東方茨木物語 (青い灰)
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プロローグ


どーも、青い灰でございます。

今回は東方、茨木華扇の物語です。
東方茨歌仙で華扇の仙道を目指す理由が
なかったと思うので思い付きで。



※この作品は「東方project」の二次創作です。
 実在の団体、個人とは一切関係ございません。





ではでは、どーぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世は……………地獄だ。

 

 

「…………ぁ……あ……」

 

 

満たされない。

腹が。思考が。欲が。失った、腕が。

 

 

こんなにも、非情なのか。

 

鬼だというだけで、迫害され、

追い回され、殺されるのか。

 

食事をとることも許されないのか。

 

何を満たすことも、赦されないのか………

 

 

「………ぅ………ぁっ………」

 

 

薄れゆく意識の中、

鬼、茨木童子は助けを求めた。

 

 

「…………たすけて……ください……」

 

 

かつて殺し、奪い、非道の限りを尽くした人間に、

助けを乞い、倒れ込んだ。

 

 

それを偶然にも眺めていた、とある男がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………?」

 

 

鬼の耳に、音が聞こえた。

カッ、カッ、という、何かを削るような音。

 

意識を取り戻した鬼は起き上がる。

…………布団に寝かされていたようだ。

 

 

「んぁ…………やっと起きやがったか、

 もう夕刻だが、まだ寝ていろ」

 

「…………あなたは……」

 

 

音の出る方を向くと、そこには若い男がおり、

男は座って仏を彫っているようだった。

 

月のように真白な結われた長髪、

燃えるような深紅の瞳の男だ。

 

 

「しがない仏彫りよ、名なんざ捨てた」

 

 

見向きもせずにそう言った仏彫りの男は

手の彫刻刀を置き、鬼へと仏の彫刻を投げ渡す。

 

…………仮にも仏彫りが仏を投げていいのだろうか。

そんなことを思いながら、鬼はそれを取る。

見てみると、その仏は

穏やかな、優しそうな顔をしていた。

 

 

「…………」

 

「そろそろ夕餉(ゆうげ)だ。お前、名前は」

 

「……………」

 

「名乗れ」

 

「……………」

 

「チッ、頑固なことだ。それとも名無しか?

 ……………まぁ、どうでもいいことかね………」

 

 

男は舌打ちして立ち上がり、

襖の奥へと歩いて行った。

 

周囲を見渡すと、どうやらここは寺のようだ。

あの仏彫りが彫ったのか、凄まじい数の仏がある。

 

そして、鬼が一瞬見えた男の顔の右側には、

黒く、焼け爛れた後があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5分足らずで戻ってきた男は、

鬼の布団の傍に箸と米の入った茶碗と味噌汁の椀、

そして薄い緑がかった液体の入った盃を置く。

 

 

「食え」

 

「……ぇ………?」

 

「食え。食ったらその水を飲め」

 

「あ、あの………」

 

「何だ鬱陶しい、食えと言っている。

  三度も聞けば分かるだろう、阿呆が」

 

 

男は心底鬱陶しそうな顔をして先程仏を

彫っていた所へ再び座り、彫刻刀を手にして

木を彫り始める。

 

鬼は仏を置き箸を取って手を合わせ食事を口にする。

……………美味しかった。

いや、何よりも………暖かかった。

 

 

「………っく……っ……ぇ…」

 

「…………」

 

 

涙を流す鬼を横目で見て、男は深い溜め息をつく。

 

 

(また、面倒なモンを拾っちまったか………)

 

 

先日出家させた姉弟もだったが、

どうしてこう、

(やつがれ)は面倒な者を拾ってしまうのか。

 

頭の角を見れば分かる。鬼だ。

近頃はこの寺に雷獣まで住み着く始末。

…………僕が一体何をしたというのだ。

 

 

 

その時、仏彫りが彫った仏は怒り顔だったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一晩が経過した。

鬼は寝たきりを男に強いられており、

立ち上がろうものなら布団へ投げ飛ばされた。

 

曰く、

「薬水は飲ませたのだ一晩は寝ていろ阿呆!!」

と、鬼は怒鳴られたのだった。

 

 

そして、翌朝。

 

再び木を彫る音で目覚めた鬼は起き上がる。

窓を見ると、まだ日も昇りきらぬ早朝だ。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

「何の用だ、そう見られては手元が狂う」

 

 

彫るのを止め、こちらを見てそう言う男。

どうやら寝起き、無意識で見ていたようだ。

 

