ドラゴンクエスト9 AngelsTale (彩波風衣)
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00「天使」

伝承を含んだ、プロローグです。
まずは主人公フィリスの天使時代を、おとどけします。


 

 

 

 

 空と海と大地、そして様々な生物が住まう世界。

 

 

 

 遙か昔この世界は神によって作られた。

 神の名前は天空王グランゼニス。

 

 

 ある時神は、地上に住まう人間たちにたいし絶望を覚え、彼らを不良品と呼びつけて、抹消しようとしていた。

 

 

 そのため、グランゼニスは自分が作った世界へ向けて、力を放った。

 しかし、一条の光が飛び込んできて、それを阻止した。

 

 

 その阻止した存在というのは、グランゼニスの娘である、女神セレシア。

 人間を愛する彼女は、その身を挺して人間達を守ろうとした。

 

 

 しかし、娘の言葉を持ってしてもグランゼニスは人を快く思っていなかった。

 長きにわたる口論の末、セレシアは己の身を巨大な樹木へと変えていく。

 それは、自分自身に対する封印。

 

「人々の清き心が、私を樹木の封印から解き放ち、目を覚ませる」

 

 彼女は自分が復活する方法を人々にゆだねることで、守ろうとしていた。

 それをしったグランゼニスは、とうてい不可能と思いながらも、彼女を目覚めさせる方法である、清い心を集める役目を担う存在を、新たに作り出した。

 

「天使」

 

を。

 

 

 

 その出来事から、もう何百……何千という年が経過した。

 この世界には人もおり、魔物もあり、また天使も存在する世界になっていた。

 この世界でもひときわ目立って平和な場所である、ウォルロ村を見守る、翼を持つ二人組も、その天使なのである。

 

「今日もウォルロ村は平和そのものなのですね……師匠」

「ああ、このままそうあるべきだ。 そして、この村の平和を守り人々の幸せのために働くのが、我々、天使の使命でもある……」

 

 男性の言葉にたいし水色の髪の少女ははい、と力強くうなずいた。

 

「……あたし、じゃなくてっ! 私もこの村の平和を守るつとめを引き継げるように頑張ります!」

「随分、言葉に気を使おうと意識するようになっているな……フィリスよ」

 

 この水色の髪の少女は、天使フィリス。 この上級天使イザヤールの弟子として修行を積んだ、天使の一人。 性別は女性ではあるものの、言動はどこか男の子っぽさがあり、少々強気で荒っぽい性格をしている。 しかし戦いの素質は高く、また人の役に立ちたいと願い、困っている人を放っておくことができないという優しい心の持ち主だ。

 

「先程も村に来ようとしていた村人を、魔物の手から守ったことだし……お前も随分と強くなった。 その証として、人間の感謝の心が宿っている星のオーラがこうして、我々の手の中にある」

 

 そう言ってイザヤールは、手の中で輝いている星のオーラをフィリスに見せる。 先程別の場所からこの村に帰ってきた、老人と少女を魔物から守り抜いたことで、無事に帰れた少女からもらった感謝の証だ。 それをみて、フィリスも誇らしげに笑う。

 

「そうですね、私も魔物との戦いは得意分野ですから!」

「そうだな、お前は天界でも大人を打ち負かすほどの戦士だ。 それはほめたたえるべきだろう」

「ふふっ」

「では、帰るとしよう」

「はい!」

 

 そう言葉を交わして、イザヤールとフィリスは真上をまっすぐ見つめながら翼を大きくはためかせ、高く飛び上がっていった。

 彼らがたどり着いたのは遙か高い空、雲の上にあるのは巨大な城のような浮き島のようなもの。

 それこそが天使たちの住まう世界、天使界だ。

 その証拠に、そこには背には白い翼、頭の上には光輪を持つ天使が多くいた。

 

「よし、とーっちゃく!」

 

 その天使界にたったいま、フィリスとイザヤールは帰還した。

 

「さて、フィリス……戻ってきたらまずはどこへいくのかを、忘れてはいないな」

「えーと……星のオーラを捧げにいくんですよね! いってきまーす!」

 

 そう言って星のオーラを片手に走り出そうとしたフィリスだったが、イザヤールはすぐに彼女の腕をつかんで阻止する。

 

「待て」

「あれ、違いました?」

 

 突然腕を捕まれて制止されたので、自分がしようとしていたのは間違っていたのかと首を傾げる。

 

「間違ってはいないが……その前にやることがあっただろう。

我らが長老であるオムイ様に、報告をするのがならわしだと……教えたはずだが?」

「……あ、そ、そうだった!」

 

 これは命令違反ではなく、単に彼女のそそっかしさやうっかりがでただけだ。 自分は教えたつもりなのだがな、とイザヤールは呆れてため息をつく。 彼が寛容なのは、彼女がこういう性格だというのをわかっていたからだ。

 

「まったく、そそっかしいな……」

「あはは……すいません」

「思い出したのであれば、それでよい……行くぞ」

「はいっ!」

 

 それに、改めて教えれば彼女は素直にいうことを聞くし、ちゃんと覚えてくれる。 だからイザヤールは呆れはするものの、彼女に根気よく指導を行っている。 今も修正されたことをキッチリと受け止めてならわしに従おうとするフィリスとともに、オムイの元へゆくのだ。

 

「オムイ様、このイザヤールとフィリス、ただいま戻りました」

 

 そうして、天使界にある大きな広間にたどり着き、目の前にいる天使の老人の前で、イザヤールとフィリスはひざを突いて頭をさげる。

 

「おお、待っておったぞ。 イザヤールにフィリスよ」

「はっ………本日はフィリスに、私がかつて守護していた村の後任を任せるために、守護天使の役目の最終確認を行っていました。

今後は、貴方もおっしゃっていたように…ウォルロ村の守護天使はフィリスに任せるとよいでしょう」

「うむ、そうじゃな………フィリスは天性の素質があるとまことしやかにいわれておった。

今後が期待されるゆえ、正しい判断といえるじゃろう。

して、フィリスよ」

「はい」

 

 オムイはフィリスに顔を向けると、彼女にこれからのことを告げる。

 

「早速、今日手にした星のオーラを、世界樹に捧げにいくとしようぞ」

「はい!」

 

 そう言葉を交わし、オムイとイザヤールとフィリスは、この天使界でもっとも高いところにある世界樹の元へ向かうのだった。

 

 

 

「ふぅー、つっかれたぁ!」

 

 ぼふん、と言う音を立てながらフィリスは、自分のベッドに思い切り体重をかけて寝ころぶ。

 さっきまでフィリスは、世界樹へ向かい星のオーラを世界樹に捧げていたところだったのだ。 その星のオーラが宿り、世界樹はほのかに光っていた。

 これで役目も終わり、イザヤールは明日にまた使命を果たすためにもこの後はゆっくり休めと言われたので、フィリスはその言葉に甘えて今、自分の部屋に戻り休息をとっていたのだ。

 

「にしても、あたしが初めて見たときより、世界樹は光っていたなぁ。 あれって、かなり星のオーラが集まってきたって言う…証拠だったりしてな……」

 

 人々の感謝の心が形となったものである星のオーラを集めるために、天使たちは人々を助けている。

 そして、その星のオーラを世界樹に捧げることで世界樹は力を取り戻していき、そこに女神の果実が実ったとき、天使たちは神の元へ向かうことができる。 その時に天使は、永遠の救いを得るのだという。

 これが、フィリスが幼い頃から教えられていた、天使達の役目であり、伝承であるのだ。

 

「永遠の救い、かぁ……。 それっていったい、どんなものなんだ……?」

 

 そこがフィリスには、自然と引っかかっているのだ。 おそらく天界の誰も知らないことだろう。 もしかしたら使命を果たしたときに、全部わかるのではないだろうか。

 

「フィリス、いる?」

「はーい」

 

 そんな物思いに耽っていると、扉をノックする音が聞こえてきたので、フィリスは扉を開ける。 そこには一人の天使の女性がたっており、彼女を知っているフィリスは笑顔になる。

 

「あ、ラフェットさん! どーしたんですか?」

「ちょうどあなたが戻ってくるんじゃないかと思って…はいこれ。

あなたの大好きな、ホットココアよ」

「わぁ、ありがとうございますっ」

 

 この天使の女性の名前はラフェット。 天使界での記録を整理し管理を行っている、司書の役割を持っている女性だ。 実はイザヤールとは旧知の仲であり、それ故にフィリスとの交流も深い。 フィリスにとっては姉のようなものであり、もう一人の師匠のようなものだ。

 

「活躍は聞いたわよ。 流石は、あのイザヤールが弟子にしたいと言って、面倒をみるようになっただけのことはあるわね」

「えっへへ」

 

 彼女の師をつとめているイザヤールは、天界でも屈指の実力者であり、厳格な性格で知られている。 フィリスは詳しくは知らないものの、どうやら過去に何かがあったらしく、長いこと弟子をとろうとしなかったようだったらしい。 その中でイザヤールはフィリスの素質に心を動かされたことから、フィリスはすごい天使になるのだろうと周囲は期待している。

 

「にしても」

「えっ?」

「いくら天使……そして戦士としての素質が高くても……フィリスはもう年頃の女の子よね。 そろそろ、恋とかおしゃれとかの女の子の話題も楽しんでいいんじゃないかしら?」

「んがっ!」

 

 ラフェットの言葉にたいし、フィリスは盛大にずっこけ、あわてて顔を上げて、赤面しながら否定する。

 

「そ、それは…あたしにはまだ早いし、縁もない話ですから、今はいいんですっ!」

「あら、そうなのかしら?」

「そうなのです! 今は、修行を続けるのみですから! さ、さて元気も戻ったし、ちょっとだけ剣の修行にいっくぞーっと!」

 

 そう言ってフィリスは銅の剣を手にすると、その部屋を飛び出そうとしていた。 そのとき、丁度イザヤールが近くを通りがかっていた。 突然出てきた弟子に対し驚いている師匠にたいし、フィリスは口早に告げる。

 

「あ、すみません師匠!

 私、自分で剣を鍛えたいので失礼しまーす!」

「あ、ああ……そうか」

「では!」

 

 それだけを告げると、天使の鍛錬場に向かっていくフィリス。 なにがあったんだ、とイザヤールが首を傾げていると、クスクスと笑いながらラフェットが姿を現した。

 

「お前の仕業か……ラフェット。 フィリスになにをしたんだ?」

「ちょっとお話をしていただけよ」

 

 そう笑いながら言うと、ラフェットはフィリスの姿を思い出しつつ彼女の話をする。

 

「ホントに、元気いっぱいな子だわ。 男の子みたいで、女の子っぽいところは、まるでなさそうだって思うくらいに」

「どうも、彼女自身がその方に興味は薄かったようだ。 だから私も、フィリスにあわせている」

「そういうことだったの」

 

 ラフェットは内心、フィリスが今一つ女の子としての自覚に欠けているのはイザヤールに一因あるからではないのかと疑っていた。 だがその原因はイザヤールではなくフィリス自身の、生来の性格にあるようだ。

 

「にしても、貴方があの子の独り立ちをもう許すなんてね……」

「私は反対したんだ、だがオムイ様がフィリスはもう一人前だと言って……それでやむを得ず」

「もう、本当のことでしょう? 貴方は過保護がすぎるのよ」

「そういう問題ではない! 師として、弟子をじっくり育成し……見守るのは当然のことだ! お前も忘れたわけではないだろう……エルギオスの悲劇を!」

「イザヤール」

 

 その名前を口に出したとたん、ラフェットは彼を咎めるようにして彼の名前を鋭く呼ぶ。 それによりイザヤールは我に返る。

 

「その名前は天界のタブーにしようって話、忘れた訳じゃないでしょう?」

「…………」

「まぁ、貴方が気にするのも無理はないことかもしれないけど……フィリスに気付かれないようにしなくてはダメよ」

「ああ……そうだな……」

 

 

 そして、翌日。

 この日フィリスは初めて、師匠であるイザヤールの元を離れて、一人でウォルロ村の守護天使としての努めを果たしていたのだ。

 

「よし、今日も頑張ったぞー!」

 

 そう言いながら天使界に戻ってきたフィリスはんーっと、達成感に満ちたのびをする。

 

「ちょっと途中でむかつくヤツはいたけど……手を出すのはタブーだから我慢してやったんだぞ、感謝しろよなーあの信仰心ゼロのニートくせぇ野郎」

 

 そう呟きつつ、フィリスは天使界を歩いていく。 その手に星のオーラをいっぱいに溜めながら。 これをみたらみんなはどんな顔をするのかなと少し胸を弾ませつつ、長老の間に足を踏み入れる。

 

「では、我々もそちらへ足を運んでみることにしようぞ」

「ハッ」

「あれ?」

 

 だがそこには、先客としてイザヤールの姿があった。 なにやら真剣な話をしているのはわかっていたものの、フィリスは声をかける。

 

「オムイ様、イザヤール様!」

「ん? おお、フィリスではないか」

「たった今、戻ったところか?」

「はい、今まで守護天使の仕事をしていたところです! それで星のオーラをもらってきました!」

 

 そう言ってフィリスは星のオーラを二人に見せる。 それを見たイザヤールは、自分の心配は杞憂だったと知ったらしい、フィリスによくやったなと声をかける。 オムイも、彼女の成果を見て笑顔を浮かべる。

 

「よくがんばったのう!」

「今すぐにそれを持って、我々とともに、世界樹へくるとよい!」

「は、はい!」

 

 なにか急いでいる様子の二人に、若干の戸惑いを覚えながらもフィリスは言われたとおりに彼らについて行き、天使界のもっとも高いところに生えている巨大な樹木の元へ向かう。 その樹木は、光り輝いていた。

 

「みよ、ウォルロ村の守護天使フィリスよ……この輝く世界樹を……」

「おぉ……なんだか昨日までとは違いますね。 これはひょっとして……?」

「勘がいいのう。 そう、後少しでこの世界樹は星のオーラの恵みに満ち、女神の果実が実るだろうぞ」

 

 オムイは、自分達天使の中で伝えられている、あの伝承を語り出す。

 

「……女神の果実が実るとき、神の国への道は開かれ、われら天使は永遠の救いを得る……」

「そしてその道を開き、われらをいざなうは天の箱船……」

 

 それにイザヤールが続き、それがもうすぐだと言うのを知らせる。

 

「フィリス、今日そなたが集めた星のオーラを、今すぐに捧げにいくとよいだろう! 儂らの予測が正しければ、いよいよ世界樹が実を結ぶじゃろう!」

「えぇっ!? なんてナイス・タイミングなことに!?

 そんでその大役をあたしがっ!?」

 

 その大役を任されたことに対しフィリスは仰天し、ちらりと側で見守っているイザヤールの方を向く。 この大役を自分が引き受けていいのか、と。 戸惑うフィリスに対しイザヤールは口元に笑みを浮かべながら頷き、それをみたフィリスは顔をぱっと明るくさせ、世界樹の前にたつと星のオーラを高く掲げた。

 

「よし……じゃあ……。

 ………人々の感謝を形となした星のオーラよ! 今こそ世界樹に宿りて……女神の果実を実らせたまえ!」

「どこで覚えたその言葉」

 

 イザヤールのつっこみを背後から聞きつつ、フィリスは星のオーラを捧げる。 すると星のオーラは世界樹の方へ向かい、宿り、世界樹はよりいっそう強い輝きを放つ。 そして樹にはやがて、7つの輝きを宿した。

 

「もしかして、これが?」

「ああ……間違いない。 今ここに宿ったのが女神の果実……そして今こちらに向かっているのが……天の箱船だ」

 

 そう言ってこちらに向かって、金色の光を放つ乗り物がやってきた。

 

「わぁ……」

 

 ついにこのときがきたんだ、と誰もが思ったそのときだった。

 突如、真下から紫電の柱が出現し、それが天の箱船を貫き車両をバラバラにしてしまった。

 

「なに!?」

「いったいこれって……ひゃあ!?」

「フィリス……うわぁ!」

 

 再び、紫電の柱が地上から生えてきて、それが天使界を大きく揺るがし、紫電がその地を遅う。

 

「え、えぇ!?」

 

 嵐のように風は吹き、冷たい空気が頬をかすめる。

 世界樹も大きく揺れて、木の葉と実ったばかりの黄金の果実が音を立てて激しく揺らぐ。

 

「うわぁぁぁっ!」

「きゃぁぁぁっ!」

 

 天使達がパニックを起こしているのが、叫び声から伝わってくる。

 オムイもイザヤールも、この衝撃に耐えるのが精一杯のようであり、その顔には困惑の色を浮かべている。

 

「な、なにが……起きているんじゃ!? 儂らは……騙されておったのか……!?」

「……くっ……! ……!!」

 

 そこでイザヤールは、必死になって崖にしがみつき、落ちないように吹っ飛ばされないように耐えているフィリスに気付く。 あのままでは彼女の身が危ないと気付いたイザヤールは彼女の名を呼び手を伸ばす。

 

「フィリス!」

「師匠……!」

 

 それに応えようとして、フィリスの方もイザヤールの方に手を伸ばす。 だがそのとき、天使界が再び大きく揺れ、その衝撃によりフィリスは手が離れてしまった。 爆風と閃光がその場に起こり、それによりフィリスは吹っ飛ばされ、宙にその身をなげうつことになってしまう。

 

「フィリスーーーーッ!!」

 

 イザヤールの自分の名前を呼ぶ声にたいして、フィリスはなにも答えることができなくなっていった。

 彼女の視界に最後にうつったものは、天から落ちていく7つの光と、自分の名を叫ぶ師匠の、必死な顔だった。

 

 




まずは序章をおとどけしましたが、いかがでしたでしょうか?
これからも少しずつのんびりと更新していきたいので、どうぞよろしくおねがいします。


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01「地に降りた天使」

フィリス、ウォルロ村に人としてあらわれる。 の巻。
ところどころ、原作とは少し違うところがでてきますし、今後もそういうのがいっぱいあります。


 

 あの災害から、早くも10日が経っていた。

 あの事件に巻き込まれたフィリスは、今自分が守護しているウォルロ村にきていた。

 

「はぁ……」

 

 と、いうよりも、彼女は天界から落ちてこのウォルロ村に流れる滝に墜落したのだ。 墜落をした影響で大怪我を負ったものの、奇跡的に命は助かり、それから10日間ここに滞在していた。 最初は指一本まともに動かせなかったが、とある少女の助けによって、歩き回るくらいには回復したのである。

 そんな彼女は今、この村にある自分の名前が刻まれた天使の石像を見つめて、ため息をついていた。

 

「翼も光輪もなくなって……あたし、どうしたらいいのかなぁ………」

 

 そう、今のフィリスは天使ではなく、どこにでもいる普通の少女になっていたのだ。 だから人にも自分の姿がはっきりと見えている。 その原因はフィリスでも大体の察しがついている。 あの事故で吹っ飛ばされてしまい、墜落した影響によるものだろう。

 これからどうすればいいのかがわからず、フィリスはただただ途方にくれていた。

 

「んん? 誰かと思えば……この前の大地震でドサクサに紛れてこの村に転がり込んできた、フィリスじゃねぇかよ」

「ん?」

 

 そんなとき、背後から声がしたのでフィリスは目つきの悪いまま振り返る。 するとそこには金髪の青年が2人立っており、その顔をフィリスは知っている。 だから、嫌そうな顔つきにもなった。

 

「お前こんなところでなにをぼーっとしてやがんだ!?」

「………そんなの、あたしの勝手でしょ。 ほっといてくんない?」

 

 素っ気ない態度でそう言われたので、青年もといニードはさらに不機嫌になる。

 

「な、オレはこの村の村長の息子だぞ!?」

「知ったこっちゃないよ」

 

 また、冷たくそう言われたのでニードは嫌みたらしく笑いながら言う。

 

「はぁ~……リッカってばなんでこんな、得体の知れないヤツの面倒なんかみてんだよ。 変な格好だし…どこから来たのかもわかんない。 あからさまに怪しいぜ……」

「きっとあれっすよ、ニードさん。 こいつの名前が守護天使と同じだからそれで気に入ってるんじゃないですか?」

 

 取り巻きの青年の言葉に対し、ニードはうさんくせぇなと返す。

 

「おおかた、売れない旅芸人が天使の名前をかたって、ただメシにありつこうって魂胆なんじゃねぇの?」

 

 その言葉を聞いたフィリスはピクリ、と反応して口を開く。

 

「なに、あんた……そこまで言って、あたしと勝負したいの?」

「勝負だぁ?」

 

 フィリスは頷くと、その編に落ちていた、そこそこ太めの枝を握りしめると、片手だけでそれをへし折った。

 

「フィリスはホントにあたしの名前だ、かたってなんかいねぇよ。

村長の息子だかニートだか知らないけど……今あたしに関わったら、この枝の二の舞になると思えよ」

「な、なんだよ!? 生意気な奴だな?」

「空気も人の心も知らずに、今のあたしに失礼な態度で話しかけてきた、あんたが悪い」

「なんだとっ!?」

 

 そう話をしていると、一人の少女が姿を現した。 紫色の髪に青く大きな瞳、清潔なエプロンドレスに橙色のバンダナを身につけた、フィリスとは年の近そうな雰囲気の少女だ。

 

「リッカ!」

「あっ…」

 

 フィリスがその少女の名前を口に出すとニードも振り返り、少女の顔を見て狼狽える。

 

「ちょっとニード、うちのフィリスに何の用なの!?」

「いやぁ、なーに……ちょっとこのニード様がこいつにこの村のルールってやつをだなぁ……」

「ふん、どうせこの村でヘンなことをしたら、オレ様が許さないんだからなーとか言ってるんでしょ。

もうみんな聞き飽きたわよ、結果なんもできてないし」

「うっ……」

 

 リッカにそう言われたニードは怯みながらも、フィリスに警告するような感じで言葉を続ける。

 

「と、とにかく! オレがこの村にいる限り好きかってするのはゆるさねぇからな!」

 

 それだけをフィリスに告げると、ニードは子分の青年をつれてその場を立ち去っていく。 その途中、子分の青年はニードに向かって言う。

 

「フィリスに声をかけたのは間違いだったんですねー。 ニードさんってば、最近リッカがあいつに構いきりだったのがおもしろくないからって、先走りしすぎなんですよ」

「う、うっせー! 余計なことを言うな!」

 

 子分の言葉に対し、ニードは顔を赤くしながら反発する。

 

 

 

 一方、その場に残されたリッカは呆れて呟く。

 

「ニードったら、昔は素直だったのに……最近何であんなに生意気になっちゃったのかなぁ?」

「そうだったのか?」

「うん、今はただただ威張ってばかりで……村長さんすら困らせるの。

働く気もなさそうだし、かといって勉強したり戦いの訓練もしないし、村長の跡を継ぐ気配もないの」

「おぉ……そうだったんだ……」

 

 恐らくあのニードとリッカは、年も一緒なのだろう。 なのにここまでの差がでるとは…立場の関係なのか元々の人格の差なのか。

 フィリスがそんなことを考えている間に、リッカは明るい笑顔を彼女に向けた。

 

「にしても、あれから10日が経過して……ようやく村の中を歩き回れるくらいに元気になったんだね」

「あはは、リッカのおかげだよ…ありがとう」

「この辺りであなたをみつけたとき、ホントにビックリしたわ……。 あの大地震に巻き込まれて滝から落ちたんだろうけど……今思い返してみても、あの時のあなたは……生きているのが不思議なレベルの重傷だったもの」

「……うん、あたし自身もこうして立っているのが、今は不思議だよ……」

 

 そう、村の滝に墜落して重傷を負ったフィリスを助け、看護してくれたのが、ここにいるリッカなのである。 彼女はここ10日間、まともに動けずにいたフィリスを自宅で献身的に手当を行ってくれたのだ。

 

「みんな、あなたのことを素性を知らない人だと言ってて……怪しんでいるみたいだけど、わたしはあなたを信じるよ。

悪い人じゃないって、あなたを一目見たときから思っていたの…現にあなたは、この村でなにも悪いこともしていないし…。

なによりも、守護天使フィリス様と同じ名前だものね」

 

 それを聞いて、フィリスはふっと顔を暗くした。 その守護天使は同じ名前どころか、紛れもなく自分のことなのだ。 だが、フィリスはその事実はなんとなく、口に出しづらいと感じたがため、そのことを言えずにいたのである。

 

「………ねぇ、あたしのこの名前……良い名前、と思ってくれてる?」

「もちろん! わたしはその名前が幸運に見えてステキだと思うよ!

それに…もしね、その守護天使様にお会いすることが出来たら………ずっと、恩返しをしたいなって思っていたの」

 

 その気持ちに嘘がないのを感じたフィリスは、穏やかに笑う。

 リッカが本心で話してくれたから、フィリスも自分の気持ちを本心から告げるために。

 

「きっと、その天使もリッカをみてるよ……」

「そうかな?」

「そうだよ」

 

 フィリスの言葉を聞いて、リッカも笑うと、一緒に家へ帰ろうと言ってくれたのでついていく。 彼女の自宅では、彼女の祖父が待っていた。 夕食の準備をすると言い残してキッチンへ向かうリッカを見送った跡で、老人はフィリスに声をかける。

 

「お嬢さん、お体はいかがかね?」

「は、はい……おかげさまでよくなりました……」

「そうか……では、もうじきご飯の時間じゃし、いくとしようかの…」

 

 そう言って立ち上がろうとした老人だったが、体がよたついて倒れそうになる。 それをとっさにフィリスは受け止める。

 

「大丈夫ですか?」

「おお……すまんのう。 わしが元気なら、お前さんにサービスをしてやれるのにのう………」

「いえ、ここを間借りしてもらってるだけで、あたしも大助かりですから……。 むしろあたしが、恩返しをしたいと思っています」

 

 そう会話をしつつ、フィリスは老人を支えながら食卓へ向かい、老人をいすへ座らせた後で自分も席に着く。 その一連の流れをみた老人は、今のフィリスの姿を見て、印象をつげる。

 

「お前さんは、本当は優しい心根の持ち主なのじゃな……細かいところから伝わってくるぞ」

「……そうでしょうか」

「ちょっと男勝りみたいだけどね」

 

 そう話をしつつ、リッカはテーブルに自分の作った昼食を並べていく。 その昼食を頂いている中、フィリスは村の人から聞いた話を思い出していた。

 

「それにしても、この前の大地震の被害は、この村でも大きいんだね」

「うん……村の人から聞いた話だと、この近辺の道が土砂崩れでふさがっちゃったみたいなのよね……。

それで、旅人の訪問も減っちゃって……宿も暇になっちゃったんだ」

「リッカ…」

 

 リッカの宿屋が経営難になっていることを知ったフィリスは、心配そうな顔でリッカをみる。 そんなフィリスの表情をみたリッカは慌てながらも気丈に笑って見せた。

 

「で、でも! いつかはまたここにまたお客さんが来るよ! それに、フィリスの看護に専念できたし、ある意味ラッキーかもって感じだよ!」

「……そっか……リッカってすごいんだな」

「それくらいできないと、宿屋のお仕事は勤まらないもん!」

 

 そう明るく前向きに言うリッカとともに昼食を終え、フィリスは彼女に貸してもらっている寝室に向かうと、ふっと思っていたことを呟く。

 

「リッカ、本当にいい子だなぁ………。 天使として守ってくれていた時もそうだった……とても信仰心が強くて、感謝の心を忘れなかった。 なにより……今もこうしてあたしを助けてくれている……。 そんなリッカの助けを、あたし……やってみたいな………」

 

 今は掃除や後かたづけなどの手伝いくらいしかできないが、今後彼女、そしてこの村に何かがあったときには、助けたい。 フィリスは今そう強く思っていた。

 

「………」

 

 そしてその傍らでフィリスは、別のことも考えていた。 その別のこととはほかでもない、自分のふるさととも言えるべき場所、天使界のことだ。

 

「………オムイ様、ラフェットさん………師匠………天使界は、どうなっているのかな…………」

 

 自分にとって、最も親しい関係にあり、今最も心配をしている者の名前が一番に出てくる。 彼らのことは、今もフィリスの胸の中に、記憶としてとどまっている。

 

「師匠……今も、あたしのこと、探してくれているのかな……」

 

 その中でもフィリスの心には、彼の姿が強く焼き付いている。

 

 

 

 そうして、日が暮れかけ一日が終わろうとしたときのことだった。 リッカの家の扉をドンドンドンとたたく音が聞こえてきた。 リッカが扉を開けると、扉の前にはこのウォルロ村の村長が立っていた。

 

「どうしたんですか、村長さん?」

「リッカ、うちのニードに会わなかったかね!?」

「え、ニード? ニードがどうかしたんですか?」

「実は……ちょっと外の様子を見てくると突然言い出して、村の外に飛び出したっきり、姿を見せないそうなのだ!」

「えぇ!?」

「なんだって!?」

 

 村長がニードがまだ帰っていないという話を聞いて、リッカもフィリスも驚きの声を上げた。 あの大地震以来、魔物は数を増しさらに凶暴になっているものもいるというのだ。 その中に一人で飛び込もうなど、無謀にもほどがある。 だがこの村には、戦う力を持つものなどいない。

 

「ったく、世話がやけるったらありゃしないなぁ!」

 

 多少腹が立ち、好感を持てなくとも、魔物との戦いで傷ついていいわけではない。 命を落とすなど以ての外だ。

 だがこのことは、自分でも力になることがあると気付いたフィリスは、村長の前にでて申し出る。

 

「あの、剣ってありますか?」

「えっ!?」

「あたしは剣術の心得があります! 剣さえあれば魔物と戦えますからあたしが彼を探しに行きます! だからどうか、あたしに剣をください!」

 

 そう言っているフィリスを、リッカはちょっと待ってと言って彼女を止めようとする。

 

「あなた、最近までけがをしてて動けなかったんだよ!? いくら剣術の心得があっても」

「大丈夫だよリッカ、あたしは完全に回復している。 それに、このままだと、そのニードってやつも危ないでしょ? だからあたしは、いくよ」

「でも……」

「あいつは…イヤな奴かもしれない…。 だけど、それだけじゃ魔物の餌になっていい理由になんかならない」

「………」

 

 そう真剣な表情で言ってくるフィリスに対し、リッカはなにもいえなくなった。 一方村長はといえば、護身用に持っていたのだがと言いながら彼女に銅の剣を差し出す。

 

「この銅の剣でよければ、使ってくれ!」

「ありがとうございます、村長さん!」

「あの発言から、ウォルロ村と他の地をつなぐ道……土砂崩れにより塞がった道に向かったと思われる。 ………どうか息子を頼む………」

「お任せください!」

 

 村長から受け取った銅の剣を手に、ウォルロ村をでたフィリスだったが、そこで彼女の目の前に魔物が現れた。 この近辺で多くみられる魔物、スライムやズッキーニャだった。

 

「あぶないっ!」

「であぁぁっ!」

 

 リッカが声をかけようとする前に、フィリスはスライムに切りかかり、一撃で一刀両断して倒した。 続けてズッキーニャが彼女に攻撃しようとしていたが、フィリスはそれに素早く反応し切り返す。 あっという間に数体の魔物を蹴散らした、フィリスの強さにリッカも村長も目を丸くする。

 

「つ、強い……!」

「なんたる剣さばきじゃ…!」

「ニードはあたしが探してきます、みんなは村で待っててください!」

「フィリス…」

 

 そう皆に呼びかけて走っていくフィリスの後ろ姿みながら、リッカは祈る。

 

「どうか………守護天使様……フィリスをお守りください……あなたと同じ名前を持つ…彼女の力になってあげてください」

 

 そうリッカが祈っている間に、フィリスは予め村長から聞いていた、土砂崩れで道がふさがっているであろうポイントに向かった。 その峠の道にさしかかったところで、フィリスは思いもしなかったものを目撃する。

 

「あれは!?」

 

 普通の人が見れば、ただ木が倒れているだけのポッカリあいた空間でしかないのだが、今フィリスの目の前にあるのは、依然目の当たりにした、空をかける不思議な乗り物のようなものだった。

 フィリスは、その乗り物をまじまじと見つめて近付く。

 

「天の箱船、だよね……これ………」

 

 それは間違いなく、天の箱船だった。 あの大地震の際に地上から伸びてきた紫電の柱が命中したことによって、バラバラになって落ちていく瞬間を、フィリスはハッキリと覚えていた。 まさかここでその一部が見つかるなんて…と思いながらフィリスはそれを凝視し、どうなっているかを直にふれて確かめようとしたが、そのときだった。

 

「うぎゃぁぁあっ!!?」

「ニードの声かな!?」

 

 少し離れたところから人の叫び声のようなものが聞こえてきたので、フィリスは天の箱船のことは一旦置いておくことにし、その叫び声の方へと向かう。 叫び声のしたポイントでは、やはりというべきか、折れたナイフを片手に、魔物に取り囲まれてふるえているニードの姿があった。

 

「ひぇ!」

「ハッ!」

 

 今にもズッキーニャがニードに襲いかかろうとしたとき、フィリスが飛び込んできて力一杯に剣を振り回して、ズッキーニャを一刀両断する。 次に飛びかかってきたモーモンや、スライムも同じように倒していき、フィリスはそこにいた魔物をすべて倒した。

 

「……ッ!」

「……はぁ、やれやれ…大丈夫かよ?」

「な、なんだよお前…男顔負けじゃねぇか……ホントは性別を偽ってるんじゃ」

 

 余計なことをいうな、と言いながらフィリスはニードにげんこつを食らわせる。

 

「失礼なことを言うんじゃない、あたしはれっきとした女だっての。 そんなことよりも、こんなところまできて、結果的に魔物におそわれて……あんたのお父さんが怒ってたぞ?」

「………っけ、今のは油断しただけだ」

「油断とおごりは実力不足の証拠だ」

 

 そういいつつ、ニードが持っていた折れた剣を拾って見つめ、あきれるフィリス。 そこで彼女は、大きな土砂崩れに気がつく。

 

「……にしても、これはヒドいなぁ………」

「おーい!」

「ん?」

 

 そのとき、土砂崩れの向こうから声が聞こえてきたので、二人はその声に耳を傾ける。

 

「そこに誰かいるのかー!」

「だ、誰でしょうかーー!」

「おお、人がいるようだな! 我々は、セントシュタイン城の兵士団! 王の命令により使いにまいった!」

「セントシュタイン?」

「しらねぇのか? この先にあるでっかい城と町のことだ」

 

 初めて聞く地名にたいし首を傾げるフィリスに対しニードはそう説明をする。

 

「そちらにいるのは、ウォルロ村のものか!?」

「おう、オレはウォルロ村いちのイケメン、ニード様だ!!」

「どこがイケメンだ」

 

 フィリスは冷たい目でニードを見つめている間にも、話は進む。

 

「我々は、王の命をうけこの土砂崩れを取り払うためにここへきたのだ! 我々は先発隊であり、本隊は後にくる! じきに土砂崩れは撤去されると、村のものに伝えてはくれぬか!」

「あ、はいっ! わかりましたーっ!」

 

 今度はフィリスが返事をすると、兵士達は思い出したようにさらに大きな声で彼女たちに問いかけてくる。

 

「そうだ、もうひとつ! お前達、ルイーダという女性がそちらに向かわなかったか!?」

「あ、なんだーっ? そのルイーダって女がなんだってー!?」

「実は先日、ウォルロ村へいくといって出て行ったきり、行方がしれないのだ! もしかしたら遺跡の道を使ってそちらへ行ったかもしれんのだが……そちらでも捜索を頼む!」

「おう、そのねーちゃんのことも、このニード様が伝えておくぜー!」

 

 そうセントシュタインの兵士達との会話を終え、ニードはフィリスに向かって言う。

 

「よし、土砂崩れがどれほどのものかもわかったし、セントシュタインからの伝言も預かった! これはしっかりと村に伝えなきゃいけねぇ! というわけでお前の剣の腕を認めて、オレ様の護衛に任命してやるぜ!」

「はいはい…」

 

 そう言葉を交わしつつ、フィリスはニードをつれてウォルロ村に帰るのだった。 立ち去る前に、その場に残された天の箱船をチラリと見てから。

 

「なに…あの子……? もしかしてこの、天の箱船が見えていたっていうの……? ………だとしたら、マジありえないんですケド」

 

 そして、そんなフィリスの姿を、何者かがみていたそうな。

 

 

 こうして、セントシュタインの兵士達の伝言と、行方不明になりかけていたニードを連れて、フィリスはウォルロ村に帰ってきた。 どこかへ去ろうとするニードの首根っこをつかみ引きずっていきながら、フィリスはまずは村長の家へと向かう。

 

「まったく、フィリスが助けにきてくれなかったら、お前は今頃魔物の餌だぞっ!!」

「うう、でも俺が行かなきゃ、セントシュタイン国からの伝言もわからなかったままだぜ!」

「国王様が動いてくれて、土砂崩れがなくなるのであれば自ずとわかったことだろう!! その伝言の前にお前が死んだらどうするというのだ、ロクに戦えないくせをしてっ!!」

 

 村長はニードを思い切り怒った後で、村長はフィリスを見る。

 

「フィリスよ、うちのバカ息子が世話になったのう。 あの戦い方も…流石、剣術の心得があると言っていただけのことはある」

「いえ、お役に立てたのならよかったです」

 

 そうフィリスが笑って答えると、ニードは思い出したように口を開く。

 

「あ! そうそう、その兵士からもう少し伝言を頼まれてたんだよ! この村にルイーダって名前の女がきていないかって」

「ニード、それって本当なの!?」

「り、リッカ!?」

 

 まさかここにリッカがきているとは思っていなかったニードは驚き、フィリスはそういえば彼女も村長と一緒に待ってたんだったと呟く。

 

「なんだリッカ、ルイーダって人、知り合いなの?」

「そういえば、リッカは幼い頃はセントシュタインに住んでおったんだったな」

「はい……確か、父の知り合いに、ルイーダという名前の女性がいたはずなんです。 もしかしたら、その人はお父さんに会おうとして…ここまできたのかも……」

「うーむ……だがこの村にはそのような女性はきておらんぞ、話も聞いてないしな……」

「それで、もしかしたら遺跡を通ってくるのかもっていってました。 あそこには通り道があるそうですし…」

 

 遺跡、ときいて村長は苦い顔をする。

 

「それは、キサゴナ遺跡のことだな……」

「キサゴナ遺跡…」

「そこに通り道があるというのは、わしも話で聞いたことがあるのだが……魔物が多くいるし、天井や床、壁すらも崩れやすいから……確認を今までしたことがないのじゃ。 みなにも、あまり近づかない方がいいと伝えておる……」

「そんな………じゃあ………」

 

 そこに人が迷い込んでしまったのなら助けねばならないが、遺跡に助けに迎えそうな戦士もこの村の人間の中にはいない。 しばらくは様子見だという話になり、解散した。

 すべての話を聞いたフィリスは、リッカと少しの話をした後で一人、外にでていた。

 

「………いってみるっきゃないって感じかな…元になっちゃったとはいえ、この村の守護天使として」

 

 そう言いつつ、フィリスはどうの剣を装備し直してから、村の外へ出て行った。

 背後から、誰かに見られていることは知らないまま。

 

「…………」

 

 




次回、新たな仲間が現れる‥‥と、次回予告をこのあとがきにかくべきしょうか?
この小説を初めて公開したのは去年のことでしたね、このあたりの話は、ひとつの物語らしさを出そうと思っていました。
参考にしたのは、とある漫画ですね。

次回もお楽しみに。


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02「小さな妖精」

前回のあらすじ。

天使界から落とされたフィリスは、村に住む少女・リッカに助けられる。
翼と輪を失いこの先どうすればいいのかわからなくなっているフィリスは、村に行く途中で行方不明になってしまったという女性・ルイーダの話を耳にする。
父の知人であるゆえに、彼女の安否を気にするリッカ。
フィリスは自分を助けてくれたリッカにおんがえしするため、その女性を助けるために行動を起こすのであった。


 

 ルイーダという、リッカの父の知人を捜すため、キサゴナ遺跡にきたフィリス。 道中では魔物との戦いを何度も強いられていたものの、この辺の魔物はフィリスの敵ではない。

 

「伊達に守護天使時代に、あの村周辺の魔物をぶっとばしまくってないってばさ」

 

 よく師匠と一対一で剣を打ち合ったりして鍛えたし、と付け足しつつ、フィリスは銅の剣を片手に歩き続けていた。 よく刀身を見ると刃こぼれが起きており、あと数回魔物と戦ったら折れてしまいそうだった。

 

「もし途中で折れちゃったら、村長さんに謝らなくちゃな……」

 

 村長もそれは覚悟しているかもしれないが、一応これは借り物なのだ。 それを壊してしまったときのことを考えつつ、フィリスは遺跡を奥へと進んでいった。 途中で行き止まりにさしかかったものの、幽霊が像のそばにたっていたことが彼女にヒントを与えたことで、行き止まりにしていた壁の仕掛けを解除し、奥の部屋へ進むことができた。

 

「誰かいるの!?」

「えっ?」

「いるんだったらお願い、助けて! 瓦礫に足が引っかかって抜け出せないの!」

 

 その部屋から、女性の声が聞こえてきたので、彼女はそこへ飛び込んでいく。 そこでは青い髪の女性が瓦礫に足を挟まれた状態で発見され、急いでフィリスは彼女を救出しようとする。 ある予感を巡らせて、彼女に直接問いかけながら。

 

「あなた…もしかして、ルイーダさん?」

「え、どうして…私の名前を!?」

 

 その女性、ルイーダはフィリスが何故自分の名前を知っているのかを尋ねようとしたその時、大きな地響きがその遺跡全体に伝わってきた。

 何事か、とフィリスが周囲を警戒していると、奥の方から堅い装甲を身につけているかのような4つ足の、大きな角を持った魔物だった。

 

「な、なんだこいつは!?」

「気をつけて、私こいつに追われていたの! ここを住処にしている魔物のようで……それから逃げている途中でこうなってしまったのよ!」

「倒さなきゃ、でられないってわけなんですね」

 

 そう言いつつフィリスは目の前のこの魔物、ブルドーガーと戦うために剣を構える。 この剣が通るかはわからないが、戦わなければならない。

 

「…ッ!」

「おりゃぁぁあっ!」

 

 そのとき、どこからか昆を片手に持った金髪碧眼の青年が飛び込んできて、ブルドーガーに強烈な一撃を食らわせた。

 

「え、なに!?」

「イアン!」

「イアン?」

 

 目の前に現れた金髪の青年を、ルイーダはたしかにそう呼んだ。

 

「ルイーダさん、無事合流できてなによりです!」

「あなたも、無事だったのね」

「知り合いですか?」

 

 フィリスの問いにたいし、金髪の青年は武器を構えなおしながら、事情を説明していた。

 

「ルイーダさんの護衛をしてたんだけど、はぐれちまったんだよ。 遅くなってすいやせん! そのかわり、オレがこの魔物を倒して見せますっ!」

 

 イアンは軽い調子でそう言いつつ、ブルドーガーが立ち上がったのをみて昆を支えにしながら回し蹴りを決めてさらにブルドーガーに一撃を食らわせた。 さらにそのまま、相手の突進攻撃を回避する。 彼は武道家としての能力はかなり高いようだ。

 

「あ、あたしも…負けらんない!」

 

 フィリスは我に返ると、剣を片手にブルドーガーに突っ込んでいった。

 

「はぁっ!」

 

 まず一太刀を決め、そのダメージを受けたブルドーガーが反撃で角を突き上げてフィリスを攻撃しようとする。 だがそれをフィリスはブルドーガーの額を強く蹴って飛び上がり、回避したことでダメージは大きくはならず、そのまま追撃を食らわせる。

 

「とどめだっ!」

 

 そして、立て続けに出されたフィリスの一撃が決まり、ブルドーガーは息絶えた。

 

「ヒュウ! かわいい顔してやるなぁ!」

「お見事ねっ」

 

 ブルドーガーを倒し、ルイーダの救出に成功したフィリスは、護衛だったというイアンとともにキサゴナ遺跡を出た。 その途中でフィリスは、自分の名前を名乗り、ウォルロ村からきたことを彼女達に話して聞かせる。

 

「よし、また魔物がでないうちに、ウォルロ村へいきましょうぜ」

「ええ、じゃあ貴女、案内してくださる?」

「あ、はい、お任せください!」

 

 そうして遺跡を無事に出たフィリスは二人をウォルロ村まで護衛し、彼女達を無事にウォルロ村まで連れてくることができた。

 

「さて、じゃあ宿屋を探してそちらへ向かいましょうか」

 

 ルイーダはそう言って走り去っていった。 宿屋の場所を知るフィリスは案内するはずだったのだが、ルイーダはその話題に入る前に走り去っていってしまったので、案内ができなかった。

 

「すまねぇな、あの人せっかちなもんで」

「いえ、あたしもそそっかしいとよく言われるけど…取り敢えず、あたしも宿屋へいこうかな」

 

 そうイアンと話をしてから、フィリスはリッカの宿屋へ向かった。 そこに到着したとき、ルイーダは既にリッカと話をしていたので、フィリスはただ耳を傾ける。

 

「あなたがルイーダさん、だったんですね! あなたが行方不明と聞いて、わたし心配していました」

「そう、ありがとう…あのとき貴女はまだ小さかったけど…覚えていてくれていたんだ」

 

そこでルイーダは、リッカにたいしここまできた理由を話すために、本題に入る。

 

「実はリベルトさんにお願いしたいことがあって、会いに来たんだけどお元気?」

「やっぱり、お父さんになにかご用があったのですね…だけど、ごめんなさい父は2年前になくなったんです」

「え……な、なんということなの!? そんな伝説の……あの人が…こんなことになってしまうなんて……」

「え?」

 

 途中で伝説、という単語が聞こえてきたのが気になったが、リッカとフィリスは聞き取ることができなかった。 ルイーダはしばらく何かを考え込んでいるかのような動作や表情を見せていたが、やがてあることを閃いたかのように顔を上げる。

 

「ねぇ、ところでリベルトさんがいないってことは…今この宿屋はあなたが経営しているのよね?」

「は…はい、かつては父が経営していたのを、わたしが引き継いでいたんです」

「…なるほど……」

「?」

 

 リッカの言葉を聞いたルイーダは、彼女の目をまっすぐと見つめ、彼女にある提案をする。

 

「リッカさん、貴女セントシュタイン城で宿屋を経営してみる気はない?」

「え…?」

 

 リッカは最初、なにを言われているのかがわからずにきょとんとしていたが、やがてルイーダの言った言葉が頭の中でリピートされたかのように飲み込んでいき、その誘いに対して大きなリアクションを見せる。

 

「えぇぇぇ~~~!?」

「私には人の才能を見抜く力があるの! 貴女は伝説の宿王の血を確実に引いているわ! リベルトさんがいない今も、貴女が経営しているこの宿は隅々までお客様への心遣いに満ちているそれが、その証拠よ!」

「え、や、宿王って…なんじゃそらっ!?」

 

 リッカのみならず、フィリスも驚いて戸惑う。 とりあえず詳しい話はここでやるのは気が引けると言うことで、彼女らは別室へ移動した。

 

「じゃあ、わたしのお父さんって…セントシュタインでは、宿王って言われていたんですか…?」

「ええ。 多くのライバルを押し退けて、セントシュタインにある宿を世界一の宿に仕立て上げたのよ。 そのハイスピードな出世ぶりと手際の良さ、隅々まで行き渡る心配りお客様への心遣い。 どれをとっても非の打ち所がなくて…まさに伝説の宿王って称号がふさわしい人だったわ」

「どんな人だよ」

 

 当時を思い出しながら熱弁するルイーダにたいし、フィリスはそうツッコミを呟きながらいれる。

 

「そんなことが」

「信じられない、と言いたいのかもしれないけど事実よ。 その実績もあったから、リベルトさんにセントシュタインに帰ってきて、宿屋を建て直してほしいってお願いしようとしていたのよ」

「そういうことだったんですね」

 

 ルイーダがここにきた理由が、ここで今ハッキリと判明した。

 

「だけどその伝説の宿王が亡くなっていただなんて……知らなかったとはいえ、ごめんなさいね」

「いえ…こちらこそ、せっかくきてもらったのに…すみません」

「いいのよ、代わりに貴女を連れていくから」

 

 ルイーダがそういうと、リッカはそろそろ夕食の準備に入らなければならないといってはぐらかし、その場を立ち去った。

 

「わたし、セントシュタインには行きませんから!」

「リッカ……」

 

 最後にそう言い残して、彼女はそこから立ち去っていった。 ルイーダは彼女の後ろ姿を黙って見送っており、一方のフィリスはリッカの後を追いかけようとして、宿屋をでる。

 

「あっ」

「よぉ」

 

 そこにはルイーダを待っていたらしい、イアンが立っていた。 彼はここでさっきリッカの姿を見て、その顔がどこか考え込んでいる様子だというのが気になっていたそうだ。

 

「もしかして、あの子ルイーダさんにスカウトでもされた?」

「え、なんでわかったの?」

「ん、直感かな」

「直感って」

 

 イアンの言葉にたいしフィリスがあきれていると、イアンはルイーダという女性の話にかわっていく。

 

「あの人、強引にでも誘うかもしれねぇぜ」

「え?」

「ルイーダさんって割と頑固で一本気で、一度決めたことは決して曲げない人なんだ。 人の才能を見抜くことが得意なのは事実なんだけどなここは、長期戦だぜ」

 

 そう言いつつ、イアンもセントシュタインの宿のことを話す。

 

「オレもセントシュタインの宿屋は経営者がいなくて、このままじゃつぶれてしまうって聞いたからな。 後継者が見つかればいいなと思っている。 強要はできないけど…あの子が頷いてくれるキッカケがなにかあればいいな」

「キッカケ、かぁ…」

 

 そう言ってイアンは、じっくり見守るとするかとだけ告げて、フィリスの前から立ち去っていった。

 そんなとき、フィリスはリッカのことが心配になって彼女の元へ向かおうとしたが、その途中で気になるものを発見して立ち止まる。

 

「あれ?」

 

 半透明で青い影が差している、壮年の男性だった。 これはフィリスも何度もみたことがあるし助けたことも何度もある。

 

「幽霊?」

 

 幽霊がただそこに立ち尽くしていたのが気になったフィリスは、その幽霊に自分から声をかけにいく。

 

「あのっ…」

「うひゃう!」

「うひゃう!」

 

 その幽霊はフィリスに声をかけられたことに驚き声をあげ、その声にフィリスもまたビックリした。

 

「ちょっと驚かさないでくださいよ!」

「こっちがビックリしたよっ!」

「って、あれ? あなた、私が見えるのですか?」

「………見えますが………」

 

 幽霊の言葉を肯定してみると、まさか自分のことがわかる人がいたと思わなかったと呟きながらも、幽霊は自ら名乗る。

 

「私はリベルト…リッカの父でかつてこの村で宿屋をやっておりました。 この村でのんびりと宿屋を経営していたんですが、2年前にはやり病でポックリ逝ってしまって……」

「そうだったんですか……あなたが…。 あ、あたしはフィリスといいます」

「そうですかフィリスさん…ん!?」

 

 その名前を聞いたとき、リベルトと名乗った男性の亡霊は驚く。

 

「も、もしかして貴女は、ウォルロ村の守護天使様…!?」

「ちょっとぉぉ~~! 今の聞き捨てならないんですけどぉ~!」

「へっ!?」

 

 フィリスがリベルトの言葉を肯定しようとしたところに、甲高い声が響きわたってきた。 何事かと彼らがあわてていると、桃色の光がフィリスに衝突してきた。

 

「いったぁ~~~! ちょっと、うまくよけなさいよぉっ!」

「んなムチャな! つかキミだれっ!? よ…妖精なの?」

 

 桃色の光から現れたのは、小麦色の肌に金色の髪、派手な衣装に身を包み、背中に桃色の薄い羽を持っている、小さな女の子のようなものだった。 その姿から妖精を連想したフィリスは、そう問いかける。

 

「ふふん、気になっちゃう? このアタシの正体を聞いちゃいます? ならば特別に教えてあげちゃおーぅ!

きぃーて、おどろけ! アタシこそが、あの天の箱船の運転手にして放浪する謎の乙女! その名もサンディよっ!」

 

 妖精はサンディと名乗り決めポーズをとるが、その場には一瞬の静寂が訪れた。

 

「「は、はぁ…」」

 

 フィリスとリベルトは、そう答えるしかなかった。 そんな2人に対してサンディはノリが悪い、と呟きつつ、びしっとリベルトを指さす。

 

「さてと、そこのおっさん! なんか変な勘違いを起こしてるっしょ!」

「えっ!?」

「この子が守護天使だというのが、アタシからしたら信じられないんだケド! 天使の証拠である輪っかと翼がないのって、変くね?」

「た、確かにないのですが……」

「はぁ………」

 

 痛いところを容赦なくついてくるなぁ、とフィリスは内心思いながらも、簡単に今自分の身に起きてしまった状況をそのままサンディたちに教える。

 

「最近起きたあの大事故に巻き込まれて、輪っかも翼も無くしちゃったんだよ」

「へぇ……そういうワケなの……なんか信じられないんだケド。 翼も輪っかもないのに幽霊がみえるとか、なにそのハンパな状態?」

「言うな…あたしだって気にしてるってのに……一応人間には隠しているけど、あたしはこの村の守護天使だったのは、紛れもない事実だ」

 

 そんなフィリスの話を聞いたサンディは、ある提案をする。

 

「だったら、そこにいるおっさんを成仏させて、天使だというのを証明しなさい! そのおっさんだって、どうせしょうもない未練をタラタラと抱えてるんでしょ! 死んだ人をあの世へ連れて行くのも天使の仕事のひとつっしょ!? それができたら、アタシもアンタを天使だと認めてあげる!」

「えぇ!?」

 

 どうしてそうなった、とフィリスはつっこんだものの、サンディはこの件を解決させないと納得できないようだ。

 

「とんでもないことになってしまいましたね……まぁ…確かに私自身も、このままではいけないと思っていますが」

「ま、まぁ…取り敢えず、貴方のお話を聞かせてもらえないですかね?」

「は、はぁ…私の未練ですか…」

「なにか、心当たりとかあるんですか?」

 

 フィリスがリベルトにそう問いかけると、リベルトは未練について少し考えた後で、彼女を滝の近くの高台へ連れて行った。

 

「ここを、掘ってみてください」

 

 リベルトにいわれたポイントを、軽く掘ってみるとそこには金色の、トロフィーのようなものが掘り出された。

 

「なにこれ?」

「ああ、これは私がセントシュタイン王に頂いた、宿王の証のトロフィーなんですよ。 いやはや、懐かしいなぁ……」

「じゃあ、ルイーダさんの話ってホントだったんだ…」

 

 あの話を疑っていたわけではないが、証拠が見つかった以上信じるしかないのだと感じるフィリス。

 

「こんなすごいものを貰っていながら、なんでこんなところに…」

「それは…私があの国への思いを断ち切るために、ここに隠したんです。 すべて、あの子のために…」

「………」

 

 その言葉を聞き、フィリスはなにかに気付いて、リベルトの未練に感づいた。 そして、サンディの名前を呼びながら、彼女に向かって言う。

 

「サンディ」

「ん?」

「この人の未練をはらしたら、ちゃんとあたしが天使だったと認めてよ」

「きゅ、急にどうしたの?」

 

 突然、条件を確認してきたフィリスに対し、流石にサンディも戸惑っているようだった。 そんなサンディを横目に、フィリスはトロフィーを持ってリッカの元へ向かった。

 

「あ、フィリス…」

「リッカ」

 

 リッカは家にはいってきたフィリスを、いつもの笑顔で迎えた。 彼女の顔を見たらリッカはさっきのことを思い出したらしい、少しだけ眉を下げながら口を開く。

 

「なにも言わないで…ごめんね、なんだかわたし…お父さんが宿王ってすごい人なのが、今一つ実感わかなくて。 それを聞いたとき、お父さんが知らない人……とても遠い人に思えてきて」

「………」

 

 フィリスは、そんなリッカの心を理解した上で、本題に入ろうとする。

 

「リッカ…キミがどうしようと、どう思っていようと…キミの好きにしたらいいとあたしは思うな。

だけどね…今は、あたしが見つけたこれを、みてほしいの」

「え?」

 

 そう言ってフィリスは、先程見つけだした宿王のトロフィーを彼女に手渡す。

 

「これってもしかして、トロフィー?」

「うん、そこに書かれている文字読んでみて」

「リベルト殿、汝を宿王と認めこれを授与する……セントシュタイン王…!」

 

 そのトロフィーに書かれている文章を読んだリッカは、驚き戸惑う。

 

「そんな…ルイーダさんの話は、ホントだったんだ!」

 

「信じてもらえた?」

「ホントだとわかっても……わたし、お父さんの考えていたことが、まだわからないよ。 そんな地位をもっていながら、なんで捨ててしまったの?」

「そのことは、わしからはなそう」

 

 その言葉と同時に、リッカの祖父が扉を開けて、部屋にはいってきた。

 

「おじいちゃん…」

「リッカ自身も記憶にあるかもしれんが、おまえは昔、病気がちで体が弱かったんじゃ。 その体質は母親譲りのもの…。 実際におまえの母親も体が弱く、若くして亡くなっておるの」

「でも、わたしは元気になったよ? 病気だったことを忘れちゃうくらいに……」

 

 確かに今のリッカは、病気とは縁がないくらいに元気もよく、しっかりしていて、明るい。 彼女がかつては体が弱かったと言っても、誰も信じないだろう。 そんな彼女に対し、老人は話を続ける。

 

「それは、この村の水を飲んで育ったからじゃろう。 昔からウォルロの名水には人を元気にする、健康にすると言われておる」

「じゃ、じゃあ…お父さんが…宿王の地位を捨てたのって……」

「そう、おまえを…リッカを救うためじゃ」

 

 自分のために父がとった行動を、リッカは胸に受けた。

 

「そっか……じゃあ…わたしがお父さんの夢を奪ったんだ……」

「あいつも、おまえにそう思わせたくないから、隠していたんじゃな。 だが、いまのおまえなら、その真実を受け止められると信じているぞ」

「リッカ……キミのお父さんは、なによりもキミを大切に思っていた。 キミを心から愛していた。 だから、こういう行動にでた。

その愛情を、受け止めてあげてほしい」

「フィリス……」

 

 そうフィリスがほほえみながらいうと、リッカは意を決した表情になり、顔を上げる。

 

「これを見つけてくれて、ありがとうフィリス。 あたしお父さんが別人に見えたから……現実から逃げていただけかもしれない。

だけど……お父さんのわたしへの思い…宿への思い…わたしは、引き継ぎたい。

お父さんはわたしのために夢を捨てたなら、今度はわたしがお父さんのために、捨てた夢を拾いたい。

だから今、決めた」

 

 そして、自分の決断を口にする。

 

「わたし、ルイーダさんの誘いを受けて、セントシュタインにいくよ。 わたしにどこまで出来るのかは分からないけど……やれるだけやってみる!」

「そっか……リッカなら、できるよ」

 

 そうして、峠の道が開かれ次第セントシュタインにいくという話を、ルイーダにするために、彼女は家を出ていった。 老人は彼女を温かい目で見つめており、部屋の外ではリベルトがリッカの姿を見つめて微笑んでいた。

 

「リッカ…私の夢を継いでくれるのか……」

「リベルトさん」

「あのこの成長を見ることが出来た…もう私に心残りはありません…」

 

 そう言って、リベルトは光の粒子をこぼしながらその姿を徐々に透けさせていく。

 

「…フィリスさん、あなたはリッカと仲がいいようです。 娘のよき友となってください」

「……うん、元からそういうつもりだよ」

「ありがとう…そしてさようなら……私はもういきます」

 

 そう言って、リベルトはそこから消えた。 やはり今の彼の未練は、娘のリッカのこともあったんだと思ったフィリスは、彼が成仏していく様子を見届け、笑みを浮かべた。 そんなとき、一連の流れをみていたサンディが彼女に声をかけてきた。

 

「やっるじゃぁ~ん! これはアンタを天使として認めざるを得ないってヤツじゃねっ!? ま、認めざるを得ないってところかな!」

「あったり前でしょ!」

「あ、ちょうどここに星のオーラが転がってるジャン! ついでだし、これ回収しとこっ」

「え、星のオーラがそこにあるの?」

 

 そう言われてサンディが指し示す方向をみるが、そこにはなにがあるか、フィリスにはわからなかった。 その事実を聞いたサンディは目を丸くする。

 

「え……星のオーラが見えてないの? うぅん…なんか前言撤回したいんですケド……」

「おい」

「ちょ、そこでバチムカにならないでよっ! ヤクソクだから信じるってばさ!」

 

 慌ててサンディは、フィリスを天使だと信じることを約束し、そしてフィリスの名前を確認する。

 

「そういえば、名前なんだっけ?」

「フィリスだよ」

「フィリス、ねぇ。 まぁ…このままじゃアタシも八方ふさがりだし…もう少し様子を見ることにしちゃいまっす!」

「………はいはい………」

 

 そんなこんなで、やや特殊なコンビが誕生したのであった。

 

 




次回予告。

フィリスの次の目的地は、どうもセントシュタイン城らしい。
そこで自分と道を共にしてくれる仲間を探し、旅をすることを決めたフィリスだったが、今セントシュタインは非常に困ったことになっているようだ。
目の前のこの状況を打破すれば、自分の目的も果たせるかもしれない?

果たして、フィリスはどんな仲間と巡り合えるのか?

続く!


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03「仲間との出会い」

前回のあらすじ。

フィリスはルイーダという女性の救出に成功し、彼女の目的を知る。
その誘いに一向に答えなかったリッカだったが、父の想いを知り、父の遺志を継ぐためにセントシュタインの宿屋へうつることにした。
その様子を見守っていたフィリスは、その際に出会った謎の妖精・サンディとともに、旅立つのであった。


仲間との出会い

 

 セントシュタインとウォルロ村をつなぐ峠の道を塞いでいた土砂崩れは取り除かれ、ルイーダとリッカは村人達に見送られながらセントシュタイン城へ向かった。 なお、少々の不安はあるものの、リッカがかつて運営していた宿屋はニードに受け継がれたそうだ。

 

「ニードはともかく…リッカなら、きっとうまくやっていけるよね」

 

 セントシュタイン城へ向かったリッカとルイーダを見送ったフィリスは、サンディとともに、天の箱船の墜落現場へと向かった。 天の箱船はサンディの合図とともに扉を開く。 天の箱船の内部は金でできており、赤いシートが敷かれた座席が存在していた。 とはいえ、サンディの趣味には合わないようで、そのうち飾り付けをしようとしていたらしい。 フィリスは内心、やめたほうがいいんじゃないかと思ったそうな。

 

「ぶっちゃけな話、アタシも天使界がどうなったかを知りたいし、天使界へ向けてこの天の箱船を動かすヨッ」

「おっし! やっちゃって!」

「それじゃ、いっくよー! す・す・す・スウィッチ・オンヌッ!」

「オンヌ?」

 

 妙なかけ声をあげながら、サンディは天の箱船の機動スイッチを入れる。 だが、天の箱船はいっさい動かなかった。

 

「あーあ、やっぱりダメだったかぁ…アタシ的には天使を乗せれば動き出すと思ってたのになぁ? やっぱ、天使の癖に星のオーラが見えないというか…それ以前に天使の翼も輪っかも無くしちゃってるから、天使としてみられてないんじゃね?!」

「………」

 

 サンディの言葉を聞いて、フィリスはギロリとサンディをにらみつける。 その顔を見てサンディはフィリスが怒っているのだと気付く。

 

「あれれ? おこるんだぁ、超ウケルー!」

「おい」

「あ、えーと……じょ、冗談だから睨まないでネ? そんで、剣をすらーっと抜くのも…やめて……ネ……?」

「………ッチ」

 

 舌打ちしつつ、フィリスは剣を鞘に戻す。 それをみて安心しつつも、サンディは何故箱船が動かないのかを考え出す。

 

「…そもそも…神サマも神サマだし! なんでこんなときに助けてくれないのか………。 もしかして、アタシ達がどこにいるのか…わかってないっぽい!?」

「ま、まじ?」

 

 それにたいしフィリスも思わず反応する。 そうしてサンディはあることを思いつきその提案をフィリスにももちかける。

 

「こうなったら、こっから冒険して人助けをいっぱいして、星のオーラをいっぱい集めまくるしかないっしょ! そしてそれを目印に見つけてもらうっきゃないって!」

「それでいけるのか!?」

「ものはタメシ! というわけで、アンタと一緒に行くんでシクヨロッ!」

「は、はぁ…」

 

 そう漫才みたいな会話をしながらも、星のオーラを集めるためにも旅をしようと言う結論にいたり、二人は一度天の箱船を降りた。

 まずは、リッカのこともあるしと言って、セントシュタインに向かうことにする。 すると、かつて土砂崩れがあったポイントには一人の男性が立っていた。

 

「よっ」

「あれ…イアンさん、だっけ」

「呼び捨てで結構だぜ」

 

 そう返してくるイアンに対し、フィリスは何故ここに一人でいるのかと尋ねる。

 

「オレ、ちょっとあんたに興味があってな。 ルイーダさんに許可を取って、あんたについて行こうって思ったんだ」

「えっ?」

「あんたも行くんだろ、セントシュタインに」

 

 イアンの言葉に対し、サンディが彼女に耳打ちをする。

 

「うわ、これってナンパってやつじゃないの?」

「まさか、イアンはそんな人とは思えないよ」

 

 こそこそと独り言を言っているようにしか見えないイアンは、彼女に問いかける。 サンディは幽霊と同じように、普通の人間にはその姿は見えないようだ。

 

「………誰としゃべってんだ?」

「う、ううん、なんでもないよ! んで、イアンはセントシュタインへの道は知ってるの?」

「ああ、当然知ってるぜ」

 

 そう言いつつ、イアンは棍を手に持ち直すと、フィリスに言う。

 

「オレが無事に案内するから、このまま行こうぜ」

「そうだな、あたしも便乗させてもらう」

 

 そうして、イアンの案内の元、フィリスは無事にセントシュタイン城に向かうことになった。 道中は色んな魔物が出現し、彼女達に襲いかかったものの、2人はうまいコンビネーションを発揮して、魔物達を払いのけていった。

 

「そういや、あのボロボロな銅の剣じゃなくなったんだな」

「ああ、村長さんが新しい剣をくれたんだ。 上位にあたる、兵士の剣をさ」

 

 そうしてフィリスはイアンの案内と協力のもと、魔物との戦いをかいくぐり、迷うことなくセントシュタイン城へ向かった。 その国は、城下町と一体化した国であり、町も大きく、奥の方には巨大な城が見える。

 

「へぇ、とっても広いし人も多いし、賑やかなんだなぁ!」

「ここには多くの冒険者も集まりやすい。 ルイーダさんの酒場に集まった冒険者たちで、パーティーをくむんだぜ」

「パーティー…」

「言っとくけど、クラッカー鳴らしたり酒や料理をたべまくてみんなでガヤガヤする、あのパーティーのことじゃないからな」

「そ、それくらいわかってるよ!!」

 

 そう会話をしつつ、イアンとフィリスはひときわ大きな施設をみる。 イアンが言うには、ここはルイーダの酒場をかねている、セントシュタインの宿屋だそうだ。 ここでリッカは働くんだなと思っていると、その中から声が聞こえてきた。 窓から様子を見ていると、ここの従業員数名とルイーダ、そしてリッカの姿があった。

 

「リッカとルイーダさんだ」

「なんか揉めてるな」

 

 2人はそこから、中の様子をのぞき見することにした。

 

「ちょっと、あんたこの宿屋を潰すつもりなの!?」

「大丈夫よ、この子には十分すぎるほどの才能があるんだもの!」

 

 どうやら、ここの従業員はリッカがこの宿屋を仕切ることを、快く思っていないようだ。

 

「あのねぇ、ルイーダ。 あんたさぁ、私のことを誘ったときも金庫番の才能があるって言ったでしょ?

そんで、自信満々にこの宿の救い主を連れてくると言うから、期待してみたらこんな小娘だなんて…なにを考えているのよ」

「…ッ」

 

 それを聞いたフィリスは苛立って飛び込もうとしていたが、それをイアンは黙って制止する。 ここで彼女がでれば、騒ぎは大きくなってしまうと読んだのだ。

 そんなとき、リッカは顔を上げて彼女達に声を上げる。

 

「待ってください! わたし、頑張ります! 宿屋のことは父から色々教わりました! この宿屋を建て直して見せます!」

「ふーん? 心意気はあるのね。 でもねぇそうは言うけど、宿屋の経営ってカンタンじゃないのよ? だいたい宿屋のことを教えたというあなたのお父さんがどれほどのものか…」

 

 そう、明らかになめきっている態度でいる女性にたいし、ルイーダはにやりと口角をあげた。

 

「その言葉、待っていたわ! さぁリッカ、今こそあれを見せるのよ!」

「あ…あれですね、わかりました!」

 

 リッカはルイーダに言われたように、例のトロフィーを取り出した。 トロフィーをみた瞬間、全員の態度は一変していく。

 

「そ、そのトロフィーはまさか……!」

「ええ、そうよ! セントシュタイン王から伝説の宿王に贈られた記念のトロフィー! これこそ宿王の実力と、彼女がその血を引くものであることの…まごうことなき証よ!」

 

 そのトロフィーがなにを示しているのかを知った一同は、驚き戸惑いながら、彼女に対し土下座した。

 

「で、伝説の宿王の娘………!?」

「は、ははーーーーっ!」

 

 従業員全員の手のひら返しに対しリッカはそこまでしなくてもと狼狽え、ルイーダは隣でどや顔をしている。

 

「なんか、どっかで見たような…」

「…うん」

 

 その一連の流れをみていたフィリスとイアンはそう感想をつぶやきつつ、もう大丈夫かとタイミングを見計らい、宿屋の中に入った。

 

「やっほー!」

「あ、フィリス! 早速来てくれたんだ!」

「イアンも、ホントにフィリスにくっついてきたのね」

「…人聞きの悪いこといわねぇでくだせぇ、ルイーダさん」

 

 彼らはしばらく会話を楽しもうとしたが、まだ宿屋の準備が出来ていないとリッカは告げる。 それにたいしフィリスはリッカが気になったから来たんだと彼女に告げると、その気持ちがうれしいリッカは笑顔を浮かべた。

 

「少なくともフィリスだけでも宿に泊められるように準備していくから、城全体を見て時間をつぶしていてくれる?」

「は、はい」

「イアン、この子に案内をしてあげて」

「りょーかいっす」

 

 ルイーダの言葉に対しイアンはいつもの調子でそう返し、フィリスを町へ繰り出させようとする。 そんなとき、ルイーダはフィリスにこう耳打ちをした。

 

「準備が終わったそのときには、貴女にいい情報をプレゼントするわ」

「え?」

 

 いい情報とはなんだろう、とフィリスは首を傾げながら、イアンの後をついていくのだった。

 

 セントシュタイン城は、王城と一体化しているだけあって町が大きく、店も多く存在し、すんでいる人もいっぱいいた。 規模の大きさや空気から、この国は豊かな地であることが伝わってくる。 だが、今はある一件により、王国は不安を抱えているようだった。 彼らに不安を与えているものは、あの大地震の時より現れた、一体の魔物らしい。

 

「突然現れた黒い騎士……かぁ……」

「そいつが気になるなんてもしかして、お前……」

「ギクッ」

 

 人助けをして星のオーラを集めて、神様に自分の居場所を知らせようとしている目的は、天使であることを隠している以上バレてはいけない。 そう滅多にバレることではないだろうとは思ってたものの、感づかれるのではないかと、イアンの言葉を聞いてぎくりとしたのである。

 

「人助けの旅をしているとか?」

 

 そのイアンの言葉に対しフィリスは盛大にずっこけるものの、すぐに立ち上がってそうそうと何度も頷いた。

 

「だったら、ルイーダさんの出番と思った方がいいぜ」

「え?」

「お前、ルイーダさんに、いい情報をくれるって言われてただろ? ここで役に立つと思うぞ」

「まじ?」

 

 そこまでの情報って何だろう、と思いながらイアンとともに宿屋に戻ってみると、そこにはルイーダの姿があった。

 

「よう、ルイーダさん、今戻りやしたぜ」

「あら、ナイスタイミングね! ちょうど、準備ができたわよ」

「ルイーダさん、なにがあるんですか?」

 

 ルイーダは、自分の役職を彼女に教える。

 

「私は、多くの人をここに呼び寄せる酒場の店主。 情報を多く集めては、人と人を引き合わせて、ひとつのパーティーを組ませるの。 出会った冒険者をみて、誰と組んで冒険させたらいいのか…目的を果たせばいいのかを私は考えて、パーティーを組ませる」

「あ、そういえばイアンが言ってたね」

「忘れてなかったのか」

「なにか、仲間を必要とする事態になったかしら?」

 

 ルイーダのその言葉に対し、フィリスはこの国で今噂になっている、黒騎士の話を持ち込んできた。

 

「ああ、今ウワサになってるらしい、黒騎士退治の話ね。 それなら、いいメンバーを選抜してあげる」

「メンバーか……他に仲間が必要、と思った方がいいか?」

「あんたの好きにすればいいぜ」

「って、あんたは手を貸す気満々ね」

「そうっすね」

「オイ」

 

 とりあえず、このままイアンは仲間になっていくようなので、ほかの仲間も選んでもらう。

 

「たとえば、どんな人が仲間にいると心強いんだろう?」

「えぇっと、貴女は旅芸人だけど前線が得意そうね」

「旅芸人……結局そうなのか………」

「え?」

「や、なんでもないっす」

 

 うまくはぐらかしつつ、魔法による後方支援が得意な人がいるといいわねとルイーダは口にし、ここに集まっている仲間の一人を指定する。

 

「確かそこの緑色の人も僧侶だったはずよ」

「緑色の人って……」

「名前は……そう、セルフィスさーん!」

「あ、はい!」

 

 ルイーダに呼ばれた、緑色の髪の青年は、ルイーダから説明を受けた後でフィリス達に対して頭をペコリと下げる。

 

「えと、僕はセルフィスって言います。 ベクセリアという町からきました。 回復の魔法を得意とするほか、体力も自信はある方です」

「礼儀正しいな」

「僧としての基礎のつもりです」

 

 そう挨拶をしている間に、ルイーダはもう一人のオススメとして、一人の少女をフィリス達に紹介する。 少しだけウェーブのかかった桃色の髪の少女だ。

 

「初めまして、私はクルーヤよ!」

「クルーヤか君はどんな人なの?」

「魔法を使って相手を攻撃するのが得意です!」

 

 なんとも大ざっぱな自己紹介だな、とフィリスは思った。

 そして、引き続きイアンが彼女について行くという話になり、これで4人のパーティーが完成したことになる。

 

「とりあえず、貴女にオススメの仲間はこんな感じかしら。

成り行きでくませたけど、一緒に行けばきっといい仲間になれると思うからものは試しという感じで、とりあえず今回の黒騎士退治に望んでから、色々決めてみたら?」

「はい」

 

 ルイーダの言葉を聞いて4人はうなずき、フィリスは仲間になるであろう人達に告げる。

 

「じゃあよろしくな、イアン、セルフィス、クルーヤ」

「ああ」

「よろしくね」

「うん」

 

 こうして、パーティーはとりあえず、という形ではあるものの完成したのであった。

 

 ルイーダオススメのパーティーが完成したところで、フィリスはセントシュタイン全体で噂になっている黒騎士問題について、国王から詳しい話を聞くために城へ向かった。 兵士に事情を説明し玉座の間へ向かうと、そこでは玉座に腰掛けた男性と、ドレスを身にまとった美しい女性が口論をしていた。

 

「フィオーネよ、何度言えばわかるのだ! あの者に会いに行こうなどと、このワシが許せるわけがなかろう!」

「いいえ、お父様! あの黒騎士の目的はこのフィオーネです! 私が自ら赴けば、国の者はみな安心して暮らせるでしょう!」

「バカを申せ! 自分の娘をあんな不気味な男に差し出す親がどこにいるというのだ!」

「ですが! ………あっ」

「む?」

 

 口論を繰り広げていた二人は、フィリス達の姿を見るとそれを止める。 自分に謁見しにきた旅人だと気付いた国王は、失礼したと告げて、フィリスと向かい合う。

 

「貴女は……」

「先程は失礼をしました…私はこの国の王女…フィオーネと申します。 貴女達は、旅のお方のようですがもしかして…黒騎士の話を聞いて?」

「まぁ、そんなところです」

「…そうなのですか……私のせいで、貴女のような旅人にご迷惑を……。 お父様も……私の気持ちを…少しもおわかりになろうとしないで………」

「…………」

 

 彼女も訳ありの身なのかもしれないと思いながらも、フィリスはここにきた目的を正直に話す。

 

「実は、この国で黒騎士の噂を聞いて、そこで貴方が彼を退治できるものを探しているという話をきき、お話を伺いに参ったのです」

「そうであったか」

 

 国王はそれを聞き、詳しい事情を彼女達に話し聞かせた。

 

「実はな、黒騎士の奴がワシの娘であるフィオーネをねらい、この城までやってきたんじゃよ。

奴は約束の時間までにフィオーネをシュタイン湖という場所に届けるよう言い残して、去っていったのだ」

「はぁ」

「しかしワシはその言葉を、黒騎士のワナだと思っておる!

ワシがシュタイン湖に兵を送り……城の守りが薄くなったところで、ヤツは魔物の軍勢とともに城にやってくるに違いない!」

「………」

 

 国王の言葉に対し、フィオーネは何か言いたそうにしながらも、唇をかみしめ、失礼しますと言い残してから、そこから立ち去る。

 

「………あの、失礼ながらあの口論は一体?」

「むぅ……」

 

 国王は、姫について語る。

 

「……フィオーネは非常に正義感が強い娘でな……この件に対し責任を感じておるのだろう」

「そうなのですか……」

「……だが、わしも娘を簡単に差し出すわけにもいかぬ。 どちらにせよ、黒騎士を止めなければならない。 そなたらは腕も立ちそうだ。 もし黒騎士の退治に成功したら褒美を使わす、よろしく頼むぞ」

「は、はい! 了解いたしました!」

 

 どこか引っかかるものは感じるものの、まずは国王の依頼を果たすために行動することを決め、フィリス達は一度城をあとにした。

 

「なんにせよ、その黒騎士ってヤツにあわなきゃネ。 少なくともこの国は今それで困ってるぽいし……これを解決すれば星のオーラいっぱいでそうジャン? やってみる価値はあるかも?」

「うん、そだね」

 

 サンディはフィリスにそう耳打ちをして、フィリスはそれにたいし短く返事をした。

 

「……?」

 

 そんなフィリスの姿に、セルフィスは疑問を抱いたのだった。

 

「どうしたの?」

「………あ………いえ………」

「とりあえず、装備はそこそこ整えてから、戦いに望むとしようぜ」

「そうですね、まずは武器屋や防具屋にいってみましょう」

「おーっ!」

 

 彼らは、ある程度の装備を調えるために店に繰り出すのであった。

 

「…………」

 

 そして、そんな彼らをフィオーネは、城の窓からみていた。

 




次回予告。

ルイーダの勧めにより、イアン、セルフィス、クルーヤとパーティを組むことにしたフィリス。
さっそく人助けのために情報を集め、この国が黒騎士の脅威にさらされていることを知る。
その黒騎士退治にさっそくいどむ4人だが…。


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04「黒騎士の物語」

前回のあらすじ。

セントシュタイン城についたフィリスは、ルイーダの勧めにより、イアン、セルフィス、クルーヤとパーティを組んで世界を冒険することを決める。
すべては困っている人を多く救い、天使界に帰るためだ。
そんな中、セントシュタインは姫を狙う謎の黒騎士の存在におびえていることを知り、フィリスたちはその黒騎士を退治することになったのであった。


 

 こうしてセントシュタイン王から黒騎士の話をきき、討伐を依頼されたフィリス一行は、黒騎士が現れるというシュタイン湖を訪れていた。

 

「噂の黒い騎士が現れるのって、このへんって噂だったよな?」

「ええ、情報によればこの湖に、姫様をつれてこいって言っていたみたいよ」

「よし、確認完了。 さぁーて……もしここにきたのがお目当てのお姫様じゃなくて、用心棒になったオレらと知ったら、あの黒騎士とやらはどうするつもりなんかねぇ?」

「い、イアンったら……怖いことを言わないでよ」

 

 そんなやりとりをしているのは、簡単にいえば成り行きでフィリスと行動をともにすることになった武闘家の青年イアンと、魔法使いの少女クルーヤだった。

 

「今、ここはどうみても普通の湖ですしね……」

 

 そう周囲をみながら呟いているのは、僧侶の少年セルフィスだった。 フィリスも剣を構えながら周囲を見渡して、どこかにいないものかと警戒しながらその黒騎士を探す。

 

「でもなぁ」

「てゆーか、黒騎士なんていなくない? 呼んどいてこないとかどゆコト?」

「人のセリフをパクんな」

 

 そう、フィリスにしか聞こえないサンディの声にたいしフィリス自身がツッコミを入れる。 サンディはからかって笑いながら、さらに言葉を続ける。

 

「とかはなしていたら、振り返れば奴がいるとか………なーんちゃって」

「まっさかぁ?」

 

 そう言いながら二人が振り返ると、そこには黒い馬にまたがった、黒い甲と鎧、ボロボロのマントを身につけた何者かがたっていた。

 

「まじっすか!」

「ホントに出たぁっ!」

「なにっ!?」

 

 フィリスのその声に反応して、イアン達も彼女と合流しその視線の先を見る。 そして、そこに本当に黒い鎧の何者かがいたので、同じように驚く。

 

「誰だ貴様は………」

「しゃべった…」

「いや、そりゃ連れてこいって言ったくらいだから、喋れるだろ」

 

 そうセルフィスにフィリスがツッコミを入れると、馬は嘶き黒騎士は槍を高く掲げあげながら、接近してきた。

 

「貴様にようはない……姫君はどこだ! 姫君を出せッ! わが麗しの姫をッ!!」

「…ッ!」

 

 そう言って黒騎士は黒い鉄仮面をずらして、その顔を出した。 その顔は骸骨のようであり、ギロリと目に当たる部分が赤く光っていた。 やはりこの黒騎士は、魔物の類なのだろうか。

 

「うぉっと!」

 

 そう相手を怪訝そうに見つめている間に、黒騎士はその手に持っていた槍でフィリスに攻撃を繰り出した。 フィリスはそれを咄嗟の判断で剣を向けて防ぎ、弾き飛ばす。 そこにイアンが黒騎士にたいし跳び蹴りを繰り出し、それを黒騎士は槍で防いで弾き飛ばす。 だがイアンは背後の木を利用して跳ね返り、棍を振り回して攻撃した。

 

「大丈夫ですか!」

「ああ、お前があらかじめ、スカラをかけてくれていたからな!」

 

 そう言いながらイアンは棍を構え直し、その隙にフィリスが黒騎士に切りかかっていく。 槍と剣が衝突していった。

 

「メラーッ!」

 

 そこでクルーヤは炎の魔法を放ち、黒騎士にダメージを与える。 それにたいし黒騎士はきかぬわ、と言って耐えきったかと思うと、そのままクルーヤにつっこんできた。 それをイアンは彼女の前にたち棍で強くつくことで防ぎ、その横からフィリスが飛び込んできて、黒騎士に切りかかった。

 

「うわぁぁあぁ!!」

「ぐぁぁぁっ!」

「ふぃ、フィリスーッ!」

 

 だがその衝撃により、フィリスと黒騎士は絡み合いながら崖の下まで転がり落ちていった。 そして一番下までいってから、フィリスはボロボロになりながらもなんとか立ち上がり、荒い呼吸を繰り返す。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………!」

「ちょっとフィリス、ムチャすぎだって!」

 

 彼女の戦いの様子を見ていたサンディが、フィリスに向かってそういった。

 

 

 

「いやぁ…気付いたときには…体が動いていたんだ…あははは」

「あははは、じゃないっつーの!」

 

 そうやりとりをしているフィリスとサンディの横では、彼女と同じように傷だらけになっている黒騎士が、どこか絶望をしているかのようにうなだれていた。

 

「……何故………」

「?」

「何故、姫君は………貴様のようなものを…私の元へつかわした……。 メリア姫はもう私のことを…………」

「メリア姫…?」

「………あのとき交わした約束は……偽りだったというのか………?」

 

 黒騎士の言葉に違和感を抱く。 フィリスは首を傾げ、その横でサンディはフィリスに確認するかのように話しかけてくる。

 

「ねぇ、フィリス。 この騎士きもくない?」

「ちょ、流石に言い過ぎだろ…」

「あの姫様の名前はたしか、フィオーネだよね? メリアってどこの誰って感じなんですケド……」

 

 そのサンディの言葉が聞こえたらしい、黒騎士は驚き顔を上げ、問いかけてくる。

 

「なんと!? そ、それはまことなのか……!?」

「キャー!? なに、こいつ! アタシが見えるなんて、マジびっくりなんですけどっ!!」

「あ、サンディ…」

 

 黒騎士に自分のことが見えているとサンディがフィリスの後ろに隠れた直後、フィリスを探しにきたイアン達が彼女に合流してきた。

 

「大丈夫かフィリス!?」

「ああ…でも待ってくれ、彼は様子がおかしい…話だけでも聞きたいんだ」

「どういうことなんですか?」

 

 仲間達にそう呼びかけ、フィリスの言葉に対して仲間達が首を傾げていると、黒騎士は彼らにも確認をしたいかのように問いかける。

 

「そなた達にも、聞きたい……あの国にいるのはメリア姫ではなく…別の姫君というのは、真実なのか?」

「え、ええ。 あそこはセントシュタイン王国……そして、あそこの姫様の名前は…フィオーネ姫様よ……」

「……なんということだ………」

 

 クルーヤの言葉を聞いた黒騎士は、がっくりと膝を折ってうなだれた。 彼の様子を見たフィリス達は戸惑う。

 

「え、なんなの?」

「あの姫君は……メリア姫ではなかったのか。 言われてみれば彼女は、ルディアノ王家に伝わるあの首飾りをしていなかった………」

「ルディアノ…?」

「どういうことなのでしょう?」

 

 黒騎士は、フィリス達が自分の敵ではないと信用してくれたのか、事情を話してくれた。

 

「私は、深い眠りについていた。 そしてあの大地震と共に、何かから解き放たれるように、この見知らぬ地で目覚めたのだ……」

「やっぱり、大地震の影響が出ていたんだ…」

「…………しかし……その時の私は、自分が何者かわからないほど……記憶を失っていた………」

 

 彼は、目覚めてからの記憶をたどりながら、話を聞かせる。 記憶もなく放浪しているうちに、あの姫と遭遇し、互いに目があったときのことも。

 

「そんな折、あの異国の姫を見かけ……自分とメリア姫のことを思いだしたのだ。 私の名が、レオコーンというものだということも……」

「レオコーン?」

「そして、メリア姫というのはわが祖国、ルディアノ王国の姫。 私とメリア姫は永遠の愛を誓い合い、祖国での婚礼を控えていたのだ…」

「まぁ……」

 

 その話を聞いたクルーヤは口元に手を当てて、ほほえむ。 やはり年頃の女の子と言うだけあって、恋慕の話に興味津々のようだ。

 

「つまり、なに? ぶっちゃけこの黒騎士は、フィオーネ姫と元カノを間違えてたわけ? どんだけ似てたのよ、ふたりはー」

 

 その横にいるフィリスの肩の上で、サンディはこの黒騎士の事情を簡単に要約してつっこむ。

 

「いずれにせよ、あの国のもの、そして姫君には迷惑をかけたようだ。 私はこの過ちを謝罪するために、あの国へ赴こうと思う……」

「え、いやいやいや! 待て!」

「どうしたのですか、イアンさん」

 

 レオコーンの行動を、イアンがあわてて止める。

 

「今あの国の人たちは、俺達をあんたにけしかけて退治しようとしていたくらいに、あんたにおびえてる! あんたが直にいったら、例え謝罪のためだとしても、事態がややこしくなるだけだぜ! だから、できるなら近づかない方がいいとおもう、うんっ!」

「ややこしくなる? ………それもそうだな」

「納得はやっ!」

 

 こうまで納得が早いとは、彼はやはり悪人ではなかったようだ。 イアンの言葉を受けたレオコーンは黒馬に再びまたがり、フィリス達に告げる。

 

「では、そなた達から伝えておいてはくれぬか、二度とあの国には近づかない……と………」

「わ、わかった………」

「でも、貴方はどうするつもりなんですか?」

「私は……」

 

 セルフィスの問いに対し、レオコーンは遠くを見つめながら答える。

 

「ルディアノを探そうと思っている。 あの国ではきっと、本物のメリア姫が…私の帰りを待っているはずだ…」

「…………」

「さらばだ」

 

 そう言って、レオコーンは別の方向へと走っていってしまった。 4人は、その後ろ姿を見送っていた。

 

 

 

 とりあえず、単なる人違いだったのを理由に、もうレオコーンはこの国に敵意はないし、おそう気配もないようなので、そのことを報告するためにフィリス達はセントシュタイン城へ引き返した。

 

「ハア…………」

 

 だが、セントシュタイン王に事の顛末を説明しても、王はそれも黒騎士のワナだと思いこんでしまっている。 横にいる王妃も完全にやせ細っており、あの黒騎士がまだいるというだけで食事がのどを通らない状態になっていた。 そこにフィオーネ姫が入ってきても、王は一向に黒騎士を敵だと思いこんでいる。

 

「どーするよ、アレ………」

 

 そんな父王に対し姫は失望したかのように、走り去っていってしまった。 おまけに、王はフィリス達に再び黒騎士を始末するように告げてきたのである。 なにか打開策はないものかと皆で策を練ろうとしたときだった。

 

「ねぇ、みんな…」

「どうしたの、クルーヤ」

「さっきフィオーネ姫が、これを私達に……」

「えっ?」

 

 クルーヤはフィリスに、先ほど姫がこっそり自分に手渡したメモを見せる。 そこには、城の東側にある自分の部屋にきてほしい

 

「自分の部屋にきてくれ………ねぇ………」

 

 従ってみようかと決め、フィリスはフィオーネ姫の私室に向かう。 部屋の前には召使いであろう女性がたっており、彼女に名乗る。

 

「フィオーネ姫様からお話は伺っています、どうぞ」

「失礼します……」

 

 招待された身であるとはいえ、相手は一国の王女。 だから礼儀正しく挨拶をして、部屋にはいった。 そんな彼らに対しフィオーネ姫はかしこまらなくてもいいですよ、と笑いかけながら楽にするように言い、扉を閉めてから、事情をはなす。

 

「フィオーネ姫様、私達をここに呼んだのは………」

「はい、あの黒騎士のことです」

「あなたは、彼を強く気にして入るみたいですね…」

「ええ…私は、初めて彼にお会いしたときから、胸がざわついたのです。 そして、思ったのです……彼は決して……悪人などではないと」

「まわりがあんなに怖がってるのに……貴女だけ、どうして?」

「それはわかりません……ただ、私は……悪い人ではないと、強く思ったんです」

 

 フィオーネはそう首を横に振りながら、さらに話を続けた。

 

「そして……貴女達が口にした、ルディアノという地名に私はそれに聞き覚えがあるのです」

「え、本当に!?」

「幼い頃、私の世話役をしてくださったばあやが、いつも私に聞かせてくれた童歌に、その国の名前が入っていたのです」

 

 童歌、というのを聞いて4人は顔を合わせる。

 

「それが手がかりになるかもしれません。 ですから、貴女達でそのばあやに会って、お話をきいてくださいまし」

「それはいいのだけど、そのばあやというのは、今この国には……」

「ばあやは今は、私の世話役を辞し故郷であるエラフィタ村で、余生を過ごされています…」

「エラフィタ村、ですね」

 

 そこへ行けばいいのだと意を決めた彼らは、次の目的地とその目的を決めて動き出そうとしていた。 そこでフィリスはふと、あることが気になり、部屋を出る前に彼女に問いかける。

 

「ですが、フィオーネ様……」

「なんでしょうか?」

「何故、この話をあたし達に? メモを用意していたってことも含めて、最初からあたし達に……この話をしたいと思っていたということでしょう?」

 

 その言葉を聞き、フィオーネは、彼女達の目をまっすぐに見つめながら語る。

 

「貴女達はただの旅人ではない、と初めてお会いしたときから……思っていたからです。 そして、今回も…あの黒騎士の話を信じてくださった。 その姿から、私は、貴女達に私の願いを託したいと思ったのです」

「え、それってカケなんじゃあ……」

「はい、そうでしょう」

 

 フィリスの言葉をフィオーネはあっさりと認めた。

 

「………ですが、私は今の貴女達の瞳を信じます。 貴女達は誤りのない人達だと」

「姫………」

 

 その言葉を聞いたフィリスは、笑ってうなずくと、彼女の部屋、そしてセントシュタイン城をあとにした。

 

「姫様が信じてくれるのであれば、僕たちはそれに答えなくてはいけませんね」

「ああ、裏切れないぜ」

 

 

 そうして、フィリス達は道中でウパソルジャーの群に追われたり、じんめんちょうに絡まれたりするハプニングに巻き込まれながらも、目的地であるエラフィタ村にたどり着くことができた。

 

「わぁ……小さいけどキレイな村ね」

「そうだな」

 

 そこは範囲は狭いものの、明るい桃色の花が木々に咲き誇り、明るい空気と色に包まれている村だった。 おまけにその花から臭っているのだろうか、甘い香りもする。

 

「さて、そのばあやって人を捜さないとな」

「フィリスさん、その方はソナさん…て、名前だったはずでは」

「わかってるよ!」

「ホントなんでしょうか…」

 

 そんなやりとりをして、ソナというお婆さんの家に行ってみると、そこでは彼女の娘にあたる女性がいて、母は今は友人のところに遊びに行っているという情報をもらい、それに従いフィリス達もその家に向かった。

 

「そうそう、それでね」

「うふふ」

 

 その家では2人のお婆さんが、楽しそうに会話をしていた。

 

「仲が良さそうですね」

「みたいだな……さて、空気を壊すみたいで悪いけど、話を聞かなくちゃな」

 

 そう言いつつ、フィリス達は扉をノックしてソナを呼び寄せ、そして扉が開き目が合うと、自分達はフィオーネ姫の知り合いだと告げた。 彼女はそれを聞いて家に上げた。

 

「フィオーネ姫様……懐かしい名前ですねぇ。 辞してからと言うもの、もう随分と長いこと…お会いしていませんが……お元気ですか?」

「ええ、とても美しくてお優しいお姫様で…国民からも慕われています」

「そうですかぁ。 よかった…」

 

 フィオーネ姫のことを思いだしているようで、ソナは懐かしそうに目を細める。 そして本題として、自分達はフィオーネ姫のお願いで、ルディアノを探してみたいので、手がかりになるかもしれないあの童歌のことをききにきたのだと事情を説明する。

 

「あの歌ね……きかせてあげましょうか?」

「え、いいんですか?」

「もちろん」

 

 そう言うとソナは、隣にいた親友であるお婆さん、クロエに相づちをお願いしてから歌い始めた。

 

「ヤミにひそんだまものをかりに、くろバラの~きしたちあがる。

みごとまものをうちほろぼせば~しらゆりひめとむすばれる~♪

きしのかえりをまちかねて、しろぢゅうみんなでうたげのじゅんび♪」

「アソーレ それからきしさま、どうなった?」

「きたゆくとりよ、つたえておくれ、ルディアノで~まつ、しらゆり姫に、くろバラちったとつたえておくれ♪

きたゆくとりよ…つたえておくれ…くろバラちったとつたえておくれ♪」

 

 二人の雰囲気もどこか和やかで、ただきくだけなら楽しげな童歌だった。 だがその歌詞の一部に対し、4人は思わず口を開けてしまう。 そしてすべてを歌い終えた後、クロエは永遠に結ばれない2人を歌った、悲しい歌だと告げる。

 

「まぁ、実在するかはわからないけど、ルディアノを探すのなら、北ゆく鳥よ…という部分を手がかりにしてはいかがかしら」

「そ、そうですか……ありがとうございました」

「おほほ、フィオーネ姫様にも、久しぶりに会いたいですねぇ」

「そうですねっ! きっと姫様も同じことを思っていると思います」

 

 そうなんとかして、話を合わせてから彼女達に別れを告げて、4人は家を後にする。 だが、その顔はどことなく悩ましげだった。

 

「黒バラちった、て………歌われてましたね…………」

「ああ……」

 

 この歌のことを知ることができたのは、重宝できるものだろう。 だが、これをどう解釈し、どうしていけばいいのか。 今後どうするべきかを考えていると、叫び声が聞こえてきた。

 

「なに!?」

「誰か………誰かたすけておくれぇ!!」

 

 そう叫び声をあげながら村の中に入ってきたのは、小太りの木こりだった。 フィリスがその場に駆けつけると、それに続いて蹄の音を響き渡されながら、黒い鎧の男レオコーンが現れた。

 

「木こりよ、なぜ逃げる……? 私は話を聞きたかっただけだ。 安心しろ、おまえにはなにもしない………」

「う、嘘こくでねぇ……! オラは森の中で………あんたのことをさがしてる女の魔物にあっただよっ!! …………真っ赤な目をひからせながら、わがしもべ……黒い騎士をみなかったか…………ってよ!」

 

 びし、と木こりは顔を青ざめさせ体をふるわせながら、レオコーンを指さした。

 

「あんたはあの魔物のしもべなんだろっ!?」

「この私が魔物の僕だと!? なにをバカなことを…!」

「レオコーン!」

 

 名前を呼ばれて、レオコーンがそちらを見ると、そこにはフィリス達がいたので近づいていく。

 

「そなた達は………何故ここに………」

「実は……」

 

 フィリスは、彼と別れてからの一連の流れを彼に伝える。 今はルディアノという国の手がかりを探していることも。 そんな彼女達の行動にたいし、レオコーンは謝罪しつつも感謝を告げた。

 

「なぁ、あんたまさか……黒バラの騎士なんて、呼ばれてなかったか?」

「何故、そなた達がそれを知っているのだ」

「イアン…」

「話すしかねぇよ、事実を…」

 

 主に、イアンが中心となって、童歌のことを伝える。 それをきいたレオコーンは、表情こそ見えないものの、声からしてうろたえているのが伝わってきた。

 

「私のことが童歌になっていただと? どういうことだ……私がお伽噺の住人だとでもいうのか?」

「あたしにもわからないだけど、あたし達が知ることができたのは、そういう話だよ。 それで、北ゆく鳥というのが歌詞にあったから…あたし達で真実を確かめようと、北を目指すことにしたんだ」

「北…か……よかろう! ならば北ゆく鳥を追うことにしよう! 真実をつかむためにな!」

「あっ…」

 

 そう言ってレオコーンは、村を旅だっていってしまった。 しばらくその後ろ姿をみていたフィリス達だったが、ふっと我に返る。

 

「なんだか心配だわ、わたし達も後を追いかけましょう」

「うん!」

 

 4人はレオコーンを追って、北の方角へ走り出した。

 




次回予告

黒騎士の正体、そして姫の願いを聞き、フィリスたちはルディアノという国を探すことにした。
だが、ようやく見つけたルディアノ王国は既に廃墟と化していた…。
長き歳月が経ったその国に眠る、真実とは…?


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05「白百合と黒薔薇」

前回のあらすじ。

セントシュタインを恐怖させる黒騎士退治に出たフィリスたちは、黒騎士の事情を知りなんとかして彼を開放したいと望むようになる。
そこで、フィオーネ姫の話を頼りに情報を探すことになった。
得た情報によれば黒騎士の故郷であるルディアノへいけば、彼を助ける手立てになるかもしれないとのこと。
北にあるというその国を目指して、フィリス一行は歩をすすめるのであった。


 

 

 ルディアノ王国の手がかりと、そこへ向かった黒騎士レオコーンを追いかけ、フィリス達はひたすら北の方角を目指して進んでいた。

 

「はぁっ!」

「フッ」

 

 北に進んでみれば、そこは暗い森であり、さらにその森を進んでいくとじんめんちょうが木々の中から現れては、彼らに襲いかかってきた。 フィリスとイアンが武器を片手に前線に立ち攻撃したり、後方からはクルーヤが攻撃魔法を放って援護していた。 それをじんめんちょうのみならず、かまっちやメーダなど、自分に襲いかかる魔物を相手には、そのスタイルで戦っていった。

 

「皆さん、一度傷を癒しましょう」

「おお、頼むわ」

 

 セルフィスは仲間達が戦いの連続で疲弊していることに気付き、彼らに回復魔法を次々にかけて傷を癒していく。 そのおかげで、エラフィタ村をでてからこの森にはいるまで戦いっぱなしだった彼らの体力は回復された。

 

「随分と進んだけど、ホントにこの森の奥にルディアノなんて国があるのかぁ?」

「その真意を確かめるために、オレらもここまできたんだろ?」

 

 そうフィリスとイアンが会話をしながら先頭を進んでいると、やがて開けた場所にでる。

 

「…ここは………?」

 

 そこは瓦礫が積まれていて、毒の沼がところどころに存在し、一言でいえば廃墟というしかない地だった。 北の方角にあるのは、ルディアノという国だったはずだ。 この場所から強いてわかることといえば、大昔ここにはなにかの建物があったということだけだ。

 

「この有様は………ここが、ルディアノ…ということなの……?」

「…!」

「なんということだ…」

 

 その仮説を聞いたかのように、どこからか絶望に包まれた声が聞こえてきて、そちらをみると、そこにはいつからいたのだろうか。 レオコーンの姿があった。

 

「私は…城がこのような状況になるまで…一体なにをしていたというのだ…? ………姫は………メリア姫ッ!」

「あ、ちょ…」

 

 フィリスはレオコーンを呼び止めようとしたが、レオコーンは振り返ることなくそのまま走りさっていってしまった。 なんて前しか見えていない奴だと、その姿を見たフィリスは内心思った。

 

「行っちゃったよ………」

「フィリス…彼を追いつつ、この国の謎を解明しましょう」

「ああ」

 

 彼らもまた、あの黒騎士に続かんとばかりにその廃墟の中を進む。 廃墟の最奥部には人の気配はないものの、大きな石造りの建築物が存在しており、彼らはそこに足を踏み入れた。

 

「ひっでぇな、めっちゃ荒れてるし……魔物の住処になってるじゃねーか……」

「まったくだな…」

 

 中はかつて城であったというのは、広さ以外では想像ができないほどに廃れてしまっている。 そんな廃墟が住みやすいのだろうか、ドラキーやメーダなどの住処になっており、毒の沼に釣られてきたのかバブルスライムの姿まである。

 

「うわっ!」

「メラッ!」

 

 そのバブルスライムが攻撃を仕掛けてきたので、クルーヤはそれをメラで妨げる。 もしあの攻撃を受けてしまったら、自分達は毒に犯されていただろう。 魔物を追い払いつつ、イアンはレオコーンの行方を気にする。

 

「レオコーン、どこにいっちまったんだ?」

「きゃっ」

「クルーヤ?」

 

 そのとき、自分達の後ろにいたクルーヤが声を上げたので、フィリスは彼女に大丈夫かと尋ねる。

 

「だ、大丈夫…なにかが落ちてきて、ビックリしちゃっただけ…」

 

 そうクルーヤが苦笑しながら返すと、セルフィスは落ちていたそれを拾い上げる。

 

「手紙のようですね………なになに?

