擦り減り過ぎた石上くん (枝豆%)
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石上優は立ち上がりたい

 僕はどうかしてた……。

 

 その一言に尽きる、テレビを見すぎたのか、それとも物語に出てくるヒーローにあてられたのか……。

 今となってはどうでもいい、ただ僕はおかしかったんだと思う。

 なんの意味もなく、それでいて見返りがあるわけでなく……。返ってきたのは痛いしっぺ返しだけ。

 僕の事を他人が理解して、手を差し伸べてくれるだなんて幻想を思い描いていたのか……。

 そんな惨めったらしくてどうしようもない事だった。

 

 思い出すだけで吐き気がする。

 本質を理解していなかったんだ。

 正しい事をすればそれが正しくなると……

 

 本当に重要なのは正しいことをしたという表現だったのに。

 

 だから僕は失敗した……。

 事を起こした時から僕は詰んでいたのかもしれない。

 

 誇らしげに、それでいて満足気に。

 自分に酔っていたのかもしれない……。いや、多分僕は酔っていた。

 好きな子を守る自分に。

 

 

 親から勘当同然のことをされて──

 学校では居場所はなくて──

 友人なんて皆消えて──

 

 全てが泡のように消えた。

 水中から気体を追い出すように、世界から僕という異物を排除するように。

 居場所も、夢も、将来も──

 

 こんなにもあっさりと消えるものだなんて知らなかった。

 

 もう少し早ければ、ほんの少し誰かが信じてくれたなら、話だけでも聞いて楽になってたなら…………また違った結果になってたのかもしれない。

 

 でも、そうならなかった。

 

 

 だから僕は…………

 

 

 ──僕は本当にどうかしてた。

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 中学三年。

 世間では義務教育が終わり、子供から大人への踏ん切りを付ける時期でもある。あるものは学校に行き、あるものは仕事を初め、あるものは人生を諦める。

 

 そんな節目の年で、どうも僕の人生は大きく傾いた。もちろん悪い方向に。

 

 ある事件がきっかけとなり、僕は引きこもりになった。

 親からはボコボコにされ今も冷たい目を向けられる、郵便で学校から反省文の提出の催促する資料が配られてくる。

 

 何度も書こうと試したが……そんな気さえ失せた。

 家業は親から「お前には継がせない」と数日前に宣言され、どうやら跡取りだけでなく入社すらできなくなったらしい。

 通っている学校も業界トップの子孫や異国の王子だったり。そういう意味でいえば僕の人生は詰んだ。

 

 全生徒から嫌われている僕が就活でもして、そこのお偉いさんが秀知院に子供を通わせていたら。間違いなく書類審査で切られるだろう。

 

 真面目に生きてきたつもりだ。

 僕は比較的真面目に生きてきたつもりだ。皆の模範になれる、とまではいかなくとも恥ずかしくない生き方をしてきた。

 

 中学から高校、大学とエスカレーター式で上がっていき良い就職先に務め、それなりに裕福で幸せな未来があると、それが来ると思っていた。

 

 けど現実はそんなに甘くない。

 たかが一つの間違い、それだけで安定に見えていた足場が崩れ落ちる。

 

 落ちて、堕ちて、またおちて。

 

 

 それで行き着いた先が自宅の自室。

 もう太陽の光を随分と体に浴びていない、自室から一歩も出ず。

 

 反省文を書くまで出してくれない部屋。

 

 いっそ全てぶちまけようか。

 

 極限状態でそんな思考が降りてきた。

 全ての悪事をばら蒔いて、誰彼構わず傷つけて──

 

 

 でも僕にはできなかった。

 だってそれをすれば…………。

 

 それをすれば僕は本当に何がしたかったのか分からなくなる。

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

「これが俺たちが導き出した推論だ、どうだ間違いはあるか?」

 

 卒業式が終わり、出会いと別れの季節が差し掛かった時。

 どういう訳か僕は進級することができて、家に生徒会長が押しかけてきた。

 問題児を外に出す? 生徒会長としての名誉? 