 

「………いえ、すみません…………つい」

 

「………ふん、口は利けたか。

 顔色も大分マシになったようだな」

 

「あ………」

 

 

昨日は声を出すのもやっとな気力だったと

いうのに、もう普通通りに喋ることが

できるようになっていた。

 

身体も軽く、倦怠感もない。

…………流石に、腕はないままだが。

 

 

「名前は言えるか、まずはそこからだ」

 

「………茨木童子、です」

 

「やはりか………

 チッ、面倒な拾いモンをしちまったな」

 

「ごめんなさい、今すぐ──」

 

 

出ていきます、そう言おうと

立ち上がろうとした瞬間だった。

 

 

「待たんか阿呆が!!」

 

「ひっ!?」

 

「まだ傷が完治しておらんぞ!

 しかもその薄い服で外に出ようと思うな阿呆!」

 

 

怒鳴られ、彫刻刀を投げつけられる。

鼻先を掠めたそれは寺の扉に突き刺さる。

 

 

「え………えぇ?」

 

「まだ寝ていろ、外には雷獣も彷徨いている。

 お前が早死にしたいのなら別だがな」

 

 

こうして、男と鬼の

おかしな生活が始まったのだった。

 

 






仏彫りの男、
モチーフはSEKIROの仏師殿です。

あ、怨嗟の鬼になったりしないのでご安心を。
多分。きっと。おそらく。めいびー。



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1話「八雲紫、仏師の男」


幻想郷の賢者って何人いるんでしょうね。
ってことで勝手に想像して面白くしていきます。



 

それから2日。

鬼は男の元で療養を行い、

傷を完治するほどまでになっていた。

 

 

「もう休む必要もないな。

 腕は治らん、(やつがれ)の薬水でも無理だな」

 

「そうですか……」

 

「お前の鬼としての力を封印され

 落とされたんだろう、茨木童子が

 ここまで行儀良いわけがあるまい」

 

「…………」

 

「出ていこう、等とは考えるなよ?」

 

「え!?」

 

 

図星だったのか、鬼は目を丸くする。

だが、ここにいること事態がこの男に

迷惑がかかっている筈だ。

 

 

「何故………ですか?」

 

「阿呆め、言ったろう。外は雷獣も彷徨いている、

 それに里に鬼が出たことが分かったら

 殺されることくらい分からんのか、たわけ」

 

「私は鬼です、逃げるくらいは………」

 

 

瞬間、男が手を差し出す。

鬼はそれに疑問符を頭上に浮かべる。

 

 

「掴め」

 

「え、えぇ?」

 

 

鬼は困惑しながら男の手を握る。

そして────手が、握り潰される。

 

 

「あいたたたた!?」

 

「やはりな、鬼の角も飾りに過ぎんな」

 

「いたい、いたいですっ!?」

 

 

どこにこんな力が、と思いながら鬼は手を離す。

本当に潰されそうなほどの力だった。

だが、それと同時に。

自身が、無力になったことを感じた。

 

 

「鬼ならばこの程度は耐える。

 分かったのなら出るのは鬼の騒ぎが収まるか

 奴が来るまでは止めておけ、阿呆」

 

「騒ぎ………奴?」

 

「知らんのか………鬼の討伐が

 成されたと京では騒ぎが起こっている。

 酒呑童子、星熊童子、茨木童子、

 そして矜羯羅(こんがら)童子の4体を討伐したとな」

 

 

どうやら死ななかったようだがな、と

男は茶を啜る。

 

…………鬼は山の四天王と言われた三人を思い出す。

おそらく、彼女らも死んではいない。

 

 

「二つ目の奴だが………」

 

 

そう言いかけた瞬間、空間が割れる。

そして、そこから金髪の女性が現れる。

 

 

「あら、呼ばれた気がしたわ~♪」

 

「……………呼んだつもりはないがな」

 

「確か貴女は………」

 

 

男は心底嫌そうな顔をし、

鬼は見覚えのある顔に驚く。

 

 

「あら、久しぶりね?

 随分と………あぁ、鬼の討伐騒ぎの、ね………」

 

「それよりも紫、

 幻想郷とやらは完成したのか?」

 

「あー………えっと」

 

「ふん、妖怪と人の共存など無茶だと言ったろう」

 

 

男は溜め息をつく。

それを見た八雲 紫は頬を膨らませる。

 

 

「出来るわよ、そのうち」

 

「そのうち、などと

 言っているから計画が進まんのだ阿呆」

 

「しかも無茶、って言ったわよね?

