だったとの事だ。人が変わるのには一晩もいらない。一年間もあれば尚更である。マグル学を志した人間が正反対の思想を持つ帝王に心酔してしまう事などいくらでもある事なのだ。それを知らないダンブルドアでは無い、クィレル教授を必ず怪しんだだろう。それでも情報を洩らしたと言うのならそこには何らかの意図がある筈だ。

 

あの老人の思考に追い付くには常識で物を考えてはいけない。突飛な予測をしよう。とりあえずクィレル教授の裏にヴォルデモート卿がいると仮定する。もうほぼ確信に近いのだからいちいち悩むのも馬鹿らしい。そうだ、ダンブルドアは最初からヴォルデモート卿の存在に気づいていたというのはどうだ?敢えて彼を自分の目の届く所に置いておき、賢者の石という餌で釣り続ける事で影で勢力を拡大される危険を防ぐ。それならば石をダンブルドア自身で管理しない理由になる。奪う事ができるかもしれないという希望があるなら諦め難くなるものだ。それをホグワーツという学舎でやるのは狂気と言う他無いが……いや、それなら自身で帝王を討つ方が早いのではないか?彼の存在自体は確実に気づいている筈だ。ダンブルドアには自身で動く気が無いのか?

 

まだ疑問が残る。生徒が簡単に入れる所に石を配置し、わざわざ全校生徒にあそこには何かがありますよと宣言した事だ。生徒の中には入るなと言われれば入りたくなる連中が一定数存在する事ぐらい長年教師をしていれば分かる筈。何故生徒に危険な廊下を周知させた?広大なホグワーツには生徒がほとんど立ち寄る機会の無い場所などいくらでもあるし、扉だって合言葉で開くようにすればいい。生徒が侵入してしまう状況は限りなく零に出来る。にも関わらず廊下へ続く扉には鍵開け呪文で開けられる錠しか掛かっていなかったと言うではないか。鍵開け呪文など一年生でも使える。生徒の誰かに入ってもらいたい理由でもあるのか?こういう時に特別扱いを受けそうな生徒と言えば……ハリーか。いや、それは無いだろう。もしそうならダンブルドアはハリーをヴォルデモート卿と鉢合わさせようと……

 

「っ!」

 

そうか……そういうことか、ダンブルドア。巷では聖人のような扱いを受けているにも関わらず度しがたい所業をする。おまけに運任せが過ぎる博打ときた。賭け金はハリーの命と賢者の石。随分と分の悪い勝負にベットしようとしているものだ……!

 

「どうしたんですか?口角が上がってますよ?」

 

「ふふ……賭け事というのもたまには悪くないと思いまして。」

 

「………?」

 

ダンブルドア、私はその賭けを勝たせる手伝いをしよう。だが、貰う物は貰っていく。あなたの疑いの目を反らし、横合いから全てを奪い去らせてもらおう。ヴォルデモート卿の力も賢者の石もだ!

 

 

 





そう言えば先週の月曜日にランキングに浮上したようですね。一体何が起こったのでしょう?何はともあれ読んでくださっている皆様に多大な感謝を。


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化物(フリークス)と賢者の石 三十二


諸君、私はGが嫌いだ。

諸君、私はGが嫌いだ。

諸君、私はGが大嫌いだ。

――――以下、長すぎるので省略。

執筆中に換気していた窓からGが現れやがりました。ええ、叩き出しましたとも。三時間かけて。あのこちらを煽るような触角の動きといったらもう……80㎝列車砲(ドーラ)の4.8㌧榴爆弾で木っ端微塵に粉砕してやりたくなります。

投稿が予想以上に空いたのは八割私の執筆速度で二割がGのせいです。申し訳ありません。



 

 

sideダニエル

 

 

 

今夜の必要の部屋は小規模な会議室のような内装をしていた。暖かな暖炉の側に備え付けられた円形のテーブルを囲む三つの椅子。入り口から見て一番奥側の椅子の後ろには黒板が配置されている。その奥側の席にメルセデスが座り、残り二つの席に僕とシャロンが座っていた。こうして集まったのは禁じられた廊下について話し合う為だ。

 