姫のお気持ち、大変うれしく思います。

しかし私は魔女討伐の任を果たさねばならぬゆえどうかそれまでお待ちください。

私の心はいつでも、姫とともに…。

騎士レオコーン」

「レオコーン!?」

 

 それは、レオコーンが書いたと思われる手紙のようだった。 彼らがその名前に対し驚いていると、セルフィスは周囲をみてあるものに気がつく。

 

「待ってください、この壁の絵………」

「え?」

 

 その絵は、黒い鎧を着た男性であり、その反対側には白いドレスを身にまとった女性が描かれていた。

 

「あの黒騎士そっくりじゃん」

「こちらはフィオーネ姫様そっくりよ…」

「え、あ、まじだ」

「カンペキうりふたつじゃね? こりゃ見間違えてもしゃーないわ」

 

 サンディもそう思ったようであり、率直な感想を口にした。

 

「どうやらあの黒騎士の話は本当のことであり、ここがルディアノであることは変わらないようですね………」

「…………」

 

 ここが本物であるならば、今のレオコーンはどんな心情だろうか。 フィリスは一刻も早く彼を救わねばという気持ちに駆られて、仲間達に呼びかける。

 

「行こう!」

 

 道中、襲いかかってくる魔物を追い払いつつ、フィリス達は旧ルディアノを突き進んでいく。 やがてたどり着いたのは、大きな扉が目立つ場所だった。

 

「ここが玉座の間か…?」

 

 王族の無事を確かめたいのであれば、基本的に王族がいる場所にいったほうが早い。 それは城の玉座の間であり、レオコーンもそう思いここに入ったのだろう。

 

「………クク…ク……」

「!」

 

 フィリス達が扉に手をかけようとしたとき、扉の奥から妖艶な笑い声が聞こえてきた。

 

「お帰りなさい、レオコーン。 随分さがしたけど……やはりここにきたのね………」

「貴様は…イシュダル………!」

 

 そういうことだったのか、とレオコーンは何かに気付き、そして考えながらもその記憶を言葉に出してめぐる。

 

「今、全てを思い出した……私は貴様を討つべく…このルディアノ城を飛び出し………」

「そして、私に敗れ………永遠の口づけを交わした………」

 

 イシュダルはレオコーンを見つめながら話を続け、妖しげな笑みを浮かべながらレオコーンに歩み寄る。

 

「貴方と私は数百年もの間、闇の世界でふたりきり………貴方は私の僕……。 そうでしょう…レオコーン?」

「だまれっ!!」

 

 近付いてきたイシュダルを剣で振り払い、レオコーンは剣を構えながらその身を震わせ、そして叫ぶ。

 

「貴様の………貴様のせいで…メリアはぁぁぁ!!」

 

 叫びながらレオコーンはイシュダルに切りかかるものの、それは黒い障壁に阻まれて弾き飛ばされてしまう。 地面にたたきつけられてもなお、レオコーンはイシュダルに立ち向かおうとするが、イシュダルはその目を紅く光らせた。

 

「ぐわぁぁぁーーっ!」

 

 その瞬間、赤い稲妻にレオコーンは包まれ、そのまま動けなくなってしまった。

 

「ククク……バカな男。 あの大地震のせいで私の呪いは解けてしまったけど………」

 

 身動きのできないレオコーンにイシュダルは近付くと、その顔に両手を添える。

 

「いいわ………もう一度かけてあげる。 二人きりの闇の世界に誘う、あの呪いをね……」

「うぉらぁーーっ!」

 

 後少しで、イシュダルの唇がレオコーンに届こうとしていたとき。 ばぁんという重いものが動きたたきつけられた音と、迫力のある声が玉座の間…だけでなくこの旧ルディアノ城全体に響きわたった。 何事かと驚くイシュタルの前に現れたのは、レオコーンを追いかけていたフィリス達だった。

 

「なにあんた? なにしにここまで?」

「決まってるだろ! 彼を助けにきたんだよっ!!」

「あらそう……でも、あんたもバカねぇ……今の呪いの威力みていなかったの?」

 

 そう言いつつ、イシュダルはにやりと笑うと自身の中の魔力をかき集める。

 

「いいわよ、そんなにお望みなら…あんたにもかけてあげるわ! 私のとびっきりの呪いをねっ!」

「ッ!」

「フィリスさん!」

 

 イシュダルはレオコーンにもかけた、あの力を使ってフィリスを拘束しようとした。 だが、その呪いの力はフィリスの前で弾き飛ばされた。 その力が全く通じなかったことに対し、イシュダルもイアン達も驚く。

 

「な、何故!?」

「フィリス、あなた……」

「お前は何者だ、なぜ私ののろいが効かないのだ! 人間ならば私の呪いにかかるはずなのに………」

「ふん、だったらおとなしく身を引けばいいじゃないか……呪いがなければ、お前は……」

「ふざけるなぁ!」

 

 自分の力が通じなかったことにより、イシュダルは怒りが増したようであり、短剣を構えながらフィリスに攻撃を加える。 フィリスはそれを剣で受け止めて弾き飛ばす。

 

「呪いが効かないのであれば、私が! この手でズタズタに切り刻んで、あの世に葬りさってくれる!!」

「それは、こっちのセリフだっ!」

 

 そう言ってフィリスは再びイシュダルを迎え撃つ。 横からイアンが棍を叩きつけ、イシュダルを吹っ飛ばして壁に叩きつける。 そこにクル0ーヤがヒャドを放つが、それはイシュダルの放つ同じ魔法で相殺されてしまう。

 

「さらに凍てつかせてやるわっ!」

「ぐぁっ!」

 

 さらに、イシュダルはイアンに対しヒャドを放って攻撃を仕掛けてくる。 その氷の刃はイアンの腕をかすめるが、それではイアンは止まらず、棍を振り回して相手の足を引っかけて転ばせる。

 

「がっ!」

「あらよっと!」

 

 そこにフィリスが飛び込んで、かえん斬りを食らわせた。

 

「ぐあぁぁっ!!」

 

 その一撃を受けたイシュダルは、悲鳴を上げる。 どうやらその一撃が相手には強く効いているようだ。

 

「さっきの一撃、効いているみたいよ!」

「よしっ!」

 

 このまま一気に攻めて、このまま倒してしまおうと思ったそのときだった。

 

「このまま………倒れてたまるものかぁ!」

「ハッ!」

「ちょ、マジヤバだって!」

 

 イシュダルは再びその双眼を光らせて、フィリス達を呪おうとした。 その呪いはフィリスには効かないものの、イアン達はかかってしまうだろう。 そう思ったフィリスは彼らをかばい、相手の呪いを自分が盾になることで妨げようとした。

 

「………ッ!」

 

 3人を自分の後ろにさせてのろいから守ることはできたが、その閃光のまぶしさに一瞬目を閉じてしまった。 そして目を開けたとき、彼らの目には衝撃的な光景が入ってくる。

 

「レオコーン!?」

「貴様ッ……」

 

 あの一瞬の間にイシュダルはレオコーンに近づき、彼に今抱きつく形になっていたのだ。 この状況をみて彼らはその意図にすぐに気付く。 イシュダルは、レオコーンをフィリス達の人質にしているのだ。

 

「さぁ………私に剣を向け続けなさい……そのときにこいつを盾にすればいいから、心配はいらないわよ?」

「………クッ………!」

 

 卑怯だ、と言って身動きがとれなくなったフィリス達に、レオコーンは苦しみながらも彼女達に告げる。

 

「フィリスよ………私の身など、気にする必要は………ない………! そのまま…この魔女を、斬り殺せ……!」

「!」

「私、も………巻き添えにしても、かまわん…! ……このまま、魔女を生かしたままにするよりも………ずっと、いい……!」

「けどっ…」

 

 レオコーンの言葉を受けるか、それとも……とフィリスは困惑する。 そんな彼女にたいしイシュダルが攻撃をしようとした、そのときだった。

 

「イオッ!」

 

 その声と共に、魔女の足下で爆発が起こり、その衝撃でイシュダルは吹っ飛ばされレオコーンから引き離される。

 

「ぐはっ!」

「むっ!」

 

 レオコーンの元にはすぐにセルフィスがかけより、守るように槍を手にしながら彼のそばにいた。 そしてフィリスはあの魔法を放ったであろうクルーヤに一度目を向ける。

 

「クルーヤ!?」

「今よ、今のうちにその魔女を倒して!」

「ああっ!」

 

 その声を受けてまずはイアンがイシュダルにつっこみ、渾身のパンチをその腹部に食らわせた。 が、とイシュダルは苦しそうな声を上げた後で反撃としてイアンに短剣の一撃を食らわせる。

 

「フィリスッ!」

「オーケィ!」

 

 そのかけ声にあわせてフィリスは剣を構えながらイシュダルにつっこんでいき、その刀身に炎をまとわせて一気に切り裂く。

 

「グワァァァーーーッ!!!」

 

 その一撃を受けてイシュダルの体は黒こげになり、その場に崩れ落ちた。 そのスキにセルフィスはイアンの体力を回復させる。

 

「僕のスカラ、効いてくれたみたいですね…」

「ああ、サンキュな」

 

 実はイアンがあの一撃を受けても平気でいられるのは、セルフィスがあらかじめスカラをかけてくれていたからなのだ。 自分の魔法が効果あったと知って、セルフィスも安堵している。

 

「ナイスな攻撃だったわ、フィリス」

「なに、クルーヤがあいつとレオコーンを引き離してくれたからだよ」

「ふふっ」

 

 そう喜び合うフィリス達の後ろで、黒こげとなったイシュダルが口を開く。

 

「く………くちおしや………。 再びレオコーンと私だけの世界がよみがえるはずだったのに………。 ………でもね、レオコーン。 数百年の時はどう足掻こうと、戻すことはできない……」

「!」

「愛するメリアは……どこにもいない……」

 

 ボロボロと、黒い灰となって体が崩れ落ちていきながらも、イシュダルは笑みを浮かべていた。

 

「絶望にまみれて、永遠にさまよい歩くがいいわっ! アッハハハハハハ!」

「ふんっ!」

「あっ」

 

 イシュダルは笑い声をあげながら一瞬で消えた。 レオコーンが、最後の力を振り絞り、切り裂いたのだ。

 

「あの魔物、死んだのよね」

「ああ」

 

 魔女であるイシュダルは、この世から完全に消滅したのであった。 イシュダルが完全に消え去ったのを確認した彼らは我に返ると、レオコーンに駆け寄る。

 

「おい、動けるか!?」

「…………」

 

 イアンの呼びかけに対し、レオコーンはただ呆然としているだけだった。 その様子から彼は絶望しているのが伝わってくる。

 

「…………そなたの手を借り………ようやくルディアノにたどり着いたというのに………。 時の流れとともに王国は滅び………私の帰りを待っていたはずの…メリア姫も………もういない………」

「……………」

「私は………戻ってくるのが遅すぎた………」

 

 どうしよう、と彼らが困惑していた、そのときだった。

 

「いえ、遅くなど……ありません」

 

 どこからか涼やかで、でも凛としている女性の声が聞こえてきたのだ。 そして玉座の間には、美しい首飾りに純白のドレスを着た、一人の女性の姿があった。

 

「えっ……」

「その首飾りは!」

 

 その女性は、この国にあった肖像画に描かれた女性とうり二つだった。 その正体にフィリス達は薄々気付いてはいたが、レオコーンはまさかと思いその名前を口にする。

 

「メリア姫!? そんな貴女は、もう………」

 

 いないはずなのでは、とレオコーンは問いたかったのだが、それを彼女は首を横に振って止める。

 

「約束したではありませんか。 ずっとずっと…貴方のことを待っていると………」

「…………」

 

 そう言って、メリア姫はレオコーンに手を伸ばす。

 

「さぁ…黒バラの騎士よ。 私の手を取り…踊ってくださいますね? かつて果たせなかった………婚礼の踊りを……」

「メリア姫。 この私を、許してくださるのですか」

 

 それにたいしメリア姫はほほえんだままであり、レオコーンは自然と彼女の手を取っていた。 そして2人は玉座の間で一緒に踊る。

 

「不思議な光景、ね……」

「うん……」

 

 そんな不思議な姿に、フィリス達はただただ見とれていた。 そこはまるで、本当に豪華な城で、愛し合った2人が手を取り合い踊る……本物の結婚式であるかのような錯覚を起こしていた。 自分たちもその場に居合わせているような気にもなった。

 

「ありがとう、異国の姫よ……」

「あっ……」

 

 そうして、レオコーンは光の粒に包まれて、天に昇っていった。 そうして2人の手は名残惜しそうにしながらも、そっと離れていく。

 

「……貴女がメリア姫でないことは、もうわかっていた。 しかし貴女がいなければ、私はあの魔物の意のまま…。 絶望を抱え永遠にさまよっていたことでしょう…」

 

 その姿にたいし、メリア姫もといフィオーネ姫は、暖かいほほえみを浮かべていた。

 

「貴方はやはり……黒バラの騎士様だったのですね。 初めてお会いしたときから、ずっと運命のようなものを感じておりました………」

「メリア姫の記憶を受け継ぐ貴女ならば、そのように思われたのも、不思議ではありません………」

 

 その言葉に対しフィオーネは目を丸くした。 自分がメリア姫の子孫だというのを改めて知ったのだから。 そしてレオコーンはフィリス達にも目を向ける。

 

「フィリス、そしてその仲間よ。 そなたらのおかげで、すべての真実を知ることができた。 もう思い残すことはない………」

「……」

「ありがとう」

 

 そう告げて、レオコーンは光に包まれて消えた。 その瞬間、安堵のほほえみを浮かべる男性の顔が見えた気がした。

 

「ねぇ、もうあの人は……」

「きっとそうです、無念を晴らしたから………願いが叶ったから…天に召されたのです………」

 

 セルフィスはそう言うと、どこからか十字架を出して祈る。

 

「願わくは、安らぎの眠りを。 そして来世では今度こそ、愛する人と生きて……幸せになりますように………」

 

 彼がそう祈った後、皆はフィオーネ姫に近付く。

 

「姫様………」

「…貴女達にお任せしたはずなのに、あの方のことを考えていたら……いてもたってもいられず、ここまできてしまいました…」

「ひぇ~すっごい度胸」

 

 率直な感想を漏らすフィリスにたいし、フィオーネはくすくすと笑う。 奥には護衛の兵士達がおり、すべてを終えたからすぐに城に帰るのだという。

 

「じゃあ、帰りは護衛の人とともに、あなたを守りながらいきます」

「ふふ、頼りにしています」

 

 そう言ってフィリスと仲間達は、姫の護衛をする形でともにルディアノを後にした。 その帰り道、フィオーネ姫はフィリス達に不思議なことがあったのだという。 あの黒騎士のことを考えてたら自然とあのペンダントを身につけていたということ、そしてドレスも白いものを選んでいたということ。

 そして、この城にきたとき、優しい声でこう言われたということ。

 

「よくきてくれましたね、フィオーネ。 ありがとう」

 

と。

 

 




次回予告。

魔女をうちたおし、黒騎士を救い未練を晴らしたフィリスたちは、セントシュタインでたたえられた。
そして、今後の旅の目的をきめつつ、次の冒険の地へ進むことになる。
次の町で彼らを待ち受けるものとは……?


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06「仲間たち」

前回のあらすじ。
セントシュタインの黒騎士問題を、フィオーネ姫の協力のもと解決したフィリスたち。
息ぴったりで事件を解決させた4人は、やがてある決断を迫られる。
それにたいし、4人はどうこたえるのか……


 

 

 フィリスと仲間達はフィオーネ姫を兵士とともに護衛しながら、セントシュタイン城に戻ってきて、一連の流れを国王に全てはなした。 さすがにここまでくれば、セントシュタイン王もわかってくれた。

 

「………わしも、流石に頭に血がのぼってしまっておったわい……。 このことは反省しておる。 わしも……このことは無駄にしないようにせねばな………」

「ようやく、何事にもおびえず、この国でゆっくり過ごせるのですね。 ………うっ……うっ………。 ああ………ごめんなさい………安心したらうれし涙が………」

「貴女達には感謝しております…。 もし今後も旅を続けられる中で困ったことがあれば、今度は私達が力になりましょう」

 

 そう言ってくれたフィオーネ姫に、フィリスはあの黒騎士のことを思いながら告げる。

 

「彼のこと、忘れないであげてくださいね」

「はい」

 

 決して彼のことは忘れない、とフィオーネ姫はフィリスとも堅く約束し、そしてこの国をさらに美しい国にして、守るのだと彼女は誓う。 その決意の強さは、フィオーネ姫の満面の笑顔に現れていた。

 

「貴女達のこれからの旅の無事を祈りますわ」

 

 そう言葉を交わした後、フィリス達は王城をあとにした。 彼らはもう時間もいいところだし、ということで一晩休むために宿屋に向かうと、ちょうど彼らを泊める準備ができていると教えてくれた。

 

「じゃあ、早速泊まる?」

「うん、お願いするよ」

 

 そう言って4人は男女に分かれて泊まることになり、今は酒場の席で会食をしている。 ちなみに新しい装備品や今後の旅の資金は、今回の件を解決してくれたお礼としてセントシュタイン王が出してくれた。 これなら今後の旅も大丈夫だろうと彼らは思っていた。

 

「そういえばさ」

「ん?」

 

 ふとそこで、イアンは一度酒を置いて思い出したことをそのまま口に出した。

 

「ルイーダさんが言っていただろ、このメンバーで今後も旅をするかは、黒騎士の一件が終わってから改めて考えてみたらどうだって」

「あ」

 

 そういわれていたことを、思い出した。 奥にいるルイーダも、そういえばそうだったわねと言っている。 どうやら彼らに一緒にいるように進めた張本人も、そのことをすっかり忘れていたらしい。 そんなルイーダのリアクションをみたイアンは、からっと笑う。

 

「忘れちまってたってことは、あの短い時間でオレ達、すんなりとなじんじゃったというわけだな!」

「そうですね、戦っている間もこれといって違和感を覚えたことはありませんし」

「みんな割と息ピッタリだったな」

 

 パーティーをくむことになってから解決するまでの、今回の一件の流れすべてを思い出す。 互いに得意分野を生かして、まるで長年チームを組んでいたかのように戦っていたし事件の解決にも努めた。 それに、なんとなくではあるが、それぞれがどういう人間なのかもわかった気がする。

 

「もう少し、一緒に旅を続けてみてもいいかもしれないね」

「ああ、そうかもな」

「今後の目的はとくに決まってはないですけどね」

 

 確かに、いくら息があっていてもうしばらくともに旅を続けることになったとはいえ、今後の旅の目的も決まらない。 これからどうしようか、という話になったとき、イアンがある提案をする。

 

「とりあえず、今日はこのまま、この宿屋で眠って休もうぜ。 みんな、クッタクタだろ?」

「そうだな…リッカ、今晩はお世話になるね」

「あ、うん!」

 

 フィリスの言葉に応じてリッカは、フィリスとクルーヤを女性用の部屋に、イアンとセルフィスを男性用の部屋に案内する。

 

「あたしは別に男と一緒の部屋でも平気なんだけど……別々の部屋を用意してもらっちゃっていいの?」

「いいの、いいの! だってフィリス達大活躍だったんだもん。 このままゆっくり休んで」

「ああ、さんきゅ」

「じゃあ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 

 そう言葉を交わして、リッカは部屋を出ていった。 フィリスとリッカのやりとりを見ていたクルーヤはふふっと笑う。

 

「仲がいいのね」

「ああ、リッカはあたしにとっては、命の恩人ってところなんだよ。 そして…あたしはその恩返しとして…あの子の背中を押したって感じかな」

「そうだったんだ、じゃあ特別な友達なのね」

「そうだな…」

 

 その後フィリスとクルーヤは、他愛のない話で盛り上がった。 正直フィリスは女の子らしいことを苦手としているため、彼女と話をして楽しめるのかと心配もしたが、クルーヤもそれはどことなく理解していたようであり、フィリスと話の波長を合わせてくれた。 そのおかげで、フィリスもクルーヤも会話を楽しむことができた。

 

「じゃあ、もう時間もいいところだし…寝ましょう。 おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 そして、そう会話を交わした後で2人はベッドに潜り、眠りにつくのであった。

 

 

 早朝、フィリスはサンディに起こされて、仲間達より先に目を覚まし、2人きりでとある場所に向かっていった。 天の箱船がどうなったかを、確認するために。

 

「ふぁぁぁ~~~……」

「チョーでっかい欠伸とか、うけるんですケド」

「うっせーな」

 

 そう会話をしながら、サンディは昨日のことを話す。

 

「グッジョブだったね、フィリス! あのとき、みーんなアンタに感謝して、星のオーラが国の周りにあふれていたんだヨッ!」

「え、ホントに!?」

「あ、そういえばアンタ、星のオーラ見えないんだっけ! 超うける!」

「…………」

 

 サンディはあくまでからかうためにそう言ったのだが、フィリスはそれが気に入らないようであり、すっと剣を抜いた。 それにたいしサンディは身の危険を感じて慌てて彼女を止める。

 

「………あ……じょ、冗談だよ…冗談…。 だから…そうやって剣を抜かないで、ネ……?」

「…………ッチ」

 

 フィリスは舌打ちをしながら剣を鞘におさめる。 そんなやりとりがあったものの、とりあえず天の箱船のある峠の道にたどりついた。

 

「うーん………パッと見、変化ナシかも」

「みたいだな」

「とりあえず開けちゃおう!」

 

 そう言ってサンディは天の箱船の扉を開け、一足先にその中に入って様子を確かめる。 中の様子に変化がなく、スイッチを押したりしてみたようだが、それでも変化は起こらない。 それにたいしサンディがなんでなのーと頭を抱えてうなっていると、フィリスがその天の箱船に乗る。 すると、天の箱船全体がガコンという音を鳴らして大きく揺れた。

 

「おっ!?」

「あ、今アンタが乗ったら動いたヨッ!」

「うん、確かに今ガコン、て言ったよな」

 

 それにはフィリスも気付いていた。 最初は彼女が乗っただけではなにも起こらなかったのに、今回は揺れたのだ。 その揺れは一度きりの一瞬のものではあるのだが、それでもサンディにはひとつの希望が見えた気がした。 そして、サンディはとある結論に至る。

 

「もしかして、星のオーラが出てきたことによって、アンタに天使の力が戻ってきているんじゃないの!?」

「え、ホントに!?」

 

 見えない星のオーラが、こんなところに影響しているなんて。 だがその説が有力であり、そこに賭けるしかないのもまた事実である。

 

「もっと人助けをしたら、星のオーラをいっぱいゲットできて、アンタに天使の力が戻ってくるかもしれないヨ!」

「そっか、それでいこうぜ!」

 

 サンディのその後押しの言葉を受けて、フィリスはその作戦に乗ることを決めた。 だがそこでふと、フィリスはあることを思い出し呟く。

 

「でも、人助け…の旅か………」

「ン?」

「みんな、納得してくれるかな……?」

 

 フィリスが気にしているのは、この旅に付き合わせることになるであろう、イアン達のことだった。 とにもかくにも、このまま仲間を放置したままでいる方がダメだろうなと思い、フィリスとサンディは急いでセントシュタイン城に戻ってきた。 時刻はすでに、完全に日が昇っている頃なのだ。

 

「あ、いたいた!」

「イアン」

 

 戻ってきたフィリス達に、宿屋の外にいたイアンが気付いた。 達、といっても、イアンにはサンディの姿は見えていないためフィリスが一人で外にでて一人で戻ってきたようにしか思えないのだが。

 

「探したぜ、他のみんなはもう起きてるぞ」

「あはは…ゴメンゴメン…」

 

 その後もイアンはフィリスになにをしていたのかを聞くものの、あまり事情を知られたくないフィリスは適当にはぐらかす。

 

「なんだってんだ?」

 

 いつかは聞き出してやる、とイアンはそう胸に強く誓いながらも、この場は身を引いた。

 

 宿屋に戻ってみると、イアンの言っていたとおりセルフィスとクルーヤの姿があり、戻ってきたフィリスを見て彼女に駆け寄ってきた。 どうやらフィリスのことを心配していたようだ。 彼らに軽く謝罪を告げてから、これから自分がどうしたいのかを正直に彼らに打ち明けた。

 

「人助けをするための旅をしたい?」

「うん」

 

 詳しいことはいえないが、大まかに間違っていない事実を告げる。 今回の事件を通して、同じような事がほかの場所でも起きているんじゃないかと思ったこと、そしてそれにより困っている人がいるのなら放っておけないこと、そんな人々を助けたいということ。

 

「なーるほどなぁ…」

「え、なにが…なるほどなんだ?」

 

 全ての話を聞いたイアンは、どこか納得したような顔になり、それにたいしフィリスは戸惑う。

 

「お前ってどっか、お人好しって顔してるもんな」

「え、あたし…そんな顔してた!?」

「おー、してるしてる」

 

 イアンのその言葉に対しフィリスは驚き自分の顔をペタペタとさわる。 そんな様子をサンディが苦笑しながら見つめると、同じようにフィリスの様子をみていたクルーヤがクスクスと笑いながら彼女に声をかけてきた。

 

「けど、いいんじゃないかしら、人助けをしまくる旅っていうのも」

「クルーヤ……」

「あなたの言っていること、間違っていないもの……私はあなたを信じるわ」

 

 そうクルーヤが言うと、イアンとセルフィスもそれに続く。

 

「……確かに、前の大地震以降、おかしいこと続きだしな…………」

「…このセントシュタイン城の、黒騎士の一件のように……困っている人が多いんではないでしょうか………」

「それを一つ一つ解明していき、解決する旅うん、悪くないかもしれないわね!」

「………あたしの提案、というか……やりたいことに、協力してくれるのか……?」

 

 フィリスの言葉に対し、全員はうなずく。 その反応に対しフィリスは胸の内が熱くなるのを感じて、3人に笑いかけながらありがとうと告げる。

 

「そうと決まれば、とりあえずここを旅だって進みましょう! 丁度塞がっていた関所があいたって話だもの!」

「いつの間にそんな情報を!?」

 

 驚くフィリスに、ルイーダが話しかけてきた。

 

「ふふん、ここは酒場でもあるという情報を忘れていたのかしら?」

「ルイーダさん」

「実は私とセルフィスで、ここであなたとイアンを待っている間にルイーダさんが教えてくれたの」

「情報収集は、いろんな人が集まる酒場が鉄板。 覚えておきなさい」

「は、はい」

 

 なにはともあれ、次の目的地は決まった。 新たに開いたという関所の向こうの地だ。 そこにいけば、なにか手がかりが見つかるかもしれない。 そう決めたフィリスは、その酒場で朝食を食べ、準備を整えた後にセントシュタインをあとにするのであった。

 

「じゃあまたねフィリス、みんな!」

「いつでもいらっしゃい!」

「いってきまーす!」

 

 リッカやルイーダに、見送られて、4人は先へ進む。

 

 

 セントシュタインの東の関所は、先の一件によりしばらく閉鎖されていたのだが、事件が解決して安全が確認されたことにより再びその道が開かれた。 早速4人はその関所を通り抜け、先へと進んでいった。

 

「ちょっと、やってみちゃうよー!」

 

 途中でもみじこぞうの群におそわれたが、そこでクルーヤは派手にイオの魔法を放って一気に吹っ飛ばして倒す。 同時に出現したしにがみも、セルフィスは槍を振るい対応していく。 そしてがいこつもフィリスとイアンがそれぞれ直接攻撃をして倒した。

 

「軽いな」

「ああ」

 

 セントシュタインで初めて会ってから、約一週間と少しが経過しているものの、その中でフィリスは仲間達がどのような人間であるかを知っていった。

 イアンは最初にあったときから思っていたが、武術に優れていて竹を割ったような人間であり、とても面倒見が良い。

 セルフィスは礼儀正しく、とても優しい性格なのだが、見かけによらず体力があり、先程のように槍を扱っては魔物と互角に戦える。

 クルーヤは明るくハキハキとしており、大胆な一面を持っているが、魔法の腕はピカイチであり、攻撃魔法で敵を豪快に吹っ飛ばす。

 そして、全員困っている人を放っておかず、皆を仲間として友好的に接してくれる。

 それが、フィリスが仲間達に抱いた印象である。

 

「このまま行けば…ベクセリアの町にたどり着きますよ」

「ベクセリア、かぁ…」

 

 その地名を聞いて、フィリスは初めてセルフィスと会ったときのことを思い出してその話題を切り出す。

 

「そういえば、セルフィスはベクセリアの町の出身だったよな」

「はい、半年ほど前………僕は様々な天使の伝説や言い伝えを中心に調べながら行う、巡礼の旅に出たのです。 両親は僕のことが心配だったようで……反対していたのですが………唯一姉だけが、僕を応援してくれました」

「お姉さんがいるのね」

「はい」

 

 セルフィスは懐かしそうに笑みを浮かべながら、故郷や家族についての話を続ける。

 

「姉上は、僕が旅立つ少し前に結婚したんですよ」

「え、ということはまだ新婚さんの段階?」

「はい。 ちょっと色々あったのですが…今はどうなっているのでしょうね。 このまま町につくことができたら、みんなにも紹介しますね」

「楽しみだな」

 

 そう会話をしながら、セルフィスの案内の元、ベクセリアの町がある方向へ向かう。 その途中でセルフィスの動きがどこかせわしないので、その様子が気になったフィリスはセルフィスに声をかける。

 

「セルフィス?」

「ふふ、まだ旅の途中であるとはいえ……故郷に帰るのは緊張しますね……」

「故郷、か……」

 

 その単語に対しフィリスは目を少し細める。 脳裏に浮かぶのはやはり、どうあがいても今はまだ戻れそうもない、雲の上の遙か高い空にある自分の故郷だった。

 

「……あ、見えてきました! あそこがベクセリアです!」

「え、ああ!」

 

 セルフィスの声で我に返ったフィリスは、彼の指さす先にある町を見つめ、そこへ向かってまっすぐ歩いていく。

 

「………これは………!?」

 

 だが、その町についた瞬間、全員の顔は驚きの色に染まった。 町は全体的に薄暗く、歩く人々の顔にも陰がさしている。 空気も、とても重い。

 

「おい、この町って……もとからこんな………」

「ち、違いますよ! ホントはもっと明るい町なんです、ベクセリアは!!」

 

 イアンの言葉に対しセルフィスは強く反発したのち、改めて町を見渡す。

 

「町全体が暗く、そして重い空気に包まれている……。 僕がいない間に、なにがあったんだろう………?」

 

 そう考えていると、偶然通りがかった一人の荒くれがセルフィスに気付いて近づき、声をかけてきた。

 

「あ、セルフィス坊ちゃん!?」

「へっ?」

 

 その単語を聞き、3人はセルフィスの方をゆっくりむき、同時に声を上げるのであった。

 

「「「坊ちゃん!!?」」」

 

 




次回予告。

4人で人助けの旅をすることを決めたフィリス一行は次の目的地・ベクセリアにやってきた。
そこはセルフィスの故郷であるのだが、その街は陰湿な空気に包まれていた。
その陰湿な空気の原因は、この町を襲っている病魔とのことだ。
自体を解決させるには、とある考古学者の協力が必要らしいのだが…?


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07「疫病の町」

ベクセリア編です。
この辺はDQ9のなかでも、特に思い入れの強いエピソードですね。


 

 

 新たなる町・ベクセリアに足を踏み入れたフィリス達は、町の人々が暗い顔をして中には苦しそうにせき込んでいる人もいる。 その最中、実は仲間の一人である僧侶の少年・セルフィスが実は、この町の町長の息子であるという事実を知った。 その衝撃の事実に対し呆然としているフィリスたちにたいしセルフィスは、彼女達を連れて奥にある大きな屋敷に向かった。

 

「ここがまさか、セルフィスの実家か?」

「はい、町長の家、です」

 

 セルフィスはそう言って扉をノックすると、ゆっくりとその扉は開く。 扉を開けたのはこの家に仕えるメイドであり、セルフィスの顔を見ると驚き、すぐにあがるように伝える。 そして、彼女の案内の元に4人は応接間へ向かい、そこでしばらく待っていると町長夫妻が入ってきた。

 

「まさか……?」

「父上、母上…お久しぶりです」

「セルフィス、セルフィスではないか!」

 

 まさか息子がいるとは思っていなかったらしい、町長夫妻はセルフィスの顔をみて驚く。 セルフィスも笑みを浮かべており、両親との再会を喜んでいるようだった。

 

「ああ…セルフィス、懐かしいわ……貴方が僧侶となり旅にでてから、すでに半年が経過していたけど……この時にまた、貴方の顔が見られるなんて………」

「何故、ここに……そしてそちらの者達は?」

 

 セルフィスは、フィリス達の方をみてから再び口を開く。

 

「今はこの人達と、人助けのための旅をすることになって……その途中でこの町に立ち寄ったのです。 そうしたらこの町の異変が気になって……。 一体…なにがあったのですか?」

「そうだな…お前にも、知っておいてもらった方がいいのかもしれない……」

 

 町長は、今この町で起きている異変をすべてはなすことを決め、口を開いた。

 

「この町では今…疫病にあふれているのだ」

「疫病?」

「うむ………この病は今回が初めてではなく、100年前にも同じことがあったものと同じものなのだ。 資料を調べればわかるはずなのだが……恥ずかしながら私では、その記録が載っている古文書の解読は不可能……そこで」

「……まさか、その解読を…義兄上に…?」

「……その通りだ」

 

 あにうえ、という単語がでた瞬間に、その場の空気が重くなった。

 

「なんか、空気重くなったな?」

 

 そうつぶやくフィリスにたいし、セルフィスは苦笑しながら事情を説明する。

 

「実は、姉上の夫にあたる人物……。 義兄上であるルーフィン殿は、考古学者で…この屋敷にも僕も知らないし解読できないほどの古文書がいっぱいあるんです。 それを見せてもらうために義兄上はここにきて、ここに通っているうちに姉上とお近づきになり、次第に仲良くなって結婚したのです」

「あぁ…そっかぁ」

「義兄上は頭はいいのですが、それ故に他人に無関心で僕もあまり話をしたことがありません…。 僕が僧として修行の旅にでることになっても、そんなのどうでもいいという様子でした」

「うわぁ……」

 

 どうも一癖ある人物らしい。 なんとなくながらもこの町長とルーフィンなる人物は仲がよくない理由も察しがついた。

 

「だが、今の頼りは…悔しさがあるがルーフィンなのだ。 セルフィスと、そしてそなた達に頼みがある。 古文書の解読がどこまで進んでいるのかを確かめてくれ。 そしてもし仮に解読が済んでいるのならば、その解明に協力してほしいのだ…」

「みなさん…僕は、このベクセリアの力になりたいです、助力をお願いします」

 

 そう言ってセルフィスはペコリと、フィリス達に頭を下げてお願いしてきた。 そんな彼の頼み方をみて、フィリスは一筋縄ではいかないと思いながらも、彼の頼みを聞くことを決める。

 

「しゃーないよね、仲間だもん」

「ありがとうございます、では、参りましょう」

 

 セルフィスはフィリス達にそう告げると、ルーフィンとその妻であるセルフィスの姉の家に向かう。 その家の場所はセルフィスもよく知っているようであり、彼の案内のおかげもあって家には迷うことなく到着できた。

 

「はーい」

 

 その家の扉をノックすると、家の中から明るい女性の声が聞こえてきて、ゆっくりと扉が開いた。 ピンクと白のフリフリのエプロンドレスを身につけた、緑色の髪と瞳を持った若い女性だった。

 

「…………!」

「お久しぶりです、姉上……セルフィスです」

 

 その女性が、どうやらセルフィスの姉であるエリザらしい。 彼女はセルフィスの顔を見て目を丸くさせていたが、やがて嬉しそうに声を上げて笑いながら彼に抱きついた。

 

「きゃー! セルくん!? セルくんよねぇ! なっつかしー!」

「あ、姉上…」

 

 強く抱きしめられ、セルフィスは戸惑ってしまっている。 フィリス達は、そんな姉弟の姿を苦笑いしながら見ていた。

 

「な、なんかこの町の今の状況に合わない人だな」

「あ、ああ」

「あなた達が、セルくんのお友達なのですねっ」

 

 あのあと、セルフィスはエリザに解放してもらった後、家に上げてもらいながらフィリス達のことを紹介した。

 

「改めて、わたしはエリザっていいます」

「こちらこそ。 それで実はあたし達、ルーフィンっていう人にご用があってきたのです」

「ルーくんに……あ、ルーくんっていうのはうちの主人のルーフィンのことねっ! きゃ、主人ですって、てれるぅ~~!」

「姉上…」

「あ、ごめんなさい、ついはしゃいじゃった」

 

 どうやらこのエリザという女性は自分の夫であるルーフィンに相当ホレこんでいるらしい。 一度はテンションがあがったエリザをセルフィスがたしなめながら、彼を尋ねてきた理由を説明する。 その理由に納得したエリザは、ルーフィンが最近こもりっきりになっているという研究室に彼らを連れていく。

 

「もー、パパったら………いくら会うのが気まずいからって…セルくん達に頼まなくたって……ケホケホッ!」

「大丈夫ですか、姉上」

「あはは、大丈夫よセルくん。 相変わらず優しいわねっ。 お姉ちゃんうれしいなぁ」

 

 せき込んだ自分を心配するセルフィスにたいしエリザは笑顔を向けると、少し変わったノックをした。 すると、扉の奥から男性の声が聞こえてきた。

 

「エリザかい? こんな時間に珍しいな」

「お疲れさま、ルーくんにお客様がきているんだよ。 パパのお使いの人が、古文書の解読が進んでるか聞きたいんだってー」

「………はいってもらってくれ」

 

 そういわれたので、エリザが扉を開けてそれに続いてフィリス達も足を踏み入れる。 頭をポリポリとかきながら、ゆっくりとイスから立ち上がるのは、ボサボサの髪に古ぼけためがねをかけた一人の男性だった。

 

「今忙しいんだけどなぁ………。 でもお義父さんの使いじゃ、ムシもできないか…………」

「お久しぶりです、義兄上。 僕のことを覚えていますか?」

「あーそういえば、義理とはいえ…弟が出来たんだった」

「うわぁ……」

 

 ルーフィンらしき男性のセルフィスにたいする態度をみて、思わずそう声を漏らしてしまうフィリス。 その横でエリザはルーフィンに自己紹介をするようにうながす。

 

「自己紹介しなくちゃ、ルーくん」

「ん~…それって意味あるのかい、メンドくさいなぁ……ぼくはルーフィン。 考古学をやっています」

 

 とりあえず、フィリス達も同じように名乗るが、すぐに忘れるかもしれない、と言うルーフィン。 そんな彼にたいしキゲンを悪くしつつも、セルフィスに押さえられ、セルフィスはそのまま、彼を尋ねてきた用件を伝える。 すると、ルーフィンは古文書を解読できたといってその内容を彼らに教える。

 

「事の起こりは100年ほど前、ベクセリアの西に遺跡が発見されたことにさかのぼります。 そしてそれに興味を持ったベクセリアの民はうっかり遺跡の扉を開けてしまったところ、その中からは病魔という名の災いが出てきた。 その災いは病気…というより呪いの一種といえるもの……そして、はやり病の元凶。 当時の人々はその病魔をなんとかして封印し、遺跡の入り口をほこらで塞いだことで、なんとか難は逃れたそうです」

「ってことは…今……この町にはやり病が復活したのは…?」

「ほこらの封印に何かの異変が生じた……そして原因は多分、この前の大地震のようだね…」

「じゃあ…ほこらに行って、病魔ってのを封印し直せばいいってこと?」

「その通りさ。 まぁシロウトには難しいだろうけどこの町でできるのは、ぼくだけだろうね」

 

 それを聞いてフィリスは微妙な顔になるが、エリザは心配そうにルーフィンの顔を見て問いかける。

 

「じゃあ、じゃあルーくんがこの町のために…ほこらの封印をなおしに行くの?」

「うーん……確かにうまくいけば、お義父さんだってぼくのことを認めてくれるかもしれないが………」

「すぐにはいけないのですか?」

「魔物が多くいますしねぇ……それに、遺跡に続くほこらには、カギがかかっているのです。 そしてそのカギは………」

「さしずめ、町長が管理しているってことか」

 

 イアンの言葉に対しルーフィンはうなずく。 事情をはなせば鍵を貸してくれるかもしれないが、二人の関係がよくないから難しいのかとイアンがそう考えたそのときだった。

 

「義兄上!」

 

 セルフィスが突然声を上げた。 彼の目は今、ルーフィンの顔をじっと見つめながら彼に告げる。

 

「僕が父上に頼みます、だから遺跡に手がかりがあるのであれば……僕が護衛しますから、いってくれませんか!」

「セルくん………!」

 

 すぐに父のところへ向かおうとするセルフィスとともに、フィリス達も動いた。

 

「みなさん…!」

「あたしも力になるよ」

「オレもだ!」

「私もやるわ」

「……ありがとうございます!」

 

 そう声を掛け合いながら、4人は事態の解決のため、町長のところへ向かった。 研究室にはルーフィンとエリザの二人が残った。

 

「随分人がいいものだなぁ」

「セルくん、本当にいいお友達ができたのね…よかったっ……」

 

 エリザは今の弟の姿を見て喜んでいたが、そこでまた咳をした。

 

「こほんっ」

「どうしたんだ?」

「あ、だ、大丈夫!」

 

 

 セルフィスの説得と、町の状況を知った町長は、少し渋る様子を見せながらも鍵を渡してくれた。 その鍵をあの夫婦に見せたら、二人とも最初は驚いていたものの、病魔の封印のためにほこらに向かうことになった。 もちろん、道中の魔物の相手は、フィリス達が引き受けるのだ。

 

「セルくん……そしてみなさん、ルーくんをお願いします……」

「ご安心ください、姉上。 必ず義兄上とともに吉報を持ち帰って見せます」

「では、いってくるよ」

 

 こうしてフィリス達はルーフィンの護衛という形で、疫病の原因が眠っているであろうほこらに向かった。 道中ではもみじこぞうやらがいこつやらが出てきたが、依頼通りにその魔物を撃退していく。 彼らもここまでの道のりのおかげで息はピッタリであり、戦いも連続で勝利していく。 そのおかげもあって、そのほこらに無事に到着した。

 

「ここが、その病魔を封印したほこら?」

「セルフィスは知ってたの?」

「はい、小さい頃から存在は知っていたけれど………なんだか怖くて、ずっと近づかなかったのです………」

 

 ですが、とセルフィスは槍を強く握りしめる。

 

「この地の謎を解明し、町を疫病から救えるか否かで、僕が僧として修行していた成果が試されるのだと……僕は思っています」

「セルフィス……ああ、必ず、ベクセリアを助けような!」

「はい」

 

 そう決意をかたくしたところで、鍵を使い扉を開け、4人はルーフィンをつれてそのほこらの中に入った。 もし病魔が封印されているポイントがあるとすれば、おそらくはこのほこらの最深部だろうとふんだ彼らは、その中を進む。 ほこらの中はおきまりのごとく、魔物の住処となっているようであり、侵入者と見なしたフィリス達に容赦なく襲いかかってくる。

 

「これは……」

 

 やがて彼らがたどり着いたのは、大きな扉だった。 その扉にはなにかの仕掛けが施されていたものの、赤と青の光をそれぞれ対応した色の扉に当てるだけでよかったので、悩む必要はなかった。

 

「扉が開いた!」

「奥に階段があるわ!」

「降りてみましょうか」

 

 仕掛けを解いたことで扉の奥にいけるようになり、その奥には下へ降りる階段が存在していた。4人は周囲を警戒しつつ階段を下り、やがて大きな広い部屋にでた。 そこには何か、祭壇のようなものが存在しており、その中心にはなにか壊れているものがあった。

 

「つ、ツボか?」

 

 その壊れているものは、壊れてはいるもののかろうじて壷であることがわかった。 その壷に、ルーフィンは反応する。

 

「おおっ…古文書でみたとおりです。 あそこに転がっているのは、病魔を封じていた封印の壷です」

「じゃあやっぱり、あの大地震のせいで?」

「そうだろう」

 

 やはりここにも、あの地震の影響はでていたのだ。 ルーフィンは壷をまじまじと調べ、落ちていた破片を拾い上げる。

 

「よし、封印の紋章が描かれた部分は壊れていないな…これなら楽勝だ。 一流の考古学者なら、これくらいのワレモノを直すのなんて、朝飯前ですよ」

「さいですか」

 

 自慢げなルーフィンの言葉をフィリスは適当にうけながす。 直せるのならそれは願ったりかなったりだ。 さっそく破片を集め、特製の接着剤を取り出し、壷の修復を始める。

 

「義兄上! あぶない!」

 

 そのとき、セルフィスは何かに気付きルーフィンの前に出て、対処に向かってバギの魔法を放つ。 その魔法が命中したことで姿を現したのは、どろどろとしたピンク色の体に目玉と舌をつけた、不気味な魔物だった。

 

「オろかナるしんにゅうしゃよ。 ワれヲふたタビ封印せンとやッテキたか」

「なんだぁ、こいつ?」

「ソうハさせヌさせヌぞぉぉぉぉお!! なんジに病魔のワザワイあレ!」

 

 そう叫ぶ魔物。 ルーフィンはこいつがはやり病の原因である、病魔パンデルムだと言い、それを知ったセルフィスは槍を構える。

 

「……!」

「くっそ、まだ封印のツボが直ってねぇのに!」

「ほらほら! あなた達の仕事でしょ!? 戦っている間にぼくがこのツボを直しちゃいますから、時間を稼いでくださいよ!」

「わかってますって!」

 

 そう言ってフィリス達はその病魔パンデルムと戦う体制に入る。 とくに、セルフィスが強く叫ぶ。

 

「ベクセリアを陥れた病魔め、成敗してくれる!」

 

 その声にあわせて、セルフィスは槍の技であるしっぷう突きを放つ。 そこから続けて、フィリスとイアンが同時に飛び出して攻撃を繰り出す。

 

「はぁっ!」

「エイヤッ!」

 

 その攻撃はパンデルムにヒットしたが、直後にパンデルムは何かの魔法を発動させる。 すると、フィリス達の体は何かのオーラに包まれた。

 

「こんなものっ…!?」

 

 なんてことない、と言いたかったフィリスだったが、自分の体が少しだけ動きが鈍くなったのに直後に気付く。 そのせいで相手の物理攻撃を受けて吹っ飛ばされてしまう。

 

「フィリスッ」

「スカラッ!」

 

 そこでセルフィスはスカラを仲間達に一人ずつかけていき、防御力を高め、すぐにフィリスにもベホイミを使ってダメージを回復させる。 だが、身軽なイアンでも素早さが下げられた影響が大きいのか、素早い一撃をたたき込めない。

 

「スピードが下がったら上げ直すだけよ! ピオリムッ!」

 

 そこでクルーヤが、素早さをあげる魔法、ピオリムを唱えて全員のすばやさを元の状態に戻し、さらに同じ魔法をかけてみんなのスピードを上げる。

 

「サンキュな!」

「そのままガンガンいっちゃおう!」

「おうよっ!」

 

 そう声を掛け合い、イアンは力をためてから棍で強く敵をついた。

 

「ぐギュウウウあああアァアァ!!」

 

 病魔パンデルムは途中でもうどくのきりを放ち、フィリス達を退く状態にして苦しめようとしたが、そこでセルフィスはキアリーの魔法でそれを癒し、さらに回復魔法をかけて全員の傷を回復させる。

 

「このまま決めちゃうわよっ!」

 

 そう言ったのはクルーヤであり、まずはメラを放って相手の不意をつく。

 

「こノッ!」

「おっと、真横いただきっ!」

 

 そう言ってフィリスは剣を豪快に振り回し、切りつける。 パンデルムは反撃でフィリスを攻撃するがフィリスはそれを盾で受け止め、直後にイアンがせいけん突きを放って吹っ飛ばし、パンデルムを壁に強くたたきつけた。

 

「よしっ!」

「フウガァァ………なめルなぁぁっ!」

「!!」

 

 一度は倒した、と思ったパンデルムだったが、すぐに起きあがってフィリスに襲いかかろうとしていた。

 

「ハァー!」

 

 だがそこで、セルフィスが割って入り、槍で強くパンデルムを貫き、その体を壁に強くたたきつける。 そのたたきつけた反動でセルフィスは後方に吹っ飛ばされてしまうものの、槍はパンデルムに深く刺さっていて、パンデルムはまともに動けなくなっていた。

 

「はぁ……はぁ……!」

「セルフィス!」

「だ、大丈夫です…!」

 

 自分のことを心配して駆け寄ってきた仲間達にたいし、セルフィスはそう笑い返した。 ちょうどそのとき、背後からルーフィンの声が聞こえてきた。

 

「やっと直りましたよ!」

「おーう、ナイスタイミングー!」

 

 そう言うとルーフィンはその病魔を封印しようと、その壷に向かって叫ぶ。

 

「さぁ封印のツボよ、悪しき魔を封印せよ!」

 

 ルーフィンのその声にあわせるように、壷からは竜巻が起こり、その竜巻がパンデルムに襲いかかった。

 

「ぎゅバババババ………!」

 

 するとパンデルムの体はあっという間に竜巻に飲み込まれ、やがてその竜巻は壷の中に戻っていき、パンデルムは吸い込まれるようにしてその壷の中に入っていった。 そうしてパンデルムの体がすべて壷に入ったところで、ルーフィンは蓋をして接着剤でその蓋を閉じた。

 

「やったぁ!」

 

 病魔の封印に成功したことに対し、4人は喜ぶ。 ルーフィンも自慢げに笑っており、セルフィスの方を向く。

 

「みていたか、セルフィス? 見事病魔の奴を封印したよ…このぼくが!」

「は、はい……」

「フッフッフ……これでお義父さんも、ぼくのことを認めざるを得ないだろうね」

「あ………はは………」

 

 相変わらずな義兄の様子に、セルフィスは苦笑しつつ、あのときパンデルムを貫いた槍のところへ向かうが、その槍は見事におれてしまっていた。

 

「あー……折れてしまったようです……」

「そりゃ、あれだけ強くやっちまえばなぁ……」

「でも、あの行動がなければあたし達がやばかったかもだし……ケガの巧妙ってやるじゃね?」

「それ、意味違うとおもうんですケド」

 

 そう会話をしつつ、セルフィスが持っていたあの槍はもう使い物にならないから買い直さないといけないと言う話にもなり、帰ることにした。

 

「あ、帰らなくてもいーんですかぁ?」

「んー…せっかくここまでこれたから、このほこらをもう少し調べてみたいんですよ。 先に帰っていて大丈夫ですよ、もうせいすいもきくと思いますし、あとはなんとか自分で帰りますから」

 

 それでいいのかよ、とフィリスは思ったが、そこでセルフィスが言葉をつないだ。

 

「うーん……義兄上はああなってしまったら、てこでも動かないからなぁ。 仕方ない……帰って父上と姉上にだけでも、告げましょう。 特に姉上は、義兄上のご活躍を喜んでくださるだろうし」

「そうね」

「戻ろっか」

 

 そう言って、彼らはベクセリアの町で皆が喜ぶ顔を見たくなって、足を早めたのであった。

 

「………姉上も町も、皆……笑ってくれるだろうな………」

 




次はベクセリア編・後半をお届けします。
彼らがどうするのか、お目通しをお願いします。


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08「悲しみを乗り越えて」

もう前回のあらすじや次回予告をかく余裕がないっす


 

 

 封印の祠にて、病魔の原因たる魔物パンデルムを討ったフィリス達は、ベクセリアの町に帰還した。

 

「おお、坊ちゃん!」

 

 町に帰ってきたセルフィスに気付いた町の人々はすぐに彼に駆け寄ってきた。 町の雰囲気全体が明るく、人々も笑顔を浮かべている。

 

「みなさん、具合はいかがですか?」

「ああ、家族もみんなも、急に苦しくなくなったそうだ! オレもこの通り、体のだるさを感じないぜ!」

「わたしも、娘がはやり病にかかっていたのですが、さきほど元気になったの!」

「私も、先程までの咳が嘘のように止まりました!」

 

 町の人々は皆、あの病から解放されたようだ。 そんな町の人々の笑顔に対しセルフィスも笑みを浮かべる。

 

「よかった…今すぐにでも、姉上に伝えようと思います」

「そうね、それがいいわ! 町から病が去った今、エリザちゃんも大喜び間違いなしだもの! それがルーフィンさんの手柄であれば、なおさらよ!」

「すぐに行ってやれよっ!」

「はい!」

 

 町の人々にそう言われて、セルフィスは足早にエリザの家へと向かった。

 

「あ、行っちゃった」

「セルフィス、あんなに足早かったかしら?」

「相当舞い上がってたんだろうな」

 

 そんなセルフィスを、フィリス達は追いかける。 一方そのころ、セルフィスは扉をノックしてから扉を開ける。

 

「姉上、今戻りました! たった今、義兄上が病魔を封印し、町からはやり病が消えました! ついにやりましたよ、義兄上が…」

 

 はしゃぎながらセルフィスは早口で、町は救われた事実を伝える。 きっとこれを聞けば、姉は喜んでくれるに違いないと思ったからだ。

 

「あ、姉上?」

 

 だが、セルフィスの言葉にエリザは返事をしない。 そもそもあのエリザの性格なら、扉を開けて自分に抱きついて盛り上がり、それですべてを察してよりいっそう明るくなるはずなのに。 奥のベッドをみると見慣れたエプロンドレスが視界に入り、眠っているのかなと思いながらセルフィスはエリザに歩み寄る。 直後、彼の体はビクリとふるえた。

 

「セルフィス?」

 

 セルフィスの名前を呼びながら家にはいったフィリス達は、その静けさに首を傾げる。 彼らも、今この家の中は明るい雰囲気に満ちているはずだと思ったのだ。 だが、家の中は明かりがついてないせいか暗く、奥の方でセルフィスがポツンと立っていった。

 

「セルフィス、どうしたの?」

 

 名前を呼ばれたセルフィスは、顔を青ざめさせながら首を横に振り、説明をする。 か細くて、弱々しい声で。

 

「みんな………姉上………息、していません………」

「えっ?」

「体も冷たくて、胸も動いてなくて……目も開かないんです……!」

 

 途切れ途切れにセルフィスが伝えてくる、今のエリザの容態。 その様子を言葉で聞いてつなげていったとき、彼らの中に信じたくない答えが、真相が浮かび上がってきた。 だが、やはりそれは信じたくないものだった。

 

「ちょ、ちょっと待て……それって………」

「ただいま、エリザ」

 

 そのタイミングで、ルーフィンが帰ってきた。

 

「ルーフィンさん!」

「おや、一足先に戻っていたのですか。 今はしかるべき資料が必要で、ぼくも今帰ってきたんですよ………?」

 

 そこでルーフィンは、ある違和感に気付く。 いつもなら自分が帰ってくるとすぐにエリザが自分の眼前にたって、笑顔で迎えてくれるのに、それがない。

 

「……エリザ? どうしたんだ、エリザ!?」

 

 そしてベッドの上に横たわっている女性に気づき、彼女に飛びつく。 そして、必死に名前を呼びながら揺さぶるが、彼女は目を開けないし返事もしない。 ルーフィンは顔を真っ青にさせながら、そばにいたセルフィスに問いかける。

 

「セルフィス、まさか…彼女は………死んでいる…のか?」

「…………」

「ま……まさかエリザ! キミも病魔の呪いにかかって!? バカな…! 病魔は確かに封印したはずだ! 町の連中だって、治ったって……」

 

 ルーフィンはその腕にエリザを抱きつつ、ひざを崩した。 そして、声を震わせながら、つぶやく。

 

「………遅かったのか………? ぼくが病魔を封印した頃には、もうキミは………」

「あ、にうえ………」

「どうして…? どうして言ってくれなかったんだ………!!? ………キミが、病魔の呪いに……侵されていると知っていれば………もっと……! いそい、だのに………!」

 

 全身をふるわせ、その目からぼろぼろと涙をこぼしながら、冷たくなっている妻を強く抱きしめるルーフィン。

 

「エリザァァーーーッ!!!」

 

 ルーフィンの衝哭が、響きわたった。

 

 

 

 エリザの死はその日のうちに町全体に広がっていき、町長夫妻とセルフィスによって、彼女の葬儀が行われた。 町は疫病の恐怖から免れたにも関わらず、悲しい空気に満ちていた。

 

「セルフィス………」

 

 そんな中セルフィスはただ一人でいた。 食事をとらず、ただ黙って星空を見つめている。 そんな彼を、イアンも、クルーヤも、そしてフィリスも、皆で心配していた。

 

「……今も、姉上のことを…思い出すのです」

「…………」

「……僕が僧になり、旅にでるとき、姉上は僕の姿が見えなくなるまで、手を振って応援し続けてくれました。 それだけじゃない昔気が弱かった僕を姉上は、何度も助けてくれました。 明るく笑って、力になってくれた……」

 

 ぎゅ、とセルフィスは自分のローブを握りしめ、体と声を震わせる。

 

「……そんな…姉上のために、そしてベクセリアのために…僕は戦ったのに……こんな結末になってしまうなんて…………」

 

 そう語るセルフィスの双眼からは、またぼろぼろと涙がこぼれていた。 今は彼にかける言葉が見つからない3人は、その部屋にセルフィスを一人にしておくことにした。

 

「ルーフィンさんは…葬儀に顔を出さなかったわね」

「…無理もねぇだろうさ。 いくらあの人だってエリザさんのことは本気で好きだったんだろう…だから、エリザさんの死があまりにもショックすぎることだ。 ふさぎこむのも…当たり前の結果だぜ」

「今は、なにがあってもそっとしておくべきだよね」

「ああ…」

 

 そう仲間と会話をした後、フィリスは一人その場を離れ、暗い空気に再び包まれているベクセリアの町を見下ろす。 そのとき、サンディが姿を現した。

 

「せっかく病魔が去ったのに、こんな空気じゃ星のオーラもでないよね」

「サンディ」

「はぁ……アタシ達、なんのために頑張ってたのやら…」

「………あたし達の頑張った意味、かぁ……」

 

 ベクセリアの町は確かに病魔から解放され、もうそれにおびえる心配もなくなった。 これでこの町は感謝の証である星のオーラに満ちているはずなのだが、たった一人でも犠牲がでてしまったことによりそれが出てこないのだ。 それほどまでに、エリザは愛されていたのだろう。 自分達は何のために奮闘したのかの答えが出せず、サンディはやきもきする。

 

「仕方ないさ、サンディ。 これ以上あたし達に出来ることはねぇだろうよ」

「…」

「…」

 

 そこに沈黙が訪れ、気まずい空気が流れる。 雲の切れ間からわずかに星が見えて、それでいつの間にか夜になっていたのだと気付きため息をついていると、墓場の方にぼんやりと誰かがいるのを発見した。

 

「あれは?」

「フィリス?」

 

 フィリスは単身飛び出し、墓場の方に向かう。 そこに立っていたのは、すでに幽霊となったエリザの姿があり、今の自分の姿に対し苦笑していた。

 

「エリザさん」

「えーと…わたし死んじゃったんですね、アハハ………って、あれれ? もしかしなくてもフィリスさん、わたしのことが見えるんですか?」

「あ、は…ハイ…一応…」

 

 まさか、幽霊となった自分の姿が見えることに気付いたエリザは、変わらず無邪気に明るく笑う。

 

「すっご~い! どこかふつうの人と違うって思っていたんだけど…」

「ぎくっ」

「フィリスさんって、れーのうしゃだったんですねっ!」

 

 そのエリザの発言を聞いて、フィリスは盛大にずっこけた。 一瞬、自分が天使であることに気付いたのではないかと思ってしまった自分が恥ずかしいし、その発想に飛ぶエリザも天然だ。 そんなフィリスをよそにエリザはどこか、安堵の息をつく。

 

「はぁ…でもよかったぁ………フィリスさんがいればなんとかなるかも……」

「なんとかなる?」

「えーっと、お願いがあるんですけど…ルーくんを立ち直らせるために、協力してもらえませんか? このままじゃルーくん、ダメになっちゃうと思うんです…だからどうか、お願いします!」

 

 確かに、このまま放置したっていいわけがない。 フィリスは彼女のために何かできるのではないかとおもい、彼女の頼みを引き受けることにした。

 

「あたしに、できることがあるのなら」

「ありがとうございます! それじゃあその前にセルくんのところへいかなくちゃ…」

「セルフィスのところに?」

 

 突然自分の弟のことを言い出したので、フィリスは首を傾げる。 確かにエリザの死を受けて彼も落ち込んでいるので、彼も助けねばとは思うのだが、どうしたらいいのかがわからない。

 

「ルーくんを立ち直らせるには、セルくんの力が必要な気がして……あの子、昔から時々不思議な夢を見るみたいですから……それを利用して、わたしが声をかけたいと思うんです」

 

 そう言ってエリザはフィリスとともに、今彼らが寝泊まりしている宿屋へ戻る。 戻ってきたとき、待っていたイアンとクルーヤがフィリスになにをしていたのかを聞かれたが、フィリスはうまくはぐらかす。 そして少し待っていてくださいと言ってからエリザはセルフィスの部屋にはいっていく。 数分後、セルフィスは自分から部屋から出てきた。

 

「セルフィス?」

「…さっき、夢に姉上が出てきたんです」

「!」

 

 セルフィスは部屋でなにがあったかを打ち明ける。 自分は声を殺して泣いている間に、いつの間にか眠ってしまっていたこと。 その時に夢を見たこと。 その夢の中で姉が自分に話しかけてきたこと。

 

「…義兄上を、助けてと言われました。 このままでは、義兄上がダメになってしまうと…言っていました。 夢の中の話ですが…僕はこれを…姉上の遺言だと信じたいのです」

 

 そう話をした後、セルフィスは仲間たちに頭を下げた。

 

「皆さん、どうか僕に手を貸してください」

 

 夢なんて曖昧なものは受け入れられないだろう、自分に出来ることはなにかはわからない。 それでもセルフィスは、姉の願いを叶えたい一心で、フィリス達に助力を頼む。

 

「…ったく、立ち直るのがちっと遅いんだよ」

「そうそう、いつまでグズグズしてるの、って感じよね」

「やっと、顔を上げたって感じだな」

 

 そんなセルフィスの願いに対して3人はそう答え、そう答えたときの3人の顔を見て、セルフィスは笑った。

 

 

 

 早速、ふさぎ込んでしまったルーフィンを助けるために、彼の研究室へ向かう。 なんとかノックして呼びかけようとしたが、返事はない。 そんなとき、エリザがフィリスにアドバイスを送った。

 

「ルーくんに出てきてもらうには、ノックの仕方にコツがあるんです」

「こうかな?」

 

 エリザのアドバイス通りにフィリスは、特徴的なノックをする。 すると、扉の向こうからルーフィンの声が聞こえてきた。

 

「エリザ!? エリザなのかい!」

 

 彼女の名前を口にしながらルーフィンは勢いよく扉を開けるが、そこおにいたのはエリザではなくフィリスだと知ったとき、その顔はいらだちを含んだ絶望の色に染まり、彼女たちに怒鳴る。

 

「今のはあなたの仕業か!? わざわざエリザのノックの真似をするなんてタチの悪い冗談だ!! こんなことは二度としないでくれよっ!!」

「うっ………」

 

 さすがにバツが悪いな、とフィリスが思っている間にルーフィンがまた扉を閉じようとする。 このまま扉が閉じてしまったら、同じ方法で呼び出すことも出来なくなってしまう。

 

「待ってください!」

 

 そう言ってセルフィスが、閉じようとしていた扉を、自分の体を張って止めた。 まさか彼がそんな方法でルーフィンを止めようとするとは、姉であるエリザも想定してなかったので驚く。 ルーフィンは自分の顔をみてくるセルフィスをにらみつける。

 

「セルフィス、お前はエリザのことが悲しくないのか」

「そんなこと、聞く必要がどこにあるというのですか」

 

 ただ、とセルフィスは扉を強く押さえながら、ルーフィンを見上げて彼に向かって言葉を発する。

 

「僕は、このままの僕達を見ても……姉上は決して喜ばないと思っただけです! 姉上がどんな人なのかを覚えているからこそ…知っているからこそ! 僕は、義兄上を…このまま塞ぎ込ませたままにしておきたくありません!」

「なにを…」

「ルーフィンさんよぉ!」

 

 反発しようとしたそのとき、真上からルーフィンを呼ぶ声が聞こえてきた。 彼を呼んだのは一人の荒くれだった。

 

「あんたに言いたいことがあったんだ、ちょうどいい!」

「?」

 

 にや、と荒くれはマスク越しに笑いながら、ルーフィンに向かって大きな声で言う。

 

「はやり病を止めてくれてありがとよ! 礼を言いたいし、立ち直ってほしいと町の連中も同じことを思ってるだろうぜ!」

「な、なんだ……一体………」

 

 突然荒くれにお礼と励ましの言葉を受けて、ルーフィンは思わずと惑ってしまう。 そんな姿を見てフィリスは小さく笑いながら、背後からエリザに伝言を頼まれる。

 

「フィリスさん、私の最期の言葉としてルーくんに伝えてください。 ルーくんが病魔を封印したことで、救われた人たちに会ってほしいと言っていたって…………」

 

 そのエリザの言葉に対しフィリスはうなずくと、エリザに言われたとおりの言葉をルーフィンに伝える。

 

「エリザが…そんなことを…?」

「フィリス…お前いつの間にそんな話を」

「でもぼくは、誰が病気になっていたかも知らない。 あのときはただ、ただ…お義父さんを見返すことばかりに気を取られてて……」

「義兄上」

 

 セルフィスは、ルーフィンに正直に告げる。 今までの彼を知るからこそ、そして、ベクセリアの人々の気持ちを、両親の気持ちを、姉の気持ちを知るからこそ、彼に今やるべきことがあるということを。

 

「だからこそ、今町を歩いて確認するべきだと…僕は思います」

「…………」

 

 そんなセルフィスの言葉を聞いて、ルーフィンは少し黙って考えた後で彼らに頼む。

 

「セルフィス、そしてみなさん。 今から私を、病気に苦しんでいた人たちのところへ…連れて行ってください。 今更になってしまったがどんな人が…はやり病にかかってどんな思いをしていたのか、どんな思いを抱えていたのか……知りたいのです」

「ルーフィン、さん」

「それを知れば、病気になったエリザが、どんな気持ちでいたか…わかると思うから…………」

「………はい、義兄上。 参りましょう」

 

 セルフィスも彼を受け入れ、町の人たちと片っ端から話をしていくことを決めて歩き出す。 そのためにまずは、エリザの墓へと向かう。

 

「エリザ」

 

 ルーフィンはそこにエリザがいるかのように、ひざを折って目線をあわせて、話しかける。

 

「……すっかり遅くなってしまって…悪かったね…。 今から、キミの願い通り、はやり病にかかっていた人たちを訪ねにいくところなんだ。 それでキミが本当に伝えたかったことがわかったら、またしらせにくるから…待っててくれよ」

「姉上…僕もお手伝いします…」

 

 そうセルフィスも続いている横で、幽霊のエリザがルーフィン達に話しかける。

 

「わたしはこっちですよー……って向かい合ってはなせないのは、やっぱりちょっと寂しいなぁ………」

「エリザさん………」

 

 なんで彼女の姿は自分にしか見えないのだろう、なんで彼女の声は自分にしか聞こえないのだろう。 届けるべき相手、みるべき相手はすぐそこにいるのに。

 それがフィリスには歯がゆくて、仕方がなかった。

 

「いきましょ」

「はい」

 

 立ち上がり、今は一人でも多くの関わりを紡ぐ。 それしか、ない。

 

 

 そうして、町を歩いていろんな人と話をして、はやり病がどれほどのものだったのか、そして皆がどれほど恐怖しそして今救われた気持ちになっているのかを改めて確認したルーフィンたち。 それにより、ルーフィンの心にもある変化が現れていた。

 

「今日町を回ってみて初めて、自分がいかに多くの人に関わっているのかに気付きました。 このおかげで自分の愚かさも、エリザがなにを伝えたいのかもわかった気がします…」

「…………」

「今までのぼくは……自分のことしか考えてなくて……まわりを全くみていなかった。 そのせいで…大切な人の…エリザの体調にも気付けなかった。 情けない話です………」

「あなたは自分で気づくことができた。 それだけでも、大きな進歩ですよ」

 

 自分がいかに愚かであり、情けなくても。 それを露わにする前に自覚して受け止めなければ、なにも変わらないままだ。 それにたいしルーフィンは、遅くなったとは思いながらも自覚して受け止めようとしている。 それだけでも、彼は少しでも救われるだろう。

 

「ありがとう、皆さん、そして…セルフィス」

「え?」

 

 そこで突然、ルーフィンがお礼を言ってきたので、4人は戸惑う。 若干失礼ではあるだろうが、当初は自分達も下にみられていた気がしたので、彼が素直に礼を言うなんて思わなかったのだ。 ルーフィンは代表して、セルフィスに告げる。

 

「あのとき…きみが、ぼくが扉を閉ざすのをを止めてくれなければ……ぼくは、このことに気付けないまま……エリザを裏切っていた。 だから、きみにはとても感謝している。 これからは、この町の人々とともに生きていこうと思ったんだ………彼女のぶんまで……」

 

 ルーフィンはめがねをくいっとあげつつ、どこかはにかみながら言葉を続ける。

 

「感謝されるのも、悪くないですしね」

「あっはは」

 

 そう告げるルーフィンの顔は、本当に付き物がとれたような、どこか清々しさがあった。 彼は今もエリザの死は悲しみ、そのことを抱え続けるのかもしれないが、それでも生き続けようと言う希望があるのだろう。

 

「フィリスさん………ルーくんを助けてくれて、本当にありがとうございます。 あなたのおかげで、わたし…死んでいるのに自分の夢を叶えることができました」

「夢?」

「私の夢は……ルーくんのすごいところを、町のみんなに知ってもらうこと。 …そして、ベクセリアのみんながルーくんを好きになって、ルーくんにベクセリアのみんなを好きになってもらうこと。 みんなが笑顔でいられること……。 それが叶った今、わたしは幸せです……」

 

 そうしてエリザはルーフィンの姿を見つめてから、フィリスに視線を向ける。

 

「フィリスさん、セルくんを…弟を、これからもよろしくね」

「はい」

 

 そう弟のことをフィリスに託した瞬間、その体からは光がポロポロとあふれ出てきていた。

 

「あ、もうお別れの時間ですね、もういかなくちゃ……」

「エリザさん…」

 

 そう告げて、その身を光へと変えていった。 最後に告げるのは、視線の先にいる彼に対する本気の想い。

 

「………ルーくん………わたしはずっと、あなたが大好きだよ……」

 

 そう言い残して、エリザは成仏した。 その様子はフィリスとサンディにしか見えなかったはずなのだが、セルフィスも同じ方向をみた。

 その夜はルーフィンも交えて、町長の家で夕食をごちそうになり、ようやくこの町は疫病の恐怖から解放され、喜びに満ちあふれるようになった。

 

「フィリスさん、皆さん」

 

 そして、翌日。 セルフィスはフィリス達の前にたった。

 

「昨晩、姉上がまた僕の夢にでたんです。 あなたはあなたらしくあってね…って」

「……そうだったの」

「僕は自分らしさというのは、まだわかりません。 ですが……自分がどうしたいかの意志は、もう決めています…」

 

 セルフィスはまず、フィリスの顔をまっすぐと見つめる。

 

「僕、フィリスさんと出会い、仲間になることを決め、ともに歩むのは……決して偶然じゃない気がします。 僕は僧侶の力を発揮し、このままあなたの旅について行きます。 姉上の死を無駄にしたいためにも……僕はこの町を救えたことを受け入れ、そして無駄にしません。 だから、今度はともに、多くの人を救いましょう…」

 

 そう言ってくるセルフィスにたいし、フィリスは微笑みかけながらそっと彼に手を伸ばした。 それをみたセルフィスも笑顔になり、彼女の手を取る。

 

「おっと、オレも忘れるなよ」

「私もっ!」

「みんないるぜ」

「…はい!」

 

 そこに、4人の手が強く重なった。

 




ということで、今回でベクセリア編は終わりです。
次回は天使界に帰還することになります。


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09「天への帰還」

今回はようやく、天使界にいくことができます。
そして、ちょっと今後の話の流れをよくするため、オリジナルな要素を入れさせていただきました。
いくら主人公とはいえ、フィリスのワンマンショーはよくないのでね。


 ベクセリアの町を最終的に救い、星のオーラに町は満ちたらしい。 途中で悲しいことはあったものの、あの明るい町が戻ってきたので結果オーライということにする。

 

「天の箱船、今度こそ動くかねぇ?」

 

 前回は自分が乗っても、ただ揺れるだけで終わった箱船のことを考えながら、その箱船のある峠の道へと向かうフィリス。 時刻は夜遅く、仲間たちは宿屋でまだ眠っている。 そのスキに抜け出して、彼女はサンディとともに天の箱船の様子を見に行ったのである。

 

「あれ?」

「あれって、幽霊じゃね?」

 

 その峠の道で、フィリスはあるものを目撃した。 フード付きのマントをはおい、そのフードで顔の半分を隠した、幽霊の少女だった。 彼女のことが気になったフィリスは、その幽霊の少女に声をかける。

 

「あの…?」

「いない……あの人は、ここにもいない………」

「あっ………」

 

 その少女は、すぅっと姿を消してしまった。 なにか呟いていた気がするものの、その真意を確かめることすらできなくなってしまった。

 

「消えちゃった………」

「ちょっと、なにあれー!? シカトしてくれちゃってむっかつくー! まぁいいや、今はそんなことよりも、天の箱船だしっ!」

「あ、うん」

 

 あの少女のことが気にはなったが、少女のことに腹をたてたサンディに連れられて、フィリスは天の箱船に乗る。 するとその車体は大きく揺れた。

 

「おおっ、この箱船ちゃんの反応は…フィリスが天使だってよーやく認めたってカンジ?」

「ホントか!?」

「……いける、今度こそいけるわ! あとは起動スイッチおして操作パネルをチョイチョイといじれば、天の箱船は飛び上がるハズだヨッ! というわけで、出発しんこーうっ!」

「おーっ!」

 

 若干適当な気はするものの、この天の箱船が動いて天使界へ行けるというのなら、これを利用しない手はない。 だからフィリスはサンディのテンションと勢いに乗る。

 

「じゃ、いっくよぉぉーー! ス・ス・ス! スウィッチ・オンヌ!!」

 

 奇妙なかけ声とともにサンディはそのスイッチを強くおす。 すると天の箱船は大きな汽笛を鳴らして浮上し、天に向かって走り出した。 動いた、と感動するフィリスの横でサンディは、ガッツポーズを決める。

 

「おお、やるじゃんアタシ!」

「え?」

「いや、なんでもない! これくらいのこと、運転手なんだから当たり前だっつーの!」

「…」

 

 サンディの一人漫才に対し、フィリスは黙ってしまう。

 そうしてフィリスを乗せた天の箱船が天に昇っていく一方そのころ、天使界では。

 

「神よ………どうか………我々に救いの手を………」

 

 天使界はあの衝撃によりところどころが傷つき、その世界にいる天使達も不安の色を露わにしていた。 その中でさらなる高い天へ向かって祈りを捧げているのが、天使達の長であるオムイだった。

 

「あれは………!?」

 

 そんなとき、金色に輝く天の箱船が天使界に到着しようとしていた。 天の箱船が近づいてきたことに対し、天使達の顔に光が戻った。

 

「神が……我々の祈りを聞いてくだったのですか!?」

「天の箱船が、我々を救いにきてくださったのだ!」

 

 その天の箱船は天使界に停まると、扉が開く。 その奥に人影が見えたことに気付いたオムイは、その人物に声をかける。

 

「む……誰かおるのか……?」

 

 その声に答えるようにして、その人物は彼らの前に現れた。 まとめられた水色の髪に、赤い瞳の少女…フィリスだった。 その少女の顔を見たオムイは、戸惑いながら、少女のことを確認するように問いかける。

 

「な、なんと………お前は…まさか、フィリス………フィリスなのか………?」

「長老様……」

「本当にフィリス、なのじゃな?」

「はい」

 

 オムイの言葉に対しフィリスは確かに頷いた。 声も顔も、その瞳に宿る光も、自分のよく知る天使だと知ったオムイは、戸惑いの色をその顔に宿したまま、彼女に近付く。

 

「どうして…天の箱船から……それにその姿は……!? 光輪も天使の翼もなくなっておるぞ!?」

 

 やっぱりそこを驚かれてしまうのか、とフィリスは思わず苦笑する。

 

「あー……えっと、話は長くなるんですが………」

 

 フィリスはあの事件が起きたときから今に至るまでの経緯をオムイに話した。 自分は落下のショックで翼も光輪も失い、それにより天使の力も失ったので普通の人のようになってしまったこと。 自分は人間の手により助けられ、傷をいやしていたこと。 手がかりを探してしばらく人間界を旅していたこと。 そして……あの邪悪な光は地上では大地震と呼ばれており、各地に異変をもたらしていたということ。

 

「そうか…あの時の邪悪な光は、天使界ばかりでなく…人間界までもをおそっていたのか」

「そのようです」

 

 すべてを説明したあとで、フィリスは天使界の今の姿について逆にオムイに問いかけた。 オムイもまた、あれからなにがあったのかをフィリスに説明する。

 

「フィリスも覚えておるだろう……女神の果実が実ったあの日のことを…。 地上より放たれた、紫電をまといし邪悪な光が天使界を貫き、そして天の箱船もバラバラに散った。 それだけでなく、天使界もほとんどが崩壊し……この樹に宿っていた女神の果実すべてが、人間界へ落ちていってしまったようなのじゃ」

「あたしだけでなく、果実までもが………」

「………あのあと、地上に落ちてしまった天使や…邪悪な光の原因、そして果実や箱船を探しに……何人もの天使が地上に降りたのじゃが……」

「まさか、誰も戻っていないなんてことは………」

「残念じゃが、そのまさかなのじゃ………」

 

 天使が数名、行方不明のままなのだと知ったフィリスは、呆然とした。 被害にあったのは自分だけじゃないんだと知ったからだ。 そんなフィリスに対しオムイは彼女の肩に手をおいて、暖かく笑う。

 

「皆のことは心配じゃが……なにはともあれ、お前だけでも無事に戻ってきてくれてよかった………。 生きていてくれるだけで、わしは嬉しいぞ」

「オムイ様……」

「よく帰ってきてくれたのぅ……フィリス……」

 

 そう言って、自分の帰還を喜んでくれる存在がここにあるのだと、オムイの言葉を聞いて実感したフィリスは、泣きそうな顔になりながらも笑って頷いたのであった。

 

 

 

 少し天使界を歩いてみるといい、というオムイの勧めにしたがい、フィリスはまず自分の部屋に向かった。

 

「懐かしいな、ここも」

「うわ、かなーり質素というか……地味なんですけど」

「シンプルって言え」

 

 サンディの言葉に対しフィリスはむすっとしながら反論する。 彼女の部屋がシンプルなのは、当時の彼女はあまり装飾とかに興味がなかったためだ。 自分でも自覚はしていたものの、いざ指摘されると少しだけハラが立つ。

 

「さて、アンタは無事に帰れたわけだし。 じゃあアタシは野暮用があるんで、ちょっと失礼するわ! バーイ!」

「あ、サンディ……」

 

 サンディはそれだけを言い残して、どこかへ行ってしまった。 本当に自己中だな、とフィリスが呆れていると、その部屋に一人の女性がはいってきた。

 

「フィリス!」

「ラフェットさん!」

 

 それは、フィリスにとっては姉のような存在である、書記の天使ラフェットだった。 彼女はフィリスの顔を見ると、安堵の笑みを浮かべる。

 

「よかった…オムイ様からあなたの話を聞いて安心して、会いに来たのよ」

「はい、あたしは無事です!」

「ふふ、相変わらず元気がいいのね……」

 

 本心からフィリスの無事を喜んでいるらしい、ラフェットはフィリスの返事を聞いて笑顔になる。 だがすぐに何かを思い出したように口を開いた。 ある人物のことを聞くために。

 

「ねぇ、イザヤールとは会わなかったの?」

「師匠…?」

 

 その名前を聞いたフィリスは一瞬だけ無表情になり、すぐに我に返るとラフェットに問いかける。 そういえば、天使が何名か地上に降りたまま行方しれずになっているという話を聞いたのを、思い出したのだ。

 

「もしや…今、師匠はここにはいないのですか!?」

「ええ…実はイザヤールはあなたを探しに人間界に降りてから、ずっと帰ってないんだ……」

「!!」

 

 師であるイザヤールが、自分のことを捜しているのだと知ったフィリスは、戸惑う。

 

「今も、師匠は……あたしを探している……?」

「…………」

 

 イザヤールのことを考えてフィリスは不安の色を露わにした。 自分はここにいるのに、まだ地上に彼がいると知って落ち着けないのだろう。 その横でラフェットはなにかを思い詰めているような顔をしており、やがて意を決したように顔を上げてフィリスの名を呼ぶ。

 

「フィリス」

「はい?」

「実は、天使界ではタブーとされていることがあるのだけど……今、あなたには知っておいてほしいことがあるの。 イザヤールにも深い関係があるものだから………」

「?」

「私についてきて」

 

 なんだろう、と思いながらもフィリス自身も気になることなのでラフェットについていく。 彼女についていったその先にあったのは、なにかの文章が刻まれている、一個の石碑だった。

 

「これは……」

「偉大なる天使、エルギオス。 その気高き魂と人間を愛する美しい心、我ら忘るることなし。 そして誓おう、神の国に帰れるそのときまでこの世界を見守っていくことを」

「エルギオス?」

 

 石碑の文章をラフェットは読み上げ、そのまま石碑に刻まれた、エルギオスという名前についての説明をする。

 

「エルギオスっていうのは……かつて、そう、何百年も前にイザヤールの師匠だった天使……」

「師匠の、師匠!?」

「ある村の守護天使だったエルギオスは…人間達を守るために地上へ降り……そして、あるとき消息不明になった」

「………なにがあったんですか?」

「それは未だにわからない……。 知る術もないだから、私達はこうして祈るしかないの………」

 

 そう、エルギオスについての話を終えたラフェットは、フィリスに引き続きイザヤールのことをはなす。

 

「イザヤールは、心配だったのよ。 フィリスまでエルギオスみたいに帰らないんじゃないか……って……。 たぶん今も、人間界のどこかであなたを探していると思うわ………」

「ラフェットさん………」

 

 そんなイザヤールを、ラフェットは心配しているのだろう。 そんなことをフィリスが思っていると、ラフェットはそっとフィリスを抱きしめる。

 

「………そのあなたが戻ってきたこと……私は今…とっても嬉しいわ」

「………ありがとうございます」

 

 それは自分の気持ちと言葉に嘘はないという、彼女なりの証明だ。 フィリスはそれを理解しており、受け止める。

 

 

 ラフェットとも再会を果たし、ほかの天使達と会話をしながら、フィリスはあのときのことを振り返ろうと、ある場所へと向かった。 脳裏に、ある人物のことを思い浮かべながら。

 

「イザヤール師匠……会いたいな………」

 

 時に厳しく、時に優しく、自分を導いてくれた師。 それはフィリスが今もなお尊敬する存在だった。 その大きな存在が、どこにもいないのは、やはり不安をあおることでしかない。

 

「世界樹………」

 

 そうしてたどり着いたのは、かつて女神の果実が実っていたあの大樹だった。 あのとき自分が持ってきた星のオーラを受けて、世界樹は光に包まれ、それで女神の果実が実ったのだ。 そんな神秘の力を宿した世界樹を見上げて、フィリスは自分が天使に戻れないか、頼み込んでみようかと思ったのだ。

 

「もしかしたら、世界樹が助けてくれないかなー…なんて……」

 

 さすがにそれはないか、とフィリスが苦笑したそのときだった。

 

「うっ……!」

 

 フィリスを、強烈な頭痛がおそったのだ。 突如としておそった頭痛にたいし、フィリスはあらがう術もなかったようだ、そのまま意識を失い眠ってしまった。

 

「なん、だ………」

 

 眠りに落ちた後、フィリスの意識は白い空間に落とされた。 自分の身になにが起きているのか、と考えていると、自分の中に声が響いてきた。

 

「よくぞ戻ってきました………守護天使、フィリスよ………」

 

 穏やかな女性の声だった。 フィリスはなんとかしてその声の正体を確かめようとして、問いかける。

 

「だ、れ?」

「私はこの世界樹………」

「世界樹…?」

 

 自らを世界樹だと名乗るその声は、話を続ける。

 

「翼と光輪をなくしてもなお…ここに戻ってこられるとは、これもまた運命なのかもしれません。 ……あなたにある運命に、私は願いを託したいと思います……」

「願い?」

「………再び地上へ戻るのです……。 ……天の箱船で人間界に向かい、散らばった女神の果実を集めるのです………。 ……そのための道しるべを作り、行く道を示しましょう………」

 

 それと、と世界樹の声はフィリスにあるものについての話をする。

 

「目を覚ましたら、この世界樹から落ちる朝露を地上に持ち帰りください」

「朝露……それに、なにが?」

「私達にしかみえない天使や霊が、人にも見えるようになる、世界樹の朝露です。 あなたが信用している人間にそれを与えてください」

「信用している………人間………」

 

 今フィリスの脳裏に現れているのは、仲間になった3人の人間の顔だった。 パーティーを結成してから、まだ短い時間しか経過していないが、それでも信じられる仲間たちの顔。

 

「………世界にちりし、7つの女神の果実を集めそして、人間達を世界を、救ってください………」

「あっ………」

 

 世界樹のその言葉をフィリスが聞いた後でまた意識は遠くなっていき、フィリスが目を覚ますと、目の前にはあの世界樹がそびえ立っていた。 先ほどのが夢だとは思うが、ここで眠ってしまったことで見た夢であるのは、偶然ではなかったのだと悟る。

 

「………この世界樹が、呼びかけてくれたんだね………」

 

 そう呟くと、世界樹からポタリと水が垂れ、フィリスの顔に当たる。 その水でフィリスは夢の中で聞いたことを思い出す。 この朝露を自分の信頼するものに与えろと言う言葉を。

 

「あ、わわわっ」

 

 再び朝露が落ちてきたとき、フィリスは咄嗟に、かつてせいすいを入れていた瓶にその朝露を入れた。 そうしてポタポタと降ってくる朝露を必死に受け止めて瓶にそれなりの量を入れる。

 

「………そうだな、隠したままは、ダメだよな……」

 

 仲間たちに自分のことを秘密にしておくままにしておくわけには行かないと、改めて感じたのであった。

 

 

 

「おお、フィリス!」

「オムイ様」

 

 なんとか朝露を集め終えたあと、オムイの元にフィリスは向かった。

 

「……光輪も翼も戻る方法は、わしにもわからなかった……どうしたものじゃ……このままでは……」

「あの、オムイ様、実は……」

「うむ?」

 

 フィリスは世界樹の元で見た夢のことを、彼にすべて話した。

 

「なるほどのう。 その預言の意味を込めた夢をみたら…もしかしたら、光輪も翼もないのは、悲劇ではなく特別な意味のあるものではないかと……フィリスは自分で思うのじゃな?」

「はい」

「フィリスが見た夢と、聞こえた言葉。 それはきっと神のお告げに違いなかろう…」

 

 フィリスの話を聞いたオムイはうむ、と強く頷く。

 

「その聖なる声がお前に女神の果実を集めよ、というならば…わしはそれを信じよう! おまえがその姿になったことにも意味があると信じるなら、それも受け入れよう!」

「オムイ様」

「女神の果実には、世界樹の力が宿っておる。 女神の果実を集めれば、天使界も人間界も…救われるかもしれない……」

 

 オムイは、フィリスがなにをしようとしているのかを、すべて受け入れた上で、改めて彼女に告げる。

 

「預言にしたがい行きなさい、フィリスよ。 人間界に落ちた女神の果実を集め、無事に天使界へ持ち帰るのだ! 頼んだぞ、守護天使フィリスよ!」

「はい!」

 

 そのオムイの言葉に対しフィリスは力強くうなずき、地上に戻るために歩き出した。 その道中でフィリスは、ラフェットにも会う。

 

「いくのね、フィリス」

「ラフェットさん……」

 

 フィリスは、ラフェットと正面で向かい合い、彼女にあることを頼む。

 

「もし師匠が戻ってきたら、あたしは大丈夫だと…使命を果たすために人と共に戦っているのだと…伝えてください!」

「ええ、約束するわ…いってらっしゃい!」

「いって参ります!」

 

 そうラフェットにも笑顔で送り出されて、フィリスは天の箱船へと向かう。 その箱船に近付いたとき、フィリスはきょとんとして立ち止まる。

 

「あっ」

 

 そこには、サンディの姿があったのだ。

 

「なーんであのオヤジいないかなぁ…。 ここまできたらフツー顔ぐらいみせるでしょ? もしかして箱船が落ちたときに人間界のどこかに落ちちゃったとか? ……もしそーなら、探すのチョーダルイんですけどー……あーでもテンチョーいないとバイト代もらえないしー」

「サンディ?」

「ぎゃっ!!」

 

 なにかをボヤいている様子のサンディに、フィリスは声をかける。 そんなフィリスの行動に対しサンディは驚く。

 

「フィリス! いつの間に!」

「さっきからいるんだけど………」

「っていまはそんなのどーでもいっか、ちょっちワケあって人間界戻らなきゃならなかったしね」

「マジか、サンディも同じか」

「も、?」

 

 サンディはフィリスの言ったことにたいし首を傾げると、フィリスは今後の目的について話した。

 

「……ふーん、つまりアンタは女神の果実さがし、アタシは人探しのために人間界を旅するわけね!」

「そういうこと!」

 

 フィリスの今後の予定に対し納得したようであり、サンディは明るく笑い、元気に号令をかける。

 

「いいんじゃない、いいんじゃない! それじゃあ人間界へ行ってみよー!」

「おーっ!」

 

 そう声を掛け合って、二人は天の箱船に乗り、地上へ戻った。 戻り先については、フィリスがある場所に降りてほしいとサンディに頼む。

 

「じゃあまずは、仲間のところへ戻らなきゃ」

「あーはいはい………でも、その旅の内容、説明できるの?」

「やってみるさ」

 

 

 




次回は、フィリスとその仲間達の話をお届けします。
今後も、仲間に焦点を当てる話を予定しています。


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10「これからの道」

今回で、本格的に彼らがフィリスの仲間になります。
このオリジナル設定は、自分にとって本当に大事なものです。


 地上に戻ってきたフィリスは、夜が明けないうちに急いで宿屋へ帰ろうとしていた。 彼らが泊まっている、セントシュタインの宿屋に。

 

「あっ……!」

「…………」

 

 だが、その町の入り口で、フィリスはある人物に遭遇して立ち止まってしまう。 そこにいたのは、イアンだったのだ。 しかもそのイアンの眉が少しつり上がっているので、怒っているのがわかる。 そんなイアンに対しフィリスはぎこちなく笑いながらも問いかける。

 

「い……イアン……どうしたの?」

「それはこっちの台詞だぜ、フィリス。 こんな時間まで一人でなにやってたんだ?」

「………まさか、一晩あたしを探していたとか?」

「あったりめーだ、バカ。 夜にクルーヤが、お前が寝室にいないって言って慌てだして、オレ達の部屋まで押し掛けてきたんだぞ。 その上お前を捜すハメになって……おかげでオレは寝不足だ」

「………」

 

 自分がいないわずかな時間の間に、そんなことがあっただなんて思わなかったフィリスは、イアンの話を聞いて苦笑する。 とりあえずイアンはフィリスに宿に戻るよう告げると、フィリスはそれにおとなしく従い、仲間の待つ宿屋へ戻ってきた。

 

「フィリスさん、見つけた!」

「わぁん、フィリス! どこいってたの、心配したんだよ!」

「あ、ああ…わりぃ」

 

 セルフィスとクルーヤはフィリスのことを心配し、イアンと同じように彼女を捜していたそうだ。 そんな二人に対しフィリスは謝罪しているが、その後ろでイアンがフィリスを睨んでいた。 その視線には、フィリスは気付いている。

 

「えと…」

「さて、お前の正体をはなしてもらおうか?」

「………」

「いつまでも、言い逃れできるとは思うんじゃねーぞ…今度こそ、お前の話を聞くぜ」

 

 イアンは頑なにとして動く気はないようだ。 このままイアンをどう誤魔化すべきか、この場から逃げ出せるかをフィリスは必死に考えるが、彼の性格や実力を既に知ってしまっているフィリスは、どれも通じないだろうという、あきらめのような感情を抱いた。

 

「そうだ」

 

 どうしようか、とフィリスは考えていたが、やがて仲間に与えようとしていたあるものを思い出して、それを取り出す。 それは、世界樹の朝露だった。

 

「なんですかこれ?」

「せいすい……じゃねぇか。 ただのせいすいなら、ここで出すわけがねぇしな」

 

 その瓶に入っている液体に興味を示している様子の3人に対し、フィリスは問いかける。

 

「それ飲んだらすべてがわかる、て言ったらどうする?」

「「「………………」」」

 

 そのフィリスの言葉を聞いたイアン、セルフィス、クルーヤは、もう一度その瓶をみる。 すると、どこからともなくコップを取り出し、そこに瓶の中に入っていた世界樹の朝露を数滴ずつ入れる。

 

「え」

「「「せーのっ!!」」」

「ホントにのむんかい!!」

 

 フィリスがつっこんだところで、その朝露を飲んだイアンがフィリスに真剣な顔で問いかける。

 

「じゃあ飲んだところで最初の質問、お前はどこにいってた?」

「………峠の道、だよ」

 

 こんなことでいいのか、とフィリスはがっくりとうなだれるが、事情を説明しなければと言う謎の使命感におそわれたため、彼らを峠の道まで連れて行く。

 

「この金ぴかなもの、見える?」

「金ぴか?」

 

 そう言われて、3人はフィリスの指先をみる。 その次の瞬間に3人は驚きの声をあげた。

 

「うぉぉ!?」

「きゃあ!?」

「おわぁ!?」

 

 彼らの視線の先にあるのは、確かに金ぴかのものが置かれていたのだ。 それは天の箱船であり、それを初めて見た彼らはとにかく言葉を失っていた。

 

 

「なんだ、これ」

「天の箱船。 空を飛ぶ金色の乗り物だよ壊れてこの一部しか見つかってないんだけど………」

「え?」

「今みんながこれを見られるのは、さっきみんなが飲んだあの液体。 世界樹の朝露の力のおかげ。 それであんた達は、人には見えないものが見えるようになったんだ……」

「飲めばすべてわかるって、このことだったのか…」

 

 フィリスは頷くと、さらに言葉を続ける。

 

「それから、あたしの正体なんだけど………。 驚かないで聞いてくれよ」

「正体?」

「……あたしは、人間じゃない」

 

 フィリスは、イアンとセルフィスとクルーヤに、強くそう告げた。

 

「人間、じゃない?」

「ああ……これでも一応、あたしは天使として生まれて、天使として生きてきたんだ」

「天使って、まさか各地にいるという、守護天使のことなのか?」

「うん、そういうものだ」

 

 守護天使のことを知らぬ人間など、この世界にはいない。 彼らもまた、その存在を知っている。

 

「守護天使様は、実在したのですね」

 

 それを聞いたセルフィスは祈りの構えをとってから頭を下げた。 そんなセルフィスにたいしフィリスは苦笑しつつ、何故自分は天使でありながら人の姿になってしまっているのかを説明する。

 

「あの大地震、そして邪悪な光によって……あたし達のすんでいた天使界はおそわれて、その影響であたしは天使界から落とされて……そのせいであたしは、翼と光輪を失っちゃったんだ………」

 

 あの時のことを思い出しているらしい、フィリスの顔には陰がさしていた。 いつも明るい顔しか見ていなかったイアン達は、そのフィリスの変化に気付くと同時に、彼女が体感したのが本人にとってどれほど不安なものだったかを知る。

 

「その後は、リッカに助けられて……重傷の状態からなんとか立ち上がったんだよ」

「ああ、だからお前はウォルロ村にいたんだな」

「あとはまぁ、リッカがセントシュタインに旅立つことになって……あたしもふるさとに……天使界に戻る手段を探すために、旅だったというわけ。 あとはイアンに出会って、そこからさらにセルフィス、クルーヤに出会った」

「…………」

「さ、あたしは全てを話したぜ」

 

 全部正直に話せと言われたので、フィリスは自分のことを正直に話した。 例えこれで仲間にどのように思われても、事実なのだから仕方ない。 フィリスの正体を知ったイアン達は、ただ呆然としている。

 

「それでね、あたしはこれからまた、目的を見つて、これからも旅を続けることになったんだ…」

「目的?」

「ああ」

 

 そして、続けてフィリスはこれから旅を続けるに当たって、その目的を彼らに告げた。

 

「女神の果実を探すために世界中を走る」

「女神の果実?」

「うん、女神の果実はあの事故でバラバラになってしまって……今この世界に…7個に散らばっちゃったみたいなんだ。 それを集めるのがあたしが天から受けた使命っていうのかな」

「そうなのですか……それはきっと、神託なのでしょう……」

 

 セルフィスの言葉に対し、信仰心が強いんだなとフィリスはつぶやきつつも、イアン達に告げた。

 

「みんなが信じるも信じないも、みんなの好きにすればいいさ。 ただ、あたしはうそを言った気なんてない」

「それで、どうするつもりだ?」

「みんながあたしを可笑しいと、信じられないのならあたしを疎外したってかまわないよ。 パーティー解散したっていい」

「なっ…!?」

「あたしは…あんた達まで道ずれにする気はないよ」

 

 それだけを言うと、フィリスはとりあえず一度宿屋に戻ろうかと皆に告げて、最初に歩き出す。

 

「あの、あなたは!」

「?」

「もし私達が、あなたとの旅をやめても……あなたは一人で旅を続けるの……?」

 

 クルーヤの問いに対し、フィリスは迷いなく頷いた。

 

「あたしは、旅を続けるよ。 使命を果たしたいからな」

「………………」

「さ、もどろ」

 

 そう仲間達に向かって、フィリスは笑いかけた。

 

 

 

 セントシュタインの宿屋に戻った後、フィリスは一人でセントシュタインの町で次の旅に備えて準備したり、情報収集を行っていた。 その頃、イアンとセルフィスとクルーヤの3人は、自分たちが寝泊まりしていた部屋で、フィリスの話を思い出していた。

 

「はぁ、自分から聞き出しておいてなんだけど……なんつー話を聞いちまったんだか」

「まさか、思わなかったわ………フィリスが各地に伝わっている、あの守護天使そのものだったなんて…………」

「信仰の対象としていた存在が、そんな近くにいたことも………よもや、実在しているなど、想像もしていませんでしたね………」

 

 この世界で守護天使にまつわる話もその存在も、知らないものはいない。 特にセルフィスは僧侶として神に仕える身であるため、まさかその存在が自分の間近にいて、自分達を直接助けてくれていたなど知らなかったのだ。 彼女には常に敬語で話し礼儀正しく接していたものの、それはあくまで彼の本来の性格だ。 自分はどこかで無礼を働いていないかと、セルフィスは不安を覚えていたが、大丈夫だというイアンの励ましを受けて前向きになる。

 

「フィリス……自分一人になっても、これからも旅は続けると言っていたわよね………」

「クルーヤさん?」

「これって、私達が一緒にいった方が…フィリスの助けになるんじゃ……」

「それはねぇだろうぜ」

 

 クルーヤの言葉に対し、イアンはそう否定した。 え、とつぶやいて戸惑っていると、イアンは言葉を続ける。

 

「あいつは同情で同行することに、納得なんかしねぇだろ」

「…………」

「まぁ正直、俺はあいつが本物の守護天使だといわれても、すぐには信じられなかったけどな。 主に普段の立ち振る舞いが、そういう神聖さとかけ離れてるから」

「イアン」

 

 ハッキリとそう言い切るイアンにたいし、クルーヤもセルフィスも苦い顔をする。 そんな二人のことなど気にもとめず、イアンは言葉を続ける。

 

「けど、あいつの戦いのセンスや、人助けをしたいという気持ち強い正義感は…絶対にウソなんかじゃねぇと思うぜ」

「えっ」

「あれはきっと、守護天使の使命とか運命というよりも…ずっと強いあいつの生来の性格だろうな。 そして、俺達も、これまでに出会った人達も、みんなフィリスに助けられている…」

 

 そう言いながら、イアンは腕につけていたリストバンドをなおして、彼らに笑いかけながら言う。

 

「これまでのあいつの行動は、なにひとつ間違ってない。 だから、そこは信じても、問題はない……そうは思わないか?」

 

 

 

 イアン達がそう話をしていたとき、フィリスは武器や防具、道具を一通り購入して準備を整えていた。 そのとき、サンディが彼女に話しかけてきた。

 

「仲間のコト、いいの?」

「なにが?」

「なにがって、決まってるじゃない。 今後の旅、ぶっちゃけな話…アンタ独りでなんとかできる問題じゃない気がするんですケド。 ここはせっかくパーティー組んだ仲だし、連れて行くのが賢明ってヤツなんじゃない?」

「…………」

 

 サンディの言っていることは、ごもっともだ。 女神の果実探しの旅は、決して一筋縄ではいかないだろう。 仲間が多い方が頼もしいのは、フィリスにもわかってるのだが、それに他人を簡単に巻き込めないのも同時に理解してしまっている。

 

「でも強引に人を使うのも、あたしの筋にあわないっていうか…危険だから巻き込めないというか。 中々誘いにくいんだよね…」

「珍しく弱気じゃん? フィリスのキャラにあわなすぎってカンジ!」

「悪かったな。 第一まず、彼らはあたしの話なんて信じてないと思うんだよなー…」

 

 フィリスがそう言った瞬間。

 

「アホ」

「あいた」

 

 こつん、と頭になにかがあたった。 振り返るとそこには、イアンとセルフィスとクルーヤの姿があった。 ここに彼らの姿があったことにたいし、フィリスは驚いている。

 

「イアン……セルフィス……クルーヤ……」

「探したぜ、もう旅だったんじゃねーかと焦ったぞ」

「ホントよ」

「そうですよ」

「えっ?」

 

 3人の言葉に対し、フィリスはきょとんとした。 そんなフィリスのリアクションをみて、3人は笑う。

 

「お前の正体はどんなものであっても、お前がやっていたことは…なんも間違いはないし…どうせ乗りかかった船だ。 こうなりゃ、徹底的につきあわなきゃ、絶対後悔するだろうと俺は思ったぜ」

「私も、あなたのことはやっぱり心配よ……ただの同情と思われても仕方ないかもしれない…。 でも、私があなたを放っておけないのは本当だから……力になりたいと思ったから……なんと言われようとも、その気持ちのままに、あなたを助けるわ」

「僕もベクセリアの一件をとおして決めたこと……各地で苦しんでいる人達の助けになりたいということを…思い出したのです。 僕の願いを聞いて……あなたは迷わず手を伸ばしてくれた。 だから、僕はあなたについていきたいのです」

 

 3人はそれぞれの思いを伝え、そして代表してイアンが前にでてフィリスに告げる。

 

「だから、俺達はこのままお前について行くぜ。 お前のこれからの旅についていって、使命とやらを果たそうじゃねぇか」

「………」

 

 まさか、それぞれが自分の意志で旅についてきてくれるなんて思っていなかったフィリスは目を丸くした。 そして、少しだけ目を潤ませながら笑う。

 

「あっはは……あんたら、かなりのお人好しだ」

「そうじゃなきゃ、それ以上のお人好しになんか、ついていけねぇだろ?」

「確かにな」

「ついに、形になろうとしているのね…わたし達のパーティーが!」

「ふふっ」

 

 そう、4人が盛り上がっていたときだった。

 

「アタシを忘れちゃダメなんですけどー!」

「きゃ!?」

「あっ」

 

 そこでサンディが飛び出してきて、フィリスはサンディの存在を思い出す。 そのサンディに対し3人が驚いたとき、フィリスはあることに気付く。

 

「え、誰…これ…?」

「って、みんな、サンディが見えるの?」

「……ああ……」

「これも、あの世界樹の朝露の力なんだな…」

 

 朝露の力おそるべし、とフィリスは思い、苦笑しながらもサンディを彼らに紹介する。 その際サンディはフィリスと初めて会ったときのように自らを天の箱船の運転手である、謎の乙女と紹介したのだが、それにたいしてイアン達はポカンとした。 とりあえずそれぞれで自己紹介も済み、改めて旅立ちの決意を固める。

 

「じゃあ、レッツゴー!」

「おーっ!」

 

 そうして彼らは真の意味で、一つのパーティーとなったのであった。

 




次回は、ダーマ神殿編をお届けします。
編、といっても一話で終わりますが(笑)


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11「天の示す未来」

今回はダーマ神殿での話をお届けします。
彼らの旅がここから本格的なものになります。


 

 自分の正体、今の異変、そしてこれからの旅の目的。 フィリスはそれらをすべて、イアンとセルフィスとクルーヤに話した。 世界樹の朝露のおかげで彼らは天使や幽霊、そして天の箱船を見ることができるようになり、それに大きく関われるようになった。 そして、彼らはフィリスの言葉を信じて、ともに進むことを決めてくれた。 フィリスもまた、そんな彼らの気持ちを信じて、彼らとともに旅をすることを決めた。

 

「そんで、この天の箱船に乗って次の目的地に向かうのはいいけどよ。 これでどこまで行くんだ…?」

「んー、あ、あの青い木になんか止まれるっぽい?」

「青い木?」

 

 操作しながらサンディは、ある方を指さす。 サンディの指さした方向にあったのは、確かにほのかに青い光を放つ大きな木があった。

 

「あ、あれってダーマ神殿ってやつじゃないの?」

「ダーマ神殿?」

「ダーマ神殿…聞いたことがあります…」

 

 初めて聞く地名にたいしフィリスは首を傾げるが、セルフィスは反応し、彼女がその場所のことを知らないと悟ったのか、説明をはじめた。

 

「そのダーマ神殿では、転職を行えるのです」

「転職?」

「はい、人々には生来の素質があり、その素質を生かした職で生きたり、魔物と戦ったりするのですが…このダーマ神殿で転職を行うことによって、また別の素質を開花させ、新しい職につけるようになるのです…」

「職……」

「例えば、僕は今は回復や補助を得意とする僧侶ですが……転職をすればうってかわって、武器で戦える戦士になれたりするのですよ……」

 

 セルフィスの説明を聞いて、フィリスはへぇと声を漏らして納得した。 一応ではあるが、ダーマ神殿でなにができるのか、転職とはなんなのかを理解したようだ。 話を聞いたフィリスは、自分も転職をしてみようかと思う。

 

「あたし、いっそのこと戦士あたりにでもなってみようかな…?」

「ああ、旅芸人という割には芸をまったくやらねぇからな、お前……」

「ほっとけ」

 

 イアンの的確な指摘にたいしフィリスは頬を膨らませる。 だが、彼の言っていることが間違っていないのも事実であるので、こうなればさっさと戦士にでもなってスッキリしてやると決めつつ、青い木の元におり、天の箱船を下りて、そのダーマ神殿に向かった。 ダーマ神殿は、空の上から見るよりずっと大きな神殿であり、どこかおこがましい雰囲気が漂っている。

 

「わぁ!」

「近くで見ると大きいな…!」

「そうですね」

「とりあえず、入ってみようよ」

 

 彼らはそう言葉を交わして、ダーマ神殿の中に入っていく。

 

「おい! いったいどうなってんだ!!?」

「ん?」

 

 その直後、彼らの耳に怒声が入ってきた。 奥の方を見ると、一人の男性が多くの人々に取り囲まれ、困っているようだった。

 

「オレ達は苦労しながらここまできたんだぞ!? なのに転職ができないなんて、なにが起きているんだ!」

「わしは老体にムチウって、そうまでしてここにきたのはメイドになるためなんじゃ!! わしはメイドになりたいんじゃ!!」

「あ、うぁ……」

 

 その様子を見た彼らはポカンと口を開けてしまった。

 

「何か…もめ事でも起きているみたいだな?」

「ああ…」

 

 

 

 彼らが周囲を調べるにつれ、少しだけ事情がわかった。 先ほどの男性と多くの人の関係性も。 あの男性はいわば、ダーマ神殿の大神官の補佐を勤めている大臣のようなものであり、彼に群がっていた人々は、このダーマ神殿で転職するために来たようだ。 だが、今はある理由で転職ができない状態らしい。

 

「大神官様が不在…」

 

 今ダーマ神殿で転職ができない理由が、大神官の不在。 それなら大神官が帰ってくるまで待っていればいいのではないかと思うのだが、どうも最近の大神官は様子がおかしいらしい。 そして、フィリス達が特に気になったのは、この神殿に来ていた人から聞いた話だった。

 

「ここに黄金に光る果実が届けられたって、あの人がいってましたよね…」

「ああ」

「もしかしたら、大臣様なら何か知ってるかもしれないわ…」

 

 黄金色の果実、という単語を聞いたフィリスは、それがもしかしたら女神の果実かもしれないとおもい、その行方が気になっていたのである。 その情報を知っていそうな人物をおっていったら、大臣にたどりついた。

 

「黄金色の…果実…?」

 

 その単語を聞いた大臣は少し考え事をした後で、ああ、と思い出したように口を開いた。

 

「そういえば……大神官様がそのような果実を転職にきたものから受け取っていた気がするな…」

 

 大神官は果物に目がないという話を聞いていたから、転職させてもらったお礼にそれを手渡したのだという。 その果実のことならキッチンにいるシェフが知っているだろうと大臣は言ったので、4人はキッチンへ向かいその果実のことを訪ねる。 だが。

 

「その果実ならこの間、大神官様が持ってきましたよ。 あのお方は果物が大好物ですから…。 それで、昼食のデザートにそれを食べるから皮をむいてくれと頼まれたので、その指示通りに食後にお出ししましたよ…」

「えぇ!?」

 

 その果実がどうなったのかを知ったフィリス達は驚愕の声を出した。 探していた果実はすでに食べられてしまったのだから。 その話を聞いた仲間達は焦る。

 

「お、おい食べちゃったみてーだぞ? いいのか?」

「だ、大丈夫なのかしら?」

「………」

 

 まさか目的のもの、それもとても大事なものが食べられてしまっていたことにたいし、フィリスは声にならない衝撃を受けているようだった。 そこでサンディは少し考えた後で、フィリスに声をかける。

 

「んー、とにかくさっきの大臣といわれた神官に果実のことを話して、大神官を追っかけた方がいいんじゃない?」

「はぁ……それしかないか……」

 

 今ここでショックを受けてうなだれていても仕方ない、と言わんばかりにフィリスは自分を奮い立たせ、ため息をつきながらも大臣の元へ戻り、大神官の行方を追うことにする。

 

「それならば、ダーマの塔へ行き、礼拝を行うと仰っていたぞ……」

「ダーマの塔?」

「うむ、歴代の大神官はあの塔で祈りを捧げることで、転職のために必要な力を授かるのだ。 ただ……」

「ただ……?」

「その塔は近年、魔物が溢れかえっていてな…簡単には近づけなくなっておる。 私も今回、大神官様をお止めしたのだが……今の自分には転職のために大いなる力が必要なのだ、と言って聞いてくれなかったのだ……」

「…………」

 

 そこまで力を求めることなのか、と4人の中に疑問と、大神官にたいする疑惑が生まれる。 いずれにせよ大神官にあってみなければ分からないことなのだろう、と皆が思い決意する。

 

「大臣様、僕達がダーマの塔へ赴き、大神官様とお話ししてみます」

「……そうだな。 私からもお願いしたい、大神官様をここに無事に、連れ戻してくれ…」

「おまかせください!」

 

 大臣の許可を得た彼らは、早速そのダーマの塔へ向かう体制に入る。

 

「っと、そうだ、待ってくれ!」

「え?」

 

 そのとき、大臣は思いだしたように彼らを呼び止める。 なにがあったのかと4人は思い、大臣の話に耳を傾ける。

 

「どうかしたんですか?」

「ああ……実は、ダーマの神殿の入り口には、鍵がかかっておるのだ……」

「鍵?」

「まぁ、そりゃそうだろうな。 んで、その鍵は大臣様が持ってるんですかい?」

「いや、私は鍵はもってない…ただ、あける方法を知っているだけなのだ」

「方法?」

 

 そんな特別な方法が必要なのか、とフィリスが首を傾げると、大臣は彼らにその方法を教えるのであった。

 

「あける方法を教えるぞ」

「は、はい」

 

 

 

 

「メラッ!」

「バギッ!」

 

 大臣から、ダーマの塔に入る方法を教えてもらったフィリス達は、早速その塔へと向かい、それを実行した。 すると、彼らはすんなりとその塔の中にはいることができた。 今も、この塔に住み着いてしまったという魔物を相手に戦っていたところである。

 

「ふぅ…」

 

 今も、自分達に襲いかかってきたさまようよろいやひとつめピエロの混合部隊を倒したところだ。 フィリスは自分が負ったダメージを自分のホイミで癒しつつ、剣を鞘に戻して周囲を確認する。 そんな中、セルフィスは仲間達のダメージを回復させつつ、この塔に入ったときのことを思い出す。

 

「それにしても…礼が扉を開ける方法とは、神聖なダーマらしいですね」

「礼儀を重んじるなんて、素敵だと思うわ」

「オレは…背中がかゆくなりそうだぜ……」

「あたしも…こういう畏まったの苦手……」

「おい天使」

 

 セルフィスとクルーヤは礼儀作法に対しとくに抵抗がないのにたいし、イアンとフィリスは苦手意識を抱いているようだ。 だからだろうか、魔物との戦いでは双方ともに生き生きとしていて、余裕で前線に立っては魔物をうちはらう。

 

「でも…そんな塔が今、魔物の巣窟になっているのは、正直嘆かわしく思います」

「まぁ、だろうな…おまけに高くて道のりが長いし」

 

 この塔に入ってから、まるで日にちの感覚でも狂うのではないかと主割れられるほどの時間が経過していた。 実は塔に入ってから階段や道を探したり、道中で襲ってくる魔物を相手にしたりして、かなり疲弊もたまっている。 しかし、彼らがどれほどの苦労をしても、大神官の姿はどこにもないのである。

 

「だけど、そろそろ屋外である、最上階じゃないかしら?」

「え、どうしてわかるの?」

「外から見たとき、この塔は七階まであるように見えたの。 おまけに上から光も指しているし、私達は今は7階にいる。 ここまで計算していたからなんとなくわかるわ……」

「へぇ、そうやって計算できるのは羨ましいぜ……」

 

 そう話をしつつ、上へ上る階段を発見した彼らは迷わずその階段へ向かい上っていく。 するとそこに風が吹き、周囲は青空で太陽が近く感じる。

 

「…ホントに…最上階だ……」

「あ、なんかえらそーなじーさんを発見したぜ!」

「い、イアンさん……!」

 

 イアンの言った先にはたしかに老人がいたが、ダーマ神殿のシンボルマークをあしらった高貴なローブを身にまとっていること、そしてここにいるということから、セルフィスはまさかと思いイアンの頭を強くたたいた。

 

「いでっ!? なにするんだよセルフィス!?」

「イアンさん、言葉を選んでください…! きっとあの人が、ダーマ神殿の大神官様ですよ!!」

「え、マジ?」

「マジです!」

 

 セルフィスの言うとおり、彼が本当に大神官だというのであれば、話を聞かなければならない。 そう思いフィリス達が大神官に声をかけようとするのだが、当の大神官は彼女達に気づいていないらしく、なにかをぶつぶつとつぶやいている。 やや、声が大きいが。

 

「わしは力を手に入れたのじゃ……この力があれば、わしは人々をよりよき道へ導くことができる………。 わしはダーマの大神官として人々のため、ここで祈りさらなる力を手に入れるのじゃ…!」

「あれ、アタシらの存在に気づいてないっぽくね?」

「すべての職業を知り…すべての職業を司る…大いなる力よ! 今こそ我に力を! 我に人々を導く力を与えたまえーーーいっ!!!」

「うわぁ!?」

 

 大神官のその声に呼応したのだろうか。 天から紫電をまとった光の柱が降りてきて、そのまま大神官に刺さり、包み込んだ。

 

「うぉおおおお……!!?」

「な、なになになに…!?」

「こ、このままじゃ…あの大神官様、やばいわよっ!!」

「…クッ!」

 

 全員、大神官の元へいこうとはするのだが、その光による力の余波が強すぎて、近づけない。 そうしている間に大神官の体は紫電と、闇のオーラに包まれていき、その体はみるみるうちにシルエットから姿を変えていくのが、煙越しに伝わってくる。

 

「クッ……ククク……。 そうか、この力で……人間どもを支配すればよいということなのか………」

「え」

 

 その煙の中から、なにかの声が聞こえてきた。 そして、煙が徐々にはれていき、そこには一体の人型の魔物が姿を現す。 魔物はにたりと笑みを浮かべる。

 

「我はこれより……魔神ジャダーマを名乗り、人間どもを絶対の恐怖で支配することを…ここに誓おう!」

「えぇぇ!?」

「なんでそーなんの!?」

 

 その驚愕の声を聞いたことで、ジャダーマはフィリス達に気付く。

 

「ふむ……人間か……ちょうどいい」

「あ、これやばいパターンじゃん」

「貴様相手にこの力を試してくれよう! さぁ恐怖におびえる姿を、我に見せるがよい!!」

 

 そういいながらジャダーマは両腕に付いた刃を振り回してフィリスに襲いかかる。 それをフィリスは咄嗟に構えた盾で受け止め、そこから剣を振るって弾き飛ばす。

 