 

 こんな頭の湧いてるやつに構うなんて、生徒会長は変わり者だ。

 人の恥ずかしい過去を丁寧に探って、頼んでもない推理大会を開いて。

 

「それで一体なんになるんですか? 

 真実がどうとか、なにが正しいとか。もうこの話はそういう話じゃないんですよ。キモイ勘違い野郎がキモイ事をした、それで終わったんですよ」

 

「しかし、それではお前が報われんだろう」

 

「報われる? 僕が? 仮にそれが真実だったとして、それがどうなるんですか? 生徒会長が声を大にして真実を公衆の面前で語ってくれるんですか? 意味ないんですよ、家族に白い目で見られて、学校ではこれから虐めも待ってるでしょう、そして極めつけは生徒全員が敵だ。いや教師も敵になってるかも知れません。そんな奴が報われる? どうやって? 

 貴方が家族関係を治してくれますか? 貴方が全校生徒から僕を守ってくれますか? 貴方が教師と対立してでも僕に味方してくれますか?」

 

「それは……」

 

 秀知院の生徒会長は激務であるがそれに見合ったものが贈呈される。

 それを得るためには学院のVIPと上手く付き合って行かなければならないし、教師陣からも好感度が良くないといけない。

 僕のようなどちらも敵に回すような存在に加担していれば、生徒会長であり続けることが難しくなる。

 

「無理でしょう。会って間もない下級生の為に世話焼いてちゃ。そんな誰かを助けるだなんて気持ち悪い事(・・・・・・)やめた方がいい。中途半端じゃ何も変わらない、深入りすれば僕みたいになる」

 

「……」

 

「だからそんな同情はやめてください。真相を知って、分かった気になって、手を差し伸べた気になって……そんな無駄なことはしなくていいんです。この1ヶ月だか2ヶ月だか一人で考えてました。なんで僕がこんな目に会うんだろうって、ただ好きだった子を助けたかっただけなのに。気が付けば僕の手の中にあった幸福はすり抜けてこぼれ落ちてました。あんなことしなかったら僕は普通に今も学校に通っていたと思います。彼女を見捨てて、回されてるのを黙認して。何もしなかったら僕は日常を送れてたと思います」

 

「ねぇ生徒会長、僕は間違ってたんですか?」

 

 ずっと考えて考えて。

 それでも答えは出なかった。

 彼女を切れば日常が戻っていた、彼女と関わらなければ普通があった。

 

 最初は後悔はなかった。

 誇らしさも少しばかりあった。

 それが段々と重なって、母の電話口で泣きそうな声。父に殴られ続けて。兄に冷ややかな目で見られて。

 

 僕は少し後悔した。

 でも間違ってなかったと思ってる。

 

 日々が重なり、敵しか周りにいなくなって。

 目に見えるのは敵ばかりで。

 幻聴すら聞こえるようになって。

 部屋を暴れて荒らしたりして。

 

 

 ふと我に返る。

 

 

 本当に正しいことをしたのか? 

 

 

 

「ねぇ生徒会長知ってますか? 人を信じられなくなった人間は、人の顔が認識できなくなるんですよ」

 

 もう、誰の顔も見たくない。

 彼女も、アイツも、親も、兄弟も。

 

 もう、どんな顔をしていたか思い出せない。

 見えない、見たくない。

 そんな願いが叶ったからか、僕は人の顔が見えない。親も兄弟ものっぺらぼうのように、顔のパーツをつけ忘れたかのように……。動く肉の固まりにしか見えない。

 

「ここまで擦り減ってたとは、誤算だった……石上優、お前は名の通り優しい奴だ。多分お前は間違ってなかったし、お前の信念も俺は間違ってないと思う。誰からも理解されなくても誰の耳にも届かなくても、お前は一人の女を守りきったんだ。迫られた二択がどちらかが正しくてどちらかが間違ってるなんてこと世の中では稀な方だ、どっちも間違ってることもあるし、どっちも正しいこともある。こう言っては悪いが間が悪かったんだお前は」