メルセデスへの連絡を終えた後によくよく考えてみたんだけど。僕らは驚く程あの廊下についての知識が不足している。分からない事以上に不足の事態を招く原因はない。だから、まずは情報収集をするべきだっていう意見を持ってここに座っている。

 

「さて……話し合いを始めましょうか。禁じられた廊下への侵入について。」

 

メルセデスが杖を振るうと黒板に議題が浮かび上がる。

 

「二人共、何か意見はありますか?」

 

彼女の問い掛けに僕は直ぐ様手を上げた。

 

「どうぞ、ダニー。」

 

「僕の意見としては、侵入はまだ早いと考えている。廊下に仕掛けられている物が三頭犬しか判明していない状況だ。守られている物が賢者の石であるという確証も無い。本物かどうかも。賢者の石があると匂わせて盗人を炙り出す魂胆の可能性がある。」

 

あの廊下については分からない事だらけだ。今まで大した興味を持ってこなかったツケだな……

 

「つまりダニエルが言いたいことは情報不足だから危険だって事ですよね?その情報はどこから手に入れるつもりなんですか?」

 

僕の意見を聞いてシャロンが口を開いた。なんだか少し焦っているように見える。何でだろう?とりあえず質問には答えるか。

 

「ハグリッドだ。森番の。彼は…その…単純でね。上手く誘導すればいくらでも情報を吐いてくれると思うんだ。ダンブルドアからも信頼されていて例の物の移動も彼に任されている。情報源としては申し分無い筈だ。」

 

現に、さっきもうっかり口を滑らせている。酒でも飲ませれば饒舌に情報を喋ってくれるのでは無いだろうか。

 

「森番さんとはあまり関わりがないのでダニエルの言っている事は分かりませんけど……そんな簡単に喋ってくれそうなんですか?メルセデスは知ってます?」

 

「私もそこまで関わりが深い訳ではないのですが……正直なところ、彼には何の秘密も打ち明ける気にはなれません。」

 

「なるほど……」

 

ハグリッド……悪い人では無いんだけどいかんせん隠し事が下手すぎる。校長はよくハグリッドにニコラス・フラメルの情報を渡したなと思う。

 

「では、ダニーの意見は情報不足で危険……と。シャロンはどうですか?」

 

杖を振るって僕の意見を黒板に追加するとメルセデスはシャロンに意見を求めた。

 

「えっと、私はですね。大体ダニエルと同じ意見でして……ちょっと違うのは、情報源をまだ思い付けていなかったところです……」

 

言葉を尻すぼみにさせながらシャロンは申し訳なさそうに肩を落とす。ああ、さっき焦っているように見えたのは同じ意見が先に出てしまったからか。被ったところで誰も責めはしないんだけどな……メルセデスだってシャロンの様子には大して気に止めずに顎に手を当てて何か考え事をしている。

 

「ふむ、二人共まずは情報収集をするべきだという意見のようですね……私もその意見には賛成です。しかし、私の意見としては情報収集と並行して二人に、というよりは主にダニーですね。して欲しい事があるのです。」

 

暫しの考え事の後、メルセデスは僕らに向かってそう言った。情報を集める傍らにできる事なんて限られていると思うんだけど、メルセデスは僕らに何をさせたいんだろう?

 

「大前提として、私の意見は賢者の石の存在とヴォルデモート卿の存在が確実なものとなった時に意味を持ちます。その前提を踏まえた上で聞いて欲しいのですが……ヴォルデモート卿が石を狙って動き出した時にハリー・ポッターが廊下の最深部まで侵入しようとするよう仕向けて欲しいのですよ。」

 

「ハリーを?」

 

何故ヴォルデモート卿がいると分かっているところに宿敵とも言えるハリーを?身柄を彼への手土産にでもする気なのだろうか?