「お生憎様! あたしらはそんな惨めな姿を見られるのが大嫌いでね! 返り討ちにしてやるよ!」

「右に同じく!」

「ならば、我がこの手で…その惨めな姿にしてくれよう!!」

 

 そう声を上げながら、ジャダーマは再び彼女達に襲いかかってきた。

 

 

 まずはイアンが相手につっこみ回し蹴りからの拳攻撃を食らわせる。 それをジャダーマは自らにスカラの魔法をかけて防御力をあげることで耐え抜き、フィリス達全員にたいしバギを放ってきた。

 

「このくらい、なんとでもないっ!!」

 

 そう言ってフィリスはジャダーマにたいしミラクルソードという剣技を放つ。 それによりジャダーマにダメージを与えつつも相手の体力を吸収し自分の体力を回復させる。

 

「クルーヤ!」

「ええ!」

 

 直後にフィリスはクルーヤに呼びかけ、クルーヤもフィリスに対しうなずき返す。 そんな彼女達にジャダーマは直接攻撃を仕掛けようとしたが、それをセルフィスの槍が妨げイアンが棍の一撃で吹っ飛ばす。 それでタイミングがいいと見計らった2人は、同時に同じ攻撃魔法を放つ。

 

「「ヒャダルコッ!!」」

 

 それは氷の刃を広範囲に放つ攻撃魔法、ヒャダルコだった。 二人は旅の途中で偶然にも同じ魔法を覚えたので、この同時攻撃をいつかは繰り出してみたいとはなしていたのだ。 それを、今実行したのである。

 

「グゥゥ………オノレェッ……!」

 

 そのダメージを受けたジャダーマは怒りで目つきを鋭くさせ、近くにいたイアンに突撃し、攻撃を食らわせた後でバギマを放ってふっとばす。

 

「うわぁぁぁっ!!」

「イアン!」

 

 その攻撃をまともに受けたイアンは塔から落ちそうになるが、なんとかしがみついて耐える。 そんな状態になっているイアンにジャダーマは追撃をしてそのまま落とそうとするが、そこにセルフィスが槍を振るいジャダーマを妨害する。 相手の注意がセルフィスに向いている隙にイアンは這い上がり、クルーヤもそれを助けつつジャダーマに向かってメラを放つ。

 

「ぬぉぉぉお!」

「ここだぁぁーーー!」

 

 ジャダーマが体についた火を払うのに必死になっているところで、フィリスがつっこんできて、彼女の剣によってジャダーマは大きく切り裂かれた。

 

「ウガァァアア!!」

「どうだ!?」

 

 フィリスによって現れた切り傷からは、邪悪な力が徐々にあふれ出てきており、ジャダーマは断末魔をあげ続ける。

 

「オオオオ………我の力が……! 力が…消えていく…!」

 

 

 邪悪な力が勢いよくジャダーマの切り傷から噴出されていった後、ジャダーマの体は今度は白い光に包まれ、そこから大神官が姿を現す。

 

「うう……わしは……ここでなにを…? ………そなたは何者だ? なぜここにいる?」

「大神官様、正気に戻られたのですね…?」

「……正気……? そういえば、先ほどまでなにをしていたのか……」

 

 戸惑う大神官に、フィリス達は事情を説明した。 フィリス達の話を聞き、大神官は光る果実の話題になった途端に発端を思い出す。

 

「そうじゃった! …わしは光る果実を食べて、そのあとは……よく覚えておらん。 覚えているのは、自分が自分でなくなっていく恐怖だけじゃ…」

「……そのことなのですが………」

 

 少々、言いにくくはあるものの、フィリス達はそのまま大神官に先ほどのことをはなす。

 

「なんと……わしは魔物の姿になり、世界を支配しようとしていたじゃと?」

「はい、そうやって人々を恐怖で圧していけばいいのだと……あなたは思いこんでいたようです」

「わしは……確かに…人々をよりよい道へと導くための力を求めていた。 あの果実はその力を与えてくれたかもしれないが、わしはその力に溺れてしまった……」

「…………」

「あれは…人が食べてはいけないものだったのやもしれん…。 そなたらが止めてくれなければ、わしは世界を滅ぼしていたかもしれん……」

 

 自分がしようとしていたことに恐怖し、反省しているようだ。 そんな大神官にたいしフィリスはあなたは悪くないと言って励まし、セルフィスが彼には神殿に帰るように促す。

 

「帰りましょう、大神官様……。 転職を新たな未来を求めている人々が、貴方を待っています……」

「うむ…そなたらには、感謝しておる……」

 

 そう言って大神官は歩きだし、それに護衛するような形でセルフィス、イアン、クルーヤは同行した。 フィリスとサンディもその後に続こうとしていたのだが、ふと背後に気配を感じて振り返る。

 

「あっ……」

 

 そこに光があったと思えば、その光の中から一個の果物があらわれた。 それが樹に実る瞬間を目の当たりにしたフィリスは、それがなにかに気づき、驚く。

 

「女神の…果実!」

「ええ、どゆこと!? 大神官のおっさんに食べられちゃったはずなんですケド!?」

「ホントに、どういうことだ……?」

 

 なぜ食べられてしまったはずの女神の果実がここに現れたのか、フィリスにもサンディにもわからない。 それに、果実を口にした大神官の変貌ぶりも。

 

「と、とりあえず…回収……っと………」

 

 わけはわからないままではあるが、目的のためにこれは見捨てたままにしておけないと思ったフィリスはその果実を拾い上げる。 そんな果実を見つめて、サンディは思ったことをそのまま口にした。

 

「……それにしても……人間が果実を食べると、ロクなことにならないねぇ」

「…うん」

 

 まさか、女神の果実がこんなに恐ろしい力を持っていたなんて思っていなかったフィリスは、手の中にあるそれを見つめていた。

 




次回はこのまま次の場所にいきます。
このまま更新を続けていけたらいいのになぁ。


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12「海への祈り」

ツォの浜のお話。
ちらっとみただけだけど、ドラゴン〇ールGTに、似たような話が合った気がする。


 ダーマ神殿に戻ってきたフィリス一行は大神官に改めて礼をいわれ、フィリスは念願通りの戦士になることができた。 そのおかげだろうか、フィリスはかなりふっきれた顔になっており、しっくりきているようだ。 さらに、大神官の話によれば、さらに鍛練を積めばバトルマスターや魔法戦士にもなれるそうだ。

 

「それを目指してみるのもいいかもな!」

「そういえばセルフィス、賢者の素質はあるって言われてたわね」

「あ、はい」

 

 実は上級職の素質があるのは、フィリスだけではない。 セルフィスもまた、上級職の一つである賢者の素質があると言われたのだ。 賢者と言えば悟りを開き、攻守にすぐれた魔法を扱い、また神の声を聞けると言われている知勇兼備の存在。 その存在には、もちろんといわんばかりにセルフィスもあこがれを抱いていた。 だが、なにかが足りないらしく、今はまだ賢者になれないそうだ。

 

「でも、まだ修行が足りないようなのです…だから、もっと鍛練を積まなければなりません」

「そ、そっか。 まぁ、あたしらも応援してるぜ! あたしも魔法戦士あたりを目指してみるしな!」

「はい!」

 

 フィリスの言葉を受けて、セルフィスは笑顔になる。 そんな二人の会話をイアンとクルーヤは聞いており、同じように笑みを浮かべていた。

 

「さてと明日には早速次の場所に行くんだろ? 聞いた話によればここから南の方に進めば漁村につくらしいしな」

「お話しすれば、船で別の地へ旅立てるかもしれないわよ」

 

 そんな彼らは今、大神官のご厚意により、無料でダーマ神殿に備え付けられている宿屋の一室で休んでいるところだ。 ちなみに、彼らにはすでに女神の果実のことは話してある。 食べられてもうなくなっているはずの果実が存在していることにたいして、3人とも驚いていたが、とりあえず目的の一つを果たしたといって喜んでくれた。

 

「でも、その果実って…本当に神様が作ったものなの? なんだか怖いわ……」

「人の身にあまる力………もしそれが、神の力ならば……なんと恐ろしいことか……」

「ああ、やべーシロモンだな……」

「だよな……」

 

 だが、同時に女神の果実の効果にたいし、それぞれで恐怖を感じているのも事実だ。 それにたいし、フィリスは全く否定することができなかった。

 

 

 

 翌日、フィリス達は気合い十分といわんばかりにダーマ神殿を旅立ち、まっすぐにツォという漁村を目指す。 道中の魔物を退け、それなりの距離を進んで、やがて木でできた門にたどり着く。 門の向こうには砂浜もちゃんと見えている。

 

「あそこが、漁村ツォかな?」

「あそこから船を出してもらえば、別の大陸へいけそうだな」

「漁師さんに、お話ししてみましょう」

 

 そう話をしながら、門をくぐってその漁村の中に入る。 その村は規模も小さく家も小さいが、奥には大きな海が見えている、まさに浜にある集落のようなものと呼べるだろう。

 

「ん?」

 

 だが、今その村では、人々が一カ所に集まっていた。 その様子に違和感を抱いていた4人はじっと、それをみている。

 

「なんか…人が集まってるぜ」

「なにかあったのか?」

 

 4人と、そしてこの村の人々が集まっている視線の先には、桃色の髪の小さな少女が浜と海の境目でひざを折っていた。 そして、少女は祈りの構えをとると、なにかを呟く。

 

「……ぬしさま…。 海の底よりおいでください。 どうかあたしたちにおちからを……。 ツォの浜のために…海の恵みをお授けください…」

 

 少女がそう口にすると、全員がしんとだまる。 そのときサンディは戸惑いながら周囲をみる。

 

「なになに、ねぇ…なんなのよ?」

「来たぞ、ぬしさまだぁーっ!」

「え?」

 

 村人達がざわついたのでそちらを見ると、海の中からまさに巨大魚、というに相応しいものが、派手な水しぶきとともに現れた。 すると激しい音を立てながら魚と、海水が村全体に降り注ぎ、フィリス達もその巻き添えを食ってしまう。

 

「「「「うわぁーっ!?」」」」

 

 その海水でフィリス達の体はびしょびしょになってしまい、同じく巻き添えを食ったサンディは大声で不満を口にする。 フィリス達にしか聞こえてないのだが。

 

「もー! 冷たくてびしょ濡れで、マジサイアクってカンジー! 今のあのでっかいの、なんなの!?」

「あっちゃあ…」

「見事に海の水をかぶったな…」

「どこかで服をかわかさせてもらいましょうよ…」

「そうですね…」

 

 そう話をしながら4人は人だかりの前にある、打ち上げられた魚をみた。 そこに打ち上げられた魚の量は多く、この村の村人達全員の食事をまかなえるほどだった。

 

「わぁ、魚がいっぱい!」

「かわった漁の仕方をするのですね」

「いや、普通はあんな漁はねーだろ」

 

 セルフィスの言葉に対しイアンがつっこむと、自分達に先ほど海に祈っていた少女が声をかける。

 

「あ……あの……あなた達は旅のお方、ですか?」

「え?」

「あの、あたし…オリガといいます…」

 

 少女はまず、自分はオリガという名前だと自己紹介をした。

 

「あ、お洋服濡れてしまったんですね……あの水しぶきで……」

「あ、ああ…まぁ…」

「ならあたしの家にきてください、服を乾かすお手伝いをします」

「あ、ども…」

 

 そのときオリガは、ついでみたいな感覚で話を聞いてほしいとお願いしてきた。 その話を聞く分は別にかまわないものの、そこでフィリス達はあることに気付く。

 

「あ、でもご両親にも、私達のことを話した方がいいんじゃあ?」

「大丈夫です、あたし幼くに母を亡くしてて…唯一の身寄りだったお父さんも、最近の大地震で海が荒れて、そのまま………」

「あ、そうなの。 知らなかったとはいえ…ごめんなさい」

「…いいんです…」

 

 そうオリガは返し、4人を自分の家にあげるとタオルを渡してまずは体を拭かせる。 そしてたき火を焚いて、全員に別の服に着替えさせると、元々きていた服をかわかしはじめる。

 ちなみに、着替えはもちろん男女に分かれて行った。

 

「それで、オレ達に聞いてほしい話…っていうのはなんだ?」

「は、はい……実は……」

 

 服もあとは乾くのを待つだけというところで、イアンはこの家にあがった本来の目的をオリガに尋ねる。 彼に話を降られたオリガは思い出したように、彼らに話をしようとしたのだが、その時扉をノックする音が聞こえてきたので、オリガはそこに向かう。 そして、扉の向こうにいた人物に対しオリガは目を丸くした。

 

「どなたですか……あっ、あなたは……」

「なんだか見慣れない連中がいるが……まぁいい。 オリガよ、来なさい。 村長様がおまえをお呼びだ」

「あ、はい!」

 

 村長が呼んでいる、といわれたオリガは思わずそう即答してしまったが、自分には呼んでおいた客人がいることを思い出して、フィリス達に対し申し訳なさそうな顔で頭を下げて謝罪をする。

 

「ごめんなさい…せっかく来てもらったのに…待たせることになってしまいますね。 あたし、ちょっと行ってきます…」

「気にしないで、あたしらはここでこのまま待ってるから」

「……失礼します」

 

 そう言ってオリガはそのまま、家から出ていった。 彼女が立ち去った後でフィリスはサンディに呼びかける。

 

「…サンディ、ちょっと」

「んー、なによぉ?」

「……オリガの後を追いかけて、話を盗み聞きしてきてほしいんだけど」

「…ハイ?」

 

 フィリスにそう頼まれたサンディは、きょとんとした顔になる。 そんなサンディに対し、フィリスは自分が盗み聞きをしろと言った意図を説明する。

 

「なんか、ヤな予感がしたんだよね……あたしの直感…なんだけどさ」

「あんたの直感がどれほどのもんかは知らないけど……仕方ないっぽいなぁ。 こういうとき、盗み聞きできそうなのはアタシぐらいなもんだし。 しょーがないから、いってあげる」

「ありがと、よろしくね」

 

 そう言いながらサンディは、若干渋々と言った感じではあるものの、その村長の家へ向かい、村長と折り我の話を盗み聞きしにいった。 その後ろ姿をみながら、イアンはからかうようにしてフィリスに話しかける。

 

「にしても、村長とあの子の話を盗み聞きしようったぁ…おもしれぇこと思いつくんだな、お前。 天使とはいえ悪知恵の働くヤツだぜ」

「あはは、そう褒めないでよ」

「褒めるとは少し違う気がしますけど……」

 

 そう話をしながら待つこと十数分といったところだろうか、しばらくしてからサンディは戻ってきた。

 

「あ、どうだった?」

「えーと、アタシなりに説明しちゃうと…」

 

 サンディは、村長の家で聞いた話をフィリスたちにそのまま説明を始める。

 サンディ曰く、村長は身寄りを亡くして独りぼっちになってしまったオリガに、自分の養子にならないかという話をしてきたそうだ。 村長は自分の息子であるトトとオリガが幼なじみ同士で仲がいいのを知っており、息子のためにも、そしてオリガのためにもなるという理由で、養子の話を持ってきたらしい。

 

「なんだ、いい話じゃん」

「ところがどっこい、ここからが大変なハナシだったりすんの」

「え?」

 

 サンディは自分が聞いた話について、さらに話し続けた。 オリガは意を決して、自分はもうぬしさまを呼ぶことをしたくないと、村長に告げたのだ。 それを行ったところ、村長の態度は一気に変わり、村のためになにもできないくせにバカなことを言うな、とオリガに怒鳴ったのだという。

 

「まぁ、そこで一度、この話はお開きになったっぽい」

「その村長、ちょっとひどいと思うわ。 いくらなんでも怒鳴る必要もないでしょ」

 

 サンディの話の内容を聞いたクルーヤは不満げに頬を膨らませ、それをセルフィスはなだめ、イアンは何かを考えるような動作と表情を見せる。

 

「にしてもサンディ…あたしの頼みを聞いて、仕事をちゃんとやったんだな。 あんたをちょっとだけ見直したよ」

「……アンタも、あたしのことをどー思ってたのよ………」

 

 そしてフィリスはサンディが仕事をしたことを以外に思ったことを正直に告げ、それを聞いたサンディはフィリスにつっこみをいれるのであった。

 

 

 

 全員がサンディの話を聞いたすぐ後、オリガが帰ってきた。 オリガはまずフィリスたちに待たせたことを謝罪した後で、今この村に起きている異変をそのまま彼らに説明をする。

 

「……じゃあ、ここもあの大地震の影響を受けたのか?」

「はい……あのときは海が荒れてそのせいで……みんな漁にいきたくなくなってしまったです………」

 

 このツォの浜は元々そんなに豊かではなく、どちらかといえば貧しい方だった。 そこであの大地震が発生し、魚がとれなくなり海も荒れてしまっていた。 今でもそこそこ海は落ち着いているものの、あの海の荒れをみた人々はすっかりおびえてしまい、人々はさらに貧困さに悩まされることになった。

 

「そんな中、あたしは海で行方をくらました父のことを考え……そこで泣いていました。 そんな時、海の中からぬしさまがあらわれたのです……。 大昔からこの地を守っていると伝えられる…ぬしさまに…」

「…………」

「その日から、あたしが海に来るとぬしさまがあらわれ、あたしに魚を与えてくれたのです。 それを知った村の人々は、あたしが海に祈れば…ぬしさまが魚をくれると思いこむようになって……」

「んで、今に至るというわけか?」

「…はい……」

 

 だが、その中でオリガはこれは間違っていると思うようになっていった。 こんな楽な暮らしをこのまま続けていっていいのか、迷っていた。

 

「海の神様に甘えきってしまうなんて、いけないことだわ。 今のこの暮らし、あたしは間違っていると思ってるのに………誰も耳を貸してくれない。 村長だって………」

「オリガ……」

「でも、あの……この村のことに関係ないあなた達なら、きっと話を聞いてもらえる気がしたんです……」

 

 そう言ってオリガは真剣な顔で、フィリス達に問いかけてくる。

 

「……教えてください。 あたしたちの今のこんな暮らし…やっぱり間違ってますよね?」

「それは……」

「あったりめーだろ」

 

 返答の内容に困るフィリスより早く、イアンが口を開きオリガの考え方を肯定した。

 

「い、イアン?」

「働かざるもの食うべからず、て言うだろ? 貧しいのがつらいことも、漁の仕事のしんどさも、わからなくはねぇけど……。 でもちゃんと仕事をして、その成果をみんなでわけあうのが、貧しさを紛らわす一番の手段だと思うぜ?」

「…………」

「なにも仕事のために死ね、なーんていうつもりはねぇさ。 ほどほどでいい。 …けど、今のような体たらく海の神様は、内心じゃ失望してるんじゃないかと、オレは思うな。 このままラクしっぱなしで、全部のことをこんな小さい子に全部押しつけてばかりいたら、そのうちバチあたるっての」

 

 そう語るイアンは、口こそ悪いが話の内容も態度も真剣そのものだった。 そんなイアンに背中を押されたのか、フィリスとセルフィスとクルーヤも次々に話をつないでいく。

 

「…そうだな、イアンの言うとおりかもしれないな」

「海の神様は、常に浜の人々を見ているはずです。 今の姿を見たら哀れに思うでしょう」

「ちゃんと自分達で仕事しなくちゃ、その方がずっとすてきだもの」

 

 そんなフィリス達の言葉に勇気づけられたのか、オリガの顔にみるみるうちに明るさが戻っていき、彼女は笑顔を浮かべていた。

 

「そう……そうですよね! あなた達ならそう言ってくれるんじゃないかって思っていました……!」

「オリガちゃん」

「あなた達が同意してくれたおかげで、あたし、少しだけ自信と勇気がつきました。 明日、もう一度村長様にお願いしてみます。 ぬしさまはもう呼ばないと言ってみます!」

「え、大丈夫なのか!?」

 

 心配しているフィリスにたいし、オリガは真剣な表情で頷き、告げる。

 

「自分の気持ちにも、その理由にもウソはつきたくないですから……。 だから、がんばります!」

「…………」

「あ、いけない。 もうこんな時間だわ。 みなさん、今晩はお泊まりしていってください」

「あ、ありがとう」

 

 もう、そんなに時間が経過していたのだろうか。 フィリス達はオリガの厚意に甘えてその日はこのまま彼女の家に泊まっていくことになった。 ただ世話になるだけなのは失礼なので、取れたての魚をセルフィスが調理して食事をすることになりながら。

 

「オリガちゃんは?」

「もう寝ましたよ……本当に疲れているようですね……」

 

 そう言い、既に眠っているオリガを4人は見つめる。

 

「…明日は万が一を考えて、オレらも一緒に行くとしようぜ」

「そうですね」

「ええ」

「ああ」

 

 そうして彼らもまた、貸してもらった寝場所でそれぞれ眠りについていく。 そんなとき、サンディはフィリスにこっそりと話しかけてくる。

 

「………ねェ、フィリスまだ起きてる?」

「……?」

「…たしかにあのヌシさまってヤツ、なんてゆーか……よくないみたいなカンジだけどさ。 もしこのままオリガが村からハブンチョされたらどーすんの?」

「………」

「なまけちゃダメとかマジメなことをいうつもり、アタシにはないんだけど……。 万が一があったらどーすんのさ」

 

 確かにサンディの言っていることは正しいのだろう。 フィリスは彼女の言葉の意味と、その正論さを理解しているからこそ、自分が考えたことをそのまま言葉に出して彼女に伝える。

 

「それを解決するのが、あたしの役目……守護天使の役目みたいなモンだと、あたしは思うかなぁ……」

「……お人好し」

「あんたが言うなよ」

 

 サンディのつぶやきに対してもフィリスは勝ち気な笑顔でそうこたえ、窓越しに星空を見つめて、この村を助ける気持ちを持つ。

 

「村もオリガも、両方助けるよ………どれだけの意地を見せることになってもね」

 

 そう呟き、既に眠っている3人の仲間をみて、フィリスは笑みを浮かべる。

 

「少なくともみんなも、同じ気持ちだろうし………」

 

 

 

 そして、夜が明けた。

 

「ふぁ……おはよ……」

「おはよ、フィリス」

 

 朝起きてあくびをしているフィリスとまず顔を合わせて挨拶をした相手は、一緒に寝ていたサンディだ。

 

「にしても、オリガってばどこに行っちゃったのよ? 人を泊めておいて朝ご飯もナシとか、マジありえないんですケド…」

「えっ…?」

 

 サンディの言葉を聞いてフィリスはあわてて周囲を確認する。 そして、本当にサンディの言うとおりオリガの姿がないことを知り、フィリスは焦り、仲間達を呼ぶ。

 

「みんな!」

「起きたのか、フィリス」

「おはようございます」

「オリガは?」

 

 広い部屋には仲間達の姿があるが、やはりオリガの姿はない。 フィリスはオリガの所在を問うが、それにたいしイアンが首を横に振った。

 

「……わりぃ、オレ達が起きたときはもういなかったぜ」

「えぇ!?」

「もしかしたら、私達より早く起きて村長のところへ行ってしまったのかもしれないわ」

「急いで追いかけよう、なにか起きてからじゃ遅いし!」

「はい」

 

 そう仲間達に声をかけて家を出ようとしたときだった。

 

「あっ!」

「わ!」

 

 家の前には一人の男の子がいて、4人は思わず立ち止まる。 そして、その少年に何者なのかを尋ねる。

 

「あなたは…?」

「ぼ、ボクはトト! 村長の息子の…トトだよ!」

「トトくん、ですね。 僕達になにかご用ですか?」

 

 村長の息子、と聞いて戸惑いの色を浮かべつつ、なぜ彼がここにいるのかを問いかける。 すると、トトはどこか落ち込んでいるかのような表情を浮かべながら、事情を彼らに話す。

 

「あのね、実はさっきオリガがうちにきて……。 オリガがやっぱりもうヌシさまを呼びたくないって言ったんだ! そしたらパパ…すっごく怖い顔をして、オリガを連れて行っちゃったんだ!」

「えぇ!?」

「なんだって!?」

 

 なんと、既にオリガは村長を説得するために飛び出したのだという。 だがその後でなにがあったのかを知り、フィリスは悔しそうに歯ぎしりを小さくたてる。 そんな中、トトは彼女たちに告げた。

 

「今更こんなこと言うのも遅いけど……オリガがどんな気持ちか、ボクは知ってたよ……」

「え…?」

「最近、ぬしさまが出てきてから……ずっと遊べないことばかり気にしてた。 オリガが…すっごい疲れてた顔をしてたの、ボクわかってたのに……。 なにもしてやれなかったよ……今回もパパのせいで……オリガはまた、疲れちゃう……」

「トトくん………」

 

 そう自分の気持ちを打ち明けたトトは顔を上げて、フィリス達にオリガと自分の父のことをたくす。

 

「ねぇ、旅人さん…お願い! ボクなんだかすごくイヤな予感がするんだ! あの門の奥にある岩場までいって、オリガとパパの跡を追って! そして、オリガをたすけて!」

「ああ、わかった!」

 

 そんなトトの思いを受け取ったフィリスは迷いなく頷き、彼の頼みを聞き入れる。 そんなフィリス達にたいしトトは表情を明るくさせて、彼らに言う。

 

「ボク、もし二人が帰ってきたら、ちゃんと言うよ! ちゃんと、ボクはオリガの味方だって言うよ!」

「おう、その心構えにウソつくんじゃねーぞ!」

 

 そう言い残し、フィリス達はトトの言っていた岩場へと足早に向かう。 そんなとき、フィリスはトトのことを思いだし、オリガの様子を思い出し、そして口にする。

 

「オリガは、決して独りぼっちじゃないし、理解者がだれもいなかったわけじゃないんだね」

「ええ」

 

 そうして岩でできた洞窟にたどり着いたフィリス一行。 その奥からは魔物が放つ独特の気配が漂ってきており、サンディが彼らに警告する。

 

「魔物のケハイ、ビンビンだよ!」

「わかってるって!」

 

 そうサンディの答え、4人は装備を確認してから、洞窟をまっすぐに見つめ、足を踏み入れる。

 

「いざ、突撃!」

「おう!」

 

 




次回はこの異変の正体を突き止めに行きます。
欲望の恐ろしさを感じましょう。


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13「少女の心」

ツォの浜編・後編。
欲深い人間て、ただの微生物よね


 

 ツォの浜で起きている異変に大きく関わっている少女・オリガが村長により洞窟の奥へつれさらわれたと知ったフィリス達は、オリガを救出するために洞窟へと立ち入った。

 

「せあぁーーっ!!」

 

 洞窟には多くの魔物が生息していた。 集団で現れ集団で攻撃を仕掛けてくるぐんたいガニや、巨体でミサイルを放ってくるガマキャノン、自分達を麻痺させてこようとるしびれくらげ。 どれも強敵だ。

 

「ふっ!」

 

 だが、それらは全てフィリスが倒しまくっていた。 先程もガマキャノンがキャノンを放つ前に素早くその懐に飛び込んで、剣で大きくその体を切り裂き倒し、さらにその陰から飛びかかってきたキメラも同じように倒したところである。 そんな彼女の戦いぶりをみたイアン達は、ダーマで転職を行ったのは正解だったと知る。

 

「戦士になってからというものの、フィリス最前線で大活躍だな」

「ああ、体が思うように動いている気がする!」

 

 どうやらフィリス自身も、転職してから魔物と戦うにつれて実感しているようだ。 自分は戦いに専念できる職にある方が自分にはずっと向いているようだ。

 

「にしても、村長さん達はこんな洞窟をよく進めましたね…」

「おおかた、魔物が生息していない場所を見つけて進みながら、場合によっちゃ、衛兵やせいすいを使ったんだろうよ」

 

 セルフィスは愛用の槍を構えながら周囲を警戒しつつ、戦うすべを持っていなさそうな彼らのことを気にしていた。 それにたいしイアンは一般人が魔物を避けつつ道を進む方法を解説する。

 

「ん、立て札…?」

 

 そうして洞窟の中を進んでいたフィリス達は、その先にある立て札に気がつく。 そこに書かれた文章を、サンディは読み上げた。

 

「なになに……? この先、ツォの浜の村長のプライベートビーチ…関係者以外立ち入り禁止……」

「はぁあ~~?」

「いいトシしてなにやってんだ、あのおっさん」

「つっこむところ、そこなんですか?」

 

 この先に村長個人のための海辺があるのだと知り、それにたいしフィリス達は微妙な気持ちになった。 そのとき、クルーヤが放った一言で我に返ることができた。

 

「今、オリガちゃん……怖い思いをしていないかしら」

「…後少しだろうし、急ごう」

「ああ」

「はい」

 

 

 

 フィリス達がオリガの心配をしている頃、当のオリガ本人は村長に連れられて洞窟の最奥部にいた。 そこは、大きな空洞ができておりそこからは青い海が見える。

 

「どうだ、綺麗な場所だろう? ここならお前も落ち着いて話ができると思ってな…」

「…………」

 

 そう穏やかな声と態度、そして景色を見せられても、オリガの心は晴れなかった。 意を決して自分の思いを伝えたにも関わらず、村長に強引にここに連れられたのだから、無理もないだろう。 ちょうどそのタイミングで、フィリスたちは2人を発見した。

 

「いたっ…!」

「なにをしてんだ…?」

 

 フィリス達は村長達に気付かれないように、岩陰に隠れてしばらく様子を見る。 彼女たちが見ているとは知らず、村長はオリガに告げる。

 

「…もう、なにもいわなくていいんだ、オリガ」

「………」

「お前はこのところ、祈ってばかりで疲れてしまったんだな…。 うんうん。 仕方がない……浜でお祈りするのは…もうやめよう」

「…村長さま…」

「村人にはワシらから言っておいてやろう。 ぬしさまをお呼びするお前の力は消えた…とな」

「!」

 

 その言葉を聞いたとき、オリガの顔は一気に明るくなった。 自分の話と気持ちを村長が理解してくれたのだと思ったのだ。

 

「あれ?」

「ん?」

「どうなっているの?」

 

 その様子を岩の陰からみていたフィリス達も、拍子抜けだと思った。 自分達の心配は杞憂だったのかと思ったのだ。

 

「それでだな、オリガよ」

 

 だが、オリガの希望も、フィリス達の安堵も、次の瞬間に一瞬で砕かれる。 村長の言葉によって。

 

「これからお祈りは……この岩場でこっそりとしようじゃないか」

「えっ?」

「海の底にはサンゴや真珠、沈んだ船の財宝もあるだろう? お前ならばそれをぬしさまに持ってきてもらうことも、できるのではないか?」

 

 その言葉を聞いたとたん、オリガやフィリス達の表情が凍りついた。 誰も、この状況に追いつくことができない。 オリガはその言葉の意味を理解できず、震えて彼と距離を置こうとする。

 

「…財……宝……? 村長さま……いったいなにを、おっしゃるんですか……?」

「おお…オリガよ、そう怯えるでないぞ。 本当に、たまにでいいのだ。 お前が気が向いたらでいい……。 それを行ってくれれば、ワシらは豊かで幸せに暮らすことができるからな」

「あいつ……!」

 

 そこでフィリス達は気付いた。 村長の目は完全に欲におぼれ、くらんでしまっているのだと。 自分達が裕福になるためにオリガの能力を独占して利用しようともくろんでいるのだと。

 

「ゆ、豊かで……幸せ……?」

「そうだ、約束しよう。 だから…もう帰ってこない父親を待ち続けるのはやめなさい、これからはワシが……お前の父親なのだからな」

 

 そう言って村長はオリガの腕を掴もうとしたが、オリガはそれを振り払い逃げる。 それでも村長はオリガを掴もうとしていたので、オリガは今までより強い口調と声で激しく村長を拒絶する。

 

「やめて、違う!! あなたは……あたしのお父さんなんかじゃない! あたしのお父さんは、世界にたった一人だものっ!!」

 

 そうオリガが叫んだ瞬間、大きな水しぶきをあげながらぬしさまが姿を現した。

 

「ぬし、さま……!」

「おお…ぬしさま、よくぞいらっしゃいました!」

 

 ぬしさまの登場にオリガは驚き、村長はにやりと笑って汗をかきながらそう言って、オリガをぬしさまの前に突き出す。

 

「きゃ!」

「ほら、早く祈りなさい! ぬしさまに財宝を持ってきてもらうんだ!!

さぁ祈れ、ワシの…ワシらのために!!」

「やめろっ!」

 

 そう叫び、村長とオリガを引き離そうとフィリス達が飛び込んできた瞬間だった。 ぬしさまがオリガに飛びかかってきたのだ。

 

「あ、オリガッ!?」

 

 そのままぬしさまは、オリガを口の中にいれてしまったのだ。 目の前で起きた惨劇、とよぶしかない現場に対しフィリス達は戸惑う。

 

「た、食べられちゃった!?」

「な、なにが起こってるのよこれ!? なんでオリガが…ぬしさまの口にポイされなきゃならないワケ!?」

「ああ、襲われるのが村長ならまだわかるけど、全然わっかんないぜ!!」

 

 そう言って混乱しているフィリス達をぬしさまはにらみつけており、尾で海面を強くたたいてフィリス達に水しぶきをかけてくる。

 

「おそってくるようだぞ!!」

「やるしかないのか!」

「出来れば……海の神様と呼ばれる存在に手を挙げるまねはしたくはありませんが……やむを得ませんね!」

「いくわよっ! そして、助けましょう! オリガちゃんを!」

 

 

 

 何故こうなってしまうのかはわからないままではあるものの、フィリス達はオリガを救出するためにぬしさまと戦うことになった。 完全にフィリスらを敵とみているぬしさまは、その大きな鰭を振り回して攻撃を仕掛けてくる。 そのダメージはセルフィスが予めかけていたスカラの魔法により軽減され、それを耐えたフィリスがミラクルソードで攻撃を仕掛ける。

 

「せぁ!!」

「ハッ」

 

 ミラクルソードに続いて、セルフィスが槍をふるって攻撃を繰り出す。 その後ろでクルーヤは仲間全員にピオリムをかけたあとで、ヒャダルコの魔法を放ってダメージを与える。

 

「うぎゃあああ!!」

「…ッチ!」

 

 途中で、ぬしさまがその尾を振り回す攻撃を繰り出し、4人はそれをスカラで耐えるが、背後にいた村長は岩に囲まれて悲鳴を上げた。 そんな村長に対しぬしさまは攻撃をしようとしていたが、イアンが舌打ちしながらも彼を救出したので、村長は一命を取り留める。

 

「あ……あああ……」

「てめぇはあとで、おもっきししばくからな!」

 

 そうイアンは村長を強くにらみつける。 その目つきは思った以上に鋭く、それに村長はさらにおびえた。 一緒にいた衛兵も、そのイアンの目を見て、まるで不良だと呟き恐れおののいている。

 

「ふっ!」

 

 そんな衛兵の呟きは、イアンには聞こえていなかった。 そうしている間にもぬしさまの猛攻は続いているからだ。

 

「きゃあああーーっ!」

「クルーヤッ」

 

 ぬしさまの放った水流に、フィリスとイアンとセルフィスは耐えることができたが、クルーヤはそれに飲まれて岩にたたきつけられた。

 

「だ……大丈夫! 私はまだいけるわっ!」

 

 なんとか立ち上がりつつ、クルーヤは仲間たちにそう告げる。 すぐにセルフィスは全員に回復魔法をかけ、そしてイアンがぬしさまに一気に接近する。

 

「ぬぉぉぉおお!!」

「グォッ!」

 

 そして、拳による一撃を食らわせて、ぬしさまを唸らせる。 イアンの拳によるその一撃が決まったのか、ぬしさまのからだは地に落ち、口の中からオリガが現れたので、フィリスは彼女を引っ張り出す。

 

「………あ……」

「オリガ、大丈夫か!」

「は、はい……あたしは大丈夫です……!」

 

 口の中にいたオリガは、特別怪我はしていないようだった。 その様子から、ぬしさまはオリガを口の中にいれこそはしたが、食べようとはしていなかったことがわかる。 そんなオリガを心配する前で、起きあがったぬしさまが再びフィリス達に襲いかかろうとしていた。

 

「やめて、ぬしさま! この人達に、手を出さないで!」

 

 オリガはぬしさまを止めようとして、フィリス達の前にでる。 するとそんなオリガの姿をみたぬしさまはピタリと動きを止めて、オリガに語りかける。

 

「…オリガ……その者らは、村長の手下ではないのか………?」

「え?」

「! その、声は」

 

 ぬしさまから聞こえてくる声にたいし、オリガが何かに気づくと、ぬしさまの中から一人の男性が現れた。 半透明で青い光をまとった、男性が浮かび上がる。

 

「幽霊?」

「おとうさん……なの? お父さん!」

「えぇ!?」

 

 その幽霊はなんと、オリガの父親だった。

 

 

 

「旅人よ………申し訳ないことをした。 怒りで私は我を忘れ、どうかしていたようだ。 そしてオリガ。 つらい思いをさせて……すまなかった………」

「…なにが、あったんですか?」

 

 フィリスにそう問われ、オリガの父は思い出を辿るように語り始めた。 自分が何故ぬしさまとして、ここにいるのか自分の記憶にある限りのことすべてを。 漁に出た自分はある日の晩のこと、突然の嵐に巻き込まれ、そのときに海に投げ出されたことから、すべてを。

 

「そうして海に投げ出された私の元に、黄金の果実が降ってきたのだ…」

「黄金の果実!?」

「……海の中で……自分はもう助からないと悟り………薄れゆく意識の中、それを手にしたときに……私は浜に一人残したオリガのことだけを想い、考えていた。 まだ小さいお前が……これからどう生きていくのかと………」

 

 黄金の果実は自分を包み込んだ、そしてそのまま意識は途絶えたがすぐにその意識は戻った。 自分でもわかるはずの、死の感覚。 それが消えたのである。

 

「そして、あの時私は確かに死んだ。 だが次に目を覚ましたとき、私はこの姿となって……よみがえっていたのだよ……」

 

 そこで皆は気付く。 今までオリガが祈るたびにぬしさまがあらわれ、多くの魚を渡していた理由が。 その正体が、父親であることを知ったから、その理由にたどり着いたのだ。

 

「じゃあ、オリガちゃんが祈るたびに現れて、魚を持ってきたのは……」

「そう……私はオリガが生きていくために魚を届けていたのだ………。 だがいつしか……お前の元に、人々が群がるようになっていたんだ!」

 

 そう言って、すべての元凶であろう村長をにらみつける。 すると村長は情けない声をあげながら、おびえてすくみ上がっていた。 そんな村長の姿を見た父は、目を伏せ首を横に振る。

 

「……ずっと黙って見ていたが………もう、ここまでだな………」

 

 父は、オリガに手を伸ばした。

 

「行こう、オリガ。こんな村は捨てて……遠くへ行こう。 これからもずっと……私がお前の面倒を見てやる………そばにいる………だから、なにも心配はいらない」

「お父さん……」

 

 それは、娘を思う父の愛故の言葉だ。 その思いをしったオリガは父をじっとみていたが、やがて首を横に振った。

 

「だめだよ、そんな………そんなのは……よくない」

「オリガ?」

「あたし…浜で漁を手伝うよ。 自分でちゃんと働くの。 お父さんの仕事ずっと見てきたもの…全部覚えてるもの…」

 

 彼女は祈るように胸にそっと手を当てて、言葉を続ける。

 

「あたしはお父さんの娘。 村一番の漁師の娘。 あたしはひとりでやっていけるように、ならなくちゃ……」

「……オ………オリガ………」

 

 娘の言葉に戸惑う父。

 

「オリガー!」

 

 そんなとき、幼い声がおくから聞こえてきた。 そのまま待っていると、奥から声の主である少年、トトが駆け寄ってきた。

 

「トト、どうしてここに……!?」

「トトくん!」

「大丈夫、ケガはない!? ごめんね、パパがとんでもないことを……。 任せてはいたんだけど、どうしても心配になって、いてもたってもいられなかったから、ついてきたんだ……!」

「そうだったの……」

「うん、だから……無事でよかった………」

 

 そうトトはオリガの身が大丈夫だと気付いて安心すると、今度はぬしさまの方を見て彼に告げる。

 

「ぬしさま………ううん、オリガのパパなんだよね? ボク約束するよ! 大きくなって……オリガのことはボクが守るだから、安心してよ! パパのことも、もう強欲にならないように、見張っておくから!!」

「おお」

「お父さん、ぬしさまになって…これまで助けてくれたんだね………ありがとう。 でも、もう大丈夫だよ。 あたしはひとりじゃないもの…」

 

 トトに続いて、オリガも父にそう告げる。 そんな娘の姿を見た父は、その顔に穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「オリガ………いつまでも子供と思っていたが、お前は私の思うよりずっと…大人になっていたのだな……」

 

 オリガの父がそう言うと、オリガの父の体からぽつぽつと光が浮かび上がっていった。

 

「あ、光が………」

 

 それがなにを示しているのか、フィリスにはすぐに気づいた。 彼は、未練をはらして成仏しようとしていたのだ。

 

「私のしていたことは、すべてよけいなことだったようだ。…… オリガ……私はお前の言葉を信じよう。 自分の力で生きる…お前を見守り続けよう………」

「お父さん………あたしはずっと、お父さんを愛してるからね」

「私もだ、オリガ……。 お前を愛してる。 私はいつも、お前のそばに………」

 

 そう言い残し、微笑みながら、父はそのまま消えた。 この光景は、黒騎士のときと同じだ。 イアンは、フィリスになにかを確認するように問いかける。

 

「なぁ……今のって………」

「うん、あの人はオリガのことが心残りだった……。 あの子を残すことが未練だった。 それが晴れて……成仏したんだよ………」

「……………」

 

 フィリスのその言葉を聞いて、セルフィスはピクリと反応した。 そんな彼らの前に、金色に光るものが舞い降りてきて、フィリスはそれを両手で受け止める。 すると、その金色の光は女神の果実となった。

 

「女神の果実だ!」

「やったねっ!」

 

 フィリス達は、2個目の女神の果実を手に入れることに、成功したのであった。

 

 

 




次回でまた別の場所に移ります。
その間、ちょっとした小話をお届けします。


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14「次の地への海渡り」

次の場所へ向かうまでの間の、仲間会話がメインの話。
新しい場所へのワクワクを書けたらいいな。


 

 ぬしさま事件にも終止符がうたれ、村の人々にもオリガのぬしさまを呼ぶ能力が消えてなくなったという話も広まっていった、翌日のこと。 フィリス達はもう一晩オリガの家で休ませてもらい、明日には船を出すとのことだったので、それに乗せてもらうことになったので、港に向かう。

 

「あ、目が覚めたんだね、おはよう」

「おはよ、トト」

 

 そのとき彼女達が出会ったのは、村長の息子である少年トトだった。

 

「みんなのことを助けてくれて、ホントにありがとう。 旅人さんはホントに強いんだね」

「はは、それほどでもないさ」

「そいえば、村長は?」

 

 トトの言葉を受け取りつつ、村の村長のことをきくと、トトはやや落ち込んだ様子になりながら、父である村長の現状を彼らに伝える。

 

「ずっとあのまま、うなされてるよ…」

「あー…」

「ぬしさまに遭遇して、睨まれたのが…よっぽどショックだったのね…」

「……」

 

 オリガのぬしさまを呼ぶ力に気付き、それにより欲におぼれ、己の得としようとしていた村長。 その強欲さを、ぬしさまに見破られ、その報いとして恐怖を植え付けられた。 そのショックにより、今も寝込んでいるそうだ。 当人や息子であるトトには若干失礼ではあるものの、そのくだりについてはまぁ、自業自得のようなものだということにしておく。 決して口には出さないが。

 

「……みなさん」

「ん?」

 

 そのとき、トトはまるで意を決したように彼らに告げる。

 

「ボクね、がんばって大人になるよ……そんでボク、旅人さんみたいに強くなる」

「…え?」

「オリガのことを守るんだ、ひとりぼっちになんかさせないよ。 ぬしさま……オリガのパパさんにも、約束したもんね」

 

 そういって、向こうで網を手にしているオリガを見つめるトト。 その目には強い光が宿っている。

 

「みんな、オリガは強い子だって言ってるけど………でもやっぱり、女の子だもん。 だから、ボクはあの子を守れるように強くなるよ、みなさんみたいに!」

「おう、その心意気なら大丈夫だな! 頑張れよ!」

「うん!」

 

 そうして強くなると言う約束をかわしたあと、フィリス達はトトと共にオリガの元へ向かう。

 

「オリガー!」

「あ、トト……それにみなさん!」

 

 彼らがきたことに気付いたオリガは、笑顔を浮かべて彼らに今回の件についてのお礼を言う。

 

「あの…本当にありがとうございました。 あれから、村のみんなにもうぬしさまは呼べないってこと、お話しました。 どうなることかと思ったけど………みんな、わかってくれました」

「そっか……なら、よかった」

 

 そう話をしていると、オリガはふと、寂しそうな顔をした。

 

「どうかした?」

「……お父さんがぬしさまだったなんて………この目で見たことなのに、なんだか夢でも見ていたみたい……」

「…………」

「あのとき、ホントはぬしさまになったお父さんでもいいから、もっと一緒にいられたらって………そう考えちゃった………」

「……そっか、まぁ無理もないさ。 キミは間違ってないよ」

 

 そう言ってくれるフィリスに対し、オリガはありがとうございますと返しつつ首を横に振る。

 

「でも、あんなのよくない。 お父さんがかわいそうだもの……」

「オリガ…」

「あたしはずっと、お父さんが大好きですし、お父さんもあたしをずっと好きでいてくれるって、信じます。 その気持ちだけで、十分すぎるんです」

 

 そう語るオリガの目は輝いており、そしてフィリスたちに自分の今後を告げる。

 

「浜ではまた漁を始めることになって……あたしも、今は網の片づけ方から勉強しているんです。 今はこれしかさせてもらえないけど……いつかは船に乗せてもらうことになっているんです。 だから、あたし……がんばります!」

「大丈夫?」

「平気です、だってお父さんもお母さんも見守ってくれるし、村のみんなもいる。 それにトトだっていてくれるもの…一人じゃないから、怖いものなんてないです!」

「………そうか……」

 

 もうこの村も、そしてオリガも、自分達が心配するようなことはない。 絶対に大丈夫だろう。 フィリスたちがそう確信した頃、次の港へ行く船の準備ができたことを告げられる。

 

「船の準備ができたぜ!」

「あ、もういけるみたい」

「じゃあ、あたし達いくね」

「はい、お元気で!」

「またきてね!」

 

 そう言葉を交わし、フィリス達はツォの浜をあとにしたのであった。

 

 

 

「うーん、潮風が気持ちいいわね!」

「ああ……空も海も青くて…とてもきれいだな」

「マジでイカすってかんじ!」

 

 海を渡る船の上で、潮風を楽しみながらフィリス達は、既に見えなくなったあの村のことを考えていた。

 

「大丈夫なのかね、あの村?」

「心配ねーさ。 元は屈強な漁師の村だ、カンタンにブランク感じてへにょるわけがねーだろ」

「うふふ、それもそうね」

 

 そう、イアンとクルーヤとはなすフィリス。 次の目的地である南東の大陸、その船着き場まではまだ時間があるということで、各々でしばしの休息を楽しんでいた。

 

「……あれ、セルフィスは?」

「そいや、姿みないね?」

 

 そこでフィリスは、この場にセルフィスの姿がないことに気がつき、彼を捜す。 そして、船内の休憩室で、彼を発見した。

 

「セルフィス、ここにいたんだ」

「…………あ、フィリスさん」

 

 そのとき、セルフィスの声にどこか元気がなく、さらに表情もどこか思い詰めているかのような顔色になっていたのに、フィリスは気がつく。 そんなセルフィスにたいしフィリスはもしや、と思い声をかけて彼の様子を確かめる。

 

「どうかした? まさか、船酔いか…?」

「………いえ、あの時現れていた……オリガちゃんのお父上のことを、考えていました……」

「そうなのか…」

 

 とりあえず船酔いではないようだ、とフィリスが安堵した次の瞬間。 セルフィスは神妙な顔つきで、彼女に問いかける。

 

「フィリスさん……」

「ん?」

「あなたには、その………姉上が亡くなったあと、姉上が幽霊として現れていて………その姿を見ることができていたんですか………?」

「…………」

 

 セルフィスの問い。 それは、ベクセリアの町の出来事のこと。 彼はその町で起きた事件が原因で、実の姉を失っているのだ。 その後のフィリスの言動を考えれば、もしかしたらフィリスには、亡き姉の姿が見えていたのではないかと、セルフィスは思ったのだ。

 

「……ああ」

「!」

「天使は、亡くなった人の魂を見ることができる。 それは、亡くなった人達を成仏させるために……導くため……未練を晴らしてあげるためだ。 そうすることで感謝され、それによりあたしらが受け取れる星のオーラも大きいし、なくなった人も無事に生まれ変わることができるようになる………」

「あのときの姉上の未練は………やはり、義兄上のことなのでしょうか……」

「……そう……だな………最後まで、ルーフィンさんと、あの町のことをきにしていた」

「はは……姉上らしいですね……」

 

 やはり、あのときフィリスにはエリザの姿が見えていたのだと知ったセルフィスは納得したように笑った。 自分は夢で見たと思っていたのだが、あれは本当に姉だったのだと知ったのだ。 そして、彼女が成仏したことも、その未練がなんだったのかを、フィリスの言葉を通して知った。

 

「それと、エリザさんは消える前………最期に、あんたのことをあたしに託してきたよ。 あんたとこれからも、仲間でいてやってほしい……って………」

「姉上……」

 

 それをきき、セルフィスは少しうつむいたが、やがてその口元に穏やかな笑みを浮かべて、そして顔を上げた。 その笑顔は、安堵している気持ちがあふれ出ているものだった。

 

「ありがとうございます、フィリスさん。 僕……さらに心が軽くなった気がします……」

「……あんたの故郷のみんなが望んでいるような、一人前になれるように……ならなきゃな」

「はい!」

 

 そう言葉を交わして、フィリスと分かれたセルフィスは、ぽつりとつぶやいた。

 

「これからも、僕は幽霊をみることで……彼らの助けになるんだな……。 これも、フィリスさんのおかげで……」

 

 

 

 セルフィスの様子を確かめることができて安心したフィリスは一度外にでて、そこで何かの紙をみているクルーヤの姿を発見した。

 

「クルーヤ、なにしてんの?」

「あ、フィリス」

 

 フィリスが近づいてきたことに気付いたクルーヤは、パッと明るい笑顔を見せて、その手に持っていた紙をフィリスに見せる。

 

「今ね、海図を貰ったところなんだ」

「海図?」

「ええ、たくさんあるし一枚やるよ、と言われたの」

 

 そう言いながらクルーヤは海図に描かれている、ある島を指さす。 そこにはグビアナ、と書かれている。

 

「グビアナ?」

「ええ、ここは砂漠に囲まれた国なの。 実は私、このグビアナって国からきたのよ」

「へぇー! ここがクルーヤの故郷なんだ!」

 

 クルーヤは自分の故郷を海図の中にみつけ、それで故郷を思い出していたようだ。 そうして、彼女の口から直接、グビアナについてのいろんな話を聞いた。 その話をしているときの彼女の様子は、とても楽しそうなものだった。 そこで、クルーヤはフィリスにあることをお願いする。

 

「あのね、フィリス!」

「ん?」

「もしこの旅先で、船を手に入れたら…是非一緒にいってほしいの。 いいかしら?」

「それは全然、あたしはオッケーだぜ。 とにかく色んな場所を旅した方がいいし、なによりクルーヤの故郷はあたしも気になるしな。 あたしも、行ってみたい」

「わぁ、嬉しい! もしここにきたら、私がみんなを案内するね!」

「ああ、楽しみだな!」

 

 そうして、もし自由に海を渡れるのであれば、もしその国に行くことができるのであれば、絶対にグビアナへいこうと約束するのであった。

 

「イアンとセルフィスも、同意してくれるかしら」

「絶対にOKって言ってくれると思う。 つーか、言わす」

「それはどうなのヨ…」

 

 そんなやりとりをしながら、フィリスは甲板で一人海を眺めているイアンを発見した。 そんなイアンにフィリスは迷わず声をかける。

 

「イアン!」

「……フィリスか」

 

 フィリスに声をかけられたことに気づいたイアンは、ゆっくりと振り返り、フィリスの顔を見て笑みを浮かべる。

 

「ここにいたんだな、まったくこんな小さな漁船なのに、みんな自由すぎるな」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 フィリスはイアンを自由人だというのを肯定したあと、イアンはフィリスに一気に顔を

 

「オレに言わせれば、お前のほうが割と自由な印象があるけどな」

「え、あたしが?」

「おう」

 

 唐突にそう言われてしまい、フィリスは戸惑う。

 

 

 

「……しらばっくれても無駄だぜ。 お前、オレ達に自分の秘密とか正体を隠している間……こっそり抜け出していただろ」

「………」

「いや、それだけじゃない。 何かに気付いてふらりと出かけたり、何かに対して真剣に思い詰めていた。 あれって……お前個人の事情が関係していたんだろ。 だから、オレ達になにも言わなかったし、隠し通そうともしていた」

 

 イアンは面倒見の良さゆえに、仲間達のことをちゃんと見ていた。 この旅の間にも、フィリスの体にできた傷のことや、セルフィスやクルーヤの魔力のこと、その場の状況など、細かいことに気づいていた。 だからだろう、フィリスがなにかを隠していることにも気付いていたし、その真意を自ら確かめようともしていた。

 

「………ごめん、あたしも、そういうのあまり好きじゃないし……隠すことは本意じゃなかったんだけど……でも……」

「……わかってる。 あんな事実……中々打ち明けづらいよな」

 

 フィリスは各地で伝わる、守護天使の一人だった。 信仰心が強くその伝承を多く残しているにも関わらず、その姿は目にすることができない存在。 それはほとんどの人は姿が見えないからといって半信半疑になるものも多い。 自分から天使だと名乗られたら、その人物が疑わしくなるのは当然のこと。 フィリスだって、人の姿に本意からなったわけでもないのだ。 そんな話、簡単に他人にできるものではない。

 

「真相を知った今、オレもむやみに聞き出そうとしたことが……悪かったと思っている。 すまなかったな」

「イアン…」

 

 彼はあくまで、フィリスを仲間として気にしていたからこそ、彼女の秘密を探ろうとしていたのだ。 だが、それが必ずしもいいことではない。 ただの自分のエゴではないかと、イアンは思い詰めていたのだ。

 

「そんなことはないさ。 あたしも……女神の果実の使命を言い渡されたときに、あんた達にはこのことを伝えなきゃいけない………いや、いつかは話さなきゃいけないって覚悟していたんだ。 たとえ、引かれるような結果になったとしても………」

「……フィリス……」

「でも、みんなはあたしを受け入れてくれた。 みんな、あたしの旅に力を貸してくれると言ってくれた。 あたしは、それがうれしかったんだ。 だから、イアンのしていたことも……したことも、間違ってるなんて少しも思ってないぜ。 だから、気にすんな!」

 

 そう言ってフィリスはイアンを励ます。 そこにあるのは、ただ純粋に相手を、仲間を信じるというまっすぐな好意。

 

「そうだな……」

 

 それを聞いて、受け取ったイアンは静かにほほえみ、ぽつりとつぶやく。

 

「他人に中々言えないような、そんな隠し事なんて……誰にでもあるというのに、な」

「え?」

 

 その呟きは波の音にかき消され、よくは聞こえなかった。 ただ、イアンが何かをつぶやいていたことはわかった。 どういう意味なのかをフィリスが問いかけようとした、そのときだった。

 

「おーい!」

「あっ、着いたみたいですね」

「フィリスー! イアンー! 船がついたみたいよーーー!」

「ああ、今いく!」

 

 ちょうどいいタイミングで、船が新大陸の船着き場に到着したようだ。 自分達を呼ぶセルフィスやクルーヤの声が聞こえてきたので、イアンはさっさとそちらへ向かっていった。

 

「あとちょっとだったんだけどなぁ……ま、しゃーねっ!」

 

 フィリスはイアンがなにを呟いたのかは知らないままだが、いつかはわかるよな、と開き直るかのように、仲間達に続いて船を下りた。 その瞬間が、新しい大陸を冒険するという最初の一歩である。

 

「よし、新大陸を冒険していくぞ!」

「「「おーっ!!」」」

 

 そうして、4人はかけ声を行ったのであった。

 ここからまた、新しい冒険が始まる、そのための狼煙をあげんとばかりに。

 

 




次回はカラコタ橋へ一気に飛びます。


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15「ならず者の町」

今回は新大陸上陸・そしてカラコタ橋のはなしをお届けします。
人気が実はあるみたいなので、あのキャラも出しちゃいました。


 

 船を使い、南東の大陸に降り立ったフィリスたち。 その船着き場で武器や防具などの、ある程度の装備品を整えた彼らは、次の目的地を目指す。

 

「あの船着き場にいた人達は、もっと自由に旅をしたいのなら、自分達の船を手に入れろって言ってたな」

「ああ、けど船なんてそう簡単には手に入らないだろうぜ。 ああいうのってバカに高いからな。 まぁ最悪中古の小型船なら、手に入らなくもないかもしれねぇな…」

「え、アテがあるんですか?」

「いや、アテらしいアテはねぇけど」

 

 イアンの言葉にたいし、全員がずっこけることがありながらも、イアンは冷静に地図を出してある一点を指さす。

 

「とりあえずこの、サンマロウという町を目指そうぜ。 これだけ大きな町ならなにか、いい情報も手に入るだろう」

「そうだな、立ち止まっていてもなんも変わらないし」

「だったら、進んだ方が得ですね」

 

 目的地が決まり、そのために歩き出すフィリス一行だったが、そんな彼らの前に、容赦なく魔物が立ちふさがる。

 

「おっと!」

 

 彼らの前に現れたのは、人型の獣モンスター、リカントの集団だった。 フィリス達を自分達の獲物だと認識したリカント達は、自らのテンションをあげることでパワーアップをはかり、襲いかかってくる。

 

「バギマッ!」

 

 そこでセルフィスは風の魔法バギマを放ち、リカントの不意を打つ。 そこにイアンが飛び込んで、リカントの腹を強く蹴るが、直後に反撃を受ける。

 

「こいつっ!」

 

 大きなその一撃に対しイアンは棍をふるい反撃をするが、それによりリカントのパワーがあがったのように見える。 それを見たサンディは、相手の特長に気づく。

 

「まさか、ぶたれればぶたれるほど攻撃力があがるってヤツじゃないの!?」

「え、まさかのドMか!?」

「その言い方はどうなのヨ…」

 

 そうツッコミを入れるサンディを横目に、フィリスは相手のテンションを下げる方法がないかを考える。

 

「じゃあこれならどうかしら、メダパニッ!」

 

 そのとき、話を聞いていたらしい、クルーヤがリカント達に向かってメダパニの魔法を放つ。 すると、相手の目の瞳孔がぐるぐるとまわりだし、どう動けばいいのかわからないもの、仲間を攻撃するもの、自分を殴るもの、逃げるもの等々の異常行動を起こし始めていた。

 

「お、なんか頭トチ狂ってるぞ!?」

「そりゃそうよ、メダパニの魔法で混乱させたんだから! さぁ、なにもかもがわからなくなってる今がチャンスよ!」

「おう!」

 

 それをきき、まず動き出したのはセルフィスだった。 彼は新品の槍を使い、獣系モンスターに効果が強く出るけもの突きという技を繰り出し、リカントを葬った。

 

「よし! あたしも続くぞ!」

 

 そう言ってフィリスも剣を振るい力ずくでリカントを倒し、イアンも拳や足の技で相手を打ちのめしていく。

 

「ヒャダルコッ!!」

 

 そして、クルーヤの放った氷の魔法がとどめとなり、フィリス達をおそったリカント集団は全滅したのであった。

 

「やったな!」

「さぁ、追撃がこないうちに先を急ぎましょうか」

「ああ」

「ええ!」

 

 

 そうして魔物との戦闘をくぐりぬけた彼らは、やがて大きな橋にたどり着いた。 そこには荒ら屋がいくつもあり、外で寝そべっている人やたき火をたいて寒さをしのごうとしている人、そして町の隅ではゴミがたまっておりそこには虫がたかっている。 はっきりいって、お世辞にも町として整っているとは言い難い。

 

「ガラが悪い町ね」

「ここがカラコタ橋か」

「カラコタ?」

「船着き場で聞いた話だけどよ……。 ここにはならず者や、どこにも行き場のない貧しい人たちが集まる………吹き溜まりの町のようなもんらしいぜ」

「そうなんだ……」

「様々な事情故に、普通の暮らしができない人々もいるのですね……」

 

 そう話をしていると、前方から一人の少女が歩み寄ってきた。 フードを深くかぶったその少女は、周囲の人々とどこか違う雰囲気をまとっていたので、人間ではないと気付く。

 

「あっ……」

「……」

 

 その少女はフィリスの顔を見てなにかに気付き、彼女に近づくとその顔をのぞき込んできた。 彼女はじっとフィリスの顔を見ていたものの、やがて目を伏せて首を横に振ると、そのまま立ち去っていった。

 

「違う……違うわ………どうかしてる………天使と人間を、見間違えるなんて………」

 

と、つぶやきながら。

 それはイアン達には聞こえず、フィリスだけに聞こえていた。

 

「なにかあったのか?」

「んー…顔をまじまじと見られただけだった」

「そっか……にしても、なんなんだ?」

「さぁ……」

 

 なぜ彼女は天使というワードを口にしたのか、という疑問は残るものの、今はそう大した問題ではないだろうと判断したフィリスは、そのつぶやきに対してはなにもいわなかった。

 

「きゃ!?」

 

 そのとき、後ろにいたクルーヤに一人の男がぶつかってきた。 男はいくつか歯の抜けた口を見せながらクルーヤをみて、にたりと笑う。

 

「おっとすまねぇな、嬢ちゃん……へっへっへ」

「いや、なに!? チカン!!?」

 

 その男にたいしクルーヤは気味の悪さを感じ、咄嗟に男から離れてフィリスの後ろに隠れた。 それにたいし男は、気にしないというかのように、濁った笑い声をあげながら立ち去っていった。

 

「大丈夫かよ、クルーヤ? ケガしてないか?」

「ケガはないけど……なんというか、あんな汚いヤツにさわられて、マジサイアクって感じ!」

「なんか、アタシっぽい喋り方になってる気がするんですけど……」

「まぁ、ケガがないんならいいや……さっさと行こうぜ」

「ええ…」

 

 フィリスのいうとおり、こういう町はさっさと通り過ぎてしまうのが吉だと判断した彼らは歩きだそうとする。 だがそこでクルーヤは、ある異変に気づく。

 

「あ、あれ!?」

「今度はどうしたんだ、クルーヤ?」

 

 クルーヤは自分のポーチや衣服などを調べて、やがて自分がいつも持っていたあるものが無くなっていることに気づいて、震えた声で彼らに告げる。

 

「私の、私のペンダントが……ない……っ!」

「えぇ!?」

「今朝は確かにあったのに……」

 

 今朝はあったはずのものがなくなっている。 おまけにクルーヤは非常にしっかりとした性格だ。 そう簡単にものをなくすはずがない。 そこで、あの男に気づく。

 

「まさか、さっきの変な男か!?」

「チッ! チカンかと思いきや、スリかよっ…」

 

 あの男に盗まれたのだと感づいた彼ら。 そこでクルーヤは、そのペンダントがないことにたいし、落ち込んだ。

 

「クルーヤ?」

「盗まれたペンダント………あれは、友達からもらった……大切な宝物なの………」

「そうだったのですか……ならば、見つけねばなりませんね!」

「そうだな!」

 

 そうして、本来は通り過ぎるだけだったはずの、カラコタ橋でやるべきことができたのであった。

 

「とにかく……! なんか、小汚い男だったし調べて回ってみようぜ! そんで犯人はたたき斬る!」

「フィリスさん、無益な殺生はいけません」

「盗みを働いた天罰と言うことにしとけば、問題はない!」

「おい天使」

 

 

 そうして彼らはカラコタ橋で、クルーヤのペンダントとそれを盗んだ男を探し始めたのだが、それは苦難を要するものであった。

 

「どこにいったのかしら………」

「情報を探すなら酒場、と思ってきたけど……手がかりはなさそうだな………」

 

 そうはなしながら、彼らは情報収集の基礎に戻ろうとして酒場に入った。 酒場にいる客達はフィリス達を一度みたものの、すぐに自分たちが口にしている酒や食事に興味を戻した。 やはり吹き溜まりの町というだけあって、他人のことに興味はないのだろうか。 いずれにせよ、ここにも手がかりはなさそうだと思ったフィリス達だったが、そこでクルーヤはあるものに気がつく。

 

「あ、あれは!」

「んっ?」

 

 その視線の先には、男性が数名いた。 うち一人はターバンを頭に巻いており、暗い色味の衣服を身に包んでいる。 男は鋭い形をしている目で袋の中の金品をあさっており、その中から一個のペンダントを手に取っていた。 銅で出来ており、赤い石をかこうようにして尾をくわえた蛇をあしらったペンダントトップを持つペンダントだった。

 

「へぇ、こいつはなかなかの品だな。 ま、どうせ盗品だろうがな………」

 

 男がそのペンダントを査定していると、クルーヤがその男に突っかかっていった。

 

「うわぁ!?」

「クルーヤ!?」

「あたしのペンダントを返してよ!!」

「な、なんだお前は!?」

 

 どうやら、男が査定していたそのペンダントこそが、クルーヤが盗まれたと語るペンダントらしい。 クルーヤはそのペンダントを目の前にいるその男性が持っていると知り、その手にメラの魔法を浮かべながら男を脅す。

 

「……返さないなら、燃やすわよ!」

「「「ちょ、まてまてまて!!!」」」

 

 このままではこの盗賊だけでなく、酒場まで火だるまになってしまう。 流石にそれはまずい、と思った3人はクルーヤを止める。

 

「落ち着けよクルーヤ! で、お前はなんなんだ?」

「お、オレは盗賊を家業にしている……デュリオってんだ!」

「デュリオ……? どうして、あんたがそのペンダントを持ってるんだ? あんたは明らかに、あたしらが見かけた犯人の男じゃねーし……」

 

 あの男は小汚いが、この目の前にいる男は盗賊独特の鋭さはあるものの、顔立ちとしてはなかなかに整っている。 ほかにも違いが多くあり、フィリスは何故このデュリオがクルーヤのペンダントを持っているのかを問いかける。

 

「さっき襲った男から奪い取った、金品の中に混じってたんだよ。 あいつはスリで有名だからな………前から目を付けていたのを、今日盗みを実行したというワケさ」

「盗賊が…………スリからものを盗むとは………」

 

 デュリオのしたことにたいしセルフィスは、訝しげに彼をみる。 そんなセルフィスをみて、デュリオは苦笑しつつもクルーヤに言う。

 

「んで、さっきの台詞通りなら……これはお前のだったということだな?」

「そうよ!」

「………」

 

 それを聞いたデュリオは、どこか納得したような顔をして、そのペンダントをクルーヤに差し出した。

 

「ほらよっ!」

「えっ………」

「ちょっと汚れてるけど……それでいいんなら、返すぜ」

 

 どういうことだろうか。 盗品を持ち主にあっさりと返すという行為を行うデュリオにたいし、一同は疑問を抱いた。

 

「何故、盗んだものを返すのですか?」

「オレらはあくまで、悪人や悪質な貴族をターゲットにする義賊だ。 盗んだものはこの町の人達の生活資金として配っている。 ………そして、オレ達は義賊であることを誇りに思っている。 だから、ターゲットではない奴のモノを奪うのは…気が乗らないってもんだ」

「………」

「持ち主がちゃんといて、しかもオレらの前に現れたんだったら、持ち主の元に返すのはふつうのことだ…。 しかも、返さないとオレらが殺されそうだしな」

「な、だって………」

「わかってる、それほどに大事なモノなんだろ」

 

 そう言うと、クルーヤはデュリオとペンダントを交互にみた。

 

「ホントに、タダで返してくれるの………?」

「ああ、男に2言はねぇぜ」

「あ………ありがとう」

 

 クルーヤはデュリオからペンダントを受け取り、今度からは盗まれないようにしようと決め、ペンダントは今後首にかけておくようにした。

 

「にしても、この町はスリが多いのね……」

「ああ………だから、気をつけろよ。 そうやって身につけて、もう2度と盗まれないようにしておけ。 ここでは、被害者は皆すべて、自業自得と言われちまうんだ。 ………オレはそうは思ってないけどな………」

「そんなことが……なんというか、嘆かわしいですね………」

 

 被害者は悪くない、悪いのは加害者なのに。 そんな理不尽さは、豊かでないこところで生まれてしまうのだろうかと、彼らは思う。

 

「とりあえず、見つかってよかったな」

「ええ……」

「よし、じゃあ果実探しの旅に戻ろう」

「そうですね」

「果実?」

 

 その部分をデュリオに聞かれてしまい、フィリス達は焦る。 そして、なんとか光る果実の噂を聞いて一目見たいと思っているんだと言ってごまかすが、直後に情報が入ってくる。

 

「そんな理由かよ………まぁいいや。 光る果実の話なら、聞いたことがあるぜ」

「マジかよ」

「ああ、最近もこの近くにあって…発見されたらしい…だけど……」

「だけど?」

 

 デュリオは、光る果実に関する情報をそのまま彼らに告げた。

 

「その果実を見つけた男は………ビタリ山というところにいるラボオってじいさんに、その金色に光る果実と皮の靴を交換してもらったそうだ」

「えぇ!?」

「どうしてもみたいんなら、そのじいさんを訪ねたらどうだ? みられる保証はないけどさ」

 

 その話を聞き、なにかの手がかりになるかもしれないと思った彼女達は、決意をした。

 

「ちょっとその、ビタリ山ってところにいってみましょうよ」

「ああ」

「いくのか? なんでそんなもんに興味を持って、探しているのかは気になるけど………深くはつけいらねぇぜ。 とりあえず、健闘は祈ってる」

「あ、ありがとう」

「じゃあな」

 

 そう言ってデュリオと別れたフィリス達は、外にでて軽く話をする。

 

「盗賊だけど、思いの外いい人でしたね」

「ああ」

「……」

 

 そのとき、クルーヤがなにかを考えた様子になったが、すぐに顔を上げて仲間達に言う。

 

「よし、出発しましょ」

「でも、今から出て行ったら野宿になりますよ」

「野宿になってもぜんぜんいいわよ、この町には一秒でも滞在したくないわ…」

「あはは………」

 

 どうやらこの町で起きたことは、クルーヤにとって悪い印象しかないのだろう。 それを聞いた3人は苦笑しつつ、クルーヤを筆頭にして町を出て行くのであった。

 

 

 ビタリ山の場所を確認しなが歩いていくが、セルフィスの言うとおり道中で日が暮れてしまった。 これ以上夜の道を旅するのは危険なので、比較的安全そうな場所を発見してそこにキャンプをすることにした。

 

「よし、いい感じね」

 

 そのときの夕食は、クルーヤが作っていた。 今日の夕食メニューは、魚とトマトのスープだった。 そうして出来上がった料理を、フィリス達は口にして、それぞれでおいしいって感想を告げる。

 

「クルーヤって本当に料理上手だよね、この旅の間でよく作ってくれるしな」

「ええ、私、小さい頃からやっていたから……」

 

 そう言ってクルーヤは、ポツポツと語る。

 

「私ね………実は、小さい頃に家族を亡くして……それからずっと、孤児なんだ………」

「……え……」

「それで、友達の家にお世話になったの。 その友達も家族も、私に優しくしてくれたわ。 やがて、私は魔法に興味を持って、旅もしたくなって……その人達はセントシュタインならたくさんの人が集まると言って勧めてくれて……連れて行ってくれたわ」

「そうだったのか」

「その友達にも、ご家族にも、感謝しているわ……だから、今も大切な人たちよ」

 

 クルーヤは、今回の事件の発端となったペンダントに触れながら、語る。

 

「このペンダントもね、友達が頑張って働いて………私のために購入してプレゼントしてくれたものなの……。 だから、とても大事なものなのよ」

「そっか……通りであんなに、取り乱していたんだな」

 

 彼女がどれほどに、そのペンダントを大事に思っているのか、何故大事にしているのかを知った彼らは、笑みを浮かべる。

 

「だからね、私……あなた達がこれを取り戻そうとしてくれて、うれしかった。 迷惑をかけちゃったかなとも、思ったんだけど………」

「そんなはずはないよ、仲間の宝物を盗むなんて…あたしらも許せないことだし」

「そうですよ」

「だから、気にすんなよ」

 

 仲間達の言葉を聞き、クルーヤは安堵した笑みを浮かべてありがとうと告げると、視線を町の方に向ける。

 

「………だからもう、あの町にはいきたくないわ……また盗まれたりなんかしたら、たまったものじゃないもの……」

「そうだな……」

 

 クルーヤはカラコタ橋への嫌悪を露わにしながらも、ある人物に対してはひとつコメントを口にだした。

 

「でも、あのデュリオって人は………ホントに、いい人かも……ね」

「へっ?」

「あ、いいえ……なんでもないわ」

 

 そう言ってクルーヤは自分のつぶやきを濁しつつ、自分が作ったスープを一気に飲む。 そんなクルーヤの顔にたいし首を傾げつつ、フィリスは空を見上げる。

 

「星空………」

「ん、どうしたの?」

 

 星空を見上げるフィリスが気になったサンディは、彼女になにがあったかをきく。

 

「……いや、ちょっと見上げたくなっただけさ」

「ふぅん?」

 

 そうして、夜は更けていく。

 




次回はビタリ山の話を、おとどけします。


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16「石に封じる思い出」

ビタリ山編。
ここのエピソードも、心に残るものがありましたね。


 

 カラコタ橋で、光る果実の噂をきいたフィリス一行は、その果実を持っているらしい老人を訪ねて、ビタリ山を訪れていた。

 

「あのデュリオっていう盗賊がいうには、この山にすんでるラボオってじいさんが、果実を受け取ったそうじゃないか」

「その真相を確かめるためにも、登っていくしかありませんね」

「ああ、いこう」

 

 4人はそう声を掛け合い、そのビタリ山に足を踏み入れた。 洞窟の中は思ったより陰湿ではなく、自然の姿がそのまま残っていた。 地面から生えている雑草は外のものと少しも変わらず、緑色のコケはさわってみればふわふわとしているし、途中で発見した湧き水も、透明ですんでいて冷たくて、飲んでみると飲みやすくて美味しい。

 

「ハァッ!」

 

 だが、そんなところでも洞窟であり、人が立ち入らない場所である以上は魔物が生息している。 その魔物達とフィリス達は当然、戦っていったのだが、そこに生息する魔物の種類について、セルフィスはある事に気がついた。

 

「なんか、石で出来たモンスターが多いですね…」

 

 そのセルフィスの言葉を肯定するかのように、一体のスマイルロックが現れてセルフィスに攻撃を仕掛けてきた。

 

「セルフィス!」

「くっ…この!!」

 

 セルフィスはそのスマイルロックを盾を使い受け止めると、片手に持っていた槍を振り回して、スライムロックを突き飛ばす。 そして、相手が立ち上がった直後にもう一撃を食らわせて、倒した。

 

「ふぅ……なんとか倒せましたね」

「ホントにセルフィスって、見かけによらず力があるよね」

「え、そうでしょうか……」

 

 どうやら自覚はないようだ、セルフィスは首を傾げる。 そんなことがありながらも彼らはビタリ山を上っていく。 その途中で彼らは、ある吊り橋にさしかかった。

 

「わぁ!」

 

 そこから見る景色は非常にすばらしく、また空気も澄んでいるため、彼らはしばしそれに見とれ、全身で風を感じていた。

 

「この吊り橋、見晴らしがいいわね!」

「そうだなー!」

「状況が状況でなければ、ゆっくりしたかったですね」

「ああ」

 

 今は先を急がねば、と彼らは気を持ち直し、再び歩き出す。 するとその先で見つけた小さな洞窟の中に、誰かが生活できるようなスペースを発見した。 そして、その空間にぽつんと置いてあるテーブルの上には分厚いノートもとい、日記帳が置いてあった。

 

「日記?」

「なになに………って、これ、ラボオって名前が書いてある……!」

「ラボオ?!」

 

 その日記は、自分達が探している老人のものだとしった彼らはまじまじとその日記を読む。 そして、その老人の生涯を知る。 彼には恋人がいたが、自分には一流の彫刻家になりたいという夢があった。 どちらをとるべきか迷った末に、彼は彫刻を極めることを選んだ。 恋人には数年の修行の後に帰ると、約束していた。

 

「でも、その修行を続けるうちに時間を忘れてしまい、約束の日数を超えてしまったのね………」

「そして、故郷に帰ったときには、その恋人は別の人と結ばれてしまっていた…………」

「だから、彼はこの地に戻って、また石の彫刻を作り続けて………そして…………」

 

 仲間達はその日記を読んで、最後のページには、ラボオの遺言が刻まれているのを知った。

 

「じゃあ、もうラボオっておじいさんはいないのね………」

「みたいだね……」

「…………」

 

 日記を閉じ、フィリス達は山の頂上に続く道を見つめる。 あそこに、彼が最期に残した作品が存在するのだ。 それは、しっかりとみておかなくてはならない気がした。

 

「行ってみようよ」

 

 フィリスの言葉にたいし全員は頷き、彼女を筆頭にその道を歩いて、最期の作品がある場所に足を踏み入れた。

 

「え、ここ………」

 

 そして、たどり着いた先にあったものに、彼らは言葉を失う。

 

「エラフィタ村そっくりだ…!」

 

 彼らがここに到着して言葉を失った理由は、ふたつある。

 ひとつは、その村は、すべてが石でできていたこと。

 そして、もうひとつは、その村はかつて訪れた村エラフィタ村によく似ているという事だった。

 

 

 エラフィタ村にそっくりなその石の町を、フィリス達はみてまわる。

 

「どういうことなのかな………」

「昔読んだ物語の中に、灰色の雨に打たれ石となってしまった人々のいる町……というのがありましたが、ここはすべて元から石で出来ているのですね……」

「今さらりと言ってたけど、割と怖い物語だなそりゃ」

 

 町の中を歩く人々は、表情までしっかりと描かれており、木々も家も、細かい家具までも、全てが石でできている。

 

「これって、全部彫刻みたいね…」

「じゃあ、これが、ラボオってじーさんの最後の作品って…やつなのか……?」

「………すごい……ですね………」

 

 その規模の大きさや、クオリティの高さにたいし彼らはただ、感心するしかなかった。 あの村エラフィタ村を故郷とし、当時の思い出をすべて刻んだこの石の村。 そんな村の道を歩いていたとき。

 

「プルプル……だあれ?」

「誰だ?」

 

 突如声が聞こえたので、逆にフィリスが問いかけると、物陰から声の主である青い体の小さなモンスター・スライムが現れた。

 

「スライム?」

「ひとだ………どうして…ここにきたの?」

「?」

「敵意は、なさそうだな………しゃべってるし」

「そうですね…」

 

 とりあえずそのスライムは、他の魔物とは違うようだ。 敵意がないなら戦う必要はないと判断し、フィリス達は武器を手に取ることなくスライムに声をかける。

 

「あんたこそ、なんでここにいるんだ? ここで、なにをしてる?」

「このいしのまちをね、みていたんだ…ラボオじいさんののこした、このまちを……」

「え、ラボオじいさんを知ってるのか?」

「うん」

 

 スライムは、町全体を見ながら話を続ける。

 

「ラボオじいさんは、ずっとここでひとりで、ちょうこくをほってたんだ。なんねんも………なんじゅうねんもかけて………このまちをかんせいさせて、じいさんはしんじゃったの………」

「そうだったの……」

 

 やはり、ラボオという老人は亡くなってしまっていたようだ。 それは、この山を登る道中で見つけた日記をみて、察したことなので何も驚くことはない。 そんなとき、スライムはふと、あることを思い出してそのことを語る。

 

「あのね、ラボオじいさんはね、さいごにカラコタでかった、とてもきれいなかじつをたべたんだ…。 じいさんね、たったいちどのぜいたくさ………って、いってたんだよ」

「贅沢………最後の晩餐があの果実ってことかよ………」

 

 本来の目的であった女神の果実の情報が、スライムの口から出てきた。 しかしそれは食べられているし、しかも食べた人は亡くなっている。 どうすればいいのだと思っていると、スライムは引き続きラボオのことを語り続ける。

 

「それでね、このまちはじぶんのすべてだって。 だからどうやったらいつまでものこせるのだろうかって………なやんでた……」

「………そっか……まぁ、そうだよな………」

 

 こんな石の町、無くなるのは勿体ない。 本人が丹誠を込めて作り上げた作品だというのなら、そしてそこに強い思い入れがあるというのなら、なおさらだ。 この町が永遠に残ることが願いだと言ったとしても、それはなにも可笑しいことではないだろう。 そんなことを考えていると、スライムの目の色が少し恐怖に染まった。

 

「でも………あれから………」

「あれから?」

 

 スライムが何かを語ろうとしたとき、地響きがした。

 

「うわ、なんだ………!?」

 

 4人ともバランスを崩しそうになるが何とか持ちこたえ、地響きの原因を探る。

 

「き、きた…!!」

「え!?」

「あれからなんだか、こわいおとが、どこからかきこえるんだ!!」

 

 そう言ってスライムは石の壁の方に隠れ、身を縮こませながらふるえた。

 

「怯えてますね……」

「この音の原因を、探ろう!」

 

 フィリスの言葉にイアン達は頷き、走り出した。 そして、その地響きの原因はすぐに姿を現す。

 

「ワッ!?」

「だれだ?」

 

 そこにいたのは、鋭い口や牙、爪、そして翼に尾を持つ魔物だった。 その魔物もまた、全身が石でできており、赤い目を光らせながらフィリス達をにらみつける。

 

「そ、それはこっちの台詞だ……!!」

「我は番人、この石の町を守る番人なり。 お前は、ラボオ、ではないな

………ならば」

「な、なんだよ!?」

 

 その石の番人を名乗る魔物は、尾を振り回しフィリス達を攻撃してきた。 フィリス達はその攻撃を間一髪で回避したが、相手の敵意はそれでは消えない。

 

「なっ……」

「この地を荒らすお前を、許しはせぬ!!」

「ちょ、勝手にきめるなっ!!」

 

 石の番人との、戦闘が開始された。

 

 

 

「スクルト!」

 

 セルフィスは相手の攻撃から仲間達を守るために、守護の魔法であるスクルトを全員にかける。 そしてクルーヤもまた、相手にルカニの魔法をかけて攻撃を通りやすくした後でヒャダルコの魔法を放って攻撃する。

 

「はっ!」

 

 相手がヒャダルコの氷に閉じこめられている間に、フィリスは切りかかった。 だがその剣の一撃は相手の表面に傷を付けただけで終わり、大したダメージにはならなかった。

 

「くぅ……堅いな!」

「ルカニをかけても、大したダメージにならないなんて………!」

 

 やはり体が石で出来ているだけあって、防御力が高いようだ。 その堅い体から繰り出される攻撃は、フィリスたちに大きなダメージを与えていく。

 

「ぐっ!」

 

 その攻撃は盾で防いだものの、次に繰り出した相手の地響きによりフィリス達は体制を崩してしまい、爪の攻撃を受けてしまう。 そのダメージはすぐにホイミで回復してもらうが、まだ決定打は与えられていない。

 

「こいつっ!」

 

 そこでイアンは棍を振り回しながら石の番人に攻撃を繰り出す。 だが。

 

「しまった………」

「イアンの棍がっ!」

 

 そこで、イアンの棍がおれてしまった。 彼が持っていた棍は砕け散り、ばらばらとなってしまったことにより、今のイアンは丸腰となる。 そこに石の番人はねらいをつけ、攻撃を繰り出そうとする。

 

「なに、問題はねぇさ!」

 

 しかしそれでも、イアンの顔には余裕の表情が浮かんでいた。 イアンはにやりと笑みを浮かべると、相手の攻撃を高くジャンプして回避し、背後にまわると拳を深く落とす。

 

「おらぁっ!!」

 

 そして、そのまま背後に拳をたたきつけ、石の番人の体に大きなヒビが入る。 その攻撃力に、フィリス達は驚く。

 

「ひび入った!」

「武器使ってるときより強いとか、なんなの!?」

「そんなことよりも! 今がねらい時だぜ!」

「そうですねっ」

 

 イアンの声に続いて、セルフィスは槍を手にして、まずは石の番人の攻撃をはじき返し、その足下を槍で攻撃する。 そこにクルーヤが再びヒャダルコを放ち、石の番人を再び氷で包み込む。

 

「フィリス!」

「ああ! ハッ!!」

 

 そして、フィリスは先ほど手にした剣技のひとつ、はやぶさ斬りをそのひびめがけて放つ。 その剣の攻撃は、石の番人の傷を大きく広げる。

 

「とどめだっ!」

 

 そこにイアンの拳による攻撃が命中する。 その一撃で傷はさらに大きく広がり、やがてその石の体は崩壊していった。

 

「ウォォオォオオッ!」

 

 そして石の番人は、その断末魔とともにまがまがしいオーラを放ち、完全に崩壊して、そのまま消滅した。

 

「消えたか………」

 

 戦いが終わり、サンディが姿を現す。

 

「なに、今の…………? チョーびっくりしたんだけど………」

「はぁ、おっかなかったなぁ………」

「あたしからすれば、イアンのほうがおっかないっての………」

「そうかぁ?」

 

 いくら武術を鍛えているからとはいえ、石のからだに損傷を与えるなど難しいのだ。 それを、イアンはやってのけた。

 

「!」

「どうした?」

 

 そのとき、フィリスは何かの視線を感じてそちらをみる。 すると、その視線の先には、老人がたっていた。 ほかの人間とはどこか雰囲気の違う老人が。

 

「………ねぇ、フィリス! 今のおじいちゃんって、もしかして!」

「追いかけよう!」

 

 4人は、その老人を追いかけていき、洞窟の中に入った。

 

 

 老人の入っていった洞窟、そこには人が一人入れる、金属製の箱のようなものがあった。

 

「柩…ですね……」

「柩………じゃあ」

 

 ここに、誰かが眠っている。 いや、誰が眠っているかは大方の予想がついている。

 

「………すまなかったね、旅の人よ………」

「わっ」

 

 そして、その柩から、青い光に包まれた老人が現れる。 その老人の正体に気づいていたフィリスは、問いかけた。

 

「もしかして、あなたが、ラボオさん?」

「いかにも、その通り…」

 

 やはり、目の前の老人もとい、この柩の中に眠るのは、ここで石の町を作った彫刻家・ラボオだった。 ラボオは、穏やかな目で安堵しながら、あの石の番人について語る。

 

「どうやらあの番人は、私が不思議な果実にこの地の平穏を願ったばかりに生まれたようだ…………。 だが、あれは私の本意ではなかった。 荒れることも朽ちることも、望んではいなかったものの………だからといって、入ってくるものをむやみに攻撃することも、全く望んでいない………」

「…………」

「だから、そなた達が倒してくれたことに、わしは安心しておる………」

 

 あの石の番人と戦い、そして倒したことは、決して間違っていなかった。

 

「これでようやく、私の小さき友人も………安心できるだろう………」

 

 その小さい友人というのは、あのスライムのことだろう。 この老人もまた優しい心を持つスライムに絆されていたに違いない。 そんな小さなスライムから、ラボオはどれほどの救いを受けたのだろうか。

 

「私は帰れぬ故郷の地を…………手に入れられなかった大切なものを………ここで作り上げたのだ。 そう………この地は幻影………。 老いぼれのみた……最後の夢………。 だが、それでも…………」

 

 そこまで言って、老人はあえてそれ以上は何も語らずに、光に包まれていった。 消えていく中、ラボオは脳裏になにかを思い浮かべ、つぶやいた。

 

「クロエ………私はこれで愛する君の元へ………故郷エラフィタに帰ったのだ……………」

「……………」

 

 その呟きとともに、ラボオは消えていった。 彼が成仏し、そこには女神の果実のみが残っていた。 フィリスはすぐにそれを回収すると、もう一度外にでて、もう一度石の町を渡り歩く。

 

「これは………」

 

 そして発見したのは、石でできた家の中で、仲良く料理をする男女の姿。 フィリス達は自然と、この男女の石像に惹かれたのである。

 

「エラフィタ村………あの村が、この彫刻家ラボオさんの故郷。 もう戻れない………だからこそ、そっくりな村を石で作ったのね………」

「それも、何十年もかけて………わざわざ、自分の残りの生涯を投じて………」

 

 この町に、自分のすべてを注いでいるとき、彼はどんな気持ちだったのだろう。 時間のむごさか、己への失望か、愛する人への想いか。 それは、誰にもわからないだろう。

 

「ねぇ、フィリス…」

「ん?」

「人間のすることって、よくわかんないね…」

 

 サンディもフィリスも、人間ではない。 だからサンディはフィリスにそう言ったのだろう。 それだけではない同じ人間である彼らも、人間のすることはわからないだろう。

 

「うん」

 

 だから、フィリスはサンディの言葉にたいしそう短い返事だけをし、イアン達もなにもいわなかった。

 

「あ、ねぇねぇ、いっちゃうの?」

「ああ、あたし達はもういくよ」

「きみは、どうなさるんですか?」

 

 セルフィスの問いにたいし、スライムはまっすぐな目で彼らに言う。

 

「………ラボオじいさんは………やさしい人だったよ。 ぼくも、だいすきだった……。 だから、ぼく、ずーっとここにいる。 ここは、ぼくがまもるんだっ」

「…………そっか、がんばれよっ!」

「うん!」

 

 そうして、石の町とスライムに別れを告げて、フィリス達は次の町を目指してビタリ山を後にした。

 

「さ、いこう」

「ああ!」

 

 その手にはしっかりと、かの彫刻家の願いを受けた、女神の果実が握られていた。

 

 




次回はサンマロウのお話。
あのちょっとだけ奇妙なお話をどう描いたか、刮目してくださるとうれしいです。


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17「変わり者のお嬢様」

サンマロウ編、その前編というべきストーリーですね。
ここは不思議いっぱいな展開です。


 

 ビタリ山の頂上・石の町で3つ目の女神の果実を入手したフィリス一行は、大きな町であるサンマロウに到着した。

 

「確かこの町には、大富豪がいるって噂が、カラコタ橋であったな」

「いつの間に、そんな情報を仕入れたのですか……」

「気にすんな。 そんでこの町には港もあるし、また船に乗せてもらって、旅にでようぜ」

「そうですね」

 

 そう話をしながら、船着き場を目指していくと、道中で町の人であろう男性が彼らに話しかけてきた。

 

「そこの旅人さん、光る果実ってものを知っておるかね?」

「え、それについて何かご存じなんですか?」

 

 そこで話題にあがっていたのが光る果実という単語だったので、彼らはそれに迷わず反応した。 光る果実というのが、フィリス達の探し求めている、女神の果実かもしれないからだ。

 

「ああ知っているとも。 なんでも、万病に効く薬らしいぞ」

「……は?」

「なんていったって、この町一番のお金持ちの令嬢、マキナさんは光果実を食べたとたん、不治の病が治ったそうだ! 面白い話だろ!」

 

 そう愉快に話した後、その男性は別の人にもその話をしにいってしまった。 話のすべてを聞いていた4人は一度ポカンと呆気にとられていたが、やがて我に返ると焦りを露わにしながら大声を上げる。

 

「………食べられたーっ!!」

「え、なにこれデジャビュ!?」

「なんでみんなして、食べるんだよー!?」

 

 そう慌てながら、フィリス達はまずは情報収集を行うことにした。 若干、フィリスは魂が抜けたようになりながら。

 

「と、とりあえず………そのお嬢様についての話、集めようか………あははは………」

 

 そうして、彼らはマキナというお嬢様についての話を集めていく。 マキナというのは前途の通り、この町で一番の富豪の一人娘なのだが、両親を早くになくしたそうだ。 そして、どうやら子どもの頃のマキナは病弱であり、引っ込み思案かつおとなしい性格だったらしい。 だが数日前、贈られた果実を口にしたらその病弱な体は回復し、一転して元気いっぱいになったそうだ。

 

「んで、ついでに頭のネジが一本はずれた……と………」

「フィリス、言い方……」

「うーん……ユニークっていうのかな?」

 

 マキナについての噂話は以上だ。 とりあえず、彼女が女神の果実に大きく関わっていることは間違いないだろう。 それにたいしフィリスは、果実の存在よりもずっと別の不安があった。

 

「なんかまた、果実がやらかしている気がしてならないんだけど………」

「前例があるだけに、そう思っても仕方ないかもね……」

 

 そうやって話をしながら港の方で、出店でうってたので購入したパンを4人と1人の妖精で一緒に食べていると、彼らの視界にある大きな船が眼に入った。

 

「あ、見て、大きな船よ!」

「船、かぁ………」

 

 その船をみて、フィリスは思った。 こういう船があれば、もっと広い世界を旅することもできるだろうなと。

 

「こういう船、あたしらもほしいな」

「そうですね………」

「この船がほしいというのなら、簡単じゃよ」

「え、簡単?」

 

 船にたいする欲望がうずいていたら、突然老婆に声をかけられた。 この船はパッとみた感じでも大きく、そしてどこか高価な雰囲気さえ漂っている。 買おうとすればかなりのお金が必要なはずだろうに、簡単だというのはどういうことなのだろうか。 疑問符を浮かべているフィリス達にたいし、老婆は説明をしてきた。

 

「この船は、マキナお嬢様の一族の所有物じゃ。 マキナお嬢様に直に頼みにいけばいいぞ」

「頼みに?」

「うむ、そして……マキナお嬢様と、友達になれば万事解決じゃよ」

 

 その方法に対し、4人はポカンと口を開けた。

 

「と、友達になればいいの!?」

「でも、いくらなんでも簡単すぎる気がしますが」

「なーに、問題はなかろうて。 マキナお嬢様はお優しい方じゃ」

「…………」

 

 

 

「でも通りすがりの、見ず知らずの人間に易々と10万Gも出すなんて、変わってるにもほどがあるぜ」

「もはや、変わってるという言葉では済まされない気がします………」

「でもほかに手段はない……いくぜ」

「え……ええ……」

 

 そう話をしながら、4人はこの町でもっとも大きな家…もとい、屋敷に到着した。 本当に大きい屋敷だと感心しながらも、この屋敷の門番をしている兵士に声をかける。 事情を聞いた兵士は、入ってよいと言ってマキナに会う許可を与えた。

 

「ただし、先客もいるから、順番だぞ」

「わかってるって」

 

 どうやら他にも、マキナに会いに来ている人がいるのだろう。 まぁ噂通りなら、マキナと友達になることで得られるものが目当てなのだろうが。 まぁそのへんは、自分にはあまり関係のないことだと思い、様子を見る。 大きな部屋には、長い髪の女性に体格のいい男性がいる。 そして、大きないすに腰をかけた、ふわふわとした金色の髪に青い大きな瞳、そして大きな赤いリボンがトレードマークの可愛らしい少女こそが、噂のマキナお嬢様といったところだろう。

 

「こんにちは、ごきげんよう。 今日はなにして遊びましょう?」

「うん、今日はマキナさんのためにケーキを作ってきたんだ!」

 

 そういって男性は、箱からケーキを取り出した。

 

「ほら、おいしそうだろ? イチゴがいっぱい乗った真っ白いケーキだよ!」

「ありがとう。 ステキな……ケキ……? ケキー…ね。 花瓶に入れて飾っておくわ」

「あの~……マキナさん? それはかざるものじゃ……」

 

 突然ケーキを花瓶に飾ると言ったので、男も、そして様子を見ていたフィリス達も呆気にとられていた。 やがて男は頭をポリポリかきながらも、口元には笑みを浮かべた。

 

「………まぁいっか、気に入ってくれたならよかったよ」

「いや、よくないわよ!?」

 

 男性の言葉に対し、クルーヤは思わず壁越しにツッコミを入れてしまった。 そんな男をよそに、今度は別の女性がマキナに声をかけた。

 

「ここは女の子らしく、食べ物よりおしゃれよ! というわけで、じゃーん! 私はリボンを持ってきたわよ!」

 

 そう言って女性は、綺麗な色と模様のリボンを取り出した。

 

「ほら、いつも同じリボンをしているでしょう? だから新しいのをプレゼントしてあげる!」

「いらない!」

「え、ええ? な……な、なんで? なんで? ほら、色も模様もかわいい………」

「いらないったらいらないの! このリボンは大切なお友達とおそろいなんだから! ほかのものなんかつけないの!」

 

 すると今度はどうしたことだろうか。 女性の出したリボンに対しては怒りの感情を露わにし、不機嫌になってしまった。

 

「もう、キライ! あなたとは、ゼッコー!」

「そ、そんなぁ………」

「………」

 

 そんなマキナと二人のやりとりを見ていたフィリス達は、本当に大丈夫か、友達になって船を入手できるのかと、自信を喪失しかけていた。 だが、ここで立ち止まっていてもどうにもならないと自分に発破をかけて、フィリスが代表してマキナの前にでる。

 

「あら、あなたは…はじめまして、ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう……」

 

 すると、そんなフィリスを前にしたマキナは一転して、お行儀のいい挨拶をした。 フィリスはぎこちない挨拶を返しつつも、本題に入る。

 

「えーと、実はあたしたち、あなたにお願いがあって………」

「おねがい?」

「うん、実は……さ………」

 

 フィリスは今、ワケありで世界を旅していることや、さらに世界を旅するためにも船がほしいこと。 この家が所有している船が長いこと使われてないことや、もし今も使われていないなら是非譲ってほしいということ。 フィリスの話を聞いたマキナは、にっこりと笑って許可を出した。

 

「いいよ、あのお船、ほしいならあげる!」

「マジか!」

「だけどその代わり、わたくしとお友達になってね」

「ああ、もちろん………?」

 

 友達になる分は、全然かまわないことだし。 そういいたいフィリスだったが、マキナはフィリスの顔を見たとたん狼狽える。

 

「どうしたんだ?」

「あなた、あなたは、町の人とは違う………」

「え?」

「あなた、マキナを迎えにきたのね……!?」

「え、ええ……? ち、違うよ、あたしはただ……!」

 

 突然豹変したマキナにたいし、フィリスはあわてる。 彼女は恐怖を顔に出しながらフィリスの顔を見て、告げる。

 

「うそ、うそよっ!! わたし………知ってるわ………! あなたはマキナを迎えにきたということを………!」

「ちょ、ま、落ち着いて……」

「わたし、あなた、キライ! あなたなんかお友達じゃないわ! だからやっぱり船もあげない!」

「お、おい………」

「帰って!」

 

 なんとかして話をしようとするが、マキナは大声を上げて、その場にいた全員を拒絶する。

 

「キライったらキライ!! みんな出てって!! あなたたちみーんなよ! 出てってぇぇえーーー!!」

「わ、わかった、わかったから!!」

 

 あまりにも叫ぶので、その圧に負けたフィリス達は急いで屋敷の外にでた。 そうして屋敷の外に追い出されてしまったフィリス達は、ただそこで呆然とするしかなかった。 そこで、先ほどマキナと会っていた二人が、フィリス達に怒ってきた。

 

「おい、お前! よくもマキナお嬢さんを怒らせたな!? どうしてくれるんだよコノヤロー!」

「もう、あなたが変なことを言ってマキナちゃんを怒らせるから、私たちもとばっちりを受けたのよ、なにしてくれちゃってるのよ!!」

「しらねーよっ!!」

 

 怒鳴ってくる2人に対しイアンが怒りかえす。 そのときの眼力が怖かったのか、2人はそれ以上はなにも言わなかったが、フィリス達もこの状況に対して頭を抱える。

 

「ちょっとぉ、サイアク! いきなりなにキレてんの!? マジイミフなんですケド!」

「ああ、わっけわかんねぇぜ……」

「でも、むかつくけど………。 あのマキナって子が機嫌直さないと、船がもらえないっぽいし………。 このまま足止め食らうのもいやジャン?」

「うーん……だよなぁ。 どうしたら機嫌直るのやら………」

 

 このまままた会いにいったところで、またへそを曲げることだろう。 打開策が思いつかないフィリスにたいし、セルフィスは情報収集を提案してくる。

 

「なにか、手がかりがないか調べてみましょうか」

「………しゃーね、それしかないか」

 

 そう話をして、フィリス達はサンマロウの町を探索することになった。

 

「………」

 

 その後ろ姿を、マキナによく似た謎の少女の幽霊が見ていたことには、誰も気づいていなかった。

 

 

 町の人の話によれば、どうやら屋敷の使用人たちは、今は宿屋で働いているらしい。 もしや何か知っているかもしれないと思い、彼らは宿屋を訪れていた。

 

「光る果実、か……そのことなら知ってるよ」

「本当ですか?」

「ああ、あれはあたしがコックをしていたときのことだ。 マキナ様のご病気を治すため、遠い国から万病に効くという、不思議な果物を取り寄せた…。 その果実はキラキラ光ってて…美しくてねぇ、それを食べてから……マキナ様は見違えるほど元気になったのさ……」

 

 料理人に話を聞いてみると、そこではマキナが食した果実のことがわかった。 そのときのことを懐かしむように語っていた料理人だったが、やがて物憂げな表情になっていった。

 

「でも、それからマキナ様は………何も食べず……人が変わったようになった。 ………あれは、病気をなおすかわりに、何かを代償として捧げたに違いないよ………」

「だ、代償………」

 

 強ち間違いではないことを言われ、フィリスは顔をひきつらせる。

 他にも、髪をとかしていた使用人が、人形みたいにかわいいと言ったら、マキナが急に怒り出して皆を家から追い出したという話。 そうしていき、やがて話はマキナの乳母の存在にたどり着く。 もしかしてと思い、フィリス達はその乳母の元をたずねる。

 

「確かに、私はマキナお嬢様の乳母を勤めておりました。 でも、今のマキナお嬢様は元気になられたぶん…気むずかしくなり、使用人とは口を利きません……」

「そんなぁ………」

 

 頼みの綱だろうと思っていた分、どうしようもできないと知ったフィリス達は落胆する。 すると、乳母は思い出したようにある人物のことを口に出す。

 

「そうだわ、あの人なら!」

「え?」

「一人だけ、マキナお嬢様が今も変わらず心を開く相手がいます…マキナ様のお気に入りの人形を作った、からくり職人のおじいさんです」

「からくり職人のおじいさん……」

「その方は教会の隣の家に住んでいますよ。 そのお方ならマキナ様も会ってくれるでしょう」

 

 その乳母からのアドバイスをきいた彼らは、そのからくり職人をたずねる事を決め、その老人の元を訪れる。

 

「ふむ、確かにわしは、マキナお嬢さんに人形を作ったからくり職人じゃ。 いやはや、なつかしいのう……して、そんなわしに何かご用かの?」

「はい、実は………」

 

 フィリス達は、マキナの今の状況を老人に話した。

 

「なんと、機嫌を損ねて屋敷に閉じこもってしまったと!? それは心配じゃな……。 わかった、わしが直接会いに行こう」

「よろしいのですか?」

「ふむ……どういうわけだか、お嬢さんはほかの使用人とは口を利かぬが、わしのことは今も気に入ってくれているようでの…。 今もちょくちょくわしを招いてくれるのじゃ。 だから、今でも聞いてくれるに違いない。 さぁ、いこうぞ」

「はい!」

 

 そうしてからくり職人の老人を連れて、フィリス達はもう一度屋敷へ向かうことにした。

 

「大好きな人形を作ってくれたからといって、そこまでこのおじいさんを気に入るなんて……」

「相当の信用があるのでしょう」

 

 そんな話をしながら、彼らは屋敷へたどり着いた。

 

「おーい、お嬢さん、わしじゃ。 話をきいてくれんかのう?」

 

 そうからくり職人はマキナを呼ぶが、なにも返事がない。

 

「返事ねぇな」

「ん? おかしいのう……? 返事くらいはしてくれてもいいのじゃが………仕方ない、入るとしようか……ん?」

 

 そういってからくり職人が扉に手をかけようとしたとき、扉と扉の間に紙が挟まっていることに気づいた。 フィリスがその紙を手に取り、内容を読む。

 

「娘はあずかった。 返してほしくば金をきたの洞窟までもってこい」

 

 そう読み上げたときは意味がわからなかったが、すぐにその意味を理解し驚く。

 

「え!?」

「な、なんということだ!? マキナお嬢さんが……マキナお嬢さんがさらわれた……!! こうしてはおれん、皆に知らせなくてはっ!!」

「あ、おじいさん!?」

 

 そう言ってからくり職人のおじいさんは飛び出していった。 フィリス達はまさかと思い屋敷に入り彼女を捜してみるが、やはりマキナの姿はなく、本当に誘拐されたのだと実感する。

 

「まさか、マキナがさらわれるなんてね……」

「サンディ」

「ビミョーに、助けにいこうって気になれないんですケド……どうする……?」

「ちょ」

 

 サンディの言葉に対し、フィリスは戸惑う。 これを放っておけるわけがないだろうと彼女の言うと、そこでイアンはある異変に気づく。

 

「ヘン、だな………」

「え?」

「いや、俺達はこの屋敷の内部の詳細を知らないせいかもしれねぇが………あのじいさんが言っているような、人形なんてどこにもないぜ?」

「!?」

 

 それはいったい、どういうことだろうか。 4人が驚いていると、フィリスは何かの気配に気づく。

 

「ん?」

「どうしたの、フィリス?」

「視線を感じる……」

 

 フィリスがその方向を見ると、そこにはマキナによく似た少女の幽霊がいた。 幽霊はフィリス達が自分の存在に気づいたのを知ると、どこかへ去っていた。

 

「え?」

「今の、幽霊………」

「マキナに似てなくてね? どういうこと? まさか、あのヘンテコお嬢様に何かあったとか?」

「…後を追ってみよう!」

 

 4人はそろって、その幽霊の後を追いかける。

 

 

 

 幽霊の向かった先には庭、そこには墓石が3つ。 そこにはしっかりと文章が刻まれている。

 

「お墓が、3個ありますね」

「何々………大商人を支えた心優しき妻、ここに眠る。 サンマロウの発展に尽くした大商人、ここに眠る。 ……大好きなお友達、ここに眠る……?」

 

 大好きなお友達とは、なにか。 フィリスは自分達がみたあのマキナの姿を思い浮かべる。

 

「どういうこと……? あそこにいる、マキナは……?」

「あの子は、私のたった一人の大切なお友達………」

 

 その声と同時に、先ほどの幽霊の少女が姿を現した。

 

「で、でた! ヘンテコの幽霊!!」

「私はマキナ。 このお墓の下で眠るものです……」

「って、え!?」

 

 なんと、この幽霊の少女こそが、マキナだというのだ。 墓の下にいることや幽霊になっていることから、彼女は既になくなっていることを悟り、マキナは事情を説明する。

 

「あの子……さらわれてしまったあの子は、私のお人形のマウリヤ。 不思議な光る果実の力で命を宿した、私の大切なお人形……」

 

 やはり、女神の果実の仕業だったのかと悟り、フィリス達は目を丸くする。 そんな彼女達にマキナはなにがあったのかを打ち明ける。

 

「普通の子のように…外で遊ぶことのできない私にとって、マウリヤだけがお友達でした……。 あの子は大好きな、大切なお友達。 私はマウリヤと毎日遊んだ………その時間はとても幸せでした……」

 

 だが、その時間の間に病気は彼女の体を蝕んでいき、体は弱くなる一方だった。 その中でマウリヤはじきに、天使が自分を迎えにくると死期が近いことを悟り、知っていた。

 

「そんなある日のこと………私は黄金の果実をもらったのです。 それはどんな不治の病を直すと言われている、とってもきれいなもの………。 だけど、私はとっくにあきらめていました…。 それを口にしたところで、私の病気は治らない………私の命はもう尽きるのだと………」

「そんな………」

「私は、その果実をマウリヤとともに見つめ、話しかけていた。 そのときに私は口にしてしまったのです。 私の中の願いを………」

 

 マキナは、寂しく悲しい目でマウリヤを見つめて、自分の気持ちを口にした。

 

「マウリヤ、あなたが本当にお人形じゃなくて、本当に一人の女の子だったらいいのに………。

人間のように動いてくれたら………しゃべってくれたなら……。 あなたに命が宿って、私だけのお友達になってくれたら、どんなによかっただろう………」

 

という心の願いを。

 するとどうしたことだろうか、果実は光を放ち人形の中に宿り、人形も同じように光り輝きながら瞬きをして、首を動かしながらマキナに声をかけてきた。

 

「あなた、マキナ? わたしのお友達ね……?」

「え……?」

 

 驚くマキナの前で、マウリヤは無邪気な笑顔でマキナに声をかけてきた。

 

「こんにちは、マキナ。 やっとあなたとお話しできて、とってもうれしい!」

「マウリヤ………あなた本当に………!」

 

 本当に動き出したマウリヤにたいしマキナは喜んだものの、同時に目がかすみ、意識が徐々に薄れていくのを感じた。 そこで、自分の死期は間もなくと悟ったマキナは、マウリヤに願いを託す。

 

「私は、マウリヤにお願いしました……。 屋敷や財産……自分のもっているものを全部上げるから、あなたにはマキナになってほしいと……。 もし人形であると知られたら、この町にいられなくなるかもしれないから………だから、私のフリをして………マキナとして………この町にいてほしいって、いったの………。 マウリヤには幸せになってほしいから……私の分まで生きてほしいから………」

「…………」

「私の代わりに、友達をたくさん作ってねと、言ったのです」

 

 その後、マウリヤはマキナのお墓を作り、そこにマキナの遺体を密かに葬ったのだ。 そしてマキナは、幽霊となった後でマウリヤをすべて、見守っていたのだ。

 

「だけど、まさかこのようなことになるなんて……町の人々を騒がせたり、あなた達の気分を害したのは………私の責任です………。 あの子はがんばっているだけなのだから、マウリヤを許して………責めないで………」

 

 その中でマウリヤは時に他者を困惑させ、困らせていたこともあった。 その相手には、フィリスも含まれている。 さらに、今はマウリヤが連れ去られてしまった。 今は彼女を助けたいと、マキナは思っている。 そこで、目の前にいるフィリスの正体を知っている彼女は、フィリスにお願い事をする。

 

「そして、お願いです……天使様。 どうか、私の大好きなお人形を、大切なお友達を………マウリヤを助けてください………」

 

 そう彼らに告げて、マキナはすぅっと消えていった。 話をすべて聞いたフィリス達は、顔を合わせてうなずく。

 

