魔力ゴリラTS悪役令嬢 (波土よるり)
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第1話 化け物令嬢

 女性向け恋愛シミュレーションゲームの攻略対象キャラに殺されないように頑張る、サバイバルTSアクションバトル恋愛シミュレーション、な小説、はぁじまぁるよー。


 ……よろしくおねがいします。




 

 

「なんだ…… なんなんだ、こいつ……?!」

 

 化け物だ。

 化け物と呼ぶに相応しい。

 

 フィントル=アイレイヤは目の前の少女の力量を見誤っていた。

 

 王国一の剣豪、そして騎士団長として名を馳せる父から手ほどきを受け、その素質を十分に発揮し、周囲の期待も大きいフィントルが、何も出来ない。この異常さはフィントル自身が誰よりも理解していた。

 

 鋭い剣撃をくりだしても、黒髪の少女はまるで蝶が舞うようにヒラリと(かわ)す。

 ならばと、得意の土魔法を使い、隙を作って攻撃しようとすれば少女は闇魔法で何事もなかったかのようにフィントルが放った土魔法を相殺する。

 こちらは魔力を大量に使い息が切れてきているというのに、この少女はまるでただ散歩をしているだけだと言わんばかりに余裕がある。意味がわからない。この年齢でこれほどまでに魔力がある相手をフィントルは見たことがなかった。

 

 

 一言で言えば為す(すべ)がない。

 

 

 入学前、同年齢の生徒たちの中で1,2位を争うくらいには実力があるだろうと自負していたフィントルが、全く突破口を見いだせない。

 

「あら、もう終わり? うーん、やっぱり初期は“この程度(くらい)”か……」

 

 少女はフィントルが攻めあぐねているさまを見て、まるで小さな虫でも見るように、嘲笑(ちょうしょう)(まじ)えて小さくつぶやく。

 手元で闇属性か火属性かわからない、見たことのない黒い炎を人差し指にともしては消している。どうやら暇で暇で仕方がないらしい。

 

 自分はこの少女にとって暇つぶしにもならない?

 このフィントル=アイレイヤが?

 

 気に食わない!

 実に気に食わない!!

 

 自分は“この程度”などと言われるような男ではない。

 王国に名をとどろかせる王国騎士団長、シルヴァン=アイレイヤの息子だ。温室育ちで努力の“ど”の字も知らないような、こんなお嬢様に負けるわけにはいかない。

 そうだ、こんな女に負けるはずがない!

 

「あの子が危険な目に遭えば、もっと強くなるのかしら?」

 

「っ! 貴様……! どこまでも……!」

 

 黒髪の少女が妖しく目を向ける先にいるのは、試合を見守る生徒たち。その中でひと際目立つ、ある少女に黒髪の少女は邪悪な視線を向けている。

 

 まるで白金を溶かし込んだようなプラチナブロンドの髪の華奢な少女。

 フィントルが生まれてはじめて、恋をした少女、ニーナ。

 

 黒髪の少女はまるで壊しがいの有るおもちゃを見つけた子どもみたいに、意地の悪い視線をニーナに向けていた。

 

 そう、あろうことか、黒髪の少女はニーナを、フィントルが恋した少女を害そうとしている!

 お前の大好きなあの女を危険な目――つまり、殺そうとすれば、お前はもっとやる気を出すのか。この怪物はそう言っているのだ!

 

 

 ――下衆(げす)が! ニーナに指一本触れさせるものか!

 

 

 フィントルは駆ける。

 地面を力強く蹴り、辺りに砂(ぼこり)が舞う。

 

 並の学生ならフィントルの動きに反応できないだろう。フィントルが近づいていることを理解したその瞬間に勝負は決している。そう、並の学生であるならば。

 王国一の騎士に指導され、その才能をいかんなく発揮するフィントルに反応できるならば、それは並の学生ではない。

 

 そこいらの兵には全く劣らない、洗練された鋭い一閃。

 身体強化魔法で強化された、稲妻の如き一閃。

 

 

 ――いける。

 

 

 手応えは十分だ。

 どうだ、これこそがフィントル=アイレイヤだ。家の中でだらだらと過ごしているお嬢様には反応できるはずもなかろう。

 胴を狙った重い一撃だが、殺してしまうことはない。フィントルが使っているのは訓練用の剣であるし、そもそも致命傷を無効化する魔法が試合会場に張り巡らされている。多少痛い思いをするだろうが、フィントルの憂さ晴らしにはちょうどよい。

 

 存分に痛い思いをしろ――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突然びっくりするじゃない」

 

 

 一瞬、世界が止まった。

 

 いや違う、フィントルの思考が止まったのだ。

 止まらないほうがおかしい。

 こんな現実があっていいはずがない。

 

 

「…うそ、だろッ……?!」

 

 フィントルの希望がことごとく打ち崩される。

 少女は長い黒髪をなびかせ、なんでもないといった感じで、自身の持つ訓練用の剣で完璧にフィントルの攻撃をいなしていた。

 

 フィントルの頬を嫌な汗がつぅっと流れる。

 

 あの攻撃が全く効いていない――?

 王国一の騎士に、この一撃は私でも危なかったと言わしめた、渾身の一撃が――?

 

 そんなフィントルの心の内を読んだかのように、少女はその(あか)く吸い込まれそうな瞳を細め、小さな赤子をなだめるようにフィントルに言葉を(つむ)ぐ。

 

「別にあなたのことを(けな)しているわけじゃないわ。あなたは素晴らしい才能を持っているのだから、将来的にもっと強くなれる。

 ただ、今は学院に入学して直ぐだもの、まだまだこれからよ。スタートから強かったらビックリだものね。もしそうならバグね」

 

 少女はニコリとしてクスクス笑う。

 一見すれば慈愛の微笑(ほほえ)み。

 彼女の言葉も相まって、それは聖母のごとく見えたかもしれない。

 

 しかし、彼女に限ってそれはない。

 あの(・・)辺境伯家のご令嬢だ。

 

 彼女は「学院に入学したばかりなのだからしょうがない」と言った。

 

 フィントルが試合に負けても仕方がないと言っているのと同義だ。

 お前は弱いと言っているのと同義だ。

 

 お前はまだスタートラインに立ったばかりだ。お前の歩んだ入学までの15年間は私にとっては羽虫にも劣る。思い上がるな。

 

 彼女はそう言っているのだ――。

 

 現に、彼女の表情をつぶさに観察すれば彼女が慈愛の微笑みをしているのではなく、それは人をバカにするような嘲笑(あざわら)う笑みであることは明らか。ニヤニヤと人を馬鹿にしたような薄ら笑いだ。

 

 フィントルはぎりっと奥歯を噛みしめる。

 

 ――こんなやつに俺は負けるのか?

 ――この俺が、こんなやつに?

 

 

「先生、試合はこれくらいで良いですわね?」

 

 少女は目の前で勝負しているフィントルをそこら辺の石ころだと思っているのだろう。

 そうでなければ、試合中によそ見をするなんてことはありえないし、離れて二人の試合を観察している先生に話しかけたりもしない。

 徹底的にフィントルを侮辱するつもりなのだ。

 

 この試合の終了は、相手にまいったを言わせるか、あるいは致命傷の一撃を入れるか(つまり辺りに展開されている、致命傷を無効化する魔法が発動するか)、その二択しかない。

 

 ――舐めている。

 

 

 こんなこと、自尊心の高いフィントルが許せるはずがない。

 なんとかして彼女に致命的な一撃を入れなければアイレイヤ家長男として、騎士団長の一番弟子として、自分自身を許せるはずがない。

 

「……このっ!」

 

 よそ見をしている少女をフィントルは後頭部めがけて訓練用の剣を振り下ろす。

 

 完全に不意打ちだ。

 騎士としてはあまり良くない、恥ずべき行為だ。

 

 しかし、なんとしても勝たなければ。

 フィントルの頭はその思いで埋め尽くされていた。

 

 少女の後頭部に不意打ちの剣を振り下ろす中で、フィントルは必死に自分を正当化していた。騎士としては恥じるべき行為だが、いざ実戦になれば、勝ったものが正義だ。

 そもそもこの少女は、悪名高き、あの(・・)辺境伯家のご令嬢だ。今回の試合だって彼女の実力ではないはずだ。きっとなにか細工をしている。そうでなければ自分が負けるはずがない。

 そんな小細工をする輩に不意打ちをしたところで、誰もフィントルを責めやしない。それどころか、この少女に勝ったフィントルを皆()(たた)えるだろう!