 

「ヴォルデモート卿は恐らく賢者の石による復活を望んでいます。いずれ石を奪う為に最深部を目指すでしょう。それをハリーが知れば、彼も最深部へと向かおうとするのは今まで見てきた性格からして想像に難くありません。彼には石を守る確かな理由と、無謀な事にも臆さず向かって行ける勇気があります。」

 

メルセデスの言っている事は容易に想像できる。ヴォルデモート卿が復活すれば自分を殺しに来ることくらい、魔法界に来たばかりのハリーにだって予想できるだろう。そして、じっとしていて殺されるのを待つくらいなら危険を承知で石を守ろうとする。ハリーはそういう人間だ。

 

「私はそんなハリーの英雄的行動を隠れ蓑にしようと考えています。私達はハリーに便乗して石を守る為という体裁で廊下へ侵入し、機会があれば目標を奪取する。これが最もリスクが少なく、最も石に近づく事ができる方法であると私は確信しています。」

 

「なるほどね……」

 

確かに、廊下に侵入した事がばれても守る為だと言い張れば咎めだけで済むかもしれない。ハリーと共にならより信憑性も高くなるだろう。だけど、ヴォルデモート卿から石を守る……その為にはハリーが帝王と闘う事になるのは言うまでも無い。そんな状況になるように誘導しろと言うのなら……

 

「それはつまり……ハリーを死に導けってことでいいのかな?」

 

ハリーを死地に追いやる事になる。彼はかつて帝王を倒した英雄で、きっといつかは名声に相応しい魔法使いになるんだろう。でも、それは今じゃない。今のハリーは箒が得意な一生徒でしかないんだ。ヴォルデモート卿と闘う事になれば、彼は造作もなく死ぬ。死んで……しまうんだ。

 

そう思って問い掛けてみたんだけど、返ってきたのは僕の考えを否定する答えだった。

 

「恐らく、ハリーは死にません。十年前、ハリーを死から逃れさせた何かが今もまだ彼を守っている。ダンブルドアもそう睨んでいるでしょう。もし予想が外れてハリーが死にかけてもダンブルドアが手を打つ筈です。」

 

「ハリーが何かに守られているかもしれないのは分かる。でも、なんで校長がここで出てくるんだい?もしハリーが死にそうになったらって、死にそうにならなければ手を出さないというように聞こえるんだけど……?」

 

まるで校長がハリーとヴォルデモート卿が闘っているところを傍観しているように言うじゃないか。まさかそんな事があるわけ……

 

「その通りです。ダンブルドアはハリーが殺される寸前までは手を出そうとはしません。」

 

どういう事だ?それに何の意味がある?

 

「ダンブルドアはハリーとヴォルデモート卿に強固な因縁を持たせようとしています。自身の命を狙う敵の存在を強く印象付け、魔法界で生きる限り自分が彼と闘わなければならない運命にある事をハリーに自覚させる。それを持って、ハリーを暴君を打ち倒す英雄(兵器)に仕立て上げる第一歩としたいのでしょう。」

 

「それが事実なら……彼は教職にいるべきじゃない。それは教え子にしていいことじゃない。それはここ(ホグワーツ)でやっていいことじゃない……」

 

ホグワーツは、学校というものは、生徒が自分で生きる道を決める場所だ。教師は生徒の適性を見極めこそすれ、道を決めつけてしまうことだけはあってはならない。ましてや、その決めつけた道が生徒の命を危険に晒す物などと……!それが教師のやることかっ!

 

……いや、まて。なんで僕がハリーの事で怒りを感じてるんだ?僕は校長の事を悪く言えないだろう?僕だってハリーに友達面して近づいて、いつかは杖を向けようとしている裏切り者じゃないか。今だってハリーを死地に追いやろうとしているのは……僕だ。

 

頭を振って下らない考えを頭から追い出す。今は話し合いに集中しよう。

 

「ハリーが石を守ろうとするのに便乗して侵入するなら帝王様はどうするんですか?石を巡って対立することになりません?」

 

僕が頭を振っている間に、会話の成り行きを見て静かにしていたシャロンがメルセデスに質問していた。

 

「そこは事前に話をつけておく必要がありますね。彼に私と手を組んでもらう材料はいくつか用意してありますが……その為にはまずヴォルデモート卿を見つけなければいけません。」

 

「まあそうですよね。どうするんですか?」

 

「少々危険が伴いますが、夜中にクィレル教授の自室を張ろうかと思います。」

 