 無理、無駄とは言ってないから本心では

 あなたも出来ると思ってるんでしょう?」

 

「戯言ではない程度にはなった、と、

 そう思っただけだ。調子に乗るな」

 

「うふふっ…………はぁ、あなたが

 来てくれれば楽に進むのだけれどね………」

 

 

紫は残念そうな顔をして男の顔を見る。

 

 

「興が乗らん。僕はただの仏彫りだぞ」

 

「嘘ね」「嘘ですよね」

 

「阿呆どもが」

 

 

絶対嘘だ。そんな顔で二人は男を睨む。

男は茶を飲み干す。

 

 

「大体300年以上も生きてる人間が

 そんなに若いわけないでしょう」

 

「さっ、300年!?」

 

「300年生きようが僕は()()()仏彫りだ」

 

「仏の彫りすぎよ。

 神格でも宿ったんじゃないかしら?」

 

「仏彫りが仏になる、か。

 はッ、面白い冗談だな………」

 

 

 



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2話「幻想郷、昔話」

「なら紫、コイツでも連れていけばどうだ」

 

「えっ?」

 

「うーん、それもいいんだけど、

 もう式を取っちゃったのよね………」

 

「あぁ、そうだったな、あの狐か」

 

「白面金毛九尾の狐をそんなただの

 狐みたいに言えるの多分貴方くらいよ………?」

 

「人間を殺すのも妖怪としては仕方ないが、

 少しあの狐はやり過ぎただけ、

 改心したならそれでいい。もはや興味もない」

 

 

鬼は戦慄する。

白面金毛九尾の狐といえば、四天王すら上回る

この日の本でも最強と名高い妖怪だ。

それをただの狐呼ばわり………

本当に一体なんなのだ、この男は。

 

男は彫刻刀を手の中で弄ぶ。

くるくると回るそれを男はじっと見ていた。

 

 

「…………それでも、何人もの人が死んだ筈です」

 

「ふん、それを許してはならん、と?

 (やつがれ)にお前らの考えを押し付けるな。

 そもそも人妖は相容れぬ。

 互いの生死も、全ては()()()()()()よ」

 

「…………っ」

 

 

紫は悲しそうに顔を伏せる。

男はそれを見て溜め息をつき、彫刻刀を持ち直し

目視できないほどの速度でそれを投げつけた。

 

 

「うわ危なっ!?」

 

 

紫はそれを間一髪で首を捻って回避。

彫刻刀は寺の木の壁を貫通、外の鳥を撃ち落とす。

 

 

「ふん、晩飯は鶏鍋だな」

 

「何してんですか!?」

 

「何を勝手に項垂(うなだ)れている?

 お前が幻想郷を創るのだろうが。

 まぁ、諦めるなら別に構わんがな?」

 

「ぐ………っ」

 

「僕の考えを否定する、そう言ったろうが。

 理想郷は理想でしかないと、お前は言うのか?」

 

 

そして持っていた木彫りの仏を再び投げつける。

今度は紫の頬に命中。

ガスッという音が聞こえた。絶対痛い。

 

 

「あいたぁっ!?

 悩める乙女に何するのよ!?」

 

 

男は紫を睨み付け、大きく息を吸った。

ゾクリと、背筋が凍る。

 

 

喝!!!

 

 

ビリビリと、肌が痺れるような咆哮に似た声。

 

それはただの威圧だった。

恐怖が一瞬、身体を駆け巡る。

そして、それ(恐怖)は身体を熱くさせた。

気合いが入った、というのだろうか。

鬼は、それを感じとる。

 

狼などの獣が獲物を狩るときにする咆哮、

それに似たようなものだろうか。

鼓舞する〝威圧〟、とでも言うべきものだった。

 

 

「「……………!!」」

 

「ふぅ、喉が枯れる………後悔した」

 

 

その気の抜けた声に、

固くなっていた身体は安堵によるものか、

力が抜けた。

 

 

「取り敢えず、だ。

 本当に辛いようなら僕を呼べ。

 軽く力くらいは貸してやろう」

 

「…………私、なんでこれぶつけられたの?」

 

「加護でもあるだろ、持っておけ」

 

「仏の扱いが雑すぎませんか!?」

 

 

紫は頬を押さえて座る。

 

 

「なんだ、居座る気か?」

 

「薬水」

 

「図々しいぞ………全く」

 

 

男はゆらりと立ち上がり、

寺の奥へと向かって行ってしまう。

 

紫はクスクスと笑い、

鬼と共にそれを見送る。

 

 

「図々しいと言いながら

 ちゃんと取りに行ってくれるのよ」

 

「あはは………なんだかんだ、優しいですよね」

 

「そうねぇ…………昔、私も

 死にかけたところを助けてもらったのよ」

 

「そうだったのですか!?」

 

 

鬼は目を丸くする。有り得ない、と思った。

彼女の力……………

〝境界を操る程度の能力〟は神すら恐れるほどだ。

 

その彼女が、死にかけた?

