このすば ハード?モード (ひなたさん)
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1章 『始まり』と『ぼっち達』
1話


このすば原作完結おめでとうございます
このファンにも影響を受けて二次創作に手を出してしまいましたとさ。

この物語は、もしもゆんゆんにもめぐみんと同じように仲間がいたら〜という感じのものになります。

設定等おかしいかもしれませんが、妄想を形にしてみました。お読みいただけると幸いです。


 気付いたら見知らぬ場所にいた

 

 あたりは暗くて数メートル先の椅子しか見当たらない

 

「白銀光さん、ようこそ死後の世界へ」

 

 どこだここと独り言を発しそうになった時、背後から声が聞こえた。

 その人物は椅子へと座り

 

「あなたはつい先程不幸にも亡くなりました」

 

 随分と淡々と言ってくれた。

 

「短い人生でしたが

 

 あなたは死んだのです」

 

 何を馬鹿な、と思ったが、俺はその死をあっさり受け入れてしまっていた。

 やはり先程目が覚めるまでのことは夢ではなかったのか。

 仕事帰りに歩いて帰っている途中、随分と車のライトが近くまで来ているなと思い振り返るとトラックが目前に迫っていた。

 映画や漫画の主人公ばりに避けることが出来れば良かったのだが仕事の疲れからか、それとも恐怖からか身体は動かず、トラックにぶち当たる寸前───そこから俺の意識は無い。

 

 鈍い音が聞こえた気がしたが、気のせいだと思っておこう。

 

 あまりにも鮮明に覚えていた。残酷なくらいに。

 自分の死を自覚するには十分だった。

 

 

「私の名はアクア。日本において若くして死んだ人間を導く女神よ」

 

 ……神様か。

 確かに今までに見たことがないほどの美女だし、なんか後光的なのも見える。非現実的ではあるが、本当に神様なんだろう。

 良いことも悪いこともした覚えが無いけど、地獄とかに送られるのは勘弁願いたいね。

 

「あなたには幾つかの選択肢があります。ゼロから新たな人生を歩むか、天国的なところへ行っておじいちゃんみたいな生活をするか」

 

 おじいちゃんみたいな生活?? 

 

「でもね、実を言うと天国ってね。あなた達が想像しているような素敵なところではないの。ゲームや漫画の娯楽も無し。肉体が無いから美味しいものを食べたり、エッチなことだって出来ない。天国にはなーんもないの。永遠に日向ぼっこみたいな生活をするような場所なの」

 

 世の中くそだなぁとかぼんやり思いながら生きてきたが、どうやら天国にも救いは無いらしい。

 永遠に日向ぼっこなんて死んだ方がマシだろう。

 

 いや、まあ死んでるんですけど。

 

 俺の天国に対する反応を見て女神はニコニコと笑顔を浮かべ切り出してくる。

 

「そんな退屈なところ行きたくないわよね?」

 

 そりゃあまあそうだ。

 

「そこで一つ良い話があるのよ! あなたゲーム好きでしょ?」

 

 今の時代嫌いなやついるのか? 

 というかなんか胡散臭い感じがする。

 こいつ実は邪神とかじゃないだろうな。俺には少し間違えたら死んじまうようなゲームを解く知力もアイデアもないし、きっと俺のSAN値は低いぞ。

 

「実はね? 地球とは違う世界でちょっとマズイ事になってるのよね。って言うのも、俗に言う魔王ってのがいて、その連中にまあ、その世界の人類が随分数を減らされちゃってピンチなのよ」

 

 ……興味は出てきたけど。

 

「その星で死んだ人達って、まあほら魔王軍に殺された訳でしょう? もう一度あんな死に方はヤダって怖がっちゃって、死んだ人達は殆どがその星での生まれ変わりを拒否しちゃうの。このままだとその星滅びちゃうのよね」

 

 そんな世界規模なことを解決出来る能力もないし、出来る気もしないぞ。

 

「それで、ほかの世界で死んだ人なんかを肉体と記憶をそのままにして、そのままで送ってあげたらどうかってことになったの」

 

 なるほど。死んだのに此処に俺がいる理由はそういうことか。

 だが断る。トラックに押し潰されたってのに、また死ぬなんて御免だね。

 

「だから大サービス。何かひとつだけ好きなものを持っていける権利をあげているの。とんでもない武器だったり強力な才能だったり」

 

 ……。

 

「記憶を引き継いだまま人生をやり直せる」

 

 ……悪くない話なのではないか……? 

 

「異世界の人にとっては即戦力になる人がやってくる。ね? お互いにメリットのある話でしょ?」

 

 チート能力を貰って無双するやつ。

 な◯う系か、あまり知らんけど。

 これは非常に悪くない話だ。今の自分が何かを為せるような人間ではないが、大きな力をもらった自分なら活躍出来るのでは? 

 ついでに色々と良い思いも出来るのでは? 

 

 俺は完全にやる気満々になっていた。

 

 

「さあ、選びなさい! あなたに一つだけ何者にも負けない力を授けてあげましょう!」

 

 

 能力やら武器やらが書いてあるチラシのようなものを紙吹雪のようにばらまく女神様。

 俺はそのチラシ達を眺めながら何にするか考え始めた。

 何にしようか。

 ここはオーソドックスに魔法だろうか。

 存在する魔法を全て使えるとか。一撃必殺の魔法か。

 それとも武器か。卍◯とかオーバーソ◯ルとか。

 やはり才能かな。スキルとかでも良い。

 筋力で全てを解決するのも面白い。時を止めるとか。もしくは───

 

 

「ねえー早くしてーどうせ何選んでもそんな変わらないわよ」

 

 ……。

 

「他の死んだ人の案内もあるんだから」

 

 

 ……わざわざ呼んだクセに、その態度はなんなんだ。このくs

 

 文句が喉まで出かかったが、飲み込んだ。確かに女神には女神の事情がある。俺一人に時間はかけられないだろうな。何を選んでも変わらないというのには同意できないが、何を選んでも後悔はしそうだ。

 

「それじゃあ女神様。選びきれないので女神様がテキトーに選んでください」

 

 

「いいのね? あとから変えられないわよ?」

 

 すっかり神様らしい態度を取るのをやめている。今更だが。

 

 ……よし、覚悟は決まった。

 

「はい、女神様が選んでください」

 

「わかったわ。じゃあ魔法陣から出ないようにね」

 

 俺の足元に幾何学模様のサークルみたいなものが浮かび上がり、俺の身体が浮き始めた。

 

「白銀光さんの希望は規定に則り受諾されました」

 

 今更女神ヅラするのか……。

 まあ、これも仕事の一つなのだろう。

 

「さあ勇者よ! 願わくば数多の勇者候補からあなたが魔王を倒すことを祈っています」

 

 どんどん俺の身体が地を離れて浮かんでいく。

 頭上の光へと飛んでいく。

 

「さすれば神々からの贈り物として、どんな願いでも叶えて差し上げましょう!」

 

 どんな願いでも? 

 マジか。余程キツイ案件らしい。

 少し怖くなってきたが、違う世界に少しだけワクワクしてきた。

 

「さあ旅立ちなさい!」

 

 俺は光へと飲み込まれていった。

 

 

 

 さあ俺の第二の人生

 

 俺の冒険が始まるのだ

 

 なんてな。

 




ここまで読んでくださった方ありがとうございます。

わたし個人の話になりますが、カズマ御一行のヒロイン達のことをあまりヒロインとして見れないので、今回のお話しでは原作では出番の少ないサブキャラ、もしくはオリキャラを活躍させたいなと思ってます。

カズマ達の活躍を見たかった方は申し訳ないです。

なるべく頑張って続けていきますので、興味を持ってくれた方は良ければお付き合いください。


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2話

やはり最初をテンポ良くするのは難しいですね。

2話です。さあ、いってみよう。


「おお……」

 

 思わず感嘆の声をあげた。

 目を開けるとまるで中世のヨーロッパのような街並み。 

 街の人たちを見て普通の人間とは違う部分を持つ人たちがいるのが見える。

 犬のような獣耳や先が尖ったようなエルフのような耳。

 

 本当に別の世界に来たらしいな。

 

 あの邪しn……じゃない女神の言うことを信じてないわけじゃないが、やはり不安はあった。

 

 

 よし、これで俺の冒険が始ま……

 

 ってちょっと待て。

 選択肢的にほぼこれしか選べなかったし、女神に乗せられてノリノリでこんなところに来てしまったが、俺はこれからどうすればいいんだ? 

 

 事情を知る人たちが迎えに来てくれたり、女神の使いが街を案内してくれるのだろうか。

 

 ここまで来てようやく自分の状態を確認し始める。

 服は死ぬ前と変わってない。私服だ。

 持ち物はサイフすらない。何も持っていないことから女神が選んだのは武器の類ではなく、何かのスキルや才能なのだろう。

 

 何回も何も持ってないことを確認しつつ5分、10分と誰かが来てくれるのを待つ。

 

 待てども待てども何も来ない。何も無い。

 

 とりあえず前を通った人物に話しかけようとして止まる。

 これは言葉は通じるのか? 通じない場合は英語か? 

 海外の旅先で言葉が通じないなりにボディランゲージやノリで話すのとは訳が違う。 

 

 俺はこの世界でやっていかなきゃいけないのに……。

 

 止まっていてもしょうがない。当たって砕けろの精神で俺は鎧姿の男に話しかけた。

 

「あのーすみません」

 

 俺が話しかけたことで振り返ってくれる。

 獣耳やエルフ耳のような耳ではなく、見慣れた普通の人間の顔立ち。というか茶髪だが、普通に日本人のような顔立ちの青年だ。

 

「僕に何か用かな?」

 

 ……言葉は問題無かった。本当によかった。

 

「あー、えっと俺ここにはじめて来てさ。それで……」

 

「もしかして日本から来た人?」

 

 幸運にも第一村人で日本のことを知る人に出会えた。

 

 

 

 

 

「なるほどね」

 

 だいたい情報の交換ができた。

 彼はミツルギ キョウヤ。俺と同じく日本から転生して来た勇者候補だ。

 

「にしても転生特典がわからないなんて。君、本当にどうする気だったんだい?」

 

「しょうがないだろ。女神様も大変みたいで早く選んでくれって言うし、そもそもこの世界のこと何もわからないし」

 

「でもわかるよ。僕もこの魔剣グラムが無ければ、確実に路頭に迷っていたからね」

 

 もう少し親切仕様にして欲しい。

 

 とにかく彼は事情を理解してくれたらしく、かなり協力的だ。

 どうやら冒険者になるのも金がいるらしく、生活にも困るだろうからと10万エリスをポンと渡してきた。

 大金を渡されてかなり動揺したが「僕は魔剣グラムがあるからね」とのこと。

 そのかわりまた戻ってきた時に君の能力がわかっていれば仲間になって欲しいと言われた。

 んなもん二つ返事でOK出すに決まってる。

 

 ミツルギはこれからこの街じゃなく違う街でレベルを上げつつ仲間を集めるらしい。

 あまり力になれなくて申し訳ないね、なんて言われたが十分すぎるほど力になってる。顔立ちもかなり整っているが、どうやら中身もイケメンらしい。

 

 ミツルギ様様だ。あの邪神よりもよっぽど神様らしいじゃないか。

 というか本来はもう少しこの世界について教えてもらえるし、お金も貰えるはずらしい。もうなんなんだ。

 

 ミツルギにはかなりの借りを作ってしまった。俺もあんな勇者になりたいもんだ。

 

 そんなこんなで俺はミツルギとは別れて冒険者ギルドに着いた。

 

 来る途中に言葉も問題なく理解出来ることを確かめ、何故だか知らないはずの看板の文字が読めることから言語の問題も無くなった。

 

 スキル系の転生特典なら冒険者カードに表示されるかもしれないと、ミツルギに聞いた。

 

 冒険者になって、自分の転生特典を確かめる。

 これで俺の不安要素は消えて、晴れて俺の冒険と第二の人生が始まるという訳だ。

 

 

 とりあえず今日は冒険者の登録と特典の確認。それと他にも情報収集しつつ泊まる場所などの確保をしなくてはならない。

 

 ミツルギにここまでしてもらったんだ、これ以上情けないことは出来ない。

 

 

 俺は意を決してギルドの扉を開けた。

 

 

 

 

 どうやら酒場や食事処も兼ねているらしい。

 昼間だがかなりの賑わいだ。

 

 右奥に受付らしき場所が見えたから、そこに向かおうと一歩を踏み出した瞬間、

 

「おまえさん、見ない顔だな」

 

 いきなりモヒカンのごついおっさんに絡まれた。

 

 これはもしかしてアレか。

 ここのリーダーに挨拶も無しにここを通るつもりか? みたいな。

 

「ああ、冒険者になりに来たんだよ。これからよろしくな」

 

 下手に出て舐められるのも嫌だったから、タメ口で返してみたが、どう来る……? 

 

 返事は無く、まるで睨み合いのような時間が過ぎる。

 

「おまえさん……まだ若ぇだろ。悪いことは言わねえ。冒険者なんてヤクザな稼業やめときな」

 

 いや、止められるのぉ!? 優しいな!? 

 顔と言ってることが全然違うよ、このおっさん!! 

 

「い、いや、そういう訳には行かない。冒険者になりに此処まで来たんだ。今更引けねえよ」

 

「……そうか」

 

「ああ」

 

 空気が重い中、数秒経ち

 

「右奥のカウンターだ。気をつけな、ルーキー」

 

「え、あ、はい。ありがとな……」

 

 思わず敬語になってしまった。やっと受付へと歩き出せることが出来た。

 な、なんだったんだ……? 大物パーティーのリーダー格か、それともこの街一番の実力を持つ冒険者なんてこともあり得る。

 

 ミツルギにはここは駆け出し冒険者が集まる街だと聞いていたんだが、どうにも考えを改める必要があるらしい。変に目を付けられてないといいんだが……。

 

 情報収集はしっかりやらないと痛い目を見るかもしれないな。

 

 

「今日はどうされましたか?」

 

 受付にはウェーブのかかった髪におっとりした感じの美人な女性。

 

 うん、でかい。説明不要。なるべく目が行かないように気を付けつつ目を見て話しかけた。

 

「冒険者の登録をお願いしたいんですけど、その前に」

 

「はい?」

 

「入り口にいたモヒカンのごつい人、アレどんな人ですか?」

 

「……あー」

 

 歯切れが悪い。しまった、触れることすらダメだったか……? 

 

「あの人はここの食堂の一般人の常連さんです」

 

「……ゑ?」

 

 

 ……。

 

 

 いや、冒険者じゃないんかいいいいいいいい!!!!!! 

 





オリキャラは後々のお話の後書きで説明があったり無かったりします。


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3話

タグとかよくわからないのでモリモリにしてみました。

このすばらしくギャグテイストで行きたい(願望)

さあ3話です。いってみよう。


 結論から言うと俺はもうダメかもしれない。

 あのおっさんのせいで変な疲れが……。

 それはともかく何故俺はもうダメなのかもしれないと言ったのか、それは……。

 

「幸運値は平均以上なんですが、それ以外は全て平均……より、ちょっとだけ下、ですね」

 

 言い方的にめちゃくちゃ気を使われてるな、これ。

 

 何故こうなった。

 

「シロガネさん、何か病気とかにかかったりとかは……?」

 

「しませんね……」

 

 病人の方がマシらしい。

 

「幸運が高い人は商売人とかもおすすめしますが……」

 

 冒険者やめとけってよ。日本に帰らせてくれ。

 そもそもこの世界のことがほとんどわかってないのに商売なんか出来るわけがない。いよいよ何しに来たかわからないだろ。

 

「い、いや冒険者の他に何か職業はありますか?」

 

「そ、そうですね。えっと冒険者の他に前衛職の剣士にも一応なれるみたいですが、どうされますか?」

 

 一応武道は一通りやったことがあるが、武器を扱う武道は少し苦手意識がある。

 多分素手で戦いに行ったら死にそうだな、しょうがない。

 

「あー、剣士でお願いします」

 

「レ、レベルを上げれば上位職とかにも転職は可能ですから、頑張ってくださいね」

 

 

 受付のお姉さんの渾身の愛想笑いが見れた。

 

 

 

 

 

 

 

 手渡された冒険者カードを見て更に絶望感が増す。スキルとかの欄は何も書かれていない。

 まさか俺は何も渡されないで此処に来てしまったのか? あの邪神は俺に能力を渡すのを忘れてるんじゃないだろうな。

 

「あのー他に何かありますか……?」

 

 冒険者カードを見て固まってる俺に尋ねて来る。良い機会だ。

 今受付に俺以外いない、聞けることは聞いておこう。

 

 

 

 

 クエストの受け方を聞いてると、絶対に一人でクエストに行くのはやめるよう言われた。

 というのも既に街周辺のモンスターはとっくの昔に狩り尽くされていて簡単なクエストとかは無いらしい。

 スライム狩りやポ◯ポやコラ◯タを倒してレベルを上げることも出来ないのだ。

 

 どうすんだこれ。

 

 初心者がいきなり一人でクエストを受けるというのはただの自殺行為に他ならない為、一人で行くのは止めるよう言われてしまったわけだ。

 流石に死人を出すのは避けたいらしい。送り出す側も大変だ。

 

 ということで仲間が必要になったわけだが……。

 

「と言ってもレベル1の冒険者受け入れてくれるパーティーなんてあるんですか?」

 

「……えっと」

 

 目がめっちゃ泳いでるんですけど。バタフライなんですけど。

 

「一応ですね、クエストの掲示板の横にパーティー募集の張り紙をしてる掲示板があるので、そこで探すか、もしくは募集するかになると思います」

 

 

 Q:レベル1の冒険者を入れてくれるパーティーはありますか? 

 

 A:あ? ねえよ、んなもん

 

 

 ため息が出そうになったが、悪いのは俺のステータスなので何とも言えない。

 受付のお姉さんの対応は至極真っ当、いや、これでもかなり優しいんだろうな。

 

「まあ、アレですね。ダメ元で募集とか頑張ってみますね。ありがとうございました」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 落ち込んでいるのをなるべく隠して、掲示板の方に向かおうとしたのを呼び止められた。

 

「……パーティー募集の掲示板の一番右上の張り紙ならもしかするともしかするかもしれません」

 

 もしかするともしかしなかったらどうしましょうかね、なんて軽口を叩きそうになるのを堪えて感謝の会釈をしてから俺は掲示板へと向かった。

 

 

 

 右上のパーティー募集の張り紙か。

 なになに? 

 

『パーティーメンバーを募集してます。優しい人、つまらない話でも聞いてくれる人、名前が変わっていても笑わない人。クエストが無い日でも一緒にいてくれる人。前衛職を求めています。できれば歳が近い方。当方、最近16歳になったばかりのアークウィザードで────』

 

 

 …………。

 マッチングアプリかな? 

 

 どうやら違うのを読んでしまったらしい。一応全部の募集に目を通しておこう。そして受付のお姉さんに確認してみよう。

 

 

 アレだ、左上と間違えちゃったのかな。

 左上の張り紙は───

 

『パーティーメンバーを募集中。当方、クルセイダーと盗賊の二人組。募集要員は前衛職一名、後衛職二名。良識あるまともな人を募集しています』

 

 そうそう、こういう感じだよな。やっぱり先程の募集の張り紙は何か間違ってたんだろう。

 この募集こそもしかするかもしれないと言っていたものだろう。

 この募集も途中黒く塗りつぶされている部分があって気になるが、多分普通の募集だろう。

 

 他には、

 

『パーティーメンバー募集。パーティーの人数は現在四名。募集職は魔法使い』

 

 簡潔だがわかりやすい。俺はお呼びではないみたいだが、パーティーの募集とはこんなもんだろう。

 俺もパーティーを募集する側になるかもしれない。参考にさせてもらう為にも他にも目を通させてもらおう。

 

 

 

 全て読み終わった。

 ほとんどの募集が魔法使いやプリーストの募集だったが、一応前衛職を求めてる募集もある。

 まだ希望はあるわけだ。

 さて受付のお姉さんに聞きたいこともあるし、受付に戻ろうかな。

 

 

「……どうでしたか?」

 

 なんか気まずい感じで聞いてくる。右と左を少し間違えたぐらいでそんな怒ったりしないぞ俺は。

 

「結構前衛職の募集もあるみたいですね。安心しました」

 

「それはよかったです。それでどうされたんですか?」

 

 変な募集を案内されたんじゃないかと疑うのはよくないし、とりあえず職業のことを聞きつつ、先程の募集について聞いてみよう。

 

 

「───クルセイダーに関してはこんな感じですね。他には何か聞きたいことはありますか?」

 

 受付には人がいなかったし、職業に関してわからないことがあったので色々と聞くことにしていた。

 上位職はレベルを上げて転職する場合とステータスが高かったり才能ある人間がいきなりなる場合があるらしい。

 ここは駆け出しの街だし、おそらく後者の人間が募集していたのだろう。羨ましい限りだ。

 

「そういえば募集の張り紙なんですけど」

 

 お姉さんがビクッと震え、目を逸らし始める。まるで嫌なことでも聞かれたかのように。

 

「掲示板から見て右だったんですね。少しびっくりしましたよ」

 

「……いえ、掲示板から見たら左上ですね」

 

「……」

 

「……」

 

 空気が死んだ。

 

「ちなみに手前側の四人席に座っている女の子が募集している方ですよ?」

 

「いやいやいやいや」

 

「いえいえいえいえ」

 

 何案内を済まそうとしてんだ。

 パーティーの募集っていうかパートナーの募集してたんですけど! ちょっと怪しい上に重かったんですけど! 

 

「パーティーに求める人材は人によって違いますからね。あの子ならきっと冒険者で優しい方ならパーティーになってくれるはずです。シロガネさんならきっと大丈夫です」

 

 なに良い感じの言葉で誤魔化してんだ! 

 お墨付き貰いたくてここに来てるわけじゃ───

 

「募集があるとはいえ未経験の方を受け入れてくれるなんて難しいですし、先に違う人があの娘のパーティーに入っちゃったらクエストを受けられなくなっちゃうかもしれませんよ? あの子は上位職のアークウィザード。今はパーティーを組んでクエストを受けられるようになってから先のことを考えるべきだと思います」

 

 ……はい論破。

 確かにそうだ。選り好みしてる場合じゃない。少しでも可能性があるならやるべきだろう。

 

「……わかりました。案内ありがとうございます」

 

「ええ、陰ながら私も応援してますよ」

 

 良い笑顔ですこと。

 

 さぞモテることだろう。

 




次でやっとこの話の紹介欄?のところに唯一名前が出てた人が登場します。

時系列ですが、アクアがシロガネの転生を案内している通りカズマより早く異世界に来ています。


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4話

お待たせしました、とうとうヒロインの登場です。

4話です。さあ、いってみよう。



 案内してもらった女の子の元へと向かっていく。こちら側からだと後ろ姿しか見れない。

 食事中だろうか。机に向かって何かしている。

 

 少しアレだが、わざと通り過ぎて前からどんな人か確認しつつ声をかけてみよう。

 

 さあてどんな人かな。通りすぎてから振り返り彼女のことを確認する。

 

 

 この世界に来てから綺麗な女性ばかり見ているが、この子もまた美人な女の子だった。

 ローブを纏っていてまさに魔法使いといった感じで、リボンで束ねられた黒髪が親しみ深さを感じる。

 まだ顔に幼さが残っているが、確かあの変な募集の紙には16歳と書かれていたな。

 全体的にスラリとした体型で、どことなく大人しめの顔立ちをしている。

 日本の学校にいれば学級委員長とかをやってそうな優等生の印象。

 それよりもなによりも目を引くのは、

 

 

 でかい。

 

 

 いや、違う。そうだけど、そうじゃない。

 

 目が綺麗な紅い色をしている。

 

 そんな綺麗な女の子が───

 

 

 全集中して三角形のトランプの山を作ろうとしていた。

 

 

 まるで戦闘さながらの真剣さ。

 トランプの山はついに三段を迎えていた。

 

 

 いや、声掛けづらいわ。

 

 

 本当にパーティー募集してんのアレ。さっきのおっさんみたいなオチじゃないだろうな。

 

 

 深呼吸して、トランプの三段目を置き終わるのを待ってから、俺は遂に声をかけた。

 

 

「あのーすみません。パーティー募集の張り紙を……」

 

 

 グンと勢いよく少女の首がこちらに向く。

 まるでホラーゲームの捕まったらゲームオーバーなタイプの敵役と目が合ったぐらいのプレッシャー。右足が無意識に半歩下がってしまった。周れ右しそうになったのを耐えた俺を誰か褒めてほしい。

 

 紅い視線が突き刺さんばかりにこちらを真っ直ぐに見て、すぐに周りを見始める。

 他に誰もいないことを確認してから最後にもう一度こちらを見始め、わたし? とばかりに自分を指差して確認してくる。

 

 勢いが良すぎて少しビビったが今更引くわけにいかない。そうだと頷いた瞬間、椅子を蹴飛ばさんばかりに立ち上がり、その勢いでトランプの山は崩れ落ちた。

 

「わ、私ゆんゆんと申します職業はアークウィザードですが魔法はまだ中級魔法しか使えませんごめんなさいでも大丈夫ですすぐに上級魔法だって覚えますから!!」

 

 と、一気に捲し立ててきた。

 

 ギルド内に響き渡り、一気に注目が向く。それに気付いたゆんゆん? さんは自分の目と同じぐらいに顔を真っ赤にしていた。

 

 丁寧に自己紹介されたんだし、俺も応えるべきだろう。

 

「えっと、シロガネヒカルと申します。職業は剣士。今日冒険者を始めたばかりなんだけど……」

 

「ふ、不束者ですが、よ、よろしくお願いします!!」

 

 え、いや、ちょ……

 

「や、やっと、やっと私にもパーティーメンバーが……っ!」

 

 

 自己紹介しただけでパーティーが結成されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず落ち着いてもらったところで、食事でもしながら話でも、と誘ったところ。

 

 

「一緒に食事!? い、いいんですか!? 本当に!?」

 

 

 ……遠回しに断ってるのかと思ったが、ここで引くのは色々と問題がありそうなので、俺は頷いた。

 この少女は余程孤独な生活をしてきたのだろうか。

 

 

 文化や環境が違えばもちろん食も変わる。

 ジャイアントトードの唐揚げ定食か……。

 トードってなんだっけ? 

 なんか聞いたことあるような無いような。料金設定も他のメニューに比べて安めだし、これにしよう。

 街並みは中世でも唐揚げとかあるなら食事面も安心か。ちなみに味も問題無かった。

 

 

 食事も終わり、なんとかゆんゆんさんも落ち着いてきたので話を始めよう。

 落ち着いてきてはいるが、ずっと目が泳いでたり何か口を開いたり閉じたりと終始挙動不審だったが。

 

「それでパーティーの話なんだけど……」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 姿勢を一瞬で正し、膝へ手を置く。

 まるで俺が面接官みたいだ。俺が面接される側のはずなんだけど……。

 

「……俺、今日冒険者になったばかりで知らないことも多い状態だけど、本当にパーティーに入って」

 

「何も問題ありません! 私もまだ中級魔法しか覚えてませんし、パーティーを組んでクエストを受けたこともありませんから!」

 

 …………色々疑問も尽きないけど、やってみないとわからないこともあるわけで。

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

 

「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」

 

 問題は起きてから解決するしかない。なら行動するのみだろう。

 お互いに礼をしてパーティーの結成が改めて決まったのだった。

 

 

 

 

 

 今日中にやらなきゃいけないこともあるし、明日にクエストを受けようという話をしたら、ゆんゆんさんの表情が何故か緊張が増したような顔になり、挙動不審さが増す。

 

「あ、明日ですか!? そ、それってもしかして……わたし何かしてはいけないことをしてしまいましたか!?」

 

「???」

 

 この娘の言ってることはよくわからないことが多い。もしかして今日じゃないとダメだったかな。

 もしかして今日クエストを受けないと、何か困ることがあるのか? 金銭的な問題とか。

 俺も余裕があるわけじゃないけど、装備を揃えたりする準備や宿の問題がある。

 そのことを伝えると挙動不審さがなくなった。

 パーティーにはなれたが前途多難かもしれない。

 

「それでしたら、その、一緒に着いて行ってもいいですか!? お邪魔とかじゃなければ……」

 

 そういえば街のこと全く知らないんだった。

 色々と教えてもらいたいし、迷惑とかじゃなければ、こちらこそ是非お願いしたいと伝えると、ゆんゆんさんは目をキラキラとさせて言った。

 

「っ! ……ま、任せてください! わたし結構詳しいですから!」

 

 なんとも嬉しそうな顔だ。

 そんな表情をされたら悪い気はしないが、どう考えても立場が逆なんだよな。

 

 

 

 ギルドを出て街のことなどを聞きつつ、必要なものを調達する。

 問題無く調達出来たが、やはり金銭面に不安がある。明日は確実にクエストを受けなければ数日で所持金が尽きてしまう。

 

 

 この冒険はどうやらハードモードらしい。

 難易度変更はどこで出来るか教えてくれ。ベリーイージーに設定変更させて欲しい。

 

 ハードといえばこの娘とのコミュニケーションもだいぶハードだ。

 話す度にどもるし、常に挙動不審。ふと目が合った時は顔を赤くし俯き始める。何かを話そうとするが、すぐに黙り相手が話そうとするのを待つ。

 

 話しかけた時は割と答えてきてくれるから、まだいいかもしれないが、パーティーメンバーとしてはだいぶ不安だ。

 

 

 この女の子がパーティーメンバーを募集しても、なかなか来ないのは恐らくこの態度が原因だろう。

 他にも大きな問題があるかもしれないが……。

 そうじゃないと今までパーティーメンバーを募集しても来なかったことに説明がつかない。   

 この娘ほど可愛くて、性格良さそうな娘はそうそういない。

 先程ギルドにいた時に見たが女性の冒険者も珍しくないみたいだ。

 他に問題があるとしたら、この街の男性全員が下半身に問題でも抱えているか、もしくは目にビー玉でも入っているのか。

 過去に問題でも起こして去勢でもされてしまったんだろうか。

 

 なんて、そんなアホなことを考えつつ、宿も決めた。

 冒険者はあまり稼げる職業じゃない為、馬小屋のスペースを借りて寝ることも珍しくないのだが、流石に今日だけは普通の宿を取ることにした。

 

 明日から本気出す。

 その為に英気を養うのだ。決して馬小屋が嫌だったわけじゃない。

 




次からやっとクエストに出れます。

シロガネ達のパーティーは四人を予定していますが、揃うのに何話かかることやら……。

ゆんゆんの年齢が少し変わっていますが、13歳ぐらいの違う子をパーティーに入れたいなと思い、少し変えさせていただきました。


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5話

今回でクエストに出ると言ったな、あれは嘘だ()

5話です。さあ、いってみよう。



 街の案内もしてもらったし夕飯を奢るよ、なんて話をし始めたら、随分と驚かれた。

 お金に余裕は無いが持ってないわけじゃない。これは必要経費だろう。

 

「ええっ!? そ、そんな……! いえ、むしろ私が奢ります! 奢らせて下さい!」

 

 

 ????? 

 

 何故? 世話になったのは俺なんだが……。

 というか女の子、しかも年下の娘に奢ってもらうほど落ちぶれちゃいないぞ。

 

 

 奢る奢らないの問答を街の往来で10分ほど繰り広げることになった。

 問答が終わって気付いたが視線が痛いこと痛いこと。

 

 

 なんとか納得してもらったところ、オススメの店があるとかでまた案内をしてもらっている。

 手帳のようなものを取り出して、食い入るようにして見ている。そんなに楽しみにしていた店なのか、それとも少し複雑な場所にあるのだろうか。

 

 

 たまにペンを出して何かを書き込んだりして、何かを呟いている。

 

「い、いいの……? 友達が出来たらやりたいリストにこんなに丸がついてしまったけど、本当にいいの? もしかしてこれは夢? もしかして明日にはシロガネさんはいなくなってるんじゃ……」

 

 

 丸聞こえだし、勝手に俺を消しにかかるのはやめてほしい。

 まだまだ分からない事ばかりだが、この娘はほぼ確実に友達に困っているタイプだろう。

 なるべく優しく接してあげよう。

 

 

 これでまさかこの娘が釣りで新手の宗教勧誘とかだったら、最早拍手レベルだ。その手腕に敬意を表して大人しく勧誘されてやろう。

 

 

 

 ただし俺をここに送った邪神、お前だけは絶ッ対に崇拝しないからな。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでオススメの店とやらに着いた。

 お洒落な感じのカフェだ。食事も出来るんだろう。

 

「よ、よし! 私に任せて下さい!」

 

 へ? なにを? 

 聞こうとする前にゆんゆんは勝手にカフェへ突撃していくので慌ててついていく。

 

 テンポは悪いが店員に話しかけ二人席へと案内される。

 店員からメニューを受け取り、そのまま流れるように俺にパスされる。

 首を傾げていると、どうやらもう何を注文するか決まっているらしい。

 

 

 普通にパスタとかあるんだな。割と日本と変わらないな。

 ただ食材の名前がたまにわからないので、これは少しずつ覚えていく必要がありそうだ。無難にカルボナーラをチョイス。店員さんを呼んだ。

 

 俺は注文を伝え終えたことを視線でゆんゆんに伝えると

 

「わ、私はいつもので!」

 

「はい?」

 

 

 …………。

 

 

「え、あ、えっと、あの」

 

 

 な、なぜ、

 

 何故行きつけ感を出したぁ!? 

 任せてくださいってそういうことか!? 

 

 

「……あ、えっと申し訳ありません。わたし最近始めたばかりで勝手が分からなくて」

 

 

 店員さんも気ぃ遣ってるよ! 

 なんでそんな無茶したんだ! 

 

 

「そ、そうだね、はじめたばかりじゃわからないことも多いよ。ほ、ほら、メニューあるから」

 

 メニューを手渡してなんとか立て直せるように俺からもフォローする。

 

 

 立ち上がってこい。お前はやれば出来る娘だ。多分。

 

 

「こ、こり、こりょ、こ、これをおね、お願いします」

 

 

 動揺しすぎだァ! 気をしっかり持てッ! 

 今のうちに体勢を立て直すんだッ! 

 

 

「当店ではカップル割なんてものがあるのですが、如何いたしましょう?」

 

 

「カブッ!?!?!?」

 

 

 おいいいいいい!!! 何トドメ刺そうとしてんだァ!! もうその娘のライフは0よ! 

 

 

「と、友達割はありますか!?!」

 

 

 ねえよ!!! 絶対ないよ!! 

 なんで自ら首締めてんだァ!! 

 

 

「申し訳ありません。友達割はありませんね……」

 

 

 だろうな。

 

 夕飯はまるでお通夜のような静けさだった。

 

 

 

 

 

 コミュニケーションがうまくいかないから、なるべく夕飯で上手く話せるようになろうと思っていたんだが、まさかの伏兵がいたことによりキャンセルとなった。

 

 真の敵は味方に……いや、もうこの話はやめよう。忘れてあげないと多分一生赤面したまま話してくれなくなる。

 会計の時も俺の背中に隠れていた。何も知らないフリをしよう。

 

 

 クエストを受けたりとかしてないはずなのに、なんだこの疲労感は。

 もう部屋に戻って休みたい。ゆんゆんもきっと部屋に戻りたいだろう。

 宿に戻ろうと伝えると未だ赤面状態のゆんゆんはなんとか頷いてくる。

 夕飯前に決めた宿のことを後悔しはじめている。何故ならゆんゆんと同じ宿にしてしまっているからだ。

 

 

 めちゃくちゃ気まずい。

 俺も気が利く性格なら良かったが、なんて声を掛けていいか全くわからないし、ゆんゆんも何も喋らない。

 俺は別に連れと無言の時間があっても辛くないタイプだが、この無言はしんどかった。

 

 

 なんとか部屋に着いた。シャワーを浴びてベッドで眠るとしよう。今日限りのベッドだしな。

 

 部屋の前でゆんゆんに

 

「それじゃあ今日は」

 

「あ、あの!」

 

 まだ何かあるのだろうか、君も満身創痍なんだから無理しないでくださいお願いします。

 

「明日は何時に集合したりしますか……?」

 

 

 あああああ……何も決めてなかった。

 何時がいい? と逆に聞くと

 

「あ、あの出来れば朝ごはんも一緒に……」

 

 メンタル馬鹿強いな。

 あんなことがあってすぐに食事に誘えるなんて……。この娘は案外大物になるのかもしれない。

 もう全部任せよう。

 

 時間とかを全て決めてもらい、別れる。

 

「じゃあまた明日、おやすみ」

 

「は、はい! お、おやすみなさい!」

 

 

 ようやくベッドイン。

 異世界転生がこんなにしんどいなんて聞いてない。

 シャワーは朝にしよう。

 

 疲労困憊。明日からの不安もあるってのに、目を瞑ると一瞬で寝てしまった。

 




次こそクエストに行きます。
ええ、本当です。


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6話

クエストのお時間です。

さあ6話、いってみよう。


 目が覚めると、見知らぬ天井だった。

 

 

 なんて、お約束をしつつ。

 

 

 異世界転生とは名ばかりのヘンテコベリーハードな冒険が始まったことは夢であって欲しかったが、そんなことはなかった。

 

 

「はあ……」

 

 

 目覚めて早々ため息をついてしまった。

 今日から冒険者として生きていくのに、どうにも気合が入らない。

 

 

 俺が悪いんじゃなくてこの世界が悪いと思う。あとあの邪神。

 

 

 

 シャワーを浴び終わってもまだ時間に余裕があるので、このままでいたら二度寝をかましそうになったので、散歩ついでに街のことを見て回ろうかなと部屋を出た。

 

 

「え、あ、おはようございます!」

 

 

 もうゆんゆんが廊下にいた。

 まさか起きて準備が出来次第ずっと待ってたりしてないだろうな。

 

 

「おはよう。随分と早いな」

 

 

「えへへ、パーティーを組むなんて初めてで、すぐに目が覚めちゃって。何があっても良いように準備してました!」

 

 

 そうやって自然に笑顔でいれば本当に可愛い普通の女の子なんだがなぁ……。

 

 俺の不安はどうにも晴れないままだ。

 

 

 このままじゃお互いに暇だし、時間を前倒しにして進めることにした。ギルドは既に開いてるとのことなので、そこで朝飯を済ませ、どんなクエストを受けるかの相談だ。

 ここまで来てようやく彼女はどもることなく普通に会話を始められるようになっていた。

 やっとパーティーらしいことが出来る。

 

「ジャイアントトードはどうですか? 打撃は効きづらいですけど、剣なら問題なく倒せます。倒しやすくて剣を持ってれば飲み込まれる心配もないです」

 

 ジャイアントトードって昨日の昼に食べたやつか。倒しやすくて食えるなんて最高じゃないか。どんなモンスターかも興味が出てきた。

 そんなわけで即決。

 

 お互いに準備が出来ているか確認する。

 ゆんゆんは終始ニコニコしている。パーティーで初めてのクエストだからだろう。もう聞かなくてもわかる。

 

 ぶっちゃけ俺も少し、いや滅茶苦茶舞い上がっている。

 悪くない。むしろ良い。燃えてきたってやつだ。

 

 まるで大会の試合前のような緊張感。

 ステータスが低いだ、病人の方がマシだ、なんだかんだと言われたが、日本じゃ病気になることなんてほとんど無かったし、体力に自信もある。

 ステータスとかいう数字なんかでそこまで差が出るとは思えない。少し数字化されてるだけだろう。

 転生特典を貰ってないし、そこら辺のステータスもおかしく表示されてるなんてこともあり得る。

 もしくはやっぱり貰っていて戦闘中に力を発揮するタイプの転生特典なのかもしれない。

 

 街の案内とかでゆんゆんには世話になってしまった。ここらで借りは返しておくべきだろう。可愛い女の子に良いところを見せるのも悪くない。

 昨日ゆんゆんの自己紹介にはまだ上級魔法は覚えてないとかなんとか言っていたし、負担はあまり掛けられない。俺がほとんど倒す勢いでやるしかあるまい。

 

 

 ◯依頼内容

 街外れの平原地帯でジャイアントトード五体の討伐

 

 

 さあ、やるぞ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、お疲れ様でしたー。

 

 

 いやー今日もキツかったっすねうん。

 

 

 よし、ゆんゆんさんのお飲み物を用意しよう。

 

 

「え、えと、依頼達成の報告してきますね」

 

 

 現在時刻は11時過ぎ。依頼の為ギルドを出たのは10時過ぎ。ほとんど移動にしか時間を使ってない。戦闘に使った時間は多分10分もない。

 

 依頼達成の報告の為には冒険者カードのモンスターの討伐欄を確認する。ゆんゆんさんだけが報告に行ったということは……

 

 

 つまりはそういうことだ。

 

 

 何が中級魔法しか覚えてない、だ。

 中級魔法で十分じゃないか。『ファイアーボール』の一撃であの巨大カエルは爆発四散した。それが五回起こった。

 

 先程の戦闘内容はそんな感じだ。

 俺が平原に着いて三歩も進まない内にクエストが終わったのだ。

 

 ゆんゆんは自分の力のアピールが出来て、とても満足そうにしていた。

 何に気を使ったのか、今日はすごく調子良いんです! パ、パーティーがいるからかな、なんて言ってたが、んなわけない。

 

 俺は帰りの道中はそれはもうヨイショをしまくった。高校や大学時代の面倒な先輩に絡まれた事がこんなことに役立つなんて誰が思おうか。

 

 

 『ステータス』『上位職』『アークウィザード』『中級魔法』全てを舐めていた。

 

 実力差がありすぎる。

 これは早急にお話ししなきゃいけない。

 

 

 俺は昨日カエルの唐揚げなんかを食ってたことなんてすっかり忘れて、ゆんゆんさんのお水を用意した。

 

 

 まずい、冷や汗が止まらない。

 完全に舐めてたし、完全に粋ってた。

 もう完全にパーティーでやっていく感じになってるが、確実についていける気がしない。

 俺の剣の一振りと彼女の杖の一振りにどれだけの差があるのか、いちいち調べたくもないし知りたくもない。

 

 どう上手く言えば傷付けずに済むか。

 多分パーティーを断ったら、あの子の性格上かなりショックを受けそうだ。

 

 考えがまとまらない内にゆんゆんさんが小走りでこちらへ戻ってくる。

 そんな急がなくていいんですよ。もっと受付の方とお話しとかするとよいと思います。彼女は対面に座り

 

「お待たせしました。十二万五千エリスです。これ──」

 

「お水です、どうぞ!」

 

「え? あ、ありがとうございます?」

 

 飲み終わって落ち着いたところで話を切り出そう、そうしよう。もう出たとこ勝負だ。

 

「ふう……で、これ報酬の──」

 

「あ、あの!」

 

 

 報酬は受け取れない。俺は何もしてないんだから。意を決して話そうと切り出したところで

 

 

「お話し中、すみません」

 

 

 俺らがいる机の横に誰かが立っていた。

 

 その男は爽やかな笑顔を浮かべつつ、こちらを見ていた。

 

 俺よりも身長は高く、綺麗な金色の髪に碧い瞳。顔立ちはかなり整っている。

 所謂イケメンだ。ダメなところを探すのが難しいぐらいの。

 そんなイケメンが笑顔を崩さず、俺らの方を見て紙をこちらに見せてくる。

 

 

 それは───

 

 

 パーティー募集の張り紙だった。

 

 

 

 は? こいつマジか。

 

 

 これ、この怪文書、いやマッチングアプリのプロフィール欄でこいつ───

 

 

「パーティー募集の張り紙を見て来ました」

 

 

 

 あんなの見て来たのか!?!? 

 




新キャラをやっと出せた。

今回はシロガネ君が現実を知る回です。
かわいそうに(他人事)

やりたい話も多いけど、歩みが遅い…。
エリス様にご登場してほしいんですけど、何話後かなぁ…。


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7話


7話です。さあ、いってみよう。


 前回のあらすじ

 

 マッチングした。

 

 

 

「パーティー募集の張り紙を見て来ました。まだ募集はしてますか?」

 

 

 こいつマジか? 

 

 

 あの募集で来るなんて絶対ロクでもない奴だぞ。

 ……いや、俺は受付のお姉さんからの紹介だから。

 違うからね、マジで。

 

 

 とりあえずゆんゆんの方を見て確認してみると、挙動不審モードに早変わりしていた。

 

 昨日のゆんゆんだ、これは面倒だぞ。

 ゆんゆんが答えない為、しょうがない。

 

「ああ、まだ募集しているよ」

 

 俺が代わりに答えることにする。

 いつまでも答えないゆんゆんのせいで待たされたイケメンは安堵したような表情を浮かべ

 

 

 た時にいきなりゆんゆんが立ち上がる。

 二人して驚いていると、スタスタと歩き出し、俺の隣へ着席した。

 そして今まで座っていた俺の対面側の席へ手を向け

 

「ど、どうぞ」

 

 と、イケメンに着席を促した。

 

 

 ゆんゆんさん、お願いだからもう少し落ち着いて行動してくれ。挙動不審さがMAX状態なんだけど。イケメンさんも苦笑になり始めてるから。

 

「ありがとうございます」

 

 席につこうとして背後が見え、腰に弓と矢筒を装備しているのが見えた。

 

 

「はじめまして、私トリスターノと申します」

 

 

 え、と、トリス? 

 なかなか言いづらい名前だな、この世界では普通なのか? と思ったら、ゆんゆんも同じような表情をしていた。

 まあ、ゆんゆんの名前もアレだけどな。口には絶対に出さないけど。

 

 

「ふふふ、私の名前言いづらいですよね。みんなに言われます」

 

 

 俺たちの表情を知ってか知らずか、そう言い出すトリスターノ。

 

「なので私のことはトリタンと可愛く呼んでいただければと思います」

 

 

 い、いや流石にそんな

 

 

「と、トリタンさん、よろしくお願いします!」

 

 

 ……呼ぶのか。

 

 

 トリスターノも呼ばれるとは思ってなかったのか驚いている。そして次はあなたの番ですよと言わんばかりにこちらを見てくる。

 

「絶対に呼ばんぞ」

 

 大袈裟に残念そうにするトリスターノ。

 おい、イケメンだからって調子乗るんじゃないぞ。

 え、呼ばないの!? みたいな表情をやめろ、ゆんゆん。

 

 

「俺はシロガネ ヒカル。職業は剣士。まだレベル1だ。よろしくな」

 

 

 俺が自己紹介して、漸く自己紹介するタイミングだと気付いた彼女はまた

 

「私ゆんゆんと申します職業はアークウィザードですが魔法はまだ中級魔法しか使えませんごめんなさいでも大丈夫ですすぐに上級魔法だって覚えますから」

 

 昨日と同じく捲し立てるようにして自己紹介をするゆんゆん。

 それテンプレなの? 確実に変えた方がいいよ。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 表情を崩さず、礼をするトリスターノ。

 あの自己紹介を聞いてノーリアクションとは……こいつ、やるな。

 

 

「職業は冒険者です。元はアーチャーだったんですけど、色々なスキルを覚えてみたくて冒険者に変えました」

 

 

 ??? 

 意味がわからん。ランクダウンしてないか? 

 

 

「冒険者の職業の人はすべてのスキルを覚える事が出来るんです。覚える為には教えてもらったりしなきゃいけないんですけど」

 

 

 ゆんゆんが俺の表情を見てたのか、説明をしてくれる。

 え、すごいじゃん冒険者。冒険者にすればよかった。

 

「まあ専門職に比べてスキルポイント高く払わなきゃいけなかったりするので、メリットだけではないですけどね」

 

 トリスターノが補足してくれる。

 

 この世界はどこまでも不親切を貫き通したいらしい。

 

 

「私の紹介は以上ですね。すみません、あまり特技とか無くて。冗談とか人を笑わせる才に長けていればよかったのですが、故郷の友人に冗談のセンスが無いと言われてから言わないようにしているんです」

 

 

「わ、わかります。私もあまり冗談とかは得意じゃなくて……」

 

 ええっ!? ゆんゆんに冗談を言う相手いたの!? 

 ……頑張って言うのを堪えた。

 

 

 

 

 というか流れに流されて来たけど、俺はパーティーを抜けようとしてたんだけど……。

 どうしよう、言うタイミングがなくなっちまった。

 流石にトリスターノに任せて、はいさようならが出来るほど恩知らずじゃない。

 

 トリスターノは悪いところが見つからないぐらいのイケメンだが、あの怪文書でパーティーに入りたいなんて流石にいくら何でも怪しすぎる。

 

 どうしたものか……などと考え込んでいたら二人が俺のことを見つめていた。

 

 

 え? なんだ? 

 

 

「私はパーティーに入ってもいいですか?」

 

 

 え? 何故俺に聞く? 

 ゆんゆんの方に向くと首を傾げてくる。

 

「ゆんゆんさん?」

 

「え、はい?」

 

「彼はどうなんだい?」

 

「え、はい。問題無いと思います!」

 

 何故俺を通して言うんだ。

 

「あー……これからよろしくな。トリスターノ」

 

 

 パーティーメンバーが増えた。

 

 

 

 

 

 

 結局俺はパーティーを抜けることもなく、トリスターノの前ということもあり報酬の半分も貰ってしまった。

 トリスターノが信用出来る奴と判断出来た時に多分俺はパーティーを抜けるだろうし、そのタイミングにでも返そう。

 

 

 トリスターノは今日はやる事があるとかでまた明日の朝会うことになった。

 

 

 もう一つクエストを受けたいところだったが、俺はまた宿の問題がある。

 格安の宿か馬小屋のスペースを借りられるところを探さなくては……。ということで今日は解散しようと話をしたのだが……。

 

「え……ち、違う宿に行っちゃうんですか……?」

 

 少し後ろ髪を引かれる思いだが、情けない話経済的にしんどい。申し訳ないけど、今日からは……

 

「お金を出すのでまた同じ場所に泊まりませんか!? 今日だけでいいですから!」

 

 なんなら毎日でも! とか抜かしてるけど、それは流石に無い。

 というか誘い方が最悪すぎる。お金出すからお願いします、だなんて仲間や友達なら余計に動いてくれないぞ。

 まだやりたい事リストが……。とか言ってるけど、あれか。手帳になんか書いてたやつか。

 

 

 ゆんゆんには世話になっちゃってるからな。今日だけならまだなんとかなるかな……。

 じゃあ今日だけな。あとお金もいらないから、と言うと不安そうだが嬉しそうな顔をするゆんゆんだった。

 

 

 なんでこんな育ち方しちゃったんかね、この娘は……。

 

 

 

 昼飯を食べ終わり、宿のことも解決してしまったので、どうしようかと二人で話していたら何故だかギルド内が騒がしかった。

 エリス教のアークプリーストがどうとか聞こえるが、なんだ? 

 

 騒ぎの中心にいるのはどこからどう見ても子供。

 話を聞いてると中学生ぐらいに見えるあの子はアークプリーストらしく、ギルド内にいた冒険者達がパーティーの勧誘に必死になってるせいで揉みくちゃにされてるみたいだ。

 

「すごいですね。アークプリーストなんて希少なのに、あんな小さな子がアークプリーストなんて」

 

 ゆんゆんが驚いているが、そうなのか? 

 そういえば昨日の募集の張り紙のほとんどにプリーストの募集が書いてあったな。

 更に上位職となると皆喉から手が出るくらい欲しいのだろう。

 

 そんな存在ならウチのパーティーにも是非入ってもらいたいが、アークウィザードのゆんゆんならともかく、レベル1剣士の俺に元アーチャーで怪しさ満載の冒険者トリスターノじゃ望み薄だろう。

 

 まあパーティー勧誘は無理でも仲良くなっておくぐらいはした方がいいかもな、アークプリーストさんならなんかあった時に助けてくれるかもしれない。

 

 

「え、仲良くなるなんて、そんな難しいことどうやって……?」

 

 

 …………アークプリーストさま、どうかこの娘を導いてあげてください。

 



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8話

プロローグ、一章、二章とか考えてるんですけど、プロローグだけで何話行っちゃうんだこれ。

今回はシロガネ君が頑張るお話し。

8話です。さあ、いってみよう。


 宿も解決したし、やる事がない。ゆんゆんもやる事がないと頑張って何かを話そうとしたり、俺が何か話してくれるのを期待してきたりとアクションが激しいので、結局クエストに連れ出すことにした。

 

 受けるクエストは先程と同じ平原地帯でのジャイアントトード五体の討伐。この巨大カエルは今繁殖期に入っていて数にも困らない上に近隣住民の助けにもなる。それに全く知らないモンスターを狩りにいくよりマシだろう。

 

 

 ゆんゆんの実力は先程のクエストで分かったが、自分自身のことが全く分かってない。

 ゆんゆんほどの実力者に同伴してもらえるなら何があってもだいたい何とかなるだろう。あの魔法ほどの威力は発揮出来なくても、きっと俺にも何かあるはず。

 

 

 装備を確認しつつ準備を進める。といっても防具の類は一切無し。片手剣とサバイバルナイフだけだ。ダガーが欲しかったが、何かあった時用でしかない為妥協した。

 

 

 

 悲観的になるのはまだ早い。

 そう、俺の冒険はこれから始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 俺は岩に隠れてあの巨大カエルの背後へと忍び寄っていた。

 

 ゆんゆんには少し遠くで待機してもらっている。

 ゆんゆんも張り切っていたが、俺もレベルを上げたいことや自分なりにやってみたいことを必死に頼み込んだら納得してくれた。

 

 このカエルは頭が弱点だと聞いている。だいたいの生物が頭が弱点だろうけど、情報は多いに越した事は無い。

 

 

 ステータスが低いともう知っているのだ。正面切って戦うなんてことはしない。安全に殺せるなら安全に殺すべきだ。

 

 よし、ステルスキルをする前に一回確認。

 岩の影で冒険者カードを取り出し、目を閉じて少し力んでみる。気持ち的にはスーパーサ◯ヤ人になる感じ。男の子なら憧れだろ?

 ………さて、何か変わったかな変わっててくれ、と祈りながら目を開けて冒険者カードを確認する。

 

 

 

 どうやら俺はただの地球人だったらしい。

 

 

 

 何も変化はない。変化といえば先程より虚しさが増しただけだ。

 こうなるとサ◯ヤ人は無理でもクリ◯ンか天◯飯、ヤ◯チャあたりを目指すしかない。

 カエルが倒せなかったら牛乳配達と亀と書かれた石を探す修行をするとしよう。それでボールを7つ集めて願い事を叶えてもらおう。

 

 

 願い事はーーーー

 

 

 剣を抜き取りカエルの背後へと走る。

 勢いをつけて跳び、背中を蹴飛ばす勢いで走り、その隙だらけの頭上へと飛び掛かる。

 

 

「邪神を一発殴らせろおおおおおお!!!!」

 

 

 全力の気合と全体重を込めた一撃はカエルの脳天へと深々と突き刺さる。

 

「この!!このぉ!!!」

 

 今まで受けた理不尽をカエルの脳天へとぶつける。三度刺した頃にカエルは力尽き倒れた。頭上にいた俺はカエルが倒れた影響で身体が投げ出されたが、受け身をとって着地する。

 

 

 ふぅ……なんとか倒せた。それにとてもスッキリした。

 晴れ晴れとした気分だ。この平原を全裸で走り回りたいぐらい。

 それはそれとして俺は亀◯流の修行をしなくてもいいらしい。是非ともあの願い事だけは叶えたいところだが。

 

 

 他三体も問題無く同じ方法で討伐できた。

 残り一体。次の一体はどこにいるかなと周りを見た時、まだ遠くにいるカエルと目が合った。

 そのカエルは確実に俺を目指して、ぴょんぴょんと飛び跳ねて来る。

 

 しまった、見つかった。

 

 全力で走る。なんとか距離を取れば諦めてくれないだろうかと考えたが、そんな甘いことは無くぴょんぴょんついて来ている。

 視界の端に待機しているゆんゆんが見える。もうすでに杖を構えて魔法を放つ準備をしている。出来れば五体の討伐をやりきりたかったが、どうするか。

 

 せっかくならやり切りたい。

 

 そして討伐報酬の半分をゆんゆんに渡すんだ。

 返すだけだが、これでようやく世話になってばかりの状態から抜け出せる。

 身を翻し、今度はカエルの方へと向かっていく。

 

 奴の懐に入り左前脚を切り、そこから動きが鈍ったところを右回りに背後へと向かいトドメを刺しに行く。

 

 集中しろ。

 

 舌を伸ばして捕食してくるのを右へ飛んでギリギリで避ける。受け身を取りすぐさま走り懐に入る。

 

 貰った!

 

 居合のように剣を鞘から抜き取りつつ、一撃で左前脚を切り落とさんばかりに、バッティングの体勢で斬りかかる。ただ走って間合いに入ったため勢いが良すぎて胴体にも深々と剣が入っていて剣が抜けなくなった。

 

 

 

 あ……。

 

 

 

 やばいと思ったら視界が暗転した。

 うわ!?くっっさ!!

 

 身体が持ち上がり、頭から下に落ちようとしている。なんとかナイフに手を伸ばそうとしたところでくぐもった爆音が鳴り響いた。

 

 

 いたっ!

 身体が叩きつけられる。

 身体は横になっていて抜け出せそうだ。

 と思ったら思い切り足が引っ張られ、外の世界へこんにちは。

 

 

「だ、大丈夫ですか!?怪我はありませんか!?生きてますか!?」

 

 ゆんゆんに助けられたらしい。

 

 ああ、ありがとう…。

 結局助けられた。五体倒したかったんだがなぁ…。

 やっぱり牛乳配達と石探しの修行をするべきなのかもしれない。

 

 上半身にドロリとしたカエルの体液がべっとりと付いている。それとめちゃくちゃ生臭い。

 男のヌルヌル姿なんてどこに需要があるんだ、くそったれ。

 

 それを見てか、臭いがキツいからか、ゆんゆんが少し距離をとった。

 

「あ、えっと、大丈夫ですか……?」

 

 

 うん、まあ女の子だしね、しょうがないね。

 

 

 

 

 

 街へと戻り、いの一番に大衆浴場へ向かった。粘液を落とすのはなかなかに大変だったが仕方ない。やらかしたのは俺だからな。助けてくれる存在が居てくれただけマシだろう。

 

 外で待っていてくれたゆんゆんと合流。

 

「待たせたな、もう臭くないぞ」

 

「うっ……ご、ごめんなさい」

 

 どうやら本気で捉えてしまったらしい。冗談だよ、と返してギルドへと向かった。

 

 

 もう辺りは暗い。

 せっかくだし、報酬を貰ったらそのまま夕飯はギルドで食べようと提案した。少し残念そうにしていたが賛成してくれた。

 昨日みたいなお通夜ご飯は二度と御免だ。申し訳ないが、先手を打たせてもらった。多分まだ手帳には友達と一緒に行きたいお店があるんだろうな。

 もしかしたらトリスターノならあの場面もなんとか出来るかもしれない。次はあいつも犠牲に、いや一緒に連れて行こう。

 

 

 報酬を受け取り、半分をゆんゆんに渡そうとしたら止められた。

 

「あの、これは宿代にして明日からも同じ宿にしませんか……?」

 

 

 多分この娘もわがままを言ってる事がわかってるからこう言ってるんだろう。

 俺は彼女に恩があるから、ゆんゆんのその意見に納得出来ない。二人で受けたクエストなんだし、二人で分けるべきだろう。

 平行線だ。多分面倒な問答をするだけだろう。昼間に報酬を俺も受け取ったし、とりあえずこの報酬は受け取ってくれと強引に渡した。

 

 

 夕飯を食べていると、あのアークプリーストがギルドへと戻ってきた。

 引っ張り凧にされたアークプリーストはいつまで経っても揉みくちゃが終わらない為日替わりで違うパーティーに参加していくことにしたらしい。

 初めて正面から顔を見たが、中性的な顔をしてるせいで男か女か判断がつかない。黒髪に黒い瞳だし、もしかして日本から来たやつか?それなら子供でも転生特典でアークプリーストになっていてもおかしくない。

 

 

 俺からしたら、元からある才能も転生でもらえる才能もどちらも羨ましいもんだ。

 俺もあんな風に引っ張り凧にされてみたいね。

 

 

 そんな事を考えながら遠目に観察をしていたら、アークプリーストと目が合った。

 何か驚いたような表情をし、早歩きでこちらへと向かってくる。

 

 やっぱり日本から来たやつかね。

 もしこいつが転生して来たのなら、こいつは随分と若くして死んでしまったんだな。

 

「もしかしてニホンから来た人ですか?」

 

 こちらへ来るなり、話を始めてくる。

 にしても服が随分ぶかぶかだ。サイズが一回りか二回りは合ってない。足の裾も折ってるし。

 

「そうだよ、お前も転生して来たのか?」

 

「???テンセイってなんですか?」

 

「テンセイ??」

 

 ゆんゆんもこいつも知らないってことは日本から来た人間の関係者じゃないのか。

 

 

「いや、何でもない。日本から来てないのに何で日本を知ってるんだ?」

 

「僕のお父さんがニホンから来たんです」

 

 なるほど、血縁者だけど転生のことは知らないのか。

 何か表情がキラキラしている、どうしたんだ?

 

「僕、ニホンに行ってみたいんです!」

 

 え……。

 

「それで冒険者になったんです!」

 

 俺も帰れるなら帰りたいんですけど。

 

「いろいろと教えていただけませんか!?」

 

 このアークプリーストは日本に期待しすぎだろ。何を教えられたんだ、こいつは?

 




先に謝っておきます。次の回はかなりふざけてますので、もし苦手な方がいたらごめんなさい。

だってシロガネ君も男ですから。しょうがないんです(責任転嫁)
ある意味必要な回でもあるのです。ご理解の程よろしくお願いします。

そして前回さらっと登場した新キャラも添えてみました。
トリスターノもいて処理しきれてない感はありますが、それはそれ。
必要なキャラなのでもう出てきてもらいました。

話の関係上そろそろとある原作キャラも登場させる予定です(すぐに出るとは言っていない)
お楽しみに!


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9話

今回は…すみませんでした。


9話です。さあ、いってみよう。


 さっきからずっと質問攻めにされてる。

 こいつは相当な日本オタクらしい。

 

「ほ、本当ですか!?魔法を使わないで空を飛べるなんて!!嘘じゃないんですね!?」

 

「嘘じゃねーよ」

 

 この数時間にこの言葉を何回言ったかわからない。俺はこいつに会ってから数時間ずっと質問されていた。

 

「父さんが言ってたことは本当だったんですね!!ああ、すごいすごい!僕、絶対にニホンに行きたいです!」

 

 そうかい。是非俺も連れて行って欲しいね。

 

 ちなみにずっと同席しているゆんゆんはこの数時間一言も喋っていない。俺らの会話を聞いているがリアクションのみだ。

 

 

「あ、ごめんなさい!僕はそろそろ失礼しますね!」

 

 

 いきなりやってきて、いきなり去って行った。

 

「あの子……」

 

「一回も名乗らなかったな」

 

 あいつと数時間いたが、あいつが日本オタクということしか分かってない。別に構わないが。

 まあ、これでなんかあった時用に仲良くなる事は達成出来たから良し。

 

 

 

 

 宿に戻るときに、少ししたら部屋に行ってもいいですか?なんてモジモジしながら言い出すゆんゆん。

 

 ……まあ、変な意味でも無いし、そういうつもりは皆無だって事もわかってるんだけど、男的に勘違いしそうになるから本当にやめてほしい。誰かにこの状況を見られたりすれば誤解されかねないぞ、これ。

 

「一応俺は男なんだけどそっちこそ大丈夫なのか?」

 

「はい、シロガネさんのこと信用してますから」

 

 この娘の将来がとても心配になってきましたよ。ゆんゆんのお父さんは苦労してそうだ。胃とか毛根に深刻なダメージを負っているに違いない。

 

 

 了承して一旦別れる。

 少ししたらって言われたけど、どれくらいだろう。日本にいた時はこういう時スマホがあれば暇つぶし出来るんだけどな。

 というかゆんゆんの将来とかが心配になって聞きそびれたけど、俺の部屋に来て何かあるのか?ナニが起こるとは思えないけど、ナニが起こらないとも限らない。とはいえ流石に年下相手に手を出すなんてことは出来ないが求められたら断り切れる自信がないわけでそういえばナニが起こるにしてもナニするためのアレがないわけでそれはお互いに危険というか

 

 コンコン、と控えめなノックが聞こえて正気に戻る。

 

 し、しまった。思考が暴走してた。欲求不満か!?

 

 開いてるのでどうぞー、と答えるが入ってくる気配がない。疑問に思って開けると両手いっぱいにナニを

 

 じゃない、何かを抱えたゆんゆんの姿が。

 

「ご、ごめんなさい、両手が塞がってて。頑張って開けようとしたんですけど…」

 

「随分といっぱい持ってるけど、なんだそれ?」

 

「ボードゲームです。これで遊んでみませんか?」

 

 この世界にもそういうものがあるんだな。てか、これがやりたくてわざわざ俺をこの宿に呼び止めたのか。余程相手になって欲しいらしい。

 しょうがない、満足するまで相手をしてあげよう。だが年下相手でも手加減はしないぞ俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクスプロージョーーーーン!!!!」

 

 

「ああああああああっ!!」

 

 俺はボードゲームの盤をひっくり返していた。

 ナニして、じゃない。何してんだって?

 チェスみたいボードゲームを俺たちは遊んでいる。

 

 何故盤をひっくり返したかと言うと、一日に一度『アークウィザード』の駒が自陣にいる場合に発動出来る『エクスプロージョン』を使った。これは盤面を物理的にひっくり返して、ゲームを無かったことにする最低最悪の公式ルールだ。このチェス擬きにはこれ以外にもいろいろツッコミ所満載のルールがあるのだが、今はそれどころではない。

 

「さっき『エクスプロージョン』は一日に一回だけって言ったじゃないですか!」

 

「あれー?そうなのー?まだ始めたばかりだから聞き漏らしちゃったかなー?」

 

「絶対嘘です!というかなんですか、その喋り方!!さっき『エクスプロージョン』してた時に私が一日に一回って言った時に、ちゃんとわかったってシロガネさん言ってましたもん!」

 

 俺は既に三回連続で負けていた。『エクスプロージョン』抜きで。というか勝てるビジョンが思い浮かばない。『エクスプロージョン』とかいう間抜けなルールもそうだが『テレポート』とかいうアホチートなルールまであるせいで、盤面もなかなか進まない上に勝つのも難しくなっている。

 俺は勝てない腹いせ、ではなくゆんゆんのドヤ顔にムカついたわけとかでも決してない。

 そう間違えてしまったんだ。はじめたばかりのゲームだ、おかしくないだろう。

 

「わかったわかった。じゃあもう一回やろう」

 

「もう一度確認しますけど、一日一回ですからね。もう二度使ってますけど、もうダメですからね!」

 

 

 わかったよ、もう。そんな何度も何度も確認しなくても。流石に俺もルールを覚えてきたし、ゆんゆんの攻め方もわかってきた。そろそろ俺が勝つだろう。最初に三回負けてあげたのだ。せいぜい敗北の味を楽しむといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクスプロージョーーーーーン!!!!!」

 

「ああああああああああああっっっっ!!!!!!」

 

 このボードゲームはたのしいな。ひっくりかえすのがとてもたのしい。

 

「今度こそっっ!!今度こそっ!!!三回目ですよ!!始める前に確認したのにっ!!」

 

「……あれ?『テレポート』が一日二回までじゃなかったっけ?」

 

「違いますよっ!『エクスプロージョン』です!というかさりげなく一回増やさないでください!」

 

 涙目になっちゃって。

 

「そんなに必死になることないじゃないか。初心者なんだから『エクスプロージョン』の一度や二度や三度や四度ぐらい許してほしい」

 

「いや、増やしすぎですよ!!四度って言いました!?次は絶対にダメですからね!」

 

 この娘もこの娘でわざと前フリしてるんじゃないかと思えてくる。

 

 だが俺もだいぶコツを掴んできた。どれぐらいの加減で盤面をひっくり返せば、飛んだ駒がおっぱいに当たるのかを計算して出来る様になってきたりとかそんなことは決してあるわけがない。

 

 

「よし、そろそろ本番でやろう」

 

「本番!?え、今まで練習だったんですか!?」

 

「当たり前だろう。練習しないで本番だなんて、なんて危ないことを言うんだ、ゆんゆんは!!」

 

「ええっ!?」

 

 リアクションがいちいち面白くて、俺もついついからかってしまう。こんな娘に友達がいないなんて本当おかしな世界だ。

 

 ゆんゆんとはだいぶ打ち解けてきたように感じる。こんな風に怒ってくることなんてなかったし。多分育ちが良いからなかなか優等生な感じが抜けないせいで楽しみきれないことも多いのだろう。ゆんゆんの友達になれるのは、ゆんゆんのことを好き勝手に振り回せるような性格じゃないと難しいのかもしれない。

 

 

「さ、早く駒を並べよう」

 

「次は本番ですね?ちゃんと正々堂々勝負してくださいよ?」

 

 まるで俺が卑怯者みたいな言い方をするゆんゆん。人聞きの悪い子だ。

 まあ、そろそろ本気を出してあげるとしよう。初心者に負けるのがどんな気持ちか、教えてもらうとしようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『エクスプロージョン』はダメですからね?」

 

 

「…………何を言ってるんだね?」

 

 

「今、手が盤面の下に行ってるの見てましたからね。ダメです、手は盤面から上に置いてください」

 

 注文が多いなぁ。

 

「手は盤面の上じゃなきゃいけないルールがあるのかな?ルールブックの何ページ?何行目?」

 

「ル、ルールブックには載ってないですけど、もう何度も『エクスプロージョン』を使ってるんですから特別ルールです。シロガネさんはちゃんと盤面の上で手を動かしてください」

 

「そんなこと言って俺の手の動きとか見て、俺との心理戦を有利に進めようとか考えてるんじゃないの?」

 

「じゃ、じゃあ私も盤面の上で手を動かします。これで対等ですね。特別ルール決定です」

 

 

 …………。

 

 

「さあ、シロガネさんのターンですよ。今回はちゃんと本番ですからね?わかってますね?」

 

 何度も何度も確認して、心配性だなぁゆんゆんは。

 

「ゆんゆん、髪に何か付いてるよ?」

 

「え、どこですか?」

 

 

 

 

 

 油断した君が悪いのだ、もらった!!!

 

 

 

 

 手を盤面の上に置いているが、即座に手首のみをコンパクトに動かし、手のひらを返す。そして

 

 

 

 『エクスーーー

 

 

 

 ガシィッ!!!

 

 

 阻まれる!確実に必殺の間合いだったが、まさか

 

 

 

「大丈夫みたいですね。再開しましょう。さあ手を盤面の上に置いてください?」

 

 

 

 ゆんゆんが盤面の両サイドをガッシリと掴んで体重をかけていた。

 

 

 な、なにいいいいいっ!?

 エ、エクスプロージョン封じだとおおおおお!?!?

 読まれていたというのか、この完璧な作戦が!!

 

 

 くっ、これだとひっくり返せない。しかもゆんゆんの凶悪なアレを強調して俺を前屈みにさせるなんて、どこまでも卑怯な!ありがとうございます!

 

 あまり禁じ手は使いたくなかったが、致し方あるまい。

 

 

「ゆんゆん、その……」

 

「なんですか?そろそろ盤面の上に手を置いてください、そしてターンを進め」

 

「む、胸がですね…」

 

「……え?あっ!」

 

 押さえる為に前傾姿勢になり強調するようなポーズに気付いたゆんゆんは赤面し、咄嗟に腕で庇うようにして体勢が後ろへ下がる。

 

 

 愛い奴め。

 

 

 男を侮ったうぬが不覚よ。

 

 

 

「エクスプロージョーーーーーーン!!!!!!!!!!」

 

 

「な、何してるんですかあああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 残念だったな。俺は童貞じゃない。

 

 谷間を強調されたぐらいで多少前屈みになるだけよ。

 

 

 だが、

 

 

 

 

 結構なお手前で。

 




次回はちゃんと冒険者します。


お気に入り登録ありがとうございます。
頑張って続き書きますので、これからもよろしくお願いします。


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10話

この話、かなりの修正をしたので変なところが出るかもです…。

戦闘描写はやっぱり難しい。

10話です。さあ、いってみよう。


「だから、四回も『エクスプロージョン』したんだぞ?完全に俺の勝ちだよ」

 

「な、何を言ってるんですか!?『エクスプロージョン』は勝ちになりませんよ!?というかルールを破ってるのに気付いてください!」

 

「むしろルールを破っているのに『エクスプロージョン』を俺に三度も許したゆんゆんの負けだよ。四対三、対戦ありがとうございました」

 

「ええっ!?無茶苦茶です!しかもなに勝手に終わらそうとしてるんですかっ!?」

 

 YOU LOSE!

 俺の勝ち。何で負けたか、明日まで考えといてください。そしたら何かが見えてくるはずです。ほな、おやすみ。

 

 布団に潜ろうとする俺を全力で止めてくるゆんゆん。ボードゲームでめちゃくちゃ仲良くなった気がする。

 そのボードゲームで明日からも頑張るがよい。先程のアークプリーストでも誘えば良いと思います。きっとあのアークプリーストなら可能性はあるでしょう。

 

 

「ま、待って!待ってください!わかりました!四対三の状態で良いですから!もう一回ちゃんと正々堂々と対戦しましょう!」

 

 この負けず嫌いちゃんめ。いい加減俺は眠いんだ。もうすでに深夜二時過ぎ。明日もまだ二人のパーティーだったら遊んでもいいかもしれないが、明日からはトリスターノもいるんだ。遅刻も出来ないし、早く敗北の味を噛み締めて寝てほしい。

 

「私、本気出しちゃいますから!ワンゲームならすぐに終わります!あと一回だけですから!」

 

 ほう……?そこまで言うなら仕方ない。

 眠いが、嫌々付き合ってあげるとしよう。

 

「も、もう、見ててくださいね。絶対にすぐ勝っちゃいますから。さあ、駒を並べ終わりま……」

 

「『エクスプロージョン』!」

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 YOU LOSE!

 俺の勝ち。何で負けたか、明日まで考えといてください。そしたら何か見えてくるはずでうわ、やめろ!掴みかかってくるな!頭を揺らすな!

 

「何でちゃんと勝負してくれないんですかああああああ!!!」

 

「こ、ここまで『エクスプロージョン』してきたのに『エクスプロージョン』対策しないゆんゆんが悪い!はい、おやすみ!閉廷!解散!」

 

「そんなわけないでしょおおおおおお!!」

 

 

 

 俺らが寝たのは深夜三時過ぎだった。

 

 

 

 

 

「おはよう」

「おはようございます」

 

「おはようございます。だ、大丈夫ですか?お二人とも寝不足ですか?」

 

 朝、ギルドでトリスターノと合流していた。

 ゆんゆんのせいで完全に寝不足だ。あの後ゆんゆんが意外な抵抗を見せるせいで無駄に汗をかいてしまった。おかげでシャワーを浴びるハメになり、更に睡眠時間は削られることになった。

 

「……もしかしてお二人はお付き合いされているとか?もしかして私お邪魔でした?」

 

「「違います」」

 

 妙な勘繰りはやめろ。どんなパーティーだよ。違うパーティーしてんだろうが。

 

「は、はあ……?あの、私あまりデリカシーが無くて、出来ればはっきりと言ってくださった方が」

 

「「違います」」

 

「……わかりました。それでは朝ごはんにしましょう」

 

 腹が減っては何とやら。ゆんゆんのせいで寝る前から空腹だったんだ俺は。

 俺達は朝食を済まし、さっそくクエストを受けることにした。

 

 

 

 俺達が今回受けたクエストはコボルト退治。

 コボルトは犬頭の人型モンスター。強くはないが繁殖力が強く、ギルドからも討伐を推奨されている、弱いけど報酬的においしいモンスターの一種。

 

 それだけで終わればただの良いクエストだが、そんなわけがなく、奴等の群れには厄介なモンスターが付いてくる。

 初心者殺しという、その名の通り初心者が狩りにいくようなモンスターの群れを利用して、冒険者が弱ったり押されてくると現れ初心者冒険者を狙ってくるというなかなかにエグめのモンスターだ。

 姿はまるでサーベルタイガーのようで、そもそもの戦闘力が強いくせに知能も高めの小狡いモンスター。こいつのせいで難易度は格段に変わってくるのだ。確実に出るとは限らないが、用心するに越したことはない。

 

 この世界は本当に不親切だ。

 これも邪神のせいに違いない。

 

 

 コボルトの討伐依頼の内容は奴等の巣の殲滅。それを探すのにかなり苦労するはずなんだが、

 

 

「ここで間違いありませんね。お二人とも準備はいいですか?」

 

 このイケメンの元アーチャーは盗賊のスキル『敵感知』を持っていたお陰で、そこまで苦労せずに巣を発見してしまった。奴らは洞窟を巣として利用しているみたいだ。

 幸いにも初心者殺しの姿も見当たらないし、敵感知にもそれらしい反応も無いらしい。

 

 やっぱり俺も冒険者にすればよかったな…。

 

 巣の周りを見ると二匹、見回りのように立っている。

 

「じゃあ作戦通りに」

 

 俺が言うと二人とも頷いてくる。

 作戦というほど作戦でもないのだが、俺はもちろん前衛で戦い、ゆんゆんは後衛だが敵に見えるようにして戦い、トリスターノが影から援護と牽制、敵感知をする。

 

 悪くないパーティーだろう。二人も後ろにいるなら、俺も安心してやらかせるもんだ。

 いや、やらかす気はないんだけどね?まだ冒険者として数日だし、昨日実際やらかしてるし。

 アレだ、やらかしても大丈夫だと考えよう。思い切り戦えばいいのさ。

 すでに二人には俺が弱いことは伝えてある。二人は初心者なんだし当たり前だという顔をしてた。

 

 ただ不安な要素が二つある。

 一つは先程挙げた厄介なモンスターの初心者殺し。

 これに関しては敵感知に反応があり次第すぐに逃げながら、ゆんゆんの魔法をぶつけて逃げるか倒すかするしかない。

 

 二つ目は金髪碧眼のイケメン冒険者のトリスターノだ。

 正直俺よりも活躍しているが、あのマッチングプロフィールでパーティーに入りたいとか言ってる奴をどうしても信用しきれない。

 もし裏切られたりすれば確実に俺は死ぬ。

 ゆんゆんには朝イチで何かおかしな言動を見せたら警戒する様に言ってある。何かあってもゆんゆんだけならなんとか生き残れるだろう。

 もうなるようになるしかあるまい。

 

 作戦は俺とゆんゆんが茂みから飛び出すことで開始する。俺が飛び出し、それについてくる形でゆんゆんも飛び出す。

 奇襲は成功。二匹が俺達を発見するが、すでに抜いていた剣で一匹の首を切り落とした。

 

 

 うう……流石に人型モンスターに斬りかかるのは気分的にしんどいな。カエルも普通に殺せたし大丈夫と思ってたけど、俺はこんな女々しい奴だったかな。

 気持ちを切り替えろ、やらなきゃ殺されるんだ。

 すでにもう一匹はトリスターノの狙撃で頭を貫かれ絶命していた。

 二匹が俺らを発見した時の声に釣られて巣からワラワラとコボルト達が湧き出してくる。

 

「任せてください!『ファイアーボール』!!」

 

 ゆんゆんが魔法を放つ。

 あれって、カエルが爆発四散したやつじゃ…。

 

 なんとか身構えようかと思ったが、爆発音と共に爆風が巻き起こり抵抗も出来ず敵と同じく俺も吹き飛ばされる。

 

 

 ゆんゆんさん、張り切りすぎ。リラックスしてお願いだから。

 

 

 立ち上がりつつ抗議の視線を向けると、ゆんゆんも呆けたような表情で固まっている。

 パーティーでのクエストということで、また舞い上がっちゃったんだろう。

 

 って、そんなことを考えてる場合じゃない、剣をとって急いで立ち上がり状況を確認する。目視ではあるが約半数は倒せたように見える。

 ゆんゆん恐ろしい娘。あとで加減を覚えるように言わなくては。

 さあ、レベリングのじか

 

 

 

「まずいです!敵感知に一体反応があります!急速に接近中です!」

 

 

 

 影から飛び出しトリスターノが大声で俺らに伝える。

 

 

「恐らく初心者殺しです!」

 

 

 ま、まじか。来ちまったか。

 

「ゆんゆんさんの最大火力でどうにかなりませんか!?」

 

「多分倒せると思いますがコボルトもいますし、当てられるかどうか……」

 

 よし、逃げよう。勝ち目のない戦いなんてしたくない。

 

「撤退だ!一回立て直すしかない!」

 

 三人で必死に逃げる。コボルトはゆんゆんの魔法にビビったのか追って来ていないが、奴はまだ俺らを諦めていないらしい。

 走りながら後ろを軽く確認してみたら、すでに目視で確認出来るぐらいには近付かれている。

 

「ゆんゆん、コボルト無しならいけるか!?」

 

「当たれば倒せます!今日も調子が良いですし!」

 

 もう立ち向かうしかないだろう。俺が食われて死んだら邪神を殴りにいけるし、悪くない!と無理やり覚悟を決める。

 

「私が足止めします、その間に魔法の準備を!」

 

 全員立ち止まり、戦闘態勢に移る。

 俺も役に立つかわからんが、二人より前に出て剣を構える。

 

 

「ゆんゆんさんほどじゃないにしろ、実は私もすこぶる調子が良くてですね」

 

 まあ確かに俺の周りにいた奴を綺麗にヘッドショットしていたが。

 

「今日は狙ったところを全く外さないんですよね」

 

 なあ、変なフラグじゃないだろうな。これ以上面倒なことは御免だぞ。

 

 トリスターノが弓を構え、引き絞る。

 弓を構えてる姿ってだけで絵になるイケメン。腹立つな。

 鋭い音を立てて放たれた矢はまるで吸い込まれるようにして初心者殺しの左目に突き刺さった。

 

 こ、こいつマジか。

 弓道の経験、といっても数日間しかやってないが動かない的にすら当てるのも相当難しいのに、動いている数センチ程の的を正確に射抜きやがった。

 

 驚愕していたらトリスターノの野郎がドヤ顔とウインクをしてきやがった。やめろ、気持ち悪い。これだからイケメンは。

 

 ゆんゆんさん、お願いします!

 

「い、いちいち敬語はやめてください!『ライトニング』!!」

 

 ゆんゆんの杖から電流が初心者殺しへと飛んでいく。電流は初心者殺しの身体を貫通し、後方の木を一本へし折った。

 初心者殺しの顔の正面からケツの方向まで手のひらほどの風穴が出来ており、向こうの景色が見える。その後ボトリと音を立てて初心者殺しが崩れ落ちた。

 

 

 ……俺の仲間怖い奴しかいないんだけど。

 

 

「……」

 

 

 流石のトリスターノも絶句している。そしてゆんゆんも絶句している。

 いや、君は自分の力を再認識しとこうよ、マジで。いつ吹き飛ばされるか、わかったもんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 俺がコボルト七匹目を倒したところで、全てが片付いた。情けないことに討伐数は俺が一番少ないだろう。

 

 俺達はあの後またすぐにコボルトの巣に戻り討伐を再開していた。

 誰も怪我してないし、本当に良かった。

 俺が怪我しなかったのは、トリスターノが俺の周りに来る奴を狙い撃ちしてくれたからだろうが。

 

 

「にしても凄まじい威力の魔法でしたね。あれが中級魔法なんて信じられません」

 

 三人とも合流し、トリスターノが語り始める。

 やっぱりそうだよな、俺の感性は間違ってないよな。中級なのにあんな恐ろしい威力なわけがない。

 

「あ、あの初心者殺しの時は全力でやりましたけど、コボルトの時はそんなに魔力を込めてないはずなんですけど……」

 

 赤面しながら言い訳してるが、もしかしてまだ威力が上がるのか……?ゆんゆんさんだけは怒らせないようにしよう。

 

「よし、ゆんゆんさんのお飲み物を用意しろ!」

 

「御意」

 

「ええっ!?ちょ、やめてください!」

 

 俺の冗談に乗ってくれるトリスターノに恥ずかしがるゆんゆん。

 

 トリスターノの援護にかなり助けられてしまった。こいつがいなかったら普通に喰われて終わってた。こいつ個人の信用はまだ無理だが冒険者としての腕は信用していいだろう。

 

 

 俺らはなんとかクエストを達成したのだった。

 

 





この話にかなりの修正を加えたおかげで、書き溜めがなくなってしまったので、少し投稿頻度が落ちます…。すみません。

お気に入り登録ありがとうございます。
また増えてましたので、ここでになりますが改めてお礼をさせてください。投稿とかはじめてだったので色々と不安が大きかったのですが、やって良かったと思いました。


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11話

タイトルの(仮)を外しました。

11話です。さあ、いってみよう。



 

 俺達はクエストが終わりギルドへと向かっていた。

 夕陽が綺麗だ。街も夕陽に彩られて、まるで違う街に来たみたいだ。心が洗われるような、そんな気分になる。

 少しだけこの世界に来て良かったな、なんて思ってしまう。

 

 

 ただし邪神、お前は何があっても許さん。

 

 

 俺達は昼飯を食べてないので、もう空腹で倒れそうだった。初心者殺しも倒したし、報酬金も結構出るだろう。夕飯は少し贅沢なものを食べたい。

 ゆんゆんもやっとトリスターノとまともに話せるようになってきた。トリスターノがゆんゆんのペースに合わせてるからだろう。次の仲間が出来た時はもう少しスムーズにお願いしたい。

 

 なんだかんだでこのパーティーでやってくことを考えてしまってる。ゆんゆんとも仲良くなってる分、心配だ。今は足を引っ張ってるが、頑張ってレベルを上げよう。それとゆんゆんにも他に友達が出来るよう俺も頑張ってみよう。

 トリスターノに関してはまたいつか腹割って話す時が来るだろうが、果たして何を言ってくるやら。

 

 そんなこんなでギルドについて報酬金を分け、やっと夕飯にありつけ

 

「こんばんは!」

 

 るって時に現れたのは日本オタクのアークプリーストだった。また質問攻めに来たらしい。

 

「僕もご一緒して良いですか?」

 

 二人に確認する。トリスターノは頷き、ゆんゆんは挙動不審モードに入っていたが頷いた。相手は子供なんだから堂々としてくれよ。

 

「いいぞ」

 

 アークプリーストはニッコリと笑顔を見せて随分と嬉しそうだ。

 日本が知りたくてしょうがないみたいだが、何か話せることあっただろうか。

 

「あ、そういえば変なのを見つけたんですよ!来てください」

 

 俺の手を取って連れて行こうとするアークプリースト。なんだ?変なの?

 

 アークプリーストがグングン進んでいってるのはパーティー募集の掲示板。

 

 

 ……パーティー募集の掲示板?

 

 

 ま、まさか、

 

 

「変なのがあるんです、パーティー募集の張り紙なのに違うものを募集してて」

 

 

 し、しまったあああああ!!

 あの怪文書をどうにかするのを忘れてたあああああ!!

 

 変なのが寄ってこないように早めに処理すべきだったのにすっかり忘れてたああああ!!

 

 

「えっと、確かこの辺に」

 

「おい、アークプリースト。誰か呼んでるぞ」

 

「え、誰だろう?」

 

 振り返って後ろを向いた瞬間、音を立てずに怪文書を引き剥がす。

 スッスッスッ!少し雑だが小さく折り畳み、ポケットに入れた。恐ろしく早い証拠隠滅。俺でなきゃ見逃しちゃうね。後で捨てよう。

 

「誰も呼んでないみたいですよ?」

 

 振り返って聞いてきたので、テキトーに違うプリーストを呼んでたみたいで勘違いしたと誤魔化した。

 

「で、この辺に……ってあれ!?無い!?」

 

「そっかぁー無いならしょうがないなぁうん」

 

「さっきまであったんです!僕、見ましたもん!」

 

「紙だって何処か行きたい場所くらいあるだろ、好きにさせてやれよ。これ以上詮索してやるな、お手洗いとか行ってるかもしれないだろ」

 

「え、何いってるんですか?大丈夫ですか?」

 

 不審者を見る目でこっちを見るな。不審者は向こうの女の子だ。

 ほら、飯行こうぜと誤魔化したが、ずっと不思議そうにしていた。

 

 

 

 

「ジャイアントトードの唐揚げ定食とスモークリザードのハンバーグとそれから」

 

「おい、アークプリースト。お前金あるのか?そもそもそんな食えるのか?」

 

「?何言ってるんですか?食べられるから注文してるんです。お金もちゃんとあります。あとキャベツの野菜炒めください」

 

 まだ頼むのか。

 

「僕は育ち盛りですから、ちゃんと食べないと」

 

 食べ過ぎだろ……。太るだけだぞ。

 

 

 

 

 夕飯を食べ終わり、眠気に襲われる。

 そういえばゆんゆんのせいで寝不足だった。

 

「あ!そういえば僕、皆さんの名前知りません!」

 

 アークプリーストの声で少しだけ眠気が遠ざかった。

 飯まで一緒に食っといて今更だな。

 

「奇遇だな。俺もお前の名前を知らないぞ、アークプリースト」

 

「え、私そろそろ聞いていいかずっと悩んでたんですけど」

 

 トリスターノは待ってたらしい。俺も知らないし、待たれても困る。

 

「だから僕のことをずっと職業で呼んでたんですね。言ってくださいよ」

 

 お前が勝手に昨日質問攻めしてきたんだろうが。

 

「僕の名前はヒナギクです。ヒナギクはニホンの花の名前なんです」

 

 ね?とこちらを見てくるが、あまり詳しくないぞ。ファンシーな趣味は持ち合わせてない。

 

「皆さん、よろしくお願いします」

 

 やっとこのアークプリースト、日本オタクの名前がわかったわけだ。

 

 

 

 

 

 自己紹介も終わり、雑談していると

 

 

「そういえばシロガネさん、スキルは何を取ってるんですか?さっきの戦闘ではあまりスキルとかは見られませんでしたが」

 

 トリスターノが俺に問いかけてくるが…。

 

「スキルって俺は剣士だぞ?そんな魔法とか使えるわけじゃないだろ?」

 

「「「???」」」

 

 三人が一斉に首を傾げた。なんだ?なんかおかしなこと言ったか?

 

「な、何言ってるんですか?片手剣スキルとかあるじゃないですか」

 

 片手剣スキル?なんだそれは。

 まさか剣を振るのにもスキルが必要なのか?

 

「まさか何もスキルを取らないでクエストに行ってたんですか……?」

 

「何か取りたいスキルがあるんですか?」

 

「いや、何のスキルがあるかも知らないんだけど」

 

「「「……」」」

 

 なんだよ、可哀想なものを見る目をするな。

 

「冒険者カードを出しましょう」

 

 まるで学校の先生が授業前に教科書を出せみたいな感じで言うヒナギク。

 子供のくせに俺を子供扱いするな。

 

「出しましょう。これはシロガネさんだけの問題ではありません。私たちパーティーの問題です」

 

 問題扱いまでされるの?

 しょうがなくない?身一つでこの世界に放り出されたんだぞ?何も知らないまま。

 こいつらは知らないだろうし、そんなことを言っても信じてくれないだろうが。

 

「そ、そうですね。これは私たち『パーティー』の問題です。ええ」

 

 パーティーをいちいち強調するな、ゆんゆん。何さりげなく嬉しそうにしてんだ。

 冒険者カードを取り出し、全員に見えるように机に置く。

 三人ともリアクションはそれぞれだが、皆一様に驚いている。

 まあ、主人公が自分のステータスを見せて仲間に驚かれるなんて、ありがちだけど、まあ悪くないかな。

 

 

「な!?スキルを何も取ってない上に、こんな低い数値のステータスでよく生きてこれましたね!?」

 

 ……。

 

「本当ですよ!こんな低いステータス見たことありません!呪いか病気にでもかかってるんですか!?」

 

 邪神の呪いにならかかってるかもしれない。

 

「だ、大丈夫ですか!?何処か苦しいところとかありますか!?」

 

 

 あります。僕の心が苦しい。

 

 

 何が悪くないかな、だ。悪いわ。帰りたい、日本に帰りたい。

 何が少しは来てよかったかな、だ。こんな世界に来なきゃ良かった。

 

 

 というか納得いかない。日本にいた時は知力はそこまで無いかもしれないが、武道だってやってたし、筋力や敏捷性が低いのはあり得ない。絶対邪神のせいだそうだ俺は悪くない。

 

 

「な、なんで冒険者になっちゃったんですか?身寄りがないんですか?僕、教会とかに掛け合って違うお仕事とかお探ししましょうか?」

 

 そこまで言うかこの野郎!

 

「ええっ、そ、それは私が困」

 

「ま、まあでもクエスト自体はなんとか達成してますし」

 

 フォローに回るトリスターノ。今更味方ヅラするな。

 どいつもこいつも好き勝手言いやがって。

 

「でも心配ですよ。ニホンから来てるせいか物凄く世間知らずですし」

 

 はいはい、すみませんでした。違う仕事やりますよやればいいんでしょ。

 

「で、でも今日はコボルトをちゃんと倒してましたし」

 

「コボルトなんて素手でも倒せますよ!」

 

 ごはぁ!(こころ中破)

 

「ジャイアントトードも倒してました!四体も!」

 

「刃物持ってればだいたい勝てますよ!しかも依頼達成出来てないじゃないですか!」

 

 ぐあっ!(こころ大破)

 

 

 やめて!みんなの容赦無い口撃で俺のメンタルがやられたら、俺のメンタルと繋がっている俺の身体が燃え尽きちゃう!

 お願い、死なないでメンタル!あんたが今ここで倒れちゃったら、邪神を殴りに行く誓いはどうなっちゃうの?

 ライフはまだ残ってる。ここを耐えればみんなに勝てるんだから!

 

 次回、シロガネ死す デュエルスタンバイ!

 




本来ヒナギクを主人公にする予定だったので結構設定が盛られてます。


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12話

12話です。さあ、いってみよう。



 

 あれから三人に囲まれてスキルやらこの世界の知識を教え込まれた。

 

「取りたいスキルを押すんですよ」

 

「次はここを押せばスキルを取れるんですよ」

 

「よくできましたね、偉いですよ」

 

 馬鹿にしすぎだろ!!幼稚園児か!

 知らないだけで少し教えてくれればわかるわ!ええい、頭を撫でるな!雑に褒めるな!微笑みかけるな!

 

 

 とかなんとかやってるうちに今更気付く。

 今日泊まるところ決めてねえ。

 

「じゃ、じゃあ今日もいっ」

 

「僕の宿に来ませんか?ニホンの話いっぱい聞きたいです!」

 

「ええっ!?」

 

 未だに性別がわからないんだが、こいつヒナギクなんて名前だし多分女だと思うんだけど、大丈夫なのか?

 ゆんゆんもその提案はどうなんだと驚いてるし。

 

「私のところはどうですか?私は馬小屋暮らしですが」

 

 多分ゆんゆんと同じ宿に行けばまたボードゲームばかりやることになるし、ヒナギクのところに行けば日本の話ばかりする羽目になる。

 昨日の寝不足もあって俺は早く寝たいし、選択肢は一つしかない。

 あまり世話になりたくないが背に腹は変えられない。トリスターノのところに行くことにした。こいつとも色々話しといた方がいいし。

 

 昨日の決着がまだ……とか言ってるけど、それは俺の勝ちだと何度言えばいいのだ。五対三だぞ。

 ニホン……と残念そうにしてるヒナギク達を横目に解散を宣言した。

 

 

 

「マイルームにようこそ、シロガネさん」

 

 恭しく礼をするトリスターノ。

 

「素敵ですこと」

 

「光栄です」

 

 軽口を叩いて、馬小屋の借りたスペースへ入る。というかこのイケメンが馬小屋とか意外だな。

 

「まさか美女二人のお誘いを断って、わざわざ私のところに来てくれるとは思いませんでした。これは何かが起きてしまうんですかね」

 

 何を言ってるんだ、こいつは。イカれてるのか?

 これだからイケメンは。

 

 

 さて、どう聞こうかな。あまり腹探ったりするのは得意じゃないんだよな。ほら、知力も低いしなって、やかましいわ。

 面倒くさいし、もう聞きたいこと聞いてくか。

 

「なんであんな募集の張り紙でパーティーに入ろうと思った?ゆんゆん目的か?」

 

 俺の言葉を聞いて、可笑しそうにクスクスと笑うトリスターノ。

 腹立つな、なんなんだこの野郎。

 

「いえ、随分と大事にされてるんだな、と思いまして」

 

 こっちに来て一番世話になってるからな。変な意味じゃないぞ。

 

「出来れば私も大事にされたいなぁと思ってパーティーに入りましたよ」

 

 え、気持ち悪い。すごく気持ち悪い。

 

「そんなドン引きしないでくださいよ。実はですね……。私も友達が欲しくてですね」

 

 

 ……なんだ、お前もぼっちか。

 

「でもお前故郷の友人とかなんとか言ってただろ」

 

「あれは職場の同僚の延長線みたいな感じですね。本当は一週間ほど前からこの街にいるのですが、募集の張り紙を見て最初は悩んでいたんです。募集しているのは女性ですし、なんか重そうですし……」

 

 うん。まあ、わかる。

 

「冒険者なんかあまり入れてくれるパーティーなんてありませんし、他の募集を見つつ今後をどうするか考えてたら」

 

「考えてたら?」

 

「シロガネさんが来たんです。いやあ、まさかあの募集の張り紙でパーティーに入りに行こうとする人がいるなんて思いませんでした」

 

「ち、違う。あれは受付のお姉さんに……」

 

「しかもあの募集ですら行きづらいのに、紅魔族の女の子ですからね。あの時はシロガネさんが勇者に見えました」

 

 え、なに?こーまぞく?知らない何それ。

 

「ゆんゆんさんは誰かが募集の張り紙を見る度にそれはもう凄い形相で睨んでくるのに有名でしたのに、シロガネさんはあっさりパーティーに入ってしまいました」

 

 いや、そんなことは……ってかこいつずっと見てたの?

 気持ち悪いんだけど。

 

「まだレベルは低いとはいえ紅魔族の女の子と冒険者を始めたばかりのシロガネさん。どう考えてもパーティーは続かないと思ったんですが」

 

「まさかいきなりデートした上に同じ宿に行くだなんて」

 

「え、ちょ、まてまてまてまて!違う違う!」

 

 てかどこからどこまで見てんだ、こいつは!

 

「隠さなくても結構です。見てましたから」

 

 ストーカーじゃん!ウインクするな、気持ち悪い!

 

「すぐにお互いを知り、受け入れ合う二人に感銘を受けました」

 

「違うつってんだろうが!こいつマジもんのストーカーだ、やべぇ!」

 

「こんな二人なら私のことも受け入れてくれるに違いない!こうして勇気を出して今に至ると言うわけです」

 

 聞こうと思ってたけど、聞かなきゃよかった。あんな募集で来るのはロクでもないと思ってたけど本当にロクでもなかった。

 

「友達は本当に良いものですね。今後ともよろしくお願いしますね」

 

 よろしくしたくない。事情を聞いて友達になりたくなくなったぞ。

 

「いやあ本当この街に来てよかったです。素敵な友達が出来ました」

 

「……今更断ったりしないけどさ。もうストーカー行為はやめてくれよ?」

 

「……」

 

「おい、目を逸らすんじゃねえよ!ふざけんなよお前!笑って誤魔化すな!」

 

「ついでに」

 

 もうお腹いっぱいだ勘弁してくれ。

 その爽やかな笑顔を今日はもう見たくない。

 

 

「私は魔王軍幹部の側近だったんですけど」

 

 

 …………は?

 

 

「まあ、些細な事ですよね」

 

 今日一番の笑顔のトリスターノ。

 

 

 な、何言ってんだこいつはああああああああ!!!!???

 

 

「私に関してはこんな感じですね。あまり面白い人間ではないんですが、これからよろしくお願いしますね」

 

「おいおいおいこらこらこら。よろしくできるか!お前いきなり何言い出してんだ!冗談だよな!?冗談言いたくなったんだよな!?お前の友人が言ってた「冗談のセンスが無い」は大正解だ、まるでセンスないぞ!」

 

「ふふふ、今更冗談なんて言いませんよ。私の冒険者カードを見てください」

 

 ……何も変なところは見当たらないが。

 

「スキルのところに普通では覚えられないスキルを覚えていますよ。『死の宣告』です」

 

 こ、こいつマジか……!

 

「ふう、全部話したらすっきりしました。今日はそろそろお休みしましょうか」

 

「お休みできるか!お、お前とんでもないことばっかり言いやがって!変なやつだと思ってたけど、馬鹿みたいに斜め上突き破ってくるんじゃねえよ!」

 

「安心してください。今まで『死の宣告』は人に使ったことはありませんよ」

 

「いやいや、そう言う問題じゃない!」

 

「大丈夫です。友達や仲間を危険に晒したりしませんから。友達のシロガネさんにはお話ししておこうと思ったので話しただけです。迷惑はかけません、多分」

 

 多分かよ…どうすんだこいつ。こいつはスッキリしただろうが、俺は滅茶苦茶モヤモヤしてるんだけど。

 

「そろそろ休みましょう。明日もありますからね、おやすみなさい」

 

 お前のせいで休めそうにないんだけど。

 

 

 どうしよう、本当に。

 俺は休めないと言いつつも昨日の寝不足とクエストの疲労もあったからか、すぐに寝入ってしまった。

 

 

 いや、本当はもう何も考えたくないだけだったのかもしれない。

 




誰得なトリスターノ回です。

彼に必要な話だったのです。

次は原作の話に少し触れていきます。


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13話

13話です。さあ、いってみよう。



 トリスターノの知りたくない秘密を知って、数日が経ったある日、

 クエストが終わりギルドで夕飯時に恒例のようにヒナギクと合流した時にそれは起こった。

 

「おい、新参者のくせに俺に挨拶も無しか?」

 

 俺は面倒な奴に絡まれていた。

 

「新参者は俺に一杯奢るのがこの街の流儀だ。シカトしてんじゃねーよ」

 

 数日いてわかったが、この街は平和でのどかな街だ。実際に犯罪も少なく、国の中でもかなり住みやすい街らしい。

 

 まあ、そんな街でもこんなのはいるみたいだが。日本も異世界もそうそう変わらないらしい。高校大学の部活の先輩にはコレよりもっとエグい人達がいたから、いちいちビビったりしないがさてどうしたものか。

 

「僕の友達に手を出すのなら許しません」

 

 少し考えてたらヒナギクが俺とチンピラの間に入り込んでいた。

 こいつは本当に物怖じしないな。

 

「お、なんだガキンチョ。お前も奢ってくれるのか?」

 

「……ガキ?」

 

 一瞬で頭に血が上ったらしい。

 声のトーンが下がり、目つきが鋭くなった。

 

「お、おい。俺のことは別にい……」

 

「僕に任せてください!シロガネさんはそこにいてください!」

 

 い、いや、そうじゃなくて。

 

「ガキンチョが俺に勝てるわけないだろ。金出してさっさと退きな」

 

「ねえ、やめときなよ。その子は私達のパーティーにも参加してくれる予定に」

 

「うっせー、黙ってろリーン。このガキンチョに力の差ってやつを教えてやるよ」

 

 あっちもあっちで女の子が止めようとしてるが、止まる気はないらしい。

 

 ヒナギクは腰を落とし、拳を顎の前近くに置き脇を閉めた構え、所謂ファイティングポーズをしてる。

 こ、こいつ可愛い顔してボクサースタイルで戦ってるんじゃないだろうな。

 ヒナギクは身体を揺らし、リズムを取っていて臨戦態勢だが、チンピラは余裕そうに突っ立った状態だ。

 

「早く構えてください」

 

 ヒナギクが警告するが、チンピラは子供相手に完全に舐め切っていて無視した。

 

「そうですか、じゃあ僕も支援魔法はかけません」

 

 身体を揺らしてリズムを取っていた一瞬。

 ヒナギクの身体が消えたかのような速さ。一瞬でチンピラの懐へと潜り込み、踏み込む。腰の捻り、潜り込み踏み込んだ時の身体のバネを利用し、拳を上へと突き上げる。

 パーフェクトに綺麗なアッパー。そんなものを普通に食らっても立っていられるかわからないのに、突っ立った無防備な状態のチンピラは身体が浮き上がり、後方へと倒れた。もちろん起き上がってこない。一発でKOしやがった。

 周りで見ていた冒険者が一瞬遅れて歓声を上げる。

 少しの間倒れた後も構えた状態だったが、起き上がって来ないのを確認し、構えを解き歓声をなんとも思ってない顔で俺の元に戻ってこう言った。

 

「ご飯食べましょう」

 

 

 こいつはどんな道でも食っていけそうだ。

 

 

 しばらくした後さっきのチンピラが不意打ちでヒナギクに攻撃しようとしてるのに気付いた俺が咄嗟に投げ飛ばしたせいでまたチンピラが気絶することになった。それを見たヒナギクから面倒な勧誘が増えることになるとは思わなかったが、この一件でヒナギクとも仲良くなった。

 

 

 一応波風がたたないよう先程チンピラを止めようとした女の子にお金を渡して、さっきのチンピラに奢ってやってくれと伝えて帰ろうとしたら、ヒナギクが同じく女の子の元に向かい

 

「僕はもうあなた達のパーティーには参加しません。失礼します」

 

 と、綺麗にトドメを刺して行った。

 俺がせっかく金払って穏便に済まそうとしたのに、何してくれてんだよ……。

 

 

 

 

 

 解散した後にゆんゆんから久しぶりにボードゲームをしようと誘われた。

 この前は勝ったが、ゆんゆんは無駄に頭良いから今回は勝てるかわからんな。今回も最初は負けるが巻き返すだろう、うん。

 

 ヒナギクとトリスターノも誘ったが、どちらも予定があるとかで来なかった。別れる間際、トリスターノは分かってますからとウインクしてきたから、あのストーカー野郎はいつかしばく。

 

 そういえば、ゆんゆんの部屋には初めて行くな。年下なんだ、高校生の歳の子に意識なんてしてはいけない。

 

 着くなりあのボードゲームを用意し始めるゆんゆん。

 

「なあ、今回は違うやつやろうぜ」

 

「え、でもまだ決着が……」

 

 まだ言い張るか。言い続けてもしょうがないしな。

 

「違うのもやってみたいんだけどなー」

 

「そ、そうですね!」

 

 チョロい娘だ。相変わらず将来が心配になるな。なんとかできないものか。

 

 

 

 ゲームを続けていく。ルールブックを丸暗記してるゆんゆんに勝ち目は無い。

 もうムカついてきたのでルールブックの何ページには何が書いてあるかを当てられるか、とかやっても死んだ目で全問正解してくるゆんゆん。

 俺が悪かったよ……。

 

「ヒナギクを誘ったりしないのか?」

 

 ついつい話題を変えたくて、ゆんゆんには難しい話をしてしまう。

 

「え、はい。なんか忙しそうだし、迷惑になっちゃうかもしれないし」

 

 

「何を思うかなんてその時々で違うし、そうそう迷惑になんて思わねえよ。ゆんゆんだってこの前のボードゲームで『エクスプロージョン』五回したけど、迷惑とか思ってないだろ?」

 

「え、思ってますけど」

 

「……」

 

「……」

 

「まあこのようにだいたい仲良くなった奴ならそんな迷惑なんて思わないもんだし、その時は少し迷惑に感じても次会った時はなんとも思ってないだろうし」

 

「え、ずっと思ってますけど」

 

「……」

 

「……」

 

「だから、気軽に声をかけたり遊びに誘っていいんだよ。躊躇するだけ時間が無駄になるんだぞ?断られたら違うことをやればいい。断られたからって嫌いってことじゃない。気負う必要無いんだよ。俺達は仲間だし、もう友達だろ?」

 

「友達!?」

 

「そうだよ。俺たちは友達なんだ、もっと気軽になんか言ってくれ」

 

「そ、それならあのボードゲームの続きを…!」

 

「やだ」

 

「……」

 

「……」

 

「だってあれは俺の勝ちだから」

 

「な、」

 

「いい加減敬語もやめちまえ。礼儀正しいのは大事だが堅苦しいとあまり人は寄ってこな……」

 

「あれが勝ちなわけないじゃないですか!普通なら私の圧勝で…!」

 

「はあー!?五対三で俺の勝ちですぅー!いい加減どうして負けたかわかりましたか!?むしろ後から五回勝ちを巻き返したんだから、俺の圧勝ですぅー!」

 

「そ、そんなわけないでしょおおおおおお!」

 

「おら、敬語なんか捨ててかかってこい!ほれ、友達なんだから俺のこと呼び捨てで呼んでみろよ。」

 

「ええっ!?そ、そんな……!」

 

「はあー!これだから負け犬ちゃんは!」

 

「まけっ!?」

 

「負け犬ちゃんはもう少し度胸とか欲しいもんだ。まあ負け犬ちゃんだし、無理か」

 

「………」

 

「どうした、プルプル震えて?催しちゃったか?ほら、犬なんだからそこらで済ましてこい。安心しろ、犬のトイレシーンなんて誰も……」

 

「も、もう怒ったから!デリカシーなさすぎ!最低!ヒ、ヒカルの、ばかあああああ!!!」

 

 全力で掴みかかってくるゆんゆんの手首を押さえて抵抗する俺。

 

 友達なんだし、こんなもんだろ。

 

 

 

 

 ただ、別に下の名前を呼び捨てにしろとは言ってないんだけど、それを言ったら面倒臭くなりそうだし、いいか。

 

 

 その後トリスターノにニヤニヤされて、この時の考えを後悔することになるのはまた別のお話。

 




本来は別の話を13話にする予定だったのですが、やっぱりこの二つの話を書きたくて無理矢理変えました。

二人のキャラと仲良くなれるようなお話を出しておきたかったのです。

次の話は原作キャラが出てきます。物語もやっと進むことになります。

20話までに今までの話(一章)が終わらせられば終わらせます。


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14話

このファンの光あるえのイラストアドやばすぎ。
ピックアップ終了ギリギリで引けました。ありがとうございます。
美麗なイラストに加えてあるえだけじゃなくてゆんゆん、カズマにアクアとか豪華すぎるでしょ。
あるえ、ゆんゆんの気合いの入った表情は美しいし、躍動感あふれるそのむね…じゃないポーズに思わずもっと胸を開けと思ったものです、いえ間違えました。ポーズに思わずガッツポーズをしてしまったものです。

14話です。さあ、いってみよう。



 トリスターノの衝撃の事実から一週間ほどが過ぎた。

 その間は三人でクエストに行き、助けられたり助けられたりして毎日が過ぎた。そして夕飯は毎度の如くヒナギクがやってきた。

 

 

「ヒカル!武術をやってるなら孤児院の子供達に武術を教えるのはどう?そんなに本格的じゃなくていいんだよ。身体を動かすついでに受け身とかが出来る様になればいいから」

 

 ヒナギクはすっかり友達みたいな感じになっていた。そして毎日俺に違う仕事を勧めてくるようになった。

 

「なあ、俺は冒険者をやっていくって言ってるだろ」

 

「じゃあじゃあ一週間に一回でいいから来ようよ。もちろん僕も同行するし、ヤンチャな子もいるけど良い子が多いんだよ?」

 

 日本の話ついでに道場に通ってた時に子供達に教えたりもしてた、なんて話をうっかりしてから勧誘がしつこくなっている。

 あとチンピラを投げ飛ばしたのも見てるからだろう。

 

「そんな姿を見てみたいですね」

 

「だよね!」

 

 

 余計なことを言うなトリスターノ。

 わざわざ休みの日を削ってまで、そんな事はしない。俺は自分の事で精一杯だ。

 すでに俺は馬小屋生活に突入してるし、クエストやって金が順調にプラスになるかと言うと全然そんな事はなく、消耗品が多いからすぐに金持ってかれるし、生活費もバカにならんし。

 

「ヒナちゃん、無理に誘うのは悪いよ」

 

 もっと言え、ゆんゆん。俺の味方はゆんゆんだけみたいだ。

 一週間のうちに二人も仲良くなって本当によかった。

 

「絶対こっちの方が合ってると思うんだけどなぁ」

 

 残念そうにしてもやらないからな。あとそこまで言われると意地でも冒険者でやっていきたくなる。そもそも俺は邪神をしばきに行くことを諦めてないからな。やめる選択肢は無い。

 

「あ、そういえば一応聞いておくんだけど『頭のおかしい紅魔族』ってゆんゆんじゃないよね?変なことしてないよね?」

 

 また唐突に話が変わるヒナギク。

 なんだそれ。ってかそのこーまぞく?ってなんだ?聞き忘れてたわ。

 

「ち、違うよ!その紅魔族はえっと…」

 

「おい、誰の頭がおかしいか教えてもらおうじゃないか」

 

 ゆんゆんが答えきる前に、違う女の子の声が遮ってきた。

 その女の子はゆんゆんと同じく黒い髪の紅い瞳をした少女だった。

 肩には黒い猫のような生物が乗っている、使い魔だろうか。黒いマントに赤いローブ、トンガリ帽子、魔法使い要素をこれでもかと詰め込んだ格好だ。

 色々とスレンダーだけど、ゆんゆんの妹さんかな。

 

「あ、めぐみん!」

 

 めぐみん?ゆんゆんの名前もおかしいが、これも本名なのか?

 

「我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法使い!爆裂魔法を操る者!」

 

 わざわざマントを内側に巻き込んでから勢い良く広げてポーズをとり名乗る。

 大丈夫か、こいつ。

 

「ゆんゆんから話は聞いてましたが、まさか本当にパーティーメンバーがいるとは……」

 

「どう?めぐみん?私だって、やれば出来るんだから!」

 

 俺らのことを見て驚いてる様子を見るに、ゆんゆんのコミュ症ぶりは知ってるらしい。

 俺も頼る人がいなくて仕方なくゆんゆんのもとに行った身だから言うのもなんだが、ゆんゆんは誰か来ないか待ってただけだと思うんだけど。それをわざわざ言ったりしないけどな。

 

 

「貴女が迷惑行為を繰り返してる紅魔族の人ですか?」

 

 少し怒った感じのヒナギクが割って入る。

 

「迷惑行為なんてした覚えはありませんが?」

 

「してますよ!守衛さんや土木工事の人が貴女のせいでどれだけ苦労してると思ってるんですか!」

 

 この一週間近くでわかったが、ヒナギクがこう怒りだすと面倒だぞ、ずっと説教し始めるから。

 

「あと貴女がすぐに喧嘩売るせいで、みんながパーティー募集の張り紙を貼れなくて迷惑してるんです!」

 

 周りを見たら冒険者の皆がこちらを見ていて頷いていた。こいつそんなことしてるのか。大人しいゆんゆんとは対照的だ。

 

「迷惑行為なんてしていません。私はただ爆裂魔法を撃っているだけ」

 

「それが迷惑なんです!」

 

 爆裂魔法、それもさっき言ってたな。また知らない単語が出てきてしまった。

 

「そもそも張り紙だって堂々と貼ればいいんです。隠したりするから腹が立つだけで」

 

「全部貴女の自分勝手じゃないですか!」

 

 また周りの冒険者が皆頷いていた。喧嘩が起こる五秒前って感じだ。

 

「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて!」

 

 ゆんゆんが止めに行ったが、どうなることやら。

 

「止めないんですか?」

 

 トリスターノに聞かれるが、俺が入ってもなんの効果もないだろう。ついでにヒナギクに余計な説教もされそうだから嫌だ。あと面倒くさい。

 

「しばらく連日でクエストに出てるし、明日は休みにしないか?ちょうどやりたいこともあるんだよ」

 

「私は構いませんよ」

 

 二人が掴みかかり、ゆんゆんが頑張って割って入ろうとしてるが、あまり結果は変わらないだろう。そんな光景を横目に明日のことを二人で会議していた。

 

「じゃあ、そうしよう。明日はしっかり休むようにしろよ。俺はやることがあるから、ゆんゆんに伝えといてくれ」

 

「え、行ってしまうんですか?」

 

 悪いな、とトリスターノに押しつけてギルドを出る。出て行く時にはギルド職員すらも動員して二人が取り押さえられていた。

 

 

 

 

 翌朝。

 

「おはよう!起きて!朝だよ!」

 

 朝からこんなうるさいのは一人しかいない。

 

「……なんだこの野郎、朝は静かにしろよ」

 

 もうちょい寝たいんですけど。

 

「今日休みなんだよね?さあ、ヒカルが活躍する時間だよ」

 

 孤児院に行くために休みにしたんじゃねーよ。

 

「今日はやることあるから、あっち行きなさい。しっしっ」

 

「え、そうなの?じゃあやること終わったら教会に来てね」

 

「おい、行くなんて誰も…ってすでにもういないし。人を叩き起こしといてなんなんだあいつは」

 

 ヒナギクの悪いところはこうやって自分が正しいと思ったらそうあるべきと決めこんで相手に強制させるぐらいの行動をすることだ。

 誰か直してくれ。俺は怒られそうだから嫌だ。

 俺はもそもそと準備を始めた。

 

 

 

 今日は休みだが俺に休んでる暇はない。という訳で朝からすでにギルドにいた。クエストが張り出された掲示板を眺めているが、あまり良さげなものはない。やっぱりカエルを地道に狩るしかないかな。一人でやるのに複数のモンスターを狩る自信は無い。さて、どうしたものか。

 

「きみ、見ない顔だね」

 

 初めてギルドに来た時を思い出す言葉だ。そんな前のことじゃないのに、少しだけ懐かしく感じる。振り返ると美人二人がそこにいた。

 

「あたしはクリス!職業は盗賊。後ろの子はクルセイダーのダクネスだよ」

 

 銀髪の少女…であってるかな。服装で判断した。金髪のゴツい鎧をきた美人女性。

 銀がクリスで金がダクネスだ。

 

 そしてクルセイダーは確か初日に受付のお姉さんのルナさんに聞いたナイトの上級職だ。

 

「俺はシロガネ ヒカル。剣士だ。一週間前ぐらいから活動してるよ」

 

「もしかして一人か?パーティーは組んでないのか?」

 

 金髪の女性、ダクネスがそう聞いてきた。

 

「いや、一応パーティーは組んでるんだが予定が合わなくてね。俺一人で出来るクエストを探してるんだよ」

 

「そうなの?君も駆け出しだろ?どうだい?あたし達とクエストに行かない?」

 

 願ってもない提案だ。是非ご一緒させて頂こう。

 

「いいのか?助かるよ」

 

「よし!じゃあ、いってみよう!」

 

上級職がいるなら死にそうになったりはしないだろう。

 

 

 

 

 

 

「「はあ……はあ……はあ……」」

 

 死にそうなぐらいキツかった。俺とクリスは周りの敵を倒し終わり、へたり込んで肩で息をしてるような状態だ。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 クルセイダーのこいつ、ダクネスは息を荒げているが、俺達とは違う理由だ。一緒にされたら堪ったもんじゃない。

 ダクネスは縄で縛られた状態で恍惚の表情を浮かべていたが、スッと真顔に戻り

 

「だが正直いまいちだったな。防御力を上げすぎたかもしれない。あまり気持ちよくなかった」

 

「クリスさん、ごめん。ちょっと翻訳してくれる?」

 

「本当にごめんね。いつもは良い子なんだよ……」

 

 マジで散々だった。今回のクエストの標的のモンスターを見つけた瞬間、私に任せろぉ!と剣を引き抜き特攻。

 『デコイ』という敵モンスターのヘイトを意図的に集めて自身を盾にするスキルを使うまでは、特に問題が無いと言えなくもない。そこからが最悪だ。

 敵モンスターの攻撃が集中しているのに引き抜いている剣を全く振らないでされるがまま。そんなダクネスを心配したクリスが『バインド』という拘束スキルを使いモンスターの動きを止めようとしたが、ダクネスが前に出ることでそれを阻止。縄で縛られた状態でモンスターの攻撃を受け続ける状態になり、あまり攻撃力の無いクリスと俺でダクネスの周りにいるモンスターを狩り尽くす羽目になった。

 そのせいで俺とクリスは必要以上に疲れることになったのだった。

 

 ポジティブに考えるとモンスターを倒せてレベルが上げられた。もう御免だが。

 

 

「そういえば黒髪で黒い目、名前が変わってる人はかなり強力なスキルや武器を持ってたりするんだけど、君は何も持ってないの?それとも隠してるのかな?」

 

 クリスが聞いてくるが、なるほど。転生者も有名になってる奴がいるから、そんな感じで話が伝わってるのか。

 

「残念ながら俺は持ってないよ。俺も貰いたかったんだけどな」

 

「……どういうこと?武器を盗られちゃったとか?」

 

「いや、なんていうか……」

 

 これは何処まで言っていいんだ?変なこと言ったら引かれるしな…。

 

「ちょっと聞かせてよ。力になれるかもしれないよ?」

 

 神様のことなのに力になれるわけない。まあ、あれは邪神だけどな。

 どう言ったものか。

 

「なんかこう、もらえなかったというか。何も持ってなかったというか」

 

 何故かクリスの顔が強張っていく。

 な、なんだ?もしかして言っちゃいけないことだったか?

 

「ちょっとさ、ダクネスと別れたら詳しい話聞かせてくれないかな?報酬を受け取ったらエリス教会に来てくれる?」

 

 肩をがっしり掴まれながら迫られるようにして言われて、俺は思わず頷いてしまった。

 

 

 

 

 報酬を受け取り、ダクネスと別れる。今後ダクネスとクエストを受けることはないだろう。これからも肉盾を頑張ってくれ。

 クリスは先に別れて、エリス教会に向かっている。

 

 なんだろう、神様に祈ればきっと通じるから、とかなんとか言われて宗教勧誘されるんだろうか。

 それにしても教会か。なんか忘れてる気がする。なんだっけ。

 まあ、いいか。

 

 教会に着いたが、教会前には誰もいない。

 中にいるのか、勧誘された時に逃げづらいじゃないか。

 嫌だなと思いつつ扉を開けて中に入る。

 

 教会なんて場所に入るのは初めてだが、綺麗な場所だ。エリス教は国教とかなんとか聞いたが、少し納得した。

 中央にはクリスともう一人、誰かいて話し合っているのが見えた。

 ってもう一人はヒナギクだった。やべ、あいつには確か勝手に約束されたんだった。

 

「あ!ヒカル!ごめん、クリスさんと話してるから少し待ってて」

 

 どうやら自分に会いに来たと勘違いしたようだ。

 だから孤児院に行ったりしないって。

 

「え?君たち知り合いなの?」

 

「はい、もしかしてクリスさんが先程言っていたお話しする人ってヒカルなんですか?」

 

「そうなんだよ。なんだ、知ってたんだ」

 

 なんか仲良さげだな。何というかどっちも性別が分かりにくいタッグが揃ってるな。

 なんてアホなこと考えたらヒナギクが少し頬を膨らませてこっちに来る。

 

「僕が教会に呼んだり、勧誘した時は全然来ないくせに、クリスさんが呼んだらあっさり来るんだ?ふーん?」

 

 何を勘違いしてるんだ、こいつは。

 

「いやいや、今日はちょっと話すことがあったから来てもらっただけだよ。あたしとシロガネ君も今日会ったばっかりだしね」

 

 クリスに言われて仕方なく黙っているが、俺のことはまだ睨んでるままだ。

 後でね!と言った後不機嫌そうに教会を出て行く。

 

「……珍しいね。あそこまで怒るなんて」

 

 え、そんなこと無いと思うけど。チンピラにガキとか言われただけでブチ切れてたけど。

 

「ヒナギクのことも詳しく聞かせてもらう必要があるみたいだね」

 

「あんたも変な勘違いするのはやめてくれ。てか何話せばいいんだよ」

 

「ああ、そうだった。ねえ、なんで能力を持ってないの?持ってないわけないよ」

 

「持ってないものは持ってない。なあ、クリスはどこまで知ってるんだ?」

 

「……君がこの街に来た時には何か持ってたかな?」

 

 いや、この街に来た時から何も持ってない。

 こいつはなんだ?邪神の使いか?SAN値チェック案件は勘弁してくれよ。

 俺が首を横に振ると、クリスは深刻そうな顔で口を開いた。

 

「……少しでいいからさ。お祈りしていかないかな?君の苦労が神様に届くかもしれないんだ」

 

 ……。

 

「本当に少しでいいんだ。信じて」

 

 予想が当たってしまったが、そんな縋るような表情をされて拒否出来るわけない。

 俺はこんなチョロいやつだったか。

 やり方がわからないし、テキトーになってしまうが。

 

 両手を組んで、目を瞑り願いよ届けと祈りを捧げる。

 

 

 

 邪神をしばかせてください。

 

 

 

 一分ほど過ぎただろうか。

 

「クリス、もういいか?」

 

 返事がない。

 クリスさん?

 

「なぁ、クリス。そろそろ…」

 

 返事がないし、目も開けて先程までクリスがいた方に目を向ける。

 だがそこにはクリスはいなかった。代わりにそこには

 

 

「私は女神エリス。幸運を司る神にしてこの世界の死者を案内する役目を持っています」

 

 

 あまりにも神々しい

 

 

 美女がいた。

 




感想をいただくって滅茶苦茶嬉しいことだと知りました。褒められた感想って言うのが大きいんですけどね、僕の妄想が褒められるなんて…本当に始めて良かった。

舞い上がってこの話を含めて一気に三話分書き終わったのですが、原作の方を読み直して少し修正したい場所が見つかったので投稿ペースは変わりません…。すみません。
やっと原作キャラを出せました。というか原作キャラを出して思ったんですけど、セリフを考えるのが滅茶苦茶難しい。
オリキャラばっかり出してたおかげでそこまで考えないでセリフ出せてましたけど、この原作キャラこんなこと言わなくね?とか考え始めると思考が止まります。
ゆんゆん?ゆんゆんはぼっちムーブさせとけば大丈夫だから(震え)
そんなゆんゆんが可愛くてしょうがない。

カズマのパーティーの面々が出て来ましたが、シロガネ君は彼女たちに共感を示したり良き理解者にはならないように意図的にしています。その役はカズマさんですからね。カズマさんの役を奪う気はありません。

前書きや後書きがこんなに長いのは、勢いで書いてるからです。これからも短かったら長かったりします。


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15話

神 降☆臨

約一名、キャラ崩壊を起こすので、キャラ崩壊タグを追加しました。

15話です。さあ、いってみよう。



 

 神が降臨した。

 

 

 俺は三体のモンスターを生贄にした覚えはない。な、なんだ何が起きた?

 

 そこには確かに人とは思えない程の美しい女性が立っていた。ゆったりとした羽衣に身を包み、長い白銀の髪に白い肌。人間とは思えない美貌ながらも、表情はどこか緊張のような色が見える。

 

 というか。

 

「今回現れたのは他でもありません。貴方の話を……」

 

「何やってんすか、クリスさん」

 

 確かに人とは思えない美貌だったが、色々とクリスに似通ってる部分が多い。顔も似てるし、頬の傷もそうだ。

 俺がお祈りしてる間に早着替えでもしたのだろうか。

 

 

「……私は女神エリス。幸運を司る神にしてこの世界の死者を案内する役目を持っています」

 

 

 目を開けた時と同じ言葉が返ってきた。

 

「い、いやどう見てもクリスさんじゃ」

 

「エリスさんなんです」

 

 ゴリ押してきた。もういいや。

 神様が俺の問題を解決してくれるなら、それで。

 

「本来転生する場合、能力譲渡は必須です。貴方が能力を持っていないのは何故か、聞かせてください」

 

 俺はこれまでのことを話した。

 邪神に会って早く選べと催促されたことと、選択権を邪神に預けたこと。異世界に行くことはわかっていたが、その世界の知識を知らないままお金も渡されず、転生された後何をすればいいかもわからない状態でいきなり放り出されたこと。

 

 その時のエリス様はそれはそれは表情が変わること変わること。引きつった顔をしたと思ったら顔を青くし、途中から顔を伏せていた。

 

「その神に代わり謝罪します。本当に申し訳ありませんでした。貴方にはしなくていい苦労をさせてしまいました」

 

 神が簡単に頭を下げていいのだろうか。

 

「私が能力について調べてみます。少しだけ時間をくれませんか?」

 

 願ってもない話だが、神様も忙しいんじゃないのか。

 

「今回の事は私達の不手際。それならば私のやるべき事でしょう。ただ少し時間がかかるかもしれません。本来能力の譲渡が行われないと異世界へ送れないようになっています。なので目に見えるような能力ではない能力が渡されている可能性もあります。何か貴方に変わった事とかはありませんか?」

 

 これで渡されてることがあるんだろうか。それなら俺は邪神に謝らなきゃいけなくなる。その可能性は無いと思いたい。だいたい変わったことなんて……あったな。

 

「ステータスがやたら弱くて、呪いや病気にかかってるんじゃないかと言われたことがあるんですけど、これは違いますかね。一応日本にいた時は健康だったんですけど」

 

「デメリットがある能力の可能性もありますね。ありがとうございます。これなら調べるのに時間短縮が出来るかもしれません。」

 

 ええ……そんな可能性があったら邪神に土下座しなきゃいけなくなるじゃん。や、やめてくれ。もう邪神が悪いことにしてくれ。そんな力を持ってるフラグは少しも無かったぞ、勘弁してくれ。

 

「数日ほど時間をください。重ねて私達のせいで迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」

 

「い、いえ、そんな」

 

 ここまでされて能力を持ってたら今度は俺がこの神様に土下座しなきゃいけなくなる。やめてくださいお願いします。

 

 

「私が調べ終わり次第、クリスが貴方に伝えに行きます。その時はこの教会に来てくださいませんか?」

 

 もちろんでございます。

 数日経てば俺も苦労しないで冒険者をやれる可能性も出てきたのか。難易度設定をようやく変えられるわけだ。そしてこれでヒナギクに仕事を斡旋されないで済む。

 

 

「それと貴方には二つお願いしたいことがあります」

 

「一つ、私とクリスの事は誰にも言わないで欲しいこと。そしてクリスとは今までと同じように接して欲しいのです」

 

「もちろんですとも」

 

「ありがとうございます。二つ目はヒナギクのことです」

 

 一つ目はなんとなくわかるけど、二つ目はなんだ。ヒナギクのことでなんかあるのか。あいつなら俺より上手く生きていけるだろうし、何かしてやれることなんか無いと思うんだが。

 

「あの子は幼少の頃から私が可愛がってきた子なのです」

 

 ヒナギクさん、神様に可愛がられてきたんですか。

 

「どうか悪い虫がつかないように見てあげてください。私もなるべく見るようにしてるのですが、見れない時がありますし」

 

 わ、悪い虫?過保護すぎなんじゃ…。

 

「あの子はポテンシャルがありましたが、それに加えて私が可愛がりすぎて『神聖』を持っています。『神聖』というのは神などの天界に属するものが持っているものなのですが、本来生きているものが持っているものではありません。持っている人間が現れたとしても一つの世界に一万年に一人ぐらいでしょう」

 

 待って。神聖?天界?スケールが大きすぎる。これ以上面倒事は…。

 

「あの子は生を終えれば必ず天界で私達と同じような仕事をすることになるでしょう。そうなれば『絶対に』私の下で働いてもらうのです」

 

 え、

 

「あの子ほど完璧な子はいません!私の可愛いヒナギクが変な虫に穢されたら私の生きがいがなくなってしまいます!絶対に変なのが付かないようにしてください」

 

 ……もしかして

 

「ああ、私の可愛いヒナギク。早く私のところへ……」

 

 

 

 神様って頭がおかしくないとなれないんですか?

 

 

 

 

 

 トリップ状態から抜け出した女神は何かに気付いたようにこちらを見てくる。

 

「……そういえば貴方は他の人よりヒナギクと仲が良かったですね」

 

「え、いや、そんなことは……」

 

「……ヒナギクは私の子です。分かりますね?」

 

 めちゃくちゃ脅迫されてるんですが。

 

「あの子に手を出せば凄まじい天罰が下るでしょう」

 

 

 目が据わった女神に脅されて俺は二つの約束をしたのだった。

 

 

 

 

 

 俺が教会を出ると、いきなり件のヒナギクに睨まれる。

 

「随分と長かったね?クリスさんのこと気になってるの?ヒカルじゃ絶対に釣り合わないよ、諦めた方がいいよ」

 

「何を勘違いしてるのか知らんが、好きとかでは決してない」

 

 あの人はお前にゾッコンらしいぞ。

 

「クリスさんはね、冒険者の盗賊なんかをやってるけど、必要なお金以外は教会に寄付したり孤児院の子達を可愛がったりギルドでは知らない人がいないぐらい色々な人やパーティーに貢献してる聖人に近い人なんだよ。ヒカルじゃ無謀だよ、わかった?」

 

 いちいちこいつは、なんなんだ。ディスりすぎだろ。違うっつーの。

 

「お前らが俺のステータスでいじめてくるから神様に相談してたんだよ」

 

「……エリス教に入るの?」

 

「入らないよ」

 

 まだ不満気だけど、やっと追求をやめた。

 

 

「そういえばね、森で見たことないモンスターが現れたんだって」

 

 いつもの如く突然話が変わる。

 

「ヒカルは弱いんだから、しばらく森に行っちゃダメだよ。今の森はおかしいんだ。本来森の奥に居るはずのモンスターまでいて、すごく危険な状態なんだ。近場の方でクエストを受けてね」

 

 はいはい、弱くてすみませんでした。もう少しでその弱い問題が解決するかもしれないし、いちいち怒ってもしょうがない。

 

「出来るだけそうするよ」

 

「出来るだけじゃダメなの!」

 

 

 俺は教会前で多くの人に見られながら説教をされた。

 

 

 

 

 

 説教を受けた後、ヒナギクと一緒に飯を食う為ギルドに来た。

 だが様子がおかしい。いつもよりも騒々しいが何があったんだ?

 なんか悪魔とか聞こえたが、ヒナギクの方を向くと今までにないぐらい表情が険しい。な、なんだ、どうしたんだ?

 

「ヒカル、僕は少し用事が出来たから行くけど、さっき言った通り絶対に森に行かないでね」

 

 言い終わるや否やギルドを出て行った。もう、なんなんだ。俺に言うだけ言って満足する奴が多すぎるぞ。会話のキャッチボールが出来る奴はいないのか。

 

 

 

 

「おや、ゆんゆんのパーティーメンバーの方じゃないですか」

 

「おや、昨日ギルドの職員に取り押さえられてた方じゃないですか」

 

「昨日のちびっこのせいで貴方の事とかを聞き忘れてましたね」

 

 お前もちびっこじゃないか、とは言わないが。

 こいつはめぐみん?だったか。

 

「俺はシロガネ ヒカル。剣士だ」

 

「ほう。では聞きたいことがあるのでご飯でも食べながら聞きましょうか。あとお金が無いので奢ってください」

 

 ……まあ、いいけど何を聞かれるんだ。

 

 

 

 

「ゆんゆんの身体狙いとかじゃないでしょうね」

 

「ブー!」

 

「うわ、汚っ!」

 

 こ、こいつ!何言ってやがる!

 飯を食って少しずつ話し始めた時にいきなりこのちびっ子が切り出してきたおかげで飲み物を思い切り吹いてしまった。

 

「動揺の仕方で少し怪しくなってきましたね」

 

「違うわ!むしろ俺も心配してる側だよ!というかお前もゆんゆんの何なんだよ」

 

「……一応ライバルですかね」

 

「ライバル?なんだそれ。友達とか姉妹とかじゃないのか」

 

「私達は紅魔の里の学校の首席と次席なのです。もちろん私が首席ですが」

 

 ………え?同い年?しかもこっちの方が学力上なの?アホそうなのに?

 

「おい、何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

 

 勘が鋭いのも面倒だなぁ。

 

「ライバルってことは二人で競い合ってる感じなのか?」

 

「まあ、そんな感じですね」

 

 

「あ!めぐみんこんなところに!ってなんでヒカルが一緒にいるの!?」

 

 お、ライバルさんが来たぞ。

 

「ね、ねえ、めぐみん。ヒカルに変なこと言ったりしてないよね?」

 

「別に言ってませんよ。まさか里に一人も友達のいないゆんゆんがパーティーが作れるとは思ってなかったので興味が出ただけですよ」

 

「何言ってるの!?と、友達ぐらいいるわよ!」

 

「「ええっ!?」」

 

「なんで二人とも驚いてるの!?」

 

 ゆんゆんの言葉が信じられなくて、俺はめぐみんの方を見ると首を横に振ってきた。

 

「ねえ、今なんで二人で確認しあったの!?私に確認してよ!」

 

 まさか友達がいなすぎて幻覚が……。

 

「ちゃんといるもん!どどんこさんとふにふらさんが!」

 

 またもや信じられなくて、めぐみんの方を見ると首を横に振っている。

 やっぱりか……。

 

「ちょっと!二人とも友達だってば!文通だってしてるし!ていうかなんでヒカルはめぐみんの方を見て確認するの!?」

 

 ぶ、文通だ……と!?居ない人間とどうやって……?

 

 あまりにも厳しい現実にめぐみんの方を見るが辛そうな表情で首を横に振っている。

 くっ…なんでここまで放置してしまったんだ…!

 

 

「ねえ!私に確認してってば!ヒカル!ねえってば!!」

 




キャラ崩壊すみません。

ヒナギクは主人公になるはずだったキャラなので設定が盛られてるという話をどこかの後書きで書いたのですが、つまりはこういうことです。元々ヒナギクは聖人になれるほどの素質があったのにエリス様が手を出してしまったことにより、神様側の神聖な存在に片足突っ込むことになります。
『神聖』も独自設定です。
この『神聖』を持っているのが少しだけフラグになってたりならなかったり。

本田のTwitterのコーラネタ新しいのが供給されたから、やらなきゃ(使命感)

評価やお気に入りをしていただきありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。


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16話


16話です。さあ、いってみよう。



 

 ゆんゆんが来たことにより、ギルド内が騒がしかった理由がわかった。

 

 森に悪魔が出たらしい。それも上位悪魔と呼ばれるとびきり強力な悪魔が。

 しかもその悪魔を撃退したのがこの二人なんだという。

 やっぱり凄いんだな上位職のアークウィザードは。

 

「ふっ、紅魔族随一の実力ですからね。当たり前です」

 

「ねえ、めぐみん。めぐみんは別に何もして……」

 

「そういえばその『こーまぞく』って何だ?」

 

「「……」」

 

 はい、また無知をいじられるやつー。

 

「え、知らないんですか?知らないでゆんゆんとパーティーになったんですか?」

 

 そうだけど、それはルナさんにだな…。

 

「えっと紅魔族というのは」

 

 ゆんゆんから懇切丁寧な説明を受ける。

 その紅魔の里の生まれの者は全員がアークウィザードでほとんどの者が上級魔法が使える魔法使いのエキスパート集団。そしてみんな黒髪で紅い瞳が特徴だという。

 

 生まれながらにして魔法使いの天才とは、また羨ましいな。転生するならその紅魔の里にでも赤ん坊として生まれたかったものだ。

 何も持ってないのに知らない街に放り出されるよりずっといい。

 

「ゆんゆん!紅魔族族長の娘のくせに、何故名乗りをやってないんですか!」

 

 え、すごいじゃん。族長の娘?道理で育ちが良いはずだ。

 ……変な意味じゃないぞ。

 

「だ、だって、恥ずかしいんだもん!わ、わざわざあんなのやらなくていいじゃない!」

 

 ゆんゆんの胸倉を掴んでぐわんぐわん揺らすおかげで絶景が、いや、めぐみんグッジョブじゃなくて、ゆんゆんが苦しがっている。

 

「やめてやれよ、人には向き不向きがあるんだぞ」

 

「何言ってるんですか!族長の娘がこんなのでは紅魔族の名が地に落ちます!」

 

「え、ええっ、私そこまでのことしてるのっ!?」

 

 ライバル云々とか言ってたが友達同士なんだし、もっと仲良くしろよ。

 友達なんていつ会えなくなるかわかったもんじゃないぞ。俺みたいにな。

 

 まあ俺が勝手に事故で死んだんだけど。

 

 これが二人の友情なのだろう。余計な事は言わず絶景を、いや喧嘩を眺めていよう。

 

 お互い競い高め合う二人なんて、なんともカッコいいじゃないか。

 

 

 

 

 

 悪魔が出た影響で森への立ち入りが禁止になった。

 平原でクエストをこなすしか無いんだが、他の冒険者が狩り尽くしてしまい、俺やクエストを取れなかった冒険者はヒマになってしまった。

 悪魔騒動が早く終わればいいんだが長期化するようなら金欠しちまう。どうしたものか。

 

「ヒマなら私の魔法の練習に付き合いませんか?」

 

 翌朝、ギルドで朝飯を食ってたら当然のように同席してきためぐみんに提案される。

 

「危ないからやめない?しばらくは我慢しましょうよ」

 

「危険だからヒカルも連れて行くのです。三人いれば何かあっても対応しやすいですからね」

 

 昨晩からヒナギクとは会ってない。何もないといいんだが。

 トリスターノはクエストが無いなら少しやりたいことがあると言って何処かに行ってしまった。まさかあのイケメンは何処かでストーカーしてるんじゃなかろうな?

 

「まあ俺もやる事ないしな。付き合うよ」

 

 馬小屋で一日過ごすのは嫌だし、付き合うことにした。

 

 

 

 

 

 

「『エクスプロージョン』!!!」

 

 

 轟音が空気を震わせる。一瞬遅れて熱を伴う突風が平原を駆け抜ける。全てを壊すような圧倒的な破壊力。たった一撃で反則級の大爆発を起こした。

 

 魔法を使わない職業なのに初めて魔力というものを感じた。

 初めて空気が震えたのを感じた。

 

 なんだよ、これ……魔法とかじゃなくて何かの兵器じゃないか。あのボードゲームで使った『エクスプロージョン』はこんな魔法だったのかよ。

 

 これが紅魔族の魔法?やばすぎる。俺はこんな破壊力を出せるような魔法使いの一族とパーティーを組んでたのか。ゆんゆんはあまり魔法を使う時そこまで魔力は込めてないとか言ってたが、嘘じゃなかったみたいだ。

 

 先程の『エクスプロージョン』の突風でめぐみんのトンガリ帽子が飛んでいき、森の中へ入ってしまう。

 すると突然めぐみんがドサリと倒れた。

 

 え、何があった!?悪魔か!?いつの間にか攻撃されたのか!?

 

「我が奥義である『爆裂魔法』はその絶大な威力ゆえ消費魔力もまた絶大。限界を超える魔力を使ったので身動き一つ取れません」

 

 え、えぇ……。

 既にゆんゆんは手慣れたようにめぐみんを助け起こしている。

 じゃあ俺は帽子を取ってくるか。

 

「ごめんね、ヒカル。気をつけてね」

 

 

 

 

 

 確かこの方向に飛んでいったと思うんだが…。

 俺は森の中で帽子を探しに来たがなかなか見つからない。もう少し奥かな。

 お、あった。帽子を取り前を見たら

 

 

 何かと目が合った。

 

 

 金属の様な光沢を放つ漆黒の肌。蝙蝠のような巨大な羽。身体は俺を遥かに超えていて、ツノと牙が異形さを物語っている。

 

 な、なんだ…!?やべえ、殺され

 

「よう、ちょっといいか?俺様はホーストってもんだが」

 

 る…?

 

「実はこの辺りで真っ黒で巨大な魔獣を探してるんだが見てないか?」

 

 ………。

 

「いやー見てないっすね」

 

「そうか。見かけたら、また会った時教えてくれないか?」

 

「あ、いっすよ」

 

「お、助かるな。やっと普通に話してくれる奴がいたよ。ありがとうな」

 

 礼を言って羽を羽ばたかせ、空中に浮かび手を振ってくる。

 手を振り返したら満足そうに何処かへ飛んでいった。

 

 ホーストさん、あれは何だったんだろうか。普通に話してきたから話し返してしまった。ついでに手も振り返してしまった。

 

 まあ、とりあえず戻るか。

 

 

 

「もう!どこまで行ってたの!?心配したのよ!」

 

 戻るなりゆんゆんに怒られた。ぐったりしてるめぐみんに帽子を被せてやる。

 

「結構奥まで行ってたせいで探すのに手間取ったし、しょうがないだろ」

 

「ありがとうございます。迷惑をかけました」

 

 さっきのモンスターについて聞こうと思ったけど、ゆんゆんがうるさそうだし、やめておくか。

 

 

 帰りの道中に色々聞いたが、めぐみんは爆裂魔法とやらは一日一回しか使えない上に爆裂魔法しか覚えていないらしい。そして爆裂魔法以外を覚える気もないらしい。そのせいでヒナギクが言っていた「迷惑行為」に繋がっていたらしい。

 冒険者のほとんどに避けられ、パーティーに入れてくれない腹いせにそこら辺で爆裂魔法を撃ったり、避けてる冒険者に喧嘩を売る。「迷惑行為」の実態はこういうことだった。何をやってるんだか。

 ゆんゆんも注意してるが、聞く気は全くないみたいだ。

 

 

 アクセルに帰る道すがら。

 ん?なんか街の方が光ったような?

 

「「!!」」

 

 二人が何かに驚いたような表情で立ち止まる。なんだ?光ったのがそんなにびっくりしたのか?

 

「……凄まじい魔力を感じました」

 

 え?なに?

 

「神様の奇跡級の魔法を使ったみたいな魔力だったけど、あれは一体なに……?」

 

 そ、そういう感じ?よ、よし……。

 

「な、なんて気だ」

 

 俺もとりあえず反応しとこう。

 まるでドラ◯ンボールのキャラ達が気力を感じ取ったような反応だ。俺は一般人なので街の方が少し光ったのがちょっと見えただけだ。

 

 二人は少し警戒するような感じだったが、街へと戻ることになった。

 

 

 

 誰か俺にツッコミ入れてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 魔法の練習という名の散歩が終わりお昼時。

 ギルドに着いて、いきなり話しかけられる。

 

「あー!あんた!日本人よね!?私が送ってあげた人間よね!?」

 

 俺を指差して騒がしいのがいる。

 

 

 あいつ、もしかして……。

 

「私のこと知ってるわよね!?貴方を送ってあげた女神アクア!貴方の名前は忘れちゃったけど、私が送ってあげた日本人よね!」

 

 こいつは……

 

「ね、ねえ!なんとか言ってよ!私のこと忘れたわけじゃないわよね!?」

 

 俺に能力も知識も金も与えないで、身一つで知らない世界に放り投げてくれた邪神さんじゃないですか。

 

「ねえ、ヒカルの知り合い?なんか女神とか言ってるけど……」

 

 ゆんゆんは俺に聞いてくるが、めぐみんは何かを察したのか、それとも関わりたくないのか食事に向かったようだ。

 

「ねえ、なんで無視するの!?私よ!?女神アクア!忘れたなんて言わせな」

 

 やっと、俺の願いが、エリス教会で祈って本当に良かった。

 エリス様、頭のおかしい女神様だと思ってしまったけど、能力の調査もするだけじゃなくて願いまで叶えてくれるなんて。

 俺、この後エリス教に入ります。

 

「な、なあ、あんた日本人か?少し話を聞いてほしいんだ」

 

 うるさい邪神の後ろから男が話しかけてくる。日本人か。

 

「いいけど、この状況は何だ?何でこの邪神がいる?」

 

「邪神!?」

 

 俺に向かってこようとする邪神を男が食い止めながら話を続けてくる。

 ゆんゆんにめぐみんと飯でも食っててくれと伝えて話を聞く。

 

 

 彼の名前はサトウ カズマ。つい先程日本から転生してきた少年。

 彼の詳しい話を聞くとあの転生する前の女神の会う部屋で俺と同じような対応をされ、腹が立った彼は転生特典としてそこの邪神を選んで今に至るらしい。

 そんなのありなの?と思ったが良いことは無く、この邪神はこの世界のことも詳しくないし、戦う力はあまり無い、更には金も無いせいで冒険者登録も出来ないときたもんで、彼は早々に女神を選んだことを後悔しているらしい。

 それでどうしようかと悩んでいた時に転生の先輩である俺が来たということだ。

 

「す、すまん!少しお金を貸してくれないか?」

 

 後輩にお金を出すのは全く構わないんだが、色々と困ったな。

 

 邪神への対応に困る。今まで邪神への恨みで頑張って来た感もあるが、エリス様が能力を既に持っている可能性もあるとか言われてるし。そのせいで今すぐしばきにいけるかと言われると行けない。

 そして個人的にはミツルギみたいに先輩らしくポンと大金を渡してやりたいんだが、自分の事で精一杯な上に今は悪魔騒動で金を稼ぐのも一苦労と来ている。

 更に今の街の外は危険すぎる。

 

 とりあえずカズマに二万エリスを渡してやり、この街の現状を説明する。

 今は外に強力なモンスターがいて危険なこと。しばらくは冒険者として過ごすより、違う仕事をした方がいい、と説明した。カズマは落胆していたが納得したみたいで、邪神と冒険者登録をしに行こうとして

 

「え、これだけ!?ケチね!」

 

 ぐっ……!だ、誰のせいでっ!

 お、俺だってミツルギみたいに渡してやりたかったわこの野郎!

 お、落ち着け。今は辛抱しよう。エリス様の調査が終わり俺の能力が無いことが証明されたら大手を振ってこの邪神を退治しようそうしよう絶対にやってやるからな。剣を研いでおこう。ふふふ、首を洗って待っていろ。

 

「お、おい、いい加減にしろ。ほら、登録しに行くぞ!」

 

 邪神を連れて登録しに行くカズマ。そこまで前じゃないが懐かしいな。登録した時に散々なこと言われたの俺は忘れてないからなルナさん。

 邪神はどうでもいいが、カズマは良い冒険者になれるといいな。

 

 

 

 紅魔二人と飯を食おうとしてると受付方面が騒がしい。もしかして二人がすごいステータスだったのかな。羨ましい限りだ。

 とりあえずこの二人には先ほどの二人は同じ故郷から来た人間だと説明しておいた。

 

 

 ゆんゆんにはしばらくクエストが受けられない以上それぞれで過ごそうと提案した。それを聞いたらまるでこの世の終わりみたいな顔をしたので説明する。

 現状俺も金が尽きかねないし、クエストの取り合いになってる以上クエストを受けられない可能性が高い。クエストじゃなくてどこかで違う仕事を受けたりする可能性があるし、ゆんゆんも久しぶりに友達と水入らずで過ごしたりするのも良いだろう。

 

 決してこの頭のおかしい方の紅魔族の扱いに困ったわけではない。

 

 それでも不満そうだったので朝には俺もギルドに顔をなるべく出すし、夕飯時には集まろうと提案してようやく納得した。

 

 

 

 

 

 

 トリスターノにも伝える為に奴の馬小屋へと向かう。ゆんゆんもやることがないから付いてきた。めぐみんは魔力切れで体がだるいからとそのままギルドに置いてきた。

 

「トリタンさんが馬小屋って意外だよね。あの人何も言わないけど、多分貴族の生まれなのに」

 

「え?貴族?」

 

「うん。金髪碧眼の人は高貴な生まれの人の証拠なのよ。どこの生まれとかは聞いてないけど、多分貴族の人だと思うわ」

 

 これ以上あいつに変な設定を加えるなよ。ストーカーで元魔王軍で元アーチャーの友達募集してるイケメンだぞ。元貴族まで加わったら収拾つかん。

 

 ここを曲がったら奴の馬小屋だ。さて、不在じゃないといいんだが。

 

「トリタンさま!つぎはわたしも!わたしも!」

 

「ふふふ、順番ですよ。お待ち下さい、レディ」

 

 どうやら不在じゃなかったらしい。声が聞こえ、る……。

 

 馬小屋の前にトリスターノはいた。

 数人の小さな女の子に囲まれてキャッキャッウフフしてるトリスターノが。

 

 

 ……もう一つ設定を増やさなきゃいけないらしい。

 

 

「……どうやらお取り込み中らしい。帰ろう」

 

「……そうね。邪魔しちゃ悪いしね」

 

 回れ右して帰ろうとしたら運悪くトリスターノがこちらに気付いたらしい。

 

「おや、お二方、朝以来ですね…って、え、ちょ、どこ行くんですか?」

 

 うわ、声かけてくるなよ。せっかく帰ろうと思ったのに。しょうがないから同じく回れ右してトリスターノに向き直る。

 

「よよよお、少し伝えたいことがあって」

 

「う、うん、こんにちは、トリタンさん」

 

「はい、こんにちは?なんで動揺してるんですか?」

 

 してねえよ。全然。なんで動揺しなきゃいけないんだよ。楽しんでる人の邪魔して悪いなとか思ってねえよ。全然。

 よし、さっさと要件を伝えて帰ろう。

 

「トリタンさま、トリタンさま!あの人たちだあれ?」

 

 少女たちがイケメンに群がりながら聞き始める。

 

「レディ、あの人たちは私の友達であり仲間ですよ」

 

「トリタンさまの?」

 

 芝居がかった話し方もこのイケメンなら、まるで違和感を感じない上に絵になっている。腹立つ、これだからイケメンは。

 

「と、友達…!」

 

 この娘は本当に大丈夫かなぁ…。自己評価が異様に低いのはどうにかならないのか。もし俺とパーティーを組まなかったら悪い人間に騙されてたんじゃないか?

 

「お二人はどうかされたんですか?デート中ですか?」

 

 ニヤニヤしながら言うトリスターノ。

 何考えてんだ、これだからイケメンは。

 

「え、ええっ!?ち、違うよ!?トリタンさん何いってるの!?」

 

 動揺しすぎだろ。落ち着いて対応しろよ、トリスターノが調子に乗るだろ。

 そんなことをやり取りしてると少女たちが俺らに群がってくる。

 

「こんにちは!」

 

「こ、こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 子供相手に挙動不審モードはやめてくれよ。

 挨拶ができるなんて良い子達だ。

 

「あ、ダメですよ。お二人は……お楽しみ中なんですから」

 

 ニヤニヤするな。気持ち悪い。お前ほどお楽しみ中じゃないわ。

 

 ゆんゆんが子供達の相手をしてる間にトリスターノに先程ゆんゆんに提案したことを伝える。トリスターノはすぐに納得してくれた。

 

「クエストや他にも何かあれば言ってください。馳せ参じますよ」

 

 お楽しみ中に呼んだりしないから安心しろ。

 まあこいつには何度も助けられてるしな。実力は確かだ、遠慮なく呼ぶことにしよう。

 

 

「え、と、友達?いいの?私たち友達でいいの?」

 

「え、う、うん。いいよ……」

 

 

 子供にドン引きさせるんじゃないよ。

 




しばらく真面目な話が続きます。

いえ、いつも真面目じゃないわけではないんですけど。

書いてるとよく思いますけど、カズマのパーティーの個性がバカ強いですよね。アレに勝てる個性を持つようなキャラを作れない。



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17話


17話です。さあ、いってみよう。



 

 トリスターノに伝えた後、ギルドで夕飯を食べ終わり解散した後、馬小屋に帰る途中フラフラとこちらへと向かってくる人影が。稼げない冒険者仲間だろうか。悪いが、俺もなんかしてやれることは……ってあいつは

 

「おい、ヒナギク。大丈夫か?」

 

「う…ぅ…」

 

 フラフラしながら首をこちらに向けるのも辛そうにこちらを見て絞り出すようにして言う。

 

「おなか、す、いた……」

 

「お、おい」

 

 俺を確認してから力尽きたように俺に身を預けてくる。俺はヒナギクを抱えて大急ぎでギルドへUターンした。

 

 

「ごめん、もぐもぐ、ね。森を、もぐもぐ、駆け回って、もぐもぐ、悪魔を、もぐもぐ、探して」

 

 食ってから言え。

 悪魔がいると聞いてからこの二日間寝ずに森を探索し続けたが悪魔を見つけることが出来なかった。諦めて街に戻ってきたらその時になって自分が空腹状態で限界だったことに気付き、運良く俺と出会い今に至る、と。

 

「お前な、無理して悪魔と会ったら殺されてたかもしれないだろ」

 

「えへへ、ごめんね。どうしても消してやりたくてさ」

 

 悪魔に親でも殺されたんだろうか。並々ならぬ執念だ。

 

「心配したんだぞ。しばらくは大人しくしてろ」

 

 きょとんとした表情になり、不思議そうに。

 

「心配してくれたの?」

 

「毎晩一緒に飯食ってたくせに何言ってんだお前」

 

「あ、そっか。そうだよね、ごめんね」

 

「いいから大人しくしてろ。もしかしたら悪魔討伐のクエストが出るかもしれないだろ?俺も今はクエストをなかなか受けられないし、孤児院に手伝いでもなんでも行ってやるから」

 

「ほんと!?」

 

 身を乗り出して聞いてくる。

 寝た後にまた飛び出して行くかもしれない。ヒナギクを止めるにはこれぐらい言わないと多分無理だろう。こいつのことはエリス様に頼まれてるし、なんかあったら天罰を落とされる可能性もある。

 しばらくはヒナギクに斡旋される仕事でなんとかしていく事にした。

 

 

 

 

 森が立ち入り禁止になり、数日が経った。

 相変わらず平原のクエストの取り合いで、森という稼ぎ場を失った冒険者たちは気が立ってるような状態だ。

 

 斯く言う俺も今は貧しい生活をしている。借りている馬小屋の主人の手伝いをしたり、ヒナギクに連れ回されて色々な仕事をさせられたりしている。

 まあ教会のプリーストや孤児院の子供達と仲良くなったりして、まあ悪くないかなと思いつつ夕飯を食べにギルドに着いたら懐かしい顔がいた。

 

「ミツルギ!久しぶりだな!」

 

「おお、シロガネか!久しぶりだ」

 

 異世界に来て初めて会った人物、こいつのおかげでなんとか生きていくことができた恩人だ。

 ミツルギの後ろには二人の女性がいる。パーティーも出来たんだな。なんかハーレムくさいが気にしないでおこう。

 

 ミツルギと情報交換した。

 この街に来たのはアークプリーストを仲間にしたくて来たみたいで、森の悪魔のことは知らなかったらしい。

 そして俺の能力は無いままでステータスも低く役に立てそうに無いこと、金も情けないことに返せないことを伝えた。

 

「本当に困ったね。能力が無いのは。お金の件も気にしないでくれよ」

 

「マジで申し訳ない。少しでも役に立てればよかったんだが」

 

「君が大変なのはわかるから大丈夫だって。何かあればまた言ってくれ。力になるよ」

 

 イケメンだなぁ。その分俺が情けなくてしんどくなるからやめてくれ。これ以上世話になるわけにはいかない。

 

「にしても上位悪魔が駆け出しの街に出るなんて。明日には討伐クエストが出るから、女神に選ばれし勇者のこの僕が退治してみせよう」

 

 なんか少しナルシスト入ってるけど…まあ、いいか。

 討伐クエスト?まさか。

 

「そうだよ。街の冒険者も待ってるのは我慢出来なくなったみたいでね。とうとう討伐クエストが決まって、僕も参加することにしたんだ」

 

 おお、ミツルギがいるなら何とかなるかもしれないな。

 ミツルギとは明日の準備があるからと別れた。

 

 

 さて飯を食べようという時にクリスが現れた。もしかして。

 

「……ご飯食べ終わったら教会に来て」

 

 言うだけ言ってフラフラとギルドを出て行った。疲労しきった顔で目の下には隈が出来ていた。ま、まさかずっと調べてたんじゃないだろうな。

 急いで飯を食べて、教会へ向かうことにした。

 

 

 教会へ入ると明かりはついてない、月明かりのみが辺りを照らしていた。

 俺が前へ進むと空から一筋の光が降りてくる。光が霧散するとそこには

 

 

 目に隈が出来た女神がいた。

 

 

「……」

 

「……こんばんは」

 

「えっと、こんばんは。だ、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です。時間がかかってしまい申し訳ありません」

 

「い、いえ、そんな。もう少し休みながらで良かったんですよ?」

 

「そんなわけにはいきません。せっかくこの世界に来てくださった人に私達のせいで苦労をさせるのは神として見過ごせません」

 

 頼んだ時にもっとゆっくりでいいですよって言えばよかった。あの邪神やヒナギクに対する執着を見たせいで全然気遣うことが出来なかった。あの邪神とは違うんだな。俺の願いも叶えてくれたし、本当に良い女神なんだな。

 

 

「さて本題ですが、あなたの能力のことがわかりました」

 

 

 え?俺の能力?

 

 

「はい。実は貴方は能力をちゃんと持っていたのです」

 

 

 俺はすぐに土下座をかました。

 

 

「ええっ!?いきなりどうしたんですか!?頭を上げてください!」

 

「すみません!マジすみません!」

 

「だ、大丈夫ですから!何かよくわかりませんけど大丈夫ですから!」

 

「能力持ってないとかぬかしてすみません!」

 

「大丈夫ですから!落ち着いてください!」

 

「無能には土下座以外になんも出来ません!マジ許してください!」

 

「大丈夫です!許しますから!ヒナギクのことも頼んでますし、ほかに協力してもらいたいことがあれば声をかけるので、とりあえず頭を上げてください!」

 

 土下座でアホほど謝っておいてなんだが、能力があるなんて信じられない。なんだろう。犬に懐かれる能力とかだろうか。

 

「こほん、それでは貴方の能力についてお伝えします。この能力に関しては正直ちゃんと情報を知ってないと認識出来ないような能力でしたから貴方が能力を持っていないと思ってもおかしくありませんし、貴方に非はありません。非があるのは貴方を案内した女神ですから」

 

 その女神、最近は土木工事で生き生きしてるんだけど。というかこいつにも俺は謝らなくちゃいけないじゃないか。いや、でもそれは絶対に嫌だ。あの女神のせいで苦労したことには変わりないし。

 

「貴方の能力は『ムードメーカー』と呼ばれる能力です」

 

 む、ムードメーカー?なんじゃそりゃ。

 

「この能力は貴方の意思に関係無く貴方がただ存在するだけで仲間を強化することができます。ステータス、スキル威力など様々な能力が向上します」

 

 お、おお。そんな能力が……!

 あ!もしかしてゆんゆんが魔法撃つ時に加減ミスってたのって、まさか……。

 

「そうです。貴方の能力で強化されたからでしょうね」

 

「発動条件はお互いに仲間と認識していること。お互いに信頼していればしているほど強化ができます」

 

 ほうほう。

 

「デメリットは貴方一人では何の効果もないこと」

 

 え?デメリット??

 

「仲間しか強化出来ません。貴方自身には全く何の効果もありません」

 

 ……。

 

「そしてステータスの低下ですね。居るだけで人数に関係無く仲間を強化する能力故にデメリットもまあ、あると」

 

 俺、弱いままかよ……。

 ていうかデメリットの方が多くない?何でそんな能力が…。

 

「…この能力はかなり昔からあるのですが自身が活躍出来るような能力ではない為、転生者にも選ばれることはなくずっと埃をかぶってるような状態でもう日の目を見ることはないだろうとされていたんですが」

 

 でしょうね。

 

「アクアせんぱ……いえ、貴方がランダムに能力を選ぶように言った女神アクアは、その、何というかステータスで言う幸運が物凄く低くてですね」

 

 あっ……。

 

「女神アクアが適当に能力を選んだら、この不人気の『ムードメーカー』になったということですね」

 

 どう反応していいか分からねえ……。ちゃんと選ばなかった俺も悪いけど、あの女神も悪くないとは言えないはず。

 

「しかもその女神アクアも今ちょっと大変なことになっていて」

 

 知ってる。仕事帰りに潰れるまで酒飲んで吐いてましたよ。

 

「本来は渡した能力の管理もしているのですが、女神アクアが少し、その、違う仕事を優先させたので能力もなかなかわからなかったのです」

 

「しかもアクア先輩は能力の詳細が書かれた資料もまとめているはずなのに、それをサボって……!い、いえ、何故かこの『ムードメーカー』の資料だけ間違えて何処かに失くしてしまったので本来はもっと詳細がわかるはずなのですが、これ以上の能力の情報がわからない状態になってしまったのです」

 

 相当な苦労をしたのか、所々素が出始めている。アクア『先輩』か。俺も『先輩』には相当苦労させられた。少しだけわかる気がする。

 

「アクア先輩は今回だけじゃなくて、他にも何個も何個も私に……!」

 

 ヒートアップしてきた。止めるべきか聞いてあげるべきか、どうしよう。

 

「た、大変でしたね。その」

 

「大変なんてものじゃありません!本来日本で亡くなった方の死後の案内をするのはアクア先輩なのに、自分でサボって仕事が貯まったからって私に何件か押しつけてくるし!」

 

 落ち着くまで待とう、そうしよう。

 この女神様に苦労をさせてしまったのは俺だしな。

 

「今アクア先輩がいないせいで全部後任に仕事が渡されましたけど、アクア先輩がサボって貯めた仕事を新人が処理しきれるわけなくて!結局私に仕事が回ってきて!私には私の仕事があるんですよ!?それに!」

 

 

 

 

 

 

「そ、その、本当にすみません!私なんでこんな」

 

「い、いや本当に大丈夫ですから」

 

 先程と立場が逆転していた。

 

「うう…私、もしかして言っちゃいけない事も言ってしまったんじゃ……忘れてください」

 

「ええ、忘れますよ。安心してください」

 

 一瞬、潤んだ目で上目遣いをされてしまってエリス様に惚れかけたが、何とか耐えることができた。この女神様はいくら良い神様でもヒナギク狂いなんだ、落ち着け。

 

「ごめんなさい。その、私どこまで話しましたっけ」

 

 能力のことは聞いたので大丈夫ですよ。

 本当にお疲れ様です。

 

「ここの事は内緒ですよ?本当に内緒ですからね?」

 

 能力のことは分かったが結局俺は弱いままでしかないことが分かった。もうこのまま冒険者やめて、ヒナギクと一緒に仕事してた方がいい気がしてきた。死ぬ危険性も無いし、仲間に守ってもらうこともさせなくて済むし。

 

「さて二つ目の本題ですが」

 

 ふたつめ?

 

「ヒナギクのことです」

 

 またかぁ……。長い話を聞かされるんじゃなかろうな。

 

「個人的にはこっちの方が大事でして」

 

 おい。

 

「少し長くなりますが聞いてください」

 

 

 帰って休んでください。お願いします。

 




まあ今更ですけど爆焔3巻ですね。
え、知らない?ゆんゆん可愛いですよ。オススメです。

アクシズ教徒のプリーストも出そうかと思ったんですけど、話をややこしくするだけしてややこしくてして終わりになりそうだったのでやめました。思い付きで出るかもしれません。


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18話

18話です。さあ、いってみよう。



 

「では、くれぐれもよろしくお願いしますね」

 

「……はい、わかりました。今日はありがとうございました。失礼します」

 

 

 今は深夜を過ぎている。

 これ以上話しかけられないようすぐに教会を出た。寝不足と過労で疲労困憊のはずのエリス様だが、ヒナギクトークは全く止まることは無かった。ストレスでおかしくなってると思いたいけど、多分アレが普通なんだろう。

 まるで朝会の校長先生だ。何回意識が飛びかけたかわからない。

 明日は悪魔討伐のクエストがあるってのに。

 

 

 

 

 翌朝。ギルドは朝とは思えない程騒々しかった。プリーストが足りないだの、ポーションを作れる魔法使いを募集だの。

 今日は上位悪魔討伐クエストの日。冒険者たちは準備に追われ、慌ただしい。

 この討伐クエストはかなり大規模で参加グループは総勢十組。それぞれのグループに六から十人が所属されている。百人はいないにしろ、何十人と言う規模になっている。

 人数や人員配置の関係で俺とトリスターノは同じグループだが、ゆんゆんとは違うグループになったが、ゆんゆんはめぐみんと同じグループらしい。

 

 装備は少ないが、一応確認していた。最初の頃は片手剣とサバイバルナイフだけのクソ雑魚装備だったが、今や胸当てに籠手、脛当てと最低限の装備を揃えられていた。

 俺はほぼ初心者扱いで荷物持ちだが、参加する以上準備を怠るわけにはいかない。

 荷物持ちでも『居るだけで』いいのだ。何かあれば剣を抜いて戦うし。

 

 準備をしながらトリスターノと雑談しているとヒナギクがやってくる。

 

「行くのは止めないけど、何かあったらすぐ逃げるんだよ?」

 

 開幕早々使えない発言である。俺だって傷付くんだぞ。

 

「本当は止めたいんだけど、どうせ聞かないでしょ?」

 

「お前はなんだ?お母さんですか、この野郎。どうせ荷物持ちだよ、早く準備してなさい、しっしっ」

 

 む、と少し不機嫌そうにしたが、すぐに心配する顔に戻る。何かを喋ろうとして誰かが遮ってきた。

 

「君がアークプリーストか?というかシロガネの知り合いかい?」

 

「そうですよ。貴方が魔剣の勇者さんですか?」

 

 そういえば言うのを忘れていた。ミツルギの本来の目的はアークプリーストを仲間にすることだったな。

 この二人は今回の討伐の同じグループになったみたいだ。

 二人はお互い自己紹介し、ミツルギが自分のパーティーへ勧誘し始めるが、何故か俺の方を見た後にこの街でやりたいことがあるから、と断っていた。

 ミツルギもすぐには折れないみたいで今回の討伐が終わったら、また話をさせて欲しいと言って去っていった。

 

 今回ミツルギのグループが一番先頭の主力部隊となっている。

 魔剣の勇者のパーティーにアークプリーストのヒナギク、その他にも高レベルの冒険者が集っている。そのグループとは他にもう一組の名の売れているパーティーも入ってるとかで勝利は堅いとされている。

 出来れば何事も無く無事に終わるといいのだが。

 ヒナギクがやたらと俺を心配しているが、危険な位置にいるのはヒナギクだろう。自分の心配をしてくれ。

 その後ヒナギクも準備があるからと去っていった。

 

「貴方は愛されてますねえ。羨ましいです」

 

 トリスターノが何か言っているが、どう考えても雑魚がいつ死ぬか冷や冷やしてるだけだろう。

 

「お前も昨日複数人に愛されてたじゃないか。イケメンのくせに何を言ってるんだ」

 

「あの、もしかして良からぬ勘違いをしてるんじゃ……」

 

「いやいや、別に何も勘違いなんてしてないぞ。せいぜい頑張ってハーレムを作ってくれ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!あの子はお世話になっている馬小屋の主人の娘さんで」

 

「親公認かよ。よかったじゃないか。愛があれば歳の差なんて、というやつか。これだからイケメンは」

 

「違います!……あ!もしかして昨日ゆんゆんさんと二人で変な反応だったのはもしかして」

 

「変な勘違いはやめろ。ほら、ゆんゆんも気ぃ使ってくれてるんだから、遠慮することは無いぞ」

 

「ちょ、本当に待ってくださいよ!暇だったから遊んであげてただけです。邪な気持ちは一切ありません。なんなら嘘発見の魔道具を使ってくださっても構いません」

 

 え、そんなのあるの。怖。ファンタジーの闇だわ。

 

「つまりはアレか、トリスターノ。アレは遊びだと?」

 

「……あの、絶対変な意味で言ってますよね?」

 

「遊びか。最低だな!」

 

「誓って変な趣味はありません!」

 

 別に変な趣味なんて言ってないんだが。

 この世界の顔面の偏差値は異様に高いからな。どんな愛があってもおかしくないと思う。

 

「今更お前に変な設定が加わってもいいが警察のお世話にはなるんじゃないぞ」

 

「全然信じてないじゃないですか!」

 

「よし、出発の時間だ!」

 

「誤魔化さないでください!」

 

「ほら、よく言うだろ。レディの求めに真摯に応じるのが変態紳士の……」

 

「変態って言いましたか!?本当に違いますから!」

 

 

 

 

 冒険者の大軍がぞろぞろと森に行列を作っている。

 早く悪魔を倒して森へ入れるようにしたいという気持ちも大きいが、今回の討伐クエストは参加するだけで報酬が出ることから多くの冒険者が参加することになった。

 参加するだけお得なのだ、荷物持ちでもなんでもやってやる。

 

 俺とトリスターノが所属するグループは前から三番目の団体にいる。ゆんゆん達紅魔二人は一番後ろにいるみたいだ。

 

 

「モンスターが出たぞ!」

 

 先頭グループから警告の声が飛ぶ。全員が警戒し臨戦態勢となる。

 どこからともなく現れた大量のモンスター。

 今の森は本当に異常だ。これほど大軍の冒険者が対応に追われる程のモンスターが出るなんて聞いたことがない。

 後方から悲鳴が聞こえたが、ゆんゆん達は大丈夫だろうか。

 

 突然前方から轟音が聞こえる。

 前方のグループの冒険者がいきなり逃げ惑う。

 

「おい、やばいぞ!魔剣の勇者が傷を負って、アークプリーストがやられた!」

 

 ……ヒナギクが?ミツルギも?ウソだろ?

 

 俺が呆然としてる中、前方の冒険者のほとんどが逃げる。冒険者がいなくなり、前の光景が見えるようになる。

 

 ヒナギクは力尽きたかのように倒れ、傷を負っている状態でなんとか悪魔と対峙するミツルギの姿が見える。ミツルギのパーティーの女性二人もいたが完全に怯えてしまっていて動けないでいる。

 

「ヒナギクッ!!」

 

 考えるよりも身体が動く。荷物を放り投げヒナギクの元へと走る。

 

「トリスターノ!」

 

 荷物を持って行ってくれ、とお願いしようとしたが

 

「援護します!行ってください!」

 

 すでに弓を構え、前方を睨んでいるトリスターノの姿に気持ちが押される。

 

「すまない、僕がいながら。その子をお願いしてもいいか!?」

 

 ミツルギがなんとか悪魔と戦いながら俺に声をかけてくる。

 あの悪魔は森であったデカブツだった。

 ヒナギクは頭から血を流し、力無く倒れている。意識は当然無い。

 くそっ、お前、俺のこと心配してたくせに何やってんだこのバカ!

 乱暴だがそんなことを気にしてる場合じゃない、肩に抱えて全力で走り出す。

 

「ミツルギ、すまん!」

 

「僕は気にしなくていい!行ってくれ!」

 

 俺はまたミツルギのイケメンぶりに助けられた。

 

 

 

 

 俺は教会にヒナギクを預けた後ギルドに来ていた。

 

 今回の討伐は惨敗。ヒナギクとミツルギは重傷を負い、十数名が軽い怪我を負った。

 次の討伐に行きたくても主力は倒れ、他の冒険者達は魔王軍幹部クラスの力を持つ悪魔にビビっていた。

 無理もない。結局俺達は駆け出しの街の冒険者でしかない。俺もただ荷物を持って、ヒナギクを持って帰ってきただけだ。何も言えない。

 ゆんゆんが心配して声を掛けてくれているが何も返せずにいた。

 

 悪いことは連続して起こるものだ。

 なんでも魔王軍幹部の一人が大軍を率いて魔王城を出たらしい。その影響で他の街からの応援は見込めず、駆け出しの街にいる冒険者でなんとかするしか無いと。

 

 終わってる。悪魔がこの街に攻め込んで来たら終わりだ。一応ミツルギもかなりの接戦をしたらしく片翼を切り落としたぐらいの傷を負わせたらしい。

 その影響でこの街に攻め込んで来るようなことはない、と思いたい。

 

 俺もミツルギみたいにあんな悪魔と戦えるような能力を貰っておけばな。今日で倒せたかもしれないのに。

 

 ギルドがアークプリーストがどうとか騒いでいたが、ゆんゆんとトリスターノに一人になりたいと伝え、一人でギルドを出た。

 

 

 結局俺は馬小屋でただただ無駄な時間を過ごした。夜になり俺はヒナギクが心配で教会を訪れていた。

 大丈夫だろうか。なんとかなっていればいいんだが。気持ちは重いがどうしても確認したい一心で俺は教会の扉を開けた。

 

 

「シッシッ!ほら!見てください!もう回復しました!元気です!」

 

「いや、ちょ聞いてください!外傷は治せましたけど、中が治しきれてないんですってば!安静にしてくださいお願いします!」

 

 

 そこには元気にステップを踏みながらシャドーボクシングをするヒナギクとなんとか止めようとする数人のプリーストの姿が。

 

 

 ふっ、そうか。元気になったか。よかった。

 

 

「なんて言うとでも思ったか、このバカちんがあああああ!!!」

 

「おげろっ!!」

 

 俺は全力で走って助走をつけた全身全霊のドロップキックを喰らわせた。

 

「いや、何してくれてんですかああああああああ!!!」

 

 プリーストにブチ切れられたがそんなことはどうでもいい、このバカを止めるのが重要だ。

 

「てめえ、無駄に元気になりやがって!!もう回復魔法なんかかけないでベッドに縛り付けてやる!!」

 

 気絶したヒナギクの胸倉を引っ掴んでぐわんぐわん振り乱す俺を全力で止めようとするプリースト。

 

「ほんとに!本当に絶対安静にしてないといけないですから!!」

 

「じゃあ引っ叩いてでも止めろよ!何してんだよ!」

 

「だ、だって『まずはこのステップを見てください!ほら、元気でしょう!?次はこのウィービングをですね……!』とか言いながら動き始めるから!」

 

 バカなのか?このアークプリースト。死にたいんじゃなかろうな。

 

「もう回復魔法かけなくていいから手足ふん縛ってベッドに括り付けとけよ。このバカはそれくらいで丁度いいのがわかったろ?」

 

「いや、あんたのせいで傷開いてるんですけど!白目剥いてるんですけど!」

 

「テキトーに治してくれ。あと変なこと言わないよう口に何か詰めて縛っておけ。あとついでに鼻にも入れとけ」

 

「それ死んじゃいますから!ついでのせいで呼吸できませんから!」

 

「安心しろよ。絶対安静なのにボクシングするぐらい根性あるんだ。少し鼻と口塞がれたぐらいで死なねえよ」

 

「いや、んなわけないでしょ!」

 

 プリースト達が回復してる間に縄を持ってきて縛ろうと近付いた瞬間暴れだすヒナギク。

 

「ちょ、てめ、何抵抗してんだ!」

 

「悪魔は殺さなきゃいけないの!悪魔なんかに倒されたとあったら僕はエリス様に顔向けできない!回復するまではちゃんと待つから行かせてよ!」

 

「ボロボロのくせに何言ってんだこのバカ!抵抗するな!みんな手伝ってくれ!」

 

 プリーストも手伝おうとしてるが、猛獣のように暴れるせいで誰も近寄れない。

 

「お願いだよ!多分悪魔も相当弱ってるだろうし、不意打ちされなきゃ次は勝てるから!」

 

「多分で行かせられるか!このポンコツ!」

 

「ポンコツ!?ヒカルこそ弱いくせに僕を止められると思わないでよ!僕が本気出せば……」

 

「エリス様にお前のこと頼まれてんだよ!安静にしてろ!」

 

 聞いた瞬間、先程までの抵抗が嘘みたいになくなる。プリースト達も固まって、信じられないような顔でこちらを見ている。

 

「う、嘘言わないでよ。僕を止めたいからってエリス様の名前を出しても無駄だから!」

 

「嘘じゃねーよ!お前が小さい頃に会った話とかアホみたいに聞かされたんだよこっちは!別に聞きたくもねえのによ!」

 

「え……」

 

「エリス様にヒナギクのことはお願いします。何かあったらすごい天罰落としますって言われてんだ、安静にしてろ!」

 

「た、確かに小さい頃に会ったけど、そんな天罰落とすとかエリス様が言うわけないでしょ!!バカなの!?」

 

「バカはお前だよ!ヒナギクは私の可愛い子だって言ってたんだよ!小さい頃から教会に来て祈りを捧げる純粋で可愛い信徒だってな!」

 

「……」

 

「わかったら、回復してもらってクソして寝ろ!」

 

「……わかった。でも後で色々聞かせてね」

 

「安静にしてたら考えてやるよ。この後バカしたらエリス様にチクってやるからな」

 

 ヒナギクはプリーストに連れられて大人しくベッドに向かっていったようだ。

 

 

「まったく……エリス様の御前でドロップキックをするなんて貴方ぐらいでしょうね」

 

 この教会のそこそこな立場にいるプリーストのアンナが責めるような視線で話しかけてくる。

 

「なんだ?じゃあエリス教徒はエリス様の御前でシャドーボクシングするのか?エリス教はボクシングが必須なの?」

 

「ち、違います!あれは、その、そう。エリス様へ捧げる舞みたいなものです」

 

「嘘こいてんじゃねーよ!なんで神様の前でシャドーボクシングすんだよ!世の教会がみんなボクサーだらけになるだろうが!」

 

「……エリス様の御前ですよ。大声は控えてください」

 

「今更何言ってんの??言い返せなくなっちゃったかな?」

 

「ところで先程エリス様に会ったとかどうこうとか言ってましたが」

 

「それが?」

 

「その、どんな感じだったかとかどうやったら会えるとか、教えてくれてもいいですよ?」

 

 美人なアンナがウインクしながら上目遣いをしてるが、俺にそんなの効かない。

 

「シャドーボクシングしてればわかるんじゃねーの?」

 

「なわけないでしょ!!」

 

 

 エリス様の御前ですよ、大声は控えてください。

 





評価になんか色も付きはじめました。
読んでくださり、更には評価までありがとうございます。
もう少しで一区切りしますので、是非お付き合いくださいませ。


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19話

19話です。さあ、いってみよう。


「……ほら、……なさ………ねえ」

 

 ……まだ眠い。どうせ今日もクエスト受けられないし、寝かせてくれ。

 

「いい加減になさい。これ以上寝るなら摘み出しますよ」

 

 目を開けるとプリーストのアンナが睨んでいた。

 

「え、なに?夜這い?」

 

「寝ぼけてなければ引っ叩いてましたよ?早く起きなさい」

 

 ん?ああ、そうか。

 結局俺は昨日ヒナギクが部屋に戻った後も心配で教会で寝泊りすることにしたんだった。

 

「ヒナギクは?」

 

「ちゃんと部屋で休んでますよ。もう起きてるでしょうから、会いに行ったらどうです?」

 

「そうか、ありがとう。朝のシャドーボクシング頑張れよ」

 

「するか!」

 

 

 

 

 ノックをすると、どうぞと返ってきたので部屋に入る。

 入ると、ヒナギクは不機嫌そうにして横になっている。

 

「よ、ボクサー。調子はどうよ?」

 

「……おはよう。今すぐヒカルを殴れるぐらいは調子良いよ」

 

「流石ボクサーだな。でも殴れるぐらいじゃまだダメだな。倒せるぐらいじゃないと」

 

「加減しなきゃ出来るもん」

 

 駄々っ子は寝てましょうね。

 顔色も悪く無いし、なんとか大丈夫そうだ。

 

「ねえ、エリス様のこと聞かせて」

 

 随分と気になってるようだ。

 

「だが断る」

 

「はあ!?僕、大人しくしてたじゃん!話が違うよ!」

 

「何言ってんだ、お前?考えておくって言ったんだぞ?あと一日休んだぐらいじゃ、どっちにしろ教えねえよ」

 

 教えたらすぐ行きそうだし。

 

「納得出来ない!」

 

 身体を起き上がらせて猛然と抗議してくる。

 しょうがないな。

 

「そうだな。お前が一番最初にエリス様に会った時に」

 

 膨れっ面がすぐに引き締まった表情になる。

 

「お前は『何を祈ってるか?』と聞かれて、それに対する答えは『早く大きくなりたい』だ」

 

 目を見開き信じられないと言った様子でこちらを見ている。

 

「僕、会ったことを家族には言ったけど、会話内容なんて誰にも言ってないのに……」

 

「そういうことだ。お前が暴れるなら俺はすぐチクるからな」

 

「なんでヒカルなんかが……」

 

 いちいちディスりやがって。こいつは心配したりバカにしたり何がしたいんだ?

 少し遅くなったが腹も減ったしギルドに行くか。ゆんゆん達に会っておきたいがまだいるだろうか。

 

「じゃあ大人しくしてろよ。また夜かヒマになったら来るから」

 

「ええっ!?まさか置いてくの!?」

 

「おう、じゃあな」

 

「い、いやいやいや、確かに納得したけどもう少し聞かせてよ!それにヒマだからニホンの話もし───」

 

 そのまま退出して、帰ろうとする俺の背中に扉越しの罵声が聞こえたが無視した。

 

 

 

 

 時刻は十時過ぎ。ギルドに着いたが、ゆんゆんやめぐみんは見当たらなかった。

 しょうがない、朝食をとって用事を済ませたらまた日本オタクの元に戻って何か話してやるか。何か話すネタはあったかと思考を巡らせていたら、トリスターノが来た。

 

「おはようございます。馬小屋にもいらっしゃらないので心配してたんですよ」

 

「おはよう、悪いな。教会にいたよ。ヒナギクが昨日暴れたりして大変だったんだ」

 

「それは大変でしたね。ところでゆんゆんさんですが」

 

 ゆんゆんはレックス達率いるパーティーと一緒に悪魔が捜索している初心者殺しを捕獲してそれを交渉材料にする作戦に出たらしく、つい先程初心者殺しの捕獲に出たらしい。

 レックス達のパーティーはこの街ではかなり名が売れているパーティーみたいで初心者殺しを捕まえるぐらいなら危険無くやれるだろうとのことだ。ゆんゆんだし、そこまで心配しなくても大丈夫だろう。

 というか初心者殺しと聞くと、あのグロテスクなシーンを思い出すんだが……。

 

「ゆんゆんさんが心配じゃないんですか?」

 

「俺じゃないんだし、大丈夫だろ」

 

「でもレックスさん達に寝取られちゃうかもですよ」

 

「お前は変な言葉使ってくるんじゃねーよ!周りに誤解されるだろうが!」

 

「もしかしてそういう趣味なんですか?」

 

「てめえ、あれだろ。昨日いじられたの根に持ってるだろ」

 

「持ってません。否定しないってことはそういうことなんですね?」

 

「絶対根に持ってるじゃねーか。あと俺はお前みたいな変な趣味は持ってない」

 

「私はノーマルです。あと根に持ってません」

 

「ノーマルの意味知ってる??変態ロリコンぼっちストーカーの意味じゃないぞ?」

 

「知ってます!それに全部違いますよ!」

 

 何を言ってるんだこいつは。これ以上無いぐらい合ってるだろう。

 飯も食い終わったし、そろそろ色々と済ませてお怒りのヒナギクのところに行くか。あまり行きたくないが。

 

「……ゆんゆんさんはいいんですか?」

 

 しつこいぞトリスターノ。ゆんゆんならきっと大丈夫だろう。

 またなんかあれば声をかけてくれとトリスターノに伝えてギルドを出た。

 

 

 

 

 洗濯やら色々なことを済ませたり、アンナに色々手伝わされたりしたせいで、もう17時過ぎになってしまった。

 今からヒナギクに会いに行くが、出来れば起きてないで寝ててほしい。そうすれば様子見て終わりに出来るし、ずっとニホンやエリス様の話で拘束されないで済む。

 

 エリス様お願いします。

 祈りながら小さめにノックをしたら、どうぞと返ってきてしまった。

 部屋に入って最初ヒナギクの顔は誰かが来て嬉しそうな顔をしていたが、俺を見た瞬間に不機嫌な顔へと早変わりした。

 人で対応変えるのは良くないと思います。

 

「元気か?」

 

「どれぐらい元気か、試してみる?」

 

 飛び掛からんばかりに睨み付けてくる。俺はそこまで悪いことをした覚えは無いんだが。

 

「はいはい、お前の暇つぶしに付き合いに来てやったよ」

 

 少し嬉しそうな顔を見せたが、すぐにそっぽを向いた。

 

「ヒカルが僕をここに閉じ込めてるんだよ。それぐらいの義務はあると思うんだけど」

 

 そんな義務はございません。大人しくしてる分にはエリス様に怒られないし。どうせエリス様のことだから、怒ってるヒナギクも可愛い、とか言ってるに違いない。

 

「今度こそ色々と聞かせてもらうよ。話してくれなかったら……僕はヒカルを殴り飛ばしてでも悪魔を滅ぼしに行く」

 

「はあ……」

 

 あまりの脳筋ぶりに俺は思わずため息をついた。

 さて、どこまで話したもんかね。

 

 

 

 

 

 

「で、男はこう言ったのさ。『お前の背負うべきもんがどれだけ大切で、お前の背負ってるはずのもんがどれだけ力を与えてくれるか、教えてやるよ』ってな」

 

「ごくり……」

 

「そして敵との一騎打ち。男はただの刀一本でその化け物と」

 

「って、ちがああああああああーーーーーーう!!!!!!」

 

 うわ、なんだこいつ。いきなり大声を出すな。

 

「なんでこのタイミングでニホンの話してんの!?エリス様の話でしょ!?」

 

「お前も聞き入ってただろ」

 

「そ、そうだけど!」

 

「それともなんだ。『妖刀 紅桜』は気にならないってのか?」

 

「ち、違うよ!それは後でじっくり聞かせてもらうけど、今はエリス様の話だよ!」

 

「しょうがねえなぁ……」

 

「もうなんでこんな調子狂わせてくるかな」

 

「じゃあ『柳生新陰流一族』の話でもするか」

 

「!そ、それは一体……!?」

 

「『柳生新陰流』それは剣術の───」

 

 

 

 

 

 

「って、違うって言ってるでしょおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉーーーーー!!!!」

 

「うわ、なんだ、いきなり」

 

「いきなりじゃないよ!!エリス様の話をしてって言ってるじゃん!」

 

「でももう少しで終わるぞ?区切り悪くない?」

 

「だ、だってそんな剣術と道場、更には女性までかけての大勝負だなんて、そんな面白い話ズルいよ!」

 

「いいの?クライマックスだよ?違う話言っちゃうよ?」

 

「うっ……でも、ぅぅ………」

 

「じゃあ、そうだな。『歌舞伎町四天王』の話をしようか」

 

「えっ!?何それ!!お父さんからも聞いたことない!」

 

「これは一つの町の話……」

 

「って!ダメだよ!危うく乗せられるところだった!!」

 

 流石に三度は通じないか。

 というかこいつは結構おばかなのかもしれない。大丈夫か。

 

「エリス様の!!話!!聞かせて!!」

 

 ヒカルでもちゃんと聞き取れるように一言ずつ大声で言いました、みたいな感じだ。

 

「聞かせてくれないなら、今度はヒカルがここに寝る番だよ!」

 

 エリス様ー、あなたの可愛いお子さんに脅迫されてまーす。

 

 そろそろ話引っ張るのは無理みたいだな。ぶっちゃけ話せない部分の方が多いし。でも暴れるヒナギクの止め方が分からなくて、エリス様のこと言っちゃったしな。よし

 

「じゃあ、そろそろ夕飯にするか、お前は何を」

 

「ガルルルーーーー!!!!」

 

「うわ、やめろ!飛びかかってくるな!動物かお前は!」

 

 

 

 

 夕飯を食べ終わり、部屋に戻ってきた。

 ヒナギクはいつもの様に二人前か三人前を平らげていたが、エリス様曰く『あれが完成された姿』らしいので、もう変わることはないらしい。

 流石に俺の口から伝えることは出来ない。というか恐ろしくて言えない。

 

「次にエリス様の話しなかったら、ここの部屋に赤い模様が付くことになるよ」

 

 怖。

 ベッドに座ってすぐに脅迫してくるヒナギク。

 

「つってもなぁ。ぶっちゃけ言えないことばっかりなんだよなぁ」

 

「なっ!?ここまで引っ張っておいて!?」

 

「エリス様に会ったりしたのはほとんど偶然みたいなもんだよ。それでついでにお前のことを頼まれたんだよ」

 

 知力が無いのでぶっちゃける事にした。

 ステータスが悪いんだ、俺は悪くない。

 

「……それでもヒカルなんかがエリス様に会えるなんて信じられないんだけど」

 

 いちいちバカにするスタイルはどうにかならないのか。

 

「だって世の中のエリス教徒達がかわいそうだもん」

 

 しょうがないだろ。この世界の人間だったら、俺は確かに見向きもされないだろうが、転生の影響で少しだけ神様と縁があるんだよ。

 

「じゃあ、その、僕のこと、その……可愛いとかなんとか言ってたのは……?」

 

「そのままだろ。小さい頃に会ってずっと可愛い信者なんだろ」

 

 赤面して心の底から嬉しそうな顔をしてる。

 そこからずっと質問攻めだ。まるで初めて会った時みたいだ。

 エリス様の変な思考とか、俺がどんな立ち位置にいるか、あと転生に関してはぼかして全部答えた。

 

「ふうん、じゃあヒカルは神の使いとか、そういう神聖な存在とかじゃないんだね?」

 

「そんなことあると思ってるのか?」

 

「億に一つもないと思ってるけど、もしそんなことがあったら僕はすごく失礼なことをしちゃってるからね」

 

 いや、そうじゃなくても失礼なんだけど。失礼でしかないんだけど。

 

「僕に言ったこと嘘じゃないよね?そのエリス様にチクるとかなんとか言ったことも出来ないくせに言ったわけじゃないよね?」

 

 それに関してはぶっちゃけ分からない。でも言えないことは言ってないし、嘘は言ってない。

 

「嘘は言ってないぞ」

 

「そっか。じゃあそろそろ」

 

 まさか行く気じゃないだろうな

 

「ニホンの話をして!」

 

 まるで子供が大好物を前にした様な笑顔だ。

 

 

 

 

「それでそれで!他には!?」

 

「んー、まだあるけど喋り疲れたんだけど」

 

「ダメ!」

 

 子供が駄々をこねてるみたいだ。そういえば俺ばっかり喋ってるけど、こいつのことはエリス様から聞いた話ばかりで全然知らない気がする。

 

「たまにはお前の話してくれよ」

 

「……え?僕の?」

 

「そうだよ。ずっと俺が喋ってるんだぞ。そのおかげでお前のことはそんな知らん」

 

「僕の話か。……つまらないと思うよ」

 

「お前のことが知りたいだけだよ。面白いとかつまらないとかどうでもいい」

 

「……ニホンの面白い話聞いた後だとあまり気が進まないけど。そうだね。どこから話せばいいとか分からないけど」

 

 そう言って、ヒナギクは語り始めた。

 

「旅に出たくて冒険者になったの。

 

 ニホンに憧れて。

 

 お父さんとお母さんの冒険話に憧れて。

 

 何回も聞いたの。お母さんの冒険者としての活躍の話」

 

 ヒナギクはいつも大人ぶって色々なことをしているが

 

「お父さんのニホンの話、多くの強敵を倒した話」

 

 今は年相応の子供に見える。

 

「どっちも僕は憧れなんだ。

 

 何回も何回も聞いたの。お父さんとお母さんが降参してもまだまだ聞きたくて。それで聞くだけじゃ満足出来なくて憧れの旅に出たの。

 

 でもね、いざアークプリーストとして活動して教会のお仕事もして、違う街を渡っても、憧れの旅をしてるのに。

 

 ずっと寂しかったんだ」

 

 ホームシックか。

 ヒナギクの歳なら、別におかしいことではない。

 

「ずっと友達らしい友達はいなかったけれど、お父さんとお母さんがいれば僕は十分だった」

 

 こいつもぼっちかよ。

 

「でも、旅に出て一人になって、自分がどれだけ狭い世界で生きてきたか分かっちゃった。外の世界がどれだけ広いかわかっちゃった」

 

 まるで子供が今日何があったかを頑張って伝えようとしてるような話し方だ。

 

「いくらアークプリーストとして色んなパーティーに引っ張り凧にされても教会とかで奉仕活動してもずっと心に穴が開いたみたいで。

 

 でもね。日替わりでパーティーを変わってクエストから帰ってきたある日、ギルドにある人がいたの」

 

 それでも聞き入ってしまっていた。

 

「その人は黒い髪に黒い目。お父さんと同じ色をした人で、その人を見た時に物凄く安心したんだ」

 

 そういえばこいつはいきなり人の手を取って、変なものを見せようとしてきたな。

 

「お父さんとは全く違う人。目と髪の色しか共通点はなくて、それでも僕は安心したんだ。

 

 話しかけたら普通に話し返してくれたの。その時僕は安心して興奮して名乗ることすら忘れてしまったけれど」

 

 話させるだけ話さして帰っていったもんな。

 

「いろんな話をしてくれた。お父さんみたいに。

 

 その後も名乗ることもしてないのに、パーティーメンバーでもないのに、友達にもなってないのに、知り合いでしかない僕にニホンの話をしてくれた。

 

 多分今でも寂しいけど、心の穴が無くなった気がする。僕はなんだか救われた気がしたんだ

 

 一緒にいることが普通になったのが嬉しかった。受け入れてくれたのが嬉しかった。パーティーを紹介してくれて、まるで同じパーティーみたいに扱ってくれるのが嬉しかった。一緒に家族みたいな時間を過ごしたのが嬉しかった。僕が酷いこと言っても、お父さんにするような態度で接しても、僕と普通に接してくれるのがすごく嬉しかった。

 

 お父さんと一番違うのは、すっごく弱いこと」

 

 やかましい。

 

「病人みたいな呪いを受けているような人みたいなステータス。僕は何かしてあげられないかなって考えたの」

 

 みんなでバカにしてくれやがって、今でも根に持ってるからな。

 

「こんなステータスの人、冒険者なんかやっちゃいけないと思ったからまずは僕の近くの教会とか孤児院とかのお仕事をやって欲しくて何個も紹介しても全然頷いてくれなくて」

 

 毎日毎日やかましかったな

 

「どうしたら頷いてくれるか分からなくて。でも冒険者なんかやってたら死んじゃうかもしれないって思ったら胸が苦しくて。

 

 そんなこと思いながら僕が色んな紹介してるのに、クリスさんにはあっさり付いて行く姿に、僕はとても腹が立ってさ」

 

 あの時怒り始めたのはそういうことか。

 別にクリスだからついて行ったんじゃない。事情があったからだ。

 

「その後に悪魔が出たって聞いて、真っ先にその人のことが頭に浮かんだの。悪魔なんかに会ったら死んじゃうから。もちろんその人だけの為じゃないけど、森をずっと探して倒そうと思った。けど、見つからなくて結局森は立ち入り禁止になった。

 

 そこからね、悪魔が現れてエリス教徒としては許せなかったけど、正直にね、その人が僕のそばにいっぱい来てくれるのがすごい嬉しかったんだ。

 

 冒険者の時よりこっちで仕事してる方が安全だし、活躍してるのに、冒険者をやることを諦めてくれなくて、挙げ句の果てには悪魔討伐のクエストまで参加してきて。

 

 その人は弱くて、悪魔は物凄く強いのに。僕がなんとかしなきゃって思ってた。でも僕はあっさりやられちゃってその時のことは全く覚えてないけど、助けてくれたのはその人で。

 

 おかしいよね。その人を守りたくて危険な目に合わせたくなくて頑張ってたはずなのに、弱いその人が助けてくれたの。

 

 弱いのに、危ない場所に踏み込んで、弱いのに……お母さんとお父さんのお話の中の人みたいで、

 

 おかしいよ。その人も、今の僕の心の中もおかしいよ。前にはこんなこと思わなかったはずなのに。正しいと思ったことはすぐに行動に移せてたのに、その人のせいで正しいと思ってるのに行動できない。おかしいよ」

 

 いやいや、と嫌がる子供みたいな仕草。

 

「悪魔のことなんかよく思ったことないはずなのに、来てよかっただなんて、おかしいよ。エリス様に顔向けできないよ。おかしくなっちゃったよ」

 

 悪いことをして叱られて泣く子供みたいな仕草。

 

「どうしよう……もう何もわからない。おかしくなっちゃった僕にはわからない。その人には冒険者をやめてほしいのに、でも冒険者を続けてほしくて」

 

 助けを求めるような子供の仕草。

 

「なんでさ」

 

 わからないことを先生に聞くような子供の目。

 

「死んじゃったらどうするの?」

 

 縋るような子供の顔。

 

「違うことを頑張ろうよ」

 

 訴えるような子供の表情。

 

「僕も一緒に頑張るから」

 

 わからないことだらけで

 それでも行動しようとして

 子供でもいいからと

 それでもその人を導こうとして微笑む姿は

 

 まるでエリス様みたいだ。

 

 

 エリス様。いや、エリス様だけじゃない、こいつの両親も随分とこいつを可愛がってきたんだろう。純粋に前を見てきた。純粋に育ってきた。純粋に愛を知ってきた。純粋に正義を考えてきた。

 純粋無垢。聞こえはいいけど、それ故に今まで知ってきたこと以外何も知らない。きっとこいつはこれからも愛と正義とかいう顔面がアンパンみたいなヒーローのような人生を辿るんだろう。

 

 では、そうだな。じゃあ俺がそれ以外に何か教えてやろう。

 

「なんで冒険者をやるかって?」

 

 答えを聞きたくて期待するように見てくる子供の様な顔。

 

 

「知らん」

 

 

 唖然とした表情。

 

「ね、ねえ?僕は真剣に」

 

「真剣にわからん」

 

「は、はあ!?だ、だったら危ないことなんかやめて」

 

「俺は色々な理由があって今ここにいる。その理由は事情があって言えない。お前に紹介してもらった仕事もなんだかんだで楽しかった。悪くないってそう思えた」

 

「じゃあ……」

 

「お前は俺に死んで欲しくないって思ったんだろ?」

 

「え?う、うん」

 

「俺もお前にそう思ってる」

 

「……」

 

「俺のパーティーメンバー達にも。俺だって多分なんか出来ることがあるさ。あいつらが俺のパーティーでいてくれる限り、俺は弱いからなんて理由で逃げたくない」

 

「……」

 

「どれだけバカにされても、どれだけ痛い目にあっても」

 

「……」

 

「お前はおかしくなってなんかない。わからない事が増えて少し混乱してるだけさ。俺も頑張るから、お前もそのわからない事から目逸らさないで、頑張って考えて答え出せ」

 

「う、うん。わか……」

 

 

 俺はきっとニヤリと意地の悪い顔で笑っていただろう。

 

 

「せいぜいもがいて、苦しめ」

 

 

 呆けてるような表情。そして数秒の沈黙。

 

「はあ!?え、今すごく良い話して、良い雰囲気だったよね!?」

 

「お前みたいな天才がもがき苦しむ様を見るのがとても楽しいぞい!」

 

「なっ!?」

 

「俺みたいなゴミな才能しか持ってない奴に完全に上から見られる気分はどうだ?下の景色はどうかね?」

 

「な、な、そ、そっちこそ!また爆発に巻き込まれたりカエルに飲み込まれたりしちゃえばいいんだ!」

 

「はあー??痛くも痒くもないなー?今更その程度の屈辱で俺がやられるわけないだろ?」

 

「どれだけ屈辱にまみれたらこんな!?」

 

「大人ぶってんじゃねえよ。わからないことも悩むことも恥じゃない。間違うこともある。間違えちまうのもおかしくない。せいぜい頑張りな」

 

「……カエルに飲み込まれたりするのは恥だと思うんだけど」

 

「意外とあったかいぜ?」

 

「そんなの知りたくない!」

 

 

 

 わーわー騒いでアンナに怒られて。

 寝るから寝れるまで手を繋いで欲しいと言われた。

 なんでだよと返したが、寝れば僕が悪魔のところに行かないし安心でしょ?と言われて渋々納得した。そして寝てるのでそろそろ離そうとしたが力が強く全く離してくれない。

 

 俺が寝れないじゃん。どうすんのこれ。というかエリス様もよく見てるって言ってたし、こんなところ見られたら俺はマジで天罰落とされるんじゃないか?

 

 面倒事は御免なんだけどなぁと思いつつ、うとうとし始めた時、部屋の扉がノックされた。あ、手がやっと自由になった。

 

「寝てまーす」

 

 問答無用で開けてくる。

 

「こんばんは」

 

 来たのはトリスターノだった。

 




ゆんゆん成分0%ですね…。
次はちゃんと出るから…。
ゆんゆん達は別行動してるからね、しょうがないね。

20話は六、七割書けてるんですけど、文字数くそ多くてわけるかもしれません。戦闘描写に更にギャグをぶち込んだおかげですね。


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20話

文字数がいつもの倍か三倍あったので分けました。

20話です。さあ、いってみよう。


 トリスターノが部屋にやってきた。

 なんかあったのか?

 

 

 話を聞くとゆんゆんが一人で違うパーティーに頼み込み違うパーティーを作り明日の早朝にホーストと戦うみたいだ。

 

 あのゆんゆんが?

 ぼっちのあのゆんゆんが?

 ……そうか、すごいじゃん。ゆんゆん、いつの間にそんな成長したんだよ。

 それなら俺もヒナギクと一緒に違う仕事をしてもいいかもしれないな。

 俺は戦力外通告を食らったんだ。

 これからはもう冒険者なんてやめて平和に……

 

「行かないんですか?」

 

「あのなぁ。ゆんゆんがわざわざ俺を置いていったのはなんでだ?戦力にならないどころか、邪魔だからだよ」

 

「違います。貴方が、友達が大事だから、守るためにゆんゆんさんは戦いに行ったのです」

 

「一緒じゃねーか。てか行ったところで何の役にも立てやしねーよ」

 

「そんなことはありません」

 

「はあ?また守られろってか?」

 

「シロガネさん、悪魔討伐クエストの時、他の冒険者が逃げるのに必死な中、冒険者の中で一番弱い貴方が危険な場所に飛び込みヒナギクさんを救ったんです」

 

「ただ勝手に動いたというか」

 

「それを誇るべきです。誰もが出来なかったことをしたのですから。

 

 いいですか、シロガネさん」

 

 貴方が行く道は貴方が決めるべきです。その道は戻ることは出来ません。後悔したくないのなら考えて選ばなくてはいけません」

 

「……」

 

「でも貴方が選ぶ道はもう決まってるはずです。少し躊躇ってるだけでしょう」

 

「決めてねえよ、まだ」

 

「いいえ、決まっています。何故なら、私の友達は自分が弱かろうが何だろうが友達の為に頑張れる人だからです」

 

 こいつにそんな立派な友人がいたとは、知らなかった。

 

「その友達は友達を見捨てるなんて出来るはずがありません」

 

「死ぬかもしれないのにか?」

 

「ええ、そうです。何故なら圧倒的な力の差を見せられた友人とはパーティーを解散しようとしても、結局その友人が気になってしまって、ずっと隣を張り続けてきたのですから」

 

 ん?

 

「……は?お前もしかして俺が抜けようとしたの知って」

 

「だからその友人が危ない戦いに赴くというのであれば、自分がどれだけ釣り合わなかろうと、きっと隣に立とうとするはずです」

 

「てめえ、このストーカー野郎!どこからどこまで見てんだ!」

 

「さあ、どうしますか!?どの道を選ぶんです!?」

 

「てめえ、誤魔化されねえぞ!マジでお前ふざけんなよ!」

 

「まだ道を踏み出せませんか?なら私も手伝いましょう!」

 

「おいこ」

 

「何故なら私も貴方の友達ですから」

 

 ウインクをしながら、なんとも憎たらしいパーフェクトなイケメンスマイルをしてくる。

 

「……はあ、ストーカーなんかと友達とはな」

 

「決まったようですね」

 

 うんうんと満足気に頷いてるのは、とても腹が立つ。これだからイケメンは。

 

「そうだな、決まったよ」

 

「ふふふ、それなら」

 

「まずはお前をぶん殴ることだ」

 

「へ?」

 

 バキッ!

 

「ぐあっ!!」

 

 スキだらけの綺麗な横顔を思い切り殴り飛ばす。

 よし、スッキリした。

 

「いや、え、ちょ、ええっ!?私すごい良いこと言ったのに!?」

 

 殴られたところを抑えながら立ち上がり抗議するトリスターノ。

 

「やかましいんだよ、この野郎。色々とプラスマイナスされたけど、マイナスだよ」

 

「ええっ!トリタン頑張ったのに!」

 

 何がトリタンだ。気持ち悪い。これだからイケメンは。

 

「だけど」

 

「?」

 

「友達にプラスもマイナスもねえな。じゃあ行くか」

 

「ふっ、ええ!」

 

 よし、すぐに準備を整え

 

「あ、」

 

「どうした?」

 

「ここは私も殴り返すべきなんでしょうか?」

 

 間抜けな質問をしてくるトリスターノ。

 重要な事を思い出したかのようなリアクションをするな。

 

「冷静に聞いてんじゃねーよ。文字数も多くなるからさっさと行くんだよ、馬鹿野郎。これ以上引き伸ばしたらだるいだけだ」

 

「メタいですね」

 

 準備を整えてすぐに向かおう。

 

「待って」

 

 と思ったら、起き上がるヒナギク。

 

「お前寝てたんじゃねーのかよ」

 

「僕が寝てるのに騒いでたくせに何言ってるの?僕も行かせて!」

 

「ダメに決まって」

 

「僕も寝てられないよ。だって、男達のくっさいセリフ聞いて、ちょっとしんどいよ!」

 

「やかましいわ!良い感じのシーンぶち壊すんじゃねーよ!」

 

「そうですよ!私とシロガネさんの誰得友情シーンですよ!私ただでさえ出番少なめなのに!セリフ量も少ないんですよ!?」

 

「お前もやかましいんだよ!イケメンといえど男なんて誰も求めてねえんだよ!」

 

「ひどいっ!」

 

「だいたいさ!くっさいセリフで二人で盛り上がってたけどさ!」

 

「うるせえ!くさい言うな!」

 

「僕だって友達なんだよ!!なら僕もいくよ!その道に僕も連れてってよ!」

 

「……お前もくさいじゃねーか」

 

「くさいですね」

 

「うるさいよ!皆くさいから僕もくさくなってあげたの!自分もくさくなったら気にならないくささなの!」

 

「くさいくさいうるせえよ!」

 

「だから!連れてって!僕も友達の力になりたいんだ!」

 

……。

 

「どうするんですか?」

 

「はあ……。まあ、あれだ。くさい奴らで頑張りますか」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

 俺たちは今度こそ準備を始めた。

 

 

 

 

 

 もうすでに戦いは始まっていた。

 ありゃ遅刻だな。

 堂々と近くへと歩み寄る。

 

「よーし、お前ら打ち合わせ通りにやるぞー」

 

「僕は正直これが一番楽しみだったんだよ!次が悪魔を滅ぼすことだけど!」

 

 

「な、なんだ……?」

 

 ぼっち、いや、ゆんゆんとレックス達、更にはホーストまでこちらに注目している。

 

「「「お控えなすって!」」」

 

 右半身を前に出し右手の手のひらを相手に見せるようにして中腰になる。

 

「こう!?合ってる!?」

 

「そうそう、良い感じだ」

 

「私はどうです?」

 

「お前はもうちょい前傾姿勢で」

 

「こうですか?」

 

「いいね」

 

 

「何しに来たんだあああああ!?」

 

レックスだかセッ◯スだかがブチ切れてくる。

 

「いや、何って俺らも戦いに」

 

「緊張感まるで無いよ!これ上位悪魔だぞ!お前ら初心者冒険者と重傷のアークプリーストじゃん!帰れよ!」

 

「やる気はありますよ」

 

「殺る気満々だよ!」

 

 ニコニコのトリスターノとシャドーボクシングを始めるヒナギク

 

「そうだよ、俺たちは新しく出来たパーティーの一つ、その名はぼっちトリオ!」

 

「え…?」

 

 固まるぼっち、いや、ゆんゆん。

 

「え?ぼっち?私はわかりますけど、貴方達は?」

 

「僕も恥ずかしながら友達が、その、いなくて……」

 

「俺もこっちの国に知り合いが誰もいない状態で来たからな、ぼっちトリオでいいだろ」

 

「では決まりで」

 

「そうだね」

 

「……えっ!?ちょ、ちょっ、ちょっと待って!?え!?トリオ!?」

 

 動揺し始める別のパーティーのぼっち、いや、ゆんゆん。

 

「よし、やり直しだ!行くぞ!」

 

 二人とも頷いてくれる。三人でキレ良くポーズを決める。

 

「「「お控えなすって!!」」」

 

「手前、生国と発しまするは日本の生まれ、姓はシロガネ、名はヒカリ。人呼んでヒカルと発する冒険者でございます!」

 

「手前、生まれはヒノヤマ、名はヒナギク、人呼んでヒナと呼ばれる冒険者でございます」

 

「ちょっと!?え?何やってるの!?なんでパーティーの名乗り上げみたいなこ……」

 

「手前、生まれはグレテン、名はトリスターノ、人呼んでトリタンと呼ばれるしがない弓兵でございます」

 

「「「我ら、ぼっちトリオ

以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます!」」」

 

「ああ!これがニホン!最高です!」

 

「ええ、こういうのも悪くありません」

 

「ねえってば!さ、三人!?ねえ、私もそれ頑張っておぼ……」

 

「いや、ほんと何しにきたんだよ、お前ら!!」

 

 キレ気味のレックス達。ちゃんとお控えなすってって言ったのに。

 

 

「なんだ?お前森で会ったやつじゃねーか。見つけたのを知らせに来てくれたのか?」

 

 ホーストがようやく気付いたらしく、俺に声をかけてくる。

 ホーストは二枚あった羽が一枚切り落とされて、身体中傷が付いていた。

 

「よお、ホーストさん。悪いけど、見てねーな」

 

「じゃあなにしに来た?お前、見たところ初心者冒険者だろ?そんな弱っちい装備で何ができる?俺様との力の差がわからないわけじゃないだろ?それともわからないぐらいのバカなのか?」

 

「なんだよ、ホーストさん。あんたも随分とボロボロじゃねーか。顔色悪いよ?お腹痛いの?」

 

「元からこういう色だよ、バカが!」

 

「ねえってば!私もそれ教えて!恥ずかしいけど頑張って覚え……」

 

「ねえ、悪魔と知り合いなんて聞いてないんだけど。後で詳しく聞かせてもらうから」

 

「そうですよ、今更変な設定なんてズルいですよ!」

 

「お前に言われたくねえんだよ!」

 

 ヒナギクもトリスターノも変な勘違いはやめてほしい。

 

「ぅぅ……ひっく、覚えるからぁ……わだじもぉ……」

 

 泣き始めるぼっち、いや、ゆんゆん。

 

「あのーおたくのパーティーのぼっちさん、じゃなくて女の子なんか泣いてますけどー?」

 

「いや、悪魔かお前!!お前のせいだろ!」

 

「悪魔はそっちにいるだろうが!」

 

 ホーストに指差してツッコミを入れるが、何故か周りの反応は冷たい。

 

「そうです、やりすぎですよ」

 

「泣かせるなんて最低だよ」

 

「だって勝手にパーティー抜けたのぼっちさんだし」

 

「ええっ!?抜けてないよ!?その、これはちょっと事情があって、ていうかぼっちさん!?」

 

「……お前らやりあうのか、やりあわないのか、どっちなんだ?」

 

 困惑するホースト。

 

「そうだぞ、お前ら。ホーストさん困ってるだろ。そういう流れ壊すのやめてほしいんだよね」

 

「いや、壊してるの全部お前!」

 

 レックスは意外とツッコミがキレキレだ。

 さて、仕切り直しだ。

 

「そこの女の子はな、俺らの友達なんだよ。危険な戦いをしてるのなら助けるのが道理。ということで」

 

「あの、えへへ。友達は嬉しいんだけどパーティーでもあるんだよね……?ねえ?」

 

「義によって助太刀致す!トリスターノ援護頼む!ヒナ、行くぞ!」

 

「「了解!」」

 

 距離を取り弓を構え始めるトリスターノ。

 

「行くのはいいんだけど、なんか作戦とかあるの?あれ結構強いよ?」

 

「パーティーなのよね!?抜けてないもん!」

 

 ヒナが作戦を聞いてくる。そしてぼっちさんがうるさい。

 

「お前の支援魔法が俺の生死をわけると言っても過言ではないぞ」

 

「ねえ!聞いてる!?」

 

「え、ちょ、戻って!今すぐ戻って!」

 

「作戦名を伝える」

 

「あ、やっぱりちゃんと考えて」

 

「『ガンガンいこうぜ』だ」

 

「ちょ、待って!一人だけ『ガンガン逝こうぜ』になってるから!」

 

「いいから支援魔法かけてくれ」

 

 多分ヒナが仲間になってくれた今なら『ムードメーカー』が機能してくれる

 

 

 はず。

 

 

 そうすれば支援魔法もあってそれなりになって、まあまあ戦えるようになる。はず。

 

 もっとマシな作戦は無いのかって?そんなこと考え付くようなステータスは無い。

 だって俺は強くなれないんだし。

 

 ヒナの支援魔法が俺にかかる。そして他にも『ブレッシング』という魔法もかけてくれた。

 滅茶苦茶身体が軽い。力が漲るようなそんな感覚。何か重かった荷物を下ろしたような気さえする。

 

 ヒナがグローブを付け始める。お前やっぱりモンスター相手にもボクサースタイルなんだ…。

 

「完全に消す」

 

 ヒナ、キャラ違いすぎるだろお前。

 

「そっちはそっちで戦いな!俺らは俺らで戦う!」

 

 レックス達に伝え、とうとうホーストとの戦いが始まった。

 




お気に入り50超え、ありがとうございます!
嬉しい…嬉しい…。


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21話

もともと20話予定だったので、すかさず投稿します。

後書きに長文書いてますが、興味なければスルーでお願いします(後書きは活動報告に移動しました)

21話です。さあ、いってみよう。



 

「おらァ!!」

 

 俺は本当に普通に戦えていた。ただほとんどヒットアンドアウェイの戦法だが。

 俺がちょっかいをかけ、俺に注意が向いた時に避けつつ距離を離し、ヒナがホーストの懐へ潜り込みボディーブローをぶちかます。

 

「ぐあああああっ!!な、なんでこんなガキのパンチなんかにッ!」

 

 ヒナに注意が向き、拳を振り上げるが、そんな大振りでは当たらない。そもそも振り下ろすことは出来ない。

 

「『ライトニング』ッ!!」

 

 ゆんゆんの杖から放たれる雷撃の一撃。ホーストの肩を打ち抜き、ホーストの表情が強張り、身体が一瞬固まる。

 ヒナが好機と言わんばかりにもう一度ボディーブローを打ち込む。くの字に折れるホーストの後ろからレックス達のパーティーメンバーが襲いかかる。

 多方向から攻撃されてるせいか、それとも頭に血が上っているせいかホーストの思考が鈍い。

 後ろへと攻撃しようとした瞬間、遠方から弓の強襲、矢には浄化の力が込められているおかげでダメージは与えられているみたいだ。

 

 調子に乗ったせいかレックスが深追いし、ホーストの間合いに長居する。追撃をしようと大剣を振りかぶった時、ホーストの拳が邪魔者を振り払うように横に振られる。咄嗟に振りかぶった剣で庇おうとしたせいで中途半端に右腕へと諸に拳を受けた。クリーンヒットしたせいで何メートルも吹き飛ばされる。

 まずい、優勢が崩れる。

 

「トリスターノ!」

 

「了解!」

 

 すでにレックスの元へと走っていた。彼を離脱させないと危険だ。死なれるのも嫌だが人質とかになられるのも嫌だ。

 レックスやトリスターノへ注意を向けさせないために負けじと俺もホーストの間合いに入る。

 

「やっぱりお前さんが一番弱いな?」

 

「あ、バレちゃった?」

 

 軽口を叩きつつ拳をギリギリで避ける。狙われてたのは頭部。レックスでさえあんな吹き飛ぶんだ。俺が頭にあんなの食らったらエリス様に挨拶しに行くことになる。

 俺を先に潰そうと追撃しようとしてくるが、ヒナがまたガラ空きの腹部へと拳をかました。

 

 レックスとトリスターノが揉めているみたいだが早く離脱してくれ。恐らく右腕は折れている。死にたくないし、死なせたくない。しばらくエリス様のヒナギクトークは聞きたくないんだ俺は。

 

 ホーストが、レックスのパーティーメンバーのゾフィーだかテリヤキだかの攻撃が来る前に拳を振ることで後方へと下げる。

 そしてホーストの目と俺の目がごっつんこ。狙いは俺らしい。

 今までの拳を振るような動きではなく、大きく両手を振り上げて

 

「まずは雑魚から潰す!『インフェルノ』!!」

 

 叫ぶと同時に振り下ろす。豪炎が此方へと迫り来る。

 何それ、知らない。聞いたことがない魔法ということは上級魔法か…!

 

「『リフレクト』!!」

「『マジックキャンセラー』!!」

 

 左右から別の防壁に阻まれ、俺の身体に炎が届くことは無かった。危機一髪。トークされずに済んで良かった。

 

「お前らァッ!ここは駆け出しの街だろ!!なんでこんな頭おかしい奴らばっかりなんだ!!俺様の魔法が防がれるなんてそう無いぞ!!」

 

 それな。

 でもお前みたいな上位悪魔もいるし、どっちもどっちだろ。

 

 ホーストの背後にゾフィーとテリヤキが背後から攻撃を浴びせようとしたが振り払われ、思い切り吹き飛んだ。なんとかガードは間に合ったみたいだが、ダメージはあるみたいだ。

 

 行き当たりばったりの陣形が崩れ始めた。

 矢の援護が始まり、レックスがまた戻ってきた。トリスターノの方を見たら首を横に振っていた。レックスが言うことを聞かなかったらしい。

 

 ぼっちトリオとぼっちで向こうが体勢を立て直すまで踏ん張るしかねえ。

 ぼっちとぼっちが前衛でぼっちが中衛、ぼっちが後衛だ。よし、完璧だな。

 ヒナと視線を合わせ、前に出るぞと伝えてから走り出す。

 

「ぼっちさん!魔法頼むぞ!」

 

「わかっ、え!?なんでそんな呼び方!?」

 

「ぼっちトリオで食い止める!!」

 

「止められるもんなら止めてみやがれ!雑魚共!」

 

 向こうは向こうで体勢を立て直しつつ、レックスに引くように言ってるが聞く気はないみたいだ。

 

「うおおおおおおおおらああああああ!!!」

 

 最早剣術もクソも無い。バットのように振り下ろす。生きるか死ぬか、生きてればだいたいオッケーなんだよこの野郎!

 

「はあっ!!」

 

 懐へ入ったヒナのボディーブローが再び突き刺さる。

 

「クソっ、お前らみたいな雑魚なんて普通なら一瞬なのによぉ……」

 

「『ライトニング』ッッ!!」

 

 俺達二人の間を一筋の閃光が突き抜ける。俺達二人を巻き込みかねないほどの巨大な一撃。

 

「い"っ!?……ってえなああああ!!魔道具の類を使ってるのは知ってるが、なんで魔法の威力がここまで上がってやがんだ!!クソが!!」

 

 両手を上げたあの動きは…!

 俺とヒナは左右に散り、距離を離す。

 

「いい加減くたばれ!!『インフェルノ』!!!」

 

 俺に撃った魔法を今度はゆんゆんへと放った。

 

「『マジックキャンセラー』!!」

 

 ゆんゆんが見越してたかのように杖を手放し、巻物のようなものを広げて、豪炎はまた阻まれる。名前の通りあの巻物で魔法を打ち消したのだろうか。

 ゆんゆんはまた杖を持ち、ポケットから石のようなものを取り出した。

 

「いい加減しつけえな、だから紅魔族は相手にしたくねえんだよ!撃つなら撃ちな!ゴリ押してやるよ!!」

 

 まずい、メインアタッカーのゆんゆんに標的を絞ったみたいだ。巨大な身体のくせに凄まじい速さで一気に距離を詰めてくる。

 

 俺とヒナ、そしてレックスがゆんゆんを庇うように飛び出す。

 

「皆さん!作戦Fやりたいんですが……!」

 

 レックス達から了解の言葉が返ってくる。

 ちゃんとそういうのは決めてたんだな。

 

「俺達に構うな!やれ!」

 

「ゆんゆん、やって!」

 

 その言葉を受けて、ゆんゆんが気合が入ったように返事を出し、俺とヒナがゆんゆんに注目した時

 

「『フラッシュ』!」

 

 ゆんゆんの声と共に閃光が迸った。

 

「「ぐああああああああああっっ!!目がああああああああああっっ!!!」」

 

 俺とヒナがのたうち回る。ぼっち二人の目がやられた。

 

「ハッ!俺達悪魔は目で物を見てるんじゃねえ!こんな小細工通じるかよっ!」

 

 まずい、じゃあこれは

 

「なっ!と言うことはこれは俺らへの攻撃!?」

 

「んなわけね、ぐあっ!!」

 

 み、見えないからわからないが多分レックスがやられた。他にも何か違う声だが悲鳴が聞こえた気がしたんだが。

 まずいまずいまずい!肉盾にもなれねえ!

 

「くそっ!ぼっち達にしか効いてねえのか!」

 

 レックスの悲痛な声が聞こえる。

 ぼっちのみの目を潰すフラッシュとか怖すぎるぞ!なんでそんな同族殺しの技を覚えたんだゆんゆん!

 

 足音が此方へ近付いてくる。別方向から来た足音なので多分ゾフィーとテリヤキだろう。

 しばらくなんとかしてくれ、と思ったがすぐにやられたような声が聞こえる。

 

「さて、残るは二人だ。他の作戦はあるのかよ!」

 

 ホーストの勝ち誇った声が聞こえる。

 まだあまり見えない。早く回復してくれ。

 

「レックスさん。魔法抵抗力の高い悪魔相手に効くかどうかは分かりませんが……あと一つ残してある魔道具があります」

 

「わかった。俺は、何をすればいい?」

 

 そこから小さな声で二人が話し合っているのが微かに聞こえる。

 よ、よし、見えるようになってきた。

 

「おうおう、また何かやるのかよ?いいぜ、やってみな!次はお前ら二人のうち、一体どっちがやられるんだろうな!」

 

 ゆんゆん、レックスと対峙するホーストがようやく見えた。ホーストもああやって挑発してるが、しっかり警戒してやがる。

 俺が時間を稼ぐか。トークの時間は短めで頼みますよエリス様。

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

「お前が来るのかよ!」

 

 俺の声を聞きホーストが俺の方を警戒する。

 ホーストの向こうには同じくヒナが此方へと走り出していた。

 剣を構え、ホーストが振り払うようにして拳を振るうのをガードしようとした時にヒナのボディーブローがホーストに突き刺さる。

 勢いを無くした拳をガードしようとしたが全く受け止めきれず、弾かれた上に俺の横っ腹に拳があたり、吹き飛んだ。

 ボールのように跳ねて地面へと転がった。

 

「うっ、ぐっ……!」

 

 地面と友達になってようやく気付いたが、身体の軽さが無くなってる。支援魔法が切れたか。立ち上がろうとするが横っ腹に激痛が走る。肋骨が何本かやられたかもしれない。

 

 視線を向けるとヒナも吹き飛ばされ、レックスが大剣をぶん投げてホーストに叩き落とされた。そのまま距離を詰めてレックスが殴り倒されて

 

「『パラライズ』ッ!!」

 

 ゆんゆんの渾身の魔法を唱えたのが聞こえた。

 俺のゲーム知識的に多分相手の動きを止める魔法だと思うんだが、どうなった!?

 トリスターノがヒナの元へと走っているのが見えた。

 

「お前、紅魔族のくせに知らねえのかよ!悪魔にパラライズは……ッ!?」

 

「悪魔にパラライズが効かない事はよく知ってるわ!私はこれでもずっと学年二位の成績だったのよ!」

 

 勝ち誇ったような声が途中で止まる。ホーストの動きも止まっている。

 先程の魔道具とかでなんとかしたのか?

 よ、よかった。俺はこのまま転がってよう。ゆんゆんがトドメを刺して終わりか。

 

「チッ、この俺様を拘束するとは、どれだけ強力なマジックポーションなんだよ!だがお前も、大分魔力を使ったんじゃねえのか?残りの魔力で俺様を仕留め切れるかね?パラライズの効果なんて、せいぜい数分がいいとこだ。今日のところはお互い引かねえか?転がってる奴らの治療を早くしたいだろ?引くなら今日は絶対に手出ししねえと約束してやる。俺達悪魔は約束だけは破らねえんだよ」

 

 ゆんゆんも迷っているのか、なかなか答えない。ホーストが焦ったようにどんどん喋っている。

 

「……あの、あのね?さっきの取引、受けてもいいわ。その、お互いに引こうってやつ?」

 

 ゆんゆんは上擦った声でそんなことを言い始めた。何言ってんだ、やっちまえよ。

 俺は離れてる上に痛くてなかなか声が出せない。

 レックス達も同じ気持ちのようでやっちまえ、と言うが、どうにも様子がおかしい。

 なんかゆんゆんもその場から動いていないよう、な?

 

「おいお前、まさか……」

 

 ホーストも異変に気付いたらしい。

 

「お前も動けないのか?」

 

 えぇ…?なんだよ、それ。

 もう一回肉壁をやりに行くしかない。

 い、痛えくそ……!せっかく倒せそうなのに、こんな終わりはないぞ!立て!

 

 ホーストの高笑いが聞こえる。ゆんゆんも必死に何かを言い返している。こんな終わりは無い。無いったら無い。手をついて立ち上がろうとして前を見た時

 

「どうも、通りすがりの大魔法使いです。この私を仲間外れにして、また随分と盛り上がってますね」

 

 めぐみんがいた。

 

 はあ、とため息が俺の口から漏れた。

 身体の力が抜けて、思い切り寝転がった。痛くてしょうがないが、あの歩く爆発兵器がいれば大丈夫だろう。まったく。

 

 

 

 爆裂オチなんてサイテー。

 

 

 

 俺は疲れていたのか、緊張の糸が切れたのか、それとも寝不足だったのか、そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。

 

 

 いつだったか、これをやったな。

 

「気が付かれましたか?」

 

「なんだお前か、トリスターノ」

 

「ええ、残念ながら私です」

 

「今は何時で、ここはどこだ?」

 

「今はお昼過ぎで、ここは教会の一室ですね」

 

 起き上がり、体を確認する。少しまだ肋骨が痛いが、動けそうだ。ヒールでもかけてもらったんだろう。

 

「腹減った。飯でも行こうぜ」

 

 そうしましょう、とトリスターノが同意し、部屋を出たら、ちょうど部屋に入ろうとしたゆんゆんに会った。

 

「お、ゆんゆん。お前はぶ……」

 

「ヒカル!」

 

 無事だったのか、と言う前にゆんゆんは一瞬驚いた表情だったが、安心したのかハグをしてきた。普通の状態なら嬉しいが、ゆんゆんが手を回してきたのは腹付近で今やられている肋骨へとダイレクトアタックされた。

 

「ぐおおおおおおああああああ!!!」

 

 あまりの痛みに叫びながら蹲る。

 ゆんゆんが呆けていたがすぐに事態を把握し、何度も何度も謝ってくる。

 トリスターノもすかさず駆け寄ってきた。

 

「シロガネさん、私ついにヒールを覚えたんですけど」

 

「ぐ、まじか、頼む」

 

「これからトリタンと呼んでいただければ」

 

「てめえ!何交渉に持ちかけてんだこの野郎!もういいわ!」

 

「ええっ!いいじゃないですか!」

 

 なんとか立ち上がり、教会を後にする。向かうのはギルドだ。

 

「ヒカル、本当にごめんね」

 

「まあ、気にしないでくださいよ、ぼっちさん」

 

「まだあの状態が続いてたの!?」

 

 背後から何かが走ってくるような足音がして

 

「ヒカルーーー!」

 

 ヒナの声がして助走をつけて思い切り抱きついてきた。

 

「ぐおおおおおおあああああああああああああああああああ!!!!」

 

 地面をのたうち回りたくなるような痛みが走る。またもや俺は蹲るハメになった。痛すぎて肋骨にダメージがいかないように必死だった。

 

「大丈夫!?」

 

「シロガネさん、さあ、私のことはトリタンと」

 

「あれ?まだ治ってないの?治そうか?」

 

「いえ、待ってください。私のことをトリタンと呼ぶまではしばらく」

 

「ざけんなあああああ!ヒナ、治してくれ!」

 

 こいつ!しょうもないことばっかり言いやがって!!

 

「え、もしかしてこれって何かお願いできるやつなの?」

 

「いや、ちが」

 

「そうです!私のことをトリタンと呼んでもらうために」

 

「じゃあ僕はどうしようかな」

 

「大丈夫!?プリーストの人呼んでこようか!?」

 

 ゆんゆんが駆け寄ってきてくれる。

 

「た、頼む。ゆんゆんさんだけがたよ」

 

 頼りだ、と言おうとしたら、周りから口々にゆんゆんを責める声が上がった。

 

「一人だけ良い子ヅラは許せませんね」

 

「そう、僕はアークプリーストだよ?他のプリーストなんていらないよ」

 

 ヒナが冷たい目で此方を見てくる。

 

「ゆんゆん『さん』?」

 

 あれ、何故かゆんゆんも冷たい目で此方を睨んでいる。

 

「ちょ、わかった!もういい!痛みが引くまで」

 

「「えい」」

 

 ゆんゆんとヒナが肋骨を叩いてきた。

 

「ぐおおおおおおうああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

「……そ、それは流石に」

 

 トリスターノも引いていた。俺もドン引きだ。

 

「ねえ、僕とゆんゆんの言うこと何でも聞いてくれるなら、それ完全に治してあげるよ」

 

「……」

 

「あれ、私の分は……?」

 

 トリスターノがのけものにされたが、今はどうでもいい。

 

「要求エグすぎるだろうが!!一つなんか言えよ!」

 

「私が勝手にパーティーを抜けてる扱いしてるのやめてください」

 

「わ、わかった!やめる!ヒナは?」

 

「……僕をパーティーに入れてほしいかな」

 

「お前みたいな、仲間が怪我してるのに治さないヒーラーなんかいらねえんだよこの野郎!」

 

「い、いらない!?初めてだよ!そんなこと言われたの!じゃあ僕にも考えがあるよ」

 

 指をポキポキ鳴らしながら近付いてくるアークプリースト。こいつマジモンのやべえ奴だ。

 

「い、入れてやりたいところだが、俺はリーダーじゃないぞ」

 

「「「え?」」」

 

「え?」

 

 沈黙が流れる。ていうか痛い。街の往来でなんでこんな地面でのたうち回ってないといけないんだよ。

 

「はあ?なんで俺がリーダーなんだよ!?一番雑魚だぞ!っていうか痛いんだけど!」

 

「他に誰がリーダーを?」

 

 何言ってるんですか?みたいな顔をしてるトリスターノ。

 

「え、じゃあ僕は誰に言えばいいの?」

 

 二人を見て、どっち?と首を傾げている。

 

「え、ヒカルでしょ?だってクエストの時によく指示出してるし、悪魔の時も二人を引き連れてきた時に『私抜きで』ニホン?の名乗り上げしてたじゃない」

 

 私抜きで、を滅茶苦茶強調するじゃん。な、なんでこうなった!

 

「わ、わかった!もうそれでいいから!」

 

「では私のことはトリタ」

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』」

 

 聞いたことのない魔法名が唱えられ、俺の痛みが嘘のように消える。魔法ってほんとやべえもんだわ。

 

「私の要求がまだなのに……」

 

「やっと立てたよ、この野郎。ありがとよ、パーティーの皆さん」

 

 立ちながら、不満さを全面に押し出すが

 

「「「いえいえ」」」

 

「嫌味ってわかってるぅ!?」

 

 全員から笑顔で返された。こいつら。

 

「そ、それでね。じゃあ『四人パーティー』になったってことでパーティーの名前を決めましょう」

 

 四人パーティーを滅茶苦茶強調してくるゆんゆん。余程自分抜きでアレをやられたのが嫌だったのか。

 

「そうですね、どうしますか?リーダー?」

 

「いちいち俺に聞くなよ。ヒナは?」

 

「うーん、あまり思いつかないなぁ」

 

「り、リーダーに任せるわ!」

 

 自分で言っておいて丸投げかよ。そうだな。

 

 

 ゆんゆん

 紅魔族族長の娘。族長になる為の修行という名目で旅をしている。紅魔族特有の強力な魔法で味方も巻き込みかねない威力で相手を吹き飛ばす。そしてコミュ障。ぼっち。

 

 トリスターノ

 元魔王軍幹部の側近。元貴族のロリコンの変態ストーカーの元アーチャーの冒険者。近所の少女達でハーレムを作っている。ぼっち。

 

 ヒナギク

 ニホンを夢見るアークプリースト。支援、回復と後方支援に見えるが、本人はグローブをはめてボクサースタイルで相手を殴り飛ばす方が気に入っている。前衛も後衛もやれるヤベエ奴。そしてエリス様に愛されまくっている。ぼっち。

 

 

 

 どいつもこいつもヤベエな。

 

 

「よし、決まった。お前らは」

 

 

 

「『アベン◯ャーズ』だ!」

 




第一章終了!

ここに元々書いてあった後書きはマイページの方に移します。

ヒカル
23歳の主人公になりきれない青年。
日本から来たぼっち。
『ぼっちーズ』をまとめるリーダーになった。

ゆんゆん
16歳の友達募集中の少女。
紅魔族随一のぼっち。
未来の紅魔族族長。

トリスターノ
21歳の自称普通の男。
元貴族でロリコンの変態ストーカーで元アーチャーのぼっち。
金髪碧眼の中身以外完璧のイケメン。

ヒナギク
14歳の日本大好き少女。
辺境の地で育った箱入り娘のぼっち。
女神エリスに愛され、将来的には人を超えた存在になる者。


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2章 『友達』と『仲間』
22話


毎日投稿を心がけていたのですが、違う話を書き終えてから今回の話をぶっこみたくなったのと寝落ちしたので投稿出来ませんでした。
でも前回二つに分けて投稿したし、セーフ。

22話です。さあ、いってみよう。



 

 ホーストが爆裂されて翌日。

 俺はカズマにもう危険なモンスターはいなくなったし、冒険者をやっても大丈夫だと伝えに行こうとしたら何故か俺達のパーティーメンバーも一緒に来ると言い出した。

 

「だってニホンの人なんだよね!?僕も当然行くよ!」

 

「私もリーダーと同郷の人は興味がありますね」

 

「私も気になる。最近ニホンの話聞いてるし」

 

 こいつらぼっちだしな、友達を増やすには良い機会かもしれない。

 

 

 

 カズマが今借りてる馬小屋まで来た。

 カズマを呼び出したが、あの邪神が来ない。いや、もう邪神扱いは出来ないか。これからは駄目神と呼ぼう。

 

「すまん、あの駄目神は寝てる」

 

「まあ、しゃーなしか」

 

 カズマが来たところで危険なモンスターがいなくなった事を伝えて、俺のパーティーの紹介というか友達になってやってくれとお願いした。カズマは快諾してくれて、俺からカズマの紹介をして、今度はパーティーの自己紹介に入ったのだが

 

「お控えなすって!」

 

 ポーズ百点満点のヒナが自己紹介に入った。

 

「え?」

 

 カズマは困惑してるが、ヒナは気にせず自己紹介を続けた。

 

「手前、生まれはヒノヤマ、名はヒナギク、人呼んでヒナと呼ばれる冒険者でございます!以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます!」

 

 ゆんゆんは恥ずかしさで赤面し、トリスターノはそういえばニホンの自己紹介でしたね、なんてリアクション。

 

「えっと、よろしくな」

 

 カズマが困惑してどうしていいかわからないみたいで俺に助けを求めてくる。

 カズマにちょっとと言って二人しか聞こえないように全員に背を向けて話す。

 

「え、あれってなんかヤクザとかの映画に出てくるやつじゃないか?なんであれ?」

 

「俺が教えた」

 

「いや、ヒカルのせいかよ」

 

 ツッコミが来るけど仕方ないのだ。日本の事を教えてくれ教えてくれとうるさいのだから。

 

「あいつは日本の冒険者の子供だ。日本にアホみたいに憧れてて色々と教えてたらな」

 

「へー、なるほどな。って普通教えてもあんな綺麗に自己紹介できないだろ!」

 

「とりあえずヒナにはテキトーに説明するから合わせてくれ」

 

「お、おう」

 

 よし、二人でみんなに向き直り説明を始めようとする。

 

「ま、まさか僕は失礼なことを!?もしかしてセップク!?」

 

 ヒナがなんか勘違いしていた。

 

「違うよ。カズマは日本の都市の方の生まれでな。都市方面だとこの挨拶は省略されてるんだよ」

 

「ええっ!?そ、そんな……」

 

「わ、悪いな。せっかくやってくれたのに」

 

「いえ…。ニホンの文化が…」

 

 ヒナは心底残念そうにしていた。

 さて、次は

 

「お控えなすって」

 

 トリスターノが自己紹介する番なんだけどさ。

 

「お前話聞いてた?カズマはその挨拶わかんないの」

 

「ヒナさんがやったので私も乗っておきたくて」

 

「悪いな、カズマ。こいつちょっとおかしいやつだから聞いてやってくれ」

 

 お、おうと苦笑するカズマ。

 ゆんゆんはまだ真っ赤だ。

 こいつ日本生まれじゃねーのにポーズ決まってるの腹立つな。これだからイケメンは。

 

「手前、生まれはグレテン、名はトリスターノ、人呼んでトリタンと呼ばれるしがない弓兵でございます。以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます」

 

「よろしくな、トリスターノ」

 

「おし、じゃあ次はゆんゆん」

 

 

 真っ赤なままのゆんゆんは数秒の間、俯いていたがキッと何か覚悟を決めたような顔をして前を向き

 

「お、おひかえなすって!!」

 

 ガニ股のへっぴり腰で右手の手のひらを見せるゆんゆんがそこにいた。

 

「いや、流れだけ見たらそうなっちゃうかもしれないけど、ゆんゆんはこの挨拶知らないし普通に自己紹介していいって言ったじゃん!」

 

「だ、だって!このパーティーの挨拶なんでしょ!?私だってやってみせるわ!」

 

「違えよ!あの時限定だよ!わざわざパーティーの自己紹介で毎回やる気かお前は!」

 

「ご、ごめん。ニホンの人だって聞いたから僕が勘違いしちゃって…普通に挨拶していいから!」

 

「私もすみません。普通に挨拶しましょう、ゆんゆんさん」

 

 フォローを入れるヒナとトリスターノ。

 

「そ、そうやってまた『ぼっちトリオ』で打ち合わせするんでしょ!?そうなんでしょう!?」

 

「なに勘繰ってんだ!?違うっつーの!昨日は悪かったよ!悪かったから変なガニ股はやめなさい!」

 

「出来るもん!見てたから出来るもん!」

 

「出来る出来ないの話じゃねーんだよ!てか出来てねーよ!今度俺が教えるから今日は普通に自己紹介しなさい!」

 

「ほ、本当?ちゃんと教えてくれるのね?」

 

「みんなで教えるから安心して普通に自己紹介しろ」

 

 面倒くさいゆんゆんはやっと納得したらしく、深呼吸して挨拶を始める。

 

 

「わ、私ゆんゆんと申します職業はアークウィザードですが魔法はまだ中級魔法し」

 

「はい、ストーーップ!」

 

「か……え?なに?」

 

 最初と変わらない自己紹介をしそうになったので止める。

 

「なに?じゃねーんだよこの野郎。え、その早口言葉でまた挨拶する気?」

 

「……え?だ、だって普通に自己紹介って言ったから」

 

「昨日めぐみんにやったヤツでいいだろ」

 

 昨日の夕方にゆんゆんはめぐみんに改めてライバル宣言をしていた。パーティーメンバーに見せるのは恥ずかしいけどヒカルは着いてきてと言われて着いて行って二人の友情を見せつけられたのだ。

 その時に紅魔族流の挨拶をしていたのだが

 

「ああああれが普通な挨拶なわけないでしょ!」

 

 恥ずかしがり屋のゆんゆんはあの時以外はまともに出来たことがないらしい。

 

「ほら、カズマずっと待ってるから」

 

「で、でも」

 

「やらないなら教えないぞ」

 

「わ、我が名はゆんゆん!アークウィザードにして中級魔法を操りし者、やがては紅魔族の長となる者!」

 

 そんなに教えてほしいのか……。

 ゆんゆんはその後顔を真っ赤にして顔を手で覆っていた。ヒナが慰めに行っていたし、大丈夫だろう。

 

 俺はカズマに待たせて悪かったと謝ってから、紅魔族の詳細を教えてアレが紅魔族の普通なんだと教えた。カズマは苦笑いしてたが理解してくれた。

 

「変わった奴らで全然友達がいないんだけど、良い奴らだから是非仲良くしてやってくれ」

 

「ああ、もちろんだよ。よろしくな」

 

 

 

 

 

 

 カズマとは別れギルドで昼飯でも行こうかと話をしたら、ゆんゆんがオススメのお店があるから行こうと言われた。

 

 

 ………俺は嫌な予感がする。

 

 

 他の二人は行こうみたいになってるけど、俺は嫌な思い出があるからな。

 

「ヒカル、どうかな?」

 

 友達とご飯に行くのが嬉しいのだろう。

 幸せそうな顔しちゃって。……まあ、いいか。

 

 なんかあればトリスターノに押し付けよう。

 

 

 俺達が着いたのはオシャレなカフェ

 ではなくオシャレな感じの洋食屋みたいなご飯屋さんだ。

 よくゆんゆんも見つけてくるもんだ。

 

「いらっしゃいま、せー」

 

 なんか変な間がある店員さんだなぁと思って店員さんの方を見ると目が合った。

 なんか何処かで……。

 店員さんはすぐに目を逸らしテーブルへと案内された。

 あ、この人。

 

 あの時のカフェの店員さんだああああああ!!!

 

 うわ、会っちゃったよ。微妙に嫌そうな顔してるわけだ。

 

 多分ヒナはアホみたいにご飯を頼むだけだし、気にしなくていい。

 トリスターノはスケープゴートだから問題無し。

 ということでゆんゆんが変な行動をしないかマークしとけばなんとかなるだろう。

 また迷惑をかけるわけにはいかないだろう。

 みんなでメニュー見始める。さて。

 

「ゆんゆんは何にするんだ?お店知ってたってことは何か食べたいものがあったんだろ?」

 

「うん。私はね」

 

 こうして見ると本当に普通の可愛い女の子だな、ゆんゆん。ぼっちで恥ずかしがり屋でそれを考えるあまり逆に目立つぐらいの不審者を見せたりしなければ。

 ゆんゆんが頼むのはモンブランケーキのような盛り付けのオムライス。この店独特のソースが美味しいらしい。セットのデザートもあってそれも楽しみみたいだ。

 ヒナは全部頼みたいとか言い始めたのでスルー。

 トリスターノに興味はないが一応聞くと旬の野菜が入ったカレーを注文するとのこと。

 俺はハンバーグのライスセットにした。

 

「ヒカル!食べきれなかったら僕にちょうだいね!」

 

 食べ切れないことなんて絶対無いが、意地でも食い切ってやる。

 店員さんを呼び注文をする。

 

「カレーとハンバーグとオムライスのセットはありますか!?」

 

 あるわけねえだろ、ふざけるな。

 店員さんを困らせるんじゃねえよ。

 

 店員さんも苦笑いでありませんと答えていた。完全に俺達は厄介な客だと思われたかもしれない。

 俺も注文を終わらせて、ゆんゆんが注文する番でドキドキしてしまうが普通に終わった。よかった。よし、今回は

 

 

「私はいつもので」

 

 

 いや、お前がやるんかいぃぃぃ!!!

 

 

「え、あー、私は最近ここの店員を始めたので申し訳ありませんが」

 

 店員さんも困ってるだろうが!

 もうやったんだよこれ!

 

 店員さんも少し迷惑そうな表情だったが、トリスターノを見た瞬間に顔を赤くし始める。これだからイケメンは。

 

「すみません、失礼しました。私はこのカレーでお願いします」

 

 もじもじしながら返事をする店員さん。

 そして

 

「当店はカップル割なんてものがありますが、どうされますか?」

 

 店員さんは俺とゆんゆんの方を見てくる。

 ゆんゆんはあの時の悲劇を思い出したらしく、顔を赤くし始める。

 

「そうですね。私とシロガネさんがカップルですね」

 

「なんでだよ!頭沸いてんのか!?」

 

 トリスターノが悪ふざけしてる。俺を巻き込むな。

 

「マジですか!?」

 

 食いつく店員さん。そこはかとなく嬉しそうなのはなんでだ。

 あとヒナとゆんゆんはなんで衝撃受けた顔してるんだ。まさか信じてるんじゃなかろうな。

 

「んなわけねえだろ!なんで信じてるんだよ!」

 

「証明しましょう」

 

「やめろ!マジで気持ち悪い!」

 

 近寄ってくるトリスターノを全力で止める俺。ヒナとゆんゆんは何故か顔を赤らめてこの状況を目を見開いて見ていた。

 

「うっ……ありがとうございます。カップル割適用させていただきます」

 

 鼻を抑えて店の奥へと戻っていく店員さん。

 ヒナとゆんゆんは終始赤面し、チラチラこっちを見ていたが無言だった。

 

 

 なんでだよ!!おかしいだろ!

 

 

 トリスターノを睨んでもどこ吹く風だ。

 前回よりも二人も増えてるのに、結局前回と同じく静かなご飯になった。

 

 

 会計の時、ゆんゆんが思い出したかのように店員さんに言った。

 

 

「友達割はありますか……?」

 

 

 ねえよ!!

 




お気に入り60超えありがとうございます!

爆焔3の話が終わったのでやっとゆんゆんが話に入ってこれるようになりました。これから少し原作の流れに乗りつつゆんゆんを活躍させていきたい。いきたい(願望)

この話から二章に入るんですけど、二章をどうして行くか決め切れてないので、しばらく日常的な話がだいたいになると思います。


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23話

23話です。さあ、いってみよう。



 

 

 ホーストが爆散して数日が経った。

 めぐみんがホーストを倒したのに報酬を受け取らないで、俺達とレックス達に押し付けて来たので二つのパーティーで分けた。

 

 そのお金の使い道をギルドで俺達が会議しているところだ。

 

「それでね、私はやっぱりみんなで一緒に過ごした方がいいかなって思うの。みんなが住めるようなお部屋を借りたりして。色々と生活費も節約できるし、それに寂しくないし」

 

 ゆんゆんが提案してくるけど、それ絶対に寂しくないの方を重点的に考えてるだろ。

 

「私もいいと思います。最近は馬小屋も悪くないと思ってましたが、やはり家に普通に住むのに越したことはありません」

 

「お前、いいのか?ハーレムなくなっちまうぞー?」

 

「だから違います」

 

 トリスターノのハーレム問題は正直どうでもいいんだが、わざわざ自分の性癖を隠してまで仲間に合わせる必要はないんじゃないか?という俺のありがたい疑問を全否定してくる。

 ヒナははーれむ?と首を傾げているが、どうでもいい。

 

「僕もいいと思います。友達と一緒に過ごすなんて初めてで面白そうだし、みんなで協力すればきっと良い生活になるよ」

 

 ヒナもワクワクしてるのか、表情が明るい。

 

 そして三人がキラキラした表情でこちらを見てくる。俺の意見を聞かせろって事だろう。ならば答えよう。

 

「俺は反対でーす」

 

 手を上げて自分の意見を言った。

 三人は先程までのキラキラした表情が消え、冷めたような目で見てくる。

 なんだよ、意見聞かせろみたいな感じで見てきたくせに。

 

「……え、あの、それはなんで?」

 

 ゆんゆんもこれまでの流れで断られるとは思ってなかったのか、疑問を口にしてくる。

 

「まずヒナと過ごすのが嫌だ」

 

「え……?」

 

「あとトリスターノも」

 

「ええっ!?」

 

「ゆんゆんは………毎日ボードゲームとか誘ってきそうだからやっぱり嫌だ」

 

「ええっ?べ、別にそんな毎日誘ったりしないわよ、ふ、二日に一回ぐらいだと思う」

 

 それはほぼ毎日じゃん。

 

「なんで僕が一番に拒否されたのか、説明していただきたいね」

 

 拳をポキポキと鳴らしながら俺を睨みつけてくるヒナ。

 そういうところだぞお前。

 

「まずニホンの話ばっかりすることになるのが目に見えてるし」

 

「うっ……そ、それは、その」

 

「俺が規則正しい生活しなかったら、すげえキレてきそうだし」

 

「当たり前じゃん!普通だもん」

 

「俺には俺のリズムがあるんだよ。あと休みの日なのに色々とうるさそうだし、なんか仕事持ってきそうだし」

 

「休みの日なんだから、いろいろとできるじゃん!なんで!?」

 

「心身を休めるから休日なの!なんで休めねえんだよ!」

 

 お互いに睨み合うのをトリスターノがまあまあとか言いながら止めてくるが、俺に引く気はない。ここで引いたら絶対にヒナの正しさを強要されるに決まってる。そんなの嫌だね。

 

「お前はいい加減、自分の良い子ちゃんを押し付けてくるのをやめろ」

 

「ヒカルはもっとちゃんとした人間になるのを目指すべきだよ!武術とかはあんなに出来るんだから、ちゃんと努力すれば出来るはずで」

 

 いらんわ。そんなの。

 見かねたゆんゆんが提案を出してくる。

 

「そ、そうだ!私がご飯を作るし、なんなら洗濯やお掃除も私が!」

 

「「それはない」」

 

「ないですね」

 

「ええっ!?」

 

 ゆんゆんの馬鹿な提案に三人が否定する。主婦とか家政婦でも目指してるのか?やがては紅魔族の長となるもの、じゃないのか?

 

「もしこの四人で過ごすなら負担は均等にするべきだ」

 

「ヒカルも良いこと言えるんだね!僕もそう思う!」

 

 いちいちディスるスタイルはなんなの?怒るよ?

 

「私もそう思います。と言ってもそこまで器用では無いのですが、そこら辺はお互いに助け合えばなんとかなるはずです」

 

「流石トリタン!ヒカル、見習って!」

 

 やかましいわ。わかったわかった、見習ってやるよ。

 

「そうだな。俺達も男で不器用なところもあるけど、協力して生活するべきだな」

 

 ヒナがまるで感銘を受けたような顔で俺を見て微笑んでいる。

 

「俺も洗濯を頑張ろう。みんなの分を。ゆんゆんの下着とかそれはもう丁寧に手で揉み洗いするよ」

 

 三人が固まった。

 

「女の子の下着なんて触るのは気が引けるけど、しょうがないね。協力して生活するのなら」

 

 ゆんゆんが顔を真っ赤にして返してくる。

 

「え、あ、し、下着は自分で」

 

「そういう訳にはいかない。みんなで協力して生活するんだからね」

 

「さ、最低だよ!僕、ヒカルが考え直してくれたと思ったのに!」

 

 勝手に勘違いしたくせに何を言うか。

 

「男女で過ごすってのはそういうことだぞ?少し考え直した方がいいんじゃないか?」

 

「そ、それはヒカルが歪んでるだけで!」

 

 歪んでるとか言うな。こいつ好き勝手言いやがって。

 

「まあ、あれだ。俺は馬小屋か、何処かの宿を借りることにするよ。今ので信頼をなくしただろうしな」

 

「そうなると私も」

 

 トリスターノが言い始めた時、まるで覚悟を決めた戦士のような顔のゆんゆん。

 

「わ、わかりました」

 

 俺達三人がゆんゆんが何をわかったのか分からなくて首を傾げる。

 

 

「私の下着もお願いします!」

 

 

「「「ええっ!!?」」」

 

「何言ってるのゆんゆん!ダメに決まってるでしょ!」

 

「そうですよ、考え直してください!」

 

「お前ら紅魔族は頭良いんじゃなかったのか!?馬鹿すぎるだろ!」

 

「だ、だって、私の下着なんかが犠牲になればみんなで過ごせるんでしょ!?」

 

 総ツッコミを受けても、ゆんゆんは引く気がないらしい。

 

「お前の下着は結構な価値があると思うぞ!!?」

 

「ヒ、ヒカルも何言ってるの!!??最低だよ!!いつにも増して最低だよ!!」

 

 ヒナも真っ赤になっている。

 じゃああの馬鹿にどれだけやばいこと言ってるか、教えてやってくれ。

 

「一回落ち着きましょう!ここはギルドですから!」

 

 その一言でゆんゆんは更に赤くなり、俯いて何も喋らなくなった。

 

「とりあえずアレだよ。俺は馬小屋か宿な」

 

「ダメ」

 

 俺の寝泊りする場所を勝手に決めるヒナはなんなの?お母さんか何かなの?

 

「では、こうしましょう。男性陣は掃除、女性陣は洗濯、食事面はどちらも出来ればやる。日替わりとかで変えるようにすればみんなで均等に出来るはずです」

 

「流石トリタンだよ!それでいこうよ!」

 

 ちっ、気付きやがったか。

 俺もその案は少し前から思いついていたが、どうにか別で過ごしたくて言わなかった。

 ゆんゆんも嬉しそうに顔を上げる。

 うーん、どうしたものか。俺だけでも別がいい。ヒナに監視されて管理される生活になる未来しか見えない。

 

「ちなみに俺は飯作れないけど、トリスターノは?」

 

「私も実はそこまで……」

 

 ダメじゃん。じゃあ

 

「大丈夫だよ!これから出来るようになればいいんだよ!」

 

 うわ、ヒナの面倒くさいところが出たぞ。

 

「食事はみんなで作るようにしようよ!それで勉強しながらみんなが作れるようになる。それにみんなでやれば楽しいよ!」

 

「そ、そうね!そうしましょう!」

 

 空気の読めない学級委員長みてえなこと言いやがって!

 ゆんゆんも『みんなで』の部分ですっかり乗り気だよ。狭いキッチンだったら料理できない奴がいても邪魔なだけだぞ。

 面倒さは極まってる。これは俺がどれだけ否定意見を出しても無理矢理決まるに違いない。

 

「……さて、俺はちょっと用事を思い出したから」

 

 逃げよう。今の馬小屋の主人には大分世話になったから気が引けるが、俺の安全の為なら仕方ない。引越ししよう。

 

「待ちなさい。用事ってなに?」

 

 それを見越したかのようにヒナが止めてくる。

 

「……男の子の日だよ。言わせんな恥ずかしい」

 

「男の子の日ってなに!?」

 

 

 この後あっさり目論見がバレた俺は捕まり、そのままどんな部屋があるか不動産屋に行き、部屋を決めることになった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、明日の予定やら何やらをヒナに勝手に決められた俺は馬小屋へと帰ってみると、俺の布団の上に手紙が置いてあった。手紙には

 

『今夜エリス教会に来てください』

 

 と書かれていた。ヒナか?いや、あいつだったら面と向かって言いにくるし。まさかエリス様?ヒナに会ったのとか言いふらしたし、怒られる可能性もあるから一番あり得る。あとはアンナとか?アンナに仕事を無理矢理手伝わされるかもしれない。

 あまり気が進まなくてため息が出る。なんか面倒臭そうだ。

 

 

 エリス教会に入ると、いつかのように中は暗く月明かりのみが辺りを照らしていた。

 そして奥には

 

 

「こんばんは、よく来てくださいました」

 

 

 光り輝く剣を持ったエリス様がいた。

 

 

「え、えーっと、こんばんは。どうされたんですか?」

 

 怖くて扉から動かないでいると

 

「申し訳ありません。遠くてあまり聞こえないので、もう少し近くに来てください。具体的に言うとこの剣が届く間合いに」

 

 

 ………。

 

 

「………」

 

 

 今日も疲れてるからな。聞き間違えちゃったかなうん。

 

「すみませーん!もう一回言ってもらってもいいですかー!」

 

「申し訳ありません!!遠くて!あまり聞こえないので!!もう少し近くに!来てください!!具体的に言うと!この剣が届く間合いに!!」

 

 

 ………。

 

 

「………」

 

 

 よし、帰ろう。

 扉を押して出ようとするが、全く扉が動かない。鍵でもかけられたのか!?

 

「もう、どこに行くんですか?」

 

 エリス様が少し不機嫌そうに言ってくる。

 もっとヤンデレっぽく言ってもらえませんか?出来ればデレ成分は強めでお願いします。

 

「今この空間は私が現界しているのを見られない為に切り取られています」

 

 なにそれ。なに神様っぽいことしてんの?

 

「なのでここで何が起きたとしても誰も知り得ませんし、犯行現場を見られ、じゃない何が起こっても誰にもわかりません」

 

 犯行現場とか言ってますけど。え、なに上手く自分の力利用して揉み消そうとしてんの?

 

「言う事を聞いてください。早くこちらへ」

 

 普通に嫌です。どうしよう、この女神様。

 

「どうしたんですか?」

 

 俺が聞きたいんだけど。これ以上、不機嫌にならない為にもゆっくりと近付いた。

 剣が届かなそうなギリギリで止まり、今日はどうされたんですか?と聞く。

 

 エリス様は俯き、無言のまま。

 

「え、えーっと……」

 

 エリス様は俯いたまま、プルプルと震え出す。ストレスでおかしくなっちゃったか?

 

「……ませんよ」

 

「はい?」

 

「許しませんよ……!」

 

 俺を睨み付け、剣を握る手に力がこもっている。

 

「な、何がですか?」

 

 

「同棲なんて!!許しませんよ!!!」

 

 

 大声を上げて剣を構えるエリス様。

 

「ええっ!?何の話!?」

 

「何の話?しらばっくれないでください!」

 

「いやいやいやいや!」

 

「私のヒナギクと同棲なんて!絶対に許しません!!」

 

 えぇー……。

 

「い、いや、エリス様、誤解です」

 

「何が誤解ですか!私は全部見てましたよ!興味ないフリしてヒナギクの興味を引くなんて!」

 

「いや、誤解でしかないわ!」

 

「私はシロガネさんを信じてましたのに!」

 

「いやいや、その信用を無くすには早いですよ!」

 

「手を握った事はまだ許しましょう。ですが抱き付かれたことは有罪です!私だって抱き付かれたことなんて無いのに!」

 

「違う私怨も混ざってるし、どこまで見てるんですか!?」

 

 覗きが趣味の女神様怖すぎ。

 

「これでハッキリわかりましたね!私達が敵同士だということが!」

 

「何もわかってねえよ!」

 

 御乱心してらっしゃる。

 なんとか落ち着かせないと不慮の事故で死ぬことになる。

 

「いや、あのパーティーのみんなで暮らそうって話になっててですね?俺は止めたんですけど」

 

「言い訳は結構です」

 

 剣の切っ先を俺に向ける。

 

「私は絶対に同棲を止めて見せます!」

 

「いや同棲を止めるっていうか、息の根を止めようとしてますよね!?」

 

「どっちも同じです!」

 

「同じであってたまるか!」

 

 

 俺は一時間ほどブンブン剣を振り回してくるエリス様に追いかけ回された後、なんとか説得に成功した。

 汗をかいたエリス様はちょっとエロかった。

 




ちょ、ま、待ってください!
お気に入り数が倍近くになってる!?
な、何が起こった!?
評価の色も伸びてるし!

読んでくださるだけでなくお気に入りや評価、感想本当にありがとうございます。めちゃくちゃモチベに繋がります。
頑張って書きますので是非またお読みいただけると幸いです!


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24話

24話です。さあ、いってみよう。



 

 エリス様に剣を振り回されて数日後、とうとう俺達の共同生活が始まった。

 世話になった馬小屋の主人には既にヒナから話がされていて荷物も持ってかれるという強引な方法で俺も結局一緒にいる。

 エリス様にお前と住むのは駄目だって言われたんだと説明しても全く信じてくれなかった。

 

 

 トリスターノと同じ部屋は嫌だと駄々をこねたら個室になった。トリスターノにそんなツンデレぶらなくてもとか言われたがストーカーと同じ部屋で寝るとか絶対に嫌だ。

 鍵はあるが、ゆんゆんとヒナは鍵を解く魔法があるし、トリスターノも変態だから変な技術を持っていてもおかしくない為、正直プライバシーが守られるか疑問だが無いよりはマシだった。

 トリスターノも個室で、ヒナとゆんゆんは大きめの同じ部屋になった。お互いにぼっちで寂しがり屋だからな。

 

 ヒナの人望もあってかなり良い部屋を紹介してもらった。日頃の行いって大事なんだな。

 

 

「ほら!朝だよ!起きて!」

 

 鍵なんて無いと言わんばかりに部屋へ当然に入り俺の体を揺らして起こしてくる良い子ちゃんのヒナ。いや、勝手に人の部屋に入ってるし悪い子なのでは?

 

「みんなで朝ごはん作るんだから!」

 

 俺のリズムは俺が守る。布団に包まり徹底抗戦したが、一分も経たない内にあっさりベッドから引きずり出された。こうなるから嫌なんだ。

 

 

 

 朝食も終わり、ギルドへ来ていた。

 掲示板の前へと行き、どんなクエストがあるか確認していた。

 

 朝からあの邪神、いや駄目神が冒険者達に宴会芸を披露していた。何やってんだアレ。カズマが呆れ果てていたが、当然の反応だろう。

 その後ダクネスとクリスがカズマ達の元へ向かっていくのが見えた。一緒にパーティーでも組むのだろうか。

 

 今日はあまり良いクエストが無くて会議が長期化してきたあたりでカズマがクリスのパンツを取ったとかなんとか聞こえたが、何も考えないでおこう。

 

 ヒナも加わり、全員のレベルも上がってきたということで難易度高めのクエストに挑戦しようと話が決まりかけたところで

 

 

『緊急クエスト!緊急クエスト!街の中にいる冒険者は街の正門に集まってください!繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、街の正門に集まってください!』

 

 街中に響く大音量のアナウンス。こんなのあったのか。

 

「もうこんな時期か」

 

「今日のクエストはこれですね」

 

「そうね、みんなで頑張ろう!」

 

 俺の周りは既に立ち上がり、やる気満々だが異常事態じゃないのか?随分落ち着いてるな。

 

「なあ、緊急クエストって何だ?魔王軍でも来たのか?」

 

「キャベツの収穫だよ!今日の晩ご飯も決まりだね」

 

 は?何言ってんだこいつ。

 三人ともいつもの何も知らない俺を見て可愛そうなものを見る目になる。

 

「キャベツっていうのはね?」

 

 ゆんゆんが説明しようとしてるが、キャベツは知ってる。それが何で緊急クエストになるのかがわからんのだ、というか何故冒険者が出張らなきゃいけないんだ?

 

 他の冒険者もみんなギルドを出て、恐らく正門に向かったのだろう。俺も同じく向かう途中、カズマと会うと同じくカズマもよくわかってなさそうな顔をしていた。仲間がいてよかった。お互いに首を傾げて正門に向かうと

 

 

「皆さん、突然のお呼び出しすみません!もう既に気付いてる方もいると思いますがキャベツです!キャベツの収穫時期がやってまいりました!キャベツ一玉の収穫につき一万エリスです!出来るだけ多くのキャベツを捕まえ、ここに納めてください!」

 

「「は?」」

 

 俺とカズマの声がハモった。

 

 説明を聞くとこの世界のキャベツは飛ぶらしい。自我を持っていて食われてたまるかとばかりに飛び、人知れぬ場所でそのまま力尽きると。それなら自分達が美味しく食べようということよ、とは駄目神の説明。

 その考えはどうかと思ったが、分からんでもない。カズマは帰っていいかななんて言っていたが、一玉一万エリスはでかい。欲しい装備もあるし、ホースト戦にゆんゆんが使っていたスクロールという魔法を封じ込めておく巻物とかも気になるし、ここは頑張っておくべきだろう。

 

「よし、お前ら。今日は頑張るぞ」

 

「あれ?いつの間にかすごいやる気になってる?」

 

「キャベツ好きなんですか?」

 

「ヒカルのことだからどうせお金だと思うよ」

 

「何言ってんだこの野郎。世のため人のため街のためギルドのためお金のため、俺達が頑張らなくてどうするんだ?」

 

「ヒカル!そんなに良いことを……あれ?今お金のためって……」

 

「作戦を伝える」

 

「え、もう決まってるの?」

 

「本当にやる気みたいですね」

 

 いつも俺はやる気だろうが。すこしこの世界の世間知らずなだけだ。

 

「ヒナ、向かってくるキャベツを全て殴り落とせ」

 

「う、うん。了解」

 

「トリスターノ、ヒナが処理し切れないキャベツを打ち落とせ。後ろに回る奴とか特にな」

 

「了解です、リーダー」

 

「ゆんゆん、俺らのフォローを頼む。一番危ないのはトリスターノだから気にしてやってくれ。」

 

「うん!」

 

「ただ張り切りすぎて魔法の威力を上げないようにな」

 

「わ、わかってるわよ」

 

「リーダーは?」

 

「俺か?俺は」

 

 ニヤリと笑い、自分を指差し

 

「キャベツ回収係だ」

 

「「「……」」」

 

 三人とも黙るが、なんだよ。必要だろうが。

 

「なんだよ、キャベツ無力化しながら回収できるんですかこの野郎」

 

「い、いや、そうだね。必要だよね」

 

「ヒカルがキャベツの突進当たったら死んじゃいそうだし、回収やってもらおう」

 

 余計なことは言わんでいい。

 

 よし、緊急クエスト開始だ!

 

 

 

 

 

 全員無事に緊急クエストは終了した。

 三人が落としたキャベツを必死こいて走って回収し、ギルドの職員が指定した場所へと持っていく作業だったが、こういう作業もたまには悪くない。良い汗もかいたし、気分は晴れやかだ。何回かキャベツの突進をくらったが支援魔法のおかげか、運が良かったのか特に問題は無かった。

 

「ギルドの職員さん達が言ってたんだけど、私達が一番か二番目に多くキャベツを回収したパーティーだって!」

 

 ゆんゆんも嬉しそうだ。何回か魔法に巻き込まれそうになったけど目を瞑ろう。

 

「当然だよ!みんなで頑張ったんだから」

 

 ヒナも無い胸を張って笑顔だ。ヒナが殴り飛ばしたキャベツが何回か俺の頭に飛んできたが気にしないでおこう。

 

「こうして連携してると私たちもパーティーらしくなってきましたね」

 

 トリスターノはいつも以上にニコニコだ。何回か俺の頬とか頭に矢が掠めたが皆を守る為だからね、しょうがないね。

 

「さ、報酬もらってキャベツ食って帰ろうぜ」

 

 ギルドに戻って今日は早めに寝るとするか。

 

 

「そういえばなんで今日はやる気満々だったの?お金に困ってるの?」

 

 ヒナが聞いてくるけど、別に珍しいことじゃないだろ。世の中金よ。

 

「困ってないけど、いくらあっても困らないし、欲しい装備とかもあったしさ」

 

「欲しい装備?高いの?」

 

「わざわざ高い装備を買おうとは思わないけど、良い装備とかで俺の弱さが多少は誤魔化せるかもしれないだろ」

 

「『弱いからって理由で逃げたくない』は嘘じゃないんだね」

 

 嬉しそうに微笑むヒナはちゃんとしてる時のエリス様みたいだ。

 

「リーダーがそんなことを?」

 

 トリスターノが聞き、ゆんゆんも聞き入っていた。

 

「そうだよ。僕がね、冒険者なんかやめた方がいいって言った時にね」

 

 え、ちょ、

 

「ま、待て待て。わざわざ言わなくていいだろ」

 

「え、なんで?ヒカル、すごく良いこと言ってたのに」

 

「是非聞きたいですね」

 

「私も聞きたい!」

 

 おい、やめろ。恥ずかしいだろうが。

 あとトリスターノが聞いたら絶対調子に乗るから聞かれたくない。

 

「僕がヒカルに死んで欲しくないからって」

 

「だから、言わんでいい!」

 

「どうして?」

 

「そんな赤面するほどのことを言ったんですか?」

 

「夕焼けのせいだよ!」

 

「聞きたいなー、ヒカルが言ったすごく良い話」

 

「やかましい!」

 

 調子に乗るんじゃない、ぼっち共。

 ニヤニヤするな。

 

「それでね」

 

「言うなっつーの!」

 

 

 ぼっちが集まって出来たパーティー。

 

 いろいろあるけど

 

 まあ、楽しいからいいか。

 




ヒカル
良い子ちゃん達に囲まれてるせいで肩身が狭い。
良い子ちゃん達に最初は気を使ってたが、雑なところや本性が見え見え隠れ見え隠れぐらいの割合になってきた。

ゆんゆん
友達との共同生活にウッキウキ。
夜、ヒナギクと同じ部屋で寝てるのが嬉しすぎて、目が爛々と輝いてるのが眩しいと、ヒナギクに怒られた。

トリスターノ
ヒカルのツンデレなところも気に入っているが、共同部屋にしたかった。
実はゆんゆんぐらい共同生活が楽しみだった。
コイバナがしてみたい。もちろん聞く専。

ヒナギク
才能と努力の天才。
頑張ればだいたいなんでも上手くいくと思っている。
ヒカルが規則正しい生活をしないことに理解が出来ず、何度も諦めずに突っかかる。


今回はいつもと少し違う感じにしてみました。

次回のお話は少し苦手な方がいるかもしれません。
一応ギャグとしてのお話なので…。苦手だった方は申し訳ありません。

お気に入りや評価、感想本当にありがとうございます。
最近はヒマになったりしたらお気に入りとか増えてないかな?とか確認しに行ってしまいます。

今後ともよろしくお願い致します。


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25話

苦手は方がいたらごめんなさい。

25話です。さあ、いってみよう。



『ドS先生が来たぞーーーーーー!!!!!』

 

 

 

 子供達の歓声が聞こえる。

 誰のことを言ってるか知らないが、子供達はみんな俺のことを見て笑顔になっている。

 

 俺はエリス教会近くの孤児院に来ている。

 上位悪魔ホーストによって森が立ち入り禁止になりクエストが出来なかった俺は元々ヒナに毎日しつこく紹介されていた孤児院での仕事をやらされていた。冒険者を再開した今はもうやる気はなかったのだが

 

「ドS先生なにしてたのー?」

「ドS先生今日はなにするのー?」

「ドS先生コンカツしてたってほんとー?」

「ドS先生がコンカツはむりでしょー」

 

 このように俺は子供達に大人気すぎてたまにはこうして子供達の前に出てやっているというわけだ。大人気すぎて。人気者は辛いね。

 

「ドS先生ドS先生っていちいち呼ぶんじゃねーよ。滅茶苦茶優しくてかっこいい先生と呼びなさい」

 

「いや、長いよ!呼びづらいし!」

「ネーミングすら出来てないよ!」

「コンカツできた?」

 

 大人気すぎてわざわざボケてやるのも大変だ。全く人気者は辛いね。

 

「よーし、今日もお前らが苦しむ……じゃなかった頑張る姿を見に来たからなー!精一杯もがいて頑張ってくれー!」

 

「苦しむって言ったよね!?」

「もがいてって何やらせる気なの!?」

「コンカツは?」

 

 子供達からツッコミが飛んでくるが、この人数を捌くとキリがないのでスルーだ。人気すぎるとココが苦しいんだなー。

 

「じゃあお前ら全員動きやすくて汚れてもいい格好に着替えてこい!あとコンカツって言った奴はココに残りなさい!」

 

 わー!と子供達は施設へと駆けて行き、誰も残らなかった。

 

 

 

「よし、最初はジョギングな。五周してきなさい!」

 

 孤児院の隣の空き地スペースで身体を動かさせる。

 子供達の指導と怪我をしないか等の監視。

 これが俺の今日の仕事。

 あとはちょっとした武道の基本とか教えて受け身とかが出来るようにする。外なので受け身もゆっくりやって身体をどう動かすかぐらいにしか教えないが。

 もちろん無理はさせないが言うことを聞かない子供、生意気な子供には厳しくする。

 

 

「いだだだだだだだだだ!!先生ごめんなさい!手があああ!!」

 

「反省してくれるのは先生嬉しいんだけど、ただ握手してるだけじゃないか。そんな痛がらなくていいだろ?」

 

「いやいやいやいや、手ぇめっちゃゴリゴリされてるから!いだだだだ!」

 

 俺は子供達と握手している。これは子供達と触れ合い、目線を同じにして話し合うことで子供達の理解や反省等を促す俺の指導法だ。

 決して子供の指をゴリゴリしたりとかしてない。

 

「コイツはお前より運動は出来ないけど、お前より頭滅茶苦茶良いの。みんな違ってみんな良いんだよ馬鹿野郎」

 

「ごめんなさーい」

 

 いじめは許さん。多少強引でもやらせん。

 仕切り直して

 

「さて、じゃあ今度はダッシュで三周だ!行ってこーい!」

 

 走ってる子供達はなんとも楽しげだ。こういう姿を見ると来てよかったと思ってしまう。

 

「転ぶんじゃないぞー!」

 

『はーい!』

 

 

「おーし、終わったら歩いて一周してこい!走り終わった後にすぐ立ち止まったり座り込んだりするなー」

 

『はーい』

 

 ダッシュで競争し始めたりするヤンチャ共もいるから色々とメニューを考えてやらなきゃいけない。

 ここにいる子供達はまだ5〜9歳ぐらいの子供達しかいない。約十人ほどの人数だが、この年齢の子供は目を離すと何をするかわかったもんじゃないので大変だ。

 

「次はストレッチー」

 

『はーい……』

 

「どうしたー?元気ないぞー?」

 

「だって先生が」

「先生が一番楽しそうにする時間が」

「ドS先生が張り切る時間だー」

 

 何を言っているのか全然わからない。

 俺がなんでお前らのストレッチなんかで楽しまなきゃいけないんだ。

 

 ストレッチはもう名前を言えばわかるぐらいになっている。俺はちゃんと出来ているかどうか見回りながら指示を出している。

 

「はい、次は座って長座体前屈ー。ちゃんと足にタッチしろよー」

 

「ドSタイムだ」

「はぁー」

「ストレッチだけでどれぐらいかかるんだろう」

「だからコンカツが……」

 

 どいつもコイツも何言ってるんだ?ストレッチしないと怪我するだろうが。俺だってクソガ、じゃない子供達が痛がってるところなんて見たくない。でもクソガキ、じゃない子供達が怪我したり後で筋肉を痛めたりしないようにストレッチは徹底しないといけないんだあとでコンカツって言った奴呼び出すからなこの野郎ていうか別に結婚願望なんかないっつーの。

 

「先生!タッチ出来るようになったよ!」

 

「おおー、やるな。膝伸ばしてれば完璧だ」

 

「うえーバレたー」

 

 見回りながら教えてやったり褒めてやったりしつつ指示を出す。

 

「はい、開脚ー」

 

『うあーー!』

 

 うあーとは何だ。全くどうしたんだ?

 

「いいからやるんだよ。どうせ固いままなんだろ。身体前に倒してー」

 

 女の子達はだいぶ柔らかくなってる子が多いので褒めてやるが、さてどれから手を付けようか。

 

『……』

 

 こういう時だけ静かになるんじゃないよ。いつもワーワーギャーギャー騒いでるくせに。

 目が合いそうになった瞬間全力で目を逸らしてきたやつがいたのでコイツに決めた。

 そいつの前に座り同じく足を開き子供達の足首あたりに足を出しストッパーにする。手を掴み導いてあげれば、その子の股関節が柔らかくなるという優れものさ。

 

「慈悲とかないんですか?」

 

 最近覚えたのだろうか。慈悲とか言い始めた。

 

「安心しろ。俺は優しい先生だぞ」

 

「何も安心出来ない……」

 

「いいか?いち、に、さんで引くからな?」

 

「う、うん。ゆっくりね」

 

「さん」

 

 事前に伝えた通りさんで引いた。

 

「1と2はああああああああああああああ!?」

 

 子供が苦しむ様を見てられない!

 なんて辛い仕事なんだ!

 

「あの先生ニッコリだよ!満面の笑みだよ!」

「いつもはあんな笑顔見せないのに!」

「最低だよ!騙してるし、笑顔で最低だよ!」

 

 周りの子供達も見ていられないのだろう。少しうるさくなってるが仕方あるまい。すぐに同じ目に、じゃない同じ指導をしなくては。

 

 順番に処理して行く。全く男の子達は何も変わってないじゃないか。ああ、残念だ。とっても残念だ。

 

「ドS先生、すごいニコニコだよ」

 

「さて次だ」

 

 言われた後、まるで戦場に行くのを決めたかのような顔をし始める。

 

「ほら人数多いし、早めに終わらせるぞ」

 

「うん。でも僕ゆっくりがいいな」

 

「おう。さっきまでの聞いてたな?さんで引くぞ?」

 

「さんで引くんだよね?それっていきなり」

 

「いち、よん、に、ご、なな、ろく、さん」

 

 やっぱり宣言通りさんで引いた。

 

「タイミングぅぅぅぅぅぅぅーーー!!!!」

 

「さんで引くって言ったけど、フェイントかけてきたよ、あのドS!」

「さんならなんでもいいわけじゃないよ!」

「やっぱり最低だよ!」

 

 好き勝手言いやがって。子供ならなんでも言っていいわけじゃないんだぞ。

 俺は順番通りに子供達にストレッチを教えていった。

 

「よし、やっと最後だな」

 

「ドS先生、一人一人に時間かけすぎだよ……」

 

「悪いな、待たせちまって。みんな可愛いクソガ、じゃなくて可愛い子供達でついな」

 

「クソガキって言いかけてたよね!?」

 

「さてサクサクやるぞ」

 

「さんで引くんだよね?フェイントしないでね?」

 

「わあってるよ。俺が何度も同じ手を使うと思うか?」

 

「いや、そんな工夫してやる必要ないんだけど!」

 

「そういやお前コンカツって言ったな?」

 

「え、いいいいい言ってないよ、何言ってあああああああああああああ!!!!」

 

 現行犯逮捕!

 

「さんすら言ってないよ!」

「あの人、私怨でやってるよ!」

「最後まで最低だよ!」

 

 そんなこんなでストレッチが終わって合気道の基本を教え始めた。

 

 

 

 

「はい午前中は終わりー!昼飯食ってこーい」

 

『はーい』

 

「ドS先生ー、あの女の人だあれ?」

 

 子供達の一人が服の裾を引きながら聞いてくる。

 施設前にいたのはゆんゆんだった。どうしたのかな。

 

「ドS先生の彼女だー」

「ドS先生の相手ってことはドMなのかな」

「ドS先生のおんなだー」

 

 ゆんゆんを見るや否や突っ込んでいく子供達。

 約十人の子供達に群がられ質問攻めされる。

 何とか答えようとしてるがすぐに俺に助けを求めるようにこちらを見てくる。

 

「おいこら、離れなさい。その娘は俺の仲間だよ」

 

「隠すことないじゃんドS先生」

「ドM先生こんにちわー」

 

「ドM先生!?」

 

 ゆんゆんがいきなり変な名前で呼ばれて驚いてる。可哀想に、変な名前付けられて。

 

「ごめんね、みんな。ヒカル、はいこれ」

 

 子供達の波をかき分けて俺に箱を渡してきた。

 なんだこれ?

 

「ここでお仕事してるって聞いたからお弁当作ってきたの。ヒカルのお昼ご飯ないってヒナちゃんから聞いてたから」

 

 聞いた途端、子供達から歓声が湧く。

 

「ドS先生にほんとに彼女が!」

「ドS先生やったね!」

「愛妻弁当だー!」

 

 ゆんゆんが赤面して子供達に説明してるが、全く聞いてない。この状況は俺の方を見られてもどうしようもないぞ。

 

「あ、ああああ愛妻弁当じゃないから!!たまたまなの!!」

 

「ごめんな、ゆんゆん。ヤンチャなのが多いんだ。弁当ありがとう」

 

「うぅ……ヒカルが動揺してないのはなんで……ヒカルも説明してよぅ……」

 

「後で説明しとくよ」

 

 と言って別れようとしたら

 

「あ、えっと、私も一緒に食べていい……?」

 

 

 それは更に誤解されるのでは?

 

 

 案の定、一緒に食べてるのをしっかり見られて思い切りからかわれた。

 




ヒカル
意外と子供好き。元々日本で子供達に武道の指導の経験があった。
子供達をいじりながらも真剣に教えるヒカルは子供達に大人気で『ドS先生』の愛称で呼ばれるようになった。結婚願望なんて無い無いったら無い。

ゆんゆん
弁当を作ってヒカルに届けただけで『ドM先生』のあだ名を付けられた。決して愛妻弁当ではない。

次回は今までギャグでやってきたのに、頑張ってラブコメしようとして滅茶苦茶苦戦してるので、少し書くのに時間がかかるかもしれません…。頑張ります…。


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26話

メイドクリスのボイスえぐい可愛さしてる。
エリス教に入信します。

26話です。さあ、いってみよう。



 孤児院での子供達の指導が終わり、ゆんゆんと帰宅する道すがら性別難解タッグがやってきた。

 

「やあ、二人とも」

 

「お疲れさま」

 

 クリスとヒナだ。

 

「今日もありがとうね、ヒカル。ゆんゆんもいきなり弁当お願いしちゃってごめんね」

 

 ヒナが嬉しそうに微笑みながら労ってくれる。ヒナが思う良い人間にしたくてしょうがないらしい。力になってやるぐらいはしてやるが更生される気はないぞ。というか更生されるほど俺はダメな人間じゃないぞ。

 

「どうしたんだ二人して。孤児院に行くのか?」

 

「違うよ。ヒナギクと話してたら君たちのパーティーで暮らしてるって聞いてね。気になるなんて言ったら今日はお夕飯にお呼ばれしたんだよ。それで君達を迎えに来たってわけさ」

 

 なにが聞いてね、だ。覗いてたから知ってるんだろうが。

 

「クリスさんには是非来て欲しかったんですよ。急に呼んじゃったけど大丈夫だよね、二人とも」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

「……ああ、問題ないよ」

 

 問題しかないよ。剣を振り回されて追いかけられたし、正直クリスにもエリス様にもしばらく会いたくなかったが、あっさり会っちゃったよ。

 

「四人パーティー結成記念と引越し祝い、クリスさんも来てくれるし、今夜はパーティーにしようよ!」

 

 そういえばそういうことは全くやってなかった。みんなぼっち故の弊害か。良い機会だな。

 

「ホーストの討伐報酬にキャベツの収穫報酬もあるし、問題もないだろ」

 

 というわけで今夜はパーティーになった。

 

 

 

 ゆんゆんとヒナが料理してくれてる間、俺とクリスは買い出しに出ている。トリスターノは用事があるらしく、パーティーには途中参加となる。

 

 俺はクリスと二人きりとか嫌だったので、どうにか出来ないか提案したが料理ができない俺が買い出し班から外れることは無かった。

 なら俺が一人で行くからと言うとクリスが私も手伝うとか言いやがったせいで結局二人で行く羽目になった。トリスターノがいないのがここまで残念に思う日はそうないだろう。

 

「あんなに嫌がるなんて傷付くなー。あたしのことそんなに嫌い?」

 

「刃物ブンブンしてきた人と二人きりになりたいと思いますか?精神構造大丈夫ですか?頭もブンブンしちゃったんですか?」

 

 パーティーが決まったのはいいが流石に急すぎて準備が間に合わないので、今俺とクリスは近くの店で調理済みの食べ物を厳選してる。

 

「んー?あたしとシロガネ君は久しぶりに会ったはずなんだけどなー?」

 

「はいはい、そうですねー」

 

 何しらばっくれてんだこの野郎。

 

「安心してよ。今日は何かしたりしないからさ」

 

「いや、今日以外は何かする気なんですか?もう無理だよ、一緒にいられないよコレ」

 

「冗談だよ。わざわざ証拠残すような事してもしょうがないじゃん。殺るなら徹底的に殺るよ」

 

「誰もそんな話はしてないんですよ!はあ……」

 

 隠したいのか隠したくないのか、どっちなんだ。正直この人、いやこの神様が本当に殺る気ならすぐにでも殺れるんだろうし、気構えても無駄なんだが、二度目の死が他殺ってどうなんだマジで。

 

「嘘だって。今日は君達に色々と話があるからさ」

 

「なんすか、それ。どうせヒナのことでしょう?」

 

「あたし相手には敬語もさん付けもいらないってば。ヒナギク以外にもちゃんと話があるよ」

 

「なんだよ、珍しい。ヒナのことしか考えてないのかと思った」

 

「喧嘩?喧嘩売ってる?盗賊舐めてると痛い目に合うよ?あたしこれでも結構頑張ってるんだよ?」

 

「あんたの苦労話は知ってるけどさ。わざわざヒナのことで教会に呼び出すくせに何言ってんの?」

 

「あたしの苦労話知ってるなら労ってよ。だって心配なんだよ、ヒナギクは少し危なっかしいし」

 

「わかるけどさ」

 

「ってヒナギクの話は後にして。礼を言いたくてね」

 

「礼ってなに?剣振り回してストレス解消になりました、とかそんな感じ?」

 

「何の話かな。そうじゃなくて、孤児院の子供達のことだよ」

 

「大したことしてないし、ヒナに無理矢理やらされてるだけだよ」

 

「君のツンデレなんていらないよ、気持ち悪い。孤児院に行くと『ドS先生はいつ来るの?』なんてあの子達に聞かれるんだよ?無理矢理やらされてる人がそんな風に聞かれるわけないでしょ?」

 

「『ドS先生』って誰ですか?俺はとっても優しいので人違いですよ」

 

「はいはい、とりあえずありがとう。これからもよろしくね」

 

「行けたら行きますよ」

 

「それで十分だよ。あの子達をよろしくね」

 

 

 ヒナギク狂いのくせに今更神様っぽいツラしやがって。ずるいぞ。

 

 

 

 

 

 飯の厳選が終わり帰ろうと言ったら

 

「え、お酒は飲まないの?」

 

 クリスは飲む気満々らしい。

 

「俺は飲めるけど、他が飲めてもトリスターノぐらいじゃないか?」

 

「ゆんゆんは?」

 

「い、いや、まずいだろう」

 

「年齢のこと気にしてるの?それなら大丈夫だよ。この世界は飲酒制限とかないから」

 

「え?そうなの?いや、それにしてもゆんゆんがお酒なんか飲んだら面倒なことになりそうな気がするからあまり飲ませたくないんだけど」

 

 そう言うとクリスは何やらニヤニヤし始める。なんだよ?

 

「いやー随分と気にかけるんだなーって」

 

 なんかトリスターノみたいなこと言い始めたな。

 

「そんなに大切なんだ?」

 

「あのな、飲み慣れない奴が調子乗ってカパカパ飲んだ後の介抱が一番面倒くさいの。どうせゆんゆんのことだから最初にテンション上がって飲みまくって、酔い潰れて最終的には俺に吐きかけてきたりするんだよ」

 

「まあまあ、今日わかることじゃないか」

 

「おい、飲ませる気か?やめとけって。わざわざ地雷原でソーラン節踊らなくてもいいじゃん」

 

「過保護だねー。そろそろあの娘もお酒がどんなものか知っておくべきだよ」

 

「頼むから無理矢理飲ませたりするんじゃないぞ」

 

「はーい」

 

 ……本当に大丈夫だろうな。

 

 

 

 

 トリスターノも飲めるか分からないし、少なめに酒を買おうと言ったがクリスは足らない足らないの一点張り。果てはもしかしてお酒弱いの?情けないところ見せたくないもんね?ごめんねとか煽り始めたので、三種類の酒を一ダースずつ買って帰った。

 

「……ねえ、確かに買い出しを任せたけど、ここまで好きに買ってきていいなんて言ってないよ?ていうかヒカルってそんなにお酒好きだったっけ?飲んでるところ見たことないのに」

 

「俺じゃねえよ、クリスだよ」

 

「クリスさんがこんなにお酒ばっかり買うわけないでしょ!」

 

「まあまあ、たまには飲みたい時もあるんだよ」

 

「なんでお前がそっち側にいるんだよ!ヒナの前だからって良い子ぶってんじゃねえよ!」

 

「でも買う量を決めたのはシロガネ君だよ?」

 

「ほら!やっぱりヒカルじゃん!」

 

「ほ、ほら今日はパーティーなんだし、たまにはいいんじゃないかな」

 

 ゆんゆんが頑張って止めようとしてるが止まらない。

 

「クリスが足りない足りないうるせえから買ったんだっつーの!別に今日飲みきらなくても、また違う日に楽しんだりすればいいだろ?」

 

「……飲み過ぎちゃダメだからね」

 

 頑張ってるクリスを否定する気は無いが、お前の理想を押し付けるのは良くないと思う。

 

「酒はそこまで好きじゃねえよ。安心しな、パーティーが始まったらクリスがどれだけ良い子ぶってるかわかるから」

 

「別に良い子ぶってないって。今日はみんなで楽しめればいいなと思ってお酒を提案しただけだよ」

 

「いや全力で良い子ぶってるよね?なに良い感じにまとめた感出してるの?」

 

 ヒナがどうしても俺のせいにしようとするのをクリスが味方し、イライラする俺を宥めようとするゆんゆん。

 ゆんゆんしか味方はいないらしい。

 やっぱりエリス様、ヒナのこと根に持ってるだろ。覗きが趣味の女神様はこれだから嫌だ。

 

 

 

 

 リビングにみんな集まり、酒やジュースがコップに注がれる。

 俺がお誕生日席みたいな位置取りで右側にゆんゆんとクリス。左側にヒナがいる。

 他のみんなが俺を見て待っている。いちいち俺の方をみんな見てくるので。

 

「じゃあ乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 パーティーが始まった。

 

 

 

「さあ、ぐいぐいーッと飲んじゃいなよ」

 

「え、でも」

 

「ほら、私たちの友達になった記念のパーティーでもあるんだしさ」

 

「友達!?」

 

「そうだよ、あたし達は友達だよ!今更口に出すようなことじゃないけどさ」

 

「わかりました!友達ですからね!」

 

 ゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干すゆんゆん。それを見て満足げに頷いてるクリス。

 

「ぷはー!これとっても美味しいです!」

 

「でしょー?ささ、もう一杯」

 

「ありがとうございます!」

 

 またゴクゴクと飲むゆんゆん。飲み干したそばから注ごうとするクリス。

 

「さ、もういっぱ」

 

「何してんだこらああああああ!!!」

 

「いたっ!?」

 

 クリスの頭を引っ叩いて止めた。

 

「ちょっと何するのさ!」

 

「何するのさ、じゃねえんだよこの野郎!無理矢理飲ますなって言ったじゃん!もうダメだよこれ!酔い潰れて吐き散らかすルートだよこれ!」

 

「無理矢理じゃないよ!これはお互いの友情を確かめ合ってたんだよ!」

 

「そ、そうよ!ゆ、友情を確かめ」

 

「やかましいわ!どこが友情を確かめ合ってたんだよ!ゆんゆんのチョロさ加減を確かめられてただけだろうが!」

 

「そ、そんなこと無いわよ!ていうかチョロさ加減ってなに!?」

 

「お、落ち着いて二人とも!パーティーは始まったばかりなんだよ!?」

 

 そんなわーわー騒いでる中

 

「ただいま戻りました」

 

 トリスターノが帰ってきた。

 こいつが帰ってきてよかったと思う日が来ようとは誰が予想しようか。

 

「おや、リーダーお楽しみ中でしたか?」

 

「やかましいんだよ。早くこっち来い。女ばっかりで肩身狭いんだよ」

 

「え?そんなに照れてたんだ?」

 

「ヒカルってそんなデリカシーあったの!?」

 

「本当だよ!ここ最近で一番のびっくりだよ!」

 

 全員しばきたい。

 お前らに囲まれてるのが嫌なだけなの。スケープゴートが欲しいの。

 

「リーダー、お待たせしました」

 

 はいはい。スケープゴートくんお疲れ。

 クリスとトリスターノが自己紹介し始める。

 

「トリスターノくん、よろしくね」

 

 クリスは早速交流を始めていた。

 

「はい、クリスさん。よろしくお願いします」

 

「いやー、トリスターノ君はイケメンだね」

 

「いえいえ、そんな」

 

 そんな世間話的なものから始まって、俺の方を見てニヤニヤし始めるクリス。今日は俺をからかいたいらしい。

 

「こんなイケメンで性格が良い人がいると、シロガネ君も大変だね」

 

 やかましい。ガワだけは完璧だが、中身はだいぶ残念仕様だぞそいつは。

 

「いえいえ、私なんてそんな」

 

「えー、その態度は逆に失礼だよ。シロガネ君頑張らないとだね?」

 

「へーへー精進致しますよ。ちなみにそいつ」

 

 酒を注ぎ足しながら話し始める。

 エリス様が一番気をつけるべきは誰かを。

 

「なに?」

 

「ロリコンなんで気をつけてください」

 

「ちょ、なんてこと言うんですか!」

 

「…」

 

 クリスは黙りこくり、真顔になる。

 トリスターノが慌てて言い訳じみたことを言ってるが、クリスは完全にターゲットを決めていた。

 

「いや、ほんと違いますから!リーダーが勝手に」

 

「トリスターノ君、少し二人で飲みながら話そうか」

 

「ええっ!?いや、本当に違います!」

 

「いいから。そうだね、君の部屋で二人で飲もう。シロガネ君、トリスターノ君借りるよ」

 

 トリスターノの首根っこを掴んで引きずっていく。片手には一升瓶サイズの酒を二本持っている。あれは一人一本か、それとも一人二本なのか。

 

 あと、それもう返さなくていいですよ。

 

 部屋に引きずり込まれていくトリスターノを見守った後、ゆんゆんとヒナの方を見ると、こっちもこっちで大変になっていた。ゆんゆんの顔は瞳と同じくらい真っ赤だ。

 いつもの恥ずかしがってる状態なら可愛いが今回は違う。酔っぱらって真っ赤になっている。

 

 そんな状態でまだ飲もうとしてるので、ヒナが頑張って止めているが全く聞く耳を持たないゆんゆん。

 

「あの、ゆんゆん。そろそろやめておいた方がいいよ。飲むにしてももう少し味わってゆっくり飲もうよ、ね?」

 

「なんで?こんなに美味しいのになんで?気分も良いのになんで?体もポカポカするのになんで?まだいっぱいあるのになんで?」

 

 はい、もうダメですね。

 腹一杯食ったら部屋に閉じこもろう。

 飯をパクパク食い始めると

 

「ねえ!ヒカルも止めてよ!絶対良くない飲み方だよ!」

 

「ヒカル?」

 

 ヒナが俺に声を掛けてきたら、ぐるりと首が動きこちらを凝視してくるゆんゆん。

 

「あー……ゆんゆん。そんな飲むと」

 

「なんで?」

 

「え?」

 

「なんで飲んでないの?」

 

 目が真っ赤に光ってる。

 

「い、いやいや、飲んでるよ?」

 

 コップを見せるが、コップに視線はいかない。ずっと俺の目を見てる。

 

「……」

 

 数秒経つと無言のまま立ち上がり、椅子を持って右隣に来る。そのまま椅子をガタリと隣へ置き俺の隣に居座る。

 

「あの……」

 

 俺が無言のゆんゆんに声を掛けたところで肩を組んできて右手でコップを俺の口に押し付けて来る。

 

「飲んで」

 

「あ、はい」

 

 一口で飲むと満足そうに頷き、コップをヒナの方に突き出す。

 あの、嫌な先輩に絡まれてる時のこと思い出すからやめてほしいんですけど。

 

「ヒナちゃん、注いで」

 

「……え?」

 

「注いで」

 

 ヒナが助けを求めるように俺の方を見てきたが、ゆんゆんに肩まで組まれてる俺にどうしろと。頷いてやると、ヒナは急いで近くまで来て座り直し、注ぎ始めた。

 その後また俺の口に押し付けてきた。

 

「飲んで」

 

「はい」

 

 何回かこのやりとりが繰り返される。

 

「ゆんゆん、そろそろ違うやつが飲みたいな」

 

「どれ?」

 

 目が真っ赤なままだ。魔法とか撃ってきたりしないよねこれ。あとちょっとおっぱい当たってるんでもう少し身を引いて欲しい。下が大変なことになっちゃうんで。

 

「その黄色いやつがい」

 

「それジュース」

 

 目が真っ赤に光るぐらい興奮して酔っぱらってるのに、なんでその判断はつくんだよ。

 結局違う酒を指定するとヒナに注ぐように突き出した。それを俺の口に押し付けるかと思いきや今度は自分が飲み始めた。

 

 えぇ……?俺の飲みたいもの聞いたのはなんでだ…。ヒナは飲んでないのに少し顔を赤くして、お酒の瓶を持って待機してる。飲み終わると注いでもらい今度は俺の口に押し付けた。

 いちいち俺は気にしないけど、これは間接キスなのでは?ゆんゆんは大丈夫なのか?

 今度は交互に飲むみたいで、俺が飲み終わると注いでもらいながら、凝視しながらまた聞いてくる。

 

「なんで?」

 

「え、なんで?なんでがなんで?俺めっちゃ飲んだよ?」

 

「上位悪魔と戦ってる時になんで来たの?」

 

 え、このタイミングで?

 ヒナも多分同じことを思ってるだろう。

 

「悪魔がどれぐらい危険かわからなかったの?」

 

 知ってるわ。ゆんゆん達は知らないけど、一回俺はホーストに会ってるし。

 

「二人がいたから?」

 

「それもある。一人じゃ多分戦いに行けなかったよ」

 

「他に何があるの?」

 

「ゆんゆんが友達だからだよ」

 

「……私が友達でも危ないと思うよ?」

 

「お前が危ないから行ったんだよ。何か力になりたかっただけだよ」

 

「じゃあなんで私のことパーティー抜けた扱いにしたの?」

 

 ……めちゃくちゃ圧力を感じる。

 ヒナもどうしようかと周りを見てるが、何もいないし、何も無い。トリスターノとクリスは出てくる気配は無い。

 

「……ゆんゆんが俺を置いて行ったから」

 

「……」

 

 やべ、変なこと言っちゃった。俺も飲み過ぎた、いや飲まされ過ぎたかもしれない。

 

「……だからって三人でパーティー組み直して、あんな仲良いアピールするのは性格悪い」

 

「悪かったって謝ったろ」

 

「そんなので許せない。あとまだ名乗るやつ教えてもらってない」

 

「……」

「……」

 

「あ、あの……落ち着こう?二人ともお酒で少しおかしくなってるだけだよ。一回離れて深呼吸しよ?」

 

 

「そういえば……」

 

「なんだよ」

 

 ヒナが無理矢理話題を変えにきた。

 

「あの時ヒカリって名乗ってなかった?」

 

「あ、それ私も思ってた」

 

 意外とゆんゆんも乗ってきたな

 

「俺の本名はシロガネ ヒカリなんだよ」

 

「なんでヒカルにしたの?何か言えない理由があるの?」

 

「ヒカリだと女っぽいんだよ。ガキの頃はよくそれでいじられてたから、初対面の相手にはヒカルって名乗るようにしてるんだよ」

 

「そうだったんだ」

 

「どっちで呼べばいい?」

 

「今更変えてもしょうがないし、ヒカルも自分の名前だと思ってるからヒカルでいいよ」

 

 二人とも頷いてきた。

 ゆんゆんはいつも人の目を見て話さないことが多いが今日はすごい凝視してくるからやりづらい。

 ゆんゆんの紅い瞳が綺麗で変な気持ちになる。

 

「ねえ、なんでニホンから来たの?」

 

 その質問は少し困る。死んでしまったから来たなんて言えないし。確かに転生を選んだとはいえ、自分の意思でここに来たかと言われると答えはノー。どうしたものか。

 ゆんゆんもヒナも答えを黙って待っている。

 

「……いろいろあって」

 

「いろいろってなに?」

 

 今日は聞きたいこと全部聞いてくるつもりか?

 

「……冒険者になりに」

 

「冒険者なら他でもやれるよね?」

 

「ここは駆け出しの街だし」

 

「ニホンってすごい遠いんだよね?なんでわざわざこの国の駆け出しの街にきたの?」

 

「それは」

 

「なに?」

 

「ゆ、ゆんゆんに会うため、さ」

 

 ウインク付きでちょっとかっこよく言ってみた。正直この雰囲気に耐えられない弱い自分がいる。

 

「なんで話してくれないの?」

 

「え、スルーですか?いや、そうじゃ」

 

「ヒカルは秘密が多すぎるよ。全部話してほしいわけじゃないし、信用してないわけじゃないけど、不安だよ」

 

「何が不安なんだ?」

 

「勝手に何処か行っちゃいそうで」

 

「いや、そんなことは」

 

「悪魔と戦う前に各自で過ごそうってなった時に朝と夕方はギルドに顔出すって言ってたくせに全然来てくれなかった」

 

「……」

 

 おっしゃる通りです……。俺もいろいろあったけど言い訳にならない。

 

「ヒナちゃんが悪魔にやられて怪我して上の空でどれだけ話しかけても何も答えてくれないし。どれだけ不安かわかる?もしかして私は何かしててパーティーを抜けたくてあんなことを言ったんじゃないかとか」

 

「それはないって」

 

「ないって思ってたけど、来てくれないから不安だったの!私はヒカルが来るまでずっと一人ぼっちで、ヒカルが来てくれて初めてのパーティーメンバーで友達で……!」

 

 ボロボロと涙を流すゆんゆん。

 酔っぱらってるのもあるけど、これは本心だろう。真摯に受け止めなきゃいけない。

 

「そんな人が来てくれるって言ってたのに何も言わないで来なくなっちゃうのよ?何かあったのかなって、悪魔と遭遇したんじゃないかって、私のことなんてどうでもよくなっちゃったんじゃないかって!他にもすることがあるのはわかってる。ヒカルにはヒカルの事情があるのはわかってるけど……また一人になるんじゃないかって怖かった。いろいろ考えて、考えていく度に嫌な思考になって、無理矢理会いに行こうかと思ったけど迷惑になったら嫌で……」

 

 酒の勢いもあってか、ゆんゆんの胸にしまっていた思いは止まらなかった。

 

「またヒカルとクエストに行きたいから。パーティーでいたいから。その為だけじゃないけど、悪魔をどうにかしたくて、他の人達と一緒に悪魔討伐に行ったの。里の外で初めての友達に何かあったら嫌だから……。私の大事な友達だから」

 

 ゆんゆんは俺のことをこんなに考えて、心配してくれたのに俺は自分のことばかりだった。

 ゆんゆんの性格を考えれば、こうなってしまうのはわかったはずなのに。

 

「私はヒカルのこと大事に思ってるよ」

 

 涙は止まらなくて、きっと今も不安なのだろう。肩を組むようだったのが今は掴みかかるような縋り付くような体勢に変わる。

 ヒナも真剣に聞きいっていた。

 

「ヒカルは私のこと大事じゃないの?」

 

「俺は」

 

 その時、ガチャリと扉が開く音がした。

 見てみると、クリスが少し驚いた表情をしていたが、すぐにニヤリと笑い、俺たちの近くの席に座って待機し始めた。

 

「ねえ、どうなの?」

 

 え、この状況で?

 恥ずかしがるパターンじゃないの?

 こんな状況で言えるわけなくない?

 

 部屋からトリスターノがふらふらとしながら出てくる。少し青白い顔をしてるが、俺達の状況を見て察したのか、すぐに観察し始める。目が合うとウインクをしてきやがったので、後であいつの口に酒の瓶ごと突っ込んでやる。

 

 紅い瞳が俺を捉えて離さない。

 

「大事じゃないの?」

 

 まじ?

 え、この感じで言うの?

 面白がってるバカ共がいる状況で言うの?

 恥ずかしがってサッと離れるパターンじゃないの??

 

 

「……大事に、決まってるだろ」

 

 

 絞り出すようにして答えを言った。

 これ以上ゆんゆんの瞳を見てられなくて目を逸らす。

 クリスが拍手してくるのは本当に腹立つ。

 トリスターノの頑張りましたね?みたいなツラやめろ。すぐに酔い潰させてやる。

 ヒナは真っ赤だ。

 

 ゆんゆんも聞いてから恥ずかしがってるのか俯いている。

 ゆんゆんがようやく顔を上げたら

 

「ぅぅ、気持ち悪い……」

 

 青白い顔をしていた。

 

「……え、それって俺のことが?それとも酔いが回って?」

 

「オロロロロロロロロロロ!!」

 

 

 ゆんゆんは俺の下半身にゲロをぶちまけたのだった。

 静かだったリビングが今までに無い騒ぎに包まれた。

 

 

 だから言ったじゃん。

 

 吐き散らかすルートになるって。

 




文字数がいつもの倍になりましたとさ。
分けることも考えましたけど、良い区切りが見当たらなかったのでやめました。

最近は見てくださる方が増えているので設定を変えて、ログインしてないユーザーの方からも感想を受け付けられるようにしました。是非感想を頂けると嬉しいです。
ちなみに悪質な感想などが多かったりして私のメンタルがブレイクした場合は設定を変える可能性がありますのでご理解のほどよろしくお願い申し上げます。


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27話

27話です。さあ、いってみよう。



 

 ゲロを吐き散らかされたので着替えて来たら、ゆんゆんの介抱はヒカルがやるべきだよとか言われて押し付けられた。

 リビングではゲロ拭き大会が行われてるかと思いきや浄化魔法とやらで便利に片付けていた。魔法って本当すごいな。来世辺りは俺も魔法使いになりたいもんだ。

 

「ぅぅ…気持ち悪ぃ…」

 

「はいはい、水だよ」

 

「ぅぅ…」

 

 ゆんゆんは先程からずっとゴミ箱を抱えて死にそうな顔をして呻いている。

 水を少し飲んですぐにゴミ箱を抱え直す。

 背中をさすってやる。

 

「…ごめんね……」

 

「まあ…こんな気はしてたから、別にいいよ」

 

 ある意味予想通りだから問題無い。

 

 いや、問題あるわ。

 完全にゲロインだよ、これ。

 

 別に可愛い女の子だろうがアイドルだろうが女神様だろうが、いや女神様はどうかわからんが、同じ人間なんだから屁もこくし、う◯こもするし、酒飲んでクソみたいな酔い方してゲロも吐くだろう。

 

 お酒は一種のコミニュケーションツールとしても使えるんだが、これだとゆんゆんはこのツールは使用禁止、もしくはパーティーの誰かが同伴しないとダメそうだ。

 この娘はどうしてこうも色々とやらかすっていうか、可能性を潰してくるっていうか。運命的なまでにぼっちになるような呪いでも受けてるんじゃないのか?

 

 普通ならゆんゆんって女性の中で上位の存在というか、かなりの美少女だってのに環境が悪かったのか何かの問題があるのか、変な歪み方して大変なことになってる。

 このくらいの女の子なら男を手玉に取るぐらいの性格の悪さになってもおかしくないと思うんだけどな。

 

「ぅぅ…ごめ、オロロロロロロロロロロ」

 

「はいはい、謝らなくていいから」

 

 今やゆんゆんの顔は美少女というには顔面が色々なものでぐちゃぐちゃになって表現が憚れるようなことになっている。

 

 

「ごめんね…パーティーなのに…」

 

「気にしなくていいって言ってるだろ。パーティーなんかまたいつでも出来るだろ。まあこれに懲りたらお酒は飲み過ぎないことだ」

 

「…うん」

 

 少し落ち着いて来たのか、はっきり話し始めている。

 

「…変なこと言ってごめん。その、言うつもりなかったんだけど…」

 

「別に変なことなんて言ってないだろ。俺が悪かったよ。他に気になることあれば言ってくれ」

 

「…いっぱいあるけど」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 まるでヒナみたいに質問してくる。

 答えられないのは正直にそう言った。

 ゆんゆんも遠慮して質問してこないのは少し考えれば分かってたはずなのに、なんだかんだで一緒にいることが当たり前になってきて配慮が無くなってたのかもしれない。

 

「最近はなんでボードゲームやってくれないの?」

 

「それはアレだよ」

 

「どれなの?もしかして私には勝てないから」

 

「もう勝った相手に興味ないんだよ」

 

「なっ!」

 

「もう少しレベルを上げてから俺に」

 

「ねえ!絶対私に勝てないからでしょう!そうなんでしょう!?」

 

「もっとコミュニケーションレベルを上げてからな」

 

「レベルってそっち!?そ、そっちはまだ……って!そっちは関係ないでしょ!」

 

「関係あるよ。俺に勝ったら他にも第二、第三の」

 

「何がいるの!?ヒカルを倒した後に何がいるの!?」

 

「そのためにもコミュニケーションレベルを上げとかないとダメなんだよ。そんなんじゃ俺に勝ったところで他に勝てないぞ」

 

「じゃ、じゃあヒカルに勝った後にレベルを上げるから」

 

「まあ俺にも勝てないだろうけどな」

 

「じゃあやろうよ!私絶対勝てる自信あるもの!言っておくけど、ルールは守ってよ!?」

 

「その自信が慢心となり、敗北を生む」

 

「え、何その謎の発言!?それっぽいこと言って誤魔化してるだけでしょう!?」

 

「この高みまで這い上がってこい」

 

「なんで上から目線なの!?」

 

 

 そんなバカみたいな話をしてるうちに、すっかり元に戻ったゆんゆん。

 そんなゆんゆんに俺は少し安心した。

 酔っぱらってたけど、なんとなく変わってしまった気がして、それがなんだか少しだけ寂しく感じたから。

 

 

「ゆんゆん、もう調子は大丈夫か?」

 

「え?うん。大丈夫」

 

「じゃあ戻ろう。まだパーティーやってるだろ」

 

 扉の先からまだ声が聞こえる。三人で処理し終わって続きをしてると思う。

 

「…うん。そうしよっか」

 

 歩いて扉の前まで行った時に服の裾が引かれる。どうしたんだ?また吐きそうなのか?

 

「また一緒に、話そうね」

 

「当たり前だろ」

 

 

 

 

 

 

「あ、ゆんゆん大丈夫?」

 

「ごめんね、あたしのせいだよ」

 

 これに関しては本当に反省していただきたい。

 

「リーダーやっとお戻りに。女性に囲まれて肩身が狭かったところなんですよ」

 

「やかましいんだよこの野郎。お前さっき青い顔してたけど大丈夫なのか?」

 

「はい、私もなんとか回復してきましたよ。ではリーダー飲みましょう」

 

 俺にコップを渡してくるトリスターノ。さあて、どう潰してやろうか。

 

「水やジュースもあるからね?無理しないでね?」

 

 ヒナはもう酔っぱらい相手は御免みたいだ。

 

「ごめんね、みんな。せっかくのパーティーなのに」

 

「あーもう今からやり直すんだからいちいち謝るんじゃないよ。ほら全員飲み物あるか?」

 

 みんな頷いてくる。

 

「じゃあ改めて、せーの」

 

『乾杯!』

 

 この素晴らしいバカ共とパーティーを楽しめるのは幸せなのかもしれない。

 

 

 

 

 

「トリスターノ、お前酔っぱらってるのか酔っぱらってないのかわかりづらいからさ」

 

「すみません…」

 

 今度はトリスターノが吐いた。ゆんゆんみたいにぶちまけないでゴミ箱に吐いたからまだいいんだけど。

 トリスターノはいつもと表情が変わらないおかげで追い込みすぎ…いや、飲みが進んでしまったのだ。

 

「ねえ、だから無理しちゃダメって言ったよね?」

 

「そうだぞ?言っただろうが」

 

「いや、飲ませてたのシロガネ君だよね…」

 

「うっ…」

 

 少し気持ち悪かったのを思い出したのかゆんゆんが口を押さえてた。

 

「そういやクリス」

 

「ん?なに?」

 

「シロガネ君だと長いだろ。名前で呼び捨てで構わないぞ」

 

「私もトリタンで構いません」

 

「…うん。わかったよ」

 

 クリスは少し嬉しそうだった。

 あ、そういえば一応言っておくか。

 

「クリス、もう一つあるんだけど」

 

「なに?」

 

「俺たちのパーティーに入らないか?」

 

『え?』

 

 みんなが意外そうにこっちを見ていた。

 

「えっと、誘われるのは嬉しいけど何で?」

 

「なんでって、ダクネスがカズマのパーティーに入ったからお前一人のままなんじゃねえかと思ったからな」

 

「「「…」」」

 

 何故か三人は黙ったまま俺を見てくる。

 

「…うーん、お誘いは物凄く嬉しいんだけど個人的にやるべきことがあるんだよね」

 

「そうか、残念」

 

「でもたまにお邪魔してもいいかな?」

 

「おう、もちろんだ」

 

 

 ダクネスがカズマのパーティーに入って一人だし、どこで生きて暮らしてるのかわからないから誘ってる。

 

 

 というのが表向きの勧誘理由。

 本当の理由というのは、クリスとヒナを少し近くに置いて、俺への殺意を無くせないにしても多少緩和できないかと思って勧誘した。

 近くで見てもらえれば俺が一緒に暮らしていても変なことしないのはすぐわかるだろうしな。

 ちっ、入らなかったか…。まあ、失敗ではないだろう。

 

 

「まさかそんなお誘いが来るとは思わなかったよ」

 

「うちのパーティーのメンバーとも仲良いしな。あとダクネスの面倒を見ていたというのもポイント高いね」

 

「ダ、ダクネスは普段は良い子なんだよ?本当だよ?」

 

「何でダクネスさんが変な風に言われてるの?ていうかダクネスさんといつ知り合ったの?」

 

 ヒナが不思議そうに聞いてくる。ダクネスとも交流があるのか、しかもこいつ知らないのか。

 困ったのでクリスの方を見たら首を横に振ってきた。言いたくないのか…。

 

「少し前にクリスやダクネスとクエスト受けてな。ダクネスは不器用でなかなかモンスターに攻撃を当てられなくて、クリスがバインドしてサポートしたりしててさ。それで大変だと思ってな」

 

「そういうことか。変な言い方しないでよ」

 

 これでも濁した言い方してるってのがダクネスの凄いところだ。

 

「「…」」

 

 なんか他二人がめっちゃ見てくるんだけど。

 

「…ヒカルが勧誘するところ初めて見た」

 

「ええ、私もです」

 

「僕なんてパーティーに入ろうとしたら一回断られたんだけど」

 

「あれ、そうなんだ?」

 

「な、なんだよ。別に勧誘するぐらいいいだろ。あとヒナの時はもっと普通に入って来てくれれば断らなかったよ!」

 

「だ、だって入れてくれるか、わからなかったし…」

 

「いや、なんでそこだけ自信無さげなんだよ」

 

「え、僕の方からパーティーに入ったことないし…」

 

 こいつそういえば引っ張り凧にされてて行き先には全く困ってなかったな。俺達のパーティーに入らなかったら、ずっとふらふら違うパーティーに入ってたかもしれない。

 天才故の悩みだな、羨ましいね。

 

 

 

 少し経った後、コップを持ってヒナが隣にやってきた。

 なんだ?

 

「…その、僕もお酒飲んでみたい」

 

「まあ、別に反対はしないけど、いきなり殴りかかったりするなよ?」

 

「な!それどういう意味!?」

 

「ていうか何でわざわざ俺のところに来て言ったんだよ」

 

「…何かあったらなんとかしてくれそうだし」

 

「何か起こりそうならやめてほしいんだけど」

 

 頬を膨らませ、少し怒った感じだ。

 

「だって、みんな飲んでるから置いてかれてるような気分なんだもん」

 

「別に置いてってねえよ」

 

 そう言いながら、あまり口に合わなそうな酒を選んでヒナのコップに注ぐ。一センチぐらい。

 

「…ねえ、これは僕のことバカにしてるよね?」

 

「お試しだよ。飲めなかったらどうするんだ」

 

 不満げな表情だが、納得したのかグイッと飲み干した。

 うえーと不味さを全力でアピールしてきた。

 

「違うやつ飲みたい」

 

「もうやめとけ。しっしっ」

 

「違うやつ!」

 

 ちっ、面倒臭い奴だな。

 するとゆんゆんが

 

「ヒナちゃん、これ飲みやすいよ」

 

 とオススメしてきた。

 てめえ、何してんだああああああ!!

 飲ませたくないから、あまり子供が好きじゃなさそうな奴選んだってのに!

 

 ヒナがこれ!これ!とゆんゆんがオススメしたやつを指差してうるさいので注いだ。

 もう自分で注げばよくない?あと出来れば自分の位置に戻って飲んでほしい。また吐かれたりしたら嫌なんだけど。

 

「これ、美味しいよ!」

 

 そうかそうか、よかったねー。

 グイグイ俺にコップを押し付けて言わなければ可愛いんだがな。

 うざったいので注いだ。二センチぐらい。

 

「ねえ、これは確実にバカにしてるよね?」

 

「うるせえな、どうせお前も俺に吐いてきたりするんだろ?」

 

 ゆんゆんが申し訳なさそうな顔をしてしまったが、ヒナを説得するためだ。仕方ない。

 

「コップ一杯分だけ!もうそれだけしか飲まないから!」

 

 うるさいので三分の二入れてやると、グイグイ一気に飲んでいく。

 ねえ、何でお前ら一気が普通なの?ゆっくり飲みなさいよ。

 飲み終わると美味しそうに笑顔を見せる。

 目がトロンとしているが大丈夫だろうか。

 見てると、コップを落としそうになったのでギリギリキャッチした。

 

「おい、気をつけ」

 

 注意しようとしたら、ヒナ自身も俺の太ももに倒れてきた。

 

「ヒナちゃん!?」

「どうしたの!?」

「おい、大丈夫か!?」

 

 急いで起き上がらせようとしたら、顔を見ると安らかな顔をして寝息を立てていた。

 え、こいつ酒弱。

 というか大丈夫なのかこれ?

 

 もう寝かせるか。こいつ良い子ちゃんだからいつも寝るの早いし。

 

「クリス、部屋に運んでやってくれ」

 

「え、何で私なんですか…?」

 

 神様が出てきてますよ。

 

「私ももう大丈夫だから、私が」

 

「ゆんゆんはヒナの頭とかぶつけそうだからダメだ」

 

「それじゃあ私が運びましょうか?」

 

「お前は犯罪っぽいからダメだ」

 

「ええっ!?犯罪っぽい!?」

 

「ほら、クリス。頼むよ」

 

「は、はい!」

 

 緊張した面持ちでヒナへと近付き、割れ物でも扱うかのような慎重さでお姫様抱っこで持ち上げた。

 俺が先導して部屋まで案内する。

 

 部屋へと入り、先程ゆんゆんが使ってなかった方のベッドへと誘導した。

 クリスはゆっくりとヒナを丁寧に寝かせて、女神のような顔で布団をかけていた。

 

「あの、何でわざわざ私を指定したんですか?」

 

「さっきからエリス様が出てきてますよ」

 

 しまった!と口を押さえてるエリス様、もといクリス。

 

「今日はこのベッド使っていいから、クリス泊まっていけよ」

 

 クリスは驚愕し叫ぶ。

 

「い、一緒に寝ろというんですかっ!?」

 

「そうですけど?」

 

 エリス様は慌てふためいている。

 

「い、いけません!こんなのいけません!絶対不可侵条約が!」

 

「なんですか、その条約」

 

「第二条、推しは見て愛でるものであり、お触りは原則禁止である。常識ですよっ!?」

 

「知るかっ!」

 

 推しとか言ってるけど、この神様本当に大丈夫なんだろうな。いろいろと。

 

「で、でも」

 

「その条約とやらは神様だからある条約じゃないのか?」

 

「え、は、はい。そうですけど」

 

「クリスは人間じゃん」

 

 はっ!と気付いたような顔のエリ、いやクリス。

 

「人間のクリスが付き添いで寝るぐらい何もおかしくないだろ?」

 

「確かに…い、いや、な、何が目的ですか!?」

 

 まるで俺が悪いこと考えてるような言い方をするエリス様。

 

「いや、別にクリスがヒナのこと大好きだから、良い思いをさせてやろうかと」

 

「う、嘘です!絶対に何か企んでます!貴方の企みに乗るほど、女神は」

 

「とか言いながらもうベッドに入ってるじゃないですか」

 

「し、しまった!い、いつの間にぃ!」

 

 いや、いつの間にって条約がどうとか言いながら入り込んでましたけど。

 

「くっ!なんて姑息な…!」

 

 えぇ…。

 

「ですが、この状態に気付けば私も対処が出来るというもの。すぐに戻っ…!?」

 

「…」

 

「なっ!何故戻れない!くっ!私に何をしたんですかっ!?」

 

「あの、抱き付きながら大声で話すと起きちゃうかもなんで、もう少し静かにお願いします」

 

「あ、すみません」

 

 先程までの威勢は無くなり、ヒソヒソ声で謝るクリス。

 

「じゃあ俺はパーティーに戻るんで、ごゆっくり」

 

「へ…?」

 

 間抜けな声が聞こえたが忘れよう。

 部屋を出ようとしたら

 

「ま、待ってください!ほ、本当に何を企んでるんですか!?」

 

「ここに来る前に苦労してるのを労ってくれって言ってたじゃないですか?」

 

「え?はい」

 

「これは日頃頑張ってることへのご褒美ってヤツです」

 

「…」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことか。

 

「二人にはクリスが付き添いしてくれてるって言うので大丈夫ですから」

 

「え、ちょ、ま、待って!待ってください!二人きりはまずいです!非常にまずいですよ!」

 

「何がまずいんですか?」

 

「だって私、シャワーも浴びてませんし…」

 

「ヒナも浴びてないのでお互い様ですよ」

 

「それにまだ問題があります!」

 

 そろそろ二人に怪しまれるからやめてほしいんだけど。

 

「だ、だって、こんな、スンスン、状態、スンスンはあー、になったら、スンスン、何をしちゃうか、スンスン」

 

 匂いをかぎながら話すのにムカついたので、俺は部屋を出た。

 

 

 

 

 

「ヒナちゃん大丈夫そう?」

 

「随分と時間かかりましたね」

 

 二人が話しかけて来たので、クリスが付き添いをすると言い出したので、俺がお客さんにそんなの任せられない、というやりとりで少し揉めたと言っておいたら二人は納得した。

 

「クリスが俺にパーティーを楽しんでほしいとうるさくてな。ヒナとの付き合いも長いし、任せて来たよ」

 

「なるほど」

 

「そっか、でも少なくなっちゃったね」

 

 少し寂しそうなゆんゆんとトリスターノ。

 

「まあまた何かあったらパーティーをやろう。今度は最後まで全員でな」

 

「そうですね」

 

「うん」

 

 幸せそうに微笑むゆんゆんを見て少し

 

 いや、なんでもない。

 

 

「まあ、あれだ。最初はこの三人だしな」

 

「ヒナさんは結構夕飯にはいつも一緒にいたので全然そんな気がしないですけどね」

 

「そうだね。ずっと四人でいた気がする。えへへ」

 

「三人で楽しもうや。酒なんか飲まなくても、テキトーに飯つまんでジュース飲んで」

 

 

 嬉しそうな二人とパーティーの続きをする。

 騒々しいパーティーがささやかなものに変わってしまったけれど、このパーティーは楽しくて幸せなものだった。

 




28話全然書けないので、投稿遅れます。多分。

このファンでちゅんちゅん丸作ったんですけど、強化石の要求エグすぎる。
今やってるウィズのイベントで集めろってことだな…。


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28話

28話です。さあ、いってみよう。



 パーティーの翌朝。

 

 身体が揺れる感覚で目が少しずつ覚めていく。鬱陶しい。

 

「起きて。起きてってば」

 

「今日は休みって言っただろうが。昨日は夜遅くまでパーチーしたんだから、寝かせてくれ」

 

「ごめんね。一回起きてよ」

 

 いつもの強引なアレがない。

 眠いけど、頑張って目を開けるとクリスがいた。

 

「なんだ、クリスか。昨日はお楽しみでしたね」

 

「え、ちょ、しーっ!」

 

 慌ててるけど、今更でしょ。

 その後ガチャリと扉が開く音がして

 

「やっぱり起きないですよね!クリスさん、僕に任せてください!」

 

 ゲェー。ヒナの声が聞こえた。

 

「い、いや、ちょっと話したいことがあっただけだから」

 

「僕もちょっと言いたいことがあるんです!僕も悪かったですけど、いきなりクリスさんと寝てるなんてびっくりしましたし!」

 

 顔を布団から出して抗議する。

 

「じゃあ何か?お客さんをソファーで寝かせろってえのかい?」

 

「あたしは別にそれでも」

 

「そ、そうじゃなくて他にも何かあったと思うんだけど!」

 

「他に何があるんだ?ゆんゆんと一緒に寝かせるか?ゆんゆんにはまだハードル高いと思うぞ?それとも俺とゆんゆんが寝て、俺のベッドをクリスに貸すか?」

 

「それはおかしいでしょ!!」

 

 お怒りだ。

 

「じゃあなんだ?俺かトリスターノと寝るって?」

 

「うぅ…違うけどぉ…」

 

 YOU LOSE!!

 俺の勝ち。それで勝てると思ってるんやったら、俺がずっと勝ちますよ。ほな、おやすみ。

 

 野郎と寝ろって?絶対に嫌だ。

 

 この大きな子供に久しぶりに勝ったという悲しい現実には目を瞑り、夢の世界へさよならバイバイ。俺は枕と旅に出る。

 

「あ、ちょっとまだ寝ないでよ!クリスさんが話があるっていうから、聞いてから寝て!」

 

 なんだよこの野郎。お礼なら後日聞くから、寝かせてくれ。

 顔を出してクリスの方を見ると起きたのを確認したのか、ヒナは出て行った。

 

「その、昨日はいろいろとありがとうございました」

 

 え、神様モードなの?

 

 流石にその状態だと起き上がらないと失礼なので、ベッドに正座する。

 

「い、いえ、足は崩してください。そのお礼言いたかっただけですから」

 

「神様相手にそれはちょっと」

 

「その眠そうな目と寝癖付いた頭でそれはちょっと」

 

 してやったり顔をして反撃してくる。

 そんな可愛い顔しないでくれ。あんたはヒナギク狂いの変態女神だろ。

 言われた通り、足を崩してあぐらになる。

 言われた通りにしたのを満足そうにして笑うクリス。

 

「昨日はありがとうございました。迷惑をかけたにも関わらず、一緒に楽しんでくれて」

 

「なんだ、そっちですか」

 

「い、いえ、その何というかヒナギクの事もお礼を言いたかったのですが、もう少しで女神をやめそうになったので」

 

 ナニしようとしたんだ、この変態女神。

 

「女神をやめたら、ヒナギクと二人で貴方に責任を取ってもらおうとか考えていたのですが、私は誘惑に勝ちました」

 

 絶対に嫌だ。

 なんて事考えるんだ。

 

「クリスのことをパーティーに誘ってくれたのも嬉しかったです。何か企んでたかもしれませんが」

 

 変なところで勘がいいのやめてくれないかな。

 

「その…本当にまた来てもいいんですか?」

 

「良いに決まってるじゃないですか」

 

「また迷惑をかけるかもしれませんよ?」

 

「良い子ちゃんばかりで、トラブルメーカーがいないなと思ってたところなんで」

 

 嬉しそうに微笑むクリス。

 

「では、また来ちゃいますよ?」

 

「どうぞ」

 

 真剣な顔になり話を切り出してくる。

 

「クリスは少しの間、違う街で活動することになります。私自身も仕事で忙しくなります。他に何か私にありますか?」

 

「そうですね…」

 

「ないなら無いで」

 

「パーティーに入るの待ってますよ」

 

 驚いた顔で固まり、また嬉しそうに微笑んだ。

 

「ふふふ、期待しないで待っててください」

 

「わかりました」

 

「では、私は失礼します」

 

 ニヤリと笑いそうになるのを必死に堪える。

 俺の目論見は完全に成功した。

 これで俺は絶対にこの変態に殺されることは無いだろう。

 

 部屋を出て行くクリスを見守り、寝ようかと思って横になったが

 

「目ェ覚めちまった…」

 

 起きることにした。

 生活リズム崩すのも良くないしな。

 

 

 

 

 

 

 着替えてリビングに出ると、いるのはトリスターノだけだった。

 

「おや、おはようございます。そのまま寝そうだから邪魔しないであげてと言われてましたのに」

 

「おはよう。クリスと話してたら目覚めちまったんだよ」

 

 机やキッチンを見るときれいに片付いている。

 

「おい、片付けは全員でやるって言ったろ。俺がやる分残しておいてくれよ」

 

「ヒナさんが一番最初に起きた時にやってしまったみたいです」

 

 そういうことか。あいつならやりそうだ。

 

「今日のご予定は?」

 

 トリスターノに聞かれるが、んなもん無いと答えると、ですよねと言ったからコイツも今日は何も無いのだろう。

 

「あの二人は?」

 

「ヒナさんは多分奉仕活動でしょう。夕方には帰ると言ってました。ゆんゆんさんは用事があると言って急いで出て行きました。帰る時間等は聞いてません」

 

「ゆんゆんが用事?珍しいな」

 

「珍しいですよね。まあ急いで出て行った理由は大方わかりますが」

 

 そうなのか?俺にはよくわからんが。

 まあ、なんでもかんでも俺が見てやるわけにはいかないからな。可愛い子には旅をさせよと言うし、ゆんゆんに旅をさせるのもいいだろう。

 

「そういえば聞きましたか?」

 

「なにをだ?」

 

「魔王軍幹部のベルディアがこの街近くの廃城を占拠しているらしいです」

 

 は?