 

「俺はお前を一人の男として尊敬する。好きな女にそこまでできるお前のことを俺は心の底から尊敬する。お前は良くやった、頑張った──」

 

「──お前は凄い奴だ! おかしくなんかない!」

 

「真相を教え回っていいなら俺がやってやる! 正しいと思うことも出来ずになにが生徒会長だ! ……でも、お前はそんなことがして欲しいんじゃないんだろ?」

 

 おかしくなんかない。

 生徒会長がいったその言葉が心によく響く。

 ずっと欲しかった言葉だ。

 

 この期間。ずっと誰かに批判されて、怒鳴られて、蔑まれて。

 誰からも見てもらえなかった。

 話なんて聞いて貰えない、取り付く島もない。

 

 初めて会話した気さえする。

 

 そうだ、僕は……。

 

 誰からでもいい、理解して貰いたかった。

 

 ずっと否定されて……。

 

「……ぅ……ぅ」

 

 頬を涙が通る。

 この期間、ずっと堪えて耐えてきた涙が溢れて出てくる。

 悲しさだけじゃない、僕だけではどうしようもない歯痒さ、苛立ち、憎悪、嫉妬。

 

 その全てが溢れた。

 

 でも、一番は安堵だったのかと思う。

 

 僕はおかしいやつじゃないんだという。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに制服に袖を通した。

 もう寒さも消えてすっかり春真っ只中。

 

 会長に生徒会に誘われて会計として籍を置き、学校で居場所ができた。

 とはいえ居心地がいい訳でも無い。この学校で生徒会は憧れの的、そんな場所に学校の嫌われ者が入ったのだから視線は痛い。

 

「なんでお前が」

「よく顔だせるな」

「早く辞めろよ」

 

 小声でも、陰口でも、そういった声はよく耳に入る。

 心にもない罵詈雑言が聞こえてくる、わざと聞こえるように言ってくる奴らも。

 でも、そういうものなんだろう。

 何もやり返してこないサンドバッグ、目の前にそれがあれば殴るのは必然だ。肉体的にも暴力で痛いし精神的にも辛い。

 

 だから僕はヘッドホンをする。

 

 暴言(オト)を遮断して、自分の世界に入る。

 音楽はかけなくていい、耳栓の役割だけで僕は十分救われる。

 

 キツいし辛いし、通ってる意味も分からなくなることがある。

 

 でも、こんなことで……。

 

 

 こんな意味の分からないことで、僕の人生が振り回されるなんて僕が許さない。

 

 

 ーーーーー

 

 

 

「バイトをしたい?」

 

 

 学校生活を再開して、中学まで続けていた陸上部になど高等部で入れるはずもなく帰宅部として生活している。

 しかし生徒会の仕事をやっていても家に早く帰ることがある。

 

 僕にとって家は心安らぐ場所では、つい最近無くなった。

 いたくない場所。その表現が一番正しいと思う。

 

 だからバイトを初めようと思う。

 

「はい人とあまり関わらない職場がいいんですけど、会長(・・)だったら知ってるかと思って」

「そういうことなら任せておけ、自慢じゃないが俺はバイトを幾つも掛け持ちしてるからな。新聞配達なんでどうだ? 原付の免許があれば結構楽にこなせるぞ、朝が早いのが問題だが」

 

「すみません会長、できれば放課後にできるのがいいです。バイトを始める理由も家に居たくないからですし」

 

「そうか……となると、接客業はダメとして従業員も少なめがいい……ふむ、それならティッシュ配りなんてどうだ? 配るだけで人と関わることなんてほとんど無いしな、他にはスーパーの品出しとかだな、あれもお客さんに話しかけられることは1日1回あるかないかだ」

 

 ティッシュ配りとスーパーは充分接客業ではないのか? 

