残念系天才魔術師と禁忌教典 (ヒトでなし筆者)
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残念な天才

ドーモ、ドクシャ=サン。ヒトデナシヒッシャです。




「ぐぅ…」

 

 机に突っ伏して眠っているこの男の名前はエア=テウトート。

 測定不能なほどの膨大な魔力に加え、十人が十人天才と語るほどの実力を持ち、特にゴーレムの扱いと錬金術の腕前に関しては神の域と評されるほどの逸材だ。

 …ごらんのとおり授業態度がよろしくないことや日中はいつも寝ていることに目を瞑れば。

 

「また寝てるのねアンタは!」

 

「…やめてー。耳がちぎれるー。それに授業前じゃん、もう少し寝させてー」

 

「もう、システィ。そのくらいにしときなよ」

 

 このように学友に耳を引っ張られようが睡眠を続けようとするぐらいには怠惰だ。だいたいのことはゴーレムで代用できるしとは本人の談。

 そんな怠惰な性格ゆえか、瞼が半分閉じている上にその目は死んでいる。

 

「もう。また寝ないで魔術式いじってたの?夜はちゃんと寝ないと体に悪いよ?」

 

「僕はもともと夜型なんだ。こちらとしてはなんで昼に活動しなきゃならないのか理解できないなー」

 

 自分の好きなことにはがっつり集中するが、興味のないことはとことんサボろうとする。まあ口うるさい学友がいるので最低限のことはやるが。

 

「というわけでおやすみー」

 

「寝るなー!」

 

「《うるさい》」

 

「むぐ!?」

 

 システィーナの口が突如開かなくなった。もちろん原因はエア。

 あのデタラメな詠唱を膨大な魔力を使って無理やり成立させて、口をくっつけたようだ。

 

「というわけでおやすみー」

 

「むぐぐー!(これをどうにかしなさいよー!)」

 

 時間経過で解けるので問題ない。メイビー。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「…遅いッ!」

 

「ねむいー…」

 

「だから寝るなッ!アナタ本気になればすごいのにどうしてやらないの!?」

 

「僕は別にー、地位や名誉に興味があるわけじゃないんだー。おもしろければそれでいいんだよー」

 

「…その集大成がそのちっちゃいのなのかしら?」

 

「そうだよー」

 

 システィーナの視線の先には、かわいらしくデフォルメされた妖精のようなものたちが浮かんでいた。

 

「その子たちなんて言うの?」

 

「Deformation Tulpa Type Cybernated Format Advance Artificial Intelligence Automatic doll.

 誇張人工精霊型自立制御式超思考的自動人形だよ」

 

 今まで間延びした言葉ばかりだったが、唐突に饒舌になった。典型的なオタクタイプだ。

 

「デフォルメーション…人工精霊型…うーん」

 

「言いにくかったら妖精ゴーレムかカフェの妖精さんでいいよ」

 

「どういう由来でそうなったのよ…」

 

「この子たちの設計を思いついたのがカフェテリアだったから」

 

 割とどうでもいい理由だった。

 

「というわけでもう一眠り…「あー悪い悪い、遅れたわー」よりにもよって今来るのか…」

 

 非常勤講師、ようやく到着。かなりの大遅刻だが、エアとしてはもう少し後のほうがよかった。

 

「やっと来たわね!ちょっとアンタいったいどういうことなの!?アナタにはこの学園の講師としての…あ、ああああああ!」

 

 いままで説教臭く語っていたシスティーナが、非常勤講師の姿を目にした途端、叫んだ。

 

「違います、人違いです」

 

「人違いな訳ないでしょ!?アンタみたいな男、そうそういてたまるもんですか!」

 

「こらこらお嬢さん。人に指をさしちゃいけませんってご両親に習わなかったのかい?」

 

 真剣な表情で言っているが、そういうことを言っている場合ではない。

 

「ていうかアンタ、なんでこんな派手に遅刻してるの!?あの状況からどうやったら遅刻できるって言うの!?」

 

「そんなの……遅刻だと思って切羽詰まってた矢先、時間にはまだ余裕があることがわかってほっとして、ちょっと公園で休んでたら本格的な居眠りになったからに決まっているだろう?」

 

「なんか想像以上にダメな理由だった!?」

 

 どうやらあの非常勤講師は、隣の席で突っ伏している学友とどっこいどっこいなダメ人間だったようだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

『だめだぞエア!昼食くらいちゃんと食べろ!』

 

『そうだよ!甘いものだけじゃ虫歯になっちゃうよ!?』

 

「ちゃんと歯は磨いてるから問題ないよー」

 

『そういう問題じゃないと思います…』

 

 学園内の食堂にて。エアは妖精型のゴーレムに引っ張られて食堂に来ていた。普段から偏食気味な創造主の姿に耐えきれなくなったようだ。

 

「あ、エア君!こっちだよ!」

 

『ほら呼ばれてるぞ!』

 

「…なんでこんな僕にかまうんだろうねー?」

 

『うーんなぜかほっとけない感じがするんだよねー』

 

『母性本能ってやつか?』

 

「どっちかと言えば君らの方が子供じゃないかー…」

 

 割と雑に扱っているはずだが、まったくめげずにかまってくるルミア。

 エアは己のゴーレムに尋ねてみるが、芳しくない答えしか返ってこなかった。

 

「さて、イチゴタルトでも食べるかー」

 

『だから甘いものばかり食べるな!』

 

 ダメダメなエアにツッコミを入れる妖精ゴーレムの姿は近頃よく見られるようになった。

 これも妖精ゴーレムがエアを無理やり引っ張って連れ出す影響だろう。いったいどこにそんな力があるのかとかは聞いてはいけない。

 

「そうだよエア君!バランスよく食べなきゃ!」

 

「そんな不健康な生活してるから寝てばっかりなのよ」

 

「別に関係ないと思うなー。めんどくさいし…」

 

 実際必要最低限の栄養は薬剤などで摂取しているので生活には問題ない。生活には問題はないが人としては問題だらけだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ダメ非常勤講師、グレン=レーダスの赴任から一週間。

 

「いい加減にしてくださいッ!」

 

 ついにシスティーナの堪忍袋の緒が切れた。

 自身が左手に付けていた手袋を投げつけたのである。どこぞの業界ではご褒美です。

 

「システィダメ!はやく先生に謝って、手袋を拾って!」

 

 ルミアが止めるがもう遅い。システィーナにはすでに火がついている。

 

「…やーれやれ。こんなカビの生えた古臭い儀礼を吹っかけてくる骨董品がいまだに生き残ってるなんてな。

 いいぜ、受けてやるよ」

 

 かっこつけた後あっさり負けたと記しておく。

 

 

 




カフェの妖精さんはラビットハウスの三人のイメージ


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つまりシルエット錯視と同じと言うことか…!(違う)

みんな!マスクをしよう!最悪口元を十分に覆えるものをつけよう!
みんながうつさないようにすれば、いつか誰もうつされなくなるから!