「今まで昼間のクィレル教授しか見てきませんでしたもんね。もしかしたら夜に出歩いてるかもしれません。」

 

シャロンがクィレル教授を怪しんで以来、僕らは度々教授に注意を払ってきた。だけど、夜中に彼が何をしているかを探った事は無い。まだ危険を省みない時期では無いと判断した為だ。でも、そろそろ次の段階に進むべきなのかもしれない。

 

「そう言えば、帝王様との交渉が決裂してあの人がさっさと石を手にいれちゃった時の事とかも考えてるんですか?」

 

「一応頭の片隅にはいれていますが……恐らく大丈夫でしょう。ヴォルデモート卿が単独で石を手に入れる事ができるとは思えません。」

 

「え?どうしてですか?」

 

シャロンは驚きの声を上げる。当然だろう。彼の行動に何の意味も無いと宣言しているに等しいのだから。

 

「ダンブルドアがわざわざ石を奪おうとする者に石を手に入れる機会を与えると思いますか?あの老人は最後の最後まで目の前に餌を吊り下げておき、獲物が後戻りできなくなったところで餌を取り上げるくらいはいくらでもする人間です。もし、ダンブルドア以外の者が石を手にする事があるとすれば……それは本気で石を守ろうとした結果なのでしょう。」

 

―――――――そこを狙うのですよ。私達は。

 

そう言ってメルセデスは笑った。楽しい悪戯を思い付きでもしたかのように。

 

「さて、私の意見をまとめましょう。情報収集は勿論します。主に廊下の事、例の物の事、クィレル教授及びヴォルデモート卿の事についてですね。そして、ハリーがいずれ廊下へと向かうように仕向ける。例の物が賢者の石でなくとも、ハリーと共に物を守ったという実績によってダンブルドアの警戒を下げる事ができるかもしれません。やる価値はあると考えています。如何でしょうか?」

 

「異論無しです。ぶっちゃけ後でいくらでも修正できそうですし。今はこれでいいと思います。」

 

「僕も異論は無い。ハリーの誘導は……任せてくれ。君の期待に応えて見せるよ。」

 

ハリーの誘導というところで胸に僅かな痛みが走った。一体僕はどうしてしまったんだろう。友達ごっこを本気にしてしまっているのか?馬鹿らしい。

 

「では、話し合いはここまでにします。行動の開始は明日から、今日は早めに休むとしましょう。」

 

メルセデスの言葉に僕らの雰囲気が緩む。別に改まった会議でも無いのだけど、今後の方向性を決めるという意味では大事な会議だったからそれなりに気を張っていたようだ。

 

「そう言えばダニー、先程考えておいて欲しいと言ったご褒美は決まりましたか?」

 

「ん?ああ、そうだ。ここでお願いしてもいいのかな?」

 

必要の部屋に集まる前、フラメル氏の情報を持ってきた褒美にメルセデスが何でも欲しいものを聞いてくれると言われていた。僕としてはメルセデスと過ごす時間以上に大切な物は無いから、それを望もうと思っている。

 

「あ、私は先に戻ってますね~。ごゆっくりどうぞ~」

 

僕がメルセデスに望みを伝えようとしたところでシャロンは早々に部屋から出ていってしまう。去り際に意味ありげな笑顔でこちらを見てきた。相変わらず察しが良いと言うかなんと言うか……

 

「ダニー?」

 

「ああ、何が欲しいかだね?そうだな……君とゆっくり過ごす時間が欲しい……お願いできるかい?」

 

「ふふ、そんな事で良いのですか?それなら私からお願いしたいくらいですよ。」

 

メルセデスが杖を振るうと暖炉の側に柔らかそうなソファーが現れた。メルセデスは僕の手を取ってソファーへと導くとそのままソファーに座った。僕もそれにつられてソファーに座る。

 

「一つだけ確認してもいいですか?」

 

僕がソファーに座るなり、メルセデスが口を開いた。

 

「なんだい?」

 

「ハリーが心配なようですね?ダニー。」

 

……一瞬息を詰まらせてしまった。メルセデスには何でもお見通しらしい。

 

「そう……だね。僕は、ハリーを心配してしまってる。」

 