 

 

「ふふ、まだ未熟だったのよ。

 力の扱いに慣れていなかったころ。

 それが……大体、300年前だった筈よ」

 

「へぇー…………だから300年

 生きてることを知っていたんですね」

 

「えぇ、私、力のせいで

 昔から妖怪や神やらによく襲われてたのよ。

 神が妖怪と結託までしてね………

 その時にね、もう駄目だ、と思った時よ」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

(あやかし)と神が寄って(たか)って、

 女を襲うか、くだらんな』

 

『僧だと………?

 不敬な、神に平伏せよ』

 

 

女を庇ったのは、1人の男。

焼け爛れた顔が特徴の、鋭い目の男だった。

男は錫杖を手に、神と相対する。

 

 

『平伏………?

 クク、腑抜けたな、日の本の神も』

 

『腑抜けだと?』

 

 

神の一柱が男を殺そうとした瞬間だった。

女の目には、()()()()()()()()()のが見えた。

 

男は錫杖を一閃した。ただ、それだけで。

神だけでなく、周囲の神も、妖も、死んだ。

 

妖も、神も、本来は死ぬことはない。

それぞれの性質によるものだが、確かに死んだ。

頭だけが潰れ、残った身体だけが立ったまま。

 

 

『…………』

 

 

女は見惚れる。

その男を、ただ、見ていた。

 

 

『不味い』

 

 

男は、そう吐き捨て、顔を歪めて

血のついた錫杖を鳴らす。

 

瞬きの間に、死体は

錫杖のシャン、という音と共に、

全て幻のように消え失せた。

 

頭の潰れた血すら残さず、消え失せた。

 

 

『…………ぁ』

 

 

女は、男がこちらを見て、死ぬ、とそう思った。

目をぎゅっと瞑り、痛みを構える。

 

 

『……………?』

 

 

いつまでも、痛みが来ない。

それを感じて、目を開く。

 

男は、こちらを見ていた。

黙って、憐憫と優しさを浮かべた目で。

 

 

『立てるか』

 

『…………は、い』

 

『ついて来い、お前の傷くらいは治してやる』

 

 

フラフラと歩く女を見て男は溜め息をつき、

女を背負って寺へ向かったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「……………想像以上です、

 死なない筈の神と妖怪を殺した───?」

 

「えぇ、どんな力を使ったのかは分からないけど、

 それ以来、私を狙ってた奴らは見ていないわね」

 

「何かの能力……….?

 だとすれば、強力すぎる………まるで」

 

 

と、そこまで言った瞬間だった。

(ふすま)が開き、盃を持った男が出てくる。

 

 

「何だ?」

 

「……………いえ、何でもないわ」

 

「…………」

 

「…………………まぁいい、紫、飲め」

 

 

男は盃を紫に差し出す。

 

 

─────この男は、一体何者なのか。

 

鬼は、静かに恐怖を覚えた。

 

 

 

 



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3話「義手、仙道の始まり」

 

 

八雲紫はその後、去っていった。

それから2日が経過した、その昼のこと。

 

 

「…………やはり、腕がないと不便か」

 

「え?」

 

 

端を手に、食事を取る鬼を見て

男は彫刻刀を床に置く。

 

 

「不便か?」

 

「え、いや、まぁ………そうですね」

 

「はぁ………ならば早くそう言え」

 

 

いや怖くて言えなかったですけど、

とは鬼は言えない。

 

だが、鬼も最近は分かってきた。

この男───予想以上にお人好しだ。

腹が減ったと言えば早目に食事が出るし、

暇だと言えば昔話を語ってくれる。

 

そんな不器用な男は寺の戸棚を開け、

そしてそこから包帯を取り出す。

 

 

「包帯………?」

 

「来い」

 

 

男は床に広げた包帯に右の掌を当てる。

鬼は言われた通りに近づくと、

男は左手で鬼の肩を掴む。

 