 

 ――これで決着だ!

 

 

「……先生と話しているときに不意打ちはやめてくださいな。

 私の顔に傷が残ったらどうしてくれますの?」

 

 

 これで駄目なら、どうしたらこいつに勝てるのか――。

 

 少女は自身の影を闇魔法で操り、瞬時にフィントルの剣を受け止めた。

 ニッコリと恐ろしいまでに美しい笑顔で言葉を放つ彼女には、どうやっても太刀打ちできない。そう、痛感させられた。

 

 

 

****

 

 

 

 うわ、怖っ!

 対人戦素人の私でもまだまだ対応できるくらいだから、やっぱゲームのストーリー始まって直ぐはこのくらいだよねって思ってたら、フィントル不意打ちとかしてくるし怖ッ!

 やっぱりゲームの主人公ちゃんが危険に陥るイベントが発生しないと覚醒しないのかな、とか思ってた矢先にこれだよ!

 

 やっぱり対人戦闘は難しいな!

 

 結局は戦闘経験が物を言うんだよね。

 早いとこ試合終わらせたくて先生に終わってもいいか聞いてたらガンガン攻撃してくるし、レベル差なかったら完全に私やられてましたね! 終始ガクブル状態でしたよ、コッチは!

 

 ガクブル状態をさとられないために頑張って笑顔を絶やさないようにしてたけど、無理無理無理!

 淑女として、笑顔は大事だって言うけれど、戦闘中も終始笑顔に努めるってのも結構難しいよ! ていうか、笑顔の美少女にあんだけ無慈悲に攻撃できるフィントル君はやっぱり騎士なんだね。

 慈悲がない! フィントルの鬼! 悪魔! すっとこどっこい!

 私みたいな美少女の笑顔見たら普通攻撃なんて出来ないでしょ!

 

 ……あー、結構疲れた。今日はベッドでぐっすりコースですねぇ……

 

 




今回はここまでです。
ご視聴ありがとうございました。


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第2話 人生、山あり谷ありTSあり

「ぐッ…ぁ……!!」

 

 頭に強い衝撃が加わったかのように、ぐわんぐわんと頭の中がかき乱された。

 

 気持ちが悪い。

 吐きそう…… うえ……

 

 

 私は思わずフラフラと倒れ込んだ。

 倒れ込んだ拍子にガンッガンッと2回も家具に右腕をぶつけた。

 

 痛ッて!!! くそ痛い!

 

 右腕を結構な勢いで家具にぶつけてしまったので、その勢いで家具に乗っていた飾る用のお皿も一緒に落ちてしまう。

 パリンとお皿が割れ、あたりに破片が舞う。

 幸い、割れたお皿の破片で怪我することはなかった。

 

()っつ~……」

 

 頭がかき乱されるようなひどい頭痛は少しすると落ち着いた。吐き気も少しすると引いた。良かった良かった。

 

 というか、さっきまで酷かった頭痛より、家具にぶつけた右腕の方が地味に痛い。いてぇ……

 そのせいで私は床にうずくまって右手を抑えてる状態だ。

 絶賛涙目中である。

 

 タンスの角に小指をぶつけたかの如く、右腕はじんじんと痛むが、頭は意外と冷静だった。というより、右腕の痛みが現実的で、今の自分の非現実性を俯瞰(ふかん)して見ることができているのかもしれない。

 

 

 

 私は思い出した。

 そう、俺には前世があったと。

 

 しがないサラリーマン。

 性別、男。

 アニメやゲーム、サブカルチャーをこよなく愛す、彼女いない系男子。

 

 そして車にはねられて死んだ男。

 

 

 先程の頭痛で、前世のことをすべて思い出した。

 なぜ突然思い出したのかは全くわからない。

 

 今世の俺がちょうど今日7歳の誕生日だからか? なんだ? 神様は誕プレに前世の記憶をサプライズって感じですか? HAHAHA。最ッ高にクールな誕生日プレゼントだね! 笑えない!

 

 死んだら生まれ変わって、今世は女の子。

 とんだサプライズだ。

 

 もちろん、今世の自分も(まぎ)れもない私だ。

 なんというか、前世の俺と、今世の私が混じり合っている、変な感じだ。今世の両親から受けた愛情はもちろん覚えているし、前世を思い出すまでの(記憶)もちゃんと存在している。

 

 というより、そんなことは些事(さじ)だ。別にあまり問題ではない。

 それよりも問題なのは……!

 

「お嬢様! ミラハお嬢様! 大きな物音がしましたが大丈夫ですか?!」

 

 そう、問題なのは、俺が『ミラハ』であるということだ!

 

 私の名前は、ミラハ=フレイグル。

 比較的大きな領地を治める辺境伯家の長女だ。つまり、色々と階級が有る貴族の中でも、割と偉い貴族のご令嬢というわけだ。

 

 ただ単に貴族のご令嬢に今世は生まれた…… というだけなら話はまだ簡単なのだが、残念ながらそうは行かない。

 なぜなら、俺は前世からこの『ミラハ=フレイグル』を知っているから。ミラハ=フレイグルがどういう人間で、どういう運命をたどるのかを知っているのだ。

 

 前世で幼い頃、姉から借りて遊んだ女性向けの恋愛シミュレーションゲーム、『剣と魔法と貴公子たち』に出てくる、主人公を邪魔するキャラクターがミラハ=フレイグルなのだ。

 親にゲームをあまり買ってもらえなくて、姉とお互いにゲーム貸し借りして遊んでいたからなぁ…… 乙女ゲームだろうと、女児向けゲームだろうが、結構やり込んだし、『剣と魔法と貴公子たち』のことも割と覚えている。

 

 『剣と魔法と貴公子たち』のストーリーは、たしか…… 魔王が復活するので、それを主人公が食い止めるといういわゆる王道的なストーリーだ。乙女ゲームとは言っても、RPGの要素もかなりあり、単純にロールプレイングゲームとしての評価もかなり良かった記憶がある。

 さすがにすべてのゲームイベントを覚えているわけではないし、ストーリーも細かい部分は忘れた。

 

 ただ、お邪魔キャラのミラハ=フレイグルのことはよく覚えている。イケメンたちを攻略していく主人公を邪魔する悪役の令嬢だけど、キャラクターのデザインも良かったし、声も好きだったんだよね……

 

 そして私はミラハ=フレイグル。

 もうね、完全に悪役令嬢に転生してしまった感が満載なんだね。

 

 もちろん、たまたま名前が同じな令嬢に転生しただけかもしれない。

 けれど、十中八九それはないだろう。ミラハ=フレイグルとして生きたこの7年間の記憶から、おそらくそれはない。

 

 ①ゲームに登場する悪役令嬢のミラハと名前が一致。

 ②フレイグル家は他国との国境が近い領地を治める辺境伯。

 ③この世界は魔法もある。

 ④ゲームの舞台であるアルタート王国も存在する。

 

 パッと思いつくだけでもこんなにも有る。 

 どう見ても色々なルートで断罪されて死ぬミラハ=フレイグルです。本当にありがとうございました。

 

 

「……っ。 お嬢様、扉開けますよ!?」

 

 

 

 そんなこんな考えていると、メイドが扉を開けにかかる。

 

 あ、まってまって…!

 今その扉を開けたら、あなたの仕えるご令嬢が家具に腕ぶつけて涙目でうずくまっているちょっと恥ずかしい姿がそこにあるから……!

 

 前世と今世の年齢を足したら三十路に届きそうな年齢の、そんな私の恥ずかしい姿を見られるわけにはいかない!

 私は大丈夫だということをなんとか伝えようと、必死に声にする。

 

 そう、私は大丈夫だから、入ってこなくていいよ!

 そっとしておいて!!!

 ワタシは大丈夫!!!

 

 

「……ぁ…! ……じょうぶ…!」

 

 シット(くそっ)

 思いのほか声が出なかった!

 

 右腕の地味すぎる痛みのせいであまり声が出せない……

 頭は冷静だけど、身体は正直なのね!