 喧嘩とはいつだって些細なものが原因だ。

 

「魔術って、そんなに偉大で崇高なもんかねぇ?」

 

こんな風に。

 

「ふん、何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まってるでしょう?もっともアナタのような人には理解できないでしょうけど」

 

 いつものグレンならば流して終わる。だが今日のグレンは違った。

 

「なにが偉大でどこが崇高なんだ?」

 

「え…?」

 

 予想外の反応に、システィーナは戸惑う。

 

「魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ? それを聞いている」

 

「そ、それは…」

 

「ほら、知ってるなら教えてくれ」

 

 すぐに反論できないシスティーナを煽るグレン。

 

「魔術はこの世界の真理を追究する学問よ。

 この世界の起源、この世界の構造、この世界を支配する法則。

 魔術はそれらを解き明かし、自分と世界がなんのために存在するのかという永遠の疑問に答えを導き出し、そして、人が高次元の存在へと至る道を探す手段なの。

 それは言わば神に近づく行為。だからこそ魔術は偉大で崇高な物なのよ」

 

「…ふっ」

 

 机に突っ伏したままのエアも思わず皮肉げに笑う。普段ダメダメでも学園の生徒の中で誰よりも魔術に打ち込んでいたから良くわかる。魔術自体はそんなに素晴らしいものではない、と。

 

「何の役に立つんだ?それ」

 

「…え?」

 

「いやだから、世界の秘密を解き明かしたところでそれが何の役に立つんだ?」

 

「ふふっ…」

 

 また口元が緩んだ。

 

「役に立たないなら実質趣味と変わらないだろ?魔術ってのは要するに単なる娯楽の一種ってわけだ。違うか?」

 

「…」

 

「悪かった、嘘だよ。魔術は立派に人の役に立ってるさ」

 

 突然の手のひら返し。これにはほとんどの生徒が目を丸くした。

 

「魔術はすげぇ役に立つさ…人殺しのな」

 

 エアの予測通りの言葉だった。

 

「剣術で1人殺してる間に魔術は10人殺せる。こんなに人殺しに長けた方法がほかにあるか?

 それにこの国を見てみろ。魔術を戦争に使うために毎年莫大な予算を投じてる。

 今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。

 魔術は人を殺すことで発展してきたロクでもない技術だからな。

 まったくお前らの気が知れねぇよ。こんな人殺し以外何の役にも立たん術を勉強するなんてな!」

 

 魔術の全否定。魔術講師としてはあり得ない言葉だ。

 

「お前もこんなくだらんことに人生費やすならもっとましな…」

 

 パァン、と乾いた音が響いた。

 

「大っ嫌い!」

 

 涙を零しながらシスティーナは教室を飛び出した。

 

「あーあ…」

 

『行っちゃいましたね…』

 

『やっぱりもっと速く止めた方がよかったんじゃないかな…』

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ぐすっ…」

 

 銀髪の少女はひざを抱えて地面に腰を落としている。目は赤くなっており、涙の跡ができていることからひとしきり泣いていたと見受けられる。

 

「おいっすー。そんなところでなにしてるんだー?」

 

「エア…」

 

 そんな彼女の目の前に現れたのは意外にも、ダメダメな学友であるエア=テウトートだった。

 

「どうして…」

 

「ルミアに頼まれたんだよねー。普通なら御免なんだけど、こればっかりは仕方ないねー」

 

 そういっておもむろにシスティーナの隣に座った。

 

「ねえ、魔術って…やっぱり人殺しの技術なの…?」

 

「ふーむ」

 

 唐突な問いかけにも動揺はせず、一拍おいて話し出した。

 

「そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。

 たとえばニトログリセリン。これはすこしの刺激でも爆発しかねない危険な物質だ。

 でもこれは血管を広げて血流を良くする力があるから医学に使われることがあるんだ。

 

 次に…そうだな、鍋にしよう。

 鍋は知っての通り料理を作るのに必要なものだ。

 でもこれで振りかぶって相手を殴れば、立派な人殺しの道具になる」

 

 珍しく間延びせずちゃんとした語りをするその姿、それに加えて自分の知りえない情報を持つエアの博学さに、システィーナは開いた口がふさがらない。

 

「つまり魔術も使う者次第で、人殺しの技術になるし、偉大で崇高なものにもなる。

 君は魔術を使って一体どうするんだ?どうしたいんだ?」

 

「私は…私は魔術でメルガリウスの城の謎を解くわ!」

 

「そうかい」

 

 システィーナの結論に満足したのか、立ち上がり踵を返して帰路に就く。

 

「ねぇ、ちょっと待って!」

 

「うん、なにかようかなー?」

 

「…エア!その…ありがとう!」

 

 システィーナは顔を赤くして感謝を告げた。

 

「ははは、どういたしまして」

 

 

 

 




ロクアカ世界にニトロがあるか知りませんが、自分のなかでは危険だけど役に立つものの筆頭だったので出してみました。


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寝たっていいさ、追いつけるなら。

人間は一人では生きていけません。
必ず誰かの世話になり、他人を傷つけながら生きていくのです。
瀬戸内寂聴



 この日、教室はざわついていた。

 

「昨日はすまんかった」

 

 唐突な謝罪。予想だにしないグレンの行動に、システィーナは呆気にとられる。

 

「じゃ、授業を始める」

 

 いままで自習ばかりさせていた男のセリフに、教室に電流が走る。

 

「お前らにまず最初に一言言っておく。お前らってホントに馬鹿だよな」

 

 そろそろ真面目に授業をするかと思えば、いきなり暴言が飛び出した。

 

「お前らの授業態度見てて分かったよ。お前らって魔術のこと、なぁ〜んにもわかっちゃねーんだな。

 わかってなら呪文の共通語訳を教えろなんて間抜けな質問出てくるわけないし、魔術の勉強と称して魔術式の書き取りやるなんていうアホな真似するわけないもんな」

 

 教室は凍りつき、次に嘲笑が聞こえ始めた。

 

「【ショック・ボルト】程度の一節詠唱もできない三流魔術師に言われたくないですね」

 