 

「どんな目的があるかはわかりませんが、その影響で弱いモンスターも隠れてしまい、ギルドには高難易度のクエストしかないみたいです」

 

「マジか?」

 

「マジです。私たちも少しクエストを受けるのは控えた方がいいかもしれません」

 

 一応金はあるからホーストの時ほど困らないが、どうしたものか。

 困った顔をした俺を見たのか

 

「それとも私達が退治しに行きますか?」

 

 なんて冗談を言ってくる。

 

「行くわけないだろ。俺達は確かにホースト討伐をなんとか出来たが、ホーストの時はすでに戦う前から弱ってたって話だぞ」

 

「じゃないと私達が上位悪魔と勝負できるわけがないですからね」

 

 わかってるなら言うな。

 そういえばあのホーストをあそこまで追い込んだのは誰だったんだろう。ミツルギもやられてたし、あんなことできる人間なんていないはずなんだが。

 

「でも魔王軍幹部のベルディアは勇者殺しとさえ呼ばれる強者ですがその分報酬は莫大です。確か三億エリスほどでしたかね」

 

「さんおくっ!?」

 

「ええ、やる気出ちゃいました?」

 

「…まだ死にたくないね」

 

 自分の実力なら自分が一番わかってる。

 俺の「ムードメーカー」は味方を強くするが、自分には全く効果がない他力本願の極みのような能力だ。

 いくらパーティーメンバーの実力があっても限度があるだろう。

 今まで倒されてきてないんだ。魔王軍幹部だって、どうせおかしな能力とか持ってるに違いない。

 

「というわけで暇つぶしに手頃なクエストを受けるなんて選択肢もないわけです。どうしましょうか」

 

 そういえば

 

「お前の知り合いじゃないのか?その幹部は」

 

「全く知りません。近くに来たのも私のせいとかではないですからね?」

 

「そこまで言ってないだろ」

 

「言われる前にってやつですよ。で、今日はどうしますか?」

 

「あーアレだぞ。警察のお世話にならなければ趣味に行って来ても」

 

「違います!というかお客さんに言わないでくださいよ!昨日クリスさんに殺されるかと思いましたよ!」

 

「あそこまで大変なことになるとは思ってなかった。悪いな。でも仲良くなれただろ?」

 

「いや、出来ればもっと穏便に仲良くなりたかったんですがっ!」

 

「ほら、アレだよ。こう喧嘩して芽生える友情とかあるだろ?」

 

「いや、喧嘩っていうか普通に殺しに来てましたよ!」

 

「クリスはあれでヤンチャなところがあるからな」

 

「いやいや、ヤンチャで済みませんよ!獲物を狩る目で見て来てましたよ!?」

 

「それはお前の勘違いだよ。もしかしたらお前のことが好きなのかもしれない」

 

「そんなわけないでしょう!?」

 

「その獲物を狩る目っていうのも、こう精神的に仕留めてやるって感じだよ」

 

「どこまでポジティブなんですか!?物理的に仕留めてやるって感じでしたよ!」

 

「わかったわかった。今度からは身内でしか使わないよ」

 

「いや、身内でもやめてほしいんですけど…」

 

 ふっ、いつも余裕そうにこちらを眺めて来ていたからな。少しだけ痛い目にあってもらっただけよ。恨むなら自分の性癖を恨みな。

 

「今日は街を少しぶらぶらするかな」

 

「行きたいところでもあるんですか?」

 

「本屋とかないか?」

 

「…ありますけど、リーダーが本屋ですか?」

 

「なんだこの野郎。バカにしてんのか」

 

「い、いえ、意外だったので。行きますか?案内しますよ?」

 

「またお前らに無知をバカにされないように勉強したいんだよ」

 

「なるほど」

 

 

 

 

 本を五冊ほど購入した。

 「暴れん坊ロード」とかいう確実にパクリの本もあって気になったが買うのはやめた。

 

「さて、デートの続きはどうしましょうか?」

 

「帰る」

 

「即断!?いや、冗談ですよ!」

 

 野郎からデートとか言われても即帰るっつーの。

 

 帰りに懐かしの悲劇のカフェに来て、本を読みながら雑談してのんびり過ごしている。

 

 魔王軍がどうだこうだとこの世界に送られたのに、なんとも平和だ。

 ここまでのんびりする日は初めてかもしれない。

 

 一冊読み終わってしまったので、ふと道の方を見てみると、めぐみんを背負ったカズマとゆんゆんがいた。

 用事はめぐみんとカズマだったか。

 まあまだ交友関係は狭いからな。あんなものか。

 カズマはあれでコミュ力は高めで面倒見が良いから更に友達が増えるといいんだが。

 

「声かけに行かないんですか?」

 

「なんでわざわざ行くんだよ」

 

「寝取られちゃいますよ?」

 

「お前の性癖をどうこう言うつもりはないが、外で変なこと言うんじゃないよ」

 

「性癖じゃありませんし、シロガネさんもお客さんの前で言いましたよね?」

 

「なに根に持ってんだこの野郎」

 

「根に持ちますよ…」

 

 こんな雑談をしつつ、トリスターノがそういえばと何かを思い出したかのように言ってくる。

 

「シロガネさん、もし言いたくなければ言わなくても構いません」

 

「じゃあ言わない」

 

「せめて聞いてからにしてください!」

 

 こほん、と咳をして仕切り直してくる。

 

「貴方は何か変な能力を持っていますね?」

 

 変な能力?

 

「何故こう思ったか、それは貴方とクエストに出るとみんな口を揃えてこう言うんです」

 

「調子が良い、と」

 

「かくいう私も貴方とパーティーを組んで以来、狙ったところを外したことはありません」

 

「すごいじゃないか」

 

「ええ、すごいんですよ。何か理由がなければおかしいぐらいに」

 

「で?なんで俺が変な能力とか言われるんだ?」

 

「一度検証してみました。貴方無しで私とヒナさんでクエストに行って」

 

「ゆんゆんをハブるんじゃないよ」

 

「い、いえ、そういう意味ではなく。その検証に出た日というのが貴方が孤児院で指導員をしていた日です。彼女も貴方の弁当を作っていました」

 

 何をしてるのかと思ったら、そんなことを。

 

「中級魔法で凄まじい火力を出してますが魔法使いのエキスパートである紅魔族ですからね。もしかしたら誤差の範囲にしか感じないかもしれないというのも理由の一つです」

 

「クエスト自体は何の問題も無く終わりました。ですが私は一回狙った場所とは違う場所へ矢を当てました」

 

 当てたのかよ。てか一回だけかよ。

 

「これは貴方と組んで以来無かったことです。少し悔しいですね。私は弓に関してはかなりの自信がありましたから。パーティーを組んで調子に乗っていたから外さないものだと思っていましたが、どうやら間違っていたみたいですね」

 

「ヒナさんも支援魔法がいつもより効き目が薄いと言っていました」

 

「二人だけだから心細かったんじゃねーの?」

 

「いえいえ、ただのカエル相手ですからね。そんなことは思いません」

 

「だからって俺の能力とか」

 

「ニホンという地名は貴方達に聞くまで聞いたことありませんでしたが、一つ聞いたことがあります。黒い髪に黒い目の変わった名前の人間は強力なスキルや武器の類を持っていると。実際にヒナさんの父親はニホン生まれの黒髪に黒い目で名前が変わっている。それに凄まじい武器を持っていたと」

 

「貴方と一致していますね?」

 

 そんな良いものではないけど。

 

「それに貴方は女神エリスと面識があるとか」

 

 あっさりバラしたな、あいつ。

 

「ですが貴方は天の使い等でもないと」

 

「では貴方は何者なんでしょうね?」

 

 スクラップにされて、女神の転生という言葉に浮かれて知識無しの異世界に放り込まれた、ただの間抜けだよ。

 

「こういった要素一つ一つが結び付き、私とヒナさんは確信しました。シロガネさんには何かあると」

 

「ここからは何かしらの能力がある前提でお話しします」

 

「貴方は不自然なまでに弱いのです。いつだったか言った通りまるで呪いをかけられているような、もしくは病人のような弱さ。これに関しては憶測でしかありませんが、この弱さは貴方の能力のデメリットなのではないでしょうか?」

 

「弱くて悪かったな」

 

「ふふふ、拗ねないでください」

 

 イケメンスマイルとウインクを俺に向けるな。これだからイケメンは。

 

「ヒナさんの支援魔法で戦えるようになっていますが、レベルが上がっていても貴方自身はほとんど変わってないのです」

 

「貴方の能力は自分自身を犠牲にして仲間を強くするものではないですか?」

 

「そんな高尚なものではないがな。はい、よく出来ました」

 

 拍子抜けしたような顔になってまたいつものイケメンスマイルになる。

 

「えっと、秘密にしてたんじゃ…」

 

「いや、別に?」

 

「…もしかして私の考察が完璧過ぎてムカついたとかそんな」

 

「それは確かにイラッとしたけど、俺の能力を秘密にした覚えはないぞ」

 

「何故言わなかったんです?」

 

「お前たちが調子良いのは俺のおかげだって言って信じるのか?」

 

「…まあ、それはそうですけど」

 

「まあ、あれだな。お前が言い当てたことだし、夕飯にみんなが集まったら能力の話でもするか」

 

「結構軽い感じなんですね」

 

「秘密にしてないからな」

 

「ぶっちゃけこの能力のことがわかったのはホーストのせいで森が立ち入り禁止になって少し経ってからだしな」

 

「それまで知らなかったんですか!?」

 

 信じられないみたいな顔で見てくる。

 

「…貴方は本当に変な人ですね」

 

 お前に言われたくない。

 

 

「あのー」

 

 声がした方を見ると、店員さんがこちらを見ていた。

 

「当店はカップル割というものが」

 

 おい。

 

「私達はもちろんカップルです」

 

 

 何回やんだよ!!このオチ!!

 




誰得回ですね。
今回かなり急ピッチで書いたので変なところあったらすみません。

次次回あたりで二章としてのお話が進むように…なるといいな(願望)

このファンでダクネスが活躍する日は来るのだろうか…。


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29話


29話です。さあ、いってみよう。



 

 

 俺はあっさり自分の能力のことを仲間達にバラした。別に秘密にするつもりも無いし。

 ゆんゆんもヒナも随分と驚いていた。

 

 実はゆんゆんも俺に何かしらあることに気付いていたらしい。

 ホースト戦の前、別行動した時に自分の魔法の威力が落ちていることに気付き、最初は気のせいかと思っていたが、ホースト戦に俺達が来たことにより魔法の威力が戻り、確信に変わったと語った。

 それでも何かの魔道具の類を持っているんじゃないかと思っていたらしい。

 

 ヒナはここまであっさり話す俺が逆に信じられないみたいで疑いの目を向けていた。

 失礼なと思ったが、エリス様のこととかで話してないことが多いからだろう。

 

 トリスターノからはこの能力のことは他のパーティーとかには言わない方がいいと言われた。どこぞの研究に使われかねないとかなんとか。俺も別に言いふらす気も無いし、了承した。

 

 このまま違う世界から来たこととか言ってしまおうかと思ったが、頭がおかしいとか思われるのは流石に嫌だったのでやめた。

 しかもこの話をするとヒナの夢を壊すことになるしな。いつかは言わなきゃいけないけど、まだその時ではない…と思う。

 

 

 

 

 そんなことがあった翌朝。

 俺は特別指導を行なっていた。

 

「お、おひかえなすって」

 

「気合が足らないぞー。そんなんじゃ今日中にポーズまで行けないぞ」

 

「ええっ、ポーズから教えてほしいんだけど」

 

 ゆんゆんの名乗り上げの特別指導だ。

 正直この名乗り上げなんてもうやる気はさらさら無いが、ゆんゆんの嫉妬というか仲間意識が凄まじく高いため、特別指導に至った。

 

 俺も子供達の指導員として活動している以上、教えることに関して妥協する気は無い。

 多少スパルタでもビシビシ行く。

 

「馬鹿野郎!基本が出来てないのに、ポーズが出来るか!」

 

「ええっ!?思ったより厳しい!?」

 

「しかも声出しなんて基本のきでしかないぞ!」

 

「う、うん。その熱心に教えてくれるのはすごく嬉しいんだけどね。いつも通りのヒカルの感じで」

 

「俺のことはコーチと呼びなさい、コーチと!」

 

「は、はい!コーチ!」

 

 ゆんゆんもやっとやる気になったみたいだ。

 

「よし!もう一回だ!」

 

「はい!コーチ!おひかえなすって!」

 

「まだだ!」

 

「おひかえなすって!!」

 

「まだまだ!」

 

「おひかえなすって!!!」

 

「うるさーい!!」

 

「ええっ!!?」

 

 うるさいと言ったのはもちろん俺ではない。

 孤児院の施設の窓から身を乗り出さんばかりにバチバチにブチ切れたプリーストのアンナがこちらを睨みつけていた。

 そう、俺達がいるのは子供達の指導に使っていた孤児院の隣の空き地スペース。

 そして隣の施設では絶賛授業中だ。

 

「なんだよこの野郎。怒鳴ってるお前の方がうるさいぞ」

 

「やかましい!うるさいのよ!授業中にお控えなんとか、お控えなんとかって!!」

 

「す、すみません!すみません!」

 

 ブチ切れてるアンナにヘコヘコと頭を下げるゆんゆん。

 

「い、いいのよ、ゆんゆんさん。悪いのはそこの男だから!」

 

「うるさいってお前、ここ借りるって言っただろうが」

 

「貸してもいいけど、静かにやりなさいよ!子供達が集中出来ないのよ!」

 

「まだ基本も出来てないからな、断る」

 

「断るな!あんたらがやってるのってヒナがドヤ顔でやってたポーズでしょ!?ポーズからやりなさいよ!」

 

「あ、あの声出しからやっていくのが」

 

「しょうがない。ポーズからやるか」

 

「基本みたいなのでって、ええっ!?」

 

「とにかく静かにやりなさいよ!」

 

 ふん!と勢いよく窓を閉めるアンナを見てから

 

「じゃあ基本が出来てないけど、ポーズの練習に入る」

 

「え、いいの?」

 

「アンナがうるさいからな。臨機応変に対応していこう」

 

「うん…。もうツッコミはいいや…」

 

「じゃあポーズの基本に入る!」

 

「はい!コーチ!」

 

「では、まず走り込み」

 

「待って!?絶対おかしい!おかしいよ!」

 

 ツッコミはいいと言っていたくせにすぐツッコミ入れにくるじゃないか。

 

「何がおかしいというのかね?」

 

「だ、だってあのポーズするのになんで走り込みなんてするの!?」

 

「馬鹿野郎、あのポーズを思い出してみろ」

 

「え?う、うん」

 

「あのポーズは中腰になるだろう?」

 

「そうだけど」

 

「ということは立派な足腰がなければ、する資格すら無いということ」

 

「い、いや、待って!私、そこまで足腰弱く無いし、なんならヒカルよりもつよ」

 

「では、やってみたまえ」

 

「え?いいの?」

 

 と言いながら何時ぞやのあまりお見せできないような情けないガニ股姿になる。

 

「どう?出来てる?」

 

「点数で言うと32点ぐらい」

 

「32!?中途半端だし、全然出来てない!?」

 

「左足はそのままにして右足を少し前に出したまえ」

 

「こ、こう?」

 

 一回立ち上がってから、ポーズを取り直す。

 

「中腰のままでやりなさい」

 

「え?」

 

「俺が今から指示するから中腰のまま動かしなさい」

 

「え、あ…もしかして怒ってる?私が」

 

「重心は真ん中だ。左に寄るんじゃない」

 

「うぅ…絶対怒ってる…足腰のことで絶対怒ってる…」

 

「何か?」

 

「ご、ごめんね。その、バカにしたつもりは」

 

「重心は真ん中に置いて、だが身体は右側へ倒すのだ、さあやってみなさい」

 

「聞いてよぉ!」

 

 

 

 

 

「うぅ…足が…」

 

「どうした?」

 

 まるで生まれたての子鹿だ。どうしたんだろう。

 

「謝ったのに…」

 

「厳しく教えると朝に言っただろ?」

 

「絶対違う理由で厳しくしてた!」

 

 近頃の若い娘はこれだから。お望み通り基本を飛ばして教えたというのに、すぐ文句を言う。

 

「さて前から見てきたが今度は横側や後ろから確認して指示を出す」

 

「え!?まだやるの!?」

 

「今のそのポーズが誰かに見せられるものだと言うのならそれで構わないが」

 

「や、やります!やりますし、謝るので優しく教えてください!」

 

「仕方ないのう…」

 

「くっ…我慢、我慢よ私…!」

 

 今の煽りに耐えるとは…今日の特別指導の成果と言ったところか。

 

「ではポーズをとってみなさい。わしが見るからの」

 

「な、なんでその喋り方なの…?優しくって言ったから…?」

 

 変なものを見る目で俺を見ながらポーズをとるゆんゆん。

 少し様になってきた。65いや、70点はあげてもいいかもしれない。

 そう考えながら後ろへと移り、良くないところがないか確認する。

 そして良くないところはすぐに見つかった。

 

 

 スカートがとても短いところだ。

 

 

 まったくけしからん。

 これだから若い娘は。こんなの見てくださいお願いしますなんでもしますから、と言っているようなものだ。

 ふむ…。

 

「もっとケツを突き出してみなさい」

 

「えっ!?け、けつ!?」

 

「そうじゃ」

 

「うぅ…こ、こう?」

 

「もうちょいじゃ」

 

「で、でも重心が前に」

 

「今は一部分を直すのが先決。後から全体を修正するから気にせんでいい」

 

「あ!すごい!今すごくコーチっぽいわ!」

 

「コーチっぽいじゃない、コーチじゃ」

 

「うん…あと喋り方はいつ直るの…?」

 

 そんなんどうでもいいからはよ。

 

「ケツあげるんだよ、あくしろよ」

 

「ええっ!?その喋り方はやめてほしいんだけど!」

 

 注文が多いな。

 そういえばボードゲームの時もそうだった。

 

「こ、こう?ねえ、これだと全然ポーズが違うものになってると思うんだけど…」

 

「問題ない。右足の膝に手を置いて、左足の膝を伸ばしてみなさい」

 

「うん、わかったわ」

 

 見え、見え…!

 

「何してんだこのばかちんがあああああああ!!!!」

 

「がべすっ!!」

 

 俺は何かに思いっきりぶっ飛ばされた。

 当然ブチ切れる。

 

「何すんだこらあああ!!!」

 

「こっちのセリフだよ馬鹿野郎!」

 

 俺を蹴り飛ばしたのはヒナらしい。

 起き上がってるのを見るとドロップキックを食らったみたいだ。

 

「ゆんゆん!大丈夫!?身体触られたりしてない!?」

 

「え?うん、してないよ?」

 

「ゆんゆんもう少しでスカートの中見られるところだったんだよ!?他には何かされてない!?」

 

「へ…?」

 

 ヤバ。

 

 蹴り飛ばされたおかげで距離が出来た。

 よし、逃げよう。今日はどこか違うところに…。

 

「どこいくの?」

 

 ゆんゆんの声が聞こえた。

 ゆっくり振り返ると、それはもう真っ赤っかのゆんゆんがいた。色々な意味で。

 

 

 わあ…おめめ、きれい…

 

 

 右手は杖を握り潰そうとしてるかの様な力の込めようを見るにとてもお怒りの御様子。

 

「ゆんゆんさん、俺も出来心っていうか」

 

「ゆんゆん、やる時はちゃんとやらないと、また同じことが起きるからね」

 

 ヒナもゆんゆんの隣にいる。

 ちっ、余計なことを!

 

「俺の言い分も聞いてくれよ!」

 

「……一応聞いておいてあげる」

 

「特別指導なのにそんな短いスカー」

 

「『ファイアーボール』っ!!」

 

 ゆんゆんの杖から放たれた火炎の球は俺に真っ直ぐ向かってくることはなかったが、俺のすぐ前の地面にぶつかり爆発と爆風を巻き起こした。

 俺はもちろんなす術なく思い切り吹き飛ばされて後方の石壁に叩きつけられた後、そのまま落下し地面にキスした。

 めちゃくちゃ痛え…!

 あれでも手加減してくれたんだろうが、下手したら本当に死にかねないぞ。

 

 意識があるのは奇跡だろう。

 頑張って顔を上げるとゆんゆんは俺を見下ろしていた。

 

「……何か言うことは?」

 

 這いつくばっているからこそ、見える景色がある。

 

 それは先程求めたものだった。

 それは奇跡の景色だった。

 それは何ものにも染まらぬ漆黒だった。

 

 

「結構なお手前で」

 

「…?」

 

 ゆんゆんはまだ怒ってる表情だが、俺の言ってることの意味がわからず首を傾げている。

 

「その、ゆんゆん。短いスカートなんだし、もう少し後ろに」

 

「!!」

 

 ヒナに言われて気付いたらしく少し後ろに下がり、杖をプルプルと構えていた。

 また色々と真っ赤なゆんゆんを見て正直に思った。

 

 わあ…おめめ、すっごいきれい…!

 

 

「『ライトニング・バインド』ッ!!」

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 俺の身体に電流が駆け巡り、気を失うまで全身を痛めつけられた。

 





このすば世界って、どこまで英語が通じるんでしょうか?
和製英語はどうとかの文章を原作で見たことがあるようなないような…でも紅魔族の人がアイキルユーとか言ってたし…。
どこまで出していいのか分からなくて疑問でした。

お気に入りや評価、感想ありがとうございます。
もっと伸びろ増えろと思いつつ、好きな内容を書き続けています。
頑張りますので、これからもよろしくお願いします。


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30話


30話です。さあ、いってみよう。



 

 

 俺がゆんゆんにしばかれた数日後。

 ベルディアの話は知れ渡り、クエストも受けられず予定も無く、珍しく全員が暇を持て余していた。

 

 ゆんゆんが水を得た魚のようにボードゲームに誘ってくるが俺達はぶっちゃけ飽きたし、ゆんゆんの知力が無駄に高いせいで勝てないしであまり乗り気ではない。

 

 今日はみんなで買い出しでも行くか?と提案すると、ゆんゆん以外が賛成して準備を始めた。

 

 

 

 クエストの時に使う消耗品を買い溜めした。

 スクロールとやらも買いたかったが、あれは物によってはかなりの値段らしく簡単に買えるものではないとか。

 紅魔の里だともう少し安く買えるんだけどね、とゆんゆんが言っていたので聞いてみると、紅魔の里で作っているものだからとか言っている。

 紅魔の里で作られた魔道具は一種のブランド品の様に扱われていて高価なものが多いらしい。

 

 紅魔族って本当に頭おかしくない?

 魔法使いの天才達で戦闘もアホ強いし、戦わなくても金稼ぎにも困らないときた。

 来世は紅魔族の人間でお願いします、エリス様。

 

 

 

 少し保存食を買いすぎたので、部屋に戻って荷物を置いたら

 

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっ!』

 

 というあのキャベツの時に聞こえた街中に響く大音量のアナウンスが聞こえた。

 またキャベツか?また稼がせてもらおうと思ってみんなに声をかけようとしたら、みんな不思議そうな顔をしてる。

 

「なんだ?どうした?」

 

「いえ、このアナウンスは…」

 

「なんだよ?キャベツじゃねえのか?」

 

「多分違うよ。何が起こったかわからないからとりあえず準備はしっかりして行こう」

 

 ヒナの言葉に全員が頷き、準備を始めた。

 

 

 

 正門に集まるとそこは異様な雰囲気に包まれていた。

 人の波で見えないが何かがいるらしく、冒険者達は立ち尽くしている。

 人の少ない方の横側へ行くと、ようやく何がいるかが見えた。

 

 首から上がない馬に乗り、同じく首から上がなく全身を鎧に包んだ漆黒の騎士がそこにいた。

 よく見ると小脇に自らの首らしきものを抱えており、背中には人の手で扱えるか分からない様な大剣を携えていた。

 

 なんとも不気味な姿に凄まじいまでの威圧感。

 こんなモンスターが近くにいるなんて聞いたことない。

 

 ヒナがその姿を見た瞬間、小さな悲鳴の様な声を上げて俺の背中に隠れた。

 なんだ?こいつが怖がるなんて珍しすぎるぞ。

 

 静かにそのモンスターが喋り出す。

 

「俺は先日この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが」

 

 魔王軍の幹部!?

 なんでこんなところに!?

 

 あれはデュラハンかっ!?という誰かの声が聞こえた。

 ゲームとかで聞いたことはあるが、俺は詳しくない。ボスとかで見たことがあるような…多分強かった気がする。

 

 

「まままま、毎日毎日毎日毎日っ!!おお、俺の城に、毎日欠かさず爆裂魔法撃ち込んでくる大馬鹿者は、誰だあああああああーっ!!」

 

 魔王軍幹部さんは突然ブチ切れた。

 

 爆裂魔法?

 そんなの一人しかいないじゃん。

 

 そんなことを考えていたらヒナが服を引っ張ってくる。なんだよ?と顔を向けると門の方を指差して付いてくるように指示してくる。

 ゆんゆんもトリスターノもそれを見ていたらしく、来たばかりなのに、また街の中へと戻ってきた。

 

「なんだよ、どうした?怖いのか?」

 

「違うよ!い、いや、少し怖いけど」

 

 お?珍しいこともあるもんだ。

 こいつが怖いとか言ってるのは初めて見た。

 こいつが部屋に勝手に入ってこない様にデュラハンの絵でも部屋の扉に飾っておこうかな。

 などとバカなことを考えているとトリスターノが当然聞いてくる。

 

「どうしたのですか?ヒナさんらしくないというか」

 

「そうだよ、どうしたの?」

 

「その…実は」

 

「僕のお父さんは元魔王軍の幹部なんだけど」

 

 あ?

 

 みんな目が点になった。

 

「それで」

 

「いや、待て。お前のお父さんはニホンから来たんだよな?」

 

「え?うん、そうだけど?」

 

「そうだけど?じゃねえよ。なんで魔王軍になってんだよ。逆に倒す側だろうが」

 

「えっと、最初は倒す側だったんだけど、裏切りとか色々あって魔王軍の幹部になったんだけど」

 

 色々ありすぎだよ、何言ってんだ。

 

「お母さんに惚れたお父さんが魔王軍を勝手にやめて、邪魔してくる全てをバッタバッタとなぎ倒して」

 

 えぇ…。

 お前のお父さんやばすぎるんだけど…破天荒すぎるでしょ。

 

「お母さんと結婚して僕が生まれたんだけど」

 

「あ、魔王軍の幹部だったのは僕が生まれる前の話だから安心して!」

 

 うん、まあそれは良くないけどいいとして。

 

「じゃあなんで隠れたんだよ?」

 

「そのお父さんが勝手にやめたことはそれはもう魔王軍側もよく思ってなくて」

 

 それどころじゃないでしょ。殺意マシマシでしょ。

 

「何回かもう一度戻る様に説得しに来たり、殺しにきたりした時に何回かベルディアさんと会ってて」

 

 ベルディア「さん」とか言い始めたけど。

 

「僕が会うともしかしたらってこともあるかもだし、お父さんの事もあるし、なるべく会わない様にした方がいい…かもしれないっていうか」

 

 こ、こいつマジか…。

 ここに来て変な設定出してきやがった…!

 

「じゃあお前どうすんだよ」

 

「多分、多分なんだけど、ベルディアさんは爆裂魔法がどうとか言ってたし、ただ注意しに来ただけだと思うんだ。あの人は変な人だけど元騎士で騎士道を重んじる人だったから、わざわざこの弱い人達しかいない街の人間に手を出す人じゃない。はず」

 

「だ、だから戦闘が始まるまでは僕はあまり目立ちたくない…です」

 

 二人に視線を合わせると、ゆんゆんは理解が追いついてない顔をしていて、トリスターノも複雑そうな顔をしていたが、頷いてきた。

 

「わかった。戦闘が始まるまでは俺の背中とかに隠れてろ」

 

「うん。ごめんね…」

 

 また正門前に戻ると、ベルディアに一人で対峙していためぐみんを庇ってダクネスが死の宣告を受けていた。

 トリスターノを見て確認すると、頷いてきた。トリスターノも覚えている「死の宣告」のスキル、あれをダクネスが受けてしまった。

 

 その後、カズマ一行とベルディアの漫才の様なやりとりがあった後、ベルディアはそれ以外何することもなく去っていった。

 

 なんでこいつらは死にそうな状況なのにワーワーうるさいんだ。

 一応ダクネスと一度組んだこともあり、心配だった俺はダクネスに近付いていき声を掛けようとしたところで、駄目神が死の宣告の呪いをあっさり解いてしまった。

 

 流石腐っても神…だが心配したってのにあまりのアホらしさに声をかけることもなく、回れ右をして買い物に戻ろうと言って自分のパーティーを引き連れて街に戻っていった。

 後ろでは

 

「あの呪いをあっさり解いた…!?人間技じゃないよ…!どうなってるのっ!?」

 

 とヒナが軽く半狂乱になっていたが無視して歩いた。

 

 人間じゃないし、それ。

 

 

 

 

「ねえ!知ってるんでしょ!?あのアークプリーストのこと!」

 

 食料の買い出し中にヒナに面倒な絡まれ方をされていた。

 

「カズマのパーティーメンバーだよ」

 

「それは知ってるよ!」

 

 先程までの背中に隠れてた可愛い誰かさんは何処へやら…今ではいつもの元気な大きい子供の姿だ。

 

「あんなのおかしいもん!ぼ、僕だってもちろん呪いは解けるよ!頑張れば絶対出来る!でもあんな一瞬でベルディアさんの呪いを解くなんて絶対におかしい!」

 

「うるせえな。知らねえって」

 

「絶対嘘!絶対ヒカルは知ってる!知ってる顔してた!」

 

 先程からずっとうるさい。

 アクシズ教のアークプリーストに負けるなんて…!といつにも増してうるさいし、機嫌が悪い。

 

 俺は会ったことが無いのだが、ホースト騒動の時にアクシズ教のプリーストが現れ、数々の迷惑行為をしていったとかで、ヒナはアクシズ教徒を目の敵にしていた。

 そのせいでアクシズ教と聞くだけでヒナは苦々しい表情に変わり、不機嫌になる。

 しかも実力が負けているとなるとそれはもう悔しくて悔しくてしょうがないらしく、ずっと地団駄を踏んでいる。

 

「絶対ヒカル関係の人でしょ!そうなんでしょ!」

 

「おい、俺をあんなのと一緒にするな」

 

「ほら!やっぱり知ってるじゃない!」

 

 うざったいし、面倒なのでゲロった。

 アクシズ教のアークプリーストで名前はアクアだと伝えると、落ち着くどころか更に機嫌は悪くなる。

 

「神の名を騙るアークプリーストなんかに僕が負けてるって言うの!?」

 

 俺に掴みかからんばかりに迫って叫んでる。

 悔し涙さえ浮かべ、唇を噛んでいる。

 

「本当に神様なんじゃねえの?」

 

「僕のことバカにしてるのっ!?」

 

 もう知らん。

 

 

 

 

 たまには初心に戻ってギルドで夕飯なんてどうですか?なんてトリスターノに言われて、夕飯はギルドで食べることになった。

 

 買い物が終わり、ヒナは落ち着くどころか今度は落ち込んでいた。

 どこまでも面倒臭いなコイツは。

 

 ギルドに入るとルナさんに声を掛けられた。

 

「どうしたんですか?」

 

「実はシロガネさんのパーティーに受けてほしいクエストがありまして」

 

「魔王軍幹部を倒せとか言わないですよね?」

 

「それも是非ともお願いしたいのですが、別件です」

 

 

 聞くとアークプリーストが必要なクエストだとか。

 隣国近くにある町の外れで廃墟と化した教会にゴーストがいると。

 その教会はエリス教でもアクシズ教のものでもなく、今はもう名前すら忘れ去られたマイナーな宗教の教会で、そこにいるゴーストはそのマイナーな神様の最後の信仰者だった。

 この世界の神様は信仰心を力としているので、信者がいなくなることが神様自身も消えることと同じだという。

 その教会にいるゴーストは敬虔なる信徒であったそうで、自分が崇める神を消すまいと死してなお祈りを続けているらしい。

 そのゴーストを祓うのが今回のクエストの目的だ。

 

 だがそれを聞いて、いつもはアンデッドや悪魔の類を許さないヒナも嫌そうな顔をする。

 聞けば、ゴーストに成り下がってもなお祈り続ける信仰心と献身をする者を祓うというのは、同じ聖職者として抵抗があるらしい。

 

 その教会のゴーストは今まで特に害は無く、このゴーストの厄介さもあって討伐されることは無かったのだが、今は教会近くで良くない噂があるとか。

 神隠しのような人が消える事件が起きていて、元々ゴースト討伐のクエストは出ていたのだが、事件に巻き込まれた親族の人達がクエストを更に出し、アークプリーストがいるこの街にまで回ってきたという。

 

 このゴーストの厄介なところは元聖職者のせいで神聖魔法に対する強い耐性を持つこと。

 そんな存在を祓うには力を持ったアークプリーストでなければならない為、こうして話が俺達に、というかヒナに回ってきたわけだ。

 

 ルナさんが説明を聞き、表情が曇り続けるヒナ。

 

 ルナさんも受けてほしいみたいでなんとか説得を続けているが、ヒナは首を縦に振らない。

 

「ヒナが決めていいぞ。お前が決めたことなら間違いはないだろうよ」

 

 俺は受けようが、受けなかろうがどっちでもいい。言い方は悪いが、気が進まないならやるべきではない、気がする。

 

「……少し考えさせてください」

 

 保留だが、やっと口を開いた。

 

 

 

 

 

 夕飯も珍しく表情が暗いまま無言でずっと二人前の唐揚げ定食を食べるヒナ。

 

 コイツが二人前しか食べないなんて…。

 どうしたものか。

 

「ヒナちゃん、ヒカルも言ってた通りヒナちゃんがやりたくないならやらなくていいと思うよ」

 

「うん…」

 

 相変わらず上の空だな。

 食べ終わったトリスターノが口を開く。

 

「ゴースト以外にも隣国のグレテンは今は危険な国ですし、あまり近付くのは良くないかと」

 

 危険?というか

 グレテンってなんか聞いたことあるような…。

 

「なんで危険なんだ?」

 

「魔王軍に味方する国だからです」

 

 え、そんな国があるのか。

 

「グレテンはベルセルクに並ぶ武力を誇る国です。国の規模ではベルセルクには敵いませんが、戦力に関しては引けを取りません」

 

「グレテンは魔王軍との出撃以外では人間側に干渉してくることはほぼありませんので、グレテン軍と遭遇する可能性は低いですけど、用心するに越したことはありません」

 

 最近余裕が出てきて色々と勉強中だが、そうか。他の国のことも勉強しなきゃいけないのか…。知力低めなんだぞ俺は。

 

「だってよ。気が進まないならやめとけ。俺が断ってきてやろうか?」

 

「明日の朝には答え出すから待って」

 

 少しイラついてるようなそんな表情。

 まったく真面目ちゃんは大変だ。

 

 そんなことを考えてるとカズマ一行がギルドに入ってきた。

 アクアを見たからか、ヒナの表情が強張る。

 

 手を上げてカズマ達に挨拶した時にアクアが俺に話しかけてくる。

 

「あんた、少し来なさい」

 

「なんだよ?」

 

 いいから、と俺を引っ張り少し離れた位置に来てから話し出す。

 

「あの子、何者?」

 

「ヒナのことか?」

 

「ひな?あの日本人の小さい子よ」

 

「あれはこっちに来た日本人の子供だよ」

 

「ふぅーん…」

 

 じろじろとヒナを観察している。

 それに気付いたヒナが睨み付けている。

 

「え、なんかすごい怒ってるんですけど」

 

「アクシズ教徒が嫌いなんだと」

 

「なんでよ!私の子達は確かに変わった子達が多いけど、良い子達ばかりなんだから!」

 

「知らねえよ。で、なんだよ?」

 

「あ、そうだった」

 

 こいつ一瞬で呼び出した理由を忘れてるけど大丈夫なのか?

 

「あの子、本当に日本人の子供?貴方は知らないかもしれないけど『神聖』っていう普通生きてる人間が持ってるはずがないものをあの子が持ってるんだけど、何か知らない?」

 

 …エリス様がどうこう言うのは流石にまずいだろうしな。

 

「知らん」

 

「そう。あの子、私のような神と同じような存在になるかもしれない子だから大事にしてあげなさい」

 

「神とかなんとか知らねえけど、そのつもりだよ」

 

「ならいいわ。じゃあね」

 

 少し女神面をして、そのままカズマ達の元へと向かって行こうとして途中で頭からズッコケる駄目神。わんわん泣きながらカズマの元へとまた向かっていった。

 

 神様って人材不足なのかな。

 

 

 話が終わってヒナ達の元へと戻ると、ヒナが怒った様子でいきなり口を開いた。

 

「何話してたの?」

 

「世間話だよ」

 

 こいつに話すわけにいかないしな。

 

「じゃあなんで僕達の方見てたの?」

 

「俺のパーティーメンバーを紹介してたんだよ」

 

「…」

 

 すごい睨み付けてくるが、何も言わんぞ。

 ゆんゆんもトリスターノもなんか気まずい感じだ。

 

「決めた」

 

「あ?」

 

 みんなハテナ状態だ。

 

「クエスト受けます」

 

「は?」

 

「受けます」

 

「いや、お前朝って」

 

「受けるのっ!」

 

 

 ムキになったヒナの一声で俺達は例のクエストへ行くことになった。

 

 

 後になって思うが、止めておけばよかったのに。

 





祝30回!!

まさかこんな続けられるとは…。
読んでくださる方々がいたおかげです。
感想や評価、お気に入りも本当にありがとうございます。
何度か自信がなくなってやめようかと思ったんですが、なんとか続けて来られました。

色々とまたオリジナル要素をぶっ込んで、さらにオリジナル展開して行きますが、今後とも読んでいただけると嬉しいです。


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31話


31話です。さあ、いってみよう。



 

 

 ゴースト討伐を決めて一週間ほど経った。

 この一週間は準備や自分達の仕事に使った。

 そして例の教会近くの町に一日かけて馬車に揺られて移動して着いた。

 冬になって来たのか寒くなってきた。共同生活に反対してた俺が言うのもなんだけど、馬小屋生活してなくてよかった。

 

 魔王軍に味方する国に比較的近いせいか町の住民も少なく、寂れた雰囲気の町だ。

 今日から泊まる宿もボロい上に少し割高だ。こうしないとやっていけないのだろう。

 

 この町は治安も少し悪いみたいで、今三回目になるがチンピラみたいのに絡まれたがヒナのボディーブローでだいたい解決した。

 

 

 

 今日はそのまま休み、明日は情報収集。

 明日そのまま行けるようなら討伐に向かう。無理そうなら明後日に回す。

 

 今回のクエストはほとんどヒナ頼りだし、この町周りのモンスターもアクセルに比べると少し強いモンスターがいるから無理は出来ない。

 慎重なぐらいがちょうどいい。死んだら意味がないからな。全員と話し合ったが全員の賛成を得られた。

 

 

 トリスターノと同じ部屋なのは正直嫌だったが宿が少し高い為妥協した。ツイン二つ借りて各々の部屋へと向かった。

 部屋に着いて荷物を置いていると

 

「不束者ですが今日からよろしくお願いします」

 

「変な言い方をするな。よろしく」

 

 トリスターノはやっぱり冗談のセンスがない。

 

 

 時刻は20時過ぎ、まだ寝るには早いがすることもなく持ってきた本も読み終わってしまいどうしようかと寝転んで悩んでたら、女子二人がやってきた。こいつらもやることがないのだろう。ゆんゆんはトランプを持ってきている。

 ゆんゆんがトランプを持ってると一番最初に会った時のことを思い出す。トランプの山作ってて話しかけ辛かった。

 

 

 しばらくトランプで遊んだ。たまに日本にいた時とルールが違ったりしてギャップがあったが楽しい時間が過ごせた。

 

 

「そういえば孤児院に行った時に面白い絵本があったんだけどさ」

 

「面白い絵本?」

 

「ヒカルが絵本読んでるってだけで、すでに面白いんだけど、どうしたの?」

 

「やかましいんだよこの野郎。天才少年がソロで魔王を倒しに行って結局自分が魔王になっちまう話よ」

 

「面白い絵本っていうから何だと思えば、それは誰もが知ってる物語だよ?」

 

「そうですね。有名な昔話です」

 

「え?そうなの?割と主人公がぶっ飛んだこと言ってるからマイナーなものかと思った」

 

「確かにセリフとかアレな感じだよね」

 

「『チートがあればソロでオッケー。稼ぎも全部俺のもんだしソロ最高!』なんてよく絵本にしたもんだなと思ったんだが」

 

「ヒカルはなんでこの話知らないの?ニホンにないの?」

 

「ねえよ、こんなの。絵本って子供の成長の助けとかになったり、親子同士のコミュニケーションとかその為にあるのに、こんなんでいいのか?」

 

「流石子供達の指導員ですね」

 

 トリスターノが茶化してくるが、そんな風に褒めてもあの子達には近寄らせないからな。

 ヒナが感銘を受けたような表情になり、涙ぐむ。

 

「やっぱり僕のやり方は合ってたんだね。子供達の指導を通してこんな立派に」

 

「なに親みてえなこと言ってんだよお前は」

 

「あとは言葉遣いやセクハラとかしないように矯正すれば」

 

「おい、今矯正とか言ったか?」

 

「…セクハラは本当にやめてよね」

 

 ゆんゆんが少し赤面しながら睨んでくる。

 男の怖さを教えてあげただけで俺はセクハラなんてしていないのだ。更に言えば短いスカートが悪いと思います。

 

「脱線しましたが、あの絵本の何が面白かったんですか?」

 

 トリスターノが話を戻してくる。

 

「ああ、そうだった。勝手に感動したり、身に覚えのないセクハラとか言われて忘れるところだった」

 

「ねえ、後で話があるから」

 

 ゆんゆんに凄まれたけど、話を進めた。

 

「いや、お前これ、天才でめちゃくちゃ強かったけど、『ぼっち』だから魔王になっちゃったみたいな話じゃん?」

 

「…まあ、そうだね」

 

 認めたくなさそうだけど、つまりはそういう話なのだ。

 

「じゃあこの絵本の通りなら、俺達は全員魔王になれるってことだろ」

 

「…え、そうなるんですか?」

 

「そうだろ。全員適性あるぞこれ」

 

「ないよ。ヒカルは何言ってるの?」

 

 こいつ、いつも俺の話聞いてるくせに、よくバカにしてくるのはなんなんだろう。

 

「そ、そうよ。私達なら魔王なんかにならないわ。な、なぜなら」

 

 

「わ、私達はみんな、と、友達だから!」

 

 

「う、うん…」

「お、おう…」

「そ、そうですね…」

 

 なんかアレな発言に少し引いた三人。

 

「ええっ!?な、なんでそんな微妙な反応なの!?」

 

「う、ううん、ごめんね。僕達はみんな友達だよね」

 

「いえ、その、頑張ったなあと」

 

「ていうかそのくさいセリフ言うのに何回どもるんだよ」

 

「く、くさい!?」

 

 赤面してプルプルし出すゆんゆん。

 

「く、くさいとか言っちゃ駄目だよ!ゆんゆんだって少し恥ずかしかったんだろうからさ」

 

「そうですよ。女性相手にくさいなんて」

 

「なんだよこの野郎。お前らだって似た反応しただろうが」

 

 プルプルしてたゆんゆんは目に涙を浮かべ

 

 

「うわあああああああん!!くさいってなによ!!ヒカルだってよくくさいくせに!!」

 

「おい、なんだその誤解しか生まれないセリフは!え?なに?俺、くさいの?え?体臭?こ、口臭とか?」

 

「ちょ、ちょっとこっち来ないでよ!」

 

「おいいいい!!なんでそんなマジな反応なんだよ!!え!?マジか!?本当にくさいのか!?」

 

「よくくさい事言ってるじゃない!!悪魔討伐の時にくさいこと言ってたし!!」

 

「そっちかよ!!え、物理的にはどうなの?く、くさくないよね?ねえ?」

 

「こ、来ないでったら!」

 

「お前なんなんだよ!いつもニホンの話しろとかうるさく近寄ってくるくせに!!」

 

「おい、トリスターノ!俺は匂わないよな!?そうだよな!?」

 

 ニッコリ笑うトリスターノ。

 

「何笑って誤魔化してんだ!!」

 

 

「どうせヒナちゃんだって我慢してるのよ!そうなのよ!」

 

「マジもんのくささなの!?」

 

「え!?いや、別にそんなことは」

 

「ヒナちゃんには物凄くくさいこと言ったの私知ってるもの!!」

 

「はあ?んなこと」

 

「『お前のことが知りたいんだよ。面白いとかつまらないとかどうでもいい』なんてくさいこと言ったくせに!!私のことは全然聞いてこないくせに!!」

 

「え、いや、ちょ、」

 

「あーそれはくさいですね」

 

「くさいですね、じゃねえんだよ!冷静に判断してんじゃねえ!」

 

「『あいつらが俺のパーティーでいてくれる限り、俺は弱いか』」

 

「うわあああああああああ!!!お前このちびっ子!!あの事は言うなって言っただろうが!!」

 

 ゆんゆんが思い出して言うセリフを大声でかき消してから、あのバカに向き直る。

 

「ちびっ子!?あの時のヒカルの話は別に恥ずかしいことじゃないじゃん!だから二人が話してって」

 

「話すなって言ったの!バカなの?愚かなの?脳味噌入ってますかー!?」

 

 ヒナの頭を両手で掴んでシェイクして脳味噌があるか確かめる。

 

「ちょっと!女性相手にこんなこと」

 

「だあれが女性だ!?このちびっ子め!」

 

「まあまあ」

 

 そんな事を言ってトリスターノが宥めてくるが

 

「ってか、お前もくさいこと言ってただろうが!!何自分は関係ありませんみたいな顔してんの!?」

 

「いえいえ、リーダーほどでは」

 

「何煽ってんだ!上等だこら!」

 

 

 宿の主人に怒られるまでこの言い争いは続いた。

 

 

 全員落ち着いたところで年長者で落ち着いているリーダーである紳士のこの俺が話し出す。

 

 

 

「じゃあ、あれだ。この場を上手くまとめる為に言うけど、お前ら全員くさいってことでいいな?」

 

「いや、何自分は違いますよ感出してるの?」

 

「そうだよ。一番くさいのはヒカルじゃない」

 

「まあまあ、リーダーもくさいのは少し気にしてるでしょうから」

 

「お前も少し自分は違いますよ感出してんじゃねえよ!」

 

「一番最初に言い出したのはヒカルでしょ!」

 

「なんだよこの野郎!俺が少し物を知らなかったりするだけでいつもバカにしてきて、今度はくさい扱いか!?」

 

「少しじゃないし、くさいでしょ!」

 

「くさいのはお前らだろうが!」

 

「何やる気!?紅魔族は売られたケンカは買うんだからね!?」

 

 第二次くさい大戦が始まったが、早い段階で宿の主人にブチ切れられたので強制的に終了した。

 

 

 不本意ながら『全員くさい』で落ち着いた。

 





次からシリアス入ったり入らなかったりします。

次回から不定期更新になります。
今は33話書いてますが、このハード?モードを作る時に考えていたキャラの書きたかった部分の話を書いているんですけど、どうにも上手く書けないのかモチベーションが上がらないのかで全然進まないのです。

気分転換に違うこのすばの二次創作を書いていくかもしれませんので、もし投稿出来たらそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。


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32話


32話です。さあ、いってみよう。



 

 

 くさい大戦が起こった翌朝。

 全員で朝食をとり、情報収集の為ギルドへと向かった。

 

 

 ギルドに着いたがあまり良い雰囲気とは言えない感じだ。職員さんはあまり綺麗な人はいないし、冒険者もガラが悪いやつばかりだ。

 そう考えるとアクセルは相当良い街なんだな。

 

 

 手の空いている女性職員さんに話しかけると塩対応だったが、トリスターノがアクセルから来たゴースト討伐に来た者です、と伝えるとそれはもう丁寧に説明してくれた。

 

 …別にいいけどね。別に。全然気にしてないよ。俺が悪いよね、最初にアクセルから来たってちゃんと言えばよかったねうん。

 

 ゆんゆんとヒナにぽんぽんと背中を叩かれて慰められたが、全然慰めになってないからねそれ。傷口に塩塗りたくってるから。

 

 

 ゴーストはルーシーズゴーストと呼ばれていることがわかった。それ以外に新しい情報は無かった。

 教会近くで起こる失踪事件もゴーストが関わってるかどうかもわかっていない。調査しようにも不気味がって誰も行っていないみたいで、これもまた新しい情報はなかった。

 だが今も犠牲者は出てるようだ。

 

 ヒナの方を見たが平然としている。

 一週間前は落ち込んだり悩んだり突然ブチ切れたりと情緒不安定だったが、あの日の夜に教会で祈りを捧げていると、声が聞こえてきて悩みを払ってくれたという。

 エリス様は本当に過保護だ。

 そのおかげでヒナにはもう迷いは無い。

 

 

 続いてこの町周辺のモンスターの情報が載っているガイドブックを貰った。もちろんトリスターノに手渡しで一人分だ。裏表紙に値段が書いてあったが見なかったことにしよう。

 教会への経路やどう行けば安全かなどの情報も忘れずに聞き出した。

 

 トリスターノがお礼を言って職員と別れた。

 部屋に戻ってモンスターの情報の共有をしつつ作戦会議をすることにした。

 

 

 

 

「よし、みんな頭に叩き込んだか?」

 

 全員でガイドブックを読んで、会議が終わったのでみんなに声をかける。

 みんなから大丈夫だという返事が返ってきたので、一応ヒナに確認することにした。

 

「ヒナ、行けるな?」

 

「大丈夫だよ。心配いらない。傀儡と復讐を司る女神なんて聞いたし、エリス様にも」

 

「え?傀儡と復讐?」

 

 ゆんゆんが反応してきた。なんだ?知ってるのか?

 

「ゆんゆんさん、何か知ってるんですか?」

 

「い、いや、なな何も知らないよ!?」

 

 いや、それで知らないは無理があるだろ。

 

「なんだよ、明らかに何か知ってるだろ」

 

「うっ…」

 

「ゆんゆん、どうしたの?話せないこと?」

 

「えっと、話せないことっていうか、言いづらいことっていうか」

 

 はっきりしないな。

 

「はよ話せ」

 

「その、紅魔の里にはね」

 

 ゆんゆんがようやく話し出す。

 

 紅魔の里には『名もなき女神が封印された土地』というものがあって、その封印されている女神とやらが傀儡と復讐を司る女神だという。

 約二年前に紅魔の里で邪神の僕とやらが大勢で攻めてきた時にめぐみんが自分やめぐみんの妹を守る為に爆裂魔法を放った。その爆裂した場所が『名もなき女神が封印された土地』で、そこに封印されていた傀儡と復讐の女神が解放されて逃げていってしまったと。

 

「「「……」」」

 

 俺達はなんとも言えなくて黙る。

 

「だ、だからね?封印から解放されて約二年も経ってるから多分もう新しい信者が出来てるから女神様が消えることは…ないと、思います」

 

 そういう問題じゃない。

 だが女神が消えないというのは確かに遠慮する必要が無くなったと言えば無くなったのだが。

 

 紅魔族…本当におかしな種族だ…。

 

「あー…まあこれで浄化してやれるな?」

 

「う、うん。そうだね…」

 

 今日の会議は今までに無いほど、微妙な空気で終わった。

 

 

 

 

 準備も既に終わっているので今日討伐に行くことになった。

 今回の討伐のクエストの主力、というかクエスト達成できるのがヒナだ。なのでヒナには力を温存してもらわないといけない。

 

 

 いけないのだが…。

 

「わあああああああああ!!!きもい!ゆんゆんさん!ゆんゆんさん!ヘルプ!」

 

「無理無理無理無理!!私もう無理!私もう紅魔の里に帰るーーー!!」

 

 ゆんゆんが帰るとか言うんだなとか考える間もなく逃げ出す。

 トリスターノが俺に迫ったやつを綺麗に頭を狙撃して倒した。

 

 俺達が今相手にしているモンスターは『冬牛夏草』

 冬牛夏草は、生き物の頭に寄生して脳を侵食し、他生物を襲わせてその死体に卵を植えるというエグいモンスター。牧場などのその場からあまり動けない様な生き物に寄生することが多い。セミ等を苗床にするキノコの冬虫夏草と同じ名前がつけられた。強さは寄生した生き物の強さに左右されるから、そこまで強力なモンスターでは無いのだが。

 

「『ファイアーボール』ッッ!『ファイアーボール』ッッ!」

 

 半狂乱でゆんゆんが魔法をぶっ放す。

 凄まじい爆風だが、なんとか吹っ飛ばされずに済んだ。

 

 植物的な名前だがやはりモンスター。

 俺達は頭に猿ほどの大きさのエイリアンみたいな凶悪な寄生生物を生やした馬や牛に襲われている。

 

「ね、ねえ?僕もやっぱり参加しようか?支援魔法ぐらいなら多分大丈夫だよ…?」

 

『ギチギチゲタゲタゲッゲッゲッゲッ!』

 

「うるせえ!ゆんゆんさんとトリスターノに任せろ!」

 

「ええっ!?ヒカルも頑張ってよお!『ライトニング』ッ!」

 

 ガイドブックはみんなで読んだ。読んで知識を得ていたが、見た目が文章で思い浮かべたもの以上にグロテスクで気持ち悪かった。

 襲ってきてる数も多く、恐らく十以上いる。

 

「これだけいるということはクエストで出ている可能性もあります、ね!報酬が増えます、よ!」

 

 狙撃しながらトリスターノが話しかけてくる。そんなんでテンション上がると思ってんのか!?

 

「トリスターノ!お前に報酬全部やるから倒してくれ!」

 

「いえいえ!いらないのでリーダーにお譲りします!」

 

「じゃあ金だけ、貰う、ぞ!」

 

 ゆんゆんに近づいてきた一体の頭を寄生生物ごと斬り落とす。ひいっ!とゆんゆんがビビってるが気にしてられない。

 

「理不尽ですよ!」

 

 

 

 

『はあ……はあ……はあ……』

 

 三人でなんとか倒し切れた。

 ヒナは馬とか牛が倒れているのをじーっと見た後

 

「今日は焼肉とかどう?」

 

「「絶対に嫌だ!」」

「絶対に嫌です!」

 

 ヒナの問いかけに俺達三人は息ぴったりに否定した。

 

 

「二時方向、敵感知に一体!」

 

 トリスターノが声を上げ、全員警戒態勢になる。

 

「上です!」

 

 上?

 上を見ると、何かが飛んできた。

 

 俺を目掛けて滑空し、飲み込もうとするのをなんとか咄嗟にしゃがんで回避した。

 

 飛んで行った方向へ向き直ると、姿がよく見えた。

 あの初心者冒険者御用達のジャイアントトードが一回り程小さくなり、翼が生えたような生物が飛んでまたこちらへ旋回していた。

 

「なんだあれ!?」

 

 思わず声に出す。

 

「す、すごい!『ウイングトード』!初めて見た!」

 

 ヒナが興奮したようにして声を出す。

 他二人も驚いてるような顔だ。

 

「あんなのガイドブックに無かったぞ!なんだあれ!?」

 

「あれはジャイアントトードの変異種だよ!希少でなかなか見られない個体だよ!」

 

「なんでそんなのがいるんだ!?」

 

「知らないよ!とりあえず討伐しよう!あの個体のお肉は普通のジャイアントトードよりも身が引き締まってて臭いも全く無くてすごく美味しいんだよ!ギルドの買取も結構な額になるかも!」

 

 目をキラキラさせてヒナは翼の生えたカエルを指差している。

 

「ゆんゆん!落とせるか!?」

 

「うん!任せて!」

 

 向かってきたところをファイアーボールであっさりと打ち落とした。

 

「経験値も結構貰えたはずだよ!どう!?」

 

 ヒナはさっきから飯のことばかり考えてないせいかテンションが高い。

 

「あ、本当だ。レベルが上がってる」

 

 ゆんゆんが冒険者カードを確認していた。

 マジか。あのカエルが随分と出世したもんだ…。

 

「じゅるり…」

 

「おい」

 

 ヒナは涎が垂れそうになるのを我慢していた。

 

「僕、一度は食べてみたかったんだ」

 

「とりあえず後にしてくれ」

 

「うん。ここにいるってことは近くに住処でもあるのかな?別の個体もいたら大発見だよ」

 

「俺達のクエストはカエルの住処探しじゃないからな?」

 

「わかってるよ!でもこれは本当にすごいことだよ?」

 

 一応他二人を見て確認すると、二人も頷いてきたのでヒナのリアクションに間違いはないのだろう。だがこれは後だ

 

「ほら、行くぞ」

 

 

 

 

 あの後、ファイアーボールでボンボンしてたせいか二度ほどモンスターの襲撃を受けたが、なんとか教会に着いた。

 本当に長い間人が来ていないのだろう。原型は保っているが、かなりボロボロの教会だ。

 

 予想以上に大変な道のりだった。

 少しレベルが上がっていたから調子に乗っていたのか、それともアクセル周辺が生温いのか、皆怪我はしてないが、疲労している。

 ゆんゆんに関しては魔力が切れかかっているせいで元気が無い。

 ゴースト討伐後は少し教会で休んでいくか。

 帰りにヒナが支援魔法を使ってくれれば、もう少し役に立てる。飛んでるやつは無理だけど。

 帰りはゆんゆんを休ませてやろう。トリスターノは頑張れ。

 トリスターノに確認すると、教会の中に敵感知に一つ反応があると。

 

 

 三人を見て確認する。頷いて行けることをサインしてくる。

 

 俺が先頭で扉を押して開けると、木製の扉がギギギと悲鳴を上げるような音がして開く。

 

 中は薄暗く埃臭い。中もボロボロだ。

 祭壇には体の半分が薄く透けた、二十代半ばの女性が跪き祈りを捧げていた。

 

 その女性はゆっくりと立ち上がり、こちらへとゆっくりと振り向いた。

 

『なんでしょうか?』

 

 女性が口を開いた。

 俺が返事を返そうとしたら、ヒナがぐんぐんと前に進んでいく。

 

「お話があります」

 

 

 

 

 

 

『エリス教団は信者が多くて羨ましいですねえ!ウチみたいなところは毎日が戦いみたいなものですよ!争いを嫌う?それは持ってるものしか言わない言葉で、持たざる者は戦い続けるしか無いんですよ!』

 

「言わせておけば好き放題!僕達だって!」

 

 

 どうしてこうなったかはよくわからん。

 割と途中までお互い冷静に話し合ってたはずなのに…。

 俺達三人は苦笑いしかできない。

 任せた手前、俺も口を挟める立場じゃないんだが喧嘩なんてしないでくれよ。

 

 とりあえずこのルーシーズゴーストは失踪事件とは全く関係ないらしい。

 ルーシーズゴーストはそんなことが起きていることすら知らなかったそうだ。

 そうなると討伐するのは…。

 

「やってやりますよこの野郎!僕の浄化魔法で綺麗に浄化ーーーッッ!?」

 

『!?』

 

 俺以外の全員が左の方を見て、何かに驚いて固まっている。

 

「なんだ?どうした?」

 

「す、すごい魔力が」

 

「ま、まずい!この魔力反応は…!」

 

 ゆんゆんとトリスターノが何か言ってる。

 敵が来てるのか?

 

「一度撤退しましょう!!危険です!!」

 

 トリスターノがいつになく慌てている。

 そんなやばい奴が来てるのか。

 

「む、無理だよ…こんなの間に合わない…」

 

 ゆんゆんが何か言っている。

 な、なんだよ、俺にもわかるように

 

「来ます!!」

 

 トリスターノが叫ぶと同時に教会の天井を突き破り、ルーシーズゴースト目掛けて落ちてきた。

 その衝撃でヒナがゆんゆんを巻き込んで扉近くへと吹き飛んだ。

 

 まるで隕石が落ちてきたかのような威力とスピード。俺とトリスターノが吹き飛ばなかったのは偶然だろう。

 

 何が起きたか理解が及ばず、ヒナとゆんゆんが無事か確認することも出来ずに立ち尽くす。

 隣から唾を飲み込むような音が聞こえた。トリスターノが見たこともないぐらいに焦っている。

 

 埃や土煙が巻き上がっていたものが晴れていく。最初に見えたのは金。次に見えたのが銀。

 

 はっきりと見えた。落ちてきたのは人間だった。

 金髪、全身銀の鎧に身を包み、巨大な光り輝く槍を持っていた。

 

 金髪のその人間はこちらを睨み付けてくる。

 トリスターノと同じ碧い眼をしていた。

 よく見るとその人間は二十代程の女性だった。

 腰まで届く程の長さの金髪が光を放っているように見えるほど綺麗だ。

 俺達を睨み付けているかと思えば、違う。トリスターノ一人を睨み付けていた。そして、やっと口を開いた。

 

「トリスタン、貴様こんなところで何をしている?」

 

 へ?

 

「…お久しぶりです、王よ」

 

 絞り出すようにして返事を出すトリスターノ。

 

 

 とりすたん?

 





ルーシーズゴーストは原作から少し変えて登場させていただきました。
カズマ達の活躍を奪うのもよくないかなと思ったんですけど、多分ルーシーズゴーストの話は大丈夫かなと判断しました。
ウイングトードはオリジナルです。キャベツも飛ばし、カエルも飛ぶでしょ多分。
モンスターに困ったらとりあえず翼生やして出しとけば、いけますね。

次回からシリアス時々ギャグです。二、三話ほど。


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33話


33話です。さあ、いってみよう。



 

 

 とりすたん?

 

 

「逃げておきながらこんなところにいるということは殺されに来た、ということだな?」

 

 金髪碧眼の女騎士はトリスターノを睨み付けている。

 いつものイケメンスマイルが消え失せたトリスターノ。

 冷や汗かいてるトリスターノなんて初めて見た。

 

「い、いえ、その」

 

 トリスターノが何とか言い訳をしようとしてるが、俺はこの状況よりも二人の安否よりも気になることができてしまった。

 

 とりすたん?

 

 とりすたんってあれ?

 あのトリスタン?

 

「お、おま、おまお前ト、トリトリトトリス」

 

「あ、あの落ち着いてください。これは少し事情があって」

 

 これが落ち着いていられるか。

 だってこいつがだぞ?

 この変態ロリコンストーカーが?

 あの?トリスタン?

 

 こいつが、え、え、

 

 

 円卓の騎士かよおおおおお!!??

 

 

「…」

 

 あの碧い眼がこちらを向いた。冷たい目だ。

 まるでゴミを見るような。

 

「お前がトリスタン?あの円卓の騎士の?」

 

「…何故貴方はグレテンを知らないのに円卓の騎士は知っているのですか?」

 

 トリスターノは表情はあまり余裕は無さそうだが、不思議そうなものを見る目で見てくる。

 

「なあ?それならお前が王って呼んでたあの人って!」

 

「ふ、不敬ですよ!」

 

 指差したら、叩いて怒られた。

 

「…」

 

 王は黙ったままだ。

 

「もしかしてグレテンの王ってこと?」

 

 いつの間にか近くに戻ってきたヒナがゆんゆんをおんぶしながら会話に入ってくる。

 ゆんゆんは気を失っているみたいだ。

 

「…そうです。あの御方はグレテンの王」

 

「騎士王、アルトリウス」

 

 騎士王が自ら名乗る。

 

 え、円卓の騎士とかいるのかよ!?

 どうなってんのこの世界!?

 

 しかもこいつら敵なのかよ!?

 そら魔王軍に勝てんわ!

 魔王軍だけならまだしも円卓の騎士!?

 よく人間側は滅びてないもんだ!

 

「何故、王がこんなところに…」

 

「…話す必要はない」

 

「…」

 

「私はトリスタンに用がある。それ以外は何処へでも行くがいい」

 

「…」

 

 トリスターノは死刑宣告をされたような顔をしている。見るとヒナも似たような顔をしていた。

 

「…すみません、リーダー。私は」

 

 …。

 

「騎士王さんよ、トリスターノをどうする気だよ?」

 

「なっ!?不敬です。口を謹んでください」

 

 トリスターノが注意してくるが、知ったことじゃない。

 

「騎士王さん、いいから答えろよ」

 

「…トリスターノ?そこの裏切り者は殺す。ただそれだけだ。貴様らは早く消えるがいい」

 

 はっきりと殺すと言った。

 トリスターノもヒナも絶望したような顔をしていた。俺も多分同じ顔をしているのだろう。

 

 何も言えずにいる俺やヒナとは裏腹にトリスターノは覚悟した様な顔になり

 

「…すみません、私は…ここまでのようです」

 

 アホがアホなことを言った。

 

「何言って」

 

「私は嘘を付いてました」

 

「魔王軍幹部の側近だと」

 

「私は魔王軍連合国の王の側近だったのです。もうお分かりでしょうが」

 

 …。

 

「私はシロガネさんに約束しました。『友達や仲間を危険に晒したりしない』と」

 

「いえ、約束もありますが、それ以上に私は貴方達が気に入ってしまってるんですよ」

 

「貴方達を巻き込みたくありません。今起きている状況は私が好き勝手に動いた結果なのです。私が悪いんです」

 

「どうかそのまま何もせずに行ってください。勝手なことを言ってるのは重々承知ですが、どうか仲間として友達として最後のお願いです」

 

「貴方達は行ってください。そして私のことは忘れてください」

 

 ……変態ロリコン嘘付きストーカーを一体全体どうやって忘れろって言うんだよ。

 何が起きても忘れられる気がしないね。

 

 後ろを向いて歩こうとしてヒナと目があった。俺の方を信じられないといった顔で見ている。

 

「ねえ…置いてく気なの?嘘だよね…?」

 

「…ありがとうございます。貴方が友達で本当によかった」

 

 泣きそうな笑顔でトリスターノはそう言った。…これだからイケメンは。

 

「おい!馬鹿野郎!トリタンを置いてく気なの!?」

 

 ヒナは俺に頭突きするんじゃないかとばかりに迫り、俺に怒鳴り散らしてくる。

 まったく何でこんな口が悪くなったんだか。

 ゆんゆんを背負ってなければ、きっと掴みかかってそれはもうしばかれまくっていたことだろう。

 

「最後のお願いだってよ」

 

「!もういいよ!ゆんゆん背負って逃げなよ!僕が戦う!」

 

「王よ、お待たせしてしまい申し訳ありません。最後に時間をいただきありがとうございます」

 

「何勝手なこと言ってるんだよ!まだ終わってない!トリタン!僕がーー!?」

 

 剣を引き抜いた。

 これ以上勝手はさせない。

 

「本気なの…?そこまでしてトリタンを置いていくの!?」

 

「強引にでも連れて行ってあげてください。私のせいで無駄な血が流れるのは御免です」

 

「ヒカルには失望したよ!こんな最低な人だったなんて!」

 

 いつもいつも馬鹿にして、勝手に失望してんじゃないよ。

 

「騎士王はゆんゆんさんが万全だとしても私達のパーティーなんかで敵う御方ではありません。どうか行ってください」

 

「何でだよ!僕達は友達でもう…!?」

 

 剣を振りかぶる。

 

「貴方がリーダーで本当に良かった」

 

「待ってよ…僕達は」

 

 振り向いて剣を振り下ろした。

 

 剣の腹で。

 

 トリスターノの頭に。

 

 

 トリスターノは綺麗に不意打ちを貰い、そのままバタリと倒れた。

 

 

「よし」

 

 俺の言葉の後は誰も何も話さなかった。

 いや、まあ話せなかったのだろう。

 そして数秒後

 

「な、な、」

 

 騎士王の方を見たら睨み顔は消えて、口を少し開けて茫然としていた。

 

「何してんのおおおおおおおおお!!!??」

 

 ヒナの絶叫が教会に響き渡る。

 

「なんだよこの野郎。置いて行きたくないんだろ?」

 

「え、そ…うだけど!そうじゃなくて!」

 

「こっちの方が連れて行きやすいだろうが」

 

 聞いた途端ヒナの表情はパァッと明るくなる。

 

「やっぱりヒカルは」

 

「ヒナ、お前二人担いで走れるな?」

 

「へ?ちょっ!?僕に二人担がせる気!?」

 

「出来るかって聞いてんだよ」

 

「で、出来るけど、出来ればヒカルも一人負担して欲しいんだけど…」

 

「俺は一人担いでもそんなスピード出せないぞ。どうだ、参ったか」

 

 えっへん!とばかりに胸を張った。

 伊達に病人やら呪われてるやら言われてないぞ俺は。雑魚を舐めるなよ。

 

「自信を持って言うセリフじゃないよ!」

 

「じゃあ二人担いで普通に走れるな?」

 

「…うん。二人担いでも行けるよ?」

 

「よし、じゃあトリスターノ持って行け」

 

「ねえ、ヒカルは?」

 

「俺か?俺は」

 

「騎士王さんに話がある」

 

 未だ沈黙を通し冷たい目でこちらを見る騎士王に剣の切っ先を向けた。

 

「…は?」

 

 ヒナが気の抜けたような声を出す。

 

「…ねえ、その確かに追い詰められた状況だけど落ち着いてよ。僕もさっきは好き勝手言ったけど」

 

「全員死ぬのと、一人死ぬの、どっちがいい?」

 

「…」

 

 残酷な問いかけをした。

 ヒナがまた絶望したようなそんな顔をした。

 

「違うよ!僕は確かにトリタンを置いて行くのは嫌だって言ったけど、僕はヒカルにも」

 

「うるせえな。まだ話し合うだけだろうが、もしかしたら生きてるかもしれないぞ?」

 

 そんな可能性無いけど俺はそんな可能性があってほしかったのか、そんなことを言った。

 

「じゃ、じゃあ僕が!」

 

「お前さっき一人でも担いで走るのきついって聞いたの忘れたのか?」

 

「支援魔法をかけるから」

 

「かけてもらって二人担いでも、それで精一杯だぞ?道中モンスターに襲われたらあっさり死ぬぞ?すぐ死ぬぞ?」

 

 ヒナの顔がどんどんと焦りが増していく。

 次に何か思いつかないか必死に考えている。

 しょうがない。

 

「なあ、俺の能力のこと覚えてるよな?」

 

「え?」

 

「仲間を強くするだけで俺のステータスが低くなるのおかしいと思わないか?」

 

「それは、思ったけど」

 

「実は俺の能力にはまだ教えてない能力がある」

 

「そ、それって」

 

「だけど、ちょっと強力でな。お前達のことを巻き込みかねない。悪いけど、一人で戦わないと危ないんだよ」

 

 そんな能力だったらどれだけ良かったか。

 

「そ、そんなの聞いてないよ」

 

「とっておきってのは最後まで隠しておくもんだろ?」

 

 BLE◯CHの後だしじゃんけん方式だから。

 なん…だと…的な感じでリアクションしとけばいけるから。

 

「本当なの…?」

 

 縋り付くようなそんな顔だ。

 いつだったか教会で話した時のような。

 あの時の子供のようなそんな顔。

 そんな顔されたら、どうにかしてやりたくなるもんだ。

 

「おう。死にたくないしな」

 

「信じていいんだよね?」

 

「いいよ」

 

「…」

 

 せっかく嘘をついたのに、まだ疑わしい目で見てくる。

 小声で話し出す。

 

「おい、いつまで待ってくれるかわからないんだぞ?早く行けよ」

 

「う、うん。支援魔法だけはかけていくからね」

 

「ありがとな」

 

 トリスターノを担いだ時少し危なっかしかったが多分俺が持つより安全だろう。実際二人を担いでいても平気そうだ。

 身長のせいでトリスターノの足は引きずってるけど、しょうがないだろう。

 

「気を付けろよ。モンスターがいるからな」

 

「僕の心配より自分の心配してよ…」

 

「信じてるからね?」

 

「はいよ」

 

 返事をしながら、ずっと黙ったままの騎士王に向き直る。

 長いこと待ってくれてるけど、実はめちゃくちゃ良い人とかそういうオチない?

 

 

 扉が開いて出て行く音を聞いた。

 さて、始めるとしますか。

 

「お控えなすって」

 

 例のポーズをとる。

 最近教えたばかりだ。まさかやることになるとは。

 

「手前、生国と発しまするは日本の生まれ、姓はシロガネ、名はヒカリ。人呼んでヒカルと発する冒険者でございます。以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます」

 

 何をしてるんだこいつは?みたいな顔されてる。まあ、そうだろうな。俺だっていきなりこんなんされたらそうなる。

 

 丁寧な自己紹介したし、ラブアンドピースな感じで終わったりしないかな。

 

「騎士王さんよ」

 

「何故だ?」

 

 話始めようとした時に騎士王が沈黙を破り遮ってきた。

 

「あ?」

 

「何故トリスタンの代わりを買って出た?」

 

 騎士王の表情は変わらない。

 

「あのうるさい子供の為か?それともトリスタンに何か恩でもあるのか?」

 

「あのガキの為でも無いし、トリスタンに恩なんて無いし、そもそもトリスタンなんか知らん」

 

「?」

 

 何を言ってるかわからない顔だ。

 

「俺がトリスターノの友達だから、ここにいるんだよ」

 

「俺の友達殺すんだろ?じゃあ黙って見てるわけにはいかない」

 

「その、さっきから言ってるトリスターノとやらは何だ?」

 

「知らねえよ。あいつがそう名乗ったからな」

 

「…」

 

「あいつはトリスターノだよ。お前が言うトリスタンとか円卓の騎士とかグレテンとか知ったこっちゃないね」

 

「あれは我が国のトリスタンだ。それに貴様如きが私の邪魔をすると?」

 

「いやいや、俺の友達を殺さないってんなら、別に大人しく帰ってもいいんだぞ?」

 

「トリスタンを渡すのなら大人しく帰してやろう」

 

「渡さなかったら?」

 

「貴様もトリスタンもお前の連れも殺す」

 

「じゃあ無理だね」

 

 剣を構える。

 

「見逃してやると言ったんだぞ?貴様みたいな冒険者が私に勝てると思っているのか?」

 

「うるせえ、やるんだよ」

 

 

 剣を構えて突撃。

 

 騎士王との戦いが始まった。

 





このファン、紅伝説のストーリーに入りましたね。
配布あるえも良いですね。
こっちも紅魔の里の話書きたいけど、何話になるんだこれ…。

新しい星4ゆんゆんの為にガチャりましたが、結果は爆死です…。
星4二枚来たのにすでにスキルが上がりきってる光アイリスと風リーン。ピックアップと全く関係ないやつ出るのやめようよねえマジで。
アイリスなんてスキルマックスですでに三枚余ってるんですよこれ…。

さて、全く関係ない後書きになりました。ごめんなさい。

魔王軍をくそ強化しちゃいました。
魔王を倒すのはカズマ。
では騎士王を倒すのは?
なんて、そんなお話にしたい(願望)


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34話


34話です。さあ、いってみよう。



 

34

 

 

 何回目かわからないが吹っ飛ばされた。

 

 騎士王に斬りかかり、騎士王がバカでかい槍を邪魔な物を払うように横へと振るう。

 俺は避けることも出来ず、ガードして踏ん張ることも出来ずにまた間合いの外へと吹き飛ばされる。

 

 ヒナに支援魔法をもらって多少マシになったってのに、なんだよこれ。

 騎士王にとっては小型犬が戯れにきてるぐらいでしかないのだろう。

 無表情の冷たい目が変わることはない。

 

「いつまでやる気だ?」

 

「さあな!」

 

 戯れにも騎士王は飽きてらっしゃる。

 どうしたものか。

 

「…時間稼ぎはやめろ。先程言っていた能力とやらを見せてみろ」

 

 …どうすっかな。

 これで能力なんてありませんとか言ったらあっさり殺されそうだ。

 

「いいのか?後悔するぞ?」

 

 俺が。

 めっちゃ後悔しちゃうぞ?いいのか?やるぞ?

 

「その能力とやらも槍の一振りで払ってやろう」

 

 流石騎士王だ。

 付き合ってもらうぞ。俺の時間稼ぎに。

 

「行くぞ!!」

 

「来い!」

 

 剣を納刀し、ドラゴン◯ールの気を溜めるポーズを取る。

 

 

「はああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一分後

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五分後

 

 

「だあああああああああああああああ!!!」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十分後

 

 

「はあああああああああああああああ!!!」

 

 

「…まだか?」

 

「遅えよ!!」

 

「!?」

 

 無表情さが少し退屈そうになって、ようやく声をかけてきた。

 俺がツッコミを入れて驚愕の表情へと変わる。

 

「なに十分も小っ恥ずかしいことやらせんだよ!せめて五分後ぐらいで声かけろよ!」

 

「なっ!?私が何かしないと発動しない能力なのか!?」

 

「違うわ!」

 

「!?」

 

「どう考えてもおかしいだろうが!何も変化無いだろ!」

 

「ま、まさか!貴様、私を騙したのか!?」

 

「いや、今気付いたのかよ!?」

 

 ずっと驚いたような困惑したような顔をしていたが、少し怒ったような顔になり俺を睨んでくる。

 

「くっ!私を騙すとは!」

 

「何高度なやりとりがあったみたいなリアクションしてんの!?」

 

「私に嘘を付いた人間はお前が初めてだ!」

 

「んなわけあるか!」

 

「ある!今まで会ってきたお前以外の人間は私に絶対に嘘をついたことがない」

 

「…それお前が知らないだけで騙されてるんじゃないの?」

 

「そんなことがあるわけない!そんなことが…ある、わけ…ない」

 

「自信なくなってない?大丈夫?」

 

「うるさい!貴様!じゃあ能力などないというのだな!?そんな弱いくせに前に立ったのだ!死ぬ覚悟は出来ているのだろうな!?」

 

「そっちこそうるせえよ!やってやる!槍なんか捨ててかかって来い!」

 

「その意気や良し!さっさと終わらせてくれる!」

 

 俺が言った通り本当にポイっと槍を放り投げ、拳を振りかぶって走ってくる。

 

 え。

 

 そんな大振りの拳には絶対に当たらない。

 相手の思いっきり振りかぶってきた拳を潜り込むようにして避けて、自分の背中を相手に押し付けるようにして入り込み、振りかぶった腕を掴んで肩に乗せるようにして、そのまま相手の勢いを利用してぶん投げた。

 こんな綺麗に一本背負をさせてもらったのは初めてかもしれない。

 

「ぐあっ!!」

 

 投げて落とした時に相手の鎧もあって、ガシャン!と金属がぶつかる音が教会に響いた。

 鎧が重いせいで自分も倒れそうになったけど、なんとか踏ん張れた。

 

 受け身もまともに出来てない。

 騎士王の表情が苦痛に変わる。もしかしたら怪我を、相当なダメージを与えたかもしれない。

 

 

 本当に捨てて来るとは思わなかった。

 というか

 

 

 あれ?俺もしかして…

 

 騎士王に勝った?

 

 

 

「きっさ、まぁ…!」

 

 苦しげな声が下から聞こえて来る。

 

「ぐっ!まさか、体術の…達人とは…!」

 

 い、いや、別に達人とかじゃないんだけど…。

 

「なるほど…自分の、得意分野に誘導したと、いうわけか…っ!」

 

 いや、あんたが突っ込んできただけ…。

 

「私を、ここまで追い込む、人間なんて、お前が初めてだ!」

 

 苦しげに言葉を吐き出すように言った。

 

 う、うん。ありがとう。

 なんか申し訳ない気持ちになるからやめてほしい。

 

 そうだ。槍を奪って逃げよう。

 回復されてあれを振り回されたら面倒だ。

 

 槍の方へ移動し、槍を持つ。

 持つが

 

「無理だ。…貴様などでは、絶対に扱えない」

 

「その槍は、使用者を選ぶ」

 

 ピクリとも動かない。

 まるで固定されているような重さ。

 これを片手で振ってたのか?それとも使用者として選ばれてたから片手で振れたのか?

 くそっ!厄介なのを処理しておきたかったが…。

 

 騎士王が立ち上がろうとしてる。

 あっちをどうにかするしかない。

 

 仰向けからうつ伏せになり、立ち上がろうとする騎士王の右肩に左足の膝で乗る。右腕を取り自分の右足で固定しつつ手首を捻った。

 警察官とかがやる拘束術。人間ならば効き目はあるだろう。

 

 ぐっ!と苦しそうな声が聞こえてきたので、交渉に入らせてもらおうか。

 

「おい、見逃してやるから俺やトリスターノにもう関わるな。これが出来るなら解放してやる」

 

「貴様!騎士を侮辱するか!」

 

 捻る力を強くする。苦しげな声が増した。

 

「侮辱なんてしてないさ。どうだ?もう関わらないと約束すればお互いに平和に終われるぞ?」

 

「貴様になど、負けるか!」

 

 抵抗が強くなる。捻るが抵抗は変わらない。

 

「俺はお前のことを殺せたのに、見逃したんだぞ!?」

 

「私もそうだ!」

 

 くっ!そうだった!めっちゃ見逃してもらってた!

 

 凄まじい力で拘束が解けていく。

 完全に極まってたはずなのに…!

 

「ふっ、やはり貴様、技術はあるが力は弱いな?」

 

 とうとう騎士王の右腕は自由になり、立ち上がると同時に思い切り振り払って来る。

 籠手部分でガードしたが騎士王の力が強いせいか、俺の体勢が良くなかったせいか思い切り膝をつき怯んでしまい騎士王に距離を取られる。

 

「終わりだ」

 

「くそっ!」

 

 そのまま騎士王は槍の方へと走っていく。

 怯んだせいで阻止しに行くのが遅れる。

 あんな全身鎧の姿のくせに俺より全然速い。

 確実に間に合わない。

 

 槍を手に取り、こちらへと向ける。

 やられた。

 騎士王の言う通り、終わりだ。

 

 

 ああ、くそっ。ゲームオーバーだ。

 コンティニューと難易度設定変更はどこで出来るか教えてくれ。

 

 

 だけど、弱い俺にしては結構時間稼いだよな?頑張ったよな?思ったよりやれたよな?

 

 

 褒めてくれよ。今度はバカにしないでさ。

 円卓の騎士とかいうやべえ奴にここまで頑張ったんだからさ。

 きっと褒める以上に怒られるだろうな。

 エリス様に怒られるようなことするんじゃないぞ。俺が大変な目に合うんだからな。

 

 

 友達として仲間として最後のお願いなんて言われたけど、そんなの聞いてやらない。死んでも嫌だね。

 あんな泣きそうな顔で笑われても気持ち悪いだけなんだよ。これだからイケメンは。

 好き勝手した結果がどうとか言ってたけど、好き勝手することの何が悪いんだよ。

 

 

 また勝手したから多分怒られるし、泣かれるんだろうな。最近泣かしたばかりなのに。

 え?泣かないって?少しぐらい良くない?

 俺が異世界に来て出来た初めての友達。

 助けてもらってばかりで何もしてやれなかった、ごめん。ありがとう。

 あ、ついでに五対三で俺の完全勝利だから。勝ち逃げするけど、許してな。

 

 

 お前らはもうぼっちじゃないから、大丈夫だよな?せいぜい幸せになりやがれ。馬鹿野郎共。

 

 

 剣を引き抜く。

 死ぬ覚悟が決まったはずなのに。

 ヒナにニホンの話をし終わると、もっともっととねだってくるみたいに。

 まだ生きたいらしい。

 もうちょっとだけ。ほんの少しだけ。

 あいつらがまだ逃げ切れてないかもしれないからね、しょうがないね。

 よし、華麗に舞うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 いや、マジ舞いすぎ。

 何回地面とキスするんだよ。

 キスから始まる恋愛もあるかもしれないが、恋愛通り越して結婚しそうだ。

 あーおいしくない。

 というかやっぱり結婚も恋愛も無理。

 エッチなことできないのに、そんな関係は無理。

 穴掘って入れろってか。絶対気持ちよくないし、絶対下向いたままだ。

 もしやったところで人間の尊厳とか色々なものを失いそうだし、あまりの虚しさに誰とも顔向け出来ない。というか上を向けたとしても三秒保つかわからないもんだし、終わった後に土だらけのアレを洗うとかどんな罰ゲームなの?

 

 あーもう最悪だよ。

 

「何をぶつぶつ言っている?それとも諦めたか?」

 

 地面とよろしくやってる俺に槍を突きつけて来る。

 なんだよ、今味わえる最大限の幸せを噛み締めてるのに邪魔しないでほしい。

 

 握っているアレ、じゃない剣に力を入れる。

 いや、アレも剣みたいなもんだけど。

 立て。いや、アレの話じゃなくて。

 

 ああもうすぐ死ぬと分かっているせいか、変なことばかり考える。

 

 立て。死ぬまで頑張るしかないだろ。

 諦めても何もならない。試合終了どころか人生が終了する。

 漫画とかで良くやってる剣を杖代わりにして立ち上がる。まさかこれをやる日が来ようとは。こんなの絶対やらないと思ってた。

 藁にもすがるって言うし、生きたいなら思い付くこと何でもやるんだろう。

 

「…何故そこまでする?貴様はあいつの何なのだ?」

 

「言っただろうが。友達だって」

 

「ともだち」

 

「俺は弱いし、特に何もしてやれない」

 

「…」

 

「それでも力になってやりたいんだよ」

 

「強敵を倒す力もない。何かを考え出す知力もない。守ってやれる防御力もない。困ってる奴に駆けつけてやる素早さもない。何かを手繰り寄せる幸運もない」

 

「…」

 

「それでも何とかしてやりたいんだよ」

 

「ともだちとやらのせいで貴様が死ぬとしてもか?」

 

「何もしない方がもっと辛いんだよ。死ぬよりもきっと」

 

「この先ずっと友達を見捨てたことを考えて生きていくことになる。多分忘れたとしてもずっと後悔は残る」

 

「俺にとって大事なものを投げ出してまで生きたい世界じゃないんだよここは」

 

 槍の一振りでまた吹き飛ばされ、地面を転がった。

 ガードなんて出来るわけもなく、剣も手から離れた。

 

 やっぱり俺には地面しかいないのかもしれない。

 地面と式を挙げるから、少しだけ待ってくれないかな。待ってくれないか、うん。

 

 ああ、くそ痛え…。

 セカンドチャンス貰ったってのに、また大したこと出来ないのはもうそういう運命なのかね。

 本当に両親には申し訳なさしかない。

 恩を返すとか、してやりたいこといっぱいあったはずなのに、死んでこんな世界に来て結局また死ぬとか。

 しかもまた他殺じゃねえかよ。どうなってんの?俺なんかした?

 

 俺は本当に馬鹿野郎だ。よくもまあ人に馬鹿野郎とか言えたもんだ。てめえには地面がお似合いだ。いや地面に失礼か。

 

「死んだ方がいいとは恐れ入った」

 

 地面に転がる俺に話しかけながら近付いてくる。

 

「なんだよ…。お前にはそういう相手いないのかよ?」

 

「…」

 

「いないのか」

 

 こいつもぼっちだったか。

 王だからぼっちなのか、それともぼっちだから王なのか。

 あの絵本はある意味あって良いものなのかもしれない。教育に役に立つのか、というのはさておいて。

 

 王としてもちろん死ぬわけにはいかない。

 それは理解している。軽率な行動は出来ないだろう。

 それでも大事な人がいるのと、いないのではそれは大きな差があるだろう。

 

 俺のすぐそばに来て騎士王は槍を振りかぶる。

 

「おい、俺の友達に手出してみろ。死んでも殺すからな」

 

「死んだら終わりだろう。何を言っている?」

 

「いや、俺は神様二人と知り合いでね。俺の友達に手出したら何してでもお前を殺してやる」

 

「…また嘘か」

 

「いいや?女神エリスと、あとついでに女神アクアと知り合いだよ俺は」

 

「…」

 

 そのまま騎士王は

 

 槍を振り下ろした。

 





 G A M E O V E R



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35話

35話です。さあ、いってみよう。



 

 目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。

 

 

 

 

 あれ?

 

 エリス様のところにいないということは…。

 俺、生きてる?

 

 身体を起き上がらせる。

 五体満足だ。身体も特に問題ない

 というか泊まってた宿だ。全然見知ってたわ。

 

 ゆんゆんとヒナが心配でいてくれたのかベッドに突っ伏して寝ていた。

 トリスターノは!?

 トリスターノが使っていたはずのベッドを見たら、トリスターノが寝ていた。よかった。残って戦ったのは無駄ではなかったのか。

 

 心の底から安堵してため息が出る。

 全員いて本当によかった。

 

 なんで俺は生きてんだ?

 騎士王にトドメを刺されたと思ったんだが…。

 見逃された?それともこいつらが助けに来た?でも騎士王は束になっても勝てないぐらいの実力だって聞いてたから、その可能性は低い。みんなが起きたら聞いてみるか。

 

 そんなことを考えていたら、ゆんゆんが目を擦らせながら起きてきた。

 目が合ってぼーっとしている。

 

「おはよう」

 

「ぅぅん…おは、よぅ…!?」

 

 

 そこからは大変だった。

 わんわん泣きながら抱きついてきて、生きててよかったと何度も言ってきた。

 

 おっふ…。結構なお手前で。

 

 なんとか気にしないようにしながら、謝りつつ、泣き止んでくれるように頼んだが無理そうだった。

 この影響でヒナやトリスターノも起きて、そこからまた騒がしくなった。

 ヒナは泣きながら笑って俺にボディーブローをするという高等テクニックをしてくるし、トリスターノも少し泣いていた。

 

 ようやく落ち着いた頃。

 

「そろそろすみません。私は彼と話があるのでお二人は少し外してもらってもいいですか?」

 

 と女子二人へと話しかけながら、俺に弓を構えた。

 

 俺達三人は状況が分からず固まる。

 

「え、えーっとトリタン?そのさ、流石に」

 

「う、うん。そうだよ、トリタンさんこれは」

 

 ヒュンっと鋭く空気を切る音が聞こえて、俺の右耳を軽く掠って後ろの壁に矢が突き刺さった。

 

「外してくださいと言ったんです」

 

 すでに次の矢を構えている。

 二人は今までにないトリスターノの圧力に驚き、動けずにいる。

 

「ちょい部屋から出てくれ」

 

 と俺も二人に声をかけたが心配なのか、なかなか出ていかないので、いいから出てけとゆんゆんのおっぱいにタッチしたら、ゆんゆんのビンタとヒナのボディーブローを食らった後、最低!と叫びながら二人はそのまま部屋を出て行った。

 

 すでに満身創痍だが、トリスターノは弓を構えるのをやめない。

 

「貴方は本当に最低ですね」

 

「ぐぅぅ…みぞおちを的確に殴りやがって…。なんだよ。出て行くように言っても聞かないのが悪いだろ」

 

「それもありますが、私のお願いを聞いてくれなかったことです」

 

「余計なお世話だったってか?」

 

「ええ、本当に余計なお世話をしてくれやがりました」

 

「結構頑張ったんだぞ?これでも」

 

 またヒュンっと鋭い音が聞こえて、今度は俺の左耳を掠って後ろの壁に矢が突き刺さる。

 

「そんな話はしてません」

 

「お前そういうキャラだっけ?」

 

「次は当てますよ?」

 

 ニコニコして表情を変えない。

 

「お前ここに来て変なキャラ立てするんじゃないよ。何話だと思ってるんですかこのや」

 

 また空気を切る音が聞こえた後にドスっと肉に何かを突き立てたような音が聞こえた。

 トリスターノが矢を放った後にまた矢をつがえている。

 下を見たら俺の右の太腿に矢が突き刺さっていた。

 

「ろおおおおおおおおおお!!!お前何すんだコラあああああああああ!!!」

 

「当てるって言ったじゃないですか。あはは」

 

「あはは、じゃねえんだよ!にこやかに仲間の足に何ぶち込んでんだこのヤロおおおお!!」

 

「仲間として友達としてのお願いを聞いてくれなかった貴方が悪い」

 

「バカか!仲間のこと見捨てられるかボケ!」

 

「死んだらどうするつもりなんですかこの野郎」

 

「だからって仲間が犠牲になります、はいそうですかになるわけねえだろうが!」

 

「じゃあ私のせいで友達が死んだことをずっと引きずって生きろと言うんですか?」

 

「そうだよ!」

 

 再び空気を切る音が聞こえた。

 今度は左の太腿に矢が突き刺さった。

 

「ぐっ!てめえ!」

 

「貴方の自己満足で私に苦しめと言ったんです。それぐらいは覚悟の上でしょう?」

 

「んなもん覚悟なんかするか!」

 

「いいかこの野郎!お前は俺の友達で仲間だ。お前がどんなに言おうが友達が死にそうなら助ける。どれだけ矢を撃たれようが、この先何があろうが絶対にこれは変えない」

 

「…」

 

「俺の行く道は俺が決めろ、お前が言った言葉だろうが!お前に決められる筋合いはないぞ!俺は友達の為に頑張れる人間だってことも言ったな!?そんな俺ならもちろん友達を見捨てるなんて出来ねえって、これもお前が言ったことだろ!」

 

「これでお前に認められた俺が頑張らねえわけにいかねえだろ」

 

 ヒュンと風を切る音がまた聞こえて

 右太腿に矢がもう一本突き刺さった。

 

「なんでだああああああああ!!!」

 

「あ、すみません。あまりのくさいセリフについ手が」

 

「つい手が、じゃねえんだよ!お前が言ったセリフだろうが!何してくれてんの!?お前のセリフなんだから責任持てや!」

 

「すみません。私は一流の弓兵ですが、自分に矢は打てないので貴方に打ちました」

 

「ざけんな!なに自慢しつつ、恥ずかしいの誤魔化そうとしてんの?恥ずかしかったんだろ!?お前が言ったくさいセリフを意外にも俺が覚えてたの恥ずかしかったんだろ!?」

 

 左の太腿に矢が一本追加された。

 

「あああああああああ!!!」

 

「手が滑りました」

 

「やっぱり恥ずかしかったんだな!?もう誤魔化せんぞ!?やっぱりお前がくさ」

 

 ドスドスッ!

 右の太腿に二本矢が追加された。

 

「ああああああああああああああああ!!!」

 

「手がとても滑りました」

 

「二本も滑るかああああああ!!!」

 

 

 ずっと叫んでたせいか、ヒナとゆんゆんが割って入ってきたせいで話は中断になった。

 

 

 

 

 

 トリスターノのせいで俺の太腿が針の筵状態になり、矢を引き抜いて回復魔法をかけてもらうのだが。

 

 

「子供達の前では言葉遣いをしっかりする?」

 

「ざけんなこら!早く治せ!」

 

「暴れたら危険ですよ」

 

「お前のせいだろうが!」

 

「…セクハラはもうしない?」

 

「うるせえ!てめ!離せ!矢を掴んだまま待機するな!」

 

 一本抜くごとに、一本分回復するごとに何故かこいつらの言うことを聞かないとやってくれないみたいになってる。

 ゆんゆんが矢を抜く、ヒナが回復魔法。

 トリスターノが俺を羽交い締めにして、連携して俺に言うことを聞かそうとしている。

 

「セクハラは本当にやめてほしいんだけど」

 

「わ、わかった!もう自分で抜くから!退け!離せ!」

 

 ゆんゆんが逆に矢を押し込んできた。

 

「ああああああああ!!お前この!わかったよ!もうしないよ!」

 

 それを聞いて嬉しそうにニッコリ笑いながら思い切り引き抜く。

 怖。それならもう少し男に対して警戒心持ってくれ。

 ゆんゆんの将来が変な方向にいかないか本当に心配だ。

 

「ぐっ!!あと二本か…!」

 

「ねえ?子供達の前では」

 

「うるせえ、ちびっ子!もういい!この街のプリーストのところに行く!離せ!」

 

「傷にさわりますよ」

 

「だからお前がつけた傷だよねえ!?何冷静に助言してますポジにいるんだよお前は!」

 

「ゆんゆんさん、その一本は私の願い事の分でお願いします」

 

「うん、いいよ」

 

「連携してんじゃねえ!」

 

「ねえ結構血出てるし、いろいろと汚れちゃうし、早めに言って欲しいんだけど」

 

「お前の手なんか借りるか!この町のプリーストのところに」

 

「トリタンさん、願い事はなに?」

 

「そうですねえ…」

 

「僕がいるのに他のプリーストのところに行く?ふざけないでよ」

 

「ふざけてんのはお前達だろうが!離せええええええええ!!!!」

 

 

 

「うるせえぞ!毎日なに騒いでんだあ!!」

 

 あまりの騒々しさに宿の主人が乗り込んで来た。

 

「た、助けてくれ!」

 

 宿の主人は数秒固まった後。

 

「何があったああああ!?お前さん、大丈夫か!?」

 

 俺の太腿に矢が刺さって、一人は羽交い締めにして、二人は矢をどうにかしようとしてるが傍目から見てもどんな状況かわからないのだろう。だって当人の俺もよくわからないし。

 

「た、助け」

 

「安心してください。矢を抜いてるだけですので」

 

「いやいや、安心できねえよ!何があった!?てか何してんの!?どんな状況だよこれ!」

 

「おっちゃん!助けてくれえ!」

 

「これが僕達のパーティーの連携。絆です」

 

「いや、そこの兄ちゃんめちゃくちゃ俺に助け求めてるけど!?どんな絆ぁ!?」

 

「そ、そうです!私達はパーティーですから!絆ですから!何の問題もありません!」

 

「問題しか見えねえよ!?お前達どんなパーティーなの!?そこの紅魔の娘が矢突き刺してるように見えるんだけど!?というかなんで羽交い締めにしてんの!?」

 

「た、助けてくれえ!プリーストのところに」

 

「「「絆です」」」

 

「……あんまり騒ぐなよ」

 

「え、ちょ、まっ」

 

 宿の主人はどうしていいか分からず、状況を理解できずにこの場を去ってしまった。何が絆だよ!最悪の絆だよ!

 

 

 

 

 

「……」

 

 矢を全部抜いてもらって回復してもらったが、まるで有り難みを感じない。

 

 

 話し合いは一旦中断となり、昼飯を食べ終わった後、先に聞きたいことを聞かせてもらった。

 

 あの後、逃げ終わった三人は俺が残って戦っていることを知り、他の冒険者達に協力を仰ぎ再び教会へと戻った。そこには俺が倒れていたが騎士王はいなかったらしい。

 倒れていることから死んでいるかと思いきや、息もある上に大した怪我もしてなかった為、その場で回復魔法を使い連れて帰ったという。

 

 何故生き残った?

 騎士王に見逃された?

 まさかエリス様がなんかやったのか?

 それとも本当に隠された力でもあったのか?

 

 分からん。

 あの騎士王が殺し損ねるなんて事あるはずがない。

 

 

 そんな事を考え頭を捻っていると。

 今度は俺が説明をする番だとみんながこちらを見てくる。

 さて、じゃあ

 

「あ、そうだ!」

 

 ヒナが遮って来た。なんだ?

 

「ずっと気になってたんだ。ヒカルの能力のこと教えてよ」

 

 あー…。

 

「みんなを巻き込みかねないほどの能力って言ってたけど、めぐみんの爆裂魔法みたいにパーティーで協力すれば上手く活用できるかもしれないし」

 

 ゆんゆんがそんな提案をして来るが、そうだったなー…。俺そんなこと言ってたなー…。

 

「確かにヒナさんの父親ほど強力ではないのに、ステータス低下があるのはおかしいと思っていたんです。教えてください。今のパーティーなら連携なんて簡単なはずです。それにあの騎士王を相手にできるほどの強力な力というのは大変興味があります」

 

 うんうんと二人も頷いている。

 

 やべえ、どうしよう。

 正直生き残れるなんて思ってなかったし、マジでノープランだった。

 みんなが期待した顔でこちらを注目してくる。

 

「で、でもほら、や、やっぱり危ないしさ…」

 

「安心して。僕達とならきっと大丈夫だよ」

 

 大丈夫じゃない。俺が。

 

「私達を、パ、パーティーを信じて!」

 

 まだパーティーを普通に言い切れないところがまたゆんゆんって感じがしていいんだけど、今はそんな場合ではない。

 

「わかった。言うよ。でも、あれだぞ?怒ったりするなよ?」

 

「怒るってなにさ。教えてもらうのに怒るわけないでしょ」

 

 よし、言ったからな?

 怒らないなら言おう。

 

「俺にそんな力があるわけないだろ」

 

 全員が茫然としてこちらを見てくる。

 

『は?』

 

 三人が綺麗にハモった。

 息ぴったりじゃないか。パーティーのリーダーとして嬉しいぞ、うん。

 

「どういうこと?」

 

「嘘ついてお前らを逃した」

 

 

 そこから三人に烈火の如く怒られた。

 三人が同時にブチ切れてきたせいで正直何を言われたか全然聞き取らなかったが、多分俺の身を案じた言葉が聞こえた気がする。

 俺は床に正座をさせられ、完全に三人に囲まれて説教タイムとなった。

 ヒナはブチ切れモードの説教数時間コースもので今までで一番の勢いだった。

 トリスターノは笑顔が消え去り、珍しく声を上げて切れてきた。

 ゆんゆんは泣きそうになったり怒鳴ってきたりされたけど、だいたい聞こえなかった。

 叩かれたり、弓に手をかけてきたりと危険な感じもしたが、普通に説教だけになった。そして俺をバカにする言葉も聞こえた気がするけど、聞かなかったことにした。

 

 怒らないって言ったじゃん…。

 

 

 

 一時間ほど経ち、俺の足が痺れて立てなくなった頃。

 三人がようやく落ち着いてきたので、三人が逃げた後どうなったかを説明した。

 トリスターノがたまに頭を抱えてたけど、まあ見なかったことにした。

 

「…本当にヒカルは素手同士の戦いなら強いね」

 

「いや、あれは俺が強いわけじゃなくて、運が良かっただけというか」

 

「…でも騎士王を地面にぶん投げたのは貴方ぐらいでしょうね…」

 

「やっぱりヒカルは武術の先生とかをやるべきなんじゃ…」

 

「おい、だいぶ前のやりとりをまたやらせる気か」

 

 そんな話をしていると

 

「では、そろそろ私との話の再開と行きましょうか」

 

「また弓撃ってくるんじゃねえぞ」

 

「リーダー次第ですね」

 

 ニコニコするな。

 

「弓は禁止。床が汚れちゃうよ」

 

「俺の心配をしろ」

 

「安心して。私がまた矢を抜いてあげるから」

 

「なんで撃たれる前提なの?全然安心出来ないよ。俺の身を案じてるのか傷付けたいのか、どっちなの?」

 

 はあ…。

 

「トリスターノに聞きたいことがある。お前はなんでこっちの国に来た?」

 

「…私は確かに嘘をつきましたが、友達が欲しかったことは本当です」

 

「まだ理由があるとしたら人殺しをしたくなかった。魔王軍の味方をするのも嫌だったのです」

 

「グレテンは変わってしまった。私が護るべき国や王はあんなものではありませんでした。だから私はトリスタンとしてではなく、トリスターノとして生きることにしたんですよ」

 

「グレテンが元に戻れば、お前は帰りたいか?」

 

 トリスターノは一瞬驚いた顔をしたが、またニコニコ顔に戻って、なんでもないことのように答える。

 

「いいえ。そもそも、私の居場所なんかもうグレテンにはありません。それに」

 

「貴方達がいますから。帰る気など少しもありません」

 

 トリスターノは頭を下げて、言葉を続けた。

 

「リーダーには言っていましたが、お二人には隠していました。私のせいで大事な仲間がいなくなるところでした。本当に申し訳ありません。迷惑をかけたことも。秘密にしていたことも」

 

「リーダーに対して怒りましたが、私も相当バカな行動をしました。ですが、その」

 

「別にトリタンのこと怒ったりしないよ。ヒカルみたいに言うこと聞かないわけじゃないし」

 

 いちいち俺を引き合いに出すな。

 

「私も自分のせいでみんなに迷惑かけたら似たようなことしちゃうと思うから、気にしないで。ヒカルみたいに変なことばっかりしてるわけじゃないし」

 

 俺もみんなを守るために必死だったんだし、そんな感じでフォローしてくれてもよくない?

 確かに死ぬのは怖いし、嫌だけど俺は一回死んでるわけだし、俺よりもみんな若いし才能ある奴らなんだし、そういう意味でもこいつらには生きてほしいんだけどなぁ。

 それを言うわけにはいかないんだけど。

 

 

「ありがとうございます。その、迷惑をかけておいて大変恐縮なんですが…」

 

 こいつ展開的にまた変なこと言うぞ。

 三人に注目されて、言いづらそうに聞いてくる。

 

「私をパーティーに残してもらえないでしょうか?」

 

 何言ってんだこいつ。

 という顔を三人でしてしまった。

 

「…え?抜けるつもりだったの…?」

 

「逆に抜けるとして、他の二人が黙ってても僕の拳が黙ってないよ」

 

 誰かこいつに脳筋以外の生き方を教えてやってくれ。俺は怖いし面倒だから嫌だ。

 

 トリスターノは二人を見た後、俺を見てくる。

 

「なんだ?お前が勝手なこと言っただけで、別にリーダーの俺はやめることを認めたつもりはないぞ」

 

「…ありがとうございます」

 

 何照れて笑ってんだ。

 まったく…。

 

 

 これだからイケメンは。

 




前回の終わりにアンケートの協力をしてくださった方、ありがとうございました。

続きを書かないわけではありませんでしたが、あんな演出ができるんじゃないかなと思ってやりました。
Noが多かった場合はシロガネ君は死亡して、他の三人が闇堕ちして終わろうかなと思いましたが、そんなことにはなりませんでした。
Yesの後の話しか書けてなかったので、よかった。
Noは先程のように一応話としては考えていたんですけどね。

これにて二章終了です。
三章は…また考えきれて無いので、二章の時と同じで日常回やって話に入っていく流れです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
良ければ感想や評価などしていって下さると嬉しいです。


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番外編『No』
番外編①



34話のアンケートから、この話は思いつきで作りました。
途中まで作って消そうかと思ったんですけど、消すに消せなくて投稿しました。

本当はバッドエンドになるところをエリス様が頑張ったみたいな感じです。




『No』の先のハッピーエンド①

 

 

 

 私達はあの後全員が離れ離れになった。

 

 ヒナちゃんはショックで心を病んでしまい、アークプリーストの力を使えなくなってしまって、実家へと戻っていった。

 トリタンさんはグレテンへと向かった。

 何度も止めたが、止まってくれることは無かった。

 その後のことは聞いていないけど、多分…。

 

 

 私もしばらくはショックで寝込んだり、部屋に閉じ籠ったりしていたが、めぐみん達に元気付けられてなんとか立ち直った。

 

 私は数少ない友達を失った。

 

 私はまた、ひとりぼっちへと戻った。

 

 見かねためぐみん達にパーティーに誘われたが、私にとってのパーティーは彼等であって、めぐみん達のパーティーではない。だから私は誰かのパーティーに本格的に入ることは無かった。

 

 一人で冒険者を続けたが、それは彼等の後を追おうとかそんなことは考えなかったし、紅魔族の長になることを諦めたつもりもない。

 

 効率が良い。一人ならレベルも上がりやすいし、お金も稼げた。

 いや、そうじゃなくて

 

 

 ただ単純に

 

 もう二度と

 

 

 もう二度と友達を失うあの苦しさや絶望を感じたくなかった。

 

 

 

 

 彼が死んで数年が経った。

 その数年はいろいろなことがあった。

 私もなんだかんだで魔王を倒すパーティーに入り、魔王を倒すことに成功した。

 

 そして私は紅魔族の長となった。

 

 苦労は絶えないが、なんとかやっていけている。忙しいのが悲しみを忘れさせてくれる。

 日々の苦労よりも親に結婚しろと言われる方が辛かった。

 

 

 そんなある日。

 家で仕事をしていると、血相を変えためぐみんが家にやって来た。

 めぐみんはカズマさんと結婚して、少しだけ丸くなったはずなのに、どうしたんだろう。

 私に合うや否や、手を引っ張って何処かへと向かっていく。

 

「ねえ、めぐみん。私結構忙しいから」

 

「いいから来なさい!ゆんゆんの為ですよ!」

 

 そんな感じで無理矢理連れて行かれる。

 溜息をつき、付いて行った。着いた場所は母校のレッドプリズン。

 少し待つように言われて、世間話しつつ待機した。

 そろそろもう一度問いただそうとしていると、授業が終わったのか子供達が正門から出てくる。

 めぐみんは注意深く子供達のことを見始める。

 

「めぐみん、その、変な趣味に目覚めたりとかしたんじゃないわよね?」

 

「違いますよ!私のことをなんだと思っているんですか!少し待ってなさい!」

 

 そんなことを言ってまた子供達を眺めるのを続けるめぐみん。

 こんな待つぐらいなら仕事をもう少しやってから来たかった…。

 

「あ!来ました!あの子!あの子を見てください!」

 

「もう…なに?」

 

 めぐみんが何度も何度も私の肩を叩き、一人の六から九歳ぐらいに見える男の子を指差して伝えてくる。

 

 その男の子は周りの子達と違って一人で帰っている。

 黒い髪に紅い瞳。紅魔族なら当然の特徴。紅い瞳はなんとなく少し黒い気がする。

 その子はどこか気怠げな表情で、見た目の年齢よりも大人っぽく、落ち着いた様な雰囲気を感じる。

 

 そんなことよりも何よりもあの子は

 

 私の友達、ヒカルにそっくりだった。

 

「今日カズマと買い物に出かけた帰りに、あの子が体育の授業かなんかで外に出ていた時に偶然発見したんです」

 

 めぐみんが何かを言っているが、まったく聞こえない。

 呼吸が止まって、心臓が早く鼓動を始める。

 夢?幻覚?ドッキリ?

 

「ほら、行きますよ」

 

 茫然としたままめぐみんに手を引かれて、男の子の元へと向かった。

 

 

 

「我が名はめぐみん!世界最強の魔法使いにして、魔王を超えし者!」

 

「はあ、どうも」

 

 男の子の元へと向かい、いきなり名乗り出ためぐみんに会釈して、そのままスルーしようとする男の子。

 そういえばヒカルはあまりめぐみんとは仲良くなかった気がする。

 

「ちょ!ちょっと待ちなさい!なにスルーしようとしてるんですか!貴方も紅魔族なら名乗り返してみなさい!」

 

 えー、と面倒臭そうな顔をする男の子。

 そんな表情もヒナちゃんに怒られてる時のヒカルそっくりで、ますます私は混乱する。

 

「我が名はヒカリ。あー、早く帰ってご飯の用意をしたい者」

 

 ヒ、カ…リ?

 こんなことあるはずがない。

 名前まで同じ?どう考えてもおかしい。

 私はとうとうおかしくなってしまったの?

 

「適当ですか!というか名前…。ゆんゆん、やっぱりこの子、ってゆんゆん!」

 

 めぐみんが呼びかけてきて、ようやく頭が動く。この子がヒカルなんてことあるわけない。ないだろうけど。

 男の子の目線に合わせてしゃがむ。

 

「ヒカリ君?その、私のこと知ってたりとかする?」

 

 ヒカリは首を傾げている。

 やっぱりわからないか。

 

「名前も知らないっす」

 

「そうですよ。紅魔族の長なんですから、しっかりしてください」

 

 う…やらなきゃダメよね。仕方ない。

 立ち上がりポーズをとって「我が名はゆんゆん!紅魔の里を統べる者!」といつもならそう言うのだが…。

 

 右半身を前に出し中腰になる。そして右手の平を見せてこう言う。

 

「お控えなすって」

 

「え、ゆんゆん…?」

 

「?」

 

 めぐみんもヒカリも困惑しているが、構わず続ける。

 

「手前、生国と発しまするは紅魔の生まれ、名はゆんゆんと申します。

この里の長をやらせていただいております。

以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます」

 

 …うん。恥ずかしいけど、ちゃんと言えてよかった。

 

「ゆんゆん!その名乗りは一体!?」

 

 そういえばめぐみんの前では見せてなかった。うう、そう考えると恥ずかしさが増す。

 

「なんかかっこいいっす」

 

 めぐみんには変な反応されたけど、この子にはかっこ良く見えたらしい。

 それならよか

 

「自分の年齢考えずに道の往来で、こんな変な名乗りするとかすごいロックって感じるっす」

 

「バカにしてるの!?」

 

 確かに学校の前だけど!

 そもそもヒカルに教えられて…って、この子は違うんだった。

 ヒカリから面倒臭そうな表情は消えている。私たちに興味が出たのか、ちゃんとこちらを見て、話をしている。

 

「バカにしてないっす。特におっぱいを見せつけてくれるところが最高によかったっす」

 

「どこ見てるのよ!!変なところしか見てないじゃない!」

 

 私たちに興味があったわけじゃなかった!

 

「ところでお名前なんでしたっけ?」

 

「聞いてよ!なんで変なところばかり見て、肝心の名前聞いてないのよ!」

 

 完全に私たち個人に興味ない感じだこれ!

 

「紅魔族随一のおっぱいっていうのは聞こえたんですけど」

 

「言ってないわよ!というか一言もあってない!」

 

「おかしいっすね」

 

「おかしいのは君でしょ!?」

 

「いや、おかしいのはこんな場所であんな」

 

「あーもう!私はゆんゆん!よろしくね!」

 

 無理矢理終わらせた。

 これ以上恥ずかしい思いはしたくない。

 絶対この子はヒカルの生まれ変わりだ。こんな風にすぐいじりに来るし、割と欲望に素直なところもそっくり。

 すごく懐かしい気がして泣きそうになる。

 

「よろしくお願いします。すみません、そろそろ家帰ってご飯の準備がしたいので」

 

 と言って会釈して、また帰ろうとする。

 え、もうちょっと話しておきたい。

 

「ちょっと待ってください。ご飯の準備とか言ってますが、ご両親は?」

 

 と思ってたら、めぐみんが会話を続けてくれた。ナイスよ、めぐみん。

 

「共働きで王都にいます。帰ってくるのは夜なので自分で用意しないといけないっす」

 

 ならご飯を食べながら話を聞こう!

 この子にご飯を食べさせてあげて、更には話をして仲良くなれる。一石二鳥よ。

 

「そ、それなら私の家でご飯食べない?それとも何処かで食べに行く?」

 

 めぐみんも目を丸くしている。

 私も成長してご飯を誘うことも出来る様になったのよ。

 

「あんまり知らない人についていっちゃいけないって言われてるんで」

 

 え!?失敗!?

 すごく自然な流れでご飯に誘えたはずなのに!

 

「え、でもほら!私は族長だし!自己紹介もしたし、もう私たち友達みたいなものじゃない?」

 

「え、そうなんすか?」

 

 ヒカリが心底不思議そうに聞いてくる。

 え、ち、違うの?違わないわよね?

 

「あの、ゆんゆん?少し落ち着きましょう」

 

「え、落ち着いてるけど?」

 

「なお悪いですよ。ほらこの子も困惑してますし」

 

 めぐみんが何故か呆れたような顔をしてる。

 え、なんで?

 この年の男の子と接した事がないせいかな。

 全然わからない。

 

「でもヒカリ君、大変じゃない?お金の心配ならしなくて大丈夫よ。ちゃんと私は持ってるし、料理する方だって自信あるんだから」

 

「その、なんか誘拐みたいに見えるので、そろそろやめませんか?」

 

「ゆ、誘拐!?違うわよ!私はご飯に誘ってるだけで」

 

 なんて人聞の悪い。

 めぐみんの方を見て抗議の視線を送っていると、めぐみんが寄ってきて耳打ちしてくる。

 

「今日はこの辺にしましょう。ゆんゆんが急ぐ気持ちもわかりますが、周りに変に思われたくありませんし、ゆっくり仲良くなりましょう」

 

 た、確かに言われてみれば…。

 あれ以来、友達を作らないようになってから、更に人付き合いが不器用になったかもしれない。

 仕事とかで人に接するのは問題無いはずなのに。

 

「わ、わかったわ。でも一応一人で大丈夫かどうかだけ聞くわね?」

 

 めぐみんも頷いてくる。

 

「ヒカリ君、本当に一人でご飯準備出来る?大変なら私に頼ってくれてもいいのよ?」

 

「毎日やってるので大丈夫っす。では」

 

 ペコリと礼をしてから去っていく。

 あまり子供っぽくない感じだったなぁ。

 

 

 

 

 数日後の下校時刻。

 

「こんにちは、ストーカーで族長のおっぱいさん」

 

「ち、違うから!ていうかいい加減名前覚えてよ!」

 

 未だに名前を覚えてくれてなかった。

 

 あれから毎日、登校と下校時間に会うようにしていたのだが、何故だかストーカーと呼ばれるようになってしまった。

 ゆっくり仲良くなる作戦が…。

 

「ねえ、ゆんゆんだから。言ってみよう?」

 

「たゆんたゆん?」

 

「完全にバカにしたよね?怒っていいよね?」

 

「今日もご飯誘いに来たんですか?」

 

「誤魔化されないからね?ちゃんと謝らないと許さないからね?」

 

「俺の家ビンボーなので身代金とか用意出来ないのでやめた方がいいと思うんすけど」

 

「だから誘拐でもないから!」

 

 

 

 

 こんな感じで正直なところ仲良くなれてるか微妙なところ。

 本当に子供っぽくない子。

 

「学校はどう?楽しい?」

 

「普通っす」

 

 ………。

 

 会話…!会話が…!続かない!!

 

「え、えーっと、そうだ。なんか学校で流行ってるものとかないの?」

 

「学校で…?うーん」

 

 あ、もしかしたらこんな変な子だから私みたいに友達いないかもしれない。

 悪いことしたかも…。

 

「マイブームで良ければ」

 

「あ、うん。それでもいいわ」

 

 よ、よかった。杞憂で済んだ。

 

「俺のマイブームは毎日待ち伏せしてくるストーカーが話しかけてくるのを煙に巻くことですね」

 

「どんなマイブーム!?しかもそんなこと考えながら話してたの!?通りで話がまったく進まないと思った!っていうか私はストーカーじゃないから!」

 

「何言ってるんですか?」

 

「へ?」

 

「俺は別にゆんゆんさんとは言ってないですよ?」

 

 こ、この子供!嵌められた!

 しかもちゃんと名前覚えてるじゃない!

 少し嬉しくて、許しそうになる自分が憎い。

 ヒカリはニヤリと笑い、続けてくる。

 

「ストーカーって自覚あったんですね?」

 

 ぐっ!二日目あたりからそう呼ばれてたから反応してしまっただけだから。違うから。

 

「怖いなぁ…。学校の先生に相談しようかな」

 

「こんな時だけ子供ぶって!」

 

 どう言い返そうかと思っていたら

 

「どこに連れて行ってくれるんですか?」

 

「え?何が?」

 

 少し表情が柔らかくなったヒカリが問いかけてきたが、何のことか分からず、聞き返してしまった。

 

「ご飯誘いに来たんじゃないんですか?それとも本当に誘拐なんですか?」

 

「え、来てくれるの?」

 

 はい、と返事してくる。

 

「ふふ、実は照れてたんじゃないの?」

 

 ここぞとばかりにお返しにからかった。

 これくらいいいよね?

 

「さようなら、ストーカーの人」

 

「待って!?せめて族長!族長はつけて!」

 




他の視点で書くのきつい。
他視点の初めてがこの番外編なるとは。

ヒカリ君の喋り方に違和感しか感じないって?
流石にタメ口で話すのもアレなので、敬語にしました。

続きは書けるかわからないですけど、書けたら投稿します。


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番外編②

続きです。

前回と同じくご都合主義です。
それでも良ければお読みください。



『No』の先のハッピーエンド②

 

 

 最初は家に招待して、食事後にボードゲームでもやって仲良くなろうかと思っていたけど、家は怖いので外でご飯が食べたいと言われた。

 何回も誘拐じゃないって言ってるのに全然信用してくれない。

 ヒカルとはボードゲームやって仲良くなったし、その作戦で行こうと思ったのに。

 

 

「『族長』ってヒマなんですか?」

 

「喧嘩売ってる?」

 

 いつだったかめぐみんと一緒に来たカフェでご飯を食べることにしたのだが、席についた一言目がこれだった。

 

「だって毎日毎日毎日毎日ほいほいほいほいと通学路からひょっこり出てくるんですから」

 

「う、でもヒマではないから。ちゃんと仕事終わらせてから私は来てるから問題ないの」

 

「ストーカー行為は問題があると思うんですけど」

 

「ところでヒカリ君、私には敬語じゃなくていいわ。もう少し子供らしくしてほしいし」

 

「まあそれでいいならそうするけど、その誤魔化しはどうかと思うんだけど」

 

「何が食べたい?なんでもいいわよ」

 

 メニューを渡して、強引に話題を変えた。

 

 

 

 

 

 注文を終えた後

 

「何が目的なんだ?」

 

 ヒカリはとうとう本題に入ってきた。

 そうなるよね。

 

「実はね」

 

 全部話した。

 ヒカリがかつての友達と似ていること、それに名前まで同じだということ。

 その友達が亡くなってしまったこと。

 私達のパーティーがバラバラになってしまったこと。

 他にも思い付く限りのことを話した。

 子供になんてことを話してるんだろうと思っていたが、どうしてか止まらず全てを話していた。

 

 こんな訳もわからない話をしてるのに、ヒカリは真剣に話を聞いてくれていた。

 この数日まるで話を聞かないで好き勝手してたのが嘘みたいに。

 

「ごめんね、変な話しちゃって」

 

「…」

 

 改めて冷静に考えて、こんな小さな子に何を言ってるんだろう。

 困らせてしまったせいで黙ってしまった。

 しばらく私も友達がいなかったせいか、この雰囲気をどうしていいかわからない。

 

「それに毎日来てごめんね。どうしても気になっちゃったの」

 

「俺はヒカルじゃない」

 

「!」

 

 …知ってる。

 知ってたけど、この子を見た瞬間から奇跡に縋りたい気持ちになってしまった。

 

「その、俺はよくわかってないけど、ゆんゆんさんがすごい辛い思いをしてるのはなんとなくわかった」

 

「俺はヒカルじゃないし、その人の代わりなんて俺にはやれないけど」

 

「なんとなく、ゆんゆんさんの力になりたいと思う」

 

 どこまでも真っ直ぐに私のことを見てくれている瞳がその顔がどうしても、ヒカルと重なる。

 

「だからヒカリとして俺と友達になってください」

 

 我慢していたものが溢れて、止まらなくなった。その言葉に何度も頷いた。

 対面に座っていたヒカリが隣に来て、頭を撫でてくれた。

 その小さな身体にしがみつくようにして、ただただ泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 カフェ店内で良い歳をした大人が子供にしがみついて、わんわん泣いている状況を見て、人は何を思うだろうか。

 

 とりあえず不審に思うだろう。

 私だってそう思う。

 

「ご、ごめんなさい!本当にすみませんでした!」

 

「い、いや、大丈夫。大丈夫だから」

 

 私は今、店の人たちに平謝りしていた。

 幸い他のお客さんがいなかったお陰で私は店の人たちに醜態を晒すだけで済んだ。

 いや、私がわんわん泣いてたから、お客さんがいなかったんじゃ…?

 

 私はこれ以上考えるのをやめた。

 

 謝り倒した後、ヒカリの元へと戻ると、ヒカリはマイペースにもご飯を食べていた。

 うん、やっぱりこの子は

 

 

「さて、そろそろいいかな?」

 

 私の後ろから声が聞こえて振り返る。

 

「あるえ、久しぶり。どうしたの?」

 

 私の同級生のあるえが立っていた。

 

「いや、それはこっちのセリフなんだが…」

 

 何故だか呆れたような顔でこちらを見てくる。

 

「あるえ姉ちゃん、どうした?」

 

 へ?

 ね、姉ちゃん?

 

「どうした、じゃないよ。いつもの時間に帰ってこないから心配してたんだ」

 

 ヒカリに向かって、ムスッとした表情で睨むあるえ。

 

「ごめん、あるえ姉ちゃん。でもたまには遊んできたらどうだい、ってよく言ってるじゃん」

 

「それはそうなんだけど…はあ」

 

 ため息をついて腕を組んで、今度は私に向き直る。

 

「さて、話してもらおうかな?」

 

「え、ちょ、ちょっと待って!?あるえ、お、弟!?弟いたの!?」

 

「私が聞いてるんだが…。まあ、いいか。

弟じゃないよ、近所の子さ。その子の両親は忙しくてね、よくお世話を頼まれてるんだ」

 

「お世話っていうか、あるえ姉ちゃん、俺より家事できな」

 

「ごほっ!ごほっ!」

 

 あるえが咳払いで必死に誤魔化してる。

 恥ずかしいせいか、顔が少し赤くなっている

 あるえ、出来ないんだ…。

 

「さあ、私から話すことはもうないよ。

ヒカリのことはその子の両親から頼まれてるんだ。いい加減聞かせてもらう。

珍しすぎる組み合わせがカフェに来て、尋常ならざる雰囲気だったから流石の私も口を挟めなかったけど、全部話してもらおうか」

 

 うっ、この言い方だとしっかり見られてたみたい…。

 隠すことでもないし、あるえにも話しておこう。

 

 

 

 

「ふむ、なるほど」

 

 そう言いながら手帳を開き、さらさらとメモをしているあるえ。

 

「えっと、あるえ?何書いてるの?」

 

「ん?ああ、すまない。小説のネタになりそうな話だったから、つい」

 

 悪気は無いんだろうけど、それはどうなの?

 結構私のデリケートな部分なんだけど…。

 

「生まれ変わりに前世での絆。素晴らしい。まさか本当にそんなものにお目にかかれるとはね」

 

「えっと、信じてくれるの?」

 

「先程の光景を見たらね」

 

 それは速やかに忘れてほしい。

 私の羞恥心がなんとかなってしまう前に。

 

「そもそもゆんゆんは悪いことをする人間とは思ってないからね。ご両親からこの子のことを任されている身としては聞かざるを得なかっただけさ」

 

「ありがとう、あるえ」

 

「いいさ。それにヒカリはもともと聞き分けも良くて物覚えも良くてね。この歳で親を気遣うし、家事もなんでもこなす子だから、本当に何かあった時の為に私は任されているだけで、今回もたまたま気付いたから世話を焼きに来たってわけだよ」

 

「でもあるえ姉ちゃん、たまに俺のところに飯食いにくああああああああっ!」

 

「ごほっ!ごほっ!」

 

 足が、足があ…と言っているヒカリに何があったか考えないでおこう。

 仲良いなぁ…。

 お姉ちゃんか…いいかも。

 

「こうして子供らしくないところは昔から気がかりで心配だったんだけど、ゆんゆんも見てくれるなら安心出来るね」

 

「あるえ…!」

 

 こんなに信用してくれるなんて…まるで友達同士みたい…!

 私もヒカリと友達になったんだし、いつまでたっても一人ぼっちなんてダメよね。

 前に進まなきゃ!

 

「もしかしたらこの子供らしくないところは前世でのことを少し覚えてるから、なんてこともあるかもしれないね」

 

 ど、どういう事?

 私が疑問に思っていると、あるえはそれに気付いたのか説明を始める。

 

「ヒカリは先程言った通り、子供らしさのカケラもなくてね。物覚えが良いのは前世での経験があるからとか。聞き分けがいいのは、まあ家の都合もあるだろうけど、前世での大人としての精神があるから、とか。」

 

 そんなことがあり得るの…?

 でも確かに初対面の時も子供らしくない反応だったり、敬語で話したりしてた。

 

「さあ、ヒカリ。そこのところはどうなのかな?何か覚えてることとかないかい?」

 

 そんなことを言いながら手帳を開き、メモの準備万端なあるえ。

 ヒカリはもぐもぐしながら思案顔をしているが、あまり覚えてるような雰囲気ではない。

 

「ゴクリンコ。特にない、けど」

 

「けど?」

 

「たまに初めてやるはずのことなのに、なんとなくやったことがあるような気がする時がある」

 

「ほう!」

 

 あるえはメモしながら興奮気味だ。

 

「なんとなくその通りやったら上手く行く時がある」

 

「いいね、最高だ。他には?」

 

「うーん」

 

 思い出して欲しいけど、無理してほしくない。

 ヒカリに何かあったら嫌だし。

 

「そうだ!最初ゆんゆんを見て、何か思ったことはないのかい!?」

 

「ちょ、あるえ!?」

 

 な、なんてこと聞くの!?

 でも、もしかしたら

 

 

「おっぱいが大きくて、スタイルが良い」

 

 

「「…」」

 

 二人で真顔になり、沈黙が流れた。

 

「…その、なんだ。あまり記憶はないみたいだね」

 

「…うん」

 

 あるえの気遣いが少し辛かった。

 

 

 

 

 

 久しぶりに親しい人と食べたご飯はなんとなくいつもより美味しく感じた。

 三人での食事も終わり、解散する時間になった。

 

 私もヒカリの家に送ってから帰ろうかな。

 そんなことを考えている私を見て、勘違いしたのか

 

「この子は責任を持って私が送り届ける。そんな心配しなくて大丈夫だよ」

 

 あるえがそんなことを言った。

 うん、ちょっと違うんだけど、あるえなら心配いらないか。

 

「うん、わかった。お願いね」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 ポーズも決めて自信満々にそう答えてくる。

 あるえは変わらないなぁ。

 そんな変わらない姿に少し安心した。

 

「さて、じゃあ」

 

「あ、待って。あるえ」

 

「?」

 

 ヒカリと友達になって、前に進むと決めた。

 だから、その第一歩を今、踏み出す。

 自分の為にもヒカリの為にも。

 

「あるえ、私と友達になって!」

 

「…え?私は友達じゃなかったのか」

 

「え?」

 

 ………え?

 

「……どうやら私の勘違い」

 

「ちょ、ちょちょちょっと待って!?私のこと友達だって思ってくれてたの!?」

 

「思ってたけど、かんちが」

 

「こ、これからも!これからも末長くよろしくお願いします!」

 

「あ、ああ。うん、よろしくね」

 

 ガッチリと握手をした。

 少しあるえが引いてた気がするけど、気のせいよね!

 だって、これは友情の握手なんだし、何もおかしいことは無いはず!

 

「じゃあ二人とも気をつけてね」

 

「ゆんゆんもね」

 

「またな」

 

 またな、か。そんな言葉だけで物凄く嬉しくなってしまう。

 二人と別れの挨拶をして、二人が見えなくなるまで見送ってから、私も帰ることにした。

 

 

 友達が二人も増えるなんて、今日は良い日だな、なんて思いながら帰り道を歩く。

 

 友達…か。

 

 ヒカル、ヒナちゃん、トリタンさん。

 彼等との冒険を、生活を思い出す。

 辛いことを思い出してしまうけれど、彼等との冒険は人生で一番楽しい日々だった。

 

 怒るヒナちゃん、面倒くさがるヒカル、それを宥めるトリタンさん。そして苦笑する私。

 目をつぶれば、そんな光景を簡単に思い出す。

 

 もしも

 

 もしも、あの後もみんなと冒険者を続けられていたら、どんなことが待っていたのだろう。

 

 考えても仕方ないことだけど、そんなことを考えてしまう。

 

 でも決まっている。

 きっと楽しかったに違いない。

 

「ヒナちゃん、元気かな」

 

 ヒナちゃんが実家に戻って行ってしまった後、手紙を送ろうと何度も筆を執ったのだが、何を書けばいいか分からなくなってしまった。変なことを書いて更に傷付けてしまうんじゃないかと思うと怖くて、どうしても送れなかった。

 でも今なら、今ならきっと

 

「あ!!!!」

 

 思わず大声を出してしまった。

 そうだ。ヒナちゃんにヒカリのことを報告しよう。

 

 そう思い付いた私は走って家へと向かった。

 




「続きが書けたら投稿します」とか言ってたくせに、すぐ投稿して恥ずかしくないんですか?と皆さん思うかもしれません。
恥ずかしくありません。

いえ、そうではなくて。
予想以上に書けてしまったというのもあるんですけど、投稿するときの章管理が少し面倒くさいということに気付きました(私が把握しきれてないだけかもしれませんが)
なので本編よりも番外編を優先して書くことにしました。
本編もキリがいいですし。
番外編は五話完結予定です。予定なんです。

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番外編③

番外編という名のご都合主義、第三弾です。



『No』の先のハッピーエンド③

 

 

 ヒナちゃんに手紙を送って一週間が経った。

 今頃返事を書いてくれている頃だろうか。

 

 ヒカリのことは一応伏せておいた。

 期待させすぎるのも良くないし、何よりヒナちゃんの現状がわからない。

 近況報告と言っても数年が経っているから、かなり長くなってしまったが…出来る限り書いた。

 それと見せたいものがあるから是非紅魔の里に一度遊びに来て欲しいという文章と、もし来るのが難しければ返事だけでも欲しい、といった内容になっている。

 

 来るのが難しいという返事が来たら、ヒカリのご両親に許可をもらって、連れて行くことも考えている。

 まだヒカリのご両親にご挨拶も行けてない以上、まだ考えているだけだけど。

 

 

 

「これ、くれ」

 

「ダメよ、何回言えばわかるの?」

 

 ヒカリは学校帰りに私の家に来るようになった。

 友達になって、すぐに来てくれるようになって本当に嬉しかった。

 

 

 これ、というのは一本の片手剣。

 普通の片手剣でも、こんな小さな子供にあげる訳がないのに、よりにもよってそれはヒカルの形見となってしまった片手剣。

 

「ください」

 

「言い方を良くしたことは褒めてあげるけど、その剣はあげません」

 

 私の家に初めて来た日に、その片手剣を見つけたヒカリはまるで何かに魅入られてしまったかのように片手剣を見たあの時から、私にずっと欲しい欲しいと言ってくる。

 何度も断ってるのに、諦める気配が全く無い。

 ヒカルも結構頑固だったな。ボードゲームでヒカルが普通に負けてるのに俺の方が勝ってるなんて言い張ってたし。

 

「おいくら?」

 

「非売品です」

 

「ありがとう!」

 

「タダで持っていっていいわけじゃないわよ!」

 

 剣をひったくり、届かないように剣を持って手を上げた。

 これだけでヒカリじゃ届く手段がない。

 

「かーえーせー!」

 

「これは私のでしょ!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて剣に手を伸ばしてるのが、少し子供らしくて可愛らしい。

 ふふ、ちょっとだけ可愛いくて癒される。

 

「あ、ここに良い段差が」

 

 もにゅ

 癒されていたのも束の間、段差と称してヒカリが私の胸を鷲掴みにしていた。

 

「っ!!」

 

 ゴンっ!

 

「ぎゃん!」

 

 咄嗟に剣を持ってない腕でゲンコツした。

 少し手加減出来てないかもしれないけど、頭を抱えて痛そうにしているぐらいなら大丈夫、なはず。

 

「『テレポート』」

 

 剣を私の寝室へテレポートさせると、ヒカリが目尻に涙を浮かべながら恨みがましい目で睨んでくる。

 胸を腕で庇いながら、私も睨み返す。

 

「どこやったんだよこの野郎」

 

「そんなことを言う前に私に言うことがあるでしょこの野郎」

 

「?」

 

 何わけわからないみたいな顔してんのこの子!

 

「女性の胸を触ったんだから、言うことがあるよね?」

 

「あるえ姉ちゃんよりは小さかったけど、結構なお手前で」

 

 腕を上げると、頭を両手で庇ってきた。

 こ、この!

 

「謝らないと怒るよ?」

 

「ゆんゆんは剣を取ったし、俺は胸を触った。お互い様ということに」

 

「紅魔族は売られた喧嘩は買うわ。知ってるわよね?」

 

 杖を手に取り、ヒカリへと迫る。

 

「…ま、魔法使う気ですか?」

 

「そうよ?だってこれは喧嘩だもの」

 

 ニッコリと笑いかけると、ヒカリは後退りながら、恐怖を浮かべる。

 あ、少しゾクゾクしてきた。

 

「『ロック』逃がさないから」

 

 部屋の扉は閉めておかないとね。

 

 でも、ヒカリが悪いんだもん。

 仕方ないよね?

 ブルブルと震えて

 

 

 可愛いなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お仕置きを堪能…じゃない、お仕置きをしっかりした後、疲れて寝ちゃったヒカリをソファーへと寝かせた。

 

 久しぶりに魔法を使った気がする。

 最近は仕事ばかりしていたし、たまにはこうして魔法を使ったりしないと腕が鈍るかもしれない。

 この里を代表する者としてそれは許されない。

 気分転換にもなるだろうし、仕事が早めに終わった日は少し里の外で

 

 

 ううん、とヒカリの方から声がする。

 もう起きたんだ。

 目を擦りながら、起き上がり私を見て怯えた表情になる。

 

「何か言うことは?」

 

「魔王がいる!」

 

「さてと、第二ラウンドね」

 

「ご、ごめん!」

 

 私が立ち上がってすぐに謝ってきた。

 

「何に対して?」

 

「えーっと、おっぱい揉んだのと、あるえ姉ちゃんと比べたこと?」

 

「……別に比べたことはどうでもいいんだけど。すぐに謝らなかったこともダメ」

 

「ごめん」

 

「わかればよろしい。あと、あるえに変なことしないこと」

 

「え、うん。最近はしてないから大丈夫」

 

 そういう問題じゃない。

 というかあるえに何したんだか…。

 

「それと剣なんだけど、あれは本当に渡せないわ」

 

「ヒカルのだから?」

 

「…そうよ。それに危ないもの」

 

「ヒカルのものってことは、実質俺のってことでしょ?」

 

「そんなわけないし、ヒカリが自分でヒカルじゃないって言ったんでしょ」

 

「…そうか」

 

 そんな残念そうな顔されると、なんか私が悪いことしたみたいじゃない。

 どうしようかな。

 

「じゃあヒカリが学校卒業したら、剣買ってあげるわ。それならどう?」

 

「いや、いいよ」

 

「なに?遠慮してるの?」

 

「俺はゆんゆんと友達になったんだ。母親になって欲しいわけじゃない」

 

 …さらっとヒカルみたいなこと言ってくると、びっくりするからやめてほしい。

 

「たまにあれで素振りしていい?」

 

「…まあ、それぐらいならいいけど、変なことしないでよ?」

 

「変なことって?」

 

「素振り以外に使ったら没収するからね」

 

 ここで下手なこと言うと、やりそうだから言わない。

 

「わかった」

 

 

 

 

 ヒカリはその日の夕飯は私の家で食べることになった。

 最初は両親に変な話をされたりしたが、ヒカリの事情や前世との繋がりを話すとあっさりと受け入れられた。

 

 それはそれでどうなの?

 いや、助かってるからいいんだけどね。

 

 ヒカリは私の両親とも仲良くなっていて、最早本当の家族みたいになっている。

 

 

「この歳でここまで料理が出来るなんて本当にすごいわ。毎日手伝ってもらいたいぐらいよ」

 

「いえ、そんな。教えてもらったことをしてるだけですから」

 

「それがすごいのよ。ほら、おかわりいる?」

 

「はい、いただきます」

 

 お世話になってばかりじゃ悪いからと、料理を手伝うようになってから、それはもうお母さんに気に入られている。

 少し猫被ってるけど…。

 

 

「ふむ、ヒカリ…光か。これは紅魔の里の希望の光となる存在になるかもしれんな」

 

「ちょっとお父さん、変なこと言わないでよ」

 

「何を言う。ここまで多くのことが出来る子供はそういない。神童と言っても良いレベルだぞ?うちの娘がショタコンだと思った時はどうしようかと思ったが」

 

「お父さん!?何言ってるの!?違うよ!?違うから!」

 

「ゆんゆんは少し優秀すぎるところがあるからな。ずっと独り身なんじゃないかと思っていたが、こうして考えると家事が出来て、気立てが良い相手を選ぶというのも」

 

「本当に違うから!!」

 

 お父さんは最初からずっと勘違いしてるけど、前世との繋がりの話、お母さんのお手伝いをすることや子供ながらに家事も出来るところ、礼義を弁えているところも大いに気に入っている。

 

 

「ヒカリ君、将来は何を考えてるかな?」

 

「ちょ!」

 

 何考えてるの!?

 

「えーっと、すみません。まだわからないです」

 

「そうよ、お父さん。まだこんな小さいのに」

 

 お母さん、そうじゃない。

 将来を聞くこと自体がおかしいって言うところでしょ!?

 

「それもそうか。私としたことが!はっはっはっ!」

 

「もう、お父さんったら」

 

 何この雰囲気!?

 ヒカリも本当によくわかってないのか、ニコニコしたままだし!

 

「そうだ、ヒカリ君。もし勉強に困ったら、ゆんゆんを頼りなさい。うちの娘は学校を次席で卒業した成績優秀者でね」

 

「そうなんですか?初めて知りました」

 

 そこから延々とヒカリに娘の自慢話をしていた。娘の私もいるのに。

 恥ずかしいから何回も止めたけど、止まるわけがなかった。

 

 

 

 

 

 ヒカリを家に送ってから、お父さんから話があると言われて来てみれば

 

「私も紅魔族の族長であったというのに未だに常識にとわれているとはな。まだまだ修行が足りないな」

 

「え?お父さんに常識なんてあったの?」

 

「はっはっはっ!言うようになったな、娘よ!」

 

 はあ…。

 

「で、なあに?仕事に不備でもあった?」

 

「違うよ。ふむ、話というのはだな。ヒカリ君のことだ」

 

「ヒカリ?ヒカリがどうかしたの?」

 

「私も最初はいろいろと言ってしまったが、前世との繋がりを聞いて、そしてヒカリ君をよく見て考え直したよ」

 

 なにを?

 

「うん。ヒカリ君との交際を認めよう」

 

 ………。

 

 …は?

 

「お母さんとも話し合ったが、世間体なんて気にしないで、やっぱり好きになった人とお付き合いするのが一番だからな」

 

「い、いやいやいやいや!何言ってるの!?違うって言ってるじゃない!」

 

「ん?今更隠す必要もないだろう。毎日学校前で待ち合わせしたりカフェデートしたりしてたんだろう?」

 

「ち、ちちちちちがっ!!違う!違うってば!え!?ちょっと待って!?な、なんで!?」

 

「?なんで知ってるかってことか?もう里の噂になってるが」

 

「は!?噂!?う、噂ってどういうこと!?」

 

「なんだ?知らないのか?『今代の族長はショタコン』ともっぱらの噂に」

 

「わああああああああああああああ!!!!」

 

 

 嘘でしょ!?

 里中にそんな風に噂されてるのっ!?

 でも、確かに毎日学校前や通学路で会ったり、カフェに行って抱きついて泣いたりしたから、傍目から見たらそう思われてもおかしくない!?

 いや、おかしいでしょ!?相手はまだ十歳にもなってないのよ!?

 そりゃあ嫌いじゃないし、好き…好きって言っても変な意味じゃなくて!異性的な意味じゃなくて!そ、そう!友達として!友達として好きなのは間違いない!

 

 どうしよう!?終わってる!

 里始まって以来の最悪の汚名を抱えた族長になっちゃったよ!

 終わり!終わりよ!私の終わり!もう外歩けない!一生家の中で過ごすしかない!

 

 

 あまりの絶望に頭を抱えた。

 確かに客観的に見たら、私の行動はいろいろアウト。アウトオブアウト。完全にアウト。なんで警察のお世話になってないのか不思議なレベル。

 いくらかつての仲間に似てるからといって、やっていい事とやっちゃいけない事があるのは子供でもわかるのに、私ときたら。

 

「……え?本当に知らなかったのか?めちゃくちゃ有名だったぞ?あまりにも堂々と犯行に、じゃない、その…逢瀬を楽しんでたから」

 

「あああああああああああああああ!!!!」

 

 犯行!!やっぱりそうよね!?

 傍目から見たら犯罪よね!?

 ていうか私なんで捕まってないの!?

 

「もう今更気にしても仕方ないだろう?それともヒカリ君に会うのはもうやめるのか?」

 

「!!」

 

 それは…絶対に無い。

 あの子はヒカルじゃない。

 でも、それがどうした。

 

 

 あの子はもう私の友達なんだから!

 

 

 確かにおかしな行動をしてしまった。

 今までの行動をどうこうするなんて出来ない。

 ヒカリとの関係を終わらせるつもりも変えるつもりもない。

 それならこれからの行動で汚名返上するしかない。

 胸を張って、いや胸を張ってはちょっと無理かもしれないけど、族長としてやっていく。

 

 

「…覚悟を決めたか、娘よ。

友達が出来なくて、ずっと私やお母さんの後ろに隠れていた子供のお前、

ずっと家で一人で遊んでいた学生のお前はもういないのだな。

それだけ冒険者として活動していた時間がお前を成長させたのか」

 

「親として、子供の成長ほど嬉しいものはない。それは子供がどれだけ年齢を重ねようとも」

 

「お父さん…」

 

「ここまで立派になるとはな。親としては複雑だが、やはり親元を離れる方が成長に繋がるのかもしれないな」

 

 違う、そんなんじゃない。

 多分、私は親元を離れた程度で変われたりしない。

 私が変われたのは…

 

「それともヒカリ君の前世の人がここまで成長させてくれたのかな?」

 

「!」

 

「ふっ、図星か。出来れば私も会いたかったものだ。何故連れて来なかった?」

 

「え、ええっ?いや、だってパーティーメンバーだし」

 

「また今度詳しく聞かせてもらいたいな」

 

 何かお父さんに話すことは…うん、いっぱいあるね。

 最初は、ヒカルと出会った時の話から

 

 

「さて、話が逸れてしまったな。

ヒカリ君との交際は認めるのだが、ヒカリ君はまだ子供だ」

 

「わ、わかってるし、交際なんてしないから!」

 

「…そうは言うが、先程部屋から凄まじいプレイというか、そういう声が聞こえてきたんだが」

 

「へ?」

 

「部屋は『ロック』で閉じられて、ヒカリ君の悲鳴とお前の楽しげな悦んでるような声に、部屋はドッタンバッタンの大騒ぎ」

 

「あ…」

 

「更には胸を揉んだとかなんとか聞こえてきたから、もうヒカリ君に手を出したのかと」

 

「ち、違うに決まってるでしょおおおおおおおお!!!!」

 




ヒナギクを出そうと思ったら、出てこなかった。何を言ってるかわからないと思いますが、私にもわかりません。
次は確実に出ます。

あと二話で番外編終了です。
イメージ通り行けば。


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番外編④


第四弾。
今回はシリアスです。



 

『No』の先のハッピーエンド④

 

 

「いい加減落ち着いたら?」

 

「な、なに言ってるの?落ち着いてるわよ」

 

「ずっとソワソワしてるけど?」

 

「う…」

 

 

 私が何故ソワソワしてるかと言うと理由がある。

 

 ヒナちゃんから手紙が返ってきた。

 ヒナちゃんもなんとか立ち直り、ご両親の手伝いをして生活しているらしい。

 紅魔の里には行ったことがないし、久しぶりに会いたいという嬉しい文章に加えて、数日間こちらに泊まりに来ると書かれていた。

 

 そして今日がそのヒナちゃんが来る日。

 今はヒカリと自室で待っているのだが、正直落ち着かない。

 ヒカリは本なんて読みながら落ち着けと言ってきたが、それで落ち着けるなら苦労はしない。

 

 

 ヒカリは親思いで心配をかけないように夕飯を食べても毎日帰っていたので、めぐみん以外の友達が泊まりに来ることが初めてで、ちゃんとおもてなしが出来るか自信がない。

 

 それにヒカリのことも説明しなくてはいけない。

 ヒナちゃんも持ち直して外出出来る様になっているから、多分大丈夫なはずなのだが、どうしても不安は残る。

 

 

 ヒカルが亡くなってから、ヒナちゃんは言葉で言うだけなら簡単だが、発狂してしまった。

 自身に責任があると言って聞かず、自身を責め続けて、何もかもを拒否した。

 言い方は悪いが、そんな発狂してるヒナちゃんがいたから私は逆に冷静でいられたと思う。

 クリスさんが来て、なんとかしようとしてくれたが、あまり変わることはなかった。

 私達では手に負えず、家族の元へと連れて行き、しばらく様子を見てからアクセルに帰った。

 その後トリタンさんはグレテンへと向かっていった。何度も止めたが、止まることはなく少し目を離した隙にいなくなってしまった。

 

 

 そんな過去がある以上、ヒナちゃんが大丈夫だとしても説明にはかなり気を使わないといけない。

 

 ヒカリや私の両親には事情を説明してある。

 ヒカリは私が泣いた時のことがあったせいか、真剣に聞いてくれてヒナちゃんの事情もわかってくれた。

 もしヒナちゃんから要望があれば出来る限り応えてあげてほしいとお願いしたら、二つ返事で了承してきた。

 

 こういうところもヒカルらしさが出てる。

 ヒナちゃんにヒカリを紹介してプラスになるといいんだけどなあ。

 

「うう…ヒカリもう一回お願い」

 

「また?さっきやって五分も経ってないぞ」

 

「お願い」

 

 ヒカリは呆れ顔になりつつも、手を広げて待機し始める。

 その胸に顔から入り込んで、小さな体を抱きしめる。ヒカリも私の頭を抱いて、よしよしと頭を撫でてくれた。

 

 ああ、癒される。

 最近の私はこれがないと生活できなくなってしまった。

 族長としての仕事も楽ではなく、色々とストレスが溜まるもの。

 なんで外でやらかした紅魔族のことで私が怒られなきゃいけないんだとか、里のニートをどうにか出来ないかと相談されたりとか、最近は私がショタコンだとか言われてるせいで視線が痛いわでそれはもう疲れるし、ストレスが溜まる。

 

 ストレス解消に里の外でモンスター狩りに行っても私はすでにかなりレベルが上がっているせいで、モンスターを倒すついでに自然破壊をするだけで何もならなかった。

 自然破壊しても後々私達が困るだけ。かといって威力を抑えながら魔法を出すのは、それはそれで面倒臭い。

 故にストレス解消にはなり得なかった。

 

 ただ一度ヒカリがついていきたいと言って聞かない時があって、一緒にモンスター狩りに出かけた。もちろんヒカリの安全を重視して。

 

 ヒカリに良いところを見せようとか特に思ってはいなかったが、魔王を倒したパーティーに属していたし、紅魔の里の族長としての力を見せておかないといけない。

 別に張り切ったわけではないのだが、小規模…とは言えないレベルの自然破壊をしてしまった。

 その時にヒカリからキラキラした眼差しを受けて満足したのも束の間、火の手が迫ってきてヒカリを抱き上げつつ、自分達の身を守りながら消化活動をした。

 その時にヒカリが私の体に必死に抱き付いてきてるのを見て、私はなんとも言えない高揚感のような幸福感のようなそんな感じの感情が湧き上がり、今のストレス解消法に落ち着いた。

 

 

 今更だが私はショタコンなどではない。

 わかり切ったことを言うのもなんだが、決してショタコンではない。

 様々な誤解とタイミングの悪さが重なった結果、周囲にそう思われてしまっただけ。

 

 これもヒカリが親となかなか居られない分、私に甘えさせてあげようという母性のようなものであり、私も子供を持った時の練習といったところだ。

 

 癒されているのは当然、子供が可愛いから。

 ショタコンという意味ではなく、子犬が可愛いとかそういう感情。

 頭を撫でてよしよししてくるのはヒカリが勝手にやっていることなので、変なプレイとかではない。

 

 これで十分にショタコンではないことは証明されたのだが、里のみんなが思い込んでしまってるせいで、なかなか誤解は解けない。

 最近では通学路に先生や保護者が立っているのは大変遺憾です。

 まあ誤解が解けるのは時間の問題なので、気にしないことにした。

 

 

「ねえ、ねえってば」

 

 ヒカリが呼びかけて来る。

 

「なに?もう少しいいでしょ?またすぐにお願いすることになるんだから」

 

「俺はいいけど」

 

 じゃあいいじゃない。

 またヒカリを堪能、じゃないヒカリに甘えさせてあげていると

 

「でも、ゆんゆんのお母さんが」

 

「?お母さん?」

 

 顔を上げてヒカリの顔を見たら扉の方を見てるので、視線を追いかける。

 そこにはなんとも気まずそうにしたお母さんが扉を開けて立っていた。

 

「……あの、お客さん、来たから」

 

 そっと扉を閉めて出て行く母。

 

「…」

「…」

 

「わああああああああああああああ!!!!!待って!お母さん!待って!これは違うの!お母さん!!」

 

 

 

 

 

 とうとうヒナちゃんと数年ぶりの再会だ。

 なんというか緊張している。

 

「ヒカリ君。私も貴方達の関係を認めたけど、嫌だったら嫌って言っていいのよ?ああいうのはね、言わないとわからないの。無理矢理何かされそうになったら私に言いなさい。いいわね?」

 

「関係?はい。わかりました」

 

 後ろで母さんとヒカリがやりとりしてるけど、気にしてられない。

 

「ヒカリ、私が言うまで部屋で待ってて」

 

 ヒカリが頷いて、部屋に向かって行った。

 決して誤魔化したかったわけではない。

 

 意を決して玄関の扉を開くと、大きめの鞄を持った一緒にいた時と変わったヒナちゃんがそこにいた。

 身長は伸びてめぐみんよりも上になっただろうか。髪も伸びて肩にかかるぐらいになっていて、女性的な体つきになり随分と成長したように見える。

 

「ゆんゆん、その、久しぶり」

 

 照れたような笑みを浮かべるヒナちゃん。

 ああ、よかった。

 

「ヒナちゃん!」

 

 嬉しくてつい抱き付いてしまった。

 

「うぅっ、くるじい…」

 

「よかった、よかった…!元気そうで本当に!」

 

「えへへ…ごめんね。心配かけてごめんね。ゆんゆんも元気そうでよかったよ」

 

 ヒナちゃんも私に負けじと抱き付いてきて、しばらく再会を喜びあった。

 

 

 

 

 

「調子はどう?無理してない?」

 

「うん、大丈夫だよ。その、迷惑かけてごめんね」

 

「迷惑なんて思ってないよ!」

 

 仲間の死がそれだけショックだった。

 当たり前のことだから、どうか気にしないでほしい。

 うん、ありがとうと少し辛そうだが、微笑んだ。

 

「その、気持ちの整理はついた?」

 

「……うん」

 

 整理は出来たが、きっと後悔とかそういった辛い思いはまだ引き摺っているのだろう。

 それは私も同じだから、よくわかる。

 

 これならヒカリを紹介しても大丈夫なはず。

 

 

「外でいつまでも話してないで中に入ってきたらどう?」

 

 後ろから母の声が聞こえて、我に帰る。

 再会が嬉しくて、つい忘れていた。

 

「そ、そうだった。ヒナちゃん、ごめんね」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

 

 

 両親にヒナちゃんを紹介した後、紅魔の里でも案内しようかと思っていたが

 

「ごめんね、実はヒノヤマから出たのが久しぶりで…ちょっと疲れちゃった」

 

 と言われたので計画を変更して、お互いに近況報告しつつリビングで雑談することになった。

 

 長いこと話していて、もう夕飯の時間になろうかという頃、ヒナちゃんの表情が暗くなり、恐る恐る聞いてくる。

 

「その、さ。トリタンが、今どうしてるか、わかる?」

 

 ずっと気になっていたのだろう。

 だけど言い出せずにいた。

 正直に言ってしまっていいのかわからなかったが、ヒナちゃんが傷付くのは見たくなかった。

 

「…ある日、突然いなくなっちゃったんだ。いろいろと調べてみたけど、わからなかった」

 

 ヒナちゃんの表情がさらに辛そうなものになる。

 

「僕が、しっかりしてれば…」

 

「そんなこと言わないでよ。目を離した私にも責任があるんだから」

 

 寝食を共にした仲間の死を前に冷静でいられる人間なんてそういない。

 

「でも…」

 

「もう、暗い話しに来たわけじゃないでしょ」

 

「そうだけど、あれは僕の」

 

「やめて」

 

 多分このままじゃずっとそんな話をすることになる。

 そろそろヒカリを紹介しよう。

 

「確かに暗い話をしに来たんじゃないけど、やっぱり謝りたくて」

 

「ねえ、ヒナちゃん。見せたいものがあるって手紙で言ったよね?」

 

「え?う、うん」

 

 覚悟を決めた。

 暗い話をしたくない。それはもちろんだけど。

 なにより、ヒナちゃんがこんな表情なのは似合わない。

 ヒナちゃんは誰よりも明るくて、猪突猛進で誰にでも真正面から気持ちでぶつかれる強い人だ。

 それが今は暗くて、あの辛い時から立ち止まっている。

 ヒナちゃんはこんなことで終わるような人じゃない。

 

 

 もう、ヒカルは帰ってこないけれど、

 

 ヒナちゃんは帰ってこれる。

 

 

 取り戻してみせる。

 多少強引でも、私の友達を、私の仲間を取り戻す。

 

 立ち上がり、ヒナちゃんの肩を掴んで真っ直ぐに見つめる。

 

「え、な、に?」

 

「今から見せるから、どうか落ち着いて見てほしいの。少し待ってて」

 

 コクリとゆっくり頷いてきたのを確認して、自室へと向かう。

 自室に着くと私のベッドで本を抱えて寝ているヒカリを見つけた。

 待たせすぎてしまった。

 揺らして起こすと、寝ぼけ眼でいるヒカリに謝りつつ、ヒナちゃんに会ってほしいと告げると、真剣な表情に変わり頷いてきた。

 少しかっこいいと思ってしまった。

 

 頬によだれの跡が無ければ。

 

 子供らしくないと思えば、子供らしかったり、この子はヒカル以上に変わってるというかなんというか。

 この子の子供らしくないところにまた頼ることになる。

 ハンカチでよだれを拭いてあげて、手を握り連れて行った。

 不安に思わないように、と思ってヒカリの手を握ったけど、もしかしたら私が不安だったから握ったのかもしれない。

 

 

 

 

 ヒカリを連れてリビングに着くと、ヒナちゃんは暗い表情から一転した。

 大きく目を見開き、茫然とした表情でヒカリを見つめている。

 ヒカリはその視線を真正面から受け止めた上に一切動揺することなく、同じくヒナちゃんを見つめ返していた。

 

 ヒナちゃんはゆっくり立ち上がると、夢遊病患者のような足取りでフラフラしながらヒカリの近くへと歩み寄る。

 少し不気味な様子で普通の子供だったら怖がっていたかもしれない。

 ヒカリはそんな姿を見てもなお表情を変えず、その場から動かないでヒナちゃんを見つめていた。

 

 ヒカリの元へと辿り着き、信じられないものを見る目でヒカリを見た後、ぺたんと座り込み、ヒカリの顔へ手を伸ばす。

 幻覚でも見ている気分なのだろう。

 ヒカリの顔をぺたぺた触った後、私を見てくる。

 

「この子はヒカリ。この子はね」

 

「ひか、り?こう、ま、ぞく?」

 

 衝撃を受けた顔をして、私とヒカリを何度も交互に見ている。

 最後に私のことを見て確認してくる。それに私は頷いた。

 

 ごめんね、と言いヒナちゃんはヒカリを抱きしめ静かに泣いていた。

 私はそんなどこまでも悲しくて辛い姿に何も言えず、落ち着くまで待ってあげることしか出来なかった。

 

 五分ほど経ち、涙を拭いて立ち上がった。

 ヒナちゃんの顔はまだ辛そうだった。

 

「……僕、自分が情けないよ」

 

 情けない?

 

「ゆんゆんは友達であり仲間であり、そして最愛の人を亡くしたのに、僕ばっかりが動揺して慰められて」

 

 さいあい?

 

「えっと、変なこと聞いていい?そのヒカルとはいつからそういう関係だったの?遠慮しなくても二人がしっかり考えて出した答えなら僕はちゃんと祝福したのに…」

 

 そういう関係?

 祝福?

 

 先程から全く会話の内容がわからない。

 かなり動揺してるのかな。

 

「その、僕は察したりするの苦手だったっていうのは認めるけど」

 

「ね、ねえ?何の話してるの?」

 

「??」

 

 二人で首を傾げて、ヒカリはどうしていいか分からず私を見ていた。

 

「何の話って、この子の話だよ。ヒカルとゆんゆんの子供だよね?」

 

 へ?

 

「い、いつからそんな、というかなんで子供を身篭ってるのに冒険者なんて」

 

「ちょ、ちょっと待って!一回落ち着いて!」

 

「え?いや、確かに驚いたけど、僕は落ち着いてるよ?」

 

「この子は私の子供じゃないよ!?」

 

「は?」

 

 ヒナちゃんは何言ってんだこいつ、という顔になって

 

「どう見てもヒカルとゆんゆんの子供でしょ?顔立ちはヒカルにそっくりで、ゆんゆんと同じ紅魔族の血をしっかり継いでるし、何よりもヒカリなんて名前だし」

 

 …。

 

 ……。

 

 ………。

 

 た、た、た、確かにいいいいい!!!

 部分的に見たら、確かにいいいいいい!!

 

 いや、確かにじゃなくて、この子は私の子じゃないけど、ヒカルと私のことを知っていて、この子のことを何も知らない人がこの子のことを紹介されたら、確かにそう思うかもしれない!!

 

 し、しまった!

 ヒカリのことを紹介しようということばかり考えていたけど、その誤解に繋がるということに全く気付かなかった!

 

「い、いや、落ち着いて聞いてほしいんだけど、この子は私の子供じゃないの!」

 

「…ねえ、何に気を使ってるのか知らないけど、これ以上はこの子が傷付くことになるから、やめなよ」

 

 ヒナちゃんは先程とは打って変わり怒りの表情に変わっている。

 

「ほ、本当に違うの!一回話し合おう!?」

 

「話し合うまでもないよ。バカにしてるの?この子の小生意気そうな顔と目を見れば」

 

「誰が生意気だこの野郎」

 

「ほら、ヒカルの子供じゃん」

 

 ヒ、ヒカリいいいいいい!!!!

 今は黙ってて欲しかった!

 ムカついたかもしれないけど、黙ってて欲しかった!

 今まで黙ってたのに、なんでええええ!!

 

「これは本当の本当に偶然なの!たまたまヒカルに似た子供が見つかっただけなの!」

 

 それを聞いた後、ヒナちゃんは悲しそうな表情になり、ヒカリを抱きしめる。

 

「ゆんゆんがそんな人だと思わなかった」

 

「違うんだってば!」

 

「この子は僕が預かります。そのつもりで呼んだんでしょ?」

 

「違うよ!?何から何まで違うよ!」

 

「よしよし、僕が絶対に立派に育ててみせるからね」

 

「あ!そうだ!ヒカリ!説明して!お願い!」

 

 多分もう私の言うことを信じてくれない。

 ヒカリに説明させるしかない。

 

「俺はゆんゆんの子供じゃないぞ」

 

「言わされてるのね。可哀想に」

 

「違うのおおおおおおお!!!」

 

 

 

 説明に一時間ほど使ったが、全く信用してくれずに両親まで呼んで、説明してようやくなんとか私の説明を半信半疑ぐらいには聞いてくれるようになった。

 

「ふうん、ヒカルに似た顔の紅魔族の子供が偶然にも紅魔の里に生まれて、偶然ヒカリなんて名前になったんだ」

 

 聞くだけ聞いたら信じられる要素がまるでない。

 多分私もヒナちゃんの立場だったら信じられない。

 

「私も最初は信じられない気持ちでいっぱいだったんだよ。めぐみんがこの子のこと教えてくれたの。これはめぐみんに聞けばわかるわ」

 

「……ヒカリ君、僕の隣においで」

 

「やっぱり信じてくれてない!?」

 

「お前おっぱい小さいから嫌だ」

 

 ガシィッ!!

 

「ああああああああああああああああ!!!」

 

 ヒナちゃんのアイアンクローがヒカリに極まる。

 ヒナちゃんが真顔なのが怖くて仕方ない。

 

「この子、ヒカルそのものだよね?」

 

「ち、違うよ。ヒカリが悪いのはわかるんだけど、手加減してあげてね…」

 

「してるよ?何言ってるの?」

 

「あああああ!!おっぱいが小さいお姉さんごめんなああああああああああ!!!」

 

 じたばたと本気で抵抗してるはずのヒカリをなんでもないように片手で掴まえてるのが恐ろしすぎる。

 アークプリーストの力は使えなくなったが、ステータスの高さは健在だった。

 

 はあ、とため息をつき、手を離すヒナちゃん。

 ヒカリはすぐに距離を取った。

 ヒナちゃんはなんか諦めきったような表情だ。

 

「じゃあ本当なんだね?」

 

「うん。私もヒカリに会って舞い上がってたけど、まさかそんな誤解に繋がるとは思ってなかったよ…」

 

 ヒカリは少し遠くから恨みがましい目でヒナちゃんを睨んでいるが、ヒナちゃんはヒカリをただ見つめ返して、何を思っているかわからない。

 そして決心したような表情になり

 

「ゆんゆん。この子のご両親に会わせてほしい」

 

「ヒカリのご両親は多忙で家に帰ってくるのは夜遅くで私も会えてないの。というかどうしたの?」

 

「この子は僕が育てる!」

 

 ヒナちゃんは拳を握り、高らかに宣言した。

 

「はい?」

 

「僕はヒカルを守れなかった。それはもう、それはもう…変えられないから。」

 

「…」

 

「でも、この子は、ヒカリは僕が守ってみせる。それでも危ない目に合うかもしれない。そんな時に僕がいなくても何とか対処出来るようにヒカリを育ててみせる」

 

「え、えーっと紅魔の里には学校があるから」

 

 ヒナちゃんの悪い癖のようなものが出始めてる。

 

「学校は学校だよ。僕はそれ以外のことを教える」

 

 どうしようかと悩んでいたら、黙っていたヒカリが口を出し始める。

 

「おい、お前なんなんだよこの野郎。名乗りもしないで泣いたり抱きついてきたり、訳の分からないこと言いやがって」

 

「やっぱり口が悪いんだね。そこをまず直していかなきゃ」

 

「お前みたいな先生いらないんだよこの野郎。胸を大きくしてから出直せええええええああああああああああああ!!!!」

 

 一瞬で距離を詰めたヒナちゃんのアイアンクローがまた極まる。

 そのままアイアンクローのまま、話し始める。

 

「名乗らないでごめんね?僕はヒナギク。ヒナギクっていうのはニホンの花の名前なんだ。良い名前でしょ?」

 

「いだだだだだだだだ!!は、離せ!離せこの野郎!」

 

「これからよろしくね?」

 

「お前なんかとよろしくするかああああああああああああ!!!」

 





次回、番外編最終回。

もしかしたら追加で番外編のストーリーの補足みたいなのも投稿するかもです。


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番外編⑤

番外編 最終話。

今回ももちろんシリアスです。



『No』の先のハッピーエンド⑤

 

 

 

「ゆんゆん!助けて!」

 

「わあああああ!!な、何よ!?ど、どうしたの!?」

 

 書類仕事の「休憩」中にヒカリが仕事部屋に勢いよく入ってくる。

 

「ちょっと隠れさせて!」

 

「え!?ちょ、ちょっと待って!!い、今は待って!」

 

「急いでるんだ!ヒナがどこか行くまでだから!」

 

 ヒカリがズンズンと私が座ってる方に来る。

 ま、まずい。今は来られるのは本当にまずい。

 

「ほ、本当にダメ!ここ以外にして!」

 

「大丈夫!仕事してていいから」

 

 そう言って仕事に使うワイドデスクの足を入れるスペースに入ろうとしてくる。

 今はダメ!本当にダメ!

 

「ん?ゆんゆんなんで下着を下ろしてるの?」

 

「こ、こここここれは、その、そう、ちょっと汗をかいたから!って!見ないでよ!」

 

「え!?そうなの?ごめん。でも今は俺の身が危ないから協力してって、なんでこんな足元に水滴が落ちてんの?何してたの?」

 

「え!?あ、えっと、こ、これは、その、あ、汗よ!」

 

「にしては他の部分が汗かいてないように見えるけど…」

 

「き、気のせい!気のせいだから!」

 

「?」

 

 まあ、いいかと言いながらそこに入って身を隠すヒカリ。

 それと同時に扉が勢いよく開け放たれる。

 鬼の形相をしたヒナちゃんだ。

 

「ゆんゆん!ヒカリ来なかった!?」

 

「え!?き、来てないけど、どうしたの?」

 

「え、あ、そのヒカリとまた組み手してたんだけど」

 

「またやってたの?二人ともステータス高いんだし、大怪我になりかねないんだからやめてよ」

 

「う、ごめん。でも僕もまたスキルが使えるようになってきたからさ」

 

「だからって、わざわざ怪我するようなことしないでよ…。まあ、いいわ。で、どうしたの?」

 

「あ、うん。その二人で組み合った時に、そのぼ、僕の胸にヒカリが倒れてきちゃって」

 

「ふうん…」

 

「じ、事故だからね?僕は全然気にしてなかったんだけど、普通謝るよね?こういう状況だったら普通謝るよね!?」

 

「まあ、そうだと思うけど」

 

「そしたら!顔を上げた後に鼻で笑って来たんだよ!?どう思う!?」

 

「あー…最低だね」

 

 そして怒りを現しながら私の方に近付いてくる。

 え、ちょ、こっちに来るのは

 

「でね!最初は僕も怒らないで注意したんだよ?こういう時は男性からちゃんと謝るんだよ?って!そしたら、なんて、って…なんでゆんゆんそんな変な体勢なの?」

 

 私は今、足を入れるスペースに足を入れるわけにいかないので、体は前を向いているが、足は横にしている変な体勢だった。

 

「あーこれは」

 

 最初は眉を寄せて訝しんでいただけだったヒナちゃんだが、何かに気付き机を回ってこちら側に来ようとしている。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 

 そして見てしまった。

 下着を脱ぎかけた私に机の足を入れるスペースに広がる水滴とヒカリの姿を。

 

 口をパクパクとして茫然としていたが、どんどん顔が真っ赤になっていき、先程以上の怒りの表情を浮かべる。

 

「ち、違うよ?これは確かに変な風に見えるかもしれないけど、ちが」

 

「二人とも!!!!!正座!!!!!!」

 

 家どころか近所にまで聞こえる怒鳴り声が響き渡った。

 

 

 

 

 

「じゃあ変なことはしてないんだね?」

 

「してません…」

 

「なんだよ、変なことって」

 

 羞恥心で顔が熱い。

 まさかこんな恥をかくなんて…。

 

「で?ヒカリは僕に言うことあるよね?言ってごらん?」

 

「ん?ああ、顔が潰れるかと思ったよ」

 

「しばき倒す」

 

「来るならこい、し、しまったあ!足が痺れああああああああああああ!!!」

 

 いつもの様に喧嘩をしている。

 いや、今は喧嘩というか一方的にヒカリがやられてるけど。

 

 

 

 

 ヒナちゃんとの再会から三年ほど過ぎた。

 あの後のヒナちゃんの行動力たるや凄まじく、あれから一週間もしないうちに紅魔の里に移り住むことになって、その時の宣言通り、ヒカリのご両親に許可をもらい、ヒカリに色々と教育をしている。のだが

 

「お前の胸が小さいのは誰のせいだあああ!?俺のせいじゃないだろこの野郎おおお!!」

 

「そういうことを言うから怒ってんだよこの野郎!!」

 

 ご覧の通り、いつも取っ組み合いに発展してる。あまり変わってないというかヒナちゃんが無理矢理教育をしようとするからヒカリが反発していつもこうなる。

 というかますます悪い方向に行ってる気がする。

 

 でもヒナちゃんは変われた。

 あの暗いまま俯いてるような状態ではなく、私達がパーティーを組んでいる時のような性格に戻った。

 

 ヒカリは歳を重ねていくごとにヒカルに似ていっているような気がする。ヒカルとしての記憶は何も無いらしいのだが。

 

 ヒカリはもう学校を卒業する。

 今期の首席で卒業らしい。私も勉強を教えた甲斐があった。

 ヒカリは早く学校を卒業したいと言っていた。親の為にもお金を稼げるようになりたいと言って勉強を頑張っていた。

 首席でほぼ卒業間違いなしと聞いた時にご両親がわざわざお礼に来た時は驚いたが、まあ私も勉強を教えた後にたのしま、なんでもない。

 

 

 ヒカリは卒業後、冒険者になる。

 他にも色々道はあるんじゃないかと提案してみたが、外の世界を見てみたいと言われてしまい、何も言えなくなった。

 

 私は…。

 

 正直に言えば行って欲しくない。

 私は族長として、かつてのパーティーのようについて行くわけにはいかない。

 

 悪いイメージが浮かぶ。

 ヒカルが帰らぬ人になったように、ヒカリもそうならないとは限らない。

 ヒカルみたいにステータスが弱いわけじゃないから、そう簡単に死ぬわけがないし、ヒナちゃんがついていってくれるから、大丈夫だとは思うけど、不安は消えない。

 今やヒカリは私やヒナちゃんだけでなく、あるえやカズマさん達、多くの紅魔の里の人に好かれている。

 ヒカリが死んでしまったら、今度こそ私やヒナちゃんは…。

 

 

 いや、そうじゃない。

 周りの人がどうとかじゃなくて

 純粋にそばにいてほしい。

 だって

 

 

 私の、大好きな人だから。

 

 

 実は私は

 ショタコンだったのだ。

 

 

 衝撃的な新事実。

 ただ、勘違いしないでほしい。

 ヒカリだから好きになった。

 それだけは確実で、子供なら誰でもいいわけではない。

 もう紅魔族随一のショタコンだとか、歴代の中で最悪の族長とでもなんとでも呼ばれてもいい。それぐらい甘んじて受ける。

 それぐらい好きで、大切な存在。

 

 ただヒカルに似ていたから好きになったのかどうかは正直わからない。

 一つの要因ではあるかもしれないけど、わからない。

 

 

 あと外に行ったら、もしかしたらヒカリの心が変わってしまうかもしれない。

 それも怖い。

 違う人を好きになってしまったら、どうしていいかわからない。

 そんなことがあれば多分二度と外に出られないように閉じ込めてしまうかもしれない。

 

 

 私とヒカリは、なんというか許婚のような関係で、本当に恋人とかそういう関係かと言われると微妙で。

 ヒカリはまだ子供だからわからないだろうと思って、告白みたいなのはしていない。

 いつかはしたいし、されたいけど。

 

 ヒナちゃんは私達の関係を知っている。

 あまり良い顔はしてくれなかったけど、わかってくれている。

 ただやりすぎると怒る。さっきみたいに。

 

 

 距離感的にはちゃんとそんな関係だとは思う。

 私がいろいろと要望を出しても、ヒカリはしっかり応えてくれるし。……何を要望してるかはちょっと口には出せないけど。

 

「このプレートアーマー野郎!退け!」

 

「その曲がり曲がった性根叩き直してあげるよこの野郎!」

 

 

 

 

 

 そしてそんな日常を過ごしていたら、あっという間にヒカリが里を出る日になった。

 今はみんなテレポート屋の前でヒカリを見送ろうと集まっている。

 

 ヒカリの格好はなんというかすごいカオスな状態だった。

 めぐみんからは三角帽子。

 カズマさんからはカタナと言われる剣。

 あるえからは眼帯とスクロールを一つ。

 ヒカリの両親からは魔道具をいくつかと紅魔族のお守り。

 私の両親からは仕込み杖という、杖としても使えるし、中から刃物が出てくるというもの。

 私からはテレポートのスクロールと多めのポーションに少量のマナタイトが含まれた魔力を肩代わりしてくれるネックレスにあとは

 

「渡しすぎですよ!もう持つだけで苦労してるじゃないですか!」

 

「ええっ!?」

 

 めぐみんから指摘が入るけど、これでもかなり厳選したのに…。

 

「あの、ポーションは僕も一緒にいるから大丈夫だと思うよ?」

 

 ヒナちゃんがそう言ってくるけど、もし別行動を取った時に何かあったらどうするの?

 

「これはマナタイトまで入ってるのかい?ちょっと愛情が重過ぎるんじゃないかな」

 

 あるえが変なこと言ってくる。

 これぐらい普通でしょ?何言ってるの?

 

「ゆんゆん、また戻ってくるから、その時にでもさ」

 

 ヒカリまでそんなこと言ってくる。

 確かに荷物になるから、しょうがないか。

 

「じゃあまた貯めとくね」

 

「えっ、いや、今ある分だけでいいから」

 

 え?なんで?

 

 ヒカリとヒナちゃんは二人で来てくれた人達に挨拶しに行ってしまった。

 

 はあ…。どうしよう…。

 明日から休憩の膝枕も無いし、お菓子も食べさせてくれない。

 私は明日からどうやってお菓子を食べればいいんだろう。

 

「はあ…」

 

 ため息が出てしまう。

 

「ゆんゆん、心配なのはわかるけど、僕もいるからさ」

 

 いつの間にか挨拶が終わったのか、ヒナちゃんが私の元へ来ていた。

 

「…うん。でも心配なのはヒカリだけじゃなくてヒナちゃんもだからね?」

 

「うん。ありがとう」

 

 ヒナちゃんが下がって、ヒカリが私の前に来る。

 

「…気をつけてね」

 

「わかってる。またすぐに帰ってくるよ」

 

 うう…これ以上喋ると行かないでとか言いそうになる、けどまだ話していたいし、えーっと

 そんなあれこれ考えていると、ヒカリが背を向けてテレポート屋に向かってしまう。

 

 

 ああ…行ってしまう…。

 もっと言うことをしっかり考えておけばよかった。

 

 そういえば言いたいことが言えなくて友達が出来なかった頃と何も変わってないのかもしれない。

 大切な人なのに、もっと気の利いたことが言えるようになっていれば

 

「何しょぼくれてんだこの野郎」

 

「へ?」

 

 自責の念でいっぱいになっていると、いつの間にかヒカリが戻ってきていた。

 

「すぐ帰ってくるってば。テレポート覚えたらすぐだし」

 

「う、うん。わかってるわよ」

 

「はあ…。俺頑張ってくるからさ、応援してくれ」

 

 ため息つきつつ、真剣な表情でそう言ってくる。

 

「…うん。応援もお祈りもするよ」

 

 そしてヒカリは三角帽子を取り、私に近付いて来る。

 私はその時はもっと良い事が言えない自分が嫌いになってきて全く気付いてなかった。

 ヒカリは私の首に手を回したあたりで、正気に戻り、理解が追い付かずに固まる。

 三角帽子で周りのみんなに見えないようにして顔を近づけ、

 

 唇に柔らかい感触がした。

 

 

 

 ………………へ?

 

 

 

『おおおおおおおおお!!?』

 

 みんなが歓声を上げたあたりで頭が動き出す。

 

 ヒカリは三角帽子をまた被り直しながら、またテレポート屋に向かい始める。

 

 振り返ったヒカリと顔を真っ赤にしたヒナちゃんがこっちを見ていた。

 

 ヒカリはまるでイタズラを成功させたような笑顔を見せる。

 

 

 顔が熱い。

 鼓動が速くて、嬉しいのに、みんなの前にいるせいでどんな顔をしていいか、わからない。

 というか自分が今どんな顔をしてるか、わからない。

 

「いってきます」

 

 子供らしいような、ヒカリらしいような

 大人らしいような、ヒカルらしいような

 

 そんな大人な技をどこで覚えたんだとか

 こんな、明日から会えないのに生殺しにするような真似をするなんて、とかいろいろな考えが頭を巡って

 

 でもなんとなくだけど、なんとなくヒカリはちゃんと帰ってくるような安心感を感じた。

 

 気の利いたことは相変わらず言えないけれど

 これだけは言わなきゃいけない。

 

「いってらっしゃい」

 

 私はやっと笑顔で送り出せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子達は何やってんのよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 私は激怒した。

 

 必ず、かの邪智暴虐のバカ二人をしばかねばならぬと決意した。

 

 私には状況がわからぬ。

 

 だが確実にしばかねばならぬ、そう考えていた。

 

 

 

 ヒカリが冒険者になって三年が過ぎた。

 出発の日から数ヶ月はまともに帰ってくることは無かったが、その後は『テレポート』を覚えて何度も帰ってくるようになった。

 それはいい。それは、うん、嬉しかった。

 会うたびにヒカリは大人になっていって、毎回会うのが楽しみで

 

 って、そんなことは今はどうでもいい。

 

 何故私が怒っているか、それは

 女性ばかりに囲まれたパーティーにいることでも、大怪我をしたことでも、テレポートを覚えたくせになかなか帰ってこないとか、いつもいつもヒナちゃんから報告されるヒカリが胸の大きい女性ばかり目で追っていることでもない。

 

 いや、正直これも怒ってるけど。

 ヒカルとパーティー組んだ時は男女比率よかったのに、他は全員女の子って、それはいつでも間違いが起こりかねないじゃない!?

 怪我したら、怒る。当然怒る。ヒナちゃんが治しても怒る。ヒナちゃんにも怒る。

 というかテレポート覚えたなら一週間に一回ぐらい帰ってきてもいいでしょ!?何やってるのよ!絶対浮気!浮気よ!というかなんでほいほいほいほい他の女の子の胸見てるのよ!これは厳密な調査が必要!まずは身体に聞きだして

 

 

 って、今はそうじゃない。そうじゃなかった。

 

 

 あの子達バカ二人、いや、あのバカパーティーは今や凄腕のパーティーになっている。

 なっているのだが。

 難しいクエストもなんだかんだでクリアしているが、だいたい問題を起こす。

 

 

 例えばそれは

 超古代遺跡の調査。

 

 遺跡の調査に乗り出したバカ達は、遺跡奥に眠る超古代兵器を発見する。

 ヒカリが遺跡にあった言葉とかを何故か理解して仕掛けをいじっていると、超古代兵器は動き出した。

 聞くところによると、その超古代兵器はあのデストロイヤーに匹敵する兵器だったらしく、止めなければ甚大な被害を出しかねないと判断したバカ達は兵器を止めるか、破壊をすることに決めた。

 

 バカ達は持ち前のスキルやら何やらと遺跡にあった別の武器や兵器で対抗し、兵器の破壊に成功した。

 

 ここまではいい。そもそもそんな危ないところに行くなんてとか、もっと応援とか呼んで安全に対処してほしいとか思うけど、まあ良くはないけど、いい。

 

 兵器の破壊に成功したが、超古代遺跡の破壊にも成功した。

 最早更地でそこに本当に遺跡があったのかどうか疑わしくなるレベルに綺麗に破壊したらしい。

 

 ギルドや国からそれはもう怒られた。

 私が。

 

 何で私!?やったのあの子達でしょ!?

 確かにそのパーティーのリーダーは紅魔族だけど、何で私!?

 帰ってきたバカ達をすぐに正座をさせて説教を開始したが、誰が悪いとかヒカリが悪いとかいやいやヒナが悪いとまるで話にならない為、全員に怒る羽目になった。

 

 

 数ヶ月後にバカ達はまたやらかすことになる。

 

 国境付近にクエストに出かけていたバカ達は馬車が山賊に取り囲まれていることを発見して、助け始める。

 山賊はもちろん倒す、というか全滅させて、当然問題を起こすバカ達は馬車も破壊した。

 

 一応山賊を倒して助けたことから、感謝はされるが、馬車を破壊した以上、乗っていた人たちを護衛して送り届けることになった。

 その乗っていた人たちが違う国の王族の人たちだと気付いたのは後だったらしいが、その国の王族の人たちが感謝の意味を込めてバカ達を食事に呼んだのだが、

 

 これに返事をしないどころか、行きもしなかった。

 

 これはもう国際問題になりかけて、族長の私が呼び出しの連絡が来て私が頭を抱えていると、そんな私を見かねたのか父が解決してくると言って、王都に向かっていった。

 族長として恥ずかしく感じていた私だったが、一時間もしないで帰ってきた父にどうだったかと聞くと

 

「ん?そんなことで呼び出すな、と言ってきたよ」

 

 心臓が潰れるかと思った。

 ま、まじですか?と聞くと

 

「紅魔族は王だろうが魔王だろうが屈しない種族だぞ?当たり前だろう?ヒカリ君は本当に立派になったものだ、はっはっはっ!」

 

 などと訳の分からないことを言い始めたので、いろいろと考えるのをやめた。

 

 帰ってきたバカ達に何があったかは言うまでもない。

 

 私はヒカリに三日間私を満足させなければ、冒険には行かせないと罰を出した。

 三日後フラフラしてまた冒険にでたヒカリだったが、私が悪いわけではない。ヒカリ達が悪い。

 

 あとでまた精力増強のポーションを買っておかないといけない。

 

 

 

 

 その他にも邪神の復活を阻止したり、やれ神獣だやれドラゴンだやれ突然変異のモンスターだ話しの途中だがワイバーンだとかを、倒しながら破壊の限りを尽くしたヒカリ達。

 

 そして今回はなんと

 

 

 グレテン王国に喧嘩を売った。

 

 

 魔王軍が倒れて未だに敵対関係にある国に、たった一つのパーティーが喧嘩を売った。

 

 ヒカルのことが頭を過る。

 私達のパーティーのリーダーであり、希望だった彼の冷たくなった体を思い出す。

 

 私が騒いでたのを聞きつけた父が

 

「なるほど、それは一大事だ。ヒマな里の連中に声をかけて、みんなで応援に行こう。弁当とか持って」

 

 ピクニック気分!?嘘でしょ!?

 

 もう居ても立っても居られなくなった私は父に仕事を任せて、私が行くことにした。

 

 それを聞きつけためぐみんやカズマさんが付いてきてくれると言ってくれて、偶然居合わせたダクネスさんやアクアさんも来てくれることになった。

 

 魔王討伐を思い出す。

 これならきっと大丈夫。

 助け出せる。待ってて、ヒカリ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがッ!!トリスターノの分だッ!!!このやろおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 ヒカリの拳が騎士王の顔面に突き刺さらんばかりにぶち当たり、地面ごと殴り込んだ。

 

 その後騎士王は立つことは出来ず、立っていたのはヒカリだけだった。

 

 

 

 …えぇ…。

 私達が着いた時にはヒカリは騎士王との一騎討ちをしていた。

 

 お互いの魔力が果て、剣と槍の勝負も決着がつかず、お互いボロボロになって肉弾戦へと持ち込んだ末、ヒカリは戦闘において無敗の騎士王に勝利した。

 

 そこからはもう何が起こったか正確にはわかっていない。

 それを見届けた円卓の騎士やグレテン王国軍はすぐに戦闘態勢に入り、私達やヒカリのパーティーとの戦いになるかと思いきや、そこに紅魔の里のみんなが現れ、更にはヒカリのパーティーの縁のある人たちが現れる。

 全員が戦闘態勢に入り

 

「アッセンブル」

 

 ヒカリの一声で全面戦争が起こるかに思えたが、起き上がった騎士王がそれを止め、ベルゼルグに降伏を宣言した。

 

 もうめちゃくちゃで、訳もわからず、なんとか状況が落ち着いた時にヒカリが私の元へ来た。

 

 やりきった顔で。

 

「俺…」

 

 私は怒りと心配と安心でなんと表現していいかわからない感情で気付けば、ヒカリをビンタしていた。

 

 そこから私達は喧嘩、というか私が一方的にヒカリに怒って

 話し合っても埒が明かず、もう知らないと後ろを向いたら

 

 

 気まずそうな顔で一人の痩せこけた金髪碧眼の男が立っていた。

 

 

 というかトリタンさんが立っていた。

 

 

『え?』

 

 そこにいるトリタンさんを知っている全員が間抜けな声を出した。

 

「えっと、あの、すみません。恥ずかしながら生きてました」

 

 信じられなくて、ヒナちゃんを見ると、同じくそう考えたのか目が合った。

 

 仲間が生きていた。

 トリタンさんを知っている人達はトリタンさんの元へ駆け寄り、再会を喜び合った。

 

「あの、喜んでくれてるのは本当に嬉しいのですが、彼を紹介していただけませんか?」

 

 彼、と呼んでいる視線の先にはヒカリがいた。

 そうだ、紹介しなきゃ

 

「お前がトリスターノか?イケメンだな、腹立つ」

 

「……ふふふ、もしかしてアンデッドにでもなって記憶が飛んでしまったんですか?」

 

 ヒカリがヒカルみたいなことを言った。

 笑顔を崩さないで、ヒカリを見つめてそんな軽口を叩いた。

 

「お前こそアンデッドじゃないだろうな?」

 

「違いますよ。先程までこの世に未練なんてありませんでしたから」

 

 トリタンさんの目尻に涙が浮かんでいる。

 

「あのね、」

 

 私が説明しようとすると、ヒカリが遮ってくる。

 

「言っておくけど、俺はヒカルじゃないぞ、そこら辺勘違いするなよこの野郎」

 

「どう見てもリーダーに見えますが、そうですね…あの人が騎士王に勝てる訳もなければ、実は紅魔族だったなんて設定聞いてませんしね」

 

「そんなのどうでもいいんだよ。おい、そろそろ答えろよ」

 

『?』

 

 みんな訳もわからず、黙った。

 

「お前がトリスターノか?」

 

 そんなのもうわかりきって

 

「そうでした。聞かれていましたね。貴方とは初対面ですから、自己紹介をさせていただきます」

 

 トリタンさんは右半身を軽く前に出し、中腰姿勢になり、右の手のひらをヒカリに見せて、

 

 ああ、もうそんな

 

「お控えなすって」

 

 そんな懐かしい

 

 

「手前、生まれも育ちもグレテン、騎士として生き、闘争の中に身を置いていましたが、友を求めて旅に出ました。その旅の中、仲間や友に、命を救われ、」

 

 ボロボロとトリタンさんの表情が崩れていく。

 私もヒナちゃんも。

 

「…ふ、復讐の道を進む中、友に救われた命、どうしても捨てきれず、恥ずかしながら、戻って参りました」

 

 ヒカリは一切表情を変えず、トリタンさんを真剣に見つめていた。

 

「円卓の騎士、トリスタン、ぼっちと色々と呼ばれてきましたが、全て捨ててきました。

シロガネヒカル率いる、パーティー、メンバーの、トリスターノと、申します。

失礼ながら、お手前は?」

 

 ヒカリは呆れた表情になり

 

「長えんだよこの野郎。まったく。それ知らないんだよな、勉強しとけばよかったよ」

 

 そんなこと言いながら、同じポーズを取った。それがまた、ひどく懐かしい。

 

「我が名はヒカリ!紅魔族の希望の光!ゆんゆんの伴侶となる者!やがては」

 

「…いや、今からお前の友達になる者だ」

 

「……っ…い、いいんですか?わた、し、なんかと」

 

「うるせえんだよこの野郎。はいか?いいえか?」

 

「…っ、はい!」

 

 ヒカリは新たな友達と仲間を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 私達はもうあのパーティーには戻れないし、ヒカルも帰って来れないけれど、これは一つの幸せなカタチだと思う。

 

「おい、トリスターノ。俺の娘に近付くなって言っただろうが」

 

「酷いですよっ!私もたかいたかいしてみたいです!」

 

「ほうら、バカな男二人は置いて、僕といましょうねー」

 

「誰がバカだ。お前の方が脳味噌も胸も筋肉で出来てるだろうが」

 

「む、胸は流石に言い過ぎですよ…」

 

「なるほどね!二人が僕をなんて思ってるか、よーくわかったよ!ゆんゆん!この子は預けるよ」

 

 娘を私に預け、腕をまくり二人にズンズン近付いていくヒナちゃん。

 

「ほら、見たことか!やっぱり筋肉で出来てるじゃねうわああああ、走ってくるな!!」

 

「うわ!ちょ!私も巻き込まないでくださいよ!」

 

「トリタンも同罪だよこの野郎!!」

 

「ええっ!?」

 

 いつまでも変わらないみんなにため息が出てしまうが、なんというか安心する。

 みんなそれぞれの生活があるから、ずっと一緒にはいられないけど、こうしてたまにみんなで集まって、相変わらずのやりとりをしてる。

 

 

「はあ…はあ…ゆんゆん匿ってくれ」

 

「もう、どうせ見つかるわよ?」

 

 息を切らしたヒカリが私の元へとやってくる。おおかたトリタンさんを囮に使ったに違いない。

 

「いいんだよ。ゆんゆん」

 

「なに?」

 

「愛してる」

 

「うん、私も」

 

 

 これはどこにでもあるような平凡だけど、確かな幸せのカタチ。

 

 




えんだああああああああいやああああああああ

はい、番外編に最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございます。
今回もシリアスでしたね間違いありません。
本編より気合入ってね?って?なんか色々考えついたらこんなんなりました。
ゆんゆんをどうしても幸せにしてあげたくて、つい。
トリスターノは出ない予定だったんですけど、ハッピーエンドと言ってるからにはやっぱり出ないとなあと思ったら、いつもよりすげえ文字数になりましたとさ。

前回の後書きにストーリーの補足みたいなの出すかもとか言いましたが、良い終わりに出来たし、野暮ってもんですよね。私のメモのフォルダにそっとしまっておきます。

なんか本編に戻り辛いですけど、次からまた本編投稿していきます。

よければ感想とか頂けると嬉しいです。


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番外編Ⅱ ①

ヒカリの冒険やトリスターノが戻ってきてからの話を見たい。という嬉しい感想をいただいてから、しこしこ息抜きに書いてました。
視点も変えてみました。
是非読んでってくださいな。



光を継ぐ者

 

 

 背中を押されて、建物を飛び出す。すぐ後ろの先程までいた建物が壊れた。もう少しでペシャンコになるところだった。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 後ろには僕の大事な人がいた。

 彼に背中を押されて、なんとかこの遺跡を抜け出せた。

 

「ヒカリーーーーーーー!!!!!」

 

 思わず絶叫した。

 思い出すのはかつての友。冷たくなり、二度と目を覚さなくなった大事な人。

 

 また?また僕は、守るどころか守られて

 

「『ライトオブセイバー』」

 

 呪文が聞こえた直後、光の刃が地面を走る。

 斬られて出来た部分から人が飛び出てきた。

 その人物は華麗に着地し、一回転しながら立ち上がり、その勢いでマントは風に煽られたかのように広がる。

 

 

「我が名はヒカリ。紅魔族の希望の光。やがては」

 

 飛び出てきた人物はまるで何事も無かったかのように煤だらけのマントを広げて淡々と名乗る。

 

「ゆんゆんの伴侶となる者」

 

 三角帽子の唾を持ち、紅い瞳を光らせて澄ました顔で宣言するバカの姿を見て、自分の顔が引きつったのを感じた。安堵よりも怒りがこみ上げる。

 

「助けてくれたのは礼を言うけど、何してんの!!」

 

「何って、あるえ姉ちゃんが言ってた『人を助けた後に華麗に名乗る方法』を実践しただけだけど?」

 

「またあるえさん!?そんなことよりもっと安全にやってよ!心配し」

 

「安心しろ。全部計算してやった」

 

「あとでしばく!」

 

 澄ました顔に睨み付けてもまるで何も変わらない。そんなことは今まで一緒にいてわかってるが、睨まずにはいられない。

 どうしてこんな危険なことをするのか。

 

「ヒナギク!安心したのはわかるけど、そろそろここから離れよう!」

 

「そ、そうですね、クリスさん!」

 

 クリスさんに言われて我に帰る。

 そうだった!今はそんな場合じゃ

 

 

 何かが割れるような音が聞こえて地響きが聞こえる。

 何十メートルか先の地面が割れて、膨らみ始める。何かが出てこようとしている。

 

 何か、ではない。

 もう何が来るかを僕は知っている。

 

「やっぱり倒し切れてないか。あの変な兵器が直撃してなかったからかな」

 

 ヒカリはまるで動じてない。

 

「ちょ!どうする!?」

 

「どうするも何も、壊さなきゃとか言ってたのはお前らだろうが。ここでやろう。ちょうど周りに何もないしな」

 

「う、嘘でしょ?あたし、あんなのに正面切って戦う自信ないんだけど…」

 

 クリスさんが珍しく弱気だ。

 僕も正直あんなの相手にどう戦えばいいか全くわからない。

 

「クリスならやれるよ。あいつの関節部分を狙ってくれ。ワイヤー使い切る勢いでな。動きが鈍ってきたところをツッキーと俺がやる」

 

「え、本気…?ツッキーが暴れるのに巻き込まれたら、あたし死んじゃうよ!?」

 

「…」

 

 今まで全く会話に入ってこない中、ヒカリの近くで待機してる十代ぐらいの可愛い女の子がツッキーことツクヨ。

 身長は僕よりも低いのに、僕よりも大きい大剣を引き摺りながら背中に背負っていて、全身鎧に腰に二振りのダガー。

 肩にかからない程度の月のように綺麗な金髪に燃えるような紅い瞳が特徴のツッキーは会話に名前が出てきてるのに未だに沈黙を守っている。

 

「大丈夫」

 

「な、何か策があるんだね!?」

 

「俺は仲間を信じてる」

 

「無策じゃん!人任せじゃん!」

 

 クリスさんが何時ぞやのカズマさんに下着を盗られた時みたいに涙目になって抗議をした後、ヒカリが何か言おうと口を開いたところで地面がまるで破裂したかのように、奴が地上に飛び出してきた。

 

 

 超古代兵器、カクトウサイ二足歩行なんとかと言う音声が遺跡から聞こえたが名前は知らない。

 ヒカリやクリスさんが言うにはあのデストロイヤーに匹敵する兵器だと聞いている。

 

 

 見上げるほど大きい二足歩行の、まるで人型の兵器。人型ではあるが、肩には何かを背負い込むようにバカでかい砲身のようなものがあり、全身は人間に近いのに顔部分は人間というより獣の形だった。

 目の部分は不気味に光り、口の部分が大きく開き、耳を覆いたくなるぐらいの咆哮のような爆音が響き渡った。

 

「クリス!足を潰せ!頼んだぞ!」

 

「うわああああああああ!!後で覚えておいてよ!!」

 

 クリスさんがあんなヤケクソになってるところ初めて見た。

 

「最初から全力で行くぞ!やっちまえ、バーサーカー!!!」

 

 その声に反応したツクヨがあの兵器に負けないぐらいの声で叫び、背中の大剣を軽々と構えて砲弾のように突っ込んでいった。

 

「ヒナは支援魔法。俺は後方から魔法を撃つ」

 

 たった四人で結成された一つのパーティーと超古代兵器との決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 力勝負で言えば、今までで一番の強敵だったかもしれない。

 ツッキーがバーサークして敵と凄まじい攻防をやり合ってる間に少しずつクリスさんが動きを鈍らせていく。魔力防御壁が邪魔だから解除してくれと平然と言い放つヒカリに怒りを覚えながらも、なんとかぶち破った後、関節ごとに柔らかい部分を僕の支援魔法で強化されたヒカリの『ライトオブセイバー』とツッキーで切り落としていってバラバラにした後、全部粉々になるまでツッキーが暴れた。

 ついでに遺跡もバラバラになった。

 

 

「ねえ!?これ大丈夫かな!?またゆんゆんに怒られないかな!?」

 

「お前、結構余裕あるな」

 

 ヒカリがツッコミを入れてくるけど、怒った時のゆんゆんはそれはもう恐ろしい。僕がお目付け役の分それはそれは怒るのだ。僕も頑張ってるのに…。

 ツッキーがヒカリの方に頭を下げてくる。ツッキーは褒めて欲しい時にこうやって頭を押し付ける。ヒカリは雑に撫でてやると、満足そうに無表情で頷いていた。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 大量のお土産を抱えて、ヒカリと一緒にゆんゆんのマイルームへと帰ってきた。

 バレてませんようにと祈っていたが、どうだろうか。

 ゆんゆんはヒカリの顔を見ると、嬉しそうに最高の笑顔を見せた。約一ヶ月ぶりの再会だ。きっと嬉しくて、あのことを知ってたとしても

 

「正座して?」

 

 顔は笑顔だけど目が笑ってなかった。

 

「ほら!やっぱりバレてるよ!」

 

「落ち着け!まだどれがバレたかわからねえ!」

 

「どれ?」

 

 ゆんゆんが変わらず笑顔のまま、可愛く首を傾げて問いかけてくる。

 

「ちょ!なんでいくつもやらかしたかのように言うの!?今回の旅はそこまでやらかしてないでしょ!?」

 

「うるせえ!まずは話しを」

 

「『ライトニング』」

 

 俺とヒナが睨み合ってる間を電撃が駆け抜けて、後ろのドアに大穴が開いた。

 どんな強敵にもこんな冷や汗をかいたことが無い。

 

「とりあえず正座して?」

 

「「はいぃ!」」

 

 

 

 

 

 

 たっぷりと怒られた後の翌朝。

 気持ち良いぐらいの晴天ではあるが、僕は寝不足だった。

 何故寝不足かと言うと…うん、なんというかその隣の部屋がちょっと一晩中賑やかだったからだろう。

 そろそろ起きる時間だし、起こす為にもゆんゆんの部屋の前に立つが…

 

『あ…あぅ……も、もう無理……もう、ほんとに』

 

『駄目。まだ足りない。もっと帰ってこないのが悪い』

 

『ご、ごめん……今度は、ちゃんと帰って、くるから、あっ!ぐっ!』

 

 ……まだしてたみたい。

 自然とため息が出たけど、二人はそういう仲だから僕が何かを言うわけにはいかない。

 僕は朝ごはんの準備をすることにした。

 

 

 

 

 僕が朝ごはんを食べ終わる頃にようやく二人はリビングにやってきた。

 ゆんゆんはご機嫌で元気あふれる様子だが、対照的にヒカリは寝不足が目に見えてわかるぐらいに疲労困憊のフラフラ状態だった。

 

「おはよう。今日はどうするの?」

 

 今日はそのまま寝ることは分かってはいたが一応僕達のパーティーのリーダーであるヒカリに聞いておいた。おはようと挨拶が二人から帰ってきて、ヒカリから返事が来る。

 

「あ?ああ、今日はそのまま王都に戻って、ツッキー達に合流しよう」

 

「え?」

 

「ええっ?もう?」

 

 僕も意外に思ったが、ヒカリは慌てたように話し始める。

 

「あ、ああ。だって二人待たせちゃってるしさ!な!?ヒナ!」

 

「う、うん。でもお昼ぐらいにギルドに僕達がいなかったら今日は休みだってわかってくれると思うよ?」

 

「そうよ。今日はゆっくりしたらどう?」

 

「い、いや!俺はパーティーのリーダーだからね!二人の為にもそんな無責任なことは出来ねえ!」

 

「ええ?でもよくあることだし」

 

「いいから!今日は戻るの!戻らないとダメなの!」

 

 ヒカリは必死だった。何故かゆんゆんに見えないように僕にめちゃくちゃウインクしてくるのが気持ち悪い。

 

「まあ、そういうならいいけど」

 

 僕は準備をしようと部屋に戻ろうとしてる間もゆんゆんがヒカリを呼び止めていた。

 

 

 

 

「はあ?今日は休み?」

 

「そうだよ。寝不足のせいで何も出来る気がしねえ」

 

 あくびをしながら僕に何でもないことのように、言い放つ。

 

「じゃあ紅魔の里で休めばいいじゃん」

 

「え!?い、いや、その、だって多分寝られないし…」

 

「……ゆんゆんとちゃんと話し合って、そういうことしなよ」

 

「えっ!?お、おま、何聞き耳立ててんだよ!」

 

「何言ってんの!?そっちが一晩中うるさくしてたんでしょ!?」

 

「へ、へへへ変なこと言うなよ!お、おおお俺達はあれだよ!ま、魔法の練習してたんだよ!」

 

「どんな魔法だよ!ナニを生み出そうとしてたんだよ!この変態!」

 

「何の話だ!!お前こそ変態じゃねえか!何言ってくれてんの!?」

 

「はあ!?ていうか僕にそんなこと言って言いわけ!?ゆんゆんから逃げたこと、言いつけちゃうけど、いいの!?」

 

「てめえ、きたねえぞ!この絶壁!」

 

「誰が絶壁だよこの野郎!絶対言いつけてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

「こんな感じだよ。ヒカリもヒカルもほんと滅茶苦茶だよ」

 

「ははは!私も自棄にならないで、もっと早くに戻ってくるべきでしたね」

 

「本当だよ。トリタンさんがいれば、もっと問題は起こらなかったはずだよ」

 

「なんだよ。言っておくけどな、俺が問題ばかり起こしてるわけじゃないぞ。お前ら全員しっかり問題起こしてるんだからな?」

 

 トリタンが戻ってきて、トリタンが自分がいない間に何があったか聞きたいなんて言うから、思い出話をしている。

 

「何言ってるの?ヒカリが加減しないで全力でライトオブセイバーするかツッキーに頼るせいで、だいたい何かが壊れるんだよ。王都では『破壊の光』とか『紅魔の破壊神』とか『デストロイヤーよりデストロイヤー』とか言われるんだよ」

 

「ええ!?俺、そんなこと言われてんの!?」

 

「そうだよ!これを聞いたら少しは」

 

「いいじゃん!我が名はヒカリ!紅魔の里の希望と破壊の光!やがてはゆんゆんの伴侶となる者!これだ!今度からこれにする!」

 

 マントを広げ、ドヤ顔で名乗るヒカリ。

 紅魔の血をしっかりと継いでるみたいで、あるえさんやゆんゆんのお父さん達等の各所から影響を受けて、すっかり紅魔族らしくなっている。もしかしたら年頃のせいもあるかもしれない。

 僕は呆れて頭を抱え、ため息をつく。

 ヒカリに、いや、ヒカルに会ってからため息が多くなった気がする。

 

「あははは!本当に面白い方ですね。リーダーのようでリーダーではないんですね」

 

 トリタンは笑いすぎて目尻に涙が浮かぶ。

 

「だから会った時から違うって言ってんだろうが。俺はヒカリだ。お前らの言うヒカルなんて知らんね」

 

「そうでした。失礼しました」

 

「このイケメン、腹立つな」

 

 ああ、懐かしい。よくこんなことを言っていた。ゆんゆんも同じことを思ったのか、優しく微笑んでいた。

 

「で?お前はこれからどうするんだ?」

 

「パーティーに入れてください」

 

「お前、冒険者とか聞いたけど、ついてこれるのか?」

 

 ヒカリはトリタンの話をたまに聞いてきてたから、トリタンのことは知ってるはずなのに、わざわざそんなことを言うのはおかしいはずだけど、ヒカリが試すように問いかける。

 

「大丈夫だよ。きっと弓の腕を見たら驚くよ」

 

「ええ、少しブランクがありますが、すぐに勘を取り戻してみせましょう」

 

「まあ、ついてこれるならいいんじゃねえの。クリスもツッキーも文句なんか言わないだろうし」

 

 ふうん。

 

「あれ?クリスさんやツッキーに仲間が一人増えるんだけど、いいか?って聞いてなかった?」

 

「は、はあ!?な、なな何言ってんだ!?聞いてねえよ!」

 

 ヒカリの顔が少し赤くなってる。

 ヒカリのツンデレなんて見ても嬉しくない。まあ、ちょっと面白いけど。

 

「『結構イケメンだし、スキルを多様に扱う弓の名手だからさ。俺はいいと思って』」

 

「わあああああああああああ!!!!てめえ!!このまな板!聞いてやがったな!!」

 

「誰がまな板だこの野郎!!違うよ!クリスさんから聞いたんだよ!」

 

「あ、あいつ!」

 

「ありがとうございます。ヒカリさん」

 

「は、はあ?何にこやかにお礼言ってんだよ。違うっつってんだろうが。おいこら、何ニコニコしてんだ。全員で暖かい視線向けてくんな!やめろこの野郎!」

 

 照れたヒカリがみんなに言い訳をしてる。

 少し前まであり得なかった光景が広がっている。どんな奇跡が起こればこんなことになるんだろう。

 

 

 少し気になるのはヒカルの記憶が無いはずのヒカリが何故トリタンのことを贔屓したのかが少し気になった。

 グレテンに行く時も、騎士王との決戦の時もトリタンを考えていた。

 ほんの少しだけ思い出したのか、それとも無意識なのか。

 

 

 

 ヒカリと二人しかいないヒマなある日、僕は好奇心から聞いていた。

 

「あ?いや、別に。友達になったから気にかけてやっただけで」

 

「でも会う前から気にしてたよね?」

 

「……」

 

「言いたくないの?」

 

「いや、なんというか…うーん」

 

 ヒカリは言い出しづらいのか、考えてるような顔つきで話し出した。

 

「気になったんだよ」

 

「なにが?」

 

「ヒカルのパーティーのことが」

 

「?」

 

「お前らが当然のようにヒカルヒカル言ってくるけど、俺は知らない。何も」

 

「……」

 

「ゆんゆんやヒナがそれだけ気にかける人がどんな人間か、知りたくなった。たまにお前らに聞いてたのはそういうことだ」

 

「でも、どうしてもわからないことがあった。それはヒカルの行動だ」

 

 ヒカルの行動がわかる人なんて、そんないないと思うけど…。

 

「何故弱いくせに、勝てもしない戦いに向かって行った?自分が弱いことを誰よりも知っていたはずのヒカルが何故?死にたかったのか?」

 

「…」

 

「トリスターノの為って言ったって、限度があるだろ。死んだら終わりなんだぞ。なのに何故?」

 

「ずっとわからなかった。お前らに話を聞いても全然わからなかった。でも、冒険者をやって、パーティーのリーダーをやってる内になんとなくわかったんだ」

 

「仲間が、友達が大事だったって。それはお前らから聞いてわかってはいたけど、納得はしてなかった。だって俺は死にたくないし」

 

「それが普通だと思う」

 

「それでも守りたくて譲れないものだったんだって、お前らといてわかった」

 

「誰よりも弱かったヒカルが命を張った理由が今なら痛いほどわかる。失うぐらいなら死んだ方がマシだって思えるぐらい大事だったんだって」

 

「…」

 

「なんというか羨ましく思った。ヒカルやトリスターノが。そんな風に思い合える仲間がいるのが」

 

「俺はゆんゆんと友達になる時に言ったんだ。『俺はヒカルじゃないし、ヒカルにはなれない』って、俺はヒカルになりたいとも思ったことはない。でも、ヒカルみたいな男になりたいとは思った」

 

「ヒカルみたいに死にたいわけじゃないぞ?ただそんな生き方に少しだけ憧れた。それでヒカルやトリスターノのことがわかって、なんというか俺も守りたいって思ったんだよ。それはお前らもそうだけど、俺のパーティーもそうだし、ヒカルが守ったものを守りたいって純粋にそう思った」

 

「そっか。すごく嬉しいよ」

 

「別にお前の為じゃなくて、自分の為にだよ」

 

 少し照れたようにヒカリがそう言ったのを見て、僕がここにいることは幸せで、今までしてきたことは間違いじゃなかったと心の底からそう思った。

 

「まあ、俺は壊してばっかだけどな」

 

「はあ…台無しだよ…」

 

 まったくもう…。感動したのに…。

 ヒカリは不敵に笑い、僕に向き直る。

 

「俺は他を壊してでもお前達を、大事なものを守り通す。ヒカルに出来なかったことをやってやる。何故なら俺はヒカルじゃないからだ」

 

 三角帽子の唾を持ち、一回転ターンを決めながらポーズを決めた。マントは大きく広がり、華麗に舞う。

 

「我が名はヒカリ!!紅魔の里の希望と破壊の光!!やがてはゆんゆんの伴侶となる者!!」

 

 高らかに名乗るヒカリ。

 何度も聞いて正直聞き飽きたけど、この子の名乗りをこれからも聞き続ける。何故なら僕は

 

 我が名はヒナギク。エリス教のアークプリーストにして、ヒカリの背中を守る者!

 

 なんてね。

 











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3章 『家族』と『未練』
36話


36話です。さあ、いってみよう。



36

 

 

「泊ーめーてー」

 

 俺が奇跡の生還を果たし、俺達がアクセルの家に帰ると部屋の前で待ってたクリスが声をかけてきた。

 

 俺達がアクセルに帰る道すがら軽く雪も降ってきて、一気に冬に入ったように感じる。

 クリスも馬小屋で過ごしているらしく、この寒さに堪えたのか、俺達を頼ることにしたらしい。

 もちろんクリスを入れてやると、クリスは大喜びで大きなリュックを持ってリビングに上がって行った。

 

「俺達は馬小屋じゃなくてよかったな」

 

「まったくです」

 

「誰かさんはみんなで暮らそうって言った時に馬小屋がいいとか言ってなかったかな?」

 

 ヒナが俺をじとーっと睨みながら言ってくる。

 違う宿が良いとも言ったがな。

 

「うう…」

 

 下着の話を思い出したのか、ゆんゆんが少し赤くなっている。

 

「さて、クリスの部屋はどうするか」

 

「あたしはリビングでも」

 

「だ、だめですよ!ここにはヒカルがいるんですよ!?」

 

 トリスターノもいるよ?

 

「そうですよ。ヒカルがいるんですし、危険ですよ」

 

 どういうことだ、この野郎。

 こいつらは知らないが、クリスの正体はアレだし、ヒナギク狂いだし、手を出しても殺られるだけでメリットが一つもない。

 

「安心しろ。俺の好みはおっぱいが大きい年上の女性だ」

 

「ここには誰一人いない」

 

 胸を張って言い張ったら、何故か全員に責めるような視線を向けられる。

 お前らも好き勝手言ってるんだから、これぐらい言ってもいいだろうが。

 

 

 

 話し合いの結果、クリスは女子二人の部屋を使うことになった。

 雑になるが、寝床は二つのベッドをくっつけて三人で寝てもらうことにした。ゆんゆんがお泊まり会みたいに感じてるのか嬉しそうにしている。

 

 今は夕飯を食べながら団欒の時を過ごしている。

 

「はあ?ベルディアを倒した?」

 

「そうなんだよ。カズマくん達がね」

 

 おいおい、マジか。

 俺が騎士王に殺されかけてる間に、後輩が幹部を倒しちまったよ。

 まーた俺は後輩に追い抜かれるのか。

 

「あ、あのもしかして倒したのって、あのアークプリーストじゃ」

 

「ん?そうだよ?」

 

 ヒナが信じられないと言った顔で、プルプル震えながら恐る恐る聞いている。

 クリスがまるで何でもないことのように答えるが、ヒナにとってはかなり重要らしく

 

「うがー!」

 

 叫び声をあげて、頭を抱えている。

 

「わ、どうしたの?」

 

「アクシズ教のプリーストに負けるのが嫌なんだと」

 

「あー…」

 

 クリスもなんだか複雑そうな顔してるが、ヒナみたいに対抗意識は持ってないらしく、悔しそうな顔とかはしていない。

 

「別に比べなくてもいいんじゃないかな?」

 

「うぅ…だ、だって」

 

 何故か俺の方を見た後に、クリスに向き直り話し始める。

 

「あの迷惑行為を繰り返す様な人達に僕の信仰が負けてるんですよ…?」

 

「負けてるわけじゃないと思うんだけど…」

 

「結果を見ると負けてるんです!」

 

 ヒナの頭はアダマンタイトより固いからな。

 この程度で自分の意見を変えたりしない。

 

「…せっかくやりたくないクエストまで受けたのに、僕は何も出来てないどころか、あっちはベルディアさんを浄化させるなんて…!クエスト受けなきゃよかった!」

 

「き、きっとヒナギクだって出来たはずだよ。落ち着こう?」

 

「そうだと、いいんですけど」

 

 ヒナはやっぱり納得してない様な顔で、そう言った。

 

 

 

 

 今日は移動もあって疲れたから、早々に解散して皆んな各自の部屋に戻って休むことになった。

 俺も少し疲れた。早々に休むことにしよう。

 なんて思っていたら扉をノックする音が聞こえた。どうぞーと答えるとクリスが入ってくる。

 

「どうした?泊まることは気にしないでいいぞ?お前のことパーティーに誘ったのは俺だからな」

 

「ううん、そんなわけにはいかないよ。本当にありがとうね」

 

「気にするなよ。大変なんだろ?」

 

「うん。で、ちょっと違う話もあって」

 

「違う話?」

 

 少し言いづらそうにクリスが話し始める。

 

「ベルディアが倒されたっていうのはさっき話したじゃない?」

 

「ああ、よくもあんなの倒したもんだ」

 

「でね、ベルディアの二つ名って知ってる?」

 

「なんだっけ、勇者殺しとかじゃなかったか?」

 

 なんかトリスターノが言ってた気がする。

 そういえばカズマは三億エリスもらえるのか、羨ましいな。

 

「あれ、知ってるんだ。そうなんだよ、ベルディアは多くの日本から来た勇者候補の人達を倒してきて、ついた二つ名が勇者殺しなんだよ」

 

 そういうことか。

 なんでそう呼ばれてるかまでは知らなかった。

 

「でね、ここからが本題なんだけど」

 

 

 多くの日本から来た勇者を倒してきたベルディアはその勇者から戦利品として武器やら装備品を回収していたらしい。

 その戦利品の中には当然日本から転生する際にもらえるチート武器や装備もあるらしく、それがベルディアの占拠していた城の中に一部ではあるが、置いてあるそうだ。

 このままでは悪い人や魔王軍に持ってかれて悪用されてしまう。

 

「だから、回収を手伝って欲しいんだ。泊まるのもお願いしておいて図々しいとは思ってるんだけど、あたしの事情をわかってくれてるのは君だけだし」

 

 そうか、確かに。

 ベルディアを倒そうと頑張った奴の装備が悪用されるなんて気持ちの良い話じゃないし、断る理由もないか。

 

「別にいいんだけど、俺は弱いからそこまで力になれるわけじゃないぞ?」

 

「え、そんなあっさり手伝ってくれるんだ」

 

「仲間になるかもしれない奴の頼みだしな」

 

「そっか、ありがとう」

 

 嬉しそうに微笑んでくるクリス。

 そんなやり取りをしてると、バタン!と大きな音を立てて俺の部屋の扉が開け放たれた。

 

「クリスさん!大丈夫ですか!?」

 

 俺とクリスが驚いてると、ヒナが俺とクリスの間に入り込んでくる。

 

「え、どうしたの?」

 

「お前驚かすんじゃねえよ」

 

「クリスさんがちょっとお礼を言ってくると言ってから、結構経ってますからね。きっとヒカルがいやらしいことを」

 

「なんでだよ!さっき俺の好み言っただろうが!」

 

「口ではなんとでも言えるよ!そ、それにヒカルは」

 

 先程までの勢いがなくなり、ゴニョゴニョ言って聞こえない。

 

「なんだよ?お前変な言いがかりするの本当にやめてくれよ」

 

「じゃ、じゃあ僕言っちゃうよ?言っちゃってもいいんだね!?」

 

 なんなんだこいつは。

 いつにも増して様子がおかしいぞ。

 

「ク、クリスさんのこと、す、好きなんでしょ!!?」

 

「ええっ!?」

「はあ?」

 

 ヒナが顔を赤くし、クリスもなんだか少し赤くなって俺に確認するように見てくる。

 

「いきなり何言ってんだこの野郎」

 

「ふん!誤魔化せると思わないでよ!名探偵ヒナギクにはまるっと全てお見通しだよ!」

 

 迷探偵の間違いだろ。

 そういえば、こいつにコ◯ンとか自称美人巨乳マジシャンとかの話を聞かせたことがあったから、それの影響を受けてるのかもしれない。

 

「どこにそんなフラグあったんだよ」

 

「ふふ、最初は小さな疑問だったよ。だけど、それもつまり積もれば大きな疑問へと変わるのだよ、ワガソン君」

 

 ワトソンだ馬鹿。

 ドヤ顔腹立つな。

 

「え、えーっと、その小さな疑問って?」

 

 勿体ぶった話し方をするせいか、クリスが早めに聞いてくる。

 

「ええ、まずはそこから説明しましょう」

 

 何なりきってんだこいつ。

 

「まずはいつの間にかクリスさんとヒカルが知り合いになっている点」

 

「だからそれは」

 

「まずここで怪しい。超怪しい」

 

「なんでだよ!」

 

「ヒカルなんかがクリスさんと仲良くなるなんておかしいでしょ?」

 

「おかしいのはお前の頭だろうが!探偵ヅラしたこと謝れ!全世界の探偵に謝れ!」

 

「クリスさん、ヒカルとの出会った時の話を聞かせてもらっても?」

 

「おい、スルーすんな」

 

「えー、最近いろいろあったからなぁ。確かヒカルがギルドの掲示板で一人眺めてたから声かけて一緒にクエスト受けたんだったと思うけど」

 

 おう、確かそうだよ。

 

「はい、ここで怪しい!」

 

「おいこら!お前なんなのさっきから!」

 

「話を聞くと言って教会にヒカルを連れてきた日と、その出会いの出来事があった日は同じ日ですよね?」

 

「そうだよ?」

 

「これで証明されたようなものだよ、ワガソン君」

 

 ワトソンだよ!ってか俺は別にワトソンじゃねえよ!

 

「だって、その日にヒカルはパーティーのお休みの日にしてたんだから!」

 

 渾身のドヤ顔である。

 

「え、それがなんで?」

 

「だってヒカルがわざわざお休みの日にクエストを受けるわけがないのです!」

 

「はっ!」

 

「はっ!じゃねえよ!納得するな!」

 

「僕の推理、いやここまで来たら状況説明と言っても過言ではないでしょう」

 

「過言でしかないわ!」

 

「まずヒカルは愚かにもクリスさんのことをどこかで見て一目惚れした。そして、どうにか、お、お近付きになろうとした!」

 

 いちいちディスってくるのも腹立つけど、お近付きぐらいで恥ずかしがるな。

 

「そしてパーティーのみんなを休みにして、クリスさんの優しさにつけ込み、一人でクエストを悩むフリをして声をかけてもらおうとした!」

 

「あーだからそれは」

 

 ゆんゆんやトリスターノとレベル差を縮めたかったから、休みの日も頑張りたかった、なんて恥ずかしくて言えない。

 

「それは見事に成功。クエストに一緒に言って仲良くなった後、いやらしいヒカルは相談があると言って二人きりの時間を作ったんだよ!」

 

「誰がいやらしいんだよこの野郎!推理っていうか言いがかりでしかないわ!」

 

「えーっと、その日はそんな話じゃなくてね」

 

 クリスも俺の能力について話していた時のことだから言いづらそうだ。

 

「もしも本当にいやらしい話じゃなかったとしても、ヒカルがわざわざ教会に行くなんてありえないんです。だって僕が誘っても全然来なかったし」

 

「お前その時冒険者やめさせようとしてた時だろ。行かねーよ。」

 

「では、何もなかったと?休みの日にわざわざクエストを受けて、仲良くなり、二人きりで教会に行っても何もなかったと?」

 

「ねえよ」

 

「はあ…」

 

 両手を広げて、やれやれとでも言いたげだ。

 くっ!こいつ!マジで煽ってんのか!?

 

「良いでしょう。では、その二人の出会いの日のことは置いておきましょう」

 

「疑問は」

 

「それだけじゃないわ!」

 

「ゆんゆん!?」

 

 ヒナが入ってきた時のまま開け放たれた扉からゆんゆんまで部屋に入ってきて話し始める。

 

「みんなでパーティーをした時のこと覚えてる?」

 

 先程の話よりかは比較的最近の話だ。

 

「二人で買い出しに行った時のことよ」

 

 あの時まだ殺伐とした雰囲気で買い出ししてた気がするんだけど。

 

「ヒカルはあまりお酒が好きじゃないと言っていた。それに私達も飲むような人はいない。それなのに、なんであんな大量のお酒を買ったのか」

 

 クリスが足りないって

 

「それはお酒好きなクリスさんの気を引きたかったからよ!」

 

「な、なんだってー!?」

 

 おい、クリス、少し楽しんできてるだろ。

 

「おかしいと思ったのはそれだけじゃありません」

 

「トリスターノ!?」

 

 トリスターノまで入ってき、って全員集まってきたよ!なんなんだよこいつら!

 

「私がおかしいと思ったのは」

 

「おかしいのはお前達の感性だと思うんだけど」

 

「今まで自分からパーティー募集や勧誘をしてこなかったリーダーが自分からパーティーに誘うなんておかしすぎます」

 

「だからダクネスがカズマのパーティーに入って独り身だったから声かけただけだよ」

 

「ええ、表向きの理由はしっかり説明がつきますね」

 

 どんだけ疑われてんの?

 

「ですが本当の目的はクリスさんをパーティーに入れて更に仲良くなる為だったのです!」

 

「な、なんだってー!?」

 

 トリスターノとクリス、お前達絶対この状況を楽しんでるだろ。

 

「更にもう一つあるよ!」

 

 ヒナがまた話し始める。

 

「僕が寝てしまった後、なぜクリスさんにわざわざ僕を運ぶように言ったのか、説明が出来る?」

 

 それは、うーん。

 クリスが今まで楽しんでたのが嘘みたいに顔が引きつる。

 

「クリスが一番しっかりしてるから」

 

「そんな曖昧な言い訳で誤魔化せると思ってるのかい、ワガソン君!」

 

 ワトソンだボケ。

 どうしたものか…。

 はあ、仕方ない。

 

「では、Ms.ホームズ。俺がクリスのことを別に異性として好きでもない決定的な証拠を突き付けよう」

 

『!?』

 

 全員がまるで予想してなかったかのように固まる。

 

「何故ならば」

 

 俺もやられたように勿体ぶった話し方をさせてもらう。

 ごくり、と誰かが固唾を呑む音が聞こえた。

 

「クリスには」

 

 全員が俺に何を言う気だと注目している。

 

「好きな人がいるからだ」

 

 ………。

 

『ええええええっ!!??』

 

 少し経ってから俺以外の全員から驚きの声があがった。

 それを聞いた瞬間クリスは焦り、他の三人は俺にもう用など無いと言わんばかりに背を向けてクリスに向き直る。

 

「だ、誰なんですか!?クリスさんにちゃんと相応わしい人ですか!?」

 

「えっ!?いや、あの」

 

 お、鏡見てこい。

 

「わ、私も聞きたいです!是非話してください!」

 

「あ、いや、これはその」

 

「私達一同、力になりますよ!」

 

「い、いいって!っていうかヒカル!なんてこと言うのさーー!!」

 

 お前も楽しんでたからな。

 俺も楽しませてもらうぞ。

 

 

 

 

 あれから質問責めにされたクリスは興味津々の女子二人に女子部屋に連行されていった。

 

 

「ところでクリスさんが好きな人がいたところで、リーダーがクリスさんを好きじゃない理由にはならないのでは?」

 

 勘のいい変態は嫌いだよ。

 

 じゃなくて

 

「だから本当に好きじゃないって。どうせ俺がなんか言ってもお前ら聞かなかっただろ?」

 

「まあ、そうですね。なんとかこじ付けようとしてました」

 

 この変態、いつか覚えてろよ。

 

 

 

 

 

 

「起きて」

 

 いつもの如くベッドから引き摺り出される。

 全然寝た気がしなくて目を開けるとまだ外は少し暗かった。

 

「おはよう」

 

 ヒナとクリスが俺を見て、少し小さな声で挨拶してくる。

 

「おはよう、おやすみ」

 

 まだ暗いのに冗談じゃない。

 挨拶してベッドに戻ろうとするとヒナに首根っこを掴まれた。

 

「朝早くからごめんね。もうベルディアの城に向かいたいんだよ」

 

 は?早すぎるだろ。

 そもそもヒナがいる前で何バラしてんだ。

 

「エリス様の神託だから、僕たちがやらなきゃだよ」

 

 なるほど、そう説明してヒナにも協力してもらうことにしたのか。

 それなら俺があまり戦力にならなくても良さそうだし、安心だ。

 

「にしても早すぎるだろ」

 

「そんなことないよ。昨日ベルディアが倒されたばかりだけど、多分今日のお昼には調査隊が結成されて向かうはずだよ」

 

「魔王軍も回収に来るかもしれないし、偶然入り込んだ人に持ってかれるなんてこともあるかもしれないんだ。頼むよ」

 

「エリス様に選ばれた僕たちがやるしかないんだよ、さあ起きて」

 

 クリスが少し照れてるような表情をしてる。

 俺は別に選ばれたわけじゃないんだけど…。

 

 

 

 

 

 

 どこから用意したのかわからんが、リアカーまで準備して俺達はまだ暗い中、ベルディアが占拠していた城へと向かった。

 冬眠に入ったせいか道中モンスターに襲われることなく、雪も積もったりしてなかったので、あっさりと城に着いた。

 

 でかい城だ。

 千葉にある東京なんとかランドを思い出すな。

 この中を探すなら、もう昨日の段階からやるべきだったんじゃ…。

 それを指摘すると

 

「大丈夫。盗賊のスキルには宝感知っていう便利なものがあるからね。探すことに関してはあたしに任せてよ」

 

「それを運び出すのは?」

 

「君の役目だよ」

 

「ヒナは?」

 

「あたしのサポートかな」

 

 絶対近くにいて欲しいだけだろ。

 

 

 

 

 

 トリスターノも盗賊のスキルを持ってたし、かなり便利に見えるな。

 

 順調すぎるくらいに神器の回収は終わった。

 罠感知や宝感知で次々と進んでいくクリスに、まだ少し残っていたアンデッドモンスターを浄化させるヒナ、神器を持ってリアカーまで走る俺。

 

 俺だけ地味だって?今更だろ?

 そんなこんなであっさり終了した。

 

 人が三、四人は入りそうなリアカーが埋まるほど、神器はこの城に隠されていた。

 これが一部でしかないというのが、ベルディアの恐ろしいところだ。

 考えても仕方ないが、一体何人の人間がやられたのだろう。

 

 一応、神器じゃないお宝もリアカーに載せられるだけ載せた。

 

「ヒカル、ヒナギク。本当にありがとう。助かったよ」

 

「いえ、僕は協力が出来るなんて光栄です」

 

「はいよ。外も明るくなってきたし、そろそろ行こう」

 

「あ、待って。残ったお宝だけど、全部持っていくわけにはいかないけど、多少持っていけるぐらいは持っていっていいよ」

 

「え、いいんですか?」

 

「これぐらいはしないとね」

 

 少しイタズラっぽい顔でそう言って来たので、お言葉に甘えてポケットに無理がない程度に入れて持っていくことにした。

 

「それだけ?意外だね」

 

「欲張るとロクなことにならないからな」

 

「ニホンの心。ザンシンだね」

 

 全然違う。

 あはは、と頬かいて苦笑するクリスがヒナギクを呼んで、何かを懐から取り出した。

 

「ヒナギク、君に預けるものがあるんだ」

 

「預けるもの?」

 

 取り出したものは指輪だった。

 特になんの装飾もない銀の指輪。

 

「『聖女の指輪』これを君に預ける」

 

「…」

 

 口を開けて固まるヒナ。

 数秒経って言葉の意味を理解して

 

「あ、ああああ預かるなんてそんな、そんなの預かれません!」

 

「これはエリス様からお願いされたことなんだ。受け取ってくれないとあたしが怒られちゃうよ」

 

「え、ええっ、で、でも」

 

「ほら左手出して」

 

「は、はい!」

 

 緊張した面持ちで左手を出すヒナに左手をとって、左手の薬指に指輪を通すクリス。

 っておい。

 

「あ、あの、そ、そこは」

 

 ヒナギクもわかってるみたいで顔を赤くしている。

 

「あ、あははは!も、もう冗談なのにツッコミ入れてくれないから焦ったよ!」

 

「え、あ、そうですよね!ぼ、僕びっくりしましたよ!」

 

 嘘つけ。目がマジだったぞ。

 ちゃっかりヒナを自分のものにしようとしてたぞこの変態女神。

 

 左手の中指に指輪を通し、クリスが説明し始める。

 

「その指輪は不浄のものを許さない聖なる指輪。もし不浄な存在に近付けば指輪が光ったり熱を持ったりして知らせてくれるよ」

 

「神器なのか?」

 

「一応ね。他に強力な力はないんだけど、不浄な存在に対してだけ力を発揮する指輪なんだ」

 

「その光だけで、弱い不浄の存在なら消せるかもしれないよ。あと少し幸運になるかもね」

 

 少しお茶目な感じで言ってるクリスに対し、ヒナは指輪を感極まったように眺めている。

 

「ヒカルには申し訳ないんだけど」

 

「いいよ。それを扱えるのはヒナぐらいなんじゃないか?」

 

「お、よく気付いたね。ヒナギクほどの信仰心が無いとこの指輪は扱えないんだ。他の人が指に通しても全く意味のないものだろうね」

 

「勘だけどな」

 

「僕、嬉しいです」

 

 指輪を左手ごと大事そうに抱き込むようにして呟いた。

 

「持ち帰りたい」

 

「え?」

 

 クリスが真顔でいきなり変なことを言い始めたのには流石に気付いたヒナ。

 

「あ、いや、なんでもない!さ、そろそろ帰ろう」

 

 

 

 

 アクセル付近までついて、リアカーを引っ張ったクリスとは別れた。

 多分あの神器をどうにかするのだろう。

 

「ねえ、クリスさんのことどこまで知ってるの?」

 

「どこまでって、なんだよ」

 

「…だって、先に協力を持ちかけたのはヒカルなんでしょ?」

 

「たまたまだろ。泊まらせてくれるお礼のついでみたいな感じだったし」

 

「ほんとかなぁ」

 

 疑わし気にこちらを見てくる。

 

「ねえ、ヒカルは本当にエリス様の使いとかじゃないの?なんで手伝ったの?」

 

「そんなことないって言ったのはヒナだろ。あと事情を知ってるし、断る理由がないからだよ」

 

「…」

 

 何かを考え始めるヒナ。

 

「ほ、本当にクリスさんのこと好きってわけじゃないんだね?」

 

 少し頬を染めながら聞いてくる。

 しつこいな。

 

「異性として好きかって聞かれたら、好きではないな。」

 

「ふうん」

 

「聞いておいてなんなんだよお前は。なんかあるのか?」

 

「べ、別に?」

 

 目を逸らして誤魔化す。

 

「人に質問ばかりしといてお前は答えないのか?」

 

「う、だって、わからないんだもん」

 

「何が?」

 

「よくわからないんだもん」

 

「だから何がだよ」

 

「わからないのがわからないの!」

 

「なんでキレてんだ!?」

 

「……この気持ちがわからないんだもん…」

 

 そういえばこいつは良い人間と女神に囲まれて育てられてきたから知らないことだらけだったな。

 

「わかるようになるまで頑張りたまえ」

 

「…なんで上から目線なのかわからないけど、頑張るよ」

 

「お前みたいな天才がもがき苦しむのを近くで見させてもらおう」

 

「…性格悪い」

 

「成長が悪いより、いいんじゃないか?」

 

「……」

 

「え、ちょ、無言で襲いかかってくるな!悪かった!胸のこと気にしてたんだな!?」

 

「誰も胸のことなんて言ってないんだよこの野郎!」

 




番外編のゆんゆん視点に慣れてきたせいか、ヒカル視点に違和感を感じる…。
変なところあったら教えてください…。

指輪はオリジナルです。
名前は適当です。



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37話


37話です。さあ、いってみよう。



 

 

 最初はゴースト討伐は失敗になったと思われていたが、騎士王のあの槍は聖なる力を持ったものらしくルーシーズゴーストを綺麗に浄化したらしい。

 俺達が浄化したわけではないがギルドが調査した結果、ゴースト討伐が確認出来た為、報酬金を得ることが出来た。

 更に道中にいたモンスターもクエストが出ていたものでその報酬に加え、ウイングトードの買取も合わせてかなりの金額の報酬を貰えた。

 

 

 命の危険に更にはクエスト失敗した上移動費も無駄になるという三重苦にはならずに済んだというわけだ。

 そんな俺達はアクセルのギルドに届いた報酬金を受け取り、

 

 

 俺は部屋に監禁されていた。

 

 

 ちなみに今監禁二日目になる。

 

 

 どうしてこんなことになったか、それは俺とヒナが神器の回収が終わった後のこと、三人が今後の方針について会議がしたいと言い出したことから始まった。

 クリスも戻ってきたが、俺達の会議に邪魔しないように出かけていった。

 

 それで会議をすることになったが、三人がヒソヒソと話し合ったりしてるし、様子がおかしいのもまあわかってはいたのだが…。

 

 ヒソヒソ話が終わった途端ヒナがいきなり仕切り始めて会議が始まった。

 怪しさ満載だったが、特に文句は無いのでそのままやらせて最初の議題へと入った。

 

 最初は普通の議題で、冬に入ったことによりモンスター達が冬眠し、冬の期間中は危険なモンスターや危険なクエストしかないので、余程のことが無ければ、クエストには出ないで今回の報酬金で冬を過ごすとなった。

 もちろん満場一致で可決。金が無いならまだしもあるならわざわざ冬の危険なモンスター狩りになど行く気はない。

 その話ついでに、報酬を多く貰ったが、節制を心がけるように言われた。特に文句もないので、どんどん次の議題へと入っていった。

 

 意外にも三人でヒソヒソしていた割に普通の議題が多く、そのまま終わるかと思われた。

 最後の議題に入ります!とヒナが高らかに宣言して、三人が一斉に俺の方を見てきた。

 首を傾げた俺に最後の議題が叩きつけられた。

 

 それは騎士王襲撃時の俺の行動についてのことだった。

 

 いくら全員が助かったとはいえ、あんな危険な行動をするのはやめるように言われた。

 俺も別にしたくてしたわけじゃない。

 心配してくれているのもわかっている。

 

 俺の考えすぎかもしれない。

 だが、どうにも弱いんだから守られていろ感を感じてしまって、その時俺はよく感じなかった。俺が弱いのは重々承知している。いるのだが…。

 

 この返答が悪かったのは後になってわかるのだが、この時の俺は愚かにも感情に任せてテキトーにこう答えた。

 

 善処しまーす。

 

 雰囲気はそこから一気に悪くなる。

 三人の表情は目に見えて不機嫌、怒りが見えるようになり、それはもう怒られた上に色々と言われた。

 だいたい正論で、俺も言い返すこともなく我慢して先程言われたことを口だけでも了解とかごめんとか言えばよかったが、この時はどうしたことか俺は反撃に出た。

 正直反撃と言っても反論になってない、というか俺の感情論だった。

 

「危ないからやめてって言ってるの」

 

「危ないなんて冒険者やってればいくらでもあるだろうが」

 

「だからってあんな無茶」

 

「みなさんご存知の通り、弱いから少しぐらい無茶しないと冒険者できないんだよこの野郎」

 

 とかそんな感じ

 それ故に会議は激化した。三人が言ってくることに対し、イラついた俺は少し罵詈雑言も混ぜて反論していると、三人は頷き合った。

 これがきっと最初に三人がヒソヒソと話していたことだったのだろう。

 それに気付くのが遅れ、ゆんゆんがこちらに杖を向けて、呪文を詠唱し始めた。茫然とした俺は遅れてなんとか行動を起こそうとした瞬間

 

「『スリープ』」

 

 と声が聞こえて、俺の意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

 そして気が付いた俺は部屋にいた。

 会議はもしかして夢だったのか?なんて思って起き上がると、すぐに異変に気が付いた。

 窓が使えないように木の板を打ち付けられていた。

 なんだこれ?どうなってんだ?と思い、扉の方に行こうとしたら、見たことのない本が十冊ほど置いてある。

 それ以外にも絵本が三冊、見たことのない袋に包まれたものが五個ほど同じくして置いてあった。

 疑問には思ったが、他の三人に聞くことにしようと、扉に手をかけたが開かない。こちら側からロックされてないのに開かない。

 なんだ?壊れたか?

 ガチャガチャガンガンとやっていると、声が聞こえてくる。

 

「起きた?」

 

 ゆんゆんの声だ。よかった。

 誰もいなかったらここから出られないところだった。

 

「なあ、ここから出られないんだ。手伝ってくれないか?」

 

「…」

 

 何故か無言だ。

 

「おーい!」

 

「えっと、出られないようにしたから、出られなくて当然よ」

 

 は?

 

「会議の結果、今回のリーダーの行動は危険なものとして判断しました。また危険な行為をされるのではないかと考えた私たちは冬の間、貴方には部屋から出ないように閉じ込めることにしました」

 

 トリスターノの声も聞こえた。

 な、何言ってんのこいつら…。

 

「冬の間は本当に危険なの。それに私たちが言っても全然聞いてくれないし、反省もしてくれないし、ヒカルの意見が変わるまではね」

 

 え、俺の人権は?

 粗相したペットの扱いじゃんこれ!

 子犬が怒られても反省しないからゲージに閉じ込められるやつだよこれ!

 

「いやいやいやいや!何言ってんだ!?ちょ、マジで!トイレは!?飯は!?餓死しろってか!?」

 

「トイレは扉の前に置いてあった簡易トイレで済ましてください。ご飯ももちろん私たちが三食きっちり用意させていただきます」

 

「か、簡易トイレ!?お、おま、ふざけんな!」

 

「真剣だよ。私達はね?ヒカルに死んで欲しくないの」

 

「よ、よし、わかった!もうあんなことはしない!だから出してくれ!」

 

「…しばらくは出さないよ。多分閉じ込められたのが嫌で口だけでそう言ってるだろうから」

 

 正解だけど、こんなので俺が意見変えると思ってんのか!?

 

「ちょ、なんでだよ?信じてくれないのか?」

 

「先に能力のことで嘘付いてきたよね?」

 

「…だ、だからあれは」

 

「トリタンさんを守る為だって言うんだよね?それはわかってるよ?ヒカルの行為は危険だけど立派なものだったっていうのも理解してるの。だけど危険な行為を繰り返して次生き残れるかわからないでしょ?やめてほしいって話したのに全然聞き入れてくれないから、こんなことになったのよ」

 

「あー!なるほどね!完全に理解したよ!反省しました!出してください!」

 

「とりあえず三日はダメ」

 

「おい、ざけんな!」

 

「しばらくは反省してください」

 

「おいいいいい!マジなの!?マジで閉じ込めておく気なの!?」

 

「うん」

「はい」

 

「ちなみに魔法でも扉と窓にロックしてあるから、ヒカルが力づくで頑張っても無駄だからね。最近ヒカルは本を読むって聞いたからみんなで選んで多めに買っといたから、それを読んで過ごすこと。それと」

 

「いやいや、あのさ!おかしいって思わない!?パーティーメンバー閉じ込めてることおかしいって思わない!?」

 

「そ、それと、そ、そのち、ちちちちり紙は多めに置いておいたから!」

 

「何の配慮してんのお!?どんな気の回し方!?俺のことなんだと思ってんだコラァ!マスターしろってか!?この期間でベーションをマスターしろってか!?このマセガキ!」

 

「マ、マセガキ!?子供扱いしないで!ていうかべ、ベーションとかマスターとか大きな声で変なこと言わないでよ!し、しばらく出さないから、あまり騒がないでよ!」

 

「え、ちょ、勝手に終わらせんな!おい!」

 

 そこから返事は一切返ってこなくなった。

 

 

 そして今に至る。

 本を読むのは嫌いじゃないし、この世界のことを勉強しとかないといけないこともあるが、本を読むという行為に飽きた。

 日本にいた時みたいに携帯があればいくらでもゲームやら何やらで引きこもってられるかもしれないが、それもない。動画も見れねえし…。どうしたものか。

 

 ご飯を持ってくる時に奇襲して出てやろうと思ったけど、完全に三人には読まれていた。持ってくる時は三人で来る上にヒナには支援魔法、ゆんゆんは俺の動きを止めたり妨害したりする魔法があるせいで、俺は何も出来ない。

 

 

 魔法なんてロクなもんじゃない。

 大の男の俺が小さい女の子に全力で向かっていって、けちょんけちょんに負ける俺の気持ちが分かるか?

 

 才能なんて大っ嫌いだ。

 いつだってそうだ。歳の差だったり、経験年数だったりを簡単に跳ね返しやがる。

 ここまでコツコツ頑張ってきたやつの思いを踏みにじって。

 いつもいつも追い抜かれていく。

 俺はまた…

 

 

 って、何考えてんだ!普通にブルーになってどうする!?

 とりあえず三日目は変なことしないで反省したフリをして出してもらおう。

 今日はあれだよ。こう偉い人の気分を味わおう。飯も勝手に用意して持ってきてくれるなんて、偉くなきゃされないからね、うん。

 

 

 

 

 一日目にはこんなことをしていた。

 何してたかっていうと、それはもうガンガン騒いだり、奴らの恥ずかしいことを大声で言ったり。少しぐらい良いだろ?

 

「ヒナ!いるかー?」

 

 扉にノックしながら話しかける。

 少しして返事が返ってくる。

 

「……いるけど、なに?」

 

 めちゃくちゃ不審がってる。

 なんだよ。気分悪いなぁ。

 

「そうか。いるならいいや」

 

「は?え、なんだったの?」

 

「いや、なんでもない。話しかけただけ」

 

「…変なことしないでよね」

 

 扉の前から気配がなくなった時を見計らって

 

「エリス様ーー!!!私は!ヒナギクに!!監禁されていまーーーす!!!」

 

 ドコドコと走ってくる音が聞こえて怒声も聞こえてくる。

 

「ちょっとお!!変なこと言わないでよ!!」

 

 ドン!と扉を叩く音が聞こえた。

 

「エリス様ーー!!ヒナギクにいやらしいことされていまーーーす!!」

 

「何言ってんの!?するわけないでしょ!?バカなの!?エリス様に変なこと言わないでよ!!」

 

「いやーーーー!!!!助けてーーー!!!」

 

「変なこと言うな馬鹿野郎!!ヒカルのそんな言葉なんか届くわけないでしょ!」

 

「やめてーーーー!!来ないでーーー!!」

 

「ヒ、ヒナちゃん!落ち着いて!罠だから!絶対罠だから!!落ち着いて!」

 

 ゆんゆんが抑えてるのだろうか、叩く音がなくなった。

 

「うー!部屋から出たら覚えておいてよ!!!」

 

 ふぅー、満足した。

 

 

 

 

 

 一日目に渡された本は全部読み終わって、二日目に支給された本に手を出そうかと思い、やめた。

 身体がアホほど鈍っている。

 少し動き回りつつ、ストレッチをしたりして、また俺はなんかしてやろうと思った。

 人間ヒマになると少しおかしくなるのかもしれない。

 

「おーい、本読むの飽きたぞー!なんか無いのかー!」

 

 少しすると

 

「……あるから、少し待ってて」

 

 ゆんゆんが返事をしてきて、少ししたらまた戻ってきた。

 鍵のカチャンという音が聞こえて、扉が少し開かれたので、力づくで押し出てやると思ったが、全然開かなかった。

 不思議に思った俺は見ると、チェーンロックが二つほど付いてるのが見えた。

 え、そこまで厳重なの?玄関よりも鍵の数多いじゃん。

 

 下の方から四角い箱がスーッとゆっくり入ってきて、その後扉が閉まり鍵の音が聞こえた。

 

「あのね、分からないことがあれば教えるから。いつでも声かけてね」

 

 と言って扉の前から離れていった足音がした。

 

 箱を見ると、ぶっちゃけ予想通りというかなんというかボードゲームだった。

 二〜四人用の。

 

「あのーすみませーん」

 

 今回は駆け寄ってきたようなそんな足音。

 

「なに?どうしたの?」

 

 ゆんゆんの声は少し嬉しそうな声だ。

 

「これ複数人プレイ用なんですけどー」

 

「だ、大丈夫!一人でもできるわ!だって私、紅魔の里にいた時にやってたもの」

 

 つらい。

 

 懇切丁寧に教えてくれるけど辛い。

 擬似複数人プレイをしろと。違う自分を演じてみるのも面白いと思うわ、とかアドバイスされた。今までで一番嬉しく無いアドバイスかもしれない。

 

「はあ、ありがとうございます」

 

「う、うん!またなにかあったら声かけてね!教えるから!」

 

 スキップしてるんじゃないかぐらいの足取りの軽さの足音だった。

 

 

 

 よし、本でも読むか。

 





お気に入り、評価、感想ありがとうございます。
皆様のおかげで書くのが楽しいです。

三章はしばらく日常回です。
方針がしっかり決まるまでの時間稼ぎとかそんなわけではありません。


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38話


38話です。さあ、いってみよう。



 

 

「ふはははは!!貴様らの運命はここに決した」

 

「なん…だ…とっ!?」

 

「バカな!そこに置くなど自殺行為だ!」

 

「だがそこに置けば、他の全員も置けなくなる。くっ!私の計算が外れたとはっ!」

 

「これで終わりだ!」

 

 パチリと無慈悲にパズルは置かれる。

 これで他に誰も置くことが出来なければ、先行プレイヤーの彼が勝利となる。

 だがもう…

 

「…そこに君が置くのを待っていたんだ」

 

 一人が計算通りと言わんばかりにニヤリと不敵に笑う。

 

「貴様!まさか!」

 

「そうさ!これを返せるのは僕だけさ!この一手に全てを賭ける!」

 

「や、やめろおおおおお!」

 

 彼へのトドメの一撃。パズルはカチリと

 

 

 

 

「って虚しいわ!なんでやってんだよ!」

 

 ボードゲームのルールブックを叩きつけた。

 

「何が演じてみるのも面白いと思うわ、だよ!ただただ辛いわ!いっそ何もしない方がマシだよ!」

 

 あーもう片付けよう。

 ヒマ過ぎてアホになってるのかもしれない。

 

 

 ゆんゆんって何でこう変な方向に突っ走るかな。内面はまあまあ普通なんだから、もう少し自信を持ってほしい。

 

 というか対戦型が多い。

 別に対戦型じゃなくてよくない?協力型のボードゲームにすればいいじゃん。

 そうすればゆんゆんの無駄に高い知力を知っている他の人も気軽に誘えるのに。

 

 まあ何で対戦型ばかりかは容易に想像がつくのだが…。 

 

 

 たまには俺が買ってきて、それで全員で遊んでみるか。それならきっと協力型の楽しさもわかるだろう。

 今思えば俺と初めてクエストに行った時、カエルを一人で倒していた。協力の仕方がわからなかったのかもしれない。

 

 ボードゲームどこに売ってるかな。

 

 

 

 

 

 二日目に貰った本も半分読み終わってしまった。

 

 この生活も意外と良いのかもしれない。

 結構この世界の知識も頭に叩き込めた気がする。

 

 一つ気に入らないのは絵本の他に二冊ほど子供用の本が入っていること。

 いくらなんでもバカにしすぎだろ。選んだのは絶対ヒナだ。

 

 ベルゼルグの歴史書は結構面白かった。

 選んだのは多分トリスターノだろう。この前一緒に本屋行ったしな。

 あいつはちゃんと周り見てるからプレゼント選びとか得意そうだ。変態だけど。

 

 読むだけで友達ができる禁断の魔導書とか紅魔族についての本は確実にゆんゆんだろう。

 友達がどうとかは申し訳ないけど、読まないぞ。

 紅魔族についての本を読むとゆんゆんがやべえ種族なんだっていうのがよくわかる。

 ゆんゆんはなるべく怒らせないようにしよう。なるべく。

 

 

 

 しばらくしてるとノックされて返事をすると三人がご飯を持ってきた。

 トリスターノがトレーにご飯を乗せて運び、二人がボディーガードのようにディーフェンスディーフェンスしてる。

 

 本読んでたら夕飯の時間か。

 本を読んでたまに身体動かして、ダル絡みして眠くなったら寝る生活をしてるせいで体内時計はぶっ壊れてる。

 

「ありがとう。そこの机に置いておいてくれ」

 

「わかりました」

 

 俺はこの本の区切りの良いところまで行ったら食べよう。

 と思ったらゆんゆんとヒナが何か言いたげにこちらを見てくる。

 

「どうした?」

 

「…いや、いきなり大人しくなったから…」

 

「毎回ご飯持って来るたびに外に出ようとしてたのに…」

 

「今はこの本優先だ」

 

 この世界に来た当初は命の危険や金稼ぎ、その他生活時間等で、ただ必死に生きることしか出来なかった。

 だが今はこうして時間にも金銭的にも余裕が出来て勉強する時間がある。しかも外は危険ときたもんだ。それなら少しでも知識を入れておくべきだろう。

 

 最初は余裕がなかったけど、俺もいつまでも人に教えてもらってばかりじゃないのだ。

 まあ、これからもわからないことがあったらすぐ聞くけど。

 ネットとか無いんだ、これぐらい許してくれ。

 

「何か企んでるの?」

 

 ヒナがじとーっとした目でこちらを見てくるが、本当に人のことをなんだと思ってるんだ?

 

「企んでない。あとお前、変な子供用の本買ってくるなよ」

 

「変な本なんて買ってないよ?ちゃんと教育に役立つ本を買ってきたんだよ?」

 

 お前に教育される覚えはない。

 この本や絵本は後で孤児院に寄付しよう。

 

「トリスターノ、歴史書ありがとう。助かるよ」

 

「気に入っていただけたようで何よりです」

 

 恭しく礼をするだけで絵になるから腹立つ。

 これだからイケメンは。

 

「ゆんゆんは…その、友達系の本はやめてくれ」

 

「え?う、うん。紅魔族の本はどうだった?」

 

「それは参考になった。ありがとう」

 

 嬉しそうに笑うゆんゆん。

 そういえば第一次くさい大戦の時にヒナのことは聞くくせに自分のことは聞いてこないとかなんとか言ってたし、紅魔族について色々と知って欲しかったのかもしれない。

 

「…一応本は買ってきてあげるけど、ちゃんと反省するんだよ、わかった?」

 

 お母さんかお前は。

 とりあえずわかったと返事しておこう。本は読みたいけど、いい加減明日には出たいし。

 

 

 

 

 夕飯も食べ終わり、少し体を動かした後、三人に待機されながらシャワーを浴びた後にストレッチをしている。

 時刻は夜十時を回った頃、控えめなノックが聞こえてきた。

 飯の時くらいしか俺の部屋に来ないはずなんだけどなと疑問に思いながらどうぞー、と答えるとゆんゆんが部屋に入って来た。

 一人で。

 

 え、俺のこと監禁してるのに、何故一人?

 扉を閉めるとロックと魔法をかけたけど、それは俺を閉じ込める為にやってるんだよな?

 なんか怖いんだけど。

 

「えっと、その少し話がしたくて」

 

「お、おう。いいけど」

 

 なんかそんなモジモジされると身構えちゃうんだけど、どうしたんだよ。

 

「まずは謝りたくて」

 

 ハテナ状態だったが、すぐに察した。

 この部屋に閉じ込めたこと、そして自分が気絶して大事な場面で役に立てなかったことに関して謝られた。

 部屋に閉じ込めたことに関してはともかく、ゆんゆんが足を引っ張ったからなんて思ってもないし、言うのも許さんとだけ答えた。

 少し申し訳なさそうだったが、照れたように笑い、すぐに真剣な表情に変わる。

 

 でも、どうしても。強引な手段を使ってでも俺に理解して欲しかったと語った。

 

「私は気絶してたから聞いた話しか知らないけど、ヒカルの行動は危険で褒められたものじゃないと思う」

 

 …まあ、それは

 

「でも昨日も言った通りヒカルが立派だったとも思ってるの。それは多分みんなそう思ってる」

 

「ヒカルは一番弱いのに、それでも友達の為仲間の為って言って、魔王と肩を並べる様な存在に向かって行くなんて誰にも出来ないことだと思うから」

 

 知らなかったからです…。

 知ってたら多分無理じゃないかな…うん。

 

「立派だよ?立派だけど怖かった。ヒカルがいなくなるのも怖い。もうしないでって言っても聞かないで、また同じことがあれば平気で自分を犠牲にしようとするのが怖いよ」

 

「ヒカルが私達のこと大事に思ってくれてるのは知ってる。でも私も、私達もヒカルのこと大事に思ってるんだよ?」

 

 それは、うん、知ってる、んだけど。

 

「他の冒険者の人達に協力してもらって、教会に引き返してる時、頭の中ごちゃごちゃで」

 

「最悪な想像ばかり頭の中で飛び交って、心臓が潰れるかと思った。不気味なぐらい静かな教会に着いて、いろんな神様にお願いしたのよ。どうか私の友達が生きてますようにって」

 

「扉を開けたら、すぐに倒れたヒカルを見つけて、最悪な想像が現実になったと思って、それから、なんというか」

 

「多分絶望したって言うのかな。私は友達の為に何も出来なかった…って」

 

「そのあと調べたら生きてることがわかって、安心したけど」

 

 泣きそうな顔になって、俺の目を見て訴えかけてくる。

 

「どれだけ心配したかわかる?友達を失ったと思うのがどれだけ辛いかわかる?」

 

 紅い瞳が潤んで、俺に問いかけてくる。

 

「みんなといるのは楽しいけど、こんな思いするぐらいなら一人でいた方がマシだとすら思った」

 

 …意地張ったばかりにまた最低なことしちゃったな。

 

「嫌だよ、友達が…ヒカルがいなくなるの」

 

 俺に近づいて来て、右手を両手で包み込む様にして握った。

 

「なんで無茶するの?今回のことは仕方ないにしてもなんで同じことしようとするの?なんで私にこんな酷い思いさせるのよ…」

 

「悪魔の時もそう。それに最近知ったけど、私達には休みって言っておきながら自分はクエストに行ったりすることもそう、無茶ばかり」

 

 やべ、ヒナが余計なこと言うからバレた。

 

「どうしたらわかってくれるか、三人で話し合ったけど全く分からなくて…一つ考えが浮かんだの」

 

 なんだ?

 

「ヒカルは死にたがってるんじゃないかって」

 

 そんな風に見えたのかな。

 死にたがってるやつを放置するわけないか。

 

「何故わざわざ遠いニホンからこっちに来て冒険者なんてやりに来たのか、それは誰も知らないところでひっそりと死のうとしてたから」

 

 …え、いや、違いますけど…。

 

「そうすると少しだけ納得いくよね。何があったかわからないけど、自棄になって…。無茶ばかりなのもそうだし、エリス様に会ったことがあるって言うのも」

 

 なんでここでエリス様??

 

「死のうとしてるヒカルをエリス様が助けた。その時に会って、ヒナちゃんのこと聞いたりしたんじゃないかな」

 

 すげえ設定思い付くな。

 

「冒険者をやってる理由は正直わからない。ヒカルはあまり話せないことが多いし、能力のこともあるからエリス様の話に関わるからだと思ったんだけど、どう?違う?」

 

「違う」

 

「そう。やっぱり違う…ええっ!?違うの!?」

 

「全部違う」

 

「全部!?どこからどこまで!?」

 

「なんか三人で話し合って勝手に俺の設定考え始めたあたりから」

 

「せ、設定とかじゃないから!ヒカルが話さないから、あくまで」

 

 先程の超絶真剣な雰囲気はどこに行ったのか。

 顔を真っ赤にして、さっきの俺の設定考察してたのをめちゃくちゃ言い訳してる。

 

 どうしようかな。

 ゆんゆんには言っておくべきだろうか。

 いつかは言うべきなんだろうが…。

 

「あーゆんゆん、それくらいでいいからさ」

 

「な、何が!?だ、だからね!?これは三人で話し合ったことであって」

 

「無茶をする理由っていうかさ」

 

 そんな感じで話し始めたら、驚くぐらい冷静に聞く姿勢になった。

 

「やっぱりゆんゆん達には生きてて欲しいっていうか…ほらみんな俺より少し若いし、才能あるしさ。あとは」

 

「もうお前たちしか大事なものが無いんだよ。家族もいなければ、何か手元に持っておきたい物もない」

 

「…」

 

 辛そうな表情をさせてしまった。

 あとは…信じてもらえるかはわからないけど。

 

「その、俺は今からめちゃくちゃ変なこと言う。信じるも信じないもゆんゆん次第だ」

 

 コクリと頷いてくる。

 よし、言うからな。

 

「俺は一回死んでるからさ」

 

 首を傾げて訝しんでる様な表情のゆんゆん。

 何かの比喩とかだと思ってるのかな。

 

「俺はなんというかズルしてるんだよ、色々と」

 

 生き返らせてもらったこともそうだし、俺には全く効果はないけど特殊能力も貰ってるし。

 

「それに俺は年長者だし、リーダーだからさ。弱くてなかなか力になれない分やれることはやりたいんだよ」

 

「…」

 

「でも、今回のは確かに迷惑かけて心配もかけた。本当に悪かったよ」

 

「わかってくれたの?」

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

 ああ、と再び返事をして頷いた。

 最近絶対聞き返す様になった気がする。

 

「わかったわ。じゃあ明日には出られるように二人に言ってみるね。あと」

 

 なんだよ。

 

「迷惑とか力になってないなんて思ってないから、もうそんなこと言わないで。二人もそう思ってるから」

 

 怒ったような拗ねたような表情でそう言った。

 …こんなこと言わせちまうとは。

 今回は俺が全面的に悪かったな。本当に反省しよう。

 

「わかってくれて良かった。安心した」

 

「悪かったよ。あと、ありがとな」

 

「うん」

 

 本当に良い娘だな。

 こんな娘に「大事な友達」だって言われたんだったな。

 

「じゃあ、そろそろ」

 

「待った」

 

「どうしたの?」

 

「いや、怒られて終わるのも嫌だからな。もう少し話に付き合ってくれ」

 

「…うん。いいよ」

 

 嬉しそうな可愛い笑顔を俺に見せてくれた。

 

 

 

 

 

「そういえばトリタンさんに国に帰るのかって聞いたじゃない?」

 

 いくつか話題を話し終えて、思い出したかのように聞いてくる。

 

「ああ、それが?」

 

「そのさ、ヒカルもいつかはニホンに帰るのかなって」

 

 …あー。

 

「いや、帰らないかな」

 

「何か理由があるの?」

 

「うーん、帰るところがないっていうか、もう親にも会えないしな」

 

「…その、さっきも言ってたね、ごめんなさい」

 

 謝らせてしまった。多分亡くなったと思ってるんだろう。

 亡くなったのは俺だ。って自分で言っててよくわからないセリフだな。

 

「あーなんていうか亡くなったとかじゃなくてさ」

 

「…疎遠になったとか?」

 

「あーそれに近い感じかな」

 

 ダメだ…。気利かせたくなかったけど、何も思い浮かばなかった。

 

「そうなんだ…」

 

 また暗い表情になっちゃったな。

 本当ダメだな、俺は。

 

「じゃ、じゃあさ、もし、もしなんだけどね」

 

 今度は少し顔が赤い。

 

「もし、このパーティーも解散して行くところが無ければ、紅魔の里に来ない?」

 

「紅魔の里に?」

 

「う、うん。どこにも行くところが無ければ」

 

 マジで良い娘だな。

 パーティー解散した後のことまで考えてくれるなんてな。

 

「これは俺の偏見なんだけど、そういうところって他所から来た奴は受け入れてもらえないイメージなんだけど」

 

「え、そ、そんな事ないわ。大丈夫よ」

 

「本当かぁ?」

 

「ええ、だって」

 

「私が族長になるんだもの!」

 

 …ふふ。

 

「それならダメそうだな」

 

「そうよ、ダメ…ってなんでよ!」

 

「えぇ…俺が行ったら俺と一緒にゆんゆんもハブられたりしない?大丈夫?」

 

「し、し、しなぃ…わよ?」

 

「……」

 

「だ、大丈夫だから!族長として、そんなことがないって誓うわ!」

 

「…そうか。じゃあ何かあったら、ゆんゆんに頼むかな」

 

「うん。私に任せて」

 

「可愛い子紹介してくれな」

 

「……やっぱり来ないで」

 

「ええっ!?」

 





主人公監禁しておいて日常ってどういうことやねん、とツッコミを受けたので、次回から日常回です。
言われてから気付きました。本当監禁が日常とかやば。

三章からは少し短めになると思います。
どんどん話進まないと。
だってこれ未だにデストロイヤー倒してませんからね。
あとネタバレですが、デストロイヤー戦に参加しません。

50話までには四章を始めたい。始めたい(願望)


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39話


39話です。さあ、いってみよう。



 

 

 やっと俺の監禁生活が終わった。

 

「しゃくほー。もう悪いことしちゃダメだよ」

 

 もう事情を知っているクリスは出てきた俺をからかってくる。

 

「やかましいんだよこの野郎。ほら、今日の分の本はどうした?」

 

「また入れられたいの?」

 

 軽口を叩くとゆんゆんの冷たい目とツッコミが飛んできた。

 

「ねえ、僕が用意した綺麗な言葉遣いの本読んでないの?」

 

「読んでない」

 

「なんでさ!」

 

 読むわけねえだろ。

 

「あはは。でもさ、ヒナギク。ヒカルがすごい丁寧な話し方したら逆に気持ち悪くない?」

 

「た、確かに…」

 

 こいつら、いつもいつも好き勝手言いやがって。

 というか俺は変態女神と言えどエリス様には一応ちゃんとした話し方してるぞ。気持ち悪いと思ってんのか?

 

「お勤めご苦労様です。考え直していただけましたか?」

 

「…一応な」

 

「一応?」

 

 ヒナが鋭く反応してくる。

 面倒なやつだな。

 

「今回のことは悪かったよ。反省した」

 

 それを聞いてみんな安心したような表情をする。

 

「俺ももう死にに行くような真似はしない」

 

「だけど先に言っておく。俺はもう家族もいない。欲しいものも持っておきたいものも無い。

でも、大事で守りたいものが一つだけある。

お前たちだ」

 

 みんなが驚いた様な衝撃を受けた様な顔をしていて、クリスだけ少し辛そうな顔をしていた。

 

「今回の騎士王みたいに過去の身内だろうが、一人の責任でどんな状況に陥ろうが、一人で抱え込むな。一人で解決しようとするな。それをお前たち全員約束するなら、俺も約束する」

 

「約束するよ」

「約束する」

「約束します」

 

「わかった。約束だ」

 

「良いパーティーだね」

 

 見てたクリスがそう言って微笑んでくる。

 

「いつでも歓迎するぞ?」

 

「ありがとう。でももうちょっと待ってて?」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

「ああ!?てめえらが俺をペット扱いしてくれたんだろうが!あれぐらいいいだろうが!」

 

「だからってエリス様に聞こえてないとはいえ、変なこと言うのはおかしいでしょ!い、い、いやらしいとか!最低だよ!」

 

 俺とヒナは監禁中にあった不満をぶつけ合っていた。

 ゆんゆんが割って入ろうとするが、関係ない。

 

「ちょっと!落ち着いてよ!?なんで喧嘩してるの!?数分前まですごい友情のシーンだったよ!?」

 

「変な本も渡してきやがって!舐めすぎなんだよ!お前より約十年生きてんだよこっちは!」

 

「へぇー!?それで!?それで十年!!?」

 

「しばき倒すぞこの野郎!!」

 

「できるもんならやってみろこの野郎!!」

 

「落ち着いてってば!」

 

 俺とヒナの凄まじいメンチの切り合いに頑張って止めようとするゆんゆんに

 

「お前も変な本渡してんじゃねえよ!友達の本ってなんだ!?」

 

「ええっ!?次は私!?」

 

「ゆんゆんも何大人ぶって仲裁しようとしてるのさ!ちょ、ちょっと成長してるからってさ!」

 

「ええっ!?しかもそれ私怨なんじゃ」

 

「そうだよ!おっぱいが少し大きいからって、大人ぶってんじゃねえよ!」

 

「なっ!?人のこと勝手言うからには覚悟は出来てるの!?紅魔族は売られた喧嘩は買うわよ!?」

 

「私怨って何さ!胸が大きいと動きも遅いんだね!?」

 

「喧嘩買ったわぁ!」

 

「上等だこらぁ!」

 

 

 取っ組み合いが始まる。

 ぐっ!やはり純粋な力勝負では分が悪い!

 

「…良いパーティーだったね」

 

「過去形にするのやめてください…」

 

 クリスとトリスターノの言葉が虚しく部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 冬の寒さが厳しくなってきたある日。

 クリスは住まわせて貰ってるから家事をやると言って聞かなかったので、今日は負担してもらっている。

 みんな止めたが、多分クリスの気が済まないんだろう。やらせてやることにした。

 神様にやらせるのも正直どうかと思ったが、本人の意思だからな。

 

 俺は少し魔道具について知りたかったので、勉強ついでに買い物に行くと言ったら、まさか全員着いてきた。

 何か良い魔道具がないものか。

 

 

「やっぱり高いな」

 

「うん。考えちゃうよね」

 

「買うなら春になってからにしない?まだ何があるかわからないし」

 

「そうですね。生活に必要なものが出てくるかもしれません」

 

 

 そう言って何件か回ってみてはいるが、便利ではあるが値段的に厳しいものが多い。

 

「『テレポート』のスクロールは何個か持っておきたいな」

 

「そうだね」

 

「次私が覚えるスキルは『テレポート』にしましょうか?」

 

「それいいね!」

 

「俺も良いとは思うけど、お前はそれでいいのか?」

 

「ええ、便利なスキルですし」

 

「やったね。これでどこかクエストとか旅行とかに行っても帰りは楽できるよ!」

 

「旅行!?」

 

 ゆんゆんがめちゃくちゃ反応してるのは置いておいて。

 

 ふと次の魔道具店を探しながら、前を見るとカズマと駄目神が店に入ってくのが見えた。

 二人だけか、珍しいな。

 そう思いながら、二人が入って行った店の前まで来ると、看板には『ウィズ魔道具店』と書いてあった。

 

「ここも見ていくか」

 

「…なんか指輪が熱いような…」

 

 ヒナがなんか言ってたが、そのまま気にせず入っていった。

 

 

 

「い、いらっしゃいませぇ!」

 

 店に入ると、元気というか必死な感じの挨拶が聞こえてきた。

 店のレジ方向にアクアが色々と豊満な女性の胸倉を掴んで揺すっているのが見えて、そのアクアに鞘がついたままの剣を振りかぶってるカズマがいた。

 

「何やってんのお前ら」

 

 そう言って、他の三人が俺に続いて入ってきた時

 

「あ、熱い!熱い熱い!!」

 

 ヒナが叫んだかと思うと、懐から指輪を取り出した。

 クリスから貰った指輪だ。

 

 結局ヒナは指輪を指に嵌めないで、チェーンネックレスにして首にかけている。

 理由としては殴った時に傷付いたりしたら嫌だからと言っていたが、それを聞いたクリスの顔といったらなんとも悔しそうだった。

 

 で、その指輪が眩しいぐらいに輝いている。

 

「きゃあああああああああ!!!痛い痛い!」

 

 今度はアクアが胸倉を掴んでいた色々と豊満な女性が叫び始めた。

 あーもうめちゃくちゃだよ。

 確か不浄な存在を許さない指輪とか言ってたが、まさか。

 

「みんな、下がって!あれはモンスターだよ!」

 

 ヒナが指輪をはめて、いつものファイティングポーズをとり前に出た。

 

「そうよ!こいつはリッチー!みんなで協力して倒しいたいっ!!」

 

 アクアが話し始めたところをカズマがずっと振りかぶっていた鞘付きの剣をアクアに振り下ろして、こちらを向いてくる。

 

「あー、これはな」

 

 

 カズマの説明によると、その色々と豊満な女性はウィズ。

 アンデッドモンスターの最高峰に位置する存在『リッチー』というモンスターらしい。

 長い時を経た大魔法使いが、魔道の奥義により人の身体を捨て去った、ノーライフキングと呼ばれるアンデッドの王。

 強い未練や恨みで自然にアンデッドになってしまったモンスターとは違い、自らの意思で自然の摂理に反し、神の敵対者になった存在。

 その超大物のモンスターが今、街の店の中に居ると。

 

 そのウィズさんとやらはリッチーというモンスターではあるが、人間には絶対に危害を加えないどころか、墓地で彷徨っている霊を天に還すこともしているらしく、その時にカズマ達は知り合ったという。

 

「だ、だから、その眩しい指輪をしまって、構えを解いてほしいんだけど」

 

 カズマがそう言ってるが、ヒナはウィズさんを睨みつけたまま、動かない。

 

「言う通りにしてやれ」

 

「…僕の前から出ないでね」

 

 そう俺達に警告して、ようやく構えを解いて指輪をしまった。

 

「なあ、上位悪魔だったり騎士王だったりリッチーだったり、ロクなやつがいない気がするんだけど、呪われてるのか?」

 

 そう軽口を叩いても、トリスターノぐらいしか苦笑してくれない。

 ヒナは未だに敵意、というか殺意をガンガン送ってる。

 

「ここの店の人がリッチーだってことは知らなかったけど、少し前に私がここで買い物したことあるからカズマさんが言ってたことは本当だと思うよ」

 

 ゆんゆんがそう言って、やっとヒナは殺意を出すのをやめた。

 

 

「そうだよ、何がアンデッドの王リッチーだよ。こっちはぼっちの女王ボッチーだぞ?なあ、ゆんゆん?」

 

「ボッチー!?ぼっちじゃないから!」

 

 ゆんゆんがショックを受けた顔でこっちを見て、ツッコミを入れてくる。

 

 

「だいたいな、そっちはたかがリッチー一人じゃねえか。こっちはボクシングのミニムネ級世界王者、ボッチーもいるんだぞ?二人だ、どうだ、参ったかこのやろおおおおおお!!??」

 

 ヒナの軽めのボディーブローが俺の腹に突き刺さり、思わず膝をついた。

 すると、すかさずトリスターノが俺の近くに跪く。

 

「私には?私には無いんですか!?」

 

 なんで必死なんだよ。

 

「お前?考え付かないな、ぼっちの王様、ぼっちーでいいよ」

 

「それはシロガネさんでしょう。私は騎士のぼっちがいいです。」

 

「じゃあお前、円卓のぼっちな」

 

「 …それは昔を思い出すのでやめてください」

 

「…ごめん。」

 

 俺は珍しくトリスターノに謝った。

 

 

 

 

 面倒なのでヒナはゆんゆんと一緒に店の外で待機してもらった。

 ある程度見て回ったら俺もすぐに出よう。

 

「すんませんね、迷惑かけて」

 

「い、いえ、そんな。私が悪いですから」

 

 自分で言いながら落ち込んでいくのを見ると、本当にモンスターとは思えない。

 

 

 そこから俺とトリスターノは自己紹介をした後、店内にどんな魔道具があるか見て周り、カズマはリッチーのスキルを教えてもらっていた。

 カズマは何処を目指してるんだ…?

 

「…リッチーのスキルを覚えるとは…」

 

「お前も『死の宣告』持ってるだろうが」

 

「あ、最近使ってないので忘れてました」

 

 こいつ…。

 

「なあ、リッチーってさ、ウィズさんを見る限り普通の人間にしか見えないんだけど、子供とか産めるのか?」

 

 その話をした途端トリスターノがドン引きしたような顔になる。

 

「…いや、無理だと思いますけど、何を考えてその質問をしたか聞いても?」

 

「ウィズさん、綺麗じゃん。是非お近付きに」

 

「ヒナさんに殺されますよ…」

 

 確かに。

 

 店内を見て回ったが、変な魔道具が多い。

 効果を聞くだけだと強力なものだが、デメリットもあって、どれもなかなか使えたもんじゃない。

 

「この爆発するポーション、お前の矢の先につけるとかどうよ?」

 

「…ちょっと持ち運びが怖いですが、試してみる価値はありそうですね」

 

 

 そこから俺とトリスターノにカズマとアクアで話を聞いていたが、このウィズさんはまさかの魔王軍幹部だということが判明した。

 絶句してる俺とトリスターノとは対照的にアクアが倒そうとするのをカズマが止めていた。

 ただ魔王軍幹部と言っても、結界の維持しかしてないらしく、悪さもしてないことから懸賞金もかかっていないとか。

 心だけは人間のつもりだと言うウィズさんをどうにも敵には思えず、俺とトリスターノも討伐しないことに決めた。

 

 ふと視線を感じて、振り返ると窓から鬼の形相のヒナがこちらを見ていた。

 買うにしてもまたの機会にすることにして、カズマ達に挨拶して店を出た。

 

 

「どう討伐する!?正直気は乗らないけど、あのアークプリーストと協力してもいいと思って」

 

「しねえよ」

 

「なんでっ!?」

 

 うるさいヒナを引っ張って家に帰ることにした。

 





三章のラストについて悩んでる部分があるのと、私自身が忙しくなるので、しばらく投稿出来ません。
申し訳ないです。

アンケートにご協力していただき、ありがとうございます。
ヒナギク一番人気ですね。まあアンケート中の唯一の女の子ですしね。
きっとどこかの女神様がほくそ笑んでいることでしょう。
ヒナギク視点のお話しも出来ればやりたいです。
現状ヒカルとトリスターノはまさかの同票ですね。
偶然かもしれませんが、なんか仲良い感じになってて好きです。

またアンケートがあればご協力いただければと思います。


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40話


40話です。さあ、いってみよう。



 

 

 雪は積もり、本格的にクエストに行くことが無謀になったある日。

 驚くぐらいに平和な俺達の日常。

 それを脅かす一つの事件が起きた。

 

 

「僕の下着がなくなりました」

 

 

 ヒナの下着が突如として消えたという。

 正直犯人は一人しか思い浮かばないが。

 

「…」

 

 何故かヒナは俺を見ていた。

 

「おい、ふざけんなよこの野郎。誰がお子ちゃまの下着なんか盗るか」

 

「お子ちゃま!?」

 

「だいたいこんなことするぐらいならゆんゆんの下着盗るわ」

 

「ええっ!?」

 

 赤面して驚いた後にこちらを睨んでくるが、そんなことを気にしてる場合では無い。

 クリスの方を見たら、すーっとゆっくり目を逸らしてきた。

 

 こ、こ、こいつ!!

 こいつ、やりやがったあああああああああああ!!!!

 なに自分の職業を存分に活かしてんだてめええええええええええ!!!!

 本業の力を見せてんじゃねえよこのやろおおおおおお!!!

 

 こいつを突き出してやるのは簡単だが、流石にいろいろとまずい。

 

「というかお子ちゃまの下着が無くなったっていうならトリスターノが一番怪しいじゃねえか」

 

「ええっ!?」

 

 トリスターノがまさか私ですか!?みたいなリアクションしてるけど、本当は一番疑われるべきだろ。

 

「なんでトリタンが疑われるの?変なこと言ってると怪しいよ?」

 

「じゃあいくらでも調べろよ。これで無かったらここまで疑った分謝罪しろよ」

 

「…自信あるみたいだね」

 

「当たり前だろうが。女性は嫌いじゃないが、そもそもお前は子供だし。曲がったことはしねえよ」

 

「私には曲がったことされた記憶があるんだけど…」

 

「…というかその下着が無くなった状況とか教えろよ。何も知らないのに疑われるなんておかしいだろうが。何があったんだよ」

 

「ねえ、話逸らしたよね?」

 

 ゆんゆんから凄まれるけど、最近慣れてきたからあまり怖くない。杖を持ち始めたらヤバいけど。

 

「では状況確認からしていきましょう。ヒナさん、辛いでしょうが話していただけますか?」

 

「なんでお前が仕切り始めたの?」

 

 俺の疑問をガン無視して、ヒナの説明が始まった。

 

「うん、まずはクリスさんと一緒にお風呂入ってたんだけど」

 

 はい、終わり。もう決まりだよ。

 こんなふざけた話に巻き込まれたのアホらしすぎるわ。ちょっと助けてやろうとか思ったのがバカみたいだよ。

 何考えてんのこの変態女神。いや、むしろ女神とかつけたくないわこの変態。かみとか名乗ってるのに犯罪やって恥ずかしくないの?

 というかコイツ絶対不可侵条約とかなんとか前に言ってたよね?何が絶対不可侵??侵入してるじゃん。お風呂からベッドに下着にまで侵入してるじゃん。

 完全に調子乗ってるじゃん。いつでも触れられるようになって最近ヒナを抱き枕にして寝食共にしてるせいで調子に乗りまくってるじゃん。手付けちゃいけない領域に侵入しちゃってるじゃん。

 

「それでね、一緒に洗いっこしてたら」

 

「おい、警察呼べ」

 

「な、なななななななんでっ?呼ぶ必要なんて無いよお〜?」

 

「動揺してるじゃん。目に見えて動揺してるじゃん」

 

 ほら、クリスさんもう滝のような汗だもん。すげえ汗かいてるもん。わかりやすすぎるもん。

 

「いきなり警察はちょっと…」

 

 トリスターノ、最早そういう領域じゃないんだよ。お互いの為にならないんだよ。

 

「そうだよ、まだクリスさんと仲が良いことしかわかってないじゃない。自白?自白するの?」

 

「ざけんな」

 

 ゆんゆんも何言ってんだ。

 仲が良いのはいいけど、その仲が良いの利用してるじゃん。自分の欲望の限りを尽くしてるじゃん。これからも何するかわかんないよこれ。

 

「途中でクリスさんがのぼせちゃったのか、鼻血が出ちゃって先に出たんだけど」

 

 犯人の名前出てますよー!状況説明の時点で犯人の名前出ちゃってますよー!

 クリスさんはわかりやすすぎるぐらいに俺から目を逸らして汗かいてますけど。

 もう本当に突き出そうかな。

 はあ…。

 

「おい、クリス」

 

「は、はい。なんでしょうか?」

 

「お前『間違って』ヒナの下着持って行ったりしてないか確認してきてくれ」

 

「え、あっ!そ、そうだね。すぐに確認してくるよ!」

 

 クリスが自分の荷物を確認しに行き、すぐに気まずそうな表情で戻ってきた。

 

「ひ、ヒナ…ごめんね。あたしが間違って持って行ってたみたい…」

 

「え、あ、そうでしたか」

 

 ……まあ、これが落としどころだろう。

 犯罪も未遂で終わった。

 

「で?俺に言うことは?」

 

「…これにて一件落着だね!」

 

「おい」

 

 自分でもびっくりするぐらい低い声が出てしまい、周りが驚いた顔をしていた。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 叱られた子供がおっかなびっくり謝ってきた。

 

「普通証拠も無しに犯罪者扱いしたら、こんなんじゃ済まないぞ?」

 

「うん…。ごめんなさい」

 

「まあ、わかればいいよ」

 

 

 

 

 

 

 身体が揺れる。

 眠い。またヒナか。

 毎朝毎朝、諦めずにまあよくやることだ。

 

「起きてくださいませんか?」

 

 んあ?敬語?

 

「ごめんなさい。仕事とかが長引いてしまってこんな時間ですが起きていただけませんか?」

 

 布団から顔を出すだけでしんどいが、なんとか目を開けた。

 まだ外は暗いが、明るく光っているせいですぐに誰がいるかわかった。

 そこにはまさかまさかのエリス様がいた。

 

「おはようございます。申し訳ありません。少しお話しをさせてくださいませんか?」

 

「はあ、なんでエリス様がここに?」

 

 体を起き上がらせ、一応神様なので正座をするが、足は崩すように言われてその通りにした。

 

「今回のこと本当に申し訳ありませんでした」

 

「まあ、良いとは言えないですけど、犯罪はやめていただけませんか?」

 

「おっしゃる通りです…」

 

 少し恥ずかしいのか頬が赤い。

 

「…」

 

「貴女がヒナのこと溺愛してるのは知ってるけど、間違ったことしてると思ったら俺はちゃんと言いますからね。あいつがどれだけ泣こうが喚こうが、貴女の琴線に触れようが」

 

「はい、それはそうしてください」

 

「他には何かありますか?」

 

「え?いえ、その今日のことを謝りにきました」

 

「そうですか。では、おやすみなさい」

 

「はい、おやすって、ええっ!?」

 

「うう、寒い」

 

 布団に体を入れて暖を取る。まだすぐに眠れそうだ。

 

「え、ちょ、私の力で部屋暖かくしますから、話をしてくださいよ!」

 

「え?終わったんじゃないんですか?」

 

「え、いや、だって私まだ少し謝っただけで」

 

「それでいいですよ。もういいんすよ」

 

「ええっ、そ、そうだ。普段のクリスの過ごし方で何か問題があれば言ってください」

 

「もう少し自重してくださると助かるんですけどね」

 

「うっ、本当にすみません」

 

「まあ、それぐらいですよ。自重して犯罪しなければ、あとは好きにしてください」

 

「ほ、本当にそれだけでいいんですか?私今回のことは反省してたので、秘蔵のヒナギクコレクションを一つか二つは渡そうと思ってたんですけど」

 

「いや、まずヒナギクコレクションってなに?というか犯罪するなって言ったばかりですよね?何やっべみたいな顔してんの??腹立つ!そのわざとらしい顔腹立つんだけど!」

 

「くっ…!ですが、私も言ってしまった手前引けません。さあ、どれにしますか!?」

 

「何最初の三匹のポケ◯ン選ばせるみたいな感じで取り出してんだ!犯罪やめろって言ったじゃん!これ俺が選んだら完全に犯罪の片棒担いだことになるじゃん!おい!そのどうしてもコレクション出してる感じやめろ!誰も望んでねえし、一緒にされたくないんですけど!というかその無理してますよ感全開の顔やめろ!」

 

「ふっ、これを選ぶとはお目が高い」

 

「選んでねえよ!何一つ選んでねえよ!どこに目つけてんだ!話の流れ聞いてた!?そのプルプルしながら写真をチラチラこちらに見せてくんのやめろ!ムカつく!大して見たくもないのに少しチラチラするせいで見たくなっちゃうのすっげえムカつく!」

 

「ぐふぁっ!や、やっぱりこれはダメです!これは私のお宝と言っても過言ではありません!こっちにしてください!」

 

「だから選んでねえって言ってんだろうが!なんで吐血したんだよ!どんなダメージ!?なに勝手に選んで渡そうとしておいてダメージ受けてんの!?というか何がお宝だよ!完全に盗品とか盗撮じゃん!そもそもいらねえんだよこの野郎!」

 

「はっ!?しまった!私、コレクションの一つや二つと言ってしまいました…!くっ!どうすれば…!!」

 

「だから、いらねえよ!何が謝りに来ただよ!何も人の話聞いてねえよ!なに今世紀最大のミスをやらかしたみたいな顔してるわけ!?今世紀最大のミスは人の話聞いてねえことだよ!」

 

「一番は渡せません!二番と三番で許してください!お願いします!」

 

「人の話聞いて!?お耳付いてないのかな!?いらないの!いらない!おい!押し付けてくんな!どんな押し売り!?こんなの持ってたら余計に疑われるわ!」

 

「…まさか、やっぱり一番が、欲しいんですか…?」

 

「言ってねえよ!耳に呪われたイヤホンでもつけてんのか!もしかして俺以外の違う誰かと会話してたりする!?最早その方が納得するよ!」

 

「ぐっ!かはっ!こ、ここここここれを、ぐっ!」

 

「どんだけ吐血すんだああああああ!!!いらねえって何回言わせるんだよ!何左手が言うことを効かないみたいな感じで写真持ってる右手止めてんだ!そんな小芝居いらねえよ!ってかもう帰れよ!もう終わったんだよここの会話パート!眠いの!もう寝たいの!お願い!帰って!」

 

「ま、まさかもっと良いものを寄越せと!?」

 

「言ってねえよ!!ってかまだあるわけ!?どれだけ犯罪に手染めてんだよ!神様なのに恥ずかしくないの!?おい!なに覚悟決めた顔してんだ!いらねえよ!お願いします!帰って!百エリスあげるから帰って!帰ってください!」

 

「…わかりました。この激レア使用済みの歯ブラシを…」

 

「何がわかってんだ!!何一つわかってねえよ!っていうか激レアってなんだ!!もう何してくれてんだ!人の家入ってやりたい放題しやがって!それ没収だ!俺が捨ててやる!」

 

「こ、これを捨てるなんて、とんでもない!私だってまだ一回しか使ってないんですよ!?」

 

「何がとんでもないだ!とんでもないのはあんたの頭だよ!ってか一回使ったってなんだ!!い、いや!やっぱり聞きたくない!あんたの話はやっぱり聞きたくない!帰れよ!もう許すから帰れ!」

 

「…では、本当に何もいらないと?」

 

「いらない。もう帰って。エリス様も大変でしょう。お帰りください」

 

「そんな風に邪険に扱われると傷付きます。私、神様なんですよ?」

 

「めんどくさ!この神様めんどくさ!邪険に扱われるような理由がさっきまでの会話で溢れ出してたよね?もう帰ってくれればハッピーエンドだよ!」

 

「むぅー」

 

「なに今更可愛いリアクションしてんの?やめてくれる?ギャップがえげつないから。ほら百エリスですよー。これで帰りましょうねー」

 

「ぷいっ、私がそんなんで動くと思ったら大間違いです。決めました。皆さんが起きるまでここに居座ります」

 

「いや、なに爆弾発言してんの?わかった、三百エリスにしますよ、どうですか?」

 

「いらないです。ヒナギクの思い出百選を話しますので聞いてください」

 

「やめろおおおおお!!!とんでもねえこと言ってんじゃねえ!!わかった!どうすれば帰ってくれるんですか!?具体的に言ってください!」

 

「…なんか引っかかる言い方ですが、そうですね…。欲しいものを言ってください。流石に神器とかは無理ですけど」

 

「んー」

 

 欲しいものと言われてもな…。

 そういえば写真か。写真…。

 

「じゃあエリス様の自撮り写真ください」

 

「まあ、それぐら」

 

 フリーズするエリス様。

 そのままたっぷり十秒経ってようやく時は動き出す。

 

「…え?誰の」

 

「エリス様の自撮り写真ください」

 

「わ、私!?」

 

「はい。あ、言っておきますけど、テキトーなのはダメですよ。渾身の可愛いやつを撮って俺にください」

 

「な、な、なにを言って」

 

「エリス様の可愛い自撮り写真ください」

 

「え、えええええええええ!!??」

 

 

 俺はエリス様の赤面状態で頑張って可愛いアピールをするエリス様の写真を手に入れた。

 これをいつかヒナに見せて腰抜かさせてやる。

 





この話、本当はもっと仲間内でギクシャクする予定だったんですけど、そういや監禁したばっかだったなと思って、大幅に修正しました。
変なところがあるかもしれませんので、何かあれば教えていただけると助かります。

次回から三章のラスト部分に入っていきます。

クリス関係の話多くないかって?
冬の期間中のみです。多分。

感想、評価、お気に入りありがとうございます。
励みになります。


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41話


41話です。さあ、いってみよう。



 

「はあ、隣街ですか?」

 

「はい、シロガネさんのパーティーに調査を依頼させていただきたくて」

 

 俺達の家にギルドの看板受付嬢のルナさんが来ている。俺達に直接クエストを依頼しに来たみたいだ。玄関で話を聞くのはお互いに寒いし、とりあえずリビングで話を聞くことにした。都合よくクリスを含めた全員がいる。

 

「なんでわざわざ僕達のパーティーに?」

 

「それなんですが…」

 

 今は冬になったせいで俺達もだが冒険者のほとんどが引き籠り、ベルディア討伐の報酬金で懐が潤っていて仕事を受ける気が全く無い、というのが理由の一つ。それで俺達は報酬金を受け取ってないパーティーだということ、ヒナみたいに冒険者以外でも活動している人がいるパーティーだから声をかけやすかったというのも理由だそうだ。前もルーシーズゴーストのクエストを受けたしな。

 一応色々な冒険者パーティーを当たってみたみたいだが、ダメだったらしい。

 

 隣街のナトリ。

 そこのギルドから救援要請が来た。詳細な状況把握の為に連絡を返してみても返事は無く、何が起こっているかわからないという不気味な状態だという。

 その街を調査し、出来ることなら解決するのが今回の依頼の内容だ。

 アクセルとナトリ、二つのギルドから報酬を出すので報酬金は弾むと言われているが…。

 

「…何もわかっていないのですね?」

 

「はい…。何度も連絡を試みているのですが…」

 

 トリスターノが確認する。

 

「…放置するわけにもいかなそうだね」

 

「はい、その通りですね」

 

 クリスとヒナがそう言うと、ルナさんの顔が明るくなる。

 隣街だからって知らん顔が続けられるかわからないしな。

 

「とりあえず調査するだけでいいんですね?」

 

「はい!何かあればアクセルに戻ってきて報告して下さい」

 

 調査だけでもいいと言ってるし、ヒナもクリスも受けてほしいみたいだったから、俺達はこの依頼を受けることにした。

 これを受けるのはいいんだけど、今後面倒なクエストばっかり持ってこられたりしないだろうな。

 

 

 

 

 話を聞いた翌日の早朝、俺達はアクセルを出て、隣街のナトリへと向かっている。

 

「クリスさんも来てくれるなんて。いいんですか?」

 

 ヒナはご機嫌でスキップしそうなぐらい歩みが軽い。クリスが居候するようになってヒナから何度も聞いてるが、クリスはヒナの尊敬する人らしい。クリスはその話を聞く度に幸せそうな顔をしていた。

 

「あたしが催促したようなものだしね。でも盗賊としての腕は自信あるけど、そこまで役に立てるかわからないよ?」

 

「安心しろ。俺の方が役に立てるかわからん」

 

「それは胸を張って言うことじゃないよ…」

 

 クリスが呆れた顔で返事してくる。

 そう言われてもな。

 レベルは頑張って上げているが、ステータスはなかなか上がらない。スキルはそれなりに揃ってきたが…強くなれてる実感は全くといっていいほど皆無だった。

 

 周りは強くなっていってるんだけどな。

 ゆんゆんはあと一歩でお待ちかねの上級魔法を覚えられる。

 ヒナはアークプリーストでレベルを上げ辛いはずなのにモンスターを撲殺するせいで順調にレベルを上げている。ヒナも覚えたいスキルがあるとかで俺が倒そうとするモンスターも横取りする貪欲ぶり。

 トリスターノはモンスターの弱点を的確に狙い撃つのと味方の援護で着実にレベルが上がっている。おかげで『テレポート』をもう少しで覚えられそうだ。

 

「今回は調査ですよ。強さは関係ありませんし、盗賊のスキルは確実に役に立ちますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 半日以上歩いて少しずつ口数が減ってきたせいか、おかげでよく聞こえた。

 金属がぶつかり合うような音、叫ぶような怒声。

 異変を感じた俺達は走って街へ向かうと、すでに近かったのか街の入り口が見えた。

 

 街の入り口にモンスターが大挙して押しかけているのも。

 

 先程聞こえてきたのは戦闘によって発生したものみたいだ。

 

「緊急事態みたいだね」

 

「調査の甲斐がありそうだな」

 

 全員戦闘準備をしつつモンスターの大群へと走りながら指示を飛ばす。

 

「ヒナ、支援頼む!俺とヒナ、クリスで前衛!ゆんゆんの魔法をぶっ放したら戦闘開始だ!」

 

『了解!』

 

 ゆんゆんの『ファイアーボール』がモンスターの大群のケツに打ち込まれて、大パニックになるが、そんなの知らん。構わず切り捨て殴り倒し、刺し殺す。

 モンスターの種類は様々だが、相手にしたらマズイような強いモンスターはいない。

 見たことのない種類のモンスターもいるが、何故かクリスとヒナが血相を変えてそれを優先して狩るせいで、どんなモンスターかわからない。相手したことないモンスターと戦闘するのは怖いし、ありがたいんだけど何を必死になってるんだ…。

 

 パニック状態で逃げ腰のモンスターに負けるほど弱くない。

 殺した人型モンスターが持っていた武器を奪って、ヒナの後ろに忍び寄っていたモンスターにぶん投げた武器とトリスターノの矢がモンスターの頭をぶち抜いた。

 ヒナもそうだが、クリスもさっきからアホみたいに突っ込むせいで、二人とも背中がガラ空きで見てるこっちがヒヤヒヤする。

 

「ったく。トリスターノ!あの二人よく見といてくれよ!」

 

「了解です!」

 

 

 

 

 

 

 何匹かは逃したが、トリスターノの弓やゆんゆんの魔法で大群のお掃除が終わった。

 モンスターの大群がいなくなり、街の方が見えるようになって、というより戦ってる途中から見えてはいたが、街の入り口でモンスターを街に入れまいと戦っていた冒険者達が見えた。その冒険者達がこちらに来て、一人が代表で話しかけてきた。

 

「本当に助かった。俺はナトリの冒険者のジョットだ。あんた達が来なかったら街が攻め入られてたよ」

 

「アクセルからこの街の調査に来た冒険者のヒカルだ。この街のギルドから救援要請があったんだが…何があった?」

 

 話しかけてきたやたら眩しい金の全身鎧に身を包んだ茶髪のボサボサ頭の高校生ぐらいの少年が俺の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべる。

 鎧が目立ちすぎてか、鎧が金ピカすぎて悪趣味全開なせいか鎧に着られているような印象だ。

 

「よかった。救援要請は間に合っていたか。今は街が機能していないからな…」

 

「どういうこった?」

 

 

 話を聞くと予想以上に大変なことになっていた。今このナトリは魔王軍幹部の候補に名前が挙がっている魔物に攻められているらしい。

 

 …今度は魔王軍幹部の候補か……。

 

 まあ、それはさておき

 その魔王軍幹部候補の名は『デモゴーゴン』

 精神干渉を得意とした邪神の一種。

 この邪神自体はあまり強くないのが原因で候補止まりではあるが、多くの冒険者や勇者候補がこのデモゴーゴンに殺されていて、懸賞金もかけられた大物モンスター。

 冒険者に幻覚を見せて仲間割れを誘ったり、精神に干渉し相手の嫌いなイメージのものを見せたり、トラウマを呼び起こす。相手の精神を乗っ取り悪夢などに引き摺り込むなどのいやらしい戦い方をする。

 

 デモゴーゴンはその能力を使い、街の住人ほとんどを悪夢に陥れた後、先程のように街にモンスターの大群を使い攻めてきているという。ギルドの職員も救援要請を送った後、悪夢に落ちてしまったせいでアクセルに詳細を送れなかったと。

 

 デモゴーゴン自体が攻めてくれば、街はすぐに崩壊するがそうもいかないらしく、デモゴーゴンは街の住人のほぼ全員に悪夢を見せているせいで、力を使いすぎてあまり戦闘に参加出来ないというのと、デモゴーゴンの軍団は一度壊滅していて、デモゴーゴン自体も討伐手前まで追い込んだ時の傷でかなりの弱体化しているらしい。

 そのせいで街に攻めてくるモンスターもあまり強くないモンスターばかりで、デモゴーゴン自身も攻めてこない。

 

 

 街の住人もこのまま悪夢に囚われているままではいつか死んでしまう。それに今はこの街を攻め落とそうと躍起になり、デモゴーゴンの拠点のガードも疎かになっている上、デモゴーゴンは弱体化している。

 攻めるなら今なんだが…とジョットは悔しそうに呟く。

 だがジョット達は街を守らないと住人は殺され、街は崩壊する。

 

 

「じゃあ俺達が行くしかないな」

 

 俺のパーティーのみんなは頷いてくる。

 ジョットは意外なものを見る目でこちらを見たが、言い辛そうに聞いてくる。

 

「でも、あんた達は駆け出しだろう?危険だ」

 

「そこの女の子は紅魔族のアークウィザードだし、そこの小さいのはアークプリーストだ」

 

「!」

 

 ジョット達は口を開けて呆けてる。

 ゆんゆんは頷き、ヒナは「小さい」が気に入らなかったのか、不満そうだが胸を張った。

 

「そこの美少年は凄腕の盗賊。そこのイケメンは詳しくは言えないが国のお偉いさんに仕えてたやべえアーチャー」

 

「!?」

 

「美少年!?」

 

 クリスがショックを受けたような顔で、トリスターノは苦笑しつつ頷いてくる。

 

「す、すごいな!そんなパーティーがアクセルにいたなんて!じゃ、じゃああんたは!?」

 

「俺?普通の剣士だな」

 

 ……。

 

「…え?なんかある流れじゃないのか?なんかのエピソードとか、どこかすごい生まれとか」

 

「ねえよ」

 

「…」

 

 なんか不安全開な顔された。

 しょうがねえだろ、何もないんだから。

 

「ねえ、美少年って」

 

「エピソードならあるじゃないですか。あの騎士王相手に一人で戦ったじゃないですか」

 

「はあ!?」

 

 トリスターノが余計なこと言いやがった。

 いや、それは

 

「一応上位悪魔討伐のパーティーにもいたよ」

 

「ええ!?」

 

 ヒナ、それ俺は本当にいただけ。

 やったのチクチク叩いて肋骨折られただけだから。ゆんゆんに目潰されただけだから。

 

「ねえ、あたしのこと美少年」

 

「是非ともあんたたちに討伐を頼みたい!!」

 

 魔王軍幹部候補の討伐に行くことになった。

 

 

 

 

 何故デモゴーゴンがこの街を執拗に狙ってくるかは理由があるらしい。

 なんでも一月もしない最近のこと、この街に偶然居合わせたパーティーがデモゴーゴンを討伐手前まで追い込んだのを目の敵にしているらしい。

 デモゴーゴンは元々この街を拠点にしようと計画していた。攻め入ってくるのを事前に知ったパーティーの面々は計画的にデモゴーゴンの軍団を潰して、あと一歩というところまでデモゴーゴンを追い詰めた。戦闘の最中、仲間がやられそうになったパーティーのリーダーが庇った。戦闘続行は困難になり、倒れた仲間を守りながら闘っている内に戦況は劣勢に変わって、撤退を余儀なくされた。デモゴーゴンは深手を負っていたものの完全に頭に血が上っていて、撤退中も攻撃の手は休まることは無く、一人また一人とパーティーのメンバーは倒されていき、残ったのは二人と

 

「この一匹か?」

 

「ああ、と言ってもこいつが何なのかは誰も知らないんだが…」

 

 白い、というよりは白銀の美しい毛並みを持ち、この街の入り口近くに居座る中型犬のような生き物がそこにいた。

 

 俺達が近付いても、こちらを見ることはなく、街の外をずっと見つめていた。

 ジョットの推測だがパーティーのリーダーが主人だったみたいで、そいつが帰ってくるのを待っているらしい。

 その犬みたいなののそばには皿に食事が置かれていたが、見向きもせず、飲み食いもしないまま帰ってきた時からボロボロな状態でずっと待っているらしい。

 

「他の残ったやつは?」

 

「この街に戻ってきた時にはすでにボロボロでな。今は療養中だ。それに悪夢も見ているみたいで目を覚まさない」

 

 クリスがその犬に話しかけているが、全く見向きもしない。

 

「他に情報を知ってるやつは?」

 

「いや、いない。すまない」

 

「聞いただけだ。この状態でよくやってるよ。あんた等は何で悪夢を見てないんだ?」

 

「俺は多分鎧のおかげだと思う。他は悪夢を見たが、なんとか目を覚ました奴らだ。メンタルがタフな奴らだよ」

 

「そりゃすごいな。てか鎧?そのなんか眩しい?」

 

「そうだ。これはあんたに似た俺の友人の形見でな。見た目はアレだが、すげえ鎧なんだ」

 

「似たってことは、黒い髪に黒い目ってことか?」

 

「そうだ」

 

 日本の冒険者が残した神器か。

 クリスも同じことを思ったのか、俺を見ていた。

 

 

「とりあえず討伐の準備とアクセルのギルドへ通信が出来ればやっておきたい。案内してくれ」

 

 強敵に挑む為の準備ともし応援が貰えるなら欲しい。その為にまずはギルドへと向かうことにした。

 





しばらくシリアス続きです。
隣町の名前は手抜きではありません。
艦これやってたらドロップで名取が出てきたからナトリになりました。
隣だからナトリになったわけではありません、はい。

評価の色がニョキッと伸びました。
読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

お気に入り、感想、評価、誤字報告、ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。

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もし僕みたいにぼっちでこのファンやってるよーって方がいれば、僕のページからフレンド申請してください。ぼっち同士仲良くしましょう。


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42話


42話です。さあ、いってみよう。



 

「この魔道具を扱えるやつはいないのか?」

 

「俺達は無理だ」

 

「あたしならもしかしたら使えるかも」

 

「私も以前使っていたものに似ているのでお役に立てるかもしれません」

 

 ナトリのギルドでアクセルへの通信を試みていた。ナトリで無事な奴等はどうやら使い方を知らないのと、そもそもこんなものがギルドにあったのを知らない連中ばかりらしい。

 起きている連中も約二十人近くいるが、全員が冒険者ではなく、何人か冒険者とは関係ない職業の人間もいるから、仕方がないか。

 まるでタイプライターみたいな魔道具をクリスとトリスターノが使えるかもしれないと言い出したので二人に任せることにする。もし使えた場合の為に一人ナトリで無事な人間をつけて、もしもの場合に通信出来るようにした。

 

 俺とゆんゆん、ヒナは必要な物の調達を始めた。本来調査だけの予定だった上に、ここまで厄介なことになっているとは思っていなかったので、強敵に挑むような装備じゃない。

 店は当然機能していないので、物を持って金だけ置いていく。

 三人で分担したので長い時間はかからずまた集まる。

 ギルドに戻ると、困った顔のクリスやトリスターノが出迎えてくれた。

 

「どうした?」

 

「応援は来ないって」

 

「なんでだ?」

 

「アクセルにデストロイヤー警報が発令しました。向こうは向こうで大変みたいです」

 

「デストロイヤー?デストロイヤーって、あの超古代兵器の?」

 

 最近の勉強が活きた瞬間だ。

 

「そのデストロイヤーさ。向こうはその対応で来れない上に、もしもの避難先をナトリにしたいとまで言ってきたよ」

 

「あっちで永遠の夢を見るか、こっちで悪夢を見るかって?」

 

「ヒカル、気持ちはわかるけど不謹慎だよ」

 

 投げやりに言ったら、ゆんゆんに怒られた。

 デストロイヤーのヤバさはいろんな本を読んだおかげで知っている。あれは下手な魔王軍幹部よりも厄介な存在だぞ。

 

「これは、本当にまずいね…」

 

 調査だけでいいとはなんだったのか。

 難易度は格段に上がった。

 弱体化してるとはいえ、魔王軍幹部の候補に正面から喧嘩売って勝たなきゃいけない。人命もかかってるせいで一時的撤退も敗北も許されない。もし撤退か敗北をすれば、街の住人は少しずつだが確実に死ぬだろう。

 

 本格的に街の未来は俺達に託されたわけだ。

 

 しかもこれで勝っても帰るところが無いわけだ。まったく理不尽にも程がある。

 日本の唯一の思い出の服がアクセルに置いたままだ。別に最近着なくなってたからいいんだけど…ってんなこと考えてる場合じゃない。

 

 

「どうしようか…」

 

「勝つしかないだろ。相手は魔王軍幹部の候補だ。しかも厄介なタイプの」

 

「正直僕は何も思いつかないよ」

 

 ヒナがそう言うと、みんな同じように頷いてくる。

 

「先程聞いた情報以外に何か知ってるやついるか?」

 

 試しに聞いたが、誰も知らないらしい。

 精神干渉とやらがどこまで強いのかわからないが…。

 

「お前らが怒るかもしれないが、一つ作戦がある」

 

「怒るってことは危険ってことよね?」

 

 みんなが驚いた顔で見てくる中、ゆんゆんが険しい表情で聞いてくる。

 

「まあ、そうなる。俺が囮になる作戦だ」

 

 みんなダメだと言いながら、首を横に振る。

 

「今回は俺一人が突っ込むわけじゃない。みんながいる。しかも今回はクリスという凄腕の盗賊もいる。みんなを信じて俺が囮をやる」

 

「ええっ、ちょっとプレッシャーかけて来ないでよ…」

 

 クリスが頬をかいて困った顔をしてるが、ここまできた以上活躍してもらう。女神の力まで借りる気はないが。

 まだ他は渋ってるような様子だ。

 

「相手が相手だ。誰かしらが危険な立ち位置になることは間違いない。相手の戦力もわかりきってないが、まずは作戦を聞いてから決めてくれ」

 

 不安そうだが、皆頷いてきた。

 

 

 

 

 

 作戦が決まり、会議は終了した。

 正直賭けになってしまうが、デモゴーゴンがいきなり複数人に同時に精神干渉出来ない前提で作戦を組んだ。ジョットが言うには、この街の住人もいきなり何人もバタバタと倒れたわけではなく、少しずつみんな悪夢に引き摺り込まれたと聞いた。この話から同時に複数人への精神干渉は出来ないと判断した。

 やはり一人が狙われているところを他がデモゴーゴンを倒しに行くしかない。

 リーダーであることをアピールして俺が狙われている間に他の全員がデモゴーゴンを倒す。

 

 タイミング良く先程の戦闘でゆんゆんはレベルが上がり上級魔法を覚えた。これで勝てるかと言われるとなんとも言えないが、勝てる確率は上がっただろう。中級魔法ですら恐ろしい威力が出るのだ、上級魔法はいったいどうなってしまうのか。

 

 このまま俺達は討伐へ向かう。

 金を使い切るほどに魔道具や装備を買い足し、準備万端。

 いざ討伐へと進み出し、街を出ようとした時に、白銀の獣がまた一点を見てずっと待っているのが、なんとなく気になってしまった。

 全員に待つように言って、銀色の獣の元にしゃがみ込んで、話しかけた。

 

「おい、わんころ。心配なのはわかるが、飯ぐらい食えよ」

 

「…」

 

 当然返事など来ない。来ないが、クリスが先程話しかけても見向きもしなかった犬がこちらを見た。

 

「何考えてるかなんてわからないけどよ。飯食わねえのは違うだろ。出て行くのは止められてるんだろうが、待つ以外にもやることあるだろ」

 

「…」

 

 置いてあった飯がのってる皿をわんころの前に置いて、また話しかける。

 

「ほれ、食え。俺達がデモゴーゴン倒してくるからよ。お前がこの後仲間の為に何かしてやれるかもしれないだろうが。その為に力つけるんだよ」

 

 そう言っても俺を見つめたまま、何も反応を示さない。

 

「俺達が帰ってくる頃に食べ終わってなかったら、無理矢理口の中に突っ込んでやるからな。俺の仲間には体も胸も小さい癖に馬鹿みたいに力強い奴いるからな、覚悟しとけよ」

 

 吐き捨てるように一方的に言った後、立ち上がって、仲間の元へと戻る。仲間達が妙に生暖かい視線を送ってくるのはなんだ。

 

 街の入り口にはジョットが立っている。

 表情は良くない。

 

「すまない。あんた達に任せることになる」

 

「ああ、お前はちゃんと街守れよ」

 

「わかってる。気をつけ、てく、れ」

 

 ジョットが俺より後ろを見て、言葉が途切れ途切れになる。

 後ろを見たら銀のわんころが飯を一心不乱に食べていた。俺が言ってることが通じたのだろうか。

 

「あんた、あの犬に何したんだ?誰が何しても飯食わなかったんだぞ?」

 

「俺達が帰ってくる頃に食ってなかったら口に無理矢理突っ込んでやるって言った」

 

「……」

 

 なんて事言うんだと半眼でこちらを見てくるが、知らん。手を軽く振って、そのまま横を通り過ぎて街を出て行った。

 

 

 

 

 ベルディアが廃城を勝手に占領していた様にデモゴーゴンもまた人の場所を勝手に占領していた。それが廃城ならまだよかったが、今回はとある貴族の屋敷を丸ごと占領されている。

 しかも厄介なことにその屋敷にいた人間を幻覚で操って警備やら自分の世話までやらせているらしい。

 

「あと何人いるかな」

 

 ヒナが気絶した警備兵を見て呟いた。

 クリスとトリスターノの盗賊スキルを存分に発揮し、屋敷に潜入したところ偶然居合わせた警備兵三人を拘束スキルで無力化したところだ。

 

「わからんが、ここの貴族さんは小さい方なんだろ?」

 

「うん。そう聞いてるよ。カズマくん達の屋敷よりは大きいけど、警備も少ないよ。敵感知も十もない」

 

「よし、まずは邪魔者を排除する。ゆんゆんとヒナは荷物持って待機。クリスと分担して俺とトリスターノも警備兵の無力化をする」

 

「あたし一人?」

 

「おいおい、こっちは本職じゃないからな。トリスターノは拘束スキルを覚えてない。俺が警備兵倒す間に、何かあった場合に対応してもらう」

 

「ふふ、冗談だよ。わかった。じゃあ、いってみよう」

 

「おう」

 

 街の住人の命がかかってるのと幹部候補を相手に必勝しなければならないせいかプレッシャーを感じてるのだろう。みんな緊張してるのか表情が固かったが、クリスはいつも通りだ。そんなクリスを見て、みんな少し表情が和らいだ。

 久しぶりに見直したよ。最近アレな感じだったから。

 

 ステルスミッション、スタート。

 

 

 

 

 

 

「気絶させた人達はどうしましょうか」

 

「縛ってどこかの部屋に置いておこう。戦い終わったら解放してやろう」

 

 某潜入ゲームをやっててよかったなって思った。まあ潜伏スキル持ってるから、ほとんどステルス迷彩持ってるようなもんだけどな。敵感知もあるからレーダーもあるようなもんか。リアル潜入ゲームだ。

 こんな時に不謹慎だが、少し楽しかった。うまくいきすぎてるし。音で誘き寄せるとか本当に出来るんだな。

 

「残りは?」

 

「あと一つ、デモゴーゴンのみです」

 

「よし、ゆんゆん達の元に戻るぞ」

 

 

 

 ゆんゆん達と合流し、デモゴーゴンがいるだろう部屋の近くに来ていた。屋敷の作り的に一番大きい部屋だというのがわかった。所々に戦闘跡もあることから、間違いなくここだろう。クリスやトリスターノに聞くと、デモゴーゴンはこの部屋から一度も出ていないらしい。

 

「じゃ、ゆんゆん先生お願いします」

 

「今更だけど本当にこの作戦でいくのね?」

 

「おう、全員頼んだぞ」

 

 みんな頷いてくる。

 

「みんな、行くわよ。『ライトオブセイバー』!」

 

 部屋の扉ごと上級魔法でぶち破った。

 爆弾で入り口を爆破して現場に突入する特殊部隊みたいだ。歩みはゆっくりと入る。

 ぶっ飛ばした影響で煙や埃が舞う中、クリスとトリスターノは潜伏しながら、部屋に入ってもらい、俺とヒナ、ゆんゆんは堂々と部屋に入った。

 

「お控えなすって」

 

 部屋に入りながら、いつもの調子で話し出す。煙が晴れぬ中、俺にゆんゆんとヒナは連れ従うように付いてくる。

 

「手前、生国と発しまするは日本の生まれ。姓はシロガネ、名はヒカリ。人呼んでヒカルと発するこのパーティーの頭をやらせていただいております」

 

 中は前回の戦闘でボロボロになっていて、よく貴族の食事に使うようなクソ長テーブルは跡形も無い。

 

「我ら、ぼっちーズ。以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます」

 

 デモゴーゴンは部屋の奥にいた。

 表情は驚愕一色。デモゴーゴンとかいう厳つい名前のくせに、その姿は美しい女性だった。トリスターノほどの身長に、地面にまで届きそうな青い髪に、ギネスブックにでも登録されそうな体の半分が持ってかれてるんじゃないかと思うような馬鹿でかい巨乳が印象的だ。

 上級魔法が直撃したのか、それとも前回の戦闘のせいか、ボロボロだった。

 

「てめえら!卑怯だゾ!」

 

 厳つい名前のくせに、可愛らしい声で罵ってきた。所謂アニメ声ってやつだ。可愛いとかは思わないが、ギャップがえげつない。

 

「もっと卑怯な事してる奴に言われたくねえんだよこの野郎」

 

 クリスとトリスターノはボロボロになった机などを利用して潜伏スキルを利用して、左右に散っている。

 

「は!まあ、いい。てめえらも俺の」

 

「よし、やれ」

 

「え、ちょ」

 

「『ライトオブセイバー』!!」

「『ファイアーアロー』!!」

「『ワイヤートルネード』!!」

「それ、どーん!」

「えいっ!」

 

 俺の号令で全員一斉に攻撃を開始した。

 俺とヒナも空気に触れたら爆発するポーションを投げ込んだ。俺とヒナだけ地味とか言うのは無しだ。

 断末魔が聞こえた気がするが、念には念を。

 

「おかわりだ!」

 

 

「『ライトオブセイバー』!!」

「『ファイアーアロー』!!」

「『ワイヤートルネード』!!」

「それ、どーん!」

「えいっ!」

 

「ちょ、まっ」

 

 第二波がデモゴーゴンに炸裂した。出し惜しみ無し。さっさと倒して生きて帰る。卑怯とか正攻法とか知らんのだ。生きて勝てばいい。

 盛大にやったせいで煙や埃でまったく見えない。トリスターノの方を見ると

 

「まだ反応あります!」

 

 と返ってきた。

 よし、もうい

 

「『インフェルノ』」

 

 晴れない煙の中から声が聞こえて、火属性の上級魔法が部屋を丸ごと燃やし尽くすと言わんばかりに広範囲に炎が広がっていく。

 俺は上級魔法に向かって行くようにして前に出て、スクロールを取り出す。

 

「『マジックキャンセラー』!」

 

 スクロールが光ったかと思うと、炭のように崩れ果て、火属性の上級魔法はまるで嘘だったかのように消えていった。

 ちゃんとスクロールが機能したのと、うまく使えたことに安心して、気付くのに遅れた。

 咄嗟に体を捻りながら、伏せようとしたが間に合わなかった。

 ナイフが俺の左肩に突き刺さる。デモゴーゴンは火属性の上級魔法で視界を潰しつつ、ナイフを投擲していた。避けていなかったら喉や心臓部分に突き刺さっていた。

 

「ぐっ!」

 

 俺が咄嗟に避けようと無理な体勢になったのと、ナイフが刺さった痛みで思い切り床に倒れた。

 みんなが俺を呼んでくるが、俺を心配してる場合じゃない。そう思った瞬間、視界が一気に悪くなる。目が回るような、見ているものがぐにゃぐにゃと曲がっていく。呼吸も普通のものではなくなった。やばい、毒か?それとも幻覚か?

 ヒナが俺に駆け寄り、浄化魔法と回復魔法をかけてくれる。助かった。

 

「へえ、一人は殺れたと思ったんだけどナァ」

 

 煙が晴れて、一人の男性が出てくる。

 金髪とピアスに、眉毛は全剃り。目付きは悪く、チャラチャラしたような雰囲気。ナイフを手にして遊ぶようにクルクルと手で回している。

 

「うわ、なにこれ。これがお前の一番嫌いな奴ナノ?」

 

 その男は自分の格好を見て驚き始めた。

 というかこれ。

 

「俺の一番嫌いな先輩じゃん…」

 

 うっわ、死んで違う世界に来て、前の世界で知ってる顔を見れたと思ったら、これかよ…。最悪の気分だ。この先輩は本当に嫌な思い出しかないんだ…。

 

 まさかこれがデモゴーゴンの能力か?

 幻覚でそう見せてるのか?

 

「あんなのが怖いの?」

 

 倒れた俺に寄り添うようにいるヒナが少しからかうように言ってくる。

 

「うるさい。あいつは何してくるかわからない先輩第一位なんだよ。後輩の面倒も見ないくせに、嫌な事だけしてくる害虫みたいなカスだ」

 

「そこまで言うんだ…『リフレクト』!」

 

 投げナイフに気付いたヒナが守ってくれた。

 ゆんゆんもそこに入るように俺のところにしゃがみ込んでいた。

 

「思い出話しはいいんだけどサ。ここまでしてくれたんだから、わかってるヨネ?」

 

 デモゴーゴンが最悪の格好と声で俺に話しかける。思わず舌打ちをしてしまう。俺も体勢を立て直し、すぐに動けるようになった。

 

「にしてもサァ、いきなり人が増えたように感じたけど、潜伏スキル?面白いことするネ。でももう無駄だよ。次攻撃してきたら、頭ぶち抜いてやる」

 

 ブチ切れてる。冷静なタイプではないのは確かだ。それはナトリを意地になって攻め落とそうとしてる時点でわかってたけど、これならまだやりようがありそうだ。

 

「おい、そんな格好してるんだ。俺もお前のケツ、この剣でぶち抜いてやるからな」

 

 デモゴーゴンはあいつじゃないけど、日本でされたことの仕返しはこいつにやらせてもらおう。後輩一同を代表して、地獄を見せてやる。

 

「オー怖い。俺もこの聖剣でお前のケツ…アー、ごめん。小さくて無理そうだワ」

 

「いらねえ情報渡してくんな!」

 

 自分のパンツを覗いて、嫌いな先輩の聖剣情報を俺に教えてくれやがった。なんだ、あいつ小さいのか。

 ゆんゆんとヒナが少し赤くなってるが、戦闘続行だ。

 

「シロガネヒカリ?ヒカル?変わった名前だネ。わざわざ教えてくれてありがとうネ?」

 

 三人で立ち上がった瞬間、目眩に襲われる。

 踏ん張るが、フラフラして気持ち悪い。二人が心配そうに俺に声をかけてくる。

 やばい、毒がまだ残ってたか?

 

 

『サア、堕ちろ。眠れ。いきなりリーダーを潰させてくれるなんてありがたいヨ』

 

 

 頭に響くようなそんな声が聞こえてくる。

 しまった。『名前』か。それで悪夢に

 

 やば、堕 

 

 ち

 

 

 

 る

 

 

 

 最後に俺が見たのは、ゆんゆんの必死な顔とヒナが守ってくれているのと、銀色の何かだった。

 




昨日、番外編の六話を投稿したのですが、初めて話数の間に投稿したもので、もし変なところがあれば教えてくださると助かります。

本編の話に戻ります。
シリアスと三章は多分二話ほど続きます。
まだ全く書けてないので、予想でしかありませんが…。
投稿ペースがた落ちしてますが、今後ともよろしくお願いします。


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43話

43話です。さあ、いってみよう。



 

 ブーブーうるさい。

 昨日は忙しくて寝るのが遅かったのに、もう起きなきゃいけない。寝て起きるまで体感五秒。本当に寝たのか疑わしく思いつつも、スマホを見ると、五分ごとに設定しているアラームの最終警告時間だった。

 ため息を吐いてから、飛び起きて着替え始める。遅刻したら所長にキツめの口調でドヤされるのがだるい。朝飯なんていつも食べない。そのまま仕事へ向かった。

 

 

 某漫画の『精神と時の部屋』が何度欲しいと思ったことかわからない。デメリットの酸素が薄いとか高重量とかを考えなければ、現実では少ししか経ってないのに、俺はしっかり睡眠を取れるし、やりたいゲームもまあまあやりたい放題なのだ。

 最近の漫画やらアニメのやれチートだどうだとかそんなものはいらないから、俺は睡眠時間が欲しい。というか時間が欲しい。

 

「で?言い訳はそれだけか?」

 

「いや、所長。ギリギリセーフでした。これマジです。8時0分59秒でした!」

 

「いや、59秒過ぎてるやんけ!」

 

「すんません…」

 

 まあ、ええわと笑いながら所長が去っていく。俺が遅い時にこうやって所長がいじりにくる。周りも面白がって見てるし。

 

 

 最近はウチの会社が事業拡大で仕事量が馬鹿みたいに増えて、それ故アホみたいに残業時間が増えてる。それだけならまだいいけど、いやよくないけど、休みも少ない。

 端的に言えば、ブラックだ。とても疲れていてストレスもすんごい。生きる為に仕事してるはずなのに、仕事する為に生きてるような矛盾。そんなことを考えるとため息が止まらなかった。

 

 

 三時にようやくお昼休憩に入ることが出来て、スマホを見るとソシャゲの通知や友達からの連絡、学生時代の先輩からの電話通知などなど様々だったが、どうにもそれが懐かしく感じる。そういえば仕事も毎日毎日同じことやってるのに何故か懐かしく感じた。

 

 仕事しすぎて、自分の携帯すら懐かしく感じてしまうとか…。早めに転職を考えた方がいいのかもしれない。

 

 

 今日も今日とて日付が変わってからのご帰宅だ。

 明日はお休み。もう何もしたくない。いや、そんなわけにはいかないんだけど。

 実家暮らしではあるが、親に頼ったりとかはしていない。自分のことは全部している。

 明日は洗濯に買い出し、残業代出てるしエッチなお店に行ってからお高い肉でも食べちゃおうかななんて思いながら、倒れる様にして眠った。

 

 

 揺れる感覚に目が覚める。

 

「なんだよ、ヒナ。まだねむ」

 

「え?ヒナ?」

 

 最高に不機嫌になりながら、顔を上げたら、ウチの愛犬を抱っこした母親がいた。

 

「え?あー、ごめん。なに?」

 

 ヒナってなんだ?寝ぼけてんのか?

 

『僕の名ーーヒーークです。ヒナギーーニホンの花ーー前なんです』

 

 っ!?

 

「コンちゃん、預かってて」

 

 違和感に続いて、またもや懐かしい感覚だ。母親もコンちゃんも酷く懐かしく感じる。本当に転職を検討すべきかもしれない。

 

 コンちゃんとはウチの愛犬のこと。ポメラニアンで狐色の毛並みだったからコンちゃん。

 ちなみにコンちゃんの名付け親は俺。俺に似たのか滅茶苦茶可愛い。今では年老いてよちよち歩いたりぼーっとすることも多いが、可愛いのは変わらない。

 大喜びで受け取り、抱き枕にして寝ようとすると何故だか嫌そうに俺を振り払い、ベッドの隅で寝始めた。なんというツンデレ。

 

 やることを終えて、なんとなくぼーっとしていた。傍らで寝ていたコンちゃんを撫で始めたら、すぐに俺の手が届かないところに行って寝始めてしまった。最近はツンデレムーブが多いなコンちゃん。

 

 

 何かがおかしい。何かが足りないというか、そんな感じ。何をするにしてもそう思ってしまって集中出来ない。

 わからん。もういいや、ゲームでもやろうと思い、某ソシャゲをやっていると、とあるキャラのところで指が止まった。

 『トリスタン』という円卓の騎士の一人。別にこのゲームでそこまで好きなキャラでもないはずなのに、何故か気になるというか…。

 

『はーーまして、私トリスーーーと申しーす』

 

 っ!?

 

 あーもう、さっきからなんなんだ。

 意味わからん。別のゲームだ。

 別のゲームを起動して、キャラ選択をしようとして、とある女性キャラに目が止まった。

 この黒髪のキャラ、ゆんゆ…

 

 

 ……?

 

 ゆんゆってなんだ?

 

 ???

 

 どうしたんだろう、俺。そう思ってるが、何故だかまたその女性キャラクターから目が離せなかった。

 

 

『わ、私ゆんーーと申します職業はアーーーィザーーーーが魔法はまだ中ーーーしか使えませんごーーなさいでも大ーーですすぐにーー魔法だって覚えますから!!』

 

 魔法…?

 こんなこと言うようなキャラいたっけ?

 

 

 あーもう!テレビ見よう!この時間に見るような番組無いけど、とりあえず気分転換だ!

 

『お控えなすって』

 

 仁侠映画だろうか。そんなことを言って右半身を半歩前に出して中腰になって名乗りを上げている。そんなのがなんでこんな

 

 

『手前、生国と発しまするは日本の生まれ、姓はシロガネ、名はヒカリ。人呼んでヒカルと発するーーーでございます!』

 

 

 は?え、俺なに考えてんの?これ真似したくなっちゃった?厨二病か?

 

『我ら、ぼっちーー。以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます!』

 

 ぼっち?なに言って

 頭が痛い。何かを思い出せそうなのに、出てこない。ムカつく。はっきりしないのが、ムカつく。

 

 こんなことしてる場合じゃない。

 

 いや、何言ってんだ?今日は休日だ。

 

『ボッチー!?ぼっちじゃないから!』

『ずっと友達らしい友達はいなかったけれど、お父さんとお母さんがいれば僕は十分だった』

『私も友達が欲しくてですね』

 

 な、んだよ。

 うるさい。黙ってくれ。

 

 

『何故なら私も貴方の友達ですから』

『だから!連れてって!僕も友達の力になりたいんだ!』

『私はヒカルのこと大事に思ってるよ』

 

 

 あったま、いってえ!

 あまりの痛さに倒れ込む。その衝撃でテレビのリモコンを落として、反応したのかチャンネルが変わる。

 

 

『このカフェはカップル割がありまして、カップルに大人気』

 

 

「何がカップル割だこのやろおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 手元にあったスマホをテレビへとぶん投げた。ざけんな!何がカップル割だ!あんなのロクなもんじゃ…って俺なんでこんなキレてんだ?

 

『と、友達割はありますか!?!』

『カレーとハンバーグとオムライスのセットはありますか!?』

『そうですね。私とシロガネさんがカップルですね』

 

 

 !!!!!

 

 

 ああ、そうだった。

 

 俺の足りないものが、大事なものがあったじゃねえか。何忘れてんだ馬鹿野郎。

 

 納得がいったというか、なんというか腹にズドンと来たようなそんな気さえする。

 

 家族が大事じゃないわけじゃない。

 そういうわけじゃない。ただ今は、向こうではあいつらがいる。

 

 

『だけど先に言っておく。俺はもう家族もいない。欲しいものも持っておきたいものも無い。

でも、大事で守りたいものが一つだけある。

お前たちだ』

 

 

 こんなこと抜かしておいて、何やってんだ。

 早く行かなきゃいけねえ。

 

「うおおおおおおおお!!!」

 

 気合を入れる。

 そして

 

「コンちゃんコンちゃんコンちゃんコンちゃんコンちゃんんんんん!!!」

 

「ガウゥゥゥゥゥ」

 

 コンちゃんに抱きつき、高速頬擦りをする。これにはコンちゃんもブチ切れ低く唸ってるが今生の別れだ、許せコンちゃん。

 

「コンちゃんより先に死んでごめんなぁ!情けない兄貴分でごめんなぁ!」

 

「ガウゥゥゥゥゥ」

 

「俺またいなくなるけど、お前はいっぱい生きるんだぞ!んー」

 

 チューしようとしたら噛まれて引っ掻かれた。最後までツンデレとは流石コンちゃんだ。

 

 

 自室の部屋の扉を飛び出す。

 何故か飛び出た先には両親と祖母がいた。

 三人は俺を見て、優しく微笑んでいる。

 そんな優しさが辛くて、嬉しかった。

 

「おれ、俺…」

 

 何から言っていいか、わからない。

 でも、言わなきゃいけないことがいっぱいある。

 

「世話になったのに、先に死んでごめんなさい」

 

 これが現実じゃなくても、言わなければならない。

 

「親孝行出来なくて、ごめんなさい」

 

 無駄だとしても、言わなければならない。

 

「良いところ見せられなくて、ごめんなさい」

 

 最後なのに、俺はこんなにもカッコ悪い。

 

「それでも、俺行かなきゃいけないんだ」

 

「俺、あっちで、さ。すごい大事な、ものが、出来たんだ」

 

 鼻をすすりながら、声は震えて、前が見えない。

 

「守りたいんだ。一緒に、いたいんだよ。だから、」

 

 三人の姿を目に焼き付けたいのに。

 

「今までお世話になりました!!この御恩は一生忘れません!!」

 

 床に額を擦り付けて、頭を下げた。

 

「光」

 

 最後まで情けない姿でも三人は俺に微笑んでくれる。母親から声がかけられる。

 

「「「いってらっしゃい」」」

 

「!!」

 

 歯を食いしばって、流れるものは我慢が出来なくて、嗚咽が止まらない。

 それでもこれだけは死んでも言わなきゃいけない。

 

「いっでぎまず」

 

 なんとか絞り出した返事の後、俺は走って、玄関を開けて、その先の光へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルが倒れる。

 何度も呼びかけるが、反応は無く目を閉じて動かない。呼吸はしているが、それ以外は何もわからない。

 

「ワン!」

 

「え?」

 

 何故かヒカルの傍らにナトリの入り口で待機していたはずの銀色の犬がいた。

 

「ねえ、ヒカルは!?」

 

 ヒナちゃんがリフレクトで防御しながら、私に問いかける。

 

「目を覚まさない!」

 

「無駄だヨ。もう俺が引き込んだかラ」

 

 デモゴーゴンの顔が醜く歪み、笑う。

 

 

「さあて、痛ぶってあげるヨ!『インフェルノ』!!」

 

 これから私が指揮を取る。そういう作戦だ。

 私が懐からスクロールを取り出そうとした時

 

「ワオーーーーーーーン!!!」

 

 銀の犬が遠吠えのように高らかに鳴いた。

 すると、炎がパッと消え失せた。まるで最初から無かったかのように。

 

 え?

 

 スクロールは発動していない。

 何が起こった?

 

「てめえ!クソ犬!!今度こそ殺してやるヨ!」

 

 デモゴーゴンの顔は先程とは打って変わって、激怒している。前回の討伐で余程痛い目にでもあったのだろうか。すぐに銀の犬へとナイフをぶん投げるが、トリタンさんの矢がそれを阻止した。

 相変わらずの弓の腕だが、急所へと放った矢は躱されている。弓の攻撃にナイフを返しながら、距離を取り、ニヤリと不気味に笑う

 

「そうカ、じゃあこういうのはどうダ?」

 

 デモゴーゴンの前に二人の人間が立ち塞がる。その顔には生気が無く、目には意志がない。無理矢理動かされているのがわかった。

 銀の犬が何度も何度も吠えている。その二人へ呼びかけるように。

 きっとその二人はデモゴーゴンを追い詰めたパーティーのメンバーだろう。

 私に寄りかかり眠っていたヒカルが立ち上がる。ヒカルも他の二人と同じく、その顔は無表情で、目は意志が感じられないものだった。

 まさか、ヒカルも操られて…!?