 

 ……メイドに無用な心配をさせたくなかったけど、これはダメみたいですね。

 扉の前で、息も絶え絶えなご令嬢の声なんか聞いたら、メイドはきっとこう思う。私がめちゃくちゃ深刻な状況に陥っている、ってね!

 メイドちゃん、大丈夫! あなたのお嬢様はなんともないよ! だから扉は開けなくていいよ! 入ってこないでね!

 

「……お嬢様、失礼します!」

 

 メイドは私の声を聞くやいなや、すぐさま扉を開いた。

 問答無用で開きました。

 ちくせう。

 

「……お、お嬢様っ!!」

 

 扉を開くと、そこには右腕を押さえ、床にうずくまるご令嬢。あたりに散らばる、壁に飾るお皿やら壺やらの調度品、そしてその破片。

 絞り出すような声で何かを言うご令嬢様は全然大丈夫そうに見えない。

 メイドはさぞ心配だろう。

 

 ……ああ、見ないで… 情けなくて恥ずかしいからぁ……

 

 メイドは私に駆け寄ると、優しく介抱してくれた。

 

「どうされたのですか?!」

 

「い、いえ何でもない…」

 

「……っ! お嬢様、その右腕のアザは……?!」

 

 メイドに言われて気がついた。メイドの言う通り、右腕にアザができていた。さっき家具に腕をぶつけたときにできたのだろう。

 ちょうど家具の模様のところにぶつけたからだろうか、三角形と四角形が組み合わさったようなアザができている。もともとそんな感じの刺青(いれずみ)をしていたんじゃないかと思えるくらいに、ある意味きれいにアザができている。

 

「だ、大丈夫よ」

 

「ですが、そのようなアザ、今までなかったはずです……」

 

 いやまあ、そりゃ今出来たばっかりのアザですからね? でもさ、(みな)まで言うなってやつですよ。辺境伯のご令嬢が、ちょっとタンスに小指ぶつける感覚で右腕にファンシーなアザつけてるってちょっとアレだけどさ? ね? プークスクスって思うかもしれないけどさ?

 恥ずかしいからこれ以上の追求はやめてください。

 

「大丈夫よ」

 

「ですが……?!」

 

「大丈夫と私は言っているのよ。あと、このことは誰にも言わないで。とくにお父様やお母様。それにお兄様にもよ。

 ……それにもうだいぶ収まってきたし」

 

 痛みもようやく引いてきた。……まだ痛いけれど。

 ほんと、タンスに小指をぶつけた時の痛みってなんであんなにネットリと痛いのだろうか。世界七不思議のひとつだ。まあ今回はタンスに指ぶつけたわけじゃなくて腕をぶつけたわけだけど。

 

 ……やばい、なんか変な汗出てきた。常に優雅で気品あふれる淑女(しゅくじょ)にあるまじき脂汗。これは良くない。

 

 とりあえずめちゃくちゃ心配してくるメイドを部屋の外に追いやって、ようやく一人になることが出来た。

 メイドにはお父様やお母様には言わないようにきつく言っておいたので、このことは私とメイドの二人だけの秘密だ。

 

 前世の記憶が戻る前の(ミラハ)は7歳とは思えないほど傲慢で高圧的だったから、そんな私にクビにされないように、メイドもちゃんと指示に従ってくれることだろう。

 

 ……よし。

 

 一人になれたことだし、色々と整理しよう。

 ある日突然女の子になっちゃっていたことを思い出したとか、頭の整理が追い付かないですよ…… まったく。

 





早く学院編へ突入して主人公ちゃん暴れさせたい


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第3話 泥水すすってでも生きてやる


主人公の右腕のアザはまじでただのアザです。
ただちょっといい感じの模様になってしまったただのアザです。



 とりあえず、現状を整理して方針を立てよう。

 考えなしに行動してはいけない。策略がなくては勝てる戦も勝てなくなるのだ。古事記にもそう書いてある。……この世界に古事記はないけど。まあ、細けえことはいいんだよ。

 

 まず大前提として、私はミラハ=フレイグルだ。

 なんの因果か、前世は男だったのに女の子になってしまった。

 

 ミラハは前世で遊んだ乙女ゲーム『剣と魔法と貴公子たち』に登場する、主人公の恋を邪魔する悪役のご令嬢。

 辺境伯という大貴族としての地位を活かして、学園内で、あの手この手で主人公の邪魔をする。傲慢で高圧的な性格でプレイヤーから嫌われる、ザ・悪役。嫌われるためだけに生まれた悲しい子。

 

 この『剣と魔法と貴公子たち』は女性向けの恋愛シミュレーションゲームだけど、普通のRPGのようにロールプレイングゲームの部分も良く出来ていて、当時の私もかなりやり込んだ記憶がある。主人公や恋愛攻略対象の仲間たちの成長システムが楽しかった。

 レベルアップで入手できるポイントでスキルを成長させて自分好みに成長させることができるんだよね。魔法縛りでエンディング目指すプレイとかもしましたねぇ!

 

 ただ、『剣と魔法と貴公子たち』を遊んだのは最近ではなくて、高校生くらいの時。割とやりこんだゲームではあるものの、ストーリーの細かいところまでは覚えていないし、サブイベントとかになると記憶も(すずめ)の涙くらいしか残っていない。こればっかりは仕方ないね。

 

 ゲームの舞台は王道の中世ヨーロッパ的ファンタジー世界。

 ストーリーの大筋は、「魔王が復活し世界が危機に瀕しているので、それを食い止めるべく、実は聖女だった主人公が仲間(攻略対象)とともに立ち向かう」というもの。

 

 攻略対象の『貴公子』たちのことはほとんど忘れてしまった。たしか王子様とかもいた気がするけど、名前とか全く覚えていない。

 実際に攻略対象者に会えば思い出すかもしれないが、そもそも当時このゲームを遊んでいた男子中学生の私は『乙女ゲーム』の部分にはあまり興味がなかったのだ。「よく分からないが、この主人公めっちゃモテるな」くらいにしか思っていなかっただろう。

 

 しかし、覚えていることももちろんある。

 

 ミラハ=フレイグルはかなりの確率で死ぬ。

 フレイグル家の没落、なんてのはまだ優しい方で、ルートによっては絞首刑、ギロチンで殺される、なんてイベントもあった。個人的に憎めないキャラだったミラハが、陰惨なCG(一枚絵)とともに、強烈なテキスト文で殺されるのは当時の私に激烈な印象を与えたのだ。

 

 ほんとね、なんでミラハ直ぐ死んでしまうん?

 

 

「うーん、やっぱ私ってあの『ミラハ』だよなぁ……」

 

 自室にある大きな姿見の前で自分のほっぺをふにふにとすると、鏡の中の美幼女も同じように可愛らしくほっぺをふにふにしている。

 

 ウェーブの少し掛かったふわふわな黒髪に、宝石のようにきれいな紅い瞳。まるで陶磁器のようにシミひとつないきれいな白い肌。幼子ながら均整の取れた顔。

 記憶にあるミラハ=フレイグルの幼少期はこんな感じだろうな、という想像通りの容姿だ。

 

 美人になることが確約されているようなものなので、それは嬉しいが…… ギロチンで首がポロリは残念ながらノーセンキューだ。

 ドキッ!死亡フラグだらけの悪役令嬢生活!(首が)ポロリもあるよ! とかね、誰に需要があるのかって話ですよ。私はそんなのいらないから。

 

 というか私ってすごい綺麗な肌だな。

 すべすべでもっちもちだ。それに、今まで気にしていなかったが、自分の髪からほんのりといい匂いがする。自分から女の子の香りがするのがなんだか不思議な感じだ。

 うーん、そうなるとさっき前世を思い出した拍子に家具に右腕ぶつけてアザを作ってしまったのは残念だ。折角の肌が傷物に…… まあ時間が経てばこのアザも消えていくと思うが。

 折角だし、このさい包帯でも巻いてみようかな。中二病みたいに、“くっ…… 俺の右腕が疼く! 沈まれ! 右腕に封印されし暗黒龍!”的なことしようかしら。

 

 ……割と妙案なきがしてきた。この世界は魔法があるし、前世では中二病として馬鹿にされる行動も案外許される気がする。暇なときにでもやろう。もちろん自室で一人のときに。他の人に見られたら恥ずか死ぬ。