 確かに魔術師としては三流だろう。だが、だからと言って一流より魔術に理解がないというわけではない。

 

「あ~、それを言われると耳が痛い。

 でも今【ショック・ボルト】程度って言ったか? ならやっぱりお前らは馬鹿だ」

 

 教室内に苛立ちが募っていく。まあこんな状況でも眠っている図太いやつがいるが。

 

「まぁいい。じゃあ今日はその件の【ショック・ボルト】について話そうか。お前らのレベルならこれでちょうどいいだろ」

 

「今さら【ショック・ボルト】なんて初等呪文を説明されても…」

 

「やれやれ、僕達は【ショック・ボルト】なんてとっくの昔に究めているんですが?」

 

「じゃあ究めてるお前らに質問だ。

 

 《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》

 

 こう唱えるとどうなる?」

 

沈黙。

 

「なんだ、全滅か?」

 

「その呪文はマトモに起動しませんよ。必ずなんらかの形で失敗しますね」

 

「ははははは!何らかの形で!?当たり前だろ、わざと間違えた呪文でやってんだから!

 俺はどう失敗するか聞いてるんだ!」

 

 グレンの嘲笑に、生徒たちはますます苛立っていく。

 

「んん…あれ?なにこれ?」

 

「あ、エア君。実は―――」

 

「あー…。そういうことかー」

 

 そんな雰囲気を察したのか、むっくりと起きたエア。ルミアが語るまでもなく授業の内容を理解した。

 

「答えは…「右に曲がりまーす」…正解だ。なんだ、わかるやつがいるじゃねえか」

 

 グレンの問いにもあっさり答えてしまった。

 どうやら天才の名は伊達ではないようだ。

 

「実際にやってみるのが早いか。《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

 グレンの左手から発生した電流は、目の前の黒板には当たらず、大きく右にそれて壁を叩いた。

 

「じゃあここで区切るとどうなる?」

 

「射程が短くなりまーす」

 

「ならここを無くすと?」

 

「威力が落ちまーす」

 

「大正解。まっ、究めたっていうんならこれくらいできないとな!」

 

 チョークをもてあそびながらグレンは言う。

 

「そもそもさ。お前らなんでこんな意味不明な本を覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議な現象が起こるかわかってんの?だって、常識で考えておかしいだろ?」

 

「そ、それは…術式が世界の法則に干渉して」

 

「そりゃあ違うぞー。呪文で自分の深層意識に呼び掛けて改変することでー、世界の法則に介入してるんだー。ですよねせんせー?」

 

「おう。よくわかってるじゃねえか

 要するに魔術式ってのは超高度な自己暗示っつーことだ。だからお前らが魔術は世界の真理を求めて〜なんてカッコイイことよく言うけど、そりゃあ間違いだ。

 魔術ってのは人の心を突き詰めるもんなんだよ」

 

 今までにない話に、約一名を除いてすべての生徒が引き込まれてゆく。

 

「何?たかが言葉ごときに人の深層意識を変えるほどの力があるのが信じられない?

 ったくしょうがねえなあ…おい、そこの白猫」

 

「だから私は猫じゃありません!私にはシスティーナって名前が…」

 

「愛している。実は一目見た時から俺はお前に惚れていた」

 

「は?…な、な、なななな、アナタ、何を言って…ッ!?」

 

 だしぬけな愛の言葉に、システィーナの頬は良く熟れたトマトのようになってしまった。

 

「はい、ちゅうもーく。白猫の顔が真っ赤になりましたねー?

 見事に言葉ごときが意識になんらかの影響を与えましたねー?

 比較的理性による制御の容易い表層意識ですらこの有様なわけだから、理性の効かない深層意識なんて…ぐわぁっ!?ちょっ、この馬鹿!教科書投げんなッ!ごふぁ!?」

 

「馬鹿はアンタよッ!この馬鹿馬鹿馬鹿ァァァッ!」

 

「ははは」

 

 なかなか愉快な光景に、珍しくエアは楽しさを覚えた。

 

「まったく、なにしやがんだ…つーわけで今日、俺はお前らに、術式構造と呪文のド基礎を教えてやるよ。

 まあ興味ないやつは寝てな」

 

「ぐおぉ…」

 

 言うまでもなくエアは速攻で寝た。

 

「確かに寝てなとは言ったがこんな速く寝るやつがあるかッ!」

 

「こらエア!寝るなーッ!」

 

「やめてー…耳が取れるー…」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…遅いッ!」

 

 自分の時計とにらめっこしながら体をプルプルと震わせるシスティーナ。

 

「あいつったら…最近は凄く良い授業をしてくれるから少しは見直してやったのに、これなんだからもう!」

 

「でも珍しいよね? 最近グレン先生、ずっと遅刻しないで頑張っていたのに」

 

「それにエアの奴も全然来ないし!休校日と間違えてるんじゃないの!?」

 

「さすがにそれはないんじゃ…ないかな…?」

 

 エアに至ってはただ単なる寝坊と言う可能性まである。

 

 だがそんな平凡ながら充実した日常は突如終わりを告げる。

 

 

 

 

 

 




県外の人全員を追い出しても、ウイルス全ては追い出せない!
本当に恐れるべきなのは人じゃないんだ!


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とんでもない場面に遭遇してしまった…。

本当に今それをやらなければいけないのか、もう一回考えてみよう。



 

 本日は晴天なり。ウソです、空の十割を雲が占めている。これすなわち曇天なり。

 そんな悪天候でもすやすや寝ていたのか、寝坊して遅刻したエア。割とよくやるためか、一片の罪悪感すらもなく教室の扉を堂々と開いた。

 

「ふわぁ…うん?」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

 沈黙。

 教室じゃなかった。どうやら寝ぼけて間違った扉を開いてしまったようだ。

 目の前には制服の乱れたシスティーナと、服を脱がそうとする見知らぬ男がいる。

 そういった行為の真っ最中であるらしい。

 

「えーっと…おたく、なにしてんのー?」

 

 聞くまでもなくそういうことをしようとしていたのだろうが、目の前の不審者に一応聞いてみた。

 

「見ての通りこの子を可愛がってやってるんだよ。あ、お前もやるか?」

 

 ギルティ。返答も予想通り。ならばエアがすべき行動はただ一つ。

 

「…ほーん。《なら・さっさと・気絶しろ》」

 

「ぎゃああああ!」

 

 システィーナを襲っていた男に強力な電流が走る。

 そのまま床に崩れ落ち、ピクピクと体を痙攣させたまま起き上がらない。

 