「よし、みんなマキナを…いや、マウリヤを助けに行くぞ!」

「ああ!」

「ええ!」

「はい!」

 

 彼らは、マキナの願いを叶えるため、マウリヤ救出に動き出したのであった。

 




ここも書くのは、実はけっこう難しかったです。


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18「ホントの友情」

サンマロウ編・後編。
このあたりの物語で、タイトルの意味を理解できればいいなとおもいます。


 

「もー、あの誘拐犯のせいでアタシらが苦労することになるなんて、予想だにしていなかったんですケド!」

 

 とある洞窟の中。 サンディは、グチを漏らしていた。 その原因となる経緯を説明するとなれば、以下の通りである。

 まずフィリス達は、マキナに会いに行ったはいいが、そのマキナは何者かに誘拐されてしまった。 その直後に現れたマキナから、今いるマキナの正体を聞き、そして幽霊の願いを聞き、フィリス達は誘拐犯を追って、犯人のいる洞窟までやってきて、犯人と直接会う。

 

「あいつらの話しぶりからすると、ただ大金持ちのお嬢様という理由だけで、さらっていったっぽいな。 それくらいのことは、事前に多少は調べておくもんだろ。 せっかくお金目当てに誘拐したというのに、それに気づいてもらわなきゃ、そのお目当ての大金は手に入らないし」

「おまけに、マウ…マキナにも逃げられるしな。本末転倒だろこれじゃあ……」

 

 そう、誘拐犯の話によれば、マキナは自力で逃げ出したとのことだ。 このまま一人で歩かせていたら、彼女の身が危ないということで、フィリス達は彼女を探しに行くことになったのである。

 

「誘拐したんなら、責任とって人質をしっかりとみておけよって感じよね! だからアタシらがあの子心配しながら、探すハメになるんだから!」

「オマヌケ誘拐犯に振り回される時が、オレの人生に舞い込んでくるなんて、思わなかったぜ!」

 

 その誘拐犯にたいして、怒りを露わにしながら4人は洞窟を突き進んでいた。 ひとつはマキナを誘拐したこと。 ひとつは そしてもうひとつは人質の見張りをしっかりとしていなかったこと。

 

「邪魔!」

 

 そんな誘拐犯にたいする怒りは、洞窟の中で彼らに牙をむいてきた魔物に向けられた。 彼らに攻撃してきた魔物達は、一匹残らず返り討ちにしていった。

 

「………いくら魔物とはいえ………八つ当たりの的にされるのは少し哀れですね……」

「なにやってんのセルフィス! 行っちゃうわよ!」

「あ、はいっ!!」

 

 そんな魔物達に哀れみを覚えていたセルフィスだったが、それを感じる余裕もなく、彼らについて行くのであった。 彼らと同じように、自分に襲いかかる魔物を倒していきながら。

 

「…………」

 

 そうして洞窟の奥に進んで行った先には、牢屋があった。 だが、その牢屋は鉄の柱がねじ曲げられており、大きな穴が開いている。 その牢屋の有様をみて、フィリス達はポカンと口を開けていた。

 

「……これって、あの子がやったの……?」

「でしょうね………なんというパワーなのでしょうか……」

「人形だから? にしたって、パワーありすぎでしょ…」

 

 この状況に対し各々が感想を口にしていく中、何かに気づいたイアンがそこに目を向けている。

 

「どうしたんですか、イアンさん」

「おい、お前等、これを見ろ」

「え?」

 

 そこにあったのは、石版だった。 イアンは、そこに刻まれている文章を読み上げる。

 

「光も届かぬ地の底…毒の沼にはズオーがすむ。 旅人よ…心せよ。 ズオーに出会いし時、そなたの旅は終わるであろう…」

「……なんかよくわかんないけど、奥にはズオーっていうたぶん、魔物? がいるから…気をつけろってことでいいんだよな?」

「ああ」

 

 この洞窟の中に、そんな危険な魔物がいる。 それだけでも危険な感じがするのに、彼らの不安をあおる要素がもうひとつあった。

 

「……そこにマウリヤが迷い込んだら、大変だわ」

「そうですね、急ぎましょう」

 

 それは、逃げ出したマウリヤのことだ。 もしその魔物に遭遇したら、ひとたまりもないだろう。 それよりはやくマウリヤを発見し町に連れ戻さねばと思い、彼らは足を早めた。

 

 

「あ、あの後ろ姿は!」

 

 その洞窟の奥で、金色に光る愛らしい髪と真っ赤なドレスとリボンが見えた。 それは紛れもなくマウリヤだと気付いたフィリスは、彼女に声をかける。

 

「なぁ!」

「あら、ごきげんよう!」

 

 マウリヤは無邪気な笑顔でそう挨拶をしてきたので、フィリス達は盛大にずっこける。

 

「ごきげんよう、じゃないよマウリヤ!」

「え? どうしてわたしの名前を知ってるの?」

「…………」

 

 彼女の問いに対し、フィリス達は返答に迷う。 彼女はおそらくマキナのことを知ってるのかもしれないが、もしもその話をしたらまたマウリヤは機嫌を損ねてしまうのではないかと思ってしまったのだ。 だが、そんなフィリス達をよそに、マウリヤは話をする。

 

「わたしね、新しいお友達と遊びにきたの。 ヒゲとマスクのお友達と! でも、ちっとも楽しくないからお散歩していたのよ。 あなたもお散歩にきたの?」

「いや、こんなとこ散歩なんかしたくないッス」

 

 マウリヤの言葉に対しそう返事をしつつ、彼女がとりあえず無事なのでつれて帰ろうと提案しようとした。 だがそのとき、どこからか怪しい音が聞こえてきた。

 

「!!」

「だあれ?」

 

 その音に対し身構え、マウリヤが首を傾げていると、突如真上から巨大な蜘蛛のような姿をした魔物が現れる。

 

「ズォオオオッ!!」

「なんだこいつは!?」

「まさか、こいつが、ズオーか?」

 

 途中の石版に名前があった魔物、それがこいつではないだろうか。 警戒をするフィリス達をよそに、マウリヤはのんきにもズオーに声をかけた。

 

「ごきげんよう。 あなた、とってもユニークね! ねぇねぇ、わたしのお友達にならない?」

「バカ、近づくなマウリヤ!」

 

 フィリスがそう言ってマウリヤに手を伸ばそうとするが、それは間に合わなかった。 ズオーはマウリヤを自分の敵と見なすと、彼女に対し爪を振るい、そのまま宙にその体を投げ飛ばしてしまったのだ。

 

「ま、マウリヤッ!!」

 

 無情にもマウリヤはそのまま落下して、地面にそのからだを打ち付ける。 急いでセルフィスがマウリヤに駆け寄るものの、マウリヤは全然動かない。

 

「……動きません!」

「こいつ……元が人形だから、こ、壊れちまった……のか……?」

「そ、そんな!」

 

 マウリヤの今の状態を知ってショックを受けるフィリスだったが、そんんなことなど知ったことではないといわんばかりに、ズオーがフィリスに突進攻撃を繰り出してきた。

 

「うわぁっ!!」

「フィリス!!」

 

 その突進攻撃はすごい威力を持っているようであり、フィリスは土の壁にたたきつけられる。 なんとか立ち上がり剣を抜くと、フィリスは目の前にいるズオーを睨みつける。

 

「クッ! こいつ、あたしらを敵にしているぜっ…!」

「ああ、やっぱそういう展開になるワケか……」

 

 イアンもファイティングポーズをとり、セルフィスも槍を手にし、クルーヤは両手に魔力をためる。 ズオーは彼らに対しても牙をむき爪で攻撃を繰り出してくる。 それはフィリスが前にたって盾で防ぐが、それでもかなり後方に押される。 それでもフィリスは剣を片手につっこんでいった。

 

「ハァッ」

 

 キィン、キィン、という音をたてて、爪と剣が衝突する。 そのとき背後からイアンがズオーに飛びかかり、腹の部分に棍による一撃を食らわせる。

 

「ズゥォオォオッ!!」

「うしっ…!?」

 

 すぐに体制を立て直し追撃をしようとするイアンと、攻撃を加えようとするフィリスだったが、ズオーは体制を整えて背後にいるイアンを攻撃した。

 

「うがっ!」

「イアンッ!」

「このっ…うわぁ!?」

「セルフィス!」

 

 セルフィスが槍を構えて攻撃を繰り出そうとしたが、それよりも早く、ズオーが彼に接近し、その体に糸を絡めて動きを封じてからの突進攻撃を繰り出した。 さらにズオーは、フィリスとクルーヤにも糸を絡めてくる。

 

「くっ…」

「きゃあっ…」

 

 糸に絡まれて自由に身動きがとれないフィリスとクルーヤにたいし、ズオーはさらに糸で巻き付けようとしてくる。

 

「させるか!」

「イアン!」

 

 そこにイアンが飛び込んできて、ズオーに跳び蹴りを食らわせてたたきつける。 さらにセルフィスが風の魔法の詠唱を行い、放つ。

 

「バギマッ!!」

 

 その風の魔法は、3人の体を縛り付けていた糸を切り裂き、全員の動きを自由にした。 糸から解き放たれたところでフィリスは剣を振るいズオーに切りかかり、足を一本切り落とした。 そこでズオーはフィリスに反撃をしようとしたが、それはセルフィスの槍が防ぐ。

 

「クルーヤ!」

「ええ、準備はいいわよっ!」

 

 背後にいるクルーヤにフィリスが声をかけると、クルーヤの手には強大な炎の魔法をその手に宿していた。

 

「よくも私のことを糸で絡めたわね! お仕置きよ! 食らいなさい……メラミッ!!」

 

 そこでクルーヤがとどめの一撃としてメラミを放ち、ズオーはその炎に包まれる。

 

「ズゥゥオオオオオオ…!」

 

 そして、その断末魔とともに灰となり、この世を去ったのであった。

 

 

 ズオーは死に、目の前の恐怖はとりあえず消え去った。

 

「倒したな……」

「ええ、でも……」

 

 ズオーに攻撃されたマウリヤは、動く気配がない。 大丈夫なのかと心配になった、そのときだった。

 

「あ、お嬢さんいたぞー!」

「!?」

 

 そのとき、誘拐犯がその場にかけつけ、マウリヤをマキナとおもいこんで、彼女を発見する。 誘拐犯はマウリヤの無事を確認しようとするが、体の向きはおかしいし、目も口も開いたままで、ピクリとも動かない。 その姿からあることを予測した下っ端の誘拐犯は、顔を真っ青にさせた。

 

「や、やべぇよ……アニキ! おじょうさん死んでる! どないしましょー!?」

「こ、こいつはマズイ……マズイぞ!!」

 

 彼らが困惑している傍らで、マウリヤは何事もなかったかのように起きあがった。

 

「ああ、ビックリした」

「あ、起きた!」

 

 のんきにそう言っているマウリヤの姿を見て、誘拐犯たちはさらに顔色を悪くして全身をふるわせた。

 

「う、嘘だろ……死んでたはずなのに!」

「これは、どうなってんだよ………こ……こえぇっすよ、アニキ!」

「こんな恐ろしいのは、もうまっぴらだ!! おい、ズラかるぞ!!」

「ひぇぇ!! たっすけてくれーーー! こいつ、バケモノだぁーー!」

 

 そう叫んで、2人の誘拐犯は逃げていった。 その姿に対して、4人は立腹である。

 

「勝手に誘拐しておいて、相手を化け物呼ばわりするなんて、失礼だな!」

「まったくだ、まぁこれに懲りてあいつら、真っ当になればいいんだが……」

 

 呆れた目で誘拐犯達を見つめた後で、彼女達はマウリヤの安否を改めて確認する。

 

「大丈夫ですか、マウリヤさん?」

「………バケモノ………」

「?」

 

 そこでマウリヤは、先程の誘拐犯達の言葉を受けて、顔をうつむかせていた。 彼らに言われたことを口にしながら。

 

「知ってるわ………バケモノって、絵本に出てくる、わるい生き物のことだって………。 みんなの嫌われ者だって………」

「………」

「本当は、わかってるの」

 

 マウリヤ自身も、どこかで気づいていた。 自分を友達だと言っている人達は皆、自分がいろんなものをプレゼントするから、友達になろうとしていることに。 そのプレゼントが目当てでよってくると言うことに。 その中で感じていた……相手の目当ては屋敷にある高いものであり、自分ではない自分は、必要とされていないことに。

 

「マキナのために、たくさんお友達を作りたかった……。 作りたかったけど、だめだった。 それは、わたしがバケモノだから………ダメだったのね」

「それは……」

「違うわ」

 

 そのとき、声が聞こえた。 それと同時に、ぼんやりと光る一人の少女が現れる。

 

「あなたは、バケモノじゃない………大切な……私のお友達。 大好きなお友達よ、マウリヤ……」

「マキナ…」

「マキナ!」

 

 そこに現れたのは、幽霊のマキナであり、フィリス達が目を丸くする横で、マウリヤは無邪気な笑顔でマキナに声をかける。

 

「おかえりなさい! どこにいってたの? ねぇ、今日はなにをして遊びましょう?」

「………」

 

 明るくそう言ってくるマウリヤにたいし、マキナは悲しげな顔をしていた。

 

「ごめんなさい…もう、遊べないのよ。 もう2度と、遊べないの…」

「どうして? わたしのこと、きらい? きらいになったから、あそばないの?」

 

 マウリヤは悲しそうにマキナの顔をのぞき込んでそう尋ねると、マキナは首を横に振る。

 

「嫌いになるわけがないわ。 ひとりぼっちだった私を、支えてくれたのは……あなたよ、マウリヤ。 だから、嫌いなんかじゃない。 でも、今はあなたがひとりぼっち…。 私を幸せにしてくれたのに、あなたを、私は……」

「ええ、マキナ! わたしもあなたといっしょなら、いつでも幸せ!」

 

 また無邪気に声をかけられ、それが逆にマキナの心を締め付ける。 その気持ちが、マキナの顔に涙となって現れ、マキナは彼女に話しかける。

 

「ごめんなさい………ごめんなさい………。 あなたはもう自由になって………。 私の願いに縛られて、無理をしないで……。 私はマキナで、あなたはマウリヤなの………」

「………」

「……私は天使様と一緒に、遠い遠い国へ旅立ちます。 だから、あなたも偽物のマキナじゃなくて、お人形のマウリヤに戻って………」

 

 マキナの話を、マウリヤは黙って聞いていた。 すると、徐々にマキナの姿は光に包まれていく。 そのまま、マキナはマウリヤに歩みよって、彼女の体を抱きしめながら、彼女に告げる。

 

「………ありがとう、マウリヤ。 あなたは、ずっとずっと、私の大好きなお友達。 …………だから、どうか幸せに………」

 

 そう言い残して、マキナは光となって消えてしまった。 その場にはマウリヤが座り込んでいて、ただ呆然とマキナのいた場所を見つめていた。

 

「マウリヤ?」

「………マキナは、遠い国に旅立つ。 わたしは、人形マウリヤに、戻る………」

 

 マウリヤは、マキナの願いを確認するように、そのまま彼女の願い事を口に出す。 まるで、マキナの願いを聞き入れようとするかのように。

 

「でも、その前に………。 マキナは旅にでるって町のみんなに教えなくちゃ………」

「あっ」

 

 マウリヤはそう呟くと、さっさと歩いていってしまった。 あっという間に立ち去っていったマウリヤを、4人はずっとみていた。

 

「行っちゃった」

「あたし達も、追いかけよ」

「ああ」

 

 そして、フィリス達も彼女に続くようにして、洞窟を出て行ったのであった。

 

 

 

 サンマロウに戻ったら、全ての話は解決していた。

 

「話広まるの、はやっ!!」

 

 フィリスがそうツッコミたくなるのも、わかる。 マキナに扮したマウリヤは、マキナのままで無事に戻ってきたことと、このまま旅にでることをサンマロウの人々に伝えたのだ。 その話はあっという間に広まり、多くの人にそれを伝えることができたマキナは姿を消したらしい。

 

「いやぁ、ウワサじゃあマキナさんは、自分から誘拐犯についていったらしいぜ」

「はっ?」

「しかも誘拐犯と魔物をこてんぱんにしてやっつけて、そしてそのまま旅に出て行ったって話だぜ! ほんとあの人って、人騒がせでユニークで、おもしろいよなぁ!」

 

 その代表として、自分達の前にマキナと友達になろうとしていた、あのケーキの男性が話をしてきた。 どうやら、一部ではマキナがすべてを一人で解決したことになってしまっているようだ。

 

「噂に尾鰭は付き物ですが、その話はなんなのでしょうか……」

「どんなぶっとび伝説だよ」

 

 セルフィスとイアンがそうツッコミをいれるいっぽうで、フィリスは屋敷に人が多くいることに気付く。 彼女達は屋敷へ向かい、そこにいるのは皆、かつてのこの屋敷の使用人であることを知る。

 

「屋敷に使用人達が戻ってきている?」

「ええ、マキナ様が屋敷に戻っていいとおっしゃったのです……」

「正確には、自由にしていいというものでした。 そこで私達は、この屋敷に戻ることにしたのです」

「………だけど……せっかく帰ってきたのに、マキナ様ったら旅に出て行ってしまったんですよ……」

「そうなんですか」

「ええ、ひとまず…この荒れ果てたお屋敷を掃除しながら、マキナ様のお帰りを待つことにしようと、使用人達と話し合って決めたんです……」

 

 そこである使用人が、裏庭には夫婦のものとは別にもうひとつ、お墓があるのだが、それは誰なのだろうかと話していた。

 

「お墓………そうだ……」

 

 そこでフィリス達はあの少女のことを思いだし、裏庭へと向かった。 そこにあったのは、3つの墓石と、一人の大きな、赤いドレスの人形だった。

 

「マウリヤ………」

 

 一つの墓石に寄り添うように存在しているその人形は、二度と動かない。 そんな人形を見つめていると、乳母が気付いてこちらに歩み寄ってきた。

 

「おやおや、こんなところにあったのね」

「あ」

「この子ね…マウリヤという名前がついている、マキナお嬢様の一番のお気に入りなんですよ。 見つかって一安心だわ。 さぁさぁ、マウリヤちゃん。 お部屋でマキナ様のお帰りを、一緒に待ちましょうね」

 

 そう言って乳母はマウリヤを抱き抱え、持って行ってしまった。 すると、墓石の前に光が舞い降り、それは女神の果実へとかわった。

 

「あ、果実……」

「きっと、マウリヤが人形に戻ったから、効力を失ったのね」

「………」

 

 彼女は、永遠に変わらない、特別な友情とともに眠り続けるのだろうと、フィリスは女神の果実を手にしながら思うのであった。

 

 




次回は閑話休題、新しい旅立ちのお話をお届けしたいと思ってます。


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19「海を越えよ」

新しい場所への旅立ちで、今年の更新はおわりです。
本当は年内完結をしたかったけど、私の未熟さが更新を遅くさせてしまったことをお詫び申し上げます。
来年はちゃんと、更新しますので…お楽しみくださると幸いです。


 

 サンマロウで起きていた一件も無事に解決し、4個目の女神の果実を手に入れたフィリス達。 その一件に大きく関わっていた令嬢・マキナと、彼女に扮していた人形マウリヤは、旅にでるといって姿をくらます前に、フィリス達に自分の船を譲り渡すと話を通してくれていたらしく、無事に念願の船を入手することができた。

 

「せっかくマキナとマウリヤがあたしらにくれた船なんだ、思い切り利用しようぜ」

「そうですね、この船があればさらに広い世界へ、自由に旅ができるはずです。 これで活動範囲は広がりますね」

 

 これから船で海上の長旅になるであろうと思ったフィリス達は、サンマロウの市場で今後の旅支度をするのであった。 主に詰め込むものとしては、食材や水、簡単な日用品等だ。 ちなみに船はといえばかなりの大型であり、また使用されていないとはいえ船を愛する船乗り達によって毎日かかさず手入れをしていたために、壊れた部分もなく掃除が行き届いていてきれいな状態が保たれていた。

 

「とりあえず…野菜とか果物はこれくらいあればいいかしら?」

「ええ、十分だと思いますよ。 今後足りないものがあっても、途中の町で買えば大丈夫でしょうし」

 

 とりあえず必要なものは揃ったところで、買い出しをしていた3人は船に戻ってきた。 そこでサンディはあることに気がついてその疑問を彼らに投げかける。

 

「ところでさ…」

「ん?」

「船って、誰が動かすの?」

「え」

「あ」

 

 サンディの言葉をきいて、フィリスとセルフィスとクルーヤは戸惑う。 この3人は、船なんて操縦できないし、やり方なんて全然わからないのだ。

 

「……………」

「なによその目。 アタシは天の箱船専門の運転手なんですケド。 人間の船の操縦方法とかマジイミフなんですけど」

「ですよねー」

 

 そんなやりとりをしていると、船のことで管理人や船乗りと話をしていたイアンが彼らに合流してきた。

 

「オレができるぜ」

「え、本当なんですか…イアンさん!?」

「ああ、バイトしてたから」

「バイトかい」

 

 そうツッコミをいれるが、なにはともあれ、船を操作できる人間がいることは非常にありがたいことだ。

 

「じゃ、船の操縦は頼んだぜ」

「おうよ。 ちょうどこの船の扱いについての情報は聞いてきたところだからな。 まかされたぜ」

 

 こうして、船の操縦は誰がやるのかが決まったところで、4人は船に乗り込んでいった。

 

「わぁ、外装でみるよりも、実際に乗ってみた方が大きさがよくわかるわね!」

「ああ、思ってたより広いぜ」

「この船がじきに動くのは、楽しみですね」

 

 そうして荷物をおいたところで、イアンは仲間達に呼びかけて船を動かす。 船が海に進んでいくところで甲板からサンマロウの町を見つめていると、この船を見守る人々の姿がみた。

 

「…またな、サンマロウ…」

 

 

 

 こうしてフィリス一行を乗せた船は海に繰り出し、海面を走るようにして進んでいく。

 

「おお、舵はちゃんと動いてるなー!」

 

 イアンは自らの手で舵を操りながら、そう感想を口にした。 どうやら、舵を切ることに関しての手応えを感じているらしい。 彼の操舵の腕は確かなようで、乗っているフィリス達も安心しきっている。

 

「さて、魔物がこないうちに…と……」

 

 船に乗っているからとはいえ、完全に安全とは言い切れないのがこの世界だ。 海にももちろんといわんばかりに、魔物が多く生息している。 もし襲ってきたら迎え撃たねばならないだろう。 今だけでも安全であるならば、と思ったフィリスはある目的のために歩き出す。

 

「どこへ行くんですか?」

 

 そこで、彼女の動きに気付いたセルフィスが声をかけてくる。

 

「なに、船の中をちょっと探索しようと思ってさ…今のうちに実行したいって思ったんだよ」

「そうだったのですか。 では僕もご一緒します」

「ああ、いいぜ」

 

 フィリスはそう言い、セルフィスの同行を許可して、2人で船の中を探索した。 船の中にある部屋はいくつもあり、最下層には格納庫、武器や防具などをしまっている武器庫、テーブルとイスと小さな棚がおかれている会議室、小さいキッチン、そして寝室がふたつほど存在していた。

 

「寝室がふたつということは、男女に分かれるのがちょうどいいよな」

「はい。 僕達の個人の荷物もそれぞれに置いておくべきでしょう」

「そうだな」

 

 あとは、簡易なシャワールームやトイレもちゃんとあるし、個室のような小さな部屋がいくつもある。 流石は、大富豪の所有していた船といったところだろうか。 少々これを無料でもらうのは今思えば気が引けることだが、今更気にしても仕方ないということでそれにたいする気持ちを振り払う。

 

「持ち主の許可もあるし、これくらい贅沢っぽいことをしてもソンはないよな……うん………」

「フィリスさん、どうなさったんですか?」

「………セルフィス、この船、大事にしようよ」

「? え、ええ……もちろんです……?」

 

 唐突にそんなことを言われてしまったため、セルフィスは思わずきょとんとしてしまう。 フィリスの言葉に対し戸惑いを覚えながらもそう返事をしたセルフィスは、この船の見取り図を発見する。

 

「ちょうどよく見取り図がありますね。 今後のためにみんなで、この見取り図を覚えましょう」

「ああ」

 

 そう話をしていると、そこに2人の姿を見つけたクルーヤが声をかけてきた。

 

「あら、フィリスもセルフィスもここにいたのね」

「クルーヤ」

「今ちょうど、船の見取り図を見つけたところなのです」

 

 そうセルフィスが言うので、クルーヤもその見取り図をみる。 そして、船の全体図を見つめ、思ったことをそのまま口に出す。

 

「………こんな立派な船、タダでもらっちゃってバチはあたらないかしら……」

「いいんだよ、それは! 本人から許可とってんだから!!」

「あ、え、そ……そう?」

 

 自分と同じことを考えていたクルーヤを必死に説得するフィリス。 そんな彼女の様子を見たセルフィスは、フィリスが先ほどなにを思っていたのかを、察していたそうな。

 

 

 

 彼らが船内探索をしつつ、今後この船を自分達でどうしていくかを話し合っていたときだった。

 

ガンガンガンガンッ!!

 

「うぉ!?」

「なんでしょう!?」

「え、え、えぇっ!?」

 

 突如、激しい音が聞こえてきたので、その音の発生源に向かう。 そこには、武器を手にしているイアンと、慌てるサンディの姿があった。

 

「どうしたんだ!? イアン、サンディ!?」

「おう! 思ったより早く駆けつけてくれたな!」

「キンキュージタイ! 魔物が出てきたよー!」

「なんですって!」

 

 どうやら魔物が出現したらしい。 その話を聞いたフィリス達もまた武器を構える。 そんな彼らが戦闘態勢に入ったのを確認したかのように、海の魔物が姿を現した。 両腕に位置する鰭が鎌の形をしている魚型の魔物のヘルマリーンと、とげつきの膨らんだ頭部を持つニードルオクトだ。

 

「なにこいつ!」

「こいつら、この海域に住んでいる魔物だって聞いたぜ! このままこいつらをここに置いていたら、この船は沈められちまうかもしれねぇ!」

「そんな…! これは苦労した果てに譲り受けた、大事な船なんだぞ!? 旅路が途絶えるよりずっとヤダよっ!」

「……そうこなきゃな!」

 

 フィリスの言葉を聞いたイアンは、武器を手にして自分に襲いかかってきたヘルマリーンを正面から迎え撃つ。 奥にいたニードルオクトが頭のトゲを数発放って彼らを攻撃しようとしたが、セルフィスがあらかじめかけてくれていたスカラのおかげで大したダメージにはなっていない。

 

「そこです!」

 

 そしてセルフィスは豪快に槍で、ヘルマリーンの腹部を突き刺してそのまま吹っ飛ばした。 やはり彼は見かけによらず、フィリスやイアンに負けず劣らずのパワーがあるようだ。

 

「負けられないなっ」

 

 そんなセルフィスの戦い方に感化されたのか、イアンはマストを利用して高く飛び上がり、真上からニードルオクトに飛びかかって、そのまま踵落としを食らわせる。

 

「おぉっ! さっすが男は力ってのがあるなぁ!」

「フィリス!」

「わかってるよ、クルーヤ!」

 

 彼らの戦いぶりに関心していたフィリスだったが、自分も負けて入られないと自分でも思ったようであり、足払いをかけてきたヘルマリーンの技を高くジャンプして回避し、剣を振るって懇親の一撃をたたき込む。 彼女の剣術は、ヘルマリーンの体をまっぷたつにした。

 

「そこよ……決めてやるわ! ヒャダルコッ!」

 

 そして、そこにクルーヤが氷の魔法を唱えて、ニードルオクトを一斉に攻撃していく。 別のヘルマリーンもまた、ヒャダルコで一斉にダメージを受けて弱っていき、そこに3人がとどめを刺していった。

 

「魔物は、全滅したわね…」

「ああ…」

 

 なんとか船は守ることができた。 だが、先ほどの魔物との戦いはいくら善戦していたとはいえ、数が多くて疲れてしまった。 おまけに、時刻はすっかり日暮れの時間だ。

 

「…とりあえずあの小島。 あそこは無人島だろうし……あそこで船を止めて今日は一晩休もうぜ。 オレも、疲れたし……」

「賛成ですね、気付いたらもう一日中移動していましたし……小休止としましょう」

「ああ、もうすぐ夜になっちまうしな」

「ふふ、じゃあ夕食の時は、私が腕をふるうわ」

 

 そうして、彼らは近くにある小島に船を進め、そこで一度船を停めるのであった。

 

 

 船を小島に停留させたフィリス達はとりあえず、船の基本操作をイアンから念のためという形で教わることになった。 主に舵の取り方による船の操作方法、船で起きるトラブルの対処方法、管理の方法など。

 

「………というわけだ、わかったか?」

「はい、覚えました」

「一応……」

「右に同じく」

「おい女性陣」

 

 自分の説明に対しセルフィスがしっかりと対応していたのだが、逆にフィリスとクルーヤは微妙な面持ちでそう答えたので、イアンはそうツッコミをいれた。 まぁマニュアルとかあるし大丈夫だろうと、イアンはため息をつきながらそう言って、船の方をみる。

 

「……というかイアン、バイトで船を操っていたって言ってたわよね。 私達と会う前の話だろうけど………船の操作って、並大抵では難しいはずよね」

「そうだな…だいたい船のバイトって使いっぱしりとか掃除当番だよな……。 船の操縦って中々まかされないぜ」

「しかも、船の動きも安定していましたよね……」

 

 そう話をしながら、フィリス達は船のチェックをしているイアンをみる。 思えば、自分達はイアンのことは全く知らない。 フィリスは元守護天使、クルーヤは砂漠の国の出身で、セルフィスは町長一家の出身。 一応、仲間になる前の過去は全員知っている。 だが、イアンだけは全くわからない。

 

「……まぁ、イアンも自分から話をしようとはしないっぽいしな……」

「追求はしないのね」

「……ああ、あたしも、秘密を隠していたし……隠したいものっていっぱいあるしな……。 そこは、イアンが自分から話すのを待ったほうがいいだろうぜ」

 

 そうイアンについての話をしていると、その張本人が彼らに声をかけてきた。

 

「お前等、なにをはなしてたんだ?」

「べっつにぃ?」

「……?」

 

 はぐらかす3人に対しイアンは首を傾げる。 そうしてクルーヤは夕食を作り、全員でそれを食べて、船の中にある寝室で一晩眠った。

 

「よし、じゃ出発しよう!」

「「「おー!」」」

 

 そして、時がたつのははやく、翌日になり彼らは再び船で次の大地を目指して走り出した。 海を快調にすすんでいき、途中で魔物と遭遇することはあっても、彼らは全力で戦ってそれを切り抜けていくのであった。

 

「もうすぐ、陸地が見える頃だぜ」

「ホントか?」

 

 船を操作しながらその先にあるもの見つめていたイアンがそう言ってきたので、フィリス達は甲板からその陸地をみる。 その陸地をみたクルーヤは、目を丸くさせながら笑う。

 

「あ、あそこ!」

「ん、なにかあるのか?」

「あの島にある城………あそこがわたしの故郷……グビアナ国よ!」

「あそこか…!」

 

 フィリス達はクルーヤが、グビアナという砂漠の国のうまれであると知っていたが、その国の象徴である城を目の当たりにするのは初めてだ。

 

「ちょうどよかったわ! みんな、是非グビアナにいきましょうよ! 私もみんなを案内したいし、なにか手がかりがあるかもしれないわよ!」

「そうだな…」

 

 旅の途中で行くことができるなら、是非言ってみたいとはなしていたこともあるし、もし立ち寄ることができたときはクルーヤが案内してくれるという約束もしている。 ここで、クルーヤの故郷をみてみるのも悪くないかもしれない。

 

「よし、まずはあそこにいってみようぜ!」

「ああ!」

「ええ!」

「はい!」

 

 全員の意見が一致したことで彼らは、その次の目的地である砂漠の国、グビアナを目指して海を進むのであった。

 

 

 




次回の更新を、どうぞお楽しみに!
良いお年を!


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20「砂漠の国のワガママ女王」

今年も張り切って小説の投稿をしていきます。
というわけで、今回はグビアナ王国編。
仲間の一人・クルーヤにピントが合います。


 

 船旅をしていたフィリス達は、砂に包まれた大地を発見しそこにたどり着いた。 その砂漠は高い湿度と気温をほこっており、それにたいし道中でフィリス達は苦戦を強いられる。 それもそのはず、砂漠なんて人生で一度も経験をしたことがないからだ。

 

「ひぇ~……ここが、クルーヤの故郷かぁ……」

「砂漠の国だけあって、あついですね……」

 

 そう、実はこの地にあり彼らが目指す場所こそが、クルーヤの故郷であるグビアナ城なのだ。

 

「でも、だからといって無闇に薄着だけになるのも危険よ」

「…と、いうと?」

「聞いたことないかしら、砂漠は昼夜の気温差がとっても激しい…って。 今は日が昇っているから暑いのだけど、日が暮れれば一転するわ。 昼は夏、夜は冬って覚えた方がいいわよ」

 

 そう簡単に説明をしつつ、クルーヤは目の前にある、石でできた壁に囲まれている大きな建物を指さして彼らに教えた。

 

「見えてきたわ、あれが私の故郷…グビアナ城よ!」

「おおぉ、あそこかぁ!」

 

 その城は、なにもない砂漠の中に存在しているからより一層そう見えるのかもしれないが、とても大きな城だった。 そして、その前には城下町も存在しており、その道には行商人が客を呼び込もうとしている。 少し離れたところにも民の住宅街といえるべき場所が存在しており、城の近くには大きな劇場もある。 おまけに、強固な城壁も存在しており、魔物も簡単に手出しはできないだろう。

 

「へぇ、町の中は外より、少しだけ過ごしやすいな」

「ここはこの地では数少ない、水の流れる場所だもの。 そのおかげで人が住めるのよ」

「そうなのか。 砂漠で水があるのは、ありがたいことだな」

「やはり、人が住む場所だから、住みやすいような工夫がされているのでしょうか」

 

 そうその国の感想を口にしていく中、クルーヤは少し眉を下げつつつぶやいた。

 

「でも、昔に比べたら……だんだんと暑くなっているみたい……」

「へ?」

 

 どういうことなのだろうか、と彼らが疑問を抱いていると、どこからか壮年の女性が姿を見せて、クルーヤに声をかけてきた。

 

「あら、クルーヤじゃないの!」

「あ、もしかして道具やのおばちゃん、ですか!?」

「ひっさしぶりねぇ!」

 

 どうやらクルーヤの知人らしい、彼女達はしばらく楽しそうに話をしていた。

 

「そうそう、最近、女王様にある献上品が持ち上げられたって話があがってんのよ」

「献上品?」

「なんとビックリ、金色に輝く不思議な果実よ! その献上品を見せられた女王様はすんなりそれを気に入って、旅人にも会ってそれを受け取ったみたい! まぁなんというか、現金な人よね~!」

「は、はぁ……そうなんですかぁ……」

 

 その果実にたいし心当たりのあるクルーヤは、思わずそう戸惑いながら返事を返した。 そこで道具屋にお客さんが入ってきたので、おばちゃんはクルーヤにまたね、と告げて、そちらに戻っていった。

 

「みんな……」

「ああ、話は聞こえていたよ。 女王様に献上されたっていうそれは……」

「紛れもなく、女神の果実ヨッ!」

 

 もしその女神の果実をこの国の女王が持っているのであれば、話をして譲ってもらいたい。 もし条件付きならその条件も果たそう。 そう、女王に会おうと意を決しているフィリス達の側でクルーヤは微妙な面持ちになっていた。

 

「どうかしたのか?」

「ユリシス女王様は、とても綺麗な人なんだけど…性格に難があって……。 なんというか、かなりのワガママなのよ。 自分の気持ちとか考えが最優先で、自分以外のことは二の次というか」

「えぇ……」

「今も、国民の暮らしに重要なものである水を、自分のために惜しみなく使って………それで国民は皆、苦しんでいるみたい。 私が旅にでてからかなりの歳月は経ってるけど……変わらないのね」

「……そいつぁ、ある意味身分の差どうこうより、厄介な問題だぜ……」

 

 この国にすんでいたから女王のことをよく知っているはずのクルーヤがこういうのだ。 今回の果実探しも、一筋縄ではいかないだろう。 4にんんの顔に不安の色が現れる。 この空気はマズイ、と思ったフィリスは彼らを指揮する。

 

「と、とにかく会ってみよう! このままじっとしてても始まらないし!」

「フィリス……ええ……そうね……」

 

 フィリスが自分達を元気づけようとしていることに気付いたクルーヤは、そう答える。 そばにいるイアンとセルフィスも顔を上げており、彼らの存在が頼もしく感じる。

 

「じゃあ、行きましょう…お城の入り口はあっちよ」

「ああ」

 

 クルーヤに案内され、彼らは城の中に入るための門へと向かう。 そこを守っていた衛兵いわく、今女王は沐浴をしていて会うことは出来ないと告げられた。 もし会いに来たのなら大臣に取り次いでくれと言われたので、大臣の元へ向かおうとする。

 

「なんか、騒がしいな」

「そうですね…なにかあったのでしょうか」

 

 その城は今、パニックになっている。 この城に仕えているであろう侍女や衛兵の顔には焦りが見えており、フィリス達のことなど気にもとめてないようだった。

 

「……んっ?」

 

 そんなとき、クルーヤはある女性を凝視し、そして目を丸くすると表情を明るくさせてその女性に駆け寄っていく。

 

「ジーラ!? ジーラじゃない!」

「え……あ、クルーヤ!?」

 

 そこにいたのは、クルーヤと同じくらいの年頃の少女だった。 そのジーラと呼ばれた少女はクルーヤに気付くと表情を明るくさせてクルーヤに答える。

 

「久しぶりね!」

「ええ、本当に……」

 

 2人は再会を喜び合っていたが、クルーヤは仲間達のことを不意に思い出して、その少女のことを彼らに紹介する。

 

「みんな、この子はジーラ。 わたしの幼なじみで親友なの。 今はこのグビアナ城で宮仕えをしているのよ」

「あ、えっと……初めまして! ジーラともうします!」

 

 ジーラ、と呼ばれた少女はフィリス達に一礼し、フィリス達もそれに応じる。 そんな彼女達に、壮年の男性が声をかけてきた。

 

「なんじゃ、この旅の者はお前の知り合いだったのか」

「あっ…」

「あなたは確か、大臣様…ですよね?」

「うむ、その通りだ」

 

 そうクルーヤが迷いなく声をかけてきたことから、大臣は話の分かる人だと気付いた彼らは、大臣に自分達の事情を打ち明ける。

 

「大臣様! 実はあ…わたし達、ユリシス女王様に会いにきたのです! 女王様が旅人から、金色の果実の話を聞いて、そのことについて詳しく聞きたくて……」

「ふぅむ……果実か……。 確かに、そのようなものを受け取っていたな。 その時の女王様は偉く上機嫌だったぞ」

 

 そう語り、大臣はすぐにフィリスたちがその果実を探しにきたのだと察した。 だからだろうか、フィリス達にたいし大臣は首を横に振る。

 

「だが、すまぬ旅人よ。 今はその果実のことは諦めた方がいいかもしれんぞ」

「というと……?」

「女王様は、あの果実を気に入ってしまってな……誰にも渡すなときつく命じておるのじゃ。 それを使えば、自分の美貌はより一層増すから…とってな。 あの様子……簡単にはうまくいかんじゃろうて」

「そ、そんなぁ!」

 

 大臣の言葉を受けてショックを受けるフィリス達。 その言葉をつげた大臣自身も、女王には相当悩まされているようで、頭を抱えている。

 

「こういうときに、先代王がいてくだされば…ガツンと言ってくれていた者を………。 まったく歯がゆいわい」

「先代王?」

「ガイレウス様のことよ。 この国の地下に水路を造ることで、この国に人が住めるようにしたの。 今もグビアナに人が住めるのは、そのお方の尽力あってこそなのよ」

「へぇ、そのような素晴らしい実績の方がいらっしゃったのですね」

「………」

 

 フィリス達に先代の王の話をするクルーヤと、その話に対し感心しているセルフィス。 その横でジーラは、どこか思い詰めたような顔になる。

 

「……そうじゃ! 会って話をさせるくらいなら、できるかもしれん!」

「ホントですか!?」

 

 

 

「んで、その条件がこれか……」

 

 大臣が提案した女王にフィリス達を会わせられる方法。 それは、今逃げ出してしまい行方不明となっている女王のペットを見つけることだった。 そのお礼という形であれば、あの女王もフィリス達に会ってくれるだろう、それを大臣は取り持つと約束してくれた。

 

「それで、城の中が騒がしかったんですね」

「しかも、逃がしちゃったのがジーラだったなんて……確かにあの子、昔からそこそこドジだったけど……」

 

 とりあえず、聞いた情報を頼りにそのペットを探すしか今はほかに方法がない。 城の従者たちの話によれば、そのペットというのは、アノンという名前の世にも珍しい金色のトカゲのことのようだ。 また、本来はアノンはおとなしい性格であり、飼い主である女王になついているのはもちろん、今まで侍女や従者を前にしても逃げることがなければ、お世話をされていやがる様子などなかった。 それが突然逃げ出したのだから、城のものたちが戸惑うのも無理はない。

 

「あ、見つけたぞ!」

 

 そんなトカゲを探していたそのとき、イアンは城の影の中で動くものを発見した。 彼らの前で動いたそれは、金色の体に赤いリボンをつけたトカゲ…話の通りであれば、これがアノンで間違いない。 彼らはアノンを追いつめ、フィリスが両手を伸ばしてアノンを捕まえる。

 

「よし、捕まえた!」

「ギャギャギャ!」

「ほら、いい子いい子! 飼い主様に会わせてあげるから、じっとしていてくれ!」

 

 そうフィリスは腕の中で暴れているアノンに呼びかけると、アノンはそのままおとなしくなった。 どうやら暴れていたり逃げていたのは怖かっただけであり、今のおとなしい姿が本来のアノンなのだろう。 フィリス達はアノンのことを知っているであろうクルーヤに、確認をとる。

 

「この子が、アノンちゃん?」

「ええ、間違いないわ」

 

 本当にこの金色のトカゲがアノンだとわかったところで、4人はジーラと大臣の元へ向かう。

 

「ジーラ、大臣様! アノンちゃんが見つかりましたよ!」

「ああ……アノンちゃん……よかった!」

「旅のもの、よくやってくれた!!」

 

 アノンの姿を見て、2人は安堵した。 約束通り、大臣はユリシス女王とフィリス達が直に会って話が出来るように取り持ってくれた。 ユリシス女王は少々面倒くさそうにしつつも、話を聞くだけならということで了承した。

 

「………」

「………貴女がユリシス女王様、ですね……」

「ええ、そうだけど?」

 

 そう言って玉座に座っている、褐色の肌に黒く長い髪の女性が、現グビアナ女王であるユリシスのようだ。 確かにその容姿は一見、非の打ち所のない美しさがある。 だが、あまりこの女性に好感を抱けないのは、自分達と向かい合っているときの態度や姿勢、そして相手を見下すようなまなざしにあった。

 

「ユリシス様、この旅人達が迷子になったアノンちゃんを見つけてくださったのです!」

 

 大臣は双方の関係が悪いものにならないようにと、フォローに入る。 だが、そんな大臣の苦労など知ったことではないといわんばかりに、ユリシス女王は話を切り替える。

 

「そんな旅人のことはどうでもいいわ。 それよりもアノンちゃんを逃がしたのはお前ね?」

「は、はい……申し訳ありません!」

「なんで、アノンちゃんを逃がしてしまったのかしら?」

 

 そう威圧的に問いかけてくる女王に臆したジーラは、必死に頭を下げて謝罪をする。

 

「わ、わたしが……少し目を離した隙にアノンちゃんが、どこかへ! 今までそんなことはなかったのに!」

「そんな言い訳をしたところで無駄。 今日限りでお前はクビよ」

「………!」

「さっさと荷物をまとめて、この城から出て行きなさい」

 

 ユリシスからの突然のクビ宣告にたいし、ジーラはただただショックを受けていた。 そこで、大臣はふとあることを思い出した。

 

「…そういえば、ユリシス様! この旅人達がアノンちゃんを見つけたところで、こちらも発見されました!」

「ん?」

 

 そう言って大臣が取り出したのは、例の金色の果実…もとい、女神の果実だった。

 

「あれは…!」

「これも見かけないと思っていたら……! どうして、アノンちゃんがこれを……?!」

 

 どうやら行方不明になっていたのはアノンだけではなかったようだ。 この状況から察するに、アノンはこの女神の果実を持ち去ろうとしていたのだろう。 様々な疑問は残るものの、アノンと果実がそろって自分の元に戻ってきたことに対し女王は上機嫌になる。

 

「まぁいいわ、アノンちゃんが戻ってきて、この果実も私の元にあるんだもの! この果実をスライスしたお風呂につかれば、私の肌はスベスベでツヤツヤ…私の美貌はよりいっそう輝くわ!」

 

 そうアノンを胸に抱き、果実を掲げながら言う女王。 そこでふと、フィリス達がこの果実を求めていることを思い出した。

 

「そういえば貴女、この果実のことで話があるって聞いたわね。 もしかして、これを譲って欲しいの?」

「はい、その通りです」

 

 フィリスはまるで、意を決したかのように、女王に告げる。 その果実を手に入れるためならなんでもする、ということを。

 

「お金や貴金属で解決するのであれば、稼いでそれを買い取ります。 値段は貴女の言い値でかまいません。 だから………」

「いいわよ、譲ってあげる」

「!?」

 

 それを聞いたフィリスは驚く。 そんな簡単に譲ってくれるなんて…と。

 だが、そんなフィリスの反応を見たユリシスは、すぐに意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「なーんて、言うと思った?」

「えっ!?」

「この黄金の果実は、そこら辺のはした金よりずっと価値のあるもの……それは、私にもわかるわ。 だから、どれだけ苦労したって無駄よ……努力とかそういうのって、報われないのが現実……。 庶民だからかしら? そういうの、わかってないわね」

 

 女王はフィリスに一気に顔を近づけて、彼女に告げる。

 

「貴女達の求める果実は、私をさらに美しくすることに大いに役立つの! 光栄に思うことね! おっほほほほ!」

「……」

「さぁさぁ、アノンちゃ~ん! ばっちぃ人にさわられて可哀想にぃ…一緒にお風呂に入ってきれいになりましょうねぇ!」

 

 そして女王は、大きく高笑いをしながらその場を立ち去っていった。 おそらくこれから、沐浴に入るのだろう。 呆然とするフィリス達にたいし、大臣は頭を抱えながら女王に変わって謝罪の言葉をつげる。

 

「すまぬ。 旅のもの女王様は、ごらんの通りなのだ」

「…………」

 

 フィリス達も一応、ユリシスという女王がどれほどワガママで傍若無人なのかの話は聞いていた。 だが、実際にあうと噂通り…というか、それ以上の人物である。

 

「ジーラ……」

 

 だがクルーヤはそれ以上に、クビ宣告をされてしまった親友のことを気にしていた。 呆然としているジーラにクルーヤは声をかけ、彼女のことに気づいたジーラは笑ってみせる。

 

「クルーヤ……大丈夫よ、わたしなら……。 女王様が唯一のお友達を失うことに比べたら……クビくらいどうってことはないわ……」

「でもっ」

「……あ、女王様に命令されたし……私、荷造りしてくるね!」

 

 そう気丈に笑って立ち去るジーラをみて、クルーヤは放っておけない気持ちになる。 そんな彼女の心境に気づいたフィリスは、クルーヤに声をかけた。

 

「クルーヤ…」

「……私、ジーラのとこいってくる!」

「ああ、頼んだぜ」

 

 そうフィリスの許可を得たクルーヤは、ジーラのところへ駆けていく。 残されたフィリス、セルフィス、イアンは、女王を止める術を探すことにしたのであった。

 

 

「ジーラ」

「クルーヤ……!」

「ここにいたのね……ジーラが泊まっている部屋の場所を、ほかの侍女さんから聞いたの」

 

 ジーラの後を追いかけていたクルーヤは、ジーラの部屋で彼女を発見した。 ジーラは、目元を少し腫らしながらクルーヤに話しかけてくる。

 

「そういえば、あなた達にお礼を言ってなかったね……。 アノンちゃんを見つけて、わたしの失敗の後始末をしてくれて……ありがとう。 もう、思い残すことはないわ」

「……ジーラ、それでいいの!? あんな勝手なクビ宣告、私納得できないわ! もう一度ちゃんと謝って…それで、仕えたい気持ちを伝えなきゃ……」

 

 クルーヤは自分を助けようとしてくれている、それを感じながらもジーラは首を横に振る。

 

「いいの、女王様の唯一のお友達を逃がしてしまった、わたしがいけないんだもの……。 あなたも知っているでしょ? わたしがドジだってことは……」

「でも………」

「それに、先代の王様のお話、クルーヤも知っているでしょ?」

「え?」

 

 その王の話は先ほど仲間にはなしたはずだ、とクルーヤは思うが、ジーラは話を続けた。

 

「先代王様は…常に国を統治し続け、政治につとめた……だからこそ地下水脈を生み出して、この国に水を供給することもできた。 だけど……そのかわり、ユリシス様に目を向ける暇は、王様にはなかった……」

「………」

「別に王様を責めているわけじゃないの。 むしろ、私たちグビアナの民がここで生きていられるのも、あのお方のおかげ……尊敬すべき存在よ」

 

 そういいながら、ジーラは脳裏に女王の姿を思い浮かべる。

 

「でも、国の行政に熱心になるあまり、王様はユリシス様を孤独にしてしまった……そして、国で人々が生活できるようになったところで、王様は亡くなってしまい……その跡をついだのは、知っての通り、ユリシス様……」

「……それは……」

「あの方は、ずっと孤独だったの……愛というのを受けられなかったから、他者を思うことに自信がない……ただ、強がっているだけなの。 そこを理解できるのは、アノンちゃんだけ……。 わたし達では、理解して、孤独を埋められない……。 だから、どんなひどい命令でも、わたしは甘んじて受けたいの……。 ドジなわたしにできるのは、これくらいのことだし……」

 

 その言葉から感じるのは、ジーラは心の底からユリシス女王を慕っていることだ。

 

「ジーラ………そこまでして、あなたは……」

 

 クルーヤはジーラの気持ちを知り、それなら尚更、彼女をずっとユリシス女王の侍女にしたいと思うのであった。

 そんなころ、フィリス達はサンディの怒りの声を聞きながら、どのようにして女王を止めて果実を取り戻すべきかを考えていた。

 

「…でもマジハラたつんですけど! あれでホントに女王様なの!?」

「サンディ」

「女神の果実がこのままじゃ、あの女王様の思うがままになったらタイヘンなの、今までの旅でみてきたならわかるでしょ!? どうにかして入手する方法を見つけなきゃ!」

「沐浴場、だろうな…あるとすれば…」

「そうでしょうね……ですが、どうやって…」

 

 この城の中の、どこにその果実があるのかは予想がつく。 女王はこれで果実の風呂を作ってそれに入るのだと言っていたのだから、噂の沐浴場にあるのだろう。

 

「ん?」

「どうしたの、サンディ?」

 

 では、どのようにして入るべきか。 彼女達が城のベランダ部分にでていたときに、サンディは何かに気づいてそちらに向かう。 彼女が飛び込んだのは水槽であり、そこに飛び込んでいったのだ。 しばらく待っていると、そこからサンディが現れた。

 

「どうしたんだよ?」

「ねぇ、この下にめっちゃ広くて、水がいっぱいある場所があったんだケド! もしかしたら、沐浴場かもよっ!」

「えっ…じゃあ!」

「ここから、直下で風呂にいけるってことか!」

 

 こうなれば一か八かで飛び込むしかない、と思った彼らは、そこから沐浴場に入ろうとこころみる。

 

「よし、いくぞ……」

「待ってくださいっ!!」

「うげっ!」

 

 だがそのとき、いの一番で飛び込もうとしていたイアンをセルフィスがあわてて止めた。

 

「なにすんだよ、セルフィス!」

「考えてみてください、今女王様がいるのは……つまりは、女風呂ですよ! 男の僕達が入ったら、それはただのセクハラです!」

「あ……」

 

 セルフィスがいうことは、もっともだ。 いくら緊急事態でも、女性の風呂場に立ち入ることはしてはならない。 状況考えずにそれをするのは、性欲が無駄に強く異性に欲情するのが日常茶飯事のような変態野郎だけでいいだろう。

 

「だから、こうするのはどうでしょうか」

 

 そこでセルフィスは2人にたいし、ある提案をした。 まずはフィリスとサンディがそこに乗り込み、ユリシス女王を説得。 大丈夫な場合は男達を呼ぶ。 それにそなえてイアンとセルフィスは、沐浴場の前で待機する。

 

「わかった、そうするしかなさそうだな…」

 

 セルフィスの案にたいしフィリスもイアンも同意し、フィリスは水場に足をかける。

 

「じゃ、いってくる!」

「おう、オレらも急ぐからな!」

 

 そこで彼らは、それぞれ別行動をとる。

 

 

 

 バッシャーン! という音を立てて、沐浴場は高い水しぶきをあげた。

 

「きゃー!?」

 

 その沐浴場にいた侍女や衛兵、そして女王は驚きの声を上げた。 そして、その水しぶきが立っていた場所には、フィリスがいた。

 

「ぶっふぇ…鼻に水はいった…」

「なにやってんのよっ!?」

「ちょっと貴女、なんのつもり!? 私のお風呂場に飛び込んでくるなんて…無礼者!!」

 

 そんなフィリスにたいし女王は怒鳴るが、やがて顔をハッとさせて、彼女の目的に気づく。

 

「貴女まさか、私からあの果実を取り戻しにきたとかいうの!?」

「……その、まさかですよ!」

「……そう、そのためにここまでするなんて……度胸は認めるわ!」

 

 でもね、といいながら女王は、浴槽に浮かんでいるスライスされた果実をフィリスに見せる。

 

「残念だったわねぇ、あの果実ならごらんの通り、完璧なまでに薄くスライスされて、このお風呂は果実風呂になったわよぉ!」

「ああぁっ!?」

「どう、努力は無駄に終わるって、身を持って知ったかしら? 貴女は私の至福の時間を邪魔した罰として、捕らえて処刑するわっ!」

 

 女王は衛兵にフィリスを捕らえるように言うと、衛兵はフィリスをとり囲う。 フィリスは剣に手をおいて攻撃の体制に入り、当の女王はアノンの方をみる。

 

「さぁアノンちゃん、ビックリしちゃったわよねぇ……この小娘には衛兵に頼んで外に追い出すから、もう大丈夫よ~!」

 

 彼女の言葉に対し、アノンが答えることはなかった。 その場で恰も時間が止まったように動かない。

 

「アノンちゃん…?」

「……ねぇ、フィリス………アタシ、みちゃったんだけど……あの子が果実かじるところ」

「え……じゃ、じゃあ……まさか……」

 

 そのまさか、である。 アノンの体は宙に浮かびながら光を放ち、その光は強くなる。 やがて光が消えると、金色の体は巨大化し腕も太くなり、目もぎょろりとした魔物がそこに存在していた。

 

「きゃー!?」

「なんだぁ!?」

「あ、アノンが……バケモノになったぁ!」

 

 それはおそらく、アノンであろう。 アノンは、その腕にユリシス女王を抱えてしまった。

 

「きゃああーーっ!!」

「あっ!!」

 

 そしてそのまま、近くにあった井戸に飛び込んでいってしまった。 この場にいる全員が、その様子をみているしかできなかった。

 

「あの小さい井戸に入っちゃった!」

「そこかい!」

 

 その状況を見て、沐浴場はパニックになった。 その騒動を聞きつけたようであり、扉が盛大に開き男の兵が入ってきては女性にぶたれるという

 

「フィリス!」

「なにかあったのですか!?」

「イアン、セルフィス…!」

「みんな!」

「クルーヤ、ジーラさん!」

「なにか騒いでいるようなので、急いでかけつけたのですが……なにかあったんですか!?」

「え、えっと…」

 

 連続で事情を聞かれ、フィリスは戸惑いながらも事情を彼らに説明する。 アノンが果実の力で魔物になり、女王をさらっていったと知った彼らは、ただ呆然としていた。

 

「マジかよ……」

「……両親の愛を受けられず、心から友だと呼んでいた存在からも裏切られて……」

「……」

 

 周囲のものは、女王がいなくなって清々するとか、罰があたったとか、無情にも女王を見捨てるということをしようとしている人だらけだった。 だが、そんな中でジーラは、フィリス達に頼みごとをする。

 

「みなさん、お願いします! 女王様を救ってください!!」

「ジーラさん!?」

「このままでは、ユリシス様はすべてを失い……本当にひとりぼっちになってしまうかもしれません! だから、どうか……!」

 

 必死にそう願うジーラの手を、クルーヤは握る。

 

「私にまかせて、ジーラ!」

「クルーヤ…!」

「心配して、女王様の気持ちに共感するのも…私にはわかるわ! だから、ジーラ…私があなたの願いを叶えてあげる! あなたにかわって、私が女王様を助けにいく!」

 

 そうジーラに告げたクルーヤは、フィリス達の方をみて口を開く。

 

「みんな、聞いて!

ジーラは、ちょっとドジだけど……だけどとっても優しくて真面目な子なの! だから、女王様のことを語っているあの子の言葉には一切ウソはないわ! だから……だから! 私、ジーラのためにも……女王様を助けたい! そのために、力を貸して!」

「わかった!」

 

 クルーヤの言葉を聞いたフィリス達は、迷いなくうなずく。

 

「確かに気にいらねぇところはあるけど、それとこれとは、話は別だ!」

「見捨てることなど、僕にはできません!」

「そうだな…だから、助けにいこう!」

「みんな…ありがとう! いきましょう!」

 

 そう言って、アノンと女王の後を追うようにして4人もまた、井戸に飛び込んでいったのであった。

 

「みなさん…クルーヤ…どうか……無事で……」

 




次回は地下水道をすすみます。
この調子で更新、続けていけたらいいなぁ……。


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21「ホントのココロ」

グビアナ編・後編です。
なんだかんだで、この話も思うところは多々ありますよね。


 

 女神の果実を口にしたことで魔物となった金色のトカゲ・アノンにユリシス女王がさらわれてしまった。 女王はいまひとつ好感がもてる人間ではなかったが、だからといって放っておけるわけがない。 そこでフィリス達は女王を救うため、アノンを追って井戸へ潜り、地下水道を進んでいった。

 

「もしかして、ここが先代王の作ったという地下水道か?」

「ええ、あの方はここを作ることで、ほかの水源から国まで水を運ぶことができるようにしたの。 とはいえ、管理のために人のわたる道ができているとはいえっ…!」

 

 クルーヤは自分に突っ込んでこようとしていたアーゴンデビルに向かってイオラを放ち、敵を吹っ飛ばす。

 

「水位がこんなに低いなんて、思わなかったわよ!」

「それを利用しているのか、魔物がいっぱいいますね」

「これも、女王様が水を盛大に使っているから……か?」

「…………」

 

 フィリスの言葉は間違っていない。 この水路は本来は国民のために作られたものであるために、ここは本来別の場所からくまれている水でいっぱいのはずだ。 だが、今はその水位がさがっている。 その原因はわかっているし否定もできないことが、クルーヤの胸を締め付ける。

 

「フィリス、あそこ」

「え?」

 

 そのとき、サンディが何かに気付き、フィリスに呼びかける。 彼女に呼ばれてその指し示す先のものをみてみると、そこには非常に身なりのいい初老の男性の霊が立っていた。

 

「あれは……幽霊でしょうか」

「ホントだ、しかもちょっと、偉そうな格好してる」

「まぁこの地下道には昔は墓地や牢獄にも使われていたという話もあるし……幽霊がいても不思議はないわ」

「そっか………って、オイ。 それで済ましていいのか」

 

 そう話をしている彼らのことが耳に入ったらしい、その男性は声をかけてきた。

 

「そなたら、儂のことが見えるのか…?」

「は、はい。 あなたは…」

「我こそは、ガレイウス……このグビアナの王だった者………」

「ガレイウス様!?」

 

 ガレイウスといえば、この国を人が住めるようにこの地下水路を作り出したと言われる先代の王つまり、ユリシス女王の父親だ。 偉大な王としてグビアナでも名高い存在が、幽霊とはいえここにいることに、4人は驚き戸惑う。 そんな4人にガレイウスは、語り出す。

 

「…………儂は、日が出てる時は灼熱、日が沈めば寒冷の、砂漠の国は生きるのに厳しいことを知ってた。 だからこそ、国が民が生きるために必要なものを水と考え、国に水を運ぶために………この地下水道を作った………」

「………………」

「儂は、それに成功した。 おかげでグビアナの民は皆、砂漠の厳しさにも耐えながらも………豊かに平和に暮らすことができた。 儂は、この行いを自らの誇りだと思っている………」

 

 だが、と先代王は首を横に振る。

 

「ただひとつ、心残りがある。 それはほかでもなく、我が娘ユリシスのことだ………」

「女王様?」

「儂は王としての名声のために必死になってしまい、あの子に一切目を向けることをしなかった。 王族としてではなく、一人の家族として……あの子を見てあげられなかった。 大事なときに儂がユリシスに愛情を注げなかった………それ故に、ユリシスは人の心を理解できない娘になってしまい………そのまま死んだ儂の跡を継ぎ……女王となった」

 

 そう語る先代王は、まるで懺悔をするかのようだった。 彼は偉大な功績を残すことと引き替えに、大きな失敗をしていたのを、自覚しているようだ。

 

「旅の者、そして我が民に謝罪をしたい。 ユリシスが我が儘で自分勝手になったのは、儂にすべて責任がある…と。 そして、ユリシスを許してくれ………と……」

 

 そう頼み込む先代王をみて、クルーヤは何か思い詰めるような顔になって、フィリスの方を向く。

 

「フィリス」

「わかってるって。 女王様に反省してもらって、そして罪を償わせる。 そのためにも……」

「助け出さなきゃな」

 

 なにをするにもまず、アノンに連れ去られてしまった女王を助けなければ、なにもはじまらない。 謝罪をすることも、許すことも、なにもできなくなる。

 だからこそ、女王は助けなければならない。 その決意を新たにして、フィリス達はアノンを引き続き追いかける。

 

「頼んだぞ………天使達………」

 

 

 

「きめぇな、こっちくんなっ!!」

 

 自分達に襲いかかってきたゾンビの魔物・グールにたいしフィリスはそう怒鳴りながらその魔物を切り捨てた。 そのせいだろうか、剣に敵の腐ったからだの一部や血がまとわりついて気持ち悪い。 そのために、フィリスはできるだけこういう魔物とは戦いたくはないのだ。

 

「あぁ~もう、手入れもメンドクサくなるぜぇ!」

「でも払わないと剣の質も下がるし、鞘にもおさまりませんよ?」

「わかっちゃいるけどさぁ………」

 

 セルフィスの言葉を受けて、フィリスはまず剣についた汚れを振るうことで払い、布で拭き取る。 その布も捨てようかと思ったが、セルフィスにそれはダメですよ、と注意された。

 

「メンドクサいって思うなら、さっさと終わらせようぜ」

「ああ……だな」

 

 イアンも、正直ゾンビを相手に戦うのは気に入らないことだそうだ。 ここをさっさと抜け出したい気持ちもあるらしい、フィリスに共感するかのようにそう言った。 そうして奥へ進んでいった、そのときだった。

 

「誰か、誰か助けてー!」

「!?」

「この声、女王様のじゃねぇか!?」

「かもしれないわ、急ぎましょう!」

 

 目の前の奥の道から、声が聞こえてきた。 その声はおそらく、女王のものだろうと気付いたフィリス達は、その場に駆けつける。 そして、その道の先にある部屋には、やはりというべきか、アノンと女王の姿があった。

 

「いた、女王様!」

「なぁなぁ、ユリシスはん。 これからわてと一緒に、スウィートな新生活をはじめましょうや」

 

 アノンはしゃべっている。 あれも女神の果実を口にした影響だろうか。 しかも内容からしてどうやら、アノンは女王を口説いているようだ。

 

「にしたって…なんであんなしゃべり方?」

「さ、さぁ…」

「…と、とりあえず、女王様と合流するぞ!」

 

 何故あのような口調で喋っているのだろうか、そして何故女王を口説いているのだろうか。 様々な疑問は残るものの、女王を城へとつれて帰るために、フィリス達は武器を抜きつつアノンと女王の間に割ってはいる。

 

「そこまでだ!」

「………あなたたちは……」

「あ、おまえは! わてを草むらから連れ戻した、けったいな旅人やないか! お前のせいで、あの木の実を使ってわての夢を叶えようっちゅう計画が台無しになるところやったんやぞ!」

「け、計画?」

 

 アノンがフィリス達の存在に気づいた直後に放ったその言葉に対し、戸惑うフィリス達。 そんなフィリス達に対し、アノンは声を高らかに話を始める。

 

「動物的ホンノーが訴えかけていたんや! あの木の実をくったら人間になれるってなぁ!」

「そうか、アノンが逃げた先に果実があったのは…こいつが食べるためか……」

 

 あの時大臣は言っていた、アノンが発見された場所のちかくに、女神の果実があったと。 その理由は、アノンがあれを口にするためだ。

 

「そんでわては人間になったんや! どや、イケメンやでー!」

「…………」

「まぁちょっとカッコよくなりすぎて、ユリシスはんもたじたじやけどな」

「え」

 

 アノンはすっかり自分が人間になれたものだと思いこんでいる。 これは本人の性格か、果実の影響か。 今のアノンにはなにを言っても通じない気がしてきた。 隣にいるサンディも、戸惑いを隠せない。

 

「や………ヤバイよフィリス。 こいつこのカッコで自分のことを、人間だと思いこんでる………」

「ああ、みてーだな……」

「んん? ………なんかゆーてたみたいやけど、そんなことはどうでもええわ! お前達こんなところまで、なにしにきたんや?」

「トーゼン、あなたの手から女王様を取り戻す為よ!」

 

 ビシッ、という効果音がつきそうな勢いでクルーヤはアノンに対し指を突きつける。 それを聞いたアノンは憤怒した。

 

「なんやと、わての夢を邪魔しにきたっつぅわけかいな!?」

「夢……?」

「長年ずーっと想い続けてきたユリシスはんと、一緒になろうっつうぅ夢のことやぁー!」

 

 それを聞いて、4人は呆然とする。 そして、サンディが先陣きってつっこみをいれた。

 

「…………あんた、女王さまのこと好きだったわけ? トカゲのくせに?」

「…じゃあかぁしい!!」

 

 サンディの言葉に怒ったアノンは爪付きの太い腕を振り回して、フィリスに襲いかかった。 フィリスはそれを盾で受け止めて耐える。

 

「くっ!」

「ようやくようやく人間になって、そのチャンスがめぐってきたんや! そんなわてのジャマする奴は、誰であろうと許さへんでぇっ!!」

「うわわわっ!?」

 

 もう一度爪を振り下ろして攻撃してくるアノンを、今度は回避する。 そのときアノンの目をみたフィリスは、今アノンの目は自分達に対する敵意の色をやどしていることに気がつく。

 

「こいつ、滅茶苦茶だぞっ!?」

「ぶん殴って、黙らせるしかなさそうだなっ!!」

 

 そう言ってイアンはかまいたちを放って攻撃する。 だが相手の体は想像以上にかたいらしく、通じていない。 そこでイアンは棍をふるう物理攻撃でたたく。

 

「ぐぐっ……」

「ドラゴン斬りっ!」

「グギャッ!!」

 

 その棍の一撃が思いの外きいているアノンにたいし、フィリスはドラゴン斬りを繰り出す。 直後にアノンは炎をはいて4人に襲いかかったが、すぐにその傷はセルフィスに癒される。

 

「メラッ!」

 

 直後にクルーヤはメラを放ち、それをアノンは同じ炎の息でかき消す。 だが直後に放たれたヒャドが、アノンの腕にささる。

 

「そこだ!」

 

 そう言ってセルフィスは槍をふるうが、アノンはそれを受け止めさらに槍をつかんで振り回し、セルフィスを吹っ飛ばし壁にたたきつけてしまう。

 

「ぐはっ!」

「セルフィス!」

「だ、大丈夫です……」

 

 すぐにセルフィスは自分にベホイミをかけて、自分のダメージを回復させる。 アノンはそんなセルフィスをさらに攻撃しようと向かってきたが、それをフィリスとイアンが止める。

 

「ドラゴン斬りっ!」

「なぎ払いっ!」

 

 まずはフィリスが強力な剣術をたたき込み、アノンを斬る。 その痛みに苦しみながらもアノンは炎をはいてくるが、イアンはそれに怯まず棍の技を繰り出す。

 

「おのれぇえ! まけんでぇ!」

「おっと」

 

 そこでアノンはクルーヤに攻撃を加えようとしていたが、そこでイアンは棍を軽くアノンの足にかける。 勢いだけでつっこもうとしていたアノンは、それに足を取られ派手につまづく。

 

「うぎゃ!」

「国のため、女王のため、ジーラのため! みんなのためにも私は、負けるわけにはいかないのよっ!!」

 

 そう言ってクルーヤは自分の持っている魔力を一点に集中させ、その力を覚醒させ、氷の魔法を放つ。

 

「ヒャダルコッ!」

「ぎゃあああ!!」

 

 鋭い氷の刃がアノンをおそい、大ダメージを受けた。 どうやら発動中に魔力が暴走を起こし、威力が増したようだ。

 

 

「どう!?」

「………」

 

 あのヒャダルコがかなり効いたらしい、アノンはほとんど動けなかった。 だが数秒ほど後にまた動きだしたので、彼らはまだ戦うつもりなのかと身構える。

 

「………」

「え、なに?」

 

 だが、立ち上がったアノンはどこか思い詰めたような顔になっていた。 なにがあったのだと4人が凝視していると、アノンはポツポツとつぶやいた。

 

「戦ってる間に気付いたわぁ………人間、火を吹かないって………」

「いや、それより前にいろんなとこが人間じゃねーから、お前……」

「………せや………わては、人間になれたワケ、ちゃう………」

 

 フィリスのツッコミにたいしても、アノンは反発はしなかった。 しかし、それでもアノンは立ち上がる。

 

「………せやけど、ここでくたばるわけにはイカンのや!」

「なによ、往生際が悪いわね……これ以上、あなたを傷つけたくはないのだけど……」

 

 クルーヤの言葉を、アノンが遮る。

 

「わては、ユリシスはんを…」

「え?」

「ユリシスはんを、あの城に………あの敵だらけの城に返すわけにはいかんのや。 わては、死ぬまでやるでぇ……!」

「………!」

「お待ちください!!」

 

 アノンの言葉を聞いてクルーヤは目を丸くさせて言葉を失う。 その直後に、背後から声がした。 そして背後から、その声の主である少女・ジーラが姿を現す。 その姿を見た女王とクルーヤは驚く。

 

「ジーラッ!?」

「はぁ………はぁ………クルーヤ………みなさん、待ってください……!」

「ジーラ、どうして……まかせて、て言ったのに……」

「………ごめんね、クルーヤ……。 …でも……やっぱりわたし、いてもたっても……いられなかったの…!」

 

 そう言って、ジーラはアノンの前に立ち、フィリスたちに懇願する。

 

「お願いです…もう、これ以上……アノンをキズつけるのをやめてください…! アノンに、もしものことがあったら………女王様は、もう誰にも心を開かなくなります!」

「!」

「ジーラ、どうして……どうして……そこまで…………」

 

 女王は、ジーラが何故そこまでして自分のことを考えてくれるのかが理解できなかった。 それもそのはず、女王は自分のわがままに彼女を振り回していたのだから。 そんな女王にたいし、ジーラは口を開く。

 

「……わたし、みてしまったのです。 女王様が、アノンの前で涙を見せながら…話しているのを。 ワガママな自分が嫌い、家族がいなくて寂しい…………と、女王様はそう仰っていたのを………わたしは、知っています」

 

 はじめてその話を耳にしたとき、ジーラはまるで自分のことのように胸を痛めた。 その感覚を、ジーラは今でも覚えている。 そこでクルーヤはあらためて、ジーラの言っていた意味に気付き、自分もまた女王に声をかける。

 

「女王様、そのお気持ち、アノンにだけ話していたんですね」

「…………」

「そのお気持ちを、どうか。 アノンにだけでなく、ジーラやみんなにも、打ち明けてください。 そうすれば、つらい気持ちも、寂しい気持ちもみんなでわけあえて、女王様も変われるはずです……」

 

 そう説得をするクルーヤたちの言葉を聞き、女王は声を震わせながら、彼女たちに問いかける。

 

「…………貴女は私を許してくれるの? 貴女の話にもロクに耳を傾けず、クビにしようとしていたのに!」

「構いません、それで貴女の日頃の鬱憤が晴らせるのなら………わたしは甘んじて受けるつもりだったのですから……!」

「………ジーラ………」

 

 ジーラの純粋な笑顔と共に向けられたその言葉を聞いた女王の目は、少し潤んでいた。 そんな彼女達の様子を見たアノンは、頭をポリポリとかく。

 

「…………あの城には、ジーラはんみたいなやさしい人もおったんや………。 これじゃわては、ピエロやで」

「………あなたも、もう、わかってるんでしょう?」

「…………」

 

 クルーヤの言葉に対し、アノンは苦笑いをしながらもうなずいた。

 

「わては、チカラずくであの城から、ユリシスはんを引き離そうとしていた、 トカゲの浅知恵やったわ……。 ジーラはんみたいな人が、あの城におるんなら、わてがこんなことしなくても………大丈夫やな。 だから………」

 

 そう言うと、アノンの体は光を放つ。

 

「この木の実、返すとするで。 天使のような旅人はんに……ホントのこと、気付かせてくれて、ありがとさん……」

 

 最後にそう言って、アノンは光の中に消えていった。 やがて光の中からは一匹の金色のトカゲと、一個の光る果実が置かれていた。

 

「アノンが、元に戻ったんだな…!」

「…………」

 

 元に戻ったアノンに、女王は、歩み寄ってそのまま抱き上げて抱きしめる。

 

「あなたも、私のことを気にかけてくれていたのね…………。 ありがとう………アノン………」

「ジュー」

 

 アノンはそのまま女王を抱きしめ返すように、離れなかった。

 

「一件落着、かな?」

「みたいだな」

「そうですね」

 

 

 その後、フィリス達は女王とジーラを護衛しながら地下水路を進んで、グビアナ城を進んでいった。 その途中で先程先代王の幽霊がいた場所をみてみたものの、その姿はなくなっていた。

 

「フィリス、そして皆さん………」

 

 そして、アノンにさらわれた女王は城に帰還したあとで、女王はまず家臣達に頭を下げて謝罪をした。 女王の豹変ともいえる改心ぶりに家臣達は驚いたものの、ジーラやクルーヤが中心となり、女王の本心や内に秘めた悲しみや寂しさが全体に広まっていった。

 

「改めて、ありがとう………命がけで、私を助けにきてくださって………」

 

 そして夜が明け、一晩ゆっくりと休んだフィリス達は、城に招かれた。 玉座の間には、フィリス達と正面で向かい合い、姿勢を正している女王の姿があった。 女王は彼女達に礼を言い、そして自分の思いを打ち明ける。

 

「私は、これまで自分のことを見てくれる人なんて……誰もいないと思っていたわ………。 だから、自分の好きなように振る舞って、自分を守ることで精一杯になっていた。 わがままをすることで………自分に逆らえないようにして………自分を大きく見せた……。 あの傲慢は、私の虚弱……自信のなさのあらわれだったの………」

「だけど、今は違うでしょう?」

 

 そう言われ、女王はええ、とすがすがしい顔で頷く。

 

「ジーラやアノン、私のことを大事に思ってくれる人がいるってことを、私は知った。 これからは…今までの償いとして、みんなとチカラをあわせて、グビアナを良き国にしていきますわ」

 

 これからは、しっかりと国の業務に努めると彼女は宣言をした。 そのためにもまず、水を浪費するのをやめ、水は皆でわけあうために使うという宣言。 そして、沐浴場を自分だけではなく、国民にも開放することも決めた。

 

「そして、アノンも言っていたとおり。 その黄金の果実も……あなた達に与えるわ………あなた達が持っていたほうが、いいと信じて」

「あ、ありがとうございます!」

 

 女神の果実も、すっかり元通りの状態でフィリス達の手の中におさまる。 そして、女王とも再会を約束をする。

 

「なんかアッサリ変わったな…」

「皆もあっさりと許してますね…」

「まぁ解決したし、結果オーライでいいよねっ!」

 

 この一件はもう、心配はいらないとフィリス達は判断する。 女王のことも、アノンのことも、国の暮らしのことも。 皆で絆を取り戻したのだから。 誰も、さみしさにふるえる必要はなくなったのだから。

 

「ジーラ、これからも女王様に尽くし続けてね」

「ええ、もちろんよ…クルーヤ。 わたしも、あなた達のこれからの旅の無事をいのるわ」

「ええ!」

 

 2人の少女が友情のためにそう言葉を交わして、彼女達はグビアナ城を旅立っていった。

 もうあの国には、孤独なものなんてないと、確信を得て。

 




次回は小休止話をお届けします。


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22「クラクラ小休止」

今回は旅の合間の小さな話。
仲間が体調崩したり意外なキャラの再登場があったりします。


 

 クルーヤの故郷・グビアナで女王が関係する事件を解決させたフィリス達。 その事件を解決したお礼として女神の果実を手に入れた4人は、再び船に乗って別の大陸へ旅立とうとしていた。

 

「…私、必ずあの国に、帰るわ」

「ああ、すべて終わった後でも、その途中でももしまた行きたくなったらあたしらに言いなよ。 いつでも、連れて行ってやるからさ」

「うん………ありがとう、フィリス」

 

 船の上で離れていくグビアナの大地を見つめ、クルーヤはそう呟いた。 あのあとで本人から聞いたのだが、クルーヤは実は親を幼くになくした孤児であり、友人であるジーラの家族に世話になっていたらしい。 彼女にとってグビアナとはまさに、様々な記憶を持つ、愛する故郷なのだろう。 そんなクルーヤにまた故郷に連れて行くことを、フィリスは約束をする。

 

「ふふっ」

 

 そんな彼女達の様子を、セルフィスは荷物の整理をしながら暖かく見守っていた。

 

「イアン、日焼けでもしたの?」

「…へ?」

 

 その頃、甲板ではいつものように、イアンが舵を取って船を動かしていた。 そのとき、甲板でくつろいでいたサンディがイアンの異変に気付いて声をかける。 声をかけられたイアンの顔は少し赤みがさしていて、さらにサンディの声にも遅く返事をした。

 

「…そーかも、なぁ…?」

「おまけになんか、声の呂律まわってないんですケド。 お酒のんだ?」

「飲んでねぇぜ、飲酒運転は人として御法度だからな」

「じゃ、なんでそんな状態なワケ……」

 

 そう言いつつサンディはイアンに近づいてその顔に触れる。 するとそこでイアンがかなりの熱を持っていることに気がついた。

 

「え、ちょ、すごい熱ジャン!」

「そー、なのか………? 朝から少し頭痛がする、とは思ってたけど………。 でもおかしいな、オレこんなことに、なるの……滅多にないのに……」

「あ、ちょ、ちょちょ!」

 

 彼は調子が悪いと無駄に饒舌になるのだろうか。 はなしている途中で体制を崩してそのまま倒れてしまった。 それをみてサンディはあわて、魔物がきたときに知らせるベルを鳴らして仲間を呼び寄せる。

 

「きゃー! みんな、みんなーっ!!」

「えっ!」

「なに!?」

「魔物ですか!?」

 

 船の中にいたフィリス達もその音と声に気付いて、大急ぎで甲板にあがる。 そして、倒れているイアンを発見した。

 

「イアン…!?」

「サンディ、なにがあったの!?」

「それが、さっきから顔も赤くて頭もぼーっとするって言ってて……あと、すっごい熱もってんの!」

「本当だ……これは、風邪を引いてますね」

 

 イアンの容態をチェックしたセルフィスは、彼が風邪を引いたと断言する。 彼の腕の中にいるイアンはぐったりとしており、閉じた目が開く気配は今のところない。 どうすればいいか、セルフィスは少し考えた後で仲間達に指示を出す。

 

「僕は船の操縦を、なんとかマニュアル通りにやってみます! フィリスさんはイアンさんを!」

「あ、ああ…わかった!」

「クルーヤさんは、これからくるであろう魔物の攻撃には、魔法で反撃してください!」

「はいっ!」

 

 そう3人でなにをするかを即座に決め、フィリスはイアンを抱えて彼の寝室へと向かった。 セルフィスは船の舵を握り、クルーヤは杖を握りしめる。 だがそんな彼らに対し魔物は無情にも海からその姿を現し、攻撃を仕掛けてくる。

 

「っていってるそばからきたっ!」

「クルーヤさん!」

「ええ!」

 

 その魔物に対し、クルーヤは己の魔力を高め、一気に攻撃を繰り出した。

 

 

 

 何とか途中で発見した島に船を止めることに成功した一同。 3人は男性用の寝室にあるベッドでイアンが眠っているのを確認した後で氷を作り出し、彼の額にそれをあてていた。

 

「次の目的地へいくのは、イアンが回復してからでいいな」

「ええ、もちろんよ」

「先は急ぐべきですが、イアンさんを放ってはおけませんからね」

 

 イアンの容態が回復するまで、この船をこの小島に停留させつつ、彼を治療することを決める。 彼の具合は医療に詳しいセルフィスがみていることになり、フィリスとクルーヤはこの島での食料調達に向かった。

 

「キノコや木の実がたくさんあるのは助かるわね」

「ああ、あとで魚でも釣るか……!」

 

 2人でそう話をしていく中、フィリスは何かの気配に気づいて、腰に装備していた探険を抜く。

 

「どうしたの!?」

「誰だッ!」

 

 そして、ある木の上に向かって短剣を投げると、その短剣は金属の音とともにはじかれる。 フィリスははじき返された短剣をキャッチし、クルーヤは呆然としている。 そして、自分の存在はすでにバレているだろうと気付いているようだ、相手は自分から姿を現した。

 

「オレの存在に気付くたぁ……なかなかやるな………ん?」

 

 そうして木の上から姿を現したのは、顔見知りの盗賊だったので、フィリスもクルーヤも目を丸くする。

 

「デュリオ!?」

「お前達は……!」

 

 そこにいたのは、カラコタ橋を根城にしている義賊の集団のリーダーである男、デュリオだった。 思わぬ人物との再会に2人とも驚きつつ、彼がカラコタ橋から遠く離れているこの島にいることに疑問を抱く。

 

「なんで……あんたがここにいるんだ?」

「なにって、お宝探しに決まってるだろ? この島にあるってウワサを聞いたんだ」

「へぇ、宝はどうだったんだ?」

 

 そう言ってデュリオは、この島で見つけたであろう宝の入った袋を彼女たちに見せる。

 

「このとおり、ガッポリだ」

「おぉ!」

「そういうお前達は、ここでなにしてんだ? 久しぶりに会ってみれば、でっかい船を手に入れてるみてーだし………」

「船……あ、そーだ!」

 

 ここで無駄話をしている場合じゃないと思った2人は、船に一度戻っていった。 船に戻ったフィリスたちはセルフィスに調達した食料を手渡しつつ、イアンの様子を問いかける。

 

「セルフィス、イアンの様子は?」

「今は寝ています」

 

 セルフィスの言うとおり、イアンは起きる気配はないもののただ寝ているだけのようだ。 顔はまだ赤く、時折寝息を漏らしたのかと思えば、それも荒い。 全員で彼を心配そうに見つめていると、背後からデュリオが姿を見せる。

 

「そいつ……」

「あ、デュリオ」

「デュリオさんではないですか、おひさしぶりですね」

 

 セルフィスの言葉に対しデュリオは短くああ、とだけ返した。

 

「なんでここに…」

「なにいってんだ。 お前等が話の途中で、オレを置いていったんだろうが」

「あ……そうだな、ゴメン…」

 

 そういえばまだ、彼とは話の途中だった。 それを思い出したフィリスは謝罪をし、イアンに近づく彼をみた。

 

「ヒドい熱を抱えているな………」

「そうなんだ……あたしらも途中で気付いて………。 んで、急いでこの島に船を止めて、買いだめしていた薬とか薬草を使って、治療しようと思っていたんだ」

「そうだったか………」

 

 フィリス達の事情を知ったデュリオは、イアンの症状をハッキリという。

 

「まぁ…症状としちゃただの風邪だな」

「うん、知ってる」

「おおかた、疲労がたまっていたところに、激しい気温変化が起きていたんだろうな。 もしかして、この船はこいつが動かしていたのか?」

「………うん」

 

 落ち込む様子の一同にたいし、デュリオは責めるつもりはないと告げると、開かれた本に描かれている薬草に目を付けた。

 

「ん? これは…」

「それは、風邪によくきくという薬草です……今は手元にないのですが……それがあれば風邪は劇的に早く回復するでしょう」

「ああ、この薬草ならこの島でみたぜ」

「え、ホントに!?」

 

 デュリオの言葉に対し全員は驚き、フィリスはデュリオの前にでて彼に問いかける。

 

「いくらで場所を教えてくれるんだ」

「金で情報を買うつもりか、お前」

「仲間のためだ、糸目はつけない」

「……」

 

 そうハッキリと言ってのけるフィリスをみて、デュリオは少し何かを考えた後で言う。

 

「まずは、薬草を見つけるとするか」

 

 

 

 そうして、デュリオの案内通り、彼らは薬草を探しに行くことになった。 だが、船をガラあきにしたら魔物が襲ってきたときに壊されかねないし、もしイアンが起きた場合は無茶しかねないので見張る必要がある。 そこで、フィリスが見張りでセルフィスが治療のために船に残ることになった。

 

「まさか、お前とこうして行動することになるなんてな…」

「そうね…」

 

 そこで、デュリオとクルーヤでその場所へ向かうことになったのである。 2人は最初こそもめたものの、今では互いに敵意もないし、戦う分には問題ないのである。 そのときデュリオは、クルーヤの首に掛かっているペンダントに目を向けた。

 

「そのペンダント、大事にしているんだな……今も」

「ええ、あのときあっさりと返してくれたこと、今も感謝してるわ。 これをくれた友達とも無事に再会できたし、彼女を救うこともできた。 私の、大切な宝物よ」

「………そうか………」

 

 そうペンダントにふれながら語るクルーヤを見て、デュリオは短くそう返事をした。 そのときの彼の様子が気になったクルーヤは、デュリオの顔をのぞき込む。

 

「どうかしたの、デュリオ?」

「………いや、お前が少し羨ましいと思ったんだ」

「私が?」

 

 首を傾げるクルーヤにたいしデュリオはああ、と頷きつつ口を開く。

 

「………お前は大事な人との思い出の物を、そうやって肌身はなさず大事にできる。 まるで、つながりを持っていようとしているかのように。 そのためなら……誰が相手でも物怖じしないで、立ち向かえる……」

「………デュリオ……?」

 

 そう語るデュリオの横顔に陰がさしていることに気付いたクルーヤは、彼の表情の意味が気になったものの、当のデュリオ本人はそれをいやがるかのように視線を逸らす。

 

「おい、見つけたぞ」

「え?」

 

 そんなとき、デュリオが突然としてそう言ってきたのでクルーヤも我に返って確認をすると、彼の指し示す方向には草が生えていた。

 

「目的を忘れるなよ…お前が探しているのは、あれだろう?」

「あれ……あ、間違いないわ!」

 

 確かにそれは、セルフィスが持っていた本と全く同じ薬草だった。 色も葉の形も覚えているから、同じ物であるのがわかる。 薬草を見つけたのなら、すぐにでも取りに行くべきだと思ったクルーヤは、それに駆け寄る。

 

「よし、それなら取りに行くべきっ!」

「お、おい!」

「平気よ、これくらい!」

 

 そう言ってクルーヤは崖を上って、その薬草のところに到達した。 彼女の意外な身軽さは、見ていたデュリオも思わず関心をしてしまうほどだった。

 

「採れたわ……これで、イアンも大丈夫よね!」

「後ろだっ!」

「えっ…!?」

 

 薬草を入手して安堵しているクルーヤだったが、そこに背後から声が聞こえてきた。 振り返ると自分の背後には、数体のメイジキメラがいた。

 

「きゃあ!」

「ッチ……こんな時に限って!」

 

 メイジキメラの直接攻撃は何とか回避したが、クルーヤ一人で相手をするのはやや分が悪い。 デュリオは短剣を抜いて切りかかり、それによりメイジキメラの敵意は彼に向けられる。

 

「デュリオッ…」

「すぐにそこから離れて、船へ急げ!」

「……でも、それじゃあ……」

 

 どうやら彼は、クルーヤを逃がすために敵のおとりになろうとしていたらしい。 彼の言うとおりに動くことは、彼を見捨てることになる。 そう思ったクルーヤは自分の魔力を練る。

 

「メラミッ!」

 

 その魔法は、ここ数日間クルーヤが練習していた攻撃魔法のひとつ。 メラより威力が高い炎の魔法、メラミだった。 その炎の魔法は一匹のメイジキメラを灰へと変える。

 

「バカ、逃げろと言ったのに…!」

「人を見捨てて自分だけ残っても、仕方ないでしょう!?」

「…ッ」

 

 そうハッキリと言ってくるクルーヤにたいし、デュリオはそれ以上はなにもいえなかった。 そんな彼をよそに、クルーヤは数発連続でメラミを放つ。

 

「よし、やったわね!」

「………ああ」

 

 そうして自分達に襲いかかってきたメイジキメラを撃退した2人。 無事に2人とも生き残ったことを確信したクルーヤは、薬草がちゃんと自分のポーチの中に入っていることを確信してから、ゆっくりと崖から降りようとする。

 

「あっ……きゃぁあっ!?」

「おっ…と!」

 

 だがその途中で足を滑らせて、クルーヤは落下してしまう。 だが、地面に体がたたきつけられた感覚はない。

 

「大丈夫か」

「え、あ、う、うん!」

 

 何故ならば、デュリオが自分を受け止めたからだ。 クルーヤは驚き恥ずかしがりながらも無事を伝えつつ彼から降りると、彼とともに船にかえる。

 

「はい、薬草を採ってきたわよ!」

「ありがとうございます、これで薬が作れます」

 

 セルフィスはクルーヤから薬草を受け取ると、それで今度は薬を作り出した。 その横ではフィリスが、武器の手入れを行っていた。

 

「……どうしたの、その武器?」

「ああ……あんたらが薬草探しに行っている間、みょーに魔物がいっぱい襲ってきてさ……その相手をまとめてやっていたら、武器が魔物の血だらけになっちゃったんだよ」

「え……そ、そうだったの……」

 

 視線を別の方に向けてみれば、そこには魔物の死骸の一部らしき物があるし、砂浜もどこかあれている。 あれを全部相手にしていたのだろうか、とクルーヤは顔をひきつらせていた。

 

「クルーヤ達は、大丈夫だったか?」

「ええ、魔物に襲われもしたけど……デュリオが助けてくれたの」

「そうだったのか、ならよかった! デュリオも、ありがとうな」

「ほぼ相手をしていたのは、そいつだ…オレはなにもしてない」

 

 そう言うデュリオにたいし、クルーヤはそんなことはないわと告げる。

 

「あなたがいなかったら私、魔物に襲われて薬草もとれなかったかもしれない。 だから……助けてくれてうれしかったの……」

「ほら、クルーヤがこういってるんだ、受け取ってやれよ。 それに…」

 

 フィリスはゴールドの入った袋を、彼に差し出した。

 

「ちゃんと礼をしなきゃ、あたしの気が済まないしさ。 今はこれぼっちしか渡せないけど、報酬って奴だ」

「………しかたねぇな……じゃあ、もらっておいてやる」

 

 妙に律儀だなと思いつつも、デュリオはそのお金を受け取る。 どうやら彼は、個人で用意した小舟を利用して、かえるつもりらしい。

 

「あいつが、良くなることを祈ってるぜ」

「ええ、今回はホントに、ありがとう」

「じゃあな」

 

 そう言い残して、デュリオは去っていった。 彼が去っていった方を、クルーヤはじっと見つめていた。

 

 

 

 そうして、夜がきた。 セルフィスが薬草から作った薬はイアンにきいたらしく、彼の容態は落ち着きを取り戻していた。

 

「ここからなら、この…草原の大地の方が近いわ。 そしてそこからさらに進めば雪原地帯・エルマニオン地方ね……」

「それなら、近い方から攻めてみるか?」

「そうですね……」

 

 彼のことなら大丈夫だろうと思った3人は、地図を広げてこれからの目的を決めていく。 その話し合いの末、ここから北側に船を動かし、陸地にあがった先にある広大な大地…通称・カルバド大草原に行くのがベストだという決断に至った。

 

「まぁそこで事件があったなら、事件あるとこ女神の果実アリって昔から言うし、行ってみるのもいいんじゃね?」

「え、昔から言うんですか?」

「いや、多分言わないと思う」

 

 そうはなした後、彼らはそれぞれでまた別の準備に取りかかっていく。 フィリスはまず、イアンの様子を見ようと思い寝室へ向かったのだが、ベッドの上に彼の姿はなかった。

 

「?」

 

 どこへ行ってしまったのだろうか、と疑問を抱いていたフィリスだったが、その人物はすぐに発見することができた。 彼がいたのは、廊下の窓の前だったからだ。

 

「エルマニオン………か………」

「イアン、ここにいたんだな」

「………!」

 

 彼は、窓の外の景色である海を見つめていたのだ。 そのときに何かを考えて呟いていたが、フィリスに声をかけられたことで考えを中断させる。

 

「……フィリス……」

「もう……大丈夫なのか? 数分前までずっと眠っていたのに……」

「ああ、大丈夫だ……お前達のおかげでな」

 

 そうフィリスに笑いかけるイアン。 その笑顔から、彼の体調はすっかり良くなったことが伺えるので、フィリスは安堵の笑みを浮かべる。

 

「けど、まだ動かないからな? まだどこかだるそうじゃん」

「………ああ、わかってる……オレに万が一のことがありゃ、お前達が巻き添えを食っちまうからな……。 それは、避けたいぜ」

「……あたしらのことが最優先かよ……」

「なんとなくだけど、お前には言われたくない気がするな」

 

 そう会話をしつつ、今日一日の話をするフィリスとイアン。 そこでイアンは初めて、彼女達がデュリオと再会していたことを知る。

 

「あいつがいたのかよ…」

「ああ、あたし達……というか、クルーヤに手を貸してくれたんだ」

「そっか……もしまた会うことがあったら、オレもちゃんと礼を言わなくちゃな」

「うん、いいと思う」

 

 そう話をして盛り上がりつつも、イアンの体はまだ完全には回復していないことに気付いたフィリスは、イアンに呼びかけて彼をベッドに戻して彼を寝かせる。

 

「そうそう、船の操縦はこれからセルフィスがやることもあるから、安心してくれよ」

「え、いいのか?」

「ああ…というのも、あんたが倒れてからここまで船を導いたのはセルフィスだよ。 だから、これからは交代でやっていこう」

「………そっか、サンキューな」

 

 そこでイアンはふぁ、と欠伸をする。

 

「まぁでも、あとは薬飲んで安静にしていればいいみたいだし……すぐによくなるって」

「だな……とりあえずこのあとは見張りを繰り返しはするけど、もう寝る時間だ。 というわけで、おやすみ」

「……ああ、おやすみ」

 

 そうして言葉を交わした後、フィリスはその寝室を出ていく。 その寝室に一人のこされたイアンは、あることを考えていた。

 

「………オレは………今、仲間がいる………もう、一人じゃない………。 もう、他人を困らせて迷惑をかけて、喧嘩なんてしない………自分をもてている………自信が、あるのだから………」

 

 体調が悪いときに眠ると、良くない夢を見ることがある。 それはどうやら、イアンも例外ではなかったようだ。

 

「………もう………あの頃のオレじゃ………ない……」

 

 イアンが見た夢。 それは、イアンの過去に関すること。 その真相を仲間達が知るのは、もう少し先のことだった。

 

 

 




次回はカルバドでのお話をお届けします。
いやぁ、公開を楽しみにしてましたよ。


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23「草原の集落にて」

今回から3話にわたり、カルバド大草原でのお話をお届けします。


 

 船旅の道中、小さな島でしばしの休息を味わった彼らは、再び船を動かし新たに見えた陸地に上陸した。

 

「イアン、もう風邪は大丈夫なのか?」

「ああ、すっかりこの通り!」

 

 休息の理由、それはイアンが突如として体調を崩してしまい、仲間達で彼の看病をしていたからである。 そして、彼の風邪が治った時を見てフィリス達は旅を再開したのだ。

 

「今後はもっと自分のことを管理しなくちゃな、油断大敵だぜ」

「そうしてくれ、あたしは仲間が倒れるのをみたくないんだからな」

「無理したりしないでよ」

「ああ、もちろんだ」

 

 そう言葉を交わしあいながら、4人は陸地を進む。 地図でみる限りでは、この先には広い草原が存在するという情報があり、それはすぐに彼らの視界に入ってきた。

 

「わぁここが、カルバド大草原?」

「のどかで広い場所ですね」

「遠目に魔物が見えなければな」

 

 穏やかな風が吹いていて、景色も悪くない。 地面から生えている草に触れてみるが、その草は柔らかく、寝転がればとても気持ちがいいだろう。 だが、こんなところにも魔物は多く生息しているようだ。 これではこの草原の良さを思う存分には楽しめないだろう。 実際、襲われたし。

 

「ん? 村みたいなところがあるな」

「わぁ、なんだかかわいい形の家がいっぱいね」

「行ってみましょう」

 

 そうして草原を進んでいった先で彼らは、柵に囲まれている、家が多くある場所を発見した。 もしかしたら、人が住む村なのかもしれないとおもい、彼らはそこに立ち入る。

 

「おんやぁ、あんた旅の者だか?」

「はい」

「そうだかぁ、この草原の集落にようきなすったな!」

 

 その村に足を踏み入れて早々、そこに住む人に声をかけられ、ここがカルバドの集落だというのを知る。

 

「集落…そうか、ここは草原に住む人々が集まる集落だったんだな…」

「んだ。 んでオラ達は、草原とともに暮らす遊牧民…カルバドの民だべっ。 にしても、旅人がくるなど、珍しいことだべ」

「そうなんですか? 僕達は海を渡ってここまできたんですが」

「ほぉー!」

 

 彼らが遠くから来たと知った集落の人々は、ただ関心をしていた。 海には魔物も多くいるのはここの人々も知っていることだからだろう。 とりあえず、この集落に集まる人々には、族長なる中心人物がいるそうなので、とりあえず挨拶にいくことにした。

 

「オレが族長のラボルチュだ、お前達は海からきたよそ者だな?」

「はい、初めまして」

 

 もっとも大きなパオでその族長なる人物・ラボルチュに会うことはできた。 黒い髭を口元にいっぱいたくわえた、いかにも豪快そうな人物はフィリス達に対し横柄な態度で答えた。

 

「ホホホ…これはなんと珍しいことよのう。 わらわは、シャルマナじゃ」

「あなたが、シャルマナさんですか」

「おやおや、わらわのことを知っておるのか?」

 

 その族長の隣にいた、不思議な身なりの女性・シャルマナにたいし、フィリス達は集落の人々に話を聞いたことを伝える。 彼女は突然この集落に現れ、傷を負った人の傷をすぐに癒したという。 他にも、不思議な力を持っているらしい。 カルバドの人々は皆、シャルマナの美貌と能力に、すっかり虜になっているのだ。 そして、話はフィリス達が旅をしている理由に転がっていった。

 

「なんと、光る果実を捜して旅をしている……とな………?!」

「え?」

「なにか、ご存じなのですか?」

「な、なんとことやら……ホホホ。 そのようなもの……聞いたこともないわ………」

 

 自分たちが光る果実、つまり女神の果実の話をした途端。 彼女は少し狼狽えるような態度をみせた。 それが気になり、さらに深く聞き入ろうとするが、それを族長が遮る。

 

「どうしたのだ、シャルマナ? 慌てるなどお前らしくもない…余所者の話など気にするな」

「ホ、ホホホ………そうじゃなぁ。 もしその、光る果実などという不思議なもの………もしも、実在するのなら、わらわのほうがお目にかかりたいぐらいじゃ…」

「そうか、それなら……」

 

 シャルマナの態度に対し疑惑が残ったものの、族長は彼女の言葉を信用したらしい、フィリス達に告げてくる。

 

「話はおわりだ。 光る果実など知らん。 ゆえに、とっとと立ち去るがいい」

「……なんなのこのオッサン、チョーエラソーでまじハラたつんだけど……」

「シッ」

 

 フィリスの真横でサンディが眉間にしわを寄せながらそう言ったので、フィリスはあわてて彼女を制止する。

 

「まぁ…旅のものよ、族長はこのとおり忙しいのじゃ…今日のところはここで失礼しておくれ」

 

 そうシャルマナも言ってきたので、このままでは情報がなにも入らないと感じたフィリス達はためいきをつく。 このままここにいても、進展がないので、仲間達に今後どうしようかをたずねる。

 

「………だ、そうだ。 どうやら手がかりはなさそうだけど、どうする?」

「うーん……」

 

 彼らが今後の旅路について考え出した、そのときだった。

 

「父上! お呼びでしょうか!」

「?」

 

 

 

 突如、このパオの向こうから声がしたとおもえば、誰かがそこに入ってきた。 その人物は、青年のようであり、フィリス達に気付くと声をかける。

 

「旅の人、少し失礼させていただきます」

「あ、はい…どうぞ」

「すみません」

 

 入ってきたのは、腰が低く、黒く長い髪を三つ編みでまとめている一人の青年だった。 背丈などからして、年はおそらくセルフィスと同じくらいなのだろう。

 

「遅いぞ、ナムジン! どこへ行っていたのだ!?」

「面目ありません……ボーッとしていたらつい……」

 

 どうやらこの青年の名はナムジンといい、族長とは親子であるようだ。 いかにも気性の激しそうなラボルチュとは違い、ナムジンはどこかおとなしげな印象を受ける。

 

「ホホホ…かわいいのお。 わらわはのんびりしているナムジン様の方が好みじゃ」

「はは、嬉しいな。 それを言ってくれるのはシャルマナぐらいだよ」

 

 シャルマナの言葉に対しナムジンは穏やかにそう返す。 そこで、ラボルチュはナムジンに対し用件を伝えてくる。

 

「早速だが、ナムジンよ。 お前を呼んだのは他でもない。 オレを狙っている魔物のことは知っているよな」

「魔物?」

 

 魔物、というのが気になるフィリスの目の前で、ラボルチュはその魔物をナムジンに退治させるように言ってくる。

 

「よいな、ナムジンよ! 族長の息子として見事に手柄を立てるのだ!」

「おまかせください、父上。 父上の名にかけて、必ずや魔物を退治して見せましょう…」

「なんか、話みえてきたな」

「ええ」

「ですが、色々と準備がありますので、もう少しだけお時間を……」

 

 時間がほしい、とナムジンがラボルチュに頼もうとしたそのときだった。

 

「お、おいみんな! あれをみるだぁーーーっ!!」

「え!?」

「なんじゃ? 外がさわがしいのお…」

 

 突如としてこのパオの外が騒がしくなった。 人々の驚きの声が聞こえてくる。

 

「ぎゃー! 魔物がでたぁーーーっ!!」

「うわぁーーーっ!!」

「魔物ですって?」

「なんだと!? おのれ……またきたか! ちょこざいな魔物めっ!!」

 

 どうやら、この集落に例の魔物が出現したらしく、それで集落がパニックになっているようだ。 ラボルチュはその魔物が自分をねらう敵だと知るやいなや、ナムジンに言いつけてくる。

 

「ナムジンよ、聞こえたな! さぁ、魔物を打ち倒してこい!」

「こ、こんなに早く……くるなんて………! ぼ、ぼぼぼ………ボクが……!? ボクが……あの魔物を………!?」

 

 よく見ると、ナムジンの顔は青い。 彼はそのまま震え上がり頭を抱え、パオの隅っこに逃げていき縮こまってしまった。

 

「ひぃぃぃ! だ、だめだ! ボクには無理だぁぁっ!」

「はいっ!?」

「………なんとふがいない息子だ……」

 

 そんな息子の姿を見て、ラボルチュはあきれてため息をつく。 そこで、フィリスは仲間達と顔を見合わせる。

 

「あたしらがでてみようぜ!」

「ああ!」

「!?」

 

 彼女らが自ら動き出したことにたいしラボルチュもシャルマナも驚く。 そうしてフィリス達が外にでてみると、人々が魔物から逃げ場を奪っていく様子がみられた。 集落を襲う魔物の正体は、巨大な猿っぽいモンスターである、マンドリルだった。

 

「あれは、マンドリルですね!」

「おい、そっちへいったべ!」

「こっちだこっちだ!」

「いくよっ!」

 

 人々に逃げ場を奪われていくマンドリルの前に、フィリス達は立った。 すると、そのマンドリルは動きを止めてフィリスの顔を見る。

 

「グギギ………」

「……?」

 

 そして、マンドリルはうめくような鳴き声をあげた後で、そのままなにもせずに立ち去っていってしまった。 自分はなにもしていないのに、あっさり逃げていったフィリスは、きょとんとしてしまう。

 

「逃げていっちゃったな…」

「はい…」

「なんというか……デカイ割に随分とあっけないな」

 

 フィリスだけでなく、他の3人もこの現状に対し呆然とするしかなかった。 どうにも釈然としない、そんな彼らの様子とは裏腹に、集落の人々は盛り上がる。

 

「おぉ、海から来た旅人さんが追い払ったべ!」

「いんやぁ、すっげぇなぁ! まるでシャルマナ様みてぇだ!」

 

 そう賞賛の声を浴びせられても、自分達は結果としてなにもしていないのだ。 なのに、こうして声を浴びせられるのは、どうも納得できない。

 

「追い払ったというかなぁ…」

「ええ…相手が勝手に逃げただけなのよね」

「とりあえず、魔物は逃げたってつたえる?」

「…そうしておきましょう…」

 

 とりあえず、危機は去ったのだから報告はすべきだろうと思い、4人はラボルチュの元に帰ってきた。 ラボルチュは彼らの話に耳を傾けた後で、未だに縮こまってふるえているナムジンの方をみる。

 

「ふむ、なかなかやりおるわ……それにくらべて…我が息子ときたら…………」

「ホッホッホ、ナムジン様。 もう安心じゃよ。 こっちへきなされ……」

 

 そうシャルマナが声をかけたところで、ナムジンはようやくふるえを止めて、キョロキョロしながら立ち上がり、ラボルチュの前にたったあとで彼に謝罪の意をこめて頭を下げた。

 

「みっともない姿を見せてしまい、申し訳ありません……父上……」

「ナムジンよ………お前はいずれ、集落を導かねばならんのだ。 魔物一匹におびえて、どうする?」

「はい……面目ないです………。 差し違える覚悟でしたが、いざとなったら足がふるえて………」

 

 そう語る息子をみて、父は重くためいきをつきながらも、再び彼に魔物を退治するように命令を下す。

 

「よいか、ナムジンよ。 もう一度チャンスをやろう。 今度こそ魔物を倒すのだ」

「そんな…父上! ボクには無理です!」

 

 その命令に対しナムジンは反発をしたが、後ろから衛兵らしき人物が現れてナムジンを捕まえる。

 

「え」

「ええい、お前達! 縛ってでもこのバカ息子を、魔物退治に連れて行け!」

「ちょ……それはかわいそ……」

「うわ! やめろー! 助けてくれシャルマナーーー!」

 

 さすがにやりすぎだと思ったフィリスは止めようとし、ナムジンは必死になってそう叫ぶが、空しいことに彼はそのまま外へ連れて行かれてしまったのだった。

 

「あー……連れて行かれちゃった………」

「あいつが次の族長になるかと思うと、オレは不安で不安で…おちおち寝ることもできんよ…………」

「やっぱり、族長というのは強さが大事なのか」

「それはもちろんのことだ」

「ホホホ……わらわになついていて、かわいいと思いますじゃ………」

 

 頭を抱えるラボルチュにたいし、シャルマナは笑っている。 対照的な二人をみつつ、フィリス達は引き続きラボルチュにはなしをきく。

 

「みてもらったとおり………今のが、オレの息子であり、次期族長のナムジンだ。 あいつが今のままで族長になったら、集落は大変なことになってしまう…。 そこで、オレは父親として…あいつに自信を持たせたいのだ」

「それが、あなたを狙っているという魔物の、退治………」

 

 セルフィスの言葉に対し、ラボルチュはそのとおりだとうなずく。 だが、ナムジンがあの様子では、どうしようもないのでは、と悩んでいるようだ。 そこで、シャルマナがある案を持ちかけてくる。

 

「そうじゃ、わらわにいい案があるぞ……」

「?」

 

 

 

 シャルマナに言われた名案。 それは、ナムジンの魔物退治に対する協力だった。 ナムジンに手を貸して魔物と戦い、そしてそのトドメをナムジンにささせるというもの。 それに、もしナムジン協力してそれを果たしたのなら、シャルマナは自分の力で女神の果実を探してくれるらしいのだ。 ラボルチュも、それにたいし特に反発はしなかった。

 

「うーん……それでいいのかなぁ………?」

「仕方ないわよ、放っておけないし。 今女神の果実を捜す方法って、それしかないわよ…」

「ああ」

「不安の声が挙がってた上に、あのザマだからな……」

 

 あのナムジンの様子を思い出しているらしい、イアンはそう苦笑する。 それにたいし、セルフィスはナムジンを気遣うような言葉を口にする。

 

「でも、普通の人に魔物と戦えというのは中々にむごい話ではないかと……」

「でも、人をまとめるって……本当に強くなきゃいけねぇのかもな……それが、ここのルール的なもんかもしれねぇ……」

 

 そう話をしつつ、今ナムジンがいるという場所にたどり着いた。 そこには先程の集落ほどではないが、パオが数個存在していた。

 

「ここにいるって言ってたわよね……」

「うん」

 

 そうしてそのパオのあつまりに足を踏み入れた、次の瞬間。

 

「なんで魔物退治にいかないだか!? 若様はラボルチュ様の跡を継がれる方なんだべ!」

「そんなことを言われても、無理なものは無理だ! ボクは魔物をみただけでヒザがガクガクするんだから!」

 

 どうやらナムジンは未だに強く反発し、魔物退治を拒否しているようだ。 その声に導かれてフィリス達は彼らのパオの前で、立ち往生してしまう。

 