 とやや疑問を持つがバイト未経験の僕よりも会長の方が詳しいので言わないでおこう。

 

 ティッシュ配りはその日に会長から紹介ということで翌日からシフトに組み込んでもらえることになって、スーパーの品出しのバイトは3日後に面接することになった。

 

「まだ親御さんとは話し合ってないのか?」

 

 会長が僕にそんなことをなげかけてくる、バイトしたい理由が金目当てでなく家にいる時間を減らしたいと言えば誰だって聞きたがる。

 

「はい、親からは秀知院の高等部でたら面倒は見ないって言われてますから。行くか分かりませんけど大学の学費も貯めておきたいですし……それでいいんですよ、そんなもんですよ家族なんて。言わなくてもわかるなんてのは幻想で、言わないと伝わらないものなんです。でも言う訳にもいかないでしょ、あの()の人達にとって僕は悪者。それでいいんです」

 

「報われないな……口出しはせんが……いやよそう、石上会計にも考えがあるのだろう」

 

「会長、前にも言ったじゃないですか。僕は報われませんよ、落ちるところまで落ちたんです。でも底に落ちて分かったこともありますよ、何も無くすものが無くなった人間はある意味最強です 」

 

「俺はお前がポジティブになってくれて嬉しいよ」

 

「はい」

 

 そういうと僕は生徒会室から荷物を纏めて出ようとする。

 

「帰るのか?」

「はい、先輩方もそろそろ来ますし……今日は病院なので」

 

 あの一件から僕は比喩表現でなく、本当に人の顔が分からなくなった。会長のことも飾緒がないと分からないし生徒会の他の先輩やクラスメイト、先生ですら本当に分からない。

 そんなことで僕は病院に通ってる、肉体的ではなく精神の方の。

 

「そうか、それではな」

 

 荷物を纏めてドアに手をかけた時にドアノブが下に落ちた。

 外から誰かがドアを開けようとしているのだろう。

 

 

「あ! 石上くん こんにちは!」

「ごきげんよう石上くん」

 

「はい、お疲れ様です先輩方(・・・)

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 常にヘッドホンを手放せない。音を遮断しないと、幻聴すら聞こえてくる。

 会長に居場所も作って貰えたし、バイトも紹介して貰った。

 

 でも未だに僕には人の顔が見えない。

 

 そんな些細な悩みを持つ15歳だ。



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伊井野ミコは変わらない


一話でしかも1万文字もいってない状態でこれだけ多くの人から評価して貰ってビビりました。
ありがとうございます。




『相貌失認』別名『失顔症』そう先生に言われた時、なんともらしい名前をつける人もいるものだと感心した。それと同時にこの悩みを僕以外にも持つ人がいることに少しだけ安心感を覚える。

 

「そう、バイトを始めるのね…なら長くは続かせない方がいいわ、人の顔が認識できないという事は取り繕っても何時かは周りにバレるし。大きな仕事を任される前に、というのが大事になるわよミスしたら取り返しのつかないことだって偶にあるんだから。それか顔を合わせないデスクワーク系に変えることを進めるわ」

 

 会長からの紹介でバイトを始めて1ヶ月弱。

 初給料も貰い外に触れて幾つか気付いたこともある、顔が見えない。この病気を患っている人も多種多様で、僕のようにのっぺらぼうの様に見える人も居れば、目と鼻と口を別々に認識することは出来ても『顔』として見ることが出来ない。そんな人もいる。

 

 そして総じてこの病気に確立した治療法が無い。

 

 僕の場合は稀に起こる人間不信からくるもののようで、所謂後天的になったものなので治る見込みは一応あるらしい。

 そのままでもいい(・・・・・・・・)と思うけど。

 

 僕は元々ここに相談しに来ているだけであって、治す気は殆どない。

 顔を覚えられない、というのはとても厄介で面倒で嫌われることかもしれない。でも、僕にとってこの病気は自分から望んでなったと言っても過言ではない。

 

 つまるところ困ってはいないのだ。

 確かに人の顔は判別できないので苦労はするが、髪の毛や服装、体格や骨格、声や匂い。顔以外なら見分け用と思えば見分けが着く。

 それに後天的だったからこそ、僕には例外が存在した(・・・・・・・)