「あれ、加減間違ったかな…。おーいシスティーナ、だいじょぶかー?」

 

「え、えぇ…」

 

 拘束を詠唱なしで解きながら、間延びした声で呼びかける。

 

『とりあえず何か着てください』

 

『服がひどいことになってるぞ!』

 

「服?…ッ!?」

 

 妖精ゴーレムに指摘され、自分のかっこうを思い出したのか、顔を紅色に染める。

 

「はいはい。これ貸すから早く着ろよー」

 

「わかってるわよ!」

 

 差し出された制服のマントをひったくり、あわただしく羽織る。エアは着終るまで後ろを向くことにした。人でなしでもさすがに見てはいけない。

 

「それよりもエア!ルミアが攫われたの!」

 

「前にも攫われてなかったっけー?」

 

 確かに割としょっちゅう攫われているが問題はそこではない。

 

「でー?誰に攫われたんだー?」

 

「黒いコートを着たやつよ」

 

「ふーむ。でも今は外のあれを蹴散らさなきゃだめだなー」

 

「!?あ、あれって…!」

 

 扉の外にはいつの間にかボーン・ゴーレムたちがわらわらと塞いでいた。

 

「なるほどー。召喚【コール・ファミリア】かー。今度使ってみるかー」

 

 本来なら小さな使い魔を呼び出す魔術なのだが、これほどまでに拡大できるあたり術者はかなりの実力者であると容易く推測できる。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?早く逃げなきゃ!」

 

「まあ一人なら簡単に逃げられたんだけどー、この状況じゃあ迎え撃つしかないでしょー」

 

 相変わらず間延びしたしゃべりで、緩やかに右腕を掲げる。

 

「それって私が足手まといってことじゃ…」

 

「別に君がいようがいまいが、関係ないんだけどねー。《大波に・溺れて・足掻け》」

 

 突如現れた頭上の魔法陣から、大量の水が噴き出した。

 ボーン・ゴーレムたちは水流に巻き込まれていく。

 

「《氷下に・凍えて・止まれ》」

 

 水がどんどんと凍り、まわりのものをすべてまとめて氷漬けにした。

 

「《ともに・壊れて・消えろ》」

 

 氷はボーン・ゴーレムもろとも粉々に砕けていった。

 まるで床に落としたグラスのように一瞬だった。

 

「ふわぁ…ねむ」

 

「…なんでいつもこんなふうに本気出さないのよ!」

 

「昼だからさ」

 

 キリッ、といった効果音が付きそうな表情で言い放った。いやなんでやねん。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あ、先生!」

 

 廊下を駆けて犯人を捜していたシスティーナだが、ボーン・ゴーレムを投げていたグレンを発見した。

 

「おう、白猫か!あとエアも来たのか」

 

「寝てたら遅刻しましたー」

 

 ただの怠惰。ちなみにエアは走らずに、特製のゴーレムに負ぶさっていた。どこまでも怠惰だ。

 

「《邪魔だ・さっさと・灰になれ》」

 

「うおっあぶねぇ!?」

 

 特に警告もなしに右手から炎を繰り出した。

 炎は大蛇のように骨を食らい、焼き尽くした。

 

「やる前になんか言えよ!危うく俺も一緒に灰になるとこだったじゃねえか!」

 

「ふわぁ…」

 

「こ、こいつ…!」

 

「それよりー、あっちから誰か来てますけどー」

 

「…ああ、そうだな」

 

 気配を隠す気もないのか、堂々と廊下から一人の男が歩いてきた。

 

「浮いてる剣ってだけで嫌な予感がするよな」

 

 男の回りには三本の剣が浮遊している。男は一切の油断もなく、冷徹な瞳で見つめている。

 

「ですねー。先生勝てますかー?」

 

「ダメそうだなー。援護してくれるか?」

 

「了解ですよー」

 

「わ、わかりました!」

 

 相手はまともにやりあってもどうしようもないであろう強者。3対1でも許されるだろう。

 

「おいお前ら。あの剣を【ディスペルフォース】で無力化できる魔力は残ってるか?」

 

「あれくらいならなんとか…でもそんな隙をくれる相手じゃなさそうです」

 

「なら俺が隙を作る。エアは俺に強化魔術をかけてくれ」

 

「はーい。《まあ・代わりに・がんばってください》」

 

「なんじゃその他力本願な詠唱は!ムカつくくらいめっちゃ効果あるけど!」

 

 テキトウに見えても筋は通っているようだ。

 

「作戦会議は終わったか?では死ね」

 

 律儀に待ってくれていたのか、準備が終わってから攻撃してきた。

 別に慢心しているわけではない。おそらく騎士道とか自分なりの流儀といったところだろう。

 

「でりゃあッ!」

 

 飛んできた剣の内二本を殴り飛ばし、残りの一本を身を捩って躱した。

 

「白猫!」

 

「《力よ無に帰せ》!」

 

 三本の剣は光を失い、床に音を立てて落ちる。

 

「終わりだッ!」

 

 無防備になった男に殴りかかる…が、男は未だに余力を残しているように見えた。

 それもそのはず。実際に余力を残していた。

 

「んなあっ!?」

 

 いきなり窓を突き破り、二本の剣が飛んできた。

 グレンは床を蹴って後ろに退くことでギリギリのところで回避したが、このままでは追撃を躱せない。

 

「これで終わりだ」

 

 二本の剣がグレンの頭部と心臓目掛けて放たれた…が―――

 

「…《その道は誤りだ》」

 

 その切先は突如軌道を変え天井に突き刺さった。

 

「もらったァ!」

 

 グレンの拳は正確に男の顔を捕え、殴り飛ばした。

 

「よし!」

 

「そ、それより先生!ルミアが攫われてるんです!」

 

 そう、システィーナが言う通りルミアはさらわれている。

 

「なんだと!?どこにいるかわからないか!?」

 

「うーん…せんせーは、この学園をこーりゃくするうえで最初におさえるべきところはどこだと思いますー?」

 

 相変わらず間延びした語りだが、そこにはしっかりとした推理がある。

 

「…転移法陣か」

 

「僕の予測だとそこですね」

 

「わかった。お前らはそこの犯人見張っててくれ」

 

 グレンはそう言って転移法陣のある塔へと駆けた。

 

「わかりましたー。システィーナも待機ね」

 

「なっ、どうしてよ!速くルミアを助けないと…!」

 

「だからだよー。さっきの【ディスペル・フォース】で魔力の余裕もそんなにないだろーし、いまのままじゃはっきり言って先生の足手まといだよ」

 

「でも…」

 