「あちゃぁ…」

「どうしよう……」

「おい、貴様等! なにをしている!」

「わっ!!」

 

 背後から衛兵に声をかけられ、4人そろって驚き転び、その勢いでパオに突っ込んでしまう。 パオの中にいたナムジン達は、彼らが突然突っ込んできたことに驚く。

 

「え、な、なんだ?」

「こ、こんちわー……」

「君は…この前の………一体何の用なんだい?」

「じつは………」

 

 フィリス達は起きあがりつつ、自分達はラボルチュやシャルマナに頼まれて、彼の魔物退治を手伝うようにいわれたのだと説明する。

 

「魔物退治に協力してくれるだか!」

「カルバドの集落から魔物を追い払った方が協力してくれるなら、これほど頼もしいことはないべ!」

「さぁナムジン様、こうとなれば早速……!」

 

 彼女達の援助があると知って一気に盛り上がる一同だったが、ナムジンは彼らに対し強く怒鳴る。

 

「……えぇーい! しつこいなっ! 何度言ったらわかるんだ!! ボクは絶対に行かないぞ!」

 

 それだけを言うと、ナムジンはそこを立ち去ってしまい、残ったカルバドの民はためいきをつく。

 

「はぁ………ナムジン様はどうしてああなんだべか………」

「パル様が生きていたころは、もっとしっかりしていたもんだが………どうしちまったんだかなぁ………?」

「パル様?」

 

 初めて聞く名前だったので、フィリス達は首を傾げる。 そんなフィリス達に人々は説明をした。

 

「パル様は、ラボルチュ様の奥方で……ナムジン様の母君なんだべ。 もう、数年前に病気で亡くなってしまったがな………」

「………そうだったんだ………」

 

 その人物についての説明を、短いながらも聞いたフィリス達は、もうひとつのパオの中にいるであろうナムジンに話を聞きにいくことにした。 そのパオの中でナムジンは、頭を抱えていた。

 

「ナムジンさん!」

「!」

 

 思い切って名前を呼ぶと、ナムジンは顔を上げる。

 

「あの旅の方か……」

「あぁ、そういや自己紹介してないよな? あたしはフィリス……そして………」

「イアンだ」

「セルフィスと申します」

「クルーヤです」

「そうでしたか。 ボクはナムジン………一応、族長ラボルチュの息子です………って、もう知ってますよね………」

 

 そう弱々しく語っていたナムジンが心配になり、フィリスは彼にさらに声をかける。

 

「その、大丈夫なのか?」

「え?」

「いやぁ、あんたのおびえよう見てたら…あたしらにも不安が伝染するっていうか……あんた自身に何かあったらどうしようって心配になるよ。 おまけに、族長さんがあの様子だし……魔物はいつでるかわかんないし……さ」

 

 そう声をかけてくるフィリスを見て、ナムジンは何か思い詰めたような顔になったかと思えば、フィリスの顔を見て話をしてきた。

 

「あなたは………父上に魔物退治の手伝いをすると言われてましたね………」

「ん?」

「みんなは、魔物が父上を狙っていると言っていますが………あなたも、あの魔物が本当に、父上をねらっているように見えたんですか………?」

 

 突然、あの魔物のことを聞かれて、フィリスも彼女の仲間達もポカンとする。 彼のその質問の意図は読めないが、フィリスは集落をおそったというあのマンドリルを思い出し、やがて首を横に振った。

 

「いや、あたしはそう見えなかった、と思うな……」

「……なぜ?」

「んー……根拠はないし、あの一瞬しか見られなかったんだけど………。 もしやれるんだったら……魔物らしく人を襲うつもりなら、族長どころか誰か一人、とっくにやられてると思うしな」

「ちょ、フィリス……」

 

 フィリスは正直に自分の考えを口にすると、ナムジンはつぶやく。

 

「………そうですか………」

「どうかした?」

「いえ………どうやらあなたは、話のわかる方のようですね………」

「………どういうこと?」

「……まぁ…どちらにせよ、魔物退治などする気はないので、手伝いは必要ありません」

「そんな……」

 

 彼を手伝わねば、自分達も旅の目的が果たせない。 そう言いたかったのだがナムジンは、さてとと呟いてから歩き出した。

 

「なにかあったんですか?」

「ボクはやることがあるので、ここで失礼します」

 

 そう言い残して彼はそこを立ち去っていってしまった。 そのとき彼がとったある行動にフィリスの視線が向いていた。

 

「魔物退治ができないと、果実探しできないじゃん。 なんとかして説得しようよ」

「それしかないかな……?」

 

 サンディがそういうので、彼女達はナムジンを探すことにする。 彼の行方に関するヒントは、見張りをしていた衛兵にあった。

 

「ナムジン様が草原を北の方へ抜けていくのをみた気がするけど、まさかなぁ…」

 

 

 

 北の方へ向かうナムジンをみた気がする、という証言を受けたフィリス達は、まさかと思いつつもその北の方へと向かう。

 

「あ!?」

「どうした、セルフィス?」

「みなさん、あれを!」

 

 そのとき、セルフィスは何かに気付いてフィリス達に声をかける。 彼が見つけたものは、周囲を警戒しながら堂々と草原を進むナムジンの姿だった。

 

「あれって、ナムジンさん?」

「ちょ、どゆこと!? あいつ、魔物をみただけでおびえるとか言ってたよね? なのにこんな魔物がわんさかいる草原を突き進むなんて…チョー怪しいんですケドッ!」

「明らかに矛盾していますね……」

 

 よく目を凝らしてみれば、草原の各所には相変わらず魔物の姿があり、自分達にも見えているのだから彼に見えないはずがない。 本当に魔物におびえているのなら、遠目に見てもビクビクしてしまうはずだ。 さらにフィリスは、彼に対するある違和感のことを口に出す。

 

「…あたし、見逃してなかったよ」

「なにを?」

「ナムジンさん、腰に装備している剣……護身用かと思ってたんだけど、あれをいつでも抜けるようにしていた。 あれって、どこから敵がきてもすぐに対応できるようにする…構え方だよ。 それを、戦う気もないような人が簡単にできると思うか?」

「………」

 

 その構え、素人はまず知らないものだ。 他の誰もが気付かなかったその動きに気付いたフィリスもなかなかだが、それをさり気なくやるナムジンにたいし、彼らはますます疑心暗鬼になった。

 

「とりあえず、追跡してみよう」

 

 フィリスの案にたいし3人は迷わずうなずき、ナムジンはもちろんだが魔物にも気付かれないように進む。 やがて彼らがたどり着いたのは、小さな洞窟のようなものだった。

 

「洞窟?」

 

 その洞窟の前でもナムジンは周囲を警戒し、キョロキョロとしつつも洞窟の中に入っていった。

 

「魔物と言うより、人を警戒しているのかもしれねぇな………」

 

 彼の動向をみていたイアンは、そう解析をしてつぶやく。 そして、洞窟の中をのぞき込むと、そこにはふたつの存在があった。

 

「ダメじゃないか……ポギー」

「グギッ」

「……あれって、集落をおそった魔物じゃないの……?」

 

 そこにいたのはナムジンと、あの集落に現れた魔物、マンドリルだった。 ナムジンはそのマンドリルと会話をしているようだ。 おそわれる様子も、敵意もない。

 

「あのようなやり方では、シャルマナを倒すどころか……お前が殺されてしまうぞ。 お前が死んでしまっては、母上もあの世で悲しむ………。 命を粗末してはダメだ………」

 

 そう言ってナムジンは、マンドリルを撫でる。

 

「今はここでおとなしく、母上の墓を守っていてくれ………いいかい? わかったな……?」

「グギギギギ……」

 

 ナムジンに言われて、マンドリルはどこか悲しげな声を漏らした。 そのとき、彼らはフィリス達の気配を察知し、そちらをみる。

 

「グギッ!?」

「誰かいるのか!?」

 

 自分達の気配に気付かれたことでフィリス達は、素直にその姿を現す。

 

「ナムジンさん………」

「あなた達は………」

 

 さっきの会話をすべて聞いていたし、密会をみていたこと。 フィリス達は姿を現すことで、彼にそのことを伝えた。

 

「あんた、その魔物を知ってたんだね………」

「………まさか、こんなところを見られてしまうなんて………」

 

 魔物と会っているところをフィリス達にみられたことに戸惑っているナムジンには、あの気弱な印象は感じられなかった。

 




ぶっちゃけ私は当時軽くネタバレをみてしまったため、あの真実には驚かなかった。
ここからフィリスたちがどうかかわるのか、見ていってくれると嬉しく思います。


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24「誇りを持つためならば」

カルバド編・その真ん中です。


 

 旅の途中でカルバドの大草原を訪れたフィリス達は、そこで族長のラボルチュとその息子であるナムジン、そして彼らに仕えている謎の女性・シャルマナに出会う。 そのときに族長が魔物にねらわれていること、その魔物にナムジンがおびえていることなどを知り、彼らを助けることが、自分達が女神の果実にたどり着く方法なのである。

 

「その魔物とあんた…通じ合っていたのか……」

「やれやれ………今の話を聞かれていたのなら、仕方ないですね。 あなた達には、お話ししておきましょう…」

 

 だが、今は事情が少しずつ変わってきている。 魔物に怯えていたナムジンが、実は集落に現れた魔物と通じ合っていたことを知ったのである。 今フィリス達の前にたっているナムジンは、観念したようであり、弱々しい態度を捨てて彼女達に事情を説明する。

 

「この魔物はボクの友達で…名前はポギーといいます。 ボクと母上で昔助けたことがキッカケで、仲良くなったんですよ」

「グギギ!」

「そうだったの……でも、何故この子が集落を……? それに、何故あなたが……」

 

 クルーヤは次々にナムジンに疑問をぶつけてみると、彼は冷静に返答していった。

 

「ボク達のねらいは父上ではなく…あのシャルマナという女です」

「シャルマナさん?」

「あの女は怪しげな術で草原の民をたぶらかし、よからぬ事をたくらんでいる……。 ボクは弱虫なうつけのフリをして、あの女の正体を暴こうとしていたんです」

「そうだったのか」

「しかし、一体どうすればいいのかは…わからないままなんですけどね。 今は、なにかのチャンスを待つしかないのが…現実です…」

 

 すべてを語りながらも、結局打開策が見つからない自分自身にたいし歯がゆさを感じているようだ。 そのはず、シャルマナが怪しいと思っていても、それを草原の民に証明するのは難しいことだからだ。 ただ倒すだけではダメだと、彼は理解している。

 

「まぁこれで、すべてお話ししました。 ………今の話はどうか、誰にも言わないでください」

「え、それはかまわないけど……でも、大丈夫なのか? 今のままで……」

「かまいません。 いつか、ヤツの正体をあらわす策ができるはず…それまでの辛抱です」

「や、そうじゃなくて……。 このままじゃ、いくら演技でも、みんなはあんたを……うつけ扱いしたままだよ?」

 

 ナムジンを心配しているフィリスに対し、ナムジンは首を横に振りつつ、目を細めて笑いかける。

 

「父や民、草原を守るためなら…どのような不名誉も受ける……その覚悟で、こうすることを決めたのです」

「………」

「さて、そろそろ戻らないと、怪しまれてしまいますので……ここで失礼させていただきます」

 

 そう彼女達に告げた後、ナムジンはポギーとともにその場を立ち去ってしまった。 そんな彼を心配する彼女達の後ろから、声が聞こえてきた。

 

「………ああ……ナムジンよ……このままではお前は、シャルマナに殺されてしまう……」

「!」

 

 そこにあった墓石から声がしたかと思えば、そこにカルバドの民の衣装を着た女性の霊がたっていた。 ナムジンを気にするその女性が気になったフィリス達は、その霊に声をかける。

 

「あなたは?」

「あなた達……わたしに気付いたという事は……わたしの姿が、見えるのですね!? これはなんという奇跡………」

 

 自分の姿がフィリス達に見えていることを知ったパルは、安堵の笑みを浮かべると、自分のことを語る。

 

「わたしの名前は、パルです」

「パル様って……確か、族長の奥様よねっ!?」

「ええ、その通り……。 そして、あなたを見込んでのお願いがあります………」

「お願い?」

 

 パルは、彼女達にあることを頼み出す。

 

「はるか東の岩山の麓に、カズチャという村はあります。 といってもずっと前に…魔物に滅ぼされてしまいましたが……」

「…………」

「その村にはアバキ草という草があります…。 それをとってきて、ナムジンに渡していただけないでしょうか…?」

「アバキ草?」

「あの子ならうまく、アバキ草を使ってくれるはず。 そうして、どうか、ナムジンを助けてやってください…お願いです…」

 

 そうパルは、フィリス達に頭を下げてお願いをしてきたのであった。

 

 

 パルの頼みを聞いたフィリス達は、一度その墓の洞窟から出て行き、地図を確認する。

 

「この地図によれば…カズチャ村は遠いけど、いけそうだな。 でも、そこまでいかなきゃならねぇって、ちと大変だぜ…」

「でしょうね……でも、あのパル様のお話は信用できますよ」

「…と…いうと?」

 

 セルフィスは、彼女が採ってきてほしいといっていた草のことを、自分の知識を使って説明する。

 

「僕、アバキ草のこと…本で読んだことがあります」

「ホントか?」

「ええ。 アバキ草は、魔物の嫌う臭気を宿した不思議な植物。 どこにあるのかはわからない……けども、それを使えば強力な魔物除けになると……」

 

 アバキ草についての知識をセルフィスは語るものの、そこで彼らはあることに気付く。 それは、ある予感だ。

 

「待てよ? それを使えばいいってことは……もしかして……?」

「……その真意を確かめるためにも、カズチャって村に行ってみるしかないな」

 

 そう4人で決めあって、4人はカズチャ村に向かうことになった。 自分達がいる草原からカズチャ村のあるポイントである山にたどり着くまでには、既に日をまたいでいた。 道中には魔物は多くでるわ、毒の沼は存在するわ、歩きにくい道が続くわなどが、日をまたいでしまった原因である。

 

「ここが、カズチャ村…」

「もうとっくの昔にぶっつぶれてしまったのが…まるわかりだぜ…」

「………」

 

 だが彼らは無事に、そのカズチャ村にたどり着くことができた。 だが、その村は建物がいくつかのこっていることでなんとか、かつては村が存在していたことが辛うじてわかるほどに廃れていた。 セルフィスは祈りの構えをとった後で扉に手をかけるが、ピクリとも動かない。

 

「開かないですね」

「わたしが、道を開きましょう…」

「パル様」

「……閉ざされしカズチャの扉よ…さぁ、開きなさい…」

 

 そこに、幽霊のパルが現れ、扉に対しそう語りかけると扉が開く。 これで、村の中に入ることができるようになった。

 

「この村のもっとも奥に、アバキ草は存在しています…。 それをとってきてください…そうすれば、光る果実をくらいしもの……シャルマナの正体が明らかになります……ナムジンと夫……そして、草原の民をどうか、救ってください」

 

 そう言い残し、パルはまた姿を消した。 その後でフィリスは彼女の話を思い出し、重いため息をついた。

 

「つーかあの女、知らないフリしてたけど…結局果実を食ってたんかい」

「あのリアクション、そういう意味があったんだな」

 

 フィリスに続いてイアンも、あきれたような顔になってそう呟く。 いずれにせよ、この件からは目を背けられないと判断して、彼らは廃村を奥へと進んでいく。

 

「うわっ!」

「トロル!」

 

 その道中には魔物も多く存在しており、彼らを見つけては獲物だと判断したかのように襲いかかってくる。 今目の前に現れ道を妨げているトロルも、その一体だ。

 

「メラミッ!」

「うごぉぉっ!」

「せぁっ!」

 

 まずはクルーヤが炎の魔法をぶつけ、その炎にトロルが苦しんでいる間に、フィリスとイアンとセルフィスが同時に攻撃を仕掛ける。 その連携攻撃にトロルは圧倒され、倒れた。

 

「ここは、この村の一番奥になるのか?」

「あ、あそこになにか生えているわ!」

「あー! あれが絶対アバキ草デショッ!」

 

 そうしてたどり着いた、地下の最深部であろう場所に、緑色の大きな葉を持つ植物が生えていた。 薬草に詳しいセルフィスはそれに近づき、間近でそれを確認して、うなずく。

 

「これがアバキ草で…間違いないです」

「よし、これで大丈夫だな!」

「急いで、ナムジンさんのところへ向かいましょう」

 

 無事にアバキ草をゲットできたことで、安心したフィリス達は、それを手に持ち急いでナムジンの元へ向かおうとする。 だが、そんな彼女達を足止めしようとしているかのように、魔物が飛び出してくる。

 

「じゃますんじゃねぇよ! ったく!」

 

 その魔物も、フィリス達は倒したのであった。

 

 

 村を無事にでた後は、ルーラの魔法の力で集落に戻ってくることができた。 そこからフィリス達は急いで狩人のパオへと向かい、ナムジンの姿を探す。

 

「いた」

「あら、ポギーも一緒にいるわね」

「ホントだ…大丈夫なのか…?」

 

 そのパオのなかは、ナムジンとポギーの二人しかいなかった。 だが、この光景を他人に見られてしまったら大変だ。 それはナムジンもわかっているようであり、彼はポギーをなだめつつ注意していた。

 

「二人で会うときは、ボクがお前に会いに行くと言っただろ…? もう2度とここへはくるなよ…?」

「グギ……」

「へぇ、ホントに懐いてるんだな」

「!」

 

 その声で、フィリス達がきたことに気付いたナムジンは、焦り驚く。 もし村人だったら、自分の計画がバレてしまいかねないから、事情を知るフィリス達だとしって、警戒しないで普通に応対できる。

 

「おっと、フィリスさん達でしたか……驚かせないでくださいよ」

「ああ、ちょっと急ぎの用があってな。 早速だけどこれをみてくれないか?」

 

 そう言ってフィリスはアバキ草をナムジンに見せると、ナムジンはその草をみつつ、どこかでみたような気がするとつぶやき記憶を巡らせる。

 

「そうだ、それはアバキ草だ! 昔母上に見せてもらったことがある! でも、何故あなたが、それを………?」

「信じられないかもしれないけど、実は………」

 

 フィリス達は包み隠さず、このアバキ草を手に入れた経緯を彼に話した。 話を聞いていたナムジンは呆然とする。 やはり、彼女の話はにわかには信じ難いもののようだ。

 

「まさか、母上が……そんなことが……幽霊としゃべれるなんて、そんな話……信じられない……」

「グギ、グギギギ!」

「え、ポギー……まさか信じようとしているのか?」

「グギギ!」

 

 ポギーのリアクションをみて、ナムジンも彼女の話を信じることを決める。

 

「ああ、そうだねポギー…。 彼女達はボク達の話を信じてくれただから、ボク達も信じよう……」

「よかった、信じてくれるんだな」

 

 ナムジンが受け入れてくれたことに対し、フィリスも安堵の笑みを浮かべる。 そして、ナムジンは母がこのアバキ草を使えと言った意図をすぐに理解した。

 

「………それにしても、母上がアバキ草を使えと言ったということは……やはりシャルマナの正体は魔物ということなのか………」

「らしいな……」

「……アバキ草を煎じた汁をかければ、必ずや奴の化けの皮をはがせます。 そうすれば、皆の目を覚まさせられます……」

「戦いに挑むのですか?」

 

 セルフィスの言葉にたいしナムジンがうなずくと、フィリスは彼にあることを申し出る。

 

「だったら、あたしらも出る……だから、手を貸させてほしい」

「え、しかし……」

「今回の件、どうもあたし達も完全には無関係とはいえないみたいなんだ。 頼まれようがそうでなかろうが、あたしらが今回のことに関わらないわけにはいかないものがあるんだよ。 それに……」

「それに?」

「……あんたの命を粗末にしたくない、あんたがその子に言ったこと、自分で破るような真似はさせたくないんだ。 手伝わせてくれ、頼むよ」

 

 そう真剣に説得してくるフィリスをみて、ナムジンはやがて力強くうなずく。

 

「わかりました、お願いしていいですか?」

「ああ!」

 

 そして作戦は決まり、ナムジンは手っ取り早くアバキ草をせんじて汁をつくりだし、それをビンに入れた。 これで、準備はととのった。

 

「よし、ポギー! まずはボクが外の皆を連れて集落に戻る。 お前はそのあとでくるんだ、いいな!」

「グギギッ!」

 

 そう声をかけあい、ナムジンは外に出て行く。 すると外からはナムジンがついに戦いに挑むのだと盛り上がりを見せ、やがてその声は遠くなっていった。

 

「グギッ」

「あたしらも、すぐにいこう」

「うん」

 

 そのあとでポギー、そしてフィリス達と続いていった。

 

 

 そうして少し遅れてフィリス達が集落にたどり着いた頃、そこにはナムジンとポギー、族長に民族の人達。 そして、シャルマナの姿があった。

 

「おー、やってるやってる」

 

 今彼らの目の前では横たわっているポギーと、荒い呼吸をしているナムジンがいた。 おそらくあれはわざとであり、彼らは演技の最中なのだろう。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

「あーっはっはっはっはは! うんうん! でかした! でかしたぞ、ナムジンよっ!」

 

 息子が魔物を打ち倒した様子を見たらしい、ラボルチュは高笑いをする。

 

「よくぞ魔物を倒した! それでこそオレの息子! 気高き遊牧民の子よっ!」

「うぅ……怖くて怖くて、どうしようかと思いました。 でも、父上とシャルマナが見守ってくれたおかげで、ボクは勝てました………ありがとうございます。 死ぬまでずっと、父上とシャルマナについていきますとも…!」

「ホホホ…なんとかわいらしい。 わらわがおまもりするでな。 もうなかんでもいいぞえ……」

「うう……ありがとう、シャルマナ」

 

 泣き真似をするナムジンをみて、真実を知っているフィリス達は思わず苦笑をしてしまう。

 

「改めてみると、演技うめーな」

「うん、スーパースター並だ」

 

 そうこっそりと話をしていると、ポギーの体がわずかに動いた。

 

「うわ、父上……! 魔物はまだ生きています! 一体どうすれば………」

「むろん! お前の手でトドメを刺すのだ! そいつはオレの命を狙った不届きな魔物だからな!」

「は、はい……わかりました! それでは早速…」

 

 そういってナムジンはポギーに剣を突き立てようとしたが、そこでナムジンは大きな声を上げる。

 

「よし! 今だ、ポギー! シャルマナに飛びかかれっ!!」

「グギッ!!」

 

 ナムジンの声を聞いたポギーは一気に起きあがると、そのままシャルマナに飛びかかった。 シャルマナは自分に襲いかかろうとしているポギーに対抗すべく、魔法の障壁を呼び出して防ぐ。 それにより、口元を覆っていた布が宙を舞った。

 

「ナッ!?」

「これまでだ、シャルマナ! 正体を見せろ!」

 

 そう言ってナムジンはアバキ汁を入れた瓶を開け、中に入ってした汁をシャルマナにかける。 すると、シャルマナは苦しそうな声を上げた。

 

「アァアァッ…!?」

「なにをする、ナムジンよ! 貴様は正気か!?」

 

 先ほどの衝撃で吹っ飛ばされていたラボルチュは、突然の息子の行動に驚き怒鳴る。 しかしナムジンはいっさい動じない。

 

「しゃ、シャルマナ様ー!」

「ナムジン様はどうしちまったんだ!」

「落ち着くのだ、カルバドの民よっ!!」

 

 慌てふためく民に対し、ナムジンは強くそういって、もがき苦しむシャルマナを指さす。

 

「この女は人間ではない! さぁ…よくみるのだ! お前達が信じていた…この女の正体を!」

 

 ナムジン達がみている目の前でシャルマナは自身の体からあふれ出てくる紫の煙に包まれていった。

 

「カァァアア………体が崩れる……なんじゃこれはぁぁ……!」

 

 紫の煙はシャルマナを完全に包み込み、それはやがて大きくなっていった。 そして、紫の煙の中から、赤紫色の厚い脂肪を持ち、目をぎょろりとさせてその口に舌と牙を持つ、怪しげな姿の巨大な魔物が現れた。

 

「うわっ……」

「これは……」

 

 その変貌ぶりには、フィリス達も驚きを隠せず呆然としていた。 集落の人々もあわてている。

 

「う、うわぁぁぁ!?」

「な、なんだこいつぁ!?」

「この魔物は今まで、私達をだましていたのだ! こいつは我らを意のままにあやつり…草原を我がモノにせんと企む悪魔なんだ!」

 

 ナムジンは真実を語ると、民に呼びかけ始める。

 

「さぁ、今こそ我らの力を合わせて、この魔物を倒そう!」

 

 彼はそう訴えかけたが、民達は皆慌てふためきパニックを起こしていた。 側にいた族長も、腰を抜かしているようだ。 そんな彼らをみたナムジンは首を横に振り、再び剣を構える。

 

「…くそ、情けない! こうなれば僕達だけでっ!」

「あ、だめっ…」

 

 フィリスはナムジンを止めようとしたが、それよりも早くナムジンは剣を片手にポギーとともに、シャルマナに突進を仕掛けようとする。 だが、彼らはシャルマナの攻撃の前にあっさりと吹っ飛ばされてしまった。

 

「ぐぁっ…」

「ナムジンさんっ!!」

「バギッ!」

 

 そこでセルフィスは彼が地面に叩きつけられる前に風の魔法を使い、それをクッションにすることでナムジンとポギーを救う。 彼らを救出した後で、フィリス達は武器を手にとってシャルマナの前にでた。

 

「かかってこい、あたし達が相手になってやるっ!!」

「……人間ごときがわらわをここまで追いつめるとは! もう少しで族長をたらしこみ、ノンキな遊牧民どもを利用し……草原を我が手中にできたものを………!」

「てめ、そんなことを考えてたのか!」

 

 今シャルマナの目に浮かんでいる色は、邪悪な怒りだった。

 

「我が計画を潰しおって……もうガマンできん! 一人残らずくい殺してくれる!」

 

 そう言ってシャルマナはイオラをいきなり唱えて、フィリス達を攻撃してきた。 どうやらまずは、フィリス達を最優先に始末すべきだと判断したようだ。

 

「やったわね! ハッ…メラミッ!」

 

 クルーヤは反撃として、まずは魔力を高めてから攻撃魔法を放つ。 だがそこでシャルマナはニヤリと笑うと魔法を使った。

 

「マジックバリア」

 

 それは、相手の攻撃魔法の威力を弱める防御魔法だった。 それによりメラミはあまり効果を発揮しなかった。 クルーヤはそれにたいし悔しそうにしていると、シャルマナは彼女に直接攻撃を仕掛けようとする。 だがそれは、セルフィスの槍が妨害し、別の方からはイアンがばくれつけんを放って攻撃をする。

 

「クルーヤ、ここはあたし達があいつを攻撃するよっ」

「援護頼むぜ!」

「…わかったわ、ピオリムッ!」

 

 フィリス達の言葉を聞いたクルーヤは気持ちを切り替えて、クルーヤは味方の素早さを上昇させるピオリムの魔法を唱えた。 それにより身軽になったところでフィリスは2回連続で切りつける技・ハヤブサ斬りを繰り出して攻撃をする。

 

「おのれっ!」

「うぁっ!」

 

 その攻撃に腹を立てたシャルマナが杖を大きく振り回してフィリスを吹っ飛ばし、地面にたたきつける。

 

「フィリスさん! くそっ…」

「待って!」

 

 もう一度シャルマナに立ち向かおうとするナムジンに制止をかけつつ、フィリスは立ち上がる。

 

「心配無用だ! あたしは……ここで、まけらんないからな……!」

「だがっ……」

「ここで」

 

 フィリスは立ち上がり剣を構えなおしつつ、ナムジンの顔を一瞬だけ見た後で声を上げる。

 

「ここであたしがくたばったら……あたしの目的を果たせないだけじゃない! あんたの頑張りまで……無駄にしちまう!」

「………!」

「そんなこと、許してたまるかっ!」

 

 フィリスがそう言うと、そこでセルフィスが回復魔法のベホイムをかけてきた。 それにより彼女の傷は癒えた。

 

「フィリス!」

「わかってる!」

 

 フィリスに攻撃を仕掛けようとするシャルマナの攻撃を、イアンの技とクルーヤの魔法が妨げ、シャルマナを吹っ飛ばす。 そうしてフィリスはシャルマナの真上に飛び上がる。

 

「そこだぁぁっ!」

 

 そうさけび、フィリスは落下速度を利用して、シャルマナに剣を強く深く、勢いよく突き刺した。

 

「グァァアアーーーッ!!」

 

 フィリスに斬られたところを中心に、シャルマナの体から、紫色の煙があふれ出ていった。

 




フィリスの一挙一動にこだわったな、この話。
なぜかといえば、ちょっとした伏線みたいなものだからです。


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25「誰も独りではない」

今回でカルバド編は終幕です。
途中のフィリスと彼の会話は、なんでかいれちゃったんですよねぇ。


 

 族長を利用して集落を我がものにせんとしていた魔物・シャルマナと戦ったフィリス。 そしてその魔物は今、打ち倒された。

 

「やったな…」

「ああ……」

「カァァァァッ!」

 

 フィリス達の目の前で、シャルマナは断末魔をあげながら再び紫色の煙に包まれていった。 まさかまだ完全には倒れていないのかもしれないと思ったフィリス達は再び身構える。 だが、煙がはれた瞬間、呆気にとられてしまった。

 

「な、なんだこりゃあ!?」

 

 そこにちょこんと座っていたのは、小さな魔物。 小人のようなシルエットを持ちながらも虫系に分類される、ピンク色の魔物である、テンツクだった。

 

「これって……テンツク、よね……」

「……あ、ああ……」

「あ、果実!」

 

 テンツクの側に落ちていたそれを、フィリスは見逃さなかった。 それをフィリスは素早く拾い上げる。 一方、ここにいるテンツクがシャルマナの正体だと知った民達は、呆然としていた。

 

「あれが……シャルマナの正体だべ……」

「なんてこったい……我らは、あんな魔物を信じていただか………」

 

 皆でそれぞれ、今のシャルマナの姿をみた感想をつぶやく中、そんなシャルマナにナムジンが歩み寄る。

 

「ナムジンさん」

 

 ナムジンがシャルマナの前にたつと、シャルマナはふるえて命乞いをしはじめた。

 

「ひ……ヒィー! たのむ、ゆるしておくれ…! わらわは、なんのチカラもないんじゃ!」

「……」

「ひとりぼっちで遊牧民どもに怯える…自分がイヤだったんじゃ……! だから、草原で手に入れたその果実を食べて…願ったのじゃ! わらわをつよくしてくれ……と! そうしたら絶大な魔力を手に入れて……それで自分を押さえられなかったんじゃ………」

 

 シャルマナはこの草原でたった一匹でいたことを打ち明ける。 人どころか周囲の魔物におびえていたこと、女神の果実を手に入れて今に至った経緯も。 それを聞いたナムジンは、真剣な眼差しでシャルマナを見つめつつ、ただまじめに告げる。

 

「シャルマナよ……お前のしたことは…決して許されることじゃない」

 

 それを聞いて、シャルマナはその身を震わせた。 自分はこのままナムジンに殺されるのだろうかと思ったからだろう。

 

「……だが、力を無くしたお前を倒したところで、もはやなんの意味もない……」

 

 しかし、ナムジンは武器を手に取ることをせずそう言って、シャルマナをどうするかを直接告げた。

 

「どこへなりとも行くがいい。 だが、一つだけ条件がある…」

「えっ?」

「ボクの大事な友達……。 このポギーとお前も、今日から友達になってもらう」

 

 そう言って、ナムジンはシャルマナに笑いかけた。

 

「だから、もうお前は独りじゃない…これからは、ポギーも一緒だ」

「………!」

「ポギーも、それでいいかい?」

「グギギ!」

「ありがとう、ポギー!」

 

 側にいたポギーも、ナムジンの言葉を聞いて、シャルマナと一緒にいることを受け入れてくれたようだ。 満面の笑顔とうれしそうな声をだして、何度もうなずいた。

 

「さぁ、シャルマナもはやく行け!」

「お、おお……なんと、心の広い方じゃ……。 もう2度と悪さはせぬ……! ……すまぬ……すまぬ……!」

 

 そういってシャルマナは何度も頭を下げて、涙を流しながらナムジンに感謝の言葉をつげた。 彼らはしばらくその様子を見守っていったあと、集落から立ち去っていくポギーとシャルマナを、皆で見送ったのだった。

 

 

 

「宴だ宴だぁ!」

 

 草原の平和はこうして守られ、民達はその喜び故に宴を開いて盛り上がった。 その宴の席ではフィリス達も招かれ、ご馳走を振る舞われる。

 

「やっほぅ! スッゴイ盛り上がってる! あたしも、一緒にテンションアゲアゲでいこーっと!」

「あんたの姿は誰にも見えないのに?」

「ほっとけー!」

 

 フィリスもその宴に出された食事を口にしながらも、この輪に交わろうとするサンディにツッコミをいれる。 ふと視線をずらしてみれば、周りにもてはやされて酒を豪快に飲むイアンと、あまり食事を口にしておらずおとなしくしているセルフィス、そして魔法を使ってみせるクルーヤの姿が見える。

 

「ふふっ…」

 

 彼らも彼らなりにこの空気を楽しんでいるようだ、そんな仲間達をみてフィリスは思わず笑みをこぼす。 彼女もこういう雰囲気は楽しくて好きなのだが、今は不思議と彼らの様子を眺めたいと思い、少し距離をあけていたのだ。

 

「こちらにいらしたのですか」

 

 そんな時、声をかけられてそちらをむくと、そこにはナムジンの姿があった。

 

「ああ、ナムジンさんかぁ。 どうしたんだ?」

「いえ、あなたが一人でいたのが気になって……それに、あなたにお礼をちゃんと言うべきだとも思ったのです」

「お礼?」

 

 ナムジンは頷くと、彼女に対しペコリと頭を下げる。

 

「この度は、集落のことを救ってくれてありがとうございました」

 

 仰々しくお礼の言葉を告げるナムジンに対し、フィリスは少し顔を赤くしつつ頭をかいて恥ずかしがる。

 

「な、なんか…改めてそうやってお礼を言われると、照れくさいな。 あたしはそんなたいそうなことをしたつもりはないし………犠牲が誰一人としていないなら、それで十分なんだよ……」

「……フィリスさん……」

「それに、そんなかしこまった態度にならなくてもいいって。 むしろその態度になんなきゃいけないのは、あたしの方だとおもうし……」

「そう思っている割には、初対面の頃から普通に口を利いてましたね?」

「ああ………わかってても、そういう堅苦しいのが大の苦手で………つい……な……。 あなたがそういうの気にしない性格で安心してるぜ…」

 

 フィリスは昔から、年上にも割と男勝りで砕けた口調をききがちであり、そこをよく師匠に注意されていた。 今の彼女の口調も、だいぶ改善された方なのである。 そこでナムジンは、自分も今の他人に対する態度も、幼い頃に自分が受けた、両親の躾によるものだと説明をする。

 

「そっか、ナムジンさんにはちゃんと親がいるんだよなぁ……」

「あなたは違うのですか?」

「親というより、親のように慕っていた人………師匠がいるよ………」

「師匠がいらしたのですか?」

「うん」

 

 そしてフィリスの脳裏に浮かんだのは、自分を指導してきた師匠のことである。 彼と出会い、離ればなれになってしまうまでの記憶は、今もフィリスの中にハッキリと残っているし、忘れたことはない。

 

「例の災害の影響で離ればなれになって………そして、今も再会できていないんだけど、さ………。 それでも、今も師匠に教わったことは覚えているし、もし再会できたときも……あたしの気持ちはぶれていないって証明したいんだ……。 それこそが、あたしが師匠に無事を知らせて、あの人の教えを無駄にしない方法だと思うんだよ……」

「会いたいですか…」

「……当たり前じゃないか…」

 

 そう言葉を交わしていると、ふわりと彼女達の間を風が通っていった。

 

「風……」

「カルバドの風……それは、時間を問わず…人をすり抜けていくもの。 時に厳しく時に優しく……草原を駆けていくもの………」

「………」

 

 自分達の間を通り過ぎていった風に対し、ナムジンはそうつぶやいた。 フィリスは今も穏やかに吹いている風を全身で感じた。

 

「これが、そうなんだ……」

 

 その風に心地よさを感じていると、ナムジンはなにを思ったのかフィリスにこれからどうするのかを問いかける。 大方の予想は、ついているのだが。

 

「あなたは、もう明日には仲間の人々とともに旅立つのですか?」

「………ああ、そうだな。 あたし達の旅はまだ終わってない続けなきゃならないんだ。 だから、もうみんなと話して、決めているんだ………カルバドを助けたらすぐにでもまた、旅立とうって………ここはもう大丈夫だからって」

「決意は堅いんですね」

「ああ」

 

 そんなフィリスの今後の旅の話を聞いたナムジンは、風に髪をゆらしつつ、少しだけ目を細めて告げる。

 

「……今、ボクも決めました」

「?」

 

 彼が決めたことは、どういうことなのだろう、とフィリスが疑問を抱いたそのときだった。

 

「フィリスー!」

「あっ、みんな……」

 

 宴に混じっていたイアン達が、フィリスに合流してきた。 彼女の仲間がきたことを知ったナムジンは、その場から去ることにする。

 

「じゃあ、ボクはもういきます。 おやすみなさい」

「う…うん…」

 

 そう声を掛け合って、フィリス達の前からナムジンは立ち去っていった。 彼の決意は何だったのかを、疑問に思いながら、フィリスはその姿を見送っていた。

 

 

 

 宴は夜通しで続き、皆で盛り上がった。 その中でフィリスはナムジンと僅かな時間の間に言葉を交わした。 そして、4人はやがて睡魔におそわれ、宿屋を経営しているパオで一晩休んだ。

 

「ふぁ……」

「おはよ、フィリス」

「ん、おはよ………」

 

 そして、翌朝、彼らは順番に目を覚ましていった。 そこでクルーヤはフィリスに、昨晩なにをしていたのかを問いかけてくる。

 

「ねぇ、昨晩はあの人と…どんな話をしていたの?」

「んー……」

 

 フィリスは眠い目をこすり頭をかきつつ、昨晩のナムジンの会話を思い出していた。

 

「……なんというか………お礼を言われたりしたし、あと師匠のことも、話したよ。 不思議と、思い出したりして………そのことを話してみたくなって………」

「珍しいですね……。 あなたはそういう話、僕達にあまりしないですし………」

「そうだっけ?」

「そうですよ」

 

 首を傾げているフィリスに対し、セルフィスはあきれていた。 イアンも同じリアクションを見せており、クルーヤはフィリスのぐしゃぐしゃな髪に気付いて、その髪をといている。

 

「まぁ、そんなときもあるわな」

「そっかな」

 

 そう会話をしつつ準備を整えていると、宿屋の従業員をしている人が顔を出してきた。

 

「おんや、おきてたかぁ!」

「はい、おはようございます」

「おはよう。 昨晩の宴は楽しかったなぁ…これも、あんたらが魔物を撃退してくれたおかげだ。 あんたはカルバドを救った英雄だべっ!」

 

 英雄、と呼ばれてしまい、4人は照れる。 そして同時に、そう呼ばれるにふさわしいのは別の人だとも思う。

 

「いや、英雄らしい英雄は……その巨悪を倒そうと立ち向かった、あの人だと思うけど……」

「……そうだな……」

 

 彼らがこっそりそうはなしていると、宿屋の主人が顔を出して、フィリス達にある朗報を持ち込んできた。

 

「そうそう! これから広場で、族長が大事な話をするらしいから、あんたらもくるといいべ!」

「大事な話……?」

 

 なんなのだろう、と思いながらもフィリス達は宿屋をでて、大事な話をするという広場まで向かう。 すると、高い丘の上にその族長の姿があった。

 

「あ、族長さんだわ」

 

 族長であるラボルチュは、ここにこの集落にすむ民が集まっていることを見渡して確認した後で、その大事な話を始める。 それは、ある宣言だった。

 

「カルバドの民よ、聞け! オレは族長の座をおりる!」

「えっ!?」

「未熟だとばかり思っていた息子は、いつの間にかこの父を越えていたようだ……。 今のお前になら、安心してこの集落を託すことができる………」

 

 そう言って、ラボルチュは振り返り、後ろに控えていた息子をみて告げる。

 

「今日から、お前が族長だ!」

 

 ラボルチュの言葉に対し息子・ナムジンは頷き、そして民達の前にたち、演説を行った。

 

「私が…族長ナムジンである!」

 

 ナムジンは、高らかに民に告げていく。 族長としての言葉を。

 

「よく聞け、カルバドの民よ! 私達は誇り高き遊牧民族! 何者にも縛られず道を切り開くのが、私達の生き方だ! 自分たちのものでないチカラに頼り切るなど、誇りも捨てたも同じ事!」

 

 そこには、先程のシャルマナの一件のことも含んでいた。 彼らの誤りを敢えて指摘することで、彼らを奮い立たせ、強くするために。

 

「……いいか、みんな! 遊牧民の誇りを忘れなければ、自分を見失うことはない! 強くなるのだ、カルバドの民よ!」

 

 ナムジンの言葉を受けたカルバドの民達は、一気に盛り上がった。 全員、ナムジンが新しい族長になることを受け入れたようだ。 そんな、族長交代式を見届けていたフィリス達も、この結果に対し納得しているようだ。

 

「……そっか、ナムジンさんは…継いだんですね……族長の座を……」

「みたいだな……ここに、正式に発表されたし……」

 

 セルフィスとイアンがそう呟いている横で、フィリスは昨晩の彼との会話を思い出していた。 あのときに彼が決めた、と言っていたものの真実がわかったのだ。

 

「ナムジンさん………昨晩決めたことって、このことだったのか………」

 

 そう呟いたあとで、民達は皆で盛り上がっているのを見た。 今晩は族長の交代を祝う宴をやろうと話し合っていた。 今晩も宴を開くのか、とちょっとだけ苦笑しつつ、ここはすでに平和なのだと実感する。

 

「でも、十分に族長になれる器があると思うぜ。 それは、オレ達もわかっているだろ?」

「ああ」

 

 彼の計画を知っていたフィリス達は、そう話をしたのであった。

 

 

 

「ここにいるのよね?」

「ああ……色々世話になったんだ、旅立つ前に挨拶くらいはしたいよな?」

「もちろんです」

 

 そろそろカルバドを旅立とうとしていたフィリス達だったが、その前に族長親子に挨拶をしようとしていた。 だがあの演説の後で二人の姿はどこにもなかった。 そこで、二人がどこにいったのかを考えた結果、あの墓がある洞窟にいるのではと思ったのだ。

 

「いたっ」

 

 そして、彼女達の推測は的中した。 そこにあるパルの墓のまえに、ラボルチュとナムジンの姿があった。 2人の見つめる墓石のところには、一人の女性が浮かんでいることに気付いていた。 だから、その様子を見とどける。

 

「おもえば墓参りなど、ここ最近ではなかったな………」

 

 自分の妻が眠るお墓を見つめて、ラボルチュは物思いにふけて目を細めていた。 そこで、墓石は衰えも汚れも見あたらず、たてたばかりのきれいさを保っていることに気付いた。

 

「手入れがしっかりとされているが………もしかして、お前がやったのか?」

 

 ラボルチュの問いに対し、ナムジンは頷く。

 

「ええ、ポギーに守ってもらいながら……。 母上はキレイ好きですし、手入れを怠ったら怒るに決まっています……」

 

 そう、生前の母の姿を思い出しながらナムジンは語っていた。 そのときラボルチュは、最近の自分のことを省みたのだろう。 申し訳なさげにつぶやく。

 

「………そうだな………オレはなにひとつ……あいつに、してやれなかった。 面倒ばかりかけちまった………」

「………」

「………あいつは、強い女だったな。 族長の妻として、立派に生きていた……。 今のお前の姿を、一度でいいから見せたかったよ。 族長になった息子の姿をな………」

 

 ラボルチュがそう言うと、ナムジンは墓の前にたち胸に拳を当てて一礼をする。

 

「母上。 どうかご安心を…。 ナムジンは、カルバドの族長として…集落を導いていきます……」

 

 そう告げて、ナムジンはラボルチュとともにそこを立ち去っていく。 そのときに彼はフィリス達に気付いて声をかけてきた。

 

「フィリスさん、きていたんですか?」

「ああ、旅立つ前に会っとこうって思って、探してた。 それで、もしかしたらここにいるんじゃないか……って思ってさ。 やっぱり報告していたんだね……」

「………」

 

 それを聞いたナムジンは、フィリスに問いかける。

 

「フィリスさん…」

「んっ?」

「母上は、ここにいますか?」

 

 彼がそう聞くのは、彼女が幽霊を見て、かつ話ができることを知っているからだ。 それを聞かれてフィリスはきょとんとしていたが、すぐに彼の質問の意図を知る。

 

「母上にどうか、ナムジンはこれからも…カルバドの族長としてつとめていくと………お伝えください………」

 

 ナムジンの頼みに対し、フィリスは迷わずわかったとこたえる。

 

「告げたら、あたし達はそのまま……次の地へ旅立つよ」

「………わかっています。 どうか、これからのあなたの旅にカルバドの風の加護のあらんことを。 再び会える日を、楽しみにしています」

「うん」

 

 そう言葉を交わした後でナムジンはそこを立ち去っていき、フィリス達もその様子を見守っていた。 そして、墓のところにいたパルはその目にわずかに涙を浮かべながら頷き、告げる。

 

「………見ています……見ていますよ………。 こんなに立派になって………あなたを誇りに思います………」

 

 息子がどれほどの人間になったのか、直に目の当たりにしたパルは、これ以上ない喜びを感じていた。 それによりパルの心は軽くなったようだ、成仏の光に包まれていく。

 

「パル様…」

「ありがとう………フィリスさん、そしてみなさん。 もう思い残すことはありません………。 これで、安心して眠れますわ………ありがとう………」

 

 そうフィリス達に感謝の言葉をつげながら、パルは光に包まれ天に昇っていき、そして消えた。 墓前にセルフィスは立ち、祈りながら告げる。 それは、彼の僧としての役目だからだ。

 

「………どうか、安らかに………」

 

 彼らも同じようにして祈った。 この墓はこれからは、ポギーとシャルマナが守ってくれるだろう。 草原の民も、ここにきて祈ることもあるだろう。

 

「すべて解決、だね」

「そうですね」

「じゃあ、行きましょう」

「ああ」

 

 この地はもう大丈夫。 そう確信したフィリス達は、そのまま草原を旅立っていくことにした。 立ち去るとき、彼らにたいし風が吹く。

 

「……風、気持ちいいな………」

 

 

 

 




次回はエルシオン学園編。
仲間の一人に視点があたります。


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26「学園にて、探偵となれ」

今回は学園ミステリーをお届けします(あながち間違ってない)


 

 カルバドの大草原で起きた事件を解決したことで残る果実はあとひとつ、というところまできた。 こうなればこの勢いのままに、最後の果実を見つけて回収しようと思い立ったフィリス達は、カルバドの大草原を越えて別の地へわたる。

 

「にしても、空気が冷たくなってきましたね…」

「そうだな」

 

 そのとき、冷気が彼らの体に刺さってきた。 地面から生えている草には霜がついており、踏めばバリバリと音が鳴る。

 

「それはそのはず。 地図通りなら、雪原が近いもの」

「雪原ん? なるほど、通りで寒いわけだな……」

 

 そう言いつつ、クルーヤは持っていた世界地図を広げ、この道の先にあるものを彼らに説明する。 今彼女が指を指しているポイントは真っ白な大地が描かれており、広い。 そして、そこにはポツンとなにかの大きな施設のようなものが存在していることもかかれていた。

 

「この先のエルマニオン雪原、そこにはエルシオン学園という場所があるらしいわ。 そこになら人がいるはずだし、なにかを知ることが出来ればいいのだけど………」

「…そうですね」

 

 クルーヤとセルフィスがそう会話をしている横でフィリスはふと、どこか険しい顔をしているイアンに気付いたので、声をかける。

 

「…………」

「イアン?」

「……ん?」

 

 フィリスの声に対し少し遅れて彼女のことに気付くイアン。 そんな彼の様子を見てフィリスは、もしや彼はまた風邪を引いたのではないかとおもい焦る。

 

「どうした? 口数が少ないけど…まさかまた…」

「ああ、大丈夫だ。 風邪は引いてねぇよ…」

「ホントか?」

「ホントだ」

 

 イアンはそれだけを言うと、先に行こうぜとだけ告げてさっさと歩き出していってしまった。

 

「イアン、どうしたんだろ?」

「なーんか、隠し事でもしてるっぽくね?」

「隠し事……ねぇ。 でも今までそんな素振りとか見せなかったしなぁ。 ここにきて、急にああなっちまっうなんてな…」

 

 もしや、この雪原には、彼に関する秘密がなにかしらあるのかもしれない。 そのことを念頭に置きつつ、フィリス達は防寒体制を整えた後で雪原を進むのであった。

 

「ニンゲンハッケン、シンゲキセヨッ!」

「って、なんなんだよー!?」

 

 が、そう簡単に先に進ませてくれるわけがなく。 雪原を進むものには容赦なく魔物が襲いかかってきた。 雪原に生息しているだけに、冷気を含んだ魔物達が。

 

「かえん斬りっ!」

「メラミッ!」

 

 しかし、冷気を含んでいるだけあって、火炎系の攻撃が非常によく効く。 だからフィリス達も、その相性を理解して戦い抜いているのである。

 

 

 そんな感じで魔物と戦いながら雪原をせっせと進むフィリス達は、目の目にそびえ立つ施設に目を向けた。 どうやらここが、このエルマニオン雪原に存在している、人がいる場所エルシオン学院らしい。

 

「ここが、エルシオン学院かぁ」

「噂だけなら聞いたことがありますけど……へぇ……ここが………」

 

 このエルシオン学院はこの世界では非常に有名なものであるようだ。 勉学に励み、知識を得て、武術も学べるこの地。 自分が目指しているというものもいれば、自分の子に入学させたいと望む大人もいる。 なんにせよここはこの世界でも有数の進学校なのである。 そんな場所に足を踏み入れてもいいのだろうかという、若干の戸惑いを覚えながらもフィリス達は、門をくぐってみようと思っていた。

 

「ようこそ、エルシオン学院へ!」

「わっ!」

「私がここの学院長です! あなたが探偵の方ですね?」

「え、いえ…違います」

 

 そのとき、突如として目の前に学院長と名乗る初老の男性が現れて、フィリス達に声をかけてきた。 どうやらフィリス達を誰かと勘違いをしているかのようであり、彼女達は学院長の言葉を否定する。 だが、それにたいし学院長はカラカラと笑った。

 

「またご冗談を!」

「冗談なんかじゃないですけど……」

「面白いことを仰るとは………やり手の方だと、お見受けしましたぞ! しかもお仲間の方々までいらっしゃる………探偵さんは、実に慕われているのですな……!」

「いやだから…」

 

 必死になって止めようとするフィリス達だったが、学院長は自分のことばかりしか考えていないようであり、勝手に話を進めていってしまった。

 

「さてと……ここで話すのもなんですから、歩きながら話をしましょう!」

「いや話を聞けよっ!?」

 

 そんなツッコミも空しく、学院長はフィリス達を連れて学院の中にいってしまった。

 

「実は今もなお例の件は続いておりますし……私たち教師でもお手上げな状態になってしまっているのですよ………」

 

 どうやら話を聞くに当たり、このエルシオン学院では、生徒が次々に姿を消してしまうという謎の怪現象が起こっているらしい。 これ以上問題が起き続けると、学院の信用は失われてしまうそうだ。 そこでこの学院長は探偵を雇い依頼をすることで、事件を解決させようとしていたと言うところだろう。

 

「というわけで、話に流されるままに…制服を渡されちまったけど…」

 

 流されるがままに、フィリス達は探偵にしたてあげられてしまい、この事件を解明することになってしまったのであった。 今彼女達の手元にあるのは、この学院の制服である。 きっちりと、イアンとセルフィスには男性用、フィリスとクルーヤには女性用の制服が渡されていた。

 

「まぁ面白そうだし、いいんじゃないかしら? こういう格好も一度はやってみたかったし!」

「そうそう、事件あるとこ女神の果実アリって言うし」

「そうなのですか?」

「いや、きいたことねーよ」

 

 取りあえず今は探偵のフリをして話を合わせるしかないようだ。 彼らはすぐに制服に着替える。 その横でイアンは制服をきているものの、あまり乗り気でないような顔をしていた。

 

「………」

「どうかなさったんですか?」

「……なんでもねーよ……。 さ、さっさと行こうぜ。 事件解決させるんだろ?」

「は、はい……」

 

 様子のおかしいイアンにセルフィスも気付いたが、そう言われてしまったのでそれ以上の事情を聞くことはできなかった。 制服に着替え終わったところで学院長の元をもう一度訪れる。

 

「あの、着替え終わりましたけど………」

「おお、よくお似合いですぞ! この学院の生徒は難しい年頃のものもおります。 あなた達のことは、この学院の新入生ということで話を通していますので、彼らもきっと心を開いて話をしてくださることでしょう」

「話、ねぇ……」

「あなた達のために学生寮もお貸しします、どうぞ」

 

 そう言って学院長は、学生寮の、自分達の部屋の鍵を人数分渡してきた。 これで準備完了だと思った4人は、早速行動開始だと言って動き出す。

 

「いきましょう、イアンさん」

「………ああ」

 

 イアンも彼らとともに、学院の中を歩き出していった。

 

「…………はて? あの金髪の男………どこかで……?」

 

 そして学院長は、イアンの姿を見て首を傾げたとか。

 

 

 

 この学院について調査する前にまず、自分達に貸し与えられたという学生寮の自室へ向かったフィリス達。

 

「ここが、私達の部屋かな?」

「部屋番号からして、間違いはなさそうだな」

 

 チャリ、と音を鳴らしながら渡された鍵を確認するフィリス達。 自分達の部屋番号は9番のようであり、この部屋で間違いないようだ。 ハッキリ言って、あまり大きくない部屋だが、まぁどうせ話し合ったり寝たりするだけなのだからいいだろうと思いつつ、彼らはその扉の前にたつ。

 

「なにか…話し声が聞こえますね…」

 

 だがそのとき、部屋の中から声がした。 どうやらこの部屋の中に誰かがいるらしい。 声からして相手は男性しかも複数いるようだ。

 

「ったく納得できねぇ。 オレ達の仲間だけがさらわれるなんて…やっぱりおかしいぜ!」

「なぁ、アレってまじかな? 幽霊がさらうってやつ」

「そんなのただのウワサだって。 ビクビクするなよ」

 

 話し方や、こんな誰もいない部屋に複数で屯しているようなヤツだ。 きっと、不良というやつなのだろう。 フィリス達は部屋に入るタイミングを計りつつ彼らの話に耳を傾け続ける。

 

「それよりもモザイオさ。 次の標的はお前かもよ? 誘拐犯がきたらどうするよ?」

「へっへっへ、上等だぜ!」

 

 モザイオ、と呼ばれた少年は腕まくりをしながらにやりと笑った。

 

「やれるもんならやってみろってんだ! そんなヤツ、返り討ちにしてやるって!」

「おぉぉ!」

「流石モザイオ、やっぱ頼りになるぜ!」

 

 その話を聞いたところで突入のタイミングだと思ったフィリスは、ドアノブに手をかけて一気にあけた。

 

「よっ、じゃまするぜー」

「フィリス、言い方」

 

 フィリスの言い方に対し、苦い顔をしながらツッコミを入れるクルーヤ。 その発言は、彼女が本当に天使なのか疑ってしまうようなものだった。 そんな調子ではいってきたからだろうか、早速モザイオ達はフィリスにガンをとばしてきた。

 

「あぁ? なんだ、てめぇは?」

「そいつはこっちの台詞だ。 あんたらこそ、ここでなにをしていた?」

「そんなの、オレ達の勝手だろ? それともなんだ、邪魔をするってんなら勝負でもするか?」

「受けて立ちたいけど…厄介事をするほど、あたしも弱くなった覚えはないんでね。 とにもかくにも、ここは今日からあたしの部屋ってことになってるんだよ。 だから、早々に騒ぎを起こしたくないの」

 

 それを聞いて、モザイオは一度きょとんとしたあとで自分の記憶を巡らせ、フィリス達の正体に気づく。

 

「あー…そういやウワサがあったっけ? ふーん、お前達が新入生ってヤツか」

「な、なんだよ?」

 

 モザイオ達はジロジロとフィリス達特にフィリスをみる。 最初の素行などから一度は疑ったが、フィリスが女だとわかるとその顔ににやりと笑みを浮かべた。

 

「なんだよ、おまえ女かぁ」

「だったら…何だ?」

 

 明らかに自分が女だと知って嘗めにかかってきている。 そう感づいたフィリスは不良をにらみ返す。 そんな二人をみてセルフィスは争いはいけませんと説得しようとあわてだし、ほかの不良はクルーヤに目を向けていた。

 

「お、こっちの子は随分とまぁ…」

 

 彼らが明らかに卑しい目でクルーヤをみてきたので、そこでクルーヤは指先に小さく炎をともして見せた。 それをみて、不良達は驚く。

 

「わっ!?」

「妙な動きを見せたら、やけどしちゃうかもよ?」

「ッチ!」

 

 その行動をみて、クルーヤが魔法を使いこなせることを知った。 これ以上この4人に関わったら自分達の身が危ないと悟った彼らは、その部屋から出ていくことを決める。

 

「占領しちまって悪かったな! おいお前等、ずらかるぞ!」

「おう!」

 

 そうモザイオは仲間達に呼びかけて、そこを出て行こうとしたが、途中でイアンの顔を見る。

 

「あ……あんた……!?」

「……………」

 

 その顔を見てなにかに気付こうとしていたモザイオだったが、イアンはそんなモザイオを黙らせる。 だからだろうか、そんなやりとりがあったことなどフィリス達は気付いていなかった。

 

「さ、荷物をおいたところで、早速学園内の聞き込みをはじめて見ようぜ!」

「ええ、聞き込みは探偵の基礎だものね!」

「では、分担して行いましょう。 そしてある程度話がまとまったらあそこの影で集合……という形でいいですか?」

「ああ、かまわないぜ」

 

 情報収集や、集合場所での会議の話もまとまったところで、彼らは行動を開始する体制に入る。

 

「にしてもセルフィス、結構ノリノリね?」

「実は推理小説が好きなんです」

「そーかよ」

 

 

 そうして、彼らは一日使ってこのエルシオン学園でなにが起きていたかを知った。 今この学園では、神隠しが起きているようだ。 先生に逆らったもの、他の生徒をいじめたもの、成績が悪かったもの、素行のわるいもの。 そういった生徒だけが何者かに目を付けられ、次々に姿を消しているそうだ。

 

「確かに、突然人が消えるってなかなかに怖いわね………」

「ああ。 なんの原因もないのに……奇妙な話だ。 魔物の仕業、というワケでもなさそうだったな………」

「おまけに、姿を消してしまったのは俗に言う不良と呼ばれている人達のようですしね………。 この共通点が犯人のヒントだったりするのでしょうか?」

「でも、犯人の手がかりはなにもなさそーだね」

 

 そう話をあわせていくなか、セルフィスはこの学校の女子生徒から聞いた話を思い出した。

 

「あ………そういえば……」

「なに?」

「ある女性の生徒さんが、僕に話してくれました。 この学園の中にあるというこの学園の創設者・エルシオン卿のお墓に最近……金色に光る果実をお供えした……と………」

「「「………………」」」

 

 セルフィスが持ってきた情報に対し、フィリスとクルーヤとサンディは思わず黙る。 その果実に心当たりがありすぎたのだ。

 

「………ねぇ、その果実って………いまはどこにあるの?」

「………それが、先程もいったように本来ならば、お墓にお供えされているはずなのですが………消えていたそうです………」

「…………」

「まさか………マジで、事件あるとこに……ってこと?」

 

 なんだろう、いやな予感がする。 もしその果実が女神の果実であれば、原因は確実にそれなのだ。 やっかいなことになってしまっている可能性が高い。 そこでふと、クルーヤはあることに

 

「ねぇ、イアンはどこにいったの?」

「え!?」

 

 クルーヤにそう指摘されて初めて、イアンが自分達の近くにいないことに気付いたフィリス達。 そこでイアンを探すために彼らは校内を探し回る。 そこで、金髪の男を見かけたという情報が入ったのでそこへ向かう。

 

「イアン!」

「…………お前等か」

「なんだよ、邪魔すんなよ」

 

 そうすることでイアンを発見することはできたものの、彼はモザイオとともにいた。 話を聞いてみると、モザイオが舎弟とともに授業をサボっていたので、イアンが注意をしようとしたようだ。 それで、喧嘩が起こりそうだったらしい。

 

「こいつ、いきなりオレ達に声をかけたかと思えば……授業をさぼるな、後悔するだけだぞとか、いきなり説教をかましてきたんだよ!」

「そうそう! オレ達のこと、なにもわかっちゃいないクセにさ!」

「え?」

 

 不良の言葉を聞いてフィリスがきょとんとしていると、モザイオが口を開いた。

 

「どーせオレ達のようなバカが真面目に勉強したって、無駄なんだよ! 誰もオレ達に期待なんかしてねぇ………オレ達に更正してほしいのだって、結局オレ達のためなんかじゃなくて……学校の名誉のためとしか思ってねぇんだからよ!」

「……だからって! やりたい放題していい理由になんかならないわよっ! あなた達、そんないいわけをして……こんなことばっかりやってていいと思ってるの?!」

「あぁ? オレ達がなにをしていようと、勝手だろうが」

「なにを……」

 

 この口論の中でフィリスはモザイオに反発しようとしたが、そこでフィリスは彼の背後にぼんやりと人型の何かが浮かんでいるのが見えた。

 

「!?」

「どうしたの?」

 

 だが、フィリスに気付かれた瞬間にその幽霊は姿を消してしまった。 その姿が見えたのは一瞬だけだったので、特別な加護を受けているとはいえ仲間達には見えなかったようだ。 とりあえず、自分が目撃したものをありのままに伝える。

 

「今、こいつの後ろに幽霊が見えたんだけど………」

「え、うそ!?」

「はぁ?」

 

 フィリスの言葉に対しモザイオはなにをいってんだ、と言いたげな顔をしてにらみつけてくる。

 

「幽霊なんて、今時ちっちぇ子でも信じないってーの!」

「いいえ、僕達にはわかるのです……それに、信じないことこそ真の恐怖につながることもあるのですよ………」

 

 セルフィスの言葉に対しモザイオは反応し、彼に一気に顔を近づける。

 

「もしかして、お前……」

「な、なんです!?」

「オレが幽霊にビビってるとか思ってるのか?」

 

 そのつもりはないのだが、そこでセルフィスは彼が何かをたくらんでいることに気付く。

 

「………なにを考えているんですか………」

「ここは度胸試しで、勝負したらいいんじゃねぇかと考えてた!」

「度胸試しだって?」

「ああ」

 

 そこでモザイオは、この学園で伝わる話を彼らにも教えた。

 

「そいつは七不思議のようなもんで……真夜中に天使像のデコにさわったら幽霊がでるって言う怪談があるんだよ! そいつで度胸試しをするという勝負だ! それを今夜やって、どっちがそれを果たせるか!」

「はぁ!? なにをいって………」

「いいだろう」

 

 フィリスはその度胸試しに反対をしようとしていたのだが、そこでイアンが答えた。

 

「オレが受けて立つ」

「なにいってんのよ、イアン!」

「そうだぜ……こんな……」

 

 仲間達がイアンにそう話しかけていると、そこにいたモザイオがその名前に反応した。

 

「イアン!? お前、イアンっていうのか!?」

「……」

 

 そうモザイオに問われるが、当のイアンは黙ったままだ。 一方でモザイオはイアンをみて大笑いをする。

 

「………あっはははは! そうかそうか、思い出したぜ、イアン! ずーっと、どっかでみたなと思ってたけど…その名前でぜーんぶ思い出したぞっ!!」

「え、なに!? あなた達……知り合いなの!?」

「なんだぁ? てめぇら、こいつのことなにも知らないでツルんでいたのかよ?」

 

 そういってモザイオは、イアンを指さして何者なのかをフィリス達に説明し始めた。

 

「そいつはこの学園でも伝説になったほどの不良の中の不良! ケンカも口げんかも強いと言われた……破壊の使者とまで言われた! 破天荒のイアンだよ!」

「……………ッ」

 

 モザイオにそう、自分の素性を言い当てられてしまい、イアンは悔しげに顔をゆがめる。 一方、フィリスとクルーヤとセルフィスは呆然としていた。

 

「………」

「………」

「………はて……ん…こー……?」

 

 そして、3人は声をそろえて声を上げた。

 

「「「えええーっ!!!」」」

 

 ここで判明した真実。 それは、イアンがかつてここの生徒だったこと。 そして、不良の一人だったこと。 そして、伝説といわれてしまうほどに素行が悪かったこと。

 その事実にたいし、フィリス達はただ驚くしかなかった。

 




ここでついにイアンの過去が判明。
実はまだ、元不良である意外に結構ハードな秘密を持っているのですが、それはもう少し先の話とさせてください。


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27「原石である証」

学園の謎を明かす話をお届けします。
イアンの過去の詳細は、次回。



 

 モザイオの口から、イアンの素性が明らかになった。 その内容について詳しく話を聞こうとしたが、イアンはいっこうに口を割らず気づけば勝負の時間である真夜中になってしまった。

 

「でも、まさかイアンが……このエルシオンの出身だったなんて………」

「結局あの後、僕達が話をしても…口を開いてくれませんでしたね……」

 

 あの勝負を受けると言ってしまった以上、実際に行わないわけにはいかない。 せめて、天使像のところへ行かなければならない。 だからフィリス達は、夜に校内を調査すると事情を知る先生達に告げて、真夜中に行動を開始したのである。 そんな中、イアンは彼らに告げる。

 

「みんなわりぃ、オレのことは……今はまだはなせねぇ。 けど………」

「けど?」

「あのモザイオを黙らせて、事件が解決したら全て話してやる。 今はあいつを更正させたいんだ、オレは。 今は、そっちに集中したいから、お前等であっても………はなす余裕がない………それで、許してくれ」

 

 そう真剣に語ってきたので、フィリスは仕方ないと告げながらためいきをつく。

 

「じゃあ今、約束しろよ。 すべて解決したら全部解決する……って」

「わかってる」

 

 フィリスの言葉に対しイアンは真剣な表情で頷くと、目的の場所にたどりつく。 そこには、見慣れた天使の形をした像がたっていた。

 

「これが、天使像?」

「これのおでこにさわるんだっけ」

 

 そう言ってフィリスは手を伸ばそうとしたが、突如それを思いとどまり手を止めてしまった。

 

「どうかしましたか?」

「なんか、あたしがさわるとなると………こう、背徳感みたいのが芽生えてくるんだけど………」

「ああ…お前一応、同族だもんな……いつも忘れるけど」

 

 天使の証である輪っかや翼がないために姿は人にしか見えないが、フィリスは天使という種族なのだ。 そんな同族の像に触れるのは、フィリスにとっては気まずいものなのだ。

 

「しかたねぇ…オレが代わりにやる」

「わりーな、イアン」

 

 フィリスの心境を察したイアンが、フィリスのかわりに天使像のおでこにふれる。 直後に、モザイオ達が姿を現した。

 

「あー、お前達なにオレ達よりさきにきてんだよ!」

「モザイオ」

「まぁいいや、今回は許してやる。 オレ様はやさしーからな! それに、デコにさわったのがイアンだというのもあるし!」

「…………」

 

 それを聞いて、イアンは複雑な顔になるが、そんな彼を横目にモザイオは無駄に自信満々な態度で足をたてる。

 

「それより本題はここからだ! さぁ幽霊さんよぉ! いるなら出てきてみろやっ!! オレ様の必殺メガトンパンチで、あの世に送ってやるぜ!」

「いや、幽霊の時点ですでにあの世の住民だって……」

「びびってんのかぁ、おらぁっ!!」

 

 途中でフィリスがツッコミを入れるものの、モザイオは聞く耳を持っておらず、幽霊をそのまま挑発し続けていた。 しかし、特別なにも起こらない。

 

「やっぱり出てこないな……」

「やっぱ単なる怪談話だからなぁ。 ホントにでるわけないか」

「へっへん、どうだ! ほらみろ! 幽霊なんている訳ないんだよっ!!」

「そんなことを言ってはなりません……」

 

 その言葉に少し怒りを覚えたらしい、セルフィスが彼らを叱ろうとした、そのときだった。 どこからともなく、声が聞こえてきた。

 

「………おのれ………夜中に抜け出して…下らん悪さをしおって……。 なんというふざけた生徒だ………」

「なに…!?」

「この声は…なに……!?」

 

 突如として聞こえてきた声に、全員が混乱する。 フィリス達にいたっては、護身用で持っていた武器に手をかける。

 

「……まさか、マジで……幽霊………!?」

「落ち着けお前等、そんなわけあるかっての!!」

 

 混乱する仲間をたしなめようとしているのか、モザイオがそう呼びかけると、そこに謎の男性が現れる。 厳しい声とともに。

 

「このろくでなしめ! エルシオンの恥曝しが! 貴様には教育が必要だ!

 私の教室へ連れて行ってやる………貴様の府抜けた精神を………鍛え直してやるわっ!」

「だ、だめだっ!! モザイオにげろ…!」

 

 そうフィリスはモザイオに呼びかけようとしたが、あと一歩遅く、現れた男性はモザイオの中に入っていってしまった。

 

「う、うわぁぁ!? な、なんだ……!」

「モザイオッ!!」

「や、やめろ! はいってくんなぁーっ!!」

 

 モザイオは必死に抵抗を試みたが、それも空しく終わってしまい、モザイオの目はやがて虚ろになっていった。 そして、やがてゆっくり口を開く。

 

「………ぼくは、ロクデナシ………。 ……ロクデナシには、エルシオンのハジ……。 ………ロクデナシには、キビシイキョウイクを………」

 

 そう口にしながら、モザイオは天使像の上から飛び降りて、そのままどこかへ走り去っていった。 兄貴分の突然の変わりようを目の当たりにした子分達は、呆然としながらモザイオの名前を叫ぶ。

 

「も、モザイオーッ!」

「後を追うぞ!」

「あ、ああ!」

 

 フィリス達は、どこかへ走り去っていってしまったモザイオを追いかけていった。

 

 

「墓が動いたと思えば、こんな道があるなんて……びっくりだな……」

 

 モザイオのあとを追いかけていった先で、モザイオは墓石を動かして地下への階段を出現させていた。 突如として現れた地下への階段に驚くフィリス達だったが、モザイオがそこを降りていってしまったので、急いでそれを追いかける。 そうしてたどり着いたのは、広い地下室だった。

 

「うぅ、かびくさーい」

「ここは、どういう場所なのでしょう?」

 

 その場所は薄暗く、長年使われていないかのようにカビが生えていてところどころ崩壊している。 おまけに魔物がはびこっており、人間が入ってきたことに反応した魔物達が、フィリス達に容赦なく襲いかかってくる。

 

「ここは、まさか……」

「知ってるのか…イアン?」

 

 どうやらイアンは、この場所に心当たりがあるらしい。 そこでイアンは彼らにも、あくまで噂でしかないと前提をおきつつ、この場所に関し思うことを彼らに話す。

 

「……噂があったんだ……」

「ウワサ?」

「エルシオン学園は、昔はあまりの厳しさゆえに…閉鎖された旧校舎が地下に存在しているという噂があったんだ。 …そこではかつて、生徒が亡くなるほどの強烈なスパルタ教育を行っていたという、とんでもない過去を抱えている……って。 それで、その過去は隠蔽されているんだって……。 つまり……この地下室の存在は、その厳しい教育が存在していた証拠なんだよ………」

「なんだって!」

「今更スパルタとか、時代遅れもいいところなんですケド!」

「なんて嘆かわしいことを……」

 

 イアンの話が本当なら、モザイオ達はここに連れ去られ、亡霊となった教師にスパルタ教育を受けている可能性が高い。 もし生徒が命を落とすほどに厳しいのであれば、彼らの身があぶないし、ここで同じ悲劇が繰り返される様子も見たくない。 そう思った4人は、焦りの色を浮かべつつ地下校舎を奥へ進む。

 

「やだやだやだー! もう解放してよぉー!」

「うぅ! おしっこしたーい!」

「この声……」

 

 そのとき、どこからか声がしたので彼らはその場所を探るべく足を止めて耳を澄ませる。 そこでサンディが一番に気づく。

 

「ここから、聞こえてくるわよっ!」

「………教室……かしら、この部屋……」

「かもな……」

 

 その扉の奥から聞こえてくる、とサンディがいうのでその扉の前に4人でそろってたち、扉を開ける。 直後に聞こえてきたのは、怒声だった。

 

「おい、そこのお前!」

「へっ!?」

「遅刻とは見上げた根性だ! 我がエルシオン学院に、ここまでふざけた生徒が増えていたとはな!」

 

 突然怒鳴られ、戸惑うフィリス達。 視線の先には、あのときモザイオの背後に現れた男性の幽霊が立っている。 状況についていけていないフィリス達に対し、男性の幽霊はもう一度怒鳴った。

 

「なにをぼさっとしている!」

「え、えぇ?!」

「お前のことだよウジ虫! とっとと席につかんかっ!!」

「う、ウジむしぃ!?」

 

 身に覚えもないのに、ウジ虫などといわれてしまい、フィリスは眉をつり上げた。 その直後、フィリス達の存在に気付いたある人物が、彼女達に告げてくる。 それは、モザイオだった。

 

「だ、だめだ…イアン! こっちにくるなっ!」

「モザイオッ!?」

「すぐに逃げろ! あのじーさんの変な術のせいで、オレは一歩も動けないんだ! こっちにきたら、お前も出られなくなるぞ!」

「…………」

 

 モザイオは自分より、イアン達の身を案じているようだ。 モザイオは引き続きイアン達にここから逃げるように説得をしようとする。

 

「うるさいっ!」

「グハッ!!」

 

 だがそこに、男性の亡霊の指揮棒がモザイオに襲いかかる。 その一撃は思った以上に威力があり、モザイオは机にふっしてしまった。 そんな彼にたいし男性の亡霊はさらに指揮棒をたたきつけ、勉強をしろと言って怒鳴り散らす。

 

「なんてひどいことを………!」

「なにこれ、教育というタテを使っているだけの暴力ジャン! 体罰の域を余裕で越えてるんですケド! それを平気でやる方が、学校の恥って奴じゃねっ!?」

「ああ、クソッタレがいるぜ……やめさせよう!」

「そうですね、見過ごせません!」

 

 モザイオ以外の生徒も、顔に疲弊の色を見せている上に体のあちこちにアザが出来ている。 このままでは彼らの命が危ないのだ。

 

 

「座れと言っただろうが!!」

「………」

「なんだ、その目は! 貴様私に刃向かうのか!!」

「……ああ、刃向かってやるさ! あんたみたいな暴力教師………いいや、独裁者に従う気はないしねっ!」

 

 自分の言うとおりにしないフィリス達に対し、教師は怒鳴りちらす。 その声や表情には気迫があったが、フィリスはいっさい動じないで言い返す。

 

「愚か者が! 教師に口答えをするとは嘗められたものだ!! 英雄に出もなったつもりか!」

「ッ!?」

「貴様のような生徒はいらん! その反抗的な態度といい………貴様は……学院のウジ虫だ!」

 

 話の途中で教師は黒い力に飲まれていき、その姿を見る見るうちに変えていった。 その顔は膨張し緑色に変色し角がはえ、背中には小さな羽が生え、腕も足もぶくぶくと変色しながら太くなっていく。 体も非常に大きい。

 

「私の名はエルシオン! このエルシオン学院の創立者にして、真の教育者!」

「………エルシオン……!」

「さぁ覚悟しろ、たわけ者! ウジ虫に説教など不要! お仕置きをしてくれるわ!」

「上等だ! かかってきな!」

 

 エルシオンの言葉に対しフィリスはそう返すと、剣を抜いて向かってきたエルシオンの本による攻撃を防いだ。 セルフィスは仲間一人一人にスカラをかけてから、敵に対し攻撃魔法を放つ。

 

「バギマッ!」

「うぐっ」

「メラミッ!」

 

 直後にクルーヤがメラミを打ち込み、エルシオンを追いつめる。 そこにフィリスが切りかかったものの、相手は本でそれを受け止めてフィリスを払いのける。 フィリスは壁を蹴ることで直撃を回避しダメージを軽減する。

 

「うらぁっ!」

「ふんっ!」

 

 そこで別の方向からイアンが回し蹴りを食らわそうとしたが、エルシオンはそれもまた本で防ぎ、その本でイアンに反撃をした。

 

「ドルクマッ!」

「うわぁ!」

「イアンッ!」

 

 本による攻撃を防御の姿勢で耐えたイアンだったが、直後にエルシオンはテンションをあげてドルクマを放ち、イアンを吹っ飛して壁に強くたたきつける。

 

「ヒャダルコォォッ!」

「うわっ!!」

 

 そこでエルシオンはヒャダルコを放ち、フィリス達を激しい冷気で包み込む。 直後に氷の柱が立ち、4人の肌に傷を付ける。 特にダメージが大きいのは、イアンだった。

 

「イアンさん!」

「セルフィス、イアンの傷を優先的に治して!」

「あたしらは、自分で何とかするから!」

 

 立ち上がってエルシオンの前にたったクルーヤとフィリスをみて、セルフィスは頷くとイアンの元へ向かう。

 

「セル、フィス……ッ」

「イアンさん、今助けます…!」

 

 そう言ってセルフィスはイアンに対しベホマの魔法をかけ、彼の体の傷を一気にいやす。 前線では、フィリスが剣術、クルーヤが攻撃魔法でエルシオンと戦っていた。

 

「………みなさん、貴方の話を聞きたいのですよ」

「………だな………」

 

 そんなセルフィスの言葉を聞いて、イアンは立ち上がり自分のテンションをあげるために力をためる。

 

「ハァァッ…!」

「ドルクマ!」

「させません! バギマ!」

 

 再びドルクマの魔法がイアンに襲いかかろうとしていたが、それをセルフィスの風魔法が妨げる。 直後、イアンは敵につっこんでいった。

 

「イアン!」

「おうっ!」

 

 フィリスは敵の攻撃を剣で受け止めてはじいたところで、彼の名前を呼ぶ。 それにたいしイアンは笑みを浮かべて返事をすると、エルシオンの懐に飛び込んで拳を深くおとした。

 

「なにをっ……!?」

「誇り高きエルシオンよっ! 目を覚ませ!!」

 

 そこで、強い力を込めたイアンの拳が深くエルシオンの腹部にささった。

 

「ぐっ……ほぁっ!」

 

 せいけん突きがヒットしたエルシオンは、崩れ落ちた。 その様子をイアンは黙って見つめる。 やがてエルシオンは苦しそうに呼吸をしながら、語り出す。

 

「いかん……私がいなければ、エルシオン学院は、不良の巣……に………」

「冷静になれッ! あんたがやってるのは、更正なんかじゃないことに………気付け!!」

 

 苦しそうにしているエルシオンにたいし、イアンは怒号を込めた言葉を突きつける。 すると、まるでその声に答えるかのようにして、エルシオンの身に変化が現れる。

 

「ググゥォオオオオ! あ、頭が割れる………! ウォォオォオオッ!!」

 

 そして、その体から強い光を放った。

 

 

 

「………あれは……」

 

 やがてエルシオンの体から放たれていた光はやみ、そこにはあの男性の幽霊がたっていた。 おそらくこれが本当の、エルシオン卿なのだろう。

 

「………私は………いったいなにを………? こ、ここは………私の教室ではないか………」

 

 そのエルシオン卿には、先ほどの厳しさは感じられない。 エルシオン卿は、席に座らせられている生徒達をみて、呆然としていた。

 

「…………キミ達はエルシオンの子か。 いったいどうしたというのだ? それほどやつれた顔をして………」

「なにいってんだ、ふざけんなッ! てめぇが閉じこめたからだろ! おまけに、オレのことをたたいたりしやがって!」

 

 モザイオがいの一番に啖呵を切り、これは彼の仕業であることを突きつける。 それに続いてほかの生徒も、不満の声を上げていた。 そんな彼らの言葉を聞いて、エルシオン卿は記憶を呼び起こす。

 

「………そうだ………思い出したぞ………」

 

 すべてを思い出したとき、エルシオン卿は彼らに対し、謝罪の意味を込めて頭を下げた。

 

「すまない。 エルシオンの子らよ………。 私は正気を失っていたようだ………」

「なにをっ……!」

 

 ここまでして、許されないことは百も承知だと思いながらも、エルシオン卿はこの行為にでた理由を彼らに説明する。

 

「………私はなんとしてでも、キミ達に更正してほしかったのだよ…。 その理由がわかるかい?」

「えっ?」

「キミ達が、才能あふれる若者だからだ。 磨けば光る原石なのだ。 なのにキミらは努力をしない………。 自分はなにもないと、諦めてしまっている…故に……反抗的な態度を見せてしまっている……勿体ないことをしてしまっているのだ………」

「………」

「だから私は果実に願った。 キミらに教育を施すためのチカラがほしい……と………」

「けど、魔物になってしまったんだ………。 いきすぎた熱意が果実のチカラで暴走してしまった………」

「そう、その通りだ……」

 

 そう言ってエルシオン卿は、女神の果実をとりだして、机におく。 まるで、その果実と決別をはかるかのように。

 

「………すまない。 私は間違っていたよ……」

 

 エルシオン卿はモザイオ達にもう一度、謝罪を告げると、今度はイアンの方をみた。 まるで、イアンがかつてはこの学院にいたことを見抜いているかのように。

 

「……キミは、かつてこの地で勉強をしていた子…なんだね……?」

「…………」

「こうして私を止め、己の命を懸けて学友を助けにくるような………そんな立派な生徒がいることを知って、私は安心して眠れる…………」

 

 そうエルシオン卿は穏やかなほほえみを浮かべて言うと、その体を光に包み込ませていった。

 

「………見守っておるよ、ずっと………」

 

 そういいながら、エルシオン卿は光に包まれて消えていった。 どうやら未練はきえ、成仏していったようだ。

 

「………ったく、そう思っているなら最初から言えってはなしだよ! おせっかいなじーさんだな!」

「わたし達のこと、そんな風に思ってくれていたんだ………」

「………おれ、これからは、ちゃんとマジメに授業を受けようかな………」

 

 とらわれていった生徒達は、自分の体が自由になったことに喜び、開放感に満ちあふれていた。 そんな彼らに対し、イアンはかつての自分を思い出しながら、彼らに告げる。

 

「オレも、同じだよ」

「えっ?」

「オレは確かにここで荒れていた……。 …でも、そんなオレに才能があるって………オレは喧嘩以外の取り柄もある……そして、それを活かせる道があるんだって………教えてくれた人がいた。 だからオレは武道家として、武術の道を究める道を選んだんだ………」

「イアン……」

 

 イアンの話を聞いたモザイオは、彼に直接たずねる。

 

「オレ達も、あんたみたいに……スゴい人に………なれるかな………?」

「………ったりめーよ。 今からならまだ、間に合うぜ………」

 

 そうモザイオ達に笑いかけるイアンをみて、そしてエルシオン卿の言葉を思い出して、フィリスは少し目を細めてつぶやいた。

 

「原石かぁ」

「?」

「ううん、ただ師匠も同じように思ってくれていたのかな………って思っただけ………」

 

 そのとき師匠のことを、少しだけ思い出したフィリスなのであった。

 その手に、生徒を強く思うものの心が宿った女神の果実をしっかりと、握りしめながら。

 

 

 




次回はイアンの謎を解明し、新しい展開にすすみます。


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28「再会、そして…」

イアンの過去を解明しつつ、女神の果実を天使界にもっていきます。
自分でこういう設定にしててなんですが、イアンの過去はこれくらいハードにしとく必要があり実行しました。


 

 こうして、エルシオン学院で起きた事件も無事解決し、フィリスたちも探し求めていた女神の果実の入手に成功した。 学院長にも、このすべての出来事を説明した。 犯人はエルシオン卿の幽霊であることも、その行動にでてしまった原因なども。 女神の果実の存在は伏せながら。

 

「…と…いうわけなのです」

 

 最初は行方不明となっていた生徒が全員無事で帰ってきたことに喜んでいた学院長だったが、真相を突きつけると、苦い顔をした。

 

「エルシオン卿は、現代の教育の質の低下をごらんになり、お嘆きになったのでしょう………。 私の教育方針が甘かったようです………」

 

 どうやら学院長も、今のこの学院のあり方について反省をしているようだ。 不良が増える原因、自分たちの甘さと厳しさに、気付いている。

 

「我々教員一同、エルシオンの名に恥じぬよう…これからは生徒達をしっかりと指導していかねばなりませんな……誰一人として見捨てず、真剣に向かい合いながら………」

「そうしてください。 彼らはただ、悪ぶって自分をみせたいだけなのですから。 本心から向き合えば……わかりあえます」

 

 セルフィスがそう言うと、学院長は頷き、そしてイアンの方をみる。

 

「そして、君のことも思い出したよ………。 イアンくん」

「……学院長さん……」

 

 どうやら学院長も、最初にイアンを見かけたときに抱いていた違和感に気づいたようだ。 彼だけ初対面ではない気がしていたのだが、名前を聞いて思い出したようだ。

 

「追放されて何年たったか……もうわからない。 君に手を焼いていたのが、まるで昨日のことのようだ……」

「手を焼く、だけでは済まされないことも、やりましたが………」

「そうだったな。 だが……」

 

 学院長は笑って、彼に言った。

 

「よく戻ってきて、探偵として………この学園を救ってくれたな。 今は素直に君の成長を喜び、そして感謝しておる………」

「……ありがとうございます」

 

 イアンはそんな学院長の言葉を聞いて、深々と頭を下げるのであった。 そんなイアンの姿を見て学院長はうんうんと頷くと、やがて大きな声で大笑いをしながら言った。

 

「これにて、すべて一件落着ですな! 流石は私が雇った探偵だ! わっはっはっはっは!」

 

 そういって今回の事件を締めくくる学院長。 そこでサンディはボソリと言う。

 

「………ホントはアタシら、探偵じゃないんだけどね………」

「サンディ、しっ!」

 

 

 

 その夜、この学生寮での最後の夜を過ごしていた。 夕食を食べ、風呂に入り、明日の朝にはこのエルシオン学院を去っていくことになっている。 ちなみに、事件を解決したということで、この学院の生徒達にはすでにフィリス達の正体は公開されていた。

 

「イアンッ」

「ああ、お前達か……」

 

 そこで、フィリス達は一人で夜風に当たっていたイアンの元を訪れた。 その理由は、彼の過去を知るため。 彼がかつてはこの学院で生徒として過ごし、そして不良だったという話しに関する真相を確かめるためだった。

 

「悪かったな………オレの過去、隠してて」

「そのへんは、あたしもやってたから…今更気にしない。 それよりも、約束をはたしなよ」

 

 イアンは、今回のエルシオン学院の事件が解決したら、自分の過去や素性についてすべて、仲間に話すと約束していたのだ。 そして、今からそれが果たされようとしている。 イアンはフィリスの言葉に対し頷くと、説明をする。

 

「モザイオが言っていたのは、正解なんだよ……。 オレはここ…エルシオン学園で……長い間過ごしていた………。 だけど、オレはその中でグレたんだ…………なにもかもが、イヤになって………」

「どうして、そんなことに………」

 

 いくら気むずかしい年頃でも、反抗期でも、唐突にグレるなんてありえない。 きっと何か理由があるはずだ。 イアンは、自分がグレた理由を彼らに語る。

 

「…………失敗したんだ、試験で………。 オレはほかの生徒においていかれるかのように……成績が落ちていった………。 それが、オレにはショックだった」

 

 些細なことでしかない、他人が聞いたらそんな理由でと思うかもしれない。 だがイアンにとっては、それがショックだった。 そこにも、理由があった。

 

「………オレさ、親が少し遠くにすんでいたんだ。 あまりお金はなかったけど、両親はオレをエルシオンに入れるために……必死に働いた。 借金してまで、オレを学校に行かせた………けど、オレは試験で失敗し、成績が落ちて………グレることで………それを全部裏切ったんだ。 オレが学校で起こした騒ぎ、壊した学校のブツ…ケガをさせた生徒…逆らった教師…。 全部親にバレて……オレも学校から追放された。 不良とか、落第者のレッテルを……はられてな…………」

 

 その後イアンはいくあてもなく目標もいきる理由もなく、世界を放浪することになった。 彼の脳裏をよぎるのは、自分が不良になり追放を受けたと知ったときの両親の、失望した顔。 それがより一層イアンの心を壊していった。 だがその先で、彼にある転機が訪れた。

 

「その先で、オレは武術の師匠に会って、その人に教えをもらってやり直そうって決めたんだ。 そこで武術を磨いて、更正に励んだ……。 んで、師匠や兄弟子に認められて………武道家になって…その成果を親父とお袋にみせに行ったんだ……」

「それで、ご両親はあなたが更正したことに、喜んでくれたの………?」

 

 フィリス達からみてもイアンは立派な武道家だし、常に自分たちを引っ張ってくれる兄貴分でもある。 そんな彼を両親が認めないはずがないと思って問いかけるが、それにたいしイアンは首を横に振った。

 

「………いや………」

「え、どうして」

「実家には……誰もいなかったんだ…………」

 

 イアンが再び自分の実家を訪れたとき、そこはすでにもぬけの殻となっていた。 イアンはその家に住んでいた夫婦の話を聞き込みで調べたが、それを聞いたときに彼は激しい後悔におそわれた。

 

「後で知ったよ。 オレが学校でやらかしたことを知った途端に………親父は酒におぼれて………お袋もノイローゼになって……夫婦喧嘩の果てに共倒れして、そのまま……心中した……」

「……………」

 

 迷惑をかけたことを謝りたかった、更生してやりなおそうと努力したことをはなしたかった。 今の自分の姿を見せたかった。 だがイアンは、それをなにひとつ叶えることができなかったのだ。

 

「オレは罪ほろぼしのために、用心棒として各地を渡り歩いて……己を鍛え続けた……。 ときどき師匠や兄弟子と再会をして………困ってる人を助けたり………護衛を行ったり………強い奴と手合わせをしたりしてさ………」

 

 そう話をしていくにつれて、イアンの顔色は悲しさを宿していった。 まだなにか、抱えているものがあるかのようだ。

 

「そんで、オレはその先でルイーダさんに雇われて、彼女の用心棒をして…………」

「んで、あたしに出会ったというわけか」

「そういうこと」

 

 イアンはフィリスに惹かれるものがあって、彼女の旅に同行することを決めたのだ。 その後でクルーヤとセルフィスと出会い、今に至る。

 

「とはいえ、まさかそのフィリスが実は天使で…こんなとんでもねぇ冒険に巻き込まれるとは、想像できていなかったけどな!」

「うっせぇな」

「ふふっ……思えばそうですね…………」

「あははっ」

 

 そう話を進めていく中で、イアンはふとフィリスについて思うことがあったのだが、それは今は聞かないでおくことにした。

 

「さて、もう寝ようぜ……明日は早いしな」

「うん」

 

 そう呼びかけてフィリス達が眠りについた、それとおなじころ。 本来この事件を受けるはずだった探偵が到着したのだが、不審者と勘違いされて追い出されたという出来事があったのだが、それは誰も知らないことなのである………。

 

 

 その翌日、フィリス達はエルシオン学院を旅立っていった。 そこには、エルシオン卿にとらわれ授業を受けていた生徒達の姿もあり、特にモザイオが彼らに大きな声でお礼を言っていた。

 

「サンキュー! お前達は命の恩人だぜ!」

 

 そう彼らに告げるモザイオの表情は生き生きとしており、もう彼は大丈夫だと確信を得て離れていく。

 

「よし、じゃあ女神の果実はこれで全部らしいし、青い木のあるダーマ神殿にむかおう!」

「ああ!」

 

 彼女達はこれから、地上に落ちた女神の果実を届けるために天使界に向かうことになったのだ。 そこでフィリスはそうだ、とある提案を思いつく。

 

「みんなも一緒に、天使界に行こうよ!」

「え、それって私達も大丈夫なの………!?」

「いいっていいって! あたしが天使界にいるみんなを説得する! んで、あんた達の滞在とか……あたしの同行を許可させる!」

「………天使界………僕がそこにいけるなど………奇跡ですね………!」

 

 それをきいて、仲間達も気持ちを高めていった。 やはり、天使界にいくのが楽しみのようだ。

 

「じゃ、アタシちょちょいっと準備をするねっ!」

「ああ、待ってるぜ」

 

 サンディは早速、天の箱船を呼んで準備に取りかかる。 そして、それを待っている間、イアンはフィリスに話しかけてきた。

 

「…………なぁ、フィリス………」

「ん?」

「昨晩、ふっと思ったんだけどよ……」

 

 イアンが内心思っていたことは、偶然にも出会ったフィリスが天使だったことや、世界を巡る旅だったことにたいする、自分の立場のことだった。

 

「お前の宿命に手を貸して………そして、世界の困っている人たちを助けることができたらそれもまた、オレの贖罪になるかな………?」

 

 この旅も、自分にとってはそういうことなのだろうか。 イアンはフィリスの立場について改めて考えるにつれ、そう思っていたのだ。

 

「そんなの、あたしにわかるわけないだろ?」

 

 そんなイアンの考え方にたいし、フィリスはそうあっさりと返した。

 

「結局どうすれば満足するのかも、それがどう転ぶのかも………全部決めるのはあたしじゃない………イアンなんだ……。 あんたがそう思いたければ、そう思っていればいい」

「だがっ……それで……」

「利用されている、ことには一切ならないさ。 それなら、あたしも人のことをいえた義理じゃないしな。 あたしは自分の目的のために、あんたらを利用したことにもなる」

 

 そう語りながら、フィリスは彼らとのこれまでの旅で思ったことをそのまま口に出す。

 

「でも、あたしは………これまでの旅で認識したよ。 あんたは自分のためだけに動かない。 あたしも……自分の目的のために誰かが犠牲になったり苦しむことを望まない。 仲間のためになにができるか、なんのために動けるか………そっちが大事だと、あたしは思うよ」

 

 フィリスは旅の間で彼に対する気持ちを打ち明ける。

 

「少なくともあたしも、クルーヤも、セルフィスも。 イアンはいい奴だと思ってる仲間だと思ってるだろうさ。 だから、ここまできたんだ」

「フィリス……」

「あんたも、どうしたいか決まってるんだろ?」

 

 その言葉に対し、イアンはああ、といって頷き口を開く。

 

「オレは、もっとお前達と旅をしたいと思ってる。 オレは旅をして鍛えて………強くなった気でいるだけかもしれねぇ。 だから………」

「わぁってるって。 あたしらは仲間だしな……一緒にいこうぜ」

 

 イアンの言葉にそう答えると、フィリスは別の方を向いて笑いかける。

 

「な、みんな」

「えっ?」

 

 何故そこでみんな、という単語がでたのか理解できずに、イアンはきょとんとする。 すると、物陰からクルーヤとセルフィスが姿を見せた。

 

「クルーヤ、セルフィス! いつの間に!」

「ごめんなさい、あなた達の話……聞いちゃった」

「………イアンさんが、そういう風に考えるとは………僕もビックリですよ……」

 

 そう言った後で、クルーヤもセルフィスも笑顔を浮かべて彼らに言う。

 

「イアンってば、水くさいわ。 頼りたいならいくらでも私達を頼ればいいのに」

「そうですよ………自らの罪を認めるのは、とても勇気のいることなのです。 僕は貴方の勇気を認めたい……だから、貴方の罪滅ぼしのお手伝いをさせてください」

 

 そうイアンに語りかけてきているセルフィスとクルーヤのほほえみには、彼の抱えているものを受け入れる姿勢が見受けられた。 その表情でイアンは、どこか心が軽くなったらしい、彼らにほほえみかけた。

 

「ああ……ありがとう………」

 

 そんな3人の様子をフィリスが見守っていると、そこで天の箱船を動かす準備を整えていたサンディが現れて、フィリス達に呼びかける。

 

「おまたせ、準備完了よっ!」

「みんなで、いけそう?」

「天の箱船をみることはもちろん、乗ることも出来てるんだからモンダイなしっしょ」

「よーし、じゃ、いこ!」

「「「おーっ!!」」」

 

 そうしてフィリスは仲間達をこの天の箱船に乗せて、天使界へと向かう。 運転をしているサンディは、操縦をしながらフィリスと話をする。

 

「とりあえずこれを持って行くだけでも、天使のみんなが安心するでショ。 フィリスも頑張ってるってこと、アピールしたいしね!」

「そうだな」

 

 フィリスの鞄の中にはしっかりと、七つの女神の果実がはいっている。 これで天使界は救われるだろうと思い、期待に胸を膨らませる。

 

「えっ!?」

「んん!?」

「なに!? まぶし………」

 

 だがそのとき、強くまぶしい光が現れた。 何事かと思いながらもそのまぶしさに目を閉じてしまい、光が止んだところでゆっくりと目を開ける。

 

「…………!」

「久しいな……フィリスよ……」

 

 そのときにフィリスの目の前には、一人の天使の男性が立っていた。

 

 

 その姿を見たフィリスは目を丸くさせ、サンディは突然現れた天使に対しあわてている。

 

「え、だ……誰……!? て、て、天使みたいだけど……フィリスの知り合い!?」

「い、イザヤールお師匠様……!」

「し、ししょー!?」

 

 天使はフィリスの師匠である、イザヤールだったのだ。 衝撃の事実に対しサンディは驚き呆然とする横で、フィリスは嬉しそうに笑いながら彼に迷いなく駆け寄って、彼に怒濤の勢いで話しかける。

 

「ご無事だったんですね!? あれ以来ですね! 天使界はああなるし師匠の姿は見えないし、あたし心配していたんですよっ!!」

「ああ、心配をかけてすまなかったな……」

 

 イザヤールは冷静にフィリスにそう告げると、あるものについての話題を持ち上げてくる。

 

「ところで……女神の果実はどこにあるのだ? お前が集めているのだろう?」

「え、どうして………そのことを……?」

「長老様に話を伺ったのだ。 恐らくお前はすべて集めきったであろうこともな………そして、お前は無事にそれを果たしている………」

 

 そう言った後で、イザヤールはフィリスに手を差し出してきた。

 

「ここまでよく頑張った、後のことは私に任せるといい。 その女神の果実は、私が天使界へ届けよう」

「え、だけど………」

「………天使は自分よりも上級の天使に逆らえぬ。 それがならわしだと教えたはずだ」

「……………」

 

 唐突にそう言われて戸惑ってしまうものの、結局彼には逆らえずにフィリスはその女神の果実を鞄から取り出して、彼に手渡してしまう。 そこでフィリスは違和感を覚える。 命令は絶対であることがならわしだと言いながらも、彼はちゃんと自分の話を聞いてくれるはずなのだ。 実際、星のオーラの時だって、イザヤールはフィリスに、その大事な立場になるという手柄を与えてくれたのである。

 

「流石だな、本当にすべてを集めるとは」

「………ま、まぁ……そりゃあ………これが使命です……し………」

 

 そんな違和感を覚えながらも、フィリスはイザヤールにそう返す。 自分はこれからどうするべきかも問わねば、と思った、そのときだった。

 

「……………ご苦労だったな…イザヤールよ………約束通り…女神の果実を……我が帝国へ送り届けるがよい…………」

「!?」

「なに、今の声?」

 

 突如として不気味な声がして、フィリスもサンディも戸惑う。 なによりも気になったのは、その声がイザヤールの名前を口にしていたことだ。 その真意を確かめようと、フィリスは彼に声をかけようとする。

 

「あの、師匠………?」

「ハッ」

「えっ?」

 

 その声に対し、イザヤールは返事をする。 サンディはフィリスにしがみつく。

 

「なんかあやしくねっ!? ホントに果実を渡してよかったの!?」

「し、師匠………あなたは一体………!? 女神の果実を、どうするつもりですか!?」

 

 咄嗟に剣に手をかけるフィリス。 そんなフィリスの姿を見て、イザヤールは剣を抜いて切っ先を彼女に向ける。

 

「…………私に刃向かうというのなら、容赦はしないぞ…フィリス!」

「ッ!」

 

 その剣をフィリスははじこうとするのだが、体が動かなかった。 これが、天使の掟の力なのかとフィリスが思った次の瞬間。

 

「フッ!」

「うぁッ……!」

 

 イザヤールの剣が、フィリスの体を切り裂いた。 それにより血が舞い上がり、フィリスは崩れ落ちる。

 

「…………な……なんで………し、しょ………………」

 

 最後にフィリスは、ぼやける視界と遠のく意識の中でイザヤールを呼ぼうとしたが、かなわず倒れてしまった。 イザヤールは剣を鞘に戻し、その様子を見たサンディは悲鳴を上げる。

 

「キャーッ!!」

「なんだ、騒がしいな……」

 

 そのサンディの悲鳴を聞いたようであり、奥の車両からイアン達が姿を現す。 そして、その視線の先でイザヤールと、倒れているフィリス、あわてているサンディという光景が広がっていることに気づいた。

 

「フィリスッ!?」

 

 彼らの視線は一気に、倒れているフィリスに向いて彼女の元に駆けつける。 そして、イアンはそこにたっているイザヤールをにらみつける。

 

「て、てめーなにもんだ!?」

「天使……なの………?」

「そ、それが……フィリスのお師匠様なんだって! それで、いきなりフィリスを攻撃してきたのヨッ!」

「なんですって!」

 

 イザヤールのことはフィリスから話を聞いていたので、イアン達も知っているがこうして目撃するのは初めてだ。 だが、そんな彼が何故フィリスを切り捨てたのか。 戸惑う彼らをみて、イザヤールは告げる。

 

「…………お前達がフィリスに組しているという人間達か………」

「そんなことはどーでもいいわっ!」

「あなたは、なにをして………」

 

 3人がイザヤールに問いつめようとしたとき、イザヤールの手によって扉が破壊された。

 

「さらばだ」

「まてっ!!」

 

 破壊した扉を使って外に逃げていくイザヤールを捕まえようとしたイアンだったが、相手の方が動きが早く、捕まえることはできなかった。 そして、その先でとんでもないものを目撃した。

 

「なんだあれ!?」

「黒い、大きな龍!?」

 

 彼らが目の当たりにしたのは、空を舞う黒く長い竜のような生き物。 そしてその背には、鳥の頭を持っている謎の人物が乗っている。

 

「イザヤールさん、首尾はいかがですか?」

「私のお目付役か? ご苦労なことだな…ゲルニック将軍よ」

「ホーホッホ……滅相もない。 たまただですよ。 私もこちらに用があったのです……」

 

 ゲルニック将軍と呼ばれた鳥の頭の人物は、平行して飛ぶイザヤールにそう話しかけてくる。

 

「しかし、我々も完全にはあなたを信用していないのも、事実ですがね」

「心配せずとも、果実は手に入れた」

「………それは上出来ですねぇ」

 

 イザヤールの言葉を聞いて、ゲルニック将軍はにやりと笑う。

 

「私はこの闇竜バルボロスの力で、ドミールの里へ向かい、空の英雄を亡き者にするべく向かいます。 その前にこの力を……試すとしましょう」

 

 そう言ってゲルニック将軍はバルボロスになにか指示を出す。 するとバルボロスは黒い塊を吐き出して、天の箱船を攻撃した。

 

「あのヤロッ……!?」

「きゃあぁぁ!!」

 

 その力がぶつかった衝撃で、天の箱船全体が激しく揺れる。 イアンとセルフィスとクルーヤはその激しい揺れに翻弄され、ただ一人倒れているフィリスが外に投げ出されそうになった。

 

「フィリス……うぐぅぅう! む、ムリくさい……!」

 

 サンディが外に投げ出されるフィリスを空中にとどめようとするが、体格の差ゆえに持っているのが厳しくなっていく。 それによりサンディも力つきて落ちそうになるが、そこでクルーヤの手が伸びた。

 

「いやよ、このままフィリスがいなくなるなんて、いや!」

「僕もっ……!」

「オレも、こいつを……失いたかねぇよっ!!」

 

 そういってセルフィスとイアンも手を伸ばしてフィリスをつかむものの、そこに無情にもバルボロスの攻撃が命中し、天の箱船は吹っ飛んでしまう。

 

「うわぁーーーっ!」

 

 バルボロスの攻撃による衝撃により4人は宙に投げ出され落下していき、それぞれで散り散りになってしまった。

 

「……」

 

 そのとき、フィリスの目から、光る何かがこぼれていた。

 




まぁ衝撃の展開ですよね。
ここから4人はどうなってしまうのか…次回をお楽しみに!