 

「え?」

 

「少し力を抜くぞ」

 

 

言われた通り、なんと肩から力が抜ける。

それは煙のようになって、鬼の腕の形を取った。

すると包帯が浮かび上がり、その煙に巻き付いた。

 

 

「ふん、こんなものか」

 

「?…………え!?」

 

 

鬼は驚く。感覚がある。

失くした腕の感覚、そして、包帯の感覚まで。

 

 

「1つ言っておくぞ、

 その腕では神仏には触れられん。

 (やつがれ)の木彫り程度なら問題ないが、

 神社で貰う札に人前で触れるなよ」

 

「分かりました………

 けど、一体どうやったんですか?」

 

「…………」

 

 

男は顔を一瞬だけ歪め、元に戻す。

鬼はそれを不審に思うが、聞けなかった。

聞いてはいけないような気がした。

 

 

「僕の能力、それの応用だ。

 お前の腕に肩の力を分散させた」

 

「分散………」

 

 

嘘だ。

分散、ではない。

鬼は嘘には敏感だが、これはきっと…………

 

 

「動かせるだろう、

 そこの棚、閉めてみろ」

 

「あ、はい」

 

 

開けっ放しだった包帯の入っていた棚へ

手を伸ばし、そして閉めることが出来た。

どうやら力も入るようだ。

 

 

「義手として使うといい。

 力が入らなくなったら言え、直してやろう」

 

「…………」

 

「なんだ、何か不満か」

 

 

不満、ではある。

今の鬼の状況だ。

死にかけだったとはいえ、無償でここにいる。

何か、出来ることはないだろうか。

 

 

「何か、私に出来ることは「ない」……」

 

 

即座に断られる。

だが、男は思い付いたように

彫刻刀へ伸ばしていた手を止める。

 

 

「いや、あるか」

 

「何ですか!?」

 

「そうさな………暇潰しだ」

 

「はぁ!?」

 

 

鬼は落胆するが、男はクク、と笑い、

鬼の肩を叩く。

 

 

「お前、仙道を学ぶ気はあるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、鬼は久しぶりに寺の外に出る。

どうやら雷獣が消えたらしい。

寺の外には砂利が敷き詰められており、

庭のようになっていた。

 

広い庭だ。

おそらく、山1つ分以上はあるだろう。

と、男が寺から出てくる。

 

 

「いつまでもお前、では不便だろう。

 茨木童子と人前で名乗るわけにもいくまい」

 

「まぁ………そうですね」

 

「本来の名を失えば同時に妖は力をも失う。

 茨木は残すか…………そうさな」

 

 

男はしばらく考えるように目を瞑り、

そして。

 

 

茨木(いばらき) 華扇(かせん)、と。

 これからはそう名乗れ」

 

「華扇………はい!」

 

 

鬼、否、華扇は嬉しそうに笑うのだった。

そして、妖怪ではなく、仙人として歩みを進める。

 

 

それを腕を組んで見つめる男は、

ただ、軽く微笑むのだった。

 



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4話「人里、博麗の巫女」

 

 

華扇の修行が始まり一週間。

 

早朝、男は珍しく荷物を準備している。

それを見た華扇は不思議に思い尋ねることに。

 

 

「どこか行くんですか?」

 

「少し人里に行く。

 お前は………そうか、行ったことないのか」

 

「え、行っていいんですか!?」

 

「当たり前だ。

 人に慣れるためだからな」

 

 

驚く華扇をよそに男は荷物を纏め、背負う。

というか、角とかはどうするのだろうか。

 

 

「角、隠さなくてもいいんですか?」

 

「既に幻術をかけてある。

 お前の角は見えてはいないから安心しろ」

 

「あ、はい」

 

 

幻術やら仙道やら………

器用なのか不器用なのかよく分からないな、

そんなことを思いながら華扇を準備する。

 

 

「寺の入口で待っていろ、すぐに行く」

 

「了解です」

 

 

華扇は寺の入口へ向かい、そこで待つ。

そう言えば、ここはどこにあるのだろうか。

外には広大な庭(?)が広がっているし。

 

1分もしないうちに男がやってくる。

 

 

「あの、1つ良いですか?」

 

「なんだ」

 

「ここ、どこにあるんですか?」

 

「仙境………紫がいただろう、

 それと似たように空間の隙間にここを創った」

 

「つ、創った!?」

 

 