「それに目の前で死んでみなよ、ルミアのことだからきっと一生自分を責めるぞー。

 『システィが死んだのは自分のせいだ。私なんて生まれなきゃよかった』って」

 

「…」

 

 引き留めるため、エアは起こりうる未来を叩きつける。

 システィーナはうつむき、口を噤んだ。

 

「そういうの含めて僕は待機だって言ってんの。別にいじわるで言ってるわけじゃないんだよー?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ねえ…」

 

「うん?」

 

 戦いを終え、システィーナはエアに問いかける。

 

「あなたはどうしてそんなに強いの?」

 

 己の弱さゆえの悔しさか、はたまた襲われた際の恐怖を思い出したのか、その瞳には涙が浮かんでいる。

 彼女は今回、攫われて汚される寸前だった。こうなるのも致し方ないだろう。

 

「君も十分強いと思うけどー…やっぱり《強くあれ》って考えてるかなー」

 

「《強くあれ》…?どういうこと?」

 

「えー、説明めんどくさいからヤダー」

 

「アナタねぇ…」

 

「ははは」

 

 それは決して難しいことではない。ただ自分の深層心理に呼び掛けているだけなのだ。




いくら魔力が多くても1+1を3にはできません。1+1=11にはなるかもですけど。


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ダメ人間の狂騒

運動不足の人!
腕を前に出した状態で膝を曲げながら腰を落としてみましょう!
これを60秒やるだけでも全然違いますよ!


「はーい、『飛行競走』の種目に出たい人、いませんかー?」

 

 沈黙。反応するものは誰一人として存在しない。

 

「…じゃあ、『変身』の種目に出たい人ー?」

 

 またしても沈黙。システィーナの声には誰も応えない。

 

「はぁ…」

 

 溜め息がこぼれる。ここまで反応がないと張り合い甲斐がない。

 

「無駄だよ。皆、気後れしてるんだよ。

 そりゃそうさ。他のクラスは例年通り、クラスの成績上位陣だけが出場してくるに決まってるんだ。

 最初から負けるとわかっている戦いは誰だってしたくない。そうだろ?

 おまけに今回、僕達二年次生の魔術競技祭には、あの女王陛下が賓客として御尊来なさるんだ。みんな、陛下の前で無様を晒したくないのさ」

 

 別にそんなもの気にしないやつが約一名いるが、惰眠をむさぼるために競技には一切参加しないだろう。

 

「エアは参加しないの?本気出せば一位になれるのに…」

 

「出さない本気は無いのと一緒だよー。それに何度も言ってるけどー、そもそも僕は夜型なんだ。昼間は寝たいんだー」

 

「もし優勝したら昼間寝ていいように交渉するわ」

 

「詳しく聞かせてもらおうか」

 

「釣れたよ…」

 

 こんなあっさり釣れてしまいました。なんて現金な奴なんだ。

 

「話は聞かせてもらった!ここは俺に任せろ!この!グレン=レーダス大先生様になッ!」

 

 何の前触れもなく扉が勢いよく開け放たれ、謎のポーズを決めながら非常勤講師、グレンが現れた。

 

「ややこしいのが来たぁ…」

 

 システィーナは頭痛を覚え、頭に手を当てる。

 

「喧嘩は止めるんだ、お前たち。争いは何も生まない。

 そして何より俺たちは優勝と言う一つの目標を目指して、ともに戦う仲間じゃないか」

 

 キモい。

 この時生徒の心の声は完全に一致した。

 

「おい白猫。リストよこせ」

 

「だから人を猫扱いしないでください!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「じゃあこの1番配点が高い『決闘戦』は白猫とギイブル、そんでエア。お前ら三人が出ろ」

 

「納得いきませんわ!どうして私が決闘戦の選抜から漏れているんですの!」

 

「お前、確かに呪文の数も魔術知識も魔力容量もスゲェけど、ちょっとどん臭ェところあるからなー。突発的な事故に弱ぇし、たまに呪文噛むし」

 

 魔術師同士の戦闘で詠唱を噛むのは致命的だ。向いていないと言ってもいいかもしれない。

 

「せんせー。どうして僕も出るんですかー?」

 

「お前が強いからに決まってるだろ。前の事件でも敵の魔術の軌道を変えてたしな。

 不測の事態にも対応できるし、頭の回転も速い。

 これ以上の適役はいないと思うぞ」

 

「こんなことなら先生の前であんなことしなきゃよかった…」

 

「優勝したら俺の授業で寝てもいいと言ったら?」

 

「詳しく聞かせてもらいましょう」

 

 やはりあっさり釣れる。

 

「じゃあ次だ―――」

 

 その後も的確に、余る生徒がいないように出場競技を決めていく。その的確さに生徒は舌を巻く。が、

 

「やれやれ、先生いい加減にしてくれませんか?

 なにが全力で勝ちに行くですか。こんな編成で勝てるわけないじゃないですか」

 

 異論を唱える者がいた。みなさんご存知ギイブルだ。

 

「ほう?ギイブル。ということはお前、俺が考えた以上に勝てる編成ができるのか?よし言ってみてくれ」

 

「そんなの決まってるじゃないですか!成績上位者だけで全種目を固めるんですよ!それが毎年の恒例で、他の全クラスがやっていることじゃないですか!」

 

「…え?」

 

 ここでグレンは自分がやらかしたんじゃないかと思い始めた。

 そしてエアも自分の役目がなくなる可能性を見た。内心そうなってくれと願う。

 

「何を言ってるのギイブル!せっかく先生が考えてくれた編成にケチつける気!?」

 

 しかしなんとシスティーナはギイブルの意見に真正面からぶつかっていった。

 おいバカヤメロォ!?(心の声)

 

「皆見て!先生の考えてくれたこの編成を!皆の得て不得手をきちんと考えて、皆が活躍できるようにしてくれているのよ!?」

 

 それはシスティーナが思い描いていたものにとても近かった。

 

「先生がここまで考えてくれたのに、皆、まだ尻込みするの!?

 女王陛下の前で無様を晒したくないとか、そんな情けない理由で参加しないの!?

 それこそ無様じゃない!陛下に顔向け出来ないじゃない!」

 

 グレンは思った。頼むからこれ以上余計なこと言わないでくれと。

 

「大体成績上位者だけに競わせての勝利なんて、なんの意味があるの?

 先生は全力で勝ちに行く、俺がこのクラスを優勝に導いてやるって言ってくれたわ!