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29「ココロせまき地にて」

ナザム村編。
この村の第一印象はホント最悪だったなぁ。
すべて知った後だと、余計にそう思えてなりません。


 

 女神の果実がすべて集まり、それを天使界に届けようとした矢先のこと。 フィリスはその途中で自分の師・イザヤールと再会を果たした。

 

「ハァ…」

 

 しかし、再会の喜びもつかの間。 イザヤールはフィリスに剣を向け、裏切ったのだ。 そのときにフィリスは重傷を負い、女神の果実を奪われ、再び天高いところから落とされてしまったのだ。 それによりフィリスは身も心も傷ついてしまった。

 

「こんなところに迷い込んだとか、マジ最悪なんですケド…」

 

 そんな彼女が迷い込んだのは、ナザム村という小さな村だった。 だがこのナザム村は、異常なまでに外からきた人に冷たく、フィリスのことも見捨てようとしていた。 フィリスは前にも高いところから落下して重傷を負ったのだが、そのときはリッカに助けられた。 だが、今回はそれがなくなりかけていた。

 

「フィリスさん! ボクだよ、ティルだよ!」

「……ティル?」

 

 なくならなかったのは、今彼女に声をかけているこの少年のおかげである。 ティル、と呼ばれた少年はフィリスが休んでいるこの小屋の中に入ってきてすぐに、彼女の容態を本人に聞く。

 

「怪我の具合はどう?」

「ああ、だいぶよくなったよ」

「そっかそっか! よかったぁ!」

 

 そう言ってフィリスは、ティルに笑いかけてみせる。 フィリスの体はよくなったと知って笑顔を浮かべたティルだったが、すぐに寂しげな顔になった。

 

「ん、どうした?」

「………ごめんなさい………」

「………なんでティルが謝るんだよ? あんたは何も悪くないじゃん」

「ううん、ボクもあの村に今は住んでいる身だもの………ボクもあの村の一員も同然だ………。 それに……ホントはちゃんとしたところで治療もして、休ませたかったのに………この泉にたってた……いつ壊れるのかもわからない小屋で……手当をすることになっちゃった。 ボクがもっとしっかりした大人とかなら、ちゃんとみんなを説得して……フィリスさんを助けてあげられたのに………」

 

 この少年、ティルはナザム村の出身のようだが、ほかの村人とは違い彼女を助けようとしてくれた。 ティルの話では村の中にこのまま置いておくことに反対した村人により、フィリスをこの小屋まで運んでから治療を受けることになったらしい。 現に今も、時折村人とは会ったものの、出て行けと言われてしまう。

 

「なーに、これくらい慣れっこだって」

 

 野宿に慣れている身としては、こういった小屋でも休めるだけ贅沢になるものだ。 おまけに、ナザム村のあの冷淡な態度に比べれば、自分を好意的に受け止め助けてくれているティルには好感が持てる。 心身ともに追いつめられていたフィリスにとって、この少年の存在はありがたい。

 

「そっか………フィリスさん、仲間がいたんだ………」

「うん」

 

 今回、フィリスはティルに自分には仲間がいたことを話していた。 イアンとセルフィスとクルーヤとパーティを組んで、ともに旅をしていたことを。 そんな彼らとは離れ離れになってしまったことを。 そして、あとでサンディから聞いた話を頼りに、フィリスは今後の目的を決めていた。

 

「その仲間に会うためにも………あたしは黒い竜とやらを追わなきゃいけないんだ。 そこに手がかりがあるかもしれないしな……!」

「…………」

「だから、傷が治ったらすぐに出て行くつもりだよ………。 ナザムの村人に言われなくてもな………」

 

 ナザム村の人達は、フィリスというよそものが村の近くにいるというだけで虫唾が走るものなのだろう。 それをフィリスも薄々と感じ取っており、自分の傷も少しずつ癒えてきているのも、目的があるのもあって、すぐに動き出す体制にすでに入っていた。

 

「そうだ! ボク、おもいついたよっ!」

「ん、なんだ?」

 

 そんなフィリスの姿を見たティルは、彼女の力になりたい一心で、彼女にあることを告げる。

 

「この近くに、ドミールって地があるんだ! そこにはグレイナルっていう伝説の英雄がいるんだよ! グレイナルに会うことができれば、力を貸してもらえるかも!」

「空の英雄!? そんなのがいるのかよ!?」

「うん……それにね、ドミールに行かなきゃいけないことになるんだけど………ボク、いいことを知ってるんだ!」

 

 そしてティルは、ナザム村に伝わるという伝承もフィリスに教える。

 

「ドミールへの道を目指す者現れし時。 像の見守りし地に封じられた光で、竜の門を開くべし………っていうナザムの村の人達しかしらないお話!」

「どういうことなんだ?」

「像のみまもりし地っていうのはね、ここからずっと西にある、魔獣の洞窟って呼ばれているところのことらしいよ! でも、その洞窟の入り口を開ける方法は……今はもう誰も知らないんだって………」

 

 そこまで語ったティルは、徐々に顔色を曇らせていった。 フィリスの力になりたくてこの伝承を話してみたはいいものの、その肝心な部分を知らないことで、役に立ててないことを実感してしまったのかもしれない。

 

「ティル…………ありがとう」

 

 しかし、ティルがフィリスを全面的に助けたいと思う気持ちは本物だ。 その気持ちに対して思ったことを、フィリスは彼に笑いかけながら告げる。

 

 

 

 その後ティルは、すぐに村に帰らなきゃいけないと言っていたので、一度フィリスが休んでいる小屋から立ち去っていった。 彼が去った後、少しだけ歩いてみるかと言ってフィリスは、小屋を出て少しだけ歩いてみる。

 

「そっか、ドミールとか空の英雄とか、ああいう意味があったんだね」

「そういう話を聞いていたのか」

「うん。 そのときのアタシは、あいつらがなにをいってるんだかサッパリで………急展開で、テンパってて………ついていけなかった」

「……………」

 

 そのときにサンディは、天の箱船でなにがあったのかを思い出しながらフィリスに話し聞かせた。 そのときフィリスは、ふっと顔を暗くさせる。 その理由は、天の箱船で会ったあの天使のこと。

 

「…………師匠…………」

 

 フィリスには、まだ理解できなかった。 あそこにいたイザヤールは、自分が会ったあのイザヤールは一体何だったのだと。 彼はどうして、あのような事をしてしまったのだろうかと。 イザヤールの豹変は、フィリスの心に深い傷を残した。

 

「イアンもセルフィスもクルーヤも……みんな、無事かなぁ………?」

 

 それだけではない。 ともに天の箱船にも乗ったほどの、自分と運命をともにすると決めてくれた仲間のことも考えていた。 彼らもバラバラになって、この世界のどこかに散っていってしまった。 そんな彼らに対しフィリスは、自分が巻き込んでしまったのではないかと思ってしまっているのだ。 彼らが無事なのか、どこにいるのか。 それにたいする不安がフィリスにのしかかる。

 

「フィリス」

「ん?」

 

 ティルには気丈に振る舞っていたために見せなかった、不安の感情。 それが一人きりになったときにあふれてきていた。 そんなとき、サンディは何かに気付いてフィリスに顔を上げさせる。

 

「あそこにいるのは……」

 

 それにより、フィリスは気付いた。 そこには、深くフードをかぶった女性がいた。 その女性を、フィリスは知っている。

 

「……………また、ここに戻ってきてしまった………まだ、目的は果たせていないのに………」

「あの、あなたは………」

「………!」

 

 その女性はなにかを呟いていたが、声をかけられたことで振り返る。 そのときに顔がわかり、その顔を見たフィリスはやっぱりと呟く。 何故ならば、フィリスはこの女性を旅の中で何度も見かけたからだ。

 

「あなたは……旅先で見かけた人! もしかして……ずっと私のことが見えてるの………?」

「うん、見えるけど………」

「これまで、誰も私に気付かなかったのに………」

 

 とりあえずフィリスは、自分の名前を名乗る。

 

「あ、えーと………あたしはフィリスだ。 あなたは………」

「私の名前は………ラテーナ………」

「ラテーナ…さん? ラテーナさんは、ナザム村の人なの?」

 

 フィリスの問いにたいし、ラテーナはうなずき彼女にお願い事をする。

 

「見えているなら、お願いがあるの………あの村に置いてきた……私の宝物を探してきて………」

「宝物?」

「ええ……誰にも盗られないようにって隠していたの。 とても大事なものだから………失いたくなかった。 今の私には出来ないことだから、かわりにかなえて…………」

「……………」

「天使像の下に隠したことは覚えているわ………だから……お願い………」

 

 そうラテーナは、フィリスにそうお願いをする。 話を聞いてしまった以上、フィリスは生来の性分ゆえにこの頼みを断れない。 頭をポリポリとかきながら、そのお願い事をきくことにした。

 

「あの村にはいたくないけど………仕方ないなぁ………」

 

 

 

 フィリスはこっそりとナザム村に入って、ボロボロの天使像を発見してその足下を調べてみる。 だがそこにはなにもなく、それにたいしサンディはガセネタを掴まされたと不満を露わにした。

 

「ティル、悪いな」

「ううん、いいんだよ。 これくらいのこと、お手伝いさせて?」

 

 そこでちょうどいいタイミングでティルがフィリスの存在に気付き、フィリスが天使像の近くにあるものを探していることを知ると、ティルは心当たりのある場所があるといっていた。

 

「ちょっと、行ってくるね!」

「ああ、頼むよ」

 

 そうしてティルは心当たりのある場所もとい教会へと向かった。 フィリスは、村人にばれないように隠れている。 その数分後、ティルは教会から出てきた。

 

「あったよ! ねぇねぇ! これかな?」

 

 そう言ってティルがフィリスに見せてきたのは、金色の縁に青い不思議な宝石が埋め込まれたペンダントだった。 とても美しいそのペンダントをフィリスは確認のためにティルから受け取ると、そのペンダントは光をはなった。

 

「わっ!」

「わぁ、フィリスさんが持つと光るんだね! とってもキレー!」

「はは、そうだなっ」

 

 ティルとフィリスはそのペンダントが光を放ったことに感動して、笑顔を浮かべる。 そして、そのペンダントこそがラテーナの大切なものだと悟ったフィリスはティルに言う。

 

「探していたものは、これで間違いない! お手柄だぞティル!」

「えっへへ」

 

 フィリスにほめられ、ティルは上機嫌になって照れ笑いをする。 さっそくこのペンダントをラテーナのところへ持って行こうと決めた、そのときだった。

 

「……おまえはっ!」

「あ……おじ……村長さん!」

 

 そこにいたのは、ナザム村の村長だった。 フィリスを一番に不審に思い、すぐに出て行ってほしいと思っている人物であり、ティルのおじにあたる人物。

 

「……まだこの村にいたのか」

「悪いかい?」

「当然だ。 今まではけが人………かつティルが面倒をみると言い切ってしまったが故に…敢えて見逃してやっていたもの。 おまえにはすぐに立ち去って貰いたくて、もやもやしているんだ」

「……………………」

「そこまで動けるのなら、もう長居は無用のはず。 早々に出て行ってもらおうか」

「そんな……!」

 

 ティルは、フィリスにはまだけがが治っていないはずだと言っておじに反発しようとする。

 

「言われずとも、この村には他人のお願い事を聞いて………それをかなえたい一心で立ち寄っただけだ。 それが終わればすぐに立ち去る………」

「ふん、こんなときに他人のことを考えるとは…………余所者に加えて偽善者というわけか………?」

 

 村長の言葉が刺さり、そして隣ににいるティルをみたフィリスは、村長を鼻で笑ってみせる。 それにたいし、村長はなにがおかしい、と怒りを見せた。

 

「べつに? あんたも、偽善者のようなものの気がしただけさ…」

「なにっ!?」

「この村の、こんな風習があるというのに……いくら甥っ子であるからとはいえ、あんたはティルを引き取った。 そうすることで、自分はほかの町からきたからとはいえど、身内を見捨てない優しい人ですよーって…アピールしたいんじゃないのか?」

「なっ!」

「そんな自分のことしか考えてない、ティルの本当の気持ちも分かってやれない。 そんな人が村長のこの村は……よく今までこうして村としての形を残せていたもんだ………。 普通ならとっくに滅びている。 …………奇跡だな……!」

 

 あの小屋で手当をしている間、フィリスは小屋に石を投げつけられていたのを覚えている。 誰も、自分におびえているのか、中には入ってこようとはしていなかったが。 そのときの鬱憤を、フィリスは村長を前にして打ち明けていく。

 

「古い伝承も、根拠も理由も考えないですがって、結果として自分達にストレスあたえちまってんじゃねーか」

「………………」

「ちょっとは変えようという方向に、頭を回しなよっ! そうしなきゃ、あんた達は永遠にだれも信じられない、孤立したまんまだ! そんなヤツに…差す光はない!」

 

 そう捨て台詞を残して、フィリスはその村を去っていった。 最後にティルにだけは、優しく笑いかけながら手伝ってくれてありがとう、と告げてから。

 

「…………フィリスさん」

 

 その言葉を聞き、ティルは自分の服を握りしめていた。 そして、彼女は自分の気持ちを代弁してくれたのだと気付く。

 

「……………ボクは……………」

 

 

 

 

「…………………」

 

 希望の泉にて、フィリスを待っている間。 ラテーナは空を見上げながらあることを思い出していた。

 

「…………あの、大丈夫ですか?」

 

 ナザム村を流れる川のそば、そこでラテーナは信じられないものを目撃した。 それは、傷ついた金色の髪の男性。 だが、ただの男性ではないことが、背中から生えている大きな翼が証明していた。 驚いたものの、ラテーナは傷ついたその人物を放っておくことが出来ず、家につれてかえって手当をした。

 

「それじゃあ……あなたは、本当に天使なの………?」

 

 その人物はラテーナの賢明な看護によりみるみるうちに回復していき、その人物が実は伝承にあり自分達を守っていると伝えられている、天使であると知る。 そのときにラテーナは、このナザム村ではエルギオスという守護天使に守られている……という伝承を語った。

 

「なんじゃ、おまえさん方は! この村にめぼしいものなどない! すぐに出て行ってくれ!」

「そうはいかぬ。 この世のすべてはわがガナン帝国のもの。 たとえこのようなちっぽけで、ゴミためのような村でもな!」

 

 だがそんなある日のこと、ガナン帝国を名乗る国の軍勢がナザム村を訪れていた。 傲慢な態度でそう言い切り、ラテーナに目を付けてきた。

 

「差し出すものはモノであるとは限らん。 たとえば……そこの娘はなかなか器量がよさそうだ」

 

 ガナンの兵士はラテーナを帝国への貢ぎ物として、連れて行こうとしていた。 それにたいしラテーナは必死に抵抗する。 彼女の父である村長も、それに抗議する。

 

「いやです、離してください!」

「こなければ、この村はどうなるかわからんぞ?」

 

 だがガナンの兵士は彼らの抵抗を力で圧して、強引にラテーナを連れて行こうとしていた。 そのとき、雷撃が兵士達に一斉に襲いかかってきた。

 

「やめろ! この村に……彼女に手を出すなっ!!」

 

 ラテーナの声を聞いた、その天使がこの場に駆けつけたのだ。 天使は、雷を放って兵士を次々に吹っ飛ばしていく。

 

「な、なんて力………! き、キサマは………まさか………!?」

「くっ……このガナン帝国に逆らったらどうなるか………それがどれほどおろかなのかを思い知るといい!!」

 

 そう言い残し、ガナンの兵士は立ち去っていった。 そこで、ラテーナの記憶はとぎれる。

 

「……………私のせいで…………」

 

 その記憶の中でラテーナは、ある理由から罪悪感を抱いていた。 天使にたいする想いと、そこからくる苦しみ。 それが、ラテーナの未練そのものだ。 その人物を見つけ、そして償わねばならない。 だから、探し続けている。

 

「ラテーナさん!」

 

 そのとき、ラテーナの元に、彼女の宝物を探していたフィリスが戻ってきた。 フィリスのことに気付いたラテーナは振り返り、彼女をみる。

 

「フィリスさん……」

「あなたが探してたのって、これのこと………?」

「………見つけてくれたのね」

 

 フィリスは首飾りを見せることで、ラテーナに確認をすると、ラテーナはそれこそが自分の探していた宝物だと肯定するように頷いた。

 

「…………それは、あの人が私にくれた、大切な首飾り……」

「やっぱり……」

 

 正解だったんだ、と知ったフィリスは安堵の笑みを浮かべた。 そうしてラテーナに手渡そうとしたとき、その首飾りは先ほどと同じように光を放つ。

 

「これは………」

「おっ、また光った!」

 

 その光を見て、ラテーナは驚きそして、フィリスの正体に気がつく。

 

「……天使が近くにいると光を放つって、あの人が言ってた…………。 まさかと思ったけど、あなたもあの人と同じ………天使なのね………」

「…まぁな。 今はワケあって輪っかも翼もないけど………」

「………そう………」

 

 フィリスが天使であることに納得しつつも、ラテーナはつぶやく。

 

「でも、私にとって天使は……あの人だけ。 その首飾りをくれた、あの人だけ…………」

「あなたは天使と関わったのか……」

「…………………」

 

 そうフィリスが言うと、ラテーナは黙り込む。 マズイ事を聞いちゃったかなとフィリスが気にしていると、ラテーナはその首飾りを首にかけると、何かお礼がしたいとフィリスに申し出てくる。 そのとき、サンディが飛び出してきた。

 

「じゃあさ、昔の村の人だったんなら……魔獣の洞窟の入り口の開け方しらない?」

「まぁ、かわいい。 妖精さん?」

「……か、かわいいだなんて……そんな当たり前のことを言われましても……。 それに…アタシは妖精じゃないんですけど……」

「まんざらじゃないね」

「しっ!」

 

 ラテーナの率直な感想を聞いたサンディのリアクションにたいし、フィリスは少しだけにやっと笑いながらからかう。 そんな二人のやりとりに目を向けつつ、ラテーナは確認をする。

 

「あの洞窟に行きたいの?」

「ああ……どうしても必要なんだ」

 

 フィリスはラテーナの問いにたいし、そう真剣に答える。 すると、ラテーナはそれにたいし首を縦に振った。

 

「その開け方なら知っているわ」

「ホントか!?」

「ええ……先に行っているから、すぐにきて………」

 

 そのとき、フィリスはティルのことを思い出す。 自分がここで行動する理由は、仲間のためにドミールに向かいたいからじゃないことを、確認するために。

 

「ティル、行ってくるよ」

 

 彼のためにも、ナザムの村をなんとかしてあげたい。 もし自分が洞窟を突破して人々の信頼を得ることができれば、ティルも生きやすくなるはず。 今はただ、そう信じるのみだ。

 




ちなみに、仲間達をバラバラにしたのは、ちょっとした違和感を消すためです。


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30 「魔の道を乗り越えろ」

今回はあの洞窟を攻略します。
あそこでレベル上げをした人はどのくらいいるんだろう(笑)


 

 ナザム村の人々を改心させるため、そしてドミールの里へいくため。 フィリス達は魔獣の洞窟を目指すことになり進んでいた。 扉を開くための鍵は手に入れた、あとはその鍵で洞窟へ入り、ドミールへ渡る道を手に入れるだけだ。

 

「うーん、地図で言うとここで間違いないんだよな?」

「うんっ」

「…後戻りはできないしな、いくっきゃない」

「…そうだネ」

 

 実はフィリス達は、自分達の寝泊まりしていた小屋に一度戻ろうと思ったのだが、その小屋は焼き払われていた。 どうやら村の言い伝えにより、余所者もといフィリスをよくおもっていない村人達の仕業らしい。 装備品や旅に大事な道具をフィリスがずっと持っていたことだけが、不幸中の幸いといえる。 結果として立ち去らねばならないことを知った彼女は、足を早めることを決めたのであった。

 

「!?」

 

 だがそのとき、近くの草むらがガサガサと音を立てていて、しかもその音が徐々に自分達に近づいてきていることに、フィリスは気付いた。

 

「誰かくる!」

「魔物? まさか…あの辛気くさい村の連中とか!?」

 

 フィリスは警戒をして、剣に手をかけて構える。 村人なら威嚇をし、魔物なら切り捨てるために。

 

「あ」

「あ」

 

 しかし、草むらから出てきたのは、緑色の髪と茶色の瞳の少年。 槍を片手に持っている彼と目があった瞬間、二人は同時に口を開いた。

 

「「いたぁーっ!?」」

 

 二人は同じことを言って、互いに駆け寄ってその顔を見合わせる。

 

「セルフィス、セルフィスじゃないか!」

「フィリスさん、またこうしてお会いできて…うれしいです!」

 

 その少年こそが、フィリスの離れ離れになってしまった仲間の一人である、セルフィスなのだ。 2人は再会と互いの無事を大きく喜ぶ。

 

「でも、どうしてここに……」

「やっぱり、フィリスさんのお友達だったね!」

「ティル!」

 

 セルフィスの背後から少年・ティルが姿を現した。 ティルはフィリスとセルフィスが会えたことにたいし喜びつつ、ティルは自分がセルフィスとともにいた理由を語る。

 

「実は……ボクがこの近くで魔物におそわれたとき、道に迷っているこの人に助けられたんだ。 話を聞いてみると、はぐれた仲間を捜していた……って。 その探してる人の中に、フィリスさんの名前があったから……もしかして、って思ったんだ」

「ティルくんから、ナザムの村の話を聞きました………。 よその方を嫌うという、なんとも痛々しい事情を抱えているもよう………その中に貴女がいたとは………僕も苦しく思います」

「………セルフィス………」

 

 セルフィスは、フィリスが受けたであろう心の傷を自分のことと思うかのようにそう告げた。 そして、少し祈るように頭を下げたかと思うと、顔を上げて凛とした表情をフィリスにみせる。

 

「けど、仲間とまた会えるのであれば……そして、信用を取り戻せるのであれば、僕もそれに賭けたいと思います。 これから貴女がなにをするつもりだったとしても………僕は貴女と共にいきます」

「ありがとう、セルフィス……」

 

 フィリスはセルフィスの言葉を聞いて、再び彼と旅をすることを決めてそう言った。 そんな彼女の返事を聞いたセルフィスはしっかりと頷くと、ティルの方をみた。

 

「……さぁ、ティルくんは村に帰って、僕達を待っていてください」

「え?!」

「魔物と戦わなきゃいけない…そんなところにまだガキである、あんたをつれていけないよ」

 

 それをきいて、ティルは自分には、魔物と戦う力がないことを思い出す。 先ほども、自分はおそってきた魔物に何もできず、セルフィスに助けてもらったことも。 それで、ティルはフィリス達とはともにいけない理由を受け入れる。

 

「ボク………足手まとい………ってこと………?」

「まぁ、厳しいが………そういうこった」

「大丈夫です、僕達はヤワじゃない。 だから待っていてください……」

 

 それをきき、ティルは彼らの言葉を受け入れて頷く。

 

「………わかった………ボク、フィリスさん達を信じるよ! だから、必ず帰ってきてね!」

「ああ!」

 

 そういって、ティルはナザム村へと帰っていった。 その後ろ姿をみて、フィリスもセルフィスも、彼のために生きて帰ることを決める。

 

 

 

 ティルに見送られ、フィリスとセルフィスは魔獣の洞窟に向かった。

 

「ここだな」

「…の…ようですね」

 

 そして、その入り口に当たる場所に到着することができた。 そこにはまがまがしいような、なにか特別な力で閉ざされているようなところであり、ふつうの魔法や呪文ではどうにもならないような気がした。 ここはどのようにして通ればいいのだろう、とセルフィスが首を傾げていると、そこに女性の霊が現れる。

 

「来たわね………あなたが行きたいのは、ここのことなのでしょう?」

「うん」

 

 女性の霊もといラテーナが確認をとると、フィリスは迷いなくうなずく。 そして、セルフィスは彼女の姿を見て驚いている。

 

「あれ、貴女は………」

「彼女はラテーナ。 あたしらが旅先で見かけていた、あの幽霊さんだよ」

「そうだったのですね」

「約束通り、ここを通してあげるわ。 私は、ここをあける呪文を知っているから………」

 

 そう告げた後、ラテーナはその洞窟の入り口に手をかざし、呪文を口にする。

 

「…………われはナザムに生まれし者……。 ドミールを目指す者に代わりて、光の道を求める。 われの祈りに答えよ………!」

 

 ラテーナがそう言うと、魔獣の洞窟の入り口をふさぐ力が消えて、そこに洞窟の入り口が現れた。 おお、と感嘆の声を上げる2人にラテーナは、ここに入れば魔獣の洞窟の迷宮に入れると教える。

 

「私にできるのはここまで。 あとは、あなたに任せるわ……」

「うん、ここまでしてもらえば十分だ。 ありがとう」

 

 でも、とフィリスはラテーナがどうなるのかが気になり、彼女に今後を尋ねる。

 

「ラテーナさんは、どうするんだ?」

「私は…………旅立たなくてはならないの………」

 

 それだけを言って、ラテーナはそこを旅立っていった。 フィリスに見つけてもらった首飾りに手を添えて、自分の目的を口にしながら。

 

「あの人を…………エルギオスを…………見つけなければならないから…………」

「………!」

 

 ラテーナが姿を消す直前に口にしたその名前に、フィリスは心当たりがあった。

 

「どうなさいましたか?」

「……いいや、なんでもない。 あの人も……なかなかにワケありみたいだな………」

「……そのようですね」

「だけど……それはあの人がやるべきことだろう。 あたしらがやるべきことは、この洞窟を突破すること。 というわけで、つっこむぞ」

「はい」

 

 フィリスがなにかを気にしていることにセルフィスは気付いているが、今そのことを聞いても答えないだろうと思い、彼は彼女にそれ以上のことは聞かなかった。 なので、ここはフィリスにただついていくという選択をとる。

 

「ここが魔獣の洞窟かぁ……」

「………この奥に、ドミールへ空の英雄へつながるヒントが、あるのでしょうか」

「だろうな。 まぁ、意地でも引っ張り出してみせるさ」

「気をつけなさいよっ!」

「おうっ」

 

 サンディとそう言葉を交わし、フィリスはセルフィスとともに魔獣の洞窟に足を踏み入れ先へ進む。 洞窟の中は長年、人の手にさらされていないのか荒れ果てており、魔物が多く生息しているようだった。

 

「バギクロスッ!」

 

 その魔物は侵入者を野性的に拒むようであり、姿を現したかと思えば直後に2人に攻撃を仕掛けてきた。 その魔物の攻撃を回避したセルフィスは咄嗟に、風の技であるさみだれ突きを放って反撃をする。

 

「フィリスさんっ」

「ああ!」

 

 その槍技に敵が困惑している隙をついて、フィリスが敵につっこみ切り裂き、倒すことに成功する。

 

 

 

「フィリスさん」

「ん?」

 

 洞窟を魔物と戦いながら進む中、セルフィスはふと、ある空間に気づいた。 そこは、ぽっかりとあいた横穴のような場所であり、セルフィスはそこに何かがあることを感じ取っていたのだ。

 

「神聖な空気がここには漂っている………。 ここなら魔物も来ない場所です、少し休息をとりましょう」

「…そうだな。 無闇に先走っても、いいこともないだろうし」

 

 セルフィスの言葉を聞いてフィリスも小休止を受け入れ、そこにあったがれきに腰掛ける。 セルフィスのいうとおり、ここは魔物も近づけない不思議な場所のようだ。

 

「……傷の具合、いかがですか?」

「うん、すっかり良くなったよ」

 

 そこでセルフィスは回復魔法を使ってフィリスの傷を癒していた。 彼の回復魔法は敵から受けたダメージをみるみるうちに消し、魔法を与えた相手を元気にしていく。

 

「でも、セルフィスすっげぇ戦えるじゃん! あの落下から生き残ったのは、伊達じゃないってことだな!」

 

 フィリスはからからと笑って、セルフィスの戦闘能力の高さをほめたたえるが、それを聞いたセルフィスはふっと表情を暗くさせる。

 

「…………」

「どうかしたのか、セルフィス?」

「…………あのあと、貴女が落ち込んでいたのではないかと………僕はずっと気になっていました…………」

「……ああ、あのことで……か……?」

「ええ、貴女は………その体の傷以上に、もっと深い傷を受けてしまった………心に………」

 

 セルフィスも、あの現場に立ち会ったのだ。 フィリスが、己の師匠であるイザヤールに斬られるという、裏切りの現場に。 それだけでなく、彼女が迷い込んだ地は、余所者を嫌う心の狭い地。 その連鎖は、フィリスにたいし追い打ちをかけるかのようだった。

 

「……貴女は今も前に進もうとしている。 ………ですが……貴女のあの時の気持ちを、考えたら………もし、僕が同じ状況にたたされたのなら、もし、僕は立っていられる自信がないです…………」

 

 そう語り、セルフィスは少しだけ目尻に涙を見せる。 その涙の意味を悟ったフィリスは彼の手にそっと自分の手を重ねて、彼につげる。

 

「それはない。 だって……あんたは強いもん」

「フィリス、さん……」

「そうやって自分のことだけでなく、他人のことまで気遣って……それでいて、共にいこうとしてくれる気持ち………。 それを持つことのできるあんたは、あたしよりずっと強い心を持っていると………あたしは思うな……」

「……………」

 

 そう笑いかけるフィリスをみて、セルフィスは自分の目からこぼれかけていた涙をぬぐい取り、そしてフィリスの顔をまっすぐに見つめる。 彼女の言葉と表情で、生きる気力が湧いてきたかのように。

 

「…………フィリスさん。 ……必ず、イアンさんもクルーヤさんも、この世界のどこかにいるはずです。 こうして僕と貴女が再会できたのも、神が僕達を見て与えてくれた奇跡………。 今は再会を信じて、先へ進みましょう……」

「もち、あたしはそのつもりだった。 だから、手がかりをつかむために……この洞窟に足を踏み入れることにしたんだ」

 

 この洞窟に入った目的も思いだし、フィリスはそう告げた。 そして、セルフィスはただ突破するだけじゃないこと、そして、その先にあるであろう真実の話もする。

 

「…………あの黒い竜と、その背に乗っていた奇妙な人物の謎も、解き明かしたいですね………」

「うん………そして、出来ればあの村の皆の、柵を解きたい………」

「ええ」

 

 よそから来た者を受け入れないナザム村。 あの村をあのままにしてはおけない。 変えなくてもいい風習と、変えなければならない風習というのが存在する。 ナザム村の今のあり方は後者だ。 なにより、あのままではティルが浮かばれない。 彼がこれ以上寂しい思いを抱えないために、また村が前向きになれるように。 余所者である自分達が、村のすべてをかえられるように、力を注がねばならない。

 

「ティルくんとも、約束しましたものね。 必ず帰ってくると」

「わすれねぇよ、わすれるわけにもいかねぇよ」

 

 そう語りながら、急速の場所を離れ歩き出したフィリスとセルフィスの前に、死霊の騎士やデビルアーマーなどの魔物が一斉に現れる。

 

「道をあけろ! あたし達は……あんたらの相手なんか、している場合じゃないんだ!」

 

 そう言ってフィリスは剣を大きく振るい、魔物を退ける。 そうして魔物との戦闘をさらに繰り返しながら、さらに洞窟を奥へ進む2人。 

 

 

 洞窟を進み、やがて外にでる。 橋がかけられているその先にあったのはなにか魔物のような石像が一個存在する、広い部屋のある個室だった。

 

「………石像がぽつんとあるだけ?」

「ここに、ドミールへの道に関する手がかりがあるのでしょうか?」

「どれどれ……」

 

 怪しいのは、その石像だ。 そう思いフィリスはその石像に近付き、台座部分をペタリとさわってみる。 そうすると、その石像から声が響きわたってきた。

 

「………われは光の道を守るもの…………ガドンゴ…………」

「!?」

「なんじが竜の門を開くことを望むのならば………なんじの勇気をわれに示せ!」

 

 その声とともに地響きが発生し、その地響きでなにかを察したフィリスは咄嗟の判断で石像から離れる。 するとそのガドンゴと名乗った石像は見る見るうちに動き出し、体の色を変えながら大型でガッシリとした筋肉質の、一体の魔物と化した。

 

「石像が、うごいたぁ!!」

「おまけに魔物になった!」

 

 ガドンゴはフィリスとセルフィスを見ると、手にしていた金棒を大きく振り回しはじめる。 その目つきは鋭く、それをみたフィリスとセルフィスは身構える。

 

「こいつを倒さなきゃ、目当てのものは手に入らないってか!」

「そのようです!」

「あいついかにも筋肉バカだけど……気をつけてねッ!」

 

 サンディの言葉にたいしうなずき、フィリスはまずはやぶさ斬りを繰り出してガドンゴに攻撃をする。 だがガドンゴの身にまとう装甲は非常に堅く、剣がまともに通らない。

 

「クッ!」

 

 フィリスはすぐに距離を置き、どこか攻められるポイントがないかを探る。 そこにセルフィスが自分とフィリスにスカラをかけてきて、さらにガドンゴにたいし槍の一撃を食らわせようとする。 しかし、その攻撃もガドンゴを貫くことはできない。

 

「かたいっ…」

「むぅん!」

「うわぁあ!」

 

 ガドンゴは金棒を振り回し、セルフィスはその金棒にあっさりあしらわれてしまう。

 

「セルフィスッ」

「クッ……」

「う、うわっ!」

 

 セルフィスの元に駆け寄ろうとしていたフィリスだったが、ガドンゴが金棒を振り回して妨害をしてきた。 その一撃は持っていた盾でなんとか防ぐものの、後方に軽く吹っ飛ばされてしまう。 そこにガドンゴが追撃を繰り出そうとしてきたが、それをセルフィスのバギクロスが妨げた。

 

「グォォッ!」

「うぁっ!?」

「わわっ……」

 

 そこでガドンゴは地面を大きく揺さぶり、2人の動きを制限しながら衝撃でダメージを与えてくる。 すかさずセルフィスが回復魔法でフィリスのダメージを優先して回復させるが、その隙をつくかのようにガドンゴはセルフィスを攻撃してくる。 セルフィスは盾で防いだものの、自分を回復する隙がつくれない。

 

「ハァッ!」

「グッ!」

 

 フィリスがはやぶさ斬りでガドンゴを攻撃し、すぐにセルフィスと合流する。 そして、ガドンゴが攻撃してくるのをフィリスは盾で防いで彼を守り、その隙にセルフィスは自分を回復させるが、この戦闘の苦しさを感じてつぶやく。

 

「いつもは4人で挑んでいたから、苦しいですね」

「……………」

 

 セルフィスのその言葉を聞いて、フィリスは仲間の存在を思い出す。 ここにいるセルフィスのことも、ここにいないイアンやクルーヤのことも。 そんな仲間たちに対する思いを巡らせ、フィリスは立ち上がっていく。

 

「そうだな………あたしらは、4人で行動していた。 だから……どんな魔物とも戦えた………どんな難しい道も進めた」

「フィリスさん……?」

「……ここで、くたばったら…もう4人で、旅が出来なくなるんだ! だから………だから!」

 

 そして、チャキリという音を立てて剣を構え、その切っ先をガドンゴに向ける。 目つきは強くするどい。

 

「こんな、ところで! 負けてたまるかぁーっ!!」

 

 そう言ってフィリスは、ガドンゴにすてみの勢いでつっこんでいく。 そのさなかでガドンゴはフィリスに金棒を振りかざすが、フィリスはそれを間一髪のところで回避し、強烈な一撃をガドンゴにたたきつけた。

 

「グォォォ!?」

 

 その一撃はガドンゴには会心の一撃だったようであり、それにより崩れかけた。 それをみてフィリスはやったか、と思ったが、ガドンゴの苦し紛れの一撃がフィリスに命中して、彼女を吹っ飛ばす。

 

「ぐっはぁ!」

「フィリスさん!」

「フィリス!」

 

 急いでセルフィスとサンディはフィリスにかけより、彼女の安否を確認する。

 

「へっへへ……勝てたかな……?」

「なんと無茶を………」

 

 フィリスの無茶すぎる行動に対しセルフィスは寿命が縮んだと小言みたいなことをいいながら、彼女のダメージを回復させる。 そんな2人の前で、フィリスの一撃をみたガドンゴは、自身の敗北を認めたかのように元の石像に戻っていった。

 

「その勇気、しかとみた。 光の道をなんじに示す。 空の英雄グレイナルをめざせ……」

 

 そう言い残し、ガドンゴは本来の姿である石像に完全に戻る。 直後に奥への道が開き、そこには弓と矢が備えられている石の祭壇があった。 その弓矢の元へ向かうと、祭壇のそばにある石碑に文字が刻まれいることに気付く。

 

「光の道を矢に変え、ここにおさめる。 竜の門にてこれを放て。 さすれば竜の門は開かれん」

 

 石碑に書かれていた文章を、セルフィスが読み上げる。 魔法をいくつか操ることが出来る上、義理の兄が考古学者であるため、古代文字を読むのが得意なのだ。

 

「光の弓と矢?」

「これを持って行けば、いいんじゃね」

「みたいだな」

 

 そう会話をして、この光の弓矢を手にするフィリス。 これをもって竜の門と呼ばれる場所へいけば、なにかが変わるかもしれない。 彼らの中にわずかな希望とチャンスが芽生え、顔を合わせてうなずきあう。

 

「行ってみましょう、竜の門へ!」

「ああ!」

「じゃ、善は急げでレッツゴー!」

 





……実はこの小説の原型をかいていたとき
「DQ9の僧侶はバギ系の魔法を使えない」
ことを忘れていたのは内緒の話です。
これはすでに修正してます。

このように、仲間達も少しずつ集合していく予定です。


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31「信頼を取り戻して」

いざ、ドミールへと向かいます。
今回でまた別のキャラクターが登場します。


 

 魔獣の洞窟を突破したフィリスとセルフィスは、光の道を生み出すという矢を手に入れた。 これをもって竜の門という場所に行けば、ドミールへ向かい、そして黒い竜を追うための手がかりである、空の英雄と呼ばれる存在にも会えるだろう。

 

「ナザムの村の人々も…もしこの光の橋を見たら………あたし達もとい、よその村の人達を、信じるようになってくれるかもしれない!」

「はい、僕もそう思います」

 

 その期待も僅かに抱きつつ、フィリス達は竜の門と呼ばれる崖に到着した。 そこには竜のレリーフが描かれており、そこに立てということだろうとよんだフィリスが、そこに立つ。 すると、彼女の脳裏に声が響きわたった。

 

「光を掲げ、空を射抜け。 さすれば光は汝を導く」

「!」

 

 その声に従い、フィリスは弓矢を手に持ちながらその位置に着いた。

 

「フィリスさん…」

「……ああ、わかってる」

 

 セルフィスと顔を見合わせて頷き、フィリスは弓に矢をつがえて弦を強く引く。 そしてそのまま、ヒュンという鋭い音とともに矢を放ち、すると矢は光の軌道を描きながら飛んでいき、それに続くかのように光の道が現れる。

 

「おぉぉ………!」

「これはマジヤバなんだけどっ!」

「これが……光の道……!」

 

 フィリスとセルフィス、サンディは矢によって現れた光の道をまじまじと見つめる。

 

「フィリスさーん!」

「ティル!」

 

 その時、幼い声で名前を呼ばれたのでそちらを見ると、ティルがこちらに駆け寄ってきた。 それに続いてナザム村の人々が、ここにかけより集まってきていた。

 

「今……このあたりが光ったように見えたのだが………なにをしたというのだ………?」

 

 最初は村長はいぶかしげな目でみていたのだが、フィリスの手の中にある光の弓と、そこに出来ている光の道を見て、驚いていた。

 

「なんと! これは………光の橋が…かかっている……!?」

「はい、たった今フィリスさんが作りました。 僕達は魔獣の洞窟を突破して、これを手に入れたので」

「わぁ! ついにやったんだね、フィリスさん! セルフィスさん! すごいや、すごいやっ!」

 

 村長は光の道を見て、ナザムに伝わる言い伝えを口にした。

 

「…………ドミールへの道をめざす者……現れし時………。 像の見守りし地に封じられた光で……竜の門を開くべし………」

 

 それを知り、ティルはフィリスがドミールを目指すものだと悟り、村長を中心にナザム村の人達に告げる。

 

「やっぱりそうなんだよ! フィリスさんこそが、光の矢を手に取ることができる選ばれし人なんだ! あの黒いドラゴンを追いかけるつもりなんだよ!」

「…………ただの言い伝えではなかったのか………」

 

 村長や、後ろにいたナザムの村人達は、顔色をふっと暗くさせる。 それは、先程まで彼女を疑っていたことや、彼女にした仕打ちを悔いているかのようだった。

 

「…………フィリス殿があの黒いドラゴンに襲われ、生き残ったというのも……本当のことだというわけですな………」

「えっ?」

「…………我々はあなたを信じようともせず、過去の災いに縛られ、おびえ、余所者を近づけまいとしていたのか……」

 

 そう口にし、村長を中心にナザム村の人達は、フィリス達にたいし頭を下げる。

 

「………あのとき、あなたが私を叱ったことは、正しかった……。 ………先程までの無礼をどうか、許していただきたい」

「簡単にすませられるものではないと、承知はしていますが」

「我々は、やりすぎたところもある。 しかし、それでも……どうか、どうか、許してくだされ……」

 

 ナザム村の人達は、次々にフィリス達に反省の意味を込めた謝罪を告げてくる。 ティルは彼らの様子を心配そうに見つめていたが、そんな彼らに対しフィリスは笑みを浮かべて頷く。

 

「………いいよ。 わかってもらえたのなら、あたしはもうこれ以上はとやかくは言わない」

「そうです。 人を信じないことは、自身の心の弱さの証明………。 あなた達はその過ちに気付くことができた………それだけでも素晴らしいことです………。 これから、やりなおしていけばいいのです………」

 

 フィリスもセルフィスも、彼らが本気で反省しているのを受け取ったために、彼らを許すことを決める。 言葉だけの謝罪などに意味などないしそれで許して丸く納められるものなどないが、心から反省しているのであれば話は別だからだ。

 

「じゃああたし達は、もう行くよ」

「これからの旅に、どうかご武運を」

「はい、貴方達もやり直しができるように………神の支援がありますように…………」

 

 そう言葉を交わし、フィリス達はドミールへ向かうため、村人達は今後のやり方を変えていくため、別々の場所へ向かった。

 

「またねフィリスさん、セルフィスさん!」

「ああ!」

「はい!」

 

 黒い竜を突き止めることができたらまた会おう、と、3人は強く約束した。

 

 

 

 そうして結果として、黒い竜を討伐することになった2人は、ドミールを目指して竜の地を進んでいく。 そのドミールが存在する地は火山地帯のようであり、高い湿度と気温を誇っている。 おまけに、道中に出てくる魔物も全身が石のブロックで出来ているゴーレムや、溶岩を流すようがんピローなど、どこか暑苦しいものばかりだ。

 

「ふぅ………随分暑いな…………大丈夫か、セルフィス?」

「はい、これしきのこと試練だと思えば……なんともありません」

「そりゃまた過酷な試練を与えられたことで………」

 

 相変わらずなセルフィスの返事に対しフィリスは苦笑しつつ、額の汗をぬぐい払う。 フィリスが前線で魔物と戦い続ける一方で、セルフィスは後方で彼女のサポートを続けている。 攻守のバランスはとれているといえばとれているが、それでもまだ厳しいところである。

 

「しかし………」

「ん?」

「改めて、こうして二人だけで進んでいると………仲間が多いのは本当に心強いことだったんだと…………思い知らされますね…………」

 

 それは、魔獣の洞窟でも思い知らされたこと。 あそこに生息している魔物や、弓矢を守っていた番人との戦い。 2人でも苦戦を強いられたことがあったが、それでも、1人で挑み続けるよりずっといいものがあった。

 

「そうだな………特にあたしは、セルフィスと再会できるまで一人だったし…………」

「それは僕も同じことです。 僕は目を覚ましたとき一人きりでした。 奇跡的に一命をとりとめたし………体の節々の痛みは回復魔法で事なきを得た…………。 しかし…………孤独だと、心がつらかったです」

 

 そう話をしていくにつれ、フィリスとセルフィスはまだ合流できていない残り2人の仲間のことを思いだした。 彼らは、1人でいて不安を覚えたり苦戦を強いられたりしていないだろうか…と。 そう心配する気持ちでいっぱいになりかけた頃、サンディが口を開いた。

 

「でもここでクヨクヨしたって、話がチョベリバな方に進むだけじゃね? せっかくこっちにこれたし、なによりもあの村の人達の中じゃ、もうアンタ達があの黒いドラゴンを倒すって話になっちゃってるし…今更後戻りしたり悩んでも、しょーがないっしょ」

「サンディ……」

「クルーヤもセルフィスも、絶対に大丈夫だから問題ないって! むしろアタシ達が止まったら、もうなんもなくなるよ! それでもいいなら、シカトしちゃえばいいし!」

 

 これもおそらくは、サンディなりの励まし方なのかもしれない。 それをきき、フィリス達は2人のこともすぐに見つけて合流すると決めていたことを思いだし、互いに顔を見合わせてうなずき、再び歩き出そうとする。

 

「ギャグガァッ!」

「なに!?」

「魔物の鳴き声でしょうか!?」

 

 どこからか魔物の鳴き声がして、そちらへ向かってみると、そこには拳法着を着用した坊主頭の男性がヘルジャッカルに囲まれていた。 男性をよく見ると体のあちこちに傷を作っており、その顔にも苦戦の色が見られる。

 

「…………ダメだよな、この人別人だし………うん…………」

「どうしたんですか?」

「いいや、なんでもない」

 

 その男性の容姿にたいし、思うところがあるようだが、フィリスはそれどころじゃないと判断し首を横に振って、剣を手にしてセルフィスに呼びかける。

 

「あの人を助けよう!」

「はい!」

 

 フィリスははやぶさ斬り、セルフィスはけもの突きをそれぞれ繰り出して、ヘルジャッカルを倒す。 それにより相手に隙が生まれ、その隙をついて2人は男性を救出する。

 

「グッ……」

「大丈夫ですかっ!」

 

 セルフィスは急いでその男性にベホマをかけ、その男性のからだの傷をいやしていく。 その間にフィリスは敵の注意を自分に引きつつ、すべてを吹っ飛ばして気絶させていく。

 

「セルフィス! 追っ手が来る前に急いで逃げるぞ!」

「はい! この男性は僕に任せてください!」

 

 そう呼び掛け合い、2人は男性を連れてその場から逃げ出す。 そして、人気も魔物の気配もない横穴を発見し、そこに身を隠すことにする。

 

「ここなら心配なさそうだな」

「みたいですね」

 

 念のためせいすいをまき散らしつつ、フィリスは男性の治療に専念しようとするセルフィスを見る。

 

「その人、どうかな? 助かりそう?」

「ええ……少しダメージは負っているものの、これならば回復魔法をかけて少し休ませれば、すぐに目を覚まして動けるようになります。 なので、心配はいりませんよ」

「そっか……ならよかった。 じゃあ、その人の意識が戻ったら行動を再会するってことでどうだ?」

「かまいません」

 

 

 

「うぅ……ん?」

「あ、気がついた!」

 

 この横穴で休息がてら男性の様子を見ていること数時間。 男性はうなり声をあげながらも目を覚ました。 男性は周囲と、そこにいる2人に目を向けた。

 

「ここは……」

「火山の横穴の、人も魔物もいない空間です」

「あんた、魔物に囲まれていて……大ピンチだったんだぜ? あたしらがこなかったら、どうなっていたことか………」

「……………お前達が……助けてくれたのか……」

「ま、そんなところかな」

 

 フィリスとセルフィスの2人が、自分を助けてくれたのだと聞いた男性は、自分の名前を名乗る。

 

「むぅ………旅のものよ、感謝する。 私の名は………ハオチュン。 武道家だ」

「ハオチュンさん?」

「ハオチュンさんは、何故このような地に?」

 

 ハオチュンと名乗った武道家は、自分の目的を正直に告げる。

 

「私は、ドミールの里を目指していたのだ」

「あなたもですか?」

「なんと、お前達も目指しているのか?」

「まぁちっと、わけありなんだけどな……そこにいるある人物を訪ねようと思っていたんだよ」

 

 フィリスの目的を聞いたハオチュンは少し考えた後、彼女に向かって問いかける。

 

「………それはもしや、空の英雄のことか?」

「え、なんでわかったの!?」

「わざわざ過酷なドミールを目指す理由は、それしか思い当たらないからな。 それでも、それなりの事情はあると見える」

「………まぁ、あるな……」

 

 そう話しをしていると、ハオチュンは彼女達にある申し出をしてきた。

 

「お前達さえよいのであれば、私もドミールまでともにいってもよいだろうか?」

「え、本当ですか!?」

「ああ…お前達には礼がしたいし……目的も同じだからな」

 

 ハオチュンの突然の申し出にたいし、驚きながらも人が増えるのはありがたいと思ったフィリスとセルフィスは頷く。

 

「それなら、あたし達にとっても嬉しい話だよ!」

「是非、ご同行をお願いします」

「そうか……私も己の武の力を利用して、お前達を守ろう。 よろしくたのむ」

 

 そう話をして、3人はドミールの里まで行動をともにすることになった。 そしてハオチュンの体調も十分に回復したのを確認した後で、3人は再びドミールを目指してその火山地帯を進むことにしたのであった。

 

「ハァッ!」

 

 その道中で魔物に遭遇したものの、ハオチュンはその巧みな武術で圧倒していった。 その実力は凄まじく、フィリスもセルフィスも、彼に対しての評価をあげていった。

 

「強いな、ハオチュンさん…」

「そうですね……でも……」

 

 しかし同時に、ハオチュンの戦い方を見て2人はあることを思っていた。 それは、自分達の仲間と、どこか戦い方が似ているということだった。

 

「まるで、イアンさんのような戦い方ですね」

「ああ」

「イアン?」

 

 その名前にハオチュンは反応し、2人にイアンのことを尋ねる。

 

「お前達、イアンを知っているのか?」

「はい、僕達…最近まで彼と旅をしていたんです。 今はアクシデントにより、離ればなれになってしまったんですが…………」

「………そうだったのか……」

 

 イアンのことを聞いて、ハオチュンは腕を組んだ。 そこでフィリスは、彼もまたイアンのことを知っているのだろうかと思い、彼にイアンのことを尋ねる。

 

「ハオチュンさんとイアンも、知り合いなのか?」

「ああ。 私と彼は兄弟弟子なのだ」

「え!?」

 

 そこで衝撃的な事実を知り、2人は驚く。 イアンがエルシオン学園の元生徒かつ不良だったと聞いたときも驚いたものの、ここでまた彼に縁のある人物に会えるとは、思ってもいなかったのだ。

 

「イアンが我らの師匠に免許皆伝を貰い………そのまま旅にでてから、ずっと会っていないのだが………そうか、お前達がイアンの仲間になっていたのだな…………」

「うん」

「………しかし、先ほども言ったように、今は別行動になってしまい、彼の行方はわからないのです。 本当ならば、貴方とお話させてあげたかったのですが………」

 

 そう悲しげに語るセルフィスにたいし、ハオチュンはイアンのことを思い出しながら、彼に告げる。

 

「………イアンは、中々に根性のある男だ」

「えっ?」

「……だから、心配はいらない」

 

 それは、彼なりの励ましなのだろうか。 それを聞いたセルフィスは最初キョトンとしていたものの、やがて安堵したような笑みを浮かべた後、はいといって頷いた。

 

 

 ハオチュンと共にドミールを目指して、どれほどの時間がたっただろうか。 日が暮れかけているころに、彼らは人々が集まる場所を発見する。

 

「ここが、ドミールの里か?」

「ええ、そうですよ旅の方。 よくここまでおいでくださいました」

 

 そこにすむ人達に尋ねると、ここが目的地であるドミールの里だと知って、フィリスとセルフィスは笑った。

 

「やった、ついに到着したぞっ!」

「一安心ですね」

「そうだな」

 

 そう2人に同意するハオチュンは、表情の変化は見られないものの目的地に着くことが出来て安堵しているようだ。

 

「…………さて……ここまでこられたから、私はもう大丈夫だ。 お前達には、世話になったな………」

「なに、あんたの武術にも助けられたよ」

「次会ったときにまた、ゆっくり礼をしよう。 そして、お前達が無事に………イアンと再会できることも願っている………」

「はい、ありがとうございました!」

 

 そう言葉を交わして、2人はハオチュンと別れた。 そのあとでフィリスとセルフィスはこの後どうするかを話し合う。

 

「さて、ここまで登ってきて疲れたし……とりあえず宿屋で休む…………?」

「さんせー。 もう暑苦しくて、汗だくだしー! お風呂はいりたーい!」

「そうですね……休息は大事です。 宿屋でゆっくりしつつ、今後の計画を練るとしましょう………」

「決まりだな」

 

 まずは休憩だ、と思った2人は宿屋へ向かう。 この里の宿屋は、温泉も設置されており、そこでならゆっくり休めそうだとフィリスは喜ぶ。 そうして宿屋の中に入ったとき、2人はある人物に遭遇する。

 

「あっ!!」

 

 そこにいたのは、紫色の大きな瞳に桃色の髪の少女。

 

「フィリス、セルフィス!」

「クルーヤ!」

「クルーヤさん!」

 

 それは仲間の一人である、魔法使いの少女クルーヤだった。 フィリスとセルフィスに再び会えたことをクルーヤは全身を使って表現しており、2人に思い切り抱きついてきた。

 

「会えてよかったよぉ!」

「僕達も、貴女に会えて嬉しく思っています!」

「ああ、そうだな! にしても……まさかこのドミールにいるなんて………」

 

 ここで再会できるとは思ってもいなかったことを告げると、どうやらクルーヤも同じことを思っていたらしい。 ええ、と頷きつつ自分がここにいる経緯を説明した。

 

「私、この温泉に沈んでいたみたいなの………」

「し、沈んでた!?」

「僕達が言えた義理ではないですが………よく生きていましたね……」

「ええ………ここの人達もビックリしていたわ。 それでつい最近まで、里の人達のお世話になりながら、体調を戻していたの…」

「……そっか……」

 

 なんであれ、クルーヤが無事で、その上で再会できてよかった。 フィリスがそのことを告げるとクルーヤも笑って、残る仲間の話をする。

 

「残るは、イアンだけなのね」

「ああ」

「でも、みんなの中じゃ一番非力である私が無事だったんだもの! 絶対にイアンも無事よ! だから、私達は私達のできることをしましょ!」

「そうだな………とりあえず、今日はもう休んで寝るか………あたし、疲れたし……」

「ですね」

「ええ」

 

 そうして集まることの出来た3人は、そのドミールの宿で風呂に入り食事を口にし、眠りにつくことが出来た。

 

「イアン……生きてろよ」

 

 と、まだ合流できていない仲間のことを胸に秘めながら、フィリスは目を閉じる。

 明日には、空の英雄に会いに行くために。

 




ドミールへ到着し、クルーヤとも合流しました。
仲間が全員そろうのが待ち遠しいですね。


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32「伝承の竜の地」

今回はドミール編をお届けします。
ここからがこの物語の本番かもしれませんね。


 

 空の英雄であるグレイナルにあうため、ドミールの地を訪れたフィリスとセルフィスは、そこで仲間の一人である少女・クルーヤと再会を果たした。

 

「………そう、それでこの地を訪れたのね」

「そういうことだ」

 

 そこでフィリスはクルーヤにも、自分達がドミールを訪れた理由を語る。 黒いドラゴンを追いかけるために、空の英雄と伝えられるグレイナルに会いに来たことを。 話を聞いたクルーヤは、引き続き仲間としてフィリスに協力を申し出てきた。

 

「でも空の英雄様の話は伺ったけど、私は会ったこともないわね。 ここにいる人達の話では、まだ生きていて…火山の頂上で隠居生活を送っているらしいわ」

「へぇ………ん?」

 

 最初クルーヤがグレイナルに関する情報を提供してくれたものの、その話を聞いてフィリス達は首を傾げた。

 

「どゆこと? 空の英雄が戦ったのって大昔よね? それがまだ生きてるってどんだけご長寿なワケ?」

「そうですよね……僕も気になりました。 確かガナン帝国の戦いは300年も前のお話のはず………。 そのご本人がまだ生きているなど、不思議ですね」

「不思議どころじゃないだろ、これ……」

 

 300年以上生きている人間なんているわけあないし、いたとしたらそれは人を超越したなにかだ。 フィリスはそう言いたげに苦笑した。 フィリスのように天使でもない限り、難しい話である。

 

「とりあえず、お世話になったお礼とかしたいし…………里長さんのところへ一緒にいかない? 詳しいお話を伺えるかもしれないわ」

「だな。 あたしらもクルーヤのことでお礼も言いたいよ。 じゃあ早速いこーぜ」

「はい」

 

 クルーヤのすすめもあり、また自分達も挨拶はしたいと思っていたのもあって、クルーヤの案内の元フィリスとセルフィスはこの里の長の家へ向かう。 里長である男性は、クルーヤが訪ねてきたと知ると、よろこんで迎え入れてくれた。

 

「おや、あなたはクルーヤさん。 体の具合はどうですかな?」

「ええ、宿屋の店主さんや皆さんのおかげですっかり。 それに、私と一緒に旅をしていた仲間とも、こうして再会できました」

「ほう、あなた達が……」

「初めまして。 このたびはクルーヤがお世話になりました」

「彼女はあたし達の大事な仲間です、助けてくれたことに…感謝しています」

 

 そうクルーヤのことでお礼を言った後で、フィリス達は早速本題に入る。 空の英雄のことをたずねてみると、里長はその問いにこたえてくれた。

 

「我々ドミールの里のものは、長年グレイナル様を崇めて、慕っているものの集まりなのです。 そしてそのグレイナル様のお世話を代々つとめているのが、里長である私達の役目なのです」

「へぇ…」

「して、あなた達がそのグレイナル様のことを聞くとは……何か理由がおありなので………?」

「ええ、実は…………」

 

 フィリス達は、ドミールの里を訪れた理由や、仲間と離ればなれになってしまった理由をすべて里長にはなした。 話の中に黒い竜、という単語を聞いたとき、里長は驚く。

 

「黒い竜………? それはもしや、ガナンの闇竜…バルボロスのことですか!?」

「ええ」

「そんなバカな………闇竜バルボロスは300年前の戦いで、グレイナル様に滅ぼされたのですぞ………!?」

 

 やはり、そう簡単には信じることはできないようだ。 それもそのはず、バルボロスというのは既に亡き者となっているのだから。 しかし、里長はフィリス達をみて、事情をくんで考える。

 

「しかし、そのようなウソをつく理由も思い当たらないし、そのためにここまで来るなど考えられない…………」

「里長さん……」

「わかりました、グレイナル様にお会いし、お話を伺ってみるとよいでしょう」

「よろしいのですか?」

「ええ、とはいえ………粗相のないようにお願いいたしますよ……」

「わかってますよ。 許可をくれてありがとうございます」

 

 

 そうして里長から許可をもらい、グレイナルに会いに行くことになった一行。 グレイナルはドミールの里よりもっと高いところ…ドミール火山の頂上に隠居しているとのことなので、そこへ続く道の番人に、話をして道をあけてもらったのである。

 

「………ここを抜けた先って………火山の中だけあって、すっごく暑いわね」

 

 しかしその道中はまさに灼熱地獄。 おまけに魔物まで出てきて、そうそう楽に通れるものではない。 クルーヤは先ほど出現したようがんまじんをヒャダルコで一掃したあとで、額の汗をぬぐいとり周囲をみる。 場所によっては溶岩が流れているところもあり、あれに近づいたらひとたまりもなさそうだと呟く。

 

「………ホント、この先にいるというグレイナル様ってどんな人なんだろうな?」

「あーあぁ……さっさと用件済ませてかえって、オフロはいりたーい…!」

 

 フィリスはグレイナルの存在が気になっている横で、サンディは汗だくなのが許せないのかグチをこぼす。 その一方でセルフィスは、ドミールの里の人達に聞いた、ガナン帝国についての話をする。

 

「………ついでと言ってはなんですが……。 僕は里の皆様にガナン帝国のお話を伺いました。 本当に力と数で圧倒する、やりたい放題の悪の帝国だと…………」

「それってただの暴力団じゃねーか」

「しかし………この伝承多き地であれど、ガナンの悪行は多く残っているものの、ガナンが滅んだ理由まではわからなかったそうです……。 かの帝国は、なんの前触れもなく突然として滅んだというのです」

「そうなんだ」

「この話………義兄上にしたら、なにか真相にたどり着けるのでしょうか………」

 

 歴史に詳しい義兄のことを思い出しながら歩いていると、セルフィスは真上から光が射しているのに気づく。 その光は炎のものではなく太陽のもの……外からの光だと気づき、フィリス達はもうすぐに外にでられるとよろこぶ。

 

「もう少しで頂上だよ!」

「あぁ、もうすぐなんだなぁ。 ……めっちゃ暑かった………」

 

 ここにでれば、グレイナルに会えるかもしれない。 そう思った3人は足を早めてすぐに外にでる。 外にでてからも上への道が存在していたものの、洞窟の中に比べればどうということはない。 そうして3人はやがて、祭壇のようななにか、広い場所にたどり着いた。

 

「広い場所ですね」

「ここに、グレイナルさんがいるのかな……ん?」

 

 その奥に、洞窟があることに気付いたフィリスは、そこにグレイナルが住んでいるのかと思い、思い切って声をかける。

 

「洞窟? まさかこの奥に……すみませーん!」

「………誰じゃ?」

 

 そんなフィリスの声に返事をする声がして、ズシンズシンという重々しい音を立てながら、その存在は姿を現した。 白い鱗におおわれた細長い体に、するどい目、するどい爪のある腕には翼がついており、長い髭をたくわえた、その存在がフィリスの前に現れる。

 

「へっ!?」

「ど………」

「ドラゴンッ!?」

 

 そこでフィリスも、セルフィスも、クルーヤも、驚愕する。 そこにいたのは白い竜であり、話の通りであればこの竜こそが空の英雄の正体なのだ。

 

「ふむ……里のものでは、ないようじゃな…」

「…………あなたが、グレイナル様ですか?」

「いかにも…わしがグレイナル。 空の英雄グレイナルじゃ」

 

 やはり、この竜が空の英雄グレイナルらしい。 グレイナルはじろじろとフィリス達をみながら、何のようだと問いかけていたが、やがて何かに気付く。

 

「このにおいは……!」

「!?」

「忘れもせぬ………魔帝国ガナンの者共にまとわりつく………あの不快なにおい!」

 

 グレイナルは訝しげに3人…とくにフィリスをにらみつける。

 

「貴様…………さてはガナンの手先だな! 性懲りもなくわしの命をねらってきおったか…!?」

「ええ、ちょ、ちがっ……」

「よかろう! いにしえの竜族の力、思い知らせてくれるわ!!」

 

 そう言ってグレイナルは真っ先に爪を振り下ろしてきた。 それにたいしフィリスは盾で受け止め、剣で攻撃を試みる。 しかしグレイナルの爪はそれを妨げた。

 

「そこだ!」

 

 そのときセルフィスが槍を振るい、グレイナルを止める。 そしてクルーヤがヒャダルコを放って相手の動きを封じようとする。

 

「おのれ、こざかしい!」

 

 そうグレイナルはさけび、邪魔だと思ったセルフィスとクルーヤにたいし攻撃を仕掛けてきた。 それに気付いたセルフィスとクルーヤは咄嗟に防御の姿勢をとる。

 

「グッ……!」

「フィリス!」

「フィリスさんっ!」

 

 だが、彼らに攻撃は届くことはなかった。 フィリスが2人の前にでて、その攻撃から2人を守ったからだ。 そのせいか、フィリスの肩が血で染まっている。 彼女の行動に対し、セルフィスとクルーヤのみならず、グレイナルも目を丸くさせた。

 

「自ら、ここに身を投げ出すとは……」

「当たり前だ、それくらいしてやる!」

 

 そう言いながら、フィリスは傷を押さえつつ立ち上がり、剣をグレイナルに向ける。

 

「………あたしだけが気に入らないなら、あたしだけをねらえ! 他の仲間には、手をだすなっ! 空の英雄でもドラゴンでも、それだけは絶対に許さない!」

「…………」

 

 そんなフィリスにたいし、グレイナルは容赦なく爪を振り下ろそうとした、その時だった。

 

「まちなされ!」

 

 

 突然声がしたかと思えば、そこには里長の母である老婆が駆け寄ってきていた。

 

「おばあさん?」

「気になって来てみれば………これは、どういうことなのですか? 貴女方は確か……黒い竜を追うために…グレイナル様に、助けを求めにこられたのではないのですか!?」

「そ、そのはずだったんですが………」

 

 自分達もそのつもりだったし、戦うつもりもなかった。 だがグレイナルに何故か誤解をされて戦う羽目になってしまったのである。 その内容を語った直後、グレイナルは黒い竜という単語に反応を示した。

 

「黒い竜……じゃと? ………それは、バルボロスのことか? ヤツならわしが300年も前に倒したはずではないか……」

「そう、僕達も聞いています! しかし、その黒い竜が再び我々の前に現れたのです! だから……貴方に助けを求めに来たんです!」

「ふむ………わしにもう一度バルボロスと戦え…と言うことじゃな?」

 

 グレイナルの言葉に対し、老婆は戸惑いつつ答える。

 

「……あ、いや…そこまでは…………。 ただ、助言がほしいという意味かと………」

「空も飛べぬモウロウとしたわしでは、バルボロスとは戦えんか?」

「えっと………」

「………どちらにしろ、お断りじゃ。 帝国の手先と同じにおいをまとった者など、信用できぬ…。 バルボロスの復活も、デタラメじゃ!」

「そ、そんな……!」

「そうですか、それなら仕方がないですな………」

 

 グレイナルの言葉を聞いた老婆はあきらめたように首を横に振り、申し訳なさそうな顔をしてフィリス達の方を向いた。

 

「お聞きになったとおりじゃ。 グレイナル様がこう仰る以上……わしにはどうすることも出来ぬ。 お客人には申し訳ないが、今日は立ち去ってもらえんかね………?」

「それがいいわい、とっとと立ち去ってしまえ! もはやお前達が帝国の手先かどうかなど、どうでもよいわ!」

「……………」

 

 とりあえずガナンの手先ではないという誤解は解けたのかもしれないが、これでは助けを請うどころか、話すらろくにできないだろう。

 

「とりあえず、傷を回復しますね」

「……」

 

 ガナンの手先、それと同じにおい。 それらの単語を聞いたフィリスは思い詰めたような顔になる。 とりあえずセルフィスは彼女がけがをしていたことを思い出したようであり、回復魔法で彼女の傷をいやす。

 

「手先………」

「フィリス……?」

「…………違う…………そんなはずは………そんなことは………」

「フィリスさん」

 

 思い詰めているフィリスに対し、セルフィスが声を上げる。 それで我に返ったフィリスは、自分の傷が癒えていることに気付きつつも、自分で考え込んでいて彼らのことを忘れていたことを謝罪した。

 

「あ、ごめん、あたし……」

「……………」

 

 クルーヤもセルフィスも、フィリスが戸惑っている理由に何となくの察しがついていた。 グレイナルはフィリスを強く拒絶したその理由にも。 だが、二人ともその深い部分はなにも言わなかった。

 

「でも……ビックリしたよネッ! まさか空の英雄グレイナルの正体がドラゴンだったなんて、聞いてないんですけど! まぁでも、どーりでガナン帝国との戦いから300年経ってるのに、生きているワケだ………」

「ああ、納得しちゃうな」

「でもすっかりおいぼれちゃって、空の英雄なんて呼ばれていたのは大昔の話ってカンジ。 こっちの話もロクに聞いてくんないし、ありゃ使い物にならないって!」

 

 グレイナルに関する感想を思ったまま口にしたサンディは、フィリスにもう帰るようにうながす。

 

「もういいから、帰っちゃおうよ」

「うん………仕方ないよね………」

「でも……これでまた、振り出しですね…………」

「うーん………。 これからどうする?」

「そりゃ、まずはイアンを探すことから始めるっきゃない…………」

 

 3人でこれからのことを話し合っていた、その時だった。

 

「きゃぁああーーーっ!!」

「うわ、うわぁ!」

 

 洞窟の出口付近で、人の叫び声が聞こえてきた。 その声はおそらく、ドミールの人々のものだろう。

 

「なにかあったのかな!?」

「行ってみましょ!」

 

 そう思った3人は走って、里へ向かった。

 

 

 

 ドミールの里では、人々が魔物から逃げまとっていた。 その中で一人の青年が、デビルアーマーにおそわれそうになっていた。

 

「うわぁ!」

「であぁっ!」

 

 そこにセルフィスが割って入り、槍で相手を貫く。 それによりデビルアーマーは倒れ、セルフィスは槍を構えたまま、助けた青年の無事を確認する。

 

「大丈夫ですか! なにがあったのですか!?」

「突然、怪しい連中が里に入り込んできて、暴れ回り始めたんです! 奴ら、魔物を引き連れていて…………」

「あれは……あの赤い鎧は……魔帝国ガナンの………!? ま、まさかそんなはずは…………」

「なに!?」

 

 フィリスも死霊の騎士を、クルーヤもしにがみ兵を倒しつつ、里の人々になにがあったのかを問いかけ、この地でなにが起きているのかを確かめる。 どうやら突如として魔物連れの連中が攻撃しにきたらしい。 別の方向では子どもが魔物に殺されそうになったが、そこにハオチュンが駆けつけて魔物を倒し子どもを救出していた。

 

「ハオチュンさん!」

「私は里の者を避難させる、本陣はこの先にいるはずだ…そちらはお前達に任せるぞ!」

「…わかった、ここの人達をお願いするよ!」

 

 里の人々をハオチュンにたくし、フィリス達は謎の敵のいる広場へと向かう。 そこでは、厳つい赤い鎧をまとった兵士が何人もいた。

 

「このドミールはかつて、我が帝国に逆らった者達の巣窟………地上に残す価値のない場所だ! 空の英雄グレイナル共々、この地にいる者は……一人残さず葬り去ってくれようっ!」

 

 そう言った後で兵士は部下にやれ、と指示を出す。 すると指示をうけた兵士が建物を次々に壊していった。 家の破片が飛び散り、そこから人々が逃げていく。 そんな人々に対しても、兵士は容赦なく武器を向け、彼らを殺そうとしていた。

 

「イオラッ!」

 

 だがそれを、爆裂の魔法が妨げる。 何事かと驚いている間に、フィリスが魔物を切り倒しながら立ちはだかる。

 

「お前達、暴挙は許さないぞっ!」

「グヘヘ…………ネズミはネズミらしく、ビクビクしてオレ達におとなしく殺されていればいいものを……」

「刃向かうというのなら、お前達からぶっ殺してやろう!」

 

 そう言って兵士はその鎧の間から、腐った肌をみせながら、フィリスに襲いかかる。 それをフィリスは剣で受け止めて逆に切り返す。

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ!」

 

 フィリスははやぶさ斬りで敵の兵を倒し、さらにそこにセルフィスが入ってきて、さみだれ突きで敵を倒す。

 

「不届きものは、成敗いたします」

「フッ」

 

 セルフィスの言葉に対しフィリスが笑みを浮かべると、そこにあの赤い兵士が本性である魔物の姿を露わにしながら、フィリスに攻撃を仕掛けてきた。 だがそこにクルーヤがメラミを打ち込み、セルフィスが槍でつき、弱ったところでフィリスが剣を大きくふるい切り裂くことで、その兵士は致命傷を受ける。

 

「よくもやってくれたな………このこと将軍に報告せねば………」

 

 そう言って兵士は体を引きずりながら、どこかへ立ち去ろうとしていた。 だがそこに、冷徹な声が響きわたる。

 

「ホーホッホッホ………もう知っていますよ………」

「えっ!?」

 

 その声とともに姿をあらわしたのは、鳥のような頭部を持ちローブを身にまとった謎の魔物。 その魔物の姿を見たセルフィスとクルーヤは目を丸くする。

 

「ゲルニック将軍!」

「やれやれ………偉大なる帝国の兵士ともあろう者が、人間ごときにおくれをとるとは………全く嘆かわしい限り…………」

 

 ゲルニック将軍、と呼ばれたその魔物は、その手に魔力をためるとそれを兵士に向かって投げつけてきた。

 

「なにを……!?」

「あなたには、どうやらお仕置きが必要なようですねッ………」

「ぐぎゃぁあーーーっ!!」

 

 その魔力に飲まれ、兵士は消滅する。 そんな冷酷非情な姿を見たセルフィスはなんとむごい…とつぶやいた。 そのときゲルニック将軍はフィリスの存在に気づく。

 

「おや……どこかで見たと思ったら、あなたはイザヤールさんの………」

「なにっ!?」

「生きていたとは…………敵はグレイナルだけではないということですね。 まぁいいでしょう…………まもなくこの地はすべて、我々ガナン帝国によって、消えてしまうのですからね」

 

 それだけを言い残し、ゲルニック将軍は真上に飛んでいってしまった。

 

「まてっ」

 

 フィリスはイザヤールに関する手がかりを手に入れようとして、ゲルニック将軍を捕まえようとしたのだが、その手は届くことなく敵は姿を消してしまった。 そのことにたいしフィリスは、悔しげに舌打ちをする。

 

「クソッ!」

「…………」

 

 そのとき、セルフィスとクルーヤの顔色がどこか優れないことに気づいたフィリスは、二人の名前を呼ぶ。

 

「セルフィス、クルーヤ?」

「先ほどの…将軍と呼ばれた魔物………あれが、バルボロスの背に乗っていた魔物です………」

「!」

 

 あの天の箱船から落とされたときに、そこにいた存在。 それがあのゲルニック将軍であると知ったフィリスは、師匠のことを思い出す。

 

「さっき師匠の名前を口にしたように、なにか関係があるんだな………」

「そうなのでしょうね………でも………」

 

 関係はあるのかもしれないが、真実を知るにはあのバルボロスを追わねばならない。 しかし手がかりが途絶えてしまっている。 それはフィリスも百も承知のようであり、だからこそ決意を新たにする。

 

「いいさ! どこまでも追いかけて、ぶっ飛ばして、とっつかまえて! あいつの口から師匠のことを聞き出してやるっ!」

 

 フィリスは、あの将軍や黒いドラゴンと戦う意志を、改めてかたくしたのであった。

 

 




次回は光と闇の衝突!
その結末を刮目せよ!?


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33「光闇の竜」

2体の竜が空中戦を繰り広げる。
このムービーはぞわっとしますよね。


 

 ドミールの里を、ガナンの兵士が襲いかかってきた。 その脅威から里を守ることは出来たものの、そこでフィリス達はゲルニック将軍に遭遇し、やはりガナンに狙われていることを悟る。

 

「ハオチュンさん」

「奴ら、去ったようだな……」

「ええ、なんとか」

 

 そこに、ドミールの里の人々を守りながら避難させていた武道家、ハオチュンと合流する。 そのときに魔物が立ち去っていったことを報告しあっていたのだが、そこでハオチュンはフィリスの様子がどこかおかしいことに気がついた。

 

「フィリス? 目が血走っているように見えるのだが……」

「ああ……戦ってたらこうなっただけだ………」

「…………」

 

 そうフィリスは、あくまでも冷静に答えたが、隣にいたセルフィスとクルーヤは顔をうつむかせた。 ガナン帝国の兵士が襲いかかってきたときに出くわしたゲルニック将軍が、彼女の師である男と関係があると知ってしまったからだろう。 フィリスが、自身の目が血走っているかのように興奮しているのは。

 

「おお、ここにおらせられたんですか」

「おばあさん?」

 

 そう、ガナン帝国軍侵略についての話をしていたとき、里長の母である老婆がフィリス達に声をかけてきた。 どうしたんですか、と問いかけてみると、老婆はフィリスの顔を見て告げてくる。

 

「実はグレイナル様より、あんたに伝言がありましてな」

「伝言?」

「ええ……。 なんでも、急に気が変わって……条件付きでならあなたとだけ、お話をしてもよいとのことです」

 

 条件とはなんなのだろうか。 いきなり話を聞くようになるとはどういう風の吹き回しだろうか。 様々な疑問を抱えるフィリスにたいし、老婆はグレイナルの出してきた条件を彼女に告げる。

 

「その条件とは、あんたが一人きりで竜の火酒をもって山奥までくること…だそうじゃ」

「あたしに、一人で…?」

「そう。 ちなみに竜の火酒はこのドミールの名産品で、非常に強い酒のことじゃ。 それは普通の人間はすぐによってしまうほどのものなんじゃが……同時に、グレイナル様の大好物でもあるものなんじゃ」

 

 つまり、フィリスに酒をつげと言うことなのだろうか。 そう考えていたサンディにフィリスが軽くツッコミを入れたところで、改めてグレイナルの条件の意図を気にする。

 

「……どういう意図なのでしょう?」

「うーん……意図はわかんないけど。 これは聞くべきなんだろうな。 いいさ、引き受ける!」

 

 フィリスはグレイナルの条件をのむことを決め、仲間であるセルフィスとクルーヤに、ドミールの里に残るようつげる。

 

「セルフィスとクルーヤはこの里で待ってて」

「フィリス……」

「大丈夫、あたしのことなら心配はいらないって」

 

 そう明るく2人に告げるフィリスは、先ほど襲ってきたガナンの兵士の話をする。 彼らはまた、この里に攻めてくる可能性が高いということを。

 

「それに、あたしがあっちにいる間に……里になにかあったら大変だ。 守ってほしい」

「そういうことなら、仕方ないわね…だけど、無事に戻ってきてね?」

「わかってる」

「僕も、お待ちします…あなたが帰ってくるのを」

 

 セルフィスとクルーヤは彼女をこの里の中で待ちつつ、いざとなれば里を守る約束をした。

 

「ハオチュンも、二人とドミールの里をお願いな」

「わかった」

 

 ハオチュンに、仲間達のことを託したフィリスは、竜の火酒を作っているという工房を訪ねるのであった。 そのときはまだ仕上げるには早い時間らしいのだが、グレイナルが酒が欲しいというのなら仕方ないといって、その火酒をフィリスに渡したのであった。

 

 

 

「おそい、おそいぞ! 待ちくたびれたわい!」

「さーせん」

 

 グレイナルの条件通り、フィリスは竜の火酒を工房から一人でもってきた。 再会してすぐに怒鳴ってきたグレイナルにたいしフィリスは適当に返事をする。 最初はその適当な返事に対し眉をひそめるグレイナルだったが、彼女が一人で酒をもってくるという条件を果たしたことで、おとがめなしとすることにしたのであった。

 

「……まぁ、条件は果たしたからよいか………そういえば、貴様の名前を聞いてはいなかったな」

「はっ…フィリス、と申します」

「ふむ、貴様らしい間の抜けた名前だな」

 

 自分の名前をそういわれたので、今度はフィリスが眉をひそめることになった。

 

「……………それはさておき………先だっては貴様を信用できぬと言ったが……どうやら間違いだったようじゃな。 おいたりとはいえ、わしの耳は人間とはものが違う……。 貴様が、帝国の兵士を名乗る連中を退治したのだろう」

「ええ、まぁそうですね」

「外であれだけ騒いでおれば、イヤでも聞こえてくるしのう」

「………………」

 

 それは嫌味か、と言いたかったフィリスだったが、グレイナルはそんなことは気にもとめず、先程のガナン帝国の兵士のことを思いだし語る。

 

「しかし、わしの知る帝国の兵士達は…あのような魔物ではなかったな」

「え、魔物じゃないんですか?」

「うむ………だが、奴等の放つあの気配は、忘れもせん。 あれこそは紛れもなく、300年前にわしが戦ったのと同じものじゃ…………」

 

 やはりガナン帝国が復活でもしたのだ、とグレイナルも感じたらしい。 どうやらフィリスがバルボロスに遭遇したという話も信じてくれたようだ。 だが、それと自分のにおいとの関係はなんなのだろうか。 フィリスがそのことについて考えていると、グレイナルは思い出したように竜の火酒のことを話す。

 

「っと、それよりも酒じゃ酒。 竜の火酒を持ってきたんじゃろう?」

「これですね」

「うむうむ! これじゃ、これじゃ♪」

 

 どうやらグレイナルは相当酒に目がないらしい、フィリスが竜の火酒を見せると一気に機嫌がよくなり、一気に飲み始めた。 においは、強烈なものだ。

 

「…………ぷっはぁ! うー……しみるのう」

「美味しそうに飲むなぁ」

「当たり前じゃ、この酒は強く、そして美味! これを飲んでわしは、300年生きてこれたのじゃよ!」

 

 そう高らかに笑いながら、グレイナルは竜の火酒を飲み干した。 酒の成分で体がほてっているのだろうか、その顔はわずかに赤みが差しており、少し酔っていることがわかる。

 

「うぅ……ヒック! …………ん!? この気配はどこかで!?」

「えっ?」

 

 酔いながらもグレイナルは何かの気配に気づき、空を見上げる。 すると真上から闇の力をまとった巨大な球が飛んできて、ドミールの火山の一部を崩した。

 

「わぁ!?」

 

 その余波が、フィリスとグレイナルの元にとんでくる。 その力は、ドミールの里にも降ってきているようだ。 なぜ突然、このようなものが自分たちのところに襲いかかっているのだろうかと、攻撃が飛んできている根元であろう空を見上げる。

 

「まさか……あれは……!?」

 

 ドミールの火山の煙の中、暗い夜空。 そこにいたのは、黒いドラゴンン。

 

「…………バルボロス!」

 

 グレイナルは憎々しげに、その竜の名前を口に出した。

 

 

 

 グレイナルとフィリスの目の前で、バルボロスがドミールを攻め始めた頃。

 

「イオラ!」

 

 バルボロスは容赦なくドミールを攻撃してくる。 そこでクルーヤは、魔法を用いてバルボロスの攻撃を相殺していく。 里の人達は万が一に備えて、ハオチュンやセルフィスが避難させていった。

 

「クルーヤさん、大丈夫ですか!」

「まだ魔力はあるけど……切れるのは時間の問題ね…。 それよりも……」

 

 クルーヤにまほうのせいすいを使いながら、セルフィスが駆け寄ってきた。 クルーヤは自分の魔力の限界を悟りながらも、空にいる黒い竜を睨みつけて徹底抗戦の体制に入っていた。

 

「間違いなく、あれはあのときの…黒いドラゴンだわ!」

「そうですね……!」

 

 自分達が天の箱船で見つけたあの黒いドラゴンが、ここにいる。 あいつをそのまま好き放題にしていたら、間違いなくドミールが滅んでしまう。

 

「きゃあ!」

「クッ!」

 

 それはわかってはいるものの、相手の力は圧倒的だ。 少し気を抜けば相手の攻撃が飛んできて、里を襲う。 そんなバルボロスの止まらぬ攻撃をみて、セルフィスはある仮説をたてる。

 

「まさか…!」

「なに?!」

「あの者は里を攻撃することで、グレイナル様をおびき出すつもりでは………!?」

「なんですって!」

 

 セルフィスが敵の意図を悟りそうつぶやいた、同じ頃。

 

「ヒック……おのれ、バルボロスめ! なんとしてでも、ワシを引きずり出したいようじゃな……!」

「くっそ……卑劣だな……!」

 

 フィリスとグレイナルもまた、バルボロスが里を攻撃する理由に気がついていた。 グレイナルを引きずり出すのは罠かもしれないが、このままではドミールの里が危ない。 そう思ったフィリスは、思い切ってグレイナルに頭を下げて協力を申し出る。

 

「………ヤツだけは、あのまま許すわけにはいかないんだ…! だから、あなたの手を貸してください!」

「うぅ~……よかろう。 お前がおれば、なんとかなるじゃろう!」

「え、あたしが?」

 

 手を貸してもらえると思った矢先に、自分を指されたのでフィリスはきょとんとした顔になってしまう。 そんなフィリスにたいし、グレイナルは立て続けに話をしてきた。

 

「裏の洞窟に、竜戦士の装備というありがたーいものがある! 貴様にそいつをくれてやるから、装備してくるのじゃ! それを着た貴様が竜の戦士として我が背にまたがれば、今のわしでもきっと、再び空を飛べるはず!」

「わかった、すぐに着る!」

 

 フィリスはグレイナルの言葉に従い、竜戦士の装備を取りに行くため、グレイナルがねぐらにしている洞窟を目指した。

 

「グレイナルの命、もら…!?」

「邪魔っ!」

「グホォッ!」

 

 途中でグレイナルの暗殺をもくろんでいたであろう魔物を、フィリスは一刀両断して、洞窟にはいる。 そして、白い甲冑を発見した。 他にそれらしい装備品もないので、すぐにそれが竜戦士の装備だと気付いた。

 

「これか!」

 

 その装備一式を手にしたフィリスはすぐにそれを身につけ、洞窟をでる。

 

「装備してきました!」

「おお、それはまさしく竜戦士の装備……ヒック! ……にしても、なにか魔物の悲鳴が聞こえたが、なにかあったのかの?」

「問題なしです!」

 

 あの魔物の存在をなかったことにしつつ、フィリスは今のグレイナルの様子について一言言う。

 

「それよりも、あなたも大丈夫ですか? さっきお酒いっぱい飲んだでしょう?」

「わしも、少し酒が入っているくらいがちょうどいいんじゃ!」

「じゃ、しつれいっ!」

 

 そう言ってフィリスは身軽にグレイナルの背に飛び乗る。 するとグレイナルは翼を大きく動かし始めた。

 

「うぅむ! かつての力が戻ってきたように感じるわい! ではゆくぞ、フィリスよ!」

「はい!」

 

 そうして、フィリスを乗せたグレイナルは、その翼をかつてのように大きく羽ばたかせながら、空高く飛び上がった。 そこにいるバルボロスと対峙するために。

 

 

 

「ど、どこだ! バルボロス!」

 

 キメラの軍勢を振り払いながら、グレイナルはバルボロスを探す。 フィリスも周囲を警戒しつつバルボロスを探し、やがて遠目に黒いものがあるのに気がついた。

 

「グレイナルさんっ」

「ん?」

 

 フィリスの呼びかけに答えて、グレイナルもそちらをみると、そこには自分とそっくりな姿をした黒い竜が飛んでいた。

 

「そこか……まさか、まだ生きていたとは………」

「ふふふ」

 

 自分が戦うべき相手を発見したグレイナルは目つきを鋭くさせる。 バルボロスは余裕そうに笑いながら、グレイナルを睨みつけて、その口から巨大な火の玉を吐き出す。

 

「くらえっ!」

 

 その火の玉をグレイナルも同じように火の玉を吐き出して、相殺する。 それにより黒い煙が舞い上がり、その中からバルボロスが現れてグレイナルにからみつく。 それを振り払おうとグレイナルは空を舞い、力ずくで振り払うと今度ははげしいほのおを吐いてバルボロスを攻撃した。 2体の竜による激しい空中戦が繰り広げられ、グレイナルの背に乗るフィリスは振り落とされないようにしがみつくのに必死になっていた。

 

「食らうがいい!!」

 

 そこでグレイナルはバルボロスを正確に捉え、そこに光の力をまとった球を放ち、バルボロスを攻撃した。 その攻撃は命中し、バルボロスはボロボロとなり空中でうなだれる。

 

「やったか!?」

 

 これによりバルボロスが敗れ去ったのかと思ったフィリスはそう言ったが、バルボロスの表情から余裕の色は消えない。

 

「ふふふ………流石だなグレイナル。 だが、以前のようにはいかぬぞ」

「なにを……」

 

 バルボロスがそう言うと、空から黒い雷が降ってきてそれがバルボロスを直撃した。 その雷による紫電が空をおおい、フィリスとグレイナルの視界もさえぎられる。 その紫電にたいし、フィリスは既視感を覚えながら。

 

「………なんだ………!?」

 

 そして、その紫電がはれたとき、そこには先程よりも装飾が多くなり、体力も満ちあふれていて、禍々しさのましたバルボロスがいた。

 

「う、うそ……!」

「我はさらなる力を得たのだ……! 己の非力さを、思い知れ!」

 

 そういいバルボロスは、先程よりももっと強力な闇の力を放って、グレイナルを攻撃した。 その一撃はこれまでとはケタ違いなものであり、フィリスとグレイナルに襲いかかり体力を一気に持っていく。

 

「グァァァ!」

「うあぁぁ!」

 

 その一撃だけで、グレイナルもフィリスも大ダメージを受ける。 フィリスはその中でなんとか声を絞り出して、グレイナルに声をかける。

 

「ぐ、グレイナル、さ………」

「うぐっ……」

 

 グレイナルもかろうじて命は取り留めているようだ。 だが、このままではバルボロスとは戦えない。 そんなグレイナルの姿を見たバルボロスはグレイナルをみくだす。

 

「ふふふ………もはや、それまでか………」

「……て、め………」

 

 フィリスは目を開いてかぶと越しにバルボロスを睨みつける。 そのとき、バルボロスは再びあの闇の力をまとった球を放つ体制に入った。

 

「みよ、グレイナルよ」

「な、なにをする気じゃ!?」

「ただ殺すだけではもの足りぬ………貴様に、あの里の最期をみせよう!」

「なんだって……!」

 

 バルボロスはそう告げた後、非情な行動をとった。 その巨大な闇の球を、ドミールの里に向かってはなったのだ。 その力はすさまじく、ドミールの里の一部が破壊されつつある。 あれが直撃すれば、里は一瞬で消滅するだろう。

 

「いかん、このままでは……」

「ダメだ! あそこには、多くの人あたしの仲間もいるんだっ! あんなこと…許しちゃダメだ………!」

 

 なんとかして防げないかとフィリスが試行錯誤をしていると、グレイナルはゆっくり目を閉じたかと思うと、やがて意を決したように頷き、フィリスに告げる。

 

「短い間だが、世話になったな」

「なにを!?」

「さらばじゃ!」

「うわ!」

 

 グレイナルはその身を大きく震わせ、フィリスを自分の背中から振り落とした。 突然の出来事に戸惑っているフィリスは、竜戦士の兜越しにグレイナルを見た。

 

「生きよ! ウォルロ村の守護天使よっ!」

「!」

 

 その時かけられた言葉を、フィリスは聞いて、グレイナルは自分の正体に気がついていたのだと悟る。 フィリスは声を振り絞って、グレイナルの名前を呼ぶ。

 

「グレイナル様っ……!」

「ワシは、ワシの里を守ろう!」

 

 直後、グレイナルは里の方へと飛んでいき、里と闇の球の間に割って入り、最後の力を振り絞って全身から強い光を放った。 その様子を、里にいた者達がみていた。

 

「あれは!」

「グレイナルさま!?」

 

 里に直撃するはずだった闇の力が、直前で飛び散った。 グレイナルの鱗と、その魂とともに。

 




まさかの最期をみせつけられ、フィリスはどうなってしまうのか。
次回、注目です。


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34「地上の地獄へ」

最初に言っちゃうと、今回で仲間が全員、再集結します。
そして、こういう形式にもしてみました。



 

「………フィリス! フィリス!!」

「ん?」

 

 真っ暗な闇の中、フィリスは自分の名前を呼ぶ仲間の声につられるかのように自分の瞼を動かして、真紅の瞳をみせた。 彼女が目を覚ましたことに気付いた仲間達は、安堵の笑みを浮かべている。

 

「………あれ……セルフィス……クルーヤ……それに…………」

 

 そこには離ればなれになっていた最後の仲間、イアンの姿もあった。 彼の存在に気付いたフィリスは驚いて、大声で彼の名前を呼んで起きあがる。

 

「イアン!?」

「ああ……オレだ……」

「彼は、ガナン兵の鎧をきてそれに扮し、僕達と合流してきたのです。 その時に、ガナン兵と戦い、奴らを退けてくださいました」

「そうなのか…」

 

 イアンがここにいる理由を知り、フィリスはそう言ったが、直後に自分と共に戦っていたあの白い竜のことを思い出す。

 

「グレイナルのじーさんは!?」

「…………」

 

 グレイナルがどうなったかを目の当たりにしていた3人は顔をうつむかせる。 そして、意を決したようにセルフィスは、彼の最期をフィリスに伝える。

 

「彼は、この里を守るために………その身を挺しました」

「……そんな………」

「…………」

 

 あの瞬間に自分がみたのは嘘の光景ではなかったのだと、フィリスは悟る。 あのときバルボロスはドミールの里を滅ぼすために攻撃をしかけてきたのだが、グレイナルがそれを、その身を使って防いだのだ。 直前にフィリスを自分の背中から振りおとし、彼女を天使と呼び生きるように諭しながら。 そうしてグレイナルの最期を知った一同は表情を曇らせるが、そこでイアンがなにかを思い出したように声を出した。

 

「そうだ、フィリス!」

「!?」

「目覚めてそうそうにわりぃが、オレに力を貸してくれ! こいつを使ってオレと一緒にきてくれねーか!」

 

 そう言ってイアンは、ふつうのものとは少し違う形をしたキメラのつばさを取り出して彼らに見せる。

 

「キメラのつばさ?」

「でも普通ではなさそうですね」

「ああ……特別製だぜ」

 

 そういうと、イアンはセルフィスとクルーヤも、自分の方へ引き寄せる。

 

「セルフィスも、クルーヤも、こい!」

「と、唐突ねっ!?」

「うわわっ」

 

 イアンにしっかりと捕まれた3人は、彼が取り出したキメラのつばさによって、このドミールとはまた別の場所へ飛んでいってしまったのであった。

 

「あ、ま、まってー!?」

 

 だが、先の戦いでフィリスから離れていたサンディだけが、まるで存在を忘れられたかのように、その場に残されてしまった。 その事実にだれも気付くことはなく、イアンに導かれるがまま、4人はとある場所にとばされた。

 

「ここって……?」

「カデスの牢獄だよっ」

「カデスの牢獄?」

 

 カデスの牢獄と呼ばれるその場所は、非常に強固な壁と扉、空には紫色の暗雲、周囲は枯れ果てた大地と毒の沼に囲まれている場所だった。

 

 

「いやな空気が漂ってますね……ここは、いったい……?」

「ああ……」

 

 イアンは、フィリスと離ればなれになったあと、何があったのかを語る。

 

「オレは天の箱船から振り落とされた後………気が付いたらここに捕まっていたんだ。 そんで、そこで奴隷として働かされていた………」

「奴隷ですって!?」

「ああ……ここは帝国に逆らったものや侵入者を捕らえては、自分達の国のために働かせる。 中には理不尽な理由で奴隷にしたり、中には命を落としたものもいるみてぇだ……ほとんど、兵士達の遊び半分で………」

「なんと……むごいことを………」

「話で聞いたガナン帝国の、悪行そのままね………」

 

 イアンのその短い説明だけで、彼がこの合流のときまで、どのような状態にたたされていたのかを知る。 ここはまさに地獄なのだ。 そこで、イアンはさらに、自分が無事に脱出できた理由を説明する。

 

「だけどここで、オレを……オレだけを逃がしてくれた人がいたんだ。 危険を省みず、兵士を利用して、特別なキメラの翼をオレに渡して………ドミールの襲撃部隊にオレを混ぜることで………」

「そんな危険なことを…………!」

 

 オレも無茶だとおもう、とイアンは苦笑しつつも、自分の恩人について思い出したことがあったのでフィリスに告げる。

 

「そういえば、その人は、フィリスのことを知っていたぜ」

「な、なんであたしを…………!?」

「わかんねぇ……だが、オレはその人に、お前とともにここに戻ってこいって言ってたんだ…………。 ここを突破するには、お前の力が必要不可欠だっていって…………」

「あたしの力……?」

 

 どういうことだろうか、と戸惑っているフィリスに、イアンは告げる。

 

「説明はその人に、直にしてもらうこった。 オレにこのキメラの翼を渡してくれたのも、オレが戻ってきて助けてくれるのを……知っているからだ……」

「なにを考えているの?」

「脱出計画だよ」

「脱出計画?」

 

 その脱出計画という単語を聞いて、4人はイアンがなにを考えているのかを悟る。

 

「まさか……!」

「そのまさか、だぜ! オレ達で外で大暴れして、結界を解除して皆を逃がす作戦だ! あそこは結界で囲まれていて、囚人が逃げれないようになっているが……そいつを発生させている装置を、オレ達が壊す!」

「そうすれば、あそこに捕らわれている人を、助けられる!?」

「ああ、オレは……危険を省みずオレを助けてくれた人を、そして……ここで奴隷として働かされている人たちを、助けたい! だから、つきあってもらうぜ!」

 

 ここでイアンは、仲間達に対して有無をいわさない姿勢を見せる。 それは、彼らの答えを知っているから出来ることだ。

 

「そういうことか!」

「であれば」

「答えはひとつよねっ!」

 

 4人は顔を見合わせてうなずきあい、次にイアンがクルーヤに声をかける。

 

「クルーヤ、合図頼むぜ!」

「ええ!」

 

 イアンの声に答えて、クルーヤは上空に向かってイオラを放った。 その爆裂の魔法は上空で大きく破裂し、それは牢獄内にも届いていた。

 

「なんだ?」

「あれは………! 戻ってきたか……イアン………!」

 

 一方、そのカデスの牢獄の中では、一人の囚人が断頭台にかけられ、処刑されようとしていた。 外で起きた謎の爆発に全員が戸惑っていたが、ただ一人だけ反応が違った。 そんな中、囚人がボロボロに泣き崩れながら断頭台にたたされていた。

 

「いやだぁ、やだぁ! しにたくねぇよぉ……!」

「ちょうどいいぜ! オレももう堪忍袋の緒が限界だ! これ以上はガマンできねぇぜ!!」

 

 そう言い出したのは、非常に筋肉質で大柄な男だった。 その男は囚人を処刑しようとしていた兵士にタックルをしかけて、壁にたたきつける。

 

「ぐほぉ!」

「なっ……」

「オラァッ!」

 

 それに気付いた兵士も、その男が力業で投げ飛ばして、そのまま気絶させた。 そしてその兵士から槍を奪い取り、そこにいた残りの囚人達に呼びかける。

 

「いいか、みんな! 今外から救援がきた! ここで大暴れしてみんなで脱獄するぞ!」

「え……そんなのいつの間に!?」

「も、もし逃げられるのならこれはチャンスかも!?」

「今までの鬱憤を晴らそう! ここで、一気に………反乱を起こすんだ!」

「お、おぉぉぉーっっ!!」

 

 そのかけ声に応えるかのように、囚人達は声を上げて、兵士から武器を奪ったりそこら変に転がっていたものを持ち上げて兵士達に投げつけたりしはじめた。

 

「は、反乱だ! 反乱が起きたぞ!! 兵をよべーっ!!」

 

 囚人達が反乱を起こしたと知った兵士達は増援を呼ぶが、それでも囚人達は攻撃の手をやめない。

 

「結界が消えるまでの辛抱だ、兵士を取り押さえろ!」

「おおおおっ!!!」

「アギロの旦那の言うとおり、ここはやってみるっきゃねぇぜ!!」

 

 アギロ、と呼ばれた体格のいい男は、外にいるであろうある人物のことを口にした。

 

「イアン、天使を連れてきたな……!」

 

 そこには、天使という単語が含まれていた。

 

 

 

「お、騒がしくなった!」

 

 カデスの牢獄から騒がしい声が聞こえてきたので、イアン達は囚人達の反乱が始まったのだと悟る。 彼らが戦っているのを確認したフィリス達は顔を見合わせて頷くと、牢獄を覆っている結界を生み出している塔に向かった。

 

「な、なんだおまえは!?」

「えいっ!」

「ハッ!」

 

 フィリス達の存在に気付いたがいこつ兵士だったが、フィリスのはやぶさ斬りとイアンの黄泉送りがヒットして倒れる。 そしてその死体を踏み台にするかのように通り過ぎていくと、扉の前に一体のキラーアーマーがいた。

 

「なんだ、貴様等は!?」

「門番かっ!」

「ここに侵入するとは命知らずめ。 処刑台に送り込む前に、オレ様が直に引導を渡してやろう!」

「へっ! その台詞……そっくりそのまま返してやるよっ!」

 

 そう言ってフィリスはキラーアーマーの剣を同じく剣の技ではじき返し、突き返す。 そこにクルーヤのメラミが命中しひるんだところで、セルフィスが槍でついて突き飛ばした。

 

「この上だぜ、あの牢獄を囲っている結界を作ってる…結界発生装置は!」

 

 4人は結界を生み出している装置の元にたどり着き、赤いスイッチを発見した。 これこそが結界を作っているものだと、4人はすぐに気付く。

 

「どうやって止めるの?」

「思いっきりたたく!」

 

 そう言ってイアンはそのスイッチをたたく。 するとそのスイッチは光を失胃、周囲に飛んでいたレーザーも徐々に消えた。 すぐに外にでて牢獄の様子を見るフィリス達に、ある人物が声をかけてきた。

 

「イアン、きてくれると信じてたぜ!」

「オレだけでも逃がしてくれた恩は、わすれねぇよ、危険を冒してまで……兵士から鎧を強奪して、オレに着せて兵士に変装させて…ドミールを攻める部隊に入れるという……強引な手を使ってでも、オレを助けてくれたアンタを………! オレが仲間を連れて戻ってきてくれると、信じてくれたアンタを! 見捨てたりなんかしない!」

 

 そう、そこにいた筋肉質な男にイアンは叫ぶ。 その男はうなずき、そして彼のそばにいたフィリスに気付く。

 

「そいつもつれてきたな!」

「え?」

「おう! そんで、アギロさんよぉ! 結界は解除したぜ! どうする!?」

「結界が解除したら、やるべきことがある」

「やるべきこと?」

 

 アギロ、と呼ばれた男は牢獄を見つめつつ、話を続ける。

 

「この奥には特別な囚人がとらわれている………。 そいつらを助けにいく!」

「特別な囚人?」

 

 そして、アギロはフィリスのほうをみた。

 

「それにはおまえの助力が必要なんだぜ、フィリス!」

「あたし!?」

 

 どういうことなのだろう、と思いつつもアギロの後を追いかけ、その特別な囚人の救出に挑むことになったフィリス達であった。

 

「わざわざフィリスを指名するなんて……ただの人じゃないわよね」

「ええ………フィリスさんは特別な存在ですが………それと気付くのは難しいことですし……」

 

 アギロの正体に関する疑問を、セルフィスとクルーヤがこっそりかわしていた。

 

 

 

 そしてアギロが向かっていった先、その部屋にはアギロと巨大な魔物が一体いた。 イノシシのような顔に頑丈な鎧、巨大な鉄球を持った、筋肉質な魔物だ。

 

「こいつがこのカデスの牢獄を管理している……ガナンのゴレオン将軍だ!」

「こいつが………!」

「なんだぁ? また一匹増えたのかぁ?」

 

 ゴレオン将軍はフィリス達を見て、ほくそ笑むように声を上げた。

 

「何匹こようと、所詮虫けらは虫けらだ! 増えたところでなにも変わらん!」

「うっせぇ!」

 

 相手がガナンの将軍だときいたフィリスは剣を抜いてその切っ先を向ける。 ある人物の情報を知るために。

 

「お前も将軍だというなら、あの鳥野郎を出せっ!」

「……ゲルニックのことか? そいつはでる幕はない! ここで、このゴレオン将軍が貴様等をねじ伏せるのだからな! そとの下らぬ反乱者ともども!」

 

 そう叫び、ゴレオン将軍は鉄球を振り回してきた。

 

「我が力を、その命に刻みつけるがいいっ!!」

「おっと!」

 

 鉄球の攻撃を間一髪で回避し、フィリスは相手に切りかかる。 だが相手の筋肉は堅く、剣が思うようには通らなかった。 それ故に相手の反撃を受けそうになったが、そこでイアンがゴレオン将軍の顔面に棍をたたきつけたことで防がれる。

 

「……力ずくで、聞き出すぜ!」

「……ああ!」

 

 そうフィリスに声をかけた直後、ゴレオン将軍はイアンに攻撃を仕掛けてきた。 反応に遅れてしまったイアンは鉄球攻撃を受けて弾き飛ばされ、立ち上がろうとしたときには目の前までゴレオン将軍が迫ってきており、イアンは追撃も受けてしまう。

 

「グッ……!」

「よく見てみれば、貴様も外の牢獄にいた囚人だな? まさかここまでくるとはな!」

「………へっ、てめーらの警備、結界で油断してたのかずいぶんザルだったぜ! てめぇ図体だけでアタマはお粗末なんだな!」

「んだとぉ!!」

 

 ゴレオン将軍はイアンにさらに攻撃を仕掛けにいったが、そこで背後から火の球が数発飛んできて、ゴレオン将軍を攻撃し、さらにセルフィスが鎧の間に見えた肉体に槍を突き刺してくる。

 

「ぐぉぉ……!」

「イアンさん、今回復を……!」

 

 敵がダメージに苦しんでいるスキに、とセルフィスはイアンに回復魔法をかけたが、直後に立ち上がったゴレオン将軍がセルフィスめがけてつっこんできた。

 

「うわっ!」

「セルフィス!」

 

 セルフィスはその突進に反応が遅れ、自分の身を守ろうと防御しようとする。

 

「グォッ!?」

 

 しかし、その瞬間にゴレオン将軍の懐でなにか小さい力が発生した。 セルフィスから飛んできた力が、ゴレオン将軍にぶつかったのだ。 ゴレオン将軍はそれに面くらい、それにより別方向から攻撃を仕掛けてきたフィリスの一撃をまともに受けてしまう。

 

「これは……」

「どうした!?」

「これは、あのときの力……! ゲルニック将軍からフィリスさんを守るために放った………あの強い力です……!」

 

 その力には、セルフィスも驚いていた。 実はグレイナルに振り落とされたあのとき、ゲルニック将軍がフィリスを捕まえて連れ去ろうとしていたのだが、それをセルフィスは妨害したのだ。 その中で彼は新しい力に目覚めていた。 まだ、その兆しの段階ではあるが。

 

「貴様っ!」

「クッ……」

 

 フィリスは盾でゴレオン将軍の一撃を受け止めた。 その後フィリスは防戦一方を強いられる。 その一方では、クルーヤが魔力をためることに集中させていた。

 

「イオラじゃだめ……もっと、もっと強い力を………!」

 

 実は先ほど、イオラの魔法を放ってはいたのだが、火力不足で相手に有効的なダメージを与えられなかったのだ。 だからこそ、それ以上に強いダメージを与えられる攻撃魔法をひねり出そうとしている。

 

「みんなの痛み、思い知りなさい!」

 

 そして、それが実現しようとしていたことにも、クルーヤは気付いていた。 その手に強力な魔力をため、一気に解き放ち、大爆発を起こす。

 

「イオナズーンッ!」

「うぐぁぁーっ!」

 

 そうクルーヤは強力な力を持つ爆破の魔法を放ち、ゴレオン将軍を吹っ飛ばした。 その一撃を受けて、ゴレオン将軍は地に伏せた。

 

「やったな!」

「決めてやったわっ!」

 

 この戦いにたいし勝利を確認したフィリス達は笑いあう。 一方攻撃を受けたゴレオン将軍はおもむろに起きあがりつつ、苦しげに呼吸をしながら語り出した。

 

「ごふっ……! 帝国の将軍と……あろうものが、虫けら如きに倒されるとは……これは、夢か、悪夢かっ!?」

「虫けらだと思ってればいいさ、その虫けらに負けたお前は無様ということになるだけだからな!」

 

 そう言い返すフィリスだったが、ゴレオン将軍には響いていない。 いや、響かせる余裕が彼自身の中にはない…といったほうが正解か。

 

「いや………いや、違う…………!」

「!?」

「オレは以前にも…………こうして、戦いに敗れ………這い蹲っていた!?」

 

 ゴレオン将軍の中には、ある記憶がよみがえってきていた。

 

「そうだ! 遙か昔オレはグレイナルに挑み、奴の炎に焼かれて死んだはず…………ということは……オレは、死者なのか………………? わからぬ…………」

 

 そういい残し、ゴレオン将軍の体は煙となって消え去っていった。 フィリス達は、ゴレオン将軍の言葉が気になっていた。

 

「………」

「………フィリス、最後の言葉が気になるのはわかるが、今は……まだとらわれている仲間を助けにいこうぜ」

「ああ……うん……」

「俺も大事なものを取り戻した。 まだ囚われている奴は、こいつを使えば助けられる」

 

 そういってアギロは右手に金色に光る笛を、左手に不思議な形をした鍵を持っていて、その鍵をフィリスに差し出していた。

 

「そうだな、いかなきゃいけない………あたしは自分でそう思うよ………」

 

 ガナンの3人の帝国将軍のひとりを打ち破ることに、彼らは成功したのであった。 残るは、まだ囚われている、特別な囚人を救出するだけだ。

 

 




フィリスじゃなくイアンをカデスの牢獄いきにしたのは、バラバラになってことを表したかったからです。
やや無茶なところがあるかと思いますが、ご了承ください。


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35「天使の世界へ」

天使達を囚われの状態から解放する瞬間って、結構ゾワッとします。


 

 仲間であるイアンが捕まっていたというカデスの牢獄にきたフィリス達。 そこで謎の人物・アギロと出会い、彼と協力して牢獄にいた人々を救出、そして敵の将軍の一人であるゴレオン将軍を討ち取ることにも成功する。

 

「これが、特別な囚人……ですって?」

「なんだ、こ……れ……」

 

 そして、最後の鍵と呼ばれる特殊な鍵を手に入れたフィリス達は、大事なものを取り戻したというアギロと共に、カデスの牢獄の地下にやってきた。 そこには、特別なものが捕まっているというのだ。 アギロに案内されるままに地下に降りてみると、そこにはまだ牢獄が続いており、鉄格子の奥には光る繭のようなものが糸につるされていた。 その形も異常だったが、その姿を見たフィリスは身を震わせる。

 

「!!」

「フィリス?」

「こ……これは………!」

 

 その姿を見たフィリスは全身をふるわせ、戸惑いながらもその繭のようなものに手をかける。 するとその繭はくだけ中から、白い翼に輪っかを持った人物が現れた。

 

「目を、目を開けてくれ!」

「ふぃ………フィリス………なのか………!?」

「うん、そうだよ、そうだよっ!」

 

 繭の中から現れたのは、天使だったのだ。 彼女はその天使を抱き抱えると必死に呼びかける。 天使はぐったりとはしていたが意識はあるらしく、そこにいるのがフィリスだとわかっているようだった。

 

「その翼に……わっか!? もしかして………それは………ててて、天使……なの…!?」

 

 驚くクルーヤ達に対し、フィリスはうなずく。

 

「天使が、何人も行方不明になっているって話は…聞いたことがある。 でも、まさかここに捕まっていたなんて…………!」

「そうだったのね………」

「僕達も、お手伝いします」

「ああ」

 

 イアンとセルフィスはフィリスが救出した天使を一カ所に集めていき、フィリスとクルーヤは天使を繭から解放していく。

 

「帝国の奴ら、この繭を使って……オレ達から天使の力を吸い取っていたんだ………」

「そのおかげで、ガナンのヤツらには、天使がみえるようになったんだ………」

 

 天使の口々から語られる、自分達がガナンに囚われた経緯。 弱り切った天使や、カデスの牢獄で使われた道具が実は天使の力を吸収する装置だった事実。 自分の同族が苦しめられた現実にフィリスは打ちひしがれる。

 

「そんな………こんなことが………」

「……………とりあえず、ここに囚われていた天使はこれで全員だな。 外へ運びだしてやろうぜ」

「……うん」

 

 アギロにいわれ、フィリス達は天使達をさらに外へと連れ出す。 そこではこの牢獄で共に反乱を起こしていた囚人達が集まってきていた。

 

「お、アギロの大将のお帰りじゃねーか! 姿が見えねぇから心配してたんだぜ!」

「外の兵士どもは、あらかた片づけてしまいましたよ」

「お前等……」

 

 そこにいた囚人達の言葉を聞いて、アギロは怒りを込めて彼らに叫ぶ。 ただ言っておくべきこととしては、その怒声には彼なりの思いがしっかりとあることだ。

 

「だったら…どうして逃げねぇんだよ!?」

「そりゃ、あんた達をおいて逃げれるわけないでしょーよ」

 

 そう堂々と言ったのは、囚人の一人であるあらくれの男。 彼の発言にたいし全員が同意すると、アギロはあきれたようにつぶやく。

 

「だらしないヤツらだな。 この期におよんでまだ、オレに頼ろうっていうのかよ?」

「こいつら、どーしようもない連中っすね!」

「まったくだ!」

 

 ここに共に捕まっていたイアンはにやつくように笑みを浮かべながら亜ギロにそういうと、アギロも満更でもないようであり、白い歯を見せて笑う。 つい最近まで諦めているように絶望した顔で、言いなりになり働かされていた日々がウソのようだ。

 

「クックククク………貴様等、浮かれてていいのか?」

「!?」

「…………聞こえてくる。 聞こえてくるぞぉ。 破滅の羽音が………」

「なにをっ……!」

 

 突如として不気味な笑い声と共に、倒れていた兵士がつぶやく。 なにを言っているのだ、とフィリスがにらみつけた瞬間。 兵士が告げたように、大きな羽音が聞こえてきた。

 

「あいつは!」

「バルボロス……!」

 

 そこに現れたのは、闇竜バルボロスだった。 バルボロスに恨みがあるフィリスは、紅い瞳を鋭くさせてバルボロスを睨みつける。

 

「ククク! 帝国に逆らうものは、すべて滅びるのだ! 帝国に逆らうものに、災いあれ………ッ!」

 

 兵士がそう口にした瞬間、バルボロスは口から火の玉をはいた。 その火の玉は偶然にも倒れていた兵士に命中し、兵士は炎の中で笑いながら消えていった。 直後にバルボロスは黒い闇の玉を連続で放っては牢獄全体を攻撃する。

 

「焼かれた………!」

「まさかあいつ、敵味方とか見境なくここをつぶすつもりかっ!?」

「あ、あんなのが相手じゃ勝ち目ゼロじゃねーか…」

「ここまで、なのか………!?」

 

 バルボロスが出てきたことで、全員の顔が希望から絶望に落ちる。 そんな彼らにたいし、アギロは堂々と前にでて叱責の言葉を投げかける。

 

「お前等、ここまできて簡単にあきらめるんじゃねぇ! そんなのオレがゆるさねぇぞ!」

「アギロさん…」

「ここはオレが何とかする! だからお前達は振り返らずまっすぐに逃げやがれ!」

「な、なんとかするっていわれても………いくらアギロの旦那でも…………!」

 

 戸惑う囚人達だったが、やがて意を決したようにそれぞれで、顔を上げていく。

 

「いや……オレは旦那に命を預けたんだ、オレは旦那をしんじるぞ!」

「そうだな……彼のいうとおりだ。 どうせ一度は捨てた命。 ここはアギロどのの言葉にかけてみよう!」

「だな! いっちょやってみるか!」

 

 この場から走って逃げ切ることを決めた彼らは、お互いの顔を見てうなずきあい、呼吸を整える。

 

「にげろーっ!!」

 

 そして、その声と共に全力疾走して彼らは立ち去っていった。

 

「…………」

「みなさんがどうか、逃げられますように」

 

 その力強い姿をフィリスは食い入るように見つめ、その横でセルフィスは彼らの無事を心から祈った。

 

 

「さて、逃げたな……では、早速始めるとするか!」

「えっ」

 

 そういいながらアギロは懐から、ゴレオン将軍から取り戻したあの笛をだし、それを勢いよく吹いた。 その音は牢獄……もしくはこの牢獄のある大地に響きわたるかのようであり、やがて空のかなたから光る何かが流星のごとく駆けてきて、バルボロスに体当たりをした。

 

「あれは……!」

「天の……箱船………!」

 

 アギロが笛を吹くことで現れたのが、天の箱船だったので、フィリス達は呆然とした。 どういうことなのだ、と戸惑っている間にあの一撃がきいたのか、バルボロスはどこかへ去っていってしまった。

 

「さ、いくぜ!」

「あ、ちょ……」

「お前等もこいよっ」

「うわわっ!」

 

 現状についていけないフィリスは戸惑うが、アギロはそんなことお構いなしにフィリスやイアン達、そして救出した天使達を箱船に乗せた。

 

「あ、フィリス、フィリスー!」

「あ、そういえばサンディ忘れてた………」

「ひっどーー!」

 