 ヒカル相手にどう戦

 

「今は寝てなさいっ!」

 

 ドスっ!

 

「おぐっ!」

 

 ヒナちゃんの容赦ないボディーブローがヒカルの無防備な腹筋に突き刺さるように打ち込まれて、体がくの字に折れた。

 

「ええええええええっ!?」

 

「ナッ!?てめえ、そいつ仲間だロッ!?」

 

 その容赦無さと迷いの無さに敵と同じリアクションをしてしまった。

 

「ヒカルなら大丈夫。ヒカルからきっと自分の意志で立ち上がるよ!」

 

「いや、すごい良い事言ってる風味だけど、えげつないぐらい鳩尾に拳ぶち込んでたよ!?自分の意志で立ち上がるのが困難なぐらいに!」

 

「てめえ、それでも人間カ!?仲間なら大事にしろヨ!?」

 

「大丈夫!ヒカルならきっと!」

 

「その全幅の信頼は何っ!?ヒカルさっきから倒れてピクピクしてるよ!?白目剥いてるよ!?」

 

 ヒナちゃんはチラッとヒカルを見た後に、目を泳がせてデモゴーゴンへと向き合う。

 

「よくもヒカルを…ッ!」

 

「「ええええええええええッ!?」」

 

 デモゴーゴンとシンクロしてしまった。

 

「『バインド』ッ!」

 

 そんな漫才モドキをしている間にクリスさんがデモゴーゴンの近くへと接近し、拘束スキルを放つが、操られている二人にしか当たらない。

 返しのナイフは弓のサポートで叩き落とし、まるで同時に放ったかのような次の矢はデモゴーゴンの左のふくらはぎ部分を貫いた。

 

 今だっ!

 

「『ライトオブセイバー』ッ!!」

 

 体勢を崩したデモゴーゴンに上級魔法を叩き付ける。確実に当てた。

 

「『バインド』」

 

 油断無く近付き、倒れたデモゴーゴンを拘束したクリスさんに合流した。

 

「皆を解放してもらうよ」

 

「……俺を殺せば、それは叶うヨ」

 

 デモゴーゴンが吐き捨てようにして言った。

 

「私達のリーダーをよくも…」

 

 トリタンさんが睨み付けるように言ってるけど、くの字で倒れてるのはヒナちゃんのせいなんだけど…。

 

「この程度で僕達の光は消せやしない」

 

 すごいツッコミたいけど、ヒナちゃんすごい良いこと言ってるよ。でも、そうよね。私達の光は

 

「いや、消しにかかったのお前ジャン…」

 

 やめて!私、頑張って耐えてたのに、言わないでっ!

 

「指輪よ、僕に力を」

 

 ヒナちゃんの右手の中指にはめられた指輪が輝き出す。どこからか集まってくる光がヒナちゃんの右手に集まっていく。

 

 なんかすごい誤魔化そうとしてる感があるけど、ヒカルも心配だから早く決着をつけよう。

 

「オイ、アイツ動かなくなったけど、大丈夫カ?やっぱりてめえらの光消えたんじゃ」

 

「ゴッドブロおおおおおおおお!!!!」

 

 ヒナちゃんの全力の光を込めた一撃は無防備なデモゴーゴンの顔へ潰さんばかりに叩き込まれて、屋敷の床ごとぶち抜いた。

 

 その後デモゴーゴンは黒い煙のように霧散し、姿が無くなった。

 ヒナちゃんが冒険者カードを取り出し、確認するとデモゴーゴン討伐の文字が書いてあった。

 全員で確認してからすぐにヒカルの元へと向かう。皆ヒカルの名前を呼びかけ、心配していた。私が抱き起こし、仰向けにすると、ヒカルは表情は悲しげで泣いていた。

 

『!?』

 

 全員がそのヒカルの涙に固まる。

 そして当然、皆ヒナちゃんに視線を向けていた。

 

「ヒナギク、確かに余裕無かったと思うけど、もう少し加減した方がよかったと思うよ」

 

 うっ、とわかりやすく反応するヒナちゃん。

 

「とりあえず起きたら謝ろう?ヒカルも多分わかってくれるから」

 

 ヒナちゃんが小さくなり、ごめんなさいと小声で謝った後、ヒカルが微かに呻めき、目を開いた。

 

 ヒカルは最初ぼーっと私達の顔を見た後、状況を理解したのか、嬉しそうに微笑んだ。

 

「…ただいま」

 

 そう言われたなら、私達が言う言葉は決まっている。

 

「「「「おかえりなさい!」」」」

 




シロガネ君の家族の話はいつかやろうと思ってたのに、43話って…おせえよ…。
真面目な戦闘描写に耐えきれなくなったので、いろいろと考えてたものぶん投げて勢いで書きました。本当はデモゴーゴンは第二ラウンドがあったのにそれも無くしました。

自信が無いとこうも迷走するもんですかね。
次回で三章終了です。


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44話


44話です。さあ、いってみよう。



 

 

「大丈夫?」

 

「ああ、ちょっと夢見てただけだよ」

 

 ヒナが心配そうに俺を見て聞いてくる。

 

「どんな夢でしたか?」

 

「日本にいる夢だったよ」

 

「ニホン!?」

 

 日本オタクが激しく反応してくる。

 

「懐かしかったよ。夢の中とはいえ、ちゃんと家族にお別れも言えたしな」

 

「もう会えないってのに、お別れ言えないでこっち来ちゃったからさ。よかったよ」

 

 って、何話してんだ。みんな悲しげな表情に変わっちまった。

 

「まあ、あれだ。そこまで悲観するような話じゃ、うぐっ!」

 

 誤魔化して立とうとすると、腹部に鈍痛のようなものを感じ、全身に力が入らなくて立ち上がれずに膝をついた。

 

「だ、だだだだだだだ大丈夫!?」

 

「あ、ああ。なんだ…?毒とか悪夢の影響か?」

 

 ヒナがなんか動揺してるような気がするけど、どうしたんだ?

 

「ど、どうだろうね!?セ、『セイクリッド・ハイネスヒール』!」

 

 ヒナちゃん…とゆんゆんがなんか責めるような顔でヒナを見てるけど、俺が寝てる間に何があったんだ?わざわざ最上級の回復魔法までかけてくれたおかげでほとんど痛みも無くなった。

 

「ありがとな。じゃあ、操られてた人達確認して戻ろうか」

 

 

 

 

 

 

 それから俺達はナトリに戻り、数日間ナトリに滞在した。デストロイヤーで戻れなくなったと思っていたアクセルが無事だと知り、俺達はまたアクセルに戻ろうとしているのだが…。

 

「英雄様!行っちまうのかい!?」

 

「英雄様ーー!!」

 

「そうだよ!ここに残ろうぜ!」

 

 俺達はデモゴーゴンを倒して、街を救った英雄として扱われていた。何日も祝勝パーティーやら何やらで歓迎された。何度もこの話はしたはずなんだが…。

 

「悪いけど、アクセルに帰るところがあるんだ」

 

「申し訳ないです」

 

 是非また来てくれと言われながら、街を出ようとすると、ジョットと銀のわんころのギンが待っていた。

 

「本当に助かった。何度言っても足りない。俺の大好きな街を守ってくれてありがとう。また来てほしい」

 

「ワン!」

 

「はいはい、わかったよ。また来るさ」

 

 もう何度も聞いたセリフを聞き流して、ギンを満足するまで撫でた後、俺達はナトリを出た。

 

 

 

「『ライトオブセイバー』ッ!!」

 

 アクセル近くの平原。

 外は白一色。そんな雪景色の中、ゆんゆんの光の刃は一層映えて見えた。

 魔法の光の刃はカエルを切り刻み、次々とカエルを倒していく。

 上級魔法を覚えて一番披露したい相手がいるからだろう、随分張り切ってるように見える。

 ゆんゆんが切り刻んだカエルに食われそうになった奴等がカエルの口から投げ出されてゴロゴロと転がった。

 

「お前ら何してんの?」

 

 転がってるカズマ御一行にそう声をかけた。

 

「助かったよ、ゆんゆん」

 

「え、ええ、お久しぶりです、カズマさん!」

 

 ナトリのパーティーにフルタイムでフル参加して、それなりに人付き合いを経験したはずなのに、未だ人見知りというかコミュ症が根深いゆんゆん。少し顔を赤らめてカズマに挨拶していた。

 どうやったら直るのか、それとも一生このままなのかと思案する中、めぐみんの首元を触っていたカズマが立ち上がって話しかけてくる。

 

「久しぶりだな。どこ行ってたんだよ、こっちは大変だったんだぞ」

 

「こっちも大変だったよ。お前らに負けず劣らずな」

 

「古代兵器破壊した後、牢屋にぶち込まれて裁判にかけられた俺に勝てるか?」

 

「いや、ごめん。流石にそれには勝てねえわ」

 

 どんなミラクル引き起こしたんだ、この後輩くんは。

 そんな世間話を始めると、アクアを目の敵にしている不機嫌なヒナと寒がっているトリスターノは部屋の暖炉に火を入れておくと言って先に帰っていった。

 クリスは当然のようにヒナに付いて行った。ここにいてもしょうがないしな。『先輩』もいるし。

 それに続くようにカエルの粘液でヌルヌルのアクアと巨乳の制服お姉さんが去っていった。

 

「あの目付きも胸元もキツい感じのお姉さんなに?新しいパーティーメンバー?」

 

「違うよ。ってか、どこに目付けてんだよ。あいつは王国検察官のセナ。ちなみにあいつが俺を牢屋にぶち込んで裁判にかけたんだよ」

 

「へえ、そういうプレイが好きなの?」

 

「違うわ!!あともう少しで死刑だっつーの!!」

 

 そんな本気の反応されると怪しいな。

 

「おいおい、そんな若いうちからスリル求めて変なプレイするのは関心しないぞ」

 

「プレイから離れろ!!」

 

 なんてやり取りをしていると。

 

「久しぶりね、めぐみん!今の私は上級魔法だって使いこなせる!さあ、今こそあの時の約束を果たすとき!今日こそは長きに亘った決着をつけるわよ!」

 

 ゆんゆんは実に嬉しそうにめぐみんへと指を突きつけて高らかに宣言した。

 ホースト戦の後、あの恥ずかし…じゃないカッコイー名乗りと約束に同伴した身としては是非ゆんゆんに勝ってほしいところだが。

 

「?どちら様でしょう?」

 

「ええっ!?」

 

 勝負すら出来なさそうだ。

 

「わ、私よ私!ほら紅魔の里の学園で同期だった!めぐみんが一番で、私が二番!上級悪魔を倒した後に約束を…!」

 

 涙目で必死に言ってるけど、めぐみんは知らんぷりしてる。

 

「…おい、今学園でお前が一番だとか、何か聞き捨てならない事が聞こえたんだが」

 

 カズマがめぐみんに近付いていき、当然の疑問を抱いていた。俺もそれはあり得ないと思ってた。

 

「今更何を。初めて出会った時に、紅魔族随一の魔法の使い手とちゃんと名乗ったはず。それを信じなかった、カズマが愚かなのです。ですが、長い付き合いの今なら信じられるでしょう?」

 

「今の粘液まみれのお前を見て、信じられるって言う奴の顔が見てみたい」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 カズマとめぐみんが漫才をし始めたところを慌ててゆんゆんが慌てて入ってくる。

 

「本当に忘れちゃったの!?ほら、学園のテストでも何でも、あなたに勝負を挑んで、その度にあなたは、勝負を挑むなら対価が必要。弁当を賭けるなら受けて立つとか言って!よく私の弁当を巻き上げてたじゃない!」

 

 それは知らなかった。

 てか巻き上げられたってことは、ずっと負けてたんだな。

 

「大体、名前も名乗らないなんておかしいじゃないですか。これはきっと以前カズマが言っていたオレオレなんとかってヤツですよ」

 

「え、ちょっと待ってよ!わ、分かったわよ!名乗るわよ!」

 

 ゆんゆんは顔を赤くして、ふと俺と目が合う。

 頑張れよ、という思いを込めて頷いてやると、ゆんゆんは決心したように頷き返してくる。

 

「お控えなすって!」

 

「!?」

 

 ゆんゆんは右半身を半歩前に出し、中腰になった後、右手の手のひらを見せて名乗り続ける。そんなゆんゆんの姿に驚愕するめぐみん。

 

「私は生まれも育ちも紅魔の里。名はゆんゆんと申します!

紅魔の里の長を目指し、修行の旅に出てる者でございます。

以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます!」

 

 少し顔は赤かったが、ゆんゆんにしては堂々としていて淀みなく名乗った。

 

「ゆんゆんにも教えたんだな?」

 

 カズマとゆんゆんのファーストコンタクトは酷いガニ股を見せつけたからな。めぐみんにもカズマにも成長した姿を見せることができた。

 

「ああ。めんどくさ、いや教えるのに少し手間取ったがな」

 

「今、めんどくさいって言った?」

 

「言ってない」

 

「言ったろ」

 

「言ってない」

 

 俺とカズマのやり取りをしてる中、めぐみんは驚いて固まっている。

 ゆんゆんは俺にドヤ顔を見せつけた後、嬉しそうに笑いかけてきた。

 

 …いや、さっき頷いたのはその挨拶をしろっていう意味じゃないんだけど……まあ、いいか。満足そうだし、良い笑顔だ。自然と俺も笑顔になった。

 

「な、なななっ!ゆんゆんがこんな名乗りが出来るわけ…!あっ!貴方ですね、ヒカル!」

 

 何かしでかした犯人みたいな言い方するな。

 

「そういえばヒカルのこの名乗りは聞いたことが無いな」

 

「ほう、それなら私も見てあげましょう!」

 

「ふふん、私達のリーダーよ!心して聞きなさい!」

 

 なんか俺がやる流れになってる。

 そしてなんでゆんゆんが得意げなんだ。

 はあ、ため息をついてから例のポーズをとって高らかに名乗る。

 

「お控えなすって。

手前、生国と発しまするは日本の生まれ。姓はシロガネ、名はヒカリ。人呼んでヒカルと発する冒険者でございます。

以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます」

 

「「おお!」」

 

 知ってる奴にわざわざこの名乗りやるの恥ずかしいな。もうやりたくない。

 

「さて、お久しぶりです。ゆんゆん」

 

「ちゃんと覚えてるじゃない!めぐみん!あなたと決着をつけに来たわよ!私はいずれ紅魔族の長になる者。それがあなたに勝てないままとあっては、おめおめと族長の椅子に座ることは出来ないわ!そして何より!」

 

 ビシッとめぐみんに指を差して続ける。

 

「あなたとの約束通り、私は上級魔法を習得したわ。あとはあなたに勝って、紅魔族一の座を手に入れる。そして、私が長となる時にはもう誰にも文句は言わせないわ。さあ、めぐみん。私と勝負なさい!!」

 

 ハイテンションだなぁ、ゆんゆん。

 そんな固い決意を見せられたら、友達として応援しないわけにはいかないな。

 

「嫌ですよ。もう体も冷えてきて寒いですし」

 

「そっか。じゃあ帰るか。風呂沸かしてやるから、先に入れよ。風呂がおわってから」

 

「ちょちょちょ!?ちょっと待って!?ねえ、なんで!?めぐみん、お願いよ、勝負してよー!」

 

 一瞬で帰ろうとしためぐみんとカズマに慌ててすがりつくゆんゆん。

 

 

 さっきから似たような流れが続いてるし、俺も先に帰ろうかな…。俺も体が冷えてきたし、お風呂入りたい。

 ここまで見てたし、一応見守っていると、めぐみんの魔力が枯渇したから武器無しの降参と言うまでの体術勝負をすることになった。

 

 

 そして

 

「いやああああああああ!!降参!降参するから!マナタイトあげるから、こっち来ないで!」

 

 カエルの粘液まみれのめぐみんに追いかけ回されるゆんゆんの姿がそこにあった。

 心待ちにしていたはずの勝負とやらは、しょーもない決着で幕を閉じた。

 

 アホくさ、帰ろうとアクセルに歩き始めたら、めぐみんの飛び付きにゆんゆんは捕まり、全身ネッチョリの姿に!!

 な、なんて、いやらし…!いや!なんて可哀想な姿だ!助けに行かなきゃ!

 

「降参、降参したのにぃ…」

 

「今日も勝ち!」

 

 俺はゆんゆん達のネッチョリ組んず解れつの近くに駆けつけた。

 おお!良いとこに手を回すじゃないか!

 いや、そうじゃない。助けたいが二人の勝負を邪魔するわけにはいかない…!俺が出来るのは見守ることだけ…!なんて辛いんだ!

 

「「…」」

 

 気付いたら二人が俺を睨み付けていた。

 どうしたんだろう。

 

「続けて?」

 

「続けるわけないでしょ!」

「成敗!」

 

「あああああああああ!!!目があ!目がああああああ!!」

 

 二人のネッチョリビンタを食らい、ネッチョリが目に入った俺は雪原を転げ回った。

 

「ヒカルって、結構欲望に素直だよな…」

 

 カズマが呆れた顔で俺を見下ろしてそう言った。

 

 

 

 

「へっくし!あー寒い」

 

「…」

 

 先程のことが起こった後の帰り道。

 未だネッチョリ赤面状態のゆんゆんは俺を睨み付けている。

 ゆんゆんは俺の上着を剥ぎ取り、ネッチョリのいやらしい姿を隠していた。

 

「なんだよこの野郎。上着貸したんだから、いい加減機嫌直してくれよ」

 

「…もうセクハラしないって言ったのに」

 

「何言ってんだ?俺は二人の勝負を見守ってただけだぞ?」

 

「い、いやらしい目で見てたでしょ!?」

 

「見てねえよ。被害妄想ですわ」

 

「だ、だって…!」

 

「見てませーん」

 

「ズ、ズボンが、そ、その!お、大きくなってたし!」

 

「な、なってねえよ!!お前ふざけんな!お前の方がいやらしい目で見てんだろうが!街の往来でなんてこと言うんだこの野郎!」

 

「私がいやらしい目なんてするわけないでしょ!?大きくなってました!見たもん!チ、チラッと見たもん!」

 

「嘘ついてんじゃねえよ!あれだろ!?ズボンのしわだろ!?どうせそれで勘違いしちゃったんだよこれだから覚えたてのジェイケーは!」

 

「そんなわけありませんー!絶対しわじゃありませんー!じぇいけーがなんだかわからないけど、バカにしてることだけはわかるわ!紅魔族は売られた喧嘩は買うんだからね!?」

 

「はいはい、そんなネッチョリの自称いやらしい体で何が出来るんですかー?というか紅魔族の長になる人がそんなネッチョリで恥ずかしくないんですかー?」

 

「言わせておけば!!」

 

 

「もう、何してるの?」

 

 いつの間にか俺達の家に着いていた俺とゆんゆんは掴みかかる一秒前にヒナに声をかけられて停止した。

 

「どうしたの!?ヒカルに何されたの!?」

 

 呆れた顔をして扉を開けていたヒナだが、ゆんゆんの姿を見て、何故だかゆんゆんの心配をし始めた。

 

「何言ってんだ?ただカエルの粘液が全身についただけだろうが」

 

「はあ!?そ、そんな!?変態!最低!」

 

 なんか急にディスられたんだけど…。いつもながら今日はまた理不尽すぎるだろ。

 ヒナは俺とゆんゆんの間に強引に入り込み、ゆんゆんを心配そうに声をかけて、部屋に入れた。

 騒いでるのを聞きつけたトリスターノが部屋の中から、こちらを覗き、ゆんゆんの姿を見た後、俺にヤバいものを見る目を向けてきた。

 

「ゆんゆんに何したの?場合によってはここでエリス様に変わり僕が罰を下します」

 

 ヒナに凄まれてるけど、訳がわからん。

 喧嘩したのが、そんなに駄目だったのか?

 それとも上着だけじゃ足りなかったとか?

 

「何もしてねえよ。少し喧嘩するぐらい別に良いだろうが。寒いし、そろそろ入れてくれ」

 

「入れるわけないでしょ!ゆんゆんを、その…む、無理矢理襲っておいてっ!」

 

「は?」

「え?」

 

 部屋に入ってたゆんゆんもヒナのセリフを聞いて固まっていた。

 

「さ、最低だよ!あ、あんな格好にさせて!こ、こんなことするとは思わなかったよ!」

 

「おいこら、俺がなんで襲ったことになってんだよ」

 

「そそそうだよ!?なんでそんなことになったの!?」

 

 俺もゆんゆんもこれには黙ってられない。

 

「じゃあなんでゆんゆんがそんなあられもない姿になってるのさ!」

 

 事情を説明すると、疑わしそうな目を向けてくるが、ゆんゆんもその通りだと証言した後、風呂場へと消えていった。

 残ったのは気まずそうに顔を赤らめたヒナだった。トリスターノは事情を聞いてすぐに引っ込んでいった。

 

「え、えっと…」

 

「あれだよ。勘違いは誰にもある。そうだろ?」

 

「え!?う、うん!そうだね!」

 

 助かったと表情が明るくなるヒナ。

 俺は家に入っていき、暖炉で暖まりながら言葉を繋げた。

 

「まあ、そこまで勘違いしないと思うけどな。このむっつりスケベ」

 

「むっつ!?」

 

 再び、怒りと恥辱で顔を赤くするむっつりスケベ。何度も口をパクパクしてるヒナにニヤリと笑い、俺の怒涛の攻めは止まらない。

 

「今日からお前のあだ名は『ムッツリーニ』な」

 

 先程のゆんゆんばりにビシッとヒナに指差して宣言してやった。

 

「むっつりーに!?ちょ、ちょっと待って!?ご、ごめんなさい!変なこと言ってごめんなさ」

 

「気にしなくていいぞ。俺もお前のことそう呼ぶから」

 

 わあああああああ!とか言いながら、俺に向かって来たが、華麗に回避する。

 

「許してあげてくださいよ。正直なところ私も何をしたかと思いましたし」

 

 トリスターノが宥めに来た。

 

「お前もか。まあ変態だし、仕方ないか」

 

「ええっ!?だから何度も言ってますが、違いますよ!」

 

 今更何を。

 再び飛びかかって来たヒナを受け流し、一人ゆっくりしていたクリスの方へと突っ込んで行った。ヒナは勢い良くクリスを巻き込み、二人仲良くごろごろと床を転がった。

 

「あんな格好で、一体どんなプレイをしたのかと!」

 

「やっぱり変態じゃねえか。あのな、その変なプレイとやらをしたとして、なんで証拠アリアリの状態で帰ってくるわけ?」

 

 再三怒りに身を任せて突っ込んで来たヒナをはたまた回避。

 

「お前達みたいな変態やムッツリーニじゃないんだから、んなことするわけないだろうが」

 

 壁に激突するところをムッツリーニに反応したのか、壁にぶつかる反動を利用して性懲りもなくなんとか掴みかかって来ようとするのを逆に手首を掴んでトリスターノの方へ受け流す。

 

「おっと。でも、私達がいた時は普通の状態だったのに、あんなヌルヌル状態は流石に誤解を招きますよ!」

 

 トリスターノも華麗に回避し、ヒナは再びクリスにダイブして行った。ちっ。

 今度はヒナをしっかり抱きとめたクリスは片手でヒナの頭を撫でて落ち着くように言って、別の手で俺にサムズアップしながらウインクして来た。

 やめてくんない?なに俺が連携したみたいになってんの?三人目の変態は人じゃない分、更に業が深い。

 あと鼻血出てますよ。

 

 これから少しして風呂から上がったゆんゆんも加わり更に混沌と化した俺達の家は、まあなんというかいつも通りというか温かい空気だった。

 

 帰って来れて、本当によかった。

 最初はうんざりしていた異世界も、こいつらのおかげで俺の帰ってくるべき場所、帰って来たい場所になった。

 

 俺達の冒険はこれからも続いていく。

 





俺達の冒険はこれからだっ!
ご愛読ありがとうございました!


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4章 『紅魔の里』と『恋』
45話



45話です。さあ、いってみよう。



 

 ナトリから帰ってきて翌日。

 今日はゆっくりしようと提案し、満場一致で今日一日はお休みになった。

 心身共に休めること、と指示を出し、そのまま解散を言い渡したが、皆やることも無いらしく、リビングでダラダラとしていた。

 

 クリスとゆんゆんはボードゲームに興じていて、トリスターノは弓や装備の手入れをしていた。

 俺も装備の手入れを終わらせて、今回消費した魔道具の確認をしつつ、何か良い魔道具の使い方や組み合わせがないものかと、ゆるーく思考を巡らせていた。

 先程から名前が出ていない一人の脳筋娘はどうしてるかというと、大人しく俺の近くに座っていた。

 ただ挙動不審で、ずっと俺をチラチラ見ている。まるで初期のゆんゆんだ。

 いつもなら言いたいことはすぐに言いに来たり、暇なら日本の話を聞かせろとうるさいのだが、珍しく静かであった。

 何かあるのかわからんが、静かならそれでいいやと思っているし、何か言いたいことがあるなら自分のタイミングで言ってくればいい。

 俺はそう考えていたので、わざわざ自分から地雷を踏みに、いや自分から話しかけに行くようなことはしなかった。

 

 

 そんな昼下がり。

 ヒナは俺に少し近づいて座り、真剣な表情で切り出してきた。

 

「その、さ。ヒカルの家族って、どんな人達だった?」

 

「なんだ、いきなり」

 

「…だって夢で」

 

 まだ気にしてたのか。

 

「って言われてもな。普通じゃね?」

 

「もうちょっと具体的に」

 

「具体的にねえ…。良い家族だったと思うけどな。良い意味で放任主義だったよ」

 

「どういうこと?」

 

「自由に過ごしてたよ。何日も帰らなくても怒られなかったし…そのせいで飯は作ってくれなくなったけど」

 

「不良だったの?」

 

「違えよ。あとは俺がやりたいこともやらせてくれたよ。俺がたまに対人戦で強いのは、そのおかげだよ。いろんな武道をやらせてくれたからな」

 

「そうなんだ。ちなみに何やってたの?」

 

「空手柔道剣道合気道古武道居合道」

 

「え?え?」

 

「弓道棒術薙刀逮捕術…は違うか。あとは何かあったかな」

 

「う、うん。もう大丈夫」

 

「まあ少しやった程度しかないものもあるけどな」

 

「そ、そうなんだ。お母さんは?」

 

 そんな感じで家族のことを聞かれた。

 いつの間にか全員聞いていた。そこまで気になるような話しではないだろうに。

 

「コンちゃんは世界一可愛いんだ。俺に似てな」

 

「最後の一言で台無しだよ。僕のイメージが総崩れだよ」

 

「何が可愛いってな、俺のことが大好きなのに、素直になれない。つまりツンデレなんだよ」

 

「本当かな?」

 

「今はおじいちゃん犬だが、子供の時なんか俺が『おいで!』って言ったら、二、三回フェイントを入れてから全力で俺とは反対方向に走っていってな」

 

「それは素直そのものなんじゃ」

 

「俺の足が大好きでな。生まれたばかりの頃なんか俺が歩く度に足に全力で噛み付いてきてな」

 

「やっぱり好きじゃないよね」

 

 なんだ嫉妬か?

 悪いがコンちゃんに勝てるやつはいない。

 諦めてくれ。

 

「その、さ。もう会えないの?」

 

「んー、まあ、そうだな」

 

 ヒナの表情が暗くなった。

 亡くなったと思われたんだろうが説明が面倒くさいし、変に誤魔化すと聞きたいことを聞いてくるこのお子ちゃまには根掘り葉掘り聞かれることだろうから、特に何も言わない。

 

「寂しい…よね?」

 

「まあ、もう会えないしな」

 

「そう、だよ…ね」

 

 ヒナは俯いてしまった。

 そこまで悲しく思うことじゃないだろう。

 いつかは起こることだろ。俺もこいつも。

 なんかみんなも少し暗くなっちまった。少し冗談でも言って雰囲気変えるか。

 

 そんなことを考えていたその時、ヒナは突然勢いよく立ち上がる。

 皆驚きヒナを見ると、何か覚悟決まった顔をしていた。

 

「僕決めたよ。僕が」

 

 チラチラ見てた時とは違い、俺のことを真っ直ぐに見て、決めたと宣言した。

 

「あ?」

 

「僕がお母さんになるよ!」

 

 ……。

 

 空気が死んだ。

 誰も発言すら出来ない程に。

 

「お前、何言ってんの?」

 

「聞いてなかったの?僕がヒカルのお母さんになるよ!」

 

 ……。

 

「こいつは何を言ってるの?」

 

 トリスターノに聞いたが、苦笑いしか返ってこない。

 ゆんゆんは普通に驚いてる。

 クリスを見たら、真顔でこちらを見ていた。こいつ怖。

 

「確かに寂しいとは言ったが、別に」

 

「全部言わなくて大丈夫だよ!ヒカルが乱雑な性格で言うことを聞かないのは、きっとご両親を亡くして寂しい思いをしていたからなんだよ!」

 

 んなわけあるか。

 お前が良い子ちゃんすぎるだけで俺はそんな悪い性格じゃない。じゃない、はず。

 

「あー、あたしも寂しいなー」

 

「わ、私がいますよ!お母さんは無理ですけど、私が友達として支えます!」

 

 何を思ったのかクリスは棒読みで寂しいアピールをし始めたが、違う奴が釣れた。

 そうじゃない。クリスはそう思ったはずだが、なんとか苦笑いで誤魔化していた。

 お前ヒナなら関係性は何でもいいの?

 ヒナが天界に行ったら大変なことになりそうだ。

 

「なあ、俺は別に新しい親が欲しいなんて思ったことはないぞ」

 

「うん。わかってるよ」

 

 わかってないだろ。

 今まで見た中で一番優しく微笑まれた。

 

 

「では不肖トリスターノ、私がお父さ」

 

 ドンガラガッシャーン!!

 

 弾丸のように突っ込んできた何かにトリスターノは吹き飛ばされ、セリフ途中で色々なものを巻き込んで壁に激突して倒れていた。

 

「クリスさん、何してるんですかああああああああ!!」

 

 トリスターノをぶっ飛ばしたのはクリスだった。

 

「え、あー、こけちゃってさ!」

 

「いや、普通にドロップキックの体勢でしたけど!?」

 

「おいおい、ツッコミが激しすぎるだろ。トリスターノー?大丈夫かー?」

 

 へんじがない、ただのへんたいのようだ。

 

「トリタン気絶しちゃったかー。じゃああたしがお父さん役やるよ」

 

「気絶しちゃったかーじゃねえよ!犯人お前!現行犯だよ!」

 

「え?じゃあ私は何になったら…」

 

 ゆんゆんが出遅れて何になればいいか悩んでるけど、なってほしいなんて言ってない。

 

「おいこら、なんでおままごとごっこ続けようとしてんの?というかそもそも俺は別に」

 

「クリスさん、お願いします!」

 

「了解!」

 

「了解じゃねえよ!てかお願いすんな!」

 

「なに?クリスさんがお父さんなんて贅沢なかなか無いよ?わがまま言っちゃダメでしょ!」

 

「なに母親ヅラしてんの?やめてくんない?あと性別違うだろうが!」

 

「えと、じゃあ私はお姉さ」

 

「…わかったよ。じゃああたしは第二のお母さん役になるよ」

 

「第二のお母さんってなに!?どんな家庭!?複雑な家庭事情!?」

 

「ぐっ、では、私が第三のお母さんになります…!」

 

「第三のお母さんってなんだよ!ますますわけわからん家庭になってるわ!あとお前は普通にお父さん役でいいだろうが!」

 

 フラフラと立ち上がった変態がアホなこと言い出した。

 

「お父さん役は死の危険を感じるので嫌です。私も精一杯お母さん役をやってみせましょう」

 

「いらねえよ、その意気込み」

 

「私は!第四のお母さんになります!」

 

「何人お母さんいるんだああああああ!!!そんなお母さんいて家庭で何やんだよ!?二番目以降のお母さんは何すんだ!?子供俺だけだろうが!」

 

 元気に手を上げてお母さん宣言するゆんゆん。

 ゆんゆんすらもお母さんウェーブに乗ってきたせいで、ますます収集がつかなくなってきた。

 

「まあ落ち着きなよ。こんな美男美女のお母さん、そうそういないよ?」

 

「いや、美男美女のお母さんっていう矛盾アリアリのセリフに疑問を持て!」

 

「愛があれば性別の壁など些細なものです」

 

「良いこと言ってるかもしれないけど、誤魔化そうとしてる感しか感じねえよ!」

 

「こら!お母さんになんて口の利き方するの!謝りなさい!」

 

「お前は叱ることしか出来てねえんだよ!第一のお母さんは叱る専用ですかこの野郎!」

 

「ヒナギク、この子も複雑な年頃よ。わかってあげて…」

 

「そうですね、ありがとうございます。クリスさん」

 

「そのヒソヒソするのやめてくんない?腹立つ!なんか年頃の子供へのリアルな反応で腹立つんだけど!てかそもそもお前らより俺の方が年上だっつーの!!」

 

「愛があれば年の差なんて些細なものです」

 

「その言葉は良いものかもしれないけど、この状況はどう見てもおかしいだろうが!!ってかお前は何!?第三のお母さんは愛担当なの!?」

 

「私の担当はどうすれば…」

 

「担当以前にこの状況がおかしいことに気付け!」

 

「はい、ディフェクトカトラス」

 

「それは短刀!わかりづらいボケしてくんな!一部の人にしかわからねえだろうが!」

 

「愛と叱る担当はもういるからね。あたしは愛され担当かな」

 

「愛され担当!?そんな担当が!?」

 

 クリスの意味不明な発言に素直に驚くゆんゆん。

 

「ねえよ!!どう考えても無いし、いらねえよ!!」

 

「いらないなんて言うんじゃありません!お母さんに謝りなさい!」

 

「愛があれば担当の壁なんて」

 

「同時にボケてくんな!ツッコミきれねえんだよ!あと担当の壁ってなんだ!」

 

「ゆんゆんは出稼ぎ担当かな」

 

「ええっ、それってもうお父さんなんじゃ…」

 

「まだ担当気にしてたのかよ!もういいって!妹とかでいいわ!」

 

「え、それって何番目の?」

 

「逆に何人妹いるんだよ!!今のところゆんゆん以外母親になってんだろうが!」

 

「一番目でいいのね!?」

 

「だから番号いらねえよ!」

 

「愛があれば兄妹の壁なんて」

 

「それは超えちゃいけねえ壁!!あとお前はそれしか言えないのか!?」

 

「ヒカル。少しうるさいよ。静かにしなさい」

 

「お前らのせいだろうがあああああ!!」

 

「ね、ねえ担当は?一番目の妹の担当は?」

 

「だから複数人いないんだから担当もくそもねえだろ!なんで俺が妹のキャラ設定しなきゃいけねえんだよ!」

 

「愛され担当って難しいよね。ヒカルは無理そうだし、ヒナギクに愛してもらうしかないかなぁ」

 

「え、ええっ!?僕は何をすれば…?」

 

「簡単だよ。こっちにおいで」

 

「おいいいいいいいい!!!一番と二番の母親おかしな雰囲気になってるよ!子供の前で変なことすんのやめてくんない!?」

 

「愛の前では子供も親も関係ない、ということですね」

 

「なにその理解ある感じのセリフ!!おい、止めろ!俺の前ならともかくゆんゆんの前で変なことすんな!」

 

「ふふふ、見たいの?ヒカルもエッチな子に育っちゃったなぁ」

 

「ヒ、ヒカル!最低だよ!そんな子に育てた覚えはないよ!」

 

「育てられた覚えもねえよ!おい、寝室に連れてこうとするの止めろ!あの頭の中お花畑になってるやつ止めろ!」

 

「あ、あのね、ヒカル。私も理解ある方だから!だ、大丈夫だから!」

 

「理解あるの!?いや、問題はそこだけじゃないんだけど!大丈夫じゃない状況なんだけど!」

 

「愛があれば」

 

「ああああああああああ!!もおおおおおおおおおお!!俺の話を黙って聞け!!!」

 

「どうしたの?いきなり」

 

「いきなりじゃねえだろ!なんでそんなきょとんとしてんの?ずっとバカなこと言ってるお前らにツッコミ入れてただろうが!」

 

「ヒカル。お母さんが聞いてあげるわ。話してみなさい」

 

「妹も聞きます!」

 

「第三の母も聞きましょう」

 

 いちいちツッコミ入れてたら日が暮れそうだな。

 

「はあ…。最初からずっと言ってるけど、両親も妹もいらねえんだよ」

 

「…なんで?寂しいんじゃないの?」

 

 ヒナが少し暗い表情になる。

 そういやこいつはここに来るまでは両親とずっと生活してきたんだったな。

 夢を見た俺を見て、それでもし自分が両親がいなくなったらと考えたら、きっと辛くなったんだろう。

 

「確かにもう会えないと思うと寂しく思う時もあるけど、ほとんどの人間がそうだろ。気にする必要無いんだよ」

 

「でも」

 

「俺の両親の代わりなんていないよ。どんなやつでも代わりなんて出来ない」

 

「…」

 

「それは、その、まあお前らもそうだ。家族も大事だけど、お前らもそれぐらい大事っていうか」

 

 やべ、すげえ恥ずかしい。

 全員が俺のことじっと見てる中、なんてこと言わなきゃいけないんだ。

 

「ほらお前らはなんていうか、別に無理矢理母親とかの枠組みに当て嵌めなくてもいいっていうか」

 

「もう一緒に住んでるし、飯も食ってるんだ。お、俺達は、その、家族みたいなもんだろ」

 

「「「「ツ、ツ、ツ…」」」」

 

「な、なんだよ」

 

 

「「「「ツンデレだあああああああああ!!!!」」」」

 

 

「誰がツンデレだああああ!!!俺が真面目に話してるのにバカにしやがって!!全員しばき倒してやる!!」

 

 全員入り乱れての大乱闘になった。

 トリスターノを盾にしたり、トリスターノを武器にしたりして、かなり善戦をした。

 間違えてゆんゆんのおっぱいを触ってしまって、うっかりにやけてしまった後、女性陣三人にボコボコにされて死を覚悟したが、あまりの大騒ぎにご近所さんに怒られたおかげで助かった。

 





デモゴーゴン戦、見返すと酷かったのでいつかリメイクします。多分。
しばらく日常回です。
この章から時系列かなり飛んだりします。このペースだとダラダラして終わらなくなっちゃうので。

あとこのお話とは関係ありませんが、このファンのフレンド申請ありがとうございます。
まだ十人もいませんので、ぼっちの人もそうでない人も良ければ僕のページから申請してください。


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46話

46話です。さあ、いってみよう。



 

 ヒナとクリスはしばらく出ていたから挨拶の為にも今日は教会等のお世話になっている場所に行くと言って早々にいなくなり、トリスターノも懇意にしている馬小屋の主人やハーレムに挨拶しに行くと言っていた。

 

 残された俺とゆんゆんは、どうしようかと思った直後、ゆんゆんがボードゲームを持ち始めたあたりで外に出て買い物にでも行くことにした。というかギルドに報酬金もせびりに行かなきゃいけないしな。

 

 元々調査だけという名目で街の調査に出たというのに、報告しても応援を寄越さないどころか、幹部候補を倒して街を救ってアクセルの住民の避難場所にしたいなどと言ってきたのだ。

 別に金なんてそこまで欲しいわけじゃないが頑張ったし、少しはご褒美的なのも欲しいし、ウチのぼっち達も少しは贅沢させてやりたい。確かにアクセルも大変だっただろうが、多少は

 

 

「今回は大変申し訳ございませんでした!魔王軍幹部候補と名高いデモゴーゴン討伐に隣町ナトリの調査と問題解決、二つの報酬金とナトリの住人からの御礼金も含めて、2億1500万エリスになります」

 

「ふぁっ!?」

「にっ!?」

 

 ルナさんが出した金額に俺とゆんゆんが絶句する。

 

「重ねて申し訳ありません。大金になりますので、また二日後に来ていただけませんか?」

 

 俺とゆんゆんはまるで首振り人形のように頷き、ギルドを後にした。

 ギルドを出る時いろんな奴から声をかけられたが、全然頭に入って来なかった。

 

「と、とりあえず買い物に行くか」

 

「う、うん。そうだね」

 

 そして現実逃避した。

 

 

 様々な魔道具店に寄り、使えそうなものや買っておくべきものをリストアップしていった。値段も安いところで買えるようにそこら辺も考えて書いた。

 

「少し小腹空いたし、あの出店寄らないか?」

 

「うん、そうしよ」

 

 女の子だし、串焼きなんて嫌がられるかと思ったが、そんなことはなかった。

 俺は高級で様々な肉を揃えたこの出店で一番高いヤツを選び、ゆんゆんは肉と野菜が交互になっている串焼きを選んだ。

 二人で頬張り、自然と笑顔になる。

 

「うめえ!生きててよかった!」

 

「ふふ、大袈裟でしょ。そんなに美味しい?」

 

「ああ。食うか?」

 

「え、い、いいの?」

 

 俺の串焼きを見てたから、目の前に出してやると、確認してくる。

 

「いいに決まってんだろ。ほれ」

 

「そ、それなら遠慮無く」

 

 ゆっくりと俺の串焼きに近付くゆんゆん。

 あれ、なんかこれ…。

 

「じー」

 

「あ?」

「ふえっ!?」

 

 いつの間にか串焼きに近付いてくるのが一人増えていた。

 驚いた拍子にゆんゆんの串焼きはその人物に盗られてバクバクと遠慮無く食われた。

 

「あー!私のぉ…」

 

 こんなことする奴はそうそういない。

 ゆんゆんのライバル兼友達のめぐみんだ。

 

「あー、そのごめんな。デートの邪魔して」

 

 めぐみんだけかと思ったら、カズマやアクアもいた。

 

「デ、デデデデデデートじゃないですから!」

 

 ゆんゆんが赤面し、慌ててカズマに訂正していた。

 …まあ、違うけどね?うん。いや、別に違うのは百も承知よ。そうなんだけど、そんな力強く否定せんでも…と思ったけど、年頃の女の子だもんな。しゃーなし。

 

「そうだよ、買い物途中に小腹が空いたから休憩してただけだよ」

 

 俺の串焼きを狙って飛びついてくるめぐみんを片手で頭を押さえて、自分の串焼きを食べ進める。こんな肉毎日食いたいもんだ。

 

「へえー」

 

 なんか疑わしげな視線を向けてくる。

 

「というかお前ら昨日から気になってたんだけど、ダクネスは?」

 

 そう言うと三人の表情は暗くなった。

 話を聞くと、思った以上に話は重かった。

 なんでもカズマから聞くところによると昨日の裁判とやらは、ほぼ死刑で決まったようなものだったらしく、強引に死刑にされるところをダクネスがここらの大きい貴族の令嬢であることが幸いし、なんとか死刑は『先延ばし』になった。

 カズマは二つの課題を突きつけられ、悪徳領主に呼び出されたダクネスは未だ帰って来ていないと。

 

 何も言えねえ。絶対大変なことになってるじゃん。ゆんゆんも同じことを考えたのか顔を赤くし始めた。

 

「それでお前達はこれからどうするんだ?」

 

「魔王軍の手先じゃないことはすぐにわかってくれるはずだ。ならどうにかしなきゃいけないのは金だ。相談の為にもウィズの店に行くところだ」

 

「ウィズさんの?あそこに金があると思ってんのか?強盗すんの?」

 

「んなわけないだろ。向こうのせか…日本の物を売るために店に置いてもらえないかとかの相談をするんだよ」

 

 なるほど。こういうところで知力の差が出るわけだ。

 俺達も買い物途中だったし、ついていくことにした。ゆんゆんもめぐみんが気になってしょうがないみたいだし。

 

 ウィズさんの店に着いてから、カズマとウィズさんが相談してる中、ゆんゆんのドぎつい過去話を聞かされたり、めぐみんとゆんゆんは『仲良くなれる水晶』とやらで勝負を始めて二人の黒歴史を見せつけられたり、壊した水晶の弁償を押し付けられたりした。

 

 思った以上にゆんゆんの闇が深かった。

 昨日なんとかゆんゆんのコミュ症ぶりを直してやれないかとか思ってたけど、めちゃくちゃ自信無くなったわ。

 

 魔道具店で何故かお茶してるアクアがお茶してるだけじゃ飽きたのか、店の商品をフラフラと見始める。

 そういえば俺の目的はゆんゆんのやばさを確認することじゃなくて、どんな魔道具があるか確認することだったわ。ゆんゆん、恐ろしい娘。

 

「ねえ、そのカウンターの奥に置いてあるのなに?」

 

「ああ、これは世にも珍しい魔道具なんですけど、誰も使い方が分からなくて…」

 

 アクアがウィズさんにとある商品の詳細を聞き始めていた。

 

「ふうん、どんな魔道具よ?」

 

「これは十年後の自分と十分間だけ入れ替わることが出来ると言われている魔道具です」

 

「はあ?そんな常識外れな効果を持った魔道具なんて聞いたことないんですけど。もしかして神器じゃないでしょうね?」

 

 確かにそんな力があるとするなら神器クラスのものじゃないのか?よくわからんが。

 

「私も一応店に並べているものの、使い方がわからないので、ほぼお飾りになっているものです」

 

 まあ、いいや。ゆんゆんとめぐみんは相変わらずわーわー騒いでるし、俺は魔道具を漁るとしよう。

 

「ちょっと見せてみなさいよ」

 

 爆発するポーションは前回かなり役に立ったし、出来ればまた揃えておきたい。ただ取り扱いに注意が必要だが。

 

「ええっ、もしかして使い方がわかるんですか!?」

 

「さあ?見てみないとわからないわ」

 

「おい、アクア。壊したりするなよ?」

 

「と、取り扱いに気をつけてくださいね?」

 

 トリスターノとも相談したが、カズマにも考えてもらおうかな。プチ爆裂魔法、いや手榴弾的なのが作れるかもしれない。

 

「わかってるわよ!これを、あっ!」

 

「おいこら!!」

 

 ガタン!という音が店内に響いたのが聞こえて、なんだ?と振り返るとアクアが転びそうになっていて、俺のほうに手を伸ばしているのが見えた。

 

「ヒカル!危ない!」

 

「避けてください!」

 

「あ?」

 

 静かになった分、カズマとウィズさんの声がよく聞こえたが、何を避ければいいか分からず固まる。

 そして、視界の上の方から黒い球体のようなものが降ってきているのに気付いたのは、俺の額とその球体がぶつかる寸前だった。

 当然避けることなど出来るはずもなく。

 球体は俺にぶつかり、軽い衝撃の後、視界が暗くなった後、煙のようなものが辺りを覆った。

 

「いてっ」

 

 軽く尻餅をついて、視界が明けると、煙は最初から無かったかのように無くなり、周りには誰もいなかった。

 ぶつけた頭を確認するが、特になんともない。

 十年後の自分と入れ替わる魔道具とかなんとか言っていたが、まさか本当に?

 

 そして、周りを確認していると、カウンターからニュルッと大柄の男が出てきた。

 そいつは黒いタキシードにエプロンという不思議な組み合わせの格好で、なによりも口元が開いた仮面はなんとなく不気味に感じた。

 

 

「…何故汝が此処にいる?」

 

 

「へ?あーいや、俺はシロガネって言うんだけど、ウィズさんはいるか?」

 

 口元が開いた仮面を被った黒いタキシード姿の大柄の男性が俺に話しかけて来た。

 まさかウィズさんいないのか?

 

「それは知っている。ポンコツ店主!お客様だ!あとは…ふむ、どこまで見えるか分からんが」

 

 ポンコツ…すごい呼ばれ方してるな…。

 まるでカメラマンが構図を決めるように指で四角を作り、俺を見てくる。なんか全体的に変な人だな。

 店の奥からさらに人が出てくるような音が聞こえる。

 

「フ、フフフ、フハハハハハハハハハッ!これは面白いことになっているな!」

 

「いらっしゃいませー、ウィズ魔道」

 

 店の奥から出て来たウィズさんは全く変わっていない。リッチーだとわかっていても、本当にここは十年後か、不安になってしまう。

 俺を見て固まるウィズさん。

 が、すぐに仮面の男性に怒った調子で話しかける。

 

「もうバニルさん!仕事中なんですから悪趣味な脅かし方しないでください!」

 

「違うぞ、ポンコツ店主。あれは本人だ」

 

 な、なんだ?とりあえず俺からも説明しよう。状況が知りたい。

 

「な、なあ?ウィズさん?俺、あんまり聞いてなかったんだけど、あんたの十年後の自分と入れ替わる魔道具とやらに当たっちゃって、気付いたらここだったんだけど…」

 

「十年???あ!あーっ!!」

 

 首を傾げた後、すぐに思いついたように大声を出し、慌て始める。

 

「そ、そうでした!どうしましょう!皆さんに連絡しなきゃ!ああ…でももう後何分いられるか…」

 

 状況がわからない。皆さんって誰だ?

 

「落ち着け、ポンコツ店主。状況を理解しないと」

 

「そうだ!とりあえず皆さんに手紙を書いてもらいましょう!シロガネさん!10年後の皆さんへ何かメッセージを書きましょう!」

 

 紙とペン!と言ってカウンターをオロオロし始めるウィズ。

 て、手紙?なんでだ?

 

「落ち着けと言って……ほう、なんとタイミングの良い」

 

 バニルさん?とやらがウィズさんを止めようとしたが、何故か動きが止まりニヤリと笑いかけてくる。

 

「紙とペンです!とりあえず皆さんに少しでも何か書いてあげてください!」

 

「ポンコツ店主、どうやらその必要は無さそうだぞ?」

 

 バニルさんとやらがそんなことを言った時、店の扉が開いた。

 そこにいたのは黒い髪に紅い瞳。

 長い髪をリボンでまとめていたはずだが、まとめておらず肩までストレートに流していた。

 幼さは消えたが、真面目そうな印象は変わらない。俺の知っている頃とは比べて成長し、大人の女性といった感じだ。

 うむ、でかい。

 

「こんにちはー。今日はアクセルに予定が、あ、って」

 

 その紅い瞳と目が合った。

 もしかしなくても。

 

「ゆんゆんか?」

 

 大きく目を見開いて、その後先程のウィズさんと同じようにバニルさんに怒り出した。

 

「バニルさん!私こういうのは!」

 

「ち、違うんです、ゆんゆんさん!その人はシロガネさん本人です!」

 

 よ、よかった。会えた。なんてウィズは少し涙ぐんでいる。

 

「え、う、うそです、よ…。だ、だって」

 

「シロガネさんは魔道具で十年前から来たんです!覚えていませんか?私の店にその魔道具があったことを!」

 

 目が見開き、信じられないという顔で俺を見ている。そしてゆっくりと俺に近付いてくる。

 

「ほ、本当なの?本当にヒカル?」

 

「お、おう。なんだよ?さっきから全然状況がわからないぞ」

 

 顔をぺたぺたと触ってくる。

 そして大人ゆんゆんは突然泣き始めた。

 

「ええっ、どうした!?俺なんかしちまったのか!?」

 

 俺の胸に抱きついてくる。

 ごめんなさいごめんなさいと何度も謝りながら。

 

 

「…シロガネさん。貴方は」

 

 ウィズが落ち着いた口調で話し始めるが、表情はなんとも辛そうなものだった。

 

 

「十年後の今には生きていません。亡くなっています」 

 

 

 そんなどうしようもない事実を俺に突き付けた。

 

 

 だからか。だからまたゆんゆんを泣かせてるのか。どうやら俺は何年経とうと友達を泣かせる馬鹿野郎のままらしい。

 

 ゆんゆんの頭を撫でてやりながら、同じように抱きしめた。

 そうすると更に勢いは弱まるどころかわんわんと大声で泣き始める。

 

 ゆんゆんは外見こそ大人っぽくなったが、内面はあまり変わってなくて少しだけ安心した。

 

「ごめんな。謝るから泣き止んでくれよ」

 

「ごめんで済むわけないでしょ!私、言ったじゃない!一人で行かないでって!どうして!どうして行っちゃったのよ!」

 

「ごめん」

 

「ごめんじゃないわよ!ごめんで、ごめんなんかで済むわけ…」

 

 俺の体に抱きつき、泣きながらボロボロになった顔で俺じゃない俺に文句を言った。

 

「小娘、あと五分だ」

 

 バニルさんが制限時間を教えてくれる。

 もしかして時間を測っててくれたのか?

 

「ポンコツ店主。少し二人にしてやろう。一回店を閉めるぞ」

 

「はい!バニルさん!」

 

 バニルさんは店を出て看板を変えに行き、ウィズは嬉しそうに笑い、ごゆっくりと俺達に言い、二人は店の奥へと消えた。

 

「あ、あと五分?な、何を話せば…?も、もっと早くくればよかった…!何やってるのよ私!」

 

 ゆんゆんが頭を抱えていた。

 

「あーえっと元気でやってるか?」

 

 俺も正直何話していいか、わからない。

 俺が死んでるとかいう衝撃的な事実のせいで頭がうまく動いてないかもしれない。

 

「え?えっと、一応元気だけど」

 

「じゃあ友達は?出来たか?」

 

「い、いるわよ?」

 

「……本当に?嘘ついてもしょうがないぞ?」

 

「いるってば!今は私が紅魔族の族長なのよ!いるに決まってるでしょ!」

 

 それは果たして関係あるのか?

 でも、それならよかった。安心した。

 

「ねえ?今から十年前って、何があった時だっけ?少し教えてよ」

 

「ああ、それならデモゴーゴンと戦って帰ってきて」

 

「あの時もそうよ!自分が囮になるとか言って。それに騎士王の時も一人で無茶苦茶して!」

 

「ええっ!?十年後のお前にも怒られるの!?」

 

「当たり前でしょ!一回死んで別の世界から来たとか言って無茶しすぎよ!なんでいつも私たちを心配させるのよ!」

 

 え?別の世界?

 俺はもしかして言ったのか?

 

「…あ、そうか。この時のヒカルは私にまだ打ち明けてないのか。正確な時期は覚えてないけど、私に教えてくれたの。違う世界から来たこととか」

 

「信じてくれたのか?」

 

「最初は少し信じられなかったけど、その、だ、大事な人が真剣に言った言葉だし、何より今までのヒカルが物を知らなすぎるもの。それで信じられたの」

 

 だ、大事な人って…。

 相変わらずゆんゆんは変なことというか勘違いするようなことを言い始めるから勘弁してほしい。

 

「小娘、あと一分だ」

 

 店の奥から声が聞こえてびっくりする。

 

「え、あ、うそ。どうしよう!?」

 

「あーえっと体調には気をつけるんだぞ?変な人についていっちゃダメだからな?」

 

「私のこと何だと思ってるのよ!子供扱いしないでよ!そ、そうだ!とにかくヒカルは街の外に出る時は一人で出て行っちゃダメ!これは絶対に守って!あと自分の身を大事にすること!それから!」

 

「わかったよ」

 

「わかってないから言ってるの!ヒカルのせいでみんな悲しんでるのよ!私だってもうどうしていいか分からなくて…」

 

「ああ、ごめん。肝に銘じるよ」

 

「お願い、本当に無茶しないで。ヒカルには生きてて欲しいの」

 

 懇願するように泣きそうになって俺に抱きついてくる。

 

「あと十秒だ」

 

「!?えーっと、あとはあとは…!」

 

 俺の首に手を回し、ゆんゆんの顔が近付いて

 

 …え?

 

 俺の唇に柔らかい感触があった数秒後、暗闇が視界を覆い、気がつくと大人ゆんゆんがいなくなっていた。

 

 その代わりに

 

「ヒカル!」

 

「あ、戻ってきた!」

 

「よ、よかった!アクアのせいでヒカルが消えちまったかと思った」

 

「帰ってこないかと思いました!」

 

 全員が一斉に話しかけてくる。

 ウィズが駆け寄ってくる。

 

「ああ、本当に良かった!シロガネさんがいなくなって、そのまま十年後のシロガネさんが来なかったので、みんなで心配していたんです!何か変わったところはありませんか?」

 

「…あ、ああ。多分、大丈夫だ」

 

「本当に大丈夫ですか?何か様子がおかしいですが」

 

「い、いや、十年後からいきなりこっちに戻ってきたから少し混乱しただけだ」

 

「ということは」

 

「本当に十年後に行ったの?」

 

 頷くとみんなが興味津々で一斉に聞いてくるもんだから対応に困る。

 

「ああもう落ち着けよ。とりあえず会えたのはウィズさんと店員さんと、その、ゆんゆんだけだ」

 

 

 や、やばい、大人ゆんゆんのことを思い出すとなんだか落ち着かなくなる。

 な、何やってんだよ、キスぐらいで。ガキじゃねえんだぞ。しっかりしろ。

 

「て、店員さん?え、私、店員さんを雇うお金なんて…」

 

 ウィズが少しブルーになってるが、少し考えてしまう。

 

 俺はどこまで話していいんだ?

 未来のことを話したらタイムパラドックスとか起きるんじゃないか?

 俺が死ぬ未来を変えていいのか?変えた後のことを考えると何が起こるかわからないから怖い。

 

 俺が死なない代わりに他の三人が死ぬとか。

 それとも最悪人類が滅ぶとか…。

 それは考えすぎかもしれないけど、少しの変化が大きな影響を及ぼす可能性がある漫画とかゲームとか見てるせいで、変えるのが怖い。俺の考えは間違ってないんじゃないか?

 

 未来を変えてしまった後どこまで影響を与えるかわからない。

 すでに未来を知ってしまった俺がいる時点で、ある意味危険性は

 

 

「ねえ、ちょっと!どうしたの?」

 

 ゆんゆんが心配そうに覗き込んでくる。

 顔近っ!?

 しまった。考えこんでしまった。

 

「あ、あああ、ちょっとな」

 

 とりあえずみんなには当たり障りない感じのことを言って誤魔化した。

 死ぬのは怖いが…というかいつ頃に死ぬか聞いておけばよかったか?

 いや、それも危険か。

 みんなには極力未来に影響を与えないようにして話した。

 

 話し終わった後、ゆんゆんの方をふと見てしまう。

 

 ああ、どうしよう…。

 十年後のあの感触が…大人ゆんゆんのことがどうしても忘れられない。

 心臓がうるさいぐらいに早く鼓動していた。

 




今回出てきた魔道具は…オマージュです。

バニルは好きなキャラですけど、扱うのは難しいですね。
今回悪魔らしくないけど、許してください。


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47話


47話です。さあ、いってみよう。



 ウィズさんの店から帰ったその日の夜。

 深夜を回り、いつもならとっくに寝ている時間なのに俺はギンギンに起きていた。

 寝ようとはしている。というか寝たい。

 寝たいのだが…。

 目を瞑ると思い出してしまう。

 十年後のゆんゆんを。あの感触を。

 

 あれはどういう意味だったんだろう。

 

 死ぬ前の俺はもしかしてゆんゆんと付き合ったりとかしてたのだろうか?

 それとも『死ぬな』という意味を込めて…?

 別れを惜しんで?

 

 もう今更わかりようがないのに、ずっと頭の中を駆け巡る。

 どうやったって確認のしようがない。

 あの魔道具はどうやら使い捨てだったらしく、一度俺に対して効果を発動した後、綺麗さっぱり消えていたらしい。

 その魔道具の弁償を巡って小さな争いが起きたが、今はそんなことはどうでもいい。

 

 いや、ここまで話したことも正直どうでもいいことだ。

 ぶっちゃけ、クソほどどうでもいい。

 

 キスの意味なんて、どうでもいい。

 

 ただ

 

 ただもう一度だけ、あの大人ゆんゆんに会いたかった。

 

 いや、嘘だ。

 もう一度だけなんて冗談じゃない。

 もう一度会って、告白して一生添い遂げたい。

 

 俺の気持ちはそこまで来ていた。

 キスされたからじゃない。

 

 ただあの大人ゆんゆんがめちゃくちゃドストライクで魅力的だったのだ。

 

 俺の好みは年上のナイスバディーな女性。

 十年後のゆんゆんは今の俺から見たら年上。

 はいクリア。

 ナイスバディーかどうかは今の年齢の時から見ても分かるし、抱きついて来た時にはとても体感させていただいた。

 はいオッケー。

 髪型も長すぎず、短すぎない女性らしさのある髪型。

 はいグレート。

 化粧もしっかり覚えていて、さらに綺麗になっていた。

 はい完璧。

 

 

 ストラーイク!!

 色んな意味でドストラーーイク!!!

 

 

 完全に堕ちた。

 堕とされたのだ。

 あのコミュ症闇深ぼっちのゆんゆんに、この俺が…。

 

 会いたい。震えるぐらいに。

 だがもう会えない。

 

 叶わない恋とか笑

 勝手に震えてろ笑笑

 

 そんな風に思っていたはずなのに。

 まさか当事者になるなんて。

 この気持ちを忘れるまで、俺はずっとこんな苦しいままなのか。

 

 

 恋したと同時に失恋をした。

 俺は今そんな状態だった。

 

「ぐうおおおおおおおおううううううううあおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ…」

 

 どうしようもなくて、ベッドの中で身悶える。

 

「ヒ、ヒカル?大丈夫?」

 

「へ?」

 

 突然声が聞こえて布団から顔を出すと、紅い瞳と目が合った。

 寝るからだろう髪は下ろしていて、少し大人っぽ…

 

 

「どわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

「きゃあああああああああああ!!!な、何っ!?どうしたのっ!?」

 

「な、ななななな何してんだこのやろおおおおおおおおおお!!!」

 

「ええっ!?そ、その勝手に入ったのは謝るけど、苦しんでるような声が聞こえてきたから…」

 

「なに髪下ろしてんだこらああああああああああああああああああああ!!!」

 

「ええええええええっ!!??なんでっ!?なんでそんな怒られるのっ!?」

 

「てめえええええ!!その髪下ろした状態で近付いてみろ!爆発するぞこらああああああああああああああ!!」

 

「何がっ!?何がどうして爆発するの!?どういうことなの!?」

 

「いいのか!?俺はやると言ったらやるぞ!やっちまうぞこの野郎!!」

 

「え、ええっ!?ね、ねえ、本当に謝るから一回落ち着いてよ」

 

「壁際まで下がった後、壁の方を向いて両手で髪を括った状態で俺の方を向いて話しかけろ!!いいな!?」

 

「え…う、うん。わかった」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「なんでそんな疲れてるの…?」

 

 途中からゆんゆんを見ないように、布団をかぶっていたので見えてはいないが気配が遠かったので多分言う通りにしているはず。していなければ爆発するだけだ。

 

「こう?これでいい?」

 

 恐る恐る布団から顔を出すと、少し照れながら、両手でおさげのように手でまとめて持っていた。いつもの髪型に近い。

 ふぅ、落ち着いた。

 

「よし、ゆっくり近付いてこい。ゆっくりだぞ?わかってんだろうな?」

 

「な、何が?今日はいつにも増して変だよ…」

 

 ゆっくり近付いて来たゆんゆん。

 よし、これなら大丈夫だ。

 

「よ、よし、止まれ。何用か貴様」

 

「口調が全然違うんだけど……。どうしたの?さっきも言ったけど、苦しそうな声が聞こえたから、入ってきたの」

 

「ふっ、言っておくが、まだ爆発の危険性はあるからな。油断したらドカンだ」

 

「だから何が爆発するの?どうしちゃったの?」

 

「爆発したら俺どころか貴様の命は無い。わかってるだろうな?」

 

「全然わからないんだけど…」

 

「これで貴様もこの状況にわかってもらえただろう。俺がどうなってもいいなら、好きにするがいい。俺を解放したくば、俺の要求に答えろ」

 

「ねえ、全然わかってないよ。ヒカル、どうしちゃったの?」

 

「よし、目を瞑れ。そしておっぱいを差し出し、『胸を触ってください』と」

 

「調子に乗ると怒るよ」

 

 手を離し、怒りを露わにしたゆんゆんだが、ゆんゆんの怒りはどうでもいい。

 手を離したことが問題だ。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!!」

 

「いい加減にしないと怒られ」

 

「うるさああああああああああい!!!」

 

 ヒナが蹴破るようにして、俺の部屋に入ってくる。

 

「さっきからうるさいよ!!何時だと思って」

 

「ヒナああああああああ!!!助けてえええええええ!!」

 

「「ええっ!?」」

 

 驚く二人をガン無視して、ベッドから飛び出し、ヒナに縋り付くようにして助けを求めた。

 

「ゆんゆんが、ゆんゆんがぁ…!」

 

「え、ええっ!?」

 

「ゆ、ゆんゆん、何があったかわからないけど、やりすぎはよくないと思うよ?」

 

「何もしてないよっ!?」

 

「ヒカル、どうしたの?落ち着いて?よしよし」

 

「ゆんゆんが、ゆんゆんがいじめる…」

 

「いじめてないよっ!?何言ってるの!?」

 

「ゆんゆん、いじめはよくないと思うな」

 

「だから何もしてないってば!」

 

 

 

 

 

 

「最近はリーダーの様子がおかしいですね」

 

 夕飯を食べ終わるや否や、すぐさま自分の部屋へ引き篭もった彼を横目に、皆の気持ちを代弁した。

 

「ヒカルはいつもおかしいんだけど、最近はいつにも増して変よ」

 

 辛辣な意見がゆんゆんさんから出てきた。

 彼女はたまに毒舌になる。それぐらいの調子で話せば、アクセルやナトリの冒険者ともお友達になれたでしょうに。

 

 閑話休題。

 

 

「昨夜はおかしいどころじゃなかったですよ。僕にすがり付いて来て大変でした」

 

「ふうん、それ後で詳しく聞いていい?」

 

 ヒナさんは大変だったと言う割に嬉しそうだ。

 クリスさんの雰囲気がおかしくなったのはスルーしましょう。

 触らぬ神に祟りなし。

 

 おかしい…私悪いことしてないのに…とゆんゆんさんが呟いてるが…。

 

「昨夜は確かに騒がしかったですね。私はリーダーの部屋からゆんゆんさんの声が聞こえてきたので、お二人がすんごいことをしてるのかと思って、黙って聞き耳を立ててたのですが」

 

「何してるんですかっ!?ていうかすんごいことってなんですかっ!?」

 

 この女性に囲まれた状態で言えるわけが無い。

 

「それで?何かヒカルの様子がおかしいことに心当たり無いの?」

 

「数日前にウィズさんのお店に寄った時からおかしい…と思う」

 

「何かおかしなことがありませんでしたか?」

 

「えっと、私とめぐみんで勝負した時にあまり知られたくない過去を見られたりしたけど…もしかしてそれだったりするかな?」

 

「具体的には?」

 

「えっ」

 

 ヒナさんが特攻した。

 知られたくないって言ってるのに…。

 

「えっ、えっと、そのめぐみんと勝負したのが『仲良くなる水晶』ってやつで、それは恥ずかしい過去の記録を見せる水晶だったの。私が、一人でバースデーパーティーをしてるのとか、芝居しながら一人二役でチェスしてるのとか、友達作りのために悪魔」

 

「もういいです!もういいですから!」

 

 思ったより酷かった。

 ゆんゆんさんが遠い目をして、どんどん感情がなくなっていったのが、ちょっとしたホラーだった。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「ヒナギクは気になったこと何でも聞いちゃダメだよ」

 

「はい…、反省します…。でもヒカルがそんなことであんなに様子がおかしくなるかな?」

 

「そんなこと…」

 

 またゆんゆんさんがダメージを受けてるけど、ここで踏み込んだら確実に引き摺り込まれる。

 話を進めましょう。

 

「他には何かありませんでしたか?」

 

「あとは十年後に行く魔道具っていうのがあって」

 

「「それだ!」」

「それです!」

 

 三人にいきなり大声で言われたせいで、ゆんゆんさんがビクついた。

 何故それを先に言わなかったのか。

 

「でも、十年後に行った後も少しぼーっとしてたぐらいで特に何も無かったって言ってたから…」

 

「絶対何かありましたね」

「確実にあったね」

「何かあったに違いないよ」

 

「そもそもそんな魔道具聞いたことないんだけど…詳しく教えてくれない?」

 

「はい。と言っても私もめぐみんと勝負してた後に話してたので、あまり知らないんですけど、十年後の自分と十分間入れ替わるというものらしくて」

 

「そんなものが…」

 

 聞いたことが無い。

 二人もそんな表情だ。

 

 話を聞くと、アクアさんが転んでしまい、間違えてその魔道具をリーダーにぶつけてしまった時に、魔道具が起動してしまいリーダーは消えてしまった。

 十分経った時に戻ってきたら、『いきなり戻ってきたからびっくりした』と言っていた。

 未来で会ったのはゆんゆんさんとウィズさん、それにウィズさんの店の店員さんの三人だと言っていたらしい。

 

「消えちゃったの?十年後の自分と入れ替わるんだよね?」

 

「うん。でも、ウィズさんも使い方が分からなくて、ずっと置き物になってたから、もしかしたら効果が間違ってたのかもしれないって」

 

 …嫌な想像をしてしまった。

 でも彼がおかしくなる原因としては考えられないものではない。

 

「…その効果が間違っていないとしたら?」

 

「どういうこと?」

 

 

「十年後の彼が、生きていない。ということです」

 

 

 私の言葉に全員が沈黙し、そんなことがあるわけないと言っているように表情が強張った。

 

「彼が亡くなっているとしたら…入れ替わるはずの人がいなければ、リーダーが十年後に行くだけです」

 

「そ、そんな…」

 

「十年後の状況はわかりません。言い方は悪いですが、リーダーは弱いですからね。死んでいてもおかしくありません。」

 

「ほ、本当に言い方悪いね…」

 

 クリスさんからツッコミが来るが、ゆんゆんさんやヒナさんは私の言葉をわかってくれていた。

 

「ぼーっとしていたのも、ヒカルは自分が死んでしまうことを知ってショックを受けていたから?」

 

「はい、そうかもしれません。もしくは、」

 

 私かヒナさんが死んでしまったのではないか。そう続けてしまいそうになり、慌てて黙った。

 

「どうしたの?」

 

「い、いえ…」

 

 その方がリーダーはショックを受けそうだな、とそう思ってしまった。自惚れかもしれないが。

 

「案外ヒカルのことだから、ゆんゆんの大人の魅力にやられちゃったんじゃない?」

 

「え、えええっ!!?」

 

 クリスさんが空気が良くないのを考えてか、茶目っ気たっぷりに言ってくる。

 ゆんゆんさんは瞳と顔が同じ色になってしまった。

 

「ふぅん…まあ、ヒカルが会えたのはこの中でゆんゆんだけだもんね。そんなこともあるかもね」

 

 ヒナさんが不貞腐れてしまった。

 リーダーが誰を選ぶか本当に面白くな、ってこんなこと考えてる場合じゃなかった。

 

「確かにありえない話じゃないですね」

 

「でしょ?」

 

「ヒカルだもんね」

 

 そう言って三人で笑い合う。

 ゆんゆんさんは未だに赤いままだけど。

 

「というかヒカル本人に聞いてみればいいんじゃない?トリタンが」

 

 えっ。

 

「そうだね、トリタンが聞きに行こう」

 

 えっ。

 

「お願いします、トリタンさん」

 

 えっ。

 

「何故当然のように…?」

 

「こういうのは男友達の方が聞きやすいんじゃないかな?」

 

 …確かに。

 彼の一番の男友達で親友である私が行くしかないでしょうね。

 華麗に聞き出してみせましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、何お前。いきなりどうした?」

 

「いえ、最近はリーダーがすぐ部屋に閉じこもってしまうので、みんなで心配していたのですよ。何かあるなら是非私に」

 

「ご遠慮します」

 

「ちょ!」

 

 ガシィッ!

 

 扉を少し開けて話していたリーダーがすぐに閉めようとしてきたので、扉を掴んで止めようとしたが

 

「いだだだだだだだだだだだだ!!」

 

 構わず閉めようとするリーダー。

 

「大丈夫か?ちょっと待ってろよ。すぐ挟まってる指切り落としてやるからな」

 

「いや、優しさの方向が迷子!!部屋に入れてくれればいいじゃないですか!」

 

「切り落としたら、ヒナにつけてもらってくれ」

 

「いや、切り落とす前提で話しを続けないでくださいよ!男同士の熱い語り合いしましょうよ!」

 

「余計嫌になったんだけど」

 

「ちょ、本当に痛いです!部屋に入れてくださいって!」

 

「待ってろ、今楽にしてやるからな」

 

「だから優しさの方向性違いますよ!全力で扉閉じようとするのやめてくださいマジで!」

 

 

 

 

 

「跡になってるじゃないですか…」

 

「変態が部屋に入ろうとしてたから、つい…」

 

「ついってなんですか!あと変態じゃありません!」

 

「で、なんだっけ。指切り落とすんだっけ?」

 

「違いますよ!それ先程のやりとりです!」

 

「いくらヒナがいてすぐ治せるからって、そういう自分の趣味?快楽?に真っ直ぐすぎるのもどうかと思うんだよね」

 

「なんで私が切られたがってるみたいになってるんですか!ダクネスさんじゃないんですよ!」

 

「同じ金髪の変態同士仲良くしろよ。よくないぞ、そういうの」

 

「変態じゃありません!!話が全く進みませんよ!」

 

「話って何だよ。報酬金の使い道とか?お前エッチなお店とか知らない?そろそろ自分へのご褒美があってもいいぐらい頑張ってると思うんだよね」

 

「報酬金の使い道の話もしてもいいですけど、そんなお店は知りませんよ。」

 

「はあ…まあお前はもうハーレムいるしな。知るわけないか」

 

「あの、本当にあの子たちは違いますから。あと孤児院に近付くの禁止って言うの本当にやめていただけませんか?」

 

「断る」

 

「はあ…」

 

 リーダーは私だけ孤児院に近付くことを禁止にしているのだ。何故かクリスさんもそれに賛同してるから、リーダーの言いがかりが真実みたいになってしまっている。

 

「そろそろ話していただけませんか?真剣に」

 

「…そうだな」

 

 先程からずっとどうでもいいと言わんばかりに興味無い顔をしてたが、ようやく真剣な表情になってくれる。切れ長の目が私を真っ直ぐに見つめていた。

 

「最近のオカズはウィズさんだな。あと最近街で見かけた獣人の母性の塊みたいな性格でおっぱいも大き」

 

「いや、そんな話でもないですよ!!?何語り出してんですか!?」

 

 え、違うの?みたいな顔するのやめてほしい。

 

「男同士の熱い語り合いって言うから」

 

「違いますよ!だから!すぐ部屋に引きこもってしまうじゃないですか!それを何とか解決したくて来たんです!」

 

「あー、それね。なんていうか、うん」

 

「十年後に行った時に何があったんですか?」

 

 リーダーが驚いた顔をしているが、畳み掛けよう。これ以上ボケられると面倒だ。文字数的にも。

 

「私達の間に何かあったんですか?それとも十年後のゆんゆんさんに惚れてしまったとか?」

 

 

「はあああああああ!?そ、そそそそそそんなことないし!!?なな何言ってくれてんのこの野郎!!」

 

 ……。

 

「やめてくんない!?変な言いがかりやめてほしいですわ!!」

 

 あ…(察し)

 

「惚れちゃったんですね?」

 

「ちっげええよ!何でそうなっちゃうかなあ!これだから年頃の奴等が集まると大変だよ!すぐ何でもかんでも恋バナとか下ネタに繋げようとすんだよ!」

 

「その下ネタはリーダーに言われたくないんですけど…」

 

「やかましいんだよこの野郎!わかったよ!明日から普通にリビングにいればいいんだろ!?別に惚れてないけどね全然!」

 

「そういえば十年後のゆんゆんさんは今のリーダーから見たら年上ですね」

 

「ぬっ!!」

 

「今のゆんゆんさんを見ると、十年後のゆんゆんさんは相当スタイルが良いのでは?」

 

「うっ!!」

 

「なるほど。リーダーの好み通りですね」

 

「………そうかもしれないね」

 

「あと昨夜面白いことが聞こえてきましたね。『何で髪を下ろしてるんだ』と」

 

「…」

 

「十年後のゆんゆんさんは今みたいに髪をまとめているのではなく、髪を下ろしてると」

 

「…」

 

「…なるほど。では惚れちゃった以外に何かないんですか?」

 

「ねえよ」

 

 意外と素直だが、本当だろうか。

 

 にしても、これはリーダーが誰を選ぶか、決まってしまったようなものだ。

 

「ゆんゆんさんを見ると意識してしまうと」

 

「……まあ、そんなところだ。会いたくてしょうがないんだよ」

 

「ん?」

 

「あ?」

 

 …。

 

「ゆんゆんさんに惚れちゃったんですよね?」

 

「ああ。十年後のゆんゆんにな」

 

「んん?」

 

「ああ?」

 

「今のゆんゆんさんは?」

 

「え?今のゆんゆんは違うけど?」

 

 ……。

 

「……ええ?」

 

「なんだ?」

 

「え、だって将来的に見たら、今のゆんゆんさんの成長した姿ですよ?」

 

「そうだな?」

 

「じゃあ今のゆんゆんさんのことを好きになるんじゃ」

 

「いや、今のゆんゆんは違うだろ。何言ってんの?」

 

「じゃあ何故髪を下ろすと動揺していたんですか?」

 

「失恋中に似た奴に会うと動揺するだろ」

 

「いや、似たっていうか、その人ですよね」

 

「そうだけど、俺の中では別っていうか…」

 

「どうしても年上じゃないとダメなんですか?」

 

「そういうわけじゃないんだけど、あのスーパーゆんゆんを見たら無理だな」

 

 スーパーって。

 

「ええと、失恋ってことは諦めてるんですか?」

 

「だってもう会えないからな」

 

「……」

 

 じゃあ今のゆんゆんさんでいいのでは?

 そう言っても多分また同じ様なことを繰り返し話すことになる。

 

「まあ悪かったよ。もうちょいで心の整理がつきそうだからさ。しばらくは好きにさせてくれ。迷惑をかけるつもりは無い」

 

「いえ、ただ心配だっただけですから。わかりました。リーダーを信じますよ?」

 

「ああ、ありがとな」

 

「これでリーダーの好感度が上がりましたね。そろそろトリタンと呼んで」

 

「それは嫌」

 

 みんなは割と呼んでくれるのに…。

 

 

 その後全員に事情を説明した。

 私と同じ様に全員ハテナ状態だったが、これに関しては彼の心の問題なので、無理矢理納得してもらった。

 一番複雑な顔をしていたのはゆんゆんさんだった。

 

 

 その後彼女の頑張りというかささやかな抵抗で髪を下ろした姿で一日過ごしたりする努力が見られたが、リーダーがそれを見て悲鳴を上げて椅子から転げ落ちたりして、リーダーの引き籠りが悪化しただけだった。

 

 まだ誰を選ぶか、わからないかもしれない。

 

 私はそんな期待を胸にこれからも彼等をそっと見守るのでした。

 





これはラブコメですね、間違いない。

お気に入り、感想ありがとうございます。
モチベに繋がります。


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48話

48話です。さあ、いってみよう。



 

 そろそろ暖かくなってきた。

 春が来たのだ。雪が溶けて、引き篭もっていた冒険者達が活動を再開する季節になった。

 モンスター達が活発に動き回り、繁殖期に入る様なそんな季節。

 

 俺達も冒険者としての仕事を再開し、クリスは俺達の家から出て行った。

 別に季節に関係なく居てもいいと言ったが、クリスとしての仕事がどうとかで結局元気に行ってしまった。

 トリスターノは表情は分かりづらいが、多分こいつも含めて皆寂しそうにしていた。

 冬前に戻るだけだ。またすぐに慣れ

 

「はあ…ヒナ肌恋しい…」

 

「人肌だろうが」

 

「何言ってるの?あの温もりは何者にも代えられないものなんだよ」

 

「何言ってるの?はこっちのセリフだよ」

 

「やっぱり戻っていい?」

 

「じゃあな」

 

「え、ちょ!待ってよー!」

 

 出て行った翌日に偶然ギルドであったクリスとの会話だが、まあそんな感じ。

 しばらくは戻ってこないでくれ。

 ヒナの為にも、クリスの為にも。

 

 

 金はあるが、俺達が冒険者として活動しているのはなんというか金の為ではなく……いや、説明がし難いのだが、多分この仲間でいたいが為にクエストをやっている様なそんな感じ。

 

 他の冒険者に比べて変なパーティーかもしれないが真面目にやってるし、あまり消化されないで困っているクエスト、俗に言う塩漬けクエストを出来る範囲で受けたりとそれなりに活躍していた。

 俺達の、いや俺以外のメンバーが元よりレベル以前に普通にソロでやっていけるんじゃないかぐらいの強さを持った連中だから、こんな変なパーティーの組み方をして、なんとなくクエストを受けてるみたいな状況でもなんとかなってしまうのだろう。

 俺もそんな連中に囲まれてるせいか、もう少しで上位職になれるレベルに近づいて来た。

 

 目標が出来るとモチベーションも上がる。

 そんな気合い十分でクエストを受けたある日。クエスト中に剣が折れた。手入れはしっかりしていたが、元より剣の技術なんてほぼ皆無で乱暴に扱ってきたせいか、それとも長く使ってきたせいかポッキリ折れた。

 幸運にも、というかパーティーメンバーのおかげで、俺は鞘とナイフで戦うという間抜けな戦い方をしても大事には至らなかった。

 流石にクエストを切り上げて、街に戻ることになった。

 クエストの受注期間も余裕があるからまだ良かったが、これがデモゴーゴン戦の時に起こってたりしたらと考えるとゾッとする。

 まあ俺はデモゴーゴンの時は寝てたんだが。

 

 とんぼ返りして街の武器屋へと来ていた。

 異世界転生初日にゆんゆんと出会い、武器の調達をしたのもこの店だった。

 あの時はミツルギから貰った金をどう工面しようかと考えながら武器を選んでいたが、今は違う。

 

「どうせなら良い武器買ったら?」

 

「お?いいのか?」

 

「いいよ。お金もあるし。また折れたりしたら困るもん」

 

 ヒナがそう言ってくる。

 うちのパーティーは全員で住んでいるということもあり、家族のようにお金を共有していて、ヒナが金銭面を管理している。

 別にやらせてるわけではなく、本人が希望してきたから、やらせている。

 一応副管理としてゆんゆんもいるが、確認はしているが、ほとんどやることはないとか。

 デモゴーゴンの報酬金の額を言った時は『そんな大金管理できない!』と嘆いていたが。

 

「これはどうです?アトラクトソード。魔法が付与されてるみたいで、見た目的にも振りやすそうですよ」

 

「ヒカルはエリス様と関係してるんだから、神聖魔法がかかったやつにしなよ。このブライトソードはどう?」

 

「え、私は、えーっとこのすごく高いアトラクトブレードにするわ!」

 

「何でお前らが選んでんだよ」

 

「ゆんゆんさん、ずるいですよ。その剣これの上位互換じゃないですか」

 

「だって、これかっこよかったし…」

 

「聞いてますかー?」

 

 まあ服買いに来た時と同じようなものか。

 いや、それはそれでどうなのかと思うが、こいつらが楽しそうだしな。

 

「チース!おっちゃん、できた?俺の刀、そろそろ出来た?ってヒカル達もいるのか」

 

 そう言って店に入ってきたのはカズマだった。カズマの後にはゾロゾロとカズマのパーティーメンバーも入ってきた。

 カズマはまた魔王軍幹部を倒し、死刑も借金も無くなり、大金を得てぬくぬく過ごしていると聞いていたが、一応冒険者は続けるらしい。

 

「らっしゃい!ああ、一応出来てるよ。言われた通りの形状にしてみた。焼き入れだの何だのって技術のことはさっぱりわからなかったが、まあ面白い仕事だったよ」

 

 カズマ達御一行が来たことにより、店内は騒がしくなる。主に紅魔二人だが。

 俺達は挨拶していると、カズマが店主さんに続きを話していた。

 店主さんとカズマが喋ってるのを聞いていたが、まさか。

 

「なに?刀?」

 

「おう。作ってもらったんだよ。どうだ?」

 

「ほう」

 

 日本刀に似てはいる。店主さんもわからないなりにカズマの言う通り作ったんだろう。わからないにしてはよく出来てるように見える。

 

「俺もこれが欲しい。店主さん、お願い出来ますか?」

 

 俺の剣を選別してた二人が不満の声を上げる。ゆんゆんはめぐみんに勝負を挑んでいて、それどころじゃない。

 

「ああ、それならいくつか作ったからな」

 

「お、やっぱり日本人だしな。欲しくなるよな」

 

「ニホン!?なになに!?どういうこと!?」

 

 カズマが日本というワードを話すと、日本オタクがすぐ様反応してひっ掴んで聞いてくる。

 

「これは日本の剣なんだよ」

 

「これにしよう!これで決まりだよ!」

 

「そう言ってんだろうが」

 

 さっきはブーブー不満言ってたくせに、日本と聞いたらすぐ手のひら返しやがった。

 これにはトリスターノも苦笑している。

 

「ただ、これ少し高いぞ?いいのか?」

 

「大丈夫です。これでお願いします」

 

 金を支払い、店主さんから刀を受け取る。

 新しい武器、それに日本刀を持つとなんだか少しテンション上がって来た。

 カズマってば良い仕事するな。

 

「後は、この魔法の掛かった札に銘を書いて剣の柄に貼れば完成だ。これからはそれがお前さん達の愛剣になるんだ。せいぜい立派な名前をつけてやんな」

 

 え、名前?

 村正とか?どうすっかな。

 

「『妖刀 紅桜』!『紅桜』がいい!」

 

「それ俺が前に話したやつだろ。しかもその名前だと剣に乗っ取られるだろうが!」

 

「ニホンらしさが分かりませんが…そうですね。『シロガネ丸』なんてどうですか?」

 

「何で俺の名前使うんだよ。ちょっと痛いやつになってるだろ」

 

 そんな風に悩んでると、カズマの刀が勝手にめぐみんに命名されていた。

 俺も早く決めないとな。

 

「えっと『シロガネカリバー』とか?」

 

「だから何で俺の名前?」

 

 ゆんゆんがめぐみんとの勝負に負けて、俺の刀の命名に加わった。

 名前か。こういうの苦手なんだよな。

 クエストから帰って来てから決めるか。

 

 

 

 

「じゃあ剣の名前を決める会議を始め」

 

「彩友だ」

 

「はい?」

 

「彩友」

 

「アヤト?」

 

「俺の剣の名前」

 

「え、決めてたんですか?」

 

「ああ」

 

「ニホンの言葉?」

 

「日本の字を使った名前かな」

 

「へえ、どんな字なの?」

 

 紙に漢字で書いて三人に見せてやると、じっくり見てくる。

 

「これでアヤト、ですか。二文字なんですね」

 

「どんな意味なの?」

 

「…いや、別に何もないよ」

 

 意味は字の通りだ。だが、これを言ったら確実にこの三人は調子に乗るから言わない。

 ヒナがニホンの文字!とか言って紙を持ってかれたが、まあそれぐらいならいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 お互いに絶頂を迎えて、彼女は満足そうに微笑んだ。行為の主導権を握っていた彼女が俺にしなだれかかる。

 俺の左肩に頭を乗せて、彼女の足が俺の左足に絡みついてくる。

 俺の左手を恋人繋ぎのように握り、空いている手で俺の未だ荒く上下している胸を弄ぶように触り出す。

 俺が息を整えているのを見ておかしそうにクスクスと妖艶に微笑み、その息が耳にかかってくすぐったい。

 

「気持ち良かった?」

 

 知っているくせに、わざわざ聞いてくる。

 

「…ああ、んっ」

 

 俺が答えようとするのに合わせて、耳を舐め、胸の敏感な部分を指で何度も触って来た。

 彼女の頭が俺の耳を舐め、動くたびに彼女の髪がサラサラと俺の肩や頬を撫でる。

 胸を執拗にいじる手を右手で止めたが、やめてくれる様子は無い。

 俺の反応を一頻り楽しんだ後、またクスクスとまるで嘲笑うように笑う。

 

「もう一回、いいよね?」

 

 胸を触っていた手は下へと動き、腹筋を添うように触り始める。

 

「…俺、もう」

 

 腹筋を触っていた手は更に下へと移り、ヘソを通り過ぎて、

 

「ダメなの?」

 

 俺の返答が気に入らなかったのか、不機嫌そうで少し威圧的だった。

 手はいやらしく何度も俺の弱った部分を責め立てる。

 

「んっ、あぁ…いや、そうじゃ、なくて」

 

「じゃあ、いいんだよね?」

 

 それ以外の返答を許さないくせにそう聞いてくる。

 俺が頷くと、身体を起き上がらせて、俺の身体へ跨る。

 彼女はニヤリと笑い、興奮しているのか紅く輝いた瞳で、まるで肉食獣のように此方を見ていた。舌舐めずりをした彼女は身体を沈み込ませて

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと目が覚める。

 隣を確認すると誰もいない。

 

「はあ……」

 

 いなくて当然。

 だって、夢ですから。

 

 

 俺はトリスターノにもう少しで心の整理がつくとほざいておきながら、全く心の整理は出来ないままだった。

 俺は大人ゆんゆんを愚かにも諦め切れないでいた。

 いや、本当に俺はもう少しで心の整理がつくはずだったのだが、ゆんゆんが俺の反応を楽しんでるのか、髪を下ろした状態で俺の前に出て来たりするもんだから、全然大人ゆんゆんのことを忘れられそうになかったのだ。

 そんなことが何度も起こったせいで、まさかの今のゆんゆんにもドキドキし出した。

 これはマズいと感じた俺はなんとかしなくてはと休みの日に家を飛び出し、一人で思考を巡らせながら散策していると、ズッコケ三人ぐ…って古いか。悪ガキ三人組?いや、チンピラ三人組でいいかな。

 カズマ、ダスト、ダストのパーティーメンバーのキースを見かけた。

 

 最近はこいつらと仲良くすることも多く、たまに一緒に酒飲んで騒ぐ間柄になっていた。

 最初はこいつらがバカやらないように見ながら酒に少し付き合う程度だったが、なんだかんだ楽しくて酒が進むようになって、少し酒が好きになってしまった。

 こいつらと飲む回数が増えてきたせいか、それとも俺も少し飲みすぎてやらかすこともあったせいか、周りにはまるで同類のように見られるようになった。

 更にダストのパーティーメンバーの紅一点のリーンに「ヒカルはお目付け役」などと言われる始末。

 自身の職務放棄をするとは許されざる行為だぞリーン。

 

 そんなこんなでチンピラ達とも仲良くしていた。

 三人が揃ってどこかに入ろうとしているのを見て声を掛けると、かなり慌てた様子でビクつくもんだから話を聞いていくと、サキュバスが経営する店の話を観念して話し出した。

 

 表向きは飲食店。裏の顔は男性に淫らな夢を提供し、代償として生気を吸い取るという聞くだけだとかなりアウトなお店。

 だがサービスは主に夢の中で行われるので実害は皆無に等しく、欲求不満の男たちからは大人気。なかにはこのお店のためだけにアクセルの街に居座るどうしようもない冒険者もいるとかなんとか。

 

 最初聞いた時、なんだ夢かと落胆したものの、相手の容姿からシチュエーションから何まで指定できるというかなり自由度の高いものらしく、俺はこうして大人ゆんゆんの夢にどっぷりハマることになった。

 

 

 俺はこのお店のおかげで欲求不満も解消された上に今のゆんゆんにドキドキすることも…まあ少なくなった。

 これでほとんど解決したようなものだが、代償に俺の小遣いはどんどん消えていった。またヒナに怒られるのが憂鬱だ。

 

 ただ少し気になる点があってサキュバスさんから『シロガネさんは生気が吸いづらい』と言われるのだ。

 まさかエリス様やヒナに見つかっていて邪魔をしているとか?でもこんなことをしてるのを知った時点で鉄拳制裁が来そうなものだが…。

 『生気が吸えない』ではないので、とりあえず気にしないことにした。

 

 

 今回は『大人ゆんゆんに何度も搾り取られる夢』だったので、次はヒィヒィ言わせるぐらい攻め返す夢にしたい。

 そう思いながら、家にこっそり帰ると朝ご飯の準備を始めた。

 

 

 

 そして皆んなで朝食を食べていると

 

「で、最近夜中にどこに行ってるの?」

 

 ヒナがいつもの如くいきなり話し始めた。

 

「おいおい、誰だよ夜遊びなんてしてるの?まだお前らには早いんじゃないか?」

 

「ヒカルに言ってるんだよ」

 

「何の話でさぁ?」

 

「すでに口調おかしいよね?」

 

 思わず変な口調で返してしまった。

 

「なに言ってるンですかィ?どこもおかしくないじゃないですか」

 

「いや、それで誤魔化そうとするのは無理があるんじゃないですか?」

 

 無理だな。だが男には無理でもやらなきゃいけねえ時がある。

 

「名探偵ヒナギクの目は誤魔化せないよ」

 

「ヒナちゃん寝てるし、ヒカルが外に出て行ったのに気付いたの私なんだけど…」

 

 やっぱり迷探偵じゃねえか。

 

「ちょいと遊んでるだけでさぁ。安心してくだせェ」

 

「いつまでその口調なの?」

 

「安心出来ないから言ってるの。それにヒカルから邪な気配がするんだもん」

 

 っ!?こいつそんなこともわかるのか!?

 

「…邪って、具体的にどんな?」

 

「表情が少し動いて、間があったね。何か心当たりあるんでしょ?」

 

 こいつ…っ!よく見てやがる…っ!

 

「何もないですよ。やめてほしいですわァ」

 

「敬語で話すってことは動揺してますね」

 

 てめえもかよォ!?

 

「はあ…だいたいその、なに?邪な気配っていうの?具体的に言ってくれる?俺も変な言いがかりされてるみたいで嫌だし」

 

「コップ取るの二回も失敗してるし、見てわかるぐらいに動揺してるよね」

 

 何やってんだ俺ェ!!

 

 こいつら、最初は俺やクリスにいじられてばかりだったが、とうとういじるのも覚えてきたのか、俺の弱点を知って徐々に攻めて来るようになってきやがった。

 

「具体的には言えないけど、嫌な気配を感じるんだよ。ヒカルがやることにいちいち何かを言うつもりはあまり無いけど、ヒカルが危険なことをやってるなら止めるよ」

 

 あまりかよ。

 誤魔化せば誤魔化す程、面倒になりそうだ。

 

「俺がやってることは言えない。だけど、今の俺には絶対に必要なんだ。これで納得してくれないか?」

 

 性欲とか心の整理って意味でマジで必要。

 これがないとまたゆんゆんにドキドキすることになる。

 三人が黙って俺を見定めるようにじっと見て来る。

 

「二人はどう思う?」

 

 ヒナがゆんゆんとトリスターノへ確認を取り始めた。なんか本当に俺が悪いことしたみたいになってないかこれ。

 

「朝帰りしてる割には昼間は普通に活動してますし、私からは特にありません」

 

 俺の体だけ見れば、普通に寝てるだけだしな。夢の中はフィーバーしてるけど。

 

「そうなんだよね。何故か起きるのも早いし」

 

 ヒナが起こしに来る時間より早く帰ってきてるからな。朝食も以前よりちゃんとしたものを出してるし、サキュバスさんのお店はいいこと尽くしじゃないか?

 

「朝ご飯も何品か用意して、ヒナちゃんがおかわりする分もちゃんと作ってるしね。ヒカルが寝坊した時に『よおーしお前ら、パンは持ったな?ジャム塗って食え』って言った時はヒナちゃんとすごい怒ったけど、あれが嘘みたいだよ」

 

 ゆんゆんが半眼になりながら俺の真似してるみたいだけど、全然似てない。

 俺が朝飯当番の日に寝坊した時の話だ。

 ヒナが睨み付けてくるのに耐えながら、俺が人数分の皿にパンを乗せて、ジャム持っていってそのセリフ言ったら、すごい怒られたんだよな。おかわりし放題(数に限りがあります)なのに…。

 たまにはこんな朝食もいいんじゃないか、とか言ったら余計に怒られた。

 

「確かに。で、ゆんゆんはどう思う?」

 

「うーん、何をしてるのか言ってくれないのが気になるけど、どちらかと言うと生活は良くなってるし、いいんじゃないかな」

 

「……一応納得するけど、本当に危ないこととかしてないんだよね?」

 

「してない。これはマジだ。安心してくれ」

 

「じゃあ、この話は終わりで」

 

 表情的には納得してなさそうだが、唐突に始まったこの話は終わりになった。

 にしても聖職者は全部は分からなくても、感じとるもんなんだな。

 バレないようにしないとやばそうだ。

 この街の男たちの夢がかかってるからな。

 




初めての濡れ場がありましたが、僕にはあれが限界です。
もっと良い文章書けるようにならないとなぁ。

このファンのフレンドの話ですが、30人近くのぼっちから申請が来ました。
ありがとうございます。
目指せ100人!頑張れぼっち!
そこの貴方も僕に申請して、ぼっちを卒業しましょう。



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49話


49話です。さあ、いってみよう。



 

「お小遣いください」

 

「ダメです」

 

「…」

「…」

「…」

「…」

 

 とある日の昼下がり。

 我が家は沈黙に包まれた。

 

「まあ俺も頻度が高いとは思ってるけど、約二億あるんだし、少しぐらいよくない?」

 

「ヒカルだけ使いすぎ」

 

「お前らが使わなすぎなんだよ!二億とかいう大金を手に入れて、ここまで変わらない生活するか普通!?」

 

 二億を手に入れる前から、小金持ちパーティーなのに、全く生活が変わってない。少し飯が豪華になったりしたぐらい。

 相変わらず節制がどうだとヒナに怒られることも珍しくない。

 

「確かにお金はあるけど、世の中何があるか分からないんだよ?カズマさん達をよく見てみなよ」

 

「いや、あいつら引き合いに出すなよ!三日後にはどうなってるかわからない連中だぞ!?」

 

 今あいつらは湯治でアルカンレティアとかいう温泉街に行ってるらしい。

 俺らも行こうぜ、と言ったら俺以外の全員から反対されたせいで行けなかった。

 詳しくは教えてくれなかったが、アクアを御神体と崇めるアクシズ教の総本山だとか。

 

「とにかくお小遣いは来月までダメです」

 

「金は使わないと意味ないだろ?お金を使わないと経済は回らないんだぞ」

 

「そんな安っぽい言葉で動くと思ったら大間違いだよ」

 

「マジでお前らが使わなすぎなだけだって!真面目なのは良いことだけど、良い子ちゃんすぎるのも良くないと思うぞ!」

 

「ヒカルが悪い子なだけです」

 

「それは違うだろ!お前らが遊ばなすぎるんだよ!トリスターノは馬小屋の主人やハーレムとばっかり交流して、他のやつと喋ってるのほとんど見たことないし!」

 

「ハーレムじゃありません」

 

 ツッコミは律儀に入れてきた。

 

「ゆんゆんは最近やっとカズマ達の屋敷に遊びに行くようになったけど、それ以外はほとんど変わってないし!」

 

「うん!私もやっと友達が増えたの!いつも果物の詰め合わせとか持っていくんだけど、みんな良い人で遠慮して」

 

 なんか嬉しそうな顔で語り始めたけど、そうじゃない。

 前の水晶で見た時の一人で誕生日パーティーしてる時の机は俺達にカズマ達合わせてもまだ埋まらないぞ。もっと増やして。

 

「ヒナ、お前は毎日毎日アホみたいに教会だなんだとあくせく働きやがって!他のプリーストが少し迷惑に思ってるのがわかんねえのか!」

 

 これはマジである。

 そもそもこの街のプリーストは拝金主義で実力もほとんど無く、そこまで活動的でもなかったのだが、ヒナの登場によりそれは変わった。

 未だ子供に見えるプリーストの最上級職のアークプリーストがほぼ無給でバカみたいに教会等に貢献するせいで、良い歳したプリースト達は自分達の立場が無くなるのを恐れて、がっつり働くようになった。

 ただそれも限度がある。

 クエストや俺達と過ごす日以外はほとんど足を運んでくるヒナを見て流石にドン引きしてるのがプリーストの現状。

 子供に負けるわけには!と意地を張ってるが、いい加減勘弁してくれと俺にクレームが来た。

 エリス教会の奴らとも仲良くやってるから俺に言ったのだろうが、どんなにヒナを止めても最終的に気付いたらいなくなっている。もちろん教会にヒナがいたのは言うまでもない。

 こいつは回遊魚か社畜の生まれ変わりなんだと思う。

 

「なっ!?そ、そんなこと思われてないもん!毎日来てくれてありがとう、でもたまには遊びに行ってきてもいいんだよ、って気遣ってくれるぐらい仲良いもん!」

 

「それ遠回しに休めって言ってんだよこのアンポンタン!お前のせいで他のプリーストも休むタイミングわからなくなってんだよ!」

 

「あ、あんぽんたん!?別に僕は強要してないよ!なんで僕が怒られるの!?」

 

「たまにはお前は休め!ってか遊べ!」

 

「あ、遊べって言われても…何していいかわかんないし…」

 

 こいつ、マジもんの社畜かよ。

 仕事が趣味ですって言って、将来的に仕事と結婚すれば?とか言われちゃうやつだよ。まあこいつにはエリス様がいるから大丈夫だろうけど。

 ゆんゆんが目を輝かせてボードゲームを手に取り、俺の視界に入るようにチラチラ見せてくるのはスルーしよう。

 

「お前中身は残念脳筋ボクサーでも、顔はいいんだからオシャレとかしろよ。ゆんゆんと服買いに行ったりとかしてさ」

 

「…どうせ僕なんかには似合わないもん。僕まだ男の子に間違われることあるし」

 

「なんでここでネガティブ!?いつもの自信満々はどうした!?大丈夫だって!可愛いから!自信持てよ!」

 

「え…う、うん」

 

 俯いてるし、まだ自信無いみたいだ。

 俺に保証されたところで自信持てるわけないか。どうしたもんか。

 

「男に間違われるんだろ?男に見えないようにスカートでも履けよ」

 

「……え?」

 

「スカート履けよ」

 

「え?」

 

「スカート履けっつってんの」

 

「はあ!?あんなの無理だよ!絶対無理!」

 

「はあ?なんで?」

 

「あんな腰に布巻いてるだけの状態で外歩けるわけないでしょ!!」

 

「ええっ!?」

 

 ヒナの酷い言い草にゆんゆんがショックを受けてる。なんという流れ弾。

 

「なんで世の中のスカート履いた女性全員に喧嘩売ってんだお前は。というかお前が言った腰に布巻いただけの奴がそこにいるんだけど?」

 

「変態扱いしないでよ!これぐらい普通よ!……ふ、普通よね?」

 

「自信無くしてんじゃねーよ。まあそんな短いの履いてるのはぶっちゃけどうかと思うがスカート履くこと自体は普通だろ」

 

「えっ」

 

「絶対無理!ぶっちゃけ、ゆんゆんみたいなスカートは絶対無理!」

 

「えっ」

 

「ゆんゆんのスカートみたいな際どいやつじゃなくて、もっと膝下何センチとかのやつにしろよ」

 

「えっ」

 

「ええっ!?いやだよ!」

 

「だいたいお前は服のサイズが合ってねえでそのままにしてるから変だったんだよ。いつまでも丈折り曲げてブカブカなままだから子供に見られるんだ。決まり、今日はこいつの服買いに行くぞ。ほら、いつまでも膝抱えてないでゆんゆんも支度しろ。トリスターノもだ」

 

「御意」

 

「際どくないもん…変態じゃないもん…」

 

「なんでこうなるのおおおおおお!?!?」

 

 

 

 

 

「ズ、ズボン……ズボンがいい」

 

 二時間ほど店員さんとゆんゆんに着せ替え人形にされたヒナはすでに疲労困憊状態だ。

 買ったものをそのまま着て外に出た時から赤面し、スカートを押さえてうわ言のように呟いている。

 トリスターノと俺は荷物持ちだ。両手が塞がるぐらいにはヒナとゆんゆんの服を買った。

 

 ヒナが着てるのはフードが付いた白のワンピース。シンプルなデザインだが、ヒナには似合っている。

 髪は肩にもかからないぐらい短いが髪型は後ろでまとめて尻尾みたいになっている。前髪を明るい黄緑色の髪留めをしていて、女の子らしさが出ている。

 一応その髪留めは俺が選んだんだが、言ったら多分外すだろうから言わないでおく。

 年相応の可愛らしさになったじゃないか。

 これでまず男に間違われることは無いだろう。

 

 スカートの丈も長めにして、こいつの要望にもある程度応えてるんだが。

 

「ほれ、挨拶回りするぞ」

 

「嫌だよ!こんなスースーする格好でどこ行くのさ!?おかしいよ!」

 

「ゆんゆんみたいに短くないから大丈夫だって。いちいち押さえてなくても捲れないし、見る気もないから安心しろ」

 

「喧嘩売ってるの!?見られたくないけど、腹立つよ!あとこれ、捲れちゃったら全部見えちゃうんだよ!?ゆんゆん以上の変態になっちゃうよ!」

 

「ねえ、なんでいちいち私のこと言うの…?そんなに変?さっきの店の店員さんに勇気出して確認してもらったんだけど、可愛らしい格好ですねって褒められたんだけど…」

 

「とにかく今日はお前のオシャレの特訓だ。せっかくオシャレしたんだ、まずは慣れる為にいろんなところ歩き回って、見せびらかしつつ軽く挨拶しようや」

 

「嫌だってば!も、もういいよ!お小遣い欲しいんだよね!?お小遣いあげる!あげるから帰ろうよ!」

 

「いらん。ほら、行くぞ」

 

「いやー!なんで!?お小遣い欲しいって話がなんでこうなったの!?どうして!?」

 

「まあまあ、ヒナさん本当にお似合いですよ。確かに今回はリーダーがかなり強引ですけど、オシャレするというのは大人の女性として必要だと思いますよ」

 

 トリスターノがフォローしてるけど、マジで可愛くなった。

 今のこいつの格好をバカにするやつは絶対に許さん。これが父性ってやつだろうか。

 

「うぅ…でも、こんなのおかしいよ。ヒカルがお小遣いくれないからって、僕を辱める為にこんなことしてるんだよ絶対そうだよ」

 

「違うわ。俺のことなんだと思ってんだよ」

 

「変態ドSぐーたら男」

 

「次はギルドに行くぞ」

 

 ヒナをグイグイ引っ張っていく。

 ギルドの冒険者達に見せて、からかってもらえ。

 

「いやああああああああ!!!ごめんなさい!嘘です!ドSぐらいしか思ってません!変態はたまにしか思ってません!」

 

「思ってんだろうが!カズマがいなくてよかったじゃねーか!パンツ盗られないからな!」

 

「ごめんなさい!ギルドはイヤ!絶対バカにされるもん!ギルドは勘弁してください!」

 

 こいつのステータスが強すぎて全然引っ張れねえ!これだからステータス世界は!

 

「ヒ、ヒカル。ギルドはやめてあげなよ。無理矢理はかわいそうだよ」

 

「このお子ちゃまはいつも猪突猛進なのに、男に少し間違われたぐらいでヘタれるんだから、今日は周りに可愛い可愛い言ってもらって少しは自信つけてこい!」

 

「無理!恥ずかしくて死んじゃうよ!」

 

「死ぬわけねえだろうが!ギルドが終わったら教会だからな!」

 

「無理だよぉ!!」

 

 

 

 

 

 ギルドでバカ騒ぎが起こることは珍しくないが、今回はかなりの大騒ぎだ。

 最初はルナさんに挨拶して、ヒナを見せたらルナさんが可愛いとベタ褒めし、ギルドの女性職員が集まってきた。その後騒ぎを聞きつけた冒険者が続々と集まり、今やアイドルみたいなことになってる。いや、マスコットだろうか。

 

『ヒーナギク!ヒーナギク!ヒーナギク!』

 

「ヒナギクちゃん可愛いぞー!」

「ヒナギクちゃん天使ー!」

「私のヒナギクこっち向いてー!」

「ヒナギクちゃん似合ってるよー!」

 

 ヒナギクコールが巻き起こり、この日この時のギルドはヒナギク一色に染め上がった。

 その歓声を上げてる中に、羽衣を着た冒険者とは思えないような中身が残念そうな絶世の美女がいたような気がするけど、それは絶対に気のせいだろう。俺は知らない。何も見ていない。

 

 

 そんなライブ会場みたいな雰囲気に耐えきれなくなったヒナは俺達を引っ張り外へと出た。

 次は教会へと向かっているのだが、めちゃくちゃヒナに睨まれている。

 

「なんだよ?めちゃくちゃ褒められてたじゃねえか。これで男扱いするようなやつはいなくなるだろ」

 

「…そういう問題じゃないでしょ」

 

「なんだよこの野郎。まだ心配なのか?まだ男扱いしてくるやつがいたら俺も一緒にしばいてやるからいい加減に機嫌直せよ」

 

「だから、違うってば…」

 

 何しおらしくなってんだ。いつもの猪突猛進ぶりはどうした。

 

 こいつはまだ子供だが、男扱いされるのはなんとなく俺も良い気はしない。

 男と言われて自信を無くしてると思ってたんだけど、違ったのか。

 少しは自信が付くと思って、今日はこうして引き摺り回してみたんだが、ダメだっただろうか。

 

 結局は自分がどう思うか、だから俺が何かやったところでヒナ自身が納得しなければ、何もならない。

 もっと周りみたいに褒めてやるべきだっただろうか。

 

 

 教会に着いた俺達はプリースト達や隣の孤児院から出て来た子供達にヒナをお披露目をして、その後ヒナが揉みくちゃにされてるのを眺めていた。

 この教会のプリーストのアンナが近付いてきて俺の肩をバシバシ叩きながら、よくやったと言われた。

 別にお前の為じゃねえよ。

 

「これで少しは女らしくなればいいんだがな」

 

「ヒナちゃんは女の子らしいでしょ。あんなに可愛いじゃない」

 

「そうですよ。失礼です」

 

「ズボン履いて、孤児院の子供達と一緒に遊んで泥だらけになったり、モンスター相手に殴りかかったり、挙げ句の果てには冒険者に喧嘩売られてボコボコにするのが女らしいって?」

 

「そ、そういうのじゃないから」

 

「そうですよ。見てください。可愛らしい姿じゃないですか」

 

「おまわりさーん!」

 

「ちょ!なんでですか!?」

 

「ロリコンが出てきたからな。忠告しとくけど、手出したら死ぬよりも酷い目に合うからな」

 

「ロリコンじゃありません!…ふふ、わかっていますよ」

 

「なんだその笑みは?気持ち悪い」

 

 これだからイケメンは。

 俺は言ったからな。逃げられない空間に閉じ込められて神秘的な大剣を振り回してくるヤベエ奴に追いかけ回されたいなら止めないけどな。

 

「って、どうしたゆんゆん?」

 

「別に。なんでもない」

 

 なんか不機嫌っぽい。

 トリスターノの変態な話題はあまり好きじゃないのかもしれない。これはトリスターノのせいだな間違いない。

 

 どうにか違う話題がないものかと探していたら、ヒナがスカートを押さえながら早歩きで俺に近付き、掴みかかってきた。

 

「も、もういいよね!?帰ろう!?」

 

「まだに決まってんだろうが馬鹿野郎」

 

 ヒナは大熱でも出てるんじゃないかぐらいの真っ赤っかの顔で恥ずかしさ故か目尻に涙が浮かんでいた。

 

「はあ!?ぼ、僕もう無理!!さっきあの子達にスカートの中見られたんだよ!?」

 

「おいお前らー!何色だったー?」

 

「ドSせんせー、s」

 

「わあああああああああああああ!!!!このバカ!変態!最低!」

 

 ドスッ!ドスッ!ドスッ!

 

「ごはあっ!」

 

 バカ、変態、最低に合わせてボディーブローを打ち込まれて、堪らず膝を着いた。

 相変わらずの馬鹿力だ。

 そういうところだぞお前。

 

「も、もう帰る!もう満足したでしょ!?」

 

「まだだよ」

 

 足に力が入らなかったのでスカートを掴んで止めた。

 

「わあああああああ!!どこ掴んでんのさ!!」

 

「あと一ヶ所だ。付き合いな」

 

 

 

 

 

「ほれ、見せてこい」

 

「本当にバカなの!?こんな格好見せられるわけないでしょ!?」

 

 ここは教会内。祭壇まで行こうとして、扉近くから動かないでいるヒナに声をかけたらまた怒られた。

 

「エリス様の御前ですよ。お静かに」

 

「こ、この…っ!いつもはそんなの絶対気にしないくせに…っ!」

 

 まあ、エリス様に見せてこいと言ったら怒られてるのが今の状況。

 さっき変なのがギルドに降りてきてた気がするけど、あれは別人。異論は認めない。

 

 今はみんなに出払ってもらって、トリスターノやゆんゆんも外で待ってもらっている。

 

「ほら、前行ってお祈りだか黙祷だかしてこい。それできっとお前の晴れ姿を見てもらえるだろ」

 

「エ、エリス様は神様なんだよ!?いちいちこんな格好見てくれるわけないでしょ!?ていうか普通の服でしょ!」

 

 いちいち見にきてたぞ。

 …いや、あれは別人だったわ。

 

「いいから。とにかく行ってこい。これが終わったら帰るぞ」

 

「……後で覚えておいてよ」

 

 捨て台詞を吐いた後、素直に祭壇の方へとゆっくり歩いて、跪き祈りを捧げた。

 

「良い仕事をしてくれました。今回のことは世界を救う偉業に並ぶ功績です」

 

「何言ってんですか?あといきなり隣に出てくるのやめてほしいんですけど」

 

 何故か俺の隣にいるエリス様。

 嬉しそうに微笑んでいた女神様だが、俺の雑な対応に腹を立てたのか、不満げに膨れっ面になった。

 

「むぅ…せっかく褒めてるのに、邪険に扱うのやめてほしいです。私、神様なんですよ?」

 

「知ってますよ。ほら、早く行ってやってくださいよ」

 

 ヒナを指差して、行くように伝える。

 もうこの神様の中身がわかってるから、今更神聖視なんてしない。

 

「ふっ、今会ってしまったら私がどうなってしまうか、わからないんですか?」

 

「なんでドヤ顔で誇らしげ?アホなこと言ってないで」

 

「ええええええええええええええっ!!!!」

 

 いつの間にかこちらを向いていたヒナが驚きの声を上げた後、口をパクパクしながら固まっていた。

 

「お久しぶりです、ヒナギク。元気に」

 

「申し訳ありません、エリス様!!」

 

 そう言いながら俺をエリス様から引き離し、俺の頭を押さえながら引っ張り、ヒナと同じように跪く格好になった。

 

「本当に何やってるの!?なんで神様と同じ目線で話してるの!?頭おかしいの!?」

 

 唾を飛ばしながら俺にブチ切れてくる。

 

「いいのですよ、ヒナギク。彼とは知らない仲ではありませんから」

 

「なっ!?ヒカルなんかが本当に!?」

 

 いちいちディスるのやめろ。

 またギルドに連れてってやろうか。

 

「はい。ヒナギク、もっとお顔を見せてください。元気にしていましたか」

 

 そこから二人が話しているのをただ静かに聞いていた。

 エリス様も元々気にしていたみたいだが、ヒナギクに仕事ばかりではなく、もっと自分のために行動したり、遊んだりしなさい、と助言していた。

 緊張しているヒナにエリス様は柔らかく微笑みながら、まるで女神の様に話しかけていた。

 

 あ、女神だったわ。

 

「ヒナギク。貴女は彼を更生したいのでしょう。ですが言うだけ言っても彼は従ってくれません。彼を更生し、救う。そのためにも見聞を広げ、多くのことを経験しなさい。貴女ならきっとやり遂げられるはずです」

 

 なんで俺の話?更生なんかしなくていいし、そもそも更生される様な人間じゃないんだけど。

 

「は、はい!エリス様、ありがとうございます!」

 

「では、私は戻ります。陰ながら二人の安全を祈っています」

 

「ありがとうございます、エリス様!」

 

「ありがとうございます」

 

 お礼言っとかないとヒナに怒られそうだから言っておいた。

 

「ああ、それとヒナギク。その格好大変可愛らしいですよ」

 

「えっ、あ、ええっ!」

 

 去り際にそんな言葉を残して、スッと消えていってしまった。

 そんな女神ムーブが出来るなんて…まるでエリス様じゃないみたいだ。

 

「ヒカル…僕、夢見てるのかな」

 

 夢か現か、確認する方法は一つしかあるまい。

 思い切り頬をつねってやると、余程痛かったのか思い切り俺の手をはたき落としながら文句を言うヒナ。

 

「いだだだだだ!!何すんのさ!」

 

「現実ってわかったか?そろそろ行くぞ。みんな待ってるから」

 

「う、うん。あ、待った!ちょっとだけ待って!」

 

「なんだよ。言っとくが今のはさっきのボディーブローのお返しみたいなもんだ」

 

「そうじゃなくて、え、えっとね…?」

 

「なんだ?トイレか?早く行ってこいよ」

 

「デリカシー!デリカシーなさすぎ!!だから、そうじゃなくて!」

 

「んだよこの野郎」

 

「今日はその、ありがとう、ね?」

 

 照れながらもなんとか笑顔でお礼を言ったヒナは誰よりも可愛く見えた。

 

 女神エリスに褒められて、すっかり自信がついたのか、それからのヒナはオシャレに気を使うようになった。

 なんでも一番のお気に入りは髪留めらしく、クエストに行く時も毎日つけるようになった。

 結局良いところをあの女神様に全部持ってかれたわけだ。

 らしくないことはするもんじゃないってことかね。

 

 

 

 

「起きてください!今日はいっぱいお礼の品を持ってきましたよ!」

 

 数日後の深夜。

 弾む様にご機嫌の声色をした女神様に叩き起こされた。

 

「…なんですかもう」

 

「見てください!焼き増ししてきましたよ!なんて可愛らしい姿なんでしょう!」

 

 写真を大量に持って、俺の顔に押し付けて見せてくる。いや、見えねえよ。

 

「はあ、それがお礼ですか?」

 

「はい!」

 

 満面の笑みのエリス様。

 幸せそうで何より。

 

「いりません。帰ってください」

 

「ええっ!?」

 





ヒカル
オンオフはしっかりする男。
何が言いたいかと言うと、クエストとかの活動中は真面目にやるが、休みや普段の生活はゆるくやっていきたいと思っている。
他二人の育ちが良いということもあり、ヒカルの生活態度と比べて見た結果、ヒナギクはヒカルを「ぐーたら」と言っている。
ぶっちゃけヒナギクが厳しすぎる。
お小遣いを貰う交渉が上手くいかなかったので良い機会だし、今回の件でサキュバスサービスをやめようと思っている。
思っただけ。割引券は良い文明。

ゆんゆん
今回の騒動の一番の被害者。
お気に入りの服を何故かディスられた。
ヒカル的には冒険者やってて動き回るんだし、もうちょい見えなそうなの履いたら?という気持ち。
普通に冒険者でもっと際どい服装の人達は結構いる。
最近カズマ達の屋敷へ遊びに行く様になった。
ヒナギクとしては目標にしている女性のスタイルだが、ゆんゆんみたいなスタイルになっても、あのスカートの短さは無いと思っている。

トリスターノ
自称変態でもロリコンでもストーカーでもない普通の男。
一人でトリスターノが用事があると出かけて行く時は、だいたい馬小屋の主人やロリハーレムに会いに行くことを指している。
最近の趣味は男の親友が誰を選ぶのか見守ること。
今回の騒動の感想は
「こいつは面白くなってきましたよ!」

ヒナギク
成長が遅く、中性的な顔立ちをしている。それで男の子に間違われることも多く、いじられることもあったことから、自身の容姿に自信を持てず、オシャレから逃げていた女の子。
サイズの大きい服を着て、将来に胸を膨らませているが、エリス様に今のヒナギクは「完成された姿」と思われているので物理的に膨らむことも成長することもない。
いつも自身を律し、自分にも周りにも厳しい生活を心がけている。それ故にヒカルとぶつかることも多い。
エリス様に可愛いと言われて、すっかり自信がついた。

女神エリス
オチ担当。
今回はかなり女神が出来たと思いこんでいる。

最近は他の方の作品を読みに行くことも多くなって、後書きの書き方をパク…オマージュさせていただきました。


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50話


50話です。さあ、いってみよう。



 

 

「『シロガネブレード』!」

「『シロガネ丸』!」

「シ、『シロガネカリバー』!」

 

 まるで特撮のヒーローみたいに三人で並びながら武器の名前を呼び、各々が持った武器を見せびらかしてきた。

 

「何してんの、お前ら」

 

 三人が持っている武器の見た目は全く同じだった。

 

「ふっふっふっ、とうとうニホントウを手に入れたんだよ!」

 

 今までにない程のドヤ顔で、武器を見せつけてくる。

 そう、このぼっち三人が持っているのは、俺が前に購入したものより短い脇差しのようなサイズの日本刀だった。イメージとしてはカズマが持っている『ちゅんちゅん丸』といったところだろうか。

 

「それ結構高かったはずだけど。てかお前ら、いるのそれ?」

 

「何言ってるんですか。後衛と言えど、もし私達が敵に近付かれてしまった場合の対処法が必要なんです。つまりこの『シロガネ丸』がね」

 

 ヒナに続いてドヤ顔のトリスターノが腰に差してある鞘にその刀をゆっくりと見せつけるようにして納刀しながらそう言った。

 カタナは同じだが、柄の色がそれぞれ違う。

 ゆんゆんが赤。トリスターノは青。ヒナは黄緑。ちなみに俺のは白。

 色だけ見れば、どこぞの戦隊ものだな。

 

「そうよ。この『シロガネカリバー』が必要なのよ」

 

 ドヤ顔トリスターノとは打って変わり、鞘に納めるのに四苦八苦しながら、ゆんゆんが続いた。

 

「というかツッコミ遅れたけど、その名前なに?ネーミングセンスどこ行っちゃったの?」

 

 なんで俺の名前使ってんだよ。

 まだゆんゆんやめぐみんみたいな個人の名前もヘンテコな種族の紅魔族ならその変なネーミングでもおかしくないが、こいつら二人はどうしたんだ。

 

「ニホンのカタナっていう剣なんでしょ?じゃあヒカルの名前使ってもおかしくないでしょ?」

 

 いや、おかしいだろ。もっと良い名前が他にもあっただろうし、別に日本の名前にこだわる必要もないだろ。

 

「それにネーミングセンスって言うなら、リーダーのそのカタナはどうなんです?」

 

「なんだこの野郎。『彩友』の何がいけないんだよ」

 

 俺のセリフを聞いた途端、三人はニマニマしたような笑みを浮かべて、俺を見てくる。

 なんだこのぼっち共。

 

「『彩友』の字の意味、実は前にカズマに聞いちゃったんだー!」

 

 そう言ってヒナがポケットから取り出したのは俺が以前に『彩友』が日本の文字でどんなものか見せるために書いた紙だった。

 そういえばヒナがニホンの文字!とか言って持って行ってたが、まさか。

 

「一文字目の『彩』これは『光彩』や『美しい色』とか『色とりどり』とかそういう意味があるとか」

 

 トリスターノがまるで名探偵のように文字の解説をしてくる。

 ぐっ、マジでカズマに聞いてやがる!

 

「そして、この『友』!これは『友達』って意味なんでしょ?」

 

 ゆんゆんが嬉しそうにニマニマしながら、そう言った。

 くそ、あの紙は回収するべきだったか!

 

「これを合わせると、おやおや〜?『アヤト』の文字の意味なんて無いと言っていたくせに色々な意味がありそうな名前ではありませんか〜?」

 

 このちび!煽り散らかしやがって!

 ドヤ顔とニマニマした笑みがめちゃくちゃ腹立つ!

 

「『光彩』に『友達』か〜。どんな意味が込められたのか、ヒカルの口から直接聞きたいな〜?」

 

 紅魔族随一のぼっちのくせに生意気な!

 …だが、ここはクールに行こう。

 

「べ、別に?俺の親戚のガキの名前が『アヤト』だからね?意味とか何言ってんのマジで」

 

「ニホン語はかなり特殊な文字で同じ『アヤト』でも違う文字になることもあるらしいですね。この文字はなかなか使われない、それも意味をちゃんと持ってないとこんな文字は使わないとか」

 

 カズマの野郎、かなり詳しく説明しやがったな…!

 

「ねえねえ、どんな意味なの?僕達はヒカルの名前をカタナに使ったけど、ヒカルはそのカタナにどんな意味を込めたの?」

 

「…だ、だから」

 

「『光彩』というとリーダーの『ヒカル』という名前が浮かんできますね。あとは『色とりどり』の『友達』だと、もしかしたら私達」

 

「ほら!そろそろクエスト行くぞ、ぼっち共!新しい武器を手に入れてはしゃぎたくなる気持ちはわかるが、遅くなったら大変だろ!?」

 

「顔赤いよ〜?」

 

「うるせえ!!はよしろ!」

 

 

 

 

 

「ねえねえ、どんな意味なの?もうそろそろ教えてくれても」

 

「トリスターノ、敵感知はどうだ?」

 

「問題ありません。それより意味」

 

「ゆんゆん、警戒を怠るなよ」

 

「うん。じゃあそろそろ教え」

 

「ヒナ、今日の調子はどうだ?」

 

「大丈夫だよ。で、意味」

 

「そうかそうか、よかったよかった」

 

 みんな体調は良いみたいだ。

 それなら本当によかったうん。

 

「そろそろ観念して言っ」

 

「お前ら、今回のクエストをもう一度おさらいするぞ!今回はまあまあ大変なんだから気抜くなよマジで」

 

「おさらいも何もさっきギルドで聞いたばかりじゃない。まだ敵感知も反応無いんだし、そろそろ教えてほし」

 

「今回のクエストは初心者殺しの番いの討伐。すでに子供もいるみたいで、そいつらの駆除も必要だ」

 

「はーい、おさらい終わり。じゃあもう」

 

「馬鹿野郎!まだ終わってねえんだよこの野郎。奴らの子供もすでに育っている可能性も高い。もしかしたら番いどころじゃなくて群れで襲われる可能性もあるということだ」

 

「そうですね。でも、安心してください。子供ぐらいなら一撃で頭を射抜いてみせますから。それよりも『彩友』の意味」

 

「いや、お前の実力疑ってるわけじゃないんだけど、物事はそう簡単に上手く行かないのが世の中ってもんだ。この世知辛い世の中を生きていくにはそれなりの」

 

「いやいや、何の話?」

 

 俺達はアクセルの平原を抜けて、森の奥へと突き進んでいた。

 初心者殺しの名の通り、冒険者のひよっこを狩る奴らは番いになっているのが発見された。とあるパーティーが壊滅し、一人が命からがら戻ってきてギルドに報告したらしい。

 相変わらず面倒なクエストを俺達に持ってくるルナさんに何か言ってやりたかったが、もっとやばいクエストを経験したこともあるし、時間を置くと子供の初心者殺しは育ち新たな被害者が出るかもしれない。俺以外の三人も問題無さそうなので、このクエストを受けることにした。

 そのクエストに行くって時におニューの武器を見せつけられたわけだ。

 

 

「強情ですね。もうバレバレなのに、っと。敵感知に反応あり。二時方向、ゆっくりこちらへ近付いてきます」

 

 来たか。

 

「全員、戦闘態勢」

 

 先程までのピクニックに行くような浮かれた空気は消え去り、一瞬で空気は張り詰める。

 ヒナが俺達へ支援魔法を掛けて、各々武器を手にかけ、いつでも来いといった感じだ。

 俺もウエストポーチからポーションが入った瓶を二個取り出しつつ、待ち構えた。

 

「リーダー、その茂みの奥です」

 

「あいよ、っと」

 

 トリスターノから指示された場所へ、取り出したポーションを一つ投げつけた。

 そのポーションというのは

 

 ドオオオオオン!!

 

 空気に触れると爆発するポーションだ。

 

 爆発する寸前に茂みから飛び出し、俺たちが通ってきた道の先へ踊り出した一匹の初心者殺しは低く唸りながら、俺達を睨み付けていた。

 

 出てこなかったもう一方の番いの方は爆発に直撃したらしく、大きく怯んで弱っているように見えた。

 

「ゆんゆん、弱ってる方任せた!」

 

「了解!『ライ」

 

 ゆんゆんが魔法を放つより先に、爆発を避けた方がやらせまいと一瞬で距離を詰めてくる。

 こちらもそれを許すわけにはいかない。

 トリスターノが放った矢は俊敏に動く初心者殺しの足を射抜いた。

 その怯んだ瞬間を狙い、俺も刀で斬りかかる。初心者殺しの無防備な頭へ袈裟斬りのように上段から振り下ろす。

 がそれは当たらなかった。怯んだように見えたが、どうやら違ったらしい。

 体を沈み込ませて、体のバネを利用して、跳んで避けた。

 その跳んだ先は木。その木を利用し、今度はこちらへと飛び掛かる。

 

 攻防が一瞬で逆転した。

 

「トニング』!!」

 

 ゆんゆんの魔法が放ったのが聞こえた。

 初心者殺しの牙は、死は、すぐこちらへと迫ってきていた。

 この時点において、今までの俺ならなす術なく食い殺されているか、みんなに助けてもらっているかのどちらだろう。

 

 俺は後方へと飛びながら、もう一つの小瓶を初心者殺しへ投げつける。

 瓶の蓋を緩めにしながら投げたおかげで、俺と初心者殺しの間で空気に触れたポーションは爆発を引き起こし、俺は爆風に煽られて吹き飛んだ。

 

 視界が一転二転三転。

 後方の木へとぶつかることでようやく止まる。

 咄嗟に腕でガードしたおかげで顔は大丈夫だが、腕はおもっくそ火傷してる。

 耳は近くで爆発したせいか、よく聞こえない。

 爆発のせいか、それとも吹き飛ばされて何度も転がったせいか視界は安定しないし、吐き気も酷い。が、そんなことを気にしてる場合じゃない。

 無理矢理頭を振りながら、なんとか立ち上がるとトリスターノの背中が見えた。

 

 肉を切らせて骨を断つ。

 というわけにもいかなかったらしい。

 結果としては肉を切らせて骨を守る、といったところか。

 

 頭から爆発を食らって怯んでいるところをトリスターノが追撃し、更にダメ押しでヒナが先程にこれでもかと見せつけてきた『シロガネブレード』だかで頭を貫き、トドメを刺しているのが見えた。

 それと同時に片方を倒したゆんゆんが駆け寄ってきて、俺に何か言ってるが全然聞こえない。

 小瓶の方でよかった。

 最初に投げた方の通常サイズの瓶だったら、上半身が吹っ飛ばないまでも腕は持ってかれたかもしれない。

 ゆんゆんが心配そうに俺を覗き込み、肩を掴み、下へ力を入れてくる。「座れ」ということだろう。

 トリスターノの方を見ると、頷いてきた。

 多分、敵感知に反応は無いんだろう。

 

 ゆんゆんの好意に甘えて座り、戻ってきたヒナに回復魔法を掛けてもらった。

 

 

 ここ最近の俺の戦闘スタイルは大きく変わった。

 俺は自身の力が全く上がらないので、アイテムに全力で頼る戦い方になった。まあ金に余裕が出来たからなんだが。

 ちなみにこのアイテムに使う金は経費扱いなので、ヒナからちゃんとお金はもらえる。

 俺個人のサイフは軽いままだ。

 

 このアイテムを購入しているのはウィズ魔道具店。

 そのおかげでウィズさんのお店にお得意さんになり、ウィズさんとも店員のバニルさんとも仲良くなったのだが、それはまあ置いておこう。

 

「可愛い…」

 

 ゆんゆんが目を輝かせながら見ているのは、初心者殺しの子供。

 黒い体毛は変わらないが、大人の獰猛さを一ミリも感じさせない、つぶらな瞳はゆんゆんが目を奪われるのもおかしくないだろう。

 サイズは小型犬程度。それが三匹。

 今なら先程の戦闘みたいな苦労をしないで殺せる。

 殺せるのだが…。

 

「ゆ、ゆんゆん?それは可愛いのはわかるけどさ、いくら子供とはいえ見逃すわけには行かないんだよ?」

 

 ヒナが説得にあたってるが、ゆんゆんは余程その小さいのが気に入ったのか、俺に「殺さないよね?」と視線を向けてくる。それを見たトリスターノも流石に苦笑している。

 俺も首を横に振ると、ショックを受けたような顔になり、まるで私が親ですみたいな顔で背に奴らを庇い、こちらに両手を広げて止めてくる。

 

「俺も犬は好きだから、殺すのは嫌な気持ちはわかる。だが、そいつらは犬じゃない。わかってくれ、ゆんゆん」

 

「そうだよ。もし見逃したら、誰かが、ヒカルが食べられちゃうかもしれないんだよ?」

 

「何で俺を名指ししたんだこの野郎」

 

「ま、待って!別に見逃そうとかじゃないの!ともだ、いえ、ペット!もしくは私の使い魔にするのはどう!?」

 

「今友達って言おうとした?」

 

「い、言ってません」

 

「言っただろうが」

 

「言ってません!」

 

 このぼっち、落ちるところまで落ちたか。

 

「人間の友達を作りなさい」

 

「人間の友達も大事だけど、この子たちを友達にした経験が活きて、もっと友達が増えると思うの!」

 

「やっぱり友達じゃねえか」

 

「そうよ!悪いの!?」

 

「開き直ってんじゃねえよ!」

 

「それに初心者殺しって賢いモンスターじゃない?ちゃんと餌をあげて、散歩して、お互いを理解し合えれば、きっと共存の道はあると思うわ!」

 

「残念ながら俺の国ではそうやって肉食獣を赤ん坊の頃から育て上げても、食われる事件が発生してるんだよ。そいつが腹を空かせば、今まで育ててくれた飼い主だって食い物と変わらなくなるんだ。悪いが諦めてくれ」

 

 厳密に言うと日本じゃなかった気がするが、今はどうでもいい。

 

「こ、この子は絶対違うわ!私がきっと」

 

「お前だけじゃなくて、俺やヒナ、トリスターノ、更にはアクセルのお前の未来の友達すらも危険に晒すかもしれないんだぞ?」

 

「う、うぅ…」

 

「そんな友達欲しいなら、もっとガンガン話しかけろよ。何でその熱意を人間にぶつけないで、モンスターにぶつけるんだよお前は」

 

「だ、だって…。」

 

「ほら、退かないとその無防備な胸を揉みしだくぞ」

 

 そう言っても少し迷ってるので、胸を鷲掴みにしたら、思いっきりビンタを貰った。

 

 結構なお手前で。

 

 

 

 トリスターノが一匹、俺が二匹殺した。

 ヒナとゆんゆんは初心者殺しの大人一体ずつでバランスは取れてる。

 街へと戻った俺達は平原あたりから自分の冒険者カードを確認していた。

 全員がレベルが上がり、トリスターノは待望の『テレポート』を取得した。

 

「やっと取れた!」

 

 ヒナが飛び上がりながら喜んでいる。

 そういえば覚えたいスキルがあるとか言ってた気がする。

 

「何のスキルを?」

 

「『リザレクション』だよ!」

 

 それは一人に一度だけ許される蘇生魔法。

 大量の魔力を使い、制限付きではあるが、死んだ人間を生き返らせる奇跡の魔法。

 どうやらヒナはそれを覚えたという。

 

「ヒカル。これで一度は生き返らせることが出来る。だけどね、これはとっておきだから。すぐ死んじゃダメだからね?」

 

 まるでちゃんとしてる時のエリス様のように微笑みながら語りかけてくる。

 

 まさか、こいつ俺の為に?

 弱っちい俺が心配で、わざわざ優先して覚えたってのか。

 

「別に死ぬつもりはねえよ」

 

「死にそうな目に何度も合ってるくせに?」

 

「お前らがいるからな。なんとかなるだろ」

 

「『彩友』な僕達が?」

 

「………そうだよ」

 

 それを聞いた三人はまた戦闘前みたいにニマニマし出す。

 からかわれる前に話題を変えるか。

 

「俺もレベルが上がった」

 

「ふうん、何かスキル取るの?」

 

「いや、違う」

 

「じゃあ、なに?」

 

「上位職になれる」

 

 それを聞いた三人は一瞬驚いた顔をした後、一気にお祝いムードとなった。

 

 

 

 

 

 俺はとうとう上位職になれるレベルまで上がった。

 多くの人に協力してもらい、地味にレベルを上げてきたのがようやく実を結んだ。

 俺だけじゃ絶対に上位職なんてなれなかったし、生きてこれなかっただろう。こいつらには感謝しかない。

 

 だが、俺もここまで来て甘い幻想を抱き続けてるわけじゃない。確実に俺はそこまで強くならないだろう。

 『ムードメーカー』のデメリット。

 自身の力を下げる代わりに、仲間の能力を上げる力。これは俺が上位職になろうが変わらない能力。

 

 それを加味した上で何になるかを考えなければならない。恐らく俺がなるのは『ソードマスター』とかの剣を扱う職業だろうが、適性が増えている可能性もある。

 俺は上位職になれる嬉しさと、ちょっとした希望を胸に、ギルドへと来ていた。

 まあ今回のクエストの報酬もあるが。

 適性を調べてもらう為にギルドに来たが、みんな気になるのかパーティーメンバー全員来て、俺の適性が調べ終わるのをまだかまだかと待ち構えていた。

 なんで俺よりソワソワしてるんだよ。

 

戦士

ランサー 

ナイト

プリースト

武闘家

モンク

ソードマスター

狂戦士

 

 があった。

 選択肢が増えていることを嬉しく感じる。

 最初はほとんど選択肢なんて無かったようなものだし。

 

 まあ、それよりも

 

「ヒカルが、プリースト…?」

 

 ヒナが心底不思議そうに言ってくれたが、聖職者の適性があることに俺が一番驚いている。

 エリス様に関わりすぎたんだろうか。

 ついでにナイトもあるし。

 

 

 パーティーメンバーも集めて議論した結果。

 

 ソードマスターではなく

 狂戦士になった。

 

 単純な物理攻撃ならトップクラスに位置するらしく、適性する者も少ないことからレアな職業らしい。

 魔法やスキル、魔法抵抗力を犠牲にする代わりに他の身体能力などのステータスが大幅に上がる。

 俺が今まで出来なかった役割も出来る上に、今まで以上にモンスターを狩れるだろうから、みんなのスキル頼りきりにならないで済む。

 ソードマスターなら多分バランス良くステータスが上がって剣一辺倒になる。

 更に言えば俺の『ムードメーカー』のせいで周りから見れば、クソ雑魚ソードマスターが出来上がることだろう。

 中途半端に剣を振ってスキルを使う弱い職業よりも、物理極振りのそこそこ戦える職業にした方がいいだろう。

 俺は物理でゴリ押し。

 ゆんゆんは魔法でゴリ押し。

 トリスターノは多彩なスキルでゴリ押し。

 ヒナは拳でゴリ押、いや、回復や支援で更にみんなをゴリ押し。

 だいたい剣なんかスキル取らなくても振れるし、今までやってきた武道のおかげで素手の戦いの方が慣れてる。

 剣だ魔法だの世界ではあるが、俺がそれに合わせる必要なんかどこにも無いということだ。

 

 

 

 今日はパーティーでもするか、なんて言ったら、満場一致で返事が返ってきた。

 とりあえず装備を家に置いてから、準備と買い出しに行こうという話になり、一旦家に帰ってきた。

 

 帰ってくると、手紙が届いていて宛名はゆんゆんだった。渡してから、各々の部屋へ戻り、準備をしていると、バタバタと走る騒々しい足音が聞こえて、俺の部屋の扉がバン!と開け放たれた。

 

「ヒカル!」

 

 入ってきたのはゆんゆんだった。

 ゆんゆんは普段こういうことすることは無いから当然驚く。

 ゆんゆんの表情は真剣そのもので、どこか少し赤くなっている気がした。

 

「わ、私と」

 

「どうした?」

 

「私と結婚してください!!」

 

 はい?

 





ヒカル
最近からかわれることが多くなった。
主人公になりきれないような青年だが、やっと上位職になれた。
果たしてその活躍はあるのだろうか。

ゆんゆん
胸を触られてプロポーズした(くそラブコメヒロイン感)(大きな誤解)
友達作りの方向性が音痴。今の友達に満足してないわけではないが、まだまだ友達が欲しい。
カタナの名は『シロガネカリバー』

トリスターノ
他の三人は黒髪だし、上位職になってしまったから、少しだけ疎外感のようなものを感じている。髪を黒く染めようか検討中。
カタナの名は『シロガネ丸』

ヒナギク
やっと蘇生魔法を覚えることができた。
覚えたのだが、一度死んでこの世界に来たヒカルには使えないことを知るのは後の話。
カタナの名は『シロガネブレード』

このファンでゆんゆんの追加キャラクターストーリーで開幕ギルドで一人二役オセロをやってるところを見せられるの草。……草(泣き)

こんな感じでキャラクターの紹介を後書きでやっていれば、わかりやすい話になれたのではと今更思ってしまった。これから一話から読み直しつつ後書きで紹介を入れていく、かもしれません。

次回からはゆんゆんのターン。多分。


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51話


51話です。さあ、いってみよう。



 

 

「私と結婚してください!!」

 

 突然のプロポーズ。

 大胆な告白は女の子の特権、と聞いたことはあるが、まさかのプロポーズとは。

 

「え、えっと」

 

 言葉が上手く出てこない。

 頭をちらつくのは大人の彼女の姿。

 もしかして夢でお世話になりすぎて頭がやられちまったんじゃないだろうな。

 

「っ…」

 

 そ、そんな頬が紅潮した状態で上目遣いなんてしないでくれ。

 や、やばい。最近は子供ゆんゆんにはドキドキしなかったはずなのに。

 

「えっと、結婚するとしたら俺は紅魔の里に行くことになるのか?」

 

「え?」

 

「その場合俺は何を仕事にすればいいかな。紅魔の里に俺なんかが出来る仕事があるか不安だ」

 

「意外と堅実!?」

 

 驚いてるけど、結婚するなら当然だろう。

 まさか専業主夫?出来るかもしれないが、あまり自信ない。でも、ゆんゆんは紅魔族の族長になるんだし、必然的にそうなるのか?

 

「そ、そのね?で、出来れば早めにこ、ここ、こここ子供が欲しいなって」

 

 え、そうなの?

 女性側からそう言われたら男として答えなきゃいけない。

 恥ずかしがりながらも意見をしっかり言ってくれるのは嬉しいことだし。

 

 夢での修行の成果を見せる時だ!

 持ってくれよ、俺の体!

 10べぇハメハメハだ!

 

「よし、任せてくれ。何人ほし」

 

「あのー」

 

 真っ赤っかの顔に、緊張故か右手には紙がくしゃくしゃになるほど握り込んでいるゆんゆんの奥に、俺の部屋の扉から困ったような顔をしたトリスターノと赤面してこちらを睨むヒナの姿があった。

 

 ん?ゆんゆんが持ってるのはさっきの手紙か?

 

「どういうこと?」

 

 ちょっと怖いヒナが凄むようにそう言って、正気に戻った。

 そうだ、なんで俺はすでに結婚する気でいるんだ。

 そもそもパーティーをどうするんだとかいろいろ考えるべきことがあるだろ。それを放り出すなんてしたら、ヒナが怒るのも無理はない。

 

「お、お願い!これは世界の為なの!」

 

 はい?どういうことだ?

 

 

 

『この手紙が届く頃には、きっと私はこの世に

いないだろう。

我々の力を恐れた魔王軍が、とうとう本格的な侵攻に乗り出した様だ。

既に里の近くには、巨大な軍事基地が建設された。

それだけではない。

多数の配下達と共に、魔法に強い抵抗を持つ魔王軍の幹部まで送られてきた。

ふふ……。魔王め、よほど我々が恐ろしいと見える。

軍事基地の破壊もままならない現在、

我らに取れる手段は限られている。

そう、紅魔族族長として。

この身を捨ててでも、魔王軍の幹部と刺し違える事。

愛する娘よ。お前さえ残っていれば、

紅魔族の血は絶えない。族長の座はお前に任せた。

………この世で最後の紅魔族として、

決してその血を絶やさぬ様に⋯⋯。』

 

 

 ゆんゆんが手紙を読み上げていく。

 紅魔の里が?

 魔王軍やこの国どころか世界中の連中が手を焼く、あの紅魔族がやられた?

 ヒナの表情が苦しげになる。家族を失うということに敏感だということは、デモゴーゴンの時の夢でわかっている。ヒナはまた自分だったらどれほど辛いかを考えてしまったのだろう。

 ゆんゆんが更にもう一枚の手紙を読み始める。

 

 

『里の占い師が、魔王軍の襲撃による、里の壊減という絶望の来来を視た日。

その占い師は、同時に希望の光も視る事になる。

紅魔族唯一の生き残りであるゆんゆんは、いつの日か魔王を討つ事を胸に秘め、修行に励んだ。

そんな彼女は駆け出しの街で、ある男と出会う事になる。

頼りなく、それでいて何の力もないその男こそが、彼女の伴侶となる相手であった⋯⋯。

ヒモ同然の働かない男。

それを甲斐甲斐しく養うゆんゆん⋯⋯。

修行に明け暮れていたゆんゆんにとって、

それは貧乏ながらも、楽しく幸せな日々だった。

やがて月日は流れ。

紅魔族の生き残りと、その男の間に生まれた子供は

いつしか少年と呼べる年になっていた。その少年は、冒険者だった父の跡を継ぎ、旅に出る事となる。

だが、少年は知らない。

彼こそが、一族の敵である魔王を倒す者である事を⋯』

 

 

 ああ、そういうことか。

 って、それでプロポーズしてきたのか!?

 

「だ、だからね?あの、これは世界の為で、」

 

 ゆんゆんが赤面しつつ、言い訳を始めた。

 正直ツッコミどころが多いやら、先程のプロポーズは仕方なくやったことだったのか、というちょっとしたショックのようなもので頭が上手く動かない。

 

「すみません。少しいいですか?」

 

 トリスターノが手を挙げながら発言許可を求めてくる。

 いつもならダメです、とでも答えてやるところだが、今は参ってるせいで話を進めようとしてくれてるのはちょっとだけありがたい。

 俺が頷くと、二人も続いて頷いて、それを確認したトリスターノが話し始める。

 

「いろいろと言いたいことはあるのですが、まず本題からいきましょう。その手紙に書かれているゆんゆんさんの伴侶はリーダーでは無いのでは?」

 

「へ?」

 

 ゆんゆんが間抜けな声を出して、固まった。

 

「駆け出しの街で、頼りなくて何の力もない男性がゆんゆんさんの伴侶になる、と書かれていますが、頼りない男性かと言われると、そんなことは無いと思いますし、リーダーには歴とした『ムードメーカー』という能力があります」

 

 あれ、それを考えると俺はゆんゆんに『頼りなくて何の能力も持たない男』って思われてたのか!?

 

「ヒモ同然の働かない男。それを甲斐甲斐しく養うゆんゆんさん。この部分は間違いなく違うと思います。今までリーダーは自身の弱さを受け入れて、それでも何かしら出来ないかと私達の前で体を張ってきましたから」

 

 お前からの評価が割と高くて嬉しいけど、ゆんゆんからの評価が低くてしんどいんだけど。

 

「え、あ、別にそう思ってたわけじゃなくて…」

 

 まあ最初はおんぶに抱っこだったからね。そう思われても仕方ないねうん。

 

「ゆんゆんさんがリーダーを悪いように思っているという指摘ではなくてですね。これは私の推測なんですが」

 

「勿体ぶるなよ。何が言いたい?どうせ俺はダメダメだよこの野郎」

 

「ええっ、ち、違っ!?身近にいた男の人がヒカルだったから…!」

 

「ですから、ダメな人なんて誰も思ってませんよ」

 

「僕はもうちょっとしっかりしてほしいと思ってるんだけど」

 

 追撃してくんな脳筋アークプリーストめ。

 今立ち直ろうとしてるところなんだよ。

 

「…話を続けます。ゆんゆんさんの手紙の伴侶の男性に心当たりがあります」

 

「え?」

 

「マジか」

 

 そんなんいるか?頼りなくて、何の能力も無くてヒモ同然の男なんて……あっ。

 

「リーダーはお気付きみたいですね。一人いらっしゃいますよ」

 

「そ、その人は!?」

 

 

「リーダーと同じく、ニホンから来た冒険者のカズマさんです」

 

 

 

 

 

 

 

「私!!カズマさんの子供が欲しい!!」

 

 今日は問題発言のオンパレードだ。

 今はカズマ達の屋敷に来ている。

 

 あの後、ゆんゆんはカズマだと聞いて少し複雑そうな顔をした後、すぐにカズマ達の元へ行くと言って走って出て行ってしまった。

 俺達も後からついて行くと、今の発言が聞こえたわけだ。

 

 ゆんゆんってある意味メンタル最強なんじゃないかと思う。里の為、世界の為とはいえ腹括るのが早いというか。

 この光景に何か思わないわけじゃないが、ゆんゆんが決めたことに俺は何か言うことは出来ない。

 

「リーダー、どうか落ち着いてください」

 

「お前は何を言ってるんだ?」

 

「ヒカル、儚い夢だったね」

 

「何で嬉しそうなんだよ。なんなのお前ら?」

 

 同情するような顔とニマニマした顔、どちらも無性にしばいてやりたい。

 

「いえ、複雑そうな顔してましたから。まさか私が言っていたことが事実になってしまうとは…。謝罪します」

 

「お前、こんなところで寝となんとかなんて言ってみろ。本当にしばいてやるからな。俺の筋力のステータスは今までとは別人ばりに上がってるからな?気を付けろ?」

 

「ヒカル、八つ当たりしちゃダメだよ。ゆんゆんも期待させちゃうような言動をしたのは良くないと思うけど、やっぱり身の丈に合った恋愛や結婚をするべきだと思うよ」

 

「お前もいい加減舐めてると痛い目に合わせるからな。あと俺は別に期待なんてしてねえし、勝手に捏造するんじゃねえよこの野郎」

 

「期待してたじゃん。普段は年上年上言っておきながら、いざチャンスが来るとすぐに食いついちゃってさ!」

 

「はあああああ??お子ちゃま風情が何を言ってんだこら」

 

「お子ちゃま!?そっちこそ舐めてると痛い目見るよ!」

 

「やんのかこの野郎。対人戦に優れた俺と、脳筋ボクサーのお前じゃ、お前の将来の胸の成長ぐらい勝ち目無いと思うけど?」

 

「へえ…。そんなに痛い目見たいんだ?いいよ。ヒカルの技なんて見飽きたし、絶対に効かないよ。更に言えば実力で見ても僕の方が絶対に強いからね!」

 

 一触即発。

 睨み合い、いつでも闘うことが出来る状態。

 そんな間に入ってきて、止めてくるレフェリー、もといイケメン。

 

「まあまあ、落ち着いてください。ここで喧嘩したらカズマさん達に迷惑がかかってしまいますよ」

 

 …それはそうだ。

 このお子ちゃまを痛い目に合わせるのはいつでも出来るが、人様に迷惑をかけるのは良くない。

 

「「……ふん!」」

 

 お互いにそっぽを向いた。休戦だ。

 

「はあ…。冷静なお二人でよかったです。さあ、今度はあちらをどうしましょうか」

 

 そんなやり取りをしてる内に、何故かカズマ達のパーティーは喧嘩をしていた。

 本当にこいつらは何が起こるか予想が出来ない連中だ。もっと仲良くしろよお前ら。

 

「めぐみん!聞いて!!紅魔の里が…!紅魔の里が無くなっちゃう!!」

 

 そんなゆんゆんの一言にやっと全員話を聞く気になったらしく、ようやく説明出来るようになった。

 

 

 

 

 

 

 

「あるえの馬鹿ああああああああああああああああああ!!!!」

 

 ゆんゆんは手紙をクシャッと潰して、床へ叩きつけるようにして投げ捨てる。

 その後、絨毯の上に突っ伏しておいおいと泣き始めるゆんゆんの姿には流石に同情した。

 ヒナもゆんゆんの元に行って慰めている。

 俺にプロポーズした後に、今度はカズマと子作りしようと誘ったのだから、泣きたくもなる。

 

 二枚目に読んでいた手紙は、どうやらゆんゆん達の同級生で小説家を目指す『あるえ』が創作として書いたものだったらしく、それに気付かなかった結果、ゆんゆんは赤っ恥をかいたと。

 文字だけに起こすと簡単だが、ゆんゆんのメンタルへのダメージは凄まじいものだろう。しばらくは優しくしてやろう。

 

 ただ一枚目の手紙、これは正真正銘ゆんゆんの父親からの手紙らしく、里がピンチということは事実だという。

 これを聞いても里に対してドライな感じのめぐみんにゆんゆんは怒っていたが、家族とか友達はいないのだろうか。

 

 涙を拭いたゆんゆんはカズマ達に平謝りすると、俺達とカズマの屋敷を後にした。

 

 

 

 

 そして

 

「うわあああああああああん!!!ヒナちゃああああああああああん!!!」

 

「よしよし、大丈夫だからね」

 

 今は家でヒナに泣きついていた。

 メンタルに深刻なダメージを受けたゆんゆんは救いを求めた結果、ヒナの平で小さな胸に行き着いた。

 そんなゆんゆんを抱きしめ、ゆんゆんの頭を優しく撫でるヒナの表情は慈愛に満ちていて、まるで女神のようだった。

 

「あんまりよおおおおおおおお!!うわあああああああああああん!!」

 

「ゆんゆんは悪くないからね。悪いのはあるえって人とヒカルだからね」

 

「何で俺なんだよこの野郎」

 

 ゆんゆんはヒナの胸から少し顔を上げて、涙やら何やらでぐしゃぐしゃになった顔で俺を見てくる。

 

「ぐすっ…ひっく…ごめんね、ぐすっ…ヒカル」

 

「あ、ああ。その大丈夫だからさ。あんまり気にするなよ。カズマもそう言ってただろ?」

 

「ぐすっ……うん。ありがとう」

 

「あいよ。そろそろ落ち着いたか?明日にはアクセルを出て紅魔の里に行くんだろ?いろいろと会議しないか?」

 

 そう言うと、ゆんゆんは泣き止んで驚いた顔でこちらを見てくる。

 

「…ついて来てくれるの……?」

 

「当たり前だよ!ゆんゆんの家族が危ないんだから!僕達も力になるよ!」

 

 ヒナがそう答えた後、トリスターノと俺も頷いたのを見て、また泣き出した。今度は嬉し泣きらしい。

 

 何にしても、しばらく泣き止みそうになかった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。ここらのモンスターは流石にキッツイな」

 

「本当ですね。ですが、そのモンスターに正面切って戦えるようになったリーダーに驚きです」

 

「本当びっくりよ。ヒカルじゃないみたい」

 

「ヒカルがこんなに立派になるなんて…」

 

 ヒナが少し涙ぐんでるが、お前は俺の親か。

 上位職の『狂戦士』に変わり、俺の身体能力は大きく上がった。

 ヒナの支援魔法があればアニメのバトルよろしく飛んで跳ねてみたいなアクロバティックな動きもできるようになった。

 本当の『狂戦士』なら斧で地面を叩き割るほどの馬鹿力が出せるらしいのだが、俺の能力のせいでそんなことが出来るわけがなかった。

 俺の実力は改善できたが、以前より更に魔法に弱くなった。

 魔法を使ってくるモンスターやそもそも太刀打ち出来ない大型モンスターに関してはアイテムを惜しみなく使って、みんなに任せて戦うしかない。

 

 それはさておき、今は紅魔の里だ。

 悲惨な事件の日に全て準備を済ませ、翌朝そのまますぐに出発したのだ。

 テレポート屋を経由して、今は徒歩で向かっている途中で、特に問題無ければあと一日程で着くらしい。

 ゆんゆんやその家族と故郷の為に飛び出して来たが、ぶっちゃけもっと近いと思っていた。

 不謹慎かもしれないが、少し旅行気分で、紅魔の里がどんなところか楽しみでもある。

 アクセルを遠く離れるのはまだ二度目でしかない。この世界に来てそれなりに経っているのに、騎士王の件もあったせいか仲間達には危険だからとアクセルから遠く離れるのは反対されていた。

 そんな理由でアクセルの外が楽しみというのと、俺が強くなったのをしっかり肌で感じているせいで、表情には出さないまでも内面ではかなり舞い上がっている。

 

 やっとこいつらを守れる。

 やっとこいつらに頼り切りじゃなくなる。

 

 それが堪らなく嬉しい。

 自分が諦めなかったことは間違いじゃなかったと確信できる。

 この世界に来て

 

「あれはオークでしょうか。誰か追われてこちらに近付いて来てますよ」

 

「オーク?」

 

 トリスターノの声で物思いに耽っていた状態から抜け出す。

 アーチャーのスキル『千里眼』で見えているのか、遠くを指す。俺からは良く見えないが、何かが土煙を上げて俺達へ近付いて来てるのはわかる。

 

「ここから先の平原はオークの縄張りだからね。私達はともかくヒカルやトリタンさんは気をつけないと」

 

 ん?何で俺とトリスターノだけ?

 どういうことだ?

 

「そうだね。だけど、人が襲われてるなら助けないと!行こう!」

 

 ヒナがグイグイ引っ張ってくる。

 ゆんゆんも頷いて、行こうと伝えてくる。

 トリスターノが遠くを見ながら、オーク達が近付いてきてるおかげでより見え始めたのか、驚いた表情に変わる。

 

「あれは…カズマさんですね」

 

「「はい?」」

 

「何でカズマ?」

 

「わかりません。とにかく助けましょう。男性の天敵ですからね。友人がオークの毒牙にかかるなんて見過ごせませんし」

 

 ???

 こいつらはさっきから何を言ってるんだ?

 

「ほら、早く!」

 

 ヒナに引っ張られて、聞き出す前に向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

「『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 ゆんゆんが最近覚えた魔法を使ってみたいと言われて任せることにした。

 カズマがオーク達に捕まり、あれよあれよと言う間に服を脱がされていく、特に見たくもない光景を見せられて何とも言えない気分になる。

 カズマは余程怖かったのか、助けてくれたゆんゆんに泣きながらすがり付いていた。

 ゆんゆんがオーク達に見逃してやると高らかに言うと、オーク達は素直に尻尾を巻いて逃げて行った。

 

「なあ、あれはどういうことだ?」

 

「はい?何がですか?」

 

「何でオークが男性の天敵なんだ?カズマが服を脱がされてたが…」

 

「…知らなかったんですね。今オーク達にオスは存在しません」

 

「…じゃあ何でオークはいるんだ?オスメスいなかったら絶滅するだろ」

 

「オークといえば、縄張りに入り込んだ他種族のオスを捕らえて集落に連れ去り、種族の繁栄に努めるのですよ。だから」

 

「わかった。もういい」

 

「わかっていただけたようで何よりです」

 

 恐ろしい。カズマはもう少しで子沢山になるところだったんだな。まあ子供が生まれる頃にはカズマは生きていないだろうが。

 

 穴があればいいと思える変態じゃなければ……。

 

「トリスターノ、もしかしてお前はオークでもいけたりするの?」

 

「私はノーマルですっ!!!」

 

 

 オークへの恐怖で弱っているカズマの為に一度休憩することになった。

 めぐみんは妹が心配になったから帰郷することにしたらしく、それでカズマ達全員ついてくることになったみたいだ。本当はゆんゆんも心配になったのだろうが。

 それでカズマ達のパーティーと紅魔の里を目指すことになったのだが、先程からゆんゆんがめぐみんに何かと絡んでいた。

 何でもめぐみんは里の人達に爆裂魔法しか使えないことを話していないらしく、ゆんゆんはボロが出ないよう釘を刺してるのだが…。

 

「何よ、やる気?勝負なら受けて立つわよ。もうめぐみんには負けないんだから!」

 

 その負けん気をコミュニケーション能力で活かせないものか。

 ゆんゆんは警戒しながら、めぐみんから距離を取る。

 先程からずっと喧嘩腰だ。トリスターノとダクネスみたいに仲良く出来ないのか。この変態二人は世間話に花を咲かせている。

 ヒナも最近はアクアのことを認めているみたいだが、ライバル心は燃やしているらしく、とうとう蘇生魔法を覚えたことを自慢していたが、アクアはすでに初期から覚えていたらしく、ヒナは難なく撃退された。

 

「カズマ、ヒカル。ゆんゆんの恥ずかしい秘密を教えてあげましょう。実は我々紅魔族には、生まれた時から体のどこかに刺青が入っているのです。個人によって刺青が入っている場所は違うのですが、ゆんゆんの」

 

「やめて!ちょっと!何を言うの!?ていうか何で私の刺青の場所知ってるのよ!こんなところじゃ爆裂魔法なんて使えないでしょう!?魔法が使えないめぐみんなんて、取り押さえる事ぐらい簡単に出来るんだからね!」

 

 喧嘩する二人の大声が呼び寄せたのだろう。

 

 

「おい、こっちだ!やっぱりこっちから人間の声が聞こえてきやがる!」

 

 

 耳障りな甲高い声が、森の奥から聞こえてくる。

 

「おい二人とも、どうやら敵に聞きつけられたようだぞ!そろそろ静かに!」

 

「そうだよ、一回静かにしよう?」

 

 ダクネスとヒナが身を屈めて、ゆんゆんとめぐみんに注意をする。

 

「短気なゆんゆんが、いつまでも大声を出しているからですよ!」

 

「私よりめぐみんの方が短気じゃない!昔から、後先考えずに無鉄砲な事ばかりやらかしたり!」

 

「なにおう!!」

 

「二人ともいい加減にしろっ!大声を出すと見つかると言っているだろうに!」

 

「そうですよ、とりあえず今だけは静かにしてください!」

 

 未だ喧嘩状態のめぐみんとゆんゆんをダクネスが止めに入り、トリスターノもそれに続いた。

 

 そんなことよりもなによりも!

 

「おい、そんなことよりも、ゆんゆんの刺青の場所を詳しくっ!」

「そうだぞ!もしかしてエッチなところか!?エッチなところにエッチな刺青が入ってるのか!?」

 

 

「見つけた!ここだ!こんなところに人がいるぞーー!」

 

 

「お前達は!!本当にお前達は!!!」

 

「ヒカルのバカ!!」

 





ヒカル
プロポーズされて一瞬で手のひらクルックルした。
「年上の方が好みというだけで、変更は可能ですはい」
勉強しても勉強しても毎日この世界の知らん情報が出て来て、もうこれわかんねえな状態。
早く刺青の位置が知りたい。

ゆんゆん
不屈の闘志。ナイスガッツな女の子。
だいぶ勇気を出したが、無かったことになった。
最近エリス教に入ろうか、真剣に考えている。

トリスターノ
自称ノーマル。
冷静な喧嘩の仲裁役兼物語進行役。
オークはNGらしい。

ヒナギク
実は最近ホームシック気味な女の子。
突然のプロポーズに頭が真っ白になった。あっさりプロポーズを受け入れるヒカルに怒りを覚えたが、何で怒ってしまったかヒナギク自身はわかっていない。とりあえずヒカルが悪いと思っている。

このペースだと紅魔の里編くそ長くなりそう。
映画『紅伝説』は最高。異論は認めない。
あの映画で一番好きなシーンは、ゆんゆんが手紙の二枚目があるえのものだと気付いた時に紙を丸めて、思い切り床に叩きつけるシーンです。
つまり今回のお話。
二番目に好きなシーンはアクアが女神のような顔でカズマの半脱ぎズボンを優しく着させてあげてるシーンです。


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52話

52話です。さあ、いってみよう。



 

「囲め囲め!周りを囲んで一気にやっちまうぞ!!」

 

 めぐみんとゆんゆんが喧嘩したせいで見つかった!!

 ワラワラと出てきた鬼モンスター達が取り囲もうとして迫って来る。

 

「ゆんゆん、先程はよくもネタ魔法と言ってくれましたね!ネタ魔法の破壊力を久しぶりに見せてあげましょう!」

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待っ」

 

「『エクスプロージョン』ッッ!!」

 

 慌てる俺らを無視して、めぐみんが魔王の手先を大量に巻き込んで爆裂魔法をぶち込んだ。

 辺り一面の木々が丸ごと吹き飛び、その威力は鬼達どころか俺達も爆風に煽られて吹き飛んだ。

 

「いったた…」

 

 近くからゆんゆんの声が聞こえた。

 いや、近いどころか俺がゆんゆんに覆いかぶさっている。

 

「ああ…ごめんな、ゆんゆん。だいじょ、うぶ、か」

 

 顔を上げたら、スカートがめくれ上がり、全開状態の黒い下着が見えた。

 今の状況を説明すると、なんというかロックなナインな体勢になっている。俺が上になっていて、そのせいでめちゃくちゃ良く見える。

 そのおかげで、いや、そのせいでゆんゆんの下着が見えてしまっているのだ。何ということだ。

 

 それよりも何よりも、ゆんゆんのうち太ももの際どいというか、その下着に近いところに

 

「なんだこれ、バーコード?」

 

 そう、この世界では見たことがなくて、日本で日頃見ることがあるバーコードがゆんゆんのうち太ももにあった。

 

「えっ?」

 

 もしかしてこれが、刺青…?

 

「きゃあああああ!!早く退いてよバカああああああ!!」

 

 見られたことを察したのか、悲鳴を上げて、俺のケツを押してくる。

 俺も悲鳴を出されて焦って早く退こうとしたら、ケツを押されて、不意打ちで膝蹴りを横っ腹に食らい、体勢を崩した。

 その結果、顔面からゆんゆんの下着にダイブした。

 

「いやあああああああ!!こんな時に何してるのよバカ!!バカ!!最低!!」

 

「おふっ!退くから!!退きますから!」

 

 俺はもう押されすぎて、ゴリゴリ顔面を地面に押し当てられながらも、頑張って返事をしたが、ゆんゆんはパニック状態で聞いてくれない。

 ゆんゆんは怒りに身を任せ、俺のケツをバシバシ叩いて、何度も膝蹴りをぶち込んだ後、思い切り蹴り上げながら俺の体を退かした。

 

「いってえ!」

 

 起き上がりながら、ゆんゆんを見ると真っ赤っかな顔で自分のスカートをおさえていて俺のことを真っ赤に光らせた瞳で睨んでいた。

 

「いや、あの、本当すみませんっていうか」

 

 視線を感じて振り返ると、少し後ろにはヒナがいた。

 恐ろしい程に無表情でゴミを見るような目で俺を見ていた。

 

「最低」

 

 今まで聞いたことが無いような冷たい声だった。

 

「ちょ、ま、待ってくれ!今のは確かに見るだけ見たら最低かもしれないけど、事故だぞ!?やりたくてやったわけじゃないって!」

 

 二人にそう言い訳しても、聞いてくれないどころか目も合わせてくれなくなった。

 

 というか、それどころじゃな

 

「人間でもあんな最低な奴がいるんだな」

「あいつから殺そうぜ」

「そうだな、最期に良い思い出来てよかったな」

 

「おいいいいいいい!!なんで敵からもそんな風に言われなきゃいけねえんだよ!!お前らも見てただろ!?爆風で吹き飛ばされたんだよ!見てたよな!?お前らも一緒に飛ばされてたしなあ!?ねえ!?見てたってあいつらに言ってやってくれよ!頼むよ!」

 

 敵モンスターの鬼達からもゴミを見る目で見られた上に散々な言われようをされた。

 確かに悪いことをしたかもしれないが、これは言い返さないと気が済まない。

 

「なんで敵に助けを求めてるんですか…」

 

 呆れるような声に振り返ると、困ったような顔で苦笑するトリスターノがいた。

 

「トリスターノ!お前ならわかってくれるよな!?マジで事故!事故だってあいつらに伝えてくれよ!あいつらマジで目すら合わせてくれないよ!」

 

 いつものようにイケメンスマイルを俺に向けて、俺の肩に手をポンと置いて、落ち着いた口調で話し始めた。

 

「リーダーのお勤めが終わるまで、私は待ってますから安心してください」

 

「いや、有罪なの!?どこが安心できんだよ!すでに罪扱いなのか!?待てよ!本当に事故だって!裁判は!?情状酌量の余地なしか!?弁護士!!弁護士を呼んでくれ!!」

 

「残念ながら…」

 

「おい!!マジか!?マジでダメなのかこれ!?」

 

「お前達いい加減構えるなりしてくれ!!」

 

 ダクネスから怒鳴られたが、今は理不尽に抵抗する時だ。悪いが、そっちで片付けてほしい。

 

「何言ってんだ!早く逃げるぞ!」

 

 正面から戦うのは不利だと判断したカズマはめぐみんを背負いながら、全員に逃げるように呼びかける。

 一応やれなくもないが、戦闘は難しいだろう。今この状況だと誰も俺の言うこと聞いてくれなそうだ。

 

「俺らも逃げるぞ!」

 

 そう呼びかけている途中で、更にこちらへ接近してきている魔王の手先達が見えた。

 やばい、と思ったのも束の間、どうやら様子が変だ。その魔王の手先達は随分と必死な形相で武器を投げ捨てながら、こちらへ向かってきている。

 

 援軍?

 そう思った時、突如として何もない空間から黒いローブを着た集団が現れた。

 いや、全員が黒いローブではない。何人かは黒色のライダースーツみたいなツナギを着て、指先が空いた手袋をはめていた。

 現れた人数は四人。武器も服装もバラバラだが、その四人はめぐみんやゆんゆんと同じ紅い瞳だった。

 

 紅魔族。

 

 何もない空間から突然現れた様に見えたのは、テレポートか何かの魔法だろうか。

 

 援軍ではなく、この紅魔族に恐れて逃げて来たのか。

 紅魔族四人より俺達の方へ駆け出そうとした時、

 

「もう逃げられはしない…ッッ!我が深淵に眠る闇の業火に抱かれて消えるがいいッッ!!」

「我が禁忌よッ!現世の扉を閉ざす鎖錠を破り、我が敵に滅びをもたらせッッ!」

「漆黒の闇に住まう叛逆の力よッ!我に屈し、我に従い、その猛威を振るえッッ!!」

「炎は獣に、竜は我が手に。楔を破壊し、命の鎖を引きちぎり、世界を食らい尽くせッッ!」

 

 それは、魔法の詠唱……ではない。

 というか聞いたことが無いから、分からん。

 多分、決め言葉か何かだったのだろう。

 

 彼らは一瞬で魔王の手先に追いつき、全員が全く同じ魔法の詠唱を開始した。

 

「ちょっ……!待っ……!やめっ……!」

 

 魔王の手先の一人が何かを言おうとした瞬間

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

「セイバーッ!」「セイバーッッッ!」

 

 彼らの手刀が輝き、光輝く刃が魔王軍達に次々と切り刻まれて。

 

 その後、その場に残ったのは魔王の手下だったもの。ただの肉塊と成り果てた。

 

 ………。

 

 や、やややややっべえええええ!!

 さっきゆんゆん怒らせちまったじゃねえか!肉塊ルートじゃんこれ!マジでやべえよ!これと同じになっちまうよ!!落ち着いたら全力で謝ろう!

 

 闇だ漆黒だ言ってたくせに、すげえピカピカする魔法使うじゃん、とかツッコミが出来なくなる程ゆんゆんにどう謝ろうかと考えていたら、一瞬で魔王の手下達を肉塊にした紅魔族の人達が俺達の方に歩いてくる。

 

 その一人がカズマの方に話しかける。

 

「遠く轟く爆発音に、魔王軍襲撃部隊員と共に来てみれば……。めぐみんとゆんゆんじゃないか?なんでこんなところにいるんだい?」

 

 そんな普通の口調で気さくに話しかけていた。

 めぐみんがそれによろめきながら答える。

 

「ぶっころりーじゃないですか。お久しぶりです。里のピンチだと聞いて、駆けつけて来たのですよ」

 

 ピンチと聞いて、紅魔族四人が首を傾げる。

 え?ピンチじゃねえの?

 

「ところでめぐみん、こちらの方達は君の冒険仲間かい?」

 

 少し嬉しそうにめぐみんがコクリと頷く。

 それを見て、ぶっころりーが真剣な表情になり、マントをバサッと翻した。

 

「我が名はぶっころりー。紅魔族随一の靴屋のせがれ。アークウィザードにして、上級魔法を操る者……!」

 

 突然そんな自己紹介を始めるぶっころりー。

 本来ならば唖然とする所なのだろうが、俺達は、既にめぐみんとゆんゆんの二人によって耐性が付いている。

 

「これはどうもご丁寧に、我が名は佐藤和真と申します。アクセルの街で数多のスキルを習得した者。どうぞよろしく」

 

 カズマが相手に合わせた自己紹介をすると。

 

「「「「おおおおーっ!」」」」

 

 突然、紅魔族の人達がそんな驚きの声を上げた。

 

「素晴らしい、実に素晴らしい!外の人は、我々の名乗りを受けると微妙な反応をするものなのなんだけど……!まさか外の人がそんな返しをしてくれるとは!」

 

 そのぶっころりーの言葉に他の紅魔族がウンウンと頷き、今度は俺の方を期待した目で見てくる。

 

 やるしかあるまい。

 

「お控えなすって」

 

 例のポーズをして、そう言うと紅魔族の四人は首を傾げたが、そのまま続けよう。

 

「手前、生国と発しまするは日本の生まれ。姓はシロガネ、名はヒカリ。人呼んでヒカルと発する冒険者でございます。

以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます」

 

 

「「「「おおおおーっ!」」」」

 

 

「外の人がこんなカッコいい名乗りをしてくれるなんて…!よろしくね、ヒカルさん!」

 

「よろしくです。ぶっころりーさん」

 

 どうやらウケたらしい。

 最初はヒナに軽い気持ちで教えたものだったのに、すっかり俺達のパーティーの挨拶になってしまった。今日はこれを何回もやることになりそうだ。

 

 

 

 

 ぶっころりーさん達にテレポートで送ってもらった後、彼らが颯爽と去っていったのは光を屈折させる魔法で姿を隠しているだけとか、ぶっころりーさん達はただの暇を持て余したニートとか、あまり知りたくない情報を知ってから、ゆんゆんの実家へと向かった。

 

 

 紅魔の里は小さな農村のような大きさの集落だ。なんというか長閑な田舎というイメージ。

 その住民達は緊迫した様子で、目つきは鋭い……ということもなく、どこまでも長閑で欠伸してる人までいる。

 とても里のピンチには見えない。

 ゆんゆんの実家へと向かう途中、何度かゆんゆんのご機嫌を伺ってみたが、俺と目を合わせるとすぐにそっぽを向かれた。

 …時間を置いて話しかけよう。多分すぐに謝りにいっても逆効果だろう。

 

 里の中央にある大きな家、そこがゆんゆんの実家だ。ゆんゆんのご両親に挨拶を済ませて、早速話を聞くことになった俺達は族長宅の応接間に通された。

 テーブルを挟んでソファーに座る包帯やら鎖やらの厨二ファッションをした中年の男性がゆんゆんの父親でひろぽんさん。

 そんな人が眉間にしわを寄せて、衝撃の事実を話し始めた。

 

「いや、あれはただの近況報告だよ。手紙を書いている間に乗ってきてしまってね。紅魔族の血がどうしてもね」

 

「ちょっと何を言っているのか分からないです」

 

 カズマが即座にツッコミ、俺の隣ではゆんゆんが口を開けてポカンとしている。

 

「……え?あ、あの、お父さん?その、お父さんが無事だったのは嬉しいんだけど、手紙の最初の『この手紙が届く頃には、きっと私はこの世にいないだろう』っていうのは…?」

 

「紅魔族の時候の挨拶じゃないか。学校で習っただろう?……ああ、お前とめぐみんは成績優秀で卒業が早かったからなぁ」

 

「……魔王軍の軍事基地を破壊することも出来ない状況っていうのは?」

 

「あれか?奴ら、立派な基地を作ってな。破壊するか、観光名所にするかで皆の意見が割れててな」

 

 

 こんな調子だ。

 応接間にいる人数が多くて、俺達のパーティーはソファーに座りきれなかったので、壁際に立っている。途中から話を聞くのがバカらしくなり、窓の外を眺めてのんびりしていた。

 紅魔族特有のノリのせいで俺達二つのパーティーは見事に乗せられてここまで来たみたいだ。

 

 族長達の話を聞き流しながら、春の陽気に当てられて眠くなってきたその時。

 

『魔王軍警報、魔王軍警報。手の空いている者は、里の入り口グリフォン像前に集合。敵の数は千匹程度と見られます』

 

『せっ!?』

 

 カンカンという鐘を叩く音とともに、里中に流れるアナウンス。

 単位のおかしさに思わず驚きが口に出た。

 紅魔族三人は何事もないかのようにしてるのが余計に異様に感じる。

 これからただテレポートで帰るだけかぁ、なんて思ってたが、そんなことは無いみたいだ。

 わけのわからん理由でここに来たかと思えば、まるで俺からパンツを見に行ったみたいな容疑にかけられてうんざりしていたところだ。

 少し体を動かして、ちょっと貢献してから帰り

 

「慌てなくて大丈夫ですよ。ここは紅魔の里です。皆も見にいってみますか?」

 

 と、めぐみんが落ち着いた調子でそう言った。

 

 

 

 

 

 そこは地獄だった。

 色とりどりの魔法が雨霰のように降り注ぎ、魔王軍は埃のように宙を舞い、塵芥となった。

 地面は燃え盛ったかと思えば、凍て付き、光が迸り、爆発した。

 

「うわあああああああああああああっ!!!」

「シルビア様!シルビ」

「走るのを止めるなっ!やられうわあああああああああ!!」

「撤退ーっ!撤退しろおおおおおおっ!!」

「だから俺は行きたくないって言ったんだよおおおおおおああああああああ!!?」

 

 そんな声が聞こえたかと思えば、綺麗な色をした魔法に飲み込まれていき、次の瞬間には聞こえなくなり、姿もまるで元からいなかったみたいに掻き消された。

 

 

「これがファンタジーかぁ…」

 

「こんな大虐殺見て、その感想を言うのやめてくれ」

 

 俺が呟いた一言にカズマがツッコミを入れてくる。だってなぁ…。もうちょっとこう…死体とか血溜まりが残れば、戦争というか戦闘をしてるみたいな気になれるけど、紅魔族が魔法を撃った後なにも残らないからな。敵相手に普段なら同情なんてしないが、これは流石に可哀想に見える。

 

 あと俺のこのモヤモヤをどうしてくれようか。

 

 

 カズマ達のパーティーはめぐみんの家でお世話になるらしく、そこで分かれた。

 俺達はゆんゆんの家に戻り、それぞれ空いてる部屋に泊めさせてくれると言って、ここにいる間お世話になることになった。

 トリスターノのテレポートでいつでも帰れるのだが、どうやら友達を家に招くというのもしてみたかったらしく、ゆんゆんは俺達にいて欲しいみたいだったから、しばらくはお世話になることにした。ゆんゆんも久しぶりに親御さんと過ごしたいだろうしな。

 借りた部屋に行って、装備を外して荷物を置き終えた後、玄関に戻ると、俺を見た途端に機嫌が悪くなるヒナと困った顔のトリスターノがいた。

 トリスターノから聞くと、ゆんゆんはややこしい手紙を送ってきた『あるえ』に制裁しに行ったらしい。先程も俺達やカズマ達に謝り倒していたし、そもそも根本の原因はあの手紙だから無理もない。

 

「私達はどうしましょうか?」

 

「俺達か?んー、観光するならゆんゆんに案内してもらったりした方がいいしな。そういえば他で買うより、ここで魔道具を買えば安く済むんじゃないか?」

 

 いつだったか、ゆんゆんが紅魔族製の魔道具だから里で買えば安い、みたいなこと言っていた気がするのを思い出した。

 

「そうですね。品揃えもいいかもしれませんし、見に行ってみますか」

 

「おう。ヒナもそれでいいか?」

 

「………うん」

 

 一応口は利いてくれるぐらいには機嫌は治ってきたらしい。というか、そもそも何でこいつが怒ってるんだ?こいつのパンツ見たわけでもないのに。

 

「んじゃあ、それで」

 

「ヒカル君、少しいいかな」

 

 じゃあ出発ってところで、後ろから声を掛けられる。

 振り返ると、ゆんゆんのお父さんがそこにいた。

 

「はい。何かありましたか?」

 

「ちょっとヒカル君と『二人で』話したいことがあってね。少しだけいいかな」

 

 二人で、をめっちゃ強調してきた。

 ゆんゆんのことで聞きたいことでもあるのだろうか。あんな娘持ったら心配するのも無理はない。ゆんゆんの為にも俺が話して、不安を取り除いておこう。

 二人には後で合流すると伝えて、先に行ってもらった。俺は先程みたいに応接間に通された後、ガチャリと鍵をかけられた。

 

 ……なんか内緒話でもするのかな。

 

「『ロック』『サイレント』……ああ、掛けてくれたまえ。なにただ話をするだけだ」

 

「……は、はあ、失礼します」

 

 じゃあ何故部屋の扉に厳重に魔法をかけたのか教えて欲しい。先程紅魔族のヤバさを嫌というほど目の当たりにしてきたばかりだというのに、不穏な空気を感じるのは心臓に悪い。

 

「コーヒーはどうかな?最近王都の王族の方と会う機会があってね、良いものを貰ったんだ」

 

「い、いただきます」

 

「うむ、了解した。君はパーティーのリーダーなんだってね?話を聞いておきたかったんだ。うちの娘が迷惑をかけていないかな?何分あの子は人見知りだからね、常々心配だったんだよ」

 

 ここだ。ここで心配の種を無くしておけば、この不穏な空気も無くなるはず。

 俺はゆんゆんがめちゃくちゃ出来た娘だとヨイショしながら、最近のゆんゆんの話をし始めた。

 コーヒーを受け取り、お礼を返しながら、話を続ける。

 

 話し終えた頃に表情を見ると、ゆんゆんのお父さんはニコニコしていた。概ね良好といったところか。

 

「ところで」

 

 そう言って、コーヒーを一口飲んだ後、鋭い視線をこちらに向けてくる。

 

「はい?」

 

「うちの娘とはどんな関係かな?」

 

 先程のニコニコは何処へ散歩に行ってしまったのか、えらく神妙な顔で聞いてくる。

 

 …これが本題か。

 

 もちろん答えは一つ。

 

「仲間であり、友達です」

 

「……他の二人ともかい?」

 

「もちろんです」

 

「…」

「…」

 

「えーっと、何故そんな話を?」

 

 沈黙に耐えきれず、かと言って何か新しい話題があるかと言われると無いので、そのまま疑問を口にした。

 ゆんゆんのお父さんは十中八九、俺達を男女として付き合ってると勘違いしてるに違いない。プロポーズ擬きはされたけど、あれは仕方なくされたことだし、俺とゆんゆんは誤解されるような仲じゃない。これをちゃんとわかってもらおう。

 

「何故って、あの子が帰って来てから、頻りに君のことを気にしていたからね」

 

 えっ。

 里に入っても目すら合わせてくれなかったけど…。むしろそっぽ向かれたけど。

 

「失礼かもしれませんが気のせいでは?」

 

「いやいや、そんなことは無いよ。他の人達にはそんな視線を向けなかったのに、君にだけは視線を何度も向けていたからね」

 

 全く気付かなかったけど、なんだろう。何か言わない方がいいこととかあったのだろうか。そういうのは事前に言ってほしい。

 ……事前にあんな事故が起きたから、言えなかったんだろうが…。

 

「何か言ってほしくないこととかあったのかもしれませんね」

 

「心当たりは?」

 

「ありませんね。もう五ヶ月近く一緒にいますから、もしかしたらあるのかもしれませんけど」

 

「そうか。見た感じ嘘をついてるようには見えないな。悪いね、疑うような真似をして」

 

「いえ、親なら、父親なら娘の心配をするのは当然だと思います」

 

「そうだろう?正直あの子が冒険者をやるとは思ってなくてね。君も最初は苦労したんじゃないかな?」

 

「はい。と言っても少しだけですが」

 

 すっかり気を良くしたゆんゆんのお父さんの娘の自慢話が始まり、どれだけ可愛いか、愛しているか等の話を聞いていた。

 話を聞いていると、余程心配らしい。でも、わかる。一緒に行動してる俺ですら心配になる時がある。気休めにしかならないかもしれないが、安心させてあげられないものか。

 

「任せてください。最近俺もようやく上位職になれたので。娘さんを絶対守ってみせますので、心配しないでください」

 

「…ほう、そうか。君に」

 

 バタン!と大きな音を立てて、扉が開け放たれた。

 そこにいるのは息を切らしたゆんゆんがいた。

 

「お、お父さん!何やってるの!?」

 

「ん?何ってヒカル君に色々と話を聞いてたんだよ」

 

 もうここ一時間話を聞いていたのは俺だけどな。まあこれで俺達の仲が変に勘違いされることも無いだろうし、ゆんゆんの話も聞けたし、悪い時間じゃなかった。

 

「は、話って何っ!?変なこと話してないよね!?」

 

 俺と族長を交互に見て、確認してくる。

 族長の方を見ると、族長もこっちを見ていて、変な話した?みたいに首を傾げてきたので、首を横に振って否定を示した。

 

「なんか仲良くなってない!?」

 

「普通に話をしていただけだよ。さて、ヒカル君、今日の話はここまでにしよう。ヒカル君達はいつまで滞在するのかな?いくらでもいてくれて構わないよ」

 

「今日の話!?もしかして明日とかも話す気なの!?やめてよ!」

 

「決めてないんですよね。ゆんゆん、どうする?」

 

「え?うーん、と、とりあえず二日か三日ぐらいかな?」

 

「了解だ。ではまた夕飯の時に」

 

「はい、失礼します」

 

 ゆんゆんと共に応接間を出ると、ゆんゆんが半眼でこちらを見てくる。

 

「なんだよ、変なことは話してないぞマジで」

 

「…本当?」

 

「ああ。喫茶店で常連ぶって「いつもの」とか言っちゃったり、ボードゲームばかり誘ってきたり、酒飲んで俺にめちゃくちゃ無理矢理飲ませてきた後、俺に吐き掛けてきたりしたことぐらいしか話してないぞ」

 

「話してるじゃない!!!」

 




ヒカル
ラッキースケベをやらかす様になって主人公らしくなった。
嫌いなものは理不尽と才能。
紅魔族の戦闘種族ぶりにドン引き。だけど紅魔の里のちょっと田舎な感じは嫌いじゃないと思っている。
肉塊ルート阻止に向けて頑張っているが、今のところ何の効果もない。
族長からは少し気に入られたみたいだが…。

他、出番少なめの為省略。

次回もヒカルばかりのお話になるかも。

感想、お気に入りありがとうございます。
最近感想多くて嬉しいです。
めちゃくちゃモチベに繋がります。


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53話


ゲス成分多め。

53話です。さあ、いってみよう。



 

 

 応接間を出た後にそのままパンツとバーコードを見たことについて謝った。喧嘩みたいになってるのも気分が悪いし、事故とはいえ見てしまったことも事実。

 かなりの苦労をしたが、土下座する勢いで謝罪したら、ゆんゆんの言うことを一つなんでも聞くことを引き換えに許してもらえた。

 ゆんゆんがそう言うならそうするしかなかったし、ゆんゆんの言うことなら多分友達関係だろうし、なんとでもなるだろう。後で紹介出来そうな人を考えておこう。

 その言うことを聞く件については、また後日ということになった。

 

 ゆんゆん宅で夕飯をご馳走になった後、みんなで世話になっているからと、俺とヒナとトリスターノは後片付けをしている。

 ゆんゆんを仲間外れにしているわけではなく、久しぶりにご両親との時間を作ったらどうかと言ったら、ゆんゆんのご両親からもそうしたいと言われたので、俺達が家事を引き受けた。ゆんゆんも少し恥ずかしがっていたが、最終的には家族水入らずで楽しそうに話している。

 時折ヒナが何かを考えるように家族三人が幸せそうに話しているのを見つめていた。

 いつもは大人ぶっているが、ヒナもまだ子供だ。家族が恋しいのだろう。

 いつも大人ぶっているから帰りたいとか言ったり、甘えたりするのが出来なくなってるのかもしれない。

 それとも他に何か帰ってはいけない理由でもあるのだろうか。アクセルに戻ったら一度帰郷を勧めてみるかな。

 

 

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「まあまあ。落ち着いてくださいよ。これはこれでいいんじゃないですか?」

 

 三人でやったらあっという間に片付けは終わった。これから風呂をローテーションで入るのは人数が多くて時間がかかるという話になり、族長から『混浴温泉』があると言われて、それならそこに行こうとパーティーメンバーを連れてそこへ行くことにした。表情に出すことはなかったが混浴で年上の紅魔美人(秋田美人的な)に出会ってしまうかもしれないと思うと内心ウキウキしていた。

 

 その結果がこれだ。

 今隣にいるのは腰にタオルを巻いたトリスターノだけ。この変態だけ。変態オンリー。

 

「名前詐欺ってんだろくそおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「よく響きますねえ」

 

 そう名前詐欺。『混浴温泉』という名のただの銭湯だったのだ。温泉でもなければ、混浴でもない。温泉でない方にいつもなら怒っているだろうが、今は混浴じゃないことにブチ切れている。

 

「この熱い情熱と期待をどうしてくれる!!こんなのあんまりだ!しかも何でこの変態と風呂入んないといけないわけ!?何の罰ゲーム!?俺が何したって言うんだよこの野郎!」

 

「ちょ、酷いですよ!あと向こうの女風呂と上が繋がってて丸聞こえですから声を抑えてください!」

 

「知らねんだよこの野郎!というか別にあいつらの裸見たくてここ来たわけじゃないんだよ!年上の紅魔族の美人さんとの出会いとか裸のお付き合いがあるかと思って、期待で胸とか股間とかが膨らんでたんだよ馬鹿野郎!」

 

「いろいろと問題発言ですよ!?せめて股間は言わないで欲しかったです!」

 

「この気持ちと股間をどうすれば…!」

 

「しまっておいてください」

 

 俺だって普段ならここまで出会いとかに飢えることはない。多分。

 でも最近は大人ゆんゆん問題とか、ゆんゆんにプロポーズされたりとか、ゆんゆんの下着とバーコードのハッピーセットを見てしまったりしたせいで俺の心は平穏からかけ離れたような状態になってしまった。

 ゆんゆんは友達であり、仲間だ。なるべく変な目で見たりしないようにしてるのに、最近は何でこうも心を揺さぶるようなことばかり起こるのか。

 

 それで一度メンタルリセットをするべきだと考えた俺は新たな出会いを求めていた。偶然にも族長から『混浴温泉』を教えてもらい、ここに来たのだが一体どうしてこうなった。

 

 叫んだおかげで少しだけ落ち着いてきた。

 改めて見回して見ると、内装は日本の銭湯と変わらない感じだ。というか何でこの世界の銭湯なのに、富士山の絵があるのか聞いてみたいが、おそらく転生者の仕業だろう。

 日本っぽさに少し懐かしさを感じる。

 もう怒ってもしょうがないので、純粋に銭湯を楽しむことにした。銭湯としてなら悪いものじゃない。日本っぽくて、なんか落ち着くし。

 

 この空間がよかったのと少し考え事をしたかったというのもあって、久しぶりに長風呂を堪能していた。頑張って俺に付き合おうとしてたのか、トリスターノが顔を真っ赤にしながら先に風呂から出ると言ってきたので、俺はまだ入るから先にゆんゆんの家に戻るように告げておいた。

 湯の中で軽くストレッチをしながら、これからどうするかをまた考えていた。

 

 やはり、俺の気持ちを整理させるしかない。

 

 そう考えた俺は決意を胸に、湯から勢いよく立ち上がった。

 

 

 

 俺は銭湯から出た後、ゆんゆんの家に戻らず、夜の紅魔の里にくり出した。

 昼間、偶然にも見つけたとある店に来ていた。

 俺の目の前の店には『サキュバス・ランジェリー』と書かれたピンク色のド派手な看板。

 まさかアクセル以外にもサキュバスさんのお店があったとは、なんたる僥倖。

 アクセルには高レベルのくせにサキュバスさんのお店目当てで残り続けてる野郎共がいると聞いて、他の街には無いものだと勝手に思っていたが、まさか紅魔の里にあるとは夢にも思わなかった。サキュバスさんなだけに。

 ここまで来てお前は何をやってるんだと思うかもしれないが、俺の気持ちを整理するためなんだ仕方ない整理するためなのだから仕方ないのだ。

 これで俺の心の平穏を取り戻す。

 

 ただこの『ランジェリー』という部分が気になる。

 もしかしてキャバクラとかそういう店なのだろうか。

 だとしたら困る。あまりキャバクラの良さもわからないし。

 …ええい、悩んでいても仕方ない。

 静かに決意してドアを開けると

 

「お、外の人いらっしゃい。お一人様ならカウンター席でいいかい?」

 

 カウンター席の奥におっさんがいた。

 

 ………。

 

 

 ん〜?

 

 とりあえず平静を装いつつ、カウンター席に座ると、おっさんからメニューと書かれた紙を手渡された。

 メニューに目を通すと、お酒やおつまみ等が書かれていた。

 

「おやっさん。ここって普通の酒場ですかい?」

 

「ああ、そうだよ。紅魔族随一の知力を持つ者が名前を考えた、酒場兼宿屋だよ。外から来たお客さんはみんな同じことを聞いてくるね」

 

「…もしかしてそこの大衆浴場も?」

 

「よくわかったね。他の観光名所もそうなんだよ」

 

 ………。

 

 

 また名前詐欺かよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

 

 溢れ出る激情を必死に食い止め、ため息が出そうになるのを呑み込むと、とりあえずシュワシュワを注文してから店内を観察し始めると、複数人席からこちらを観察するように見る二人の女の子と目が合った。

 一人は黒髪を腰まで伸ばした女の子。ゆんゆんと同じ年齢ぐらいに見える。目がぱっちりしていて快活な女の子のイメージ。

 もう一人は、なんというか属性がてんこ盛りだった。まずでかい。そこに目が行きがちだが、めぐみんのように左目に眼帯をつけていて、蝙蝠の羽型の髪留めに短めの縦ロールの髪型。スタイルが良くて、落ち着いた雰囲気を持つ彼女は大人の女性のイメージ。

 ふむ、是非お近付きになりたい。

 

「えっと」

 

 もしかしてずっと見てたのか?と思いつつ、とりあえず話してみようかと口を開いたところで。

 

「外からのお客さん、いらっしゃい!我が名はねりまき、紅魔族随一の酒屋の娘!いずれこの店の女将となる者!おにーさんはもしかしてめぐみんやゆんゆんのお仲間さん?」

 

 席からわざわざ立ってポーズをしっかり決めてくるねりまきちゃん。ハキハキと喋る娘で、元気な女の子のような印象を受ける。

 

「ああ、ゆんゆんの仲間だ。で、君は?」

 

「ふっ、私のターンか」

 

 そうやって俺が聞いてくるのを待ってましたと薄く微笑み、もったいぶるようにそう言ってから

 

「我が名はあるえ!紅魔族随一の発育にして、やがて作家を目指す者!」

 

 ねりまきちゃんと同じく席から立ってポーズを決めたあるえちゃん。ポーズをとる勢いが良くて胸がよく動いたありがとうございます。

 あるえちゃんはクール系?なんか属性が多くて判断し辛い。

 二人は姉妹なのかな?

 

 何はともあれここに来て良かった。名前詐欺かと思ったが、それだけじゃなか……ん?

 

 あるえ?

 

 この子が手紙を送った困ったちゃんか。

 

「さあ、旅人よ。今度はあなたのターンだ!」

 

 あるえちゃんがまるで演劇のように高らかに俺に名乗るように言ってくる。

 ちょうどシュワシュワを持ってきたおやっさんが来た。俺が名乗るのを待ってるみたいでこっちを見つめてくる。

 さて今日何度目だろうか。

 

「お控えなすって」

 

 二人と同じように席を立ち、例のポーズをして、そう言うと昼間のぶっころりーさん達と同じように首を傾げてきたが、そのまま続ける。

 

「手前、生国と発しまするは日本の生まれ。姓はシロガネ、名はヒカリ。人呼んでヒカルと発する冒険者でございます。

以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます」

 

「「「おおおおおーーーっ!!」」」

 

「外の人がそんな風に名乗ってくれるなんて!」

 

「それはどこの名乗りなのか詳しく教えてくれないかな!?」

 

 二人が興奮して迫るように聞いてくる。

 ここまで喜んでもらえるなら、やって良かったと思える。本当不思議な種族だ。

 

「ヒカルおにーさんのカッコいい名乗りも見れたし、サービスするよ!だから冒険者してるめぐゆんの話を聞かせてくれない?」

 

 めぐゆんって二人セットで呼んでるの?

 なんか年頃の普通の女の子って感じがする。

 普通っていいね。この世界の人間は一癖も二癖もあるやつばかりだからな。ねりまきちゃんは紅魔族の中では普通な部類に入るんじゃないか?

 

「私も聞きたいね。二人のことも気になるし、小説のネタにしたい」

 

 このセリフからして、やはりこの子か。

 その可愛さと大きさに免じて許す。

 個性は大事だからね、許すよ全然。

 

「ああ、いいよ。ちなみに二人はゆんゆん達とはどんな関係なんだ?」

 

 あるえちゃんはもう知ってるけど、一応ね。

 

「学校の同級生だよ。めぐみんとゆんゆんは成績優秀だったから早く卒業しちゃったけどね」

 

 じゃあ姉妹とかじゃなくて友達同士で話し合ってたのかな。

 というか、やっぱり二人とも年下か。

 残念だ。でもあるえちゃんとは一応お近付きになっておきたい。

 二人が俺の両隣に移ってきた。

 さて、何から話そうかな。

 

 

「え、じゃあおにーさんがゆんゆんの外の友達第一号なんだ!」

 

「そうみたいだね。ゆんゆんがギルドの机で一人トランプタワーを作ってるところを話しかけたんだ」

 

「あははははは!何それ!」

 

「でも、ゆんゆんらしいかもね。ヒカルさんはよく話しかけられたね」

 

「そう思うだろ?凄い真剣な表情で作ってるから、ちゃんと三段目が出来上がるのを待ってから話しかけたんだ」

 

「あはははははははは!おにーさん優しい!」

 

 ねりまきちゃんは長い髪を振り乱し、バシバシとカウンターを叩きながら笑う。

 こういう元気な子は嫌いじゃない。いや、好きな方だ。

 え?お前のパーティーには元気なアークプリーストがいるじゃないかって?あれは元気以外に色々足りない。

 あるえちゃんもクスクスと笑っていた。

 こういう大人っぽい子も嫌いじゃない。いや、好きな方だ。

 両手に華状態で二人と意気投合してるおかげでお酒とおつまみが進む進む。

 最近は野郎共ばかりと飲んでたから新鮮だ。

 

「ゆんゆんが男の人と友達になれるなんてねえ。めぐみんとの百合百合しさはどこに行っちゃったのかな」

 

「えっ。二人ってそんな感じだったの!?もしかしてライバルライバル言ってるのは…!?」

 

「二人が素直になれないからに決まってるじゃないか。ヒカルさんは鈍い人だね」

 

「ま、まじか。確かにおかしいとは思ってたんだ。今度から気をつけるよ」

 

「よろしい。二人の邪魔をしちゃダメだよ」

 

 あるえちゃんが冗談めかして言ってくる。

 そんな冗談の言い合いをしつつ、いろんな話をする。

 

「そういえばあるえちゃんは小説家を目指してるとか言ってたね」

 

「そうさ。今は『紅魔英雄伝』を鋭意執筆中だよ。たまにゆんゆんに手紙で送って感想を書いてもらってるんだけど、ヒカルさんもどうかな」

 

「へぇー、気になる。次は俺も読ませてもらおうかな」

 

 そう言いながらおつまみに手を伸ばしたら、ちょうどあるえちゃんも取ろうとしていたらしく、手が触れ合った。

 謝ろうとあるえちゃんを見たら、少し顔を赤くしながら謝り、手を離そうとしていた。

 それを見て、なんとなく意地悪したくなってしまって、そのまま手を握り込んだら、驚いた顔になって更に赤くなっていた。

 サバサバしてる女の子だと思ったら存外男慣れしてないのかな。

 すごい可愛いです。

 よし、これは

 

「はーい、お触り禁止でーす」

 

 そう言いながら左手を軽くつねってくる不機嫌そうなねりまきちゃん。

 全然痛くない。友達に触られて少し怒ってるのかもしれないが、まるで嫉妬しているように見える。

 

「あれ、ねりまきちゃん。嫉妬かな?よし、おにーさんが好きなだけ」

 

「おとーさーん!おにーさんが話があるってー!」

 

「おやっさんんんんんんん!!!シャワシャワもう一杯いいいいい!!」

 

 あるえちゃんの手を離して、小学生の純粋な頃ばりに手をピンと上げて、おやっさんに全力で聞こえるように声を張った。

 危ねえよ!調子乗ったら、すぐ殺しに来たよ!冗談に決まってるじゃん!もうちょっと楽しんでもよくない!?

 ふと、二人のコップを見たら、ほとんど飲み物は無くなっていた。

 

「いやー、ごめんごめん。気を悪くしたら謝るよ。ほら、二人とも飲み物なくなってるじゃん。飲み物何が飲みたい?」

 

「ふーん、そんな安い女扱いなんだー?」

 

「違うって!マジでごめん!なんでも頼んでくれ!」

 

「やったね!あるえ!ナイス演技!」

 

「…結構簡単だったね」

 

「おいいいいいいい!!もっと年頃っぽくしてくれよ!独り身の男を弄ぶなよ!泣くぞこの野郎!」

 

 ツッコミを入れると二人が楽しそうに笑って、俺を挟んでハイタッチしていた。

 まったく紅魔族め。ずるいぞそういうの。

 でも、あるえちゃんはまだ顔が赤い気がする。演技とはいえ恥ずかしかったのかもしれない。大人っぽいけど、初々しい感じでしてギャップを感じる。

 そういうの嫌いじゃない。いや、好きです。

 

 

 

 ああ、お酒おいしい!

 おつまみもおいしい!

 

「おにーさん、このお酒どう?」

 

「いただこう!流石紅魔族随一の酒屋の女将!そんな人が入れてくれると、より美味しく感じるね!」

 

「お!おにーさんお上手!」

 

「ヒカルさん、私もそれ飲んでみたいな?」

 

「頼もう頼もう!おやっさん、もう一つちょうだい!」

 

「はいよ!」

 

 久しぶりにこんなに気持ちよく酔えてる。

 このコンビはお客さんのサイフにとてもよろしくない。

 なんて手練手管。

 俺がこうなってしまうのも仕方のないことだと言える。

 この二人が悪いのであって、俺は悪くない。

 

 

 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていき、そろそろ深夜になる頃。

 

「そろそろお暇しようかな。二人ともまた後日に。っ!」

 

 あるえちゃんも結構飲んでたせいか、足を引っ掛けて転びそうになる。偶然にも転びそうになるのをなんとか肩を抱き、転ぶのを阻止できた。

 近くにあるえちゃんの顔があって、その紅い瞳とその瞳と同じくらい赤くなった顔がよく見える。その瞳は少し紅く光っているように見えた。

 

「っ、そ、そのあ、ありがとう、ヒカルさん」

 

「ああ、大丈夫?」

 

「う、うん」

 

 照れながらもしっかりお礼を言ってくる。

 そんなあるえちゃんから目を離せなくなっていると左腕が引っ張られる。

 

「いつまで肩抱いてるの、おにーさん?」

 

 俺を半眼で見ながら、あまり強くない力でねりまきちゃんが引っ張ってくる。

 あ、あれ。これ、なんかすごいモテてる感じがする。

 ねりまきちゃんは着痩せするタイプみたいだ。

 

「ほ、ほら、あるえちゃん大分酔ってるみたいだしさ。今日はここで泊まったらどう?心配だから俺も泊まるし。ついでに俺の話の続き聞けちゃうよ?」

 

「ダメでーす。おにーさんはエッチな人なのでダメでーす」

 

「そしたらねりまきちゃんも一緒に俺の話聞かない?俺が変なことしないか監視してさ。そうすれば、ゆんゆんのこととかもっと教えてあげられるよ」

 

 そうお話しするだけ。

 変なお誘いとかではない。だから監視役としてねりまきちゃんを呼ぶのだ決していやらしいアレではない。

 

 まあ、あれだ。もう年上とか年下とか関係ないですわ。

 紅魔美人最高。もうここに住む。

 そういえば、ゆんゆんに行くあてが無かったら紅魔の里で住まないかと誘われていたんだった。俺はここで幸せを見つけつつ、ゆんゆんの友達として、族長となったゆんゆんを支えよう。

 これだ。今まで数年後の自分が何してるかわからないような状態だったが、これは未来に希望が持てるってもんだ。

 里というかこの世界も魔王軍によって人口が少なくなっているって話だし、俺もこっちの世界に来た以上貢献しなければならない。

 そう、これは世界の為。友達の故郷の為。

 俺が頑張っ

 

 

「ふーん、よくわからないけど、ゆんゆんのこと僕にも教えてもらえる?」

 

 

 そんな声が後ろから聞こえてくる。

 なんだこの野郎。邪魔しないでほしい。

 今とっても良いとこ

 

 

「そうだね。私のことをどんな風に教えるのか聞いてみたいな」

 

 

 ………。

 

 ……。

 

 

 ……幻聴かな。飲み過ぎたかもしれない。

 そろそろ帰って寝ないと。

 良い子は寝る時間だしねうん。

 ゆっくりとあるえちゃんの肩から手を離して、ゆっくりと振り返る。

 

 店の扉から少し入ってきたところに、拳をポキポキ鳴らしているヒナと杖を持ったゆんゆんがいた。

 

「……おや、二人とも。こんなところで奇遇だね。どこかクエストにでも行くのかな。でももう夜遅いし、やめたほうがいいと思うな」

 

 声が震えそうになるのを必死に耐えて、平静を装いつつ、話しかけた。

 二人から物凄いプレッシャーを感じて、酔いが急激に覚めていく。

 

「うん。クエストが発生したんだよ。バカな男にお灸を据えるっていう内容なんだけどね」

 

「そうなんだよ。こんな夜遅くに迷惑な話よね。早く終わらせて帰りたいんだけど、その人の態度によるんだよね」

 

 や、やばい。飲み過ぎたかな。震えが止まらない。

 

「そ、そそそそそそろそろ帰ろうと思ってたところだしさ。クエストはまた今度にしような。ね?」

 

 そう言ってゆんゆん達の方に行こうとしたところ腕が引っ張られて、腕を組んでくる。

 おう……すんごい…。

 あるえちゃんが悲しそうな顔で俺を上目遣いで見つめていた。

 

「話を聞かせてくれるんじゃなかったのかい?」

 

「えっ」

 

「あんなに情熱的に誘ってくれたのに、帰っちゃうの!?」

 

「えっ」

 

 ねりまきちゃんが手に口を当てて、さも驚いたかのような表情をしている。

 

「ふーん、情熱的に、ね」

 

 ヒナの声のトーンが低くなり、視線が鋭くなった。

 

「い、いや、ちょっと待」

 

「もしかして私たちのことは遊びだったのかい!?」

 

 あるえちゃんがよよよ、とゆんゆん達とは逆方向のカウンターへと泣き崩れる。

 顔を抑えて、泣いてるように見えるが、横から見えるその口は泣くどころか笑っていた。

 肩が震えているのは、笑っているせいだ。

 

「ひどい!三人でここに泊まって、私達にいろんなことを教えてくれるって言ったのに!!」

 

「ちょ!?待って!!マジで待って!」

 

 恐ろしい程の殺気を感じた。

 恐る恐る前を向くと、ゆんゆんの目が深紅に輝いていた。

 友達に手を出された怒りで、杖を持っている手は握り込みすぎて震えている。

 

「……常日頃から年上が好きだとかなんとか言っておきながら、私の同級生を狙うなんて。覚悟は出来てるのよね?」

 

「ま、待ってください!これはその、なんていうか酔っ払ってたんです!楽しくお話し出来たからまだ続けたいなって!」

 

「私の手を握って熱く、ぷっふふ、アプローチして、ふふふ、くれたのに!」

 

「おいいいい!!あの子めっちゃ笑ってますう!絶対この状況楽しんでますうう!!」

 

 顔を隠して肩を震わすあるえちゃんの方を何度も指差したが、一瞥すらせず、俺の方を真っ直ぐに見ていた。

 

「言いたいことはそれだけ?」

 

「……い、いっぱい言いたいことがあるから、とりあえず家に戻らないか?ほらお店に迷惑かかっちゃうしね、ね?あ、待って、まだ話してるから!言いたいことがまだあるから!ほら、そのあれだよ。酔ってたけど、色々と将来のことを考えてたっていうか…あ、待って待って!まだ終わってないですお願いします調子乗ってましたもうしません!俺『狂戦士』になって魔法抵抗力無いからそんなゆんゆんのバカ強い魔法でやられたら死んじゃ」

 

「『ライトニング・バインド』ッッ!!」

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 





ヒカル
なんとか自分の気持ちに決着をつけようと焦っていたことと、紅魔美人の二人にガンガン飲まされて酔っ払っていたところに、二人にちょっと思わせぶりな態度をされて、あれこれイケるんじゃねとか思って調子に乗ったバカな男の末路。
でも邪魔が無かったら……。
普段ならこんなことにならない。はず。
最近迷走具合が激しい。

あるえ
外の人でゆんゆんの仲間と聞いて、ちょっとした興味を持っただけだったけど、割と紅魔のノリにも答えてくれるし、話も面白いし、積極的で、その、悪くないと思った。

ねりまき
あれ!?百合百合しいゆんゆんは本当にどこに行っちゃったの!?
…どうしよう、やりすぎちゃったかも。

ゆんゆん&ヒナギク
激おこぷんぷん丸。慈悲はない。
ヒカルの居場所をバラしたのはストーカーの人。

このファンの水着ゆんゆん最高ですね。スキルポーション全部貢ぎました。

感想、評価、お気に入り、ありがとうございます。
ありきたりなことしか書けませんが、心より感謝と祝福を!(このすばっぽく)
おかげさまで頑張って書くことが出来ています。
もっと感想送ってくれたり、評価してくれてもいいんですよ?
…はい、すみませんでした。調子に乗りました。

紅魔族の中でお気に入りの二人を出しましたが、ちょっと違くない?とか、こんなチョロくないとかいうコメントは受け付けておりませんので、あしからず。
そろそろ幹部さんを出したいけど、まだ紅魔の里の観光してないんですよね。もう何話か後になるかもしれません。


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54話


54話です。さあ、いってみよう。



 

 目が覚めると、見知らぬ天井だった。

 

 これ何度目だ。

 ここはゆんゆん宅の部屋だ。

 俺はいつ戻ってきたんだっけ。

 

 …頭が痛い。久しぶりの二日酔いだ。昨日は飲み過ぎた。

 紅魔族の女の子二人、確かねりまきちゃんとあるえちゃんと飲んでたと思うんだけど、二人に上手く乗せられてガンガン飲んじゃったから、あまり覚えてない。

 えっと、いつまでも帰らないからヒナとかが迎えに来たんだっけ。

 なんかそんな気がする。迷惑かけたかもしれないし、後で謝ろう。

 準備を済ませて、リビングへと向かうことにした。

 

 

 リビングに着くと、族長以外の全員が揃っていた。話を聞くと族長は今日仕事でいないらしい。

 挨拶をして、朝ごはんの準備を手伝い始めると、ヒナとゆんゆんに睨まれる。

 これは確実に迷惑をかけたな。後で謝ろう。

 

「…えっと、大丈夫ですか?」

 

「ん?何がだ?」

 

 トリスターノが恐る恐る聞いてくる。

 どうしたんだ。

 

「いえ、その昨日は大変みたいだったので」

 

「あー…やっぱり俺なんか迷惑かけたか?」

 

「え?」

 

「紅魔族の二人と楽しく飲んでたところまでは覚えてるんだけど、そこから先は覚えてなくてさ。何かやった?」

 

「あー…なるほど」

 

「なんだよ、その反応。もしかしてあの睨んでる二人に吐きかけたとかか?」

 

「それより酷いというか…」

 

「おいおい、マジか。昨日ゆんゆんに謝ったばっかりなんだけどなぁ…」

 

 俺が覚えてないことをトリスターノが伝えに行ってくれた。お前イケメンだな。

 ただそれでも許してくれるわけではないので、朝食後に先に謝ってから話を聞いたが

 

「なあ…マジで言ってる?」

 

「…何で僕達が嘘つかなきゃいけないの?」

 

 確かに。

 こいつらが嘘付いても何の得もない。

 

「マジか…」

 

 流石に頭を抱えた。

 年下に手出そうとした自分のバカさ加減に。

 後ですぐにあるえちゃん達に謝りに行こう。

 冗談抜きに肉塊ルートになる。

 いや、それよりも

 

「ゆんゆん、ヒナ、そのマジでごめん。迷惑かけた。もう酒は飲まないよ」

 

 謝って済む問題じゃないが、まずは謝らないといけない。

 意外にもヒナには二言三言ぐらい言われたが、あっさり許してくれた。

 ゆんゆんには口酸っぱく怒られて、自分が同行する時以外は女性と飲むなとか誰かと飲みに行く場合も自分に伝えることとかいろいろと約束して、やっと許してくれた。

 それを見ていたゆんゆんのお母さんのりんりんさんが俺の肩にポンと手を置き

 

「紅魔族を怒らせると怖いわよ?」

 

 とニッコリしながら言われたのがめちゃくちゃ怖かった。りんりんさんが苦手だったということもあり、怖さは倍増だ。

 何故苦手かというと、大人ゆんゆんにめちゃくちゃ似てるから。近くに立たれるだけで心臓が早くなるし、なるべく話しかけないようにもしていた。

 まさかこんな形で話しかけられることになるとは、恥ずかしいわ、怖いわで変な汗が噴き出た。

 

 もう絶対紅魔族相手に下手なことはしない。

 心の中で固く誓った。

 

 

 その後あるえちゃん達に謝りに行こうとしたところ、その二人がゆんゆん宅まで来て「飲ませすぎたのは自分達だから、おにーさんをあまり怒らないであげて」と逆に謝りに来た。

 

「本当にごめんね。次もまたサービスするから、今度はゆんゆんやお仲間さん達連れてきてね」

 

「ああ、そうするよ。こっちもごめんな」

 

「ううん。おにーさん面白い人だから好きだし、絶対来てね。じゃあ、またね」

 

 そのまま手を振って、元気に去っていくねりまきちゃんを見送った。

 好きか、まったくまた乗せるようなことを…そう考えていたら、あるえちゃんが抱き付くぐらい近くに来ていて、耳元に顔を寄せて

 

「今度はちゃんと話の続きを聞かせてよ」

 

 そう囁くように言ってから離れて、微笑んだ後クールに去っていった。

 ……なるほど。酔ってる俺が手を出そうとしたのもわかる。雰囲気的には年上の女性だし、これは俺悪くないのでは?

 無罪の可能性を感じ始めたところに後ろから視線を感じて振り返ると、ゆんゆんとヒナが朝の状態に戻っていた。

 

 …あるえちゃん、俺のこと本当は嫌いだろ。

 

 

 

 

 あるえちゃんの置き土産で大変な目にあってから、今日はゆんゆんに紅魔の里を案内してもらった後、魔道具でも買い揃えようという話になった。

 ゆんゆんがウキウキした調子で俺達より先行して里を案内してくれる。

 

 昔日本人らしき人物が置いて行った猫耳スク水美少女のフィギュアが御神体として置かれている神社。

 数年前に観光客寄せで作った聖剣が刺さった岩。選ばれし者のみが抜ける聖剣、などではなく、抜いたものには強大な力が備わるなんて嘯いて、一万人目の人間が引けば抜けるように魔法がかかっているらしい。ちなみに挑戦するにはお金を払わなきゃいけないらしく、まだまだ抜けることはないだろうとのこと。

 斧やコインを供物として差し出すと、金銀を司る女神を召喚出来るという言い伝えがある泉。有名なおとぎ話に似ているが、また日本から転生して来た人間が関わっているのだろうか。

 そして今紹介されているのが、地下へと続くようなダンジョンの入り口。

 

「ここは『世界を滅ぼしかねない兵器』が封印されている地下施設。向こうに見える謎施設と同じでいつからあるのかもわからないの。謎施設に関しては用途も目的も分かってないわ」

 

 ゆんゆんも説明しつつ、微妙な顔をしている。

 指差す方向には先程言っていた巨大な建造物の謎施設とやらが見える。見た目はコンクリートの建物みたいだ。

 

「謎ばっかりじゃねえか」

 

「よくそのままにしてるね…」 

 

「だって、中を見てもわからないのよ…。里のみんなも面白がって残したいみたいだし」

 

 この里はなんなんだ。

 でも頭の良い紅魔族が見ても分からんと言ってる以上、余程難解なものが置いているに違いない。

 そんなことを思っていると、ヒナが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「名探偵ヒナギクの出番だね!」

 

 

 

 

 

 

「なにこれ」

 

「迷探偵の出番だったな」

 

 地下への階段を下りると、広間になっていて、正面の壁全体が開くような巨大な扉になっているように見える。

 幾何学模様とかが壁一面に描かれていて、いかにも厳重な封印がされいる扉です、と言わんばかりだ。

 着いた時からずっとヒナがくっついているところがこの壁の封印を解く謎掛けらしい。

 それは扉の横についていて、アルファベットと数字、ゲームの十字キーの様なものが並んだ、暗証番号を入れるタッチパネルが置いてあった。

 タッチパネルの上には、この世界で見ないはずの文字で『小並コマンド』と書かれていた。

 

「おい、これ」

 

「はい。これは古代文字ですね。まずはこれの解読からしなければならないみたいですね」

 

 トリスターノがさも俺の言いたいことをわかっているみたいな顔して、先に言ってきたけど、そうじゃない。

 古代文字?いや、別に古代文字なんかじゃなくて、これはただの日本語だ。

 『小並コマンド』は日本の有名なゲームメーカーの小並の有名なコマンドだ。

 ゲームは好きだが、そこまで詳しくない俺でも知っている様な有名なコマンド。

 それが何故こんなところに…?

 

「うぅー…」

 

 迷探偵が唸っているが、解けるはずもない。

 

「そんな簡単に解かれたら私達の立場がないでしょ?まだ案内するところはあるし、次に行こう?」

 

 ゆんゆんがそう言って、ヒナを説得してそのまま二人を連れて階段を上って行った。

 

 俺はついて行くフリをして、すぐに戻ってコマンドを打ち込んだ。

 すると、ゴンゴンと機械的な音を立てて、巨大な重い扉が開いた。

 やっぱり開いたか。ただ中身を調べようとかは思っていない。

 ちょっとした好奇心。なんとなく確認してみたくなっただけだ。

 世界を滅ぼしかねない兵器、なんて一生ここで眠っていてほしい。

 俺がもう一度コマンドを打ち込むと、また機械的な音を立てて扉は閉まっていった。

 急いで階段を上ると、三人が待っていた。

 

「何してたの?」

 

「さっきいじってたのヒナばっかりだっただろ?俺も少し見てみたくなったんだよ」

 

「どうせ開かなかったでしょ?僕が開けられないんだから、当然だよ」

 

 開いたわ。この迷探偵め。

 でもなんか面倒そうだし、話を合わせておこう。

 

「はいはい、開かなかったよ。待たせて悪かった。次行こう」

 

「うん。次はここの説明した時に紹介した謎施設の方に行くわ」

 

 

 

 コンクリート製に見えるその巨大な建物には看板が付いていた。

 『ノイズ開発局』

 先程と同じように日本語で書かれている。

 なんかの研究所だろうか。

 というかノイズと言えば、確か

 

「また古代文字ですね」

 

「なあ、ノイズってデストロイヤーを作って滅んだ国だよな?」

 

「ええ、そうですが、何故ノイズの話が出てくるんです?」

 

「いや、なんとなく」

 

「はあ…?」

 

「みんな聞いて。一応危険なトラップは無いけど、まだトラップ自体は残ってるの。気をつけて入ってね」

 

 ゆんゆんが俺達を見回し、真剣な顔で言ってくる。

 

「任せてください。私、こんなこともあろうかと罠発見スキルを取ってあります」

 

「里の中だってのに、なんで罠に怯えて探索するんだか…」

 

 施設の前に行くと、ゆんゆんが止まるように手で合図してくる。

 

「最初のトラップよ。これはあまり危険じゃないけど、気をつけること。ここの扉は前に立つと扉が突然開くんだけど、親切なふりをして油断しているところを扉が閉まって挟んでくるから気をつけて」

 

 見ると、普通のガラス製自動ドアに見える。

 ここの研究所はどうやらノイズと日本人が大きく関わっているらしい。

 そうか。地球の便利な設備も異世界人からしたら、トラップに見えるのか。

 最初にゆんゆんが扉の前に立ち、開いたところをスッと素早く入って、お手本を見せてくる。

 次にヒナが緊張した面持ちで扉の前に立ち、ゆんゆんに続いた。

 自動ドアでそんな顔するの、やめてくれ。笑いが堪えられなくなる。

 トリスターノも少し表情が固くなっているのを見たら、流石に限界になって、三人に背を向けて声を抑えて笑った。

 俺は普通に異世界に来る前のコンビニに入る気分で入ったら、ゆんゆんにめちゃくちゃ怒られた。

 

『この先はクリーンルームです。防塵服に着替えてください』

 

 俺達が入って行くと、そんなアナウンスが聞こえた。

 

「みんな、聞いた?これはね、この先に入るならボウジンフクという装備を手に入れないといけないという警告なのよ。それでこの先の小部屋に入ると、物凄い風が吹くの。昔はこの風が出てるところから毒が出ていたという推測がされていて」

 

 多分エアーシャワーだろう。塵とか埃とかを中に持ち込まないようにするための。クリーンルームとか防塵服とか言ってるし。

 ゆんゆんがクソ真面目に話してるのを聞き流し、周りをみていると、またゆんゆんに注意された。

 

「ここの風は私が食い止めるわ!先に行って!」

 

「ゆんゆん!ごめん!」

「ゆんゆんさん!すみません!」

 

 やめろ、その必死な感じ。

 ただ風が送り込まれてるだけだろ。

 やばい、マジでここの施設は危険だ。

 俺の腹筋を殺しに来てる。

 というかこいつらのリアクションが良すぎるのが、また腹筋にダメージを与えてくる。

 

「ゆ、ゆんゆん、ぷふっ、ご、ふふ、ごめんな」

 

 頑張って風を食い止めてるゆんゆんに謝りながら小部屋を通り抜ける。

 

「ゆんゆん!早く!」

「ゆんゆんさん!」

 

「ゆんゆん、ふふ、大丈夫か!」

 

 もうここのノリに合わせよう。

 ゆんゆんが俺が入ったと同時にすぐに走って小部屋を通り抜けてくる。

 二人が頻りにゆんゆんを心配している光景に大笑いしそうになったが、みんなから見えないように自分のケツを抓って必死に耐えた。

 

 クリーンルームを見渡すと、そこはベルトコンベアーがあって、何か機械が多く並んでいる。

 

「アレは多くの被害を出した危険なトラップよ。この上に乗った人や物を捕食するの。今は討伐されてるけど、油断しないでね」

 

 まあ、巻き込まれ事故は危ないしね。

 なんかを組み立てる機械だと思うんだけど、違うのかな。

 そう思って近付くと、ゆんゆんにまたまた注意された。どうやら今日の俺から警戒心を感じないとか。

 だって警戒も何も無いし…。

 

 謝ってから、ふと見ると、また日本語が書かれているのが見えた。

 『ゲームガール製造レーン』

 そう書かれていた。

 まさかゲーム作ってたんじゃないよな?

 たまたまゲームっていう名前がついてるだけで、何かの兵器とかの部品とかなんだよな?

 

 設備の奥を見ると、小さな箱のような物を見つけた。近付いて見てみると、それはガチャポンだった。

 

「ヒカル、それは恐らく危険度は低いものだけど、気をつけてね。正直何なのか全く分かってないのよ」

 

 危険な要素は一ミリもない。

 中身は入っていないが、元いた世界でよく見たガチャポンだった。

 『期間限定、紅魔族改造権入り』?

 そんなことが書いてあった。

 『一等、試作プレイスゲーション。二等、ゲームガールSP。三等、紅魔族改造権』

 

 ……どういうことだってばよ。

 

 改造権ってなに?わけがわからん。

 まさか紅魔族の人達を改造して、兵器化でもしていたとか?

 ゆんゆんの際どいところのバーコードはこれの名残とか?

 …わからん。

 正直あまりわかりたくないのもあるが、情報が足らない。ゆんゆん達に先に行くからついて来るように言われて、俺は考えるのをやめた。

 

 その後も探索は続いて、ゆんゆん達のナイスリアクションを見て楽しんだ。

 

 

 

 

 昼食を『デッドリーポイズン』という飲食店として考えられないような名前を付けられた喫茶店で食べた後、今日の里の案内はこれくらいにして、買い物をすることになった。

 正直助かる。これ以上変な日本のものが出て来て、ゆんゆん達の必死なリアクションを見せられるのはしんどい。

 それで俺達は魔道具が売っているお店に向かっていたのだが。

 

「敵感知に反応があります」

 

 トリスターノの一言で、買い物どころではなくなった。

 一応謎施設の罠があるとかで、装備は最低限持って来ている。

 周りの紅魔族に敵がいることを伝えてから、俺達は走って向かっていた。

 トリスターノが先導していると、ゆんゆんがめぐみんの家の方だ、と呟いているのが聞こえた。

 

 俺達がめぐみんの家に着くと、魔王軍の軍勢とダクネスが睨み合っていた。

 

「ダクネスさん!大丈夫ですか!?」

 

 ヒナがすぐにグローブを嵌めて、ダクネスの隣へ並び、いつものボクサースタイルで構えた。

 

「なっ!?もう来てしまったのか!?」

 

「えっ」

 

「あ、い、いや、すまない。何でもない」

 

 お願いだから、ヒナの前ではしっかりしていてくれよ、ダクネス。

 

「ダクネスさん、里とめぐみんの家を守ってくれて、ありがとうございます!ここからは私達も加勢します!」

 

 ゆんゆんがそう言って、杖を構える。

 

「えっ、ああ、うん」

 

 悲しそうな顔をするんじゃない。

 俺達が構えたところで、多くのモンスターの集団から、綺麗な女性が前に出てくる。

 胸元が大きく開いた派手なドレスを着た長身の女性。右耳にはピアスとなかなか着飾った女性だ。

 悪くない。むしろ良い。

 

「なるほどね。攻撃も当てないで、私達に攻撃されるだけだったのは、大したことは無いと思わせて、仲間が来る時間を稼いでいたというわけね」

 

 いえ、ただのドMです。

 

「ここまでアタシ達の部下の攻撃を受けて、傷一つ付いてないところを見ると、かなり高レベルのクルセイダーみたいね。攻撃を当てない演技までして、アタシ達をここで足止めするなんて、やってくれるじゃないの」

 

 いえ、ただのドMです。

 

「あ、ああ。…そちらこそ私の思惑を一瞬で理解するとは、流石魔王軍幹部といったところか」

 

 ダクネスが目を泳がせながら、なんとか堂々と言い放った。

 え、この女性が魔王軍幹部?

 色々と聞き出そうとしたところ、カズマ達が紅魔族を引き連れてやって来た。

 カズマが魔王軍幹部やデストロイヤーを倒したことを言い放ち、それをなんだかんだ信じてしまった魔王軍幹部の『シルビア』。

 カズマはシルビアに名前を聞かれて、何を思ったのか『ミツルギキョウヤ』と名乗り、それを信じ込んだシルビア達は、紅魔族の魔法の追撃を受けながら逃げて行った。

 

 こんなんでいいのか、この世界は。

 





しばらく真面目な話が続きます。多分。


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55話


55話です。さあ、いってみよう。



 

 魔王軍幹部が攻め入ってきてるということもあって、しばらくは紅魔の里に滞在することになった。

 どこまで力になれるか、わからないものだが魔法に特化したモンスターを選んで攻めてくるらしく、物理特化の俺も少しは役に立てるだろう。多分。

 夕飯を食べ終わり、仕事から帰った族長に呼び出されて、応接間に入った。

 そこにはりんりんさんもいて、少し逃げたくなったが、そういうわけにもいかず、座るように言われて座ると、対面に族長夫妻が座った。

 やべえ、あるえちゃん達に手出しそうになった話だろうか。もし、それで呼び出されたのなら、土下座で許してもらえるだろうか。

 

「ごめんね、急に呼び出して。そんな緊張しなくて大丈夫よ」

 

 俺の考えてることを察したのか、りんりんさんが緊張を解くように言ってくる。

 眉間にしわを寄せた族長のひろぽんさんが重い口を開いた。

 

「ふむ、話というのはだな。ヒカル君は娘の誕生日を知っているかな?」

 

「へ?」

 

 た、誕生日?なんでそんなことを?

 

「…いえ、すみません。知りません」

 

「なんで知らないんだ、君は」

 

「もう、お父さん。意地悪言わないで」

 

 まるで責めるように言ってくるひろぽんさんに、りんりんさんがすぐに止めに入ってくれる。

 

「す、すみません。出来れば教えていただけると嬉しいのですが」

 

 誕生日か。考えたこともなかった。

 ここはヒナやトリスターノにも伝えて、誕生日パーティーをしよう。

 

「三日後よ」

 

 …みっかご?

 

「三日後が娘の誕生日だ」

 

 え、まじか。

 めっちゃ急じゃねえか。

 プレゼントとか今のところ何も思いつかないんだけど…。

 

「それでね。出来れば帰るのはもう少し先延ばしにしてもらって、ここで娘の誕生日パーティーをしていってほしいと思って声をかけたのよ」

 

 ああ、そういうことだったのか。

 願ってもない提案だ。その方がゆんゆんも喜ぶだろう。

 ひろぽんさんとは話していて、わかってはいたが、ゆんゆんのご両親は娘のことを溺愛してるみたいだし、当然と言えば当然だ。

 

「ええ、私もそうしたいです。パーティーで何か計画していることとかありますか?」

 

「うん。出来ればめぐみんの冒険仲間にも参加してもらいたい。なるべく他にも大勢を呼んでな。うちの娘はなかなか友達が出来ず、こういうのにも憧れていたはずだ」

 

 いつかの魔道具の水晶が映し出した、ゆんゆんが一人で誕生日パーティーをしてる悲しいシーンを思い出した。

 

 二人が考えているプランを聞いて、俺も思いついたことを話していく。

 夜中に起きた緊急会議は数時間にも及んだ。

 こうなったらとことん素晴らしいパーティーにしよう。

 まさか呼び出されて何かと思えば、娘の誕生日パーティーをやりたい、という話が来るとは思わなかったが。

 ある程度話し合いも済んで、また明日あたりにスケジュール調整をしようという話になった。このまま解散かと思えば

 

「さて、もう一つ話がある」

 

 今まで以上に真剣な顔のひろぽんさんが、そう言って話を切り出してきた。

 

 

 

 

 

 今日はなんだかんだで疲れた。

 自室で既にベッドで横になり、ウトウトしていると、それは突然起こった。

 

『魔王軍襲来!魔王軍襲来!既に魔王軍の一部が、里の内部に侵入した模様!』

 

 その大音量のアナウンスで飛び起きる。

 一気に眠気が覚めた。

 急いで武器と防具を装備する。

 というか昼間に勝手に来て、勝手に逃げ帰ったくせに、もう来たのか。

 迷惑な奴等だと思いながら、仲間を連れて外へ出た。

 

「里の入り口付近に大量のモンスター反応です!」

 

「よし、向かうぞ」

 

 入り口に着くと、既に何人かの紅魔族が魔法をぶっ放していた。

 

「トリスターノ、どこか高いところに登って、敵感知で周囲の索敵と警戒、あと俺達や紅魔族の人達の援護を頼む。ヒナは何かあった時の為にトリスターノの近くにいろ。俺が前に出るから、ゆんゆんは遠くの敵を狙ってくれ」

 

『了解!』

 

 ヒナが俺に支援魔法をかけた後、トリスターノの後についていく。

 俺が前に出てくるのを見て、ガードしようとしたのか剣で構えてくるが、そのガードごと小さな鬼を斬り殺す。

 ヒナの支援魔法がある状態の俺はかなりの馬鹿力を発揮する。

 物理特化の狂戦士は伊達じゃない。

 この光景を見ていた周りのモンスターが及び腰になる。

 筋力に物を言わせて、最大スピードで次々と鬼の首を落とし、頭から真っ二つにし、相手の頭を突き殺す。

 刀の血を払って、次の目標に向かおうとしたら

 

「リーダー!別働隊です!居住区側の柵を破って入ってこようとしています!」

 

 先程から無謀に突っ込んできていたから、おかしいとは思っていた。

 

「トリスターノはここで援護!ゆんゆん、ヒナ!俺達はそっちに向かうぞ!」

 

 そう指示を出して、俺三人は別働隊が来ている場所へ向かった。

 トリスターノが事前に敵感知で教えてくれたおかげで、大した被害が出る前に着くことが出来た。

 

「よし、ぼっちとぼっちが前衛で、ぼっちが後衛な」

 

「それもう聞き飽きたよ」

 

 ヒナが呆れたような顔で、脇差し程のサイズの刀を抜いて構えた。名前はシロガネ…シロガネ…なんだっけ。こいつら揃いも揃って俺の名前使うせいでわけわかんないんだよこの野郎。

 

「そうよ。それに私達はもうぼっちじゃないでしょ?」

 

 ゆんゆんは前みたいに恥ずかしがることは無く、平然とそう言ってのけた。

 おや、珍しい。

 

「そ、そうだよ」

 

 とか思ってたら、逆にヒナがちょっと恥ずかしそうにしていた。

 

「何便乗してんだお前」

 

「ねえ、敵来てるから、ちゃんと構えてくれる?」

 

 ヒナが誤魔化すように、そう言いながら迫りくる小鬼を振り払うようにして首を切り落とした。

 

「ああ。俺の背中任せたぞ」

 

「いつものことでしょ」

 

 別働隊の質を見ると、どうやらこちらが本命のように見える。

 先程入り口にいたモンスターとは違う、大型モンスターが見える。

 あれはなんだろう。オークとかトロールとかだろうか。

 未だモンスターを見てもわからないことが多い。この世界の勉強はなるべく頑張ってはいるが、勉強すればするほど、わけわからん単語とか単位とか出てきたりして大変なのだ。

 

「ゆんゆん、大きいの頼ん」

 

 ゆんゆんの方を振り返りながら、そう言ってる内にゆんゆんは既に魔法を放っていて、その大型モンスターの頭部を消し去っていた。

 

「…」

 

「え?なに?」

 

「いや、なんでもないっす」

 

「?」

 

 首を傾げているが、そんな可愛い仕草しても今のモンスターの頭をデストロイしたのは帳消しにならないぞ。

 俺もここ最近力を付けてきたが、ゆんゆんもどんどんパワーアップしていて、最近は仲間を巻き込まないように魔法を撃つのが大変だとか。

 もしかしたら『ムードメーカー』のせいかもしれないが、お願いだからその高威力の魔法に巻き込むのは全力でやめてほしい。

 

 攻め来る軍勢に、ゆんゆんの魔法が打ち込まれたところにポーションを投げ込んで、追撃する。

 爆発したのを見てから俺とヒナが突っ込んでいく。

 

「剣の使い方わかってんだろうな?」

 

「何が?近付いて斬ればいいんでしょ?」

 

 冗談めかしてヒナに話しかけたら、アホな返事が返ってきた。

 きょとんとした表情で、どうやら本気でそう思ってるらしい。

 刀を持っても、こいつは脳筋みたいだ。

 

「ああ、もうそれでいい、よ!」

 

 モンスターを袈裟斬りにし、武器を奪い取って前方の敵にぶん投げる。

 人型モンスターの相手は得意だ。

 今までやってきた武道の経験で相手の動きが見える、というか読みやすいからだ。

 あまり知性もよくないのか、相手の動きも単調で簡単なものばかりだ。

 負ける要素がない。

 ヒナもガンガン攻めていってるのが見える。

 相手の懐に入り、ボディーに一発ぶち込んで頭が下がったところを刀で頭を貫いた。

 それをそのまま盾にしながら、相手へと突き進み、次々とモンスターを倒していった。

 こいつの方が狂戦士だと思う。

 

 ヒナは野性的な戦い方をすることが多い。

 使えるものは何でも使うような、そんなスタイル。

 ヒノヤマでお父さんに多くのことを教えてもらったと聞いたが、一体どんな教育を受けたのか。

 

 お互いの背中に迫る敵を斬り倒す。

 なんだかんだでヒナとの連携が一番やりやすい気がする。お互いに好きに戦っているのが、たまたまマッチしてるだけなのかもしれないが。

 剣を振り、血を撒き散らし、モンスターの体の一部が宙を舞う。

 

 

 この感覚、この感情を何というのだろう。

 湧き上がるものを抑えきれなかった。

 

「何笑ってんのさ!」

 

「ああ!?笑ってねえよこの野郎!」

 

「笑ってるでしょ!」

 

 お互いに背中を預けて、怒鳴り合いながら、目前の敵を斬り殺す。

 

 どうやら俺は笑っているらしい。

 この湧き上がるような高揚感のせいだろうか。

 

 以前までこんな敵に囲まれていたら、戦うどころではなかった。

 それがどうだ、戦うどころか圧倒している。

 

 大型の鬼のようなモンスターが俺に迫る。

 成人男性ぐらいのサイズの棍棒のようなものを振り回してきたが、難なく避ける。

 避けたところを隙だらけの足に一閃。

 更にもう一度。

 達磨落としの要領で足を切り離していくと、そのモンスターは体勢を崩し、目の前に頭が降りてきたので即座に斬り落とした。

 

 この大型モンスターにさえ、俺は勝てる。

 思わず笑ってしまう。

 やっと俺は戦う力を手に入れた。

 やっと俺は仲間の隣にいるのに恥じない力を手に入れた。

 守られるだけの存在ではなくなった。

 この感情の爆発に身を任せて、ただ目前の敵を斬り殺していった。

 

 

 いつの間にか敵はいなくなっていた。

 残ったのは死体と夥しい量の血溜まり。

 血の匂いが充満していて、モンスター達の血が俺の防具や服にこびり付いていた。

 血振りをしてから、鬼共の服を剥ぎ取って、血で染まった刀身を拭き取る。

 二人の元へと戻り、トリスターノと合流しようという話になった。

 

 入り口の大量のモンスターも倒し終わったらしい。お互いの無事を喜んでいると、何かを破壊するような音が、昼間に行った地下施設の方から聞こえた。

 そこから蛇のような何かが現れる。

 月光に照らされて見えたのは、ラミアのような蛇の下半身をした魔王軍幹部のシルビアだった。

 

「『魔術師殺し』だ!『魔術師殺し』が乗っ取られたぞ!」

 

 紅魔族の人達の悲鳴が聞こえる。

 『魔術師殺し』?なにそれ。

 

 ゆんゆんに聞こうとしたら、青い顔をして、遠くにいるシルビアを見ていた。

 そんなにやばいものなのか。

 

「おい『魔術師殺し』だ!逃げるぞ!」

「里を捨てよう!これはダメだ!」

「『テレポート』!」

 

 ええええっ!?

 さっきまで街の入り口を守っていた紅魔族の人達が『魔術師殺し』の名を聞いた瞬間に、すぐさま逃げた。

 生まれ育った故郷じゃないのかここは!?

 

「ゆんゆん!どういうこと!?『魔術師殺し』ってなに!?」

 

 ヒナが青い顔をしたゆんゆんをガクガクと振って聞いている。

 

「謎の地下施設に封印されている兵器の一つで」

 

「あれが世界を滅ぼしかねない兵器ですか?」

 

「ううん。あれじゃないはず。でも同じくらい危険な兵器。魔法が効かないという特性を持つ、対魔法使い用の兵器よ」

 

 紅魔族の天敵じゃねえか。

 

 

 

 

 

 明日ゆんゆんに紹介してもらう予定だった『魔神の丘』に、俺達全員が避難していた。

 里ではシルビアが暴れ回り、口から炎を吐き出して、紅魔の里に破壊の限りを尽くしてしていた。

 ゆんゆんが悲痛な表情を浮かべている。

 …何が理由であれ、ゆんゆんのこんな表情は見たくない。どうにか出来ないかと考えていたら、同じく避難してきたカズマ達と合流した。

 

 避難してきた人達から離れてカズマ達から事情を聞くと、どうやらシルビアがああなったのはカズマが地下施設にシルビアを閉じ込めたからだという。

 

「お、お前…」

 

「し、しょうがねえだろ!上手い作戦だと思ったんだけど、兵器を吸収する力なんてあると思うか!?」

 

 それは確かに。

 カズマはそこまで悪くない、のか?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 まずはあれをどう止めるかだ。

 

 めぐみんやゆんゆんから話を聞くと、

 その昔に魔術師殺しが突如として暴走した時に、地下に封印されているもう一つの兵器で破壊したと伝えられていて、その兵器をあろうことか記念として残しておくことになり、魔術師殺しを修理してまたあの地下へ封印したという。

 直すな。とツッコミを入れたかったが、そこら辺はカズマがツッコミを入れていた。

 だがその魔術師殺しを破壊した兵器は、誰にも使い方を知らず、使用方法が書かれた本もあるが、族長ですら読み方を知らない、と。

 

 もう俺とダクネスで接近戦を仕掛けるしか無いんじゃないか。

 ダクネスが同じことを思ったのか、紅魔族に援護してもらいつつ、囮になって時間を稼いでいる間、その兵器の使用方法をカズマが調べるという案が出た。

 カズマは乗り気じゃなかったが、聞いていた周りの人間が乗り気になってしまい、その案で行くことになった。

 カズマとアクアが兵器の使用方法を調べる。

 俺達のパーティーとダクネスはシルビアの足止めだ。

 めぐみんは待機。

 言い訳はお前の力を温存しておく為。

 カズマは本当このパーティーでよくやってるよ。

 

 

 

 

 

 すでに紅魔族の人達がシルビアを攻撃して、里を守ろうと動いていた。

 ツーマンセルで上級魔法で攻撃する者とテレポートで逃げられるようにする者で、ヒットアンドアウェイな戦法をしているが、『魔術師殺し』の影響か、シルビアにダメージを与えることが出来ていない状態だった。

 

 俺達はダクネスを連れて、不意打ちで攻撃した後、その後そのまま戦闘に移ることを考えていたのだが、ダクネスが上級魔法が降っている中に自ら飛んでいったせいで、この作戦はオジャンになった。

 ヒナが信じられないものを見る目をしていたが、あれが現実だ。

 受け入れてもらうしかな

 

「まさか、僕たちの作戦を練る時間を作るために、一人で…!?」

 

 …うん。まあそれでいいや。

 その後うまく囮をしていたダクネスだったが、ただ防御するだけの女に構ってられないと言われて、囮すら出来なくなった。

 

 作戦の考え直しだ。

 幸いにも紅魔族の人達が粘ってくれているおかげでまだ時間はなんとかなりそうだ。

 俺が一人で前衛をやると言うと、三人から全力で止められた。

 三人には申し訳ないが、今回前衛で戦えそうなのが俺しかいない。

 シルビアが取り込んだ『魔術師殺し』のせいで、魔法は通らない。殴るのは無謀だし、弓矢はそもそも後衛だ。

 三人は援護に回ってもらって、俺が一人で前に出る。

 ただ後衛を狙われる可能性があるので、三人に一人ずつ紅魔族の『テレポート』が使える人達に付いてもらうことになった。

 これでもし後衛が狙われたとしても逃げられる。

 

「流石に無茶だよ。ヒカルは確かに強くなったけど」

 

「無理そうなら俺も援護されてる間に、三人のところに戻って『テレポート』で逃げる。魔法じゃなくて物理で殴るなら、俺の仕事だろ?やっと活躍できるんだ。やらせてくれよ」

 

「でも…」

 

「ゆんゆん。友達の故郷がこんなにされて、黙ってられるほど、俺は大人しくないんだよ。俺は未来の族長の友達なんだ。もしかしたらここに住むかもしれないんだし、守らせてくれよ」

 

「えっ?」

「はい?」

 

 そう言ったら、ヒナとトリスターノがきょとんとしていた。

 ゆんゆんは何故か顔を赤くして、早口で捲し立ててきた。

 

「わ、わかったわ!今回はヒカルに任せる!でも、危なくなったらすぐに逃げること!わかった!?」

 

「おう。俺だって死にたくないからな。なんかあったらすぐそっちに行くさ」

 

 よし、行くぞ!

 友達の故郷をよくもこんな壊してしてくれたなこの野郎。

 





紅魔の里編はずっと書きたいものだったおかげで、書く速度がめちゃくちゃ早い。ストックが二話分もある。最近にしては珍しい。

そろそろエリス様でも出して、色々設定の話とか出していきたかったのですが、なかなかタイミングが無いので、もうここで書いちゃいます。
ヒカルの『ムードメーカー』による弱体化があるくせに結構戦えてない?と思う方がいるかもしれませんので、それの説明です。
実はヒナギクが支援魔法をかけてくれているおかげです。
ただこれはヒナギクやアクアという『神聖』を持った者が魔法をかけることで『ムードメーカー』が神の制御下にあると誤認して、弱体化を少しだけ解除出来ています。
アクアと二人で支援魔法でもかければ完全に弱体化は解除されるでしょう。
そのおかげで今まである程度は戦う事が出来ていました。
ヒナギクが仲間にならなければ、今頃ヒカルはアクセルでバイトでもして日銭でも稼いでるか、日本に転生していることでしょう。

決して後書きで書くことが見つからないから設定の話を持ち出したわけではありませんはい。


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56話


56話です。さあ、いってみよう。



 

「シルビア!!!」

 

 ゆんゆんがシルビアを呼び、シルビアだけでなく、里の多くの紅魔族の注目を浴びる。

 ゆんゆんは、一切臆することなくポーズを決める。

 

「我が名はゆんゆん!アークウィザードにして、上級魔法を操る者!」

 

 遠目にいるめぐみんを一瞥し、続けて高らかに名乗りを続ける。

 

「紅魔族随一の魔法の使い手にして、やがてこの里の長となる者!!」

 

 

 里の大勢と魔王軍幹部相手にここまで堂々と名乗ったゆんゆんに仲間である俺達も続かなければならない。

 

「我が名はヒカル!日本随一の狂戦士にして、この里と友を守る者!」

 

「我が名はヒナギク!エリス教随一のアークプリーストにして、ヒノヤマ一の拳を持つ者!」

 

「我が名はトリスターノ!グレテン随一の弓の名手にして、数多のスキルを使う者!」

 

 ゆんゆんは杖を高く上げて、空に向かって雷系の魔法を唱える。

 俺達の後ろに蒼い稲妻が降り注ぎ、俺達の名乗りを更に演出した。

 

 ゆんゆんの勇姿を見た紅魔族全員の大歓声が聞こえる。

 

「娘が!ずっと名乗りを恥ずかしがっていた娘が!ついに…!」

「ゆんゆんが!ゆんゆんが仲間との絆の力で覚醒した!」

「カッコイイ!ゆんゆん達カッコイイ!!」

「仲間との冒険がゆんゆんを成長させたんだ!」

「俺の生徒だから!アレ、俺が鍛えた生徒だから!いいぞゆんゆん!俺が教えたことを覚えててくれたんだな!」

 

 紅魔族の人達には相当格好いい演出に見えたらしい。

 

 いつものゆんゆんなら、こんなこと耐えられないだろう。だが自分の為にではなく、人のため、里のために奮起するゆんゆんは力強く、真っ直ぐな目をしていた。

 ゆんゆんはバサッとマントを翻し、シルビアへと指を突きつける。

 

「魔王軍幹部、シルビア!勝負よ!里を破壊すると言うのなら紅魔族族長の娘である私を倒してからにしなさい!」

 

 

 大歓声の中、ゆんゆんはそれでもシルビアを睨むのをやめなかった。

 

「へえ?テレポートで逃げるしか能がない、口先だけの種族の代表が一体全体何の用なの?」

 

「貴方は私達が倒す!紅魔族が口先だけかどうかその身をもって知りなさい!」

 

 嘲笑うようにして、ゆんゆんを見るシルビア。逃げるだけの紅魔族と舐め切っているのだろう。

 

「はいはい、もうそういうのは飽きたわ。精々里が壊される様をそこで指を咥えて見ていなさい!」

 

 そして身を翻し、また里の方へ行こうとした。

 

「シルビアとか言ったっけ?お前の部下が未だに姿を見せないの、おかしいと思わないか?」

 

 そう俺が言うと、ピタリとシルビアの動きが止まった。

 舐め切った様な表情は変わり、俺の方を険しい表情で睨み付けてくる。

 

「貴方、まさか」

 

「俺が全員斬り殺した。良い経験値になったよ。ありがとう」

 

「……そう。ぶち殺してあげるわっ!!」

 

 シルビアが蛇の様にこちらへと這いずり出す。

 先程決めた様に三人は後ろへ下がり、俺一人が戦う。もし後衛の三人が襲われても紅魔族の人達が付いてくれているから、いざとなったらテレポートで逃げられるようになっている。

 『魔術師殺し』の影響で魔法は通らない。

 かと言って弓も、ましてや素手で戦うなんて無茶がある。

 だから、俺一人が前に立つ。

 ただ俺が一人で戦っているわけじゃない。

 みんなに援護を任せているからこそ、俺は前に立てる。

 

 カズマ達が『魔術師殺し』に匹敵する兵器を探し出し、その兵器の準備が整うまで、俺達が時間を稼ぐ。

 まあ、なんだ。時間を稼ぐと言ったが、

 

 

 

 別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?

 

 

 

 ヒナが下がりながら支援魔法のフルコースをかけてくれる。俺の体の底から力が湧き上がるようなそんな感覚。

 

 刀の鯉口を切る。

 シルビアが迫り、一度体を沈めて、その反動を利用し、俺へと襲いかかる。

 

 身体を横へと捌きながら、襲い来るシルビアの身体へ一閃。

 居合斬りの要領で、相手を斬る。

 俺の手には確実に斬ったという手応えがあった。

 

 まるで俺とシルビアが通り過ぎたようにして、お互いの体が止まる。

 俺は思い切り刀を振り、その刀にこびり付いた血を払う。

 地面には鮮血が半円のように描かれ、その後ボトリと音がした。

 

「ああああああああああああっ!!!」

 

 振り返るとシルビアの左腕の肘から先が無くなっていた。

 ボトリと音がしたのは、俺が切り落としたシルビアの腕が地面へと落ちた音だった。

 俺はあの蛇の部分とシルビアの部分を切り分けてやろうと思っていたが、流石は魔王軍幹部、俺の狙いを見抜いて、なんとか避けたらしい。

 ただ避け切ることは出来なかったみたいだが、オープニングヒットとしては上出来だろう。

 苦悶の表情を見せるシルビアに俺の存在をアピールするように、さも余裕そうに構えて話しかける。

 

「おいおい、まだお前の部下の大きめの鬼の方が手応えあったぞ。意外と大したことないのか?」

 

 俺の挑発を聞いて、シルビアの表情は憎悪へと変わり、背中から触手のようなものが現れて、切れた腕の部分を覆った。

 止血か、それともナメ◯ク星人みたいにまた生えてくるのか、わからんが素直に回復させる気はない。

 俺はウエストポーチから三つポーションを取り出すと、シルビアへと思い切りぶん投げる。

 愛用の空気に触れると爆発するポーション。

 

「トリスターノ!良い感じに当ててくれ!」

 

「無茶言いますね!」

 

 そう言いながらも、弓を構えていたトリスターノは矢を放つ。

 状況を理解していないシルビアの眼前で一つの小瓶を矢が射抜き、爆発を引き起こす。

 続けてトリスターノが目にも止まらぬ速さで続けて矢を放ち、左腕の方へ飛んだ小瓶と、一つ目の小瓶の爆発で弾かれた頭の方に飛んだ小瓶を射抜いて更に爆発音が続いた。

 それを確認し、前へと走る。

 この程度で倒せるほど、甘くない。

 俺が走る先に多くの触手が現れたのを、振り払うようにして切り落としながら突き進む。

 

「『ストーン・バインド』ッ!『ライトニング』ッ!」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 

 『魔術師殺し』の効果で魔法は通り難くなっているものの、全く効かなくなっているわけではないらしく、ゆんゆんとヒナの魔法のおかげで触手を掻い潜り、シルビアの元へと走る。

 

 突如、爆発で怯んでいたシルビアが体勢を立て直し、口から炎を撒き散らし始めた。

 

「っ!あっつ!」

 

 俺が後ろへ下がろうとしたところに、

 

「『フリーズ・ガスト』!」

 

 ゆんゆんの魔法の詠唱が聞こえて、俺と炎の間に冷気の霧が現れて、炎の進行を阻止した。

 炎と冷気の中から、シルビアがズルズルと蛇のように俺へと近づいてくる。

 その顔は爆発で焼け爛れて、見るも無残なものになっていた。

 紅魔族に対して先程まで浮かべていた嘲笑は完全に消えていて、俺を完全に敵として認めたようだ。

 

「……あなた、名前はなんと言ったかしら?」

 

 トリスターノが射る矢を触手ではたき落としながら、俺を真っ直ぐに睨み付けてくる。

 

「シロガネ ヒカル。今からお前を殺す者だこの野郎」

 

 剣の切っ先を向けて、静かに名乗る。

 ここ最近名乗りすぎてて、自分の名前を言うのが億劫になってきた。

 

「そう。覚えておくわ。にしても変わった名前をしてるわね。まさかミツルギとかと同類かしら?まあ、いいわ。

我が名はシルビア!強化モンスター開発局局長にして、魔王軍幹部の一人、今からあなたを殺す者よ!」

 

 そう言い、また俺目掛けて飛び込んでくる。

 同じ手は通用しないだろう。

 素直に横へと飛んで避ける。転がって受け身を取りながら、剣を構える。

 シルビアが通り過ぎた後に続いて追撃のようにメタリックな蛇の体が迫ってくるのを避けながら斬ってみたが、傷一つ付かなかった。

 やっぱり腰から上の、生身の部分を斬るしかないみたいだ。

 

 

 

 

 

 接戦と言えば聞こえはいいが、進展がない攻防。お互いに相手を殺す術はあるが、その必殺のタイミングを窺っている状態。

 流石魔王軍幹部なだけあって、それなりにバリエーションのある攻撃を仕掛けてくるが、俺の刀と仲間の援護の前に、致命打にならない。

 それは俺の刀も同じこと。

 俺の攻撃の場合は更に部が悪い。まず攻撃を届かせるのに苦労する。更にシルビアの下半身は剣が通らない上に、その蛇の体で攻撃されるだけでも危うい。

 何度かシルビアの体を斬り付けているが、最初の一撃ほどの負傷をさせることが出来ていない。俺がシルビアの腕を斬り落としたのが相当相手に警戒されるものだったみたいだ。

 

 ゆんゆんやトリスターノの援護を叩き落とし、避けて、また炎を口から出しながら俺へと向かってくる。

 

「『ウォークライ』!」

 

 自身の物理防御を下げる代わりに、自身の筋力を上昇させるスキル。

 接戦で全力で動いてる分、そろそろ俺の体力が保たない。

 ここらで少しは相手にダメージを与えておかないと、冷静になったシルビアが何をするか、わからない。

 強力な一撃。最初の一撃のような、確実にダメージがある一撃を相手にぶち込む。

 

 ポーチから拳程度の大きさの魔道具を取り出す。

 まさかこれを本当に使う日が来るとは夢にも思わなんだ。

 それをまたポーションの時のようにぶん投げる。狙いはもちろん顔。

 

「トリスターノ!」

 

「了解!」

 

 正確無比な矢は当然のようにその魔道具を射抜いた。

 

「わっ、ぶっ!」

 

 瞬間、耳を覆いたくなる程の破裂音と共に凄まじい量の水が止めどなく溢れ出した。

 あの魔道具は開ければ即座に使用できる、魔法で圧縮された簡易トイレで、消音に水洗も出来るという聞くだけなら超便利アイテム。

 だが欠点として消音用の音がデカすぎるというのと水を生成する力が強すぎて、今のシルビアの顔面のように大惨事になること。

 いつだったかバニルさんに押し売られたものだが、まさか役に立つとは思わなかった。

 

 シルビアが目潰しと破裂音に怯んだこの瞬間を狙い、蛇の体を駆け上がる。

 

「一体どこに!…っ!?」

 

 気付いた時にはすでに遅い。

 駆け上がり、刀を振り下ろすだけの体勢となった。

 

「はあっ!!」

 

 上体を逸らされ、狙いがズレる。

 俺の一刀はシルビアの右目を縦に斬るようにして、振り下ろされた。

 深くはないが、決して浅くもない一振り。

 だが振り下ろした後は落下するだけの俺に多くの触手が迫る。

 

「『ライトニング』ッ!」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 

 三人の援護で捕まることは無かったが、援護を振り払うようにして振るわれた触手が俺にぶち当たり、吹き飛ばされた俺は何度も地面をバウンドして転がった。

 

「っ…ぐっ…!」

 

「「ヒカル!!」」

「リーダー!!」

 

 仲間の心配する声が聞こえたが、『ウォークライ』の効果も相まって、直撃を受けた俺はすぐに立てずにいた。

 

 シルビアの方を見ると、右目を押さえたシルビアと目があった。俺が立ち上がろうとしてるのを見ると、すぐさま俺の方へと飛ぶように進んでくる。

 

 まずい、他が狙われるのもまずいが、俺が今やられるのもまずい。

 そう考えた直後、誰かが駆け寄ってきた。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」

 

 ヒナだ。痛みは引いたが、あまり効果はない。精々立ち上がる程度でしかない。

 

「うそ!?なんでっ!?」

 

 『魔術師殺し』の影響で魔法の効き目が極端に悪くなっているせいだ。

 くそ、あともうちょいなのに。

 

「ヒナちゃん!ヒカル!作戦完了!!引くよ!」

 

 ゆんゆんの声が聞こえてきた。

 事前に俺達が決めていた合図。

 どうやら時間稼ぎは上手くいったらしい。

 

「おい、逃げるぞ!先に行け!」

 

「何言ってんのさっ!もう二度と置いて行かないよ!!」

 

 騎士王の時のことを言っているのだろうか。

 ヒナは俺を無理矢理肩へと担ぎ、シルビアとは別の方向へ全力疾走する。

 

「うおわ、わわわ、っ!」

 

「ちょっと黙ってて!絶対に離さないから!」

 

 そうは言うが、これ何キロ出てるんだ!?

 バイクとかそこらのスピードは出てる気がする。

 それと走る時の振動でヒナの肩の骨が食い込んでめちゃくちゃ痛い。

 

 前を見ると、すでにカズマ達一行とトリスターノやゆんゆんもそこにいた。

 カズマが何かを持っている。

 それはまるでライフル銃のような形状をしていた。

 そのライフルを構えたカズマがすでにシルビアへと狙いをつけていた。

 

「お疲れさん!」

 

 俺達が着くと、カズマが得意げな顔でライフルを構えながら、俺を労ってきた。

 ヒナがカズマの近くへ下ろしてくれる。

 

「それなんだ!?」

 

「まあ見てろよ!『狙撃』ッッ!!」

 

 カチッと音がした直後

 

 

 

 

 

 何も起こらなかった。

 

「…おい」

 

「あれっ?」

 

 カズマが何度もカチカチと引き金を引いてるが、何も起こる気配はない。

 

「ちょ、もうシルビアがこっちに来てんだぞ!?他に何か無いのか!?」

 

「ね、ねえよ!何でだ!?安全装置か!?壊れてんのか!?」

 

「ど、どうするの!?」

 

 他の全員が慌て始める。

 最後の切り札がまるで役に立たなかった。

 

 俺とダクネスで耐えて、後は他が下がりながら援護しつつ退避を

 

「真打ち登場」

 

 俺がどう撤退するか考えていたところ、そんなことを言いながら全員より前に出たのはめぐみんだった。

 俺達が止める間もなく、めぐみんは爆裂魔法の詠唱を始める。

 カズマ一行以外の聞いた全員が逃げ惑い、桁外れの魔力の収束にシルビアも異変を感じ、動きが止まった。

 俺もヒナにすぐにまた担がれて、その場を離れる。

 

 そして詠唱が完成し、杖を高く掲げたと同時にヒナが危険と判断したのか、俺を下ろし、俺の頭を抱くようにして俺の体に覆いかぶさる。

 少し柔らかな感触がした後

 

「『エクスプロージョン』ッッ!!!!」

 

 聞こえた瞬間、ヒナの腕の間からシルビアの表情が恐怖に染まったのが見えて、めぐみんから放たれた爆裂魔法はシルビアを消し去る。

 

 ……ことは無く、カズマが先程まで持っていたライフルの後部へと吸い込まれていった。

 

 辺りは静まりかえり、魔力を使い果たしためぐみんが、崩れるように倒れ込む音だけが聞こえた。

 

「ビビらせやがってこのガキ!八つ裂きにしてぶち殺してやるよ!!」

 

 先程までとは口調が全く変わったシルビアが叫び、またこちらへと迫ってきていた。

 ヒナがまた俺を肩へ担ごうとした時

 

「ねえ、なんかピコピコしてるよ?」

 

 アクアに抱き抱えられた小さな女の子が先程のライフルを指差していた。

 そのライフルの側面に『FULL』の文字が点滅していた。

 気付いたカズマがすぐにそのライフルを構える。

 

「魔王軍幹部、シルビア!他の幹部によろしくな!俺の名前は」

 

「どーん!」

 

 カズマの決め台詞の途中でアクアに抱かれたままの女の子が引き金を引っ張った。

 ライフルの先から閃光が放たれて、シルビアの胸に大穴を開けた。

 それでもなお勢いが消えない光は、山の一角を消しとばし、凄まじい轟音が響き渡った。

 

 威力故か砲身が潰れたライフルをカズマが落とすのと同時にシルビアの巨体も大地へと沈んだ。

 

「……あ、あれっ?あ、あた、じ、こ、これで終わり…?」

 

 倒れたシルビアは呆然として呟き、絶命した。

 誰もが呆然とする中、アクアに抱かれた女の子が、降りるとポーズをとった。

 

「我が名はこめっこ!紅魔族随一の魔性の妹!魔王の幹部より強き者!!」

 

 もう君が最強でいいよ。

 





ヒカル
ギャグ路線からラブコメに片足を突っ込んだ主人公にして、いろんなフラグを乱立する者!
よく仲間を困らせてるくせに、他人が仲間を悲しませたらブチ切れる困ったちゃん。
いやあ、俺達もとうとう魔王軍幹部とタメ張れるようになっちまったよおい。こいつぁこの活躍を見てた里の女性からOSASOIされてしまうやつですよ。困ったなぁ俺の好みは年上なんだけど言い寄られちゃったら断りづらいし、リードするのもいいかもしれない。あるえちゃんも色々と教えて欲しそうだったし、ここは俺が…あ、ゆんゆんさんこれはその(以下略

ゆんゆん
未来の紅魔族族長にして、紅魔族随一の常識人だった者!
紅魔の里のみんなに認められた『蒼き稲妻を背負う者』
そろそろ私の誕生日…。今までの私からは考えられない程の友達が出来てるから、みんなでパーティーとかしたいなぁ。誕生日をみんなに伝えようかと思っているけど、どう考えても図々しいし、でもみんなに祝ってもらいたいし、でもこんな直前に伝えたら迷惑にな(以下略

ヒナギク
ヒノヤマの人口は三人しかいないけど、ヒノヤマ一の拳を持つ者にして、今回あまり活躍出来なかった者!
はあああああ!?ぱふぱふ!?私だってまだお尻しか触ったことしかないのに、胸で挟んでもらっただとおおおおおお!?絶対に許しません!貴方を訴えます!理由はもちろんお分かりですね?貴方がその純粋無垢を汚したからです!覚悟の準備をしておいてください!近いうちに訴えます!裁判も起こします!裁判所にも問答無用で来てもらいます!貴方は犯罪者です!天罰をぶち込まれるのを楽しみに(以下略

トリスターノ
描写は少ないものの一番の働き者にして、なんだかんだでこの地味な役が気に入っている者!
そういえば、リーダーは私のことをロリコン扱いしてますけど、年下に手を出そうとしたリーダーの方が(以下略

もうちょっとだけ紅魔の里編は続くんじゃ。
調子に乗った者が痛い目を見るのは世の常ですが、果たして…。


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57話


ハード?モード史上最強最悪の問題作。
とある方の感想の返信で「シルビアとの戦闘は終わり」と書きましたが、その後の深夜テンションとノリと睡眠時間を削って書き上げたヤベー奴。
悪ノリ、雑な展開、雑な扱い、ギャグ補正、メタ、etc
なんでもござれの延長戦。
なんでも許せる方のみ進むがいい。
この先は地獄だぞ。

感想とかで文句言っても「劇場版だから」しか返さねえからなこの野郎。
ちなみにこの話を読まなくても次の話に続いています。というかそっちが本来の57話です。警告しましたからねマジで。

では57話。さあ、いってみよう。



 

 なんとかシルビアを倒した。

 強くなったとはいえ、あんな魔王軍幹部と戦うなんて、いくらなんでもハードすぎないか。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』」

 

 ヒナが俺に回復魔法をかけてくれる。

 これで俺のボロボロの身体も元通りに

 

 

 

 ならなかった。

 

 

「え?」

 

 ヒナが呆然として、もう一度回復魔法をかけてくるが、変わらなかった。

 

「は?」

 

 何故かカズマが間抜けな声を出していたので、カズマの方を振り返ると、カズマが信じられないものを見る目でシルビアの死体がある方を見ていた。

 俺もそちらを見ると、見たことを後悔するような光景が広がっていた。

 

 シルビアの胸元から何かが沸き起こり、シルビアの身体を包んでいく。

 沸き起こったものはまるで一つの山が出来る程の量の水色の液体のようなものが形を成していき、シルビアの人型や魔術師殺しを取り込んだラミアの姿とは全く別の身体を作り出す。

 

 姿が形成されて出てきたのは、四足歩行の何かだった。四足歩行とは別にまるで人間のような手が生えていて、巨大な大剣を持っていた。

 頭の部分からシルビアの体が出てきて、先程のライフル銃で撃たれた胸元の穴は無くなっている。液体のようなものに影響されたのか、髪の毛が水色の液体のように唸っている。

 所々に鎧の破片のようなものが液体の体を覆っていて、それが形を作っているように見える。

 

「な、なんじゃありゃああああああああああああああああ!!!??」

 

 カズマの大絶叫が辺りに響き渡る。

 これはあれだろうか。ゲームのラスボス戦とかによくある第二形態とかだろうか。

 

「あ、あれ!!この前戦ったスライムじゃない!?」

 

「デッドリーポイズンスライムのハンスか!」

 

 アクアとダクネスが知っているかのように話し始める。

 

「ああ、あれお前らの知り合い?そうなんだぁ、じゃあ俺達は邪魔しちゃいけないからお暇しよう!ゆんゆん!トリスターノ!ヒナ!帰る」

 

「ちょっと待て!!そんなわけにいくか!!里を守るにはアレを倒さなきゃいけないんだよ!みんなで協力するしかねえ!」

 

「お前らが倒した奴なんだろ!?もっかい倒してくれ!」

 

「少なくともあんな状態じゃなかったよ!」

 

「そんな言い合いしてる場合じゃないでしょ!?」

 

 俺とカズマが取っ組み合いをし始めたところで、ヒナが割って入ってくる。

 

「そんなこと言ったって、ヒナの回復魔法が通らないということは、未だに『魔術師殺し』の効果が続いてるんだぞ!?それにめぐみんのいつもの爆発オチもないんだぞ!?」

 

「おい、爆発オチ呼ばわりはやめてもらおうか。あと、カズマ。先程の爆裂魔法、返してください」

 

「んなこと言ってる場合か!!」

 

「ああ!何という巨大なモンスター!私はああいうのを待ち望んでいた…っ!!」

 

「お前しか待ち望んでねえんだよ馬鹿野郎!」

 

 絶望的な状況だというのに、ダクネスの変わらない変態ぶりに思わずツッコミをしてしまった。

 

「ね、ねえ!なんかゆっくりこっちに近付いて来てるんですけど!?もうこっちにロックオン状態なんですけど!!」

 

 アクアがシルビア第二形態を指差して、叫んでいる。確かにそいつは体を動かすのを慣らすようにして、ゆっくり近づいてきていた。

 

「と、とにかく!ヒカルとダクネスで前衛を頼む!」

 

「ちょ、待て!!百歩譲って、このドMと前衛張るのはまだいい!!」

 

「んっ!いいぞ!やはりヒカルは素質があると思っていたところだ!もっとだ!もっと来い!」

 

「やかましいんだよこの野郎!俺、結構ボロボロだし、そこまで時間稼ぐ自信ないぞ!?」

 

「そ、そうです、カズマさん。ヒカルはもう」

 

「でも、あんな相手に前衛張れるのは二人しかいないんだよ!頼む、少しでも時間を稼いでくれ!」

 

 マジかよ…!

 俺のパーティーメンバーがそれでもと止めてくる。確かに前衛をやれるのは俺とダクネスしかいない。

 …ああ、くそ。腹括るしかない。

 

「わかった。やるよ。ただしちゃんと倒す方法捻り出せよ!」

 

「わかった!」

 

 カズマの気合の入った返事が返ってきた後に、仲間達から総ツッコミを受ける。

 

「嘘でしょ!?ヒカル、バカになっちゃったの!?」

「無茶よ!里はもうこの際しょうがないから、撤退しましょう!?」

「回復もしてないのに、どう戦う気ですか!」

 

「どう戦うかって?この」

 

 ダクネスの肩に手を置き

 

「世界最強の肉盾で守りつつ、可能ならチクチク攻撃する。あくまで気を引く程度のことしかしない。これでどうだ?」

 

「うむ、流石ヒカルだ!『ドS先生』の名は伊達じゃないな!」

 

「ちょっと!!もう来るわよ!!」

 

 アクアがもう限界とばかりに俺達を置いて逃げ始めた。

 未だ不満げな仲間たちの顔を見て、俺まで不安になって来た。

 

「安心しろ。時間稼ぎだけだ。だから、カズマ達と倒す方法考えてくれ!ダクネス!行くぞ!」

 

「ああ!期待してるぞ!ドS先生!」

 

「何に期待してんだお前は!?あれと戦うんだよ馬鹿野郎!マジで気合入れてくれよ!」

 

 そう言って、ダクネスと共にあのシルビア第二形態の元へと向かう。

 こうして近くに行くと、デカさがよくわかる。まるで山だ。

 山相手に、最近までクソ雑魚剣士の俺が立ち向かうってのか。はあー、逆に面白くなってきたわくそったれ。

 あの異形の姿となったシルビアにダクネスと対峙することになった。

 

 

 

 

「カズマさん!何か案はありませんか!?ヒカルが死んじゃいます!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!とにかく、めぐみんの魔力を回復させよう!出来れば、ゆんゆんも回復させたい!トリスターノ!五人ほど紅魔族を連れてきてくれないか!?」

 

「わかりました!」

 

「ゆんゆん!何度かアイツに向けて魔法を打ってみてくれないか、どこまで無効化されるか確かめたい!」

 

「わかりました!『ライトニング・ストライク』ッ!!」

 

 トリタンが走っていった後、カズマがゆんゆんに指示を出していた。

 僕もヒカルの元に残ればよかったかもしれない。何回も回復魔法をかければ、もしかしたらなんとかなったかもしれない。

 そもそもあんなの相手に上位職とはいえ、二人で立ち向かうなんて無茶どころの話ではない。

 やっぱり僕が

 

「ねえ、貴女。何か持ってるでしょ?」

 

 アクアさんが僕に話しかけていた。

 何か?

 

「えっ、僕が持ってるもので今役に立つものなんか…」

 

「あるじゃない。胸元に」

 

「え?」

 

 胸元を見ると、僕の胸元が微かに光っていた。

 エリス様から預かった指輪だ。

 いつもはネックレスにして、万が一のことがないように服の中に入れて、汚れないようにしている。

 なんでアクアさんはすぐわかったんだろう。

 胸元から取り出し、アクアさんに見せる。

 

「でも、これは不浄のものを許さない指輪で」

 

「貴女、これどこで手に入れたの?日本から来た転生者ならともかく、なんでこんな神器を持ってるわけ?」

 

 何故ここでニホン?

 あとテンセイシャって何?

 

「エリス様から預かりました。僕に持っているように言われたもので」

 

「エリスに?どういうこと?もしかしてこうなることを知ってたとか?」

 

 よ、呼び捨て…!?

 ……ここは喧嘩をしてる場合じゃない。

 ヒカルの為にも耐えなきゃ…。

 え、じゃあアクアさんの話を聞く限り、エリス様はこの危機を回避する為に僕にこれを…?

 

「ちょっと見せてくれる?」

 

 そう言われたので、アクアさんに渡す。

 まるで鑑定でもするようにいろんな角度から見ている。

 

「その指輪の名前は『聖女の指輪』です。その指輪は不浄な存在を許さない聖なる指輪と言われていて」

 

「知ってるわ。この力ならアレを分離出来るかも」

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

「ダクネス!!まだいけるな!?」

 

「ああ!!この程度で弱音を吐くなど、クルセイダーとは言えないからな!」

 

『邪魔よ!』

 

 まるで小型のビルのようなサイズの大剣が俺達を振り払うように横なぎに振るわれる。

 俺はダクネスを前に出して、後ろからダクネスを押す。

 

 ガギィィィィィン!!!

 

「おっふぁ!!!これだ!!この腹筋を貫通するようなこの重い一撃!!これを待っていたんだああああああああ!!」

 

 この大剣の一撃を二人で受け止める。

 ダクネスの腹筋に大剣がクリーンヒットし、ダクネスと俺が思い切り振り払われるのを耐えた。

 足場の地面はガリガリと削れ、勢いはなかなか止まらなかったが、俺とダクネスの踏ん張りでなんとか止めることが出来た。

 

「俺もやっておいてなんだが、なんで生きてんだお前!?」

 

 

 

 

 

 

「おい、アクア!それマジなんだろうな!?」

 

「何よ疑うわけ!?じゃあ他に何か方法思い付いたんですかー?」

 

「こ、こいつ!」

 

「カズマさん、落ち着いてください!じゃあこの指輪の力を上手く当てることが出来れば、あのデカイ身体からシルビアを切り離せるんですね!?」

 

「そうよ。この指輪の力は魔法とかスキルなんてものじゃないの。この指輪の力はまさしく神の力そのものと言っていいわ。」

 

 え、僕はとんでもないものを渡されてたんじゃ…。

 

「それほどの神聖な力なら、あのスライムやらアンデッドやらがごちゃ混ぜになって物理耐性が上がろうが、魔法耐性が上がろうが、ダメージを与えられるはずよ。ただその力をどう当てるかよ。案としては武器にエンチャントするのが手っ取り早いかしら。その指輪は攻撃用じゃないし」

 

「じゃ、じゃあ、僕がこの指輪をつけてシルビアを殴れば…!」

 

「え…ま、まあそれでもいいけど、危険よ?その指輪を使えるのは貴女か私ぐらいね。使い手が潰されれば、その指輪はただの綺麗な指輪よ。言っておくけど、私は嫌よ。危ないもの」

 

「ええっ、そ、そんな!アクアさんも一緒に行きましょう!」

 

「い、嫌よ!なんで貴女そんなちっこいのに勇猛果敢に突っ込もうとするのよ!とにかく私は嫌!何かエンチャント出来る武器を探してそれであいつを切り離してきて!私は絶対にいや!」

 

 心底嫌そうに僕から距離を離して捲し立ててくる。

 

「おい、出来るんだな!?」

 

 カズマさんが何かのスキルで紅魔族の方からめぐみんへ魔力を送り込みながら、確認してきた。

 

 

 

 

 

 

 

「ダクネスぅ!!まだまだだよなぁ!?」

 

「もちろんだ!!まだまだだ!まだいける!いや、もっと来い!!」

 

『あなた達なんなのよぉ!!?』

 

「行くぞ!!ダクネス……カリバーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

 直立不動のダクネスの足首を持って、太もも部分を肩に乗っけていたものを構える。

 

 これはダクネスカリバー。

 選ばれし者にしか使えないという設定だったらいいなと妄想した感じの、ただの大剣を持ったダクネスを俺が武器として振り回して使っているだけである。

 この世界最強の肉盾を最強の武器にするという発想の転換。まさしく天才のそれ。

 俺の怪力とダクネスの防御力とタフネスで出来る、最強の合体技。相手は死ぬ。

 

 シルビアが振ってくる大剣に合わせて、ダクネスカリバーを振るう。

 

 ガギィィィィィン!!

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリィッ!!

 

 奴の大剣と俺達の合体技のぶつかり合いに大地が耐えきれず、砕けて裂ける。

 

「ああ!!しゅごい!!!ヒカルしゅごいのおおおおおおおおお!!!!」

 

 あー聞こえない聞こえない。

 何も聞こえない。

 

 次の大剣が振るわれる。

 もう一度だ!

 構えて次の攻撃に備えたその時、

 

 

 あっ。

 

 

 ヒナの支援魔法が切れた。

 ダクネスを支えきれない。

 というかあの攻撃を受け止めることは不可能だ。

 

 なんとかダクネスを大剣と俺の間に下ろして、ダクネスカリバーから肉盾へと瞬時に切り替える。

 ただ今回俺は踏ん張れていない。

 つまり、

 

「ぐわああああああああああああ!!!!」

「があああああああああああああ!!!!」

 

 二人とも大剣の一撃を食らい、吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

「よし、ゆんゆんとめぐみんも魔力回復したな!」

 

「これで本日二度目の爆裂魔法が撃てます!」

「私も全力でいけます!」

 

 二人の魔力の供給が終わり、シルビアへのトドメの攻撃は準備できた。

 後はこの指輪の力を使って、シルビアとあの異形の身体を切り離す。

 僕は『シロガネブレード』を鞘から抜いて、指輪を嵌めた右手で持つと、『シロガネブレード』が輝きに包まれた。

 

「僕もこれで」

 

 そんな言葉を話したその時

 

 何かが此方へと吹っ飛んできた。

 何度もバウンドした後、ゴロゴロと転がり、僕達のところに転がって来たのは

 

「……ただいま」

 

 ボロボロのヒカルだった。

 

『ヒカル!』

「リーダー!」

 

「すまん、もう限界。ヒナの支援魔法も切れた。ギャグ補正で頑張ったんだけど」

 

「ギャグ補正ってなに!?頭でも打った!?」

 

 ヒカルの元へ跪き、ヒカルの手を握った瞬間

 

 指輪が今までにない程の輝きを放った。

 

「ちょ、眩しい!貴女一回その指輪嵌めた手をヒカルから離しなさい!」

 

 みんな眩しいと僕に言ってくる中、アクアさんから具体的な指示が飛んできて、その通りにヒカルから手を離す。

 すると、輝きは小さなものになっていく。

 

「ちょっと、調べさせてもらうわよ」

 

 そう言ってアクアさんがヒカルの胸に手を当てると、アクアさんが驚きの表情に変わる。

 

「……なんでこんな人間が、持ってるのよ…。指輪といい、まさかエリスがなんか仕込んだんじゃないでしょうね…」

 

 そう呟くと、ヒカルから手を離す。

 まるで意味を理解できなかったが、一体何があったのだろうか。

 

「…えっ、今回のお話ってアレでしょ?ボス戦とか言って、ちょっとシリアスな気分出してるけど、普通にギャグ回だよね?何その衝撃の新事実みたいな感じ?」

 

 ヒカルがわけのわからないことを言ってるのを無視して、アクアさんが話し始める。

 

「ヒナギク、貴女はヒカルと一緒にエンチャントした武器を振りなさい。それでもうアレを切り離せるわ」

 

「えっ」

 

「お、おい!どういうことだよ!?」

 

 みんな驚きの声を上げる中、カズマがいつものツッコミのように尋ねる。

 

「いろいろあって私もよくわかってないけど、二人の力を合わせれば、勝てるってことよ。ほら、立ちなさい『セイクリッド・ハイネスヒール』」

 

 

 

 

 

 

 魔法の効き目は相変わらず薄かったが、なんとか立てるまでにはなった。

 

 今は俺達でその作戦?の確認をしている。

 今のシルビアは紅魔族の人達とトリスターノ、ダクネスに相手をしてもらっていて、時間を稼いでもらっている。

 

「ええと、よくわかってないんだけど、あの貰った指輪の力を使った状態の武器で斬ればいいんだな」

 

「そうよ。今の指輪の力を見る限り、近付く必要もないわ。アレに向かってただ振り下ろしなさい。それで切り離した後は」

 

「私達の出番ですね!」

「我が爆裂魔法の力を見せる時です!」

 

 

 

 

 

「よし、全員準備はいいな!?」

 

 カズマが指揮を取り、全員が気合の入った返事をする。

 俺とヒナが一番前に出る。

 ヒナの指輪を嵌めた右手と俺の左手を恋人繋ぎのように俺の刀『彩友』を握り、後は通常通りお互い両手で握る。

 二人で一本の刀を上段に構える。

 ヒナの身長が低いせいで俺が少し不格好になるが、今はそんなこと言っている場合ではない。

 構えた瞬間、先程の様に指輪が光り輝き、その光が刀へと収束していく。

 光を纏った刀は切っ先が天にも届かんばかりに伸びている。

 

「全員退避ーーーー!!!」

 

 カズマが時間稼ぎしていた奴らへ指揮を飛ばす。

 その声に気付いたみんなはクモの子を散らしたように離れていく。

 

「よし!!ヒカル!ヒナギク!頼んだぞ!」

 

 カズマからやってよし、と指揮が来る。

 

「ヒカル、この技の名前どうする?」

 

「はあ?お前何言ってんの?」

 

 ヒナが唐突に技とか言い始めた。

 どうしたんだろう。お年頃になってしまったんだろうか。

 

「僕達、こんな協力して技を出すとか無かったでしょ?よくヒカルが投げたものをトリタンに打たせるのとはまた違うし」

 

「あのなあ、今更この作品でそんな技とか言われても周りが付いてきてくれないの。困惑するだけだから、とりあえず振って早めに終わらせておくんだよ馬鹿野郎」

 

「なにさ、本当はヒカルだって、名前付けたいけど、大人ぶってるだけなんでしょ?付けさせてあげるよ。何がいい?『彩友カリバー』?」

 

「いや、ダッサ!そんなん叫ぶくらいなら無言で振るわ!ああもう、名前なんていらねえんだよ!刀はなぁ腕や手で振るもんじゃねえ」

 

「じゃあ何で振るのさ」

 

「決まってんだろ。魂で振るのさ」

 

「……う、うん。そうだね」

 

「引いてんじゃねえよ!!技名叫ぶよりマシだっつーの!」

 

「お前ら早く振れよおおおおお!!!何の時間だこれ!?もうなんでもいいだろうが!!シルビア近付いてきてんぞ!!」

 

 カズマがブチ切れてくるのを無視して、ヒナに話しかける。

 

「だからアレだよ。技名よりも魂で振る。つまり気持ちこもってればいいんだよ」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

「そんなん今まで変な理不尽に巻き込まれた今の気持ちを込めればいいんだよ」

 

「具体的には?」

 

「『ざけんな、この野郎』これだ」

 

「えぇ…」

 

 ヒナの困惑した表情と声。

 

「お前だって大した活躍も無ければ、魔法も止められて、相手がデカすぎてバカの一つ覚えのボクシングも出来なかっただろ?」

 

「喧嘩?喧嘩売ってる?」

 

「それに何話前だか分からない、読んでる人が忘れてるような指輪の話なんて出てきちまってよ。もう散々だろ」

 

「わかった。そんなに喧嘩したいんだ?わかったよ。そのバカの一つ覚えの力見せてあげるよ」

 

「よし、ムカついてきたな?せーので『ざけんな、この野郎』な」

 

「はあ…。まあ、今回ばかりは乗ってあげるよ。全力で叫んであげる」

 

 二人で前方を睨む。

 目標は異形の存在。

 二人で更に天よ貫けとばかりに上へと刀を構え、そして

 

「せーーーのっ!!」

 

「「ざけんなこの野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」

 

 巨大な光を放つ刀は、異形の存在へと真っ直ぐ振り下ろされる。

 簡単には斬らせないと大剣で受け止めて来るが、

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」

 

 刀を持つ手がどんどん下へと向かう。

 受け止めていた大剣に食い込むように、刀はその先に向かって進んでいく。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」

 

 

『ああああああああああああああああ!!!』

 

 

 光の刃はシルビアへと食い込み、そして両断する。

 断末魔のような声が響き、シルビアを光が包み、光が明けた後、そこにいるのは、異形の存在と、切り離された最初に会った時のような人型のシルビアがそこにいた。

 

「めぐみん!!ゆんゆん!!やっちまえ!!」

 

「ゆんゆん、ぶちかませ!!」

 

 カズマの指揮に俺も乗る。

 

 すでに魔力を練り上げている二人の周りの空気は通常のものではなく、火傷する程の熱い魔力と雷を纏った魔力が溢れ出していた。

 

「我が名はゆんゆん!!紅魔族随一にして最高の魔法使い!!」

「我が名はめぐみん!!紅魔族随一にして最強の魔法使い!!」

 

「はあああああああッッ!!!『ライト・オブ・セイバー』ーーーーッッッ!!!!」

 

 いつだったか見たものとは桁違いの上級魔法がゆんゆんの高く掲げた右手から出現する。

 その光の剣は、あの異形の存在を丸々飲み込む程の大きさで、空を突き抜け、雲を裂く。

 

「吹けよ嵐!!響けよ爆焔!!」

 

 めぐみんが魔法の詠唱を完成させると、優に十を超える魔法陣が空に形成されて、ゆんゆんの光の剣に負けない程の魔力の奔流があたりを巡る。

 

「『エクスプロージョン』ッッッ!!!!」

 

 めぐみんが杖を振るい、ゆんゆんが光の刃を振り下ろす。

 光の刃と爆焔の奔流がシルビアへと迫る。

 シルビアの表情はあまりの桁外れの魔法が迫ってきていることに、唖然としていた。

 しかし最後の抵抗か、切り離されたはずの巨体が前に出てシルビアを庇う。

 魔法抵抗力の高い身体が、その光の刃と爆焔を押し返す。

 あと一押し。何かが足りない。

 

「ヒナ、もう一回あの巨体を斬る」

 

「うん。次は何て言うの?」

 

「『邪魔すんなこの野郎』だ」

 

「了解!」

 

 二人で今度は横に構える。

 先程以上に不格好だが、空には二人の魔法で覆われている。

 

「いくよ!!」

 

 また俺達が握ると刀に光が纏う。

 

「「邪魔すんなこの野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」

 

 横薙ぎに振るわれた光の刀は、抵抗を感じるものの、少しずつあの巨体を横へと斬り裂く。

 斬り裂いたと同時、二人の魔法を抵抗していたものが無くなり、シルビアへと直撃した。

 

 凄まじい爆発を引き起こし、土煙が晴れた後、そこには巨体などなかったかのように消えていて、シルビアと魔術師殺しが合体したラミアの姿がボロボロになっていた。

 





アニメこのすば第一期のop 『fantastic dreamer』の二番の歌詞が大好きで、ヒカル達の冒険はこの歌詞のイメージをちょっとだけ借りています。
『君は一人じゃない』とか『光』とかですね。
気になった方は調べてみて下さい。
あの曲の歌詞すごい素敵ですから。

あと『なんでもありでいい』とか。
だから、なんでもありにしました。
え?言い訳くさい?聞こえませーん。
良い後書き書いてる風味で誤魔化したりとかしてませんよマジで。

感想、評価、お気に入り、ありがとうございます。
感想が多いとマジで嬉しい。読んでもらってる実感がして。
貴方達の良感情、大変美味である。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回からこの作品に似合わないラブコメの波動を感じます大丈夫ですかこの野郎。
ここまで全てが深夜テンションでお見苦しかったかもしれませんが、ご容赦くださいませ。
お楽しみに。


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58話


58話です。さあ、いってみよう。



 

 魔術師殺しと合体したシルビアの体は、魔法を弾く防具の素材として有効活用されるらしい。

 そしてその防具の一部を俺が買い取ることにした。

 魔法抵抗力の無い俺からしたら、魔法を弾く防具は多少無理してでも欲しい。

 少し大きな出費だったが、パーティーメンバーからも同意を得られた。

 シルビアの討伐報酬はカズマ達のパーティーと山分けになっているし、そこまで痛い出費というわけでもないが。

 

 破壊された紅魔の里は、とても人が住めるような場所ではなく、多くの住民が露頭に迷うことになった。

 なんてことはなく、ゴーレムやら何やらが復興作業を進めていて、三日そこらで元どおりだとか。

 

 流石ファンタジー。

 魔法が凄いのか、それとも紅魔族がおかしいだけなのか、俺には判断がつかない。

 だって、一番最初に出会った魔法使いが紅魔族だし。

 

 復興作業を手伝おうかと思ったが、これ以上お客人に里のことをやらせるわけにはいかないと言われたので、大人しくしていることにした。

 それでやることもない俺達は魔神の丘でカズマ達と一緒にピクニックをしてのんびりと過ごしていた。

 

 

 春の暖かい陽の光に当てられて、平和を満喫する。

 最初はゆんゆんがめぐみんに勝負を挑んだりしていたが、懲りたのか、それとも穏やかな陽の光に当てられたのか、いつの間にか普通に雑談をしていた。

 ヒナがアクアの多芸ぶりに目を丸くして、なんとか対抗しようとしていたり、トリスターノとダクネスが上品に雑談していたりしたのを見て平和な時間を過ごしていた。

 めぐみんが爆裂魔法を打ちに行くというので、暇な俺とゆんゆんもついて行くことにした。何よりここら辺だと護衛が必要だしな。

 

 

 意外と大変だった。

 俺とゆんゆんだけで対処するには難しいぐらい強いモンスターもいたが、カズマとの連携もあってなんとかなった。

 シルビアの部下のモンスターを何匹も倒したということもあり、ゆんゆんもレベルアップし、『テレポート』を覚えた。このおかげで、爆裂魔法を撃った後も難なく帰ってくることが出来た。

 今は里を通って、また魔神の丘に戻ろうとしているところだが

 

「あっ!『蒼き稲妻を背負う者』ゆんゆん!これからご飯食べに行くんだけど、一緒にどう?」

 

 ゆんゆんと同年代ぐらいに見える年の娘から、そんな声がかけられていた。

 ゆんゆんが顔を赤く染めて首を横に振って、行かないことを示すと「そっか、残念」と言って、笑って手を振って去っていった。

 

「……モテモテじゃないですか、『蒼き稲妻を背負う者』。食事ぐらい一緒に行けばいいじゃないですか」

 

「やめて!その名前で呼ばないで!なんで私あんなことを…!」

 

 ゆんゆんは泣きそうになりながら、両手で顔を覆っていた。

 今更後悔してもな。

 ゆんゆんは正しい行いをしたと思うけど。

 

「そうだぞ、『蒼き稲妻を背負う者』。今飯でも行っておけば、友達いっぱいかもしれないぞ」

 

「ヒカルまでやめてよ!ああ、もう…」

 

 紅魔の里の中で唯一の常識人なゆんゆんは里の中で腫れ物扱いされていたが、シルビア戦の姿を見た里のみんなから英雄的な扱いをされていた。

 その後も『雷鳴轟く者』とか『雷と絆を司る者』とかいろんな二つ名を付けられて、お誘いを受けていたが、全てを拒否していた。

 その度にめぐみんに茶化されて、ますますゆんゆんは顔を赤くしていた。

 なんだかんだで仲の良い二人を微笑ましく思いながらも、あることについて考えを巡らせていた。

 

 ゆんゆんの誕生日プレゼント。

 ピクニック中も一人でずっと考えていたが、それが全く思いつかないでいた。

 ゆんゆんの誕生日は明日。

 パーティーはその日の夜にサプライズで行われることになっている。

 もう目前にまで迫っているというのに、何も決められていない。

 俺が薄情なのか、それともゆんゆんなら何をあげても喜んでくれるという甘い考え故か。

 最初はドエロイ下着でも渡してウケを狙おうかと思ったが、どう考えてもゆんゆんだけじゃなくて、ゆんゆんのご両親にも魔法を撃ち込まれるだろう。

 

 明日はサプライズパーティーの準備の為に、ゆんゆんを王都に連れ出すことになっている。

 その時が勝負なのだが、そんな短期決戦で決着を

 

「久しぶりね!ゆんゆんとネタ魔法使い!元気してた?」

「あははははは!紅魔族随一の天才が、紅魔族随一のネタ魔法使いに!あんた、今里の噂になってるわよ!」

 

 ゆんゆんと同じ年くらいの二人組がいつの間にか現れ、めぐみんをいじっていた。

 いじられためぐみんはすぐに二人へと飛びかかっていた。

 めぐみんは爆裂魔法しか使えないが、それでも多くの敵を倒してきた。そのおかげでレベルは上がっていて、二人相手にも余裕そうに立ち向かっていた。

 二人が涙目になって離れた後、佇まいを直して、ゆんゆんへと話しかけていた。

 

「その、シルビアの時は格好よかったわよ。今まで変わった子だと思ってたけど、あんなところもあったのね」

「うん、正直見直した。ゆんゆん、格好良かったよ」

 

「ふにふらさん、どどんこさん…」

 

 あ、その名前聞いたことある気がする。

 ゆんゆんの里の友達だと言っていた時に出てきた名前だった気がする。

 まさか本当に実在していたとは。

 

「二人とも、どこか抜けてるから心配だったのよ」

「そうそう、めぐみんはすぐ喧嘩売るし、ゆんゆんは悪い男に引っかかりそうだし」

 

 そう言って笑顔を見せる二人。

 なんだ、ぼっちじゃねえじゃねえか。

 ゆんゆんは先程までの赤面ではなく、笑顔でこちらへと振り返ってきた。

 

「ヒカル、カズマさん、改めてご紹介します。ふにふらさんとどどんこさんです。私の、学生時代の…と、友達です!」

 

 嬉しそうに言ってくるゆんゆんに俺もなんだか嬉しくなる。

 俺とカズマも軽く自己紹介をした。

 紅魔の里は顔面偏差値が高い。

 カズマも緊張した様子で自己紹介していたが、何故だかふにふらさんとどどんこさんも緊張しているように見えた。

 

「おい、普段ちっとも出会いがない上に男がいなくて寂しいのはわかるが、『私の男』に色目を使うのはやめてもらおう」

 

 と、めぐみんが爆弾発言をした。

 

『!?』

 

 突然の言葉に、全員が固まる。

 

「お、おいお前何言って…!?なんだよ、あの夜の事本気だったのか!?」

 

『!?』

 

 えっ。なんかすごい進展してる。

 

「おいおい、なんだ赤飯か?」

 

「や、やめろよ!そ、そんなんじゃないから!」

 

 俺だけがそんな茶化した返事をしてると、どどんこさんとふにふらさんが狼狽えながら、めぐみんに話しかける。

 

「おおおおおお、男!?魔法にしか関心が無かったあんたが!?う、嘘よね!?男友達って意味よね!?」

「そそそ、そうよねー!?オシャレとかに無頓着なめぐみんがそんなわけないわよねー!?」

 

「カ、カズマさん?本当なんですか?め、めぐみんと、その」

 

「それに、そこの男もゆんゆんの男ですから、誘ったところで無駄ですよ」

 

 俺を指差して、更にめぐみんが爆弾を投下した。

 

「はあああああああああ!?ゆ、ゆゆゆゆゆんゆんゆんゆん!?本気!?あんたまで何冒険してんのよ!?」

「えっ、ちょ」

「嘘だよね!?嘘と言ってよゆんゆん!!なんでそんな冒険するようになっちゃったの!?どこまで冒険しちゃったの!?」

「だ、ちょっ、違うから!そんなんじゃ!そんなんじゃないからあああああああああああああ!!!」

 

 と叫んで走って逃げていくゆんゆんに二人が唖然とした後、少しだけ落ち着きを取り戻す。

 

「そ、そうよね…。ゆんゆんがそんなこと、あるわけ、その、ないですよね…?」

 

 恐る恐る俺に聞いてくる。

 俺がそうだ、と言う前に

 

「あるに決まってるじゃないですか。その男はゆんゆんの刺青の位置まで知ってるんですよ」

 

 た、確かに知ってるけど!

 

『!?』

 

 その言葉に二人は更に驚愕し、フラフラと後退る。

 まずい、変な誤解を早く解かないと。

 

「い、いや、ちょい待っ」

 

「ふっ…」

 

 勝ち誇ったように鼻で笑うめぐみんの姿を見て、

 

「お、男が出来たからなんだって言うのよおおおおおおおおおおおお!!!」

「悔しくなんかないから!!悔しくないからああああああああああああ!!!」

 

 二人が捨て台詞を吐いて、泣きながら走って行った。何度か呼び止めたが、聞こえなかったのか、止まってくれなかった。

 

「おいおい、なんだ赤飯か?」

 

 カズマがニヤニヤしながら、お返ししてくる。

 

「……俺のは完全に誤解だぞ」

 

 

 

 

 

 魔神の丘に戻ると、ゆんゆんが俺を見て顔を赤くして俯いたのが見えた。

 可哀想に。二つ名を付けられた挙句、完全なる誤解で俺と付き合ってることになってるのだ。

 もし誤解が広まったら、俺も協力しよう。

 

 とりあえず、今はプレゼント選びだ。

 マジで何にしよう。

 もういっそのこと明日王都に行った時に選んでもらおうかな。

 そうすればハズレは無いわけだし。

 でも、そうすると誕生日を何故知ってるかとかいう話になるし…。

 ああ、くそ。

 …というか俺なんでこんな必死になってんだ?

 恋人とかに送るものでも無いってのに。

 確かに世話になったけど、ハズレみたいなのを渡さなきゃ別によくね?

 大学生の時なんか友達に変なもの渡し渡されてって、よくやってたじゃないか。

 よし、決めた。明日王都に行った時に決めよう。ゆんゆんが物欲しそうにしてたら、それをこっそり買うとか、何も反応が無ければ、何か見繕う。これで行こう。

 

「ヒカル?どうしたの?」

 

「ん?」

 

 いつの間にかゆんゆんが前にいた。

 まだ少しだけ顔が赤い。

 

「どうした?」

 

「こっちのセリフよ。いきなり考えた顔で立ち止まったまま動かなくなるから心配したのよ」

 

「ああ、悪い悪い。少し考え事をな」

 

「そうなんだ。……それで、その、さっきはいきなり逃げてごめんなさい」

 

 わざわざペコリと頭を下げてくる。

 別に気にすることじゃない。

 

「悪いのはめぐみんだろ。気にすんなよ」

 

「うん。そうよね、もうめぐみんってば…」

 

 ぶつぶつと文句を言いつつも、なんとなく嬉しそうに見える。めぐみんと楽しく過ごしてるからだろう。

 そういえばねりまきちゃんが言ってた過去の百合百合しい二人って言うのも、もしかしたらマジのやつなのかもしれない。

 ただめぐみんがカズマとくっつく以上ゆんゆんはどうするのだろう。まさか略奪だろうか。

 

 そんなアホなことを考えてたら、前にゆんゆんが半眼でこちらを見ていた。

 

「ねえ、変なこと考えてるでしょ?」

 

「いや、なんでもない」

 

「…えっちなことでしょ」

 

「なんでだよ!俺といえばエロみたいな安直な考えはやめてくれませんかこの野郎!」

 

「…あるえとねりまき」

 

「すんませんしたっ!」

 

 すぐに頭を下げた。

 この話題を出されたら俺は謝るしかない。

 くそっ!酔ってるとはいえ、なんてことをやらかしたんだ俺は!

 

「…あるえは大人っぽいから少しわかるんだけど、ねりまきは何で手を出そうとしたの?」

 

「い、いや、その、本当に覚えてないんです…。勘弁してくれませんか?」

 

「…」

 

 疑ってるような目で見て来ても、マジで覚えてないんだよ。

 

「でも、あれよ?なんだかんだで俺も宿で話そうとしてただけかもしれな」

 

「は?」

 

「すんませんしたっ!」

 

 やめて、その目光らせるの。怖い。

 なんかその光ってるの見ると、何故だかすごい怖い。魔王軍幹部より怖い。

 

「…はあ。せっかくいろいろ話そうと思ってたのに…」

 

「わ、悪かったよ。なんだ?」

 

 俺としても早くこの話題から話を逸らしたい。

 マジで忘れて欲しい。

 一生言われ続けるのは嫌だ。

 

「少し散歩しながら…でもいい?」

 

 照れながら上目遣いでこちらを見てくる。

 これを断れる人はそういないと思う。

 

「ああ、いいよ」

 

 

 

 

 

 

「良い天気だな」

 

「うん。でも、紅魔の里はだいたい晴れてるよ」

 

「え?なんで?」

 

「魔法で晴れにしてるから」

 

「…それって普通なの?それとも紅魔族がおかしいの?」

 

「他の街のことはわからないけど、おかしいって言わないでよ」

 

 ちょっと拗ねたようにそう言ってくるゆんゆん。

 出会った時からすれば考えられない変化だ。

 

 俺達は魔神の丘を離れて、里の外周を歩いている。

 遠く離れても危ないし、ゆんゆんから外の景色が見たいと言われていたから、こうして里の外周を沿って散歩している。

 

「ゆんゆんが初めて会った魔法使いだから、これが普通なのかと思ってたけど、紅魔族って正直おかしいよ。なんで千単位の敵に対して数十人程度の里の人間で対処出来るんだよ」

 

「…そんなこと言われても知らないわよ。私だって生まれた時からこうなんだし」

 

 まあ、確かに。

 ゆんゆんにこんなこと言ってもしょうがなかったな。

 

 雑談をしながら里の外周を歩き続ける。

 そろそろ里の居住区の近くだ。

 俺達が戦って守ったところだから、見覚えがある。

 シルビアの手下が侵攻して来た時、柵やその周辺は壊れたはずだが、綺麗に直っていた。家があんな簡単に直っていくのだから当然と言えば当然だろうが。

 そんなことを思っていたら、急にゆんゆんが立ち止まる。

 何かあったのかと振り返ると、ゆんゆんは少し顔を赤くして、俺を真っ直ぐに見ていた。

 思えば、いつの間にこんな真っ直ぐな目をするようになったんだろう。何かの影響を受けたのだろうか。普段のゆんゆんであれば、俺達以外と会話する時に目を合わせないことはよくあることなのだが。

 

「ヒカル」

 

「どうした?」

 

「里の為に戦ってくれて、ありがとう」

 

 ああ、これが言いたかったのか。

 そんな風に言われると少し照れ臭い。

 

「ゆんゆんの故郷だしさ。たまたま俺がシルビアと戦えたってだけの話だから」

 

「それでもだよ。あのね、里の皆に変な呼ばれ方されて恥ずかしいけど、ヒカル達のことを知ってもらえたことがすごく嬉しいの。私の大切な友達がこんなに立派な人達なんだって。こんな素晴らしい仲間と冒険してるんだって、自慢出来るのがすごく幸せ」

 

 ゆんゆんは今までで一番幸せそうに微笑んでいた。

 そんなゆんゆんが見れたなら、俺も頑張ってよかったと素直にそう思う。

 

「こんな機会をくれて、ありがとう。こんなに幸せでいられるのはヒカルのおかげだから」

 

「お、大袈裟だな」

 

 ゆんゆんにこんなストレートに気持ちをぶつけられると、なんだか気恥ずかしい。

 

「大袈裟じゃないよ。ヒカルがいたからトリタンさんが来て、ヒナちゃんが仲間になったんだよ。だから、今の幸せはヒカルのおかげ」

 

「そうか?あいつらもぼっちだから、なんだかんだで集まってたんじゃないか?」

 

 ゆんゆんの真っ直ぐな目に耐えきれなくて、目を逸らす。空を見ると、綺麗な青空が広がっていた。

 

「トリタンさんは男友達欲しがってたし、ヒナちゃんはヒカルがいなかったら日替わりで違うパーティーを転々としてたと思う」

 

「ゆんゆんは?」

 

「…私は多分一人なんじゃないかな」

 

 そこでゆんゆんが少し俯くのが横目に見えた。

 

「なんでだよ。自己評価低すぎるぞ。やがては紅魔族の長となる者、だろ?」

 

「そうだけど、ううん。なんというか私はヒカルと会った時からそこまで変わってないから、そう思うの。こんなに仲間や友達といられるのはヒカルが私の元に来てくれたからだと思うから」

 

「俺どうこうはともかく、変わってないことなんかあるかよ。ゆんゆんは成長してる。俺達だけじゃなくてクリスやカズマ達みたいな友達が増えていってるだろ。知らない人に話しかけるとか苦手なことにも挑戦してるだろうが。ゆんゆんをバカにする奴はゆんゆんでも許さないぞこの野郎」

 

 そう、俺が許さない。

 努力して、頑張る奴をバカにする奴は俺が絶対に許さない。

 努力がどれだけ辛いか知っている。

 頑張ることを諦めてしまうこともある。

 それでも努力した。それでも頑張った。

 それは何よりも尊いものだと俺はそう思う。

 

 ゆんゆんの努力を、ゆんゆんの頑張りを、俺は知っている。だから、それをバカにする奴は誰だろうと、ゆんゆん自身でも許さない。

 それを聞いたゆんゆんはまた嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとう。ヒカルのそういうところ大好き」

 

 好き、という言葉に反応したのか、鼓動が早くなる。顔が熱くなる。

 ど、どうした。ガキか、俺は。

 

「私達のことをいつも考えてくれて、見てくれて、大切に思ってくれているのが好き。私達のそばにいることを第一に考えてくれているのが好き。弱くても立ち向かう心の強さが好き。誰よりも大人で、子供っぽいところも好き」

 

「お、おい」

 

 こんなに言われて恥ずかしくないわけない。

 今日のゆんゆんはどうしたんだ。

 

「子供達に囲まれて慕われる姿が好き。みんなが落ち込んだりした時に冗談を言って滑ってるところも好き。くさい言葉を言うところも好き。私達のことを家族と同じくらい大切だって言ってくれたところが好き」

 

「…」

 

 あの、マジで恥ずかしいから、やめてほしいんですが…。

 

「その真っ直ぐな黒い瞳が好き」

 

 ゆんゆんの目は少しだけ紅く光っていた。

 もしかしたら言ってる自分も恥ずかしいのかもしれない。

 自分の胸に手を当てて、自身の心から思ったことをそのまま口に出してるかのような、そんな健気さ。

 ゆんゆんは一度、目を瞑ると、少し黙る。

 どうしたのかと思っていると、カッと目を見開き、ポーズを取る。

 

「我が名はゆんゆん!紅魔族随一の最高のアークウィザードにして、上級魔法を操る者!やがては紅魔族の長となる者!」

 

 その瞳は鮮やかな真紅の色に輝いていた。

 

「そして、シロガネヒカルを恋い慕う者!!」

 

「っ!」

 

 ゆんゆんの豪速球に反応が出来ずにいた。

 ゆんゆんの足は少し震えていて、目も顔も真っ赤だ。それでも俺に気持ちをぶつけて来た。

 やっぱり、ゆんゆんは成長してるじゃないか。俺が言うまでもないぐらいに。力強く。

 

「友達であるヒカルを混乱させてしまうのを承知で告白しました。でも、幸せをくれた貴方がやっぱり好きで、どうしても想いを伝えたかったんです」

 

 ゆんゆんの力強さに圧倒された俺は未だ口を開けずにいた。

 

「返事は、好きな時で構いません」

 

「え、でも」

 

 なんとか口から出た言葉は情けなくて、心の何処かで良かったなんて思ってる俺は、どう考えても女々しい馬鹿野郎だった。

 

「ヒカルを困らせてるのわかってるから。私以外にもヒナちゃんやトリタンさんだっているから」

 

 困ってなんかない。

 むしろ俺は嬉しくて。

 

「あと私はヒカルの好みの女性のタイプじゃないし…。その、ちゃんと考えた上で答えを出してほしいと思ってるから」

 

 心臓がドキドキとうるさくて、ゆんゆんの言葉が聞こえなくなりそうだった。

 うるさくて考えがまとまらない。

 

「ヒカル!紅魔族の長となる者として、あなたに私のことを好きだと言わせてみせます!だ、だから!」

 

 ゆんゆんの顔は耳まで真っ赤になっていて、瞳はギラギラに輝いていて、爆発でもするんじゃないかと思ってしまう程だ。

 

「え、えっと、その、あの、お、お、お返事ま、待ってるからあああああああああああ!!!」

 

「え、ちょ!?」

 

 ゆんゆんが里の入り口方面に全力疾走で逃げて行った。

 もう耐えきれなくなったらしい。

 俺も情けない話、足の裏がくっ付いたみたいに動かせないでいて、ゆんゆんを呼ぶぐらいしか出来なかった。

 

「まじか…」

 

 俺の口から、蚊でも飛んでるぐらいの小さな声が漏れた。

 尻餅をつくように、足の力が抜けて座り込んだ。呆然として、頭が動かなくて、感情が迷子だった。

 

 本当に、いつの間にあんな強くなったんだ。

 

 はあ、とため息をついて、そのまま草原に寝っ転がる。

 ふと視線を感じて左を見ると、柵の向こう側から幾つもの紅い瞳がこちらを見ていた。

 

「どわああああああああああああ!!!!」

 

 思わず飛び起きて、絶叫する。

 何人もの紅魔族がこちらを見ていた。

 

「やあ、色男」

 

 その内の一人がそんな風に俺に話しかけて来た。

 

「えっ、ちょ、こ、ここここれまでのことを」

 

「ずっと聞こえてたし、見てたよ」

 

「おいいいいいいいいいいい!!!いやいや、声かけてくださいよ!!なに観察してんすか!!」

 

 ツッコミを入れるが、その人はどこ吹く風で。

 

「何言ってるんだい?『雷鳴轟く者』ゆんゆんの一世一代の大告白を邪魔するわけにいかないじゃないか」

 

「いやいやいやいや!!そういう問題じゃないから!え、ちょ、どこから聞いてたんすか!?」

 

「そんなずっと聞いてたわけじゃないよ。柵の外から声が聞こえたから、一応見に行ったら里を守った二人が真剣に話し合ってたからね。見ている内にどんどんみんな集まって来ちゃってね。名乗りながら告白するところはみんなバッチリ見てたよ」

 

 公開処刑ならぬ公開告白じゃん!

 ゆんゆんがこれを知ったら紅魔の里歩けなくなるぞ!

 

「それにここは居住区だよ?ゆんゆんはここで告白するのは計算尽くだったに違いないよ!ここでわざとみんなに聞こえるように告白して、この男は私のものだと伝えたかったに違いないね!」

 

「どう考えても違うわああああああああ!!絶対わかってなかったよ!人に聞かれない為に外に連れ出したに決まってんだろうが!」

 

「いやあ、すごい告白だったね。まさかあのゆんゆんがあんな告白をするなんて…流石は紅魔族の長となる者だ!」

 

「変わり者のゆんゆんがあんな紅魔族らしい告白をするなんてね。しかも相手は里を守った男性だ!これは熱いね!」

 

「ゆんゆんの勇姿を里中に伝えなきゃ!」

「そうだな!俺も!」

「私も!友達に教えてあげなきゃ!」

 

「おいいいいいいいいい!!!やめてえ!!やめたげてえええええ!!」

 

 外側から柵をガクガクと揺らしながら言った俺の制止を聞かず、そのままワラワラと集団は散っていき、思い思いに先程までの光景をしゃべくり倒しに行った。

 

「あいつらマジかよ!!慈悲とかねえのか!どんな精神構造してんだ!」

 

 柵からツッコミを入れても誰も振り返らないで、走ってすごい勢いで話を広げてる者や、すでにご近所さんに話しかけてる奴もいる。

 

「はあああ…」

 

 重く長いため息をついて、そのまま柵にずるずると背中を擦らせて座り込んだ。

 見上げると、先程見た時と変わらず、里周辺の空は綺麗に晴れ渡っていた。

 今からゆんゆんの天気は荒れ狂うのかと思うと、思わずため息をついた。

 





ヒカル
優柔不断系ラブコメ主人公。
割と押しに弱い。
プレゼントが決まらない。

ゆんゆん
メインヒロインとして覚醒した女の子。
覚醒したはいいが、不幸な目に合うのは変わらない。
告白は出来たが、誕生日は伝えられなかった。

シルビアと対峙した時の名乗りや、今回の告白の名乗りは、今まで通してきた「お控えなすって」じゃないの?と思う方もいらっしゃるかもしれませんので、ここで説明を。
シルビアと対峙した時は、もちろん紅魔族族長の娘として前に立ったので、それは原作通りに紅魔族流の名乗りにしました。仲間もその紅魔族族長の娘の隣に立つ仲間として、その名乗りを使いました。
今回の告白は一人の女性としてのものだからです。
「お控えなすって」はヒカル達の「仲間」としての名乗りなので、この名乗りは告白としては不適切だと判断しました。
だから、ゆんゆんは一人の女性として、一人の紅魔族としてヒカルに紅魔族流の名乗りを使い、告白しました。

紅魔の里編なので、かなり出番が偏ってますね。
いや、でも一章とかメインヒロインなのに別行動で全然出番無かったりしたし、バランスいいのでは…?
次の章はヒナギクやトリスターノの話に入ったりします。
感想とか見る限り、意外とオリキャラのこの二人も気に入っていただけてるみたいで嬉しいです。頑張って活躍させます。

もしかしたら近々アンケートをやるかもしれませんので、よければご協力お願いします。


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59話


59話です。さあ、いってみよう。



 

 

「聞いているのかね?」

 

「へっ?」

 

 ここにいる全員が俺を見ていた。

 やべ。

 

「す、すみません…少しボーッとしてました」

 

「しっかりしてくれたまえ。明日だぞ」

 

「すみません…」

 

 今は明日のゆんゆんのサプライズパーティーの会議中。

 ゆんゆん以外のパーティーメンバーとゆんゆんのご両親、それにカズマが来ていた。

 今はパーティーの進行の確認中だ。

 

「どうした?様子変だぞ?」

 

「い、いや、ちょっと考え事っていうか…。とにかく大丈夫だ」

 

「それならいいけどよ」

 

 カズマが気遣ってくれたが、誤魔化した。

 昼間の出来事が頭の中をぐるぐると巡って、離れない。なんとか目の前のことに集中しようとしても、ゆんゆんのご両親の紅い瞳や赤いものを見ると、昼間に見たあの真紅に輝く瞳を思い出してしまう。

 忘れたくても、忘れられない。

 ゆんゆんの全力でぶつかってきた気持ちに、俺の心はどうしようもなく揺れていた。

 

 

 会議は終了して解散となった。

 明日は俺達のパーティーメンバーで王都に行って、観光。

 その時にこっそりプレゼントを買う。ヒナとトリスターノにも聞いたが、どうやら二人もプレゼントは王都で買うらしい。全員プレゼントを買ったら、トリスターノのテレポートでトリスターノの部屋に送る。これでバレる心配もない。

 その間にゆんゆんのご両親やカズマ達がパーティーの準備をしてくれる。

 夕方になったらこちらへ戻り、サプライズパーティー。

 そこからはまあプレゼント渡したり、飲み食いしたりだ。ここら辺は流れだ。なんとでもなる。

 

 一応ここにいる面子やカズマ達は昼間の出来事を知ってる者はいないみたいだ。

 告白を見られるだけでもしんどいのに、里の噂にされてるなんて知ったら、ゆんゆんはどうなってしまうのか。

 

 

 頑張って明日のことについて考えていたが、ベッドに入って横になった途端、昼間のことを思い出す。

 

 ゆんゆん。

 この世界に来て初めて出来た俺の友達。

 

 最初会った時はオドオドしたような、不審者めいた態度だったのに、今日の昼間はまるで別人のような堂々とした立派な姿を見せてきた。

 

 ゆんゆんのあの純粋な好意に、俺は正直戸惑いを隠せないでいる。

 だって自分でも思うほど、俺は不純だ。

 ゆんゆんにはなんというかセクハラめいたこともしたこともあるし、最近はあるえちゃん達に手を出そうとしたことだってある。

 最近のゆんゆんにドキドキしたことはあったが、それは大人のゆんゆんとのあれこれがあって、好きになったからだ。

 不純だらけだ。

 そんな俺なんかに告白してくれた。

 

 おいおい、正気ですかこの野郎。

 

 なんて冗談を言うどころか思う余裕が無いぐらい、ゆんゆんの告白は衝撃的だった。

 多くの考えが頭の中を巡る。

 でも、どれだけ言い訳やら屁理屈を並べても仕方がない。正直に言おう。

 

 ゆんゆんのことが好きだ。

 

 あのどこまでも真っ直ぐで力強い、美しい真紅の瞳にどうしようもないぐらいに心を奪われた。

 

 ゆんゆんの気持ちに応えたい。

 そう思っている。

 だが一方で応えてしまっていいのかとも思っている。

 何故かと言うと、俺のパーティーのことだ。

 今までの関係が壊れてしまうかもしれない。

 そう考えると怖くて堪らない。

 元々ゆんゆんにドキドキしてしまった時、どうにかしようとしてたのは、パーティーの関係が崩れてしまうのが怖かったからだ。

 別にパーティー内で恋人やら結婚やらはそう珍しい話ではないのだが、俺達は家まで借りて生活を同じくしているのだ。

 それが二人が恋人同士になったらどうだ。

 間違いなく今までの生活とは変わるだろう。

 それが嫌だ。

 

 俺の生きる意味は、あいつらしかいない。

 

 これから先、どんな友達が出来ようが、仲間が出来ようが、あいつら以上に大切なものなんて出来そうにない。

 俺は元いた世界で死んで全てを失って、この世界に来た。そんな俺からすれば、あいつらは第二の家族で、宝物だ。

 それがもし離ればなれになるのだとしたら、俺は絶対に阻止したい。

 そんなことになってしまうのなら、俺は……。

 

 

 

 

 

「起きて、ヒカル。朝だよ」

 

 …マジで眠い。

 お願いだ。あと五分。いや五時間寝たい。

 

「もう。ヒナちゃんが毎朝苦労してる気持ちがわかったわ」

 

 いつもの強引なのがない。

 これはありがたい。もう少し寝させてもらう。

 

「もう朝ご飯出来てるから。起きて」

 

「…たのむ。ぜんぜんねられなかったんだ…。もうすこしねさせてくれ」

 

 頭から布団を被って、一度浮き上がりかけた意識を沈めていく。

 なんともこれが気持ちいい。

 

「どうしたの?王都が楽しみで寝られなかったの?」

 

「なにいってんだばかやろう。ゆんゆんのことにきまって」

 

「私?」

 

 ……。

 

 わたし?

 布団をそーっと取り、重い目蓋を開いて見てみると、俺を覗き込んでいるゆんゆんがいた。

 

「っ」

 

 一気に意識が覚醒する。

 や、やばい。もう少しで本人に色々と言ってしまうところだった。

 文字通り飛び起きて、一度ベッドの上で回転した後まるで某親愛なる隣人が飛んで来て着地した格好みたいになる。

 

「今起きました。すぐ着替えます」

 

「えっ、う、うん。というかその格好と口調はなに?」

 

「気にしないでくれ。すぐ行くから先に行ってて」

 

「ねえ」

 

「な、なんだ?」

 

「私のせいで寝不足なの?」

 

「ち、違うって!その、えっと、」

 

 ゆんゆんの紅い瞳を見てられない。

 どこを見ていいか、わからなくなって、目が泳ぐ。

 なんで、ゆんゆんが起こしに来るんだよ!

 俺を起こすのはヒナの仕事だろ!?

 職務怠慢だぞ!

 

「そんなに、私のこと考えてくれたの?」

 

 起きたばかりなのに、身体中が熱くなる。

 や、やめろ、その上目遣い!

 狙ってやってるんじゃないだろうな!?

 

「そ、そんなことあるわけないだろ!お、王都が楽しみだったんだよ!アクセルの他に紅魔の里だけしか俺は知らないんだし、めちゃくちゃ都会なんだろ!?何があるんだろーなー!?」

 

 クスクスとゆんゆんが笑い、そうなんだと返してくる。

 何余裕こいてんだこの野郎!

 誰のせいでこんな…!

 

「じゃあ、待ってるから」

 

 そう言って、部屋の扉に手をかけるゆんゆん。

 

「あ、ああ」

 

「朝食も…返事も」

 

 そう言って扉を閉じて出て行った。

 最後微かに見えたゆんゆんの顔は赤かった。

 あ、あの野郎!

 好きなタイミングとか言ってたくせに…!

 

 

 

 里のテレポート屋で送ってもらって、王都に着いた。

 アクセルもそれなりに活気のある街だったが、王都はレベルが違う。

 人混みという言葉をこの世界で初めて使う程、人に溢れている。

 観光してるのか歩いてる者、客寄せしてる者、警備でもしてるのか巡回してる者、強そうなゴツい鎧を着た冒険者らしき者、その他大勢の人々。

 この世界にこんなに人がいたのかと驚く程の人の多さ。

 通りは、隙間が無いほど並べられた出店の数々。見たことない料理を売っているものや魔道具や様々だった。

 そして奥にはどんな建物よりも大きな城が見えた。

 あれが間違いなく王様が住んでいる城だろう。

 

「珍しくリーダーが子供みたいにキョロキョロとしてますね」

 

「ね。ゆんゆんに聞いたけど、楽しみで寝られなかったらしいよ?」

 

「おや、それはそれは」

 

 ヒナとトリスターノがニヤニヤしながらこちらを見てくる。

 

「う、うるせえんだよこの野郎!お前らも楽しみだったんだろ!?」

 

「僕は一回来たことあるから、寝られない程でもないよーだ」

 

 一回って、そんな俺と変わらないだろ。

 

「私も楽しみでしたが、寝られない程ではないですね」

 

「うーん、私はちょっと寝不足かも。お父さんと何回か来たことあるけど、友達と来たことは無かったから」

 

 ゆんゆんはそう言って、俺に優しく微笑んでくる。

 フォローのつもりか、それとも何故寝不足か知っているからか。

 くそ、紅魔の里に来る前からだが、今回の告白で更にゆんゆんにペースを崩されている気がする。

 なんとか大人の男としての威厳を見せなければ…。

 

「で、どこから行くんだ?一回来たことあるヒナギクさん?」

 

「やっぱり僕がいないとヒカルはダメだね。いいよ、僕が案内してあげるよ」

 

「嫌味って言葉知ってるかー?」

 

 得意げに胸を張ったヒナに呆れて、そう言ったが聞こえてないのか、王都の説明を始めた時

 

「あれ?みんな久しぶり。なんで王都にいるの?」

 

 聞こえて振り返ると、クリスがいた。

 

「お久しぶりです、クリスさん!」

「お久しぶりです。観光みたいなものですよ」

「久しぶりです。クリスさん」

 

「なんでお前こそ、ここにいるんだよ」

 

「ちょっと野暮用でね。観光ならあたしが詳しいし、案内してあげようか?」

 

「是非お願いします!」

 

 一回来たことあるお前が案内するんじゃないのか。

 俺の横で楽しみだね、と言ってくるゆんゆんに返事をしている横目でトリスターノがクリスに何か耳打ちしてるのが見えた。その後クリスが何かを思いついたかのように、声をあげる。

 

「そうだ!昨日、ヒナギクに似合いそうな服を見つけたの思い出した!まずそこに行こうよ!」

 

「え、ええっ!?」

 

 クリスが半ば強引にヒナを引っ張りながら、少し振り返って俺にニヤリと笑いかけてくる。

 あ、あの変態女神。まさかそこまでしてヒナギクと一緒にいたいのか。

 そんなことを思ってると、トリスターノも何故だかそれに着いて行き、またお昼頃にここで合流しましょうと言って、あっという間に人混みに呑み込まれていった。

 いや、お前まで何やってんだ!?

 

「お、おい!!ちょ、」

 

 そう言って追いかけようとしたら、手を握られる。

 振り返ると、ゆんゆんが少し赤い顔で俺の手を握っていた。

 

「ヒカル。お昼にここで合流って、言ってたから、焦る必要は、その、ないんじゃないかな」

 

 ゆんゆんが言葉を探すようにして、少し詰まりながらそう言ってきた。

 言い終わると、ゆんゆんの手に更に力がこもる。

 う、うそだろ。こんな状態でゆんゆんと二人で…?

 

「今から追い付くのは、無理だと思うし…。それとも二人きりはイヤ…?」

 

 不安そうに揺れる紅い瞳に言葉が出なくなる。

 呼吸を忘れてしまったのか、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 

 …嫌なわけないだろう。

 ずるいぞ、そういうの。

 

 

 

 

「見て見て!これすっごく可愛い!」

 

「ああ、そうだな。買っていくか?」

 

「うん!ちょうど四種類あるし、白いのはヒカルでしょ?赤いのは私ので、ヒナちゃんは」

 

 人が多いからと手を繋いだまま、連れてこられたのはファンシーな小物が売っている雑貨屋だった。

 ゆんゆんはこの店に入った時から目を輝かせて、可愛いものを見つける度に俺に報告してくる。

 今見てるのは四種類のマグカップだ。

 白、赤、緑、黄のそれぞれの色に可愛くデザインされた犬などの動物がプリントされたマグカップをゆんゆんがどれを使うか決めていた。

 にしてもテンションMAXだ。

 こんなゆんゆんはなかなか珍しい。

 

「あーもう、どうしよう。全部欲しい!あ、このクッションもどう!?これもみんなの分も買って」

 

「その可愛いの俺も使うのか?似合わないだろ?」

 

「そんなこと無いわよ。ほら、持ってみて」

 

 そう言われて、その小型犬程度の大きさの、白い何かのキャラクターとハートが描かれたクッションを胸元に持つ。

 

「ぷっふふ」

 

「おいこの野郎」

 

 こいつ吹き出しやがった。

 

「ご、ごめん。その、すごい似合ってたから!」

 

「嘘こいてんじゃねえよ!笑っただろ!」

 

「笑ってないわよ。ほらこれも買いましょう?」

 

「絶対に嫌だ。ほら、他にも見る場所あるだろ?」

 

「えーなんでよ。これをヒカルの枕元とかに置いたら、ふふふ、すごい可愛いと思うし」

 

「ふざけんなこの野郎。絶対買わない。ほら次だ次」

 

 ぶーぶー文句を言ってくるゆんゆんの背中を押して、次のコーナーへと進んだ。

 

 

 

「買いすぎだろ。まだ昼にもなってないのに、どうすんだ?」

 

「『テレポート』で私の部屋に送るから大丈夫です。ちゃんと考えてるわ」

 

 二人の両手が塞がる程、買い込んだゆんゆんに文句を言ったら、そんなことを言ってきた。

 送料は自身の魔力でノータイムで送れるとか、なんて便利なんだ。俺も魔法使いの適性があればよかったのに、なんて思ってしまう。

 ゆんゆんがテレポートで送るのを見てから、次はどうするかと聞いたら、当然のように手を握ってきた。

 俺が不意打ちを食らって、ドギマギしていると、照れながら行きたい場所があると言ってくるので、そこへ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 俺がゆんゆんに連れてこられたのは喫茶店だ。

 人混みも多いし、一休みしたかったのかもしれない。

 心なしかテラス席から見える客は男女のカップルが多い気がした。

 店の中に入ると、店員が近づいて来たので、俺が対応をしようとしたら、ゆんゆんが先に口を開いた。

 

「カ、カップルシート空いてますか?」

 

 …………かっぷるしーと???

 

 空いてますよ、と店員さんが先導して案内してくれるのを頭の中が真っ白になって見ていた。

 ゆんゆんが腕を組むようにして、俺を引っ張り、連れてこられたのは二人程ゆったりと座れそうなソファーの前に机があるようなところで、店員さんにこちらになりますと言われた。

 呆然としてる俺を一回離して、メニューを店員さんに見せて、これを一つください、と言ってるのをただ見ていた。

 店員さんがかしこまりました、と去っていくとゆんゆんは俺の右腕を組んで引っ張り、ソファーへと無理矢理座らせてくる。

 カップルシートって、こういうことかよ!?

 ゆんゆんの胸が二の腕あたりにめちゃくちゃ当たってる。

 ゆんゆんが無言のまま、俺の右手の指を触り始めたと思ったら恋人繋ぎのように指を絡ませてくる。

 驚いてゆんゆんを見ると、触れそうな程近い距離からゆんゆんも俺を見つめていた。

 どうしたんだよ、マジで。

 本当にゆんゆんか、こいつは。

 何も口に出来ない俺に、ゆんゆんは俺を真っ直ぐに見たまま話しかけてくる。

 

「嫌?」

 

「い、いやとかじゃなくて、その、ゆんゆんさん、あれじゃない?せっ、積極的すぎない?」

 

「…私のこと好きだって言わせてみせるって言ったでしょ?」

 

 それにしたってグイグイ来すぎじゃないか?