 それは、皆でやるからこそ意味があるのよ!」

 

 グレン先生そこまで考えてないと思うよ。というよりほんとにそんなことは考えていない。

 

「まぁいい。それがクラスの総意だというなら好きにすればいいさ」

 

 神は死んだ!(心の声)

 

 

 

◇◇◇

 

 

「エア、頼む!昼飯おごってくれ!」

 

 なんとグレンは自分の教え子(ただしいつも寝てるやつ)に頭を下げるという暴挙に出た。

 

「お金ないんですかー?」

 

「未来に先行投資したんだ」

 

 今もおぼつかないのに未来に投資しないでくれ。

 

「生徒に頭下げて恥ずかしくないんですかー?」

 

「ふっ…いいことを教えてやる。プライドで腹は膨れないんだよ!」

 

 かっこつけていっているが、少なくとも胸を張って言えるようなことではない。

 

「仕方ないですねー。授業中に寝ることを許可することを条件にー、大会まで昼食をおごりますよー?どうです?悪い話じゃないでしょー?」

 

「ああ、交渉成立だ!」

 

 この日、ダメ人間とダメ人間の間に条約が結ばれた。誰でもいいからこいつらを止めてくれ。

 

 



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努力に憾み勿かりしか(?)

あなたの未来を決めるのはあなた自身の行動だ。
それを心の隅に置いておいてほしい。


 講義の数が減り、代わりに競技祭に向けた練習の時間となる。

 もっともエアはその時間さえも惰眠に費やしているが。

 こんなのでも尋ねられれば質問に答えるし、やれと言われれば80点のクオリティで成し遂げるためあまり文句が言えない。

 

「ふわぁ…おー、ルミアー。練習終ったのかー?」

 

 特にやることもなく、木陰で微睡んでいたエア。

 そんな彼のもとにルミアがやってきた。

 

「うん。エア君は練習しなくていいの?」

 

「そうだねー。要は場外に追いやればいいんだし、水流で押し流すさー」

 

 もちろんほかにもやりようはあるが、本人は水系統の操作の方が楽らしい。まあもっと速く終わらせる方法もあるにはあるが。

 

「それよりさー。なんで『精神防御』なんてやってるんだー?

 ルミアならほかの競技でもよかったんじゃないかー?最悪『精神防御』には僕が出ればよかったんだしー」

 

 『寝る』ということに関して言えば、まったくブレない精神性の持ち主であるため、変態と言う名の紳士であるあのツェスト男爵にも変態視されるほど。この学園にはくせのある奴しかいないのだろうか。

 

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。

 システィも先生も式の調整を頑張ってくれてるから、私がそれに応えないとダメだと思うの」

 

「ふーん…」

 

 基本的に人でなしなエアでも、人の心はわかる。そして察した。この少女はあの非常勤講師に好意を抱いているのだと。

 

「それなら僕は何も言わないよー。まあ、なんかあったらグレン先生が止めるだろうしねー」

 

 さすがに友人の恋路を妨害するようなことはない。

 

「がんばれよ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 迎えた魔術競技祭当日。

 

「ぐぅ…」

 

 エアは当たり前のごとく爆睡していた。今回はイヤーマフとアイマスクまで持ってきて準備万端だ。

 

「ちょっとエア!もうすぐルミアの競技よ!いい加減起きなさい!」

 

「わざわざイヤーマフとってまで耳がひっぱりたいのかー?ならこっちにも考えがあるよー?」

 

「なによ考えって」

 

「こういうことさー」

 

 そう言うが早いか、エアの耳が取れた。

 

「…はぁ!?」

 

 今システィーナの右手は取れた耳を持っている。いきなり人の体の一部が取れたら誰だって驚く。エアも驚く。

 

「はっはっはー。どーだ、驚いただろー。その名も【フェイク・ボディ】だー」

 

 自慢げに胸を張る。事実人間の感触に寄せたゴーレムの作成は難易度が高い。だがそれだけの技量がエアにはあった。

 

「どーだじゃないでしょこのバカ!」

 

 ただシスティーナは脅かされた怒りの方が勝ったようだ。

 

『おいバカ!怒らせてどうするんだ!』

 

『私もダメだと思います』

 

「たはは…それよりこれからルミアの競技じゃなかったっけー?」

 

「そうなのよ!もう、あんたがこんなもの見せるせいで忘れるところだったじゃない!」

 

「ええー?」

 

 エアは理不尽だと心の中で訴えた。もちろん口に出せばとんでもないことになるのはわかりきっている。だから心の中で訴えるのだ。

 

「それにしてもルミアがこんな競技に出るなんてねえ…」

 

「確かにあの変態男爵の競技だし、出させたくないのはわかるよー」

 

 ツェスト男爵は精神魔術で少女の心を汚染していくのを見るのが好きな変態ゆえに、学園でもクビ候補筆頭だ。

 ただあんなのでも学園の教授としてはセリカを除けば最強クラスなので世の中はつくづくわからないものだ

 

「でも、君の知っているルミアはそんなに軟弱なのかー?」

 

「そんなわけないわよ。あの子は強いわ。でも万が一廃人になったりしたら…」

 

「ならば僕が断言しよう。そんなこと、万に一つもあり得ないって」

 

「…」

 

「大丈夫だって。君は君が知っている強いルミアを信じればいいんだよー」

 

「…あなたに励まされるなんて思わなかったわ」

 

「失敬な。僕だってたまにはまともなことぐらい言うさー」

 

「ふふっ、そうね。まあルミアなら大丈夫よね!だってルミアなんだから!」

 

「はは…」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 昼休み。言うまでもなくエアにとっては昼寝の時間だ。

 

「エア君、ちょっと来てくれるかな?」

 

「ぐおぉ…なんか用なのー?」

 

「うん。システィがあの時のお礼にお弁当作って来たんだって」

 

「ほーん、そっかー。無駄にするのも悪いし、おとなしくもらっときますかー」

 

「システィも喜ぶと思うよ」

 

「まあ、泣かれるよりはマシか…」

 

 こんなことで泣くようなシスティーナではないだろうが、前回のように半泣きで見られるのは御免蒙りたいものだ。

 

『ほら早くいこうよ!』

 

『人を待たせるな!』

 

「はいはい、わかってるよー…ん?」

 

「?どうかしたの?」

 

「いやー、あっちから違和感が…」

 

「違和感?」

 

 エアが指さした方角にはシスティーナがいる。

 

「何かあったのかな?」

 

「危険はないと思うけど…」

 

 なにかが起こってからでは遅い。少し急ぎながら向かってみることにした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「わ、私が二人…!?」

 

「《力よ無に帰せ》」

 