異世界の創造………まるで神の(わざ)だ。

そんなことが可能なのか。

そういえば…………

 

 

「あの人も、同じようなことを言ってましたね。

 幻想郷を創る、とか」

 

「これは仙道の力だ。

 時間はかかるが、紫は自身の力だけで可能でな、

 これを参考に、更に幾重もの結界を張って

 幻想郷を完全に世界と切り離そうとしている」

 

「すごい…………」

 

「問題が1つあってな、龍神の許可が必要だ。

 それは避けられん、紫はどうする気だろうな」

 

 

男は右手を軽く横に振る。

すると、何か切り替わるような感じがする。

 

 

「行くぞ」

 

「え、今何をしたんですか?」

 

「空間を人里の寺に繋げた。

 入口を開けてみろ」

 

「?…………うえっ!?」

 

 

華扇が戸を開けると、ある筈の庭ではなく

そこには人里が広がっていた。

 

 

「え、えぇ………?」

 

「何を惚けている、さっさと行け阿呆」

 

「あ、すみません」

 

 

男に背中を押された華扇が先に進む。

頭がついていかないようだ。

 

 

「置いて行くぞ」

 

「あ、待って下さいよー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、仙人さんじゃないの」

 

「巫女か、久しいな」

 

 

里を歩いていると、

目立つ赤白の巫女服を着た女性に出会う。

 

どうやら角は里の人間には本当に

見えていないようで、華扇は目立つこともない。

目立っているのが男なだけなのだが。

 

 

「あら、また妖怪拾ったの?

 それに隻腕の鬼なんて珍しいわね」

 

「!」

 

「気にするな、コイツは見えるだけだ。

 特に害のない妖には互いに事を起こさん」

 

 

そうか………巫女。

だが、鬼と分かって珍しいだけで済むのか。

なんだか逆に傷つくのは…………

 

 

「害のある妖怪には

 容赦しないから気をつけることね。

 それにしても、何をしに来たの?」

 

「酒と食糧だ。

 いつものように買い込みにな」

 

「買い込むんですか?」

 

「1ヶ月分はな。

 霞ばかり食っていても味が分からなくなるぞ」

 

「仙人って言ってもお腹は空くんだものね」

 

 

華扇は知らなかった、というように頷く。

霞を食うのが仙人だとばかり思っていたが。

 

 

「金の貯蓄はあるからな」

 

「律儀よねぇ、この男、今まで

 助けた妖怪とか人からお返し貰ってるのよ」

 

「今まで………紫さんの他にもいたんですね」

 

「えぇ、何十はいるわよ、お人好しよね」

 

 

男は溜め息をつく。

 

 

「阿呆どもが。人徳だ。どこかの

 強欲巫女にも見習ってほしいものだ」

 

「あぁ?言うじゃないの。

  修行した成果、見せてあげるわ」

 

「ふん」

 

 

男が突然消えたかと思うと、

巫女の背後に瞬時に移動し手刀を構える。

 

巫女は予測していたのか札を取り出し

背後を払うが男の手刀に弾かれ、

男はもう片方の手の指を巫女の額に向ける。

 

 

「げっ!?」

 

 

人差し指を曲げ、親指でそれを固定する。

あっ。そう思った瞬間。

 

曲げられた人差し指が解き放たれ、

巫女の額を弾いた。

 

 

「いったぁぁっ!!?」

 

「ふっ、甘いな、阿呆め」

 

「く、う、ぁぁぁ……ぉぉぉっ……!」

 

 

額を押さえる巫女。

………絶対痛いんだろうなぁ、と華扇は苦笑い。

 

 

「まぁ反応できたのは普及点か。

 見事、ではあるな。よくやったものだ」

 

「く………」

 

「次の動きまでの溜めが長い。

 即座に反応できるようにしておくことだ」

 

「あんたの即座って1秒もないじゃないのよ」

 

「1秒もいらんだろう」

 

「聞いた私がバカだったわ」

 

 

溜め息をついて巫女は立ち上がる。

そして可哀想な目で華扇を見る。

 

 

「修行受けるのはいいけど、

  その後が大変よ、頑張りなさいね」

 

「あ、はい、ありがとうございます」

 

「うん。あぁ~もう、痛い………」

 

「薬水はまだあるか?