 そう思ってると店員さんが、ゆんゆんが先程注文したであろうものを持ってきた。

 

 それは一つのコップに二つストローがついたよくあるカップル向けの飲み物だった。

 うわあ、ベタ。

 ベタすぎて、日本でそれにお世話になったことがない。

 というか逆に冷静になってきた。

 ゆんゆん、もしかしてこういうのに憧れがあるのかな。

 そう思ってると、ゆんゆんが右手で俺達の顔の間に持ってくる。

 何も言わないでそのまま飲むと、あれ?みたいな少し呆気にとられた表情をした後に、ゆんゆんも俺に続いて少しずつ飲み始めた。

 

「よし、俺の勝ちだな」

 

「えっ、何が?」

 

「俺の方が多く飲んだ。つまり俺の勝ちだ」

 

「ええっ、勝負だったの!?」

 

「当たり前だろ。この二つのストローは勝負するために付けられてるんだろ?」

 

「ち、ちがうわよ!これは」

 

「これは?」

 

 照れたような顔を一瞬していたが、すぐに俺の考えがわかったのか、ジト目で睨んでくる。

 

「……ヒカル、わかっててそういうこと言ってるでしょ?」

 

「まあ、こんなベタなやつ出されたらなぁ」

 

「もう、意地悪…」

 

 拗ねたように、頬を膨らませるゆんゆん。

 冷静になった俺に死角はない。

 大人の男として、スマートに対応してみせよう。

 

「あのね、ヒカル」

 

「どうした?もう一回勝負か?出来れば味変とかあると嬉しいんだけど」

 

「違うわよ!えっと、今日はね」

 

「うん」

 

「私の、誕生日なんだ」

 

 知ってるよ。だから王都に来たんだ。

 知らないフリをしないといけないんだけどな。にしても、このタイミングで言ってくるとは思わなかったが。

 

「……もうちょっと早く言ってくれよ」

 

「うぅ…ごめん。だって、なんか図々しいかもって思ったら伝えられなくて」

 

 やっとゆんゆんらしくなってきたじゃないか。

 さっきまでの攻めのゆんゆんは俺の精神的によろしくない。

 俺がペースを握る。これ以上年下に良いようにやられてたまるか。

 

「何か欲しいものとかあるか?」

 

「…うん。欲しいものじゃないんだけど、今日の夕飯を二人で食べたいなって」

 

 もじもじしながら言うせいで、当たってる胸が更にもにゅもにゅされて思考が鈍くなる。

 それは、叶えられない。

 どうしよう、なんて言えば納得してくれるか。

 

「その、ゆんゆん。今日の夕飯だけは、二人で食べるのは出来ない。ごめん」

 

 そう言った瞬間、悲しげな表情に変わる。

 

「…何で夕飯はダメなの?」

 

「それは、その、ごめん。今回は言えない。だけどその代わり、今日はゆんゆんの特別な日だから、なるべく何でも叶える。それ以外に何か無いか?」

 

「何でも?」

 

 悲しげな表情から一転して、食いついてくる。

 

「な、何でその一部分だけを聞き返してくるんだ。その、俺に叶えられる範囲なら何でもするよ。ゆんゆんの誕生日だからな」

 

「……それなら、欲しいものがあるんだけど」

 

 追加でデザートを食べた後、ゆんゆんが欲しがっている物を買いに行くことになった。

 





ヒカル
Sは打たれ弱い。
家族か、恋か。

ゆんゆん
お母さんにいろいろ教えてもらった。
この誕生日が今まで一番幸福な日になるかもしれないが、次の日は……。

あと二話で紅魔の里編終了予定です。
五章の為のアンケートのご協力をお願いします。


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60話


60話です。さあ、いってみよう。



 

 

 結構高い買い物をした。

 ヒナに渡されたプレゼント用のお金と小遣いでギリギリ買えた。

 真ん中に紅魔族の瞳のような、透き通るように紅い宝石に似た石が付けられた、指周りが黒色のまるで紅魔族用に作られた指輪。

 装備者の魔力や攻撃魔法の威力を高めるもので、その指輪に魔力を通すと、多少ではあるが魔法抵抗力を強めることが出来るらしい。

 

 俺の考え方が悪いのかもしれないが、指輪を要求された時、正直な話をすると若干怖くなった。

 ゆんゆんにとって、お付き合い=結婚なのだろうか。

 この前プロポーズされた時はいきなりすぎて動転して受け入れてしまったけど、すぐ結婚はやっぱり難しいと思う。

 結婚が嫌と言うわけではなくて、いきなりそこまで話が飛躍すると、紅魔族の恐ろしさを知った今だと少しだけ躊躇してしまうところがあるし、それ以上に色々ね、体の相性とかね、いろいろお互いをわかってからだと思う、うん。

 恐る恐る話を聞いていくと、ヒナみたいに指輪をネックレスにしてるのが少し羨ましかったとか。

 

 よかった。変な意味とかじゃなくて。

 俺が邪なだけだったか。

 チェーンに通してネックレスにして首からかける。そして俺に似合ってるかどうか聞いてくる。

 もちろん、と返すと、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 昼になって、合流場所まで戻ると、満足そうにしているクリスといつものイケメンスマイルのトリスターノに、耳まで顔を真っ赤にしたヒナが短いスカートを手で抑えていた。

 ヒナが俺を見るや否や近付いて来る。

 

「なんですぐに追いかけて来てくれなかったのさ!ヒカルがクリスさんを止めてくれれば、僕こんな格好しなくて済んだのに!」

 

 何故か俺がめちゃくちゃ怒られた。

 

「いきなりなんだこの野郎。クリスに着させられたのか?」

 

「そうだよ!僕はずっと着せ替え人形だったんだよ!ヒカルのせいで!」

 

「だから何で俺のせいなんだよこの野郎。まあ似合ってるし、いいんじゃないか?」

 

「っ、そ、そういう問題じゃないんだよばかやろぅ…」

 

 今のヒナの格好を説明すると、あれだ。

 所々に赤い線が入ってる黒を基調としたセーラー服を着てる。白い襟に胸元の赤いネクタイが特徴的だ。

 年齢的に考えれば、俺のいた世界ならヒナもこれを着ててもおかしくないし、実際違和感も無い。

 短いスカートが気になってしょうがないのか、内股でずっとスカートから手を離さない。

 

「ヒカルは僕の後ろ立たないでね」

 

「は?なんで?ゴルゴ気分かこの野郎」

 

「ごるご?覗かれたら嫌だもん」

 

「金出されても覗かないから安心しろ」

 

「しばき倒す」

 

 俺達が取っ組み合いになるところを三人が止めてくる。

 これから観光なんだから、と説得されて王都を周ることになった。

 

 

 

「プレゼントは買えましたか?」

 

 王都の観光中、トリスターノがこっそり俺に話しかけて来た。

 

「ああ、買えたよ。ゆんゆんから今日が誕生日だって言われちまってな。そのまま欲しいものを聞いて買ったよ」

 

 ほう、とさも興味深そうにトリスターノが呟く。これだけで絵になるの本当腹立つな。

 これだからイケメンは。

 

「何を要求されたんですか?」

 

「…装備すると魔力や魔法が強くなる装備品だよ」

 

「なるほど、婚約指輪ですか」

 

「何言ってんだ馬鹿野郎。お前指輪ってわかってて聞いただろ」

 

「いいえ。リーダーがはぐらかすので」

 

 ニッコリのイケメン君を軽く小突く。

 大袈裟に痛そうにするな。

 先に歩こうとすると、呼び止められる。

 

「リーダー」

 

「なんだ?」

 

「貴方が考えて選んだ道なら、私はそれを応援します。胸を張って進んでください」

 

「……わかってるよ。何故なら俺はお前の友達だからな」

 

 照れ臭そうに笑うトリスターノより先に歩くと、すぐに追い付いてくる。

 

「ちなみに私達はプレゼントを買ってすでにテレポートで送りました。本来なら三人で協力してリーダーのプレゼントを買う時間を作ろうという話になっていたのですが」

 

「そうか。クリスは今日のアレに誘ったのか?」

 

「はい。是非参加したいと」

 

「酒は飲ませるなって言っておいてくれ」

 

「ご自身でお願いします」

 

 また小突いてやると、また大袈裟に痛がり始めた。

 

 

 

 

 

「写真撮るだけでこんな金取られるのか」

 

「何言ってるの?魔道具カメラだよ?」

 

「そうだよ、高級品だよ?」

 

「はいはい、そうでした」

 

 懐に写真を仕舞いながら、テキトーに遇らう。

 相変わらずよくわからない世界だ。

 魔法が発達してるからって何でもかんでも上手くいくわけじゃないのは、今までで分かっていたが、日本の常識を引きずる俺からすると変な気にもなる。

 まあ、でも高い金を払う価値はある。

 写真に写るのは好きじゃないが、こういう思い出は嫌いじゃない。

 ゆんゆんが幸せそうに眺める写真には、表情の死んだ俺にいつものトリスターノ、恥ずかしがるヒナに抱きつくクリス、そして満面の笑みのゆんゆんが写っている。

 時間稼ぎの為に来た王都だったが、こんなに良い顔をしてくれるならよかった。

 

 いつかはこの写真を見て、懐かしがる日が来るのだろうか。

 もし、もしも、そんな日が来るのだとしたら、その日はずっとずっと後になりますように。

 

 

 王都巡りもそれなりにして、戻る時間になった。

 帰りはゆんゆんのテレポートで帰ってきて、家に戻ると、ゆんゆんが部屋に戻ったのを確認してから、準備が出来てるか確認する。

 準備が出来てるか、と言われれば出来てるのだが、思ったよりめちゃくちゃになっていた。

 ケーキが半分無くなっていたり、料理にすでに手をつけていたり、みんなからのゆんゆんのプレゼントでタワーを作っていたり、飾り付けが潰れてたりしていた。

 多分カズマ達のせいだろう。

 もうしょうがないから、このまま呼んでくるように族長夫妻から言われて、ゆんゆんの部屋へと向かう。

 昨日の今日のせいで、なんか緊張してしまう。

 ノックをして一回出て来てくれ、と言うと、すぐにゆんゆんが顔を見せる。

 なんとなく期待しているような顔に見える。

 

「どうしたの?」

 

「今日の夕飯を断った理由を教えに来た」

 

「え、う、うん。」

 

 きょとんとした表情のゆんゆんの手を引っ張り、大広間へと向かう。

 

「え、えっ、ねえ、教えてくれるんじゃないの?」

 

「すぐにわかるよ」

 

 大広間の前に来て、開けるように言う。

 戸惑った顔で、素直にゆっくりと開くと

 

『誕生日おめでとう!!ゆんゆん!!』

 

 みんなが揃えて、ゆんゆんを出迎える。

 クラッカーやら魔法の何やらで、ゆんゆんがびくりと震えて、その光景に固まる。

 信じられないように周りを見た後に、俺へと振り返る。

 

「誕生日おめでとう」

 

 そう伝えると、ゆんゆんは涙を流し、わんわん泣き始めた。

 きっと、夢にまで見た光景。

 それがようやく現実になったのだから、当然と言えば当然だ。

 俺が泣いてる背中を押して、心配してくるみんなの前に連れて行く。

 泣きながらも、律儀にお礼を言うゆんゆん。

 そして、慰めてくるみんなを振り切り、俺の元へと走って俺の胸元に抱きついて来る。

 慌てる俺に、

 

「やっぱり私の幸せは、ヒカルのおかげだよ」

 

 ゆんゆんは涙でぐしゃぐしゃになった、それでも最高の笑顔でそう言った。

 

 

 

 ゆんゆんが挨拶回りで今日来てくれた人にペコペコとお礼を言っているのが見える。

 遠くから眺めてる俺に、皿にケーキやら肉やらを大量に乗せてバクバクと頬張るめぐみんが来た。

 

「なんだ?お前が一人で俺のところに来るなんて珍しいじゃねえか」

 

「私も来たくて来たわけではありませんよ」

 

 失礼だなこの野郎、貴方もですよ、と言い合い、二人でゆんゆんを眺めていると

 

「…あの子を頼みましたよ」

 

「あ?」

 

「ゆんゆんを頼むと言ったんです」

 

「随分と今更だな」

 

「ええ。貴方のことを認めていませんでしたから」

 

 一発屋のくせに、と口に出かけたが、言わなかった。

 

「そうかい。やっと認めてくれたのか?ゆんゆんの『ライバル』さんよ」

 

「魔王軍幹部のシルビア相手にあんな立ち回りを見せたのですから、多少は認めましょう。まあ、トドメを刺したのは私ですが」

 

「一言多いんだよこの野郎。誰が頑張ったおかげでトドメを刺せたと思ってんだ」

 

 少し睨み合うようなそんな時間が過ぎる。

 それで、はあ、とため息を吐いためぐみんが

 

「喧嘩をしに来たわけではありません。多少強くなった貴方ならようやくあの子を任せられると思ったので話をしに来たのです」

 

「いちいち喧嘩に発展しそうになることを言うのはお前だろうが」

 

「任せられないような男だったのは事実のはずです。力も弱ければ、知識も無い。あるのは根性ぐらい。仲間におんぶに抱っこの男に私の『ライバル』を任せられるとでも?」

 

 心底腹立つが、全て事実だ。

 

「ゆんゆんに何かあれば、すぐに爆裂魔法を打ち込んでやろうかと思っていましたが、どうやら本当に根性だけはあったみたいですね」

 

「…」

 

「貴方にゆんゆんを任せます。ですが」

 

 俺に向き直り、その目を爛々と紅く光らせる。

 

「あの子を悲しませたら、タダじゃ済みませんよ」

 

「いつも泣かせてるお前が言えるセリフじゃねえよなあ」

 

「紅魔族は怒らせるとどうなるか、わかっていますね?それとも怖気付きましたか?」

 

「んなわけあるかよ。ゆんゆんは俺の友達であり、仲間であり、家族だ。悲しませたりなんかしねえよ」

 

「言いましたね?その言葉よく覚えておいてください」

 

 そう言って満足したのか、またバクバクと食べながら背を向けて去っていった。

 

「随分と『ライバル』思いなことで」

 

 そう独り言を漏らした時、

 

「悪いな。あいつ悪気は無いと思うから、許してやってくれ」

 

 カズマが来た。

 

「知ってるよ。てか見てたのか?」

 

「ああ、ちょっと雰囲気悪いから心配でな」

 

 こいつも本当面倒見が良いな。

 あの面子をまとめるぐらいだ、これくらいは出来ないといけないのだろう。

 

「にしてもあんな言い方は無いよな。友達や仲間思いなのはいいんだけどさ」

 

「まあ、似たような奴と付き合ったことあるから、特になんとも思ってねえよ」

 

「そうか?それならいいんだけど。でもなー。俺としては弱い日本人同士、親近感があったんだけどなー。なんで上位職になっちまうかな」

 

「お前な…」

 

「なんだよ。俺としては肩身が狭くなるというか…」

 

「お前は頭脳担当だろ。俺は頭良くないし、少しぐらい強くなったっていいだろ」

 

「ヒカルって、ちゃんと俺のことわかってくれてるよな。そう、俺は参謀のカズマさんだ」

 

 キメ顔みたいなのを見せてくる。

 そこまで調子乗られると、ちょっとイラッと来るんだけど。

 

「そう、お前は参謀だ。狡い手を使って」

 

「おい、狡いとか言うなよ」

 

「ちゃんと褒めてるだろうが。あいつらをまとめてはいるが、俺は前衛だからな。俺とお前じゃ役割が違うってことだ。他の街だとわからんが、アクセルじゃ余程新人じゃない限りお前を舐めてかかる奴はいないだろ?」

 

「ま、まあな。なんかヒカルに褒められて良い気分だ。また一緒に飲もうな」

 

「おう、また飲もうぜ」

 

 カズマが去っていった。

 トリスターノが女性陣に囲まれているのが見える。どどんこさんやふにふらさんもいる。

 ねりまきちゃんまで顔を赤くしちゃって…。

 なんか寝取られた気分だ。これだからイケメンは。

 

 

「やあ、ドS先生。隅に一人でいて何してるんだい?」

「ドS先生。シルビア戦は凄かったな。是非また一緒に戦いたい」

 

「うわ、エリス教三銃士だ」

 

 俺のところへ来たのはエリス教三銃士。

 クリス、ダクネス、ヒナ。

 

「なにそのさんじゅうしって?ていうか、うわって何さ」

 

「一人ぼっちで何してるんだい?ゆんゆん待ち?」

 

「違えよ。さっきまでカズマとかいたよ」

 

「クリス、からかってやるな。ゆんゆんを待ってるに決まってるじゃないか」

 

 そう言ってニヤニヤしだす二人と不機嫌そうなヒナ。

 

「違えつってんだろ。王都巡りが疲れたんだよ」

 

「ふうーん。ねえ、二人でどこ行ってたの?」

 

 クリスが目を輝かせて興味津々に聞いてくる。

 

「クリス、そういうのは聞いてやるな。…聞きたくなる気持ちもわかるが」

 

 そう言いつつ、ダクネスも興味ありそうにこちらが何を話すか見てくる。

 少し遠くにカズマとあるえちゃんが喧嘩しているのをめぐみんが止めているのが見えた。何やってんだあいつら。

 

「変なことしてないだろうね?」

 

 ヒナが睨みながら俺にそう言ってくる。

 

「してねえよ。雑貨屋でいろいろ買ったり、喫茶店行ったりしたぐらいだ」

 

「ふうーん?」

 

 ヒナが疑わしげな目で見てくる。

 

「お前のマグカップとかも買ったから、ゆんゆんにお礼言っとけよ」

 

「え、そうなの?僕がプレゼント貰っちゃった。どうしよう」

 

「そういうのもいいんじゃないかな。お互いに大事に思ってる証拠だよ」

 

 そうクリスがフォローしてくる。

 たまには良いこと言うな。

 出来ればずっとその状態でいてくれ。

 

「そうだな。この四人はなんというか理想の四人という感じがするな。思い思われ、お互いを大事にしているのが見ていてわかる」

 

 ダクネスもちょっと真面目モードだ。

 出来ればずっとその状態でいてくれ。

 

「えへへ。そう言っていただけて嬉しいです」

 

 エリス教三銃士と雑談していたら、族長夫妻がお礼を言いに来た。

 どうやらこの二人もお礼をして周ってるらしい。親バカだな、そういう人は嫌いじゃないけど。

 

「明日の夕方にアクセルに帰るんだったな?」

 

「はい、そうです」

 

「では、お昼に…わかっているね?」

 

「もちろんです」

 

 族長のひろぽんさんに言われて、頷く。

 他の四人が首を傾げていたが、そのまま俺の肩に手をポンと置いた後に去っていく。

 

「何か約束があるの?」

 

「ああ、ちょっとな」

 

 

 

 

 

 サプライズパーティー終盤。

 ほとんどの人が帰り、残っているのは俺達のパーティーやクリスにカズマ達のパーティーぐらいだ。

 

「ふう…」

 

「お疲れ様、ゆんゆん。楽しむ暇もないぐらい大変だったね」

 

 挨拶して回って、帰る人にもいちいち挨拶に行って、結局パーティーを楽しんでるのか微妙なところだった。

 

「ううん。本当に楽しかったよ。みんな、本当にありがとう。私、わたし…」

 

 また目をうるうるとさせて、泣きそうになるゆんゆん。

 

「まだ涙出るのかお前は」

 

「だってぇ…」

 

「もうゆんゆんをいじめないでよ。楽しんでもらえてよかったよ」

 

 そう言ってまた泣き始めたゆんゆんを抱きしめて、少し貰い泣きをしているヒナ。

 微笑ましい光景に、そっとしてやることにした。

 りんりんさんが片付け始めたのを見て、俺もそれを手伝うことにした。トリスターノも付いてくる。

 ダクネスとカズマもやり始めたので、お客さんだからしなくていいと言ったが、やらせてくれと言われてしまった。

 

 今日はきっと最高の思い出になっただろう。

 今日に負けない思い出をこれからもこいつらと作っていこう。

 





アンケートのご協力ありがとうございます。
ゆんゆんの圧倒的な勢いにびっくり。
あとは本編突入以外のキャラの選択肢が拮抗してる状態ですね。

時系列を確認すると、確かカズマ達が魔王を倒すのが、この紅魔の里編の約九か月後なんですよね。あと何話続くんだこれ。
頑張って最後まで書きたい。最後までやった上で番外編とかやってみたい。

次回紅魔の里編、最終話。
前半真面目、後半ギャグ。……予定。


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61話

61話です。さあ、いってみよう。



「我が名はひろぽん!この里の長にして紅魔族を導く者……!!」

 

 族長のひろぽんさんはポーズを取り、雷と炎の魔法で自身の名乗りを演出する。

 見ている多くの紅魔族の人達が盛り上がる。

 俺にはそんな演出は出来ないが、名乗られたら、名乗り返さなければならない。

 

「お控えなすって」

 

 いつもの半身を引いた中腰姿勢の、右手のひらを見せて、名乗る。

 俺が名乗るのを察したのか、見ているみんなが黙り始める。

 

「手前、生国と発しまするは日本の生まれ。姓はシロガネ、名はヒカリ。人呼んでヒカルと発する冒険者でございます。

以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます」

 

 ひろぽんさんが不敵に笑い、杖を構える。

 俺も木刀を構え、腰を落とす。

 

「「いざ、尋常に」」

 

 里中が静まり返る程、俺達二人の間には真剣な空気が流れていた。

 

 

「「勝負!!」」

 

 

 

 

 

 話は数日前まで遡る。

 それはゆんゆんの誕生日だといきなり告げられて、そのまま誕生日パーティーの会議を始めた時のこと。

 話し合いが終わり、あとは他の人も交えて後日にまた会議をしようということで、今回の話し合いは終了した。

 解散かと思った時、ひろぽんさんが今まで以上に真剣な顔で睨むように、話を切り出してくる。

 

「さて、もう一つ話がある」

 

「「?」」

 

 俺はどうしたのだろうか、なんて呑気に思っていたら、りんりんさんも首を傾げていた。

 

「君は言ったな?『娘を絶対に守ってみせる』と」

 

「はい。言いました」

 

 先日、ひろぽんさんに呼び出されて、二人で話し合いをしている時に、この人を落ち着ける為にも俺はそう言った。

 まあ、なんてりんりんさんが口に手を当てて、驚いている。

 

「『守る』と言うのであれば、その力を示してもらおう」

 

「お父さん、まさか…」

 

「君達が帰る日、ヒカル君。君には私と手合わせをしてもらおう」

 

 ひろぽんさんの目が紅く輝き始める。

 力を示せ、か。

 俺もただ口だけでそう言ったわけじゃない。

 俺はすぐに頷き、返事を出す。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

「なっ、危険よ!二人とも、少し冷静に考えなおして!」

 

「なに、ただの手合わせだよ、お母さん。怪我はするかもしれないが、彼のパーティーにはアークプリーストの子がいる。死にはしないさ」

 

 そう言って、一層瞳の輝きが増す。

 

「ヒカル君が弱すぎなければ、な」

 

 ニヤリと笑い、俺を挑発してくる。

 挑発に乗るわけではないが、自分が言った言葉の責任は持つ。

 何より、この才能に溢れた種族の族長に、俺が今まで頑張ってきた努力がどこまで通用するか、試してみたい。

 

「はい。もちろん死ぬ気はありません」

 

「ヒカル君まで!…ああ、でもこのシチュエーション!すごく燃えてきたわ!」

 

 りんりんさんの目も紅く輝きだす。

 

「そうだろう、お母さん!ヒカル君、その日は良い手合わせになることを期待しているよ」

 

「これが、親の、母と父の宿命!!」

 

 二人の目がピカピカしていた。

 今更だが、本当に変な種族だなぁ。

 

 

 

 パーティーの翌朝。

 りんりんさんに今日の準備をしてきていいから、とパーティーの片付けを免除されて、今は一人で里の商業区に来ている。

 シルビアによって破壊された里だが、ほとんどが元通りに戻っていた。

 商業区はまるで何事も無かったかのように、商売を始めている。

 魔道具とかを買い足すから、とヒナに金を貰い、必要なものを買っていく。

 店を巡っていくと、どこもそこの人達から「今日は頑張れよ」とか応援の言葉を貰っているが、もしかして今日のことは里中に知れ渡っているのだろうか。

 

 鍛冶屋に着くと、俺が頼んだものが既に出来ていた。

 魔術師殺しと一体になったシルビアを防具として加工したもの。

 僅か数日しかなかったというのに、もう完成しているとは。

 

「どうだ?ぴったりのはずだが」

 

「マジでぴったりですよ。ありがとうございます」

 

「紅魔族随一の鍛冶屋だぞ?当然の仕事だ」

 

 左胸から左腕をすっぽりと覆うような鎧。

 メタリックで綺麗な銀色が輝いていた。

 これがシルビアから出来ていると思うと、なんとも言えない気分になってくるが、あまり防具に詳しくない俺でもこれは凄い防具だとわかる。

 

「こんなに早く仕上がるなんて、思ってませんでしたよ」

 

「今日は族長と里の英雄の大舞台だ。多少無理してでも完成させるのが、紅魔族随一の鍛冶屋だ」

 

 ニヤリと不敵に笑い、目を紅く輝かせる。

 

「ありがとうございます」

 

「ああ、勝てよ。若人」

 

「ええ、もちろんです」

 

 

 

 

 更に特別製の木刀を購入して、自身の部屋で準備をする。

 良い鎧だから全身分揃えたいが、揃えるには億単位の金が必要らしく、左腕分だけに妥協した。

 いくらなんでも俺が欲しいだけでそこまでの金は出せない。

 俺達が持っている金は、四人の共有しているものだしな。

 

 準備もほとんど終わり、もう少しで時間だ。

 約束の場所へ向かうことにした。

 

 

 この前シルビアの部下千人がゴミのように散らされた荒れ果てた里からそう遠くない場所。

 そこが今日の手合わせの場所だった。

 里から来る途中、誰にも会わないな、と思っていたが、多くの紅魔族の人集りが出来ていた。数は十を超えて百はいるだろう。

 今日の手合わせの話、どんだけ広まってんだよ。

 もうすでにひろぽんさんもここへ来ていたみたいだが、そのひろぽんさんの前にゆんゆんがいた。

 

「お父さん、一体これはどういうことよ!」

 

「彼と少し手合わせするだけだ。落ち着きなさい」

 

「落ち着けるわけないでしょ!?アークウィザードと狂戦士が戦うなんて相性が悪いし、そもそも上位職同士の人間が私闘をするなんて間違ってるわ!」

 

「本気で戦い合うわけじゃない。彼の実力を見せてもらうだけだ」

 

「シルビアとの戦いで見たでしょ!?ヒカルは私達のリーダーで実力も今は相当なものよ!少しでも手加減を間違えたら、お互いに大怪我するわよ!」

 

「ヒナギク君がいるじゃないか。それに、ほらヒカル君も木刀じゃないか」

 

 ひろぽんさんが俺を指差してくると、ゆんゆんは驚いた表情でこちらを振り向いたかと思えば、怒りの形相でズンズンとこちらへ向かってくる。

 ああ、やばい。今度は俺が怒られる。

 

「ヒカルもなにを考えてるのよ!少し実力が付いたからって調子に乗ってるんじゃないでしょうね!?」

 

 なかなか手厳しい意見だ。

 

「そうじゃない。ゆんゆんのリーダーとして俺の力を少し見てもらうだけだって。ひろぽんさんもゆんゆんのことが心配なんだよ。力の無い奴に娘を任せようなんて思わないだろ?」

 

「そ、それはそうかもしれないけど!」

 

「ゆんゆん。今まで一緒に頑張ってきた仲間として、信じてくれよ」

 

「……」

 

 迷った表情になるゆんゆん。

 りんりんさんが来て、ゆんゆんの手を引いて離れていく。

 それと入れ替わりで、ヒナとトリスターノが来た。

 

「あとでお説教だからね」

 

 そう言って俺に支援魔法をかけてくる。

 すでに族長夫妻から話を聞いていたのだろう。

 事前にルールとしてヒナからの支援魔法はありだと言われている。

 

「リーダー、私も少し思うところはありますが、応援しています」

 

「二人ともありがとよ」

 

 二人が人集りの方へ戻っていく。

 ゆんゆんが心配そうにこちらを見ていた。

 安心してくれ、という思いを込めて頷いてみたが、返ってきた反応は不機嫌な顔だった。

 

 正直言ってこの戦いは勝ち負けじゃない。

 俺の力を見てもらう面接みたいなものだ。

 

「事前に説明した通りだ。わかっているね?」

 

「はい。存じています」

 

 ルールとしては

 支援魔法、魔道具は有り。

 極力大怪我になる攻撃は避ける。

 相手を戦闘不能にさせるか、自ら敗北を認めたら、そこで戦闘は終了する。

 

 

 お互いに睨み合うような時間が数秒過ぎて、ひろぽんさんが高らかに名乗り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「勝負!!」」

 

 地面を蹴るようにして踏み出す。

 支援魔法を貰った俺の脚力は、地面を少し砕いて、爆発的なスピードで飛ぶように真っ直ぐひろぽんさんへと向かっていく。

 余裕そうに構えているが、油断していないのは真剣な表情を見てわかる。

 そのスピードを殺しながら、左腕の魔法を弾く防具でガードしつつ、右手で地面へ木刀を突き立て、地面をガリガリと削りながらゴルフのスイングのようにして、砂埃と石をひろぽんさんへ飛ばす。

 

 砂埃でお互いが見えなくなり、すぐに姿勢を低くして、右へと回る。

 

「甘いぞ、ヒカル君。我に仇なす暗闇を晴らせ!『ブレード・オブ・ウインド』ッ!」

 

 一応、木刀でガードしていたが、その風の刃は頭上を通り過ぎた。

 余計な詠唱まで入れちゃって。

 そのおかげでひろぽんさんの位置が丸わかりだ。

 風の刃のせいで、砂埃が払われる前に姿勢が低い状態で、声が聞こえた方へと走る。

 もしもに備えて左腕で顔と上半身を守りながら、右腕の木刀で突きをすぐに出せる構えで、ひろぽんさんに近付く。

 ひろぽんさんに気付かれたが、もう遅い。

 俺の間合いだ。

 

「『ライト」

 

 俺の木刀の突きがひろぽんさんの右肩へ放たれる。

 

「ぐっ…!『ライトニング』ッ!」

 

 突かれた勢いを使いながら、俺から距離を取るように退がりながら、右手で持っている杖でそのまま魔法を撃ってきたが、狙いの定まってない魔法に当たることはなかった。

 突きを放ったところから、中段に構えた状態に戻り、相手の懐へ更に入るようにして、ひろぽんさんの杖目掛けて、振り上げる。

 俺の狙い通りに杖は弾かれるようにひろぽんさんの手から離れて上へと飛んでいく。

 

「やるじゃないか…っ!」

 

 痛みに顔を歪めながらも不敵に笑いながら、ひろぽんさんの右手が光っているのが見える。

 あれは、紅魔族の十八番。

 

「光の刃よ、紅の契約に従い現出せよ!『ライト・オブ・セイバー』ッッ!!」

 

「くっそ!」

 

 横に振り払うようにして放たれた光の刃をなんとか木刀と左腕でガードする。

 特別製の木刀で助かった。

 強度を極限に高めたこの木刀で無ければ、確実に斬られていた。

 ガードは出来たが、ひろぽんさんの一撃は凄まじく、思い切り吹き飛ばされる。

 受け身を取りながら、すぐにまた距離を詰める。

 光の刃が何度も振るわれながらも、避けて、避けて、捌いて、距離を詰める。

 ひろぽんさんも距離を取ろうとしていたが、俺が距離を詰める方が早い。とうとう俺の木刀と光の刃の鍔迫り合いになるまで追い込んだ。

 

「いいぞっ!やはりシルビアを相手に一人で前衛をしただけのことはある!」

 

「お褒めに預かり、光栄、ですっ!」

 

 更に木刀を押し込み、ひろぽんさんが下がる。

 ひろぽんさんが違う魔法を詠唱しようとしたその時、俺は木刀をぶん投げる。

 

「うおっ!?」

 

 予期せぬ攻撃に驚いたのか、咄嗟に詠唱をやめて、木刀を避ける。

 俺はその少しの時間で間合いへ入り込む。

 構えは誰かさんの得意なボクサースタイル。

 詠唱しながら下がるが、更にそれに追いつき、懐へ入る。

 勢いの乗った上に腰を使ったボディーブローがひろぽんさんへ突き刺さるようにして、打ち込まれる。

 

「っ!」

 

 ひろぽんさんの体がくの字に折れる。

 全力ではないが、それなりの一撃だったはずなのに、ひろぽんさんは詠唱を終わらせる。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

 ブンブンと次々に振るわれる光の刃を、体を振り、体を捌き、全て避けながら沈み込み、体のバネを活かしたアッパーを繰り出す。

 ひろぽんさんの顎へ直撃し、体が少し浮き上がる。

 もらった。

 そう思った時に見えたひろぽんさんの目はまだこちらを力強く睨んでいた。

 フラフラと下がりながら、手を高く掲げた右手と瞳はより一層輝きを増す。

 真っ直ぐに振り下ろす光の刃は先程までと比べ物にならない程の魔力が込められていて、地面が軽く割れていた。

 なんとか避けたが、あんなの直撃したら死ぬ。

 更に右手を左へ振りかぶり、俺が下へと避けるのを見越して、下段気味に右へと振り回す。

 それをひろぽんさんの方へ飛んで、避ける。

 

 そのままひろぽんさんの頭へ飛び付き、頭を両足で挟み込む。

 そのまま背中を地面に下ろすように股へと体を入れるようにして、旋回させた勢いと足の力を使い、半回転し、俺が上になりひろぽんさんの頭を地面へと叩きつけた。

 プロレス技の一種だが、頭のおかしい先輩達との遊びがこんなところで役に立つとは思わなかった。身体能力が上がったおかげでこんな技まで綺麗に繰り出せる様になった。

 動かなくなったひろぽんさんの上から退いて、確認すると気絶していた。

 

 立ち上がると大歓声が聞こえた。

 そういえばかなりの人数が見てたの忘れてた。

 ヒナが走って、ひろぽんさんへ回復魔法をかけてくれている。

 

「やったなゆんゆん!おめでとう!」

「これで里の英雄さんと堂々と付き合えるな!」

「これで親公認だ!」

 

 はい?

 

 ゆんゆんがそんな歓声を受けて、俺の方に来ようとしてた足が止まる。

 ゆんゆんの顔は赤くなっていて、今にも爆発しそうになっていた。

 

「え?え…?」

 

 そういえば、ゆんゆんの告白が里に広められてたな。

 そんな状態で俺と族長が手合わせするなんて言うもんだから、俺が認められるように戦いを挑んだみたいになってる…?

 戸惑ってる俺とゆんゆんを他所に、ゆんゆんコールが始まり、更に事態は収拾がつかなくなる。

 

「あ、あの!こ、ここここれはその!そういうのじゃなくて!そういう意味じゃ!」

 

 ゆんゆんが顔を真っ赤にして、盛り上がる人達に大声で言い訳してるが、聞こえるわけもなかった。

 りんりんさんが俺に近付いてきて、ニッコリと笑いかけてくる。

 

「娘をお願いしますね?彼氏さん」

 

 えっ。

 

 いつの間にか、親どころか里公認のカップルになっていた。

 

 俺達のことが影響したのか、しばらく男女の告白を公衆の面前でした上で、親との決闘をするというのが里で流行ることになった。

 

 

 

 ゆんゆんの大胆な紅魔族流の大告白。

 そして親に認められる為に戦った(と思われている)里の英雄。

 

 これは長い間、紅魔の里で語り継がれることになる。

 とある紅魔族随一の小説家が、これまでの流れにシルビア戦を交えて、それなりの脚色をして本にもなったこのお話は、数年後爆発的に売れて、広まることにもなった。

 ある意味伝説のような俺達のお話を

 

 

 『紅伝説』

 

 

 そう呼ばれることになる。

 それを俺達が知るのは、もう少し後のお話。

 




四章終了。
紅魔の里編は書きたいことばかりで、書き倒してたらドンドン楽しくなってしまいました。
紅魔の里編はどんどん書けてたので毎日投稿してましたが、これからはまた数日に一度の投稿に戻ります。ごめんなさい。

アンケートのご協力ありがとうございました。
ひとまず票が多い順からお話を作らせていただきます。
まずは五章一話はゆんゆんとのお話を書きます。
感想で割とツッコミをもらってますが、トリスターノもちゃんと活躍します。愛されてて嬉しい。
ちょっとだけネタバレですが、五章ラストはトリスターノが深く関わってくるでしょう。

最近真面目な話が多いですから、このすばらしい話を書いていきたいです。が、次はゆんゆんですから恋愛要素が強めかもしれません。
お楽しみに。

良ければ評価や感想よろしくお願いします。

あ。あと目次?のところにヒカル君のイメージ絵を置いてみました。
アナログで書いてから、デジタルで書き直して挫折しました。
中途半端な出来ですが、良ければ見ていってください。
絵の批判は受け付けておりませんので、あしからず。


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5章 『日常』と『変化』
62話



62話です。さあ、いってみよう。



 

 

 ゆんゆんは告白したことが里中の噂になってることを知って、泣き叫びながら、トリスターノにテレポートをお願いして、挨拶もあまり出来ないまま、俺達はアクセルに戻ってきた。

 すぐにそのまま閉じこもるゆんゆんを尻目に、俺は不機嫌なヒナに説教をこれでもかとされた後、トリスターノにニヤニヤされた。

 説教された後、何故里の人達があんなに盛り上がってたのか、ゆんゆんが閉じこもってる理由とかを説明することになった。

 ヒナはそれを聞くと、驚愕の表情に変わり

 

「ゆんゆん!大丈夫!?どこで頭ぶつけたの!?」

 

 そう言って急いで部屋に入っていった。

 なんだこの野郎。俺を好きになるとか正気じゃねえってかこら。あいつマジで失礼だぞ。

 

「で、どうされるんですか?」

 

 トリスターノはニコニコしつつも、目は真剣だった。

 

「そのさ、変なこと言うけど、俺はゆんゆんのことが好きだけど、お前らも大事だ」

 

「そうでしょうね」

 

「お前らとの関係を壊すぐらいなら…」

 

「急いては事を仕損じる、と言いますから、まだ答えを出さなくてもいいんじゃないですか?」

 

 トリスターノは優しく微笑みながら、そんなことを言ってくる。

 

「だけどよ。それは、なんというか不誠実っていうか」

 

「でも、それでゆんゆんさんが諦めるとは思えませんよ?里中に認められたんですから、今まで以上に堂々とリーダーにアタックしてくると思いますよ」

 

 確かに告白が断られたからって、お互いの気持ちが綺麗に終わるわけじゃないから、それはそうなんだけど…。

 俺が悩み始めたのを見てか、ニヤニヤし始める。

 

「お前、楽しんでるだろ」

 

「人の恋愛ほど面白いものはありませんからね。特に貴方のは」

 

「こんの…。てか何で俺限定なんだよ」

 

「そのわかってないところとか特に」

 

 ああ、もう。話して少し楽になったけど、話すべきじゃなかったかもな。

 これだからイケメンは。

 

 

 

 

 それから数日後。

 デモゴーゴンとシルビア討伐の事を聞いた王族から食事に誘われたが断ったり、教会や孤児院の手伝いをしたりと平和な日々が続いた。

 

「リーダー。また王族から手紙が来てますよ」

 

「はあ?断っただろ?」

 

「日程を調整して、どうにか参加出来ないか?と書かれてます」

 

「またダクネスに返事書いてもらうか」

 

「では、私はこのままダクネスさんのところへ行って、事情を説明してきます」

 

「ああ、頼んだ」

 

 これからヒナは教会、俺は孤児院で子供達の指導、ゆんゆんは予定無し、とみんなバラバラの日だ。

 

「ゆんゆん、片付け頼んだ」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

 

 

 

『ドS先生、ありがとうございましたー!』

 

「誰がドS先生だこの野郎。昼飯食ってこーい」

 

『はーい!』

 

 ワラワラと孤児院の施設に向かう子供達を眺めてると、くいくいとズボンが引っ張られる。

 

「ドSせんせ、ドMせんせー来てるよ?」

 

 物静かなタイプの女の子のシェリーが指を指す方にはゆんゆんが大きな弁当箱を抱えて立っていた。目が合うと嬉しそうに微笑み、手を振ってくる。

 

「シェリー、ありがとう。ちょっと行ってくるよ。お前もご飯食べてこい」

 

「うん…」

 

 ゆんゆんの元へと向かうと、ご飯を一緒に食べようと誘われて快諾した。

 

 

 春の日差しが少し暑く感じた俺達は、木陰でゆんゆんが作ってくれた弁当を食べていた。

 

「美味しい?」

 

「ああ。ゆんゆんが作った飯が不味かったことなんか無いしな」

 

「ふふ、嬉しい」

 

 一度部屋に閉じこもっていたゆんゆんだったが、開き直ったのか、すぐに元のゆんゆんに戻った。

 王都の時のような積極的なゆんゆんに。

 

「これ初めて作ったんだけど、どうかな」

 

「お、そうなのか」

 

「うん。はい、あーん」

 

 わっつ?

 

 フォークに刺して、手を添えて俺の口元まで持ってくる。

 え、そ、そんな、まじ?

 

「あーん?」

 

 ゆんゆんは不安そうな表情ではあるが、ゆんゆんの紅い瞳は俺をしっかりと見ていた。

 口を開くと、ゆっくり俺の口に入れられる。

 あじがわかりません。

 

「美味しい?」

 

「あ、ああ、うん」

 

 それになんとか答えて、目を逸らした。

 その先には興味津々に俺達を見てる子供達の姿があった。

 

「え、ちょ、お前ら…!?」

 

『お構いなく』

 

「構うわ!!見せ物じゃねえんだよ馬鹿野郎!ほら、あっち行け!しっしっ!」

 

「ドSせんせーが照れたー!」

「コンカツ成功だ、やったね、せんせー!」

「ドSのくせに攻められてるぜー!」

「デレ期到来ー!」

「ドMせんせーが大胆です。現場からは以上です」

「ドSが良いようにやられてていいのかよー!」

「アンナせんせー!ドSせんせーがあーんしてもらってましたー!」

 

「おいいいいいいいいい!!!お前ら、好き勝手言ってんじゃねえぞこらあああああ!!」

 

 

 

 今日の子供達の指導が終わってもなお元気な子供達を施設へと引っ張って連れて行った後、孤児院の空き地スペースの隅からずっと見ていたゆんゆんに話しかける。

 

「ゆんゆん、今日ずっといたけど、退屈じゃなかったか?」

 

「うん。ヒカルが子供達に囲まれて楽しそうに笑ってるの好きだし」

 

 別に楽しそうになんてしてねえよ。

 あのヤンチャ共を相手にするのは大変なんだよ馬鹿野郎。

 

 そんないつも出てくるはずの言葉が出て来なかった。

 ゆんゆんがこんなに感情をぶつけてくるから。

 今はちょうど誰もいない。良い機会だ。

 ゆんゆんに返事を出すよりも、まずは俺のことを話すべきだ。

 

「ゆんゆん、話したいことが…あるんだ」

 

「…はい」

 

 緊張した面持ちでゆんゆんは頷いてきた。

 

 

 

 

 

「ざっと、こんな感じだ」

 

「……その、ごめん。少し整理させて」

 

「ああ、いくらでもしてくれ」

 

 ゆんゆんが俺に真っ直ぐに全力でぶつかって来た。

 それなら俺もそれに応えなきゃいけない。

 

 俺の全て、全てに近いことを話した。

 違う世界から来たこととか。

 

 もしゆんゆんと付き合うことになるとして、俺が何も話さないまま、ゆんゆんの気持ちを受け入れるのは、なんとなく違う気がした。

 ゆんゆんを混乱させてしまっているが、それでも俺は知ってほしかった。

 

「…つまり、ヒカルは一回死んじゃって、こことは違う世界から来た?」

 

「そうだ。死んだら、神様がいた。色々あって詳細は省くけど、魔王軍が人をバンバン殺してて、それを救う為にその世界に行って欲しいって頼まれて、こっちの世界に来た」

 

 こんなこと普通は信じてくれないだろう。

 だけど、ゆんゆんは真剣に俺の話を聞いてくれていた。

 

「…だから、普通は知ってるようなことも知らなかった?」

 

「ああ、俺が元いた世界は魔法もモンスターもいなかったから」

 

「……なんで、そんな聞く限りは平和な世界で死んじゃったの?」

 

「事故だよ。トラック…って言ってもわからないよな。まあ、馬車ぐらいのサイズの岩が落ちて来て、俺が潰れて死んだとでも思ってくれ」

 

「…私が前にニホンに帰るのかって聞いた時に変な言い方してたのは、こういうことだったのね」

 

「そうだな。親が死んだんじゃなくて、俺が死んで、もうニホンに戻れないから、嘘つきながら答えた。悪かったよ」

 

「それは全然いいんだけど、何でもっと早くに言ってくれなかったの?私達のこと信じてなかったの?」

 

 そんなことを言われるとは思わなかった。

 まるで責めるように俺を軽く睨んでくる。

 

「それは、ほら、どう考えても変な話だろ?俺も上手く説明出来る自信がなかったし」

 

「それはそうかもしれないけど、私に言ってくれれば、ヒカルがこの世界のことについて知らないことをフォローとか出来たと思うし、何より信用されてないみたいで嫌」

 

 拗ねた顔で俺を見てくる。

 

「わ、悪かったよ。もし信用されなかった時のこと考えると怖かったんだよ。許してくれ」

 

「…あと、それを何で私だけに言うの?みんなに言っても信じてくれると思うよ」

 

「ゆんゆんだけに言うのは、告白されたから隠し事はしたくなかったってのと、一番長い付き合いだからっていうのもある。あとは…」

 

「あとは?」

 

「ヒナにまだ、日本のことを伝えたくない」

 

「っ!そ、そっか、じゃあヒナちゃんはニホンには」

 

「どうやっても行けない。あいつの憧れを壊すのはしたくない。いつか伝えなきゃいけないんだけどな」

 

「…」

 

 悲しげな表情になるゆんゆん。

 ヒナの一番の女友達として複雑なのだろう。

 まあ、もし日本に行けるとしても、あの変態女神が全力で阻止してくるだろうが。

 

「だいたいはわかってくれたか?俺のことは多分こんな感じだと思う」

 

「うん。少し違う世界のことについてとかまた聞きたい話はあるけど、だいたいわかったよ」

 

「あっさり信じてくれたな。いいのか?」

 

「好きな人が言ってることだもん。信じるわ。それにヒカルはこんな時に嘘付くような人じゃないし」

 

「そ、そうか。ありがとう」

 

「うん。ヒカルも私のこと信じて話してくれてありがとう」

 

 ニッコリと笑うゆんゆん。

 最近のゆんゆんは明るくなった。

 それが俺にはまた魅力的な女性に見えて仕方がなかった。

 だ、だめだ。そろそろ帰ろ

 

「じゃあ、告白の返事は?」

 

 俺に近付いて、俺の目を近くで見つめてくる。

 不意打ちで、その紅い瞳を近くで見てしまう。

 今の俺はその紅い瞳がどうしても苦手だった。見ると、落ち着かなくなる。心臓の鼓動が早鐘を打って、考えがまとまらなくなる。

 

「っ、あ、その、さ。」

 

「うん」

 

 そうだ。自分で言っただろう。

 不誠実だ、と。

 嫌われてでも言うしかない。

 俺の思っていることを。

 

「ゆんゆんの気持ち、すごい嬉しい。俺はずっと情けないところ見せてたし、異性として好かれるなんて思ってなかったから」

 

「…」

 

「俺も、ゆんゆんのことが好きだ」

 

「!」

 

 ゆんゆんの目が見開き、嬉しそうな表情に変わる。

 

「でも、それと同じくらいパーティーが、家族が大事だ」

 

 ゆんゆんは真剣な表情へと変わり、さらに言葉を待つ。

 

「俺はあの三人がいないと、ダメだ。ゆんゆん達が生きがいなんだ。変なこと言ってるのはわかってる。それでも、俺はこの関係が崩れるなら、ゆんゆんとは付き合えない」

 

 言っちまった。

 俺が思ってること全て。

 

「…わかったわ」

 

 固唾を飲んで、何を言われてもいいように覚悟した。

 

「四人の関係が壊れないように付き合えばいいのね?」

 

「えっ」

 

「言われなくても私だって同じ気持ちよ?ヒカルのこと大好きだけど、トリタンさんやヒナちゃんだって大事だもの」

 

「い、いや、でも、いいのか?」

 

「家族との時間は必要でしょ?私だってそれぐらいは我慢ぐらいできるわよ」

 

 ふふん、と胸を張ってそう言ってくる。

 俺が呆気に取られてると、ゆんゆんがまた距離を詰めてくる。

 

「…でも、たまにはちゃんと恋人らしいこともしたいから、その時は、その、お願いします」

 

「は、はい」

 

 ゆんゆんは思った以上に力強くて、たくましかった。

 

 

 

 その日の夜。

 俺は夢を見た。

 

 十年後に行った時のことをなぞる様な夢。

 俺に現実を思い知らせる様な、そんな夢。

 

 

「ごめんで済むわけないでしょ!私、言ったじゃない!一人で行かないでって!どうして!どうして行っちゃったのよ!」

「ごめんじゃないわよ!ごめんで、ごめんなんかで済むわけ…」

「当たり前でしょ!一回死んで別の世界から来たとか言って無茶しすぎよ!なんでいつも私たちを心配させるのよ!」

「最初は少し信じられなかったけど、その、だ、大事な人が真剣に言った言葉だし、何より今までのヒカルが物を知らなすぎるもの。それで信じられたの」

「私のこと何だと思ってるのよ!子供扱いしないでよ!そ、そうだ!とにかくヒカルは街の外に出る時は一人で出て行っちゃダメ!これは絶対に守って!あと自分の身を大事にすること!それから!」

「わかってないから言ってるの!ヒカルのせいでみんな悲しんでるのよ!私だってもうどうしていいか分からなくて…」

「お願い、本当に無茶しないで。ヒカルには生きてて欲しいの」

 

 成長したゆんゆんの必死な声。

 悲痛な表情。泣いて潤んだ紅い瞳。

 

 恋人が出来て舞い上がった俺を、叩き落とすように鮮明に思い出す。

 俺の中でのゆんゆんへの意識が変わってしまった、あの感触すらも。

 

 

 起きた時には、俺は泣いていた。

 そうだった。俺は、

 

 十年後には、あいつらと一緒にいられないんだ。

 





これ四章の延長戦じゃねえか。
さらっと王族のお食事会のお誘いを断りました。

さて、お次の話はアンケートの票の多さ順でヒナギクですね。
いろいろ書きたい話は浮かんでるのですが、まだ決まりきってません。


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63話


63話です。さあ、いってみよう。



 

 

「今日も良い天気だね!」

 

「はあ?なんだお前」

 

 とある日の朝食後、満面の笑みのヒナがやたら声を張り上げてそう言った。

 

「ヒナちゃん、いきなりどうしたの?」

 

「今日はみんなでクエストにでも行こうよ!シッ!シッ!」

 

 そんなことを言いながら、シャドーボクシングを始めた。

 なんだこいつ。

 

「え、ヒナちゃん、ごめんね。私今日はお父さん達に呼ばれてるから、一度紅魔の里に戻らないといけないの」

 

「あれ!?そうだっけ!?じゃあ三人だね!三人で行こう!」

 

 ゆんゆんが手紙を貰ったのは数日前で、一度紅魔の里に戻ることは、ここにいる全員が知っている。

 それにトリスターノも今日は用事がある。

 ヒナはいつも全員のスケジュールを覚えているはずだが、今日はどうしたのだろうか。

 

「なんか様子がおかしくないですか?」

 

「昨日の夜、拾い食いでもしたんじゃねえだろうな」

 

 そう言ってる間もヒナはシャドーボクシングをしていて、どんどんギアを上げる様に、体の振りが早くなる。

 今は顔が真っ赤になるぐらい…って。

 

「おい、止まれ。何必死こいて動いてんだ」

 

 素直に止まって、肩で息をしている。

 

「はぁ…なにさ…はぁ…まだ…はぁ…」

 

「息絶え絶えだろうが」

 

 はぁはぁ言いながら、顔を真っ赤にして、また動こうとするのを、頭を叩いて止める。

 

「あいたっ」

 

 頭を叩いた時、異様にヒナの頭が熱い気がした。

 

「ヒナちゃん、ちょっと?大丈夫?」

 

 そういえばこいつ、ホーストに倒された時、安静にしてなきゃいけないのに、悪魔を倒したいからって元気アピールで、シャドーボクシングしてたな。

 ゆんゆんが座るように言ってるところに割り込んでヒナの額を触ると、火傷しそうな程熱かった。

 あまりの熱さにすぐ手を離し、ヒナの汗だらけになった手を見て

 

「お前、めちゃくちゃ熱あるだろ」

 

「「えっ」」

 

 

 

 

 

 

 

 よくよく考えたら、ヒナは風の子と言われる程の体力を持ったやつが、少し動いたぐらいで息なんか切らさない。というかいつもなら汗すらかかない。

 早めに気付いてやるべきだったな。

 

「トリスターノ。クエスト前に悪いんだけど、氷を少し作っていってくれないか?」

 

「了解です。すみません、こんな時に。受けるべきではなかったですね」

 

「んなわけにいかないだろ。こいつは任せろ」

 

「すみません。すぐに用意します」

 

 トリスターノはアーチャー職が必要なクエストに駆り出されていた。わざわざ名指しされるくらいだ、行った方がいいし、ヒナの看病は俺がいれば十分だろう。

 

「私もごめんね。どうでもいい話だったらすぐに戻ってくるから」

 

 ゆんゆんは両親にどうしても話があるからもう一度里に戻ってくるように手紙が来ていた。

 

「俺一人で十分だよ。一日ぐらいは家族水入らずで過ごしてこい」

 

「ヒカルが見てくれれば確かに安心だけど、心配で過ごせないわよ」

 

「心配すれば治るわけじゃないだろ?」

 

「そうだけど…」

 

「ほら、行った行った」

 

 ゆんゆんと入れ替わりでトリスターノが部屋に入ってくる。

 桶のような容器に水と人の頭サイズの氷が入っていた。

 

「でけえよ!どうすんだこれ!?」

 

「すみません。つい気合が」

 

「お前はヒナか。もう時間だろ?とりあえずこれでいい。ありがとな」

 

「すみません、後はお任せします」

 

 そう言って、慌ただしく去っていくトリスターノ。

 ゆんゆんがまた入ってきて、ぶーぶー文句言ってくるのを聞き流して、テレポートするのを見送った。

 

 苦しそうに寝るヒナの横でなんとかアイスピックで氷を割ろうとしてるが、音をあまり立てないようにするのが難しい。

 

「おとーさん…」

 

 そんな寝言が聞こえてくる。

 そうだった。こいつに一度帰るように言おうと思っていたのに、忘れてた。

 自分のことやゆんゆんのことばかり考えて、何やってんだ俺は。

 わかってただろう。俺が一度帰って、両親に会ってこいと言ってやるべきだったのに。

 こいつらをまとめるリーダーが聞いて呆れる。

 

 そんなことを考えていたら、スッとヒナが起き上がる。

 俺が驚いていると、焦点が合ってない目でこちらを見てくる。

 

「おとーさん、のどかわいた」

 

 誰がお父さんだこの野郎。

 そう言いかけたが、今のこいつに言ってもしょうがないだろう。

 ピッチャーに大量に入った水をコップに渡してやると、落としそうになるので、そのまま口に持っていくとゴクゴクと音を立てて飲んでいった。

 

「まだ飲むか?」

 

「うん」

 

 また同じように飲ませて、次もいるかと聞いたら、首を横に振った。

 

「おとーさん、きもちわるい」

 

「しばくぞこの野郎」

 

 思わず口に出たが、なんでいきなりキモい扱いされなきゃいけないんだ。

 

「きもちわるい」

 

 そう言って、いやいやと首を横に振った後、両手を広げてくる。

 

「あせ、きもちわるい」

 

 そういうことか。

 見ると、パジャマが全身に張り付く程、濡れていた。こんなの着てたら、確かに気持ち悪いだろう。もしかして、これは俺に脱がせろと言ってるのか?

 

「おとーさん、きもちわるい!」

 

 手を大きく広げながら、そう言ってくる。

 …後で殴られたりとかしないだろうな。仕方ない。今は俺しかいないしな。

 

「ほら、バンザイしろ」

 

「ばんざい?」

 

「上に手挙げろ」

 

 そう言って、服の下から腹まで上げたところで、

 

「ヒカル。ヒナちゃんは、ど…う…」

 

 ゆんゆんが帰ってきた。

 ゆんゆんは俺達を見て固まり、徐ろに杖を手に持った。

 

「ゆんゆんも手伝ってくれ」

 

「看病が必要なのに、随分と私のことを追い出そうとするのはそういうことだったの…?」

 

 はい?

 

 ゆんゆんの目は紅く輝き始めている。

 え、なに?どういうこと?

 

「私に言ってたことは全部嘘なの?女の子ならなんでもいいの?」

 

「うー!きもちわるい!」

 

「ゆんゆん、さっきから何言ってんだ?脱がすの手伝ってくれよ」

 

「私に手伝わせる気っ!?」

 

 驚愕の表情で当然のことを聞いてくる。

 

「なんでだよ!?俺が体拭くより、ゆんゆんが拭いた方がマシだろうが!」

 

「…え?あ、そういう…?」

 

「おとーさん!はやくぬがしてよぅ!」

 

 バンザイ状態のヒナが催促してくる。

 早くしてやりたいのは山々なんだが。

 

「お父さん!?今聞き捨てならない呼び方してたんだけど、どういうことなの!?」

 

「知るか!こいつが俺を父親に間違えてんだよ!いいから手伝ってくれよ!」

 

「変なことしてないよね!?変なプレイじゃないんだよね!?」

 

「してねえよ!!俺をなんだと思ってんだ!?ヒナ相手にするわけねえだろうが!」

 

「おとーさん!はやく!」

 

「あーわかったわかった!ほら、バンザーイ」

 

「ちょ!?ちょっと待って!!私が!私がやるから!!」

 

 ゆんゆんが俺とヒナの間に入り込んで、脱がそうとするが

 

「おとーさんじゃなきゃやだ!」

 

 ゆんゆんが服を持った瞬間、バンザイ状態から手を下ろして綺麗な気をつけ姿勢になった。

 

「え、ええっ!?お、お父さんは忙しいから、私が……そう!お母さんがやるわ!」

 

 ゆんゆんが自称お母さんになった。

 まじか。正式に結婚もしてないのに、大きな子供を抱えてしまった。

 

「おとーさん、たすけて!へんなひとがかってにおかーさんをなのってくる!」

 

 娘の危機。俺の、お父さんの出番だ。

 

「変な人!?全然変じゃないでしょ!?普通よね!?普通のお母さんだよね!?」

 

「待ってろ。今お父さんが助けるからな」

 

「何で本格的にお父さんになってるの!?」

 

 

 

 

 その後ゆんゆんに怒られて正気に戻った俺は、ゆんゆんに体を拭く役をバトンタッチした。

 しかし、未だ納得していない俺の娘は「おとーさんじゃなきゃやだ」の一点張りで、猛獣のように暴れて、手が付けられない状態になったところ、どこから湧いたのかクリスが登場した。

 

「ほら、ヒナギク。熱が出てるんだから、安静にしてないと」

 

「だれですか?」

 

「ぐっ、ごはぁ!」

 

「どうして吐血したんですか!?大丈夫ですか!?」

 

 クリスの突然の吐血に驚くゆんゆんだが、クリスなら当然の反応と言っていいだろう。

 

「な、なに言ってるんだい?ヒナギク、君のお母さんだよ?」

 

 なに母親ヅラしてんだ。

 ヒナは俺の娘だぞ何言ってんだ。

 

「えっ、クリスさんまでなに言ってるんですか!?」

 

「おとーさん、へんなひとがふえた!」

 

「最近暖かくなってきたからな。ヒナは気を付けるんだぞ」

 

「うん!」

 

「何で父親ヅラしてんのさ!!」

 

「そうよ!何その優しさに満ちた表情!?」

 

「何言ってんだこの野郎、ヒナは俺の可愛い娘だ。当たり前だろうが」

 

「「違うでしょ!!」」

 

「ごほっ!ごほっ!」

 

「ヒナ!」

「ヒナちゃん!」

「ヒナギク!」

 

 自称母二人がふざけるせいで、俺の娘の体調は最悪だ!

 コイツらを追い出して、早く体を拭いて着替えさせて、安静に寝かせないと!

 

「とりあえずお前らは部屋の外にいろ。ヒナ、俺が体拭いてやるからな」

 

「なんでそうなるのさ!あたしが隅から隅まで綺麗に舐め、舐め、舐められるぐらいに綺麗に拭くから、そこ退いてよ!」

 

「いやクリスさんも何か様子が変だし、私が拭きます!ヒナちゃんの一番の友人として、これは譲れません!」

 

「くしゅん!」

 

 まずい、これ以上は本当に娘の体調が悪化する。

 クリスに任せるのは絶対にNO。

 しょうがない、俺がクリスを抑えてる間に、ゆんゆんに拭いてもらうしかない。

 

「よし、クリスは外で待機。ゆんゆんは『スリープ』で眠らせてからヒナを拭いてやってくれ」

 

「ええっ!?なんであたしが外に行」

 

「『スリープ』」

 

 魔法にかけられたクリスが糸が切れたように倒れそうになるのをなんとか支える。

 ゆんゆんがニッコリと笑ってくる。

 うん、なんか怖いけど、よくやった。

 

「クリスさんに変なことしたら…わかってるよね?」

 

「もちろんです。何かお手伝いすることは?」

 

「早く部屋から出て」

 

「はい」

 

 なんか怖いどころじゃなかった。めっちゃ怖かった。

 

「おとーさん…」

 

 ヒナが不安そうに俺を見てくる。

 クリスを下ろして、ヒナの頭を撫でてやる。

 そうすると、嬉しそうな、安心したような表情に変わった。

 ゆんゆんの方を向くと、頷いてきた。

 

「『スリープ』」

 

 ヒナが穏やかな寝息を立てたのを見守ってから

 

「ゆんゆん、俺の娘を頼む」

 

「いつまで父親気分なの?ヒカルも寝とく?」

 

 

 

 

 ゆんゆんに全てを任せて、リビングのソファーにクリスを寝かせてから、のんびりと待っていた。

 何度かノックして確認しに行ったが、「大丈夫です。入ったら魔法を打ちます」と言われるだけだった。

 意識の無い人間の世話をするのはかなり大変のはずなんだが、何か便利な魔法でもあるのだろうか。

 一時間ほど過ぎた頃、クリスが起き始めて、不機嫌な顔を見せる。

 

「はあ…。合法でヒナの体を好きに出来るチャンスだったのになぁ…」

 

「好きに出来るなんて誰が言ったんだよ馬鹿野郎。体を拭いて着替えさせるだけだっつーの」

 

「ヒカルが邪魔してくるのは想定してたから、大型モンスター用のワイヤーを用意してたんだけど、まさかゆんゆんまで邪魔してくるなんて」

 

「おいこら、俺になんてもん使おうとしてんだこの野郎」

 

「はいはい、ごめんなさーい」

 

 ついでに……しときたかったんだけどな…。なんて小声が聞こえて、何の話かと聞こうとしたら、ゆんゆんが戻ってきた。

 

「ふぅ…」

 

「ゆんゆん、ひどいよ!魔法で眠らせるなんて!」

 

 ゆんゆんが戻ってきた途端に、クリスが食ってかかる。

 

「ご、ごめんなさい。ヒナちゃんがこれ以上悪化したら嫌だったから…」

 

「クリス。ヒナの為だったんだよ。許してやってくれ」

 

「……そう言われたら、何も言えないけどさ」

 

 不機嫌そうにそっぽを向かれたが、納得はしてくれたらしい。

 

「ヒナはどうだ?」

 

「落ち着いた様子で寝てるよ」

 

 じゃあ、あたしが様子見ててあげるよ!と言ってすぐに部屋に入っていった。

 

「…ねえクリスさんって、たまにヒナちゃんにすごい執心しない?」

 

「…可愛い後輩みたいなもんなんだろ?」

 

「えー、絶対そんな感じじゃないと思うんだけど…」

 

「まあ、そんなことより、ヒナの体拭くの大変だったろ。汗すごかったんじゃないか?」

 

「聞いてよ、もうベッドも使えないぐらいビショビショ。ヒナちゃんのあの小さな体のどこからあんなに…。とりあえず私のベッドで寝かせてきたわ」

 

「お疲れ様。ありがとな」

 

「…まだお父さん気分なの?」

 

 少し睨んでくる、ゆんゆん。

 

「違うって。純粋にお礼言ってるだけだよ。体拭いたのが俺だったら後で殴られたかもしれないしな」

 

「そうよ、それぐらい考えて動いて。ヒナちゃんも女の子なのよ」

 

「はいはい」

 

 そんなやりとりをした後、少し不機嫌だったゆんゆんが、一転してモジモジし始める。

 

「あのね。ヒナちゃんに、ベッド貸しちゃったから…」

 

「おう?」

 

「今日の夜、寝る場所が無くて…」

 

「ほう?」

 

「えっと、あの」

 

 顔が赤くなりながら、俺を上目遣いで見てくる。

 

「俺のベッド使うか?」

 

「……ぅ、ぅん」

 

 消え入りそうな声で、でもしっかりと頷いてきた。

 





ヒナギクのお話は三話構成ぐらいにしてエリス様のお話とセットになりそうです。
ヒナギクの精神の未熟さを書くのが難しい。
ギャグパートは勢い良く書けるんだけどなあ…。

お気に入り、感想、評価ありがとうございます。
読んでいただいた実感があるので、大変モチベーションに繋がります。今後ともよろしくお願いします。


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64話


64話です。さあ、いってみよう。



 

 

 バカは風邪をひかない、とよく言うが、どうやらそれは間違っていたらしい。

 うちのパーティーの脳筋。バカ担当が風邪をひいて大熱を出したからだ。

 

「みんな、ごめんなさい。昨日は迷惑をかけたみたいで…」

 

 ヒナが大熱を出して錯乱した翌朝、ヒナがペコリと頭を下げてきた。

 

「ヒナちゃん、気にしないで」

 

「そうですよ。と言っても私はクエストに行ってましたが…。タイミングの悪さには困ったものです」

 

「ヒナギク。こういうのはお互い様だよ」

 

「なんで当然のようにクリスがいるんだよ」

 

 何故か不思議そうに首を傾げてくるクリスだが、その反応をそのまま返してやりたい。

 

「クリスさんにまでお世話してもらっちゃって…。しかも僕すごい混乱してたみたいで…」

 

 恥ずかしそうにヒナが顔を赤らめる。

 俺をお父さん呼びしてたからな。覚えてたら、しばらくそれでからかってやろうと思ってたんだが、都合良く忘れたらしい。これが脳筋補正だろうか。

 

 その後クリスは満足したらしく、またどこかへと去っていき、トリスターノはまたルナさんに捕まり、クエストに駆り出されることになったらしく今日もまた出かけていった。

 

「ゆんゆん、今日も里に戻るんだよな?」

 

「…」

 

「ゆ、ゆんゆんさん?」

 

「…」

 

 ぷいっと顔を逸らして、俺を無視してくる。

 昨日ゆんゆんのベッドが使えないから、俺のベッドを貸して、俺はサキュバスさんのお店でよく使う時の宿で寝ることになった。

 

 え?一緒に寝ないとかヘタレですかこの野郎って?

 

 俺だって、ゆんゆんと一緒に寝たかったよ。いや変な意味じゃなくてね?いや変な方の意味も期待してないわけじゃないけどね?

 変なことをする気じゃなくて、ただ俺と一緒にいる時間を増やしたかった、というゆんゆんの気持ちもわかる。それを断ったせいで今ゆんゆんがすごい不機嫌になってるのもわかってる。

 だけど、俺は絶対に我慢出来ない。

 家族を大事にしたいとか言っておきながら、ゆんゆんに「召し上がれ」と言われたら、すぐに飛びつく自信がある。

 俺もゆんゆんと恋人としての時間を過ごしたかったのは、言うまでもないが、我慢出来ずに手を出してゆんゆんに嫌われる方が嫌だったので、苦渋の選択をした。

 今すでに嫌われてるかもしれないが、取り返しがつかないほど嫌われるよりはマシだった。

 

「ご、ごめんて。いつか絶対に埋め合わせするからさ…」

 

「……絶対だからね」

 

「ああ、約束する」

 

 出来れば次はサキュバスさんのお店でお世話になった後ぐらいにそんなシチュエーションになりたい。

 

 ゆんゆんから話を聞くと、昨日里に帰った時にやたら俺のことを聞かれたらしく、族長になる時の試練は俺と受けろ等の話を聞いて、今日の話は急ぎじゃないと判断したゆんゆんはヒナが体調を崩してることを説明して、その話し合いを後日に回してもらい、そのまますぐに帰ってきたらしい。

 ヒナも体調を回復したので、今日はその話をまた聞きに行くと言って、テレポートで里に向かった。

 

 今日はヒナには大事をとって休むように言ってあるが、何をするかわからないので、俺はその監視だ。

 

「ねえ、僕もう大丈夫だから…」

 

「ダメだ。どこか動き回るなら、お前の昨日の恥ずかしいエピソードを冒険者や教会の連中に喋るからな」

 

「や、やめてよ!うぅ…ヒカルなんかをお父さん呼びしちゃうなんて…」

 

「喋ってやろうかこの野郎」

 

 それから暇だからと、昼までずっと日本の話しをさせられて、少しぐらいは外を歩きたいと言い出して聞かないので、ヒナと一緒に外食した後、諸々の買い出しに行くことにした。

 

「おとーさん、準備出来た?」

 

 俺の部屋の扉からひょっこり顔を出しながら聞いてくるが、こいつ今なんて言った?

 

「……」

 

 言葉を失ってると、不思議そうに首を傾げてくる。

 

「どうしたの?早く行こうよ」

 

「……お前、本当に体調大丈夫なんだろうな?」

 

「え?大丈夫に決まってるじゃん。何回その話するのさ」

 

 …もしかして呼び間違えたことに気付いてないのか?それならいいが、一応確認しておこう。

 

「おい、頭貸せ」

 

「え、なに?」

 

 額を触って熱を確認するが、平熱に感じた。

 少し顔が赤いけど、ただ呼び間違えただけかな。

 

「…ねえ、もういいでしょ?」

 

「ん?ああ。マジで無理すんなよお前」

 

「わかったってば」

 

 

 

 

 

「〜♪」

 

「そんなに外出たかったのかお前」

 

「うん!なんかよくわからないけど、楽しくて」

 

 雨で散歩に行けなくて、ようやく外に出られたコンちゃんみたいに機嫌が良い。

 俺達はシルビア討伐の報酬の半分をもらって、更に金持ちになった。

 そのおかげで、あまり金を考えずに生きていくことも出来るはずなのだが、ヒナは相変わらず節制がどうだとうるさい。装備や魔道具に関しては妥協しないが、日常面にはうるさい。

 

「たまにはこうなんつうの?高級なステーキとか食おうぜ」

 

「どうせヒカルなんか高級なお肉と普通のお肉の違いなんかわからないでしょ?そこのレストランで十分だよ」

 

 何言ってんのこいつ、みたいな顔しながら、高級ステーキ店の斜め向かいにある大衆向けレストランを指差してくる。

 

「お前引っ叩くぞこの野郎。食った時の気分からして違うだろうが。絶対美味いだろって。あそこだ、あそこに決まり」

 

「気分でご飯食べてどうするの?それに何で僕達二人だけで行くのさ。みんなで行こうよ」

 

「下見だ、下見。情報を制する者は世界を制す、って言葉をお前に教えただろうが」

 

「その言葉は教えてもらったけど、絶対に今使う言葉じゃないよね?レストランにも美味しいものあるよ」

 

「もっと美味いものがそこにあるかもしれないんだよこの野郎。それにお前あれだろ。高いところだと多く注文出来ないからだろ」

 

「えっ、ちちちち違うよ!僕をなんだと思ってるのさ!」

 

 図星かよ。

 

「脳筋大食らい」

 

「喧嘩売ってるよね!?そうだ、この前も僕のこと散々言ってきたよね。喧嘩なら買うよ!」

 

「上等だこの野郎。お前もいちいちディスりやがって。いい加減年上を敬う心を教えてやるよ」

 

 二人で睨み合い、一触即発の雰囲気になり、これから俺達の喧嘩が始まる

 

 

 ことはなく、数秒でヒナが目を逸らしてきた。

 

 

「あ?どうした?」

 

「……別に」

 

 よく見たら顔が赤い気がする。

 やべ、また熱がぶり返したか。

 すぐに額に手を当てるが、そこまで変わらない気がする。

 

「おい、大丈夫か?体調悪くなったか?」

 

「多分…大丈夫」

 

 多分?

 

「おい、はっきり言えよ。また熱が出たらどうするんだよ」

 

「大丈夫。熱じゃなくて、前から変なだけだから」

 

「変?お前元から変だろうが。普通ぶってんじゃああああああ!!?お前、いきなり横っ腹狙うなボケェ!」

 

 突然のボディーブローに思わず膝を折りかけたが、なんとか耐えた。

 こいつ、俺に対して遠慮が無さすぎる。

 

「うるさいな。ヒカルが変なこと言うからでしょ。僕、レストランがいい。……デザート食べてみたい」

 

 ボディーに凶悪なのをぶち込まれたばかりだというのに、顔を少し赤くしながらそう言うヒナを不覚にも可愛いと思ってしまった。

 それに気付かれないように俺は足早にレストランの方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「なあ、前から変ってなんだ?何がどう変なんだ?」

 

 注文が終わって、暇だったからし、純粋に心配だったので聞いてみた。

 

「うーん、よくわからないけど、なんか落ち着かなくなるの」

 

「どういう時に?」

 

「それは……わ、わからない」

 

 何かを誤魔化すように顔を逸らす。

 本当にわかっていないのか、それとも知られたくないことがあるのか。多分こいつのことだから、わかってないのだろうが、こいつの心のことを解決してやることは出来ない。俺は手伝うことぐらいしか出来ないが、それも限界がある。

 どうしたものか……あっ。

 

「そうだ、お前たまには両親のところ戻ったらどうだ?」

 

「へ?いきなりなに?」

 

「久しぶりに帰って、両親にもその気持ちのこと相談してみたらどうだ?たまにはお前も会いたいだろ?」

 

「な、何言ってるのさ。僕は子供じゃないんだから…」

 

「親と会うのに、子供も大人も関係あるかよ。いつ会えなくなるか、わからないんだぞ?」

 

「っ…」

 

 迷ったような表情を見せた。

 きっと会いたいんだろう。

 会うことが絶対に正しいとは言い切れないけど、こいつの場合はなんとなくそれで良い気がする。たまには両親に会って、気を張る時間以外を作って、甘えてきたらいい。

 

「お前が自分にも周りにも厳しくしてるから、甘えるのが苦手なのはわかってるが、たまには息抜きしないと潰れるぞ。もしかしたらその変なのは疲れてるサインなのかもしれないしな」

 

「…でも」

 

「お前が背伸びしたい気持ちも、大人として見られたい気持ちもわかる。」

 

「…大人だもん」

 

 頬を膨らませながら、俺を節目がちに見てくる。

 

「大人もくそもねえんだよ。ゆんゆんだって里に帰った時に両親と楽しく過ごしてただろ?最近は時間的にも金銭的にも余裕があるんだ。タイミング的に今なんじゃないか?」

 

「……そんなに僕に帰ってほしいんだ?」

 

 絞り出すようにして、そんなことを言った。

 何を勘繰ってんだこいつは。

 

「なんだそれ。じゃあ紅魔の里みたいに俺達みんなが同伴してやるよ。これでどうだ?家族にも会いたいけど、俺達とも離れたくないんだろ?」

 

 思わずニヤついてしまう。

 それを聞いたヒナは顔を真っ赤にして、睨んでくる。

 

「そんなことあるわけ…!あるわけ………あるかも…」

 

 途中まで勢いが良かったが、すぐに勢いは無くなっていった。

 意外と素直だ。たまには可愛いところもあるもんだ。

 

「じゃあ、みんなの予定を合わせて、お前の故郷に帰ろう。ヒノヤマ?だっけ?」

 

「…うん」

 

 照れて、顔が赤くなっていたが、最近見れてなかった気がする笑顔をやっと見れた気がした。

 

「ねえ」

 

「どうした?」

 

「ありがとう」

 

「…ああ。たまには年上に話しを聞いてもらうのもいいもんだろ」

 

「まあ、うん。たまにはね」

 

 飲み物を飲んで、一息つく。

 こいつと帰るのはいいんだが。

 

「にしても、お前のその変な感覚?だかはどうするかな。他に何かわからないのか?」

 

「え、うーん、よくあるのがヒカルが」

 

「俺が?」

 

「……ご、ごめん、なんでもない」

 

 目を泳がせて、また誤魔化し始める。

 

「なんだお前。俺のせいか?」

 

「そ、そうだよ。ヒカルが、その、だ、だらしない、から?」

 

「何でそうなるんだよ。てか何で疑問形?」

 

「と、とにかくこの話はいいよ!ほら、買い出し行こうよ!」

 

「人が真剣になんとかしてやろうとしてるのに」

 

「じゃあ……これから、その、僕が変なこと言っても…聞いてくれる?」

 

「今更何言ってんだ。遠慮するなよ」

 

 

 

 

 

 

 

「今日だけ、僕のお父さんになってくださぃ」

 

 買い出しが終わって、俺の部屋には俺とヒナだけ。

 早速何を言ってくるのかと思えば、思った以上にすごいお願いが来た。自分で言ってて恥ずかしかったのか、どんどん声は小さくなっていった。

 ヒナの顔は耳まで真っ赤で、目は祈るように固く閉じられていた。

 

「…ああ、えっと、何がどうしてそうなった?」

 

「な、なってくれるの!?なってくれないの!?」

 

「なんだその逆ギレみたいのは!?まず話しを聞かせてくれよ!」

 

「わかんないよ!よくわかんないけど、ヒカルならお父さんと同じ色だし、他の人にこんなこと言えないし…」

 

「お前がその答えに辿り着くまでに一体何があったんだよ…」

 

「だって、甘えるのが下手だって…。息抜きが必要だって…」

 

 節目がちにポロポロと言い訳みたいなのがこぼれてきた。

 

「……まあ、確かに俺がそう言ったしな」

 

 ヒナの言った通り、こんなこと言えるのは俺ぐらいだし、父親役が出来るか、わからないがヒナのためになるなら、俺がやろう。

 

「……」

 

 俺が黙って考えてたせいか、ヒナが気まずそうにしている。

 

「あー、まああれだ。俺にどこまで出来るか、わからんが、父親役やるよ」

 

「ほ、ほんと?」

 

「ああ。何をして欲しい?」

 

「そ、その、え、えっと」

 

「サンドバッグになって欲しいとか言うなよ」

 

「言うわけないでしょ!?本当に僕のことなんだと思ってるのさ!」

 

「アークボクサー」

 

「……」

 

 なんだか落ち込んだような表情になった。

 おい、どうした。なに素直に傷付いてんだよ。いつも通りのやりとりだろうが。

 

「あーもう、悪かったよ!ほら、なにしてほしいんだ?たかいたかいか?」

 

「……ぎゅーってして」

 

 少し手を広げながら、俺と目を合わせられないのか下を見て赤面している。

 そ、そうか。お父さんに甘えたいんだもんな。いつも通りのやりとりをした俺が悪かったな。

 

「よ、よし、どんとこい」

 

 ヒナの反応のせいで、俺も少し恥ずかしくなってきた。

 でも、今の俺はヒナの父親だ。

 ヒナがそうしたいと言うなら、受け入れてやるだけだ。

 俺が手を広げると、少し控えめに俺の胸に顔を埋めてくるように抱きついてくる。

 俺もヒナの肩に手を回してやると、ヒナの抱きつきが強くなった。何度か、落ち着くように深呼吸をしている。

 近くから女の子特有の甘い匂いがしてくる。

 くそ、なんだこの可愛い生き物は。俺の知ってるヒナじゃないぞ。

 

「「……」」

 

 き、気まずい。何か言ってやった方がいいのか。それとも何か他にしてあげた方がいいのか。

 そうだ。頭を撫でてやろう。撫でてやると、サラサラしてて手触りが良い。

 こいつ、こんな柔らかい髪の毛してたのか。

 少し経つと、すりすりと軽く頬擦りをしてきた。

 甘えん坊め。可愛いじゃないか。

 これが多分父性なのだろう。ヒナをどこまでも甘やかしてやりたい気持ちになる。

 ヒナが大事に育られた理由が少しだけわかる。きっとヒナの両親やエリス様はこんな気持ちだったんだろう。

 

「ヒナ」

 

「なあに?」

 

「お前が甘えたくなったら、いつでも言え。俺が父親にでも、なんにでもなってやる」

 

「…」

 

「お前が頑張ってるの俺は見てるから。でも頑張り過ぎてるように思う時もある。心配だ」

 

 ヒナは無言だが、抱きつく力が少し強くなった。俺もヒナの肩に回してる手を少し強くする。

 

「何かあったら俺に言ってくれ。俺以外にもゆんゆんだって、トリスターノだって、力になってくれる。だから無理はするな」

 

「…うん。これからはちゃんと言うよ」

 

「じゃあ、指切りだ」

 

「それって、ニホンの約束する時の?」

 

「ああ。ほら、小指出せ」

 

 一回離れて、小指を掛け合う。指切りの歌を歌って、最後に指を離す。ヒナは少しだけ、離すのを躊躇っていた。

 

「約束だぞ。わかったな」

 

 目線を合わせて、そう言うとヒナは頬を染めて控えめに頷いてきた。

 よしよし、とまた頭を撫でてやる。

 

「次は何がしたい?」

 

「ひ、膝枕…」

 

「わかった。おいで」

 

 

 

 それからヒナに膝枕をしてやりながら、ニホンの話をした。

 しばらくして、ゆんゆんやトリスターノが帰ってきて、俺の父親の時間は終わった。ヒナは満足しているように見えたから、多分俺がやったことは間違いじゃない、はずだ。

 

 

 間違いじゃないはずなんだが、ヒナにこんなことをするのを許さない存在がいることを、この時の俺は何故だかすっかり忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別に気使わなくていいんだぞ?お前の憧れの人も言ってただろ、こういうのはお互い様だって」

 

「今日ヒマだからやるだけだよ。クエスト出ない日は走ったりしてるから洗濯物溜まってるんでしょ?いいから早く洗濯物出してよ」

 

「…はあ。そこら中で働き倒さなくなったと思ったら今度は家事ばっかりやるようになりやがって」

 

「はやく!」

 

「わかったよ」

 

 部屋から出てきたヒカルが、僕が持ってきた洗濯物カゴに洗濯物を乗せていく。

 今朝走ってた時に着てたのは確か、青い運動用の服に黒のシャツだったはず。あとで

 

「頼んだぞ」

 

「うん」

 

 少しボーッとしてしまった。

 僕はヒカルが部屋に入っていくのを見届けてから、ヒカルの黒のシャツを僕のベッドの布団の下に入れてから洗濯へと向かった。

 

 

 

 僕はあれから……ヒカルに甘えるようになってから変わってしまった。

 教会やそこらの仕事も毎日行くのはやめた。祈りを捧げるのは毎日しているし、孤児院は別で子供達のことはなるべく見に行くようにしているが。

 クエストも僕達から受けることは無くなった。これは初心者冒険者の仕事を奪わないようにするためでもある。トリタンはよく駆り出されることが多くて、ゆんゆんは初心者冒険者のお手伝いをすることもあって、最近では僕達がバラバラに仕事をしたり、過ごしたりすることも少なくない。

 

 頑張り過ぎてると言われて、それを少しやめてみた。この状態をずっと続けるかは正直わからないが、こんな日を作るのも悪くないかなとは思うようになった。

 これは仕方のないことなのだ。

 だって、頑張りすぎだって。ヒカルが心配だって言うから仕方なく、こうしているのだ。

 ヒカルのせいだ。

 こうして僕がすることが少なくなって家事ばかりするようになったのも、ヒカルとの時間が増えて甘える時間が多くなったのも、抱きしめられると安心してしまうのも、ヒカルの匂いが好きになってしまったのも。

 全部、全部全部ヒカルが悪いんだ。

 

 

 

 洗濯を終えて、僕は布団へ潜り込む。

 こんなダメな生活、普段なら絶対にしないけど、これはヒカルのせいだから仕方ない。

 今日は僕以外のみんなが予定があって外出している。つまりこの家には僕しかいない。だからこの時間を邪魔する者は誰もいない。

 布団のなかで彼の匂いが染み付いた汗くさいシャツを抱き締め、思い切り嗅ぐ。

 こうするだけで最近ざわついて落ち着かなかった僕の心が、落ち着いていく。

 落ち着いてくると、何故だか僕は悪いことをしてる気分になってくる。

 でも、それはない。何故ならこれは盗んでるわけではない。あとでこれは洗って返すし、そもそもヒカルが悪いから、僕は悪くない。

 そう考えると、罪悪感のようなものは消えて、また落ち着いてきたと思ったらウトウトしてきた。

 僕はヒカルの匂いに包まれて、微睡みの中に堕ちていった。

 





ヒカル
身内に激甘。
優しくすれば良い方向に転がるとは限らない。
最近サキュバスさんのお店で見るお気に入りの夢は、大人と今のゆんゆんを同時に相手にする夢。

ゆんゆん
甘い時間を期待していたが、逃げられた。
里で母親に早めに仕留めておくように助言された。
最近は交友関係が広がりつつある。

トリスターノ
お話から雑に退場させられるランキング第一位。
あの、私今回一度しか喋ってな(以下略)
元円卓の騎士ではなく、一応今も円卓の騎士。
何が言いたいかと言うと、トリスターノはまだ本気を出していない。

ヒナギク
ヒカルが悪い。
誰かさんみたいに盗んでないので、ヒナギクがしていることはセーフ。多分。

幸運の女神
限定解除申請を受諾。
迅速に、確実に消しなさい。


前回の後書きでエリス様とヒナギクの話を同じにすると書きましたが、エリス様(クリス)のお話しを思いついたので、路線変更します。 


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65話


65話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

「お前を殺す」

 

「…あのさぁ」

 

 銀髪の盗賊クリスは殺気全開で言い放つ。

 世界の何よりも呪ってやると言わんばかりの目付きに、ダガーの柄を握り潰しそうなほど力を入れているせいで、プルプル震えていた。

 

「最近は絆されていましたが、やはり貴方と私は敵同士。最近の私はおかしかったのです」

 

「おかしいのはお前の頭と性癖だよ」

 

「性癖は何らおかしくありません」

 

「じゃあ頭の心配しようね。天界に病院はあるんだろうな?」

 

「問答無用。覚悟なさい」

 

 ダガーの切っ先をこちらへ向けた。

 

 

 おい、これ何話前のやり取りだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、おやすみ」

 

 とある日の夜。

 いつも通りあいつらに就寝の挨拶をして別れる、そんないつも通りのやり取りの後に、少しだけ変わったことがあった。

 俺のベッドの枕の上に一通の手紙があった。

 開けて読んでみると、そこには

 

『今夜エリス教会に来てください』

 

 と書かれていた。

 前にもこんなことがあった。

 俺を手紙でエリス教会に呼び出すなんて、あの神様しかいない。もうあの人、俺の部屋に何度か現れてるんだから、ここに出て来ればいいのに。ここに出てくる時はだいたいしょーもない話だったが。

 はあ、とため息が出てくるが神様の呼び出しに応えないわけにもいかず、準備を始めた。あいつらにこんな時間にどこに行くんだと聞かれるのも面倒なので、あいつらが寝始めたあたりで行かせてもらおう。

 以前こうして手紙で呼び出された時は、ピカピカに輝く大剣を持ってブンブン振り回して追いかけてくるなんてことがあった。

 最近はクリスとも仲良くしていたし、そんなことが起こるとは到底思えないが、嫌な記憶のせいで最低限の準備はしておきたくなった。

 俺はいつものクエストに出かける時のような装備でこっそりと家を出た。

 

 

 

 

 俺がここまで来るのに誰にも会わなかった。

 いくら深夜近いとはいえ、誰にも会わないなんて珍しい。それがなんとも不気味に感じた。

 静まり返った教会の前に立ち、安心する為の呼吸か、それともただのため息かわからないものが口から出てくる。

 あの人がわざわざ呼び出してくるということは、そんな良い話題じゃない気がする。そんな予感。

 一度覗いて、前みたいに変な武器持って佇んでたら帰ろう。そう思って教会の扉を少し開けて覗いてみると、中は暗く誰がいる気配もない。

 俺が入って来たら、出て来るパターンのやつか、厄介だ。あの人はこういう時だけ神様っぽい力を使って、教会から出られなくしてきたりするから面倒だ。

 嫌な予感しかしないが、覚悟を決めて教会に入る。中は月明かりのみで照らされていたが、不思議と周りが見えないほど暗くはなかった。

 教会の中ほどまで進んでも、あの神様が出てくる気配がない。

 なんだ、祈りでも捧げないと出てこないのか?

 そんな事をぼんやりと思った時、背筋にゾクリと悪寒が走った。

 その感覚に従い、前方へと飛ぶようにして前転をする。

 その飛んでいる途中、背中に何かが掠った気がした。

 転がり、受け身を取りながら、後ろを振り向き、すぐ様剣の鯉口を切り、いつでも刀を抜ける状態に入る。

 

「あれ?ちゃんと『潜伏』してたんだけどなぁ」

 

 そこにいたのは、銀髪の盗賊クリス。

 女神エリスがこの世界で活動する為の人間体。

 そのクリスがきょとんとした表情でダガーを持って呟いた。

 

「…お前、何してくれてんですかこの野郎」

 

「君って厄介だね。人間相手に特化してるから、あたしの殺気に気付けたのかな?」

 

 冷や汗をかきながら、なんとか文句を言うと平然と『殺気』と言いやがった。

 こいつ殺す気だったってのか。

 

「それとも余程あたしの殺気が抑えきれなくなってたのかな。その方が納得が行くかも」

 

「おいこら、これはどういうことだ」

 

「どういうことって、こういうことだよ」

 

 

 

 

 

 

「問答無用。覚悟なさい」

 

「何を覚悟するのか、全くわからんが落ち着けよ」

 

「はあ…。あたしはね、我慢して我慢して我慢して我慢して、それでも落ち着いてこうして正面から殺そうとしてるんだよ」

 

「落ち着いてる要素が全く無かったぞおい」

 

「さあ、貴方の罪を数えなさい」

 

「あ。あれだろ、ヒナを抱きしめた時のことだろ。あれは仕方ないっていうか、変な意味はないし、そもそも」

 

「それだけ?」

 

「は?」

 

「他には?」

 

「は?他?えーっと、膝枕したやつか?」

 

「まだあるよね?」

 

「え、あ!あれだ!お父さん呼びされてたことだ!」

 

「…」

 

「ここら辺は全部ヒナが熱出たり、父親が恋しくてやったことだろうが。お前も状況わかってるはずだろ」

 

「それだけじゃないでしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

「うわ、なんだお前!?」

 

「ヒナの胸に触れただけでなく、顔で堪能した上には、はは、ははははは挟んでもらうなんて!!!」

 

「え、なに言ってんの…?」

 

「忘れた!?まさか神すら触れる事を躊躇う聖域に触れたくせに忘れたの!?」

 

「いや、触った記憶もないし、挟んだって、お前……あいつそんな無」

 

「シルビアの時に爆裂魔法から君を守ろうとした時だよ!!しかも触った記憶が無いなんて嘘まで付くとはね!!君には心底失望したよ!!触れた時点で大罪だというのに、ぱふぱふ!?あり得ない!あり得ないあり得ないあり得ない!!」

 

「変なこと言うんじゃねえよ!?ぱ、ぱふぱふってお前、変な言葉どこで覚えて来たんだこの野郎!そもそも俺が覚えないぐらいだから、触れたか触れてないかも微妙なところだと思うぞ!」

 

「いいや、触れてたね!挟まれてたね!女神カメラを総動員して五カメで全角度から確認したよ!ガッツリだったね!君の顔にむにっとしてました!!はーもう無理!汚されたよ!あたしのヒナギクが汚されたよこの野郎!!」

 

「うおわっ!?」

 

 我慢できなくなったクリスが一瞬で距離を詰めてダガーを振るう。

 マジで殺りに来てやがる。俺も上体を逸らして避ける。そのまま距離を取り、また話しかける。

 

「ちょ、ちょっと待て!俺も触りたくて触ったわけでもないし、そもそも俺は覚えてないんだ!お前のヒナが汚されたわけにはならないだろ!」

 

「それ以外にも君の罪はいっぱいある、よっ!」

 

 再び振るわれるダガー。

 俺も伊達に上位職になって前衛を張ってるわけじゃない。素直に振るわれるダガーに当たるほど弱くない。クリスも怒りのせいか大振り気味だ、避けるのに苦労はしない。

 距離を取りつつ、まだ話しかける。

 

「俺はな、ゆんゆんと付き合ってんだよ!ヒナと変なことしようなんて思ってねえよ!だからいい加減落ち着けよ」

 

「だから何?それで今まで犯した罪が消えるわけないでしょ!!」

 

 そう言いながら俺を真っ直ぐに追い詰めてくる。

 怒り心頭かもしれないが、いくらなんでも真っ直ぐすぎる。

 俺が避けるだけなのに、どうしてこんな…っ!?

 右手から振るわれるダガーを捌きつつ、左前方に避けて、クリスの肘を押しつつ、別方向へ体を躍らせる。これで逃げる場所が増えた。

 別方向へ避けながら、チラリと確認すると、あのままあと数歩進んだ先にはワイヤーが張り巡らされた場所に突っ込んでいた。

 盗賊職の『ワイヤートラップ』だ。

 あのまま罠にかかったらワイヤーで拘束されて、惨たらしく殺されてたに違いない。

 押されてフラフラとしたクリスが不気味にゆっくりとこちらを見てくる。クリスは先程以上に不機嫌さが顔に出ていた。

 

「…ちっ。あと少しだったのに。そんなに武道とやらをやってると、相手してる人の考えがよくわかるものなの?」

 

「お前の場合、わかりやすすぎるんだよこの野郎。もう少し追い詰め方を工夫するべきだったな」

 

「…次はそうさせてもらうよ。まあ君に次は無いけどね」

 

「おい、マジで和解してくれない?能力で弱体化してるとはいえ上位職の狂戦士に盗賊職が正面から戦えるわけないだろ」

 

「和解ねえ…。それをするには君の重ねた罪は多すぎるよ。それに何の考えも無しに、その盗賊が正面から殺そうと思う?」

 

「なんだ、女神の力でも使おうってか?」

 

「それも間違ってないかな。ねえ、女神が人間として活動するにしては、ただの盗賊をやるなんて少しおかしいと思わない?」

 

「それは思ったことはあるけど」

 

「そうなんだ?つまり、そういうことさ」

 

「は?どういうこと」

 

「『限定解除:アサシン』」

 

 そう言ったクリスは突如として光に包まれる。暗い分その光は一際眩しく感じる。

 クリスを包んでいた光が無くなったと思えば、盗賊職の身軽そうな軽装では無くなっていた。全身黒のまるで忍者のような格好をしていた。

 

「盗賊の上位職の『アサシン』か?」

 

「正解。普段は力をセーブしてるんだ。ほら、これで上位職同士だよ」

 

「お前な。こっちは前衛職の上位職だぞ?支援とかが主の上位職と戦っても、勝負は見えてるだろうが」

 

「それはどうかな」

 

 左手は懐から、何本か指に挟むようにして小型のナイフを取り出す。

 一度隠れて投げてくる気か?それなら逃げるだけだ。

 

「さあ、行くよ!『ワイヤーワールド』ッ!!」

 

 刀を抜き放ち、左腕の鎧でガードしながら構える。

 クリスが言ったスキルは聞いたことのないものだった。

 ワイヤーが教会中に張り巡らされる。

 まるで蜘蛛の巣。蜘蛛の糸のように規則的に張られてないが、張り巡らされたワイヤーはそんな印象を受けた。

 

「すごいでしょ?これで君は逃げることは出来ない」

 

 ニヤリと笑い、まるで階段を上るように何もない空間に足をかけていく。

 ワイヤーの上に乗っているのか。

 

「少しずつ、少しずつ、弱らせて、苦しませて、殺してあげる、よっ!」

 

 次のワイヤーへと飛び上がりながら、こちらへナイフを投げてくる、左腕の鎧で弾きながら、近くのワイヤーへ刀で斬りつける、が。

 

「無駄だよ。大型モンスター用の、かなり特殊なワイヤーさ」

 

「無駄に準備しやがって!」

 

「じゃなきゃ不意打ちに失敗した瞬間に逃げるってば!」

 

 笑いながら、そこら中を縦横無尽に跳び渡りながら、次々とナイフを投擲する。

 刀と鎧で弾く。

 たまに狙いがズレているのか、俺が避けるのを見越してるのか、俺のすぐ近くを通り過ぎるナイフもあるが、それに構ってる暇はない。

 

「ほらほら!これはどう?」

 

 俺がいる方向とは別の方へ何本もナイフを投げる。何をしてるか、疑問に思っていると、そのナイフは軌道を変えて、俺へと真っ直ぐに飛んでくる。

 

「なんだそれっ!?くそ、マジでふざけんなよこの野郎……っ!?」

 

 鎧で弾くと、俺が動いた分、体にワイヤーが食い込む。

 いや、先程はこんな近くにワイヤーが無かった。だから俺は鎧や刀で守れていたのに、何故。

 気付くと俺は少し動くだけでワイヤーが体に当たるほど近くに張り巡らされていた。

 まるでワイヤーの檻。

 ふと足元に刺さったナイフを見て、正解がわかった。ナイフにワイヤーが付けられている。ナイフを投げれば投げるほど、ワイヤーが張られていったんだ。

 先程、別の方向へ投げたナイフはこの俺の近くに張られたワイヤーを通って、俺に飛んできた。だから、おかしな軌道で飛んできた。

 

「気付いた?でも、もう遅いよ」

 

 俺が身動きが取れないとわかったからか、クリスは降りてくる。

 クスクスと笑いながら、クリスは徐に近くのワイヤーを引っ張る。すると、俺の右腕付近に張られたワイヤーが体に食い込んでくる。

 

「いっ…」

 

「上位職になった慢心。あたしがただの盗賊だと思ってた油断。更に許してもらえると思っていた君の甘さが敗因かな」

 

「その通りだよくそったれ。おい、マジで殺す気か!?」

 

「さっきからそう言ってるじゃん。まあ君はヒナギクのこと以外はまあまあ頑張ってたし、次に転生するのは日本のそこそこ良い家庭にしてあげるよ。それじゃ」

 

「ざけんな、俺はまだ…っ!」

 

「さようなら」

 

 そう言って、俺にナイフを

 

 

 バタン!!

 大きな音を立てて、教会の扉が開け放たれた。

 

「これはどういうことですか?」

 

 そこにいたのはエリス様が愛してやまないヒナだった。

 

 

 

 

「ヒカル、大丈夫?」

 

「ああ、ありがとう」

 

 ワイヤーから開放された俺はヒナに回復魔法をかけられて、命の危機から助かったと安堵すると共に、この状況をどう説明するか悩んでいた。

 

「……それで、これはどういうこと?」

 

「あー、これはな」

 

 クリスはヒナが教会に入り、こちらへ進んで来た時に脇目も振らず逃げていった。

 俺も正直言ってどう言っていいか分からん。

 普通に殺されそうだったし。

 ヒナが険しい表情で俺の言葉の続きを待っていた。

 

「というかお前はどうしてここにいるんだ?」

 

「いいから答えて」

 

 大方俺が外に出るのに偶然気付いたヒナは俺に着いてきたのだろう。

 俺が正直に話すにしても、色々と話さなければいけないことが増えてくる。

 

「ねえ、クリスさんはヒカルのことを殺そうとしてたよね?」

 

「それは…」

 

「僕、ヒカル達が戦い始めたあたりからずっと見てたんだよ。遠くて会話はあまり聞こえてなかったけど、あんな相手を確実に追い詰めていくような戦い方してるクリスさん見たことない」

 

「…」

 

「信じられなくて、助けに入るのが遅れちゃったけど……どういうことさ…。わけわからないよ。クリスさんは何かあったからって人を殺すような人じゃないはずだよ」

 

 それはそうだろう。

 今回は特別中の特別なケースだ。ヒナが関わっているから、殺意マシマシになっていただけで普段なら人を殺すとは無縁の存在だ。

 

「しかもクリスさん笑ってた。追い詰めるのが、楽しいみたいに…。お願いだよ、何があったか教えてよ」

 

 ヒナは自分が見た光景を信じたくないのだろう。

 憧れの人が自分の仲間を殺そうとした、なんて俺だってそんな場面に立ち会ったら混乱する。

 殺されそうになったし、対話も成り立たなかったクリスを庇う気は正直なかったが、ヒナの為だ。こいつの憧れを壊すのは、なんとなく嫌だ。

 はあ、とため息をつく。

 

「…わかった。白状するよ」

 

「…うん。話してよ」

 

「これは、エリス様からの試練だ」

 

「……はい?」

 

 大嘘こいてやる。

 これは大きな貸しだ、これでまた殺しに来たら、全部ヒナに喋ってやるからな。

 

「詳細は言えないが、エリス様から試練を受けてた」

 

「……え、え?ご、ごめん。全然わからない」

 

「言えないことばかりだが、近々あの人の為に頑張らなきゃいけない時があって、その時にどこまで自分の力が扱えるか、という試練を受けてた。クリスはその試験官みたいな感じだよ」

 

「ヒカルは特別な存在じゃないって言ってたじゃん!やっぱり神様とかの存在だったの!?」

 

「違う違う。人間として協力するためのものだよ。俺が特別な存在なわけないだろ」

 

「じゃ、じゃあクリスさんが笑ってたのは!?普通に楽しんでたよね?」

 

「俺が最初に『盗賊職が相手だとすぐ勝っちまうよ』とか言って戦ったら、見事にクリスにやり放題されてな。クリスも自分が立てた作戦ながら上手く行きすぎて笑いが止まらなかったんだろう」

 

「でも、あんな痛ぶる必要は無いよね?」

 

「俺が最初に言った言葉が相当不満だったらしくてな。舐めた分のお返しだろ」

 

「じゃあ何でクリスさんは僕が入ってきた時にすぐ逃げたのさ!?」

 

「…それはよくわからないが、この試練は極秘のものだからな。これ以上秘密がバレないように先に逃げたんじゃないか?」

 

「…………じゃあ、僕は…エリス様の邪魔しちゃったってこと…?」

 

 ヒナは顔を青白くさせて、自らが崇める存在の邪魔をしてしまったと聞いて、体をふらつかせた。

 

「いや、俺はあのまま試練に不合格だったし、そうはならないんじゃないか?」

 

「で、でも極秘だって…」

 

「俺が何するか気になって付いてきたんだろ?俺の責任だよ」

 

「そ、そんなわけない!ど、どうしよう…」

 

 その後も気にするヒナに嘘をつき続けて、家に帰る頃にようやく落ち着きを見せた。

 アクアと言いエリス様と言い、神様はロクな存在じゃない。

 俺は寝る前にそう思い、疲労と緊張感の解れからか、すぐに寝てしまった。

 

 

 

 

 どれだけ寝ただろうか、俺はふと目を覚ます。十分寝た気がする。目覚めはバッチリで、なんとなく今日は良いことがあるんじゃないかな、なんて思えるほどだ。

 そんなご機嫌な目覚めの中にも、一つ嫌なことがあるとするなら、女神エリスが枕元で俺の首目掛けて大剣を振り上げてることだった。

 

「天誅!!」

 

「うおわああああああああああ!!!」

 

 掛け声と共に振り下ろされた大剣をなんとか避けた俺は這ってすぐに距離を取る。

 

「……運の良い人ですね。まさかタイミング良く起きるとは」

 

 ベッドに深々と食い込んだ大剣を引き抜き、そんなことを宣うエリス様。

 こ、この神様、俺がせっかく助け舟を出してやったのに、普通に殺しに来やがった!

 

「おいいいいいいい!!!せっかくヒナに何も言わないでやったってのに、何してくれんですかこの野郎!!」

 

「それに関してはお礼を言います。そのお礼として苦しまないで死なせてあげようと思って、一振りで楽にして差し上げようかと」

 

「気遣い方のベクトルが迷子になってるぅ!!ゾロも真っ青な迷子っぷりだよ!!」

 

「ワンピは好きですけど、あれ長くて全然読めてないんですよね。それはともかく早く死んでください」

 

「あの漫画知ってんのかよ!!この女神本当に仕事してんのか!!あと殺そうとする感じがすごい雑!!」

 

「さあ、あなたも空島へ送ってあげます」

 

「どこに送ろうとしてたんだ!!あとそれ結構前の話!」

 

「抵抗されると、一振りじゃ殺せな……」

 

「まず殺そうとするのをやめろ!!な、なんだ?今度は油断させようとしてんのか?」

 

 今まで殺す気しかなかったが、その殺気が消えて俺を凝視し始める。

 次には構えを解いて、大剣が光の粒子となって消え、俺をじっと見たまま近付いてくる。

 

「お、おい、なんだこの野郎。それ以上近付いてみろ、俺も全力で抵抗をしてやる」

 

 そう言っても止まらず、よく見るとエリス様は俺の胸元辺りを凝視して、無警戒に俺の数歩前で止まった。

 

「あー……あ〜?………あー!」

 

 なんか俺の胸元を見ながら、首を傾げたりしながらあーとか言って、最後に手を叩いて一際大きく声を出した。

 軽く不気味だったが、俺はこの状況をどうにかしたい気持ちでいっぱいだった。

 

「なるほど。貴方を殺すわけにはいかなくなりましたね」

 

 そう言った後、ゆっくりと歩いて俺の部屋にある椅子に座った。

 

「え、は?」

 

「人間なら殺しても証拠は消せるんですけど、同族となると流石に無理ですしね」

 

「さっきから何言って」

 

 俺が困惑して話しかけると、エリス様はにっこりと笑いながら話し始める。

 

「おめでとうございます。貴方に『神聖』が宿り始めています」

 





もうちょっとだけ続きます。
長くなったので分けました。
これから伏線回収と説明をしつつ、とある話にヒカルとあのキャラを参加させようと思うので、少し長くなります。
思い付きってよくないなぁ。

最近このすば二次創作作品増えてきてますね。
良いぞ良いぞ、みんなで書いてけ。勢いに乗っていけ。
その深夜テンションとノリと気分と妄想が名作を生み出すんだ。

クリスの戦い方は…オマージュです。
激強設定にしてみましたけど、神様だし、おかしくないですよねうん。


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66話


66話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

 

「……はい?」

 

「非常に残念ですが、殺すのは諦めます。楽にしてくれて結構ですよ。にしても一つの世界に二人も『神聖』持ちが現れるなんて…」

 

「あの、さっきから何言ってんですか?」

 

 真面目に困惑状態な俺はエリス様が言ってることが理解できなかった。

 

「あれ?『神聖』について貴方に説明したはずですよ。具体的に言うと15話で」

 

「おい、やめろ」

 

 世界のルールを壊しにかかるな。

 あんた、神様だろうが。

 

「それが貴方に微弱にも宿り始めてるんですよ。これは私の仕事が増えることになりそうです。どうしてくれるんですか?」

 

「それってあれですよね?神様とかの存在が持ってるはずのものですよね?あとヒナギクが持ってて」

 

「そうですよ。普通貴方みたいな人間が持てるものでは無いのですが」

 

「軽くバカにしてくるのやめてくれません?ていうか何でそんなことになってるんですか?俺が神様とかになれるわけないと思うんですけど」

 

「それは私もその通りだと思いますが、そうですねえ…。理由をあげるなら、私達に関わりすぎたのかもしれませんね」

 

「…それは全部エリス様のせいなんじゃ」

 

「私やアクア先輩、ヒナギクにギン、そしてあの指輪の力に触れたのがよくなかったのでしょうね。貴方が神聖なものに関わりすぎて、貴方の存在が神聖なものに引っ張られたのでしょう。つまり私のせいではありません」

 

「え、ギン?指輪?引っ張られた??」

 

 説明しているつもりなのかもしれないが、全然わからない。

 というか何であの犬が出て来るんだ

 

「説明が面倒ですけど、ギンというナトリにいたあの白い犬、あれはとある転生者の特典で大神と呼ばれる神獣です」

 

「は?」

 

「普通なら大神を従えている転生者や世話になった人間の言うことしか聞かないはずなんですけど、貴方が『神聖』を持っているのを感じ取って自分の仲間だと思ったのでしょう。だから、あの大神が貴方の言うことを聞いたんですね」

 

「クリスだって、あの時いましたよね?」

 

「クリスは人間の体ですから。限定解除とかはありますが、ほとんどただの人間です」

 

「…指輪は?」

 

「あの時アクア先輩が説明してた通りの指輪です。あれは魔法やスキルというこの世界の力ではなく、それとは一段階上の神の力を行使できる指輪です。それを貴方がヒナギクと力を使ったのが一番よくありませんでしたね。ヒナギクと貴方の『神聖』二つを合わせて使ったおかげであの指輪はかなりの力を発揮したのですが、貴方はとうとうこちら側へ来てしまいました。ところであの時ヒナギクと恋人繋ぎしてましたよね?手首斬り落としていいですか?」

 

「良いわけないでしょう。…俺が神様とか無理だと思うんで辞退したいんですけど」

 

「辞退ですか?無理ですよ?『神聖』を持つ資格があるだけならともかく、すでに貴方は『神聖』を持っていますからね。死後に天界で働くのは義務です」

 

 義務とまで言われた。

 ヒナギクみたいな神様に選ばれたわけでもなく、良い子ちゃんでもない俺がアクアやエリス様と同じような存在に……うわ、なんかすごい嫌になってきた。

 

「そんな不安そうな顔しないでください。天界では私が先輩としてヒナギクと貴方の面倒は見ますよ」

 

 自信満々に胸を張ってそんなことを宣うエリス様に俺は不安が増した。

 嫌な予感しかしない。

 

「出来ればエリス様とは違う神様の下で働きたいんですけど」

 

 それを聞いたエリス様は少し固まり、にこやかに話し始める。

 

「……ツンデレも度が過ぎると嫌われますよ?私は『上司になってほしい神様ランキング』のいつも上位に名前が載る程の人気があるんですよ?謝ってください。人気の私に謝ってください」

 

「それはエリス様の本性を知らないからです。少女が性癖の神様だって知られたら一瞬でそのランキングから名前が無くなるはずです」

 

「性癖ではありません。ヒナギク一人が好きなだけです。謝ってください。怒りますよ?」

 

「ヒナギクの胸だなんだを性的な目で見てるくせに何を言ってるんですか。絶対に嫌です。他の神様のところか、もしくは天界で仕事はしたくありません」

 

「……そこまで言いますか。わかりましたよ、私をここまで怒らせるのは貴方ぐらいです」

 

「嫌な予感しかしませんし…」

 

「絶っっ対に私の元で働いてもらいます。ヒナギクと一緒に貴方を毎日こき使ってあげます」

 

 うわ、なんてこと思い付くんだ。

 

「どうせ貴方のことですから、神にはなれずに、せいぜいが上位天使止まりでしょう。上司の私には絶対に逆らえません。それで私が神様を引退したら、私とヒナギクの家のお手伝い、いいえ家のこと全てをやってもらいます。」

 

「はあ!?何でそんなことまで!?」

 

「私を怒らせるからこうなるのです。給料面は期待してくれていいですよ。天使という安月給からしたら、それなりのお金を出してあげます。私は人気で有能な女神ですからね。お金にはかなり余裕があるのです。その分馬車馬の如く働いてもらいますけどね」

 

 目の前が真っ暗になりそうな程の絶望感。

 殺されそうになって、これからは関わりたくない一心だったというのに、まさか死んだ後までこの神様にこき使われるだなんて…。

 死んだ後まで救いが無い。

 そんなことがあっていいのか。

 

「鳴呼、ヒナギクと幸せに暮らす日々が、更に良いものに…。都合の良い下僕…じゃない家政夫まで手に入れてしまうなんて、これも私の日頃の行いが良いからでしょう。ヒナギク、私と幸せになりましょうね」

 

 恍惚としたエリス様の顔を見て、色々な意味でもうダメなのだと思い知った。

 俺は天界で、この神様の下につかないように神様を目指さなきゃいけないらしい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……ぐすっ……ふぅぅえええぇぇぇ…」

 

「……そろそろ泣き止んでくれ」

 

「ふわああああああ!!ううううぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

「はあ…」

 

 衝撃の事実を知って数日後、クリスの自棄酒に付き合わされていた。

 アルコールが回っているのか、悲しみの限界を超えたのか、わんわん泣いている。

 

 ヒナには神からの試練だとかなんとか言って誤魔化したが、痛ぶるような戦い方をしたクリスをよく思わなかったのか、ヒナはクリスを徹底的に避けるようになっていた。

 殺されそうになったが、クリスの何とも可愛そうな姿に同情し、ヒナには気にしなくていいと言ったり、クリスと口裏を合わせた説得を試みたがダメだった。

 

「ヒナは、しばらく会いたくないって言ってたんだし、時間が経てば解決してくれるって」

 

「それはあとどれくらい経てば会ってくれるの!?何時間!?何分!?何秒!?」

 

 泣きべそをかいて、唾を飛ばしながら俺の胸倉を掴んでぐわんぐわん揺らしながら叫んでくる。

 

「やめろ、揺らすな!少なくともその単位で許してくれないのは確かだよ」

 

「うわああああああああ!!少し前まであたしを見かけると満面の笑みで小走りで近付いてきてくれてたのに!何でこんな目に合わなきゃいけないのさ!あたしはヒナギクのことが大好きなだけなのに!愛してるだけなのに!」

 

「殺そうとしたからだろうが。というか何でお前は人間のまま殺りに来たんだ?また前みたいに神様パワーで閉じ込めればよかっただろ。そうすればヒナに見られることも無かったのに」

 

「だって、あたしは別に戦闘が得意なタイプの女神じゃないもん!この前だって証拠隠滅とか楽だから教会に閉じ込めて大剣で殺そうと思ったのに、意外と君が抵抗するせいで殺せなかったんだよ!」

 

「全力で抵抗するわ!じゃあお前あれか?あの時女神モードだったから、俺は生き残れたわけだ」

 

「…そうだよ。このまま殺しに行ってれば確実に殺れてたのに。君のことだから、女神モードのあたしの言うことをホイホイ聞いて、素直に首を斬られると思ってたのに」

 

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

 

「あの時はただの雑魚のヒナギクを誑かすゲロカス以下のゴキブリ野郎だと思ってたよ」

 

「怒っていい?そろそろ俺も怒っていいよな?」

 

「なにさ!ヒナギクの胸を堪能したり、ヒナギクの父親ぶったりしてるくせに!なんて羨ましい!何でヒカルだけ良い目に合うのさ!理解出来ないよ!」

 

「別に堪能なんかしてねえよ。あと父親みたいなことしてるのはヒナギクがホームシックになってるからで、もう少ししたら里帰りさせるから、それまでだよ」

 

「…それを信じるなら今はヒナギクを誑かす最低の男ぐらいにしか思ってないよ」

 

「よーし、表出ろ。この前の続きだ。今度は俺も本気でしばきにいってやる」

 

「あーもう終わりだよ!世界の終わり!せかおわだよ!」

 

 何がせかおわだ。

 そう言って突っ伏してまた泣き始めた。

 何で酷い目に合った俺が、酷い目に合わせてきたクリスの自棄酒に付き合わなきゃいけないのか。

 時間を見ると、そろそろ帰る時間だ。

 

「悪い、クリス。俺はそろそろ帰」

 

「はああ!?こんなに酔っ払って泣いてる女の子を置いて帰る気!?」

 

「勝手に酔っ払って、勝手に泣いてんだろうが!今回はお前が招いた事だし、俺も手を尽くして無理だったんだから、素直に諦めろ!」

 

 心底驚いた表情で俺を見てくるクリスに当然のようにツッコんだ。

 

「ヒカルしかあたしの事情を知らないんだし、もう少しぐらい付き合ってくれてもいいじゃん!ここはあたしが奢るから、飲んでいきなよ!それならいいでしょ!?」

 

「悪いけど、ゆんゆんに異性と飲むのは、ほぼ禁止されてるんだよ」

 

「……ふぅーん、あたしのこと異性として意識しちゃってるんだぁ?残念でしたぁ、クリスルートは存在しませーん」

 

 そう言ってニヤニヤし始めるクリス。

 何を勘違いしてるんだこいつは。

 

「いや、お前のことは何とも思ってないけど、周りやゆんゆんがどう思うかはわからないからな」

 

「誰が男の子だああああああああああ!!!」

 

 ブンッ!

 

「あぶねえ!?誰もそんなこと言ってねえよ!ジョッキを振り回すな!」

 

「ううぅ…どうせあたしなんか…あたしなんかぁ……」

 

 面倒くさい。アルコールのせいで、いつもより更に面倒くさい。

 本当に神様なんだろうなと思うが、散々目の前でこの人が神様なところを見せられてきたから、疑いようもない。

 

「飲み過ぎだよ。ほら、一回帰ろう。送ってやるよ」

 

「嫌だよ!まだ飲む!飲まなきゃやってられないよ!」

 

 俺が肩を叩いて店を出ようと言ったら、まるで机にしがみつくようにして、抵抗を見せた時

 

 

「あらあら、私を出し抜いた大物の盗賊の姿とは思えないわね」

 

 

「あ?」

「へ?」

 

 俺とクリスの後ろから女性の声が聞こえて振り返る。そこには腰まで届く紫色の長髪に、胸元が開いた軽装で抜群にスタイルの良い女性がこちらを見ていた。挑戦的な目をしていて、自信満々な表情からは勝気な女性だろうということがわかる。

 

「メ、メリッサさん」

 

「誰だ?」

 

 この女性はメリッサというらしい。

 クリスの声からして、あまり会いたくなかったみたいな声色だ。

 

「この人はメリッサさん。凄腕のトレジャーハンターだよ」

 

「へえ」

 

「あら?この私を知らないなんて、新人かしら?まあ、いいわ。あなたになんて興味ないし」

 

 特に挨拶もなく、メリッサは言葉通りにすぐ俺から興味を無くしたように視線を外し、クリスを正面に見据える。

 スタイルは良いが、愛想は悪い。見る限りSっぽいし、俺とはあまり相性は良くなさそうだ。

 SとSは相容れない。反発し合う関係だ。

 俺も今はゆんゆんがいるから、ただスタイルが良いだけの女に興味は無い。メリッサはクリスに用があるみたいだしな。

 ここは黙っていることにする。

 

「この前はどうも。あなたには随分とお世話になったわね」

 

「あはは…。久しぶり、メリッサさん」

 

 メリッサの表情はニヤつくような余裕が感じられるものだが、目はなんというか敵意のようなものを感じる。

 なんだろう、同業者同士の競争意識だろうか。

 

「ええ、久しぶり。こんなところで男を捕まえてお酒を飲んでるなんて、大物の盗賊は随分と余裕があるのねぇ?」

 

「な、何言ってるのさ。ヒカルはただの友達だし、あたしは大物なんかじゃないよ」

 

「へえ、そう。そういえば面白い話を聞いたのよ。興味あるんじゃない?」

 

「えー、どうかな。あたし達いつも取り合いしてると、どちらか損するし、わざわざあたしに教えない方がいいんじゃないかな」

 

「まあ、聞いていきなさいよ。王都のとんでもない効果を持ったお宝の話よ」

 

 それを聞いたクリスは苦手な人を相手にするような表情とは打って変わり真剣な表情になった。

 

「ね、ねえ、メリッサさん。こんなところで話す話題じゃないと思うなぁ。ほら、もし新しく狙う人が増えたら厄介だと思うよ?」

 

「…その反応を見ると知ってるのね?あのお宝のこと」

 

 メリッサはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「メ、メリッサさん、王城に潜入なんてやめたほうがいいと思うよ?もし捕まったりしたら」

 

「ご忠告どうも。前回の借り、返させてもらうわ」

 

「ちょ、メリッサさん!?」

 

 一方的に言って、そのまま背を向けて去っていく。

 クリスが呼び止めても、手をふりふり背中越しに振って止まる気は無さそうだった。

 

「ま、まずいことになった!あの人何で知ってるの!?しかも前回のこと根に持ってるし!」

 

 クリスはメリッサが去った後、頭を抱えていた。

 

「なんだよこの野郎。さっきまでわんわん泣いてたくせに、今度は頭抱えて」

 

「よりによってメリッサさんに狙われるなんて!まずい、早く準備しなきゃ!今日は付き合ってくれてありがと!また今度ね!」

 

「は?お」

 

 おいと言い終わる前にクリスは支払いを済ませてバタバタと慌ただしく去って行った。

 

「あの変な女が来たときに帰っておけば良かったな」

 

 思わず独りごちる。

 俺もさっさと帰路に着くことにした。

 

 この時の俺は先程のクリスとメリッサの会話の内容に巻き込まれることになるなんて、夢にも思っていなかった。

 





こういう説明とかする回は苦手で避けてきたのですが、そろそろ入れないとなぁと思い、書きました。ちょっとしたフラグも立てつつ。
天使が安月給うんぬんは原作13巻での設定をちょろっと使わせていただきました。

このファンのキャラ、メリッサ登場です。
この前の借りはメイドガチャのストーリーのことですね。
多分二話ほどこの話が続きます。
この調子だと五章も長くなりそうです。


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67話

文字数多めです。
確認はしてますが、誤字があったらすみません。

67話です。さあ、いってみよう。



 

 

 クリスの自棄酒に付き合った数日後の夜。

 みんなと就寝の挨拶をして部屋に戻ると、まるで当然のように俺の部屋の椅子に座るエリス様がいた。

 俺が来るのを待っていて暇だったのか、本を開いた状態で持っている。

 

「あ、お邪魔してます」

 

「邪魔しないでください」

 

 今日はトリスターノと二人でクエストに行った帰りに、デッドボールとかいう人を余裕で超える巨大ダンゴムシの大群に襲われて酷い目にあったのだ。

 俺の刀もトリスターノの弓矢も効かない相手になす術無く、トリスターノの『テレポート』が無ければ、もう少しでゴロゴロ転がってくるダンゴムシに轢かれているところだった。

 そんなこんなで俺は大変疲れているから、この神様の相手はしたくない。

 しかもヒナと会えなくて面倒さが増していることだろうから余計にだ。

 そんな俺の表情と言葉で気分を悪くしたのか、ムッとした表情になるエリス様。

 

「……上司である私にそんな態度を取っていいんですか?天界に来た時に大変な目に合いますよ」

 

「誰が上司ですか。まだ俺は普通の人間ですよ」

 

「どうでしょうね。もしかしたら早めに天界でお仕事する事になるかもしれませんよ?具体的には」

 

「今日は何ですか?今日は真面目に疲れてるんですよ。ヒナなら最近機嫌良いし、そろそろ会ってみたらどうです?」

 

「本当ですか!?なら、明後日にここに来ますので……って、違いますよ!そんな話ではありません!」

 

「はあ…ヒナの話じゃないとしたらなんですか?エリス様ってヒナ以外のこと話せるんですか?」

 

「そろそろ天罰を落としますよ?地味〜に嫌なやつを。トイレに駆け込んだら、いつも誰かが入ってたり、入れても紙が無かったり」

 

 本当に地味だ。でもそれは嫌だな。

 

「はいはい、すみませんでした。早速お話しを聞きますよ」

 

「素直にそう言えばいいのです。私の部下として自覚を持ってくださいね」

 

「それは違う」

 

 未来はそうなのかもしれないが、今は絶対に違う。このままだとマジで部下にされそうだ。抗い続けなければ。

 

 

 

 

 

 

 この前メリッサが言っていた『王都のとんでもない効果を持ったお宝』の話だ。

 そのお宝は、ある言葉に反応して発動する魔道具…ではなく神器。効果は相手と自分の体を入れ替えるというもの。

 その入れ替わりは短時間しか効果は無いが、体を入れ替えている最中に片方が死ぬと、元に戻らなくなるらしい。

 使い方によっては、何度も体を入れ替えることによって永遠の命が得られる。

 そんな神器を誰かがこの国の王族へと贈り、そして今その贈られた神器を持っているのが第一王女だという。

 誰が贈りつけたかはわからないが、この国の最高責任者の体を狙っていることだけはわかる。もしこの神器を使用された場合、この国の一大事になる可能性がある。

 

 更にここにメリッサが加わってくる。

 メリッサにこの神器を奪うように依頼した人物がいるらしい。

 依頼をするぐらいだから、きっとその神器の使い方を知っているはずだ。

 使い方を知っていて、欲しがるということはロクな使い方はしないだろう。

 そんな人間に渡すわけにいかない。

 

 王族の元に置いておくわけにも、誰かの手に渡すわけにもいかない最悪の神器。

 それを奪う。

 

「それを貴方にも協力していただきたいのです」

 

「……」

 

 大それた話が俺に回ってきたもんだ。

 にしても、ファンタジーって本当に何でもありなんだな。

 俺がそんなことを考えて黙っていると、何か勘違いしたのか説得するように話しを続けるエリス様。

 

「このことは貴方も無関係というわけにもいかないでしょう。もしこの国が崩壊すれば」

 

「協力ならしてもいいんですけど」

 

「貴方もただでは……え?協力してくれるんですか?そんなあっさり?」

 

「そんな緊急事態なら出来るだけ協力したいんですけど、俺の職業ご存知ですよね?王都に忍び込んで宝物を取るなんて出来ないと思うんですけど」

 

「…そ、そうですよね。普通これを聞いたら手伝ってくれますよね…。こほん、職業については問題ありません。どちらかというと狂戦士としての能力を必要としています」

 

「え、ただの物理アタッカーですよ?」

 

「はい。貴方のその腕っぷしが必要です。対人戦に慣れていて、身体能力に優れた貴方の力を貸してください」

 

 そんな褒められるとは思わなかった。

 なんだか照れるな。

 

「ま、まあお役に立てるなら、お手伝いしますよ」

 

「ありがとうございます。ついに私の部下としての自覚が」

 

「それはありません」

 

「何でですかっ!?」

 

 

 

 

 

 いつもの覗き…じゃなくて神の力で、メリッサの動向を観察した結果、明日の夜に王城へ潜入するらしい。

 クリスの体で今もう一人の協力者を説得しているらしく、それ以外にも多くの準備がいる為、俺達もメリッサとほぼ同時刻に王城へ潜入することになった。

 今日はこのまま休んで、俺も明日王都へ来るように言ってエリス様は天界に戻って行った。

 明日の昼に王都へ移動し、エリス様が用意した宿の一室で待機と最後の準備を行い、夜にクリスともう一人の協力者と合流し、王城へ潜入し、例の神器を奪う。

 

 俺は警備の人間を無力化したり、もしもの為の戦力や陽動で城の警備を撹乱するのが役割だ。

 今回はエリス様からの依頼ということで、今回の作戦中は支援魔法を貰い、『ムードメーカー』のデメリットも消してくれるらしい。これで戦力として役に立てるだろう。

 見つかることが無ければ、俺はただ同行するだけになるが。

 

 

 

 

 

 翌日、ヒマしてたうちのパーティーメンバーから色々と誘われたが、今日は予定があると適当に話して王都へと向かった。

 

 昼間王都に着いた俺はそのままエリス様が用意した宿に向かうことにした。

 向かう途中にトリスターノと出会った時は肝を冷やした。

 にこやかに挨拶してきやがって、まさかついてきたのかと思えば、今日は王都で新調した弓を受け取りに来たらしい。

 俺もゆんゆんへのプレゼントがあると言って誤魔化してその場を離れた。

 …後で買わなきゃだな。

 

 今回は身元が特定されるとまずいので、俺が普段使っている装備は使えない。

 エリス様が用意した全身黒づくめの忍者みたいな服で口元を隠せば、とりあえずは身元がすぐバレるようなことはないだろう。

 今回の装備はこの前紅魔の里で購入した木刀のみだ。

 人殺しが目的ではないので、もしもの為に非殺傷の武器を持っていく。この強度を高めた木刀なら万が一戦闘になってもなんとかなる。

 まさかこの木刀をこんな早く使う時が来るとは思わなかった。というかもう出番など無いと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜、王都のとある路地裏で俺達は闇に紛れて合流していた。

 

「よーし、三人で力を合わせていこう!」

 

「協力者ってカズマか。まあ俺よりは適任…かな」

 

 エリス様が言っていたもう一人の協力者はカズマだった。

 カズマが覚えているスキルは盗賊系のものが多いから、俺よりこの作戦に向いているだろう。というか俺のことカズマには言ってなかったのか。

 

「カズマ君ってば全然話を聞いてくれないからさ。さっき説得に成功したんだ」

 

 確かに厄介事を嫌がるカズマだと説得に時間がかかりそうだ。

 

「あんなヤバイ神器なんて聞いてなかったからな。それとアイリスの為だ」

 

「なるほどな」

 

「ヒカルこそ何でいるんだよ?この神器に全く関係ないだろ?それともクリスに弱みでも握られてるのか?」

 

「ちょっとカズマ君!それだとまるであたしが悪人みたいじゃん!ヒカルはね」

 

「よくわかったな、カズマ。正解だ」

 

「ええっ!?ちょっと!?」

 

 説得に時間がかかった話や先程までのやりとりを見た感じ、カズマはクリスの正体を知らない気がする。今からその話をするのも面倒だし、知られるのも良くないと判断して、話を合わせたのだが、お気に召さなかったのかクリスは頬を膨らませている。

 クリスに耳打ちしてそのことを知らせても、他にも言い方はあったでしょ、なんて言われるが考えるのも面倒だし、カズマもそこまで詮索しないだろうから、そのまま行くことにした。

 

 今の俺達は誰かに見られれば確実に通報されるだろうというほど怪しい格好をしている。

 真っ黒な忍者のような動きやすい服装に、正体を隠す為カズマはバニルさんの仮面なんか付けてる。

 

 今回の俺達の目的は、城に潜入して王女様の神器を奪うこと。

 俺の役割は用心棒、盗る役では無いのでそこまで詳しく聞いていないが、例の神器はネックレスの形をしているらしい。

 

 クリスとカズマがどっちが盗賊として上か、みたいな話をし始めて、潜入する以上、普通の名前を呼ぶわけにもいかず、お互いの呼び方で揉め始めたのを聞き流していた。

 数分後ようやく呼び方が決まったと思ったら、今度は俺の呼び方をどうするか、という話になった。

 好きにしてくれ、と答えたら

 

「よし、助手君、後輩君。準備はいいかな?」

 

「俺は大丈夫だ。ドSはどうだ?」

 

「おいこら、なんだその呼び方は?」

 

 聞き捨てならない呼ばれ方したぞ。

 

「え?好きにしろって言っただろ?じゃあ、サディストか?」

 

「どっちも同じじゃねえか!しかもどう考えても悪意があるだろうが!お前もし敵に囲まれた時にその呼び方するつもりか!?」

 

「ヒカルの印象って言ったらドSだろ。あの酔っ払って絡んで来た奴の両肩の関節外したりした時のこととか今でも語り草になってるぞ」

 

「あれはあいつが悪いんだろうが。普段は優しいだろ?」

 

「え、あーうん」

 

「なんだこの野郎。文句あるなら聞くぞ」

 

「逆になんて呼んで欲しいんだよ。特に無いならこれでいいんじゃないか?」

 

「あたしもそれでいいと思うよ。あたしは後輩君って呼ぶから、ヒカルはあたしのこと先輩って呼ぶんだよ?わかった?」

 

「クリスの方もなんか嫌なんだけど…」

 

「というか何で先輩後輩なんだ?お前ら二人の関係が謎なんだよな。この際だから教えてくれよ」

 

「さあ、なんだろうね」

 

「なんだろうな、俺が知りたい」

 

「お前らなんなんだよ…」

 

 命を狙われたと思ったら、数日後に自棄酒に付き合わされて、今となっては面倒事に巻き込まれている…本当にこの関係はなんなんだろうな…。

 

 

 

 

 今日の俺はエリス様に支援を貰い、能力のデメリットも無くなったせいで、今まで荷物をもっていたのを下ろしたような開放感があり、体が羽のように軽い。

 もし陽動の為に好き勝手暴れろ、と言われたら確実にやり遂げられる気がするぐらい力に溢れている。

 少しだけ暴れるのを期待してしまっている自分がいる。最近平和な日々で少し退屈していたのかもしれない。

 あと不謹慎かもしれないが、この状況を少し楽しんでしまっている。

 自分から暴れるつもりもないし、きっと潜入は得意だ。俺メタ◯ギア大好きだし。

 それに幸運の女神が付いてるんだ。

 まさか見つかって王城大パニックとかにはならんだろ。

 

 

 

 

 

 

「向こうだ!!侵入者は向こうに逃げたぞ!」

「侵入者は三人だ!これ以上先に行かせるな!」

「HQ!HQ!こちらパトロール、敵襲だ!」

「了解!増援を送る、敵を殲滅せよ!」

 

 

 兵士達の罵声が飛び交う中、俺達三人は必死になって城内を走り回っていた。

 

 

「おいいいいいいいい!!!仮面くんお前何してくれてんだああああああ!!」

 

「いや、ちょ、ちょっと待て!仮面くんって俺か!?」

 

「お前以外に誰がいんだ!?いらねえトラップに引っかかりやがって!」

 

「いやいやいやいや!あれは強力なトラップだったぞ!この俺がこうも簡単に…!」

 

「助手君!キミには色々と話があるからね!何でこんなフリーダムなのさ!!」

 

「お頭!ドS!ここは喧嘩してる場合じゃありません!まずはここを切り抜けないと!」

 

「お前が言うなああああ!!」

「キミが言うなああああ!!」

 

 

 

 城への潜入は驚くほどスムーズだった。

 流石幸運の女神がついてると違うな、と心の底から思ったものだ。

 カズマはしばらく王城に滞在していたらしく、城の造りを把握している彼の先導で王城への潜入が始まった。

 暗視もできるカズマに解錠ができるクリス。潜入の流れは完璧で、今日は俺の出番は無いだろうと感じていた。

 暗視で先導するカズマは安全に潜入を進めてくれるのはいいが、何度かクリスにセクハラを働いたりするせいで、警備兵に怪しまれることもあったが、『潜伏』スキルのおかげで見つかることはなかった。

 神様に何てことを、と聖職者でもない俺ですら思ってしまったが、カズマはクリスの正体を知らない。クリスの前だし、一応カズマを止めはしたが、その程度で止まるわけもなかった。

 

 王城の最上階にある王女様の部屋に向かおうとした時、クリスがこの城の宝物庫も確認したいと言い出した。

 実は王都には神器がもう一つあるらしく、それがあるかの確認で、大して時間もかからないということで宝物庫へと向かった。

 カズマ曰く、見張りはいないが、その分その宝物庫には強力な結界がかけられていて、罠も多く存在しているとか。

 クリスは『結界殺し』というものを取り出して、結界を無効化し、二人は『罠感知』を発動しつつ中を探索し始めた。

 俺は盗賊ではないので、特に役に立てるわけでもないので、外で待機することにした。

 待機し始めて数分後、驚き飛び上がるほどの警報が城内に鳴り響いた。

 二人が慌てて出て来て、事情を聞くとカズマがとある宝物に目が眩み、思わず手に取ったらしい。

 

 

 

 

「『クリエイト・ウォーター』!『フリーズ』!」

 

 カズマのいつもの狡いコンボで後ろの廊下を凍らせていく。

 

「助手君って便利だね」

 

「お頭達も手伝ってくれよ!」

 

 クリスが何か見直した、みたいな顔してるけど、この事態を招いたのはこいつだぞ。

 前方に盾持ちの兵士が三人構えているのが見える。

 この道はちょうど一本道で、後ろはカズマが先程退路を無くしたばかりだ。

 

「おい、後ろ凍らせちまったぞ!どうすんだ!」

 

「押し通る!」

 

「はあ!?何言ってんの!?」

 

 クリス達の制止の声を振り切り、そのまま駆ける。

 前で待ち受ける盾持ちの兵士三人の正面から木刀で突くように押していく。

 今の俺は正真正銘の狂戦士。

 エリス様からの支援を得て、いつも以上の力を出せる。

 三人が盾で踏ん張ってくるが、難なく三人をそのまま木刀で押していき、壁へと叩きつけた。

 

「ええええええっ!?ヒカ、ドS!お前そんな強かったのか!?」

 

 カズマから驚きの声が上がる。

 

「今日は絶好調なんだよ」

 

「そういう問題なのか!?」

 

 それよりもこの状況はまずい。

 

「なあ、このあとどうすんだ?城の中がめちゃくちゃ明るくなってるし、どう考えても盗みに入れる状況じゃないぞ?」

 

「…そうだね。今回は諦めるしかないかな」

 

 俺もクリスの意見に賛成だったから、頷いて賛成の意を伝えると

 

「ま、待ってくれ!出来れば今日中になんとかしたい!明日には王都から追い出されるんだよ!」

 

 カズマは焦った調子で続行を提案してきた。

 カズマならこの状況なら真っ先に逃げたがる筈だが…。

 

「お前この状況でどうするんだよ。俺があいつら相手に時間稼ぎしても、せいぜい逃げる時間ぐらいしか稼げないぞ」

 

「そうだよ。ヒカルがいても真正面からじゃすぐ捕まっちゃうよ。それになんかカズマ君らしくないよ」

 

 カズマがそれを聞いて、押し黙る。

 目をつぶって、拳を握り、何も出来なかったという無力感のせいか辛そうな表情だ。

 本当にカズマらしくない。

 普通ならこんな事に自分から首を突っ込むような奴じゃない。

 それがどうしたのだろう。

 

 そんなことを考えていると、人が集まってくる音がそこかしこで聞こえ始める。

 もう少しで囲まれてしまう。

 

「二人とも、ここは引き揚げよう!時間はかかるかもしれないけど、必ずあたしがなんとかするから!」

 

「二人とも…俺さ……」

 

 クリスの撤退の声を受けて、カズマは目を見開く。

 彼の表情は覚悟を決めた男の顔をしていた。

 

「俺、たった今から本気出すわ」

 

 

 

 

 

 

「退けこの野郎おおおおおおおおお!!!」

 

 木刀で邪魔する兵士達をなぎ倒す。

 

「オラオラァ!銀髪盗賊団のお通りだ!痛い目にあいたくなかったら退くんだよこらあああああああ!!」

 

「助手君!?いつの間に名前が決まったの!?大事になってきたし、大声でその団名みたいなの呼ばないでよ!」

 

 本気を出すと宣言したカズマは、その宣言に恥じない活躍ぶりを見せた。

 何時ぞやにウィズさんから教えてもらった『ドレインタッチ』で兵士達の体力と魔力を奪い取り、『バインド』で拘束して無力化していく。拘束した相手や俺が倒した兵士からまた魔力を奪い、また他の兵士を拘束していく。半永久的に繰り返すことが出来る戦い方。恐ろしいことする奴だ。

 俺はカズマが相手に出来なそうな重装備の奴を倒し、クリスは『ワイヤートラップ』で追手が来れないように道を塞いだ。

 

「お頭!ドS!最上階への階段は、そこを右だぜい!」

 

「え、うん、わかった!ていうか雰囲気!口調とかも全然違うよ!?どうしちゃったの!?」

 

「仮面くんの邪魔してやるな!きっと今の状態の方が仮面くんは強いぞ」

 

「その通り!ドS、わかってるじゃねえか!」

 

 不敵に笑い、並走するカズマに困惑気味のクリス。

 この状態のカズマなら多分なんとかやれそうな気がする。

 

 

 

「凄腕の賊だ!冒険者共を呼んでこい!!」

「単独で向かうな!相手は恐ろしく凄腕だ!殺しに来る気は無いみたいだが、決して油断するなよ!」

 

「『クリエイト・アース』からの『ウインド・ブレス』!」

 

「ぐあああああああっ!?小賢しい真似をっ!」

 

 俺が木刀で手をぶっ叩き、武器を落としてやると、そのままカズマは『ドレインタッチ』で無力化と魔力の補充をする。

 

「ねえ!?やっぱり銀髪盗賊団はやめよう!あたしが主犯格みたいだよ!仮面盗賊団にしようよ!」

 

「俺だって主犯格は嫌ですよ。これからも頑張ってくださいよ。お、か、し、ら」

 

「こんな大騒ぎになるはずじゃなかったのに、今後は銀髪ってだけで疑われちゃうじゃんか!っていうかさっきから助手君が使ってるスキルは何!?」

 

「おい、魔法使い職が来たぞ!クリス、頼んだ!」

 

 新しく立ち塞がる兵士達の中にローブ姿に杖を持っているのが一人いたのを確認し、すぐにクリスに報告する。

 

「あーもう!任されたよ!『スキル・バインド』!」

 

 ローブ姿の兵士が魔法を発動させようとしても不発し戸惑う兵士をカズマ達に任せて、俺は他の兵士に木刀を振るい、無力化していく。

 

「またやられた!あいつは一体なんなんだ!」

「冒険者はまだ来ないのか!?」

「それが…先程出された高い酒をここぞとばかりに飲みまくり、ほとんどが酔い潰れてまして…」

「冒険者はこれだから!」

「あの木刀の男を止めろぉ!まずはあいつを潰せ!止まらなくなるぞ!」

 

 そこら中で怒声や悲鳴が聞こえる中、俺達は止まることなく走り抜ける。

 

「本来なら消費魔力の大きいバインドは連発出来ないはずなのに、何故っ!?」

「マナタイトを取り出す様子もないぞ!どうなってるんだ!」

「紅魔族か、それに匹敵するほどの魔力を持っているのでは!?」

 

 カズマの『ドレインタッチ』で兵士達は大混乱していた。

 触れるだけで相手を無力化していき、『バインド』で相手を拘束していく。

 それが余程恐ろしい相手に見えるのだろう。

 

「あの木刀の男はなんだ!?凄まじい馬鹿力だぞ!?」

「騎士団の中で一番の筋力ステータスを持つ奴が一瞬で盾ごと吹き飛ばされたぞ!」

「木刀で盾を叩き壊したぞ!あれは本当に人間か!?」

 

 木刀で暴れる俺もどうやら恐怖の対象らしい。悪いが絶好調すぎて加減が難しい。何人か腕やら足の骨を折ってしまっているが、後でプリーストとかに回復してもらってくれ。どうせ魔法ですぐ治るんだろ。

 そして、やっと俺達は

 

「まずいぞ!最上階にはアイリス様がっ……!?」

 

 最上階へ到達した。

 

「『ワイヤートラップ』!『ワイヤートラップ』!『ワイヤートラップ』!」

 

 クリスが階段の入り口に、ワイヤーを張りまくった。これでしばらくは追手は来ないだろう。

 

「ふぅ…これでしばらくは誰も来れないね!さあ、あとは」

 

 

「あとは君達を捕らえて、ゆっくりと侵入した目的を聞き出すだけだね。噂の義賊なのかな?」

 

 声が聞こえた方向に振り向くと、完全武装の冒険者。

 俺の恩人であるミツルギが立っていた。

 

「自分達で退路を断つとはな。侵入者共め、逃げられんぞ」

 

 険しい表情をした、白を基調としたスーツのようなデザインの騎士然とした女性と魔法使いのような出で立ちの女性。

 更に何故かこの状況にそぐわない遠巻きにこちらを見守る貴族。

 そして多くの騎士がそこにいた。

 

 

 マジか。そこら辺の奴等を相手にするのはいいが、ミツルギは相手にしたくない。

 最近は会うことも出来なかったから恩返しも出来てないってのに、まさかこんなところで出会うとは。

 

「ど、どうしよう…。流石にこの数を相手にするのは無理があるよ!」

 

 上擦った声で、俺達だけに聞こえるように囁く。

 見回した感じ、一人ぐらいしか魔法使い職はいないみたいだ。

 俺が全力で暴れる時間が来たかもしれない。

 ミツルギだけが気がかりだが…。

 

 ミツルギを先頭に騎士の集団がこちらへとゆっくり距離を詰めてくる。

 もう決着が付いた気でいるのか、貴族達も面白がって、さも楽しそうにこちらを眺めている。

 

「クレアさん。あの仮面の男と木刀の男はかなりの強敵だと聞きました。あいつらは僕が取り押さえますので、騎士団の方々はあの銀髪の少年をお願いします」

 

「ねえ、二人とも。今男呼ばわりされてるんだけど、あたしってそんなに男の子っぽい?」

 

「原因はお頭のスレンダーボディのせいでしょうね。…お頭、いじけてないでしっかりしてください」

 

「はっきり言ってやるなよこの野郎。もうちょっとこう、ぼかしてやれよ。先輩も正体がバレにくいと思えば気が楽になるだろ。傷付いてないで構えろ」

 

「…う、うん。そうだね…」

 

 明らかに落ち込んだクリスを横目に木刀を構える。

 それを見たミツルギも魔剣を構える。

 俺がミツルギを足止めしてる内に、二人が

 

「二人とも、こういう時は一番強い奴を倒してビビらせるんです。絶好調のこの俺が、あのスカしたイケメンを瞬殺して、そのまま三人で突っ切りましょう」

 

 カズマが声量を落とさず、そのまま作戦を喋った。

 それを聞いたミツルギも流石に呆れてるというか顔が引きつっている。

 

「き、聞こえてるよ君。スカしたイケメンって僕のことかな?っていうか瞬殺、ね。随分と舐められたものだね。いいだろう、僕も本気を…」

 

 ミツルギが言い終わる前にカズマが手をミツルギへと向ける。

 それを見たミツルギはどっしりと腰を落として柄に手を添えて、居合い抜きのような構えになる。

 魔剣を『スティール』で奪えれば、俺がミツルギを無力化できる。

 それなら確かに瞬殺出来るが

 

「その仕草は『スティール』かな?僕はある男に負けてからスティール対策は万全だよ。大人しく」

 

「『フリーズ』」

 

 カズマが使ったのは凍結魔法。しかもいつもの初級魔法だ。

 ミツルギは何かの牽制かと考えたのか、構えを変えずにそのまま動かず、警戒したままだ。

 その後なんの構えもせずにゆっくりとカズマはミツルギへと近付いていく。

 止める間もなく、剣が振られるかと思えば、ツバと鞘の部分が凍りつき、魔剣が抜けなくなっていた。

 驚愕の表情を浮かべたミツルギの顔の鼻と口部分を鷲掴みにしたカズマは

 

「『クリエイト・ウォーター』」

 

「がぼっ!?」

 

「『フリーズ』」

 

 鼻と口を凍結されてビクンと震えたミツルギは、喉を押さえて膝をつく。

 周りが悲鳴を上げる中、カズマが高らかに勝利宣告をするように話し始める。

 

「今すぐ解凍すれば窒息することは無いだろう!この男より強いやつがいるならかかってこい!……二人とも、今だ、行くぞ!」

 

 

 

 

 

「この先がアイリスの部屋だ。お頭、ここに」

 

 王女様の部屋まであともう少しだが、最悪の行為をしたカズマに口を出さずにはいられなかった。

 

「おい、仮面くん。あれはシャレになってねえんじゃねえのか?」

 

「ワイヤートラップを…って、しょうがねえだろ。今は一大事なんだか」

 

「そういう問題じゃねえんだよこの野郎」

 

 思わず胸倉を掴み、壁へと押し込んだ。

 恩人に酷いことをされた怒りもあるが、命を軽く見るカズマに腹が立って仕方がなかった。

 

「ちょ、ちょっと!後輩君、気持ちはわかるけど、後にしようよ!?」

 

「黙ってろ」

 

 止めるクリスを黙らせる。

 今はこれが優先だ。

 

「……えっと、あのー、マジで怒ってる?」

 

 なるべく冷静に話しかけてはいるが、俺が本気で怒っているのを感じたのか、カズマが少し顔色を悪くして、恐る恐る聞いてくる。

 

「てめえ、殺しちまったらどうすんだ?確かに今は一大事だが、それにしたって限度があるだろうが。それにまだ他にも手はあったんじゃねえのか?」

 

「…そ、れは、その、ごめん。ちょっと俺」

 

 

 

「何者だ!!貴様、どこから入ってきた!!」

 

 

 

 カズマが謝りきる前に力強い声が響き渡る。

 その声が聞こえてきたのは、今から入ろうとしていた王女様の部屋だった。

 俺達は顔を見合わせ、すぐに部屋に入る。

 

 部屋の中央付近には金髪碧眼の少女とその少女を守るように立つダクネスとめぐみんが驚きの表情でこちらを見ていて、その三人へ迫ろうとしているのは、黒づくめの服に顔を隠した女性の姿が。

 

「あら、意外と早いわね。城中で大騒ぎしてるおかげで入りやすかったわ。銀髪盗賊団の方達」

 

 メリッサだ。

 声やスタイルでわかる。

 先に入られたみたいだが、まだ盗られてな

 

 パタン。

 後ろで扉が閉まった音がして、見回すとクリスとカズマが部屋の中にいなかった。

 

「おいいいいいい!!お前ら何やってんだ!!遊んでる場合じゃねえだろうが!」

 

「ち、ちがっ…!?だ、だだだだただってさ!」

「お、おおおおお頭!一度二人で冷静になりましょう!」

「そ、そうだね、助手君!それがいい!そうしよう!」

 

 俺が急いで扉を開けて、隠れた二人にツッコミを入れると、二人は動揺していて、話にならない。

 先程まで真剣な雰囲気だったというのに、どうしたんだ。俺だけでもメリッサに対抗しようと思い、振り返るとダクネスの顔が思い切り引き攣っていた。

 

「お、おい…!お、おおおおお前達は…!」

 

 俺もそっと部屋を出ることにした。

 




話を切るタイミングがなかなか無くて、めちゃくちゃ文字数が多くなってしまった。10470文字ですって。いつもの倍ぐらいですね。
反動で次の話めちゃくちゃ文字数少なくなるかもしれません。

今回は原作のお話にヒカルとメリッサを出してみました。
逃げ回る時にヒカルが壁をぶち抜いたりとか、メリッサも追いかけまされてるのを合流して四人で兵士に追われたり、なんてことも考えたのですが、文字数の都合によりカットです。てか書き上げられねえ…。

なんかお気に入りとかめちゃくちゃ増えててビビってたら、ランキングに入っていたのですね。嬉しすぎて文字で喜びを伝えきれないぐらいです。とにかく、ありがとうございます。

実はこの投稿やこのファン用にツイッターのアカウントを作ってみました。まだ作ったばかりですし、大したことをツイートするつもりもありませんが、もし良ければフォローしてください。名前もIDも「ひなたさん」です。

お気に入り、評価、感想、ありがとうございます。
大変励みになります。
これからも頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。


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68話


68話です。さあ、いってみよう。



 

「おい、お前も戻ってきてるじゃねえか!」

 

「そうだよ!さっき偉そうにあたし達にツッコミしてたじゃん!斬り込み隊長でしょ!?行ってきてよ!」

 

「バカ言うんじゃねえよこの野郎!あれ完全にバレてるぞおい!どうすんの!?どうすんだこれ!?」

 

 くそ、やっぱこんなショボい感じじゃなくて、しっかりした変装をするべきだった。

 ダクネスには完全にバレてる。

 めぐみんは…わからんが、多分紅魔族は頭良いだろうからすぐバレる。

 ていうか何であいつらいるんだよ。

 

「よよよよよ、よーし!ここで怖気付いてもしょうがねえ!俺達には、この国の為にやるべき事があるんだ!」

 

「そ、そそそそうだね助手君!これはこの国の為で人には言えないけど、正しい行為だからね!」

 

「そ、そそそそそうだよ馬鹿野郎!この国の奴らってば、王女様がどちゃくそヤベエの付けてるの気付かねえんだもんなぁ!」

 

「そうそう!俺達が来なかったら危なかったですね!マジで!」

 

 めちゃくちゃ説明口調だけど、これならバレててもいけるだろ、いけるよな、いけ。

 

「行くぞ、お前ら!」

 

「うん!」

「おう!」

 

 バタン!と開け放ち、再び王女様の部屋へ入る。

 部屋の中央には先程同じく金髪碧眼の少女とそれを守るように立つダクネスとめぐみん。

 その三人に迫るようにして前方へ立つ女盗賊、メリッサがいた。

 

「勝手に入ってきたと思ったら勝手に出て行って、また勝手に入ってきましたよ!」

 

 めぐみんの言葉に若干恥ずかしくなったが、しょうがない。戦略的撤退だったのだ。

 

「…貴方達、やる気あるの?」

 

 メリッサの冷ややかな視線と呆れ顔が向けられるが、しょうがない。戦略的撤退だったのだから。

 

「お、おのれ、ぞ、賊共めぇ…こ、ここから先はこ、ここここのダスティネス家の」

 

「ダクネス見てください!あの女盗賊はともかく、こちらの義賊達は分かってますよ!格好良い仮面に黒装束です!」

 

 ダクネスにはおもくそバレてるが、あそこの紅魔族随一の天才にはバレてないらしい。

 ダクネスが棒読みで名乗っているのを邪魔してダクネスの服の裾を引っ張り、目を輝かせるめぐみん。

 ダクネスが剣を構えているのはメリッサの方で、こちらには向いていない。

 俺達に協力してくれるかもしれない。

 

「「『バインド』!」」

 

 考えることが同じだったのか、カズマとメリッサの拘束スキルがダクネスに二重にかかり、安心したような表情のあと恍惚とした表情に変わり、俺達とメリッサが同時に動こうとした時

 

「『セイクリッド・スペルブレイク』!」

 

 部屋の奥から魔法が放たれて、ダクネスを拘束していた縄が力を失い、床に落ちた。

 

「残念だったわね!あなた達が何しに来たのかなんて知らないけど、あなた達を捕らえれば、きっとまた高いお酒飲み放題よ!さあ、早くお縄につきなさいな!」

 

 部屋の奥から酒瓶を持って現れたのは駄女神ことアクア。

 カズマのパーティー勢揃いかよ。

 無駄に有能なのが腹立つ。

 

「二人とも、俺とお頭で駆け抜け様に…!」

 

「スティールだね!」

 

「俺はアイツだな?」

 

 俺はメリッサを顎で指した後、頷き合う。

 後ろからは大勢の足音が聞こえてくる。

 もうここにいるわけにもいかない。

 

「行くぞ!」

 

 カズマの号令で、俺達とメリッサ、そしてダクネスが動き出す。

 メリッサに俺とダクネスが向かっていく。

 二人掛かりならメリッサも止めることが出来るはず。

 ダクネスが放つ渾身の横薙ぎはメリッサに華麗に避けられ、そこへ向かった俺へと

 

「っっぶねえ!?」

 

 咄嗟に木刀でガードするが、ダクネスの両手剣の横薙ぎは力強く、軽く吹き飛ばされて床を転がる。

 受け身を取って、すぐ立ち上がるがもう遅い。

 三人が王女へと向かい、腕を突き出し

 

「『スティール』ッッ!!」

「「『スティール』ッッッ!!!」」

 

 三人のスティールが王女へと発動した。

 

 

 

 

 

「ふふ、ふふふ、あはははははは!」

 

 スティールが発動した後の静まり返ったこの室内に一人の女の高笑いが響き渡る。

 

「この前の借り、返させてもらったわ」

 

 メリッサの手に持ったものはネックレス。

 幸運値が高い二人が負けるはずがない。

 先にスティールを発動させたのが、メリッサだったみたいだ。

 素早く窓へと移動したメリッサは見せつけるようにネックレスを握り締め、胸元へと仕舞い込んだ。

 

「くそ、先輩に出来ねえ芸当だあれは!」

 

「ああ、これは完敗だな!」

 

「二人ともバカ言ってないで、取り戻」

 

「じゃあね、間抜けな盗賊団と護衛達!」

 

 メリッサは窓から身を躍らせ、外へ出る。

 やられた。

 そう思ったと同時に部屋へ多くの騎士達が入ってくる。

 

「まずい、今はとにかく撤退しよう!」

 

「ああ!」

 

「追いつくぞ、しっかり捕まっとけよ」

 

 近くに駆け寄ってきたカズマとクリスの腰を抱える。

 

「えっ!?」

「はっ!?」

 

 そのまま二人を抱えた状態で、テラスへと飛び出て、メリッサが飛び移っている屋根へと飛んだ。

 

 

 

「どわあああああああああああああ!!??」

「ふわあああああああああああああ!!??」

 

 ズドオオオン!!

 破壊音と共に降り立つ。

 二人を持ったまま、屋根を駆けて、次々と飛び移る。

 

「ぎゃあああああ!!??落とすなよ!?マジで落とさないでくれよ!!?」

「めちゃくちゃだよおおおお!!??危ない危ない!?お願い、しっかり掴んでてよ!?」

 

 二人が喚き散らして引っ付いてくるのを我慢して、メリッサへと迫る。

 メリッサも異変を感じたのか、振り返ると、信じられないものを見た顔になり、スピードを上げる。

 

 今の俺を舐めるなよ。

 今日ばかりはマジもんの狂戦士だ。

 

 スピードを更に上げて、メリッサとの差をグングン縮めていく。

 屋根を蹴り上げて、破壊しながら突き進む。

 

「先輩!仮面くん!今度は成功させろよ!」

 

「は!?な、何が!?」

「どういうこと!?」

 

「スティールだよ!!」

 

 二人が息を呑み、黙る。

 俺が近づいて距離に入るのを待っているらしい。

 もう少し!もう少し!!

 

 そろそろ追いつく、その瞬間メリッサが片手をこちらへ向けて、縄のようなものを持っていた。

 

「ごめん、二人とも!」

 

「へ?」

「ん?」

 

 咄嗟に二人を投げ飛ばした瞬間、

 

「『バインド』ッ!!」

 

 メリッサから拘束スキルが放たれて、俺が縄で拘束される。走れなくなった俺は盛大にすっ転び、屋根の上を転がった。

 転がりながら、見えた光景はクリスは綺麗に屋根の上を着地し、カズマがメリッサを巻き込み、屋根の上を転がっていた。

 

 

「い、てて……こ、んのっ!!」

 

 巻き付いた縄を腕を広げて思い切りぶち破る。邪魔な縄を放り投げながら、自分の体を確認し、立ち上がる。

 擦り傷やら打撲やらはあるが、体を動かした感じ、大事になっているところはない。

 二人が心配で先程メリッサがいた屋根まで飛び移ると、思ったより面倒なことになっていた。

 カズマは首を締められて、首にダガーを当てられ、カズマを人質にしたメリッサと、それに対峙するクリスがいた。

 

「あら、化け物さん。あなたもそれ以上近付くと大変なことになるわよ?」

 

「誰が化け物だこの野郎。そいつ殺したら、お前も活動し辛くなるんじゃないのか?」

 

「別に殺す以外にも手はあるわよ。ねえ、カ・ズ・マ?」

 

「はい、ボス」

 

 ………えっと…。

 

「……」

 

 カズマは拘束されているというのに、顔がだらしなく緩んでいる。

 クリスは呆れた顔で、メリッサとカズマを見ている。

 

「ねえ、何あれ?あいつ寝返ってない?」

 

「ん?寝返る?あたしはあんな胸を少し当てられただけで寝返るような仲間を持った覚えは無いよ」

 

 先程までの活躍無かったことにされてるよ。

 さて、どうしたものか。

 命の大事さで先程ブチ切れた俺にカズマごとメリッサをぶっ叩く様な非道な真似ができるわけ、できるわけ……。

 

 んー、出来るかも。

 別に俺の仲間でも家族でもないし、アクアがいるし、すぐ治るだろ。

 

「よし、カズマ。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢しろよ」

 

「……えっ!?ちょ、ちょっと待て!?まさか!?」

 

「は?あなた正気?私が出来ないとでも思ってるの?」

 

「後輩くん、ナイスアイデア!二人ごとやっちゃおう!」

 

 クリスがサムズアップしてくる。

 二人でぶっ叩けばカズマも正気に戻るだろう。

 これもしょうがない。カズマが寝返るからな。

 

「ちょ、ちょっと待った!!今から俺がなんとかするから!」

 

 俺が本気でやるとわかったのか、カズマが慌てた様子だが、その状態から何とかすると言われてもな。

 

「カズマ、一大事だからな。すぐ楽にしてやる」

 

「行くよ、後輩くん!」

 

「マジで殺る気だ!?ま、待て!本当になんとかするから!」

 

「あ、あなた達マジなの!?」

 

 メリッサが驚きの声を上げる。

 俺とクリスが腰を落とし、すぐに

 

「お、『お前の物は俺の物。俺の物はお前の物。お前になーれ』っっ!!」

 

 カズマがそんなトンチンカンなことを叫んだ後、メリッサ達が光に包まれて、思わず全員が悲鳴のような声を出す。

 光がなくなり、二人を見るとカズマは解放されてへたり込んでいて、メリッサは自分の胸元へゴソゴソと手を突っ込んでいた。

 カズマは訳もわからないと言った顔で、辺りを見渡していて、メリッサは胸元からネックレスを取り出し

 

「ほら、クリス」

 

 クリスに投げて渡した。

 きょとんとした顔でクリスもそれをキャッチし、俺も訳もわからず、メリッサを見ていた。

 カズマが一連の流れを見た後、メリッサへと振り返る。

 

「あ、あ、あああなた!?ま、まさか!?」

 

「そうだよ。ネックレスの力で入れ替わった」

 

 カズマが女口調で話したと思えば、メリッサが男のようにぶっきらぼうに答える。

 そうか、だからメリッサがクリスにネックレスを渡したのか。

 というかあのトンチンカンな言葉に反応して入れ替わったのか?

 

「さっきはよくもグイグイ首締めてくれたな!今からお前の体を好き勝手にしてくれるわ!」

 

「い、いや!!やめなさい!私の体返しなさい!!」

 

「だあーっはっはっはっ!返したくても返せねえなあ!?残念だなあ!?あーええもみ心地ですわあ!」

 

「や、やめなさいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 カズマの気持ち悪い女口調の叫びが辺りへ響き渡る。

 メリッサが自分の胸を揉みしだきながら、カズマから逃げ回るという不思議な光景を見せられた後

 

「えっと、じゃあ、そろそろ撤退しようか」

 

「お、おう」

 

 騒ぎを聞きつけた兵士達が集まってくるのを感じながら冷静に発言したクリスの一言で、俺達は城から撤退を始めた。

 

 

 

 翌朝。

 王都は城へ潜入した義賊の話で持ちきりになっていた。

 噂の義賊がたった三人で城へ乗り込み、王女からネックレスを強奪したのだから。

 昨日は魔剣の勇者のミツルギを始めとした腕利きの冒険者が多数泊まっていた日にこの三人はやり遂げたのだ。

 銀髪の少年と仮面の男、そして木刀の青年の犯行は瞬く間に噂となって広がっていき、王都は大変な賑わいを見せた。

 

 

 そして、俺達も大変な賑わいを見せている。

 

「ダ、ダダダクネス、お願いだよ落ち着いてええええええええっ!!頭割れちゃうううううううう!!」

「おい話を聞いてくれ!絶対仕方ないなって思うから!マジで!!お願いします聞いてくださいそれ以上はマジでやばいですううううう!!!」

 

 俺の前ではカズマとクリスがダクネスに頭のこめかみを鷲掴みにされていた。

 俺達はダクネスの呼び出しを受けて、宿の一室に入った瞬間この状態になったのだ。

 

「聞いてやろう!ああ、何から何まで聞いてやろう!あくまでこれは話を聞く前の準備運動だ!」

 

 怖。じゃあ俺ギャラもらって帰るから。

 そっと部屋から出ようとした時。

 

「おいこら、待てええ!!そいつも共犯だぞ!!」

「そうだよ!!ヒカルもちゃんと共犯です!!」

 

「おい何俺のこと売ってんだこの野郎!俺は仕方なく協力させられたんですよダクネスさん!」

 

「お前もあとで同じ目に合うから、覚悟しとけよ」

 

 怖。

 クリスに弱みを握られて、仕方なく協力してる設定を使う時が来たと思ったけど、あまり効果は無さそうだ。

 もうエリス様からの支援は無くなってるので、ダクネスの力に勝てそうにない。

 

「何ダクネスに媚び売ってんだよ!俺だってクリスに唆されましたー!主犯はクリスですう!!」

 

「はあああっ!?き、君達ってやつは!ほんといだだだだだた!ち、違うんだよダクネス聞いてよ!この二人だってノリノリだったんだよ!騒ぎが大きくなった時は逃げようって言ったんだよ!でも、助手君が今日やりたい!って!」

 

「何言ってんですか!俺なんて盗賊団の下っ端ですよ!そんなこと言えるわけないじゃないですか!」

 

「言ったでしょ!?それに三人しかいないのに下っ端も何もないじゃんか!」

 

 二人で醜く責任の押し付け合いを始めたので、また俺に飛び火しないように黙っていることにした。

 未だ頭を鷲掴みにされて、床に正座されてる二人にダクネスは今まで見た事ないぐらい怒った顔で話し始める。

 

「おい」

 

「「ひゃいっ!」」

 

「早く喋れ」

 

 俺達は全てをダクネスにゲロった。

 事情が事情で怒りつつもダクネスはわかってくれた。

 その後カズマが王女様からスティールしたものがヤバイ物だったり、宝物庫で盗んだ物がバレたりといろいろなことが明らかになった。

 ダクネスとカズマは城へ向かい、銀髪と黒髪が目立つという理由で俺とクリスはアクセルに帰ることになった。

 城へ行くことを嫌がるカズマを引き摺るようにして連れて行くダクネスを見送り、俺達は王都を出た。

 





前回の約半分の文字数になっております。
この後くっつける予定だったお話が思った以上に長くなったので、分けました。

最近は他の方の作品を読むことも多くなってきたんですけど、よく毎回毎回サブタイトルとか考えられるなぁと。
だって僕の場合、たまに後書き考えてる途中で寝落ちとかよくあることですからね。

というわけで次のお話のサブタイトルを考えるなら
『この変態女神に制裁を!』
ですかね。


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69話

文字数多め。
情報量も多め。

69話です。さあ、いってみよう。



 

 

 王城に潜入して数日後の朝。

 人が気持ちよく寝てるというのに、遠くから怒声のようなものが聞こえて目が覚めた。

 ったくなんだこの野郎。

 そう思い、起き上がると玄関の方から聞こえてきたのはヒナの声だ。

 ヒナがこんなに怒るのはそんな無い…いや、そんなことないわ。よく怒るわ、あいつ。

 面倒くさいのが来てるなら、俺が対応しようと思い、軽く着替えて玄関へと向かうと

 

「とにかくダメです!帰ってください!」

 

「そ、そんなこと言わないでよ…。ちょ、ちょっと話があるだけだから…」

 

「いいえ、帰ってください!」

 

 ヒナの正面にいるのはクリスだった。

 クリスは少し泣きそうになっていたが、俺と目が合うと表情が明るくなる。

 

「ヒカル、おはよう!ちょっとだけ話が…」

 

「ダメです!ヒカルは部屋にいて!」

 

 クリスが話し始めたのを邪魔して、俺を部屋へと追い返そうとするヒナ。

 なんだこいつ、どうした。

 

「ちょ、お、お願いだってば!変なこととかしないし、少し話をするだけだから」

 

「信じられません!試練とかなんとか言ってたけど、やっぱりおかしいです!僕、クリスさんのこと憧れてましたけど、あんな痛ぶるような戦い方をする人だと思いませんでした!家族を傷付けられて、それを許して、今度は話があるから会わせろなんてお断りです!」

 

 ヒナはブチ切れモードだ。

 この状態になると大抵人の話を聞かず、相手が反省しきるまで絶対に許さない。

 こうなるのはだいたい俺ぐらいで、他の相手にこの状態で怒ってるのをあまり見たことが無いのだが。

 クリスは縮こまり、半ベソをかいてるが、ヒナの勢いは止まらない。俺をぐいぐい押して部屋へ押し込もうとする。

 

「ちょ、待て待て。一回落ち着け」

 

「落ち着いてるよ!ヒカルはクリスさんと会うの禁止!」

 

 いや、禁止って言われても。

 まるで子供がオイタして親がオヤツ禁止って感じで言われても、そんなの無理だろ。

 

「ちょっと話すぐらいだからいいだろ。ちょっと出掛けて」

 

「なんでさ!なんでヒカルは許すのさ!」

 

 先程よりもさらに大きな声で怒鳴るヒナ。

 流石の俺もヒナのブチ切れぶりに驚いて固まる。

 

「僕、ヒカルがあんな目にあってすごい心配だったのに!なんでヒカルはなんとも思わないの!?なんで許すの!?なんで受け入れるの!?試練が何さ!あんなもの!あんなもの受けなくていいよ!まだ、受けるんだったら…!」

 

 ヒナは怒鳴りながら、泣いていた。

 俺を睨みながら、俺の胸を平手でバシンとぶっ叩いた後

 

「僕の心配も考えないヒカルも、クリスさんも……エリス様も!大っ嫌い!!!」

 

 そう叫んだヒナはバタバタと走り、自分の部屋の扉を乱暴に閉めて、閉じこもった。

 止める暇もなく、止める余裕もなかった。

 殴られるより衝撃的で心が痛かった。

 エリス様だとか言えば、きっとヒナなら信じるとか思っていた俺の浅はかな考えに嫌気がさした。

 俺のことを大切に思ってくれているヒナの心を蔑ろにしたのを今やっと知った。

 今すぐヒナの元に行ってやりたいが、玄関で泣きながら固まってるクリスを放っておくわけにもいかなかった。

 

「あー…えっと、クリス?」

 

「……」

 

 返事は無く、口を軽く開けて涙を流しながら石像のように固まっていた。

 

「お、おい…」

 

 目の前で手を振っても、頬を抓っても何の反応を示さなかった。

 

 うわ、立って泣いたまま気絶してる。

 

 

 

 

 

 

「おねがいがあります」

 

「あー…まあ、はい」

 

「いまからこのダガーをかすので、ひとおもいにころしてくだ」

 

「ちょっと待て!しばらく待ってるから落ち着いてくれよ!」

 

 絶望しきった顔で泣きながら淡々と話すクリスは見てて少し怖い。

 泣いて立ったまま気絶してるクリスを放置出来ずに、とりあえず俺の部屋の椅子に座らせて、なんとか意識を取り戻したと思ったら、殺すように言ってきた。

 殺そうとしてきたり、自棄酒に付き合わされたり、部下にしようとしたり、面倒事に巻き込んできたり、殺せと言ってきたり、こいつ神様だからって自由すぎやしないか。

 

「もうむりなんです。おわりました。すべてが」

 

「何も始まってねえだろうが。何勝手に始めた気でいるんですかこの野郎」

 

 その後クリスは黙り込んだ。

 俺がなんとなくこの神様を憎めなかったのはヒナギクを純粋に好きだというのを感じていたからだ。いつも意気揚々とヒナギクのことを話す表情はキラキラとしていたものだ。最近は色々と拗らせてはいるが…。

 俺も好きなものを取られそうになったら、きっと怒るだろう。この神様の場合、度を越してる部分はあるけど。

 偉い目に合わされて、最初はご機嫌取りの気持ちだったが、なんだかんだで行動を共にしたり、寝食を共にしたりもした。

 殺そうとしてきても、放っておいたり出来ないのは、なんというか情みたいのがあるからだ。

 情というか、縁というか、絆というか。

 人生そんなもんだろう。これに動かされるんだ。

 まったく大変な目にあったのに、この神様は。

 

「ほら、諦めたらそこで試合終了って言葉があるだろうが。諦めるなよ」

 

「もうおわってるのです。しあいしゅうりょうごにぼーるをいれても、ぽいんとにはなりません」

 

「意外と詳しいなお前。じゃあ本当に諦めるのか?ヒナを?」

 

「……あきらめる、しか…ないのです…」

 

「じゃあこれからヒナが好きな男が出来たりしても、ちゃんと受け入れられるか?」

 

「……………は?」

 

「諦めるってのはそういうことだろ。これからヒナが好きな相手が出来て、付き合いはじめて、キスして」

 

「は?」

 

「デートして、ベタベタにくっつくぐらいに腕組んで」

 

「は?」

 

「そして夜は、宿でお互いの身体」

 

「そんなの許すわけないでしょおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 ブンっ!!

 

「あぶねえ!!」

 

 首近くに振るわれるダガーを寸でのところで避けきった。

 

「そんなの良いわけないでしょう!?はあああああああ!?ヒナギクの体は一生綺麗なままなんですうううううう!!!」

 

「わ、わかっ!?わかったから!!わかったからダガーを振り回すのやめろ!!わ、悪かったから!!」

 

 

 

 

 

 

「…はぁ…はぁ…落ち着いてくれましたか?」

 

「…ええ、すみませんでした」

 

 ダガーを振り回してくるのを避けたり捌いたりして、数分後ようやく落ち着いてくれたみたいだ。

 

「とにかく二人で謝りましょう。もう試練も無いって言って謝りましょう。このままは嫌でしょう?」

 

「…嫌なんですけど、また拒絶されたら多分死にます」

 

「はあ…」

 

 思わずため息をついた。

 本当に面倒な神様だ。

 

「今は距離を置いた方がいいと思いますし、それに、その、ちょっと」

 

 なんか言いづらそうにもごもご言ってる。

 

「なんですか?」

 

「その、バレました」

 

「は?何が?」

 

「バレたんです。創造神様に」

 

 全然わからん。そうぞうしんさま?

 

「創造神様は、すべての神の頂点に位置する神です。そんな創造神様に私がヒナギクに過干渉してるのがバレました」

 

「……まあ、今までバレてなかったのがおかしかったと思いますけど」

 

「…はい。もう少しで頭に風穴が空くところでした」

 

「いやいや、何が起こったんですか?」

 

「創造神様は大変お怒りで、私に銃を突きつけて」

 

「なんか一気に人間みたいな感じになってきましたけど、本当に神様のやりとりなんですよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『おじさん言ったよなぁ?やりすぎるなってよぉ。それがお前…お前、可愛いから手出したってなんだこの腐れパ◯ドがぁ!』

 

「あ、あの、◯ッドは関係な」

 

『だまらっしゃい!!』

 

「ひぃっ!すみません!!」

 

『しかももう『神聖』が付いてるだあ?それはどーいうことだぁ?三秒以内に簡潔にまとめて喋れ』

 

「え、」

 

『イチ』

 

 パァン!!

 

「2と3はあああああああああ!?!?」

 

『神は全ての頂点に君臨し、世界の管理を行うもの。数字なんか1だけ知っておけばいいのよ』

 

「さ、先程三秒って」

 

 パァン!!

 

「ひぃっ!!」

 

『口答えしてる暇があったら、早く始末書書いてこい!このパ◯ド神が!!おじさん撃っちゃおうかな?撃っちゃおうかなあ〜?』

 

「も、もう撃ってるじゃ…!」

 

 パァン!パァン!!

 

「ひいぃぃぃっ!!すぐに書いてきますううううううううう!!!」

 

 

 

 

 

「ということでして」

 

「……」

 

 死んだ後が一気に不安になってきた。

 なんとか天界で仕事をしない未来はないものか。

 

「なんか伏せ字があって、よくわからなかったんですけど」

 

「そこは気にしなくていいです。これも良い機会です。私はしばらくヒナギクに会うのを控えます」

 

「そういうことなら」

 

 この神様がそう思ってるなら、それでいいや。

 

「そういうことなので、貴方にはしばらくヒナギクに私の好感度を上げる手伝いを」

 

「はあ!?何言ってんだ!?そもそも元はと言えば全部あんたのせいだろうが!」

 

「た、確かに私のせいかもしれませんが、私の部下なのにそんなこと言っていいんですか!?」

 

「何が部下だ!!少し可哀想だから助けてやったのに、好き勝手言いやがって!」

 

「なっ!?同情!?私だって怒る時は」

 

「こっちが怒ってんだよこの野郎!もうあんたは俺を殺せないんだよな!?なら、こっちにも考えがあるぞ!」

 

「な、何をしようっていうんですか!?私に乱暴する気ですか!?」

 

 自身の体を抱くようにして、一歩引く変態女神。誰が変態女神なんか襲うか。

 

「変なこと考えてんじゃねえよ!今から謝れば許してあげないこともないぞ?どうする?」

 

「謝りませんよ!だいたい何が出来るって」

 

 謝らないのか。そうか。

 

「今からヒナに全部話す」

 

「……はい?」

 

「あんたが最悪の変態女神だって話して、説得して、二人でアクシズ教に入る」

 

「…………………………はい?」

 

 何を言ってるのかわからない、いや、わかりたくないという顔だ。

 クリスの顔は段々と汗がダラダラと流れている。

 

「俺の家族のヒナだ。これから面倒を見るためにも俺も一緒にアクシズ教に入る。今までありがとうございましたエリス様。今度からはアクア様にお世話になります」

 

「え、あ、あの、冗談ですよね!?嘘ですよね!?そんな悪魔より非道な行いが出来るわけないですよね!?」

 

「もううんざりだ。あんたの元で働くぐらいならアクアのところの方がマシだ。さようなら」

 

 そう言って背を向けて、部屋を出て行こうとすると

 

「ご、ごめんなさいいいいいいいい!!!!調子に乗ってました!!今までのこと全てを謝ります!!出来ることなら何でもしますから!!だからアクア先輩の元に行くなんて言わないでください!!ゆ、許してくださいいいいいい!!!」

 

 俺の腰にしがみつき、泣き喚きながら許しを乞う女盗賊の姿がそこにあった。

 

 

 

 

「ひっぐ……グスッ……うぅ…」

 

 涙やら鼻水やらで、女の子がしていい顔じゃないと思うけど、そこは黙っていることにする。

 余程ショックだったのか、しばらく経っても泣き続けていた。

 

「あんたがまた好き勝手言った時は、マジで俺はヒナを連れてアクシズ教に入るからな」

 

「わ、わかりました!貴方様に全て従いますので、やめてください!」

 

「い、いや、そこまでは求めてないんだけど…」

 

「あ、あの、出来ればエッチなことはやめてほしいです…。神様としての力が無くなってしまうので…」

 

「だから求めてねえって言ってんだろうが!何だと思ってんだこの野郎!」

 

「男の人はそういうものだと…。カズマさんも潜入する時に、その、すごい触ってきましたし」

 

「…一緒にしないでくれ」

 

「はい…すみません…」

 

 アホな発言に調子を狂わされた俺はため息をつく。

 この大人しくなった言動を見るに、もうアホなことはしないだろう。した時はした時だ、ヒナを連れてアクアの元に行ってやる。

 

「これからはちゃんと女神をやってくれ。そうすればきっとヒナも嫌いなんて言わなくなるだろ」

 

「うっ…はい。申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げるクリス。

 変態なだけの女神なら国教として崇められたりしないだろう。

 一先ずこれで大丈夫だろう。

 

「とりあえず許すよ。さて、そろそろヒナが心配だし、行ってくるよ」

 

「あの……実はまだお話があるので、また後にお時間をいただいてもよろしいですか?」

 

「構いませんが…」

 

「わかりました。ありがとうございます。ヒナギクのことよろしくお願いします」

 

「はい、それでは」

 

「あと、本当に少しだけでいいので私の好感度を」

 

「失礼します」

 

 そのまま部屋を出て、ヒナの部屋へ向かった。

 ノックをしても、返事は返ってこない。

 拗ねているのか、激怒しているのか、それとも不貞寝でもしているのか。

 ドアノブを捻り、そのまま部屋へ入った。

 

「ヒナ?」

 

「勝手に入ってこないで」

 

 ヒナのベッドの膨れた布団の中から、ヒナの辛辣な言葉が帰ってきた。

 その声は涙声のように聞こえた。

 

「ヒナ、話があるんだ」

 

「僕には無い」

 

 鼻をすする音が聞こえて、俺を拒絶し続ける。

 

「ヒナ、ごめん。俺が全面的に悪かった」

 

「……」

 

「普通心配するよな。俺は馬鹿野郎だ。もう試練とかなんとかは無しだ」

 

「……」

 

「真面目に反省してる。許してくれないか?」

 

「……いや。ヒカルのことなんか嫌い。僕達の心配をなんとも思ってないヒカルなんて嫌い。僕よりも……クリスさんのことを優先するヒカルなんて、嫌い」

 

「そうじゃないんだ。心配させて本当に申し訳ないと思ってるし、クリスのことを優先したわけじゃない」

 

「嘘だよ。じゃあ何でずっとクリスさんといたのさ。僕を放っておいて」

 

「…お前に嫌いって言われて泣いてたんだ。放っておけないだろ」

 

「だから何さ。クリスさんのこと優先してるじゃん。僕のことなんかどうでもいいんでしょ?放っておいてよ。僕もヒカルのことなんか嫌いだから」

 

 その後啜り泣く声が聞こえた。

 俺はベッドに近付き、そのまま腰掛けた。

 

「来ないで」

 

「お前のことがどうでもいいわけないだろ。俺の家族だ」

 

「クリスさんを優先したくせに」

 

「ごめん。俺が間違ってた。お前の方が大事に決まってる。もう心配もかけさせない。クリスを優先したりしない。だから、許してくれ」

 

 そう言って布団をめくると、うずくまるようにして丸くなっているヒナがいた。

 顔は伏せたままで見えない。

 きっと泣いている。

 俺がそうさせた。最低の人間だ。

 

「来ないでよぉ……嫌い、きらい…」

 

 いやいやと首を振ってくる。

 俺が頭を撫でると、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、頭突きの如く抱きついてくる。

 

「きらい!きらい!!きらい!!!」

 

 ボロボロと涙を流しながら、ヒナはさらに抱き付く力が強くなる。

 俺もヒナの頭に手を回し、抱きしめる。

 

「ごめん、心配させた。バカな俺を許してくれ」

 

「バカ!本当にバカ!ヒカルなんか…!ヒカルなんか!」

 

「ごめんな。不安にさせたな」

 

 ヒナの頭を片手で撫でる。

 サラサラと黒い髪を優しく触れるようにして撫でる。

 

「ヒカルのことなんか……大好きなのに!きらいじゃないのに、きらいって言って、ごめんなさい…!」

 

 泣きながら好きだと言ってくれた。

 泣きながら謝ってくれた。

 

「俺も大好きだ。わかってる。わかってるから」

 

「クリスさんにも、エリス様にも言っちゃったよ…!僕、どうしよう!どうしよう…!」

 

「大丈夫。大丈夫だから。きっとわかってくれるから」

 

 泣き続けるヒナを俺は泣き止むまで抱きしめ、撫で続けた。

 

 

 

 

 

 スースーと静かに寝息を立てるヒナの顔を眺めながら頭を撫でる。

 あの後ヒナは泣き疲れたのか、寝てしまった。

 ふと横を見ると、布団から黒い布が出てきていた。

 何だと思って引っ張ってみると、それは黒いシャツ。というか俺のシャツだ。

 何故?俺のがここに?

 シャツはこのまま洗濯に出そうと思っていたら、ヒナが起きた。

 

「ぅぅん…ひかる?」

 

「ああ、起きたか?」

 

「ぅん……っ!?そ、そそそそれはっ!?」

 

 起き上がり、目を擦っていたヒナは俺が持っているシャツを見て驚き固まる。

 

「このシャツどうした?洗濯物か何かに紛れ込んでたのか?」

 

「えっ!?そ、そう!そうだよ!?それ以外にあると思う!?」

 

「え、いや、知らないけど。まあ、これは後で洗濯に出すから、このまま預かっておくぞ」

 

「う、うん…」

 

 起きてから落ち着きがない。

 驚いたり、焦ったり、残念そうな顔になったり。

 

「そ、その、ヒカル…」

 

 言い出し辛そうにヒナは口籠る。

 

「どうした?」

 

「僕、その、変で………変なことばっかり言ってごめんなさい…」

 

 顔を伏せて、謝ってくる。

 

「いや、俺が悪かった。何かあったら俺に言えって言ったのにな」

 

「う、ううん。違うの。その、嫌いなんて言って、ごめんなさい。僕、そんなこと言うつもりなかったのに」

 

「わかってるよ」

 

 頭を撫でてやると、少し安心した表情を浮かべた。

 だが、それはすぐに曇り始める。

 

「クリスさんにも、謝らなきゃ…。エリス様に」

 

「まあ、それはあれだ。もう少し後でいいんじゃないか?」

 

「え、何で…?」

 

 不思議そうな顔で、首を傾げてくる。

 

「具体的に言うと一週間後ぐらいでいいんじゃないか?」

 

「え、一週間?なんで?」

 

 一週間ぐらいは反省してほしい。

 それぐらいの罰はあってもいいだろ?

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 俺が部屋で寛いでいると、光が集まり、扉のようなものが出てきた。

 驚いてると、扉がゆっくりと開き、エリス様が顔を半分だけ出して

 

「こんばんは。お話しの続きなんですけど…」

 

 恐る恐る話しかけてきた。

 

「こんばんは。どうぞ」

 

 言われたエリス様は扉から出て来て、俺の部屋の椅子に座った。

 その後扉は元から無かったように消えてしまった。

 

「あのですね……創造神様にヒナギクのことがバレたと言ったじゃないですか?それで芋づる式にヒカルさんのこともバレまして…」

 

 天界のことを詳しく知ってるわけじゃないが、おかしくない話じゃない。

 

「二人に干渉して、一つの世界から『神聖』持ちを二人も増やしたとなると、私の頭に風穴が空くどころか、私の首から上が無くなりかねないので、そのぅ…ヒカルさんは私の協力者ということにして誤魔化したんです」

 

「……」

 

「ごめんなさい!そ、そんな嫌そうな顔しないでくださいよ!なるべく迷惑はかけないようにしますから!」

 

 エリス様が必死にそんなことを言ってくるが、嫌な顔もしたくなる。

 確かに首がかかってるとやらの状況なら仕方ない気もするが、この言い方的に絶対迷惑がかからないという感じでは無さそうだ。

 

「そんな怖い顔しないでください…。あまり迷惑がかけるような状況にはならないと思いますし、なった時の為にも一つだけ特典をお渡ししますから」

 

「特典?」

 

「はい。これです」

 

 渡されたのは本のしおりのようなサイズの紙切れ。

 ただ触ってみると、柔らかさや重さは紙に似ているが、触り心地や固さは紙とは思えないものだった。

 

「それは『神聖』を持つ者だけが使えるテレポート装置のようなものです」

 

「テレポート装置?」

 

「はい。本来の『テレポート』は登録した場所にしか行けませんが、それは頭に思い浮かべることが出来るところなら何処へでも移動することが出来ます」

 

 それが本当なら危なくなった時にでも使えそうだな。

 使い方によっては相手の背後を取ったりとか…。

 

「あ、ただ便利と思ってる顔ですね。本当に何処へでも行けますよ?例えば、日本とか」

 

「……はい?」

 

「残念ながら、その強力な力故に回数制限がありますけどね。それは私が頑張って手に入れたもので三回もテレポート出来るものです」

 

 えっへん、みたいな感じで胸を張ってるが、そうじゃなくて。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!い、今、日本って言ったか!?」

 

「言いましたよ?私達神が世界を渡るというのは隣の家に行くようなものです。神になったばかりの者やそれ以下の天使のような存在が世界を渡るために作られたものです。だから『神聖』持ちの人間なら扱えるのです」

 

「じゃ、じゃあこれで日本に一回は行って帰って来ることが出来るってことか!?」

 

「ええ、一度は往復が出来ます。ですが、日本にいられるのは一時間だけです」

 

「え、な、なんでだ?」

 

「貴方は一度死んで、こちらの世界の住人として転生しました。貴方はもう日本がある世界からしたら別の世界の住人ということになります」

 

「……」

 

「貴方は向こうの世界では異物として扱われるでしょう。一時間程経った時、世界から弾き出されてしまいますから、それが起こる前に帰ってくれば問題ありません」

 

「…日本に」

 

 独り言のように口から漏れ出す。

 まさかこんなものが出てくるとは思っていなかった。

 

「今までのお礼とお詫びも兼ねてそれを差し上げます。今まで見てきましたが、貴方ならそれを悪いことには使わないでしょう」

 

 こんなものがあるのか。

 

「これは、何人までテレポート出来るんだ?」

 

「はい?何故そんなことを?」

 

「いや、何かあった時に四人でテレポート出来れば、みんな無事に帰れるだろ?」

 

「……なんというか、貴方らしいとは思いますが、私が考えた使い方ではないですね」

 

 少しきょとんとしたような表情の後、微笑みながらそんなことを言ってくる。

 

「俺が何に使うと思ったんだ?」

 

「…貴方は家族に別れを言えなかったことを後悔しているのではなかったのですか?」

 

 少し悲しい表情になり、俺に問いかけてくる。

 …それは、確かにそうだ。

 俺は後悔していた。

 あの夢を見るまで、考えないようにしていたけど、俺は確かに後悔していた。

 もし、死んだ後に未練というものが残るのだとしたら、俺はきっとそれが未練になるだろう。

 

「もしかしてデモゴーゴンの時のことでも気にしてるのか?」

 

「…はい。私達の世界の都合で日本の方をこちらの世界へ連れてきていますから」

 

 少し暗い表情でそう言った。

 

「貴方達は本来死んでしまった人です。いくら連れてきた人間と言えど、死んだ人間がまた戻るというのは許されるものではないでしょう。ですが貴方は街や里、国を守り、多くの人を救ってきました。私の頼みも我儘も聞いてくれました貴方へ特別に一度だけ世界の理から外れる行為を許します」

 

 優しく微笑んだ表情で、俺を見てくる。

 …ヒナが絡まないと本当に女神様なんだな。

 ヒナのことばかり考えてるかと思ったら、意外と俺のことも覚えてたりしたんだな。

 

「エリス様、俺は後悔してたよ。何も言えないで別れるのは辛かった」

 

「…それなら」

 

「でも夢の中でさ、親に「いってらっしゃい」って言われたんだ。俺は「いってきます」って言えたんだ。だから、俺はもう後悔してない。たかが夢でも、俺は別れを言えたんだ」

 

「…」

 

「だから、俺はいらない」

 

 『テレポート装置』とやらを返す。

 俺はもう後悔なんてしていない。

 この素晴らしいバカ達とこの世界で生きていく。

 俺のこれからの人生はその為に使うべきだ。

 もうそれ以外考えられない。

 

「…わかりました。ですが、返さなくていいです。それは貴方のものですから、返されても困ります」

 

 真剣な顔で俺の言葉を聞いた後、エリス様は嬉しそうに微笑みながらそう言った。

 

「持ってていいのか?」

 

「ええ。三回だけ、ですからね?」

 

 悪戯な笑みでエリス様は言う。

 これは危なくなった時に使おう。

 その後の説明では、俺の弱い『神聖』では二人までしかテレポート出来ないが、ヒナと協力すれば五人程テレポート出来るらしい。

 

 また今度頼みたいことがあると言われて、思わずめちゃくちゃ嫌な顔をしてしまったが、エリス様は苦笑いするだけして先程のように扉を出して去っていった。

 





とある少女の話。
少女は父が帰ってくるのを待っていました。
今日は少女の誕生日。
誕生日パーティーの日です。
たくさんの準備をして、父を出迎えようと少女は待ち続けますが、父は帰ってきません。
結局帰ってきたのは夜遅く。
日付が変わった頃でした。
父は心から申し訳なく思い、謝ります。
ですが、少女はきっと来てくれると思っていた父に対して怒りをぶつけてしまいます。
その怒りはあらゆる感情を振り切って、やがて少女は「きらい」と父に言ってしまいました。
そう言うだけ言って、少女は自身の部屋へと閉じこもり、泣いてしまいます。
でも、その涙がどうして流れているか、わかりません。
来てくれなかったことが許せなかった。
それはそうでしょう。
ですが、涙の理由にはなりません。
大好きな父に「きらい」と言ってしまったこと。
それが涙の理由でした。
一緒にお祝いをしようと待ち続けた大好きな父を「きらい」になんてなるはずがありません。
ですが、少女は「きらい」と言ってしまいました。
後悔と不安。
何故あんなことを言ってしまったのだろう。
父に嫌われてしまったらどうしよう。
そんな気持ちが少女を苦しめます。
それからすぐに父は少女の部屋へ入り、泣いている少女に謝ります。
父に謝られてしまい、自分の感情がわからなくなってしまった少女は父の胸に抱きつき、謝ります。
「きらい」なんて言ってごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。
お父さん、「きらい」にならないで。
父は泣き続ける少女を優しく抱きしめます。
ごめんな。待たせてごめんな。
お前のことを嫌いになるはずがないだろう。
大好きだ。愛している。
そんな言葉を受けて、少女は安堵し、泣き続けます。
その優しさに包まれて、泣き疲れるまで。

少女はどうして泣き続けてしまったのか、きっとわからないままでしょう。
ですが数年後、数十年後に理解します。
不安と後悔でどうしようもなくなってしまった自分に歩み寄り、抱きしめてくれた父の無償の愛の温かさに泣いてしまったのだと。









え?エリス様?
だれです、それ?

いえ、冗談ですよ。
あの人なら始末書を提出した後、減給を言い渡されて、パンパン銃を撃たれて命からがら逃げたところを多くの神や天使に見られて、上司になってほしいなんとかランキングの上位から名前が消えました。

女神エリスも反省し、色々とやらかして怒られてますが、また規約を破ってでもヒカルの後悔の為にあれを渡しました。
結局ヒカルは使いませんでしたが。

女神エリスがヒカルへ渡したものがかなり重要なものになってきます。
ヒカルはどの場面でどこへ移動する為に使うのでしょうね。


次回はトリスターノのお話。
トリスターノのお話の後、五章ラストへ入ります。多分。
もしかしたら、ゆんゆんとのお話が入るかも。

今回のエリス様に対してのヒカルの口調ですが、意図的に変えています。最終的にはもうタメ口でいいやになってます。


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70話


70話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

「はあー…」

 

「そんなため息つかなくてもいいじゃないですか」

 

「久しぶりに俺も活躍出来ると思ったんだけどな」

 

「活躍してたじゃないですか。リーダーの馬鹿力が無ければクーロンズヒュドラの首を押さえるのは難しかったと思いますよ?」

 

「何が馬鹿力だこの野郎。しかも結局爆発オチじゃねえか」

 

「めぐみんさんが聞いたら面倒なことになりますよ」

 

「今はゆんゆんとライバルしてるから大丈夫だよ」

 

 クーロンズヒュドラという首が八本もあるヤマタノオロチみたいなモンスターの討伐に参加した俺達はなんとかカズマの指揮で倒しきることが出来た。

 俺がやったのはほとんどサポートでなんとなく不完全燃焼を感じていた。

 俺が何か出来たかのか、と聞かれればそれは答えられないが、この貢献出来てないような感じは最初の頃の俺を思い出すようであまり好きじゃない。

 

 ゆんゆんはめぐみんとライバル活動中、ヒナは討伐に参加した冒険者達に回復魔法をかけて回っている。

 俺とトリスターノは暇を持て余して、こうして駄弁っていた。

 

「そのバカでかい弓はどうだ?」

 

「前の弓より小回りは利きませんが、これならかなりの遠距離でも当てられますよ。威力もなかなかです」

 

 今まで使っていた弓は折り畳みが出来るもので、腰に取り付けても邪魔にならない程度のものだったが、今使っている弓はおよそ二メートルほどの大きさのものだ。王都で作ってもらったものらしく、特別製で魔法がかかっている弓らしく、威力強化もされている。

 討伐に参加した前衛職に狙いをつけたクーロンズヒュドラの目を遠方から射抜いたトリスターノのおかげでクーロンズヒュドラの攻撃は前衛達にはほとんど当たらず、被害はかなり軽減した。

 あれの目を正確に潰して回復の機会を与えなかったのだから、威力は折り紙付きだ。

 

「へえ、それならどこまで当てられそうだ?」

 

「そうですねえ…湖の先のあの一際大きな木に当てられると思いますよ」

 

 トリスターノが指差したのは湖の先にある森の中で一本だけ大きく育った大木を指差していた。

 距離は…正直なところ正確にはわからないが、何百メートルも先だろう。

 それをこの弓で当てられるという。

 

「お前、マジで言ってんの?」

 

「大マジですよ。私の技術にスキル、そしてリーダーの能力が加われば当たらない距離じゃありません」

 

「…じゃあ見せてもらおうじゃねえか」

 

 俺の能力を加味して当てられると言ったトリスターノの言葉に少し照れてしまった俺は木の方へ向いて、当てられるかどうかを見させてもらうことにした。

 

「おや、照れてます?」

 

 トリスターノはここぞとばかりにニヤニヤと笑い、俺に聞いてくる。

 

「んなわけねえだろこの野郎。お前こそ大口叩いたんだ、まさか当てられなくて誤魔化してるんじゃないだろうな?」

 

「…ほう。では、賭けてみますか?私は当てられる方に賭けます。リーダーは当てられない方へ賭ける。それでどうです?」

 

 俺の言葉を受けて、にこやかなイケメンスマイルが目つきの鋭いものへと変わる。

 こいつがここまでムキになるのは珍しい。

 少しは男らしいところがあるじゃないか。

 俺も少し乗りたくなった。

 

「…面白そうだな。お前が当てられなかったら俺の勝ちだな?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「よし。じゃあお手並み拝見だな」

 

「で、何を賭けますか?」

 

 弓に矢を番えながら聞いてくる。

 

「そうだな。お前どうせ金使ってないんだろ?今日の昼は外食にして、お前の奢りにしてもらおうかな」

 

「なるほど。全然構いませんよ」

 

「高級ステーキ店で俺達四人分な」

 

 この人マジかよ、みたいな顔しつつ、狙いを定め始める。

 俺も準備を始める。

 

「……ま、まあ、いいですよ?私が勝った時もリーダーにそれをお願いしましょう。私はお金には余裕がありますし、なにより…」

 

 弓を引き絞り、矢を射る準備が出来たのか、ピタリと止まる。

 

「勝てばいいだけです」

 

 そう言い、矢を放つ。

 俺は振り返り、そして

 

「ふっ!」

 

 俺は刀を抜き、居合切りの要領でカチ上げるように放たれた矢を切った。

 危なかった。もう少しでヒナの支援魔法が切れるところだった。

 邪魔しようとして恥ずかしく空振るとか目も当てられない。

 

「よし、俺の勝ちだな」

 

「………」

 

 斬られた矢が地面を転がるのを見ながら、俺は納刀して宣言すると、トリスターノが呆然とした表情を浮かべる。

 

「ちょ、えええええっ!?ずるいですよ!」

 

「何言ってんだ馬鹿野郎。あの木に矢が当たってないだろうが」

 

「いや、邪魔してきましたよね!?」

 

「邪魔しちゃいけないなんてルールなかっただろ?」

 

「いや、確かにルール決めてなかったですけども!邪魔なしでやり直しを要求します!!」

 

「潔く負けを認めろ。ヒナと俺でお前がしこしこ貯めた金を気持ちよく使ってやるよ」

 

「潔く負けを認められる状況じゃないですよ!?最近出番も少なめでやっと私の回が回ってきて、分かりづらい私の活躍シーンを見せようと思っていたのに!」

 

 トリスターノが必死にツッコミを入れてくるが、あの木に当てられなかったら俺の勝ち、という明確なルールがある以上俺の勝ちは揺るがない。

 

「お前の活躍は俺達が知ってるから安心しろ。残念だったな、トリスターノ。勝負の運は時に残酷だ。今回ばかりは俺の勝ちだ」

 

「いや、狙って邪魔してるから運は全く関係無いですよね!?」

 

「よし、ヒナ達も終わりそうだし、そろそろステーキ屋に行こうぜ」

 

 俺はそのままトリスターノを置いて、歩き始める。

 今日は久しぶりのご馳走だ。待ちきれない。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!今度は邪魔なしで勝負しましょう!一回だけでいいですから!……ちょ、本当に行っちゃうんですか!?わかりました!今回の勝負は私の負けでいいですから!負けでいいので、ちゃんと私が当てられるところを見ていってくださいよ!!」

 

 

 

 

 

 トリスターノの厚意で俺達みんな高級ステーキで優勝した次の日。

 ゆんゆんを除く俺達は武器や防具の修繕を頼みに武器屋へと来ていた。

 ゆんゆんは最近交友関係が広まりつつあり、ウィズ魔道具店に行ったりして友達と過ごしているらしい。

 金銭面で余裕もあるし、ここは日本人らしく脇差も購入することに決めた。

 刀一本だと心許ないというのも理由の一つだ。

 ヒナに金の交渉をするべく日本人は刀を二本差しにしていたという説明をすると、すぐ購入するように言われた。

 チョロすぎるが、真面目な話もう一つぐらいは武器が欲しいのも事実だったので、そのまま店にあった脇差を購入した。

 脇差を受け取り、帰ろうと声を掛けようとしたらトリスターノが槍を眺めているのが見えた。

 

「なんだお前、前衛にも興味あるのか?」

 

「いえ、昔槍も少しだけ嗜んでいたので懐かしく思っていただけですよ」

 

「お前、弓以外もやれるのか?」

 

「ええ、昔に騎士として弓だけとは如何なるものかと難癖を付けられた時がありまして、その時にある程度は」

 

 そういえばこいつ円卓の騎士だったわ。

 遠い目をして語るトリスターノからは苦労の色を感じた。

 

「お前が槍ねえ。少し見てみたい気もするな」

 

「最近は全く手に取ってませんから、相当鈍っていそうですが、見てみますか?」

 

 そう言って、一番安く取り回しの良さそうな棒の先に刃が付いているような簡素な槍を手に取り、俺にイケメンスマイルを見せながらそう言ってくる。

 

「面白そうだな。俺もこれを試してみたいしな」

 

 先程購入した脇差を見せつけて、ニヤリと笑うと、トリスターノも笑い返し、その槍を購入しに行った。

 

 

 

 

 

 俺達三人はアクセルの外の平原を抜けて、森近くへと来ていた。

 ヒナに手合わせすると言ったら、呆れた顔になる。

 

「ヒカル達、良い歳してるんだからそんなことしてないで僕みたいに落ち着きを持ってよ」

 

「いつも動き回ってないと落ち着かないくせに何言ってんだお前は」

 

「まあまあ、ちょっとだけですから」

 

「お前は何で宥める立場にいるわけ?」

 

「まあ男の人はそういうところあるしね。いいでしょう。落ち着いた大人の僕が見守ってあげましょう」

 

「すごい帰って欲しくなってきたんだけど」

 

「ありがとうございます、ヒナさん」

 

「うん!」

 

「お前も甘やかすなよ。また調子乗るだろうが」

 

「貴方ほどではありませんよ」

 

「は?何の話?」

 

「いえ、何でもありません。さて、今日は何を賭けましょうか?」

 

「は?賭ける?ただお前が槍をどれぐらい出来るか試してみるだけじゃないのか?」

 

「それだと面白くないじゃないですか。それとも自信がないとか?」

 

「お前しばかれたいんですかこの野郎。俺は上位職の前衛だぞ?お前のその鈍ってるかもしれない槍とやらで相手出来ると思ってんのか?それとも遠回しに俺に奢りたいって言ってんのか?」

 

「いえいえ、奢る気はありませんよ。」

 

 なんだこいつ舐めてんのか。

 しょうがない、痛い目を見てもらおう。

 ヒナもいるしな。

 怪我しても大体大丈夫だ。

 

「やってやろうじゃねえか。で、何を賭けるんだ?」

 

「そうですね……負けたら一つ何でも言うことを聞く、というのはどうですか?」

 

 これだからイケメンは。

 明日から毎日ステーキ食ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人とも、怪我は治すけど、なるべくしないようにしてよ?」

 

「おう」

「了解です」

 

「では、勝負はじめ!」

 

 二十メートルほど離れた俺とトリスターノは掛け声と共に、距離を詰め始める。

 ことはなく、トリスターノは槍を地面へと突き刺し、瞬時に弓に矢を番えて放つ。

 俺の右腹部を狙った矢をなんとか脇差で弾く。

 

「おいいいいいいいいいいい!!お前槍はどうしたこの野郎!」

 

 トリスターノはまた矢を番えて、俺を狙いながら首を傾げる。

 

「おや?弓を使ってはいけないルールなんてありましたっけ?」

 

「ざけんなこの野郎!槍の調子を見るって……あ!さてはお前昨日のこと根に持ってるだろ!?」

 

 飛んでくる矢を近くの森へ入り込み、木に隠れてやり過ごす。

 

「何のことやら」

 

「嘘こいてんじゃねえ!」

 

 あいつ割と負けず嫌いだ。

 脇差だと、いつも以上に接近しなきゃいけないってのに。

 

「ずっと隠れているつもりですか?」

 

「てめえ、この…あっぶね!」

 

 すぐに出ようとしたら足の近くを矢が通り過ぎた。

 

「もうヒカルの負けでいいんじゃない?」

 

 俺が隠れて、トリスターノが弓を構えるだけの光景を見てヒナがそんなことを言い出した。

 

「名案ですね」

 

「んなわけあるか!飽きたからって適当言ってんじゃねえよこの野郎!」

 

 ツッコミを入れたはいいが、どう距離を詰めるか。

 今回やりすぎて怪我をしないようにヒナから支援魔法を受けていない。

 支援魔法を受けていない俺ではトリスターノの矢を見切るのは難しい。

 初撃は偶然弾くことが出来た。今まで一緒に戦ってきた俺にはわかる。手加減してるから今は膠着状態になっているが、あいつの実力なら一瞬で勝負がついてる。

 

 脇差を軽く木から出すと矢が飛んでくる。

 すぐに反応してくる。当然だ。

 服の裾を破り、先程とは反対方向の木から破った服を放り投げ、それを射られた瞬間反対側から飛び出す。

 身体強化のスキルを総動員し、地面よ割れよとばかりに蹴り、前へ進む。

 姿勢は低く、脇差を構える。

 

 あいつの実力で何故まだ決着が付いていないのか、それは手加減されてるからというのもあるが、弓で勝負をつける気がないからだろう。

 

 あいつの狙いは多分弓でチクチク攻撃して、俺がイライラして無謀に近付いて来たところを槍で冷静に対処し倒すこと、だと思う。

 だから、俺はその狙い通り距離を詰める。

 そのこだわりを真正面から潰す。

 

 トリスターノは弓を早々に腰へと戻し、回しながら華麗に槍を構える。

 クルクル回すぐらいは出来るようだ。あれだけで絵になるのが腹立つ。これだからイケメンは。

 

「フッ!」

 

 短く吐き出される呼吸とともに、間合いに入った俺に槍が突き出させれる。

 仕留めるようなものではなく、牽制のようなもの。

 俺は素早く脇差で槍の先を逸らしながら、自身の間合いへと突き進む。

 トリスターノは後退しつつ、槍を回し上段、下段と攻撃を続けてくる。

 回避しつつ、距離を更に詰める。そろそろ槍にはきつい間合いだ。

 足を払うように槍を下段に横薙ぎしてきたものを踏む。槍は地面へと突き刺さり、トリスターノは無防備になった。

 俺は脇差を峰打ちへと変えて、トリスターノへと振るう。

 

「『クリエイト・ウォーター』『フリーズ』」

 

 避けながら、トリスターノは初級魔法を唱える。

 両手から出てきた水は凍りつき、警棒のような形になる。

 カウンターとばかりにそれを振ってくるトリスターノ。

 避けて、更に返す。

 俺の振った脇差はいとも容易く氷で作られた武器を壊す。

 氷が砕ける音が辺りに響き渡る。

 もらった!

 そう思い反撃する時、トリスターノは地面へと突き刺さった槍を蹴り上げる。

 斜めに突き刺さっていた槍は俺の方へ飛んでくる。

 

「うおっ!?」

 

 咄嗟にガードし、跳ね返った槍をまたトリスターノは持ち、構える。

 

「ふぅ…」

 

 腰を落として槍を構えながら、トリスターノは汗をかきながら息を吐く。

 

「振り出しかよ」

 

「間合いに入られると面倒ですからね」

 

 なんでもないようにトリスターノは答える。

 流石円卓の騎士。

 自分の専門外でも勝負出来るのか。

 これはマジで負けたくなくなってきた。

 

「いいよ、トリタン!頑張れー!」

 

 静まり返ったこの場所にヒナの声援が響き渡る。

 

「あいつ腹立つな」

 

「ふふ、素直になれないだけですよ」

 

 目付きは鋭いままだが、微笑んでくるトリスターノ。

 何がどうして素直になってないとトリスターノを応援するのかよくわからんが、また距離を詰めなくては。

 ジリジリと距離を詰める中、トリスターノの口が少し動いたのが見えた気がする。

 そしてもう一度、踏み込もうとした時、

 

「『ウインド・ブレス』!」

 

 トリスターノが突き出した右手から風が巻き起こり、そこから大量の砂が

 

「って、これカズマのっ!?うわ、口に入ったぺっぺっ」

 

「同じ冒険者同士、仲良くしておくものですね。『バインド』!」

 

「こっの!?」

 

 俺はロープに身体中を拘束されて、無防備になったところを

 

「えい」

 

 槍の刃の付いていない方で軽く小突かれて地面へ倒れた。

 

「な、な、」

 

「私の勝ちですね」

 

 トリスターノにイケメンスマイル全開で勝利宣告された。

 

「納得いくかあああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははははは!ヒ、ヒカルっ!だ、だ、大丈夫?あははははは!」

 

「おい、このちびっ子。いい加減しばくぞ」

 

 俺は縄で地面を転がりながら、笑って腹を抱えるヒナを睨み付けるが効果は無く、更に笑い始めた。

 

「お、『俺は上位職の前衛だぞ』とか言ってたのに!ふ、ふ、ふふふあはははははは!」

 

「よーし、次はお前だこの野郎!その喧嘩買ってやらぁ!」

 

「まあまあ」

 

 トリスターノが宥めてくるが、あのちびっ子はしばく。

 

「ねえねえ、トリタン。ヒカルに何を聞いてもらうの?」

 

「なんでも一つ言うことを聞く権利ですが、夕飯の時にでも使いましょうかね」

 

「お前、マジで何する気だ…?」

 

 なんだこいつ。こわ。

 わざわざ夕飯まで待つってなんだ?

 というか、ゆんゆんにも知られちまうじゃねえかよ。

 

「それは夕飯の時のお楽しみです」

 

 

 

 

 あの後、ヒナとも勝負をした。

 ヒナのボクサースタイルなんか見飽きているし、すぐに組み伏せることが出来た。

 ヒナもなんだか随分と抵抗が無かった気がしたが、終わった後は俺にあっさり負けたのが悔しかったのか顔を真っ赤にしていた。

 ぷーくすくす、エリス教のアークプリーストってこんなもんなんですかー?

 という誰かさん風の煽りでブチ切れたヒナと第二ラウンドが始まるところをトリスターノに『バインド』で拘束されて止められたように思えたが、ヒナは『ブレイクスペル』で拘束を解除し、俺へと追撃せんと迫るもトリスターノがヒナを止めるまで俺は拘束状態で転がりながら逃げることになった。

 

 そして夕飯の時、トリスターノの言うことをなんでも一つ聞かないといけない俺はあまり食事に喉が通らないまま、トリスターノが何を言うか待っていた。

 夕飯が食べ終わり、トリスターノが俺のそばに近付いて耳打ちしてくる。

 息を吹きかけるな気持ち悪い。

 

「そういえば今ってヒナさんとクリスさんって仲悪いんでしたっけ?」

 

「そうだけど、それがどうした?」

 

「いえ、それだとこの話題はまずいですね…」

 

 そう言って思案顔になるトリスターノ。

 なんだこいつ。

 クリスの話をしようとしたのか?何故?

 

「そうですね。リーダーには少し相談に乗ってもらうことにしましょうかね」

 

 相談?

 

「えー、つまんないよ、トリタン。もっと面白いのにしようよ」

 

「こいつの意見に賛成ってわけじゃないけど、別に相談ならいつでも乗るぞ?」

 

 アホな発言をしてくるヒナを指差して、トリスターノに言った。

 

「……いいんですか?」

 

 今更何言ってんだこいつ。まだ遠慮とかしてんのか。

 

「いいよ!」

 

「お前が答えるな。良いに決まってんだろ」

 

「ね、ねえ?私いなかったから三人が何の話してるのか全くわからないんだけど…」

 

 ゆんゆんが手を控えめに挙げながらおずおずと発言する。

 

「ヒカルが偉そうなこと言ったけど、トリタンに負けたんだよ!あのね、俺は上位」

 

「お前は何回言うんだこの野郎!そう言うお前だって俺にあっさりやられただろうが!」

 

「あ、あ、あれはそのっ、えっと、足元が滑ったからだよ!僕の方が強いもん!ヒカル最後は逃げ回ってたじゃん!」

 

「ロープで拘束されてただろうが!あの状態で戦えるか!」

 

「え、あの全然情報が伝わって来ないんだけど…。何で勝負?」

 

「僕は戦えましたー!自力で脱出しましたー!」

 

「何言ってんだこの野郎!ロープで拘束された俺すら捕まえられないくせに何言っちゃってるんですかー!?」

 

「ああっ!?よりにもよってその口調で!許さない!もう一回勝負だよ!」

 

「やってやろうじゃねえかよ!」

 

「ね、ねえってば!?何で勝負の話から更に喧嘩になってるの!?全然わからないわよ!?二人とも落ち着いてよ!?」

 

 

「……あの、私の相談とかは…って聞いてないですよね…」

 

 

 俺とヒナが取っ組み合いを始めて、ゆんゆんが必死に間に入ろうとしてくるのを、トリスターノが苦笑いで眺めていた。

 つまり、いつも通りの日常だ。

 





後書き長めですが、是非読んでいってください。

お気に入り、感想、評価ありがとうございます。
またデイリーランキングに入っていました。
読んでくださっている皆様のおかげです。

少し前のものになるのですが、日々の感謝を込めて私のページの活動報告に「感謝の言葉」というものを書きました。
思ったことをそのまま書いたので文章がおかしいかもしれませんが、良ければ読んでいってくださると嬉しいです。


そして、重大発表があります。
ぶっちゃけ超やばいぐらい重大です(語彙力)
実はですね、

papurika193様からこの作品のファンアートをいただいちゃいました!!

もうやばい。
マジでやばい。
ゆんゆんの幸せのために書き始めた作品ですが、これは正にその幸せな笑顔。
今の私が幽霊ならば、この笑顔を見て一瞬で成仏するでしょう。
いただいた画像の感想という名の怪文書をここに綴ろうかと思いましたが、冷静になって、やめました。
とりあえず幸せな四人が最高。
こんなん貰えるとは思わへんやん普通。
papurika193様ありがとうございます。
目次のところに貼ったので是非皆様もご覧ください。



何話か前にTwitterのアカウントを作ったと後書きに書いたのですが、IDが「ひたたさん」になってました…。
なんと恥ずかしい…。
私のページに正確なIDを書いておきましたので、もしよろしければフォローお願いします。


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71話


71話です。さあ、いってみよう。



 

 

「ま、待ってくれ!頼む!諦めないでくれ!」

 

「そ、そう言われましても…」

 

「お願いだ!金なら多めに払う!マジで!」

 

「え、えぇ…正直できる気がしないのですが…」

 

「次は強力にかけてくれても構わないから!」

 

「は、はあ…。というか貴方は何者なんですか?貴方の存在が謎で少し怖いのですが…」

 

「え、あー…それは、えっと…少し教会周りで仕事してるっていうか…」

 

「それだけでそんな神聖な存在になるわけないじゃないですか!常連さんだから疑わずにやってきましたが、本当に大丈夫なんですよね?」

 

「もちろん!絶対にあんたらの害になるようなことはしないし、この街の共存だって邪魔する気はない!俺はここの味方だよ!」

 

「わ、わかりました。では今夜は二人がかりでやってみますね」

 

「ありがとうございます!!」

 

 土下座する勢いで頭を下げる。

 周りの客や店員さんに引かれながら、俺はペコペコしながら店を出た。

 

 エリス様に神聖が宿っただどーだと言われたが、まさかこんなところでも弊害が出てくるとは思わなかった。

 俺がその神様側の存在に片足を突っ込んだことでサキュバスさんの力を弾いてしまうようになってしまったらしい。

 サキュバスさんからシロガネさんの精気は吸いづらいと言われてたのは、神聖を宿し始めていたからみたいだ。

 弾いてしまう以上もうご利用は出来ませんと言われてしまい、なんとか泣きついてサキュバスさん達に強めに吸ってもいいから何とか出来ないかとお願いしてやっと承諾してくれた。

 

 ゆんゆんと付き合ってるけど、サキュバスさんのサービスが受けられないのは困る。

 ゆんゆんがガンガン来るせいで、冷静になれずに俺のペースを崩される場合が多い。

 ゆんゆんとのデート前日はサキュバスさんのサービスを受けてから行くと、俺はいつも通りの冷静な大人の男でいられる。なのでサキュバスさんのサービスを受けられないことは俺の体裁の死に繋がることになる。それはどうしても避けたかった。

 

 明日はゆんゆんとのデートの日。

 つまり今夜はサービスを受けなきゃいけない日なのだ。

 そんな日にまさかご利用出来ませんなんて言われたら泣きつきたくもなる。

 まあ、これで明日は俺も大人の男として、ガンガン来るのをにこやかにリードしてあげられる。

 ゆんゆんもきっと王都の行きたいところをチェックしてるだろうが、俺もちゃんと調べてある。何かあった時用に休憩出来る宿も確認済みだ。緊急時は何があるかわからないからねうん。盛り上がりすぎちゃったりとか天気が悪くなったりとかするかもしれないし、ゆんゆんの体調が悪くなってテレポートが使えなくなるかもしれないし、いろいろあるかもしれない。

 もしもの為に必要なことなのだから確認しておくべきなのだ。これは善意。変な意味は全くない。

 

 

 

 

 

 

 サキュバスさんの店を出て、暇になった俺はウィズさんの店へと向かった。

 ロクでもない商品も多いが、割と使いようによっては役立ったりもするものもある。

 バニルさんが来てから、普通に役立つ商品も増えてきていて客足も向いてくるようになったのだが、またウィズさんが良くない商品を仕入れて台無しにするのはよくあるパターンと化していた。

 少しは金もあるし、何か良さげな物が有れば買っていこうと思い、店の中へ入る。

 

「へいらっしゃい!む……?」

 

「いらっしゃいませー。シロガネさん、こんにちは」

 

「こんちは、お二人さん」

 

 二人に挨拶を済ませて、そのまま店内の商品を見ていこうとするが、バニルさんがジロジロとこちらを見てくる。

 いや、バニルさんの場合目が付いているわけではなく仮面なのでジロジロという表現が合ってるかは微妙だが、ずっとこちらに顔を向けているので、ジロジロという表現を使った。

 

「どうしたバニルさん?」

 

「……汝、とうとうそちら側になったか」

 

「??」

 

 言っていることがわからず、首を傾げた。

 ウィズさんも同じような反応をしていて、俺同様にわかっていないみたいだ。

 

「む?まさか自身の存在や立場を理解していないのか?」

 

「え、なに?存在?立場?俺なんかした?」

 

「あの、バニルさん?いきなりどうしたんですか?」

 

 ウィズさんの言う通りだ。

 いきなりなんだ?

 

「ふむ……汝『神聖』という言葉に聞き覚えはないか?」

 

「ん?ああ、知ってるよ。最近俺の中にあるやつか」

 

「ええっ!?シロガネさん、それ本当ですか!?」

 

 ウィズさんは何故かビクビクしたような怯えた表情になり、身を屈めてカウンターに身を少し隠すようにしていた。

 まさかバニルさんから『神聖』って言葉が出てくるとは思わなかった。

 

「……宿っていることまで知っているのか。ならば、貴様の立場はわかっているだろう」

 

「え、た、退治ですか?退治にきたんですか!?」

 

 ウィズさんは顔を青くして、そんなことを言ってくる。

 あー、もしかして立場ってことは、神様とかと似た存在になったから、警戒されてんのかな。

 

「いや、俺は別に買い物に来ただけだぞ?」

 

「貴様はあの発光女やボクシング小娘と同じ存在になったのだろう?そして我輩は地獄の公爵、大悪魔のバニルとリッチーのウィズ。そんな存在を許せる立場ではあるまい?」

 

「ひぃ!あ、あの!どうかご慈悲を!」

 

 ウィズさんが悲鳴をあげながらカウンターの奥に完全に隠れてしまった。

 バニルさんはニヤリと笑いながらも油断なく立ってこちらを見てくる。

 バニルさんに敵意を向けられるとは思わなかった。

 『神聖』とやらが宿って良いことが無い気がする。

 

「バニルさん、俺は確かに『神聖』がついちゃったかもしれないけど、望んで手に入れたわけじゃないし、俺自身は変わったつもりはねえよ」

 

「……ほう」

 

 バニルさんは信じていないのか、すぐに警戒を解く気は無いみたいだ。

 ウィズさんが少しだけカウンターからひょっこり出てきたのが見えた。

 

「立場だなんだなんて知らねんだよこの野郎。俺の中身は変わってねえんだ。バニルさん達と敵対する理由もないし、したところで損しか無さそうだ」

 

「で、ですよね?も、もう驚かさないでくださいよ、バニルさん」

 

「……ふむ、そう言うのであれば良かろう。まあ勝負したところで我輩の圧勝だろうしな」

 

 そう言ったバニルさんは警戒を解いたように見えた。

 

「ぶっちゃけいきなり神様側だって言われても困ることしか出てきてないしな」

 

「そうなんですか?例えばどんな?」

 

「そりゃあもちろんサキュ」

 

「さきゅ?」

 

 ウィズさんが純粋な目でこちらを見てくる。

 あっぶね。ウィズさんはリッチーだけど、女性なんだ。自分からバラすところだった。

 

「ああ、いや、何でもないです」

 

「え?そんな途中まで言われたら気になるじゃないですか」

 

「い、いや、マジで」

 

 なんとか誤魔化そうとしたところ、バニルさんが口を挟んできた。

 

「そこの男は自分に『神聖』が宿ってしまってサキュバスからのすんごい夢を見られなくなって困っているだけだ」

 

「バラすなよおおおおおおお!!」

 

「……」

 

 せっかく誤魔化そうとしたのに、ウィズさんの顔が真っ赤になってるじゃないか。

 

「フハハハハハハハ!!汝の悪感情……あまり美味しくないな。『神聖』のせいか、残念だ」

 

「勝手に食べたくせに勝手にガッカリされるのは腹立つな!?」

 

 俺がツッコミを入れてると、ウィズさんがおすおずと声をかけてくる。

 

「あ、あの。シロガネさんって、その、ゆんゆんさんとお付き合いされてるんですよね?サキュバスから夢を見せてもらう必要はないんじゃ…?」

 

 あ、この話続けるんですか…。

 

「あー、それはですね…」

 

「なに、そこの男はこれから来たる生殖活動の予行練習と性欲を満たす為に」

 

「だからバラすんじゃねえええええええ!!!」

 

「よ、よこうれんしゅう…」

 

 ウィズさんはいつも顔色の悪い顔をしてるが、それが嘘のように顔を赤くして呟いた。

 くそ、女性陣にバレたくない秘密をあっさりバラしやがった。

 バニルさんの高笑いが店内に響く中、どうすればバニルさんに仕返し出来るかを考え始めたところで店の扉が開いた。

 

「バニルさん!言われた通り持ってき…ってヒカル?どうしてここに?」

 

 店に来たのはゆんゆんだった。

 両手いっぱいの膨らんだ袋を持っている。

 

「あ、おかえりなさい」

「ふむ、ご苦労であった。我が友人よ」

 

「は、はい!これどうぞ!」

 

 その袋を渡し、やり遂げた顔のゆんゆん。

 ……はあ、もう少し普通の友人を作ってほしい。俺がとやかく言う問題じゃないと思うが。

 

「ゆんゆん?えっと、何してんの?」

 

「えへへ、『友人』のバニルさんに頼まれちゃって。私にしか出来ないことだからって」

 

 めちゃくちゃ利用されてんじゃねえか。

 嬉しそうに微笑むゆんゆんの顔を見てると、利用されてるとかは言い辛くなってしまって、ため息が出た。

 ただ流石に黙ったままという訳にもいかず、バニルさんに注意ぐらいはしておこう。

 バニルさんに近付き、バニルさんにしか聞こえないような声で話す。

 

「バニルさん、なるべくこういうのは控えてくれよ?」

 

「了解した」

 

 仮面に覆われてない口をニッカリと笑いながら、そう言った。

 バニルさん、絶対了解してないだろ。

 その後バニルさんはゆんゆんへと向き直る。

 

「さて、最近なかなか恋仲が進展せずモヤモヤしてどうアタックするか日々悩んでいる娘よ」

 

「わあああああああああああ!!!な、ななななんてこと言うの、バニルさん!?ち、違うから!!今のはバニルさんの冗談だから!嘘だから!」

 

 いや、こういう時のバニルさんって嘘付かないからな…。

 そ、そうか。悩んでたのか…。早く進めすぎると、がっついてる感があってダメかなとか思ってたけど、ウエルカムだったか。

 ありがとう、バニルさん。俺頑張るよ。

 ゆんゆんが言い訳を俺に必死に並べ立てると、バニルさんがゆんゆんを手招きする。

 ゆんゆんは涙目になりながらも素直にバニルさんの元へ行く。

 俺も気になったので近くへと行こうとしたら、これは我輩を手伝ってくれたお礼だと言って近付くのを許してくれなかった。

 不審に思いながらも言う通り離れると、ゆんゆんとバニルさんはヒソヒソと話し始めた。

 俺は良さげな商品が無いか見に来たのが本来の理由だ。客も少ないし、適当に見させてもらおう。

 一分もしない内にゆんゆんが隣に来た。

 

「もう終わったのか?」

 

「うん。ちょっとした助言?みたいなものだったから」

 

「へえ、なんだったんだ?」

 

「えっと、明日のデートで行った方が良さそうなところを教えてもらったの」

 

「あ、ああ。そ、そうか」

 

 照れ臭くなって、誤魔化すように商品棚の方に顔を向けた。

 わざわざ見通す悪魔のバニルさんに教えてもらってたのか。

 明日は良い日になるように全力で頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 今夜はなんだか落ち着かなくて、早めに家を出た。

 もしサキュバスさん達から夢を見せてもらえなかったらどうしようという不安もあったが、久しぶりのサービスが楽しみでしょうがなかった。

 今のゆんゆんに加えて大人ゆんゆんも相手にするという最高の夢だ。

 前回はヒィヒィ言わせるまで二人を攻める夢だったが、今回は二人にご奉仕してもらう夢にした。

 

 いつもの宿に着いた俺は宿の主人から鍵を受け取り、その部屋へと向かう。

 部屋は二階の奥にあるところだった。

 そこを開錠し、扉を開けて中へ入ろうとした瞬間

 

 ドン!!

 

「っ…な、なんだ…?」

 

 驚き思わず声に出た。

 俺のすぐ横の壁を思い切り叩いたような音が静かな宿に響き渡った。

 そこはこの宿の二階の突き当たりの壁なので、叩くような音がするのはおかしい。

 この宿でこんな現象は起きたことがないが、外で何かがぶつかったのだろうか。

 数秒程その壁を見ていたが、特に何も起きなかったので、そのまま部屋へと入った。

 施錠し、ベッドへ向かおうとして固まった。

 ベッドの前に人が立っている。

 その人物は杖を持ち、ニコニコした表情を浮かべ、紅い瞳を爛々と輝かせていた。

 

 というか、ゆんゆんだった。

 

「!?」

 

 俺が声すら出ない程驚いて固まっていると、ゆんゆんは俺に杖を向けてくる。

 まるで銃を突きつけられた時のように、無抵抗を全力で示す為に俺は両手を上げた。

 

「え、な、なんでっ!?なんでゆんゆんがここにいるんだ!?」

 

「バニルさんが今夜のヒカルの動向を見ておくように言われたの。それで『ライト・オブ・リフレクション』で後を追ってきたの」

 

「……」

 

 あ、あ、あのくそ悪魔あああああああああああああ!!!!やりやがったな!!

 『ライト・オブ・リフレクション』光の屈折魔法。姿が見えなくなる魔法だ。

 ずっとゆんゆんは姿を隠して着いてきていて、部屋に入る前に音が壁を叩いたような音がしたのは、姿を隠したゆんゆんが壁を叩いて部屋に入れるように俺の注意を引く為のものだったのか。

 

「ヒカル」

 

「はいっ!」

 

 聞いたことがないほど冷たい声で呼ばれたのが怖くて、恐怖を払拭するように大きな声で返事をした。

 

「『フリーズ・バインド』と『ライトニング・バインド』どっちがいい?」

 

「待って!?なんで魔法を撃たれる前提なんだっ!?俺なんもしてないぞ!?」

 

 そ、そうだ。まだサキュバスさんのお世話になったことは知られていないはず。

 ゆんゆんは杖を持ったまま俺へと近付いて来る。

 

「い、いやいやいやいや!おかしいって!な、何が起こった!?俺なんかした!?」

 

「……こんなところに来ておいて惚けるんだ?」

 

「は、はあ!?ま、まじで何の話!?いや、何の話ですか!?」

 

 俺が喋ってる途中で更に杖が突きつけられて恐怖で思わず敬語になった。

 

「……してるんでしょう?」

 

「え…な、なんて?」

 

 ぼそぼそと話すせいで聞こえなかった俺は聞き返すと、ゆんゆんはキッと睨むような目付きになり、先程とは表情も声も変わっていた。

 

「浮気してるんでしょう!?」

 

「は、はああああ!?」

 

 いきなりの浮気判定を食らった俺は素っ頓狂な声を上げた。

 わ、訳がわからん。ゆんゆんと付き合いだしてから、他の女性になんか興味無いぞ。

 

「ちょ、ちょっと待った!なんでそんな話になったんだ!?」

 

「惚ける気!?一人でわざわざこんな宿に来る訳ないでしょう!?」

 

 え、あー……なるほど。

 俺の行動は確かに誤解をさせるものだったかもしれない。

 目を紅く輝かせた興奮気味のゆんゆんにどう説明したものか。

 

「い、いや、違うって!ちょっと落ち着いて」

 

「落ち着けるわけないでしょ!?誰よ!?私の知ってる人じゃないでしょうね!?」

 

「浮気なんかするわけないだろ!ゆんゆんのことが一番好きなのに!」

 

「っ……じゃ、じゃあ何でこんなところに来たのよ!私達の家があるのに、一人で宿に泊まりに来るなんておかしいでしょ!?」

 

 少し照れたが、すぐに怒り顔に戻って怒鳴り散らして来る。

 これ以上ゆんゆんに誤解されたくないし、不安にさせたくない。

 俺は全てを話すことにした。

 

 

 

 

 

「……つまりサキュバスが男の人の都合の良い夢を見せてくれるサービスを売りにしてる店があって、今夜それを受けようとしてってこと?」

 

「はい」

 

「……」

 

 疑うような、睨むような視線を俺へと向けてくる。

 床に正座して、今夜エロい夢を見ようとしてましたーなんてことを彼女に打ち明けた上に、そんな視線を向けられて俺の心はボロボロだ。

 バニルさんめ、覚えておけよ。

 

「……本当なの?」

 

「あの、疑うのならこの宿にいればサキュバスさん来るし、夢を見るのがダメなら素直に帰るよ」

 

「…………見ようとしたの?」

 

「はい?」

 

「どんな夢を見ようとしたの!?」

 

 顔を赤くして俺に聞いてくる。

 え、これ言わなきゃダメなんですか?

 目も紅く光らせて、俺に迫るように近付いてくる。

 ダメだ、これ言わなきゃダメなやつだ。

 

「あー…ゆんゆんとなんというか」

 

「わ、私となに?」

 

「その、あれっていうか」

 

「あ、あれ?」

 

 くそっ!この羞恥プレイはなんだっ!?

 も、もう知らん!全部綺麗に何かも言ってやるわこの野郎!

 

「ゆ、ゆんゆんと大人ゆんゆん二人を相手にセッ◯スする夢を見ようとしてました!」

 

「っっ!?!?」

 

 耳まで真っ赤にしたゆんゆんは今にも爆発しそうな程だ。目も更に紅く輝かせている。

 聞いてきたのはゆんゆんだからな。

 俺は悪くない。

 

「ちなみに今日は二人のゆんゆんにいろいろなご奉仕をしてもらう予定だった。具体的には二人のゆんゆんの胸で」

 

「まっ!?待って!わかった!わかったから!」

 

 ゆんゆんは手で顔を覆い、指の隙間から俺と目が合うとすぐにまた隠した。

 そんな反応が可愛く見えてしょうがない。

 一分ほど沈黙が続き、ゆんゆんは顔を明後日の方向に向いたまま話しかけてくる。

 

「ねえ、何で大人の私もいるの?」

 

「夢はでっかく持てって、お父さんとお母さんに言われました!」

 

「それ違う夢でしょ!?そ、そうじゃなくて、い、今の私じゃ不満なの…?」

 

 少し不安そうな目をこちらへ向けてそう言った。違う。そんなんじゃなくて。

 

「いや、そうじゃないよ。前二人を相手にする夢が最高だったのでつい」

 

「二回目なの!?」

 

「いや、多分四回目ぐらい?」

 

「や、やめてよ!もうそのサキュバスのお店は禁止!禁止だから!」

 

「お、俺に、死ねと……?」

 

「い、言ってないわよ!だ、だから、その、えっと…」

 

 再び顔を赤くして、モジモジし出すゆんゆん。

 

「お店は禁止、だけど、その、現実の私がいるから…」

 

 上目遣いでそんな爆弾発言をしてきた。

 あまりの衝撃で固まる俺と、歩いてベッドへと向かい、そのまま腰掛けるゆんゆん。

 ベッドへ腰掛けたゆんゆんと目が合うと、恥ずかしそうに目を逸らしたが、すぐにまた目を合わせて、自分の隣をポンポンと叩いてそこへ座るように指示してくる。

 

 ま、まじで?

 明日デートだよ?今日行っちゃっていいんですか?イッちゃっていいんですか?いいんだよねこれ。

 

 俺も立ち上がり、ベッドへと向かおうとする。

 

「ヒカル?な、なんでそんなおじいちゃんみたいに腰曲げて歩いてるの?」

 

「え、いや、これはちょっとですね」

 

 適当に誤魔化しながら、ベッドへ辿り着く。

 だが、まずい。この状態で座ったらすぐバレる。やばい、どうしよう。

 

「きゃっ!?ちょっと、いきなり飛び込まないでよ」

 

「ご、ごめんごめん!なんかベッドに飛び込みたくなる時ない!?いやあ、良いベッドだなあ!」

 

 俺は誤魔化す為にベッドへ飛び込み、うつ伏せでそのまま話す。

 

「え?そう?普通のベッドだと思うけど…。それよりも、隣に座ってよ。一緒の時間、作りたいから」

 

 照れながらも直球で気持ちをぶつけてくるゆんゆん。

 これ以上の誤魔化しは逆に失礼になる。

 俺は起き上がって、ゆんゆんの隣へ座る。

 するとすぐに、ゆんゆんは腕を組んで嬉しそうな表情を見せた。

 

「あのね、ヒカル。…あっ」

 

 すぐに気付いたゆんゆんはバッと顔を背けた。

 

「あのな、ゆんゆん。これは…」

 

「う、うん。わ、わわわわかってるから!そ、そのちょっとだけ待って!」

 

「いや、これはアレだから。服のシワだからまじで」

 

「……そ、それはその、あり得ないと思うけど」

 

 ゆんゆんがチラチラと俺のズボンのシワのところを見てくる。

 やめて。見過ぎだって。

 治ってくれなくなっちゃう。

 

「ゆんゆん!その気にしなくていいから!普通に俺と話そう」

 

「え、う、うん!そ、そうね!」

 

 そう言いながらと俺と会話する時チラチラと俺のズボンのシワを見ていた。

 会話してると気分が紛れてくると思ったのに、ゆんゆんがたまに見るせいでまた意識し始めちゃうじゃねえか!

 ゆんゆんの顔に優しく触れて、こちらへ向けさせる。

 

「ぁぅ…」

 

 顔を赤くしたゆんゆんと見つめ合う時間が過ぎる。

 こんなドキドキして、幸せな時間を過ごしてといいのか、なんて思ってしまう。

 

「ゆんゆん、その」

「ヒカル、あのね?」

 

 二人の言葉が同時に出てきた。

 俺が黙ると、ゆんゆんも少し黙ったが、意外にもそのまま話し続けた。

 

「バニルさんが言ったこと、実はその本当なの」

 

「バニルさん?」

 

 いきなり出てきたバニルさんに思わずきょとんした表情になる俺。

 

「ヒカルと進展してなくて焦ってる、っていうそのアレです…」

 

 昼間のウィズ魔道具店での会話だ。

 知ってはいたが、事実だゆんゆんが認めるとは思わなかった。

 

「だから、その、ヒカルと進展したい、です」

 

 顔を真っ赤にして、真っ直ぐな紅い瞳でそう言った。

 ゆんゆんからまた言わせてしまった。

 今度こそ俺がリードしようと思っていたのに。

 自分を情けなく思っていると、ゆんゆんは目を瞑り、俺が来るのを待った。

 俺は返事は出せなかったが、ただ動くことは出来た。

 これ以上、情けない姿を見せない為に。

 ゆんゆんの顔へ近付き、唇を重ねた。

 

 唇を離すと、ゆんゆんは幸せな表情を浮かべて俺に抱きついてくる。

 幸福感に包まれた俺達は、二人で夜を明かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて、都合の良い終わりは無く。

 

「あの、ゆんゆんさん」

 

「わ、わかってる!わかってるけど、もう少し待って!」

 

「いや、あのそうじゃなくて」

 

「もう少し心の準備だけさせて!そ、その私はは、初めてだから…その」

 

「違うって。そうじゃないんだってマジで」

 

 幸せに抱き合った俺達は、今夜はどうしようかという話をしたら、今日は帰りたくないとゆんゆんに言われてしまってこの宿で過ごすことになった。

 そこまでは良かったのだが、もう今夜は寝ようとなってから緊張してガチガチになったゆんゆんを見て俺はすでにズボンのシワもなくなるほど冷静になっていた。

 二人でベッドに入ってから話しかけているのだが、ゆんゆんは完全にこの後アレな展開になると思い込んでいて、全然話を聞いてくれない。

 

「ゆんゆんさん、今日はしないから。落ち着いて」

 

「えっ、な、なんで!?ヒカルの、あの、ズボンのところ大変なことになってたのに…」

 

「も、もう大変になってないから!今日はしっかり寝て、明日のデートを楽しもう。な?」

 

 そう言うと、ホッとしたような、納得いってないような表情を見せた後、頷いてきた。

 

「ごめんね。待たせちゃったからだよね?」

 

「違うって。ほら、早く寝る」

 

 そう言って抱き寄せると、ゆんゆんは幸せそうなため息を吐く。

 その息が胸に当たってくすぐったい。

 ゆんゆんの匂いが充満して、今度は俺が落ち着かなくなってきた。

 あ、やばい。ちょっと反応してきちゃった。

 

「ゆんゆんさん、お願いがあるんですけど」

 

「なあに?」

 

 甘えるような声で返事が返ってくる。

 

「あの、落ち着かなくなってきたので、スリープかけてください」

 

「……もう」

 

 呆れてるけど、少し微笑むような顔になり、スリープの詠唱を始めた。

 

「ありがとな、ゆんゆん」

 

「うん。『スリープ』」

 

 ゆんゆんに魔法をかけられて一気に目蓋が重くなっていって

 

「おやすみ、ヒカル」

 

「お、やす…み」

 

 意識が無くなる直前、唇に柔らかい感触がした。

 





またpaprika193様に絵を頂いちゃいました。
ああ、もう本当にありがとうございます。
絵は頂いてますが、更新ペース変わらなくてすみません。
許してください、なんでも島風。
さて、絵ですがトリスターノの日常風景みたいな絵ですね。
トリスターノ単体の絵って、愛されすぎでは?
それにイケメンだな、腹立つ。
これだからイケメンは。
重ねてお礼を言いますが、素敵な絵をありがとうございます!
また目次のところにありますので、皆さんも是非見ていってください。

次回から5章ラストに入っていきます。


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72話


5章ラストに入るお話がなかなか書けない状態が続いてるので、本当は6章に入ってから投稿する予定だったお話を投稿します。

72話です。さあ、いってみよう。



 

 

「ねえ、またエイミーさんの胸見てたでしょ?」

 

「えっ!?いやいやいやいや!そんなわけないだろ!」

 

 ゆんゆんと一晩を過ごしてから数日後の昼下がり。

 俺とゆんゆんが買い出しに出ていた時のこと。

 先程エイミーさんに会って、世間話をしつつ、そこで野菜を購入した。

 エイミーさんは獣人族のそれはそれはたわわに実ったドエロく、それでいて母性の擬人化みたいな女性で、そのたわわに目を奪われてた疑惑がかけられていた。

 

「ふうーん?」

 

「な、なんだよ?言っておくけど、俺はゆんゆん一筋だぞ?」

 

「そ、それは、し、知ってるけど…」

 

 知ってると言いつつ、少し赤面するゆんゆんを愛おしく思う一方、謂れのない疑いは早く晴らさなければならないと感じた俺は理解を得るべく話を続ける。

 

「もう変なこと言わないでくれよ。大きければいいわけじゃないからな」

 

「でもエイミーさんが立ち上がった時、すごい揺れてなかった?」

 

「そうなんだよ。あの動きだけであの躍動感はマジで驚きだ。あれはベルゼルグ随一の巨乳と言っても過言ではな……あっ」

 

「……」

 

 誘導尋問だと…っ!?ゆんゆん、いつの間にそんな技術を!?

 睨んでくる圧力に負けて、目を逸らす。

 

「い、いや、あのですね…」

 

「見てたんだ」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 言い訳をしようかと思ったけど、何も思い付かなかった。

 ゆんゆんがはあ、とため息をつく。

 だって、自然と目が行くんだもん。

 男なら、しょうがなくない?

 女性側からしたら、何言ってんだこいつ状態だろうけど。

 

「でも、その、目は行っちゃったけど、ゆんゆんが一番好きなのは変わらないっていうか…」

 

「……」

 

「し、信じてくれよ…」

 

「そんなに、気になっちゃうものなの?」

 

「え、何が?」

 

「その、胸」

「はい」

 

 ちょっと食い気味になってしまった。

 だって、男だし。

 俺の返事を聞いてから、ゆんゆんは少しモジモジし始める。

 

「じゃあさ」

 

「はい」

 

「胸を、さ、触らせてあげたら、他の人の見ない?」

「見ません」

 

 俺はこの時ほど後のことを考えないで喋ったことはないだろう。

 でも、こんなことを言われたら男として、ゆんゆんの彼氏として応えなければならない。

 

 

 

 決して性欲に流されたわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は買い出しから帰ってきて、買ってきたものを片付けたら、約束通りゆんゆんにすぐに俺の部屋に来てもらった。

 

「では、その、いいんですね?」

 

「う、うん…」

 

 落ち着け。俺は童貞じゃない。

 だけど、ゆんゆんの胸って考えると興奮が収まらない。自然と息が荒くなる。

 

「ね、ねえヒカル?さ、触るだけだからね?ヒナちゃん達だって、もう少しで帰ってくるんだから」

 

「存じております」

 

「その口調はなに!?絶対わかってないでしょ!?」

 

 ゆんゆんが耳まで赤くなった状態で振り返ってツッコミを入れてくる。

 今の状態を説明すると、ベッドに座ってる俺の足の間にゆんゆんが座っている。

 正面から触られるのは恥ずかしいからと、こんな体勢になった。

 もうわかってるか、わかってないかなんてクソほどどうでもいい。

 何度か触ったことはあるが、今回は正式に触っていいと許可が出たんだ。

 

 揉み倒す。

 

 逆にゆんゆんに「え…や、やめちゃうの?」とか言わせてやる。

 その山、登らせてもらうっ!

 お腹の方から、ゆっくりと焦らすように上へと手を動かしていく。

 

「ぅぅ…」

 

 その頂きに辿り着く。

 もにゅもにゅ。

 

「ぁっ…んっ…」

 

 なんということか。

 遥かな高みにそれはあったのだ。

 天上の果実。まさか実在していたとは。

 (ガードの)厳しさを感じると共に、母性のような優しさを感じる。

 これがアヴァロン。

 生きててよかった。

 これからこれを幾らでも好きにしていいなんて、俺は何て幸せものなんだ(好きにしていいとは言われてない)

 あまりの興奮に、下半身に熱が帯びる。

 最近ご無沙汰な彼が、俺の出番だヒャッハーとテンション爆上げ状態だ。

 

「んぅ…ね、ぇ…もう少し、その、いやらしく触らない感じで」

 

「むり」

 

「少しは直す姿勢を見せてよ!」

 

「フーフー」

 

「ん…鼻息、当たって、くすぐったい」

 

 耳まで赤くなってるところを見ると、俺はなんとも嗜虐心をくすぐられてしょうがない。

 俺はゆんゆんに体をくっつけて、全身でゆんゆんを味わうことにした。

 抱きつくようにして、左手で右の、右手で左の果実を弄ぶ。

 

「やっ…ちょ、ちょっとぉ…」

 

「だめ?」

 

 わざと耳元で囁くように聞く。

 びくりと動いて、俺の口から少し離れるように頭を動かす。

 

「だめ…じゃない、けど、んっ…ぁっ…耳弱いからぁ…もう少し、離れてぇ…」

 

 それは良いことを聞いた。

 離れる理由がなくなった。

 ゆんゆんの甘い匂いと声。

 もっと欲しい。

 ゆんゆんがもっと欲しい。

 

「ゆんゆん」

 

「ゃぁ…耳元、やめてったらぁ…」

 

「直接触っていい?」

 

「はぁ…はぁ…んっ…はぁ…ぁ…」

 

 ゆんゆんは荒い息で、コクリと頷いてきた。

 俺は開いた胸元から、そのまま手を突っ込んだ瞬間、俺の手に合わせて自由自在に姿を変える温かな存在に思わず息を呑んだ。

 そのインパクトたるや凄まじく、手に合わせて形を変える柔軟性だけでなく、ほど良い弾力に富んでいた。

 今まで触ってきた中で、確実に一番の胸の感触。

 鷲掴みのようにすると、手の中心部に固めのモノが当たる。

 ゆんゆんもしっかり興奮しているみたいだ。

 それの周りをくるくると指で遊んでから焦らした後、指でピンと弾いた。

 

「んあっ!」

 

 ゆんゆんのたまらず出した甘い声が俺を狂わせる。

 左右順番に弾くと、ビクビクと何度も震えて、何度も喘いだ。

 

「はぁ…ゆんゆん、はぁ…はぁ…ゆんゆん」

 

 耳元で囁きながら、軽くキスして、指は何度も胸を攻め立てた。

 

「あ、やっ!ダメ!〜っっ!!」

 

 すると、声を抑えながら一際大きくビクビクと震えると、脱力し始めた。

 そんなに気持ちよかったのか。

 

「ゆんゆん、気持ち良かった?」

 

「はぁ…はぁ…ぅん…」

 

 胸を弄びながら聞くと、小さいがちゃんと返事が返ってきた。

 

 もう辛抱堪らん。

 

 すでに理性は遥か彼方に飛んでいった。

 胸を触るだけで満足するわけないだろ。これからゆんゆんを俺のものにする。もう俺を止められるものはいない。

 

「ゆんゆん。下はどうなってる?」

 

「ふぇ?…ぁ……」

 

 胸から左手を引き抜いて足を撫でると、意味を理解したのか、ゆんゆんの手が俺の左手を掴んでくる。

 

「どうしたの?」

 

「…だ、め」

 

 聞こえないぐらいの声で拒否してくる。

 抵抗するなんて、いけないんだ。

 年下のくせに、俺を良いように攻めてくれた罰だ。年上の男をその気にさせた罪は大きい。

 ゆんゆんの左耳にキスした後、そのまま舐め始める。

 

「っ!んっ!だ、だめえ!」

 

 いやいやと首を振ってくるのを右手でゆんゆんの顎を軽く持って止める。

 ゆんゆんがそれでも抵抗しようと、両手で俺の右手を退けようとした。

 左手を止めるものが無くなった俺は、そのままゆんゆんのスカートに

 

『ただいまーー!』

 

「「!!!!」」

 

 驚きのあまり、天上高くまで飛び上がる。

 ゆんゆんを飛び越え、俺は綺麗に縦に二回転し、音もなく床に着地し、受け身を取りながら開脚前転をして、そのままストレッチの体勢に移行した。

 その数秒後パタパタと足音がしたかと思ったら、そのままガチャリと扉が開いた。

 

「ただいまー!ねえ、ゆんゆん見な、ってゆんゆんここにいたんだ」

 

「お、おかえりなさい!う、うん!二人で少し話してたんだ」

 

「おかえり!今日は早いな!」

 

「え?いつも通りだと思うけど…。そろそろ夕飯の準備するから、早めに来てね!」

 

 そのままパタンと閉めて、出て行くヒナ。

 

「……ふぅ…危なかったな、ゆんゆん」

 

「……」

 

 へんじがない。

 

「ゆんゆん?」

 

 振り返ると、不機嫌そうにそっぽを向いていた。

 

「ゆんゆんさん?」

 

 移動して、ゆんゆんが向いてる方に行くと、違う方にそっぽを向かれる。

 

「ゆんゆん様?」

 

 また移動するが、またそっぽを向かれた。

 

「あの、もしかしなくても、怒ってらっしゃいますか?」

 

「……」

 

 やばい。これは今までにないほど怒ってる。

 今までここまで返事してくれなかったことはない。

 

「そ、そのごめんなさい。やりすぎました。あの、シカトは大変傷付くので、許していただけませんか?」

 

 ゆんゆんはそのまま立ち上がると、出て行こうとする。

 それを止めようと手を掴もうとしたら、少し乱暴に払われた。

 ショックで固まってると、ゆんゆんはそのまま出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、飲みすぎだぞ」

 

「ああ?」

 

 肩に手を置かれて、話しかけられる。

 見ると、チンピラ三人組とリーンがこちらを見ていた。

 

「どうしたのよ?あんたが一人でこんな飲むなんて珍しすぎない?」

 

 リーンが心配そうに俺に話しかけてくる。

 

「んだよこのやろう、俺は大丈夫ですー」

 

「目据わってるし、全然大丈夫じゃねえよ、コイツ」

 

 キースが呆れたように言ってくる。

 なんとでも言え。やっと気持ち良くなってきたところだ。邪魔しないでくれ。

 

「マジでどうしたんだ?話ぐらい聞くぞ?」

 

 カズマが隣に座って、同じように酒を注文し始めた。

 

「そうだよ。お前がこんなんなってるとか面白すぎるしな」

 

 ダストがそう言ってニヤつきながら、カズマお同じように俺の隣に座ってくる。

 

「そうよ、たまには話聞かせなさい。ヒカルがこんなになるなんて相当なことがあったんでしょう?」

 

 リーンが対面に座り、キースもその隣に座った。

 

「うわ、お前呑んだなー。この金持ちめ」

 

 キースが伝票を見て、そう言ってくる。

 たまに金使うぐらいいいだろ。

 

「ほれ、話聞かせてみろよ」

 

 

 

 

 

「もう三日だよこのやろう…全然口きいてくれねえでやんの!」

 

「コイツの自業自得じゃねえかよ」

「はあ……心配して損した。まあ、喧嘩ぐらいなら可愛いものじゃない」

「てか付き合ってんのかよざまあみろ」

 

 ダストのパーティー三人組が思い思いを口にする。

 なんだよこいつら、全然わかってねえ。

 

「わかる!わかるぞその気持ち!」

 

 そんな中カズマだけが俺のことをわかってくれた。

 流石日本の同士。

 同じ紅魔族を思い人にしてるだけのことはある。

 

「あいつら、その気にさせて、いざ手出されたらすぐ被害者ぶるもんな!」

 

「カズマ!お前はわかってくれると思ってた!みんな話を聞くと、こいつらみてえな顔するんだよ!」

 

「「当然の反応だろ」」

「当然の反応でしょ」

 

「しかも俺はちゃんと謝ったんだぞ!?ずっと!ずっと謝ったのに、三日間フルシカト!ファ○ク!」

 

「おいおい、最低だな!あいつら、少し顔がいいからって、絶対お高くとまってるよな」

 

「ほんとそれ!ゴクゴク…っぷはぁ!お姉さん!シュワシュワもう一杯とカエルの唐揚げ一つください!」

 

 

 

「この前紅魔の里に行った時なんかよぉ…酒場で会った紅魔の子二人に散々飲まされて、誘ってきてる感じだったから、ちょっと肩組んで色々誘っただけで『手出された』扱いだよ!どう思うよ!?」

 

『それはどうかと思う』

 

「なんでだこのやろう!!」

 

 さっきまでウンウン聞いてくれたカズマでさえ、あちら側に回ってしまった。

 

「ヒカルがまさかこんなに女性にだらしないとはね…」

 

「言っただろ、コイツは俺ら側だってな」

 

「別れちまえ別れちまえ。お前は独り身で遊んでる方が似合ってるって。俺達と遊ぶ日々に戻ろうぜ」

 

「うるせえんだよこのやろう。もう俺は一人だよ。誰も俺を愛さないんだそうなんだ」

 

「めんどくせえ酔い方してきたなコイツ」

 

「もう、しょうがないわね。ヒカルのパーティーの人達呼んでくるわ。そろそろ帰らせないと」

 

「どうせコイツがここで飲んでるってことは仲間も女に手出す奴扱いしてんじゃねえの?呼ばない方がいいんじゃね?」

 

「そうだ。俺の屋敷来るか?一晩ぐらい泊めてやるよ」

 

「カズマ…。マジでありがとう、助かるよ」

 

 持つべきものは友。

 やっぱり恋人とかじゃねえんだ。

 恋なんて、すぐ変わるし、すぐ終わるもんだ。

 その点、友情はどうだ。何年経とうと変わらねえ。終わることもそうそう無い。

 俺なんかが調子乗って恋人なんか作ったから、アホなことしちまったんだ。

 これからは

 

「カズマさん、せっかくですがお泊まりはキャンセルでお願いします」

「泊まる必要なんてありませんからね」

「明日の朝食当番はヒカルだしね」

 

 そんな声が後ろからかけられる。

 見なくてもわかるが、あいつらだ。

 振り返ると、不機嫌な女性二人と苦笑いのトリスターノがそこにいた。

 

「おいおーい!さっきまで口効かないぐらい喧嘩してたくせに、いざ用ができると自分から話しかけるのかよー?」

 

「ちょっと、ダスト!」

 

「そうだぜ!随分と勝手がいいじゃねえか!ヒカルはこんなに傷付いてるのになー!」

 

「キース!」

 

 ダストとキースが野次を飛ばし、それを注意するリーン。

 

「知りません。ほら、ヒカル。帰るよ」

 

 ヒナが俺の肩を叩いて、そう言ってくる。

 

「帰りましょう、リーダー」

 

 にこやかに言ってくるトリスターノ。

 

「……ごめん。帰ろう、ヒカル」

 

 謝ってくるゆんゆん。

 

「お前ら、今日は楽しかったぜ。またな」

 

『立ち直り早えよ!!!』

 

 全員のツッコミを受けながら、俺はスッと立ってギルドを後にした。

 でも、俺はこの後ヒナに説教されて、ゆんゆんのご機嫌取りをして、トリスターノにニヤニヤされるハメになった。

 

 まあ、あれだ。

 だいたいいつも通りだ。

 





乙女心って本当にめんどく…複雑ですよね。
ムード壊すと大変なことになる。
男心は簡単。だいたいち◯ちん。

さて、papurika193様から三枚目の絵をいただきました。
僕の投稿が遅すぎてここで書く前に感想で気付かれるという…。
papurika193様と僕の会話の流れで出来た最高の絵。まさかの僕(ひなたさん)出演。
ヒナギクと僕の絵です。
本当にpapurika193様、ありがとうございます。
せめてボディー三発ぐらいにして欲しかったです。
また目次のところにありますので、是非見ていってくださると嬉しいです。


最近忙しかったり、言い方がアレなんですけど少しスランプ気味でなかなか書けない状態が続いたので、先にこれを投稿させていただきました。
次回こそ5章ラストのお話に入っていきます。
もしかしたら近々またアンケートやるかもです。
それで5章ラストの流れが変わったり…?
お楽しみに。


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支援絵とおまけ

タイトルの通り、本編ではありません。
申し訳ないです。

papurika193様からの支援絵をいただいており、いつも目次、というかあらすじのところに貼っていたのですが、めちゃくちゃ送ってくるせい…じゃない、送ってくださるおかげで、あらすじのところが長くなってきて見辛くなってきたので、支援絵を貼る場所を作りました。

これからも送ると仰っていたので、支援絵が来ましたーと後書きで報告した際はここに見に来てください。


それとほんの少しだけオマケ。
これは読まなくてもいいお話なので、スルーでも問題ありません。
タイトルをつけるなら
『No』の先のハッピーエンド⓪
です。
それとほんの少しだけ補足がありますので興味ある方だけお読みいただければと思います。


papurika193様からの注意。

支援絵のヒカル、ヒナギク、トリタンのデザインは私の勝手なイメージなのであしからず。

 

 

 

papurika193様からいただいた全員集合の支援絵。

ひなたさん的にもこれが一番のお気に入り。

ぼっちーズ

 

【挿絵表示】

 

ゆんゆんのこんな笑顔が見たかったのです。

 

 

 

 

白銀光

イメージ絵(自作)(作成途中)

 

【挿絵表示】

 

また書くとは言っていない。

 

 

 

 

papurika193様からいただいきました白銀光の支援絵。

桜と光

 

【挿絵表示】

 

カズマと協力して和服を作る…みたいな展開作って、みんな和服にしたいな。

 

 

 

 

 

トリスターノ

papurika 193様からいただいたトリスターノの支援絵。

トリスターノの日常?

 

【挿絵表示】

 

なに幼女に囲まれてんだこの野郎。

これだからイケメンは。

 

 

 

 

 

ヒナギク

papurika193様からいただいたヒナギクの支援絵。

ヒナギクと僕(ひなたさん)

 

【挿絵表示】

 

Twitterにて僕とpapurika193様との会話で生まれた支援絵です。

 

 

 

 

 

9/27更新

ゆんゆん(デスス◯ンガーの姿)

 

【挿絵表示】

 

最近霧の森で遊んでばかりいたせいか、papurika193様がコラボしたような絵を描いてくださりました。

何故このキラーかと言うとpapurika193様の好みです。

胸の表現とゆんゆんのスタイルの良さが出てていいですね

 

 

10/4更新

ヒカル(ゴー◯トフェイスの姿)

 

【挿絵表示】

 

まさかの霧の森の姿、第二弾。

papurika193様の画力が上がってるのに、俺ときたら。

ヒカルよ、ゴスフェのかっこよさに便乗していけ。

 

 

 

10/29

ヒナギク(ハロウィン)

 

【挿絵表示】

 

ハッピーハロウィン!

paprika193様、また画力上がりましたね。

最高に可愛い馬鹿野郎達をありがとうございます。

 

 

11/8

平和な世界(?)

 

【挿絵表示】

 

ぶっちゃけ色々と謎ですが、最高の絵です。

paprika193様、ありがとうございます。

僕も一応こんな光景を妄想したことがあるので、多分この絵の意味は「この絵の短編書いて」だと思います。

いつか書くかも。多分。

 

 

12/24

メリークリスマス!

 

【挿絵表示】

【挿絵表示】

 

僕の元にもサンタさんがやってくるとは思いませんでした。

paprika193様、ありがとうございます。

トリスターノはトナカイ役ですね、流石イケメン。

どんなプレゼントが出てくるかな。

 

 

 

 

ここから先は読みたい方だけどうぞ。

 

『No』の先のハッピーエンド⓪

 

 

「ようこそ死後の世界へ。白銀光さん」

 

 目が覚めると、あたりは暗く、向かいの椅子しか見えない。

 その椅子に座っているのは、絶世の美女。

 

「辛いでしょうが、貴方の人生は終わったのです」

 

 その美女は、哀しげではあるが睨み付けるような目で俺を見ていた。

 

「……お久しぶりです。エリス様」

 

「…ええ、お久しぶりです。こんな再会になるとは思いませんでしたが」

 

 どこか責めるような口調だ。

 展開的に俺が死んだのは俺のせいではないと思うけど、バカやったのは俺だからな、しょうがない。

 

「一応、見ていました。貴方達のことを」

 

 覗きが趣味の女神様だからな。

 そんな気はしてた。

 

「私を脅しに使うのはやめてほしいのですが、貴方の勇気ある行動に免じて不問とします」

 

 どこからどこまで見ていたんだろう。

 

「ですが、分かっていたはずです。絶対に勝てないと。絶対に貴方には解決できる問題ではないと」

 

 当たり前だろ。

 フルティンでライオンを倒しに行くようなもんだ。

 諦めてただけさ。

 どうしようもない結末を知ってて、それでも突っ込んでいった。

 バカがバカして死んだ。ただそれだけ。

 

「何故あんなことをしたんですか?」

 

 それでも、バカにも譲れないものがある。

 

「決まってるでしょう。てめえが守りたいもんを守ろうとしただけです」

 

「その結果貴方は死にました。この後の彼等を守ることも見守ることもできません。貴方は彼等のリーダーだったはずです。見守る義務があったはずです」

 

 ……。

 

「あいつらはどうなりました?」

 

「相当なショックを受けていますが、無事です。騎士王も何故かあの後グレテンへと戻って行きました」

 

「なら俺の行動は無駄じゃない。やっと俺は自分の行動に結果を出せた」

 

 何やっても大きな成果を出せたことが無かった俺からしたら、三人も友達を守ることができたんだ。よくやったじゃないか。

 

「人のことをパーティーに誘っておいて、勝手に死ぬなんて随分と自分勝手ですね」

 

 あー…。

 というかこの神様、少し前まで俺のこと消そうとしてたはずなんだけど…。

 

「クリスに後のこと任せたいんですけど、ダメですか?」

 

「貴方の代わりなんて死んでも嫌です」

 

 随分と冷たいな。

 まあ、剣を振り回してきた時よりマシか。

 

「少し、見るだけでいいので、お願い、したいん、ですけど」

 

 何やってんだ俺。

 冷たくされたからって、何してんだよ。

 ガキか、お前は。

 

「…」

 

「お願い、します。あんたにしか、頼めない」

 

 情けない。

 男のくせに、情けない。

 

「俺じゃあ、もう、あいつらに、会えないから。…見てやることも、できない、から」

 

 堪えろよ。

 こんな姿見せるなんて冗談じゃない。

 死んだ後も恥晒す気か。

 

「あいつらが、バカしない、ように、どうか、どうか、見てやるだけでも、いいので」

 

 地面に額を擦り付けて頭を下げた。

 顔を隠して誤魔化した。

 土下座以上に情けないものを見せたくないから。

 

「お願い、します」

 

「……そうですね、五分程そのまま頭を下げたままお願いしてくれたら考えます」

 

「……ありがどう、ございまず」

 

 歯を食いしばって、どうにか返事をした。

 最後の最後まで俺は弱くて、馬鹿野郎だ。

 

 

 

 

 

 

「それでは、貴方の死後の案内をしましょうか」

 

 正直言ってあまり興味はない。

 もう「白銀光」は終わりなのだから。

 

「貴方の選択肢は三つ。日本で新たに生まれ変わるか。天国へ行くか。もしくは、またこの世界に生まれ変わるか。

ただ日本から来ていただいた勇敢な人の案内はほぼ決まっているのです」

 

 勇敢な人なんてどこにもいない。

 ここにいる人間は転生という言葉に浮かれて来た、ただの間抜けだ。

 

「私の力で元の世界の日本で裕福な家庭に生まれ、何不自由なく暮らせるように、転生させましょう」

 

 そっか、それはありがたいのかも。

 

「貴方の行動は褒められたものではありません。ですが、弱いことを知りつつも努力し、リーダーとしてパーティーをまとめて守ったことは誇れることだと思います」

 

 エリス様が微笑むような優しい顔を見せた。

 

「未練はあるでしょう。ですが、この後のことは私に任せてください。同じパーティーとしてあの子達を支えてみせます」

 

 俺に右手を向けた、

 

「貴方に良き出会いが」

 

「待ってください」

 

 エリス様の言葉を遮って止めた。

 

「…もう、貴方に出来ることは」

 

「そうじゃない。俺が選ぶ選択肢はそれじゃない」

 

「?」

 

「日本になんか行きたくない」

 

 エリス様は驚いた様な表情になった後、哀しい様な微笑むようなそんな表情に変わる。

 

「この世界に転生して、貴方が彼等に会うことができても記憶が」

 

「それでもない。俺は天国に行きます」

 

「……はい?」

 

「送ってください」

 

「え、ちょっと待ってください。天国の説明をアクア先輩から聞いていないんですか?」

 

「一生おじいちゃんみたいな生活するんですよね?」

 

「…それを知ってて、選ぶんですか?」

 

「はい」

 

「それが罪滅ぼしになるとでも?」

 

「そんなこと思ってない。俺は、ただ次の人生に興味が持てないだけですよ」

 

「…一応、もう一度天国について説明しましょう。天国では特に何かをすることはありません。ただ陽の光をあびながら、他の天国にいる人と話しながら、昼寝でもして過ごすところですよ?」

 

「最高っすね」

 

「ただ、これが永遠に続くわけではありません。貴方の魂が徐々に浄化されていき、無垢なる魂へと戻った時にまた転生することになります。」

 

「なんですか、俺の魂が汚いとでも言うんですか汚物扱いですか」

 

「違いますよ。浄化というのは、そうですね。あえて嫌な言い方をすると少しずつ貴方を消していくと思ってください。ゆっくりと違和感を感じないぐらいの速度で貴方が消えていきます。それは貴方の魂にある記憶や意志、その他諸々をゆっくりと漂白していきます」

 

 エリス様の表情は悲痛なものだ。

 

「それでも貴方は天国を選びますか?

貴方は二十数年しか生きていません。割と早い段階で消えますよ?

ちなみに天国で浄化された魂の転生は完全ランダムです。日本かもしれませんし、この世界かもしれない。それとも」

 

「天国で構いません」

 

「…いいんですね?」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 今日も今日とて良い天気だ。

 ご近所さんに挨拶をして、俺のお気に入りの場所に行く。

 

 少し前まで哀しい気持ちでいっぱいだったはずだが、みんなの真似をして一緒に日光浴をしていたら忘れてしまった。

 なんであんなに落ち込んでいたんだろう。

 僕にはもうそれがわからない。

 

 ん?僕?俺?どっちだっけ?

 まあいっか。

 

 忘れるということは、忘れても問題ないことだったに違いない。

 

 お気に入りの草原に着いた。

 ここで日光浴をして、夜までお昼寝をするのが最近の我のスタイル。

 夜になったら、ふかふかのベッドで寝て、また明日もここに来るのだ。

 なんて幸せなんだろう。

 でもここばっかりだと飽きちゃうかもしれない。明後日かそれ以降はまた新しいお昼寝ポイントを見つけるとしよう。

 

 ああ、ポカポカ気持ちいい。

 なんて幸せ。

 

 誰かが俺の首を触っているけど、気にならない。

 それだけリラックスしていた。

 ズルズルと誰かに引き摺られている。

 俺のお気に入りの草原が遠ざかっていく…。

 まあ、いいか。

 この人が紹介してくれるお昼寝ポイントに行こう。

 

 ガチャ、バタン

 

 扉を開け閉めした音が聞こえて、俺は投げ捨てられた。

 引き摺ってきたのはこの人なのに…。

 乱暴な人だ。

 まだ此処に来て日が浅い人なのかもしれない。可哀想に。

 でも、この陽の光を浴びてれば

 浴びてれば…?

 

 陽の光を感じない?

 

 なんで?夜になっちゃった?

 

 パシン!

 

 何かを叩いたような音がする。

 

「ーーーくだーい」

 

 パシン!

 

 また叩いたような音がして、誰かが何かを言っている。

 

「おーーくーさい!」

 

 パシン!

 

 またもや叩く音。

 なんだろう、この感覚。

 懐かしいような

 

「おきーくーさい!!たーへんーんーす!」

 

 ごつっ!

 

 俺の顔に何かがぶち当たった。

 それはとても

 

「いってえなこの野郎!!何すんだこら!」

 

 目を開けると絶世の美女がそこにいた。

 

 ん?なんか見たことあるような。

 

「やっと起きましたか」

 

 見覚えのある美女が話しかけてくる。

 なんだろう?

 

「えーっと、あー」

 

「エリスです。もう忘れちゃいましたか?」

 

 そうそう、エリス様。

 なんでエリス様がここに?

 

「急で申し訳ありませんが、貴方を転生させます」

 

 てんせい?

 なんだっけ?

 

「貴方の仲間が大変なんです」

 

「俺の、仲間が?」

 

 そんな人達がいた

 

 気がする。

 名前も顔も思い出せないけど、いたことは覚えている。

 

「このままだと最悪の未来を迎えます。この世界の全ての人間が危険に晒されます」

 

 さいあく?きけん?

 

「説明している時間も惜しい。先程行った通り貴方を転生させます。天界規定ギリギリアウトの行為ですが、この世界を滅ぼすわけにはいきません」

 

 何を言ってるか、わからない。

 エリス様が焦っていることだけはわかる。

 

「貴方の仲間の為でもあります。協力していただきます」

 

 エリス様は俺に右手を向けて、俺の足元に幾何学模様の光が浮かび上がる。

 

「俺の仲間って、どういうことだ」

 

 俺の口から勝手に言葉が出てきた。

 

「とにかく転生させます。あまり動かないでください」

 

 幾何学模様の光が強くなり、俺の体が浮かび上がる。

 

「おい!俺の仲間に何があった!」

 

 エリス様に近付こうとして、幾何学模様の光のせいか何かわからないが、阻まれる。

 

「ちょ!動かないでください!」

 

「ふざけんな!俺の仲間に何があったかって言ってんだこの野郎!」

 

 阻まれている何かを叩いてガンガンと音をたてるが、まるで効果がない。

 

「貴方を仲間の元へと転生させます。落ち着いてください!」

 

「!」

 

 ピシッと音がした。

 叩いていた場所に罅が入っていた。

 

「え、ちょ!?何してくれてるんですか!?」

 

「俺なんかやっちゃいました?」

 

「腹立つ!なんか無意識にやっちゃいました感出してるのすごい腹立つんですけど!」

 

 罅が広がっていく。

 

「え、うそ!?ま、待って!キャンセル!あー!やっぱりキャンセルなし!」

 

 俺の体はすでに空高く浮かび上がり、エリス様の声が聞こえ辛くなった。

 頭上の光に近付いて行く。

 

 パリン、と何かが割れる音がして、俺は頭上にあった光に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

ヒカリ(番外編)

イレギュラーにイレギュラーが重なって出来た本来存在しないはずの人間。

女神エリスはある程度記憶を残した状態で転生させようと考えていたが、転生時に問題が起こったのと天国での魂の浄化もあって、記憶が無いヒカルの生まれ変わりが紅魔の里に爆誕することになった。また無理矢理転生したせいで時間が少しずれている。

 

女神エリスが考えた筋書きでは、記憶がある状態でヒカルが紅魔の里に転生し、ゆんゆんに事情を話し、ヒナギクとトリスターノと合流。強くてニューゲームが始まる…予定だった。

 

すでに日本などに転生を希望している場合、ヒカルの魂がなくなってしまうことから、この強引な転生が出来るのはヒカルが死んだ後に天国を選ばなければ出来なかった(魂が残っている状態ではないといけなかった)

ちなみに天界規定ギリギリアウトをやらかした女神エリスは減給され、しばらくクリスとしての活動も出来なくなった。

 

 

 

ヒカルの記憶は無いが経験はあって、ヒカリは子供らしくない行動をすることが多く、周りの大人を混乱させたが家事を負担するなど親としては大助かりとなった。

ゆんゆんみたいに外の常識を持っていたが、友達もいなければ、自分の常識とのギャップに苦しむということは無く、前世ヒカルの日本人としての性質「周りに合わせる」で紅魔の里の変わり者の烙印を押されずに済んだ。

 

前世での経験もあり、何事もそこまで頑張らなくても出来てしまうし、友達はいても家が貧乏で家事ばかりをしているせいでなかなか遊びに行けない日常をつまらなく感じていたヒカリはゆんゆんと出会い、日常は大きく変化する。

ヒカリは最初ゆんゆんのことを「面白いリアクションをするおっぱいの大きい人」としか思っていない為、特に気にすることも無く別れるが、そのせいでゆんゆんは何とか関係を作ろうと付き纏うことになり、ゆんゆんはヒカリの中で「面白いリアクションをするおっぱいの大きい族長でストーカーの人」にランクアップした。

ちなみにおっぱいが大きいのに、最初ゆんゆんに何故そこまで興味を持たなかったかというと、あるえという規格外の存在がいたから。

 

 

こうして、終わってしまったはずの物語がまた動き始めたのだった。

 




後書きまで来てるということは全部読んでいただいたのでしょうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
番外編0話と補足は本当は投稿しないはずだったんですけど、良い機会だしぶち込みました。
本当はオリキャラの設定とかを後半にぶち込もうかと思ったんですけど、ずっと前に書いたものを修正するのに時間がかかったのでやめました。

あ、一応分かってはいると思いますが天国の設定は原作のものではなく、あるゲームの天国の設定を参考にしました。
要はオマージュです。

支援絵だけでなく、お気に入り、評価、感想ありがとうございます。
こうして書いていられるのは読んでくださる皆様のおかげです。

良ければアンケートのご協力よろしくお願いします。

支援絵や自分が書いた絵(書くとは言っていない)もここに載せていきますので、良ければたまに見に来てくださると嬉しいです。


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6章 『覚醒』と『責任』
73話



73話です。さあ、いってみよう。



 

73話

 

 

「一つ聞いてもいいですか?」

 

「え、いやだけど」

 

「……先程までは聞き辛かったんですけど、遠慮なく聞かせていただきます。ゆんゆんさんと上手くいってないんですか?」

 

「いや、別にこの前の喧嘩はそういうんじゃないっていうか、俺がやり過ぎただけだから関係ないぞ?」

 

「そうではなくてですね、付き合う前とあまり変わってない気がしまして」

 

「何言ってんだお前。女が出来たからって、男が簡単に変わると思ったら大間違いなんだよ馬鹿野郎」

 

「いえ、そうでもなくて。お二人の時間が少ないのではないかと思ったんですよ。もしかしたら私達に遠慮してるのかな、と」

 

「大きなお世話だこの野郎。あと遠慮もしてねえよ。なるべくゆんゆんの要望には答えるけど、これぐらいでいいんだよ」

 

 人前でベタベタするようなバカップルをするほど浮かれてるわけでもない。

 二人きりの時なら話は別だが。

 

 こいつには俺達の関係は気にしなくていいと言ってあるんだが、こんな話をして来るということはやっぱり気になってしまうのだろうか。

 

「意外と冷静ですね。女性にデレデレになるかと思ってました」

 

「あのな、俺にどんなイメージを抱いてるのか知らないけど、一応お前らより年上なの。落ち着いた大人の男なんだよ」

 

「……大人の男性なら暴走してやり過ぎたりしないのでは?」

 

「やかましい。てかお前の聞きたいことって、そんなことかよ。いつものストーカー癖で知り尽くしてるのかと思った」

 

「リーダーこそ私にどんなイメージを抱いてるんですか!……少し心配してたというのに」

 

 どんなイメージってお前……。

 にしてもそんなに気にすることかね。

 まあ女がいるからってキース達みたいに嫉妬やら何やらの感情をぶつけてこないだけいいか。

 こいつはハーレムがいるせいか落ち着いてはいるのだが、俺達のことを気にし過ぎな気がする。

 こいつもおかしな属性をてんこ盛りにしてはいるものの良い奴だからな。

 

「わかったわかった。心配してくれてありがとよ。なんだかんだでちゃんとやるから安心しろ」

 

 手をふりふり振って、遇らうようにそう言うと、トリスターノは意外にも頷いてきた。

 

「確かにリーダーなら、なんとかしそうですけどね」

 

「そんな感じで信じてくれ。喧嘩しつつも仲良くやるさ」

 

「いや、喧嘩するんですか」

 

 呆れたような声がトリスターノから返ってくる。

 

「するに決まってんだろ。どの規模であれ、喧嘩ぐらい出来ないようなら別れた方がいいぞ」

 

「なんか年上っぽくなってきましたね」

 

「ぽいじゃなくて年上だろうが。これは俺もよく見てきたからわかるんだけど、男側もまだガキンチョの年ならわからなくもないけど、アホみたいに人前でもイチャイチャして女の言うことばかり聞いて早々に結婚だなんだとか言ってる奴ほど、すぐ別れんだよ」

 

「あー…」

 

 トリスターノが何とも言えない顔になっているが続ける。

 

「人の気持ちなんか簡単に変わるんだよ。お互いの理想と現実とのすり合わせして、それでも好きだ、こいつと一緒にいたい、ってなって初めて結婚考えるんだよ。それをお前、たかが付き合った程度で口に出すから後で笑い者にされたり、別れたショックで立ち直れなくなったりするの」

 

「……あの、失礼ですけど、めちゃくちゃ詳しくないですか?」

 

「日本にいた時の同期とか後輩にいたんだよそういうの。付き合えて嬉しいのはわかるけど、実際は付き合ってからが大変なんだよ」

 

「あーまあ、確かに」

 

「だろ?よく物語とかで付き合うまでのものを描いて、告白して成功してハッピーエンド、ここからは皆さんのご想像にお任せします的なのがあるけど、現実だったらあんなのすぐ別れてるから」

 

「いや、そこまで言います!?というか、いろんなところに喧嘩売りすぎでは!?」

 

「実際付き合うまでのやりとりは良いものだよ?お互いの駆け引きとか、ドキドキして面白いんだろうよ。でもな、八割九割は物語みたいに上手くいかないってのを早めに知るべきなんだって。世の中ハードモードなんだよこの野郎」

 

「そうですね。でも憧れとか男女のアレコレの感情ってなかなかコントロール出来るものじゃないと思いますよ」

 

 それはまあ、確かに。

 かくいう俺も過去に少しでも浮かれなかったかと聞かれると、それは無い。

 

「すり合わせの時に痛い目を見て、現実を知るぐらいしか私達は勉強する手段が無いのかもしれませんね」

 

 両手を広げてやれやれと言わんばかりに首を振るトリスターノ。

 

「めんどくせえ生き物だなぁ……って、お前がわざわざ俺の部屋に来て話に来たことってこれなのか?ヒマなの?」

 

「違いますよ。この前言った相談事についてですよ」

 

「勝負の時に言ってたやつか。そういやそれを話す前に何でクリスとヒナの仲が悪いことを聞いてきたんだ?何か関係あるのか?」

 

「相談事とは何も関係ありませんよ。ただ」

 

 勿体ぶるように、そこで切ってからニッコリと笑う。

 何だこのイケメン。腹立つ。

 

「リーダーが王都でゆんゆんさんのプレゼントを買いに行ってた日の夜に、クリスさんとカズマさんと王城で何をされてたのかな、と」

 

 

 …………は?

 

 

 突然出て来た話題に思考が止まる。

 こ、こいつ、まさか

 

「その事を聞こうと思っていたのですが、流石に仲が悪い状態の人の名前が出る話題はよろしくないなと思い、やめました。本当は二人の前で聞こうと思っていたのですがね」

 

 心底残念そうに語るトリスターノ。

 

「お、お前、まさかあの日にストーカーしてたのか!?」

 

 というかあいつらにバラそうとしてたのか!?

 性格悪いぞ、こいつ!

 

「人聞きが悪いですよ。リーダーがこそこそ宿に入って行ったのを見て、気になって待っていたら怪しい格好でお二人と合流したので、これはと思い付いて行っただけです」

 

「それストーカー!!どこからどう考えても完全無欠にストーカーだろうが!お前まさか全部見てたのか!?知ってんのか!?」

 

「知らないから聞こうとしてるんじゃないですか。アクセルの街ではそこまで話題になってないので、お二人は知らないでしょうね。王都ではあの日から大混乱。銀髪の少年と仮面の少年、そして木刀の青年たった三人で魔剣の勇者と王都の警備兵を相手にして、ほぼ無傷で王女のお宝を奪ったのですから」

 

「おいこら、どこまで見てたんだよ!」

 

「だから知らないんですって。外から見ても状況がわからなかったので聞こうとしてるんですよ」

 

 知ってる以上、隠し通せる気もしないし全部話すか。

 こいつのことだから、わざわざ口外したりしないと思うし。

 

「あれはな」

 

 とりあえず全部話した。

 話し終わったあと、トリスターノはそんなことだろうと思いました、と感想をこぼした。

 

「マジで危険なものなんだ。国がやられたら俺達だって危ないからな」

 

「わかりました。そこまで重要な事なら口外しませんよ。ですが」

 

 そう言ってからトリスターノは目付きを鋭くして、真剣な表情へと変わる。

 

「あまり危険な事は控えてください。あと次からは私達にも相談してください。リーダーは私達のリーダーなんですから」

 

 ……一歩間違えばこいつらに二度と会えないことになるところだったからな。

 また心配させてしまった。

 

「悪かったよ。王城に潜入なんて二度とやるつもり無いから安心してくれ」

 

「当然ですよ。二人に言い辛いことなら親友の私がいますからね」

 

 ウインクなんかするな。

 気持ち悪い。

 

「はいはい、わかりました。何かあったらお前に言うよ」

 

「ええ。お願いします」

 

 というかトリスターノに手伝ってもらえばよかったかもしれない。

 こいつのスキル構成はカズマ寄りで万能型だし……って、こいつの金髪碧眼は目立つからダメか。疑われる可能性が少しでもあるなら避けたい。

 何はともあれ厄介事が起きたらトリスターノも巻き込むことにしよう。

 

「で、相談事は?」

 

「そうですねぇ……」

 

 また勿体ぶった溜めのある話し方をするトリスターノ。

 遠くを見るような目で、憂いを帯びた表情になる。

 ため息のような短い息を吐き、言う気になったのか、真剣な表情になった。

 

 

 

 

「私が人を殺したら…どう思いますか?」

 

 

 

「え、お前なに?まだステーキ奢らせたの根に持ってんの?」

 

「違いますよ!そんな理由で殺すのも嫌ですし、殺されるのも嫌ですよ!」

 

 トリスターノのイケメンマジ顔が一瞬で崩れた。

 他にこいつに恨まれるようなこと他に何かあったっけ。

 俺が思い出そうとしてると、トリスターノが呆れたようにため息をつく。

 これだけで絵になるから腹立つ。

 これだからイケメンは。

 

「なんだこの野郎。お前アレだろ、俺がクリスにトリスターノはロリコンとかバラしたヤツだろ」

 

「……それはそれで根に持ってますけど、違います」

 

「根に持ってんのかよ」

 

 俺が思わず呟いた後、またトリスターノがマジ顔になった。

 

「じゃあ誰だよ?俺以外にお前にそんな恨まれるようなことした奴いたっけ?」

 

「あの、自覚あるならやめてほしいんですけど…」

 

「賭けに勝ったのは俺だからな」

 

「……正直その勝負も納得してませんが…」

 

 余程弓の勝負を邪魔されたのが嫌だったらしい。

 こいつのアイデンティティの一つだし、かなりの自信があるみたいだからな。

 俺はもちろんトリスターノの事だから、弓の向こうの木に絶対に当てるだろうと確信していた。

 だから俺が負けないように、わざわざ明確な勝利条件だけを出して、他のルールの話をしなかったのだ。

 誰かさんを見習って狡いやり方をしてみて、勝負に勝ったのだがこいつの不評も買ったらしい。

 今度からはこいつの弓のこだわりみたいなのは邪魔しないでおいてやろう。

 

「それはさておき、話の続きです」

 

「殺すって誰だよ?」

 

「円卓の、騎士です」

 

 トリスターノが少し重い口調でその名を口にした。

 

 円卓の騎士。

 

 かつてトリスターノが所属したグレテンの王国騎士団。

 俺が元いた世界では、それは創作のものだったが、この世界には実在していた。

 こいつの弓の腕前も円卓の騎士の「トリスタン」としてのものだ。

 そして、円卓の騎士と言えば、あの時の事を思い出す。

 ルーシーズゴーストを討伐しに行った時に、突然現れた金髪碧眼の全身鎧の女性。

 騎士王アルトリウス。

 最初は化け物染みた冷酷な王という印象だったが、話してみるとアホな王様だという事がわかり、なんとか素手の闘いに持ち込み勝てそうではあったのだが、基礎ステータスの弱い俺が純粋な力勝負で勝てるわけもなく、俺は騎士王に負けた。

 負けたはずなのだが、何故か生きている。

 どうして生きているのか、今もわからない。

 あの時死んでいたかもしれないと考えると、少し寒気がした。

 それを悟られないように、俺は思ったままを話す。

 

「お前は人を殺したくないから、こっちに来たんだろうが。本末転倒だろ」

 

「それは、そうですが」

 

「それともなんだ?殺したいのか?」

 

「それは違います!」

 

 トリスターノのはっきりとした否定。

 いきなりの大声に驚いていると、トリスターノがハッとした顔になり、すみませんと謝ってくる。

 

「じゃあ殺さなくていいだろ」

 

「……そう、簡単な話ではないのです」

 

 そう言ってトリスターノは俯いた。

 なんだってんだ、急に。

 

「アクセルの街にいると平和だと思いませんか?」

 

「ああ、思うな」

 

「アクセルはすごい街ですよ。ここまで平和な街は他に王都ぐらいじゃないですかね」

 

「……」

 

「他の街は、こんな平和じゃありません。子供一人、いいえ特に訓練をしていない大人を一人街の外に出したらどうなると思います?普通死ぬんです。モンスターに殺されます。平和なこの街も外では大いにあり得る話です」

 

「それがなんだよ」

 

「この国は戦争中なんです。魔王軍と。それにグレテン王国と。それに外には野生のモンスターが大勢です」

 

 それはこの世界に来る前から知ってる。

 あの水の女神に聞いて、ここへノコノコ転生してきたのだから。

 グレテン王国の話は後からだが。

 

「リーダーにはベルゼルグ王国の歴史書を渡しましたよね?」

 

「ああ、全部読んだし、ほとんど覚えてるはずだ」

 

「ならベルゼルグ王国が武勇で有名なことも知っていますね?その武力を外交に使う時もあります」

 

「ああ、知ってる」

 

 この国はちょっと脳筋だが、だからこそこうして魔王軍とかと戦えてる、と俺は勝手に思っているが本当のところはよくわからん。

 勉強不足と知識不足、あとアクセルの外に出てないからだろう。

 

「この国の王と第一王子、そしてその側近の者たちがこの戦争の最前線に何度も出ているのです。それでもこの戦争は好転していません。それどころか逆に押されて来ています。何故だと思いますか?」

 

「円卓の騎士か?」

 

「そうです。円卓の騎士は一応人間ですが、それを優に超える力を持つ人達です。わかりやすく言えば『化け物』です」

 

「自慢ですかこの野郎」

 

「私は違います。グレテン王国は魔王軍に味方する国ではありましたが、戦争に介入することは少なかったはずなんです。それが彼らが頻繁に戦場に出るようになってきているのですよ。魔王軍ですら手一杯の状況だというのに。もし王族の方やニホンから来た人達がいなければ、すでにベルゼルグは崩壊しています。それほど危険なんですよ」

 

「だから同じ円卓の騎士であるお前が殺そうってのか」

 

「……はい」

 

「あのな」

 

 トリスターノを真っ直ぐに見つめる。

 俺の目にはトリスターノは迷っているように感じた。

 

「お前がやりたいならやれ、やりたくないならやるな。以上」

 

 キッパリ俺がそう言うと、トリスターノは呆けた顔で数秒間固まる。

 

「え、ちょ、ええっ!?そんな子供の進路相談みたいな感じなんですか!?」

 

 確かになんか父親っぽい言い方をしてしまった。

 俺自身も父親にそう言われた気がするし、最近ヒナの父親役をやってる影響だろうか。

 でも、俺が思うままのことを言った。

 

「なんだこの野郎。不満か?」

 

「いや、もう少し真剣に答えて欲しいんですけど」

 

「真剣に答えたよ。お前が円卓の騎士だかを止めに闘いに行くなら俺も闘う。行かねえなら行かねえ。これだけだ」

 

「……」

 

 目を見開き、口を少し開いてまた固まった。

 

「お前が何しようが、何になろうが俺の友達で仲間で家族だ。お前が真剣に考えて選んだ道なら応援するし、俺もその道を通るよ」

 

 いつか言われた言葉をトリスターノに返す。

 たまには俺が背中を押す側になってやる。

 

「……ありがとうございます」

 

 わざわざ頭を下げてくる。

 親友を名乗ってくるくせに、いつまでも遠慮してくるというか水臭いというか。

 

「私の予想ですが、この平和は長く続かないと思います。数年、いや一年も無いでしょう。今まで何十年も魔王軍の幹部が倒されることが無かったのに、この数ヶ月の間に多くの幹部が倒されていますからね。きっと原因究明とその原因を潰しに来るはずです。アクセルに原因がいるとわかればすぐに攻め入ってくるはずです」

 

「……そうだろうな」

 

「円卓の騎士がアクセルに来ることは無いでしょうが、遠くない未来に魔王軍とグレテンの連合軍がベルゼルグの核である王都に攻めに来る時が来ます。その時が来たら」

 

「俺も行くよ。ただし一つ条件がある」

 

「なんでしょう?」

 

「絶対に死ぬな。それだけだ」

 

「御意」

 

 そう言ってトリスターノは恭しく頭を下げた。

 そして頭を上げて

 

「というかこれ死亡フラグでは?」

 

「うるせえんだよこの野郎。バカがバカしないようにわざわざ言葉に出してんだよ」

 

 

 

 

 

 

「明日の準備は出来てんだろうな?」

 

「もちろんです。リーダーも大丈夫ですか?結構な長旅になりますよ」

 

「一応な」

 

「そうでしたか。それではまた明日」

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 トリスターノが部屋から出て行くのを見送ってから、俺も寝ようかとベッドへと振り返ったら、先程まで居なかったはずの人物が俺の部屋の椅子に座っていた。

 

「こんばんは。男の友情ですね。いいと思います」

 

「……こんばんは。また覗きかこの野郎」

 

「む、失礼ですね。お会いするタイミングを図っていただけですよ」

 

 椅子に座っていたのは女神エリス。

 わざわざ覗いて待っていたらしい。

 

「何の用だよ?明日朝早いんだぞ」

 

「貴方に大事なお願いがありまして」

 

 女神エリスは真剣な顔で俺を真っ直ぐに見てくる。

 どうやら余程のことらしい。

 軽くため息が出てしまうが、それぐらいは許して欲しい。

 

「なんだ?」

 

「お願いしたいのはこれです」

 

 そう言って女神エリスは何もない場所から紙袋のようなものを取り出した。

 

「なにそれ」

 

「これは王都の高級菓子折です。明日からヒナギクのご実家へ行かれるんですよね?ヒナギクのご両親に是非渡していただきたいのです」

 

「え、土産ぐらいなら俺らでも準備してるけど」

 

「いえ、そうではありません。ヒナギクのご両親ということは私のお義父様とお義母様ということですから、これを」

 

「おやすみ」

 

「ちょ、ま、待ってください!渡すだけじゃないですか!?ね、寝ないでくださいよ!」

 

「くそ、離せ!わざわざ夜更けに真剣なツラして出てきたと思ったから聞いてやろうと思ったのに!離れろこの野郎!」

 

 ベッドに入ろうとする俺の腰にしがみ付いて止めてくるエリス様。

 しょうもない登場をいい加減やめろ。

 

「いいじゃないですか、これぐらい!わかりました!着く前日の夜にお渡しするので!それなら荷物にならないですよね!?」

 

「そういう問題じゃねえの!何で俺が渡さなきゃいけないんだって話!」

 

「これお義母様が大好きですから!リサーチ済みですから!」

 

「うるせえんだよこの野郎!誰がそんな話したんだよ!というかお義母様呼びをやめろ!」

 

 コンコン。

 

「「!?」」

 

 俺達がバカなやり取りをしていると、俺の部屋の扉がノックされた。

 

「やべ、騒ぎ過ぎたか!?」

 

「いえ、私の力で声は聞こえないようにしてるのでそれはあり得ません」

 

「だったらゆんゆんだ。エリス様、悪いんだけど」

 

「はい。また来ますね」

 

 そう言って、エリス様は音もなく消えた。

 いや、わかってる感出してたけど、出来ればそのまま出てこないで欲しいんだけど。

 

 扉を開けると、予想通りゆんゆんがいた。

 

「もしかして寝てた?」

 

 出るのが遅かったからか、申し訳なさそうな表情で聞いてくる。

 

「いや、ちょっと着替えてたんだ。待たせてごめんな」

 

「ううん。あの、ね」

 

 上目遣いで甘えた声になるゆんゆん。

 毎晩のことになってるから、どうして俺の部屋に来たかわかってる俺は頷いて、ゆんゆんへと顔を近付ける。

 ゆんゆんも目を瞑り、待機していた。

 お互いに抱きつき、唇を合わせる。

 

 恋人として何もしない日でも、ゆんゆんはこれぐらいはしたいと言って、毎夜寝る前に俺の部屋に来るようになった。

 顔を離した後、恥ずかしそうに顔を赤く染めた後、俺の心臓の音を聞くように強く抱き付いてきた。

 

「明日の準備出来た?」

 

「ああ、出来たよ。ゆんゆんは大丈夫か?」

 

「うん」

 

 そんな話を五分ほどして、名残惜しそうに離れた後おやすみと言って別れた。

 振り返るとまた椅子に女神エリスが座っていた。

 顔を赤く染め、気まずそうに目を逸らしている状態で。

 

「あー…なんというか」

 

「コホン。さ、これをお願いします」

 

 俺が言う前に咳払いをして、目を逸らしたまま紙袋を渡してくる。

 気まずくてなんとなく受け取ってしまった。

 これなんて言って渡せばいいんだよ。

 エリス様からです、どうぞ。なんて言えばいいのか?

 

「ついでにお話しすることがあります」

 

「ついでねえ」

 

 早く帰って欲しい。

 そう思いつつも話を聞くことにした。

 





最近書けなすぎて申し訳ない。
この話を書いて多少勢いが出てきたので、次回はもう少し早めに投稿する予定です。

アンケートのご協力ありがとうございます。
投票してない方はまだ投票出来ますので、良ければお願いします。


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74話


74話です。さあ、いってみよう。



 

「貴方達が明日から向かうヒノヤマですが、魔王軍との最前線の戦場に近いので気をつけてくださいね」

 

「どう考えてもその話はついでじゃないだろ」

 

「多少離れてるので、余程劣勢になって撤退したりしない限りは巻き込まれることはないと思います。と言っても王族やニホンの方が多く参加してますので、ほとんど勝ち戦みたいなものです。ですが用心しておくことに越したことはありませんよ」

 

「そうか。それなら大丈夫か」

 

 ヒノヤマまで五日間程の旅になるのだが、面倒な要素がプラスされてしまった。

 まあエリス様もこう言ってるし、多分大丈夫だと思うが遠回りすることぐらいは考えておこう。

 くれぐれもヒナギクと菓子折をよろしく、とか言ってくるのを聞き流しつつ布団を被って、布団の上から叩いて、聞いてるんですか!?などと騒いでるのを無視して寝ることにした。

 

 

 この時、もしくは翌朝にちゃんとした迂回ルートを考えるなり、ヒノヤマへ向かうのを延期にするなりすれば良かったのだが、その時の俺は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

「……はよ」

 

 ヒナに起こされてもそもそと準備を始める。

 

「…」

 

 俺が着替え始めても出て行かないで、ぼーっと俺を見てるヒナ。

 

「なんだ?何か言いたいことでもあるのか?」

 

「へ……?」

 

 俺に言われたことがわかってないのか、それとも聞いてなかったのか、首を傾げていたヒナだが、顔を少し赤くしてすぐに出て行った。

 なんなんだ、あいつは。

 

 

 

 

 

「準備出来たか、お前ら」

 

 荷物を置いて、声をかける。

 

「一番最後に来たくせに何言ってるのさ」

 

「また楽しみで寝れなかったのでは?」

 

「またなの?」

 

 生暖かい視線を向けてくるな。

 誰かさんのせいで少し寝るのが遅かっただけだ。

 その誰かさんのことを言うわけにいかないんだが。

 

「んなわけあるか。そう言うヒナはどうなんだよ。楽しみで寝れなかったんじゃねえのか?それなら早起きもくそもないだろうが」

 

「ヒカルじゃないんだから、そんなことあるわけないでしょ」

 

 いつものように俺よりも出来てるアピールをするヒナ。

 

「でもヒナちゃん今日起きるのすごい早かったね」

 

 ゆんゆんがニコニコしてそう言ったのを聞いて、ギョッとするヒナ。

 ゆんゆんは俺と目が合うと悪戯っぽい笑みを見せてくる。

 

「ちょ、ゆんゆん!?なんでそんなこと言うの!?」

 

「おいおい、ヒカルじゃないんだからとか言っておいて、やっぱり寝られなかったんじゃねえか」

 

「ち、違うから!ゆんゆんの勘違いだよ!」

 

 そんな顔赤くして言っても説得力の欠片も無い。

 

「王都に行った後、しばらくは馬車の中で寝られますから、安心ですね」

 

「違うよ!というかトリタンもそっち側なの!?」

 

「眠いんだろ?早めに行こうぜ」

 

「だから、違うってば!!」

 

 

 

 

 

 王都にテレポートした後、早速馬車乗り場へと移動した。

 馬車で三日移動し、徒歩での二日間の旅となる。

 ヒノヤマ近辺は人が住むような場所は無く、歩きの移動がどうしても発生してしまう。

 ヒナの父親が元魔王軍幹部を無理矢理抜け出すみたいな破天荒な生き方をしていなければ、わざわざ人里離れたヒノヤマに住む必要も無いらしいのだが、それに文句を言っても仕方ないだろう。

 馬車での移動ぐらいはのんびりと過ごそう、そう言って少し高い金を払って広めの馬車に指定した。

 馬車に乗って少し時間が経つと、案の定ヒナはゆんゆんの肩に頭を預けて寝ていた。

 やっぱり寝てなかったらしい。

 きっと楽しみで仕方なかったのだろう。

 今はゆんゆんの膝枕とかいう羨ましい状態で寝てるが、邪魔しないでやろう。

 そう言えば膝枕をする側ばかりで、されることが無いな。

 普通…かどうかはわからんが、男はされる側じゃないのか?

 

 

 馬車が急停車して、目が覚める。

 俺もどうやら寝ていたらしい。

 

「お目覚めですか?」

 

「あ?」

 

 状況を確認すると、トリスターノの肩に頭を乗せて寝ていたらしい。

 

「うわ」

 

 急いで離れて、距離を取る。

 

「そのリアクション、普通に傷付くのでやめてくださいね」

 

「今更こんなんで傷付くほど、メンタル弱くないだろ」

 

「そういう問題じゃないと思うんですが…」

 

 そんな会話をしている中、周りの状況を確認する。

 ヒナは相変わらず、ゆんゆんの膝枕で熟睡中。

 ゆんゆんは起きていて、何故か俺を睨んでいる。

 え、なに?何かした?

 目を合わせると、そっぽを向かれた。

 何故か不機嫌だ。

 今聞いても多分答えてくれないし、トリスターノに聞くことにする。

 

「なあ、何で止まったんだ?」

 

「モンスターの襲撃です。敵感知にも反応がありますから」

 

「そういやたまに来るんだったな」

 

 こういった旅行や商業用の馬車には客や馭者とは別に、もしもの時の為に護衛用の冒険者が乗っている。

 モンスターの襲撃時にはそいつらが仕事をすることになる。

 きっとそいつらが片付けるんだろうが、暇で仕方がない。

 馬車でじっとしてるせいで体が凝り固まってるような気がする。

 

「トリスターノ。モンスターは多いか?暇潰しに手伝ってこようかと思うんだけど」

 

「王都のそれなりの冒険者が乗っていますから、手伝う必要はありませんよ」

 

 そういえば王都のギルドのクエストはレベル制限があったりとかするんだったな。

 腕利きがいる中、俺が行っても下手したら邪魔になるだけか。

 

「それに仕事を取るなんていけませんよ」

 

 悲し気な遠い目になり、俺に訴えかけるように語りかけてくる。

 なんだこいつ、どうした。

 

「仕事が取られると……役割が被ると悲しいものです。最近ではゆんゆんさんも『サーチ』とか『テレポート』を覚えるせいで、私はこれから何のスキルを覚えようかと」

 

「トリタンさん、そんなの気にしてたの!?もしもの為に覚えただけだから、気にしないでよ!?」

 

 ゆんゆんが驚愕の声を上げる。

 ゆんゆんの言う通り、こいつはそんなこと気にしてたのか。

 

「一人で負担するより、二人で出来た方が色々と楽だろうが。変なこと気にしてんじゃねえよこの野郎」

 

「それはわかってますが……」

 

「馬車乗り終わったら、二日は歩くことになるんだぞ。夜の見張りが出来るように二人で分担できるだろ。いちいち気にすんな」

 

「そ、そうよ。ヒカルと私で夜の見張り、その後トリタンさんとヒナちゃんで交代って出来るし!」

 

「え、ええ。そ、そうですね。」

 

 ゆんゆんの勢いに押されたトリスターノは引き気味に頷いた。

 ちゃっかり俺と二人になろうとするところを愛おしく思うが、俺も少し恥ずかしくなってくるから、大声でそんなことを言うのをやめてほしい。

 

 

 

 夜になった。

 夜中に馬車の行軍は出来ないので、これから夜休憩だ。

 各々、飯やら寝る準備を始めるところだが、俺のところに冒険者らしき人物が数人やってきた。

 

「やっぱりだ。あの悪魔の時の」

 

「あ?」

 

 いきなり話しかけられて、雑な返しをしてから顔を見る。

 顔に十字の傷が入った大柄の男。

 その男は大剣を背中に背負っている。

 そいつの後ろに大柄の男女が一組。

 どこかで見覚えがあるような…。

 

「って、おい。まさか覚えてないんじゃないだろうな?」

 

 俺のリアクションを見て察したのか、その男が信じられないとばかりに俺を見てくる。

 確かに見たことがある気がするけど、誰だっけ。

 

「アクセルの街に上位悪魔が来た時に一緒に戦っただろ!?お前らが後から来てペース乱してきてさあ!?」

 

 ああ、あれだ。

 ホーストの時に一緒に戦った。

 

「久しぶりだな、セッ◯ス」

 

「レックスだボケェ!!」

 

 

 

 

 

「やっぱりめちゃくちゃだな、お前」

 

「何言ってんだこの野郎。俺は普通だぞ」

 

「大した装備も無くて、二桁もレベルいってないくせに、上位悪魔相手に頭のおかしい名乗り方して正面から戦った奴が言うと、説得力が違うな?」

 

 顔をしかめながら、俺を見て皮肉を言うセッ、じゃなくてレックス。

 

「あの時はホーストも弱ってたしな」

 

 そういえばホーストを弱らせたのは誰だったんだろうか。

 未だにあれはわからん。

 もしかしたらヒナを怪我させたのを見たクリスがブチ切れて、ホーストをあそこまで追い込んだのだろうか。

 いや、それは流石にないか。

 

「だからって、あれはないな」

 

 うんうんと後ろにいるレックスの仲間のテリヤキだかゾフィーだかが頷いている。

 

「やかましいんだよこの野郎。あれでなんだかんだ上手くいったんだからいいだろうが」

 

「結果論が過ぎるっつーの」

 

 呆れたように言うレックス。

 レックス達と話していると、ゆんゆん達がやってきた。

 

「お、お久しぶりです。レックスさん!」

 

「おお、紅魔族の。久しぶりだな、ってお前のパーティーメンバーは全く変わってないんだな」

 

 レックスが俺達を見回して言ってくる。

 確かにあの時から変わってない。

 

「そっちも変わってないだろ」

 

 相変わらずムキムキの前衛しかいないように見えるが。

 

「王都に来てから、ちゃんとパーティーメンバーは増えてるよ。この前後衛職の奴が体調悪いのに無理しやがってなぁ。前回のクエストでやらかして療養中だ。で、暇潰しと金稼ぎに三人で馬車の護衛なんかに入ってるわけだ」

 

 特に興味があったわけではないが、詳しく語ってくれた。

 

「へえ、そら大変だな」

 

 しばらくそんな世間話をした後、

 

「立場は違えど、しばらくは同じく旅する者同士仲良くやろうぜ。またな」

 

 護衛する冒険者としてやることがあるのだろう、そう言ってレックス達は別の馬車の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 次の日の夜。

 またレックス達がやってきて、飯を一緒に食おうぜと誘われた。

 

「なあ、俺のことが好きなのか?悪いけど、俺はそういう趣味はないぞ」

 

「違えよ!なんでそうなんだよ!?見知った冒険者同士なんだからいいだろ」

 

「別にいいんだけど、そんな好かれる仲でもないと思うんだけど」

 

「別に好き嫌いの話じゃないんだけどよ。お前のことは嫌いじゃないぞ?ダチの為に上位悪魔に立ち向かうなんて、なかなか出来ることじゃないからな」

 

 そう言われると悪い気はしない。

 だけど、あの時はなんというか無知だったし、ゆんゆんの為に必死だったし、ただただ幸運に助けられてたようなものだったが。

 

「まあ、もう少し考えて来て欲しかったけどな」

 

 レックスが呆れたようにそう言うと、周りが皆頷き始めて

 

「私もそう思う」

「僕もそう思う」

「私もそう思います」

 

「うるせえんだよこの野郎!というかトリスターノは俺に言える立場じゃねえだろうが!」

 

「いえ。リーダーがあんなに寂しそうな顔をしてらしたので」

 

「え、そ、そうなの?」

 

 何を嬉しそうにしてるんだ、ゆんゆん。

 

「あの時の二人のくさいやり取りは今でも覚えてるよ。僕、あの時ムズムズしちゃって全然寝られなかったし」

 

「やかましい!というかお前もくさい言葉吐いてただろうが!」

 

「ね、ねえ?私もそのやり取り気になるなぁ。聞きたいなぁ」

 

 ゆんゆんが俺に何度も目配せをしてくるが、あんなのを自分から話すのは流石に恥ずかしい。

 ゆんゆんが知ってればいいのは、俺達三人がゆんゆんの為にゆんゆんの元へ向かった、という事実だけでいい。

 

「あれはね。トリタンが」

 

「何語ろうとしてんだこの野郎!言っとくが、そうやって他人事みたいなツラしてるけど、お前も十分くさいからな!」

 

「女性に向かってくさいってなにさ!僕は二人に合わせただけだもん!僕自身はくさくないもん!」

 

「いえ、失礼ながらあれはヒナさんもくさかったです」

 

「ねえ!?くさいなんて今更気にしないから、聞かせてよ!?」

 

「お前らって結構騒がしいパーティーだったんだな」

 

 レックスの呆れたような一言が聞こえた気がしたが、俺は他のバカどもの相手をしてるせいでほとんど聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「お前、上位職になってたのか」

 

 あの後、騒ぎを聞きつけたのか、それとも飯の匂いに釣られたのか、モンスターの襲撃があった。

 それなりに数がいたので俺達も手伝って、今片付け終わったところだ。

 俺の戦いを見てたのか、レックスが話しかけてくる。

 

「まあな」

 

 ゆんゆん達が俺のところに来て労ってくる。

 

「ソードマスターか?」

 

「いや、狂戦士だな」

 

「狂戦士!?珍しいな…。でも、お前なら納得だな」

 

「なんだこの野郎。どういうことだ?」

 

「……お前、知らないのか?狂戦士が珍しいことぐらいは知ってるだろうが、狂戦士の適性が出る奴はだいたい変わり者だぞ」

 

「え、そうなの?」

 

「マジで知らなかったのか」

 

 確認の意味を込めて、ゆんゆん達を見ると、ゆんゆん達は目を逸らした。

 こいつら、知ってたのかよ。

 まあ、変わり者扱いされるぐらい構わないが。

 

「他に良い職業無かったのか?」

 

「ソードマスターがあったが、物理特化の狂戦士が良かったんだよ」

 

「そうなのか。それはともかく手伝ってくれてありがとな。飯食おうぜ」

 

 

 

 大した事もなく三日が過ぎた。

 何かあるとするならレックス達と仲良くなったことだろう。

 王都でクエストを受ける時は声をかけてくれ、と言ってくれるぐらいには。

 馬車を降りた俺達は世話になった人達に挨拶して早々に出発することになった。

 

 半日程歩いた時だろうか、森を抜けている途中、近くの茂みがガサゴソと揺れる。

 俺達はすぐに構える。

 トリスターノを見ると、首を横に振る。

 敵感知には反応が無かったらしい。

 モンスターの中には感知が出来ないモンスターもいるらしく油断は出来ない。

 刀の鯉口を切り、すぐに抜刀出来る様にしていると、茂みから出て来たのは人間だった。

 煌びやかな全身鎧を纏った、両手剣を装備している金髪碧眼の男性。

 全身傷だらけでボロボロになっていて、あらゆるところから出血している。

 足を引き摺るようにして出てきた人物は俺達を見ると安心したのか、そのまま前のめりに倒れた。

 

「たす…け、て…くれ…」

 

 そう言い、静かになった。

 俺達は顔を見合わせると、とりあえず手当てすることになった。

 

 

 

「こいつ、めちゃくちゃ綺麗な鎧来てるけど、貴族か?」

 

 ヒナが回復魔法で傷を癒した後、木に寝かせるようにして、様子を見ている。

 寝顔を見ると、トリスターノよりは歳上に見える。

 オールバックの金髪はこの前見た第一王女と同じぐらい綺麗な色に見える。

 というか、こいつもかなりのイケメンだ。

 

「そうだと思うけど…」

 

「高貴な生まれの方だろうけど、それぐらいしかわからないなぁ」

 

「……」

 

 ゆんゆんやヒナがそう言う中、トリスターノだけが無言だった。

 

「トリスターノ、どうした?」

 

「…いえ、私の勘違いだと思います」

 

 なんだ?知ってるのか?

 トリスターノに何を勘違いしたのか聞こうとしたら、件の男が身じろぎしたかと思えば目を覚ました。

 

「ん……」

 

「おい、大丈夫か?」

 

 一応声をかけてみると、目が合った。

 その男は周りを確認した後、自身の姿を確認して驚いていたみたいだが、ゆっくりと立ち上がり、低い声で話しかけてきた

 

「……世話になったようだな」

 

「何があったんだ?」

 

「魔王軍と戦っていたら、思わぬ事態になってな」

 

 魔王軍?

 それはもしかしてヒノヤマ近くが戦場になってるってエリス様が言っていたところだろうか。

 

「思わぬ事態?」

 

 その男は重々しく頷く。

 

「まさかグレテンの円卓の騎士が三人も来るとはな」

 

 横目でトリスターノが声を押さえて驚いているのが見えた。

 まさかもうその名前を聞くとは。

 

「すまない。そなたらには関係の無い話であったな。余に回復魔法をかけてくれたのは誰だ?礼を言いたい」

 

「えっと、僕です」

 

 おすおずとヒナが名乗り出る。

 男はヒナを見て、そのまま沈黙する。

 なんだ?そう思っていると

 

「……美しい」

 

「はい?」

「あ?」

 

 男は呟いた後、跪いてヒナの手を取る。

 俺達が驚いていると、男はペースを崩さずヒナに話しかける。

 

「そなたが余の傷を治してくれた者か。そなたのような美しい女性に傷を癒してもらえるなんて余は幸運だ。礼を言う」

 

「へ?」

 

 え、何言ってんのこいつ。

 ヒナも混乱してるのか、「へ?」しか言っていない。

 

「今は礼を言うことしか出来ないが、今度必ず礼の品を用意しよう。また余と会ってはくれないか?」

 

「え、えっと、あの」

 

 ヒナが赤面し、狼狽える。

 なんだこいつ、いきなり。

 

「おいこら、いきなり口説いてんじゃねえよ。どこのどいつだか知らねえけど、調子乗んなよこの野郎」

 

 俺がそう言うと、男はハッとしたような表情になり、ヒナの手を放し、立ち上がった後、佇まいを正す。

 

「すまない、紹介が遅れた。余はベルゼルグ王国第一王子、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・ジャティスという」

 

 お、王族かよおおおおおおおお!?

 





Twitterで事前に告知してるのに、投稿時間が守れないの本当に申し訳ない。
今回短めにする予定でしたが、書いてると勢いが付いていつも通りぐらいの文字数になりました。

アンケートのご協力ありがとうございました。
皆さん苦境が大好きみたいですね。
多分この章が一番長くなると思います。


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75話


大変お待たせいたしました。
もう少し話を進めたかったのですが、投稿を優先しました。

75話です。さあ、いってみよう。



 

 

「すまない、紹介が遅れた。余はベルゼルグ王国第一王子、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・ジャティスという」

 

 お、王族かよおおおおおおおお!?

 

 突然の第一王子発言に言葉を失う。

 周りの仲間も同じような反応だ。

 というか以前に王城に潜入、というよりは殴り込みしたせいで王族になんて一生会いたくなかったってのに、こんなところでエンカウントかよ。

 

 いや、待て。確かに見た目的には王族とか良いとこの貴族に見えなくもないが、何故こんなところにいるんだ。

 ヒノヤマを目指してまだ半日しか歩いてない。

 ヒノヤマ近くの戦場はかなり離れてる筈だぞ。

 

「い、いやいやいやいや。さ、さっきの説明を聞いて疑うのもアレなんだけど、お、おおおおお前が第一王子とかウソだろ!?」

 

「む?何故余が嘘をつく必要がある?それに何故動揺しているのだ?」

 

 自称第一王子が首を傾げる。

 周りも俺と同じ意見なのか、黙ったままだ。

 

「べ、別に動揺なんかしてねえし?変に疑うのやめてくんない?お前が第一王子だっていうなら何か証拠とかあるんですかこの野郎」

 

「証拠か…。何があったか……む、そうだ」

 

 自称第一王子がそう言って懐から取り出したのはペンダントだ。

 独特な紋章のようなデザインで、ヒナやダクネスが持っているエリス教徒の証であるペンダントにも似ている。

 

「「「っ!?」」」

 

 俺と自称第一王子以外の周りの奴らが息を呑む。

 反応を見るにマジっぽいな。

 そう思っていると、ヒナの肘鉄を鳩尾に食らい、体がくの字に折れたところを思い切り後頭部を掴まれて地面へと叩きつけられる。

 

「おごっ!?」

 

「すみませんすみませんすみません!!いつもこのバカな男には言葉遣いを直せと言っていたのですが、これがバカなせいで全然直すことが出来なかったんです!僕、じゃない私の責任です!どうかこのバカな男の無礼な言動をお許しください!」

 

「いででででで!!誰がバカだこのや、いででで!てめ、一回離せ!マジでめり込んでるから!地面とガチ恋距離だから!ディープな関係になっちゃうううううう!!!」

 

「も、申し訳ありませんでした!!ど、どうか命だけは!!」

 

 ゆんゆんの声が聞こえて、トリスターノも無言で頭を下げている姿が横目で見えた。

 

「安心してくれ。命の恩人であるそなたらにそんなことで罰を与えたりはしない。言葉遣いもそのままで構わない。頭を上げて、楽にしてくれ」

 

 それを聞いて、やっと俺の頭を押さえつけているヒナの力が緩んだ。

 緩んだだけでまだ頭を押さえつけられているが。

 

「ありがとうございます!!」

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

「で、何でこんなところにいるんだ?」

 

「そうであった。その説明が途中であったな」

 

 ヒナ達は俺が何かやらかさないかとソワソワしているが、話を進めたい。

 先程の楽にしてくれ、とかのセリフを吐く前からヒナに熱い視線を送ってるのも少し気に入らないし、さっさと事情を聞いてサヨナラバイバイしたい。

 

 王子様の話を聞くと、円卓の騎士の一人にぶっ飛ばされて、戦場から遠く離れたここに来たらしい。

 トリスターノが言っていた円卓の騎士は『化け物』発言はどうやら合っていたみたいだ。

 歩いて数日の距離をぶっ飛ばすなんて、どんな化け物だ。

 戦場ですでに満身創痍だった上にここまで吹き飛ばされて、本気で死を覚悟したらしいのだが、運良く俺達と出会えて九死に一生を得たという。

 というかこんな目に合って生きてるこいつも化け物だ。

 

「なるほどね。これからはどうするんだ?」

 

「決まっている。戦場に戻る。父上や勇者候補が大勢いるとはいえ、劣勢に違いない。余が戻らねば…」

 

「それならここでお別れだな」

 

「そうなるな。大したお礼も出来ずに申し訳ないが」

 

 万が一、城で暴れたことがバレたりしたら大変だ。

 早いところ

 

「い、いやいやいや!ちょ、ちょっと待ってくださいね!?」

 

 ヒナがそう言い、俺の首の後ろを掴んで引っ張る。

 俺達の話が第一王子に聞こえないように背中を向けて、距離を取る。

 

「なにすんだこの野郎。地面に叩きつけたり、引っ張ったり好き勝手しやがって。いい加減怒るぞ」

 

「王様をこのまま置いてく気!?」

 

 ヒナが噛み付いてくる勢いで言ってくる。

 

「王子だろ?」

 

「そういう問題じゃないの!」

 

「置いていくのは私も賛同出来ません。国のトップになるかもしれない方ですよ」

 

 それは、確かに…。国のトップの近くにいたトリスターノは言うことの説得力が違う。気がする。

 

「王族の人達は強力な人達ばかりだけど、護衛も無しでそのまま放置は流石にまずいと思う」

 

 ゆんゆんにまで冷静な突っ込みを貰ってしまった。

 王族やら貴族やらの扱いがイマイチわからない俺だと対応がわからん。

 というかこの王子様も一人で行く気満々だった気がするから、余計に。

 

 上下関係に関しては武道で関わった人達に徹底的に仕込まれたが、この世界に来てから上下関係とか感じなくて、すっかりタメ口で話すようになってしまった。

 最近は神様にもタメ口で話すようになってしまったし。

 もしもヒナやダクネスにエリス様とタメ口で話してるのを見られたら袋叩きに合うに違いない。

 

「じゃああの王子様の護衛を買って出るのか?円卓の騎士が何人かいるらしいんだぞ。トリスターノは大丈夫なのか?」

 

「「あ…」」

 

 ゆんゆんとヒナはすっかりトリスターノの円卓の騎士という設定を忘れているらしい。

 トリスターノの方を見て確認する。

 トリスターノは少し迷ったような表情をしていたが、首を縦に振る。

 

「私の我儘に国を付き合わせるわけにはいきません。私達で」

 

 

「すまない」

 

 俺達が背を向けて話していたら、第一王子が俺達に話しかけてきた。

 

「そろそろ向かいたい。褒美は必ず後日に渡そう。別れる前にそなたらの名前を聞きたい」

 

 ヒナを真っ直ぐに見ながら、俺達の名前を聞いてくる。

 ヒナもその視線にどうしていいか、わからないみたいで顔を赤くしたり、目を逸らしたりしている。

 こいつ、王族だかなんだか知らんが、調子乗るなよ。

 

「シロガネヒカル」

 

「む?」

 

 ヒナから俺に視線を移し、第一王子が首を傾げている。

 

「俺の名前だよこの野郎。いつまでも女ばかり見てんじゃねえよ、このロリコン色ボケ王子が」

 

「ちょ、ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 ヒナの絶叫が森で木霊した。

 

 

 

 

 

 

「何でさっきせっかく許してもらえたのに変な口の利き方しちゃうの!?王子様相手になに言ってるの!?バカなの!?アホなの!?」

 

「うるせえんだよこの野郎!バカでもアホでもねえよ!お前みたいなお子ちゃまを美しいとか言ってるってことは明らかにトリスターノと同類だろうが!」

 

「お子ちゃま!?」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!?何で私の話になるんですか!?私はロリコンじゃありませんから!」

 

「さ、三人とも一回落ち着いてよ!深呼吸して冷静になって!それから謝ろう!?ヒカルの爆弾発言で王子様フリーズしちゃってるから!」

 

 ゆんゆんに言われて王子様の方を見ると、口を少し開けて固まっていた。

 

「フリーズとか知らねえんだよこの野郎!俺は事実を言ってやっただけだろうが!」

 

「事実かもしれないけど、謝らないと大変なことになるかもしれないでしょ!?みんな冷静に…」

 

「事実かもしれない!?ゆんゆんまで僕のことそう思ってたってこと!?」

 

「え…あ、いや、そうじゃなくてね!?これは王子様のことを言ってるだけであって…」

 

 ゆんゆんは目を泳がせて、なんとか誤魔化そうとしているが、それは普通にヒナのことをお子ちゃま扱いしてるのでは?

 

「ということは僕のこと子供だと思ってるってことだよね!?ゆんゆんとそんなに年齢は変わらないでしょ!?少し成長が早いからって調子に乗らないでよ!」

 

「べ、別に調子に乗ってるわけじゃ…あとそういうところが子供っぽいんじゃ…」

 

「へぇー!?ゆんゆんみたいに色ボケしてるよりマシだと思うけどね!?」

 

「は、はあ!?わ、私のどこが色ボケよ!?」

 

「毎夜毎夜、隣でゴソゴソうるさ」

 

「わ、わあああああああああああ!!!ちょ、ちょちょっと待って!?へ、変なこと言わないでよ!」

 

「事実でしょ!?」

 

 いつの間にか二人の喧嘩に成り果てたこの話し合いを何とかしようとトリスターノが割って入ろうとする。

 

「あ、あのお二人とも一回落ち着きましょう?無益な喧嘩は」

 

「「ロリコンは黙ってて!!」」

 

「ロリコンじゃありませんよ!リーダーが変な発言するのはいつものことですが、お二人にロリコン扱いされるのは流石に聞き捨てなりませんよ!」

 

 仲裁役のトリスターノまで喧嘩の輪に入っていき、どうしたものかと思っていたら、王子様がフリーズから戻り、三人の姿を見てオロオロしつつも喧嘩の輪に向かっていった。

 

「そ、そなたら同じパーティーに属しているのではなかったのか…!?喧嘩はやめぬか!」

 

「安心しろよ、ロリコン色ボケ王子様。ほっとけば、どうせすぐ解決するから」

 

「……ロリコンでも無ければ、色ボケもしていない。そなたはこのパーティーのリーダーだろう?何故止めんのだ?」

 

「いちいち起こる喧嘩なんか止めないし、やるならスッキリするまでやったらいいんじゃねえの」

 

「……冒険者のパーティーはここまで野蛮とは…」

 

 喧嘩なんかどこでも誰でもやるだろうが。

 野蛮扱いされるのは少し腹立つが、いちいち口には出さない。

 とはいえ、森の中でいつまでもギャーギャー騒いでるのもまずいし、このパーティーのリーダーであり、落ち着いた大人の男の俺が軽く止めるとするか。

 

「まあ、お前ら落ち着け。ロリコンでもお子ちゃまでもいいし、夜にゴソゴソしたっていいじゃねえか。みんな違って、みんな良いっていう言葉が」

 

「ロリコンじゃありません!」

「子供扱いしないで!」

「ご、ゴソゴソしてないから!そもそもヒカルのせいでこうなったんでしょ!?」

 

「そうだよ!ヒカルがバカな発言したからでしょ!」

 

「本当ですよ!」

 

 あれ、俺のせい?そんなことを思っていたら

 

「十二時方向、敵モンスター接近中です!!」

 

 トリスターノが叫ぶように警告を飛ばすと、即座に戦闘態勢へと入る。

 

「トリスターノは敵感知と援護、それに王子様の護衛。ゆんゆんは魔法で攻撃しつつ、トリスターノのサポート!」

 

「「了解!!」」

 

 俺とヒナが前に出て剣と拳を構える。

 二足歩行の人型、ではなく、あれは。

 

「なんだあれ、一撃熊か?」

 

 見えたのは二メートルを優に越える体格をした熊だった。

 一撃熊は通常の熊と同じような黒や茶色なのだが、俺達の前に出てきた熊は違った。

 黄色地のところどころに黒い模様のある、トラ柄に似たような毛色をしていて、一際目立つのが黒の立て髪だ。

 

「い、一撃瞬殺熊!?」

 

 ヒナが驚いたような声を上げると、トリスターノやゆんゆんも似たような反応をしていた。

 

「なんか更に物騒な名前になってるけど、何か違うのか?」

 

「一撃熊よりも強力な個体だよ。単純な力もそうだけど、一撃瞬殺熊の体は電気を纏っていて、もし攻撃を貰ったりガードしても感電して動けなくなるから…」

 

 そんなヤバイのがまだいたのか。

 戦えるならまだしも戦ったらアウトの敵の相手をする気はない。

 

「よし、撤退す」

 

「余が相手をしよう」

 

 いつの間にか俺の隣に立つ王子様がそう言った。

 

「おい、あんたもその剣があるってことは前衛だろ!?体に触れたら感電するって」

 

「余はこれ以上立ち止まるわけにはいかない。皆が余の帰りを待っているのだ」

 

 そう言って一撃瞬殺熊に手をかざすと、その手の前には幾重もの魔法陣が現れる。

 

「『セイクリッド・ライトニングブレア』ッッ!!!」

 

 第一王子が叫ぶと、魔法陣から白い稲妻がビーム光線のように打ち出されて、一撃瞬殺熊がその光に呑まれて見えなくなった。

 光が明けて見てみると、第一王子が手をかざした先にはパチパチと微かに残る電気以外は何も残っていなかった。

 

「え、何そのかめ◯め波みたいなのは!?」

 

「かめ?何を言ってるのだ?」

 

「もうこの際かめは◯波でもギャ◯ック砲でもなんでもいいわ!なんだ今の!?」

 

「か、かめ?ギャリ??そなたが言っていることはよくわからぬが、驚くのも無理はない。これは王家に代々伝わる魔法の一つだ。神聖な力を秘めた稲妻を放つという伝説の勇者が得意としていたとされるオリジナル魔法だ」

 

 王族は予想以上に化け物だったらしい。

 城で暴れた時によく無事に帰って来れたものだ。

 

「シロガネだったな?」

 

「え?あ、ああ」

 

「悪いが、余は先を急ぐ。一ヶ月後に王都に戻る予定だ。その時にでも王城に来てくれ」

 

「え、ちょ」

 

「では失礼する」

 

 余程急ぎたいのか、すぐに走って行こうとする。

 

「あんた、どこに向かう気だ!?」

 

「先程言っただろう。戦場に戻るのだ」

 

 そう言って、また走ろうとするが

 

「そっちは俺達が通ってきた道だぞ」

 

 そう、全くの違う方向に走って行こうとしていた。

 

「……む?」

 

「む?じゃねえよ。もしかしてどっちかわからないのか?」

 

「……………すまないが、教えてくれないか?」

 

 この王子様大丈夫か?

 





投稿期間が空いてしまい、申し訳ないです。
活動報告とTwitterで報告させていただきましたが、いろいろあったり、仕事が忙しかったり、他のやりたいことを優先したり、ちょっとスランプ気味だったりでなかなか書けないでいました。

自分が書きたいものを書いてますが、読んでくれる方に楽しんでもらえるようにしてこその作品だと思っていますので、それで試行錯誤した結果『これ読んでて面白いの?病』にかかってしまい、修正しまくったりしてました。
まあ、最終的にはいつも開き直るんですけどね。


言い訳タイム終わり!
さて、またpapurika193様からの支援絵をいただきました。
僕が霧の森で鬼ごっこするゲームばかりやってたせいで、そのゲームのキャラ衣装を着たゆんゆんの絵です。

【挿絵表示】

スタイル良すぎでは??
こうしてみると少し紅魔族の衣装っぽいですね。
papurika193様、本当にありがとうございます。


このファンでハロウィンゆんゆんとアイリス来ますね。
絶対にお迎えしてみせます。
このファンやってなくても、二人のキャラが好きなら必見レベルのイラストですよ。マジやばです(語彙力)


さて、75話ですが、アレですね。
話が全然進んでないですね、これ。
もう少し足そうかと思いましたが、投稿を優先しました。
次回あたりで話はかなり動く……はずです。
原作では名前しか出て来なかったジャティス王子がハード?モードの世界線でどんなことになってしまうのか…お楽しみに。

次回の投稿は……多分一週間は空くと思います。
僕のモチベ次第です。とりあえず一週間目安でお願いします。

投稿がかなり空いたので長々とした後書きになっちゃいました。
また次回に。


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76話


76話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

 

「すまないな。助けてもらった上に道案内まで」

 

「いえいえ、滅相もないです」

 

 結局俺達は王子様の護衛をしつつ戦場になっている地域の近くまでの道案内をすることになった。

 もし撤退が上手く出来ているのであれば一日程で合流出来るらしいが、撤退できていないのであれば二日、遅くて三日程かかる。

 ヒノヤマへ着くのは一日か二日は余裕で遅れそうだ。

 一応ヒナに遅れてもいいのか聞いてみたところ

 

「お母さんが心配しそうだけど、お母さん達も冒険者だったし、わかってくれるよ」

 

 とのこと。

 ヒナの父親は元勇者候補兼元魔王軍幹部という破天荒な人物だったが、ヒナの母親も高名な魔法使いだったらしい。

 ヒナの母親はエリス様に負けず劣らずヒナを溺愛しているらしく、冒険者として旅に出る前の父親と修行していた期間にはヒナの顔に少しでもキズが出来れば烈火の如く怒り狂い、魔法を撃ちながら一日中追いかけ回したとか。

 今更ながらヒノヤマに行くのが怖くなってきた。

 

「ヒナギク、あとどれくらいで着きそうか?」

 

「えっと、まだ半日しか歩いてないので、まだ一日以上はかかるかと…」

 

「そうか…」

 

 護衛に着くと決めてから簡単な自己紹介を済ませたのだが、何かある度に王子様はヒナギクに話しかける。

 やっぱりロリコンで色ボケしてるじゃねえかこの王子。

 ヒナもヒナで律儀に返事してんじゃねえよ。

 

「おい、ロリコン色ボケ王子。いちいちヒナに聞いてんじゃねえよ。言っておくが、話しかければ話しかけるほど好感度が上がるとかそういうのじゃないから。ギャルゲー気分かこの野郎」

 

「ちょっと!なんて失礼なことを!」

 

「やかましい」

 

 ヒナが突っかかって来るのを片手で止める。

 第一王子を見ると少し困惑していたが、力強くこちらを見てくる。

 

「……そなたの言っていることはほとんどわからないが、ロリコンでも色ボケでもギャルなんとかでもない。余はベルゼルグ王国第一王子、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・ジャティスだ」

 

「いちいち名乗るんじゃねえよ。長いし、文字数稼ぎだと思われんだろうが」

 

「モジスウカセギとはなんだ?余はそんなスキルは持っていない」

 

「誰がスキルの話したよ」

 

「もう!ジャティス王子が怒らないからって乱暴な言葉遣いやめてよ!申し訳ありません、ジャティス王子」

 

 ヒナが俺とジャティス王子の間に入ってくる。

 こいつがなんか馴れ馴れしいから、つい口を挟みたくなる。

 なんとなくムカつく。

 

「余は構わん。それより先を急ごう」

 

「申し訳ありません、ジャティス王子。そろそろ野営の準備をしますので、これ以上進むことは出来ません。続きは明日の朝になります」

 

 トリスターノが申し訳なさそうに口を出す。

 そろそろ日が傾いて時間が経つ。

 全員王子様に気を使って言い出せずにいたが、本来なら既に準備を始めている時間だ。

 

「む?……もう少し進めないか?まだ明るいし、距離はあるのだろう?」

 

 王子様が渋った表情でそう言い出す。

 野営の準備などしたことないから、準備だけで時間がどれだけかかるのかわからないのだろう。

 

「距離はありますが、そろそろ日が完全に落ちます。野営の準備もそれなりの時間がかかりますし、戦場に戻った後のことも考えてジャティス王子には万全の状態でいていただきたく存じます」

 

「……そうだな。そなたの言う通りだ。後のことを考えていなかった。冷静になる為にも休むことにしよう」

 

「ありがとうございます。では準備に取り掛かります」

 

 ……トリスターノのことを見直した。

 もしかしたら騎士王の元でも似たようなことを言っていたのかもしれない。

 トリスターノと目が合うとウインクしてきた。

 やめろ、気持ち悪い。

 これだからイケメンは。

 

「じゃあ準備をはじめ…」

 

「む、そういえば将軍からもしもの為にと持たされていたものがあったな」

 

 俺が王子様以外の面子に準備を始めるように言おうとしたら、王子様が懐から四角形の物体のようなものを取り出した。

 トリスターノがそれを見て固まっていると、その四角形の物体を王子様が少し離れた場所へと放り投げ、物体が地面に落ちたと同時に光を放った。

 そして物体が落ちた場所には小さめの貴族の屋敷が建っていた。

 何を言ってるかわからないと思うが、見たままだ。

 何が起きたかわからずに絶句する。

 王子様はそのまま屋敷へと入ろうとして、固まったままの俺達に振り向き、先程までと同じ調子で話し始める。

 

「そなた達どうした?早く入らぬか。準備に時間がかかるのだろう?」

 

「あー、えっと」

 

 俺はなんとか言葉を絞り出したが、特に返事にはなっていなかった。

 

「まさか遠慮しているのか?余の道案内をしてくれているのだ。世話になっている者同士、遠慮するな」

 

 そう言ってそのまま屋敷へと入っていった。

 俺が振り返って仲間達を見ると、ヒナとゆんゆんも固まっていた。

 トリスターノと目が合うと、語り始めた。

 

「あれは最高級の魔道具の一つです。モンスター避けの結界も張られていて、持ち運びにも便利な代物で、中も普通の屋敷と変わりません。私も騎士王以外が使っているのは初めて見ました」

 

 あいつも持ってるのか。

 というか俺も欲しい。

 そう思っているのがバレたのか、トリスターノが続けて口を開いた。

 

「ちなみにアレは国が保有している最高級の魔道具の一つなので億単位以上のお金が必要になるかと」

 

 さ、早く中に入ろうぜ。

 

 

 

 

 

 

 中に入ると、本当に屋敷と変わらなかった。

 外には馬はいなかったが馬用の小屋まであるし。

 王子様に十部屋ぐらいある通りまで案内されて、どこでも好きなところを使っていいと言われた部屋に荷物を下ろした。

 部屋は立派なもので俺が普段過ごしている部屋の倍か三倍の広さをしていて豪華な装飾がされた部屋だった。

 俺達に部屋の説明をした後、王子様は俺達とは別の階段を挟んだ向こう側の一つしか扉がない通りへと向かって行き、その扉へと入っていった。

 恐らくそこが王子様の部屋なんだろう。

 そして俺達は俺の部屋へと集まり、会議を始めた。

 ちなみに何故俺の部屋へ集まったかは知らん。

 俺が荷物を下ろして、部屋に備え付けてあったトイレで用を済ませて廊下に出たら、三人が既に待っていて、そのままゾロゾロと入ってきたのだ。

 

「おい、どうすんだこれ。準備に時間がかかるって言ったけど、これだと準備もクソもねえじゃねえか。シャワーもトイレもあるし」

 

「そうだよね。こんな便利なものがあるなんて…」

 

「私もジャティス王子自身がこれを持っているとは思いませんでした。幸い王子は自室でゆっくりしているみたいですし、何も言わず準備をしているのを装うのがいいかと」

 

「う、うん。何か悪いことした気分になってくるけど、そうしよっか。夕ご飯はどうしよう?王子様の分も僕達が作った方がいいのかな?」

 

「あの世間知らずな感じを見ると作ってやったほうがいいだろ。最悪保存食の干し肉かなんか渡しとけば食うんじゃねえの?」

 

「ヒカルだって世間知らずのくせに何言ってるの?それに王子様にそんなもの出せるわけないでしょ」

 

「やかましいんだよこの野郎。じゃあお前は王子様に出せるようなものがあるのか?」

 

「う、それは、無いけど…」

 

 そら見たことか。

 

「この屋敷に厨房のような場所があるかと。もしかしたら食材もあるかもしれません」

 

 至れり尽くせり過ぎるだろ。

 何でもありか。

 

「じゃあそこで作ればいいんだね。まずはこの屋敷の探索をしようよ!」

 

 ワクワクした表情でヒナがそう言い出した。

 もしかしたら明日も使うかもしれないし、何がどこにあるのか把握しておいた方がいいだろう。

 王子様も好きに使っていいって言ったし、こんな屋敷を好きに徘徊出来る機会もそうない。

 ヒナの言う通り、俺達は屋敷の探索を始めることにした。

 

 

 探索という程いろいろと探し回ったわけではないが、あっさりと厨房は見つかった。

 ヒナはなんだかガッカリしたような安心したような複雑そうな表情を浮かべていた。

 アホみたいにでかい魔道冷蔵庫の中に食材も大量に入っていて、一週間は余裕で食って行けそうだった。

 ゆんゆんとヒナが食材を使うことを少し躊躇していたが、王子様が好きに使っていいって言ったんだから大丈夫だろうと説得して料理を始めた。

 

 

 

 王族相手にどんな料理を出せばいいか分からず、結局開き直って庶民料理を出すことになった。

 あの王子なら多分大丈夫だろうと思ったし、ヒナが頑張って作りましたーとか言えばほぼ炭状態の卵焼きだって食べそうな気もする。

 なんかあったらリーダーの俺が責任を取ると言って、そのまま作らせた。

 王子様を呼び出して料理を並べる。

 流石に身分が違う俺達が王族と同じテーブルで飯を食べるわけにはいかないと思っていたので、食べ終わるのを待つことにした。

 トリスターノがそれぞれ料理の説明をしていると

 

「そなた達は食べないのか?」

 

 不思議そうに王子様が疑問を口にした。

 

「それはですね…」

 

 トリスターノが言いづらそうに口籠ったので、俺が言うことにする。

 

「身分が違うんだ。同じテーブルで食べないだろ。後で食べるよ」

 

 そう言うと、表情は動かなかったが王子様はそうか、とだけ返してきた。

 そんな王子様を見て、俺はなんとなく騎士王を思い出した。

 騎士王と対峙し、死にかけた時のこと。

 何故トリスターノの為にそこまでするのか、と聞かれて友達のために何かしてやりたいと答えた、あのやり取りを思い出す。

 「友達」の意味すら知らなかった騎士王と一人でテーブルに座っている王子様の姿が重なって見えた。

 一人ギルドの机でトランプタワーを作っているゆんゆんの姿と重なって見えた。

 

 こいつのことなんか全く知らないし、特に興味があるわけでもない。

 今はこんなんだが、本当はもしかしたら友達が何十人といるかもしれない。

 こいつを戦場に連れて行って、その後褒美を貰ったらきっとこの王子様とは何の関わりもない人生になるだろう。

 ヒナには馴れ馴れしいし、別に気に入ってるわけでもない。

 それでも。

 それでも、一人はきっと……。

 

「あー、やめだやめ」

 

 俺はそう言うと、全員が俺の方を見てきた。

 その視線を無視して、厨房から自分の分の飯を持ってきて、王子様の右斜め前に腰掛けた。

 ヒナ達が何か言ってるが、知ったこっちゃない。

 

「腹減って死にそうだ。邪魔するぜ、ジャティス君」

 

 それでもなんとなく一人で座るこいつを放っておけなくなってしまった。

 俺の行為は全くと言っていいほど、褒められたものではないけど、こうしたいと思ってしまった。

 今更怒られたりとかしないはずだ。多分。

 

「……死にそうなら仕方ないな。だがジャティス君はやめろ」

 

 そう言ってくるジャティス王子の表情は変わらないが、心なしか表情が少し柔らかい気がした。

 





一週間目安なのでセーフです。
すみません、冗談です。
実は急用が入ったり、思い付いた展開があって十話ぐらい先のお話を書いてたりしたら進みが遅くなりました。
その思い付いた話はヒカルととあるキャラの重要なシーンだったので忘れないように優先して書きました。
次の投稿も一週間目安でお願いします。

またpaprika193様から支援絵をいただきました。

【挿絵表示】

まさかの霧の森第二弾です。さてはこれ第四弾まであるな?
ゴスフェ衣装のヒカル君。
マジカッコいいイラストありがとうございます。



ヒカルのジャティス王子に対しての態度は「ヒナギクに馴れ馴れしいんだよこの野郎。お父さんそういうのマジ許さないから」みたいな感じです。
王族相手にこんなのいいの?みたいな指摘は無しでお願いします。

次のお話はまだ書けてませんが、次こそは話が動き始め、円卓の騎士が……?