「あっ…」

 

「「「…」」」

 

「…まあそういうことでグレン=レーダスはクールに去るぜッ!サラダバー!」

 

「逃がすかこのロクでなしィィィ!」

 

「ぎゃああああ!」

 

 グレンせんせいそらをとぶ。




変態男爵って実は第六階梯なんですよね。変態なのに。


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傍観者

暇つぶしに、部屋を掃除したり模様替えしてみてはどうでしょう


 現在エアは吹き飛ばされたグレンの元に足を運んでいた。

 

「なーにやってるんですかー」

 

「いや俺は悪くねェ!間が悪かったんだ、間が!」

 

「いやーどっちにしろ勝手に食べたのは事実でしょー?後でルミアとシスティーナに謝った方がいいんじゃないですかー?」

 

「…そうだな」

 

「僕も弁当ほっぽって来ちゃいましたしー。一緒に頭下げますよー」

 

 エアもグレンも長時間説教されるのは御免蒙りたい。この二人の思惑は一つだった。

 

「あっ!グレン先生、差し入れ持ってきました!エア君にもあるよ!」

 

「まじか!」

 

「はい!サンドイッチなんですけど…」

 

「天使様だ、天使様がここに降臨なさった…」

 

 グレンは涙を流し、両手を組んで、誠心誠意全身全霊で拝んだ。

 

「崇拝してる場合じゃないでしょーが。それよりシスティーナ怒ってなかったー?」

 

「怒ってたよ、すっごく」

 

「あはは…」

 

「あはは…」

 

 笑うしかなかった。

 

「それよりこれルミアが作ったのか?」

 

「いえ、私不器用なので料理とかは苦手で…」

 

「じゃあ誰?」

 

「それは秘密です。本人たっての希望なので。

 ただある男性のために早起きして作ったらしいんですが、渡しそびれちゃったらしくて」

 

「へー…」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「そこのあなたはグレン=レーダスですよね?少しよろしいでしょうか?」

 

「よろしくありませーん。今忙しいデース」

 

「いや先生、そーゆーのは顔見てから言いましょーよ」

 

「顔?…ってアイエエエエ!?女王陛下!?女王陛下ナンデ!?」

 

「先生落ち着いて。変な電波拾ってますよー?」

 

 ニンジャソウルでも宿ったのだろうか。

 一応の落ち着きを取り戻したグレンは頭を垂れる。

 

「お久しぶりですね、グレン。今日の私は帝国女王ではなく帝国の一市民、アリシアなんですから。ほら、面を上げて立ってください」

 

「…失礼します」

 

 アリシアの一声でエアやグレンは頭をあげる。

 

「私は貴方に謝りたいとおもっていました。

 この国のために必死に尽くしてくださったのにあのような形で帝国宮廷魔道師団を除隊させることになってしまって…」

 

 王女が民に頭を下げるなど前代未聞だ。

 

「いやいや陛下が俺みたいな社会不適合者に頭を下げちゃダメですって!

 俺なんて仕事が嫌になって辞めただけのゴミクズなんで!」

 

「そんな簡単に頭を下げないでくださいよ陛下。誰かに見られてたらこっちが悪者にされちゃいますよー」

 

 グレンは両手をブンブンと振って、エアはキョロキョロと周りに誰かいないか見回している。

 

「それにしても陛下、護衛も付けずにどういった御用向きで…」

 

 グレンの言葉に視線をずらすことで答えた。

 

「久しぶりですねエルミアナ」

 

「え…」

 

「元気でしたか?ずいぶんと背が伸びましたね。

 フィーベル家の皆様との生活はどうですか?何か不自由はありませんか?

 食事はちゃんと食べていますか?育ち盛りなんだから無理な減量とかしちゃだめですよ?

 それと、いくら忙しくても、お風呂はちゃんと毎日入らないとだめよ?

 貴女は嫁入り前の娘なのですから、きちんとしておかないと」

 

「あ、あう…」

 

 うつむくルミアに気が付いているだろうが、それでも喜びが隠し切れないのか、語り続けるアリシア。

 

「夢みたい…またこうしてあなたと…」

 

 アリシアは彼女の頬に触れようと手を伸ばす…が、その手は空を切ることとなった。

 

「陛下は失礼ながら勘違いをされております。私はルミア=ティンジェルと申します。

 恐らくですが、陛下は三年前にご崩御なされたエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下とご混同なされているかと」

 

 ルミアは跪き、そう言った。言ってしまった。

 

「…」

 

 どうやらひと波乱ありそうだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ちょっとエア!お弁当放っておいてどこ行ってたのよ!」

 

 競技場に戻ってきたが、ごらんのとおりシスティーナはカンカンだ。

 

「いやー、グレンせんせー追いかけるついでにいいお昼寝ポイントがないか探してたんだよねー。

 あ、もしかしてお弁当捨てちゃった?」

 

「もったいないからほかの人にあげちゃったわよ!もう一回作ってって頼んでもダメよ!」

 

「はーい。申し訳ありませんでした…」

 

「謝っても許さな…え?」

 

「だから申し訳なかったって…」

 

「あ、あなたが謝るなんて…槍でも降るのかしら」

 

「失敬な、僕だって謝るときは謝るよー…」

 

「そ、そう…それよりルミア見なかった?」

 

 気まずくなったシスティーナ。突然話題をすり替える。もちろんエアにはばれているが。

 

「いや見てないよ。もしかして戻ってきてないの?」

 

「そうなのよ!もうすぐ競技が再開するのに…」

 

「それなら、たぶんグレン先生が探してくれるでしょー。僕らは『決闘戦』の準備しないといけないから探してるヒマないしー。

 まー、ギイブルがしくじらない限り君の出番はないと思うけどねー」

 

「そんなこと言って、あなたが負けたらどうするの?」

 

「負けるわけないだろー?だって僕の方が速いんだから」

 

 事実詠唱なしでも魔術の行使が可能なほどに、暗示がうまい。詠唱が必要になる生徒が相手ならば、負ける可能性は無いに等しい。それに加えてエアには切り札がある。勝てないはずがないのだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「さて、彼らはどう出るかな?楽しみだなぁ!」

 

 悪魔は嗤う。 



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月夜ばかりと思うなよ

今回の人類の敵はCOVID-19
コロナと名のつくものすべてが敵と言うわけではないんです。


 グレン=レーダスの不在。これは2組の士気に大いにかかわっていた。

 現在2組は勢いが落ち、1組に順位を抜かれてしまっている。クラスの中には早くも諦めてしまっている生徒もちらほら。

 