 

 

 とりあえずいろいろと考えを巡らせてきたが、私がとるべき行動も見えてきた気がする。

 

「……よし!」

 

 私は頬をぱん、ぱんと叩いて自分を鼓舞(こぶ)する。

 

 方針は決まった。

 とても単純で明快だ。

 

 私はミラハ=フレイグルだ。それはもう変わらぬ事実。そして、ミラハ=フレイグルはかなりの確率で死ぬだろう。

 

 ならば、私は死なない。

 精一杯、生きてやる。

 

 そのためには、3つの行動指針を守ればいい。

 

 

 一つ、主人公の邪魔をしない。

 

 おぼろげな記憶ではあるが、ミラハ=フレイグルが死ぬのは、結局のところ主人公の恋路を邪魔するからだ。であるならば、主人公を邪魔せず、そして主人公の恋を応援すれば良い。

 攻略対象の人物はあまり思い出せないが、どうせ無駄にイケメンだろう。イケメン以外ありえない。すぐに分かる。主人公の女の子もどうせめちゃくちゃ可愛いからすぐに分かる。実際に会えば思い出せることも多いだろう。

 イケメンたちと主人公の恋のキューピッドになるのか、はたまた、主人公に絶対近づかないか、方法はさておき、とにかく邪魔をしない。この先生きのこるにはこれしかない。

 

 

 二つ、主人公たちに魔王を倒してもらう。

 

 『剣と魔法と貴公子たち』のストーリーの細かいところまでは覚えていないが、魔王が復活して、主人公が魔王を倒す、という重要なことはしっかり覚えている。ちゃんと覚えている私、偉い。

 魔王が復活して暴れたら世界がどうせやばいことになるので、主人公たちに魔王を倒してもらうのは必須だ。私も影から援助できるならば手助けしよう。

 

 

 三つ、強くなる。

 

 この世界、普通に魔物的なモンスターがいるし、のちのち魔王が復活する。自分自身を守れるくらい強くないと断罪イベント云々(うんぬん)の前に死ぬ。ぽっくりと逝ってしまう。

 

 特訓だ。

 必要なのはパワーだ。

 力こそパワーなのだ。

 

 ゲームの中のミラハ=フレイグルは甘やかされて育ったからなのか、剣技や魔法が全然強くなかった。しかし、辺境伯家という立場を盛大に利用し、一流の教師から剣を教わり、魔法を教われば、それなりには強くなるだろう。

 自分自身と家族を守れるくらいには強くなる。これしかない。

 

 

 

 ……方針は決まった。

 

 『剣と魔法と貴公子たち』の舞台は学校だった。おそらく王都にある王立アルタリト学院のことだ。

 冒険者だった勇者が王国を建国したことに由来して、王立アルタリト学院は剣や魔法を学ぶ名門校だ。授業の中で冒険者としてクエストをこなすことも有る。

 

 アルタリト学院に入学するのは15歳のとき。そして私は現在7歳。つまり、私にはゲーム開始まで8年弱の時間がある。

 取り急ぎの目標は強くなることだ。私がミラハ=フレイグルであるかぎり、トラブルは起こりうる。自己防衛こそ、私の生きる手段だ。

 

「算術は前世の知識で対応できるし、教養も必要最低限で良い。勉強の時間をなるべく削減して、特訓に費やす。

 私は死なない。生きる。生きて平和に暮らす……!」

 

 紅の瞳に煉獄のような炎を宿し、私は静かに力強く誓った。

 



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第4話 一流は講義も一流

超スピードで3年経過。





 私が前世の記憶を取り戻してから、早いもので3年が経った。

 時が経つのは早い。

 

 私はこの3年間をほとんどすべて自己強化のために費やした。

 

 まずは父であるウルアザ=フレイグルを説得して、剣や魔法の教師として、一流の人材を派遣してもらった。親に迷惑をかけるのは少しはばかられたが、これも必要なことだ。いわゆる先行投資。悪くはない。たぶん。

 

 前世の記憶が戻る前から今世の父は(ミラハ)をすごく溺愛(できあい)してくれているので、そんなに説得に時間はかからなかった。最初は可愛い可愛い娘が「戦闘技術を学びたい」と言ったときは少し難色を示したが、お願い(ニコッ)っとすればイチコロだ。ちょろい。

 こんなにも甘やかしてくれるのだから、ゲームの中のミラハ=フレイグルがあんなにも傲慢(ごうまん)で他者を見下すような態度をしていたのも、両親の溺愛が原因のひとつなのかも。

 

 父に依頼して派遣してもらった教師はマジで一流だった。

 

 一流の教師は、講義も一流。

 剣の型を私に教えてくれれば、私は割とすぐにそれらをマスターすることが出来たし、魔法も光属性以外に適正がある私はメキメキと上達していった。もうほんとね、先生方は褒め上手で、つい乗せられてしまう。私は褒められると伸びるタイプなのだ。

 ……別に私はチョロくない。チョロくないったらチョロくない。

 

 というか、今世のこの身体、かなり優秀な気がする。

 教師の方が一流だからっていうのが大きいが、するすると頭の中に入っていくし、戦闘技術もメキメキ上達する。これが天才の見る景色か…… フッ、ひれ伏せ愚民ども。

 

 だとするとやっぱりゲームの中のミラハが、剣の技術も魔法の技量も中途半端でビミョーだったのは、甘やかされて育って、あまり練習とか努力とかしてこなかったんだろうな。

 

 

 

 コンコンコン。

 

 

 

 自室で思考にふけっていると、3回ノックしてメイドが入ってきた。

 

「ミラハお嬢様、旦那様がお呼びです」

 

「わかったわ。ありがとう」

 

「失礼いたします」

 

 

 どうやら父が私を呼んでいるらしい。

 ちなみにこのメイドは私が前世を思い出したときに地面でうずくまる私を発見したメイド。あのときは驚かせてごめんね。

 

 前世が戻る前、(ミラハ)は『ゲームのミラハの幼少期である』という事実を遺憾(いかん)なく発揮し、家のメイドや執事などの使用人にかなり横柄な態度をとっていた。

 普通ならば7歳にも満たない小さな子どもの戯言(たわごと)で済むことでも、私は辺境伯家のお嬢様。更に父ウルアザは私がどんなことをしても基本的に許してくれるので私の傲慢さは加速していった。

 

 もちろん、前世の記憶が戻ってからはそんなことしていない。

 記憶が戻ってからは、罪滅ぼしではないけれど、使用人にも"ありがとう”と感謝を述べたり、なるべく優しく接するようにしているのだが、最初の頃は「お、お嬢様が私に感謝を……?!」ということをメイドは口走っていた。ご令嬢に対しめちゃくちゃ失礼だが、残念でもないし、当然の感想である。

 

 それにしても、記憶が戻ったのが7歳のときで良かったね。もしこれでゲーム開始の15歳に記憶が戻ろうものなら、周囲との関係はおろか、ゲームの主人公ちゃんや攻略対象キャラのイケメンたちからの心象は最悪で、断罪不可避だっただろう。おお、怖い怖い。

 

 

 そう言えば、私の言葉遣いは完全に「お嬢様」の言葉遣いで固定されているらしい。頭の中では汚い言葉遣いをしていても、それを口に出そうとするとお嬢様言葉で口から発声される。

 おかげであまりボロを出さずに済むのはありがたいが、強制的に言葉が変換されるので多少の違和感がある。まあ、気にするほどでもないけれど。

 ちなみに私はこの現象を「お嬢様フィルター」と呼んでいる。

 

 

 ……さて、思考はこの程度にして父の執務室へ行くとしよう。父上を待たせるのも忍びない。

 

 

 

 コンコンコンと、執務室のドアをノック。

 すると中からどすの()いた低い声で「ミラハか。入りなさい」という声が聞こえる。

 私はもう慣れたからいいが、初見で父のあの声を聞いたら「あなたのお父さん、魔王かなにか?」とでも聞きたくなるくらいにはちょっと怖い声である。

 

 

「失礼します」

 

 扉を開けたその先に居たのは、シックな机で手を組んでいる父、ウルアザ。

 黒髪の私とは違い、落ち着いた色合いのブロンドヘア。整えられた髭は、その怖い顔立ちに良くも悪くも似合っている。

 