 その操縦席にあたる場所では、サンディがいた。 彼女に声をかけられ、フィリスはサンディの存在をすっかり忘れていたことに気づく。 それにたいしサンディは不満の色を見せながらも、ここまでの道を彼女に語る。

 

「あんた、どこにいってたの!? こっちはあんたが消えてからひとりぼっちで天の箱船を探し出して修理して……その間ずっと心配してて………」

「え、心配してくれてたのか?」

「………と、とにかく! 勝手にいなくなって、勝手にこんな見知らぬ土地に呼び出すし……ありえなくない!? ジョーダンぬきで、もうすっごいメーワクだったんですケド!」

 

 うっかり口を滑らせてしまったサンディは、フィリスの反応に対し顔を真っ赤にしてつっけんどんな態度になりながら、そう強く言う。 そんなサンディの反応に対しフィリス達は笑みを浮かべてると、サンディはどうやって天の箱船を呼び出したのかと問いかけてきた。

 

「あ、それはたぶん……」

「お取り込み中のところ、失礼」

「あ、アギロの旦那」

 

 そこに、アギロが合流してきた。

 

「あによぉ、勝手にここに乗り込んできて………!?」

 

 最初はアギロに対しそういう態度で接してきたサンディだったが、アギロの顔を見た瞬間に態度を一変させて驚く。

 

「あ、あなた………あなたは………! テンチョー! テンチョーじゃないっすか!」

「へっ!? て、テンチョー!? この人がっ!?」

「………その呼び方はやめろ、て何度も言っただろう?」

 

 フィリスも、仲間達も、サンディがテンチョーと呼ぶ人物を捜していることは知っていた。 だが、目の前にいるこの男が……と戸惑う。 アギロはサンディにそう呼ばれるのはよく思ってないようで修正をする。 その後、アギロは自分の正体を名乗る。

 

「囚人達のリーダーとは仮の姿………。 しかし、その正体は………天の箱船の責任者・アギロ運転士だったのだ!」

「「「「え、ええー!!?」」」」

 

 アギロの正体を聞かされたフィリス達は驚きの声を上げ、フィリスは呆然としたまま違和感に気付き口を開く。

 

「そ、そういえば色々あって………気にならなかったんだけど……つーか気付かなかったんだけど………よくよく考えてみれば……! 普通の人なのに天使がみえるなんて、どう考えてもただの囚人じゃなかった!!」

「いや、少なくともまずはお前がそこにつっこまないとダメだろっ!!」

 

 フィリスの言葉に対しイアンがツッコミを入れていると、アギロは気にせず話を続ける。

 

「しかし、驚いたぞ。 まさかお前とフィリスが知り合いだったとは……」

「そ、そういうテンチョーこそ……」

「ま、まぁ色々とありまして………」

「そうか……」

 

 意外なところにつながりというのはあるんだな、とアギロはつぶやきつつ、これからどうするかを彼女達に告げる。

 

「とりあえず、捕まっていた天使達は後ろの車両に寝かせてある。 まずは彼らを天使界に送り届けなくてはならない」

「…うん、そうだね。 お願い」

 

 こうしてカデスの牢獄を脱出したフィリス一行は、捕まっていた天使達と共に、天の箱船で天使界へ向かったのだった。

 

 

「ここが、天使界……」

「なんだか夢みたい………話で聞いたことしかない、天使の世界に私達がいるなんて………」

「………オレ達、場違いじゃねーよな?」

 

 天使界に到着して、すぐのこと。 彼らは世界樹の根本にあたる部分に天使を連れて行き、そこで天使達を回復させていた。 世界樹から注がれる力が、天使達をいやしてくれるのだ。 そのとき、フィリスとともにいた人間であるイアン達がそこにいたことに気づき、3人はこの天使界をまじまじと見つめていた。

 

「なにはともあれ、みんなを天使界に帰してあげられた………」

「ああ………帰ってこられたんだ………懐かしい」

「もう2度と、戻れないと思っていたからな………」

 

 天使達も、少しずつではあるが元気を取り戻してきているようだ。 フィリスも安心しており、笑みを浮かべている。 もし救出が遅れていたら、どうなっていただろうか……それは、考えたくもないである。

 

「フィリスよ、我々のことなら心配はいらん。 お前は長老オムイ様の元へいき、地上で起きたことを報告をしてくれ」

「地上で起きたこと……」

「ああ。 魔帝国ガナンの復活……カデスの牢獄のこと……闇竜バルボロスがよみがえったこと………そして………」

 

 天使の男性は顔を険しくさせながら、次の言葉をつげた。

 

「お前の師であるイザヤールが、裏切ったこともな………」

「………」

 

 自分もその裏切りにあったとはいえ、イザヤールが裏切ったことを信じざるを得ないのだと思ったフィリスは、暗い顔になる。 そして、彼に対しわかりました、と頭を下げて了承すると立ち去る。

 

「………フィリス………」

「オレ達もついていこうぜ」

「……はい……」

 

 そんなフィリスの心情を察しているのか、彼らは黙って彼女についていく。

 

「フィリス!」

「ラフェットさん!」

 

 その道中で、天使の女性と少女がフィリスに駆け寄ってくる。 二人はフィリスの無事な姿を見て安堵していた。

 

「フィリス、大丈夫だった?」

「うん、あたしは平気だ」

「無事に帰ってきたのね」

「はい、ラフェットさん。 なのでこれから、長老様の元へと向かおうと思っています」

「……そうね……あら……そこの人達は………」

 

 かしこまった様子でそうかえしつつ、一緒にいる3人は人間で、自分の仲間であると簡単に説明をするフィリス。 それを終えた後でフィリスは足早に去っていき、その姿を見てラフェットは心配そうにつぶやく。

 

「………イザヤール、彼女と喧嘩でもしたのかと思ったわ………」

「えっ?」

「イザヤールね、言っていたのよ………自分はもう、フィリスの師匠である資格などない……って」

「「「……?!」」」

 

 彼女の口から語られた言葉に3人は驚きつつも、先に行ったフィリスについて行く。

 

「オムイ様」

「おお……フィリスか! とらわれていた天使達の救出、まことにご苦労じゃった!」

 

 長老はフィリスの名を口にしつつ、彼女をねぎらう。 そして、本来は天使界にいないはずのイアン達の存在に気付き、告げる。

 

「そちらにいるのが、世界樹の加護を授かった人間達じゃな」

「はい……あたしの、大切な仲間です」

 

 そうフィリスが告げると、イアン達も急いでひざまづいて頭を下げる。 そして、オムイは先ほど目に入った彼らの顔を思いだし、頷いた。

 

「……その者達は、澄んだ目をしておるな……お前が仲間として選ぶのは、正解だったようじゃ」

「………」

 

 オムイのウソのない賞賛の言葉に、フィリスは柔らかい笑みを見せつつも、すぐに真剣な表情に戻って、地上での出来事を彼に語る。

 

「なんと………あの魔帝国ガナンが人間界に、よみがえったというのか!」

「長老様、ご存じなのですか!?」

 

 フィリスの問いにたいしオムイは頷きつつ、話を続ける。

 

「年若いお前は知らないじゃろう………300年も前のことじゃ。 魔帝国ガナンは邪悪なる帝国………だが、人間界を征服するため、チカラを追い求めたあげく、自ら滅びたはずなのじゃ……」

「………やはり……間違ってなかったんですね……」

「横やりをいれるようですみませんが、滅びの原因は……?」

「……残念ながら、わしにもわからん」

 

 セルフィスがガナン帝国が滅んだ原因を知りたがっていたのが気になっていたが、その原因もオムイにはわからないようだった。

 そして、話はある人物に移っていく。

 

「ところで、フィリスよ。 お前や他の天使の言葉によれば、イザヤールが我々を裏切り、ガナンの側につき……お前からも女神の果実を奪っていったそうじゃが………」

「嘘じゃない! ヤツはフィリスを斬って、オレ達が集めた女神の果実を奪い取っていったんだ!!」

「人間よ、態度を改めよ!」

「かまわん」

 

 フィリスにかわりイアンがそう反発し、天使の兵士がイアンをいさめようとするがオムイがそれを止め、彼女達にあるものをみせる。

 

「これは、女神の果実……!?」

「この通り、女神の果実は天使界に戻ってきておる。 そして、女神の果実を届けたのは……ほかでもない、イザヤールなのじゃ」

「え!?」

 

 衝撃の事実に驚きを隠せないフィリス達に、オムイはそのときのことを思い出しながら、説明をした。

 それは、ちょうどフィリスがナザム村で救出されているときの頃だろうか。 イザヤールは天使界に戻ってオムイの前で膝をつきながら女神の果実をオムイに差し出していた。

 

「………長老オムイ様。 天使フィリスにかわり、女神の果実をすべて持ち帰りました」

 

 そういってイザヤールは女神の果実を7個すべて、オムイに差し出した。

 

「おお! それはまさしく女神の果実……! イザヤールよ、ご苦労であった! しかし、何故お前がそれを……? わしが女神の果実探しを命じたのはフィリスだったはずじゃ……」

 

 疑問を浮かべるオムイに対し、イザヤールは淡々とした態度で語った。 自分とフィリスはともに女神の果実を探していたものの、途中ではぐれてしまい、彼女の代わりに自分が持ってきたのだと。 彼女もじきに来ると、告げていた。 話を聞いたオムイは少し呆れていた。

 

「むぅ……フィリスも困った奴じゃな……。 まぁ昔から少しだけそそっかしい一面があり、お前を困らせることもあったが……」

「………」

「なにはともあれ、じゃ。 イザヤール。 まことにご苦労であった。 これできっと人間界も、落ち着きを取り戻すことじゃろう」

「はっ。 では、私はここで……」

 

 オムイからねぎらいの言葉を受けたイザヤールはそれだけを告げると立ち去ろうとする。 そんなイザヤールを、オムイはすぐに呼び止める。

 

「待て、イザヤールよ。 弟子の帰りを待っていてやらんのか?」

「私には、これからやらねばならないことがありますので…………。 では長老オムイ様。 フィリスのことをお願いします…………」

 

 そう、イザヤールはまるでオムイにフィリスのことを託すかのように言い残して、天使界を立ち去っていったのだという。

 こうして、オムイからすべての話を聞いたフィリスは、ただ呆然としていた。 師の考えがまったく読めないからだ。

 

「師匠……なんで……どうして……」

「………フィリス………」

 

 そんなフィリスに寄り添うかのように、3人は彼女に近づく。 だが、オムイの元にある女神の果実は本物であり、届けにきたイザヤールも本物。 イザヤールが裏切るとも考えられず、フィリスがウソをつくとは思えない。 募る疑問が彼らにのしかかってくる。

 

「…………今は考えてもラチがあかんな。 守護天使フィリスよ」

「はい」

「天使界には、こう伝えられておる。

女神の果実が実るとき、神の国への道は開かれ、我ら天使は永遠の救いを得る………そして、その道を開き我らをいざなうは、天の箱船………。 とな……」

「存じております」

 

 言い伝えを確認したオムイは、意を決したように彼女に告げる。

 

「女神の果実は天使界へ戻った。 わしは言い伝えを信じ、神の国へ行ってみようと思う!」

「オムイ様…」

「言い伝えがどこまで本当かはわからぬが……もし神がいらっしゃるならば、必ずや世界を救ってくださるはずじゃ!」

 

 そう語った後、オムイはフィリスと向かい合う。

 

「守護天使フィリスよ。 お前はわしとともに天の箱船で神の国に向かうのじゃ。 天使界は邪悪な光におそわれ、人間界では魔帝国ガナンが復活した……神の国といえども、なにが起こるかわからんからな。 いざというときはよろしく頼むぞ」

「はい!」

 

 フィリスの返事を聞いたオムイは、一足先に天の箱船へと向かう。 それを見送ってから、フィリスはそこにいた仲間達に告げる。

 

「………みんなは、この天使界で待ってて。 すぐに戻るから」

「………ああ、待っててやる。 そのかわり、ぜってーもどってこいよ」

「あなたとこのまま、お別れだけはイヤだものね」

「……だから、待ちます……僕も」

「ああ!」

 

 仲間達は天使界に残すことを決めていた。 自分は今は天使としての役目を果たしたいためだ。 仲間達もそれを受け止め、彼女をここで待つことを決める。

 

「神様……どんな存在なんだろう………」

 

 フィリスは、神の国へ向かうことになったのであった。

 




せっかくなので、仲間達も天使界に行っちゃいましたね(笑)
次回は神の国行きになります。


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36「天使誕生の秘密」

ついに神の国へ向かいます。
配信クエストの後だと、色々矛盾を感じますね。


 

 天使界に帰還したフィリスは、自分が集めた女神の果実がここにあったのを知り、言い伝えの通りに女神の果実を神の国に送り届けることになった。 そして、そのためには天の箱船に乗る必要がある。

 

「…………なるほど…神の国に女神の果実をねぇ…。 じゃ、ちょっと待ってろよ……」

 

 フィリスから今後の目的についての話を聞いたアギロは、なにかに納得したかのように、操縦席でなにかを操作しはじめる。

 

「神の国にいくなら、おみやげ持って行ったほうがいいかなー?」

「神様へのおみやげってなに?」

 

 サンディの脳天気な言葉に対してフィリスがツッコミを入れていると、自分も神の国へいくと言っていたオムイも乗り込んできた。

 

「ほっほう! 天の箱船の内部はこのようになっておるのかぁ。 どれどれ、失礼いたしまずぞ……」

「あ、長老様」

「おぉ………女神の果実と同じ黄金の光に包まれておる! さすが、神の創りたもうた舟じゃ……」

 

 そしてオムイは、すぐにサンディの存在に気付いて彼女に勢いよく駆け寄り声をかけてきた。

 

「おお! あなたは天の箱船のキャンペーンガールの方ですな!?」

「ひょえ?!」

「きゃんぺーんがーる?」

「わしは、天使界の長老オムイ。 お見知りおきくだされ! そして……ええっと、そちらは?」

 

 オムイはアギロの存在にも気付くと、アギロの方が名乗りを上げる。

 

「天の箱船の運転士、アギロともうします。 ここにいるフィリス達とは戦友でしてね………」

「ほほう、これはご丁寧に」

 

 礼儀正しく挨拶をしてきたアギロにたいし、オムイも軽く礼をして挨拶をする。 そして、自分はこれからどうしたいのかを、アギロに伝える。

 

「さて、運転士どの。 貴方にお願いがあります。 フィリスの活躍により、女神の果実は天使界に戻りました。 言い伝えに従い、我らをこの天の箱船で神の国へと、連れて行ってくだされ」

 

 オムイの願いを聞いたアギロは、なにかを噛みしめるかのように口を開いた。

 

「……………かつて、神はこのように命じました。 女神の果実が実ったならば……この天の箱船に天使をのせ、神の国までつれてこい……と。 つまり、今こそ神の国へと向かうべき時なのでしょう……」

「いけるの?」

「ああ! ようし! じゃあ神の国まで、ひとっ走りまいりましょうぜ!」

「おぉー!」

 

 そうアギロが操縦席で捜査を開始し、機動レバーを動かすと、天の箱船が機能を開始させ、動きだした。 そして、天の箱船は空高く飛び上がっていく。

 

「そういえば……イアンたちは?」

「天使界に残してる。 そばにはラフェットさん達がいるから、大丈夫だよ」

 

 サンディに仲間達のことを伝えているフィリスの横では、はじめてみる景色に興奮するオムイの姿があった。

 

「信じられん、もう天使界が豆粒のように見える…………。 天の箱船とは、まさしく神の奇跡じゃな…………」

 

 そこでオムイはアギロに問いかける。

 

「運転士アギロどの。 貴方はこの天の箱船に乗られて長いのですかな?」

「ええ………神が天の箱船をお作りになったその日から、運転士として乗り込んでおります」

「っていうか……そんな昔から天の箱船に乗ってるって、テンチョーってすげーオッサンじゃん………」

「それ、オッサンってレベルじゃないだろ…」

 

 フィリスがこっそりツッコミを入れる横で、アギロはサンディのテンチョー呼びに不満の声を上げている。 そのやりとりを一度見ているフィリスはそれをみて、またやってるよと呟いた。

 

「………フィリスよ……改めて確認したい………」

「はい?」

 

 そんな中、オムイは神妙な顔つきになって、フィリスに問いかける。 確認のために。

 

「イザヤールがお前を襲い、女神の果実を奪ったというのは……間違いない事実なのか?」

「……………」

 

 オムイ自身も、フィリスがこの問いに対して答えづらいことは重々承知している。 だが、黙っていたままでもなにも解決はしない。 だから、確認をしたかったのだ。 フィリスは一度黙ったが、真剣な面もちになってオムイの問いに答える。

 

「……はい………あの時彼はあたしを切り裂き………バルボロスや敵の将軍とともに、女神の果実を持ち去っていきました。 幸いにもあたしは人に助けられ一命を取り留め、ここまで戻ってくることはできたんですが………でも…………」

「……………」

 

 そう語り、フィリスは自分の胸に手を添えた。 そこには、イザヤールの剣による大きな切り傷が存在している。 そこに傷があることも、そしてフィリスが受けた心の傷はそれ以上のものだと悟ったオムイは言葉を続ける。

 

「………イザヤールが何故そのようなことをしたのかは、わしにはわからぬが………あやつは確かに、天使界へ女神の果実を届けた。 魔帝国の僕であるはずがない……」

「………………」

「いずれにせよ、わしはイザヤールを信じておる。 どちらの話を真実にするにしても…な。 もちろん、フィリスのこともじゃ」

「長老様……ありがとうございます……」

 

 自分の言葉に対し、フィリスが安堵の表情を浮かべながら頷いたのをみた長老は、箱船の窓から外を見る。

 

「もうすぐ…この天の箱船も神の国に到着するじゃろう。 そこへいき、神にお願いをしよう。 天使界と人間界を救ってくれ……と………」

「はい……そうすれば、師匠も戻ってきますよね」

「うむ……きっと、な……」

 

 

 フィリスとオムイがそんな会話をしていると、その瞬間はすぐに訪れた。

 

「ついに、神の国に到着しましたぜ!」

「ホント?」

 

 アギロに言われて外を見ると、そこには不思議な宮殿と空に浮かぶいくつもの島が見えた。 島にはいくつか虹の橋がかかっており、建物は真っ白の大理石のようなものでできており、その空は透明のような色をしていた。

 

「ここが、神の国………!?」

 

 その景色にたいし、フィリスは身が引き締まるような感覚におそわれながら、そう呟いた。 そして天の箱船は浮島のひとつ、停留所のような場所に停まり、その中からフィリスとオムイ、サンディとアギロがおりてくる。

 

「おお………ここが、神の国………! まさに……神聖なる空気に満ちあふれておる………!」

「………」

 

 この地に感動を覚えているオムイとは対に、フィリスはどこか落ち着かない様子だった。 とりあえず、神様に会わねば話ははじまらない。 どこかにいないのかとフィリスはアギロに問いかける。

 

「この階段をまっすぐあがっていったところに、神様がいるはずだぜ」

「じゃ、行こうか」

 

 そうサンディにも言われ、フィリスは階段を上がっていく。 その途中ではふわふわと浮かぶ小さな島に、ほこらのようなものがあるものの、どこからも気配は感じない。

 

「こんなにきれいなのに………誰もいないなんて、なんか寂しい世界だな………」

「あの宮殿の中なら、誰かいるんじゃね?」

「そだな」

 

 道中では、世界創造の話が刻まれた石版があり、人間の善悪や創られたものの順番などが記されていた。 それを視界にいれつつ、フィリス達は最上層にある宮殿に足を踏み入れる。

 

「我々天使の、数千年に及ぶ悲願が…………神にお会いするときがとうとう…………!?」

 

 期待を胸にオムイは扉を開けたものの、そこには想像を絶する光景が広がっていた。 床は大きく裂け瓦礫がつもっており、美しい装飾は砕かれ高貴な絨毯は焦げ付いている。 想像していなかった景色に、その場にいた全員が呆然としていた。

 

「なんだ、こりゃ………」

「こ…………これは………! 一体何があったのじゃ?! まさか、天使界を襲ったあの邪悪な光は………神の国をも…………!?」

「うそ、ここまで届いたとか………マジ?!」

「どうなっておるのだ、我らが神はいずこに? 神よ、お答えくだされ!! いったいどちらにいらっしゃるのですか…………!?」

 

 オムイは神に必死に祈るかのように声を上げるが、それに返事をするものはいない。 オムイの叫びは、ただこの宮殿に谺するだけだった。

 

「……………神よ…………なぜ、お答えくださらないのですか? なにがあったのじゃ…………」

「長老様……」

 

 オムイの信仰心を知るフィリスは、愕然とするオムイにたいしかける言葉が思いつかなかった。 そんなフィリスに、アギロはこの中を探索する必要があると告げる。

 

「とにかく、この宮殿の中を探し回ってみようぜ。 なにか、神様の姿か……あるいは、手がかりが見つかるかもしれねぇ」

「わかった」

 

 そうフィリスは答え、2階への階段を発見しそこを駆け上がっていく。 その部屋は、下の様子とは打って変わって美しく、大きな窓から神々しい光が注がれていた。 そこには祭壇のようなものもある。

 

「ここは………?」

「…………これは、なんと神々しい光が注がれておるのじゃ………」

「長老様、もしかして…ここに?」

「うむ、女神の果実を捧げるのじゃろうな。 フィリスよ」

「はいっ」

 

 オムイの言うとおり、フィリスはその場所に、オムイから授かった女神の果実を高く掲げる。 すると7つの女神の果実は宙に浮かび、やがて光を放つ。

 

「……………!」

「うわっ」

 

 光と女神の果実が消え、一度は沈黙していたものの、やがてフィリス達の脳裏に、不思議な声が響きわたってきた。

 

「…………守護天使フィリス………そして……長老オムイ。 私の声が聞こえますか………」

「この声は…! あのときの…」

「その声は!? あ、あなたが神なのですか……!」

 

 オムイが問いかけると、声は返事をした。

 

「…………いいえ………。 私はあなた方天使が神と呼ぶ者ではありません…………。 人間の清き心から生まれた星のオーラは、世界樹に女神の果実を実らせ、天の箱船を神の国へと導きました…………」

「………………」

「そうして………フィリス。 あなたがたが神の国へと女神の果実を届けてくれたおかげで……………私は、何千年もの永き眠りから目覚めることができたのです……………」

「眠り……?」

 

 眠りとはなにか、とフィリスが疑問を抱いていると、声は再び彼女らに告げる。

 

「……………天使達よ………私の元へと、お帰りなさい…………」

 

 その言葉とともに、フィリスたちはある場所にとばされた。

 

 

「え、えぇ!?」

「ここって、天使界……!?」

 

 不思議な声によりフィリスたちが導かれたのは、天使界だった。 しかも、ただ戻ってきたわけではない。 彼らの目の前には、あの世界樹がたっていたのだ。

 

「フィリス!」

「イアン、セルフィス、クルーヤ!」

 

 そこにはなんと、天使界に残していたフィリスの仲間達の姿があった。 天使達でもなかなか立ち入ることができない場所に、彼らがいることに、フィリスは驚く。

 

「どうしてここに!」

「なんか……みんなとお前を待っていたら、このでけぇ樹が光ったから、急いでここにきてみたんだよ! そしたらお前達が現れるから………ビックリしたぜ」

「確かに、光ってる………これはいったい…………?」

 

 イアンの言葉で、フィリスも世界樹が光を放っていることに気付く。 これは、星のオーラを捧げたときや女神の果実が実ったときとは、また違う輝きだ。

 

「…………おかえりなさい………天使達よ…………」

「またあの声!」

「……なにがあったの?」

 

 どうやらあの声は、フィリスの仲間達には聞こえていないようだ。 そんな彼らにフィリスは声が聞こえてくるんだと説明をすると、世界樹の上の方にぼんやりと、女性の姿が浮かび上がった。 金色の長い髪に陶器のような肌、すんだ青空のような瞳を持つ、美しい女性だった。

 

「だ、誰………なの……?」

 

 フィリスの仲間達にも、この姿は見えているらしい。

 

「私は、あなた達が世界樹と呼んでいたもの……………創造神・グランゼニスの娘…………女神セレシア………」

「なんと………?」

 

 女性は女神セレシアを名乗ると、フィリス達は驚く。 すると、側にいたイアン達も彼女の声が聞こえるようになったらしい、セレシアの存在に対し驚いている。

 

「これが、女神様………」

「なんという、ことなのでしょうか………!」

「あなた達天使が………長い間人間界を守り…………星のオーラを捧げてくれたおかげで……私はこうして目覚めることができました。 ありがとう。 ………………そして、フィリス……………」

「えっ?」

「一度は失われた女神の果実を、取り戻してくれたこと心から感謝しています。 そのお仲間である人間にも………同じくらいに…………」

 

 そうセレシアに告げられると、イアンは思わず背筋をのばし、クルーヤは胸に手を当て、セルフィスは頭を下げる。 そんな彼らの反応にフィリスは苦笑している一方、オムイはセレシアに問いかける。

 

「女神セレシア様…………とお呼びすれば、よろしいのでしょうか? 貴女様は何故、世界樹に………?」

 

 それは、そもそもの疑問だった。 世界樹の正体が女神であるとしても、何故その姿になって眠っていたのか。 その理由に見当がつかない。 そんなオムイ達に、セレシアは目を細めながら理由を説明する。

 

「人間界を……守るためです………」

「人間界を? なにから……」

「父からです」

 

 父、ということは創造神のことだ。 セレシアの口からでた事実に、フィリス達は呆然とする。

 

「父なる神、グランゼニスはかつて人間は失敗作だと言って人間達を滅ぼそうとしました」

「!?」

 

 戸惑うフィリス達に、セレシアは自らの力を使い、自分が世界樹になったいきさつをそこにいた者達にみせる。

 神の国の大きな宮殿の中には、女神セレシアともう一つの存在があった。 髭を生やし神聖なトーガを身にまとった、厳しい性格が全面にでている顔つきの老人だった。

 

「人間は失敗作だ………………人間達はこの世界にはふさわしくない。 私は人間を滅ぼすことにした………」

 

 この老人のような存在こそ、創造神グランゼニスなのだろう。 グランゼニスは、人間を滅ぼすという冷酷な判断をとると、そのために力を解き放った。 その力が地上に届きそうになったとき、彼が放ったのとはまた別の力がそれを妨げる。

 

「お待ちください!」

 

 その力を放ったのは、セレシアだった。 娘に自分の行動を止められたこと、そして彼女が人を助けるという判断をしたことを理解できないグランゼニスは、セレシアに怒鳴る。

 

「なぜ止めるのだ、セレシア! 人間達など……庇う価値がないではないか!」

「………いいえ、私は人間達を信じます。 人間を滅ぼしてはいけません! どうか………!」

「ええい、じゃまをするな!」

 

 グランゼニスはもう一度、力を放とうとしたが、そんな彼の目の前で異変が起こる。 セレシアはその体から、光を放ち始めたのだ。

 

「何のつもりだ、セレシア!?」

 

 その光はセレシアの体を包み込み、やがて彼女の体から木が生えてきた。 その木は徐々に大きくなっていき、根がはい枝が伸び葉がつく。 みるみるうちに、セレシアの体は一本の樹木となったのであった。

 

「お父様がどうしても人間を滅ぼすというのなら、私は世界樹になりましょう…………。 世界樹となったこの身を元の姿に戻すのは、人間の清き心だけ……………人間はまだ、清き心を失ってはいないはず………。 私は………この身をもって…………その、ことを……………」

 

 証明する、という前にセレシアは完全に世界樹となってしまった。 娘のとった行動に対し、グランゼニスは呆然とする。

 

「なんと、なんという愚かなことを…………! セレシア、お前にはわからぬのか? もし人間の心が邪悪であれば、世界樹となったお前は永遠に…………」

 

 その声は、既にセレシアには届いてはいなかった。 彼女の意識は完全に眠りについたのだ。 ここにあるのは世界樹であり、もうセレシアはいないという現実を知ったグランゼニスは絶望の声を上げる。

 

「おお…………なんということをしてしまったのだ、セレシアよ…………!」

 

 しばらく、彼女のことで絶望していたグランゼニスだったが、やがて顔を上げるとあることを決める。

 

「いいだろう、セレシアよ………。 お前のその愚かさに免じて、人間を滅ぼすのは………しばしまとう。 そして、世界樹となったお前の手足となる者を創り…………その者達に、人間を見守り清き心の証を集める役目を与えよう…………」

 

 そうすることで、グランゼニスはセレシアと、彼女が守ろうとしていた人間達を試そうとしているのだ。 壮大な態度でそう言った後、グランゼニスは寂しげに世界樹を見つめて、つぶやいた。

 

「…………わが娘……セレシアよ。 お前が女神として……目覚める日は来るのであろうか………………」

 

 そこで、セレシアの回想は終わった。 その映像はフィリス達にも見えていたようであり、その内容にたいし呆然としていた。

 

「清き心の証とは、あなた方が星のオーラと呼ぶものです。 父なる神グランゼニスに、人間は邪悪ではないと信じてもらうため………私は自ら世界樹となりました…………」

「なんと………!」

「……………人間の清き心から生まれた星のオーラを、世界樹に捧げれば……いつの日か女神の果実が実る……。 女神の果実が神の国へ届けられし日、私は女神として目覚めるのです…。 そして人間達を見守り……星のオーラを捧げるため、実った女神の果実の力で渡しをよみがえらせるために………父なる神グランゼニスが創りだし、生み出したのが……………あなた方天使と、天使界なのです……」

 

 自分達の役目や存在の理由を知ったフィリスは、目を丸くしていた。 それは、側にいたオムイも同じらしい。

 

「それが、あたし達……天使の生まれた……意味だったのか………」

「……………」

「我ら天使に、そのような役目があったとは………!」

 

 

 まだ現実を理解するのには時間がかかる。 そんな中でオムイは気がかりだったことを直接、セレシアに問いかける。

 

「な、ならば……グランゼニス様はいずこにおられるのですか…………!? よもや……あの神の宮殿を破壊した邪悪な光によって……神はすでに……?」

「そ、そうなのか………!?」

 

 オムイのその問いに対しセレシアはふと己の力を使い、グランゼニスを探し始める。 そして、やがて答えを出す。

 

「…………父グランゼニスが滅びたのなら、私もこの世界も、とうに消え去っているはず…………」

「ま、まぁ……確かに……」

「私にはわかります。 神の国にはいませんが…………父なる神は確かにおられます…………」

 

 とりあえず創造神は生きているらしい、全員はほっと胸をなで下ろす。 そして、セレシアは皆に告げてくる。

 

「天使達よ。 あなた方に伝えたいことがあります…………。 神の国をおそった邪悪な光…………。 その源たる邪悪な光は、この世界を滅ぼそうとしています……………」

「邪悪な光………」

「時に忘れ去られたガナンの地…………蘇りしガナン帝国城に、邪悪な気配を感じます…………」

「やっぱり、そこか!」

 

 ガナン帝国がすべてのカギを握っていると悟ったフィリスは、拳を強く握る。 そんな彼女に、セレシアは語りかけてくる。

 

「フィリス、そして彼女が決めた人間達よ………」

「はい!」

「魔帝国ガナンへ向かい、どうか邪悪な力から………人間達を守ってください。 邪悪な力が消え去りしとき……世界は、救われ…………どうか、フィリス……人間界を…………」

 

 そういい残し、やがて世界樹から光は収まっていく。 同時に、セレシアの姿も見えなくなり、声も聞こえなくなっていた。

 

「セレシア様………?」

「きっとまた、眠ったのね………」

「おそらくは、まだ本調子じゃないんだろう………無理もねぇ、女神の果実が実ったと思ったらあんなことになっちまったし……世界もそれどころじゃないしな……」

 

 アギロが冷静に、セレシアはまだ完全に復活できないことを説明している横では、オムイが女神に会えたことにたいする気持ちを口にしていた。

 

「身を挺して人々を守ってくれるとは…………。 女神セレシア様は、なんと心優しきお方じゃ………長年仕えていてよかった……………」

 

 まさに感無量、となっているオムイのそばでは、フィリスが自分に受けられた使命について考えていた。

 

「………にしても、ガナン帝国か………」

 

 フィリスがそうつぶやくと、彼女の肩を誰かがたたいた。 振り返ってみるとそこにはイアンがその口元に笑みを浮かべていた。

 

「いこうぜ、その邪悪なヤツをぶっとばしにさ」

「い、イアン」

「そうよ………ここまできたんだもの。 途中でおろされるなんてまねしたら、私は許さないからね」

「神の言葉、そしてあなたの決意を僕は信じて…………どこまでもついて行きます。 この命がつきるまで」

「クルーヤ、セルフィス」

 

 イアンからはじまり、続けてクルーヤ、セルフィスと、彼女とともにいく決意を口にした。 そして、イアンは彼女の気持ちを確かめるように、彼女に告げる。

 

「どっちにしろ、お前の気持ちは決まってるんだろ?」

「………うん!」

 

 その言葉を聞いて、フィリスは迷いなくうなずいたのだった。 なにもおそれることはないから。

 




次回はガナン帝国へ乗り込む…前に、仲間達の会話をお届けします。


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37「仲間とは」

ここで仲間達4人の話を挟みたいと思います。
私にとってはこういう話はとても大事なものなのです、ご了承を。


 女神からの神託を受け、世界の命運をかけて戦うことになった。 ガナン帝国との決戦のために、その帝国城へ乗り込む。 フィリス達はそのために、休息をとろうと久しぶりにセントシュタインのリッカの宿屋にきていた。

 

「あら、フィリス! おかえりなさい!」

「ああ、ただいま!」

 

 リッカは最初はフィリスを宿を利用するお客の一人として迎えようとしていたが、その相手がフィリスだと知ると、友人感覚で迎え入れてくれた。 そのことが、彼女を友人として見ているフィリスにとって嬉しいことであった。

 

「本当に久し振りね。 音沙汰ないから、どうしているのかなって思っていたのよ」

「そりゃそうっすよルイーダさん。 オレ達は世界の各地を旅してるくらいっすから、手紙を出すことなんて忘れちまいますぜ」

 

 ルイーダも久しぶりに宿屋を訪れるフィリス達に気付いて、声をかけてきた。 それにたいしてイアンがそう答えると、ルイーダはきょとんとしつつイアンに告げる。

 

「イアン、なんだか雰囲気変わったわね」

「え…そうっすか?」

「ええ」

 

 そう答えつつ、ルイーダはイアンと初めてあったときのことを思い出しながら彼に告げる。

 

「初めて会ったときの貴方は、明るく笑っていたけど………どこか陽気を演じているという感じがしていたもの。 人なつっこいように見えて、その実は他人と必要以上に関わらないように、距離を置いていた………」

「…………」

「でも……その空気が、今は感じられないわ。 よっぽど今の仲間が気に入ったのね」

「…………あったりまえっすよ」

 

 ルイーダにかつての自分を指摘されてイアンは苦笑する。 自分が変わることができたというのであれば、その理由はすべて仲間にあると思ったイアンは迷いなく肯定する。

 

「この宿屋も…雰囲気変わったね。 お客さんも多いしにぎわってるし、綺麗になってるし……」

「えへへっ。 がんばったからね」

「それに……」

「それに?」

 

 フィリスは別のカウンターにいる、緑色のワンピースに金色の髪の女性を見た。 あの女性は初対面だ。

 

「なんか人増えてるし…」

「あ、フィリスは初対面だよね……ロクサーヌさん!」

「はい」

 

 リッカはロクサーヌを呼び、彼女にフィリスを紹介する。 するとロクサーヌはフィリスのことを話で聞いて知っていたとつげてから、自己紹介をする。

 

「はじめまして、私、世界宿屋協会から派遣されたロクサーヌというものです。 宿を訪れたみなさまに特別な商品や情報を提供するのが、私のお役目でございます」

「は、はぁ………」

 

 世界宿屋協会なんてものがあるんだ、とフィリスは苦笑しつつ、ロクサーヌの顔と名前、立場を記憶する。

 

「貴女にも様々な情報を貴方にお伝えできるように努めて参りますので、今後ともよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ……」

 

 上品に挨拶をしてくるロクサーヌにたいし、フィリスはまた苦笑したのであった。

 

「フィリスさん、戸惑っていますね……やはり、礼儀正しい人には弱いのでしょうか」

「ふふっ…そうみたいね」

 

 

 

「でも、あなたがここにまたくるなんて、うれしいけど………。 なにかあったの?」

「うん、あたし達これから少し、厄介なことに首を突っ込むことになったから……さ。 その前夜ということで……ここで一泊して英気を養おうとしていたのさ」

「………そうだったんだ」

 

 フィリスは詳しい内容を告げず、おおざっぱにそう告げた。 彼女の腕っ節を知っているリッカは、彼女がわざわざ厄介なことと言うところにひっかかるところがあって、思わず問いかけてしまう。

 

「そんなに、大変なことなの……?」

「……………」

「………って、ごめんなさい。 戦ったり冒険したりする力もないわたしが、深く聞いていいものじゃないよね……」

「リッカ……………。 ううん、あたしの方こそ……ごめんな………説明、してあげられなくて…………」

 

 自分の非力さを知っているリッカはフィリスに謝罪をすると、今度は逆にフィリスはリッカに謝罪をした。 フィリスもフィリスで、恩人であり親友であるリッカに、詳しいことを説明できないことに歯がゆさを感じているようだ。 だが、詳しい話をしたらより不安にさせるかもしれないし、巻き込むこともできない。

 

「でもそのかわり、フィリスがその厄介事にも打ち勝てるように……わたしも最大級のサービスをしちゃうからね! わたしからの応援の気持ちを込めて!」

「……サンキュ! リッカの応援があればあたしも明日、頑張れるぜ!」

 

 リッカは自分にできることをしよう、と気を引き締めなおしてフィリスにそう言うと、フィリスは彼女に笑い返した。 そしてチェックインを済ませて用意してもらった部屋に4人で向かう。 男女別にしようかとリッカは提案したが、フィリス達が4人で同室がいいと押し切ったのだ。

 

「きっと冒険の相談をしあうためなのよ。 あの4人も、それだけ信頼しあっているんだわ………あのときよりも、とても仲がよくなったのね…」

「それもそうですね」

 

 ルイーダの言葉に対しリッカも納得している一方で、4人はリッカが用意してくれた部屋に入る。 細かいところまで掃除がされていて、ベッドも布団もふかふかで、談笑にぴったりなソファやテーブル、シャワールームまである。

 

「こいつぁ、いい部屋を用意してもらっちゃったな」

「この部屋は4人用に広い部屋みたいだけど………ほかの部屋もきっとこのクオリティに間違いないわ。 リッカちゃんをはじめとする、宿屋のみんなの働きによるものに間違いないわね」

「この宿屋は、僕が訪れたときは経営が傾きかけていたみたいですが……そのときの話がウソのようですね」

「そういえば、そんな話もあったなぁ。 はは、懐かしいや…」

 

 そう楽しげに会話をしていると、サンディが出てきてその輪に入る。

 

「うん、いい部屋ジャン! 決戦前夜には相応しいカンジじゃね!?」

「おお…サンディもお気に召されたようですな」

「なにその話し方。 本人のキャラに合ってなくてうけるんですけど」

「うっせーやい」

 

 そんな会話をしているフィリス達に笑みを向けつつも、すぐに真剣な表情に戻って、明日の戦いのことをはなす。

 

「忘れちゃならねぇぜ。 明日オレ達がやるべきことも……そして、オレ達がやらなきゃ………この宿屋も奴らの餌食にされかねないことも」

「うん、ここはあたし達にとっても大事な場所だもんな。 ここがあったから、あたし達は会えたんだし……」

「なによりも、ガナン帝国があちこちでまた悪さをしたら、みんな悲しむだけよ」

「ガナン帝国の者達………彼らを討つことこそ、世界の人々を救うことになるのでしょう。 ……………そう、女神様も仰られたのですから…………」

 

 セルフィスは天使界で聞いた、女神の言葉を思い出しながらそうつぶやく。 そこでクルーヤは、セルフィスがやたらとガナン帝国に興味を持っていたことに気付いていたことをはなす。

 

「そういえばセルフィス、話を聞いたときからガナン帝国に強い興味を示していたわね…」

「そうだったのか?」

「……ええ……」

 

 クルーヤの言葉をセルフィスは一切否定することなく、事情を説明する。

 

「僕にもなにがあるのか、どうしてそうなるのかはわからないのです。 ですが、その単語を初めて聞いたとき………僕の心がざわつき…もっとガナンのことを知っておかねばならない気がしてしまったのです。 まるで、ガナンに触れることが……その真相を知ることが………僕の使命であると神が告げていたかのように………」

「セルフィス………」

「……とはいえ、実際の神の話をきいて…少し戸惑っていますけどね……」

 

 神をあがめ信仰する僧侶であるセルフィスは、その神であるグランゼニスがかつて人々を滅ぼそうとしていたことを知り、戸惑ったようだ。

 

「でも、ガナンとの戦いは……僕には避けて通ることは不可能なのでしょう。 胸がざわついていたのは、事実ですし…………なにより、彼らの悪行を目の当たりにして、放っておくわけにはいきません」

「そうか」

 

 

 ガナン帝国にたいするセルフィスのおもいを聞いたフィリスたちは、リッカに呼ばれて食堂へ向かい、明日のために食事を口にしていった。 その食事はおいしく栄養満点であり、4人とも大満足の味だった。

 

「ふぅ、食った食った」

「すごくおいしかったわね」

「ええ、僕も満足です」

 

 料理を食べきった4人は、自室に戻り順番にシャワーを浴びることにした。 彼らはまずフィリスに一番最初にシャワールームに送りこんで彼女にシャワーを浴びさせる。 ついでにいうと、サンディもシャワーを浴びたいとのことでフィリスについて行っている。

 

「さてと……みんな、装備や武器の準備はいいな」

「ええ。 私も最近いろんな攻撃魔法を覚えたし、良質な杖もフンパツして買っちゃったもの。 護身用として、少し強めのムチも持っておくわ」

「僕もここ最近の力の異変に気付いて、この間ダーマ神殿に行った際、大神官様に相談しました。 そうしたらどこかに賢者に関する書物を手に入れれば……僕は賢者として真に覚醒できると仰っていました」

「マジか。 そいつぁいいな。 まぁ賢者になれそうってくらいなら、おまえのレベルもつえぇってことだろ?」

 

 そうクルーヤとセルフィスのレベルを確認していき、イアンも自分の力がどれほどのものかを確認した。

 

「オレもドミールでハオチュンに再会して、今のオレの力をみてもらったよ。 オレの力は、あの帝国を相手にどこまで戦うかで証明できる……って言ってた。 ぶっつけ本番というところだろうぜ」

「まぁでも、イアンは今までだってかなり強かったじゃない。 今更、心配する必要ないんじゃない……?」

 

 話し合っていく中、彼らの話題はフィリスの方に集まっていく。

 

「あとは……フィリスのことだよな………」

「ええ………私の目が間違っていないのなら……フィリス思い詰めているはずよ。 ガナン帝国と天使の関係もあったし、今も関係は完全に切れていないわ」

「お師匠様のことも、まだ解決はしていませんし彼もまだあそこにいるのもかわりありませんしね」

 

 そう語り、セルフィスはずっとフィリスをみていて思っていたことを口に出した。

 

「僕の目の届く範囲でのことですが、彼女は一度たりとも涙を流したり、後ろ向きなことを言ったりしていません。 まるで、それを口に出すことを拒んでいるかのように…………」

 

 言葉は己自身を左右することもある。 良い言葉であれ悪い言葉であれ、多くの者のモチベーションを左右することもある。 だからフィリスは仲間を気遣い、弱音を吐かなかったし、弱い姿をいっさい見せないようにしていたのだろう。

 

「フィリスさんは、きっと強くありたいのでしょう。 自分の使命や、女神の果実のため………天使達のため………なによりも人間のために………。 それは、僕達も例外ではないと思います」

「そうね、もし彼女にとって私達のことがどうでもいい存在だとすれば、私達もここにはいないもの」

「オレ達がここまでついていくのは、なにもオレ達が並外れたお人好しってだけじゃねぇ。 あいつが一番お人好しだからだし………あいつが、オレ達を守ろうと動いているし、正面から見てくれるからだ………。 だから、答えたいと自然に思うことができる…………」

 

 イアンは、かつての自分を思い返しながら、語る。

 

「人間、受けた恩をどれだけ返せるかなんて………たかがしれてる。 人から受けた恩を仇で返すことなんて、あっさりできちまうんだ」

「イアン」

「でも、そこで取り返せるかどうかが、本当に腕の見せ所だろ? 少なくとも、オレは一緒に旅をしてくれたという恩を、フィリスに感じているぜ…………」

「それは、僕も同じです」

「私もよ」

「だから、これからその恩返しをやろうぜ」

 

 そう語り合い、これからの戦いでフィリスを守ろうと決めあう3人。

 

「………みんな………」

「フィリス!」

 

 そのとき、ちょうどシャワーを終えたフィリスが合流してきた。

 

 

「も、もしかして……さっきの話聞いてた?」

「ああ……途中からだけどな!」

「友情ゲキアツで、なかなかカンドーなんですケド!」

 

 そう口にしつつ、フィリスは3人に話をする。

 

「みんなが、あたしのことをそう思ってくれていたなんて……知らなかった。 あたし、みんなと一緒にいたのにな……」

「……………」

「あたしは、人間じゃない天使だ。 だけど、人としての時間を過ごしていて………人間みんなを助けたいって、思ったよ。 それを一番感じさせてくれたのは………あたしを最初に助けてくれたリッカと…………そして、あたしと一番ながい時間一緒にいて、旅をさせてくれた…………あんた達だ………」

 

 フィリスはまっすぐに3人を見つめて、言葉を続ける。

 

「天使界と人間界の運命に、巻き込んじゃったこと…………わりぃと今でも思ってる。 あたしは、その償いとして……あんた達をこの命を懸けて守りたいって思ったんだ。 そして、それは女神様より使命を受けた今。 ガナン帝国を倒して人間界を守って、天使を助けることで…………叶う気がするんだ……………」

 

 何度も覚悟をしていた。 自分の運命にこの中の誰かがかけ離れていくことを。 つきあいきれない、辛いといって、離れていくことを。 その時が訪れても、フィリスにとっては仕方のないことだと割り切っていた。

 

「みんながいたら、あたし帝国にだって勝てる。 どんな強敵にも魔物にも負けないし、立ち向かえる。 だからもう少し、つきあってくれ」

 

 だが、そのときはここまできてもいっさい訪れない。 イアンもセルフィスもクルーヤも、自分の運命を知って、敵の強大さを知って、どこまでもついてくるつもりだ。 だからこそ、フィリスはそう皆に頼んだのだ。

 

「お前が答えを決めてるというなら、いこうぜ」

「………………!」

 

 その頼みに最初に答えたのは、イアンだった。

 

「絶対に、ガナン帝国をぶっとばそうぜ! あんな暴君軍団、野ざらしにさせない! このオレの技で一匹残らず蹴散らしてやるぜ!」

「あのようなものを放っておいたら、より多くの人が傷ついてしまうでしょう。 それはなんとしてでも…妨げねばなりません。 僕の力で皆を守ります…」

「私も同じ。 ここにいる仲間も、今まで会ってきた人たちみんな好きよ。 私にどこまでできるかわからないけど……みんなを守るために、今まで培った力発揮するわ」

 

 続けてセルフィス、クルーヤも言葉を続けていく。

 

「うん、ありがとう! 必ずガナン帝国を打ち破ろう……みんなで」

「ああ!」

「ええ!」

「はい!」

 

 そう決意を固め、4人はシャワーを浴び、眠りについた。

 そして、翌日。

 

「じゃあ、いってくる!」

「うん、いってらっしゃい! またいつでも泊まりにきてね!」

「ああ!」

 

 装備を調え、体調も万全なのを確認した4人は、リッカの宿屋を出て行った。 そして、すぐに天の箱船を呼ぶ。

 

「じゃ、ガナン帝国へ出発するぜ!」

「お願いします!」

 

 天の箱船に乗って、中にいるアギロにガナンに向かうことを告げると、アギロもそれを了承して、ガナン帝国へと天の箱船を動かしていった。

 

「待ってて……お師匠様……!」

 




次回はいよいよ、ガナン帝国にケンカ売ります(言い方)


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38「暗黒の帝国」

帝国へ殴り込みにいきます。
途中で賢者に触れておきますね。


 

 天の箱船に乗り、ついにガナン帝国領のガナン城の前に降り立ったフィリス達。

 

「ここがガナン帝国城だ…。 城だけでなく、この地全体が禍々しい気に満ちてやがるから、気をつけろよ。 城を覆っていた邪悪な結界は、あの女神様が消してくれたから、入れると思うぜ」

「うん、送ってくれてありがとうアギロさん。 あたし、行ってくるよ」

「おう、必ず……生きてかえってこいよ」

「ダイジョーブ! フィリスにはアタシがついてるんだから!」

 

 アギロに見送られながら城に足を進めた4人は、その城門から城をみあげる。 ここに、世界に脅威を与える元凶がいるという情報を入手しているからだろう。 彼らは身を引き締める。

 

「あのときは、カデスの牢獄しか目に入っていなかったけど……でけぇ城だな。 しかも……なんか悪趣味だ……王様がどんな人か、よくわかるな…………」

「さっすがは悪の帝国というだけのことはあるな。 その天下を、これからオレ達がぶっ壊すってワケだ………へへ、腕がなるぜ」

 

 城をみあげながら、イアンは口角をあげて拳をバキバキとならす。 隣にいるフィリスもにたような表情を浮かべていたが、その一方でセルフィスは城門に見えた恐らく国章であろう紋章に目を向けていた。

 

「……………?」

「どうかしたの、セルフィス?」

「あ……いいえ、なんでもありません……」

 

 クルーヤに声をかけられ、セルフィスは我に返る。 そして、彼らとともにガナン帝国へ足を踏み入れようとした。

 

「うわっ!」

「きゃあ!」

 

 だが、そのとき。 何発かの闇の攻撃魔法、ドルマが飛んできてフィリス達に襲いかかってきた。 彼らはその攻撃に何とか耐えたものの、突然の不意打ちにたいし戸惑っていた。

 

「何者だっ!!」

「ホッホッホッホ………!」

 

 だがすぐに体制を立て直し、攻撃の正体を探す。 すると、上空の方から聞き覚えのある笑い声が聞こえて、直後に多くの兵士を連れた鳥の頭を持つ人型の魔物ゲルニック将軍が現れた。

 

「お前は、ゲルニック将軍!?」

 

 敵の正体を知ったフィリスは、敵の名を口に出しながらその魔物をにらみつけた。 側にいたイアンも、あいつかと呟きつつ拳を握りしめる。

 

「またお会いしましたね、フィリスさん。 まさかあなた如きがカデスの牢獄を解放するとは、思いもよりませんでしたよ……」

「……………」

「それにしても………ゴレオン将軍も迂闊な………。 囚人に逃げ出す隙を与え反乱を起こさせてしまっただけではなく、飼い犬に手を噛まれるとは…………。 おかげで私まで、皇帝陛下に大目玉を食らいましたよ…………」

「へぇ? そいつは残念だったな……まぁそこは人選ミスってことで、あきらめるこったな」

 

 イアンはゲルニック将軍の言葉に対し、挑発するようにそう言った。 それもそのはず、イアンはガナンにさらわれてカデスの牢獄で働かされていたものの、アギロが兵士から奪った鎧でその身を隠しながらまんまと脱獄し、フィリス達と合流することができたのだから。 それを許したのは、管理の甘いゴレオン将軍の業だ。 そのことも思い出しながら、ゲルニック将軍は梟の如く首を回す。

 

「ホッホッホ…………こう見えて私、相当怒っているんですよ。 全身の血が煮えたぎるほどにね…………」

「へぇ、それで?」

「この憤りをおさめるため…………精魂こめて、ブチ殺してさしあげましょう!!」

 

 そう言ってゲルニック将軍は自分の魔力を解放する。 同時にてっこうまじんが数体、彼の背後から現れる。

 

「その言葉、そっくりそのまま、お返ししてやるぜ!」

「てめぇなんかに負けるかよ、クソがっ!」

 

 フィリスは剣の切っ先をゲルニック将軍に向けて、そう叫んだ。

 

 

 ゲルニック将軍が開幕早々にバギマを放ちフィリス達に攻撃をし、その直後にてっこうまじんが攻撃にでる。 バギマに耐えたイアンがそれを迎え撃ち、棍で受け止め受け流しながらはじき返した。 天地のかまえの技を使ったのだ。

 

「ハッ!」

 

 フィリスも盾でてっこうまじんの攻撃を受け止めつつ、剣で切りかかる。 その一撃は会心の一撃のようであったため、てっこうまじんはその一撃の前に倒れた。 直後にクルーヤはイオナズンを放ってゲルニック将軍を攻撃し、セルフィスが槍でつく。

 

「ぐっ……バギマ!」

 

 その二人の連続攻撃を受けたゲルニック将軍が、バギマの魔法を放って4人を同時に攻撃する。

 

「うあっ!」

「クッ!」

 

 その魔法攻撃は先程より威力を増しており、大ダメージを受けてしまう。 その隙にゲルニック将軍は援軍として再びてっこうまじんを数体呼び出し、一斉に攻撃させる。

 

「じゃまったらしいわね! はぁぁ……マヒャド!」

 

 そこでクルーヤは再び現れたてっこうまじんを一掃すべく、己の魔力を覚醒させ強力な氷の魔法であるマヒャドを放った。 てっこうまじんは魔法により現れた巨大な氷の刃に貫かれ、一撃で倒される。

 

「今よ、メラミッ!」

 

 直後にクルーヤは隙あり、といわんばかりに炎の魔法を放ち、ゲルニック将軍に攻撃することを試みる。

 

「マホカンタ」

「しま………きゃああ!!」

 

 だが、その炎の玉が当たる直前、ゲルニック将軍は魔法を反射させる効果を持つ光の壁を生み出す魔法、マホカンタを唱える。 それを唱えた瞬間にクルーヤは自分の誤りに気づいたものの、時はすでに遅く、自分にその炎の魔法がかえってきて、大ダメージを受けてしまう。

 

「クルーヤッ」

「ほっほっほ、仲間がいたぶられるのはいかがですか?」

「なっ……」

「ご心配なく……あなた達にも同じ傷を与えてあげますよ……バギマッ!」

「うわぁぁっ!!」

 

 そのバギマも、大きな威力を持っていたらしい。 それにより、4人とも大ダメージを受けてしまう。 そこでゲルニック将軍は高笑いをしていたが、そこで4人の体が光につつまれ、その傷が消えたことでその笑い声はとまる。

 

「ホッホ………!?」

「誰一人として、死なせません………! 大いなる癒しを……ベホマラー!」

 

 セルフィスは仲間達の傷を一瞬のうちで消し去ったのだ。 その回復の力は並のものではなかった。 これにより、ゲルニック将軍の与えたダメージは無のものへと変えられる。

 

「あのときといい、つくづく邪魔な……っ!」

 

 その回復の力をみたゲルニック将軍は、以前に自分の行動を妨害されたときのことを思い出したようであり、セルフィスに怒りの感情を向ける。 だがセルフィスは表情をいっさい変えず、彼に対しさみだれ突きを放った。

 

「魔法の攻撃は無理でも………まだ完全に負けた訳じゃない! それを証明するためにも……あなた達に力をたくすわ! バイキルトッ!」

 

 ゲルニック将軍がセルフィスに対し怒りの矛先を向けているのをみたクルーヤは、イアンとフィリスにバイキルトをかける。

 

「ドルクマッ!」

「おおっと、そっちばかりでいいのか!?」

「なっ……」

 

 変わらずセルフィスに集中攻撃を繰り返していたゲルニック将軍にたいし、イアンは突っ込んでいき氷結らんげきを食らわせた。 それに気付いたゲルニック将軍はそのダメージをまともに受けてしまい、さらに自分に高速で向かってくるフィリスに対する反応にも遅れた。

 

「そこだ、はやぶさ斬りッ!」

「グァァッ………!」

 

 それ故に、フィリスのバイキルト込みのはやぶさ斬りをも、まともに受けた。 その攻撃により、ゲルニック将軍の体は大きく切り裂かれ、ひざをつく。

 

「グァッ……ガ………」

「あたし達を侮辱した、天罰だ!」

 

 もうゲルニック将軍の息は長くはない。 それを確信したフィリスはゲルニック将軍に向かって叫ぶ。 そんな中、ゲルニック将軍は意識も絶え絶えの中で語る。

 

「……………ホ………ホホ…………ど、どうやら…………あなたに関わると、私の計算は狂わされるようですね…………」

「それを成し遂げたのは、あたしだけじゃない……みんながいるからだ。 それに………てめぇは所詮、全部自分の思い通りになるかと思いこんでる………そんな、自己中なあまったれにすぎない。 それが、てめぇの計略を狂わせた、もっともな誤算だよ」

 

 そうしてゲルニック将軍の弱点を指摘するフィリス。 その一方でゲルニック将軍は、ある男について語る。

 

「しかし、私が倒れたところで………まだ帝国三将…最後の一人、ギュメイ将軍がいます………」

「ギュメイ将軍?」

「…………彼さえいれば、帝国城の守りは…………万全。 実に、腹立たしいこと…………ですがね………ホッホッホッホ………!」

 

 そう言い残して、ゲルニック将軍は黒い霧となって消滅した。 残された4人は最後の一人について語る。

 

「最後の一人………ギュメイ将軍って奴がいるみてぇだな…………」

「あの最後の言葉を聞く限り………きっとこの国で一番強い人に違いないわ」

「対峙した際には、心してかかりましょう」

「ああ」

 

 こうして、ゲルニック将軍との戦いを終わらせた。 彼との因縁との終わりを告げ、4人はさらに激しい戦いを予感しつつ、城の中に入っていった。

 

 

 そうして4人はガナン帝国の内部を進む。 そこは魔物の巣窟となっており、一歩歩くだけでも魔物が現れて、フィリス達に対し容赦なく攻撃を加えてくる。

 

「メラミッ!」

「黄泉送り!」

 

 クルーヤの炎の魔法がボストロールを焼いた後フィリスとセルフィスの攻撃がとどめを刺し、そのボストロールを撃破する。 その隣ではイアンがゾンビナイトに棍の技をたたき込んでいた。

 

「さぁ、先へ進もうぜ」

「ええ………ん?」

 

 魔物を退け、次の攻撃がくる前に仲間とともに先へ進もうとしたセルフィスだったが、そこでふと自分の足下に一冊の本が落ちていることに気づいて、それをひろう。 隣にある本棚に置かれている本は、流石に数百年放っておかれていただけあってボロボロなものばかりなのに、この本は古くはあるがここに似つかわしくないほどにしっかりとしたものだった。 その違いにたいしセルフィスは違和感を抱いて、本をまじまじとみつめる。

 

「なんか、ほかの本はボロボロなのに…これだけ綺麗な状態ですね………」

「おい、なにやってんだよ? 本なんてどうでも………」

 

 いいじゃねぇか、とイアンが言葉を続けようとしたそのとき。

 

「うーん………むにゃむにゃ……なになに? せっかく眠っていたのにぃ」

 

 セルフィスの持っている本から声がしたので、4人は一斉に驚く。

 

「うわぁ!!」

「本がしゃべった!」

「なになに、新種の魔物!?」

「魔物だなんて………失礼だなぁ………」

 

 そんな不満を口にしつつ、本は言葉を続ける。

 

「僕は賢者だよ。 本の中にいる賢者さ」

「け、賢者ぁ!?」

「そう。 この本に入って眠る毎日を送っているんだけど…………これでもすっごい賢者なんだよ。 ああ、今も眠いや………」

「いやいや、眠りすぎジャネ!?」

「だって退屈だし……うぅん……?」

 

 今も眠そうな声を上げていた本の賢者は、ふと自分を持っているセルフィスに気付いて、声をかけてきた。

 

「あれ、きみは………」

「なんですか?」

「ふむふむ………うん! やっぱりきみは、賢者の素質がありそうだねぇ!」

「え?」

 

 唐突に、セルフィスには賢者の資格があると言ってきた本にたいし、セルフィス自身はきょとんとしていた。 だがやがて、ダーマ神殿の大神官の話を思い出す。 本を見つけることができたら、賢者になれるという話を。

 

「ま、まさか…………大神官様の仰っていた本って……まさか………」

「このしゃべる本…………ってわけか?」

「あー……もしかして、賢者になる資格とかの話?」

「は、はい」

 

 セルフィスも賢者になるのが夢だったので、資格が得られる本を探していた身だ。 だがそんな重要な本が、このようなところにあるとは思っていなかった。 それ故にセルフィスは戸惑っていたが、賢者の本は気にする様子もなくセルフィスに言う。

 

「うん、いいよー。 僕が君を認めて、賢者の資格を与えるよー」

「あ、い、いいのですか?」

「うん。 君は魔法の勉強に長けていて、そのうえ信仰心も強いしねー。 賢者にしても問題はなさそうだものねー」

「はぁ……ありがとうございます………」

 

 セルフィスがそうやって本と対話をしているのを、フィリス達は呆然と見ていた。

 

「なにこれ?」

「さ、さぁ」

「本と対話って、シュールね……」

 

 微妙な空気が流れている間、セルフィスは仲間達に報告をする。

 

「え、えと…………どうやら僕は、あとは大神官様とお話しすれば、このまま賢者になれるようです」

「あら、よかったじゃない!」

「こんな方法になってしまいましたが………ついに賢者の資格を得られました。 ここでの戦いが終わったら、いってみるとしましょう」

「そうだな!」

 

 そのためにも、まずはガナン帝国城を攻略しようと、妙な形ではあるものの決意を固める。 ここをクリアしてダーマ神殿にいけば、セルフィスの夢が叶うのだから。

 

「…………みんな…………おもしろい人たちだなぁ…………ぐぅ………」

「「「「って、寝たっ!!」」」」

 

 再び眠りについた賢者の本にたいし、全員で一斉にツッコミを入れた。

 

「………とりあえず、その本を持っておいた方がよくネ? ここに置いておいたら、魔物の餌食になりかねないし」

「………そうですね。 では、僕が持っておきます」

 

 そうしてセルフィスは賢者の本を自分のバッグに入れた。

 

 

 賢者の本を発見した後も、フィリス達はガナン帝国城を進む。 途中でボストロールが一気に現れて攻撃を仕掛けてきたものの、彼らはそれすらも退ける。

 

「…………はぁっ……」

「ここまで、厳しい戦いの連続だな……初っぱなからあの鳥野郎にでくわしたのが、不運だったかもしれねぇな………」

「もう、面倒なことをしてくれるわね、あいつってば!」

「………嘆いていても仕方ありません……。 今回復します」

 

 そう、城の入り口で攻撃を仕掛けてきたゲルニック将軍に対しての不満を今になって口に出している仲間達に、セルフィスは回復魔法をかける。

 

「………」

「フィリス? どうしたの?」

「………いや、なんでもない………」

 

 その中でフィリスが一番険しい顔をして、前線にたって誰よりも魔物を倒し、そして誰よりも魔物から傷を与えられていた。 隣にいるサンディがフィリスを気にしているものの、フィリスはそんなサンディに対しても大丈夫としか言わない。

 

「もしかして、お前………お師匠さんを?」

「……………」

 

 そこでイアンは、フィリスがこの戦いの中であの人物の安否を気にし、捜しているのだと気付き、そのまま口に出す。 すると図星だったようだ、フィリスは黙って彼らから目線をそらした。

 

「………あの人も、助けるのがお前の目標だったよな。 そりゃ、この城の中で探したくもなる……」

「…………」

「……見つけて、彼を助けてあげましょ。 きっと、どこかにいるはず……そして、話し合いましょうよ」

「僕達は、そのために動いているといっても誤りはないのですから」

「………ああ……」

 

 仲間に励まされ、フィリスは少しだけ笑みを浮かべた。 彼女はとりあえず大丈夫だと思った彼らは、先へ進むよう促す。 その途中で、ガナン帝国兵が会議室のような部屋に集まっているところを発見し、物陰からその様子をうかがう。 その中で、彼らはなにか話をしているようだった。

 

「なに………女神の果実を?」

「ああ、たった今持って行かれたらしいぜ………あのイザヤールって天使が」

「なに!?」

 

 その二つの単語に、4人は反応をした。 女神の果実は一度イザヤールに奪われたものの、実際に天使界に届けられており、神の国に持って行ったのだ。 その果実がここにもあるというとことは。

 

「もしかして………その女神の果実って………」

「………たぶん………そうかもしれねぇな………」

 

 それについてある仮説を立てる4人は、さらに聞き耳を立てる。

 

「でも、今この城には侵入者がいるって話だぜ? 皇帝陛下もその話は聞いているはず……。 こんなタイミングでもってこいだなんて……そんなことして大丈夫なのか?」

「皇帝陛下のいらっしゃる玉座の間へ続く道には、ギュメイ将軍がいるんだろう? あの方がいれば、問題はないさ……」

 

 そう話をしながら兵士は、チャリっとひとつの鍵を見せる。

 

「この鍵があれば、その玉座の間へ続く道への扉も開かないしな。 ほかにもこういう役目を与えられている」

「それじゃあ、その鍵が全部そろって先へ進まれる前に………」

「オレ達で奇襲でもしかけて、その侵入者を倒しちまえば……!」

「ああ、昇格も夢じゃねーな! じゃあ計画を練って……」

 

 こうしてガナン帝国兵が、一斉にフィリス達に攻撃を仕掛ける作戦を練ろうとしたとき。

 

「その心配はねぇぜ」

 

 という声とともに、フィリス達が兵士達の前に現れた。 いつの間に、と驚き戸惑っている間に、フィリス達は武器を手に取り、それぞれで攻撃を繰り出す。

 

「氷結らんげきっ!」

「はやぶさ斬りっ!」

「マヒャドッ!」

「さみだれ突きっ!」

 

 その4人の攻撃を一斉に受けたガナン帝国兵…もとい、魔物達は一掃された。 魔物は消滅し、あとには鍵が残っていたので、それを拾い上げる。

 

「これが、次の階へのカギってところか」

「きっと、あの扉ね」

 

 クルーヤが指を指した先には、確かに扉があった。 その扉についていた鍵穴に、さきほどの鍵をさして回してみると、カチャリという音が鳴る。 扉を押してみると、その扉はあっさりと開く。

 

「扉が開いたネ! これを繰り返していけば、玉座の間へたどりつけるはず!」

「急ごうぜ」

「うん!」

 

 こうしていけば、必ず玉座へたどり着ける。 そう信じて彼らは、扉をくぐる。

 




次回は最強の将軍の登場です。
このガナン帝国編は地味にテンション上げながらかいてましたね。


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39「刃の死線」

今回は強敵の登場。


 

 ガナン帝国との戦いは、まだ終わらない。 皇帝を倒すまでは。

 

「これが、この扉の鍵ですね」

「ああ」

 

 城の中は鍵がかかっている扉が多くあり、その扉は魔物以外のものが通るには鍵が必要なようだ。 フィリス達は鍵を持っているであろう魔物を何体か倒し、ようやく次の部屋への鍵を入手したのである。 その鍵を鍵穴に通すと、思った通りに扉が開く。

 

「にしてもこのガナン城、隅から隅まで悪趣味だわ」

「ホント、ここの皇帝ってやつは何者よ? 王族のクセにセンスがダッサイて感じー!」

「そこ、王族って関係あるのか?」

 

 クルーヤとサンディの会話につっこみを入れていたイアンは、そこで自分の足下に白い羽根が落ちていることに気付き、それを拾い上げる。

 

「なんだ、コレ羽根か?」

「とても綺麗な羽根ですね」

 

 この城には似合わないほど白く美しい羽根。 何故こんなところに落ちているのだろうとイアンとセルフィスが首を傾げていると、フィリスが気付いて声をかけてくる。 その羽根がなにか、正体に気付いているかのように。

 

「天使のはねだ」

「天使のはね? って、まさか…カデスの牢獄の地下以外に、天使がいるってことなのか?!」

「他にも……天使がここに囚われている、ということなのでしょうか………」

 

 おそらくここにも、カデスの牢獄と同じようにさらわれた天使達が捕らわれていることだろう。 もしそれが真実であるならば、帝国を解放し彼らも救出しなければならない。

 

「………まさか………」

 

 その横で、フィリスはある人物を脳裏によぎらせながら、ある仮説を立てていた。 この天使の羽根の持ち主は、未だ会えていないあの天使のものではないかと。

 

「この扉があやしいな……!?」

 

 そのとき、自分の近くにあったいかにも怪しい文様が浮かんでいる扉に気付き、それに手を伸ばす。 だがその扉にふれたとたん、静電気のようなものがフィリスに襲いかかり、フィリスは驚いてうわぁと声を上げ、飛び退く。

 

「大丈夫か、フィリス!?」

「う…うん。 ちょっとビリっときたけど……」

 

 念のため確認してみるが、フィリスは外傷もなければ悪い影響も受けていないようだ。 セルフィスはその扉に近づき、結界の正体を魔力で探る。

 

「ダメです、結界がかかっています。 この結界を解くには……術者にしかできないこと。 そして生み出しているのはおそらく………このガナンの皇帝でしょう………」

「この結界の力はあのとき、カデスの牢獄を覆っていたものと同じものね。 でも、今回はスイッチなんてものはないみたい。 セルフィスのいうとおり、主がかけたものだわ」

「………そうまでして、扉をふさぐ理由は………」

「間違いなく、この奥にさらわれた天使がいるってコトね!」

 

 この結界がかかった扉の真相がわかった一行。 この結界を解くには皇帝を倒すか、結界を解かせるしかないだろう。

 

「……とはいえ、ここまでやっているヤツだ。 オレ達がお願いしようが脅そうが、素直に結界を解いてくれるとはおもえねーな」

「………だったら、ぶっとばしてやるだけだ。 あたしは、迷わないぜ」

「フィリス……」

 

 フィリスにとっても、その皇帝を倒す理由がもう一つ生まれた瞬間だった。

 

 

 そうして、魔物を倒し、先へ進むフィリス達。 最後の扉を開けて、城の外へでた。

 

「ここまでで玉座はなかったな……」

「……ということは、あの一番高いところが、皇帝のいる玉座ってことかしら?」

「あと探していないのは、結界の扉をのぞいてあそこだけだ。 ……行ってみようぜ!」

 

 城の外にでた彼らは、その上にさらに部屋があることに気付いてそこへ向かう。 だが、そこへ続く階段の向こう…扉の前に何者かが立っていることにも、同時に気付いた。

 

「また、魔物……!」

「ゴレオン、ゲルニックを打ち倒し……ここまできたか………」

 

 そこに立っていたのは、高貴な衣服に身を包んだ、豹の獣人の魔物だった。 腰には特徴的な長剣を携えており、堂々と腕組みをしながら扉の前で仁王立ちをしている。 その姿を見たフィリスは、ある予感がしてその魔物の名前を口に出す。

 

「お前が、ギュメイ将軍……か?」

「いかにも」

 

 フィリスの問いに対しその魔物は動じず、冷静にそう返した。

 

「我こそが帝国三将の1人、ギュメイ。 この先は主君・ガナサダイ皇帝陛下の玉座の間だ」

「この奥にいるのか! 皇帝も、そして……彼も………」

 

 彼、という3人称を聞いたギュメイ将軍は、彼というのが誰のことかにすぐに気づいた。

 

「………あの天使のことか」

「…お前も、師匠を知っているのか…!?」

「師匠………ふむ、なるほどな…………。 さしずめ……今皇帝陛下と謁見しているあの天使を連れ戻しにきた………女神の果実とともに…………。 そういうところなのだろう」

 

 すべてを言い当てられ、フィリスは目を丸くする。 その横でイアンはギュメイ将軍に対し言葉を投げかける。

 

「そこまで図星をついてくるたぁ、てめぇはさすがに将軍と呼ぶにふさわしい男だぜ。 んで、オレ達の目的をそこまでわかっているなら………同時になにをしようとしているかも……わかってるんだろう?」

「……………皇帝陛下の首か」

「ったりめーよ」

 

 彼らのねらいは薄々感づいていたものの、皇帝を倒そうとしていることを知ったギュメイ将軍は目つきを鋭くさせて、剣を抜く。

 

「………ッ」

 

 剣を抜きながら、フィリスは感じ取っていた。 この将軍は、先に戦ったゴレオン将軍やゲルニック将軍よりもずっと強いことを。 一方のギュメイ将軍も、フィリスを見て構えを整えつつにらみつける。 フィリスと違うのは、その口元に笑みを浮かべていることだ。

 

「お前は並の人間より強い気配を感じる。 これは、楽しめそうだ……だが、我が忠義にかけて、招かれざる者はアリ一匹であろうとも…通しはせぬ!」

「だったら、力ずくで押し通る!」

 

 ギュメイ将軍とフィリスは同時に切りかかり、同時に剣を打ち合わせた。 それはすぐに唾競り合いに発展していき、ギリギリと金属音が鳴っていたものの、素早くギュメイ将軍が踏み込んでフィリスを押し込み、そのまま弾き飛ばして彼女を転ばせた。

 

「フィリスさん!」

「ハァァッ!」

 

 そのままギュメイ将軍の動きは止まらない。 連続できりかかり、彼らに絶え間なくダメージを与えていく。 それによりフィリス達も肌にいくつもの切り傷を作るものの、すぐにセルフィスが回復魔法で回復をする。

 

「ハァアッ!」

 

 そこでイアンがギュメイ将軍に飛びかかり、棍を投げつけてそれをはじいている隙にばくれつけんをたたき込む。 イアンの怒濤の攻撃をギュメイ将軍はガードしてダメージを軽減した直後、剣を振るいイアンの足を切り裂いた。

 

「フンッ!」

「うあっ!!」

「イアン!」

「イアンさん!」

 

 すぐにセルフィスがイアンにベホイムをかけて、彼の足の傷を瞬時に消す。 クルーヤはフィリスにバイキルトをかけてすぐに、魔力覚醒を使って己の攻撃魔力を高めてからのメラミを放つ。

 

「きかぬ!」

「うそ……!」

 

 だがその炎の玉は、ギュメイ将軍の一太刀の前でかき消された。 並大抵の魔物は瞬殺か致命傷を負わせられるクルーヤの魔法が、ギュメイ将軍には届かないのだろうか。

 

「ハァッ!」

「きゃっ…!」

 

 どこから攻撃すればいい、と杖を構えて警戒していたクルーヤだったが、ギュメイ将軍が素早くつっこんでクルーヤを切り上げる。 それにより彼女は転んでしまった。

 

「クルーヤ…」

「余所見は戦場では命取りだぞっ!」

「うわぁ!」

 

 クルーヤを心配したフィリスだったが、そこをギュメイ将軍がついてきた。 フィリスはとっさに盾で防いだものの、相手の攻撃が強すぎて盾が吹っ飛んでしまった。

 

「ハァァァッ!」

「おそいっ」

「うわぁぁ!」

 

 セルフィスが槍を片手に突っ込んでいったものの、ギュメイ将軍は彼の槍を剣で受け止めてそのまま弾き飛ばしてしまった。 セルフィスの体は壁にたたきつけられ、彼は大きなダメージを受けてしまう。

 

「クッソ……なんて強さだよっ!」

 

 

 再びギュメイ将軍はセルフィスに切りかかっていったものの、それは咄嗟に割り込んだイアンが天地のかまえを使うことで妨げ、逆に相手にダメージを与えた。

 

「グッ……!」

「いくらお前が強いからって、オレ達もやられっぱなしなわけがねぇぜ!」

「………ふふ、そうこなくてはな!」

 

 イアンの言葉を聞いて、ギュメイ将軍はにやりと笑い剣を振るう。 相手の攻撃をイアンは再び天地の構えで弾こうとしたが、相手が繰り出したのはさみだれ剣という技であり、弾く隙が見あたらなかった。

 

「せいやぁっ!」

「ぐぁっ!」

 

 そして、フィリスも炎をまとった剣でギュメイ将軍を切り裂いた。 それによりその魔獣の肌に大きな傷がうまれる。 だがギュメイ将軍はそれで怯むことはなく、フィリスに反撃を繰り出す。

 

「フッ…!」

 

 その一撃をフィリスは受け、頬に傷ができるものの、それでも怯まずに剣を構え直し、ギュメイ将軍と向かい合う。 歯を食いしばり、頬からは血が流れていても、彼女の深紅の瞳は目の前の敵からそれることはなく輝きを保っている。 その表情をみてギュメイ将軍はまた笑みを浮かべ、フィリスと剣を打ち合わせる。

 

「ハァッ!」

「トォアッ!」

 

 キンキンと、鋭く激しい音があたりに鳴り響く。 剣は相手にあたったかと思えば、体の一部をかすめていき、衣服を引き裂くこともあった。 その様子を、フィリスの仲間である3人は呆然とみていた。

 

「うわぁっ!」

「うがぁ…ッ!」

 

 そして、大きく剣がぶつかりあったと思えば、2人とも大きく後方に吹っ飛ばされてしまった。 すぐさまギュメイ将軍は立ち上がったが、フィリスが遅れてしまう。

 

「フィリスさん!」

「フィリス!」

 

 そんなフィリスにギュメイ将軍は容赦なく攻撃を加えるため、大技の体制に入っていた。 その別の方向で、クルーヤは魔力をためていた。

 

「………通じなくても………すぐに消されても………! このまま、終わりたくない!」

 

 その思いとともに、クルーヤは魔法を放った。 極寒の吹雪と氷の刃が同時に相手に襲いかかる、強力な冷気の攻撃魔法を。

 

「マヒャドッ!」

 

 その攻撃魔法はギュメイ将軍に命中する。 ギュメイ将軍は突如として襲いかかってきた攻撃魔法に驚き動きが止まるものの、それをこらえようとする。

 

「この程度ッ…」

「フィリス、今よっ!」

「なに!?」

 

 クルーヤの声に答えるように、フィリスがこの冷気の中につっこんできた。 この中でつっこんでくるフィリスにたいしギュメイ将軍が驚いている間に、フィリスは剣の技を繰り出す。

 

「くらえ! はやぶさ斬り!!」

「グァァアッ!」

 

 その素早い連続攻撃により、ギュメイ将軍の体が大きく切り裂かれ、彼はひざを突いた。

 

「やったな!」

「ああ………なんとか、勝てたよ………ありがとうな」

「ふふっ」

「今すぐ癒しますね」

 

 そう対話をするフィリスは、疲弊しているものの達成感に満ちあふれていた。 そんな彼らにたいし、ギュメイ将軍は意識も絶え絶えながらも、口を開く。

 

「…………み、見事だ………。 あの方のほかに、我が剣を……打ち破るものが………いようとは………」

 

 そうフィリスをたたえるギュメイ将軍だったが、それにたいしフィリスは首を横に振る。

 

「………あたし一人だったら、勝ち目はなかったよ。 ここにいるイアン、セルフィス、クルーヤのおかげで勝てた。 だから、単独の強さじゃ………あんたのほうがあたしより上だ………」

「………それを含めても、我を打ち破ったのは……事実…! 数だけ多くとも、それだけでは意味をなさん………お前達は数を………勝利に導かせた。その事実に対し………戯れ言は言わぬ…………!」

 

 己の強さであれば、敵の数をものともせず打ち倒すことができたはずだと、ギュメイ将軍は過信していたのだと自覚していた。 ここまでの強さを持つ者であれば、敗北し戦死しても悔いはない…と彼は思っていた。

 

「最期に、お前のような敵と……戦えたこと……誇りに…思うぞ…………」

「………ああ………」

「ガナサダイ、皇帝陛下………。 最後まで……お仕えできぬ…………不忠を、どうか………お許しください…………」

 

 フィリスにたいしては賞賛を、主君に対しては謝罪を告げながら、ギュメイ将軍は消滅した。

 

「あいつ、別格だったな………」

「通りで帝国最強の将軍、と言われていたワケだ………」

「悪の帝国と名高い地にも、彼のような者がいたのですね……」

 

 そう語りながら、フィリス達はギュメイ将軍が守っていた扉を見つめる。 そのとき不意に、そのギュメイ将軍のことを思い出しながら、フィリスはイアン達に問いかける。

 

「なぁ?」

「ん?」

「主人が悪い人でも、忠誠って誓えるものなのかな………?」

 

 フィリスの問いに対し、全員は沈黙する。 彼女に対しどう答えればいいかがわからないからだ。 仲間達を代表して、イアンが頭をかきながら答える。

 

「さぁな……それは、本人にしかわからねぇもんだぜ………オレ達にはわからない、考えとか、気持ちとか、誇りとか………そういった思いってもんが………あるんじゃねぇか?」

「………そっか」

 

 彼の返事に対し、フィリスはすんなりと納得する。 これは大衆の意見ではなく、個々の意見が重要なのだと察したようだ。 彼の回答を受け入れ、フィリスは改めて、扉をみる。

 

「………ここに、悪の根元、ガナサダイ皇帝がいるんだな………」

「いくか?」

「もちろん」

 

 

 

 フィリス達がこの玉座の前に立ったのと、同じ時。

 

「この時を待っていたぞ………。 女神の果実を我が手に納め、余はさらなる力を得る…………」

 

 そこには大柄で物騒な装飾が施されたマントを身にまとい、大きな杖を持った男が大きな玉座に腰掛けていた。 その男は、普通の人間ではないことが、身にまとっている空気や姿が伝えている。 この男こそが、魔帝国ガナンの皇帝である、ガナサダイだ。

 

「さぁ、イザヤールよ………その女神の果実を、早くこちらに寄越すのだ………」

 

 ガナサダイ皇帝は目の前にいる天使…イザヤールにそう指示を出す。 彼の手には、7つの黄金に輝いている果実が存在している。

 

「よかろう、暗黒皇帝ガナサダイ。 これが欲しければくれてやる………」

 

 イザヤールはそうガナサダイ皇帝に告げ、女神の果実を差しだそうとする。

 

「だが、その代わりに………お前の命をもらい受ける!」

 

 しかし、直後に果実をすべて地面に捨て、剣を抜いて切っ先をガナサダイ皇帝に向ける。 そのイザヤールの言葉と行動で、彼の真の目的に気づいたガナサダイ皇帝は、彼が自分達の側についたその目的に気づく。

 

「………それが………貴様の本心か。 なるほど…………さしずめその果実も、ニセモノと言ったところか……」

「しれたことだ! 女神の果実は天使界の宝……帝国などに売り渡すものか!」

 

 イザヤールは剣と、拳を握る手に力を込め、これまでに自分がしてきたことを思い出していく。

 

「こうしてお前と直接会うために………天使界を………仲間を…………弟子を………………! 裏切ったフリをしていただけだ………!」

 

 そのときにイザヤールの脳裏によみがえるのは、天使界の姿、ほかの天使の姿、そして…自分が今まで導き守ってきた、愛弟子の姿だった。

 

「よくも………このガナサダイをたばかってくれたものよ………。 その罪、万死に値すると知れ………」

「万死に値する罪を犯したのは…貴様だ、ガナサダイ! ここでお前を倒し、あの方を…救い出させてもらう!」

 

 そう宣言し、イザヤールは相手の動きを電撃を放ち封じたところで一気に力を込めて切りかかる。 だが、その刃はガナサダイ皇帝には通ってはいなかった。

 

「なっ!?」

「貴様の力はこの程度か……失望させてくれる……!」

 

 イザヤールの力を否定したガナサダイ皇帝は、イザヤールの剣を掴んでへし折り、そのまま杖でイザヤールを弾き飛ばした。 それにより、イザヤールの体は床に強くたたきつけられる。

 

「ガハッ…」

「これではバルボロスのエサにしたところで、たいした足しにもならんな………」

「クッ!」

 

 それでもイザヤールは立ち上がり、おれた剣でなおガナサダイ皇帝を攻撃しようとしている。 そんな彼をほくそ笑むかのようにガナサダイ皇帝は、彼の動きを赤い閃光で封じる。

 

「役立たずめ。 無用者には礼をくれてやろう………」

 

 そう言ってガナサダイ皇帝は、赤い閃光から電撃を放ち、そこにさらに強大かつ巨大な炎の玉・メラゾーマをイザヤールに向かって放った。

 

「グァァアーーーーッ!!」

 

 イザヤールは、炎にその身を焼かれてしまった。

 




次回は皇帝戦です!


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40「さらば、師よ」

今回は激しい戦いを描いてみました。
DQ9の山場とも取れる展開かもしれないです。


 

「他愛もないな………」

 

 暗雲のたちこめるガナン帝国城、玉座の間にて。 暗黒皇帝ガナサダイは目の前に倒れている者をみて、そう呟いた。 その者は先ほど、己が致命傷を負わせたもの。 彼により深手を負い虫の息となっている、大きな翼を持つ男性だった。

 

「さぁ、とどめといこうか」

 

 その者がかすかにだが息をしていることに気付いた、ガナサダイ皇帝は、その者にとどめをさすべく、手に持っていた杖を大きく掲げる。

 

「ギガ・スラーッシュ!!」

「むっ!?」

 

 だがそこに、雷の一閃がガナサダイ皇帝に襲いかかった。 雷はガナサダイ皇帝の動きを妨げ、直後に彼の前に一人の戦士が舞い降りる。

 

「これ以上、イザヤール師匠に……手出しはさせないっ!」

 

 その戦士の正体は、空色の髪を束ねた少女だった。 その少女は背後に倒れている人物をそう呼びながら、剣を構えて目の前の敵をにらみつける。

 

「………これは…………」

 

 知っている声が聞こえて、瞼を動かしてイザヤールは、目の前にいる少女の姿を見る。 そこにいるのは、自分の愛弟子だ。 イザヤールは、彼女がここにいる理由に対する理解が追いついておらず、自分は幻影でもみているのではと疑う。

 

「………まぼ、ろし………? お前…………フィリス、なの…………か………?」

「はい! 正真正銘、天使イザヤールの弟子で、ウォルロ村の守護天使のフィリスです!! 幻なんかじゃないですよっ! ここに生きてますよ!」

 

 そう言って、フィリスは剣の切っ先をガナサダイ皇帝に向けた。 直後に、彼女とともにきていた人間達が姿を現していく。

 

「こいつのきったねぇケツを、ぶったたいてやるためにね!」

 

 彼女の後ろでも、イアンが拳をバキバキと鳴らしており、クルーヤも杖を握りしめ、セルフィスも槍の石突きを地面にたたきつけていつでも戦える体制に入る。

 

「ほう…………そこの死に損ない以外にも……ネズミが入り込んでこようとは……」

「ああ、帝国の3人の将軍ならあたし達で倒したからな! もうお前を守るものなどいない!」

 

 残る帝国のものは、ここにいる暗黒皇帝のみだと、フィリスは告げる。 ガナサダイ皇帝は、背後で倒れているイザヤールをみて、フィリスに告げる。

 

「そのような、味方を裏切ったフリをして余の命をねらうなどという、身の程知らずな戯けのために………その命を使うというか………」

「…………」

「まぁよかろう………かかってくるがよいネズミども。 魔帝国ガナンの皇帝が威光……その身に刻んでくれようぞ!」

 

 そう声を上げ、ガナサダイ皇帝は杖の玉をとばしてフィリス達に攻撃を仕掛けてきた。 フィリスはその玉を剣で勢いよくはじき返して、彼に告げる。

 

「じゃ、ネズミらしく…きっつく噛みつかせてもらうまでだぜ!」

「おうよ、ここが年貢の納め時だ!」

「覚悟しなさい!」

 

 フィリスに次いでイアンも力をため、クルーヤも己の魔力を覚醒させる。 その一方でフィリスは、背後にいたセルフィスにイザヤールのことを託す。

 

「セルフィス、師匠を頼むよ!」

「はいっ!」

 

 セルフィスはそれにしっかりと頷いて答え、イザヤールを少し離れたところに連れて行き、回復の体制に入る。 それに気付いたガナサダイ皇帝はセルフィスに攻撃を仕掛けようとするが、それはクルーヤの攻撃魔法で防がれた。

 

「通さないわよ!」

「あたし達がいる限り、お前はあの人を攻撃できないぜ!」

「こしゃくな、であれば……一掃するまでだ!!」

 

 そう叫びガナサダイ皇帝はしんくうはを放って、3人を攻撃する。 その風の中には刃が混じっており、3人とも傷は負うが持ちこたえ、イアンがばくれつけんを放って反撃にでた。

 

「しんくうはっ!」

「グッ!」

 

 そこに、再びしんくうはが飛んできてフィリス達に襲いかかる。

 

「みんな、大丈夫か!?」

「ああっ!」

「問題ないわ!」

 

 フィリスが仲間の無事を確認すると、2人はそれにこたえる。 それをみたフィリスは、ガナサダイ皇帝に向かってはやぶさ斬りを繰り出した。

 

 

「なんてヒドい傷だ………回復が全然進まない! あのまがまがしい力のせいなのか…………?」

 

 セルフィスは必死に回復魔法をかけるものの、イザヤールの体の傷はまともに消すことができない。 こうしている間にもフィリス達は前線でガナサダイ皇帝を相手に戦い続けているというのに、自分は彼を助けられない。 そうしてセルフィスが焦りを募らせていると、自分達に向かってガナサダイ皇帝が放つメラゾーマが襲いかかってきていることに気付いた。

 

「クッ……!」

「させねーよっ!」

 

 自分を盾にすることで、セルフィスはイザヤールを守ろうとしたが、そこにイアンが飛び込んで、その身を挺して彼らを守り抜いた。

 

「イアンさん!」

「……へへ、心頭滅却すればなんとやら、だぜ……」

 

 そういってイアンは、体にやけどを作りながらも笑って見せた。 彼はあらかじめ心頭滅却という自己防衛の技を使うことで炎に打ち勝っていたのだ。 そんな彼にセルフィスは素早くベホイムをかけてイアンの傷を癒す。 するとこちらは、あっさりと回復した。

 

「………お前は………」

「お師匠さんよ……あんたの謝罪を込めた遺言の伝言なんて、ごめんだぜ」

 

 そのときイアンは、イザヤールに告げた。

 

「あんたの口から謝れよ。 大事な弟子なら……あいつのことを本当に大切に思うなら……ちゃんと自分で謝れ!」

 

 そうイアンはイザヤールに対し強く言い切った後、棍を大きく振るい自分に攻撃をしかけてきたガナサダイ皇帝に反撃をした。 ガナサダイ皇帝は再びメラゾーマを放つが、フィリスはそれを盾で防ぎきり、そのままガナサダイ皇帝を切り裂くために剣を片手に突っ込んでいく。

 

「フンッ!」

「クッ……!」

 

 その剣はガナサダイ皇帝の手により妨げられるものの、フィリスは一歩もひくことなく、力で押し切ろうとする。

 

「こうまでして、皇帝たる余に逆らい、もがくとは………! 貴様は何様のつもりだ!」

「お前の身分なんて、しったこっちゃないね! あたしは、守りたいものも、やるべきこともあるんだ……だから!」

 

 ガナサダイ皇帝の言葉にそう返し、フィリスは足に力を入れて剣を握る手に力を込めて、勢いをつけていく。

 

「お前なんかに、負けて…たまるかぁーっ!!」

 

 そう叫び、フィリスはガナサダイ皇帝を押し切り、そのまま腹部を切り裂く。

 

「グァッ!!」

「もういっちょ!」

「キサマァ!」

 

 フィリスが追撃を与えようとするが、そんな彼女をガナサダイ皇帝は弾き飛ばす。 フィリスは床に強くたたきつけられるが、その顔には笑みが浮かんでいる。

 

「チャンスだぜ、クルーヤ!」

「むっ!?」

「オッケー!」

 

 フィリスはそこでクルーヤの名前を呼ぶと、クルーヤはその手に今にも破裂しそうなほどの魔力をため込んでいたようであり、それを一気にガナサダイ皇帝に向かって解き放った。

 

「いくわよ………イオナズンッ!」

「グォォォオアッ!」

 

 その爆裂の攻撃魔法は今までよりずっと高い攻撃力を持っていた。 その攻撃魔法は先ほどフィリスがつけた傷に命中して、その傷口を広げより一層大きなダメージを与えた。

 

「イアン!」

「おう! ……ハァッ!」

 

 そこでクルーヤはイアンに声をかけ、イアンはそれに答えてガナサダイ皇帝の懐に飛び込み、せいけん突きを放つ。

 

「グァァァア!!」

 

 そのせいけん突きによって、ガナサダイ皇帝は玉座にたたきつけられた。

 

「ふふ、いい感じに魔力が暴走してくれてよかったわ!」

「ナイスだったぜ!」

「お前もな!」

 

 連携プレーが決まり、全員でそれを喜び合う。

 

「………」

「……みんなが、決めてくれたようです………」

 

 その様子をイザヤールは見ており、彼を治療していたセルフィスもその顔に笑みを浮かべる。

 

「………ぐっほぉ………」

「あんだよ、まだやるのか!?」

 

 だがそれではガナサダイ皇帝は倒れないらしい、ガナサダイ皇帝は血が流れている腹部を押さえながら起き上がり、フィリス達をにらみつける。

 

「余を………魔帝国ガナンを……! ここまで愚弄するとは…………どれほどのことか! 我が全力の姿を持って、その身に思い知らせてくれるぞぉぉ!!」

 

 そう叫ぶと、ガナサダイの体から黒い煙が立ち上がり、その煙がガナサダイを包み込んでいく。 その煙は徐々に大きくなっていき、変化をもたらしていく。

 

「!?」

 

 その煙の中から、骨のような翼が現れ、鋭い槍と堅い盾が現れる。 そして骨でできた3本の足のような尾のようなものがあらわれ、やがて骨と毛と装飾のみの顔や胴体が現れた。

 

「姿が……変わった………!」

 

 これが、このガナサダイの真の姿なのだろうか。 ガナサダイは、フィリス達に向かってほえる。

 

「ガァァァゴォォォオォ!!」

「クッ……このまま戦うぞ!」

「当然!」

 

 フィリスは仲間達にそう呼びかけ、仲間に光の属性の力を与える。

 

「うわ!」

「きゃあ!」

「みん……な……! ………このぉぉっ!!」

 

 だがその直後、ガナサダイはフィリス達に対してはげしい炎をはいて攻撃をしてきた。 その炎は強い熱量を持っており、イアンもクルーヤもフィリスも大ダメージを受ける。 それに耐えたフィリスはガナサダイに斬りかかるが、相手はそれを盾で防ぎ直後に槍でフィリスを突き飛ばす。

 

「うわぁぁっ!」

 

 それによりフィリスの体は壁にたたきつけられ、ガナサダイはメラゾーマで追撃をしようとする。 それはクルーヤのマヒャドによって相殺され、イアンがガナサダイにばくれつけんを放つ。 しかし、イアンはガナサダイの次の一撃を受けてしまった。

 

 

「みなさんっ………」

「いけ」

「えっ?」

 

 背後で、傷ついている仲間達を苦痛に満ちた顔で見ていたセルフィスにたいし、イザヤールは彼らの元に向かうことを勧めた。 それをききセルフィスは戸惑う。 彼の体の傷はまだ癒えていないのだから。 そんなセルフィスの迷いを断ち切らせようと、イザヤールは自分の願いを告げる。

 

「お前がいなくては、フィリス達を守れぬ。 私は後回しでいい………フィリスを……助けてくれ………」

 

 一瞬躊躇ったセルフィスだったが、イザヤールのその言葉を聞き、意を決して頷く。

 

「………すぐに、貴方の傷を治しに戻ります!」

 

 必ず彼の治療に復帰すると約束し、セルフィスは仲間達に向かって回復の魔法をかける。

 

「ベホマラーッ!」

 

 その回復魔法はフィリス達を包み込み、ガナサダイにより受けた傷が消え去っていく。 それにたいしフィリスは目を丸くし、自分達に合流してきたセルフィスを見る。

 

「セルフィス……どうして………!」

「………貴女の師匠の望みは、貴女の生還です……フィリスさん! 彼のために、僕はこれより…貴女達を助けます!」

「………!」

 

 セルフィスの選択を受け止めたフィリスは迷わず頷き、彼に後方から支援をするように指揮し、自分は前線での戦いに入る。

 

「メラミ、メラミッ!」

 

 クルーヤはメラミを連発してガナサダイを攻撃したが、その反撃としてガナサダイはその上位の魔法であるメラゾーマを放ちクルーヤに反撃をする。

 

「クッ……魔結界を使ってなかったらまずかったかも……」

「クルーヤ、無理をすんな!」

 

 そう言ってフィリスは、はやぶさ斬りを繰り出した。 元々クルーヤにバイキルトをかけてもらっていたので、威力は高いのだ。

 

「フン、小賢しいことをしても無駄だッ!!」

「なっ……!」

 

 そこでガナサダイはいてつく波動を放ち、フィリス達にかかっていた特別な補助の効果を打ち消す。 直後にフィリスを槍で吹っ飛ばし、クルーヤにメラゾーマを放ち、全員に炎をはいて攻撃を繰り出す。

 

「く……ぅ!」

「まずは、邪魔な貴様から殺してくれよう!」

「フィリスさん!」

 

 ガナサダイは、最初にもっとも邪魔な存在としてフィリスを殺しにかかる。 それにたいし身構えたフィリスだったが、そこにセルフィスが入り込んで彼女をかばい、盾で相手の槍を防いだ。

 

「セルフィス!」

「………例え、力を消されても………僕達はこの戦いに背を向けることはしません……! 悪しき者を断つまでは!」

 

 そう言ってセルフィスはさみだれ突きを放って、ガナサダイを攻撃する。 その攻撃を受けながらもガナサダイは耐え抜き、セルフィスの槍を己の槍でへし折った。

 

「うわぁぁ!」

「セルフィス!」

「問題ありません………攻撃手段が断たれても、皆を助けることはできます!」

 

 そう言ってセルフィスは仲間を一人ずつ、確実に回復をしていく。 その回復の隙をつかんと、ガナサダイが攻撃を加えようとするが、それを鋭い氷が妨げる。

 

「絶対に、攻撃の手を止めるもんですか!」

 

 そう言ってクルーヤは立て続けにイオナズンを放って、ガナサダイを攻撃する。 それを耐え抜いたガナサダイは爆裂の中でイアンを攻撃するが、そのときのイアンはある構えをとっていたことを見落としていた。

 

「グガッ……」

「天地の、かまえだ!」

 

 そのかまえから繰り出される反撃を、ガナサダイはもろに受けた。 それによりひるんだガナサダイにイアンはせいけん突きを放ち攻撃をすると、ガナサダイは反撃で痛恨の一撃を放つ。

 

「フィリス!」

「ああ!」

 

 だがそれでイアンは倒れず、フィリスの名前を呼ぶ。

 

「お前の身勝手で傷ついた人々の痛み……思い知れっ!」

 

 そう言って、フィリスはその刀身に雷の力を宿して構えをとり、一気に剣を振るい解き放つ。

 

「ギガ…スラァァァッシュッ!」

 

 それは戦いが始まるときに放った技だった。 再びその技はガナサダイにヒットし、その体を大きく切り裂き、電撃がその体に伝わる。

 

「グヌォォォオオッ!!」

 

 それによりガナサダイは、崩れ落ちていった。

 

 

 

「……勝てた………」

 

 ガナサダイは倒れ、ピクリとも動かない。 それをみて、自分達は勝利をしたのだとフィリスは思った。

 

「なんか、満身創痍だな……まじで………」

「ええ………私もほとんど、魔力ないかも………」

「僕も、少し……疲れてしまいました………」

 

 勝利を実感して、彼らは全身の力が一気に抜けた気がした。 戦いの中で張りつめていたものが抜けたことで疲労がでたのだろう。 思えば、このガナン帝国城にきてからというもの、戦ってばかりいたせいだろう。

 

「強くなったな、フィリス…クッ」

「師匠!」

 

 そこでフィリスは、イザヤールのことを思い出して彼の元に駆け寄る。 彼は体をよたつかせながら、フィリスに歩み寄りながら、彼女に胸の内や自分がなにをしていたのかを語る。

 

「…………捕らえられた天使達を救うため…………ガナサダイに従うフリをしてきたが………力及ばず、このザマだ……。 ……だが、私は……自分の行いが間違っていたとは思わない……」

「……………」

「思わない………が………」

 

 そう言い、イザヤールは自分を見つめるフィリスの顔を見る。 そのとき、彼の中に再び罪悪感が芽生えてきた。 汚名を背負い彼女を失望させることも覚悟していたが、この少女がどれほどに純粋で慈愛に満ちた心を持っているかを知っているからこそ、その罪悪感は大きくなる。

 

「ただ、お前を欺き……傷つけてしまったことが……心残りだった。 体だけでなく………心まで………」

「………………真実を知り、憎むべき討つべき敵がいたと知って、それを果たした今………あなたを悪しきものと疑う理由など……ありません」

 

 イザヤールの言葉を聞き、フィリスはそう返した。 そして、あの裏切りの瞬間のことを思いだし、胸に手を当てながら心の奥で思っていたことを口にする。

 

「あなたほどのものなら、あたしぐらいのもの………天使の掟などなくても……あの場で殺せていたはず。 でも、あたしは生きていた………それがなにを表しているか………今のあたしにはわかります。 ……この国をでたら、あたしも…あなたの罪と汚名を背負います! だから、もう苦しまないでください……!」

 

 真相を知り、彼の行動を知ったフィリスが心の奥で決めていたこと。 それは、イザヤールが裏切り者であるという汚名を自分も背負い、そしてその罪滅ぼしをともに行うという決断。 それがどれほどの苦痛との戦いであるとしても、彼女は彼につき従うと決めていたのだ。

 

「…………お前は、良き人間と出会い………そして、私の想像など遥かに越えて……強くなっていたのだな…………。 たった独りで挑んでいった私と、信じる仲間を持つお前では、差ができていた…………」

 

 そんな弟子の思いを知ったイザヤールは、自分より彼女の方がずっと優れおり、また器も大きいのだと悟る。 天使界からフィリスがいなくなったあの日から会ってなかったが、その空白の間に自分を越えるほどに強くなったのだと知る。 そして、もっともフィリスに言うべきことを思い出して、フィリスの顔をまっすぐに見つめ、その言葉をつげた。

 

「すまなかった、フィリス……」

「イザヤールお師匠様ッ!」

 

 そこでフィリスはイザヤールに抱きつき、イザヤールは彼女の頭をそっとなでた。 ようやく和解をすることができて、安心したのだろう。 イザヤールは自分に抱きついている弟子をみて、彼女になら自分がこの帝国に従っていた真の目的を託せると悟っていた。 そんな二人の様子を、仲間達も見守っている。

 

「クォォオォオッ!!」

 

 だがそのとき、背後から声がした。 イアン達がその声に気付いて振り返ったときには遅く、骨の尾が3人に一斉に襲いかかってきた。

 

「うわ!」

「きゃあ!」

「うぁ!」

「ひぇ!」

 

 不意をつかれた3人は一斉に吹っ飛ばされてしまい、陰から様子をうかがっていたサンディもその余波により吹っ飛ばされる。

 

「みんなっ!?」

「!」

 

 フィリスとイザヤールもその異変に気付いてそちらを見ると、そこには倒したはずのガナサダイが崩れかけの体を動かしていた。

 

「………この…ガナサダイが!魔帝国ガナンが…敗れるなど……! あってはならぬぅぅ!!」

「な、こいつ……」

「フィリス!!」

 

 自分に攻撃を仕掛けようとつっこんできたフィリスは迎え撃とうとする。 だが、それより早くイザヤールがフィリスを突き飛ばし、剣をガナサダイに突き立てた。

 

「……………ぁ………!」

 

 ガナサダイの心臓部にイザヤールの剣が刺さったが、それと同時にイザヤールにもガナサダイの槍が突き刺さっていた。 その場に白い羽根が舞い散り、フィリスは目の前の光景に呆然としていた。

 

「…………お………のれ…………おのれぇぇぇ………」

 

 それにより、ガナサダイの体は砕け散り消滅した。 フィリスは急いで立ち上がり、イザヤールに駆け寄る。

 

「い、イザヤール様っ!!」

「無事か……フィリス…?」

「……………」

「………ああ、無事なんだな………よかった………」

 

 フィリスの顔を見て、彼女は無事なんだと知ったイザヤールは安堵の笑みを浮かべる。 だがそれと同時に、イザヤールの体からは光がこぼれ落ちていく。 彼のその姿を見てフィリスは何かを悟り、言葉を失う。

 

「………!」

「どうやら………私は………ここまでの……ようだ…………」

「………そ……んな、ダメです! これから天使界で、あなたの…………」

 

 フィリスの言葉を、イザヤールは首を横に振って遮った。 まるで、彼女のその願いは叶わないのだと告げているかのように。

 

「…………後のことは……頼む…………。 天使達を、そしてあの方を………我が師匠を…救い出してくれ………」

「えっ!?」

「そして………」

 

 イザヤールはこの帝国に従っていた真の目的を彼女に託し、自分の中で最も強い願いをフィリスに告げる。

 

「……お前だけでも………生きろ……フィリス。 ………私の、誇れる弟子よ…………」

 

 それを告げて、イザヤールの姿は徐々に消えていく。 そんなイザヤールにフィリスは手を伸ばすが、あとすこしでというところでイザヤールは強い光を放ち、この空間から消えた。

 

「イザヤール……し、しょ……」

 

 もうそこに、彼の姿はなく、フィリスはのばしていた手を見つめる。 その手の中にあったのは、大きく美しい白さを持つ、天使の羽根だった。

 

「………そんな………」

 

 ガナサダイの奇襲から立ち上がり、その一部始終を見ていた仲間達も、言葉を失ってしまった。

 

「あ………あぁ………」

 

 フィリスはその手の中にある羽根を強く握りしめ、ひざを折って頭を垂れる。 今フィリスの目に浮かぶのは、消える瞬間に彼が浮かべた穏やかな笑顔。 思い出した瞬間に全身が震え、胸が強く締め付けられ、のどがあつくなっていく。

 

「うあぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!」

 

 フィリスの慟哭が、その帝国に強く響きわたった。

 

 




師匠の最期の言葉、原作より長くなったなぁ。
でも「生きろ」と言わせたかったんです。
次回もおそろしい展開に…?