「お前たちが二組の連中だな?」

 

「そうですけど…あなたたちは?」

 

「俺たちはグレン=レーダスの古い友人だ。

 魔術競技祭の後、旧交を温めようとグレンに招待されたのだが、奴は突然の用事が入ってしまい立て込んでいる」

 

 どうやらグレンは来れないらしい。だがそんなことはエアには関係ない。

 やるべきこと自体は変わらないし、もともとやる気なんて有って無いようなものだ。

 監督が変わろうとも、彼のやるべきことは変わらない。

 

「ぐぅ…」

 

 変わらないのだ(迫真)

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「《大いなる…」

 

「《えい》」

 

 圧倒的な速度。まさしく神速。

 エアの【ゲイル・ブロウ】は相手に一切魔術を使わせることなく場外に吹き飛ばした。

 

「悪いけど時間とられちゃかなわんのだよねー」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 結局そのあとギイブルがゴーレムで選手を捕まえて撃つ抜くという策を使ったことで、二組の優勝が決定した。

 そんな後の勝敗が関係ない大将戦(エアだったら間違いなく手を抜くであろう状況)だったが、システィーナは全く手を抜くことは無く、相手を風魔術で場外まで吹き飛ばした。その精神は称賛に値するだろう。

 

「それでは、今大会で優秀な成績を収めたクラスに女王陛下からの勲章が下賜されます。二組の代表者は前へお願いします」

 

「貴方たちは…アルベルトとリィエル?」

 

 そこに本来なら勲章を受け取るはずであるグレンの姿は無く、代わりに帝国宮廷魔導士であるアルベルトとリィエルの姿があった。

 

「申し訳ありません女王陛下。此度はもろもろの事情により、例年とは違う形になっていますが…」

 

「なあ、おっさん」

 

 アルベルトが割り込む形で口を開いた…が、明らかにアルベルトの声ではない。

 

「いい加減、バカ騒ぎは終いにしようぜ?」

 

 その言葉と同時に彼らの姿が歪み、そこには親衛隊に追われているはずのグレンとルミアの姿があった。

 

「貴様ら、なぜここに!?」

 

 答えは簡単、【セルフ・イリュージョン】だ。

 この魔術でグレンとルミア、アルベルトとリィエルを入れ替えたのだ。

 

「親衛隊、賊を捕らえろ!」

 

 ゼーロスの号令により兵が殺到する。しかし…

 

「《すっこんでろ》」

 

 セリカの結界に弾き飛ばされた。

 

「なんだ、何が起こったんだ!?」

 

 蚊帳の外になった生徒たちは騒ぎ出す。

 それもそうだ。なんせ目の前で二人の姿が変わって親衛隊が襲い掛かったと思えば結界に弾き飛ばされ見えなくなったのだから。

 

「…」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「まったく、結界とはなかなかに意地が悪い。まあ、こちらの行動に一切の影響はないんだけどさ。

 あとはアレを持ってくればいい。あのグレン=レーダスもきっといい反応をしてくれるだろう。

 ああ、その時が楽しみだ!待っていろよグレン=レーダス!アハハハハハハ!」

 

 街に響く悪魔の声は、透き通る月夜に掻き消えた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あれ、エア君?」

 

「やあルミア。先生も」

 

「エア君がシャキッとしてる…」

 

「いつもならずっと眠そうにしてるのにな」

 

「夜ならこんな感じですよ。なんせ僕は夜型ですから」

 

 眠そうな昼間のエアしか見たことがないルミアとグレンからすれば、ちゃんと目が開かれたその姿は異質に感じるようだ。相変わらず死んだ目をしているが。

 

「それよりどうして今来たんだ?」

 

「学園に忘れ物をして、探すのに少々手間取りました」

 

「忘れ物ってイヤーマフか?」

 

「いえいえこれですよ」

 

 だからといっていきなり耳を出されても困るのだが。

 

「うおっ、なんじゃこりゃ!」

 

「僕の耳を模した義体です」

 

「なんつーモン作ってんだお前!」

 

「腕とかもありますよ?」

 

「わかったわかっただから出すな!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「どーん!」

 

「おわっ」

 

 扉を開けた途端、何かがエアに飛びついて来た。

 

「えへへ、えあー♪」

 

 顔を赤く染めたシスティーナが突撃してきたのだ。

 どうやらずっと待っていたようだ。

 

「君、酒臭いぞ…」

 

「システィがこんな素直に…」

 

「いやいやこれは明らかに酔って正常な判断が出来なくなってるだけでしょ」

 

 割と周知の事実だが、システィーナは酒に弱い。具体的には酒の入ったお菓子程度で酔うほどだ。

 

「誰だシスティーナにこんなになるまで飲ませたのは」

 

「わたくしですわ!」

 

「君だったのか」

 

 暇を持て余した学園生徒の遊び。

 犯人はウェンディだった。

 

「えあー!」

 

「はいはいなんだいシスティーナ?」

 

「むー…」

 

 名前を読んだ途端、頬を膨らませた。

 

「いやなんでそんな顔してるんだ?」

 

「しすてぃってよんで」

 

「え?」

 

「しすてぃってよんでってばー!」

 

「わかったわかった。システィ」

 

「むふふ。えあー!」

 

「はいはい、なんだいシスティ?」

 

「だいしゅきー!」

 

「…は?」

 

 システィーナの 爆弾発言 ! 効果は 抜群だ !

 当然ながら周囲は沸き立つ。

 

「いやいや違うでしょ」

 

「あいしてるー!」

 

「違うってそういうことじゃないんだけど…」

 

「えあはわたしのこときらい?」

 

 上目使いで彼の顔を覗く瞳には涙が浮かんでいる。これでキライなんて言ったら、もはやただの大悪党だ。

 

「嫌いじゃないよ」

 

「じゃあしゅきー?」

 

「ぐむむ…」

 

「しゅきっていってよぉ…」

 

 泣きそうだ。こんなところで泣かれたら最低の男として学園中の噂になってしまう。それだけは避けなくてはならない。

 

「…好きだよ」

 

「わたしもしゅきー!だいしゅきー!」

 

 ヒューヒューと囃し立てる群集。抱きついたままのシスティーナ。どうしようもないエア。

 何と言うことでしょう。賑やかだった宴会が、一瞬にして別の意味で賑やかになったではありませんか。

 

「あいしてるっていってー!」

 

「…愛してる」

 

「わたしもー!」

 

「…誰か助けてー」

 

 

 

 




システィかわいいと思いませんか?


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