 一目見れば、多くの人は父に対して、冷徹、冷酷、残虐、無慈悲、そんな言葉を思い浮かべるだろう。実際、父はその怖い顔立ちや怖い声のせいでそう思われることも少なくないと、兄であるレジナードから聞いたことがある。

 

 ……中身は娘にデレデレの家族思いの良いお父ちゃんなんだけどね。

 その顔立ちでウッソだろお前! ってみんなは思うだろうけれど、うちの父、そうなんです。前世を思い出すまではなんとも思わなかったけど、思い出してから改めて父を見たら「うわぁ、私の父、悪代官様かなにかですか?」って私も思ったからね。是非もないね。

 

 

 そんな父の横には1年前まで私の侍女をしてくれていたセレネムもいる。

 ある日突然、私の侍女が別の人に替わってセレネムが居なくなっていたのだが、戻ってきていたらしい。

 どこに行っていたんだよ…… 寂しかったんだヨ……

 

「お久しぶりでございます、ミラハお嬢様」

「久しぶり、セレネム。突然居なくなっちゃうんだからびっくりしたわ。でもまあ、元気そうで良かったわ」

 

「もったいないお言葉です」

 

 少し見ない間にセレネムも随分と大きくなったな。背も私より少し大きい気がする。

 ぶっちゃけた話、私は前世と今世を合わせると30年くらい生きていることになるので、セレネムのことはなんだか親戚の小さい子を見るような目で見てしまう。成長が嬉しい。

 

「セレネムには私が色々と依頼をしていてな。その時はミラハに言うのが遅くなってしまった。ま、セレネムとは後でゆっくりと話せばいい。先に用件を済ませよう。

 ……ミラハ。今日お前を呼んだのは、来週王都で行われるパーティにお前も一緒に来てもらおうと思ってな。そのことを伝えるためだ。」

 

「パーティ…ですか?」

 

 王都で行われるパーティ? なにかおめでたい出来事でもあっただろうか?

 うーん、私ってば最近もう、訓練ばっかだから世間のことに(うと)いなぁ。いやまあ、それもこれも魔法が面白いのがいけないんだけどね。

 

 練習すれば練習するだけ魔法は上達するし、私は比較的(・・・)魔力が多くて魔法を連続で放っても大丈夫だからね。魔力に物を言わせてモンスターを蹂躙(じゅうりん)するのとかもう最高!

 娯楽の少ないこの世界だが、魔法は私にとってこの上ない娯楽なのだ。

 

 まあ、先生は褒めてくれるけどお世辞が基本だろうし、魔法は一般人に比べれば比較的(・・・)得意というだけだ。ゲームの主人公や攻略対象キャラみたいに魔王と対峙できるほどの力をつけることは私には無理だろう。結局私はメインキャラにはなれないサブキャラなのだ。

 

 ……っといけない。思考がそれてしまった。

 

「ミラハと同じ年のアルタート王国第2王子のネフト様は分かるだろう? そのネフト殿下の10歳の誕生パーティだ。王都や地方の有力貴族が数多く来る。

 本格的な社交界へのデビューはまだまだ先だが、ミラハも一度王都に行ってみたいだろう?」

 

 あ、思い出した。

 ネフトって、ゲームの攻略対象の一人だ。

 

 ネフト=アルタート。アルタート王国の第2王子だ。

 できの良い兄である第1王子とよく比べられてちょっと捻くれてしまった、第2王子。

 

 ……ってことくらいしか思い出してないけど。

 どんな顔だったかな……?

 

「王都ですか。確かに私はまだ1回も行ったことはありませんが…… ただ、魔法の訓練もしたいですし……」

 

 ぶっちゃけゲームが開始する15歳の王立学院の入学式までに1回くらい王都に行くべきだと思うけれど、そんなことより魔法の訓練したい。楽しいし、何よりゲームストーリー開始になったらどんなことが起こるか分からない。力をつけることに妥協はしたくないし……

 知らない貴族がいっぱい来るところとかなんか疲れそうだしなぁ。

 

「そう言うな。ミラハが魔法の勉強を熱心にしているのは分かっている。でも、親としては根を詰め過ぎている娘が少し心配なのだ。

 たまには勉強を忘れて羽根を伸ばすのも悪くないだろう?」

 

「……分かりました。ではせっかくなので」

 

 あまり父上を心配させるのも良くないか。

 ま、ためしに1回王都に行くのも悪くはないだろう。

 

「おお、そうか! よかった! 話はそれだけだ。時間を取らせたな。」

「いえ」

 

「私は少しセレネムと話すことがあるから、先に戻っていなさい。積もる話もあるだろうし、私の話が終わったらセレネムをミラハの部屋に向かわせよう」

 

 

 

***

 

 

 

「変わりませんね、お嬢様は」

 

 ミラハが退出するのを見届けてから、セレネムはポツリと呟いた。

 

「ああ、だからこそ心配だ。ミラハは抱え込んでいるものが大きすぎる。私はできる限りミラハの力になってあげたい。

 ……セレネム。お前は優秀だ。戦闘技術や暗殺技術にも長け、頭も切れる。ミラハの右腕に現れた呪詛を消すため、これからもお前には苦労をかけるが力を貸してくれ」

 

「お嬢様の痛みに比べれば、私の苦労など小さすぎます。

 それに、私は心の底からお嬢様をお救いしたいのです。私にできることなら何なりとお申し付けください、ウルアザ様」



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第5話 娘は魔女の生まれ変わり

昨日評価バーが赤になってて狂乱してたらオレンジに転落して真顔になったので初投稿です。







 ミラハもセレネムも居なくなった執務室で、ウルアザは一人ふぅとため息をつく。

 思い出すのは、忘れもしない、3年前のあの日のこと。

 

 あの日、娘のミラハは変わった。

 まるで急に大人になったかのように、子供特有の遠慮のなさというものが消えた。魔法の訓練や剣技の訓練をするようになった。わがままを言わず、勉強もするようになった。

 

 もちろん、キュートで可愛さ1200%の笑顔で自分をお父様と呼んでくれることに変わりはない。

 

 

 しかし、その笑顔の裏には苦悩がある。関係が良好な侍女にも、両親にも、そして仲の良い兄にも言えない苦しみがある。

 そのことを思うと胸が締め付けられるような思いだ。

 

 ミラハの父、ウルアザは娘のことを思うたび、悲しさで胸があふれかえっていた。

 一部で冷酷卿なんて呼ばれているほど悪人顔のウルアザだが、娘の運命を憐れむ今この瞬間はきっと腑抜けた顔をしているのだろう。

 

黒紅(くろべに)魔女の呪詛か……」

 

 娘を蝕むものの正体、それが黒紅魔女の呪詛だ。

 

 黒紅の魔女とは、アルタート王国に古くから伝わるお伽噺(とぎばなし)にでてくる魔女だ。人間に仇なす魔王に協力し、人間を裏切った魔女。闇より暗い黒髪に、煉獄の瞳をもったと言われている。

 そして、三角形と四角形が合わさったかのような紋様を黒紅の魔女は好んで使っていたという。自分で開発した魔法陣にその模様を組み込んだり、破壊した街にその紋様を描いて自分がやったことをアピールしたり。とにかく黒紅魔女といえばその紋様を皆思い浮かべる。

 

 娘が7歳になったあの日、突如として娘の右腕にその紋様が現れた。見紛うはずもない、あれは紛れもなく黒紅の魔女の紋様だった。

 

 黒紅の魔女が好んで使っていたその紋様はよく知られている。

 伝説でも、黒紅の魔女はその紋様を浮かび上がらせ、魔王とともに復活するとされている。

 

 ミラハが生まれる少し前から、魔物による被害や、魔物の出現数が不自然に増加していた。それを魔王復活の兆しなどという学者もいたが、そのときはそんなこと有るものかと軽く流していた。けれども、今思うと、学者が言うようにやはり魔王の復活は近いのだろう。

 

 右腕に魔女の紋様が浮かび上がった。

 それが意味することは、魔女の復活。もっと言えば、ミラハは魔女の生まれ変わりということだ。

 魔女は死ぬ間際、最後の呪文を行使したという。

 