 

 会長なんて分かりやすい、飾緒をつけている生徒なんてあの学校では一人しかいない。他の生徒会メンバーも特徴的な髪飾りをしているし、間違えることは無いと思う…………多分。

 

 尊敬する先輩を認識できないというのは悩ましい問題だが、トータルで見れば損ではない。

 

「それじゃあ先生、ありがとうございました」

「ええ、気を付けて帰ってね石上くん」

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 会長からバイトを紹介して貰って2ヶ月が過ぎる。

 テッシュ配りとスーパーの品出しから始まり、倉庫やピッキング、引越しにピザのデリバリー。

 最終的には人と顔を合わせずに済むデータ入力のバイトに落ち着いた。

 

 季節は流れて一気に梅雨。

 ジメジメとしており蒸し暑さを感じられるこの季節。冬服から衣替えして白いYシャツを着る。

 

 ヘッドホンをしながらパソコンで生徒会の仕事をしている時に、アイツはやって来た。

 

 

「石上、ここは電子機器は使用禁止なんだけど」

「生徒会の仕事だから勘弁してくれ。僕だって家に帰ってやりたいけど雨が降ってて帰れないんだ」

 

 教室にも居づらく、かと言って生徒会室には入りづらく、図書室など以ての外。妥協案として消去法で残った下足室付近の人通りの無い廊下でパソコンを操作しているところに『風紀』と書いてある腕章を付けた少女が声をかけてきた。

 

「なら生徒会室でやればいいじゃない」

「一年は僕しかいないから居づらいんだよ、察してくれ」

 

 現に石上は何度か不注意で会長以外の生徒会メンバーの地雷を踏み抜いたことが片手で数えられるほどある。

 恐らく貧に……四宮先輩にだと思うが、肉体的な暴力も二度受けたことがあり命の危険を感じている。

 いくら人生諦めモードに入っている石上でも、さすがにゲームオーバーには年齢が若すぎる。

 

「でも校則優先よ、さっさと帰ってやるか空き教室でも借りて終わらせなさい。このまま続けるならそれ相応の処置を取るわよ」

「そんな横暴な…」

 

「今ここで取り上げてもいいのよ」

「それは無理」

 

 パソコンは石上の生面線に最早なっている。

 このPCも生徒会の備品ではなく、自前のものである。

 データ入力のバイトもこなしたことから、パソコンのタイピングなどが上がり処理スピードを求めた結果、家に自作PCといつでも持ち運べるノートPCを使い分けるようになった。

 

「傘を忘れたなら職員室で借りられるわ」

「………わかったよ、帰るよ」

 

 そ、と言いながら少女は去ろうとする。

 こんなこと中学時代なら……いや数ヶ月前ならありえないことだろう。石上と彼女はある意味『犬猿の仲』『水と油』。そんな例えをされるほどのものだった。だが、石上の異変からその関係は少しだけ変わった。

 

 先生に言われたことがある。

『もしかしたら、貴方の環境は変わっても貴方に対する態度を変えない人もいるかもしれない。もしそんな人がいるなら……もしかしたら』

 

 

伊井野(・・・)

「…なに? 忙しいんだけど」

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 

 伊井野ミコは変わらない。

 

 のっぺらぼうしか居ないこの世界で、彼女だけは変わらない。

 何故なら彼女も、気持ち悪い1人なのだから。

 

 彼女の行為に従って、石上は傘を職員室から借りて帰った。

 だが、いくら金持ち学校といえ落し物から貸し出している傘はボロッちく少し穴が空いており結局身体は濡れて帰った。

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「して石上、折り入って相談とはなんだ?」

「はい、生徒会を辞めたいな……って思ってまして」

 

 この男! ここまで世話になった白銀に恩を仇で返そうとしている! 

 白銀がいなければ、あのまま部屋に引きこもり絶望のふちに立たされて首を吊っていた可能性もないことは無い! 白銀が生徒会に誘わなければ、学校すら辞めていたかもしれない!! 