高評価、お気に入り、感想ありがとうございます。
長いこと続けられているのも反応を頂ける読者様のおかげです。
最近頂ける評価は高評価ばかりでめちゃくちゃ嬉しいです。
これからも精進致しますので、よろしくお願いします。


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77話


77話です。さあ、いってみよう。



 

 

「じゃあなんだ?ジャティスちゃん?」

 

「ちゃん付けは絶対にやめろ。それだけは許さん」

 

「ヒカル、いくら何でも失礼だよ」

 

「もう失礼なことしまくってるから変わらないだろ」

 

「それは胸を張って言うことじゃないでしょ…」

 

 ゆんゆんが呆れたように言ってくるが、今更気にしたところでな。

 そういやこの王子様の名前は多分ジャスティス的なニュアンスでジャティスって名前が付けられてるんじゃないか?

 正義。

 普段なら「せいぎ」と読むが、人の名前の場合なら。

 

「よし、ジャティス君の名前が決まりました」

 

「待て。何故余が改名するみたいな流れになっているのだ?それにその喋り方はなんだ?」

 

「ジャティス君の名前を日本の文字に変えると」

 

「ニホンの文字に変える!?」

 

 ヒナが一瞬で食いついて来た。

 先程までゆんゆん達と同じく呆れた表情とかだったりしたはずなのに、今では目を輝かせている。

 

「正義という文字になります。この文字はなんと別の読み方もできるんですね。よってジャティス君は」

 

「そなた、変な名前を付けるなよ?余も怒る時は怒るのだ」

 

「『まさよし』となります」

 

「おおっ!」

 

「いや、おおっ!ではないが。余の名前の原型が無いだろう。影も形も」

 

「良いと思います!」

 

「ヒナギク!?」

 

 元気よく手をあげて賛成の声を上げるヒナに驚愕する第一王子。

 ゆんゆんとトリスターノは日本の名前が出た時からこの展開がわかっていたみたいで呆れた表情で俺を見てくる。

 俺は悪くない。嘘ついたりもしてないし。

 

「というわけで、よろしくな。まさよし君」

 

「誰がまさよしだ。余は絶対に認めん」

 

「格好良いと思います!」

 

「ヒ、ヒナギク!?よ、よせ、だめだ!そんな目をしても認めん!み、みとめ…ん、からな…」

 

 キラキラした目をしていたヒナだが、まさよし君に認められないとわかるとドンドン落ち込んでいく。

 そんな姿を見て、まさよし君も否定する勢いが弱くなっていった。

 

「まあ、待てよ。まさよし君」

 

「まさよしを定着させようとするな。そなた、いい加減にせよ」

 

「特別な呼び名ってのは結構良いもんだ。違う文字でここまで名前が変わるのも面白いだろ?」

 

「いや、面白いと思うが、誰が聞いても余とわからないぐらい変化してしまってるだろう!確かにあだ名やニックネームというものに憧れが無いわけではない!だが、まさよしに関しては原型が無さすぎて、最早別の名前だろう!普通に呼ばぬか!普通に!」

 

「まさよし君?」

 

「何故それが普通扱いなのだ!?ジャティスと呼べ!まさよしは禁止だ!」

 

 

 

 

 

「シロガネ。そなたの名前は変わっているが、なんとなく聞き覚えがある。何か心当たりはないか?」

 

「それを俺に聞くのか?」

 

「そうだ。聞いたことは絶対にあるはずなんだが…」

 

 結局全員が同じテーブルで飯を食うことになった。

 ゆんゆんはガチガチに緊張していて、喋る気配は無いし、食事の進みも遅い。

 ヒナも少し緊張した感じだが、どちらかと言うと俺がこれ以上何かやらかさないか心配みたいだ。

 トリスターノはいつも通りでよくわからん。

 

「知らねえよ。何か別の名前と勘違いしてるんじゃねえの?」

 

「そんなはずは…」

 

「ジャティス王子。彼ですがアクセルに現れた上級悪魔の討伐にデモゴーゴンの討伐、紅魔の里のシルビア討伐にも参加しています」

 

 ちょ、なんで言うんだこいつ!?

 

「やはりそうか!そなた、何故言わなかった!?偉大な功績だろう!?」

 

 心底不思議だと言わんばかりに聞いてくるジャティス王子。

 トリスターノを睨み付けてもどこ吹く風だ。

 ふと視線に気付くとヒナもゆんゆんも俺の方を見ていた。

 何も喋らないから何を思ってるかはわからない。

 

「その三つの討伐の話だが、単に運が良かっただけだ」

 

「運が良いだけで、その強敵を倒せれば苦労はしないな」

 

 ジャティス王子は俺達が相手にして来た奴等の実力を知っているのか、そう言って来た。

 

「マジで運が良かったんだよ。まずアクセルの上位悪魔だけど、レベル一桁の剣士の俺が戦えるぐらい弱ってたんだ。たまたまそこに居合わせたってだけの話だ。この戦いに一番貢献したのはそこの紅魔族のゆんゆんだ」

 

 ゆんゆんがいきなり呼ばれて狼狽えている。

 あの時ゆんゆんが立ち向かわなければ、今の俺もアクセルもどうなっていたか分からない。

 

「……」

 

 ジャティス王子はゆんゆんを見た後、俺に視線を戻して、目で続きを促してくる。

 

「次にナトリの街を襲ってたデモゴーゴンも同じく街中の人間を悪夢に堕としてデモゴーゴン自身に負荷が掛かって弱っていたところをたまたま街の調査に行った俺達が倒せただけだ。それに俺はデモゴーゴンにさっさと眠らされててたしな。その時に一番活躍したのはヒナだ。エリス教のアークプリーストの力があったから勝てたんだ」

 

「僕が倒したことは事実だけど、自分が囮になるって言ったのはヒカルでしょ?ヒカルが体を張ったから勝てたんだよ」

 

 ヒナが俺を見てそう言ってくる。

 

「そうだな。眠って操られた俺をお前が容赦なくボディーブローしたおかげでなんとかなったんだもんな」

 

「そうそう、ってええっ!?何で知ってるの!?」

 

「ゆんゆん達に聞いたに決まってんだろうが!目覚めていきなり鳩尾に立てないぐらいの鈍痛があるなんてどう考えてもおかしいだろ!」

 

「だ、だってあんなスキだらけな体勢でいるから…」

 

「お、お前この…。まあ、良い方向に行ったからいいけどよ」

 

「では魔王軍幹部のシルビアは?」

 

 話を早く聞きたいらしく、俺とヒナの会話が落ち着いた瞬間に聞いてきた。

 

「グロウキメラのシルビアは能力的には厄介だったけど戦闘能力に関しては理不尽に強いってわけでもなかったからな。それに割と部下思いみたいですぐに挑発に乗ってきた。俺は時間稼ぎぐらいしかしてねえよ」

 

「でも時間を稼ぐことが出来なければ倒すことは出来ませんでしたよ」

 

「それに一人で戦ったでしょ?」

 

 トリスターノとゆんゆんが口を挟んでくる。

 

「一人で戦った?どういうことだ?」

 

 当然あの場にいなかった王子は困惑気味だ。

 

「紅魔の里に『魔術師殺し』っていう兵器があって、それはその名の通り魔法を弾いたり無効化する能力を持った兵器だった。それを取り込んだシルビアと正面から戦えるのが俺だけだったんだ。それに一人で戦ってたわけじゃない。こいつらや紅魔族のサポートも貰ってたんだ。一人でなんか戦えねえよ」

 

「……ほう。それは立派な功績であろう?魔王軍幹部を相手に一人で前衛を果たしたのだから」

 

 確かにそう聞くだけなら大層なことをしたように感じるが、俺自身はそんな風に思っていない。

 俺はただ運が良かっただけだ。

 鬼畜やクズと名高い誰かさんみたいに機転をきかせて状況を良くしたわけでもなければ、どこぞの爆裂狂みたいに強敵に致命打を与えたわけでもなければ、ドM変態騎士のようにみんなを守る盾を務めたわけでもなく、駄女神のように仲間の傷を癒したわけでもない。

 俺がなんとかしてこれたのは、運が良かったのとこいつらがいたからだ。

 

「ぶっちゃけ俺自身は強くないんだ。一応パーティーのリーダーで俺の名前が目立つのかもしれないけど、シルビアとかそこら辺と戦えたのはこいつらがいたからだ。それなのに俺の功績みたいには言えねえよ」

 

「……そうか。そなたがどう思っているかはわかった。だがそなたのように同じくパーティーを組んでそなた達が倒した者達に挑み、破れ殺された人達がいることを忘れないでくれ。その者達の為にもその功績はこのパーティーとして誇るべきものだと余は思う」

 

 そう言われると何も言えない。

 

「街と民を守ってくれたこと、ベルゼルグ王国第一王子として礼を言う。そなたがどう思おうとこれだけは言わせてくれ」

 

 そう言って頭を下げて来た。

 俺達が何も言えずにいると、

 

「そなた達に興味が湧いた。皆食べ終わったみたいだが、もう少し会話に付き合ってくれないか?」

 

 そう続けて来た。

 ロリコン色ボケ王子だと思ってたせいで調子が狂う。

 俺がもちろんと答えると、ジャティス王子は微笑んできた。

 

 

 

 

 数時間雑談が続いた。

 ゆんゆんを見て紅魔族らしくないと言われたので、族長の娘だと言ってやると余程驚いたのか固まっていた。

 他には何故俺達があの場にいたのかを聞かれて、ヒナの里帰りでヒノヤマに向かっていると説明してやると、ヒノヤマにいるヒナの両親のことも知っているみたいで、顔を引きつらせていた。

 どうやら王子様も話題にするのは控えたい人物らしい。

 それからトリスターノの出身のことを聞かれて、なんとか誤魔化したりなんだりと時間は過ぎていった。

 雑談も終わり、皿を片付けたりしていると、ジャティス王子は俺に話しかけて来た。

 

「シロガネ、そなたとはもう少し話を続けたい。余の部屋に来てくれ」

 

 そう言われて断る理由も無いので了承した。

 三人が心配そうに見てくるのを手を振って返して、部屋に向かう王子の後ろに続いた。

 

 

 

 王子様の部屋は俺達が使ってる部屋より倍ぐらい広い。

 ベッドも無駄に大きく、十人は余裕で寝られそうだ。

 特に目立ったものはないが、椅子に座るように言われて、その通りにする。

 ジャティス王子はもう一つの少し離れた対面の椅子に座った。

 

「俺達のことを信用してくれるのは嬉しいけど、部屋に入れたりするのはいくら何でも不用心じゃねえか?」

 

「今は魔王軍との戦争が激化しているせいで余は戦場ばかりにいるが、それなりに多くの戦場を戦い抜いて来た。その中で多くの人間や敵を見てきた。余を殺したい連中ならわざわざ助ける必要もない。余を利用したい人間ならば先程の強敵と戦って来た話をもっとアピールしてきたり、もっと下手に出てくるはずだ」

 

「だから信用に値するって?」

 

「余は人を見る目は自信がある。だがそなた達は、いや、そなたは今までで見たことない人間だ。余のことを嫌いかと思えば、余に対して気遣う姿勢もある。褒美をやると言っても嬉しさを微塵にも出さず、功績の話もしなかった。それどころか功績の話を隠そうとした。そしていざ話したと思えば状況や自分の弱さを素直に話してくる」

 

 王族と関わりたくなんかなかった。

 こいつ絶対

 

「何より目が真っ直ぐだ。そなたという人間はわからないことだらけだ。故に興味がある。そなたがどんな人間か見定めたい」

 

 面倒くさいやつだ。

 

「これでもしそなた達の今までの言動が余を騙す為の演技なのだとしたら大したものだ。そうだった時は…その時考えるとしよう」

 

 ちゃんと考えてるのか、それとも脳筋なのか、どっちなんだ。

 

「本題に入ろう。先程から話を聞いていたが、そなた達はアクセルを拠点にしているのだったな?」

 

「ああ」

 

「そなた達はすでに上位職ばかりでレベルもそれなりに高いはずだ。拠点を移さない理由はわからないが、もし何も無いのであれば王都に来ないか?」

 

 トリスターノとヒナがペラペラ喋るせいで情報が筒抜けだ。

 ゆんゆんを少し見習ってくれ。

 

 それにしてもスカウトみたいなことをされるとはな。

 王子として首都の防衛を固めたいと言ったところか。

 だけど、俺個人としてはアクセルに居たい。

 なんだかんだあの街に愛着が湧いてしまった。

 それに多くの繋がりが出来てしまった。

 後は引っ越しとかも面倒くさいし、ついでに例の店もあるし。

 ゆんゆんに行くことを禁止されているが、緊急時にお世話になるかもしれないしな。

 

 店のこと以外は素直に言って断ることにした。

 ゆんゆんもやっと話せる人も増えてきて、ヒナも教会のシスター連中や孤児院の子供達となかなか会えないとなると寂しがるだろうし、トリスターノはハーレムがいるしな。

 きっとあいつらも俺と同じくアクセルを離れたがらないだろう。

 

「そうか…。ヒナギクが敬虔なエリス教徒なのはわかってはいたが、そなたもだったか」

 

「いや、俺は別にエリス教徒じゃないぞ?」

 

「む?それでは何故教会や孤児院の手伝いなどをやっているのだ?」

 

「ヒナが手伝えってうるさいから?」

 

「……やはりそなたはよくわからんな…。だが様子を見るに嫌々やってるわけではないのだろう?」

 

 もう行くのが習慣になってしまったからな。

 

「そなたのアクセルから離れたくない理由の一つなのだろう?聞くまでもなかったか」

 

 俺のことをわかってるみたいに先にそう言ってくる。

 でも特に間違ってないから何も言い返せない。

 孤児院のガキ共を見るのもなんだかんだで楽しい。

 毎回ストレッチの時間にいじり倒してやったせいで、小癪にも本当に体が柔らかくなっている。

 子供の成長とは恐ろしいものだ。

 武道を教えても吸収が早い。

 転んでも咄嗟に受け身を取れたりするぐらいには身についている。

 数年後、十年後に追い抜かれるかもしれない。

 ああいうのを見てると、本当に面白いと思ってしまう。

 そう考えると、理由の一つにもなる。

 

「あと王都に行っても役に立たないと思うぞ?俺はあまり強くないからな」

 

「先程も言っていたな。謙遜も過ぎれば…」

 

「謙遜なんかじゃなくてマジなんだよ。今は上位職になってはいるが、その前の剣士の時なんか酷いもんだったよ。病人の方がマシだって言われてな」

 

「……だが、そなたが弱いわけがないだろう。そなたの目と髪の色を見ればわかる。そなたとヒナギクも何か持っているのだろう?」

 

 チート持ちの日本人を見てるから知っているのだろう。

 それで俺も何かあるもんだと思っているのか。

 

「一応俺はあるけど、ヒナは無いぞ。俺が持ってる力はあるんだか無いんだかよくわかんねえようなもんだしな」

 

「聞きたいことは尽きないが、そなたの能力とやらは何だ?」

 

 俺は少し悩んだが、隠しても嘘をついても面倒になりそうな気がして素直に話すことにした。

 ムードメーカー。

 自身のステータスを犠牲に、信頼ある仲間のステータス等を上げる能力。

 アクアがこの能力を詳細に書かれた書類とやらを失くしたせいで俺も詳しくは知らない。

 俺の仲間は俺の能力が無くとも強いので、能力があるんだか無いんだか実感が湧かない

 それを聞いたジャティス王子は興味深そうに聞いていた。

 そして、ポツリと呟くように言った。

 

「まるで魔王だな」

 

「は?」

 

 いきなり魔王扱いされて、これ以外の反応が出来る奴はいるだろうか。

 俺が間抜けな声を出してるのを見てたジャティス王子は呆れたような表情になる。

 

「そなた、魔王の能力を知らないのか?」

 

「知らん」

 

 俺の即答にジャティス王子はため息をつく。

 

「詳細は分かっていないが、魔王の能力は近くにいる配下を強化するものだ。その強化は魔王軍幹部に匹敵するほどの力を得ると言われている。破格の能力ではあるが、そなたのように弱体化はない」

 

「お、俺の能力は魔王の劣化版かよ…」

 

 思わず呟いた。

 くそ、他のチートならともかく上位互換があるのは納得いかないぞ。

 もう少し頑張ってくれ、ムードメーカー。

 

「そなたの能力はあまり人に話さない方がいいかもしれないな。余計な誤解を生むかもしれない」

 

 過去にトリスターノに似たようなことを言われた。

 

「別に俺も言いふらしたりなんてしねえよ」

 

「それならいい。余もそなたの能力については黙っていよう。しかしそなたの能力を知って、ますます王都に来て欲しくなったが…」

 

「悪いけど、行かねえよ」

 

「そうか。もし意見が変わったらいつでも来てくれ。そなた達のような冒険者がいれば安心して余は前線に行ける」

 

「あんたの意見は立派だけど、王都に移り住んだりはしないと思うぞ。王都のクエストは危険なんだろ?俺はあまりあいつらを危険な目に合わせたくないからな」

 

「……」

 

 俺がそう言うと、ジャティス王子は黙ってしまった。

 

「そなた達は不思議だな。喧嘩をしていたと思えば、いつの間にか喧嘩なんか無かった様に接していたりと」

 

「別に不思議じゃないと思うけどな。俺達はいつもあんな感じだ。だいたい家族なんてそんなもんだろ?」

 

「家族?そなた達は血が繋がっていたのか?」

 

「何言ってんだこの野郎。誰も血なんて繋がってねえよ。血の繋がりなんか無くても家族になれるだろ」

 

「……そうなのか?」

 

 どうやらピンと来ないらしい。

 王族の感覚が俺にはわからないようなものか。

 

「これはなんていうか俺の個人的な考えだが、家族ってのは別に血の繋がりだけで決まるもんじゃねえと思う。何が何でも守りたい人とか一生一緒にいたい奴とかそういうのを指す言葉なんじゃねえかと思う」

 

「……そうか」

 

「あんまりわかんねえか?」

 

「……そなたの言いたいことはなんとなくわかった。そうか、そんな関係もあるのだな」

 

「家族の定義とか形なんて人それぞれさ。俺の個人的な考えだから、あまり考え込まれても困るんだが」

 

「いや、参考になった。余も家族がいる。そなたのように大事には出来ていないがな」

 

「別に大事にする仕方も人それぞれだろ。それにあんたは忙しいんだろ?出来る時にすりゃあいいんじゃねえの?」

 

「…そうだな。表現の仕方が難しいが、そなたの考え方は良いな」

 

「そうか?気に入ったならよかったよ」

 

「ああ。シロガネ一つ聞きたい」

 

「さっきから何個も聞いてるくせになんだよ?」

 

「余もそなた達みたいな関係になれるような人が見つかるだろうか?」

 

「……なんつうこと聞くんだよ」

 

「そなた達が少し羨ましく見えて、ついな。すまない、忘れてくれ」

 

 そう言って力なく笑った。

 やっぱり寂しそうに見えたのは間違いじゃなかったのか。

 俺が何かしてやれるかと言えば、正直わからない。

 こうして同じ空間にいて座って話してることすら身分が違いすぎて、間違いだらけに見える。

 何が正解で、何が間違ってるか、なんて今更かもしれないが、少しだけそんなことを考えてしまった。

 だけど、そんな一人ぼっちの姿を見て何とかしてやりたいと思ってしまった。

 

「俺には正直あんたがどんな人達と巡り会えるかなんてわからねえけどよ」

 

「その話はもういい」

 

「いいから聞けよ。なんていうか、アレだよ。俺がこんなことを言うのもどうかと思うし、間違ってるとも思う。あんたが求めてるものじゃないかもしれない」

 

「……」

 

 ジャティス王子は俺に言われた通り俺の言葉を真剣に聞いていた。

 その真面目な顔に、真剣な目に耐えられなくて、少しだけ照れてなかなか言い出せなくなった。

 

「だけど、なんだ。俺があんたの友達ぐらいにはなってやるよ」

 

 そう言うと、ジャティス王子は呆けた顔で固まると、顔を俯かせ、肩を震わせた。

 

「ふ、ふ、ふふ、ふふふ、そなたが余の?」

 

 笑いが耐えきれないような、そんな言い方。

 

「な、なんだよ?身分も違うし、お門違いなのはわかってるよ。気に入らないなら」

 

「いいや、気に入った。余の友達になってくれ。シロガネ」

 

 そう言って顔を上げたジャティス王子は表情は柔らかく、笑っていた。

 そして右手を出し、握手を求めてくる。

 

「まあ、よろしく?」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 俺も右手を差し出すと、力強く握ってきた。

 

「友として身分の違いはあまり気にするな。これからはジャティスと呼んでくれ」

 

「……まさよしじゃなくていいのか?」

 

「まさよしだけは絶対に許さん」

 

 俺の手を握り潰さんばかりに力が込められて、メキメキと音を立てた後、部屋中に俺の悲鳴が響き渡った。

 





ジャティス王子との話は今後の展開に必要なので、やりとりが長くなってしまいました。


一週間後に投稿と言いましたが、モチベが上がったのと最近寒くて長風呂しながら続きを書くおかげで早めに仕上がりました。

皆様の評価と応援により、評価ゲージが伸びました。
本当にありがとうございます。
それにデイリーランキングにも載ったりと嬉しいことだらけです。
papurika193様から支援絵もよく頂いており、お話を書いてる者として幸せです。
これからも『このすば ハード?モード』をどうぞよろしくお願い致します。


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78話


78話です。さあ、いってみよう。



 

 

「いってえ…」

 

 俺とジャティスは熱いシェイクハンドをかまして、俺の右手はバキバキになっていた。

 あの後話すことはもう無いので明日に会おうと言われて部屋を追い出されて、今は手を治してもらうべくヒナの元へ向かっている。

 

「もうあいつの名前はまさよしで決定だ」

 

 そう呟きつつ、ヒナの部屋の前でノックをしてみたが返事がない。試しにノブを回してみると鍵がかかっていた。

 シャワー中とかかもしれないが、俺はある事を思い出して厨房へと向かった。

 

 

 

「御用改めである!!」

 

「わあ!?…なんだ、ヒカルか。驚かさないでよ」

 

「なんだじゃねえよ、この食いしん坊」

 

「……しょうがないじゃん。足りなかったんだもん」

 

 案の定ヒナはここで飯の続きをしていた。

 先程の夕飯はジャティスに気を使ったか、もしくははしたないとでも思ったのか、俺達と同じ量しか食べていなかった。

 いつもはニ、三人前を余裕で食べるヒナがそんな量で満足するわけもなく、ヒナならここにいるだろうと予想してここに来てみれば見事当たったというわけだ。

 

「どうしたの?お腹すいたの?」

 

「お前じゃねえんだよこの野郎。手、治してくれ」

 

「手?」

 

 俺の手を見て、怪訝な顔をするヒナ。

 

「どうしたのこれ?」

 

「まさよし君と握手したら握り潰された」

 

「はあ?」

 

 何言ってんだこいつ、みたいな顔をやめろ。

 嘘はついてないぞ。

 

「王族の握手は相手の手を握り潰すのが作法らしいぞ」

 

「そんなわけないでしょ。どうせヒカルが変なこと言って怒られたんでしょ?」

 

「変なことじゃねえよ。まさよし君って呼んだだけだぞ」

 

「……かっこいい名前なのにね…」

 

 そう言って残念そうな顔で俺の手に回復魔法をかけてくれる。

 かっこいいかどうかは知らんが、良いニックネームだと思ったんだがな。

 そろそろ折れた手が腫れて熱を持ってきてたので、早々に治してくれるのはありがたい。

 

「一応治ったと思うけど、安静にしといてね」

 

「この旅が無事に終わればな」

 

「…そうだね」

 

 そう言って暗い表情になった。

 変な返事をしなければよかったか。

 そう思って、何か話題を変えようと思っていたらヒナが何か思いついたような表情になった

 

「そういえば、さっきの『ごよーあらためである』って何?」

 

「ああ、それは日本の昔の警察が悪いことした奴のところに捜査しに来た時に言う感じの言葉だ」

 

「……僕、悪いことしてないもん」

 

 そう言って膨れっ面になるヒナ。

 

「つまみ食いしてただろうが。まあ言ってみたくなっただけだ。気にすんな」

 

「ふーん。じゃあ僕もヒカルがなんか悪いことした時に使おうっと」

 

 余計な知識を与えてしまったかもしれない。

 

「ねえ、ヒカル」

 

 また暗い表情になったヒナが呼んでくる。

 なんだ、と返すとゆっくり近付いて抱き付いて来た。

 

「なんかすごく嫌な予感がするんだ」

 

「物騒なこと言うんじゃねえよこの野郎」

 

 力強く抱き付いてくるのを抱き返してやると、ぶるぶる震え出した。

 

「なんか怖いんだ。今すぐみんなでテレポートして帰りたいぐらい」

 

「そんなにか。でも、あともう少しだろ?」

 

 ヒナの震えは止まらない。

 そこまでの恐怖を感じているのか。

 

「そうなんだけど、何かが起きそうな気がする…」

 

 こいつは予知能力まで手に入れたのか、それとも危険な戦場へ向かっていることのプレッシャーか、はたまた王族の護衛をするという責任から来ているものか。

 こいつなら予知能力を手に入れたって不思議じゃない。

 エリス様に愛されて、才能に満ち溢れたこいつなら驚くようなことじゃない気がする。

 

「わかった。ジャティスを送り届けたら、戦場とかには目をもくれずにヒノヤマに向かおう。何言われたって知ったこっちゃない。お前も変な責任とか感じなくていい。リーダーの俺がこの方針で行くって言ってんだからな」

 

「…うん」

 

 ヒナをなんとか落ち着かせて部屋に送った。

 その後、自分の部屋に戻ると疲れていたのか、すぐに眠くなった。

 シャワーは明日の朝に回し、すぐに寝ることにした。

 

 

 

 翌朝。

 全員で朝食を済ませて、荷物を取り、外に出る。

 屋敷はジャティスが何かを唱えると、元の謎の四角形に戻った。

 なんて便利な代物だ。

 普通なら寝るのも交代制だし、飯も辺りを警戒しながらさっさと食べて、野営に使った物の後片付けとそれなりの時間もかかるのだが、一瞬で終わってしまった。

 そしてまた戦場へと向かい始めて、少し経った頃。

 

「ふわあ〜」

 

「あくび?どうしたの?」

 

 先程から出て来るモンスターはジャティスが一瞬で倒すせいで、ただののどかな歩き旅になってるせいだ。

 

「そなた、まさか手を怪我したままか?」

 

「あ?あ、そういえば昨日はよくもやってくれたなこの野郎」

 

 ジャティスが昨日シェイクハンドどころかプレスハンドしたせいで俺が寝不足なんだと思ったのかそう聞いて来た。

 ヒナの回復魔法が完璧だったせいで少し忘れかけてた。

 

「む?違うのか?まあ、いい。一応手を見せてみろ。もし本当に痛むのであればヒナギクに回復してもらおう」

 

 そう言って俺の手を取るジャティス。

 

「おい、野郎と手を握る趣味は無いぞ、まさよし君」

 

「余も無いに決まっているだろう。あと、まさよし君ではない。ジャティスだ」

 

「まさよし君もジャティスも意味合い的にあまり変わらないからいいだろうが。いいから離せこの野郎。大丈夫だって言ってんだろ」

 

「意味合いの話ではなく、名前そのものが変わってるだろう。まさよし君呼びは許さん。続けるのであれば…」

 

 そんな言い合いをしてたらトリスターノが俺達の間に割って入って来た。

 

「失礼します。リーダー、ジャティス王子。仲が良くなったのは大変喜ばしいことなのですが、ここはモンスターが多く生息する場所です。静かに移動する事を意見具申します。それにリーダーの手も…特に問題はなさそうですね」

 

 そう言いつつ、トリスターノが割って入ったおかげでフリーになった右手を握り、見てくる。

 なんでお前とも手を繋がなきゃならんのだ。

 

「それに」

 

「おいこら、もういいだろ。手離せこの野郎」

 

 なんでこいつ離そうとしないどころか、握る手を強めてんだ!?

 きもちわるっ!

 

「ジャティス王子、失礼を承知で申し上げますが、リーダーの男親友枠は私です。ジャティス王子ほどの人が相手でも、これは譲れません」

 

「何言ってんの、お前。すごい気持ち悪いんだけど。てか手離せ」

 

「…ほう。だがシロガネは嫌がっているようだな?」

 

 そう言って俺の左手を取るジャティス王子。

 

「別にお前ならいいわけでもねえよ!いででででで!強引に握ってんじゃねえよ!てめえ離せ!どっちも離せ!」

 

 両手をバカ二人に取られて、バカ二人は睨み合うかのように俺を挟んで見合っている。

 

「強引なのは嫌われますよ、離してください」

 

「そなたこそ離せ」

 

「どっちも離せっつってんだろうが!!気持ち悪いんだよこの野郎!」

 

 そんなやり取りをしていたら、控えめに服を引っ張られて、首だけなんとか振り返ると心配そうにゆんゆんが見ていた。

 

「ね、ねえ、ヒカル?男の人が好きとかじゃないよね?じょ、女性の方が好きだよね?」

 

「何の心配してんだ!?今まで俺の何を見てきたんだ!?当たり前だろうが!」

 

 そう言った後、ゆんゆんとは逆方向の後ろから服をグイグイ引っ張られて首だけまた振り返ると、ヒナがこちらを見ていた。

 

「ねえ、僕は?僕は何枠なの?」

 

「知るか!っていうか枠とか勝手に言い出したのはトリスターノだろうが!変なこと言ってんじゃねえよ!てかマジで手離せこの野郎!」

 

「ヒ、ヒナギクは余の恋び」

 

「お前も変なこと言い出してんじゃねえよ!言っとくがお前とどれだけ親しくなろうとそれだけは許さんからな!」

 

 バカ王子がバカなことを言う前に遮った。

 

「なるほど。ジャティス王子は恋のライバル枠ですか」

 

「何がなるほどだ!?冷静な分析してるみたいなリアクションやめろ!」

 

「ねえ?本当に大丈夫なんだよね?信用していいんだよね?」

 

「それだけは信用してくれよ!聞くまでもないだろうが!」

 

「なかなか良いな。親友ではあるが恋のライバルでもある。どこぞの物語にありそうじゃないか」

 

「お前も冷静なフリしつつボケ倒すのをやめろ!」

 

「待ってください。二つも枠があるのはどうかと。どちらかにしてください」

 

「ねえ僕は?僕的にはお姉さん枠だと思うんだけど」

 

「お前は良いとこペット枠だ馬鹿野郎!てかマジで離せよ!気持ち悪いって言ってんだろうが!」

 

「ペット!?なんで僕が!?訂正して!このっ!このっ!」

 

「脇腹を殴ってくるのをやめろ!」

 

 全力で殴ってきてるわけじゃないが、当たったら普通に痛いレベルの殴りだ。

 左右、後ろからと話しかけられて首が忙しい。

 

「二つ枠があるのはいけないなんてルールは無い。余とシロガネはライバルとして切磋琢磨し合い固い友情が芽生える流れだ。そなたに勝ち目はない。手を離せ」

 

「そういう話は私が70話とかでやってます。残念ながら私の勝ちです。諦めてください」

 

「おーーい!バカを治す魔法はありませんかーー!?あったらこのバカ共にかけてあげてくれませんかーー!?」

 

「そんなのあるわけないでしょ?だいたいヒカルの方がバカでしょ?」

 

「うるせえよ!ああ、もう離せ!!引っ張るな!急いでるんじゃなかったのかこの野郎!!」

 

 

 

 

「戻ってきてる様子はないな」

 

「テレポートで撤退したとかは?」

 

「最悪の状況が続いたのであれば、父上だけでも撤退させるかもしれないが、全員を撤退させるのは難しいだろうからテレポートで撤退は無い、はずだ。それに今の戦場を引くと資源の豊富な場所を取られてしまうから尚更全員が撤退するのは考えられない」

 

「そうか。とりあえずここで一度休憩していくか」

 

 あれから歩き続けて、戦場と街の中間地点に幾つか置かれている野営地に着いた。

 多くのテントが並び、寝る場所や水に食料、そして医療道具やポーションがある程度揃っているみたいだ。

 着いてから野営地を確認してみたが、王子から見たら特に変化も無く、誰もいなかった。

 ここで合流出来れば、ジャティスを引き渡せたのだが、まだヒノヤマへ向かうことは出来ないみたいだ。

 この野営地はモンスター避けの結界もあって、休憩がしやすい場所なので休憩をしていくことになった。

 俺はさっさと食事を終わらせて、寝る時間に当てた。

 

 一時間ほど寝た頃、ヒナに叩き起こされた。

 また徒歩の旅が再開だ。

 ある程度歩き進め、無言の時間が続いた頃にトリスターノが口を開いた。

 

「ジャティス王子、一つ聞きたいことがあります」

 

「なんだ?」

 

「戦場の最前線に立ち、この国でもトップクラスの実力を持つジャティス王子をたった三人で追い込んだ円卓の騎士について聞きたいのです」

 

 とうとう聞いたか。

 

「む、そうだな。どれもまだ年若い男だったな。二人は少し似ていたから兄弟かもしれない。それぞれ金髪碧眼の色黒の肌で、身長が高い方は細長の槍を持っていた。低い方は自身と同じくらいの大剣を持ち、その馬鹿力に吹き飛ばされたのだ」

 

 その特徴を聞いて、トリスターノはまるで苦虫を噛み潰したような表情になった。

 もしかしたら同僚の中でもマジで嫌いな奴なのかもしれない。

 

「三人目の騎士は『ラモラック』と名乗っていた。その騎士だけは顔も鎧をしていた。槍も剣も装備していて、魔法も使えるみたいだった。状況に応じて使い分けていて、うちの兵士を容易く倒していた」

 

「……そうですか。教えていただき、ありがとうございます」

 

「そなた達も気をつけよ。そなた達も実力があるとはいえ彼等を相手にするのは難しいだろうからな」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 トリスターノがお礼を言った後、さりげなくトリスターノに近付き、来ている円卓の騎士について聞くことにした。

 

「トリスターノ。そいつらはどんな奴なんだ?」

 

「……名前が不明の騎士二人は恐らく『パラメデス』とその弟の『サフィア』です」

 

 喋るのも嫌だと言わんばかりに表情を歪めて話すトリスターノ。

 

「なんだ?嫌いなのか?」

 

「……嫌いとかじゃありません。彼らが私のことを勝手に嫌っているだけで私は…」

 

「つまり嫌いなんだな?」

 

「……ええ、二度と会いたくないぐらい嫌いですよ。特にパラメデスにはね」

 

 いつもニコニコしているコイツも人を嫌いになるなんてことがあるのか。

 少し、というより割と気になってストレートに聞いてしまう。

 

「何かあったのか?」

 

「……あー、なんというか、その」

 

 トリスターノは目を泳がせて、話すのを躊躇っていた。

 俺が無言で待ってると、トリスターノは観念したように口を開いた。

 

「……パラメデスとは、その、女性を取り合ったというか」

 

「……」

 

「やめてくださいよ、その目…。パラメデスとは争い事が絶えなくてですね。騎士内の勝負事でも事故を装って殺しに来たりしてきたんですよ」

 

「……」

 

「私は別に殺そうなんて思ったことはありません。絶対に。ですがパラメデスが執念深くて結果的には殺し合いに発展してしまったというか」

 

「嫌いとかいうレベルじゃねえだろ」

 

 険悪どころの騒ぎじゃなかった。

 トリスターノは口や表情では上手く誤魔化してるが、本気で恨んでるんじゃないか?

 

「槍の腕を見てもらった時に難癖をつけて来た騎士の話をしましたよね?パラメデスが円卓の騎士全員の前で難癖をつけてきたんです。私の弓には勝てないから自分の得意な槍の勝負に…」

 

「あー、えっとサフィアは?」

 

「……サフィアはパラメデスの弟ですね。無表情無口でずっとパラメデスの後ろを付いてる腰巾着みたいな男ですが、円卓の騎士一の筋力を持っています」

 

 ジャティスを遥か彼方にぶっ飛ばしてるわけだからな。

 というかトリスターノの話し方的にどうやらサフィアも嫌いみたいだ。

 

「じゃあラモなんとかは?」

 

「ラモラックは円卓の騎士の中でも強力な魔法剣士の一人です。武勇に優れていますが、プライドが高く、そのせいで私とも馬が合わなかったみたいですね」

 

「つまり嫌いなんだな」

 

「ええ、嫌いです」

 

 即答だった。

 

「トリスターノ、なんというかアレだな。運が悪かったというか…」

 

「本当にそう思、皆さん止まってください」

 

 俺と声を潜めて話し合ってたのに、いきなり全員に聞こえるように声を出すので驚く。

 

「どうした?」

 

「敵感知に反応があります。反応は二つ。十二時方向と六時方向から私達が逃げられないように近付いてきています」

 

 トリスターノに言われて道の先を見ると、人が見えた。

 その人物はゴツい鎧に身を包み、槍を肩に担ぐようにして、こちらへと近付いて来ていた。

 後ろを振り返ると、同じ様な出で立ちで大きな剣を引き摺るようにして持ち近付いて来ていた。

 

「おい、まさか…」

 

「リーダー。私は、いえ私達は本当に運が悪いみたいです」

 

 円卓の騎士のパラメデスとサフィアだ。

 





文字数多くなるかと思って、とあるシーンをガッツリ消したので、変なところがあるかもしれません。
あったらすみません。


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79話

79話です。さあ、いってみよう。



 

 

「円卓の騎士だとっ!?何故こんなところまで来ているっ!?」

 

 ジャティスが驚きの声を上げる。

 円卓の騎士は戦場を抜けて来たのだろうか。

 それともベルゼルグの方の戦力が撤退したのか。

 そんな考えが頭を巡るが、騎士達は一歩一歩確実にこちらへと近付いて来ていた。

 槍を肩に担いだ円卓の騎士、パラメデスの表情が見えるほど近くなった。

 嘲る様な笑み。

 あとは手を伸ばすだけの獲物を見るかのような目だ。

 俺達はすでに戦闘になってもいいように武器に手をつけていた。

 

「おいおい、マジだ。マジだよおい!」

 

 パラメデスとサフィアが立ち止まったと思えば、パラメデスが口を開いた。

 

「サフィアの馬鹿力のせいで、死体確認とかいうダリィ仕事が増えたと思ったら、こんな…こんな面白いことがあるかよ!」

 

「……」

 

 パラメデスが浮かれたように声を上げ、パラメデスとは対照的にサフィアは沈黙を貫いていた。

 

「王子様が生きてやがったのも、護衛を引き連れてるのもこの際どうでもいい!!あのチキン野郎に会えるなんてな!!」

 

 トリスターノを見て吐き捨てるようにしてそう言った。

 

「サフィア!お前は今日からラッキーボーイだ!これからも敵はドンドンぶっ飛ばせよ!」

 

「……ボーイじゃない」

 

 サフィアは初めて声を出した。

 まだ少年のような声。

 年齢はゆんゆんやヒナと変わらないぐらいだ。

 そんな少年が自身よりも大きい剣を引き摺るようにして片手で持っているのが余計に異様な光景に見える。

 

「ああくそ!ラモの野郎も連れてくれば良かった!死体探しなんて面倒くせえとか言って戦場に残りやがったからな!バカ面引っ叩いて連れて来てれば、もっと面白えことになったのによ!」

 

 ラモの野郎って言うのはもしかして三人目の円卓の騎士『ラモラック』のことか?

 つまり二人しかこの場にはいないってことか。

 

「ヒカル……」

 

 蚊の鳴くような小さな声で呼ばれる。

 振り返ると顔面蒼白のヒナが泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。

 

「逃げよう…。すごく嫌な…最悪のことが…」

 

 昨日のこいつが感じ取ってた嫌な予感とやらはこれだったのか。

 マジで予知能力に目覚めたのかこいつは…って今はそんなことはどうでもいい。

 トリスターノは今まで見たことがない程の険しい表情でパラメデスの方を睨み、ゆんゆんもヒナの方を心配そうに横目で確認しながらもサフィアの方を警戒していた。

 くそ、どうするべきだ。

 

「貴様は一体何を言っている?貴様達なんかにチキン呼ばわりされる謂れはない」

 

 ジャティスからしたら何を言われてるのか、さっぱりなんだろう。

 でも俺達は分かってしまう。

 先程からパラメデスが誰に向かって何を言ってるかを。

 

「あぁ?何言ってんだ?王子様をチキン呼びするわけねえだろ。騎士王ほどじゃないが、あんた滅茶苦茶強いだろ。強い奴には敬意を払うもんだ。チキン野郎なんて、失礼なことは言わねえよ」

 

「では何を…」

 

 ジャティスが言い切る前に、パラメデスはトリスターノを指差して続けた。

 

「そこの裏切り者に言ってるのさ。トリ公、いやトリスタンの野郎にな」

 

「裏切り者…?トリスタン…?どういうことだ?」

 

 ジャティスが未だに状況がわからずに俺達にも視線を向けて来る。

 …説明するしかない。

 

「トリスターノが円卓の騎士の元トリスタンだってことだ」

 

 俺がそう言うと、ジャティスは警戒するようにこちらに体を向けて後退りながら、俺達も睨んでくる。

 

「そなた達!まさか!」

 

「違うっつーの!元トリスタンだ!『元』!俺達がお前を殺すならいくらでも殺す機会はあっただろ!?信用するのは難しいかもしれないけど、俺達とそこの円卓の騎士、どちらに背中を預けられるか考えろ!」

 

 ジャティスの言葉を遮るように俺は一気に捲し立てた。

 仲間割れしてる場合じゃない。

 ジャティスがこちらを向いていると、サフィアの方に背中を晒すことになる。

 離れられるともしもの為のテレポートで逃げることも出来ない。

 

「……そなた達、後で何もかも喋ってもらうからな」

 

 そう言って、また俺達に背中を預けてくれた。

 

「いくらでも喋ってやるよこの野郎」

 

「おいおい、トリ公のこと知らなかったのかよ!そりゃあそうだよな!?そこのチキン野郎は臆病者の裏切り者、更には卑怯者だからな!王子様が知らねえのも無理ねえよ!」

 

 ……こいつ、好き勝手言いやがって。

 

「ゆんゆん、トリタン、テレポートで逃げようよ…!」

 

 ヒナがここまで怯えるのを初めてだ。

 俺も苦戦するのがわかるようなヤバい敵とわざわざ戦うよりは撤退を選びたい。

 

「……私もテレポートをおすすめします」

 

 トリスターノはパラメデスを睨みながら静かにそう言った。

 だが

 

「行くならそなた達だけで行け。余は戻らねばならん」

 

 ジャティスはやはり撤退を良しとしなかった。

 

「ジャ、ジャティス王子!ジャティス王子の気持ちは痛いほどわかりますが、今は生き残ることを最優先に…」

 

「余にも守りたいものがある。ここで退けば余の守りたいものは守れない」

 

 ヒナの必死な言葉にも視線すら向けずに頑として拒否した。

 無理矢理連れて行くか、俺達だけで逃げるか、それとも戦うか。

 無理矢理連れて行くのが正解だろうが、ジャティスの守りたいものはきっと守れず、ジャティスとの関係も壊れるだろう。

 俺達だけで逃げる事は選択肢としてはあるが、それが出来るかと言われると出来ない。

 ジャティスとはもうバカやるような仲になっちまった。

 そんなやつを一人で置いて行くなんてことは出来ない。

 戦う選択肢は、

 

「おいおい、チキン野郎どうした!?お前らしくねえじゃねえか!臆病者のお前が逃げないなんてよ!明日は矢でも降るんじゃねえか!?」

 

 自分達が優位に立ってると思ってるのかペラペラ喋ってやがる。

 戦う選択肢は無いと思っていたが、これはチャンスなのでは?

 この油断し切ったところに付け入る隙があるかもしれない。

 

「……」

 

「睨むだけじゃつまんねえよ、トリ公。だから騎士内でも浮いてたんだろうけどよ」

 

 正直言って本気で戦いたくない。

 ここで戦えば、確実に生きるか死ぬかの命の取り合いになる。

 人同士の殺し合いなんてしたくない。

 喧嘩や競争の類ならいくらでも出来るかもしれないが、殺し合いになると話は別だ。

 

 だが、これ以上黙ってることもできない。

 友達を、家族を好き勝手言われて、ヘラヘラ出来るほど人間は出来ていない。

 

「そこでギャーギャーと一人で盛り上がってるパリピ野郎」

 

 戦う覚悟は決めた。

 油断し切ったこいつなら多分やれる。

 どれだけ強かろうと、上位職三人と円卓の騎士一人を同時に相手にするのは難しいはずだ。

 

「……………え、もしかして俺に言ってる?」

 

 呆けた顔でパラメデスが聞いてくる。

 

「そうだよこの野郎。日サロ通いすぎなんだよ。焼けてればカッコイイとか思ってんだろ?」

 

 ヒナの支援魔法を全員にかけて、ジャティスにサフィアと戦ってもらい、時間稼ぎをしてもらう。

 その間俺達がパラメデスを相手にして、無力化あるいは倒す。

 その後ジャティスと合流してサフィアを全員で倒す。

 これだ。

 

「……えっと、わりいんだけど何言ってるか全然分かんないわ。誰か翻訳してくんない?」

 

 まあ、この世界に日サロなんて無いだろうな。

 頭を掻いて、困惑した顔をしてるパラメデス。

 

「リーダー、煽るのはやめてください。危険です」

 

 トリスターノが止めてくるが、もう突き進むと決めた。

 俺達はなんだかんだで強敵と渡り合って来た。

 今回はジャティスもいる。

 俺も強くなったんだ。

 魔王軍幹部を相手に一人で前衛を張れるぐらいに。

 なら、ここでやらないとダメだろ。

 

「ジャティス、支援魔法有りでその大剣の騎士とどれぐらいやり合える?」

 

 俺が背中越しにジャティスに聞くと、全員が動揺したようにこちらを見てくる。

 

「ねえ、何言ってるの…?ヒカル、ねえ?」

 

 ヒナが震えながら俺に聞いてくる。

 

「……支援魔法があるなら、騎士一人ぐらい互角以上にやり合えるはずだ。いや、ヒナギクの愛の支援があるなら…」

 

「バカ王子は一回やられて来い。そうすればバカも治りそうだ」

 

「バカではない。余はベルゼルグ王国第一王子、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・ジャティスだ。そなたの方がバカだろう」

 

「いちいち名乗るんじゃねえっつってんだろうが。つまり、一人で戦えるんだな?」

 

「数多の戦場を歩いてきた余を舐めるな。一人の騎士を集中して相手にするのであれば負けることは無い」

 

 なら、俺達全員でパラメデスを倒しに行ける。

 やろう。

 上手くいけば殺さないで済む可能性もある。

 

「ヒナ、支援魔法を頼む」

 

「…ぇ」

 

 ヒナが信じられないものを見る顔でこちらを見てくる。

 

「ヒナ、俺を信用してくれ。頼む」

 

「で、でも…」

 

「リーダー」

 

 トリスターノも俺を止めてくる。

 

「ジャティスを置いて行くわけにもいかないし、ジャティスを連れて王都に逆戻りしたとして戦況が壊滅するかもしれない。それにトリスターノ、お前の存在を知られたんだ。どうなるか、わからないだろ」

 

「そ、それは」

 

「やるしかねえんだよ。わかってくれ。ヒナ、支援魔法だ」

 

「……」

 

「ヒナ!」

 

「っ!」

 

 俺の声にビクついたように驚いた後、俺達全員に支援魔法をかけ始めた。

 

「お?やっと終わったか?最期のお別れ」

 

 茶化すようにパラメデスが話しかけてくる。

 

「わざわざ待っててくれてありがとよ。日サロ君もそこのラッキーボーイだかにお別れしなくていいのか?少しだけ時間やるよ」

 

 刀を抜き、腰を低くして構える。

 

「……てめえ、剣を抜いたな?俺の前で。じゃあてめえもトリ公と同じ殺す対象だ」

 

 そう言ったパラメデスの目は先程までとは違い、明確な殺意が見えた。

 

「まさよし、そっちはマジで頼んだぞ。なんなら一人で倒してもいいぞ」

 

「誰がまさよしだ馬鹿者。そなたこそ、その騎士は任せたぞ。ちなみに一瞬でこちらに合流してくれても構わんぞ」

 

 背中越しに言い合う。

 マジで一人で倒してくれてもいいんだぞ。

 いや、マジで。

 

「おい、サフィア!バレバレの作戦だけど乗ってやろうぜ!お前には王子様の首をやるから、俺にはトリ公とそのおまけの首を寄越せ!まとめて騎士王に献上だ!」

 

「……いいよ」

 

 どうやら二人の騎士も俺の考え通りに戦ってくれるらしい。

 これなら本当に倒せるかもしれない。

 

「ヒナは回復と支援に徹底しろ。トリスターノとゆんゆんは俺の援護。俺は前衛だ」

 

 ゆんゆん達が心配そうに俺を見ていた。

 

「安心しろよ。モンスター相手ならともかく対人戦の俺なら信用出来るだろ?」

 

 そう言うと、ゆんゆん達はまだ迷っているような表情だったが少しだけ安心したように見えた。

 

「さーてと、ちょっくら運動して良い晩飯にするか。今日は極上のチキンだ。それとデザートはまだガキ臭そうだが良い女がいるじゃねえか。今日は楽しめそうだ」

 

 よし、倒すとか無力化とか甘いことを言うのはやめだ。

 殺す。

 

「まさよしぃ!!ぶっ飛ばされた借り、返してこい!!」

 

「まさよしではない!!言われなくてもそうするつもりだ!!」

 

 気合を入れる意味で声を張り上げると、ジャティスも返してくる。

 俺とジャティスはお互いの敵へと突っ込んで行く。

 

「ヒカル、気をつけて!」

「リーダー、彼とはあまり打ち合わないでください!槍の攻撃は全て避けてください!」

「ヒカル、危なかったらすぐに戻ってきて!」

 

 全員の声を背中に受けて、踏み砕かんばかりに地面を蹴る。

 俺の後ろから矢と雷の魔法が俺を追い越し、パラメデスへと向かうが、矢を羽虫でも払うかのように槍で弾き、俺へと一直線に駆けて来ることで魔法を避けた。

 

 

 打ち合うな。

 

 トリスターノはそう言った。

 力が強いのか、それともミツルギが持っている魔剣のように何か特殊な武器や能力があるのかもしれない。

 十二分に気を付けることにしよう。

 

 接敵。

 パラメデスの獰猛な笑みが見えて、槍が凄まじい速度で俺に突き出される。

 それを踏み込みつつ刀でいなして更に間合いへと入り込む。

 そうするとパラメデスは軽く驚いたような表情へと変わる。

 左半身を前に出した槍の構えの突きから、左半身を後ろへと下げて、右半身が前の構えにシフトしつつ、突いた方とは逆の刃で下から俺の体を斬るように振るう。

 その振りを刀で右へと払い、更に切り進むように前に出る。

 相手が戦いの素人であれば、右半身を前に出した振りを俺側から右へ払えば、左へと槍は払われて背中を俺に見せることになる。

 だが、相手は円卓の騎士。

 俺の払いの勢いを利用し、後ろへと下がりながら、器用に槍を回して振るってくる。

 中段、上段、下段。

 俺のガードと、刀でガードし辛い場所への連続攻撃。

 その槍の振りはトリスターノの矢も落としているらしく、本当に恐ろしい奴を敵に回したことを改めて知る。

 いなす刀とガードが間に合わず、槍を避ける。

 そうするとその一瞬の隙を利用して、刀の間合いから離れて、パラメデスは槍を構え直した。

 こうなると槍の間合いだ。

 簡単には攻めには入れない。

 

「てめえ、どこの生まれだ?」

 

「あぁ?んなもん聞いて何になんだよ」

 

 パラメデスの表情から笑みは消えて、凛としたような真面目な顔付きになっていた。

 殺気は今も健在だが、俺の出身なんて聞いてきた。

 

「てめえは別に強くはないが、巧いな。どこかで修練を積んだ、そんな技術を感じる。それにそんな剣は見たことねえし、小さな剣をわざわざ二本目として持ってるのも初めて見た」

 

 いろいろと引っかかる言い方だが、純粋に気になっているのだろう。

 パラメデスの視線は一瞬だけ俺の刀の方へと移動した。

 

「それに援護があるとはいえ無傷で俺の槍を初見で見抜いたことは褒めてやりたくてな」

 

 強くはない。

 そうはっきりと俺に言ってくる。

 お前じゃ俺に勝てない、と。

 ふざけんなこの野郎と言いたいが、ぶっちゃけると俺も同じ意見だ。

 槍の突きと槍捌き、身体運びに一瞬の判断。

 全てが俺より上だ。

 最悪、今の動きもまだ加減してる可能性もある。

 流石円卓の騎士。マジで戦いのプロだ。

 

「そりゃどうも。俺の出身は日本だよ」

 

 俺が吐き捨てるように答えると、パラメデスは気にしてないみたいで興味深そうな顔だ。

 

「ニホン?聞いたことねえ。お前みたいな戦士がいるなら行ってみてえな。最近はすげえ武器やらスキルやらに頼りきりのやつばかりでいけねえ。体に染み込ませた技術がねえハリボテみたいな奴ばっかりだ」

 

 そのハリボテ、もしかしたら日本のやつかもしれないけど、それは黙ってよう。

 パラメデスは槍を回しながら動き、まるで演舞でも見せているかのような華麗さでトリスターノの執拗に狙ってくる矢を躱して弾く。

 ゆんゆんの『ファイアー・ボール』も難なく躱して、地面に着弾して発生した爆風すら

利用して俺の方に突き進んで来た。

 俺も合わせて踏み出す。

 槍の間合いではやらせない。

 わざと剣の間合いでやろうとしているのか、パラメデスはすんなりと俺が間合いに入ることを許した。

 数度の攻防をして、改めてわかる。

 俺一人では絶対に勝てない。

 加減しているのもなんとなくわかってしまう。

 だが、この程度ならトリスターノが言っていた『化物』とは程遠い。

 

「お前、グレテンに来ないか?根性もありそうだし、俺が鍛えてやるよ」

 

 剣と槍が鍔迫り合いのように押し合い睨み合う中、パラメデスが口を開いた。

 随分と余裕があるじゃねえか。

 だが、そんな余裕を許してしまう程の実力差があるのも事実。

 何度も言うが、こいつには俺一人では絶対に勝てない。

 俺一人では。

 

「いらねえよ。だいたいこの話に修行編なんて作っても面白くねえんだよこの野郎」

 

「…ごめん、やっぱお前の言ってること全然わかんねえや」

 

 こいつと戦ってるのは俺達だ。

 シルビアと戦った時も一人じゃ戦おうなんて思わなかっただろう。

 あの時と変わらない。

 俺一人では勝てない相手もこいつらと戦えば勝てる。

 

「『ボトムレス・スワンプ』ッッ!」

 

 ゆんゆんの泥沼魔法。

 ゆんゆんは器用にもパラメデスの足場のみを泥沼へと変えた。

 足場を崩されたパラメデスは驚愕するも、すぐに体勢を立て直そうとするが、その一瞬の隙をトリスターノは見逃さず、矢を放つ。

 わざと急所を逸らした矢は咄嗟にガードした槍をすり抜けて、パラメデスの右肩と左腹部に突き刺さった。

 

「チッ!トリスタン、てめえッ!!」

 

 トリスターノの矢で注意が逸れたこの瞬間が最大のチャンス。

 

 この時、即座に首を切り落とすようにして首を斬りつけるか、それとも頭をぶち抜くように突きを放っていれば殺せた。

 いくらでも方法はあった。

 ただ、俺には覚悟が足らなかったらしい。

 

 殺すことを躊躇した。

 

 峰打ちでいいんじゃないか。

 そう思った俺は刀を返し、峰で頭を横から殴るようにして振るった。

 ただ、その一瞬の躊躇いと刀を返す行為は円卓の騎士を相手に致命的なミスに繋がった。

 パラメデスは俺の刀を躱してまだ泥沼化していない地面へ槍を突き立て、そのまま体を泥沼から抜け出しながら、刀を振って隙だらけの俺に蹴りを打ち込んできた。

 そこまで強くない蹴りではあるが、俺を後退させるには十分の威力。

 怯んで刀を咄嗟に構えるが、槍で払うようにして刀が弾かれて俺の手を離れた。

 トリスターノとゆんゆんの立ち位置からは俺が影になっていてパラメデスに矢も魔法も撃てない中、俺は刀を失った。

 

 死んだ。

 

 パラメデスが槍を突き出してくるのが見えて、呆然とそう思った。

 狙いは心臓。

 頭じゃなくてよかった。

 そう思った俺は最後の抵抗で二振り目の脇差を槍から自分の体を守るようにして引き抜いた。

 それが本当に意味があったかはよくわからない。

 だが不思議な光景を見た。

 確かに二振り目の刀は俺の体と槍の間に入り込んだ。

 そこまではよかった。

 

「…え?」

 

 刀も防具も何も無いかの様に貫通し、俺の体に槍が入り込んで行くのを見て、俺は間抜けな声を出した。

 まるで豆腐に箸でも入れ込むかのように刀も防具も何の意味を為さなかった。

 刀を持っている手に槍の突きの衝撃が全く伝わらなかった。

 意味がわからない。

 

「トリスタンから言われただろ。俺の槍と打ち合うなってな。その様子を見るに『ラウンズスキル』のことは知らねえみたいだな」

 

 らうんず、すきる?

 パラメデスはつまらなそうに俺を見て、静かに言った。

 

「俺の『ラウンズスキル』は『防御無視』。俺が持った武器の刃は何でも通すのさ」

 

 貫かれた痛みは無い。

 致命的なことをやらかして、頭が真っ白になった。

 

「良い戦士だと思ったんだがな。パーティーにも恵まれてるしな。ただ俺を相手に躊躇した。それがてめえの死因だ」

 

 誰かの絶叫が聞こえた。

 振り向くことすら出来ず、ただ目の前の光景を茫然と眺めていた。

 

「ま、良い経験にはなった。強くは無いが面白かった。『ニホン』という地名、確かに覚えたぞ」

 

 槍が勢いよく引き抜かれて、俺は支えを失ったように倒れた。

 死ぬ。

 槍で体をぶち抜かれてもその事実が信じられなかった。

 いや、信じたくなかった。

 誰かが走り寄ってきたのを感じたが、そうじゃない気もする。

 もしそれが合っているのなら、今すぐ引き返してほしい。

 こいつ相手に何の警戒も無しに近付くのは死を意味する。

 俺みたいになってほしくない。

 そう考えていたら、目の前が真っ暗になった。

 




今回後書き長めです。

しばらくシリアスです。多分。

少し前にアンケートを取らせていただきましたその意味をここでお教えします。
アンケートの意味ですが、シロガネヒカルの冒険が少し変わるようになっています。
イージーの場合、円卓の騎士に遭遇するも超強力な助っ人(ヒナの両親)がやって来てくれてヒカルは死ぬことは無い。けどヒナの父親に殺されかける。
ノーマルの場合、円卓の騎士に遭遇するが、円卓の騎士と同じく王子を探しに来た王子の側近である王国騎士団の将軍が来て、協力して何とか倒す、もしくは撤退する。
ハードの場合、今回の話のように誰も助けに来ず、ヒカルは死ぬ。その後も……。

こんな感じです。
アンケートのご協力頂きありがとうございます。

シロガネヒカルの冒険は終わってしまいましたが、私の次回作にご期待ください。

と言うのは冗談です。
この後もちゃんと続きます。
ただ、この後の展開をエクストリームハードにするか、普通のハードにするかで少し悩んでいます。
多分普通のハードにします。エクストリームハードにすると、ギャグ無しのずっとシリアスさんになってしまいそうなので。
シリアス続きだと僕が書くの疲れるので…。

あと申し訳ないですが、五章のお話が長くなってしまうので、五章は途中までの日常みたいな話までを五章にして、このお話が始まったあたりを六章スタートにしようと思います。

次回のお話はちょくちょくこのお話が書きたくて前に書き貯めてたシーンがあるので多分そこまで時間はかからないと思います(かからないとは言っていない)
ということで次回に。


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80話

80話です。さあ、いってみよう。



 気がつくと懐かしい空間にいた。

 日本で死んだ後に来た場所。

 あの駄女神に会った場所に似た真っ暗な空間。

 数メートル先には椅子に座った絶世の美女。

 何も知らなければ見惚れていたかもしれないが、俺は知っている。

 見た目とは裏腹に中身は残念な女神様。

 

「ようこそ死後の世界へ。白銀光さん」

 

「エリス様…」

 

 はっきりしない頭で椅子に座った女神の名を呼んだ。

 

「辛いでしょうが、貴方の人生は終わったのです」

 

「は?」

 

 間抜けな声を出した後、俺は思い出した。

 円卓の騎士パラメデスに胸を一突きにされたことを思い出した。

 慌てて胸を確認してもそこには槍も刺さっていなかったし、穴は空いていなかった。

 だが手を当てた時にあるべきものが無かった。

 心臓の鼓動を感じなかった。

 なんで。どうして。

 何度も手を当てて確認するが、何も感じない。

 

「落ち着いてください。一度深呼吸を」

 

 これが落ち着いていられるか。

 怖い。

 心臓の鼓動を感じないだけで俺はどうしようもないほどの恐怖を感じた。

 呼吸が落ち着かない。

 鳥肌が立って、手足に力が入らない。

 

「深呼吸をしてください。貴方らしくありませんよ」

 

 何が俺らしいだ。

 死んじまったのか?

 あんなあっさり?

 あんな簡単に殺されて?

 

 ふざけんな。

 俺があの世界で頑張ったことはなんだったんだ。

 俺があいつらとーーーっ!!!

 

「おい!!あいつらはどうなった!?」

 

 気付いた時には叫んでいた。

 そうだ、なんで俺は自分のことばかり考えていたんだ。

 俺が一番大事なのはあいつらだろうが。

 

「きゃっ!?い、いきなり大声を出さないでください!」

 

 なんだその普通の女みたいなリアクションは!!

 今更普通ぶるな!

 

「あいつらは!?ヒナ達はどうなったって聞いてんだこの野郎!!」

 

「お、落ち着いてください!今話しますから!」

 

「無事なんだろうな!?」

 

「貴方以外は無事です。今は」

 

「変な言い方するんじゃねえよ!どうなってるんだよ!?」

 

「今はトリスターノさんが一人で戦っています」

 

「っ!?」

 

 思わず息を呑んだ。

 

 あれにトリスターノが一人で……?

 嘘だろ……?

 トリスターノは確かに強いが、パラメデスほどじゃない。

 まさか二人が逃げる時間を稼ぐ為に?

 やっちまった。

 俺があっさり死んだせいで

 

「落ち着いてください。トリスターノさんは意外と戦えていますよ」

 

「……は?」

 

「彼も円卓の騎士ですからね」

 

 え、マジで言ってんのか?

 あれと戦えてるのか?

 トリスターノは後衛なのに、どうやって?

 いや、戦えてるなら今はいい。

 

「ゆんゆんは!?ヒナは!?」

 

「ゆんゆんさんは動揺してますが、貴方の体とヒナギクの護衛をしています。ヒナギクは貴方の体を治してますが」

 

〈『リザレクション』!!うそ、なんで!?『リザレクション』!『リザレクション』!『リザレクション』!なんでなんでなんでなんで!?なんで発動しないの!?なんで!?〉

 

 半狂乱になっているヒナの声がどこからか聞こえた。

 そうだ、『リザレクション』があった!

 トリスターノが戦えてるなら、俺が今度こそ殺す気でやればきっとなんとかなるはずだ。

 

 だが、頭上から聞こえるヒナの声は様子がおかしい。

 まるで俺の蘇生が出来ないような

 

「貴方に『リザレクション』は使えません」

 

 エリス様が俺の考えを読んだ様に先にそう言った。

 

「は?」

 

 間抜けな声が出た。

 なんで使えないんだよ。

 

「蘇生魔法は一度しか許されない奇跡の魔法です」

 

 俺はまだ蘇生魔法はかけてもらってない。

 だというのに、何故。

 

「貴方はこの世界に来る時に一度死んでいます」

 

 ………………は?

 

 

 日本から来た時のもカウントするのかよ。

 うそだ。うそだと言ってくれ。

 

「ま、待ってくれ!俺はまだ……!」

 

「天界規定により、二度の奇跡は許されません」

 

 この女神の冷静な表情に腹が立って仕方ない。

 

〈戻ってきて!!戻ってきてよぅ!!嫌だ!お願い!ヒカル帰ってきて!!嫌だ嫌だ嫌だ!お願いします!エリス様!!〉

 

 ヒナの悲痛な声が辺りに響く。

 くそ、結局こいつは俺が死んで万々歳ってわけかよ。

 そんなことを思っていたら、目の前の女神は深々と頭を下げた。

 

「申し訳ありません。最近の私の行動のせいで、女神としての力や発言権が弱くなっていて、貴方の二度目の蘇生の申請は通りませんでした」

 

 よくわからないが、一応俺に味方しようとしてくれていたのか。

 

「ある一人の少年の蘇生の規定を曲げるのが精一杯でした」

 

 じゃあ、俺は戻れないのか。

 

 あいつらに、もう会えないのか。

 

 ヒナの泣き叫ぶ声が聞こえる中、俺を絶望感が包んでいく。

 頭の中が真っ白で、何もかんがえられない。

 

「……ですが、創造神様に無理を言ってチャンスをいただきました」

 

 自然と俯いていた顔が上がり、不安気ではあるものの諦めていないような表情のエリス様が見えた。

 何かあるのか?戻れる方法が?

 

「これは正直言って危険です。大きな賭けに」

 

「やってやる。あいつらに会う為ならなんだってやる!」

 

 希望はまだあるらしい。

 なら、それにしがみつくしかない。

 

「わかりました。貴方にはとある世界を救っていただきます」

 

 エリス様は嬉しそうに微笑んだ後、真面目な表情でそう宣言した。

 

 

 

 

 

 俺が生き返るには世界を救った特典を使わないといけないらしい。

 要は今から別世界に行き、その世界を救って、その世界を救った褒美として与えられる特典を使って今いる世界での蘇生が認められる。

 創造神様の最大限の譲歩がこれなのだとか。

 本来であれば二度目の蘇生は許されないが、褒美の特典を使った蘇生は許す、と。

 普通は世界を救った特典は私利私慾の為だったり好きな人を蘇らせたりとかする為に使われるらしいのだが、こんな使い方は初めてらしい。

 世界を救え、なんて俺に大それたことが出来るかわからないが、戻るためにはやるしかないんだ。

 

「どんな世界に行けばいいんだ?あまり世界観が違うと困惑するっていうか…」

 

「安心してください。貴方のよく知っている世界ですよ」

 

「ちょっと待った。日本とかそういうオチか?やめてくれよ、あんなのどうやって救うんだよ!?」

 

「ち、違いますよ。落ち着いて聞いてください」

 

「とにかく早めに簡潔にちゃんと説明して、その世界に送ってくれ。あいつらが待ってるんだ」

 

「分かっています。ちゃんとその世界を救えば、ヒナギク達に危険が迫る前に蘇生できるようにしますから、落ち着いて聞いてください」

 

「本当か!?じゃ、じゃあ落ち着いて聞くわ。ひっひっふー、ひっひっふー」

 

「はあ……。もうその呼吸法でいいので落ち着いてくださいね」

 

 エリス様は頭を抱えてため息をつく。

 なんだよ、いつもは俺がそうする側なのに。

 なんか納得いかないけど、なんとか落ち着いてきた。

 

「……ふう、話を聞くとしよう。言っておくが、俺は同じ失敗はしない。あの自称水の女神に何も教えられないまま違う世界に送り込まれるようなことは御免だ。何から何まで聞いてから行ってやる」

 

「その件に関しては私からも謝罪しますが、あれでもアクア先輩は自称ではなく、ちゃんとした水の女神ですよ」

 

「そんなことはどうでもいいんだよこの野郎。とにかく聞かせてくれ。俺のよく知る世界って言ったな?俺のよく知る世界なんてこの世界か、元の俺が生まれ育った世界しかないぞ」

 

 正直この世界に関してはよく知っていると言っていいのか微妙だ。

 まだ勉強中だぞ。

 

「もう、やっぱり落ち着いてませんね。いつもより変ですよ」

 

「変態に変って言われた…」

 

 流石にショックだ。

 こんな変態に…。

 

「誰が変態ですか!?」

 

「お前だろうが!!」

 

 何言ってんだこいつ。

 そう思って睨んでると、ぷいとそっぽを向いた。

 

「いいんですよ?別に説明無しで別の世界に送っても?」

 

「こ、この…」

 

「あー手がー。手が勝手にー」

 

 エリス様が棒読みで手を俺にかざすと、俺の足元に魔法陣が少しずつ浮かび上がる。

 この変態女神まじかよ!?

 

「て、てめえ!」

 

「あー!魔法陣が完成して『転送』って言っちゃったらー!あー!魔法陣がー!」

 

 わざとらしくかざした手を別の手で押さえようとしながら棒読みで叫ぶエリス様。

 

「く、くそあっ!!す、すみませんでした、エリス様!!……これでいいだろ!?」

 

 九十度腰を曲げて深々と頭を下げた後にエリス様を見上げると、エリス様はニヤニヤとした笑みになっていた。

 

「汝、私に向かい二度と『変態女神』と口にしないことを誓いますか?」

 

「ぐ、ぐぐぐ…」

 

 悔しさのあまり歯を食いしばった。

 落ち着け。

 今はこんな場合じゃ

 

「てんそ」

 

「誓います!!」

 

 ヤケクソに叫んだ。

 この女神、マジで後で覚えてろよ。

 俺が誓ったことに満足したのか、ニコニコして手をかざすのをやめた。

 そして魔法陣も消えていた。

 

「あっ、そうだ!」

 

 俺が早く話を聞かせろと言う前に、何かを思い付いたようにエリス様が声を上げた。

 

「汝、私とヒナギクの仲を認め、仲人として私達の仲を…」

 

「てめえ、いい加減にしろこの野郎!!!」

 

 やっぱり変態じゃねえか!

 俺が変態女神に掴みかかると、被害者面して悲鳴を上げた。

 

「きゃああああああ!?や、やめてください!乱暴しないでください!他の神や天使を呼びますよ!?」

 

「てめえが悪いんだろうが!!早く話せこの野郎!!」

 

 

 

 

 

 お互い少しボロボロになって、ようやく話が始まった。

 

「平行世界というのをご存知ですか?パラレルワールドとも言います」

 

「まあ、知ってるよ。最近の物語ではよく使われる設定だろ」

 

 説明がめんどくさいが、もしもの世界とか、これまでとは違う行動をした世界とか、そんな感じか。

 例を出すのも嫌なぐらいあり得ないが、この変態女神が超絶清楚の女神様だという平行世界も存在するかもしれない。

 絶対にあり得ないけど。絶対に。

 

「知っているなら説明は省きますね。つまりヒカルさんにはこの世界の平行世界に行っていただきます」

 

 この世界の平行世界に?

 わけわからんが、少しずつ聞いていくしかない。

 

「その平行世界の私はかなり力を失くしているみたいなので、直接的な協力は出来ませんが、情報提供は確実にしてくれるはずなので何か聞きたいことがあれば…」

 

 力を失くしてる?

 

「どういうことだ?」

 

「申し訳ありません。私のことに関しては教えられません。というより私自身も知らないのです」

 

「はあ?」

 

 ますます訳がわからん。

 

「ヒカルさんに行ってもらう世界は未来の平行世界なんです」

 

「未来の平行世界?」

 

「はい。ヒカルさんをその未来の平行世界に送ることは出来るのですが、未来のことを知るわけにはいきません。情報規制がかかっていますから」

 

 変な単語が出てきた。

 

「えーっと、つまり今の俺の目の前にいるエリス様が未来のことを知ってしまうのはよくないからエリス様も詳しくないってことか?」

 

「その通りです。なので、まず未来の平行世界に送った際にその世界の管理をしている私の元へ送ります。そこで詳しいことを教えてもらってください。ですが、ちゃんと私が知っていることもあります。それだけはお伝えしましょう」

 

「ちょっと待った。それなら俺が送られても未来のことを知ることになるんじゃないのか?」

 

「そうですね。ヒカルさんがその世界を救い、こちらへ戻って来た時に情報規制で記憶は消されてしまいます。なのでヒカルさんはこちらへ戻って来た時には最低限のことしか覚えていないでしょう」

 

 消すから知っても問題ないよってか。

 

「そうか。邪魔して悪かった。エリス様が知っていることを教えてくれ」

 

「はい。わかりました。私が知っていることは少ないですが、まずヒカルさんがこれからいく世界は『この世界より数年後の平行世界』だということ。次に『その世界の女神エリスの力は大幅に弱体化している』こと。そして…」

 

 言いづらいのか、少し言葉が止まった。

 

「……『その世界の白銀光は死亡している』こと」

 

「…………え?」

 

 思わず聞き返した。

 俺?俺が死んでる?

 

「以上が私が知る情報です」

 

 平行世界ってのは、つまりそういうことか?

 俺が死んでしまった世界ってことか?

 

「それと創造神様からの言伝を預かって来ました」

 

「は?創造神さま?俺に?」

 

 もうさっきからわけわからんことだらけだ。

 

「はい」

 

「お、俺は全く全然面識とか何もないんだけど…」

 

「ですが、伝えろと言われたので、言われたままをお伝えします」

 

 そう言って、何故かエリス様はムッとしたような顔になって、無理矢理声を低くしているような、そんな感じで話し始めた。

 

「『てめえの行動の責任を取ってこい。もし移動した先でくたばったら俺がてめえのドタマぶち抜いてやる』……だそうです」

 

 もしかしてエリス様、今の変な表情といい創造神さまとやらの真似してたのか?

 知らんからわからないけど。

 というか意味がわからない。

 死んだらまた殺されるってことか?

 

「質問しても無駄ですよ。私にもわかりませんから」

 

 俺が口を開く前にそう言った。

 もう何だってんだ。

 

「さて、そろそろ貴方を送りましょうか。もう話せることはありませんしね」

 

「え、ちょっと待て、っておい!?」

 

 エリス様が俺に手をかざして足元に魔法陣が浮かび上がった。

 

「早くヒナギク達の元に向かいたいのでしょう?」

 

 ……そうだ。その通りだ。

 エリス様から伝えることがないのなら早く行くべきだ。

 俺の体が浮かび上がり、俺は覚悟を決めた。

 何メートルも頭上には眩い光が大きく広がっていて、俺はその光へと浮いているみたいだ。

 

「貴方ならきっと成し遂げるだろうと信じています」

 

 女神のような微笑みで俺にそう言ってくる。

 

「……やらなきゃあいつらに会えないんだ、絶対に何をしてでもやり遂げてやる」

 

「はい、私自身も貴方がここで終わることを望んでいません。絶対に帰ってきてくださいね?」

 

 ……もう本当に変態女神とは呼べないかもしれない。

 そんなことを思いながら、俺は頭上の光に飲み込まれていった。

 




今回も後書き長め。

やっぱり思い付いた中で一番ハードな道を進んでもらうことにしました。
アンケートでもハードを選んだ方が多かったですしね。
少しシリアスが続きますが、お付き合いいただければ幸いです。



前回で出てたラウンズスキルの説明が前回の後書きに無いとかマジ?
ここで説明します。誰かさんも当然持っているスキルですからね。

ラウンズスキル
円卓の騎士がそれぞれ持つオリジナルスキル。
騎士によってスキルの効果は違うが、ほとんどの騎士は一つのラウンズスキルしか所持していない。
騎士王や騎士王に名を連ねるほどの実力を持つ者だけが複数のラウンズスキルを持っているらしいが、条件等も含めて詳細は不明。


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81話


今回はシリアス、説明、伏線などなど大盛りになっております。
文字数もいつもより倍です。

81話です。さあ、いってみよう。



 

 

 目を開けると、先程と全く変わらない空間にいて椅子に腰掛けていた。

 

「平行世界からようこそ。白銀光さん」

 

 声をかけられて見ると、そこには絶世の美女が……

 

「えーっと、エリス様?」

 

「はい、エリスです」

 

 頷くエリス様は先程まで一緒にいたエリス様とは全く違う様子だった。

 目の隈はひどく、髪もボサボサで顔に生気がなかった。

 まるで病人だ。

 この世界では一体何があったのだろう。

 

「お久しぶりです、シロガネさん」

 

 そう言ったエリス様は表情はあまり変わっていないように見えたが、なんとなく睨んでいるように感じた。

 

「……俺はさっきまで一緒にいたんだけどな」

 

「そうでしたね。私からすれば数年ぶりでしたもので、つい…。申し訳ありません」

 

 ペコリと頭を下げてくるエリス様。

 何か失礼なことを聞いてしまうかもしれないが、もう気になってしまって仕方がない。

 

「その、エリス様?何というか、俺が知ってるエリス様とは随分と違うっていうか…」

 

 直球で聞こうと思ったが、なんとなく躊躇してしまって濁しながら聞いてしまう。

 

「そうでしょうね。ですが、私も貴方を見て、同じことを思いますよ。そんな良い装備を身につけていますしね」

 

 良い装備?

 魔術師殺しの装備のことか?

 

「シロガネさんも聞きたいことだらけでしょうが、私も知りたいことだらけなんですよ。平行世界とはいえ、どうしてここまで変わってしまうのか、気になって仕方がないんです」

 

 俺がいるのといないので、そこまで変わるのだろうか。

 とにかくこの世界を救えば、ゆんゆん達が危なくなる前に蘇生させてくれるって言ってたし、今は落ち着いて情報の交換をしよう。

 

「あー、その、何が知りたいんだ?」

 

「……意外と落ち着いてるんですね?大変な状況だと聞きましたが」

 

「今は慌てても仕方ないしな。結果出せばいいんだし、お互いに情報交換は必要だろ?」

 

「……そうですね。では私から質問していってもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

「では遠慮なく。あの絶望的な状況からどうやって生き残ったんですか?」

 

 絶望的な状況?

 俺の怪訝な顔を見て察したのか、エリス様は失礼しましたと口にしてから続けてくる。

 

「騎士王に遭遇した時のことです。貴方は一人残って戦い、そして負けた。そうですよね?」

 

「それで合ってる。けど、この世界の俺はもしかして…」

 

「ええ、その時に騎士王に殺されました。ですが、平行世界の貴方は生きていますね。どうやって生き残ったんですか?」

 

 そうか、あの時に。

 でも、正直な話、そうなってもおかしくなかった。

 

「その、わからないんだ。あれから約半年経った今でも何故俺が生きてるか、わからない」

 

「……詳しく聞かせてください」

 

 エリス様に説明した。

 俺は騎士王に最後槍を振り下ろされて気絶した。

 その後、ゆんゆん達が戻ってきて倒れてる俺を確認すると、ボロボロであちこち怪我をしているものの命に別状は無く、ヒナに回復されて、そのまま宿に戻った。

 説明が終わると、エリス様は少し黙った後、この世界の俺のことを話し始めた。

 この世界の俺も一人残り騎士王に負けた。同じく戻ってきたゆんゆん達に倒れてるところを見つかり、状況を確認したがそこで既に事切れていたらしい。

 

「本当に何もわからないんですか?」

 

「今でもわからない。何で生きてるのか。偶然なのか、それとも見逃されたのか、死んでると見間違えたのか」

 

 本当にわからない。

 ちょっとアホな王様だったから、もしかしたら死んだと思い込んだだけなのかもしれないが。

 

「そうですか。貴方一人の死がここまで世界の流れを変えるなんて、今でも信じられません」

 

 はあ、とため息をつきながら疲れ切ったように話すエリス様。

 どこまで変わったというんだ?

 自分で言うのもなんだが、俺一人が死んだところで世界の流れとやらが変わるわけがないと思うんだが…。

 そろそろ俺も質問させてもらおう。

 

「エリス様。世界の流れが変わったとか言ってるってことは、俺がさっきまでいた平行世界のことは知ってるのか?」

 

「ええ、知っていますよ。理想的な世界で羨ましい限りです」

 

 理想的?

 俺が死んだ程度でそこまで違うのか?

 

「俺はこの世界のことを全然知らないんだ。情報規制がどうとかで。だから、どうなったのか教えて欲しい」

 

「でしょうね。ええ、答えられることなら幾らでも答えますよ」

 

 幾らでも、か。

 さっきから気になって仕方がないし、一番に聞いてしまうか。

 

「その、言い辛かったら別に構わないんだけど、エリス様がすごい弱ってるみたいなことを向こうの世界で聞いて、現にこうして会ったエリス様も調子悪そうなんだけど、一体何があったんだ?」

 

「貴方が死んだせいです」

 

 即答だった。

 いやいや、待て待て。

 

「……あー、俺のせい?」

 

「はい」

 

 試しにもう一度聞いてみると、食い気味に返事をしてきた。

 俺が死んで悲しい、なんて思うわけが無い。

 何故なら

 

「あのー、俺、何度かエリス様に殺されそうになったことがあるんだけど…」

 

「そのことに関しては謝罪します。貴方一人が死ぬことでまさかここまでの影響があるとは思いませんでしたから」

 

 事務的で感情のこもってない謝罪で、思わず俺の顔が引きつったのは俺が悪くないと思いたい。

 

「ですが、貴方のせいです。全部、貴方が死んだからです」

 

 なんでそこまで言われなきゃいけない。

 

「そこまで言うなら詳しく聞かせてもらおうじゃねえか。変な理由だったら承知しないからなこの野郎」

 

「ええ、何から何まで教えてあげますよ」

 

 俺とエリス様は睨み合い、まるで喧嘩が起きる数秒前みたいな雰囲気だ。

 こんなことをしてる場合じゃないのかもしれないが、ここまで言われたのだ。詳しく聞かないと気が済まない。

 

「では、わかりやすく貴方が死ぬ少し前のことから話しましょうか。私は全てを知っているわけではありませんが、貴方はトリスターノさんを気絶させて、ヒナギクに運ばせましたね?」

 

「ああ、そうだよ」

 

 何でそこで話を戻すのか分からんが、とりあえず聞くことにしよう。

 

「そして貴方はヒナギク達を逃す為に騎士王と一人で戦った」

 

「その話はさっきしただろうが」

 

「そうですね。でもヒナギクは貴方一人を残すことに反対したはずです。違いますか?」

 

「したよ」

 

「でしょうね。あの子は優しい子です。弱っちい貴方を見捨てる訳がありません」

 

 今どれぐらい強くなったか、教えてくれようか。

 そう思ったが、拳を握りなんとか我慢した。

 

「そんなヒナギクを行かせる為に貴方は嘘をついたんじゃないですか?」

 

 そう、あの時俺は嘘をついた。

 『ムードメーカー』には隠された能力がある、みたいなことを言って。

 あの後三人にしこたま怒られたな。

 

「…そうだよ。でも仕方ないだろ。あいつらを逃すにはそうするしかなかったんだ」

 

「そうでしょうね。シロガネさんは仲間を逃す為に必死だった。ですが()()()()()()()()()()()()()はどう思うでしょうね」

 

「……」

 

 ……置いて行った?

 それは違う。俺が行かせたのだから、それは

 

「貴方は違うと言うでしょうね。ですがヒナギクは違います。貴方を残して行ってしまったヒナギクは貴方とは同じ考えになりません」

 

 今まででトップクラスに嫌な予感がした。

 これ以上先を聞きたくない、それぐらいの。

 だが、もう引き返せない。

 ここまで聞いてしまったら、もう…。

 

「戻ってきたヒナギクが貴方の遺体を見て、後悔し絶望しました。ヒナギクは多くの後悔に苛まれ、最終的にこう思ったのです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と」

 

「ふざけんな!!そんなわけねえだろ!!」

 

 反射的に叫んでいた。

 違う、絶対に違う。

 俺はただ

 

「ええ、そうでしょうとも。貴方の行動は仲間を守る上で最善の行動だったでしょうね。パーティーのリーダーとして立派だった。ですが、貴方は決定的に間違えたんです!貴方がヒナギク達を大事に思う気持ちと同じくらいヒナギク達が貴方を大事に思っていることを考えていなかった!」

 

 エリス様は途中から我慢していたものが噴き出すように声を荒げた。

 何も言い返せない。

 大当たりだ。

 自分の気持ちばかり考えてた。

 

「貴方は最悪の結果を引き当てたんです!それからあの子達がどうなったか、聞きなさい!貴方は聞く義務がある!」

 

 ああ、最悪だ。

 生き残った後にトリスターノに射抜かれたり、あいつらに監禁されたりして、あいつらの気持ちを理解した気でいた。

 全くわかってなかった。

 

「ヒナギクは帰ってきた当初は酷いものでした。自分が死なせたんだと何日も泣き叫び、食事も喉を通らず、眠ることも出来ず、私の声を聞くこともしなかった。あの子は実家へ戻り、クリスとしての私にゆんゆんさんとご両親と付きっきりでヒナギクに寄り添い、一月経つ頃やっと食事や睡眠が出来る様になりました」

 

 頼む。頼むから嘘だと言ってくれ。

 今ならドッキリ大成功とか言われても全然許すから。

 

「あの子は今でも後悔しています。数年経った今でも。最近ようやくあの子は家の外に出られるようになったんですよ。あの時のショックからアークプリーストの力は失っているので、一人では家から出られませんが」

 

 信じたくない。

 そんな話、信じたくない。

 

「次にゆんゆんさんですが」

 

 もう聞きたくない。

 聞きたくないが、聞かないと気が済まない。

 きっとエリス様の言う通り、これは()()なのだろう。

 

「この三人の中では落ち着いている方ですね。塞ぎ込んだりした危うい時期もありましたが、冒険者も続けていました。もう友達や仲間を作ろうとはしていませんでしたが」

 

 これを聞いてよかったと思ってしまった。

 それだけヒナの状況が絶望的だった。

 

「最後にトリスターノさんですね。トリスターノさんはヒナギクを実家へ送った後、一人でグレテン王国へ乗り込んで行きました」

 

 ……うそだろ。

 俺が残った意味がねえじゃねえかよ…。

 

「トリスターノさんが円卓の騎士だと納得するほどの戦いぶりで、一人で四人の騎士を殺し、三人の騎士に重傷を負わせて、あと一歩のところで騎士王の元には辿り着けず、騎士達に取り囲まれて殺されました」

 

 『最悪の結果』だ。本当に。

 

「死亡後、私の元へ来たトリスターノさんは死後の案内を聞いた後こう言ったのです。『また白銀光のような友人を作りたい』と」

 

 あのバカ野郎…。

 

「私はこの世界の貴方を日本に送りました。なのでトリスターノさんも望み通り日本の貴方が生まれ変わった先に魂を送りました。きっと良い友人同士になるでしょう」

 

 ……くそ。

 最期なんだから、『友達100人欲しいです』ぐらい贅沢言っとけ馬鹿野郎。

 

「わかりましたか?貴方の行動がどれだけのことを招いたのか」

 

「……ああ」

 

 よくわかったとも。

 だが、もし。

 もし泣き言が許されるなら、俺はあの時どうすればよかったんだ。

 トリスターノが連れて行かれるのを黙って見てればよかったってのか。

 

「話を聞いた限りでは貴方もこうなるかもしれなかった。貴方はたまたま良い結果を引いただけです。貴方には自分の行動の責任をとってもらいます」

 

  『てめえの行動の責任を取ってこい。もし移動した先でくたばったら俺がてめえのドタマぶち抜いてやる』

 創造神様からの伝言はこういうことか。

 

「……何をすればいい?」

 

 責任でもなんでもとってやる。

 俺がいた世界が最悪の結果にならないように。

 

「……ぁ、その、すみません。言い過ぎました。神としてあるまじき発言でした」

 

 俺が落ち込んでるようにでも見えたのか、エリス様が頭を下げて謝ってきた。

 この神様の『神としてあるまじき発言』は聞き慣れてるが、それを言う気分ではなかった。

 

「いや、エリス様の言う通りだ。俺はたまたま運が良かっただけだ。これまでずっと」

 

 俺が途中から言い返せなかったのが良い証拠だ。

 ショックが大きかったのもそうだが。

 

「いえ、その…八つ当たりでした。申し訳ありません。お詫びに少し情報を差し上げます」

 

 情報?

 

「向こうの私では伝えられない情報です。この情報は向こうに戻っても消えることはないでしょう。内緒にしてくださいね」

 

 向こうのエリス様では伝えられない情報?

 そして未来に関する情報でもない、ということか?

 

「『ムードメーカー』の情報です。貴方はどんな能力だと思いますか?」

 

「は?……いや、なんかあるんだか無いんだかよくわからない地味な能力だと思うけど…」

 

 突拍子もない、そう思った。

 何故ここで俺の能力の話が出てくるのか、さっぱり見当がつかない。

 

「ですよね。今はそうです」

 

「今?」

 

「あ、すみません。私が話していいのはこの情報ではありませんでした。『ムードメーカー』は他人に影響を与える力だというのはご存知ですよね?」

 

「そりゃ他人にしか影響を与えない能力だからな」

 

「……与える影響は能力を上げる以外にもあるんです」

 

 そんなの初耳だ。

 もしかしてこの世界ではアクアが失くした『ムードメーカー』の詳細が書かれた書類が見つかってるのか?

 

「心です」

 

「……こころ?」

 

「そうです、心にも影響を与えます」

 

 結局あるんだか無いんだか分からねえじゃねえか。

 

「貴方がいるだけで安心したり、少し自信が持てたりするんですよ」

 

 ため息が出そうになった。

 じゃあ何か?

 あのお子ちゃまの普段の大きな態度は俺のせいだとでも言うのか?

 

「貴方がいなくなった世界のことを聞いても信じられませんか?貴方と親しかった三人は特にショックが大きいはずです」

 

「……」

 

 そう言われると、バカにできない。

 …気がする。

 

「貴方に酷いことを言ってしまいましたが、とにかく貴方に言いたいことは『貴方は死んではいけない』んです。仲間も大事だと思いますが、今の貴方は三人だけでなく、いろんな人との繋がりがあるのでしょう?」

 

「ああ」

 

 なんだかんだでいろんな奴に会ってきた。

 最近で言うならジャティスの野郎か。

 

「その繋がりを大事に、そして自分自身も大事にしてください。今の貴方が死んでしまうと、この世界よりもっと酷いことになるかもしれませんよ?」

 

 …それは、恐ろしいな。

 早く戻ってやらないと。

 

「さて、長くなりましたが、そろそろ本題に」

 

 いや、その前に。

 

「エリス様、少し待った。この世界の仲間のことは聞けたけど、結局俺はエリス様が弱くなった理由を教えてもらってないんだけど…」

 

 俺がそう言うと、エリス様はきょとんとした顔で首を傾げた。

 いや、俺も首を傾げたいんだが。

 

「え、私もう話しましたよね?」

 

「いや、仲間のことしか聞いてないぞ」

 

「はい?」

 

「あ?」

 

 なんだ、この噛み合ってない感じ。

 俺が悪いのか?

 

「最初にヒナギクのことを話しましたよね?」

 

「それはそうだけど」

 

「話してるじゃないですか」 

 

 ……まさか、この女神。

 

「この世界のエリス教が大変になってるとか信者が急激に減ってるとかじゃなくて、まさかヒナギクが心配でそんな状態になってる、なんて言わないよな?」

 

 まさかな。

 

「なんでそんな物騒な話になるんですか!?エリス教に特に変わりはありませんよ。ヒナギクが心配なのは当然ですが、流石に心配なだけでこんなことにはなりませんよ」

 

「じゃあ何故?」

 

「ヒナギクが大変なことは話したでしょう?ヒナギクはあれからエリス教徒をやめてしまったのです。ヒナギクからの信仰が無くなり、あの子の『神聖』も消えてしまいました。超辛いです」

 

 エリス教をやめた?

 あのヒナが?

 超辛いです発言に若干イラッとしたが、正直信じられなかった。

 辛いですのところじゃなくて、ヒナがエリス教をやめたという部分が。

 

「エリス様に聞くのもなんだけど、やめる必要はあったのか?」

 

「私もクリスとなって何度もそう言ったのですが、『もう僕の祈りは届かないし、意味がないから』なんて言うんです!そんなことないのに!あの子の信仰は食事で言うなら主食!もう主食無しの食生活には耐えられません!」

 

 なんか言い始めた。

 膝を拳で叩いて、辛いことをアピってくる。

 

「栄養がこないんです…。ぐすっ…うぅ…」

 

 顔を両手で覆い、泣き始める。

 結局ヒナだった。

 

「あー、そのよくわかった。じゃあ本題とやらに入ろうぜ」

 

「グスン…わかりました」

 

 涙を拭いながら返事をしてくる。

 ぶっちゃけガワは良いから、たまにエリス様がめちゃくちゃ可愛く見えてしまうことがあって、今がその瞬間だ。

 これをエリスマジック現象と呼ぶ。

 中身は残念なのに、ガワが良いせいでふとした瞬間に可愛く思ってしまう現象のことだ。

 だいたいこの現象が起こるのがエリス様と一部のアクセルの女性達だ。

 …他にもいるかもしれないが、とにかくこのエリスマジック現象にだけは気をつけたい。

 

「やっと本題ですね。と言っても貴方の世界とは時間の差があるので、どこから説明しましょうか」

 

「まあ、わからないことがあれば俺から質問するよ」

 

「そうですね。では、まず数年前に魔王が倒されたことから説明しますか」

 

 そうだな、まずは魔王が倒されたことからだな。

 まおうがたおされた。

 ……?……魔王が倒された?

 

「魔王が倒された!?」

 

「はい」

 

「いや、待ってくれ!俺はこの世界を救って戻らなきゃいけないのに、魔王が倒されたのか!?」

 

「そうですよ。数年前にカズマさん達が倒しました」

 

 マジかよ!?

 あいつ、魔王まで倒しちまったのか!

 

「俺は一体どうすればいいんだ…?何をすればいい?」

 

「順を追って説明しますから、落ち着いてください。そもそもの話、普通に魔王やその他大勢を倒すのに別世界の貴方を呼ぶわけが無いと思いませんか?」

 

 ……確かに。

 でも、世界を救うって言ったら俺はそういうことなのだと思っていた。

 

「今回は特例中の特例。貴方にだけ許された特例なんです」

 

 それは聞いたけど。

 

「貴方が呼ばれた一つ目の理由が世界のルールを破る行為が行われようとしていること。二つ目の理由が貴方ではないと解決が難しい問題であり、貴方が解決すべき問題だということです」

 

 世界のルール…?

 俺じゃないと、いけない…?

 話を聞きたいが、もう頭の中がいっぱいだ。

 

「話を続けます。数年前に魔王は倒されました。ですが魔王軍の中でも特に厄介な魔王軍幹部の生き残りがいました。それは魔王の娘です。彼女は逃げのびた先で魔王軍復活の計画を立てました。彼女はすでに魔王から能力をほぼ継承していたので、配下を集めるのはそう時間はかかりませんでした。魔王の能力の説明は必要ですか?」

 

「俺の上位互換だろ?」

 

 俺が皮肉っぽくそう言うと、エリス様が目を逸らしながら「えっと、貴方と似た能力ですね…はい」なんて濁しながら肯定してきた。

 その後、何事も無かったように、俺に向き直り、説明を続けてきた。

 

「彼女は次の計画の段階に入りました。それは魔王を復活させる儀式を行うことです」

 

 魔王の復活…!

 そういうことか。

 

「つまり、俺が倒しに…」

 

「違います。その計画の阻止です。魔王復活の儀式を止めることが、貴方がこの平行世界に呼ばれた理由であり、魔王復活を止めることが世界を救うことに繋がり、元の世界でもう一度蘇生を許される条件になります」

 

 それなら、もしかして。

 いや、もしかしなくても早めにあいつらの元に戻れるんじゃないのか?

 倒せとは言われてないし、止めるだけなら本当に何とかなるかもしれない。

 だが、これがわざわざ俺を呼ぶ理由になるのか?

 

「貴方が疑問に思っているであろうことに答えます。まず儀式ですが、これが世界のルールを破る行為になります。プリーストの蘇生魔法は一人に一度しか許されない奇跡の魔法ですが、その儀式には制限はありません。それだけなら世界のルールを破る行為とは言えないでしょう。問題なのは儀式には大量の生命の血と肉や魂、その他にも多くの犠牲を払い行われることにあります」

 

 よくわかった。

 マジで阻止しないといけない儀式だというのが。

 

「この儀式は最低最悪の蘇生方法です。世界の禁忌。天界の存在だけでなく悪魔達ですらこの禁忌には嫌悪感を示すでしょう。この禁忌を犯した者は永遠に地獄で罰を受けることになります。それほど罪が重いのです。ですが、この方法をどう知ったのかはわかりませんが、魔王の娘である彼女と魔王軍、それにとある協力者で、この儀式が行われようとしています」

 

「協力者?」

 

「はい。その協力者は現代魔王を名乗っています。魔王の娘と儀式を成功させるために多くの配下と魔王城を守っています」

 

「そいつは知らないのか?儀式がヤバいものだって」

 

「いいえ、知っています。その協力者にも目的があるのです」

 

「目的だ?というかそいつは、人間なのか?」

 

「はい。人間です」

 

「人間なのに、その儀式の惨さがわからないってのか?」

 

「……目的がありますから」

 

 エリス様が節目がちに顔を逸らして、そう答えた。

 

「そいつは、誰だ?」

 

 俺が聞くと、エリス様は辛そうな表情になり重い口を開くように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「現代魔王の名はーーー」

 





次回からやっと天界から下りて、ヒカルが動き始めます。多分。
説明が長くなってしまいましたが、必要でした。

実はこの前の選択肢次第でヒカルの冒険がどうなるか、を書いたのですが、あれは後から優しめに考えて書いたもので、当初はどれを選ばれてもヒカルは死亡するようになっていました。
イージーでは天界規定は破れないものの違う方法ですぐに蘇生されて、ヒカルは戦闘に復帰します。
ノーマルでは今のお話のような残酷な未来ではなく、ある程度救われた世界に飛ばされます。その世界では紅い瞳を持ったヒカルにそっくりな人物と出会い、かつての仲間達とそのそっくりさんとヒカルで世界の危機に立ち向かい、なんとか成し遂げて蘇生されます。
ハードは今のお話です。
中でもトップクラスに残酷な世界の進み方をしています。

後から考えた難易度設定はノーマルの方をハードにしようと思ったのですが、やめました。
ハードですしね。


papurika193様からまた支援絵をいただきました。

【挿絵表示】

ハッピーハロウィン!
めちゃくちゃ可愛いヒナギクですね。
デフォルメされた皆も最高です。
このファンのハロウィンアイリスと同じ格好ですね、ハロウィンアイリスは僕の元には来てくれませんでしたが。
トリスターノの姿が変態のセーター野郎なの笑ってしまいました。
ヒナギクの胸の影が見えませんが、仕様らしいです。なんという解釈一致。
今回も素敵なイラストありがとうございました!


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82話

ここからの内容は魔王城へと入る為、このすば最終巻のネタバレを含みます。ネタバレ食らいたくない方はご注意下さい。

82話です。さあ、いってみよう。



 

 

 この世界の現在、協力者とモンスターが魔王城を守り、魔王の娘が魔王軍幹部候補や配下を引き連れて、襲いやすい街の人間を儀式用に捕まえているらしい。

 儀式が行われるのは魔王城であり、魔法陣などの特別な準備が魔王城でされていることもあって協力者が守る必要があるのはそのせいだ。

 俺に禁忌のことを詳しく教えるのもまずいらしく、あまり教えてはくれなかった。

 

 ともかく俺がやるべきは儀式の阻止。

 今は魔王の娘が出払っていて、魔王城の守りは薄く、戦うことになるのも協力者と幹部ほど強力ではないモンスターなのだが、そろそろ魔王の娘達は儀式に必要な数の人間を揃えてしまうらしく、戦力が分断されている今の内に決着を付けたい。

 だが、現代魔王を名乗るだけあってその協力者の実力は本物で、何度か儀式の阻止に向かったらしいのだが、阻止は失敗に終わっている。

 

「今もカズマさん達が儀式の阻止に向かっていますので、貴方はこれから合流し、儀式の阻止をお願いします。混乱を抑えるために既にアクア先輩には話を通してあります」

 

「なるほどな、それは助かる。いきなり死んだ人間が出て来たら魔王城の潜入どころじゃなくなるだろうしな」

 

「ええ、面倒なやり取りは文字数もかさむし、読み辛くなりますから」

 

「その配慮は良いことだけど、口に出すなこの野郎」

 

「……それでは、準備はよろしいですか?」

 

 エリス様の表情が引き締まり、緊張感を含んだ声でそう聞いてくる。

 

「…準備も何も、行ってやるべきことをやってくるだけだろうが」

 

「それでもですよ。貴方ならやり遂げるかもしれませんが、相当な苦労はしそうです」

 

「苦労しないで終わるような問題なら、わざわざ俺のことなんか呼ばないだろ?俺なら大丈夫さ」

 

「わかりました。では、最後に。幸運の女神において、とびきりの祝福を。『ブレッシング』!」

 

 運を上げる支援魔法。

 なんでだよ、という視線を向けると、エリス様は不敵に笑っていた。

 

「カズマさんの魔王討伐の前に同じ魔法をかけたんですよ。これで上手くいく自信が出て来たんじゃないですか?」

 

 自分で言うか、そう思ったが確かに幸運の女神からの支援魔法はバカに出来ない。

 

「そりゃどうも」

 

 エリス様が俺の方へと手をかざして、俺の足元に魔法陣が浮かび上がり、俺の体が宙に浮いた。

 

「死なないでくださいね。私との約束です」

 

「わかってる。俺は絶対に元の世界に戻るからな」

 

 俺の返事を聞いて満足そうに笑うエリス様。

 そうだ、絶対に戻るんだ。

 俺は

 

「あ、最後に一つお願いが!」

 

「なんだよ!?」

 

 かなりの高さまで浮いてしまっているので、お互いに声を張り上げる。

 もう少しで頭上にある光の中に俺の体が入ってしまう。

 

「ヒナギクにエリス教に戻るように説得を…」

 

「行ってきまーーーす!!」

 

 俺はウルト◯マンが空へ飛ぶように、魔法陣を蹴って自ら頭上の光へと飛び込んで行った。

 

 

 

 

 目を開けると、道に一人で立っていた。

 周りを見渡すと、少し遠くに禍々しい漆黒の巨城が見えた。

 初めて見たがわかる。

 あれこそが魔王の城だということが。

 あの中に

 

「そこの君、こんなところで何を…」

 

「あ?」

 

 後ろから声をかけられて振り返る。

 

「シロガネ…?」

 

「おお、ミツルギ。それにみんなも」

 

 振り返った先には、青年の顔付きになっているカズマにあまり変わらないめぐみん、漆黒の鎧に身を包んだダクネスに女神アクア。

 それにミツルギと二人の女性、そして

 

「う、うそ……」

 

「よお、ヒナ」

 

 ヒナがいた。

 そして、

 

「シロガネ?その名前は聞いたことがあるな」

 

 何故だか知らないが、あるえちゃんもいた。

 というか、あれ?

 なんかみんな驚いた顔なんだけど。

 アクアに話を通してあるとかなんとか言ってたような…。

 

「う、うそだようそだようそだよ!!また!また僕は!また僕はおかしくなっちゃったの!?最近は落ち着いて来たのに、また!?また幻覚を見るように…!」

 

 ヒナは俺を見て、半狂乱になって叫びだした。

 ヒナのあんな姿を見るのは正直言って本当に辛い。

 そんなヒナの肩を掴んで、冷静に話しかけるダクネス。

 

「ヒ、ヒナギク、落ち着け。ヒカル…らしき者は確かにそこにいる。幻覚などではないぞ」

 

「ほ、本当ですか!?ダクネスさんや、皆さんにも見えてるんですか!?」

 

「ああ、見えているとも。それにしても懐かしいな。もしかしてアンデッドになってしまったのか?無理もない。クルセイダーの私にアクアもいる。早く浄化してやろう」

 

「ええ、そうね。私も早いところ終わらせて帰りたいもの。でもアンデッドの気配がしないような…」

 

 え、

 

「ダ、ダクネスさん!アクアさん!す、少し待ってください!あ、あれは!」

 

 ヒナが信じられないものを見る目で俺を見ながら、止めようとしているが…

 

「ヒナギク、気持ちはわかるが彼をアンデッドのままにしておくのはかわいそうだ。彼もきっと辛いだろう」

 

「なあ、本当にアンデッドなのか?普通の人間に見えるんだけど…」

 

「私もそう見えますが」

 

 カズマとめぐみんのセリフは誰も聞いてないみたいだ。

 

 

 これ、あれだ。

 俺のこと知らないやつだ。

 

 

「おい、アクア!お前エリス様から何も聞いてねえのか!?」

 

 俺がアクアに問いかけると、アクアは何言ってんの?みたいな表情だ。

 

「はあ?エリス?エリスが」

 

「おい、シロガネ!」

 

 アクアのセリフを遮り、ミツルギが一歩前に出て、俺に魔剣を向けた。

 

「君の事情は知らない。死してなお立ち上がることにも敬意を表する。だが、アクア様を呼び捨てにすることは許さない!」

 

「あー…それは」

 

「おい、カツラギ。お前は話がややこしくなるから黙ってろよ」

 

「ボクはミツルギだっ!それにボクは当然のことを言ったまでで…」

 

 俺が何かを口にする前に、カズマとミツルギがまるで喧嘩をするように向き直って話し始めて、更には

 

「お願いします!一度僕にお話する時間をください!」

 

「ダメだ。最初はアンデッドかと思ったが正直怪しいと思わないか?あれから何年も経っているのに、いきなり彼のアンデッドが出てくるとは思えない。これは魔王軍の新たな作戦か何かに違いない」

 

「で、でも!」

 

 ダクネスがヒナの肩を掴み、俺の方へ行かないように止めている。

 アクアは何かを考え込むように黙り込んでいて、めぐみんは俺を睨んでいた。

 ちなみにミツルギのパーティーメンバーの二人はミツルギのそばにいて、私達は関係ないと言った表情だ。

 

 どうすればいいんだ、この状況。

 そう思った時

 

「あー!もしかしてあんたが平行世界から来る協力者!?」

 

『え?』

 

 アクアが突然思い出したように声を上げて、周りからは疑問の声が漏れ出たのが綺麗に揃った。

 この女神、忘れてやがったな。

 

 

 

 

 

 

 アクアからも説明が入り、やっと話しが進んだ。

 皆、信じられない表情ではあったが、敵ではないことだけはしっかり理解してくれたらしい。

 

「じゃ、じゃあ!ほ、本当に?本当にヒカル、なんだよね!?」

 

 ヒナが恐る恐る俺に聞いてくる。

 ああ、と頷くと、突進でもして来てるのかという勢いで胸に飛び込んできた。

 腰に手を回して苦しいぐらいに抱きついて来る。

 

「ヒカル、ヒカル…!」

 

「ヒナ…」

 

 名前を呼ぶぐらいしか出来なかった。

 口で謝るのは簡単だ。

 でも、こいつが辛い思いをした分の謝罪が俺に出来るとは到底思えなかった。

 数分ぐらいずっと抱き付いてくるヒナを撫でていると、コホンと咳払いが聞こえた。

 

「感動の再会なのは、この状況が分かりきっていない私でもわかるんだ。でも、ここはすぐそこに魔王の城もあるし、感動の再会の続きは禁忌の儀式を止めてからにしないかい?」

 

 眼帯をした発育の良い少女、あるえちゃんがそう言った。

 それを聞き、ずっと抱き付いていたのを今更恥ずかしくなったのか、俺を突き飛ばしてすぐに離れた。

 ヒナの顔は耳まで真っ赤だった。

 

「邪魔をしてしまったついでに、自己紹介をさせてもらおう。我が名はあるえ!紅魔族随一の発育にして、やがて作家を目指す者!」

 

 ポーズを決めて、満足げなあるえちゃん。

 そうか、この世界の俺はあるえちゃんと初対面か。

 じゃあ、やっとくか。

 この人数の前で少し恥ずかしいけど。

 

「お控えなすって」

 

 例のポーズをして、そう言うとあるえちゃんが首を傾げてきたが、そのまま続ける。

 

「手前、生国と発しまするは日本の生まれ。姓はシロガネ、名はヒカリ。人呼んでヒカルと発する冒険者でございます。

以後、面対お見知りおきの上、よろしくお願い申し上げます」

 

「っ」

 

「おおっ!」

 

 ヒナは辛そうな表情になり、あるえちゃんは感嘆の声をあげた。

 

「気に入ったよ、ゆんゆんの友人にして、世界を渡りし者、ヒカルさん」

 

 なんか変な二つ名を付けられた。

 まあ、いいか。

 

「さて、ヒカルさん。貴方に一応言っておかなければならないことがある」

 

 あるえちゃんはそう前置きをして続けた。

 

「私は見ての通り、紅魔族のアークウィザード。上級魔法とテレポートぐらいは使えるよ。でも、申し訳ないけどここにいるメンバーのように冒険者ではなく、私は作家だ。そこまでの実力があるわけではない。だから」

 

「わかったよ。あまりあるえちゃんには無理を言わないようにするよ。でも緊急時にはテレポートとかは頼むよ」

 

「もちろんさ。それぐらいは任せてくれたまえ」

 

 そう言って、あるえちゃんは満足そうに笑みを浮かべた。

 

「あるえの話しが終わったのなら、次は私が話をしてもいいですか?」

 

 そう言って手を挙げたのはめぐみんだった。

 お前が?なんてカズマまでそんな顔をしている。

 俺が頷くと、めぐみんは俺の方へとゆっくり歩いて来て、肩に手を置くような気安さで

 

 俺の顔を思いっきりぶん殴って来た。

 

 俺は直撃しつつも仰け反って数歩後退る程度で済んだ。

 めぐみんは多分本気で殴って来たが、寸前に歯を食いしばったのと、ステータスが上がっていることでなんとか耐えられた。

 

「なっ!?何するんですかっ!?」

 

 皆驚いていたが、はっきりと抗議の声を上げたのはヒナだった。

 

「私の友じ…いえ、私のライバルを泣かせたので殴っただけですが、何か?」

 

「な、殴ることないじゃ…」

 

「いい、ヒナ。それにしてもお前、マジで魔法使いかよ。筋力上がりすぎじゃねえかこの野郎」

 

「そっちこそ、随分とステータスが上がったみたいですね。私はぶっ飛ばす気で殴ったのですが、残念ながらそこまで出来ませんでしたね」

 

「これで満足か?」

 

「ほう?私を焚き付けるとどうなるか、その身で知ることになりますよ?」

 

「おい、めぐみん!もういいだろ!ヒカルも煽るなよ!」

 

 一触即発の雰囲気になったところ、カズマが割って入って来た。

 

「俺は満足したかどうか聞いただけだぞ」

 

「本当は爆裂魔法でも撃とうかと思いましたが、一発思い切り殴れたので一先ず満足しました。私からは以上です」

 

 そう言ってめぐみんは背を向けた。

 そしてダクネスがやって来て、俺の肩に手を置き、

 

「ヒカル、わかるぞ。一発ぐらいじゃ満足出来ないだろうが、ここは我慢だ」

 

「一緒にするんじゃねえよこの野郎!!」

 

 

 

 

 

 

「はい、『ヒール』」

 

「ありがとよ」

 

「いいってことよ」

 

 めぐみんにぶん殴られたところをアクアに回復魔法をかけてもらい、話の続きを…

 

「な、なんて羨ましい…」

 

 この魔剣の勇者はどうしちまったんだ。

 そんな恨みがましい目で見ないでくれ。

 

「ごめんね…僕が回復してあげられれば…」

 

 ヒナが心底申し訳なさそうに俺に謝って来た。

 なんでこいつが謝るんだ。

 

「大丈夫だよ。アークプリーストの力が使えないんだろ?エリス様から聞いてるから」

 

「っ。う、うん」

 

 エリス様の名を聞いた時に、まるで悪いことをしたのが見つかったような顔になって俯いて返事をした。

 負い目のようなものを感じているのだろうか。

 俺が誤魔化すように頭を撫でてやると、恥ずかしそうにしていたが、されるがままだった。

 

「なあ、ヒナ。ここに来るのは流石に危険じゃないか?お前が来た理由はよくわかるけどさ」

 

「……で、でも僕はずっと何も出来なかったから…少しでも役に立てるかもしれないなら僕は、その、力になりたくて…」

 

「……そうか、わかった。でも、あまり前に出たりするなよ?」

 

「うん…」

 

 この態度といい、まるでヒナじゃないみたいだ。

 ヒナをエリス教に戻すことはどうでもいいが、いくら違う世界のヒナとはいえこのままにしておきたくない。

 何か考えないと。

 

「さて、ヒカルが戦力に加わってくれたことだし、情報の共有と作戦の立て直しだ」

 

「すぐそこに魔王城があるのにですか?」

 

「何度も失敗してるし、近くにいても向こうから俺達に攻撃してきたりすることは無かった。それならここで話し合って大丈夫だろ」

 

 カズマとめぐみんがそう話し合った時にふと二人の左手を見た。

 左手の薬指に同じ指輪をしているのが。

 

 ………。

 ……。

 …。

 

 ま、まじか…。

 いやでも、あり得る。

 紅魔の里にいた時に『私の男』なんて言っていたのだ、十分あり得る。

 それにしたって

 

「おい!ヒカル聞いてんのか!?」

 

「えっ!?」

 

「おい、しっかりしてくれよ。ちゃんと聞いてたんだろうな?」

 

「あー…えっと…」

 

 呆れた視線がいくつも俺を見てくる。

 

「仕方ない。もう一度最初からだ、佐藤和真」

 

「わ、悪い…」

 

 

 

 

 

 魔王城は魔王がいる最上階のフロア以外はほぼモンスターの一匹もいないらしい。

 いたとしても最低限の見張りか、どこからか寄り付いた雑魚モンスターらしい。

 現代魔王やその配下が守っているのは最上階のフロアのみ、ということだ。

 潜入は容易だが、最上階の守りは固く、そんな状態でも現代魔王は魔王城を守る自信があるのか、他の守備は最低限しか用意してないみたいだ。

 ある理由でカズマ達の戦法も通じないせいで何度も現代魔王の無力化に失敗していて、打開策としてミツルギ達やあるえちゃん、それにヒナを連れてきたということらしい。

 そこに俺も加わった。

 エリス様から聞いた魔王討伐時のパーティーより豪華になったのだから負けるわけがない、はずだ。

 

「先程話した通り俺は、この世界の俺とは違って上位職になってレベルも上がってる。まずは俺が前に出る。他の奴らには周りのモンスターの相手を頼む。それで俺が勝負をかけるが、もし失敗したらカズマ」

 

「すぐに撤退するよ。まだ魔王の娘が帰ってくるのも数日がかかるはずだ。焦る必要は無いし、無理と判断したらすぐ退く。これでいいな?」

 

「それでいい。アクア、……さま。支援魔法を最上階でかけてもらいたいんだけど」

 

 ミツルギの表情が険しくなったのを見て、後から付け加えた。

 この女神に様付けして呼ぶ日が来ようとは…。

 どうやらミツルギはいつの間にか狂信者になってしまったみたいだ。

 何故カズマとミツルギの仲が悪いのか、ようやく分かった。

 

「いいわよ!このアクア様に任せなさい!」

 

 アクアはミツルギのことなどどこ吹く風で胸をどんと叩きながら自信満々にそう答えた。

 

 

 

 

 魔王城の中の守りは最上階以外薄いが、外からの攻撃に備えて結界自体はちゃんと張ってあるらしく、まずはその解除からなのだが、

 

「はい」

 

 アクアが結界に触れると、たちまち結界に穴が開き、人が通れるほどの大きさになった。

 

「ヒカル、どうした?」

 

「……なんでもない」

 

 アクアが女神なのはちゃんと理解しているが、俺が見ていた普段のアクアからは考えられない有能さ加減のギャップに頭がおかしくなりそうだ。

 だが、それをわざわざ言っても仕方ないことだし、アクアに機嫌でも悪くされて支援魔法をかけないーなんて言われたら面倒になるのは俺だ。

 ここは耐えることにしよう。

 なんだかんだでエリス様(へんたい)アクア(駄女神)も女神様ということか。

 

 城の門をくぐり、城内へ。

 城内を見回すとダンジョンのように通路は入り組んでいた。

 壁には一定間隔で明かりが灯っていて、どこか普通の建物のような気さえしてくる。

 禍々しい見た目の外観のように、もっと暗い雰囲気だったりするのかと思えば、城内は割と綺麗で清潔感があった。

 まあ、住むところが綺麗にしたいのは人も魔王も変わらないということか。

 カズマ達は通路の階段の方に進んでいたかと思えば、階段をスルーして通路の行き止まりへと向かった。

 そして行き止まりの奥へと辿り着き、その壁には『押すな』と書かれた紙が貼ってある。

 その紙の前には魔法陣が描かれていて、そのすぐ横にはボタンがあった。

 

「これが例の?」

 

「そう、ショートカットだ」

 

「話には聞いていたが、興味深いね。カズマはこれを初見で見破ったと聞いたが?」

 

 あるえちゃんが注意深くボタン近くを見ていたかと思えば、そんな話をしだした。

 

「え、あ、あああ、そ、そうだとも。このカズマさんの目は誤魔化せないからなうん!」

 

「そ、そうよ、この女神の曇りなき眼には何でもお見通しなんだから!」

 

「へえ」

 

 絶対こいつら偶然知っただろ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 俺達はそのボタンを押して、一気に上層階へと移動した。

 その後、モンスターに一匹も出会うことは無く、最上階に続く階段に着いてしまった。

 あまりにもスムーズ。

 もしかしたらカズマ達のパーティーが何かミラクルを引き起こすかと思ってドキドキしていたが、特に何も起こらなかった。

 少し考えすぎかもしれない。

 

 俺達は階段を上り、通路を通り、魔王のいる部屋へと続く扉の前に辿り着いた。

 俺が一番前に立ち三角形になるように右にダクネス、左にミツルギで立つ。

 その三角形の真ん中にはヒナ、後ろにあるえちゃんにカズマ、ミツルギのパーティーメンバー、アクア、めぐみんと続いた。

 話によると俺達が攻撃をするまでは攻撃をしてこないらしいが、ヒナは戦えないので念のためこんな陣形モドキで俺達三人が守れるようにしている。

 最悪あるえちゃんにテレポートしてもらう予定だ。

 戦いになって戦況が悪くなれば、戦えないメンバーはすぐにこの部屋から撤退し、戦えるメンバーで逃げられるようになるまで戦う。

 もしくは、無力化するまで戦う。

 

 カズマの戦法は通じない。

 何故なら現代魔王はカズマのことをそれなりに知っているからだ。

 潜伏で忍び寄ったりすることも出来ない。

 戦いになれば、正面衝突しかない。

 中にいるモンスターはあまり強いモンスターばかりでもないが数は多く、何より現代魔王の実力は凄まじい。

 

 正直、今回ばかりは俺にかかってる。

 

 自分の行動の責任とやら、とってやる。

 

「行くぞ、野郎ども!」

 

「女性の方が多いですよ」

 

 カズマやミツルギは俺のセリフに「おう!」と返してきてくれたのだが、めぐみんのセリフで勢いが削がれたのか、顔の緊張感が無くなった。

 

「……やかましい!行くぞ!」

 

 俺は言葉を発すると共に扉を開け放つ。

 

 扉を開けると、多くのモンスターがこちらを静かに睨み付けていた。

 玉座へと続く道を開けるように左右で分かれて大量のモンスターがひしめいていた。

 モンスターに近付きすぎないぐらいまで近付き、玉座に座る魔王の娘の協力者にして、現代魔王を名乗る人物を真っ直ぐ見ながら、俺は話しかけた。

 

「ゆんゆん、里に帰るぞこの野郎」

 

 玉座に座り、驚愕の表情で固まった現代魔王。

 彼女は目の前の光景が信じられないとばかりに首を横に振って、何度も自分の頬を叩いていた。

 




前書きで注意書きはじめて書きました。
今更ではあるんですけどね。でも魔王城のショートカットとかあったので一応書きました。

評価やお気に入り、感想ありがとうございます。
書くモチベーションが高かったので連日投稿しちゃいました。
すでに六章の後日談や六章最終話は書けてるので、そこにお話を持っていくまでが勝負ですね。
六章が終わるまで多分、あと三話か四話か、それぐらいになると思います。


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83話



たまにシリアスタグを追加しました。
あまりに遅すぎる…。
でも、これで心置きなくシリアスが出来る。

今回文字数多めです。

83話です。さあ、いってみよう。



 

「現代魔王の名はゆんゆん。貴方がよく知るゆんゆんさんです」

 

「………は?」

 

「ゆんゆんさんが魔王の娘の協力者です」

 

「い、いやいやいやいや、待て待て。それは」

 

「おかしいですか?」

 

「どう考えてもおかしいだろうが!何でゆんゆんが!」

 

 はあ、とため息をつくエリス様。

 まるで俺がしょうもないことを言ったみたいなリアクションだ。

 

「貴方が死んだからですよ」

 

「っ、それで気でも触れたってことか?」

 

「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」

 

「な、なんだよそれ!」

 

「まだわかりませんか?」

 

 呆れた顔で聞いてくる。

 一体何が。

 

「協力者には目的があります。それは話しましたね?」

 

「勿体ぶってねえで教えてくれよ!」

 

 何でゆんゆんが、ヤバイ儀式に手を貸してるんだ。

 あり得ないだろ、ゆんゆんだぞ。

 あのゆんゆんが何故。

 

「……ゆんゆんさんの目的は『白銀光の蘇生』です」

 

「っ!?」

 

 おれか。

 俺のために…。

 

「彼女は貴方に会いたくて、魔王の娘に協力しているんです」

 

「……ふざけんなよ…なんでそんな…」

 

 頭を抱えた。

 なんで俺なんかが死んだだけでこんなことになるんだ、おかしいだろ。

 俺はそんなに悪いことをしたってのか?

 俺はただ仲間に生きていて欲しかっただけなのに、なんでこんな…。

 

「彼女を止めてください。儀式を完成させたら彼女は永遠に罰を受けることになります。彼女がどれだけ儀式に救いを求めても、意味は無いのです。もうこの世界の貴方の魂は、日本に転生してしまっていて存在しないのですから」

 

「じゃ、じゃあ…」

 

「はい。儀式が完成しても、ゆんゆんさんの願いは叶いません。ただ犠牲を無駄にして、永遠の罪を背負うだけです。儀式を止めることでどれだけ苦しむことになろうとも儀式だけは止めなければならないのです」

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふん。誰ですか?バニルさんに協力でもしてもらったんですか?」

 

 ゆんゆんはすぐに冷静さを取り戻したように喋り返してくるが、目は何度も俺を見たり、見なくなったり、表情も引きつっていたりとどう考えても動揺していた。

 

「俺のことがわからないのか?」

 

 ダクネスやミツルギが左右のモンスターが来てもいいように構え始める。

 

「貴方はヒカルのことをよく知らないみたいですから、教えてあげます。ヒカルはそんな良い装備を持っていませんし、こんな場所で一番前に出て来れるほどのステータスはありません。その姿をするならもう少し勉強したら、どうですか?」

 

 なんかドヤ顔なんだけど。

 確かにあの頃は弱かったけどさ…。

 ゆんゆんのドヤ顔とヒカルのこと知ってる自慢みたいなものを聞かされて反応に困っていると、完全論破したとでも思ったのか、俺から視線を外し後ろのヒナへと目を向けた。

 

「ヒナちゃん」

 

「っ」

 

 ヒナが怯えるような声にならないような悲鳴のような声を出す。

 

「ヒナちゃんまで、私にこんな姿を見せるようなことに協力するなんて思わなかったわ。私のこと嫌いだったの?」

 

「ち、違うよ!このヒカルは…」

 

「まさかヒナちゃんまで騙されてるの?こんな偽物とヒカルのことが見分けがつかないぐらい忘れちゃったの?」

 

 まるで失望したような目でヒナを見る。

 

「おい、この野郎。本当に俺のことがわからないのか?」

 

「……貴方のことなんか知りません。いい加減本当の姿を見せて、名乗ったらどうですか?」

 

 ヒナにこれ以上変なことを言う前に、もう一度問いかけたが、ゆんゆんは偽物なんてうんざり、みたいな顔で吐き捨てるようにそう言った。

 

 名乗れ、そう言ったか。

 よし、さっきやったばかりだが、やってやろうじゃねえか。

 右半身を前に出し、中腰姿勢。

 左手は腰の後ろに回し、右掌を下から相手に見せるようにして構える。

 

「お控えなすって!」

 

「っ!」

 

 ゆんゆんの表情が歪んだが、構わず続けた。

 

 

「手前、生国と発しまするは日本の生まれ。姓はシロガネ、名はヒカリ」

 

「……やめて」

 

「人呼んでヒカルと発する冒険者でございます。

以後、面対お見知りおきの上、」

 

「やめてって言ってるでしょう!!?」

 

 俺に杖を向けて、玉座から立ち上がる。

 我慢ならないとばかりに杖を握る手に力が入り、杖は震えていた。

 

「お前が名乗れって言ったんだろうが、邪魔するんじゃねえよこの野郎」

 

 そう言うと、ゆんゆんの表情はより一層歪んだ。

 心底癇に触る、そんな表情だ。

 

「その声で、そのセリフを吐かないで!その顔で、その名乗りをしないで!!私の友達を穢すことは絶対に許さない!!」

 

 ゆんゆんの目は眩しいほど紅く光り輝いていた。

 そしてゆんゆんは杖を振りかぶり、

 

「『ファイアー」

 

 こちらへと向けて、呪文を詠唱した時、ヒナが俺の前に躍り出た。

 

「やめて!!ヒカルは本物なんだよ!」

 

「ボール』ッ!ッ!!?」

 

 突然のことで呪文をキャンセルできず、咄嗟に狙いを変えたのか、火炎の弾はヒナの数メートル前に着弾し、爆発を引き起こした。

 

「ヒナッ!!」

 

 ヒナをなんとか庇おうとしたが、間に合わず、ヒナが爆風で飛ばされるのを受け止めてやることしか出来なかった。

 あまりの爆風の勢いにヒナの体を受け止めた俺まで吹き飛ぶ羽目になった。

 当たったら確実に死んでいた。

 それほどの威力。

 

「うそ……これ、まさか…」

 

 ゆんゆんが信じられない顔で自分の杖や俺を見ていた。

 手加減をミスったようなそんな風に見えた。

 ゆんゆんは絶対に手加減をして魔法を撃ったつもりなんだろうが、俺がいるせいで加減を間違えたのだ。

 

「ヒナ、大丈夫かおい!?」

 

「ぅ、うん…」

 

 後ろの後衛組も駆けつけてくれる。

 見る限り、火傷ぐらいしかしていなそうだ。

 

「アクア、回復魔法だ!」

 

「ええ!」

 

 カズマが素早く指示を飛ばし、ヒナの体が綺麗に治った。

 ヒナをアクア達に任せて、前に出る。

 ゆんゆんは俺に釘付けになったように俺だけを見ていた。

 先程の『ファイアーボール』で俺が本物だと確信したらしい。

 

 『ファイアーボール』の加減を間違えるなんて懐かしい。

 俺に会ったばかりの頃、俺の能力『ムードメーカー』の影響を受けて、何度も魔法の威力の加減をミスり、俺を吹き飛ばしたり、吹き飛ばしかけたりしていた。

 それが、また起こった。

 久しぶりに俺に会ったからだ。

 久しぶりに『ムードメーカー』の影響を受けたからだ。

 

「そんな、なんで…生きていたの…?」

 

 ゆんゆんは泣きそうになりながら、ゆっくりと俺に歩いて来た。

 

「……違う。俺はあの時死んだんだ」

 

 ゆんゆんの歩みが止まり、俺を不安げに見つめて来た。

 

「俺がこれから言うことは信じられないかもしれない。だけど、本当なんだ。それは後ろのみんなやヒナが協力してくれることから分かってほしいし、信じてほしい。聞いてくれるか?」

 

 ゆんゆんは答えてくれなかったが、沈黙を肯定と勝手に受け取って話を進めた。

 

「俺は、別の世界の別の時間から来た。何言ってるか、マジでわからないと思うけど本当なんだよ」

 

 後ろから服を引っ張る感覚がして振り返るとヒナが不安そうにこちらを見ていた。

 頭を撫でてやって、話を続けた。

 

「この世界のゆんゆんがヤバい儀式をするって聞いて止めに来たんだ。その儀式は本当にヤバいっていうか、」

 

「……知ってるわ。でも、どうしてもヒカルに会いたくて…」

 

「ああ、その、悪い。そうだよな、寂しい思いをさせた。でもな、その儀式で俺は蘇らない」

 

 ゆんゆんの目が見開き、手から杖が滑り落ちた。

 乾いた音がフロア内に響き渡る。

 

「エリス様が言ってたんだ。もうこの世界の俺の魂は存在しないから儀式を成功させたとしても蘇らないって。だから、」

 

「……うそよ、そんなの」

 

 いやいやと顔を横に振って、信じたくないと絶望したような顔で俺を見ていた。

 

「儀式は無駄に終わる。成功させてしまったら永遠の罰を受ける。こんなことはやめよう。ゆんゆん頼む、みんなで里に帰ろう」

 

 俺の説得にゆんゆんは少し俯いた後、不安そうな顔で俺をまた見てきた。

 

「……別世界?のヒカルは、どうなるの?私と、一緒にいてくれる?」

 

 胸を抉られるような気分とはこのことか。

 最悪の気分だが、言うしかなかった。

 この時の俺は嘘をつこうなんて思えなかった。

 

「……ぉ、俺は一緒にいられない。儀式を止めたら、元の世界に帰らなきゃいけないんだ」

 

「っ」

 

 後ろから息を呑むような呼吸音が聞こえて、服を引っ張るのが強くなった。

 

「………」

 

 ゆんゆんの表情が分からなくなった。

 目を見開き、表情が消えた。

 その後、俯いたかと思えば、ゆっくりとしゃがみ、杖を手に取った。

 

「……ゆんゆん、頼む。帰ろう」

 

「………」

 

 ゆんゆんはゆっくりと立ち上がる。

 顔は俯いたままで見えない。

 

「……エリス様に無理言って、しばらくはこの世界にいるから。だから」

 

「……また一人にするの…?」

 

 ゆんゆんは泣いていた。

 絶望しきった顔で、俺を睨みつけながら。

 

「……ゆんゆんは一人じゃないだろ。後ろのみんなはゆんゆんが心配で来たんだ。儀式なんて二の次だ。ヒナだって戦う力も無いのにここまで来たんだ、ゆんゆんの為に。めぐみんだって何度も説得に来たんだろう?ゆんゆんは、一人なんかじゃない」

 

 ゆんゆんは何度も首を横に振る。

 俺の言葉を否定するように。

 

「……私は一人よ。ひとりぼっち。今更…そんな言葉で、私の苦しみを否定しないで」

 

 敵意。

 ゆんゆんの目にははっきりと敵意がこもっていた。

 杖を構えて、俺を睨んでいたかと思えば、何かを思い付いたように、ニヤリと笑った。

 

「ねえ、別世界のヒカル?もし、儀式を止められなかったら、ヒカルはどうなるの?」

 

「っ!」

 

「っ」

 

 強烈な悪寒を感じて、思わず半歩引いた。

 ヒナに足がぶつかったが、気にしてはいられなかった。

 まずい、まさかとは思うが。

 

「そうなんだ。ふふふ、その反応は、そうなんだ。あははは」

 

 俺を、帰さないつもりだ。

 邪悪な笑みがそう物語っていた。

 後ろ手でヒナの手を服から外し、踏み込んでゆんゆんへと向かっていく。

 

 もう無理矢理連れて行くしかない。

 魔王城から離れさせて、魔王城は爆裂魔法か何かで吹き飛ばして儀式を完全に出来なくさせよう。

 

「その人達を排除しなさい!!」

 

 ゆんゆんの怒声が響き渡り、モンスターが一瞬にしてカズマ達を襲い始めた。

 刀の鯉口を切る。

 杖を斬り捨て、峰打ちでゆんゆんを気絶させた後すぐにみんなでここを出よう。

 後から納得してもらうしかない。

 きっと苦労するが、そんなことはどうでもいい。

 

「『ファイアーボール』ッ!」

 

 先程より手加減されていて、避けるのは容易だった。

 後ろに着弾し、俺が吹き飛ばされたように見えるが、そうではなく、その爆風を利用して更にゆんゆんとの間合いを詰める。

 きっとゆんゆんは俺のことは弱いと思い込んでいるはず、だから手加減した。

 それを逆手に取る。

 俺は爆風で浮かび上がった体の姿勢を制御して、着地に備えた。

 ゆんゆんは俺を見て、表情は驚愕に染まる、なんてことはなく、俺を冷たい目で冷静に見ていた。

 ゆんゆんは少し後ろに下がり、俺が着地する場所に杖を向ける。

 

「『ボトムレス・スワンプ』」

 

 泥沼魔法!?

 なんて手を思い付くんだ!?

 

 俺が着地する場所の周り数メートルが泥沼に変化した。

 俺は泥沼に飛び込み、姿勢を制御しようとして、逆に体勢を崩した。

 

 やばい、マジでやばい!

 こんな手も足も出ないのか!?

 

 一瞬にして俺の体は腰までつかったかと思えば、体勢を崩し背中から倒れた。

 

「ヒカル!手を!!」

 

 声が聞こえて、首を動かすとヒナがモンスターの大群を抜けて、泥沼に変化していないところから俺に手を伸ばしていた。

 

「おい!?危ねえだろうが馬鹿野郎!!」

 

「ヒカルの方が危ないでしょ!?早く!」

 

 くそ、マジでその通りだ。

 俺は必死に手を

 

「ヒナちゃん、ヒカルと一緒にいたくないの?」

 

 ゆんゆんがヒナとは泥沼化した対岸の方から話しかける。

 

「……ぇ、」

 

 ヒナが伸ばす手を止めて、ゆんゆんを見る。

 ゆんゆんは続けてヒナに話しかけた。

 

「儀式を止めたらヒカルは帰っちゃうんだよ?元の世界に」

 

「っ!」

 

「ちょ、待てよ!その、それは…!」

 

 ヒナが何度か俺とゆんゆんを交互に見ていた。

 そして、すぐにまた手を伸ばして

 

「ヒカルに帰ってほしいなら、ヒカルを引っ張り上げてあげなよ。ヒカルに帰ってほしくないなら、何もしないで私に協力して」

 

「ぁ…」

 

 ヒナの伸ばす手がまた止まった。

 

「ヒナ!頼む!」

 

 俺も体を動かしながらまた手を伸ばす。

 もう少しでヒナの手に触れられるぐらい近付ける。

 

「ヒナちゃん」

 

「ぁ…、ぼ、僕は…」

 

「ヒナちゃん、素直になりなよ。これからずっと一緒にいられるよ」

 

「!!」

 

 ヒナの手がゆっくりと遠ざかっていった。

 うそだろ、おい。

 

「ヒナ?なあ、お」

 

 泥沼が既に口元まで来ていて、喋ることもできなくなった。

 

「ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさい」

 

 ヒナが祈るように手を組み、泣きながら俺に謝り始めた。

 手を伸ばしても、泥沼の感触しかない。

 

「そうだよね。ヒナちゃんも私と同じ気持ちだよね。これからまた一緒に暮らせるように二人で協力しようよ」

 

 まずい、溺れる。

 もうゆんゆんとヒナのことしか確認出来ない。

 そもそもそれどころじゃない。

 息が、続かな、い。

 

「僕……ごめんなさい…」

 

 ヒナの辛そうな謝る声を最後に聞いて、俺の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、知らない天井だった。

 

 これも何度目だ。

 妙にぼんやりする頭でそんなことを考える。

 というかマジでここはどこだ。

 薄暗い部屋のベッドに俺は寝ている。

 

 起きて、周りを確認すると、鉄格子の窓に、トイレとシャワーが付いてるワンルーム。

 うわあ、こんなとこで暮らしたくないなぁ。

 そんなことを思いながら、更に横を見ると、壁一面が鉄格子になっている。

 

「おいおい、こんな開放的な空間だと覗き放題じゃねえかこの野郎」

 

 そんな独り言を言って、やっと冷静になってきた。

 

「って牢屋じゃねえか!?なんだこれ!?おいいいい!?誰かいねえのか!?」

 

 鉄格子をガシャンガシャン揺らしながら、外を見る。

 すると

 

「あまり騒がないで。響くし、うるさいから」

 

「……」

 

 ゆんゆんとヒナが通路から出て来て、鉄格子の外から話しかけて来た。

 

「おいこれ、どうなってんだ!?」

 

「どうなってるって、そんなの侵入者を捕らえて…」

 

 ゆんゆんが答えてくるが、とにかくそんなことはどうでもいい。

 

「トイレとシャワーは別にしてくれよ!」

 

「いや、そこなの!?む、無理よ、今更そんなの変えられないし、悪いけど少し我慢して」

 

「じゃあ何か!?お前らに見られながらトイレもシャワーしなきゃいけないのか!?どういうプレイだこの野郎!!」

 

「違うに決まってるでしょ!?み、見るわけないし、プププ、プレイとかへ、変なこと言わないでよ!」

 

 ゆんゆんが顔を赤くしながら言い返してくる。

 ヒナの顔もなんだか赤くなってる。

 

「というか、これマジでなに?俺なんかした?」

 

「……はあ、なに言ってるの?変なことばっかり言ってるし、寝ぼけてるの?」

 

 呆れたようにゆんゆんがジト目で俺を見てくる。

 いや、普通に牢屋に入れられて、変なこと言わないやつがいるのか?

 というか

 

「おい、ヒナ。それ俺の脇差だろ。返せ」

 

 ヒナが腰にさしてるのは、俺の脇差だ。

 

「え、や、やだよ。ヒカルは二本も持ってるんだし、これはなんだかサイズが小さいんだし、僕にちょうだい!」

 

「なんでだよ!お前は自分の持ってるだろうが!」

 

「えっ、も、持ってないよ?なに言ってるの?」

 

「あぁ?お前こそなに言って…」

 

 喋ってる内に意識がはっきりして来た。

 そうだ、ここは平行世界で、俺は魔王城に儀式を止めに来ていて、って!?

 

「おいこら、出せこの野郎!!」

 

「ええっ、今更そのリアクションなの?」

 

「とりあえずこれは僕が貰うからね」

 

 ゆんゆんが呆れたように言われて、ヒナに脇差をパクられた。

 

「わ、わかった!それやるから出してくれ」

 

「ダメに決まってるでしょ。とにかく一番良い牢屋でベッドも綺麗なものを持ってきてあげたんだから、しばらくはここで大人しくしてて」

 

「そんなわけにいくか!ゆんゆん、儀式はやめろ!蘇生は出来ないんだ!」

 

「……いやよ。やって確かめるまで、諦めない」

 

「ふざけんな!無理だって言ってんだろうが!」

 

「ふざけてない!私は本気よ!!ヒカルを蘇生させてみせる!」

 

 鉄格子越しにゆんゆんと睨み合う。

 だが、こんなことに意味があるわけもなく、ゆんゆんは背を向けて去ろうとしてくる。

 

「お、おい!お願いだから、儀式だけはやめてくれ!永遠に苦しむことになるんだぞ!?」

 

「じゃあ、そばにいてよ」

 

 背中越しにそんな寂しげな声が聞こえた。

 

「ゆんゆん…俺は」

 

「いてくれないなら、黙ってて」

 

 そう言って、今度こそ何処かへ行ってしまった。

 

「……」

 

 ヒナはゆんゆんには付いて行かないで、ここに残るみたいだ。

 

「ヒナ、頼む。その脇差あげるから出してくれ」

 

「……」

 

 返事も無く、目を逸らされた。

 くそ、どうすればいいんだ。

 一瞬で詰んだぞ。

 カズマ達が助けてくれるのを待つしかないのか。

 いや、ヒナがここに残るならヒナに協力してもらえるように粘ってみるしかない。

 

「何か欲しいものあるか?出来ればあの刀以外で頼む」

 

「他には無いかな」

 

 元々物欲が無いからな、こいつ。

 他に何かないか。

 交渉出来るような何かが。

 

「あのね」

 

 と思ったらヒナから話しかけて来た。

 

「僕はここの鍵を持ってないし、鍵の場所とか知らないからヒカルを出してあげたりは出来ないよ?」

 

「……」

 

「……」

 

「てめえこの野郎!脇差返せ!」

 

「い、いやだよ!絶対やだ!もう僕のだもん!」

 

 ヒナに向かって手を伸ばすが、距離をすぐに離されて全く届かない。

 こいつ!俺の気持ちを弄びやがって!

 じゃあ出る手段が無えじゃねえか!

 

「はあ……」

 

「……」

 

 思わずため息をつくが、状況が悪い。

 どうしたものか…。

 

「なあ、喉渇いたんだけど」

 

「?それなら、ほら、そのベッドは魔道冷蔵庫とセットになってるものだから、ベッドの下の取手を引っ張れば出てくるよ」

 

 言われた通り、ベッドの下の取手を引っ張ると水やお茶、それに数種類のジュースが入っていた。

 何だこのすげえベッド。

 

「あ、足元の方の取手にある冷凍庫のところは使わないだろうし、そこに着替えとか入れといたから、それ使って」

 

 また言われた通り、足元側のベッドの下の取っ手を引っ張ると、服や下着にタオルが揃っていた。

 何だこのすげえベッド。

 

「……飯は?」

 

「僕達が用意するよ。三食しっかりね」

 

 監禁された時を思い出す。

 いや、今の状況もそうなんだけど、というか今の状況の方が正に監禁だ。

 あの時も飯を持ってきてくれたな。

 それに本もあった。

 あの時間があったから俺は少しこの世界についての勉強が進んだ、と思う。

 

「洗濯物は鉄格子の僕達が取れるところに置いておいてね。出来れば綺麗に畳んでおいてくれると、汚れないで済むかも」

 

 誰か助けてくれ。飼い殺しにされる。

 

 というか、色々助かるけど、ここにいることが前提だ。

 俺はここにいるわけにはいかないんだ。

 

「ヒナ、儀式のことは聞いてるよな?」

 

「……うん」

 

 小さな返事。

 今の状況に自信がないからだ。

 

「ゆんゆんが永遠に苦しむことになる。協力してくれ。ここから出る方法を聞き出して欲しい」

 

「……」

 

「ヒナ。お前しかいない。今はお前しかこの状況を…」

 

「僕ね」

 

 俺の言葉を遮って、俺を真っ直ぐ見ながら口を開いた。

 不安そうな表情だが、目は力強いものを感じた。

 

「僕が悪いことをしちゃったのはよくわかってる。それでもね、僕はヒカルに会えたのが嬉しいんだ」

 

 少し泣きそうではあったけど、この世界のヒナの笑顔を初めて見た。

 そうだ、ずっと暗い顔をしてた。

 そんなことにも気付いてやれなかった。

 

「ヒカルに会ってから、魔王城に入って、登って、ゆんゆんに会っても…ずっとヒカルのこと考えてた。何を話そうかなって」

 

「……そうだな。悪かった。ここでゆっくり話そう。何から話したい?」

 

 この世界のヒナのことはちゃんと聞いていたのに、儀式のヤバさばかり考えてた。

 俺のせいでショックを受けたんだ。

 話して心の整理をさせてやらないといけないのに、何やってんだ俺は。

 

「ヒカルは、帰っちゃうの…?」

 

 泣き出しそうな顔で一番したくない話題を出してきた。

 

「……ヒナ。俺は…元の世界のお前らのことを置いていけないし、悲しませたくない」

 

「僕達のことはどうでもいいの?」

 

「そんなわけないだろ。そんなどうでもよかったら説得なんかしないで、力尽くで儀式なんか止めてさっさと帰ってるよ」

 

「……この世界にいてよ」

 

「ヒナ、まだ気持ちの整理がつかないのかもしれないが、わかって欲しい。一度落ち着こう」

 

「……」

 

 ヒナは俯いてしまった。

 こいつらを悲しませたくないのは本当だ。

 でも、帰るのを諦めるわけにはいかない。

 なんとか気持ちの整理がつくようにしばらくは俺が話して

 

「……僕とヒノヤマで暮らそう!」

 

「……ヒナ?」

 

「お父さんとお母さんは僕が説得する!きっと大変だろうけど、絶対わかってくれるよ!部屋もまだいっぱいあるし、ぼ、僕と一緒の部屋でもいいし!」

 

 そんなはずない。

 そう思っているはずなのに、なんとなくわかってしまった。

 ヒナの気持ちが。

 

「僕は、あまり成長してないけど、頑張るから!ヒカルの為に頑張るから!だ、だから僕と、一緒に、ヒノヤマで暮らそう!」

 

 言葉が出てこない。

 何を言えばいいか、わからない。

 

「僕は!ぼ、僕は!シロガネヒカルが、大好きです!」

 

 ヒナの体が震えて、泣きそうなぐらい瞳が揺れているのに、何も返事をしてやれない。

 どうしていいか、わからない。

 何が正解か、わからない。

 

「だ、だから、僕は…ヒカルをここから出すことにも、儀式を止めることにも協力出来ない。一緒に、ずっとヒカルと一緒にいたいから」

 

 名を呼ぶことすら、俺には出来なかった。

 

「ごめんなさい。でも、僕はもう、こうするって決めたから」

 

 俺に背中を見せて、ゆっくりと歩いて去っていった。

 俺はその背中を見ることしか出来なかった。

 ヒナの背中が見えなくなっても、俺は少しの間動くことが出来なかったが、やっと動けるようになって、俺はベッドの下の魔道冷蔵庫の取っ手を引っ張り、中を確かめる。

 

「……くそ、何で酒が入ってないんだよ」

 






魔王になったのがヒナギクだと思った方が多いみたいですね。

ヒナギクは元々戦闘力が足らないのと、アークプリーストの力を失っているので、なるのは難しいと思っていました。
一応伏線としては31話の天才少年がソロで魔王を倒しに行って結局自分が魔王になってしまう、という内容の絵本の話の時に「ぼっちだと魔王の適性がある」みたいな話をしたこと。
80話でエリスはゆんゆんだけは多くを語らなかったこと、そしてもう友達を作ろうとしなかったと言っている。つまりはぼっちだったということです。


あともしかしたら魔王を倒し終わったカズマが魔王城にまた行くことに違和感があるかもしれませんが、めぐみんやゆんゆんの為です。

めぐみんも何度かゆんゆんを説得していますが、失敗していて、カズマの狡い手もゆんゆんは何度か見ていて対策をしたり、不審な動きをしたら魔法で撃退しているせいで何度も失敗することになりました。

前回の後書きで、
六章が終わるまで多分、あと三話か四話か、それぐらいになると思います。
みたいな書きましたが、そもそも帰ってきてから円卓の騎士と戦わなきゃいけないし、別視点も書かなきゃいけないし、どう考えても無理ですね。ここら辺の話が頭から抜け落てました。


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84話


彼女はずっと一人でした。
一人の友の死が彼女を孤独に追いやりました。
心を病んだ友を実家へ送り届けて、しばらく様子を見た後から、もう一人の友も姿を消し、一人になりました。
彼女は友達を失うショックから立ち直れず、ずっと友の死を引きずっていました。
自分が意識を失っていなければ、彼は死なずに済んだかもしれない。
そう思うと彼女は悔やみきれませんでした。
それから彼女は一人で冒険者を続けました。
一人なら、失う痛みを、苦しみを感じずに済むのだから。

時は流れて、数年後。
魔王を倒すパーティーに所属した彼女は若くも実力、名声ともにトップクラスの魔法使いになりました。
引く手数多。
そう言われるほど多くの冒険者のパーティーに勧誘を受けましたが、全てを拒否しました。
彼女は数年経っても友の死から立ち直ることは出来ていませんでした。
彼女は紅魔の里の族長になるという使命を捨て、一人で旅をしました。
街を巡り、クエストを受けて生活費を稼ぐ日々。
とある日、とある街のギルドで合同クエストが貼り出されました。
彼女の実力からすれば、一人でも出来るようなクエスト。
ですが、魔法使いが足りないという声を聞き、彼女はクエストに参加することになりました。
彼女は言うまでもなく大活躍。
周りの人を救いながら、クエストの半分以上のモンスターを討伐しました。
彼女は多くの人に感謝されて、クエストに出た人達からご飯を奢るから一緒に食べようと誘われます。
彼女は気が引けましたが、たまには悪くないのかもしれないと思い、大勢の人達とご飯を食べることにしました。
ギルドは宴会で大盛り上がり。
酒やジュース、肉に魚にパンにご飯。
机いっぱいに食器が並び、ギルドいっぱいの人達。
乾杯し合う人達、酒飲み勝負する人達、早食い競争をする人達、功績を自慢する人にヤジを飛ばす人、ケンカする人達。
ほとんどの人が自分達のパーティーや仲が良い人で思い思いに楽しんでる姿を見て、ふと思ってしまいました。
どうして私は一人なんだろう。
何故私はこんな苦しい思いをしなければならないのだろう。
そう思ってしまうと、涙が止まらなくなり、止めて来る人達を振り切り、ギルドを出ました。

街を変えよう。
そう思い、次の街へ移動していると、モンスターが妙な動きをしていることに彼女は気付きました。
彼女は魔法で自身の姿を消し、妙な動きをしているモンスターを追いかけました。
着いたのは廃城。
モンスターが中に入っていくのが見えて、少し躊躇しましたが、彼女は廃城へ入って行きました。
廃城の最上階に着いて、周りを確認すると、そこにいたのは唯一の魔王軍幹部の生き残りである魔王の娘がいました。
彼女は臆することなく、名乗りを上げて、即座に魔法を放ちます。
一瞬でほとんどの配下を全滅させた彼女に恐れ慄いた魔王の娘は交渉に出ます。
ほとんどの交渉に首を横に振った彼女でしたが、彼女はその時聞いてしまいました。
『反魂術』と呼ばれる禁忌の儀式のことを知ってしまったのです。
そして、思ってしまったのです。

この儀式を行えば、彼が蘇る。
彼が蘇れば、また彼が生きていた時のように楽しい日々が戻ってくる。
離れ離れの仲間が帰ってくる。
もう、一人で苦しい思いをせずに済む。

そう思ってしまった彼女は魔王の娘と協力し、儀式を完成させることを決意しました。




84話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

「ほら、起きて。起きてったら」

 

 なんだよこの野郎。

 疲れてるんだ。起こさないでくれ。

 

「もう、せっかく来てあげたのに。帰っちゃうよ」

 

 眠くてしょうがないのに、何が帰っちゃうよ、だ。帰れ帰れ。

 勝手に来ておいて、何言ってんだこの野郎。

 そう思って目を開けると、周りを見ると鉄格子の外には銀髪の少女、クリスが立っていた。

 

「……クリス?」

 

「そうだよ、クリスさんだよ?」

 

「クリスか、そうか。……クリス!!?」

 

「ちょっ!?しーっ!せっかく潜入してきたのに、大声出さないでよ!」

 

 やっと意識がはっきりしてきた。

 鉄格子の外から、クリスが人差し指を口に当てていた。

 

「お、お前、助けに来てくれたのか?というか、どうやって?」

 

 ベッドから立ち上がり、すぐにクリスの方へ寄っていった。

 

「凄腕盗賊のクリスさんだよ?これぐらいは……いや、結構苦労したよ。ここに入るのに少し女神の力使っちゃったし」

 

「その、悪い」

 

「大丈夫だよ。まだ時間はあるんだしさ。でさ、出る前に少し大事な話をしようか」

 

 クリスが真剣な表情になって、そんなことを言った。

 

「大事な話?なんだ?」

 

「もうこういう手助けは出来ない。これが最後。君の世界を救う役目にあたしが関わるのはよくないってこと」

 

「……わかった。その、これも無理してやってるんじゃないか?だとしたら本当に悪い」

 

「お、察しがいいね。実はバレたら大目玉なんだよ。それぐらいなら全然構わないし、気にしなくていいんだけどね」

 

 エリス様も俺がこんなあっさり捕まるとは思わなかっただろうな。

 情けない話だ。

 

「それで大事な話パート2」

 

 クリスがピースサインをして、次の大事な話に入ろうとした。

 

「いくつまであるんだ?というか出てからじゃダメなのか?」

 

「まあまあ、聞いてよ。ヒナギクにエリス教に戻るように言って…」

 

「おい、出せこの野郎」

 

「なんでさ!?少し聞いてくれても良くない!?」

 

 何が大事な話だ。

 出てから話せばいいことじゃねえか。

 

「大事な話パート3」

 

 あれも大事な話に入ってるのかとツッコミを入れてやりたいが我慢しよう。

 

「君さ、この世界に残らない?」

 

 ………。

 

「……は?」

 

 あまりに予想してない話に思わず間抜けな声が出た。

 

「いやさ、悔しいことに君に会ってからヒナギクの精神状態が一気に良くなったんだよね。もしかしたら少しぐらいは失った力が使えるようになってたりするかもだよ」

 

 またヒナか。

 

「出してくれるのはありがたいけど、そんなわけにいかないのは知ってるだろ」

 

「そうなんだけどさ。君もこの世界の現状を知ってるでしょ?ゆんゆんのこととか放って置けないんじゃない?」

 

「それはそうだけど、元の世界のあいつらのことも放って置けない。しばらくはこの世界のゆんゆん達といて、少し心の整理がついてから戻ろうとか思ってるんだけど、それはどうだ?」

 

「それでもいいよ。もし永住したくなったら、『死んだ人が蘇ったー!?』とか変なことになる前に女神の力をちょちょいと使って不自由なく暮らせるようにしてあげるよ」

 

「お前な…」

 

「もしもの話さ。それに儀式の阻止に失敗した時もね」

 

「おい!」

 

 こいつ、何考えてるんだ。

 失敗なんて冗談じゃないぞ。

 

「それは君次第か。あまり怒らないでよ。あたしも君の『ムードメーカー』の影響を受けてるのかもね。君がいると、なんとなく安心するよ。だから引き止めてるのかも」

 

「……」

 

 俺の能力は自分には何の効果も無いからわからん。

 もしかして俺の能力はそんな厄介なのか?

 

「少しは考えておいてよ。なんとなくだけど、君なら良い方向に持っていける気がするんだよね」

 

 そう言って鉄格子の扉の鍵をいじり始めた。

 クリスの表情は明るく、鍵を開ける時もイタズラをする子供みたいな顔だ。

 

「あ、開いたよ」

 

 お礼を言って外に出ると、俺の牢屋から死角にある机の上に脇差以外の俺の装備品一式が置いてあった。

 よかった。ヒナに全部持ってかれてるかと思った。

 

「なあ、クリス。ヒナに、ヒノヤマで暮らそうって言われたんだ」

 

 俺が装備し直して、そう言うとクリスの顔が引きつった。

 

「その、あれだ。これは自慢とかじゃなくて相談なんだ。変なことを言うんだけど、ヒナの気持ちを落ち着かせたいというか、何か方法は無いかなって」

 

 クリスの顔が引きつったまま、体がプルプルと震え出す。

 

「あー、いや、クリスがヒナのこと好きなのはわかってる。だから、こう、女神の力とかでもいいし、そうで無くてもいいから何かヒナの気持ちを変えるような方法は無いか?」

 

「………さない」

 

「え、なに?」

 

「絶対に許さない!!表出ろこの野郎!!」

 

「今から表出るんだろうが!というか声!声抑えろ!」

 

 クリスは腰にあるダガーに手を伸ばす。

 やばい。

 

「ヒナの気持ちを弄ぶなんて!戦争だよ!滅多刺しにしてやるううううううううう!!」

 

「おいいいいいいい!!お前俺に死ぬなって言っただろうが!!」

 

 ダガーを振り回して来るのを避けながら、すぐに走り出す。

 ブンブンとダガーを振る音が後ろから聞こえながら必死に走った。

 

「前言撤回!!早くあたしの世界から出ていけええええええええ!!」

 

「お前さっきと言ってることがまるっきり違うだろうがこの野郎おおおおおおおお!!!」

 

 

 

 

 

 

 時間は見ていないが、霧が出ていて少し明るいことから朝早い時間帯だということがわかった。

 

「「はぁ…はぁ…はぁ…」」

 

 魔王城の出入口近くで、俺とクリスは膝に手をついて息を切らしていた。

 ダガーを振り回してくるクリスから逃げ回った。

 それだけならここまで疲労しないんだろうが、城内がダンジョンみたいに入り組んでるせいでアホみたいに駆け回り、野良モンスターや警備のモンスターを蹴り倒したりしながら走ったから余計に疲れた。

 

「クリス、本当にさ。ヒナを傷付けたくない。何か無いか?」

 

「……そんな都合の良い何かがあるんだったら今頃あたし達はハッピーにやってるんじゃない?」

 

 投げやりな感じで言ってくる。

 それはそうか。

 

「じゃ、あたしはここでお別れだね。出してあげたこと感謝してよ?」

 

「お、おう。なんかあっさりだな」

 

「これ以上いるとまた告白自慢されそうだし、カズマ君達に会うと面倒だからね。そろそろ戻らないと」

 

「別に自慢なんかじゃ…」

 

「あたしからしたら自慢だよ。はあーあ、何でこうなっちゃうんだろうな。ヒカルって別に魅力的な男性ってわけでもないと思うんだけど」

 

「それ目の前で言うか?」

 

「言うね。まあ平均よりは上かな」

 

「わあ、うれしーなー」

 

 俺からの評価も聞かせてくれようか。

 いや、余計なことをするのはやめよう。

 触らぬ神になんとやら。

 

「もう助けられないから、今度は上手くやるんだよ」

 

「ああ、ありがとな」

 

「あと十分ぐらいでカズマ君達が到着するよ。次にこの姿で会うのは君が儀式をどうにかした後かな。じゃ、大変だろうけど頑張って」

 

 結界をスルリと抜けて、走り去るクリスを見送った。

 牢屋で一晩過ごし、ヒナの気持ちから逃げるように熟睡を決め込んだ俺の体調はかなり良かった。

 あのゆんゆんやモンスター、それにヒナまで相手にしなきゃいけないんだ、体調が悪いよりはマシだ。

 さて、カズマ達がまた来るのを待とう。

 

 

 

 

 

「お前、捕まったんじゃなかったのか?」

 

「俺の好きなゲームはメタ◯ギアだ」

 

「それが逃げられた理由になると思うなよ」

 

「メ◯ルギアって何ですか?紅魔族的センスに何かビビッと来るものがあるのですが」

 

 魔王城に戻ってきたカズマ達と無事合流した。

 もう魔王城に入っているのだが、相変わらずゆんゆん達は最上階だけ守ることが出来ればいいらしく、モンスターを寄越してきたり襲ってくる気配も無いので、このまま作戦会議が始まった。

 監禁している間は飯を出してくれるという話だったが、結局貰うことなく出てしまった。

 カズマ達から食料をもらい、そのまま話を聞く。

 

「まずヒカルが合流出来たのはよかった。救出する時間を城攻略の時間に充てられる」

 

「攻略の時間に充てられると言っても、その攻略をどうする?ゆんゆんは本気で儀式を行う気だぞ。ヒナギクまで向こうに行ってしまった」

 

「ダクネスの言う通り、攻略方法が問題だ。何も意見が無ければ俺の作戦から言うけど」

 

「カズマの意見から聞きましょう。どうせいつもの狡っからい作戦でしょうが」

 

「おい、狡っからいはやめろ」

 

 いつもの漫才だ。

 数年経ってもこいつらの中身は変わらないらしい。

 

「で、どうするんだ?」

 

「ああ、俺は魔王討伐の時と同じ作戦で行こうと思う」

 

 魔王討伐の時って、エリス様に聞いた時は確か…。

 

「それってボク達が戦ってる間にキミが忍び寄る作戦かい?その作戦はすでに失敗したじゃないか」

 

 ミツルギの言う通り、それはすでに試したと聞いた。

 それにゆんゆんはカズマのことをかなり警戒しているはずだ。

 

「ああ、失敗した。でも、今回はヒカルがいる」

 

「モグモグ。え、俺?」

 

「ヒカルがいるから何なのですか?昨日も瞬殺されてましたよ」

 

「俺も気にしてるんだから瞬殺とかいうのやめてくれませんかこの野郎」

 

 あんな手も足も出ないのは正直傷付いた。

 魔術師殺しの装備もあったし、上位職になってレベルも上がったという自信が全部ぶち壊された。

 ゆんゆんと喧嘩する時は気を付けよう。

 

「ゆんゆんは今まで会いたかったヒカルに会えて、かなり動揺してた。ヒナギクもな。そこでヒカルにはめちゃくちゃ目立つ言動で注意を引いて欲しい」

 

「いや、待て。昨日ならともかく今日は流石に無理があるだろう。一晩経てば流石にあの二人も落ち着いてるはずだ」

 

「確かにそうだ。そこでヒカルには少し無茶振りすることになるんだけど、どうにか昨日ぐらいあの二人を動揺させるようなことは出来ないか?」

 

 カズマが俺を真っ直ぐに見て、俺に言ってくる。

 こいつらが仲間でよかった。

 良くないところも目立つが、なんだかんだで頼りになる奴らだからな。

 俺は食べかけのパンを飲み込んで答えた。

 

「ああ、ある。というか、俺も二人の注意を引く役を買って出ようとしてたところだ」

 

「へえ、その自信満々なセリフを吐くということは何かあるんだね、世界を渡りし者よ」

 

「ああ、あるえちゃん。あるよ。割と結構ある」

 

「じゃあ、任せていいんだな?」

 

「俺が注意を引くのは構わない。なんなら昨日みたいに突撃してもいいと思って」

 

「二日連続でずるいぞ、ヒカル!その役目はクルセイダーである私の役目だ!今日は私が突撃しよう!」

 

「お前は黙ってろ、変態!」

 

 カズマがダクネスを押し退けようとしても筋力差で全く動かない。

 

「シロガネ。突撃とやらは危険なだけだ。実力差は昨日わかっただろう?ボクでさえ彼女と正面からやり合うのはマズイと思うよ」

 

「突撃ってのは例えだよ。あいつらの注意引くなら何でもするよ。でも、それ以外をお前達に任せてしまっていいのか逆に聞きたくてな。大丈夫なのか?」

 

 ミツルギの冷静な意見に俺も冷静に返す。

 そう、俺はぶっちゃけ囮だ。

 捕まえるなり何なりは他の面子に任せることになる。

 一番危険なのは

 

「任せろよ。俺は魔王を倒した男、カズマさんだぞ」

 

 カズマが不敵な笑みを浮かべてサムズアップしてこちらを見ていた。

 

「貴方に力を貸すわけではありませんが、世界最強の魔法使いもいますよ」

 

 めぐみんが俺を見ずにそう言ってきた。

 

「盾の一族ダスティネス家の次期当主である私もいる。攻撃は全て私に任せろ」

 

「水の女神だっているわ!前に出ることは出来ないけど、サポートなら任せてちょうだい!」

 

 続くようにダクネスが毅然とした態度で、アクアが自信満々に俺を見て言ってくる。

 

「女神に選ばれし魔剣の勇者のこのボクも着いてる。今度はその名に相応しい働きを見せよう」

「私達もいるわ」

「まあ、他の人達ほど役に立てるかわからないけどね」

 

 ミツルギは少しキザったらしかったが、目は真剣だった。ミツルギの仲間である二人も協力してくれるらしい。

 

「ふっ、紅魔族随一の作家がいることも忘れてもらっては困るな」

 

 あるえちゃんが紅い瞳を光らせて、ポーズを決めている。

 

「お前ら…」

 

「なんつーかさ、ヒカルが死んじまった後ゆんゆんが落ち込んでるのはわかってたんだけど、それをちゃんと理解してなかったっていうか、俺達ももっと色々してあげられたはずなのに出来なかったからさ。そんな俺達にもこの状況の責任があると思う。だからさ、ヒカル。気負わないで俺達にも任せてくれよ」

 

 ……ほらな、ゆんゆん。

 やっぱりお前は一人じゃない。

 辛い思いも、寂しい思いもある。

 それでも、もう踏み出さないとダメだ。

 

「みんなでゆんゆんを連れて帰ろう」

 

『おう!』

 

 背中ぶっ叩いてでも進ませてやる。

 これからのゆんゆんの笑顔の為に。

 

 

「あー、これから行こうぜって時にアレなんだけどさ、ヒカルはどうやって二人の注意を引く気なんだ?」

 

 そういえば、まだ言ってなかったな。

 

「まあ色々あるんだけど、全部言ってもキリがないし、とりあえず方向性としては」

 

「方向性としては?」

 

「ギャグ補正全開でいくわ」

 

『えっ?』

 





本文は最近にしては文字少なめだけど、前書きで過去話入れたしセーフ。
三人称の語りは勉強中なのでお見苦しいかもしれませんがご容赦を。

次回は少し文字数多めで、視点は移り変わって……。


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85話

本文も後書きも長め。

85話です。さあ、いってみよう。



「ヒカルーーーーーーーーッッ!!!!!!」

 

 ヒナさんの絶叫が辺りへ響き渡る。

 私やゆんゆんさんの体を押しのけて、ヒナさんがリーダーの元へと堪らず走り出す。

 止めようとしたが、ヒナさんの体を掴むことは出来なかった。

 槍を引き抜かれてリーダーの体が倒れる。

 リーダーが倒れた場所には夥しい程の血が出ていた。

 

 リーダーが殺された。

 

 その事実にヒナさんと同じように叫び出したくなったが、なんとか耐えた。

 ヒナさんには蘇生魔法がある。

 大丈夫だ。なんとかなる。

 そう自分に言い聞かせる。

 

「ヒカル!!ヒカル死なないで!」

 

 ヒナさんはパラメデスなど見えていないかのように、リーダーの体へと近寄り、体を抱き起こして、胸の傷に回復魔法をかけはじめる。

 

「おい、ガキとはいえ目の前で回復魔法なんかされると黙って見てるわけにもいかないぞ。それに回復魔法は無駄だぜ。俺の槍はちょっとした呪いがかけられていてね。傷の治りが遅くなるのさ。まあ、凄腕のアークプリーストってんなら話は別だがな。って、おい聞いてんのか?」

 

 パラメデスがヒナさんを槍で小突こうとした瞬間

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッッ!!」

 

「うおっと!」

 

 光の刃が振られて、パラメデスは難なく回避をするが、リーダーやヒナさんから距離を取らせることに成功した。

 もっともゆんゆんさんは距離を取らせる為ではなく殺す気で振ったのだろう。

 先程までパラメデスがいた地面がぽっかり空いている。

 あんなのが直撃していたら流石のパラメデスも真っ二つだったはずだ。

 

「流石紅魔族。ベルゼルグのやべえ種族筆頭は恐ろしいねえ」

 

「……」

 

 ゆんゆんさんは涙を流しながら紅い瞳を光らせて、歯を食いしばりパラメデスを睨んでいた。

 怒り心頭ではあるもののヒナさんよりは冷静

 

「トリタンさん!私が前衛に出て戦うわ!トリタンさんは援護して!」

 

 ではなかった。

 すぐにでも飛び出して行きそうなゆんゆんさんの肩を掴んで止める。

 

「待ってください!落ち着いてください!」

 

「落ち着く!?これがどう落ち着いてられるというの!?」

 

 肩に置かれた手を振り解き、怒りの表情で私を見てくる。

 

「リーダーの為に落ち着いてください!!」

 

「っ!」

 

 叫び返すようにリーダーの名を出すと、ゆんゆんさんはすぐに反応を示した。

 ヒナさんは今も泣き叫びながら、リーダーに回復魔法を一心不乱にかけている。

 ゆんゆんさんまで我を失ってしまったら、リーダーが手遅れになるどころか、ヒナさんまで危険に晒しかねない。

 

「ゆんゆんさん、いいですか?貴女はリーダーとヒナさんを連れて、此処を離れてください」

 

「っ!?な、何を言ってるの、トリタンさん!?」

 

 お前こそ落ち着け、そう言いたげな目だ。

 私は落ち着いている。

 ……いや、正直私も頭に血が上っているのかもしれない。

 だが、これが正解だと私は確信している。

 逃げていたことから、立ち向かえ。

 そう言われているような、そんな感覚さえした。

 

「ゆんゆんさん。私はトリスターノです。トリタンでもありますが」

 

「え、な、なにを」

 

「ですが、円卓の騎士のトリスタンでもあります。今日は、それを証明します」

 

「トリスターノさ…」

 

「はっ!?お前が!?円卓の騎士!?お前はそれに相応しくねえから逃げたんだろうが!今更円卓の騎士を名乗るとは随分と顔の面が厚いんだなあ、てめえはよお!!」

 

 ……やっぱり反応してきたか。

 円卓会議の私の一つ一つの発言にすら噛み付いてくる彼らしい。

 だが、それを待っていた。

 まんまと私の発言に釣られてくれた。

 

「ええ、私はトリスタン。円卓の騎士のトリスタンですよ。それとも、私の後継は見つかったのですか?」

 

「てめえ調子乗るなよ、このカスが!」

 

「調子になんて乗ってませんよ。正論です。ゆんゆんさん、リーダーとヒナさんを連れて離れてください」

 

「で、でも…」

 

「手遅れになる前に、早く」

 

 強い口調で言うと、やっとゆんゆんさんはリーダーの元へと走り出した。

 

「おいこら、紅魔族。止まれ、死にてえか」

 

「行ってください。私が手出しをさせません」

 

 ゆんゆんさんは少し立ち止まり、迷った様子を見せたが、すぐにまたリーダーの元へと走り始めた。

 それを見て、更に頭に血が上ったのか、ゆんゆんさんに向けて槍を構え始めるのに合わせ矢を放った。

 パラメデスは瞬時に私の矢に反応して、矢を弾きまた私に睨んでくる。

 

「おや、どうされたのですか?円卓の騎士同士の一騎討ちに邪魔が入るといけないと思ったのですが」

 

「……てめえが円卓の騎士を名乗るな。そんな軽いもんじゃねえぞ」

 

「私は大真面目ですよ。それとも私との一騎討ちが怖いんですか?」

 

「あぁ?逃げたカスが何言ってんだ。この女共を逃すと思ってんのか?」

 

「そういえば、貴方が私を殺しに来た時はいつも不意打ちでしたね」

 

「……」

 

 ゆんゆんさんがパラメデスを警戒しながらヒナさんとリーダーを連れて、やっとパラメデスの間合いから逃げられた、ように見える。

 流石にパラメデスの間合いを完全に把握していないが、恐らく一瞬で攻撃出来る間合いではない。

 

「その挑発にあえて乗ってやるよ。てめえを真正面からぶち殺してやる。ただし簡単に死ねると思うなよ。生きてきたことを後悔するほどの苦しみを味わって、てめえは死ぬんだ」

 

 彼は外れたこともするが、円卓の騎士。

 騎士としての勝負は絶対に逃げないだろう。

 私相手なら確実に。

 そう思っての言動だったが、ちゃんと思った通りに行動してくれた。

 パラメデスはゆんゆんさん達から私の方へと槍を構え始める。

 すでに私は臨戦態勢だ。

 もう覚悟は出来ている。

 

 私はこれからパラメデスを殺す。

 

 その役をリーダーに任せようとしたバチが当たったのだ。

 もう逃げない。

 『トリスターノ』として。

 『円卓の騎士(トリスタン)』として。

 私は戦う。

 

「トリスタン。てめえが円卓の騎士だって言うならよぉ」

 

「?」

 

「『ラウンズスキル』を使えよ。てめえの()()()()()()()()()()()()を使え。俺はそれを真正面からぶち破って、てめえを殺す」

 

「……」

 

 『ラウンズスキル』はかなり強力なものや初見では見抜けないような反則級なスキルもあると言うのに、それをわざわざ使え、と。

 本当に正々堂々と私に勝つ気だ。

 

「使えよ、()()()()()()()()()()()()お前の『ラウンズスキル』を。まさかここまで来て、実は使えないなんて言わねえよな?」

 

 使えないなんて、まさか。

 使う機会がなかっただけだ。

 自分の弓のポリシーに反するから極力使いたくなかった、というのもそうだが。

 

「いいえ、パラメデス。実は私も使う気でした。『ラウンズスキル』を」

 

「へぇ…。てめえの首と良い土産話にしてえからよお、くそショボいオチとかやめてくれよ?」

 

 ニヤリと獲物を前にした獣のような笑み。

 腰を落とし、すぐにでも飛び掛かれるような構えをしてくる中、私は弓に番えた矢を矢筒に戻す。

 パラメデスが怪訝な顔をしてくるが、気にせず魔力を込める。

 

「っ!」

 

 パラメデスの表情が真剣なものに変わる。

 まだだ、まだ魔力を込める。

 この『ラウンズスキル』は魔力を込めれば込めるほど強力になる。

 このスキルの限界まで。

 自身の七割か八割の魔力を込める。

 そして

 

「光の矢?」

 

 パラメデスが口にしたように私の大量の魔力が込められた淡く光る矢が出来上がる。

 その光の矢をゆっくりと弓に番えて、パラメデスに構える。

 

「来い、トリスタン!!円卓の騎士パラメデスが貴様との一騎討ち、受けて立つ!」

 

「円卓の騎士トリスタン。期待に添えるほどの、私に似合わないド派手な技、受けるがいい!」

 

 パラメデスを狙った弓を上へと上げて天空に構えて、矢を放つ。

 空気を鋭く切るような音と共に矢は光の線を描いて大空へ昇っていく。

 数秒の沈黙が流れ、

 

「……てめえ、舐めてんのか」

 

「……何がです?」

 

「何がじゃねえ!てめえ、ヤケ起こしたんじゃっ!?」

 

 空を覆うほどの魔法陣が天空に描かれる。

 その魔法陣が光り輝いた瞬間。

 

「っ!?」

 

 その魔法陣から雨のように光の矢が降り注ぐ。

 ここら辺一帯を土砂降りのような勢いで何百、何千の光の雨は降り、一本一本が地面を抉る。

 これが私の『ラウンズスキル』。

 私以外には無差別の範囲攻撃。

 こんな技使う機会も無ければ、魔力を使いすぎて使う気にもならない。

 何より数打ちゃ当たる、というのが私に絶望的に合わない。

 正確無比の一撃こそが私の弓。

 ほら、私には全く合わないスキルだ。

 名前も付ける気にもならなかったが良い機会だし、彼の名前を借りて『光の雨(レイン・オブ・ライト)』とでも名付けよう。

 

「くそがああああああああ!!!」

 

 パラメデスは魔力を込めると魔法の盾を出せるマジックアイテムを使い、傘のように降り注ぐ光の矢を防いでいるが、光の矢の一つ一つの威力が強く、すぐに押され始める。

 私は弓に矢を番えて、パラメデスに構える。

 

「私に『ラウンズスキル』を使わせなければ、まだ勝負はわからなかった。パラメデス、貴方の負けです」

 

「黙れ!!俺もただではすまないだろうが、このスキルの弱点がわかったぞ!」

 

 そう叫んだパラメデスは私へと向かい、猛然と駆けてくる。

 そうだろう、そう来ると思っていた。

 

 私の『ラウンズスキル』は使いたくない理由に加えて、欠点も弱点も多く存在する。

 まず一番使いたくない理由は弓のポリシーに反すること。

 もう一つの理由はグレテンから逃げた自分に『ラウンズスキル』を使う資格が無いと考えていたから使いたくなかったこと。

 そして弱点は、一応私の『ラウンズスキル』は範囲内に自身がいても矢は降ってこないのだが、今のパラメデスのように近付いてきた場合は別で、私にも矢は当たるだろう。

 それと私の練習不足のせいで範囲を設定するのが難しい。

 今回も範囲を広く設定しすぎてしまったせいで、私の魔力のほとんどを使ったのに、この光の矢が降り注ぐのは二分どころか一分保つかわからない。

 

 迫り来るパラメデスに私は矢を放つが、槍で叩き落とされる。

 私は下がらないで、そのまま続けて矢を放つが、結果は変わらない。

 

「てめえが円卓の騎士になったのも、逃げて延命したのも何もかもが無駄だった!!俺の勝ちだ、トリスタン!!」

 

 私が逃げられないとでも思ったのか、勝利の雄叫びを上げてパラメデスは空いている片手で槍を構える。

 

「いいえ、これまでの私の全てに無駄はありません!これがその答えです!『ラウンズスキル』ッ!!」

 

 弓の形が変化する。

 質量を無視して形を変えて、手のひらサイズの黒光りする鉄の武器になった。

 拳銃と呼ばれる武器。

 シロガネヒカルと出会い、弓を拳銃という武器に変える『ラウンズスキル』が使えるようになった。

 

「もう一つの『ラウンズスキル』だとっ!?ふざけんな!騎士王でもねえお前が!」

 

 拳銃を両手で構え、パラメデスへと狙いを定める。

 このスキルを使えるようになってから、自然とこの武器の使い方を理解していた。

 パラメデスの槍の間合いに入る瞬間、拳銃の引き金を二度引き、二回破裂音が響いた。

 

「ぐっ!?」

 

 パラメデスの眉間と喉に穴が二つ空き、糸が切れたように体の力が無くなり、スライディングでもしてくるかのようにパラメデスは倒れた。

 

「私の勝ちです、パラメデス。卑怯とは言わないですよね?貴方が使えと言ったのですから」

 

 もう聞こえることは無いが、パラメデスへと語りかけた。

 それに無駄と言われたのは我慢が出来なかった。

 これまでの彼等との時間は何よりも大事なものだから。

 

 リーダーと出会ったことで生まれたこの『ラウンズスキル』はリーダーの故郷であるニホンに纏わる武器だと推測するが、こうもあっさり人の命を奪う凶悪さを改めて見ると、この『ラウンズスキル』もあまり好きになれそうにない。

 何はともあれリーダーが心配だ、無事蘇生は出来ただろうか。

 そう思い、ゆんゆんさんの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒナちゃん!落ち着いて!ヒカルを連れて離れるよ!」

 

 ヒカルの傷の治りが遅い。

 血が止まらない。

 大量の血のせいでヒカルの匂いがしない。

 ヒカルの鼓動を感じない。

 どうしよう。

 どうしようどうしようどうしよう。

 

「ヒナちゃん!!」

 

「いたっ……な、何するのさ!?」

 

 突然ゆんゆんに頬を叩かれる。

 こんな時に一体何を…。

 

「ヒカルを連れて、離れるの!!」

 

「は、はい!」

 

 ゆんゆんの鬼気迫る表情と声に思わず敬語で返事をしてしまった。

 

「ヒナちゃんはヒカルを運んで。私が殿を務めるわ」

 

「え…ト、トリタンは…?」

 

「今は離れることだけを考えて。早くヒカルを運んで」

 

「う、うん」

 

 

 

 

「ヒナちゃんはヒカルを治すのと蘇生に専念して。あの騎士は槍に呪いがかけられてるって言ってたから、まずは解呪をしてからね」

 

 そうか、呪いか。

 なんでそんなことにも気が付かなかったんだろう。

 悔しさに歯を食いしばりながら、解呪の魔法をかけてから回復魔法をかける。

 ヒカルの傷はすぐに治すことが出来た。

 その後すぐに

 

「『リザレクション』!」

 

 ヒカルに蘇生魔法をかけた、はずだ。

 特に何も変化はない。

 初めて蘇生魔法を使ったが、ここまで変化はないのだろうか。

 

「ヒカル…?」

 

 僕はヒカルの胸に耳を当てて、耳を澄ました。

 何も聞こえない。

 呼吸も無い。

 そんなわけがない。

 そんなわけがないのに、何も起こらない。

 

「ヒナちゃん、どうしたの?」

 

「蘇生魔法を、か、かけたんだよ…」

 

「え、うん」

 

「な、なのにヒカルが、蘇生出来ないんだ…」

 

「ヒナちゃん、もう一度落ち着いて蘇生魔法をかけよう」

 

「う、うん。り、『リザレクション』!」

 

 ヒカルに変化はない。

 

「『リザレクション』!」

 

 ヒカルに変化はない。

 ゆんゆんが何かを呟いたが、僕には聞こえなかった。

 

「『リザレクション』!!うそ、なんで!?『リザレクション』!『リザレクション』!『リザレクション』!なんでなんでなんでなんで!?なんで発動しないの!?なんで!?」

 

 少し遠くで連続した爆発音のようなものが聞こえたが、まるで気にならなかった。

 ヒカルの肩を掴んで、振り起こすようにしてもヒカルはただされるがまま。

 うそだ、うそだうそだうそだ。

 こんなのうそだ。

 

「戻ってきて!!戻ってきてよぅ!!嫌だ!お願い!ヒカル帰ってきて!!嫌だ嫌だ嫌だ!お願いします!エリス様!!」

 

 何がどうして、蘇生魔法が発動しないのかわからない。

 魔力はまだある。

 それなのに、どうして。

 

「あ、あああ…そうだ、ヒカルは」

 

 ゆんゆんがうわ言のように呟きながら膝から崩れ落ちた。

 

「ゆ、ゆんゆん…?」

 

「ああ、あぁ…ヒナちゃん、ごめん…。ごめんなさい…」

 

 顔を覆い、涙を流すゆんゆん。

 意味がわからない。

 どうしてゆんゆんが謝るのか。

 

「ごめんなさい、ヒナちゃん。っ…落ち着いて、聞いて欲しいの」

 

 ゆんゆんが嗚咽を漏らしながら、話しかけてくる。

 

「な、なに…?」

 

 嫌な予感がした。

 予感の通り耳を塞ぎたくなったが、状況が状況だけにそれは理性が許さなかった。

 

「ヒカルは、ヒカルは、ア、アクセルに来る前に、一度死んでるの」

 

 …………………。

 

「この事を知ってるのは、私だけなのに…。ちゃんとヒカルを止めてれば、私が…。ごめんなさい、私が悪いの」

 

 りかいすることをあたまがこばんだ。

 

「な、なにをいって」

 

 ぼくができたのは、ききかえすことだけ。

 

「ヒカルの蘇生は」

 

 ききかえさなきゃよかった。

 そのさきは、ききたくない。

 

「もう、出来ないの!」

 

 ゆんゆんは言い終わると、力尽きたように地面に突っ伏し泣き始めた。

 

「うそだ」

 

 ゆんゆんがいったことをりかいしはじめていた。

 でも、みとめたくなかった。

 

「うそだ、うそだうそだうそだ!!」

 

「嘘じゃない!嘘じゃないの!」

 

 ゆんゆんが泣きながら言い返してくる。

 そんなの、そんなのみとめない。

 みとめてたまるものか。

 

「『リザレクション』!ヒカル、起きて!」

 

「ヒナちゃん…もう…」

 

 みとめない。

 あきらめない。

 ぼくは絶対に諦めない。

 

「『リザレクション』!」

 

「ヒナちゃん…もう、やめて…」

 

 ゆんゆんが僕をヒカルから引き離そうとするが、絶対に退かない。

 エリス様、お願いします。

 僕のことはどうなってもいいから、どうか。

 どうか、ヒカルの蘇生だけはさせてください。

 

「『リザレクション』!」

 

 なんだか胸が熱い。

 こんな時に、何だというのだ。

 蘇生魔法の邪魔だ。

 そう思い、胸元を見ると微かに光っていた。

 不思議に思って、光っている部分に手を触れると、それがなんだかわかった。

 いつもネックレスとして首に下げている、エリス様から預かった指輪。

 指輪が微かに光り、熱くなっていた。

 

「ゆんゆん、ごめん、退いて!」

 

 未だに止めてくるゆんゆんを振り払って、指輪のチェーンを引き千切り、左手の人差し指に通した。

 アクアさんが言ってることがどこまで真実か、それはわからないがアクアさんは以前『この指輪の力は神の力そのもの』と言っていた。

 この指輪を上手く使えれば、もしかしたらヒカルの蘇生が出来るかもしれない。

 普通の蘇生魔法は効果を発揮しない。

 ならば神様の力を使えるこの指輪の力を使って蘇生魔法をかければ可能性はあるかもしれない。

 神様の力だ。

 出来ない方が、おかしいはずだ。

 

「お願いっ、お願いしますエリス様!お願い『聖女の指輪』!」

 

 手を組み、祈りを込めるように僕が指輪に力を込めると、指輪は光り輝き、持つのが嫌になるほど熱くなる。

 この力なら、きっとなんとかしてくれる。

 確証なんて無い、でもそう思った。

 いや、そう思うしかなかった。

 僕は渾身の力を込めて

 

「『リザレクション』っ!!」

 

 ヒカルに蘇生魔法をかけた。

 唱え終わると指輪は段々と光がおさまっていく。

 そして、

 

 ヒカルに変化はない。

 

 あぁ…違う。違う、きっと違う。

 僕の祈りが足らなかった。

 そのせいだ。僕のせいだ。

 もう一度だ、もう一度。

 そう思って、指輪に力を込め始めた時、ふと気付いた。

 この指輪の力が、もっと近くにあるように感じた。

 いや、近くなんてものではない。

 

 自分自身の中に指輪と同様の力がある。

 

 そう感じた。

 混乱して頭がおかしくなったのかと思う一方、これはチャンスだと思う自分もいた。

 手を組み、祈りを捧げる。

 目を固く瞑り、指輪に力を込めた。

 指輪の力を感じながら、自分自身の中のどこに指輪と同様の力があるかを手当たり次第に探した。

 ゆんゆんが何度も話しかけて来ていたが、自分でも驚くほど冷静に自身の中の力を探し続けていた。

 例えるなら暗闇に手を突っ込んで、物を探してるような感覚だが、何故か僕はあともう少しで手が届くと感じていた。

 手を伸ばせ、もうすぐだ。

 額に汗が浮かび、集中力が限界に迫ったその時、僕は『届いた』と感じた。

 

 その力に触れた瞬間に全てを理解した。

 ヒカルは一度死んでしまっているので蘇生魔法は使えないこと。

 エリス様の元に魂が逝ってしまっていること。 

 天界の決まりにより、ヒカルの蘇生は出来ないこと。

 その他にも多くの情報が頭の中に殺到した。

 情報量の多さに吐き気がしたが、それをぐっと堪えた。

 吐いている場合ではない。

 

「ヒ、ヒナちゃん、な、なにそれ…」

 

 情報量は多いが、自分のやるべきことはわかった。

 蘇生魔法は使えず、天界の決まりにより、ヒカルの蘇生も認められない。

 それなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ヒカルの体は完璧に治っているから魂を連れてくれば戻れるだろうし、蘇生魔法も使っていないし、この方法なら天界の決まり自体は破ってないはずだ。

 

 僕なら出来る。

 人間をやめて、『天使』になった僕なら。

 天界に存在する神々の使い、天使。

 僕はそんな存在になってしまった。

 でも今の僕は天界の天使ではないから、決まりなんて知らない。

 

「ゆんゆん、僕ちょっとヒカルを連れてくるからヒカルの体を見ててね」

 

「えっ!?ヒ、ヒナちゃん何言ってるの!?それにその背中のそれは!?」

 

「とにかく早く行かなきゃ!後で説明するからヒカルの体は任せたよ!」

 

 僕は()()()()()()()()()()()()()()

 バサリと音がして、僕の足は地面を離れた。

 飛び方も理解できた。

 空間の飛び方も理解した。

 あとはエリス様の元に行くだけだ。

 

「ヒナちゃん!」

 

「行ってきます!」

 

 間に合え。

 ヒカルの魂が何処かへ行ってしまう前に。

 僕は天高く飛ぶと、空間を飛んだ。

 




説明とかのせいで後書き長め


トリスターノ
逃げた自分が円卓の騎士のスキルを使うのはおかしいと考えていて、ずっと封印してきた。
ヒカルの死をきっかけに、真に円卓の騎士と立ち向かうことを決意し、『ラウンズスキル』を使った。
一つ目の『ラウンズスキル』は明らかに自分に合わないもので、あまり気に入っていない。
自分だけに矢が降ってこないが、敵が近いと敵に降ってきた矢も普通に当たる。
範囲攻撃の敵味方の識別は無い。
範囲設定も難しく、魔力もめちゃくちゃ使う。
二つ目の『ラウンズスキル』はシロガネヒカルと出会い、目覚めたスキル。
一日に一度しか使えない弓が拳銃になるスキル。
トリスターノはわかってないが、M1911という銃。
日本、というよりヒカルの世界の武器。
トリスターノの手から離れると弓に戻る。
分解して構造を知ろうとしても、部品一つ外すとスキルが解けるので量産は出来ない。
弾は魔力で生成されるが、拳銃になった時に七発弾が入ってるが、リロードの概念は無く、撃ち終わったら銃として役に立たなくなる。

 


ヒナギク
指輪を通して自分の中の『神聖』の存在を自覚し、天界の存在である天使になった。
女神エリスの思惑通り…というわけでもなく、予期せぬ覚醒だった。
天使にはなったが、天界に属してはないので決まりとか規定は知りませんというスタンスで、天界の決まりのせいで蘇生が許されないので、天界からヒカルの魂を連れてきて体にぶち込み無理矢理生き返らせようとしている脳筋天使。
人としても才能に溢れていたが、天使になっても才能に恵まれていた。全知の才能を持っており、一瞬で何もかもを理解した。
ちなみに全知は神の中でも数名しか持っていない才能。
天使になって全知の才能に目覚めた時、日本が異世界であることも知ってしまっている。

飛び立った後、空間を移動して女神エリスの元に辿り着き、困惑しているエリスから事情を聞き出し、自身の力でヒカルがいる世界に向かう。



papurika193様から支援絵をいただきました。

【挿絵表示】

うーん、謎時空。
みんな可愛くて素敵な絵なのですが、謎が多くてツッコミを入れたくてしょうがなかった。
後書きとかにも書いたことがありませんでしたが、三章のデモゴーゴンに堕とされる夢の初期構想がこんな感じでした。
デモゴーゴンが見せる夢の中でゆんゆん達と学校生活をするヒカル。
元々社会人で、ゆんゆん達がいることにも強烈な違和感を感じ、家に帰って家族に会うと懐かしい気持ちになる。
そんな違和感や懐かしさで今見てる現実がおかしいことに気付いていき、なんとか夢から抜け出そうとする。
というのが三章の夢の初期構想。
ヒカルが学生をやってるのもどう説明しようかと悩んだり、三章書いてる時のモチベがそんなに高くなかったりで、結局は家族のみの夢になりました。
朝、ゆんゆんに起こしてもらって登校したりお昼に弁当もらったり下校したりする一番好感度高い系幼馴染に、生徒会役員であり同じ部活の生意気系ヒナギク後輩に、日々の馬鹿話や遊びとかいつも一緒の同級生トリスターノとか、どんなギャルゲー?どんな青春?
更に妄想を広げるなら生徒会長のアクアに副生会長のエリス様に剣道部主将のミツルギに悪友グループのカズマダストキース……。

多分この絵が送られてきたのは、この絵のような短編か番外編が読みたい、という意味だと思いますのでいつか書く、かも?多分。



次の視点はヒカルに戻ります。
久しぶりの解説後書きでした。


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86話


86話です。さあ、いってみよう。



 

 

「えーっと、ヒカル今なんて?」

 

「ギャグ補正全開で行く」

 

「シロガネ、今はボケるタイミングじゃないと思うんだが…」

 

 ミツルギが呆れたように言ってくるが、俺はボケてなどいない。

 というかミツルギだけでなく、みんな呆れた表情だ。

 何だこの野郎、俺は真剣にギャグ補正全開で行く気だぞ。

 

「じゃあミツルギ。正面から戦っても勝てない、説得も通じない、セコい手もそんなに効かない。どうするよ?」

 

「……」

 

「俺は今回ゆんゆん達の注意を引けるなら、いや儀式を止める為なら多少の恥は覚悟の上だ。それだけ今回の役割は重要だしな」

 

「……それはわかったんだが、ギャグ補正っていうのは一体なんだい?」

 

「ギャグ補正はギャグ補正さ。やられてもギャグで済んだりするやつ。過去の例から言うとシルビア第二形態の時だ。カズマ達が作戦を考えてる間に俺とダクネスの二人で時間稼ぎをした時にダクネスを盾にしたり武器にしたりしてな…」

 

「なっ!?何という扱い!向こうの私はそんな羨ましい目に合っているのか!?ヒカル、今からでも遅くはない!魔王城で私を使ってくれ!」

 

「変な言い方するな、肉盾」

「変態クルセイダーは黙ってろ」

 

「んっ!二人から責め立てられるのも悪くない、むしろ良い!」

 

 ダクネスはさておき、そうか。

 俺はシルビアとの戦いの時には死んでるから、話が合わないのか。

 

「とにかく!ゆんゆん相手に勝つどころか戦うのも難しい。だから少しでも対抗出来る為のギャグ補正さ。シルビア第二形態と戦うのもキツかったけど、ギャグ補正が無かったらやられてた」

 

「ヒカルが真面目な顔しながら真剣なこと言ってるフリしてアホなこと言ってるんだけど…」

 

 まさかアクアにアホ扱いされる日が来るとは。

 

「ゆんゆんを連れ出した後、魔王城と一緒にこの男も爆裂魔法で吹き飛ばしましょうか」

 

「やめろこの野郎。もう殺されるのは御免だ」

 

 スクラップにされたり、槍で貫かれたり。

 更には爆裂魔法で塵も残らないとか、俺の命はなんなんだ。

 次に死ぬのは寿命であって欲しい。

 

「さっきから言ってるように正攻法じゃ無理だ。今回はゆんゆんとヒナの秘密とかをバラして上手く注意を引く作戦で行くぞ」

 

「『今回は』とか言ってる時点でもうダメそうなんですが…」

 

 

 

 

 

 

「ゆんゆん!帰るぞこの野郎!」

 

「はあ…」

 

 俺が魔王の部屋に入りながら叫ぶと、返ってきたのは呆れた表情とため息だった。

 

「何だそのリアクションは!?」

 

「……一応聞いてあげるわ。何しに来たの?」

 

「連れ戻しに来たつってんだろうが!今なら『ごめんなさい許してください何でもしますから』って言って大人しくお縄になれば、みんな許してくれるぞ!」

 

「はあ…。ヒカルがここまでバカだなんて」

 

「……僕なんで告白しちゃったんだろうなぁ…」

 

 二人に呆れられるが、告白はヒナが勝手にしてきたことだろ。

 ある意味ここでヒナが自分の気持ちが間違っていたと思ってくれる方がヒナの心のダメージは少ないだろうし、俺はこのままの勢いで行くしかない。

 

「おいおい、本当にいいんですかこの野郎!?今の内に謝って降参しないと大変なことになるぞ!?」

 

「いい加減にして。ヒカルこそ今の内に牢屋に戻れば、そんなに痛い目には合わないわよ」

 

 何で自分から牢屋に戻るんだよ。

 というか、そんなにって何だ。戻っても痛い目に合うとか、絶対に嫌だわ。

 

「……本当にいいんだな?」

 

「しつこいわよ。ヒカルは確かに強くなったみたいだけど、それだけじゃ私に勝てないのは昨日わかったでしょ?ヒカルが大人しく牢屋に戻るなら他の人達がこの城から安全に出ることを約束するわ、それでどう?」

 

 くそ、昨日の少しの戦闘で力量に雲泥の差があるのがわかったせいか、めちゃくちゃ舐めてかかってきてやがる。

 

「俺は本気だぞ?降参しないと後悔する」

 

「もういいわ。もう一度分からせてあげる」

 

 ゆんゆんは玉座から立ち上がり、俺を真っ直ぐに睨んでくる。

 いいだろう、作戦開始だ。

 俺はゆんゆんに向かって人差し指を向けて、名探偵が犯人を追い詰める証拠を突き付けるように高らかに叫んだ。

 

 

「今からお前達、ゆんゆんとヒナの恥ずかしい過去をバラす!!」

 

 

「「なっ!?」」

 

 ゆんゆんとヒナが驚き、硬直する。

 もう遅い。俺は言うからな。

 

「は、恥ずかしい過去…?い、一体なにを」

 

「お、落ち着いてゆんゆん!僕達は別に恥ずかしい過去なんて無いはずだよ!ふ、普通の健全な生活をしてたはずだもん!」

 

「そ、そそそうよね!?別に何も無いわよね!?ヒカルのハッタリでしょ!」

 

 明らかに動揺してる二人。

 ほう…。

 

「まず第一弾」

 

「「っ!?」」

 

 二人が驚愕の表情で俺を見てくる。

 第一弾ということは、それなりの数の恥ずかしい過去があることがわかったはずだ。

 

「これからゆんゆんのアザ、紅魔族のバーコードの位置をバラします」

 

「……あざ?ばーこーど?」

 

 ヒナはわかってないみたいだが、ゆんゆんは絶句していた。

 

「この男、ゆんゆんを連れ戻す為とはいえ最低ですよ!」

「流石にこれは擁護出来ないね…」

 

 味方の紅魔族二人から不評だが、確実に注意を引けている。

 作戦は確実に成功したと言える。

 だが、それはそれ。

 ゆんゆんをこのまま投降させてや

 

「な、な、ななななななな…」

 

 ゆんゆんがプルプルと震えながら、顔を俯かせて呟くような声量で口を開いた。

 

「数秒間、最後のチャンスをやる!今から投降すれば、この秘密は黙っててや」

 

「な、なんで私のアザの位置を知ってるのよおおおおおおおおおおおお!!??」

 

 ゆんゆんの大絶叫。

 ゆんゆんが俺に杖を向けて、真っ赤な顔と瞳で俺を睨んでいるが、その程度で怯む俺じゃない。

 杖なんか向けられ慣れてるぜ!

 

「数秒間経ったぞ!ゆんゆんのアザは右足の」

 

「わあああああああああ!!!『ファイアーボール』ッッ!」

 

 素早く放たれた火炎の弾は、俺の数メートル前に着弾し、凄まじい爆風を齎した。

 つまり、

 

「うち太もどわあああああああああああああああああ!!」

 

 俺は踏ん張ることなんて出来るわけもなく吹っ飛んだ。

 

「何すんだこの野郎!!」

 

「そっちこそ何言ってんのよこの野郎!!何で知ってるの!?な、ななななんななな何で私のアザの位置を…」

 

「ゆ、ゆんゆん落ち着いてよ。アザって何?どういうこと?」

 

「ヒ、ヒナちゃんは知らなくて大丈夫だから!」

 

 未だ状況が分からないヒナと、俺が何故アザのことを知ってるのかわからない動揺しまくりのゆんゆん。

 これなら行ける。

 完全に注意は俺の方に向いた。

 ……味方の軽蔑するような目も俺に向いたが、今は儀式を止めることが最優先だ。

 俺が床に倒れてるのに誰も助けてくれなかったが、なんとか立ち上がり俺は続ける。

 

「ゆんゆんのアザの位置は右足のうちふ」

 

「『ファイアーボール』ッッ!!」

 

「どわあああああああああああああ!!」

 

 先程と同じ様に吹き飛ばされて、地面をゴロゴロと転がった後、床を舐める様に地面へと這いつくばった。

 

「うぐぐ……ア、アザの位置は右足の」

 

「『ファイアーボール』!『ファイアーボール』!『ファイアーボール』!」

 

「え、ちょ、どわあああああああ!!ぐええええ!!!うわああああああああああ!!!」

 

 絶妙にコントロールされた『ファイアーボール』の爆風で俺をピンポン球のように部屋の四方八方に縦横無尽に飛ばされた。

 

「ゆんゆん!?ゆんゆん、止めて!ヒカルが死んじゃうよぉ!」

 

「『ファイアーボール』!はあ…はあ…はあ…。こ、これで、喋れない、はず…」

 

 最後の爆風で転がって来たのは待機するモンスター達の中心。

 そして、ゆんゆんやヒナと数メートルしか離れていない場所だった。

 まずい、また牢屋に戻ることになる。

 そう思っても爆風で飛ばされまくった俺はボロボロで何故意識があるのかわからないような状態だった。

 

「ぐ、ぐぐ…」

 

 それでもなんとか逃げようと歯を食いしばって這って逃げようとしたが、すぐにゆんゆん達が俺のすぐそばまで来て

 

「『バインド』ッ!」

 

「っ!」

 

「え、きゃっ!?」

 

 すぐ近くで男の声が聞こえて、なんとか振り返るとカズマがゆんゆんを『バインド』で拘束していた。

 

「嘘だろっ!?潜伏で近付いたのに何で分かった!?」

 

「勘だよ!」

 

「なんだよそれ!?」

 

 どうやらヒナはカズマが近づいて来るのに気付いて拘束スキルを避けたらしい。

 ヒナはすぐにファイティグポーズを構えてカズマの懐に入ろうと接近するが、それを嫌がったカズマは距離を取る。

 

「『ブレイクスペル』!」

 

 距離を離したカズマを確認してから、ヒナがゆんゆんに向かって手をかざし魔法を唱えると、ゆんゆんを拘束してた縄はスルスルと落ちていった。

 

「はあっ!?」

 

 ヒナは確かアークプリーストの力が使えないはずじゃ…。

 まさかクリスが言っていたように、少し力が戻ったというのか。

 カズマは堪らず俺へと走り出し、俺の背中に触れて、呪文を唱え始める。

 

「『テレポート』っ!」

 

 

 

 

 

 

 『テレポート』した先は先程俺達が作戦会議をした魔王城の一階だった。

 すぐに全員が揃った。

 話を聞くと、『ファイアーボール』で俺が飛ばされてる間に既に他のメンバーは部屋の外に避難していたらしく、俺達が『テレポート』したのを確認してから、同じくあるえちゃんの『テレポート』でここに戻ってきたという。

 俺はダクネスと一緒にアクアの回復魔法でボロボロの体を治してもらった後、休憩を取りつつ作戦会議を始めた。

 ちなみに何故ダクネスも回復魔法をかけてもらっているかと言うと、ダクネスが自分から爆発に突っ込んでいったからだ。

 

「作戦自体は上手くいってたんだけどな…」

 

「ああ、俺のギャグ補正も上手く」

 

「それはゆんゆんが手加減してたからであってその補正は何も意味はないです」

 

 めぐみんが呆れたように俺に言って来る。

 一緒に来てもらってるから、あまり強くは言えないが、こいつに呆れられた表情をされるのは滅茶苦茶腹立つんだが。

 というか今更だが、魔王を倒した後もこいつは爆裂魔法しか覚えてないのか。

 

「ま、まあまあ。確かに作戦自体は上手くいってた。問題もあったけどね」

 

 ミツルギの言葉に俺は頷く。

 まさかヒナが

 

「ヒカルさんが紅魔族のアザの位置を言おうとしたことだね」

 

 え、それなの?

 

「そうね」

「うん」

「そうだね」

 

「いや、待てよ!カズマが潜伏で忍び寄れるほど注意を引けたのは間違いなく紅魔族のアザの話だったからだぞ!」

 

 賛同の声が次々と上がるのに、耐えられなくなった俺はすぐに言い返した。

 

「だからってアザの位置はどうかと思いますよ」

 

「ヒカルさんがどうやってゆんゆんのアザの位置を知ったのか興味深いが、紅魔族のアザは他人に知られるのを嫌うんだ。これ以上手加減されなくなる前にその話はしない方がいいと思うよ」

 

「そ、そう言われると軽率だったかもしれないけど、確実にゆんゆんを動揺させられるのがアザの話だったんだよ」

 

 他にもいろいろ考えてはいたが、確実に反応して来るのは紅魔族のアザの話だと予想していた。

 予想通りどころか予想以上だったが。

 

「じゃあアザの話はもう無しだ。もう一つの問題の話に入ろう。ヒカルは近くで見てたよな?」

 

「ああ、ヒナがスキルを使っていたな」

 

「私も見ていたが、正直信じられん。クリスとよくヒナギクに会いに行っていたが、この数年間そんな様子は無かったぞ」

 

 ダクネスの言葉に事前に得ていた情報が間違ってないことがわかった。

 この通りなら、クリスが言っていたように俺と会って精神状態が落ち着いたヒナがアークプリーストの力を使えるようになったのだろう。

 もしそうならめちゃくちゃ面倒だ。

 ヒナならゆんゆんの方に行っても力が使えないから特に障害になったりはしないと思っていたが、回復やら支援やらをされ始めたら、ゆんゆんが無敵になってしまう。

 

「スキルを使えるようになったのは、まだいいとして、俺の潜伏スキルに気付きやがったんだ。もう忍び寄るのも無理だ」

 

 やばい、無理ゲーかもしれん。

 カズマを見ると、多分同じことを考えたのか俺と目が合った。

 

 そこから作戦会議はあーでもないこーでもないと長引き、特に何も打開策は見当たらず、日付が変わる時間になった頃。

 

「ギャグ補正だ」

 

 みんなが意見を出すことすら諦めて沈黙が流れていたせいか、カズマの呟きがよく聞こえた。

 みんなが「はあ?」みたいな顔をする中、カズマは俺を見てくる。

 

「ヒカル。ギャグ補正の作戦を思い付いたんだ。あー、でも、これは上手く行くかって言われると」

 

「上手くいきそうな作戦もダメだったんだし、今更だろ。聞かせてくれ、カズマの作戦は聞く価値がある」

 

「……ああ。作戦は」

 

 

 

 

 

 

 

 

「たのもーー!!」

 

「『ファイアーボール』!」

 

「え、ちょ、どわああああああああああああ!!?」

 

 また爆風で吹き飛ばされた。

 

「いきなり何すんだこの野郎おおおおお!!」

 

「懲りずに来たくせに何言ってるのよ!!それにアザの位置は言ってないでしょうね!?言ってるんだとしたら、ただじゃおかないわよ!」

 

 吹き飛んだのは先頭の俺だけで済んだらしい。

 同じく部屋に入ってきたカズマとミツルギに助け起こされながら、立ち上がる。

 

「言ってねえよ。悪かったな、ゆんゆん」

 

「え、う、うん。謝ってくれるなら、少し痛い目に合ってもらうだけでいいけど…」

 

 普通には許してくれないらしい。

 

「ゆんゆん、いろいろ話したいことがあるんだ。里に戻らないか?」

 

 優しく語りかけるように言ったが、ゆんゆんはすぐに首を横に振った。

 

「ダメよ。話したいことがあるなら、ここで話すか牢屋で話して」

 

「そうか…」

 

 この作戦をやらないといけないのか。

 カズマと目を合わせて、作戦開始の合図を送る。

 

「よし、『バインド』」

 

「「えっ」」

 

 ゆんゆんとヒナの間抜けな声が聞こえる中、俺はカズマに縄でぐるぐる巻きに拘束されて地面へと倒れた。

 

「おい、大事な仲間がどうなってもいいのか!?」

 

「「えっ」」

 

 カズマが俺の体の横でしゃがみ、脇差サイズの刀のちゅんちゅん丸を俺の首に当てながら叫ぶと、再びゆんゆんとヒナの間抜けな声が返ってきた。

 

「こ、この魔剣グラムのサビにしてくれてもいいんだぞー!?」

 

「「えっ」」

 

 ミツルギが魔剣グラムを引き抜き、ヤケクソ気味に叫ぶと、ゆんゆんとヒナの間抜けな声が。

 

「俺がどうなってもいいのかこの野郎おおおおおお!!」

 

「「えっ」」

 

 作戦名は『人質作戦』。

 人質は俺だ。

 





ヒナギクの『全知』の説明を忘れてたのでここで。
『全知』はあらゆる知識を知ることができて、物事の本質を理解する能力です。
それとほんの少しだけ未来や過去のことを断片的に知ることが出来ます。
未来や過去について知るのは色々と条件がありますが、今のところは伏せておきます。
誰かさんと似た能力ですが、誰かさんほど強力でもありません。


お気に入り、感想、評価ありがとうございます。
いつも書くモチベやパワーをもらってます。
人の反応を見るのが楽しみで楽しみで。
これからも精進しますので、『このすば ハード?モード』をよろしくお願いします。

次回か、その次で平行世界でのお話は終わりです。
それと六章のラストにこの平行世界の後日談も用意してますのでお楽しみに。


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87話


87話です。さあ、いってみよう。



 

87

 

 

「俺がどうなってもいいのかこの野郎おおおおおお!!」

 

「「えっ」」

 

 作戦名は『人質作戦』。

 人質は俺。

 

「……あの、何やってるの?」

 

 ゆんゆんが困惑した顔で尋ねてくる。

 

「ゆんゆん、ヒナ助けてくれ!儀式をやめてくれないと殺される!儀式をやめて俺を助けてくれ!」

 

「……えぇ…」

 

 ゆんゆんが困惑に加えて呆れた調子で声を漏らすのとは対照的に、ヒナが必死な顔で俺達に向かって叫ぶ。

 

「ヒ、ヒカルを離してっ!」

 

「ヒナちゃん!?なんで本気にしてるの!?」

 

「だ、だって…」

 

「ゆんゆん!何度でも言うが、俺はやると言ったらやる男だぞ!さあ、杖を捨てて抵抗をやめろ!ヒナギクもだ!」

 

 カズマが不敵に笑い、俺の首にチョンチョン刀を当てると、ヒナが悲痛な表情に変わる。

 

「や、やめてよ!僕なら何もしないから!」

 

 ヒナの必死な顔を見ると、罪悪感で胸が痛くなってきた。

 

「ま、待ってヒナちゃん!どうせ何も出来ないに決まってるわ!それにこの状況どう考えてもおかしすぎるでしょ!?」

 

 全くもってその通りです。

 だが、もう正攻法も説得もセコイ手も通用しない以上、どんな作戦でもやるしかない。

 あと数日で魔王の娘が帰ってくるかもしれない状況も考えると、少しでも効果がある作戦ならやってみるしかないのだ。

 それがどんなアホな作戦であっても、だ。

 

「ゆんゆん。それにヒナギク、だったね。キミ達とはヒカルを通して出会った人達だ。何か縁みたいなものを感じているよ。それでも、それでもだ。僕は世界の為、アクア様の為、やると決めたよ」

 

 ミツルギは演説でもするかのように語り、カズマと同じように俺の首にグラムを当てた。

 

「ボクも、覚悟を決めた。佐藤和真が出来るかどうかはともかく、ボクのことは舐めない方がいい。彼を守りたければ早く投降してくれ」

 

 ミツルギの言葉を聞くと、ゆんゆんも迷うような表情を見せた。

 頼む。このまま諦めてくれ。

 

「ゆんゆん、ごめん…。僕は行くよ。別世界のヒカルでも、死んじゃうかもしれない状況を見てられないよ…」

 

「ヒナ、ちゃん」

 

 ヒナは辛そうな表情でこちらにゆっくりと歩いてくる。

 

「ダクネス!ヒナギクを抑えろ!油断するなよ!」

 

「わ、わかった!」

 

 ダクネスは部屋に入ると、走ってヒナギクの元まで行き、両手を後ろ手に持って抵抗が出来ない状態にしてから俺達の方に連れて来た。

 

「で、ゆんゆん。お前はどうするんだ?」

 

「……」

 

 カズマが尋ねても、ゆんゆんは苦しむような表情で何も答えない。

 

「本当に出来ないとか思ってないよな?」

 

「……」

 

「いいのか?やるぞ」

 

「……」

 

 反応を示さないゆんゆんを見て、カズマが俯き、俺にだけ聞こえる声で

 

「すまん」

 

 と言うと、俺の右の横っ腹目掛けて刀を縦に突き立てるようにしてぶち抜いた。

 

「ぐあああああああああああああっ!!!」

 

『!?』

 

 ゆんゆんやヒナは当然だが、他の面子もマジでやると思ってなかったらしく、驚く声が聞こえた。

 流石やる時はやる男だ。

 俺も大袈裟なぐらい叫んだが、普通に痛い。

 痛みで頭がおかしくなりそうだ。

 拘束されてなければ転げ回ってたかもしれない。

 

「ヒカル!ぼ、僕が治療する!ダクネスさん離して!」

 

「ダクネス離すんじゃねえぞ!アクアも来るなよ!」

 

「あ、ああ」

「わかったわ」

 

 カズマが大声で注意を飛ばすと、暴れるヒナを離すまいとダクネスは更に拘束を強くした。

 カズマは思い切り刀を引き抜くと、見せつけるように血を払って、ゆんゆんへと向ける。

 そこまでしなくてもよかったんじゃないか、めちゃくちゃ痛いんだよ馬鹿野郎!

 歯を食いしばって叫びそうになるのをなんとか耐えた。

 

「次はこの魔剣で首を落とす!ゆんゆん、大人しく投降しろ!」

 

「ぐ、っ…」

 

「ヒカル!お願いだよ!僕が治す!治させてよ!」

 

 ヒナが泣きそうな声で叫ぶが、ゆんゆんは俺と同じように痛みを耐えるように歯を食いしばって俯いた。

 頼む、マジで痛いし、早く投降してくれ。

 

「…………いよ」

 

「え?」

 

 返ってきた言葉が小さくて聞こえず、カズマも聞き返すと、ゆんゆんは顔を上げて叫んだ。

 

「やりなさいよ!!」

 

 ゆんゆんは宿敵を睨みつけるかのような鬼の形相で続けた。

 

「ミツルギさんが言ったように、私だって覚悟を決めたのよ!!永遠の罰だって、もう怖くない!!私は私の友達を取り返す!やるならやりなさい!!私がそのヒカルも蘇らせてみせるわ!」

 

「ゆんゆん、嘘でしょ!?」

 

 ヒナがゆんゆんの言葉を聞いて泣き叫ぶようにして聞き返す。

 カズマ達もゆんゆんの迫力に押されたように怯んだ。

 

 

 

 ……ああ、ダメだ。

 何から何までダメだ。

 本当に俺はダメだ。

 

 何が正攻法だ。

 何が説得だ。

 何がギャグ補正だ。

 何が人質作戦だ。

 

 そう、覚悟。

 覚悟が足らなかった。

 儀式を、ゆんゆんを絶対に止めるという覚悟が俺には全く足らなかった。

 

 ゆんゆんは永遠に苦しむ罰も受け入れるほどの覚悟を決めた。

 それなのに俺と来たらそんなゆんゆんをバカにしてるような戦法ばかりしてた。

 俺も覚悟を決めよう。

 ゆんゆんと同じか、それ以上のものを賭けて、覚悟を決める。

 

 

 

「カズマ、作戦失敗だ。アクアを呼んでくれ」

 

「えっ」

 

「頼む」

 

「あ、ああ」

 

 困惑するカズマがアクアを呼んで、寄ってきたアクアが縄を解き、回復魔法をかけた。

 礼を言って、立ち上がる。

 

「みんな、もう一度だけ俺に任せてくれないか」

 

「ヒカル、何を」

 

「もう一回俺がゆんゆんを説得する。やらせてくれ、頼む」

 

 みんなに頭を下げると、カズマ達は困った表情で俺を見てきた。

 

「シロガネ、何か説得出来るアテでもあるのか?」

 

「……俺次第だ」

 

 俺がそう言うと、ミツルギは少し微笑み「頑張れ」と言って肩に手を置き、離れていった。

 

「カズマ、悪い。勝手な事言ってるとは思うんだけど」

 

「ああ、もうわかったよ。気の済むまでやってこい」

 

「ありがとう。何かあったら撤退してくれ。ダクネス、ヒナを離してやってくれ」

 

「え、ああ、わかった」

 

 困惑するダクネスとヒナの元まで行き、刀も防具も装備を全て外した。

 

「ヒナ、持っててくれないか?」

 

「え?うん、いいけど」

 

 まずは防具類の装備を渡して、刀の下緒を鍔に結び付けて鞘から抜けないようにしてから渡した。

 

「ヒカル、何で装備を外すの?」

 

「いらねえからな。落とすなよ、ヒナ」

 

 呼び止めてくるヒナの声を無視して、ゆんゆんへと向かった。

 

 

 覚悟は決めた。

 あとはやるだけだ。

 

「ゆんゆん」

 

「……なに?」

 

 歩いてくる俺を警戒するように杖を握りながら、睨んでくる。

 

 

「俺と喧嘩しろこの野郎」

 

 

 誰かさんがライバルへ宣戦布告する様に、俺は人差し指を勢い良く向けて言った。

 

 

「……何言ってるの?」

 

「喧嘩だよ。ゆんゆんは儀式を成功させたい、俺は儀式をやらせたくない。意見は分かれた。つまり喧嘩だ」

 

「じゃあ何で装備を外したのよ」

 

「あ?何言ってんだこの野郎。俺達の喧嘩に剣も防具も何もいらないだろ」

 

 ゆんゆんは呆れ果てたとでも言わんばかりに深くため息を吐く。

 

「お断りよ。私にヒカルの土俵に立てって事でしょ?」

 

「なんだよ、忘れたのか?俺達の喧嘩はいつもそうだったろ」

 

「忘れるわけないでしょ。でも、それとこれは話が別よ。早く装備を付けてきて。そうすれば一対一の勝負は受けてあげる」

 

 まあ、そうだよな。

 そうだろうな。

 

「ゆんゆんが覚悟したように俺も覚悟したよ」

 

「?」

 

「ゆんゆんがもし『喧嘩』で俺に勝ったなら……俺はずっとゆんゆんの味方だ。ゆんゆんが世界を敵に回しても、味方でいる。儀式も一緒に成功させるよ」

 

『!?』

 

 ゆんゆんを含めた全員が驚愕する。

 

「ヒカル、お前何言ってんだ!?ミイラ取りがミイラになって、どうすんだ!?」

 

 まさにその通りだ。

 カズマがツッコんでくるが、もう決めてしまった。

 儀式を止められなかった場合、俺はこの世界に残ることになる。残るのだとしたら、残ってからの俺の生き方は俺が決める。

 もし儀式を成功させてしまったら、ゆんゆんはきっと一人だ。儀式が成功しても、魂が無いから俺は蘇らない。

 いつまでも魔王軍にいたりするかどうかはわからないが、ゆんゆんは多分また一人になってしまうだろう。

 だから、俺が一緒にいる。

 もう寂しい思いはさせない。

 俺の人生を賭ける。

 それが俺の『覚悟』だ。

 

「……それって儀式でこの世界のヒカルが蘇らないこと前提よね?」

 

「なんだよ、怒るなよ。じゃあ、もし俺が蘇ったとしたら、まあ、あれだ。ゆんゆんの言うことなんでも聞いてやるよ」

 

「ふぅーん、何でも?」

 

 確かめるように聞き返してくる。

 

「何でもするよ。肩揉み係でも胸揉み係でもおっぱいマッサージ係でも」

 

「回れ右してくれる?」

 

「冗談だよ。何でもする。ゆんゆんの望む事なんでも」

 

「……ふぅーん」

 

 興味が無さそうなフリをしてるが、めちゃくちゃ色々考えてそうだ。

 何度も聞いたりしてくるってことは条件が良いと思ってる証拠、だと思う。

 

「一応聞いておくわ。ヒカルが勝ったら?」

 

「俺が勝ったら、もちろん儀式は無しだ。魔王もやめて、みんなで里に帰る」

 

「……」

 

 ゆんゆんが考え込んでいるのか黙りこくった。

 そして数秒後

 

「私の答えは『ヒカルと喧嘩なんかしない』よ。今からヒカルを眠らせて牢屋にでも入れておいた方が確実だし、無駄なリスクを負わないで済むわ」

 

 杖を俺に向けて、そう言い放った。

 まあ、そう来るとも思ってた。

 

「それもゆんゆんの選択肢だな」

 

「なによ、その言い方。ヒカルと喧嘩なんてしないわ。選択肢なんてものはない、これだけよ」

 

 ムッとした表情で言い捨てた。

 そうだよな、でも俺も引くわけにはいかない。

 これから卑怯な言い方をするが、すでに『喧嘩』なんて言い始めた時点で卑怯もクソも無い。

 

「ゆんゆんが『魔王』として儀式を成功させるためにそうするなら、そうしろ。だが、俺の『友達』としてゆんゆんが俺に接するなら、喧嘩でこれからの俺達を決めようじゃねえか」

 

「っ!」

 

 ゆんゆんはギリッと歯を鳴らしそうなほどの苦悶の表情を見せた。

 

「俺に対して『魔王』として接するか、『友達』として接するか、選べ。友達として競った結果負けたなら、それは俺も納得がいくってもんだ。だから一生ゆんゆんの味方でいるって言ったんだ」

 

「…くっ……なんて、なんてズルイ…っ!」

 

 ゆんゆんの表情は苦悩に満ちていた。

 辛そうでもあり、泣き出しそうでもあった。

 なんとでも罵ってくれ。

 卑怯な自覚はある。

 でも、もう引けないんだ。

 ゆんゆんの覚悟を聞いて、俺はもう引けない。

 俺だって絶対に儀式を止めるという覚悟をしたのだから。

 

「どうする?ゆんゆんは俺のことを」

 

「ああ、もう!わかったわよ!ヒカルと『喧嘩』してやろうじゃない!」

 

 ゆんゆんはヤケクソ気味に叫んで杖を下ろした。

 卑怯なことを言ってしまったが、そのおかげでなんとか喧嘩する方に持って来れた。

 よかった、これで普通に戦ったりするよりかは勝率が上がった。

 それと純粋に嬉しい。

 『友達』であることを優先してくれたのは、やっぱり嬉しい。

 

「もう一度確認よ!私が勝ったら本っ当に何でも絶っ対に言うことを聞くのね?」

 

「俺も一応確認なんだけど、俺に出来ないことを言うのは無しだからな。王都までテレポートしろ、とか」

 

「当たり前よ。つまり、その、ず、ず、ずっと友達で、い、いてくれるってことよね?ボードゲームも絶対に断らないわよね?」

 

「もちろん」

 

 ボードゲーム以外の遊びを覚えてくれ。

 そんなことを言いそうになったが、今更機嫌を損ねて魔法なんか撃たれたら最悪死ぬので言わない。

 

「俺からも確認しとくぞ。俺が勝ったら儀式のことはスッパリ諦めろ。魔王なんかやめて、里に帰る。まあ里が嫌ならアクセルでも王都でもいい。魔王軍とは縁を切れ。いいな?」

 

「ええ、いいわ。次は『ルール』の話でもする?」

 

「ああ、と言ってもルールなんか単純だ」

 

「どうせ『武器無し』『魔法無し』『支援魔法はあり』とか言うつもりでしょ?」

 

「いや、『身体を強化する魔法はあり』にしよう」

 

「……本気で言ってるの?私は世界でトップレベルのアークウィザードよ。ヒカルの勝ち目なんか無くなっちゃうわよ?」

 

 心配してるわけではないのは表情でわかる。

 言葉と表情から訳すと『舐めてるの?』って感じか。

 

「いいよ。そんなアークウィザードにかなり制限かけてるしさ」

 

 俺とステゴロの対人戦してくれるんだ、それぐらいは譲るさ。

 ただしこれで俺が負けたら面目は丸潰れだし、ダサいし、俺の全てが持ってかれることになる。

 

「そう。じゃあ勝ち負けはどう決めるの?」

 

「そうだな。あまりかったるいのは無しにして『背中が下についたら負け』でどうだ?『降参します』って言うのも負け」

 

「……ふぅーん」

 

 俺を見定めるかのようにジロジロ見てくる。

 

「そう、それでいいわ。じゃあ支援魔法かけてもらいに行ってきたら?私は杖を置いてくるわ」

 

 あっさり承諾された。

 弱い頃の俺の印象が強くて舐められてるからか、それともゆんゆんの自信の強さのせいなのかそれは全くわからないが、どちらだとしても俺は冷静に勝ちにいくだけだ。

 俺はそのままみんなが見てきてるところまで向かうとアクアに頼んで支援魔法をかけてもらった。

 アクアの支援魔法で体がかなり軽く感じる。

 城に忍び込む時にエリス様に支援魔法をかけてもらっていたのに比べると負けるが、かなり調子が良い気がする。

 

「ヒカル、あんな条件聞いてないぞ」

 

 身体の調子を確かめながら準備運動を軽くしながら戻ろうとすると、カズマが怒ってるような、呆れてるような表情で言ってくる。

 

「悪い。あれぐらい言わないとゆんゆんは喧嘩してくれないだろうしさ。それに勝てばいい話だろ」

 

 そう言うとカズマからはため息しか返って来なかった。

 

「キミが素手の勝負を挑むってことは、それだけ自信があるってことかい?」

 

「まあ一応な」

 

「……そうか。絶対に勝ってきてくれよ」

 

 なんかフラグっぽいなそれ。

 そう思いながら了解の意味を込めて手を上げて振ってから行こうとすると、めちゃくちゃムスッとした顔のヒナと目が合った。

 

「なんだよこの野郎」

 

「別に?僕じゃなくてアクアさんに支援魔法を頼んだり、僕の方が先に告白したのに違う女性に『自分の人生を賭ける』発言するヒカルなんかには僕の気持ちなんかわからないだろうね」

 

 告白発言で周りから驚きの声が上がる。

 あー……そういうつもりじゃないんだけど。

 

「とりあえずアクア、さん、に支援魔法をお願いしたのは、そもそもヒナはアークプリーストの力を無くしてるって話だったし、ヒナの力が戻ってるとしても調子がまだ完全かどうかもわからなかったからだよ。あとはこちら側に来てくれたとはいえ、まだゆんゆん側の人間だと思ったしな」

 

 ミツルギがいちいち睨みを効かせてくるの誰かどうにしてくれ。

 

「俺の人生に関しては、その、ゆんゆんのしてる覚悟と向き合った時にそれに見合う覚悟が俺にどれだけあるかって言ったらそれぐらいしか思い付かなかったんだよ。お前のことを蔑ろにしてるわけじゃなくて俺の賭けられるものが少なかったんだよ、悪かった」

 

「じゃあ僕がゆんゆんの立場だったら、ヒカルの人生を賭けてた?」

 

「同じこと言ってたと思うよ。多分だけどな」

 

「……一応それで納得してあげるよ」

 

「そりゃどうも」

 

 ふん、とそっぽを向いたヒナに背を向けて、ゆんゆんの元へ向かう。

 退屈そうに待つ仏頂面のゆんゆんは俺がある程度近付くと足を肩幅まで広げて、軽く腰を落とした。

 

「ゆんゆんとマジの喧嘩するのは初めてだな」

 

「そうね、よく取っ組み合いとかはしてたけど、こうして一対一の本気の素手の喧嘩は初めて。ヒナちゃんとヒカルが喧嘩してるの、実は羨ましいと思ってたわ。何でも言い合える関係だと思ったから」

 

「そう言うわけでも無いと思うけど、もしそうなら俺達もこの喧嘩で何でも言い合える関係になれるな?」

 

「ええ、そうね。この喧嘩に勝って、私の言うことを何でも聞いてもらうようになるからね」

 

「……俺が勝ったら一緒に里に帰って、胸を触らせてくれて挟んでくれる約束忘れてねえだろうな?」

 

「なに真剣な顔で大嘘こいてんのよ!!」

 

「今更ゴタゴタ言ってんじゃねえこの野郎!!」

 

 俺達の喧嘩が始まった。

 





スパイダーマンMMやるので投稿ペース遅れます、って言おうと思ったんですけど、もう一周目の進行度が100%になって二周目に入ったのでゲームのせいで投稿が遅れたりはしません。いつも通りモチベ次第です。


デイリーランキングに入っていたみたいです。
ありがとうございます。
また入れたらいいなぁ。

六章とシリアスはもう少し続きます。


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88話


今回もシリアスです。

88話です。さあ、いってみよう。



 

 お互いに踏み出し、一瞬で間合いに入る。

 まるで示し合わせたかのように両手の取っ組み合いになった。

 まるで恋人握りのような手だが、実際は全く違う。

 それは当然なのだが、世界やら時間やら色んなものが変わっても、俺達がこうして手を繋ぎ合う関係なのは嬉しいことなのかもしれない。

 出来ることなら俺の手に指と爪が食い込まない程の力で手を取り合いたかったものだが。

 

「ぐっ、こっの野郎!!」

「絶っっ対負けないッ!!」

 

 取っ組み合いが始まってすぐにわかるが、純粋な力勝負はほぼ互角、いや。

 

「ぐ、ぐぐぐ……っ!」

「ふふふ、あははははは!!」

 

 ゆんゆんの方が若干強い。

 押されそうになるのが正直信じられない気持ちでいっぱいだ。

 いくらゆんゆんの強さが異次元レベルでも、アクアの支援魔法でかなり俺の調子も良かったはずだし、物理特化の狂戦士が力負けをするなんて、どう考えてもおかし………あっ。

 

 

 俺の『ムードメーカー』か。

 

 

「ヒカルのステータスがここまで上がってるのは想定外だけど、私だってかなりレベルも上がってるし、ヒカルがいるのよ?ヒカルがいる時点でヒカルの有利な勝負になるわけないのよ!」

 

 この口ぶりからして、俺の能力も考えて勝負を受けたな。

 くそ、俺の能力は本当に何でこうなんだ。

 たまには俺を強化してくれてもバチは当たらないと思うぞ。

 

「力勝負に少し勝てそうだからって調子に乗るなこの野郎!」

 

 わざと一瞬力を抜き、押されたところを背負う体勢になり投げ飛ばそうとするが、ゆんゆんも瞬時に俺の手が離れた瞬間を使い距離を離す。

 やはり俺の仲間に俺の武道は、というより投げ技は通用しないか。

 ルールがルールだし、一番警戒されて当然なのだが。

 

「ヒカルの武術はすごいと思うけど、私も学校の体術の成績はトップよ。そう簡単に通じないと思った方がいいわ」

 

 ゆんゆんが右半身を前に出した両手を手刀の形にした上段の構えをしながら俺に言ってくる。

 

「学校のお遊戯がなんだって?」

 

「おゆっ……バカにしたこと後悔させてあげるわ!」

 

 最初の取っ組み合いのように真っ直ぐに突っ込んでくる。

 短い呼吸を使いながら掌底や蹴りを使った連撃を繰り出してくるが、冷静に躱し、受け流す。

 

 なるほど、確かに体術とやらはやってそうだ。

 無駄も少なく、綺麗な身のこなし、攻撃の力も程よく相手の出方に対応出来る動きだ。

 ()()()()()であれば。

 確かに純粋な力勝負は少しの差で負け、最初の投げ技は失敗したが、その程度の力量なわけがない。

 俺は必要最低限の動きのみでゆんゆんの攻撃を避け続ける。

 ゆんゆんもバカにされたのも相まってムキになって攻撃を続けてくる。

 

 対人戦において視覚から得る情報は多い。

 対人戦でなくてもそうだが、人と人の場合は更に得られる情報は増えるだろう。

 普段コミュニケーションしている人間と何を考えているかわからないモンスターを相手にするのはまるで違うからだ。

 どこを見ているか、表情の変化、構え、呼吸、身体の動き、などなど様々なものから相手の情報を得ることが出来る。

 一番の情報源は相手の目や表情だ。

 狙いは何か、攻めに転じるタイミングなど身体を見るよりもわかったりすることがある。

 そう考えると、どこかの誰かさんのように初級魔法のコンボで目潰しをするのは最善の戦法かもしれない。

 

 ムキになって攻撃し続けているゆんゆんはかなりわかりやすい。

 攻め続けているのに有効打がないと焦り、その内体が疲れて、普段の動きを忘れて少しでも強い一撃を繰り出そうとする。

 単純に言ってしまえば、動きは単調になり、攻撃が大振りになる。

 そのタイミングを狙い身体を滑り込ませるように自然に、だが力強く踏み込みながら、ゆんゆんの喉へと肘を打ち込む。

 

「ぐっ!?」

 

 ゆんゆんも咄嗟に身体を上げて喉への攻撃は避けたものの、身体を上げたせいで衝撃から踏ん張れずに後退する。

 かなりのダメージを負ったと思ったのだが、まさか倒れないとは。

 ギリギリ踏ん張って、苦しそうに俺を睨んでくる。

 

 喉への攻撃なんて卑怯、とか思ってくれるなよ。

 そう思いながら俺は先程までとは一転して攻撃に出る。

 わざとガードの上から打撃を打ち込んで、ガードの緩んだ場所へ打撃を打ち込む。

 それを繰り返し、ゆんゆんの表情が苦痛に歪むのを見て、更に攻撃の手を強める。

 距離を取ろうと蹴りを放ってくるが、脛に肘を当てるようにガードすると、余程痛かったのか丸わかりの表情をした。

 痛めた足を庇い下がろうとし、構えなど出来ずに自分の体制を整えることに精一杯になったゆんゆんを見て確信した。

 

 勝った。

 

 ここで更に懐に入り、軽く足払いしながら押してやればゆんゆんは簡単に倒れて俺の勝ちになる。

 そう思い前に出ようとした瞬間、ドン!と俺の右方向から衝撃が来て、吹き飛ばされる。

 状況がわからず混乱したが、背中をつかないように受け身を取って、衝撃が来た方向を見るとヒナがいた。

 

「……」

 

 ヒナがタックルしてきたことはすぐに分かったが、まさかこの戦いの邪魔をしてくるとは思わず、ヒナと睨み合いのようになる。

 ヒナは俺と間合いを取りながら、ゆんゆんへと向かい

 

「『ヒール』」

 

 ゆんゆんの足を回復させた。

 

「どういうことだこの野郎」

 

 流石に黙っていられる状況でも無く、必勝のタイミングを奪われたイラつきもあり、威圧的に声を掛けた。

 

「……だって二人だけずるいじゃん」

 

 まるで子供のような言い方に怒りよりも呆れが来る。

 カズマの指示でミツルギやダクネスがヒナを止めようとしてくるが、俺が手で来なくていいと合図して止めた。

 

「僕だって仲間だ!僕達の未来を決める喧嘩なら僕だって参加する権利はあるはずだよ!」

 

 そう言われるとそうなんだけど、今の喧嘩はゆんゆんと一対一だからこそ意味があるような気がするんだけど…。

 ゆんゆんもなんか困惑気味だし。

 

「そ、それに、僕の方が先にヒカルに告白したんだし、やっぱりヒカルを自由にする権利を持っていいのは僕のはずだよ!」

 

「………………………………え?」

 

 ヒナが赤面しながら胸をドンと叩いてそう言った。

 ……とにかく色々ツッコミたいところが多い。

 確かに告白されたけど、だからって何でこいつに俺を自由にする権利があるんだよおかしいだろ。

 

「ヒナちゃん、本気なの…?」

 

「こんなこと絶対に冗談じゃ言わないよ」

 

 ゆんゆんのその信じられないものを見る目はなんなんですかね。

 

「ヒカルは人の胸を平気で揉む人よ?それでもいいの?」

 

 おいこら、なに真剣に聞いてんだこの野郎。

 

「……それは、その」

 

「目を逸らすな、自信持って俺の良いところ言ってこうよ。マイナスな部分じゃなくてプラスの部分に焦点合わせてこうぜ」

 

「こ、これから、その……ぼ、僕が頑張って、な、直すし…」

 

「自信満々に答えろよ!なに目泳いでんだこの野郎!」

 

「他にもヒカルのさっきの戦い方といい、素手の勝負に持っていこうとするあたり最低よ。かなり陰湿だったわ」

 

「根に持ってんじゃねえよ!してやられたのはゆんゆんだろうが!」

 

「ご、ごめん。僕が、僕がもっと早くヒカルを止めてたら…」

 

「何で謝ってんだ!?責任感じてんじゃねえよ!マジで俺が悪いことしたみたいじゃん!俺は謝らないからね!ちゃんとした分析と戦術だからね!」

 

「一番年上なのに過ちを認められないところなんて特に……。どうなってるの、ヒナちゃん?」

 

「ごめんなさい…」

 

「お前なんで乱入してきたんだ!?もうボコボコにされてるじゃねえか!乱入して数分で消えて無くなりそうだよこいつ!」

 

 項垂れるヒナに歩み寄り、ゆんゆんはヒナの肩に手を置くと、ヒナは顔をゆっくりと上げた。

 

「もっといろいろあるけど、それでも本当にヒカルのことが好きなの?」

 

「………うん」

 

 何その間。

 今考え直しただろ。

 

「ヒナちゃんの想いは本当なんだね。じゃあ、私もその想いに応えなきゃダメよね」

 

 ……ねえ、さっきまで俺と決戦的な喧嘩だったよね?

 何を見せられてんの俺?

 

「ヒナちゃんのこと、全力で応援します!」

 

「ええええええっ!?」

「え、ゆ、ゆんゆん!?」

 

 思わず素で驚いてしまった。

 ヒナも驚いてるが、俺はそれよりも確実に驚きのレベルが違う。

 だって、俺がいた世界では俺とゆんゆんは…

 

「確かにヒカルとの間に友情の他に違う感情を抱いていなかったと言えば嘘になるわ。それでもヒナちゃんの想いを聞いて、応援したい気持ちが勝っちゃった」

 

「い、いいの?」

 

 おいいいいいいいい!!!

 俺は泣けばいいのか!?いや、別世界のゆんゆんだし、別にいいのか!?何か振られた気分なんだけど!

 

「いいに決まってるでしょ。でもね、ヒナちゃん」

 

「なに?」

 

「ヒカルのダメなところを直すのはヒナちゃんだけに任せたりしないわ!だって!私達、友達で仲間だからね!」

 

「ゆんゆん…!」

 

「いや、何その数年ぶりの友情ふっかーつみたいなシーン!?それは俺と戦い終わってからとかにやるシーンだろうが!」

 

 俺のツッコミなど聞こえていないように二人でひしっと抱き合うヒナとゆんゆん。

 

 なんだこれ。

 

 

 そして数秒間して離れた後

 

「じゃあ、まずは」

 

「ええ、二人でヒカルを懲らしめましょう!」

 

 二人でバッと音が出るかのように瞬時に同時に構えて来た。

 何で俺がラスボスみたいになってんの?

 立場逆じゃない?

 

「行くよ!」

 

「うん!」

 

 呆然とした俺を更に突き放すように二人で俺に突撃してきた。

 

 

 

 

 

 

「があっ!!」

 

 ヒナのボディーブローが鳩尾に突き刺さるように打ち込まれて、堪らず悲鳴のような声と息を吐き出した。

 構えた手が下がりそうになるところをヒナに続くようにゆんゆんのハイキックが俺へと迫る。

 

「降参しなさい!はああっ!」

 

「誰がするかああああああああっ!!」

 

 ダッキングして避けようとしたが、足はヒナのボディーブローを連続して受けていたせいで動かず、腕でガードする羽目になった。

 必死に頭をガードしながら出した声は叫びから悲鳴に変わった。

 

 ヒナとゆんゆんの妙に整った連携から繰り出される攻撃で俺はすぐに追い詰められた。

 二人の猛攻は凄まじく、二人の攻撃をガードしたり受け流したりしている内に、腕は気を抜いてしまうと力が入らなくなり、上がらなくなってしまいそうな程にボロボロだった。

 きっと服を捲ったら赤黒く腫れているに違いない。

 執拗にボディーを打ち込んでくるせいで足はガクガク、腕もボロボロ。

 

 最悪の状態。

 確実に負ける。

 そう、確信してしまうぐらい自分の姿は満身創痍だった。

 でも、何故だかわからない。

 アホな展開から一転してこんな状態になってしまったというのに、俺は

 

「何笑ってんのさ!!」

 

 楽しくてしょうがない。

 いや、楽しくて当然だ。

 そんなこと言ってる場合じゃないとか、賭けてるものがどうとか関係無い。

 バカ共と喧嘩(バカ)するのが楽しくないわけないだろ。

 

「うるせえ!てめえも笑ってんじゃねえよ!たかが数年で弱くなりすぎなんだよ馬鹿野郎!」

 

 ヒナの左のストレートに合わせて、右のストレートをぶつけた。

 拳同士がぶつかり鈍い音が響いた。

 ヒナの表情が歪むのが見えて、少し満足したが絶対にやるべきではなかった。

 調子に乗った。

 右の中指と薬指が折れたかもしれない。

 やられっぱなしは嫌だから仕方がない、これぐらいはくれてやる。

 多分ヒナの左手も同じぐらいやられてるはず。

 

 

 ボロボロなのは変わらない。

 でも、まだ拳を握れる。

 腕を振れる、足も動く。

 まだ笑える。

 

 なら、この程度で倒れたりしてやるもんか。

 負けるのなら後腐れないように指一本も動かなくなる程に燃え尽きてからだ。

 

 

 俺が右手をすぐに引き、表情が引き攣りながらヨロヨロと後退したのを見ていたゆんゆんが勝負に出た。

 先程からずっと俺の頭目掛けて攻撃ばかりをしてきていたが、今回も同じように頭を狙ってくるみたいだ。

 一回転してからのハイキック。

 身体を振った分スピードも威力も増す。

 デメリットはわかりやすいこと。

 そのデメリットが俺には最大のチャンスになった。

 一回転から振り返ってきたゆんゆんはバカ真面目な表情と眼差しではあったが、口元が少し緩んでいた。

 ゆんゆんも俺やヒナと同じ気持ちみたいだ。

 その表情を見て、ますます負けたくなくなった。

 

「うおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 シャウティング効果というものがあって、名前の通りの意味だ。

 俺は足に全力を込めんがために叫ぶ。

 ゆんゆんのハイキックが迫ると同時に俺はその場でスクワットをするかのように足を曲げた。

 後ろに下がるのではなく、その場で避けることを選んだ。

 ただ避ける為だけではない。

 このダッキングは攻撃にもなる。

 

「甘いんだよこの野郎おおおおおおお!!!」

 

 空振りした足に向かって思い切り叫びながら立ち上がる。

 腕でガードしながら飛び上がるように。

 

 さて、問題です。

 片足を高く上げた状態で、その上げた片足に下から力が加わった場合どうなるか。

 

 正解は

 一般的にはバランスを崩す。

 加わった力次第では、足を取られて後ろに倒れる。

 一般的じゃないやばい奴の話は知らん。

 

「きゃっ!?」

 

「ゆんゆん!?」

 

 俺が全力で飛ぶように押し上げた力はしっかりゆんゆんの体勢を崩した。

 ゆんゆんの両足は地を離れ、倒れるだけのはずなのだが、ヒナが瞬時にゆんゆんを助けようと動いた。

 助けるだろうな。

 二人の熱い友情のシーンがあったんだ、絶対に助けるだろう。

 そこを狙う。

 

「ゆんゆん大丈夫!?」

 

「あ、ありが」

「俺も仲間に入れてくれよ〜」

 

「「え?」」

 

 ヒナが助けに入ったところを更に俺も二人に抱き付くように飛び込んだ。

 左にゆんゆん、右にヒナ。

 つまり両手にバカだ。

 ゆんゆんの体勢も未だ崩れた状態で、それを支えているのはヒナのみ、そこで更に俺を加えるとどうなるか。

 

「ちょ、重っ!?そ、それに近いよバカ!離れてよ!」

「クンクン。ゆんゆん、シャンプー変えた?」

「きゃああああああ!!離れてよバカああああああああああ!!」

「いででで!目に指があああああ!!」

「ちょっと!重いんだから暴れないでってば!」

「クンクン。ヒナ、お前なんか変な匂いしない?汗?」

「こ、この馬鹿野郎おおおおお!!」

「いででででで!何でお前ら目を的確に狙ってくんだこの野郎!」

「ヒ、ヒナちゃん!?ヒカルのせいでまだ私バランスとれてないんだっあぶな」

「だ、だってヒカルが!」

「どれどれ、数年間の二人の成長はどうかな」

 

 俺は二人のとある部分に手を伸ばし、

 

 モニュ。

 ムニ。

 

「「」」

 

 成長を手の平で存分に確かめた。

 

「……二人とも、成長したな」

 

 絶句する二人に俺は晴れやかな、それでいて満たされたような気持ちで()()()()()の感想を述べた。

 

「「この馬鹿野郎おおおおおおおおお!!」」

 

「ごばあっ!!?」

 

 二人のパンチを顔面で食らいながら、密かにヒナの足を絡めるように置いてあった右足を踵で蹴るようにヒナの足を払った後、全体重をかけた。

 支えを失った俺達は当然の如く倒れた。

 ゆんゆんとヒナは背中をついて。

 俺はゆんゆんとヒナのクッションで守られて。

 守られてなくても背中はついてないが、ともかく。

 

「俺の勝ち」

 

 鼻血が出る感覚を味わいながら俺は勝利宣言をした。

 俺が退くと、二人はゆっくりと立ち上がり、俺に手を差し伸べてきた。

 

「じゃあ第二ラウンド始めましょうか」

 

「えっ」

 

「次はルール無しでいいよね。その代わり勝っても特に何もいらないから」

 

「えっ」

 

 二人はニッコリと笑いながら、腕を万力のような力で掴み、俺を無理矢理立ち上がらせてきた。

 

「あの、さっきまでの戦い方はあんまり良くなかったとは思うけど、勝ちは勝ちだしさ。でも一応謝りたいなーって」

 

「いいわ、謝らなくて」

 

「うん、謝らなくていいよ」

 

「あ、あの、ご、ごめんなさ」

 

「「許す気ないから謝らなくていいよ」」

 

 フラフラしながら二人と距離を取るべく後退りしたが、満身創痍の俺よりニコニコした二人の歩みの方が確実に早かった。

 

「あ、ちょ、ま、待ってください!お願いします!何でもしあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 





勢いで書いたせいで文字数が思ったより増えたので分けました。
次で平行世界でのお話は多分終わりです。


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89話


少し文字数多め。

89話です。さあ、いってみよう。



 

 

「ねえ、起きて!しっかりしてよ!もう回復したよ!?」

 

「んだよこの野郎!お前らがやったんだろうが!」

 

 肩を掴んでガクガクと揺らされて、目を覚ますとヒナがいた。

 

「えっ!?ぼ、僕じゃなくて、向こうの僕でしょ!?」

 

「あ?お前何言ってんだこの野郎」

 

 目の前のヒナが指を指す方には確かにヒナがゆんゆんと一緒に驚いた顔でこちらを見ていた。

 俺が気を失ってる間に色々あったみたいで、フロア内にいたモンスター達は全て処理されていた。

 

 というかヒナが二人……?

 なんか目の前のヒナはちょっと発光してるし、すごい綺麗な純白の翼が生えていた。

 

「……悪い。頭をやられたみたいだ。回復魔法を頼む」

 

「違うってば!僕だよ!ヒカルがいた世界の僕だよ!」

 

「……はあ?」

 

「何言ってんの?みたいな顔しないでよ!僕が二人いる説明がつくでしょ!?迎えに来たの。とにかく早く帰ろう、みんな待ってるから」

 

 そう言って手を取り俺を立ち上がるのを手伝ってくれた。

 

「確かに俺がいた世界のヒナが世界を渡ってきたのならヒナが二人いる理由はわかる。でもお前のその格好はなんだ?」

 

 ヒナが迎えに来てくれた、のはわかる。

 ぶっちゃけわけわからんが。

 どうやって来たとかはともかく置いておいて。

 その姿はどう考えても

 

「僕はヒカルをどうにか生き返らせたくて……頑張ったら天使になってた、って言ったら信じてくれる…?」

 

「バカにしてんのか」

 

「違うよ!説明が面倒なんだってば!早く帰りたいし、みんなと合流してから話そうよ」

 

「よくわかってない状態で帰れるかよ。それにまだ終わってないんだ」

 

「え?ゆんゆん達を止めたんじゃないの?」

 

 ヒナが振り返って、この世界のゆんゆんやヒナを見てそう言った。

 

「まだ止めただけだ。ちゃんと話し合ってないんだ」

 

「……あのね、ヒカル。この世界のヒカルは死んでしまって僕達の世界とは違う時間の進み方をした。とても不幸なことだと思う。それでもね、ヒカルは長居するべきではないんだよ。死んでしまった人と再会するなんて、とんでもない奇跡なんだ。その奇跡がいつまでも続くなんて世界のルールに反するし、いつまでも続くなんて思って欲しくない。残酷なことだと思うけど…」

 

 まるで神様のような意見だ。

 なんとなく気に入らない。

 

「お前の言いたいことは何となくわかった。だけど、あえてこう言うよ。知らん」

 

「はあ!?何言ってんの!?」

 

 俺はこの世界のゆんゆんとヒナに向かって歩こうとすると、すぐに天使の方のヒナが俺の前に出て通せんぼしてきた。

 

「これ以上の奇跡は許されないよ!この世界の人達の為にも、もう帰るべきだ!」

 

「俺は……まあ自分の為ではあるんだけど、やっぱりお前達に会いたいから、わざわざこうやってこの世界に来たんだよ」

 

「じゃあ、尚更…!」

 

「そう、お前達『仲間』の為にここまで来たんだ。救ってはいおしまい、で帰れねえよ」

 

「……あの二人は別世界の人なんだよ、別の人だ。仲間じゃない」

 

「いいや、違うね。仲間だ。喧嘩してよくわかった。あいつらも俺の仲間だ」

 

「元いた世界の僕達のことは?早く帰りたくないの?」

 

「そんなわけねえだろ。ほんの少しだけ時間くれ。挨拶ぐらいさせてくれよ」

 

「……もう知らない。好きにすれば?」

 

 そっぽを向いて吐き捨てるように言ったヒナの頭を撫でながら、俺はヒナを通り過ぎて、二人の元へ向かった。

 

 

「ごめん、そろそろ帰らないといけないみたいだ」

 

 困惑しきった二人の表情に更に悲しさが追加された。

 

「もう帰っちゃうの?あと少し…今日ぐらいは一緒に」

 

「駄目だよ」

 

 俺が答えようとするより先に、俺の後ろから返事が聞こえた。

 天使の方のヒナ……面倒だ。

 これからは雛と言うことにしよう。

 雛も俺について来ていたらしく、雛がそう答えた。

 

「何でお前も来てんだよ」

 

「ヒカルが情に流されたりしないようにだよ。ここにいるヒカルは()()()()()()なんだから」

 

「「……」」

 

 こちらの世界のヒナとゆんゆんがムッとした顔になって、雛を睨むが本人はどこ吹く風だ。

 なに言われても先程の喧嘩で勝った以上残る気なんか無いってのに。

 ちゃんと別れを言う。

 でも、それ以上に言わなきゃいけないことがあるから、この挨拶する時間だけは欲しかった。

 

「ヒナ、ゆんゆん」

 

「え」

「な」

「なっ!?」

 

 二人を抱き寄せると、周りの三人がそれぞれに驚いて

 

「何っ!?また叩かれたいの!?」

「もう一回喧嘩!?いいよ、やろうか!」

「何でこんな時にセクハラしてんの!?バカなの!?」

 

「何でお前等、そんなマイナスな考え方しか出来ねえんだよ!最後の挨拶なんだからこれぐらいいいだろ!」

 

 そう言うと二人は大人しくなったが、雛は何故か俺の背中をずっと抓っていた。

 何でだよ、やましい気持ちは一切無いぞ。

 

「この世界に来て、この世界のエリス様に俺が死んでからお前達がどうなったかを少しだけ教えてもらった」

 

 二人は無言だが、ヒナとゆんゆんは少しだけ抱き付くように俺の腰に手を回してきた。

 

「辛い思いをさせた。こんな事しか言えないけど、知ってるような口もあまり利きたくないからな。そこら辺は許してくれ」

 

「「……」」

 

「俺にはあのやり方しか思い付かなかったんだ。時間稼ぎしてお前等を逃すぐらいしか出来なかった。お前等が大事だったんだよ。何よりも。俺には家族とかもういなかったからさ」

 

 俺の腰に回した二人の手の力が強くなった。

 二人の肩が震えてるのを感じつつも俺は続けた。

 

「お前等は家族もいるし、才能もあるしさ。二人なんか将来有望だろ?ヒナなんかこれから成長して大人になっていでででで!悪かった悪かった!」

 

 二人のヒナに抓られる。

 こいつ等と喧嘩するのはいいが、泣かれるのは苦手で変なことを言ってしまった。

 

「どうしても生きてて欲しかったんだよ。だから俺が残ったんだ。それでいいと思った。でもエリス様から俺が死んだ後のお前等のことを聞いて自分の事しか考えてなかったことに気付いたよ」

 

 二人が痛いぐらいに抱き付いてくるのを俺は優しく抱き返す。

 

「ごめん。お前等の気持ちも考えないで、お前等のこと残していってごめん」

 

 二人が嗚咽を漏らして泣いているのを俺はただ抱き返してやることしか出来ない。

 これ以上は何も出来ない。

 するべきではない。

 これからまた別れを突き付けるのだから。

 

「俺は、また元の世界に戻るよ」

 

 そう言うと、二人が怯えるようにビクリと震えた。

 

「元いた世界のお前等を悲しませたくない。この世界の二人ならわかってくれるって俺は思ってる」

 

 俺が死んで悲しんでくれた二人ならきっとわかってくれる、そう勝手に信じた。

 話せずにいる二人に俺はそのまま続けようと口を開いた時、

 

 

「魔王の娘が戻って来やがった!!」

 

 

 突然のカズマの辺りに響くほどの大声で思わず振り返った。

 ゆんゆんとヒナがゴソゴソやってるのを感じて正面に向き直ると涙を拭いていた。

 そんな二人を見ないようにカズマ達がこのフロアのテラスから出て外を見ているところへと向かう。

 城下には数百は下らない魔物の軍勢が溢れていた。

 その先頭には魔王の娘らしき人物もいる。

 帰ってきたということは儀式の準備が終わったということだ。

 

「マジかよ」

 

 思わず呟くと、誰かが俺の肩を叩いてきたので振り返る。

 

「ヒカル、帰るよ」

 

 雛だった。

 雛の言葉に俺どころか他の全員も驚く。

 

「この状況で何言ってんだよお前は」

 

「ヒカルこそ何言ってるの?ヒカルはこの世界の人間じゃないし、この世界の危機はこの世界の人間がどうにかするべき問題だよ。それにヒカルじゃ魔王の娘相手に戦えるわけないじゃん」

 

「それは、そうかもしれないけど」

 

「それに僕は連れ戻しに来たんだ。僕が連れ戻せば蘇生魔法とか特典とか関係無くヒカルのことを蘇らせることが出来る。もう救うとかは考えなくていいんだよ」

 

「いや、ちょっと待ってくれよ!今は」

 

「待たないよ!また僕にヒカルが死ぬところを見ろって言うの!?」

 

「……それは」

 

「僕は目の前でヒカルが殺されて、気が狂いそうだったよ!それをまた僕に味わえって言うの!?ゆんゆんだって、トリタンだってどれだけショックを受けたか、わからないの!?僕のことを悪く思いたいなら思えばいいよ!僕は無理矢理にでもヒカルを連れて帰る!僕の為にも、二人の為にも!」

 

「……」

 

 俺の胸を叩いて涙ながらにそう言った雛に、何も言えずに立ち尽くした。

 

「帰ろう、みんな待ってるよ」

 

 手を差し伸べて、泣きながら微笑む雛。

 ああ、何でこんな

 

「行っちゃえ馬鹿野郎」

 

 声がした方向を見ると、涙でぐしゃぐしゃになった顔のヒナがいた。

 そんなヒナの手を握って、同じく涙を流したゆんゆんが続けて口を開いた。

 

「ヒカル、来てくれて本当にありがとう。私達なら大丈夫だから。……だから、だから、戻って、大丈夫よ」

 

 歯を食いしばるように何度も無理をして口にした言葉だというのがすぐにわかった。

 

「あー、その、俺はヒカルの状況とかが全くわからないんだけどさ」

 

 カズマが後ろから声をかけてくるのに振り返る。

 

「魔王を倒したカズマさんがここにいるだろ。もう一度ぐらい世界を救うぐらいやってやるさ。それに前回魔王を倒した時より心強い仲間が多いしな」

 

「カズマ…」

 

「キミがやるべきことはやった、ボクはそう思うよ。誰にもやれないことを、キミにしか出来ないことをキミはやり遂げた。だから今度はボク達の番だ。まさかボク達の活躍まで奪う気かい?」

 

「同胞に魔法を撃つことは出来ないが、魔物相手ならこの力を存分に解放する時だ。世界を渡りし者よ、己が宿命を全うするがいい」

 

「やっとクルセイダーの出番が来たというわけだ。ヒカルに武器として扱われないのは残念だが、皆の盾として全力を尽くそう」

 

「色々言いたいことはあるけれど、その子が天使として言ってることは正しいわ。確かにあんたの存在はその子達にとって救いになるかもしれないけれど、それは一時の誤魔化しにすぎないわ。覚悟を決めて帰るべき場所に帰りなさい」

 

「お前等…でも」

 

「いいから行」

 

 

「『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 

 

 盛大な爆発音が聴覚を支配した。

 テラスから見える景色は爆焔で塗り潰されて、何も見えなくなった。

 遅れてくる爆風でみんなが防御態勢を取っている内、爆風が収まり、その後爆裂狂が倒れた。

 

『…………』

 

「ふはーっはっはっはっはっは!!ずっとずっとずっとずっっっっっと我慢に我慢を重ねた爆裂魔法がここまで気持ちいいとは!!何が世界でトップクラスのアークウィザードですか!その程度で勝てたと思わないことですね、ゆんゆん!この我こそは世界で最強の魔法使い、めぐみん!!ゆんゆんが魔王を名乗るのはここまでです!何故ならば、今から私が魔王になるからです!!!」

 

「このバカ、空気読めええええええ!!!!」

 

 呆然とした俺達の中、爆裂狂が高らかに魔王を宣言するのに唯一ツッコミを入れられたのはその伴侶ただ一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あー…えっと、仕切り直し、って言うか」

 

「う、うん…」

「そ、そうだね…」

 

 めぐみんの爆裂魔法で魔王の娘は跡形もなくなり、魔物の軍勢も半分以上が消し飛んだ。

 残った半数の魔物も統率を失い、爆裂魔法の威力に恐れて、蜘蛛の子を散らしたように逃げて行った。

 そしてまた二人に最後のお別れの挨拶を再開しているのだが、アホな急展開のせいで先程までとは雰囲気が違っていた。

 なんとなく二人とも明るいように感じた。

 めぐみんの爆裂魔法は二人の悲しみすらも吹き飛ばしたのかもしれない。

 

「俺がいなくても、もう大丈夫そうだな」

 

「「……」」

 

 二人は何も返事をしなかったが、悲しい表情というよりは困ったように微笑んできた。

 口にしたくは無いけど、大丈夫。

 そんな感じだろうか。

 

「やっぱりお前等は悲しんでる顔より笑ってる顔の方がいいな。それにさっきの喧嘩でよく分かったよ、お前等がめっちゃ強いってことがな。それだけ強ければ俺は安心して戻れるよ」

 

「僕は逆に心配だよ、また死んじゃうんじゃないかって」

 

「そうね、ヒカルが誰かにセクハラして怒って攻撃された時にうっかり死んじゃったりするかもしれないわ」

 

「やかましいんだよ、この野郎。そんな間抜けな死に方するか」

 

 二人がクスクスと笑い始めるのを見て、俺は心の底から安堵した。

 これなら本当に大丈夫そうだ。

 

「僕ね」

 

「?」

 

「僕これからまた頑張るよ。そこの僕に負けないぐらい頑張る。だから僕のこと、僕の気持ち、出来るだけ忘れないで欲しいな」

 

「……ああ、わかった。ずっと忘れないよ」

 

「うん、ありがとう!」

 

 ヒナはにっこりと笑う。

 思わず俺も笑い返してしまうような、そんな魅力があった。

 

「私もこれから頑張るわ」

 

「あの、ゆんゆんが頑張るのはいいんだけど何を目指してるんだ?」

 

 正直ゆんゆんはもう落ち着いた生活をした方がいいんじゃないか。

 

「何って、めぐみんに魔王を取られちゃったから、ライバルとしてまた取り返さないと」

 

「おいこら」

 

「ふふふ、冗談よ。でもまた魔王になったら来てくれる?」

 

「……お前な」

 

 少し成長したゆんゆんの悪戯な笑顔と上目遣いに少しだけドキリとしながらも呆れて返事をする。

 目がちょっと光っててマジだった気がするのは気のせいだと思いたい。

 

「これは半分冗談よ。でも一応最終手段に取っておくわ」

 

「マジでやめろよ」

 

「今はヒナちゃんもいるし、大丈夫よ。でも、また一人になった時は、私を止めに来てね?」

 

 ゆんゆんがにっこりと笑うのに対し、俺は引き攣った笑いしか返せなかった。

 

「ヒナ、ゆんゆんのこと頼んだぞマジで」

 

「はいはい。ヒカルは自分のことを考えなさい」

 

 三人で笑い合う。

 よかった、別れが悲しいだけのものじゃなくて。

 

「もういいよね?」

 

 雛が聞いてくる。

 結局なんだかんだで待っていてくれた。

 

「悪いな、待たせて」

 

「もういいよ、それに僕も少し思うところがあったしね。そこで一つ確認したいんだけど」

 

 雛はヒナの方を見る。

 ヒナはまるで気に入らないように雛を睨むように見つめ返した。

 

「なに?」

 

「この僕に負けないぐらい頑張るって言ったよね?本気?」

 

「……なに?気に入らなかった?」

 

「本気かどうか答えて」

 

 雛が有無を言わせぬ迫力でヒナへと問い詰める。

 それに少し押され気味のヒナだったが、しっかりと答えた。

 

「本気だよ」

 

「……そっか」

 

 小さな声で呟いた雛は自分の指から指輪を外して、ヒナの胸に拳で押し付けるようにして渡した。

 

「え、なにこれ」

 

「あげる。もう僕にはいらない物だから」

 

 いや、いらない物ってお前それ。

 

「お前、それエリス様に」

 

「いいの」

 

 雛はいいかもしれないが、エリス様は多分泣くぞ。

 別にいいけど。

 

「えっ、ちょ、ちょっと待って!これエリス様からの貰い物!?受け取れないよ!」

 

 貰い物でもないんだがな。

 エリス様の名前が聞こえたヒナは慌てて返そうとしてくるが、雛は見向きもしない。

 

「それを持ってれば僕に勝てるかもよ」

 

 雛の一言でヒナの表情は変わり、返そうとはしなくなった。

 

「じゃあ今度こそ帰るよ」

 

「おう。みんなもありがとうな」

 

 みんなを見回してそう言うと

 

「お、そのまま行っちまうのかと思ってたよ。まあ、元気でな」

「また会えてよかった。向こうの世界?のボクとも仲良くしてくれると嬉しいよ」

「この邂逅は世界が選択せし運命(さだめ)。世界と君に感謝を捧げる」

「短い時間だったが、悪くなかった。二人のことは私も見ておくから安心してくれ」

「エリスには私から報告しとくわ。水の女神である私も見守ってあげるから安心なさい」

「……向こうのゆんゆんも泣かせたら、次こそは爆裂魔法をぶちかましてあげます」

 

 みんなからの声をもらいながら返事をしているとバサリと羽ばたく音がして、振り返るとヒナが宙に浮かんでいた。

 ヒナが俺の脇の下から腕を通し、羽交い締めみたいな感じで持ち上げた。

 

「な、なあ、これ大丈夫か?」

 

「……大丈夫だよ。一応ヒカルも離さないでね」

 

「おい、今の間はなんだこの野郎」

 

「だ、大丈夫だよ!来る時は何度も失敗しちゃったけど、コツは掴んだから!」

 

「おい待て!嫌な予感しかしねえよ!離してくれ!エリス様に安全に送り届けて貰いたいんだけど!」

 

「大丈夫!慣れてなくて時間と空間と世界を超える為にすごいスピードで飛ぶけど、僕がちゃんと掴んでるから!」

 

「おいいいいいいい!!こんな不安なテイクオフあるか!?今からでも遅くねえよ!エリス様に」

 

「行くよ!」

 

「勝手に行くなああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 みんなが見守る中、俺達はテラスから外に飛び出て、超スピードで空へと飛んでいき、そのあまりのスピードに途中で俺の意識も飛んでいった。

 

 

 

 

 

 とある世界のその後。

 

 世界は平穏を取り戻した。

 何事も無かったように日常が流れ始める。

 

 二人のひとりぼっちが残った。

 彼は元の世界に戻ってしまったが、不思議と彼女らに喪失感は無かった。

 今でも、彼が居てくれているようなそんな不思議としか言えない感覚。

 残った二人は手を取り合い、元の関係へと戻っていった。

 そして二人は何を話すまでもなく、こうするべきだとお互いに考え、二人で旅に出た。

 

 止まってしまった時間が動き出すように。

 失くした時間を取り戻すように。

 あの悲しみから踏み出すように。

 

 まずはアクセルに戻って、それから多くの街を巡り、数多の冒険をした。

 

 二人で苦難を分かち合った。

 二人で楽しい時間を過ごした。

 

 どうしてこの冒険に彼らがいないのだろうと悲しみに暮れることが何度もあった。

 立ち止まりそうになることもあった。

 

 振り返ってばかりだったが、しっかり前を向いて歩き続けた。

 何故なら二人は下を向くことと立ち止まるのをやめるために冒険に出たのだから。

 

 冒険をしていく中で、何度も強敵と対峙した。

 

 精神に干渉し、悪夢へと引き摺り込んでくる邪神。

 かのデストロイヤーに匹敵するほどの超古代兵器。

 かつて魔王軍幹部シルビアが指揮していた強化モンスター開発局残党の陰謀の阻止。

 戦場において無敗を誇る騎士王。

 

 

 多くの強敵を討ち倒し、そして二人は頂へと登り詰めた。

 

 歴史の中でも最強と呼ばれるほどの魔法使いと呼ばれるほどの力をつけた。

 彼女は紅魔の里に戻り、そのまま族長を務め、里や世の平穏を守った。

 

 エリス教の最強のアークプリーストとして多くの人を導く聖女となり、死ぬことなく女神エリスの元へと辿り着いた。

 

 

 

 激動の冒険を終えた後、穏やかな日々を過ごした魔法使い。

 里で静かに暮らしていると、何故だか魔王を倒したパーティー御一行のドタバタに巻き込まれる。

 魔王を倒した青年のセクハラ騒動、友人の爆裂騒動、物が忽然と消える事件に、里近くにモンスターの飼育を無断で行ったことによる事件など様々だった。

 今更友達を増やそうとかは思っていないし、出来れば静かに暮らしたい。

 彼らのパーティーの人達のことを友達だなんてことは恐れ多くて思っていないのだが、彼らが「友達であるゆんゆんの力が必要だ」と言ってくるので仕方ない。

 そう思い、ニマニマしつつ彼らの元へと向かっていくのだった。

 

 彼女は老いてなお亡き友のことを想った。

 もしも許されるのであれば、次の生もかつての仲間のような友人に囲まれた人生でありたい。

 そう願い、彼女は静かに息を引き取った。

 

 彼女の人生が素晴らしいものであったかは彼女自身も他の誰かも、神ですらわからない。

 だが彼女の人生は彼女の友人によって本となって世界へ知れ渡った。

 色々脚色されてはいるが、だいたい合ってる、が真に彼女を知る者の感想だ。

 最強の魔法使いもただの人間、そう呼ばれるほどの苦難。

 それでも彼女は立ち直り、突き進んだ。

 そんな歴史の中でも最強と呼ばれた魔法使いに倣い、世の魔法使いは名乗る前にこう言うのだ。

 お控えなすって、と。

 

 

 聖女としての自覚は無いが、多くの人を導いたアークプリースト。

 困った時はだいたい拳が解決してくれる。

 それが彼女の持論だった。

 迷える人達にボクシングを教え、子供達にボクシングを教え、病気に苦しむ人にもボクシングを教え、暇している老人にもボクシングを教えた。

 頑張ればなんとかなる。

 時に厳しく、ある時も厳しく。

 周りからはスパルタ聖女と呼ばれたが、なんのその。

 彼女の明るい性格と人を決して見捨てず、諦めない姿勢に周りの人達は導かれていた(諦めていた)

 エリス教会はボクシングジム。

 そう呼ばれたとかいないとか。

 ただエリス教に入る人間はみな健康的で引き締まった体をしていることが有名になり、世の女性がエリス教会に殺到したらしい。

 女神エリスは集まる信仰が急激に高まり、神として力を上げていく一方でこう思った。

 どうしてこうなった。

 

 

 エリス教会がボクシングジムと呼ばれて数年が経った頃。

 一年に一度開かれる祭典、女神エリス感謝祭にてボクシング大会が開かれるようになる。

 その健闘や勝利を女神エリスに捧げるものなのだ。

 その大会にヒナギクが飛び入り参加して優勝を掻っ攫っていくのを見ながら女神エリスはこう思った。

 マジでやめてほしい。

 

 

 聖女としてボクシングを教える日々を過ごしていた彼女はある時ふと気付いた。

 自分の中には不思議な力があることを。

 ポケットの中の硬貨でも取る感覚でそれに手を伸ばすと、彼女は人間をやめて天使になっていた。

 まるで別世界からきた自分のように羽を生やした姿になっていた。

 その時突然女神エリスが現れ、天界に来るように誘われる。

 すでにこの世界での役目は終わっていると感じ始めていた彼女は即答で付いていくと答え、天界へと至った。

 彼女は天界での修行と仕事をする中で自身の世界で関わった人達の死を見届け、魂を見送った。

 

 女神エリスのボディタッチがやたら多いことを少し気にしつつも、仕事の休憩で楽しみにしているとある世界の日常を眺める。

 自分達の過ちを止めに来てくれた彼。

 彼が過ごす日常を見るのが好きな彼女はいつの間にかそれが習慣になっていた。

 私だけがこんなのズルイかな、なんて思いつつもやめられず、彼の姿を眺める。

 今日も彼は楽しそうだ。

 自然と彼女も笑顔になる。

 

 今日も今日とて彼女は女神エリスにお尻を触られながら天界の仕事とボクシングを頑張るのであった。

 





平行世界のお話は終わり。
出来るだけハッピーで二人らしい終わり方にしてみました。
シリアス続きでしたが、どうだったでしょうか。

でも、まだ六章は続くんじゃ…。
みんな忘れてるかもしれないけど、まさよし君一人で円卓の騎士と戦ってるしね。


この連休の土日にデイリーランキングに入ることが出来ました。
高評価を入れてくださった方のおかげです、ありがとうございます。
読んでくださる人が増えて大変嬉しく思います。
またランキングに入れるように頑張りたいと思います。


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90話

真面目な描写多めで疲れたので文字数はいつもより控えめ。

90話です。さあ、いってみよう。



 

 一人には慣れている。

 だから一人で円卓の騎士を相手取ることを選んだ。

 前の戦場では乱戦であったが故にやられたが今は一対一、負ける道理は無い。

更に言えば彼等のパーティーの連携を崩すような真似はしたくなかった。

 それに彼等は余のせいで戦いに巻き込まれた。

 ならば余が一人を引き受けるのは当然だろう。

 そう思っていた。

 

 だが今になって後悔している。

 やはり誰かに援護を頼みたかった。

 そうすれば状況も幾分マシだったかもしれない。

 

 ズルズルと大剣を引き摺る音が近付いてくる。

 まるで死刑執行人が近付いて来てるかのようだ。

 この音をわざと聞かせているのだとしたら、あの円卓の騎士は相当性格がねじ曲がっている。

 

「こんなところで…」

 

 木を背にした余は思わず独りごちた。

 木を背にしている理由は単純明快。

 そうでもしてないと立っていられない。

 致命傷ではないが、身体はボロボロ。

 躱しきれずに何度か打ち合っただけでこんな無様を晒すとは。

 王家に代々伝わる魔法も通じなかった。

 どれだけの魔法抵抗力や魔法防御があれば、余の魔法を正面から食らって、傷一つ無く涼しい顔をしていられるのか。

 

「見つけた」

 

 まるで死刑宣告。

 余を見つけるや否や引き摺っていた身の丈を越える大剣を片手で軽々と持ち、飛んでくるように余に近付いて来た。

 小さい身体からは考えられない怪力で大剣を振り回し、嵐のように攻撃してくるのを見ると同じ人間とは思えなかった。

 余はすでに動くことが出来ずに剣でガードすると凄まじい力で後ろの木をぶち抜いて後方へと吹き飛ばされた。

 ボールのように飛んで何本も木を折り、勢いを失った頃にゴロゴロと地面を転がった。

 

 ああ、一人に慣れているはずだったのに。

 どうしてこんなに後悔の念が押し寄せる。

 

「一人じゃなければ……こんな…」

 

 歯痒い。

 悔しい。

 そんな思いで思わず口にしてしまった。

 

 

「おいおい、何言ってんだこの野郎。ぼっちっていうのは何でも一人で出来てこそ名乗れるもんだ。まさよし君はぼっち失格だ」

 

 

 振り返ると彼等がいた。

 

「バカなこと言ってないで早く助けるわよ!」

 

「そうだよ!今、回復魔法をかけますね!」

 

「遅くなってしまい申し訳ありません、ジャティス王子」

 

 待ち望んだ声と顔。

 駆け付けてくれたのか。

 あの騎士を倒して。

 

「立てこの野郎。早く倒すか逃げるか、しようぜ」

 

「……遅いぞ、馬鹿者」

 

 湧き上がる力に任せて立ち上がる。

 自然と余は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうするよ」

 

「出来れば『テレポート』で逃げたいのですが…」

 

「それはならん。ここであの騎士を倒す」

 

 ジャティスが言い切るが、ジャティスがここまでやられる相手をどう倒したものか。

 パラメデスを相手取った時と戦い方は変わらないだろうから、あのサフィア相手に前衛を張るのは難しい気がする。

 

「どうにか時間稼ぎ出来ないか?余の必殺剣スキルを使えば確実に倒せる」

 

「何その必殺剣って」

 

「余の一族に代々伝わるものだ。ただ使うのに時間がかかる。十秒ほどだ」

 

 長えよ。

 

「サフィア相手に十秒ですか…」

 

 トリスターノも顔が引き攣っている。

 時間稼ぎについて話始めようとした時、ズルズルと何かを引き摺る音が聞こえ始めた。

 

「あの騎士が来る。任せていいか?」

 

 引き摺っているのはあの馬鹿でかい剣か。

 だが、俺達に出来るだろうか。

 あの円卓の騎士一の筋力を持つ騎士を相手に十秒の足止めなど。

 

「僕の力を使えば、もしかしたら時間を稼げるかも」

 

「ヒナの力?」

 

 ヒナの力っていうと

 

「ボクシングか」

 

「違うよ!!天使の力だよバカ野郎!」

 

「どう使うんだよ?飛んで持ち上げて落とすとか?」

 

「いや、何その戦法!?僕の支援魔法と全力の天使の加護をヒカルに掛けてあげれば、かなり強化出来るはずだよ」

 

「そんなんあるのか」

 

 こいつが天使として活躍してるの飛んでるところしか知らないしな。

 というか天使の加護とやらで俺のことを守ってくれれば世界を渡る時に気絶とかしなくて済んだんじゃないのか?

 

「ねえ、本当に大丈夫なの…?」

 

 ゆんゆんが心配そうに尋ねてくる。

 戻ってきた時に泣き止ませるのは大変だったし、心配なのは当然だろう。

 正直俺も天使の加護を知らないから何て返せばいいか、わからない。

 

「リーダーは狂戦士で前衛として確かに適任なのですが、サフィア相手となると私も行って欲しくないのですが…」

 

 トリスターノも同じ意見のようだ。

 

「来るぞ!」

 

 まだ話し合いの途中だと言うのに、お相手さんは来てしまったようだ。

 大剣を引き摺る騎士が数十メートル先まで来ていた。

 

「ゆんゆん、『テレポート』の準備を頼む。最悪ジャティスも無理矢理連れて行け」

 

 ゆんゆんにひそひそ声で話すと、頷き返してきた。

 

「何故お前達がここにいる?」

 

 こちらを睨みながら少年の声で聞いてくる。

 

「私が討ち取らせていただきました。私の『ラウンズスキル』で」

 

「………嘘をつくな。騎士モドキが」

 

「では何故私達はここにいるのでしょう?何故パラメデスの姿は見えないのでしょう?」

 

「貴様っ!」

 

「お前なに煽ってんだこの野郎!?」

 

 トリスターノが煽るせいでサフィアはすぐに突っ込んで来そうだ。

 

「すみません。サフィアも嫌いです」

 

「円卓の騎士めんどくせえ!」

 

 サフィアが大剣を片手で持ち上げる。

 引き摺るのをやめたということは、来る。

 

「ヒナ、すぐに俺を強化してくれ!ゆんゆんは準備!トリスターノは弓で援護!ジャティス、しっかりやれよ!」

 

『了解!』

 

「シロガネ…いや、ヒカル。任せたぞ」

 

 サフィアが地面を砕きながら、こちらへと迫ってくる。

 ヒナの支援魔法と天使の加護とやらが俺に掛けられると、体は羽のように軽くなり、それでいて身体中に力が漲り、突っ込んでくるサフィアの動きもよく見えるようになった。

 

 これなら戦える。

 

 そう確信してしまうほどの力が身体中を巡っていた。

 後ろでは魔力が集まっていくのを感じながら、俺もサフィアへと突っ込んでいく。

 同じく天使の加護が掛けられた刀の鯉口を切り、サフィアの大剣に合わせて引き抜いた。

 

 凄まじい衝突音と共に地面が地割れでも起きたかのように砕け飛ぶ。

 お互いの衝突と踏ん張った力でここまでの力が出たのだ。

 

「っ!!??」

 

 サフィアの顔が驚愕で染まる。

 きっと真正面から攻撃を受けて、踏ん張ってきたやつはいないか、もしくは少ないのだろう。

 とはいえ一瞬でも気を抜いたら殺られるのは間違いない。

 こちらも殺す気で戦う。

 もうパラメデス戦のような躊躇はしない。

 

「うおおおらああああああああああ!!!」

 

 一瞬の間に何度も剣と刀がぶつかり合う。

 ド派手な交通事故でも起こしたかのような音と衝撃が辺りへと響き渡る。

 後ろからでもわかるほど魔力が高まっていくのを感じた。

 

「ふざけるな!!お前らなんかに僕達兄弟がやられるものかーーーー!!!」

 

「こっちは大真面目だ馬鹿野郎おおおおおおおおおおお!!!」

 

 呼吸を止めて、力任せに相手の剣に合わせて刀を振るう。

 数秒が経ったか、それとも一瞬の出来事か、決死の力で下から打ち上げるように振られた大剣に押し負けて吹き飛ばされる。

 俺を呼ぶ声が聞こえて、すぐに俺は空中で止まった。

 飛んだヒナが俺をキャッチしたらしい。

 

「大丈夫!?」

 

「俺はいい!早く降ろしてくれ!」

 

 足止めがいなくなり、真っ直ぐにジャティスへと距離を詰めるサフィア。

 

「大丈夫だよ、もう勝ったから」

 

 そうヒナが言った後に、ジャティスは剣を高く掲げた。

 金色に光る魔力を纏った剣は、空から光が差したような光景だった。

 ジャティスの周りはピリピリと電流が走るような光が迸っていて、更に剣の光が増した瞬間。

 

「『セイクリッド・エクスプロード』ッッ!!」

 

 ジャティスの全身全霊の叫びと共に、迫るサフィアへと剣は振り下ろされて、視界は光で覆われた。

 

 

 

 

 あれから一日が経過した後、ようやく目的地である戦場へとたどり着いた。

 ジャティスが戦線を離脱した後も戦いは続いていたらしく、多くの戦死者を出したものの退かずに魔王軍とグレテン軍の連合軍と戦っていたという。

 後から聞いた話だが、もう退却を始めるギリギリだったらしい。

 戻ってきたジャティスは戦場で高々とサフィアの剣を掲げて、円卓の騎士を二人倒したことを宣言するとベルゼルグ軍の士気は上がり、連合軍は気圧されて士気は下がった。

 宣言を聞いたグレテン軍はすぐ様撤退を始めた。

 そのグレテン軍率いるラモラックはジャティスを睨み、貴様の首を獲る準備をして戻ってくるだろうと宣言し、帰っていった。

 

 戦場での出来事はこんな感じ。

 ジャティスを始めとした多くの人にお礼を言われた後、俺達は『テレポート』でアクセルに帰ることにした。

 円卓の騎士を相手にしたり、俺は俺で世界を渡ったり、また急かしてくるジャティスに押されて戦場まで急いだりしたせいで俺達全員は疲労困憊だった。

 ヒノヤマに向かうにしても約一日は歩かないと着かない上に山を登る元気なんて無かった。

 それに強いモンスターも生息しているとかで戦闘を考慮するとヒノヤマに向かうことは現実的ではなかった。

 ヒナもアクセルに戻ることを提案していた。

 なんでも元魔王軍幹部のヒナの父親がヒノヤマで暮らすことを黙認する代わりに魔王軍との戦いに干渉しないのがルールなのだとか。

 円卓の騎士ラモラックの言うことが本当であれば、ヒノヤマに近いこの地域の戦の規模が大きくなるかもしれないことを考えると、巻き込むわけにはいかず、ヒノヤマに戻るのは危険だというのも理由の一つだ。

 一応ヒナに本当に戻っていいのかと聞いてみたが

 

「僕のお母さんがすごく残念がるだろうけど、しょうがないよ」

 

 と言っていたし、何故だかヒナ自身はそこまで残念そうにはしていないように感じたので、アクセルに戻ることが決定した。

 

 ジャティスからはこの戦の参加者には王城で開かれるパーティーに招待することになっていて俺達も呼ぶから是非来るように言われた。

 それに適当に返事しつつ、俺達はアクセルの我が家へとテレポートした。

 

「あ、パーティーと言えば」

 

「なんだよ、腹減ったのか?」

 

「違うよ!お母さん達パーティーの準備してたかも…」

 

「ああ、俺達の歓迎会的な?」

 

「うん、それと明日は僕の誕生日だし」

 

「「「え?」」」

 

「え?」

 

 数秒の沈黙の後、ヒナが焦ったように

 

「……あ、あれ、僕言ってなかったっけ?」

 

「知らねえよ」

「初めて知りましたよ…」

「ど、どうしよう!?プレゼントとかパーティーとか準備しなきゃ!」

 

 俺とトリスターノは呆れながら、ゆんゆんだけはオロオロしながら明日をどうするか考えていた。

 

 五月五日はヒナの誕生日だそうだ。

 




後書き長め。

五月五日は何の日〜?
まあ、あの世界ではただの平日とかかもしれませんね。
次回で一応六章終わり、だと思います。
本当はラモラックも倒す予定だったんですけど、真面目描写が疲れました。

土日の後も火曜日ぐらいにまたデイリーランキングに入りました。
ありがとうございます。
評価も50人を越えて、ゲージ全てに色がつきました。
しかも現段階では真っ赤ですね。
本当に嬉しいです。
色々目標がありましたが、この連続デイリーランキングで多くの目標をクリアして、更には平行世界のお話も書き終わって、軽く燃え尽き症候群になってました。
お気に入りもかなり増えて、書く前の予想を遥かに上回るものになりました。
ここ好きも地味に増えてて嬉しいです。
最高評価をいただくのは本当に光栄なことだと思っています。
なんと表現していいかわからないぐらい読者様方には感謝しています、本当にありがとうございます。


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91話

説明回なので文字数多め。

91話です。さあ、いってみよう。



 

「起きて」

 

「むり」

 

 何度も身体を揺さぶられて目を開けるが、窓の外は暗かった。

 ふざけんなこの野郎。

 昨日疲れ倒してようやく帰ってきて、まだ数時間しか寝てねえだろうが。

 

「エリス様が呼んでるんだ。僕も疲れてるから行きたくない気持ちは一緒だよ。お願い、起きて」

 

 こいつがエリス様に呼ばれてるのに行きたくないと言っているのに違和感を感じて布団から顔を出すと目が合った。

 表情を見ると、なんとなく面倒くさそうというか疲れた顔をしていた。

 前のこいつだったら使命感に駆られた感じで俺を引き摺ってでもエリス様の元に行きそうなのに。

 

「エリス様も上の神様に報告する為にも早めにしなきゃいけないんだって。準備して」

 

「はあ……まあ、生き返るチャンスもらったしなぁ」

 

 しょうがない、起きてさっさと向かうとしよう。

 

 

 

 

 まだ朝三時過ぎ。

 外は暗く、少し寒い。

 俺達がこれから向かうのはアクセルの街の一番大きなエリス教会。

 俺やヒナにはお馴染みの場所だ。

 いつもエリス様に呼ばれて行く場合は大抵碌でもないことになるが、今回ばかりは違う。

 隣を歩くヒナはクソ真面目な顔をして、しばらく無言で歩いていたが、教会まで半分を切ったあたりで口を開いた。

 

「ねえ、クリスさんって、エリス様だよね?」

 

「えっ。ああ、そうだけど…」

 

 いきなり聞かれたので特に考えもしないで返事をしてしまった。

 でも、今更隠したりしてもしょうがないし、特に問題は無い……はず。

 

「やっぱり…」

 

 そう呟いたヒナの目は鋭く、まるで睨んでいるかのように教会を見ていた。

 

「あー、ヒナ?何でわかったんだ?」

 

「僕が天使になったからかな」

 

 なんか不機嫌だ。

 どうしたんだ、こいつは。

 

「そんな天使ってすごいのか?」

 

「うーん、そうじゃないんだけど色々理由があるんだ。これも後で説明するよ。もう一つ質問いい?」

 

 そう言いながら足を止めて、俺すらも睨みつけるかのような視線で見てきた。

 俺も止まって何だ?と聞くと

 

「ヒカルはいつからクリスさんの正体を知ってたの?」

 

「初めて教会に行った時に、知った、けど?」

 

 初めて教会、のあたりでヒナの目は完全に俺を睨みつけるようになっていて、その迫力に少し負けてしまった。

 一体何だと言うのだ。

 

「じゃあヒカルはほとんど最初からクリスさんの事は知ってたわけだね?」

 

「あ、ああ、うん。色々あって…」

 

「ふーん、色々ね」

 

 そう言うと、また歩くのを再開した。

 俺が急いで着いていくと、そこからは無言になってズンズン歩いていく。

 なんとなく気まずく感じて後ろから話しかけた。

 

「あー、その、プレゼント何がいい?」

 

「プレゼント?」

 

「今日はお前の誕生日なんだろ?お前ってなんか物欲無いから何選んでいいのかわからないんだよ」

 

「えー、うーん」

 

 悩み始めたヒナは目の鋭さが無くなった。

 我ながら良い話題の変え方かもしれない。

 

「まあ、今すぐじゃなくてもいいけど何か希望があれば言ってくれよ」

 

「んー、ニホンの食べ物とか食べてみたいなぁ」

 

「……なるほどね、食欲だったか」

 

 物欲は無かったが食欲はあったな。

 そんなことを思っていると教会に着いたのだが、ヒナは扉の前でウンウン悩んだままだ。

 そして何かを思い付いたようか顔になり、

 

「僕、カレー食べてみたい」

 

 などと宣った。

 

「お前、カレー知ってんの?というかこの世か…じゃなくてこっちでカレー作るのは難しい気がするぞ」

 

 この世界には他にもラーメンとかも無い。

 あとソースとかの調味料もない。

 日本から伝わった料理も多いが、色んな香辛料を混ぜないといけない調味料だったりを使う料理はこの世界には無い。

 その料理の一つがカレーだ。

 

「多分大丈夫だよ」

 

「何で?」

 

「僕がちゃんとこっちでも作れるように代わりになる食材を見つけるから」

 

「……何でそんな自信満々なんだよ」

 

「とにかく僕なら見つけられるよ。後で説明した時にわかるからさ。じゃあ入るから着いてきて」

 

「はいよ」

 

 カレーの話をしている時は楽しそうだったというのに、扉に触れた途端にまた睨みつけるような視線の鋭さになった。

 エリス様に会うのに緊張しているのだろうか。

 俺の高校の後輩で先輩相手にガチガチに緊張して表情が硬くなりすぎてるせいで先輩の一人に「お前なにガンつけてんだこら」と理不尽にボコボコにされた奴を思い出す。

 あれは可哀想だったが、あの後輩とは違って肩の力は抜けてるし、緊張ではない気がする。

 以前会ってた時はもっと嬉しそうな感じだった気がするんだが…。

 

 ヒナが扉を開けて入るのに後ろから続く。

 中は少し薄暗かったが、祭壇の前にいる存在はまるで何処からかスポットライトでも当たっているかのようにハッキリと見えた。

 

「エリス様。ヒナギク並びにシロガネヒカル、両名ただ今参りやしゃ…」

 

 噛んだ。

 俺が隣からヒナを見ると、ドンドン顔が朱に染まっていく。

 

「お前そんな難しい言葉使わなくていいんじゃねえの?」

 

「う、ううううるさいな!たまたま噛んじゃったの!いつもならスラスラ言えるもん!」

 

「嘘つくなよ。天使になったからって格好つけなくてもいいだろ」

 

 俺の言葉を聞いたヒナの顔は耳まで真っ赤になって、唾を飛ばしてギャンギャン吠えるように俺に返してくる。

 

「違うから!そんなんじゃないよ!神様相手に改まるのは当然でしょ!?ヒカルがおかしいんだよ!」

 

「報告に来ましたーとかでいいだろ。背伸びするからそうなんだよ」

 

「誰がチビだ!」

 

「言ってねえよ!」

 

 睨み合いになって数秒後には取っ組み合いが始まるかのように思えたが、コホンとエリス様がわざと咳き込んだ。

 

「こんばんは。ヒナギク、ヒカルさん」

 

 まるで女神のような微笑みで挨拶してくる。 

 あ、女神だったわ。

 ヒナがいるせいかニコニコしている。

 

「ヒカル、さん…?」

 

 ヒナが小さく呟いたのが聞こえつつも俺が挨拶すると、ヒナも俺に続くように挨拶した。

 めちゃくちゃエリス様を睨みながら。

 

 エリス様もすぐにヒナの様子に気が付いたのか、俺を何度も見てきて「ヒナギクはどうしたんですか?」と言いたいかのようにアイコンタクトを送ってくる。

 俺が知らん、と顔を横に振るとショックを受けた顔で固まった。

 

「随分と仲が良いんですね?」

 

 ヒナから冷たい声が聞こえて、ヒナの方を見ると、俺とエリス様を交互に見ていた。

 

「え、ええ、ヒカルさんは下界での私の協力者ということになっていますから。そ、それも後で説明しましょう」

 

「……はい、納得がいくまでお願いします」

 

 エリス様がその言葉を受けてから、めちゃくちゃキョドりながら

 

「で、では報告をお願いします」

 

 と言われて、平行世界で起きた事の報告が始まった。

 

 とはいえエリス様が世界を渡る前に言っていた情報規制とやらでかなり忘れてしまっている。

 なんとなくぼんやりとしたような、夢の中の出来事を思い出すかのようだった。

 俺が死んでしまって、ひとりぼっちになってしまったゆんゆんは魔王の娘と結託し、俺や()()を蘇らせる儀式を行おうとしていた。

 それを止めるのが俺の役割だった。

 カズマ達と()()()()()で行おうとされている儀式を止めに行ったのだが、何処の城だったか覚えてないし、カズマ達の姿も曖昧にしか思い出せない。

 その城の主となったゆんゆんと最終的には『喧嘩』という素手の勝負に持ち込んだ。

 何故か『喧嘩』のところはハッキリと覚えているが、多分情報規制する必要がないからだと勝手に思っているが、詳細はわからない。

 あっさり勝てるところをヒナに乱入されて二体一で戦うハメになったが、なんとか勝利を収めた。

 ()()()()()()卑怯な手を使ったせいで二人を怒らせてしまい、気絶したところにこの世界のヒナがやってきた。

 俺はここまで報告して、ヒナを見ると呆れた顔で俺を見ていた。

 

 そういえば帰る帰ると言っていたヒナに何があったかは説明していなかったな。

 多分だが、喧嘩という手段で世界を救ったのかこのバカは、とでも思っているのだろう。

 ヒナは呆れつつも、すぐに表情を正して俺の報告の続きを話し始めた。

 

「成程、だいたいわかりました。まずはご苦労様でした。そして、よくぞ成し遂げました。創造神様もきっと納得することでしょう」

 

「今更何言われても、エリス様にしがみついてでもこの世界に居座るからな」

 

「ふふふ、わかっていますよ。ですが、ヒナギクが連れ戻しに行くと言って勝手に向かっていった時はどうしようかと思いましたよ」

 

「僕なら出来ると思いました。それに天界規定は破っていません。僕はまだ天界の存在ではありませんから」

 

 軽く注意するように言ったエリス様に対し、平然とヒナは言ってのけた。

 その言葉を受けて、エリス様は引き攣った苦笑を見せた。

 本当にヒナはどうしてしまったのか。

 

「ヒ、ヒナギクに聞きたいことがあります。私のこの部屋に自力で来ましたし、翼で飛ぶのも世界を渡るのも時間を超えるのも一瞬でやってのけました。つまりあなたは」

 

「はい、僕は『全知』の能力があります」

 

 え、なに?ぜんち?

 

「……天界での修行何百年分をスキップしたのは、やはりそれが原因でしたか…」

 

 よくわからないが、ヒナが俺を連れ戻しに来たことは普通じゃ出来ないことなのか?

 

「ヒナギク、正直言ってかなり危険だったのですよ。『知識』があっても実際『行動』するの は別物です。翼で飛ぶことは良いとしても世界や時間を超えるのは下手をすれば戻って来れなくなっていたのですから」

 

 は?

 このお子ちゃま、やべえことやってんじゃん。

 

「向かう時は何回も失敗して、紅魔族の瞳をしたヒカルがいた世界とかにも行きましたが、すぐにコツは掴みました。帰りは少し迷った程度で済みましたので問題ありません」

 

「問題大ありだよ馬鹿野郎!お前戻れなくなってたらどうすんだ!?というか俺が気絶してる間にお前迷子してたのかよ!」

 

 もう紅魔族の格好した俺とかスルーだよ、相当愉快な世界か血迷ってるかのどちらかだろう。

 そんなことはどうでもいい。

 こいつ、帰れなくなるかもしれないのに何でわざわざ俺のこと連れてったんだよ。

 エリス様に送ってもらえば何もかもが済んだ話だっていうのに。

 

「だってヒカルがすぐ気絶するから…」

 

「俺のせいかよ!」

 

「似た世界も多いし…」

 

「……おい、待てこの野郎。どうやってその多くある内の世界の中からこの元の世界を見つけたんだ?」

 

 

 

「勘」

 

 

 

「おいいいいいいいい!!!エリス様!ここは元の世界だよな!?違う世界じゃないよな!?」

 

「え、ええ、この世界で合ってますよ」

 

 エリス様が落ち着くように言ってくるが、これが落ち着いてられるか。

 こいつ何でこんな滅茶苦茶してくれてんだ!?

 

「ぼ、僕だって今思えば無計画で危ないことをしちゃったなって思ってるよ!でもヒカルが心配だったんだよ!」

 

 ……そう言われると、何も言い返せないが…。

 

「それに、あっさり死んじゃったヒカルが生き返る為に別の世界を救いに行くなんて無茶振りにもほどがあるでしょ!『銅の剣一本支給するから魔王を退治してくれ』っていうぐらい無理な話だよ!」

 

「うるせえこの野郎!お前は俺を心配してるのか、貶したいのかどっちだ!」

 

 まあまあ、と仲裁に入ってくるエリス様のおかげで喧嘩にならなかった。

 

「ヒカルさんには『全知』の説明をしておきましょうか」

 

 そういえばヒナがやった事がヤバすぎて、聞いてなかった。

 

「『全知』とはあらゆる知識を知る事が出来、物事の本質を見極めることが出来る能力です。全知全能の全知の意味ですね」

 

 えーっと、つまり

 

「僕の頭の中は図書館とかインターネットになったってことだよ」

 

 やっぱりそんな感じの解釈でよかったのか。

 ………ん?

 

 

 こいつ、インターネットって言った?

 

 

 

「……ヒナギク、その様子だと」

 

「はい、僕は『全知』の能力でニホンが異世界だという事を既に知っています」

 

「っ!?」

 

 俺、それに多分ヒナの父親もその事に関してはかなりデリケートに扱ってきた話なのに、こいつはあっさり意味の分からん能力とやらで知っちまったのか。

 

「ヒカルもお父さんも僕がニホンの場所を聞くと、いつも曖昧だったり誤魔化してくるから何かあるとは思ってたけど、まさか違う世界だったとはね…」

 

 ヒナの表情は悲しそうな顔で目を伏せていた。

 当然だ、こいつの憧れの場所はこの世界には存在しないのだから。

 

「ヒナ、その、悪い」

 

 上手く言葉が出てこなくて、言葉少なに謝ってしまった。

 ヒナは悲しそうなままではあったが、少し微笑み頷いてきた。

 

「僕がカレーの食材を探せるかもしれないって言ったのは『全知』の能力があるからだよ」

 

 教会に向かう道中に自信満々に言ってたのはそういうことか。

 もしかしてクリスとエリス様のことに関してもその『全知』が関係しているのかもしれない。

 それにしてもあらゆる知識、か。

 ヒナが日本のことを知ってしまったのは心苦しいことだが、カレーが食べられるかもしれないのは正直楽しみでしょうがない。

 日本からこの世界に来て、何度もこの世界で食べられない食べ物のことを懐かしんだことか。

 

「報告や情報の交換をしましたが、これで以上ですか?」

 

 エリス様に聞かれて、ヒナに視線を送ると首肯が返ってきたので俺もエリス様に向かって頷いた。

 エリス様は俺が頷いてきたのを確認するように頷き、真面目な表情で切り出してきた。

 

「では、今後の話をしましょうか」

 

「はい?」

「今後?」

 

 報告も終わったし、この秘密会議みたいなのももう終わりかと思っていた俺とヒナはきょとんとして聞き返した。

 

「ヒナギク、貴方には天界に来ていただきます。天界での修行は無しで、そのまま私の元で私のサポートをしながら仕事を覚えてもらいます」

 

「……」

「い、いやいやいやいや!ちょっと待ってくれ!」

 

 呆然とするヒナの代わりに俺がツッコミを入れる。

 

「ああ、すみません。ちゃんと数日間の猶予は与えますよ?お別れの時間は必要なのは理解していますから」

 

「そういう問題じゃねえんだよこの野郎!」

 

「では何でしょう?ヒナギクは人の身を超えて天使となったのです。天界に来るのは必然でしょう?」

 

「だ、だからいきなり過ぎるだろ!ヒナもびっくりしすぎて何も話せてねえし!」

 

 俺が慌てて口を挟むのとは対照的にエリス様は落ち着いてニッコリ笑って俺の言葉に返してくる。

 

「いきなりも何も、天使になってしまった以上、下界でフラフラ出来るわけがありません。ヒナギクは神に通じる程の『神聖』を宿しています。その『神聖』の力強さ故に、既に創造神様にもヒナギクが天使になってしまったこともバレてしまっています。それに『天界の存在では無いから規定は知りません』という屁理屈がまたあっては困りますからね」

 

 こ、こいつ!

 理屈は確かに通ってる…ように感じるが、早くヒナギクに来て欲しいだけだろ。

 ヒナは来る前の睨む程の眼力は何処へ行ってしまったのか、ただ俺とエリス様のやり取りを呆然と眺めている。

 

「ちょ、ちょっと待てって…」

 

「待ちますよ?数日間の猶予を与えると言ったじゃありませんか」

 

「だからそうじゃねえっての!ヒナが天界に行くこと自体に反対してるんだよ!」

 

「反対、ですか?」

 

 わざとらしく首を傾げながら聞いてくるせいで苛々が募る。

 この神様は、頭の中がお花畑になっているのだろう。

 

「反対だよこの野郎!こいつは、あれだよ!その、マジであれだから!」

 

 やばい、何も思いつかない!

 何か無いか!?

 このヒナギク大好き神様を説得出来る何かは無いのか!?

 

「あれ、と申されましても…」

 

「お、俺の…その、家族だ、し」

 

「ええ、存じてますよ」

 

 そりゃそうだ。

 クリスとして俺達ともいたことがあるんだから、そんなことは知ってるわ。

 ああもう、くそ。

 家族……そうだ、家族だ。

 

「エリス様、ヒナはまだ十四だ」

 

「今日で十五ですよ、めでたいですね。パーティーは是非私も参加させてください」

 

「やかましいんだよこの野郎!ヒナはまだ十五だ!どう考えても天界に行くには早すぎるだろ!それにまだ家族と一年も離れてないのにホームシックになってるんだぞ?まだまだ精神は、あーいや精神も未熟だ」

 

「ねえ、何で今『も』って言ったの?」

 

 いきなり再起動したヒナが俺を睨みながら聞いてくるが、そんな場合じゃない。

 

「お前は何でこんな時だけ突っかかって来るんだよ!お前も言い返せ!天界に行くことになっちまうんだぞ!?」

 

「それは、でも…」

 

 何で言い淀んでだよ。

 

「ヒナギクは人としても、天使としても天才です。その才能を野放しにしておくと思いますか?家族の仲を引き裂くのは私としても辛く思います。ですが、ヒカルさんが思っている以上にヒナギクの存在は大きいのです。天使となってしまった以上、諦めてもらうしかありません」

 

「諦める!?家族を諦めろって!?ふざけんなこの野郎!!」

 

「ヒ、ヒカル…」

 

「私は大真面目ですが」

 

「俺は絶対に諦めないぞ!断言するが、こいつにはまだ早い!」

 

 日本にいる家族は俺が死んでしまったせいで置いてきてしまった。

 それはもう、どうしようもないことだ。

 だから、だからこそ。

 今いるこの世界の家族だけは絶対に失わないし、失わせない。

 ヒナが天界に行くことになれば、失わせる痛みを、失う痛みを同時に味わうことになる。

 大人になったヒナはどうか分からないが、今のヒナにはきっと耐えられない。

 いつも気を張っているが、たまに甘えてくるヒナを見ているとよくわかる。

 まだヒナには早い。

 

「……では、ヒナギクはどう思っていますか?」

 

「え、ぼ、僕ですか?」

 

「はい、貴方自身はどう思っていますか?」

 

 余裕ぶった態度に腹が立ってしょうがない。

 天界に来ると言ってくれますよね?

 そう言ってるようにしか聞こえない。

 

「しっかり言え!行きたくないって!」

 

「ぼ、僕は…」

 

 ヒナは迷うように俺とエリス様を交互に見た。

 何を迷う必要があるんだ。

 

「ヒナギク、どうしたんですか?」

 

「お前、まだヒノヤマの両親に会ってないだろ!?俺みたいに両親に別れが言えないまま天界に行くのか!?」

 

「っ!」

 

 ヒナは迷っていたのが嘘のように俺の言葉に反応し、俺の方を見て表情を崩した。

 

「そんなのやだ!」

 

 ボロボロと泣き始めて、力の限り叫んだ。

 子供が駄々を捏ねているようにしか見えないかもしれない、それでも今のヒナには必要な行動だった。

 俺に向かって走って、胸に飛び込んでくるヒナを受け止める。

 

「お父さんとも、お母さんともまた会いたい!ヒカル達ともお別れなんて、したくない!」

 

「わかってる。わかってるよ」

 

 頭を撫でて、落ち着かせるように優しく言葉を返した。

 

「お父さんとお母さんに負けないぐらいの仲間が出来たんだって、まだ言ってない!ヒカル達とも、まだやりたい事がいっぱいあるよ!」

 

 涙ながらに叫ぶヒナを抱きしめる。

 ヒナを渡してたまるか。

 そう思い、ヒナを抱きしめながらエリス様を睨んだ。

 俺を冷たい目で見てきている、と思ったが予想は大外れだった。

 エリス様の反応は全くの逆で、優しく微笑みながらこちらを眺めていた。

 俺が呆気に取られていると、エリス様は少しだけため息をついた。

 しょうがないなぁ。

 そんな感じのため息だった。

 

「わかりました、ヒナギクの意思を尊重します」

 

「え……?」

「え?」

 

 あっさりとヒナが天界に行かないことを受け入れた。

 あのエリス様が。

 ヒナギク狂いの女神エリスがヒナギクを諦めた。

 その事実が信じられなくて、逆に何を企んでいるのかと疑う。

 ヒナも俺の胸から顔を離し、エリス様を見つめていた。

 

「ヒカルさんが言うようにまだ精神面は未熟ですしね。本当に、残念でなりませんが今回は諦めます。ですが、数年後には確実に天界に来てもらうことになるでしょう」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。数年?」

 

「はい、ヒナギクの存在を誤魔化せても数年です。創造神様は説得するとして、ヒナギクの存在を知ってしまった違う神々は先程の私のように天界に来るように言ってくるでしょう。その神々を誤魔化すことが出来るのは多分数年が限界です」

 

 ヒナを抱き締める手に自然と力が入った。

 数年なんて、あっという間じゃねえか。

 

「その数年を少しでも延ばすために、ヒナギクの天使の力を封印します。少しでも違う神々にバレないように。あとは幾つかの決まり事を守ってください。いいですね?」

 

 俺とヒナが頷いたのを確認してから、エリス様は話を続けた。

 

「まず封印ですが、天使の力を使えないようにします。簡単に言ってしまえば、天使になる前の状態に戻ると思ってください。この封印を解かない限りは力を使えません。ですが、ヒナギク程の力が有れば封印を自力で解くことも可能でしょう。それは極力避けてください」

 

「は、はい」

 

「次に天界の規定を守ること。規定破りや規定を曲げるのはどうしても目立ってしまいますから、違う神にバレるリスクが高くなりますので」

 

「はい」

 

「それと」

 

 失礼かもしれないが、変なこと言いそうな予感がしてきた。

 このエリス様はそういう神様だ。

 

「この事は内緒にしてください」

 

 口の前に人差し指を添えて、少し悪戯な笑顔を見せてきた。

 なんだ、このエリス様。

 中身が変わってるぞ、もしくはやっぱり違う世界に来てしまったのかもしれない。

 

「ヒナギクのご両親やヒカルさんのパーティーメンバー、それとアクア先輩には話してもいいですが、あとは内密にお願いします」

 

「わかりました」

 

「あと最後に、健やかにお過ごしください」

 

 ヒナギクの頭を優しく撫でて微笑む女神エリス。

 やばい。

 エリス様は多分頭を強く打ったか、ヒナが来ないと知ってショックすぎて人格が変わってしまったかのどちらだろう。

 何はともあれずっとこのままでいて欲しい。

 

「二人の『親子愛』に私は感動しました。それほどの『親子愛』でした。二人の『親子愛』の絆がここまでになっているなんて私は嬉しく思います。二人の『親子愛』を信じて、私はなんとか他の神々を誤魔化してみせます」

 

 めちゃくちゃ『親子愛』を強調してくる。

 何がなんでも俺とヒナを親子設定にしたいらしい。

 

「ヒナギク、数年間しか時間を作れず、申し訳ありません。出来る事なら二人の『親子愛』やヒカルさんのパーティーの行く末を見守りたかったのですが」

 

 心底申し訳なさそうに目を伏せて謝る女神エリス。

 その様子を見たヒナは俺を突き放し、エリス様に向き直る。

 

「そ、そんな!エリス様がぼく、じゃなくて私なんかの為に尽力していただいた事は痛い程に感じました!なんとお礼を言ったらいいか…」

 

「お礼だなんて水臭いじゃないですか。貴方は可愛い我が子同然なのですから」

 

「エリス様!」

 

「おいで、ヒナギク」

 

 ヒナに突き飛ばされて尻餅をついた状態で、ひしっと抱き合う光景にデジャヴを感じていた。

 ヒナを抱きしめてどうしようもない程に緩み切ったエリス様の顔には全くデジャヴは感じないが、なるほど。

 この女神、俺達が親子という脳内設定を保つことで冷静さを失わず、完璧女神を演じることでヒナの好感度を上げた、と。

 いつから頭を使うようになったんだ。

 

 十秒ほどが経ち、恥ずかしそうに顔を赤くしながら離れるヒナと離れていくのを名残惜しそうにヒナを見つめるエリス様を眺めながら俺もいい加減立ち上がった。

 ヒナと目が合う直前で女神の微笑みを取り戻したエリス様は口を開く。

 

「ヒナギク、貴方も少しは我儘に生きてもいいと思います。その年齢で大したものですが、私はずっと心配だったのですよ」

 

「エリス様…」

 

「もし何かあればこの教会に来てください。私が力になりますから」

 

「ああ、そんな勿体無いお言葉…」

 

「ふふ、甘えたくなったらまた私の胸を貸しますからね?」

 

「エ、エリス様…」

 

 女神の微笑みのエリス様に照れながら笑うヒナ。

 なにこれ、ハッピーエンド?

 

 

 

 その後家に帰ることになり、帰る道中に不機嫌だったのは何故か聞いてみたところ。

 

「クリスさんがエリス様ってことは教会でヒカルと戦ってたのはエリス様ってことだよね。でも、よくよく考えたらエリス様があんなことするわけないし、ヒカルがなんかいやらしいことしたり考えたりしたんでしょ?恥ずかしいし、もうやめてよね」

 

 あ、あの女神いいいいいいいいい!!!

 




最近のお話は文字数が多くなることが多いのですが、それにしても文字数が多くなってしまった。
ギャグを挟んだせいとか言わない。

これにて六章はおしまい。
七章以降はこれまで以上に無計画に書いていきます()


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幕間
幕間



さあ、いってみよう。



 

 創造神の間にて

 

 

「創造神様、申し訳ございません。失敗しました」

 

「んなモン見てればわかる」

 

 私がいるのは創造神様の仕事部屋。

 とある報告と謝罪に来た。

 頭を下げて謝罪するが、創造神様の表情は変わらず、足を組んで両足を仕事机に載せている。

 その仕事机の創造神様の手の届くところに拳銃が置いてあるのだが、それだけは仕舞っておいて欲しかった。

 その拳銃と強面の鋭い視線に怯えながらも、報告を続けた。

 

「白銀光の死亡時と蘇生後の報告に私の部屋へ来た時に『ムードメーカー』の回収を何度も試みたのですが…」

 

「わあってるよ。『ムードメーカー』があいつの魂と引っ付いてて回収出来なかったんだろ?」

 

「正確には付いてるどころではなく、同化してます。すでに白銀光自身が『ムードメーカー』と言っても過言ではありません」

 

 私の報告を聞いて、はあと心底面倒臭そうにため息を吐く創造神様。

 私も同じくらいのため息を吐きたい。

 

「ったくメンドクセェことになったモンだ。パッちゃんの世界は何でこんなメンドクセェんだぁ?」

 

「あ、あのすみません。パッちゃんって何ですか?」

 

 正直私が管理してる世界が面倒くさくなったことに関しても私のせいではない気がするのだが、それ以上に気になることがあって優先して聞いてしまった。

 

「あ?そりゃお前、パ◯ドの神様なんだから、パッ」

 

「違います!『幸運』の女神のエリスです!」

 

「大して変わらねえだろぉ?」

 

「変わります!何もかもが違います!!」

 

 思わずため息をついてしまった。

 いけない、と思い創造神様の方を恐る恐る見ると、何かを考えているような難しい表情をしていた。

 

「『ムードメーカー』の回収は諦める。無理言って悪かったな」

 

「い、いえ」

 

 まさか創造神様が謝るとは思わなかった。

 

「なんだあ?変な顔しやがって」

 

「い、いえ、その創造神様に謝られると、その」

 

 創造神様に怪訝な顔で尋ねられて、なんとか返事をするも創造神様の圧力に負けて口が止まった。

 

「お前さんはどちらかと言うと俺と似たスタイルだからな」

 

「え"っ」

 

 思わず口から疑問の声が出てしまった。

 今更口を押さえても意味はないが、押さえてしまった。

 

「なんだあ、てめえ?おじさんと一緒は嫌だってか?」

 

「い、いえいえいえいえ!め、めめめめ滅相もありません!」

 

 なんとか言い繕うが、効果は薄いらしく強面の顔は不機嫌になった。

 早く自分の部屋に帰りたい。

 

「まあ、いい。お前さんは人間側に立ち過ぎるところがある。バカ真面目なフリして実は裏でヤンチャしてるところなんて特におじさんソックリだ」

 

 創造神様がバカ真面目なフリをしたことなんてあっただろうか、そう考え始めると創造神様が私に銃を突き付けた。

 

「なんだあ?お前さん今更自分がヤンチャじゃねえとか言い出すんじゃねえだろうな?」

 

 別にヤンチャではないような…。

 それに疑問に思ったのはそこではない。

 だが、それを言うわけにもいかず、返事を出そうとするも、銃を持っている手が動くような気がして、すぐ様しゃがんだ。

 

 パァン!

 

「ひぃっ!あ、あああの、私そんなヤンチャと言う程…」

 

 羽衣に穴が空いた。

 危なかった。

 

「じゃあ、お前さんが管理してる世界で何で『神聖』持ちが現れたか言ってみろ。三秒以内にな」

 

 そう言って、しゃがんだ私に銃を向け直す。

 まずい、これは。

 

「イチ」

 

 パァン!

 

「2と3はあああああああああ!?!?」

 

 なんとか頭を抱えて横に飛んだおかげで無傷だった。

 無傷とはいえ、その理不尽に突っ込まずにはいられなかった。

 

「世界の管理を行う存在である俺達神はまどろっこしい数字なんて覚えねえで、1だけ知っておけばいいんだよ」

 

「そ、そうでした!申し訳ありません!!あ、あの!私やっぱりすごいヤンチャでした!!創造神様にはいつもご迷惑を…」

 

「わかりゃあいいんだよ」

 

 そう言って銃を向けるのをやめてくれた。

 まさか創造神様と似た存在だなんて…周りにもそう思われてたりするのだろうか。

 だとしたら

 

「お前さん、失礼なこと考えてるだろ」

 

 懐に仕舞いかけた銃をまた私に向けてくる。

 私はすぐに両手を上げて、全力で首を横に振った。

 

「このまま話を続けるぞ。『ムードメーカー』の回収任務、失敗とはいえご苦労だった」

 

 えっ、このまま?

 銃を向けられたまま?

 

「お前さんの協力者でそれなりに知ってる仲みたいだったからな。能力の回収の為にわざと死ぬように仕向けさせたんだ。俺だって謝るぐらいはするさ」

 

「……」

 

 あまり考えないようにしていた事を言われてしまう。

 そう、私は彼が死ぬのを知っていた。

 自分の仕事の為にわざと彼を見殺しにしたのだ。

 そして能力の回収を謀り、失敗した。

 

「だが救済措置も設けた。あの天使もしばらくは見ないフリをしてやる。それでチャラだ。いいな?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「あと『ムードメーカー』のことは他言無用だ。本人にも言うことは許さん」

 

「もちろんです」

 

 私が返事をすると、やっと銃を向けるのをやめてくれた。

 いい加減両手が疲れて来たところだからありがたかった。

 

「じゃあ帰れ。パッちゃん」

 

「エリスです」

 

 

 

 

 

「はあ…。本当に面倒なことになりましたね」

 

 自分の部屋に戻り、思わず独りごちる。

 最近は想定外のことばかり起きる。

 ヒナギクの覚醒に、『ムードメーカー』のこと。

 ヒナギクのことに関してはほぼ話が決まっているのでいいとして、問題は『ムードメーカー』だ。

 創造神様に『ムードメーカー』のことは誰にも話すな、と言われたが誰にも言えるわけがない。

 

 『ムードメーカー』とはよく言ったものだ。

 どれだけ場を盛り上げることが出来る人間でも一人でいるのなら、それはただの騒がしい人だろう。

 だがその人の周りに一人、また一人と集まっていけばいくほど、盛り上げる人物の場を盛り上げる力は強くなっていく。

 それは集まって来た人たちも影響を受けて、更に周りへ広がっていく。

 

 

 『ムードメーカー』それはそんな能力だ。

 関わった人達に影響を与えていく。

 効果を与える人が多ければ多いほど、信頼が深くなっていくほど、その能力は強くなっていき、影響を与えた人達の力すらも自分の力にする。

 条件は厳しく、大器晩成型の能力ではあるものの、その能力が実った場合それは恐ろしく危険な能力になり得る。

 人の繋がりが増えれば増えるほど、力は増幅していき、無限を超える力を得る。

 それはありとあらゆる存在を超えて、神すらも届かない力になる。

 ただ一定数人が増えなかったり、『ムードメーカー』の能力を正しく理解していないと自身の力にする能力はなかなか発動されないらしいのだが…。

 

 

 能力の詳細が判明したのは少し前ヒナギクのことが創造神様にバレて、芋づる式に白銀光の存在もバレた時のこと。

 バレた事はしょうがなかった。

 協力者と誤魔化した。

 誤魔化されたと分かった上で創造神様も見逃してくれた。

 問題はその後起こった。

 彼が日本から来た転生者だという説明をすると、当然彼が転生する際に得た転生特典の話になる。

 私は特に何も考えず、彼の特典は『ムードメーカー』だと伝えると、創造神様は「ほお、ムードメーカーね」と言った後、固まった。

 数秒後、創造神様はもう一度言ってくれとか、マジで言ってんのパッちゃんとか、今まで見た事が無い程の動揺を見せた。

 当然疑問に思った私は創造神様に聞くと、創造神様は頭を抱えながら説明してきた。

 

 私やアクア先輩が生まれる遥か昔のとある世界で一人の人間がその能力を得た。

 その人間は少しずつだが確実に『ムードメーカー』の力を引き出していき、結果的に人間と神の間で戦争すら引き起こした。

 その戦争は世界の有り様や人間と神のルールを根本から変えさせる程の影響があった。

 無限を超える力を得る能力なんて、どう考えても危険で手に余ると考えた神々は、彼の死後に『ムードメーカー』が誰も手を付けないような能力に見せかけることで『ムードメーカー』が誰の手にも渡らないようにした。

 誰も選ばないような能力を記し、『ムードメーカー』の能力を偽造した後、転生特典の能力が置かれた倉庫のような場所に仕舞われて永遠に選ばれず忘れ去られるのを待つのみであった。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ランダムに特典を選んでくれと頼まれた女神アクアはその持ち前の運の悪さを遺憾無く発揮して、()()()の『ムードメーカー』を白銀光に授けた。

 そんな恐ろしい能力はもちろん回収という話になり、私が回収する役になった。

 与えたチート能力を回収するなんて前代未聞だが、それ程の能力だった。

 世界のバランスを保つ為に存在する私達が世界のバランスを壊すものを見逃せるわけがない。

 

 だが先程創造神様に報告した通り、回収は失敗に終わった。

 『ムードメーカー』は白銀光の魂と同化していた。

 本来であれば能力を保持している人物が死亡してしまえば、能力の回収は容易なのだが、魂と同化してしまった場合は話は別だ。

 そもそも能力が魂と同化するなど聞いたことがない。

 『ムードメーカー』自身が白銀光を気に入ったとでも言うのか、それとも単純に仕舞われたままの状態が続いたのが嫌だったのか、それは定かではない。

 

 

 

 良くない話は続くものだ。

 『ムードメーカー』の能力が強くなり始めていることもわかった。

 その証拠が白銀光が『神聖』を宿していることだ。

 最初はヒナギクと同様神聖な存在に触れてしまった為に『神聖』を宿したのかと思っていたが、実際は違った。

 確かに白銀光は神聖な存在と何度も遭遇する機会があった。

 ただ彼には『神聖』を持つ資格がない。

 そんな人間が会っただけで影響を受けて『神聖』を宿すわけがない。

 同じ条件で言えば佐藤和真にだって『神聖』が宿ってもおかしくない。

 白銀光よりも神聖な存在に会った回数は少ないが、彼は弱体化しているとはいえ水の女神アクアと生活を同じくしているし、私とも何度も会っている。

 それでも彼に『神聖』は宿らない。

 では何故、白銀光に『神聖』が宿ったか。

 それは繋がりを得た神聖な存在から『神聖』を自分の力にしているからだ。

 『ムードメーカー』は周りの存在に強化などの影響を与え、更に影響を与えた人間の力も自身の力にする能力。

 神々の力すら自分の力にする能力なんて許されるわけもないが、回収は出来ず彼の魂を転生させるにしても、予測出来ない事態が起こる可能性もある。

 もし転生させた場合、白銀光と共に能力が消えるのか、それとも生まれ変わってもなおその魂と在り続けるのか。

 想定外のことが起こるのを恐れた私達が出した答えは監視と観察だ。

 彼に能力の詳細を伝えないのはもちろんのこと、何も起こさないように彼を監視することになった。

 もちろん監視する役は私だ。

 つまり、また私の仕事がまた増えたわけだ。

 ヒナギクの可愛い姿を見る時間が減る。

 

 それもこれもアクア先輩のせいだ。

 先輩がもう少し丁寧に説明をしていれば、こんなことにはならなかった。

 ……あのいい加減さが日本の死んでしまった方達をうまく誘導出来ていたことは認める。

 アクア先輩がポンポン人を送ってくれたおかげであの世界は滅びることなく、魔王軍にも抵抗ができた。

 ……その代わり問題もポンポン増えたが。

 認める理由のもう一つはアクア先輩の後任は全く人を送れないでいる。

 丁寧に説明しすぎていて、あの世界の厳しさを知り、生き残れる自信がないと感じた人達は私達の世界に来ることを恐れて、日本の転生のし直しばかりを選択するようになってしまい、結局最後に送られて来たのはカズマさんとアクア先輩のペアのままだ。

 

 あとちょっとでよかったのだ。

 あとちょっと丁寧に説明していれば…。

 何故こうも極端なのか。

 私が何度頭を抱えて……なんて考えていると通信が届いた。

 タイムリーなことにアクア先輩の後任だ。

 またアクア先輩の残したなんとかが手に負えないとかそんな感じだろう。

 ため息をつきつつ、私は通信を繋げた。

 

『通信失礼いたします、エリス様。今お時間よろしいでしょうか?』

 

「問題ありませんよ。どうしましたか?」

 

 面倒な話ではありませんように、そう思いながら話を続けた。

 

『日本の人間を一人、エリス様が管理する世界へ送りました。そのご報告です』

 

「なるほど」

 

 日本の人間を一人ね。

 私の管理する世界に。

 

 ………ん?

 

 日本の人間を一人、私の管理する世界に送った?

 聞き間違いか?

 

「すみません、もう一度お願いします」

 

『え、は、はい。日本の人間を一人、エリス様が管理する世界へ送りました。』

 

 ……聞き間違いじゃなかった。

 もう送られて来ることは無いと思っていたが、どうしたことか。

 アクア先輩みたいに送って、はい頑張ってーじゃないのは助かる。

 後で様子を見に

 

『あの、実はですね』

 

 私が考え事をしていると、気まずそうに話を切り出して来た。

 

『送った人なんですが、その、なんというか変わった人で…』

 

 また変わった人か。

 まともな人の方が珍しいとは一体どうなっているのか。

 





能力の詳細は彼自身が死後に天界に来てから知ることになるので、本編で彼が能力を使いこなすことはありません。
なのでヒカルの強化は無く、ヒカルの知らないところでただ能力が判明しただけです。

そしてまたオリキャラが増えますが、このキャラは重要なキャラ(レギュラーメンバー)にはしない『予定』です。
ネタバレを控えた言い方をしつつ確実に言えることはヒカル達の仲間にはなりません。
ただ『このすば』の物語の都合上、あるキャラの代わりをしてもらうことになっています。
その代わりをするという重要な役割を担っていますが、そのキャラ自体は重要ではないという感じです。
登場回を作りますが、そこで評判が良ければちょくちょく出てくるようになるかもしれません。


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7章 『エリス感謝祭』と『想い』
92話



100話分投稿記念で何か特別な話を書こうとか考えてた時期が僕にもありました。

92話です。さあ、いってみよう。



 

 

 俺達がアクセルに帰ってきて約一ヵ月が経った。

 ヒナの誕生日パーティーの後はゆんゆんとの時間を一週間程作ったり、ダクネスがバツネスになったりと色々なことがあった。

 

 そして、とうとうこの日が来てしまった。

 

 

『この日を楽しみにしていたアクセルの皆さん!準備はよろしいですか?今ここに、『女神エリス&女神アクア感謝祭』の開催を宣言します!』

 

『うおおおおおおおおおお!!』

 

 

 拡声の魔道具で祭りの開催宣言が街中に響き渡った後、花火のように魔法が空へと放たれた。

 今のアクセルには夏の暑さに負けないほどの熱気があった。

 そう、今日は一年に一度開かれる祭りの日。

 女神エリス感謝祭。

 ……あとついでに女神アクア感謝祭。

 

「ほら、ヒカル行くよ!」

 

「わかってるよ」

 

 ヒナが背中を押して催促してくる。

 自分が適当なことを言ってしまったが為に面倒なことを引き受けてしまった。

 それを後悔しながら、祭りで賑わう街の中をヒナと歩いた。

 

 

 

 

 話は数週間前に遡る。

 この世界の勉強をしていたおかげで『女神エリス感謝祭』という祭りが一年に一度あるのは知っていたが、開催時期までは頭に無かった。

 その祭りが開催まであと一ヵ月を過ぎてることを知り、ヒナやクリス、教会の連中が集まっている教会で話していた時のこと。

 

「これが、祭り……?」

 

 エリス感謝祭の日程表や祭りで行われる出し物等が書かれた紙を見て、俺は思ったことをそのまま呟いた。

 隣にいたヒナは俺の呟きが聞こえて、ムッとした表情になり、口を開いた。

 

「あのね、ヒカル。ヒカルのいたニホンとは違うかもしれないけど、これも立派な祭りだよ。それもエリス様、神に捧げる祭りなんだ」

 

「それは名前でわかるけどさ」

 

「だから変なことは出来ないの。ヒカルは子供じゃないんだから、それぐらいわかるよね?」

 

 今度は俺がムッとする表情になった。

 このお子ちゃまが天使になって『全知』とかいう才能に目覚めて物事を知ったせいか、大人ぶるというか、姉や母みたいに接してくるようになった、ような気がする。

 優しく言い聞かせてきたり、穏やかに微笑んで『しょうがないなぁ』みたいな顔をしてくるようになった。

 ぶっちゃけ俺はそれが気に入らない。

 子供のくせに、今まで甘えてきたくせに、とまでは言わないが、ヒナが大人ぶってくるのがどうしても苦手に感じていた。

 喧嘩友達がいなくなってしまったような変な喪失感のような何か。

 とにかくなんと表現していいかよくわからないが、俺が今ムカついたことだけは確かだった。

 

「だからってこれでいいのか?」

 

「はあ…」

 

 やれやれ、とでも言うかのようにため息をつくヒナに更に言ってやろうと俺がヒナに迫った時、クリスがまあまあと言いたげな苦笑で俺とヒナの間に入り、俺を手と体で押してヒナとの距離を離してきた。

 

「祭りでやることは毎年恒例なんだよ。もし何かを変えるとしても結構大変かも」

 

「屋台やらの出し物とかはともかく、それ以外はここにいるほとんどの奴がいつもとやってる事が変わらねえじゃねえか」

 

「それは、そうだけど…」

 

 クリスが少し言いづらそうだが認めた。

 それもそうだろう。

 先程俺が言ったように俺やクリスを除いた教会にいる連中がいつもしている事と祭りでやることが変わってないのだ。

 祭りでやるのは教会で女神エリスに祈りを捧げるのはもちろん、聖歌隊やシスターが女神エリスを讃える歌を合唱したり、祭りが開催してる間も街の清掃やら屋台やら何やらのボランティア作業をするのだ。

 

 ほら、だいたい変わってない。

 というか祭りなのに地味な気がしてならないし、一年に一度の祭りとは何だったのか、と思ってしまう。

 思ってしまった以上こうして口に出してしまったわけだ。

 

「じゃあヒカルはどうしたいの?」

 

 ヒナが聞いてくるが、正直言ってしまうと具体的にどうしたいとかは無い。

 だが、思うことはある。

 女神エリス感謝祭。

 名前の通り女神エリスに捧げる祭りで、女神エリスの為の祭りだ。

 だが、それと同時に女神エリスを讃えているエリス教徒の為の祭りだと俺は思っている。

 それなのにコイツらときたらエリス様を讃えるばかりで自分達が楽しむことはあまり考えてないように見える。

 コイツらは運営側だから祭りを成功させることが仕事だっていうのもわかるが、楽しむのもエリス教徒として仕事の内じゃないのか?