 何百年後かに発動するという気が遠くなるような魔法で、アトランダムに誰かに転生するというものらしい。いや、転生という言葉は少しニュアンスが違うだろう。正しく言うならば、憑依する。憑依先に選ばれた者は乗っ取られ、自我を失うという。

 もちろん、この魔法は禁術として使うことは固く禁じられ、この魔法の行使方法が記載された書物はその大多数が焼却され、一部残ったものも王立の図書館の奥深くで厳重に保管されているという。

 

 そもそも、この魔法を行使すること自体が無謀であるとされるほど難易度が高い魔法である。しかし、伝説で語り継がれている魔女が行使できたとしても不思議ではない。

 

 

 最初に右腕を押さえうずくまるミラハを発見したメイドも、右腕にある文様が魔女の紋様だとすぐに気がついた。

 

 なぜ突然右腕に紋様が現れたのか、もちろんミラハが知っていることではないが、そのメイドも思わずミラハに聞いてしまったという。その時のミラハはそれはそれはつらそうな顔で、髪は乱れ、脂汗がにじみ、ミラハの均整の取れた顔も苦悶に歪んでいたらしい。

 

 ミラハはこのことを誰にも言うなとメイドに言った。

 

 そう、(よわい)7歳の小さな娘が、親に、兄妹に、誰にも心配をかけさせまいと、必死に疼く右腕を抑え言葉にしたのだ。

 

 何度も、嘘であってくれと願った。

 何度も、たまたま右腕に出来たアザであってくれと願った。

 

 しかし、頭では分かっていた。そんな偶然有るはずがないと。

 アレは紛れもなく、魔女の紋様だ。

 娘を乗っ取ろうとする魔女の意志だ。

 

 そもそもただ右腕をぶつけて出来たアザならば、隠すことはなにもない。むしろ7歳の子供ならばぶつけたことを誰かに言ったり、泣きじゃくるのが普通だ。

 しかしミラハはそうしなかった。

 

 ――いくら考えても答えはひとつなのだ。

 

「……ミラハの髪色や瞳の色もそういうわけなのだろうな… 

 魔女関連の本はすべて破棄させたのに、ミラハはいつ知ったのだろう。……いや、本能的に察したのかもしれんな。聡い子だ」

 

 ウルアザの髪色はブロンドであるし、妻も同じくブロンドヘアだ。ミラハの兄であるレジナードも両親と同じ髪色。ミラハだけが黒髪だ。

 まれに髪色が両親と全く違う子供が産まれると聞いたこともある。ミラハが生まれたときもきっとたまたま髪色が違うだけだろうと思った。

 

 黒色の髪というのは黒紅魔女のせいであまりいいイメージを持たれない。そもそも黒髪自体が珍しいのだが。

 ミラハの場合は瞳の色も黒紅魔女と同じく、紅。

 

 伝説で語り継がれる、裏切りの魔女と自分の特徴が一緒だと知れば、きっとミラハは悲しむだろう。そう思い、ウルアザは家にある魔女関連の書物の破棄を命じ、ミラハに魔女の話を一切しないように使用人たちにも厳命した。

 しかし、ミラハはどこかで魔女のことを知ったのだろう。そして自分の右腕に現れた紋章を見て、自分が魔女に呪われていることを知った。本能的に、黒紅の魔女が自分を乗っ取ろうとしていることを察したのだろう。

 

「なぜミラハなんだ……」

 

 神という存在がいるのならば、なぜミラハをこんな運命にしたのか、殴ってでも問いただしてやりたい。

 

 

 ミラハの腕に紋様が現れてから数日間、ミラハは右腕に包帯を巻いていた。

 "怪我をしたのか?”などと誰も聞けるはずもない。

 

 ミラハの右腕に魔女の紋章が現れたことは家のメイドなども含めて全員が知っている。右腕に紋様が現れ、発見したメイドがウルアザにすぐに知らせ、それから程なく使用人全員に周知した。

 知らずにミラハに聞いてしまうようなことがあればミラハを傷つけてしまうからだ。

 

 ミラハを世話するメイドには逐一なにかあれば報告するように言ってあるが、包帯を巻いた腕を押さえながら、「くっ…… 静まれ…!」と悲痛な声でミラハが言う姿を目撃したとの報告を受けた。

 

 父や母、それに兄。別に使用人でもいい。

 誰でもいいから、打ち明けて大丈夫だと言ってやりたい。そんなことでミラハを差別したりしない。一人で抱え込もうとするな。

 そう言ってやろうと何度も思った。

 

 しかし、そうすればミラハの”みんなに迷惑をかけたくない”という思いを踏みにじることになる。結局のところ、魔女の呪詛を消す方法はまだ見つかっていないのだから。

 

 解決するには、魔女の呪詛からミラハを解放するしかない。

 我が家の諜報員として優秀なセバスチャンとその養子セレネムに方法を探らせているが、結果はあまり芳しくない。

 魔力を高めれば呪詛の力を弱めることができる、ということぐらいしか分かっていない。ミラハも本能的にそのことを知ってか、最近は魔法の訓練をする毎日だ。そのおかげか、ミラハが魔女の呪詛を抑え込んでなんとか日々を送っている。

 

 そんなミラハももう10歳だ。

 

 願わくば、早く呪詛を消す方法を見つけ、ミラハに楽しく平和な生活を送ってほしい。

 

 




※ミラハの腕のアザはまじでただのアザです。
 報連相は大事ってはっきり分かんだね。


5.14追記
ネフト殿下があまりに不評だったので少しお時間頂いて修正します。


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6話

 今日はアルタート王国第2王子のネフト殿下の10歳誕生日パーティ。

 

 日々、魔法の研鑽(けんさん)という名の遊びにかまけている私であるが、流石(さすが)に王族のことやアルタート王国のことをあまり知らないままではおちおちパーティにも行けないので、この1週間は教養の勉強にも精を出した。

 ……そこ、付け焼き刃とか言わない。

 一応普段から勉強しているし、復習だよ復習。

 

 アルタート王国は今から約500年前に、魔王を打倒した勇者と聖女によって建国された由緒ある王国。第2王子のネフト殿下を始め、王族の方々は勇者の子孫というわけだ。

 勇者によって建国されたというだけあって、アルタート王国では「武」を(たっと)ぶ。

 

 現在の王様も、15歳にして単独でドラゴンを倒したりとか、魔境と呼ばれる森を自分の庭のようだって言ったりとか、色々とすごい武勇をもっている。王族や貴族、トップに立つものは「武」に優れていないといけない、という考え方がこの国には一般的に浸透している。

 

 

「うわぁ、すごいきらびやかね……!」

 

 パーティ会場について、まず目に入るのはその豪華絢爛(けんらん)さ。フレイグル家も辺境伯というかなりの大貴族だし、度々(たびたび)パーティもして豪華にやっているけれど、レベルが違う。さすが王家。

 小学校の体育館くらいは広さが有るんじゃないかと思えるくらいの大ホールに、天井からこれでもかと装飾したシャンデリアがいくつもぶら下がり、会場をまばゆく照らす。

 

 開始時間までまだ少し有るのであたりを見回すといかにも貴族っぽい()で立ちの人がたくさん。

 

 私はあまり貴族には詳しくないので、どの人がどの領地を(おさ)めているとか知らないし、顔もよく分からないが、あたりにいる大人たちは高そうなタキシードに身を包み、奥様方はきれいなドレスを身にまとっている。

 服装だけで頭が痛くなるような金額を使っているんだろうな。

 こういう貴族が多く集まるパーティで下手な服装をしようものなら、きっと他の貴族たちから白い目で見られ指さされて笑われるんだろう。服にお金をかけて自分を着飾るのも貴族の仕事なのだ。

 

 かく言う私も嫌々ドレスを着させられている。きっとこのドレスにも大金が使われていることだろう。

 

 

「うわぁ、美味しそう……!」

 

 今回は立食パーティーのような形式で、真っ白なテーブルクロスが引かれた机の上には美味しそうな料理の数々が並べれている。

 文字通り、王国随一の料理たちだろう。早く食べたい。

 

 ……コルセット(ゆる)めたいなぁ。

 

 今世の私は一応女の子なので、コルセットをつけてくびれを強調することを強要されている。お腹が締め付けられて苦しい。ご飯も思うように入っていかないだろうな。悲しいかな。

 てか別にコルセットいらなくない?