「やはりそうなのですか……」

 

メルセデスの顔が不安げに歪む。やっぱり……メルセデス以外の人間に心を砕くべきではないんだ。彼女を不安にさせる事はしたくない。

 

「私が殺して欲しいと頼めば……殺してくれますか?ハリーを……友人達を殺せますか?」

 

「言うまでもない。君の頼みなら、僕は殺せる。」

 

僕の中でハリー達への情がどこまで大きくなろうともこれだけは変わらない。例え、向けた杖が震えようと、視界がぼやけようと、僕はメルセデスの望みを果たすだろう。だけど、メルセデスは僕の答えに不満があるようだった。

 

「ダニーが最後には私を望んでくれると分かっています。分かっていますが……それでも、あなたの心に私以外の人間が居るのは好ましくありません。」

 

メルセデスは僕の頬に手を添えて自分の方へ顔を向けさせると、白魚のような指先で僕の額に触れた。花を手折るにも苦労しそうな細く美しい指先。でも、その指先には人を壊すのに十分すぎる魔力が秘められている事を僕はよく知っている。

 

そんな指先を僕に触れさせたまま、彼女は僕の目を覗き込む。メルセデスの目は普段よりも血のような濁りを増しているように見えた。

 

「あなたの目から私以外の生き物の姿を消したい。あなたの耳から私以外の声を消したい。あなたの鼻から私以外の匂いを消したい……あなたが私以外を感じられなくなるようにしたい……何も無い場所に閉じ込めて、私の存在だけが人生の全てとなるようにしたい……」

 

もはや狂気の域に達した独占欲に溢れる囁きだった。清く正しく世を生きてきた人間が聞けば吐き気を催す程の。でも……そんな言葉で歓喜に心を震わせてしまっている僕もまた、どうしようもないところまで来てしまっているんだろう。

 

もう、メルセデスの望むままにされてしまってもいいかな……

 

そんな考えが頭を占める。頭の中に侵食してくるようなメルセデスの声に当てられて、頭が馬鹿になってしまっているようだ……僕は、彼女に身を任せるようにして目を閉じ、彼女が僕を壊すのを待った。

 

だけど、何も起きない。

 

「……それはもっと先までとっておきましょうか。」

 

僕の額に触れていた指が離れていくのを感じる。目を開けてみれば、目の前に妖しい笑みを浮かべたメルセデスの顔があった。

 

「そこまで駄目にしてしまえば、もう二度と今のダニーには会えなくなります。今の、ハリー達に友情を感じながらも私の望みを気にして申し訳なさそうにしているダニーに、二度と会えなくなります。それはとても惜しい。それに、すぐにあなたを壊してしまうよりも、いずれ大事な存在となった彼等が死んで、いよいよ私しか居なくなったダニーを私で満たす事の方がより心からあなたを駄目にできそうで……想像するだけで気をやってしまいそうになります。ですから……」

 

その赤い瞳を濁らせる狂気を更に深めながら、メルセデスは言葉を続ける。

 

「命令です。ダニー。私がハリーを、あなたの友人達を殺すと決めるその時まで、彼等を守り抜きなさい。」

 

その命令は彼女の嗜好を満たす為のものなのだろう。でも、他ならぬメルセデスによって僕がハリー達を心配する大義名分が与えられたのは事実。

 

「――了解。」

 

僕はその目に見えている罠に飛び付いた。きっと、その時が来れば僕は、メルセデスによって人と呼べない所まで堕とされる。だけど、僕はその未来に倒錯的な悦びを感じていた。全く……僕も、君も、救いようが無い拗らせ方をしてしまったものだ。

 

「ふふ……ダニー、愛していますよ。さて……後はあなたの望み通り、二人でゆっくりとしましょうか。」

 

それからはとても穏やかな時間が流れた。さっきまでの狂気と欲に満ちた雰囲気など欠片も感じる事は無い、穏やかな時間だった。

 

 



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化物(フリークス)と賢者の石 三十三

お盆休みの方が平時よりも忙しかったような気がします……
クリスマス休暇を一話に収めようとしたのですが、執筆中に一万文字を優に越える事が判明しましたので結局分割しました。明日には続きを投稿できるかと。