 宗教的な考えにほぼ部外者である俺が口を出すのは控えるべきかもしれないが、俺はコイツらを身近に見てきた者の一人だ。

 いつも教会で献身的に頑張っているコイツらが一番楽しむべき祭りだろう。

 努力する奴が報われないというか、楽しめないのはなんとなく俺は嫌だ。

 ガキみたいな考えかもしれないし、完全にこれは俺のエゴかもしれないが、それでもコイツらも楽しめるような祭りになって欲しかった。

 

「お前らが祭りを成功させたいのはわかるけど、仕事ばっかりじゃねえか」

 

 祭りで出される屋台等が書かれている祭りの日程表とは別の紙に、ここにいる奴らの役割分担がされている表をヒナに見せつけるようにしてそう言った。

 その表を見るに一日ごとの休憩時間は確保してあるものの祭りを楽しむには少ないように感じた。

 

「当然だよ。僕達がやるべき仕事だし、少しでも担当に穴を開けるとアクシズ教徒が邪魔してくるのも防げなくなっちゃうし」

 

 ………そういう問題もあるのか。

 うんうん、とこの教会にいるシスターが頷いているのを見ると、相当厄介らしい。

 この前アクシズ教徒がこの教会に石を投げ込んできたのを目撃したし、満更対策のし過ぎというわけでもなさそうだ。

 コイツらを祭りに参加させてやりたいが、このままだと運営側をやって満足しそうだ。

 どうしたものかと少し悩んでいると、クリスと目が合った。

 そうだ、良いことを思いついた。

 勝手に名前を使ってしまうが、悪いことに使うわけではないし、多分許してくれるだろう。

 クリスは不思議そうに首を傾げていたが、この教会に集まっている全員に聞こえるように声を出した。

 

「エリス様がお前らに求めてるものって何だと思う?」

 

 クリスは少し驚いた顔でこちらを見ていたが、クリス以外の全員がいきなり何を言い出すんだコイツは、みたいな顔でこちらを見てきた。

 

「ヒナ、何だと思う?」

 

「……決まってるでしょ?僕達の祈りと信仰心だよ」

 

 百点の答えを叩き出しましたと言わんばかりのドヤ顔に俺はイラッとしながらも俺は答えを返してやった。

 

「はい、十点」

 

「じゅってん!?」

 

「次、アンナ。何だと思う?」

 

「え、えーっと、エリス教徒らしい人々の模範となる振る舞い…とか?」

 

「お前ができてないだろ。三点」

 

「さんっ!?で、出来てますー!出来てるから!」

 

 ヒナとアンナが騒いでるが、無視して次に行くことにする。

 

「次、マリスは?」

 

「え、い、いきなり言われても…」

 

 どうやらエリス様が求めてる……いや、今の俺が求めてる答えは誰も答えてくれないらしい。

 俺が盛大にため息をつくのを見たヒナ達が睨んでくるのを感じながら、俺はまた全員に聞こえるように言った。

 

「女神エリスは仮の姿で地上に降臨し、人々の為にたった一人で人知れず活動している話は知ってるな?」

 

「当たり前でしょ。有名なおとぎ話だし、この祭りもエリス様が本来の姿で楽しめるように街のみんながエリス様の格好をするんだよ」

 

 ヒナがわかりきったことを言うなと呆れた感じで答えてくる。

 俺とヒナの言葉を聞いたクリスが照れたように頬を掻いているのが見えた。

 まあ、ここにいるわけだしな。

 仮の姿をしたエリス様が。

 

「じゃあもしエリス様がこの祭りの時に降臨したとしよう。で、エリス様は当然この教会にも来るわけだ。『私の子達は祭りを楽しんでくれているでしょうか?』と」

 

 ヒナを含めた教会の連中が真剣に聞き始めるのを感じながら俺は続けた。

 

「エリス様はこの教会だけじゃなくて街を回って、お前達が仕事に明け暮れている姿を見てがっかりするわけだ。いつも頑張っている子達は祭りを楽しんでいないのですね、と」

 

 クリス以外が衝撃を受けた顔になる。

 クリスは勝手に名前を使われて不機嫌になるかと思えば、興味深そうに俺をじっと見つめていた。

 

「エリス様はお前らのクソ真面目な顔なんか見飽きてんだよ馬鹿野郎」

 

 俺が呆れ果てたようにそう言うと、また睨んできたが俺は気にせず更に畳み掛けるようにして言った。

 

「エリス様が求めてるのはお前らの楽しんでる姿とか笑顔なの。それなのにお前らはやれ仕事だ、やれボランティアだ…」

 

 

「そこまで言うからには祭りの間も僕達のことを手伝ってくれるんだよね?」

 

 

 ヒナが俺の声を遮るように言った言葉がやけに教会中に響いた。

 

「え、いや、そうじゃ」

 

「エリス様のことをよーーーーく知ってるヒカルがエリス様の為にも僕達が祭りを楽しめるように手伝ってくれるって僕には聞こえたけど?」

 

 いやいやいやいや。

 なんか棘がある感じで言われたけど、そうじゃない。

 

「ヒカルってばエリス様の名前なんか出さなくても手伝いたいならそう言えばいいのにー」

 

 クリスがニヤニヤしながら、みんなを見回しながらそう言った後、俺以外の全員が俺を何処の仕事にするかを話し始めていた。

 慌てて止めに行っても時既に遅し。

 アクシズ教徒撲滅班という名の街の見回りやその他雑用を押し付けられた。

 俺が入れば多少は他の人達の休憩を多めに取れるらしく、邪魔しに来たアクシズ教徒を素早く片付けてしまえば更に時間に余裕が出るとか。

 手伝うつもりは全く無かったが、あれよあれよという間に決まってしまったし、俺が手伝えばそれなりに意味がありそうだったので手伝うことにした。

 

 こうして俺は祭りの運営側へ引き摺り込まれたのだった。

 そして俺が手伝うことが決まった夜に、ゆんゆんに祭りに一緒にいられないのはどういうことかと怒られ、それを見ているトリスターノにニヤニヤされた。

 その後ゆんゆんがプリプリ怒りながら部屋に行ったのを確認したトリスターノがゆんゆんの真似でもしてるつもりなのか、親友と一緒にいられないのはどういうことかという意味のわからないキレ方をされたのでトリスターノを引っ叩いた。

 





原作八巻の時系列に突入。

この章は時系列が前後するかもです。
わかり辛くなったら申し訳ない。

あと章の名前を付けちゃいました。
後から付けたけど、許してくだち。


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93話

93話です。さあ、いってみよう。



 俺が祭りの手伝いをすることが決まった数日後。

 女神エリス感謝祭と共同開催という形で女神アクア感謝祭も開かれることになった。

 それを知ったエリス教徒達、つまり教会にいる連中は対抗意識やら日頃の恨みやらで更に祭りを盛り上げようという気持ちが高まった。

 その結果また運営側に気持ちが傾いた。

 俺が手伝う意味が無くなってきたような気がしつつも、あることに気が付いた。

 

「なあ、女神アクア感謝祭があるならアクシズ教徒の対策はいらないんじゃねえのか?アクシズ教徒は数が少ないんだし、自分達の祭りを盛り上げるのに精一杯…」

 

「そんなわけないでしょ!!」

 

 ヒナが大声で俺の意見を否定したかと思えば、他の連中が俺を囲んで口々に言ってきた。

 

「ヒカルさんはアクシズ教徒がどれだけ最悪の存在かわかっていません!」

「アクア感謝祭が開催されるからこそ全力でこちらを邪魔してきますよ!」

「向こうの祭りを盛り上げる為にこちらの祭りを蹴落としにくるに決まってます!」

「だからヒカルは狂戦士なのよ!」

「どうせ調子に乗って『来年からは女神アクア感謝祭だけにしろ』とか言ってきますよ!」

 

「ああもう、悪かった!悪かったよ!よくわかった…っておい!俺のこと何か言ってきた奴は誰だこの野郎!?どうせアンナだろ!」

 

 アンナが知らんぷりしてるのを見て腹を立てていると、

 

「とりあえずヒカルはアクシズ教徒撲滅班で祭りの開催期間中休み無しフルで働いてもらうとして」

 

「しばくぞこの野郎。お前らもウンウンじゃねえんだよ」

 

 ヒナがアホ丸出しなことを言ってるのに誰もツッコミを入れないで頷いてるとはどういうことだ。

 

「何も起きなければ祭りを楽しめるわよ?」

 

「ずっと何か起きてれば、ずっと仕事だろ?」

 

「そうとも言う」

 

 アンナから気休めにもならないことを言われた。

 俺が深々とため息を吐く中、また祭りの運営について話し始めていた。

 どうか何事も起きませんように。

 そう思いつつ、俺はヒナ達が真剣に話してる内容に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 そして、祭り初日。

 あいつらがワーワー言ってたことが正確で、俺の考えがどれだけ甘かったかを思い知った。

 もう昼時だと言うのに飯にありつける気がしなかった。

 

「女性はヒナ達が追え!こっちの男連中は俺達が捕まえる!」

 

「了解!気をつけてよ!」

 

「そっちも深追いはするなよ!何してくるかわからないからな!」

 

「うん!」

 

 既に何度、何人のアクシズ教徒を捕まえたか覚えていない。

 捕まえたアクシズ教徒を警察に引き渡しても途中で逃げたり、牢屋から抜け出したりするせいでまるでゾンビのようだった。

 この街の警察も頑張ってはいるのだが、今年はアクシズ教の祭りも行われているせいか、人員がそちらにかなり割かれているらしく、エリス教側が運営している区画はどちらかと言うと警備は手薄だった。

 いるにはいるのだが、問題が起きれば当然そちらに向かうので、どこでも穴は発生する。

 そんなことがあっていいのかと思うかもしれないが、問題が起きるスピードが尋常ではないのだ。

 アクシズ教徒が問題を起こすのがほとんどだが、祭りで起こる問題は当然それだけではなく、警察も対応に追われていた。

 結果、俺達の祭りの見回り組は大活躍だった。

 別に活躍なんてしたくないんだが。

 

「御用改めであるー!」

 

 離れたはずなのにヒナの大声がここまで聞こえてきた。

 いつだったか新選組のことなんか話してしまったせいで、アクシズ教徒撲滅班という印象が最悪の名前からSHINSENGUMIに変わった。

 ちなみに御用改めであるを言っているのはヒナだけだ。

 

「あいつら、二手に分かれやがった!どうする、旦那!?」

 

「左は二人で追ってくれ!右は俺が行く!」

 

「本気か!?アクシズ教徒だぞ!?一人で追うなんて危険だ!」

 

「もうさっさと捕まえて飯が食べたいんだよ!少し手荒くやるし、油断なんてもうしないから安心してくれ!」

 

「わ、わかった!気をつけろよ、ヒカルさん!」

 

「そっちこそな!深追いはしないで、見失ったらすぐに祭りの警備に戻ってくれ!」

 

 SHINSENGUMIに手伝ってくれているエリス教徒の冒険者二人とは分かれて、俺は右の方へ逃げたアクシズ教徒を追う。

 マジで腹が減ったし、怪我ぐらいは多めに見てもらおう。午前中は散々だったしな。

 午前中に何が起きたかを言うとキリがないが、最悪だったのは俺が女性のアクシズ教徒を捕まえた時に痴漢だと騒がれた時だ。

 もちろん周りの大人は、この街で有名なヒナと一緒にいることもあって俺の事を多少は知ってるし、取り締まる側だと知っているから良いが、何も知らない子どもは俺のことを危ない奴を見る目で見てきた。

 そこまでショックではなかったが、この仕事を引き受けるんじゃなかったという後悔の念は強くなった。

 

 それだけではなく、SHINSENGUMIのメンバーの一人であるマリスも被害にあった。

 マリスが男性のアクシズ教徒を押さえた時に体を触られ、『流石はエリス教徒、貧相な体ですね』と言われ、怒ったマリスは拳を振るい、その男性の片目に青あざが出来た。

 実を言うとマリスはキースに同じような事を言われて、キースの鼻を折った事があるほどの鉄拳の持ち主だ。

 やはりエリス教徒はボクシングが必修なのかもしれない。

 

 対策として先程の指示のように同性の人間が対処する様にした。

 これでアホな目に遭う事は無いだろう。

 路地裏に逃げたアクシズ教徒を追い掛けていくと、行き止まりに行き着いたアクシズ教徒は俺を睨み付けてきた。

 一応俺も言っておくか。

 

「御用改めである。すごく痛い目にあいたくなかったら抵抗するな。今なら普通の痛い目にあうぐらいにしてやる」

 

「来たな。『エリス教の狂戦士』」

 

「なんて?」

 

 なんかエリス教呼ばわりされた気がするんだけど。

 

「『エリス教の狂戦士』と言った。それとも『アクセルの狂戦士』と呼んだ方がよかったか?」

 

「いや、どっちも意味わかんないんだけど…」

 

「……まさか自身が何と呼ばれてるか、知らないのか?」

 

「知るか」

 

 今の今まで自分が何て呼ばれてるかなんて気にした事は無い。

 今目の前にいる男が変な呼び方をしてきたせいで意見が変わったが。

 

「貴方は有名だよ。職業やら活躍のことだけじゃなく日々の素行とかでね。それに今日散々邪魔してくれたおかげでアクシズ教のブラックリストに名前が載ったよ」

 

 うわ、聞かなきゃよかった。

 

「有名だとか呼ばれ方とかの前に、俺はエリス教じゃないぞ?」

 

「えっ……。はっ!まさか同士!?」

 

 呆けた顔になった後、アクシズ教徒は思い付いたようにそう言ってきた。

 

「ちっげえよ!ざけんなこの野郎!」

 

 エリス教徒、というよりアクシズ教徒以外の人間がアクシズ教徒を避ける理由が今日でよくわかった。

 マジでこいつら問題児集団だ。

 エリス様がなんかやらかした時用の避難先に考えてたが、今はあまり避難したくない。

 

「何はともあれエリス教ではないのでしたらこれをどうぞ」

 

 アクシズ教のマークが書かれた紙を渡してくる。

 アクシズ教の入信書だ。

 最近セシリーとかいうアクシズ教のプリーストが街で撒き散らしてるから、よく目にしてるせいでよく知ってる。

 

「いらない」

 

「えっ」

 

 少なくとも今はいらない。

 あと心底不思議そうな顔してくるの腹立つからやめろ。

 

「あっ、今なら石鹸と洗剤も付いてきますよ。しかもそれ飲めるんです」

 

「いらない」

 

 ちょっと気になるけど、入信してまで欲しいわけじゃない。

 

「更になんと、『アクシズ教の狂戦士』を名乗れる特典も…」

 

「いらねえよ!悪いけど抵抗するならマジでキツくやるからなこの野郎!」

 

 俺は警備の為に持ってきた木刀を手に持ち、アクシズ教徒へと向かっていった。

 

 

 

 

 アクシズ教徒を警察に引き渡した後、手伝ってくれていた冒険者達の元に行くと、()()()()()()()()()()()()()()()だったらしく、大変な事になっていた。

 どうやら同性で対処する策も意味はないらしい。

 

「助けてくれえ、旦那ぁ!」

 

「ヒカルさーーーん!!」

 

「あー…、二人を離してあげてくれない?」

 

 獲物に絡みつくタコのように二人を捕まえるアクシズ教徒に話しかけたくない気持ちでいっぱいだったが、二人のためにも勇気を出して声をかけた。

 

「あらまあ、近くで見ると更に良い男ね!」

 

「そりゃどうも」

 

 俺を見て目移りをした瞬間に二人がアクシズ教徒からの拘束を抜け出して、俺の後ろに隠れた。

 出来ればその一瞬を使って一撃入れるとかしてほしかった。

 怖くてそれどころじゃなかったのかもしれないけど。

 

「あなたは男性に興味があったり」

「ないです」

 

 間髪入れずに返事をした。

 

「あら、残念。でも、それは世界を知らないだけかもしれないわ」

 

「もしかして話長くなりそう?」

 

「あなたもアクシズ教に入信して、私に身を委ねましょう!さすれば新たな世界の扉が開かれるでしょう!」

 

 さらっと勧誘しつつ、自分の欲望も曝け出すあたり流石だなと感心してしまった。

 

「悪いんだけど…」

 

「まずは試し!お試しが必要でしょうね!新たな世界の扉から少し覗くように、私に少しだけ時間をください!そうすれば確実に…」

 

「実は俺、攻め専門なんだよね。だから身を委ねるとか、ちょっと無理っていうか」

 

「なんと!」

 

 後ろの二人が遠ざかる気配を感じながら話を続けた。

 

「『エリス教の狂戦士』にしては理解がありますね!」

 

「そもそも俺はエリス教徒じゃないし」

 

 後ろの二人が更に遠ざかる気配を感じた。

 

「それならば話が早い!さあ、これが新たな扉です!どうぞ!」

 

 ズボンを脱いでこちらにケツを向けてくるアクシズ教徒。

 随分と汚い扉だ。

 最悪なものを見た。

 

「じゃあ、激しくいくから」

 

「はい、どうぞ!」

 

「こんの馬鹿野郎があああああああ!!」

 

 年末のお笑い番組のオシオキのようにアクシズ教徒の無防備で汚いケツに木刀を思いっきり振ると、アクシズ教徒は吹っ飛び、上半身だけ壁にのめり込んだ。

 

「よし、街に戻ろうぜ」

 

「「……」」

 

 振り返ると、俺を異物でも見るような目で見てくる二人が遠くにいた。

 

「おいこの野郎!さっきの話は嘘に決まってんだろうが!」

 

「……ま、まあ、そうだよな」

「そ、そうだよね、そうに決まってるよ」

 

 俺が遠くの二人に言うと、二人は目を逸らしながら自分に言い聞かせるように言って、こっちに近づいてきた。

 

「ところで、あいつを警察に引き渡すんだけど、誰があいつのズボンを上げる?」

 

 俺がそう言うと、二人がまた遠ざかった。

 

 

 

 

 バカを警察に引き渡した後、街でヒナ達と合流した。

 

「それではヒナ、ヒカルさん、私は休憩に入りますね」

 

「うん、ゆっくりしてきて」

 

「警備は任せてくれ」

 

 マリスがペコリと頭を下げてから俺達から離れていくのを見送っていると

 

「じゃあ俺達は別の場所の警備に行ってくるよ」

 

「え?」

「うん、お願いします」

 

 俺が困惑しているのにヒナがよろしく言うと、冒険者二人は俺の肩にポンと手を置いてから去っていく。

 

「え、ちょっと」

 

 そんな話は聞いてない。

 今日はこの二人と警備する予定だぞ。

 

「ヒナギク、私達も行きますね」

 

「よろしくね、セリスさん」

 

 エリス教会のプリーストのセリスさんや今回協力してくれている女性冒険者達も俺達から離れていく。

 残ったのは俺とヒナだけだ。

 

「じゃあ警備に戻ろっか」

 

「おい、どういうことだ」

 

「何が?」

 

「何が、じゃねえよ。こんな話聞いてねえよ」

 

「そうだっけ?」

 

 とぼける様に言うヒナに少し腹が立ちつつも冷静に話した。

 

「俺とヒナはSHINSENGUMIの中で戦力的に一番高いから、俺とヒナが分かれてそれぞれのチームで行動する話だっただろ」

 

「そうだよ。でもかなりの人数を捕まえたし、そろそろ余裕が出てくると思うから変えたんだよ。それに僕達ばかりが指揮を取ってばかりなのも良くないと思ったしね」

 

 だからそんな話は聞いてない。

 いつ決まったんだよ。

 

「僕と二人はいや?」

 

「そうじゃなくてさ」

 

「じゃあいいじゃん、行こ」

 

 ヒナは俺の手を引いて、どんどん祭りで賑わう街の中を歩いていく。

 ヒナと二人きりの時間はヒナと誕生日以来無かった。

 ヒナが俺に対する態度を少し変えたせいで苦手に思っていたこともそうだが、俺はヒナのことがわからなくなっていたからだ。

 それで避けていた。

 ヒナと二人でいるのを。

 ヒナがわからなくなってしまったのは、ヒナの誕生日パーティーが終わった夜に二人で話していた時のこと。

 ヒナが自ら天界に行くと言い出したからだ。

 




アクシズ教徒を書くのって難しい。
よくあんなキャラクターやそのキャラクターが集まる街を創り出したな、と改めて原作者様を尊敬しました。


僕の元にもサンタさんが来ました。

【挿絵表示】

paprika193様からまた素敵な支援絵をいただきました。
感想等は『支援絵とおまけ』のところに書きましたのでそちらに。
そちらの方にもう一枚オマケの絵がありますので是非見に行ってくださると嬉しいです。


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94話

とある男の為に人間の身を超えて、天使になった少女。
少女の志は高く、強かった。
だが、少女の精神は幼かった。
そんな少女がとある選択を迫られた。

愛する人の死を受け入れるか。

もしくは
自身のこれからの人生の全てを捧げて、愛する人を死から守るか。

気高く、そして幼い少女が選んだのは当然……



94話です。さあ、いってみよう。



 

 ヒナの誕生日パーティー中ずっと酒を飲んでいた。

 今朝の話を忘れるように。

 数年後にはヒナとは会えなくなると考えると、パーティーなんか楽しめるわけが無く、酔って現実逃避をしようとしていた。

 結果はトイレと()()()状態。

 ずっと前のパーティーでゆんゆんの介抱をした俺が今度はされる側になったわけだ。

 

 吐き過ぎのせいで喉が痛くて深夜に起きた。

 考えるのは当然ヒナのことだった。

 どうしても、何をしてでもヒナを引き止めるべきだ。

 そう考えた俺はどうにか出来ないかと考えを巡らせつつ、外に出た。

 なんとなくじっとしていられなかった。

 考え続けるためにも、二日酔いの気持ち悪さを忘れるためにも散歩に出た。

 夜空は透き通るように綺麗で星がはっきりと見えた。

 空気が汚れていないからか、それとも街の明かりが少ないからか、なんてことは分からないが日本にいる時より綺麗に感じた。

 

 そんなことを考えて少し立ち止まっていたら、後ろに人の気配がしたので振り返ると、そこにはなんとヒナがいた。

 

「どうした?良い子は寝る時間だぞ?」

 

「そっちこそどうしたのさ?こんなところで物思いにふけちゃって。似合わないよ?」

 

「やかましいんだよこの野郎」

 

 いつもなら寝ている時間だというのに。

 

「何を考えてたの?」

 

 まるで見透かしたように先に聞いてくる。

 俺が似合わないことをやってるからだろうか。

 

「パーティーで食いそびれた高めの肉をどうやったらまた食べられるか考えてたんだよ」

 

「食べてたじゃん、いっぱい」

 

「あー…そうだっけ?」

 

「うん、トイレに戻してたけど。忘れちゃうほど酔ってたんだね」

 

「まあ、結局はトイレに()()んだし、あんまり変わらないだろ」

 

「……最低だよ」

 

「はいはい」

 

 これで誤魔化せただろうか、なんて甘く考えていたが、ヒナが俺に近付いてきてまた聞いてきた。

 

「ねえ、さっきの続きだけど、変な顔して何考えてたの?」

 

「誰が変な顔だこの野郎。別に何でもねえよ。酔い潰れて早めに寝たから変な時間に起きちまったんだよ」

 

 嘘は言ってない。

 でも本当のことを言う気もない。

 お前のことで悩んでた、なんて言うわけない。

 本当に?

 表情でそう聞いて来てる気がする。

 いつもは猪突猛進で察したりするとかは苦手なはずなのに、どうしてこういう時だけ察しが良いのか。

 はあ、とため息が出る。

 そうすると、やっぱりみたいな顔になるヒナ。

 「名探偵にはお見通しだよ」とでも言いたげだ。

 

「ごめん…。実は知ってて聞いちゃったんだ。ヒカルが僕のことで悩んでること」

 

「……おい」

 

「えへへ、ごめんね」

 

 そこまで察しがいいと思わなくて、おいとしか言えなかった。

 

「エリス様にでも聞いたのか?それとも天使の素敵パワーか?」

 

「どっちも違うよ。というかそんなことエリス様にわざわざ聞くわけないし、天使の力なんて使わないよ」

 

 じゃあ、何故わかった?そう思っていると、すぐに答えが返ってきた。

 

「ヒカルのこと見てればわかるよ。ずっと一緒にいたんだもん。それぐらいすぐにわかるよ」

 

 表情に出過ぎてたかもしれない。

 察しの悪いヒナにバレるなんて、大人としてどうなんだ。

 少し反省しよう。

 まあ、その反省は後にして、バレたのなら仕方ない。

 正直に言おう。

 

「ほら、お前が数年後には天界に行く話があるだろ?」

 

「……うん」

 

 少し表情が暗くなった。

 やはり行きたくないんだろう。

 それなら、俺がやるべきことは一つだ。

 

「俺も一応お前と似た存在みたいだし、もうちょい無理言えば天界に行かなくても済むんじゃないかと思ってさ」

 

「……」

 

 黙ったままだが、軽く微笑んで俺の言葉の続きを聞こうとしてくる。

 その微笑みがあの女神様と重なって見えて、少し目を逸らして夜空を見上げて続けた。

 

「俺がエリス様に頼み込んでさ。それでダメそうならアクアも巻き込もう。カズマ達に事情を話せば絶対に協力してくれるはずだし…」

 

「あのね」

 

 黙って聞いてるかと思えば、ヒナが遮ってきた。

 どうした?首を傾げて聞くと、

 

 

「僕ね、天界に行くよ」

 

 

 そんなバカな答えが返ってきた。

 

「お、おいおいおいおい。お、お前何言ってんだよ?」

 

 あまりの動揺に言葉が出て来ない。

 行きたくないって、言ってたじゃねえか。

 俺に泣きついてきたじゃねえか。

 さっきの表情もそう物語ってたじゃねえか。

 ヒナの表情は少し悲しげだが、目は真っ直ぐだった。

 少しも迷ってないような、そんな覚悟を決めたような。

 

「お前、変な正義感出してんじゃねえよ。アレだろ?エリス様にいろいろな事情を言われて舞い上がっちゃったんだろ?そうなんだろ?」

 

「ううん」

 

 そう言って首を横に振る。

 

「行かなきゃいけないって言われて、はいそうですかで俺達とお別れするってか?俺はそんなんで納得しねえよ。ふざけんなこの野郎!」

 

 俺は自然と拳を強く握り、怒鳴っていた。

 そんな俺を見たヒナは悲しさが増して、少し困ったような表情になった。

 

「うん、僕ね。ヒカル達やお父さんやお母さんとお別れするのだけは、怖くて、悲しくて、嫌かな」

 

 じゃあ答えは一つだろうが。

 何をトチ狂ってんだこいつは。

 

「だったら行かなきゃいいだろうが!俺がなんとかしてやる!何してでもエリス様を説得してやる!言っておくが、強請るネタはたくさんあるからな!だから…」

 

「それでも行くよ。やらなきゃいけないことがあるんだ。」

 

 覚悟を決めた顔ではっきりとそう言った。

 ふざけるなよお前。

 なんでだよ。なんでそうなるんだよ。

 

「それはなんだ?俺達といるよりも大事なことか!?家族を放り出してやらなきゃいけねえってのか!?」

 

「……そうだよ」

 

 なんなんだよ、お前。

 わけがわからない。

 別れたくないって泣いたのは何だったんだよ。

 

「……なんだよそれ。何がしたいってんだよ」

 

「それは、言えない」

 

「……」

「……」

 

「……ああ、そうかい!勝手にしろこの野郎!」

 

 どうして。

 なんで。

 そんな疑問で溢れ返って、俺はガキみたいに怒鳴り散らした。

 

 この時から俺はヒナのことがわからなくなってしまった。

 だって、そうだろう。

 喧嘩しようが取っ組み合おうが、一緒にいることだけはやめなかったのに、何が原因で自ら離れると言い出したのか全くわからなかった。

 俺はこの一件からヒナを避けるようになり、その次の日にゆんゆんから死んだこととか無茶したこととかをまとめて怒られて泣かれた後に、ゆんゆんとの時間を一週間ほど作ることを決めた。

 まるでヒナから逃げるように。

 

 別に嫌いになったわけじゃない。

 ただヒナは変わってしまったように思えて仕方がなかった。

 ゆんゆんとの時間が終わり、帰ってきてからは前と同じ生活に戻った。

 ヒナの態度が少し変わったり、ヒナと二人でいることは避けていたが、それ以外は前と変わらない。

 

 

 

 

「僕といるのそんなに嫌なの?」

 

「違うつってんだろ」

 

「じゃあ何でそんな不機嫌な顔なの?」

 

「……アクシズ教徒のおかげで飯食ってねえのに、お前が俺を連れ回すからだよ」

 

「あれ、食べてなかったの?ヒカルのことだから食べてると思ってた」

 

「お前食ってたの?」

 

「うん。いろんな人が僕にくれたんだ。断ったんだけど、みんな無理矢理渡してくるから」

 

 ……餌付けされてたな。

 ヒナはこの街の人達にかなり好かれている。

 エリス教のアークプリーストとしても。

 この街のマスコット的な存在としても。

 

 エリス教のアークプリーストってだけで居るだけでありがたがられるのだが、ヒナの人の良さでも人を惹きつけている。

 怪我を無償で回復したり、様々な奉仕活動や危険なクエストを受けたりで教会や街に貢献してきたのだから当然と言えば当然だ。

 だが、やっぱり幼さも目立つ。

 恐らく国の中で最年少のアークプリーストで多くの才能に恵まれているせいで、そのことを気に入らない大人もいる。

 その大人にケチを付けられ、割とすぐ怒るヒナは喧嘩になることも珍しくはなかった。

 まあ、そのケチを付けてくるような大人は極小数で、それ以外の大人は孫のように接してきたり、アークプリーストとしてありがたがったりするのがほとんどだ。

 だからヒナは警備の途中に屋台の側を通り、みんなから餌付けされたのだろう。

 

「僕はお腹いっぱいだし、祭りの分お小遣い多めに持ってきたし、奢ろうか?」

 

「んじゃあ頼むわ」

 

「何がいい?」

 

「肉がいいな」

 

「また肉?野菜も食べなよ」

 

「野菜は動くせいか苦手なんだよ」

 

「僕もニホンの方の知識を知ってるから言えるけど、動かない野菜なんて不思議なものもあるもんだね」

 

 動く野菜の方が摩訶不思議なんだよ、こっちは。

 

 

 

 

 聖歌隊のエリス様を讃える歌に、エリス様に感謝する言葉と乾杯の音頭がそこら中から聞こえてくる。

 笑顔で献身的に酒を振る舞うエリス教徒達に楽しむ人達を見ると、祭りの警備をやってよかったと少しだけ思った。

 

「いいから受け取れこの野郎」

 

「いえいえ、それはヒナギクさんにお渡しした物で…」

 

「だから、こいつは腹一杯なの。今買おうとしたのは俺の分なの」

 

「でしたら『エリス教の狂戦士』さんに…」

 

「その呼び方やめろこの野郎。もうここに金置いてくからな。じゃあな」

 

「あ、ちょっと!困りますよ!」

 

 屋台に金だけ置いて、呼び止めてくるのは無視してヒナを連れて足早にそこを離れた。

 ヒナと屋台を回って、食いたいものを見つけたのでその屋台に行くと、ヒナを見た屋台のおっさんはヒナに一つ商品を渡してきた。

 お代は結構です、そんなわけには、と言い合っていたがヒナが根負けしてきたので俺が割って入ったが、それでも屋台のおっさんの意見は変わらなかったので無理矢理金を置いてきたのが先程のやり取りの内容だ。

 普段ならラッキーとでも思って受け取るところだが、この祭りの屋台の商品を無償で受け取るのは気が引けた。

 

「ねえ、何で無理矢理お金を渡してきたの?ヒカルなら受け取ると思ったんだけど」

 

「俺は別にあの人に感謝されるようなことはしてないし、それにエリス教の屋台はほぼ材料費のみの値段設定にしてるんだろ。利益がなかなか出ないのに無料で渡してたら赤字だろ」

 

 もちろん働いた人にお金が出るようにはなってるのだろうが、それにしてももう少し利益の事を考えてもいいと思う。

 エリス様もここまでしろなんて言わないし、そもそも思ってもないだろうに、『エリス教徒なんだから当然』みたいな面でヒナ達は頑張っている。

 宗教的な考えに口を挟むことはこの前してしまったし、これからはあまりしないようにする予定だ。

 だから俺がしてやれるのはこうして手伝うことや、出すもんは出してやるぐらいだ。

 

「……ヒカルってたまに大人だよね」

 

「たまにじゃなくて、大人だよ馬鹿野郎」

 

 大人だとヒナに言ったが、俺は多分ガキみたいな考え方しかしていない。

 バカ真面目な奴が頑張って、何も得られないのは嫌だ。

 頑張った分報われて欲しい。

 

「ヒカル?」

 

 それがその通りならないのはよくある事なのだが、俺はやっぱりそう思ってしまう。

 

「ねえ」

 

 でも、そう思ってしまうのは俺が

 

「ねえってば」

 

 頑張っても何も得られなかった間抜けに成り下がったからだ。

 

「ヒカル!!」

 

「うわ、なんだこの野郎!?」

 

 ヒナの大声で飛び上がってしまった。

 

「なんだ、じゃないよ。さっきからずっと呼んでるのに、返事してくれないからだよ」

 

「ああ、悪い。なんだ?」

 

 つい昔のことを思い出してしまった。

 

「もしかして体調悪いの?それともまだ怒ってるの?」

 

 ……。

 

「ヒカル?」

 

「ちょっと考え事してただけだ。次はどこ行くよ?」

 

 あの日の夜みたいにガキのように怒鳴りそうになるのを必死に耐えて、話を逸らした。

 

「……まだ怒ってるんだね」

 

 俺はこの時いろんな感情や思いが吹き出して、何を口に出していいかわからなくなった。

 ごちゃ混ぜになった気持ちの中で、確実に言えるのは、この時一番強く感じた感情は怒りだということだ。

 

「うるせえ」

 

「……」

 

「もう今日は終わりだろ?先に上がるから、あとはよろしくな」

 

「ヒカル…」

 

 一方的に言って、ヒナに背を向けた。

 寂しそうに俺の名を呼ぶヒナの声がやけに俺の耳に残った。

 





まずはお詫びを。
前回の後書きで『支援絵とおまけ』のところでもう一枚絵が見られると書いたのですが、完全に貼り忘れておりました。
大変申し訳ありません。
今は見られるようになってますので、良ければ見に行ってください。


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95話

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

95話です。さあ、いってみよう。



 

「久しぶりのトリタンですよ」

 

「……」

 

 うわ、変な人だ。関わらんとこ。

 そう思った俺は変な人の横を通り過ぎ……

 

「ちょ、無視は純粋に傷付きますよ!?」

 

 ることは出来なかった。

 

「……ああ、トリスターノか。キヅカナカッタワー」

 

「絶対嘘ですよね!?」

 

「おう」

 

「いや、認めるのもどうかと思いますよ!何でそんな塩対応なんですか。数話ぶりのトリタンなんですから、もっとテンション上げてくださいよ」

 

「だりぃよ。そのテンションだりぃよマジで。数話ぶりって言うなら、ゆんゆんもそうだろうが。そろそろゆんゆんのターンだと思ってたよ」

 

「残念ながら親友のターンです。というか最近出番が少なすぎますよ。前の章も一人でパラメデスを倒しているとはいえ散々でしたからね」

 

「何さりげなく自慢してんだよ馬鹿野郎」

 

「事実ですから」

 

 ドヤ顔をするな。

 これだからイケメンは。

 

「ところで街の警備はもういいんですか『エリス教の狂戦士』さん?」

 

「お前まで変な呼び方するんじゃねえよ。というか俺はエリス教じゃねえし」

 

「あれだけ活動してるのに…。リーダー自身も有名ですけど、何より『狂戦士』という職が珍しいですからね。アクセル周辺の幾つかの街を含めてもリーダー一人ぐらいでしょうから職で呼ばれるのは無理もないでしょう」

 

「はいはい、変な職についてすいやせんでした」

 

「レアな職ですよ。確かに珍しいとは思いますが、私はそこまでレアだとは思っていません。円卓の騎士にも狂戦士はいましたから」

 

「へえ、それは初めて聞いたな」

 

「モルドレッド。彼は円卓の騎士で唯一の狂戦士でしたよ。グレテン軍の切り込み隊長でしたね、彼を援護するのは大変でした」

 

 少し懐かしむような表情でトリスターノが言った。

 あまり詳しいわけではないが、モルドレッドは叛逆の騎士だとか裏切り者だとかで有名だった気がするが、こちらの世界ではどうなんだろう。

 

「まあ、彼のことはどうでもいいんですよ。街の警備はいいんですか?」

 

「……休み無しでやってたし、一日目の祭りはそろそろ終わりだから早めに上がらせてもらったんだよ」

 

 日が沈み始めて、街は暗くなり始めていた。祭りでまだ活気はあるが、そろそろ客側は帰り始める時間だ。運営側は片付けやら次の日の準備やらでまだ大変そうだが。

 

「なるほど、私に会いたくて会いたくて仕方がなかったと」

 

「寝言は寝て言えこの野郎。ゆんゆんに会いたかったに決まってるだろ。というかゆんゆんを見なかったか?ゆんゆんのことだから警備中でもチョロチョロ後を着いてくるかと思ったんだが」

 

 友達は出来ても祭りに誘うのはゆんゆんには少し難易度が高そうだ。

 

「ゆんゆんさんならめぐみんさんと祭りを周っているのを見ましたよ」

 

 ああ、めぐみんに連れられたパターンね。それなら想像がつく。

 

「そうか。楽しんでるならよかった」

 

 三日目の花火大会だけは絶対に一緒に行くと約束しても、ゆんゆんは納得してなさそうな顔をしていたから心配だったが、これならあまり怒ってないかもしれない。

 

「リーダーは楽しかったですか?」

 

「仕事してたのお前も知ってんだろ」

 

 嫌味かこの野郎。

 そう言ってやろうと思ったら、先にトリスターノが口を開いた。

 

「ヒナさんとはまだ喧嘩中ですか?」

 

「……」

 

 言葉が引っ込んだ。

 何を言えばいいか分からずに俺は目を逸らす。

 

「この一ヶ月ずっと寂しそうでしたよ。何も言ったりはしませんでしたが」

 

「……色々あってな」

 

「リーダーはいつも色々ありますね。異世界とか転生とか能力とか天界とか、親友でもないとついていけませんよ?」

 

 ぐうの音も出ない。

 まさにその通りだ。

 ヒナが天使になってしまった時、トリスターノに俺やヒナの事情を話すことになった。

 トリスターノは難解そうな顔をしつつも俺の話を黙って聞いて、それから信じてくれている。

 

「それも悪かった。アホみたいな話だろ?当人である俺でもそう思うんだからわかってくれ」

 

「……まあ最初は私も魔王軍幹部の側近とかいうアホみたいな話をしましたからいいですけどね」

 

 そういえばそうだった。

 あの時から一年も経ってないのに、それ以上の年月が経ったような気がするほどの懐かしさだ。

 

「にしてもそれはないな。なんだよ魔王軍幹部の側近って」

 

「リーダーの事情に比べたら些細なことですよ。私の方はまだ近いニュアンスなので」

 

「お前のニュアンスどうかしてんだろ」

 

 お互いの軽口に顔を見合わせると、なんとなく可笑しく感じてしまって吹き出してしまった。

 トリスターノも堪え切れずに笑っていた。

 

「なんか懐かしく思ってたら色々思い出してきた。お前あの打ち明け方は無いぞマジで」

 

「いいえ、あの打ち明け方でよかったんですよ。リーダーを絶対に逃がすまいと畳み掛けたのがかなり効果的でした」

 

「ふざけんじゃねえよこの野郎。まったく、あの時は現実逃避しか出来なかったよ」

 

「こっちもびっくりしましたよ。次の日会っても何事も無かったように挨拶してきた上に、態度もまったく変わらないものですから。この人はかなりの大物だろうと確信しました」

 

「うるせえ、相当な小物で悪かったな」

 

 道すがら笑い合いながら懐かしい話をした。

 あの時は生きるのに必死すぎたし、トリスターノの事情なんか俺には荷が重すぎたから現実逃避するしかなかった。

 

「いえいえ。リーダーと会ってからは驚きの連続ですよ。あり得ないほど低いステータスにスキルすら知らない世間知らず、それに冒険者カードの扱いまで知らないんですから」

 

「おいこの野郎。お前達が囲んで俺の低いステータスをバカにしたり、冒険者カードの使い方を教えてきたの今でも根に持ってるからな」

 

「バ、バカにしてませんよ。ただ、その、少し精神状態がよろしくないのかなーと思いまして」

 

「バカにしてんだろうが。このっ」

 

 トリスターノを小突くと大袈裟に痛がり始めた。

 トリスターノとバカなやり取りをしていると、先程まであったモヤモヤした気持ちが無くなっていた。

 なんだかんだでこいつは俺の

 

「親友。ちょっと飲みたい気分だ、付き合え」

 

 俺がそう言ってギルドを指差すと、トリスターノがポカンと口を開いて数秒固まった。

 こいつがここまで間抜けな顔を晒すのは珍しい。

 

「なんだよ、行きたくないのか?付き合い悪いぞこの野郎」

 

「………い、いえいえいえいえ!行きます!行かせていただきますとも!で、ですのでもう一度!もう一度今のセリフをお願いします!」

 

「なんだよ、行きたくないのか?付き合…」

 

「いや、そっちじゃなくて!」

 

「先入るぞ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!もう一つ前のセリフですって!」

 

 

 

 

 

 

「さあ、お願いします。もう一度親友と…あ、いや待ってください。録音の魔道具を買ってきてからでお願いします」

 

「気持ち悪いからやめろ」

 

「親友に気持ち悪いとは何ですか!」

 

「親友でも気持ち悪い時は気持ち悪いんだよ馬鹿野郎!」

 

「とうとう否定もせずに言葉にするようになりましたね。とうとうフラグが立ったと」

 

「本当に気持ち悪いなお前」

 

 先程注文した酒が届いて、二人でカチンと音を鳴らして乾杯した。

 

「親友に乾杯」

 

「はいはい、乾杯」

 

 俺達はごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干して、その勢いのまま、また注文をした。

 

「これが親友一気ですか」

 

「お前いつにも増してウザさと気持ち悪さが振り切ってんだけど」

 

「もうツンデレはやめてください。今日はデレの時代ですよ」

 

 あーもう呼ぶんじゃなかったなこれ。トリスターノが変なテンションになってるよ。今更どうしようもないが。

 すぐに来た二杯目をまた半分くらい飲み干した。

 

「二杯目を飲んでおきながら聞くんですけど、来てよかったんですか?ゆんゆんさんお怒りでは?」

 

「もう怒らせてるし、ゆんゆんもめぐみんも親友との時間も必要だろ」

 

「なるほど。確かに親友との時間は必要ですね、ええ」

 

 うんうんわかるわかるみたいな感じで何度も頷くトリスターノに俺は続けた。

 

「それに」

 

「それに?」

 

「何かあったらトリスターノに飲みに誘われたって言うし」

 

「いやいや!ちょっと待ってくださいよ!それ怒られるの私じゃないですか!」

 

「おう」

 

「何でそんな力強く頷いてるんですか!勘弁してくださいよ!というか実際は逆じゃないですか!」

 

「実際は、とか重要じゃないから。怒りの矛先が少しでも分散してくれる方がありがたい。だから誘ったんだよ」

 

「いや、ぶっちゃけすぎですよ!純粋に喜んでた気持ちを返してくださいよ!」

 

「馬鹿野郎。気持ちや言葉ってのはな、出しちまったらもう戻すことは出来ないんだよ」

 

「ちょっと良い話風にしないでください!」

 

「ゴクゴク。とりあえず親友ってのはアレだよ。良い面も悪い面も知ってるからこそだ。だから日本では親しい友と書いて親友なのさ」

 

「おお…。それはなんだか凄く良い話を聞いた気がします」

 

 トリスターノが感銘を受けたような顔で俺を見てくる。

 飲み終わってジョッキを机にドンと置いてから俺は飲み切った勢いに任せて言い切った。

 

「だから俺になんか不利なことがあった時に一番最初に名前が出てくるのがお前ってことだ!」

 

「一気に悪い話になりましたね!?」

 

「お前のことは何があっても忘れないよ……ゲフッ多分」

 

「いや、最後!最後ゲップしながら多分って言うの最悪すぎますよ!というかこの先私に何があるんですか!?そこまでのことが起こるなら名前出さないでくださいよ!」

 

「それは無理だ!親友だから!」

 

「い、言われて嬉しいのが悔しい!」

 

 複雑そうな顔をして飲み切ったトリスターノはジョッキをトンと机に置いた。

 俺は店員さんを呼んでトリスターノの分も注文すると、なんとなく既視感のようなものを感じた。

 それを何か考えていると、トリスターノと目が合うと深く頷いてきた。

 俺が疑問に思っている間にトリスターノは行動に移った。

 

「店員さん」

 

「はい、何でしょう?」

 

 注文を聞いていた店員さんにトリスターノは呼ぶと、店員さんは少し顔を赤らめて首を傾げた。

 

「カップル割は、ありますか?」

 

 お、おい、まさか既視感の正体は……この店員さんか…っ!?

 やめろ、その終わり方は封印したはずだぞ!?

 

「……カップル割はありませんが、カップルだと私に証明してくだされば、一杯ずつサービスしましょう!」

 

 期待を込めた眼差しで俺達を見てくる店員さんに気を取られていると、俺の手を取り恋人握りをしてくるトリスターノが顔を赤らめて、店員さんを見ながら続けた。

 

「これでどうでしょうか?」

 

 俺が強烈な気持ち悪さを感じて、すぐにトリスターノの手を振り払った。

 店員さんは鼻血を出しながら、サムズアップとウインクをしてきた。

 

「ナイスカップル!!約束通り一杯ずつサービスしますね!」

 

 な、懐かしい話をしたら、懐かしいオチを持ってきやがったあああああああああ!!!!

 



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96話

まさかまさかの…?(※)

96話です。さあ、いってみよう。



 

 

「やあ」

 

「よお」

 

「こんばんは」

 

 トリスターノとギルドで飲んでいると今日一日中見なかった奴が姿を現した。

 短い挨拶を交わしたのは銀髪の男だか女だか分かりづらい盗賊のクリスだ。

 

「祭りにいたのか。警備してたのに全然見なかったから、来てないと思ってたよ」

 

「ああ、うん。色々あってね…」

 

 疲れ果てた顔で遠くを見るクリスを見るになにか厄介事だろうと思い、関わりたくない一心で聞かずにいた。

 だがクリスは俺が座っている隣の席に座ると、口を開いた。

 

「何で祭りで見かけなかったのか聞きたく…」

 

「ない」

 

「なんでさ!聞いてよ!」

 

 自分から言うのかよ。

 トリスターノが聞いてあげましょうよと言ったせいで、クリスが今日何をしていたのかを不幸感を漂わせながら語り出した。

 クリスは酒を注文し、ヤケ酒気味に飲みながら語るせいで長くなったので、短くまとめてしまうと今朝アクアに捕まったせいでアクア祭りの方の手伝いをやらされていたらしい。

 

「そんな短くまとめないでよ!大変だったんだから!」

 

「モノローグのところにツッコミ入れてくるんじゃねえよ」

 

「まあまあ。幸運値が高いクリスさんとは思えないレベルで不幸でしたね」

 

「そうだよね、トリタン!最近のヒカルは冷たいよ。あたしのセリフをこんなにカットするなんて」

 

「別にカットしたのは俺じゃない。というか何でお前が来るんだよ。そろそろゆんゆんのターンだと信じてたんだよ馬鹿野郎」

 

「残念あたしでしたー!これからしばらくあたしの愚痴に付き合ってもらいまーす!」

 

 酒を入れて酔ってきたのか頬を少し染めてハイテンションに宣った。

 俺がため息をつき、トリスターノが苦笑する中、クリスは語り始めた。

 

 

 そしてクリスの愚痴は一時間ほど続いた。

 というか、まだ続いてる。

 

「それでね…」

 

「おい、もうその焼きそばのキャベツ担当にされた話は三回目だぞ」

 

「違うよ!一回目はカズマくんやアクアさんにキャベツを切る役を押し付けられた話で、二回目はキャベツが頭突きしてきて逃げられた話。これからのは…」

 

「あーはいはい」

 

 酒をどんどん飲みながら語るせいで、何回か同じ話をされた気がしたので聞いてみたら、どうやら少し違う内容だったらしい。

 

 アクシズ教徒が屋台を出してた区画では詐欺紛いの屋台を出していて、それを止めようと考えたカズマは自ら屋台を始めた。

 カズマは少し前に料理スキルを取得していて、そのスキルでソースを作り出すことに成功した結果、日本のお祭りの屋台で絶対に一つは見かけるであろう焼きそばの屋台を始めたのだった。

 そしてその焼きそばを効率良く作るために役割分担をして、見事クリスはキャベツを切る係を押し付けられた。

 

 この世界において、野菜を調理する=戦いだ。

 

 この世界の野菜は動くし、この世界の料理の基本の基本は食材の生死の確認をすることだとも言われているほどだ。

 もし生きていたら逃げられたり、反撃されたりして最悪怪我をする。

 というか俺は怪我をした。

 まだ俺が弱くて、俺達が一緒に住み始めた頃に野菜から反撃を食らい、ヒナからは野菜を逃したことで説教を食らった。

 まとめるとクリスはそんな役割になってめちゃくちゃ大変だったから、こうしてうるさく愚痴ってるわけだ。

 

 でも俺だって今日は大変だったんだ。

 そろそろゆんゆんに今日の疲れを癒やしてもらいたい。

 悪いが、ここはトリスターノに押しつけて逃げよう。

 

「俺ちょっとトイレに…」

 

「逃しませんよ」

「どこ行くのさ」

 

 まるで考えが読まれたように、二人に両手をガッシリ掴まれて動けなかった。

 

「ト、トイレぐらい行かせろよこの野郎!おい、てめえ空のジョッキ渡してくんじゃねえよ!ここで出せってか!ざけんな!」

 

「これに出していいから、ついでにシュワシュワ注文しといて」

 

「俺の搾りたて飲ませんぞ馬鹿野郎!てか離せ!わかったよ、行かねえよ!行かなきゃいいんだろ!」

 

「そういえばYAKISOBAの前の話したっけ」

 

 トリスターノは手を離したが、クリスは手を離さないで続きを話し始めた。

 

「いいから離してくんない?」

 

()()()()るよ?」

 

「手を離せって言ってるんだよ、この酔っ払い」

 

「ちゃんと聞いてくれる?」

 

「ずっと聞いてただろうが」

 

「逃げない?」

 

「逃げないから離せ」

 

 目をウルウルしながら上目遣いで見てくるクリスに少しイラッとしつつも逃げないと答えた。

 そこまで言うと、クリスはやっと手を離した。

 俺がクリスを意識なんてするわけないだろ、俺はこれの正体も本性もだいたい知ってるのだから。

 

 

 そして愚痴は続いて更に一時間が経ち…。

 

「あたしのせいで一人のエリス教徒が、ぐすっ、エリス様嫌いだって、ひっく、ふええぇぇぇ…」

 

「あーもうめんどくせえよ。今日は真面目に働いてたのに何なのこの仕打ち」

 

「な、慰めてあげましょうよ。クリスさん、泣かないでください」

 

 クリスは昼間のことを思い出し、そして酔いも回りまくって泣きながらも語り倒していた。

 俺は俺で隣で泣き喚くクリスを呆れた目で見て愚痴を零し、トリスターノはクリスを慰めるべく話しかけていた。

 クリスがアクシズ教の屋台を一つ手伝った結果、一人のエリス教徒がアクシズ教に改宗したらしい。

 結果部分はかろうじて聞こえたのだが、泣きながら話すせいで、ほとんど聞こえなかった。

 そのせいで何の屋台かもわからん。

 これまでの話を聞いて、クリスの正体を知っている俺は呆れるしかない。

 

「最近は良いこと無いよ!今日はずっと手伝わされるし、少し前はヒカルが手伝ってくれないせいで神器の回収に失敗するし!」

 

「おい、声大きいぞ!あと俺のせいではないだろ!」

 

「クリスさん、一度落ち着きましょう!水でも飲んでください」

 

 トリスターノに渡された水を飲むと少し冷静になったのか、クリスは泣かなくなった。

 

「トリタンは盗賊……団のこと知ってるんだよね?」

 

「ええ、まあ」

 

 クリスは一応盗賊団とはハッキリ言わずに聞くと、トリスターノは少し言いづらそうに肯定した。

 俺がクリスの誘いを断る時にトリスターノにバレた話や危ないことはしない約束をしたこととかを話したからだろう。

 

「じゃあ、反対だったんだ?」

 

「流石に王城に潜入して捕まってしまったら大変ですからね」

 

「もし危険度が低かったら、どう?」

 

「それなら考えてみてもいいかもしれませんね」

 

「ヒカル!話が違うじゃんか!」

 

 クリスが俺を恨みがましい眼で見ながら抗議してくる。

 トリスターノめ、そこはもっと反対しろよ。

 

「というかその話はもう終わっただろ。それに失敗した時の話を聞いたけど、俺がいてもどうしようもなかったと思うぞ」

 

「同じ盗賊団の仲間でしょ!?」

 

「違うわ!頼むからもう一回水飲んで落ち着けよ。ここでする話じゃないぞ」

 

 クリスが不満そうに水を飲むのを眺めながら、クリスの神器の回収の依頼を断った時のことを思い出していた。

 

 

 

 クリスがヒナの誕生日パーティーで話したいことがあるからと言われて聞いてみると、俺だけじゃなく俺以外のメンツにも神器の回収をお願いしたいとクリスは頼み込んできた。

 簡単に言ってしまうと何かあれば力になって欲しいという内容だった。

 ヒナは当然YES、ゆんゆんは友達のお願いを断れるわけないのでYES、トリスターノは人が良いのでYESだった。

 俺はその時そんな気分ではなかったし、緊急時には無理矢理手伝わされる羽目になると考えていたから聞き流していた。

 

 祭りの日から少し前に神器の回収の話があった。

 回収する神器は貴族の館にあった。つまりは盗み出すことになるので、今回声をかけた俺達のパーティーメンバーに協力を要請出来るわけもなく、クリスが頼ったのはカズマと俺だった。

 王城に潜入して見事に成し遂げたメンバーだし、当然と言えば当然なのだが、そもそもの話をすると俺は盗賊職ではない。

 だから断ったのだ。

 足手まといになるだろう、とか色々理由をつけて断ったが、クリスはそれでも俺を保険として引き入れようとしていた。

 断る理由はまだある。

 前回の王城の時のように国の命運がかかってるわけでも無ければ、メリッサのような新勢力を相手にするわけでもない。

 前回は協力せざるを得なかったが、今回に関しては違う。

 普通に、と言うと変かもしれないが普通に盗賊二人で貴族の屋敷に潜入して神器をいただいてくればいい。

 王城への潜入も途中まではスムーズにやれたのだから何も問題は無いはずだ。

 俺の役割は見つかってからが出番なわけだし。

 結局俺は行かずに二人で潜入し、見事やり遂げ……られなかった。

 回収するはずだった神器は聖鎧アイギスというのだが、その鎧はどうやら自我があって喋るらしく、今の環境を気に入っていたアイギスはクリス達に回収されることを拒否し、貴族の屋敷中に聞こえる声で騒ぎ出したせいで盗むどころではなくなり、回収出来なかったという。

 

 それからと言うもの俺が断ったのを根に持ってるのか、ヒカルがいれば無理矢理回収出来たとか、出てくる警備兵を倒してアイギスを引っ張ってこれたとか、そんな愚痴をクリスに会う度に言われるようになったのだ。

 

 

 

「回収に手伝ってくれる為にクエストだって手伝ったのに…」

 

「最近の大討伐クエストに何回も同行してたのはそういう理由だったんですね」

 

「あれはクリスが勝手に付いてきたんだろうが。俺は頼んでないぞ」

 

「酷いよ!頑張ったし、活躍だってしたのに!」

 

 そうだっけ。

 トリスターノと思い付いたアレを試してたことぐらいしかあまり印象にない。

 大討伐クエストの時は確か…

 

 

 

 

 

 

 

 季節は夏。

 暑いのに一段とやる気のヒナやクリスに連れられて昆虫型モンスターの大討伐クエストに参加することになった。

 夏は弱いモンスターが一番活発になる時期らしく、開催を目前にしたエリス感謝祭の為に一匹でも多く狩って祭りが安全に行われるようにしなければならなかった。

 祭り以外にも森で大量発生したモンスターを倒さなければならない理由があるのだが、それは割愛しよう。

 今回は大討伐クエストということで、多くの冒険者が参加していたが、その中にはカズマ達のパーティーも参加していた。

 モンスターをおびき寄せるポーションで釣られたモンスターを倒す。

 そんな簡単な作戦ではあるもののスムーズに討伐数は増えていき、モンスターの数が少なくなった頃に空が爆発した。

 わざわざ説明するまでもないと思うが、めぐみんが爆裂魔法を放った。

 俺達は爆風で地に這いつくばり、昆虫型モンスターは爆裂魔法の余波で倒された。

 そこまではよかった。

 いや、あまり良くはないが。

 その爆裂魔法は森にいた虫型モンスターを怒らせてしまったのか、あるいはその爆発音に釣られたのか百を優に超えるモンスターの大群が迫ってきた。

 その大群を見た俺達は散り散りに逃げて、結果残ったのはいつものパーティーメンバーとクリス、それに引率のギルドの職員だった。

 

「『ワイヤートラップ』!『ワイヤートラップ』!『ワイヤートラップ』!これで少しは勢いは削れるはずだよ!」

 

 クリスは木々の間にワイヤーを仕掛けて、迫ってくる虫型モンスターのストッパーを作った。

 どれぐらい保つかはわからないが、有効な戦法だろう。

 

「クリス、よくやった!ヒナは回復と支援、それと職員さんの警護!クリスと俺は近付いて来る奴を切る!ゆんゆんは『サーチ』しつつ、魔法をぶっ放せ!トリスターノは」

 

「『アレ』ですね?」

 

「ああ、『アレ』を使う時が来た」

 

 『アレ』?と俺とトリスターノ以外は首を傾げていた。

 トリスターノに準備をするように言うと、即座に準備に入った。

 トリスターノは矢が無くなってしまった時、『クリエイト・ウォーター』と『フリーズ』で氷の矢を作り出して打ち出す。

 それにプラスして氷の矢の先に空気に触れると爆発するポーションの瓶を仕込む。

 俺がポーションの瓶を投げて、トリスターノが射抜くのが今までのパターンだったが、投げた先が微妙だったり、トリスターノが準備出来ていなかったりと諸々の問題があり、それを改善したのが今回考え出した、爆発する氷の矢、『アレ』だ。

 まだ試作段階で名前も決まっていないし、改良の余地はいくらでもあるだろうが、今回は良い実験になるだろう。

 

「ゆんゆん、トリスターノの準備が出来るまで牽制してくれ!」

 

「わかったわ!『カースド・ライトニング』!」

 

「トリスターノ、試しにポーション三つ仕込んだ奴も頼む」

 

「ほ、本気ですか?それこそ話が出た段階ですし、弓で飛ばせるか分かりませんよ?」

 

「お前ならやれるだろ」

 

「……了解です」

 

 困惑した様子で聞き返してきたが、俺が平然と言うとトリスターノは不敵に笑い、矢の作成を始めた。

 

「ヒカル、三時方向からヒトキリが来たわ!」

 

「人斬り?」

 

 ゆんゆんが魔法で虫の大群を次々と落としてる中、サーチに引っかかったモンスターを報告してくる。

 言われた方向を見ると、俺やトリスターノを越える大きさのカマキリが接近していた。

 俺が刀を抜くと、警戒する様にある程度距離を置いて巨大カマキリは降り立った。

 

「ヒカル!ヒトキリはここら辺だとかなり強力なモンスターだから気をつけて!」

 

 ヒナから警告されたが、されなくてもこのモンスターが強いことはよくわかる。

 巨大カマキリの鎌はまるで何か名のある武器のように不気味に輝いていた。

 ヒナから支援魔法をもらい刀を構えると、ヒトキリは両手の鎌を高く上げて威嚇する様に構えてきた。

 読み合いの時間をしている暇はない、俺は地面を蹴りヒトキリの懐へと飛び込んだ。

 ヒトキリは鎌を振るい、俺は刀を振る。

 鉄と鉄がぶつかる音が数度響き渡った。

 

「ぐっ!」

 

 確かに強いモンスターだ。

 だが今までに相手にしてきたヤバい奴らに比べたら、当然それほどではない。

 ないのだが俺は体が竦んで、思ったように動けなかった。

 心臓のあたりがチクチクと痛むような、違和感のようなものを感じて集中出来ない。

 ヒトキリの鎌が陽の光に反射して光るのを見る度に、パラメデスとの戦いを思い出してしまう。

 あの槍が俺の胸に入り込んできた記憶に、痛みに、恐怖に、呑み込まれそうになる。

 

「こんの、馬鹿野郎がっ!!」

 

 自分に向けて叫ぶ。

 動け、動け動け!

 何度も鎌との打ち合い、真正面から鎌を受け止める。

 そして次の打ち合いは受け止めない。

 上から真っ二つにしようと迫り来る鎌をいなして、いなした刀で下段からヒトキリの肘部分を切断した。

 黒板を爪で引っ掻いたような音、それがヒトキリの悲鳴だった。

 

「てめえ、いい加減にしろこの野郎」

 

 今度は自分に向けてではなく、他人へと言った。

 ヒトキリがもう片方の鎌を振りかぶろうとしても返事が返ってこないので更に話しかけた。

 

「早く終わらせろ、クリス」

 

「あれ?邪魔しちゃったら悪いかなと思ったんだけど」

 

 ヒトキリは声がして初めて後ろに潜むクリスに気付いたらしく、咄嗟に対応しようとしていたが、すでにクリスはヒトキリの細い首にダガーを振っていた。

 ヒトキリの首が落ちるのと同時にクリスが俺の隣に着地して、こちらを得意げに見てきた。

 

「どうも」

 

「まあまあ、お互い助け合いが大事だからね。この分はこの後の潜入で返してくれればいいからさ」

 

「俺は行かないって言っただろ」

 

「またまた〜。って汗すごいね、どうしたの?」

 

「……なんでもない」

 

 クリスがニコニコしながら俺が神器の回収を手伝う前提で話していたが一蹴した。

 それはともかく、こんなので冷や汗をかくなんて情け無い。

 気持ちの悪い汗を拭いながらトリスターノの元に行くと、すでに準備は終わっていたらしく、ゆんゆん達の援護をしていた。

 

「リーダー、準備完了しました」

 

「了解。じゃあ景気付けにポーション三つの矢で行こうか」

 

「ええ、盛大にかましてやりましょうか」

 

 ポーションが三つ凍った矢を番えて、ゆんゆんが撃ち漏らしたモンスターの大群を睨み付けるトリスターノ。

 その大群より少し上に弓を向けたかと思えば、矢は放たれた。

 その矢は当たることが確定しているかの様に飛んでいき、子犬ほどの大きさをしたカブトムシのツノ部分に着弾、そして

 

 ドオオオオオオオオオオン!!!

 

 大爆発を引き起こした。

 矢を放ち、その矢が爆発した。

 是即ち

 

「掎角一陣、ってことでいいだろ」(※)

 

「キカクイチジン?」

 

「なんでもない。あと残りは?」

 

「数匹で終わりです」

 

「了解、さっさと終わらせるぞ」

 

 

 

 

「活躍してるじゃん!ヒカルを助けたじゃん!」

 

「人の回想にツッコミ入れるんじゃねえよ。というかあれは助けたっていうより役割の違いだろ」

 

 俺が注意を引き付けて、クリスが倒す。

 最初は俺が倒そうと思ったが、ヒトキリの後ろに忍び寄るクリスが見えたので、クリスに倒すのを任せようと思ったがいつまでも倒さないので内心困惑したものだ。

 

「えぇ〜?なんかあの時辛そうじゃなかった?」

 

「別に」

 

「怪しいなー」

 

 クリスが肩に手を置いてダル絡みしてくるので顔を逸らすと、トリスターノが真剣な表情で俺を見てきた。

 

「何かあるなら言ってくださいね」

 

「何かあったらな」

 

 これは俺の気持ちの問題だからな。

 ところで

 

「クリス、明日はまたアクア達の手伝いをやるのか?」

 

「えっ、し、しないよ。明日は流石に…」

 

 自信なさ気に言うクリスを見て、俺は思ったことをそのまま言った。

 

「なんか手伝うことになりそうだな」

 

「なりそうですね」

 

「や、やめてよ!て、手伝わないよ!明日はちゃんとエリス教側の区画にいるから!」

 

「あー…」

 

「フラグですね…」

 

 涙目になって否定してくるクリスを見て、俺達は確信していた。

 明日の祭りの間もこいつの姿を見ることはないだろう、と。

 





まさかまさかのクリス回。
ゆんゆん回を書いていたのですが、色々あって先にクリス回を書きました。

※のところがわからない人は気にしないでください。
とある作品の四話の前書きでこの作品の名前が出ていたので、ほんの少しだけお返しした感じです。矢が爆発したので掎角一陣です。異論は認めません(ガチレスされても困る)


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97話

97話です。さあ、いってみよう。



 

「よお、ヒカル。お前なんで野郎と飲んでるんだよ?」

 

「ダスト、それを聞くのは野暮ってもんだ。何も聞かずに俺達も一緒に飲んでやろうぜ」

 

 三人で飲んでいると、ダストとキースがニヤニヤしながら近付いてきた。

 

「……え?あたしはおん…」

 

「何を勘違いしてるのか知らねえけど、たまにはダチと飲みたくなる時もあるだろ」

 

「おうおう、そうだな」

 

「おかえり、ヒカル」

 

 俺達わかってますよ、みたいな顔をして肩を叩いてくるな。

 トリスターノは苦笑してるだけで何も言わないみたいだし、余計なことを言われる前に先に言っておくか。

 

「ね、ねえ?あたしは女…」

 

「おいこの馬鹿野郎。変な時だけ味方面するな。俺は別に…」

 

「おい、みんな!ヒカルがフラれて傷心中だからみんなで慰めてやろうぜ!」

 

「ふざけ…」

 

 ダストの発言にすぐに反応したのは俺だけじゃなくて、ギルドの酒場にいる奴らのほとんどがワッと押し寄せてきた。

 

「すぐにフラれると思ってたんだよ俺は!」

「狂戦士だからな!」

「あんたには荷が重かったのよ、諦めなさい」

「男と男の友情が一番」

「よーしよしよしよし、俺達は味方だからな!」

「リア充はくそ。いいね?」

「恋人より、やはり親友ですよ!」

「出来ないことはするもんじゃないわよ」

「あたしは女だってば!」

 

 どいつもこいつも言わせておけば…。

 俺は揉みくちゃにされるのを振り払い、全員に聞こえるように叫んだ。

 

「ふざけ倒せバカ共!お前らが俺のことをどう思ってるかよーーくわかったよ!最近は大人しくしてたからな!全員怪我無しで帰れると思うなよこの野郎!!」

 

 

 

 

 

 

「あーいってえ…」

 

 ギルドで大喧嘩した帰り道で思わず呟いた。

 とりあえず煽ってきたバカ共はほぼ全員ぶん殴って、向かってくる関係無い冒険者もギルドの職員もトリスターノもクリスもぶっ飛ばした。

 最後の方に騒ぎを聞き付けた警察やらララティーナお嬢様やらが来たあたりで逃げてきた。

 まあ俺もあいつらもぶん殴られたりぶっ飛ばされたのでお互い様だろう。

 

「ヒカル?」

 

 声がして振り返ると、ゆんゆんがいた。

 

「やっと会えたな」

 

「……ふん、そんな嬉しそうな顔しても今日構ってくれなかった分は…ってどうしたの、その怪我!?」

 

「…………ああ、アクシズ教徒がな…」

 

 大嘘をこいた。

 だってギルドで暴れてきました、なんて言ったら怒られるどころじゃないし。

 そう言うと、ゆんゆんが俺の怪我にハンカチを当ててくれた。

 

「ここまでされるなんて…」

 

「トリスターノを盾にして頑張ったんだけどな」

 

「そうね…ってええっ!?トリタンさん大丈夫なの!?」

 

「大丈夫だって。でも、もしゆんゆんもいたら怪我しなかったんだろうがな」

 

「ふふ、そうね。私がいたらヒカルに怪我なんてさせな…」

 

「トリスターノシールドにゆんゆんブレードで俺に死角は無かったのに」

 

「私も武器扱いなのっ!?」

 

「盾があるんだから、剣もあるに決まってるだろ」

 

「いや、そういう話じゃないわよ!……もう、本当に大丈夫なの?」

 

「こんなに冗談吐いてるのに大丈夫じゃないと思うか?」

 

「ふふ、それもそうね。ほら、ヒナちゃんのところ行きましょう」

 

「あー……えっと…」

 

 俺がどうにかヒナ以外のところで回復してもらいたいことを遠回しに言おうと考えたが、何も浮かばなかった。

 高い知力があれば、誤魔化せたのだろうか。

 

「……まだ仲直りしてないの?」

 

「仲直りとかじゃなくてだな…」

 

「じゃあ、なに?」

 

「今はなんていうか、意見が合わないんだ」

 

「ふーん、二人の秘密なのね?」

 

 誤魔化されたと感じたゆんゆんはまた不機嫌になった。

 

「二人の喧嘩ってことだよ。もう少しで収まりそうだからさ。とりあえず治療を受けに教会に行くから…」

 

「そう、いってらっしゃい。先に帰るわ」

 

「ちょ、ちょちょっと待った!ついて来てくれよ」

 

 先に帰ろうとするゆんゆんの手を掴んで止めても不機嫌な顔でそっぽを向かれた。

 

「私は教会に用なんて無いもの」

 

「その後だよ」

 

「その後って何?」

 

「教会で治療してもらったら今日の埋め合わせを全力でするよ。だから許して欲しい」

 

「埋め合わせ?」

 

「今日は一緒に宿に泊まろう」

 

「………………そ、そんなの埋め合わせにならないもん…」

 

 すごい間があったせいでとんでもない失言をしたかとめちゃくちゃ焦ったわ。

 不機嫌ではあるものの『埋め合わせ』の意味を理解したのか、ほんの少し頬を染めながらニマニマしていた。

 

「埋め合わせじゃなくてもいい。一緒にいよう」

 

「……そ、そこまで言うなら、いいわ」

 

「じゃあ行こう」

 

 掴んだ手の指を絡めるようにして握ると、ゆんゆんはやっと笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…」

 

 息絶えるようにベッドに倒れ込む俺とは正反対にゆんゆんはニコニコだった。

 

「ヒカル、水いる?」

 

「お願いします」

 

「うん」

 

 かちゃかちゃと食器をいじるような音が聞こえて、少しすると肩を叩かれた。

 

「ありがとう、ゆんゆ…ん?」

 

 ゆんゆんがコップを持ってきてくれたのかと思ったら何も持っておらず、何故だか頬を膨らませていた。

 

「ん、ん」

 

「え、なに?」

 

「んー」

 

「もしかして下から飲む感じで、いだだだだ」

 

 ゆんゆんの下半身に顔を持っていこうとしたら頬を抓ってきた。

 なんとなくわかってはいるが、まさかゆんゆんからして来るとは思わなかった。

 

「もしかして口移し?」

 

「ん」

 

 頷くゆんゆんに顔を近付けると、俺が座っているところに跨ってきて、俺の顔を両手で添えながら唇を合わせてきた。

 

「ん……んく、んくっ、んんっ…んむっ、ちゅっ、んぅ」

 

 ゆんゆんの口から水を移されながら、舌を入れてくるのに合わせて俺も舌を絡めた。

 まるでゆんゆんも水を欲しがってるみたいに貪るようにキスを続ける。

 水が口から溢れても、お互いの口内から水が無くなってもキスは続き、何度も何度も舌を絡ませて、いやらしい音が部屋に響いた。

 

「んちゅ、ん、んぅ…ふぅ、どうだった?」

 

 ゆんゆんが満足したのか、口を離して感想を聞いてくる。

 

「飲みづらかっ、いたっ」

 

 正直に言おうとしたら、ペシンと俺の肩を叩いてくるゆんゆんは不機嫌そうに口を開いた。

 

「言い直して?」

 

「さいこうきゅーのお水かとおもいました」

 

「よろしい」

 

 俺が棒読みで感想を言うと、ゆんゆんは満足そうに笑顔を見せた。

 

「元気になったね」

 

「まあ、ゆんゆんにこんなことされたらな」

 

 体勢が体勢だから、ゆんゆんにはすぐバレた。

 俺の元気になった部分に手を這わせながら、ゆんゆんは膝立ちになって腰を浮かせた。

 

「ゆんゆんさん、今日っていつ寝る感じですか?」

 

「………寝るの?」

 

「えっ」

 

「今日ずっっっと放っておいたのに寝るの?」

 

「いやでも…」

 

「寝 る の ?」

 

「いだだだ!ね、寝ません!寝るわけありませんはい!」

 

 俺の元気な部分を握る手に握り潰さんばかりに力が入って思わず悲鳴を上げながら寝ないと言うとゆんゆんはにっこり笑った。

 

「そうよね。絶対寝かせないから」

 

 そう言って腰を下ろすゆんゆんの瞳は真っ赤に光り輝いていた。

 

 

 

 

 

「しにゅ…」

 

「〜♪」

 

 先程と同じようにベッドに倒れ込む俺とかなり上機嫌のゆんゆん。

 

「あ、そういえば日記書いてなかったわ」

 

「よーし、休憩にしよう!しばらく休憩!数時間ぐらいの超大作を書いてこうぜ!」

 

「大丈夫、すぐ書き終わるから」

 

「大丈夫じゃないです…」

 

 俺が呟いたのは聞こえていないようにゆんゆんは近くに畳んであるスカートのポケットから手帳を取り出すと、ベッドで寝転んで勉強する学生のように手帳に日記を書き始めた。

 ゆんゆんは冒険者になってから日記を付けるのが習慣になっている。

 日記帳は別にあるのだが、外出中に書く場合はこうして手帳に書くこともある。

 足をパタパタさせてスラスラと書き始めたので、手帳を覗き込むとゆんゆんが俺が見ているのを確認してから、声に出しながら書き始めた。

 

「今日は、エリス感謝祭の一日目だというのに、恋人のヒカルに、放っておかれました」

 

「勘弁してください」

 

「そんなヒカルは、街の警備をしつつ、ヒナちゃんと浮気デートをしてい…」

 

「ちょっと待てえっ!!そんなことしてないぞこの野郎!」

 

 流石にそんなこと書かれたくないし、もし誰かに見られでもしたら最悪の誤解を生む。

 

「二人で祭りを回ってたよね?」

 

「それは街の警備で…」

 

「じゃあ浮気デートです」

 

 そう言ってまた続きを書き始めたゆんゆんを止めるべくペンを奪ったが、宿のペンを取り出してまた続きを書き始めた。

 ゆんゆんは浮気だ浮気だと言っておきながら、笑いながら読み書きしてるので多分俺を困らせて楽しみたいのだろう。

 

「夜にヒカルに、会ったと思えば、これからベッドで頑張るから許して欲しいと、恥ずかしげもなく…あっ!」

 

 宿のペンも奪い取ると、ゆんゆんは頬を膨らませて俺を睨んでくる。

 

「話を聞く気になったか?」

 

「ペン返して」

 

「話を聞いてくれたら返すことを考えよう」

 

「聞くだけ聞きます」

 

「よし、まず浮気じゃない。ヒナは家族だし、そんな関係なわけない。わかった?」

 

「わかりません」

 

「よーし、ペンは未来永劫返ってこないってことでいいな?」

 

「だってヒナちゃんも女の子だもん。家族なんて言い訳は通用しません。それに二人きりなんて良くないと思います。主に私に」

 

「二人きりになる気はなかったんだよ。ヒナが勝手に人員をうごかしてだな」

 

「……ふーん」

 

「信じてくれよ」

 

「それを信じるならヒナちゃんは仲直りしようとしてたんじゃないの?」

 

 思わず俺は黙ってしまった。

 変なこと書かないからペン返して、と言われて言われた通りペンを返すとゆんゆんは日記を書き始めた。

 あのヒナの突飛な行動はそういうことだったのか?

 いきなり二人で行動し始めたのは、ギクシャクしたのをなんとかしようとして…。

 

「ずっと二人のこと言おうと我慢してたの。ヒカルとヒナちゃんなら二人で解決するかなって思ってたし。でも今回は難しそうだから口を出しちゃった。だって二人らしく無いもの」

 

「ゆんゆん…」

 

「浮気だなんて、そんな思ってないわ。でもそろそろ仲直りしてほしいわ」

 

「待って。『そんな』?」

 

「二日目も我慢するから、ヒナちゃんとしっかり話し合って仲直りしてきて。そうすれば昨日今日放っておかれた事と浮気は無しにしてあげる」

 

「……ああ、わかっ…ってちょっと待てこの野郎。真面目な話の雰囲気に混じって浮気判定食らってるんだけど」

 

「もし仲直り出来なかったら…」

 

「……」

 

 ゆんゆんが重い口調で話し始めたので思わず黙ると、とんでもないことを言い出した。

 

「明日も寝る時間が無くなります」

 

「超頑張る」

 

「うん、頑張って。そろそろシャワー浴びて行こ?ヒカル今日も警備があるんでしょ?」

 

「そうだな」

 

 宿の外を見ると、早朝から二日目の祭りの準備をしている人達が見えた。

 




頑張ってえっちな描写をしてみました。
マジ難しいわ。

誤字報告、お気に入り、感想、高評価ありがとうございます。
最近は書くのが遅くなりがちですが、皆様のおかげで続けられております。



少し真面目な話をさせていただきます。
と言っても深刻な話ではなく、下の方にあるアンケートの経緯です。
少し前にとあるサイトにこの作品が晒されてまして、酷評を受けたのですが、それが色々と考え直すきっかけになりました。
この件でこの作品はそれなりに多くの人に読んでいただける作品になったという自覚が持てました。
晒されて傷付いたーとかでもなければ、キャラ改変について反省はしてますが後悔はしてません。
ですが、二回目に殺りにきたあたりは流石にやりすぎたなと思っているのも事実でした。
嫉妬に狂うエリス様は割と感想で好評だったので調子に乗っていたというのが本音です(ぶっちゃけもっと過激にしようと思っていました)
今更変えるのもどうかと思い、手を加えない気でいましたが、100話分まで読んでいただいた読者様の意見なら信じられると思ったので、アンケートの結果次第で手を加えることにしました。
もちろん今までの話が変わらない程度に、ですが。
このことについて色んな意見があると思いますが、今まで以上に良い作品作りをしていきたいと思っていますので、ご了承いただけると幸いです。今後のこの作品の為にもアンケートのご協力をよろしくお願いいたします。


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98話


98話です。さあ、いってみよう。



 

 祭り二日目。

 

「ふあああ〜、もう少し寝させてくれてもいいんだぞ」

 

「お前という奴は…」

 

「ダクネスさん、本当にすみません…」

 

 俺は大欠伸をしながら呆れる二人に言い放つ。

 今日警備し始めた瞬間に昨日のギルドの大喧嘩のせいで警察に捕まり、少し反省しなさいと言われて留置所に入れられた。

 俺はこれ幸いとばかりに留置所に入れられた三秒後に寝始めたのだが、こうしてお昼頃に警察の留置所に二人が俺を引き取りに来ていた。

 

「知らない仲ではないし、日頃教会や孤児院に祭りの手伝いまでしてくれているから出してやれるのだからな」

 

「はいはい、ララティーナお嬢様」

 

「ララティーナと呼ぶな!……はあ、もうこんなことはやめるのだぞ。せめて祭りの期間中はな」

 

「悪かったよ。余計な苦労をかけさせた」

 

「わかってくれればいい。また祭りの警備をお願いしたい」

 

「了解」

 

 ダクネスの父親が色々あって仕事を出来る状態ではなく、ダクネスが領主の代行として務めているのだが、アクア感謝祭の影響か祭りの一日目から苦情が殺到しているらしく、昨日から辛そうな顔を見せられた身としては言われたことは素直に従うべきだろう。

 そう考えた俺は言われたことはなるべく守るつもりだ。

 なるべく。

 

「ヒカル、僕達昨日すごくシリアスな感じで別れたのに、これは何なの?」

 

「人生いろいろあるってことだろうが」

 

「そんなスケールの大きい話なわけないでしょ!」

 

 俺だってまさかこんなことになるとは思わなかった。

 ほぼ全員を喧嘩に巻き込んでぶっ飛ばしたのがいけなかったのだろうか、それとも逃げたのがいけなかったのか、もしくはギルドの机と椅子をぶっ壊したからだろうか。

 何度かギルドで喧嘩して怪我人を出しても大した問題にならなかったから、捕まるとは全く思っていなかった。

 

「何があったか分からないが、せっかくの祭りなのだ。警備という仕事があっても祭りは楽しんでくれると嬉しい」

 

「はいよ」

 

 俺が返事をしながら牢屋から出ると、ヒナがダクネスに向かって頭を下げた。

 

「お忙しい中、本当にご迷惑を…」

 

「その話はもうよしてくれ。本当なら二人も祭りを楽しむ立場なのに、貢献してくれているのは本当に助かっているんだ。ただ先程言ったように、もう捕まるようなことはしないでくれ」

 

「わかった」

 

「わかりました、でしょ!」

 

 お前は俺のお母さんか。

 ヒナが睨んでくるのをスルーしてるとダクネスが微笑ましそうに見てきた。

 

「では二人とも、引き続き警備を頼む」

 

「了解」

「はい!」

 

 俺達は留置所から出ようとした時に、なんとなく思ったことをダクネスに聞いてしまった。

 

「そういえば今日は街を回れそうなのか?」

 

「……あー、どうだろうな。私としてはそうしたいのだがなぁ…」

 

 老け込んだような顔で言うダクネス。

 こいつもクリスと同じようなフラグを残したということは無理そうだな。

 

 

 

 

 

 ダクネスと別れて、ヒナと祭りが行われている街の区画に戻ってきたのだが。

 

「なんか人少なくないか?」

 

「……」

 

 ヒナは俺の言葉を聞くと、不機嫌そうな顔になった。

 昨日より半分くらい人がいない気がする。

 ガラガラに空いてるわけではないが。

 

「もしかして祭りの一日目だけめちゃくちゃ盛り上がる感じか?」

 

「……違うよ」

 

「じゃあなんだ?」

 

「……ん」

 

 ヒナが更に不機嫌になった顔で指差したのはアクア感謝祭が行われている方の区画だった。

 ヒナが指差した方向へと向かうにつれて、人が増えていき、屋台の宣伝のような人の呼び込みが聞こえてきた。

 

「なるほどね」

 

「むぅ…」

 

 昨日とは正反対の光景が広がっていた。

 昨日はエリス教側の区画は人で溢れていたが、アクシズ教側はそうでもなかった。

 だが今日は区画を分けたその先は人集りが出来ていた。

 人が多くて見え辛いが、焼きそばにたこ焼きにかき氷などの屋台が出ていた。

 まるで日本の祭りのようだ。

 アクアはどうだかわからんが、とうとうカズマが本気を出したか。

 この日本風の屋台でアクシズ教側に人が持って行かれてるみたいだ。

 

「懐かしいなぁ」

 

 焼きそばの屋台から漂ってくるソースの匂いで思わず呟いてしまった。

 

「……早く戻ろ」

 

 不機嫌そうにしているが、ヒナのことだから日本の食べ物と聞いて食べたくないわけがない。

 でもこいつのことだからエリス教徒だし、我慢しなくちゃいけない、みたいな考えになっているんだろう。

 

「お前も食べたいだろ?俺が二人分買ってきてやろうか?」

 

「本当!?……い、いや、いいよ。別にお腹空いてないもん」

 

 ヒナはパッと顔を明るくしたが、すぐに我に帰り意地を張り出した。

 他のSHINSENGUMIのメンバーはすでに街の警備をしているみたいだし、俺達が少しぐらい何か食う時間はあるだろうに、何を遠慮してるのか。

 

「俺は飯食ってないんだし、俺の昼飯ついでにお前も食ってけよ。じゃあ、行ってく…」

 

「ま、待って!」

 

 返事を待たないで買いに行こうとしたら手を掴まれて止められた。

 振り返るとヒナが口を開いた。

 

「ヒカルも食べたいかもしれないけど、昨日僕達が警備してたせいでアクシズ教徒には目を付けられてると思うから、そっち側に行くのはやめた方がいいと思うよ」

 

 そんなことあるか?

 ……いや、昨日アクシズ教団のブラックリストに名前が載ったみたいなこと聞いたな。

 今も食べたいが、いつかカズマに頼むなり金でも払うなりして作って貰えばいいし、我慢するか。

 もしかしたらその頃には作れる日本料理がもっと増えてるかもしれないし。

 

「変なのに関わりたくないしな。諦めてこっち側でなんか食うか。それぐらいはいいよな?」

 

「それぐらいはいいよ。でも問題が起きたら」

 

「そっち優先にするよ」

 

「よく出来ました」

 

 そう言って微笑むヒナはエリス様に似ていた。

 

 それから俺達は二人で祭りを回った。

 特に大きな問題も起こらず、警備とは名ばかりの街の見回りだ。

 昨日みたいにギクシャクすることもなく、今まで通りの俺達だった。

 と思う。

 

「なんでお前さっきから手握ったり開いたりしてるの?」

 

「えっ!?べ、別に?」

 

 慌てたように手を隠すけど、先程から複雑そうな顔で手を見て握っては開いてを繰り返してたのを見てたのだ、今更隠されてもな。

 

 

 

 

 

「はっ!ラブコメの波動を感じる!」

 

「クリス!早くキャベツ切ってってば!」

 

「ご、ごめんなさい!すぐに切るね!」

 

 

 

 

 

 

「なんかあるのか?見せてみろ」

 

「な、ないです」

 

「いいから見せてみろ。ほれ、お手」

 

「……僕は犬じゃないんだよ」

 

「犬でも出来ることが出来ないんだから、そらそうだろ」

 

「……」

 

 ブン!

 

「危ねえ!!?」

 

 下から迫る拳をなんとかスウェーで避けると、天高く拳を掲げたヒナはヤケクソ気味に言い放った。

 

「ほら、見せたよ!」

 

「アッパーが手を見せた扱いになるわけねえだろ馬鹿野郎!!」

 

「うるさい!ヒカルの方が馬鹿野郎だよ!」

 

「なんでだよ!いいから見せろ!」

 

 空振りしたアッパー状態の手を掴むと、空いてる方の手で俺の腹を狙って殴ろうとしてくるのでその手も掴んだ。

 

「うぅ…」

 

 完封されたことが悔しいのか、ヒナは顔を赤くした。

 ヒナは悪あがき気味に蹴りを放ってくるも、俺も足でブロッキングした。

 ヒナはボクサースタイルが板についてしまっているのか、蹴り等の足技は苦手なおかげでブロックは簡単だった。

 

「ほら、手開け」

 

「うぐぐ…」

 

 俺が顔の前でヒナの手を見ようとすると、ヒナは手を開いた。

 俺の頭を鷲掴みにしようとする以外は特に変わったことはない。

 じゃあ何を見てたんだ?

 

「お前なんだったんだ?」

 

「ふん、ヒカルなんかにはわからないよーだ」

 

 わけわからん。

 手を開いて結んで、

 その手を見つめる。

 その行為に一体何の意味が?

 数秒悩み、俺は電流が奔ったように答えに考えついた。

 

「ヒナ。すまん、俺が悪かったな」

 

「えっ。う、うん。わかればいいんだよ」

 

 俺が手を離しながら素直に謝ると、余程意外だったのか、驚きつつも許してくれた。

 じゃあ、と嬉しそうに言いながら手を開いて待ってくるヒナの頭を撫でてあげた。

 

「???」

 

「よしよし」

 

 困惑してるヒナを撫でてやりながら、俺はヒナを温かい目で見ていた。

 手を開いて見つめる行為、ヒナの年齢を考えれば答えはすぐにわかった。

 

 

 こいつ、中二病だわ。

 

 

「ね、ねえ、何でいきなり撫で始めたの?」

 

「大丈夫だ。俺はいつでもお前の味方だ」

 

「え?何言ってるか全然わからないんだけど…」

 

「よしよし」

 

「???」

 

 年齢も年齢だが、最近は天使とかになってるから、こう舞いあがっちゃったんだろう。

 きっと手に天使の力が封印されてるとか思ってるに違いない。

 そんな痛いヒナでも俺は見捨てたりしないからな。

 

 

 

 

「はっ!コメディの波動を感じる!」

 

「クリス!お客さんいっぱいいるんだから!」

 

「ご、ごめんなさい!ね、ねえ!?あたしはいつまで手伝えばいいのー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕焼けで街が茜色に染まっていくのを感じながら、俺は祭りで賑わう街を眺めていた。

 何度か警備としての仕事はしたが、仕事としては退屈で、祭りとしては充実した日だった。

 まあ、まだ今日が終わるわけではないのだが。

 というか俺にはまだやるべきことがあるのだ。

 

「この調子だと明日には俺はいらないんじゃないか?」

 

「……そうかもね」

 

 冗談で言ったつもりだったが、間に受けたヒナは少し不機嫌、というよりは哀しげな表情で俺の言葉に頷いた。

 今日はヒナと二人でいたが、今日の真の目的であるヒナとの仲直りには踏み出せていなかった。

 正確には仲直りではなく、ヒナとこれからについての話し合いか。

 

「まあ、やると言った以上は最後までちゃんとやるがな」

 

「……うん。ヒカルのそういうところ好きだよ」

 

 嬉しそうに笑うヒナから直球に好きだと言われて、少し照れてしまった俺はまた夕焼けで染まる街の方を眺めた。

 人は少なくなってしまったが、今いる人達はそれぞれが楽しそうに過ごしていた。

 

「明日は孤児院の子達が来るから、ちゃんと見てあげてね」

 

「おいおい、SHINSENGUMIに子守なんて仕事があるなんて聞いてないぞ」

 

「誰かさんが給料を受け取らないせいで、子供達みんな多めのお小遣いを持ってくるだろうから覚悟しといてね」

 

「……迷惑な奴もいたもんだ」

 

「ふふ、本当だね」

 

 そう言って無邪気に笑うヒナは年頃の女の子に感じた。

 最近は少し大人びた印象だったから、なんとなく安心した俺はそのまま語りかけていた。

 

「ヒナ、どうしても天界に行くのか?」

 

 ヒナは驚いた顔で固まったが、すぐに真剣な表情になってから頷いた。

 

「どうしてだ?」

 

「それは…僕がしたいことを、やるべきことをするためにだよ」

 

 ヒナは困った顔になったが、それは一瞬のことで次の瞬間には堂々と俺を真っ直ぐに見据えてそう言った。

 迷いの無い目だ、その目の力強さからは覚悟を感じた。

 それを見て、俺は逆に悩んでしまった。

 

「エリス様とか、天界の関係者に無理矢理来るように言われたりとか説得されたんじゃないのか?」

 

「違うよ。僕が自分の意志で決めたんだ」

 

 言葉もはっきりとしていた。

 わかり切っていたことだったが、一応聞かずにはいられなかった。

 

 俺は説得して、天界に行かないように言うはずだったが、それが間違っているような気がしてきた。

 ヒナと、家族と離ればなれになるのは嫌だが、それは俺の我儘じゃないのか。

 ヒナが大空へ羽ばたこうとしているのを俺が家族という言葉を使って縛っているだけじゃないのか。

 そう思うと俺がただの嫌な奴に思えてきた。

 

「何をするかは言えないんだな?」

 

「うん」

 

 ごめんなさいとも言わなかったし、申し訳なさそうな顔もしなかった。

 俺が目を逸らしてしまいそうな程の強い意志のこもった目は変わらず俺を真っ直ぐ見ていた。

 

「ヒナ、俺に手伝えることはあるか?」

 

「……ないよ」

 

 こいつが行くと言い始めた時からそんな予感はしてた。

 説得なんか無理ってことはな。

 

「そうか」

 

「うん」

 

 背中なんか押さなくても、こいつはきっと走っていくのだろう。

 手も届かないような距離まで走って行ってしまうのだろう。

 それでも、俺はこいつの背中を押してやりたくなった、応援したくなった。

 

「ヒナ、俺以外の家族にこの事を説明出来るか?ゆんゆんやトリスターノだけじゃなく、自分のご両親にも言えるか?」

 

「うん」

 

 こいつが何を成し遂げたくて、何を望んでいるかはわからないが、家族として応援しよう。

 それが俺のやるべきことだ。

 

「わかったよ。もう止めたりしない」

 

「うん、ありがとう」

 

 お礼を言われるようなことは何一つ出来ていない。

 お礼を言われるようなことがあるとするなら、この先のことだろう。

 

「天界に行って、また戻りたくなったらいつでも戻ってこい」

 

「……そんな中途半端なこと…」

 

「中途半端なんかじゃない。家族が再会することが中途半端なわけがない」

 

「でも…」

 

「エリス様だってクリスになって遊んだりしてるだろ。それと一緒みたいなもんだよ」

 

「それって一緒かな?」

 

「一緒だよ。数年後別れて、また少しして戻ってきても俺達は何も変わらないし、お前の覚悟を笑ったりなんかしない」

 

「……ヒカル、今すっごくくさいこと言ってるよ?」

 

「うるせえこの野郎。ヒナ、これからの数年間今までと変わらずに俺達らしく楽しく過ごそう」

 

「うん!」

 

 家族がしてやれるのは間違った時にぶん殴ってやること、迷っている時に背中を押してやること、良いことが出来たら褒めてやること、あとはそれ以外にも疲れた時に声を掛けて頭を撫でてやったり、ひさしぶりに会った時は抱きしめてやったり、エトセトラエトセトラ…。

 ヒナがやるべきことをやるのだから、俺もヒナの家族として、俺のやるべきことをやろう。

 行ってこい馬鹿野郎!って言って背中をぶっ叩いてやって、戻ってきたら痛いぐらいに抱きしめてやるんだ。

 そんな感じだよな、家族って。

 





中二病の子供を見守ってやるのも家族の仕事さ。
っていう一文を入れるか入れないかで一晩悩みました。
当然嘘ですが。

次回でオリキャラが出ますが、幕間の時に出ていたオリキャラではありません。更に言うと出番はこれっきりになると思うのであまり覚えなくても大丈夫です。
あと懐かしいキャラも出てきます。

アンケートのご協力ありがとうございます。
アンケートの期限は99話投稿までとしますので、まだ投票してない方は良ければ協力お願いします。


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99話



 一人の少女がアクセルの街の中を歩いている。
 年齢は高校生くらいで、腰まで届くウェーブがかかった茶髪に整った顔立ち。
 学校のクラスで上から数えた方が早く名前が上がる程の美貌を持った少女だ。
 今日はエリス感謝祭の三日目なのだが、その少女は楽しげな表情ではなく、眠そうで疲れたような表情だった。
 少女は祭りで賑わう街の中をキョロキョロと辺りを見回しながら歩いているが、探しているもの、あるいは人は見当たらないようだ。

「ワン!」

 少女の後ろから声をかけるように一鳴き、少女に付き従うように後ろを歩く白銀の美しい毛並みを持つ犬のような生き物からだ。

「見つからないね。結構探してるのに…」

 少女はその犬の鳴き声がわかってるかのように返事をし、少し落ち込む姿を見せると、犬のような生き物は足に擦り寄ってきた。

「うん。もう少し頑張って探そうか。小腹も空いたし、そこの屋台の人にも聞いてみよう」

 そう言って犬の頭を撫でると、犬は満足そうに尻尾を振った。
 目に入った屋台の店員さんに注文をしつつ、少女は目的の情報を聞き出していた。

「ああ、ヒカルの旦那のことか。それなら、ほら」

 そう言って指を差した先には、逃げる一人の男性を追いかける黒髪の青年の姿があった。

「待てこの野郎おおおおおお!!」

「いやああああああ!!そんな激しいプレイはいやよおおおおおおお!!」

「何がプレイだこの野郎!!何も知らない人が勘違いするだろうが!気持ち悪い悲鳴をやめて、さっさとお縄につきやがれ!」

 二人のやり取りについて全く理解の及ばない少女はやっと目的の人物が見れて安堵している間に、目的の人物は走り去ってしまった。

「行っちまったな。祭りの期間中は街の警備をしてくれてるから旦那は忙しいんじゃねえかな」

「そうみたいですね。どうしようかな」

 少女の目的はシロガネヒカルという冒険者に会うことだった。
 やっと見つけたはいいものの、どうやらお取り込み中みたいだし、どうしたものかと悩み始めた少女に下心で店員は口を開いた。

「それならここで待つってのはどうだい?実は旦那は肉が大好きでね。うちの串焼きは毎日買いに来てくれてるから今日も来てくれるんじゃねえかな」

 それは良い情報を聞いた。
 待てこの野郎!いやあああん!とか言ってる二人にお待ちになってー、なんて追いかけるのは流石に少女も遠慮したかった。
 体力的にも絵面的にも。
 少女は屋台の店員さんの下心には全く気付かず、そのまま店員さんと話をしながら待つことに決めた。
 屋台の店員もこんな可愛い美少女とお近付きになれると上機嫌に口を開いた。

「そういえば旦那になんの用なんだ?一応言っておくけど旦那は彼女さんがいるから告白ってんなら……」

 少女はそうではないと首を横に振り、自身の事情を説明すると、店員は納得した顔になった。
 少女の冒険者のパーティー全員がシロガネヒカルのパーティーに命を救われていて、今日はそのお礼に来たのだ。
 命を救われたのは半年以上も前の話なのだが、何度かアクセルに来ても彼等が不在だったり、自分達も冒険者としての生活がある以上都合が合わなかったりと何度も空振りしたせいで、今日こそは絶対に、と少女は意気込んでいた。

「そうだ、それなら旦那以外のメンバーも探してみたらどうだ?ヒナギクちゃんは旦那と同じく街の警備をしてるから忙しいと思うけど、他の二人ならすぐに見つかるかもしれねえよ」

 そうしたいのは山々だったが、少女には出来なかった。
 命の恩人の顔を忘れる恩知らず、というわけではなく顔を知らない、見たことがない。
 助けてもらった時には意識を失っていた。
 数日後に少女達が意識を戻した時には彼等は街を出ていたから、彼等の特徴ぐらいしか知らないのだ。
 他のメンバーの特徴ももちろん聞いているが、彼等のリーダーであるシロガネヒカルは黒髪黒目の青年男性だと聞いている。
 この世界では珍しい特徴であることと、彼自身が有名である為すぐに見つかると思っていたがそう上手くはいかなかった。

「じゃあ俺が旦那達のことを教えてやろうか?と言っても街で噂になってることをそのまま言うだけだけど」

 多分聞いたことはあるだろうが、一応聞いておくことにしよう。話している間に彼等が通りかかるかもしれない。
 そう考えた彼女は頷き、話に耳を傾けた。

「じゃあ、最初はお嬢ちゃんの興味ありそうなメンバーから話していこうか。

パーティーの何でも役の謎のイケメン!
弓の貴公子!トリスターノ!」

 あ、そういうノリなんだ。
 少女は特にツッコミをすることも返事をすることもなく、そのまま店員の話を聞いていた。

「金髪碧眼、高身長、イケメンスマイル。いろんな理想を詰め込んだような男さ。それに外見だけじゃなく中身も良い。物腰は柔らかく、聡い奴だ。一番注目すべきは弓の腕だな、ほぼ百発百中で外すことがないんだとか」

 ほとんど聞いたことがある内容であったが、弓の実力がそこまでとは知らなかった、やはりここで話を聞いてよかったかもしれない。

「だが、それ以外はだいたい謎に包まれている。貴族の生まれっぽいが、出身やら何やらは全く喋りはしない。噂じゃ何処ぞの国のお偉いさんなんじゃないかって話だ」

 この世界では確か金髪碧眼は貴族や王族の生まれの証だ。
 彼の外見は噂のように、そう思わせてもおかしくないのだろう。

「あ、そういえば変な噂もあったな。トリスターノは完璧なイケメンなんだが、とてつもない変態でロリコンでストーカーらしい。まあ、これは流石に男共の嫉妬とか振られた女の恨みで流された嘘だろうがな」

 そんな噂を流されるなんて……と、少女は同情した。
 噂はどうあれ、金髪碧眼の超イケメンならば探しやすいだろう。

「次は旦那と同じ特徴の子にしようか。

小さな体からは考えられないハードパンチャー!
最年少アークプリースト!ヒナギク!」

 アークプリースト……普通であればアークプリーストなんて街に一人いれば良い方なのだが、この始まりの街のアクセルには少なくとも二人のアークプリーストがいるらしい。
 一人ナトリに来てくれないかな……なんて考える少女には気付かない店員は続けた。

「旦那と同じような黒髪黒目の女の子でな、最初は旦那の妹や娘さんだと思われてたぐらいだ。かく言う俺もそうなんだけどな。性格は明るく真面目、敬虔なエリス教徒でもあって教会や孤児院でボランティアもしてて、この街の人気者さ」

 少女はウンウンと頷き、話の続きを促した。
 すでにこの情報は知っているからだ。
 シロガネヒカルのパーティーメンバーの中で、一番話に出てきやすいのが今話しているヒナギクだからだ。

「回復や支援役のアークプリーストだが、ボクシングスタイルの前衛も出来る。モンスターはもちろん、大の大人もぶっ倒す程の実力だ。この前パーティーの勧誘に来て断られた奴が逆ギレして喧嘩をふっかけたんだが、見事に一発で伸しちまった。小さくて可愛い子だが、お嬢ちゃんも気をつけるこった」

 もちろん彼女はパーティーの勧誘に来たわけでも、喧嘩しに来たわけでもない。
 ましてや命の恩人に対して、そんな無礼なことが出来るわけがなかった。

「次は旦那の彼女さんだな。

紅魔族未来の族長!
紅魔族随一にして最高の魔法使い!ゆんゆん!」

 紅魔族が住む紅魔の里の生まれの者は全員がアークウィザードになれる素質を持ち、上級魔法を使えるという。
 そして黒髪で紅い瞳が特徴だ。
 少女のパーティーには訳あって、魔法使いは一人もいない。
 そのせいか魔法使いのエキスパートである紅魔族がパーティーにいるのは少女からしたら少し羨ましかった。

「変わり者ばかりで有名な紅魔族だが、ゆんゆんは割と常識人だ。普段は人見知り気味でおとなしそうな見た目をしてるんだが、冗談でも仲間を貶されたりすると、すぐに怒るから注意が必要だ。俺は冒険者じゃねえから詳しくはないんだが、この街で一番強い冒険者はゆんゆんなんじゃないかって話もある」

 ナトリで聞いた情報とはかなり違うので少女は驚いていた。
 プライドが高い寡黙な魔法使いの少女だというのが事前に聞いていた話だった。
 ナトリの住人や冒険者が話しかけると、瞳を紅く光らせ、すごい形相で睨んでくる上、喋るところをほとんど見たことがないことから、ナトリではかなり恐れられていた。
 ……もっとも人見知りの彼女が多くの人に話しかけられて興奮しているのを抑えて友達作りをしようとして失敗しただけなのだが、それを知るのは彼女と彼女のパーティーメンバーだけであった。

「お、そんなに驚きかい?まあ、確かにこの街には魔王軍の幹部とかを倒したパーティーも他にはいるが、純粋な個人の力で言ったらゆんゆんに軍配が上がるって話さ」

 少女の表情の変化を読み取った店員は得意げにそう話した。
 店員が得意げになったのも無理はない。
 少女に会ってから、今の今まで表情は眠そうなままでほとんど変化が無かったからだ。
 店員も話を聞いているのか内心不安であったのだろう。

「じゃあ、お待ちかね。ゆんゆんの彼氏さんであり、祭りが始まってから更に街の有名人になった旦那の話だ。

今まで紹介した人物をまとめるパーティーのリーダー役!
剣を振ってる人!シロガネヒカ……」

「ちょっと待てこの野郎!」

 声をした方向を二人が振り返ると、少女の目的の人物が立っていた。
 短く切り揃えられた黒髪に、切れ長の黒目の中肉中背の男性。
 目つきは鋭く、何故か木刀を帯刀していた。

「おお、旦那。お疲れさん、今日は何にする?」

「ああ、だったら今日は……って違うわ!ゆんゆんのあたりから話聞いてたけど、俺の紹介おかしくねえか!?」

 どうやら少し前から聞いていたらしい。
 目つきが鋭くて、怖い印象を受けた少女だったが、店員にツッコミを入れてるところを見ると、そうでもなさそうだと安心していた。

「おかしいって、どこが?」

「いや、『剣を振ってる人』ってとこに決まってんだろうが!俺の紹介雑すぎるだろ!」

「でも旦那が昨日あたりに『エリス教の狂戦士』とか『アクセルの狂戦士』は嫌だって言ってたから……」

「それにしてもグレード下がりすぎだろ!剣を振ってる人ってもう誰でもいいじゃん!」

「そんなことより、旦那」

「そんなことよりって何だこの野郎」

「旦那を待ってたんだよ。この……そういえばお嬢ちゃん名前は?」

 あ、忘れてたと呟いた少女は二人に向き合い、ポーズを取った。
 スカート姿だと言うのに、気にせず左脚を腰まで上げて、両腕を広げた。
 荒ぶる鷹のポーズ。

「マイネーミズ、マシロ イシカーワ。プリーズコールミー マシロン。オウイエ、セェンキュー」

「「あ、はい。よろしく」」

 ふう、とやり切った顔のマシロと名乗る少女とは対照的に二人の顔は引き攣っていた。
 荒ぶる鷹のポーズをしながら、抑揚もなくキメ顔で今の自己紹介を言われて困らない人間はそうそういない。

「とんでもねえキャラ持ってくんじゃねえよ。どうすんのこれ?」

「いや、俺に言われてもさ……。旦那に会いたがってたんだから、旦那がどうにかしてくれよ」

 ヒソヒソとマシロに聞こえないように話し合う二人。
 なんとかしようと必死であった。

「マジかよ、しょうがねえな。必殺技使うか」

「旦那、この状況で一体何を……?」

「じゃあ、お願いします」


 はい。

99話です。さあ、いってみよう。



 

 

「いや、強引すぎるでしょ」

 

「これでなんとかなったろ、多分」

 

 本編に突入してたら危なかったよ、マジで。

 文字数もすでに4500以上いってるからね。

 次はこのトンデモ少女をどうするか、だ。

 なんとなく見たことがあるような気がするが、こんなキャラに会って忘れるのは至難の技だろう。

 だから、多分気のせ……

 

「ワン!」

 

 思考を巡らせていたら、犬の鳴き声で強制的に中断された。

 トンデモ少女の後ろから出てきたのは白銀の毛並みを持つ犬のような生き物だ。

 というか。

 

「ギン?」

 

「ワン!」

 

「え、ちょ、うわっ!」

 

 名前を呼んだら、ギンが俺に飛びかかってきた。

 ギンはナトリの街で出会い、数日間しか一緒にいなかったが、俺のことはしっかり覚えているみたいだ。

 後からエリス様に聞いた話だが、このギンはただの綺麗な犬ではなく、転生者特典の大神と呼ばれる神獣なのだとか。

 

「おお、久しぶりだな、うん!よしよし!良い子良い子!わ、わかったから!グッボーイ!よーしよしよし、い、一回離れろマジで!」

 

 ギンは久しぶりに俺に会えたのが嬉しかったのか、俺を押し倒し、尻尾をブンブン振りながらベロンベロン顔を舐め回して来た。

 俺はギンをなんとか止めようと撫でたり、ギンの顔を押さえても、俺の腕をすり抜けてまだ舐め回しに来る。

 

「……その子が私以外に懐くの初めて見た。ナトリで聞いた話は本当だったのね」

 

「い、いや、感心してないでさ!イシカワさん?だっけ?止めてくれよ!」

 

「マシロンです」

 

「いや、止めろよ!」

 

「マシロンなのに……」

 

「本当にとんでもねえキャラが来やがったよくそっ!!」

 

 トーンダウンしたイシカワの声が聞こえてきても、こちらに来る気配は無かった。

 無理矢理引き剥がそうかと考えた時。

 

「ヒカル?何やってるの?」

 

 そう言って近づいて来たのはヒナだった。

 ヒナが来た瞬間、ギンはすぐ様イシカワの後ろへと戻って行った。

 

「ふう、やっと解放された」

 

「あれ、今の犬ってもしかして」

 

「ああ、ギンだよ」

 

 俺がポーチからタオルを取り出して、顔を拭きながらヒナに教えてやると、ヒナは表情がパァッと明るくなって、無邪気にギンに近付いていった。

 

「ギン、久しぶ……」

 

「クゥーン……」

 

「ええっ!?どうしたのっ!?」

 

 先程の俺の顔を舐め回す勢いがどこに行ってしまったのか、イシカワの後ろに隠れてしまった。

 尻尾も耳も垂れ下がっていて、完全に怯えてるように見える。

 

「こんなに怯えるのも初めて見た。ヒナギクさん、この子に何かした?」

 

「し、してません!してませんよ!おかしいな、この前は一緒にお昼寝もしたことだってあるのに……」

 

 イシカワが訝しんだ顔でギンの様子を見つめていた。

 ヒナの言う通り、ギンはヒナにも懐いていたはずだ。ナトリに滞在した期間中はだいたい俺かヒナに付いてきていたものだ。

 

「ギン?僕だよ、ヒナギクだよ」

 

「っ!」

 

 またヒナが近付こうとしたら、ギンは後ろ足で立ち上がり、前足でイシカワへと抱き付いた。

 大神と呼ばれる神獣だと言う話なのに、今の情けない姿を見ると、ただの怯えてる犬にしか見えない。

 

「ごめんなさい。ヒナギクさんはあまりギンに近付かないでくれると助かります」

 

「そ、そんなぁ……ギンはフカフカで気持ちよかったのに……」

 

 枕扱いするな。

 エリス様が言うには、『神聖』を持ってる人間を自分の仲間だと思ったから、ギンは俺達に懐いたって話だったのに、どうしたことだ。

 

「わかった。お前が一緒に寝た時に寝ぼけて締め上げたんだろ?」

 

「そんなわけないでしょ!」

 

「じゃあ何でお前だけ、こんな怖がってんだよ?」

 

「し、知らないよ」

 

「じゃあ締め上げたんだろ」

 

「し、締め上げるなんてするわけないじゃん!じゃ、じゃ、じゃあ僕と一緒に寝て、確かめてみる!?」

 

 身に覚えの無い容疑をかけられた怒りのせいか顔を真っ赤にして反論してくる。

 

「いや、次の日の朝に俺が冷たくなって発見されるかもしれないから、やめとくわ」

 

「だ、だから!」

 

 ギャンギャン吠えて来るヒナを無視して、イシカワを見ると、ギンを落ち着かせるように優しく撫でていた。ちなみに屋台の店員は色々と諦めた顔をしていた。

 これ以上屋台の邪魔になるといけないし、俺やヒナ、それにイシカワたちの分も買ってから、そこを離れることにした。

 

 屋台から離れて、ある程度人混みから外れた場所に来て、飯を食った後にようやく本題に入ることにした。

 イシカワは俺達に会いに来たらしいしな。

 

「それでは改めましてイシカワ マシロです。気軽にマシロンと呼んでください」

 

 軽くお辞儀をして、そう名乗った。

 よかった、どうやら普通の自己紹介も出来るらしい。

 

「僕はヒナギクです。よろしくお願いします」

 

「シロガネヒカルだ」

 

 俺達が自己紹介を返したのを確認してから、今度は深々と頭を下げてきた。

 

「デモゴーゴン討伐の際にはパーティー全員の命を救っていただき誠にありがとうございました。パーティーを代表して、リーダーの私がその御礼に参った次第です」

 

「あの時のか」

 

「懐かしいね」

 

 祭りに遊びに来たついでに挨拶でもしに来たのかと思ってたわ。

 というかヒナの言った通り、懐かしい。

 ナトリの一件からもなんだかんだで色々あったし、ほぼ忘れてたわ。

 

「ただ、その、お恥ずかしい話なのですが、命を救っていただいた御礼に何を差し上げればいいのか分からなくて……」

 

 別に御礼なんかいらないんだけどな。

 あの時は偶然みたいなもんだし。

 ヒナの方を見ると、ヒナも同じ考えなのか俺の方を見て、小さく首を横に振っていた。

 

「この子やパーティーメンバー以外なら何でも差し上げますし、何でもし……」

 

「いや、特に何もいらないぞ」

 

「ま……え?」

 

 俺の返事に呆けた顔になるイシカワにヒナも頷いていた。

 

「僕達が討伐出来たのは偶然に偶然が重なっただけですからね。それに困った時はお互い様ですよ」

 

「え、で、でも」

 

「俺達の他にもう一人討伐に関わった奴がいるんだが、そいつも多分御礼が欲しくて助けたんじゃないって言うはずだよ」

 

「そうだね、クリスさんもそう言うよ」

 

 こんなことを言われると思ってなかったのか、イシカワは俺とヒナを見てポカンとしている。

 御礼をしないと気が済まないのか?

 それなら、そうだな。

 

「じゃあ、あれだ」

 

「は、はい」

 

「よいしょっと」

 

 俺がアレだと言ってからヒナは懐からグローブを取り出して装備し始めていた。

 

「お前、何やってんの?」

 

「ヒカルが変なことを言った時のためにだよ」

 

「言わねえよ!」

 

「どうだか」

 

 何でこんな疑いの目で見られなきゃいけないのか、わからないが思い付いたことをイシカワに言った。

 

「どうしてもって言うなら、ゆんゆんと友達になってやってくれ。それとヒナに日本の話でもしてやってくれ」

 

「ニホン!」

 

 ヒナが大きく反応すると、ギンがビクリと震えてイシカワの後ろに隠れて行った。

 

「じゃあ俺は祭りの警備に戻るから、頼んだぞ」

 

「あ、あの!ニホンでは……」

 

「え?え?」

 

 俺がそのまま行こうとすると、ヒナの質問攻めにあい始めて、イシカワの困惑する声が聞こえた。

 

「ワン!ワン!」

 

 ギンの鳴き声に振り返ると、イシカワの後ろから出てきたギンが俺の周りを何周か走ると、尻尾を振りながら俺を見てきた。

 俺はお前の散歩相手じゃないぞ、と思ったがギンにも警備の手伝いをしてもらうのはいいかもしれない。

 

「イシカワ、ギンを少しだけ借りるぞ」

 

「マ、マシロンです、はい」

 

 ヒナの質問攻めを食らいながら、そう言って頷いてきた。

 案外余裕があるな。

 とにかく頷いてきたということはギンを連れ出してもいいということだろう。

 

「よーし、ギン。今日はSHINSENGUMIの臨時メンバーだ。悪い奴を見つけたら、俺が指示を出すから捕まえるんだ。いいな?」

 

「ワン!」

 

 尻尾を振りながら元気良く返事をしてきた。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

「ワン!」

 

 俺は新たなSHINSENGUMIメンバーを連れて、街の警備に戻った。

 結果から言うと、ギンは大活躍だった。

 ギンは吠えるだけで魔法やスキルを打ち消す力があるらしく、魔法に弱い俺とはかなり相性が良いみたいだ。

 ギンは街の人にも気に入られて、仕事中だというのに幸せそうにしていたのだった。

 





ヒカルの神聖が3以下として、
ギンの神聖が30程度、
ヒナギクの神聖が10000程度(エリスに天使の封印を受けている状態で)


アンケートのご協力ありがとうございました。
個人的には意外な票の入り方でした。
アンケートの結果は『現状維持』でした。

というわけで、これからも今作特有のヒナギク狂いのエリス様をよろしくお願いします。


前書きで、三人称視点を少しだけ書きましたが、難しいですね。
何かご指摘等有ればよろしくお願いします。


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100話


100話です。さあ、いってみよう。



 

「ドSせんせー、バイバーイ!」

「ギンもバイバーイ!」

 

「しっかりアンナ先生に付いて帰るんだぞ!」

 

『はーい!』

 

 孤児院の子供達がアンナに連れられて帰って行くのを見送ってから、視線を下に落として話しかけた。

 

「ギンもお疲れさん」

 

「クゥーン」

 

 警備では大活躍で何人捕まえようと疲れ知らずだったギンだが、孤児院の子供達に揉みくちゃにされるのは流石に堪えたらしい。

 ギンも子供達に噛んだり吠えたりしなかったのは本当に偉かった。

 ギンの性格か、それともイシカワが言い聞かせているのか、どちらにせよ有難いことだ。

 

「ごめんな。よしよし」

 

 俺が屈んで撫でると、ギンはクゥクゥ鳴きながら気持ち良さそうにしていた。

 そんな姿を見ると、日本の実家にいるコンちゃんを思い出す。今も元気にしてくれているといいんだけどな。

 俺がコンちゃんを思い出し、少し泣きそうになっていると、元気付けようとしているのか、それとも人の顔を舐めるのが好きなのか、ギンがまた俺の頬を舐めてきた。

 

「今日は本当にありがとうな。そろそろイシカワの元に帰ろう」

 

「ワン!」

 

 良い相棒を持ったな、イシカワ。

 

 

 

 

 イシカワにギンを返してから、また少し話しをした。

 イシカワとギンは祭りの期間中はアクセルに滞在するらしい。これからイシカワ達はご飯に行くのだが、ヒナもついて行くのだとか。すっかり二人とも仲良くなったみたいで何よりだ。

 俺も一緒にどうかと誘われたが、俺には予定があるからと断って、二人と一匹とはそこで別れた。

 

 

 

 目的の場所に向かう。

 子供達がギンにまとわりついて大はしゃぎだったせいで、家で準備する時間もなかった。

 出来ればちゃんとシャワーを浴びてから行きたかったものだ。

 そんなことを考えながら歩いてたら、もう目的の場所は目前だった。

 

「悪い、待たせたな」

 

 商店街の入り口に佇む三人に声をかけた。

 

「お疲れ様」

 

「いえ、時間通りですよ」

 

「はあーなるほどね。そういうことか」

 

 ゆんゆん、めぐみん、カズマ。

 三者三様の返事だ。

 どうやら遅刻は回避出来たみたいだが、カズマは何故かやさぐれているように見える。

 

「はい」

 

 ゆんゆんが近づいて来て、渡して来たのは俺の刀だった。

 何故?と俺が疑問に思いながらも受け取り、お礼を言うと満足そうに頷いて来た。

 

「ていうか何で木刀を持ってるんだよ。とうとうアレ路線か?」

 

「アレ路線ってなんだよこの野郎。どこぞの神様の宗教の人間が祭りを邪魔して来るから、これで……」

 

「あー聞こえない聞こえない」

 

 カズマが途中から何かを察したのか、耳を塞いで聞かないようにしていた。

 聞いて来たのはお前だろうが。

 カズマは俺から回れ右して、めぐみんに話しかけに行った。

 若干イライラしてるように見えるが、何かあったのだろうか。

 

「ゆんゆん、何で刀を持って来たんだ?」

 

「え?木刀だと流石に危ないかな、と思って持って来たんだけど、いらなかった?」

 

 俺は近くにいるゆんゆんに聞くと、不思議そうな顔でそう聞き返してきた。

 

「いや、でも今から花火大会だろ?」

 

「そうよ?」

 

「?」

 

「?」

 

 俺とゆんゆんは二人で首を傾げ合った。

 なんだ?

 今までに無いほど、会話が噛み合ってないというか、会話が成立していないというか。

 これから祭りを少し回ってから花火大会だ。

 俺とゆんゆん、カズマとめぐみんで行く。

 つまりはダブルデートみたいなもんだが、このダブルデートの状況のどこに刀が必要な要素があるんだ??

 俺はもしかしてまだこの世界の常識がわかってないのか?

 

「ヒカルは花火のこと知ってるわよね?」

 

「そら知ってるよ」

 

「じゃあ刀は必要よね?」

 

「いや、それはいらなくね?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 え、こんな噛み合わないことなかったぞ。

 どうしたんだ、マジで。

 もしかして武器を持ってるのが正装とか?

 ドレスコード?

 

「ヒカルの世界にも花火があったのよね?」

 

「あったよ?」

 

「じゃあ武器は?」

 

「いらないな?」

 

「?」

 

「?」

 

 や、やばい。

 最近は勉強した気になってたけど、この世界の勉強はまだまだ足りないらしい。

 ゆんゆんがまた何かを言おうとしたところで、

 

「街の往来で見つめ合ってイチャイチャするのはやめてほしいのですが」

 

 めぐみんが変なことを言ってきたせいで、俺達の首傾げ合戦が終わった。

 

「ち、違っ!?そ、そそそそんなんじゃないから!」

 

「はいはい、そんなのはイチャイチャした内に入らないと」

 

「だ、だから違うってば!」

 

 顔を赤くしつつも、嬉しそうにしているゆんゆんはめぐみんと話し始めてしまった。

 俺はカズマに再び話しかけた。

 

「おい、カズマ」

 

「おーっと、悪いけど俺にクレームを言っても無駄だぞ。何故なら言って聞くぐらいなら、今頃苦労なんて……」

 

「そうじゃねえよ。めぐみんとのことだよ。どうなった?」

 

「え、い、いや、べべべ、別に?普通ダヨ?」

 

 この感じは進展してないな?

 いや、逆に行くところまで行ったか?

 

「なんだよ、素直にゲロっちまえよ。飲みながら話し合った仲だろ?」

 

「そ、そういうのやめろよ!そっちが年上で経験豊富な分ずるいだろ!」

 

「別に経験豊富ではねえよ。どこまで行った?」

 

「どこも行ってねえよ。この花火大会もデートだって聞いたのに、何故かヒカル達がいるから俺はさっきまで絶賛混乱中だったよ」

 

 あらま。

 俺はゆんゆんから聞いてたけどな。

 

「まあ、アレだよ。めぐみんも恥ずかしかったんじゃないのか?」

 

「それは、そうかもしれないけど……。でさ、ここからヒカルに相談したいんだけど」

 

「なんだ?」

 

「さっきめぐみんに事情を聞いた後に、花火大会が終わったら一緒に帰ろうって言われたんだ。そ、それはつまりアレなのかな?アレってことでいいのかな?」

 

「なきにしもあらずだが、一回落ち着け」

 

「無理だ俺は童貞だぞ!」

 

「ばか、聞こえるだろ!」

 

 俺とカズマが恐る恐る振り返ると、楽しげに会話してる二人が見えて、安堵のため息をついた。

 

「ごめん、取り乱した」

 

「聞かれてなければオッケーだ。カズマ、落ち着いた童貞と慌てふためていてる童貞、どっちがいい?」

 

「落ち着いた童貞に決まってるだろ」

 

「そうだろ?まずは落ち着け。とりあえず流れとかは無視してベッドインしてからの話をしておく」

 

「ええっ、待ってくれよ!そこまでの話も重要だろ!」

 

「どうせそこら辺の流れを決めてても想定外のことが起きたりして、パニックになるから決めない方がいい」

 

「マジかよ」

 

「まずは落ち着く。これが一番重要だ。それから……」

 

 

「二人とも、さっきからなにをコソコソしてるんですか?早く行きますよ」

 

 

 めぐみんの声で俺達二人はビクリと震えてから、慌てて女子二人の元へと戻った。

 

「これから先は隙を見て話す」

 

「ああ、わかった。なあ、これから師匠って呼んでいいか?」

 

「それは今夜、うまくいったらな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああ!!!!!」

 

 カズマの心からの叫びが辺りへと響き渡った。

 

「カズマ、期待させすぎちまったな。マジで謝るよ。これからも協力するから、落ち着いてくれよ」

 

「なんなんだよくそっ!!笑えよ!どうせ心の中では俺のこと笑ってるんだろ!?笑えばいいじゃねえか!くそおおおおおお!!」

 

「笑ってない。今回はマジで笑えないよ。作戦を立て直そう。次は綿密なやつで行こう。全面協力するしさ」

 

「ちくしょう……ちくしょぅ………ヒカル、これからもお願いしていい……?」

 

「ああ、任せろ」

 

「ありがとぅ……」

 

 泣き出しそうなまでにしょげるカズマの背中を叩いて、元気付ける。

 カズマに心の底から同情していた。

 ゆんゆんから刀を渡された時に詳しく聞いておけばよかったな。

 今更言っても仕方ないか。

 

 さて、何があったかを説明しよう。

 俺達はあの後、四人で祭りへと繰り出した。

 カズマが調子に乗って、祭りのくじ引きの出店や射的の出店を狙撃スキルで荒らしまくったところまではよかった。

 その間、めぐみんとゆんゆんが勝負をしに行ったりした時を見て、俺はカズマに夜のアドバイスをしていた。

 不純な思いを胸に秘め、祭りを純粋に楽しんでいた時にそれは起こった。

 

 花火大会だ。

 

 カズマとはすでに打ち合わせをしていた。

 花火が始まった時にさりげなく俺とゆんゆんはカズマとめぐみん二人とは別れて、夜の決戦に向けたムード作りをしておこうという作戦だった。

 俺はカズマに目配らせをした後、ゆんゆんの手を引いて連れて行こうとしたら、逆にゆんゆんが俺の手を引いて駆け始めた。

 困惑した俺がゆんゆんに事情を聞こうとしたら、隣に俺と似た状況のカズマと目が合った。

 お互い手を引かれながら、話を聞くと恐るべき新事実が明らかになった。

 どうやらこの世界の花火大会は純粋に見て楽しむものというわけでもないらしく、戦いの合図なのだとか。

 

 わけがわからないって?

 俺もだ。

 詳しく説明するぞ、ついて来てくれ。

 夜になると、祭りのかがり火の光に釣られて森や平原から虫モンスターが寄ってきて、街の上空を飛んだ虫モンスターはどこを襲おうかと旋回し出す。

 そこで奴らのど真ん中に爆発魔法や炸裂魔法を打ち出す。

 そう、これがこの世界の花火大会だ。

 そして、その花火を合図に街の冒険者達は倒しきれなかった虫モンスターの相手をする。

 だから、ゆんゆんは俺の刀をわざわざ持ってきてくれたわけだ。

 

 あとは爆裂狂いの魔法使いが何をしたかは説明しなくてもわかるだろうが、一応ダイジェストで説明しよう。

 俺とゆんゆんが斬って撃って虫を次々と落としていると、めぐみんが街中で爆裂魔法を唱え始めたので、警察に取り押さえられて連行されていった。

 はい、説明終わり。

 カズマの夜の計画は白紙になった。

 こんなに荒れるのはそういうことだ。

 ついでにゆんゆんがめぐみんを引き取りに行ったので、俺の方のデートも終わった。

 俺の方は別にいいが、流石にカズマが可哀想だ。

 俺達は街の防衛戦が終わると、もう祭りの気分ではなくなっていた。

 俺達二人は帰路に着いたのだが、とある人物と出会い、急遽ある事が決まった。

 

「なあ、ヒカル。俺は暴れたい気分だ」

 

「そうだな。もうあの貴族の屋敷をぶっ壊して鎧を持ってこうぜ」

 

「ねえ、やめてよ!?忍び込むんだってば!暴れる前提で話を進めないでよ!」

 

 荒んだ俺達はクリスの提案に乗ることにした。

 一度は失敗した神器の回収だ。

 まずは準備の為に俺達は一旦解散することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリス感謝祭。

 女神エリスに捧げるための祭り。

 多くの人間の祈りと感謝を受けた女神エリスはささやかなお返しとして、祭りが行われている地域ごとに五本の花を咲かせるという。

 女神エリスが咲かせた花を見つけた者は、願いが叶うと言われている。

 エリス教徒であれば、誰でも知ってるような御伽噺。

 

 アクセルの街、沢山の花が並び咲く広場に一人の少女が何かを感じ取ったように一つの花の前で立ち止まった。

 直径五センチ程度の小さな白い花。

 その花は何の変哲も無い花に見える。

 ありふれたような、どこにでもあるような花。

 ただ、この世界には存在しないはずの花。

 

 その花の名は、デイジー。

 別名、ヒナギク。

 

 

 少女はその花に手を伸ばした。

 




花の方ではなく、この作品のキャラであるヒナギクの名前が決まったのは11話で名乗るセリフを書いている時でした。
ネーミングセンスが無いので、あれこれ悩んでそのキャラの設定を見直して、日本の花の名前にしよう、なんてロマンチストみたいな考えに行き当たりました。
花言葉で調べると、そのキャラのイメージにぴったりだったのが『ヒナギク』でした。
ヒナギクは花の色によって花言葉が異なりますが、どれも彼女にぴったりのものです。気になる方は調べてみてください。


今までは少し原作寄りの流れでしたが、最後の方にオリジナル要素をぶっ込んでみました。
この章はエリス感謝祭の流れをやって終わろうかと思っていましたが、色々浮かんできたのでやめました。

高評価、お気に入り、感想ありがとうございます。
おかげさまでデイリーランキングに入れました。
またランキングに入れるよう精進していきたいと思います。


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101話


101話です。さあ、いってみよう。



 

 

「マジでえ!?え、三角関係なの!?」

 

 そんなクリスの叫び声で俺は目を覚ました。

 声が聞こえた方向を見ると、クリスが驚愕の表情でカズマを見ていた。

 

「やっと来たのか。バックれたかと思ってたよ」

 

「ああ、悪いな。ダクネスと『色々』あってさ」

 

 カズマは遅刻したくせに悪びれるどころか、色々をやたらと強調しながらドヤ顔でそんなことを言った。

 数時間前のこいつはどこに行ったんだ。

 

「今の状況的にさ、日本のマンガや小説でよくあるヤツが来てる気がするんだよ。つまりハーレムだ。でも、あの二人は中身がアレじゃん?もう少し様子見したら他の女の子とフラグがまた立つと思うし、二人のどちらかって言うのは早計だと思うんだよ。二人はどう思う?」

 

「死んじゃえばいいと思うよ」

 

 クリスの即答はもっともだ。

 だがクリスの答えを涼しげな顔で受け流したカズマが今度は俺を見てくる。

 

「『卒業』するなら二人のどちらかの方が手っ取り早いんじゃねえの?」

 

「……ヒカルって結構最低だよな」

 

「ハーレム云々言ってるお前に言われたくない」

 

 正直適当に答えたしな。

 卒業?とクリスが首を傾げているのは無視して、俺は立ち上がり、軽く伸びをしてから準備運動を始めた。

 

 

 俺達は聖鎧アイギスを貴族の屋敷から盗み出すべく、準備のため解散した。

 俺が予定の時刻に集合場所に行ってみれば、来ていたのはクリスだけだった。

 それから待つこと半刻、カズマが来る気配は無く、俺は待つのも飽きたし、昼の警備で疲れていたこともあって寝始めた。

 俺は寝ていたから詳しく無いが、結局カズマは集合時間より二時間ほど過ぎてやって来た。

 遅れた理由はダクネスと色々あったから、だそうだ。

 カズマがドヤ顔で続きを語っていたが、俺は聞く気が無かったので省略しよう。

 

 ダクネスったらどうしちゃったの?なんて呟くクリスを連れてやって来たのはアンダインという貴族の屋敷。

 今日の俺達のイライラをぶつける場所だ。

 ……冗談はさておき、突発的に決まったように見える今日の盗賊団の活動だが、なんだかんだで今日盗みに入る理由がある。

 まず祭りの期間中ということで油断しているから、通常より潜入しやすいということ。

 次に先程は花火大会で、この屋敷の守衛達も防衛戦に参加させられたせいで疲労しているだろうから、無力化しやすいということ。

 それと俺達が、じゃなくてもう俺だけか、俺がむしゃくしゃしてるからだ。

 

「さて、どうしようか二人とも?」

 

 アンダイン邸の正門に二人の守衛が立っているのを影から確認したクリスは俺達に聞いてきた。

 

「どうするって、二人ともぶっ倒して入るしかねえだろ。ていうか作戦とかないの?」

 

「うっ、だ、だってこれは銀髪盗賊団の活動だからね。あたしだけが考えるんじゃなくて、団員全員で考えることなんだよ」

 

 したり顔でもっともらしいこと言ってるけど、つまりはノープランってことだろうが。

 

「もうめんどくせえよ。正門から堂々と入って、守衛とか邪魔してくるやつ全員ぶっ倒してから、アンダインだかマンタインの腕を一本か二本叩き折って『鎧ちょうだい』って言おうぜ」

 

「それ強盗じゃん!」

 

「盗賊も強盗も変わらねえよ。なんなら今から銀髪強盗団になればいいだろ」

 

「変わるし、ならないよ!!いい?盗賊っていうのはね、優雅に華麗にスマートに目的の物を頂くんだよ。力付くで物を手に入れるような人達とは一緒にしないでほしいな!」

 

 なんか盗賊の美学的なものを語られた。

 カズマの方に目を向けると、カッコいいとでも思っているのか決め顔を作り、口を開いた。

 

「俺はどっちでも行けるぜ?今日の俺は絶好調さ」

 

「だってよ」

 

「ダ、ダメだって!見つかっちゃった時は正面突破で行くけど、見つからない内は穏便に事を済ませたいの」

 

「見つかってくればいいのか?」

 

「ねえ、何で今日はそんなに投げやりなの!?暴れる方向で考えないで!」

 

「わかったよ」

 

 暴れたいというより、早く帰りたい。

 気分に流されて来たけど、今頃ゆんゆんが家に帰った後、俺の部屋を覗いて俺がいないことを確認して首を傾げてるかもしれない。

 そのまま寝てくれればいいが、もしかしたら街へ探しに行くかもしれないことを考えると、早めに戻りたい。

 

「とりあえず正面突破は考えないこと。じゃあ二人に良い案を出してもらう為にも、まずは情報収集の結果を話すよ」

 

 クリスから屋敷についての情報を聞いていたその時。

 

 

 

「あ、あの……もしかして銀髪盗賊団の方達ですか?」

 

 

 

 突然背後から声をかけられて、俺は木刀に手をかけつつ、三人で勢いよく振り返った。

 

「は、はは、はじめまして!いえ、実は王城で一度お会いしているのですが、ちゃんとご挨拶をしたくて!わたくし、あなた方のファンを自称しております、めぐみんと申します!」

 

「あ、あの、すみません。お取り込み中だとは思ったんですけど、この子がどうしても挨拶がしたいと言って聞かなくて……」

 

 俺達の背後から声をかけて来たのは緊張で顔を赤くしているめぐみんと、ペコペコと謝るゆんゆんだった。

 

 

 

 

「ファ、ファンかぁ、あたし達も有名になったもんだ。いやあ照れちゃうね」

 

 何浮かれてんだ。

 まずい、この前といい何故かめぐみんには正体がバレてないが、ゆんゆんには普通にバレそうな気がする。

 というか俺を凝視してきてる。

 一応王城の時のように俺達は黒装束の格好になっている。

 それにプラスして俺は黒い布でバンダナ帽子を被って頭部を隠している。

 この黒装束はマスクのように鼻と口を隠しているが、そこから上はオープンになっていて心許なかったので急造したのだ。

 それと一応声を変えて喋っているが、効果があるかは微妙すぎる。

 

「ファンも出来ますよ!王城での縦横無尽の活躍!あれを見れば誰だってファンになること間違いありません!ところで尋ねたいことがあるのですが、あなた方が王城に忍び込んだのは危険な神器から王女様を守ろうとしたからなんですか!?」

 

 あのクソみたいな俺達の盛大な独り言をちゃんと覚えていたらしい。

 

「あ、ああ、そうだ。我々は世に言う義賊。王女であろうと少女が危険に晒されているのであれば見過ごせない。困っている人がいるのなら、どこにだって忍び込むのが仮面盗賊団だ」

 

「ふわああああああ……!」

 

 めぐみんがキラキラした目でカズマ達を見ていた。

 カズマとクリスが俺の隣でコソコソと銀髪盗賊団か仮面盗賊団にするかで小競り合いをし始めた中、ゆんゆんがあのーと言って手を上げて申し訳なさそうに言ってくる。

 

「三人ともどこか見覚えが……」

 

「ゆんゆん!今は私が挨拶してるんですよ!順番は守ってください!」

 

「ええっ、ご、ごめん……」

 

 しゅんとしたゆんゆんが数歩後ろに下がると、めぐみんはまた二人へと話しかけた。

 

「それで、こんなところで一体何をしているんですか?ここって貴族の屋敷ですよね?しかも、あまり評判がよろしくない……」

 

 俺達三人は目を合わせると、カズマが頷き、めぐみんの問いかけに応えた。

 

「めぐみん君。我々はこの屋敷に眠るある物を狙っている。それは人類の未来にとって必要な物だ。盗みと言う行為は決して褒められたものではない。だが……これは我々にとって、我々の首に賞金をかけられようと、命を狙われようとやらなければならない事だ」

 

「ふわああ……。ふわあああああ………!」

 

 めぐみんが感極まってプルプル震えている。

 もう紅魔族的センスを刺激するな。

 この二人には早く帰って欲しいんだから。

 そんなめぐみんがプルプルしてる時を狙ったように、またゆんゆんがあの、と言って話しかけてきた。

 俺に。

 ゆんゆんの視線の先は、俺の腰あたり。

 そう、そこには俺のエクスカリバーが、じゃなくて木刀が………あっ。

 

「その、木刀なんですけど……」

 

「もう、ゆんゆん邪魔しないでくださ……ん?その木刀から魔力を感じますね。それはもしかして紅魔の里の木刀ですか?」

 

 即バレじゃねえか。

 俺は喋らないでやり過ごそうと思ってたのに……仕方ない。

 

「そうデース。紅魔の里で購入シマシタ。この木刀は最高デース。流石紅魔の里で作られたものデース」

 

「「!?」」

 

 カズマとクリスがバッと勢いよく俺の方に向いた。

 カズマは仮面で表情が見えないが、クリスは嘘だろオイみたいな目で俺を見ていた。

 しょうがないだろ、ゆんゆんがずっと俺を見てきてるんだから。

 少しでもバレない為に声だけでなく、話し方も変えるしかねえ。

 

「おお、我が里のものが使われているとは!何か木刀の銘があったりするのでしょうか!?」

 

 ねえよ。

 でも正直に答えたら、冷静になった二人に正体がバレるかもしれないし、適当に名付けるしかない。

 

「私のモットーは活人剣デース。悪を斬り、多くの善を生かすという剣術思想が活人剣と言いマス」

 

「お、おお!」

 

「……活人剣って、ヒカルがヒナちゃんに話してたような………?」

 

 やっべ、やらかした。

 最近はヒナに日本のことを話しすぎて、何を話したか何を話してないか、なんてもう覚えてないぐらいだからな。

 押し切れ、聞こえなかったふりで押し切れ。

 

「ですが、この木刀では斬ることは出来マセーン。当然デース、木刀なのデスカラ。悪を斬ることは出来ませんが、叩きのめすことは出来マース。悪を叩き、善を生かす。その木刀の銘は……」

 

 ゴクリ、とめぐみんが固唾を飲み込んで、俺の言葉を待った。

 

 

 

「『不滅之刃(ふめつのやいば)』デース」

 

 

 

 

「おおおおお!」

 

(アウトだよ、バカ!)

 

(いろんなところから怒られたらどうすんのさ!)

 

(うるせえな、怒られたら全集中で謝罪の呼吸、一の型『炭魔閃』すればいいだろうが!)

 

(おいいいいい!怒られるぞお前!)

 

 二人からヒソヒソとツッコミを受けたが、めぐみんが良さげなリアクションをしてるからヨシ。

 ゆんゆんは何か首を傾げている。

 しまったな、活人剣の話してたっけ。

 しかもよりによってヒナだけじゃなくてゆんゆんにまで。

 

 さて、とクリスが仕切り直すように言って、真面目な表情になった。

 

「あたし達はこれから屋敷に忍び込む。そして、魔王軍に対する切り札の一つを手に入れる。通報すると言うのなら、それでも構わない。でも信じて欲しい。これは人類の希望のためなんだよ」

 

「もちろん信じます!通報なんてするわけがありません!……ですが、その、代わりというわけではないのですが、一つお願いがありまして」

 

 モジモジとしためぐみんが懐から一通の手紙を取り出して、頭を下げながらこちらに差し出してきた。

 

「これを受け取ってください!盗賊団の方達へのファンレターです!」

 

 渡し方がまるでラブレターだ。

 そのファンレターをどちらが受け取るかで喧嘩しだす二人を無視して俺が受け取ることにした。

 受け取った後、めぐみんが無邪気な笑顔を浮かべて何か言っていたが、後ろから聞こえる小言がうるさくて全く聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 紅魔族女子二人とは別れて、俺達はまた三人で顔を突き合わせていた。

 

「正体がバレずに済みましたね、お頭。俺とお頭がいるのにこんなところで鉢合わせなんて運の良さって何なんですかね」

 

「ヒカルがいるからじゃない?」

 

「よし、じゃあ帰るわ。ゆんゆんの後に帰ったら確実にバレそうだし」

 

「ご、ごめんってば!冗談だよ」

 

「いや、マジで。冗談抜きでさ。ゆんゆんにバレたら絶対怒られる。というか最悪泣かれる」

 

 この前俺が死んだ時に、ゆんゆんに泣きながら怒られた時はひたすら謝るしかなかった。

 あの時のゆんゆんを鎮めるために、どれだけの苦労があったことか。

 

「え、それなら俺も帰りたい。今からでも帰れば、めぐみんイベントが起きそうだし」

 

「ダ、ダメだってば!今日を逃したら忍び込むのが大変になるんだから!ていうかさっきはダクネスで盛り上がってたくせに、めぐみんイベントって何!?」

 

「多数決で二対一だな。今日は解散!」

 

「おう!」

 

「ちょっとおおおおおおおおお!!」

 

 そんなこんなで俺達は解散したのだった。

 ………なんてことにはならず、クリスがしがみ付いてきて離れなかったので結局忍び込むことになった。

 

 

 まずは正門前の守衛二人を俺の首絞めとカズマの『ドレインタッチ』で無力化し、茂みへと放り捨てた。

 木刀は一応持ってきたが、最近の俺は筋力値がかなり上がってるし、エリス様の支援も貰ってるから木刀で殴ったら大怪我を負わせたり、最悪殺してしまうかもしれない。

 王城ならだいたいの怪我を直せるようなプリーストがいるかもしれないが、この屋敷にいるかは微妙なところだ、なのであまり木刀は使わない方針だ。

 

 アンダイン邸にそのまま潜入、屋敷に入ってからも何人か警備を無力化したが、カズマとクリスの先導で何事も無く宝物庫の中の隠し扉の前へと辿り着いた。

 カズマとクリスはそれぞれ魔道具を取り出した。

 アイギスは喋る鎧なのだが、それは声を発しているわけではなく、念話というテレパシー的なもので話しかけているらしい。

 その念話で騒がれない為に二人はその対策となる魔道具を持ってきたのだ。

 

「じゃあ俺は見張ってるから、手早くな」

 

「おう」

「何かあったら、すぐ知らせてね」

 

 そう言って二人は隠し扉の中に入っていった。

 

 それから十分ぐらい経っただろうか。

 俺が宝物庫の扉の前で誰も来ないことを確認していると、隠し扉が開いた。

 俺がやっと帰れると安堵しながら扉の方を見ると、

 

《至高の宝を守りきれなかったアンダイン家の諸君、君達には大変世話になった!誠に勝手ながら、俺はご主人様探しの旅に出ることした!もしまだ俺を求めるのであれば、最高の美少女を用意することだ!》

 

 アホなことを叫ぶ男の声が響き渡る。

 鎧姿の、男か?先程の声は男だったから多分男だろう。

 その鎧姿の男とその男の腕にしがみつくカズマとクリスが隠し扉から出て、俺の方へと向かってきた。

 

「ヒカル!アイギスを止めて!!」

「ヒカル、頼む!」

 

 そんな二人の必死の叫び。

 二人は振り払われると、鎧姿の男がこちらへと走ってきた。

 

《新手か?退きな、盗人C!退かないのであれば怪我をす……》

 

「ほい」

 

 タックルしてくる鎧姿の男の側頭部に木刀を叩きつけると、鎧姿の男は吹き飛んで、宝物庫の壁へぶち当たった。

 やべ、やりすぎたかも。

 エリス様に支援をもらうと自分の力の制御が難しいんだ。

 

《え、えっ?盗賊じゃないの……?何この馬鹿力……》

 

 鎧姿の男がフラフラと立ち上がりながら、ドン引いた声が聞こえた。

 よかった、生きてたみたいだ。

 それに立ち上がるってことは、まだ余裕がありそうだ。

 

「おい、誰が盗人Cだ。お前なんかモブだろうが」

 

《アイギスさんをモブ扱いだと!?許せん!》

 

 そう言って構える鎧の男、そのタイミングで俺の後ろに駆けつける二人。

 

「ヒカル、ナイス!これならアイギスを止められそうだね!」

 

「止められるだろうけど、今のアイギスの声で屋敷の人間がみんな来るぞ!どうする!?」

 

「盛り上がってるとこ悪いんだけどさ。アレ、誰?モブだろうとは思ってるんだけどアンダインとかいう人?」

 

「違うんだ、アイギスなんだよ」

 

「だから、その中身を聞いてんの」

 

「いや、そうじゃなくて中に人は入ってないんだ。アイギスの野郎、勝手に動けるらしい」

 

「はあ?」

 

《俺は自由になったんだ!俺の自由の翼が羽ばたくのを邪魔するんじゃあない!アイギスキーック!》

 

 わざわざ攻撃を教えてくれるとはありがたい。

 俺は半歩ずれて蹴りを避け、アイギスの顔の正面部分に木刀を振ると、アイギスはまた壁へと戻っていった。

 

「で、どうする?」

 

「ええっと……」

 

「ヒカル、アイギスを屋敷の外に吹っ飛ばせないか?囲まれるのはまずいし、他の相手をしながらアイギスを捕まえるのは無理だ」

 

「了解」

 

 そろそろ人が集まってもおかしくない頃だ、急がないとな。

 俺はアイギスに近付くと、アイギスが殴りかかってきたので、それを木刀でいなしてから木刀を振りかぶりながら一回転、野球のようにアイギスを全力でぶん殴った。

 アイギスは宝物庫の扉とその先の壁を突き破り、外へとホームラン。

 

「な、なんだ!?」

「今のはアイギスか!?」

 

 やはりすでに集まってきていた。

 俺は木刀を腰に差すと、クリスとカズマを小脇に抱えた。

 

「「え?」」

 

「外に出るぞ」

 

「え、ちょ……」

「ま、まさか……」

 

 俺はアイギスが突き破った扉へと向かい、全力で走り出す。

 俺が出る直前、ちょうど屋敷の人間達がこの宝物庫へと覗き込んできていた。

 

「うわ、バ、『バインド』ッ!」

「『バインド』ッ!」

 

 二人がその人間達を縛り上げ、俺達は更にアイギスが突き破った穴へ飛び込み、外へと躍り出た。

 

「ま、またこの展開いいいいい!!??」

「うわああああああああああ!!??」

 

 俺達が外に出ると、屋敷の庭で吹き飛ばされたアイギスが立ち上がり始めていた。

 俺達の着地ポイントで。

 

《く、あんな好き勝手されるなんて……ん?》

 

「危ねえぞ」

 

《え、ちょ、のわああああああ!!》

 

 俺がアイギスに飛び蹴りをかましてから着地、アイギスは塀へとぶっ飛んでいった。

 俺はしがみついてくる二人を手放すと、アイギスへと猛然と駆け出し、木刀で追撃を食らわした。

 アイギスは塀すらもぶち破り、屋敷の敷地内へと飛んでいった。

 

「俺はアレを遠くまで押し出すから、ついてきてくれ!後ろからもう来てるから急げよ!」

 

 カズマとクリスに向かってそう言い、俺はアイギスを追いかけに行った。

 

 今日の鬱憤はアイギス(サンドバッグ)にぶつけさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女が手に取った花には強力な神聖が掛けられていた。

 綺麗な心で、心の底から叶えたいと思う願いを叶える力が込められていた。

 きっとこの花は子供達の為に用意されたものだ。

 少女はそのことに気付いていた。

 だから、その花を孤児院の子供にでも渡そうかと考えていたが、別の使い道を思いついてしまった。

 その使い道は、女神エリスの想いを真っ向から裏切ることになる。

 少女は少し悩んだが、覚悟を決めたような顔になり、その後優しく花を懐にしまった。

 その花は少女にとっての可能性。

 その花は少女にとって未来になり得るもの。

 その花は少女にとって唯一の想いを叶える手段。

 

 少女は歩き出す。

 次の花の元へと。

 





説明が抜けてたので、ここで

石川 真白(18)
ヒカルより一年か二年ほど前に日本から来た転生者。
ほとんど表情が動かないが、中身はハイテンション。
そのギャップもあって真白は友達が少なかった。
ある日、真白は登校している時に事故で急死する。
そして女神アクアの部屋へと召喚された。
日本で一からやり直すか、天国に行くか、異世界に行くかの三択に当然異世界を選んだ。
異世界に行くのに内心ハイテンションになりつつも、冷静にこれまでの人生を振り返っていた。
友達や仲間ができないかもしれない、そう考えた真白は女神アクアに「友達が欲しい」とそのまま言うと、女神アクアは困った顔になった。
当然だろう、真白もなんとなくわかっていた。
何か強そうなものを適当に選ぼうかとしたところで、女神アクアが何かを思い付いたように数ある中から一枚だけチラシを取り出した。
そのチラシには犬のような、狼のような顔が描かれていて、その絵の下には説明文みたいなものが書かれていた。
「人間の友達は無理だけど、この子なんてどうかしら?大神っていう神獣の子供ね。神獣とか言ってるけど、ほとんど狼とか犬と変わらないわよ。それにまだ親元を離れたばかりでプライドも高くないだろうから躾をちゃんとすれば」
「この子にします」
「言うことを……って早くない?まだ能力とか何も言ってないんだけど」
「この子にします」
「え、あ、うん」
そんなこんなで真白の異世界の冒険が始まったのだ。
銀色の毛並みを持つ小さな子犬にギンと名付けた。
最初は言うことを何も聞いてくれなかったが、様々な苦楽を共にして確かに友情は結ばれていった。

次回、不滅の刃 2話『新たな仲間』
お楽しみに。




嘘です。続きません。
ついでの説明をすると、
真白のパーティーに魔法使いがいないのはギンが魔法やスキルを打ち消してしまうからですね。
それと名前をランダムに作るサイトにお世話になりました。
ちなみに主人公の名前もランダムに作ってもらってます。


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102話


主人公と主人公が交差する時、物語が始まったり始まらなかったりする。

102話です。さあ、いってみよう。



 

 

「いやーきつかったすね今日は」

 

「ヒカル」

 

「いやあ大変だったな」

 

「ヒカル」

 

「そろそろ疲れたし、帰ろうぜ」

 

「「ヒカル!」」

 

「なんだよこの野郎!俺のせいってか!?」

 

「そうだろ!調子に乗ってぶっ飛ばしまくって、森に逃げられるなんてよ!」

 

「何言ってんだ馬鹿野郎!逃げるなんて男らしくねえだろうが!俺は失望したね!」

 

「馬鹿はお前だ!鎧に男もくそもあるか!」

 

「というか、あの爆裂魔法はどうなんだよ!あれに気を取られたから逃したようなもんだ!お前の責任じゃねえのか!」

 

「は、はあ!?あ、あれがなん」

 

「ああもう!二人とも落ち着いて!喧嘩しても責任を押し付けあってもしょうがないでしょ!あたしも二人の責任にする気なんか無いから!」

 

 

 そう、俺達はアイギスを逃した。

 俺はあの後アイギスに追撃し、屋敷から更に遠ざけた。

 追撃した後、二人の様子を見るべく振り返ると、屋敷の守衛やら使用人やらに追いつかれ始めている二人を見て、二人の助けに入るか、アイギスを追いかけるかで悩んだ瞬間、夜空が太陽を取り戻したかのように明るくなった。

 この街の住人であれば誰もが聞き慣れた轟音。

 爆裂魔法が俺達の遥か上空の空で花開いた。

 屋敷の人間達は怯んでいたが、俺達はすぐに状況を理解した。

 屋敷の人間達は我に帰った後、追いかけようとして突如発生した泥のぬかるみに気を取られている内に、二人はすぐ様逃げ出した。

 二人が屋敷から距離を離したのを確認した俺はアイギスを追いかけた。

 そんな少しの隙がアイギスを取り逃した。

 二人は屋敷の人達に追いかけ回され、俺は森を少し探し回った後、三人でまた集合し、こんな喧嘩が起きたわけだ。

 もう疲れたし、眠いしで俺達は解散。

 

 黒装束と木刀をクリスに半ば無理矢理預かってもらい、恐る恐る家に帰ると、ゆんゆんが待ち構えていた………なんてことは無く、俺はそのまま部屋で倒れるようにして眠った。

 

 

 そして翌朝。

 俺とヒナは警察の留置所にいた。

 

「うぅ……ごめんなさい……」

 

「……」

 

「めぐみんはともかく、ゆんゆんは何をやってるの?」

 

「……」

 

 ゆんゆんは申し訳なさそうに謝り、めぐみんと俺は何も言えず、ヒナは呆れ果てた顔だ。

 今回は俺が捕まったわけではなく、ゆんゆんを引き取りに来た。

 昨夜めぐみんが街の中で爆裂魔法を放ったせいで警察に捕まった。

 俺達の失敗でこんなことになってる事を考えると、俺は何も言えない。

 ゆんゆんもめぐみんを止められなかったからと自らめぐみんと同じく留置所に入ったのだ。

 いい加減ゆんゆんは引き取ってくれと警察に言われて、俺とヒナはゆんゆんを連れ帰りに来たというわけだ。

 

「ほら、こんなところ出るよ」

 

「……でも」

 

「ゆんゆん、今回は私が悪いので、気にしないでください。一足先にどうぞ」

 

「……うん、わかったわ」

 

 そう言ってトボトボと出るゆんゆんを連れて俺達は留置所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、ヒナギク、ヒカル」

 

「おはようございます」

 

「おはよう」

 

 ゆんゆんと別れた後、エリス教会に行くとクリスが教会の前で掃除をしていた。

 

「今日と明日しか無いけど、あたしも今日から手伝うよ。ごめんね、今まで手伝えなくて」

 

「いえ、そんなことありません。クリスさんはお忙しいのですから」

 

 ヒナは少し申し訳なさそうな顔でそう言った。

 その後ヒナは周りを見ると、悔しそうな哀しそうな顔になり、

 

「すみません、僕は街の警備に行ってきます」

 

 そう言うだけ言って去って行った。

 俺はヒナが何を気にしているのか、なんとなくわかった。

 エリス教徒側の区画にいる人達が少ないからだ。

 閑古鳥が鳴いている、という表現がぴったりなほど。

 今頃、アクシズ教徒側の区画に人がごった返していることだろう。

 

「ヒナギク成分が……」

 

 こっちは通常運転だ。

 ヒナが真面目に考えてるってのに。

 俺がため息をついていると、そうだと言って教会の中に入って、またすぐに出てくるとクリスの手には木刀があった。

 

「はい」

 

「どうも」

 

「昨日はありがとね」

 

「……悪かったよ」

 

 昨日カズマと喧嘩したが、確かに俺がアイギスを見失わなければよかった話だ。

 

「ううん。手伝ってくれて本当に感謝してるんだ。ヒカルがいなかったら、アイギスを普通に逃してただろうし、あの屋敷から逃げるのもかなり苦労しただろうし」

 

「アイギスがどこに行ったかって何か手がかりとか無いのか?ふん縛りに行くなら手伝うぞ」

 

「何もないよ。あんなに目立つ鎧なのにね」

 

 そう言って、クリスは目を伏せた。

 

「はあ、最近はヒナギク成分が足りてないせいか落ち込みっぱなしだよ。あたしの正体がバレてから、ヒナギクが畏まった態度で接してくるからさ……。ヒナギク成分が補給しづらいんだよね」

 

「そらそうだろ……」

 

 

「えっと、ヒナギク成分ってなに?」

 

 

 振り返るとカズマが来ていた。

 

「あ、あははは。な、何でもないよ」

 

 クリスが頬を掻きながら誤魔化したのを見たカズマは少し訝しんでいたが、別の話題、というよりカズマがここに来た本当の理由を話し始めた。

 

「アクシズ教徒どもは確実に調子に乗ってる。あれは痛い目を見ないと学習しないパターンだよ。バカに拍車がかかって大変なことになる前に、ちょっと締めてやろうと思ってるんだけど」

 

 カズマの表情は真剣だった。

 今のアクシズ教徒達は祭りが盛り上がってるのをいいことに、好き勝手言い始めた。

 来年からはアクア感謝祭に名前を変えて、エリス教団を関わらせないとかなんとか。

 カズマはそこら辺を言ってるのだろう。

 

「あはは……。先輩が祭りを盛り上げてるのは本当のことだからね。それに比べてあたしときたら、神器の回収もできないし、祭りの手伝いも出来ないしさ」

 

 真剣にこの状況をどうにかしようと考え始めているカズマとは対照的にクリスは苦笑気味で受け入れるような事を言い始めた。

 

「来年以降のお祭り、取り止めになっちゃっても多分しょうがないんじゃないかな。少し寂しいけど、先輩ならきっと盛り上げてくれ……」

 

 パシン!!

 

 そんな乾いた音が辺りに響いた。

 

「ちょ、お前何やってんだ!?」

 

 カズマが俺に怒鳴りつける。

 何故か。

 俺がクリスを引っ叩いたからだ。

 グーで殴らなかったのを自分で褒めてやりたい。

 

「そいつがバカな事言ったからだ」

 

「だからって手出さなくてもいいだろ!」

 

「黙ってろ!!こいつはなぁ、今『祭りがなくなってもしょうがない』と言ったんだ!てめえの信徒が自分の楽しむ時間も惜しんで、頑張って祭りを成功させようとしてたのを、こいつだって見てたはずなのに、来年からは無くなってもいいと言ったんだ!」

 

「……」

 

 クリスの目が潤んで、目が泳いだ。

 

 俺はずっと見てきた。

 あいつらが祭りの設営で頑張る姿を。

 祭りの一日目に何事も無く、無事に出来たことを喜ぶ姿を。

 客がどんどん取られてもヤケになったりしないで、健気に仕事をする姿を。

 それを『しょうがない』?

 ふざけんじゃねえ。

 それだけは、その言葉だけは、絶対に許せない。

 

「てめえの大好きなヒナの頑張ってる姿を、アクシズ教徒に客が取られて悔しそうにしてるのを、哀しそうにしてるのを、てめえは『しょうがない』の一言で済ませやがったんだ!」

 

「じゃ、じゃあどうすればいいのさ!今から何したってこっち側が盛り上がるわけないじゃん!あたしだって、何とかしたいよ!でも、もし無くなってしまうんだとしたら、『しょうがない』って言うしかないじゃんか!」

 

 クリスは我慢してたものが決壊したように、捲し立ててきた。

 

「うるせえこの野郎!まだ終わってもねえのに諦めてんじゃねえよ!来年のことなんか考えてんじゃねえよ!てめえの出来ることは変態行為と盗賊稼業だけか!?てめえはそんなもんかアホ女神!」

 

「あっ!?アホって何さ!?へ、変態って何さ!?じゃあ何をするの!?そんな偉そうな事を言うんだったら君にはこれから巻き返す何かがあるんだろうね!?」

 

「うるせえねえよバカ野郎!」

 

「バッ!?この……!」

 

 俺とクリスが取っ組み合う寸前、カズマが割って入ってきた。

 

「わー!ストップストップ!!二人とも、一回落ち着いてくいだだだだ!ちょ、マジで落ち着けって!お、俺に!俺に良い案があるんだって!!」

 

 俺とクリスがぴたりと止まると、

 

「「良い案?む……っ!」」

 

 クリスとハモったのが気に入らずに睨むと、クリスも同じく睨んできて、睨み合う形になった。

 

「はい、お互い三歩離れろ。それで冷静に話し合おう。ヒカルの気持ちもわかった。クリスも本当はなんとかしたい。それで俺には良い案がある。ここは喧嘩してる場合じゃないと思わないか?」

 

 ……それは、まあ、うん。

 

「う、うん。そうだね、ごめん」

 

 クリスはそう言うと、素直に頭を下げてきた。

 

「ヒカルもごめん。決まってもないのに、先に諦めるなんて良くないよね。ごめん」

 

「……俺は謝らないぞ」

 

「ヒカル、大人だろ?」

 

 ぐっ………それを言われると、確かに自分がガキ臭いことをした気がしてきた。

 でも、あいつらの頑張りが否定されたのは確かなことで……

 

「ヒカルが大人の対応をしないなら、俺もしない。俺はこのまま何もしない。喧嘩の続きだって勝手にすればいい」

 

「…………悪かったよ」

 

 俺が謝ったのを確認したカズマがウンウンと頷き、口を開いた。

 

 

「よし、じゃあ冷静になったところで聞くぞ。ヒカル、クリスに向かって女神って言った?」

 

 

 …………。

 や、やっべええええええええ!!!

 怒りで口が滑った!

 落ちけつ、俺は落ちけつる。

 冷静に言い返すんだ。

 

「い、いいいいや、い、言ってないけどね全然!俺が言ったのは女神じゃなくて、アレだから!め、めが、めが…………メガネだから!」

 

「いや、女神って言っただろ!それにクリスはメガネなんてかけてねえし!あと間がありすぎだろ!今考えたろ!」

 

「そんなことねえよ!人間誰しも心の目にメガネをかけてんだよ馬鹿野郎!」

 

「心の目にメガネって何!?何を矯正してんの!?何を見ようとしてんの!?」

 

「な、何を見ようとしてるって、そんな……言えるわけないだろ!」

 

「いや、本当に何を見ようとしてんだ!?」

 

 コホン、とクリスがわざと咳き込んだので、そちらを見ると、クリスが俺達に近付いてヒソヒソとした声で話し始めた。

 

「そのことについてお二人にお話があります。先程の喧嘩で周りからかなり注目を浴びてしまっているので、とりあえず教会の中で話しましょう」

 

 女神モードで話すクリスを不思議に思いながらも言われた通り、俺達はクリスに連れられて教会の中に入った。

 俺達はシスター達に挨拶しながら、すぐに横の扉に入り、通路を通ると懐かしい場所に来た。

 上級悪魔ホーストに大怪我を負わされて、怪我の療養の為ヒナギクと、一応俺も世話になった部屋だ。

 その部屋はベッドと机と椅子ぐらいしかない部屋だが、寝泊まりには十分すぎるところだ。

 

「適当に座ってください」

 

 ベッドに座るクリスにそう言われて、俊敏な動きでクリスの隣に腰掛けるカズマ。

 何故か勝ち誇った顔をしてるのにはよくわからないが、イラッとするな。

 俺は普通に椅子に座る。

 

「ヒカルさんは懐かしい場所ですね?」

 

「まあな」

 

「………えっ、まさかそういう関係!?すでに二人はディープな関係を……」

 

「違います」

 

「おぞましい想像をするな。ヒナが大怪我した時にここで寝泊まりしてたんだよ」

 

「あ、ああ、そういうことね……。安心したぜ」

 

「おぞましいって何ですかもう。流石に失礼すぎると思うのですが」

 

 クリスが不満気にそう言ってきたが、この女神とそんな関係になることは天と地がひっくり返っても絶対にない。

 向こうだって同じ気持ちだろう。

 

「さて、二人はもう察しているでしょうが、二人は私の正体を知っています」

 

 やっぱりか。

 カズマも察していたのだろうが、驚いた顔をしていた。

 

「ええっと、じゃあヒカルも俺みたいに何度も死んでるってことか?」

 

 何度も死んでる?

 俺が何かを言う前にクリスが説明しますと言ってきたので黙った。

 

 まずカズマには俺の転生した時のことから話す必要があった。

 何も知らず、何も持っていない状態で転生して、転生特典が何かわかっていなかったあの頃。

 そんなハードな日々を送っていたある日クリスと出会い、身の上話をしている内に転生特典の話になった。

 俺が何も持っていないことを言うと、女神として能力の調査を協力してくれることになった。

 その時、偶然正体を知ってしまった。

 それを掻い摘んで説明し、ついでに『ムードメーカー』についての説明もした。

 

「な、なるほど……。その、大変だったんだな」

 

「まあな」

 

 カズマが心底同情した顔で俺を見ていた。

 まあ、カズマも大変だったと思うがな。

 

「それで?何度も死んでるってのはどういうことだ?」

 

「え?」

 

 カズマが不思議そうな顔になった。

 

「それも私から続けて説明しましょう。本来蘇生魔法は一人に一度しか許されない奇跡の魔法です。ヒカルさんはよくお分かりでしょうが、カズマさんは少し忘れている節がありますね」

 

「あぁ……えっと、ごめんなさい」

 

「もう死なないでくだされば結構です。日本の方はすでに転生時にその一度の奇跡を使用したことになっています。ヒカルさん、貴方にはこの制約を守っていただきました。その時に私の名前はなんというか、かなりその、落ちぶれていて、一人の天界規定を曲げることがやっとだった、という説明をしました。その一人がカズマさんです」

 

 あの時はそれどころじゃなかったから、特に考えもしなかったが、まさかこんなに近くにその人物がいるとは思わなかった。

 世間は狭い、というやつか。

 

「……あー、その、口ぶり的に俺が蘇生を許された分、ヒカルが蘇生を許されなかった、みたいに聞こえるんだけど」

 

「ある意味その通りなのですが、天界規定を曲げることは普通ではあり得ないことですし、私の名前が落ちぶれていなくとも申請が通らなかった可能性があります。なので、ヒカルさん。カズマさんが悪いというわけでは……」

 

「それぐらいわかってるよ。あれは俺が強くなったと思い込んだせいで起きたことだ。それに生き返れたし、特に何か思ってるわけではないよ」

 

 俺は調子に乗っていたんだ。

 守られてばかりだった俺が狂戦士になって、普通にみんなと戦えるようになって、あのシルビアを相手に出来るようになって、自分が強いのだと思い込んでいた。

 だから、円卓の騎士相手に向かっていくような行動をした。

 あの状況的に仕方のないことだったとしても、自分が前に出ることばかり考えるのではなく、もう少しパーティーでの戦い方を考えていれば、死ぬようなことにはならなかった……かもしれない。

 

「え、でも生き返れたってのはどういうことだ?」

 

 生き返れないはずの俺が生き返ったのだから、そういう話にもなるだろう。

 俺がクリスを見ると、頷いてきたので俺はわざわざ別の世界に行って、その世界を救った特典として生き返る権利を得たことを説明すると、カズマは驚きっぱなしの顔だった。

 

「え、じゃあ何か?多元宇宙論が成立するってことか?俺がアクアを連れてこないで、ちゃんとした転生特典を持ってきてる世界があるってことか?というかどんな冒険してんだよ!ゆんゆんが魔王って何!?喧嘩で世界を救ったって何!?ツッコミが追いつかねえよ!」

 

「ツッコミが長い。とりあえずアレだよ。色々あったってことだ」

 

「そんな一言で終わる話なわけあるか!」

 

 ツッコミをしてくるカズマと適当に流す俺。

 正直詳しい話をしろと言われても長くなるし、俺も情報規制やらで忘れてる部分もあるから難しい。

 カズマのツッコミの後、苦笑しているクリスが口を開いた。

 

「その話はその辺で。ヒカルさんの仰る通り色々あったので、それを説明しきるのはまたの機会にしましょう」

 

「ああ、そうだな。また今度な」

 

「もう気になってしょうがないけど、わかった」

 

 俺とカズマが頷いたのを確認してから、クリスは真剣な表情で続けた。

 

「あと少しだけ補足をさせてください。カズマさんの蘇生が通った件には、私の名前の他にアクア先輩の名前があるから、ということも関係しています。私がカズマさんの蘇生の事後処理等をしていますが、アクア先輩が天界に帰ってきた後、その責任を取るのはアクア先輩です。天界規定を曲げるということは、それだけのことがあるということ。そのことだけは決して忘れないでください」

 

「は、はい。わかりました」

 

 カズマもなんとなく深刻そうな雰囲気を感じ取ったのか、敬語だ。

 あのアクアも一応女神様ということか。

 まあ、カズマも死にたくて死んでるわけじゃないし、そこまで脅さなくてもいいと思うが。

 

「とりあえず二人に説明するのはこんなところですかね」

 

 俺はカズマの方を見ると、カズマが頷いてきたので俺も頷くと、クリスが頭を下げてきた。

 

「お礼を言わせてください。二人にはいつもお世話になっています。日頃のことだけじゃなく、危険な神器探しや祭りの協力をしてくれたり、そして先輩の暴走を止めてくれようとしてくれたり」

 

 ヒナのことで迷惑をかけたり、が抜けてるぞ。

 まあ、カズマがいるから言えるわけないんだけど。

 

「二人には本当に、なんて言っていいか。二人は私の事情を知っていて、私が色々やってることも知ってくれている。誰かに褒めて欲しいわけではないんですけど、二人のおかげでなんとなく報われた気がします」

 

 そう言って、微笑んだ。

 やっぱり何というか、ヒナが絡まないと女神っぽさが出てくるな。

 俺がそんな事を思っていると、カズマが真剣な表情で口を開いた。

 

「エリス様、先程言った俺の案を聞いていただけませんか?」

 

 クリスが不思議そうな表情を浮かべ、カズマは続けて言った。

 

「エリス教団の方達に、協力して欲しいことがあるんです」

 





今回のお話でカズマの蘇生の責任はアクアが後々取るという事を書いてますが、ここら辺はオリジナルです。
天界の規定がそこまで緩いとも思えないので私の想像、というよりこれぐらいはあって欲しいみたいな願望ですね。
このすばの世界観はハードな感じですが、アクアやら天界やらがバランス崩壊してるので。


ヒカルは努力に対して、『見合った何か』があるべきだ、と考えています。
努力が必ずしも成功を呼ぶものではないと理解していますが、ヒカルはそれでも努力した先には何かがあって欲しいと願っています。
だから努力している者に対して、彼は協力的であったり、応援したり、見守ったりします。
彼は頑張ってる人が好きで、
孤児院の子供達を気に入ってるのも、彼の子供好きなところもありますが、頑張っている子供達を見るのが好きだからですね。
ここら辺はヒカルの過去が関係しています。
今回のお話で、努力してきた者に対して、本心でなくても『しょうがない』という言葉を使ったクリスに怒りを見せるのはヒカルの性格や過去が理由です。
そんなヒカルの過去について、もうそろそろ書こうかなと思っていますが、なかなかタイミングが合いませんね。
多分ですが、この章で語られることになると思います。

次回、超絶キャラ崩壊注意。


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103話


超絶キャラ崩壊注意。

103話です。さあ、いってみよう。



 

『エリス教団主催による今回の祭りのメインイベント!第一回!ミス女神エリスコンテストを開催します!』

 

『うおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 司会のマイクのような魔道具越しの叫びと共に、この会場にいる客達からの大歓声が湧いた。

 

 この炎天下の中、どうして人がこんなアホほど来るのか少し疑問に思いつつも、俺は会場の警備を行っていた。

 女神エリスが神聖視されるのを見ると、俺は少しだけ複雑な気持ちになる。

 もちろんヒナギクにばかり執着しているわけではないことは、今までの付き合いで知っているのだが、いかにも素晴らしい神様だなんだとワッショイワッショイされてるのを見ると、そんなことは無いんじゃないかと口を挟みたくなる。

 だって、女神エリスはどうにも人らしくて、エリス教徒が語る神様と同一人物とは思えない。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 さて、この状況を何かと説明すると、カズマが言っていた『良い案』がコレだ。

 エリス教団主催でミスコンやろうぜ。

 カズマはそう言い出した。

 そして見事カズマの思惑通り、祭りの最終日にしてかなりの大盛り上がりを見せていた。

 

 よくもこんなことが出来たな、と思うだろう。

 俺も同じ事を思う。

 昨日行われたエリス教団での会議はかなりの大熱戦を繰り広げた。

 ミスコンをやろうなどと言って、真面目ちゃん達が集まるエリス教徒に賛成されるわけもなく、ダクネスとヒナが中心になって反対してきた。

 俺とカズマは、このままでは来年の祭りが無くなるかもしれないと反論すると、反対の声は小さくなっていった。

 エリス様をダシにしたミスコンだなんて、エリス様に対する冒涜だと喚くダクネスとヒナに、ヒナの説得はクリス、ダクネスの説得はカズマがした。

 ちなみに俺は周りにミスコンと言ってもマイナスになるようなことは無いと説明していた。

 本人が気にしなくていいと言ってる以上、特に祭りを盛り上げる方法を思いつかないヒナはすぐに黙り込み、説得された。

 ダクネスにはエリス教団の権威の回復の為でもあり、神器の回収も行う事を告げて、エリス様がこんな事で怒るわけがないと言うと、ようやく折れてくれた。

 そんなこんなで開催が承諾された。

 

 

 ダクネスの説得の際に言った通り、エリス教団を救う事だけが目的ではない。

 あの鎧は美少女好きだというのを逆手に取り、このミスコンを餌にして釣り上げる作戦だ。

 俺は祭りの警備をしつつ、アイギスがいないかを確認していた。

 カズマとクリスはステージや会場全体を見渡せる最後方にいて、全体を確認している。

 正直運次第だが、ここはカズマとクリスの幸運補正を信じよう。

 

『それではまず、最初の方となりますが、お名前と年齢、そしてご職業をお願いします』

 

 ステージに並ぶ美女に司会がマイクを向けていた。

 とうとう本格的にミスコンが始まったのだ。

 

 

 

 

 ミスコンにはかなりの美女達が参加していた。

 急な開催だったし、参加者もそう集まらないだろうとも思っていたが、予想に反して約二十人も集まっていた。

 というか女神エリスコンテストだと言うのに、巨乳の女性が多い。

 今来たのは見知った顔でもある、ウィズの紹介が終わったところだ。

 俺的には良い事だが、コンセプト的にはアウトだと思う、だってあの女神様小さいし。

 

「ねえ、何か失礼な事考えてない?」

 

 横から声をかけてきたのはクリスだった。

 随分とタイミングの良い登場だ。

 いや、違うな。

 こいつがここにいるのは狙ってのことだ。

 

「いや、別に」

 

「本当かなぁ?まあ、いいや。お疲れ様、コレいる?」

 

 そう言って差し出してきたのは飲み物だ。

 有り難くもらうことにする。

 

「どうも。わざわざ最前列に来るとはな」

 

「そっちこそ最前列で警備してるくせに」

 

「別に、俺はたまたま……」

 

「何がたまたまだよ。ヒナギクの順番が近付いて来る度に前に前に行き始めたくせにさ。言っておくけど、最前列のど真ん中ポジションは譲らないから」

 

「どうぞどうぞ」

 

 そんなやり取りの中、会場中からステージにゴミが投げ入れられていた。

 とんでもない美少女がステージ上で服を脱ごうとした瞬間に『残念、我輩でした!』とバニルさんが正体を晒して高笑いしているからだ。

 それが終わって、会場に落ち着きを取り戻した頃、ようやく順番が回ってきた。

 

『さあ、お次の方どうぞ!』

 

 司会がそう言うと、ステージの端からガチガチに緊張した様子のヒナが出てきた。

 歩く時に出る手と足が一緒になってしまっている。

 

『もう会場にいる方のほとんどが知っていると思いますが、お名前と年齢、ご職業をお願いします』

 

「え、えっと……あの、その……」

 

 緊張したヒナはどこを見ていいかわからないのか、目を泳がせた後、目を瞑り言い切った。

 

「め、女神エリス、ですっ!……な、なんちゃって」

 

 そんなヒナのセリフに会場が沈黙した。

 何故ヒナがそんな事を言ったのかを説明すると、ヒナの服装は女神エリスのものだからだ。

 少しの沈黙の後、会場は一気に湧いた。

 

「いいぞーー!ヒナギクーー!!」

「似合ってるわよーー!」

「エリス様かわいいぞーー!!」

「ヒナちゃん最高ーーー!」

 

 そんなバラバラだった声が、何故かまとまり始めてヒナギクコールが始まってしまった。

 

『ヒーナギク!ヒーナギク!ヒーナギク!』

 

 ヒナギクコールを受けて、羞恥で顔を真っ赤にしたヒナはプルプル震えていた。

 俺はクリスの方から声が聞こえないことに違和感を感じて、クリスの方に視線を向ける。

 

「あ、ああ、ああああああ………!!」

 

 クリスはそんなうわごとのような声で痙攣するように全身を震わせた。

 ヒナがプルプル震えてるのとは違って、クリスの震えは身体がやばい時に起こる痙攣のようだった。

 

「あああああ!あ、あんなの!あんなのいけません!いけませんいけません!あんな顔えっちすぎます!あんなのベッドの上でする表情ではありませんか!こんな大勢の前であんなえっちな顔を見せるなんて、なんていけない子なんでしょうか!皆さんは大丈夫でしょうか!あんな刺激的なものを見ては、目の一つや二つや三つ潰れてもおかしくありません!こんなの私だから耐えられたようなものですからね!でもヒナギクのあの表情を見て目が潰れない方なんているわけがありません!むしろ潰れなければ失礼というもの!潰れなかったのであれば私が潰します!ああ、それにしてもなんという可憐さ!美しさ!人類が作りし、神を超える奇跡級の至高の宝!なんて尊いんでしょう!私の衣装を着て、あんなに可愛いのは罪作りすぎます!それに私の名前を名乗るなんて、なんて健気なんでしょう!外見だけでなく、中身、そして声も、何もかも全てが完璧!いえ、完璧なんて甘い言葉では表現しきれません!究極!究極です!というか、あの格好をしているということは、あれはもう私のお嫁さんになるということでいいんですよね!?お嫁さんになったってことでファイナルアンサーですよね!?今夜は初夜ですよ、初夜!絶対にあの衣装で私のベッドに来てもらいます!そして少しずつ脱がしていって、近くであの表情を眺めるんです!それで全てを脱がし終わった後、ヒナギクが覚悟を決めたように目を閉じるのをじっくりと見てから、全身を洗うようにペロペロします!そ、そ、そそそそそそれでまだヒナギクの未開の地をわ、私が優しく!丁寧に!ゆっくり!じっくりと!開拓していき、ぐへへへ、ああっ!鼻血がっ!あ、あ、あああああ、これ以上ヒナギクの姿を見てはおかしくなってしまいます!ですが、どうして目を離せましょうか!これ以上は、でも!これが尊死というのでしょうか!ヒナギクで尊死するのであれば本望です!エリス、イキまああああああす!!」

 

 よーし、逝ってこい。

 目を見開いて、鼻血を垂らして熱に浮かされたように話すクリスには死を与えることで楽にしてあげることが出来るかも知れない。

 というかこんな醜態を晒「うっ、ふぅ……ふぅ………はぁ、はぁ……」

 あの、俺のモノローグ貫通してくんのやめてくんない?

 

「えっと、その、もうみんな名前を呼んじゃってますけど、僕はヒナギクと申します。それから、えっと……」

 

『良ければフルネームでお願いします』

 

 司会がそう言ってマイクを向けると、ヒナギクは「えっ!?」と大袈裟に驚いた後、オロオロし始めた。

 数秒後、何故か俺と目が合った後、何度か目を泳がせては俺を見てくる。

 まるで何かを伝えようとしているようだ。

 

 え、なに?

 俺はヒナのフルネームなんか知らないぞ。

 だって、あいつ出会った時からヒナギクとしか名乗らないし。

 父親の都合とかで名乗らないようにしてるのかと思って、俺も聞こうとは思わなかったからな。

 

「ぼ、僕は、その…………」

 

 ヒナは顔をまた顔を赤くして口を開いたが、躊躇するように、すぐに口を閉じた。

 そして数秒後、覚悟を決めた顔になり、息を吸い込んでから大声で宣言した。

 

「シロガネ ヒナギクです!!!」

 

 ヒナギクの大音量のせいか、とんでもない苗字を使い始めたせいか、会場中はシーンと静まり返った。

 そのおかげで俺は微かに聞こえた。

 ボソリと呟くような声が。

 

「……さなきゃ」

 

 それはクリスがいる方から聞こえた。

 というかクリスから聞こえた。

 

「こ、こここ、ころ、ころさなきゃ……い、今すぐに、迅速に、バラバラにして、ころさなきゃ……」

 

 グググ、と壊れた人形の首がゆっくりこちらを向くように、クリスが俺の方を見てきた。

 会場はなんだか盛り上がっているが、俺は目の前にいる殺気を撒き散らす盗賊の皮を被った変態にロックオンされていて、それどころではなかった。

 クリスの手がダガーへと動いた瞬間、俺はクリスとは反対方向に駆け始めた。

 

「殺さなきゃーーーー!!!」

 

「おいいいいいいいい!!前回まで俺に協力的だったのはなんだったんだああああああ!!」

 

「それとこれは別!!天誅うううううううう!!!」

 

 

 

 

 

 

 ヒナを可愛がってる街の連中は何を勘違いしたのか、クリスと同じように俺に襲いかかってきた。

 大勢から逃げ回るのは大変だったが、向こうが意外と連携が取れていないのと、人混みを使って会場中を逃げ回ったのが効いたらしく、なんとかクリス達から逃げ切れた。

 クリス達から逃げている途中にカズマがいる近くを通ったのだが、何故かアイギスと一緒に楽しげにミスコンを楽しんでいたのを確認した。

 いつの間にか目的は達成されていたのだ。

 神器回収の失敗で少し責任を感じていたのがバカみたいだ。

 

「お前よくもやってくれたなこの野郎」

 

 逃げ切った後ヒナに偶然会えたので、俺は当然の文句を言った。

 俺がヒナに話しかける時には、ミスコンのステージにいるダクネスが会場の客の中に混じる冒険者達に野次を飛ばされていた。

 

「え、だ、だって、ヒカルがちょうどいたから……」

 

「アホか、自分の名前を使え」

 

 何で俺がいたからって、俺の名前を使うんだ。

 そんな疑問をヒナは目を逸らしながら、言いづらそうに答えてきた。

 

「………だって、覚えてないんだもん」

 

「あ?何が?」

 

「自分の苗字……」

 

「はあ?何言ってんのお前?」

 

「僕はずっと家にいたから、名乗る必要も無かったし、家では名前しか呼ばれないし、教えられてもすぐに忘れちゃった」

 

 ……こいつの育った環境が特殊だからな。

 

「それはわかった。でも俺の苗字は使うな」

 

「……なんで?」

 

 不機嫌そうに聞いてくるヒナ。

 俺の方が散々な目にあったっていうのに、何でこいつに不機嫌な顔をされなきゃならんのだ。

 

「俺の苗字を使うと、街の色々誤解した連中が俺にブチギレてくるからだよ」

 

 主に変態女神が。

 

「じゃあ、僕が自分の苗字を思い出したらやめるね」

 

「ざけんなこの野郎」

 

 俺達がそんなやりとりをしていると、会場から悲鳴と罵声が聞こえ始めた。

 ダクネスが野次を飛ばしてきた冒険者に殴りかかっていた。

 乱闘騒ぎだ。

 あのお嬢様は何をやってるんだろう。

 

「それにしてもこんなに盛り上がるとは思わなかったよ」

 

「な。お前も意外と楽しかったんじゃないか?」

 

「………まあ、つまらなくはなかったかな」

 

 そう言って笑い合う俺達。

 祭りも盛り上がって、アイギスも回収出来た。

 目標達成だ。

 そう思っていると、観客達の中から声が聞こえた。

 

「あー面白かった」

「それな。この街の女って言われると、正直期待してなかったけど、なかなか良かったな」

 

 ほら、観客達も満足して……

 

 

「じゃあアクシズ教側に戻ろうぜ」

 

 

 俺は思わずその声が聞こえた方向に振り向いてしまった。

 その声の人物だけでなく、何人かの見物客は目的が終わって帰ろうとしているのが見えた。

 

 俺は一体何を勘違いしていたのだろう。

 祭りが盛り上がったんじゃない、()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()だ。

 もしかしたら、ある程度の客はエリス教側の祭りにいてくれるかもしれないが、所詮はその程度だ。

 何でこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。

 

「そういや、昨日のアクシズ教徒の一発芸見たかよ?」

「ああ、見た見た。あれマジで凄かったよな。アクシズ教徒っていつも問題起こすけど、騒ぐのは一級品ていうかさ」

「祭りの盛り上げ方をわかってるよな。これは来年も楽しみだな」

 

 俺はこれ以上ヒナにそんな言葉を聞かせたくなくて、ヒナを連れて行こうとヒナの方を向いた。

 向かなければよかったと後悔した。

 向かなければいけなかったのだが、そう思ってしまった。

 

「………」

 

 ヒナは泣きそうな顔で下を向いていた。

 歯を食いしばり、手が震えるほどに握りしめていた。

 

 ああ、くそ。

 俺がもっと、カズマのように頭の回る奴だったら、ヒナにこんな顔をさせずに済んだのに。

 それとも、今の俺が祭りの運営にあれこれ言って盛り上げるべきだったか。

 いや、そんな事をしても、どうせ出店の一つか二つが増えてた程度だろう。

 俺はただのバカな狂戦士だ。

 剣を振ってる人?

 てめえにお似合いじゃねえか。

 祭りの間何をやっていた?

 木刀を振り回して、バカを取り締まっていただけだ。

 そんな事をして、祭りに貢献した気になっていた救いようのないバカ。

 それが俺だ。

 そんなバカに今から何が出来る?

 これ以上ヒナを悲しませるような言葉を聞かせないようにしてやるぐらいだ。

 家に帰って、日本の話をしてやろう。

 ヒナが嫌がるぐらいに。

 そう思い、ヒナが固く握りしめる手を取った時

 

『さて、もう参加者も残っておりませんので、女神エリスコンテストの優勝者を………』

 

 ミスコンの司会がマイク越しに放った言葉が途中で止まった。

 俺は気にせずヒナを連れて行こうとして、異変に気付いた。

 

 周りのざわめきが全く聞こえなかった。

 誰も彼もが沈黙していた。

 誰も彼もが動けずにいた。

 誰も彼もがある一点を見ていた。

 ミスコンのステージのど真ん中。

 

「エリス様……」

 

 そんな沈黙の中、ヒナだけが呟いた。

 そう、ステージの中央には女神エリスが降臨していた。

 




何がとは言いませんが、804文字です。
出来れば1000文字以上にしたかったのですが、妥協しましたすみません。

ヒナギクが苗字を忘れてる云々の話はまた詳しいお話を書く……予定です。

少し前の話なのですが、一章を少しだけ手直ししました。
ヒカルのセリフに「」付けたりとか、表現が足らないかなと思った部分を少し足したり、こっ恥ずかしい後書きを消したり。
話の内容は変わってませんが、一応ご報告です。
多分これから全部のお話に手直しをやっていきますが、一章と同じく内容を変えるものではありませんのでご理解の程よろしくお願いします。


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104話

104話です。さあ、いってみよう。



 やりやがったな。

 俺はきっと、苦笑しているんだかニヤリと笑っているんだか微妙な表情だっただろう。

 それでも、このどんでん返しには希望が持てたからこそ、笑ったのだ。

 恐らくカズマの入れ知恵とかだろうが、そんなことはどうでもいい。

 人っぽくて神様に感じないとか、エリス教徒から聞く神様のようには思えないとか、全部撤回してやる。

 女神エリスがここに来ただけで、この会場は女神エリスの雰囲気に支配されたんだ。

 あんたはすげえ女神様だよ、ほんと。

 

『………ぇ?……あ、あの、と、ととと、飛び入り参加……の方、でしょう……か……?』

 

 司会が掠れた声で絞り出した。

 

「はい。飛び入りという形になってしまい、申し訳ありません」

 

 エリス様が手を組み、少しお辞儀をしてそう言うと、司会は狼狽えつつも、司会として続けた。

 

『い、いえいえいえいえいえ!!と、ととと、とんでも!とんでもございません!こ、この度は女神エリス様コンテストに御参加頂き、ありがとうございます!!』

 

 綺麗な90度の礼だ。

 エリス『様』コンテストと言ってるということは司会も、あの絶世の美女が誰なのか、なんとなく気付いているからだろう。

 いや、司会だけじゃなく、この会場にいる全員か。

 会場が少しずつざわめき始めたが、大声で話そうなどという奴はいなかった。

 

『そ、それでは、その、こ、これはですね。参加している方全員にお尋ねしていることなので、どうか、どうかお許しいただきたいのですが、で、出来ればその……お、お名前をお伺いしても、よろしいでしょうか……?』

 

 期待いっぱいの司会にマイクを向けられて、エリス様は優しく微笑んだ後、

 

「名はエリスと申します」

 

 そう名乗った。

 それだけ。

 それだけで、会場は歓声に包まれた。

 熱狂的な叫びを上げる者、手を合わせて祈りを捧げる者、呆然と見上げる者、泣き崩れる者、反応は様々だったが、崇める神が降臨したのだから何もおかしなことは無い、はずだ。

 宗教すらもよくわかってない俺からしたら、少し不思議な感覚ではあるが。

 

『………あ、あ、り、ありがとうございます!お答え、頂き、本当に、ありがとうございます!あ、あのっ!実は二つほど質問が、あ、ありまして』

 

 感激した様子の司会は、申し訳なさそうにだが、更に踏み込んで尋ねた。

 

「その二つは秘密です」

 

 そう言って、イタズラをする子供のような表情で片目を瞑り、人差し指を立てた。

 また会場中が割れんばかりの歓声が上がった。

 そんなポーズまでしちゃって、信者が供給過多で死んでしまうんじゃないか。

 そんな事を思っていると、

 

「幸運の女神様!エリス様!どうか俺と握手してください!」

 

 そんな声が会場のどこからか聞こえた。

 

 歓声ばかりで聞こえないはずなのに、何故かやたらとはっきり聞こえた。

 その言葉で歓声は止んで、会場中が静まり返り、そして

 

「お、俺も!俺もエリス様と握手したい!」

「いいえ、私が先です!エリス様、どうか私と!」

「エリス様、お、お願いします!」

 

 必死なエリス教徒達が口々に言い始め、中にはステージに上がり込もうとする者まで出始めた。

 司会が止めようとしているが、あまり意味は無さそうだ。

 というか、すごいな。

 どいつもこいつも幸運にあやかろうと必死だ。

 でも、神様というより、アイドルとか有名な歌手みたいだ。

 

「ヒカル」

 

 呼ばれて隣を見ると、ヒナが真剣な顔で俺を見ていた。

 もう泣きそうな少女はどこにもいない。

 俺の隣にいるのは、いつものヒナだ。

 

「行こう。僕達の仕事の時間だよ」

 

「ああ」

 

 俺が頷くと、ヒナが満面の笑みで頷き返してきて、それからすぐに俺達は女神エリスの元へ一直線に走っていった。

 

 

 

 

 俺達はステージに上がり、エリス様を守るように立った。

 エリス様がヒナギクを感激したように見ているが、俺のことは見えていないらしい。

 まあ、いいか。

 

「ええーい、控え控えーい!!このエリス教の証たる聖なるまな板が目に入らぬああああああああ!!」

 

 まだセリフの途中だと言うのに、二人に足蹴にされて、俺は顔からすっ転んだ。

 

「何しやがんだこの野郎!」

 

「当然の報いです」

「何してるはこっちのセリフだよ!このおバカ!」

 

「エリス様が印籠みたいなのを持ってないのが悪いんだろうが。だから妥協してだな」

 

「そんな事を言っても私が悪いことになんてなりません」

 

「まったくもう。僕さっきのセリフの途中まではすごくテンション上がったのにさ。はい、やり直し」

 

 んだよ、しょうがねえな。

 俺は立ち上がり、またヒナとエリス様を守るようにして立った。

 

「ええーい、控え控えーい!!この御方をどなたと心得る!!」

 

 俺がそう言って、周りを見渡す。

 ヒナが視界の端に見えたが、ヒナの目は随分とキラキラしていた。

 

「こちらにおわすは幸運の女神にして、エリス教の御神体、女神エリス様であらせられるぞ!!頭が高ーい!!控えおろーーう!!」

 

 ヒナが続いて、そう言った。

 ヒナはイキイキとした顔だ。

 俺達がステージでいきなり変な事をやり出したせいか、ステージに上がろうとする人達の勢いが無くなった。

 

「ヒナギク、よくぞ来てくださいました」

 

「エリス様の為ならば当然のことです」

 

「ああ、流石私のヒナギク。………ヒカルさん、よく私の前に来られましたね?」

 

 この女神……。

 というか俺自体は何もしてないだろ。

 ヒナが勝手に名乗ったんだから、もう俺の苗字は使わないように言って、元の苗字でも教えてやれよ。

 

「状況考えてくんない?後ろから変なことするなよ?」

 

「もちろんフリですよね?」

 

「よーし、あんたが俺を殺るのが先か、俺があんたを人混みの中に突き落とすのが先か、勝負だ」

 

「ねえ、僕達護衛に来たんだよね!?」

 

 ヒナがツッコミを入れてくるが、俺が護衛をするか、勝負をするかはエリス様次第だ。

 そんなやり取りをしている内に、カズマとアイギスもステージに上がってきた。

 

「エリス様、お待たせしました!アイギスを着て、人気の無いところまで逃げてください!」

 

《お待たせしましたご主人様》

 

 アイギスが恭しく、エリス様に向かって礼をした。

 随分とアイギスが従順だが、何かあったのだろうか。

 だが、協力してくれるなら話が早い。

 アイギスがエリス様を連れて行ってくれれば、ここで暴走したエリス教徒をある程度足止めすればいいだけだ。

 

《ささ、手早く俺の中に!装着するためのキーワードは『わたしアイギス君のお嫁さんになる!』です。さん、はい》

 

「………私はもう心の中に決めた人がいるので、キーワードでもそんなことを言うことはできません。申し訳ありません」

 

「そういうのいいから」

『えええええええええええっ!!??』

 

 エリス様が丁寧に頭を下げながら拒否してくるのを俺が適当に遇らおうと思ったら、俺とエリス様以外の全員が驚きの声を上げたせいで、俺の声がかき消えた。

 

「え、えっ!?そ、それは一体……!?」

 

「そ、その、言えません。今はまだ………」

 

 ヒナがストレートに尋ねると、エリス様は頬を染めて誤魔化した。

 ヒナは少し困惑したかと思えば、すぐに俺を仇敵のように睨んできた。

 この感じは多分よろしくない勘違いをしてるやつだ。

 

「え、えーっと、も、もしかして、そのー俺だったりします?」

 

「え?何でカズマさんなんですか?ありえません」

 

「ぐはあっ!!」

 

 カズマの渾身のキメ顔は、エリス様の純度100%のはあ?みたいな顔で儚く散っていった。

 アイギスは精神的ダメージが強かったのか、手を地面につき項垂れていた。

 

《あ、あの……キーワード無しでも合体出来るので、良ければ、その……どうでしょうか……?》

 

「え、そうなんですか?じゃあお願いします」

 

《や、やったぜ!ご主人様、いきますよ!合・体!》

 

 それでいいのか、アイギス。

 そう思っていたら、アイギスとエリス様が光り輝いた。

 直視すると目が潰れてしまいそうなほどの輝きに、ステージにいる俺達だけでなく、会場中の人間が目を覆った。

 光が収まり、エリス様の方を向くと、エリス様の姿は見えず、アイギスのみになっていた。

 

「ああああああ、暑い!暑いです!このままだと私、蒸し焼きになっちゃいます!」

 

 アイギスを着たエリス様が悲鳴を上げた。

 夏まっしぐらの炎天下のなか、金属?の全身鎧を着れば、それはそうか。

 カズマが慌てて、エリス様へと右手を向けると。

 

「『フリーズ』ッ!」

 

《だが魔法は効かなかった》

 

「くそ、そういえばそうだった!」

 

 カズマが機転を効かせたが、アイギスはスキルや魔法が効かないんだったな。

 喋るのは鬱陶しいが、性能は破格だ。

 

「エリス様は一体どこに!?」

「エリス様が消えた!?」

「もう帰られてしまわれたのですか!?」

「いや、あいつらだ!あいつらが何かやったんだ!」

 

 会場にいる観客達からしたら、確かにそう見えるかもしれない。

 先程俺達が助さん角さんごっこをして潰した勢いが復活し、またステージに這いあがろうとしている観客が出始めた。

 

「行け、アイギス!俺達がここを食い止める!」

 

《任せな!あとお前に朗報だ。やっぱりエリス様はめちゃ良い匂いがするよ!》

 

 カズマがマジな雰囲気で指示を出したのとは対照的に、アイギスは浮かれていた。

 

「ああ、待ってください!ヒ、ヒナギク!ヒナギクも一緒に着ましょう!はあ、はあ。逃げた方が安全ですし!ヒナギクと一緒なら、この暑さも耐えられる気がします!ふひ」

 

 早く蒸し焼きになればいいのに。

 ヒナもきょとんとしている。

 だが、ヒナもエリス様に自分の身を心配されたと勘違いしたのか。

 

「いいえ、僕はここで足止めします!僕は大丈夫ですから、エリス様は早く安全なところへ!」

 

「ええっ、そんな!」

 

《えっと、ご主人様?多分二人で着るのは無理があると思いますよ?》

 

「アイギス、もう行け!」

 

「そこをなんとか!ヒナギクのためなんです!決して私のためではなく、ヒナギクのためでああ、待って!」

 

 カズマの指示でアイギスが動いてエリス様を連れて行ったみたいだ。

 ステージに上がろうとした奴の頭を軽く蹴って落としながら、後ろの二人に聞いた。

 

「さて、これからどうする?」

 

「どうするって、決まってるでしょ?」

 

「そうだよ。祭りの華が今から始まるんだよ!」

 

 二人とも不敵な笑みを浮かべていた。

 祭りの華ねえ。

 カズマも雰囲気でそんな事言っちゃって。

 

「じゃあ、お前ら。『喧嘩』な」

 

 俺はきっとニヤリと笑っていただろう。

 さて、一応同僚に声かけておくか。

 

「この会場にいるSHINSENGUMIメンバー!!お前達もこの護衛に参加しないか!?エリス様のお役に立ちたいだろ!?」

 

 俺が会場中に聞こえる声で問いかける。

 すると、続々とメンバーが……

 

「何がSHINSENGUMIよ!リーダー気取ってんじゃないわよ!」

「あいつ『エリス教の狂戦士』とか言われて調子乗ってんだぜ!」

「だから狂戦士なのよ!」

「あいつ、彼女がいるくせにヒナギクちゃんの弱みを握って、無理矢理手を出したらしいぞ!やっちまえ!」

「エリス様と仲良さげにしやがって!フクロだ!フクロにしちまえ!」

「エリス様に向かって無礼なことする奴が偉そうにしてんじゃないわよ!」

 

 メ、メンバーが……あ、あれ?

 なんかより一層ステージに上がろうとする人達が増えて、勢いが増した気がする……。

 

「ヒ、ヒカル……その、元気出して」

 

「お、俺達が付いてるからな。気にすんなよ」

 

 二人が顔を引き攣らせながら、俺を慰めようとしてくる。

 何で二人は慰めようとしてくるんだろうね。

 

「別に?元気いっぱいだし?全然気にしてないし?とりあえず、アレだよね?SHINSENGUMIは解散ってことでいいよね?」

 

「う、うん」

「お、おう」

 

 さらばSHINSENGUMI。

 別に三人で全然問題ないし。

 冒険者相手なら苦戦しそうだが、会場にいるのは一般人も多い。

 冒険者でステータスが上がってる俺達なら、別に味方を増やさなくても問題ない。

 ないったら、ない。

 

 

「SHINSENGUMIで無くても参戦は可能でしょうか?」

 

 

「お、お前は……!」

 

 ステージに新たに上がってきたのは、金髪碧眼の超イケメン。

 

「トリタン!」

「おお、援軍か!」

 

「トリスターノ、喧嘩とかお前のキャラじゃなくない?」

 

「そんなことありません。それにここに出ておかないとまた出番が無くなりそうですからね」

 

 出番をもぎ取りに来たらしい。

 トリスターノもいれば、余裕で足止め出来るだろう。

 

「よし、お前ら。まずは喧嘩の前に決めなきゃいけないことがある」

 

 ステージに上がった奴を何人か蹴り落としながら言うと、三人とも怪訝な顔になる。

 

「え、何?」

 

「僕、知ってるよ。ヒカルはこういう時、頭の悪いこと言い出すんだよ」

 

「まあまあ、まずは聞いてみましょう」

 

 まったく失礼な奴だな。

 まあ、いいか。

 

「SHINSENGUMIは解散した。だがメンバーも一新して、俺達はここに集った。そこで俺達のグループ名を決める必要がある」

 

「ねえよ」

「必要無いよね」

「ありませんねえ」

 

「まあ、聞け。俺がすでに考えてある」

 

 三人が呆れた顔をしてくるのは少し気に入らないが、どうせヒナあたりは気にいるはずだ。

 

「俺達は、『鬼◯隊(きさ◯たい)』だ!」

 

「いや、不滅之刃の流れ、終わってなかったのかよ!」

 

 俺達のグループ名が決まった時、何人もの暴走した観客達がステージに上がってきた。

 

「『下衆柱』!いつもの小賢しい手を頼むぞ!」

 

「おい、誰が下衆だこら!?」

 

「『ゴリ柱』!ここはお前の独壇場だ!やっちまえ!」

 

「ヒカルの言ってることが全然わからないけど、僕をバカにしてることだけはよくわかるよ」

 

「『ロリコン変態ストーカー柱』!喧嘩の仕方を教えてやる!」

 

「長っ!私だけ異様に名前長っ!ちょっとやめてくださいよ!私は普通なんですから!」

 

「『鬼◯隊(きさ◯つたい)』!行くぞおおおおおおおおおお!!」

 

「いや、聞いてくださいよ!!」

 

 俺達の喧嘩の始ま……

 

 

「『ライトニング』」

 

 

 飛んできた電流が俺達と暴徒共の間を抜けて、後ろのステージの一部分をぶち抜いた。

 

「退いて」

 

 その一言で会場の観客達がモーセの海割りのように、声を発した少女の前からさーっと避けていき、ステージへの道が出来た。

 その少女は杖を握り、黒のローブをはためかせて堂々とステージまで歩いてきた。

 やがて華麗にステージに上がると、ニッコリ笑みを浮かべた。

 紅い瞳が爛々と輝いているのが、少し気になるが心強い助っ人だ。

 

「ゆんゆん、来てくれ……」

 

「どういうこと?」

 

「た……へ?な、何が?」

 

「シロガネヒナギクってどういうことよ!?『ファイアーボール』!!」

 

「ちょ、待っ、どわああああああああああああああ!!!」

 

 激昂したゆんゆんの中級魔法が俺の少し前の地面に直弾し、俺はぶっ飛んだ。

 

 と、と、と、とととんでもねえ相手に勘違いされてるううううううう!!?

 

「いや、そ、それはマジで違うんだ!詳しくはヒナに聞いてくれれば……!」

 

「今はヒカルに聞いてるの」

 

 瞳を真紅に輝かせながら、ゆっくりと歩いて俺に近付いて来る。

 そんな中、会場の連中は先程までステージに殴り込みに来ようとしていた勢いはどこに行ったのか、怒れる一人の少女の登場によりステージから全力で離れようとしていた。

 

「喧嘩が始まるかと思えば俺達は何を見せられてんだこれ!?ゆんゆんの怒りが会場を恐怖のどん底に落としやがった!!みんな必死に逃げてんじゃねえかよ!」

 

 カズマのツッコミに構っている暇はない。

 俺は後退りながら、必死にゆんゆんに言い聞かせる。

 

「あ、あの!ちょ、一回待って!落ち着いて話をしよう!俺は今回マジで何もしてない!これ本当!お願いだから杖をしまってください!」

 

「本当に?ヒナちゃんがシロガネを名乗っておいて、本当に何も無かったって言うの?じゃあこれを飲んで証明して」

 

 ゆんゆんが懐から取り出したのは、一つの小瓶。

 小瓶には血のような見覚えのある赤黒い液体が入っていた。

 

「あ、あああ……あああああ……」

 

 思い出される飲んだ時の暴走の記憶。

 飲んだ翌朝の真っ白に燃え尽きた疲労感。

 二日ほど動くことが出来なくなったから、もうコレだけはやめようと相談したのに……。

 

「あれなんだ?」

「知らない」

「知りませんが、リーダーが怯えているように見えますね」

 

「い、いやだ……」

 

「飲まないの?それとも……」

 

「オ、オクスリだけはいやだあああああああああああああ!!」

 

 俺はゆんゆんに背を向けて全力で逃げた。

 なるべく観客達と同じ方向に。

 

「ああ、待ちなさい!」

 

 魔法で身体能力を上げたゆんゆんが迫って来るのを感じながら、俺は街の中を一時間ほど逃げ回ったり隠れたりしたが、最終的に捕まってとても大変な目にあいましたとさ。

 




おクスリは本編には出てませんが、ヒカルとゆんゆんの間でナニかあったみたいですね。


ニコニコで紅伝説を改めて見ましたが、やっぱり素晴らしい映画ですね。
紙を丸めて床に全力で投げるゆんゆんに、カズマ達を仲間だと嘯き一瞬でバレて恥ずかしがるゆんゆん、シルビアや里のみんなの前で短いスカートにも関わらず足を上げるポーズで名乗り上げをするゆんゆん、シルビアに追いかけられて涙目になって逃げるゆんゆん、ライバルとの合体魔法を放つゆんゆん。
見どころがいっぱいですね。

次回より超オリジナル展開入ります。


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105話

105話です。さあ、いってみよう。



 

 祭りの最終日の夜。

 今回の祭りの関係者が集まった宴会、つまりは打ち上げが行われていた。

 商店街の会長や役員、エリス教徒にアクシズ教徒が一つの会場に集まり、思い思いに過ごしていた。

 

「ぐへへ」

 

「あ、あの、エリ……クリスさん。そんなにくっつかれては……」

 

「よいではないかよいではないか〜」

 

「こら、クリス。お前は何で酒の席だと、そんなテンションが変わるのだ。ヒナギクが困っているだろう。離れてやれ」

 

「いいじゃん、今日ぐらいさ!ダクネスもお酒が足りないんじゃない?さあ、飲んで飲んで!」

 

 そんな様子のエリス教三銃士に、取っ組み合いを始めるカズマとアクア、二人を眺めるめぐみんに、セシリーが酔っ払ったマリスに頬擦りしていたり、ゆんゆんが俺の方をちょくちょく見ながらウィズさんやバニルさんと飲み食いしていた。

 

 俺はゆんゆんに疑われるのは面倒なので酒は飲まないで、今回世話になったエリス教の奴らと適当に飲み食いしていた。

 トリスターノは多くの女性に囲まれて、何度か視線で俺に助けを求めてきていたが、俺には何も出来そうにないのでスルーした。

 ある程度時間が経つと、周りの酒の勢いに着いていけなくなったので、俺は少し会場を抜け出すことにした。

 

 

 

 

 女神エリスが降臨した。

 その事実はあらゆる方法で周囲の街や王都などに広められた。

 その影響で今のアクセルの街は大変な賑わいだ。

 女神エリスに一目でも、という連中が押しかけてきたのだ。

 今その女神とやらは少女の黒髪に鼻先を突っ込んで匂いを肴に酒を飲んでいるよ、と言ったらどうなるんだろう。

 ……邪教徒扱いされるのがオチか。

 この街は女神エリスが降臨してきた街としてエリス教の聖地の様な扱いになるとか。

 そんな街がエリス感謝祭をやらなくなるわけがない、よって来年からエリス感謝祭が無くなるかもしれないという不安は取り除かれた。

 『幸運』の女神。

 実は最上級にやばい神様なのかもしれない。

 カズマの幸運も合わさったからなのか、それとも幸運を司る神様だからなのかは全くわからないが、どうにも都合が良いオチだ。

 

「やあ」

「よっ」

 

「……うわ、お尋ね者だ」

 

「お前もだろ」

 

 まだ祭りの熱気が冷めやらぬ街の中を歩いていると、クリスとカズマに会った。

 

「言っておくけど、俺は銀髪やら仮面やらの盗賊団じゃないから。バイトみたいなもんだから」

 

「残念でした。君にもちゃんと懸賞金がかかってるよ。いい加減認めた方がいいよ」

 

「………で、お前達は何してんの?デート?」

 

「デ、デートじゃねえし」

 

「そうだよ。デートなわけないじゃん」

 

「うぐっ!」

 

 クリスの言葉でダメージを受けるカズマ。

 そんなやり取りをしていると、二人が俺の隣に並んできた。

 そしてクリスから色々と話を聞きながら街を歩いた。

 

 この街のことやアイギスの今後のこと、それとヒナの苗字のこと等話していると、エリス様に会いたくて違う街からやってきた人達とすれ違い、照れるクリスをいじり始めたせいか、足が止まりクリスが背後からぶつかられた。

 ぶつかってきたのは小さな女の子二人。

 二人とも手に綺麗な花を持っていた。

 

「ご、ごめんなさい!」

「ごめんなさいっ!」

 

「こっちこそごめんね、急に止まっちゃって。大丈夫かな?」

 

 ぶつかった一人の女の子の手から、花が地面に落ちてしまっていた。

 クリスは慌てて拾うと、すぐにその紫色の花を少女に手渡した。

 

「ごめんね。せっかくのクリスの花を落としちゃって」

 

「クリス?」

「ひょっとしてその花の名前?」

 

「そうだよ。この花はクリス。花言葉は『諦めない心』さ」

 

 カズマの疑問にクリスは答えた。

 少女の一人が感心したような表情になり、クリスに話しかけた。

 

「ねえ、そのほっぺのキズってどうしたの?冒険者?冒険者は荒くれ者がなるってお父さんが言ってたけど、荒くれ者なのになんでお花に詳しいの?」

 

「あはは、えっと、これは魔王軍の悪い奴と戦ってついた傷だよ。それと確かに冒険者だけど、冒険者の中には荒くれ者じゃない人もいるのさ。そこのお兄ちゃんみたいにね。あ、こっちの怖いお兄さんは見た目通りの荒くれ者だから気をつけてね」

 

 やかましい、二人でくすくす笑ってるんじゃない。

 子供の前だから、何も言わないけど。

 二人の子供から少し怯えた視線を受けたので、俺は顔を逸らした。

 

「花に詳しいのは、その花が好きだからだよ。他に知ってるのは何種類かしかないかな」

 

 そう言って、クリスは身を屈めると二人の少女と目を合わせて、花の匂いを嗅いだ。

 

「他には何を知ってるの?」

 

「うーんとね、デイジーって花かな。とっても可愛らしい花で、花言葉は花の色で変わるんだけど、『平和』と『希望』なんだよ」

 

「「へえー!」」

 

 二人の少女が興味津々に聞いていた。

 クリスにもそういう趣味があったとは知らなかった。

 

「あのね、このクリスのお花はエリス様にお供えするんだ。お姉ちゃんとお小遣いを合わせて、二人で買ったの」

 

「うん、エリス様もこのお花が好きなんだって」

 

「よくエリス様の好みなんて知ってるね。でもエリス様は君達みたいな小さな子に大事なお小遣いを使ってまでお供え物をされると、嬉しいとは思うけどきっと困っちゃうと思うな。だから、今回きりの方がエリス様も喜ぶよ」

 

 クリスは困ったように笑いながら、二人の少女を優しく撫でた。

 先程宴会にいたこいつと同一人物とは思えない言動だが、まあ、今更か。

 

「そうなんだ……。でもね、エリス様にどうしてもお礼が言いたかったんだ」

 

「お礼?」

 

「うん、お礼なの。お母さんがね、みんなが平和に暮らせるのはエリス様がいろんな力を授けてくれるからだって」

 

「あと、みんなが知らないところでエリス様が頑張ってるからだって。だからエリス様にお礼を言って、頑張ってって応援するの」

 

「そ、そっか。でもこれからはお供えなんてしなくても、その気持ちだけで十分だと思うよ。君達の方こそ応援してくれて、ありがとうって」

 

 救われたような、感動して泣き出しそうな表情でクリスは恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「お花は妹の分があるから、これあげるね。冒険者さん、いつも街を守ってくれてありがとう!」

「ありがとう!」

 

 そう言って、クリスに花を渡して笑顔を見せる二人の少女。

 

「あ、あはは、ま、参ったなぁ。こ、こっちこそありがとうね!」

 

 花を貰ったクリスは少し赤くし、目に少し涙を浮かべつつも、なんとか少女達に笑みを返していた。

 その笑みを見て満足そうに笑った少女達は駆け始めて。

 

「じゃあお兄ちゃん、バイバーイ!」

「バイバーイ!」

 

「あれっ!?ちょ、ちょっと待って!あたしはお姉ちゃんだよー!?」

 

 と、今度は違う意味で涙目になっていた。

 

「もしかしてクリスって……」

 

「うん、この花から取ったんだ」

 

 クリスはまた花の匂いを嗅ぎながら、そう答えた。

 

「なんだ、一文字変えただけじゃないのか」

 

「そんな安直なわけないでしょ」

 

 呆れた顔を見せるクリスは、やがて何かを思い出した顔になり、俺達に聞いてきた。

 

「二人は女神エリスが祭りのささやかなお返しで五本の花を用意する話を知ってる?」

 

 俺は教会で聞いたことがあった気がするが、詳しくは知らないので、カズマと同じように首を横に振った。

 

「そっか。女神エリスが用意した五本の花の一本一本には願いを叶える力がこめられてるんだ。一応ちゃんと実在してるよ。子供達の為に用意した花なんだけど、大人でもその力を使うことは出来るんだ」

 

 願い、か。

 今は特に無いな。

 いや、ヒナがもう少し食費に金を出しますように、とかいいかもしれない。

 

「おっと、カズマ君の為に先に言っておくけど、見つけたとしても邪な願いは自動で弾かれるようになってるよ。その花は純粋な気持ちで心の底から願うことなら大体のことが叶うんだ」

 

「べ、別にわざわざ探したりしねえよ!」

 

 俺はカズマが一瞬いやらしい顔をしたのを見逃さなかったぞ。

 俺はなんとなく興味が出てきた。

 

「それで?今年の祭りでその花を見つけた幸運な奴はどんな願いを叶えたんだ?」

 

 俺がそう聞くと、クリスは困った顔になって、答えてきた。

 

「あー……実は、まだわかってないんだよね。最近神器の回収だったり祭りの手伝いだったりで忙しかったし」

 

 この祭りの期間中クリスはずっと活動していたし、それもそうか。

 

「今年の祭りは大変だったけど、でも楽しかったな」

 

 クリスは花を優しく手で包み込んで、宝物のように抱きしめる。

 目を瞑り、想いを馳せるように少し黙り込んだ後、俺達を見て微笑んだ。

 

「二人とも、本当に色々とありがとう」

 

 日々の努力が報われた盗賊の皮を被った変態女神は、俺からすれば『らしくない』態度で、俺達に礼を言ってきた。

 俺は適当に返事をして、カズマは少し顔を赤くして、また俺達は宴会に戻っていった。

 

 やっぱり、なんとなく憎めねえんだよな。

 あの神様。

 

 

 

 

 そう、俺はこんな日常が続くと思ってた。

 たまーに変なイベントが起こりつつも、仲間達や友人達とバカをやる日々が。

 ゆんゆんとは恋人としても前に進んで。

 トリスターノとは親友として日々おちょくったり煽られたりして。

 ヒナとは兄妹のようにバカをやったり、怒られたりして。

 クリスにはアホな疑いをかけられて。

 カズマとは女のことで助言したり、愚痴ったりして。

 

 そんな何でもない日常が俺は大好きで。

 何も無い俺にはあいつらがいれば何でもよくて。

 願い事なんてそれくらいだ。

 きっと花なんか見つけても、誰かにあげてただろう。

 

 でも、こんな日常はもう数年しか続かない。

 俺もヒナの想いを優先して、無理矢理納得したけれど、もし。

 もしも、花に願って、まだ数年後も一緒にいられるのだとしたら、俺はきっと願う。

 

 俺の大切な家族と一緒にいられますように。

 

 だから、これから起こることをどうこう言う気は無い。

 少しだけ、望んだ未来が違った。

 一緒だと思ってたけど、違ったんだ。

 望んだ未来と内に秘めた想いは違った。

 今回のことでそんな当然のことを、やっと俺は知ったんだ。

 

 

 

 

 打ち上げも終わって、全員で家に帰った。

 俺はベッドに入っても、暑かったせいか寝られなくて、外に出た。

 外に出て、空を見上げると星がはっきりと見えるほどに綺麗な夜空だった。

 星が見えるということは、もしかするとこの星がある宇宙のどこかに地球があるのかもしれない、なんて益体もないことを考えて散歩に出た。

 少し歩くと、

 

「どこに行くの?」

 

 そんな声が聞こえて、振り返るとヒナがいた。

 柔らかく微笑んで、まるで誰かさんのようだ。

 

「寝られないから散歩」

 

「ヒカルって、じっとしてられないの?」

 

「お前にだけは言われたくない」

 

 そう言って俺が先に進むと、ヒナが小走りで俺の隣に並んで一緒に歩き始めた。

 ああ、こいつが天界に行くって言い出したのもこんな夜空が綺麗な日だったな。

 

「で、今夜はどんな爆弾を投下しに来たんだ?」

 

「爆弾って何さ」

 

「天界に行くって突然言い出したり、シロガネの姓を名乗ったり、あとは父親がとんでもない人物だったり、天使になって世界を超えてきたけど実は帰ってこれるかわからなかったとか、あと他にも何かあったか?」

 

「………」

 

「顔を逸らすな」

 

 まったく、とんでもないことばっかり言ってきやがって。

 俺の仲間はみんなそうだ。

 俺が普通すぎるのと、あいつらが濃すぎるせいで、俺は『剣を振ってる人』とか言われるんだ。

 そんなことを思いながら歩いていると、ヒナが急に立ち止まった。

 俺が振り返ると、暗くて少し分かりづらかったが、ヒナは少し迷うような表情を見せた。

 

「なんだよ。やっぱり何かあるのか」

 

「………何かあったら、だめ?」

 

 少しむっとした表情を見せたが、上目遣いでそんなことを言ってきた。

 

「だめじゃないけど、出来るだけ俺がなんとか出来るレベルにしてくれると嬉しいんだけど」

 

「出来るよ」

 

 ヒナがそう言って、何かを懐から取り出した。

 ヒナが取り出したのは五本の花だ。

 赤、白、ピンク、紫、白。

 五センチ程度の花が四本に、それよりも少し大きめの紫の花。

 四本の花も見覚えがあるような気がするが、紫の花は先程見たものだ。

 

「四本はわからないけど、それはクリスの花か?」

 

「え、何で知ってるの?」

 

「クリス、って紛らわしいな。エリス様に聞いた」

 

 目をぱちくりしていたヒナだったが、俺の答えを聞いてから不機嫌そうな顔になった。

 

「ねえ、ヒカルはエリス様のこと、どう思ってるの?」

 

「はあ?なんだいきなり?」

 

「答えてよ」

 

「どうって言われても変……変な神様?」

 

「なにそれ?」

 

 ヒナは俺の答えをあまりお気に召さないらしく、不機嫌なままだ。

 

「クリスはアホな友達って感じがするけど、エリス様の方はよくわからないな」

 

「……神様相手にヒカルは………まあ、いいや。じゃあ質問を変えるよ。女性としてどう思ってる?」

 

「ない」

 

「え?ない?」

 

 俺の即答にヒナはきょとんとして聞き返して来た。

 

「女性として見たことが無い」

 

「あんなに綺麗で、完璧な女性の姿なのに?」

 

 完璧……?そうか?

 ああ、でも胸が大きかったら俺も少しドギマギしてたかもしれないな。

 

「ないなぁ」

 

「……」

 

 ヒナは疑いの視線を向けてくる。

 さっきから何だよ、変な質問ばっかり。

 ああ、もしかして。

 

「お前あれだろ。エリス様の心に決めた人のこと聞きたいのか?」

 

「そうじゃないけど、そのヒカルの言い方だと知ってるってこと?」

 

 やっぱりそうか。

 まあ、気になるだろうな。

 俺としては言ってしまってもいい気もするけど、ヒナは混乱するだろうし、なんだかんだで世話になってる奴の秘密をバラすのもあまり良くない気がする。

 

「知ってるけど、流石に言えないな」

 

「それは、僕の知ってる……ああもう!それってヒカルなんじゃないの!?」

 

「はあああ?」

 

 要領を得ない質問になるのが嫌だったのか、ヤケクソ気味に聞いてくるヒナ。

 その的外れ具合には流石の俺もこんな返ししか出来なかった。

 

「な、何さ?だ、だって冗談言い合うぐらい仲良いじゃん!何故かわからないけど、信頼し合ってるようにも見えるし!」

 

「だからってアレはない。俺が好かれることも、俺がアレを好きになることも絶対にない。これに関しては信用しろ、疑っても何の意味も無いぞ」

 

「ア、アレって……そこまで言い切るんだ……」

 

「それだけの自信がある。というかお前そんなことを聞く為にわざわざ着いてきたのか?」

 

「ち、違うけど、気になったから」

 

 俺がここまで言ってようやく信用したらしい。

 いつかこいつも真実を知る時が来る。

 というか、ヒナが天界に行くことに関して反対したい理由の一つがコレだったからな。

 送り出してやることを決めた以上、今となってはヒナ自身がなんとかするのを信じてやることぐらいしか出来ないが。

 

「で?本題は?エリス様の願いの叶う花の話か?」

 

「知ってるの?」

 

「一応な。それで?五本全部見つけて来ちゃって困ってるのか?孤児院のガキどもにでも渡せばいいんじゃねえの?」

 

「最初は、僕もそう思ってたんだけど……」

 

 ヒナは少し伏し目がちに、口を噤んだ。

 未だ迷っているようなそんな雰囲気だ。

 ヒナはもしかしたら自分のために使いたいのかもしれない。

 使えばいいじゃないか、その方がエリス様も喜ぶだろうに。

 でもエリス様が子供のために用意したものだっていうのを気にしてるのかもしれない。

 それなら後押ししてやるか。

 

「願い事があるなら使っちまえよ。見つけたのはお前だろ?」

 

「そ、うなんだけど、えーっと、その、はい」

 

 そう言って五本の花を俺に向けてくる。

 なに?と視線で問いかけると、花を向けたままヒナは恥ずかしがるように俺から目を逸らして口を開いた。

 

「僕が数年後に天界に行くって言ったけど、この花に願えば、行かなくて済むかもしれないんだ」

 

 おお、それなら……

 

「だ、だから僕とどうしても離れたくないってヒカルが思うなら、願うならこ、この花に願ってよ」

 

 上目遣いで、縋るようにそう言ってきた。

 俺に選択肢を委ねるのか、それとも俺に願って欲しいのか……いや、そんなことはどうでもいいか。

 俺の答えは決まってる。

 

「ヒナとずっと一緒にいたいよ」

 

 俺がそう言うと、ヒナは救われたように涙を流し、幸せそうに微笑んだ。

 五本の花が僅かに光り始めると同時に、ヒナは花を持ってない方の手で自分の胸にあるネックレスを引きちぎった。

 そのネックレスはエリス様がヒナの天使の力を封じ込める為に渡したものだ。

 それをヒナがいとも容易く引きちぎったことに俺が驚いていると、

 

「ま、待って!!だめえええええええ!!!」

 

 遠くからクリスが必死な様子でこちらに走って来ていた。

 俺は訳も分からず、そんなクリスを呆然と見ていると、五本の花はヒナが見えなくなるほどに輝いて、目を覆った。

 

「ヒカル、ありがとう。ずっと一緒だよ」

 

 真っ白な中、そんな声が聞こえた。

 そして俺はいつの間にか意識を失っていた。

 



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七章 この素晴らしい世界(ニホン)に祝福を!
106話


ヒナギクが目覚めた新たな才能『全知』
その才能の制御は難しく、ヒナギクはこれからもきっと完全制御は出来ないだろう。
そんな才能をヒナギクは意図せず使ってしまった。
あらゆる知識を知ることが出来る才能だが、とある条件で更に幅を増やすことが出来る。
『触れる』ことで自身の知識にない情報すらも知識として『知る』ことができる。
その才能を意図せず使ってしまったのは、シロガネヒカルを平行世界から帰る際に運んでいる時。
数年後の未来に、世界に、時間に、空間に干渉した(ふれた)時。

その時にその才能は発揮された。
シロガネヒカルの未来の情報を知ってしまった。
十年も経たない内に、どんな世界でも彼が命を落とすことを知ってしまった。

世界と時間を超えながらそんな事を知ってしまったヒナギクは愕然とし、ヒカルを運びながら迷子になりつつも、なんとか元の世界に戻ってきた彼女は考えるまでも、悩むまでもなく、当然のように彼を死から守ることを選んだのだった。

あらゆる世界、あらゆる時間で自分自身が手を尽くし、それでも彼を守れなかったことを知った彼女は自身が天使であることを利用して天界から彼をサポートすることに決めたのだった。
自身のこれからよりも、彼のこれからを選んだ。
普通であれば選ばないどころか考えつかない選択肢ではあるが、あらゆる世界の自分自身が失敗したことを知った彼女は天界に行くことを迷わなかった。

ヒナギクは誓ったのだ。
彼だけは守ると。
弱くて頼りにならなかった頃から一緒に努力してきた。
彼を一人で騎士王の元に置いて行った無力感はもう味わいたくなかった。
彼の胸を槍で一突きにされた時のような絶望感はもう御免だった。
だから彼女は迷わなかった。



………そのはずだった。
彼が必死に天界に行く事を止めてくるのも振り切ってまで我を通した。
彼女はもちろん天界から彼を見守るつもりでいた。

街でとある花を見かけるまでは。

その花には女神からすれば少量の、神以下の存在からすれば大量の神聖が込められていた。
もちろん悪い人間には使えないように幾つものプログラムが掛けられていた。
だが、ヒナギクにはそんなことはどうでもよく、重要なのは『願いを叶える』ということに特化した花だということだ。

これを使えば、天界に行かずに済むのではないか。

そう思ってしまうと、ヒナギクは悩み、葛藤した。
何を願えば天界に行かずに済むのか。
いや、この花は女神エリスが街の子供達の為に用意したものだ、使う訳にはいかない。
そんな考えがヒナギクの頭の中をぐるぐる回り、ふと思いついたのだ。
自分はギリギリ、本当にギリっギリ子供なのでは?
もし自分が子供なら使っていいのではないか、と。
そう思い始めると、なんだか使っていい気がしてきたヒナギクは最終日まで悩みに悩み抜いた末に、五本の花と自身の天使の力を使い、



────世界を変えてしまうことにした。


106話です。さあ、いってみよう。



 

 ピピピピピピピピピピッ!

 

「おわっ!?」

 

 突然部屋に鳴り響く音に飛び起きる。

 一瞬何が起きているのか分からず半狂乱になったが、()()()()()()()()()()()()()()()()を即座に消しにかかった。

 携帯電話のサイド側のボタンを押すと音はすぐに止まった。

 

「………??」

 

 この携帯電話に違和感がする。

 いや、()()()()()()()()()()()ような……。

 買い替えたのは別に最近ではないはずなのだが、どうにも気になってしょうがなくて携帯電話を眺めていると、更に違和感に気付いた。

 俺の腕、こんな細かったっけ、などと考えていると

 

 バタンッ!

 

「どわっ!?」

 

 俺の部屋の扉が開け放たれて、俺が驚いていると、一人の少女が姿を現した。

 今度こそ違和感を感じ、更に突然部屋に入ってきた驚きで俺は完全にフリーズした。

 俺の部屋に入ってきた曲者は、一瞬俺を見て目を丸くしていたが、数秒後には怒りの表情を浮かべ始めて口を開いた。

 

「……おはよう、ヒカル。起きてるのに何で着替えないの?」

 

「はあ?何言ってんのヒナ?」

 

 そう聞き返すと、余程俺の発言が気に入らなかったのか鬼のような憤怒の表情を浮かべて、部屋に俺が干してある()()()を手に取ると、それを俺に順番にぶん投げてきた。

 

「寝坊助!着替え!ご飯!学校!」

 

「え、ちょ、分かっ、あぶっ!?」

 

 シャツにワイシャツとズボンはしっかりキャッチしたが、トドメの靴下が俺の顔面にクリーヒットした。

 

「早く!」

 

「わ、わかったわかった。着替えればいいんだろ」

 

 俺がそう言って着替え始めると、ヒナが顔を朱に染めてあたふたしながら後ろを向いた。

 何でこいつ、俺に着替えろって言ったくせにこんな恥ずかしがってんの?というか部屋出ればよくない?なんて考えながら、俺はすぐに着替え終わった。

 夏服のおかげで着る物が少ないからだ。

 俺が着替え終わった事を言うと、ヒナは俺を引っ張って朝食に向かった。

 

 

 

 人の家だと言うのに遠慮も無しにおかわりを三杯パクパクしたヒナはニコニコで俺の家族に挨拶をして、俺達は学校へ向かった。

 

 何故平然とヒナが俺の家や俺の部屋に勝手に入り込み、挙げ句の果てには飯まで食い散らかしているのかというと、答えは簡単で()()()だからだ。

 ん?なんか変な感じだな、違和感がする。

 いや、幼馴染でもこんな事普通ありえないからだろう。

 

 桜井雛菊。通称ヒナ。

 家が隣同士で、幼い頃からだいたい一緒にいるような仲だ。

 ヒナの両親が多忙でよく家を留守にしているので、心配した俺の家族は親がいない日はこっちに来る様に言ってしまったせいで、あんな蛮行が許されているというわけだ。

 俺の家族はヒナが大好きで、家の鍵まで渡しているので、年がら年中毎日俺を叩き起こしに来る。

 ヒナの両親が忙しいと言ったが、何の仕事をしているかは知らない。

 というか知りたくない。

 噂じゃ極道だとかヤクザもんだとか聞いているが、今更そんな事を知ったところでヒナとの関係が変わるわけでもないんだし、知っても知らなくてもどうでもいいことだ。

 ………別に怖いわけじゃないけどね。

 ヒナの父親が「カチコミに行ってくる」とか、ヒナの母親がウチの組がどうとかこうとか言ってるのを聞いたことなんて無いからね全然。

 オレハナニモシラナイ。

 

 登下校で毎日通ってるはずの道なのに、この異様に湧き上がってくる気持ちはなんなんだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのに、()()()()()()()()()()()()()気がする。

 じゃあ、どこに行くというのか。

 それは全く分からないが、学校に行くことだけは間違っているというか、変な気がした。

 これはまさか何かの超能力や予知能力でも身につけてしまう前兆だというのか。

 いや、ただの中二病か。

 ()()()()()()()()だ、年齢的にそんな病に罹ってもおかしくない。

 というか学校に行かないとして、やることも特に無いし、自由な時間を得るというメリットに対して、デメリットが大きすぎる。

 まず学校側に怒られて、何か罰が下る可能性がある。

 次に家族に怒られる。

 父親を怒らせるのは面倒だ。

 最後にヒナ。

 ぶっちゃけこの中で一番面倒なのがヒナだろう。

 きっと耳栓を貫通する声量でブチギレてくるに違いない。

 

 さて、そのヒナが先程からずっと隣から俺のことをジロジロ見てきている。

 学校までまだ少し歩くし、ガン無視してバカなことに頭を回すのもアホらしくなってきたし、いい加減声をかけるか。

 

「なんだよこの野郎」

 

「ヒカル、なんか荷物少なくない?」

 

「あ?こんなもんだろ?」

 

 教科書とノートは持って帰ってないし、特別必要な持ち物は無かったはずだ。

 俺のスクールバッグに入ってるのは筆記用具とかの必要最低限なものだけで中身はスカスカだから、気になったのだろうか。

 

「ちゃんと道着持ってきた?防具は?」

 

「は?道着?防具?」

 

「えっ!?まさか持ってきてないの!?」

 

「持ってくるわけねえだろ、アホか」

 

 何で学校に持って行くんだよ、痛い奴じゃん。

 そんな心底驚いたみたいな顔をされても、俺の方が驚きだし、そもそもうちの学校に空手部は無いぞ。

 

「今日道場の日でしょ!?学校が終わったらそのまま行かないと間に合わないよ!」

 

「いや、別に学校があるんだからしょうがないだろ」

 

「持って来て、そのまま道場に行けば遅れずに済むのに!ああもう、家から出る前に持ち物の確認をすればよかった……」

 

 ハンカチ持った?ティッシュ持った?道着持った?帯は?防具は?ってか?

 持たねえよ馬鹿野郎。

 というかこいつの背負ってるリュックが登山用ぐらいデカいのはそのせいか。

 せっかく中学生になって女子の制服を着るようになって、男と間違われなくなってきたのに、これじゃ効果半減だな。

 

「とりあえず学校終わったら走って帰らなきゃだね」

 

「走らねえよ」

 

「何でさ!」

 

 ギャンギャン吠えてくるヒナを無視していると、ようやく学校に着いた。

 校門を通り玄関に入って、下駄箱へ。

 靴を履き替えて、ヒナの後ろを付いて行くと教室に辿り着いた。

 

「あ、おはよう。ヒナちゃん、シロガネ君」

 

「おはよー」

「おはよう」

 

 ()()()()()()()()()()だ。

 我がクラスの学級委員長でもある彼女は極度の人見知りで、一年経ってようやく友人らしい話し方をしてくれるようになった。

 ………はずなんだけど、何故か違和感がする。

 見慣れたはずのクラスメイトなのに、何故だろう。

 

 ヒナはゆんゆんの席に向かい、親しげに話し始めたので、俺も自分の席へと向かった。

 まあ、ゆんゆんの隣なのだが。

 ゆんゆんは窓側の一番後ろの席、その前がヒナで、ゆんゆんの隣が俺、そして俺の前でありヒナの隣が……

 

「おはようございます、今日も夫婦で登校とは羨ましい限りです」

 

「夫婦じゃねえ。あとついでに、おはよう」

 

「出来れば挨拶はついでにしてほしくなかったのですが、返してくれただけよしとしますか」

 

 憎たらしいイケメンスマイルを浮かべて挨拶して来たのは()()()()()()()()()()()()

 留学生で注目度も高く、中学生のくせに身長は170後半、学校一の美少年と名高く、弓道の全中優勝者でもある。

 完璧なイケメンと言っていいのだが、マイペースだったり、学校の女子のほとんどがトリスターノに好意的で男共からの嫉妬を買っているせいで友達が極端に少ないことぐらいしか悪いところは見つからない。

 

「夫婦ではないと仰られていましたが、確かに年齢的にまだ籍は入れられませんからね。失礼しました」

 

「年齢とか籍とかの問題じゃねえんだよ馬鹿野郎。これ以上アホな発言をしてみろ、この怒りん坊が鉄拳を……ってお前どうした?」

 

「ト、トリタン。ぼ、僕達は別に夫婦じゃないから………──」

 

 怒りん坊、もといヒナの言う通りなのだが、何でこんな顔を赤くしてるんだ?

 ヒナが最後の方に何かを呟いていたが、聞こえなかった。

 まさか照れてる?

 いや、トリスターノのことが好きなのか?

 それなら赤面するのには納得だが、少しだけ複雑な気分だ。

 

「これは大変失礼しました。お詫びにヒカルさんのとっておきの情報を差し上げます」

 

「え、なに?」

 

「おい」

 

 何で俺の情報が出されなきゃいけないんだ。

 

「ヒカルさんの携帯の中に私達の年齢で見てはいけない画像や動画が……」

 

「お前ふざけんなこの野郎!そ、そんなの無いからねマジで!やめてくれない、そうやって嘘こくの!」

 

「ヒカル、後で確認するから」

 

「何でだよ!もしあったとしてもお前が確認する必要は無いだろうが!プライバシーの侵害だぞ!」

 

「シロガネ君……」

 

 ゆんゆんにまで非難の目で見られるのは何なんだよ。

 というか、ゆんゆんの顔が少し赤いということは俺が持ってる動画とかの内容の予想がついてるってことだよな。

 意外とむっつりなのかもしれない。

 気が合うかもしれないね、俺達。

 

「嘘かどうかは確認していただければわかるかと」

 

「うるせえ!お前は言っちゃいけねえことを言ったんだよ!表出ろこの野郎!」

 

「残念ながら私は弓道の大会と趣味のアーチェリーが控えてますので、それはご遠慮します。では!」

 

「やかましい!待てこの野郎!」

 

「はあ、これだから男の子は……」

 

「あはは、でも楽しそうだよね」

 

 逃げるトリスターノを追いかけると、背中からは呆れた声が聞こえてきたが、今は気にしている場合では無かった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 つまらない。退屈だ。

 異様なまでにそう感じた。

 座って授業を受けるという行為がどうしても自分に合わない気がする。

 黒板は文字で黒から白へ埋まって行くのだが、俺のノートは白から白へ、つまりは空白のままだった。

 今までの授業の分のノートを見ると、それなりにしっかりと書かれていた。

 …………わかりやすくまとめてあるかどうかは別として。

 真面目にノートは書くが、内容は理解は出来ていない。

 俺は……いや、昨日までの俺はそんな感じだった。

 じゃあ、今の自分は?

 ノートも書かず、授業も聞かず、内容も分からず、ボーッとするただのバカ。

 それがわかっているのに、俺はやる気にならなかった。

 昨日までの俺と、今の俺にどうしてここまで差があるのか、それが気になってしょうがなかった。

 

 今日の授業が終了し、ホームルームも終わった。

 ただ時間が過ぎ去るのを待つだけだったが、それも終わって俺がほっと一息吐いていると、

 

「ヒカル、行くよ!」

 

「あ?うおおおああああ!?待て待て待て!」

 

 俺がカバンを手に取る間も無く、俺の手を引っ張り、引き摺って行く勢いのヒナを必死に止めると、心底不思議そうな顔で振り返ってきた。

 

「なに?」

 

「なに?じゃねえ!荷物持ってねえし、何をそんな急いでんだお前は!」

 

「道場に遅れるって話はもうしたよね?」

 

「だからって走って行かないって話もしただろうが!だいたいこの時期に走ったら汗ダラダラで道場に行く前に体力使うことになるわアホ!」

 

「ヒカルの方がアホだし、そのぐらいの体力もないから大会で良い戦績が取れないんだよ!」

 

「なんだとこの野郎!」

 

「喧嘩なら受けて立つよこの野郎!」

 

 俺が一歩ヒナへと踏み出したあたりで、周りのクラスメイトからの『まーたやってるよ』みたいな視線に気が付いた。

 ゆんゆんやトリスターノも苦笑して俺達を見ていた。

 …………アホらしい。

 

「わかった。走らないけど、急ぎ足ぐらいで向かうぞ」

 

「……えっ、何いきなり?」

 

「お前は勉強とか空手だけじゃなくて、空気を読むことも覚えろよ」

 

「ヒカルにそんなこと言われ……あっ、えっと、お騒がせしてごめんなさい」

 

 ヒナは周りの視線にやっと気付いたのか、ペコリとクラスメイトに頭を下げている間に俺はカバンを手に取ると、ゆんゆんと目が合った。

 

「また明日な」

 

「うん、またね。道場頑張って」

 

「……」

 

 隣から無言の期待の眼差しを受けたが、それは無視してヒナに行くぞと声をかけた。

 

「あれ、私は!?」

 

「もう少し口が固くなったら挨拶してやる。ついでにじゃあな」

 

「……なるほど、これが日本の文化『ツンデレ』ですか」

 

 アホにツッコミを入れるのは疲れるので無視して、そのままヒナと俺の家へ向かった。

 

 

 

 

 

「………」

 

 道場から家へと帰る道すがら、ヒナが落ち込んだ顔をしているのは何故か考えていた。

 稽古が終わる頃には落ち込んだ顔になり始めていたので、道場の先生と俺で首を傾げていたのだが、先生には『ヒナのことはお前に任す』という厚い信頼(押し付け)の一言で全ては俺に託された。

 とはいえ、本当にヒナが落ち込むようなことは無かったように思う。

 俺との練習試合もいつも通りだった。

 ヒナは天才ではあるが、感覚派の天才なので教える才能が無いことは今更の話なので、それで落ち込むとも思えなかった。

 

 ……ならば稽古以外のことか。

 俺は二つほど瞬時に思い付いた。

 一つ目は、恋愛。

 朝にトリスターノ相手に赤面していたことを考えると、もしかしたら割と本気なのかもしれない。

 二つ目は、ヒナの成長だ。

 ヒナの身体の成長はあまり良くない。

 だが、それを気にしたところでって話だろう。

 身近にゆんゆんがいるのも悩んでしまう理由なのかもしれない。

 ゆんゆんは学校でもトップクラスのスタイルで成長は著しい。

 対してヒナはもう、それはそれは平坦であった。

 学校のトップと底辺を比べるなんて、あまりに残酷すぎる。

 俺がそれとなく、なるべく気を使って言ってやる必要があるのかもしれない。

 

「ヒカル、なんだかつまらなそうだったね」

 

「へっ?え?なに?」

 

 俺が気の利いた『身体じゃねえ、ハートなんだ』という熱い一言を贈ろうとしたら、ヒナから話しかけられて出鼻を挫かれた。

 

「稽古中ずっとつまらなそうだった」

 

「は?俺が?」

 

「うん」

 

「そんなことないと思うけどな」

 

「あるよ。いつもはもっと楽しそうなのに」

 

 違う誰かと勘違いしてないか、それ。

 と言おうとしたが、まさか俺のことで落ち込んでるとは思ってなかったせいで、言えなかった。

 俺が通ってる道場には俺と年齢の近い男がいないから俺の練習相手は基本的にヒナしかいない。

 そうなると、俺がやるのは子供達への指導ぐらいしか無くなるのだが、それをつまらなそうにしてるように見えたのだろうか。

 でも俺だってそれはしょうがないことだと思ってるし、一年ぐらい前からこの現状はヒナも知っていたはずだ。

 だから、つまらなそうになんてしてないはずなんだが、もしかしたら今日の学校のようにつまらなく感じていたのかもしれない。

 

「というか何でヒナがそんなこと気にするんだよ」

 

「えっ、そ、それはその……えっと、お、幼馴染だから?」

 

「何だよそれ」

 

「い、いいじゃん別に」

 

 そんなことをやり取りしていると家に着いた。

 ヒナも俺の後ろに着いてくるということは今日の夕飯もバクバク食って行くみたいだ。

 

 

 

 

 実の息子や孫である俺が食卓に着くよりも、ヒナが食卓にいる方が家族の笑顔溢れる場になる件について俺はどんな顔をすればいいのか、わからない。

 祖父や祖母はヒナのことを完全に孫娘だと思っているようで、学校のことやらを聞き倒していて、ヒナも笑顔で答えていた。

 そんな俺達のいつも通りの食卓の時間に一つの爆弾が投下された。

 

「ヒナちゃん、今日はお風呂も入って行ったら?運動して汗かいたでしょう?」

 

「え、いいんですか?」

 

「もちろんよ」

 

「えへへ、ありがとうございます。あ、でも、僕が入ったら順番待ちが長くなっちゃうんじゃ……」

 

 

 

「大丈夫よ、ヒカルと一緒に入っちゃえば何も問題無いわ」

 

 

 

 これが爆弾だ。

 投下したのは俺の母だった。

 

「へっ?」

「は?」

 

「そうすれば何も問題無いな」

「そうじゃな」

「無いですねぇ」

 

 問題しか無いんだけど。

 俺とヒナが呆然とする中、それ以外の家族が決まりましたと言わんばかりに次の話題に移り始めた。

 

「いや、おかしいだろ」

 

「そうね、うちの子が最近買う漫画はエッチなものばかりでおかしいと思うわ」

 

「おいいいいいい!誰もそんな話してねえよ!べ、別にエッチな漫画なんて買ってないからね!あれはちゃんとジャ◯プの漫画だから!全年齢の漫画だから!」

 

「後で確認します」

 

「よろしくね、ヒナちゃん」

 

「何でお前が確認すんの!?そして何で確認を任せてんの!?やめろよ!お前漫画でも俺にケチつけてくんなよマジで!」

 

「もし見つからなかったら、鍵付きの引き出しの中よ。鍵は机の裏のところにテープでくっついてるわ」

 

「わかりました」

 

「おいいいいいいい!!何で知ってんの!?というか知り尽くしすぎだろ!俺の秘密が全然守られてねえよ!」

 

「他に隠すとしたら……」

 

「ちょ、ご、ごちそうさま!お、俺ちょっと用事出来たから!先に行くから!」

 

 そんなことを言って、さっさと食卓を抜けて自身の部屋へと駆け込んだ。

 

 

 

 俺は体を洗い終わって湯船に入ろうとしたその時、風呂の扉がガチャリと開いた。

 

「お、お邪魔します」

 

「………ふぁ?」

 

 ヒナが顔を半分だけ扉から覗かせていたのを見て、間抜けな声を出してしまった。

 俺は数秒後に我に帰り、急いで湯船へと飛び込んだ。

 

 ば、爆弾処理するの忘れてたああああああああああ!!!

 




「まだ」



前書きはかなり端折ってますが、これからまた詳しい話が出てきますのでご安心ください。


支援絵を頂いたことに改めて感謝を。
番外編じゃなくて本編に組み込めばいいじゃない、という無理矢理感はともかく、絵をいただいていなければあり得ない展開でした。
平和な世界で学校生活をする四人を書きたかった。
あまり長くは続きません(ネタバレ)ので、この急展開も楽しんでいただけると嬉しいです。


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107話


五本の花を集めてきたヒナギクは最後の最後で迷った。
本当にこんなことをしていいのか、と。
だからヒナギクは最後の選択をヒカルに委ねることにした。
花の力を使うには、心の底から叶えたいと思う願いが必要だった。
本当にヒカルがずっと一緒にいたいと望むのであれば、世界を変えてでもずっと近くにいてヒカルを守ろう、もし花の力が使えないのであれば、諦めて天界に行こうとヒナギクは決めて、ヒカルに五本の花を差し出し、願うように言った。

結果、花がヒカルの願いに反応した。
ヒカルは本当に心の底から一緒にいることを望んでくれたのだ。
ヒナギクは天使の力を解き放ち、五本の花の力を掠め取った。
五本の花の力を間近で感じ取ったショックで気絶したヒカルを抱きしめて、クリスから逃げるように空へと飛び、世界を変えようと力を行使した。
だが、流石にそれは無理があった。
ヒナギクは考えを変えて、新たな小さな世界を作り出した。
この世界の改変をするのではなく、平和な世界を創造することにしたのだ。
『全知』の才能で、触れているヒカルから日本にいた頃の記憶を知識として取り込む。
そこからヒナギクの想像や『全知』の力で得た知識で、新たな世界である『ニホン』を創り出した。
創り出したはいいが、ヒナギクは別の事に気を取られ始めた。
ヒカルの記憶と過去だ。

ヒカルの記憶に強く残っているせいか、それは鮮明に見えた。
ヒカルの努力の日々。
どうやらヒカルの少年時代は何事にも真面目に取り組む性格だったらしい。
目の前のことに集中しすぎたり、先のことを考えられなかったりすることも玉に瑕であったが、ひたむきに努力する少年だった。
それが無くなってしまったのは高校時代の努力が報われなかった時。
『結果の伴わない努力なんて何の意味がある』と自身を責めていた。
『努力すれば、きっと成し遂げられるなんて馬鹿みたいだ』という強い無力感で泣いていた。
『結果を出せないなら遊んでいた方がマシだった』と激しく後悔していた。
ヒカルは『やり直し』を望んでいた。

それならば望みを叶えよう。
ヒカルがまた同じ道を行き、結果に向かって努力するのなら背中を押して応援しよう。
別の道を行くというのなら、隣で苦楽を共にしよう。
そう考えたヒナギクは花の力を使い、自身と同じ年齢になるようにヒカルの体のみを10年ほど巻き戻した。
記憶を消してしまうのは流石に躊躇った為封印し、過去の記憶を改竄した。
ヒカルが寂しがるだろうと、ゆんゆんとトリスターノも同じような処理を行い、新しい世界へと呼び寄せた。
こうして『ぼくがかんがえたへいわなせかい』が始まったのだった。



 

 

 と、とととと、とと、ToL◯VEったあああああああ!!!

 ToL◯VEってるよこれええええええええ!!

 え、ちょ、な、なん、え、ええっ!?

 何これ!?何この状況!?

 

「お、お邪魔します……」

 

 俺はヒナの方を向かないように風呂の壁に向かって心の中で叫んでいた。

 こいつマジで来たの!?

 何で間に受けてんのバカなの!?

 

「シャ、シャワーお借りします」

 

「ど、どうぞ」

 

 どうぞじゃねえよ!ツッコミ入れるところだろそこは!

 おいいいいいいい!!何入ってきてんだお前えええええ!

 だろうが!行け!男ならここでツッコまないでどうすんだ!

 

「ぉ、おぃ……」

 

「ヒカル、あの、シャンプーってどれ……?」

 

「い、ぇ、ひ、左から二番目のやつです」

 

「は、はい」

 

 ツッコミを入れられなかったのはまだいいとして、何で敬語!?あと何で向こうも敬語!?ていうか『やつ』って何!?ボトルって言えよ!なに動揺してんだよ!相手はヒナだぞ!

 そ、そうだよ、相手はあのヒナだ。容姿のせいもあるけど、主に言動のせいで未だに男に間違われることもあるし、空手の時も普通に俺と組み合って来るし、体なんか全然成長してないし、ぺったんこだし、いや別に触って確かめたわけじゃないけど服越しに見れば一目瞭然だし、そもそも成長したら何だってはな……

 

「お、お邪魔します」

 

「へ、へい」

 

 ヒナがいつの間にか体を洗い終わって、湯船に入ってきた。

 気づくのに遅れて、慌てて後ろを向きつつ変な返事をしてしまった。

 あとちょっとヒナが見えたけど、タオルとかも巻いてないっぽいぞこのバカ。

 ヒナが入ってきたことで湯船から湯が溢れ出したのを眺めて、ふと思った。

 

 

 俺が出れば良くない?

 

 

 何でこんな簡単な事に気付かなかったのか、自分でもわからない。

 こいつが入って来るなら、俺が出ればよかった話じゃねえか。

 何でわざわざ待ってたんだ??

 

「あ、あー、え、えっと、アレだわ。そろそろ先に出るわ」

 

「え、も、もう?」

 

「もうってなんだよ……」

 

 こいつは何を言ってるんだ。まるで一緒に入ってたいみたいな言い方しやがって、と呆れて少しヒナの方を振り向いた。

 俺はそれから少しの間動けなかった。

 呆れて物が言えなくなったわけでもなければ、ヒナと目が合って気まずくなったわけでもない。

 後ろを振り向くと、そこには当然ヒナがいた。

 いつも、毎日会っているヒナだ。

 でもいつも通りの姿ではなかった。

 それも当然だ、風呂の中なのだから。

 俺が動けなくなった理由はそんなんじゃない。

 

 少し見えた肌は白くて、綺麗だった。

 髪が濡れて、上がった体温のせいか頬は朱に染まって、ほんの少し色っぽい。

 体を抱くようにして隠しているせいで、大事な部分は見えないが、胸は少し膨らみがあるように見えて、女性らしさを感じた。

 

 ヒナって、こんなに可愛かったのか。

 

「うぅ……そ、そんなにじっと見ないでよぅ……」

 

「……え?あ、ご、ごめん!」

 

 ヒナが恥ずかしがってモジモジして言ってきて、俺は漸く正気に戻った。

 何秒見続けたかすらわからないが、ヒナのことをジロジロ見てしまった。

 気まずくて、しょうがない。

 早く出るべきだ。

 だが、今湯船から出ることは出来なかった。

 

 

 俺は立っていたのだ。

 

 

 湯船の中で座っている状態ではあるんだけど、立っている。

 いや、立っているっていうか、高く建っているというか、勃ってるんだけど、そんな当て字のことなんか置いといて。

 俺はこの状況をどうにかしたいと焦りつつ、俺自身に驚いていた。

 ヒナに反応した……?

 ヒナは確かに異性ではあるが、どちらかと言うと幼馴染を超えて妹とかそういう家族に対する感情を抱いているはずなのに、俺の聖槍は臨戦体勢になっていた。

 

『へへ、準備万端でさぁ、マスター!』

いや、マスターってなに?いいよ、準備しなくて。お願いだから鎮まって。後で入念に磨いてあげるから!

『何言うんですかぃ?後で自分で磨くより、後ろのお嬢ちゃんに頼んだ方が良いに決まってるじゃないですかぃ』

ふざけんなよこの野郎!ヒナにそんなこと頼んでみろ!大声で怒られて、いろんなところに話が行くに決まってんだろうが!

『いいや、絶対大丈夫すよ。一緒にお風呂に入るってことはマスターのことを少なからず良く思っているはずですから。行けますって、マスター自身といつも鍛えてきた槍を信じてくだせぇ』

いつも鍛えてきた、とか言うのやめてくんない!?な、何日かに一回ぐらいだからね!勘違いしないでよね!

『自分にツンデレなんてアホなことやってないで、早く行きやしょうよ。大人の階段上りましょうや』

い、いやいやいやいや!相手はヒナだから!絶対無理だから!

『じゃあ直接変なことをするんじゃなくて、洗いっこしやしょうよ』

は?何言ってんの?

『ここは風呂場なんですから、体を洗うのは普通のことでさぁ。だから『洗って』もらうんですよ。ゴシゴシとね』

な、なにを……

『まずはお互いに背中を洗い合うんです。で、お互いに流し終わったら『前』もするんですよ』

そ、それは、流石に……

『じゃあヤラないんですかぃ?本当に?』

や、やらないに決まってるじゃん。何言ってくれてるんですかこの野郎。

『でも、絶対気持ちいいだろうなぁ』

ふぁっ!?

『あのお嬢ちゃんが磨いてくれたら、すんごく気持ちいいだろうなぁ』

うぐぐぐ……

『こんな機会もう無いだろうなぁ。せっかくのチャンスなのになぁ』

あ、あるもん!またチャンスあるもん!

『こんなところでヘタれるマスターにチャンスなんてあるわけないじゃないですかぃ。はあーあ、ほんまつっかえ!』

………いいや、ヘタれてるわけじゃない。

『はあ?ヘタれてるじゃないですかぃ?据え膳食わぬはーってやつ知らないんですかぃ?』

お前は俺達の夢を忘れたのか?

『っ!?そ、それは今は関係の無い話でしょうよ!』

いいや、ある。俺達の夢はヒナでは成し遂げられない。

『で、ですが、それは!』

俺はお前を大きな胸で挟んでもらう夢を諦めたりしない!!絶対に!だから俺は一時の感情に身を任せたりなんてしない!

『な、なにいいいいいいいいい!?今ある希望を見捨てでも、来るかわからない未来に夢見るというのか!?』

そうだ!夢は終わらねえ!希望は未来の俺達に託すぜ!だから鎮まれこの野郎おおおおおおおおおおお!!

『こ、こ、この大馬鹿野郎があああああああああああああああああ!!!』

 

 

「あ、あの、先に出ます」

 

「ふぇ?」

 

 俺はヒナの返事を聞かずに股間を押さえて、ヒナに背中以外を見せないようにして、いそいそと風呂場を出た。

 俺はもう一人の自分に勝ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 俺は寝ていたはずだが、頭の中に響く声が聞こえてきたせいで、寝てるのか起きてるのか微妙な状態だった。

 いや、これはまだ夢の中なのかもしれない。

 

《やっと、ヒナギクの警戒が緩みました!ヒカルさん、聞こえますか!?》

 

(うるさいぞ、何時だと思ってるんだ)

 

 俺は不機嫌に答えた。

 安眠を邪魔されたのだから、当然だろう。

 

《お、お願いします!深夜かもしれませんが、今は一大事です!この状況をどうにか出来るのはヒカルさんしかいません!》

 

(やかましい。良い子は寝る時間なんだよ馬鹿野郎)

 

 不機嫌さは増すばかり。

 聞こえてくる声は確実に女性のものなんだけど、なんとなく絶望的に自分とは相性が悪い気がする。

 

《よ、良い子って……。とにかく!ヒカルさんにしか出来ないことなんです!ヒナギクを説得して元の世界に……って、もうヒナギクに勘付かれてしまいました!とにかくお願いしますよ!》

 

(好き放題騒ぎやがって。これだから……)

 

 ん?俺はなんて言おうとしたんだっけ。

 まあ、いいや。

 やっと寝られる………。

 

 ………。

 ……。

 …。

 

 

 

 ヒナギクがヒカルの部屋にそっと入り、足音を立てぬようにゆっくりとヒカルへと近付いた。

 ヒカルはすぅすぅと寝息を立てていた。

 

「よかった。ちゃんと寝てるね」

 

 ヒナギクは安堵のため息をついた後、呟いた。

 女神エリスの介入に肝を冷やしたが、ヒカルは朝起こす事にも苦労するのだから、夜に話しかけても起きるわけがない。

 そう思っていたヒナギクだったが、やはり心配で来てしまった。

 

「僕が寝始めたタイミングを狙うなんてね。でも、当然か」

 

 ヒカルの枕元に屈み、頭を撫でると、ヒカルの表情が柔らかくなったような気がした。

 そんな反応がヒナギクは堪らなく嬉しかった。

 ヒナギクは撫でてもらうばかりだったが、撫でる側にもなりたかった。

 

「僕が絶対、絶対に守るからね」

 

 そう呟いたヒナギクは帰ろうとして、部屋を出るところで立ち止まった。

 自分が寝てしまえば、また女神エリスがヒカルへとコンタクトを取るかもしれない。

 恐らく女神エリスは神聖を感知し、それを辿って話しかけて来ている。

 だからヒナギクが離れたタイミングを狙ってきたのだ。

 それならば、ずっと近くにいればいいだけのことだとヒナギクは考えて、布団の中へと潜り込んだ。

 ヒカルを守る為なのだから仕方ない。

 起きるのはヒカルの方が遅いし、バレることもないだろう。

 ヒナギクがそんなことを考えていると、ヒカルは愛犬のコンちゃんが来たのかと勘違いしたのか、布団の中に入ってきたヒナギクをぎゅっと抱きしめてきた。

 

「んっ」

 

 少し息苦しくて声が漏れた。

 だが幸せな温もりであった。

 ヒナギクの鼓動は高まりを見せたが、やがて段々と落ち着いていき、寝息を立て始めた。

 

 

 ここはヒカルのやり直しの世界でもあるが、()()()()()()()()()()()()でもある。

 ヒナギクはとっくに自身の感情が何かを知っていた。

 だが、その時には手遅れであった。

 諦めて応援しようとも思っていた。

 願いを叶える花を見つけるまでは。

 ヒナギクは元々大の負けず嫌いである。

 父親の教えは『簡単に諦めるな』だ。

 向こうの世界では恋敵に遅れを取ったが、それは相手が有利な状況だったからだと考えたヒナギクは、この世界では自分が()()()()()()()有利な世界にした。

 この世界では、きっと……

 

 

 ああ、この素晴らしい世界に祝福を。

 

 

 

 

 

 

 

 グレテン王国、キャメロット城の来賓室。

 肩まで届く煌めく銀色の髪に宝石のような翡翠の瞳、細長の耳の女性がソファーの肘掛けにもたれかかり、退屈な表情を浮かべていた。

 

「あっちゃー、神様が呼びかけてもダメとはねー。これは大変なことになっちゃったな」

 

 その女性はある一点を眺めながらそう呟いた。

 女性が眺めているのは数メートルほど広がる奇妙な円形の空間であった。

 円形の空間は本来そこから先に見えるはずの来賓室の光景は見えず、別の空間が映し出されていた。

 その円形の空間からはノイズやモヤが広がっているものの、一人の少年が一人の少女を抱きしめて寝ているのが辛うじて見えた。

 

「ニホンの世界も悪くないとは思うけど、ちょっとつまらないかなー。彼には暴れたりもがいたりする姿の方が似合ってるしさ」

 

 女性が手を払うと、円形の空間は消えた。

 

「トリスタンのやつ、記憶弄られてすっかり順応しちゃってるなー。ゆんゆんちゃんもダメそうだし、あの神も使えないしなー。これは詰んじゃってるよねー」

 

 ウンウン唸りながら、女性は独り言を続ける。

 

「うーん、私か?私が行けば解決なんだろうけど、私はただのファンだしなぁー。確かに出番はあるんだけど、まだ先だったはずなんだけどなー」

 

 女性は十秒ほど悩むと、覚悟を決めたように立ち上がった。

 

「ファンが物語に出るのはアレだけど、好きなものを応援するのもファンの仕事だ!私がやろうじゃあないの!」

 

 無理矢理覚悟を決めた、みたいな感じで言っているが、女性の瞳はキラキラと輝いていた。

 そんな気合いの入った一言に反応したように、来賓室の扉が開いた。

 現れたのは、腰まで届く光るような金髪に碧眼の全身鎧の女性だった。

 

「やはり貴様か、マーリン」

 

「おや、アルトリウス。どうしたんだい?」

 

「どうしたもこうしたもない。来賓室を使うなといつも言っているだろう」

 

「少しくらい、いいじゃあないか」

 

 国の王に注意されたというのに、全く気にしていないマーリンはニコニコした笑顔で続けて言った。

 

「そうだ、アルトリウス。この国の王よ、少しだけお暇をいただくよ」

 

「………貴様はいつも暇だろう」

 

「なんて酷いことを言うんだ、君は」

 

 呆れ果てた顔で言うアルトリウスに、明らかな嘘泣きで悲しがるマーリン。

 だが、事実であった。

 この国に仕える魔法使いであるマーリンは毎日どう暇を潰すかを考えるのが日課であった。

 仕事を与えても面倒くさがるか、一瞬で終わらせてしまうのだ。

 

「はあ、まあいい。貴様が何をしようと勝手だが、一応こちら側に何かあっては困るから聞いておこう。何をするつもりだ?」

 

「そんな心配しないでくれたまえよ。これでもグレテン王国に仕える者として迷惑になるようなことはしないさ」

 

「貴様みたいなロクデナシがよくも言えたものだ」

 

「いやあ、今日のアルトリウスは絶好調だね」

 

「言え。何をするつもりだ」

 

「なあに、ちょっとお気に入りの彼が困ってるから助けてあげるだけさ」

 

 マーリンのそんな言葉を聞いて、アルトリウスはドン引きした。

 

「貴様なんかに気に入られるなんて、なんて不幸なことだ……」

 

「そんなに言われちゃうと傷付いちゃうじゃあないの。まあ、これは君にも関係あるし、ちょろっと解決を見届けてくるよ」

 

「……なに?私に?貴様、どういう……」

 

「じゃあね」

 

「なっ!?待て!」

 

 アルトリウスの制止の声を聞かずに、マーリンの足元に円形の穴が広がると、そのまま落下していき、マーリンがいなくなると同時にその穴は閉じた。

 





序盤ふざけたせいで、まだニホン初日……。
話が動かなかったので、次の章に出るはずのキャラまでフライングする始末。
この章はあと数話続きます。


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108話


このファン1周年おめでとうございます!
このファンは私にとって、このすばにまた興味を持つきっかけを与えてくれたゲームですので、1周年とは大変喜ばしいことです。
このファンが無ければ、このすばの原作を読み切ることも、この作品も無かったことでしょう。
こめっこがホーストを連れて参戦しますが、これからもどうなっていくのか楽しみですね。


そんなおめでたい的なことを言っておきながら、アレなんですけど……今回とっても下ネタ注意です。

108話です。さあ、いってみよう。



 

 

 ヒナとなんとなく気まずくなりつつも、いつも通りの日常を送り、数日が過ぎた。

 今は二時間目の授業中だが、担当教諭の急な体調不良で自習となった。

 最近夢見が悪いせいで寝不足気味だった俺は自習と言い渡された瞬間に、これ幸いとばかりに机に突っ伏し寝に入った。

 ヒナからは何度か声をかけられて、ゆんゆんとトリスターノから苦笑する声が聞こえてきたが無視した。

 ヒナも割と早めに諦めてくれたようで、俺はすぐに寝ることが出来た。

 だが、寝不足の理由が()()()()()

 

《うぅ……お願いしますよぅ……何で無視するんですか………このままではヒナギク成分が切れてしまいます……》

 

 この女性の啜り泣く声が毎晩、もしくは俺が一人でいる時に聞こえてくるのが寝不足の原因だった。

 頭に直接響いてくるのも最悪で気が狂いそうだったが、言ってくる内容が内容だけに、どちらかというと呆れ気味になってしまった。

 聞こえてきた最初はなんとも不気味でしょうがなかったというのに、しつこいせいで流石に慣れてきた。

 しかもこの声の主はヒナを知ってるみたいだし、悪い奴ではない……と思う。

 ヒナギク成分とやらは全くわからないが。

 

《聞こえてるんですよね……?はっ!?まさかヒナギクとのハッピーエンドを迎える気ですか?それだけは許しませんよ!》

 

 怒気を含んだ声は頭にうるさく鳴り響いた。

 俺が返事をしない理由は、自分が中二病みたいで嫌だからだ。

 この前トリスターノの奴に既視感や幻聴について相談したら「お年頃なんですね」みたいな発言をされたのが頭に来たので、余計返事をしたくない。

 あとこの声はあまり好きじゃない、気がする。

 

《ああ、またヒナギクの妨害が……今晩は絶対返事をしてくださいね!》

 

 ああ、やっと静かになる……。

 

 ………。

 ……。

 …。

 

 

 

 

 

『お、やっとお眠りかい?』

 

 声が聞こえて、目を開けると真っ暗な空間にいた。

 なんとなくだが、今は夢の中にいるのだというのがわかる。

 この夢の中には俺だけでなく、俺の数歩先にフードを目深に被った女性が見えた。

 その女性のフードから少しだけ見える美しい銀髪と細長い耳が、夢だという予感を確信に変えた。

 白いローブに身の丈ほどの杖も合わさり、アニメや漫画の世界に出てくるキャラクターだ。

 

『君が深く眠り込んでくれないと、流石の私も潜り込むのは難しくてね』

 

 最近聞こえる幻聴とは違って、その女性から発せられる声はとても心地の良いものに聞こえた。

 俺から話しかけることは出来なかったが、聞き入ってしまっていた。

 

『さあてヒカリ君、少しだけお節介に来させてもらったよ。このマーリ………やべ、名乗っちゃうところだったじゃあないの。ええっと、ちゃんと名乗るのは直接会った時がいいから……うーん』

 

 少しの間顎に手を置き、思案顔をしていたが、何かを思い付いたように手を叩くと。

 

『私の名はアンブローズ。この名は覚えてくれてもいいし、覚えてくれなくてもいい。でも君はしっかり覚えちゃうんだろうなー。こんなに綺麗なお姉さんだからね』

 

 マーリからアンブローズとは、随分と違う名になったものだ。

 この女性の言う通り、確かに美しい女性なのだが、俺は返事をしなかった。

 最近聞こえてくる幻聴に加えて、夢で話しかけてくる現実ではあり得ない美貌の女性というなんとも言えない中二病の加速っぷりに頭を悩ませていたからだ。

 あと一応警戒心もある。

 

『名乗ったのに名乗り返してくれないなんて残念だよ。でも、いいさ。君のことはよーーく知っているからね。なんせずっと見ていたぐらいだし。君の人生はとても面白い。これまでも、これからも』

 

 警戒心が強くなったと同時に、疑問が湧いた。

 見ていた云々はとりあえず置いておいて、俺の人生は見られて面白いものだとは思えなかった。

 恵まれた環境だとは思うが、俺の人生は平凡だと思う。

 最近は良くない病に冒されているけど。

 

『でもこのルートは良くないなぁ。悪くないとは思うけど、良くもないよ。平凡で特別でもない、だが君は特殊だ。そんな君にこの世界は似合わない、相応しくない』

 

 俺には何を言ってるか、全くわからない。

 

『座ってるだけなんて、つまらないんじゃあないのかい?』

 

 俺の心臓がドキリと鼓動を早くした。

 

『退屈じゃあないのかい?武術を教える子供達のいい加減な態度を見て、失望したんじゃあないのかい?』

 

 ……確かに、俺は空手を教わる子供達の『親に通わされている』姿を見て、少しがっかりしていた。

 もっと、もっとこう………『必死さ』とか『ハングリーさ』が足らないような気がしたけど、『こんなものだろう』と、自分を無理矢理納得させて適度にやって無難に終わらせた。

 必死に生きて、夢中になって教わろうとする子供達を、俺は知っている気がする。

 だから俺はきっと『つまらなかった』。

 それがアンブローズにも、ヒナにもバレたのだろう。

 

『違和感を感じてるんじゃあないのかい?何かが間違っている気がするんじゃあないのかい?』

 

 警戒心は消え去り、アンブローズの言葉を聞き入っていた。

 俺が考えてることや感じていることを正確に突いてくるということは、正解でなくても『何か』を得られんじゃないかと、そんな気がした。

 

『失ったモノがあるんじゃあないかい?取り戻したいモノがあるんじゃあないかい?』

 

 ………。

 

『さあ、どうだい?こう、湧き上がってくる感情とか、思い出しそうな記憶とかあるんじゃあないかい?』

 

 …………いや、それは特に無い。

 俺がノーリアクションなせいか、アンブローズは困惑した様子だ。

 

『……え?まさか何も無いの?おいおい、君の世界のマンガやアニメでこんな感じの事言われると『うっ……頭が……』とか『思い……出した……っ!』とか都合良く起こるじゃあないの。頑張れよ、主人公だろ?』

 

 何言ってるんだ、この女は。

 というか、やっぱりこの女性は俺の中二病が生み出したモノみたいだ。

 夢の中で答えを得ようなんて間違ってたんだ。

 

『はあ、もう仕方ないな。記憶の封印が厳重にされてるみたいだから、無理矢理えいえいって解除するから、今夜は早めに寝るんだよ。それから───』

 

 

 

 

「ヒカル!いい加減起きて、次の授業の準備をしなさい!」

 

「ふぁっ?」

 

 夢から覚めると、ヒナが仁王立ちしていた。

 それとトリスターノとゆんゆんがこちらを見ていた。

 休み時間になったみたいだ。

 

「おはようございます。良く寝られましたか?」

 

「シロガネ君、おはよう。ふふ、よだれ垂れてるよ?」

 

 ゆんゆんから言われて、恥ずかしくなった俺は制服の袖で拭こうとすると、ヒナからハンカチを投げ渡されたので、それで拭き終わるとヒナにハンカチを即座にひったくられた。

 洗って返そうとか思ってたんだが、すぐにヒナの制服のポケットに仕舞われてしまったので何も言う気にならなかった。

 

 

 

 夢での出来事や最近の幻聴、既視感。

 それらを踏まえて、俺はある一つの答えに到達していた。

 俺は授業を受ける気なんてあるわけもなく、片肘を付いて隣を眺めた。

 そこには真剣な表情で授業を受けるゆんゆんの姿があった。

 授業なんて聞かなくても、トップクラスの成績なのに真面目な態度を貫き通すゆんゆんには尊敬の念を抱かずにはいられない。

 じっと見ていたせいか、ゆんゆんは俺の視線にすぐに気が付いた。

 目をぱちくりさせた後、首を傾げてきた。

 

 うーん、可愛い。

 

 俺は何でもないと首を横に振ると、また首を傾げた後、授業を真面目に受け始めた。

 そう、ゆんゆんは可愛い。

 お前は唐突に何を言ってるんだと思うかもしれないが、ゆんゆんは可愛いのだ。

 成績もトップ、容姿もトップ、そして───。

 俺は少し下に視線を移す。

 そこには素晴らしい()()()があった。

 そう、スタイルもトップだ。

 超完璧美少女。

 それがゆんゆんだ。

 その完璧さと異常なまでの人見知りな性格のせいで友達は少ないが、それは置いておいて。

 視線を前に移すと、ゆんゆんと同じく真面目な表情で授業を受けるヒナの姿があった。

 文武両道という言葉がヒナには似合っている。

 学校の成績が良いのはもちろんのこと、空手の大会でも上位に入賞する。

 容姿も幼馴染という贔屓目無しでも、まあ良い方だろう。

 だが、しかし。

 スタイルは壊滅的だ。

 まな板ではないことだけは確かなのだが、まるで神様がヒナに第二次性徴を与えるのを忘れてしまったのではないか、と思ってしまうほどだ。

 学校一のスタイル抜群女子と、学校一成長の希望が無い女子がこうして並んでいることに世の中の残酷さを感じずにはいられない。

 

 だが、しかし。

 俺はそんなヒナに()()()した。

 ゆんゆんみたいなスタイルが好みのはずなのにだ。

 いや、ゆんゆんのことを変な目で見ているわけではない………ということでもないけど、それは今はどうでもいい。

 ヒナを相手にエロいことを考えた。

 その事実こそが、鍵であり、答えであった。

 

 幻聴はあまり好きではないが、女性の声であった。

 夢に出てきたのも、現実ではあり得ないほど美しい女性であった。

 体育の時間に胸を弾ませるゆんゆんを目で追って変なことを考えてしまった。

 ヒナと一緒に風呂に入って、すんごいことをするところだった。

 俺が到達した一つの答えとは、つまり。

 

 俺はおそらく『欲求不満』なのだろう。

 

 きっとガス抜きが足らない。

 俺は今日帰ってから、するべきことが決まった。

 

「───じゃあ白銀。この問題を答えてみろ」

 

「わかりません」

 

「よーし、分かるまで立ってなさい」

 

 ………俺は授業の問題の答えには辿り着けなかった。

 

 

 

 

 

 男には自分磨きの時間が必要だ。

 その時間だけは、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。

 独りで静かで豊かで……。

 そんな思いを胸に、視覚から得る情報と、自らの頭で想像したものを掛け合わせて、創造する。

 そして未来に向けて磨き上げるのだ。

 

 

 其処に至るは数多の研鑽。

 築きに築いた塵紙塚。

 白濁を以って業を断つ。

 自ら鎮めるは己の刃。

 

 

 剣の鼓動、此処にあり───!

 

 

 無限の精製。

 ───────無双すべき勝利の剣。

 

 

 

 

 

「ヒカル、自習で寝てたんだし、少しは寝る前にべんきょ、う……」

 

「っ……ぐっ……あ、あー……え、えっと……」

 

 男の子が欲望を吐き出している時って、とってもIQが低くなるらしいんだ。

 だから、隠したりするよりも、吐き出す方や言い訳する方を何故か優先したわけで……。

 状況を説明すると、見られてはいけないところを全て見られたわけで……手の上下とか、ティッシュ押さえて吐き出してるところとか、快感で情けない顔をしてるであろうところとか……他にも多分まだありそう。

 俺が冷静になれて行動が出来たのは、俺が欲望を放出し終わって数秒経って、ヒナが耳まで真っ赤にして視線をあらゆる場所へ行ったり来たりしてる時だった。

 俺はいそいそと後ろを向いて後処理を始めながら、後ろを振り向きながら言った。

 

「あ、あの、ちょ、ちょっと部屋の外で待っててもらってもいいですか……?」

 

「は、はぃ」

 

 ヒナは熱に浮かされたように、真っ赤な顔でフラフラと部屋を出ると、後ろ手に扉を閉めた。

 

 や、や、やらかした………。

 飯食って風呂入り終わると、俺の家の人間はほとんど俺の部屋に来ないから、油断してた。

 唯一ヒナは来てもおかしくなかったけど、来るみたいなことも言ってなかったし、連絡も来てないし、早く自分磨きがしたかったし。

 深夜まで我慢が出来れば苦労はしないし、俺は寝不足気味だから睡眠時間は削りたくなかった。

 ヒナが来ることを予想出来たとしても、俺の部屋には鍵は無いし、対策のしようも無い。

 というかマジで何で来たんだよ、勉強なんかするわけないだろ。

 ヒナが来たタイミングも最悪だった。

 『ア◯ロ行きまーす!』で例えるなら、『ま』のあたりだからね。

 その部分まで来てると、アム◯はもう行ってるというかイッてるからね。

 そんなアホなことを考えつつ、後処理を進めていく。

 くそ、消臭スプレーを部屋中に吹き付けてるけど、中身をぶち撒けた方が早いんじゃないか?

 

「はあ……」

 

 思わずため息が漏れた。

 消臭出来たところで、ヒナにとんでもないものを見せてしまったことは変えられない。

 冷静に考えて、ヒナをこの部屋に迎え入れるのはマズくない?

 それに、何て言おうか。

 もう素直にナニをしてましたと言うしかないんじゃないか。

 というかそもそも俺自身は何も悪いことしてないんだし、これでヒナも年頃の男の部屋に入る前には、ちゃんとノックをするという常識が身につくだろうし、結果的に良い話に落ち着いたりとか………しないねはい。

 ああもう、まずは手を洗おう。

 

 扉を開けると、当然ヒナがいた。

 ヒナは俺と目が合うと、顔を耳まで赤くしてあたふたしていた。

 

「あ、あの、その、ぼ、僕その……」

 

「悪い。色々話すことはあるけど、まずは手を洗ってくる」

 

「は、はい!ど、どうぞ!」

 

 素早く道を開けるヒナ。

 大人しくて乙女な反応をされると、またヒナに反応してしまうんじゃないかと思ったが、ガス抜き後の俺に死角は無かった。

 胸を大きくして出直してきてほしい。

 ……冗談はともかくとして、あの状態のヒナに何と話を切り出したものかと頭を悩ませながら手を洗っていると、後ろから足音がしてきた。

 

「あ、あの……」

 

 洗面台の鏡から覗き見ると、後ろにはヒナがチラッと映っていた。

 目が合うと、すぐに目を逸らして口を開いた。

 

「き、今日はもう帰ります」

 

 はい?

 

「じゃ、邪魔してごめんなさい。これからはノックをするようにするし、夜にいきなり来るのも控えるようにします。く、詳しい話は明日とかに話そうね。ぼ、僕今は、その、ヒ、ヒカルと顔を合わせられそうになくて……」

 

 すごい早口で捲し立ててきた。

 でも、ヒナの言ってることはもっともだ。

 俺は賢者だけど、ヒナはどう考えても冷静じゃないし。

 

「わかった。おやすみ」

 

「う、うん。おやすみ。また明日ね!」

 

 ヒナは顔を赤くしたまま去っていった。

 俺は手を洗い終わった後、部屋に戻り賢者ではなくなってくると、マジでヒナにとんでもないところを見られたことに頭を抱えた。

 もうどうにでもなれ、明日は明日の風が吹く。

 そう考えた俺は布団を頭から被り、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 俺は気が付くと、真っ暗な空間に……

 

『おやすみ、おはようそしてどーん!』

 

「は?」

 

 状況を確認する前に、昼間の夢に現れた女性が意味のわからないことを言って、杖から出てきた『変なもの』を俺に飛ばしてきた。

 『変なもの』とは何かを無理矢理表現するのであれば、漫画のギザギザした大声のフキダシみたいなものだろうか。

 それが俺に伸びてきて直撃し───

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 バカっぽい見た目のものとは裏腹に、その『変なもの』は直撃すると同時に俺の体を包み込んだ。

 その『変なもの』は凄まじい電流のようなものみたいで、俺の全身を針で刺すように痛ぶった。

 

『大丈夫!きっと大丈夫!ここは夢の中だから死ぬことは無いし、気絶することもないよ!………もしかしたら精神的に死ぬかもしれないけど、そこは私がなんとかしようじゃあないの!がんばれがんばれ、主人公!』

 

「ふざけんじゃねえこの野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 俺はただ叫ぶことしか出来ず、それから何秒、何分、何時間経ったかわからないが、その痛みは無くなり、俺は倒れ伏した。

 

『どう?何か思い出した?』

 

 アンブローズが屈んで俺の顔を覗き込んでそう聞いてきた。

 未だフードを深く被っているが、俺が倒れてることとアンブローズが覗き込んできたことで、アンブローズの顔が少しだけ見えた。

 翡翠色の瞳は宝石のように綺麗で、見ていると惹き込まれてしまいそうだったが、今は痛みでそれどころではなかった。

 

「て、てめえ……なに、しやが、る」

 

『あれー?まだ思い出さない?もうちょっとビリビリしとく?』

 

「ざけ…………っ?」

 

 何を思い出せというのか、そんなようなことを聞こうとした時、俺は痛みによるショックのせいか徐々に今までの記憶を思い出した。

 思い出して、混乱した。

 

 この状況はなんだ?

 何がどうなってる?

 何故日本にいて、中坊なんかやってる?

 ゆんゆん達がいるのも全く意味がわからない。

 そもそもこのアンブローズって誰だ?

 何故俺に記憶を思い出すようにアプローチをかけてきた?

 

 

『お?その様子は思い出したと見ていいのかな?いやーショック療法って大事だね。安静な治療とか君にはちょっと似合わないし』

 

 こいつ、マジで何なんだ?

 俺は記憶を思い出したが、こんな奴知らないぞ。

 俺は痛みによる恐怖とアンブローズの得体の知れなさに警戒心を最大まで上げた。

 ……上げたところで、今は這いつくばることしかできないが。

 

『さて、記憶を思い出させてあげたことだし、帰ってもいいんだけど、流石にそれは可哀想か。状況説明ぐらいはしてあげようか?』

 

 俺は警戒していたものの、今の状況が謎すぎることと少しでも情報が欲しい一心で、頷こうとしたその時。

 

《ヒカルさん!今日はいい加減返事の一つでも送ってもらいますよ!》

 

 記憶の無い俺を悩ませていた声。

 変態女神ことエリス様の声が響き渡った。

 

《深夜まで待ったかいもあって、ヒナギクがぐっすり眠っている今がチャンスなんです!返事をください!まさか本気でヒナギクとハッピーエンドする気ですか!?》

 

 やかましい声に俺の顔が引き攣っているのを感じていると、アンブローズも呆れた顔をしていた。

 どうやらこのアンブローズもエリス様の声が聞こえているらしい。

 

《それなら私にも考えがありますよ!これはあまり使いたくない手ですが、創造神様に協力を要請します!創造神様は遥か昔『破壊神』と呼ばれた方で───》

 

『じゃあ女神様に後はお任せしようかな。私は観客に戻るとしよう』

 

 エリス様の声を無視して、アンブローズが立ち上がりながらそう言った。

 こいつは一体……?

 

『あ、そうだ。女神様の言う通りヒナギクちゃんはぐっすり寝ているみたいだし、直接女神様に会いに行ったらどう?』

 

 何を言ってるんだ?

 そんな表情で俺が考えていることがわかったのか、アンブローズはまたも呆れた表情になった。

 

『君ね、まさかとは思うけど、女神様に渡されたものをすっかり忘れてしまっているんじゃあないだろうね?』

 

 渡されたもの……?

 

『うっわ、本当に忘れてるよ。あんな便利なもの中々無いのに。でもパラメデスに殺された時とかも使ってなかったし、そんな気はしてたけどね』

 

 忘れてる?便利?

 

『はあ、しょうがないな。君の体をこのまま動かせるようにしてあげたから、求めるものに手を伸ばしなよ。いいかい?余計なことは考えなくていい。女神様の元に行きたいって思いながら手を伸ばすんだ。そうすれば自然と手が向かうものさ』

 

 わからない。

 わからないが、今はそんなことを言ってる場合じゃないみたいだ。

 手を伸ばす、手を、伸ばせ。

 

『そうそう、やれば出来るじゃあな……おいおい、それはさっき君が夢中になってしごいてたモノじゃあないの』

 

 ええっ!?俺ナニを持ってんの!?

 

『君ね、若くなったからってそういうことばっかりしていいと思ったら大間違いだよ。もういいよ、片手はソレを握ってていいから、もう片方の手をちゃんと伸ばしなよ。そう、ウエストポーチの奥底にある……それだ。それに向かって念じるんだ。あとはちゃんとやるんだよ』

 

 この手にある本の栞のようなサイズの、紙のようで紙のような手触りでは無いこれは……。

 俺はそれに向かって『エリス様の元に向かいたい』と念じた。

 

 

 

 

「ヒナギクの為にも私はやって……え?」

 

「んあ?」

 

 気が付くと、あの真っ暗な空間にいた。

 数メートル先の椅子に座った女神エリスと目が合った。

 

「え、どうし、ってきゃあああああああああああああああ!!ど、どこに手を突っ込んでるんですか!?」

 

「へ?え?」

 

「さ、最低です!私には興味がないみたいなことを言っておきながら、実は私を狙っていたんですね!」

 

 そんなあり得ないことを言われて、自分の状況を確認すると、右手に()()()()()()()を左手に『本の栞のようなもの』を持っていた。

 俺はズボンに突っ込んだ手を引き抜いて

 

「ち、ちがっ!こ、これは何かの間違いで」

 

「な、何をどうしたらそうなるんですか!ケダモノです!そ、その汚らわしい手で近寄らないでください!悪魔祓いの魔法を掛けますよ!?」

 

「誰が悪魔だこの野郎!け、汚らわしくなんかないわっ!これは違う!マジで違う!絶対に違う!!」

 

 俺はエリス様に説明やら言い訳やら喧嘩やらを一時間ほどして、ようやく本題に入ることが出来た。

 






───奥の手はねえのかってえ?
阿呆が。

んなもん(下ネタ)、あるに決まってンだろ。




すいませんでした。






現在の状況について、説明します。
……いえ、誤魔化そうとかしてませんマジで。
エリス様はヒナギクの妨害のせいでヒナギクが創り出した世界に干渉がほぼ出来ない状況ですが、なんとか力を振り絞ってヒカルに話しかけています。
世界の中やヒカルの現在の状況がわかりませんし、ヒカルがエリス様の声を無視しているので、情報無しの状態が数日続いています。
ヒカルは『体だけ』が約10年ほど巻き戻ってるので、その当時の真面目だった頃の精神性ではなく、大人のヒカルの記憶は無くとも精神性はそのままになってます。
記憶も封印されて、更に改竄されて、尚且つ少し前の自分とはかなりの差があることから、ヒカルはかなり混乱しています。
なので、変な答えに行き着いたり、早い時間からガス抜きに精を出したり、ヒナに目撃されたり、とんでもないモノローグとかを出してしまうのは仕方のないことだったんですね。
若くて真面目なヒカルではなく、若くて欲望に素直なヒカルなので、こうなってしまったのはある意味必然と言えるでしょう。
結論としましては、ヒカルが悪いってことですね。
ヒナに見せつけるプレイングとか、ゆんゆんの体をじっくり見るとか本当最低だと思います。
あ、このファン1周年おめでとうございます。

マーリ……アンブローズについては、次回か次々回あたりの後書きに説明が入ると思います、多分。
それとこの章も次回かその次で終わりです。


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109話


109話です。さあ、いってみよう。



 

 

 以前お詫びに渡されたテレポート装置で女神エリスの部屋へとやってきた俺は、エリス様との情報交換が終わり、これからどうするかを話し合っていた。

 

「ヒナギクを説得して、『ラピ◯タ』を畳んでもらうのが一番手っ取り早いのですが……」

 

「その名前はやめろこの野郎。『ニホン』でいいだろ」

 

「ですが先程言ったように、アクセルでは『ラ◯ュタ』と呼ばれていてですね」

 

「いいから『ニホン』って呼びなさい」

 

 俺が呆れながらそう言うと、不満気な顔で頷くエリス様。

 ヒナギクが天使の力と花の力を使って、別世界を創り出した。

 その世界はアクセルの上空に存在していて、アクセルの街からは超巨大な卵型の何かが浮かんでいるように見えるらしい。

 突如発生したその存在の調査をしようにも、遥か上空にあるものをどうすることも出来ず、一か月の期間が過ぎた頃、周囲の反対を無視してめぐみんが爆裂魔法を放った。

 爆裂魔法すらも耐えるその何かは結局ただ放置されるようになり、アクアが『ラピ◯タ』と呼び始めたことで、そう呼ばれるようになったとか。

 

「まったく、とんでもねえ名前つけやがって。著作権的にも早く解決しないとだな」

 

「著作権はどうでもいいので、早くヒナギク成分を……」

 

「ざけんな、著作権の方が重要に決まってんだろうが」

 

「こっちは大真面目ですよ!約一か月のヒナギクロスに耐えたのは奇跡みたいなものですよ!?というか一緒に学校に通ってるって言いましたか!?言いましたよね!?何もしてませんよね!?手を出してませんよね!?」

 

「………ただの幼馴染だよ」

 

 お風呂やらとんでもないところを見られたところが頭をよぎり、少し間が空いてしまった。

 

「今の間は何ですか!?幼馴染って!幼馴染って最高じゃないですか!私もヒナギクと幼馴染になりたい!ヒナギクに毎朝おはようのキスで起こされてみたい!そして手を握って登校したり───」

 

 幼馴染というワードに激しく反応を示してきた女神エリスは、それはもう興奮なさっているようで、俺に唾を飛ばして熱く語り始めた。

 幼馴染はおはようのキスとか手を握って登校はしないだろ。

 

「ヒナを説得するにしても、ここまでやったからにはそう簡単には引かないだろうし、何か良い案は無いか?何を思ってここまでしたのかもわかってないんだし、最悪説得以外の方法も……」

 

「そ、そして、み、身を清めた後は当然ベッドイン!それぞれの寝室で寝ていたはずのヒナギクが枕をギュッと抱きしめながら私の元に来るわけです!そ、それを私が優しく受け入れ、そ、それで、はあ、はあ……た、たまりません!ヒナギク、ああ、そんな!ダメですダメです!し、仕方ありません!そんな風に誘ってくる悪い子にはお仕置きをしなくてはいけませんね!うへへへ───」

 

 発作が起きてしまったみたいだ。

 約一か月間のヒナ禁は余程辛かったのか、まだ発作は止まりそうにない。

 

 エリス様は置いておいて、ヒナの説得をどうするかを考えたかったのだが、記憶をいじられたせいか混乱して考えることに集中出来ない。

 ヒナが改竄した過去の記憶と、うっすら覚えている元の記憶が混在していて、俺の中学生までの記憶が本当にあった出来事なのか信じることが出来なくなる。

 高校生以降の記憶は思い出しやすいが、記憶が少し曖昧な部分が多い。

 確か『ニホン』に行く直前の記憶はヒナに願いが叶う花に、ずっと一緒にいられるように願ってほしいと言ってきた記憶……のはず。

 ヒナが何を考えて、別世界を創り出すなんて大それた事をしたのかは正確にはわからないが、なんとなくならわかる。

 ヒナもきっと俺達と居たかったんだ。

 ヒナが天界に行ってやろうとしてたことも多分『ニホン』にいればしなくて済む問題だったのかもしれないし、別世界に引きこもって逃げ切ろうとしてたのかもしれない。

 ヒナは『日本』にめちゃくちゃ憧れてたし、こんな形でも願いを叶えたかったのかもしれない。

 俺達が中学生の年齢まで戻ってるのも、記憶を変えられているのも、多分俺達と学校生活をしたかったとかそんな感じだろう。

 

 憧れの平和な世界で、憧れの学校生活。

 ヒナが望みそうなことだ。

 俺だって転生してきて、この世界の辛さを味わった今なら日本がどれだけ恵まれた世界かわかる。

 

「……」

 

 俺が色々と考えていたら、いつの間にか鎮静化したエリス様が俺をじっと見ていた。

 

「何だよこの野郎。発作が治まったんなら……」

 

「言っておきますけど、ヒナギクと会いたいが為だけに、貴方に説得をしろと言っているわけではありません」

 

 俺が考え込んでたせいか何か勘違いしているらしい。

 

「世界と世界が干渉し合って、とても不安定になっています。それにめぐみんさんの爆裂魔法を耐えたとは言いましたが、これからも耐えられるとは思えません。ヒナギクが今のヒカルさんの状態に気付かずに此処に来れているのは、爆裂魔法によるダメージのせいだと思われます。『ニホン』は平和な世界ではありますが、保ったとしても数年が限界です。世界を維持するにしてもヒナギクにはかなりの負担がかかるでしょう。それでもいいと思いますか?思いませんよね?思うわけがありませんよね?」

 

「わかったわかった!わかったから離れろ!」

 

 高速詠唱をしながら徐々に迫ってくる圧力に鬼気迫るものを感じた俺はエリス様を押し除けながら、そう言った。

 

「それにこの状態がいつまでも続くとヒナギクのことが他の神々にバレてしまいます。早急な解決が必要です」

 

 俺がどうにか出来ないかと聞いた時には勝手にトリップしてたくせに。

 だが、正常な状態のエリス様ならまだ良い話が聞けそうだ。

 

「何か策はあるのか?」

 

「ええ、一番良い案があります」

 

 意外にも即答が返って来た。

 この神様は割と有能なのかもしれない。

 

「私の名前を出しましょう。『ニホン』には私がいませんからヒナギクもそろそろ私を恋しく思って……」

 

「ねえよ」

 

「何でですか!?」

 

「何でもクソもあるか!」

 

 有能なんてことあるわけがなかった。

 結局良い案が得られるわけも無く、一度説得に『ニホン』へと戻り、解決が難しそうであれば、またテレポート装置を使って此処に戻ってくることになった。

 

「じゃあ一回戻るぞ」

 

「あ、待ってください。それはあと二回しか使えませんから、私が送ります」

 

 俺が本の栞のようなテレポート装置を握りしめて帰ろうとすると、エリス様が待ったをかけてきた。

 

「え、送るとか出来んの?」

 

「はい、私のHSLパワー全開で貴方を『ニホン』に送り届けてみせます。私の少ない力ではありますが、貴方ならあの世界に弾かれずに中に入れるでしょう」

 

「ちょっと待った。HSLパワーって何?」

 

「え?ヒナギク(H)スーパー(S)ラブ(L)パワーに決まってるじゃないですか?何言ってるんですか?」

 

「お前が何言ってんだアホ女神」

 

「ア、アホ女神って何ですか!?そろそろ天罰を落としますよ!?」

 

「今シリアスシーンなんだよ馬鹿野郎!いいから早く送ってくれ!」

 

「いつか私のことを神様だとわからせてあげますからね!それでは頼みましたよ!」

 

 エリス様がそう言った後こちらへ両手をかざすと、景色が一瞬で変わり、俺は自分の部屋にいた。

 

 ……改めて見ると、懐かしい部屋だ。

 そう思い部屋を見回していると、窓の外が白んでいるのが見えた。

 もう夜明けだ、そう思うと眠気が急激に襲って来た。

 エリス様のせいで睡眠時間が少なくなってしまった。

 

 ───ああ、学校休みたいな。

 そう思った俺は自分自身に苦笑した。

 だって、此処は偽りの世界で、偽りの学生生活をしているのだ。

 それに何より俺はこの世界を終わらせるために戻ってきたのに、学校に行きたくねえなんて思うのは馬鹿げてる。

 でも、何故だかそう思った。

 行く必要もないはずなのに。

 行っても意味なんか無いのに。

 あまり思い出したくない過去の俺の馬鹿真面目な部分が出たのか、それともこの優しい世界を気に入ってしまっているのか、もしくはヒナの記憶の改竄に頭がやられているのか。

 

 俺は布団の中に入り、目を瞑る。

 ヒナの説得は今夜か明日、明後日あたりにしよう。

 睡眠不足でヒナを説得出来るとは思えないし、早急な解決を求められたが期限は言われていない。

 だから少し時間がかかってしまってもいいだろう。

 だから、だから少しだけ。

 死に目に会えなかった祖父に抱きしめてもらって、老犬じゃない元気いっぱいのコンちゃんを思いっきり抱き締めてからでも、特に問題は無いだろう。

 

 

 

 

 しおらしいヒナに起こされて、いつも通り……と思うのはヒナが設定したからなんだろうが、いつも通り飯を食って登校する。

 ヒナは昨日のことを気にしているのか、俺と目が合うと顔を赤くして言葉が少ない状態だった……のだが、今日は道場の日ということで道着と防具をしっかり持たされた。

 行動力もしおらしくなって欲しいものだ。

 俺はクラスメイトに言葉少なに挨拶をして、すぐに机に突っ伏した。

 睡眠不足のせいで、とにかく眠かった。

 教師に注意されて起こされたものの、俺はすぐに寝に入った。

 ヒナにも何度か起こされたが、しおらしい態度のせいか、俺の寝不足の原因が自分にあると勘違いしているのか、強引に起こしてくることは無かった。

 そしてあっという間に放課後を迎えた。

 

「ヒカル、ぼ、僕は生徒会があるから少し遅れるけど、先に道場に行っててね!?いい!?」

 

「わかったよ」

 

 俺が返事をすると、未だに恥ずかしがっているのか顔が赤いヒナは大きな荷物を抱えて走り去っていった。

 ヒナは生徒会役員、という設定だった。

 まあ、ヒナにはお似合いだろう。

 俺が少し膨らんだカバンを手に取り、ゆんゆんの方を見ると

 

「じゃあね、シロガネ君」

 

 帰り支度を済ませたゆんゆんが微笑み、俺に手を振って来た。

 そんなゆんゆんが寂しそうに見えて、俺は考えるまでも無く、自然と頭に浮かんだことを口に出した。

 

「ゆんゆん、今日は一緒に帰らないか?」

 

「え?」

 

 随分と唐突だったと思うが、ゆんゆんが寂しそうにしてるのは嫌だった。

 更に俺は隣を向いて、話しかけた。

 

「トリスターノもどうだ?一緒に帰らないか?」

 

「おや?私までお声がかかるとは思いませんでした」

 

 大袈裟に驚くトリスターノは置いておくとして、俺はゆんゆんに確認の意味を込めて、視線を送った。

 

「え、えっと、もちろん一緒に帰るのはいいんだけど、急がなくて大丈夫?ヒナちゃんに怒られたりしない?」

 

「大丈夫だよ。ヒナがブチギレてくるのは慣れてるし」

 

「怒られる前提なんだ……」

 

 呆れた顔で俺を見てくるが、ゆんゆんは断ろうとはしていなかった。

 きっとこの世界では寂しかったのだろう。

 

「で?トリスターノは?」

 

「ヒナさんに浮気の報告が出来るように是非とも参加したいところなのですが、生憎弓の自主練をしてから帰りたいので、今回は不参加でお願いします」

 

「アホ言うな」

「わ、私そんなつもりじゃ……」

 

 ゆんゆんがトリスターノの冗談を間に受けてるのは置いといて、トリスターノの弓か。

 この世界のトリスターノの弓はどんなもんか、少し気になるところではある。

 普段は柔和な笑みを浮かべているトリスターノも弓のことになると、やたら負けん気を出してくるからな。

 

「ゆんゆん、帰る前にトリスターノの自主練見ていこうぜ」

 

「え?」

「ほう」

 

 トリスターノの目付きが変わった。

 世界が変わっても、こいつは変わらないらしい。

 これは絶対に良いところを見せなければいけませんね、と言ったトリスターノの後を俺達はついて行った。

 

 

 

 

 

 俺が通っている中学校は一部分が大幅に改変されている。

 それが今来ている場所である弓道場だ。

 確実にトリスターノの為に作られた場所だろう。

 そのせいか今いるのは俺達三人だけだ。

 そんなトリスターノの特設会場でトリスターノが弓道着に着替えて、道場に入って来た。

 いつものトリスターノなら、弓道着を見せびらかして感想を求めてきたりしそうだが、弓を持ったトリスターノは真剣そのものだ。

 ゆんゆんもトリスターノの雰囲気に当てられたのか、戦闘中のような緊張感を感じさせた。

 トリスターノが位置に立つと、足を肩幅程に開いた。

 ゆったりとした動きであり、それでいて洗練された動きだというのは素人目からでもわかる。

 トリスターノは弓に矢を番えて、頭ほどまで上げた弓矢を引き絞りながら、肩の位置まで落とし、的を見据えた数秒後に、矢は放たれた。

 矢は当然のように何十メートルも先の的のど真ん中に刺さった。

 

「すごい……」

 

 ゆんゆんが思わず呟いてしまうほどに、何もかもが完璧だった。

 トリスターノは全ての所作を終えて礼をすると、俺たちの方へと歩いてきた。

 

「どうでしたか?」

 

「すごかったよ、トリタンさん!あんなに遠くの的の真ん中に当てるなんて!」

 

「ふふ、ありがとうございます。ここで外しては格好がつきませんからね」

 

 先程の真剣な雰囲気は何処かへと行ってしまい、いつものトリスターノだ。

 ゆんゆんも弓道を初めて見たせいか、少し興奮気味だ。

 

「あの、どれぐらい遠いかとか、的に刺さってる矢とか見てきてもいい?もちろん踏み荒らしたりしないし、汚さないように細心の注意を払うわ」

 

「ええ、構いませんよ。足元に気をつけて下さいね」

 

「うん、少し見てくるね」

 

 この世界のゆんゆんとは恋人ではないにしても、あの様子を見るとなんとなく嫉妬してしまう。

 まさかトリスターノに惚れたりしないだろうな。

 ゆんゆんが離れていくのを見届けてから、トリスターノが俺を見てきた。

 まるで褒めて欲しい犬のようだ。

 

「すごかったよ」

 

「………それだけ?」

 

「おう」

 

「……そうですか。もう少し褒めて欲しかったところですが、いつも通りの貴方で安心しました。ここで思い切り褒められても、私は困りますからね」

 

「困る?俺が褒めてくるのが気持ち悪いってか?」

 

「それもありますが………いえ、何でもありません」

 

 気持ち悪いを肯定するのも腹立つが、何故だかトリスターノは口を噤んだ。

 

「なんだよ。気になる言い方しやがって」

 

「いえ、その、これを言ってしまうと……」

 

「いいから言えこの野郎」

 

「あまり怒らないで欲しいのですが」

 

「怒らねえよ」

 

 そこまで言うと、トリスターノは周りを確認してから口を開いた。

 

「困る理由は簡単です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。歩きながら呼吸しているのを褒められてるみたいなものですよ。だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トリスターノは困った笑顔でそう言った。

 この天才はとんでもない事を言った。

 だが、トリスターノなら確かにそうだろう。

 

 まず誤解が無いように言っておくが、弓道がヌルゲーとかそういう訳ではない。

 少ししか俺は触れていないが、矢を的に当てるだけでも、かなりの努力が必要だ。

 最初は矢が的まで飛ばないことが多い。

 途中の地面に突き刺さったり、変な方向に飛んで行ったり、的の方まで飛んで行っても的には当たらないどころか隣の的に当たったり。

 誰もが想像出来る柔道や剣道、空手よりも、ある意味難しい武道だと言えるだろう。

 

 的に矢を当てることだけが弓道ではない。

 トリスターノは武道経験者の人間が聞いたら、あまり良く思わない発言をした。

 トリスターノはどちらも理解していて、だから先程言うのを躊躇ったのだろう。

 俺も記憶を取り戻してなかったら、きつい事を言ったかもしれない。

 

 トリスターノの弓の腕は本物だ。

 俺が投げたビンすらも射抜く。

 トリスターノは多分退屈なのだ。

 この世界は窮屈で、合わない。

 

「生意気め」

 

 俺がそう言って、困ったような顔をしているトリスターノを小突いてやると、何故だか嬉しそうに微笑んできた。

 気持ち悪い奴め。

 これだからイケメンは。

 

 

 

 

 トリスターノとは別れて、ゆんゆんと一緒に下校していると、ゆんゆんがそわそわしていた。

 

「どうした?」

 

「あ、あのね?私もトリタンさんと話し込んじゃったし、私が何か言える立場じゃないとは思ってるんだけど、本当に時間大丈夫?あ、誤解しないでね?一緒に帰るのが嫌とかそういうのじゃなくて、ヒナちゃんがすっごく怒るんじゃないかなって。私のことは気にしないで先に帰っても大丈夫よ?」

 

 なるほど、そういうことか。

 それにしても、今のゆんゆんを見てると、会ったばかりの頃を思い出すな。

 

「大丈夫だって、安心しろよ。何かあったら、ゆんゆんのせいだって言うから」

 

「そうね、それなら安し……え、今なんて……」

 

「それに少し遅れたり、たまに行けなかったりするぐらいしょうがないだろ。学生は学業が本分な訳だしさ」

 

「え、シロガネ君って勉強全然してな……」

 

「お、クレープ屋だ」

 

「明らかに話を逸らしたよね!?」

 

「勉強で疲れた体に糖分を入れておかないと疲れちまうし、一緒に行ってみないか?」

 

「ね、ねえ、シロガネ君って今日ずっと寝てたよね……?」

 

「行きたくないのか?」

 

「え、いや、そうじゃなくて……」

 

「何?」

 

「だって時間が……」

 

 とか言いつつ、クレープ屋をチラチラ見てるゆんゆん。

 こういう時のゆんゆんは()()()()()のがいい。

 

「空手前に腹に何か入れときたいんだけど、流石にこういう店に男一人で行くのは恥ずかしいし、ゆんゆんが一緒だったら助かるんだけどなぁ……」

 

「そ、そうよね!シロガネ君もお腹が空いてたら頑張れないし、多少遅れても仕方ないわよね!行きましょう!」

 

 うーん、チョロ可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

「奢ってもらうなんて……本当に良かったの?」

 

「無理矢理誘ったしな」

 

 だいたいこの世界の小遣いなんて、もう数日しか使わないだろうし、まだ財布に余裕はあったし。

 

「無理矢理なんて、そんな。でも、ありがとう。美味しかったね」

 

「そうだな」

 

 その後も軽い雑談をしていると、すぐにゆんゆんとは分かれる道まで来た。

 俺は軽い気持ちでじゃあと言って、別れの挨拶をして、そのまま帰ろうとしたのだが、しばらくしても後ろから視線を感じた。

 振り返ると、先程別れた道でゆんゆんが俺のことを見ていて、視線が合うとあたふたした後恥ずかしそうに手を振ってきた。

 

「ゆんゆん、どうした?」

 

 流石に気になってしまって戻って声を掛けると、ゆんゆんは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ご、ごめん。なんだかその、見送りたくて……迷惑だった?」

 

「迷惑ではないけど、ずっと見られてると気になるよ」

 

「そ、そうだよね……ごめんね」

 

「何かあったか?」

 

 そう尋ねると、ゆんゆんは迷った顔をしていたが、胸に手を当てて告白するように口を開いた。

 

「最近ね、私変なの」

 

 胸に手を当ててる姿を見て、俺はすぐに察した。

 

「ゆんゆん。それはな、第二次性徴ってやつで……」

 

「違うから!そういう『変』じゃないから!」

 

 胸を庇うように腕で隠して身を引きながらツッコミをするゆんゆん。

 しまった、違ったか。

 

「も、もう……ヒカルってばいつもこうなんだから…………あれ?」

 

 顔を赤くして俺を軽く睨んできていたが、数秒後呆けた顔になった。

 俺もすぐに違和感を感じた。

 

「あ、え、えっと、その、ごめん!いきなり名前で呼んで!し、しかも呼び捨てなんて……」

 

「いいよ、それぐらい」

 

「で、でも……」

 

「ゆんゆんには名前で呼ばれた方が、なんだかしっくり来るしさ」

 

 俺がそう言うと、ゆんゆんが驚いた顔で見てきた。

 

「私も、そう思ってたの。今までそんなこと無かったのに……」

 

 ゆんゆんもこの世界で違和感を感じているのか。

 

「他には何かあるか?力になりたいし、聞くよ」

 

「えっと、あとは、なんだか物足りなく感じたりとか、すごく寂しく感じる時があって……」

 

 ヒナに引き摺り回されるせいで、ゆんゆんと一緒の時間が少なかったからかもしれない。

 元の世界では四人でいることの方が多くて、一人でいる時間の方が稀だったせいだろう。

 

「じゃあ明日も一緒に帰ろう。トリスターノのアホも誘ってな」

 

「……」

 

 俺の提案が意外だったのか、それとも俺がグイグイ行き過ぎたせいか、返事が無かった。

 焦った俺は少しだけ早口で続けた。

 

「トリスターノは明日も弓引いてるかもしれないけどな。また見てから帰ろう。あ、トリスターノの良いところばかり見せるのもなんだか癪だし、今度は俺やヒナの空手も見に来るのはどうだ?」

 

「いいの?」

 

「当たり前だ。でも、今日は来たらダメだぞ」

 

「どうして?」

 

「ヒナが怒りん坊になってうるさいからな」

 

「……ふふ、あはは」

 

 ゆんゆんを笑わせられたのが嬉しくて、俺も笑ってしまった。

 この約束を果たすことは出来ないだろうけど、寂しがっているゆんゆんをどうにか安心させてあげたかった。

 

「また今度、ヒカルのかっこいいところ見に行くね?」

 

「ああ、また今度な。この際だから、他にも何か悩みとかあったら言ってくれ」

 

「えっと、他には……ヒカルのことを目で追っちゃったりとか」

 

「俺?」

 

「そう、ヒカ、ル、の……こ、と………」

 

 俺も思わず聞き返してしまったけど、ゆんゆんが本人に打ち明けちゃいけない事を言ってしまったのに気付き始めたせいか、どんどん顔が赤くなっていく。

 

「あ、こ、これは……その、ち、違うの!」

 

「何が?」

 

「え、えっと……あっ、あの」

 

 ゆんゆんの顔が耳まで赤くなって、手も落ち着きなく動いている。

 そんな様子が可愛くて、意地悪をしたくなってまた聞き返してしまった。

 

「こ、こんなこと言うつもりじゃなくて……!ああ、どうしよう……!?」

 

 パニックになったゆんゆんは後退りながら、そんなことを言った。

 俺はその様子を見て、ゆんゆんに告白された時のことを思い出した。

 告白して、しばらくすると恥ずかしくなって逃げ出すように走り出していた。

 俺も走れるように少しだけ身構える。

 

「へ、変なこと言ってごめんなさい……!」

 

 そう言って後ろを向いて走り出そうとするのを俺は手を掴んで止めた。

 すると、手を掴まれるのが予想外だったのか、ゆんゆんは割とすぐに止まってくれた。

 

「ゆんゆん、走って帰ると危ないし、代わりに俺が走って帰るから」

 

「え……?」

 

「気を付けて帰れよ。それと、また明日な」

 

 呆気に取られてるゆんゆんの手を離して、俺は家へと走り出した。

 アクセルの街や紅魔の里なら、ゆんゆんがパニックになりながら走っても人にぶつかるぐらいで済みそうだが、この世界には自転車も車もバイクもあって大事故に繋がりそうで怖かった。

 だから代わりに俺が走ることにした。

 

「ヒカルー!」

 

 ある程度離れたら、遠くからゆんゆんの声が聞こえて、走りながら振り向いた。

 

「また明日ねー!」

 

 そう言って、幸せそうに微笑むゆんゆんを見て安心した俺は───

 

 

 ゆんゆんの笑顔に見惚れて、後ろを振り向きながら走っていたせいで盛大にすっ転んだ。

 





次回で七章もラストです。


最近はモチベーションが死んでたので、投稿が遅れてしまいましたが、ちゃんと投稿は続けます。
次の8章を含めて最低三章は続きますから。
出来れば四章にしたいですけど、そこら辺は書きながら考えていきます。


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110話


110話です。さあ、いってみよう。



 

 

 退屈そうなトリスターノ。

 寂しげなゆんゆん。

 

 今日の二人を見て、目が覚めた気分だ。

 優しい世界に来れて、懐かしい家族に会えて、俺もはしゃいでいたのかもしれない。

 ここは本当の日本じゃないし、本当の家族ではなかったけど、会えたのは嬉しかった。

 

 財布の中身を使い切ってからとか、日本で食えるものをたらふく食ってからとか、祖父にちゃんとお別れをしてからとか、コンちゃんを抱きしめてからとか、いろいろ考えていたけれど、全部無しだ。

 

 今日決着をつける。

 元の世界に帰るんだ。

 

 

 俺はゆんゆんにこっ恥ずかしいところを見られてから、家に帰るのではなく、腹ごしらえをしてから近くの公園へと向かった。

 わざわざ公園に来たのは、なんとなく説得するのに会話だけで済む気がしなかったからだ。

 強情なヒナのことだから平行世界のゆんゆん達のような決着になると予想した。

 あとは、創り出された世界とはいえ周りの迷惑を考えてのことだ。

 まあ、一応ね。

 

 言葉だけの説得で済めば万々歳なのだが、ヒナを上手く説得出来るような言葉が浮かんでくることも無かった。

 今のゆんゆんやトリスターノのことを言って、説得されてくれればいいのだが……。

 更にもう一つ不安要素があった。

 俺の身体のことだ。

 先程走った時によく分かったが、狂戦士のような力や体力は当然無かった。

 中学生の頃まで身体が戻っていることもあって、かなり弱くなっている。

 空手をやっているおかげで、筋力も体力も同年代の平均以上はあるが、所詮はそれまでだ。

 ヒナを相手にするには正直なところ勝てる確信は無い。

 俺は力が無くなっていても、ヒナは普通に力を使えるかもしれない……というより使えるのだろう。

 

 平行世界の時のように、勝敗でこれからを決めることになると俺がかなり不利だ。

 平行世界の時より救いがあるとしたら、テレポート装置で逃げて、やり直しが出来ることぐらいか。

 コンティニューが二回出来るなんて、今までに比べて優しくて涙が出るね。

 

 なるべく言葉での説得で済ませる。

 そう思っているのだが、ヒナがそう簡単に引き下がるとは到底思えなかった。

 どう勝つか、そんな事をずっと考えていた。

 気温のせいか、それとも緊張のせいか、喉が乾いて仕方がない。

 炭酸飲料に手を付けたいのを我慢して、スポーツドリンクを飲む。

 少しでも体を万全な状態にして事に臨みたかった。

 

 公園にある時計を見ると、すでに道場での稽古の時間は終わっているはずの時間帯だ。

 そろそろヒナが来る、そんな予感があった。

 俺が公園のベンチから立ち上がり、軽く準備運動をしていると、公園に入ってきた人物がいた。

 大股の早歩きで、ズンズンと一直線に俺へと向かってくる。

 額に汗して、憤怒の表情を浮かべている。

 もちろん公園に入ってきたのはヒナだ。

 

「ヒカル!!こんなところで何やってるの!!」

 

 肩で息をしているのに、耳を塞ぎたくなるほどの大声で怒鳴ってきた。

 俺は軽く散歩するように公園を歩きながら、ヒナに返事をした。

 

「お前よく俺がここにいるって分かったな」

 

「そんなことどうでもいいでしょ!!先生が心配してたんだよ!!」

 

 あの先生は武道の先生とは思えないほど優しいから、確かに心配しそうだ。

 

「そいつは悪いことをした。でも、どうしてもやるべきことがあったんだよ」

 

「へえ!?こんなところで!?それはヒカルが道場を休むのに必要なことなんだろうね!?」

 

 俺の態度を見て、ますます機嫌を悪くしたヒナが俺に近付きながら、怒声を張り上げてくる。

 

「なあ、ヒナは何でこんな事をしたんだ?」

 

「はあ!?それは僕のセリフ……」

 

「俺達と一緒にいたいのはよくわかるよ。でも記憶を消したりする必要は無かったんじゃないか?」

 

「………」

 

 俺の言葉でヒナの勢いは一瞬で無くなった。

 表情は怒りから驚きに変わり、目を見開き、こちらへと向かってくる足は止まった。

 

「きっとヒナなりの考えがあって、この世界を創り出したんだろうけど、もっと他にやり方はあったんじゃないのか?俺に相談してくれてもよかっただろ」

 

「どうして……なんで、ヒカルが……」

 

「ヒナが言ってた天界に行かなくて済む方法がこれだったのか?」

 

「………エリス様が何かしたんだ。そうなんでしょ!?」

 

 また怒りの表情を見せるヒナに俺は続けた。

 

「ヒナ、率直に言うよ。ここの世界は嫌いじゃない。だけど、俺は元の世界がいい」

 

「っ……」

 

 ヒナは辛そうな、泣き出しそうな顔になった。

 ヒナのそんな表情を見て、一瞬だけ俺は躊躇ってしまったけど、今更止まるわけにはいかなかった。

 

「トリスターノがさ、弓持ってるのにつまらなそうな顔してたんだよ。ゆんゆんが寂しそうに過ごしてるんだよ。俺達四人はそうじゃないだろ。俺達はみんなひとりぼっちだったけど、一緒になって家族になったんだ。それなのに今はバラバラで、あの二人をひとりぼっちにさせてるんだよ。こんなのおかしいだろ」

 

「……」

 

「ヒナの考えはわからないけど、俺達が今バラバラなのは絶対に間違ってる。全部元に戻して、元の世界に帰ろう」

 

「……」

 

 ヒナは俯いてしまって、何を考えているかわからなかった。

 黙り込んでいるのは、俺の説得に耳を傾けているからか、それとも葛藤があるからなのか。

 どちらにせよ、俺は説得を続けるしかない。

 ヒナならきっとわかってくれると信じて。

 

「ヒナ、頼む。俺は、この世界でもなくて、本当の日本でもなくて、ヒナやゆんゆん、トリスターノ達と出会えた世界に戻りたい。もっとやりたいことが残ってる気がするんだ」

 

「………そっか、ヒカルはそうなんだ」

 

 ヒナはそう言って、俯いた顔を上げた。

 悲しげではあるが、どことなく覚悟を決めたような顔をしていた。

 俺はヒナがわかってくれたのだと安堵し──

 

「でも駄目だよ。ここは平和で理想的な世界なんだから。この世界なら危ない目に合わないで済むんだよ。みんな安全に過ごせるんだ。前と比べると少しバラバラだけど、みんな一緒の時間もこれから増えていくはずだよ」

 

「……ヒナ」

 

「元の日本じゃないけど、きっと大丈夫だよ。僕が絶対になんとかしてみせるから。だからヒカルもわかってよ」

 

「……危ない世界だろうと俺達がいれば何とかなる。こんな状態の俺達は俺達じゃない。俺達にこの世界は合わない、窮屈すぎるんだよ」

 

 俺がそう言うと、ヒナの目が強い意志のこもったものになった。

 敵意を向けられたことがわかり、俺は思わず足を止めた。

 

「わかってくれないんだ?」

 

「……ああ、これだけは譲れない」

 

 一触即発の雰囲気に汗が噴き出す。

 空気の重さに耐えかねて、自然とポケットにあるテレポート装置に手が伸びた。

 

「ねえ、ヒカルがここで待ってたのって僕と勝負したいからでしょ?ヒカルが勝ったら元の世界に戻るっていうルールで」

 

「っ……」

 

「説得に失敗したら平行世界の時みたいに喧嘩の勝ち負けで決めようとしてたんでしょ?それ以外に僕に勝てる方法が無かったから」

 

 ……全部バレてやがる。

 そう提案しようとしてたところだ。

 だがバレてたところで、今更引き返せるわけもない。

 

「勝負してあげてもいいよ?」

 

「……え?」

 

「ヒカルの望む条件にしてあげるよ。ヒカルは今はただの中学生だから、僕も天使の力とか魔法とか使わないで、ヒカルと同じただの中学生として戦ってあげるよ」

 

 こんなすんなりと行くものなのか?