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41「とらわれていた魂」

衝撃の展開が続きます。
にしても、この真実もなかなかの胸糞悪さがめだつな…。


 

 激しい戦いの末に暗黒皇帝ガナサダイは倒された。 フィリス達の手によって。

 

「もう、大丈夫か…?」

 

 だが、その戦いは一つの大きな犠牲を生んだ。 それは、フィリスにとって最も大事な存在である、天使イザヤール。 彼は彼女を守るためにその身を挺し、命を落としたのだ。

 

「行かなきゃ……体を、ひきずってでも………! あたしは、立ち止まるわけには………いかないんだ……絶対に!」

 

 その光景を目の当たりにしたフィリスは絶望に落とされるが、すぐにイザヤールの言葉を思い出し、彼の願いを叶えるために立ち上がった。 イアン達が彼女を心配して声をかけると、フィリスは毅然とした態度で歩き出す。

 

「フィリス………」

「サンディ」

「………急いで、ほかの天使……たすけよっか……」

「うん」

 

 そんな彼女に、サンディもどうしたらいいのかと困惑しているようだ。 だから、これからの目的だけをフィリスに伝えた。

 

「……クルーヤ……」

「このとき、なんて言ってあげれば……どうしてあげればいいの……? 私、どうしたらいいか……わかんないよっ……!」

「………僕も、同じ気持ちです………この時のために僧というのは存在しているはずなのに………どのような言葉を与えればいいのか………」

「セルフィス」

 

 先ほどの現場、そして今のフィリスの姿を見て、クルーヤはその大きな双眼から涙をボロボロとこぼし、セルフィスも眉を下げてうつむく。 そんな2人をみたイアンは、2人を同時に自分の方に抱き寄せて彼らに告げる。

 

「これは、あいつの問題だ…………オレ達部外者が首を突っ込んでいい問題なんかじゃねぇ。 だから今は、どれだけ辛くても耐えようぜ、クルーヤ、セルフィス。 あいつがオレ達を頼るときまで……」

 

 イアンの言葉を聞いて、自分達がフィリスにしてあげられることはそれしかないのだと悟り、2人は頷いた。

 

「せめて、祈りそしてフィリスさんを支えましょう。 イザヤール様の願いを叶えましょう」

「うん」

 

 途中で出会った神父の幽霊が言うには、既にこの帝国は皇帝が亡き者となったことで邪悪な呪縛からは解き放たれたようだ。 だが城の地下にある牢獄にはまだ深い闇の力が残っているらしい。 そこにはまだ、天使が捕まっているのだろうと知ったフィリス達は急いで地下へ向かい、牢獄へはいる。

 

「………やっぱり………」

「………ああ………何度みても、結構きついぜ………」

「急いで助けましょう。 魔物もいるようですし……」

 

 そう話し合って、フィリス達は牢屋を一つずつあけて、繭の中から次々に天使の姿を現していく。 解放していった天使達は疲弊こそしているが、命に別状はないようだ。

 

「とらわれていた天使は、これだけか?」

「うん、天使の気配は感じないなぁ……」

「じゃあ、急いでアギロさんのところへ連れて行きましょう」

 

 助け出した天使を、連れて行こうと提案に同意したフィリスだったが、そこでふとある気配に気がつく。

 

「………!」

「どうした?」

「………いる……ここよりもっと深いところ………とっても強い力を感じる……!」

 

 そうフィリスが口にした瞬間、兵士の幽霊が現れる。

 

「うわっ!」

「お前が………皇帝を倒したものか……」

「だ、だからなんだよ!?」

 

 この国に仕えていたのであれば、この兵士の幽霊は主君の仇討ちにでるのではと思い、4人は警戒した。 だが兵士の幽霊には、攻撃の気配が見受けられない。

 

「攻撃はせぬ………私はこの帝国の兵士だったが、皇帝の命令に背いたことで投獄されたものだからな………。 お前を恨む理由はない」

「そうです……」

 

 続けて姿を現したのは、学者の幽霊だった。

 

「あれは300年も前のこと………皇帝は捕らえた天使の力を使って、様々な実験を行っていました。 あるときは兵士を強化し、またあるときは闇竜バルボロスにそそぎ込んだ……」

「なに?」

「この閉ざされし地底の牢獄は、そんな恐ろしい行いが繰り返される………地獄だったのです」

 

 この牢獄が存在する意味を聞き、4人はこれまでの帝国の行動を思い出しながら、奥にいるという、大昔に捕らえられた強い力の天使の正体を推理した。

 

「じゃ、じゃあ………今復活して、天使を捕まえたのも………帝国を強化するため………?」

「その帝国を強化させるために捕まえて……そしてずっと力を奪っていた天使というのが………おそらく…………」

 

 フィリスは、その天使の正体を口に出す。

 

「きっとその人が、師匠の師匠………エルギオス様だよ」

 

 

 

 天使の正体がエルギオスだと推理したフィリスは、仲間達に呼びかける。

 

「みんなは、天使のみんなを…天の箱船へ連れて行ってくれ」

「フィリス!?」

「………ここからは、あたしが…エルギオス様を助けにいく」

 

 フィリスが単独で挑もうとしているのを、クルーヤが止めようとする。

 

「そんなっ! あなたを一人でいかせるわけにはいかないわよ!」

「………大丈夫、ムチャはしないさ。 それに、助けるだけなんだし………」

「…………わかりました」

 

 フィリスの頼みを聞いたのは、セルフィスだった。 その手にある槍は、ガナサダイと戦ったときのものとは別のものだ。

 

「僕は武器をおられ、護身用で別の槍を持っているにすぎません。 そんな僕がいっても、魔物から貴女を守れないでしょう………」

「……しゃーね、お前に従ってやるよ。 それに、天使を一刻も早く安全な場所につれていかなきゃな」

「………」

「サンディは、みんなと一緒に」

「オッケー!」

 

 イアンも同意し、クルーヤは黙り込み、サンディもイアン達とともに天の箱船へ戻ることになった。 全員を見送った後、フィリスは単身で地下へと走っていく。

 

「…………この奥だな………」

 

 やがて彼女がたどり着いたのは、もっとも深くもっとも広い部屋。 最後の鍵で扉を開けると、その部屋の床には大きな文様が描かれていた。 そしてそこにいたのは、鎖で繋がれた一人の、大きな翼を持つ存在。 彼こそが、エルギオスなのだとフィリスは悟り、彼に声をかける。

 

「あなたは…………まさか…………エルギオス様?」

「…………」

 

 その声に、エルギオスらしき男は答えない。 きっとほかの天使と同じように疲弊しているのだと悟ったフィリスは、鎖を壊していく。 これで彼も助かるのだと思ったのだ。

 

「よし……これで………」

「……………罪……………」

「へっ?」

 

 唐突にエルギオスが口を開いたので、フィリスは思わず間抜けな声を出してしまった。

 

「………ここを訪れる者がいようとは………ガナサダイが……倒れたのか?」

「は、はい! あたしが倒しました……だから、もう大丈夫です!」

 

 フィリスは正直にそう答え、彼を助けようとする。 だが、次に聞こえてきたのは不気味な笑い声。

 

「クククッ……クッ…ク………そうか。 また私一人を残して、ガナサダイは逝ったか………」

「え?」

「野望を果たせぬまま………さまよう奴の魂に力を与え、手ゴマとしてやったというのに…………つくづく勝手な男だ…………」

 

 それをきき、フィリスは目を丸くした。 そんな彼女の目の前でエルギオスは言葉を続ける。

 

「いや、そもそも人間とは皆、自分勝手なもの………存在すること自体が罪………それが…人間だ………。 人間を守ろうとするセレシア………滅ぼそうとしながら放置した………グランゼニスも………同罪…………」

 

 ブツブツとそう言いながら、その者は鎖を自らといていく。

 

「犯した罪は裁かねば……。 誰もやらぬというなら、この私が手を下そう…」

 

 そういってエルギオスは体をゴキゴキとならしながら立ち上がり、その血の色の鋭くさせて、名乗りを上げた。 金色の髪も身にまとう布もぼろぼろで、天使の羽はほぼなく別の翼に変わっている。 肌も、毒々しい深緑色だ。

 

「我が名は…エルギオス。 かつては……大いなる天使と呼ばれし者……」

「そ、そんな!」

 

 エルギオスの変貌ぶりに、フィリスは愕然とした。 彼を救おうとしていたイザヤールの思いが、水の泡になったと思ったからだ。 そんなフィリスに対し、エルギオスは問いかける。

 

「とおう、翼なき天使よ。 お前は人間に守る価値があると思っているのか……?」

 

 その問いに対しフィリスは一度は戸惑うものの、すぐに首を横に振り、顔を上げてエルギオスを見る。

 

「……その答えは、あたしの中に決まっている…………! 絶対に揺るがない!」

 

 そのときのフィリスの瞳をみて、エルギオスはなにかを悟ったらしい。 自らに力をため、紫電をまとう。

 

「ならばお前も我が敵! 人も神もすべて皆、滅びるがいい!!」

「!」

 

 自分につっこんでこようとするエルギオスをむかえうとうとするフィリスだったが、そこで動けなくなる。 こんなときに、と歯を食いしばった直後、彼女の意識は闇の中に落ちた。

 

「…………300年もとらわれていた私の憎しみがどれほどのものか………お前にはわかるまい………」

 

 自分の攻撃の前に倒れたフィリスを見下しつつ、エルギオスは告げる。 そして自らに再び紫電と闇のオーラをまとい、翼をはばたかせる。

 

「………しかし、その憎悪の念こそが、私に力を与えたのだ。 今や私の存在は………神をもこえた……私のはなった閃光により……神は死んだのだ! あの志向の玉座に、今度は私がつこう!!」

 

 そう叫び、エルギオスは高く飛び上がり、帝国城の真上にでた。 そしてバルボロスを呼び寄せる。

 

「こい、バルボロス! これより私は神の国へ向かい……神となる!!」

 

 エルギオスは、バルボロスとともに神の国へと向かったのだった。

 

 

 

「………うぐ…………」

「気が付いたのね、よかった」

 

 フィリスは徐々に自分の意識が戻るのを感じ、声を漏らしながら目を開ける。 そして、自分の側にあの幽霊の女性がいることに気付いた。 フィリスの意識が戻ったことで、女性は安堵の笑みを浮かべていた。

 

「ラ、テーナ……さん………」

「………ここにくる途中で…せかいじゅの葉があったから、急いで使ったのだけど………間に合ったのね」

「………そうか、あたし…………」

 

 あのとき、天使の掟に縛られ動けなくなったところにエルギオスの一撃がささったのだと、フィリスは思い出す。 そんな彼女に対し、ラテーナは涙を流して謝罪をする。

 

「ごめんなさい…」

「え、どうしたの?!」

「ごめんなさい……今度こそ、今度こそ会えると思ったのに……また、手が届かなかった。 そのせいで、あなたも………」

「あなたは、エルギオス様を知ってたんだね?」

 

 その言葉に対しラテーナは頷き、昔のことを思い出して語り聞かせる。

 

 

 それは、はるか昔300年も前の記憶。 ナザム村で傷ついた天使エルギオスは、自分の名前が付けられた天使像を見つめていた。

 

「もうっ! エルギオスったら……ケガがまだ治りきっていないのに勝手に抜け出したりして!」

 

 そんなエルギオスを見つけ、ラテーナは叱るようにして注意する。 そして、以前にこの村が帝国におそわれ、その危機を彼が救ったときの話をした。

 

「……この前の戦いで貴方の傷は悪化しているのよ。 もっと自分を大事にして!」

「………ナザムはいい村だな。 ここで暮らすようになって……改めてそう思うようになった」

 

 そんなラテーナの言葉を聞き、エルギオスは彼女と向かい合い、自分の誓いを告げる。

 

「ラテーナ。 私はこれからも…この村を守り続けることを誓おう……」

「えっ?」

「これはその約束の証だ。 受け取ってくれ」

 

 そういってエルギオスはラテーナに、美しい首飾りを渡した。 その首飾りを手にしたラテーナは、その首飾りが美しく輝いているのを見て、きれい…と呟く。

 

「エルギオス、これは?」

「この星空の首飾りは、天使が近づくとその力に反応して輝き出すという特別なものだ。 ………願わくばこの首飾りが常に、輝きとともにあらんことを…………」

「それって貴方が……これからもずっとそばにいてくれるってこと………?」

 

 ラテーナの問いかけに対し、エルギオスは穏やかに笑って頷いた。 それを聞いてラテーナは頬を桃色に染め上げ、頬がほころぶ。 そんなとき、ラテーナの父である村長が2人の元に駆け込んできた。

 

「ここにおられましたか…天使様!」

「お…お父さん、どうしたの?」

「実はさきほど……」

 

 そこで長老は、エルギオスをねらってガナンの帝国の兵士達が大軍で迫ってきていることを告げる。 その事実を知ったエルギオスは、眉をつり上げた。

 

「帝国が私をねらっているだと……? 懲りない奴らだ……再び蹴散らしてくれる!」

「お、お待ちくだされ…! 帝国の奴らこの間とは比べものにならぬ大軍ですぞ。 いくら守護天使様でも、傷を負った身体で奴らと戦っては無事では済みますまい………」

「ではどうするというのだ? 戦わねば……村は守れぬぞ」

 

 そこで長老は、エルギオスに裏山の東の洞穴に隠れていてほしいと告げる。 帝国兵には天使は既に天使の国に帰ったのだと言い聞かせると言って。 エルギオスはそれに反発しようとした、この村を守れないのではと思ったから。 だが、ラテーナからも頼まれてしまい、苦しくもうなずいた。 そうしてエルギオスはラテーナとともに、隠れていてほしいという場所へ向かった。 その際に、目立つからと言って首飾りはある場所に隠した。

 

「うん………ここなら、見つかりっこないわ………」

「………………」

「エルギオス?」

 

 ラテーナはその洞穴にはいり安堵するが、一方でエルギオスは辛そうな顔をしていた。 そして、彼女に自分が考えていたことをそのまま伝える。

 

「ラテーナ。 やはり私は村に戻ろうと思う」

「……え……」

「守るべき村から逃げ出し……敵に背を向けるなど、守護天使として許されることではない………」

「そう………そうよね………貴方なら、そういうと思ったわ」

「すまない………」

 

 ラテーナの気持ちも分かってはいるが、自分の気持ちや天使としての性分が許してはくれない。 ラテーナは彼の言葉を聞き、ある薬が入ったビンをエルギオスに差し出す。

 

「………でも、せめて……これを飲んでいって。 村に伝わる秘伝の飲み薬よ。 傷によくきくから、お父さんが使ってくれ……って言っていたの」

「…………人間の薬が私の身体に、どれほど効くかはわからぬが………ありがたく使わせてもらおう」

 

 そう言ってエルギオスはその薬を飲んだ。 だが飲み干した直後に強力な眠気におそわれ、エルギオスは倒れてしまった。

 

「うぅ!? ………どう……して………ラテ……ーナ……」

「ごめんなさい、ごめんなさい………エルギオス………貴方を守るには…こうするしか…………」

 

 ラテーナは、エルギオスが戦えばさらに深く傷つくと思ったのだ。 それは避けたかったから、ここで彼を眠らせる選択をとった。 だがそれには、エルギオスをだますしかない。 それがラテーナには苦痛だった。

 

「………貴方を裏切ることになっても………私は、貴方が傷つくのは耐えられない……」

「おお、ここに翼の男がいるぞ!!」

 

 だが直後、誰かの声が聞こえた。 そこに入ってきたのは、ガナン帝国の兵士たちだった。 彼らがここに来るはずがないと思っていたラテーナは、愕然とする。

 

「て………帝国なんかに、エルギオスは渡さないわ……!」

「なんだぁ、この女は?」

 

 だがそれでも、ラテーナはエルギオスからはなれるわけにはいかなかった。 帝国兵はそんな彼女を払いのけようとしたが、そこに老人の声が聞こえてきた。

 

「む、娘にひどいことをしないでくだされ…!」

「お父さん!?」

「天使を差し出せば、村人には手を出さないと言う約束だったはずですぞ!」

 

 そこに父である村長が割り込んできて、帝国兵達を止め、そう言った。 その言葉でラテーナは、自分とエルギオスはまんまと村長の罠にかかってしまったのだと悟る。

 

「ひ、ひどいわ……だましたのね……!」

「これも、村を守る為じゃ………わかってくれラテーナ」

「村のために…守護天使様を帝国に売るっていうの!? そんなこと……許されないわ!」

 

 そう父に怒鳴り、ラテーナは急いでエルギオスを起こそうとする。

 

「エルギオス、目を覚ましてエルギオス!」

「………うぅ、ラテーナ……?」

 

 ラテーナの声が聞こえ、エルギオスは少し目を覚ました。 必死に呼び起こそうとするラテーナに、帝国兵は手を挙げようとする。

 

「貴様!」

「お……お、お待ちくだされ………この娘は、翼の男をまんまと誘き出し…眠らせた協力者なのです! ど、どうかその手柄に免じて……無礼はお許しくだされ………!」

「ら、ラテーナ…………まさか……キミが………?」

「そうじゃない、そうじゃないわ……エルギオス……!」

 

 エルギオスには、長老の言い分しか聞こえていなかったらしい。 長老の声だけ聞いて、ラテーナの弁解を聞く前に再び意識を手放してしまった。 必死に誤解を解こうとするラテーナだったが、その声は届かない。

 

「まぁいい、翼の男さえ手にはいるのなら、後はどうでもいいことだ。 お前達! その男を鎖につないで運び出しておけ!」

「ハッ!」

 

 兵士はラテーナをはねのけて、エルギオスを捕まえて鎖で縛り付け、連れ去ろうとする。

 

「いや、いや! エルギオス…エルギオスッ!」

 

 ラテーナは涙ながらにエルギオスに手を伸ばして彼の名前を口にするが、村長に妨げられてそこへ向かうことができなかった。 そうしてエルギオスは連れ去られ、ラテーナは呆然とする。 そして、絶望にくれる彼女や村長に対し、帝国兵は冷酷な言葉をつげる。

 

「さて、目的のものは手に入った……あとは、残った二人を始末するぞ!」

「な、や……約束が違う………!」

「言っただろう? 翼の男さえ手に入れば……後のことはどうでもいいと………」

 

 そういって帝国兵はにやりと笑った。 村長は娘だけでも苦そうとして飛びかかっていったものの、兵士の剣の前に倒れ、そのまま命を落とした。

 

「待ってて………エルギオス………」

 

 そこでラテーナは、もう自分は助からないと悟り、死を覚悟した。 その中で、エルギオスにたいする誓いをたてて、帝国に殺されることを受け入れた。

 

「ここで死んでも、私はきっと貴方を見つけだす………。 貴方がどこにいても…………例え……何年……何十年……かかっても………必ず……!」

 

 直後、帝国の兵士の剣が、ラテーナを切り捨てた。

 

 

 

「そんなことが、あったなんて………」

 

 すべてを知ったフィリスは、呆然とした。 自分も迷い込んだあのナザム村が抱えてきた戒めと、その真相を知り、そしてエルギオスの変貌の真実を知ってしまったのだ。

 

「でも、それって……今もエルギオス様は、ラテーナさんを裏切り者と思っているってこと………?」

 

 フィリスは言いにくそうにしながらも、確認のためにラテーナに問いかける。 ラテーナはそれにたいし迷いなく頷いて、答える。

 

「……だからこそ………私はもう一度彼にあって、あのときのことを……ちゃんと謝らないといけないの。 そのために、今日までこうして……地上をさまよってきたのだもの………」

「ラテーナさん……」

「あの人が去っていったのなら………私は彼を追いかけるだけ………!」

 

 そう語るラテーナの決意の瞳は堅い。 彼女にそういい残して、ラテーナは立ち去っていった。

 

「おお、フィリスここにいたか!」

「フィリス!!」

「アギロさん、サンディ…みんな!」

 

 ラテーナと入れ替わるようにして、そこにアギロやサンディ、そしてイアン達が合流してきた。 別行動をとるという判断を下されたときから彼女の身を案じていたクルーヤが、フィリスに抱きついてくる。

 

「わぁ、フィリス無事だったのね!?」

「ああ………ぶっちゃけ死にかけたけど………ラテーナさんが助けてくれたんだ」

「死にかけてたのに助かった……?」

 

 どういう意味なのか、とイアンが首を傾げていると、セルフィスは変色した一枚の葉に気付く。 そして、その葉の正体を見破る。

 

「せかいじゅの葉……ですね。 …死者を寸前で御霊を呼び止めその体に戻してくれるという奇跡の葉………間に合ってよかったです」

「てか、なにがあったわけ? さっきあの女のユーレーとすれ違ったんだけど………」

「確かにな。 帝国城の真上にバルボロスが飛んでいったから………なにがあったんだと、心配しちまったぜ」

「ああ………実は………」

 

 フィリスはイアン達と別れてからなにがあったのかを、一部始終すべて隠さず打ち明けた。

 

「そんなことがあったのかよ……クソッ、胸くそわりぃぜ!」

「………あの村は、村にあった悲劇をエルギオス様にすべてを押しつけて……長年それで村の人々をしばっていたということなのでしょうか………」

 

 イアンはかつてエルギオスが受けた仕打ちにたいし、腹を立てているようだ。 セルフィスも、ナザム村がどのようなところだったのかを知り、複雑な顔になっている。 その一方でクルーヤは、立ち去っていったというラテーナの安否を気にしていた。

 

「彼女だけだと心配だわ。 でも、どこにいっちゃったのかしら………その天使も………」

「きっと、神の国にいったんじゃないかな………自分が神になるって言っていた気がするし………。 でも、また鉢合わせになっても……」

 

 そこでフィリスはあの瞬間、エルギオスに歯が立たなかった根本的な原因について口にする。

 

「また、この掟がはたらいてしまう………。 上位の天使に逆らえないと言う習わし………まさにこの掟は呪いだよ! 相手はもはや……天使じゃないというのに…………!」

「……………」

 

 そう語るフィリスから感じられるのは、悔しさだった。 そんな彼女を仲間達は見ているしかできず、かわりにサンディが、これからすべきことを言ってくれた。

 

「なにはともあれ、一度天使界に戻ろうヨ。 天使達を連れて行ってあげないとダメでしょ……?」

「ああ……報告しなきゃ。 ……………エルギオス様のことも………イザヤール様のことも…………」

「そうだな。 とりあえず、いこうぜ」

 

 そう言って彼らは、ガナン帝国城をあとにしたのだった。 その跡地には、なにか光る不思議なものが落ちていたが、誰もそれには気付かなかった。 今は、その余裕が誰にもないから。

 

 




根本的に悪いのはガナン帝国なのは間違いないけど、ナザム村の不幸って自分達で招いた種ですよね結局のところ。
主人公もとんだとばっちりですよ、これ。

まぁ後で気にしてもしょうがないので、話は進めていきます。
次回はあの選択が出てきます。
果たしてフィリスはどうするのか、ご注目を。


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42「決断」

この話にもいろんな思いが入ってます。
フィリスがどういう意思をもって、行動を起こすのか。
そしてみんながどう思うのか、是非刮目ください。


 

 ガナン帝国城で、長年行方不明と知らされていたエルギオスを発見したフィリス。 だがそのとき、彼はすでに闇に堕ちこの世界を滅ぼそうと画策しているところだった。 彼を止めようと立ち向かったフィリスだったが、天使の理に妨げられエルギオスにあっけなく敗れてしまう。

 

「なんということじゃ…」

 

 フィリス達はせめて、と天の箱船を使い天使界へと向かい、ガナン帝国城に囚われていた天使達を送ると同時に長老オムイに帝国城でなにがあったのかをすべて語った。

 

「天使界を襲った邪悪な光………そして魔帝国ガナンの復活。 それがすべて………あの、天使エルギオスの仕業じゃったか………」

「そのようです」

「………人間界で消息を絶ってから数百年。 よもや魔帝国ガナンに捕らわれたまま……エルギオスが生きていたとはな。 その上……哀れなことに、エルギオスは邪悪な心に蝕まれ…………堕天使となってしまったのか……………」

 

 長老オムイも、エルギオスが堕天使になってしまっていたことにショックを隠しきれないようだ。 エルギオスがどのような天使だったのかを、オムイは知っているからだろう。

 

「…………フィリスよ」

「はい」

「堕天使エルギオスは…自らが新しき神となるために、神の国へむかったそうじゃな………」

「………意識が薄れる中、かすかにそう言っているのが聞こえました……」

 

 フィリスはエルギオスの攻撃の前に倒れてしまったものの、意識が朦朧としている中でエルギオスの言葉を聞き逃さなかった。 自分が神の国に向かい神となることで、この世界を滅ぼし天使も人間も根絶やしにするのだと。

 

「……本来なら、わしはお前にエルギオスを追いかけて奴を止めてほしいと……願っている…………」

「はい、あたしもそうしたいと思っています……しかし……」

「お前もわかっているようじゃな。 そう……天使は上位の天使に逆らえないのが………掟であり習わし。 もはや、エルギオスを越える天使はどこにもおらぬ…………。 このわしでさえもな…………」

「………………」

 

 なんとも歯痒い話だ。 フィリスは本気になればエルギオスを打破することもできるはずなのに、あの習わしが忌々しくて仕方がない。 そんなフィリスの顔を見たオムイは、フィリスの報告にあったあの話を思い出して彼女に下がるようにいう。

 

「報告、ご苦労じゃったな。 いってもよいぞ………おまえも、辛い目にあったじゃろうて。 今はやすむがよい」

「………はい………」

 

 フィリスはエルギオスに敗れただけでなく、最も大切な存在を失っている。 オムイはそのことを思い出したが故、彼女を下げたのだ。 そうしてオムイに言われたとおりに長老の間を去ったフィリスの前に、仲間であるイアン達がいた。

 

「………はぁ……倒せる手段があるなら………あたしに出来ることがあるなら………あたしはすぐにでもその手段を用いて、倒しにいくのにな」

「お前ならあいつを倒せるかもしれねぇし…オレ達も、あのヤロウをたおしてぇと思ってるぜ………けど、方法はない以上、どうしようもできねぇな………」

 

 ため息を交えながらそう語り合って、打開策はないかと相談しあうフィリス達。 そんな4人をみて、オムイは神に祈りを捧げた。

 

「神よ。 いずこにおられます。 どうぞ、神よ…………我が祈りお聞きくだされ……怒りに捕らわれしエルギオスの心を、どうかお救いくだされ…………人間界をお守りくだされ…………神よ………」

 

 そのオムイの声が届いたのか、フィリスの脳裏に声が響きわたる。

 

「…………フィリス…………」

「!」

「…………守護天使フィリスよ。 あなたに伝えたいことがあります………。 どうかこちらへ………世界樹の元へきてください…………」

 

 その声は間違いなく世界樹…もとい、女神セレシアの声だった。

 

「世界樹が呼んでる………」

「あの不思議な声とやら、お前……また聞こえたのか?」

 

 イアンの問いにフィリスはうなずき、彼らとともに世界樹の元へ向かうのだった。

 

 

 世界樹にたどり着くと、その世界樹は黄金の光を宿していた。 世界樹はフィリス達がここにたどり着いたことを感じ取ると、4人に語りかける。

 

「…………フィリス、そして彼女とともに在りし人間よ…………」

「女神様……」

「……………悲しみが空を覆っています。 堕天使エルギオスの悲しみと怒りが、世界を染めようとしている…………この上、堕天使エルギオスに、罪を重ねてはいけません。 …………あの者の心は汚れきってはいない…………」

「……………」

 

 それは、フィリスも重々理解していることだった。 だが、どうすることもできずもどかしい思いを抱えているのも、また事実。 そんな彼女の心情に気づいているらしい、世界樹は語りかけてくる。

 

「……………フィリス………あなたがこれまで助けてきた人間達を………覚えていますか………?」

「えっ?」

「あなたが翼と輪を失ってから、その身で地上を渡り歩き………それにより、あなたが出会い……悲しき運命から逃れることができた………たくさんの人間達を今、思い出せますか…………?」

「……………」

 

 フィリスはその声に従うがまま、自分が旅をして出会ってきた人々を思いだしていた。 天使界から落ちた日に出会った人達、天使界に戻るまでに助けてきた人達。 女神の果実を集めるために旅をしていった人達。 ガナン帝国に立ち向かうまで出会ってきた人達。 皆の顔をフィリスが忘れるはずなどなかった。

 

「…………彼らはあなたに……心から感謝を捧げています。 ………清き心を持つ人間達が………あなたが助けた人間達が、今度はあなたの………フィリスの力となる…………」

 

 その声に従うかのように、地上の各地…フィリスが旅をしている間に通ってきた場所から光が立ち上り、世界樹に集まっていき、そうして世界樹から一個の果実が舞い降りてきた。 それは、女神の果実だった。

 

「それって………」

「女神の果実…?」

「…………その果実は………あなたが助けた人間達の心が結実して、たった今生まれたものです………」

 

 そして、世界樹はどこか哀しげな声でフィリスにある事実を告げる。

 

「……フィリスよ………その果実を食べれば、恐らくあなたは天使としての生を捨てて………人間になってしまうでしょう…………」

「えっ……」

「…………けれど………人間になれば…天使の理に縛られることなく、堕天使エルギオスと戦えるでしょう…………」

 

 それをきき、フィリスと彼女の仲間達は果実を見つめて呆然とする。 その様子から世界樹は辛そうに彼女に、それ以外の方法はないと告げた。

 

「つらい選択を強いていることは、わかっています。 ですが、もうこの方法しか………。 …………どうか、フィリス………神の国へ行きエルギオスを止めて………人間を…………」

 

 そこで、世界樹の声は聞こえなくなった。 やはり女神はまだ本調子ではないのだと感じたフィリスは首を傾げる。

 

「女神様の声、聞こえなくなった…また、眠ったのかな………?」

「「「……………」」」

「みんな?」

 

 仲間達が黙りになっていたことに気付いたフィリスは、仲間に声をかける。 すると、イアンが最初に口を開いた。

 

「フィリス……お前……エルギオスを倒すためとはいえ、ホントにその方法を実行していいのかよ?」

「えっ?」

「僕は貴女とともにならば、あの邪悪な力にも立ち向かえると思っています。 ですが、そのために貴女が犠牲になるなど……あってはなりません……」

「そうしたら、もうここには帰ってこられないし………あなたは仲間の姿も見えなくなるってことなのでしょう…………?」

 

 イアン、セルフィス、クルーヤはそれぞれでフィリスがとらねばならない選択にたいして告げてきた。 皆、とてもつらそうな顔をして。

 

「オレ達は今まで、お前についていってた。 道に迷ったり途中で困ったことがあったら…アドバイスを送っていた。 お前を信じてたから、お前の選択を許してた……だけどよ………」

 

 そこでイアンは、首を横に振る。

 

「………わりぃが、オレはお前が天使から人間になるのは賛成できねぇ……もしも許したら、お前は帰る場所を失っちまう。 そっちのほうが………オレは耐えられねぇんだ。 今までお前がなにをやっていて、一緒に進んできたから………尚更だ」

「僕も………貴女は十分に苦労と悲しみを背負い、多くの人のためにそれを打ち払いました。 先も貴女は大事な人を失ったばかり……その心の傷口を広げたくはありません。 ……僕は、貴女が果実を食すのを反対します」

「ごめんなさい………私も、あなたが故郷や仲間とあえなくなっちゃうのは辛い。 あなたには無理をさせたくない………だから、果実を食べないで……エルギオスは、私達がかわりに戦うから………だから、もう抱えないで」

「……………」

 

 仲間達は口々に、フィリスが女神の果実を食べるのを止めようとする。 フィリスは自分の手元にある果実と仲間の顔を交互に見る。 そして、そっかという短い返事だけをして、女神の果実をしまった。

 

 

 

 そして、フィリスは天使達と会話をしながら、物思いに耽っていた。 天使達は皆、彼についての話をしており、その死を悼み裏切りの真相を知り、顔を曇らせていた。

 

「イザヤールお師匠様………」

 

 その先でフィリスは、女神の果実を手に取りながら、かつてよくイザヤールと修行をしていた広場にきていた。 女神の果実を見つめながら、フィリスはこれまでの旅を思い出す。

 

「あたしが助けた人間の心が宿っているから、この果実はきれいなのでしょうか……これをみていると、これまでの冒険を思い出します。 この冒険で、あたしはいっぱい人と出会って……関わって救うことができていたんですね………」

 

 フィリスが旅の中で出会い、助けた人間は皆、美しい心を持っている。 それは直にその人間達を助けてきたフィリスが、もっともよく知っていることだ。

 

「でも、もし……このままエルギオスを好きにさせていたら………その人達も危ない………だから………あたしは、あたしはもう…答えは決めている。 ………でも……」

 

 あの話を聞いたときに、フィリスの中にすでに答えはでていた。 だが、仲間の反応を知って、フィリスは自分の答えを出すことを躊躇ってしまったのだ。

 

「フィリス」

「わ、アギロさん!」

 

 そんなフィリスに、アギロが声をかけてきた。

 

「話は聞かせてもらったぜ。 俺にもセレシア様のお言葉、聞こえたからな…」

「…………」

「お前、天使をやめて人間になっちまうなんて……ホントにそれでいいのか? とは思うが…もしお前が決断をして、どうしてもエルギオスを追って神の国へいくっていうんなら………俺もハラァくくって、神の国でもどこへでも、お前を送っていくつもりぜ!」

「…アギロさん……」

「ちょっとテンチョー! なに無責任なことを言ってくれちゃってんのさーー!」

 

 そこに、サンディがあわてた様子で割り込んできた。 そのときのサンディはどこか、悲しげな顔をしていた。

 

「人間になったら、アタシらのことも見えなくなっちゃうんだよ!? そんなのサビシーじゃん! 仲間達だって世界樹の朝露の効果を失って……もう誰も、アタシらには気付かなくなっちゃうよ!!」

「サンディ………」

「フィリス1人がそこまですることなんてないって! ねぇ、やめときなよー!」

 

 サンディはフィリスが果実を口にすることに反対しているようだ。 サンディの言葉を聞いたことで、フィリスの目にまた迷いの色が現れる。 自分自身の本心、この選択が正しいのかがわからなくなる。 そんなとき、アギロはフィリスに告げた。

 

「どっちでもいい、お前はお前の答えを教えてくれ」

「……答え……」

 

 その言葉でフィリスの中に、ある気持ちが生まれたようだ。 そして、顔を上げてサンディにある頼み事をした。

 

「…………サンディ……みんなを、天の箱船に集めてくれるかな? あたしはどうするのかを……その答えを……出すから」

「ふぃ、フィリス?」

「その手間はいらないぜ」

 

 その声が聞こえたかと思うと、そこにはいつの間にいたのだろうか。 イアン達が集まっていた。 きっと3人ともフィリスを探してここまできたのだろう。 全員いると知ったフィリスは頷き、自分の決意を彼らに語る。

 

「………みんな、あたしのことを思ってくれて……ありがとうな。 こんなに、あたしのことを見てくれる人がいっぱいできるなんて……昔は想像できなかった。 あたしは、昔独りぼっちだったから……今こうしてみんながいるのが、嬉しいよ………」

「フィリス?」

 

 仲間の顔を改めてみて、旅で出会った人々を思いだして、フィリスの心に芽生えた決意。 その答えをフィリスは笑顔で彼らに告げた。

 

「そんな、あたしを思ってくれる人を、あたしは守りたい………。 だから,

あたし、エルギオスを討つよ!」

「!」

「それって!」

 

 フィリスの言葉の意味を知った一同は驚き、フィリスは彼らの前で女神の果実をとりだしてそれを口にした。

 

「フィリスッ」

 

 それにたいし、サンディが彼女を止めようとする声が聞こえたが、直後に女神の果実は光を放ち、フィリスの中に消えていった。 その後で、サンディはおもむろにフィリスに声をかける。

 

「おーい、フィリス、きこえてるー?」

「ああ、バッチリ聞こえるよ」

 

 サンディの声に対しフィリスはあきれたように笑いながら、返事をする。 フィリスが自分の存在を認識していることを確認したサンディは、からっと笑いながら言った。

 

「なーんだ、じゃ女神の果実は不発だったってことだネ! 輪っかも翼もないから、女神の果実もフィリスが天使だってわかんなかったんじゃない?」

「………いや……違う」

 

 サンディの言葉を、アギロが否定する。

 

「俺にはわかるぞ! フィリスのまとう空気は天使じゃなく人間のものだ。 女神の果実の力でお前は人間になったんだ」

「………テンチョー……せっかく人が場を和ませようとしていたのに……」

「……きっと、まだ天使界にいて俺達の姿が見えるのは、完全な人間になるまでには、時間がかかると言うことなんだろうな」

「そういうことなんだ……じゃあ!」

「ああ、俺はすぐにでもお前を天の箱船で神の国へ連れて行ってやるぜ! そして、エルギオスをとめる手助けをするぜ!」

 

 そういい残し、アギロは一足先に天の箱船へと向かい、サンディも少し沈んだ顔のままアギロについていった。 そんな二人を見送った後でフィリスは、自分が果実を口にしたときから黙っていた仲間達に対し頭を下げて謝罪をする。

 

「………みんな………あんなに止めてくれたのに、ゴメン!」

「「「…………」」」

「でも、これがあたしの気持ちなんだ。 みんなが苦しんでて、あたしだけラクするなんて…絶対にイヤだ! みんななら…人間だし、エルギオスと戦える……みんなは強いからできるかもしれない……。 でも、あたしだけ、自分の幸せだけをみて………現実から目を逸らすなんて………みんなが傷つくのをみてるだけなんて………イヤだ! みんながあたしだけ苦しむのが耐えられないみたいに………あたしも、みんなが苦しむのが耐えられないんだ…………」

 

 フィリスは胸に手を当て、女神の果実を手にして女神の声を聞いたときから秘めていた決断を打ち明ける。

 

「女神の果実を手にしたときも、地上でみんなと旅したときの思い出が……よみがえっていたんだよ。 その旅の中でであった人たち……今も、あたしは、助けたいと本気で願ってる。 だから、あたしはエルギオスと戦いたい……みんなを守りたい!」

 

 そう、フィリスは仲間達の顔を見て言った。 そのときのフィリスの真紅の瞳は、決して仲間達からそらされない。 そんな彼女の言葉を聞き、目を見た3人は沈黙を保っていたが、やがてイアンから一人ずつ口を開き始めた。

 

「こうなりゃ、しゃーねーな! オレも旦那みてーに腹をくくるぜ!」

「貴女の決断………無駄にしないために、この命に代えてでも貴女をお守りします……」

「大丈夫よ! 戦いに勝ってそのまま人間になっても……私達があなたの側にいてあげれば、いいだけだもんね!」

 

 仲間達も、フィリスの決断を受け入れともに進むことを決めてくれた。 フィリスはその気持ちを喜ばしく思い、満面の笑顔を浮かべる。

 

「ありがとう! 絶対に、かとうな!」

 

 彼女の言葉に対し、イアン達はうなずいて答えた。

 

 

 

「天の箱船にのろう」

「ああ…」

 

 天使界にはすでに、フィリスがエルギオスと戦うために人間になったことを告げた。 あるものは嘆き、あるものはフィリスに希望を託し、あるものは応援をした。 長老であるオムイも、フィリスがエルギオスと戦うために人間になったことに衝撃を受けたものの、どうあれどフィリスは自分達の仲間だと事実を受け入れ、彼女を応援することを決めた。 であれば、自分は彼らの期待に応えねばなるまい。 その思いを胸に秘め、フィリスは仲間とともに天の箱船へと向かおうとしていた。

 

「行くのね」

「ラフェットさん!」

 

 その途中で、ラフェットが声をかけてきた。

 

「長老様から話は聞いたわ、貴女はこれから天使から人間になって、私たちとはもう会えないって………」

「…………」

「でも、もう少し時間があるというなら………今のうちに貴女につきあってほしいことがあるの。 きてくれる?」

 

 その言葉を聞きフィリスは首を傾げつつも、今のうちにならと思い、ラフェットについていくことにした。 彼女に導かれた先では、彼女の弟子が扉の前にたっており、フィリスにある話を打ち明けた。

 

「あのね、実はイザヤール様、ラフェット様に自分の大事なものを預けてたの。 そのときイザヤール様………自分の身になにかあったとき、これをフィリスに渡してほしいって………」

「師匠の大事なもの?」

 

 フィリスの問いに対しラフェット達は頷くと、扉をあげてひとつの箱を取り出し、フィリスの前に差し出した。

 

「この箱の中に入っているわ」

 

 ラフェットに言われるがまま、フィリスはその箱をあけてみると、そこには鞘に収まった一振りの剣が納められているのに気付く。

 

「剣?」

 

 フィリスはその剣を手に取り、それを鞘から抜き取ってみる。 その刀身は深い青と金色の装飾が施されており、青い部分はまるで星空のように光の粒子が揺れて光っている。

 

「とても綺麗で、切れ味も抜群そう」

「ああ……不思議な剣だな………」

 

 フィリスはその剣を見つめてそうつぶやき、ラフェットがその剣について説明をする。

 

「それは、星屑の剣」

「星屑の剣?」

「その剣はかつて、イザヤールがエルギオスにもらったものなのよ。 けど、イザヤールはエルギオスが姿をくらましてしまった事で、その剣を封印した。 その後でフィリスを弟子にすることを決めて………自分の跡を継ぎ、一人前の天使になったときには………その剣を渡そうとしていたの」

「……………」

 

 この剣がエルギオスからイザヤールに、そしてフィリスの手に渡ろうとしていたことを知ったフィリスは目を丸くしてもう一度剣を見る。 そして、ラフェットはイザヤールから剣のことを託されたときのことを思い出しながら、フィリスに語る。

 

「あのとき、イザヤールは死を覚悟していたのね。 だから、自分に何かあったら………それをフィリスに渡してって……私にお願いしていたみたい……本当は、自分の手であなたに渡してあげたかったけど、かなわないと感じていたから………」

「………師匠………」

 

 ラフェットの話を聞いたフィリスは、その星屑の剣を鞘に収め、大事そうに強く抱きしめる。 そして、顔を上げてフィリスはラフェットに告げる。

 

「ラフェットさん、この剣のことを教えてくれて、ありがとうございます! あたし………この剣持って行きます! 戦いが終わっても………人間になっても…………ずっとずっと大事にします!」

「ええ、それが、彼への手向けになるわ」

 

 無事に星屑の剣がフィリスの手に渡ったことに、ラフェットは安堵の笑みを浮かべた。 これで、彼の願いを叶えることができたと思ったからだろう。 そして、立ち去っていくフィリスの後ろ姿を見送って、ラフェットは夜空を見上げてつぶやいた。

 

「イザヤール……どうか………フィリスを守って………」

「ラフェット様………」

 

 そのラフェットの横顔を、彼女の弟子は寂しげに見つめていた。 役目を終えた天使は星になると言い伝えられており、イザヤールもこの星々の一つだと彼女が語っていたこと。 彼の死を知ってからラフェットはよく夜空の星々を見つめるようになったこと。 そして、彼女がそうするようになった理由を、弟子は知っているのだ。

 

「………きたよ、アギロさん、サンディ!」

「………」

「準備はいいな?」

「ああ!」

 

 そしてフィリスは星屑の剣を携えて、天の箱船に乗り込んできた。 彼女がきたことに気付いたアギロは、顔を引き締めて天の箱船を起動させる。

 

「いくよ!」

「ああ!」

「一緒に、エルギオスを止めましょう!」

「僕達は、ついていきますから!」

 

 フィリスとその仲間達を乗せた天の箱船は、天使界よりもさらに高く、そして遠い空へと飛んでいったのだった。

 




フィリスだったら女神の果実を食べるのにも躊躇わないけど、そこに事情を知った仲間が介入したらどうするのか。
そう考えながら、決断を出させてみました。
そして、あの剣も、この物語をかき始めた当初から決めていました。

次回はラストダンジョン、突入です。


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43「憎しみを晴らさん」

ラストダンジョン編その1。
いつの間にかセルフィスが賢者になってます(おいおい)


 

 フィリスはエルギオスをおい、戦うために女神の果実を口にした。 それによりフィリスは人間となり、彼女の決意を聞いたアギロ達の支援の元、エルギオスが向かったとされる神の国に向かう。

 

「な、なんだありゃあ!?」

 

 後少しで神の国にたどり着こうとしたところで、その神の国に大きな異変が生じる。 突如としてその国全体が黒いオーラに包まれたかと思えば、その真下からまるで触手のような黒い根が這い上がってきて、神の国の随所に浮かんでいた神殿を突き上げ、貫いていく。 神の宮殿はさらに高いところへ突き上げられ、中心には禍々しい力が渦巻く。 這いずり回っていた触手の間からは、どくんどくんと脈打つ肉塊が見える。

 

「か、神の国が…!」

「………なんと、おぞましい姿に………!」

 

 その変貌ぶりに、変貌していく様子を見ていた全員が呆然としていた。

 

「うっわぁ………キッモ………」

「あのエルギオスって天使、堕天使になったことで…力だけじゃなくてセンスも悪くなっちまったのか……?」

「……お二人とも……」

 

 正直すぎる感想を口にするサンディとイアンに、セルフィスはジト目を向ける。 その横ではアギロが、今の神の国から伝わってくる気配などから、ポツリとその姿に対する言葉をつぶやく。

 

「さしずめ、絶望と憎悪の魔宮………とでもいったところか?」

「テンチョーのセンスも、イミフっすね」

「うっせぇ」

 

 サンディがアギロのネーミングセンスにツッコミを入れていると、フィリスはその魔宮を見て、呟く。 アギロが名付けたその名前の意味を、感じ取りながら。

 

「………絶望と憎悪………」

 

 その感情を持っているものが、神の国を変貌させ、今もなおあそこにいる。 そして、その感情の持ち主をフィリスは知っている。

 

「…………みんな、ここからは苦戦を強いられるよ」

「ああ……わかってる」

「………おめぇら、気を引き締めていけよ。 俺は………死体をこの箱船に乗せる気はねぇからな」

「もちっ! みんな、いこう!」

 

 フィリスの言葉に応えるように、イアンとセルフィスとクルーヤは頷き、アギロに見送られながら、その魔宮に足を踏み入れた。

 

「………サンディも、くるのか?」

「だってどうせ、戦いが終わったらアタシのことが分からなくなるんでしょ! だったら……戦えなくても………少しでも長く、アタシはアンタといたいよ!」

「………そっか」

 

 ほぼ強引な形ではあるものの、サンディもその決戦の場までフィリスについて行くことを決めた。

 ちなみに、事前にこっそりダーマ神殿に行って、セルフィスは賢者となりそこそこの修行を積んだのだが、それは内緒の話である。

 

 

「ハァッ!」

「せいっ!」

 

 魔宮の中には、エルギオスが召喚したのであろう魔物が無数に住み着いていた。 その魔物達はフィリス達の姿を見かけるたびに襲いかかってくるので、フィリス達は全力でその魔物をむかえうっていく。

 

「一掃するわよ……イオナズンッ!」

 

 今も、自分達に襲いかかってきたトロルキング数体を相手に戦っているところである。 まずはイアンが棍を大きく振り回して薙払い、フィリスがそのうちの一体にはやぶさ斬りを繰り出す。 そして、体力を大幅に削るため、クルーヤがイオナズンを放ったのだ。 それによりトロルキングは致命傷を負い、イアンが再び薙払いを繰り出したことでトロルキングは殲滅される。

 

「ふっ」

 

 真上を飛んでいたマポレーナも、セルフィスが弓矢で正確に射抜いて打ち落としていく。 そうして活路を開き、4人はほかの魔物に見つかる前に進む。 その最中で、イアンはセルフィスの新しい武器についてふれた。

 

「にしてもセルフィス、槍の腕も達者だったけど、弓矢の腕もなかなかだな」

「ええ、僕も不思議と手になじみます」

 

 セルフィスは槍を新しく調達しようと考えていたのだが、ふと弓矢を発見しそれに興味を持ったことで、それを手にすることを選んだ。 最初ははじめて使う武器なだけあって戸惑ってはいたものの、少し練習しただけでセルフィスはそれを難なく使いこなすことができた。 先程の戦いからもわかるように、その腕前はまさに百発百中…セルフィスは次々に魔物を射抜いてみせたのである。

 

「あたしも、負けられねーな」

 

 そういってフィリスは、自分の手の中にあるほしくずの剣を見た。 この剣の切れ味はかなりのものであるが、同時にこれ振るうにはかなりの熟練度が必要とされることも、振るっていてわかってくる。 こうしてフィリスが手に持ち振り回せるだけでも奇跡といえるかもしれない。 自分はまだ完全にはこの剣を手に馴染ませられていないことに、フィリスは気付いている。

 

「………でも、あたしはこの剣で……戦うって決めたんだ。 だから、離したりするもんか」

 

 そう言って、フィリスはほしくずの剣を握りしめる手に力を込めた。

 

「うわぁ!?」

 

 と、その時だった。 彼らの目の前に鉄球が飛んできた。 人ほどの大きさのある鉄球からは鎖がのびており、その鎖を辿っていった先には、かつて自分達が討ち取ったあの魔物の姿があった。

 

「グヘヘヘヘヘ……!」

「お前は……ゴレオン将軍!?」

 

 それは、かつてカデスの牢獄で対峙したガナンの三将軍の一人、ゴレオン将軍だった。 ゴレオン将軍は鎖を操り鉄球を自分の方に引き寄せると、笑い声をあげた。

 

「グハハハハッ!!! 俺様は今、エルギオス様の力で復活をしたのだ! こうして、俺様をコケにしたお前達に……復讐するためになぁ!」

「お前、皇帝からあいつに履き替えるつもりかよ?」

「皇帝はもう死んじまったからな………今、俺様が生きているのは、あの方のおかげよ! まさに、エルギオス様々ってヤツだ!!」

 

 そう高々に笑い声をあげるゴレオン将軍に対して、イアンはため息をついた。

 

「…………やれやれ、しょーもねぇ小物だな。 こんなヤツが管理していたトコロに閉じこめられてたなんて………オレも一生の不覚な気がしちまったぜ………」

 

 イアンは頭をかきつつ棍を握りしめ、そしてゴレオン将軍をにらみつけた。

 

「でも、オレ達が同じ敵に負けるわけがねぇな!」

「あったりまえじゃないか! 今度もあたし達でぶっ飛ばしてやろうぜ!」

「道を妨げるのであれば、罰します!」

「当然でしょ!」

 

 そう声を掛け合い、フィリス達はゴレオン将軍と向かい合う。

 

「エルギオス様に逆らう奴は……皆殺しだぁぁっ!!」

 

 ゴレオン将軍は、今戦わんといわんばかりに鉄球を振り回して、フィリス達に攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 

「ドルクマッ!」

「メラゾーマッ!」

 

 まずはセルフィスがドルクマを放ち、続けてクルーヤがメラゾーマを放ってゴレオン将軍を攻撃する。 ゴレオン将軍はその連続魔法攻撃に耐えると、鉄球を振るい奥にいるフィリスを攻撃した。

 

「くぅっ…!」

 

 フィリスはそれを盾で防ぐが、その威力はすさまじく後方に吹っ飛ばされてしまった。

 

「前より、攻撃力が増してる!」

「当たり前だっ!!」

「ぐぅっ!」

 

 再びゴレオン将軍はフィリスに向かって鉄球をぶつけてきた。 それをフィリスは再び盾で受けるものの、やはり敵の攻撃力は高く、フィリスの体は壁にたたきつけられた。

 

「クゥ……ゥ………」

「フィリスッ」

「うぉおおらぁぁっ!!」

 

 フィリスの身を気にするイアン達全員に、ゴレオン将軍の攻撃が命中した。 それにより瓦礫がいくつも崩れ落ち、土埃も舞い上がる。

 

「ハハハハハッ! この俺様のパワーに圧倒されたかっ!!」

 

 フィリス達の姿が見えなくなったことで勝ったのだと思いこんだゴレオン将軍は、そう言って高笑いをする。 だが直後に、強烈な吹雪が襲いかかり巨大な氷の刃が突き刺さった。

 

「なっ!?」

「残念だったわね、みんな無事よっ!」

 

 ゴレオン将軍に襲いかかった冷気の正体は、クルーヤの放った攻撃魔法・マヒャドだった。 ゴレオン将軍は自分の攻撃で4人全員が耐えたことに驚いており、セルフィスが自分の手に魔力をためながら説明をする。

 

「大いなる守りの力……スクルトですよ」

 

 セルフィスはあの攻撃の直前でスクルトを使ったことで、全員耐え抜くことが出来たのだ。 そしてすぐに、セルフィスは広範囲に届く回復魔法・ベホマラーを使ったことで、全員の傷が癒える。

 

「メラミッ!」

 

 そして、クルーヤは今度は炎の攻撃魔法である、メラミを放ってゴレオン将軍を攻撃し、直後にフィリスとイアンをみる。

 

「フィリス、イアン! あなた達に任せるわ………バイキルト!」

「おう! いくぜっ!」

 

 自分の攻撃力があがったところで、イアンはゴレオン将軍に向かって氷結らんげきを放つ。 それによる連続攻撃を受けたゴレオン将軍は、なんとか耐えてイアンにたいし反撃をしようとするが、イアンはそれを身軽に回避した。

 

「フィリス!」

「うぉぉぉっ!!」

 

 その直後、イアンはフィリスに声をかける。 声をかけられたフィリスは素早くゴレオン将軍に接近し、渾身のはやぶさ斬りを繰り出した。

 

「グォォォオオッ!」

 

 それにより体を大きく切り裂かれたゴレオン将軍は、断末魔をあげながら、消滅した。

 

「言っただろ、同じ敵に負けるわけがねぇ………って」

 

 イアンは消え去ったゴレオン将軍にたいしそう言い切る横では、セルフィスがうつむいて考え事をしていた。

 

「…………にしても……まさか、帝国の三将軍が復活しているとは………」

「ああ、そこは油断できねぇな………」

 

 帝国の三将軍はどれも手強いものばかりだ。 あと二人の将軍も復活しているとみて間違いない。 気を引き締めていかねばならない。 そう感じ取ったフィリスが声をかけて歩き出そうとしたが、そのときフィリスは、自分の体に異変が起きていることに気付いて膝をついた。

 

「ッ!」

「フィリス?!」

 

 4人は一斉にフィリスに駆け寄った。 彼女は胸に手を当てつつ大丈夫だと返す。 しかし、そんなフィリスをみてサンディはあることに感づき、フィリスに問いかける。

 

「もしかして、アンタ………また人間に一歩………?」

「…………みたいだな」

 

 どうやら、女神の果実の力が進行しているらしい。 フィリスが天使の力を保っていられるのは、あと残り僅かのようだ。 そして人間に近づけば近づくほど、フィリスの精神に異変が生じている。

 

「…………それまでに………この戦いに、決着をつけなくちゃな」

「わかってるさ」

 

 フィリスはそう口にして、ほしくずの剣を握る手に力を込めながら、立ち上がった。 そうやって立ち上がるフィリスを見て、イアン達は顔を見合わせてうなずきあい、彼女について行く。

 

「この剣で、奴をぶった斬るまで………あたしは、止まれねーんだっ……!」

 

 

 

「ホーホッホ…………ここまできましたか………」

「ゲルニック将軍!」

 

 ゴレオン将軍を破り、先へ進んだフィリス達を待っていたのは、ゲルニック将軍だった。 彼はガナン帝国城に攻め行ったときに倒したはずだ、となれば……。 フィリスは前例があったことを瞬時に思い出す。

 

「まさか、お前もゴレオン将軍と同じように……エルギオスに………?」

「ええ、この通り……この私もかの堕天使の力によって、復活を遂げましたよ………」

 

 そう言ってゲルニック将軍は顔を回した。 やはりこの動きは気味が悪く、それをみたフィリス達に悪寒が走る。

 

「エルギオスのヤツはどうやら、この私を手駒として使うつもりのようです………」

「ほぼゴレオン将軍がそうなってたな」

「………ですが、そうは行きませんよ……ホッホッホッホ………。 いずれ、ヤツの寝首をかいて差し上げましょう………」

 

 ゲルニック将軍はその大きな目を光らせ、フィリスを見た。

 

「なにはともあれ………まずはあなたが優先ですよ、フィリスさん。 さぁ………今度こそ、殺して差し上げます!」

「させるものかっ!」

 

 フィリスは剣をつきだし、仲間達もそれぞれで武器を手に取る。 まずはクルーヤがピオリム、セルフィスがマジックバリアを使い仲間を助ける体制に入る。 イアンは前線にでて、素早くゲルニック将軍に接近して攻撃を試みる。

 

「うぉぉぉっ!」

「バギマ!」

「ぐぁぁ!」

 

 そのバギマをイアンは正面からくらうが、それを力ずくで突破してゲルニック将軍の腹部にせいけん突きを決める。

 

「ぐっほぉぁ……!」

 

 その一撃を受けたゲルニック将軍は崩れ落ちて、吐いた。 直後にフィリスが自らにバイキルトをかけてゲルニック将軍にかえん斬りを食らわす。

 

「おのれ………よくもっ……!」

 

 攻撃を受けて嘔吐する、という屈辱を受けたゲルニック将軍はその目から不気味な閃光を放ち、マジックバリアの強化をなかったことにする。

 

「バギクロスッ!」

「うわぁぁぁっ!!」

 

 直後に風系の強力な魔法をぶつけて、フィリス達全員に大ダメージを与えた。 それに4人は耐えたが、ゲルニック将軍は攻撃の手を止めず、再び不気味な閃光を放ってからのバギマで攻撃を仕掛けてくる。

 

「皆さんっ」

 

 すぐにセルフィスはベホマラーを使い、全員の体力を回復させた。 それにより傷は癒え、クルーヤがメラゾーマを放ってゲルニック将軍を火だるまにする。

 

「グホォォ!」

「この前みたいにはいかないわよ!」

 

 そう言い放ち、クルーヤはイアンにバイキルトをかける。 攻撃が強化されたフィリスとイアンは、同時に攻撃を繰り出した。

 

「いくぞっ!」

「ああ!」

 

 まずはイアンが氷結らんげきを繰り出し、直後にフィリスがはやぶさ斬りを繰り出してゲルニック将軍を追いつめる。

 

「セルフィス!」

「はい!」

 

 その背後で、己の魔力を覚醒させたクルーヤとセルフィスが顔を見合わせて、同時に強力な爆発の攻撃魔法を繰り出した。

 

「「イオナズンッ!」」

「グォオォアオアアッ!!」

 

 その二つの攻撃がゲルニック将軍にささり、ゲルニック将軍はその爆発に飲まれた。

 

「マホカンタを使う隙を、いっさい与えなかったのがよかったわね」

「ああ……つかわせるつもりなんかなかったさ。 お前達がいるんだからよ。 活躍の場を与えたかったしな!」

 

 そういってイアンは、魔法が主体である二人をみた。 それにたいしクルーヤもセルフィスも笑みを浮かべている。

 

「ま………た………やぶれる………の、ですか………ホホホ………!」

 

 爆発の光の中に、ゲルニック将軍は散っていった。

 




次回もラスダンの話をお届けします。
にしてもここにまたきて、またラスボスと戦えるなんて10年くらい知らなかったですね…。
なんか悔しい。


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44「闇の竜」

スムーズに戦いを進める難しさを、感じた話ですね。


 

 絶望と憎悪の魔宮に突入したフィリス達は、そこでガナン帝国の将軍であるゴレオン将軍やゲルニック将軍と遭遇、戦闘をしたのであった。

 

「ゴレオン将軍だけでなく、ゲルニック将軍まで復活するなんて………」

「予想していたとはいえ、あの二人を相手にするのは………少し大変でしたね………勝てたのが幸いしましたが………」

 

 そういいつつ、セルフィスはバッグからまほうのせいすいを出して自分の魔力を回復させる。 隣にいるクルーヤも同じことをしており、イアンとフィリスは特やくそうを使って。

 

「ということは………あいつもいるのか?」

「だろうね」

 

 彼等が語るのは、帝国三将軍最後の一人のことだった。 しばしの休息を終えた四人はさらに先へ進む。 するとその先に真上に向かって吹いている風が吹き荒れているフロアにたどり着き、そのフロアに足を踏み入れた瞬間に真上に吹き飛ばされ、上の階層にたどり着いた。 どんなギミックなんだよ、とフィリス達が眉間にしわを寄せていると、聞いたことにある声が聞こえてきた。

 

「やはり、ここまできたか」

 

 その声を知っているフィリス達が顔を上げてみると、そこにはギュメイ将軍の姿があった。

 

「お前は………ギュメイ将軍!」

「噂をすれば、なんとやら…ね!」

 

 彼もやはり、エルギオスの力によってよみがえっていたのだ。 ゲルニック将軍はともかくとして、ゴレオン将軍はあっさりガナサダイ皇帝からエルギオスに乗り換えていたことを思い出したフィリスは、ギュメイ将軍にたいし口を開く。

 

「まさか……お前も………?」

「我が主君は……ガナサダイ皇帝陛下ただ一人。 二君に仕えるつもりはない」

 

 そう言ってギュメイ将軍は剣を抜き、その切っ先をフィリス達に向ける。

 

「故に、陛下亡き今。 今の我の目的………喜びは……強敵との死闘のみ! さぁ………フィリスよ。 今一度、我が剣力と、お前の力……いずれが上か、競い合おうぞ!」

「………望む、ところだ!」

「おっと、オレ達も忘れるんじゃねーぜ!」

 

 ギュメイ将軍の言葉に応えるようにしてフィリスが剣を構えると、同時にイアン達も前にでた。 そんな彼らに対してもギュメイ将軍は動じないどころか、上等だと答えた。

 

「フッ!」

「グッ!」

 

 素早くギュメイ将軍は切りかかり、フィリスはそれを盾で受け止める。 だが相手の方が技が早く、すぐにギュメイ将軍は攻撃の方法を切り替えて、フィリスを斬る。 それによりフィリスの肩から血が流れたが、フィリスはうろたえることなくギュメイ将軍に反撃し、今度はギュメイ将軍の血がとんだ。

 

「バイキルトッ!」

 

 クルーヤはフィリスにバイキルトをかけると、彼女は再び敵に切りかかる。 その一撃をギュメイ将軍は自分の剣で受け止め、唾競り合いに発展する。 双方は弾き飛ばされ、続けてイアンがギュメイ将軍に飛びかかり、拳をたたき込む。 その拳が腹部に命中したため、ギュメイ将軍は苦しげな声を上げた。

 

「ぐほぉ……!」

「どうだ!」

「……なかなかの力だ……だが! それで私は倒れはせぬっ!!」

 

 そう言ってギュメイ将軍はすぐに立ち上がり、イアンを切り裂く。 彼はガードをして防ごうとしたが、体のあちこちに切り傷ができてしまう。

 

「イアンさんっ」

「………あったりめーだ………てめぇをこの程度で破れるなんざ、オレも思っちゃいねーって……!」

 

 セルフィスがすぐにイアンにベホイミをかけて、彼の体の傷を消す。 それにより傷が癒えたところで、イアンは今度はフィリスと同時に攻撃を仕掛ける。

 

「フッ!」

 

 ギュメイ将軍は、クルーヤの連続の攻撃魔法に足止めを食らっていた。 それこそ攻撃のチャンスだとにらんだフィリスとイアンは顔を見合わせ頷きあい、まずはイアンがギュメイ将軍につっこみ、氷結らんげきを繰り出す。 ギュメイ将軍はそれをさみだれ剣でむかえうつ。

 

「クッ!」

「むぅ…!」

 

 ギュメイ将軍は打撃と冷気、イアンは無数の斬撃を受けて、互いにダメージを受けていく。 その直後、ギュメイ将軍の一撃を天地のかまえではじいたイアンの背後からフィリスが現れてギュメイ将軍につっこんでいき、はやぶさ斬りを繰り出した。

 

「はぁっ!」

「ぐぁぁぁっ!」

 

 そのフィリスの技がとどめとなり、ギュメイ将軍は崩れ落ちた。

 

「…………やはり、見事だッ………」

 

 その一言のみを残して、ギュメイ将軍も消え去ったのであった。

 

「っけ、悪人らしくない敵だったぜ………」

 

 イアンは自分の頬に出来た傷から流れる血を払いながら、そう呟いた。

 

「みなさん、お疲れさまです」

「セルフィスが開始早々に、スクルトをかけてくれてたからだよ」

 

 こうして4人は、帝国三将軍を打ち破ったのであった。

 

 

「あそこにいるのって………」

 

 玉座に腰掛けている存在に対し、クルーヤは身を震わせる。 人でも天使でも、最悪魔物とも言い難いその存在に対し、恐怖を感じているようだ。 そして、フィリスはその存在が何者かを口にした。

 

「…………あれが………エルギオス………だよ」

「………もう、天使の面影はありませんね………姿だけでなく、力も……………」

「……………」

 

 それを改めて感じ、フィリスは顔を一瞬うつむかせる。 だが、エルギオスのつぶやきが聞こえて、顔を上げて向かい合う。

 

「………………罪…………存在そのものが罪なのだ…………人間だけではない…………神のつくりしこの世界は、ありとあらゆる罪にまみれている……………」

「またブツブツと……わけわかんないことをつぶやいてやがる」

「……………すべての罪に……裁きをくださんとするならば、もはや世界を滅ぼすしかない……………」

「………………」

 

 エルギオスは、血の色をした目を鋭く光らせ、フィリスを見つめながら問いかけてくる。

 

「……翼なき天使よ。 お前は我が目的を阻むために…ここまできたのか?」

「あったりまえだ! テメェの好き放題のために存在するほど、この世界も、その玉座も! ちぃっともやすくないんだよっ!!」

「…………愚かなことだ………私に牙をむき、守る価値なきものを守ろうとするなど………実に、愚か………」

 

 エルギオスは不気味な笑い声をあげながら、玉座からゆっくりと立ち上がった。

 

「………だが………! 天使の理に縛られている以上………お前は我が敵になりえぬ! 身の程を知るがいい!!」

 

 そう言ってエルギオスはフィリスにつっこんできたが、イアンがエルギオスより早く動き、エルギオスに一撃を与えた。

 

「てめぇの敵は、フィリスだけじゃねぇぜ?」

「……邪魔な人間は失せろ!」

 

 そう言ってエルギオスはイアンの胸ぐらをつかんで投げ飛ばし、彼を壁にたたきつける。 イアンの体は壁にめり込み、そこにエルギオスはつっこんでいき、イアンの顔を強く殴った。

 

「ドルクマッ!」

「イオナズン!」

 

 そのエルギオスを阻止せんと、セルフィスの闇の魔法とクルーヤの爆裂の魔法がエルギオスにヒットする。 だがその攻撃でエルギオスが倒れることはなく、エルギオスは二人に向かってしんくうはを放ち吹っ飛ばし、フィリスに一気に接近する。

 

「しねぇ!」

「ハァッ!」

 

 エルギオスは鋭い爪でフィリスを切り裂こうとしたが、フィリスはそれを剣で受け止めて弾き飛ばす。

 

「なにっ!」

「はやぶさ斬り!!」

 

 そこからフィリスは一気に踏み込んで、はやぶさ斬りを繰り出す。 不意打ちのごとく繰り出されたその剣技はエルギオスに大きなダメージをおわせ、フィリスはチャンスだとにらみ連続で切り裂く。

 

「ぐっ!」

「これで決めてやる!」

「グアァァァッ!!」

 

 その剣を受けて、エルギオスはその身を大きく切り裂かれひざをついた。 だが今エルギオスは、自分が斬られたことよりも、フィリスが自分に攻撃できたことの事実と衝撃が大きいらしい、困惑している。

 

「………………な、何故だ………!? 何故………天使であるお前が、この私と戦うことができる………!?」

「お前と戦うためなら、あたしは手段を選ばない」

 

 その言葉を聞き、フィリスの能力を探ったエルギオスは、彼女の選んだ道の真実を知る。

 

「…………そうか。 貴様………天使のチカラを捨てて、人間になり果てたな!」

「………」

「くっくっくっく…………愉快。 実に愉快だ………。 人間への憎悪によって堕天使となった私の前に立ちはだかるのが、天使を捨てて人間になった者とはな…………」

 

 そう語るエルギオスに対し、フィリスは口を開く。 人は悪いものばかりでないと、伝えようとして。

 

「エルギオス、人間は……」

「黙れ!! きれいごとに満ちた説教など、ききたくもないわっ!!」

「やっぱり………ただ言葉の説得で解決するほど、生やさしい問題じゃないか………」

 

 彼には説得はきかない、と判断したフィリスは首を横に振る。 この場合、自分の力を持ってして彼を止めるしかないと自覚したようだ。 そのとき、エルギオスの翼にわずかに残っていた、白い天使の羽が完全に抜け落ちる。 その下から、悪魔のような翼を見せながら。

 

「……………羽が…………」

「貴様が天使を捨て……人間となったのならば! 私も天使の姿を捨てて……完全なる破壊の化身と化するまでだ!」

「まて!」

「我があとを追いかけるがよい、人に堕ちし天使よ! 決着をつけようぞ!!」

 

 そうフィリスに宣戦布告をし、エルギオスはとび去っていった。 そこで、イアン達がフィリスに合流してくる。

 

「エルギオスを探しましょう!」

「うん!」

 

 4人はすぐに玉座の間をでて、エルギオスの姿を探す。 その時魔宮全体が大きく揺れたので全員体勢を崩してしまい、そのまま目の前にあいていた大きな穴に落下してしまう。

 

「「「「うわぁぁあぁっ!!?」」」」

 

 4人ともその穴の中に落ちていき、やがてどこの空間かわからないところに落ちた。 自分達が落ちた先には幸いにも、柔らかい肉塊があったのでけがはないが、おちた先が肉塊と言うことが素直に喜べなかった。

 

「こ、ここどこ?」

「………強い闇の力を感じます……。 ここはおそらく、魔宮の中心……もっとも力が多く集まる場所………なのでしょう………」

 

 セルフィスはこの空間から感じる気配を察知し、その場所の正体を予測して告げる。 目の前には、特に強い力を感じる謎の球体がある。

 

「………きたれ、闇竜バルボロスよっ……!」

 

 その球体に全員の目がいった瞬間、エルギオスのものらしき声が響きわたった。 そして、その言葉に応えるかのようにどこからともなく、黒い竜が現れて、フィリス達の前に立ちふさがる。 その姿には、皆が見覚えがあった。

 

「バルボロスッ!?」

「こいつ、オレ達の邪魔をしようとしているみてぇだな……」

 

 そこでセルフィスとクルーヤは、バルボロスの攻撃の前にグレイナルが亡くなったあの瞬間を思い出した。

 

「フィリスさん…」

 

 セルフィスがフィリスの方をむくと、フィリスは地面を強く踏んで、剣を抜いた。

 

「上等だ! お前もいつかは……懲らしめてやらなきゃって思ってたところだしな!」

「グォォォオォウッ!」

「きやがれっ! ドス黒ドラゴンがっ!」

 

 

「グォォオオゥ!」

 

 バルボロスは体をくねらせながら、黒い炎を吐き出してフィリス達を攻撃する。 それに全員耐え抜き、力をためた後でクルーヤからバイキルトを受けたイアンがバルボロスに飛びかかり、氷結らんげきを繰り出す。

 

「イオナズン!」

 

 その直後、魔力覚醒を行ったクルーヤがイオナズンを放ちバルボロスを攻撃する。 セルフィスも、矢を放ちバルボロスを攻撃するが、直後にドルモーアを受けてしまう。 直前でマジックバリアを唱えたおかげで軽減はできたものの、セルフィスもかなりのダメージを受けてしまった。

 

「ドラゴン斬り!」

 

 そこでフィリスはドラゴン斬りを繰り出してバルボロスを攻撃した。 その一撃はその身体に効いたらしい、バルボロスは悲鳴のような鳴き声をあげた。 やった、とフィリスが思ったのもつかの間、すぐにバルボロスは怒りの矛先をフィリスに向け、フィリスを爪で切り裂きその手につかみ、地面にたたきつける。 さらにそれだけではなく、フィリスに向かってドルモーアを放ってきた。

 

「うわぁぁぁ!」

「フィリス!」

「フィリスさん!」

 

 その一撃を受けてフィリスの体力は一気に持ってかれる。 そのダメージに耐えて、なんとか立ち上がろうとしたフィリスの前にバルボロスは追撃を与えるため、あの黒い炎を放とうとしてくる。

 

「まずいっ……」

 

 今すぐ反撃できない、と思ったフィリスだったが、そこにイアンが飛び込んで彼女をかばった。 それによりイアンは全身にダメージを受けて、ひざをついてしまう。

 

「グッ……」

「イアン!」

「オレにかまうなフィリス! お前があいつをぶった斬ってやれっ!! そのことだけを今は考えろ!!」

 

 そう自分を心配してくるフィリスを叱責するイアン。 その直後、激しい爆発音が響きわたる。 クルーヤが再びイオナズンで、バルボロスを攻撃したのだ。

 

「グォォォオ!」

「なんのっ!」

 

 バルボロスがクルーヤに向かって黒い炎を放ってきたが、クルーヤは勝ち気な笑顔を見せるとメラミで防いでみせる。

 

「私達だって、怒ってるんだからねっ! 好き放題に私達を振り回していっぱいいろんな人を傷つけておいて………簡単に許されるなんて思わないでってカンジだし!」

 

 そう言って、クルーヤはマヒャドを放ってバルボロスを攻撃していく。 そして、4人を癒しの光が包み込んだ。 セルフィスがベホマラーを使ったのだ。

 

「僕も………ここで倒れるわけにはいきません。 まだ、ここに………この先にも………救うべきものがいる限り!」

 

 セルフィスは全員の体力を回復させた後、再び弓矢を構えてさみだれうちを放った。 その矢はすべてバルボロスの眼球に刺さり、その痛みにバルボロスが苦しみ出す。

 

「………」

 

 皆がバルボロスを相手に戦っている姿をみて、フィリスは深く呼吸をした。 今の自分はあのダメージなどなんてこともない、彼らを失うこと以上に苦しいことなどない、と気持ちを整えて。

 

「うぉぉおぉおおっ!!」

 

 そして、雄叫びのような声を上げて、フィリスは剣に力を込めて飛び上がる。 それに気付いたバルボロスがフィリスに攻撃を仕掛けようとしていたが、それを立ち上がったイアンのばくれつ拳とクルーヤのメラミ、セルフィスのイオラが妨げる。

 

「グレイナル様の、カタキーッ!」

 

 そう叫び、フィリスはドラゴン斬りをバルボロスに向かって放つ。 その一撃はバルボロスの身体を大きく切り裂き、バルボロスは激しい断末魔をあげた。

 

「ギアァァアァァッ!!」

 

 そして、バルボロスは自分の中からあふれ出る闇の炎に飲まれていき、灰となって風に吹かれ、この世から消滅した。 地面に着地したフィリスは、荒い呼吸を繰り返す。

 

「はぁ………はぁ………はぁ………はぁ………!」

「カタキ、討てたね」

「うん!」

 

 そこでクルーヤが駆け寄ってきて、グレイナルのカタキ討ちに成功したことを喜び合おうとする。 それに答えてフィリスもクルーヤに笑顔で答えたが、直後に自分の身にまた異変が起きる。

 

「もう少し、もう少しで………あたしは……………」

「………フィリス…………」

 

 やはりその異変は、自分が天使の力を少し保持できているタイムリミットを示すものだ。 それを知ったフィリスは首を横に振り、皆に告げる。

 

「ノンストップでいくよ、みんな!」

「おうよっ!」

 

 

 

「ちょっとまったー!」

 

 このままエルギオスに戦いを挑もうとしていた時、サンディが突然飛び出してフィリス達に制止をかけた。

 

「ちょ、なんだよサンディ? せっかくバルボロスを倒して士気もあがったというのに………水を差さないでくれよ」

「冷静になりなよ、さっきの黒いドラゴンとの戦いで疲れてるってのに連チャンでいどもーなんて、オバカじゃないの!? ちゃんと体力を回復させなさいヨっ!」

「………え………」

 

 サンディはフィリス達の体力や魔力がほぼ切れかかっていることに気付いていたのだ。 だからこそ彼女達を呼び止めたのだ。 きょとんとしている4人にサンディは笑みを見せるとどこからともなくビンを取り出した。

 

「だ・か・ら……このとっておきをつかったげるっ! えーい!」

 

 そういってサンディはビンの蓋を開けて4人の真上を飛び回ると、その中身を4人に振りかけた。 それを浴びた4人は、自分達から疲れや傷がみるみるうちに消えていくのを感じた。

 

「サンディ、これって?」

「疲労回復にも効いて、どんな病気も治せちゃう! チョースッゴイ薬だよっ! ここにくる途中でこっそり作ってたんダヨ!!」

「お前そんな技術持ってたのかよ!?」

「なんてこと……ここにきてまさかの新事実だわ……」

「なにがおこるのか、本当にわからないものですね……世の中……」

 

 そうサンディの意外な力に対し驚いている仲間達。 そしてサンディは自分がこの薬を作った理由を語る。

 

「テンチョーも言ってたでしょ……死体を天の箱船に乗せるのはゴメンだって…………アタシだって、あの箱船を霊柩車にするつもりなんてないし………」

 

 そう語るサンディの声には寂しさが混じっていた。 それはきっと、彼女なりにこれから起きることに対する覚悟のあらわれだったのかもしれない。

 

「………どうせ、見えなくなっちゃうんだったら………アタシ………最後までアンタの戦いをみる………絶対に目をそらさないで見続ける………だから………負けちゃダメだよ! 全員で生きて勝つのよ!」

「………サンディ………」

「………さて、これで戦いの傷は治ったことだし、この元気パワーでエルキモスをぶっとばそうよ!」

「………うん!」

 

 最後は明るいサンディの援助も受け取り、フィリス達の士気はますます高まる。 そして、目の前にある謎の球体の中にいるであろうエルギオスと向かい合う。

 

「堕天使エルギオス……ここであたしは、お前を倒す! 出てこい!!」

 

 そのフィリスの声に答えるようにして、球体の中から声がしてきた。

 

「…………人に堕ちたる者よ………そして、それに組みする人間よ………!」

 

 そして、球体はどくんどくんと脈を打ち、徐々に大きく膨れ上がっていった。

 

「…………貴様等…人間への…………憎悪と絶望こそが、このエルギオスの力の源となるのだ…………」

 

 やがて球体は弾け飛び、その中から一体の、人型の魔物が現れる。 肌は金色の文様が描かれた毒々しい深緑色、身体は筋肉でできており、手足の先には深い闇のような鋭い爪が伸びている。 頭からは爪と同じ色の角が2本生えており、背中の巨大な翼にはまがまがしい文様が描かれる。

 

「その憎悪の激しさを………絶望の深さを………今こそ思い知らせてくれるわっ!!」

 

 そして、真っ赤に染まった鋭い目を開かせ、口から鋭い牙を見せて、4人の前にその姿をみせる。 そこにはもう、天使の面影など少しも存在していない。

 

「上等だ! お前にとって人間への憎しみが力なら………あたしは、その真逆! 人間を信じる気持ちで……迎え撃つだけだ!」

 

 だがフィリスはそれに怯むことなく、そう宣言をする。

 

「さぁはじめようぞ………世界の滅亡をっ!」

 

 そうエルギオスが叫ぶと、フィリスは仲間達をみる。

 

「みんな!」

「準備はできてるぜ」

「いつでもどうぞ」

「覚悟は決めています」

 

 戦う気満々なイアン、クルーヤ、セルフィスをみたフィリスはコクリと力強く頷いた。

 

「守護天使フィリスの、最後の戦い………絶対に勝つぞっ!」

 

 最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。

 




次回はいよいよラスボス戦。
あの激しさをかけてたらいいな、と思います。


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45「天上の決戦」

これが、ラストバトルです。
あのBGMにあうように、激しくかいたつもりです。
いかがでしょうか?


 

 堕天使エルギオスとの、決戦が始まった。 この戦いが終われば、フィリスは天使の生涯を捨て人間となる。 すべてに終止符を打つための戦いなのである。

 

「バイキルト!」

「スクルト!」

「はやぶさ斬り!」

「氷結らんげき!」

 

 その戦いに負けるわけにはいかない、と4人は全力を出す。 まずはクルーヤがバイキルト、セルフィスがスクルトをかけて仲間達を強化し、その強化を受けたフィリスとイアンがエルギオスに直接攻撃を仕掛ける。

 

「メラゾーマ!」

 

 その攻撃を受けたエルギオスは反撃でメラゾーマを放ち、イアンをひだるまにする。 すぐにイアンはセルフィスのベホイムを受けて回復し反撃にでようとするが、エルギオスの超高速の連続攻撃により妨げられる。 さらにエルギオスは黒い炎を放ちフィリス達を追いつめていく。

 

「ウォォオッ!」

「させるかっ!」

 

 フィリスは黒い炎の中で突っ込んできたエルギオスにたいし、光の力をまといながらはやぶさ斬りで対抗しようと立ち向かっていく。 エルギオスの爪とフィリスの剣が激しい金属音をたてて衝突しあう。 やがてエルギオスが押し切りフィリスをふっとばすが、フィリスは追撃にでようとしていたエルギオスにかえん斬りを繰り出し迎え撃つ。 そのとき、炎に包まれた星屑の剣をみて、エルギオスは目を見開かせる。

 

「その剣は……!?」

「今更気付いたのか、ウスノロッ!」

 

 フィリスは立ち上がりつつ、その刀身を剣のかつての所有者…エルギオスに見せつける。

 

「この剣は特別の中の特別! あたしの………大事な人から受け継いだ…とっておきの宝物さ! あたしはこの剣で………お前をぶった斬る!」

「おもしろい、その剣………へし折ってくれる!」

 

 そういいエルギオスはフィリスにあの連続攻撃をたたき込もうとしたが、そこで強烈な吹雪が襲いかかり刃が突き刺さる。

 

「………ちょっと! 私達を忘れてもらったら困るんだけどっ!」

「クルーヤ!」

「人間風情に用はない、死ね!!」

 

 自分を攻撃したのが正真正銘の人間であることがエルギオスの元々の怒りの炎に油を注いだらしい、エルギオスはクルーヤに向かってメラゾーマを放った。

 

「魔結界!」

 

 そこでクルーヤは魔結界を張って自分の身をメラゾーマから守るが、その火力は高く、押し切られそうになる。 それにたいしクルーヤは歯を食いしばりつつ、すぐに別の魔法を使った方がいいかもと杖を握る手に力を込める。

 

「オレを無視すんなよなっ!」

「グァッ!」

 

 エルギオスがこのままクルーヤを押し切ろうとしたとき、イアンが飛びかかってきて拳の一撃をたたき込む。

 

「ちょっとした修行で身につけた………とうこん討ちだっ! どうだ!」

「貴様……」

 

 自分に重い一撃をたたき込んできたイアンをエルギオスはにらみつけるが、すぐに翼に衝撃を受ける。 翼をみると、矢が数本刺さっていた。

 

「僕とて………貴方にたいし手は抜きません。 攻撃をさせていただきます」

 

 そこには、弓矢を構えているセルフィスの姿があった。

 

 

 エルギオスは再び黒い炎を放ち、4人の動きを制限しつつ高速連打を見境なく放ってくる。 4人はそれにたいし防御の姿勢をとって守ったが、彼らが守りの体制を解除する瞬間をエルギオスは見逃さず、まずはクルーヤに拳をたたき込み吹っ飛ばす。

 

「きゃぁぁ!」

「クルーヤ……うあぁぁっ!!?」

「イアンさん!」

 

 続けてイアンがメラゾーマを受けて、その身を焼かれる。 エルギオスは攻撃の手を止めることをせず、セルフィスにたいしてもメラゾーマを放ってくる。 セルフィスはそれをドルモーアで防ごうとしたが、メラゾーマとドルモーアが衝突し、弾け飛んだところでエルギオスが目の前まで迫ってきた。

 

「グァッ!」

「セルフィスー!」

 

 その直後にエルギオスはセルフィスに拳をたたき込み、彼を背後の柱にたたきつける。

 

「よくも………よくも、みんなを傷つけてくれたなっ! はぁぁぁっ!!」

 

 目の前で次々にエルギオスの攻撃により大ダメージを受けていく仲間達を見て、フィリスは怒りの矛先をエルギオスに向ける。 彼女は剣を振るいエルギオスを攻撃するが、エルギオスは自分の四肢でそれを受け止めてはじいていく。

 

「お前、あたしを無視してわざと、みんなを倒していったんだろう!! あたしを………打ちのめすために!」

「フハハハハ!!」

 

 フィリスはエルギオスを攻撃しながら、エルギオスの策に気付いていたことを口に出す。 それにたいしエルギオスは大きく笑った。 その笑い声こそが答えだと気づいたフィリスは、さらに怒りの力を込めて、刀身に稲妻を宿らせる。

 

「ギガ・スラッシュ!!」

「グォォッ!」

 

 その剣の大技を受けたエルギオスは吹っ飛ばされ、フィリスは着地をした。 直後、エルギオスに受けた傷だらけの体を、あたたかい光が包み込む。

 

「フィリスさん!」

「みんな、大丈夫か!?」

「ああ………すぐにセルフィスが回復させてくれたからな!」

 

 そこに仲間達が駆けつけ、彼女に合流をしてくる。 仲間が無事だと一瞬だけ笑みを見せたフィリスだったが、背後からすさまじい力の気配を感じ、すぐにそちらをむく。

 

「あの力は!!」

 

 そこでは、エルギオスが瞑想で自分の体の傷をいやしつつ、魔力を集めていた。 その魔力から何かを感じ取ったセルフィスは急いで、呪文を唱える。

 

「マジックバリアッ!!」

 

 それは、魔法攻撃軽減の力を仲間達にかける補助魔法、マジックバリアだった。 直後、エルギオスはその魔力をとき放つ。

 

「マダンテッ!!」

「な、マダンテですって………!?」

 

 それは、己の中の魔力をすべて使って、その魔力のだけ周囲を破壊する究極攻撃魔法、マダンテだった。 その魔力はフィリス達に容赦なく襲いかかる。

 

「「「うわぁぁぁ!!」」」

「きゃぁぁぁ!!」

 

 強力な魔力におそわれた4人は吹っ飛ばされ、全身が傷だらけになる。 体力も、想像以上に消費していた。 辛うじて全員生き残ったのが、不幸中の幸いといえよう。

 

「くっ……」

「うぅ……」

「………マジックバリアを使っても、これほどの威力を…………持っているとは…………」

 

 しかし、マダンテは己の魔力をすべて使わなければ発動できない魔法。 これを使ったエルギオスにはもう、魔力はないはずだと思ったセルフィスは立ち上がりつつ、回復の詠唱に入ろうとする。

 

「なに!?」

「自分の魔力を回復させた!?」

 

 だがそのとき、エルギオスは集中力を高めて己の魔力を回復させた。 そんなことが可能だったとは、と4人は呆然とし、魔力がつきたと思っていた彼らに対しエルギオスは告げる。

 

「無策であのような力を使うと思ったか………愚かな………」

「………ッ!」

 

 しかし、ここで負けるわけにはいかないと思い、セルフィスは仲間達全員の傷を回復させることにした。

 

「ベホマラー!」

 

 そうしてセルフィスは全員に回復の魔法をかけた、直後のことであった。

 

「くらえっ!」

「ぐはっ……」

 

 エルギオスはフィリスに接近し、彼女に高速連打をたたき込んできた。 それによりフィリスの体は打ちのめされ、地面に強くたたきつけられる。 目の前でフィリスが痛めつけられる様子を見たイアン達は、叫ぶ。

 

「フィリスーッ!」

「………死んだか………」

 

 エルギオスはたたきつけられ地面に伏せたフィリスを見て、そうつぶやいた。 だが、直後にフィリスの体は動き出す。

 

「し………んで、たまるか! くそがっ…!!」

 

 そう口の中に溜まった血とともに吐き捨て、フィリスは立ち上がり、エルギオスをにらみつける。

 

「まけ、られない………絶対に、生きて、帰るんだ………!!」

「人に堕ちた天使が………そのまま倒れていれば、これ以上傷つかずにすんだものを………自ら、死ぬ道を選ぶか………」

「人とか、天使とか………んなもん、クッソどうでもいいわっ………!」

 

 フィリスは剣を支えにしていたが、やがてそれを地面からはなし、構え直す。

 

「人になろうとも………天使の力を失っても………あたしは………あたしの、大切なもののために戦う! そして………戦って………生きる! あたしは、あたしに生きてほしいと願ってくれた人………そして、あたしを信じる人を信じるために、あたしは………生き続ける!」

 

 荒い呼吸を交えながらも、この戦いに望んだ……もとい、女神の果実を口にしたときに決めたことをそのまま口に出す。

 

「その気持ちも………天使としての思い出も………人としての思い出も………! なにも、かわらないっ!!」

 

 そんなフィリスを、暖かい光が包んだ。

 

「………貴女についてきて、よかったです………フィリスさん」

「セルフィス………!」

「………あなたがいなきゃ、私達もまとまらないよ」

「まったくだ」

「クルーヤ、イアン……!」

 

 フィリスが立ち上がる姿に、再び勇気をもらったらしい、イアンとセルフィスとクルーヤも彼女に笑みを見せる。 それにたいし、フィリスも笑みを返した。

 

 

 フィリス達がまだ倒れず、再び戦おうとしていること。 そのまばゆさは、よりエルギオスの心に陰を落としていた。

 

「生意気を……早々にしねっ!!」

「やなこった!」

 

 エルギオスはそう叫び飛びかかってきたが、それにたいしイアンは天地の構えを使って迎え撃つ。

 

「貴様からも………多くの、罪を感じるぞ!」

「………ああ、感じるだろうよ………オレ自身もわかってることだぜ!」

 

 自分の過去を感じ取ったらしい、エルギオスの言葉に対しイアンは動じずそう返事をし、エルギオスを跳ね返しながら告げる。

 

「オレは今まで、多くの憎しみを買ってきた………オレの身勝手のせいで! だからオレは………死ぬまで自分の罪を背負うだろうよ………!」

 

 再びエルギオスがメラゾーマで攻撃を仕掛けてきたが、イアンはそれを氷結らんげきで打ち消しつつエルギオスに一撃をたたき込む。

 

「だからこそ、オレはここでくたばるわけにはいかねぇ!! こんなオレを受け入れてくれた、助けてくれた人達のためにも!! …………こいつらのためにもこいつらとともに、戦い続ける! それが、オレの贖罪だっ!!」

 

 そう言い放ちつつ、とうこん討ちを放ってエルギオスを攻撃する。 その一撃によりエルギオスは苦しげな声を上げつつ吐き出す。

 

「グォォッ………!」

「まだまだ、いくわよっ!」

 

 相手に回復する隙など与えるものか、と、続けてクルーヤがマヒャドを放ちエルギオスを攻撃する。 そして、そのまま攻撃の手を休めず今度はイオナズンを放ってエルギオスを追いつめていく。

 

「………私も絶対に負けない……! …みんなが大好きだから………あの世界にも好きなものがいっぱいあるから………! フィリスと一緒にいたから………私は………この力を得た理由を………この才能を持って生まれてきた理由を、見つけたんだもの! そのためにも、あんたなんかに負けないわっ!!」

 

 そんなクルーヤにエルギオスは黒い炎を放とうとしたが、それは別方向から飛んできた爆発によって妨げられる。

 

「この戦いで貴方を打ち破ること………それもまた、試練であり………救済なのでしょう………」

 

 そういいつつ、セルフィスは皆の傷を再び癒しつつ、弓矢を手に取る。

 

「………守るべきものがある………信じるべきものがある………そして、如何なるものであろうとも、逸らしてはいけない真実もある! 僕は、そのために………修行をし守る力を得たのです! 悲しみを知るからこそ、一つでも多くの悲しみを癒し……防ぐ! それを……これからも貫いて見せます!」

 

 そう告げると同時に、セルフィスは連続で矢を放つ。 その矢はエルギオスの翼を射抜きバランスを崩す。

 

「クゥゥ……!」

「どうだ!」

「貴様等っ!」

 

 そう叫びエルギオスは反撃にでようとしたが、その直前にフィリスが稲妻をまとった剣で切りかかってきた。

 

「ギガスラッシュ!」

「グウウウォォオオ!!」

 

 その一撃だけでも強力なものではあるのだが、それではエルギオスは倒れない。 そこでフィリスは、さらに強い技が必要だと悟る。

 

「もっと………もう一度………さらに、強い一撃をっ!!」

 

 そのフィリスの思いに応えるかのように、星屑の剣が光を放った。 その光は明るい色を宿した稲妻へとかわり、剣自身だけでなくフィリスの体に電撃をまとわせる。

 

「これで、決める!」

 

 その状態でフィリスはカッと目を見開かせ、両手に持った剣を大きく振りかざす。 一方は星屑の剣、もう一方は電撃でできた剣。

 

「ギガ・ブレイクゥゥゥゥッ!」

「グガァァァーーーーッ!!」

 

 ∞の軌道を描きながら放たれたその稲光の斬撃は、エルギオスを大きく切り裂いた。

 

 

 

「ぐ………は………!」

「どうだっ!」

 

 エルギオスはすでに虫の息だ。 これで自分達の勝ちだと、フィリス達は信じて疑わない。 そんな中、この現状に対しエルギオスは荒い呼吸を繰り返しながら、戸惑っている。

 

「………ばか………な………神をも超える力を手に入れた………この私が貴様らに人間如きに………敗れるというのか…………!?」

「今さらいいわけすんな、たった今証明されただろ………あたし達の勝ちだと!」

 

 フィリスはエルギオスにたいしそう言い切り、そばにいたイアン達も鋭くエルギオスをにらみつける。

 

「…………クックックック…………あーっはっはっはっは………!」

「何が可笑しい!?」

 

 突如として狂ったように笑い出したエルギオスに、今度はフィリス達が戸惑う。

 

「よかろう。 今は一時の勝利に酔いしれるがよい。 だが………」

「!?」

「この世界は消滅するのだ! 私の憎悪の力で! 愚かな貴様らもろともな!!」

 

 そういい、エルギオスはさらに自らの力を解き放とうとする。

 

「チクショウが、まだ懲りてねぇのか!」

 

 イアンはエルギオスにたいし舌打ちをしつつそう吐き捨てる。 こうなればもう一度戦い、本気で息の根を止めるしかないと思いフィリスが再び星屑の剣を構えようとしていた、その時だった。

 

「…………やっと、見つけたわ…………」

 

 女性の声が聞こえて、エルギオスの前に青い光が舞い上がる。 その光の中からは、一人の女性が姿を現した。

 

「!?」

「ラテーナさん!」

「…………ラテーナ………なの……か…………?」

 

 己の目の前にいる女性の姿を見て、エルギオスも驚いているようだ。 目の前に現れた、かつて想いを寄せていた女性をみて狼狽えたが、すぐに我に返り憎悪の感情を思い出すと、彼女に吐き捨てる。

 

「…………私を裏切った人間の娘が、今更何用だ!!」

「……………エルギオス…………あなたを…………ずっとずっと………探していた…………!」

 

 その姿と怒声、そして彼の周囲を覆う強力な波長に物怖じすることなく、ラテーナはエルギオスに近付く。 すると彼女が持っていた星空のペンダントが強い光を放ち、ラテーナはかつての記憶を告げ彼に見せながら、彼に語りかけていく。

 

「……………あの日、私は………あなたを守れなかった…………。 あなたにつらい思いをさせてしまった………… だからずっと探し続けていたの。 今度こそ…………あなたを…………あなたを救いたい…………。 絶望の闇の中で迷う……あなたを……………」

 

 そう語りかけながら、ラテーナはエルギオスを抱きしめる。 その瞬間、2人は強い光に包まれた。

 

「うっ!」

「………!」

 

 そのあまりの眩しさに4人は目を閉じるが、次に目を開けた瞬間にはその目が丸くなる。

 

「あれは………!」

「白い翼………そしてこの神々しい光…………あそこにいるのは紛れもなく……………」

「天使・エルギオス…………!」

 

 エルギオスは、先程までの悪魔の姿ではなく、美しい天使の姿になっていたのだ。

 

「…………ああ………ラテーナ…………」

 

 そこにいるエルギオスは、目の前にいる女性の手を取り、彼女の顔を見つめて語りかけている。

 

「君は………私を裏切るはずなど……なかったのだ。 それに気付かなかった………己の未熟さが…………恥ずかしい………」

 

 エルギオスは、自分が憎悪の感情に飲まれてすべてを滅ぼそうとしていた過ちを悔いていた。 自分よりも彼女のほうが、後悔し苦しみ続けていたことも知り、彼女を慰めるように言う。

 

「ラテーナ、辛かっただろう。 こんなにも長い年月を………愚かな私のために使い、それにより君はずっと………さまよってしまった…………。 それなのに、あの頃と変わらず、こんな私のために微笑みを返してくれるというのか……………」

 

 そのほほえみをみて、醜い堕天使となってもなお、彼女は自分を想ってくれていたことを知る。 自分が知るよりずっと、ラテーナは慈悲深くそして自分を愛していたとエルギオスは悟った。

 

「…………フィリスよ、そして彼女と道を歩みし人よ………」

「!」

「もしお前が止めてくれなければ、怒りと憎しみに我を忘れ………私は全世界を滅ぼしていただろう…………」

 

 そんな2人を暖かく見守っていたフィリス達に、エルギオスは語りかけてきた。

 

「我が愚かなる行いの数々………償っても償いきれぬが………せめて罪を重ねずにすんでよかった…………」

 

 そう語りながら、エルギオスはフィリスが持っていた星屑の剣に目を配る。 それは、かつて自分が所持し、弟子に受け渡したものだから。

 

「…………そして、お前は………その剣も受け継いでくれていた…………」

「…………あたしは先に言ったはずです。 この剣は大事な宝物。 そしてこの剣に誓った…………世界を、この手で守ると…………」

 

 フィリスは迷いなく、エルギオスにもう一度己の意志を伝える。 その言葉でフィリスの強さと優しさを知ったエルギオスは、もう生きていないあの男について、語る。

 

「…………我が弟子イザヤールよ、お前は、よき弟子を育てた…………ふがいない師を許してくれ…………」

「…………行きましょう、エルギオス………」

「……ああ……」

 

 エルギオスとラテーナは、互いに見つめ合いうなずきあうと、光となって夜空にのぼっていった。 その二つの光はやがて、夜空のとても強い光を放つ星となる。

 

「昇っていっちゃったな………」

「ええ………」

「これで、すべて解決かしら………」

 

 その様子を見ていたイアン、セルフィス、クルーヤはこの結末でよかっただろうかと語り合う。

 

「そうなんだよ」

 

 その結末に対し、フィリスが答えを出した。

 

「これでいいんだ、これで!」

 

 フィリスは、星空を見つめてそう口にした。 そこには、二つの大きな星が、輝いている。

 




次回が最終回です。
最後までおつきあい、おねがいいたします。


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46「星々は、ずっと世界を見つめてる」

今回でこの物語は幕を下ろします。
私なりに描いたDQ9の物語はいかがだったでしょうか?
では、結末をあなたの目でじかに、見届けてください。


 

 

 堕天使となったエルギオスと戦い、その激しい戦いに勝利したフィリスたち。 それでもなおエルギオスは世界を滅ぼそうとしていたが、そこにラテーナが駆けつけ彼の心を解放することができた。 彼女の想いの強さがエルギオスを元の天使に戻し、解放されたエルギオスはラテーナと共に昇天し、星となった。

 

「………時は……満ちました………」

 

 その空間の中で、星となったエルギオスとラテーナを見つめていたフィリス達に、澄んだ声が響きわたった。 次の瞬間、4人の体は光に包まれ、気が付いたときには別の場所にいた。

 

「ここは………」

「なんだか………神々しい気に満ちあふれています…………」

「………ここは………神の国だ………!」

 

 自分達がいる場所、それは神の国だった。 エルギオスの力により絶望と憎悪の魔宮に変えられていたその国は、美しい真の姿を取り戻したのだ。

 

「ここは、元通りになったということなのね………」

「ああ………」

 

 そう声を掛け合うフィリス達。 その時天使界では、世界樹が目映い光を放ちさらに高い天空へとのびていき、神の国にその光を届かせる。

 

「…………!」

「あなたは………女神セレシア様…………?」

 

 そうしてフィリス達の前に現れたのは、純白の衣に金色の輝く長い髪、透明な青い瞳を持つ美しい女性…女神セレシアだった。 この戦いが終わり、世界から脅威が去ったことで、彼女は真に目覚め、世界樹から真の姿を取り戻したのだ。

 

「…………悲しき魂を救い、世界を守ったのは、あなたです…………フィリス。 …………人でもあり、天使でもあるあなたの良き心、良き行いが………人間達の世界を救いました…………」

 

 セレシアはまずはフィリス、そしてイアン、セルフィス、クルーヤにも同じように、敬意とお礼の言葉をつげる。

 

「………そして、その仲間の方々もフィリスと共に歩み、そして共に世界を救ってくれましたね…………あなた達にも、同じように感謝しています………」

 

 セレシアの言葉に対し、フィリスはもちろんのこと、イアンもセルフィスもクルーヤも静かに笑って返した。 セレシアは彼らの顔を見ると、これから自分が行うべき役目を口にする。

 

「…………そして…………私が目覚め、世界が救われた今。 ………長きにわたる天使達の役目も………終わろうとしています………」

「………永遠の………救済………」

 

 その言葉を聞き、フィリスは長年天使界に伝わる言い伝えを思い出した。 長老や師匠がたびたびく口にしていた、あの言い伝えを。

 

「永遠の救済?」

「女神の果実が実るとき、天使は永遠の救済を得る………そう伝わっていたんだ。 そのためにあたし達は人々を守り助け続けていた………。 その感謝の心をあつめ、女神の果実を実らせるために…………」

 

 フィリスは、その言い伝えの意味をずっと気にしていた。 それにはなんの意味があるのだろうか、その時がきたらなにが起こるのだろうか…と。

 

「ずっと、気になっていたんだ………その救済の意味。 今、わかるんだな………」

 

 そうつぶやいた次の瞬間、フィリス達は再び光に包まれ、場所を移動された。

 

 

 彼女達が転送された場所。 それは、天使界の一番上……かつて世界樹があった場所だった。

 

「ここは、天使界………!?」

 

 突然天使界に連れて行かれたフィリス達は、驚き戸惑う。 自分達の目の前にはセレシアがおり、彼女がその手に光をともすと、天使達にもある異変が起きる。

 

「みんなが………光になっていく…………!?」

 

 フィリスは目を丸くした。 彼女の目の前で、天使界にいた天使達が一人ずつ、光の粒となって舞い上がっていっているのだ。 その光は、さらに増えていく。

 

「天使達は星となり…………星となった天使達は永遠に、星空の守り人として……輝き続けるでしょう…………」

「え、ま、ちょ………」

 

 役目を終えた天使達は星となる、と伝えられている。 天使達は人々を守り助け続けることが役目………そのために、幾多もの天使が星になっていったのだと伝えられている。 星となることは、その役目から解放されると考えるものもいる。

 

「それが、永遠の救いの真実………?! そ、それって…………」

「…………」

 

 その言葉を聞いたクルーヤ達はある予感がして、口元に手を当てる。 側にいたイアンとセルフィスは顔をうつむかせ黙り込み、フィリスは淡々と呟く。

 

「……………もう…………あたしは、本当に皆を感じたり………その目でみたりすることが、出来なくなっちゃうんだな…………。 ………そこには誰もいないから………………」

「フィリス………」

「みんな、星になって…………すべて…………」

 

 もう帰れないのなら、姿が見えないのならどちらにせよ意味はないのかもしれない。 だが、天使も天使界もすべて無くなってしまうとなれば、複雑な気持ちになり戸惑ってしまうだろう。 気持ちの整理ができないフィリスに、セレシアは声をかける。

 

「…………フィリス…………」

 

 名前を呼ばれ、フィリスは我に返り彼女をみる。

 

「あなたには……別の役目があります…………」

「別の、役目………」

 

 セレシアは、フィリスの目をまっすぐに見つめて、彼女にある役目を与える。

 

「……………フィリス、あなたは人間として…………人間達の世界の守り人になってください…………彼らは星空の守り人として………あなたは、世界の守り人として…………ともに、この世界を………光で包んでください」

「………」

 

 フィリスはセレシアの言葉を黙って聞いていた。 そのとき、セレシアは金色の光を呼び寄せて、そこにとまらせる。 その金色の光は、天の箱船だった。

 

「………天の箱船が……迎えにきたのね」

「だな……」

 

 そこからアギロが姿を見せ、セレシアと目を合わせると、黙ってうなずく。 天使界も、今自分達がいる世界樹のエリアのみとなっていた。

 

「天使界は消え、神の国も、私も…………じきにあなたの目には……見えなくなるでしょう……………」

「…………セレシア様…………」

「……………さぁ………お行きなさいフィリス。 あなたの、人間の世界へと……………」

 

 そのセレシアの言葉を聞いてフィリスはうつむいたが、やがてコクリと頷くとセレシアの前でひざまづき、胸に手を当ててつげる。

 

「あたしは……守護天使フィリス」

 

 そして、顔を上げてセレシアの顔をまっすぐに見つめ、言葉を続ける。

 

「人間の世界に生きることになろうとも、そこを守る運命を知ったとしても……それは決して変わりません。 同族の天使の皆が星になったのであれば、その星の美しさを守ることもまた………あたしの運命。 人間と天使の双方を守るもので居続けること……………ここに、誓います」

 

 フィリスの一切の迷いのない、誓いの言葉。 それを聞いたセレシアは微笑み、彼女に礼を告げる。

 

「……………ありがとう…………」

 

 そして、星となった天使達が一斉に空にあがっていき、流星群のように夜空を流れていき、一つ一つが夜空の星となっていった。

 

 

 

 フィリス達を乗せた天の箱船が天使界を離れた直後のこと。 天使界は完全に光の粒となってその天空からその存在を消した。 そして光の粒となった天使界もまた、他の天使達と同じように夜空へ舞い上がっていく。

 

「みんな…………」

 

 星が次々に昇っていく様子を、フィリス達は箱船の扉からずっと見ていた。 仲間達も、箱船の窓からその様子を見ている。

 

「そろそろ、閉じるぜ……」

「……………うん」

 

 そろそろ閉じなければならない、ここから一気に地上に降りるのだから。 アギロはそう言ってフィリスに箱船の中に戻るように言う。

 

「…………」

 

 そしてフィリスは、自分が今装備している剣を見つめた。 改めて剣を抜き、その刀身を見つめる。 その刀身は変わらず、星空のような美しさを保ち続けていた。 そこに、夜空とそこに宿る星々が宿っているかのように。

 

「ほしくずの剣…………まだ………あたしの手の中にある…………美しいままで…………」

 

 ほしくずの剣を見つめているフィリスに気付いたイアンが、彼女に声をかけてきた。

 

「その剣、お前もそのつもりでいるだろうが………大事にとっておけよ。 そいつは、色んな思いを受け継いだ、世界にたった一つの………お前の大事な人の形見。 お前の宝物なんだからよ」

「わかってる」

 

 イアンの言葉に対しフィリスは頷き、剣を鞘に収めて抱きしめる。

 

「この剣は、ラフェット様に渡された………イザヤール様と………エルギオス様の心が生み出した剣。 なにがあっても………絶対に手放すもんか…………」

 

 そう語るフィリスを見て、イアンはその口元に笑みを浮かべると、彼女の頭に手を置いてぐしゃりとなでる。

 

「わっ!?」

「お前がその剣を手放すようなこと………オレ達がさせねぇから安心しろよ」

「ちょっとイアン、抜け駆けはナシよっ! 私だって同じ気持ちだもん!」

「クルーヤこそ、そんなにムキになるなよ。 オレはオレ達、て言ったんだからさ」

 

 なぜかムキになっているクルーヤにたいし、イアンは笑ってみせる。 そんな二人をみまもっていたセルフィスは笑みを浮かべつつ窓の外を見て、仲間達に呼びかける。

 

「みなさん、見てください………地上の様子が見えますよ」

「え、ホントか?」

 

 もうそんなに近づいてきていたのか、とフィリス達はセルフィスと同じように、箱船の窓から下の様子を見る。 そこには、地上の様子が見える。

 

「………この世界のいろんな場所が見えるぜ………」

「ひとつひとつが、今となっては懐かしいわね………」

 

 ウォルロ村、セントシュタイン城、ベクセリア、カラコタ橋、ビタリ山、サンマロウ、グビアナ城、カルバドの集落、エルシオン学園、ナザム村、ドミールの里……そしてガナン帝国城の真上を通過していく。

 

「ベクセリア………懐かしいですね………」

「エルシオン学園、大丈夫かな?」

「グビアナのみんなは今日も元気ね」

 

 皆、ここにいる仲間達で通ってきた道だ。 この世界のこの道を、戦い続けることで守ってきたのだと、4人は感じ取る。

 

「………………」

 

 そして、口々に故郷のことを口にする仲間達をみて、フィリスはその口元に笑みを浮かべていった。 自分の故郷はもうないが、そのかわりに彼らにもう一度故郷を見せてあげられるだけでも、世界を救った甲斐があると思ったのだ。 そのとき自分の体に触れ、徐々に地上が近付くのを感じ取りながら、タイムリミットを感じていく。

 

「…………もうすぐ、か………」

 

 そして天の箱船は、ツォの浜を越えてダーマ神殿に近付いていく。

 

「もうすぐ、あの青い木にたどり着くぜ。 そこについたらお前達を降ろす」

「その時が、本当のお別れですね」

 

 その言葉を聞き、本当にこの旅が終わるんだと悟ったフィリス達は沈黙する。

 

「…………」

 

 サンディも、顔をうつむかせていた。

 

 

 そうして、ダーマ神殿のそばの青い木。 そこに天の箱船はとまり、4人は天の箱船から降りた。

 

「うぐ………グスッ………」

「………サンディ………」

 

 フィリス達が天の箱船から降りた直後、サンディとアギロの体が半透明になっていった。 それは、彼女達からみてアギロやサンディがじきに見えなくなることを証明している。

 

「なによぉ~……これでお別れなんて、そんなの寂しいよぉ~」

「しょうがねぇだろ。 フィリスは人間になっちまったんだ………もう住む世界が違うんだよ」

 

 フィリスがじきに自分の姿が見えなくなるのを感じ取ったサンディは、ぼろぼろに泣き崩れていた。 アギロは、自分達の姿が見えなくなっているのはフィリスだけでないことを告げる。

 

「おまけに、お前達の口にした世界樹の朝露も、その世界樹がなくなったことで………効果が消えかかっている。 そこにフィリスがいたから、お前達は世界樹の加護を受けていられた………」

「では僕達も………じきに………あなた達が見えなくなるのですね」

「ああ」

 

 イアンもセルフィスもクルーヤも、今までは世界樹の朝露の効果…そして、その効果をもたらす条件として近くに天使がいることにより、フィリスと同じように幽霊や天使が見えたり、天使界に足を踏み入れたりなどができていたのだ。 だが、世界樹がすでにないこと、そしてフィリスが天使でなくなっていることから、今まで出来ていたことができなくなってきている。

 

「住む世界とかどうとか! そんなの、カンケーないじゃん!! テンチョーのバカッ!!!」

 

 サンディはアギロに向かってそう怒鳴ると、天の箱船の中にはいっていってしまった。

 

「しょうがねぇな、サンディの奴は………」

 

 アギロはそんなサンディをみてあきれ、フィリス達にかわって謝罪をする。

 

「わりぃなぁ、あいつまだガキだからよ……許してやってくれや」

「………いいよ、むしろあたしは………サンディがそこまであたしのことを思っていてくれたことが、今はとってもうれしいから!」

 

 フィリスの笑顔をみて、アギロも笑みを浮かべた。 彼女の純粋な気持ちは、サンディにも伝わっているはずだと感じたのだ。 そのときイアンが前にでて、カデスの牢獄で閉じこめられていたときのことを思い出しそのことで礼をいう。

 

「旦那、オレはあんたにも世話になったな………ありがとよ!」

「おうよ!」

 

 アギロはイアンにそう笑っていうと、彼らに対し別れを告げる。

 

「じゃあな、フィリス! そしてイアン、セルフィス、クルーヤ! お前達の幸運を祈っているぜ!」

「ああ! アギロさんも………元気で!」

 

 そうしてフィリス達に別れを告げたアギロは天の箱船に乗る。 すると天の箱船は汽笛を高く鳴らし、天高くのぼっていくために走り出す。

 

「フィリスー!」

「サンディ?」

 

 そのとき、サンディは天の箱船からひょっこりと顔を出し、フィリスに向かって大声で叫ぶ。

 

「これまで一緒に旅してきて………すっごくおもしろかったよ!! 人間になってもアタシとあんたは友達だからねーっ!! よーく覚えておきなさいよーっ!!」

「ああ! もちろんだっ!!」

 

 フィリスも負け時と大声で、サンディにそう返事をする。 そのあとサンディが自分に向かって何かを言っていた気がするが、すでに距離が遠いせいか、はたまたサンディの声が聞こえなくなってきているせいか、なにを言っているのかフィリスにはよくわからなかった。

 

「…………見えなくなっちゃった…………」

「フィリス………」

 

 やがて天の箱船は、誰の視界にうつらなくなっていた。 それで、すべてが終わったんだと確信したフィリスは、ポツリとそうつぶやいた。

 

「…………さてと。 あたしは帰る場所もなければ、これといっていくあてもない。 しばらくは自由に、世界を放浪の旅をするしかねーさ」

 

 自分を心配そうに見つめる仲間達に対し、そうちゃかすようにいってみせる。 だがその直後で、真剣な表情になって仲間達に言う。

 

「でも、これからも………みんなはあたしと一緒にいてくれるんだろ?」

 

 そう尋ねてくるフィリスにたいし、イアンとセルフィスとクルーヤは黙って笑って、頷いた。 それが彼らの最高の返事だと確信したフィリスも笑みを浮かべて頷くと、彼らに呼びかける。。

 

「さぁ、行こう」

 

 イアン、セルフィス、クルーヤは、フィリスについていった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、だれかいるの?」

 

「いるのだったら、姿を見せてよ」

 

「何かいってよ」

 

 

 そんな人々の声が聞こえる。

 

 

 いったいいつのころから、この世界を見守ってきたのだろう。

 

 

 ボクたちは、天使と呼ばれていた。

 

 

 

 

 そして、星は今日も、光を放っている。

 

 

 

DRAGON QUEST 9

 

Angels Tale

 

 

…………END

 




はい、というわけでDQ9の小説はここでおしまいです。
私の目線や、過去に色んなファンサイトを巡っていた時の記憶をたどりながらかいてました本作。
このゲームが好きな人の心に、届くといいな。

というわけで、皆さんお読みくださり、ありがとうございました!
私の次回作に、ご期待ください!

では!








……あれ、おかしいな?
まだなにか、ありそうだぞ?



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