 そんな恩人である白銀から承った仕事を! 石上は満を持して辞退しようとしていた!! 

 

 

「…そうか、辞めるか………」

 

 

「──勘弁してくれ! お前がいないとマジで破綻する!!」

 

「……すみません。でも僕、殺されると思うんです」

 

「…殺ッ!?」

 

「多分四宮先輩に」

 

「しのッ!?」

 

 多分とは言ったものの、石上の中で四宮かぐやが99%黒であることは悟っているし、確信もしている。残りの1%は少しばかりの希望だ。

 双子とかドッペルゲンガーとか変装とか。そんなありえない可能性。

 

 

「何を根拠に…」

「雰囲気です。僕は顔で判断できない分雰囲気で相手がどう思っているか想像しなければいけません。顔だけ笑っててオーラ全開とか前なら分からなかったかも知れませんが、今の僕には雰囲気しか分からないので百発百中です」

 

「それは凄いな…確かに目が不自由な人は耳や触感が敏感になると言うものな」

「はい逆にあんまり表にそういうのを出さない人のは全く分かりません。『ねぇなんで怒ってるか分かる?』みたいなことを言われたら泣いて土下座しないと問題が解決しないです」

 

「あんまり役に立たなかった!?」

 

「はい。大好きだったギャルゲーもやる気が出てきません。やっぱり僕は顔だけでキャラを判断する虐げられるべき面食いだったことも最近分かりました」

 

「大丈夫か石上!?」

 

 どうやら石上の症状は漫画やゲームにアニメなども影響するようで、顔として判断できない。だから石上は読むのは小説、暇な時間はバイト、そして本当にやることがない時だけ勉強。そんな最終手段にしか勉強をしない石上である。

 

「少し脱線しました。だから僕は四宮先輩の殺気を感じて気絶しそうになりました。あんなエグいの人生で初めて浴びましたよ」

 

「殺気ってお前、日常生活でそんなものは…」

 

「会長も一度くらいあるでしょ? 藤原先輩なんてもっとやばいですよ、多分あれはもう長くないです」

 

「そんなにかッ!?」

 

 白銀も時々四宮の『氷のかぐや時代』の名残りで威圧を感じるが、最近は無くなった……そう思っていたのだが、石上は先日その威圧を氷のかぐやの時よりも深くなった威圧を受けた。

 顔が迫られ、認識は出来なかったがそれがより一層怖さを引き立てる。

 

 白銀が居た生徒会で発狂しなかっただけ褒められた事だろう。

 

 

「それで何したんだ? 相当怒らせたんじゃないか?」

 

「何をしたかは………脅されているので言えません」

 

「おどッ!?」

 

 先月のコーヒー無料券の事件や、首絞め案件。

 これらのことで石上はかぐやに対して闘争心を折られている。

 

 そんな会話をしている時、四宮かぐやが血塗れた包丁(・・・・・・)を持って現れた。

 

「会長─石上くんいますか──?」

 

 

「「──ッ!!!!」」

 

 噂の本人が登場して2人の、いや特に石上の警戒心は最大まで引き上げられた。白銀も石上の震えから庇うように前に出る。

 

「こ! これ以上罪を重ねるな四宮ー!!」

「自首するんだ四宮ーー!!!」

 

 

「もう──話を聞いてください!!」

 

 手に持っていた血塗れた包丁は勢いよく机に刺されたと思いきや、何故かヘナっと曲がってしまう。

 

(小道具?)

 

 白銀は「そういえば」と四宮が演劇部の助っ人として駆り出されたのを思い出した。

 

「今日は衣装合わせだったんです」

 

 四宮は包丁を触りながらこちらに目を据えて話す。

 

(いや、無理怖い!)