 本当に俺の望んだ通りになった。

 これなら勝機は十分にある。

 

「ヒカルの望む条件で、ヒカルが勝ったら元の世界にみんなで戻る。その代わり僕が勝ったら……」

 

「この世界にいろって言うんだろ?」

 

「そうだね。今度はちゃんと記憶を消して、この世界で僕達と一生を過ごすのが僕の望むことかな」

 

 『記憶を消す』という不穏な言葉と、一生を過ごすという言葉が、俺に重くのしかかった気がした。

 汗が額から頬へと流れるのを感じながら、俺は重い口を開いた。

 

「……わかった」

 

「僕はヒカルに負けたら、ちゃんと言われた通りにするって誓うけど、ヒカルは僕に負けたら、記憶を消されることも、この世界で生き続けることも受け入れる?それが誓えるなら、さっきの条件で勝負するよ」

 

「………誓う」

 

「本当に?」

 

「本当だよ。そっちこそ後から変えるんじゃないぞ」

 

「うん、当たり前だよ。だって……」

 

 ヒナはゆっくりと構える。

 この世界では見なかった、いつものボクシングスタイルだ。

 

「ヒカルは僕に勝てないもん」

 

「舐めんなよこの野郎」

 

 この自信満々なところを見るに、俺はかなり舐められているらしい。

 だが、嬉しい限りだ。

 また勝機が増えたのだから。

 俺もボクシングスタイルに近い脇を締めた構えを取る。

 ヒナが体を揺らしながら俺との距離を詰めてくるのに対し、俺はじわりじわりとつま先を少しずつ進む。

 そして、ついに間合いが詰まり、俺は踏み込んだ。

 

 

 

 踏み込んだ数秒後、俺の体が宙を舞った。

 咄嗟に受け身を取ったが、地面に体が叩きつけられる痛みは思った以上のものだった。

 だが、痛みなどどうでもよかった。

 痛み以上の衝撃があった。

 見下ろしているヒナから離れるべきなのに、そんな考えすら湧かなかった。

 今起こったことは一瞬の出来事だったが、俺はすぐにわかった。

 頭では理解していたが、心では理解したくなかった。

 ヒナが使った技はボクシングではなく、ましてや空手でもない。

 

 合気道の技だ。

 

 俺が踏み込んだ勢いを利用して投げられた。

 その事実を俺は認めたくなかった。

 何故ヒナが合気道の技を使えるのか、わからない。

 

「ほら、勝てない。僕の方が技術を使うのが上手いからだよ」

 

「な、なん……で……」

 

 自分自身でも驚くほどの掠れた声で疑問を口にした。

 そうせずにはいられなかった。

 ヒナが知らないはずの合気道の技を使っているという事実が俺を酷く動揺させた。

 

「『全知』の才能にはまだヒカルの知らない能力があるんだ」

 

 『全知』はヒナが天使になった時に目覚めた才能で、確か『あらゆる知識を知る事が出来る』とかだった気がする。

 それがなんだってんだ。

 

「『触れた』人の情報や記憶も知識として取り込めるんだ。僕はヒカルに触れて、日本にいた時の記憶を取り込んでる。あとはわかるでしょ?」

 

「………………ぁ?」

 

「僕はヒカルの武道の経験を全て『知ってる』んだ。だから使えるんだよ」

 

 ………そうか、なるほど。

 よくよく考えれば、ヒナが空手を出来ること自体おかしな話だ。

 この世界は一ヶ月前に出来た。

 その短い期間で、俺と並べるほど空手が出来るなんて、どう考えてもおかしい。

 だが、ヒナの『全知』の力があれば納得だ。

 納得はした。

 納得はしたが………

 

「てめえ……」

 

「ごめんね。こういうの嫌いだと思ってたから隠しておきたかったんだけど、今はそうも言ってられないからね」

 

 痛みなんか、どうでもいい。

 歯を食いしばって無理矢理立ち上がる。

 どうしようもないほど湧き上がる感情を抑えて、少しでも冷静になれるよう拳を力強く握った。

 

「ヒカルは武道の経験のアドバンテージで勝とうとしてたけど、僕にもそれがある。ヒカルがほぼ忘れてしまった技術も僕は知ってる。そして、僕の方が……」

 

「ふざけんなこの野郎おおおおおおお!!!」

 

 我慢が出来ずに叫び、地を蹴った。

 怒りに身を任せて、俺はヒナへと拳を振った。

 

「『努力を踏みにじる行為』がヒカルの一番嫌いなことだもんね。こんなことされたら当然怒るよね」

 

 ヒナは足を軽く動かすだけで体の軸をずらして、俺の拳を簡単に避けた。

 

「でも怒って殴ってくるなんて一番駄目だよ」

 

 隙だらけの俺にヒナは俺の体を弄ぶように、ぶん投げた。

 

 俺はヒナに投げ飛ばされ、頭から地面に落ちて───

 

 

 

 

 

 

「ヒカル、ごめんね……でも、僕の勝ちだよ」

 

 力無く倒れるヒカルにそう呟いたヒナギクは勝ち誇った顔をしているわけもなく、ただ虚しげな顔をしていた。

 ヒカルにとって武道の技術は努力して得るものなのだろうが、それを触れただけで体得したというのだから、ヒカルには屈辱以外の何物でもないだろう。

 屈辱と怒りで我を忘れたヒカルを倒すことは簡単であった。

 虚しい勝利ではあるが、勝ちは勝ち。

 ヒナギクはそう考えて、無理矢理気持ちを切り替えてから、ヒカルに回復魔法をかけた。

 

「……今度こそ、大丈夫」

 

 自分に言い聞かせるように呟いたヒナギクは、ヒカルの記憶を操作すべくヒカルの頭に手を伸ばしたその時。

 

 

「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ」

 

 

 そんな女性の声が聞こえて、声を発したであろう人物が公園にズカズカと入ってきたせいで、ヒナギクはヒカルに手を伸ばすのをやめた。

 ヒナギクはこの女性を知らない。

 ヒナギクが管理しているこの世界で、知らない人間がいるのは確実に異常事態であった。

 

「……」

 

 公園に入ってきたのは見目麗しい女性であった。

 雪のような銀色の髪に、宝石のような翡翠の瞳、純白のローブ越しからでもわかるスタイルの良さから魅力的な女性と言ってもいいのだが、ヒナギクは別の部分を注視していた。

 細長の耳に、その女性以上の長さの杖は確実に元の世界の人物だということがわかるのだが、何故この世界に入って来れたのかはわからなかった。

 そして何よりも不思議だったのが、警戒心よりも嫌悪感の方が強かったことだ。

 邪魔されたこともそうだが、その女性を視界に入れるだけで、強い不快感を抱いていた。

 

「マーリン。なんだ、その喋り方は」

 

「っ!」

 

 ヒナギクは驚きの声を抑えて、銀色の女性の後ろから現れる人物に視線を向けると、悲鳴を上げそうになった。

 現れたのは、また同じく見目麗しい女性だった。

 腰まで届く金髪に、透き通るような碧眼。

 この世界には似合わない全身鎧に身を包み、光り輝く巨大な槍を手にした彼女の名を、ヒナギクは知っていた。

 騎士王、アルトリウス。

 グレテン王国の王である。

 

「いやいや、ちょっと言ってみたくてね。ところで、どうだい?此処が今日のストレス発散の場所だよ」

 

「ぁ……ぇ……?」

 

 騎士王を相手にヒナギクは酷く狼狽し、何も出来なくなった。

 ヒナギクにとって、騎士王はトラウマであった。

 最悪の過去が思い出される。

 無力な自分が仲間を連れて、本当に守りたいと思った人物を置いて逃げる、あの時のことを。

 

「見たこともない土地だが、いいのか?貴様、私を碌でもない事に巻き込んでいるんじゃないのか?」

 

「酷い言い草じゃあないの。ストレスを抱えた君を助けたい一心で案内したのさ」

 

「……ふん、まあいい。遠慮なくやらせてもらうぞ」

 

「どうぞ、王の御心のままに。暴れるも良し、一撃で全ても壊すも良し、好きにしてくれ」

 

「私は忙しい。最大の一撃で終わりにしよう」

 

「ぇ……」

 

 掠れた声は誰にも届かない。

 騎士王は槍を高く掲げると、周りの魔力が騎士王に集まりだす。

 

「ロンゴミニアド、最大起動」

 

 騎士王とその槍から感じる魔力は、ヒナギクが今まで感じたことがないほど強大であるのに、まだ収束を続けていく。

 

「ゃ……ゃ、め……」

 

 ヒナギクは恐怖で震えて、まともに喋ることすら出来なくなっていた。

 魔力の収束が終わったのか、虹色に輝き出す槍を見てヒナギクは確信した。

 この世界が壊されてしまう、と。

 なんとかしなければならないと何か行動を起こそうとした時には既に何もかもが遅かった。

 右手に持った槍を腰だめに持ち、右半身を引いて構え、そして───

 

「ロンゴミニアド、最大解放」

 

 引いた右半身を前に出し、突き出された槍からは超高圧縮の魔力が放たれた。

 それは地を引き剥がし、家々を消し飛ばし、進行方向上の全てのものを粉砕して、最後にこの世界に大穴を開けた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

 この世界を管理しているヒナギクは、世界が受けたダメージを負う。

 胸を貫かれたような痛みがヒナギクを襲い、地面へと倒れた。

 

「いやあ、流石騎士王。でも、本当に一撃でいいのかい?」

 

「ああ、すっきりしたから十分だ。早く私をキャメロットに戻せ。仕事の続きだ」

 

「つれないねえ。はい、どーぞ」

 

 苦しみもがくヒナギクなど気にならないように二人の会話は進み、マーリンが出した円形の空間に騎士王は姿を消していった。

 世界に大穴が開いて、維持が出来なくなった世界が崩れていく中、マーリンはヒナギクへと近付いた。

 

「な、なん、で……っ!」

 

「何で?君がしたことをやっただけじゃあないか」

 

 近付いてきたマーリンを地べたから睨み、苦しみながらもヒナギクが問うと、マーリンは当然のことをしたとばかりに返事をした。

 

「他の三人の意思とは関係無く記憶を変えて、世界を変えて、関係性を変えて……そんなの世界を壊しているようなものだろ?君が三人にやったことと騎士王がやったことは変わらないわけさ」

 

「そ、そんな……!」

 

「おいおい、そんなことよりも三人の心配はしないのかい?この世界はもう終わりだ、壊れてしまう。早く三人を助けないと大変なことになっちゃうんじゃあないのかな?」

 

「っ!!」

 

 歯を食いしばり、すぐに立ち上がるヒナギクは近くに横たわるヒカルを抱き上げた。

 

「そうそう、それでいいんだよ。あ、そうだ。君次第では三人を助けるのを協力してあげても……」

 

 ヒナギクはマーリンのことなど見えていないように、自身の翼を広げて飛び上がり、ゆんゆんとトリスターノの元へと向かった。

 

「……無視なんて酷いじゃあないの。まあ、目標は達成したからいいけどね。次に君達に会えるのを楽しみにしているよ」

 

 そう言ってマーリンは、突如として発生した円形の空間へと消えていった。

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……はあ……ぐっ……」

 

 なんとか二人を回収したヒナギクは崩れる世界から逃げるように飛び出した。

 痛みに耐えながら三人を抱えて飛ぶのは、かなりの負担がかかっているのか、意識が朦朧としだした。

 

「まだ、だ、め……みんなを、無事に……」

 

 騎士王の一撃が深刻なダメージを与えていた。

 飛ぶのがやっとのヒナギクは三人を抱きかかえて飛び、少しずつ落ちていく。

 ヒナギクの意識は落ちていないまでも、どこを飛んでいるのかわかっていなかった。

 

「ごめん……ごめん、みんな……。僕、こんなつもりじゃ、なかったんだ……」

 

 ヒナギクの口から出た言葉は、誰にも聞こない。

 ヒカルの拒否は当然で、先程の女性に言われたこともなんとなくヒナギクは理解していた。

 三人に最低なことをしたと、ヒナギクは後悔した。

 最初は本当にみんなと一緒にいたかっただけだった。

 それが、どんどん欲が出てしまった。

 泣く資格もないと感じているはずなのに、涙が頬を伝った。

 意識が途切れ途切れになりながら、地面が迫るのが見えたヒナギクは羽根で全員を包み込み、自身の力を振り絞って落下に備えた。

 

 

 

 

 

 

「おや?あれは一体?」

 

「なんだろうね、今の」

 

「世界の終焉の予兆か、はたまた魔王軍の陰謀か。どうあれ……」

 

「あれを目撃したのは私たち二人。まだうら若き娘とて、紅魔族として確認に行かなければならないだろうね」

 

「覚醒の時は近い……っ!行こう、ねりまき!」

 

「了解だよ、あるえ!」

 





後書き長めです。
設定とほんの少しトリスターノの最初のお話がありますので、良ければ最後までお付き合いください。

第七章終了。
次回から8章に入ります。
8章は原作の内容にも触れていく、かも。




マーリン

グレテン王国に仕える魔法使い。
人と夢魔の子であり、エルフの血も入っていることから数百年生きている。
夢魔の能力を使うことも出来、人の夢の中を見たり入ったりすることが出来る。その夢を通して、あらゆる世界の可能性や違う世界から来た人間の世界などを観測することが出来る。

暇を持て余したマーリンはその能力を使いすぎて、あらゆる世界への観測や自由に行き来することが出来、他の世界の自身や縁のある人から力を取り入れる力を持っている為、実質最強格の存在。
最強と言っても、誰かと戦う行為は好きではないので、誰とも戦闘はしないがモットー。

そんな最強さんは娯楽に飢えていた。
退屈すぎる毎日と、周りの騎士達の英雄譚はもう飽きていた。
娯楽が欲しい……!と、切実に願う彼女であったが、夢に入り込んでも曖昧だったり、途中で終わってしまったり、違う世界を観たところで今が変わるわけでは無いので虚しくなるだけであった。
そんな退屈な日々を送っていた彼女はもう何処かへ旅にでも出てしまおうかと考えていたが、転機が訪れた。
とある男の夢に入り込むと、グレテン王国からの脱走を企てる者がいた。
トリスタンである。
円卓の騎士のナンバー4である彼なのだが、マイペースだったり、周りとの温度差のせいで円卓の騎士内でも浮いている存在だったが、国の……というより騎士王の方針に耐えられなくなった彼はグレテン王国から去ろうとしていたのを面白いと思った彼女はトリスタンに話しかけることにした。
他の騎士にバレたら追われて大変な目に合うかもしれないなー、私も口が滑らないといいけどー。
という脅しに早々に屈したトリスタンは彼女の要求を受け入れることにした。
だが、トリスタンにとって悪くないことであった。
彼女が要求してきたのはトリスタンを通して面白いものが見たい、というもので、もし約束してくれるなら脱走を手伝っても良いとさえ言った。
もちろんトリスタンは約束すると答えたが、彼女はそんな口約束を信じるような性格はしていなかった。
今の彼女は何よりも面白さ優先であった。
円卓の騎士のナンバー4である彼が何処かへ行ったとしても、今の円卓の騎士の英雄譚とそこまで結果は変わらないだろうと思った彼女はトリスタンの装備を全て取り上げて安物を与えてから『レベルドレイン』を行い、全てのスキルを失くし、『アーチャー』から『冒険者』に職を勝手に変えて、レベル1の弓の名手をベルゼルグ王国のアクセルの街へとポイ捨てした。
それだと少し可哀想かな、と思った彼女はあみだくじで決めたスキル『死の宣告』を一つだけ教え込んでバイバイした。


ちなみにヒナギクが強い嫌悪感を抱いたのは、マーリンが夢魔のハーフだということを感じ取っていたからである。
決してスタイルの良さに嫉妬したからではない。


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8章 『グレテン王国』と『未来』
111話


111話です。さあ、いってみよう。



 

 

「ふう……」

 

 沢山の買い物袋を抱えていたが、流石に限界になったので、軽く下ろして休憩した。

 俺達が今いるのは、紅魔の里だ。

 今も訳が分からないが、エリス様が言うには突然ニホンが崩壊し、三人を抱えたヒナが紅魔の里近くに落ちたのを、偶然見かけたあるえちゃんやねりまきちゃんが救助してくれたらしい。

 それからゆんゆんのご実家にお世話になっているのだが、世話になっている以上何かしないと申し訳なかったし、ゆんゆんの両親といるのはなんとなく気まずかったので、こうして買い出しを手伝う事になったのだ。

 

「ヒカル、大丈夫?」

 

「ゆんゆん、来てくれたのか」

 

「うん。あのね、ヒカル。あまり手伝うこととか気にしなくていいと思うわ。今の体に慣れないんでしょ?」

 

「まだアクセルに帰れそうにないし、これぐらいはしないと落ち着かねえよ。体の方も、いつまでも慣れないなんて言ってられないし」

 

 ニホンから出られたというのに、俺達三人の体は未だ中学生の頃のままだ。

 身長は少し縮んでるし、体の力も上手く使えない。

 色々と不便なことから、状況説明の際にエリス様に俺達の体を戻せないかと聞いてみたのだが、エリス様も難色を示していて、現在調査中だ。

 調査前のエリス様の意見としては、ゆんゆんは戻せそうで、トリスターノは難しく、俺に至っては不可能だと言われた。

 流石に十年分体をいじるのは難しい、というよりは体への負荷やリスクが高いらしい。

 この状況下で冒険者稼業が出来るわけもなく、若返った状況を説明するのも面倒なため、俺達はエリス様の調査が終わるまではしばらく紅魔の里に居座る事になった。

 

「半分持つわ」

 

「いや、俺がどうしても持てない分だけで……」

 

「いいから。それにそろそろ帰らないと、ヒナちゃんが起きて大変な事になるわよ?」

 

「よし、半分持ってくれ」

 

「持つんだけど、何かこう、私としては複雑な気持ちなんだけど………」

 

 ゆんゆんに買い物袋を半分ほど持ってもらい、俺達は軽い急ぎ足で帰路に着いた。

 紅魔の里はそこまで広くもなく、大した時間も掛からずにゆんゆんの家に戻ってこれたのだが

 

「うわあああああああああん!!!!パパああああああああああ!!!!」

 

 時既に遅し。

 隣の隣の家にも聞こえるであろう大音量の泣き声が聞こえてきた。

 俺は慌てて家に入ると、買い物袋を置いて、すぐにヒナの元へと向かった。

 

「ヒナ!今、帰ったぞ!」

 

「パパっ!?パパあああああああ!!!」

 

 わんわん泣いていたヒナは俺を見た瞬間に、俺へと駆け出した。

 俺はしゃがんで、とてとて走ってきたヒナを抱き止めると、がっしりと俺の服を掴み、またヒナは泣き始めてしまった。

 

「どこいってたのパパああああああうわあああああああああん!!」

 

「ごめんごめん、ちょっとお買い物にな」

 

「やだ!!おいてかないで!!」

 

「もう置いてかないからな。よしよし」

 

 舌足らずに話すヒナを抱きしめて頭を撫でてやると、少しずつ落ち着き、泣き止んでくれた。

 少し経つとトリスターノが見計らったように話しかけてきた。

 

「すみません、私ではどうにも泣き止んでくれなくて」

 

「いや、俺が買い出しに行ったのが悪かったよ」

 

「いえいえ」

 

「もう、ヒカルってば置いてかないでよ!ああ、でもヒナちゃんは泣き止んだみたいね、よかった」

 

 文句を言いながら遅れてやってきたゆんゆんがヒナの状態を見てほっと息をついていた。

 最近はヒナの世話が大変だが、上手くやっている。

 

 恋人のゆんゆん。

 親友のトリスターノ。

 娘のヒナ。

 

 俺達はやっと元の関係に戻れて……

 

「いや、戻れていませんよねこれ」

 

 ………。

 

「トリスターノ、お前さ。俺のモノローグにツッコミ入れるんじゃねえよ。世界観がおかしくなるだろうが」

 

「いや、既におかしくなってるんですよ。ニホンのこととか、ヒナさんの幼児退行とか」

 

「ニホンのことはともかく、ヒナは子供なんだからしょうがないだろ。何言ってんだお前は」

 

「リーダーこそ、何を言ってるんですか?正直いつまでボケが続くのか見守ってましたが、そろそろ終わりにしましょうよ」

 

 ボケとか何言ってんだこいつ。

 これだからイケメンは。

 

「お前、少し疲れてるんじゃないのか?ニホンでのこともあるし、今のうちに休んでおけよ」

 

「ええっ、私が変わり者扱いなんですか!?」

 

 こいつ、自分が普通だとでも思ってるのか。

 なんか様子がおかしいし、ヒナには近付かせないようにしておくか。

 

「トリタンさん、疲れてるなら本当に休んで大丈夫よ。ヒナちゃんは私達が面倒を見るから。ほら、パパにばかりくっついてないで、ママの元に……」

 

 そう言ってゆんゆんがヒナへと手を伸ばしたその時。

 パシンと乾いた音が響き、

 

 

「ゆんゆんはママじゃない。触らないで」

 

 

 やたら流暢に喋るヒナの声が続いた。

 ヒナが俺に抱っこされたまま振り向き、ゆんゆんの手を叩いたようだ。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 空気が死んだ。

 四人全員に沈黙が訪れて、俺はどうすればいいか考えていると、ゆんゆんが最初に動いた。

 

「………なるほどね?そうね、そうだったわ。何故だか分からないけど、ヒナちゃんが娘のように思えて仕方なかったのは、きっとヒナちゃんがニホンの時のようにまた何かをしたからね?それで記憶がないフリしてるんでしょう?いい加減ヒカルから離れなさい!」

 

「やだあ!!パパたすけて!!!」

 

 抱っこしてる俺から取り上げようと、ヒナの脇の下を持つゆんゆんだが、ヒナも徹底抗戦の構えで俺の耳と髪の毛を力の限り掴み……

 

「痛い痛い痛い痛い!ま、待てゆんゆん!一回落ち着けって!」

 

「ヒカルこそ一度冷静になって考えてみなさいよ!ヒナちゃんはこんな小さな子供でもないし、娘でもないでしょ!?私達の関係を思い出して!」

 

 ……そ、そう言われてみれば、何か変だ。

 そ、そうだ!ヒナは……

 

「パパぁ?」

 

 俺の娘だ。

 

「ゆんゆん、子供相手に大人気ないだだだだだだだ!!」

 

 俺が冷静に言って聞かせようとしたら、ゆんゆんが引っ張るのを再開してきた。

 

「早く手を離しなさい!自分にも他人にも厳しいヒナちゃんはどこに行っちゃったの!?甘えてばかりいないで、ヒカルを返しなさい!」

 

「やだ!!パパはぼくの!!」

 

「ゆんゆん!ま、マジで一回ストップ!俺の耳と髪が大変なことになってるから!おいいいいいいい!ト、トリスターノ!お前も見てないで助けてくれよ!」

 

「そう言われましても……」

 

 そう言ってトリスターノが苦笑した。

 

 

 

 

 トリスターノの機転により、トリスターノが連れてきたりんりんさんに『スリープ』の魔法をかけてもらいヒナを眠らせた。

 そして俺は新事実を知った。

 

 

 ヒナは俺の娘じゃなかったのだ。

 

 

 なんという事だ。

 

「ヒカル?まだ正気に戻ってないの?ビンタする?」

 

「い、いや、大丈夫ですはい」

 

 ゆんゆんが睨んできながら手を振り上げて来たことに、恐怖を感じて思わず敬語になってしまった。

 

 状況を整理しよう。

 ヒナは俺の娘じゃない。

 俺の仲間で、家族だ。

 今回の騒動の原因はヒナだが、まずはそれを置いておこう。

 今のヒナに何かを言ったところで意味はないだろうしな。

 今のヒナは体も心も幼児になってしまっている。

 見た目的には二〜三歳ぐらいの子供になってしまっていて、中身も体と同じように幼くなっていた。

 エリス様が言うには、限界を超えるダメージを負ってしまったせいでヒナが幼児退行してしまったそうなのだが、それも俺達の体のことと同様に調査してもらっている。

 俺が小さなヒナを見て、娘だと思い込んでしまったのは、ヒナが俺のことを父親呼びしてくるのとエリス様が心酔するヒナの可愛さ、それと庇護欲が原因だろう。

 ヒナのことを完璧に娘だと思ってしまっていたことを考えると、エリス様をおかしく言うことがあまり出来なくなりそうだ。

 

 

 今回の騒動『ニホン』で起こったことはわかっていない。

 俺がヒナに勝負を挑んだあたりまでは覚えているのだが、俺が脳震盪で意識を失くしていたとを考えると多分負けてしまったのだろう。

 あるいは『ニホン』の崩壊は俺が勝ったからなのかもしれない。

 俺がヒナに勝ったあたりで、たまたま外からめぐみんの爆裂魔法を当てられて崩壊したとか。

 そう考えると、突然『ニホン』が崩壊したこともヒナがダメージを負っていることも説明がつくのだ。

 わからないことを考えても仕方がないか。

 ヒナが元に戻れた時に、何があったのかを聞くしかない。

 

 俺が意識を回復した頃には、紅魔の里にいて介抱されていた。

 脳震盪で前後の記憶が無くなっているせいで、俺はかなり混乱したものだ。

 ヒナは幼児になって俺に抱きついて離れないし、ゆんゆんやトリスターノもどういうわけか記憶を取り戻しているし、『ニホン』でのことも覚えているせいで、俺と同じく二人も状況がわからずに混乱していた。

 俺達が目を覚ました日の夜に、エリス様からコンタクトがあり、状況確認や情報交換をして、更に色々と調査をしてもらう事になって、今に至る。

 それから約一週間が経ったが、未だエリス様からは何も無い。

 

「ヒナさんは元に戻れるのでしょうか?」

 

「なんとかなる、と思いたい」

 

 トリスターノがすうすう寝ているヒナを眺めて言ってきた質問に、俺は自信無く答えた。

 エリス様もヒナのような前例を知らないらしく、戻れるかわからないと言われた。

 戻れなかったら私が引き取りますと言ってきたので、全力で無視した。

 のは、どうでもいいか。

 

「ですね」

 

「私もヒナちゃんには元に戻ってほしいわ。言いたいことが山ほどあるもの」

 

 ゆんゆんはかなりご立腹だ。

 ニホンでの扱いや記憶を消されたことなど、親友としても我慢ならないらしい。

 ヒナには早く元に戻ってほしいが、ゆんゆんの機嫌がもう少し落ち着くまではそのままでいた方がいいのかもしれない。

 

「話は変わりますが、エリス様から何かありませんでしたか?」

 

「いや、何も無いな。あの神様も一応神様だから忙しいだろうし、まだ調査に時間がかかる可能性はあるぞ」

 

「そうですか。困りましたね……紅魔の里の長閑な雰囲気も嫌いではありませんが、私達が出来ることは少ないみたいですし、暇を持て余してしまいますね」

 

「モンスターの討伐でも行く?……報酬は無いけど、モンスターの毛皮とかの素材を売れば、一応お金にはなるわ」

 

「それがいいかもしれないんだけど……」

 

「残念ながら装備がありませんからね」

 

 俺達の装備は多分アクセルにあるのだろう。

 姿もそうだが、服装なども俺達はニホンの中学生のままだった。

 

「私、仕送りしてた分を少しお小遣いに貰ったからそれで装備を……」

 

「いやいや、それは……」

 

「流石にな」

 

「で、でもせっかく紅魔の里に来てるのに、みんなが暇そうにしてるのを見てるとなんか申し訳無くて……あっ、そうだわ!買った装備の分、討伐したモンスターの素材のお金で、私に返してくれれば特に問題無いと思うんだけど、それならどう?」

 

 まあ、返せればいいかな。

 ゆんゆんもなんだか落ち着かないみたいだし、体を慣らす為にも、モンスターの討伐でもしてレベル上げたり小銭稼いでる方がいいかもしれない。

 そう思った俺達はヒナをりんりんさんに預けて、装備を買うべく里の商業区へと向か──

 

「おや、三人とも。もう落ち着いたのかい?」

 

「こんにちは、どこに行くの?」

 

 おうとして家を出た時に現れたのは、あるえちゃんとねりまきちゃんだった。

 

「こんにちは。二人とも、この前は助けてくれてありがとうな」

 

「本当にありがとうね」

「ありがとうございました」

 

 俺が礼を言うと、二人が続いて礼を言った。

 

「いいよいいよ。恩返しが出来てラッキーだったしね」

 

「偶然見かけたからね。まあ、どうしてもお礼がしたいと言うのなら、どうして若返っているのかとかを詳細に語ってくれるだけでいい。さあ、さあ!」

 

 あるえちゃんは手早く懐からメモ帳とペンを取り出すと、興奮した様子で俺達に迫ってきた。

 

「はーい、落ち着こうね」

 

 そんなあるえちゃんをねりまきちゃんが抑えようとしてる姿を見るに、本当に仲が良いみたいだ。

 

「あー、悪いんだけど、まだ思い出せないことが多くてさ」

 

 正直言って上手く説明出来る気がしない。

 とりあえず誤魔化す事にした。

 嘘は言ってない、気がする。

 

「だって。諦めよ、あるえ」

 

「むぅ……でも、思い出したら絶対に教えてほしい」

 

「約束するよ」

 

 俺がそう言うと、あるえちゃんはメモ帳とペンを仕舞った。

 あるえちゃんがメモ帳とペンを仕舞うのを見届けた後、ねりまきちゃんが俺に話しかけてきた。

 

「ところで、どこに行こうとしてたの?」

 

「ああ、ちょっと暇でさ。装備を調達して、モンスターの討伐に行こうと思っててさ」

 

「討伐か……」

「……」

 

 俺がねりまきちゃんの問いに答えると、何故か二人とも気まずそうな雰囲気になった。

 

「えっと、二人ともどうしたの?」

 

 ゆんゆんが尋ねると、あるえちゃんはねりまきちゃんにアイコンタクトを取り、頷き合ったあと、重い口を開いた。

 

「………実は、まだ君達に話していないことがあってね」

 

「話していないこと?」

 

「うん……本当は三人が目を覚ました時にそのまま報告しようと思ってたんだけど、そんな状況じゃなかったしさ」

 

 ねりまきちゃんも少し言いづらそうだ。

 俺達が目を覚ました時は、状況が分からず軽いパニックになっていたから、何かあっても話すことは難しいだろうな。

 

「それで、その話していないこととは?」

 

「……君達を見つけた時は、とにかく驚いてね。見覚えのある人達の年齢が若返ったりしてたりとか、空から落ちてきたことかね」

 

「それでね、三人とも見知った顔ではあるんだけど、一応冒険者カードを確認する事にしたの。冒険者カードは嘘をつけないし」

 

 まあ、それはそうかもしれない。

 別に見られて困るものではないし、それぐらいは全然構わないのだが、間違って冒険者カードを操作してしまったとかだろうか。

 それならこの二人が気まずそうな雰囲気になるのもわからないでもない。

 

「冒険者カードの身元確認は問題は無かったんだ。君達だってことは確かに驚いたけど、君達だということがちゃんとわかったからね。問題は、身元以外なんだ」

 

 あるえちゃんの言葉にハッとした顔になったトリスターノは急いで自分の冒険者カードを取り出した。

 

「こ、れは……」

 

「う、嘘でしょ!?」

 

 ゆんゆんも冒険者カードを取り出していたのか、自分の冒険者カードを見て、驚きの声を上げた。

 

「な、なんだよ一体……?」

 

「多分だけど、君達の今の状況も関係していることだと思う」

 

 あるえちゃんから言われながら、俺は恐る恐る冒険者カードを取り出した。

 そこには俺の名前や年齢、ステータスなど様々なことが書かれているのはいつも通りだ。

 

 だが、何もかもが変わっていた。

 ステータスはまるで病人か、呪いをかけられているように低い。

 スキル項目の欄は、何も書かれていない。

 所持スキルポイントは0。

 職業の項目は『冒険者』。

 レベルの項目は1と書かれていた。

 

 

 ……………………。

 

 

「は?」

 

 脳が理解することを拒否して、何かが間違っているんだと思い、俺は冒険者カードを裏返したり、目を擦ったりしてみたが、特に何も変わらない。

 汗が噴き出して、心臓の鼓動が周りに聞こえているんじゃないかと思えるぐらいに高鳴り、呼吸が上手く出来なくなった。

 俺は縋る思いで、あるえちゃん達を見ると、どこか同情のような視線を向けられた。

 

「……悪戯とかじゃないよ。身元を確認しようとした時にはそうなっていたんだ」

 

「これは私の推測なんだが、体が若返っているのと同じように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないかな」

 

 そんな、馬鹿な。

 

「……その推測は多分当たりですね」

 

 トリスターノがそう言ってきたので、振り返ると冒険者カードを見せてきた。

 

「私はアーチャーの職に戻っています。レベルはそこまで上がっていません。私がこの年齢の頃はまだ実戦訓練を始めたばかりでしたから、当時の冒険者カードに戻っているという推測は当たりかと。ゆんゆんさんはどうですか?」

 

「わ、わ、わたしは……」

 

 ゆんゆんは愕然としたままで、あまり話せそうにないのを察してか、あるえちゃんが続いた。

 

「ゆんゆんは冒険者カードを作って間もない頃だろうね。学校に通い始めたばかりさ。スキルポイントは多少あるみたいだが、その……」

 

「すきるがなにもない……」

 

 ゆんゆんはそう言うと、へなへなとへたり込んだ。

 マジかよ、ゆんゆんのスキルが……?

 じゃあ、俺のカードがこうなっているのはもしかして……。

 

「おにーさんはまだその年齢の頃は、冒険者になってなかったんじゃないかな。だから、その、ええっと……」

 

 ねりまきちゃんが言いづらそうにしているのに、答える気力は無かった。

 

 まじかよ、くそ。

 また俺は、守ってもらってばかりの頃に逆戻りかよ。

 




8章に入りましたが、まだ七章の傷痕は残ったまま。
ヒナギクの幼児状態の詳細とかは次回で。


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112話


112話です。さあ、いってみよう。



 

 

 気付いたら、部屋の中にいた。

 部屋は暗く、俺一人。

 ここはゆんゆんの実家で借りさせてもらっている部屋だ。

 

 夢でも見ていたのだと思い冒険者カードを確認すると、俺はすぐに後悔した。

 随分と空欄が目立つカードだ。

 この世界に帰ってきてからも体に慣れないと思っていたが、そうではなかった。

 今、この体で出せる全力がこの状態なのだ。

 俺の体が若いせいか、それとも上級職になってしばらく経つせいか、余計にステータスが低い気がする。

 

 

「リーダー、食事の時間ですよ」

 

「………悪い、気分じゃないんだ」

 

 部屋の外からトリスターノに飯に誘われたが、食べられそうにない。

 それに、こういう気分の時に飯を食っても味を感じない。

 俺は知ってる。

 粘土か何かを口に入れてるみたいで気持ち悪くなるんだ。

 だから余計に食べたくない。

 

「……わかりました。一応リーダーの分は残しておいてもらうように言っておきますね」

 

「ああ」

 

 トリスターノが部屋から離れていく気配を感じながら、俺はベッドに力無く倒れる。

 口から勝手にため息が漏れて、暗い部屋の中を静かな時間が過ぎていく。

 トリスターノが俺の部屋から離れて、どれぐらい経った頃だろうか。

 小さな足音が部屋の外から聞こえて、鳴っているのかわからない程のノックが聞こえた。

 

「パパ……?」

 

 思いやるような、恐る恐る声をかけるような、今のヒナらしくない声が聞こえた。

 

「ごめんな、ヒナ。今はちょっと一人になりたくてさ。ここは開けられないんだ」

 

「パパ……」

 

 泣きそうな声が返ってきたが、俺の体は動きそうになかった。

 ひたすら気怠るくて、体が重い。

 返事すら出来ずにしばらくすると、ごめんなさいと小さく聞こえた気がした。

 

 人様の家の、借りた部屋で引きこもっていると、惨めさが増すな。

 やっぱり努力したところで無駄なんだ。

 俺はこれからも水の泡のような人生を繰り返す。

 

 そんな、自嘲する声が聞こえた気がした。

 暗い部屋の天井を意味もなく見つめて、無気力感に包まれる。

 こうしていると、いやでも昔の自分を思い出す。

 あの時の俺も、こんな感じだった。

 

 

 高校生の頃。

 俺は空手に全力だった。

 命を賭けるぐらいの全力。

 

 ………くだらないって?

 そんな事に命をかけるとか、アホらしいって?

 ガキが命を賭けるとか何言ってんだって?

 

 ああ、そうだろうとも。

 少し大人になった俺なら同じことを思うのかもしれない。

 でも、人が何に全力を向けるかなんて自由だろ。

 当時の俺はマジだった。

 本気の本気。

 全力全開。

 全身全霊。

 そんな感じ。

 

 全国でもトップクラス、毎年インターハイに出場するレベルの空手部がある高校に入学して、そこで毎日死ぬほど頑張った。

 

 あーだこーだ言うのは面倒なので、結果から言ってしまうと、俺は何も出来なかった。

 大会に出場するメンバーの補欠にすら入れないボロ負けぶり。

 練習外でも体力作りに筋トレは欠かさなかったし、出来ることは何でもした。

 それでもダメだった。

 

 全国でトップクラスということは、周りが化け物や天才達ばかりだということだ。

 人格や性格が破滅しているものの全国で名を残すほどの実力を持つ先輩達。

 女好きだが世界大会の選手の選考に選ばれる程の才覚を持ったイケメンの同期。

 俺より遅くに始めたというのにセンスや体格で一気に実力を追い越してレギュラー入りを果たし見事大会の上位に入る後輩達。

 

 今覚えば、バカみたいに勝ち目がない。

 それでも諦めたくなくて。

 それでも追いついて、追い抜きたくて。

 きっと頑張れば、勝てると思っていた。

 

 でも結果は惨敗。

 俺はどうしようもないほど凡人だった。

 結果は何も得られず、俺は何もかも嫌になった。

 

 結果の伴わない努力なんて何の意味がある。

 努力すれば、きっと成し遂げられるなんて馬鹿みたいだ。

 結果を出せないのなら、遊んでいた方がマシだった。

 そう考えて、後悔して、無気力な日々を送った。

 今の俺と同じ。

 何も変わってないんだ。

 あの時と、俺は何も変わってない。

 

 あの時立ち直れたのは、父親が俺をぶん殴ってくれたからだ。

 進路のことを考える気にならなかった俺は父親に相談したところ、俺をぶん殴った後にこう言った。

「自分のこれからも考えられない空手バカが社会に出られるわけないだろ。大学で空手以外のことを学んでこい馬鹿野郎」

 そう言われて、目が覚めて、立ち直れた。

 

 あの時と変わっていることがあるとすれば、そんな優しくて温かくて厳しい父親がいないこと。

 俺が返すべき恩を返せずに死にやがったせいだ。

 今の俺を見たら、きっとぶん殴ってくれるだろうに。

 ニホンで会えたばかりだというのに、無性に会いたくなってしまった。

 

 

「ヒカル、起きてる?」

 

 部屋の外からゆんゆんの声が聞こえて、俺の視界がぼやけている事に気付いた。

 俺は気付かずに泣いていたらしい。

 どこまでも情けなくて、過去と変わらない自分が嫌で、慌てて服の袖で涙を拭きながら、起き上がって返事をした。

 

「ああ、どうした?」

 

「どうしても話がしたくて」

 

 ゆんゆんもきっと不安なのだろう。

 だが、今の俺では力になれるとは到底思えなかった。

 

「あー……悪いんだけど、明日でもいいか?」

 

「……」

 

 返ってきたのは沈黙だった。

 もしかしたら失望させたかもしれない。

 俺は内心慌てつつも、やっぱり話そうとは言えなかった。

 

「……お母さん、お願い」

 

 お母さん……?

 

「『アンロック』はい、どうぞ」

 

「え」

 

 俺が驚いて固まっていると、ゆんゆんが扉を開けて、部屋に入ってきた。

 どうやらりんりんさんに魔法で鍵を開けてもらったらしい。

 月の光のみが部屋を照らしていて、ゆんゆんの表情はわからなかったが、近付いてくるにつれて覚悟を決めたようなキリッとした顔が見えた。

 

「……」

 

「……え、えっと、一体なにむぎゅ……」

 

 俺の前で停止したゆんゆんに恐る恐る声をかけると、ゆんゆんは屈んで俺の両頬を両手で挟んできた。

 そして───

 

「ヒカル」

 

 顔の鼻と鼻がくっつきそうになるまで近付き、俺の名前を呼んだ。

 ゆんゆんの力強い紅い瞳を至近距離で見て、俺はすぐにわかった。

 ゆんゆんはスキルを無くしたショックから既に立ち直っていることに。

 気付いたと同時に自分が恥ずかしくなった。

 こんな強いゆんゆんに、弱い俺が力になろうだなんて(おこ)がましいと。

 そう思うと、自然と目を逸らしていた。

 

「なんで目を逸らすの?」

 

「えっと……」

 

 ゆんゆんが即座に尋ねてくるが、俺は情けない自身を恥じるあまり口が余計に開かなくなっていた。

 

「もしかして浮気?」

 

「…………えぇ?」

 

 いきなりの浮気判定に俺が困惑していると、ゆんゆんが顔と手を離して、立ち上がった。

 

「今のでツッコミが来ないってことは相当落ち込んでるわね」

 

「え、なに?そういう測定法なの?」

 

 俺も素で聞き返していると、ゆんゆんが俺の隣に座ってきた。

 なんとなくだが、ゆんゆんが来てくれて暗い気持ちが少しだけ引っ込んだ気がする。

 

「ゆんゆん?」

 

「ねえ、何考えてたの?」

 

 ゆんゆんが俺の肩に頭を乗せて、俺の左手を握ってきながら、そう尋ねてきた。

 俺は少し迷ったが、ゆんゆんに少しずつ全てを話した。

 

 自分の今の気持ちや今後の不安。

 過去の出来事と、自分の不甲斐無さ。

 父の偉大さと、もう会うことが出来ない寂しさ。

 

 話し終わってから、自分の情けなさに泣きそうになった。

 こんな女々しい男、振られたっておかしくない。

 そのはずなのに、ゆんゆんは俺の話を聞き終わっても態度が変わったりはしなかった。

 

「話してくれてありがとう。ヒカルの過去を知ることが出来て嬉しいわ」

 

「大したもんじゃないけどな」

 

「大したものよ。今のヒカルを構成する大事な要素だもの。ヒカルのお父さんは立派な人だったのね。ヒカルが家族想いなのもわかるわ」

 

「……」

 

「ニホンにいる時に一度でも会っておきたかったなぁ」

 

「……あの人はあまり喋らないから、会っても特に何も無いと思うぞ」

 

「そんなことはどうでもいいの。ヒカルが大事にしていた人達を知りたいだけだから」

 

「……」

 

 ゆんゆんがそう言ってくれるのは素直に嬉しいのだが、今の情けない俺にはゆんゆんを家族に紹介するどころか、家族の前に立つことすらできなさそうだ。

 それぐらい今の俺はダメだ。

 思考がマイナス方向に行きかけていると、ゆんゆんが握った手を動かして、指を絡めて恋人握りにしてきた。

 

「ねえ、ヒカル」

 

「ん?」

 

「私はヒカルの過去を教えてもらったけど、ヒカルの努力や辛さをわかったとは言わないわ。それは多分ヒカルだけのものだから。今もヒカルが過去の事や現状のせいで苦しんでることはわかってる。でも、それでも言うわ」

 

 指にぎゅっと力が入った後、ゆんゆんは続けた。

 

「本当に、ヒカルの努力は水の泡だと思う?」

 

 胸が締め付けられるように痛い。

 

「結果が出せなかったら、今までのことは全て無駄なの?」

 

 叫び出しそうになるのを、歯を食いしばって堪えた。

 

「……じゃあ、私もそうよね」

 

「え?」

 

「だって、そうでしょ?私はめぐみんに勝負を挑んでるけど、勝つという『結果』を得られてないもの」

 

「いや、そうじゃな……」

 

「そういうことよね。私の今までは全部無駄だったってことよね?」

 

「違うって。これは、なんていうか、俺の話であって……」

 

「ヒカルの中では、私は無駄な努力をするダメな魔法使いってこと?」

 

「んなわけねえだろ!」

 

 思わず大声を出して、ゆんゆんと顔を合わせた。

 俺は自分が出した声に驚いたのと、ゆんゆんの目の力強さに負けて、目を逸らした。

 

「私、確かにめぐみんに勝ててないわ。これからももしかしたら勝てないかもしれない。だって、めぐみんは魔王軍の幹部や賞金首を倒してるのに、私は成果を出してないから」

 

 そんなことない、という簡単なセリフが口から出てこなかった。

 

「それでも挑み続けるわ。理由は次期族長としてとか、いくつかあるけど、私はヒカルの仲間だから諦めるわけにはいかないの」

 

「俺……?」

 

「そうよ。仲間として友達として恋人として、ずっとヒカルを隣で見てきた。みんなの支援が無いと戦えなかった時でもヒカルは諦めなかった」

 

「……」

 

「真っ直ぐ前を睨んで、剣を構えてた。攻撃されても歯を食いしばって耐えてきた。倒れてしまっても、何度でも立ち上がった。冒険者として当たり前かもしれないけど、その当たり前を貫いて今までやってきた」

 

 ……ああ、くそ。

 

「その諦めない心に、私もヒナちゃんもトリタンさんも惹かれてついて来た。だから、私も諦めない。ヒカルの隣で見てきた者として諦めないわ」

 

 胸が温かい。

 

「確かに『結果』は大事よ。カズマさんやめぐみんみたいに魔王軍幹部を倒すような『結果』が出せたらどれだけ良いことか。でも『結果』ばかり見て、ヒカルは大事なものを見逃してる。今からそれをいっぱい言ってあげるわ」

 

 いや、熱い。

 何かが込み上がってくる。

 

「騎士王が来た時にトリタンさんが連れていかれるしかなかったのに、誰がそれを変えたの?上級職になって間もないのに一人で魔王軍幹部の前に立って戦ったのは誰?巨大化して手を付けられなかったシルビア相手にたった二人の前衛で時間を稼いだのは誰?円卓の騎士を相手に怯えずに立ち向かったのは誰?殺されて終わりだったはずの未来をねじ曲げて帰ってきたのは誰?そのついでに違う世界も、違う私達も救ってきたのは誰?」

 

 違う、胸じゃない。

 心が、熱い。

 

「私が友達といられるのは誰のおかげ?私が誕生日に幸せな時間を過ごせたのは誰のおかげ?私が里で変わり者扱いされなくなったのは誰のおかげ?私達が本当に大事なものを見つけられたのは誰のおかげ?」

 

 ゆんゆんが俺の頬に包み込むように触れてくる。

 その温もりが、どこまでも優しかった。

 

「全部、ぜーんぶヒカルのおかげよ」

 

 熱いものが込み上げて、溢れて、止まらなくなった。

 ゆんゆんの目は力強いままだけど、今度は目を逸らさずにいられた。

 

「ヒカルの諦めない心は何で培ったもの?空手じゃないの?高校生の時、結果を得ることは出来なかったけど、代わりに数えきれないほど大切なものを手に入れたでしょう?」

 

 視界がぼやけて、よく見えなくなったが、ゆんゆんが微笑んでくれたのは見えた。

 

「もう一度聞くわ。結果を出せなかったら、今までのことは全て無駄?水の泡?」

 

「ちがう……」

 

「もっと大きな声で」

 

「俺の努力は、無駄なんかじゃない!」

 

「そうよ。ヒカルの努力は絶対に無駄なんかじゃないわ。冒険者カードはリセットされてしまったけど、今までのことが全て無くなったわけじゃない。せっかく若くなったんだから、みんなでまたやり直しましょう?」

 

「ああ……」

 

「失敗も挫折も後悔も、全て受け入れて前に進みましょう。その方がヒカルらしいし、格好いいわ」

 

「ああ、俺……俺……」

 

「うん」

 

「俺の為にも、ゆんゆんの為にも、格好良くなれるように頑張るよ」

 

「うん、偉いわ」

 

 ゆんゆんが俺の頭を引き寄せて、包み込むように俺の頭を優しく抱きしめた。

 俺はゆんゆんの胸の中で、ただただ───。

 

 

 

 

 

 

 

「ええっと、ゆんゆん。あのさ」

 

「うん」

 

「その、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 落ち着いて冷静になってきたら、なんとなく恥ずかしいような、気まずいような気がして、ゆんゆんの隣に座り直してから礼を言った。

 

「一応ね?」

 

「ん?」

 

「冒険者をやらないって道もあると思うわ」

 

 ゆんゆんが俺の左手をまた握りながら、顔を逸らしてそう言った。

 

「やらないって、一体どうやって……」

 

「その……わ、私のところに永久就職すれば、何も問題無いとお、思う……」

 

 ゆんゆんが顔を朱に染めながら、声を裏返らせながらとんでもない発言をしてきた。

 その発言の意味は、つまり、アレだ。

 俺も、いつかはそうなりたいとは思っているものの、口に出すことは出来ずにいた。

 その理由は幾つかあるから、余計にだ。

 

「ゆんゆん。俺はまだ……」

 

「一応だってば」

 

 俺が断るのを感じ取ったのか、ゆんゆんが拗ねながら先にそう言ってきた。

 

「ごめん」

 

「つーん」

 

 拗ねてそっぽを向きつつも、俺の手を離さないゆんゆんが愛おしくて、可愛かった。

 

「ゆんゆん」

 

「……なに?」

 

 俺が手を握り返して体を近づけると、ゆんゆんは少しだけ不機嫌そうに振り返ってきた。

 俺が更に顔を近付けると、ゆんゆんはすぐに察したのか、目を瞑り受け入れてくれた。

 合わせるだけの行為が、癒しと落ち着きをくれる。

 改めて、俺はわかった。

 

 ゆんゆんのことを好きで、愛してる。

 

 先程のゆんゆんの思いに、今は応えることは出来ない。

 それでも、いつかは応えたい。

 俺が出来ることは多分少なくて、弱くて、頼りないかもしれないけれど、幸せにしたい女性というのを初めて見つけた。

 他でもない俺自身が、幸せにしたい。

 だから、もしも俺達四人が一緒にいられなくなる日が来たら、今度は俺が言おう。

 そう心に誓って、顔を離した。

 

「ヒカル、あのね」

 

 顔を離した後のゆんゆんは不機嫌ではなくなっていた。

 どちらかと言えば、熱が籠ったような、

 

「今度は、私をいっぱい慰めてほしい、です」

 

 上目遣いで潤む紅い瞳。

 薄く赤くなる頬。

 期待の眼差し。

 俺はすぐに察した。

 察してすぐに、俺の下半身は素直に反応した。

 今思えば、ニホンから戻ってきたというのに、ゆんゆんと二人きりの時間はあまり無かった。

 混乱続きに、ヒナの世話、家の手伝い、落ち着いてきたかと思えば俺達は最初の頃よりも弱くなってることが発覚したりと、余裕が無かった。

 でも、今は……

 

「ヒカル、来て」

 

 ゆんゆんが俺の首の後ろに手を回して、俺のベッドへと倒れ込み、俺も引き寄せられてゆんゆんに覆い被さる体勢になった。

 

「心配しなくて大丈夫だから。お母さんに消音の魔法をこの部屋にしてもらってるから」

 

 なんだかすごい発言が聞こえた気がするけど、俺はゆんゆんに釘付けだった。

 俺のせいで胸元が濡れてるのも、なんだかめちゃくちゃエロく見えてきた。

 もう興奮が収まりそうにない。

 俺の今の体でどこまで出来るか……。

 今の体……?

 

 いや、よくよく考えたら、この体の状態でするのは、まずくないか。

 

 ゆんゆんもこの年齢になっても、特に体がそこまで変わってるように見えないとはいえ、行為に及ぶのは流石に良くないと思うでもこの世界ならあり得ることなのかいやいや待て待てそもそもアレが無い状態でするのもだいぶ危険だしもう少し体の状態がわかってからで───

 

「ヒカル」

 

 ゆんゆんは俺の名を呼んだだけだったが、それがどれだけの思いが詰まってるかが俺にはわかった。

 ニホンで寂しい思いをさせてしまった。

 帰ってきてからも、一緒の時間を作ってあげられなかった。

 ゆんゆん自身も辛いはずなのに、弱っている俺を優先してくれた。

 そんなゆんゆんに応えられなければ、きっと俺は男ではない。

 

 体の状態はきっとエリス様がなんとかしてくれる。

 アレが無いとか、些細な問題だ。

 今度は俺が頑張る番だ。

 だいじょうぶ、きっとだいじょうぶ。

 俺はズボンをこれでもかと押し上げる猛り狂うアソコを解放しようとズボンに手をかけ──

 

 

 

「うわあああああああああん!!!!パパああああああああああ!!!!」

 

 

 

 隣の部屋から大音量のヒナの泣き声が聞こえて、体が止まった。

 

「……」

 

「……」

 

 お互いに無言になって見つめ合う中、ゆんゆんが俺を優しく押しのけながら、起き上がりニッコリと笑うと。

 

「ヒカル、待ってて。少し静かにしてくるから」

 

「ちょ、ちょっと待った!俺が行ってくるから!すぐに解決してくるから!」

 

 笑顔なのに目が全く笑ってない恐怖に怯えた俺はとんでもないことが起きる前に、ゆんゆんより先に部屋を出てヒナがいる部屋に向かった。

 





三嶋くろね先生書き下ろしのゆんゆんの抱き枕カバーイラスト、どちゃくそエッチじゃない?一生抱けるんだけど(本編との温度差)

まあ、このファンで新しく実装された『憧れのお姉さん』星4ゆんゆんのおかげでお金が溶けたので買えませんけどね。
眼鏡なし差分もくれたら許すんですけどね運営さん。


お気に入り、評価、感想ありがとうございます。
これからも頑張りますので、これからもよろしくお願いします。


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113話

113話です。さあ、いってみよう。



 

「あわわわわ、どうしましょうどうしましょう」

 

「なーにやってんだ、あんた」

 

 ヒナがいる部屋に入ると、あたふたしながら必死にヒナをあやそうとしているエリス様がいた。

 どうやら突然ヒナが泣き出したのは、エリス様がヒナを起こしたからみたいだ。

 

「ああ、ヒカルさん!ヒナギクが何故か泣き止みません!」

 

「パパああああああああ!!」

 

「寝てたのに、起こすからビックリしたんだろ」

 

 俺がヒナを持ち上げて、抱っこすると泣き叫んでいたのが嘘のように静まり返った。

 

「よーしよし、良い子だな」

 

「ええっ!!?意味がわかりません!理不尽です!あんまりです!」

 

「せっかく静かになったのに、騒ぐんじゃねえよこの野郎」

 

「くっ……!このパパ面が最高に腹立ちますよ……!」

 

「誰がパパ面だ。で、まさかとは思うけど、ヒナにちょっかい出す為だけに来たんじゃないだろうな」

 

「違いますけど、それぐらいいいじゃないですか。私だって頑張ってるんです。ヒナギクで癒されてもいいはず。むしろ当然の権利と言えます」

 

 無い胸を張って言い切るエリス様は、俺が抱っこしている近くに来て、ヒナを覗き込もうとすると、ヒナが瞬時に顔を逸らした。

 

「!?」

 

 ショックを受けた顔になりつつも、エリス様は挫けずに俺の反対側に移り、またヒナの顔を覗き込むも、また顔を逸らされる。

 それが何度か続き、流石に声をかけた。

 

「なあ、嫌がってるだろ」

 

「嫌がるはずがありません!私とヒナギクの仲をなんだと思ってるんですか!」

 

 そう言われると、なんなんだろう。

 愛が一方的すぎるせいで、正直わからん。

 

「エリス様、そろそろ本題に入ろう」

 

「え?ヒナギクが本題ですけど?」

 

「……よーし、ヒナはこれから俺が大事に育てて、エリス教には入らないように教育してやる」

 

「な、なんてこと思い付くんですか!?わ、わかりましたよ!冗談ですから!」

 

 慌てて取り繕うエリス様はその後、真剣な顔になり、調査結果を話し始めた。

 

 まずは俺達の体について。

 ゆんゆんは体の戻された年数が少ないので、エリス様の力でほとんど元に戻せるらしいが、正確に戻せるわけではなく、数ヶ月程度の誤差があるらしい。

 それぐらいなら、全然いいだろう。

 ついでにリセットされた冒険者カードについても質問してみたが、それも体に応じて戻るんじゃないかとエリス様は言っていた。

 ゆんゆんはある程度戦力も戻りそうで安心した。

 

 次に俺やトリスターノの体だが、完全な状態に戻すことは出来ないと断言された。

 調査前の意見と同じで、戻せても五、六年程度が限界らしく、それ以上は確実に体に負担がかかりすぎるとのこと。

 五、六年分体の時間が経つなら、高校生ぐらいの体になるのか。

 ……色々と複雑な気分ではあるが、先程のゆんゆんのおかげで、嫌な気持ちになることはなかった。

 ちなみにトリスターノの冒険者カードはその年齢の時の状態に戻るだろうが、俺の冒険者カードは何ともなりそうにないとのこと。

 ……わかってはいたのだが、やっぱり俺はやり直すしかないみたいだ。

 それと俺達三人の体の時間を戻すのも数日がかかるので、まだ紅魔の里に残ることになった。

 

 最後にヒナの体について。

 本来、神や天使は睡眠が絶対に必要というわけではないらしいのだが、趣味や休息手段として睡眠をすることは大いにあるのだとか。

 世界が壊れてしまうほどのダメージを、世界を管理しているヒナ本人もダメージ受けてしまい、その上俺達を抱えて飛んだり守ったりしたせいで、ヒナは力を使い果たしてしまっている状態らしい。

 今のヒナは深刻なダメージを受けている状態で、そのダメージを回復する為に休眠状態のようなものになっている。

 幼児に戻っているのは、体の消費エネルギーを最小限にする為なのではないかというエリス様の推測だ。

 精神的に幼児に戻ってしまっていることに関しては、エリス様もよくわかっていないらしい。

 エリス様の憶測になるが、ダメージを受けた時に精神的ショックも大きかったせいで内に閉じこもってしまっているか、もしくは精神も休眠状態に入っているのではないか、と言っていた。

 

「エリス様、ヒナはその休眠状態?になってるってことは、ちゃんと元に戻るんだよな?」

 

「はい、戻るはずです。どれぐらいかかるか正確にはわかりませんが、ヒナギクのことですから一か月もかからないと思います」

 

「よかった」

 

 一番気掛かりであったが、戻るのなら何も問題はない。

 ヒナが天才で助かった。

 よくよく考えればエリス様もそこまで心配してる様子では無かったから、俺がそこまで心配することでも無かったのかもしれない。

 俺のレベルとかはまたやり直せばいいが、ヒナが育ち切るのを待つのは難しい。

 

「調査結果は以上です。数日体を戻すのにかかりますので、しばらくは安静にしていてください」

 

「わかった。本当にありがとう」

 

「ええ、まあお礼は後日にしっかりといただきますので大丈夫ですよ」

 

 ……何を要求されるかわからないが、適当な神器回収の手伝いとかがいいな。

 

「話は以上なのですが、ええとですね……」

 

「?」

 

「私もここまで協力した以上確実に体が戻るようにしたいわけですよ」

 

「うん」

 

「だから、その、一応言っておくんですけど」

 

 なんだか歯切れが悪い。

 顔も赤いし、どうしたんだ。

 

「こ、この数日間は、せ、性行為は控えてください」

 

「……」

 

「へ、変な顔でこっちを見ないでください!一応真面目な話なんですよ!」

 

 照れてるのを誤魔化すように、目を逸らして声を張るエリス様は続けた。

 

「体の時間をいじるのは危険なんです。も、もしも、もしもの話になりますが、ゆんゆんさんのお腹に新たな命が出来た状態で……」

 

「と、とんでもねえこと言ってんじゃねえよこの野郎!」

 

「だ、だからもしもの話だって言ってるじゃないですか!?」

 

 エリス様が赤面しながら大声で言い返してくる。

 というか、ゆんゆんのことを待たせたままだ。

 待たせた挙句、出来ませんと言ったら、ゆんゆんは怒り狂うのではないだろうか。

 

「とにかく!体の時間をいじるんですから、そ、そういう行為は禁止です!体の負担も多少はあるんですから!」

 

 先程ヒナが泣き出さなかったら、エリス様の警告前にやらかすところだった。

 アレ無しでしようとかアホすぎる。

 完全に冷静じゃなかった。

 

「話は終わりましたので、私は帰ります。ですが、その前にヒナギクを一度抱っこさせてください」

 

 そう言ってヒナに手を伸ばすが、ヒナは俺の服を掴んで離れようとしなかった。

 

「やだ!!」

 

「う、うわーん!私頑張ったのにーー!!」

 

 そう言って泣きながら光の粒子になって消えていった。

 普通に天界に帰ったのだと思うが、消え方的に敵にやられて消滅したような感じだったな。

 

 ………ああ、ゆんゆんに説明しなきゃ。

 俺はヒナをベッドに寝かせて、部屋に戻ろうとしたのだが、ヒナが俺の服を離そうとしなかった。

 幸いすぐに寝てくれたので、服を脱ぐことで脱出することが出来た。

 俺は部屋に戻ると、ゆんゆんはベッドで横になっていた。

 寝ているのかと思い、近付くと布団から顔だけを出して、こちらを見てきた。

 わたし不機嫌です、怒ってます、そういう表情だ。

 

「あの、ゆんゆんさん」

 

「なんでこんなに時間がかかるの?」

 

「ご、ごめん。エリス様が来てたんだ。調査結果を聞いてた」

 

「えっ、ど、どうだった!?」

 

 ゆんゆんがベッドから飛び起きて、尋ねてきたので、俺はエリス様から聞いたことをそのまま話した。

 

「じゃ、じゃあヒカルやトリタンさんは完全には戻せないけど、私の体はほとんど戻るのね?」

 

「ああ、スキルもある程度元の状態になるだろうって」

 

「や、やったわ!これでヒカルのサポートに回れるわね!」

 

 ゆんゆんはこんな時まで俺のことを優先で考えてくれる。

 願わくは、助けてもらってばかりの状況は早く抜け出したいところだ。

 

「ヒナも一ヶ月経つまでには戻れるって話だ」

 

「ほんと?じゃあ、戻った時までに言いたいことは取っておくわ」

 

 ゆんゆんが静かな怒りを感じさせたのも束の間、ゆんゆんが俺の手を引いてベッドへと引き込んでくる。

 

「ゆ、ゆんゆんさん!実はまだ話がありまして……」

 

「後にしない?」

 

「い、いや、待って!これが割と重要な話でして」

 

「むぅ……」

 

 ゆんゆんは不機嫌そうにしつつも聞く姿勢になってくれたので、俺は恐る恐るエリス様に言われた通りに話した。

 話していくにつれ、ゆんゆんの表情は驚き、悲しげ、最後に不機嫌な顔へと戻った。

 

「……じゃあ、出来ないってことですか?」

 

「え、えっと、はい……」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が痛いが、受け入れてくれるしかない。

 俺はゆんゆんが納得してくれることを願っていると、

 

「じゃあ、体は戻らなくていいってことで……」

 

「ゆんゆんさん!?」

 

 

 俺は駄々をこねるゆんゆんを説得するのに、数時間かかった。

 

 

 

 翌日はトリスターノにもエリス様の調査結果を伝え、

 

 ───そして、数日が過ぎた。

 

「とうっ!」

 

 俺はベッドから飛び、部屋にある姿見の鏡の前に降り立つ。

 

「はっ!」

 

 俺は降り立ち屈んだ体勢から、一回転しながら立ち上がり、服を同時に脱ぎ捨てる。

 テンションが上がり過ぎたあまり、下着も脱いでしまったが、些細なことだろう。

 

「ふんっ!ほっ!はっ!」

 

 次々にポーズを取りつつ、自分の体を眺める。

 俺の体は、あの頃に……高校生時代の体になっていた。

 空手しか見えていない頃の、結果を得る為に我武者羅になっていた頃の体。

 つまり、

 

「パーフェクトボディー」

 

 細マッチョとマッチョの境界あたりのバランス。

 体の胸筋や腹筋などのラインがしっかりと分かるほどに筋肉がついている。

 腹斜筋は引き締まっていることにより、腹直筋が六つに割れているのがよく見える上に綺麗なボディラインを作ることが出来ている。

 腕や脚の筋肉も申し分ない。

 これ以上の描写は長くなってしまうから割愛することになるのが、残念だ。

 だが、それほどまでにパーフェクト。

 この頃の俺が遊んでいたら、大変なことになっていたかもしれない。

 なんてアホなことを考えていると、部屋の扉がガチャリと開いた。

 

「ヒカル、おはよ……って、なんで全裸なの!?」

 

「おはよう。着替えるついでに体の確認だよ」

 

「全部脱ぐ必要は無いよね!?」

 

 目を逸らしつつも、チラチラと俺のことを見て赤面するゆんゆん。

 しっかりと興味があるんじゃないか。

 中坊の頃や体の時間が戻る前とは比べ物にならないほど自慢出来る肉体だから、見られても全く困らない、むしろ見てほしい。

 

「い、いい加減前ぐらい隠して!ほら、服!」

 

 そう言って、俺が脱ぎ捨てた服を俺に投げてくる。

 確かにギンギンな状態を隠そうともしないのは良くなかったかもしれない。

 でも、今はそっちより全身を見てほしい。

 

「早く着替なさい!!」

 

 ハンガーラックポールよろしくギンギンになってるところに服をかけてから、腰に手を当てて体を見せつけたら、めちゃくちゃ怒鳴られた。

 

 

 

 

 

「トリスターノはほとんど元通りか」

 

「そうね。いつものトリタンさんと変わらないわ」

 

「私も鏡で確認しましたが、体の時間が戻る前との違いは見当たりませんでした」

 

 朝食を食べ終わり、俺達は自分達の体の変化について話していた。

 トリスターノはニホン騒動が起こる前の姿と変わらなくなっていた。

 

「リーダーはなんというか、随分と筋肉がつきましたね」

 

「だろ?体だけで言えば、俺の全盛期だ」

 

 中坊の時の体用に買ってもらったTシャツがパツパツだ。

 着脱に少し時間がかかるが、それ以外は特に問題は無い。

 

「まだ人生半分も生きてないのに、全盛期って……」

 

「い、いいじゃねえか!どうせ人生なんておっさんになってからの方が長いんだしさ!」

 

 ゆんゆんにグサリとくることを言われて、俺は言い返したが、決して以前までの俺がおっさんだったわけではない。

 そこのところは間違えないでほしい。

 この体の時の俺はストイックすぎた、全盛期というのは何ら間違っていない。

 

「そこまで筋肉量が違うのであれば、ステータスも上がっているのではないですか?」

 

「そうかもな。確認してみるか」

 

 今朝は体を確認することに夢中になってたから、冒険者カードは見てなかった。

 俺は懐から冒険者カードを取り出し、確認してすぐに懐へと戻した。

 

「………さて、とりあえずなんだけど」

 

「いやいや、そんな雑な話題の変え方ありますか?」

 

「そうよ、気になるじゃない」

 

 期待なんてしていなかった。

 と言えば嘘になる。

 体がかなり変わったのだから、もしかしたらと思ってしまうのは当然のことだろう。

 ただ、俺に限って、というより『ムードメーカー』に限ってそんな期待通りのことになるなんて展開はあり得ないのだ。

 

「……身体能力に関するステータスが5ぐらい上がってた」

 

「……」

「……」

 

 その可哀想なものを見る目はやめてほしい。

 最近の俺は違ったかもしれないが、少し前まではこの状態だったんだからさ。

 こうしてみると改めて、転生してきた初期の頃の状態に戻ったのだと実感した。

 本当に厄介な能力だ。

 というか、本来はチートを贈られて多少はイージーな冒険をするはずなのに、このハードな世界で何でハンデを抱えなきゃいけないんだ。

 

「二人の冒険者カードはどうだ?」

 

 弱くなってしまったことに、ちゃんと向き合っていかないといけないのは確かだが、いちいち俺の弱さを気にするのも嫌なので、俺は二人のステータスを聞くことにした。

 

「私も実はあまり良くなくて……」

 

 ゆんゆんが少し表情に影を落として、そう言い冒険者カードを取り出した。

 

「上級魔法を覚えてないみたいなの……一応ポイントは集まってきてるから、習得にそこまでかからないと思うけど……」

 

 上級魔法か。

 俺は別に中級魔法でも十分だと思っているが、紅魔族は上級魔法を覚えて一人前と認められることから、ゆんゆんはそういうわけにはいかないだろう。

 最初の頃はなんだかんだで俺達と足並みを揃えつつもスキルポイントを貯めて頑張っていたのを俺は見てきたのだ。

 ステータスを戻されて、里の連中に半人前扱いされたら可哀想だし、俺よりもゆんゆんのレベル上げを優先した方がいいかもしれない。

 

「トリスターノは?」

 

「私の場合は一長一短ですね。ステータスやレベルは上がってますが、冒険者として覚えたスキルを失くしたのは正直痛いところです」

 

 円卓の騎士として活躍していた時期なのだろうか、レベルは三十後半でステータスも以前よりかなり高くなっているように見える。

 スキルもほとんどアーチャー職のものばかりで、当然テレポートとかはない。

 ……ん?なんかおかしくないか?

 

「待て、俺達のパーティーに入った時はレベル一桁だったよな?騒動が起こる前もこんなにレベルは高くなかったはずだ。でも今の体の年齢の時の方がレベルが高いってのは矛盾してるだろ」

 

「おや、気付かれてしまいましたか。というか私が円卓の騎士だとバレた時にそのツッコミが来ると思っていたのですが……」

 

「どういうことなの?」

 

「そうですね。まずは私がグレテン王国を抜け出す時の話からしましょうか。あれは───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず110話の後書きを読めばわかるってことだな」

 

「待ってくださいよ!今のは回想に入るところじゃないですか!」

 

「文字数とか話数とか考えろよ。というか回想に入ったら、ただでさえ分かりづらい今の状況が更に分かりづらくなるだろうが」

 

「そんな正論聞きたくないですよ!私の回想シーンに入った方がわかりやすいですって!『エピソード・オブ・トリスターノ』の序章を始めましょうよ!」

 

「何勝手に話作ってんだこの野郎。とりあえずマーリンに色々されて、レベルが一桁になってたんだな」

 

「『死の宣告』を覚えてたのも、そのマーリンって人のせいだったのね」

 

「ゆんゆんさんまで要約しないでくださいよ!」

 

 

 

 

 

 体の心配も無くなり、俺達は今後の予定や活動について話を進めていく。

 数日中には紅魔の里を出ることになり、アクセルに戻ることが決定した。

 アクセルに戻った後は、しばらくレベリングの日々だ。

 ヒナには申し訳ないが、冒険者活動中は孤児院に預けたりする必要があるだろう。

 ヒナの体が戻るのもそこまでかからないらしいし、なんとかなるはずだ。

 

 それよりも重要な話があった。

 ゆんゆんやトリスターノの体はほぼ元通りなのだが、俺だけが以前よりも若い姿になってしまっている。

 アクセルで交流のある人に見られたら、確実に俺が変化しているのがわかる。

 色々と理由をつけて誤魔化せればいいかもしれないが、それだけで話が終わるわけもない。

 トリスターノが言うには、王族や貴族に若返りのことがバレれば確実に面倒なことになり、尋問や実験などのとんでもない事態になりかねないとか。

 王族やら貴族連中に『不死』や『若返り』などのワードは禁句みたいだ。

 だから俺の外見を誤魔化す必要がある。

 紅魔の里になら、そんなことが出来る魔道具があるかもしれない、というゆんゆんの一言により、俺達は里の商業区へと向かった。

 

 

 割とあっさり魔道具は見つかった。

 数年ほど歳を誤魔化すことが出来る魔道具で、魔力を電池のように貯めれば何度も使える使い勝手の良いものだ。

 欠点は魔力を最大まで貯めないと使用出来ないことと、魔力を最大まで貯めるのにかなりの魔力が必要だということ。

 俺の魔力量は少ないが、ゆんゆんやヒナもいるし、魔力を貯めるのも特に問題は無い。

 即購入し、すぐに試しに使ってみると、二人からは以前の俺と変わらないと太鼓判をもらえた。

 俺は試しにそのまま魔道具を使ったまま、ゆんゆんの家に帰る途中、意外な人物と再会した。

 

「ウィズさん、こんにちは」

 

「おや?こんにちは。皆さんはどうしてここに?ゆんゆんさんの里帰りですか?」

 

「え、ええっと、まあ、そんな感じです。ウィズさんは?」

 

 ウィズさんから見て、俺が変わったように見えていないみたいだ。

 アクセルに帰る前に、魔道具がしっかりと効果があることがわかってよかった。

 

「バニルさんが私を労って休日を作ってくれたんです。店のことは任せて、数日は遊びにでもと」

 

 ………バニルさん、体よく店から追い出したな。

 

「それで旅行ついでに紅魔の里に良い魔道具がないかと見に来たんですよ」

 

 なるほど、バニルさんの努力は多分無駄になるだろう。

 それはともかくとしてウィズさんは紅魔の里に一日泊まり、明日は王都で色々と見て回るらしい。

 俺達がアクセルに帰るには、知り合いの紅魔族に王都あたりまでテレポートをお願いして、そこから馬車などの陸路で帰ることになる。

 多少は金も時間もかかるので、面倒だったのだが、ウィズさんはアクセルへテレポートで帰ることが出来るだろう。

 俺は試しにテレポートでアクセルに送ってくれないかとお願いしてみると、ニッコリと承諾してくれた。

 帰る準備やお世話になった人たちへのお礼を済ませるためにも時間が必要なことから、明日の朝にテレポートしてもらうことを約束して、俺達はその場で別れたのだった。

 

 

 

 その日はりんりんさんにはお礼を言うことが出来たのだが、何故かひろぽんさんに会うことが出来なかった。

 準備も早々に終わり、翌日を迎えた。

 朝、約束しているウィズさんの元に向かおうとした時。

 

「おっと、どこに行こうというのかね?」

 

 そう言って、立ちはだかるように道に立つのは、ゆんゆんの父であるひろぽんさん。

 ひろぽんさんの後ろには数人の紅魔族が俺達を見て立っている。

 ひろぽんさんもその周りの紅魔族も剣呑な雰囲気を漂わせていた。

 

「ひろぽんさん、おはようございます。昨日は会えなかったので言いそびれたのですが、俺達アクセルに帰ることになったんです」

 

「ほう」

 

「お世話になったこと、お礼を言いたいと思っていたんです。本当にありがとうございました」

 

「構わないとも」

 

 ただならぬ雰囲気であれど、言うべきことは言わなければならない。

 返答はいつも通りであるが、ひろぽんさん達の雰囲気は変わらない。

 

「だが」

 

 りんりんさんが俺達の後ろから通り過ぎて、ひろぽんさん達の元へと向かい、同じようにこちらを見てくる。

 

「娘を同行することは許可出来ない」

 

「……」

 

「……えっ、お、お父さん……?」

 

 俺は咄嗟に何も言えず、ゆんゆんは困惑した様子で呟く。

 俺はヒナを抱え直しながら、尋ねる。

 

「何故ですか?」

 

「わからないのかね?」

 

 失望したような様子で、聞き返してくる。

 

「今の君が、約束を守れる男ではないからだ」

 

 立ちはだかるようにして、ではない。

 本当に俺達を通さないように、立ちはだかっていた。

 




またシリアス続き……かも?


『戦闘員、派遣します!』を読み始めたのですが、意外と『このすば』要素が出てきて面白いですね。
アニメが始まって、ついでにこのすばの方も盛り上がってくれないかな。


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114話


114話です。さあ、いってみよう。



 

 

「今の君が、約束を守れる男ではないからだ」

 

 約束。

 それは、多分ゆんゆんを絶対に守ると言ったことだろう。

 

「君達の事情はわからない。ああ、話してくれなくていい。それでも私達は君達を助けた。君達は知らない仲ではないし、何より恩がある。だから協力は惜しまないさ」

 

 ひろぽんさんの瞳が紅く輝き、言葉を続ける。

 

「だが、そのことと君が約束を守れないことに関しては別だ。弱くて、幼い君に大事な娘を預けられない」

 

 はっきりと言われてしまった。

 頼りないお前はお断りだと。

 俺が何かを言おうとする前に、ゆんゆんが堪らず言い返した。

 

「お父さん、待って!行き先はアクセルよ!?この里周辺ほどの危険はないし、そもそも……」

 

「黙りなさい」

 

「っ……」

 

 ひろぽんさんの圧力に負けて、ゆんゆんは続きを言えなくなった。

 紅魔の里に来るのは二度目で、ゆんゆんのご実家にお世話になるのも同じく二度目だ。

 当然ひろぽんさんは知らない人ではない。

 だが、ここまでの迫力は見たことがない。

 あの模擬戦でも、こんなひろぽんさんの姿は見られなかった。

 それほどまでに本気なのだ。

 紅魔族が武闘派集団で、その長であることもそうだが、何より父親として絶対に譲れないからこその本気。

 俺は父親ではない。

 それでも、父からの愛を知っているつもりだ。

 だから俺はひろぽんさんに咄嗟に言い返すことが出来なかった。

 

「私は以前君を試した。君には言えずにいたが、素晴らしかったとも。お互いに本気では無かったとはいえ、素直に負けを認めるよ。お互いに本気では無かったけどね」

 

 お互いに本気では無かった、をやたら強調してくるが確かにその通りだろう。

 平行世界のゆんゆんは、俺が斬りかかりに行ったら泥沼魔法で瞬時に俺を無力化したのだ。

 ひろぽんさんが本気であったなら、きっと同じ結果になっていた。

 

「君はこの私に『力』を示した。娘を守る為の『力』をね。だから私は認めたんだ。だが今の君は?弱いのだろう?では認められない」

 

 全部その通りだ。

 俺だって立場が逆なら、同じことを言ってるかもしれない。

 というか、もっと強制的に関係を切っているかもしれない。

 そう考えると、ひろぽんさんは理性的だ。

 でも、だからといって俺も引き下がるわけにはいかない。

 

「……確かに、弱くなりました。職業もレベルもスキルも全部リセットされました。正直俺だって諦めてた」

 

「……」

 

「それでも、ゆんゆんがまたやり直せばいいって言ってくれたんです。ゆんゆんの為にも、俺はまた強くならなければならないんです!その為にアクセルにまた戻るんです!」

 

「……」

 

「今は守れません。ですが、また守れるように、力をつける為に、ゆんゆん達とアクセルに戻るんです!そこを、通してください!」

 

「……駄目だ」

 

「くっ……」

 

 思わず歯噛みした。

 悔しい。

 一言で否定されたのもそうだが、自分に力が無いのが一番悔しい。

 

「前の君は『力』を示したが、今の君にはそれが出来ない。だが、それに足る何かを示せるのであれば、私も考えよう」

 

 認めてくれる可能性があるってことか!?

 それなら、どうにかして認めてもらうしかない。

 だが、何を、どうやって……。

 

「『覚悟』だ。君の『覚悟』を示したまえ。先程の言葉では全然足りない」

 

 覚悟……?

 何があっても、ゆんゆんを守り通す覚悟とか、そんな感じだろうか。

 それなら俺にはある。

 今の状態でも俺はゆんゆんの為なら、勝てない相手にだって突っ込んでいける。

 ゆんゆんに誓ったんだ。

 ゆんゆんが格好いいと思ってくれている俺になる為に頑張る、と。

 それを言葉にして伝えようとした時。

 

「今から君の『覚悟』を試す。私が質問することに全て答えるんだ。その結果次第で、娘の同行を考えようじゃないか」

 

 質問か。

 もっとこう、自分の言葉でとかじゃないのか。

 だが、それで試すというのであれば、俺は試されるしかない───!

 

 

「一つ、君はどんな状況であっても娘を守るか?」

 

「はい」

 

 当然だ。

 こんなの、きっと覚悟ですらない。

 

「二つ、君は血反吐を吐くことになろうとも、死にそうになろうとも強くなることを優先するか?」

 

「はい」

 

 守る為に力をつけると言った。

 最初はアクセルで頑張ってきた。

 弱かったけど、なんだかんだで強くなれた。

 それをまたやり直せばいい。

 

「三つ、この誓いを死んでも守り通すか?」

 

「はい」

 

 俺は二回も死んで、今ここにいる。

 いくら死ぬことになろうとも、俺は守る。

 

「四つ、君は

病める時も、健やかなる時も、

富める時も、貧しき時も、

ゆんゆんを敬い、支える事を誓いますか?」

 

 

 ……………えっ。

 

 

 一瞬思考が止まってしまった。

 まるで結婚式の誓いの言葉みたいな……。

 なんか口調も違うし、余計にそう感じる。

 だが、ひろぽんさんもりんりんさんも、周りの紅魔族も至って真剣だ。

 

「……誓いますか?」

 

「は、はい!」

 

 困惑して返事が出来ないでいる俺に、業を煮やしたひろぽんさんが口調を強くして再度聞いてきた。

 だが俺の返答が気に入らなかったのか、

 

「ち、か、い、ま、す、か?」

 

 目を見開きながらピカピカと光らせて、再三聞いてきたひろぽんさんに流されるようにして、

 

「ち、誓います!」

 

 俺がそう答えると、ひろぽんさんは頷いて、また続ける。

 

「では、指輪を交換し」

 

 へ?指輪?

 

「お父さん、それは本当の結婚式で言うやつよ」

 

「ああ、すまない。間違えてノリで言っちゃったよ」

 

 

 えっ。

 

 

 これ、えっ。

 俺はもしかして、とんでもないことを誓ってしまったのでは……。

 俺はゆんゆんの方を振り向くと

 

「……」

 

 顔はもちろんのこと、耳も真っ赤にしている上に瞳も軽く光っている状態で俺の方を呆然と見ていた。

 目が少し合うと、目を逸らしてからモジモジとしていて、実に可愛い。

 いや、そんな可愛いとか思ってる場合ではない。

 俺はトリスターノの方を振り返ると、俺に背中を向けて、肩を震わせていたが、すぐに俺の視線に気付いたのか、振り返り口を開いた。

 

「っ………ああ、リーダー。私のことは、どうかお気になさらず………ふふっ……」

 

 こ、こいつ!

 他人事だと思って!

 これだからイケメンは!

 

 

「もう族長ってば、うっかりさん」

 

「はっはっはっ!すまんすまん、次に言うやつ何だっけ?」

 

「はい、カンペです」

 

「おお、ありがとう」

 

 りんりんさんがひろぽんさんの間違いを指摘してから、雰囲気が一瞬で崩れて周りの紅魔族もひろぽんさんを茶化すような……。

 

 えっ。

 俺、もしかして、嵌められた……?

 

「あっ、族長。ヒカル君、めっちゃこっち見てます!」

 

「急いで急いで!」

 

「まあ、落ち着きたまえ。急かすと内容が覚えられないじゃないか。あ、お母さん。ところでちゃんと録音は出来たかな?」

 

「ええ、ばっちりと」

 

「おいいいいいい!!録音ってなんだ!?カンペってなんだ!?すごいシリアスな雰囲気出しておいて、何めちゃくちゃやってんですか!?」

 

 流石に黙っていられなかった俺は堪らずツッコんだ。

 俺の言葉を聞いた族長夫妻と周りの紅魔族は一瞬でキリッとした表現に切り替わる。

 

「ふっ、君を試すのは終わりだ。まさか覚悟を示した上、私達の真意まで見破るとはな」

 

「そうね。流石我が娘が認めただけのことはあるわ」

 

「いやいやいやいや!見破るっていうか、まざまざと見せつけられたんですけど!勝手にそっちで自爆したんですけど!!」

 

 俺がツッコミを入れても、取り繕った真剣さを崩さずに満足そうに頷く二人。

 

「魔王軍幹部と渡り合った男は伊達ではない、か……」

 

「私は信じていたよ。彼なら、族長に認められるってね」

 

「これが世界が選択せし運命、希望の力……!」

 

 後ろの紅魔族も族長夫妻に続くように何か言ってるのにもツッコミを入れてやりたいが、キリがなさそうだ。

 

「さて、ヒカル君。君の『覚悟』はしっかり伝わった。ゆんゆんを連れて行くことを認めようじゃないか」

 

 正直色々台無し感がすごいけど、認めてもらえたのなら、よかった。

 これで……

 

「ただし」

 

「はい?」

 

「今のままでは駄目だ」

 

 ……何か条件があるのだろうか。

 

「君は先程誓ったね?血反吐を吐くことになろうとも、死にそうになろうとも強くなる、と」

 

「……はい」

 

「ならば、それを見せてもらおうじゃないか。あるえ君、首尾はどうかね?」

 

 ひろぽんさんが俺達に向けて、いや、俺達より後ろに声をかけていたのを見て、振り返ると不敵な笑みを浮かべたあるえちゃんが立っていた。

 

「族長、全て予定通りです。里のニーt………精鋭達はすでに待機しております」

 

 今ニートって言いかけたよね?

 そうツッコミを入れる前に、ひろぽんさんが真剣な顔で宣言した。

 

「今日君達がアクセルに帰ることは出来ない。君達が帰るのは、ヒカル君が誓いを守れるほど強くなってからだ」

 

 そう言った後、族長夫妻を含めた紅魔族達が瞳を紅く光らせポーズを決めた後、不敵に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔族。

 魔法使いのエキスパートで、生まれながらにしてアークウィザードになることが約束されている種族。

 魔王軍から目の敵にされていて、幹部クラスに攻め込まれても魔法で撃退、もしくは討伐し、里が火の海になっても僅か数日で復興させるとんでも集団である。

 

 彼らは上級魔法を覚えることで一人前と言われるようになるが、上級魔法を覚えるには紅魔族と言えど、それなりの努力が必要だ。

 彼らの里には学校がある。

 そこで勉強し、魔法に必要な詠唱や必要な知識を得るのだ。

 それだけでなく、彼らの学校には独自のシステムがあり、それで学校に通った紅魔族の子供達は上級魔法を覚える。

 一応何らかの魔法を覚えたら卒業なのだが、紅魔族として一人前になる為には上級魔法を覚えるのが普通だ。

 さて前置きが長くなったが、紅魔の里の学校には上級魔法を覚える為にスキルポイントを稼ぐ手段があるということだ。

 学校の成績優秀者に贈られる「スキルアップポーション」をもらってスキルポイントを貯めていく方法もあるのだが、それだけだと足りない。

 課外授業のモンスター狩りでレベルアップして、スキルポイントを得ていく方法がある。

 基本的に紅魔の里周辺のモンスターは強力なものばかりで簡単に倒すことは出来ないのだが、上級魔法を覚えた紅魔族がいれば、それは別だ。

 学校の教師である紅魔族が先にモンスター達を行動不能な状態にして、生徒達にトドメを刺させる。

 これで生徒達はレベルアップして、スキルポイントを得ることが出来る。

 紅魔族はこれを『養殖』という。

 

 

 あるえちゃんから聞いた話だが、紅魔族ってのは本当におかしな集団だ。

 そのおかげで、俺は助かるんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 連続して瓶が投擲され、地面に落下し何度も砕ける音が響き渡った後、甘ったるい匂いが辺りを充満した。

 その匂いに釣られた多くのモンスターが俺達の前に姿を現す。

 瓶の中身は全てモンスターを引き寄せるポーションだ。

 そして魔法の詠唱とは関係ないセリフが口々に発せられ───

 

「『カースド・クリスタルプリズン』ッ!!」

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

「『フリーズ・バインド』ッ!!」

「『パラライズ』ッ!!」

「『ブレード・オブ・ウインド』ッ!!」

 

 紅魔族達の魔法は姿を現したモンスター全てを無力化していく。

 紅魔族にとって、()()()()()など敵ではない。

 魔法を放った後に決めポーズを取っていた紅魔族達は俺達に振り返り、

 

『さあ、どうぞ!』

 

「あ、はい」

 

 ドヤ顔でトドメを譲ってきたのを俺は苦笑いで答えた。

 

 俺達はあの後、ウィズさんに今日はアクセルに戻らないことを伝えてから、ヒナはりんりんさんに預けて、俺達は手頃な武器を貸してもらい、紅魔の里周辺の森にやってきて養殖をすることになった。

 ゆんゆんは上級魔法を覚えるまでノンストップで養殖をすることになった。

 トリスターノは紅魔の里でジョブチェンジを行い『冒険者』に戻してから、スキルをある程度手に入れられるまで養殖をすることになった。

 二人とは狩場が被ると、効率が下がるので別々の場所で養殖をすることになっている。

 

 そして俺はなんと、今日のところは上位職になれるまで休憩無しらしい。

 本当に『覚悟』を試されるみたいだ。

 いや、ここまでしてくれてるのに休憩なんかしてられない。

 俺は貸してもらった剣を握りしめ、無力化されたモンスターの喉へ剣を突き立てるべく、駆け出した。

 

 

 

 

 他人に無力化されたモンスターへトドメを刺すのに、申し訳なさのような罪悪感を感じていたのは、最初の一時間だけ。

 いや、半刻ほどかもしれない。

 それが過ぎ去ってしまうと、ただの作業だ。

 モンスターを殺していく作業。

 この作業でどれだけ楽をさせてもらっているか分かってはいるのだが、いかんせん『ムードメーカー』で弱体化された体はすぐに疲労し音を上げた。

 喘息でも患ったかのように呼吸は乱れ、酷使された体からは汗が噴き出て、動きはスローモーションと言ってもいいぐらいだ。

 周りから見たら滑稽で、無様な姿を晒しているのだろう。

 

 だが、それでも絶対に諦める気はなかった。

 

 疲労困憊で全身汗まみれで、周りに比べて動きはヘナチョコ。

 そんなの、この体の時は毎日そうだった。

 いや、もっとキツかった。

 それなのに、しんどいからなんて理由で止まれない。

 俺は高校生の時に挫折してから、何も変わっていなかった。

 もし、これで諦めたら何も変わってないどころか、更にあの時より弱くなっていることになる。

 あの時から俺は変わっていなかったけれど、ゆんゆんのおかげで俺は一歩、いや半歩踏み出すことが出来た。

 だから、止まるわけにはいかない。

 

「はい、お水どーぞ」

 

「はぁ……はぁ……いいのか?」

 

「うん、せっかく用意したしね」

 

 ねりまきちゃんから土製のコップを受け取り、一息に飲み干す。

 

「おー、いける口だね」

 

「……酒じゃないだろ」

 

「ふふ、そーだね」

 

 無邪気に笑うねりまきちゃん。

 彼女がいなかったら惚れてたかもしれない。

 

「君達は何をイチャイチャしてるんだい?ゆんゆんに言い付けるよ?」

 

 後ろから声をかけられて振り返ると、呆れた顔のあるえちゃんが立っていた。

 

「違うって」

 

「違うの?」

 

 何でねりまきちゃんが聞いてくるんだよ。

 もしかしたら本当に有る事無い事言われるかもしれないから、変なことを言われないように先に動こう。

 

「……それより先に行こう。俺ならもう大丈夫だ」

 

「あ、誤魔化した」

 

「誤魔化したね」

 

「二人してからかわないでくれよ。とにかく……」

 

「待った。もう少し休んでなよ」

 

 俺が先を促すより、あるえちゃんがストップをかけてきた。

 俺が疑問に思っていると、ねりまきちゃんが俺の後ろを指差した。

 ゆんゆんやトリスターノには数人の紅魔族が同行して養殖をしているのだが、俺には約20名ほどの紅魔族が付いてきていた。

 その大勢がモンスターの死体の処理に手間取っていた。

 モンスターの売れそうな部位を持ち帰る為に剥ぎ取ったり、食べられるものを選別したりと様々だ。

 俺の為に動いてくれているのは間違いないが、貰うものはしっかり貰っていくらしい。

 当然と言えば当然だが。

 テレポートで丸々持ち帰ろうかという案も出ているが、俺の養殖で使う為の魔力が無くなるから却下された、みたいな井戸端会議も行われている。

 テレポートは消費魔力が多い。

 紅魔族と言えど、そうポンポンと連続出来るものではない。

 

「ね?私達が動けないんだから、まだ休んでていいんだよ」

 

「有り難くそうさせてもらうよ」

 

 ねりまきちゃんに差し出されたタオルを受け取りながら、俺は礼を言って冒険者カードを取り出した。

 二人もどれぐらい進んでいるか気になるようで、覗き込んでくる。

 

「あともう少しだね」

 

「とは言っても、夜にはなりそうだな」

 

 朝から始めた養殖だが、今は夕方だ。

 同行してくれている紅魔族は魔力や体力の関係で交代したりしているが、これ以上迷惑をかけない為にも深夜までには終わらせたい。

 

「これから移動することになるから、ちょっと遅くなっちゃうかもね」

 

「え?ここじゃ駄目なのか?」

 

 今いるのは紅魔の里近くにある森だ。

 長い間養殖をしていたのが、あまり良くなかったのだろうか。

 

「少し狩りすぎたと思うし、これ以上先に進むと厄介なモンスターが増えるのさ。それにアレもいるしね」

 

「だね。よくよく考えると、おにーさんは特に危険だし」

 

 俺が弱いのは置いておくとして、

 

「アレってなに?」

 

 当然の疑問を口に出した。

 

「アレは……まあ、おにーさんには話しといた方がいいよね」

 

「そうだね。アレの名は……」

 

 二人は先程のにこやかな雰囲気が無くなり、真剣な顔になった二人は同時に言った。

 

 

 

「「爆殺魔人もぐにんにん」」

 

 

 

 …………。

 

「ごめん、なんて?」

 

「「爆殺魔人もぐにんにん」」

 

 …………………。

 からかってきている雰囲気でないのは分かっているのだが、二人が口に出した名称がぶっ飛びすぎてて俺は理解することを拒否してしまった。

 

「えっと、その、爆裂?なんとか、にんにん?は一体何なの?」

 

「爆殺魔人もぐにんにんだよ。簡単に説明すると爆発魔法を使う謎のモンスターさ。紅魔族以外の人間を見ると襲ったり、夜に意味もなく爆発魔法を撃ったりするんだ」

 

 正直困惑しかない。

 意味もなく爆発魔法を撃つと言うのは、なんだか誰かさんに似ている気がする。

 爆発魔法は爆裂魔法の下位互換に位置する魔法だが、誰かさんの遠い親戚か何かじゃないだろうな。

 

「おにーさんが特に危険だって言ったのは、もぐにんにんが一番嫌いな人の特徴と一致するからだよ。紅魔族以外の男性で、黒髪黒目の人を目の敵にしてるからね」

 

 ………わかった、これもなんか日本人が関係しているな。

 里にあった変な施設も日本語が書いてあったりしたし、間違いない気がする。

 先程のねりまきちゃんがいってたのは、俺が弱いから危険という意味ではなかったのか。

 いや、多分その意味もあるんだろうけど。

 

「ちょうど終わったみたいだし、移動しようか」

 

 どうやらモンスターの死体の処理が終わったらしい。

 俺は紅魔族達に連れられて、別の狩場へと移動した。

 





物語で、娘を簡単に嫁に出す父親ってあまり好きじゃないんですけど、ギャグを優先したらこうなっちゃいました。
まあ、一応誕生日パーティーとか実力を試す時の闘いとかでヒカルのことは認めていたということで。


一応ここで言っておくんですが、エリス様のことをアホな感じにして書いてますが、エリス様のことが嫌いなわけではありません。
というか『このすば』の中でトップクラスに好きなキャラです。
エリス様は立場上、物語に出てくるのが難しいキャラクターです。
もっと出番があってほしい。
ウチの子(ヒナギクとかのオリキャラ)ともっと絡んでほしい。
そんな思いでの性格改変です。
やり過ぎてとんでもない内容を書いた時もありますが、誤解を生んだ可能性があったみたいなので、言わせていただきました。
胸が小さかろうが、パットが入っていようが大好きなので、そこんところよろしくお願いします。


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115話

久しぶりの投稿ですが、文字数はかなり少なめです。

115話です。さあ、いってみよう。



 

 

 深夜過ぎにようやく上位職になれるレベルまで到達した翌朝、俺は紅魔の里の学校で冒険者カードを操作する魔道具で上位職になった。

 俺がこの世界に来て数ヶ月頑張ってきたものが、たった一日で追いついてしまった。

 正直複雑な気持ちだが、助かっているのだから何も言えない。

 上位職になったとしても、ひろぽんさんが認めてくれるまではレベリングが続くので、俺はレベリングに向かおうと学校を出たのだが。

 

「もう、里の占い師を呼んでから決めてもよかったじゃない」

 

「そうですよ。気になるじゃないですか」

 

 後ろから付いてきている二人が文句を言ってくる。

 文句を言っている理由は俺がさっさと『狂戦士』を選んでしまったことだった。

 

「いいだろ、別に。どうせロクでもないに決まってるよ」

 

「でも、あんなの初めて見ましたし、選ばないにしても占うぐらいはしてもらった方がよかったと思います」

 

「そうよそうよ!」

 

 学校で冒険者カードを操作する魔道具で上位職の適性を調べていると、一つだけおかしなものがあった。

 以前と調べてもらった時と変わらない適性の職が並ぶ中、最後に『??』と記載されていた。

 故障かと不思議がる二人を横目に俺はさっさと『狂戦士』を選択した。

 それから二人はこの調子だ。

 

「いーや、絶対にやめた方がいい。俺はランダムなんて御免だ。俺が女神に能力をランダムに選ばせたせいで『ムードメーカー』なんて厄介なもん抱えてんだぞ」

 

「で、でも」

 

「もう終わったんだし、この話はいいだろ。それよりもさっさとレベリングに行こうぜ。ゆんゆんは上級魔法を覚えたんだろ?」

 

 俺がそう言うと、不満そうだが頷くゆんゆん。

 ゆんゆんが昨日の内に上級魔法を覚えたことで今日から協力してくれる紅魔族は数人のみ。

 ねりまきちゃんやあるえちゃん、トリスターノにゾッコンのふにふらさんとどどんこさん、族長のひろぽんさんだ。

 一応自警団の人達も駆けつけられるように近くにいてくれるらしいが、あまり迷惑はかけたくない。

 レベルも上がってきて、簡単には上がらなくなっているだろうが、俺の身体能力はかなり向上しているだろうし、昨日より遥かにやりやすそうだ。

 

 

 

 

「はあっ!」

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

 

「『カースド・クリスタルプリズン』ッ!!」

 

 俺が動けなくなったモンスターを狩るうちに、ゆんゆんが光の刃で、モンスターの群れを薙ぎ払い、あるえちゃんが生き残りのモンスターを氷漬けにする。

 そして、俺はまた行動不能になったモンスターにトドメを刺しに行く。

 そんな中───

 

「トリスターノ様、流石です!」

 

「い、いえ、動けなくなったモンスターを倒すぐらいは……」

 

「そんなことありませんよ!鮮やかな手際でした!」

 

「そ、そうですか?ありがとうございます……」

 

 ふにふらさん、どどんこさんに挟まれて困り果てた苦笑を浮かべるトリスターノが俺達の後ろにいる。

 なんだかトリスターノから視線を感じるが、人の恋路を邪魔するわけにはいかないので、俺はノータッチだ。

 決してイケメン主人公っぷりにムカついているわけではない。

 

「ねえねえ、あるえ。どっちがトリスターノ様とくっ付くと思う?」

 

「うーん、脈無しだと思うけど、あの二人は地味だし、正直モブっぽいし、二人セットで一緒に貰われた方が色々な面で助かるんじゃないかな」

 

 ねりまきちゃん達が恋バナに花を咲かせるかと思いきや、あるえちゃんの辛辣すぎる意見のせいで恋バナっぽさが全く無い。

 

「ちょっと!聞こえてるわよ、あるえ!」

 

「そうよ!誰がモブよ!」

 

「『カースド・ライトニング』ッッ!」

 

 二人のツッコミをあるえちゃんは聞こえていないかのようにモンスターに魔法を放つ。

 

「ふむ……里の少子化の為にもトリスターノ君にも里に───」

 

「お父さん……」

 

 族長が割と真剣にトリスターノを里に迎えようと考えているのを見て呆れるゆんゆん。

 

 ………あれ、もしかして真面目にやってるの俺だけ?

 俺はこのモノローグ中もちゃんと頑張って倒してるからねマジで。

 

 昨日みたいな深夜までレベリングをする気はない。

 魔法で眠らされるのを嫌がったヒナは大人しくりんりんさんと留守番をしているのだが、今朝見送る時の寂しそうな、心配しているような顔を見てからは早めに帰ってやりたくてしょうがない。

 

「じゃあ、おにーさんはどう思う?トリスターノ様はどちらを選ぶと思う?」

 

「ふぅ……まあ、そうだな」

 

 ねりまきちゃんがナチュラルにトリスターノを様付けしてるのも気になるが、それは置いておこう。

 まあ、トリスターノなら………。

 

「もっと年齢が低くないとダメだろ。二人は多分無理だな」

 

『えっ』

 

「ちょっと何言ってくれてるんですか!?リーダーの冗談ですからね!?皆さん!?なんで距離を取るんですか!?ちょっとリーダー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに拗ねてるんだお前は」

 

「それだけのことをしたからです。というかゆんゆんさんも何でフォローしてくれないんですか?」

 

「えっ」

 

 話を振られたゆんゆんは目を泳がせ。

 

「その、私もトリタンさんは割と普通の人なのかなって思ってたけど、イズーさんの話を聞いてから……」

 

「その話はやめましょう」

 

「そんな真顔になることか?」

 

「イズーのことは触れないでください。ましてや年齢の話は絶対にしないでください。誤解が生まれるので」

 

 そんな剣呑な雰囲気出されても、誤解扱いにはならないだろ。

 イズーというのは、トリスターノがパラメデスと取り合った女性であり、トリスターノの元婚約者だ。

 確か年齢はじゅ───

 

「モノローグでも触れないでください」

 

「おい、お前も俺のモノローグに触れるんじゃねえよこの野郎」

 

 そんな会話を繰り広げて家に帰ってきた。

 なんだかんだで元のレベルに近付いてきているから、レベリングを終わらせてもいいかもしれないが、ひろぽんさんが認めてくれるかで明日か明後日もレベリングをすることになるだろう。

 と、思っていたのだが。

 

「今日色々と見させてもらったが、もう合格ラインだろう。ヒナギク君が元に戻っていれば、ここら辺のモンスターを一人で倒すテストでもしてもらおうかと思っていたがな」

 

「……ええっと、随分とあっさりですね」

 

「私と戦った頃とはもう変わらないぐらいだろう?王都などの激戦区に行くわけでもなし、これで十分だと判断した」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「ん?何故お礼を言われたのか、わからんな」

 

 随分と世話になってしまった。

 惚けられて素直に礼を受け取ってくれないとしても礼だけは確実に言いたい。

 情けないことに、今は礼ぐらいしか言えないのだ。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

「……ふむ、まあ、どういたしまして」

 

 素っ気ないふりをする族長の横で、俺はいつか必ず恩を返そうと心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、改めてお世話になった人達に挨拶した後、俺達はアクセルの街に向かった。

 数日かかったが、特に問題も無く帰って来ることが出来た。

 色々あったが、俺達は元に近い状態に戻れた。

 解決出来てないこともあるが、少しずつなんとかしていくしかないだろう。

 問題続きであった日々がようやく落ち着いた。

 しばらくヒナの面倒も見なければならないし、問題が起こることもないだろう。

 

 

 なんて思っていた。

 

 

 数日後、エリス様からヒナのことや天界のことについて聞かされることになる。

 

 ベルゼルグ王国軍と魔王軍の戦争の最前線には魔王軍幹部が参戦し、更に激化する。

 

 グレテン王国の未来と俺達の未来。

 望む未来を手に入れたければ立ち向かえと、グレテン王国専属の魔法使いは嗤う。

 

 

 俺達の何かが呼び寄せているのか、それともただ巻き込まれているのかはわからない。

 どちらにせよ、俺達のハードな冒険は、まだ終わりそうにない。

 



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116話

116話です。さあ、いってみよう。



 ヒナが復活して二週間ほどが経った。

 ヒナの復活により家族会議も開かれて少し荒れたものの、やっと本当にいつもの日常を取り戻すことが出来たのだった。

 それから俺達はのんびりとした生活を送っている───というわけでもなかった。

 

 

 

「割と早く終わったね」

 

「次があるからサクサク終わらせないと面倒だしな」

 

「ですね。夕飯までに二つ目の依頼も終わらせたいところです」

 

 そんな会話をしながら血がべっとりと付いた刀を払ってから納刀し、俺は一応三人の様子を確かめた。

 怪我も無いし、疲労している感じも無さそうだ。

 依頼内容はゴブリンと初心者殺しの討伐だったのだが、元々この場にいたコボルトの群れも合わさってしまい、五十匹近いモンスターとの戦闘になってしまったが、特に大事も無く次の依頼も何とでもなりそうで安心した。

 

 最近は一日に複数の依頼を受けることが多い。

 レベリングも兼ねてると言えばそうなのだが、理由はそれだけではない。

 アクセルの冒険者達が依頼を受けなくなったせいで、ギルドから直接俺達に依頼が渡されるようになったからだ。

 今のアクセルの冒険者達は新人じゃない限り、もしくは金使いの荒いアホじゃない限りは懐が温かい。

 誰かさんのおかげで魔王軍幹部や賞金首の討伐に参加した分の報酬を得ているし、祭りの前のわんさか湧いたモンスターの討伐でもそれなりに稼いでいる。

 そして、そんな冒険者達は誰かさんの影響を受けてニートと化していて、ギルドは依頼で溢れることになった。

 そんなこんなで俺達は忙しい日常を送っていた。

 

 

 

 とはいえ、この生活を続けるのも限度がある。

 流石に一日休みを入れようということで、ギルドからの依頼を断り、それぞれ過ごすことになった。

 ヒナは今までの反省ということで家事全般を引き受けていて、トリスターノはハーレムの元へ久しぶりに挨拶に行った。

 俺とゆんゆんは散歩に、というよりデートに行くことになったのだが………。

 

「ちょむすけ!?大丈夫!?」

 

 近所の公園を通りがかると、子供達にいじめられているちょむすけを発見した。

 ちょむすけはめぐみんの使い魔(ペット)で、羽の生えたよくわからない子猫みたいな生物だ。

 ゆんゆんが、ぐったりするちょむすけを抱き抱えるとカズマ達の屋敷に届けようということになった。

 

 

 

 

 

「粗茶ですけど」

 

「あ、ありがとうございます。……でも、これって……」

 

 俺はアクアに出されたカップの中を眺める。

 カップの中の液体は透明で、どう考えてもお湯だ。

 ゆんゆんもそれを指摘しようとしているのだが、先にアクアが口を開いた。

 

「安めのお茶だけど、私のお気に入りよ。カズマから貰ったお小遣いで買ってきたヤツなんだけど、これが結構美味しいの」

 

「いや、これ……」

 

「そ、そうなんですか?では、有り難くいただきますね!」

 

 俺が指摘しようと思ったら、ゆんゆんが早口にそう言い、気を使わせない為か一気に飲み干した。

 

「どう?どう?」

 

「あ、その、お、美味しいです……」

 

 アクアの自慢げな顔に、ゆんゆんは困った顔で頷いた。

 別にそこまでしなくてもいい気がするが、ゆんゆんが黙っていようというのなら、俺もそうしておこう。

 

「悪いな、駄女神のせいで」

 

「ああ、別にご馳走になりに来たわけじゃないしな」

 

 カズマもゆんゆんに合わせて、わざわざこの場で指摘することなく、こっそりと俺に謝ってきた。

 ちょむすけを渡したら、すぐに出て行こうと思っていたし、飲めないものを出されているわけでもないし。

 

「あの、先程ちょむすけが公園で子供達にいじめられてたので保護したんですが……」

 

「おい、お前の使い魔の邪神とかいうのは、ひよこに追いかけられるだけじゃなく、子供にまでいじめられるものなのか?」

 

「い、良いところに来ました、ゆんゆん!実はちょっぴりまずいことになっているのですよ!」

 

 カズマの指摘を誤魔化すように声を張り、めぐみんはゆんゆんに新聞を手渡した。

 

「えっ、まずいこと?」

 

 ゆんゆんが嫌そうな顔をしつつも新聞を受け取り、読み上げる。

 

「ええと、日刊連載四コマ戦闘員、都市開発編。サポートアンドロイド、アリスとの文通相手募集コーナー?ねえめぐみん、ここだけ少し気になるから、いらなくなったら貰えない?」

 

「へえ、こういうのあるんだな」

 

「どこを見ているんですか貴方達は!ここの記事ですよ!」

 

 俺とゆんゆんから引ったくるように新聞を取り上げ、机に広げるとめぐみんが記事を指し示してきた。

 そこには王都近くの砦に魔王軍幹部が来ていると大々的に書かれた記事であった。

 特に珍しいことでもないんじゃないかと俺は思ったのだが、ゆんゆんは大袈裟なぐらい反応した。

 

「ええええええ!?ちょ、ちょちょっとこれって!」

 

「今度は騒がしすぎますよ!そこまで驚く記事でもないでしょうに!」

 

「いやこんなの驚くわよ!だってこの記事の邪神ウォルバクって、元は私達の里に封印されてた……」

 

「シーっ!声が大きいですよゆんゆん!」

 

「えっ」

「おい」

 

 俺の思わず出てきた驚きの声と、カズマの咎めるような声が重なった。

 だが、なんとなく今思い出した。

 

「あれか。ルーシーズゴーストの時に言ってたやつか。めぐみんの爆裂魔法のせいで里に封印してたのが解放されちゃった、みたいな」

 

「ううん、それとは別で……」

 

 どんだけ封印されてんだよ。

 

「今聞き捨てならないことが聞こえたんだけど」

 

「気にしないでくださいカズマ。この子はこういうおかしな言動をするせいで、紅魔の里でぼっちしてたんですから」

 

「あんたちょっと待ちなさいよ!『頭がおかしい方の紅魔族』って言われてるめぐみんに言われたくないわよ!それより、聞いてください!かつて私達の里にはこの記事の邪神ウォルバクが封印されていたんです。ある日何かの弾みで封印が解けてしまったんですが、めぐみんが里のみんなには内緒で、その邪神を使い魔に……」

 

「や、やめろお!紅魔族の恥を広めてはいけません!このまま王都の砦で暴れている邪神を名乗る偽物を退治し、何事もなかったようにするのです!あと、私のことを変な呼び方してる人を詳しく教えてもらいましょうか!」

 

 ゆんゆんにこれ以上言わせまいとするめぐみんに、それに抵抗するゆんゆん二人は取っ組み合うようにしていると。

 

「ダクネス。お前のツテで警察署の嘘をつくと反応する魔道具借りてきてくれ」

 

「あ、ああ……。はあ、どうかこれ以上はとんでもない事実が出てきませんように……」

 

「わ、私は何も悪いことなんてしていません!無実です!弁護人を要求しますよ!」

 

 ゆんゆんとアクアに取り押さえられためぐみんが喚く中、ダクネスが頭を押さえながら屋敷の外に出て行った。

 

 

 

 

 

 数時間後、カズマのバインドで両手を拘束されて正座するめぐみんを尋も……色々と聞き出していた。

 ウォルバクは怠惰と暴虐を司る邪神であり、めぐみんやゆんゆんと何かと因縁がある存在なのだとか。

 何故ウォルバクが紅魔の里に封印されていたかというと、『なんだか邪神が封印されてる地ってかっこよくね?』と言い出した紅魔族が別の場所で封印されてた邪神を勝手に拉致して、紅魔の里の隅に再封印したからだそうだ。

 いちいちツッコミを入れてもキリがないのだが、めぐみんが嘘をつくせいで余計に話が進まない。

 ダクネスが封印が何故解かれてしまったのかを問い、めぐみんがそれに答えるも。

 

 チリーン!

 

 またもや鳴る魔道具。めぐみん自身も嘘をついた気は無く驚いていたのだが、すぐに思い出したのか、真相を語り始めた。

 

「そうでした!邪神の封印が解けたのは二回でした!一回目は私がうっかり封印を解いてしまったのですが、通りすがりの謎のお姉さんに助けられたのです。二回目をといたのが私の妹ですね」

 

「どういうことよおおおおおおお!!」

 

 魔道具が鳴らないのを確認して満足そうにするめぐみんに、ブチ切れのゆんゆん。

 動けない状態のめぐみんにゆんゆんが掴みかかり、わちゃわちゃし始めたの横目に俺達はため息を吐きながら呆れ果てる。

 

「紅魔族ってほんとロクな事しないな」

 

 世話になったとはいえ、カズマの呟きは否定出来ない。

 ふとした拍子にとんでもない話が飛んでくるのが紅魔族だ。

 俺とゆんゆんの結婚の話とかな。

 

 

 あれから動けないめぐみんを良いことに魔道具を使っていじったりしていたが、またもや衝撃の真実が明かされた。

 

「封印を解かれた邪神はこの子のはずなんですが、新聞の記事には邪神ウォルバクって名前があるし、どうなってるんでしょうか……?」

 

 ゆんゆんからちょむすけを撫でながらサラリと明かされて、俺は咄嗟に魔道具を見たが鳴る気配は無かった。

 

「ちょっと待て。このひよこに追いかけられて、子供にいじめられちゃうコイツが邪神?ちょむすけが!?」

 

「だから言ってるじゃないですか。この子は邪神にして我が使い魔だって。というかこの記事の幹部はこの子の名前を使うのは一体何故なんでしょうか」

 

 何度目かわからない驚きの声に、平然と答えるめぐみん。

 当然魔道具は鳴らなかった。

 そして、めぐみんが正座のまま頭を下げた。

 

「……カズマ、こんな事をお願いしてすみません。私と一緒に王都の砦に来てもらえませんか?実は過去にちょむすけは何度も攫われそうになっていて、どうにも新聞記事の幹部が関わっているようにしか見えないのです。この子の為にも、ウォルバクを名乗る邪神をどうにかしたいのです」

 

 めぐみんが素直に頭を下げるところを初めて見たかもしれない。

 そんな真摯なめぐみんの態度に、カズマは悩みに悩んだ挙句に、こう言うのだ。

 

「しょうがねえなあー!」

 

 俺はなんとなく、またなんとか解決してしまいそうな気がしているのだが、ゆんゆんはそうは思わなかったみたいで、めぐみんを心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、みんなに話があるの!」

 

 夕飯を食べ終わると、ゆんゆんが真剣な表情で切り出した。

 俺の予想通り、今日のウォルバク関連の話だ。

 めぐみん達が魔王軍幹部が攻めている王都の砦に向かうのが心配で同行したい、という話だった。

 

「出発は?」

 

「明後日だ」

 

 ヒナの問いに俺が答えると、ヒナは当然のように頷いた。

 

「じゃあ明日も、というかしばらくはギルドの依頼はお休みだね。明日は出来るだけ準備しないと」

 

 話が一瞬で進んでしまったせいで、きょとんとしたゆんゆん。

 だが、賛成を得られたのがわかってきたのか次第に嬉しそうな表情になった。

 

「あ、あの、すみません。一つだけ質問よろしいでしょうか?」

 

 トリスターノが気不味そうに挙手しながら尋ねてくる。

 それに俺達が頷くと、トリスターノは続いた。

 

「え、円卓の騎士までいる、とか無いですよね?」

 

「新聞の記事にはそんなこと書いてなかったけど……」

 

「行ってみたら、実はいましたってパターンかもな」

 

「そんなパターンは本気で嫌なのですが……」

 

「でも、この前ラモラック?っていう騎士が倒されたって聞いたよ?僕達が倒した騎士二人にトリタンまでいるし、欠員が多くて戦力は出せないんじゃないかな」

 

 ラモラックもトリスターノと因縁がある騎士だったはずだ。

 それがジャティスことまさよし君が倒した。

 そんなジャティスからの報告の手紙と一緒にプレゼントまで貰ってしまったのだが、それはいいか。

 ヒナの言うことは一理あるが、実際どう出てくるかは分からない。

 トリスターノも思案する顔でぶつぶつと呟いていたが、俺達三人の視線に気付いて慌てて、いつものイケメンスマイルに戻る。

 

「もちろん行くのに反対はしません。ただ、居るとなると心の準備がしたくてですね」

 

 こいつも今まで仲間だったやつと戦い合う、殺し合うのは相当覚悟がいることだろう。

 それにリスクも大きい。

 また殺されるなんてことは絶対にあってはならない。

 俺は改めて気持ちを入れ直しつつ、明日の準備について話し始めた。

 



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117話

恥ずかしながら戻って参りました。
詳しくは後書きで……。
一応あらすじ書いときました。

117話です。さあ、いってみよう。



 

 これまでのあらすじ

 

 ニホンから帰還した四人。

 だが体は中学生のままで、ステータスやレベルもその当時のものであった。

 過去の挫折もあり、今までの努力が全て無くなってしまったことに絶望するヒカルであったが、ゆんゆんの言葉でもう一度最初から始める事を決意。

 紅魔の里の方々の協力を得て、ほぼ力が戻った面々はようやくアクセルに戻ることが出来た。

 しばらくしてヒナギクも復活し、四人のアクセルの日常が戻った。

 ある日、公園でいじめられているちょむすけを発見して保護、カズマ邸に送り届けることに。

 そしてカズマ邸にて、王都近辺の砦が魔王軍幹部の襲撃を受けていることと、めぐみんや紅魔族のとんでもない過去を知ることになる。

 カズマ達一行は魔王軍幹部の討伐に行くことになったのだが、それを心配したゆんゆんの発言により、ヒカル達も砦に向かうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おら、ここで大人しくしてろ!」

 

「騒ぐんじゃないぞ。まあ、どうなってもいいなら騒いでもいいがな」

 

「どわあっ!?え、ちょ、あ、あの!俺、本当に何も……!」

 

 拘束された状態で強引に押し込まれて顔から倒れ込んだが、すぐに負けじと立ち上がり自身の無実を伝えようとした。

 だが、言い終わる前に扉は閉まり切り、鍵もがっしり閉められてしまった。

 ガラの悪い二人は俺を閉じ込めた後、ひと睨みしてこの場を去っていった。

 

 人生で二度目の牢屋。

 人生で三度目の監禁。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 まずはここから出なくてはいけない。

 ここにいたらマジで命がない。

 

 

 ここはグレテン王国、キャメロット城内の牢屋であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都付近の砦に辿り着いた翌日、カズマ立案による反攻作戦が開始された。

 

 王都付近の砦には魔剣のミツルギを始めとした大勢の実力者達や日本出身のチート持ち、それにジャティス達もいたのだが、大した抵抗は出来ずにいた。

 その原因は邪神ウォルバクがこの世で最も射程の長い魔法である爆裂魔法を使うからだった。

 一日に一度向こうのタイミングでふらっと現れては砦の外壁に爆裂魔法をぶち込んでからテレポートで退散する。

 そんな爆裂アンドアウェイの作戦で砦が壊されてしまえば、砦付近の森に待機している大勢のモンスターが攻め込んできてしまう。

 そのせいで守りを固めるしか出来ずにいたのだが、状況は変わった。

 

 何故なら、多くの魔王軍幹部や賞金首を倒したパーティーがこの砦にやって来たのだから。

 

 

 

 

 爆裂魔法の早撃ち対決。

 カズマの『潜伏』で待ち構え、気付かれないようであれば、ウォルバクが現れたところをそのままめぐみんの爆裂魔法をぶっ放す。

 気付かれた場合、ゆんゆんの光の屈折魔法でめぐみんの姿を隠しつつ、アクアとヒナの支援魔法を掛けたダクネスと俺が前に出る。

 ミツルギと他の冒険者達は森で待機しているモンスターの注意を引いてもらい、トリスターノや他の後衛冒険者達は砦で全員の援護をする。

 

 運が良ければ一瞬で決着が着く、そんな作戦。

 最悪ゆんゆんの『テレポート』で逃げればいいし、爆裂魔法を耐えたことがあると豪語するダクネスを肉盾にすれば、俺の危険性も減る、はず。

 特に反対意見も出ずに、作戦は決行されることになった。

 

 

 

 カズマの『潜伏』スキルを使い待機し始めて、どれだけの時が経った頃か。

 深くフードを被り、ローブで身を隠した人物が砦へ堂々と歩いてきた。

 ローブで体の線が隠れているが、女性だということがわかる。

 その女性はフードを被っているものの、口元が見えていて、そこからはもし街中で見かけても、魔王軍側の存在だとは分からないだろうぐらいに普通の人間のように見えた。

 爆裂魔法の射程まで近付けたのか、ウォルバクは立ち止まったのだが、何かに気付いたように、ふとこちらを見てきた。

 目が合ったような感覚がした後、何故かこちらへと歩いてきた。

 何故気付かれたのか、全く分からなかったが、俺達は気付かれた場合の作戦行動に移行した。

 カズマが指示を出し、各々が行動を始める。

 めぐみんは爆裂魔法の詠唱、ゆんゆんはめぐみんの姿を隠すべく光の屈折魔法を唱え始め、俺とダクネスが前に出た。

 ウォルバクは突然現れた俺達に驚いたように立ち止まる。

 俺達が構えても、距離を取ったり構えたりする様子も無かったのだが、ウォルバクはおもむろにフードをまくり、素顔を晒した。

 フードの下は、赤い短髪と猫科のような黄色い瞳を持つ美人さんだった。

 

「……あなた、こんなところで何してるの?」

 

「それはこっちのセリフですよ。お風呂好きのお姉さんじゃなかったんですか?」

 

 少しだけやり辛いと思っていると、カズマとウォルバクが親しげに話し始めた。

 どうやら何度か会ったことがあるらしい。

 魔王軍幹部であり、怠惰と暴虐を司る女神であることを名乗ってくるウォルバクに対し、カズマが何故魔王軍幹部なんかをやっているのかと問うと、倒したら分かるかもしれないわねと答えるウォルバク。

 親しい間柄でも、戦うことをやめる気は無いみたいだ。

 戦闘に入る緊張感で空気が変わった、そう感じた時。

 

「ねえ、ちょっとあんた待ちなさいな。一応神聖を感じるけど、何よ怠惰と暴虐を司る女神って。あんたなんか邪神でしょ?それならそうとしっかり名乗りなさいよ」

 

 アクアが突然そんなことを言い出して、空気をぶち壊した。

 ウォルバクもまさか初対面の相手に暴言を吐かれるとは思っていなかったのか、戸惑いつつも言い返す。

 

「……私はあまり印象の良くないものを司っているだけで、元はれっきとした女神よ」

 

「嘘ついた!この自称女神が嘘ついたわ!この世界で正式に女神として認められているのは、私とエリスの二人だけなのでした!謝って!勝手に女神を自称し、清く美しく尊い女神の名を穢した事を謝って!」

 

 ヒナがアクアを止めようとしているが、アクアはお構い無しで噛み付いていく。

 喧嘩のような言い合いをしていて、完全に戦闘をするような雰囲気ではなくなっていた。

 そろそろ爆裂魔法の詠唱が終わってもおかしくないはずなのに、何の反応もないめぐみんに視線を向けると、詠唱は止まっていて呆けたように立ち尽くしていた。

 

 最大のチャンスに何をやってるんだ。

 

 そう思った俺はそろりそろりと歩き、同じく前に出ているダクネスに近付き、コソコソと話しかけた。

 

「ダクネス、少しいいか?」

 

「ん?どうした?」

 

「アクアに気を取られている内に俺達はウォルバクの後ろに回ろう。剣の間合いまで近付ければ、二人の強化を貰ってる俺なら殺れるはずだ」

 

「ああ、何かあった時は私が盾になろう。よし、行こうすぐ行こう」

 

「お、おう」

 

 期待したダクネスにドン引きながらも、ウォルバクの視界からいなくなるように、円を描くように後ろへと回り込む。

 後ろへ回り込みながらも思った。

 どう見ても人にしか見えない相手に必殺の魔法を撃つのは確かに躊躇われるかもしれない。

 俺だってパラメデス相手に命のやり取りをしてる中でも、殺す覚悟が遅れた。

 結果、俺は死んだ。

 もうあれを繰り返してはいけない。

 死ぬ感覚も、みんなを心配させるのもダメだ。

 だから、俺はもう人型だろうがなんだろうが敵であるなら躊躇わない。

 俺は間合いまで近付くと、居合いの構えでウォルバクの首へと斬りかかろうとした。

 

「っ!!」

 

「ちっ!」

 

 だが殺気か何かを感じ取ったのか、ウォルバクは俺の一撃を紙一重で避けて距離を取った。

 ウォルバクも先程までのぐだぐだな雰囲気を一瞬で切り替え、俺に構えつつ詠唱を始める。

 俺は左腕の鎧でガードしつつ、ダクネスと距離を詰める。

 詠唱をするような魔法よりも、ヒナとアクアの支援魔法をもらった俺達の方が確実に早い。

 俺は踏み込み最短距離で刀の突きを放つ。

 ウォルバクは追い詰められ、目を見開く──

 

 どころか、ニヤリと嗤った。

 

「惜しかったわね、相手を倒すだけが勝利じゃないのよ」

 

 詠唱の途中だと思っていたが、完全にフェイクだった。

 俺は興奮した様子のダクネスよりも体を前に出して、左腕でガードする。

 

「『ランダムテレポート』ッ!」

 

 まずいと思った時には、足元の感覚が無くなり、視界がブレた。

 次の瞬間には別の光景が広がり、急に戻ってきた地を踏む足の感覚にタタラを踏んだ。

 

「どこだこ……」

 

「貴様、何者だ!!」

 

「へ?」

 

 俺が言い終わる前に怒鳴り声が聞こえて、顔を向けると、数人の衛兵らしき人達が俺に武器を構えていた。

 

「え、えっと……」

 

「貴様、ここがグレテン王国の象徴であるキャメロット城だと知っての狼藉か!」

 

「………………ふぁ?」

 

 改めて前を見ると、あらびっくり。

 なんとかランドも真っ青の綺麗なドデカイお城がありましたとさ。

 

 

 ………いやいやいやいや。

 

 

「あの、これはなんていうか……」

 

「ひっ捕えろ!!!」

 

 俺が冷や汗をかきながら刀を納めて敵意のないことをアピールしようとしたのだが、それがどうやら敵対行為に見えたらしく、衛兵達は盾を構えて押し寄せてきた。

 

「ちょ、ま、待ってください!お願いします!なんでもしああああああああああああ!!!」

 

 俺はすぐに取り押さえられて、武器や持ち物を全て剥ぎ取られた際に、年齢を誤魔化す魔道具の効果が無くなり更に怪しまれたことで牢屋へとぶち込まれることになった。

 




本来はもう辞めるはずだったんですが、色々と励まされたり後押しされたり、新たに書き始めた一次創作(オリジナル作品)があまり上手く進まなかったりで、また書き始めちゃったんです。
意志よわよわ系でほんとすみません。
これからも好き勝手に書いて、マイペースにやっていきたいと思います。
またお付き合いいただける方はよろしくお願いします。


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118話

118話です。さあ、いってみよう。



 

 体に仕込んであるワイヤーを使って脱出!……なんてことが出来るのフィクションの中ぐらいなんだろう。

 エリス様から貰ったテレポート装置も今は没収されたポーチの中にあり、支援魔法の切れた俺では牢屋を素手で破壊するのも難しそうだった。

 フォークも無ければ、ケチャップも無いし、大事な時に腹を下す間抜けな見張りもいない。

 そもそも俺は伝説の英雄ではない。

 どうしようもない程の平凡な人間でしかない。

 まあ、なんだ。

 つまり。

 

 詰んだ。

 

 即死刑、なんてことはない、はず。

 無理矢理テレポートで飛ばされたことを必死に伝えるぐらいしか俺には思い付かなかった。

 

 

 

 

 ───牢屋に入って、どれほどの時間が過ぎただろうか。

 二人分の足音が聞こえてきた。

 俺は牢に齧り付くようにして、その二人が来るのを待った。

 少しでも自分が助かる可能性を増やそうと足りない頭を振り絞って弁明する言葉を考えた。

 そして二人が現れて、俺の思考は止まった。

 一人はルンルン気分で、後ろのもう一人は心底嫌そうな顔をして、俺の牢屋の前までやって来た。

 ルンルン気分の一人は見覚えがある程度の、もう一人の不機嫌全開な方はトラウマを思い出す。

 

「………ぷ、ぷふぅ!」

 

「………」

 

 ルンルン気分できたと思いきや、俺を見るなり指をさして吹き出した。

 もう一人はゴミを見るような目を向けてくる。

 

「あはははははは!あーっはっはっはっ!ほんと君何でそんなことになるの!?面白すぎるんだけど!あはははははは!」

 

「………」

 

「………」

 

 閉じられた空間のせいか良く響く笑い声。

 不思議と心地の良い声に感じるのだが、牢屋の中にいる俺を見ながら腹を抱えて笑ってくるのは流石にイラッとする。

 とはいえ、俺からはどうすることも出来ない。

 最低限の衣服しか身につけていない俺は牢屋の中だし、向こうは杖を持った魔法使いに、全身鎧の最強無敵の存在だ。

 金と銀。

 どちらも目が眩む程の美人なのに、心は全く躍らない。

 どうすればいいかを考えてはいるが、どうしようもない状況に思考停止が続くばかりであった。

 

「マーリン、貴様いい加減にしろ。帰るぞ、私は」

 

「いやいや、待ってくれたまえよ。アルトリウス、我が王よ。私の言った通りじゃあないの。『面白い』だろう?」

 

「貴様の感性を押し付けるな。まさか貴様みたいな碌でなしが、人と同じ感性をしていると思っているのではあるまいな?」

 

「酷い言い草じゃあないか。何はともあれ、素直に面白いと認めたまえよ。君が視た『未来』に関わる彼が偶然にも此処に飛ばされてきたんだから」

 

「貴様……」

 

 人をからかうような態度で、睨まれても自身のペースを崩さない銀髪の女性はアンブローズ、いや、マーリン。

 ニホンで記憶を操作された際に、何故か助けてくれた。

 トリスターノからは「これ以上は絶対に関わらない方がいい」と言われていたのだが、目の前にいるし、なんだか俺の話をしているように聞こえる。

 マーリンを睨んでいるのは、騎士王アルトリウス。

 グレテン王国の王にして、戦場無敗の存在。

 かつてトリスターノ達を逃すため、命のやり取りをした相手だ。

 その時は俺が負けたというのに、何故か殺されずに済んだのだが。

 

「アルトリウスがすでに名前を言ってしまっているし、どうせトリスタンの奴から私のことは聞いているんだろう?改めて自己紹介をしよう。私の名はマーリン。グレテン王国専属の魔法使いさ」

 

「……ええっと、俺は」

 

「いやいや、知っているとも。ファンだからね。でも普通は手助けなんてしないはずなのに、これで三度目だ。もう少し賢く動いてほしいものだよ。まあ、君が賢いムーブするとか解釈違いだけどね」

 

 一応名乗られたので、名乗り返そうとしたら阻まれてしまった。

 ファンとか、確か前に夢で会った時もそんなことを言っていた気がする。

 だが、それよりも気になることがあった。

 助けるのは三度目だ、と言った。

 今回も助けてくれるのだとしたら嬉しい限りなのだが、ニホンの時と今回で二度目なんじゃないか、そう思った時、彼女は口を開いた。

 

「ああ、君は知らないのだったね。ほら、そこの彼女。アルトリウスと君がバトった時の話さ。君は負けて、殺されるはずだっただろう?それを私が止めたということだよ。どうだい、感謝してくれてもいいよ?」

 

「ありがとうございます」

 

 それは素直にお礼を言うしかない。

 まさかあの時生きて帰れたのは、マーリンが助けてくれたからだったとは。

 

「わあ素直。アルトリウス、君もこうあるべきだ。つんけんした態度で神器を振り回してるだけじゃ人は付いて来なくなるものさ」

 

「黙れ」

 

「わあ怖い。君は力を持っても、ああはなってはいけないよ。にしてもやっぱり面白いな君は。ランダムテレポートされて生きてるなんて相当幸運なんだぜ、君」

 

「こんな敵地のど真ん中でも?」

 

「そうだよ?ランダムってマジでランダムなんだぜ?空間が繋がってればどこにだって飛ばされる可能性があるんだ。海や湖の底かもしれないし、地面の中かもしれないし、数百メートル上空に飛ばされたりするかもね」

 

 皮肉を返したら、とんでもない事実が返ってきた。

 俺が飛ばされた後に普通に立ってたのは、めちゃくちゃ運が良かったのか。

 

「いやあ本当に楽しませてくれるよ。ファンとして本当に嬉し……いや待てよ、これもしかして『ムードメーカー』の力かな?無意識的に君に惹かれるようになってるのかも。それとも君自身が面白いのかな、どっちなんだろうね」

 

 知るか。

 俺としては最早『ムードメーカー』のことは考えないようにしてるんだ。

 だって、目に見えるような能力じゃないのだし、あるか無いかもハッキリとしないような能力なんだから。

 

「おい、マーリン。無駄話ばかりするのなら帰るぞ」

 

「おっと、ごめんごめん。話が逸れたね。ところで彼の処遇はどうするんだい?」

 

「っ……!」

 

「………」

 

 そんな軽いノリで俺の今後のことを聞かれるとは思わず、俺は息を呑んだ。

 アルトリウスはすぐに答えを出さず、俺を冷たい視線で見てくる。

 即答しないことが、ほんの少しだけ意外に感じる。

 マーリンが面白がって助けてくれるのは、まだ分かるにしても、この騎士王はすぐに俺を処分しても構わないはずなのだから。

 

「貴様、何故若返っている?」

 

 唐突にそんなことを尋ねられて、俺はすぐに答えられなかった。

 死刑とかなんとか処分を言ってくるかと思っていたが、何かを尋ねられるなんて思ってもみなかった。

 

「神のいたずら、みたいなものさ。そこまで深く考えなくていい。君の視た『未来』に関わりは無いとも」

 

 俺が答えあぐねていると、マーリンが代わりに答えた。

 『未来』というワードが出てくるのは二度目だ。

 そのワードが出る度に騎士王の機嫌は目に見えて悪くなるのも、なんとなく分かってしまった。

 

「……血の繋がった家族はいるか?」

 

「……え?」

 

 またもや唐突な問い。

 俺がすぐに答えないことにイラついたのか声を荒げてくる。

 

「答えろ。血の繋がりがある者がいるかと聞いている。親、兄弟、子供、なんでもいい」

 

「い、いない。この世界にはいない。子供もまだだ」

 

「……………ちっ」

 

 何が気に入らなかったのか、舌打ちが返ってきた。

 困惑する俺にくすくすと笑い始めるマーリンに更に機嫌を悪くする騎士王。

 

「残念だねえ。まだ彼を殺すわけにはいかないわけだ。まあ、この私に任せてくれたまえよ。私の気まぐれで彼を逃したことにすればいい。実際にそうするわけだしね」

 

 『まだ殺すわけにはいかない』。

 先程から俺の重要な話をサラッとしないでほしい。

 

「ふん、好きにしろ」

 

「え、おいおい、帰る気かい?」

 

 踵を返す騎士王に軽く驚いた様子で尋ねるマーリン。

 会話の流れ的に、見逃してくれるのか?

 

「暇を持て余した奴に任せる。私は忙しい」

 

「おや、いいのかい?私が色々と喋っちゃうかもしれないよ?」

 

「どうせ貴様は勝手にペラペラと話すだろう。だから『好きにしろ』と言ったのだ」

 

 振り返りもしないで、そう言った騎士王は去っていった。

 助かったのはいいのだが、正直わけがわからない。

 置いてけぼりもいいところだ。

 俺は困惑したまま、マーリンへと顔を向けると微笑んできた。

 

「マーリンお姉さんに任せなさい。君が聞きたいであろうことに、だいたいざっくりと良い感じに説明してみせよう」

 

 本当に頼っていいのか少し不安になったが、頼らざるを得ないので、俺は説明を促すためにも頷いた。

 




ヒカルの心身の成長により、『ムードメーカー』が強化されています。
ざっくり説明で、近くにいる仲間を強化、というものですが、距離の概念が無くなりました。
仲間であれば強化するようになっています。
ちなみに世界を超えても作用します。


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119話


前回の後書きを誤射しました。
今回の後書きに置いておくはずだったのに……。
今回のお話で前回の後書きが活きてくるお話になりますので、まあ……いっか。
119話です。さあ、いってみよう。



 

 

 ヒカルがランダムテレポートで飛ばされた後、ウォルバクはアクアの魔法から逃れるためにテレポートで逃亡。

 その後、砦内の作戦会議室に反攻作戦に参加した面々とジャティスが集まっていた。

 作戦に失敗しただけでなく一人の仲間を失った。

 その結果のせいでお通夜のような空気が会議室の中を支配していた。

 カズマは場の空気に耐えきれずに、すぐ様謝罪した。

 

「すまん!俺達のせいで、ヒカルが……!」

 

『………』

 

 カズマの謝罪に応える者はいなかった。

 ただ、それは仲間を失って絶望しているからではなかった。

 ゆんゆんはヒナギクやトリスターノに目配らせをすると、静かに頷いてきた。

 感じていることは、考えていることは同じだというサインだ。

 

「あの、カズマさん。頭を上げてください」

 

「で、でもさ……」

 

「大丈夫なんです。ヒカルは生きてますから」

 

「……え?」

 

 信じ切った顔で断言するゆんゆんにカズマは困惑した。

 カズマの反応は至極当然であった。

 どこに行くかわからない『ランダムテレポート』は空間が繋がっていれば、どこにでも飛ばされてしまう魔法だ。

 それは海の底かもしれないし、地面の中かもしれないし、何百メートルも上空かもしれない。

 正直に言えば、生きてる可能性は少ない。

 『テレポート』よりも消費魔力は少なく、詠唱にかける時間も少ないというメリットはあるが、それ以上に不確定な要素が多い魔法。

 紅魔の里の学校で二番の成績だったゆんゆんが『ランダムテレポート』のことを知らないわけがない。

 だというのに、自信満々に生きていると言い切るゆんゆん。

 ゆんゆんの隣にいるヒナギクとトリスターノも同じような顔で頷いているのを見て、カズマは更に困惑した。

 

「ええっとですね。その、感覚的なモノっていうか、説明がしづらいというか難しいんですけど、ヒカルは確実に生きています。それだけは信じてください」

 

 ゆんゆんが困ったような顔でまた言い切った。

 ゆんゆんが説明に困るのもまた当然であった。

 ゆんゆん達が『ヒカルが生きている』と確信するのは、先程の説明通り感覚的なモノでしかない。

 ゆんゆん達はヒカルを喪う感覚を知っている。

 目の前で殺されて、絶望感と喪失感に支配されるあの感覚を知っている。

 それが無かった。

 シロガネヒカルの『ムードメーカー』が未だに作用している、そのことを三人はしっかりと感じ取っていた。

 ヒカルと一番縁が深い三人だからこそ、自信を持って言い切れる感覚であった。

 

「余もそれはなんとなくわかる」

 

「ジャティス王子も?」

 

「ああ、本当になんとなく、だがな。生きているのはわかった。だが、心配ではある。そうだろう?」

 

「はい。それに本当はこちらに戻って来れるはずなんです」

 

「どういうことだ?」

 

「ヒカルはテレポート装置、じゃなくてテレポートのスクロールを持っているので、戻って来れるはずなんです」

 

「テレポートの行き先の設定は?」

 

「ええっと、その……作戦前に砦の部屋に設定してました、はい……」

 

 三人は目を逸らした。

 ヒカルが生きているのも、戻って来れるはずなのも事実だが、スクロールやテレポートの設定は嘘だからだ。

 

「では何故戻って来ない?」

 

「そこなんですよね。何かしらのトラブルか、面倒事に巻き込まれたか……」

 

 ジャティスに先程言われた通り、生きていることは確信しているが、心配していないわけではなかった。

 ヒカルの転移先で何かが起こっているだろうことは戻って来ないところを見るに明らかであった。

 

「ふむ、色々考えても仕方ないな。ゆんゆん達の言う通り、戻って来れるはずなのに戻って来ないのは何かしらが起こったに違いない。まさか命の危険があるのに戻って来ない程、余の友はバカではあるまい」

 

 バカであった。

 突然の出来事に対応し切れず、一瞬で拘束され牢屋にぶち込まれるという見事なまでのバカっぷりを発揮していた。

 

 

 

 

 その時、ヒナギクに電流走る。

 ヒナギクは思った。

 ヒカルはおバカであった、と。

 

「二人とも、やっぱりまずいよ!ヒカルはもしかしたらとんでもない危機にあるかもだよ!」

 

「え、いきなりどうしたんですか?」

 

 ヒナギクが二人を連れて、他の全員から後ろを向いてコソコソと焦ったように言うと、トリスターノが聞き返した。

 

「二人とも、落ち着いて聞いてね。ヒカルはおバカなんだよ」

 

「いや、深刻な顔して何でリーダーをディスり始めたんですか?」

 

「そうなっちゃうかもしれないけど、そうじゃなくて、本当に命の危険があるかもしれないってことだよ!僕達は生きてるなら大丈夫かもしれないっていう希望的観測が過ぎたかもしれない。ヒカルなら正直何が起こっても不思議じゃないもん」

 

「それは、そうだけど……」

 

 ゆんゆんもトリスターノも否定しきれずにいた。

 ヒカルの事を誰よりも知っているからこそ、それは否定出来ない。

 

「だから、僕少しだけ行ってくるよ!」

 

 そう言うヒナギクは首から下げているロザリオに手を伸ばし、

 

「ちょ、ダメですって!」

 

「そうよ!それは止められてるでしょ!?」

 

 引きちぎろうとするのを二人は全力で止めた。

 ヒナギクが首から下げているロザリオは天使の力を封印するものだ。

 ヒナギクであれば、いくらでもその封印を破ることは出来るが、当然それは止められていた。

 

「でも、僕の今の力なら一晩で世界は三周出来ると思うし、じっくり回れば見つけられるはずだよ!」

 

「そういう問題じゃないですから!ほら、離してください!」

 

「それを外したらエリス様に本気で怒られるって言ってたじゃない!」

 

「エリス様なんかどうでもいいよ!」

 

「その発言はまずいですよ!」

 

 

「───では、それで頼む。三人もそれで……って、そなた達は何をしているのだ?」

 

 揉み合う三人は、すでに後ろで固まりつつある話を一切聞いていなかった。

 

「え、あ、その、何でもありません!ほら、ヒナちゃん一回離しなさい!」

 

「……むぅ」

 

 渋々ロザリオから手を離すヒナギクを見て安心すると、その様子を見ていたジャティスはため息をついた。

 

「そなた達が話を聞いていなかったみたいだから、もう一度最初から話そう」

 

 申し訳なさそうにする三人を横目にジャティスは話し始めた。

 

「ララティーナ、それにカズマ殿にこの砦の指揮権を預ける。作戦は失敗したが、今回は爆裂魔法を撃たれてはいない。ヒカルも生きているとわかった以上、作戦は有効であった。このまま砦の事を任せたい」

 

 呼ばれた二人は顔を引き攣らせながらも頷いた。

 

「余は一度城に戻り、今回のことを父上に報告する。最悪砦を放棄することも考えられていたが、その必要はなくなったとな。……ララティーナ、そんな顔をするな。カズマ殿の作戦は見事だった。余や騎士団、それにミツルギ殿達冒険者、誰一人思い付かなかった作戦が有効打を与えた。それが事実だ」

 

 ダクネスが顔面蒼白になりながらも頷く。

 この国の王子に、現在最も重要となる戦局の指揮を任されたのだから無理はない。

 

「余は、いや、我々は盗賊スキルや爆裂魔法をかなり下に見ていた。盗賊スキルに関しては、余がその時に不在だったとはいえ、城が一度賊にしてやられている時点でもう少し考えるべきであった。今回のことはかなり参考になった。礼を言う」

 

 カズマがフッとキメ顔のようなものを作ったその時。

 だが、とジャティスがカズマを真っ直ぐに見据え、続けた。

 

「アイリスのことは、また余と話し合う必要がありそうだ。是非とも語り合いたいことがたくさんある。よいな?」

 

「も、ももも、もちろんです!」

 

 ジャティスの物言わせぬ眼力に、カズマもダクネスと同じように顔面を更に蒼白になりながら、何度も頷き返事をした。

 以前ジャティスとアイリスの関係は確かに悪かった。

 あまり兄らしいことが出来ていなかったのも事実、カズマ達が今まで偉業を成し遂げてきたのも事実。

 とはいえ兄として、王子として見過ごせぬものもある。

 アイリスにお兄様と呼ばれていた男に、今まで言いたかった事を言えたジャティスは満足そうに頷いた。

 

「余が城に戻り、報告を済ませた後、各方面にヒカルの捜索依頼を出すことにする。余が出来るのはこれくらいだ。構わぬか?」

 

「え、ええ。お願いします」

 

「助かります」

 

「そこで三人はどうする?砦に残ってもらえると嬉しいが、ヒカルの捜索の報告が一番に伝わるのは王城だ。余と一緒に来るか?」

 

「え……?」

 

「そなた達も余の友だ。城に滞在することも許可しよう」

 

 思ってもない提案だった。

 だが、すぐには判断出来ずにいると、ヒナギクがロザリオに手をかけたので二人で阻止しつつ、ゆんゆんが答えた。

 

「あ、あの、少しだけ時間を頂けますか?」

 

「……そうだな。一時間ほど時間を与えよう。その時までに答えを出してくれ」

 

「わかりました。ありがとうございます、ジャティス王子」

 

「礼には及ばない。では皆の者、頼んだぞ。本日は解散だ」

 

 ジャティスの号令により、三人以外の全員が会議室を後にし、ヒナギクが飛び出して行きそうなのを止めつつ、なんとか一時間以内に答えを出して、ジャティスに報告したのだった。

 





もうウォルバク戦の方の描写はほぼ無いと思います。
え?どうしても気になる?
『この素晴らしい世界に祝福を!9 紅の宿命』を読むと分かりますよ。
一応オリキャラがいるとはいえ、ウォルバクと決着をつけるべきなのは彼女一人しか有り得ませんからね。


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120話


120話です。さあ、いってみよう。



 

 

 騎士王は未来を視ることが出来るらしい。

 マーリンがざっくり説明し始めて、最初がこの話からだった。

 騎士王の未来視は制御出来たりするものでもなく、ふとした瞬間に視てしまう能力なのだとか。

 

 現在、視えている未来は二つ。

 一つ目は『グレテン王国が人の手によって滅びる光景』。

 

 視てしまった未来を回避出来たことは無いらしく、その事実が今の騎士王を追い詰めている。

 しかも視えている未来は、騎士王だけでなく国全土を揺るがす問題だ。

 国の王として、あらゆる手段を講じたものの視える未来は変わらなかった。

 

 人の手によって滅びるならば、人が介入しないようにすればいい。

 

 そう考えた彼女は国を挙げて人類側ではなく、魔王軍側に付いている。

 この未来が変わらない限り、グレテン王国は人類側に敵対し続けるだろうとマーリンは言った。

 

「それってグレテン王国内部の人間の仕業じゃないのか?だって今も未来は変わってないんだろ?」

 

「まあ、その考えに行き着くよね、普通なら。でも彼女はそうは思わない。グレテン王国の人間がそんなことをするはずがないと本気で信じ切っているのさ。だから外の人間が滅びを齎らすと思い、人類側に敵対しているんだよ」

 

 ぶっちゃけ色々忘れてしまったけど、元の世界の創作にある円卓の騎士って、内部でいざこざがあった気がするんだけどな。

 

「それとは別にアルトリウスはこうも考えている。魔王軍との戦争が終われば、次は人同士の争いになるとね」

 

「世界大戦でも始まるってのか?」

 

「魔王軍が倒されたから世界は平和になりました、人々はいつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。なんて物語みたいなことが本当にあると思うのかい?」

 

「それは、でも……」

 

「君は元の世界の歴史を知っているはずさ。どんな過ちが起きた?重大な過ちを犯したと知った後は平和で戦争の無い世界に変わったかい?」

 

「……」

 

 言葉に詰まる。

 狭い視野で見れば平和な時代になっているのかもしれないが、世界から戦争が無くなったとは言えるわけがなかった。

 

「意地悪な質問をしちゃったね。ただ、この世界もそうなる可能性は高い。騎士王はそれを危惧している。人類と魔王軍との戦争を長引かせ、人同士の戦争にさせなければ、グレテン王国に人の手が介入してくることは無い。そう考えて騎士王は行動を起こしたのさ」

 

 ……未来が視える能力、最初は少し羨ましいなんて思ったが、なんて厄介なものなんだろう。

 変えたい未来の為に奔走しても、望んだ通りに変わる保証も無く、苦しい選択をしなければならないこともある。

 どれだけの重圧だろう。

 俺には想像もつかない。

 

「騎士王は人と魔王軍との戦争をもっと長引かせる予定だった。騎士王がより良い考えが思い付くまで、あるいは何らかの奇跡が起こることを信じて。でも、そうも言ってられなくなった。それは、ギリギリのバランスが崩れ始めたからさ」

 

「何人も魔王軍の幹部が討伐された上に、円卓の騎士もやられたからか?」

 

「そう、大正解。それで人類側が優勢になったとは言い難いけど、間違いなく痛手さ。魔王軍は少し焦っている。騎士王もこれ以上騎士を失いたくないというのに、魔王からは戦力を出すように言われて仕方無く派遣しているような状態さ。こうして今までのバランスが崩れて、時代が変わろうとしている」

 

「……未来は変えられないのか?」

 

「どうだろうね。今まではたまたま変えられなかっただけで、今回は変えられるかもしれないよ」

 

「そもそも何でその事を俺に話すんだよ。あれか?『面白い』からか?」

 

「それもある」

 

「あんのかよ……」

 

「それ以外にも期待しているから、かな」

 

「期待されても特に何も無いぞ」

 

「いいや、あるさ。いっぱいね」

 

 にんまりと笑って、マーリンは宣う。

 俺に何があるってんだよ。

 何も無いがあるってか。

 

「君はトリスタンが戦場に行くのを黙って見過ごす奴じゃあないだろう?だったら君は騎士王と戦う運命にある。そして勝利し、騎士王が視ている未来をぶち壊すしかない。君が望む『未来』は騎士王に勝つことで得られるのさ」

 

「確かにトリスターノが戦うなら、俺も戦うとは言ったけど、わざわざ俺自身が騎士王に勝たなくても……」

 

「私は君なら可能性があると思っているよ」

 

「何でだよ」

 

「実績があるじゃあないか。君の死によって狂ってしまった世界の未来を変えただろう?これは君が思ってる以上に凄いことなんだぜ?たった一人だ、強力な力やチート能力を持っているわけでもないたった一人の君が狂った世界を、あるべき方向へ修正したのさ」

 

「あれは、その……」

 

「謙遜はいらない。手段も関係無い。結果が全てさ。『未来を変えた』という結果がね。君には十分に可能性があるんだよ」

 

 可能性、ね。

 正直言って、騎士王と戦ったらそこら辺の雑兵と同じく振り払われるように殺されそうな気がする。

 

「いいかい?君は()()()()()()さ。このすば(この世界)におけるオリジナル主人公(最大のイレギュラー)オリジナル要素(イレギュラー)にはイレギュラーが対応するのが一番さ」

 

「何を言ってるのかよくわからないし、そんな特別扱いされても……」

 

「ああ、君は平凡だとも。ただ君の中のモノは特別さ。()()を宿した君が来たから、居たからこそ世界は変わった。更にハードな世界にね。()()が呼び寄せたモノ達を君は乗り越えなきゃあいけない。君が乗り越えた時、世界はある程度君が望んだカタチになるだろう」

 

 ……………予言めいた事を。

 

「どこまで、何を知ってるんだ?」

 

「それなりに何でも、かな。ただ未来はちょっとしか知らないよ。不確実なものだからね。私は完璧に近い存在ではあるけれど、完璧じゃあないのさ」

 

「はぁ……」

 

 ため息が出た。

 もう訳が分からない。

 でも、訳が分からない状況にも慣れてきたのか、俺はそこまで動揺していなかった。

 内面も少しは強くなれたのかもしれない。

 

「さて、二つ目の未来の話だけど」

 

「ああ、うん。どうぞ」

 

 いや、これ諦めの境地にいるだけだ。

 マーリンが俺をここから出してくれなかったら、未来どころの話じゃないし、ただ聞き入れるしかないだけだわ。

 

「ぶっちゃけよく分からないや」

 

「は?」

 

「まあ、聞いてくれればわかるよ」

 

 二つ目の未来は『シロガネヒカルと銀髪の少年が三人の魔王と対峙する光景』だそうだ。

 マーリンが投げやりになるのも分からなくもない。

 騎士王は三人の魔王への何らかの対策になるんじゃないか考えて、俺をこれまで殺さずにいたらしい。

 先程、俺に血の繋がった者がいないかと尋ねてきたのは、騎士王が視た未来の俺が俺とは限らないと考えたからだそうだ。

 

「三人の魔王とか意味わかんないよね。歴代の魔王を復活させて世界滅亡パーティーでもするんじゃあないかな」

 

「待てこの野郎!今まで散々色々ぶっ込んできたり、予言めいたこと言っておいて、いきなりテキトーに話すんじゃねえよ!」

 

 あはは、ウケるーみたいな感じで話し始めるマーリンに、諦めの境地にいた俺も流石に声を荒げた。

 すると、マーリンは拗ねたような顔になり。

 

「だって、分からないんだもん。まあ、君と銀髪の誰かさんがなんとかしてくれるよ」

 

「誰かさんって完全にクリスだろ!絶対無理じゃん!そもそも人数で負けてるじゃねえか!というか、向こうは戦艦3隻で、こっちは歩兵2人みたいなバランスが一番おかしい!」

 

「意外と冷静に戦況分析出来てて草」

 

 ケラケラ笑ってくる顔を引っ叩いてやりたいが、今は牢屋の中だし、引っ叩くことが出来たとしてもここを出ることが出来なくなりそうなので諦めた。

 

「まあ、安心したまえよ。二つ目の未来のことを考えるのは騎士王を倒した後にすればいい。きっとそれぐらい後の話さ」

 

「……」

 

「そんな胡散くせーみたいな顔で見ないでくれよ。大丈夫さ、君はまず騎士王を倒す方法を考えればいい」

 

「そっちも同じくらいの難易度だと思うんだけど」

 

「倒せなかったら、君の望む未来は無い。ただそれだけの話さ」

 

 最悪の場所に飛ばされたと思えば、最悪の未来を突き付けられた。

 トリスターノが戦うなら俺も戦うとは言ったが、騎士王や円卓の騎士と真正面からやり合うのは考えていない、というか考えないようにしていた。

 この国が負ければ、平和な日常は無くなる。

 それは至極当然で、だから俺は力になりたいと思って、同行すると言った。

 それなのに、なんだか俺が解決しなきゃいけないみたいな話になってきている。

 一戦力になりたいとは言ったが、特攻隊長になりたいなんて一言も言ってない。

 何がどうして、こうなった?

 

「悩んでいるね」

 

「随分と他人事だな?」

 

 関係ないみたいな面をしているマーリン。

 国専属の魔法使いじゃなかったのか。

 

「他人事だよ。私は戦争には加担しない。私が参加してしまえば、それはただの虐殺だからね」

 

「……」

 

 軽い感じで言ってのけるマーリン。

 口ぶりからして冗談では無さそうではあるが、冗談であってほしいというのが本音だ。

 

「強い存在が勝つ。弱肉強食さ、当然の摂理だ。だからこそ、つまらない。騎士王が勝った、ガウェインが倒した、ランスロットが戦果を上げた。もう飽き飽きだよ。さっき言った通り、強い奴が勝つのは当たり前じゃあないか。才能に恵まれて、聖剣に力を与えられて、それで勝たない方がおかしいじゃあないか。それなのに、それがまるで凄いことのように、英雄譚のように語られる。心底つまらないね」

 

 首を振って、吐き捨てるように言ってきた。

 本当に飽き飽きしているのが伝わってくる。

 

「チート?最強?勝って当たり前の奴が有象無象の敵を倒す姿のどこが面白いんだよ。ウケるよ、つまらなすぎて。退屈でつまらなかったよ、本当にね。でも、君達が現れた」

 

 マーリンが真っ直ぐに俺を見てくる。

 マーリンの翡翠の瞳は綺麗で吸い込まれてしまいそうな程だったが、その奥はどこまでも深いように感じた。

 

「やっと、面白いものを見つけた。君以外にも面白い存在はいたが、それ以上だ。何の才能も無い君が、散々仲間に助けられて病人の方がマシと言われた君が、騎士王を地に這いつくばらせた時は最高だった。あの時君に惚れたのさ。あの時ほど興奮したことはない。私が求めているジャイアントキリング(番狂わせ)はここにあったんだって」

 

 牢屋の鉄格子を握り込み、頬を紅潮させて興奮した様子で捲し立ててくる。

 牢屋の中で助かった、そう思ってしまうような圧が今のマーリンにはあった。

 

「君の面白さを邪魔したくない。だから私はなるべく手助けなんかはしたくない。君の物語を汚したくないんだ。大丈夫、君ならきっと出来る。もっと面白い展開を見せてくれ」

 

 恍惚とした表情を浮かべるマーリンにドン引きしていると、視界が急にブレて落下する感覚に襲われた。

 突然のことに受け身など取れるわけもなく、ケツから着地した俺は痛みにケツをさすりながら立ち上がると、頭に衝撃が走って背中から倒れた。

 

「いってえなこの野郎……」

 

 寝転がった状態から見ると、上には不思議な丸い空間があり、そこにはキャメロットの牢屋のような光景からマーリンがニコニコしながら軽く手を振っているのが見えた。

 俺がマーリンに対してどう反応しようか悩んでいる内に丸い空間は閉じていってしまい、最後には何も無かったかのように消滅した。

 

「あれって『テレポート』とかじゃないよな。詠唱とかしてなかったし」

 

 そんなことを呟きながら、周りを見ると先程何故頭に衝撃があったのかが分かった。

 あの丸い空間から俺の没収された持ち物も俺と同じくして落としたらしく、刀や色々な持ち物が散乱していた。

 俺がそれらを身につけて、周りを見始めていると、なんだか見覚えがあるような場所のように感じる。

 だが、はっきりと場所が分からず、次は後ろを確認しようとして振り返ると、少し遠いところにいる人物と目が合った。

 柱の物陰から、こちらを見てくる碧眼の瞳、それと長く伸ばしている金色の髪がひょっこり出ていて、身長も小さいことから少女だということがわかる。

 というか、なんとなく見覚えがあるような気がする。

 顔も半分くらいしか見えていないから気のせいかもしれないが。

 俺は怪しくないことをアピールする為にも、手を軽く上げて話しかけようとしたその時。

 

「貴様、何者だっ!!」

 

 いきなり横から怒鳴り声が聞こえてきて、手を軽く上げたままフリーズした。

 それからゆっくりと声が聞こえてきた方を向くと、白を基調としたスーツのようなデザインの騎士然とした女性が腰の剣に手を掛けてこちらを睨んでいた。

 俺は冷や汗が止まらず、多分引きつった顔をしていたと思う。

 この人は確実に見覚えがある。

 

「レイン!アイリス様を守れ!衛兵ー!衛兵ーー!!賊の侵入だーー!!」

 

 魔法使いの女性が先程目が合った少女へと駆け寄り、俺から守るように立つと、続々と鎧の音を響かせながら槍やら盾やらを持った兵士たちが十人ほどやってきた。

 

 なるほど。

 ここはあれだ、俺が、というか俺達が前にドンパチやらかしたベルゼルグ王国の王城だ。

 先程目が合ったのは、第一王女のアイリス。

 俺を睨んでる女性は確か、ミツルギ達と俺達を待ち構えていた王女様の護衛だ。

 冷や汗を垂らしながら、俺はなんとか口を開いた。

 

「あの、これはなんていうか……」

 

「ひっ捕らえろ!!!」

 

 俺は最悪のデジャヴを感じながら、衛兵達が押し寄せてくるのを前に、心の中で叫んだ。

 

 マ、マーリンンンンンあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!

 





次回のお話は時系列が前に戻るかもしれません。
まだ書いてないので、わかりませんが。


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121話


121話です。さあ、いってみよう。



 

 

「何の騒ぎだ?」

 

 俺が周りの兵士達に取り押さえられながらも必死に弁明をしていると、威圧感のある低い声が辺りへと響いた。

 

「ジャ、ジャティス王子!申し訳ありません!それがこの城に……」

 

「ジャティス!!俺だ!ヒカ、ぶっ!?」

 

「この無礼者!城に侵入しただけでなく、王子に対して、何という口の聞き方を……っ!」

 

 兵士達に囲まれて見えないが、聞き覚えのある名前にこれ幸いとばかりに声を掛けたが、地面に思い切り顔を押し当てられて遮られてしまった。

 

「そこで組み伏せられているのは何者だ?」

 

「賊です。すでに鎮圧しましたので、ご安心ください」

 

「ふむ、見せてみよ」

 

「……む、無力化したとはいえ何があるかわかりません。賊の対応はこちらに……」

 

「銀髪盗賊団のような凄腕ならともかく、道中で取り押さえられるような賊に不覚を取る余ではない。見せてみよ」

 

「ですが、しかし……」

 

「……見せてみよ、と言っている」

 

「っ!し、失礼しました!」

 

 底冷えするような声が聞こえると、続々と兵士達が引いていき、俺を押さえている兵士のみが残った。

 

「………そなた、何をしてるのだ?」

 

「……何って言うか、色々あったっていうか、いだだだだだっ!」

 

「貴様、いい加減に……!」

 

 俺の口の利き方に気に入らなかったのか、兵士達が拘束する手を強めてくるが、

 

「よい、好きに喋らせろ」

 

「は、はっ!」

 

 それをジャティスが一声でやめさせた。

 なんというか、ちゃんと王子様だったんだなこいつ。

 

「そなたの経緯を確かめるのは後だ。今になってタイミング良く城の中に現れたのも、余を利用しようとする不届き者が、そなたの姿形を偽って近付いてきたからかもしれんからな」

 

「えっ、ちょ、ちょっと待った!確かにタイミング良すぎたかもしれないけど、本物だって!」

 

「だから本物かどうかを確かめる為、いくつか質問をする。余とそなたにしか分からぬ事だ。本物だと分かれば、すぐに解放しよう」

 

 ああ、でも、そうか。

 これぐらい疑ってかかるのが普通……なのかもしれない。

 俺が組み伏せられているせいで、ジャティスに見下ろされている状態になっているが、俺はなんとか頷いた。

 ジャティスもまた頷き、口を開いた。

 

「一つ目の質問だ。そなたは余のことを『ジャティス』と呼ぶ以外に、他の呼び名をよく口にしていた。それはなんだ?」

 

「まさよし」

 

「ふむ。二つ目の質問だ。そなたの能力の名前は?詳細までは言わなくていい」

 

「ムードメーカー」

 

「三つ目の質問、そなたの親友枠は?」

 

「いや、親友枠ってなんだよ」

 

「……四つ目の質問、余とヒナギクの関係は何かを答えよ」

 

「友達だろ」

 

「………ふむ、なるほど。だいたいわかった」

 

 顎に手を当てて、こちらを見て頷いてくるジャティスに早く拘束を解くように言ってくれないかと目で訴えていると、ジャティスは続けて言った。

 

「二問不正解だ。シロガネヒカルの親友枠は余であり、余とヒナギクの関係は友達以上のものだ」

 

「は?」

 

「よって、そなたは偽物。衛兵、牢屋に連れて行け」

 

「おいいいいいいいい!!ふざけんなこの野郎!何が友達以上だ!どさくさに紛れてなに……」

 

「黙れ、下郎!城への侵入だけでなく、王子に対する無礼の数々、相応の罪になると知れ!」

 

 またもや地面に頭を押し当てられて、喋ることが出来ず、そのまま装備を外されそうになった時。

 

「すまない、冗談だ。彼を離してやってくれ」

 

 ジャティスが制止の声を上げた。

 周りの兵士達は戸惑い、数秒間の沈黙の後、一人の兵士が尋ねた。

 

「え、お、王子?今なんと?」

 

「彼を離してやってくれ。彼は余の友人に間違いない」

 

「ゆ、友人……?」

 

 そんな戸惑いの声が周りから聞こえてきた。

 ジャティスも確かぼっちだったから、それだけ衝撃的なことなのかもしれない。

 いや、それ以前に身分の違いとか、色々と疑問になるようなことはいくらでもあるか。

 

「離してやってくれ。頼む」

 

「は、はい……!」

 

 兵士達が離れていき、俺の体が自由になった。

 地面に押し当てられた際に、口に入った砂利を吐き出しつつ、立ち上がるとジャティスと目が合った。

 

「……散々人で遊んでくれやがってこの野郎」

 

「はは、すまない。再会が早かったせいか、はしゃいでしまった。無事でよかった、我が友よ」

 

 微笑んでそう言うジャティスの様子に、周りから驚きの声が次々と聞こえてきた。

 

「王子が、笑ってらっしゃる……?」

「いつぶりだろうか、王子のあんな笑顔は」

「では、本当に、あの男が王子の友人だというのか」

 

 そこまで驚かれるようなことなのか、こいつの笑顔。

 確かに最初会った時はほとんど表情が変わらなかったけど、あれは俺達に警戒とかしてるだけかと思ってた。どうやら表情が変わらないのはデフォルトだったらしい。

 

「この者は先程案内した客人と同じく、先の戦いで円卓の騎士と戦い満身創痍だった余を助けてくれた恩人であり、その円卓の騎士と戦う際に背中を預けた戦友でもある。客として、どうかもてなしてやってほしい」

 

「は、はっ!」

「しょ、承知いたしました!」

 

 まあ賊として扱われるより、客として扱われた方がいいのは確かなんだけど、それは置いておいて。

 

「あー、まさよし君。ちょっと」

 

「まさよし君ではない。余はベルゼルグ王国第一王子、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・ジャティスだ。本人か確認のために質問に使ったが、その呼び方を認めたわけではないぞ」

 

「そういうのいいから。というか、いちいちフルネームを言うんじゃねえよ」

 

「何も良くないのだが。余の大事な名前だぞ」

 

「あーもう、めんどくせえよ。とにかく俺が転移させられてからのこととか色々話したいことがあるから……」

 

「だろうな。余も同じ気持ちだ。話をする為にも、まずはヒナギク達の元へ案内しよう」

 

「は?ヒナ達?」

 

 

 

 

 

「ヒカル!!」

 

「ごほおっ!?」

 

 案内された馬鹿でかい客室に入り、顔を合わせるや否や飛び付いてきたヒナを受け止めきれずに、背中からぶっ倒れた。

 

「大丈夫!?怪我とかしてない!?」

 

「たった今怪我しそうになったよこの野郎。大丈夫だ、心配いらないから退いてくれ」

 

「そうだ。なんと羨まけしからん。余が嫉妬でどうにかなる前に早く離れるべきだ」

 

 ジャティスに言われて、見られたのが恥ずかしくなってきたのかヒナは慌てて立ち上がって俺から離れた。

 ヒナが退いてくれたので、俺も立ち上がると微笑むイケメン、トリスターノと目が合った。

 

「リーダー、よくご無事で」

 

「ああ。まあ、ぶっちゃけ無事だったのは奇跡みたいなもんだけど」

 

「ヒカル、そろそろ話してくれ。そなたに何があったのかを」

 

「ああ、話すよ。とりあえず、ランダムテレポートされてグレテン王国のキャメロット城前に飛ばされたんだけど」

 

「「「は?」」」

 

 

 

 

 

 俺が今までの経緯を話し終えると、三者三様の反応を見せた。

 ジャティスは呆れた顔で、トリスターノは頭を抱え、ヒナはムスッとした顔で静かに怒りを浮かべていた。

 

「またマーリン……しかも今度は騎士王まで……」

 

「俺も別に会いたくて会ってるわけじゃないぞ」

 

「それはそうなんですけど……」

 

 疲れたような顔のトリスターノがぼやく。

 グレテン王国に行こうなんて、思ったことすらない。

 

「………」

 

 ヒナはムスッとした顔のまま喋らない。

 どうやらニホンの世界を壊された事とか幼児になってしまうほどのダメージを負わされたことを恨んでるらしい。

 ニホンからこちらの世界に戻ってきたことはヒナ自身も良かったと思っているが、それはそれ、とのこと。

 しかもヒナはあのダメージのせいで後遺症を抱えている。

 割と深刻なレベルの。

 

「国が滅ぶ未来か………」

 

「王子としては、やっぱりそこが気になるか?」

 

 神妙な面持ちで呟くジャティスに尋ねると、当然だと頷いてきた。

 

「戦場ばかりに出ている余だが、れっきとした王族だ。余とアイリス、どちらが王位を継承するかはわからぬが、そんなことはどうでもよい。我々は国を導く義務がある。国を少しでも良い方向に導かなくてはならないのに、ほぼ確定化した滅びの未来など視えてみろ。余とて平常心を保てるかわからん」

 

「そうか……まあ、そうだよな」

 

 ジャティスの言葉で騎士王が抱えているもののスケールの大きさが真にわかってきた気がする。

 なりふり構ってられない騎士王を相手に俺がどうにかしろなんて、マーリンも無茶を言う。

 

「国同士の戦争は、出来るだけ避けたいのだが、色々と準備をしておく必要がありそうだ」

 

「「「………」」」

 

「そなたはどう思う、トリスターノ?いや、トリスタンと呼んだ方が良いか?」

 

 ジャティスの物騒な発言に俺達は黙り込んでいると、ジャティスがトリスターノを揶揄うように声を掛けた。

 声の調子は確かに揶揄うようなものであったが、ジャティスの目や表情に遊びは無い。

 

「……出来れば、トリスターノとお呼びください」

 

「出来れば、か」

 

「はい。どちらも私の名前です」

 

「ほう……」

 

 突然の一触即発の雰囲気に、流石に割って入ろうとしたら二人に手で止められてしまった。

 

「確かに私は円卓の騎士、トリスタン。それは今も、変わりません。だからこそ国の現状が許せずにグレテン王国を離れました。騎士王が抱えているものは知りませんでしたが、知っていたとしても私の行動は変わらなかったでしょう」

 

「……」

 

「もし戦争になるのだとしたら、私は止めたい。止められないのだとしたら、私は……こちら側の戦力となり、騎士王らを討ち倒します」

 

「出来るのか?」

 

「どこまで出来るかは正直分かりませんが、力の限り。それが私の円卓の騎士としての意地であり矜持です」

 

「……そうか。悪かったな」

 

「いえ、王子の立場上仕方のないことです」

 

 ……なんだか妙に緊張してしまった。

 ジャティスもそこまでトリスターノのことを危険視していたわけではないのだろうが、一応は本人の口から聞いておきたかったのだろう。

 何事もなくて、よかっ

 

「それに私はリーダーの親友枠ですからね。リーダーに危険が及ぶのであれば、戦いますとも」

 

「……は?ヒカルの親友枠は余だが?」

 

「ご冗談を。王子と言えど、無理があるかと」

 

「なるほど、そなたの気持ちはわかった。つまり戦争か」

 

「なんですか、やりますか?」

 

「よし、表に出ろ。決着をつけてやる」

 

「お前達なんで大事な話してる時は円満に終わったのに、クソどうでもいい事で戦おうとするんだよ!!」

 

 立ち上がって睨み合う二人の間に入り、引き離していたらノック音が聞こえてきた。

 

「む?誰だ?」

 

「お楽しみのところ、申し訳ありません。兄様」

 

「アイリスか。どうかしたか?」

 

 おずおずと部屋に入ってきたのは第一王女のアイリスはチラチラと俺達を見ながら、口を開いた。

 

「兄様の友人達のことがどうしても気になってしまって、つい来てしまいました。ご迷惑でしたか?」

 

「そんなことはない。アイリスにも紹介しようと思っていたのだ。まずこの目付きの鋭い男は───」

 





次回でこの章は終わりになると思います。
いつかの後書きの宣言通り、ウォルバク戦の描写はほぼありません。


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122話


122話です。さあ、いってみよう。



 

 

 アイリスとの自己紹介が終わり、俺はずっと疑問に思っていたことを口にした。

 

「というか、ゆんゆんは?席を外してるのかと思ってたんだけど、もしかしていないのか?」

 

「彼女だけは砦に残ってもらった。カズマ殿がどうしても作戦に必要だからと言っていたからな」

 

「ああ、なんだそういうことか。ハブられたのかと思った」

 

「そんなことあるわけないじゃん。それに二手に分かれた方がいいかなって話になったんだ。元々、ジャティス王子にヒカルの捜索依頼をだしていただいて、その報告をすぐに聞けるようにするために城に来たんだ」

 

 すぐ会いたかったけど、それなら仕方ないか。

 ゆんゆんなら作戦の戦力になるし、何かあっても逃げられるだろうし、多分大丈夫だろう。

 

「すでに使いの者を出して、そなたが無事に戻って来ていることも報告済みだ。彼女も安心した様子で、作戦に張り切っていたそうだ」

 

 いつの間に。

 それなら急いで向かう必要もないか。

 今日ぐらいはゆっくり休んでからでもいいだろう。

 

「砦に戻りたそうな顔をしているヒカルに少し提案があるのだが、よいか?」

 

「なんだよ、いきなり?」

 

「先程言った通り、ゆんゆんにはそなたの無事は報告済みだ。砦には精鋭揃いで、作戦も敵陣に爆裂魔法を撃ち込んで逃げるもので、もし奇襲されたりしても逃げることを優先すると言っていたことから、そこまで危険になるようなものでもない」

 

「……まあ、そうかもな」

 

「砦の精鋭達は今まで辛酸を舐めさせられてきたことから殺気立っているし、あまり仕事を奪われると反感を買う」

 

「何が言いたいんだよ」

 

 一番最初に提案と言っていたし、何か俺にやってほしいことがあるのだろうが、前置きが長い。

 ゆんゆんのことは確かに心配だけど、話通りならある程度安全そうだし、ジャティスからの提案なら内容次第ではいくらでも協力するぞ。

 

「そなたが急いで向かう必要も無ければ、砦の戦力になる必要も無い、ということだ」

 

「それで?」

 

「数日だけでもいい。この城に滞在してほしい。そして出来ればアイリスの話し相手になってやってくれないか?」

 

「兄様!?」

 

 自己紹介後は様子を探るように黙って話を聞いていたアイリスが驚きの声を上げる。

 

「まあ、聞くのだ。余も兄らしいことをしてやりたかったのだが、すでに父上が別の戦場へと行ってしまわれた以上、余も明日には向かわなければならない。このタイミングで余の友人であるヒカル達がいるのも何かの縁、是非ともヒカル達とアイリスも仲良くなって欲しいと思ってな」

 

 王女様の話し相手ね。

 いや、普通だったら引き受けるよ。

 ジャティスからの頼みだし、特に難しいことでもない……いや、相手の身分と釣り合ってないから難しいのか?

 まあでも、俺はこの城で暴れた身だし、なるべくバレるような危険は冒したくないんだけどな。

 

「………兄様」

 

「む?どうした?」

 

「先程からやたら友人を強調してきますが……単に友人を自慢したいだけじゃないですか?」

 

 アイリスが半眼でジャティスを見ながら尋ねると、ジャティスは軽く微笑み、首肯した。

 

「それもある」

 

「もう、兄様ったら」

 

 最初は妹と何を話せばいいか、わからないなんてことを言っていたのに、随分と仲良くなったもんだ。

 呆れた顔になっていたアイリスは佇まいを直し、俺たちに向き合う。

 

「私からもお願いします。どうか、ほんの少しだけ私とお話相手になってくださいませんか?」

 

 こんな女の子の真摯なお願いをされて断れるわけもない。

 一応トリスターノの方を見ると、軽くイケメンスマイルを見せてきた。

 これは「リーダーにお任せします」の笑みだろう。

 アイコンタクトはいいけど、俺達以外には絶対に通じないからな。

 まったく、これだからイケメンは。

 次はヒナの方を見ると、頷いてきた。

 こいつもトリスターノと同じ意見らしい。

 

「分かりました。数日の間、お世話になります」

 

 俺がそう言うと、アイリスは心から嬉しそうに輝くような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいませーん!やっぱり帰らせてもらっていいですか!?」

 

「『エクステリオン』──ッッ!!」

 

「ああああああああああああああ!!!」

 

 斬撃が地面を削りながら飛んできたのを確認すると、俺は力の限り横に跳んで避けた。

 そして受け身を取りつつ立ち上がり、俺は全力で走り出す。

 

「ヒカル、逃げてばかりでは訓練にならん。そろそろ余の友人として恥ずかしくないところを見せてくれ」

 

「リーダー、ファイトですよー」

 

「やかましいんだよこの野郎!!バトル漫画の主人公みたいにポンポンポンポン斬撃飛ばしてきやがって!俺なんか技名を叫んで攻撃したことすら無───」

 

「『エクステリオン』──ッッ!!」

 

「ああああああああああああ!!!」

 

「あっ、また避けられましたっ!」

 

「避けるに決まってんだろうが!最近シリアス続きなのも、マーリンからとんでもない話を聞かされたことも、こんな小さな女の子が斬撃なんか飛ばして来ることも、ジャ◯プみたいな戦力のインフレの序章に過ぎなかったんだ!もうたくさんだ!俺はまんがタ◯ムきらら作品の二次創作に行かせてもらう!!」

 

「ヒカル、何言ってるの?邪魔にしかならないでしょ?」

 

 

 何故こんなことになったのか。

 王女様も日頃城に篭もって上品にお勉強とかをしているだけでなく、剣の鍛錬や戦闘訓練をしているとかで、本日もその時間がやってきた。

 今まで俺達と話をしていたせいか、かなり名残惜しそうに席を立とうとしたところ、何を思ったのかジャティスの一声により俺がアイリスの訓練相手をすることになった。

 子供相手だからと気軽に引き受けた俺も悪いのかもしれないが、聞いてない。

 斬撃を飛ばしてくるとか聞いてない。

 

「ヒナああああああああ!支援魔法!!支援魔───」

 

「『エクステリオン』──ッッ!!」

 

「──ほおおおおおおう!!!」

 

 身を投げ出して避けた後にヒナの方を確認すると、呆れた顔で俺に支援魔法をかけ始めていた。

 よし、体が一気に軽くなった!

 これで多少はなんとかなる。

 

「行くぞ、王女様!」

 

「迎え打ちます!」

 

 地面を蹴って前へと突き進む。先程までとは体が出せる力も体の軽さも違う。

 アイリスも先程までの俺とは違うことを感じ取ったのか、表情が更に引き締まり、剣を高く掲げた。

 構えからしてまた斬撃が飛んで来ると思った俺は走った勢いのまま刀を地面へと突き立て、力任せに振り上げた。

 斬撃は飛ばせなくとも、土や砂は飛ばせる。

 支援魔法をもらった俺なら、それなりに辺りが砂埃で見えなくなるぐらいに。

 

「っ、けほっ、エ、『エクステリオン』ッッ!!」

 

「っぶね……っ!」

 

 目眩しをされても斬撃を飛ばして来るだろうことはなんとなく、そう感じていてた。

 そんな気がしていたから、砂埃が舞う中も移動を続け、避けることが出来た。

 

「ふっ!」

 

「っ!接近戦ですか!」

 

 砂埃が収まり、俺が一気に距離を詰めてきているのを確認したアイリスは剣を正眼に構える。

 正直言えば、俺には接近戦しかない。

 爆発するビンとか石をぶん投げる戦法もあるけど、今やるような戦い方ではないから、俺が出来ることは接近戦に限られてくる。

 斬撃とか飛ばせないからね、しょうがないね。

 

 接近戦は危険ではあるが、メリットもある。

 斬撃を飛ばしてくる『エクステリオン』は今まで見た限りでは、斬撃を飛ばす影響か剣を高く構えて大きく振るような割と隙が大きい攻撃に感じた。

 それに少し魔力の溜めがあるように見えるから、接近戦で使うにはリスキーだ。

 更に言えば、ヒナの支援魔法をもらった『狂戦士』の俺なら力でゴリ押しも───

 

「っ!!」

 

「流石、兄様が認めた人ですね!」

 

 アイリスと鍔迫り合いの形になるが、力は拮抗している。

 いや、マジかおい。

 こんな小さな女の子のどこにそんな力があるんだよ、ふざけんなこの野郎。

 

「はあっ!」

 

 真剣を使った試合だが、アイリス王女様はなんだか楽しげに俺と剣を交えている。

 アークプリーストのヒナがいるから、ある程度はなんとでもなるとはいえ、真剣の戦いを楽しんじゃうあたり色々心配になるんだけど。

 

「『エクス──」

 

「させるかっ!」

 

 少しでも距離が離れればエクステリオンを放とうとする。

 俺は攻めることを強いられているような状態で、アイリスはそれを逆手に取りカウンターを狙ってくる。

 多分だが、お互いに致命傷を避けるために急所等への攻撃をしないようにしているせいで、勝ちを逃している。

 というか俺の方がとっくに負けてると思う。

 でも、続けている以上はまだ負けてないわけで。

 純粋に楽しんでるアイリスを相手に手を抜いたり、わざと負けるとか出来ずにいた。

 だから、真っ向勝負を続けて、続けて。

 

 

 俺の刀が折れた。

 

 

 無茶な使い方をしていたし、そもそもがそこまで良いものではなかったけど、強化石とかいうトンデモ技術で強化出来ていたから、そうそうこんな事態になるとは思っていなかった。

 強化石めっちゃ使ったんだけどなぁ……。

 

 申し訳なさそうにするアイリスやジャティスに気にする必要は無いと言っても、なかなか聞かず、結局は王宮の鍛冶師に剣を作ってもらおうという話になったところ。

 

「いや、その必要は無いよ」

 

 突然現れた第三者がそう言った。

 一瞬で視線を集めたその女性は特に気にすることもなく、俺に軽く手を振ってきた。

 

「やあ、さっきぶりだね。マーリンお姉さんだよ」

 





このすば、新作アニメ制作決定おめでとうございます!!!!!
本当によかった!!マジで嬉しい!!
この報告を受けて、その日に投稿しようと思ったけど、無理でした!
でも、マジでめでたい!!

新作アニメ制作決定とはっきり言わないあたり、三期なのか、それとも劇場版か、OVAか、はたまた全部か、もしくは三期プラス爆焔アニメ化か!?
とかもう期待が高まりまくってヤバヤバのヤバです。
六巻の内容は映画映えするだろうけど、三期でじっくりやってほしい気がしなくもないけど、動くアイリスや本気出したカズマさんが見れるなら、もう何でもいいですはい。
とにかく超楽しみ!

そして、まさかのこのすばに新刊があるという情報ね。
内容が何なのか全く分かりませんが、めちゃくちゃ早く読みたい。
戦闘員の新刊から一年以上経って、軽く不安だったけど、このすばも書いてらしたのですね。でも戦闘員も続きお願いします(強欲)

暁なつめ先生が、その他にも色々なことをツイートされて供給過多でしたが、なんとか致命傷で済みましたね。
これ以上書くと後書きがアホほど長くなるので控えるとします。


自作の話に移るとして、次回で今回の章の話は終わり。
次に幕間をいれて、そこから次章に入ります。


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123話


123話です。さあ、いってみよう。



 

 

 敵国の魔法使いが片手に杖を、もう片手に純白の鞘に収まった剣を持って、堂々と俺の隣に立っていた。

 

「マーリン!!!」

 

 ヒナの怒号から、ほぼこの場にいる全員が戦闘態勢に入る。

 俺は武器が無いので、なんとなく身構えるだけだが。

 

「いやあ、君の物語にあまり干渉したくないと言っておきながら、もう会いにきちゃった」

 

「何の用だよ。ここ敵国の中枢なんだけど。あと、さっきはもっと優しくテレポート出来ただろ」

 

「落とした方が面白いかなって」

 

 こいつ、とことん俺で楽しむ気だな。

 

「で、何しに来た?」

 

「ああ、この剣あげるよ」

 

「は? ……ちょ、おい!」

 

 剣を投げ渡してくるので、慌ててキャッチするとケラケラと笑うマーリン。

 

「どうだい、その剣? これから苦労する君に頑張ってほしくてさ。プレゼントしに来ちゃった。気に入ってくれると嬉しいな」

 

 人をからかったりはするマーリンだが、なんとも厄介なことに悪意とかを感じない。

 無邪気な笑みを見るに、普通にこの剣を俺に渡しにきたんだろう。

 俺が警戒したところでマーリン相手に何か出来る気もしないので、投げ渡された剣がどんなものか確認することにした。

 

「なんというか、綺麗な剣だな」

 

 純白の鞘から剣を抜き取ると、片刃の肉厚剣が姿を現した。

 あまり剣に詳しいわけじゃないけど、ナイトソードってやつだろうか。

 それに金色の鍔に何らかの文字が掘られ、宝石のようなものが埋め込まれていることから、確実に高価なものだということも分かる。

 

「うん。今まで放置されてきただけで使われたことは無いからね」

 

「なんだよ、観賞用か?」

 

「ううん、違うよ。今までの所有者が使う気にならなかっただけさ」

 

 だから綺麗なのか。

 まあ、持ってた奴が使うのを躊躇う気持ちもわかる。

 どこかの貴族が屋敷で飾ってあってもおかしくない、そんな印象だ。

 ………………いや、待て。

 

「おい、これ盗んだんじゃないだろうな?」

 

「いやいや、盗んだんじゃあないよ」

 

 だ、だよな。

 流石にマーリンとはいえ、盗んだものを───

 

「勝手に持ってきただけさ」

 

「同じだろうが!」

 

 俺が突き返そうとした時には、マーリンは距離を離していた。

 

「君の反応も悪くなかったし、()()()()()()()()()()()()()()、持ってきてよかったよ。それを私だと思って大事に扱ってくれたまえ」

 

「おい、ふざけんなこの野───」

 

「バイバイ、またね」

 

 俺が言っている途中にマーリンは別れの言葉を吐くと、足元に現れた円形の空間に落ちていった。

 俺は最後の抵抗に円形の空間に剣を入れてやろうとしたが、俺が駆け寄る前にすぐにその円形の空間は閉じていき、消えてなくなった。

 

「ふざけんなよ、あいつ。盗品を俺に押し付けてきやがった…………って、トリスターノ? どうした?」

 

「い、いえ……なんでもありません」

 

 トリスターノの顔がこれ以上ないくらいに引き攣っていたので声を掛けたのだが、明らかに何かある様子だ。

 

「これを知ってるのか?」

 

「……あー、その…………説明が必要だと思いますが、それは後ほどで」

 

 トリスターノが気まずそうな顔で向けた視線の先はアイリスやその護衛の騎士達がいた。

 トリスターノが知っていて、アイリス達の前で説明が憚られるものといえば、確実に。

 

 グレテン王国のものだろこれ。

 

 くそ、すぐに返せばよかった。

 そんな後悔が押し寄せて、頭を抱えていると、ヒナが俺に近付いてきた。

 めちゃくちゃ不機嫌な顔で。

 

「随分と仲良しなんだね?」

 

「は?」

 

「デレデレして、剣なんか貰っちゃってさ」

 

「どこがデレデレしてたんだよこの野郎。終始困惑してただろうが」

 

「とりあえず、ゆんゆんには浮気してたって報告するから」

 

「はあ!?」

 

「ふん!」

 

 一方的にそっぽを向いて、肩を怒らせて俺から離れていくヒナに唖然としていると、俺の肩に手が置かれた。

 振り返ると、笑顔でサムズアップしているバカがいた。

 

「ふむ、何はともあれ、ヒナギクのことは余に任せておけ。万事解決してみせよう」

 

「誰がロリコン色ボケ王子に任せるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ高く売れそうだし、どこかで売ってそのお金で良い剣を買おうよ」

 

「ま、待ってください。それは困りますので……本当に……」

 

 マーリンが持ってきたものが本気で気に入らないらしい。

 マーリンが来たせいで騒ぎになっていたが、すぐにそれは収まり、その後は食事をしたり親睦を深めたりした。

 そして解散した後、トリスターノから剣のことを聞くべく寝る前にトリスターノを部屋に呼ぶと、ついでとばかりにヒナもやってきた。

 

「王都では僕のおじいちゃんが鍛冶屋をやってるらしいから、そこで買おうよ」

 

「お前、話聞けよ。とりあえずグレテン王国のものだってのは、なんとなく分かったけど、結局何なんだ?」

 

「えー、そうですね。どこから話したものですか」

 

「そんな話が長くなるのか?」

 

「色々理由があって置き物扱いされていましたが、騎士王が所持していた剣の一つですからね」

 

 …………騎士王のか。

 マジか、マーリンの奴本当に碌でもないな。

 

「じゃあ今頃向こうは大騒ぎか?」

 

「……多分それはありません。騎士王はこれが無くなったことも気づいてないでしょうし、無くなったことに気付いたとしてもそこまで気にしないはずです」

 

「なんで? 一応すごい剣だよね、これ? 特別な力はそこまで感じないけど、普通じゃないことは確かだよ?」

 

 ヒナが鞘から剣を引き抜き、刀身を眺めながらトリスターノに尋ねた。

 ヒナの口ぶりからして、ヒナはその剣から何かを感じ取っているみたいだ。

 

「ええ、まあ……というか今、その剣を抜いたのってヒナさんですか?」

 

「え? そうだけど?」

 

「…………そ、そうですか」

 

 ギョッとした顔で尋ねるトリスターノ。

 だが、なんでもないように答えるヒナに、トリスターノはなんだか諦めきった顔をしていた。

 

「その剣、何かあるのか? 曰く付きとか?」

 

「いえ、そうではありません。()()()()()()()()()()()()()()()()()はずなので、つい確認をしてしまっただけです」

 

「なんだよそれ」

 

「どういうこと?」

 

「今までその剣を引き抜けたのは騎士王のみでしたから」

 

 それなのに何故俺達が引き抜けたのだろう。

 いや、それよりも。

 騎士王のみが引き抜けた剣というのに、少しだけ心当たりがある。

 あるけど、今それが手元にあるのだとしたら、とんでもないものをマーリンが置いていったことになる。

 だから、俺は信じたくない気持ちでトリスターノを見ると、トリスターノは頷き答えた。

 

「その剣は『選定の剣』とも呼ばれ、騎士王アルトリウスがグレテンの王としての証である聖剣。その名を『カリバーン』と言います」

 

 唖然としていると、甲高い音が響き渡った。

 ヒナが思わず剣を、『カリバーン』を落としてしまったせいで起きた音だった。

 ヒナが慌てて剣を拾うのを横目に見ながら、俺は考えた。

 正直言って予想が外れた。

 でも、完全に外れたわけでもない……と思う。

 というのも、俺が円卓の騎士関連の知識ソースは、大学時代にやっていたゲームから得ていたものだ。

 ぶっちゃけると、その知識はほんの些細なものでしかない。

 最初の予想は『エクスカリバー』なんじゃないかと思っていた。

 だけど、トリスターノは『カリバーン』だと言う。

 この二つの剣の違いが、俺には分からなかった。

 

「ね、ねえ? 待って待って、尚更意味がわからないよ。騎士王が大事にするべき聖剣だよね? それがどうして気にもしないなんて言うの?」

 

「騎士王がそれ以上に凄まじい武器を持っているからです。その『カリバーン』は強力な力を持たず、ただ折れず刃こぼれしないというだけのもの。王の証のような物ですが、騎士王にとっては実力が全てで、物で証明する気はありません。実際『カリバーン』はキャメロットの宝物庫に置かれていましたからね」

 

「そ、それにしたって……。というか、『エクスカリバー』は!? 僕の『全知』の知識では日本、というかヒカル達がいた世界の『カリバーン』と『エクスカリバー』は同じものって説があったけど、グレテンでは違うってこと!?」

 

 おお、なんかヒナが俺の代わりに良いことを聞いてくれた。

 というか『全知』ってそんなことまで分かるのか。

 ヒナが勢いよく聞くのに対し、トリスターノは少し黙り込んでから口を開いた。

 

「別物、だと思います」

 

 なんだか曖昧な答えだ。

 ヒナも返ってきた答えに首を傾げていると、トリスターノは続けて言った。

 

「『エクスカリバー』は私も知っています。ニホンの知識のおかげである程度は、になりますけどね。ですが、ニホンの知識を得るまでは『エクスカリバー』なんて聞いたこともありませんでした」

 

「『エクスカリバー』を知らない?」

 

 俺が思わず尋ねると、トリスターノは至極真面目な顔ではいと答えた。

 円卓の騎士がこの世界にいるのは、まあわかる。

 というか無理矢理納得している。

 では何故、一番有名であるはずの『エクスカリバー』が存在しないのか。

 セットみたいなものだろう。

 この世界はなんなんだ、テキトーか。

 

「いずれにせよ『エクスカリバー』がどんな聖剣かは想像がつきませんが、騎士王に一つ武器が増えたところで特に何も変わらないと思います。他にも『ロンゴミニアド』や『マルミアドワーズ』『モルデュール』などの強力な武器を既に持っていますからね」

 

 そんな武器満載な騎士王に勝てって言ってきたのかマーリンは。

 じゃあもっと強い武器を持ってきてくれてもいいだろ。

 マーリンのことだから『カリバーン』にしたのは、わざとなんだろうけど。

 

「ふーん……『カリバーン』か。折れない、刃こぼれしないっていうのは便利だと思うけど、それにしてはなんだか力を感じるような……」

 

 ヒナがなんかぶつぶつ言ってるけど、とりあえず『カリバーン』は有り難く使わせてもらうとしよう。

 砦の心配は無いとは言われたけど、一応明日時間がある時にゆんゆんの様子を確認しに行くことにしよう。

 





初めて多機能フォームってやつを使ってみたので、どこかおかしくなってるかもしれません。


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幕間2
幕間2-1



書くのが進まず投稿が全然出来ないので幕間を二話に分けることにしました。
今回はシリアスです。

さあ、いってみよう。



 

 

 

『俺ももしヒナと同じ立場だったら、何とかしてお前達と一緒にいようと行動してただろうから……俺はヒナのことを悪く言えない』

 

 

 

『私もリーダーと同じ意見なのですが……次からは仲間外れにしないでください。そろそろ私も不貞腐れちゃいますからね?ただでさえ出番も少なめなの(以下略』

 

 

 

『私も同じ意見。だけど、それ以上に許せないこともあるわ。親友だからこそ、家族だからこそ、今回のことは許さないわ』

『ヒナちゃん、私達はどんなことがあっても家族でいられると思ってる。だから、天界に行くまでは、絶対私達と一緒にいること。今度勝手なことをしたら、次は喧嘩なんだから』

 

 

 

 

 身体のダメージのせいで幼児になっていたヒナギクが目覚めた後の家族会議のこと。

 三人が言っていたのは主にこのような内容であった。

 ヒカルは気遣うような、トリスターノは複雑そうな苦笑を浮かべていたが、特に責めることもなく許してくれた。

 唯一ゆんゆんは本気で怒っていたものの、結局は許してくれるようなものだ。

 最低なことをしたという自覚がヒナギクにはあった。

 その分辛くもあり、まだ家族だと言ってくれることに安堵もしていた。

 

 欲望に負けた。

 心の弱さが嫌でも分かった。

 何でも出来ると思っていた。

 自業自得だというのに、それでもマーリンと騎士王への恨みがあった。

 

 だから、自身への罰として、身体が幼児化している間は精神世界で修行をしていた。

 あるえ達に救助されたことを確認してから、身体の回復を促す為にも体を小さくし、ほんの少し残っていた花の力を使って精神の世界を作り上げて、身体が回復するまでひたすら修行した。

 

 ……結局、その修行も三人から何を言われるかという恐怖から逃げただけであった。

 ヒナギクがその事に気付いたのは、家族会議の後に、許された安堵から泣いてしまった時のこと。

 修行後に天使として格段に強くなれたものの、心が強くなることはなかったのだ。

 

 

 

 

 

 三人から許されたヒナギクは、三人の為にもヒカルを救う為にも、将来的に天界に行くことを強く決意した。

 天界からヒカルを見守り、ヒカルの死亡フラグを壊しまくる。

 それが死が確定しているヒカルを守る唯一の手段だとヒナギクは考えた。

 それは今でも変わらない。

 変わらないのだが、やはり不安は残る。

 今回の事件から、少し自信が無くなったこともあり、ヒナギクは悩んでいた。

 所詮は一人が出来ることなど限られている。

 だからヒナギクは協力者が必要だと結論付けた。

 

「はぁ……」

 

 天界でヒナギクに協力をしてくれるだろう人物など、一人しかいない。

 幸運を司る女神、エリス。

 この世界の未来を憂い、世界の管理や死者の案内だけでなく、自身の分身を下界で活動させて世界をより良い方向へと導こうとする献身的な女神。

 本来であれば、神がそこまでする必要はないのだが、女神エリスの性格や性質が、ただの傍観者でいることを許さなかった。

 その慈悲深き女神を利用しようとしていることに対して嫌気が差し、ヒナギクはついため息が漏れてしまった。

 協力してくれることを前提でヒナギクは考えているが、そもそも()()()()()()に協力してくれるのかという疑問もあった。

 正直に言えば、五分五分で協力を得られるかは賭けや運次第になる。

 とはいえ、協力を得られないことには始まらない。

 

「だから、しょうがないよね」

 

 ヒカルの部屋に忍び込みつつ、ヒナギクは呟いた。

 これは作戦だ。

 まだまだ制御が出来ていない『全知』の力でヒカルの記憶から女神エリスの情報を引き出す。

 その情報から女神エリスの何か、好印象なものを持参でもして、少しでも協力を得られる可能性を増やすという作戦。

 エリス教の信者であり天使でもあるヒナギクよりも、主人公のくせに必殺技の一つもないこの男の方が何故か女神エリスとの繋がりがある。

 というか、エリス教でもないくせに全人類で一番女神エリスと縁が深いのかもしれない。

 シロガネヒカルの方が女神エリスを知っているだろうと結論付けての作戦である。

 それ以外にもどうにかこうにか情報を引き出せないかなと思いつつ、ヒナギクはヒカルの布団へと潜り込んだ。

 

 作戦なので、布団に潜り込むのもしょうがないことなのです。

 これは人助けだからセーフ。

 ヒカルの為だから、しょうがない。

 

 そう考えながら、ヒカルの体にぎゅっと抱きついて目を閉じた。

 この行為にも理由がある。

 制御が利きづらい『全知』の力を少しでも使えるように全身でヒカルに触れる必要があったのだ。

 決してヒカルに抱きつきたかったわけではない。

 などと容疑者は供述しており───。

 

「すー、はー」

 

 この鼻で息を吸い、口で息を吐く行為にも当然理由がある。

 この深呼吸は精神統一。

 記憶を引き出すのには、かなりの集中力が必要なのだ。

 だいたい何らかの力を使う時は、全集中しなければならない。

 決してヒカルの匂いを感じたかったわけではない。

 などと容疑者は供述しており───。

 

「うぅん……」

 

 ヒナギクがヒカルの布団の中に忍び込み、あまつさえヒカルに抱きつき全集中の呼吸をしてから数分が経ったが、なかなか記憶が引き出せずにいた。

 おかしい、望んでいない行為をこんなにも頑張っているのに……。

 などとヒナギク容疑者は(以下略)

 

「むぎゅ……」

 

 ヒカルが寝ぼけているのか、それともヒナギクを抱き枕か何かに勘違いしているのか、抱き寄せられて出た声。

 今日は調子が悪いのかもしれない。

 エリス様に協力を得るのもまだ急ぎではないし、日を改めよう。

 そう思っていると、なんだか眠くなってきたヒナギクはゆっくりと微睡みに落ちていき、そして───。

 

 

 

 

『言い訳は結構です』

『私は絶対に同棲を止めて見せます!』

『いや同棲を止めるっていうか、息の根を止めようとしてますよね!?』

『どっちも同じです!』

『同じであってたまるか!』

 

 

 

 

『天誅!!』

『うおわああああああああああ!!!』

『……運の良い人ですね。まさかタイミング良く起きるとは』

『おいいいいいいい!!!せっかくヒナに何も言わないでやったってのに、何してくれんですかこの野郎!!』

 

 

 

 

 ───とんでもない夢、いや記憶を見てヒナギクは目を覚ました。

 他にも色々な記憶、関係ない記憶も得られたが、それはもうどうでもいい。

 ヒナギクは布団から抜け出し、部屋を出て、寝間着そのまま外へ出た。

 向かう先はこの街一番のエリス教会。

 協力は得たい。

 だが、その前に。

 女神エリスに話さないといけないことが出来た。

 

 

 

 時刻は深夜。

 勢いそのまま外に出ても、誰一人会うことは無く、それは教会の中も同じであった。

 真ん中の通路を抜けて、祭壇の前でヒナギクは跪き、祈りを捧げた。

 

「こんばんは、ヒナギク。こんな夜中にどうされたのですか?」

 

 少し経つとそんな声が聞こえた。

 立ち上がりながら声が聞こえた方へと振り向くと、その先には、まるで最初からそこにいたかのように佇む女神エリスの姿があった。

 

「こんばんは、エリス様。お忙しい中申し訳ありません。どうしてもお話したいことがありまして」

 

「いえ、構いませんよ。他ならぬヒナギクがそう言うのです。どれだけ忙しかろうと駆けつけますとも」

 

 慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、そう言う女神エリスのあまりにも神々しいオーラと佇まいは、まさに完璧な女神に見える。

 一人の少女に魅入られて異常な愛を向ける、とんでも女神だということをガワだけ見て分かるわけがないのだ。

 

「ありがとうございます。早速本題なのですが」

 

「はい」

 

 ヒナギクの前だからと三割り増し完璧女神オーラをキラキラと無駄に演出しながら微笑む女神エリスはヒナギクから続けて出てくる言葉を待つ。

 ヒナギクは一度落ち着くように、目を閉じて呼吸を短く吸うと。

 

「度重なるシロガネヒカル殺人未遂について、納得のいく説明をいただけますか?」

 

 目を開けたヒナギクの視線は絶対零度のように冷たく、怒りを抑えるためか真顔であり、拳を固く握っていた。

 下手なことを言ってみろ、創造神や他の神々が許しても、果たしてこの拳が許すかな?

 ヒナギクから発せられる怒りのオーラはだいたいそんな感じである。

 

「………………………………」

 

 対する女神エリスは、完璧女神オーラなど何処かへと消え去り、汗がダラダラと滝のように流れ、顔は引き攣り固まった。

 





カリバーンの説明を前回入れ忘れてました。
と言っても、ほぼお話に出た通りです。
選定の剣と呼ばれる聖剣であり、決して折れず傷付かない。
ただそれだけの聖剣。
所有者に力を与えたりなんてこともしないので、ヒカルはただ雑に扱ってもいい剣を手に入れただけである。
ヒナギク「それだけの剣にしては、なんだか力を感じるような……?」

このハード?モードの世界線には『エクスカリバー』は存在しない。
それが何故かも不明である。
ちなみに、アイリスが所有する『なんとかカリバー』は完全別物。


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幕間2-2


さあ、いってみよう。



 

 

 ヒナギクはヒカルから読み取った記憶から、女神エリスの犯行現場やその他もろもろを目撃した。

 ヒナギクはとうとう女神エリスの本性を知ってしまったのだ。

 ヒナギクからすれば、今まで敬愛し信仰してきた神に裏切られたようなもの。

 女神エリスは一番守りたい存在を手に掛けようとする敵に他ならず、記憶を読み取った後すぐに家を飛び出してきてしまったのは仕方のないことだろう。

 

「……それは、えーっと、なんというか勘違……」

 

「誤魔化そうとしても無駄です。僕は『全知』の力でヒカルの記憶を知識として読み取っているので」

 

「ええっ!? 『全知』の力ってそんなことまで出来るんですか!?」

 

「出来ますが?」

 

「うそ…………うちの子、天才すぎ」

 

 手で口を押さえて、驚愕に染まるエリス。

 だが、そんなちょっとしたギャグの空気に流されるヒナギクではなかった。

 

「詳しく、説明してください」

 

「え、えーっと」

 

「今、僕は冷静さを欠こうとしています」

 

「ひえっ……わ、わかりました。説明しますので、どうか落ち着いてください」

 

 包丁を突き付けられているかのような圧力に流石の女神エリスも怯えはじめる。

 ヒナギクなら何でもいいと思いがちのエリスも流石に身の危険を感じ取り、殊勝な行動を取ることにしたようだ。

 

「エリス様次第です」

 

「は、はい、そうですね。まず始めに言っておきますが、私がヒナギクのことを大事にしていることだけは覚えておいてほしいのです。ヒナギクは幼少のころから、それはもう可愛くて可愛くて……」

 

「…………」

 

「ご、ごめんなさい! 謝りますから、無言でシャドーボクシングをするのはやめてください! 体を温めないでください!」

 

「早くしてください。僕の拳がそちらに向かう前に」

 

「ひえっ……」

 

 それからエリスは語った。

 どうしようもなく不安であった、と。

 ヒノヤマからほとんど出たことがないヒナギクが一人旅をすることは事前から決まっていたことなので心の準備が出来ていたものの、まさか何処の馬の骨ともわからない男……それも二人と同じ屋根の下で暮らすことになるとは思いもしなかった、と。

 

「それで天界に保存されている聖剣ジュワユーズを取り出したと? それを人に振り回したと?」

 

「あの、その……」

 

「神として恥ずかしくないんですか?」

 

「うっ……」

 

 自然と正座している女神エリスは冷たい視線を向けてくるヒナギクから目を逸らした。

 エリスも当時はヒナギクに()()()がつかないよう必死であったが、思い返して見ると、とんでもない行動をしてしまったという自覚があった。

 

「エリス様が僕を大事に思ってくださっていることはよく分かりましたが、僕に対する愛情が、その、通常とは違うというか、正直歪んでるとしか思えません」

 

「───」

 

 ヒナギクの一言に女神エリスは血の気が引く思いであった。顔面は蒼白、手足は震え、呼吸は落ち着かず、思考が止まった。

 

「今思い返すと、心当たりがあります。お風呂に一緒に入った時とか、なんだか様子がおかしくて、鼻血も出てましたし。今思うとドン引きです」

 

「ごふっ!」

 

 ヒナギクの発言にダメージを受けて吐血するエリス。

 だが、ヒナギクは止まらない。

 

「パーティーでお酒を飲んで僕が眠ってしまった時とか熱が出ていた時とか、冬の間にクリスさんとして一緒に暮らしてた時期に、好き放題布団に入り込んだり、僕の私物を勝手に持って行ったり、本当にありえないと思います。気持ち悪いです」

 

「ごふあっ!」

 

「それをヒカルに自慢げに語っていたところもどうかと思います。ぼ、僕の胸がヒカルの顔に当たってたとか、当たってないとか……最低です」

 

「がはあっ! ……も、もう、堪忍し……」

 

「一番気に入らないなと思ったのは、ヒカルのことを殺そうとしたくせに、すぐにヒカルに頼ったところです。それでヒカルの上司面出来るとか、どれだけ面の皮が厚いんですか?」

 

「ごばあっ!! ひ、ひとおもいに! どうか、ひとおもいにやってくださぃ……!」

 

 ダメージを受けすぎたエリスは這いつくばりながら、トドメを懇願し、プルプルとヒナギクに手を伸ばす。

 そんなエリスをヒナギクはゴミを見るような目で見下ろした後、続けて言った。

 

「エリス様には確かに恩があります。でも、僕の大切な人を傷付ける、殺そうとする神様のことは信仰出来ません」

 

「!!」

 

「変な目で見られるのも嫌ですし、天界に行ったら別の神様のもとに……」

 

「ま、待ってくださいヒナギク! それだけは! それだけは!」

 

 今までのダメージは何だったのかと思う素早さでヒナギクの腰に縋り付いて懇願する女神エリス。

 ここに来て、無駄なガッツを見せるあたり流石は女神といったところか。

 

「やめてください。触らないでください」

 

「謝ります! なんでもします! なんでもしますから、許してください!」

 

 縋り付いてくるエリスをゴミでも払うかのように押し退けようとしていたヒナギクであったが、その発言によってヒナギクの手は止まった。

 ヒナギクは怒り心頭であったが、ことこの重要な場面で思考はクールになっていた。

 ヒナギクの目的は変態女神の糾弾では無い。

 怒りのあまり勢いに任せて詰っていたが、思わぬところで重要な言葉を引き出すことが出来た。

 

「なんでも、ですか?」

 

「はい! なんでもです! 私の体でも何でも差し出し……」

 

「いらないです」

 

「んっ……なんだかヒナギクに雑に扱われるのも、あいたっ!」

 

 頬を紅潮させるエリスを咄嗟に押しのけたヒナギクは冷静に続けて言った。

 

「僕に協力してくださるのであれば、先程の別の神様の元に行くという発言を撤回します」

 

「協力しますとも! 任せてください!」

 

 何も聞いてないくせに、キラキラした笑みで引き受けようとするエリスに、ヒナギクは事情を説明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒナギク、あのですね……」

 

「なんでも言うことを聞くんですよね?」

 

「そう、言いましたけど……」

 

 ヒナギクから全てを聴き終わったエリスはあまり良い顔はしなかった。

 だが、ヒナギクもその程度で諦めるぐらいなら、ニホンを創り出したり、今ここでエリスに事情を語ったりはしない。

 

「個人に肩入れするのは良い気はしませんか? 誰かさんは好き放題してらしたと思いますが?」

 

「うっ……。そ、そうですね。肩入れしすぎるのは良くないと思います。それが人の生死に関わるとなると、特にそうです」

 

「……」

 

「私個人としても、ヒカルさんには死んでほしくありません。う、疑いの目で見ないでください、本当です! …………話を戻しますが、人の運命や寿命を変えるのは大きなリスクが……」

 

「運命でも寿命でもありません! 先程説明したじゃないですか! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです! それも全て()()()()()()()()です! 世界によって死因は様々でしたが、寿命による死ではないことだけは確かなんです! どう考えてもおかしいじゃないですか! どんな世界でも確実に死ぬだなんて、正体不明の何かがヒカルを死ぬように仕向けているようにしか思えません!」

 

「……」

 

「だから僕が見守るんです! 迷惑はかけません! 仕事だって完璧にこなしてみせます! エリス様に協力してほしいのは、僕が見れないほんの少しの時間だけ代わりになって欲しい、ただそれだけです! エリス様なら、これぐらいは可能でしょう!?」

 

「……」

 

「僕とエリス様が見守れば、きっと何とかなるはず、いや何とかなります。どうかお願いします!」

 

 先程、力関係が変わりつつあったが、ヒナギクは立場とは関係無く真摯に頭を下げた。

 エリスはそんなヒナギクを見つめた後、重い口を開いた。

 

「……ヒナギク、いいのですか?」

 

「何がですか?」

 

「ヒカルさんが長く生きれば、あなたはそれだけヒカルさんに会えなくなる」

 

「……」

 

「逆に言えば、ヒカルさんの生が短ければ短いほど、天界で早く会え……」

 

「やめてください」

 

「……」

 

 それ以上言うなと、睨みつけるヒナギク。

 エリス自身も問い掛ける以前から答えは分かっていたようなものだが、今のヒナギクを見て、どうしても尋ねずにはいられなかった。

 今のヒナギクはどう見ても無理をしている。

 シロガネヒカルを助けたいことは確かだろう。

 それは、ヒカルの為に天界に行くことを決めたことから明らかである。

 だが、それ以上にヒナギクは自身の気持ちを殺している。

 ヒカルと一緒にいたい、いや、むしろ()()()()を望んでいる。

 それなのに、天界に来てまで助けようとしている。

 一緒にいること以上を望む相手のそばにはいられないけど、幸せになってくれるのなら、生きていてくれるのなら、自分の人生を投げ出そうという自己犠牲。

 なるほど、それは美しい生き様かもしれない。

 後世に語られるような愛の物語かもしれない。

 だが、いざ目の当たりにすると、その残酷さが嫌に目につく。

 ヒナギクはこれから辛い選択をし続けることになる。

 心に傷を負い続けることになる。

 だから、エリスは助けない道もあると言いかけた。

 ヒカルを助けなければ、ヒナギクは救われるのだから。

 

「申し訳ありません、ヒナギク。愚問でしたね」

 

「いえ、そんな……」

 

 エリスは心の中でため息を吐く。

 ヒナギクは純粋に、真っ直ぐに育ちすぎてしまった。

 そうなるように望んで、実際に叶ったというのに、エリスは悲しかった。

 ヒナギクが下界で人間として過ごす時間はもう短い。

 あまりにも、短い。

 もっと生を謳歌するべきで、

 もっと多くのことで活躍するべき逸材で、

 もっと多くの人を導く聖人で、

 もっと下界で多くのことを知るべきだった。

 

「分かりました。ヒナギクに協力しましょう」

 

「本当ですか!?」

 

「はい。私もやるからには全力でやりますよ。私とヒナギクでヒカルさんがヨボヨボのおじいちゃんになるまで見守りますよ」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 こうなってしまった原因は私にもある。

 それならば、責任を果たすべきだ。

 どれだけ力になれるかは分からないけど、この子を支えよう。

 エリスは心の中で固く誓った。

 ……それはそれとして。

 

「ヒナギク、一つ確認なんですけど……」

 

「はい? なんでしょう?」

 

「先程、天界に行った後は別の神様の元に行くと言っていた件なんですけど……」

 

「ああ、もちろんエリス様に協力していただくのですからエリス様の元で天使として活動させていただきます」

 

「そ、そうですか! そうですよね!」

 

 ふう、よかったとパットが入った胸を撫で下ろす、エリス。

 全ては解決したのだ。

 バレてはいけないことを知られて危機的状況になったが、なんとかなった。

 流石は『幸運』の女神である。

 

「はい! エリス様の元は嫌ですけど、ヒカルが生を終えるまで、僕が立派な神様になるまで頑張って耐えてみせます!」

 

「えっ」

 

「ちなみになんですけど、セクハラはちゃんと創造神様に報告しますので」

 

「えっ」

 

「今日はありがとうございました。もし協力していただけなければ、創造神様の元に飛んでいって色々と報告しようと思っていたんですけど、その必要はなさそうですね」

 

「えっ」

 

「大事な話が出来て良かったです。それでは……あ、それから僕のことや、僕達のことを覗くのはもうやめてください。これからは僕達の家に特殊な結界を張るので覗けませんけどね。それでは失礼します」

 

「えっ」

 

 ヒナギクがにっこり笑って教会を出た後、一人ぽつんと残るエリス。

 ヒナギクの言葉が理解出来ずに、いや理解を拒否して呆然と立ち尽くしたエリスは十分ほどで我に帰ると、

 

「えっ」

 

 もう一度そう呟くのだった。

 






幸運の女神
この世で最も恐ろしいモノを司る女神。
どれだけ絶望的でも、どれだけ危機的状況に陥っても、最終的に自身の望んだ結果を手繰り寄せる。
運が介入するのなら、それは全てがひっくり返る可能性があるということ。



これから少し日常編を書くか、少し時系列飛んで思い付いている話を書いてしまうか、少し悩んでいるので、多分投稿は遅め。
いろいろ話を考えていると、何故か本編終了後の話ばかりポンポン浮かんでくるのは何でだろう……。


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9章 『未来からの復讐』と『未来への希望』
124話


ゆんゆんしたくなりました。
124話です。さあ、いってみよう。



 

「それでねそれでね」

 

「ああ」

 

「むぅ……なんかヒカル聞き流してない?」

 

「そんなことはないと思うけど、ゆんゆんが何回も話すからな」

 

「だって、私一人で砦にいたし、寂しかったし……」

 

 むくれるゆんゆんの頬はほんのり朱に染まっている。

 つまりは酔っ払い。

 俺はそれなりに飲むけど、前回ゆんゆんが酒を飲んだのは、俺達が生活を共にし始めた時の引越し祝いのパーティー以来だ。

 迷惑をかけたことで遠慮していたみたいだが、今回は久しぶりのデートということで飲んでみたくなったらしい。

 テンションが上がって飲むのが止まらなくなっていたので、無理矢理打ち切って宿に連れてきた。

 ゲロイン化は免れたものの、酔っ払って何度も同じ話をしてきてる。

 

「だってね、めぐみんがとうとう詠唱無しで爆裂魔法を撃てるようになっちゃったのよ?」

 

「ああ、怒らせたら大変だ」

 

「もう、流石にめぐみんも人に向けて撃ったりは……撃ったりはしないと……思う。多分」

 

「自信ないじゃん」

 

「だって、めぐみんだし」

 

 そう言われてお互い見つめ合うと、同時に吹き出して笑い合う。

 そんなちょっとしたことが嬉しい。

 今この瞬間、どうしようもないほど幸せだ。

 何度もきつい目にあって、ステータスの幸運値が少し高いとか言われていたことに疑いを持っていたけど、俺は本当に恵まれている。

 

「詠唱無しか。あの長ったらしいの無しで撃てるなんて、本当に極めたんだな」

 

「そうね。めぐみんはやっぱりすごい……じゃ、じゃなくて、流石私の終生のライバル! それぐらいじゃないと困るわ!」

 

 わざわざ言い直さなくていいのに。

 二人の関係にいちいち口は出さないつもりだけど、この素直にならない状態はいつまで続くんだろう。

 もう少し二人が大人になってからかな。

 

 にしても、そうか……めぐみんがな。

 爆裂魔法を極めた、なんて周りに言ってもあまり良い顔はされないかもしれないけど、俺は素直にすごいと思うし、羨ましいとも思う。

 爆裂魔法が、じゃなくて『極めた』という点が。

 一口に極めたと言っても、それはどこまで行けば、どこまで到達すれば極めたと言えるのか。

 もしかすると、めぐみんはまだ『極めた』と思っていないのかもしれないが、あの兵器ばりの大爆発を即座に無詠唱で撃てるのなら、それは『極めた』と言えるんじゃないかと俺個人は思う。

 だから、俺は羨ましいと思う。

 そこまで到達出来たことが。

 手を伸ばした先で掴み取れたことが。

 俺は、掴み取れなかった。

 到達点(どこ)に手を伸ばしていいかも分からなくて、ただ闇雲に手を伸ばし続けた。

 結果、掠りもしない。

 今は当然だと思うけど、当時は何故かも分からなかった。

 だから、すげえなって、いいなって純粋に思う。

 自分でも浅ましいとは思うけど、めぐみんみたいに才能があったらなと思う。

 才能があったら、俺は『極み』に到達出来たのだろうか。

 

 

「めぐみんの話すると、あまり良い顔してくれないよね」

 

「……えっ、ああ、いや、そうじゃなくてさ」

 

 なんだか良くない方向に考え込んでたせいで誤解させてしまったらしい。

 ゆんゆんのおかげで前向きになれたとはいえ、未だにあの失敗や挫折は引きずっているままだ。

 

「何で仲良く出来ないの?」

 

「……それ、ゆんゆんが言うか?」

 

「わ、私はライバルだからいいの! もう会っていきなり睨みあったりしないでよね」

 

「いや、そういうんじゃなくて……」

 

「仲良くして」

 

「あまり馬が合わなねえんだよなぁ……。ああ、わかったよ。努力するって」

 

 ゆんゆんが軽く半眼で睨んでくるので、手を上げて降参を示してそう言った。

 めぐみんとは会うたびに何故だか憎まれ口を叩き合う。

 ある意味仲が良いと言えなくもない。

 ゆんゆんを任せるには足らない男だと思ってたみたいな発言を紅魔の里でされて以来、ずっと変わらない。

 俺だって、一発屋にゆんゆんのことを任せ……。

 ……ん? 

 これ、めぐみんと仲悪いのゆんゆんのせいなんじゃ……。

 

 

 

 

「ねえ、ヒカル」

 

「ん?」

 

「あのね? そろそろ、ね?」

 

 握っていた手の指を絡めて、別の手で俺の太ももを触ってくる。

 隣から見える表情は切なげで、熱の籠った視線を受けると俺も()()()()()になってくる。

 ゆんゆんの綺麗な紅い瞳に、俺は弱い。

 どれだけ同じ時間を過ごそうと、何度体を重ねても。

 だけど、少し心配だった。

 

「でも、ゆんゆん大丈夫か?」

 

「何が?」

 

「無理してない?」

 

「全然してないよ? 何で?」

 

「ほら、前に少し痛がって、んっ……」

 

 説明しようとしたら、ゆんゆんの唇に塞がれる。

 顔を離そうとしても、握っていた手を離して、肩に手を回して逃げ道を無くしてくる。

 口内に無理矢理舌が侵入してきて、絡まってくる。

 いやらしい水音と、激しい息遣い。

 ゆんゆんの匂いと、アルコールの味。

 ムクムクと沸き上がってくる感情と、ガリガリと削られていく理性。

 心配していたことなど忘れて、俺は若くなった身体の衝動に身を任せて───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わあ、おそとあかるい。

 窓から入ってくる日差しから、すぐに目を逸らすと布団を頭から被った。

 布団の中にはゆんゆんが俺の腕を枕にして、すぅすぅと静かに眠っていた。

 見た感じ特に問題無さそうだったけど、すごい激しくしてしまった。

 俺達の体が巻き戻ったことで、俺は若い体、いや前も若かったけど、なんというか色々と持て余す若い体になった。

 ゆんゆんの体も巻き戻って、それをある程度元に戻すことは出来たのだが、完全には戻せなかった。

 何が言いたいかというと、ゆんゆんの体は俺と体を重ねる前の状態に戻っていたわけで。

 二度目の貫通式。

 血とゆんゆんの痛みに耐える顔。

 それが興奮したか、興奮しないかで言えば、興奮したわけで、って何を言ってるんだ俺は。

 慣れていないゆんゆんの体に、元気な俺の体。

 どう考えても無理をさせてしまっているから、心配だった、はずなのに。

 

「ん……ヒカル……?」

 

「おはよう。まだ寝てても大丈夫だぞ」

 

「おはよ。ううん、起きるわ」

 

 寝たまま軽く体を伸ばすゆんゆん。

 杞憂で済んだとはいえ、もう少し抑えめでするとか色々あったというのに、まったく。

 

「……ヒカルって、その、まだしたかったりする?」

 

「……これは生理現象です」

 

「お尻に当たったから気になって」

 

「気にしないでください。握らないでください。その子は昨日すごい頑張ったので、とても疲れています」

 

「ふふ、そうなんだ?」

 

「ゆんゆん? 何でそんなに目が光ってるの? 落ち着いて、お願い」

 

「最近攻められてばかりだし、やっと反撃出来るわ。覚悟してね?」

 

「違うんです、ゆんゆんさん。夜は男が頑張らなきゃいけないっていうか、前まで負けばかりだったのがおかしかったっていうか」

 

「そうじゃなくて、私がダメって言っても弱いところばっかりいじめて来たわよね? だからそのお礼をしてあげようと思って」

 

「大丈夫です。ほら、その子にお礼がしたいなら休息をあげよう? だって、今日もデートだし」

 

「うん。そうだね」

 

「やめて、ゆんゆんさん。撫でないで。その子はそっとしておいてあげて」

 

「まだ宿を出るまで時間があるから、いっぱいこの子にお礼が出来るわ、遠慮しないで?」

 

「その子は少しやんちゃなだけで、根は良い子なんです、許してあげてくださいお願いします」

 

「ふふっ、ヒカル何言ってるの? マッサージして、思いっきり撫でてあげて、柔らかく包み込んであげるだけよ?」

 

「ゆんゆんの気持ちはすごい嬉しいけど、時には見守ってあげることも必要なの。温かい目で何もしないことも時には優しさになることもあるんだってこれマジだからねヒカルうそつかない」

 

「うんうん」

 

「わ、わかってくれた?」

 

「うん」

 

「そ、それはよかっ」

 

「ヒカル、紅魔族がやられたままでいると思う?」

 

「…………た、たまにはいいんじゃな」

 

「反撃開始っ!」

 

「いやああああああああああああ!! お、お助け! 待って待って待って待って! ゆんゆんさん、待って! 今のその子にゆんゆんさんのスペシャルマッサージはあああああっ、む、無理無理無理無理無っ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒカル、どうしたの? これからデートなのに、元気無いよ?」

 

「ひどいよぅ、ずっとお礼されてたのに……」

 

「何言ってるの? お礼したんだから元気いっぱいでしょう?」

 

「いや、体力気力全部持ってかれたわ。常人なら夕方ぐらいまで寝込むコースだわ」

 

「ふふ、ごめんってば。ほら、行こ?」

 

 そんな満面の笑みで謝ることある? 

 許しを乞うなら、もっと申し訳なさそうな顔をしてほしい。

 まったくもう。

 そんな幸せそうな顔をされたら、許すしかなくなるじゃないか。

 ゆんゆんが握る手に導かれ、俺達は歩き出す。

 体はめちゃくちゃ重たいけれど、気分は軽やかだ。

 随分ときついデートになりそうだけど、男としてやってやろうじゃねえかこの野郎。

 

「最初はどこ行く?」

 

「腹減って死にそうです……」

 

「もうお昼だもんね。おすすめのカフェがあるんだけど、どう?」

 

「いや、どっちかって言うとガッツリ食べたいんですけど」

 

「そう言うと思ってたわ。実はそのカフェの料理の量や大きさが普通のお店とは比べ物にならないぐらい……」

 

「よし行こう。すぐ行こう」

 

「ふふっ、はーい」

 




前回また後書きに書き忘れた。
最近はまとめきれていないのに、投稿しようとするせいで、やらかしが多いですね。


ヒナギクがエリス様と天界からヒカルを守ることで、ヒカルが十年以内に死ぬ未来はほぼ無くなりました。
確定ではないのは、ヒカルが特定の条件を満たしていないから。
条件を満たしたとしても、まだその先の幾つかの困難が残っているから。
ヒナギクとエリス様が天界から守る程度では守りきれないほどの強い困難。
それをヒカルやその仲間達が乗り越えなければならないのです。
オリジナル要素(世界の異物)の中心である彼が、大いなる力を持ってきた責任を果たさなければならないのです。
世界を変えた責任を。


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125話


月姫リメイクやってて、投稿が遅くなりました。

125話です。さあ、いってみよう。



 

 

「この街のことが聞きたい? なんでぇ、あんた、この街は初めてかい?」

 

 

「そうかい。そりゃそんなこと聞くってことはそうだろうな。まあ、全然教えてやってもいいんだけどよ、今は口の中が乾いちまって……」

 

 

「なに? 一杯奢ってくれる? 悪いな、なんか催促したみたいで。んじゃあ、なにから聞きたい?」

 

 

「───次は……へえ、冒険者? ああ、もしかして最近有名になってるからか? デストロイヤーを撃退どころか討伐しちまったんだからな。今話しててもなんだか実感が湧かないっていうか……ああ、悪い悪い。冒険者の話な」

 

 

「あんた見たところ違う街の冒険者とかそんな感じか? そりゃ同業者のことは気になるよな。まあ、いろいろ有名にはなってるんだがよ、ぶっちゃけ何人かが異常っていうか頭がおかしいのが数人いるだけで、大したレベルの冒険者はいない。なんせ『駆け出しの街』だからな」

 

 

「だがよ、気をつけろ。その数人の中にはかなりの危険人物がいる。そいつらのことも特別に教えてやるよ。まずはそうだな、頭がおかしい方の紅魔族について───」

 

 

「その紅魔族のパーティーのリーダーである『カズマ』ってやつは……まあ、正直そこまで危険ってわけじゃないんだが、こいつこそが魔王軍幹部やデストロイヤーの討伐の指揮を取っていた奴だ。なんでもその戦法から冒険者に『鬼畜のカズマ』とか『ゲスマ』とか『クズマ』とか呼ばれてるんだとよ」

 

 

「次は『ダスト』だ。名前通りの冒険者、いやチンピラだな。新人冒険者にも容赦なく喧嘩を売るとかはまだいい方で、軽犯罪にも平気で手を出すとかなんとか。金髪の赤い目をした奴だから目立つし、わかりやすいからなるべく関わらないようにしとくのが一番だ」

 

 

「次は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───っていう話が聞こえてきてさ」

 

「おいおい、なんだそりゃ」

 

「ふーん」

 

 ダストが今日の昼間に盗み聞きした内容を苛立たしげに語る。

 続くカズマはまるで心外だ、とでも言いたげな顔だ。

 俺としては特に思うところはない。

 

「何で俺達がそこまで言われなきゃいけないんだ? 俺達は冒険者として街を守ってるっていうのによ」

 

「お前達は最近ダラダラしてるだけだろ」

 

「俺達も有名になってきたから、ありもしない悪評を立てられるようになったってことなのかもしれないな」

 

「聞けよこの野郎」

 

 俺の指摘が聞こえないかのように会話する二人。

 何がありもしない、だ。

 バリバリ本当のことだろうが。

 久しぶりに一緒に飲んでたら、これだよ。

 

「っていうか俺が言いたかったのはまだ終わりじゃないんだ」

 

「なんだよ、話してたやつをとんでもない目に合わせてやったとかそんな感じか?」

 

「はあ? 俺がそんなことするわけないだろ。少しいろいろ奢ってもらったぐらいだよ」

 

 何言ってんだこいつ、みたいな顔やめろ。

 それと少しなのか、いろいろなのか、どっちなんだ。

 

「なるほどな。この中で唯一名前が出てない男、そいつの悪評がこれでもかってぐらい言われてたんだろ?」

 

「あ? 誰のこと言ってんの? キース?」

 

 この場にいないけど、悪評の出る冒険者と言えばアイツだろ。

 『エリス教のプリーストは、信仰心の高さと胸の大きさは反比例するって本当なんすね。うひゃーっひゃっひゃっ!』ってマリスさんをからかった結果、拳で鼻をへし折られたのは有名な話だ。

 

「ヒカルに決まってんだろ。お前の話が出なかったら、それこそおかしな話だ」

 

「いや、あのさ。俺のこと何だと思ってんの?」

 

「喧嘩で相手の関節外したり、骨折ったりとかしてボコボコにしてるし、立派なバーサーカーだろ」

 

「俺から喧嘩売ってるわけじゃないし、多少の怪我なんか教会で金払えば治るんだから、別にいいだろ」

 

「お前、そういうところだぞ」

 

 なんか引かれた。

 この二人の方がよっぽどのことしてるのに、何で俺が変な扱い受けなきゃいけないんだ。

 そもそも喧嘩売る方が悪いだろ。

 

「そう、俺もヒカルの悪評がめちゃくちゃ出てくると思ったんだけどさ」

 

「なんだお前ら、喧嘩したかったのか。表出ろよ、二人まとめてしばいてやるから」

 

「え、ちょっと待てよ。その口ぶりからして、もしかして……」

 

「ああ、確かに素行が少し悪いみたいな話もしてたんだけど、途中からなんかすげえ良い話ばかり話しはじめてさ。エリス教会で慈善活動してるとか、祭りでは街の警備をしてたとか、孤児院で子供達の面倒見てるとか」

 

「全部事実だろうが」

「おいおい、だまされてるぞ」

 

「それで話聞いてたやつも興味津々なのか、やたらヒカルのことばかり聞きはじめてさ。俺も黙ってられなくなってタカる前にヒカルがどれだけ頭バーサーカーか話してやったんだよ」

 

「張り倒すぞこの野郎」

 

 誰が頭バーサーカーだ、好き放題言いやがって。

 酒を飲んでご機嫌のカズマは面白くてしょうがないらしく、何を話してやったんだとダストに尋ねた。

 

「喧嘩で容赦無いのはもちろんだけど、ゆんゆんっていう彼女がいるのに、ヒナギクに手を出したっていう……」

 

「おいお前、いい加減にしろよ。そんなありもしない話するんじゃねえっての」

 

「あったじゃん。エリス祭りのミスコンでさ」

 

「……あれか。あれは違うって言ってんだろ」

 

 エリス祭りのミスコン、確かエリス様コンテストだっけか、あれでヒナが自分の苗字を忘れて咄嗟にシロガネヒナギクを名乗ったせいで、多くの誤解を生んだ事件のことをカズマは言っているのだろう。

 未だにこの誤解は続いていて、ヒナを可愛がっていた連中からは敵を見る目で見られることになった。

 教会や孤児院、それと冒険者ギルドあたりは特に影響はないのだが、この街の商業区は随分と歩きづらくなってしまった。

 

「というかさ、熱心にヒカルのこと聞いてたやつ。俺が話す時もやたら真面目に聞いてくるし、割と奢ってくれるから色々話しちゃったんだけど、お前なんかしたのか?」

 

「ヒカル、何やったんだよ」

 

「なんで俺が何かやらかした前提なんだよ。その、俺のこと聞いてきたやつ? そいつ、どんなやつだった? 名前は?」

 

「名前は聞きそびれたけど、割と若めの男だったぜ。茶髪のロン毛で、長身でガタイ良いんだけど、物腰柔らかなイケメンでさ。まだ暑いのに外套なんか着てたから良く見えなかったけど、足元や酒を飲んでる手を見るに全身鎧っぽいの着てた。冒険者っていうよりは、王都の衛兵みたいな雰囲気だった」

 

「……知らん。長身のイケメンは間に合ってる」

 

 マジで誰だ。

 王都の衛兵みたいな風貌で考えられるとしたら、ジャティスが俺に使いの者でも寄越したとかそんな感じか。

 だとしたら何故すぐに会いに来ないのか。

 少し情報を集めれば、俺のところに来るのは簡単なはずだ。

 こうして冒険者ギルドでバカ達と飲んでるんだし。

 

「俺から言っておいてなんだけど、イケメンの話とかシラけるし、違う話しよーぜ」

 

「違う話ってなんだよ。そういえばお前にも浮いた話とか…………無いか」

 

「無いだろ」

 

「おい、どう言う意味だそれ!?」

 

 尋ねること自体が間違っていると思って、言ってる途中で結論付けたが、カズマも同意見らしい。

 ダストに女が出来た、なんてことがあったら街中がパニックになるだろ。

 

「当然だろ。警察の留置所の常連に女が出来るとか、世の中的に間違ってるだろ」

 

「世の中的に!?」

 

「いよいよ犯罪の匂いしかしないな……」

 

「ふ、ふざけんなよお前ら! 俺がそんなことするわけないだろ!?」

 

「「え???」」

 

「マイナス方向の信頼が厚いなオイ! というか俺達には、()()があるんだからそんなことする必要無いだろ!?」

 

 まあ、知ってたけど。

 アレとは言わずもがな、素敵な夢を見せてくれる例のお店である。

 この街の男はそれはそれは貞操観念の固い男に見えよう。

 ……その分俺が異端に見られるのは大変遺憾です。

 何が流石狂戦士だ、引っ叩くぞ。

 

「というか、ダストにはちゃんと大事な人がいたな。聞くだけ野暮だったか」

 

「は?」

 

「え?」

 

 二人が呆けている内に俺は散々言われ放題された仕返しをすることにした。

 

「モテモテのダストくんにゾッコンの貴族様がいただろ。ゾッコンっていうか、ズッコンバッコンっていうかお尻のケアは大丈夫ですか?」

 

「あったなぁ、そんなこと……」

 

「て、てめえ……! それは俺のトラウマだっつってんだろうが!!」

 

「やかましいんだよこの野郎! 好き放題言っておいて、お前は何も言われねえとでも思ったのか、この特殊性癖さんが!」

 

 怒りに震えるダストと掴み合いの喧嘩になる寸前にカズマが割って入って来た。

 

「まあ、落ち着けよ。二人とも」

 

「カズマ、止めるんじゃねえよ! そいつは触れちゃいけねえところに触れたんだ!」

 

「おいおい、触れちゃいけねえところってどこだよ? お前と違って、男の体になんか興味ねえんだよこっちは!」

 

「この……!」

 

「あーもう、やめろって! せっかくの酒が不味くな、いだだだだだだッ!!」

 

 カズマのステータスでは、俺とダストを止められるわけもなく、両側からサンドされて悲鳴を上げているが、俺から止まる気はない。

 

「ほら、ダストくぅん! お好みのものですよ! 受け取ってくださいね!」

 

「てめえ、いい加減にしろ! しつけえんだよ!」

 

「いだだだ、ちょ、俺を押し付け合うな! 『ドレインタッチ』ッ!」

 

「っ!」

 

 カズマの手から『何か』が吸われていく感覚に咄嗟に身を引き、二人から離れた。

 軽い疲労感を覚えて、一瞬ふらつく。

 普段使わない、というか意識しないほどに少ない魔力を急激に吸われたせいだ。

 俺は元々魔力が少ないのに、狂戦士という職を選んでさらに魔力が少なくなり、今ではジャティスの奴にお礼として貰った『憤怒の指輪』のせいでまたまた魔力がなくなっているので、まさに雀の涙といった具合だ。

 体力や生命力を多少吸われるのは問題無いだろうが、俺の少ない魔力を吸われるということは爆裂魔法を撃ち終わった誰かさんと同じになるということだ。

 つまり『ドレインタッチ』は俺の天敵と言っても過言ではない。

 

「まったく……ヒカルは普段なら普通の人とあんまり変わらないんだから、しっかりしてくれよ」

 

「あ? 俺はどう考えても普通だろ」

 

「はあ……」

 

「ああ、そうだった。ヒカルは頭バーサーカーだったわ。喧嘩するだけ損だ、やめやめ。おうこら、見せもんじゃねえぞ!」

 

 カズマはため息をつきながら、席に座り直し、ダストは呆れた後、こちらを注目していた冒険者達に噛み付きにいった。

 喧嘩する雰囲気を感じ取っていたのか、周りから注目されていたみたいだ。

 周りを見ると、慌てて視線を外す者、苦笑する者、喧嘩を楽しみにしていたのか落胆する者など反応は様々だが冒険者ギルドで喧嘩が起こるのは大して珍しいことでもないので、俺は周りに軽く手を振って謝罪を示してからカズマと同じ席に座り直した。

 

「あのさ、ヒカル。喧嘩とか控えるように言われてなかったっけ?」

 

「なんだ、お前はヒナか?」

 

「違うけど、そのヒナギクに止められてるんじゃないのかよ?」

 

「最近はため息をつくぐらいだな」

 

「マジか、あのヒナギクが諦めたのか……。まあ、いいや。それと、喧嘩にヒカルの武術……」

 

「武道な」

 

「ああ、はいはい武道ね。それを喧嘩に使うのっていいのか?」

 

「俺は使えるものは壊れてても使う主義だからな」

 

「…………お前、そういうところだぞ」

 

 呆れた果てた顔のカズマ。

 なんだよ、こいつまで。

 そういえばこいつにも散々な言われようをされたんだったな、どうしてくれようか。

 まあカズマと言ったら、あれか。

 

「カズマ、お前いい加減進展した?」

 

「…………………………何の話?」

 

「そんだけ間を作っておいて、よくとぼけようと思えたな」

 

「い、いや進展というか今はそういうんじゃなくて押すんじゃなくて引いてみてるっていうか進展させるだけが作戦じゃないっていうか」

 

「ビビリ童貞のままか」

 

「ビ、ビビってねえし! 全然ビビってねえし! 様子見のターンなだけだし!」

 

 机をバンバン叩いて猛抗議してくるカズマ。

 童貞を否定しなかったのはなんとなく可愛げがあるな。

 

「様子見のターンって何? そのままライフポイントがゼロになりそうなんだけど。ハーレムを作るとか息巻いてたのに、そんなんでいいのかお前は」

 

「あれはノリと勢いで言っただけっていうか」

 

「逆によくノリと勢いでハーレムとか言えたもんだ。実際何も出来てないのに」

 

「だ、だから、それは……」

 

「…………あー、もしかして」

 

「なんだよ?」

 

「お前もダストと同じ趣味か?」

 

「お前、ぶっ飛ばすぞ」

 

 ほう。

 

「カズマが、俺を? ぶっ飛ばす?」

 

「……舐めきった態度取ってると後悔するぞ」

 

 少し後悔したような表情をしていたが、俺を軽く睨んでそう言ってきた。

 まあ、カズマなら何かしら考えて俺を『ぶっ飛ばす』ぐらいは出来るかもしれない。

 

「いや、舐めてるわけじゃない。こうして飲み合う仲だ、俺はお前のことや実力をよく知ってる。でも、流石に聞き直すぐらいはいいだろ?」

 

「ああ、そうだな。ぶっ飛ばすって言ったんだ。でもぶっ飛ばさないで済むなら、それに越したことはないな」

 

「なんだ、またビビりか?」

 

「いやいや、違う違う。最弱職の冒険者である俺が、物理攻撃トップクラスの狂戦士をぶっ飛ばしたってなったら、それはもう世間体がよろしくないだろ? 狂戦士(笑)とか言われたくないよな?」

 

「カズマ、お前酒弱いのに飲み過ぎだぞ。水でも飲んで冷静になれよ。なんなら俺が持ってきてやろうか?」

 

「いや、いいよ。ヒカルと違って俺には魔法があるからな。ヒカルみたいに脳筋じゃないんだわ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「今ならまだ間に合うぞ。謝れば……いや謝れるわけないか。ぶっ飛ばさなくても、お互いに納得がいくように何かしらかの勝負とかに変えてやってもいい」

 

「へぇー、一応聞くけど例えば?」

 

 お、意地になって喧嘩が続くと思ったら、そうでもなかったか。

 なにはともあれ、カズマと勝負をするなら、しっかりと考えなくてはならない。

 運が絡む勝負は当然NO。

 ステータスの運はこういう時に必ず作用する。

 俺はカズマより運の値は低いので確実に負ける。

 カズマに勝てるとしたら、エリス様ぐらいだろう。

 次に頭を使う勝負も完全にNO。

 ゆんゆんとのボードゲームで嫌というほど負けてることから、もはや語ることは無いレベル。

 俺の知力の低さを舐めるなよ。

 

「なんだよ、何も思いつかないのか? じゃあ、俺が……」

 

「待て、俺が決める」

 

 思案して黙りこくった俺を見かねたカズマが決めようとしてきたが、それはさせなかった。

 カズマに決めさせるのはよろしくない。

 確実に向こうのペースになる。

 とはいえ、カズマがつい口を挟んできたのも仕方がないことだ。

 俺が勝負方法をなかなか思いつかないのも事実であった。

 カズマと俺は簡単に言ってしまえば正反対の人間だ。

 その二人が勝負をするとなると、確実にどちらかが有利な勝負になってしまう。

 どうすれば公平に…………。

 

「……そうか。よし、決まった」

 

「やっとかよ。俺シュワシュワおかわりしちゃったんだけど」

 

「悪いな。決めた勝負方法は───」

 





月姫リメイクがあんなにボリューミーとは思わなかった。
なかなか投稿出来なかったのも仕方のないことよ(正当化)
9月30日からまた投稿がされなくなったら、こいつ月姫に染まったんだなって思ってください。



今回のお話は分割する気なかったんですけど、予想以上に長くなってしまって分けました。
このお話は後に繋がるお話にしていて、さらには珍しく登場する原作キャラクターもいるしでちゃんと書いてみたくなったんです。
それからダストにわかなので、口調とかそこら辺の指摘があればよろしくお願いします。


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126話

126話です。さあ、いってみよう。



 

「勝負方法は───『腕相撲』だ」

 

「…………」

 

 はあ? 何言ってんだこいつ、と顔で語るカズマ。

 呆れてものも言えないのか、わざわざ口にしてこなかったが、何も言ってこないのなら俺はゴリ押そうと続けて言った。

 

「カズマ、お前は俺を『ぶっ飛ばす』んだったよな? それだけの力があるんだから俺と腕相撲ぐらい出来るだろ? 簡単だし、何より周りに迷惑をかけない。俺達は周りに噂されるような冒険者なんだし、俺達の個人的な争いもなるべく小さな規模にするべきだ、違うか?」

 

 公平な勝負にしようと思っていたが、そもそもの話、先に俺のことを好き勝手言って煽ってきたのは向こうなんだから、その必要はないと考えが変わった。

 それに俺の言い分的にはちゃんと公平なんだし。

 まあ冗談はさておき、こんな勝負にカズマが乗ってくるわけがない。

 少し謝って反省してくれれば、俺も───

 

「いいぜ、やってやろうじゃねえか」

 

 は? 

 

「カズマ、正気かお前?」

 

「ああ、腕相撲だよな?」

 

 ……自分の耳を先に疑ったが、カズマの頭の方がおかしかったらしい。

 どうやら引く気はないようだ。

 

「腕相撲であってるよ。で、せっかく勝負するんだし、何か賭けるか?」

 

「ああ、もちろん。負けたら、しっかり謝罪してもらうぞ」

 

「ああ、いいよ。ついでに今日の飲み食いの奢りも追加な」

 

「いいね。そうしよう」

 

 なんだ、カズマのやつ妙に自信があるように見えるな。

 俺に腕相撲で負けるのは当然だから開き直ってるとか? 

 まあ、ここまで来たらやるだけか。

 

「よし、じゃあさっさとやろうか」

 

 俺が机に肘を置くと、カズマは立ち上がった。

 

「まあ、落ち着けよ。この勝負を少しでも公正なものにするために審判がいた方がいい」

 

「あ? 審判? 別にいいけど」

 

 そう言って俺が適当にそこら辺のやつに審判を頼もうとしたら、カズマが手で制してきた。

 

「ダストに頼もうぜ。顔馴染みにやってもらった方がいいだろ? 俺が呼んでくるよ」

 

 そう言ってカズマは新人の冒険者に絡むダストの元へと向かっていった。

 誰が審判でも構わない。

 どう考えても腕相撲で負けるわけがない。

 

 カズマがダストに色々と説明しているところを少し離れた机から見ていると、俺も少し冷静になってきた。

 なんだか少し悪いことをしたかな、なんて思うぐらいには。

 

 狂戦士の適性を持つやつは変わり者。

 俺が変わり者かどうかは置いておくとして、それが世間一般の常識らしい。

 実際今日みたいに狂戦士であることをネタにからかわられたりすることはよくあることで、それはすでに慣れているし、いちいち気にしたりしない。

 だが、舐められるのは別問題だ。

 ゆんゆん、ヒナ、トリスターノ。

 俺はこの三人をまとめる者として舐められるわけにはいかない。

 多少の反撃はしておかないと、勘違いしたバカが現れるからな。

 

「悪い悪い、待たせたな」

 

「俺が目を離してるうちに、なんだか面白いことになってるじゃねえか」

 

 やっと二人が戻ってきた。

 遅いぞ、と返すと二人は笑いながら誤魔化しつつ、準備に入った。

 カズマが俺の対面に座り、ダストが俺達二人の横へと陣取る。

 カズマは机に肘をつき、腕相撲の体勢を取ると口を開いた。

 

「ヒカル、後悔するなよ?」

 

「お前さ…………ああ、もういいや。さっさとやろう」

 

 俺は軽く呆れながら、カズマと同様に腕相撲の体勢を取る。

 お互いに手を握り合い、いつでも始められる状態になり、俺達が握り合った手をダストが軽く上から手を添えた。

 

「俺の『よーい、始め!』の掛け声と同時に手を離すから、その時点で勝負の開始だ。……準備はいいか、お前ら?」

 

 当然とばかりに俺達が頷くと、ダストも頷き返してきた後、大きく息を吸った。

 

 

 

「よぉーーーーーーーーーーーーーーーー……」

 

 

 

「「…………」」

 

 なげえよ。

 ダストのなかなか終わらない掛け声に思わずそう呟いた。

 面白がってるのかもしれないが、さっさとしてくれ。

 早くしろとダストに文句を言ってやろうとダストの方を向くと、とある一点に目が行った。

 先程俺達と飲んでる時には、ダストのズボンのポケットは不恰好に盛り上がっていなかった。

 それに何か、紙幣のようなものが何枚かポケットから飛び出している。

 あれは───

 

 

 

 

 例の店の半額チケット。

 

 

 

 

「っっ!!?」

 

 急に体の力が抜けて、体勢を崩す。

 慌てて自身の身に異変がないことを確認すると、数瞬遅れてこの感覚が何かを思い出した。

 何かが無くなっていくような感覚、急激な疲労感。

 『ドレインタッチ』だ。

 

「て、めぇ……っ!」

 

「……」

 

 カズマを睨みつけると無言でニヤリと笑い返してくる。

 随分と自信があるみたいだと思ってたが、そういうことか。

 俺が先程『ドレインタッチ』に過剰に反応したのを見て、俺の弱点だとバレたわけだ。

 ならもうケリをつけよう。

 そう思い、腕に力を入れたところでダストが上から押さえてくる。

 

「ーーーーっと! まだ勝負は始まってないぞ。俺が開始の掛け声をしてからだ」

 

「ざけんなこの野郎! じゃあ、さっさと始めやがれ!」

 

「おいおい、落ち着けよ。勝負事で熱くなるのは分かるけど、焦りすぎだろ」

 

「そうじゃねえよ! いいから、さっさと……っ!?」

 

 ダストと話してるうちに、どんどん体に力が入らなくなってくる。

 ダストにも睨みをきかせると、ダストの表情もカズマと同様にニヤリとした嘲笑うかのような笑みを浮かべているのが見えた。

 それに、先程のダストのポケットから見えた半額チケットと中身は不明だが不恰好に盛り上がったポケット。

 俺はここにきて、ようやく気が付いた。

 

「てめえら、グルか!」

 

「何のことだよ。変な言いがかりはやめろ」

 

 くそ、賄賂とかどんだけ汚い手使ってくるんだよ。

 こいつらのことを見くびってた。

 

「なんだおい、逃げるのか?」

 

「てめえら、いい加減にしろ! こんなのやってられるか!」

 

「いい加減にするのはヒカルだろ。お前が落ち着かないと始められないじゃねえか」

 

「さっさと始めねえからだよこの野郎! 時間稼いでんじゃねえよ!」

 

 これまでのやり取りの内に身体の魔力がほとんど吸い取られてしまったのか、二人に握られた手を振り払うことすら出来なくなっている。

 ああもう、そっちがその気なら俺も容赦しない。

 

「手を離すならそれでもいいけど、その場合は俺の勝ぎゃああああああああああっ!?」

 

「え、ちょ、どうしたカズマ!?」

 

 俺はこのまま徹底抗戦することにした。

 何をしているかと問われれば、別になにかおかしなことをしているわけじゃない。

 ただ、思いっきり手に力を入れているだけだ。

 カズマの手を握り潰すぐらいに。

 そのおかげで痛みに気を取られたか『ドレインタッチ』が止まった。

 俺はこのまま更に手に力を入れて、先程のあいつらのように笑ってやった

 

「カズマ、ダスト。さっさと始めないなら、それはそれでいい。ただし、勝負が始まる前に手が使い物にならなくなるだろうがな! おいこの野郎、手を離すなよ! お前から手を離したら俺の勝…………ッ!!」

 

「ヒカル、おいどうした? 急に威勢が無くなったじゃないか。手を離そうとしたのはお前だぐおおおおおおおっ!?」

 

 俺のセリフの途中で『ドレインタッチ』が再開されて、またイキり始めたカズマへお返しとばかりにさらに握りこむ。

 メキメキ、バキバキと音が聞こえる、ような気がするぐらいに力を入れた。

 

 魔力を吸い取られきって机に這うようにして腕相撲の体勢でい続ける俺、痛みに悶えながらも意地を張り続けるカズマ、困惑するダスト、という妙な図が出来上がった。

 俺の魔力体力どちらも尽きるか、カズマの手が潰れるか、そんな勝負へと成り果てた。

 これは本当に腕相撲なのか、そんな疑問を浮かべる余裕は今の俺には無かった。

 

「こ、このっ、バーサーカー! 魔力を吸い切って身体は全く動かないはずなのに、どんだけ体力あんだよ!!」

 

「うるせえこの野郎!! 腕相撲なんかに賄賂だスキルだ、使いやがって! その手、ミンチにしてやるよ!!」

 

「さっさと大人しくなりやがれえええええええええええええええ!!」

 

「潰れろこの野郎おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

「あー……これいつ始まればいいんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………悪かったな、カズマ」

 

「い、いってえええええええ!! 俺の手が見たことない形にいいいいいい!」

 

 結局負けた。

 カズマの手は潰したものの、最後の最後で俺の体力が尽きてしまい、腕相撲に負けたのだった。

 いや、これ腕相撲じゃなくね。

 勝負の前にどれだけ相手の戦力を削ぐか、みたいな感じだったわ。

 …………やばい、流石に意識が朦朧としてきた。

 随分と吸われてしまったらしい。

 机から起き上がることも出来そうにない。

 

「カズマ……おいカズマ」

 

「なんだよ!? 今は勝負とかそれどころじゃないんだよ! よくもやって」

 

「聞けよ、カズマ。悪かった。謝る約束だったろ」

 

「え、ああ、うん。そうだけど」

 

 毒気を抜かれたような顔をするカズマの手を見て、俺は続ける。

 

「あと、早く帰ってアクアに治してもらえ。多分アクアとかじゃないと治せないだろ、それ。約束通り今日は俺が払っとくから」

 

「あ、ああ、そうする。じゃあ先行くぞ」

 

「おう、じゃあな」

 

 そこまで言って、カズマがギルドを出て行くのが見えた後、俺の意識が途切れた。

 

 その後、いつまで経っても帰ってこない俺を心配した三人が俺を迎えに来て、ヒナとゆんゆんに説教をされた。

 ギルドで公開説教をされた後、会計を済ませようと財布の中を見たら、中身が丸ごと無くなっていることに気が付いた。

 ほぼ犯人が誰かわかっているものの確証は無く、というか今はそれどころではなく、犯人がどうとかは重要ではないのだ。

 俺は気まずい気持ちになりながらも事情を説明して三人からお金を借りようとしたら、またヒナにガミガミと説教された。

 説教シーズンⅡを終えて、会計を済ませようとするとカズマと俺の分どころか、ダストやその他の冒険者の会計も加わっていることを知り、俺は恐る恐る後ろを振り向いた。

 

 そこには般若の顔をしたヒナが立っていた。

 

 説明シーズンⅢが始まったことは言うまでもないだろう。

 




このすば新作アニメの続報まだ???


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127話

章名が変わります。
『帰ってきた日常』から『未来からの復讐』に変更になりました。
本来は次の章に書こうと思っていたお話なのですが、最近はなかなか筆が遅いのをでそれを考慮して、書きたいと思った話を優先することにしました。

127話です。さあ、いってみよう。



 

 光を見た。

 

 光を見た。

 

 小さな光。

 けれども力強く輝く白銀。

 

 

 闇を見た。

 

 闇を見た。

 

 ドス黒い闇。

 全てをのみこんでしまいそうな暗黒。

 

 

 光と闇が対峙する。

 どう考えても、光に一条の勝ち目もない。

 だけど、光は一つではなかった。

 多くの光が、一層輝く光と共に巨悪へと立ち向かう。

 

 それはまるで、夜空に輝く星々のよう。

 夜空の星とは違って、バラバラに散りばめられた星々のような光たちは一つへと集まり、塗りつぶさんばかりの闇をかき消した。

 

 私は、この光景を一生忘れない。

 私が生まれる前の光景。

 私の憧れはここから始まった。

 

 どうして私が生まれる前の光景を知っているかって? 

 答えはかんたん。

 私も、その小さな光たちの一つだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ヒカル達が到達しそうで、まだ到達し得ない未来。

 

 

「いい加減にしてよ、ヴォーティガン。もう貴方の出番は終わったでしょう?」

 

 紅い瞳を輝かせ、うんざりした顔で少女は言う。

 対するヴォーティガンと呼ばれた壮年の男は憎らしげに少女を睨む。

 

「…………忌々しい親子だ。突然現れては俺の邪魔をしてくる。災厄の男から生まれた娘も似たようなものか」

 

「え、お父さんに似てる……? え、えぇ? そ、そんなぁ、そんなことないと思うけどなぁ。えへへ。まあ、アレだよ? 私も? お父さんの娘だし? 似ててもおかしくはないよね」

 

 敵を前にしているにも関わらず、嬉しさを堪えられず口元をニマニマさせた少女は男の舌打ちで、正気に戻り佇まいを直した。

 

「……コホン。ヴォーティガン、もう貴方に力は残っていないはず。この地で何を企んでいたのかは知らないけど、英雄の娘であるこの私が貴方もろとも潰します」

 

「…………」

 

「『紅伝説』の番外、第一巻の強敵であった貴方を無碍にはしません。あるえさんに頼んで私が主役の英雄譚には話を盛り盛りにして、『復活のヴォーティガン』みたいな感じで出すので観念してください」

 

「……ふん、意味がよくわからないが、発言から察するに俺がグレテン王国を潰そうとした時のことが本になっている、といったところか。確かに私は失敗したが、人をどれだけ虚仮にすれば気が済むんだお前らは?」

 

「え、コケ? 私なりに最大限の敬意を払ってるつもりなんだけど……」

 

「…………これだから紅魔族は」

 

 ヴォーティガンはそう呟き、壁に背中を預けて座り込んでいた体勢から起きあがろうとしたその瞬間。

 

 ガンッッ!!! 

 

 激しい衝突音が部屋の中に響き渡る。

 ヴォーティガンの顔のすぐ横の壁は何かがぶつかったかのようにへこんでいた。

 

「次は当てる」

 

 少女は瞳をギラギラと光らせて、そう言った。

 少女から立ち上るオーラのようなものは陽炎のように揺らめいていて、『それ』が何かはわからない。

 だが、『それ』が恐ろしいものであることはわかる。

 先程の凄まじい打撃はその何かからきたものであると、ヴォーティガンも確信していた。

 

「時に小娘。私がここで何をしていたか、気になるのではないのかね?」

 

「はあ、いきなり何?」

 

 急なヴォーティガンの問いに顔を顰める少女。

 警戒しつつも聞き返すと、そんな少女の様子とは関係なしにヴォーティガンは続けた。

 

「気にならないのか? こんな研究施設なかなか無いだろう」

 

「それはそうだけど……わざわざ話してくれるってわけ?」

 

「そうとも。君も事件を解決するなら綺麗に終わらせたいだろう? 分からないまま終わるなんて苦痛じゃないかね?」

 

 ヴォーティガンが語りながら浮かべる不敵な笑みを少女は不気味に思った。

 それ以上に気に入らなかった。

 既に勝敗は決した。

 いつでも倒せる状態、間合いをキープしている。

 ヴォーティガンにとって間違いなく絶望的な状況のはずなのに、どうして。

 何かがあるにしろブラフにしろ自身が有利なことに変わりはないと少女は結論付け、逆に余裕な態度で望まれた通り尋ねることにした。

 

「じゃ、聞いてあげますか。目的は? 研究内容はなに?」

 

 少女が乗ってきたせいかヴォーティガンの笑みが深くなり、更に不気味さが増した。

 

「まず目的だが、そうだな……『復讐』だ」

 

「……グレテン王国に?」

 

「それもある。だが、一番復讐したいのは」

 

 

 シロガネヒカル。

 

 

 ヴォーティガンがそう口にした瞬間に、少女は行動に移した。

 紅魔族の十八番である『ライト・オブ・セイバー』を躊躇なく首を切り落とす様に腕を振った。

 怒りに我を忘れたわけではなく、直感で今殺さなければならないと判断した。

 だが、その光の刃はヴォーティガンに届くことは無かった。

 先程までは存在しなかったものが両者の間に存在している。

 円形に広がる何か。

 円形の中身は先程までいたヴォーティガンは見えず、別の光景が広がっていた。

 

「マーリンの魔法!?」

 

 少女は驚愕し叫ぶ。

 この世界に存在する魔法とは違う、別次元の魔法。

 その魔法をマーリン以外が使っていることに驚かないわけがなかった。

 

「そう、これが二つ目の問いの答えだ。俺も『世界』や『世界の次元』に触れる機会があってね。何かを掴んだ感触がして、研究していたのだ。あと少しというところで君達が乗り込んで来たから諦めていたのだが、最後の最後で時間稼ぎに乗ってくれるバカがいて助かったよ」

 

「こんのっ!!」

 

「君のおかげで復讐が果たせそうだ。さようなら、間抜けな紅魔族」

 

「ふざけんなこの野郎!!」

 

 少女が怒鳴りながらヴォーティガンがいた場所に駆けつけた時には既に姿は消えていた。

 思わず息が止まった。

 最悪のイメージが脳内に映し出されて、冷や汗が止まらない。

 頭を抱えて泣き出しそうになるのを寸前でやめた。

 

「あ、きらめる、もんかっ!」

 

 諦めることだけはしてはならないと自分に言い聞かせるようにして叫んだ。

 少女の父も何があっても諦めなかった。

 諦めずに手を伸ばした結果、最高の未来をつかんだ。

 ならば、その娘である自分もそうでなくてはならない、と考えたのだ。

 

「マーリンっ! どうせ見てるんでしょ!? マーリンってば! 暇人のマーリンさーん! 変態、もしくは覗き魔でも可!」

 

「えぇ……その評価はあんまりじゃあないか?」

 

「うわ、ノータイムで来た!?」

 

 辺りへ呼びかけるように叫んでいた少女の背後へと現れるマーリン。

 

「それだけ早く来たんだから、驚いたりドン引くよりもお礼を言って欲しいところだよ。貶されたり引かれたりされては私の心に傷が付いて───」

 

「マーリンもどうせずっと見てたんだよね? ヴォーティガンがどこに向かったかわかる!?」

 

「無視をするんじゃあないよ」

 

「いいから!」

 

「…………はあ、先程ヴォーティガン自身が言ってたじゃあないか。君の父君に復讐すると」

 

「じゃあ、お父さんの元に……?」

 

「向かったね」

 

「っ! は、早く私も連れて行って! 今すぐお父さんの元に!」

 

「少し落ち着きたまえよ」

 

「落ち着いてられないってば! もう転移して時間が経ってるんだから!」

 

 はあ、とまたため息をつくマーリン。

 急いでのに一向にマイペースのマーリンを見て、更にイライラを募らせる少女。

 

「大丈夫さ。放っておいても君のお父さんが殺されたりなんてしないさ」

 

「なんで? 強くなったから?」

 

「まあ、確かに今の彼はあの『聖剣』とその『鞘』を持っているから強いと言えるね。万能ってわけではないけど、手負いのヴォーティガンが今のシロガネヒカルを殺せるかといえば答えはNOだ」

 

「……じゃあ、お父さんが襲われても問題無いってこと?」

 

「今の彼なら、なんだかんだでヴォーティガンを倒すだろうね」

 

 先程からやけに強調される『今』という言葉に少女も当然気付いていた。

 いつまで経っても拭えない不安から、苛立ちを抑えられずに少女は不機嫌そうに尋ねた。

 

「今のって、どういうこと?」

 

「だから、ヴォーティガンも考えて行動してるってことさ。殺せないのが分かってるのに向かうわけがないじゃあないか」

 

「勿体ぶらないで、結論から言って!」

 

「まったく、落ち着いてもらおうと気を回しているというのに。わかった、結論から言おう。『聖剣』を持つ前の彼の元に向かったんだ」

 

「はあ?」

 

 意味わかんない、と首を傾げる少女に呆れながらも説明は続いた。

 

「過去に向かったんだ。『エクスカリバー』を持っていない時代の、まだまだ未熟なシロガネヒカルの元に」

 

「…………あ?」

 

 少女の雰囲気が一変し、少女の全身から殺気が放たれる。

 普通の人間であれば、即座に身構えるなり行動に移すだろうが、ここにいるマーリンは普通の人間ではない。

 凄まじいほどの圧力を正面から受けても、やれやれと肩をすくめる程度だ。

 

「私の魔法の応用だ。どうやらヴォーティガンのやつガチで研究したみたいだぜ? 使いこなせてはいないまでも、過去に行くぐらいは出来るようになったみたいだ」

 

「早く連れて行け。私を、過去に」

 

「だーかーらー、落ち着いて聞きなさいな。そこで私の先程の発言に戻ろうじゃあないか。『放っておいてもいい』って言っただろう?」

 

「…………なぜ?」

 

「理由その一。今のヴォーティガンの魔法は不安定だし、更に言えば君がかなりボコっただろ? ボロボロで制御仕切れない魔法を使っても、成功は難しいだろう?」

 

「でも完全に行けないわけじゃないんでしょ?」

 

「かもしれないね。そこで理由その二。過去に行くのにもリスクがあるんだ。時は流れるもの。その流れに逆らえばどうなると思う?」

 

「えっと……」

 

「例えるなら、津波や雪崩に突っ込むようなものさ。時間の流れとは絶対的でなければならない。逆らうことなど普通は許されない。流れが乱れてしまえば何もかもが崩れてしまうからね。で、その流れに突っ込んでいったヴォーティガンも無事ではすまないってわけさ」

 

 ま、私なら無傷だけどね。

 そう付け足してドヤ顔をかますマーリン。

 私すごいですよアピールを無視して、焦る必要はないと理解した少女はほっと胸を撫で下ろした。

 ちなみに、その胸はしっかりと母の血を継ぎ、豊かであった。

 

「まあ、でもアイツ執念深いからなぁ。割とやり遂げる可能性もなきにしもあらず、かな」

 

「どっちよ!?」

 

 一瞬で意見を変えてくるマーリンに少女は堪らず叫んだ。

 

「どちらにせよ確認に行くのが手っ取り早いかな。過去をめちゃくちゃにされるのも困るしね。君はどうする?」

 

「……もちろん行くよ。ヴォーティガンを逃したのは私の責任だし、何より『紅伝説』の物語に生で触れられるってことで……あれ、もしかして私とんでもない体験をしてしまうんじゃ……え、やば、テンション上がってきた!」

 

「…………きみ、そのファザコン具合どうにかした方がいいと思うよ」

 

「ファ、ファザコンじゃないし! 過去のヒナさんやトリタンさんも楽しみなんだから、そういうんじゃないし! だいたい『紅伝説』は──」

 

「それ聞き飽きたよ。いい加減行こう。準備はいいかい、『ゆり』?」

 

「当然いいに決まって、あ、ちょっと待って」

 

 『ゆり』と呼ばれた少女の表情は真剣そのもので、マーリンも真面目に対応しようと言われた通り待つことにしたのだが、

 

「お、お父さん達に会いに行く前に少しだけ身だしなみを整え──」

 

「はい、レッツゴー」

 

 アホな発言が聞こえてきたので、ファザコンの足元に次元を通る穴を発生させて強制的に連れて行くことにした。

 マーリンを罵る叫びが辺りへ響き渡るが、その穴が閉じると同時に聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてグレテン王国と世界全土を滅ぼそうとしていたヴォーティガンは英雄達の前に敗れた。

 だが、しかし聖剣で断たれたはずのヴォーティガンは生きていたのだ。

 復讐に燃え、力を研究した彼は過去へ行く術を見つけた。

 執念深いヴォーティガンは妨害も跳ね除けて、復讐を果たす為に過去へと向かった。

 復讐と過去の改変を止める為、冒険者ゆりと魔法使いマーリンも同じく過去へと向かう。

 そう、少女の名は『ゆり』。

 シロガネユリ。

 またの名を、ゆりりん。

 かの英雄譚を超える者であり、

 紅の伝説を継ぐ者である。

 

 紅魔族随一の作家・あるえ著

 『紅伝説Ⅱ』より一部抜粋。

 




『ゆ』んゆん
ヒカ『リ』


紅伝説
ゆんゆん達の冒険を元にした物語が描かれた本。
未来ではベストセラーとか。
劇場版とは関係が無い。


仕事中に浮かんだエンディング後のヒカル達の話をどうにかこうにか出したくなって、こうなりました。
シリアスもあるけど、多分ギャグ成分多めになるかと思います。


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128話

128話です。さあ、いってみよう。



 

「ごめん、ヒカル、トリタンさん。私もう行くね!」

 

「ああ、気をつけてな」

 

「いってらっしゃいませ」

 

「夜には帰る予定だけど、夕飯は先に食べちゃっていいから! 行ってきまーす!」

 

 ゆんゆんが慌ただしく準備を整えた後、テレポートを唱えて姿を消した。

 行き先は紅魔の里。

 何故ゆんゆんが紅魔の里に向かったかというと、紅魔の里が魔王の娘に襲撃されて占拠されたからである。

 もちろん俺達も戦力になろうとしたのだが、今回ばかりは紅魔族の問題だとひろぽんさんに断られてしまった。

 何度か押し問答を繰り広げたが、頑なに断られ、最終的にはゆんゆんだけが参戦することになった。

 次期紅魔族の族長として譲れないとゆんゆんが言う姿は凛々しくもあり、格好良くもあった。

 ……恋人フィルターがかかってたかもしれないが、惚れ直すレベルだったのは間違いない。

 それはさておき、戦場にゆんゆん一人で行かせるのは少し心配だが、ゆんゆんなら大丈夫だという根拠のない確信がある。

 俺がランダムテレポートで飛ばされた時もゆんゆん達は『ヒカルは生きてる』という確信があったらしいし、それに似たものなのかもしれない。

 まあ、今のゆんゆんめちゃくちゃ強いしな。

 魔王の娘を単身で倒しちゃったりして。

 

「さて、あなた。今日のご予定は?」

 

「気持ち悪い声を出すな気持ち悪い呼び方をするな息を吹きかけるなよ気持ち悪い!!」

 

 トリスターノが高い声で『あなた』呼びしてくるだけでも背筋が凍る思いなのに、しなだれかかってくるもんだから、振り払いながら一息にツッコミを入れてしまった。

 

「もう、なんてこと言うんですか。この子に悪影響が出たらどうするんです?」

 

「お前、俺の拳が大人しい内にその気持ち悪い声をやめろ」

 

「これがDVですか」

 

「よーし、上等だこの野郎。歯食いしばれ」

 

「冗談ですよ。で、あの子どうします?」

 

「……どうするって」

 

 トリスターノの視線の先には、急遽用意した幼児用の席に座ってご飯をまだかまだかと待つ幼児が一名いた。

 

 まあ、ヒナなんだけど。

 

 俺と視線が合うと、きゃっきゃっと笑ってご機嫌そうだ。

 

「どうしようね……」

 

 俺とトリスターノは同時にため息をつくと、とりあえずはヒナにご飯を食べさせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故ヒナがまた幼児になっているか。

 それは正直よくわかっていない。

 とりあえずわかっていることは、ヒナが限界まで疲労してしまうと、また幼児に戻ってしまうということ。

 一定時間経つと元に戻るということ、これぐらいだ。

 ヒナはとんでもない後遺症を抱えてしまったのだ。

 

 最近たまにヒナがエリス様の仕事の手伝いに行くのだが、朝帰ってくると玄関で幼児状態になってギャンギャン泣き始めるので、恐らくエリス様が何かしでかしてる可能性が高い。

 というかヒナが幼児化するのは、そのタイミングのみなので完全にエリス様が犯人だろう。

 

「あーむっ、おいしー! パーパ、パーパ! おいしー!」

 

「よしよし、良い子だな」

 

 きゃっきゃっと嬉しそうにご飯を頬張るヒナを褒めると、また口を大きく開け始めたので、俺はスプーンをヒナの口へと運んだ。

 

 だが、なんとなく引っかかる。

 あのヒナギク狂いのエリス様がヒナを疲労困憊にさせるほど仕事をさせるとは思えない。

 エリス様が仕事を抱え込みすぎてるとか、はたまたヒナが仕事に慣れていないだけなのか。

 一度ヒナに問い詰めたことがあったのだが、

 

「大丈夫だよ。僕は、大丈夫だから……」

 

 諦め切ったような、無理矢理作ったような微笑みを浮かべながら、その話題を切ってしまうので対応に困るのだ。

 というか、どう考えても大丈夫じゃないだろ。

 次に手伝いに行くタイミングでヒナの後ろをこっそりついて行ってみるか。

 天界とかに行かれたら、その時点で帰ることになるけど。

 

「いつも通りだとヒナさんが元に戻るのは昼前ぐらいですね、パパ」

 

「誰がパパだ引っ叩くぞ」

 

 トリスターノが言う通り、ヒナが幼児から元に戻るのは昼ぐらいだ。

 俺が今ヒナのそばから離れると近所迷惑レベルで泣き出すので、つまり俺は昼まで外に出られないということ。

 

「今日のクエストは休みか」

 

「ですねぇ。昼からクエストを選んで取り掛かるとなると、いつ帰ってこられるか分かりませんし、それに今のギルドのクエストは大変なものばかりですしね」

 

「そうなんだよなぁ。割に合わないのばっかりでやってられないし」

 

 今のギルドは面倒なクエストしか貼り出されてない。

 しかもその面倒なクエストを断るに断れない状況なので、余計に性質が悪い。

 ギルド職員がこめっこを手放してくれればいいのだが、今のギルドが抱えてる面倒なクエストが無くならない限りはそれもないだろう。

 

「では、今日はどうされますか?」

 

「うーん、午後から孤児院に行くかな。最近あまり行けなかったし」

 

「なるほど。私も同行しましょう」

 

「はぁ、しょうがない。後でヒナに回復魔法をしとくように頼んでおくか」

 

「この人、容赦なさすぎでは??」

 

「トリタ、ロリコン! きゃっきゃっ!」

 

「ヒナさん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ご迷惑を、お、おかけしました」

 

「ああ、うん」

 

「元に戻れたようで何よりです」

 

 昼前にヒナは元の姿へと戻り、赤面しながら俺の部屋から出てきた。

 幼児状態のヒナに、ヒナの意識は無いのだが記憶はしっかりとあるらしく、きゃっきゃっとはしゃいでいたのを恥ずかしがっているようだ。

 

「ぼ、僕は、その、きょ、教会に行ってくるね!」

 

 自室へと戻ったヒナは少しした後、俺達にそう言うだけ言って家を飛び出して行った。

 何回か幼児になっても恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう、俺は特に何も言わずに見送った。

 

「で、トリスターノは今日どうするんだ?」

 

「どうって、同行するに決まって……冗談です。今日は家で大人しくすることにします。家事は任せてください」

 

「別に外出するな、とは言ってないぞ」

 

「いえ、なんとなく嫌な予感がするんですよね。こういう日は大人しくしているに限ります」

 

「……お前、変なフラグ立てるなよ」

 

「すみません。気のせいならいいんですけどね。リーダーも一応気をつけてください」

 

「気をつけるって、何を?」

 

 俺が尋ねるとトリスターノは少し思案した後、イケメンスマイルwithウインクを決めて宣った。

 

「貴方を慕う女性がまた増える、なんてどうでしょう?」

 

「……はぁ」

 

 何を言ってるんだコイツは、とため息をつきながら俺は出かける準備を始めた。

 まったく、これだからイケメンは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、おサボりだ!」

 

「誰がおサボりだよこの野郎」

 

「今日ギルド来なかったじゃん! 最近毎日来てたのにさ!」

 

「今日は予定があったんだよ」

 

「そうなの? じゃ、明日は?」

 

「あ? 多分明日は行くよ」

 

「そう、じゃあ明日ね!」

 

「ああ、じゃあな」

 

 孤児院に行く道すがらクエストから帰ってきた知り合いの冒険者に会った。

 大きな怪我は無くともボロボロで、疲れ切った彼女はすぐに会話を終えて帰っていった。

 毎日クエストに参加する上位職の俺を少しはアテにしていたのか不満を言っていたが、高難易度のクエストでそこまで活躍出来るとも思えないんだよな。

 まあ、明日から頑張るけど。

 そんなことを思っていた時、

 

「─────ぁぁぁぁああああああ!!!」

 

「親方! 空から女の子が!」

 

「あ?」

 

 突然頭上から聞こえてきた声に、俺は反射的に上を向き、目を見開いた。

 何かが落ちてくる。

 咄嗟に避けようとしたが、落ちてきているのが人間だと気付き、慌ててキャッチしようと踏ん張った。

 

「っしょっと!」

 

 筋力が上がってて助かった。

 危なげなく落ちてきた人間、少女をお姫様抱っこのようにキャッチすることに成功した。

 

「いやあ、ナイスキャッチ」

 

「……またか」

 

 当然のように隣に立つマーリンに俺は嘆息した。

 この魔法使い、俺にはなるべく関わらないようにするとかなんとか言ってなかったっけ。

 

「あ、あれ……?」

 

「無事……か?」

 

 落ちてきた少女から声が聞こえ、安否を確かめる為に声をかけて、紅い瞳と目が合った。

 

「ゆんゆ……んじゃ、ないよ、な?」

 

「ぁ、ぁ───」

 

 少女は口をパクパクさせて答えない。

 俺の発言通り、めちゃくちゃゆんゆんに似てるのだ。

 違う点をあげるとしたら、目付きが鋭く、髪がヒナ以上に短い、ボーイッシュな髪型だ。

 だが、それ以外はほとんど似てる。

 まるで姉妹だ。

 今の体勢が恥ずかしいのか、どんどん赤面しているところも、初期の頃のゆんゆんにそっくりだ。

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 少女の悲鳴が響き渡り、

 

『ヒナァ!!』

 

 その悲鳴の中で短く鋭い気合いの入った声が聞こえて、

 

「あがぁっ!?」

 

 俺は殴り飛ばされた。

 拳が見えたわけではなく、感覚的にそうだと感じた。

 伊達に殴る蹴るを専門とした武道をやっていない。

 ただ不可解だったのは、誰が俺を殴ったか。

 少女が殴ったにしては強すぎる。

 抱き抱えられた状態で人を殴ったところで、飛ばされたりはしないだろう。

 ならば、マーリンなのかと問われると確認するまでもなくあり得ない。

 マーリンがいた方向からの拳ではなかったし、そもそもマーリンが原始的な攻撃手段を使うとは思えない。

 

「いった」

 

 俺は起き上がりながら、殴られた頬を擦り、誰が俺を殴ったのかを確認するべく前へと視線を向けた。

 

「あわ、あわわわわわ……」

 

「わーお」

 

 尻餅をついた狼狽える少女と少し驚いた表情のマーリン。

 それと、

 

『ヒ、ヒナ……ヒナヒナ……』

 

 少女の後ろでビクビクしている天使がいた。

 その天使は半透明で、どちらかと言えば背後霊のようなものに見える。

 何故天使だと断言してしまったかは二つ理由がある。

 二対四翼の純白の羽を持つ少女という外見であり、天使の輪っかみたいなのが天使の頭上にあったからだ。

 それに何より、姿形が完全にヒナであった。

 サングラスをかけているが、間違いなくヒナだ。

 というか先程からヒナヒナ言ってるのはなんなんだ。

 

「…………あれ、なに?」

 

 今ここにいる二人に問いかけると、少女は気まずそうに目を逸らした。

 背後霊天使(ヒナ)はその少女に吸い込まれるようにして消えた後、誰も発言しないのを確認したようにマーリンは頷き、得意顔で胸を叩いた。

 

「説明しようじゃあないか」

 

「なるべく詳しくな」

 

 正直訳がわからない。

 ヒナがグラサンかけてヒナヒナ言いながら背後霊やってる状態を見て、すぐに状況を把握出来る奴がいたら此処に来てくれ。

 一発引っ叩いて病院に連れて行ってやるから。

 

「あれは『ヒナンド』だよ」

 

「『ヒナンド』」

 

「そう『ヒナンド』さ」

 

 …………。

 

「いや、『ヒナンド』っていうかスタン……」

 

「『ヒナンド』だよ!」

 

「『ヒナンド』ってなんだ!! どう考えてもスタ……」

 

「何度も言わせるんじゃあない! 今のは『ヒナンド』なんだ! 分かったならス◯ンドと言うのはやめるんだ!」

 

「お前が言ってんだろうが! お前もスタ◯ドだって思ってんだろ!!」

 

「思ってないもん! 私だってぶっちゃけ意味わかんないもん! 私悪くないもん!」

 

「急に駄々っ子みてえになりやがった!」

 

 マーリンが出てくるだけでもアレなのに、新キャラとヒナンドのセットも出てきて、もう意味分かんねえよ。

 こんなことならトリスターノを連れてくればよかった。

 あいつもいればツッコミの負担が減ったのに。

 

「あ、あの!」

 

 俺がこの状況を理解出来ずに、いや理解を拒否して頭を悩ませていると、少女が挙手して声をかけてきた。

 

「先程は助けていただき、ありがとうございました。自分、自己紹介いいすか?」

 

「……ああ、うん。いいんじゃない?」

 

「ありがとうございます。では……」

 

 少女はすーはーすーはーと深呼吸を何度か繰り返した後、カッと目を見開いてマントを派手に広げながらポーズを取った。

 

「我が名はゆりりん! 紅魔族随一のヒナンド使いにして、かの英雄譚を超える者──ッ!!」

 

 ゆんゆんに似てると思ったけど、割とゆんゆんより紅魔族だったわ。

 というか里で見たことないな。

 もちろん里の全員と面識がある訳じゃないけど、ゆんゆんに似てるってだけですぐに知り合ってそうなものだ。

 

「そして君の娘さ」

 

 

「────────は?」

 

 ついて来れない状況ながらも頑張ってきたというのに、マーリンの今回の発言で、俺はついに思考が停止した。

 




ギルドに何故めぐみんの妹である『こめっこ』がいるかについては、このすば11巻を読めばわかります。
本編に説明を入れても良かったのですが、無駄に長くなりそうなので、やめました。
かったるいし(本音)


ヒナギクがまた幼児になってしまった理由はこのお話が終わってから分かります。
とりあえず今言えることは、エリス様が犯人で確定です(ネタバレ)


ゆり本人の説明は次回あたりに。
スタ……ヒナンドの説明はここで。

ヒナンド
未来のヒナギクがゆりを大層可愛がっており、
「この子は僕が守ってあげなくちゃ!」と割と強めの守護の加護をゆりにかけた結果、その力をゆりが好き勝手使うようになった。
守護の加護だけでなく、ゆりが一人で遊んでいる時もヒナギクが下界に降りて遊び相手になってあげるなど数多くの接触をした結果、ゆりにも『神聖』が芽生えた。
誰かさんとやってることが同じである。
歴史は繰り返された。

ちなみにヒナンドのヒナギクは守護の力が形になったもので、ヒナギク本人ではない。
何故ゆりが好き勝手に力を使えるのか、何故ヒナンドの形がヒナギクの姿になるのかは、ゆり本人やヒナギクにもわかっていない。
ヒナンドの得意技は拳の高速連打を叩きつける『ヒナヒナラッシュ』
パワー型のスタ……ヒナンドなのだが、回復魔法も支援魔法もこなす超万能タイプ。

ヒカルの前でのみサングラスを掛けている。
ヒナギク本人では無いが、ヒナギクのコピー的なものであり、コピーなせいか感情も何故か受け継がれている。
感情が受け継がれていて、尚且つヒナギク本人のような感情の制御が出来ない守護の力なのでヒカルを見たり、ヒカルにジロジロ見られたりされると恥ずかしがってしまい十分の一のパワーも出せなくなるので、なるべくヒカルを見ないようにする為のサングラスである。
端的に言えば、サングラスが無い状態でヒカルを前にすると、ただの『好きな人を前にした思春期女子』になるということ。


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129話


129話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよマーリン!? それ言っちゃうの!?」

 

「え? うん」

 

「い、いやいや、こういうのって普通バレないようにしたりするもんじゃないの!?」

 

「確かにそうだけど、今はヴォーティガンのことを終わらせるのが重要かな。どうせ彼の記憶には残らないし、隠し事してたら色々面倒くさくなりそうだし」

 

「…………いや、ちょっと待って。私、お父さんにキャッチされたり殴ったりして、動転して自己紹介までしちゃったりしたけど、ヴォーティガンのことを解決するのが先決なら私達二人でやればよかったんじゃないの? お父さんを巻き込む必要あった?」

 

「いや、彼はどうしても必要だった」

 

「それは、お父さんがそれほど重要な人物ってこと……?」

 

「そうさ。だって……」

 

「だって?」

 

「彼を巻き込んだ方が、面白いからね」

 

「……………………ごめん、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」

 

「こんな面白い事態になったのは久しぶりだから、つい過去の彼も巻き込んじゃった。後悔も反省もしてないよ」

 

「こ、このトンデモ魔法使い、碌でもない理由でお父さんを巻き込みやがったッ!! せめて反省はしやがれええええ!!」

 

『ヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナァ!!』

 

「はっはっはっはっ。やめたまえ、その不思議パワーで攻撃してくるのはやめたまえ」

 

 

 ───はっ、俺は一体何を……? 

 そうだ、確か変な夢を見た気がする。

 なんかまたいきなりマーリンが現れて、俺の娘を連れてきたとかなんとか。

 ……意味分かんねえわ。

 いや、所詮夢だし、意味が分からないのも仕方のないことか。

 

「ああもうっ! 避けるなマーリン!」

 

『ヒナヒナヒナヒナァ!!』

 

「はっはっはっ、やめたまえ。いい加減ヒナヒナするのはやめたまえ」

 

「……まだゆめのとちゅうかぁ」

 

 背後霊的なヒナが目にも止まらぬ速さで拳を振っているが、マーリンは瞬間移動を何度も駆使して全てを笑いながら避けている。

 もう無理だ。

 こんな変な夢をこれ以上見せられたら頭がおかしくなってしまう。

 目を覚ますにはどうすればいいんだ……。

 

「あ、ほら、君の愛しの父君が頭を抱えているよ」

 

「そんなわけ……えっ、お父さん!? どうしたの!?」

 

「夢なら、ゆんゆんと大人ゆんゆんの二人がよかった……」

 

「なんか欲望丸出しなんだけど!!?」

 

「そんなに驚かせちゃったかな。とりあえず落ち着かせようか。ヴォーティガンが近くにいる気配はないし」

 

「そ、そうだね。お父さん、一回落ち着いて───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫? お父さん?」

 

「……あ、ああ。まあ大丈夫だけど、お父さんって呼ばれるのがなんか落ち着かないっていうか」

 

「うっ、ご、ごめんなさい」

 

「ごめんね、お父さん。混乱させて」

 

「お前は絶対にお父さんと呼ぶな」

 

 マーリンのアンポンタンがお父さんをお父さん呼びしやがった。

 いつかわか(ヒナ)らせなきゃいけない……。

 

「で、これはどういうことだ?」

 

「私達二人は未来からやってきた。未来で君が倒した奴が君にご執心でね。わざわざ過去の時間軸であるこの時間に来て君を殺そうとしている。だから、私達は助けに来た」

 

「………………」

 

「お、お父さん信じて! これは本当なの!」

 

 遠くを見始めたお父さんの肩を揺さぶって声をかけると、すぐに正気に戻ってくれた。

 

「いや、どういうことだよ! 未来からやってきたって一体どうやって!?」

 

「私の魔法だけど」

 

「…………それ反則すぎない?」

 

「チートでごめんね? 異世界転生してきた主人公の君より何でも出来てごめんね?」

 

「おい、何煽ってきてんだこの野郎!」

 

 ケラケラ笑うマーリンと睨み付けるお父さんを見ていると、なんだかモヤモヤする。

 お父さんが私に他人行儀なのに、マーリンなんかがお父さんと仲良さげに見えるのは世の中間違ってると思う。

 どうすれば信じてもらえるかな。

 

「ほら、それより君の娘だよ。感想は?」

 

「いきなり言われてもな……」

 

「目元なんて君にそっくりじゃないか」

 

「た、確かにそう言われてみれば……」

 

「それにアホっぽいところも」

 

「「誰がアホだ!」」

 

「う〜ん、息ピッタリ。美しき親子愛だね」

 

 ふーん、マーリンもたまには良いこと言うね。

 マーリン風に言うなら『わかってるじゃあないか』ってところかな。

 

「てか待ってくれ。こんな未来のこと知って大丈夫なのか? タイムパラドックスとかあるだろ?」

 

 たいむぱらどっくすってなんだろ? 

 お父さんがそんな難しそうな言葉知ってるとは思わなかった。

 

「ああ、大丈夫だよ。ほら、君が平行世界から帰ってきた時に記憶が消えただろう? 私達が元の時間に帰れば同じことが起きるよ」

 

「そ、そんな都合が良いのか?」

 

「うん、多分だけど」

 

「…………」

 

「そんなに見詰めるなよ、照れるじゃあないか。安心したまえ、何かあれば私が君の記憶を消すから」

 

「全然安心出来ない……」

 

 記憶を消す? 

 うん? 

 それは、つまり…………。

 

「えっ、ちょっと待って!? お父さんが私のこと忘れるってこと!?」

 

「そうだよ」

 

「はあ!? なんでさ!」

 

「落ち着きたまえよ、ファザコンくん」

 

「ファザコンじゃないし! 家族愛だし!」

 

「君がこの時間軸に来た目的はなんだい?」

 

「ヴォーティガンをぶっ飛ばす為でしょ」

 

「間違ってはいない。というか何でこんな脳筋になっちゃったかな……君のせいだよヒカリ君」

 

 俺にどうしろってんだよ……と呟くお父さんを横目にマーリンは私の方を見て語り出した。

 

「私達の真の目的は『過去を変えさせないこと』だよ。ヴォーティガンが何かやらかす前に、もしくは何か起こしたとしても阻止する」

 

「つまり、ぶっ飛ばすんだよね?」

 

「……時間の流れは絶対的でなければならないって話はしたよね? 過去、現在、未来と順に一方通行で流れなければならない。それをめちゃくちゃにして私達は過去にいる。私達ですら過去を変えてしまう可能性があるってこと。だから全て終わったら記憶が消されなきゃいけないんだ」

 

「……」

 

「これは君のためでもあり、ヒカリ君の為でもある。先程ヒカリ君からタイムパラドックスって言葉を聞いただろう。未来を知ってしまった過去の人物の行動が変わってしまい別の結果を産むかもしれない。未来からすればそれは決定的なズレであり、大きな矛盾だ。その矛盾が起きてしまうことをタイムパラドックスというんだ。今記憶が残ったままにすれば君が生まれなくなる可能性も……」

 

「今すぐお父さんの記憶を消そう! ヒナヒナすればなんとかなる!?」

 

「えっ」

 

「はいはい、ステイステイ。今すぐ消さなくてよろしい。それに最悪私が何とかするから。説明を続けるよ? 私達はタイムパラドックスを起こす側ではなく、防ぐ側にある。だからするべきことを見極めなきゃいけない。わかるね?」

 

「うん、わかった」

 

「ふぅ、説明が大変な子達を二人も抱えると苦労するね」

 

 む、なんかマーリンに子供扱いされてる。

 そもそもマーリンが事前に説明してくれれば、そんな手間かからなかったでしょ。

 お父さんに二人で冷静に事情を伝えて協力してもらえば、お父さんだってそこまで混乱しなかった……ってあれ? 

 

「つまり、お父さんを無理矢理巻き込んだマーリンが悪いんじゃ……」

 

 疑いの目をマーリンに向けると、マーリンは肩をすくめて、

 

「さあ、そろそろヴォーティガンの情報収集といこうか。時間は待ってはくれないよ」

 

 などと抜かした。

 

「やっぱりそうじゃん! マーリンが悪いんじゃん!」

 

「待ちたまえ。ヴォーティガンが悪いのであって、私は悪くない。ヴォーティガンから守るのなら手元に置いておくのが一番じゃあないか。それに君だって若き父君に会いたかったんだろう?」

 

「そ、それは否定しないけど、だったら何であんな混乱するような空から落とす真似をしたわけ!? マーリンなら着地ぐらい何とか出来るよね!? 『親方、空から女の子が!』とか言ってたよね!?」

 

「……一度でいいから言ってみたかったんだよねぇ」

 

「ぶっ飛ばすぞマーリン────ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんかまた戦い始めてしまったし、落ち着くためにも情報を整理しよう。

 あのマーリンは未来から来たマーリンで、連れている女の子は俺の娘であるゆりりん。

 恐らく、というか絶対俺とゆんゆんの子供だ。

 未来の二人が今の時間軸に来たのは同じく未来から俺に復讐しようとする奴を止めに来たことが目的。

 マーリンが面白半分で俺を巻き込んで混乱させたことは置いておいて、二人が俺を守るために来てくれたのは事実だろう。

 正直『ヒナンド』とか意味分からないことだらけだけど、問題が起こる前に戦力が来てくれたのはありがたい。

 この二人の実力は恐らく相当なものだが、トリスターノも呼んだ方がいいだろうか。

 タイムパラドックスとか考えるなら、今の少数で動く方がいいんだろうけど、判断がつかないな…………ん? タイムパラドックス? 

 なにか、忘れてるような……? 

 

「お父さん……? 大丈夫、ですか?」

 

「え、ああ、大丈夫だ」

 

 いつの間にか戦い終わっていたのか、ゆりりんが軽く肩で息をしながら俺を心配していた。

 この、なんだろう。

 何か重要なことが……。

 

「あの、お父さんって呼ぶの迷惑、ですか?」

 

「えっ」

 

 先程から何かが引っかかってたせいか、ゆりりんが不安そうに尋ねてくる。

 不安そうに上目遣いなのが、ゆんゆんの仕草にそっくりで、なんだか微笑ましい。

 

「悪い、いろいろ俺なりに考えてただけだ。迷惑なんて思ってないよ」

 

「ほ、本当? 無理してない、ですか?」

 

「嘘ついてどうするんだよ。あと、無理に敬語使わなくていい。普段通りにしてくれ」

 

 俺がそう言うと、ゆりりんは表情を輝かせる。

 お父さんと呼ばれても、不思議と違和感がない。

 なんとなくではあるが、しっくりくる。

 

「う、うん! あのね、私さっきゆりりんって名乗ったけど、出来ればゆりって呼んで! お父さんはいつもそう呼ぶから! 白銀ゆりとゆりりん、お父さんとお母さんが里の中でも外でも困らないようにって付けてくれたんだ!」

 

 そうか、うん、すごく良い名前だ。

 きっとゆんゆんが気を利かせたのだろう。

 ゆんゆんが名乗りを上げる時に随分と恥ずかしそうにしていたし。

 それにしても、ゆんゆんの血を継いでるせいかスタイル抜群だ。

 変な男が寄らないか、未来の俺もさぞや気を揉んでいることだ……ろ、う。

 ……未来の、俺? 

 

「ゆり! 聞きたいことがある!」

 

「ひゃっ、ひゃいっ!?」

 

 ゆりの肩を掴んで迫るようにして尋ねてしまったが、今はあれこれ気にしていられない。

 

「今ゆりはいくつだ!?」

 

「じゅ、十六歳!」

 

 十六歳か、なるほど少し発育が良すぎる気がするがそんな見た目だ。

 そこら辺はどうでもいい。

 次が重要だ。

 

「お、俺はまだ、生きてるか?」

 

「……な、何言ってるのお父さん!? 生きてるに決まってるじゃん!」

 

「マジか……?」

 

「当たり前でしょ!」

 

 俺は、十年後も生きてる……? 

 じゃあ、十年後で俺が死んだと聞かされた未来はなんだったんだ。

 未来が変わったのか。

 俺が未来でも生きていることが知れたのは、素直にめちゃくちゃ嬉しい。

 でも、俺が死ななかったせいで何かとんでもないことが別で起きてるんじゃないかと不安になる。

 

「ヒカリ君」

 

 俺が思案しているとマーリンに呼びかけられる。

 マーリンは真剣な表情で話し始めた。

 

「君が何を考えているかは正確には分からないし、答えを教えることは出来ない。だけどヒントのようなものは与えられる」

 

「ヒント?」

 

「ある意味ネタバレかな。まあ、いいや。先程過去、現在、未来の順で時間は流れていると話したね? でも、それは大極的な視点だ。未来の私達からすれば、君は過去のヒカリ君だ。でも君からすれば、私達は可能性の一つにすぎないんだ」

 

「現在の俺からすれば、未来はまだ決まってないってことか?」

 

「そう、私達はここに来てしまったけど、君の未来は確定したわけではなく、数あるどれかのものでしかない。君の未来は無限の可能性があるのさ」

 

 ぬか喜びだったか。

 いや、でも生きている可能性があって、更には全てを解決している可能性もあるってことか。

 

「君のために多くを語ってあげたいけど、過去を変えたくないから、ほんの少しのネタバレ程度におさめようと思う」

 

 マーリンは胸元まで手を上げて、拳を強く握り込み、

 

「私達の未来では君は努力の末、最高の未来を手に入れた」

 

 不敵な笑みでそう言った。

 マーリンはきっと嘘を言っていない。

 いや、マーリンは俺に嘘を言ったことがないと思う。

 だから、これは本当のことだ。

 俺が頑張れば、何もかもを解決した未来が待ってる。

 

「どうだい、ネタバレを食らった感想は?」

 

「ああ、俄然やる気が湧いてきた」

 

「いいね、その目。君のその目が好きなんだ」

 

「がるるるるるる!」

 

 俺がどんな目かを聞こうとしたら、ゆりが俺達の間に割り込んできた。

 ヒナンドも出てきて、二人で俺を守るようにマーリンを威嚇していた。

 

「まったくファザコンも困ったものだ」

 

「ファザコンじゃないし! 家族愛だし!」

 

 こんなに必死になってくれる娘がいるんだ。

 俺はマジで頑張らないといけないな。

 

 

「おにーさん!!」

「ヒカルさん!!」

 

 遠くから呼ぶ声が聞こえて、振り返るとアクセルにいないはずの二人がこちらへと走ってきていた。

 あるえちゃんとねりまきちゃんだ。

 

「二人とも、どうした?」

 

「大変なんだよ! 里が、ゆんゆんが!」

 

「な、何があったんだよ!? ゆんゆんがどうした!?」

 

「わ、私達を逃すために、ゆんゆんが戦ってくれてて、それで、私達は応援を呼びに……」

 

 ねりまきちゃんは気が動転してるのか、いまいち把握がし辛い。

 もどかしくなったところで、あるえちゃんが割って入ってきた。

 

「ねりまき、ストップ。私が話す。事は急を要する。ヒカルさんも冷静に聞いてほしい」

 

「……ああ」

 

 あるえちゃんも一呼吸入れて、話し始めた。

 

「里は今魔王軍の占領下にあって、その奪還の為の戦いが行われている、それは知ってるね?」

 

「もちろんだ」

 

「私達ももちろん戦っていた。私達は数こそ負けているものの火力は私達に分があるみたいでどんどん押していた。数日以内に勝てる見込みすらあった。だが、そこで……」

 

『……』

 

 俺達は黙って、あるえちゃんの次の言葉を待つ。

 だが、次に出てきたのは出てくるはずのない名前だった。

 

「魔王軍幹部のシルビアが現れたんだ」

 





◯ヒナらせる
天使(物理)で相手をわからせること。



◯白銀ゆり(ゆりりん)

ゆんゆんにアホの子要素を足してファザコンにした感じの女の子。
現在16歳。
まだ冒険に出始めたばかりだが、実力は人間の中ではトップクラス(マーリンや騎士王などの人外クラスは含まれない)
生まれからして彼女は特別で、二柱の神と一人の天使から祝福を受けて生まれた。
本来であればヒカルの血が入ったことで、アークウィザードとしての才能は普通程度まで落ちぶれるはずであったが、祝福とムードメーカーの最大限の恩恵を受けている為、ゆりの才能はゆんゆんやめぐみん達と引けを取らない。
ヒカルの武道も当然教え込まれていて、ゆんゆんから魔法を教わり、ヒナギクからあらゆる知識を教えられ、トリスターノのおかげで弓もほんの少しだけ扱えるようになった。
更にマーリンの英才教育も受けている。
マーリンの別次元の穴を手のひらサイズであれば開くことが出来る(ほとんどアイテム収納か『紅伝説』の布教でしか使われない)
ちなみにマーリンをやたら小馬鹿にするのは夢の中で別次元の魔法を半ば無理矢理教えられたり、ファザコンをからかわれたりしたことを根に持っているから。

隙のない最強な人間に感じるが剣の才能は無く、仕込み刀の杖を持っていても格好付けの時にしか役に立ったことはない。
そもそも近付いてきた相手にはヒナヒナするし、ヒナンドを突破されたとしても人間相手であれば武道で無力化する。ついでに紅魔族の十八番の魔法もある。

ヒナンドを使う時はゆり自身の力や集中力を使う為、魔法を使いながらヒナヒナするのは難しい(出来なくはないが、相当の消耗をする)
ヒナンドも自由に動くことも多少出来るが、ゆりの精神力を使う為、勝手なことはほとんどしない。
基本的にゆりの指示を守り、ゆりを守ることを最優先にしている、
例外はヒカルを前にした時や目の敵にしている悪魔を前にした時。
こめっこが呼び出したホーストとヒナンドが相対した時はホーストを滅しようとヒナンドが躍起になり、ゆりの制御を離れてギリギリ限界バトルを巻き起こし、『紅魔の里の天魔の乱』と呼ばれる大騒動に発展したが、それはまた別のおはなし。





マーリンがゆりをわざわざ面倒を見たりするのはヒカルの娘でありマーリンのお気に入りであることも関係していますが、未来と現在のマーリンでは少しだけ考え方が変わっているからです。
傍観者で居続けるのではなく、登場キャラクターの一人であることを認めて、今を楽しもうとしています。
とはいえ遊びすぎるのはバランスを崩すことになるので、ゆりをからかったり、ヒカルと面白そうな別次元に遊びに行ったりする(強制連行)程度です。


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130話

130話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

「渡しておいてなんだけど、今回はカリバーンを使わないでくれ」

 

「え、なんで?」

 

 あるえちゃんから紅魔の里のことを聞いた後、俺達は家へ蜻蛉返りした。

 孤児院に行く予定だったから装備の類は一切持っていなかったから、それも含めて手早く準備している最中だったのだが、マーリンからそのようなことを言われた。

 トリスターノも事情を話して連れて行こうとしたのだが、外出したみたいで不在だった。

 

「あー……その、うーん……ごめん、事情は言えないんだけど、今回ばかりはカリバーンを使うとまずいんだよね」

 

「はあ、なんだよそれ」

 

 マーリンがここまで言い淀むのは珍しい。

 困ったような表情もなんだかマーリンらしくない。

 

「とにかく色々あってさ。カリバーンは持っていかないでくれ」

 

「でも俺の武器はカリバーンしかないぞ」

 

「あれま、困ったな」

 

「お父さん、これは?」

 

 マーリンが困った顔で辺りを見回していると、ゆりが俺の部屋に立て掛けてある木刀を手に取った。

 いや、木刀て。

 

「あのな、悪ガキ退治に行くんじゃないんだぞ。俺達が相手にするのは……」

 

「そうだね、これにしよう。むしろこれしかない」

 

「は?」

 

 満足そうに何度も頷き、木刀を手に取るマーリンは続けて言った。

 

「いや、ある時を境に君の木刀が超強化されていたから、私も常々疑問に思ってたんだけど、今わかった。未来から来た私が君の木刀を強化したんだ。だから今強化しないと辻褄が合わなくなる」

 

「お父さんのメイン武器みたいになってたし、持ってかないのかなって思ってたけど、そういうことだったんだ」

 

 えい、というマーリンの掛け声で強化の魔法をかけたのか木刀が何度も輝いては点滅を繰り返した。

 点滅が収まると俺に木刀を渡してくるので、一体どれだけの魔法をかけたんだろうと思いながら受け取る。

 

「っ、お、おお?」

 

 木刀を握った瞬間、体が一気に軽くなった。

 まるでヒナに支援魔法をかけてもらった時のようだ。

 

「どうだい? それなりに気を遣ってチューニングしてみたよ。木刀自体の強度強化、ムードメーカーの弱体軽減、私特別製の支援魔───」

 

(ちょっと、ヒカリ君! のんびりしてる場合じゃあないよ!)

 

「あ?」

 

 目の前で自慢げに語るマーリンのセリフに重ねて、俺を呼ぶマーリンの声が聞こえた。

 思わず間抜けな声を出した後、周りを見たが不思議そうな顔で俺を見る二人しかいない。

 

「どうしたんだい?」

「お父さん?」

(早く紅魔の里に行くんだ! 私の妨害が間に合わなくなる!)

 

 普段の態度のマーリンと、珍しく切羽詰まった感じのマーリンの声がまた同時に聞こえてきた。

 どういうことだ? 

 

(ああもう、そうか! 目の前にいるのは恐らく未来の私だろう!? 今君の頭に直接話しかけているのがこの時間軸の私だ!)

 

 なるほど、元々いたマーリンの声か。

 でも今は未来のマーリンに装備を整えるよう言われて俺の部屋に戻ってきたところなんだけど。

 

(君からの説明も私からの説明も省略だ! 二人目のヴォーティガン、多分未来のヴォーティガンが何かやろうとしてるんだろう!? なんとか私の方で妨害をしてたんだけど、訳あってそろそろ限界なんだ! 早く未来の私と紅魔の里に向かってくれ! 頼んだよ!)

 

 早口でそう捲し立てられて、それきり声は聞こえなくなった。

 とりあえず二人にこのことを伝えることにした。

 

「この時間軸のマーリンが里に急げって」

 

「ん、私が?」

 

「ああ、妨害が間に合わないとかなんとか」

 

 マーリンが少し思案して、何か思いついたように手を叩いた。

 

「そうだ、この時期の記憶を封印していたが、今思い出した。私めっちゃ頑張ってたんだった」

 

「マーリンが頑張る??」

 

 ゆりが心底胡散臭いものを見る目でマーリンを見ると、マーリンは遠い目をして語り始めた。

 

「未来の私とゆりが来た事はもちろん観測していた。そこで私は一瞬で察したんだよ。未来か平行世界から来たんだって。そこで私は君達の観測をやめて何か異常が起きていないか調べることにしたんだ。そこでヴォーティガンの魔力が二つあることに気づいて、目と耳を塞いで妨害することにしたんだよ」

 

「なんで目と耳を塞いだの?」

 

「未来から来た私達だったら壮大なネタバレになるじゃあないか!!」

 

 当然疑問に思った事をゆりが尋ねると、マーリンの迫真の声が響き、俺とゆりはビクついた。

 

「あの時の私はね、ヒカリ君がどんな物語を繰り広げるのかを楽しみに楽しみにしてたんだよ! ヒカリ君に接触するようになってからは最早親心に近いものを抱いていたね! それなのにネタバレなんか食らったら、もう生きる希望を失うよ!」

 

「……えっ、じゃあ今この時間のマーリンにネタバレを話に行けばマーリンを殺せるってこと?」

 

「私を殺そうとするんじゃあない! それにそんなことしたら未来が変わるのが確定するよ!」

 

「……ちっ」

 

「舌打ちをするんじゃあない」

 

 ゆりが名案を思いついたとばかりに尋ねるが即却下された。

 ゆりとマーリンは仲良さげなのに、たまにとんでもない毒を吐くというか、遠慮がないな。

 

「それと限界とかなんとか」

 

「当たり前だよ! 私に妨害されないようワープしまくるヴォーティガンの魔力を感知しながら手探りで次元魔法の妨害をしまくるのがどれだけ大変だと……」

 

「じゃあ急がないと。もう里の中でシルビアが暴れ回ってるんだよね? あの『紅伝説』三巻で登場した魔王軍幹部の───」

 

「ああ、はいはい急がないとね! はい、はい、はい!」

 

 はいの掛け声に合わせて、俺の装備が魔法少女の変身のように一瞬で身に付いてしまった。

 語りを遮られたゆりも驚いた様子で拍手している。

 

「準備はいいかい?」

 

「待った。トリスターノとヒナは連れて行けないのか?」

 

 俺が待ったをかけるもマーリンは首を横に振る。

 

「悪いけど、里に向かおう。後で隙を見て連れて来れれば私が連れてくる。じゃあ行くよ!」

 

 言い終わると同時に俺達の足元に穴が開いて、そのまま重力に従い、穴の中に落ちていく。

 その時、

 

「ああっ!? お父さんにパンツ見られたあああああああああああ!!!」

 

 ゆりのスカートが捲れて見えてしまった。

 黒だった。

 とりあえず不可抗力とはいえ謝っておこう。

 

「悪い。でも、なんとも思ってないから」

 

「それはそれでムカつくよ!!」

 

 ゆりの叫び声を聞きながら落ちていく。

 

 いやだって、本当になんとも思わないんだから、しょうがないだろ。

 娘のせいか、Tシャツみたぐらいの気分でしかないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんっ、早く逃げてって言ったのに!」

 

「娘を戦場に置いて逃げる父親が何処にいる? たとえ魔法が使えずともお前を守る」

 

 そこは戦場であった。

 元は何百人も住んでいた人里であったが、焼け野原と化し見る影もない。

 人は皆逃げ去り、代わりに魔物が跋扈していた。

 そんな中、まだ逃げずに抗う者達がいた。

 その里の族長とその娘、ひろぽんとゆんゆんだ。

 

「くっ、こんなことならヒカル君の申し出を受けておけば……ッ!」

 

「こんな事になるなんて、誰も想定できないわよ」

 

 二人に相対するのは多くの魔物と一つの巨影。

 二人を嗤って見下してくる巨影の名はシルビア。

 

『ふふ、ふふふ、あーはっはっはっはっ! 良い気味よ! もっと向かって来なさい! もっと苦しんでちょうだい! 少しずつ痛ぶって残酷に惨めに殺してあげるわっ!』

 

 かつてこの里で倒されたはずのシルビアが里の奪還作戦の最中、突如として現れ里を蹂躙し始めた。

 厄介なのはシルビアが『魔術師殺し』という兵器の性能をその身に秘めていること。

 更にいえば凄まじく巨大であった。

 

 燃えるような恋と愛を夢見たシルビアが道半ばで死にかけて、行き着いた冥府の狭間で出逢ったデッドリーポイズンスライムとデュラハン。

 その者達の魂の残滓を喰らい、シルビアの身に喰らった者達の力と特性を宿して蘇りを果たした。

 シルビアの執念深さが生んだ奇跡、その奇跡はシルビアの身体を大きく変化させて、山と見違えるほどの巨体となった。

 

 シルビアは『魔術師殺し』を得る前から魔王軍幹部と呼ばれるほどの実力があった。

 それが『魔術師殺し』を取り込み、デッドリーポイズンスライムとデュラハンの力を得たシルビアはまさに鬼に金棒であり、誰も手が付けられないほどであった。

 この世界に名高い武闘派集団である紅魔族もお得意の魔法を封じられれば逃げることしか出来ない。

 だが、そんな中唯一魔法を使える存在がいた。

 それが、ゆんゆんであった。

 ゆんゆんはすぐにそのことに気付き、囮となって里の人達が逃げられるように単身で戦い続けていた。

 

「お父さん、里の人達は?」

 

「避難完了だ。あとは、私達だけ」

 

「……『テレポート』するしか、ないかな」

 

「里のことは諦めるしかない。『テレポート』は使えそうか?」

 

「出来るとは思うけど、ちゃんと目的地まで行けるか、わからないわ」

 

 ゆんゆんは『魔術師殺し』の影響を受けていても魔法を使えるのだが、当然いつも通りではなかった。

 全力で魔法を使っても、力を抑え込まれたように威力が激減してしまう。

 どの魔法でもそれは変わらない。

 だから『テレポート』もどうなるか、分からない。

 撤退するのは確実だが、ゆんゆんは何が起こるか分からない『テレポート』を使うか使わないか、その決断を迫られていた。

 ゆんゆん一人であれば、すぐに決断出来たかもしれない。

 もしくは戦いながら撤退出来ていたかもしれない。

 だが、隣には父がいる。

 それがまたゆんゆんの決断を躊躇させた。

 

『あら、逃げないの? じゃあ、そろそろ私も本格的に攻撃しましょうか、ねっ!!』

 

 シルビアは一瞬で距離を詰めて大剣を振り下ろす。

 巨体に似合わないほどの素早い動きにゆんゆんとひろぽんも避けるだけで精一杯でお互い連携を取れる場面でも無く、左右に分断された。

 それとただ避けるだけでは不十分であった。

 家よりも大きな剣が地面へと叩きつけられた衝撃は凄まじいもので、二人は当然ゴミのように吹き飛ばされた。

 

「ぐっ、うぅ……」

 

 激しく地面に叩きつけられ、転がされて呻きながらもゆんゆんは体勢を立て直そうとした。

 

「やめろ!! その子には手を出すなっ!!」

 

『何で魔法が使えるのか分からなかったけど、貴方だけは邪魔になりそうだし、早めに殺すとするわ』

 

 父の声が遠くから聞こえた後、近くでシルビアの声が聞こえた。

 ゆんゆんが身構えようとした時にはシルビアはすでに大剣を振り上げていた。

 そして、振り下ろされる。

 

「っ、『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

 

 父を置いての撤退はあり得ない。

 そう考えての反撃。

 だが、それは───

 

「ぁ」

 

 何の効果も無かった。

 ゆんゆんの決死の反撃は大剣に当たって霞のように消えた。

 

 猛然と迫る大質量。

 

 かすかに聞こえる絶叫。

 

 死の絶望。

 

 

 ごめん、みんな。

 ごめん、ヒカル。

 

 

 ゆんゆんが自身の最期に想ったのは仲間と想い人であった。

 負けて悔しいとか、あれをやっておけばよかったとか、そんな後悔の念ではなく、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

 ヒカルの死を経験して、置いていかれる側の気持ちを知っている。

 残されるのがどれだけ辛いかを知っている。

 今度は自分がみんなにその思いを味合わせることになると考えるとゆんゆんは謝罪せずにはいられなかった。

 

 あと一瞬で終わり。

 この状況を覆す術も能力も、都合の良い覚醒なんてものもない。

 『魔術師殺し』という理不尽に対抗出来るはずがなかった。

 何処にでもあるような死が、ここで起きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを許さない者がいた。

 それは何処にでもいるような男だが、少し変わっていて、冒険者としての実力もこの状況をなんとか出来るほどのものではない、ありふれた人間。

 シルビアに『魔術師殺し』とデッドリーポイズンスライムとデュラハンの力が合わさった理不尽の権化である化け物に一瞬で刈り取られるような男。

 

「ざけんなこの野郎おおおおおおおお!!!」

 

 そんな男が、棒切れ一本で振り下ろされる規格外の大剣の前に躍り出た。

 本来であれば、その男は大剣を止め切れるはずがない。

 だが、その男は木刀で大剣をなんとか受け止めた。

 踏ん張った足で周りの地面が砕け、不安定な足場になり、拮抗していた力が負けそうになる。

 

「お父さんっ!!!」

 

『ヒナァ!!!』

 

 少女二人の叫びと共に大剣にアッパーをぶちかます天使。

 そこで力のバランスは変わり、大剣を木刀で振り払うようにしてかち上げた。

 

「ゆんゆん、大丈夫か?」

 

「…………」

 

 ゆんゆんは呆然として、答えることが出来なかった。

 本来あり得ない光景が広がっている。

 いるはずのない男がここにいる。

 ゆんゆんが返事が出来なかったのも無理はない。

 

 理不尽な化け物をどうにか出来るはずのない男は、その理不尽を片手で払ってしまうようなクソチート野郎と未来の大いなる可能性を秘めた少女を引き連れてやって来た。

 




◯『紅伝説』第三巻
ヒカル達が紅魔の里に来た時の話が本になっている。
ゆんゆんがヒカルに告白した時のセリフが一言一句間違わずにしっかりと本に使われていて、ゆんゆんは悶絶した。


◯平行世界のシルビア
今回出てきているのは、ヒカル達がいない世界線のシルビア。
マーリンの妨害を受けたヴォーティガンがヤケクソ気味に魔法を使うと、違う次元に行ってしまった。
そこで出逢ったのがレールガンでぶち抜かれた後のシルビア。
シルビアは執念により復活をしようとしていたので、ヴォーティガンはこれ幸いとばかりに利用することにした。


◯ゆんゆん
『魔術師殺し』の影響下で魔法を使えるのは、元々魔法使いとしての才能もあって実力があったことと、『ムードメーカー』の恩恵があったから。


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131話


シリアスで三人称。

131話です。さあ、いってみよう。



 

 

 魔王の娘はすでに撤退した。

 本気の紅魔族を相手に拠点防衛は分が悪かったらしく、バニルミルドを破壊するという目的を達成出来ていた為、被害が大きくなる前に潔く撤退を選んだ。

 魔王の娘が撤退し、配下の魔物達も順に撤退していくはずであった。

 だが、そこでヴォーティガンが連れて来たシルビアが現れた。

 魔術師殺しの性能を宿したシルビアは猛威を振るい、形勢はあっさり逆転した。

 

 魔法を封じられた紅魔族なんて、ただの痛い人達の集まりである。

 

 その痛い人達に散々やられてきた魔王軍はここぞとばかりに反撃に出た。

 シルビアが現れた経緯、目的やその他一切知る由もなかったが、一方的に紅魔族を蹴散らす姿は下っ端の魔物からすれば夢のような光景であった。

 撤退せずに戦うことを選んだ司令塔を失った魔王軍はシルビアが追わなくなった紅魔族を執拗に狙った。

 とはいえ魔術師殺しも万能ではなく、シルビアからある程度離れることさえ出来れば魔法を使うことは出来た。

 紅魔族を追い詰めることは出来たもののテレポートで逃げられてしまったり、上級魔法で反撃されたりで結局殺すことは出来なかった。

 

 そして最後に逃げずに戦う紅魔族の少女が残った。

 その父親である族長も。

 シルビアが殺す前に少しだけその二人で鬱憤を晴らさせてもらおうとシルビアが二人を弱らせるのを待ち続けた。

 期待を募らせる魔物達はシルビアが少女に容赦なく大剣を振り下ろすのを見て、少し落胆したが父親の方だけで我慢しようと思い、成り行きを見守った。

 だが実際には振り下ろされることはなく、あまつさえ大剣は弾かれた。

 木刀を持った狂戦士と天使を連れた少女、そして頭のネジが五百本ほど外れた魔法使いがやってきたからである。

 

 そこから戦況は一気に変わる。

 ご馳走を前に舌舐めずりをしていた魔物達は一変して激戦に巻き込まれることになった。

 先程撤退していれば、巻き込まれることなく死ぬことも無かった。

 このようなドンデン返し予想出来る訳もない。

 理不尽に殺戮を為そうとし、その上を行く理不尽を叩きつけられた。

 ありふれた死がそこにあった。

 ただ、それだけのことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乱入者達により、一方的な虐殺ではなく、ただの戦場に相成った。

 

 木刀を力のままに振るい、

 

 拳の連打を叩きつけ、

 

 白銀の閃光が迸り、

 

 巨躯は戦場を駆け、

 

 舞うはそこらの魑魅魍魎。

 

 

 

 異形の怪物はそもそもこの戦に助力しに来たわけではなく、ただ恨みのままに暴れていただけであり、周りの魔物達を気にするどころか存在することにさえ気付いていない。

 突如やってきた闖入者共をさっさと殺して、復讐を果たそうと躍起になっている。

 

 異形の怪物に相対するは、木刀を持った狂戦士。

 自身の体の何十倍、何百倍の大きさの大剣を木刀だけで受け止め、弾き返し、更には懐に入り攻撃する。

 愛する人を傷付けられた怒りと天使(ヒナンド)からの支援魔法で狂戦士の怒涛の攻撃は苛烈さを増した。

 前回同じ相手にこの場で戦った時は、ダクネスを盾にしたり、ダクネスでカリバーしたりとギャグ補正全開でようやく怪物相手に戦えるレベルであったが、今は違う。

 木刀一本で何らかの映画に出てきそうな化け物を相手に凄まじい攻防を繰り広げている。

 

 狂戦士の未来の娘も守護の力と魔法を駆使し、父と同じく戦いに身を投じている。

 頭のおかしい魔法使いはすでにこの場にいない。

 紅魔族族長の足元に次元の穴を開き、安全な場所に送った後、自らも何処かへと消えてしまった。

 

 一方、狂戦士の未来の伴侶である少女は、

 

「お父さん、危ないっ!!」

 

『ヒナヒナヒナヒナヒナァ!!』

 

『邪魔よ消えなさいっ!!』

 

「負けるもんかこの野郎おおおおおおおお!!」

 

『ヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナァ!!!』

 

 

 

 

「あの子の後ろから出てくるヒナちゃんはいったい何っ!?」

 

 

 

 

 ───絶賛混乱中であった。

 

 

「あれは『ヒナンド』だ!」

 

「『ヒナンド』っ!?」

 

 混乱中の少女、ゆんゆんはヒカルからの言葉通りに聞き返す。

 名称だけではあのヒナヒナ言ってる何かを理解出来るわけが無い。

 ちなみにそんなやりとりをしている間もしっかりとヒカル達はシルビアと戦闘中である。

 

「ああ!」

 

「う、うん?」

 

「ああ!」

 

「…………え、ええ!? 説明終わりっ!?」

 

「もう教えることは何もない!」

 

「免許皆伝っ!? いや、そんな訳ないでしょ!? まだ聞きたいことがいっぱいあるんだから! 何であの子の後ろから出たり消えたりするの!? 何でヒナヒナ言ってるの!? あのサングラスはなんなの!?」

 

「ゆんゆん……」

 

「え、な、なに……?」

 

 ヒカルは柔らかく微笑み、ゆんゆんの名を呼ぶ。

 先程まで鬼気迫る顔で木刀を振っていたとは思えない優しい声にゆんゆんの問い詰める勢いが削がれる。

 

「考えるな、感じるんだ」

 

「ヒカル、もしかして何も分かってないのっ!?」

 

「逆に考えるんだ。あれは『ヒナンド』でいいやって」

 

「現実逃避してるだけよね!?」

 

 結局ヒナンドについて何も分からなかったゆんゆんは次の謎の存在へ視線を移す。

 天使と一緒に戦う少女を指差し、ヒカルに尋ねる。

 

「あのヒナちゃんと一緒に戦ってるあの子は誰!? あんな子見たことないんだけど!?」

 

 紅魔族、しかも同い年ぐらいの見た目でありながら見たことがない少女。

 里の外で育ったなど特別な場合を考えるといてもおかしくはないが、これに『ヒカルが連れて来た』という要素を加えると、ゆんゆんも色々と疑問が噴き出してくる。

 

「あの子はゆり。その、俺達の娘だ」

 

「ゆり…………えっ、今なんて言ったの!?」

 

「ゆりだ」

 

「そっちじゃない!!」

 

 混乱するゆんゆん。

 ちなみに今もシルビアと戦闘中である。

 

「俺とゆんゆんの娘だ。あー、その、お、俺達の愛の結晶というか……」

 

「なに恥ずかしがりながら説明してるの!?」

 

「ほら、ゆんゆんに似て綺麗で可愛くて、それに健やかに育ってくれて、俺も嬉しくて……」

 

「急に親バカになった!? ってそんな訳ないでしょ!? 確かに目元とかヒカルに似てるけど、まだ、う、産んでないもん! ヒ、ヒカルがまだダメだって言うから、その、アレだって……」

 

『イチャイチャしてんじゃないわよォ!!!』

 

「危ない!!」

「きゃあっ!?」

「お母さんっ!!」

 

 恋と愛と復讐を渇望するシルビアの目の前の光景は十二分に逆鱗に触れるものだった。

 ゆんゆんがフリーズしてる時に最大以上の力で振われる大剣は避け切れるものではなく、即座に二人がフォローに入ることでなんとか避けることに成功する。

 

「大丈夫、お母さん?」

 

「うん、ありがとう……じゃなくて! わ、私はまだ認めてないんだから! ヒナンドとかいうのはまだスルー出来るけど、産んでもない娘はスルー出来ないわ!」

 

「ゆんゆん、ゆりは未来から来たんだ」

 

「また意味のわからないことを言い出した!」

 

「聞いてくれ。未来から俺達を殺そうとしに来た奴がいて、そいつから俺達を守るためにゆりとマーリンが来たんだ。実際今目の前にいるシルビアは未来から俺達を殺しに来た奴が連れて来たから、ここにいる。倒したはずのあいつがいるのはおかしいだろ?」

 

「…………う、うぅ、そう言われるとなんだか説得力があるような……」

 

「お、お母さん…………そうだ、まずは! 我が名はゆりりん! 紅魔族随一のヒナンド使いにして、かの英雄譚を超える者──ッ!」

 

「急に自己紹介してきた!? え、え? ほ、ほんとなの……? 本当に未来の私達の子供なの……?」

 

「ほ、本当です! 突然来てびっくりさせちゃってごめんなさい! でも信じて欲しいです!」

 

「本当に、私達の子供……。そ、そうなんだ……え、えっと冷たくしてごめんね? うぅ、どうしよう、私……」

 

 

「とりあえず戦えばいいんじゃあないかな」

 

 

「え?」

「あ、マーリン」

 

 未来から来た娘に対して邪険にしてしまった後悔で頭を抱えるゆんゆんの背後に今までいなかったはずのマーリンが現れた。

 

「どこ行ってたんだ? 手伝う気になったのか?」

 

「あー……悪いんだけど、戦うのは出来ないんだ。その代わりに助っ人を連れて来たよ」

 

「助っ人?」

 

「うん、強力な助っ人さ」

 

 そう言ったマーリンの背後には二つの次元の穴が開かれる。

 一方からは二人の男女、もう一方からは一人の男が出て来た。

 

「ふむ、これは予想以上の事態かもしれない。アイリス、行けるか?」

 

「はい、兄様っ!」

 

「魔王軍幹部を討伐する栄誉を与えてくれたことに感謝する。このミツルギ、魔王軍幹部の討伐に、ジャティス王子とアイリス王女の護衛も確実に果たしてみせよう!」

 

 お揃いの金髪碧眼の兄弟、そしてこの国の王子と王女、ジャティスとアイリス。

 魔剣を構える美少年、この国の魔剣の勇者と呼ばれるミツルギ。

 

「どうだい? 説得とかに時間かかったけど、最高の戦力だろう?」

 

 このベルゼルグ王国の最高戦力を本当に連れて来たマーリンに苦笑いするしかない三人。

 シルビアからの攻撃を避けて、距離を取る全員は各々武器を構える。

 

「えっと、もう来てもらったけど、本当に一緒に戦ってもらっていいのか?」

 

「水臭いことを言うな。余とそなたの仲だ」

 

「はい、任せてください!」

 

「ボクももちろん大丈夫さ。後で色々と聞きたいことはあるけどね」

 

 金髪碧眼の兄妹は微笑んで頷き、ミツルギも王族の二人とヒカルが親しげなところを見て気になっている様子であったが快諾してきた。

 

「ミツルギくん、二人の護衛は私が引き受けよう。二人は全力で私が守るから、君は思いっきり戦ってくるといい」

 

「え、いいんですか?」

 

「もちろんだとも。その代わり他のみんなは自分で自分の身を守ってくれたまえ。二人の護衛に集中したいからね」

 

 それぞれが頷き、シルビアが巨体を揺らしながら突込んでくるのを見据える。

 

「行くぞ、お前ら!!」

 

 急遽結成されたシルビア討伐メンバー六人+マーリンはヒカルの掛け声により、戦闘に入った。

 

 だが、ここにいるほぼ全員は気付いていない。

 すでにこの時間軸のマーリンがネタバレを食いたくないあまりにヴォーティガンの妨害をやめて、ヴォーティガンが自由になっていて、すでにこの時間どころか違う次元に行っているということに。

 ヴォーティガンの復讐の計画は次の段階へと移っていた。

 





0評価ってしんどいっすね。
人の価値観なんてそれぞれですから、評価が変わるのは必然なんですけどね。


それはさておき、感想で割と反応が来ている『エクスカリバー』について少しだけ説明。
ぶっちゃけ本編には出ないと思います。
何故かと言うとヒカルがエクスカリバーを手にするのは騎士王を倒した後になるからです。
このすば原作で言う魔王を倒した後、って感じです。
だから出るとしたら本編終了後の後日談ですね。
そこら辺の話も今のところ書きたいとは思っていますが、未定です。
未来の話なので。

エクスカリバーはもちろん強力な武器で、鞘も所持者に血を流させないという守護が付いているのですが、不老不死とかはありません。
普通に歳を取って死にます。

万能なものではない、とマーリンが言っていたように、強力ではあるもののなんとでも出来てしまう聖剣です。
これ以上は、ネタバレになるかもなので、今回はこの辺で。


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132話

132話です。さあ、いってみよう。



 

 前回に引き続き激戦が───

 

 

「ところでヒカル、ゆんゆんに似てるあの者はいったい誰だ?」

 

「悪いけど、後にしてくれ!」

 

『ヒナヒナヒナヒナヒナァ!!』

 

「ヒカル! あのヒナヒナ言ってる半透明の天使はなんだ!? いやあれは女神か!?」

 

「後にしろ! というか、そこら辺は前回やったんだよ!」

 

「説明してくれないと集中出来ん! 詳しく頼む! あと余もあの天使ほしい!」

 

「やかましいんだよこの野郎!」

 

 

 激戦が繰り広げられていた…………。

 

 

 

 

 

 異形の怪物との激しい攻防、参戦してきた王子からのしつこい質問攻め、魔剣の勇者の暑苦しさ、それらは苛烈を極めた。

 

「『エクステリオン』───ッ!!」

 

『ヒナヒナヒナヒナァ!!』

 

「『ライト・オブ・セイバー』───ッ!!」

 

「『セイクリッド・ライトニングブレア』ッッ!!」

 

「『ルーン・オブ・セイバー』───ッ!!」

 

「この野郎おおおおお───ッ!!」

 

 

『無駄よ、無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!』

 

 

 ベルゼルグ王国の最高戦力や実力者達の必殺技が飛び交うも、シルビアに大したダメージを与えることは出来ずにいた。

 超耐久に加えて再生能力も持っていて、更にはただの身動き一つ一つが攻撃になり得る巨体。

 この怪物にたった六人で渡り合い、そして押し返すことも出来るのが逆に異常ではあるのだが、状況が全く変わらないことにヒカルは次第に焦りを覚え始めていた。

 

 

(決定打が足りない───そして)

 

 

 そう、普通に戦えてはいるのだ。

 だがしかしシルビアを倒すにはまだ何手も足りない。

 普通の爆裂魔法なら耐えられることが出来てしまうほどの防御力をどうにか出来る何かが必要であった。

 

 

(俺だけ必殺技みたいなのが無い──ッ!!)

 

 

 そしてヒカルだけ更に別の意味で焦っていた。

 それもそのはず、周りはスキル名やら何やらを叫んで斬撃を飛ばしたり光るビームを飛ばしているのに、一人だけが地味に木刀を振っている状況なのだ。

 

(俺もか◯はめ波みたいなのが撃てれば……ッ!)

 

 かめ◯め波とか若干世界観が壊れそうなのでやめてほしいところである。

 出来もしない必殺技のことで焦っていると戦闘中のミツルギが声をかけてきた。

 

「くっ! シロガネ、どうする!? このままでは……!」

 

「くそっ、ああ、ゆりと親子かめは◯波さえ撃てれば勝ってたかもしれないのに!」

 

「そうだな……えっ、なんてっ!?」

 

「いや、すまん。なんでもない」

 

 親子か◯はめ波良いよね。

 でも今はそんなことどうでもいいのである。

 

(ああもう、これだけ戦えるようになってるならもう少し木刀に何か必殺技撃てるような魔法を付けてくれてもよかったんじゃねえか!?)

 

 木刀を見てそんなことを考えるヒカル。

 その様子を見たミツルギの視線は木刀に向いた。

 

「あれ、なんだかその木刀何処かで見たことがあるような……?」

 

「っ、え!? そうなの!? 俺は武器が壊れちゃってたまたま紅魔の里にあった木刀を使ってるんだけど!?」

 

「え、そうなのかい? 他にまともな武器は?」

 

「いや、もう全然無い!! あいつが暴れ回ったせいでコレしか無かったんだよあいつマジ許せねえよこの野郎!!」

 

「え、あ、うん。そうなんだ」

 

 ちょっと引いたミツルギの視線は木刀から離れる。

 滝汗をかいたヒカルはなんとかなったと安堵し、胸を撫で下ろした。

 

(あ、危ねえええええええ!! 王城でドンチャン騒ぎしてた時にミツルギいたんだったあああああああ!!)

 

 神器回収のために王城に潜入した時は黒装束で顔や体を隠していたが、使っている木刀は同じである。

 ヒカルはなんだか嫌な予感がして、アイリスの方を見る。

 彼女もあの夜に王城にいた一人であり、近くで戦ったりするどころか声も聞かれていたりする。

 

 にっこり。

 

 アイリスと視線が合うと意味深な微笑みが返ってきた。

 

(え、バレてる?? え、いや、そんな、え? 違うよね? このにっこりは『私まだまだ戦えます』的なアレだよね!?)

 

 ヒカルがまた冷や汗をかいていると、シルビアが迫ってきていることに気付き、すぐに回避する。

 偶然にも一ヶ所にまた全員が集まる形になり、ふりだしに戻ったような気持ちになる。

 

(と、とりあえず今は出来もしないことやバレてるバレてないかはどうでもいい! 倒すことに集中しろ! 決定打だ、あいつにダメージを与えられる超火力……)

 

「ジャティス、円卓の騎士サフィアを倒した時の技を使えるか?」

 

「『セイクリッド・エクスプロード』か? もちろん使える」

 

「私も使えます!」

 

「え、アイリスも?」

 

「王家に伝わる必殺剣ですから」

 

「そうだ、それにアイリスはこの必殺剣でドラゴンを一撃で倒し、今では『ドラゴンスレイヤー』と……」

 

「兄様っ! 今はそんなことどうでもいいですから! ですが、ヒカル様。このスキルを使うには少々時間がかかります」

 

「サフィアと戦った時は十秒でしたっけ?」

 

「ゆんゆん、よく覚えているな。だが、アレを相手するにはもう少し欲しいところだ」

 

「そう、ですね。私もそう思います。周囲から魔力を集めるので、二人でやるとどうしても魔力を取り合っちゃうので数分はかかると思います」

 

 あの暴れん坊を数分抑えなければならないことに顔が引き攣るヒカルはミツルギの方を見ると、すぐに頷いてきた。

 

「やろう。ボク達四人で時間を稼ぐしかない」

 

「そうね、倒すにはそれしかないわ」

 

「一か八かの賭け……うん、やろう! 私も全力全開で頑張ります!」

 

 シルビアを見据えて杖を構えるゆんゆん、キツい状況にも関わらず目を輝かせるゆり、二人の姿を見て覚悟が決まるヒカル。

 

「マーリン、二人の守りは任せていいんだな?」

 

「ああ、いいとも。君達の最高の戦いを見せてくれ」

 

「よし、野郎ども、今度こそ終わらせるぞ!」

 

 

 決死の時間稼ぎが始まる───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地面を砕きながら弾丸のように疾走するヒカル。

 それに続くミツルギ、ゆり、ゆんゆん。

 三人を置いて、一瞬で間合いに入るヒカルを叩き潰すように大剣を振るうシルビア。

 

 ガンッ!! ガンッッ!!! 

 

 潰す感触はなく、それどころか弾き返される大剣を更に振るう。

 

(何なの、この男……ッ!?)

 

 シルビアから見ればヒカルが持っている武器などただの木の枝であるが、折れる気配が全く無い。

 それを全身全霊で振るう男の勢いは止まらず、逆に押されている始末。

 男の雰囲気が先程とガラリと変わった。

 確実に仕留めようと射殺すような視線を向けてくる。

 木刀一本で圧倒するような得体の知れない男にシルビアは戦慄した。

 

 

『なん……ッ!! 何なのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお────ッッ!!!』

 

 

 強くなったはずだ。

 魔王軍幹部二人の力が合わさり、ほぼ無敵の力を得たはずだ。

 紅魔族なんてゴミ同然に扱える、ただの人間なんてそれこそゴミ以下だ。

 

 負けることはないはずだ。

 完全に無力化出来ないまでも、魔法の類は威力が弱まり効くことはない。

 物理攻撃だって、当たったところで再生能力がある。

 

 それなのに、恐怖する。

 

 

 木刀で今のアタシと戦える人間が、この世界のどこにいるっていうの───ッ!? 

 

 

 恐怖に呑まれたシルビアはその男に釘付けになった。

 偶然にもヒカルの圧力は今の作戦にこれ以上ないほど有効であった。

 

『こ、の……化け物───ッッ!!』

 

「化け物に言われたかねえんだよ!!」

 

 大剣に加えて、触手による攻撃が入る。

 だが、遅れてやってきたミツルギがそれをさせない。

 魔剣の一撃は全てを両断する。

 シルビアはミツルギを知っていた。

 魔王軍でも指名手配するほど有名な魔剣の勇者。

 魔剣グラムは何でも斬り裂く神器であることは周知の事実であり、その危険度はシルビアの注意を更に引き付けた。

 

(くっ、こんなところでミツルギも相手にしなきゃいけないなんて!)

 

「『ライトニング・ストライク』──ッ!!」

 

「『カースド・クリスタルプリズン』──ッ!!」

 

 遠方から援護してくる紅魔族二人。

 シルビアにダメージはほぼ無いが、気を逸らすことは十分に出来ている。

 シルビアが歯噛みしているのが、その証拠であった。

 

『くぅぅぅあああああああッ!!』

 

 前衛のヒカル。

 中衛のミツルギ。

 後衛の紅魔族。

 

 力任せに大剣を振っても、それはヒカルが弾き返す。

 触手による攻撃はミツルギが斬り落とす。

 大剣を下からかち上げるように振り、岩石を飛ばしても、ミツルギと紅魔族の二人によって破壊される。

 

 先程ヒカル達が感じていた焦りを今度はシルビアが感じていた。

 勝てない、そう感じたその時、

 

 

 シルビアの身にゾクリと悪寒が走った。

 

 

 凄まじい魔力を感じたのだ。

 あの意味の分からない砲身から胸を貫かれる前の、紅魔族の爆裂魔法のような、恐ろしいほどの魔力。

 シルビアは応戦しつつ、状況を確かめる。

 当然、木刀の男でもない。

 ミツルギも違う。

 紅魔族二人……も違う。

 

 ならば何処か。

 

 更に後方、二人の剣士の周りに黄金の魔力が可視化できるほどに集まっていた。

 

(なんですってッ!?)

 

 してやられたと今更気付いた。

 怒りや復讐に囚われ、更には恐怖に呑まれたシルビアはこの男達がただの時間稼ぎであると気付くことが出来なかった。

 

 だがここにきてシルビアは冷静に見極めた。

 

(まだ、まだあの魔力量なら倒されることはない! ならば先に!)

 

 まだあの二人の剣士の技が完成していないことを見抜いたのだ。

 そして、ここにいる男達は時間稼ぎであり、自身を倒す術を持ち合わせていないということにも。

 

『はっ、邪魔よ退きなさい!!!』

 

 ヒカルに大剣を振り下ろすと受け止められるので、そのまま全体重を乗せて乗り越える。

 

「くそっ、バレた!!」

 

 男の焦った声で確信する。

 この男達は無視していい。

 消すのはあの金髪碧眼の二人だ。

 

 猛然と駆け出すシルビア。

 今まで戦ってきた四人には目も暮れず、目標に向かって、ただ一直線に。

 だが、それは悪手であった。

 

「ミツルギさん、左側の足をお願いします!」

 

「えっ、ああ! 任された!!」

 

 シルビアの進行方向からわざと左右に分かれたミツルギとゆんゆん、ゆり。

 

「ゆり、合わせて!」

 

「うん、お母さん!」

 

 ゆんゆんとゆりは瞳を紅く輝かせ、杖を構える。

 ミツルギも魔力を集中させ、魔剣グラムを構えた。

 そして、シルビアが通り過ぎるその時、

 

「『ライト・オブ・セイバー』───ッ!!」

「『ライト・オブ・セイバー』───ッ!!」

 

「『ルーン・オブ・セイバー』───ッ!!」

 

 一閃。

 シルビアのデッドリーポイズンスライムとデュラハンで構成された獣のような四足が全て両断される。

 

『ぐあああああああああああああああッ!?』

 

 支えを失ったシルビアは慣性に従い、地面を削り滑るように前に出る。

 

 再生能力は間に合わない、そう感じたシルビアは最後の抵抗に大剣をぶん投げる。

 

「っ!?」

 

 アイリスはそのことに気付き、恐怖で身を固めるが、

 

「大丈夫さ、私がいるからね」

 

 マーリンが手を軽く翳す。

 それだけで高速で飛来する大剣はピタリと止まり、そして進行方向を変えてシルビアの元へと飛んでいった。

 

『がっ、え……?』

 

「ああ、すまない。返してあげようと思ったんだけど、キャッチ出来なかったみたいだね」

 

 大剣は四足の獣の体にブスリと突き刺さっていた。

 それを呆然とした顔で見るシルビア。

 

 そして、魔力の収束は完了する。

 黄金の光を纏った剣を二人は上段に構え、シルビアへと振り下ろす。

 

「『セイクリッド・エクスプロード』───ッッ!!!」

 

「『セイクリッド・エクスプロード』───ッッ!!!」

 

 振り下ろされた剣から放たれた黄金の光の奔流はシルビアを飲み込み、獣の姿はかき消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、あ、アァァ……」

 

 シルビアはまだ死んでいたかった。

 目を覚ますと、空を見上げていた。

 何が起こっていたのかを確認しようと上体を起こすと、シルビアの身体は『魔術師殺し』を取り込む前の人間の姿に戻っていた。

 そして、

 

「よっこい、しょっと!」

 

「………………は……?」

 

 ズシンと音を上げて、先程までシルビアが振っていた大剣を持ち上げて肩に背負う男がいた。

 その男は、シルビアをその目で捉えて離さない。

 シルビアは次の瞬間何が起こるのかを一瞬で理解した。

 

「あ、ああ……あああああああああああああああああああああああああッッ!!!」

 

『ヒナヒナヒナヒナァ!!』

 

「『ライト・オブ・セイバー』───ッ!」

 

 グロウキメラの触手を使って阻止しようとしたが、逆に邪魔された。

 最後、本当に最後。

 そう感じたシルビアが最後に考えたのは、

 

 ───果たせなかった復讐であった。

 

 湧き上がる憤怒。

 その湧き上がる力に身を任せる。

 シルビアから溢れ出すスライムはまたもや獣の形を取ろうとした。

 

「シロガネヒカル、お前を殺す者だ、ってセリフがやっと叶うとは、なッ!!」

 

 大剣がヒカルの馬鹿力と重量のままに振われ、形を成そうとしていた復讐の力とシルビア本体を丸ごと押し潰した。

 




多くの感想と高評価ありがとうございます。
皆様のお陰でデイリーランキングに入れました。
また入れるように頑張って書いていきたいと思います。


前回と違って前半ギャグ、後半シリアスになりました。
戦闘描写もメンツ揃ってるし、さらっと終わらせようと思っていたんですけど、なんだかノリで書いちゃいました。
戦闘内容ももう少しヒナヒナする予定だったんですけど、全員が活躍する方を優先して、ヒナヒナするのは元凶を倒すときにやることしました。


ヒカル強すぎない??って思った方いるかと思いますが、マーリンも同じくそう思っていて未来に帰る時にちゃっかり木刀の強化を弱体化させます。ナーフですね。
ヒカルが今回強いのはそれなりにレベルが上がっていることや魔道具で筋力値がさらに上がっていること、支援魔法がヒナンドとマーリンの木刀からで二重に掛かっていること、ムードメーカーの弱体化が無くなっていることなど様々な要因があります。
後半の時間稼ぎは数分間だけの全力闘争なので、あれが長続きした場合すぐにバテて負けます。
数分間だけだからヒカル単体でシルビアを押し返すことが出来た、というわけです。


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133話


ダイパリメイクやってたら、いつの間にか書く時間が無くなっていた……おのれ任◯堂め。
というわけでめちゃくちゃ文字数短いですが、次のお話は多分多くなると思います。
多すぎて分割する可能性もあります。

133話です。さあ、いってみよう。



 

「あぁ、つっかれた……」

 

「はあ、ほんとにね……」

 

「ふわぁぁ……これが『紅伝説』……!! くぅぅ、ここに来てよかったぁ!!」

 

 へたり込むヒカルとゆんゆんとは対照的に感激して喜び倒してるゆり。

 他三人も疲れているようだが達成感に包まれているせいか、笑みを浮かべていた。

 

「むっ、ヒカルに色々と詳しいことを聞こうと思っていたが、そろそろ戻らなければ……」

 

「あっ、わ、私も急にいなくなってクレアが大騒ぎしているかもしれません」

 

 王族二人がハッとして慌て出すので、ヒカルとゆんゆんも立ち上がり、礼を言った。

 

「二人とも、忙しいのに来てくれてありがとう」

 

「本当にありがとうございました」

 

「ふっ、当然のことだ。残念でならないが余は急ぐ。いつか時間の取れる時にまた会おう」

 

「ヒカル様、ゆんゆん様、今回の冒険少し怖くはありましたが、大変勉強になりました! また兄様と会える時を楽しみにしています!」

 

「ああ、またな」

 

 マーリンが開けた次元の穴に二人が通っていき、見えなくなるまで見送る。

 

「さて、ミツルギ君はどうするんだい? 私はこの後少し王城に行って二人のために汚れてしまった服とかを綺麗にしてあげなきゃいけないから、帰るなら今だよ?」

 

「え、それは困ったな。ボクもシロガネから聞きたいことがたくさんあったんだけど、フィオとクレメアも待ってるし、戻ろうかな」

 

「了解〜。はい、先程と同じようにその穴を通ってくれれば帰れるよ」

 

「ああ、ありがとうございます。シロガネ、また今度じっくりと話そう。ジャティス王子のこととか君がめちゃくちゃ強くなってることとか、ね」

 

「あ、ああ、うん。わかった。今日は、っていうか前からだな。本当に助かった。ありがとう。この礼は必ずするよ」

 

「期待してるよ、じゃあね」

 

 ミツルギがイケメンスマイルを浮かべた後、姿が見えなくなるまで見送るヒカル達。

 世話になってばかりだと言うのに、王城で酷い目に合わせてしまった後ろめたさで気まずく感じていたヒカルは次元の穴が閉じると肩の荷が降りた気分であった。

 

「じゃあ私はジャティス王子やアイリスちゃんのために色々と助けに行くから、少し待っていてくれたまえ」

 

「余計なことはしないでよ?」

 

「はいはい」

 

 ゆりが嗜めるように言うと、マーリンは聞き流しながら、スルリと次元の穴を通り姿を消した。

 

 残ったのは未来の家族三人。

 顔を見合わせると、自然と笑みが浮かぶ。

 三人の誰かが口を開こうとしたその時、

 

 

「おお、アレを倒したか。偶然辿り着いた場所で拾ったものだが、存外バケモノでな。まさか倒されるとは思わなかった。素直に感服だ」

 

 

 後方を振り返ると、宙に浮かぶ壮年の男がそこにいた。

 側面部を刈り上げたオールバックの髪には黒髪の中に白髪がラインのように入っている。

 煌びやかな礼服を風で揺らし、酷薄そうな眉と瞳でヒカル達を見下ろしていた。

 

「ヴォーティガンッ!!」

 

 ゆりが叫び、父と母を守るように前に立つ。

 ヒカルとゆんゆんもその様子を見て、すぐに身構える。

 

「流石、災厄の男。バケモノ程度では足りなかったか。まあ、いい。見ろ、この力を」

 

 宙に浮かぶヴォーティガンは見せ付けるように腕に幾重にも纏った魔法陣を展開し、何も無かったはずの空間から本を取り出した。

 マーリンの魔法を使いこなしていることに内心冷や汗もののゆりだが、ヴォーティガンの余裕のある態度を見て苛立ちの方が比重を上げた。

 

「……マーリンの物真似は楽しい?」

 

「ふふ、ふはははははは! ああ、楽しいとも! あのマーリンを恐れずにすむのだ。これだけ愉快なことはない」

 

 口を三日月のように歪めて嗤うヴォーティガンはすぐに真顔へと戻り、辺りを見回した。

 

「マーリンは何処に行った?」

 

「さあ? どこだと思う?」

 

「まさか、いないのか? 冗談はよしてくれ。これでは本当にワンサイドゲームじゃないか」

 

 舞台の役者のように大仰に驚くヴォーティガンは言葉とは裏腹に表情には笑みが浮かぶ。

 自身の復讐がもう邪魔されることはないと確信したからだ。

 その様子に更に腹を立てるゆりだが、腹を立てているのはゆりだけではなかった。

 

「未来からわざわざやってくるほど執念深いのにすぐ様襲いかかったりしないのか。目的は俺じゃなかったのかこの野郎」

 

「災厄の男。ああ、目的はお前だ。生きているだけで災厄を呼ぶ世界の癌。お前さえこの世界に来なければ世界は安定していた、私はこんな目に合わずに済んだ」

 

「知らねえよ、そんなの。はらわた煮えくりかえってるのはこっちもだ。よくも俺の家族を危険な目に合わせてくれたな」

 

 復讐の炎で燃えるヴォーティガン。

 怒りの炎で燃えるヒカル。

 未来のことで復讐するとは言われても、今のヒカルからすれば身に覚えのないことで理不尽な目に合っているだけである。

 

「私達の里をめちゃくちゃにしてくれた礼も忘れないでよ、ヒカル?」

 

「当たり前だ。木刀でヒナヒナにしてやる」

 

「あと、その、私達の未来が幸せだってことを教えてくれたお礼も……」

 

「え、あ、うん」

 

 ゆんゆんの発言に軽く勢いを削がれながらも木刀を突きつけるようにして構えるヒカル。

 だが、それを鼻で笑うヴォーティガン。

 

「ふん、この魔法を使いこなす私に今のお前では何も出来ない。出来るとすればそこの女二人ぐらいだ。仲間がいるからと良い気になるなよ木偶の棒」

 

「未来じゃその木偶の棒に負けたんだろ?」

 

「……勘違いするな、お前に負けたのではない。まあ、いい。お望み通り、目的の遂行することにしよう」

 

 ヒカルに手を翳すヴォーティガン。

 それを見てヒカルを守るようにゆりとヒナンドが前に出て構える。

 

「私達がいること忘れてない? マーリンの魔法を少し使えるようになったからって、随分と自信があるんだね?」

 

「あるに決まってるだろう。私が今まで何処にいたと思う?」

 

「お手洗いとか?」

 

「はっはっはっはっ、面白くないぞ小娘。教えてやろう、先程まであらゆる次元を通ってきた。私と同じ想いをしたであろう奴らの縁を辿ってな」

 

「……」

 

「マーリンがいないのなら好都合。奴は来れないように先程されたように妨害してやる。見せてやろう、真の絶望を!」

 

 

 舞台の役者のように高らかに宣言し、両腕を広げる。

 すると、ヴォーティガンの後方に次元の穴がいくつも出現する。

 

「っ!?」

「おい、マジかよ……」

「嘘でしょ……」

 

 

「よお、久しぶりじゃねーか」

 

 一つの次元の穴から出てきたのは、人間ではなかった。

 金属の様な光沢を放つ漆黒の肌。蝙蝠のような巨大な羽。

 上位悪魔のホースト。

 

 

「あーア、見たくもなイ顔また見ちゃっタ」

 

 二つ目の穴から出てきたのは、見目麗しい女性であった。

 成人男性の平均を余裕で越える高身長に、地面にまで届きそうな青い髪、上半身の全てが隠れてしまいそうなほどの爆乳。

 魔王軍の幹部候補でもあった、邪神のデモゴーゴン。

 

 

「あぁ? この世界の俺とやらは、こんな奴らに負けたってのか?」

 

「……あり得ない」

 

「ヴォーティガンの虚言に騙されたか。まあ、いい。早く片付けよう」

 

 更に三つの穴から出て来たのは三人の騎士。

 円卓の騎士パラメデス。

 円卓の騎士サフィア。

 円卓の騎士ラモラック。

 

 

「さあ、復讐の始まりだ」

 





ヴォーティガンは過去に向かう途中でコツを掴み、マーリンが使う魔法を使えるようになってます。

前書きで触れましたが、次回は文字数多めです。
戦闘描写を長々と書く、というわけではない(というか書けない)のですが、こう……いろいろと起きます(語彙力)

未来からの復讐編が長くなりましたので、また章とか章名をいじるかもしれません。
勢いで書いてるせいですね、すみません。
混乱させてしまったら申し訳ありません。


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134話



134話です。さaaaaaaaa──────



















 はい、みんな大好きマーリンお姉さんです。

 おいおい、私が出るだけでそんな喜ばれると照れちゃうね。
 いくら私が美人で可愛くて愛想が良くておしゃれで究極完全無欠の女でも、惚れちゃあダメだぜ?
 だって、私にはlikeがあってもLoveは無いんだから。
 残念だけど、私のことは諦めて欲しい。

 って、いやいやいやいや。
 そんな話をしに来たんじゃあないんだ。
 ちょっとだけお話に付き合ってほしくてね。

 ……あ、これぐらいで『これ脈ありなんじゃね?』とか思わないようにね。

 話を戻そ……え?
 そもそもお前は何をやってるんだって?
 見ての通り前書きジャックだよ。

 そうじゃないって?
 ああ、何故画面の前の君に話しかけてるかって聞いてるのか。
 いやなに、暇つぶしと気まぐれだよ。

 え、ヒカリ君がピンチ?
 早く行け?