  ないなら今度持っていくが」

 

「あるわ、切らさないようにしてるから」

 

「なら減ったと思うなら来い。

 何があろうと、絶対に切らすなよ」

 

「はいはい、全く過保護なのよ」

 

「ふん…………」

 

 

男の一瞬だけ見せたその表情は、

華扇にはとても悲しそうに見えたのだった。

 

 

 



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5話「仏師、八雲藍」

 

「ぜーっ、ぜぇーっ、はぁっ、はぁ………」

 

「ふん、こんなもんか」

 

 

息をついて草の上に倒れ込む華扇。

男はそれを錫杖を肩に乗せながら見つめる。

 

 

「修行って………これ合ってるんですか………?」

 

「体力不足にはこれしかなかろう。

 まずは基本からだ阿呆」

 

「延々と走るだけだと油断してた………」

 

 

そう、延々と走らされるのだ。

華扇も鬼、体力には自身がある。のだが。

数日ずっと走りっぱなしだった。

食事はあるが、睡眠、休憩なしで。

 

 

「…………む」

 

「どうしました………?」

 

 

そう言った瞬間、見覚えのある空間の裂け目から

あの金髪の女性………八雲紫と、妖狐が現れる。

美しい金の体毛、しかも

妖狐の中でも最強と言われる九尾だ。

 

 

「ふん、わざわざ連れて来たのか」

 

「そんなに言わなくてもいいじゃないの。

 ま、ごめんなさいね、辛い修行中かしら?」

 

「あ、はい」

 

 

男は息をつく。

紫は笑い、横の妖狐の背中を押す。

 

 

「ゆ、紫様?」

 

「言いたいことがあるんでしょ、ほら」

 

 

男の前に妖狐が押し出される。

男は笑いもせずに妖狐を見る。

 

 

「ふん、随分と久しいな」

 

「そう、だな………その」

「礼を言われるためにお前を赦した訳ではない」

 

「……、……………」

 

「もう、なんでそんなこと言うのよ」

 

「興味がないと言った」

 

 

男は錫杖を肩に乗せたまま鳴らし、妖狐を見る。

 

 

「くたばるにはお前は早すぎた。

 殺す意味もないと思っただけに過ぎん。

 若気の至りだと思ってこれからは

 そこのスキマの元で精進することだな」

 

「………」

 

「あぁ、そう言うことね。

 生きてて良かった、これからは

 しゃんとやっていきなさい、だって」

 

「あ、今のそういうことですか」

 

「え?紫様、どういう………」

 

「世迷言を言うな、紫」

 

 

男は溜め息をつき、紫を睨む。

紫はクスクスと笑う。

 

 

「照れ隠しよ、彼、ツンデレというやつだから」

 

「え、えぇ?」

 

「紫、お前は少し、折檻(せっかん)が必要なようだな……!」

 

「げっ!?」

 

 

紫が凄まじい速度でスキマに逃げ込み、

出入口を閉じる。

 

 

「ちょ、紫様!?

 置いていかないで下さいよ!」

 

「逃すか───!」

 

「「!?」」

 

 

男は右手の錫杖を振って音を鳴らし、

左手を大きく引き絞り……………

 

なんと、空間にヒビを入れる。

そのままヒビを破壊、そこへ腕を突っ込む。

 

 

「ちょっ、えぇ!?

 それ反則でしょぉぉぉぉ!?」

 

「ふんッ!」

 

 

そして破壊された空間から紫を引きずり出し、

地面へ叩きつける。

破壊された空間は自然と

何もなかったかのように修復された。

 

 

「す、スキマに無理やり

 侵入するなんて反則でしょ!?」

 

「反則もクソもあるか阿呆!!

 そして(やつがれ)はツンデレとかいうやつではない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて………感謝する、仏師殿」

 

「よせ、もう10年も前のことだろう。

 あと、そこのスキマをよろしく頼んだぞ」

 

「ふふっ、分かった。

 ではまた、何か手土産でも持ってこよう」

 

「さっさと行け。

 幻想郷とやらの完成、見届けよう」

 

「あぁ…………ありがとう」

 

 

気絶した紫を連れて妖狐…………八雲藍と

名乗った彼女は去っていった。

 

華扇は気になっていたことを聞く。

 

 

「知り合いなのですか?」

 

「少し前にな。

 修行に戻るぞ、十分休憩はしたろう」

 

「…………はい!」

 

 

 

 

今日の男は、どこか嬉しそうだった。

 

 

 



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6話「仙道、生命の業」

 

 

 

「…………元とはいえ、流石は鬼だな。

 もう走るのも飽きてきた頃だろう?」

 