 

 

sideメルセデス

 

 

 

また一月と少しが経ち、十二月も半ばを過ぎる頃になった。いよいよ降りだした雪は外の景色の全てを白く染め上げ、その白に生命の騒々しさを閉じ込めている。雪の積もる日の朝ほど日々の生活の中で静けさを感じる時はない。そんな冬の静けさというものは人でなしの猛りすら鎮めるらしく、時折聞こえる森の怪物共の咆哮も近頃は鳴りを潜めていた。

 

近頃の生徒達の頭を占めている事があるとすれば、それは直前まで迫ったクリスマス休暇だろう。休暇中は帰省が許されており、殆どの生徒がホグワーツから姿を消す事になる。クリスマスを家族と過ごす為だ。休暇中に帰省しない生徒が居るなら、それは家族と折り合いが悪いか何らかの理由で帰省出来なくなったか、後はそもそも迎えてくれる家族が居ないかである。

 

私とダニーはホグワーツに残る数少ない生徒の一部だ。特に私はスリザリン内で唯一の居残り組とあって、さぞ寂しいクリスマスを送るのだろうとバーキンソンが嘲笑いに来た。気にした素振りを見せずにダニーと共にクリスマスを過ごす事を伝えると詰まらなそうに帰っていったが。ちなみにホグワーツに残る事を決めたのは私達が居ない間にクィレル教授が行動を起こす事を嫌った為だ。

 

クィレル教授と言えばだが、以前話し合いで決めた通り自室への張り込みを決行した。ほぼ徹夜での監視を一日交代で三週間に渡って実施したのだが、この期間にクィレル教授が何らかの動きを見せる事はなかった……と言うよりは部屋から出る姿を見ることすらなかった。意味がわからない仕掛けが多いホグワーツなのだ、目に見える扉以外の出入口があるかもしれないと色々探ってみても鼠一匹這い出る隙間も無い。結局、クィレル教授は夜中でも自室に籠ったままであると結論づけた。

 

しかし、何の成果も得られなかった訳では無い。我々は確かに聞いたのだ。部屋の中から響く……何者かに許しを乞うクィレル教授の泣き声を。あれが自分の陰口を叩く生徒を思い出して一人泣いている声でなければ、間違いなくあの部屋には教授を跪かせる者が居る。よって私は、休暇中にホグワーツに残った全ての人間が大広間へと集うクリスマスパーティーの日にクィレル教授の自室に侵入する事にした。長々と数ヶ月間も引きずってきた問題をいい加減に終わらせたくなったのである。

 

そうして一つの問題を終わらせようとしているのだが、その前に解決しなければならない問題が私を大いに悩ませていた……ダニーに贈るクリスマスプレゼントが決まらないのだ。

 

「ふむ……」

 

「なにやらお悩みのようですね~?ダニエルへのクリスマスプレゼントですか?」

 

寮の自室でダニーへの贈り物について思案していると、からかうようなにやけ面を晒したシャロンが話しかけてきた。首を突っ込みたそうにしている。顔が気に入らないが悩んでいるのは事実であるし、一人で悩んでいても仕方がない。頼ってみるとしようか。私よりは経験が豊富な筈のシャロンなら何かを良いアドバイスをしてくれるだろう。

 

「そうなのですよ。今年は例年通りにはいかないのでどうしようかと思いまして……」

 

「いつもはどうしていたんですか?」

 

「ダイアゴン横丁に二人で出掛けて、二人の目に付いた物を贈り合っていましたね。菓子が主でした。」

 

私とダニーが産まれた村に住んでいた頃もお互いに菓子を贈り合っていたのだが、世間一般では何を贈り合っているのだろうか?参考までにシャロンの事も聞いておこう。

 

「シャロンはどのように?」

 

「ああ~、私にそれ聞きます?聞いちゃいます?」

 

質問した途端、シャロンは口を尖らせて非難がましい声を出した。口では質問した事を責めているようだが、目は何かを期待するかのようにチラチラとこちらを見てくる。なんと言うか……あれだ。うざい。聞かれたく無いのか聞かれたいのか、どちらなのか。

 