 いや、ヒカリ君はだいたいピンチじゃん。
 これから彼は騎士王を倒す運命が待ち受けてるんだから、これぐらいで焦ってもらっちゃあ困るんだよね。
 あと、ゆりもいるし、援軍もいるからまだ余裕はあるさ。

 というか今もヒカリ君のために動いてるところなんだ。
 だったら話しかけてないで、そっちに集中しろって言うんだろうけど、そういうことでもないんだ。
 例えばだけど、君が何か乗り物に乗って長距離を移動していたとする。
 目的地に着くまで君はヒマだとするけど、それは決して目的地に着く前の寄り道とかサボりではないだろう?
 私も同じくおサボりとかをしているわけじゃあないんだ。
 とどのつまり移動してるけどヒマってこと。

 どこに向かっているかって?
 それはまだ秘密さ。

 で、お話したいことっていうのはヴォーティガンのこととか未来のことかな。
 ほら、現在に生きる君達にとっては分からないことだらけだろう?
 だから私がヒマな時間を使って解説をしようかなってね。


 ヴォーティガン。
 グレテン王国の王の座を狙う悪ーい奴。
 そして『グレテン王国を破滅させる者』としての役割と運命を背負わされた男。
 おっと、話しすぎちゃったかな。
 まあ、いいや。
 色々と裏で動く方が得意な男なんだけど、今は復讐のせいで我を忘れてる、というか私の魔法をほんの少し使えるようになってるから調子に乗ってるのかな。
 その証拠にさっさと殺せてしまえるはずのヒカリ君達を回りくどい方法で痛ぶってから殺そうとしてるだろう?
 それというのもヒカリ君に()()邪魔されているからなんだ。
 それプラス、利用されていた分さらに復讐に燃えているから、だね。

 二度目はすでに話された通り、グレテン王国を滅ぼそうとした時の話。
 色々省くけど、ヴォーティガンが私ですらどうしようもない力を手に入れて、感情のままにグレテン王国を襲ったのさ。
 トリスタンがヒカリ君達に救援を要請して、この世界のオールスター大集合って感じだったんだけど、それでも敵わなかった。
 彼が、かの聖剣を手に入れるまではね。
 ここら辺が二度目の話。

 では、一度目はいつか。
 この時間の更に数ヶ月後には戦争が本格化する。
 おいおい、ネタバレじゃあないぜ。
 この戦争に本腰が入れられるのは分かっていたことじゃあないか。
 ともかく、魔王軍がベルゼルグ王国に全面戦争を仕掛ける日のこと。
 その日にグレテン王国もほぼ全軍でベルゼルグ王国に向かっていた。
 グレテン王国に残ったのは数人の円卓の騎士のみ。
 そこをヴォーティガンは狙った。
 事前にグレテン王国がガラ空きになるのはヴォーティガンも知っていたからね。
 人を裏で動かし、水面下で計画を練り、あと一歩でグレテン王国を乗っ取ることが出来た。
 だがグレテン王国軍はすぐにグレテンへと帰ってきた。

 シロガネヒカリが騎士王を倒し、グレテン王国軍を撤退させたからさ。
 そこからは最早語るまでもないけど、騎士王や円卓の騎士がヴォーティガンから国を取り返した。
 ヴォーティガンは処刑されるはずだったけれど、裏で繋がっていた仲間の手引きにより逃げ出すことに成功した。
 身を焦がれるほどの復讐の念を抱きながらね。
 これが一度目のお話。


 話しすぎるのもよくないからね。
 だいたい、こんな感じじゃあないかな。
 何はともあれ、シロガネヒカリに邪魔されたことを我を忘れるほどブチ切れてるってことさ。
 大きな力を得た時の代償というか、あんなモノに乗っ取られちゃったから余計に……ってもう少しで目的地だ。
 悪いけど、ここらで解説を終わらせてもらうよ。
 解説役はクールに去る……ん!?あれもなかなか面白そうじゃあないか!
 それじゃあ、またね。






 おっと、忘れるところだった。
 これだけは言っておかないと。

 134話だ。さあ、いってみよう!



 

 

「俺様は別に恨みとか無いんだ。だけどよ、やられた分のお返しはしとかないとダメだよなぁ?」

 

「なんだよ、あんた。探し物してたり、そそのかされてこっちに来たり、案外ヒマなのか?」

 

「今はフリーの身だからな。こういう契約じゃないことも気分で受けたりするのさ」

 

 上位悪魔ホーストの感情が伺えない空洞の目を睨みながら、身の上話でもするかのように話すヒカル。

 ただ今の敵は一人ではない。

 次に視線を移すと、返ってきたのは苦笑いだった。

 

「そこの悪魔とだいたい一緒だヨ。それに今回は絶対に負けることはなイって話だったからサ」

 

 小ぶりの投げナイフをクルクルと回しながら、言い訳でもするかように話すデモゴーゴン。

 そのことに気を取られて、目前まで迫る槍に気付くのが遅れるヒカル。

 その遅れは致命的であった。

 致命傷を負ったヒカルは散々痛めつけられた後に殺されることになるだろう。

 その槍が届いた場合の話だが。

 

「お父さん、危ない!」

『ヒナァ!!』

 

 ヒナンドの拳で槍の軌道をずらすことで守ることに成功する。

 そして、そのまま槍を向けてきた騎士へと拳の連打を叩きつける。

 

『ヒナヒナヒナヒナヒナヒナァ!!』

 

「うおっわ!?危ねえ!?なんだアレ!?」

 

 だが円卓の騎士も伊達ではなく、無理矢理体勢を変えることで回避し、後退する。

 

「……ちょっと、気を付けてよ」

 

「迂闊が過ぎるぞ、パラメデス」

 

「いやいや、あんなの誰が予想出来んだよ!?騎士王だって色々持ってるけど、あそこまで奇天烈なもんはないだろ!」

 

 騎士二人に嗜められたパラメデスは邪魔してきたヒナンドを指差し、抗議している。

 敵が後退し、一度呼吸を整える……ことも出来ずに、ヒカル達にまた次の攻撃が迫っていた。

 

「おい、やっぱりソイツ天使の類か」

 

 ホーストが一瞬で間合いを詰めて屈強な腕を振るう。

 並の人間であれば直撃せずとも死に至らしめる剛腕。

 

「『ライト・オブ・セイバー』───ッ!!」

 

「ぐぅっ!!紅魔族はやっぱり厄介だな……」

 

 ゆんゆんが振るう光の刃がホーストへと直撃し、ホーストの一撃を阻止した。

 

「その天使、あれか。俺様をめちゃくちゃ殴りやがったガキか。それなら合点が行く。悪いが本腰入れて戦わせてもらう」

 

 天使を前にして、先程までとは雰囲気の変わったホーストが構えを取る。

 滲み出る殺気に気を取られそうになるが、更に別の一手がヒカル達に迫っていた。

 

「ちっ、大人しくしてろよこの野郎」

 

「なんだヨ、俺のこと忘れてるのかと思ったゼ」

 

 ナイフの投擲を木刀で払い落とす。

 それを見て、安心したように笑うデモゴーゴンは続けて言った。

 

「まあ、俺の本領はコレじゃないって分かってるよナ?精々頑張れヨ」

 

「っ!」

 

『サア、堕ちロ。そして眠レ』

 

 その言葉を聞いた瞬間、ヒカルの意識は断ち切られ、悪夢へと誘われる。

 注意するべき敵が一人いなくなったことで騎士達やホーストはゆんゆん達へと殺到する。

 絶望的な戦力差でも負けじと杖を構える少女二人ではあるが、一人を庇いながら戦える相手ではない。

 このままでは、即座に殺されてしまうだろう。

 

 このままでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカル達がまだシルビアと戦っている時のこと。

 

 二対四翼の羽を大きく羽ばたかせてる黒髪の少女とその少女に羽交い締めされるようにして抱き抱えられる銀髪の少女が空を猛スピードで飛んでいた。

 

 黒髪の少女、ヒナギクの表情は鬼気迫るものであった。

 それもそのはず、銀髪の少女クリスに『紅魔の里で神の力でも観測出来ない()()が起こっている』と聞かされたからだ。

 その言葉の後に、更にシロガネヒカルの姿も観測出来ないと続き、ヒナギクは気が気でなかったのだが、しっかりと考えを巡らせていた。

 状況からしてヒカルが紅魔の里にいるだろうことは明白であり、それならば自らが確認すれば良いと結論付けた。

 クリス──いや、幸運の女神エリスも今回は協力的であったのもヒナギクが冷静でいられた一つの要因であった。

 天使のヒナギクとして事態の確認を正式に要請されたことで、普段は封印されている天使の力を使うことを許可された。

 更に何が起きているのかを見極めたいとのことで、クリス自身もついて来てくれることになった。

 

 それからトリスターノとも合流し、事情を説明してから三人で紅魔の里にテレポートで向かおうとしたのだが、何故かテレポートすることが出来なかった。

 それから話し合い、トリスターノはアクセルでテレポートが出来るまで待機し、ヒナギクとクリスは紅魔の里に急行することになった。

 

 修行とムードメーカーの強化でヒナギクの天使の力が上がっているとはいえ、二人を抱えて飛べば、バランスも悪くなる上に飛ぶスピードが遅くなる。

 何が起きているかも分からないのに、更に遅れを発生させるのは致命的である。

 それにトリスターノも少女に抱き抱えられるのは色々とどうなんだという考えが過り、アクセルに残ることを提案した。

 そしてヒナギク達は紅魔の里に着き次第、テレポートが出来ない原因を優先的に排除することを約束し、飛んで紅魔の里に向かうことになった。

 

 

 

 神の力でも観測出来ない何か。

 それがなんであれ良くないことが起きていることは間違いない。

 

 事態は一刻を争う。

 ヒナギクは自身が出せる最高スピードで空を駆ける。

 クリスを抱えていることから無理が生じているのか額に汗すら浮かんでいた。

 不安に押し潰されそうになりながらも前に進むことだけを考え、懸命に羽を羽ばたかせるヒナギク。

 一方、クリスといえば。

 

「はぁはぁはぁ……密着した身体、かかる息、感じる汗と匂い……これもう私達は交わってあああああああああああああああああああっ!!ヒナギクっ!落ちちゃいます!落ちちゃいますぅ!!」

 

 一瞬でクリスを抱えて飛ぶことを放棄したヒナギクは腕の力を抜いて一人で飛ぼうとしたのだが、クリスは間一髪ヒナギクの手を掴むことに成功していた。

 紅潮した顔が一転して青ざめるクリスはヒナギクの手を掴んで、体が風に遊ばれながら叫ぶ。

 

「落ちていいですよ」

 

「死んじゃいます!死んじゃいますから!」

 

「それ仮初の肉体ですよね?」

 

「だからいいってわけじゃありませんよ!すみません、謝りますから許してください!」

 

「…………わかりました。でも抱えれるのは疲れたのでしばらくそのままでお願いします」

 

「えっ」

 

 そのまま飛び続けるヒナギクの手を死に物狂いで掴むクリス。

 クリスは悲鳴を上げながらも、ふと気付いた。

 飛ぶ勢いが強くて、ほぼヒナギクの身体と自分の身体が密着していることに。

 

「まあ、これはこれで……」

 

 クリスはそう言ってヒナギクの腰にひしっと抱きつき、難を逃れる。

 だがヒナギクがそれを許すわけが無かった。

 

「いだだだだだだだだだだっ!?」

 

「離れるか、落ちてください」

 

「それどっちも落ちますよねぇ!?」

 

「僕は構いません」

 

「すみません、ヒナギク!これは不可抗力なんです!ヒナギクの腕に負担を掛けまいと私なりの善意なんです!私ここで頑張りますから、ヒナギクは飛ぶのに集中してください!」

 

「こ、この……っ!」

 

「あぁっ、ヒナギク!紅魔の里が見えて来ましたよ!」

 

「……ああもう!」

 

 抱き着くクリスを引き剥がそうとするヒナギクはわちゃわちゃしながらもスピードを落とさずに進んでいた甲斐もあってか目的地へと近付いていた。

 ヒナギクは変態を振り払いたい気持ちを抑えて、飛びながら紅魔の里を注意深く見回した。

 里がほぼ壊滅状態であることに焦りと不安が増しつつも里の中心部分でヒナギクは見つけた。

 

 複数の敵を相手にするヒカル達を。

 

 

「あれ、なんか天使みたいなのいません?え、なんですかあれ?」

 

 ヒナギクもそれは疑問に思っていたが、そんなことは今はどうでもいい。

 ヒナギクは羽に力を込めて、クリスへ注意を促した。

 

「突っ込みます。気を付けてください」

 

「というかあれって……え、きゃあああああああああああああああああ!?」

 

 目標を見つけたヒナギクはまるで砲弾のように真っ直ぐに飛んでいく。

 ヒナンドではなく正真正銘の天使が変態を腰に引っ提げて、カオスな戦場へ乱入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 置いていかれた男、トリスターノはキッチンに立っていた。

 

「下準備もこれで終了。掃除も終わってしまいましたし、これで本格的にやることが無くなってしまいました」

 

 ヒナギクとクリスが飛んでいくのを見送った後、戦闘準備もすぐに終わらせて、数分おきにテレポートを試しているのだが発動することはなく、ただ待っているだけでは手持ち無沙汰だった為、家事をこなしていた。

 

「はぁ、約束を忘れていただけでなく、ついでに調査なんてしなければ、すれ違いにはならなかったのですが……」

 

 彼はヒカルに今日は家にいると話していたのだが、馬小屋で世話になっていた主人と会う約束があることを失念していた。

 ヒカルが出かけた後、ふと思い出し慌てて主人の元へと向かったのだ。

 そしてその主人に会った時、前々から聞いていた『シロガネヒカルやその周りの人物について嗅ぎ回る男』の噂を聞き、外出したついでにその男について調査を始めた。

 このことがきっかけでヒカル達とすれ違うことになり、こうして置いてけぼりを食らっている。

 

「騎士の誰かが……いや、今のグレテン王国にそんな余裕はないはず……」

 

 トリスターノが調査に乗り出したのは、円卓の騎士やグレテン王国の関係者が噂の人物ではないかと懸念してのことだった。

 違うだろうと思いつつも調査せずにはいられなかったのだ。

 タイミングとしては最悪であったが、周りに迷惑をかけたくない気持ちと先にその人物について知っていれば対策も出来ると考えてのことであった。

 

「さて、そろそろテレポートを試してみますか……」

 

 何回も試して発動しなかった為、ダメで元々の気分でテレポートを試し、魔法が発動する感覚を感じて、すぐに発動のキャンセルを行った。

 

「やっとですか……っ!」

 

 噂の人物や家族の安否にやきもきしていたが、待ちに待った出番が来たことにトリスターノの表情に不適な笑みが浮かぶ。

 すぐ自身の装備や持ち物の確認をし、家の戸締りを済ませて、テレポートを発動させる。

 

「いま家を空けたくないのですが、まずは目先の火の粉を払いましょうか」

 

 トリスターノはテレポートの魔法を発動させて、紅魔の里へと転移する。

 出番を削られがちな男もようやくあのカオスな戦場へと参戦出来たのだった。

 





今回長めの後書きです。

忙しくていつの間にか三週間経っちゃいました。
少しずつ書いてはいたのですが、上手く書けなかったり修正したりで投稿期間が開いてしまい申し訳ないです。
一週間に一回は投稿したいんですけどね。
色々あったんです、すみません。


そして解説です。

トリスターノがテレポート出来なかったのはシルビアがいたからです。倒されたことでようやく転移出来るようになりました。

エリス様が協力的だったのは事態の解決を急ぐためであり、ヒナギクと合法的にくっ付けるからではありません。多分。

ヒナギクの翼の数について。
ここら辺の詳しい解説はまた今度になると思います。
二対四翼の羽は『智天使』の証。
天使の階級で上から二番目。
超パワーアップしていますが、理由とかは詳しい解説の時に。

ちなみに上から一番目の『熾天使』はあの『戦闘員、派遣します!』で出てきたりもしてます。


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135話


メリークリスマス!

特別編とかではないけど、続きをプレゼント!

135話です。さあ、いってみよう。



 

 

 一人の天使が舞い降りる。

 天使が抱えていた少女を雑に振り落としていることに目を瞑れば、絶望の最中に天使が舞い降りる光景は有名な絵画のワンシーンのようであった。

 

 

「『星光聖域(スターライト・サンクチュアリ)』」

 

 

 

 二対四翼の羽を大きく広げて、ゆんゆん達を攻撃から守りつつ、天使のオリジナルスキルを発動させる。

 

「ヒカル、起きて。もう大丈夫だよ」

 

「…………ぁ?」

 

 悪夢に囚われたはずのヒカルも目を覚ます。

 広域の神聖回復魔法。

 範囲内にいる味方を回復させ、あらゆる状態異常から回復し、守る効果を持つ。

 

「ぐ、ぐおおおおおああああああッッ!!?」

 

「な、なんなんだヨこれはアアアアアアッ!!?」

 

 更に不浄なる存在への浄化効果も持つ。

 ホーストとデモゴーゴンは天使の魔法で悶え苦しみ、攻撃どころではなくなった。

 

「ちっ、一体なんだってんだよアレ。癪だけどヴォーティガンの奴に言って協力……」

 

「パラメデスッ!!」

「兄さん、危ない!」

 

「あぁ!?こんなのが……ぐああああああっ!?」

 

 三人の騎士の元に飛来したのは氷の矢。

 ヒカル達からは別方向から飛んで来たにも関わらず寸前で避ける騎士達だったが、氷の矢が地面に着弾すると同時に爆発し、吹き飛ばされる。

 初級魔法を二つ掛け合わせて作られた氷の矢の先端に仕込まれた爆発ポーションが見事にクリーンヒットしたのだ。

 

「私抜きで同窓会ですか?」

 

 氷の矢を打ち込んだトリスターノが現れ、立ち上がるヒカルに問い掛ける。

 

「……お前こんなのに参加したいわけ?」

 

「ご遠慮したいところですが、貴方たちがいるのならどこへでも」

 

「俺は絶対参加したくないんだけど」

 

「私も」

 

「僕もイヤ」

 

 参加拒否が満場一致したところで揃ったぼっち達は敵達に武器を構える。

 

「ではあちらの方々にはお帰りいただきましょう。どんな状況か全く分かりませんが、誰もこの状況を望んでいないことは確かなようですから」

 

(は、はああああああぁぁぁぁ…………つ、ついに紅伝説が揃った……っ!)

 

 ゆり一人だけ目をキラキラさせているが、状況は進んでいく。

 

「これだけ戦力を揃えておいて、まさか負けるなんてことはないだろうな?」

 

「はっ、冗談がお上手だな、ヴォーティガン。そこの苦しんでる悪魔だかは知らねえが、こちとら円卓の騎士が三人だぜ。ふんぞり返って待ってろよ」

 

「先程話した通り、そこの木刀を持った男とショートカットの女は最後だ。他は自由にしていい」

 

「あいよ」

 

 ヴォーティガンとパラメデスが話を済ませたあたりでクリスがユラリと立ち上がる。

 

「『限定解除:アサシン』……あたしはあの悪魔を浄化しなくてはならないので他は任せました」

 

 ヒナギクから振り払われて尻から落ちるという間抜けな登場を果たしたクリスであったが、上位悪魔のホーストを発見してからは目の色を変えて、黒装束アサシンの本気モードへと変貌し、ダガーを引き抜いて宣言していた。

 

「じゃあ僕はあの邪神モドキを倒すね」

 

「お前ら一人であいつらを相手にする気か?」

 

「僕らは相性が良いから何とでもなるよ。それにそうでもしないとアレと戦えないでしょ」

 

 ヒナギクの睨む先には、爆発をまともに食らったものの吹き飛ばされただけで大したダメージもない、無傷の騎士達の姿があった。

 

「てめえ、チキン野郎。死ぬ覚悟は出来てんだろうな?」

 

「……無くても殺すけどね」

 

「円卓の騎士ともあろうものが義務の放棄とは、情けない。引導を渡してやろう」

 

 

「あー、アレね」

 

「そう、アレ。僕の聖域内にいれば、ある程度のダメージは瞬時に回復出来るから、ヒカルみたいな無茶な戦い方でもなんとかなるはず。でも即死はダメだからね。僕達がホーストとデモゴーゴンを倒すまで食い止めて」

 

「おいおい、バカにしすぎだろ」

 

「どうせ調子に乗ってやられちゃうんだから、無理しない程度に戦って。みんなで生きて帰るのが目的なんだから」

 

「その通りです。さっさと終わらせて夕飯にしましょう。ちなみに下準備は済ませておきましたので調理と後片付けはリーダーがお願いします」

 

「何言ってんだバカ野郎。こういう時ぐらい外食するに決まってんだろうが」

 

「トリタンさん、ごめんなさい。せっかく下準備してくれたんだけど、この子……ゆりもいるから出来れば外食に……」

 

 

「てめえら、舐めてんのか!!来ねえならこっちから行くぜ!!」

 

 

 啖呵を切っておきながら、いつまで経っても話してばかりのヒカル達に痺れを切らした騎士達や悪魔が向かってくる。

 ヒカル達も瞬時に戦闘へと切り替え、応戦する。

 ついに決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 円卓の騎士パラメデスは驚愕していた。

 

 何処からともなく現れたヴォーティガンの話はほぼ聞かないで暇つぶしのつもりでこの別世界にやって来た。

 来てみれば、目前の敵はまあまあの実力でしかないことは見るだけでハッキリ分かった。

 軽く落胆しつつも、それなりに楽しめる戦いが出来ればいい、そう思っていた。

 

「はあっ!!」

 

「ちっ、めんどくせえ……っ!」

 

 目の前の男──木刀の剣士の実力を測り間違えた。

 まあまあ、よりは少し上。

 剣技は下の下もいいところ、無理矢理振っているようでいて、たまに形になるような時もある。

 こちらのラウンズスキルがバレているのか、槍を受け止めるような動きはせず、槍をいなすか回避を優先する。

 対人戦をそれなりにこなしているのか、間合いの取り方や攻め方、引き時全てが申し分ない。

 そして、サフィラの大木を軽々とへし折るような一撃も木刀で受け切る。

 対人経験もあり、力だけは一丁前ではあるが、剣が出来ていない。

 故に、まあまあよりは少し上。

 そんな実力の持ち主は腐るほどいる。

 だが、そうではない。

 一番厄介なのは────

 

 

「『ボトムレス・スワンプ』──ッ!!」

 

『ヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナァッ!!』

 

「『キカクイチジン』……でしたっけ。まあ、どうでもいいですけど」

 

 

 ──この連携。

 

 器用に敵陣のみを泥沼化させて、足場を崩す。

 

 紅魔族の天使(?)が牽制と防御をこなす。

 

 最後に前衛と泥沼に気を取られたところを矢が飛んでくる。

 

 多少の切り傷やダメージは可笑しな範囲魔法で回復される。

 

 

 この瞬間もパラメデスの顔のすぐ横を矢が通り過ぎていった。

 戦闘によるスリルを楽しむパラメデスの獰猛な笑みが引き攣るほどに死がすぐ近くにあった。

 

(円卓の騎士が三人いるんだぞ!?どうなってやがる!!)

 

 戦闘狂のパラメデスは珍しく戦闘中に焦っていた。

 その焦りがまた自身や他の騎士を追い詰める悪循環。

 状況は優勢のはずなのに、いつの間にか劣勢へと傾いていた。

 一度体勢を立て直すべく、防御しながら下がると、視界の端につまらなそうな顔で空中に佇むヴォーティガンの姿を捉えた。

 

「おい、ヴォーティガン!てめえ、見てるだけかよ、えぇ!?」

 

「…………そうするつもりだったよ。この瞬間までね。まさかこの戦力差を数人の援軍で解決されてしまうとはね」

 

「やかましい!早く手ェ貸せや!」

 

「わかったわかった。向こうを一人減らすとしよう」

 

 そう言ったヴォーティガンが視線を向けたのはデモゴーゴンを一人で相手にするヒナギク。

 ヴォーティガンはヒナギクの方へ軽く手を翳すだけで、ヒナギクの右半身が消えた。

 

「…………え?」

 

「ッ、ヒナギク!?」

 

 ヒナギクの呆然とした呟きとクリスの絶叫。

 

「な、なに、これ?」

 

 ヒナギクは自身の状況を確認する。

 まだ生きて動いていることから、実際にヒナギクの右半身が消し飛んだ、というわけではない。

 ヴォーティガンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「天使というやつはよく分からないが、身体が真っ二つになっても生きていられるものなのか、ここで実験するとしよう」

 

 ヒナギクからすれば、左右で見ている光景が違う。

 今のヒナギクの右半身は別の次元にある。

 今はまだ無事だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 右と左で別の次元に体が存在している状態で繋がりを無くしてしまえば、体は左右に分かれる。

 一瞬で頭上にギロチンを発生させるようなものだ。

 防御や回避を無視した、最恐最悪の攻撃。

 

 ヴォーティガンは本来であれば、このように一瞬でヒカル達を殺すことが出来る。

 だが、復讐の念があって痛め付けて屈辱を味あわせてから殺すと決めていたから、今まで理不尽な攻撃が来なかっただけのこと。

 

 クリスがホーストを相手にするのをやめて、ヒナギクへと手を伸ばす。

 

 トリスターノもヒカル達への援護を中止して、ヴォーティガンへと狙いを定める。

 

 ヒカル達がヒナギクの元へと駆け出す。

 

 ヒナギクはやっと状況が分かり、行動を移そうとする。

 

 

 だが、全てが遅かった。

 次元の穴は一瞬で閉じてしまった。

 

 

 ヒナギクの身体はご覧の有様。

 胸はぺったんこの五体満足だ。

 

 

 

『…………………………???』

 

 

 

 その場の全員がヒナギクに注目し、困惑していた。

 ヴォーティガンですら状況が分かっていなかった。

 それもそのはず。

 

 

 

「残念、私が来た」

 

 

 

 今までいなかったはずの無敵で最強に頭のおかしい魔法使いマーリンがヒカル達の後方に姿を現し、ドヤ顔ウインクをかましていた。

 





◯ヒナギクの『星光聖域』
智天使状態のヒナギクのオリジナルスキル。
聖域内にいる仲間の即時回復。
状態異常の回復、耐性付与。
あらゆる支援魔法の付与。
魔力回復。

ヒナギクが智天使になったことで発現したスキル。
ヒナギクが智天使になれたのは才能や修行の成果もあるが、ヒカルの『ムードメーカー』が強く影響しているから。
ヒカルとの関係や信頼によって影響が変わる『ムードメーカー』だが、ヒナギクは間違いなく最大限の強化を受けている。

ヒナギクのムードメーカーの影響度:EX


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136話


136話です。さあ、いってみよう。



 

 

「どうやって此処へ来た?」

 

「え? ここに来たいと思ったからじゃあないかな」

 

 驚愕に染まるヴォーティガンの問いかけに平然と答えるマーリン。

 そんなマーリンに嫌悪感を増したヴォーティガンは顔を歪ませて更に問いかける。

 

「……私の妨害はどうやって突破した?」

 

「妨害?」

 

 きょとんとしたマーリンは首を傾げるが、

 

「ああ、アレは妨害行為だったのか。私にとっては目の前に石ころを置かれた程度にしか感じなかったよ」

 

 嘲笑うように言い放つマーリンにヴォーティガンは我慢ならなくなったのか、乱暴に手を振る。

 だが、何も起こらない。

 

「残念だけど、その魔法は私の方が一日の長がある。君の魔法を完全に封じ込めるなんて、簡単さ」

 

「マーリ、ぐっ!?」

 

 空中に浮かんでいたヴォーティガンはその魔法すら消されてしまい、無様に落下する。

 

「おい、ヒナを助けてくれたことには礼を言うけど、随分と社長出勤だな」

 

「私がいなくて寂しかったのかい? 可愛いところがあるじゃあないか」

 

 ヒカルが声をかけるとマーリンが悪戯な笑みで返す。

 そのことにムッとしたゆりが父よりもマーリンに近づいて尋ねた。

 

「そんなわけないでしょ! 今までどこで油売ってたの?」

 

「酷い言い草じゃあないか。確かに遅くなってしまったけれど、私はまた助っ人を連れてきたというのに」

 

「助っ人? 誰?」

 

「すぐに分かるさ」

 

 マーリンがニヤリと笑ってそう答える。

 

 この状況はマーリンの登場で一気にヒカル達の方に戦況が傾いた。

 それは決定的であったが、それ故に緊張感が無くなっていた。

 

 ヒカル達の背後に三人の騎士が迫っていた。

 今のヒカル達は隙だらけも良いところ。

 魔法も天使も馬鹿力も意味を為さない。

 数秒、いや数瞬後には串刺しになるだろう。

 

 

 だが、すでにマーリンの左右に次元の穴が一つずつ開いていた。

 その穴からそれぞれ二つの影が飛び出し、三騎士へと攻撃を仕掛けた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』───ッッ!!」

 

「エンジェル・ブローッ!!」

 

「『ライト・オブ・セイバー』」

 

「『ブルーミングアロー』ッッ!!」

 

 予期せぬ攻撃と同時に複数射られた矢の追撃に騎士達は返り討ちにされる。

 ヒカル達はそれでようやく後ろに騎士が迫っていたことを知ると、マーリンが連れてきた助っ人へと視線が移る。

 その人物達はヒカルの方へと振り返り、口を開いた。

 

「「ヒカル」」

 

 二人の少女がヒカルの名を呼ぶ。

 

「今度は私達が助けに来たわ」

「今度は僕達が助けに来たよ」

 

 その少女達はかつて別の世界線にて絶望していた者達。

 そして運良く、もしくは運悪く、生き返るためにやってきたヒカルに救われた者達。

 今のこの世界の二人よりは少し成長した姿のゆんゆんとヒナギク、その二人であった。

 

 

「……」

 

「マーリンにからかわれているのかと思いましたが、まさか。本当に、こんな世界があったんですね」

 

 もう一つの次元の穴から出てきたのは少年と壮年の男性。

 無言の黒髪の少年は紅の瞳でつまらなそうにヒカルを一瞥し、三角帽子の唾を持ち目深に被り直した。

 壮年の金髪男性の男は碧眼を潤ませて、ヒカルを泣きそうになりながら懐かしげに眺めていた。

 

 ヒカル達にこの二人のことを知っているかと問えば、知っているけど知らないと答えるだろう。

 少年の容姿は紅魔族のヒカルであり、壮年の男はトリスターノであった。

 

 この二人も別の世界からやってきた。

 先程のゆんゆんやヒナギク達と似た世界でありながら決定的に違う世界。

 絶望しても持ち堪えることが出来た世界。

 女神の天界規定無視の転生と良くない偶然がもたらした奇跡によって救われた世界。

 そんな世界からの来訪者たち。

 

「え、ちょ、何アレ……?」

 

 ヒカルが紅魔族の属性モリモリの自分を見て、呆然と呟く。

 

「お久しぶりです、リーダー。ええと、この方は……」

 

「自己紹介が必要か? ならば応えよう!」

 

 ヒカルの問いに答えようとトリスターノが口を開くが、先に少年が動いた。

 三角帽子の唾を持ち、一回転ターンを決めながらポーズを決めて、マントは大きく広がり、華麗に舞った。

 

「我が名はヒカリ!! 紅魔の里の希望と破壊の光!! やがて、ゆんゆんの伴侶となる者!!」

 

「どういうことだこの野郎おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 ヒカリの自己紹介を聞いても全く何も分からなかったヒカルはわけもわからず絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「向こうのゆんゆんとヒナはわかるけど、アレはなんだ!? 説明しろ、マーリン!」

 

「一つ言えることは……」

 

「…………」

 

「私にも分からないということさ!」

 

「こいつッ、自分で連れてきたくせに!」

 

 胸を張って堂々と言い放つマーリンに憤るヒカルにまた騎士達が迫り来る。

 先程のような油断は無く、ヒカルは木刀で応戦し、更にはヒカリが加勢に入ってくる。

 

「『ライト・オブ・セイバー』」

 

「ちっ!」

 

「っぶねえ!」

 

 騎士に応戦するヒカルを全く気にしない魔法の軌道を間一髪避けるヒカルは魔法を放った本人へ怒鳴る。

 

「てめえ、どこ狙ってんだこの野郎!!」

 

「聞いていた話と違うな」

 

「あ?」

 

「シロガネヒカルはアクセルの街周辺に出てくるモンスターにも負けてしまうぐらいひ弱のダメダメで頭の悪いバカだと聞いていた」

 

「え、何こいつ。別世界から喧嘩売りにきたわけ? というか、おい! そっちのトリスターノ! まさかそんな風に言ってたのか!?」

 

「え、えぇ!? 誤解です! そこまでは言ってません!」

 

「どこまで言ったのか詳しく聞いてやるよこの野郎!」

 

「そ、それは……っ、ぅ……」

 

「え、な、泣くことないだろうが」

 

 違う世界からやってきたトリスターノは堪えきれなかったように顔を押さえて泣き始める。

 突然のことに動揺するヒカルにマーリンは語り出す。

 

「彼らの世界でも君は死んだのさ。騎士王によって殺されてね。それで誰が責任を感じるか、今の君に語るまでもないだろう?」

 

「……」

 

 ヒカルはすぐに思い当たった。

 別世界のヒナギク、こうして今駆けつけてくれたヒナギクのことだ。

 彼女はヒカルが騎士王の元に残っている間に気絶したゆんゆんとトリスターノを抱えて離脱した。

 その結果はヒカルの死であり、ヒナギクは置いて行った自身に責任があると考え、自身を追い詰めてまともな生活すら送れなくなってしまった。

 今、目の前にいるトリスターノも同じなのだ。

 

「トリスターノ、その、悪かった。あの時は助けようと必死だったんだ」

 

「貴方が謝ることではありません。あのことは私が持ち込んだ厄介事です。謝るのは私の……」

 

 

「いつまで悠長に喋ってやがる!!」

 

 

 怒り心頭の騎士が隙を狙い攻撃を仕掛けてくる。

 槍の穂先を触れないように木刀で槍を弾き返し、馬鹿デカイ大剣の一撃を避ける。

 大剣の一撃を避けることに成功したが、その大剣の振り下ろした威力は凄まじく、大地を砕く。

 足場が悪くなったことに気を取られたヒカルへ更に畳み掛けるべく魔法剣士ラモラックが剣を帯電させ、振るおうとしていた。

 

「『サンダー』──」

 

「させるかぁ!」

「ヒナァ!!」

 

 ゆりとヒナンドはヒカルより前へ出て、魔法剣を止めるべく拳を振るおうとするが、

 

「『エンド』ォォォ────ッ!!!」

 

 不安定な足場のせいで阻止が間に合うことはなかった。

 

「っ!」

『ヒ、ヒナァァァァァァァッ!!』

 

 それでもヒナンドは躊躇無く前へ出た。

 拳を振るうことで剣の軌道をずらし、翼を大きく広げて剣から放たれる電流を一身に受けることでその場の全員を守った。

 

「ヒナンドっ!?」

 

『ヒ、ナ……』

 

 円卓の騎士の一撃をまともに食らったヒナンドは姿を保っていられなくなり、霞のように消え去ってしまう。

 更に追撃を加えようとする騎士達。

 

「『ライト・オブ・セイバー』」

 

「『ライト・オブ・セイバー』──ッ!!」

 

 そこへ光の刃が二つ振われたことで、騎士達は後退を余儀なくされた。

 ヒナンドが消えてしまいショックを受けるゆりを守るように続々とヒカル達がゆりの元へ集う。

 

「話してる暇は無いみたいだな」

 

「そうみたいです。()()()()指示を」

 

「……この世界のトリスターノと一緒に援護してくれ」

 

「御意」

 

 違う世界からやってきたトリスターノはヒカルから指示を受けて、弓を構える。

 

「色々言ってやりたいこともあったんだが、そうも言ってられないか」

 

「なんだこの野郎。お前この場で一番意味分からない存在だからなマジで」

 

「自身が何者か、なんてどうでもいい。どう在りたいか、何を為したいかだ。お前はどうだ? 今、お前は何をするべきだ?」

 

「あ? なんでこんな偉そうなのコイツ。まあ、そんなの決まってるだろ」

 

 ヒカリの問いを受けて、ヒカルはヴォーティガンを睨んだ。

 

「あのはた迷惑な野郎をぶっ飛ばす」

 

「……そうか。なら騎士達は任せろ。あいつらのことは多少知ってるからな」

 

「大丈夫なんだろうな?」

 

「シロガネヒカルなら無理だろうが、俺は違うからな」

 

「テメェこの野郎、負けても助けないからな」

 

「言ってろ」

 

 睨み合うヒカルとヒカリは互いにそっぽを向き、ヒカルは各メンバーへと指示を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆり、お前はトリスターノ達と後方支援……」

 

「ううん、私は大丈夫だよお父さん」

 

 お父さんが気遣うように頭を撫でながら、下がるように言ってくるが、私は断った。

 確かにヒナンドは大きなダメージを負ってしまった。

 多分、もうあと一回しか出せない。

 それがなんだ。

 私自身はまだまだ戦える。

 それに。

 

「でも」

 

「いいの。私はみんなと戦いたい。みんなと一緒の光でありたい」

 

「え?」

 

「ううん、なんでもない。大丈夫、私はまだまだ戦えるよ」

 

 

 あの時の光景を思い出す。

 

 ドス黒い闇が現れて、グレテン王国を飲み込もうとした時のこと。

 どうやったって勝ち目のない小さな光たちが集まって、戦った時のこと。

 

 最初は夜空の星々のようにバラバラに散りばめられていたけれど、一際輝く光の元へ集まって大きな光となり、闇はその光の輝きにかき消された。

 

 光。

 

 そう、私も間違いなく、あの時の光の一つだった。

 私はまだお母さんのお腹の中だったけど、こうして覚えているのだから間違いない。

 私も光なんだ。

 

 あの時と、今は同じだ。

 同じように光たちは集まった。

 マーリンが集めてきたのかもしれないけど、そんなことはどうでもいい。

 あの時と同じように私も光の一つであるというのなら、私も一緒に戦いたい。

 あの時は出来なかったけど、今なら力になれる。

 それをヒナンド(この子)も望んでいるはずだ。

 この子も光の一つなんだから。

 

「お父さん。ヴォーティガンを倒そう」

 

「ああ、無理するなよ」

 

「うん」

 

 私が頷き、返事をするとお父さんが全員へと威勢よく掛け声をあげて、それを合図に各々が向かうべき敵へと駆け出した。

 お父さんと私、そして──

 

「これでやっと決着。いやあ、長かったね」

 

 空中を滑るようにして並走してくるマーリン。

 私達三人がヴォーティガンへと走っていく。

 

「マーリンが遊んでなかったらもっと早く終わったよね?」

 

「『仕事もする』『エンジョイもする』。『両方』やらなくっちゃあならないのが私の辛いところだよね」

 

「はあ、もういいや」

 

 ため息をついて、前を見る。

 するとヴォーティガンが次元の穴を開こうと焦っている姿が見えた。

 何も出て来ないのに腕を振ったり円を描いたりする様は滑稽を通り越して哀れだ。

 でも、同情はしない。

 ここまでのことをした報いを受けさせる。

 

「くっ、くそッ! くそくそくそッ! マーリンッ! シロガネヒカルッ! お前らさえいなければッ!!」

 

「それは無理な話だ。君も()()()()()したのなら分かるはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「黙れええええ!! イカれた魔法使い風情が! 厄介事全てを押し付けた世界の癌!! お前がこの世界に来なければ……」

 

「──何言ってるか全く分からないし、今更理解しようとも思わないけどよ」

 

「ッ!?」

 

 並走していたはずのお父さんはすでに私たちより先にヴォーティガンの目前へと飛び出し、木刀を構えていた。

 

「こっちも家族に手出されて頭に来てんだよこの野郎おおおおお────ッ!!」

 

「ああああ、あああアアアアアアアアアアアアアア────ッ!!」

 

 踏み込んだ勢いを利用して突き出された木刀はヴォーティガンの胸部を貫通した──

 

 かのように見えた。

 

「ッ!」

 

「アアァァハハハハハハ、ハハハハハッ!!」

 

 お父さんの木刀はヴォーティガンが発生させた次元の穴へと吸い込まれていた。

 

 マーリンの妨害を潜り抜けた!? 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 私が、いや私達がその奇跡か偶然を叩き潰せばいい! 

 

「何が最強の魔法使いだ!! 私もすでにその領域に足を──」

 

「ヒナンドッ!!」

 

『ヒナァッ!!』

 

「──」

 

 ヒナンドの拳はヴォーティガンの顔面へクリーンヒットした。

 ヴォーティガンは悲鳴すら出せず、あらゆる箇所から出血する顔面を押さえながら、ふらふらと千鳥足で後退した。

 

「素晴らしいじゃあないか。じゃあ今度は私の全力とその親子の攻撃全てを打ち消せるか、勝負といこう」

 

「ヒナンド、フルパワーだ」

 

『ヒナ!』

 

「まったく、面倒かけさせてくれやがったな」

 

「あ、あ、あア…………」

 

 私達が近付くと怯えた表情で後退るヴォーティガン。

 お父さんが木刀を振り下ろすのに合わせて、私もヒナンドに全力を注いだ。

 

「終わりだこの野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお────ッ!!!」

 

『ヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナヒナァッッ!!!』

 

 ヴォーティガンは私達の攻撃を一つも防ぐことが出来ずに、木刀の乱舞と拳の連打を全て食らってボロ雑巾のようになって、吹き飛び地面へと叩き付けられた。

 

 これにて一件落着。

 まあ、まだみんな戦ってるから、その加勢に行くんだけど、ほぼ終わりのようなものだ。

 

 私は、少し寂しい気持ちになってしまった。

 もうこの時代にいられる理由が残りわずかになってしまったからだ。

 






ついに買ってしまった。
ゆんゆん原作版チャイナドレスver.1/7スケールフィギュア。
アニメ版の絵柄はちょっと苦手なので買うことはありませんでしたが、くろね先生の絵柄となると話は変わってくるよね。
とりあえず今日大掃除が終わったら部屋に飾ります。

そして今、後書きを書いている時に気付いてしまった。
ラバーマットが付いてくる限定版があったのに、私はただの通常盤を買っている……ッ!!
うぅ……何というプレミ……。
ごめん、ゆんゆん。
フィギュアなんか買ったことなかったから……次があったらこんなミスはしない……。

もう一個買うか……?
いや、でももう一個買うぐらいなら、くろね先生描き下ろしのゆんゆん抱き枕カバーが欲しいな(強欲)



先程のショックで書くのを忘れるところでしたが、本編の説明です。
マーリンが連れてきたゆんゆん、ヒナギクは六章のお二人です。
そして紅魔族の少年ヒカリとトリスターノは番外編『No』の世界線のキャラクターです。

私の力不足で活躍の場がかなり減ってしまいましたが、出したかったので出しました。
本当はもう一人、完全オリジナルのトリスターノ女verを出そうかと思ったんですけど、これ以上ごちゃごちゃになるのはしんどかったのでやめました。
トリスターノが女でヒナギクが男の娘の世界線でヒカルと結ばれるのがトリスターノです。
ゆんヒナのおねショタセットも付いてくる。

マーリンが前書きジャックしていた時に向かっていたのも色々な次元を渡って力になってくれそうな人達を探していたんです。
面白さ優先で。


解説がたまに何個か抜けるから心配だけど、今回はこの辺で。
この話が今年最後の投稿になります。
いや、去年に今年中に終わらせるみたいな言ったんですけど、無理でしたね。
書くスピードが亀になってしまったし、様々な追加を気分でしたからですね。
うーん、来年はどうなるかな。
来年には終わらせられたらいいな、ぐらいの気持ちで適度に頑張ります。

最後にこの作品に触れてくださり、ありがとうございました。
今年は大変お世話になりました。
良ければ来年もよろしくお願いします。
では、良いお年を!そして、皆さんに祝福を!


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137話


あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

137話です。さあ、いってみよう。



 

 

「えっと、ヒナさん?何かありました?」

 

「ごめんね、ちょっと話したいことがあったから」

 

 ヴォーティガンの事件が解決し、事後処理や違う次元から助けに来てくれた者達へのお礼をしている中、ヒナギクはゆりを呼び出していた。

 

「話したいことって何ですか?」

 

「ゆりは、ヒカルとゆんゆんの娘ってことで合ってる、かな?」

 

「はい、合ってますけど……あ、自己紹介遅れてごめんなさい。私の名前は白銀ゆりです。未来からやってきました」

 

「そっか、やっぱり……」

 

「私は未来のヒナさんを知ってるので、ヒナさんも私のこと知ってるかと思っちゃいました」

 

「確認したかっただけだから、いいんだ。それにバタバタしてたしね」

 

「あとヴォーティガンのこと、ごめんなさい。実は私がさっさと倒していればこんなことにはならなかったんです。ご迷惑をおかけしました」

 

「ううん、あんなのどうしようもなかっただろうし、気にしないで。それより聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「聞きたいこと、ですか?」

 

「うん、まあ、その、ゆりのお父さんについて、なんだけど……」

 

「はい、なんですか?」

 

「……げ、元気にしてるかなって」

 

 きょとんとするゆりに、ヒナギクは恐る恐る尋ねた。

 どんな世界でもシロガネヒカルは十年以内に死亡することをヒナギクは知っていた。

 だが、この未来からやってきたヒカルの娘の登場により、希望が見えたヒナギクは居ても立っても居られず、ゆりに尋ねることにしたのだ。

 ヒナギクにとってこの問いは勇気が必要だった。

 希望でもあり、怖くもある。

 そんなヒナギクとは対照的にゆりはあっけらかんと答えた。

 

「それはもう元気です。お父さん、道場経営とかで忙しくて夜ぐらいしか会えないですけど」

 

「…………」

 

「他の子供たちばかり相手にして、実の娘は放任するんです。ヒナさんからも何とか言って……ってヒナさん?」

 

 一人でぷりぷりし出すゆりをヒナギクはポカンと口を開けて眺めることしか出来なかった。

 

「え、あ、ご、ごめんね!?え、えっと、ど、道場経営……?ヒカルが……?」

 

「はい、それだけじゃなくて孤児院とか王城の衛兵や警察まで……って、ああーーー!!」

 

「え、な、なにっ!?」

 

「あ、あまり未来の話をしちゃいけないんでした……。ヒナさんの姿、私の知ってる姿とほとんど変わらないから普通に話しちゃいました」

 

「えっ、ああ、まあそうだよね……僕、このまま天界に行くんだし……」

 

 未来でもあまり成長しないことに軽くショックを受けるヒナギク。

 それを話を中断されてガッカリしているのだと勘違いしたゆりは頭を下げた。

 

「ごめんなさい、これ以上未来のことは話せません。出来ればさっきのことも忘れて欲しいんですけど……」

 

「う、うん。わかった。とりあえずヒカルは、君のお父さんは元気ってことでいいんだね?」

 

「はい、それはもちろんです!」

 

(やっぱり僕の考えは間違ってなかった。天界からヒカルを守れば、あの運命を変えられる……!)

 

 ヒナギクは心の中で歓喜した。

 自身が考えていたこと、これからする行動は間違いではないと知ることが出来た。

 そして、幸せな未来があることが分かった。

 ヒナギクは改めて決意する。

 絶対にヒカルを守ってみせる、と。

 

 そう思い、なんだか安心してしまったヒナギクは新たに疑問が浮かんだので、ゆりに尋ねることにした。

 

「えーっと、その……ゆりの背後から出て来たヒナヒナ言ってたあの、よく分からない僕に似たナニカについて聞きたいんだけど……」

 

 ヒナギクが困惑しながら尋ねると、ゆりはヒナギクからの疑問も納得だと思い、胸を張って答えた。

 

「よく分かりません!」

 

「えぇ……」

 

 元気に答えるゆりに更に困惑するヒナギク。

 でも、とゆりは続けて言った。

 

「未来のお父さんが『多分ヒナがお前を守るためにくれたものだろう』って言ってました」

 

「やっぱり未来の僕かぁ……」

 

 ヒナギクは肩を下げて分かりやすく落ち込んだ。

 サングラスをかけたヒナヒナ言うよく分からない天使が、未来の自分が生み出したモノだと言われれば落ち込むのも無理はない。

 

「え、あの、ヒナンドって良くないものなんですか?」

 

「良くないものかって聞かれるとどう答えていいか分からないけど、もっとマシなものにならなかったのかなって思うよ……」

 

 遠い目でそう答えるヒナギクを見て、ゆりは首を横に振った。

 

「私はヒナンドのこととかよく分かってませんけど、それでも今までずっと私のことを助けてくれました。今の私がいるのはヒナンドのおかげです」

 

「ゆり……」

 

「あの子がどんな存在だって、私は大好きです。家族の一人みたいなものです」

 

「……そっか。それなら良かった、のかな」

 

「はい。……でも、もう、会えないですけど……」

 

 先程まで元気いっぱいだったゆりが一転して悲しげな表情になるので、ヒナギクは慌てて尋ねる。

 

「えっと、それはどうして?」

 

「私達を守るのに、ずっと頑張ってたせいか、力を使い果たしちゃったみたいなんです。微かに力は感じるんですけど、もう出て来れないみたいで……」

 

 ヒナギクはあの天使が円卓の騎士の全力の攻撃が直撃したことを思い出す。

 あの時点で完全に消えてしまわなかった方がむしろ不思議であった。

 あの天使も本望だっただろうとヒナギクは思うが、ゆりの悲しげな表情を見ると、ただそれだけで済ませてしまうのはどうなのかとも思い、ヒナギク自身の憶測でしかなかったが、話すことにした。

 

「ゆり、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」

 

「はい?」

 

「もしかしたら僕がなんとか出来るかも」

 

「本当ですか!?お、お願いします!またあの子と冒険したいんです!」

 

「お、落ち着いてってば!可能性があるっていうだけで何とか出来るって決まったわけじゃないから!」

 

「いいえ、ヒナさんならきっと出来ます!信じます!」

 

「そ、そこまで言われたら僕も頑張ってみるけど……」

 

 そう言ったヒナギクはゆりへと右手を翳す。

 ゆりの中にある力を感じ取る。

 確かにそれはヒナギク自身と同じ力だとヒナギクは確信した。

 その力は空っぽのコップのようであった。

 形はあるが、中身がない。

 ヒナギクは集中し、そこへと力を注ぎ込もうとする。

 コップにゆっくり水を注いでいくように。

 初めてのことで慎重になっていた。

 そこで予想外のことが起きた。

 

「えっ……?」

 

 力が無理矢理持っていかれる。

 コップにゆっくり水を入れようとしたら、水が入っている容器をひったくられてドバドバと勝手に水を入れられているような、そんな感覚。

 止めようとしても遅かった。

 コップは水が溢れそうになると量に合わせて大きくなり、そして。

 

『ヒィィィィィナァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!』

 

「わああああい!!本当に復活した!!」

 

 ゆりの背後からヒナギクそっくりの半透明の天使が現れた。

 

「あ、あ、あわわわわ……僕もしかしたらとんでもないことしちゃったかも……」

 

 ヒナギクはゆりが大喜びしてヒナンドとグルグル小躍りする姿を眺めていることしか出来なかった。

 ヒナンドの姿が今までと変わっているからだ。

 ヒナンドの天使の羽が一枚ずつ増えている。

 

「ヒナさん、パワーアップまでしてくれるなんて!本当にありがとうございます!」

 

 三対六翼の羽。

 天使で言えば、六翼の羽は最上級を意味する。

 神に最も近い存在であり、全ての天使の上に立つ存在、それが『熾天使』である。

 ヒナンドがその姿になってしまっている。

 他ならぬヒナギクのせいで。

 ヒナギクは顔を青くして、恐る恐るゆりへと話しかけた。

 

「ゆ、ゆり……?ちょ、ちょっとだけ待っ……」

 

「見て見て、お父さーーん!!ヒナンドが復活したよーー!!」

 

「ま、待って、ゆり!!少しだけ力を返して……って、待ってってばーーー!!」

 

 ヒナギクが止めようとするのだが、大はしゃぎするゆりには聞こえず、父の元へと突っ走っていく。

 ヒナギクは慌てて止めに行くのだが、力を無理矢理持っていかれたせいで出遅れる。

 

 その後、力をある程度返してもらったのだが、ヒナンドの姿が変わることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「色々と教えていただきありがとうございます」

 

「いえ、こちらこそ」

 

 お互いに情報交換がある程度終わると、視線を外して別方向を眺める。

 二人のトリスターノが見つめる先はヒカルとヒカリ。

 どちらも奇跡で存在している二人。

 

「随分と変わっていますね」

 

「リーダーが?」

 

「それもそうですが、この世界も、この状況も、別世界の自分自身と話していることも、何もかもですよ」

 

「それは……そうでしょうね」

 

「様子を見るに、こういう状況は慣れているんですね」

 

「慣れているつもりはありませんが、彼らといると色々なことが起きますからね」

 

「……羨ましい限りです」

 

 別世界から来たトリスターノの疲れ切ったような表情と恨めしいような羨ましがるような様々な感情が混ざった視線をこの世界のトリスターノに向ける。

 トリスターノはそんな視線を受けても特に何の反応も示さない。

 同情や憐れみも無い。

 ただ、これも自身の一つの可能性だという事実を重く受け止める。

 

「今の私は円卓の騎士の名を完全に捨てた身ですが、それでも忠告させてください」

 

「……」

 

「酷い姿でしょう?今の私の姿をその目に、その心に刻み付けてください」

 

 ツヤのない髪、痩せこけた頬、細い手足、目の下にくっきりと見える隈。

 言われた通り、酷い姿だ。

 トリスターノは素直にそう思った。

 

「この後マーリンに記憶を消されるとしても最悪の未来がいつでもあり得ることを忘れないでください」

 

「……分かっていますよ」

 

「この奇跡を最後の最期まで続けてください。円卓の騎士の名にかけて。『トリスターノ』の名にかけて」

 

「はい」

 

 それだけ言うと別世界のトリスターノは背を向けてヒカリの元へ去っていく。

 その背中は哀愁を感じさせたが、足取りは確かなものだった。

 別世界の自身が羨ましくて仕方がないが、こんな世界があるという救いを得た。

 過去に囚われていた男はようやく自身の道を歩き出せた。

 たまに俯いてしまったり、振り返ってしまうことがあっても、きっと道を違えない。

 様々な感情を胸に秘めて、自身と仲間の未来のために前を向く。

 晴れやかな気持ちで、ずっと閉ざされていたいつかの微笑みを浮かべながら。

 その微笑みを彼が見たら、こう言うのだろう。

 まったく、これだからイケメンは。

 






◯ヒナンド(熾天使の姿)
なんかパワーアップした。
時間を数秒止められるようになったとか、なってないとか。
ゆりが神聖を失うその時まで、ゆりの身を守り続けた。


◯トリスターノ(番外編『No』)
番外編『No』では最終話しか登場しなかったが、まさかの本編に登場を果たした。
彼はここで救われて、ヒカリの娘が登場するエピローグで仲間たちと幸せな道を歩んでいる。




去年の大晦日と今年の元旦にデイリーランキングに入ることが出来ました。
お気に入り、感想、評価、本当にありがとうございます。
いつも書くモチベやパワーをもらってます。

実はランキングに入っていたこともあり、年始に特にやることもなかったということもあり、今月の三日ぐらいには投稿しようと思っていたのですが、書き上げたのがこれの次回かさらに次のお話だったので、結局いつも通りのペースになっております。
いや、書きたいなと思っていたシーンなので、それを書き上げたら、なんだか書き切った気分になってしまったのです。

そして、ようやく前回の後書きで言ったゆんゆんのフィギュアを部屋に飾ることが出来ました。
なんというか、思った以上にエッチでした。
その身体で少女は無理があるでしょ……。
そんな感じでした。


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138話


138話です。さあ、いってみよう。



 

 

「出来ればもう少し一緒にいたかったな」

 

「そうね」

 

「悪いな。助けてもらったのに、大したお礼も出来なくてさ」

 

 マーリンが開けた次元の穴の前で悲しげな表情を浮かべる別世界のゆんゆんとヒナギク。

 長くいることで時間や世界に影響があるかもしれない、というマーリンの一言で二人はこの世界に来て数時間と経たずに帰らさられることになった。

 そんな二人を前にヒカルやその仲間達は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

「それは全然いいんだけどさ……」

 

「うん、事前にそういった説明は受けていたから」

 

 誰が説明したのかは言うまでもなく、その人物へと視線が集中した。

 どれだけ視線を受けてもどこ吹く風で、別れを見守るように微笑みを浮かべるだけであるが。

 

「あ、あの、マーリン、さん?」

 

「ん?なんだい?」

 

 別世界のヒナギクが恐る恐るマーリンへと話しかけることでマーリンの表情は微笑みから変化した。

 

「また、こっちの世界に来られたりとか、しないですか?」

 

「……すまないが、それは出来ないよ。今回は特別なんだ」

 

「でも貴方は次元とか世界を自由に行き来することが出来るんですよね?」

 

「そうだけど、どんな影響が出るか分からないのさ。私自身も未来からやってきたから、そこら辺は考慮して、彼らの記憶を都合の良いように変えるつもりさ。それに今回はヴォーティガンがめちゃくちゃしてくれたからね。そのカウンターとして君達を連れてきたってだけさ。この世界の人達を連れてくるよりリスクが少ないからね」

 

「あ?何で別世界の人間を連れてくる方がリスクが少ないんだ?普通逆だろ?」

 

「こちらの世界や人間にはリスクがある。何かのきっかけで今回の事件を思い出してしまえば、進むべき未来からズレてしまう可能性がある。その人数が増えれば増えるほど、その危険性は高くなる。だが彼女達の世界は私達の世界とは全く違う進み方をしている。言ってしまえば、この次元と彼女達の世界は別世界だ。彼女達を元の世界に帰しても記憶をいじる必要も無い。何故ならこの世界の人間とは違って今回の事件のことを知っていても彼女達や私達の未来に何ら影響は無いからだ。帰してしまえばいいだけで、こちらの世界へのリスクがない」

 

「あー、うん。なるほどね」

 

「本当に分かっているかな。まあ、私の手間も一つ減るってことさ。また送り返さなきゃいけないけど、ヴォーティガンが次元を渡る時に無理矢理通った影響で次元がめちゃくちゃになっていて、その修復も兼ねてるから問題無し。私としては無駄が無いんだよね」

 

「へえ、随分と働き者なんだね?」

 

 語気が強い尋ね方をしたのは、この世界のヒナギクであった。

 マーリンを睨み付けるようにして、今にも殴りかかりそうな雰囲気である。

 未だ彼女はニホンを壊された時の怒りや恨みがあるようで、マーリンの前では警戒を解かない。

 

「ああ、決まってるじゃあないか。何せ彼と私達の現在の為だ。君も同じような理由で頑張ってるんじゃあなかったかな?」

 

「……」

 

「おやおや、怖いものだ。別世界の君は縋るように私を見てくるのに、君は敵意むき出しだなんて。言っておくけど、私は君を何度か助けてるんだぜ?君がニホンなんて創り出した時もそうだし、今回もヴォーティガンに真っ二つにされるところを救ってあげたというのに」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

「うーん、これは何を言っても無理そうだ。君と和解する未来に託すことにしよう」

 

「そんな未来は無いと思うけど?」

 

「さあ、どうだろうね?」

 

 マーリンが意味深な笑みを浮かべてヒナギクを見ると、ふんとそっぽを向くヒナギク。

 やれやれ、と苦笑するマーリンは続ける。

 

「さて、話を戻そう。結論から言ってしまえば、もうこの世界とはこれっきりになるだろう。別れの時間はある程度作ってあげるけど、なるべく早い方が助かる。私が言うことはこれぐらいかな。では、悔いの無いように」

 

 そう言ったマーリンは質問される前のように口を閉ざした。

 別世界のヒナギクは泣き出してしまいそうなほど落ち込み、そんなヒナギクを見兼ねて先に別世界のゆんゆんがヒカルへと話しかけた。

 

「何から話せばいいのか、分からないけど一応元気にやってるわ」

 

「そうか、よかった」

 

「今はヒナちゃんと二人で冒険者やってる。拠点はもちろんアクセルよ。だけど、もう少ししたら王都や別の街に拠点を変えるつもり」

 

「元魔王様にはアクセルは狭すぎたか?」

 

 茶化すように尋ねるヒカルに笑ってしまうゆんゆん。

 別れを惜しんで表情の硬かった彼女はやっと表情が柔らかくなった。

 

「ふふ、そうね。手応えが無さすぎるわ。城でヒカルと戦った時ぐらい」

 

「やかましいんだよこの野郎。まったく、思ったより大丈夫そうだな。間違っても魔王に返り咲くなよ?」

 

「それは後々考えることにするわ」

 

「考えるな。もう未来永劫考えるな」

 

「どうしよっかな〜」

 

「お前な……」

 

 はしゃぐ子供のような返しにヒカルは呆れるが、ゆんゆんは一瞬俯き、ヒカル達の方を向いた。

 ヒナギクのように泣き出してしまいそうな表情で。

 

「あのね、この世界すっごく羨ましいわ」

 

「……ああ」

 

「トリタンさん?」

 

「はい」

 

「ヒナちゃん?」

 

「……うん」

 

「ええっと、わ、私?」

 

「う、うん」

 

「それにヒカル」

 

「ああ」

 

 この世界のヒカル達を一人ずつ呼んで、満足したように頷くと、笑顔を作って続けた。

 

「最高の仲間たちよ。私の大好きな人達。みんながいたから、私も私自身を好きな人達の中に入れられる。こんな世界があるなんて羨ましくて仕方がないけど、でも嬉しいわ」

 

「ゆんゆん……」

 

「絶対に幸せになって。そうじゃなかったら、許さないわ」

 

「分かってるよ」

「もちろんです」

「任せて」

「うん」

 

「それなら……あ、そうだ!」

 

 四人の返事を聞いて、嬉しそうにしていたゆんゆんであるが、急に何かを思い付いたように声を上げる。

 

「もしこれで幸せになれなかったら、今度こそ私は魔王になるわ!」

 

「はあ!?」

 

 ヒカル達が驚愕する中、別世界のゆんゆんは瞳を紅く輝かせて続ける。

 

「これよ、今決めたわ!私が魔王になるか、ならないかはこの世界のヒカル達次第!もし幸せな未来にならないのだとしたら、この世界で魔王となって、みんなを蘇らせて、絶対にみんなを幸せにするんだから!」

 

「ちょっと!?ゆんゆん何言ってるの!?」

 

 別世界のヒナギクでさえもゆんゆんの高揚ぶりに驚き、

 

「ぷっ!あはははははははは!それは実に面白そうじゃあないか!彼らが良くない道を進んだのであれば、私が君達を責任を持ってこの世界に連れて来よう!」

 

 マーリンまで話に乗ってしまう始末。

 ヒカル達は絶句して固まり、マーリンは腹を抱えて笑い、別世界のヒナギクはどうしていいか分からずオロオロし、ゆんゆんは堂々とした様子でヒカル達に指を突き付けた。

 

「約束よ、みんな!」

 

 一方的に言い放つゆんゆんの表情はどこまでも晴れやかで、最高の笑みを浮かべていた。

 瞳も燃えるように輝き、真っ直ぐとしていた。

 どんな困難にあったとしても、跳ね除けてしまえるようなそんな力強さを感じて、ヒカル達は安心しつつも、とんでもないことになったと重圧を感じるのだった。

 

「というわけで、ヒナちゃん。お別れの挨拶、交代!」

 

「えぇ!?この空気で!?ゆんゆんが変なこと言うから何言っていいか、分からなくなっちゃったじゃん!」

 

 ゆんゆんがヒナギクの背中を押して促してくるが、ヒナギクもまさかの事態に呆然としていたせいで思わずツッコミを入れた。

 

「ふふ、ごめん。でも、さっきよりはなんとか挨拶出来そうじゃない?」

 

「それは、そうだけど……」

 

 ヒナギクは自信無さそうに呟くと、ゆんゆんが耳元でヒカル達に聞こえないように言った。

 

「ヒカルに思う存分、想いを伝えてきたら?」

 

「え、ちょ、何言ってるの!?ゆんゆん、さっきから変だよ!?」

 

「私が思いっきり行ったんだから、ヒナちゃんも思いっきり行かないと」

 

「ノリ悪い、みたいな言い方しないでよ!絶対そういう問題じゃない!」

 

「最悪、この世界で私達が魔王になるんだから、無駄になるってわけじゃないわ!」

 

「それは……ええ!?僕も魔王になるの!?聞いてないんだけど!?」

 

「じゃあ独り占めしていいの?」

 

「え……い、いや、そ、そういうわ……」

 

「いいからヒナちゃんらしく、どーんとぶつかってきな、さいっ!!」

 

「うわあ!?」

 

 コントのように二人で盛り上がっていたが、ゆんゆんがヒナギクをヒカルの方へと無理矢理押し出した。

 ヒカルが抱き止めようとしてるのを見て、ヒナギクは慌てて急ブレーキをかけてヒカルの前に立ち止まった。

 

「え、あ、えっと、その……」

 

「お、おう」

 

(あぁ、どうしよう!?本当に何言っていいか、分からなくなっちゃった!!もう、ゆんゆんのバカ!大バカ!!)

 

 ゆんゆんの方を振り返り、恨めしげに睨んでもゆんゆんはニッコリ笑って右手を上げて応援してくるだけである。

 それでゆんゆんの先程の発言がヒナギクの頭の中で再生された。

 

(あ、挨拶……。どーんと、お、想いを……!)

 

「ヒナ、その、無理しなくていいんだ。元気にやってるみたいで嬉しいしさ」

 

「え、あ、うん。だ、大丈夫。ごめんね」

 

 ヒカルが助け舟を出してきたが、ヒナギクはいよいよ決心して一歩前に出る。

 

「ヒカル、ちょっとみんなには内緒の話なんだけど、いい?」

 

「なんだ?」

 

 ヒカルがヒナギクの背に合わせて、少し前屈みになる。

 ヒナギクはヒカルが近くなったことで少し頬を朱に染めながらもヒカルへと尋ねる。

 

「ヒカルが僕達の世界に来た時のことなんだけど」

 

「おう?」

 

「牢屋に入れられた、じゃない?」

 

「それお前とゆんゆんに入れられたんだろうが。しかも脇差勝手に持っていきやがって」

 

「い、いいじゃん、別に!ちゃんと実家で大切にしてるもん!……って、そんなことはどうでもよくて!」

 

「いや、よくないだろ」

 

「いいの!」

 

「ああもう、わかったよ。牢屋のことがなんだって?」

 

「だから、えっと、僕が、告白したこと、覚えてる……?」

 

「え、あ、ああ、まあ、もちろん」

 

 ヒナギクは照れているのか、赤面しながら尋ねてくる。

 そんなヒナギクの様子にヒカルも少し赤くなりながら、覚えていることを伝えた。

 

「そ、そっか、よかった」

 

「忘れるわけないだろ」

 

「え、えへへ……じゃあ、えいっ」

 

「え、ちょっ!?」

 

 ヒナギクが突然ヒカルの首元へ抱き着き、驚いていると、

 

「僕の気持ち、ずっと変わらないから……んっ」

 

「────」

 

 ヒカルの頬には温かく柔らかい感触がして、ヒナギクはスルリと離れる。

 ヒカルの視界には赤面しながらも悪戯な笑みを浮かべるヒナギクと顔を赤くして口を開けているゆんゆん、目を丸くしているマーリンが見えた。

 

「ヒ、ヒナちゃん、そ、そこまでしちゃうんだ!?」

 

「ゆ、ゆんゆんがどーんと行けって言ったんじゃん!」

 

「いやあ、青春だねえ」

 

 そして、後ろからは──

 

「え、ええっ!?ちょ、どういうこと!?」

 

「ぼ、僕の姿でなんてことを──っ!?」

 

「これはまた面白そうな展開ですね」

 

 いつもの面子の声が聞こえて、更に後ろから。

 

「ゆ、許すまじいいいいいいい!!!ずっと黙って見てようと思ってたけど、違う世界のヒナギクにまで手を出すなんてえええええええ!!!」

 

 ダガーを引き抜いて突っ込んで来る銀髪盗賊の姿が。

 

「ちょ、待て待て待て待て!!どこをどう見たら俺が手を出したことになるんだ!?」

 

「そっちのヒナちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」

 

「なんて恥ずかしいことしてくれたのさ!!」

 

「はっはっはっはっ!!よーし、二人とも今のうちに逃げるとしよう!」

 

「そうですね。じゃあね、みんな!次会うとしたら魔王としてだね!」

 

「バイバイ、ヒカル!僕のこと、忘れちゃいやだよ?」

 

 状況がめちゃくちゃになる中、次元の穴へと入り込む三人。

 今生の別れになるかもしれないというのに、何故だか騒がしく笑顔に溢れるものになった。

 

 別世界のこの二人が未来に魔王になることは無いのだが、そんな世界線も可能性としてはあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お二人とも、少しよろしいですか?」

 

「え、あ……トリタンさん」

 

「トリタン……」

 

 壮年のトリスターノがゆんゆんとヒナギクへと別れの挨拶をしに来ていた。

 トリスターノの変わってしまった姿に二人は悲しげな表情を見せるも、トリスターノは変わらず続ける。

 

「お別れを言う前に少しだけ。この四人が揃っているのを客観的に見るのは、なんだかおかしく感じますが、別世界のゆんゆんさんが言った通り、最高のメンバーですね」

 

「そうね」

「うん」

 

 トリスターノの変わらない笑みに二人は自然と微笑みを返し、頷いた。

 

「何がなんでも生きてください。それで最高に幸せになってください。私から言えるのはそれだけです」

 

「ええ、わかったわ。でも、トリタンさんもよ?」

 

「そうだよ、トリタン。そっちこそ自分の幸せを考えないと」

 

「……それは確かに。ふふ、そうですね。それも模索しながら思いっきり生きてみることにします。それではお二人とも、お元気で」

 

「うん、元気でね」

 

「頑張ってね、トリタン!」

 

「はい!」

 

 そう返事をしたトリスターノは二人に背を向けて、歩いていく。

 最後に声をかけるところは決まっている。

 

「リーダー、私も魔王になった方がいいですか?」

 

「やめろこの野郎、収拾が付かないとかいうレベルじゃなくなるだろうが」

 

 壮年のトリスターノが盗賊に追いかけ回されたせいで肩で息をするヒカルへと話しかけていた。

 

「冗談ですよ。私は私で自分の世界でやるべきことをやります」

 

「トリスターノ、お前……」

 

「貴方に会えて本当に良かった。あの時からずっと私は生きた心地がしなかった。やっと、あの時から私は踏み出せる」

 

「……俺やあの俺モドキにこだわらなくていいんだからな」

 

「ふふ、分かりました。私は魔王にはなりませんが、絶対幸せになってくださいね」

 

「ああ、元気でな」

 

「はい、リーダーもお元気で」

 

 壮年のトリスターノはあっさりとヒカルと別れを済ませる。

 まるでまた明日会うかのような足取りで。

 彼の目はすでに前を見ている。

 ヒカリもびっくりするような男の顔つきで。

 





別世界のゆんゆんとヒナギクが帰る時のシーンはもっと短めで泣きながら帰るようなものを想定していましたが、書きながら「なんだか違うな」と思うようになり、明るい未来へ突き進む力強い二人になっていきました。
すでにこの二人の未来は書いてしまいましたが、もしかしたら面白おかしい別世界侵略魔王ルートがあるのかもしれません。
可能性が0でなければ、それは無いとは言い切れないのです。

トリスターノは逆にあっさりと。
すでに答えを得た彼は、別の可能性を見るのではなく、ただ自身のやるべきことを考えて、それを為すのみ。
本当はモノローグで済ませちゃおうかなと思いましたが、やめました。

思ったより長くなってしまったので、ゆりのお別れパートは次回になります。
二話ぐらいやったら、この章は終わりです。
今の章名の『騎士道』は次の章に回すことになります。


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139話


139話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

「おい、シロガネヒカル」

 

「あ?」

 

「そいつら悲しませたら、ただじゃおかないぞ」

 

「……」

 

「なんだその目は」

 

 ヒカルが何言ってんだこいつ、みたいな顔でヒカリを見るので、不機嫌さが増すヒカリ。

 

「あのな、俺に似たよく分からないヤツに忠告されたら誰でもこんな顔にもなるわ」

 

「俺からすればお前の方が俺に似た新キャラだが」

 

「いや、何言ってんのお前。お前の方が完全にぽっと出の新キャラなんだけど」

 

「……」

 

「……」

 

 黙り合い、睨み合う二人はおもむろに木刀と杖を構え始める。

 

「なんだやんのかこの野郎」

 

「弱い犬ほどよく吠えるな?」

 

 そんな二人を見て、呆れるゆんゆん達と微笑むマーリン。

 

「なんで喧嘩はじめるの?」

 

「同じ顔同士仲良くすればいいのに」

 

「これのどこが同じだ。パクりキャラなだけだろうが」

 

「どれも間違いだ。俺の方がカッコいい」

 

「中二病ファッションでイキってんじゃねえよこの野郎!俺が恥ずかしいだろうが!」

 

「これが理解出来ない低レベルのセンス……顔も力も何もかもダメダメとはな」

 

「こいつ、いい加減に……」

 

「リーダー、ヒカリさん、ストップです。争ってどうするんですか。ほら、行きますよ」

 

 見兼ねたトリスターノがヒカリの背中を押して、次元の穴へと進んでいく。

 

「おい、お前が死ぬのはどうでもいいが、そいつらは悲しませるなよ」

 

「俺も俺モドキはどうでもいいが、トリスターノ達は悲しませるなよ」

 

 まだ何か言おうとするヒカリをトリスターノが無理矢理押し出し、次元の穴へ入っていく。

 

「では皆さん、お達者で」

 

「じゃあな」

「元気でね」

「バイバイ」

「ご武運を」

 

 ヒカル達の返事にニコリと返し、マーリンと共に次元の穴へと入って行った。

 

「行っちゃったね」

 

「そうね」

 

「これでやっと一安心出来ますね」

 

「ああ、そうだな。俺の後ろの殺気全開の盗賊をどうにか出来たら、一安心だな」

 

「それはどうでもいいから、そろそろ帰らない?」

 

「俺の安全をどうでもいい扱いするな」

 

「ヒナギク、ひどいっ!」

 

 雑な扱いをされたクリスが抗議すべくヒナギクへと駆け寄るも、すぐに距離を取られてしまい、また駆け寄り距離が空いてのその繰り返しとなる。

 ヒカル達は最早見慣れていて、呆れたり苦笑したりと様々であったが、ゆりだけはもの珍しそうに眺めていた。

 

「リーダー、そろそろゆりさんのこととか詳しい事情を聞きたいところです。結局ずっと戦ったり別世界の人達と交流したりで話を聞かないままでしたから」

 

「そうだね。僕ももう少し詳しく聞きたいかな」

 

「察しは付くけど、やっぱり聞いておきたいわ」

 

 そう言われたヒカルはゆりへ視線を送ると頷きが返ってきたので、これまでのことを説明しようとした。

 

「ええっと、何から話すかな……」

 

 

「いや、その必要は無いよ」

 

 

 何から話そうかと悩むヒカルの隣に次元の穴が開き、そこから姿を現したマーリンがヒカルを止める。

 

「これから私とゆりは未来へ帰る。そして君達の記憶もいじらせてもらう。だから今回のアレコレについて知る必要は無いんだ」

 

「え、も、もう帰るの?」

 

「他のみんなはともかく、何でゆりまで驚くんだい?すぐに帰るのは他の帰っていった四人を見れば分かるはずだろう?私達はこの次元の住人じゃあない。いてはならない存在なんだ」

 

「そ、それは、そうなんだけど……」

 

「十分素敵な体験をしただろう?それに帰っても、未来の彼らにいつでも会えるじゃあないか。これ以上は私達の現在に響く可能性がある。君の為を思って言ってるんだ」

 

「う、うん……」

 

 とぼとぼとマーリンの元へ歩いていくゆりを見て、ヒカルは考えるよりも先に体が前に出て、ゆりの肩を掴んでいた。

 

「あー……そのなんだ。夕飯ぐらいはいいんじゃないか?トリスターノのやつが準備万端だって言ってたし、そんな時間はかからないと思うんだけど」

 

 ゆりはヒカルの言葉を聞いて目を輝かせるが、マーリンはため息を吐き、呆れた顔で言った。

 

「是非私もご馳走になりたいところだけど、ダメなんだ。この次元に長居すればするほど、リスクも手間も増える。あと、ゆりはこれから未来に帰った後に自宅に帰って、未来の母親にご飯を作ってもらうんだから、ゆりの心配はいらないよ」

 

 マーリンは呼んでないけどね、とクリスを片手で押さえながら不機嫌に言うヒナギクに一瞬視線が集まったが、すぐにマーリンへと戻った。

 

「でも……」

 

「申し訳ないけど、諦めてほしい。ゆり、別れの挨拶だ。なるべく早めにね」

 

「……うん、わかった」

 

「ゆり……」

 

 観念したようにゆりはマーリンの隣へと歩いて行き、ヒカル達の方へ振り返る。

 ゆりは悲しいというより、落ち込んでいた。

 『紅伝説』に自身が登場するという夢、それどころか妄想レベルのものが現実となった。

 だが、それもここで終わりになってしまう。

 マーリンの言う通り、彼らには未来に帰った後にも会える。

 今生の別れというわけではないのだが、『紅伝説』の冒険をしている彼らに会うことが出来るのは今回が最初で最後なのだ。

 

「ヒナさんには先程話したのですが、実はヴォーティガンを逃がしてしまったのは私で、私がさっさと倒していればこんなことにはならなかったんです。突然来て、事情もほとんど話せないまま戦わせることになって、本当にごめんなさい。でも皆さんを巻き込んだのと事情を話せないのはマーリンのアンポンタンのせいです、ごめんなさいっ!」

 

「なんで私への罵倒を入れたのかな?」

 

「何も言わずに協力してくれて、信用出来るはずないのに味方になってくれて、本当にありがとうございました!マーリンのことも絶対信用出来ないヤツなのに、味方側に入れてくれて、ありがとうございました!マーリンがイキりぼっちにならなかったのは皆さんのおかげですっ!」

 

「もしかして罵倒を入れないと会話出来ないんじゃあないだろうね」

 

「もっともっと謝りたいし、お礼も言いたいことたくさんあるんですけど、マーリンのアホで馬鹿野郎のせいです、ごめんなさい」

 

「はあ、はいはい」

 

「それで、あの、皆さんには最後にお願いがあってですね」

 

「まだあるのかい?」

 

 ゆりはモジモジと照れながら、腰にあるポーチから本を取り出した。

 その本は全体的に高級感のある黒と赤の装飾で分厚いハードカバーの小説であった。

 タイトルは『紅伝説』第一巻。

 

「え、えへ、こ、これにサインくださいっ!未来では何故か断られちゃったから、今の皆さんにしか頼めなくて……。こ、ここの背表紙の裏のあるえさんのサインの周りにお願いします!あ、お父さんは出来ればニホン語ってやつで書いてほしくて、それから──」

 

「はい、時間切れ」

 

「トリタああああああああーーーーっ!!!マーリンのアホおおおおぉぉぉぉぉぉ────」

 

 本と同じくペンをポーチから取り出しながらヒカル達の元へ歩いていく途中で足元に次元の穴を開けられて、落ちていくゆり。

 それをなんだか複雑そうな顔で見送るヒカル達。

 

「申し訳ないね。このままだとずっと続きそうだから、強制的に──」

 

「あ、諦めるもんかああああああああ!!!」

 

『ヒ、ヒナ……ッ!ヒナァ……ッ!!』

 

 マーリンがヒカル達へと挨拶を済ませようとしていたが、落ちたはずのゆりが戻ってきた。

 六枚の羽を忙しなく動かして懸命にゆりを抱えて浮かぶヒナンドは明らかに無理をしていて今にも落ちそうな様子であった。

 

「マジか、君」

 

「お、お父さんっ!早くっ!サインをっ!!」

 

「なんでそこまで必死なんだお前は」

 

「いいから!」

 

「ったく、わかったよ」

 

 呆れた顔でヒカルは本とペンを受け取り、さらさらと漢字で名前を書いてゆりへ手渡した。

 その瞬間、

 

「や、やったああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────」

 

『ヒ、ヒナッ!?ヒナァァァァァァァ!?』

 

 歓喜の声を上げるゆりは途中でヒナンドが抱えきれなくなり、落ちていく。

 ヒナンドは慌てて、落ちていくゆりの元へと飛んで行った。

 そんな様子をなんとも言えない表情で見ていたヒカル達。

 それを横目で見ていたマーリンは開いた次元の穴へと足を踏み入れた。

 

「こんな別れでごめんね。記憶も良い感じにいじるから、あとは頑張ってくれたまえ。明るい未来で待ってるぜ」

 

 マーリンはパチンと指を鳴らし、その後自身も穴へと落ちていった。

 指を鳴らした音を聞いたヒカル達はほぼ全員に記憶の処理が行われ、あるべき日常へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人、記憶の処理がされなかった人物がいた。

 その人物はそっと今いる場所から距離を取って、自身の状況を確かめていた。

 

「特に異常は無し……まさか、あそこまでめちゃくちゃだなんて……あれがマーリン……」

 

「そう、私がマーリン」

 

「うわあっ!!?」

 

 急に背後から聞こえた声に飛び上がるほど驚き、慌てて振り向きながら距離を取った。

 未来に帰ったはずのマーリンが恭しく頭を下げて礼をしていた。

 

「お初にお目にかかる、銀髪盗賊団首領クリス殿、いやそれとも、女神エリスとお呼びすれば?」

 

「…………どちらでも構いません。そんなことはどうでもいいです。何故ここに?」

 

 一瞬で気配もなく背後を取られた上に正体までバレていることで更に警戒心を上げながらクリスはマーリンへと尋ねた。

 

「ゆりを送り届けた後にまた戻ってきたのさ。記憶の処理が正常に行われているかの確認。それと、是非貴方とも話してみたかった」

 

「……」

 

「そう警戒しないでほしい、と言うのは無理な話かな」

 

「無理ですね」

 

「そうか、ならば話をさっさと済ませようじゃあないか。正直悩んでいてね、貴方への記憶の処理をどうするかを」

 

「何故しないのです?」

 

「記憶の処理をしてしまうのが一番ではあるのだけど、流石に神を相手にそんなことはしたくなくてね」

 

「信仰心があったとは驚きました」

 

「いやいや、単純に面倒事は避けたいだけさ。天界連中にバレたら何をしてくるか分からないじゃあないか。あの有名な『破壊神』まで出て来たら私も本気を出して、どうにかこうにかしなくてはいけなくなるわけだし」

 

(天界のことまで知られている……?それに創造神様の過去の名まで知っているなんて……)

 

 エリスは今まで感じたことのない未知に恐怖していた。

 恐らく、エリスという存在が生み出されて以来、一番の恐怖を感じていた。

 全身から噴き出る汗が気持ち悪くて、どうにかなってしまいそうなのを必死で耐えて前を睨んでいた。

 

「でも彼は今、創造神の席にいるんだったね。いやはや破壊と創造は表裏一体とはよく言ったものだ。以前の常識を破壊して、今の世を創った。なるほど、たしかに創造神の座に誰よりもふさわしい。それに彼は()()があったわけだし」

 

「……?」

 

「おや?まさか知らない?話し過ぎてしまったかな。それにどう考えても脱線だし」

 

「ええ、本題をお願いします」

 

「そうしよう。私は出来れば()()()()に干渉したくない。それはそちらも同じじゃあないかと思うんだが、どうかな?」

 

「……はい」

 

「大変素直で結構。そうなると、記憶はいじらないという話で終わらせたいのだが、そうもいかない」

 

「未来のこと、今回のことを誰かに教えたり伝えたりしない。そう約束すればいいのですか?」

 

「それは大前提だ。ちゃんと約束してほしい。誰にも教えてはならない。ヒカリ君にも君の最愛の天使にもね」

 

「……分かりました。幸運の女神エリスの名にかけて、約束しましょう」

 

 自身のことも知られていることに嫌悪感が表情に出たが、エリスは自身の名にかけて約束を誓った。

 神としてその誓いは絶対である。

 名前に傷が付けば、信仰はなくなる。

 神にとって信仰は存在するためのエネルギーや力と同義であるからだ。

 

「そこまで言ってくれるなら多少は安心出来る。いちいち監視とかしたくないからね」

 

「それで、先程大前提と言っていたということは、まだ何かあるのですか?」

 

「ああ、そうだとも。これも重要だ」

 

「何でしょう?」

 

「ヒカリ君のことをしっかり見守ってほしい」

 

「……はい?」

 

 どんな難題を言われるのかと覚悟していたエリスは予想外の言葉に思わず聞き返した。

 

「ヒナギクちゃんが天界に行った後、二人で彼を守るんだろう?それはしっかりやってほしい。貴方が出来る範囲で、最大限に」

 

「本当に、どこまで知っているのですか?」

 

「今の私ならともかく、この私は未来から来ているからね。それなりに知っているさ。それで、約束はしてくれるのかな?」

 

「はあ……分かりました。それも約束しましょう」

 

「スムーズで助かるよ。彼はいろいろと引き寄せてしまうからね。大変だろうけど、よろしくお願いするよ」

 

「そもそもヒナギクと話が進んでいたことなので、貴方に言われなくてもそうします」

 

「先程ダガーを握って追いかけ回していたのは誰だったかな?」

 

「それとこれは話が別です」

 

「なるほど、話が別か。よく分かんないけど、まあ、いいや。話が済んだことだし、私はそろそろ……」

 

「一つ質問があります」

 

 女神エリスもさっさと終わらせたい気持ちがあったが、先程の約束のやり取りから懸念が生まれてしまった。

 それを問いたださなければ、これから先きっと安心は出来ない。

 それほどのことであった。

 

「ん、何かな?」

 

「貴方が興味あるのは『シロガネヒカル』ですか?それとも『ムードメーカー』ですか?」

 

「『ムードメーカー』に興味はないよ。彼の一つの重要な要素だとは思うけどね。というかヒカリ君は『ムードメーカー』の半分も力を出せてないじゃあないか。それで『ムードメーカー』に興味が出る相手なんているわけないだろう。アレに興味を示すのは真に『ムードメーカー』を理解出来て制御出来る者だけだ。私はどちらも出来るだろうが、その上で興味は無いよ。だって、私は『ムードメーカー』のことをシロガネヒカルのおまけぐらいにしか思ってないからね」

 

「……お、おまけ、ですか」

 

 エリスはなんとかそれだけ聞き返す。

 『ムードメーカー』つまりは神の能力をマーリンが欲しがっているとなると、対立は避けられなかった。

 だが、マーリンが執心しているのは能力ではなく、その『容れ物』であった。

 マーリンのことはほぼ分かっていないエリスだが、マーリンが嘘をついていないことは分かった。

 それだけ温度差があった。

 『シロガネヒカル』を話す時と『ムードメーカー』を話す時で。

 

「そうさ。私は彼の物語が好きだ。彼の物語の一つの彩りになってくれる『ムードメーカー』は彼が持っていなければ意味がない。どれだけぶっ飛んだ神の能力だとしても、一つの要素にしか感じない。だから、おまけさ」

 

 呆然とするエリスにマーリンは背を向けて、自身が開いた次元の穴へと歩を進め、肩越しにエリスに視線を送った。

 

「彼のこと、頼んだよ。なにせ君達が危険視するような能力を背負わされた上、世界にまで命を狙われるんだからね」

 

「え、それは……」

 

「では、さらばだ幸運の女神」

 

 エリスが聞き返してもマーリンは次元の穴へと入り込み、一瞬で姿を消してしまった。

 緊張が解けて、へたり込むエリスは汗を拭いながら呟く。

 

「地獄の悪魔や邪神以上に厄介な存在が出てくるなんて……あんなのどうやって報告すればいいんだか」

 

 とんでもない存在が自身が管理する世界にいつの間にかいることについて嘆くも、誰の耳にも届かず、ましてや解決してくれるような都合の良い存在もいなかった。

 せいぜいお気に入りにされてる彼に頑張ってもらおうと丸投げしつつ、クリスは汗を流せる場所へと向かうことにした。

 





ヒナンドは天使の形をしているのですが、本物の天使やヒナギクみたいに人を抱えて飛んだりが出来ません。
羽はほぼ飾り、もしくは盾です。
ですが、ゆりがサインが欲し過ぎて無理矢理力を引き出して飛んでましたが、普通に途中で落ちました。


次回でこの章は終わり。今回は本当。
少し前に先に書き上げてしまった、と言っていた話が次回のものになります。
いやあ、ここまで来るのに長かったなぁ……。


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140話


今週末は投稿出来なさそうなので、この中途半端なタイミングで投稿です。
今回のお話はエピローグでもあり、プロローグでもあります。
書き上げていた話にさらにもう一つエピソードを入れたので、いつもより文字数多めです。
どちらも絶対に書きたかったシーンなので、やっと書けて嬉しい。
久しぶりに一人称視点で書いたのでなんか変だったらごめんなさい。
今回前書きも本編も長いですが、後書きも長いです。
時間のある時にお読みください。

140話です。さあ、いってみよう。



 

 

「あ、王都に連れてきてくれたんだ」

 

「流石にグレテン王国国境付近のヴォーティガンの研究所に送るのは可哀想かなって、ね。感謝してくれてもいいよ」

 

「じゃあね、マーリン。しばらくは出てこないでね」

 

「辛辣すぎるだろ、君ぃ」

 

 夕焼けに染まる王都をゆりは歩き出す。

 ゆりは疲労もあったが、輝かしい過去の出来事で無性に冒険に出たい気分でもあった。

 これからどうしようか、とゆりは思考を巡らせながら歩いていると、

 

「きゃあああああああああっ!!引ったくりよーーーー!」

 

「退きやがれ!!」

 

 悲鳴と怒号が聞こえてきた。

 怒鳴りながら走り去ろうとする引ったくり犯を見て、ゆりは思わずため息をつく。

 

(この王都で今時、引ったくりなんて)

 

 呆れつつもゆりは引ったくり犯を捕らえようと走ろうとして、やめた。

 引ったくり犯の進行方向には彼がいた。

 それは黒髪黒眼の和服を着た一風変わった男。

 

「てめえ、退……………あ?」

 

 引ったくり犯は間抜けな声を上げた。

 引ったくり犯からすれば、走っていた次の瞬間には地面を仰向けで寝っ転がっていたように感じただろう。

 それほど速く綺麗な技だった。

 その技をかけた人物は何事も無かったように引ったくり犯から取り上げていた荷物を掲げて、周りに尋ねた。

 

「この荷物、誰のだ?」

 

 この時代において、武人と呼ばれている人物。

 シロガネ流道場師範にして、ゆりの父親、シロガネヒカルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから引ったくり犯は忍ばせていたナイフで反撃するなどの抵抗を見せたが、ヒカルがあっさり無力化してしまい、警察や衛兵に引き渡された。

 

「シロガネ師範、見事な技の数々でした。見惚れてしまい、駆けつけるのが遅れてしまいました。申し訳ありません」

 

「街中でよしてくれ。恥ずかしいだろうが」

 

「そんなことはありません。余計な労力を取らせてしまいました。なんとお礼を言ったらいいか……」

 

「たまたま居合わせただけだ。悪いけど、今日は早めに帰るよう言われてるから先に失礼するよ」

 

「押忍、今後ともご指導よろしくお願いします」

 

「ああ、また今度な」

 

 ヒカルが色々な人達に頭を下げられながら人混みを抜けてきたあたりで、ゆりは父へと話しかけた。

 

「お父さん、お疲れ様っ」

 

「ん?ああ、ゆりか」

 

「今日はもう帰るの?」

 

「ああ、お母さんがたまには早く帰ってきてってな。お前は?」

 

「うーん、出来れば冒険に繰り出したいんだけど、珍しくお父さんが早く帰るなら私ももう帰ろうかな」

 

「そうか。じゃあちょっとお母さんにプレゼント買うから、少し付き合ってくれ」

 

「え、いいけど、私には?」

 

「そういえば……」

 

「え、私には?」

 

「知り合いから悩み相談をされててな。ゆりの意見も聞かせてくれないか?」

 

 真剣な表情で話す父にプレゼントをせがむのを一旦やめることにしたゆりは姿勢を正す。

 

「う、うん。なんの相談なの?」

 

「とある父親の話でな。その父親には娘がいるんだが、もう成人してて冒険者をやってるんだ」

 

「へぇ、私と一緒だね」

 

「その娘さん冒険者になって独り立ちするかと思ったんだが、結局夜になると家に帰ってきて、飯も食べて風呂入って寝て、朝にはまた出て行くんだけど、また夜になると帰ってくるんだと」

 

「わ、私とい、一緒だね……」

 

 どこかで聞いたことがあるような話にゆりは気まずそうに目を逸らしながら返事をするが、その様子に気付いていないのかヒカルは話を続けた。

 

「で、父親はこう思ったわけだ。『本当にこの子は冒険者をやれているのだろうか。実はただ王都で遊び歩いてるだけなんじゃないだろうか。ゆりはただのニートなんじゃないだろうか』って」

 

「いま私の名前が出てきたんだけど!!?」

 

「あ、ごめん。間違えた。まあ、それは置いとくとして、困った父親は娘さんが心配らしくてな。こうして相談するに至ったというわけだ」

 

「わ、私はちゃんと冒険者やってるもん!お金も稼いでるもん!ま、まだ少ないけど……」

 

「稼ぎが少なかそうが何だろうが、ちゃんとやれてるならいいんだ。ただな、嫁の貰い手とか先の将来のことを考えるとな……」

 

「あー、あー、聞こえない聞こえない」

 

「それに、いつになったらニートのゆりは嘘をつかなくなるんだろうって思うと」

 

「ニートじゃないし!働いてるし!」

 

「あ、すみませーん。これください」

 

「聞いてよ!!」

 

 ゆりが懸命に言っても、ヒカルはマイペースにとある店で妻へのプレゼントを購入した。

 そして会計を終えるとゆりへと尋ねる。

 

「一応聞くんだけど、ゆりは今日何をやってたんだ?」

 

「え、そうだ!聞いてよ、お父さん!」

 

 ゆりは今日起こったことをドヤ散らかしながら、そのまま伝えた。

 

「今日はマーリンと一緒に過去のお父さんのところに行って、一緒に戦ったんだよ!」

 

「わあ、すごいね、ゆりは」

 

「お父さんが実の娘を信じてない!!」

 

「明日一緒に冒険者ギルドに行こうね」

 

「信じてよ!!あ、そうだ!お父さんは記憶が無いんだった!マーリンに聞けばわかるよ!」

 

「そうかそうか。元気なのは嬉しいけど、あまり街中で騒いじゃダメだぞ」

 

「やっぱり信じてない!!ねえ、マーリン!どうせヒマで覗いてるんでしょ!?マーリンってば!」

 

「おいこら、人様に迷惑になるような大声を出すなって言っただろうが。それに変なのを呼ぼうとするなよ。本当に来たらどうすん……」

 

 

「そこで私、参上」

 

 

 何の予兆もなく、元から居たかのようにヒカル達の数歩先に現れたマーリンは微笑みを浮かべていた。

 

「うわ、出てきた」

 

「あ、マーリン!来てくれたなら説明してよ!」

 

 ヒカルはドン引きしながら、ゆりは光明が見えたとばかりに喜ぶ。

 

「悪いんだけど、説明って何だい?先程までヴォーティガンがめちゃくちゃにしてきた次元を修復してきたところでね。何の話をしてたのかな?」

 

「ゆりがいつニートを卒業するのかなって話だ」

 

「全然違う!マーリン、過去のお父さんの元に行った話をお父さんが全然信じてくれないから説明してよ!証人でしょ!」

 

 ライバルに勝負に挑んでは負けて涙目になって帰る誰かさんを彷彿とさせる様子のゆりは懸命にマーリンに訴えかけるが、

 

「まあ、それはどうでもいいとして」

 

「よくない!!」

 

 ゆりを無視して、ヒカルへと歩み寄り話を続けた。

 

「ヒカリ君、実は面白い話があって……」

 

「聞きたくない」

 

 即答で拒否するヒカルにマーリンは変わらぬ調子で話しかける。

 

「ゆんゆんちゃんのことなんだけど」

 

「一応話だけは聞こうか」

 

「お、お父さん……」

 

 一瞬で手のひらを返すヒカルを見て、軽く引くゆり。

 満足そうなマーリンはウンウンと頷き、話を続ける。

 

「大変チョロくて結構。先程次元の修復作業をしてたんだけど、そこでまたとある世界を見てきてね」

 

「てことは違う次元のゆんゆんか?」

 

「そうなるね」

 

「じゃあ話は聞かない」

 

「おや、それは何故だい?」

 

「別世界ってやつにあまり干渉するなって言われたしな。それにこの世界のゆんゆんを愛してるんだ。違う何処そこのゆんゆんじゃない。ただでさえこの世界のゆんゆんだけでいっぱいいっぱいなんだ。他に何人もの女性や別次元のゆんゆんをどうにかこうにかしたりなんて無理な話だ」

 

「おやおや、家族だけじゃ飽き足らず、多くの子供たちや人達に愛情を注いでる君が、らしくないじゃあないか」

 

「変なことを言うんじゃねえよこの野郎。俺はただ武道を教わりたい奴に教えてるだけだ」

 

「では、今から話すことは聞いてもいいし、聞かなくてもいい」

 

「そうかい。帰るぞ、ゆり」

 

「え、う、うん」

 

 マーリンに背を向けて、帰ろうとするヒカルの隣へゆりが追いつくと、その反対にマーリンが位置付きペラペラと話しだした。

 

「そこはサトウカズマ、女神アクア、シロガネヒカルが存在しない世界」

 

「ゆり、テレポートはできるか?」

 

「ごめん、ちょっと魔力が足らないかも」

 

「じゃあ、ちょっとスピード上げるぞ」

 

「う、うん」

 

 二人が目指しているのは王都のテレポート屋。

 そこへ向かうまでにマーリンを振り切るべくスピードを上げるのだが、マーリンはピッタリと並走してくる。

 

「そんな世界でめぐみんとゆんゆんは紅魔の里から、始まりの街アクセルへとやってきました。二人はアクセルに着くのも大変だったのですが、着いてからも大変でした。上位悪魔との死闘はエリス教徒のクルセイダーと盗賊の協力を得て、なんとか誰も死なずにやってきました。それからしばらくは無事な冒険者生活が続きましたが────」

 

 いつまで経ってもヒカルの真横で物語調で話すマーリンに嫌気が刺したヒカルは立ち止まり、マーリンへと怒鳴る。

 

「ああもう、うるせえなこの野郎!それの何処が……」

 

「ある時、ソレはやってくるのです。ソレが通過した場所は何も残らず、街も国も全てを無に帰す。地獄そのもの。災厄を撒き散らす最悪」

 

「……」

 

 

「その名は『デストロイヤー』」

 

 

「……」

 

「デストロイヤーって、本当に存在したんだ」

 

 ゆりが生まれる前に討伐されてしまったデストロイヤーではあるが、その話は聞いたことがあった。

 話される内容がどうにも信じられず、話半分で聞いていたみたいだが。

 

「デストロイヤーはアクセルの街を通り過ぎようとしている。目指しているわけではなく、ただの通過点。通過点でしかないのに、そこは全てが死に壊される」

 

「デストロイヤーの動向はそれなりに早い段階で分かるはずだ。避難できるだろ」

 

「それがそうもいかない。ダスティネス家の御令嬢がアクセルを守ろうと躍起になっていてね。その御令嬢と仲良くなったゆんゆんも友人と共にアクセルに残るだろう」

 

「……」

 

「デストロイヤーの魔力障壁はね、普通じゃあ破れない。爆裂魔法すら数発耐えることが出来る。この世界では規格外の存在がいたから破ることが出来た。だから温存した爆裂魔法をデストロイヤー本体にぶつけることが出来た。でもその世界にはその規格外は存在しない。敗北は確定しているのさ」

 

「……」

 

「その世界で何が起こっても、死は免れない。だけど、その世界の外からの奇跡ならどうかな?」

 

「……」

 

「さあ、その世界の運命は君に託された。どちらを選んでも君には全く影響がないだろう。だがしかし、君が奇跡を望むと言うのなら、私は喜んで手を貸そう」

 

「…………ちっ、てめえこの野郎」

 

「お、お父さん……?」

 

「ふふ、どうしたのかな?」

 

 睨みながら舌打ちするヒカルはマーリンへと手を伸ばす。

 

「俺の部屋にある剣を取ってきてくれ。お前なら出来るだろ」

 

「すでにこちらに」

 

 マーリンは背後から取り出したかのように剣を両手に抱え、恭しく頭を下げられながらヒカルへと差し出す。

 それはシロガネヒカルが所有する聖剣であった。

 

「まったく、面倒事どころか知らなくていいことまで教えてきやがって」

 

 ヒカルは聖剣を受け取り帯刀する様子を見て、ゆりは尋ねる。

 

「お父さん、行くの?」

 

「ああ、面倒だけど仕方ねえ。さっさと終わらせるぞ。お前も付いてこい」

 

「え、ええっ!?私も!?」

 

「冒険者として多少は活動してるなら、どれぐらいの実力があるか見てやる。それでニートかニートじゃないか見極めてやるよ」

 

「ニ、ニートじゃないし!て、ていうかいいの?いつものお父さんなら止めそうだけど」

 

「早く終わらせて帰りたいからな。それに一人で戦うのは慣れてないんだ。多少は戦力が欲しい」

 

「た、多少って……ば、馬鹿にしないでよ!私は英雄譚を超える者、なんだから!」

 

「はいはい、わかったわかった」

 

「準備はいいかな?」

 

 ムキになるゆりを適当に流すヒカルはマーリンに話しかけられ、二人は頷く。

 

「準備もクソもないけどな」

 

「お父さんのせいで、やる気マックスだよ。もうすっごい活躍するから」

 

「ふふふ、いいね。いやあ、デストロイヤーが討伐されるのを間近で見られるなんて、ワクワクしちゃうね」

 

「お前がそうなるように仕組んだだろうが」

 

「選択したのは君だろう?」

 

「ああはいはい、そうだな。帰りは家まで送ってくれよ」

 

「分かっているとも。帰る時間も今と変わらない時間にするさ」

 

「よし、じゃあさっさと行こう」

 

「オッケー、では足元にご注意を」

 

 三人の足元に次元の穴が開き、三人はそこへと落ちていく。

 ヒカルは仏頂面で、ゆりとマーリンは笑顔で。

 

 

「こういう時はこう言うんだよね、知っているとも」

 

 

 ヒカルの冒険はすでに終わっている。

 だが、そう。

 ヒカルの娘、ゆりの冒険はまだまだ始まったばかり。

 ここに新たな冒険の一ページが刻まれる。

 ゆりは過去に行った時のように胸を高鳴らせた。

 苦難はあれど、希望に満ちた旅路。

 過去の英雄譚を超える伝説の続き。

 

 

「さあ、いってみよう!!」

 

 

 『紅伝説Ⅱ』第二巻、はじまりはじまり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭がぼーっとする。

 疲労感で身体も重い。

 それもそうか、紅魔の里でずっと戦いっぱなしだったんだから。

 シルビアの復活なんて、本当に意味が分からなかったけど、俺達全員でなんとか勝てた。

 というか何で俺は木刀で戦ってたんだろう。

 まあ、いいや。

 アホほど疲れたし、里も取り返せたし。

 

「にしても、やっぱおかしいわ」

 

「おかしいって何よ」

 

「いや、おかしいだろ。里がここにあったのか疑いたくなるぐらいめちゃくちゃになってたのに、もう元に戻り始めてるじゃねえか」

 

「まだ元には戻ってないわ。里の柵とか家が少し直っただけよ」

 

「直ってんじゃん。おかしいじゃん」

 

 あれから里の人達が戻って来て数時間しか経ってないのに、何でもう復興しかかってんだよ。

 大災害レベルの荒れ具合だったのに、早すぎだろ。

 

「おかしい、とかいう言い方じゃなくて、褒める感じで言って欲しいんだけど」

 

「一応褒めてるんだけどな」

 

「もっとちゃんと」

 

「すごいすごい」

 

「もう」

 

 膨れるゆんゆんを横目に二人で歩く。

 さっさと帰ろうかと思っていたが、里の人達が無事に里の復興が出来る様に、少しぐらいは里の周りに来るモンスター掃除をすることになった。

 今のところあまり出番は無いが、二人で里の外周を見て回っている。

 ちなみにトリスターノは里が一望できる丘から数人の紅魔族と異常がないか見渡したり、戦闘があれば援護したりしていて、ヒナは怪我した里の人達に回復魔法をかけて回ってる。

 

「一応何か手伝いたくて残ったけど、残る必要はなかったかな」

 

「ううん、そんなことないわ。修復が進んでるのもモンスターの警戒に人員を割かなくていいからだし」

 

「そっか、なら良かった」

 

「うん。協力してもらってばかりで、おもてなしも出来ないのは心苦しいけど……」

 

「こんな状況で何言ってんだ。ヒナもトリスターノもそんなの目当てで残ってるんじゃないぞ」

 

「それはそうだけど……」

 

「そういうのはまた今度だ。ところで今日はどうする?あと少し見回ったら帰ることにしないか?俺達が泊まったりする方が負担かかりそうだし」

 

「うん、そうね。そうしましょう」

 

 ゆんゆんが微笑んで頷いてくれた。

 友人をもてなしたい気持ちも分かるが、今回ばかりは状況が悪かった。

 そんなことで暗い表情になってほしくない。

 

「ヒカル、ここ覚えてる?」

 

「忘れるわけないだろ」

 

「ふふ、よかった」

 

 俺達が着いたのは思い出の場所であった。

 今回と同じように紅魔の里で戦って、そしてその後この場所でゆんゆんに告白された。

 そんな場所忘れるはずがない。

 里の様子は荒れていても、はっきりと分かる。

 あの時、勇気を出して告白してくれたゆんゆんのあの力強さに俺は惚れ込んだ。

 

 

 

 きっと、今言わなければならないことがある。

 

 

 

 今度は俺が勇気を出す番だ。

 何故か分からないが、そんな気がしてならない。

 

 俺は、ぶっちゃけてしまえば怯えていた。

 先の見えない未来なら、怯えることもなかったかもしれないが、俺は何の因果か自身が十年以内に死ぬことを知ってしまった。

 先のことを考えないようにしていた。

 だって俺にはその先が無いんだから。

 

 でも、それでも、俺は。

 

 やっぱり諦めたくない。

 

 どんな辛い未来だって、素晴らしい未来だって、今諦めてしまえば、きっとダメになる。

 

 俺は今まで努力しても、結果は得られなかった。

 でも、今は違う。

 

 ゆんゆんがいて、

 トリスターノがいて、

 ヒナがいて、

 俺はようやく戦えるようになれた。

 

 結果は出たんだ、出せるようになった。

 

 あいつらがいれば、きっと俺はやれる。

 

 見てしまった未来を想定して動いてどうする。

 足掻いて足掻いて、足掻き続けよう。

 俺が行った『すでにシロガネヒカルが死んでしまった平行世界』も可能性の一つ。

 騎士王にあそこで殺されてもおかしくなかったけど、今のここにいる俺はもう一つの可能性を拾った。

 だったら十年後に死んでしまっている世界も、あれもまた可能性の一つなんじゃないだろうか。

 実際、騎士王のところで死ななかった俺はあれからも何度も死にそうになりながら、というか一度死んでしまっているが、結局は生きている。

 ということは多分未来は決まってないはずだ。

 希望的観測かもしれない。

 根拠が無いかもしれない。

 めちゃくちゃな理論かもしれない。

 だけど、諦めるよりずっと良い。

 それに何故だか、もっと良い未来があるような、そんな気がする。

 未来を諦めて進むのではなく、これからは変えようと決意して進んでいく。

 俺のこれからは今の俺の意思にかかってる。

 

 手が届かないとしても、伸ばし続けよう。

 

 最高の未来に向けて。

 

 だいたいそういうのは、散々俺が今までやってきたことじゃないか。

 

 だったら、出来るはずだ。

 

 

 

 ──うさん、頑張って!

 

 

 

 なんだか、そんな声に背中を押された気がして、俺は一歩踏み出した。

 

「ゆんゆん、ちょっと、いいか」

 

「どうしたの?」

 

 決意したはいいが、口の中が乾燥して、言葉に詰まった。

 なんだかやらかした気分になって、誤魔化したくなるのを必死に抑えた。

 この第一歩で躓いてどうするんだ気張れこの野郎。

 

「俺は、ゆんゆんのことが好きだ」

 

「うん、知ってるわ」

 

 幸せそうに微笑むゆんゆん。

 愛おしい気持ちが溢れる。

 この気持ちだけは、誰にも負けない。

 誰にも否定させない。

 

「だから、っ、ぁ──」

 

 一番大事なところで、俺は気付いてしまった。

 一番大事なものを用意してない。

 というか用意するための準備すらしていない。

 

 やっちまった。

 この第一歩は間違いだらけだ。

 なんで勢いに全てを任せてしまったんだろう。

 後悔する気持ちと自身への嫌悪感でいっぱいになる。

 

「だから、その、なんというか、好きだって伝えたくて」

 

「うん」

 

「ほら、ここ、思い出の場所だから」

 

「ヒカル」

 

「あー、なんだ?」

 

「落ち着いて」

 

「……落ち着いてるよ」

 

「それなら、ヒカルの言いたいことをちゃんと言って」

 

「でも、俺は大事なものを……」

 

「必要ないわ。私はヒカルの気持ちが聞きたい」

 

「……」

 

「ヒカル、教えて」

 

 優しい紅い瞳、柔らかい笑み。

 それだけで俺は冷静になれた。

 いつまで経っても情けない自分に苦笑してしまいそうになるが、伝えるべきことを伝えようと口を開いた。

 

「俺、これからも無茶なことする」

 

「ええ、知ってるわ」

 

「バカなことだってするし」

 

「ふふ、それも知ってる」

 

「失敗も、多分めちゃくちゃする」

 

「うん、知ってる」

 

「迷惑も、かける」

 

「うん」

 

「でも、俺はゆんゆんと一緒にいたい」

 

「──うん」

 

「だから──っ」

 

 

 

 

 

「俺と、結婚してくれ」

 

 

「────はい、喜んで」

 

 

 一番大事なものだと思ってたものは全然必要じゃなかった。

 大事なのは心だ。

 とはいえ、用意しなかったら怒られてしまうだろう。

 薬指のサイズは後でしっかり確認するとして。

 そんなのはまあ、これからいくらでも出来るだろう。

 今はただ、抱き締めよう。

 壊れてしまいそうなほどの華奢な身体をしっかりと。

 ずっとずっと隣にいる為に。

 幸せな未来を迎える為に。

 

 

 

 やったね、──うさんっ!

 

 

 そんな声と花のような笑顔が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと何かを感じて、里の方を向いた。

 

『あ』

「あ」

 

 大勢の声と俺の声が見事にハモった。

 今はゆんゆんを抱きしめている。

 それはまあ当然だろう。

 そんな状況を大勢の紅魔族が柵の向こうから見ていた。

 

「えっと……」

 

『おかまいなく』

 

「構うわ!!ちょっと、何見てんすかマジで!!」

 

「ここは居住区だって前も言ったじゃないか」

 

「いや、そうだけど!!見せる為じゃないんですよ!」

 

「またまたぁ」

 

「違うっつーの!!そっと空気読んで聞かないようにするとかあるだろ!!」

 

「ある?」

「ない」

「ないよねぇ」

 

「紅魔族ってやつは!!」

 

 俺が叫んでしまった後、慌ててゆんゆんを見ると苦笑していた。

 どうやら俺と同じくデジャヴを感じているらしい。

 

「あるえ、何書いてるの?」

 

「何って、決まってるじゃないか。先程のプロポーズのセリフだよ」

 

「は?」

 

 とんでもないセリフが聞こえてきて、思わずその方向を見ると、あるえちゃんがメモを持って得意げな顔をしていた。

 

「私に手を出そうとしたくせに、あっさりゆんゆんにプロポーズしたんだから覚悟してほしい。具体的には鋭意執筆中の『紅伝説』に先程のセリフが丸々採用されると思っていい」

 

「はあ!?ちょ、何言って──」

 

「そうだ、こうしちゃいられない。族長の娘ゆんゆんのおめでたい話をみんなに伝えなきゃ!」

 

「え──」

 

「そうよ、早く行きましょ!」

「里の一大ニュースだ!」

「ねりまきはどうする?私はこれからこのメモを大事な場所に保管しに行くつもりだけど」

「私は友達のみんなに伝えてくるよ!」

 

「おいいいいいいいいい!!!広めなくていいわ!!待てこの野郎!!テレポートまでしてんじゃねえよ!!あ、くそっ!!この柵、魔法で強化されてやがる!!」

 

「あはははははは!」

 

「ゆんゆん、笑ってる場合にはじゃねえだろうが!!あの野次馬ども、全力で広めるつもりだぞ!!あるえちゃんなんか鬼畜の所業だぞアレ!!」

 

「諦めた方が楽よ?」

 

「おい嘘だろ!?ああもう、なんなんだよこの野郎おおおおおおおお!!!」

 

 紅魔の里の夜空に俺の叫びが響き渡る。

 この叫びは誰も聞いてくれない。

 というか無視されてる。

 でもまあ、アレはアレで紅魔族流のお祝いなのかもしれない。

 俺は照れくさい気持ちを抑えながら、ゆんゆんの方を見ると幸せそうな笑みが返って来た。

 その笑顔を見るとこう思うのだ。

 俺は世界で一番幸せな男なんだ、と。

 俺はゆんゆんを力いっぱい抱き締めて、この幸せが少しでも長く続くように願った。

 






『未来からの復讐』編はこれにて終了。


◯未来のヒカル
二児の父であり、武術ではなく武道をこの世界に広めた第一人者でもあり、聖剣エクスカリバーに選ばれた男でもある。

子育てが落ち着いた頃、誰も使おうとしない四人で稼いだお金を使い、王都で道場を建てる。
シロガネ流武道を子供たちを中心に武道を教える予定だったのだが、ジャティスやアイリスがヒカルの道場のことを大っぴらに宣伝したおかげで子供たちだけでなく、多くの門下生を抱えることになった。
教えきれない人数を抱えたヒカルはアクセルの街の孤児院を訪ね、武道を教えていた子供たちの中で希望する者達を引き取り、道場の指導員として雇うことで、なんとか道場を回すことに成功した。

道場経営に加えて、アクセルの孤児院での指導も続けていて、更には王都の王城の衛兵や警察などにも護身術を教えている。
ゆりの言う通り毎日ほぼ休みもなく、落ち着いたかと思えばマーリンに何処かへ連れて行かれたりと忙しい身ではあるのだが、夜には必ず帰ってくる愛妻家。

『紅伝説』などで戦争を止めた人物として知られているが、腕の立つ人物というより教育者として有名で、『武人』や『聖人に最も近い人間』と呼ばれている。

とある世界のボクシングを教えて、多くの人々を導いたスパルタ聖女と似た人生を送っている。

彼はひとりぼっちの少女をモンスターから守るべく、老いた身体で木刀を使って無理矢理戦ったことで寿命よりも少し早く最期を迎えた。
彼が関わった多くの人々に看取られながら、眠るように彼は死んだ。
とはいえ、これで最後ではなく、彼はこれから天界で激動の日々を過ごす。
人生の終わりを迎えても彼にはまだまだ『先』があるのだが、それはまた別のお話。





◯白銀ゆり
多くの才能、加護、縁、運命に恵まれた女性。
ゆりからすれば現在、ゆりからすれば過去、二つの『ムードメーカー』の影響を受ける唯一の人間。
彼女の冒険が終わりを迎えるのは数年後。
マーリンに唆されて、とある地に連れて来られた時のこと。
あるものを探している円卓の騎士たちと出会い、ゆりも同じくその捜索に参加した。
そこでゆりはとある円卓の騎士と惹かれ合うようになる。
それから彼女は本当の恋を知り、その騎士と結ばれた。
ゆりの冒険はここで終わり、神聖もヒナンドも失ったが、ファザコンを卒業し、人として幸せな家庭を築いた。

ファザコンを卒業したが、ヒカルが亡くなった日に一番泣いたのがゆりであることはまた別のお話。




◯マーリン
未来のほんの少しお人好しのマーリン。
ゆりとは多分親友のような間柄。
ゆりの冒険が終わってから段々と姿を見せなくなり、ゆりが亡くなってからは一切現れることがなくなった。
それもそのはず、マーリンはその次元から姿を消していた。
遙か未来で起こる災厄を見越して、すでに行動していたのである。


◯現在時点のヒカル
ゆりのことや今回の事件をマーリンの記憶操作で完全に忘れてしまっているが、なんとなく覚えていることもある。
無意識的にしろ意識的にしろ、ヒカルは死んでしまうことが分かっているので未来のことをなるべく考えないようにしていた。
だが今回のことで前向きになることができた。
最高の未来に向かって、突き進むことを決めたのである。




シロガネヒカルの精神の成長により、ムードメーカーの強化。
『信頼している仲間達』への強化から『愛する者達』への強化に変化。


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10章 『騎士道』と『叶わぬ想い』
141話



141話です。さあ、いってみよう。



 

 

 二人の少女が転移魔法で姿を消すのを見届けた三人が行くべき場所へと移動を開始した。

 

 それらを影に潜み観察している男がいた。

 男の横を三人が通り過ぎる。

 その内の一人が男へと視線を向けた。

 全てを見透かすように、微笑みを浮かべながら。

 男の姿は完全に隠れているにも関わらず、その気配を感知出来たのはその存在があまりにも人離れしているからだろう。

 他二人は気付くはずも無く、視線を寄越した一人もそのまま二人へと続いていった。

 

(マーリン……貴方が関与していたか)

 

 男も特に行動を起こさずに三人を見送り、思考を巡らせる。

 男は()()()()()()()()姿()()()()と三人とは別方向へと歩き出す。

 

(時間が無い……マーリンのことも含めて調査不足だが、もう動くしかない)

 

 一陣の風が吹き、全身を隠すような外套が舞い上がり広がった。

 外套の下には騎士然とした全身鎧と一本の長剣が姿を見せた。

 そして、その男には左腕が存在しなかった。

 

 

 

 ゆりとマーリンがヒカルと出会い、紅魔の里へ向かおうとする時のそんな一コマ。

 未来から来たマーリンはヴォーティガンの事件に関わった人物には記憶の処理を行なったが、この外套の男にはしなかった。

 する必要がなかったのは間違いないが、恐らく、それ以上に────

 

 

 その方が、面白いからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、今日はいいでしょマジで」

 

「でも今日は必ず行くって言ってたよね?」

 

「そうだけど、昨日の今日だぞ」

 

「それがどうしたの?」

 

「……」

 

 俺が呆れてものも言えなくなっていると、ヒナが首を傾げて『何言ってんだこいつ』みたいな目を向けてくる。

 このやり取りが何かと言うと、俺が孤児院に指導しに行くのを渋っていて、ヒナがそれを正しに来たという感じだ。

 一見すると、俺がただのダメな大人に見えなくもないのだが、それは少し待って欲しい。

 昨日は紅魔の里で魔王軍と里の奪還のための大乱戦をしてきた。

 復活のシルビアとかいう意味の分からん展開もあったりとなかなかのハードさであり、恐らくこの世界に来て一番忙しくてしんどい日であったことは間違いない。

 そんな翌日、俺はゆっくりする気満々で寝息を立てていたら、ヒナに叩き起こされて今に至るのだ。

 

 分かるよ、ヒナが言いたいことも。

 ヒナが言ってた通り、今日は孤児院に行くことを約束してた。

 とはいえ、今日は流石に行かなかったとしても許されるんじゃないか。

 今の俺に元気が有り余ったバカ共を相手に出来る気がしないんだけど。

 

「ヒカルが来るのをみんな楽しみにしてるんだから、早く準備して。それにアッシュがヒカルに相談があるんだって。なんで僕じゃなくてヒカルなんかに……」

 

「それはお前、俺が頼れる大人の男だからだろ」

 

「ヒカル、寝言は寝て言わないとダメなんだよ?」

 

「喧嘩売ってんのかこの野郎」

 

「そんなことはどうでもいいから、早くしてよ」

 

「ああもう、わかったわかった。行きゃあいいんだろ」

 

「そうだよ」

 

 ヒナはそれだけ言うと俺の部屋から出て行った。

 俺はため息を吐いた後、もそもそと準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は今日孤児院に行くけど、お前らは?」

 

 朝食後、各々の今日の予定を聞いていく。

 俺達は割とバラバラに動くこともあり、誰かしらが把握してないと面倒なことになったりする。

 具体的には家事が溜まったり、帰ってこない奴の飯を作ってしまったり。

 まあ、何にせよ情報の共有は大切だ。

 

「僕は教会。最近ギルドの方が無茶なクエストばかりだったから怪我人がまだいるみたいで呼ばれてるんだ」

 

「私は少し試したいことがありまして、適当なクエストを受けようと思います」

 

「試したいこと?」

 

「はい。スキルやいろいろと」

 

「試したいのは分かるが、お前一人か?」

 

「一人で十分ですが、一応どこかのパーティーが受けるクエストに同行しようと思っているので心配はいりませんよ」

 

 少し前にゆんゆんとスキルが被ってるとかなんとか言って落ち込んでたから、そのことで悩んでるのかと思ったが、特にそういった様子ではなく純粋に試したいことがあるみたいだ。

 トリスターノなら一人でもなんとか出来るだろうが、一応確認しておかないとな。

 最近ギルドが貼り出すクエストは……ん? 

 

「そういや昨日紅魔の里を取り返せたから、めぐみんの妹は帰ったのか?」

 

「ええ、帰ったわ。だから無茶なクエストを押し付けられたりはしないし、そういうクエストはほとんど消化されたと思うから、余程変なクエストを受けない限りは大丈夫だと思うわ」

 

「そういうことです。それに試すのはカエル等の弱いモンスターにするつもりですからご安心ください」

 

「そうか、わかった。でも一応ルナさんあたりは警戒しとけよ。何押し付けてくるかわからないからな」

 

「ふふ、了解です」

 

 トリスターノが微笑みとともに返事を返してきた後、まだ今日の予定を話していないゆんゆんへと視線が集まった。

 

「今日は特に用事も無いし、家でゆっくりするわ。家事と、あとはみんなのお昼ご飯のお弁当でも作ろうと思うけど、欲しい人は?」

 

「欲しい」

 

「僕は三人前でお願いします」

 

 こいつは何で誇らしげに胸を張ってるんだろう。

 ドヤ散らかしてるヒナとは対照的にトリスターノが控えめな態度でゆんゆんへと頼んだ。

 

「私も一応いいでしょうか?」

 

「うん。そしたらこの後すぐ作ってギルドに持っていくわ」

 

「ありがとうございます、助かります」

 

 ゆんゆんがニコリと返し、ヒナの方へと向き話しかけた。

 

「で、ヒナちゃんは三人前?」

 

「うん、ご飯は命のエネルギーだからね」

 

「じゃあ三段の重箱に作って持っていくね」

 

「わーい」

 

 ゆんゆんは冗談のつもりで言ったのかもしれないが、ヒナは普通に喜んでる。

 

「え、えっと、じゃあ本当に重箱で作って行くから、もし食べきれなかったら教会の方達と食べてね」

 

「え? うん」

 

 食べ切る気満々だったヒナは不思議そうな顔で頷いた。

 困ったような顔で笑うゆんゆんはヒナから視線を外し、俺の方へ向いてくる。

 

「ヒカルは何人前?」

 

「こいつと一緒にするなよ。でもまあ二人前ぐらいで」

 

「うん、わかったわ」

 

 ゆんゆんから微笑みが返ってきて、今日の朝の会議が終わり、俺達はそれぞれ準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ〜あ」

 

 盛大に欠伸をかましつつ、俺はダラダラと孤児院へ向かっていた。

 街の外れにある孤児院に向かうにはそれなりに歩く必要がある。

 少し面倒くさくはあるけど、寝起きにはちょうどいいぐらいだ。

 

「すぐ壊れないといいんだけどな」

 

 大きめのバッグに入ったブツを見て、なんとなく呟いてしまった。

 わざわざ声に出てきたのは、なんとなく自信がないからだろう。

 バッグに入っているのは武道で使う防具やそれらに類する道具だ。

 

 ……自作の。

 

 ヒナの『全知』の知識に頼ったりして、空いてる時間に少しずつ作ってみたが、見た目からしても正直に言って不恰好だ。

 三人も手伝ってくれようとしたけど、なんとなく自分でやりたかったから俺一人で作ってみたのだが、頼るべきだったと後から後悔した。

 今回試してみてダメそうなら、頼ってみよう。

 頼るといえば、アレでなにかと器用なアクアに依頼してみるのもいいかもしれない。

 もしかしたら現代日本で売ってるようなとんでもなく出来の良いものが出てくる可能性もある。

 ただ、素直にそんなのを引き受けるとは思えないので、良さげな酒や金で釣らないといけないけど。

 

「で、俺に何か用か?」

 

 道のど真ん中に立ち塞がるように居座り、こちらを真っ直ぐに見詰める男に話しかけた。

 別に道が狭いわけでもないので、普段であれば横を通り過ぎてしまったのだろうが、男の視線と剣呑な雰囲気がそうはさせなかった。

 全身が外套で隠れていて、見えるのは足元と顔のみ。

 何をしてくるかわからない、というのも俺から話しかけた要因の一つだ。

 

「ああ、貴殿に用がある」

 

「そうか、俺には無いんだ。悪いけど、退いてくれる?」

 

「そうはいかない」

 

「はぁ、孤児院に行こうとするとトラブルに巻き込まれる呪いにでもかかってんのかこれ」

 

 昨日もそうだし、今日も意味の分からん茶髪のロン毛に絡まれている。

 面倒な事件はしばらく起きないと思っていたし、起きないで欲しいとも思っていたが、そうもいかないらしい。

 というかトリスターノよりデカイなアイツ。

 二メートル近くあるかもしれない。

 

「あんた誰? 知らん人に絡まれてもスルーしろってウチのボクシング狂いに言われてるんだけど」

 

「そうか、それはそうだ。失礼、礼を欠いた」

 

 目礼をするように軽く頭を下げてくる男になんだか調子が狂った俺はどうしたものかと密かにため息をついた。

 男は佇まいを直し、名乗る。

 

「私の名はベティヴィア」

 

「っ────」

 

 数メートル先にいたはずの男の声が目の前にいるぐらい近くから聞こえ、俺は咄嗟にバッグから木刀を引き抜く。

 引き抜かれた木刀からはまるで壁に打ち込まれたかのように重い衝撃を感じさせる。

 いや、それどころではなく俺はその衝撃に耐えきれず吹き飛ばされた。

 

「この程度は応戦するか。それともまぐれか」

 

「てめえ、なにすんだこの野郎!!」

 

 荷物を庇いながら体勢を立て直す。

 ベティヴィアと名乗った男は外套を脱ぎ捨てるとこちらへと迫り、長剣を振るおうとしていた。

 荷物を放り投げ、全力で応戦するべく木刀をベティヴィアの剣に合わせて振った。

 凄まじい衝撃でぶつかり合う木刀と剣は先程とは違い、どちらかが力負けすることはなく拮抗した。

 鍔迫り合いの形で睨み合うと、ベティヴィアは口を開いた。

 

「ベティヴィアの名を聞いたことは?」

 

「なんだ有名人気取りか! こちとら世間を知らないことに関しちゃ自信があんだよこの野郎!!」

 

 木刀を振り抜きながら、お互い弾かれるように離れると構え直す。

 それでようやくベティヴィアの全身を見ることができた。

 全身鎧を身にまとい、長剣を構える無駄にイケメンで無駄にデカイ男。

 誰かさんとキャラが被っているように見えて、その誰かさんとは唯一被りそうもない要素がベティヴィアにはあった。

 いや、あるというよりは、無い。

 ベティヴィアの左腕が無かった。

 肩から先が存在しなかった。

 

 この男、片手で狂戦士の俺と打ち合うのか。

 それにあのガタイで間合いを一瞬で詰めてくる瞬発力。

 ──嫌な予感しかしない。

 昨日と同じか、それ以上の。

 それと、あのベティヴィアとかいうやつのことを見てると、ある二人の男の顔を思い出す。

 殺し合った騎士の顔を。

 だが、そいつらとこのベティヴィアが関係しているわけがない。

 このアクセルの街でそんなやつに会うわけがない、いや会っていいはずがない。

 

「トリスタンから聞いているかと思ったが、違ったか」

 

「────」

 

 トリスタンとこいつは言った。

 トリスターノのことを、そう呼ぶやつは──

 

「その反応は……どうやら知っているようだな。では改めて」

 

 ベティヴィアは溜めるように、ゆっくり口を開いた。

 

 

「円卓の騎士、ベティヴィア」

 

 

 くそ、何でこんなところにいやがる。

 しかも連日でこんな奴らと……いや、何言ってんだ俺は。

 あまりの事態とトラブル続きでおかしくなったか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 それに近い実力のやつと戦ったが……ってそんなことはどうでもいい。

 この状況はマジでまずい。

 

「円卓の騎士さまがこんな街に何しに来やがった?」

 

 冷や汗が頬を伝うのを感じながら、俺は冷静を装いつつ尋ねた。

 昨日より状況が悪い。

 今の俺はマジで木刀一本しかない。

 ガキ共を相手にするだけの日に、わざわざ冒険者の装備なんて持って来るはずがない。

 こんな状態で、いや万全でもキツい相手が喧嘩を売ってきてるんだ、目的は知っておく必要がある。

 ……あれだけスルーしておいて、今更知ろうとするのは情けないけど。

 

「トリスタンを連れ戻しに来た」

 

「……へぇー、あいつをね」

 

「驚かないのか。それともトリスタンのことなどどうでもいいのか」

 

 俺の返事を聞いて不快感を表すようにベティヴィアの眉に皺が寄った。

 いや、たしかに淡白な反応をしてしまったのかもしれないが、俺としては疑問だらけだ。

 

「いや、そうじゃなくてさ。あんたはトリスターノのやつを連れ戻しにきたんだよな? じゃあ何で俺の方に来てバチバチにバトルフェイズ入ってるわけ? まあ、俺がトリスターノのやつと同じイケメンで──」

 

「それはない」

 

「おい、なに即答してんだ」

 

「貴殿の顔などどうでもいい。確かにトリスタンの方に行くべきだが……ここに来るまで情報を集めていて、信じられない話ばかり聞いたのだ」

 

「もうなんなのマジ──でっ!?」

 

 ベティヴィアの話を聞けるものだと思っていた俺は急に戦闘を再開するベティヴィアに驚きつつも応戦する。

 円卓の騎士を名乗るだけあって、めちゃくちゃ強い。

 片腕しかない騎士に押されるばかりだ。

 それに、まだ本気ではない。

 俺は俺で自身の状況が最悪にも関わらず、周りへの影響を考えて戦っていた。

 住宅街を抜けて孤児院も見えてきた。

 あともう少しで街の外へ出られる。

 

「卑劣な男かと思ったが、存外違ったか」

 

「急に剣を振ってくるやつがなんだって!?」

 

「街の外に出ようと考えているのだろうが、そうはさせない。逃げられては面倒だからな」

 

「てめえ、この──っ!」

 

「だから、そうだな。もう少し本気を出すとしよう」

 

 鍔迫り合いをしあうベティヴィアの剣の上から何かが飛んできた。

 視界の外からのせいで、何かは全く分からなかった。

 俺は火事場の馬鹿力でベティヴィアを押し返しつつ、身を捻るようにして無理矢理回避し、弾かれるように後方へと下がった。

 

「っ、なん、だよそれ……」

 

 剣の上からの攻撃の正体が分かったが、俺はそう呟くしかなかった。

 あまりにも現実離れしていた。

 攻撃の正体は短剣であった。

 だが、片腕しかないベティヴィアの手には長剣が握られている。

 では、その短剣はどこから来たのか。

 

 

 ベティヴィアの()()()()()()()()()()()()()()()()()、その一本が短剣を握っていた。

 

 

 俺の胸に赤い一線が刻まれているのを確認して、戦慄する。

 ベティヴィアは俺を冷たい視線で見てくる。

 

「戦う相手を前に、他に注意を向けてばかりだったが今のを避けるか。隻腕の男と舐められているのだと思ったが、どうやら違ったらしい」

 

 やばい、人間相手なら多少は戦えると思ったが、こんなの実力的にも見た目的にもバケモノじゃねえか。

 確実に俺では負ける、いや、殺される。

 

「唐突だが足りないものを補強するには、どうすればいいと思う?」

 

 機械仕掛けの腕が俺の胸を貫こうとした恐ろしいほど黒く暗い短剣をもてあそぶ。

 刃先まで黒く、黒曜石のような質感を感じさせるその短剣からは妖しい輝きのようなものを放っていた。

 

「それは、このように増やすことだ。存在しないのであれば造ればいい。補強や補うのではなく、さらにその先を目指してね」

 

「……いや、そうはならんだろ」

 

 あまりにもぶっ飛んだ答えに俺はそう呟いていた。

 





後書き長めです。
このすばの最近のアレコレとか自身の近況とかなので飛ばしたい方は多分飛ばしてOKです。


三嶋くろね先生のこのすば画集第二弾『Blessing』発売おめでとうございます。
早速購入しましたが、大変素晴らしいものでした。
ゆんゆんのイラストが思ったより多かったり、知らないイラストもあったり、抱き枕カバーのエッッッッッッッなイラストもあったりとマジで最高でした。


それと、このファンの小説化もおめでとうございます。
どこら辺がお話として出るかわかりませんが、是非とも読んでみたいところ。
まあ、私はほぼこのファン引退状態ですけどね。ゆんゆんが実装されるたびに戻ってガチャしに行ってるだけなんですけど。


暁なつめ先生が書く新しいこのすばはもう少し待って、ってTwitterの編集者さんが言ってたけど、あとどれぐらいなんだろう。
というかアニメの続報は……?
このすばもまだまだ終わらない、ってことや多分。


さて、私ごとですがヒスイなる場所でメタルギアをしたりデュエルをしたり全身タイツ男を観るために映画館に通ったりでなかなか忙しい日々を過ごしております。
もう無限に時間と金持ってかれすぎて、書けねえ。
ゲームの進化が凄すぎるのがいけないんだ。
小説を書くのも進化しないかな。
脳内で考えてる物語を文章化してくれたりするアプリとか。

ベティヴィアの説明とかはまた次回とかそこら辺で。


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142話


お久しぶりです。

142話です。さあ、いってみよう。



 

 

「マリス、子供達のこと頼んだわ!」

 

「え、ちょ、どこに行くというのですか!? 危険ですよ!?」

 

「正直よくわからないけど、ヒナギクに今の状況を伝えに行くわ!」

 

 シスターであるアンナは考えるよりも先に行動していた。

 最初は喧嘩や冒険者同士の諍いかと静観していたが、外を怖がる子供達や外で争う二人の尋常ならざる雰囲気にアンナはこの状況が普通ではないと判断した。

 いくつもの制止の声を振り切ってアンナは外へ飛び出した。

 向かうは街の中心部にあるギルド近くの教会。

 ヒナギクならそこにいるであろうと推測し、争う二人とはなるべく遠回りに避けてからアンナは目的地へと颯爽と駆け出した。

 

 

 

「────ぜぇ、はぁ……うっえぇ……はぁ……ヒ、ヒナ、ギク……い、いる……?」

 

 運動不足のシスターアンナが倒れるようにして教会の扉を開けて、死にそうになりながら周りへと尋ねた。

 

「シスターアンナ、はしたないですよ」

 

「す、すみませ……少し、はぁ……急いでて」

 

 近くにいたシスターがアンナを嗜める。

 アンナが膝に手をつき肩で息をしているのを見て、シスターはため息をつきつつもヒナギクを呼び出した。

 

「まったく。ヒナギク、こちらに来ていただけますか?」

 

「はーい、ちょっと待ってください」

 

 呼ばれたヒナギクは負傷した冒険者たちに回復魔法を掛けた後、他のシスター達に対応を任せてアンナがいる方へと駆け寄ってきた。

 

「おはよう、アンナ。どうしたの?」

 

「おは、よぅ……はぁ……落ち着いて、聞いてほしいんだけど……はぁ……」

 

「アンナが落ち着くべきだと思うんだけど」

 

「うっさい!」

 

 アンナの様子を見兼ねたシスターが水の入ったコップをアンナに手渡し、それを一息で飲み干すとようやくまともに話すことが出来る様になった。

 

「ヒカルのことよ」

 

「……何?」

 

 アンナがヒカルの名前を出すとヒナギクの表情が引き締まる。

 何かが起きたのだろうとすぐに察したヒナギクは話の続きを促した。

 

「あの男が孤児院の近くで知らない男と本気で戦い合ってるわ。向こうは剣でヒカルは木刀で……。私もよく分かってないんだけど、あんたがいれば解決するかもしれないし、杞憂だったとしても怪我を治せるだろうから呼びに来たわ」

 

「……相手はどんな人だった?」

 

「遠目だからはっきり見えたわけじゃないけど、全身に騎士甲冑を着ていたわ。それにかなり大柄だった。あれはトリスターノ様と同じかそれ以上ね」

 

「……」

 

「ちょっと……そんなにまずいの?」

 

 ヒナギクの顔がみるみる青褪めていくのを見たアンナは恐る恐る尋ねるが、答えるより先にヒナギクは教会の出口へと駆け出した。

 

「ヒナギクっ!?」

 

「ごめん、僕行かなきゃ!」

 

「ちょっと! 待ちなさいったら!」

 

「後にして!」

 

「愛しの彼が大事なのはわかるけど、待ちなさい!」

 

「いとっ!? ち、違っ! 僕はそんなんじゃないから!!」

 

 焦って外に飛び出そうとしていたヒナギクが教会の扉の手前で赤面しながら振り返って叫ぶのをアンナは呆れた顔で見た後、静かに言った。

 

「いいから落ち着きなさい」

 

「な、なにさ?」

 

「あたしに出来ることはない? あ、戦ったりとか出来ないことはしないからね」

 

「……」

 

「なによその顔は。ほら、気を利かせてやってるんだから、早く言いなさい」

 

「う、うん。じゃあギルドに行って、もしもトリタンがいたら今の状況を伝えてもらえる?」

 

「えっ、トリスターノ様に?」

 

 落ち着いていたはずのアンナがトリスターノの名前が出た途端にモジモジして頬を赤く染める。

 

「その、ごめん。ちょっとお化粧とかしてからでもいいかしら?」

 

「何も変わらないと思うよ」

 

「あんた、言っていいことと悪いことがあるでしょ!」

 

「そっちこそ愛しのなんとかとか言うからだよ! 僕はもう行くから頼んだよ!」

 

 怒鳴りあった後、ヒナギクは返事も聞かずに外へ飛び出し、すぐに足を止めた。

 

「外は混んでるから気をつけてって……言わなくても見れば分かるわよね」

 

 慌ててヒナギクの後を追って教会から出てきたアンナが疲れ切った顔でそう言った。

 アンナもここまで走ってくるだけなら、先程のような醜態を晒すほど疲れなかっただろう。

 一日の始まりである朝、この時間帯はあらゆる人々で溢れていた。

 物を売る者、物を買う者、仕事へ向かう者、冒険者、行商人、荷運び人と様々で活気にあふれているが、今のヒナギクからすればただの障害物でしかなかった。

 道を通れない程ではないが、確実にロスが出ることは明白であった。

 

「あたしもさっき苦労したわよ……ってあんた何支援魔法かけてんの?」

 

「なにって、こうするためだよ」

 

 ヒナギクは強化された身体で地を蹴り、塀へと飛び乗り、そのまま家のちょっとした段差を使って上へと登っていく。

 

「あんた、何やってんの!?」

 

「普通に走ったら迷惑になっちゃうかもしれないから建物の上から行くよ」

 

「だからって……」

 

「アンナは無理しないで、ギルドに行って」

 

「そんなん出来るか!」

 

「じゃあよろしくね!」

 

 上り終わったヒナギクは走り出す。

 上った時と同じようにスムーズに走り、飛び移る。

 パルクール選手のように鮮やかに、素早く移動する姿は当然注目を集める。

 

「ちょっとヒナギクちゃん、危ないから降りてきなさい!」

 

「僕は大丈夫だよ! 心配かけてごめんね、おばちゃん!」

 

「ヒナギクちゃん一体なにしてるんだい!?」

 

「ごめんなさーい! 僕、急いでて! すぐ降りるから!」

 

「ヒナギク! 今日はうちのコロッケ食ってかないのか!?」

 

「えっ、あー、えっと、後で寄ります!」

 

 注目を浴びる理由はヒナギクがこの街の有名人(マスコット)だからというのもある。

 声をかけられば手をふり返し、挨拶を返す。

 それでもヒナギクは踏み外したりせず、建物の上を走って渡っていく。

 それもそのはず、ヒナギクはもっと過酷な環境で似たようなことをしてきた。

 ヒナギクの育ったヒノヤマは家を少しでも離れればモンスターが蔓延る魔境である。

 そんな魔境をヒナギクは駆け回って遊んでいた。

 モンスターが襲いかかって来ることもなく、山や木の上よりも安定した足場で支援魔法も使えるヒナギクが建物の上から落ちることは余程の事がない限り有り得ない。

 

(ヒカル、大丈夫だよね……?)

 

 逸る気持ちを抑えながら、ヒナギクは建造物の上を疾風の如く駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蜘蛛男とかタコ野郎って言われたことは?」

 

「ない」

 

 激しい剣戟の最中、更に迫り来る機械仕掛けの腕から逃れる。

 距離を取り、一呼吸をおこうとする。

 が、それを許すほど目の前の騎士は甘くなかった。

 

「ああそう、じゃあ影で言われてるんだな」

 

「それもない」

 

 長剣の一振りは俺の防御を容易く崩し、勢いを殺しきれずに大きく後退する羽目になる。

 人間には無い四つの腕は俺の対人戦の感覚を大きく狂わせる。

 初見のモンスターを相手にしているような感覚だ。

 それにあの片腕だけで振っているとは思えない膂力。

 ぶっちゃけ勝てる要素がない。

 ヒナの支援とまともな装備があれば、もう少し戦える可能性もあるが、それもない。

 ……俺がどれだけ他人の力を借りて戦っているかを思い知らされる。

 

「狂戦士と聞いていたが、あまりに非力だ」

 

「やかましいこの野郎!」

 

「いや、こちらの騎士と比べるのはよくなかった。所詮()()()()()だろう」

 

「てめえ……!」

 

 明らかに見下した言い方に頭に来た俺は横一閃に振われた剣を掻い潜り、懐へと入り込む。

 だが、木刀を思い切り叩き込もうとしたところをベティヴィアの背中から伸びる四つの腕が阻んだ。

 振われる前に二つの腕が押さえ込み、もう一つの腕が俺の鳩尾に拳を叩き込んできたところを更に追い打ちで漆黒の短刀が俺の肩を突き刺した。

 

「ぐぅっ……!」

 

「……やはりこの程度か。ますます分からないな」

 

 肩を抑えて距離を取る俺に剣で追撃出来たはずのベディヴィアは剣を振ることもなく立ち止まり、心底失望したような顔で呟く。

 追撃どころか俺から視線も外す余裕ぶりにまた腹が立つが、肩から溢れる血と雲泥の差を感じる実力から、見逃されている状況に安堵さえ覚えていた。

 

 クソが、何も出来ねえ。

 ヒナの支援と回復魔法。

 トリスターノの的確な援護。

 ゆんゆんの決定打となる上級魔法。

 あいつらがいない俺は、()()()()()かよ。

 

「あのトリスタンが何故この程度の実力しかない男に付き従うのか、理解が出来ない」

 

「……付き従ってもらった覚えはねえよ。随分助けてもらったけどな」

 

「そうか。だが、口ではなんとでも言えるな。人心掌握に長けた男」

 

「…………あ? なんて?」

 

「貴様のことだ。随分と人の心に入り込むのが得意みたいだな」

 

「何を言ってるのか全然分からない。何か誤解してるんじゃないのか?」

 

 全身の疲労と痛み、肩から流れ出る血で正直もう戦える気がしない。

 こうしてベディヴィアが余裕こいて喋ってくれてるおかげで俺はまだ生きていられる状況だ。

 なるべく話を聞き出してみよう。

 

「この状況が物語っている。何故こんなにも弱い男にトリスタンが肩入れする? 仲間がいなければ何も出来ない男をこの街の連中は好意的に見ている? この街で貴様の話を聞けば聞くほど、怪しさしか感じなかった。元は下位の職業の冒険者だったそうだな? そんな男の元にトリスタンと上位職の少女二人が仲間に入っただと? おかしいだろう?」

 

「……」

 

「実力が圧倒的に合っていないのにパーティーを組むわけがないだろう。冒険者ではないが、それくらいは分かる。そんな足手まといでしかない男と組むのは何故か? 簡単だ、貴様が年端もいかない少女二人とトリスタンを何らかの手段で従わせているからだ。あるいは弱みを握っているのかもしれないな」

 

「……」

 

「どうやって彼らを従わせているかは調査を重ねても分からなかったが、一番有力視しているのは人心を惑わす魔道具、あるいはそれを超えるもの、神器を持っていれば話が早い。それを使って貴様は次々に人の心を取り込んだのだ」

 

「……」

 

 馬鹿げた話だな、とは思う。

 だけどそれ以上に、俺は嫌な記憶を思い出した。

 反論しようと思っていても、その嫌な記憶が邪魔をして出来なかった。

 ここまで散々言われたのは初めてだが、似たようなことは言われた事がある。

 

 俺が冒険者になった──この世界に来てまだそこまで経ってない頃、俺はぶっちゃけ嫌われ者だった。

 嫌われていたのはだいたい冒険者の連中だが、理由はまあ先程ベディヴィアが言ったようなことだ。

 冒険者としてクソ雑魚の俺が、周りに実力ある連中に囲まれてぬくぬく冒険者ライフを過ごしている。

 周りからはそんな風に見えていたのだろう。

 

 実際のところ、俺はそうだった。

 何度死にそうになっても、あいつらが助けてくれる。

 でも、他の冒険者にはそれがない。

 死にそうになったら、もう終わりだ。

 そこから巻き返す、なんてことはそうそう無い。

 それにここは駆け出し冒険者が集まる街だ。

 はじめたての冒険者は知識も経験も無い。

 先輩冒険者が味方になってくれたり、パーティーを組んでくれたらマシだが、だいたいは手探りで冒険者をやっていって、そこから知識と経験を得る。

 冒険者は死と隣り合わせだが、初心者の頃はそれ()がもっと近くにある。

 

 ここまで言えば分かるだろう。

 それらを他人に頼り切りで、すっ飛ばした男がどう思われるかを。

 日本から来た冒険者もだいたい似たような感じだったのかもしれないが、俺とは違って神から貰ったチートがあった。

 力さえあれば黙らせられるのが、冒険者だ。

 でも俺には力が無い。

 だから嫌味も言われるし、後ろ指も差される。

 先程のような根も葉もない噂も流される。

 

 正直言えば、キツかった。

 何せ自分自身も()()をしているような感覚があったから。

 俺が狂戦士になるまでに、何人の冒険者が帰らぬ人になったことか。

 でも、それでも、キツかったのは最初の方ぐらいだ。

 気にならなくなったのは、俺が強くなったからではなくて。

 俺よりも怒ってくれて、悲しんでくれる奴らがいたからだ。

 

 嫌味を言ったやつに肩を怒らせて突撃するちびっ子。

 少しぎこちない笑顔で馬鹿な話題を振って、話を逸らそうとするイケメン。

 瞳を少し紅く光らせて周りを睨んで、俺と目が合えば笑顔を向けてボードゲームを勧めてくる紅魔族のぼっち少女。

 

 こいつらと離れる選択もあったのかもしれないが、俺はこいつらと共にいることを選んだ。

 こいつらは俺よりも遥かに高みにいる。

 実力が合わない奴らと肩を並べてやっていくキツさを俺は日本で嫌というほど知っていた。

 だから、なりふり構っていられなかった。

 嫉妬も羨望も嫌味も勝手に向けていろ。

 俺は少しでも早く、少しでも強くなって、並ばなければならない。

 そう思ってからは、前だけ見て、やれるだけのことをやってきた。

 そうしている内に全部気にならなくなった。

 

 邪魔しに絡んでくる奴は武道の技術を使って撃退したりしていたせいか多少は腕っぷしを認められたり、ヒナとの教会や孤児院への活動もあって、俺への印象はだいぶ落ち着いていった。

 それに狂戦士になってからは力を貸すこともあり、段々と受け入れられていった。

 

 

 そう、俺は周りから何を言われようと気にならなくなったはずだった。

 だが、こうして自身の非力さを思い知ると同時に、あいつらがいないと何も出来ないこの状況は最初の頃の俺とまるっきり一緒だ。

 そしてベディヴィアの話は、あの頃に周りから言われてきたことと被るものがある。

 嫌な記憶が蘇る。

 そのせいか「知るかこの野郎」の一言がすぐには出てこない。

 

「マーリンが関わっているのも貴様が持っている神器に興味を惹かれたからではないのか? あの魔女は面白いと感じたものにすぐに首を突っ込む。最近はそういったことも少なくなり大人しかったが、貴様がそんなものを持っていて尚且つトリスタンがその術中に嵌っているとなれば興味を惹かれて、貴様の元に現れてもおかしくはない」

 

 こいつ、本当にそこら中嗅ぎ回ってたんだな。

 マーリンのことまで知ってやがる。

 正直マーリンが何かやったのかと思ってたが、こいつの口ぶりからして違うみたいだ。

 

「何も言い返せないか? ならば即刻神器をこちらに渡せ。渡せば、殺さないでおいてやる。こちらも無駄なことは避けておきたいからな」

 

「……はぁ」

 

 なんだかため息が出た。

 殺されかけた上に意味の分からない言いがかりをつけられて、持ってもないもんを出せと。

 ふざけんなこの野郎。

 ここまでされてようやく冷静になれた俺も俺だが、やっと言い返してやれそうだ。

 

「あのさ、お前みたいなぽっと出の新キャラに三つ俺から教えてやる」

 

「虚言はやめろ。自らの命を短くしたくないならな」

 

 でもまあ、アレだ。

 俺が冷静になれたのは多分、殺されかけたからじゃなくて、

 

「一つ、マーリンはレギュラーメンバーじゃない。勝手に出てきてるだけだ」

 

「あくまで自分からは関わってないとほざくか」

 

 過去の嫌なことをほじくり返すような言いがかりをふっかけられたからでもなくて、

 

「二つ、俺はお前が言うようなくそったれアイテムは持ってない。そんなもん死んでも使わねえよ」

 

「死にたいのか? 別にこちらは構わんぞ」

 

 きっと、砂埃を上げながら全力疾走でこちらへと駆け寄ってくる頼もしすぎる仲間が見えたからだろう。

 

「三つ、シリアスばかりで文字数も多いし、お前はこの作品に向いてないんだよこの野郎!!」

 

「そうか、手の施しようのない馬鹿であったか。望み通り殺してやる」

 

 叫ぶと同時に大地を蹴る。

 相手との間合いを詰める以上に、駆け寄ってきている仲間の魔法圏内に入るために。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!!」

 

「っ!! アークプリーストか!」

 

 瞬時に俺の身体の傷が無くなり、木刀を握る力が更に強くなる。

 そして、一瞬駆け寄ってきたヒナに気を取られて、俺への対応が遅れたベディヴィアは俺の渾身の一撃を剣で防御し、大きく後退した。

 

「『パワード』!」

 

 追加で掛けられていく支援魔法に背中を押されるように俺はベディヴィアへと斬り込む。

 

「っ、貴様!!」

 

「どうしたこの野郎! さっきまでの余裕はどうしたよ!」

 

「他人の力で良い気になるな! 技術も心得もない冒険者風情が!!」

 

「他人じゃない家族だ!!」

 

 支援魔法で飛躍的に底上げされた身体能力でベディヴィアの剣と四つの腕を掻い潜り、木刀を何度も叩き込む。

 致命打は与えられてないものの確実に実力の差はかなり縮まった。

 それは今まで能面のような無表情でいたベディヴィアが憎悪するよな顔でこちらを睨んできていることからも実感出来る。

 

「いいだろう、偽りの男。これから全力でお前を殺す。せいぜい後悔することだ」

 

 距離を離したベティヴィアが長剣を構え、機械仕掛けの腕がベディヴィアの背中から新たな武器を取り出す。

 三節棍のような折り畳まれた武器を機械仕掛けの腕が組み上げて、槍へと変化し、二つの腕が槍を構えた。

 

「ねえ、何あれ?」

 

「トリスターノの同僚だってよ」

 

「そうじゃなくて、あの背中から生えてる腕のことだよ」

 

「腕が足りねえから増やしたんだってよ」

 

「えぇ……」

 

 近くへと来たヒナが話しかけてきたので、ベディヴィアが言っていた通りに答えてやると、困惑していた。

 俺もまあ、似たような感想だけど。

 

「トリタンが遅れて来ると思うけど、気をつけてよ」

 

「ああ、分かってるよ。ヒナは下がっててくれ」

 

「うん」

 

 ヒナが俺から離れると、ベディヴィアが俺に突っ込んでくる。

 装備がないままなのは心許ないが、ヒナの支援魔法があるだけでかなり違う。

 俺は先程までには無かった心強さを感じながら、ベディヴィアを迎え打つべく木刀を構えた。

 






久しぶりの更新ですまない。
一応こっちで番外編を投稿してました。

https://syosetu.org/?mode=ss_detail&nid=282757

よければ読んでください。
そして感想を書いてくださると嬉しいです。

このファンの二周年記念イベントのストーリー良かったですね。
暁なつめ先生が手がけたのがすぐ分かる良いものでした。
スペシャルバトルもカズマ達を相手に戦うのが新鮮で面白かったです。
謎の腕利き冒険者シリーズのアクアだけお迎え出来なかったのが残念……いつか機会があるといいな。

アニメの続報と本編の後日談と戦闘員の続刊はよ(本音)




さて、本編の説明ですが。
ベディヴィアのスタイル的に説明を入れると、メタルギアライジングのミストラルみたいな感じです。
スパイダーマンのアイアンスパイダーであったりドックオックであったりポケモンのカイリキーであったり、まあそんな感じです。

あとはヒカル君の冒険者ライフの話ですね。
わざわざ嫌われているような話を書くのは面倒だし、つまらないし、何より面白くないのでそういった描写は全くしていませんでした。
でもまあ、カズマでさえダストにダルい絡まれ方してたので、上級職に囲まれてるヒカル君が嫌われるのは当然とも言えます。
ただ喧嘩をしていた、という描写をちょくちょく入れていたのはここら辺が関係していたりもします。
まあ、別の理由でも喧嘩はしていたのですが。
そんなこんなで嫌われていたこと自体はヒカルも気にはしていたので、少し暗い描写が入りました。

ヒナギクのパルクールについては番外編の方を読んでいただければ分かると思います。
特殊な環境で育った野生児なので、皆さんは真似しないでください。

感想等投げてくれると嬉しいです。
少しでもモチベを復活させたいので。
それではまた。


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143話


143話です。さあ、いってみよう。



 

 

「では、負ければ何でも言うことを聞きましょう」

 

「上等じゃねえか!おい、お前ら聞いたな!?」

 

 余裕綽々の笑みを浮かべるトリスターノの態度に腹を立てたキースはその場にいる全員に聞こえるように大声で尋ねた。

 

「あんた、やめときなさいよ。()()トリタンに弓で勝負なんて無謀も良いところよ」

 

「俺もギャンブルは好きだけど、一ミリも勝ち目のない賭けはしないぞ」

 

「やめとけ。損するだけだ」

 

 だが、キースの信頼する仲間たちから返ってきたのはつれない返事であった。

 ぐぬぬ、と更に腹を立てたキースはトリスターノに指を突きつけ、宣言する。

 

「ぜってえ勝つ!!」

 

「ええ、私も負けませんよ」

 

 その様子を見て、呆れた顔になるパーティーメンバー達。

 ため息をつきつつもリーンだけはまたキースを諭しに行った。

 

「キース、やめときなさいって。引き返すなら今よ?」

 

「はっ!誰が引き返すかよ!あのイケメンに赤っ恥を……」

 

「あんた、ヒカルが無茶苦茶に投げたビンを空中で射抜けるの?」

 

「……」

 

「あたし見たことあるけど、トリタンは何でもないように三つ連続でビンを射抜いてたわよ?」

 

「…………」

 

 トリスターノの技量が凄まじいものだと改めて知ったキースは口も開けず、ダラダラと汗が滝のように流れていた。

 そんな様子を見兼ねたリーンが代わりに勝負を断ってやろうとトリスターノへと話しかけようとした時、ギルドの扉が荒々しく開け放たれて、飛び込むように人が入ってきた。

 

「ぜぇ、はぁ……ト、トリスヒャ、はぁ……あぁ、トリスターノ様はいらっ、しゃいます、でしょうか?」

 

 息も絶え絶えに立ってるのもやっとの状態だったが、声を張り上げて周りへと尋ねた。

 呼ばれたトリスターノは不思議に思いながらも歩み寄り、事情を聞きに行った。

 

「ええっと、確かあなたは……」

 

「はい、アンナでございます!エリス教会でシスターをしております!趣味は料理と裁縫で、子供達の成長を見守るのが大好きです!特技は人を笑顔にすること!清き身体の十七歳!独身です!よろしくお願いします!!」

 

「えっ、は、はぁ。よろしくお願いします」

 

 今にも倒れそうだったはずのアンナからは到底考えられないような勢いの自己紹介に軽く引きながらもトリスターノは言葉を返した。

 

「よろしくしてくれるんですか!?ありがとうございます!実はあたし、着痩せするタイプ……」

 

「あの、すみません。随分と急いでたみたいですがご用件は?」

 

「あっ、そ、そうでした!あたしったら、すみません。実はですね────」

 

 アンナがこれまでのことを説明していくと、みるみるトリスターノの笑みは無くなっていった。

 キース達も「またモテやがって」などと最初は思っていたが、トリスターノの雰囲気から察して黙っていることにしたようだ。

 

「──では、孤児院の方ですね?」

 

「はい。それとヒナギクは先に向かいました」

 

「……分かりました。ありがとうございます。わざわざ伝えに来ていただいて」

 

「いえ、滅相もありませんわ」

 

 優雅に頭を下げるアンナは「名前を覚えてもらったぜイエイ」などと影で笑みを浮かべていた。

 一方、トリスターノは静かに思考していた。

 

 先にゆんゆんと合流するべきか否か。

 ゆんゆんがいれば、確実に戦力になる上、万が一の時に逃げる事も出来るだろう。

 テレポートで家へ帰れば、合流は一瞬で済む。

 ただ入れ違いになる可能性もある。

 ゆんゆんはヒカルやヒナギクの弁当より先にトリスターノの弁当を作り、ギルドまで届けてくれると言っていた。

 テレポートで魔力を大量に消費しただけでなく、ゆんゆんと合流出来ないという最悪の事態は避けたい。

 それにもし本当に円卓の騎士であるのなら、少しでも魔力は残しておきたい。

 何より──

 

「──私が解決するべき問題ですね」

 

「はい?」

 

 つい出てきた言葉を目の前で聞いていたアンナは首を傾げるが、トリスターノはすぐに「何でもありません」と返し、続けて言った。

 

「先程も言いましたが、ありがとうございます。後でお礼をさせてください」

 

「えっ、そんなお礼だなんて……でもトリスターノ様がそう仰るなら──」

 

「キースさん、すみません。勝負はまた今度でお願いします」

 

「えっ、おいおい──」

 

 モジモジしながらお礼を何にするかを考えるアンナと勝負を後回しにされて文句を言おうとするキース、その二人には急いでいるせいか気付かずにトリスターノはダスト達の方へと向き直る。

 

「みなさんもすみません。参加させてくださいと私から言ったのに……」

 

「いいから行ってやりなさい。私達の方は気にしなくていいわ」

 

「ああ、元々簡単なクエストだし、分け前が増えるだけだ」

 

「行ってやれよ。ヤバいんだろ?」

 

 いいから行け、と言ってくれるリーン達に再度礼を行った後、トリスターノは飛び出すようにギルドを出て行った。

 それを見届けたリーンはダストに尋ねた。

 

「ダスト、あんた意外ね。さっきは楽して金を稼げるって言って喜んでたのに、文句の一つも言わないなんて」

 

「あ?それはお前『何言ってんだよこの野郎』ってやつだよ」

 

「その真似全然似てないわよ?」

 

「うっせ。まあ、ヒカルとは喧嘩もするけど、結構面白いやつだからな。トリスターノが行って解決するなら、それでいいだろ」

 

「ダスト……」

 

 こいつにも良いところがあったのね、とリーンが見直していると、

 

「それにあいつら金持ってるしな!また奢ってもらわねえと!」

 

「……」

 

 上がった評価が下がり、ゴミを見る目でダストを見るリーン。

 

「お、おいトリスターノのやつ逃げやがったぜ!俺は勝負の撤回なんて認めてねえし、俺の不戦勝だよな!?」

 

「「「…………」」」

 

「な、なんだよ!?冗談に決まってるだろ!?いや、ほんとに!だから、その可哀想なものを見る目はやめろ!!」

 

 パーティー全員にドン引かれたキース、そして。

 

「いやでも、いきなりデートだなんて……でも、トリスターノ様がどうしてもお礼がしたいと言うなら──」

 

 トリップ状態のアンナが未だお礼の内容をトリスターノがいると思い込んだ状態で考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見える。

 剣も、槍も、短剣も、無駄に多い腕も。

 

 分かる。

 相手の呼吸、間合い、足運び、狙い、技術。

 

 俺に剣の技術は無い。

 相手とは天と地ほどの差がある。

 正攻法で行けば、きっと一瞬で殺される。

 先程のベティヴィアの懐へ飛び込んで攻撃するような、そんなありきたりで無謀な戦法は死地へ飛び込むようなものだ。

 

 トリッキーな動きで相手を混乱させる。

 土埃、石も使う、使えるものはなんでも。

 隙は付かない。

 相手の懐に飛び込まない。

 

 これではベティヴィアを倒せないだろう。

 だが、()()()()()()()

 ヒナが来てくれて、俺はかなり冷静になれた。

 向こうの勝利条件は俺を殺すこと。

 それと存在もしない神器とやらを手に入れるために俺を無力化すること。

 じゃあ、俺の勝利条件はなんだ?

 死なないこと、それと時間を稼ぐこと。

 今でもここの周りは騒ぎになっているはずだ。

 それが街全体に行き渡れば、何かしら動きがある。

 ヒナが来ると言っていたトリスターノや他の冒険者や警察組織、そこら辺から戦力が来てくれれば、ベティヴィアも困るはずだ。

 この駆け出しの街の戦力なんて大したものではないだろう。

 だが、ベティヴィアがここにいることを公に知られることはかなりの痛手であるはずだ。

 この戦争中に敵国の騎士がいるのは問題どころの話ではないだろう。

 街全体、国全体を相手にすることはベティヴィアも望んでないはずだ。

 倒すことは出来ないが、相手取ることは出来ている。

 なら、出来る限り時間を稼ぐ。

 それに多分だが、何らかの戦力の援軍が来たとしても大した被害にはならないだろう。

 何故かは今の状況を見れば、分かる。

 

「『ヒール』!」

 

「くっ!」

 

 俺が傷付いた瞬間にヒナは離れた場所から回復魔法を使い、ベティヴィアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 だが、その後もヒナを狙うようなことはしていない。

 

 こいつの目的はあくまで俺一人。

 

 悪人を倒すため、そして同僚を洗脳から解放するためにやってきた善良な騎士さま、ってやつなんだろう。

 俺からすれば、言いがかり吹っかけてきたクソッタレ野郎だけど、それは今はいい。

 相手の狙いも俺がどうすればいいかも分かった。

 なら、相手の狙いを潰して自身の勝利条件に合う動きをするだけだ。

 それに今の俺はかなり有利だ。

 この状況下でトリスターノさえ来てしまえば撃退も可能だろう。

 ある程度の傷はヒナが治してくれる。

 ゆんゆんもいれば完璧だが、まともに戦えてる今なら特に問題無い。

 

「くっ、こんな男に……っ!」

 

 相手も焦りのせいか動きが単調だ。

 それになんというかチグハグに感じる。

 こいつの四つの腕は確かに脅威だが、それ以上に操作が大変なのだと思う。

 こいつの右半身を前に出して長剣を構えるのに合わせて、背中越しに槍を構える姿はまるで背中合わせで剣と槍を構える二人の騎士だ。

 一人なのに二人を相手にしているような感覚。

 だが、多い腕の操作と焦りがもろに影響していて、上手く機能していない。

 

「……やっと、追い詰めたぞ」

 

「それはどうか、うおっと!最後まで言わせろよ!」

 

 ほぼ防御や避けることに重点を置いていれば、少しずつ後退するのは当然のことで、今はアクセルの街をぐるっと守っている外壁まで追い詰められていた。

 上手く扱えていないとはいえ、相手が弱いわけじゃない。

 なるべく付近に迷惑をかけないように動いていたのもあって、順調に相手の狙い通りに来てしまった。

 だが、ここまで来るのにかなり時間を稼いだ。

 もう少しで────

 

「はぁ……はぁ……時間を、稼いでいたのだろう?」

 

「……」

 

 まあ、あれだけ逃げてれば分かるよな。

 バレてたのは仕方ない。

 追い詰められたとはいえ、俺もしっかり時間を稼がせてもらったし、相手も疲労してる。

 俺もぶっちゃけかなりしんどいけど、まだやれる。

 

「屈辱だ。他人に力を借りてばかりの男をこうも手間取るとな」

 

「言ってろよこの野郎」

 

 チラリと横目でこちらを見ている衛兵を視界に捉えた。

 どうやら完全にビビっているらしく、武器を持ってはいるものの助けに入る気はないみたいだ。

 まあ、そうだろうなと苦笑する。

 どう考えても目の前の騎士は強いし、それに機械仕掛けの腕が背中から生える異様な姿は人間離れしている。

 来なくて正解だ。

 

「……その余裕もここまでだ。こちらも余計なこだわりを捨てることにした」

 

「それでどうなるって……っ!?」

 

 ベティヴィアが構えを解き、直立不動の姿になった。

 壁を背にした俺をさらに追い込んでくるものだと思ったが、何もして来ないのか?

 

「なんだ休憩か?」

 

「ここは外壁の影になっていて涼しいから、そうかもしれないな」

 

「……」

 

 今までこいつが冗談を吐いてきたことは一度もない。

 何かある、そう思い緊張感が増す。

 俺が木刀を油断なく構えると、ベティヴィアの機械仕掛けの腕の一つが持つ漆黒の短刀が妖しく光ったように見えた。

 すると、

 

「は……?」

 

 自分の見ている光景が信じられず、間抜けな声が漏れ出た。

 ベティヴィアの体は直立不動のままだ。

 だが、そのまま地面に沈み込んでる。

 ぬるりと、音も立てずに、何でもないことのように地面へと飲み込まれていく。

 まるで下降するエレベーターに乗っているかのように、ベティヴィアは数秒の間に完全に地面へ沈んでしまい、姿が見えなくなってしまった。

 一体、何が起こったのか、全く分からない。

 俺は辺りを警戒しつつ、離れているヒナへと呼びかけた。

 

「ヒナ、無事か!?」

 

「僕は大丈夫だけど、今の人は!?」

 

「分からない!気をつけろ!」

 

 木刀を握る手に力が入る。

 頬を汗が伝うのすら鬱陶しく感じるほど、自身の感覚を研ぎ澄ます。

 何が起きているのか分からないが、いなくなって終わりなわけがない。

 数人の衛兵がこの状況を見てはいるが、ベティヴィアが撤退するほどのものではないはずだ。

 もう少しで───

 

「ヒカルッ!!!」

 

 悲鳴のようなヒナの声が聞こえ、やっと捉えた光景に思わず体が硬直した。

 思考停止でもあり、恐怖でもある。

 もう目の前に死が迫っていた。

 すぐ目の前の地面から漆黒の短刀を持った機械仕掛けの腕が地面から伸びているのが見えた。

 

 また俺は────

 

 後悔すらも追いつかないその刹那、

 

 

 

 目の前が爆発し、爆風に吹き飛ばされた。

 

 

 

「どわあっ!!?」

 

「ぐぅっ!?」

 

 後ろへと吹き飛び、すぐに体を起こすと同じようにベティヴィアが体を起こし、機械仕掛けの腕で飛来する矢を払っているのが見えた。

 

「トリスタンッ!!」

 

 怒りの声を上げるベティヴィアに応えるようにトリスターノが弓を構えながら現れる。

 ということは、いつもの爆発するポーションを仕込んだ矢が俺達二人の間で着弾させて爆風で助けてくれたってことか。

 まあ助かったのだし、何でもいい。

 

「ヒカル、大丈夫っ!?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 ヒナが駆け寄ってくれて、回復魔法を掛けてくれて立ち上がるのを助けてくれる。

 

「お久しぶりです、ベティヴィア。こんなところで奇遇ですね」

 

 コイツのイケメンスマイルにここまで安堵する日が来ようとは思わなかった。

 遅いくせに格好つけてんじゃねえぞ。

 これだからイケメンは。

 

「ったく、遅えんだよこの野郎」

 

「お誘いが無かったもので」

 

「じゃあお前、このクソッタレ同窓会に呼ばれたら来たのか?」

 

「お口が悪いですよ。ええまあ、貴方がいるのなら多少は我慢しますとも。反吐が出そうですけど」

 

「お口が悪いぞトリスターノ」

 

「おや、失礼しました」

 

 不敵な笑みを浮かべるトリスターノに思わず座り込んでしまいそうになるほど、安堵する。

 

「トリスタン、本当に何をしているッ!?同士に刃を向けるかッ!!」

 

「えっと、弓矢なのですが?」

 

「馬鹿にしているのかッ!!円卓の騎士ともあろう者がこんなところで、そんな格好で何をしているかと聞いている!!」

 

 激昂するベティヴィアに油を注ぐような態度のトリスターノはベティヴィアの問いかけに眉に皺を寄せた。

 その後、トリスターノの表情は引き締まり、真剣な面持ちでベティヴィアへ話しかけた。

 

「私からもいくつか聞きたいことがあります。貴方が何故、騎士王の所有する武器である“カルンウェナン”を持っているのか、まずはそれをお聞きしたい」

 

「何故ここにいるのか、ではないのか?」

 

「それは後で」

 

「……単純な話だ。借り受けた、騎士王からな。それと何故ここにいるかは貴様のせいだ。貴様を連れ戻しに来たからな」

 

「そうですか。誠に申し訳ありませんが、今のグレテン王国に戻る気はありません。お帰りください」

 

「トリスタン……そうか、呼びかけに応えてくれないか」

 

「はい、お帰りはあちらです。どうぞ、今すぐに」

 

 トリスターノが門の方へ一瞬だけ視線を飛ばし、アクセルから出ていくことを促す。

 だが、ベティヴィアは首を横に振る。

 

「トリスタン、私からも騎士王に掛け合う。簡単にはいかないだろうが、今は国の危機だ。きっと許しをもらえるはずだ」

 

「……」

 

「何故だ……トリスタン。そこまでその男に操られてしまっているのか……?国のため、王のために戦うと誓ったではないか……!」

 

「……今の王のためには戦えません。私は戻りません。即刻お帰りください。私も貴方を力で追い返すようなことはしたくない」

 

「そうか」

 

 苦しむような表情でベティヴィアはユラリと立ち上がる。

 そして覚悟を決めたような顔でトリスターノを睨み、

 

「では力尽くで貴様を連れて行こう」

 

 五つの腕であらゆる武器を構えてベティヴィアはそう言った。

 





◯カルンウェナン
騎士王が所有する武器の一つ。
影の中に潜り込める能力を持つ短刀。
能力だけでなく、一振りで人を真っ二つにしてしまえるほど凄まじい切れ味でもある。
このファンでも固有武器でカルンウェナンが存在するが、あれとは別物で今ベティヴィアが持っているものが本物。


ベティヴィアが少し弱そうな表現になってしまいましたが、あの戦法自体はまだ未完成であり、試行錯誤段階といった感じです。
合計五本の腕を扱って戦うなんて誰もしていませんからね。
扱いきれていないのと、彼自身が戦場に出ることは少ないことが関係しています。
円卓の騎士ではありますが、実力は下の方で、大半は騎士王の身の回りの世話をしていることが多いからですね。
これ以上はまた次あたりに。


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144話


144話です。さあ、いってみよう。



 

 一方その頃。

 

「思った以上に時間かかっちゃった……! トリタンさんまだいるかな」

 

 ゆんゆんがトリスターノの弁当を引っ提げてギルドへと訪れていた。

 慌ただしく扉を通ると辺りを見回し、トリスターノの姿が無いかを確認した。

 だが、トリスターノがいないことを知るとゆんゆんは大きくため息をついた。

 

「どうしよう……いえ、悩んでる場合じゃないわね」

 

 ゆんゆんはすぐに気持ちを切り替えると、トリスターノがどんなクエストに向かったかを聞いて、その後を追って弁当を直接届けることにした。

 

「ゆんゆんさん、おはようございます。何かお探しですか?」

 

「あ、ルナさん。おはようございます。……いえその、何でもありません」

 

 このギルドの看板受付嬢のルナが挨拶をしてきたので、ゆんゆんは伏し目がちに挨拶を返した。

 

「ゆんゆんさん、どうされました?」

 

「え、いえ本当に何でもないんです。実は私急いでるのでまた今度……」

 

「えっと、私避けられてません?」

 

「そ、そそそそんなことないでしゅ、よ……?」

 

「あの、無理に隠そうとするより隠す気ゼロの反応の方が傷付かないんですが……」

 

「す、すみません! 違うんですっ! 今日はちょっといろいろあってクエストは受けられないんですごめんなさい!」

 

 ゆんゆんが早口で頭を下げると、別の誰かにトリスターノのことを聞こうと歩み出した。

 ゆんゆんがルナを避ける理由は面倒なクエストを押しつけられる可能性があったからである。

 ヒカル達のパーティーメンバーがギルドに訪れた際にわざわざルナの方から話しかけてくる時は大抵がそのパターンであった。

 今朝の情報共有の場では、力試しのために簡単なクエストを受けると言っていたトリスターノにヒカルが変なクエストを押し付けられないように気をつけろと言っていたのは、ゆんゆんの記憶にも新しい。

 だからゆんゆんも礼を失する行為であると分かっていたのだが、ルナのことは出来る限り避けて、トリスターノの元へと向かおうとしていた。

 

「い、いえ、クエストではなくて。純粋にゆんゆんさんのことが気になっただけです」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「はい」

 

「本当に……?」

 

「警戒しすぎじゃないですか!?」

 

 ゆんゆんは思い出した。

 ある日ギルドに訪れた時のこと、ルナが話しかけて来て長々と世間話をした末に、ついでとばかりにクエストの依頼書を渡してきたことを。

 しかも明らかに難易度と報酬が見合ってないもので、あのヒナギクでさえ「流石にこれはちょっと……」と苦言を呈するほどであった。

 

「ご、ごめんなさい。実はトリタンさんにお弁当を届けなきゃいけなくて……トリタンさんがどんなクエストに向かったか教えていただけませんか?」

 

「トリスターノさま……あ、いえ、トリスターノさんですね」

 

(さま……)

 

 ここにもトリスターノのイケメンスマイルに心を盗まれてしまった人が……とゆんゆんが少し呆れていると、

 

「トリスターノさんはクエストに行ってませんよ?」

 

「はい?」

 

 予想外の答えが返ってきて、ゆんゆんは首を傾げた。

 

「最初はダストさん達のパーティーに同行する話だったんですが、先程シスターの方がやってきまして……」

 

「ヒナちゃんですか?」

 

「いえ、ヒナギクさんではなく、エリス教会の正式なシスターで、名前はアンナさんという方です。ギルドに響き渡るぐらいの大声で自己紹介をしてらしたので、聞き耳を立てずとも聞こえてきました」

 

「アンナさんが??」

 

 ゆんゆんもアンナのことはもちろん知っていた。

 ヒカルやヒナギクの都合上、ゆんゆんもアンナとは何度も話す機会があり、それなりに親密ではあったのだが、ゆんゆん自身は友達と言っていいのか分からなかった為、知人以上の仲の良い人といった感覚である。

 ゆんゆんはそれなりにアンナと関係性が構築されているのだが、トリスターノはそうとは思えなかった。

 教会にはヒカルやヒナギクに急用が無い限りは行くことも無く、孤児院に至ってはヒカルに近付くことを禁止されているので、トリスターノとアンナにそこまで関係があるようには思えなかった。

 だから、ゆんゆんはアンナが来たことでトリスターノがクエストに行くことを中断したのを強く疑問に感じていた。

 

「はい、他の話はあまり聞こえてきませんでしたが、ヒカルさんが孤児院の方で喧嘩してるとかでトリスターノさんが血相を変えてギルドを出て行きました」

 

「???」

 

 ゆんゆんは疑問で溢れ返った。

 ヒカルが喧嘩をするのは特段珍しいことでもなく、それをわざわざクエストに行くのを中断してまでトリスターノが止めに行くのもまたおかしな話であった。

 トリスターノではなくヒナギクが喧嘩を止めに行った、と言われたならなんとも思わない。

 そんな疑問だらけであったが、ゆんゆんは今の話から違和感を二つ感じていた。

 一つ目はトリスターノが孤児院に近付くことをヒカルに禁止にされていて、普段はトリスターノも律儀にその通りにしているのに、孤児院にトリスターノが向かった、ということ。

 二つ目はヒカルが孤児院の子供達の近くで喧嘩をするとはあまり思えなかったこと。

 あのヒカルといえど流石に場所は選ぶはずで、子供達を無理に怯えさせるような真似はしない。

 ゆんゆんはここで首を傾げていても仕方ないと判断し、自身も孤児院に行けば分かることだと考え行動することにした。

 

「えっと、分かりました。私も向かってみようと思います。教えていただいてありがとうございました」

 

「いえいえ、そんな。後でこのクエストに……」

 

「では急いでるので!!」

 

「冗談ですよゆんゆんさん!?」

 

 脱兎の如く逃げ出すゆんゆんの背中に慌ててルナは声を掛けるが、あまりにもギルドを出るのが早かったので聞こえているか微妙なところであった。

 ギルドを飛び出したゆんゆんは孤児院で何が起きているかを疑問に思いつつも、何はともあれなるべく早めに弁当を届けようと早足で孤児院に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーダーとヒナさんは下がっていてください。私一人で彼を倒します」

 

「あ? お前何言って……」

 

「あ、危ないよ、トリタン!」

 

 トリスターノがベティヴィアと一騎討ちをすると言い出したのでヒカル達は止めようとしたのだが、トリスターノは首を横に振った。

 

「この事態を招いたのは私です。私が解決するべき問題ですから……いえ、リーダーの嫌いな言い方をしてしまいましたね。でも、これだけは私が解決したいのです」

 

 弓を構えてベティヴィアを睨みながら言うトリスターノを見るに何を言っても無駄だと感じたヒカルはまだトリスターノを止めようとするヒナを引っ張って後ろへ下がる。

 

「ちょっと、ヒカル本気!?」

 

「ああ、あのバカはなんだかんだで頑固だからな。手出し無用とか恥ずかしいこと言っちゃう前に安全なところ行こうぜ」

 

「確かに手出し無用ですが、そんなに恥ずかしくありません。リーダーのくさい言葉よりマシです」

 

「はいはい、頑張れよ。俺はもう疲れたからマジで手出さないからな」

 

「ええ、ごゆっくり」

 

 もうっ、とプンプン怒るヒナはヒカルの手を振り払うとヒカルと同じく戦闘に巻き込まれない様に歩き始めた。

 すると、ベティヴィアの激昂する声がヒカル達にも聞こえてきた。

 

「私が円卓の中で実力が下だからと舐めているのかッ!! この間合いで貴様が勝てるわけがないだろう! それにその見窄らしい装備はなんだ!?」

 

「装備ですか? マーリンに取られてしまったのですよ。ですが、まあ前の騎士の格好よりも動きやすくて良いものですよ、これはこれでね」

 

「……洗脳されているとはいえ容赦しないぞ」

 

「ベティヴィア、貴方はたまにおかしなことを言いますね。だから私と同じく騎士内で浮いていたのですよ?」

 

「一体何を言っているのか、分からないな。時間稼ぎか?」

 

「そんなことは必要ありません。騎士王のことを尊敬することを悪く言うつもりはありませんが、貴方の場合は行き過ぎている。騎士王のことを誰彼構わず熱く語り出したりすれば避けられるのは当然のことです」

 

「……そんな、トリスタン……まさかそんな……」

 

 ある程度距離を取ったヒカルは壁を背に腰を下ろして、トリスターノ達を眺めた。

 トリスターノは相変わらず油断無く弓を構えていたが、ベティヴィアは額に手を当て、失望を露わにした。

 

「洗脳されているとはいえ騎士王の素晴らしさを忘れるなど不敬罪に当たるぞ、トリスタンッ!」

 

「当たりませんよ……はぁ……」

 

 疲れたようにため息をつくトリスターノ。

 そんな彼を見て、ベティヴィアは更に怒りに火が付く。

 

「力付くで思い出させてやる。洗脳が解け、かの騎士王の完璧な姿を思い出せば、今の自身の愚かさを嫌というほど思い知るだろう。私であれば喉を掻っ切るだろうが、それは許さない。今の貴様は生きるに値しない愚か者だが、一応は必要とされているのだ。死ぬのなら騎士王の役に立ってから死ね。騎士王のために全てを捧げ、国のため王のために死ね。円卓の騎士に無意味な死は許されない。洗脳されていようがなんだろうがな」

 

 表情の無くなったベティヴィアから出て来る言葉にため息だけじゃなく、頭を抱えたくなったトリスターノはなんとか耐えて言葉を続けた。

 

「騎士王至上主義もいい加減にしてください。『円卓の騎士』の意味を忘れましたか?」

 

「国や自身の役割から逃げ出した者がよく言えたものだ」

 

「答えてください。『円卓の騎士』のその意味を」

 

「王の近くにいることを許された精鋭の騎士達のことだろう。答えるまでもない」

 

 答えを聞いてトリスターノはまたため息が出そうになった。

 ベティヴィアから出てくる答えは予想が付いていた。

 答えが大きく間違っていることも。

 

「いいえ、違います。円卓の騎士はそんなものではない。近衛騎士団とは違うんです」

 

「分かりやすく言っただけだ。騎士王に実力を認められた騎士達、それが円卓の騎士だ」

 

「……それは第一条件です。円卓の騎士とは円卓を囲む騎士達、その円卓を囲むものは騎士王を含め全ての者が対等であるからこそ、『円卓の騎士』と呼ばれたのです」

 

「……」

 

「今の円卓の騎士は崩壊している。騎士王一人が全てを決め、独裁しているからです。結果グレテンは変わってしまった。円卓の意味は無くなり、国を守るために存在するはずの騎士達が敵を殺すための戦争の駒に成り下がった。しかも敵であるはずの魔王軍側の駒に。私はそんなところでは戦えない」

 

「だから国を抜け出したと?」

 

「はい」

 

「子供だな、トリスタン」

 

「……なに?」

 

 ベティヴィアから返ってきたのは嘲笑だった。

 トリスターノの持論ではあったが、円卓の騎士を誇りに思っているからこそ、国の未来を考えているからこその行動であり言葉であったが、それらを一蹴され嘲笑されれば、温厚なトリスターノといえど怒りを露わにする。

 

「どこまで失望させる気だ、トリスタン。あの建前を本気で信じている者がいたとはな」

 

「建前……?」

 

「そう、建前だ。全ての者が対等であるだなんて、そんなわけが無いだろう。認めた騎士達の意見を多少は汲み取ってやろうという、騎士王の慈悲に他ならない。よもや本気で信じているとは……他にもトリスタンのような騎士がいないだろうな」

 

「…………」

 

 唖然とするトリスターノに構わずベティヴィアは続ける。

 

「それに、その建前が本当だったとして、王が国の全てを決めるのは当然のことだろう? 何を言っているのだ、貴様は。まさか貴様が国を動かせるとでも思っていたのか。面白いぞ、トリスタン。()()()()()がここまで冗談が上手かったとは思わなかった」

 

「ベティヴィア……!」

 

「あと騎士が駒に成り下がった、だったか。駒に決まっているだろう。我々は騎士王の駒だ。敵も味方も騎士王が決め、騎士王が定めた敵を切り伏せるのが我々円卓の騎士だ」

 

「違う……! 騎士は、円卓の騎士は、駒なんかじゃない! そんなものじゃない!!」

 

 激情に駆られたトリスターノは矢を射る。

 射出された矢が戦いのゴングとなり、ベティヴィアも即座に戦闘に切り替えると前へ踏み出す。

 一つの矢からはじまり、次々と飛来する矢をものともせず、機械仕掛けの腕で払うと一瞬で距離を詰めたベティヴィアはトリスターノへと剣を振るう。

 

「っ……!」

 

「遠距離からの狙撃ならまだしも、このたった数メートルしかない間合いでよくも弓兵が一人で戦うなどと言えたな」

 

 間一髪で避けるトリスターノは後退しつつ更に弓を引くが、虫でも振り払うかのようにベティヴィアの四本の腕が邪魔をして届くことはない。

 また距離を詰めてくるベティヴィアに弓だけでは対抗出来ないと感じたトリスターノは手を前に翳した。

 

「『クリエイト・ウォーター』! 『フリーズ』!」

 

「……初級魔法か。随分と堕ちたものだ」

 

 足場を凍らせる作戦に出たが、ベティヴィアは長剣を地面に叩きつけ、氷を地面ごと砕くことでトリスターノの目論みを阻止した。

 だが、その少しの隙がトリスターノには必要だった。

 氷の矢を番えたトリスターノは突き進んでくるベティヴィアの少し手前の地面へと射る。

 

「どこを狙って……ぐっ!?」

 

 見慣れない氷の矢は警戒されるが、当たらないことが分かれば、対処の必要性は無くなる。

 そんな油断を誘った一撃であったが、ベティヴィアは狙い通りもろに爆発に巻き込まれた。

 怯んだ隙を狙ってトリスターノは更に爆発するポーションを仕込んだ氷の矢を作成し、次々と矢を飛ばす。

 

「まったく、梃子摺らせる」

 

 爆発を食らったはずのベティヴィアはほぼ無傷であった。

 通常の矢は剣と機械の腕が振り払い、氷の矢は機械仕掛けの腕が掴み、投げ返す。

 

「っ!」

 

 今度は逆にトリスターノが氷の矢の対処に追われることになる。

 投げ返す精度があまり良くないのは救いであったが、近くで爆発されてはトリスターノも弓を構えてばかりではいられなくなった。

 その隙は円卓の騎士を相手にはあまりに大きな隙であった。

 瞬時に接近したベティヴィアはトリスターノには当たらないように長剣で弓を切り落とした。

 

「終わりだ、トリスタン」

 

 少しの抵抗も許さないとばかりに長剣をトリスターノに構えて、動けなくなったトリスターノの矢筒から機械仕掛けの腕が矢を引き抜き投げ捨てられ、腰に差してあった刀を模した短刀すらも奪い取られる。

 

「先程の世迷言は洗脳されていた、ということで聞き流してやる。さあ、今あの男から解放してやろう!」

 

 ベティヴィアは峰打ちのように刃のない側面で長剣をトリスターノに振るう。

 そして────

 





ゆんゆんはハテナマークを浮かべて首を傾げてるだけで可愛いと思うの。
そんなことはさておき、
休みの日を睡眠に持ってかれて、焦って書いてる感じなので、ベティヴィアの設定とかはまた次回に。

先週にデイリーランキングに入れました。
ありがとうございます。
またランキングに入れるような作品作りをしていきたいと思いますので、応援よろしくお願いします。


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145話


遅くなりました。
後書きでも書いてますが、後書きめっちゃ長いです。
本編短めなので、逆にバランス良い感じになりました。

145話です。さあ、いってみよう。



 

 

 幼少の頃に母が読み聞かせてくれた御伽話が好きだった。

 題名は忘れてしまって、内容も朧げではあるけど、ざっくりとなら説明出来る。

 国に仕える騎士が悪者を倒して、助けた女性から想いを寄せられる、そんなありふれた物語。

 よくあるお話ということは、それだけ物語として分かりやすく尚且つ人気があり、当時子供である私は当然影響を受けた。

 大人になったら物語に出てくる騎士様のようになるんだ。

 私はそう思った。

 

 そんな憧れは、現実となった。

 いや、それは少し違う。

 騎士になることは出来たが、()()()()()()()にはなれていない。

 歳を重ねるごとに、そんな存在はいないのだと分かってしまった。

 騎士王アルトリウスの前の王であるウーサーが亡くなられた時、次の王を決めるために置かれた選定の剣を抜けなかった私は思い知った。

 あれは物語にしかいない『騎士』なのだと。

 物語だからこそ、清く美しいのだと。

 そう思って────でも、どこか諦めきれずに、大人になって、円卓の騎士として認められた後も、私は理想と現実の狭間にいた。

 

 私は何の為に此処にいる。

 私は何の為に戦う。

 私はこれから何を────

 

 そんな疑問を浮かべながらも、騎士として戦ってきた。

 私がそんな状態でも戦えてきたのは、少しでも理想の『騎士』に近付けているようなそんな気がしたから。

 だから、そう思える円卓の騎士というのは私の数少ない誇りであった。

 それがどれだけバラバラで、彼らと真に分かり合えることはなくとも、私の気持ちは変わらなかった。

 日常的に力を競い合い、険悪になったとしても、円卓会議では意見が全く合わず白熱し、顔を見ることすら嫌になったとしても、国の一大事には一丸となることが出来る。

 その一つの事実だけで、どれだけ分かり合えなかったとしても私は円卓の騎士の一員として国や民のために戦えているのだと満足していた。

 

 それが瓦解したのは騎士王の独裁であった。

 円卓会議が行われることも無く、グレテン王国は魔王軍との同盟が結ばれた。

 騎士王が何故独断でそこまで強行したのか、当時の私は、到底理解出来るものではなかった。

 今となっては何故そうなってしまったのかは知っている。

 シロガネヒカルの奇妙な運命か、それともマーリンの気まぐれか、その一端を私は知ることが出来た。

 

 グレテン王国が人の手によって滅びる。

 そんな未来を知ってしまった騎士王は人を信じることが出来なくなってしまった。

 だから、シンプルに人類との敵対を選んだ。

 国を守りたいという王としての意志と、自身の力に絶対的な自信がある騎士としての覚悟、それが騎士王を突き進ませた。

 心では納得は出来ないが、頭では理解することが出来る。

 それでも、私は思う、強く思ってしまう。

 

 

 どうして、円卓の騎士(私達)だけでも、信じてくれなかったのか。

 

 

 他にも道はあったはずだ。

 そう思うが、円卓の騎士である私達も()である以上、騎士王が信じられるはずもない。

 騎士王が信じられるのはもう自身だけ。

 グレテン王国の未来の為に騎士王は一人で戦うことを選んだのだ。

 

 それから以前語った通り、私は国を抜け出した。

 人同士の戦争には参加したくなかった。

 この意見を聞いた騎士は、いや、それ以外の者にもきっと理解されることはなく、それどころか軽蔑されることだろう。

 それでも、私は嫌だった。

 円卓の騎士として人と戦うことは確かにあった。

 だが、それには大義があり、理由があり、未来があった。

 騎士王一人が決めた国の方針には大義も未来も感じなかった。

 

 少し街から離れればモンスターがいて、人はあっさり食い殺される。

 それなのに、何故人同士で争わなければならないのか。

 この戦争の果てに、もしグレテン王国が勝ち、生き残ったとして、その先の未来はあるのか。

 もしその先があったとしても、きっと酷い未来が待っているだろう。

 そんな最悪の光景は見たくなかった。

 

 最初は逃避のために、グレテン王国を抜け出した。

 バカだな、と自分でも思う。

 それこそ、未来なんて感じないだろうに。

 それでも譲れないものがあった。

 

 騎士とは守るために在るものだ。

 何かを奪うためではない。

 相手を否定するためでもない。

 戦争のために在るのではない。

 殺すためでもない。

 王の駒でもない。

 

 国を、人を、未来を守るために戦う。

 それが私の思う『騎士』だ。

 

 夢見がちだと笑うがいい。

 いつまでも現実と理想の違いが分からない愚か者だと石を投げればいい。

 どれだけ否定されたとしても、私は騎士として、守るために戦う。

 

 

 リーダー、貴方にはかつて道を示した。

 愚かで馬鹿な私の言い分であったにも関わらず、貴方は私達といる道を選んだ。

 無謀で弱く、助けられなければ死んでしまうような人。

 でも貴方は守るために戦っていた。

 ゆんゆんさんのために貴方はパーティーに残ることを選んだ。

 私という不安要素から守るために、貴方は辛い道のりを進んだ。

 その在り方が美しかった。

 まるで私が憧れた物語の騎士のようだった。

 そんな姿をもっと見たくて、貴方のことを誘導した。

 

 全くもって自分勝手で恥ずかしい。

 私の方こそ、これから歩む『道』が分からないというのに、偉そうに語るだなんて。

 にも関わらず貴方は私を仲間と認め、家族として接し、親友と呼んでくれた。

 それがどれだけ嬉しかったことか。

 自信を持たせてくれたことか。

 背中を押してくれたことか。

 

 そんな貴方に報いなければならない。

 貴方に道を示した者として、恥ずかしくない道を歩む。

 貴方達の仲間として、円卓の騎士として、私が憧れる騎士として。

 これまでの自身の考えは曲げない。

 守るために私は戦い、私達の未来もグレテン王国の未来もこの世界も全てを守ってみせる。

 

 辛く険しい道のりであろうとも、彼らといずれ別の道を行こうとも、信じた道を、信じさせてくれた道を突き進む。

 

 それが私の『騎士道』────ッ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベティヴィアの剣は振るわれた。

 だが、それが振り切れることはない。

 鈍い金属音が辺りに響き、剣は弾かれた。

 

「…………なんだ、それは……?」

 

 勝ちを確信していたベティヴィアは呆然と呟く。

 トリスターノは今まで持っていなかったはずの全身を覆い隠せるほどの大楯を下ろす。

 すると、その大楯は光の粒子となって霧散した。

 

「ラウンズスキル『騎士道(スターライトロード)』」

 

 トリスターノがベティヴィアの問いに応えるように言うと、トリスターノの体が光に包まれる。

 『ラウンズスキル』と聞いて、顔色を変えたベティヴィアは一瞬でトリスターノから距離を取った。

 

「わざわざ離れてくださるなんて助かります」

 

 トリスターノの全身の光が徐々に形を成していく。

 今まで軽装であったトリスターノが重く銀色に輝く騎士甲冑を身に纏った姿が現れていく。

 手には今までとは比べ物にならないほど現実離れした弓で、まるでハープのような見た目をしたものだった。

 そして腰にはこの世界で作られたとは思えないような機械が搭載された矢筒とそこに収まる矢があった。

 

「これが、トリスタンの『ラウンズスキル』……」

 

「いえ、それは違います」

 

「……何を言っている? 自分でそう言っただろう?」

 

「今の私はトリスタンではありません。円卓の騎士、()()()()()()。そのラウンズスキルこそがこの『騎士道(スターライトロード)』です」

 

「ますます分からないな。あの男の虚言癖でも移ったか?」

 

「分からなければ結構。貴方は私の騎士道に反する言動をした。よって貴方を倒します」

 

「……ほざけ、無礼者。もう一度一瞬で終わらせてくれるッ!」

 

 静かに怒りを浮かべたベティヴィアが自ら取った距離をまた詰めていく。

 トリスターノは瞬時に矢へと手を伸ばし、矢筒の底へと矢を押し込むと矢筒の底でカチリと音がした。

 それを確認したトリスターノは矢を引き抜いて、弓を引いていく。

 弓はハープのように幾つも玄が張られていて、その内の二本を使って引き絞り、矢が放たれる。

 

「っ!?」

 

 ベティヴィアは驚き、目を見張る。

 明らかに飛来する矢のスピードが上がっていた。

 ベティヴィアは避けることを諦め、剣を盾にしながらそのまま突き進むことを選んだ。

 それが功を成したのか、矢は剣にすら当たらずに疾走するベティヴィアの足元へと落ちた。

 ベティヴィアが鼻で笑おうとしたその瞬間、足元が爆発し、身体が爆風で浮き上がった。

 

「な……っ!?」

 

 咄嗟に何故だ、と叫びそうになるベティヴィア。

 今飛んできた矢は爆発する氷の矢ではなく、普通の矢であった。

 だというのに、爆発した。

 混乱するベティヴィアは浮き上がった刹那の中でトリスターノを確認すると、トリスターノはすでに三本の矢を同時に弓に番えて空中のベティヴィアへ狙いを定めていた。

 ベティヴィアが驚愕の声を上げる前に矢は彼へと押し寄せた。

 

「ぐ、ああああッッ!!?」

 

 飛ぶ三本の矢の内一つが空中で分かれて三本となり、合計六本の矢が同時にベティヴィアを襲った。

 ベティヴィアは急所を咄嗟に守るように顔や心臓部を剣で隠したが、それで守ることが出来たのは二本の矢からのみだった。

 分裂した一つの矢がベティヴィアの顔を掠め、残りの分裂しなかった矢はそれぞれ腹部と機械仕掛けの腕の一本を射抜いた。

 機械仕掛けの腕は関節部をぶち抜き、駆動は不可能な状態であり、腹部は甲冑を貫通して腹部へと突き刺さっていた。

 そして、浮き上がった身体は重力によって地面へと叩きつけられ、その後ベティヴィアは感情のままに激昂した。

 

「あああッ!! 何故ッ! 何故だ……ッ!! 弓矢ごときが……!!」

 

「この弓『アキヌフォート』は弦を複数使うことで威力や飛距離、スピードを調整出来ます。それで威力を高めました。あと矢尻が少々特殊でしてね。アダマンタイトが少量使われた豪華仕様のおかげで高い買い物をさせられました。この街にある魔道具店に行くのなら仮面を付けた店員には気をつけた方がいいですよ」

 

「ペラペラと余裕のつもりか、トリスタンッ!」

 

「ええ、貴方が落ちるまでの間に一度か二度は殺すことが出来ましたからね」

 

「同胞だからと手加減していれば抜け抜けと……」

 

「そうですか、では本気でお願いします。私ももう手加減はしませんから」

 

「……ラウンズスキル」

 

 静かにベティヴィアがスキルを発動させる。

 円卓の騎士同士の本気の戦いがようやく始まった。

 







説明多めで後書き長めです。


◯ベティヴィア
騎士王至上主義の円卓の騎士。
彼の始まりは騎士王を一目見た時に感じた激情であった。
一目惚れ、憧れ、似たような言葉はあったが、そのどれとも一致しない感情はただ騎士王の元へと駆り立てた。
かの騎士王に仕える為に私は生まれてきたのだ、そう思ったベティヴィアは大きなハンデを抱えているのを全く感じさせないほどの類稀な才を発揮し、隻腕の騎士として有名になった彼は程なくして騎士王に認められた。

普段は騎士王の側近として仕事をしているため、騎士としての実力は低めではあるが、左腕が無いにも関わらず騎士としての実力を認められた傑物であることは間違いない。
機械仕掛けの腕を増やしたのは騎士になってからであり、騎士王の身の回りの世話や騎士王のためになること、頼まれていないことまで全てをこなすためには腕が圧倒的に足らないと感じ始めたのが始まりである。
騎士王に認められた実力も明らかに扱いきれない四つの腕も、彼の強い思い込みと騎士王への想いが為せるものであり、一種の天才でもあるが、それと同時に狂人であった。

騎士王の全てを肯定していて、騎士王のためであれば命でも家族でも何でも差し出してしまえるほど。
雑談の内容が全て騎士王のことになるのと思い込みが激しい性格であることも相まって、だいたいの人に避けられているが、本人は全く気付いていない。
周りにどう思われているかなど気にならないほどに騎士王のことを崇拝している。



騎士道(スターライトロード)
トリスタンではなく『トリスターノ』が円卓の騎士として至ったことで発現したオリジナルスキル。
元々このスキルは拳銃を創り出すスキルであったが、このスキル自体が未完成であり、シロガネヒカルの影響を強く受けていたため現代世界の拳銃を作り出していた(トリスターノ自身が銃器を好まなかったため、パラメデス戦以降使われることは無かった)
武具や防具を創り出せるスキルだが、魔力をコントロールして形成しているため魔力消費は激しい。
神器や特殊な能力を持つものを創り出したとしてもほぼ無能力の模造品になる。
フル装備状態で戦えるのはどこぞの光の巨人と同じくらい(スキルが解除されるかトリスターノの意思で創り出したものは消える)

トリスターノ自身が自ら進む道を決めた証。
憧れも理想も捨てきれない彼が夢見た『騎士』になる為のスキル。
仲間達がいずれそれぞれの道を行こうとも、その道のりに光があるように、という願いが込められている。

トリスターノが円卓の騎士として至ったのは確かだが、それは彼の実力だけでなくシロガネヒカルのムードメーカーも大きく影響している。

トリスターノのムードメーカー影響度:EX




◯トリックアロー
爆発するポーションを仕込んだ矢であったり、空気抵抗を受けて矢が飛んでいる途中で分裂するものであったり、矢尻や矢に特殊な細工を施したものを総じて『トリックアロー』と呼称する。
今までは初級魔法の組み合わせで氷の矢の先端部分に爆発するポーションを仕込んでいたが、『騎士道』のスキルにより、その手間が無くなった。
爆発するポーションやトリスターノが使えると思った様々なものが矢筒の底に仕込んであり、創り出した矢を押し込むことで矢尻にセット出来る。
セットするものを変更する場合は矢筒の底を横から回すことでリボルバー式の銃のように変えることが可能。


◯アキヌフォート
必中の弓や無駄の無い弓という意味で、フェイルノートとも呼ばれる。
トリスターノがアキヌフォートを創り出した……のではなく、トリスターノが高性能の弓を創造しようとしたら出てきた。
今のトリスターノに相応しい弓だからこそ、この弓は彼の手に収まった、多分そんな感じ。
性能はトリスターノが話した通り。






投稿が遅くなってしまった。
トリスターノ君の独白の部分だけで十回以上書き直してるせいで、なかなか投稿出来ず、他にもやりたいことがあったせいでそっちに逃げる毎日でした。
そうこうしてる内に評価人数が90人を超えるとかいうビッグニュースもあったりで、余計にフラストレーションが溜まりました。
本当にありがとうございます。
もう書けねーし書くの諦めっかー、にならなかったのは評価をしてくださる方や実際に読んでどうだったかを声に出してくださる方たちのおかげです。

トリスターノはなんというか、書いてる僕のレベルというかそういうのを超えてるキャラクターなので、いろいろと書くのが難しいところが多かったりします。
大好きなキャラクターであることは間違いないんですがね……。
特大の見せ場を用意しましたが、それ故に苦しめられるという……ちゃんと書けてるかかなり心配なところです。


察して感想とかで書かれてしまう前に先出ししておくのですが、ゆんゆんも新たなスキルを得ています。
ですが強力すぎて扱い切れるものではないので、本編には出てきません。後日談でも出てくるか分かりません。

◯ゆんゆんの新スキル
あらゆるものを破壊し尽くす星の光。
未来にて一度使われた時には、尊敬と畏怖を込めてゆんゆんのことを『紅魔王』と呼ばれるようになった。


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146話


146話です。さあ、いってみよう。



 

 

「まったく面倒なスキルですね」

 

「啖呵を切った割に逃げるか、トリスタン!」

 

 速度を上げるベティヴィアと同じくトリスターノは人がいない方へと駆けながら矢を放つ。

 距離を取りながら、矢がベティヴィアへと命中し爆発するのを見届けたが、その爆炎から変わらぬスピードでトリスターノへと迫ってくる。

 それを確認すると、トリスターノは矢筒に手を伸ばしながら走り出した。

 

「無駄だ。貴様の武器と能力では傷一つ付けられない」

 

「……貴方の頭みたいに全身がカチコチになると、ここまで厄介になるとは思いませんでしたよ」

 

 先程から放たれる矢は全てベティヴィアへ命中している。

 だが、それらは全て弾かれて意味をなさなかった。

 ベティヴィアのラウンズスキルは硬質化。

 全身が鋼と化したベティヴィアには並の攻撃ではダメージを与えられず、更には全身が凶器となっていた。

 

「これはどうです?」

 

 矢筒を操作し、変更された矢を引き抜くと弓に番える。

 そして矢が放たれ、飛んでいく途中で矢は二つに分かれてベティヴィアに当たることはなく、それぞれが地面へと深々と突き刺さった。

 

「何をしてい──っ!?」

 

 ベティヴィアは矢を気にすることなく、そのまま突き進もうとすると、両足が何かに引っかかり転倒しそうになる。

 ベティヴィアは体制を立て直しながら、一瞬視線を足元へ送ると、何に引っかかったのかを理解した。

 

「ワイヤー……。小細工ばかり……!」

 

 先程放たれた矢には空気抵抗を受けて分離するだけでなく、ワイヤーが仕込まれていた。

 分離したように見えた矢はワイヤーで繋がっていて、それぞれが地面に突き刺さることでワイヤーが張られて即席のワイヤートラップになっていた。

 ベティヴィアには大した有効打になることはないが、十分な隙を作ることが出来た。

 トリスターノは三本の矢を引き抜き、同時に番えるとそのままベティヴィアへ放つ。

 ベティヴィアは意に介さず、そのまま突っ込むと三本の矢が当たり全てが爆発した。

 

「ええい、鬱陶しい!」

 

 爆発に飲まれてなお無傷のベティヴィアは爆煙から抜け出し、再度トリスターノを視界に捉える。

 弓に矢を番えてこちらを狙っているであろうと予想していたベティヴィアはトリスターノは弓を持っていなかった。

 剣を構えていた。

 だが、それだけでなく────

 

「聖剣モルデュール!?貴様ッ!我らが王の真似事か!!万死に値するぞ!!」

 

 騎士王が所持する聖剣の一つである『モルデュール』だった。

 魔法すら切り裂き、何物でも斬撃を防ぐことは出来ない聖剣。

 もちろんトリスターノが持っているモルデュールは本物ではなく、『騎士道(スターライトロード)』によって創り出された模造品である。

 模造品である以上、性能は大きく劣る。

 

「貴様……ッ!貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様ァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 騎士王の聖剣を真似て振るうなど、騎士王を心酔するベティヴィアには耐えられないことであった。

 激昂し、硬質化された身体で強引にトリスターノへと距離を詰めて力任せに剣を振るうベティヴィア。

 モルデュールを見せてベティヴィアを挑発することが計算であったが、あまりの猛攻に嫌気が差しながらもトリスターノは冷静に対処していた。

 

(懐かしいものです。王への不敬を一切許さない貴方が味方を斬りつけようとした時に止めていたのはいつも私でしたね)

 

「死ねッ!!騎士の風上にも置けない猿真似男がッ!!」

 

「冷静な貴方ならともかく今の貴方なら騎士でなくても勝てますよ」

 

 ベティヴィアの剣の振りかぶりに合わせて懐へと潜り込み、斬りつけながら横へ流れるように安全圏へと抜け出す。

 その一撃でモルデュールは限界を迎え、光の粒子となって霧散する。

 

「意を決して接近戦をしてみたのに、結果がこれだけとは悲しくなりますね」

 

「それが貴様だトリスタン!やはり貴様程度では──」

 

「それが限界ですね」

 

「……?」

 

 トリスターノの視線に釣られて自身の腹部を見るベティヴィアは驚愕した。

 ラウンズスキルで全身が鋼と化したベティヴィアの腹部にはしっかりと切り傷が付けられていた。

 

「な、に……?」

 

「聖剣モルデュールの力は言わずもがな。私程度が創造してもモルデュールの性能が凄すぎるおかげで、それなりの性能で創れるみたいですね。でも今はこれで十分です」

 

「……これがなんだと言うのだ。まさかこれを繰り返す気か?」

 

「それよりも良いことを思い付きました」

 

 そう言ったトリスターノは左手にアキヌフォートを、右手にモルデュールを創り出し、矢を番えるようにモルデュールを引き絞る。

 

「っ!?」

 

「これ以上接近戦で活躍してしまうとリーダーに怒られてしまうのでね。やっぱり私は(こう)でないと」

 

 アキヌフォートの最大威力で射出されたモルデュールは銃の弾丸よりも速い。

 ベティヴィアは咄嗟に避けることが出来ないと判断して長剣で防ぐことを選ぶ。

 

「っ、ぁぁあああああああああああああああああああああああああッッ!!?」

 

 叫ぶベティヴィアの腹部にはモルデュールが突き刺さっていた。

 射出されたモルデュールの勢いは凄まじく、ベティヴィアの長剣を破壊し、硬質化されていたベティヴィアの身体を貫いたのだ。

 

「そろそろ私の魔力が保たないので、最後にしましょうか」

 

「……勝ったつもりか?」

 

「はい、ラウンズスキルを使った貴方に傷を負わせることが出来たのですから」

 

「っ……この程度でよくも……」

 

「私の全力をもって、騎士道から外れた貴方を倒します」

 

 トリスターノの右手にはモルデュールよりも大きな魔力が集まり、形を作っていく。

 剣ではなく、巨大な槍がトリスターノの右手に握られる。

 

「ロンゴミニアド……ッ!!貴様、どこまで馬鹿に……ッ!!」

 

「それだけ私が本気だということです。覚悟はいいですか」

 

 ロンゴミニアドはまた光となり、元のロンゴミニアドとは思えないほどに小さな光の矢となる。

 ただの魔力の矢ではなく、莫大な魔力が集束された光の矢である。

 ロンゴミニアドだけでは魔力が足らず、最初に創り出した騎士甲冑も魔力となって光の矢へと吸い込まれていく。

 

「貴様はもはや生かしておけん!!その罪──」

 

 

 

「光輝の矢『ロンゴミニアド』────ッ!!」

 

 

 

 ベティヴィアの言葉を掻き消して、ロンゴミニアドは射出される。

 アキヌフォートの最大威力で飛ばされた魔力が集束された矢は一瞬でベティヴィアへと到達し、

 

「──────」

 

 全てを光と轟音が飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「が、ァ……っ、ぐ……」

 

「……流石ラウンズスキルですね。まさかまだ起き上がれるとは」

 

 硬質化は解かれ、全身から血を流しながら折れた剣を支えに起き上がり、更には立ちあがろうとするベティヴィア。

 だが血を吐き、立ち上がることは出来ずに膝を付いた。

 円卓の騎士であったとしても、ここまでの一撃を受けて立ち上がれる者はそういない。

 トリスターノは素直に尊敬と畏怖の念を覚える。

 

「一つ聞きたいことがあるのです」

 

「……」

 

「貴方は騎士王の命令を受けて、私を連れ戻しに来たのですか?」

 

「……」

 

「命令ではなく、貴方の意志でここまで来たのですね?」

 

「……」

 

「自らや円卓の騎士を騎士王の駒だと言った貴方が何故命令でもない行動を?」

 

「……」

 

「矛盾してますよね。駒の貴方が勝手に動いてるのですから」

 

「っ……」

 

「騎士王の側を離れてまで、命令を受けてもいない貴方はここまで来た。どうしてそこまで?」

 

 トリスターノのラウンズスキル『騎士道』が限界を迎えて、創り出したものが霧散していく。

 ベティヴィアはうめき声を上げながら、トリスターノの問いに答えるべく重い首を上げてトリスターノと視線を重ねた。

 

「貴様が、いれ、ば……国も、王も守れると、思った……からだ」

 

「……」

 

「他の騎士では、戦うばかりで、大したことは出来ない。騎士王を守れたとしても、守り、きれない……。だが、貴様なら……あらゆる面で、騎士王の力になれる」

 

「ベティヴィア……」

 

「今のグレテンは、歴史上類を見ないほど、追い込まれている。我らが、王に……負担が増えていく、ばかり……」

 

「……」

 

「貴様の俯瞰的な視点……戦場で味方をフォローし、守る弓が、騎士王の側にあれば、きっと、全てが変わる、はずだ」

 

「ベティヴィア、私のことをそこまで……」

 

「……トリスタン。先程までは済まなかった。感情に任せて、失礼な事を言った。謝罪でも何でもしよう。だから、私とグレテン王国に戻ってきてくれ」

 

 頭を下げて懇願するベティヴィア。

 トリスターノはベティヴィアの姿と思いもしなかった信頼に罪悪感を覚え、苦虫を噛み潰したように顔を歪め、同じように頭を下げた。

 

「……ベティヴィア、申し訳ありません。それでも私はグレテンには戻れません」

 

「……どうしても、か?」

 

「はい……ですが、私は──」

 

「では、仕方ないな──ッ!」

 

 折れた剣を振りかぶるベティヴィア。

 トリスターノは剣から身を守るように急所を守りながら、後ろへと跳ぶ。

 距離が開き、当たるはずのない剣はそのまま振るわれた。

 ベティヴィアの手から離れて、トリスターノとは全く別の方向へと飛んでいく。

 

「なっ!?」

 

 トリスターノは視線で剣を追うと、その方向には──

 

「狙いはずっと一つだった。貴様が力を使い果たし、油断するこの瞬間を待っていた」

 

 シロガネヒカルがいた。

 ベティヴィアの凄まじい膂力で投げられた剣は驚き固まるシロガネヒカルへと真っ直ぐに飛んでいく。

 弓を構えようとするも、弓矢は壊されてスキルも解けてしまったトリスターノは何も出来ずにその光景を眺めることしか出来なかった。

 動けないヒカルを庇うようにヒナギクが身体を前に出して守ろうとする。

 それらが一瞬の出来事であり、剣は無慈悲にも──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『カースド・ライトニング』」

 

 

 

 

 雷光はシロガネヒカルの目の前の剣を消し飛ばし、勢いはそれだけに止まらず街の外壁をぶち抜いた。

 その魔法を見た者全員が魔法が飛んできた方向へと視線を向けて、

 

 

「────ねえ、今何をしたの?」

 

 

 誰も動くことも、声を上げることも出来なくなった。

 

 その空間を恐怖で支配するほどの殺気が魔法を放った存在から溢れ出していた。

 

「貴方が誰であれ、剣を投げた相手が誰なのかその身に刻んであげる」

 

 瞳を紅く光らせて、周りの空気と大地に電流を迸らせながら歩み寄ってくる姿は少女のものとは思えず、まるで魔王でも現れたかのようであった。

 

「覚悟は、いい?」

 

「ぁ、っ──」

 

 ベティヴィアが声を絞り出そうとした瞬間、少女の手から現れた光の刃がベティヴィアを切り裂いた。

 





投稿してない間にまたデイリーランキングに入れていたみたいで、感謝感激です。
だいぶ人を選ぶ作品ですが、ここまで多くの人に読んでもらえる機会をいただけるのは光栄なことです。
本当にありがとうございます。

だいぶ前から後書きで言っていた章名を変えました。
また後から変える可能性もあるダメダメ作者ですが、なるべく無いようにしていきたいと思います。

章名の『騎士道』はこれにて終わりで、次からは原作と絡んだりします。
二次創作なのに、原作と絡むってもうわかんねえな……。


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147話


先に言っておきますが、視点が違います。

視点が違うのが分かりにくいから◯◯視点とか◯◯sideとか書いてくれって思う人もいるかもしれませんが、絶対に嫌です。
理由は私がそう書くのが嫌だからです。
人が書く分には全く気にしませんが、自分が書くのは嫌なのです。
こんな感じで分かりやすく前置きしたところで。

147話です。さあ、いってみよう。



 

 現在、冒険者ギルドは人で溢れていた。

 緊急クエストが発令され、街の冒険者が集まってきたからだ。

 

「冒険者の皆さん、こちらに並んでください。緊急です、緊急なので。申し訳ありませんが速やかにお並びください」

 

 そう言って先程から冒険者たちを並ばせるギルドの看板受付嬢のルナさん。

 緊急クエストと聞いて装備を整えてやってきたのだが、緊急とか言いながらわざわざ俺達を並ばせる必要はあるのだろうか。

 すると、受付の奥からはギルドの職員が総出で現れ、外からは街の公務員らしき人達がズラリと並ぶ俺達冒険者の外側に……。

 

 まるで、なんというかバリケードのごとく俺達を逃さないかのように職員や公務員たちが囲んできた。

 

 流石の怪しさに冒険者連中はざわつき始める。

 ……なんだろうこれ。

 

「おい、なんだかおかしくないか? 俺の第六感がさっさと逃げろと囁いているんだが」

 

「奇遇ねカズマさん。なんだか私も女神の勘がそう言ってるように感じるの」

 

 アクアの言葉に俺は益々不安が増してくる。

 そんな俺達に落ち着いた様子で腕を組みながら話しかけてきたのはダクネスだった。

 

「二人とも安心しろ。犯罪行為や非道な行いがされるわけではない」

 

「……お前、これが何の緊急クエストか知ってるのか?」

 

 ダクネスは俺の問いには答えなかった。

 というかこの状況で落ち着いているのも変だが、ダクネスの格好も変だ。

 冒険者達は緊急クエストと聞いて皆装備を固めているのだが、ダクネスだけは普段着であった。

 まさかこいつ、鎧姿では物足りないからとこのままクエストに出る気じゃないだろうな。

 いや、それだとダクネスがここまで落ち着いた様子でいるのは妙だ。

 危険なクエストであればあるほど、ダクネスは興奮しているはずなのに。

 

 やがて、不安が周りへ広がっていくようにそこら中で冒険者達が小さな声で会話を始める。

 ざわざわと、不穏な空気が流れているのを肌で感じていると、

 

「皆さんに緊急のお願いがございます。緊急クエストです」

 

 ギルド職員の一言で、一度辺りが静まり返った。

 

「本日で年度末から丁度一ヶ月となりました。……そう、今日が納税の最終日になります」

 

 続くギルド職員がにこやかに言う。

 

「皆さんの中に、まだ税金を納めてない方がいます」

 

 その場にいた冒険者達は顔を引きつった。

 

「な、ななななんだ!? ど、どどどどどういうこった! おいアクア、これって……!」

 

「お、おおお、おお、落ち着いて! カズマ、落ち着いて! こんな時こそ落ち着くの! ほら、まだお姉さんが何か言うみたいよ!」

 

 税金と聞いて逃げようとする冒険者達を、バリケードのように立ち塞がっていたギルド職員と公務員達が押し留めていた。

 逃げられない冒険者たちの表情は様々であったが、だいたいの者が悲痛な叫びを上げていた。

 

「もちろん今まではこんな事をお願いしてきませんでした。冒険者の皆さんは貧乏ですから。ええ、ですので、今までは免除、ではなく。温情という形で見逃して参りました」

 

 ギルド職員は淡々と続けた。

 

「この冒険者ギルドも皆様の血税で賄われております。そして、そのギルドから出る報酬もそうです。モンスターを退治し、街の平和を守っているからといって、本来は特別な扱いはしません。それでも温情として見逃されていたのです。ですが────」

 

 

 

「今年度は大変大きな収入がございましたよね?」

 

 

 

 頬を伝う汗の感覚がやけに冷たかった。

 多分他の冒険者もそうだろう。

 

「言うまでもありませんが、大物賞金首の賞金です。今までは温情で見逃されてきたのですから、大金が入ってきた時ぐらいはきちんと義務を果たしませんか?」

 

 逃げようとしていた冒険者達は静まり返っていた。

 こんな話は初めて聞いた。

 きっと全員そうなのだろう。

 今までは、冒険者というだけで税を見逃してくれるという特別扱いをしてくれていたのだ。

 金が入った今、真っ当な税金を支払ってもいいだろう。

 俺達だって、この街の住人なのだ。

 

 そんな中、ある冒険者が尋ねた。

 

「えっと、税金ってどれぐらい取られるんすか?」

 

 

 

「収入が一千万以上の方は、今年度までに得た収入の半額が税き……」

 

 

 

 その場の冒険者全てが顔色を変えてなりふり構わず逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ、逃げるわよ! 遠くに逃げるの! この世界の税金は単純よ! 毎年、秋の収穫の最初の月に税金を払うの。毎年、それまでに得た収入から税金が算出されて、その額を秋の最初の月の終わりまでに払わなきゃいけないのよ!」

 

「分かりやすいな! 今日がそれってことか! でも逃げてどうすんだよ! 今日中に払わなかったところで……」

 

「税金は免除よ! 最終日の、それも役所の営業時間が過ぎたら、それまでの税は免除されるわ!」

 

「はぁ!? いや、普通だったら遡って払えとか……」

 

「何言ってるのよ! この世界の法律なんて貴族が作るのよ! 自分達の都合の良いように作るに決まってるじゃない! 貴族や大金持ちはこの時期みーんな旅行に行って、月が変わったら帰ってくるの!」

 

 無法すぎる……。

 いや、俺たちがいた世界でさえ汚職がどうとかあったんだ、この世界だってそうか。

 

「なんて最低な連中なんだ貴族ってやつは……! 俺達だって同じことしてやる!」

 

「ま、待て……! その、中にはあまり声に出せないような貴族もいるが、善良な貴族だってちゃんといるんだ……。一緒にしないでくれ……」

 

 憤る俺とアクアに困ったように言ってきたのはダクネスだった。

 というか、ダクネスは逃げないのだろうか。

 お前だって高額を納税しないといけない貴族なのに逃げないのか、と言おうとして俺はダクネスが何かを持っていることに気が付いた。

 

「お前なにそれ?」

 

「これか? これはこうするものだ」

 

 職員や公務員を怪我をさせてしまうと流石にまずいのか、冒険者連中は逃げ惑う。

 そんな中、ダクネスは鎖付きの鉄製の枷……つまりは手錠を自身の右手に嵌めた。

 

「え、おまえこの状況で何やってんの……?」

 

 ドン引きながら尋ねても、ダクネスはどこ吹く風であった。

 ダクネスが変態なのは今に始まったことではないので、俺はさっさとここから逃げてしまおうとしたところで……

 

 

 ガチャッ。

 

 

 ………………。

 

「お前マジで何やってんの?」

 

 ダクネスは何をトチ狂ったのか、自分の右手に嵌めた手錠の反対側を、俺の左手首に嵌めていた。

 こいつは、たまにアクアと同等のことをやらかす困ったちゃんだから困る。

 そんなダクネスは俺に爽やかで綺麗な笑顔を浮かべると、

 

「税金は市民の義務だ。さあ、行こう! この街一番の高額所得冒険者よ」

 

「はっ、放せ! この……っ! お前ってやつはこのぉ……っ!」

 

「はははは、そんなこと言うなカズマ。私達の仲じゃないか。ほら、アクアも一緒に行くぞ!」

 

「い、いやあああああ────!!! ダクネスお願い! 見逃して! 今回だけは見逃して! カズマさ──ん! なんとかして──ー!!」

 

 阿鼻叫喚のギルド。

 手錠で繋がれた俺の手とは反対の手でアクアの腕をガシリと握るダクネスに悲鳴を上げながら振り払おうと抵抗するが、全く放してくれる様子はない。

 俺はすかさずアクアに叫んだ。

 

「アクア、支援魔法だ! あれで強化してコイツごと連れてっちまおう! 二人がかりならダクネスを抱えていける!」

 

「むっ……」

 

 ダクネスは俺の叫びを聞いて、掴んでいたアクアの腕を放した。

 

「アクア、お前は見逃してやろう。だが見逃す代わりに支援魔法はかけないでくれ」

 

「なっ、なんて卑怯な……! おいアクア、これは分断工作だ! 聞くな!」

 

「……」

 

 俺の言葉に無言で後ずさるアクア。

 

「……ご、ごめんねカズマ。一人でも私より遅い人がいれば、私の逃げ切れる確率が増えると思うの……。それにこの街で二番目に納税額の多い冒険者は多分私だし……」

 

 なんでこんな時だけ知恵が回るんだ、コイツは。

 

「……よし、分かった。俺が今からお前一人なら確実に逃げ切れる方法を教えてやる。それで納得したら支援魔法をかけてくれ」

 

「……わ、分かったわ」

 

 おそるおそる近付くアクアに俺がそっと耳打ちすると……。

 

「カズマ! お互い無事で帰ることを祈ってるわ!」

 

 そう言いながら支援魔法を俺にかけると、自身にも支援魔法を使い、包囲網を掻い潜ってギルドの外へと駆けて行った。

 

「何を教えたのか知らないが、街には徴税官がかなりの数いるから、そう簡単には行かないぞ。それに……いや、それはいいか」

 

「なんだよその気になる言い方。というか随分と余裕だな。支援魔法をかけてもらった以上力負けすることは無いし、ドレインタッチで気絶させてお前を無理矢理運んでいくことだって出来るんだぞ」

 

「私も馬鹿ではない。今回の計画は緻密に練られたものだ。計画を立てた段階でお前が逃げるであろうことも予想していた。そうすでに対策はしてある。お前に逃げられないように、私はこの日のために……」

 

「この日のために……!? お、お前まさかこの為だけに太ったのか!? 俺が持っていけないように!? しかもお前腹筋が割れてるの気にしてた……あぶぁっ!?」

 

 最後まで言い終わる前に引っ叩かれた。

 

「そんなわけあるか! 重りだ! 服の下にたくさん仕込んであるのだ! これでお前は私を連れて逃げる事は出来なくなった!」

 

 ダクネスがシャツをめくると、そこには何かの金属のような小さな塊が大量に取り付けられていた。

 ……こ、こいつはとんでもない馬鹿だ。

 というか、そんな状態でよくここまで歩いてきた上に、普段通りいられるな……。

 しかし、やばい。本当にやばい……! 

 

 あちらこちらで絶望感が漂う声や悲鳴が聞こえ、見知った冒険者達も捕まっていた。

 酒場の席には納税を終えた冒険者達がグッタリと座り込んでいた。

 まずい、俺ももう少しであそこの一員になってしまう……! 

 

「……ダクネス、説得は」

 

「何も通らないぞ、カズマ。ダスティネス家は何者にも屈しないし、どのような不正にも応じない。いい加減観念して……」

 

「『スティール』」

 

 俺の手には先程ダクネスに大量に付いていた重りの一つがあった。

 それを適当に投げ捨てると、ダクネスが。

 

「……おいカズマ、お前のスティールは高確率で下着を剥ぐ。こんな人が大量にいる前で馬鹿なことは……」

 

「『スティール』」

 

 またハズレだ。

 ダクネスの黒タイツをポケットにしまい込む俺を見て、ダクネスは小さな声で。

 

「……………………ほ、本気か?」

 

「俺はやる時はやる男だ。重りも服も全部取っちまえば、お前ごと運べるだろ」

 

「…………」

 

「……『スティー」

 

 

 

 

 

「これはこれは高額所得冒険者のサトウカズマさんではありませんか。どうぞこちらに……ってああっ!? 逃げた! 引き留め役のダスティネス卿まで!?」

 

 

 

 

 俺はダクネスを引き連れて、職員達の包囲網をくぐり抜け、外に出る。

 その途中で、ダクネスは小さく呟いた。

 

「これで終わったと思うなよ。まだ手はある」

 

「そういう分かりやすい負けフラグはいいんだよ! ……って、なんだ!?」

 

 ギルドの外に出ると、そこには地獄が広がっていた。

 俺達より早く逃げ出したはずの冒険者達が倒れていて、その倒れた冒険者を徴税官らしき人物たちがギルドへと連れていく。

 

 そんな異様な光景の中心で立つ男がいた。

 この街ではかなり有名な冒険者の一人。

 腰には木刀を差して、この世界では珍しい黒髪を風に揺らして佇んでいる。

 

「カーズーマーくーん」

 

 その男の黒い瞳と目が合うと、

 

「あーそーぼー」

 

 凶悪な笑みを浮かべ────シロガネヒカルがゆっくりとこちらへと歩み寄ってきた。

 あいつ、こんな時に何やってんだ────ッ!? 

 





こんな一話分になると思わなかった。
ここのやり取り結構長かったんですね……。
言わずもがな今回は原作12巻の内容です。
数ヶ月前にここの内容を書きたくて何度も読み返していたのですが、こんなことになるとは。
というかベティヴィアやら何やら書いてたせいで、数ヶ月前に読んだのも意味ないぐらい忘れて、また読み直すハメになったんですが、それはまあ置いといて。
本当は前半にヒカルが出てくるまで、後半に何でヒカルがギルドの外で暴れているかを書こうと思ってたんですが。
次回のお話は今回の後半で書くはずだった内容になります。
それと余裕があれば、カズマ(とダクネス)vsヒカルもやったりやらなかったり。

それとまたデイリーランキングに入れました!
本当にありがたいです。
これからも頑張っていきたいと思います。
評価90人を超えたと思ったら、もしかして100人もいっちゃう……?


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148話


148話です。さあ、いってみよう。



 

 

「本当にごめんね、トリタンさん……」

 

「大丈夫ですから。そんな深刻に考えなくて」

 

「トリタンの数少ない見せ場だったのに……」

 

「そこ、余計なこと言わないでください」

 

「そうだぞ、ヒナ。トリスターノの役割は後方支援で目立たなくて当たり前なんだ。剣とか槍とか使って大活躍なんてしたら、それはもうトリスターノじゃねえんだよ」

 

「あの、すみません。前回の私を全否定するのやめてもらっていいですか?」

 

「ちっ、騎士王の武器とかよく分からない大技つかいやがって。この作品の男共は地味な役割でなんとかかんとかしていくはずだろうが、ふざけんなこの野郎」

 

「この人、すごいめんどくさいこと言い始めました!」

 

「お前も前にゆんゆんとスキルが被ったとかめんどくせえこと言ってただろうが!」

 

 

 ベティヴィア騒動のあった日の夜。

 夕飯を食べ終わった俺達は卓を囲み、ダラダラと雑談をかましていた。

 すると、ヒナが何かを思い出したかのように話しかけてきた。

 

「ヒカル、そういえば前々から思ってたんだけどさ」

 

「なんだよ」

 

「子供達に武道を教える時に、これは柔道の技で〜とか合気道の技術で〜って丁寧に教えるじゃない?」

 

「そりゃそうだ」

 

「アレやめない?」

 

「はあ? なんでだよ?」

 

 ヒナの突然の意見に俺は良い思いはしなかった。

 正直俺の武道の技術レベルは実際に道場経営して指導している人達からすればゴミみたいなものだ。

 だが、それでも教える立場に立ったのなら、それなりの責任とこだわりがある。

 俺みたいな奴でもな。

 

「ほら、最近子供達も増えてきたでしょ? いちいち武道の柔道とか空手とか言っても分からなくなっちゃうよ」

 

「……そうだけどよ」

 

 俺が初期から教えてる子供達はしっかり理解してついてきているが、最近来た子達は首を傾げていたのを思い出す。

 ……確かに分かりづらいかもしれないが、これから徐々に覚えてもらえばいいと俺は思っていたのだが、ヒナはどうやら違う意見らしい。

 

「僕は悪い意味で言ってるんじゃないんだよ? ヒカルなりのこだわりがあるのはわかるし、ヒカルがいた世界の武道が好きなのもわかる。だけど、ここは発想の転換だよ」

 

「どうしたらいいんだよ」

 

「全ての技術をこれからはシロガネ流武道って言っちゃおうよ」

 

 …………。

 

「お、お前な……」

 

「ヒカルからすれば抵抗があるかもだけど、その方が分かりやすいし、手間も省けるよ。それにここは別の世界なんだしさ」

 

 ヒナの言う通りかもしれないが、やっぱり自分で考えて生み出した技術ではないものを自分のものだと言うのはな……。

 

「それでね、僕はシロガネ流武道にアレを取り入れるべきだと思う」

 

「勝手に話を進めるなよ……」

 

「ヒカルが日本にいた時の記憶から──」

 

 コンコン、とノックの音が響き、ヒナの言葉は中断された。

 こんな時間に来客らしい。

 俺達は顔を見合わせ、先に俺が立ち上がると玄関へと向かい、扉を開けた。

 

「夜分にすまない。少しいいだろうか」

 

「ダクネス? どうしたんだ?」

 

 外にいたのは鎧姿ではなく、普段着のダクネスであった。

 そしてよく見ると、来客はダクネスだけではなかった。

 ダクネスの背後にはギルドの制服姿の男女二人が控えていた。

 その男女と目が合うと会釈され、俺も返すとダクネスが声を抑えながら言い出した。

 

「少し話がしたい。出来れば家の中で」

 

「なんなんだよ。まあ、いいけど」

 

 三人を迎え入れると、俺はゆんゆん達に声をかけた。

 

「お客さんだぞ」

 

「え、ダクネスさん?」

 

「おや、こんばんは」

 

「こ、こんばんは」

 

 ダクネスが今まで夜分に来たことはなく、三人とも面食らった様子で挨拶する。

 

「こんばんは。ゆっくりしているところすまない。失礼するよ」

 

「「こんばんは、失礼します」」

 

 挨拶を交わし、三人に椅子を用意すると、ゆんゆんがいそいそともてなしの準備を始めた。

 

「ああ、いやいいんだ。少し話がしたいだけで」

 

「わざわざ来たってことはそれなりになんかあるんだろ? 茶ぐらい出すよ」

 

「そうか、では有り難くいただこう」

 

 ゆんゆんが少し嬉しそうに三人にお茶を出すと、俺はダクネスがわざわざ来たことについて思い付いたことを先に言っておくことにした。

 

「昼間の騒動についてはもう警察とかに言ったこと以外の情報はないぞ」

 

 ベティヴィアのことを聞きにきたのだろうと思っていたが、

 

「ん、その件も少し聞きたいと思っていたが、そうか。それならいいんだ」

 

 どうやら違ったらしく、あっさりと俺の予想は外れた。

 

「本題は二つある。正直言えば君達からしたら、あまり良い話題ではない」

 

「……」

 

 そんな前置きをされると、どうしても身構えてしまう。

 何かしたかな、俺達。

 

「……率直に言う。君達には税金を支払っていただきたい」

 

 意を決したように言うダクネス。

 

「え、ああうん、分かった」

 

「「「えっ」」」

 

 俺はなんだそんなことか、と返事をすると三人は心底意外そうに声を漏らした。

 税金を払わなきゃいけないのは分かるが、色々と分かってないことがあるし、このまま聞いておくか。

 

「ただ俺はなんというか、田舎の方から来たっていうか、少しそこら辺が疎くてさ。どれぐらい払えばいいんだ?」

 

 ダクネス達は俺の言葉に納得した様子になった後、言い辛そうに言った。

 

「…………一千万を超える収入がある者、つまりは君達だが……今年度までの収入の半額を税金として支払ってもらうことになる」

 

「………………」

 

 …………半額? 

 ああ、まあ、つまりは半分ね。

 半分、ふーん、半分か。

 ……えーと、俺たちって一体いくら稼いだっけ。

 

「は、はんぶん……」

 

 ヒナのそんな小さな声で俺は三人の方を見た。

 トリスターノの笑顔は引き攣り、ヒナは呆然とし、ゆんゆんは目を見開いていた。

 

 ……なんというか、俺だけが驚いてるわけじゃなくて安心した。

 よくよく考えたら、俺達全員他所から来たもんな。

 ……仕方ないが、払うしかないだろう。

 ヒナが日頃から節制を心掛けてくれたおかげで税金を払ったとしても、かなりの大金が残ることだろうし。

 

「……分かった。でも流石に後日でいいか?」

 

「ああ、それで問題無い。いきなり来てすぐに寄越せなどと言うつもりは無いさ」

 

「良心的で助かるよ。で、もう一つの話は?」

 

「もう一つも、税金関係の話だ。少し長くなってしまうが、いいだろうか?」

 

「ここまで来たんだ。全部話してくれ」

 

 それからダクネスの話は、この街の冒険者のことについてから始まった。

 このアクセルの街は駆け出し冒険者が集まる街で、それだけこの街の冒険者の収入は不安定で微々たるものだ。

 だから、これまでは特別に税金を見逃してきたのだという。

 ただ今のこの街の冒険者はそうではない。

 大物賞金首の賞金を得ている冒険者がほとんどだ。

 裕福かつ余裕がある、それどころか誰かさんの影響を受けてニート化してしまう者までいた。

 そこら辺は俺達にクエストが集中していたことからも明らかだった。

 この街の冒険者の現状はよろしくない。

 これまでの特別措置は駆け出し冒険者がいずれ国や民を守ってくれると期待してのものだが、こうなってしまえば話は別だ。

 大金も得ているのだし、税を支払ってもらい、この街の冒険者の状況を改善させたい。

 

 そう語るダクネスはいつもの冒険者としての顔ではなく、ダスティネス家の者の顔であるように感じさせた。

 

「もちろん徴収した税金はこの国や街、そして冒険者の為に使われる。すぐにとは言えないが、いずれ倍以上の還元になることを誓おう」

 

「冒険者にも税金を払わせるってのも分かった。それで?」

 

「あの冒険者達が税金を支払えと言われて、素直に支払うとは思えない」

 

「だろうなぁ」

 

 くせ者だらけの知り合いを思い浮かべながら、俺は苦笑気味に返す。

 

「そこで、二つ目の本題だ。冒険者達から税金を徴収するための計画が練られている。それに協力してほしい。これは正式な依頼には出来ない。非公式な依頼となるが、確かな報酬を約束しよう」

 

「協力って具体的には?」

 

「緊急クエストのアナウンスで冒険者を全員集めて、それから税金を徴収する。だが、恐らく冒険者達は抵抗して逃げ出すことだろう。冒険者達を実際に捕まえるのはギルド職員や徴税官がやるから、そのサポートを頼みたい。出来るだけ分からないように影ながらな」

 

「じゃあ俺とヒナは難しそうだな」

 

「ヒカルはともかく僕ならお役に立てると思うよ。後ろから気絶させて、回復魔法をかければ……」

 

「さ、流石に直接危害を加えるのは問題や面倒事になりかねないから、やめてくれ」

 

「むぅ……」

 

 ヒナがアホなことを言い出したが、ダクネスが困った顔で止めていた。

 ダクネスに頼られて嬉しかったのだろうが、力になれないことが分かり、ヒナは頬を膨らませて拗ね始める。

 この蛮族はたまにとんでもないことを言い始めるからな、今は放っておこう。

 

「それでヒカル、お前には一番重要なことを頼みたい」

 

「え、俺?」

 

「一人の冒険者を真正面から多少危害を加えてでもとっ捕まえてほしい」

 

「さっきと言ってることが随分と違うな」

 

 とは言いつつも、なんとなくダクネスが言わんとしていることは予想がつく。

 

「この街で一番の高所得冒険者であるサトウカズマ。奴に税金を払わさせたい。是非とも協力を頼む」

 

 やっぱりか。

 ダクネスがここまで警戒する相手なんてカズマぐらいだろうし。

 あいつのことだから、とんでもない方法で逃げ切るに決まってる。

 ……ただまあ、うん。

 

「カズマか……」

 

「む……気が進まない顔だな」

 

「当たり前だろ。純粋な力勝負なら百パー勝てる自信はあるが、絶対そうならないだろうしな」

 

 あいつの機転と悪知恵と幸運は厄介極まりない。

 ぶっちゃけ相手したくないな。

 

「ヒカル、お前は確かカズマに大きな()()があったな」

 

 あー、腕相撲(※125話)の時のことか。

 いつかはやり返してやろうと思ってたが、それが今かと言われるとな……。

 

「あとは、そうだな。ヒカルが気絶してる間に好き放題していった冒険者達もヒカルが捕まえてくれて構わない」

 

 ……ほう。

 

「例えばの話だが、冒険者達が逃げ出す中、()()冒険者同士の争いが起こる。逃げ出す時の小競り合いか、もしくは()()()()()か。それで気絶したり動けなくなった冒険者は徴税官が回収し、税金の手続きを済ませてしまう。ギルド職員や徴税官は冒険者同士の争いには関与しない。なにせ徴収する側の人間には関係の無いことなのだからな」

 

 ……ふむ。

 

「今の冒険者にとっても、もちろんカズマにとっても税金を支払うことはかなりの痛手だ。やられた分をやり返すには又と無い機会じゃないか?」

 

 ……。

 

「……ハッ、いいね。面白くなってきた」

 

 ダクネスのニヤリとした笑みに俺も笑顔を浮かべる。

 

「うわ、悪い顔……」

 

「ははは……」

 

「まったくもう……」

 

 後ろから聞こえる仲間達の声は無視して、俺はカズマをどうやってぶっ倒すかに思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊急クエストのアナウンスが街中に響き渡り、続々と冒険者がギルドに入っていくのを俺達は眺めていた。

 

「んじゃまあ、そろそろ配置につきますか」

 

「ええ、行きましょう」

 

「うぅ……気が進まないわ……」

 

「ゆんゆん、冒険者達にバレなきゃ大丈夫だ。気にせず足止めしてやれ」

 

「そういう問題じゃない……」

 

 まだ始まってもいないのにげんなりとした様子のゆんゆんではあるが、ちゃんと配置へと移動を始めているので、心配しなくてもよさそうだ。

 トリスターノは非殺傷のトリックショットを試せるとウキウキしてる様子さえ見えるので、こいつも特に問題なさそうだ。

 

「ヒナ、手続きまとめて頼んだぞ」

 

「う、うん」

 

 ただ、ヒナはなんだか様子がおかしい。

 俺達の金銭関係を管理しているヒナに俺達の税金の手続きを任せたのだが、なんだか心ここに在らずだ。

 そんなに冒険者を後ろからど突きたかったのか、こいつは。

 

「大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫。行ってくるね」

 

 ……少し不安だが、ヒナなら多分大丈夫だろう。

 ゆんゆんとトリスターノはギルドからある程度離れた位置に陣取るし、俺はギルド前で逃げ出した冒険者達やカズマを相手にしなきゃいけないから、ついて行ってやることは出来ないし、信じるしかない。

 

 しばらくすると、ギルドの扉が荒々しく開いて冒険者達が慌ただしく出てきた。

 

「っ! ヒカル! 逃げろ、緊急クエストなんて嘘っぱちだ! あいつら税金を払わせ────」

 

「お前らさ、知ってるか?」

 

 俺に逃げるように言ってきた冒険者のセリフを無視して、俺は冒険者達に話しかける。

 

「俺が気絶してる間に俺の金で好き勝手飲み食いしてった奴が結構な数いるんだけど、知らないか?」

 

 緊急時に落ち着いた様子で別のことを話し始める俺に一瞬困惑していたが、次第にゆっくりと俺から目を逸らし、みな口を揃えて言った。

 

『し、知らない……』

 

 …………。

 

「そうか、知らないか」

 

「あ、あああ、ああ。知るわけないだろ!」

「許せねえよなぁ!?」

「まったく最低なやつがいたもんだぜ!」

 

「はあ、ざんねんだ」

 

「そ、そうだ。それよりも今は大変な──」

 

 俺は話しかけてきた冒険者の頭を鷲掴み、そのまま押し倒すように地面へと叩きつけた。

 

『……えっ』

 

 困惑する冒険者達には構わず、俺は次の標的へと狙いを定め、続けて言った。

 

「じゃあ、分からないから冒険者全員にやり返すしかないなぁおい」

 

「ちょ、まっ──」

 

 潜り込むように相手へと接近し、下から来る俺から逃げるように相手の体の重心が上にきたところをすかさず足を払いつつ、頭から地面へと落とす。

 

「ま、待てって! 今はそれどころじゃ──」

 

 次の相手には脇の下へ腕を入れ、抱き上げるようにしつつ身体を反転させて背負い投げのようにぶん投げて地面へと叩きつける。

 

「ヒカル、てめえ。ここまでしたからには分かってんだろうな」

 

「お、おい、逃げなくていいのかよ……?」

 

「ここまでされて逃げられるか。不意打ちじゃなければ俺達三人でボコせるはずだ」

 

「だな。ヒカルはかなり稼いでるし、あいつらに差し出せば多少は逃げる時間も出来るだろ」

 

 残り三人の冒険者達は仲間がやられて怒り心頭らしい。

 ここまでは、ほぼ準備運動。

 というか見聞きした技を少し使ってみただけ。

 逃げられてもゆんゆんとトリスターノに任せればいいだけだったのだが、あいつらがやる気になってくれたのなら有難い。

 ほんの少しだけ、俺の実戦稽古に付き合ってもらおう。

 先程の力技ではなく、技術で三人を倒す。

 思い浮かべるのは合気道の神様と呼ばれたあの人物。

 俺じゃ足元にも及ばないのは確実だが、良いイメージであればあるほど良い。

 

「覚悟しろ、ヒカル!」

「ぶちのめしてやらぁ!」

「ああちくしょう! 早く逃げなきゃいけないのによぉ!」

 

 向かって来る三人に対し、俺は半身を引きながら構えた。

 

 ────数十秒後。

 

「のわあっ!?」

「ぐはあ!?」

「ぐへぇ!?」

 

 三人は次々と地面へと沈んでいった。

 

「お前ら……マジかよ……」

 

 さっきの威勢は一体……。

 これじゃ全く経験にならない。

 力を入れたつもりはなく、ただ合気道らしく相手の力を利用しただけだ。

 もしかすると俺も実戦のせいか、力が少し入っていたのかもしれない。

 だとしたら悪いことをした。

 いつかこの三人には何か奢ってやろう。

 

 

「これで終わったと思うなよ。まだ手はある」

 

「そういう分かりやすい負けフラグはいいんだよ! ……って、なんだ!?」

 

 俺が少し反省していると、そんな声が聞こえてきた。

 振り向くと、手錠で繋がれた男女二人。

 やっと俺の本命が現れたことに嬉しく思いつつも、来ない間の冒険者達で経験を積む時間が無くなったことを残念に思った。

 

「カーズーマーくーん」

 

 まあ、それはそれとして。

 

「あーそーぼー」

 

 まずは、()()を返さないとな。

 





ちょっとハイテンション後書きで長めです。

まずは、三つおめでたいことがございます。



このすば三期

爆焔のアニメ化

おめでとうございます!!!!!!



本当におめでたい!!
そしてありがたい!!
原作的に三期の内容だとゆんゆんはあまり出て来ないので、少しだけ残念に思っていたのですが、まさか爆焔までアニメ化してくれるとは!!
実質主人公ですからね!!
個人的このすばで1番嫌いなシーンも見なきゃいけないのは苦痛ですが、嬉しさの方が勝ってる!


二つ目!!
戦闘員、続刊発売!!!
やっと来てくれた!!
一年以上来ないもんだから、もしかしてもう来ない……?って思ってしまった。
何はともあれ、本当にありがとうございます!!
この後書きを書いてる時点では、まだ色々あって最後まで読めてないんですけど、なるはやで読ませていただきます!!


三つ目!!
この作品の評価人数が百人になりました!!!
50人行くのにも苦労してたのに、まさか百人行くとは思わなかった!
本当にありがとうございます!
これからも頑張ります!


四つ目!!
この作品を投稿し始めて二年経ちました!!
自分でも全く気付かなかった!
どんなに続けても二年目あたりで終わると思ってましたけど、なんならまだ一、二年かかりそうですね!!
ていうかそれ以上かも。
感情と気分で書いてるから、分かりません!!
それでもついて来れる方だけついてきてください!!



このすば成分が最近は全く無かったから、このすばへの興味とかモチベーションがかなり下がってましたけど、今回の朗報があって本当に助かった。
このまま後日談とかも発売されてほしいなぁ。
でもゆんゆんの最終巻後の話は場合によっては読めないかもしれない……。
この作品への思い入れが強すぎて……。
とか言いつつ読みそうですけど。


爆焔アニメ化でゆんゆんグッズが増えてほしいなとか色々思ってることはあるんですが、一つ気になることが。
紅伝説では影も出て来なかった(多分)ネームドキャラである『ねりまき』は出て来るんですかね。
原作爆焔のカラーイラストでねりまきがめちゃくちゃ可愛いのに、全く出番が無くて驚愕してた思い出があります。
この作品の紅魔の里で割とねりまきが出てくるのはそこら辺も関係あったり。
学校の休み時間とかのちょっとしたシーンでいいから、喋って動いてるところが見たいものです。


後書きで色々書いた通り、流れに乗って早めに投稿したかったのですが、なかなか上手くいきませんでした。
次回はヒカルVSカズマ。
まだ書き始めてませんので分かりませんが、もしかしたらまた違う視点で書くかもしれません。


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149話


149話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

 ────足取りが重い。

 

 何故かは言うまでもなく、僕に迷いがあるからだ。

 

 税金、そんな当たり前のものを天使になってからは『知識』として知っていたけど、僕には縁遠いものであった。

 僕がアクセルに来る前は山奥に住んでいたし、そういったことは大人であるお父さん達が処理していただろうから余計にそう感じていた。

 

 そんな見慣れないものが急に目の前に現れたとなれば、誰でも困惑すると思う。

 ついでに、僕達が頑張って稼いできたお金の半分を寄越せと言われれば、困惑も極まるというもの。

 ヒカルも少し驚いていたけど、すぐに支払うと答えていた。

 少し意外に思ったけど、ヒカルは根が真面目だからとすぐに納得した。

 

 それでも、僕は───いや、余計な言い回しは無しで正直に言おう。

 

 僕は税金を払うのに反対だ。

 僕達が頑張って稼いできたのに、そんな思いもあるけど、このお金はヒカル達にきっと必要なもので、ヒカル達が使うべきものだとそう思っている。

 僕はいらない。

 僕は、近い将来にこの世ではなく天界に行くことになるから、お金は必要じゃない。

 でも、他の三人は違う。

 

 僕はダクネスさん達が帰った後に言った。

 税金を払わない貴族のこと。

 税金関連の決まりや抜け穴、そして払わずに済む手口。

 ダクネスさんからの依頼は受けずに、少しの間紅魔の里にでも滞在すれば税金は支払わずに済むこと。

 それらを話した。

 

 ゆんゆんやトリタンは僕の意見に賛成しているような雰囲気に見えたけど、それでもヒカルの意志は変わらなかった。

 僕はなんだか複雑な気持ちになりながらも、それ以上のことを言うのはやめた。

 これは僕の気持ちの問題でしかない。

 それに税金はこの世の中が回っていくのに必要なシステムだ。

 だから、仕方のないことなんだ。

 そう思っているはずなのに、僕の足は重い。

 

 三人がもし病気になってしまったら……。

 病気は魔法では治せない。

 僕がなんとかしてあげられるかもしれないけど、万が一出来ない可能性を考えると胸が苦しくなる。

 でも、お金があったら必要な薬や薬草を取り寄せることが出来る。

 今税金を払ってしまって、薬や薬草が買えなくなってしまったら……。

 

 トリタンが、いやもしかしたらヒカルも悪い女の人に騙されてしまったら……。

 慰謝料とかをふっかけられて、路頭に迷ってしまったら……。

 

 きっとそんなことは起こらないと思うけど、絶対じゃない。

 三人に何かあったらと思うと、僕は気が気でなくなる。

 

「ふふ……」

 

 なんだか可笑しくて笑ってしまう。

 僕は随分と変わってしまった。

 ほんの少し前のことなのに、変わる前の僕は遠い昔のように感じる。

 変わる前の僕ならきっと、正しい選択をする。

 正しくあろうとして、何があっても胸が張れる行動をする。

 

「あ、あー、僕教会に呼ばれてるんだったー」

 

 これはきっと間違った選択だ。

 変わってしまった僕は、自ら間違った行動をする。

 

 それでもね、変わる前の僕。

 僕は間違っていたとしても胸を張るよ。

 愛する人がいて、愛する人たちに囲まれて、愛する人たちのために行動出来るんだから。

 

 さっと方向転換した僕は教会へと駆けて行く。

 重かった足取りが、どこまでも軽やかに。

 晴れ渡った空を見ると、自然と笑みが浮かんだ。

 

「よーし、今日もお仕事頑張るぞー!」

 

 まあ、でも、それはそれとして。

 もしもの話ではあるけど、仕事が忙しすぎたらやるべきことの一つや二つ忘れてしまうこともあるかもしれないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒ、ヒカル、ちょ、ちょっと待った!」

 

「なんだよこの野郎。まあ、いいや。言われた通り少し待ってやるよ」

 

 俺の制止の声をあっさり受け入れたヒカルは凶悪な笑みを引っ込めて、しゃがみ込んだ。

 

「……ヒカルは今の状況がわかってるのか?」

 

「税金払えって言われてんだろ?」

 

 しゃがみ込んで退屈そうに地面にある石を何個か拾ってもて遊ぶヒカルは何でもないことのように言った。

 

「分かってるならアホなことしてないで逃げるぞ! お前だってかなりの金額に……」

 

「俺は払うから特に問題無し」

 

「…………」

 

 ヒカルは多分嘘は言ってないのだろう。

 そして先程のダクネスの発言……。

 

「お前らグルか!」

 

「あ?」

「ナ、ナンノコトカナー」

 

 ヒカルはしゃがみ込んだ姿勢で乱暴な返事をしてくるヤンキースタイルなのはともかくとして、目を逸らして分かりやすいダクネスのおかげではっきりとした。

 

「ダクネス、いいか? 俺は『スティール』を続けたっていいんだ。この意味がわかるよな?」

 

「カズマ……危機的状況とはいえ最低すぎるぞ」

 

「何でお前は頬を赤らめてるんだ」

 

 何故か興奮した様子のダクネスに本当に『スティール』をかましてやろうかと悩みながら、周りの様子を確認する。

 逃げ出す冒険者とそれを追いかける徴税官という図は最初から変わらないが、先程ヒカルの周りで倒れていた冒険者達がズルズルとギルドに引き摺られて連れて行くのと、こちらをチラチラと見てくる徴税官やギルド職員が見えた。

 もう完全にあいつらグルだ、ヒカルが俺をぶっ倒すのを今か今かと待ってやがる。

 

「なんというか、ここまで来たら剥かれるのも悪くないかなと思ってしまった私はダメなのだろうか」

 

「お前は最初からダメだったよ! いいから、協力しろダクネス! ヒカルに邪魔しないよう言うんだ。そうすれば──」

 

 枷を引きダクネスを説得しようとしていると、俺とダクネスの顔の間を凄まじい風切り音を立てて何かが通り過ぎていき、後ろの壁に衝突した。

 

「あ、外した」

 

「…………」

 

 ダラリと冷や汗が流れる感覚を味わいながら、恐る恐るヒカルの方を見ると、いつの間にか立ち上がり、左手に何個も握り込んだ石の一つを右手に持ち始める姿が。

 

「俺のコントロールが悪いのか、それともお前の幸運がすごいのか。どっちなんだろうな」

 

「ちょ、待て待てヒカル!」

 

「ずっと待ってただろうが。まあ、どっちでもいいや。当たるまで投げれば分かることだ」

 

 ゆっくりと投球フォームに入るヒカルから逃れようと枷を引きながら走ろうとするが、ダクネスを引っ張りながらでは確実に逃げきれない。

 もう覚悟を決めるしかないのかと固く目を瞑ったその時。

 

「んぅっ!」

 

 鈍い音とともに、何故だか変態の嬌声が聞こえた。

 

「えっ、何やってんのお前」

 

 ヒカルの困惑した顔と俺の前で大の字で立ち塞がるダクネスの姿があった。

 

「くっ、カズマに脅されて従うしかない私はこうして盾にされているわけだが構うな。私ごとやれ。仕方がない、カズマに従うしかないのだから仕方がないのだ!」

 

「盾にはしてねえだろ!! 謂れのない発言には断固抗議するぞ俺は! それと説明口調やめろ!」

 

 興奮した様子でとんでもないことを言う変態にすかさず言い返すが、その時にダクネスが勝手にやってる盾から俺の身体が出ていたらしく、その瞬間を目ざとく狙ったヒカルがまたもや石をぶん投げてきた。

 

「あぁっ!」

 

 明らかに常人が当てられたら怪我で済まないスピードで飛来する石に嬉々としてその身を投げ出すダクネスはまた悦びの声を上げた。

 

 守ってもらえるのはありがたいはずなのに、すごく嬉しくない。

 

「どうした、ヒカル。ドSと呼ばれるお前はそんなものか。私のことは気にしなくていい。さあ、やれ! やるんだ! バッチこ──い!!」

 

 どうしよう、この変態。

 

「何がバッチこいだお前は! 自ら石に当たりに来てんじゃねえよ! 貴族の威厳は何処行ったんだ! いいから退きやがれこの野郎!」

 

「超断る!!」

 

「マジでなんなんだこいつ……」

 

 ヒカルがダクネスの変態っぷりに頭を抑えているこの瞬間がチャンスだ。

 俺は初級魔法をこっそり唱えて、土を生成する。

 そして、ダクネスの後ろからゆっくりと手を出してさらに初級魔法を唱えた。

 

「『ウインド・ブレス』」

 

 風魔法で土を飛ばして、相手の目潰しをする。

 はずなのだが──

 

「っらぁ!」

 

 ヒカルは瞬時に反応して目を瞑り、木刀を腰から引き抜くと地面に突き刺し、そのまま力任せに俺たちの方へと振るった。

 

「うおっ!?」

「うぅんっ!?」

 

 初級の風魔法が可愛く思えるほど、土や石が物凄い勢いで飛ばされて来る。

 俺の前にいるダクネスは散弾銃でも浴びたかのように石が飛んで来たせいか、満足気な声が聞こえてきた。

 

「ダクネス、本当にお前ごとやるからな」

 

「ああんっ!!」

 

 ヒカルの声が先程よりも近くから聞こえてきたその直後、ダクネスが吹き飛ばされて後ろにいる俺ごと地面へと倒れ込んだ。

 

「ごほッ! やばい、死ぬっ! ダクネス重い! 早く退いてくれ!」

 

「なっ!? 失礼すぎるぞ! これは重りの影響だ!」

 

「いいから退いてくれ!! 早くしろって! うわあっ!?」

 

 ダクネスの下敷きにされて死にそうになりながらダクネスに退くように言っていると、ダクネスの後ろからこちらへと跳んで木刀を振り上げているバーサーカーの姿が見えた。

 俺はダクネスと転がるようにしてヒカルの一撃をなんとか避けることが出来た。

 ヒカルとある程度の距離が出来て転がるのを止めると、土埃を払いながらヒカルが面倒そうに立ち上がる姿が見えた。

 

「ったく、カズマを足止めするとかなんとか言ってたのに、余計厄介になってどうすんだよ」

 

「あ! やっぱりお前らグルなんじゃねえか!」

 

「お前だってダストを買収したりなんだりしただろうが。それにグルとかグルじゃねえとかどうでもいいんだよ。お前が税金を払えば、俺もダクネスもついでに周りの奴らも嬉しいってだけの話だ」

 

 …………どういうことだ? 

 

「何で俺が税金を払うとヒカルが得をするんだ? まさか俺にとんでもない賞金でもかかってるんじゃないだろうな?」

 

「金の話じゃねえよ。気持ちの問題だ」

 

「気持ち?」

 

「お前が税金を払うことで少しでもお前の懐に打撃を与えられたら、俺は気持ち的にスカッとするってことだ」

 

「……お、お前、そんなことで!?」

 

「おう、俺的にはグッドタイミングってやつだ」

 

「い、いやちょっと待て! お前にそこまで恨みを買うようなこと……あっ、さっきの口ぶりからして腕相撲の時のことか!?」

 

「いや、別に? 俺がそんなことで根に持つわけないだろ。全然あんなんで怒んないよマジで」

 

「うそつけ! 完全に根に持ってるだろ!」

 

 ヒカルの表情は笑っているが、青筋が立っているのが丸わかりだった。

 グッドタイミングってそういうことか。

 やり返すにはこれ以上ないぐらいの絶好のシチュエーションだ。

 くそ、これはマジでまずい状態だな。

 

「な、なあカズマ……その、道の往来でこのような格好をいつまで……」

 

「お前さっきからもっと恥ずかしい姿を道の往来で晒してたくせに今更何言ってるんだ」

 

 ダクネスの言葉を受けて下を見ると、まるで俺がダクネスを押し倒したかのような図になっており、赤面するダクネスが見えた。

 いつもなら慌てて立ち上がってるところだが、先程ダクネスのアレっぷりをこれでもかと見せられてるせいか冷静に言い返した後、ダクネスの手を引き二人で立ち上がった。

 

「ダクネス、これ以上は邪魔するな。手錠ももう外しちまえよ」

 

「……手錠は外せない」

 

「お前な、いい加減に……」

 

「鍵は屋敷の庭へ放り捨ててきたから、その、外すことは出来ない」

 

「「は?」」

 

 俺とヒカルの声が綺麗にハモった。

 え、こいつ、今なんて言った? 

 

「鍵なんか持っていたら、どうせお前のことだ。一発でスティールされるに違いないと思って捨ててきた」

 

「じゃあ帰るまではずっとこのままってことか!? 鍵はすぐ分かるところに置いてあるんだろうな!?」

 

「……適当に放り投げてきたから、探すしかないな」

 

「お、お前は本当にバカなんじゃないのか!?」

 

「う、うるさい! これもお前が厄介極まりないのが原因だ!」

 

 俺がダクネスと口論をおっ始めていると、

 

「俺に良い考えがある」

 

 などとヒカルが言ってきた。

 正直あまり期待出来ない。

 

「……一応聞こうか」

 

「カズマの手を切って、アクアに治してもらえば手錠をはずせる」

 

「ざけんな! 却下だ、却下!」

 

「アクアなら治せるだろ」

 

 何でもないことのように宣うヒカル。

 やっぱり期待出来るものじゃなかった。

 やっぱり頭バーサーカーじゃ……うん、バーサーカー? 

 

「ていうかお前なら手錠を壊せるんじゃないのか?」

 

「壊したらもったいないだろうが」

 

「どう考えても俺の手の方がもったいないに決まってんだろ!!」

 

「手錠が壊れてもアクアには直せないからな」

 

「そういう問題じゃねえ!!」

 

 俺の方が確実に正論を言っているのに、あまり納得がいかない顔をするヒカルには多分何を言っても無駄なのかもしれない。

 本当にこの状況は、どうしたものか。

 





お待たせしました。
なんていう言い方は自意識過剰って感じがしてあまり好きではないんですけど、またまた期間が空いてしまったので、きっとこの言い方が最適解な気がします。

なんだかんだで二次創作を投稿し始めて二年が過ぎたというのに、原作主人公のカズマ視点を書くのが珍しいという意味の分からない状態で、書くのにだいぶ時間がかかりました。
カズマってこんな感じだっけ、という不安から何回も原作を読みに行ったりするのもだいぶしんどかった。
最後まで書きたかったのですが、ここまでにして、つぎからはヒカル視点に戻そうかなと思っております。


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150話


150話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

「とりあえずアレだ。お前らの漫才に付き合ってたらなんだかんだで時間が過ぎちまいそうだし、ダクネス諸共ぶっ飛ばすしかねえな」

 

「ちょ、ちょっと待てって!」

 

「よし、来い!!」

 

「よくねえ!!」

 

 律儀にダクネスの方を向いてツッコミを入れるカズマ。

 敵対している相手から視線を外すなんて、と思わなくもないが多分舐められてるとかではない。

 こいつらはいつもこんな感じだし。

 だが、その隙はしっかり狙わさせてもらう。

 よりカズマの死角に入り込むように身体を動かし、木刀を構えて踏み出す。

 

「むっ!?」

 

 ダクネスが攻め込む俺にいち早く反応し、ノーガードで前に出てくる。

 割と本気でぶっ叩こうとしてるのに、両手を広げて受け入れ体勢全開にされるのは本当にやりづらい。

 一応ダクネスは女だし、ダクネスが男だったとしても無抵抗の奴をぶっ叩く趣味はない。

 とはいえ、それでいつまでも何も出来ないんじゃカズマに逃げられてしまう。

 俺は容赦無くダクネスの顔面に木刀を────

 

「おらっ、くらいやがれ!」

 

「っ!」

 

 ダクネスの陰からカズマが俺に何かをぶん投げて来た。

 警戒で身体が一瞬止まりそうになったが、投げ込まれたのはただの石だった。

 先程の俺の真似か、だとしても投げられた石は大したスピードは出ていなかった。

 避けるまでもなく、ただ木刀の軌道を少し変えるだけで脅威は無くなった。

 

 その一瞬が、カズマの狙いだった。

 

「『スティール』ッ!!」

 

 俺の木刀は空振り──いや、握っていたはずの木刀は振り下ろされる寸前から消えていた。

 

「ちっ」

 

 カズマの幸運に思わず舌打ちする。

 ランダムであるはずの『スティール』で的確に武器を奪えるとか、どうかしてるだろ。

 カズマはしてやったりといった顔で、それにムカついた俺は左足を軸にして一回転し、ダクネスの腹部へと突き出すような蹴りをお見舞いした。

 

「あふんっ!」

「のわぁっ!?」

 

 軽くふっ飛ばされた二人から地面に倒れ込むのを確認しつつ、俺は石やらレンガをそこら辺から拾った後、盗人に言った。

 

「木刀返せよこの野郎」

 

「痛……誰が返すか、このバーサーカーが! 武器無しでアクアから支援魔法をもらった俺にどうにか出来るとでも……なにそれ?」

 

 俺がポーチから取り出した小瓶を見て、カズマは尋ねて来る。

 

「石とレンガと爆発するポーションだ」

 

「………………それを、一体どうするつもりだ?」

 

「お前に投げるに決まってんだろうが」

 

「い、いやいやいや、ここは街中なんだし、なんかあったら……」

 

「安心しろ。一般人のほとんどはさっきの緊急クエストのアナウンスで家の中だし、どこかの誰かさんのおかげでこの街の住人は爆発音がしても気にしない」

 

「そういう問題じゃねえ! 立て、ダクネス! 早く!」

 

「……もうララティーナ、お嬢様だから動けな──あうっ!?」

 

「何がお嬢様だ! お前は誰よりも体力がある鉄女だろうが! さっさと立て!」

 

「誰が鉄女だ! ……ちゃんと立つし、逃げるのにもちゃんと協力するから、今の鎖を引っ張って無理矢理連れて行こうとするのをもう一度頼みたい」

 

「お、お前はこんな時に……」

 

 さて、最初はこの手頃な石でいいかな。

 

「よーし、いくぞー」

 

「だ、ダクネス走れ!」

 

「くぅっ! 私はヒカルからの猛攻とカズマの拘束プレイ、どちらを取ればっ!?」

 

「人聞きの悪いことを────」

 

 石はそこら中にある、どんどん投げてやろう。

 

「それ、それそれそれそれ」

 

「言うなああああああああああっ!? このバーサーカー、マジで街中でええええええええ!?」

 

 投げるのは石、時々レンガとポーション。

 街での追いかけっこが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、あっさり追いかけっこは終わった。

 なんというか、まあアイツらの雰囲気に当てられたというか、叫びながら逃げるカズマを見て楽しんでたというか、随分と遊びが過ぎてしまったらしい。

 結局カズマは捕まえられなかったのだ。

 いや、正直カズマがあそこまでするとは思わなかった。

 警察署に駆け込んでどうするのかと思いきや、まさか婦人警官に『スティール』をかますなんて。

 俺は呆然とカズマとダクネスが留置場にぶち込まれるのを見るだけだった。

 本当、とんでもねえやつだよ。

 その後、街中でボンボンやってた俺は警察で説教を受けて、というか説教されるだけで済んで解放された。

 まあ、徴税官とカズマを引き渡せと口論してたし、俺を相手にしてられなかったのだろう。

 

 

 もう夕方になり、俺も帰路に着くことにした。

 カズマは捕まえられなかったが結構頑張ったし、それに何人かの冒険者は捕まえたことだし、今回の依頼は公式的なものじゃないから、特に何も言われない……と勝手に思ってる。

 報酬は別にどうでも良かったし、カズマが必死来いて逃げ惑ってる姿を見て、十分仕返し出来た気持ちになっちまったし、俺的にはもう満足だった。

 というか味方であるはずのダクネスがあんな感じだった時点でいろいろ破綻してただろ。

 もうアイツはなんなんだろうね。

 貴族のツラして俺に依頼してきたあの姿は別の存在だったって言われた方が納得がいく。

 

「……お疲れ様です、シロガネさん」

 

「ん、ああ、お疲れ様です」

 

 道すがら何度か見かけた女性の徴税官と挨拶を交わす。

 なんだか機嫌悪そうに見えるし、一応謝っておくか。

 

「すみません、カズマのやつ捕まえられなくて」

 

「いえ、あんな方法で逃げられては、誰も捕まえられませんよ」

 

 機嫌が悪く見えたのは、捕まえられなかった悔しさからだろうか、俺が謝ってからは沈んだような表情を見せた。

 そして鋭い視線で俺を睨んできた。

 

「それにしても大したものです。依頼を受けて、味方となって油断させ、自分達も税の徴収から逃れるとは」

 

「はい?」

 

 え、なに、急に何だ。

 逃れる? 

 

「ヒナギクさんに全員分の税金を支払わせる、なるほど理に適っていますね。全員分の手続きを済ませることが出来ますし、何よりヒナギクさんのことを知ってる人であれば必ず払うであろうと信じますから。ですが、実際はヒナギクさんには何も話さず、今日は別の仕事をさせていた……そんなところでしょうか。なかなかの策士ですね」

 

「??????」

 

「あくまでシラを切ると。まあ、いいでしょう。時間切れですからね。ですが、来年はこうはいきません。シロガネさん、貴方もサトウカズマ同様要注意人物としておきますから、覚悟しておいてください」

 

 そう言うだけ言って、俺に背を向けて歩き去っていった。

 ……とりあえず、ヒナに話を聞きに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

「ふぅ、じゃねえんだよお前は」

 

「あうっ!? ちょっと! 何すんのさ!」

 

 ふぅ……とか言いながら額の汗を拭ってキラキラした表情をしてるヒナに思わず後ろから軽く蹴りを入れてしまったが、多分俺は悪くない。

 

「何してるはこっちのセリフだ馬鹿野郎。なにやりきった顔してんだ」

 

「何って掃除だよ。見て分からない? 孤児院にあるものはみんなが使うんだから綺麗にしないと」

 

 帰り道の途中に教会に寄り、教会のシスターからは孤児院にヒナが向かったと聞いて、来てみればこれだ。

 

「掃除はいいことだな。教会でもやたら周りを掃除し回ってシスター達にウザがられたり、セシリーを追っ払ったり、お前はすごいと思うよ」

 

「ウザがられてはないけど、まあね。今日はかなり頑張ったから、褒められるのも悪くないかな。でも僕は当然のことをしたまでだよ」

 

 無い胸を張ってドヤ散らかしてるヒナにイラッとしつつも俺は冷静に続けた。

 

「で、お前には他にやるべきことがあったよな?」

 

「えっ、あ、あー、えっと……」

 

 ぎくりと痛いところを突かれたように身を震わせた後、目を泳がせるヒナ。

 ……こいつ、まさか。

 

「忘れてたんじゃないだろうな」

 

「…………」

 

「お前な……」

 

「ご、ごめん」

 

 呆れはしたが、素直に頭を下げられると特に言うことはない。

 過ぎてしまったことは仕方がない。

 金を払わずに済んだ、そう思えば良いことかもしれない。

 払わなかった場合のデメリットも特に無かったはずだ。

 なんか俺が要注意人物としてマークされたらしいけど、来年はちゃんと払えばいい。

 まあ、こいつらのリーダーは俺だからな、俺が責任を負うべきだ。

 

「掃除は終わったのか?」

 

「え? うん」

 

「じゃあ帰るぞ。今日はお前が夕飯当番だ。早く帰り支度しろ、外で待ってるぞ」

 

「う、うん。分かった」

 

 先に部屋を出ると、シスターのアンナに出会った。

 

「よう、邪魔したな」

 

「はいはい。詳しくは知らないけど、それにしても身内にはとことん甘いのね、あんた」

 

「別に怒ったりするほどのことじゃないからな」

 

 そう言った後、俺はそのまま後ろ手で右手を振って別れを告げた後、孤児院を出た。

 

「アンナ、ごめん! 僕もう帰るね! ────ヒカル、待った!?」

 

 俺が孤児院から出た数秒後に飛び出してきたヒナは勢いそのままに尋ねてくる。

 

「待ってねえよ。ほら、行くぞ」

 

「うん」

 

 そうして二人で帰路に着く。

 しばらくすると、思い付いたようにヒナが俺に話しかけてきた。

 

「そういえばヒカルはカズマのこと捕まえられたの?」

 

「いや、捕まえられなかったよ」

 

「じゃあ、僕と一緒だね」

 

「何が?」

 

「仕事してない仲間だってことだよ」

 

「ふざけんなこの野郎。何でそうなるんだよ」

 

 なんだか嬉しそうに笑うヒナに至極真っ当な疑問をぶつける。

 

「僕も任された仕事をしてないし、ヒカルも結局目的達成してないわけでしょ? だから、一緒」

 

「いいや、仕事自体には行ったからお前とは違う」

 

「捕まえられてないのに?」

 

「そうだ」

 

「僕も教会と孤児院をピカピカにしたよ?」

 

「それは全く関係ないだろ」

 

「お互い、仕事はしてる。だけど目的達成はしなかった。共通してるよね?」

 

「あー、はいはい。じゃあそれでいいよ」

 

「だったら一緒だね。ヒカルも夕飯当番だ」

 

「お前……反省してるんだろうな?」

 

「してるよーっだ。今日は何にする?」

 

「そうだな、じゃあ────」

 

 そんなこんなで今日という一日が終わった。

 ちなみに、俺達の間で今日の夕飯はハンバーグに決まっていたのだが、すでに帰ったゆんゆんがシチューを作って待っていた。

 





次回はエリス様(ギャグ)回です。
多分。


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151話


151話です。さあ、いってみよう。



 

 

「パーパッ! パパ!」

 

 俺の腕に抱かれて幼児がきゃっきゃっと喜んでいる。

 あれから数年が経ち、俺とゆんゆんの間に子供が産まれた……なんてことはなく、最近お馴染みのエリス様の元で仕事をして帰ってきたヒナが疲労して幼児化しているだけである。

 ちなみにゆんゆんさんはバチバチに俺を睨んできてる。

 子供が産まれててこの状況なら多分俺達は終わりだろう。

 ついでにトリスターノのやつは一人微笑みながらコーヒータイムだ。

 あいつの表情筋はどうなってるんだろうな、なんてクソほどどうでもいいことを考えてしまうぐらいに俺は逃避したい状況なんだろう。

 

「次にヒナがエリス様のところに行く時にこっそりついて行こうと思う」

 

「……ふーん」

 

 ゆんゆんさんはご機嫌斜めであまり話を聞いてくれなさそうだ。

 返事を求めてトリスターノに視線を向けると、トリスターノは苦笑気味に俺に尋ねてきた。

 

「それはいいのですが、天界……でしたっけ。そこへ行くにはヒナさんの力が必要なのでは?」

 

「ああ、だけどいい加減どうにかしないといけないからな。最悪の場合はエリス様からもらったアレを使う」

 

 アレとは栞のような形状をしたテレポート出来る道具のことだ。

 回数制限がある代物だが、俺一人で行く手段はこれしかないから仕方が無い。

 

「……そんなにエリス様に会いたいんだ。ふーん、そうなんだ。女神様だもんね、ふーん」

 

 なんか誤解してらっしゃる。

 いや、というか。

 

「ゆんゆん、聞いてくれ」

 

「なに?」

 

「俺はヒナが絡んだ時の変態(あの人)に出来るだけ会いたくない」

 

「……」

 

 疑わしげな目でこちらを見てくるが、こればっかりはマジだ。

 エリス教の御神体であるエリス様の外見が美しいというのはこの世界の住人の常識で、それを深読みしてか俺がエリス様に会いたがっているとゆんゆんは誤解しているみたいだが、大変遺憾です。

 外面がいいのは確かだが、ヒナが関わると本当にロクでもない女神になる。

 やっぱり中身が大事なんだ。

 それと胸。

 

「とりあえず次にヒナがエリス様のところに行く時はこっそりついて行くことにするから、二人もヒナが夜に出掛けそうな時は言ってくれ」

 

「……ヒナちゃんがそばにいるのにそんなこと言って大丈夫なの?」

 

 俺に抱っこされておねむになり始めたヒナを軽く睨みながら不機嫌そうに尋ねてくるゆんゆん。

 トリスターノも同じくそう思ったのか頷きながらこちらを見つめてくる。

 

「最近幼児化してる時の記憶が無いらしい。ヒナが自分で言ってたから、多分大丈夫だ」

 

 ヒナ自身も理由はよく分かってないらしいが。

 

「それは大丈夫なんですか?」

 

「分からん。ついでにエリス様に聞いてみるか」

 

 とはいえ、ヒナはかなり特殊みたいだから分からないかもしれないが。

 とりあえずあの女神様に丸投げしとけばいいだろう。

 とにかくこの幼児化をどうにかしなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、ヒナが夜遅くに家を出たのを確認し、俺も外へと繰り出した。

 どうやら天使になって飛んで行ったりはしないようで、尾行は出来そうだった。

 そう思ったのも束の間、ヒナの追跡は困難を極めた。

 視線でも感じるのか、それとも野生の勘なのか、ヒナは振り向いてきたり、元来た道を戻ったり走り出したりと明らかに警戒していた。

 俺がスニーキング技術を某ゲームから学んでいなければ確実に途中で見つかっていた。

 身体能力が上がっていたのも素早く隠れられたり、ヒナの動きの些細な変化に気付けたのも見つからずに済んだ大きな要因だろう。

 と、良い感じのことを言ってはいるが、暗い夜道にゲームで学んだだけの素人技術、そしてヒナの警戒の高さ、それらは俺が手に負えるものではなかった。

 わかりやすく言えば見失ったのである。

 

 だが俺は結果として物陰からヒナがとある建物へ入っていくのを確認していた。

 ヒナの向かった先や道選びから行き先は予想が付いた。

 俺は見失ってからはヒナの追跡を諦めて、別の道を通って先回りすることで、なんとかヒナの行き先を見届けることに成功した。

 これで予想を外していれば悲惨だったが、苦労をした甲斐があった。

 先回りする際に、俺のケツを狙うアクシズ教徒や「絵のモデルになってくれないか!?」と迫ってくる絵描きのアクシズ教徒を相手にするのは本当に苦労した。

 まあ、そんなことはどうでもいいだろう。

 俺はしばらくしてから物音を立てないように近付き、エリス教会の扉をそっと開けて身を滑り込ませた。

 

 教会に入り、外と同じように視界の悪さに悩まされるかと思ったが、不思議と教会の中は明るかった。

 明かりが点いているというわけではなく、自然と、不思議と、月明かりが差し込んでいた。

 そのおかげで俺は正面奥の祭壇の一番近くのベンチタイプの椅子にヒナが腰掛けているのを簡単に見つけることが出来た。

 後ろ姿しか見えないが、特に何かをしているようには見えないことを不思議に思いながら、なるべく気配を消しながらヒナへと近付いていった。

 近付く途中でベンチの高さに合わせてしゃがみながら移動したおかげで全く気付かれることなく、席の横側からそっと顔だけ出して覗き込んだ。

 

 

 

 

「バブッ! バブバブッ! キャッキャッ! マーマッ! バブバブ、オギャッ!」

 

 

 

 

 そうバブバブ言っているのは幼児化したヒナ、なんてことはなく────ヒナに膝枕されたエリス様(変態)(おしゃぶり装備)だった。

 

 そのあまりに地獄な光景に隠れるのがバカらしくなり立ち上がると、

 

「はっ! 誰ですか!?」

 

「えっ!?」

 

 いち早く俺に気付き、おしゃぶりを取りながら起き上がるエリス様と遅れて気付くヒナ。

 

「なんだ、ヒカルさんですか。まったく、驚かせないでくださいよ」

「な、なんでヒカルが……?」

 

「なんだ、じゃねえんだよこの野郎。あんた何してんだ」

 

 俺だと分かるとすぐにヒナの膝へと横たわるエリス様に若干イラッとしつつも俺は尋ねた。

 

「何って、見て分かりませんか?」

 

「分からないから聞いてんだろうが」

 

 あまり分かりたくないけど。

 

「私、気付いたんですよ。赤ちゃんっていいなって。好きに甘えてもいいし、泣いても許される。前のヒナギクの赤ちゃんプレイを見て気付きああああああああああああッ!!? あんよがああああああああああああああああ────ッッ!!」

 

 額に青筋を浮かべたヒナがエリス様の足を鷲掴みするぐらいの勢いで(つね)ると、エリス様は痛みのあまり大絶叫をしながらヒナギクの膝から転げ落ちた。

 

「ちょ、ちょっとヒナギク!? 一体赤ちゃんに何をするんですか!? 『あんよが上手』が出来なくなったらどうするんですか!?」

 

「はあ、すみません。何か聞き捨てない言葉が聞こえたので。あと、エリス様の足がどうなっても別にどうでもいいです」

 

 転げ落ちたエリス様はすぐに立ち上がり抗議するが、そんなエリス様をゴミを見るような目で一切心のこもっていない謝罪をするヒナ。

 

「まったくもう、ヒナギクはツンデレさんなんですから。まあ、いいです。続きをさせていただきましょう、よいしょっと」

 

 そう言って少しばかり呆れた様子を見せながら、無駄に華麗にヒナの膝枕へと戻る変態女神は俺に視線を寄越しながら尋ねてきた。

 

「それで、ヒカルさんは何しに来たんですか?」

 

 俺と話す気があるのに、なんでこの女神は起き上がらないんだろう。

 

「正直聞きたいことはまだまだあるんだが、まあいいや。ヒナがあんたの仕事を手伝った後、疲れきって帰ってくるもんだから心配になって様子を見に来たんだ」

 

「なんと。それは本当ですか、ヒナギク?」

 

 予想だにしなかったのか、エリス様は驚いた様子でヒナギクを下から覗き込んで尋ねた。

 

「……ええ、まあはい」

 

「そこまで負担になっていたとは知りませんでした。最近は貴方達の家の様子は見ることが出来ませんでしたからね。でも、不思議です。ヒナギクには私の休憩時間にこうしてママになってもらうことと幾つかの仕事を任せているだけなので、そこまで無理をさせているとは露知らず……少し考える必要がありそうですね」

 

 多分だけど、他に何をさせられているのかを聞くまでもなく、今のこの状況こそがヒナの一番の負担だと思う。

 死んだ目になって表情が抜け落ちてるヒナとか初めて見たし。

 

「一応聞くけど、他には何をさせてるんだ?」

 

「……天界のことなのですが、ヒカルさんにも話しておきますか。天界の一人の天使が行方不明になっており、その天使の簡単な調査をヒナギクに任せていました。天界として由々しき事態ではありますが下界に渡ったことだけは分かっていて、それ以外は目的も含めて不明です」

 

 エリス様が思ったより変態だったのがバレて逃げ出したんじゃないだろうな。

 ヒナへと視線を向けると、ヒナは首を横に振った。

 

「エリス様からは調査のためにこの街から出たりする必要はないって言われてたから、僕でも分からなかった。上手く隠れてるのか、それとももう……」

 

「さ、流石にそこまでのことにはなってないはずです。何があっても天使ですから。と、というわけでこのお話はお終いです。ヒナギクに任せているのは身近な情報収集程度で、大したものではありません。というかいい加減ヒカルさんも座ったらどうです?」

 

 そう言われて、確かにこの光景に圧倒されて立ちっぱなしだったなと気付く。

 俺はヒナ達の近くへ座ると、エリス様が微笑むと。

 

「ふふ、では貴方には『娘に孫が出来て温かく微笑むお爺ちゃん』の役をやらせてああああああああああああッ!!? 頭がああああああああああああああああ────ッッ!!」

 

 ヒナの逆鱗に触れたエリス様はアイアンクローを食らい、痛みから逃れるようにじたばたしながら転げ落ちていった。

 

「ヒナギク、何をするんですか!? 赤ちゃんの頭は一際デリケートなんですよ!?」

 

「はあ、すみません。頭おかしくなっちゃったのかと思って、ついやってしまいました」

 

 先程のように転げ落ちたエリス様はすぐに立ち上がり抗議するが、そんなエリス様をカスを見るような目で一切心のこもっていない謝罪をするヒナ。

 

「まったくもう、ヒナギクは照れ屋さんなんですから。まあ、いいでしょう、よいしょっと」

 

 そう言ってまたヒナの膝枕に収まるエリス様。

 とりあえずエリス様はいいや。

 ヒナに少しばかり聞いてみるとするか。

 

「ヒナ、お前何でこんなことやってるんだ?」

 

「うっ、そ、それはその……」

 

「それについては私から説明しましょう。あむっ。ひまぎくひは」

 

「おい、外せ。それ腹立つから外せ」

 

 何故かおしゃぶりをつけ始めてから説明をし出すエリス様にイラついたせいか乱暴な言い方になってしまったが、特に気にするようなことでもないだろう。

 

「……仕方ありませんね。私もヒナギクにはこんなことをお願いするのは大っっっ変心苦しいのですが、ヒナギクがどうしてもしたいと」

 

「言ってません」

 

「……」

 

「言ってません」

 

「…………私が預けた指輪を勝手に譲渡したヒナギクが悪いのです。私はとても悲しいです。ヒナギクを信頼して預けたというのに、よよよ……」

 

 嘘泣きを始めるエリス様にムカついたのか、拳を震わせるヒナを見て、俺はなんとなく思い出していた。

 確か『聖女の指輪』とかそんな感じの指輪だ。

 あの指輪は俺が死んだ時に行った平行世界で……。

 

「大丈夫だよ、ヒカル。後もう少しでこれも終わるから。あと少し耐えればいいだけだから」

 

 疲れた笑みでそんなことを言うヒナからは全然大丈夫には感じないのだが、このエリス様に早くやめるように言っても聞きそうにないしな。

 もう少しで終わるらしいし、俺が出来ることも無さそうだから、負担をどうにかするっていうのを聞いたら帰ることにするか。

 

「で、エリス様? ヒナへの負担軽減はどうするんだよ」

 

「そうですね……はっ、思い付きました! ヒナギクにママになってもらうのは譲れませんが、ヒナギクの休憩時間の間は私がママに……」

 

「嫌です」

 

「えっ」

 

「絶対に嫌です」

 

「ひ、ひどいっ! 私のママ役に何の不満があるんですか!?」

 

「全てです」

 

 うぅ……と泣き始めるエリス様を冷たい目で見下ろすヒナ。

 

「辛いならいちいち朝まで付き合わなくていいからな」

 

「うん、そうする」

 

「ちょっ!? 私がこの至福の時間の為にどれだけ頑張ってると思ってるんですか!? 無理は良くないと思いますけど、この赤ちゃんタイムは私に必要なことなんですよ!?」

 

 これでヒナも帰ってくる度に幼児化したりはしないだろう。

 俺は帰るとしよう。

 

「じゃあ俺は帰るけど、無理はするなよヒナ」

 

「うん、帰り気をつけてね」

 

「ヒカルさん、もうお帰りですか。お気をつけて。さて、私はご飯の時間ですね。ヒナギク、おっぱiああああああああああああッ!!? お手てがああああああああああああああああ────ッッ!!」

 

 大絶叫と転げ落ちる音を聞きながら、俺は教会の出口に向かう。

 

「酷いですよ、ヒナギクっ! 赤ちゃんのお手てを捻るなんて! 赤ちゃんの身体は繊細なんですよ!?」

 

「はあ、すみません。僕の身体には必要以上には触れないという約束をエリス様が破ったので」

 

「じゃあ赤ちゃんの栄養は一体どこから──」

 

 そんなやり取りを聞きながら、俺は教会を後にした。

 





久しぶりに書いてて楽しいお話でした。
忘れた人のために言っておくと、指輪は平行世界のヒナギクが持ってます。
伏線も出せて解決(?)もしてギャグも出来て、かなり満足です。

爆焔アニメの新PVが8月26日の19時に公開されるそうです。
要チェックですね。


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152話


説明は後書きでさせていただきます。

152話です。さあ、いってみよう。



 

 

『無駄だ』

 

 

 ──鉄の塊が身体を貫く。

 

 

『何故立ち向かってきた?』

 

 

 ────血で染まる視界。

 

 

『雑兵が。身の程を知れ』

 

 

 ─────吹き飛ぶ四肢。

 

 

『わざわざ死にに来るとはな』

 

 

 ────────胴体と首が分かれる。

 

 

『…………』

 

 

 ──────────。

 

 

 

 無言で見下ろす表情は呆れるような、憐れむような、そんな顔をしていて。

 

 それは残酷なほど美しく、冷たいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 

 身体がバネのように跳ね上がる。

 数秒後、先程の光景が夢であったことを悟った。

 いや、なんとなく分かっていた。

 最近一人で寝るといつもこの夢を見る。

 騎士王に挑み、虫を払うように殺される夢。

 それがあまりにもリアルなものだから、なかなか起きた後も現実を疑ってしまう。

 一晩に何度も何度も起きるまで繰り返される夢。

 殺されるという結果は同じなのに、殺され方は丁寧にもバリエーション豊かだった。

 俺を飽きさせないための優しさなのだとしたら恐れ入る。

 お礼に最近俺達で共同開発したCQし──

 

「随分と眠れないみたいだね」

 

「っ、びっくりさせんなよこの野郎」

 

「ふふ、お邪魔しているよ、ヒカリ君」

 

 俺に声をかけてきたのは、まるでそこにいることが当然であると言わんばかりに俺の部屋の椅子に座っているマーリンだった。

 マーリンは何もかもが現実離れしている。

 容姿も力も、思考も。

 俺の部屋に急に現れることぐらい平然としてのける。

 法や他人の事情感情などは関係ない。

 マーリンがそうしたいから、そうする。

 

「で、何の用だ?」

 

「いやあ、あまりに辛そうだったからね。退屈しのぎに来てしまったのさ」

 

 そう言って微笑むマーリン。

 そのマーリンの翡翠の瞳はどこまでも見通してきそうなほど澄んでいた。

 恐らく言った通りなのだろう。

 マーリンが嘘をつくことはない……と断言してしまうのはなんだか嫌なので、多分嘘をあまりつかない、程度にしとこう。

 

「一応聞くけど、お前がこの夢を見せてるんじゃないよな?」

 

「ん? 私が? 何故そんなことをしなくちゃあいけないんだい?」

 

 きょとんとした顔で小首を傾げる姿は子供のような無邪気ささえ感じる。

 まあ、一応聞いておいただけだ。

 マーリンは夢魔のハーフとかそんな感じだったはずだし。

 

「その夢は君自身が望んで見ているものだよ」

 

「…………」

 

 何を言ってるんだ、こいつは。

 何で殺される夢を好き好んで見なきゃいけないんだ。

 

「厳密に言うと夢じゃあない。君が見たあれらは現実にあったことだ」

 

「……意味がわからん」

 

「『夢』とは何だと思う? 人が、いや人に限った話ではなく、寝ている時に見る夢のことさ」

 

「……俺がいた世界でも詳しいことは分かってない。記憶の整理とか、願望とか、そんな感じの解釈だったはずだ」

 

「なるほどね。それもまた正しいかもしれない。まあ、今回君が見た夢はそれらには当てはまらないんだけどね」

 

「あれか、未来視っていうか予知夢みたいなことを言ってるのか?」

 

 正夢になる、とでも言いたいのだろうか。

 

「それも違う。君が見たのは平行世界の光景だよ」

 

「はあ?」

 

 あまりに突飛すぎる話にただ聞き返すばかりだった。

 俺の頭の悪さは折り紙付きだろうが、今回ばかりは頭の問題ではないはずだ。

 そんなある意味失礼な、態度の悪い俺を特に何と思うこともなく、マーリンは拍手してきた。

 

「だから君は騎士王を倒す手段や可能性を考えるあまり夢で別世界の自分自身を覗き見てるというわけさ。おめでとう、君は私と同じことをしてのけた。コントロールは出来てないけど、もしかしたら私の魔法を使える可能性があるのかもしれないね」

 

「待て待て、そんなことがあるのか?」

 

「あるとも。夢にはそれだけの可能性がある。だからこそ君達の世界でも夢のことを解明出来ない。夢を解明するには科学だけでは足りない、それどころか平行世界についても解き明かし、それらを観測する以上の技術がなければならない。それが私には出来る。夢を通して、あらゆる可能性の力を引き出すことで、私の魔法は使えるようになるわけさ」

 

 夢にうなされて困っていただけだと思ったら、とんでもなく壮大な話をされてしまった。

 マーリンの魔法が使える可能性があるってのも、正直気になるところだ。

 

「普通の人なら数ある可能性の中の夢を選び続けるのは不可能さ。選択し、可能性を探し続けた君は間違いなく才能があるよ。普通の人より一歩ぐらいは先に進んでるね」

 

 一歩かよ。

 いや、まあそんなところだとは思った。

 そもそも魔力を感じ取ることさえ俺には難しいのだから無理だろう。

 …………そろそろ寝よう。

 また嫌な夢を見るかもしれないが、寝ないよりはマシだろう。

 

「おや、私の魔法が気にならないのかい?」

 

「出来るかもわからないし、習得するのに何年かかるかも分からないしな。それなら今出来ることをする。つまり睡眠だ」

 

 そう言って俺は布団を被った。

 

「ふふ、そう言ってくれて嬉しいよ」

 

 というか夢を選んで見ることが出来るなら、もっとハッピーなのが見たいね。

 ゆんゆんさんと大人ゆんゆんさんに挟まれる夢とか。

 

「元より私の魔法を教える気なんて、さらさら無かったからね」

 

「…………」

 

 その発言に少しイラッときた俺は布団の中からマーリンを睨んだ。

 

 ────それをほんの少し、後悔した。

 

「君は確かに特殊な存在であるけれど、特別な力を得るなんてつまらなすぎるだろう? 君には、今の君のまま騎士王に勝ってほしいんだ。特別で強い力を持っている人間が勝つなんて当然の駄作は見たくない」

 

 三日月のように歪みきった笑みを見た。

 翡翠の瞳は美しいままだが、その奥には名状し難い狂気が渦巻いていた。

 

「可能性をいくら探しても無駄なんだ。だって君が騎士王に勝つのは不可能なんだから。何をやっても勝てっこない。君が勝つ可能性はあり得ない」

 

 上気した頬が赤く染まり、恍惚とした表情が浮かび上がる。

 浮世絵離れした美女のあられもない姿だというのに、俺は全くマーリンから女性らしさを感じなかった。

 

「だからこそ! だからこそ、そんな君が騎士王を倒すのさ! 最高じゃあないか! 数多の可能性をひっくり返して、あらゆる想像を超えていく! ああ、なんて待ち遠しい! 早く見たい! こんな退屈な世界から、私を解き放ってくれ!」

 

 興奮しきったマーリンの声は次第に大きく、熱を増していく。

 だが、部屋の外から人がやってくる気配は無かった。

 不法侵入はしてくるが、騒音に関しては気を使うのか、こいつは。

 そんなツッコミが頭に浮かんで、俺は冷静になることが出来た。

 

「で、本当にお前は何しにきたんだ?」

 

「──ん、ああ、そうだった」

 

 ずっと疑問だったことを尋ねると、マーリンは思いの外すぐにいつもの調子に戻った。

 

「夢でお困りみたいだから、私の出番みたいなものだろう? まあ、君が少し前に通っていた喫茶店ほど良いサービスは……」

 

「おい、その話はやめろ」

 

「通ってたのは事実じゃあないか。まあ、いいさ。そんな態度を取るなら代金をいただくとしよう」

 

「は? いや、別にいい……」

 

「ほんの少し精気をもらうね。本当はいらないんだけど、ちょっと興味もあるんだ」

 

「だから、やらなくて……」

 

「おやすみ。良い夢を」

 

 ──────────。

 

 ────────。

 

 ──────。

 

 

 

 身体が鉛のように重い、という表現はありきたりではあるもののなんとなく想像しづらいかもしれない。

 だが、今はまさにその状態だった。

 熱があるかと思ったが、特にそうでもないらしく、苦労しながらもリビングに出る。

 朝の挨拶を交わしたあと、ヒナからは「マーリン臭い」と軽蔑の目を向けられた。

 朝食を終えると体調はマシになってきたが、午前中は英気を養うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレテン王国、キャメロット城のとある一室。

 その部屋の高級感溢れるソファーを我が物顔で占領する絶世の美女がいた。

 

「はいはい、絶世の美女マーリンさんですよー」

 

 そう、マーリンである。

 ソファーに寝そべり、寛ぐ彼女の姿はそれだけで絵画のようであった。

 彼女の目の前に幾つもの本が開き、別の空間に繋がる穴が無かれば、だが。

 

「この世界の本はこれでお終い。相っっ変わらずつまんなかったけど、これで暇つぶしの手段が一つ無くなっちゃったな」

 

 マーリンの前に浮かぶ本が最後までページを開ききると、閉じて本棚に吸い込まれるように収まっていった。

 

『悪い、今日は家で大人しくしとくわ。その分、家事は任せてくれ』

 

 そんな声が開かれた空間から聞こえて、マーリンはクスリと笑った。

 

「ふふ、ごめんね。手加減というか、どれぐらい精気を吸っていいのか分からなかったからさ。少しやりすぎちゃったかも」

 

 マーリンは夢魔でもあるのだが、精気を吸ったことが無かった。

 吸う必要もなく、興味も無かった。

 ただ、それだけのことである。

 

「君に残された時間はあまりにも少ないよ、ヒカリ君」

 

 笑みが深くなり、視線は熱を帯びていた。

 愛おしげに見つめる彼の姿は、自室のベッドでダルそうに座っていた。

 期待が膨らむ。

 想像を超える何かが、きっと待っている。

 このつまらない世界で、ありきたりで予想通りのことしか起きない最悪の現実から救ってくれるはずだ。

 

「ふふ、ふふふふ、あ、あれ? なんだかおかしいなぁ」

 

 いつも通りの自分ではない、とマーリンはすぐに気付いた。

 マーリンの頬は紅潮していた。

 気分はなんだか爽やかで、視線が少し落ち着かない。

 

「ん〜? もしかして、これって……酔ってる?」

 

 今まで興味すらなかった精気を吸った。

 それが何故だかアルコール摂取に似たようなことになっていた。

 

「え、まじ? この私が?」

 

 ほんの少しの間、困惑した様子のマーリンであったが、特に問題も無いので「まあ、いっか」と呟いた後、別の空間へと視線を移した。

 

「あ、いいこと思い付いた」

 

 視線の先にはシロガネヒカルがいた。

 この世界の本は読み終わってしまったが、彼が元いた世界の本は触れたことがない。

 だから、ささっと手に入れてしまえばいいのだが。

 

「ちょっと向こうに行ってみようか。それで彼に本だけでなく、暇をつぶせそうなものを見繕ってもらおう」

 

 ちょうど彼はゆっくりしているらしいし、少し連れ出すくらい問題無いだろう。

 そう判断して、マーリンはヒカルの部屋へと向かうべく、足を踏み出した。

 





最終章一話を読んでしまった方、申し訳ありません。
消させていただきました。あれはまた相応しい時にまた投稿されると思います。
飛ばして書こうかと思ったんですが、やっぱり地道に書いていこうかなと思いました。
まあ、それでもし道半ばで失踪したりしたら笑ってください。
ぷーくすくす、ウケるんですけど!ってやつ。

これで次にマーリンが出るのは最終章の中盤以降になる……はずです。
もう出てくるなよ……便利すぎるんだお前は。

マーリンの魔法を使える可能性があると言われたヒカル君ですが、ほぼ不可能に近いです。
まあ、五万回ぐらい死んで生き返ってを繰り返して、生と死の世界を反復横跳びしたら魔法を使えるようになるかもしれないです。
そこら辺はマーリン√で語られるかもしれないですね(書きませんけど)

酔った勢いで日本に連れて行かれる話が後々役に立ったり、立たなかったり。
連れて行かれた話は語るべき時が来たら。

次回から本格的に原作13巻の内容に入ります。
13巻の内容的に多分ヒナギクが頑張ることになるでしょう。
それでは、良いお年を。


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153話


153話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

 

「ついにこの時が来たわ……!」

 

 夕刻、俺が家に帰ってきた時に最初に聞こえてきたのはゆんゆんのそんなセリフだった。

 何だろうと思い、居間へ向かうと闘志を燃やすゆんゆんと手紙を読むヒナとトリスターノの姿があった。

 

「ただいま」

 

「あ、おかえり」

「おかえりなさい」

 

 ゆんゆんは夕空を眺めて闘志をメラメラと燃やしているせいか俺に気付いてないらしい。

 とりあえず俺は事情を知ってそうな二人に話を聞くことにした。

 

「で、どうした?」

 

「紅魔の里からの手紙だよ。とっても読みづらいけど」

 

「ヒナさんの言う通り、文章が少々難解ですが、次期族長を決めるための試練が行われるそうです」

 

 次期族長……そうか。

 ゆんゆんのあの気合いの入りようにも納得がいく。

 ずっと目標にしてたもんな。

 

「あと、ヒカルは必ず、僕達もなるべく来てほしいって書いてある」

 

「そうか。何が出来るか分からないけど、元々行くつもりはあったからな。二人はどうする?」

 

「聞くまでもないでしょ」

 

「行くに決まってます」

 

 愚問だとばかりに頷く二人につい笑みが溢れた。

 試練が何をするかは全く分からないが、この四人ならきっとなんとか出来そうだ。

 

「次期族長に! 私はなる!!」

 

 麦わら帽子を被った海賊のような宣言をする気合いばっちりのゆんゆんの瞳は夕陽に負けないぐらいに輝いていた。

 

 …………それはそれとして、いい加減俺に気付いてくれないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手紙が届いた翌日。

 鈍った身体を慣らすべく、軽い運動のため適当なクエストを受けた。

 先日ダクネスのいとこであるシルフィーナが病に倒れて、孤児院でそれなりにシルフィーナと接触していた俺とヒナも感染して倒れる……なんてこともあり、少し心配だったのだが特に問題はなかった。

 むしろ数日間家から出られなかったヒナは元気が有り余っているらしく、モンスターを全滅させる勢いで突っ込んでいくので、トリスターノは援護するのが大変そうだった。

 他にはこれといった苦労もなく、昼過ぎぐらいにはアクセルに帰って来ることができた。

 クエストの完了報告や使った武器の手入れなどを済ませた頃には夕飯の準備をする時間となった。

 

「あ、そういえばめぐみんに試練のこと伝えなくちゃ」

 

 急にゆんゆんがそんなことを呟いた。

 

「族長の座をかけて勝負でもするのか?」

 

「えっ、そ、それはまあめぐみんがどうしても勝負がしたいっていうならしてあげてもいいけど、それだと私が族長になってからじゃないと勝負出来ないわね」

 

 ゆんゆんの返答の意図が分からず、微妙な顔をしたであろう俺の顔を察してか、すぐにゆんゆんから補足の説明がきた。

 

「めぐみんは試練を受けられないもの。だから勝負をするなら私が試練を終えた後になるわ」

 

「めぐみんが試練を受けられない理由はいくらでも思い付くけど、具体的には?」

 

「い、いくらでもって……。上級魔法とテレポートが使えることが最低条件よ」

 

 じゃあ無理だな。

 あいつスキルポイント全振りだし。

 

「じゃあ、別に知らせてやらなくてもいいんじゃないか?」

 

 悪い言い方をすれば、試練を受ける資格すらないめぐみんにわざわざ試練があることを教える必要はないんじゃないかと思ったのだが。

 

「それはそうなんだけど、めぐみんのことだからどうせ後から難癖付けてくるに決まってるわ! だから先にちゃんと言っておかないと!」

 

 言われてすぐにそんな光景が目に浮かぶ。

 めぐみんへの理解がありすぎるゆんゆんに苦笑してしまう。

 そんなこんなで俺とゆんゆんはカズマ宅に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマの屋敷に着いた。

 来る途中に血相を変えて爆走するダクネスが俺達の前を通り過ぎて行った、なんてことがあったのでカズマ達に何かあって不在にしている可能性も考えていたのだが、

 

「よお、邪魔するぜ」

「お、お邪魔します」

 

「ん? おお、ヒカルとゆんゆんじゃないか。どうしたんだ?」

 

「ゆんゆんがめぐみんに話があってな。俺はそのついでだ」

 

 ノックして入り込んだ屋敷の中は特に変わった様子もなく、ダクネス以外のメンバーがいた。

 あの爆走ダクネスは気になるが、ダクネス個人の問題だったのかもしれない。

 こいつらも気にしてるような雰囲気は無いので特に聞く必要も無さそうだ。

 

「今日は何の用ですか、ゆんゆん? 私は見ての通り暇じゃないのですが」

 

「ちょむすけと遊んでるようにしか見えないんだけど……。これよ、紅魔の里からの手紙」

 

 ゆんゆんから手渡された手紙を訝しげな表情で広げるめぐみんの両隣をカズマとアクアが挟み込み、三人で手紙を読み始めた。

 

「どれどれ、『我が偉大なる同胞達よ。時は来たれり。今こそは、鍛え上げ、研ぎ澄まされた力を解放する時。ついては我と思わん者よ、この手紙が届いてから────』」

 

「次期族長を決める試練をするから、希望者は一月以内に里に集まれってよ」

 

「もっと早くに言ってくれよ……」

 

 疲れた様子で言うカズマ。

 俺も読んでみたけど、面倒な言い回しが多いからな。

 読み終わったのかめぐみんが勢いよく立ち上がり、拳をグッと握りしめて言った。

 

「なるほど、これを持ってきたということは、この私も次期族長の候補ということですね? いいでしょう、準備を始めますよゆんゆん! 我こそが紅魔族一に相応しいことを証明してみせましょう!」

 

「えっと、次期族長の試練を受けたいなら、最低限上級魔法とテレポートが使えないとダメよ。それに、準備も何も私ならテレポートすれば一瞬だし」

 

 ゆんゆんがきっぱりと言い放つと、めぐみんは拳の力を抜いて、冷静に尋ねた。

 

「……では何故私にこの手紙を?」

 

「だって、一応教えておかないと、めぐみんのことだから難癖付けて来るに決まってるし……って、いたっ!? ちょ、ちょっと! 試練を受けられないのは自分のせいでしょ!? やつあたりしないでよ!」

 

 わちゃわちゃし始めた紅魔女子二人を横目に、カズマが俺に話しかけてきた。

 

「ところでヒカル。うちに最高級のステーキがあるんだが、食っていかないか?」

 

「あ? なんだ急に」

 

「いやいや、前にヒカルに悪いことしちまったこともあるし、なんだかんだお世話になってるから、そのお礼にな」

 

「…………」

 

 怪しすぎる。

 カズマが金に余裕があるのは分かってるが、いくらなんでもおかしい。

 

「よし、先に言っておく。俺はただ純粋にヒカルにご馳走をしたいだけなんだ。それで俺がヒカルに対して何かを求めたりしない。本当だ、誓うよ」

 

「嘘くせー」

 

「マジだって」

 

 明らかに怪しいのだが、ここまで言って何かあるようなら、俺も大人しくしないであろうことはカズマも分かるだろうし……。

 

「じゃあいただくよ」

 

「よしきた、俺の料理スキルが火を吹くぜ」

 

 そう言って台所に向かっていくカズマ。

 まったく……今、魔王軍に一番の大打撃を与えてるパーティーのリーダーのスキルじゃないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不味い」

 

「頑張ったんだけどなー」

 

 不味いし、硬いし、あとちょっと臭い。

 

「これのどこが最高級なんだよ」

 

「最高級なのは間違いないぞ。何せドラゴンの肉だからな」

 

「はあ?」

 

 これが? 

 料理スキルを使っても、こんなに不味いのに、これがドラゴンの肉……? 

 

「ドラゴンは最強のモンスターだからな。筋肉に覆われて脂肪なんてほぼ無いし、肉食獣の肉は臭い」

 

「お前、なんでこんなの……」

 

「話は最後まで聞け。豊富な経験値を得られて、ステータスが上昇するから高いんだ」

 

 高価な理由はわかったけど。

 

「お前強さなんて求めてないだろ。高いだけの肉なんて買う意味ねえよな?」

 

「…………まあ、単純に興味をそそられてな」

 

 なんか間があったな。

 俺に味見させて様子見したかったってところか。

 とりあえずステータスが上がるのは魅力的だし、残さず食べることにしよう。

 

「ドラゴン肉のことを買ってから知ったカズマが誰かに押し付けたくてしょうがなかったところにアンタが来ただけよ」

 

 先程まであまり喋らなかったアクアが全てを簡潔に教えてくれた。

 

「おっま、アクア! 何バラしてんだよ!?」

 

「だって口止めされてないし、何より本当のことじゃない」

 

 やっぱり裏があったか。

 ただの不味くて硬くて臭い肉だったら、容赦なく残して帰るんだが、一応俺に得があるから追及は無しにしておこう。

 

「……手紙で一つ気になる点があるんですが」

 

「あんだよ」

 

 いつの間にか落ち着いた様子のめぐみんが硬い肉に苦戦する俺に尋ねてきた。

 ゆんゆんはちなみに頬を膨らませて、そっぽを向いている。

 

「ヒカルは試練に確実に出るように、と書かれていますが、何故ですか?」

 

「そりゃあお前、ゆんゆんの仲間だし、それに結婚もするしな」

 

 

「「「は?」」」

 

 

「ん?」

 

 カズマ達が間抜けな顔でこちらを見てくる。

 あれ、もしかして……。

 

「言ってなかったっけ?」

 

「言ってねえよ!」

「聞いてませんよ!」

「初耳なんですけど!?」

 

 そんな三者三様のツッコミが来た。

 そういや、誰にも言ってなかったか。

 ゆんゆんも言ってなかったのかと思い、ゆんゆんの方を見てみると耳まで真っ赤になっていた。

 

「ゆんゆんが無事に族長になったら、そのまま里で式も挙げるから来てくれ」

 

 

「「「はあああああああああ!!!???」」」

 

 

 カズマ達三人の絶叫が屋敷内に響き渡った。

 





爆焔のアニメが放送されましたね。
一話も見てませんけど。
GW中には見ます、多分。

見て創作意欲が湧いたりすれば、またこの連休中に投稿があるかもですね。


原作のあまり美味しくないステーキを食べて嫌われてるんだと勘違いして泣くゆんゆんルートは回避出来ました。
まあ、これはこれで可愛いんですけどね。


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154話


154話です。さあ、いってみよう。



 

 

 

 カズマ達に結婚式のことを言ってから、ゆんゆんがめぐみんにドヤ散らかしたりして、またもやわちゃわちゃし始めた。

 そんなこともあって、詳細は日を改めてということになり、俺とゆんゆんは家に帰ることになった。

 その翌日、

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者各員は至急冒険者ギルドに集まってください!』

 

 まったりとした時間を過ごしていただけに、街中に響き渡る馬鹿でかいアナウンスに邪魔されたのはあまり良い気分じゃなかった。

 ちゃんとした緊急クエストは久しぶりな気がする。

 前回は税金を集めるための嘘のアナウンスだったしな。

 

「なんだろうね」

 

「あまり大事じゃないといいんですが」

 

「とりあえずは準備しましょう」

 

 そう言って席を立つ三人とは違って、俺はなんだかやる気が出ないでいると、アナウンスが続いた。

 

『繰り返します。街の中の冒険者各員は至急冒険者ギルドへ集合してください! ………………冒険者の皆さん!』

 

 アナウンスはそこで大きく息を吸って、

 

 

『宝島ですッッッ!!!!』

 

 

 と力強く言った。

 

「「「!」」」

 

「宝島? なんだよそりゃ……んあ?」

 

 俺が話してる途中で後ろ襟を掴まれた感触がして中断させられた。

 そして、次の瞬間。

 

「どわあああああああッッッ!!!? ちょ、な、なにしやがる!? は、はな、放せこの野郎!!」

 

 掴んだまま爆走するせいで俺は首が締まるし、引きづられて痛い。

 こんなことをするようなやつはウチに一人しかいないが、一応前を見てるとゆんゆんとトリスターノが追従していたので、やっぱり前で俺を引きづり回してるのはヒナだった。

 ヒナは外へ出ても俺を放さず、それどころか加速し始めた。

 

「おいっ! 急ぎなのはわかったから、もう放せって! 自分で走るよ! ていうか俺何も持って来れてないんだけど! 誰かさんのせいで!」

 

「今は一分一秒が惜しいから、手短に言うけど、装備は多分いらないし、放さない」

 

「なんでだよ! 普通に走った方が早いだろうが!」

 

 ていうか何よりも首が絞まってんだよ。

 それをピッタリ付いてくるトリスターノに視線で伝えると。

 

「お任せください、リーダー」

 

 察したトリスターノは得意気な顔で頷き、引きづられていた俺の足を持ち始めた。

 

「お前、どこに気ぃ回してんだ! どう考えてもそこじゃないだろ! 逆に首への負担が増えてんだよ!」

 

「宝島も見えた。ギルドまでもう少しだよ!」

 

「報告どうも! 俺は全く見えないけどね、お前らのせいで!」

 

 何の事前情報も無いし、視覚的な情報も無い。

 緊急クエストでも流石に準備する時間はいつもあったってのに。

 ていうかマジで首が限界だ。

 こうなったら、最後の希望に託すしかない。

 ゆんゆん、頼む。

 この状況をどうにかしてくれ。

 そんな思いを表情と視線でゆんゆんに伝えようとすると。

 

「うん」

 

 ゆんゆんにはすぐに伝わった。

 短い返事だというのになんと心強いことか。

 流石はこれから人生を共に────。

 

 

「……………………あのーすみません」

 

「どうしたの?」

 

「さっきよりは改善されたんですけど、すごい危険な体勢なんですけど」

 

 ゆんゆんはすぐに行動に移してくれた。

 俺の腰を支えるという行動に。

 なので、ヒナ、ゆんゆん、トリスターノの順で俺を神輿のように担いで移動していることになる。

 ただ身長の問題があって、俺の頭の方がかなり低くて、足の方が高い。

 首の問題は解決されたが、危険なのは変わらなかった。

 

「ちゃんと足は持ってますから安心してください」

 

「そういう問題じゃねえんだよ」

 

「ギルドに着いたよ!」

 

 どうやらこんなアホなことをしてる間にギルドに着いたらしい。

 ようやく下ろしてもらえそうだ。

 

「僕達の分もお願いします」

 

「はい、どうぞ……え?」

 

 ギルドの受付嬢がギルドの前で何かを貸し出しているらしい。

 ヒナはそれを受け取り、俺の腹へドスリと置いた。

 

「ヒカルは何もしてないんだから、これ持って」

 

「何もしてないって表現はどうなんだ。あといい加減下ろせ」

 

「行くよ!」

 

「うん!」

「はい!」

 

 また意味の分からん状態で移動が始まってしまった。

 通り過ぎる瞬間、受付嬢と目が合った。

 随分と不思議なものを見る目でこちらを見ていた。

 訳が分からないだろうが、俺にも分からん。

 だから、その目を向けるのは先頭を爆走してるちびっ子にしてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いた!」

 

 そう言って、俺の襟を手放すヒナ。

 すると、俺の頭は地面に叩きつけられることになった。

 俺が痛みに唸っている間に俺が持っていた……いや持たされていた荷物を広げて各自に分配していた。

 

「よーしお前ら、一列に並べ。順番に引っ叩いた後に締め落としてやる」

 

「ほら、ヒカルも早く持って」

 

「ほら、じゃねえんだよこの野郎。こちとら無意味にキツイ状態で移動させられて、周りに変な目で見られてんだよ。てか何だよこれ、挙げ句の果てには労働させようってのか」

 

 ヒナから手渡されたのはツルハシとヘルメットとリュックであった。

 なんて日だ、と憤慨する間もなく。

 

「ヒカルは頭は悪いけど、力はある。それは何でだと思う?」

 

「失礼でどうしようもないやつをぶっ飛ばすためだよ」

 

「違うよ、あそこで鉱石をガンガン掘り当てるためだよ」

 

「そんなことのためにあるわけねえだろ。だいたいこんな街を出てすぐのところで……って何だよあれ!?」

 

 ヒナが指差す方には普段無いものがあった。

 山だ、山がまるで突然生えてきたかのような…………いや、待てあれは。

 

「ヒカル、先に言っておくけど余程のことが無い限り危険は無いわ」

 

「本当かよ、あれって……」

 

「はい、()()()()()です。宝島とは玄武の俗称であり、巨大な亀のモンスターです。温厚で有名ですが、身動きし始めたら撤退しなければ危険でしょうね」

 

 俺達が宝島を見上げてる間に、続々と冒険者達が俺達の横を通り過ぎて宝島へ登り始めていた。

 全員がめちゃくちゃ必死な様子を見るに、なんとなく察しはつく。

 

「宝ってことはあのモンスターの上にはさぞ珍しいもんがあるんだろうな」

 

「ご明察の通り、玄武の甲羅には希少な鉱石が山のようにありますよ。玄武は本来地中の────」

 

「そんなの後でいいでしょ! ほら、行くよ!」

 

 トリスターノがペラペラと楽しげに語り始めたところを割って入ってきたヒナは俺の背中を押し始めた。

 

「それもそうだな。掘りながら聞かせてくれ」

 

「了解しました」

 

 巨大な岩山のような背中にはロープが張られていて、そこをロッククライミングのようによじ登っていくようだ。

 ロープは割と広範囲に張られているが、来ている冒険者の数が増えてきたせいか渋滞し始めていた。

 あそこを行くのは少し面倒そうだ。

 

「ヒナ、先行け! 支援魔法頼む!」

 

「……? あ、うん、わかった!」

 

 俺はヒナ達より先に前に出てから、宝島へ背を向けて姿勢を落として手を組んだ。

 俺の意図を理解したヒナは俺達に支援魔法をかけてから、真っ直ぐと俺に向かって走り、跳んだ。

 跳んできたヒナの足が俺の組んだ両手に踏み込み、ヒナが蹴り出す瞬間に俺はぶん投げた。

 投げられたヒナは人がほとんどいない高さまで飛んでいき、ロープを掴んで岩壁に着地した。

 ヒナがそこからすぐに登り始めたのを確認してから、二人の方へ向き直って尋ねた。

 

「二人はどうする?」

 

 ゆんゆんとトリスターノが顔を見合わせると、先にゆんゆんが口を開いた。

 

「私、先に行っていい?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 俺が提案して実際に実行しておいて言うのもなんだけど、結構めちゃくちゃなことをしてるはずなのに二人は乗り気らしい。

 飛距離的には何十メートルも飛んでるはずなんだけどな。

 まあ、ヒナに続いてこの二人もぶん投げても大丈夫だろう。

 

「じゃあ行ってくるね」

 

「気をつけろよ」

 

「うん」

 

 ゆんゆんもそんな感じでぶん投げた後。

 

「トリスターノ」

 

「なんです?」

 

「死ぬなよ」

 

「縁起でも無いこと言わないでくださいよ……」

 

 嘆息しつつも、トリスターノも同じ流れで飛んでいった。

 トリスターノは一番力強くぶん投げてやった。

 着地した先で振り返り、俺を半眼で見ている気がしたが多分気のせいだろう。

 さて、残った俺は地道に登るしかないし、さっさと登って宝島について続きを聞くことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ということなんですよ。って聞いてました?」

 

「あ? ああ、聞いてた聞いてた」

 

 玄武が十年に一度出てくる超激レアモンスターだとかなんとか。

 うるさいのが周りにいたせいで、たまに聞こえなかったから作業を優先していた。

 思いの外集中してしまったらしい。

 

「絶対聞いてませんでしたよね? あ、動かないでください。それは私が──」

 

 ツルハシを打ち付けていたら横からタコのようなぐにゃぐにゃしたモンスターが右手に纏わりついてきた。

 

「何だこいつ、邪魔だな」

 

 モンスターごと右手を岩壁に叩き付けると、タコのようなモンスターは潰れて動かなくなった。

 

「で、なんだって?」

 

「……いえ、先程のは鉱石モドキっていう周りに擬態するモンスターですよってね?」

 

 街の人総出でやらない理由はこれか。

 周りを見渡しても冒険者か実力がある人しかいないから、おかしいとは思っていた。

 

「まあ、大したことないモンスターみたいだし、気にせずやるか」

 

「ええ、そうしましょう」

 

「やるとなったら徹底的にやるぞ。掘削作業は俺が中心でやるからトリスターノはサポート頼む。たまにヒナ達の方も様子見て、ある程度鉱石が貯まったらテレポートで家に送ってくれ」

 

「了解です。頑張りましょう」

 

「ああ」

 

 ヒナがさっき言ってた通り、力仕事は俺の役割だろう。

 ヒナも自身が同じ役割だと思っているらしく、少し離れたところで掘削作業を始めている。

 気合いを入れてツルハシを振りかぶったところ、

 

「あああああああああ────ッ!! ヌルヌルする! 取って取って!!」

 

 叫び声を上げて珍客が現れた。

 先程うるさかった原因の一人であるアクアであった。

 複数の鉱石モドキにまとわりつかれているようで、もがきながらここまでやって来たみたいだ。

 

「あれ、どうします?」

 

「はぁ、俺が引き剥がすからトリスターノは作業に集中しててくれ」

 

 思わずため息が出るほどに気が進まなかったが、ゆんゆんの方とかに行かれても困るので俺が対応することにした。

 

「い、痛い痛い痛い痛い!! ちょっと! もう少し丁重に扱いなさいよ!」

 

 アクアの頭を掴んで、胸に引っ付いている鉱石モドキを引き剥がそうとしていると、そんな文句が飛んできた。

 

「文句言う余力があるなら、支援魔法寄越せ。お互いさっさと採掘に戻りたいだろ」

 

「そ、それもそうね! 任せたわよ!」

 

 金に目が眩んだアクアがそう言って支援魔法を俺にかけてきた。

 支援魔法が重ねがけされて強化された俺は鉱石モドキを握りつぶし、引きちぎり、叩き潰し、踏み潰した。

 

「あんた、思った以上にバーサーカーだったのね……」

 

「礼も言えねえのか。まあ、いいや。じゃあな」

 

 飲みの席ならともかく、こういう危険が伴う場所でアクアといるとロクなことにならないので、さっさと離れようとしたのだが、アクアは俺を呼び止めてきた。

 

「ねえ、あの子大丈夫なの?」

 

 そう言って指差すのはヒナだった。

 

「何が?」

 

「天使なんでしょ? それに『神聖』も()()()以上にあるみたいだし。ちゃんとコントロールとか出来てるの?」

 

 先程まで鉱石モドキにまとわりつかれて騒いでいたやつと同一人物とは思えない鋭さだ。

 

「エリス様も見てくれてるし、大丈夫だよ」

 

「エリス? 本当に大丈夫なの? しょうがないわね、水の女神たる私の力も貸して……」

 

「余計なことしないで、あっち行ってくれ」

 

「神の親切を余計なもの呼ばわりするんじゃないわよ、この無礼者! せっかく助けて……」

 

「採掘の時間なくなるぞ」

 

「そうだったわ! じゃあまたね!」

 

 目の色を変えた女神が走り去っていくので、適当に手を振って俺も作業に戻る。

 先程助けてやった礼はいつかちゃんと返してもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーダー」

 

「なんだよ!? こちとら鉱石モドキがやたら出てくるせいで大変なんだよ!」

 

 少し前まではガンガン掘り進めていたのだが、なぜだか出てくる量が多くなった。

 先程の複数体に絡まれたアクアみたいなことになってもおかしくない状況だ。

 掘り進めている内にこいつらの巣でも壊してしまったのだろうか。

 

「ああ、それは多分ヒナさんが関係してます」

 

「はあ!? 何でだよ?」

 

「先程からヒナさんが鉱石モドキを殴り飛ばしたり、投げ飛ばしてるのがちょうどよくリーダーの近くに落ちてるのが見えてるので」

 

 ヒナが遭遇してる分も相手にしてたら、そりゃあ多いわけだ。

 あいつ、覚えてろよ……。

 

「そんなことより、リーダー」

 

「そんなこと、ではねえだろ」

 

「お客様です」

 

「客?」

 

 そう言って振り返ると、やつはいた。

 

「やあやあ、久しぶり」

 

「うわ……」

 

「ちょっと! 失礼なんじゃないかな! 会って一瞬で嫌そうな顔全開にするの!」

 

 嫌な顔にもなるわ。

 少し前にヒナにバブバブしてたのが記憶に新しいんだから。

 

「で、何しに来たんだよクリス?」

 

「いやぁ、ちょっとやることがあって出遅れてさ……ちょっと仲間に入れてくれない? 足は引っ張らないようにするからさ」

 

 ヒナにバブバブするヤバい女神様とはいえ、やることが山積みなのは本当なのだろう。

 それにクリスのことだから、宝島で得た物も教会や孤児院に寄付するに違いない。

 今日に関してはバブついてた女神ではなく、綺麗な盗賊クリスだ。

 

「ああ、いいぞ。向こうにヒナ達がいるから、そっちで作業してくれ」

 

「了解!」

 

 嬉しそうな顔でそう言うとクリスはヒナ達がいる方へと駆けて行った。

 

「ゆんゆん、お久しぶり! そしてヒナギク、会いたかったよおおおおおおお────うッッ!!」

 

「ッ、クリスさんお久しぶりです危なあああああああああああいッッ!!!」

 

 そんなヒナの力のこもった叫びの後、

 

「本当に危なあああああああああああいッッ!?」

 

 クリスの悲鳴と共にバガン! と岩が砕ける音が聞こえた。

 

「あ、危なすぎるよ、ヒナギク!? 今の当たったら死んじゃうからね!?」

 

「すみません、急に飛びかかって来られたのでモンスターかと思いました」

 

「ちゃんと声掛けたじゃん!?」

 

「なんか、つい……」

 

「つい、でホームランを打ちに行くフォームでツルハシを振るわないよね!?」

 

「クリスさん、あんなリンボーダンスみたいな避け方出来るんですね……」

 

 そんなやり取りが聞こえてきた俺はトリスターノと顔を合わせた。

 

「どうやら今日は騒がしくなりそうですね」

 

「まったく……トリスターノ、たまに様子見に行く時にちゃんとやってなかったら注意しといてくれ」

 

「ふふ、かしこまりました」

 

 そんな感じで宝島での掘削は夕方近くまで行われた。

 リュックにパンパンになるまで集めた鉱石を何度かテレポートで送り、ゆんゆんとトリスターノの魔力も無くなってきたので、俺達は帰宅することにした。

 その後の夕飯はまるでパーティーのようで、いつも以上に騒がしく、いつも以上に豪勢だったのは言うまでもない。

 





いち、に、ポカン!ゆんゆんは傍観を忘れて、悪ノリをおぼえた!

ヒカルを担いだのはそんな感じ。
あと、アクアの『神聖』は天界から現世に降ろされた時にかなりの制限がかかっている状態なので、ヒナよりも『神聖』は少ない。本来なら……という設定の説明。



爆焔結局二話までしか見てねえや(どうでもいい近況)

最近はSNSから離れてしまったので気付くのが遅れたのですが、どうやら『よりみち』の三巻が出るらしいですね。
あと三期は来年だとか。
やっと供給が……ウレシイウレシイ……。


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