「ぜぇ、ぜぇ、いや、はぁ、死ぬほど

 ふぅ、キツイん、はぁ、ですけど、ふぅっ…….」

 

 

いつもように草の上に伸びる華扇を見て

男は右手の錫杖をシャン、と鳴らして

クク、と笑う。

 

 

「まぁ良くやってはいる。

 そろそろ仙術にも手を出すか」

 

「え、もう、ですか?」

 

「そう言っている。

 思った以上だったからな。構わんだろう。

 それとも何だ、まだ走りたいか?」

「仙術でお願いします」

 

 

食い気味に華扇が言う。

また男は軽く笑う。

 

 

「なら………妖術を封じさせてもらおう。

 似た術もある。修行にならんからな」

 

「ならどうするんですか?」

 

「見ていれば分かる」

 

 

華扇が起き上がる。

男は目を瞑る。

そして、息を吐きながら右手の錫杖を振り抜く。

 

それだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────たったそれだけで、2~3キロは

離れていた筈の山が音も無く、消し飛んだ。

 

 

「────!!?」

 

「こんなものか」

 

 

目を開ける男の足元の地面は大きく抉れており、

抉れは徐々に広がっていき、山を削り取った。

消し飛んだ、削り取った、という表現が

正しいのかなど、華扇には分からない。

 

 

「これは極端な例だ。

 刀を初めて持つ者に燕を太刀で斬れと

 言っているようなものだぞ」

 

「その例えとは次元が違う気がしますけど!?」

 

「ならば暇な時にやってみろ。

 それに対しては(やつがれ)も無理だと言ってやる。

 絶対に()()だ」

 

 

おかしな例えだ、と思いつつ

今度やってみよう、と考える華扇。

抉れた地形を改めて見た

男は再び錫杖を振ると、一瞬で

何事もなかったかのように地形が元に戻る。

 

 

「す、凄すぎる…………」

 

「修復に関しては僕の仙境故に楽なものだがな。

 今のは目指すべきもの。

 これから見せるのが、次の課題だ」

 

 

男が左手を持ち上げる。

すると、掌の中に光る珠が浮かび上がった。

力の塊──それを言葉で表すのならば

これが正しいだろう。

 

男はそれを握り潰す。

パリッ、と硝子の割れるような音だった。

 

 

「…………仙術とは霊力ではない。

 ましてや妖力でも神力でもない。

 生命の力を操ることこそ、仙術。

 生命力を高めれば力も強くなることだろう」

 

「生命力………あっ!?

 私が延々と走ってたのってまさか

 体力と生命力を高めるためだったんですか!?」

 

「今更気づいたのか阿呆。

 元よりそれしか目的がないわ」

 

 

男は溜め息をつき、華扇は納得する。

 

 

「これは1日かかるまい。

 あれだけ走らせたのだからな。容易だろうよ」

 

「分かりました!」

 

「待たんか阿呆!

 仙術は生命力。加減を間違えると

 どうなるかお前にも分かるだろう!」

 

 

華扇が目を輝かせながら立ち上がるが、

男がそれを見て止めに入る。

男の言葉にハッとした華扇は

すぐに止める。

 

 

「妖術を使えるのなら

 使うことだけは容易だろうがな。

 仙術は繊細だ、今のでも加減を間違えれば死ぬ」

 

「あ、危なかった………」

 

「まずは座禅を組め。立つことすら雑念だ」

 

 

はい、と言って華扇は草の上で座禅を組む。

風の音が大きく聞こえるほどに、静かに。

 

 

「俺の声以外の音も脳内から排除しろ。

 俺の声もいずれ聞こえなくなるほどに集中しろ。

 集中の邪魔になるものは全て聞くな」

 

「…………─────」

 

「それでいい」

 

 

その声は既に華扇に届いていない。

何も無い。

自分の一部を取り出すように、力を込める。

ただ、それだけを意識する。

 

 

「──────!」

 

 

何か、暖かさを感じた。

きっとこれだろう。

これを固めて、慎重に───

 

 

「────あっ」

 

「む」

 

 

パキン、と、音が聞こえた。

集中が切れる。

視界に一瞬入った力の塊はすぐに消えてしまう。

 

 

「…………そこそこだな」

 

「そ、そうですか」

 

「今日は休め。過度な集中は身体に毒だ。

 この練習は1日に一度だけにしておけ」

 

 

そう言って男は歩いていく。

華扇には見えなかったが、

男は嬉しそうに笑っていた。

 

 

 



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