 

 普通に石上は怯える。

 四宮と偽物とはいえ刃物は怖すぎる。

 

「だからって小道具まで持ってくるか?」

「少し見せびらかしたかったんです……ふふっ、ごめんなさい」

 

(可愛い)

(ダメだ会長が落とされた)

 

「会長、これはアレです。油断させて後ろからグサッのやつです。『池井戸潤』作品によくあるやつです」

「怖いこと言うなよ、なんかリアルになってきただろ」

 

 仲間とみせかけて一度裏切るのは常套句。

 そう思うとやけにリアルさが増して、2人はゾッとする。

 

 

「会長〜…助けて……」

 

 扉から現れたのはもう1人の生徒会役員である藤原。

 心臓に包丁を刺され、周りに血が……。

 

「かぐやさんに殺されちゃいました!」

 

「やっぱり!」

 

 藤原の陽気な答えに、白銀は条件反射で返してしまう。

 そこに四宮が「やっぱりってなんですか!?」と突っ込むが、石上だけは藤原を怪しい目で見ていた。

 

「会長…これはあれですよ、実は死んでて四宮先輩に操られている…みたいな」

 

 入ってきたばかりで、石上は藤原のことを認識できていなかったが…恐らくあの胸部は……。と、念の為に名前は出さないでいた。

 

「石上会計、君はいつも被害妄想が過ぎるぞ。もっと仲間をしんじてみろ…な?」

 

 ………………。

 信じる……………。

 

(それを僕に言いますか……)

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、石上の記憶が蘇る。

 

 

 

 

 

 生徒会に入った時からの記憶。

 書類仕事…

 書類仕事……

 書類仕事………

 

 首絞め……

 脅迫……

 憎悪……

 

 

 

「会長」

「なんだ?」

 

「死にたいので帰ります」

「なんで!?」

 

 

 今日も生徒会は通常運転。

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「石上くん?」

 

 次の日、生徒会室に誰もいなかったので一人で作業をしていると授業を終えた先輩が一人やって来た…。

 

「えっと…四宮? 先輩ですか」

「ええ、その調子だと苦労してそうですね」

 

「まぁ少しだけ悩みの種ですけど…そこまで大変でもないですよ。潜在的には50人に一人は居るそうですし。クラスに一人はいる変な子…みたいな認識で大丈夫です」

 

「ポジティブなのかネガティブなのか……まぁいいわ。前の件、黙っていて偉いですね、口が固いことは美徳ですよ」

 

 僕の脳裏にこの前の血塗れた包丁が浮かんだ。

 

 あ、やばい僕ここで殺されるかも…。

 

 

「そんな石上くんに一ついい事を教えてあげましょう。ついてらっしゃい」

 

 そういうと四宮先輩は生徒会室の棚を横に移動させて、隠し通路を露とした。

 

「何それ!?」

「昔、学生運動が行われていた時代に拠点となった部屋だそうです。ここなら居心地が悪くなく仕事ができるでしょ? 風紀委員に目をつけられることなく、誰の目を気にすることも無く」

 

 本当にこの先輩は恐ろしい。

 どこまで知っているのか、逆に何を知らないのか……。

 それすら分からなくなる。

 

「だからもう、辞めるだなんて…言わないでくださいよ」

 

 全身の毛が逆立つ。とはこういう時に使うのだろう。

 

 この先輩には全てを知られている。

 本当にそう思えるほどに…。

 会長に僕が辞めたいと相談していた時にはもう……。扉の前で聞き耳をたてていた……。

 

「……分かりました」

 

 僕は力なく答えることしか出来ない。

 本当に怖い人というのは、腕力が優れているでも威圧が凄いでもヤンキーでもない。

 

 本当に怖い人というのは……四宮先輩のような。

 

「それでは、お仕事頑張ってくださいね」

 

 笑っているのか、それとも怒っているのか。

 顔の見えない僕には、どうやら知る由もないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、意外とここ居心地いい」

 

 

 四宮先輩に少しだけ感謝した。

 





感想とか貰えると嬉しいです(切実)

最近ハーメルンで音読機能を知り使ってるんですが、あれってどうやればなるんですかね?
作者の作品も使えるのがいくつかあるんですが……
やり方を知ってたらメッセージで教えてくださいm(_ _)m


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