 今世の私、新陳代謝がいいのか食べても太らないし、私ってばめっちゃ痩せてるじゃん? コルセットで更に締め付ける必要ない。……なくない?

 

「はは。ミラハ、興奮するのは分かるが、もっとお(しと)やかにな。それに、残念ながら食べられるのはもうちょっとあとだ。

 もうすぐ王様からお話があって、お話が終わったら私と一緒にネフト殿下のところに挨拶に行かねばならない。食べるのはもう少し我慢しなさい」

 

「……別に興奮などしておりませんが、分かりました」

 

 嘘です。興奮しました。

 前世はもちろん今世でも食べ物に関して苦労したことはないし、美味しいものも食べてきたけれど、王家の料理も美味しさのパラメーターが振り切れてそう。早く食べたい。

 早く食べたいが、今日の誕生パーティは別に遊びに来ているわけではない。父上の仕事の一環で来ているのだ。ネフト殿下との挨拶、他の貴族への挨拶も有るだろう。仕方がないがもう少し我慢だ。

 

「ほら、始まるぞ」

 

 父ウルアザがそう言うと、会場の奥にある壇上が光で照らされる。

 王様と王妃様と、今回のパーティの主役であるネフト殿下が現れた。壇上に用意された王様達専用のテーブルにつき、音声を拡張する魔法具(要するにマイクみたいなもの)を手にとって王様が話し始める。

 

「今宵は我が息子ネフトの誕生パーティによくぞ集まってくれた。

 ネフトは今日で10歳という節目の年を迎えることが出来た。この素晴らしき日を祝うため、ささやかながら宴を用意させてもらった。存分に楽しんでいってくれたまえ」

 

 このパーティをささやかな宴と称しましたよ。さすが王様ですね。スケールが国家クラスだ!

 

 主役のネフト様も王様の隣りにいるのだが、いかんせん、今いる場所が壇上から遠くてここからだとよく見えない。まあ、あとで父上がネフト殿下に挨拶にいくと言っていたから、そのときにそのご尊顔を拝見しよう。

 

 ネフト殿下はゲームに登場する攻略キャラの一人だ。ゲームのストーリー的にも重要な役割を担っている。

 ……ついでに言えば、(ミラハ)の断罪イベントでも重要な役割を担っている。ミラハがギロチンで首をポロリしたのもネフト殿下のせいだ。まあ、もともとの原因はもちろんミラハに有るわけだが。

 

 

 王様の言葉も終わり、パーティが開始される。

 とっとと食事をしたいところでは有るが、そのうち殿下と王様に会いに行くのだ。「うわ、お前歯に肉が挟まっているぞ」なんて言われないためにも今は我慢だ。

 

 

「さてミラハ、私達も王や殿下に挨拶に行くとしよう」

「わかりました」

 

 少し間を置いて、他の貴族の方々が殿下たちへの挨拶が終わったのを見計らって、父上と一緒に壇上へと向かう。

 

 父上がネフト殿下に誕生日のお祝いを言って、次いで王様に挨拶をする。

 随分と仲良さそうに王様と話しているが、会話の内容からするとどうやら父上と王様は学院で同じ学級だったらしい。学院内では身分の違いで差別・区別しないというルールが有るし、もしかしたら父上って王様とマブダチだったりする?

 

 まあ、そこらへんは家に帰ってから聞けばいいだろう。

 私もネフト殿下に誕生日のお祝いを言おう。

 

「ネフト殿下、10歳の誕生日おめでとうございます」

 

 ネフト殿下、近くで見るとめっちゃイケメンだな。

 さすがゲームの攻略対象キャラなだけはある。

 均整の取れた顔立ちで、まだ幼いので顔の輪郭に丸みがあるが、目は切れ長できれいな青色の瞳をしている。髪色は王様と同じく金髪。

 

「ああ。

 ……ほう、貴様なかなか……」

 

 私が挨拶をすると、ネフト殿下は興味なさげに「ああ」とつぶやいたが、私の方を見ると声色を変えた。そして私を舐め回すように見はじめた。

 

 え? なに?

 殿下、そんなマジマジと見られても……! はっ!? もしや殿下、私のあまりの美貌に心奪われてしまったのか?! そうなのね!!

 これはいけない! 某大泥棒Ⅲ世みたいに心を奪ってしまっては、ゲームの主人公ちゃんの恋を邪魔することになってしまう!

 

「貴様…… なかなか良い魔力をしているな。その年で鍛錬もよく(おこな)っているらしい」

 

「……はい?」

 

 私の美貌に惚れたのかと思いきや、違うらしい。

 急に魔力を褒められた。

 

 ?

 

 おかしい、私ほどの美少女には「初手容姿褒め」がテッパンなはずなのに…… 「初手魔力褒め」はおかしい。おかしくない?

 いやまあ、殿下の言う通り魔力の鍛錬……と言うか、魔法でよく遊んでいるけれども。なぜ分かったし?

 

「ああ、すまんな。俺は“視る”だけである程度分かってしまう、少し特殊な“目”でな。

 フレイグルは極悪非道で下劣などと貴族の間で陰口を叩かれているが、父上が信を置く家なことだけはある。才能はもとより、その才能を活かす努力も怠らない。

 ……くくく、やはり実際にその人間を見なければ分からぬな。伝聞ほど不確実な情報伝達手段はない。貴様もそうは思わぬか?」

 

「え、ええ。まあ……」

 

 殿下がなんか一人で盛り上がっているけれど、よく分からない。くくくって笑ってるしどこかがツボだったんか。

 

 あと、たぶん私、普通に褒められている。

 なんだ、なんだ。王子様っていうから、てっきり俺様系、尊大横柄横暴な性格かと思ったら意外といい人じゃん!

 

 すると殿下は右手をスッと差し出してきた。

 

「この国はいずれ、過去には乗り越えられなかったほど大きな国難を迎える。そのときにはこの国のすべての者が一丸となり、ことに当たらねばならぬ。

 貴様はその時に重要な役割をきっと果たすだろう。よろしく頼むぞ?」

 

「国難、ですか…… 私にできることはたかが知れていると思いますが…… もし仮に、伝説の勇者や聖女みたいな人たちが現れたら、そんな彼らを手助けする、くらいのことはできる限り頑張りましょう」

 

 私は殿下に出された右手を取り握りかえす。

 

 殿下が言っている国難とは、きっと魔王が復活することだろう。魔王が復活することはとりあえず、私が知る限り、まだ(おおやけ)にはされていない。しかし、王族ならゲーム開始5年前である今の時点で知っていて何もおかしくない。

 

 まあ、魔王が復活したら、普通に私も困るので手助けはするけれど正直、あんまり期待しないでね。私、後方支援専門なんで…… 前線で魔王と戦って死ぬとか嫌ですし……

 まあそもそもゲーム通りなら聖女の主人公ちゃんと、殿下たち攻略対象キャラたちが魔王倒してくれるから、私は後ろから見てるだけで大丈夫なはずだ。

 

「くくく、貴様もその勇者一行の一員やもしれぬぞ?」

 

 やっぱり殿下の笑いのツボはよく分からん。

 

「御冗談を」

 

 私はただのサブキャラだ。

 

 

 

 




ネフト殿下はとりあえず修正しました。

また、小説家になろうにも同じタイトルで投稿しました。
(https://ncode.syosetu.com/n9168gf/)

こちらも更新しようと思っていますが、あまりにも皆さんを不快にさせているようでしたらこちらは非公開にしてなろうメインにするかもしれないです。
投稿初期から読んで下さっている方には申し訳ないです。よろしくおねがいします。


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第7話 ふんすふんす

「ミラハ、辛くなったらいつでも帰ってきていいからな?」

 

「……お父様、大丈夫です。その話、もう5回目ですよ。セレネムもいるので大丈夫です」

「そうですよ、あなた。ミラハはもう15です。心配しすぎです」

 

 はい。

 私ももう15歳になりました。

 

 時が経つのは早いね。

 前世を思い出したのが7歳の頃だから、あの時からすでに7~8年が過ぎている。

 そんなにも年数が経ったが、その間に私がしていたことは特に変わりが無い。剣や魔法を鍛える日々。いやもうね、訓練が楽しくて仕方なくてね。

 