「答えたくないなら無理に……」

 

「いえ!お答えしましょう!兄夫婦が我が家を掌握して以来、貰った事もあげたこともありません!」

 

「…………」

 

結局答えるのか……しかし、そうか。勝手に経験が豊富そうだと思っていたが、そう言えばシャロンの家庭環境は私よりも酷いのだった。兄夫婦からは半ば邪魔者のような扱いを受けているにもかかわらず、資金繰りや家事を一手に引き受けていたと聞く。交友関係も断絶していたと言うし、シャロンにはプレゼントを贈り合えるような存在など居なかったのだろう。

 

「あれ?思ってた反応と違う……そ、そんな可哀想なものを見るような目をしないでください……もっと笑い飛ばしてくれればいいんですよ?」

 

「シャロン。」

 

シャロンの肩に手を置き、なるべく優しく見えるように笑顔を向けてやる。

 

「大丈夫です。あなたにもプレゼントを贈りますよ。」

 

「はうっ!」

 

奇妙な呻き声を上げながらシャロンは大袈裟にベッドへ倒れた。その表情は恍惚としてだらしなく緩んでいる。

 

「うぅ……メルセデスがたまに見せる優しさが胸に刺さるぅ……」

 

プレゼントを贈ると言ったくらいで優しいと感じるのか?シャロンは世に言うチョロいという人種なのかもしれない。

 

しばらくシャロンが気味悪く身をよじっている姿を眺めていると、ベッドの隅に広げられたトランクが目についた。中には休暇中の課題や衣類が乱雑に詰め込まれている。恐らく、先程まで帰省の準備をしていたのだろう。

 

「そう言えば、シャロンは休暇中にガードナー邸へ戻るのでしたね?」

 

「そうなんですよ!兄から帰って来いとの手紙が届きまして……普段は私を居ないものとして扱ってた人が私にわざわざ帰って来いだなんて、ろくな用事じゃないに決まっています!」

 

シャロンは休暇中に帰省する事になっていた。入学の際、キングズ・クロスでの見送りどころか館の玄関にすら見送りに来なかったらしい人間からの帰還命令……現ガードナー当主夫妻に会った事もない私ですらきな臭さを覚えるのだ、シャロンが感じる危機感は相当なものだろう。

 

「何かあれば全力で逃げに徹するように。こと逃走に関してあなたは私をも越える逸材ですからそうそう捕まる事は無いでしょう。連絡さえしてくれれば私が対処します。」

 

「あはは……逃げるような状況にならないのが一番なんですけどね……間違いなく何かはあるんですけど。あ、メルセデスだって危ない橋渡ろうとしてるんですから気をつけて下さいね?」

 

「言われるまでもありませんよ。ですが、心配してくれる気持ちは受け取っておきます。」

 

クィレル教授の自室に侵入して、仮にヴォルデモート卿と遭遇したのだとしても切り抜けるだけの準備はしている。だが、今は力を失っているとはいえ相手は一つの時代を築いた魔法使いだ。油断という言葉すら頭に思い浮かべる気はない。

 

とはいえ、気を張りすぎても視野を狭くしてしまうだろう。物事を上手く回すには、何時如何なる状況でも愛する人の腕の中に居るような落ち着きを持つことが重要だと私は思う。

 

「はぁ……それにしても、ダニーへ何を贈りましょうか……」

 

「ありきたりですけど、何か常に身に付けられる物を魔法で作って贈ったらどうですか?ダニエルはメルセデスから貰った物を常に身に付けられて嬉しい、メルセデスはダニエルが自分が作った物を身に付けてくれて嬉しい、お互いがハッピーになれますよ?材料なら必要の部屋から取ってくれば済みますし。」

 

メルセデスなら余裕ですよね?とシャロンは言う。確かに私なら余裕だ。変身術もこの数ヶ月で随分と応用を利かせられるようになった。再生者(リジェネレーター)の研究に必要だった生命の石を錬成する為にかじった錬金術も使えばなかなかの物が出来上がるだろう。

 