 私はどうやら魔法の才能が割と有る方らしい。ゲームのミラハもちゃんと訓練とかしていればもっと強いキャラだったんだろうな。決して剣術魔法どちらも成績微妙娘ではなかったはずだ。

 魔法に対して剣の才能はあまり無さそうなので、剣の訓練は最近少しサボリ気味。……だって、魔法のほうが楽しいんだもん。前世に魔法なんてなかったからね。別に剣も出来ないわけではないが、10段階評価をするならばおそらく5~6くらいだろう。それに、剣を振り回していると間違って自分を切ってしまいそうで怖いよ。あんまり剣使いたくない。

 

 最初の頃の魔法の訓練は、先生に横についてもらいながら練習して、木や岩に魔法を放ったりという訓練をした。次のステップは魔物を実際に倒す訓練。我がフレイグル家は領地の中にダンジョンを保有しているので練習ははかどりまくりだった。さすがフレイグル家。

 まあ、ダンジョンが有ると言っても、ダンジョンの場所がフレイグル家の領地の端っこの方で、かつ道もあまり整備されていないようなところなので、他の人はほとんど見かけたことがない。実質私専用のダンジョンと化していた。

 

 そのダンジョンは闇属性の魔物が多く生息していて、光属性が使えるとかなり攻略が楽なのだが、光属性保有者はかなり希少らしいし、私も使えない。ので、私は得意の闇魔法でゴリ押しした。

 このダンジョンは空間が闇属性の魔素で満たされているので、闇属性使いの私もすこぶる調子よく魔法を使うことが出来て爽快感MAXだ。

 

 人より魔力が割と多い私は、魔力に物を言わせて全力ブッパ。

 とどのつまり、どこかの大魔王様みたいに「今のはメ○ゾーマではない…… メ○だ」的な感じで魔力に物を言わせたゴリゴリ脳筋戦法だ。

 

 そんな日々を7年間。

 

 当然、私は強くなることが出来た。

 

 まあ、そんなこと言ってても、主人公や攻略対象キャラのように魔王様を倒せるくらい強いわけではないと思うので自惚(うぬぼ)れないことだ。

 (ミラハ)はゲームの中ではあくまでも主人公の恋愛を邪魔するためだけのキャラクター。勇者や聖女みたいに人間の限界を突破したように強くなることは出来ないだろう。

 

 それに、他の人達がどの程度のレベルなのか知らないが、結局レベルなんてあくまで目安でしかない。

 ポケモ○でもレベル1でレベル100倒すなんて普通にできるし、結局は戦闘経験が物を言う。

 

 まあ、でも……

 うん。とりあえずそんなに簡単に死んでしまうこともないだろう。

 

 私の目標は生きること。

 別に勇者になるでも、魔王になるでもない。

 その点で言えば、断罪イベントや処刑イベント云々(うんぬん)の前に死んでしまう、なんていうことを避けることはできるわけだ。目標の第1段階はクリアしたと言ってもいいだろう。

 

 あとは学園生活を平和に暮らすだけだ。

 

 

「ではお父様、お母様、お兄様。行ってまいります」

 

 悪人顔でガチ泣きしているという、父上の極めて稀有(けう)な光景をあとにしながら、私達は王都行きの馬車に乗り込んでいった。

 

 まじで父上はなんであんなにも悪人顔なんですかね……? 兄上はめちゃくちゃ女たらしの甘いマスクなのに。母上も恐ろしい美人さんなだけなのに。……まあ、どちらにしても、父上も兄上も母上も、皆あまりいい噂はされてないらしいけど。

 

 そういえば、今回、ゲームの舞台であるアルタリト学院に入学するのは私だけではない。同い年の侍女セレネムも私と一緒に入学する。

 

 アルタリト学院は王立の学院で、貴族の入学が6,7割くらいを占めるので、生徒一人ひとりにメイドがあてがわれ身の回りの世話をしてもらえる。なので、セレネムが入学するのも、別に私の世話をするためではない。セレネムも普通に学生として入学する。

 

 セレネムは昔から私の遊び相手にもなってくれたりしているので、今回一緒に入学できるのはかなり心強い。なんていうか、セレネムは私の中ではもう家族なので、姉妹と一緒に入学できるみたいでワクワクする。

 最近セレネムは父上から色々と仕事を任されていたみたいであまり会う機会がなかったけれど、これから学院生活中は頻繁にあうことができるぞ! やったね。

 

「セレネム、王都まではどれくらいだったかしら?」

 

 馬車の隣に座る侍女のセレネムにちらっと聞いてみる。

 

 改めてセレネムを見てみると…… 成長したな。お姉さん嬉しいよ。

 あんなにも小さかったセレネムも、今じゃ私よりも背が高いし、おっぱいも大きいし、美人だし、おっぱいも大きいし。 ていうか、おっぱい大きくない? 私別に無乳じゃないけれど控えめなんだが? そのおっぱいで侍女は無理があろうと思われます。そのおっぱいにダイブするぞこんちくしょう。

 

「だいたい2日ほどでございます。安心してください、道中通る町で宿も可能な限り最高級のものを抑えておりますし、道中モンスターが現れても雇った冒険者がたちどころに成敗してくれることでしょう。

 もちろん、御者も冒険者もすべて女性です。お嬢様の寝込みを襲うような輩は居りません。

 私がお嬢様の身を守るため一緒に寝ることも可能です。いえ、むしろそうしましょう。そのほうが安全です!!!」

 

「あら、昔みたいに一緒に寝られるのね! ふふ、なんだか子供に戻ったみたい」

 

 うんうん、小さい頃はセレネムと一緒によく寝たなぁ。セレネムは意外と雷が怖いとか、幽霊が怖いとかで私によくよしよしされてましたねぇ。あの頃と違って私より背が高いセレネムだけど、そこらへんはまだ変わってないかもね。

 

 拳をギュッと握りしめ、そんなに鼻息をふんすふんすってさせて、よっぽど護衛に気合が入っているらしい。しばらく見ない間に立派な使用人になってくれた。親戚の子の成長を見るようでお姉さん涙がちょちょ切れそうだよ。

 

 ……そういえば今世の私は女なんだよなぁ。

 家の中はもちろん安全だし、フレイグル家の領地も安全だったから特に意識したことはなかったけれど、寝込みを襲ってくるような男も世の中にはいるだろう。野盗とかもいると思うし、私もちゃんと意識したほうが良いかもしれない。

 さすがに無理やり犯されるとか嫌ですし。

 まあ、無理やりじゃなくても男にそういったことされるのは…… どうなんだろう?

 

 うーん、前世は男で今世は女。

 だいぶ女の身体に考えもひっぱられているような気はするけれど、恋愛対象はどっちなのか未だに分からんな。まあ、別に恋愛したいわけじゃないし、これから恋愛したくなったら考えればいいや。

 

「ああ、お嬢様と一緒に寝られる……! これだけでも学院に入学する役得が有るというものです…!」

 

 セレネムはよっぽど一緒に寝られるのが嬉しいらしい。ふっふっふー、セレネムってばそんなに美人で大人っぽくなっても中身はまだまだ子供のままだなぁ? まあ私も前世と今世あわせたら結構な年齢だけど、素直に嬉しいよ。

 

 王都につくまであと2日か。

 やっぱりフレイグル家に帰れるのは長期休暇のときくらいなんだろうな。他の貴族も自分の領地からだとこれくらい日数はかかるだろう。だからこそ学院は全寮制なのだが。

 のんびり王都につくまで待つとしよう。セレネムとおしゃべりしながら。……もしかしてこれが噂に名高いガールズトークなのか!?!

 

 

****

 

 

 

 

 フレイグル領を出て1日目の夜。

 小さな宿場町でミラハたちは予定通り宿で休む。

 

 出立したときにセレネムと約束したとおり、ミラハとセレネムは同じ部屋で眠ることになった。

 ミラハは慣れない旅路で疲れ果ててすぐに眠ってしまったが、そんなミラハをセレネムは愛おしそうに見ていた。

 

「ああ、お嬢様。可愛い可愛いお嬢様。

 お可愛いお顔立ちでやはり寝顔もお可愛い……」

 

 セレネムは眠るミラハの顔を右手で撫で、自分の頬を紅潮させていた。

 

 



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