いっそのこと生命の石を使った何かを贈ろうか。生命の石は作成方さえ知っていれば以外と簡単に作れるのだ。必要の部屋がある以上入手は容易。そうだ、贈り物に使う分ともう一つ作っておこう。ダニーが魔法薬学の傍らに挑戦している錬金術の良い指標にもなる。

 

何より、シャロンの言う通り私が作った物をダニーが常に身に付けていてくれれば……それはとても素晴らしい事だ。私が贈った物だけを身に付けているダニーを見れば、私の決壊しかけている独占欲も少しは収まるだろう。先日、独占欲の堰が切れてダニーを本気で壊そうと考えてしまった事がある。出来る限り抑えておかねば。

 

「シャロン。その案、頂きます。」

 

そうと決まれば早速、図案を書き起こそう。ダニーに贈る物は全身全霊を持って作り上げなければならない。必ず身に付けてもらえるようにしなければ意味がないのだから。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

sideダニエル

 

 

 

グリフィンドールの談話室の片隅で、机に向かって世話しなく手を動かしている僕に話しかけてくる奴らがいた。

 

「最近それにばっかり集中してるみたいだけど、一体何を作ってるの?」

 

「図書館でフラメルを探している間も他の事を考えているみたいだし、ダニエルにとってはとっても重要なものなんでしょうね。例えば、誰かさんへのクリスマスプレゼントとか。」

 

「わかったぞ。さてはウォルターへのプレゼントだな?」

 

上からハリー、ハーマイオニー、ロンの順番である。何の順番かって?メルセデスへのプレゼントを作っている僕をからかいに来た順番だよ!

 

クリスマスを目前にした僕には一つ、大きな悩みがあった。メルセデスへのクリスマスプレゼントが決まらなかったんだ。普段は菓子を作ったり買ったりして贈っていたんだけど、今年は何か身に付けていてくれるような物を贈りたかった。それも自分の手作りで。だけど、メルセデスは装飾品の類いはあまり好まないし、服を仕立てるほどの技術を僕は持っていなかったから、実用的な小物を作ることにした。そんなこんなで、他の事を多少おざなりにして贈り物の製作に集中していたら、メルセデスへのプレゼントであると見抜いた三人に度々からかわれるようになったんだ。最近では僕が何かに集中していると大体メルセデスが関係しているというジンクスが三人の間にまかり通っているらしい。ほぼ間違いでは無いのが悔しいな。

 

さて、僕がメルセデスへのプレゼントに作っている物の説明をしよう。簡単に言うと、ワンドホルダーとポーチが付いたアームカバーだ。メルセデスの杖腕である左腕には、杖を抜くという意思を持って腕を振れば杖を手元に飛ばすようになっているワンドホルダーをベルトで固定して、右腕には検知不可能拡大呪文をかけた縦長のポーチをベルトでくくりつけた。右腕のポーチも装着者の意思で開閉する事ができる。

 

アームカバー本体にも拘った。表には耐刃性の高い生物の革を使ったから、よほど鋭い刃物でなければ腕で受けても問題無い。裏地には一般の蛇とは違って周りの気温が下がれば体温が上がり、気温が上がれば体温が下がるという体質を持った不思議な蛇から取れる革を使った。これによってどこに着けていっても不快になる事は無い筈だ。

 

……我ながら色々と盛り込み過ぎたような気がしないでもない。

 

「あら、手が止まったわね。それで完成なの?」

 

「ああ、完成だ。」

 

作成に二週間近くかかった大仕事だったがようやく完成した。

 

「よくわからないけど、なんだか凄そうだよな。こんな力が入ったプレゼントを渡すのはウォルターだけなのかい?」

 

「愛する人へのプレゼントに全力を出すのは当然だろう?すまないが、君たちへのプレゼントに同等のクオリティは期待しないでくれ。」

 

僕がそう言うと三人は口々に最初からここまでは期待していないと返してきた。それはそれで少し寂しいな……

 

まあいい、一番大事なのはメルセデスが喜んでくれるかどうかだ。

 




ダニエルが作っていた物の見た目は、なんとなく進撃の対人立体機動装置の腕の部分を想像しています。
右腕のポーチに関しては、「袖から無数の銃剣(バヨネット)」を実現できる道具だと思ってください。


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