転生したらドラクエ3の商人だった件 (灰色海猫)
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噂の異世界転生

それは、アレルが16才になる、誕生日のことであった。

 

「起きなさい。起きなさい。私の可愛いアレルや・・・

おはよう。アレル。もう朝ですよ・・・」

 

 

 

 アリアハン一の勇者オルテガは、初子を授かった日に世界の支配を企む魔王バラモスを倒すべく旅立った。しかし、オルテガは旅の途中で消息を絶った。伝聞に寄れば、「魔物との戦闘の最中に火山に落ちて命を落とした」とされている。

世界は魔王バラモスと、その眷属たる魔物たちに蹂躙され続けていた。長い月日が経ち、人々が希望を失いかけた、ある日、16歳になった勇者オルテガの子アレルが王様に旅立ちの挨拶に向った。父親と同じく魔王バラモスを倒す度に出る・・・希望の象徴である、勇者の物語が始まる・・・

 

 

 ここはルイーダの酒場。勇者の旅立ちを聞きつけた冒険者達が集まっていた。戦士、武闘家、僧侶、魔法使い、商人、遊び人・・・世界には様々な職業があるが、勇者の旅の仲間、パーティーに入れるのは最大4人だ。つまり、勇者を除けば残りの席は3つしかない。選ばれるのは3人だけだ。冒険者達は、この日の為に、勇者のパーティーに選ばれる為に、努力を重ねてきたのだ。みんな、自分が選ばれたい。今日まで、自分を支えてくれた家族、友人、剣術や武術、魔法の師匠達の顔が思い浮かんだ。勇者に選ばれ、歓喜する顔、選ばれず落胆する顔・・・王城に向かった勇者が王様への挨拶を済ませ、間もなくルイーダの酒場に旅の仲間を選びに訪れる。冒険者達は一様にピリピリムードだ。1人を除いて・・・

 

「商人さん、商人さん、大丈夫ですか?そろそろ、勇者さまが来ますよ。起きてください・・・」

 

 俺は肩を揺すられて目を覚ました。目を開けると、水色のロングヘアーで大きめな赤い目をした奇麗なお姉さんが心配そうに見つめていた。水色の髪の上には、黄色の十字架が刺繍された青く縦に長い帽子を被っている。これではまるで・・・

 

「僧侶ちゃん。おはよう。でも、俺はまだ夢の中にいるようだ」

 

「おはようございます。僧侶ちゃんですよ。”ちゃん”付けで呼ばれるほど、若くもありませんが・・・」

 

「こんな奇麗なお姉さん僧侶ちゃんコスプレ見たことないよ。ところで、ここはどこ?」

 

「コスプレ?・・・知らない言葉です。ここは、ルイーダの酒場ですよ。熟睡しすぎて、忘れてしまいましたか?」

 

 にこにこと微笑む僧侶ちゃんの言葉を引き金に周りで笑いが起こる。周りを見渡すとそこには・・・真っ赤なビキニアーマーを着たムチムチムキムキの女戦士、中国風の稽古着を来たツインテールの武闘家少女、とんがり帽子を被った挙動不審な魔法少女、正統派ゴリゴリの白塗り大きな丸い付け鼻をしたピエロ・・・これでは、まるで・・・

 

「ルイーダの酒場みたいだ」

 

「そうです。ここはルイーダの酒場ですよ。奥のカウンターにいるのが、ここの女主人ルイーダさんです」

 

 名前を呼ばれたカウンターの女性・・・薄紫色でふわふわとした長髪を後ろでひとつにまとめ、胸元が大きく開いたピンクのロングドレスを着た女性が「イエーイ、私がルイーダさんだゾ」とピースサインを決める。

 俺は自分の頬を強く叩いた。痛い。もう一度叩いた。やっぱり、痛い。ここは夢の中ではないようだ・・・ということは・・・

 

「これが噂の異世界転生ってやつかー!」

 

 昨日の俺の行動を深く思いだしてみた。高校の授業が終わって、バイト先のコンビニに直行、9時過ぎにバイトが終わって、家で夜ご飯を食べて、スマホをいじりながら就寝。うん、いつも通りの日常だ。ただ違うのは、起きたら自分の部屋のベッドではなく、ルイーダの酒場のテーブルだったことだ。

 

「だ、だいじょうぶですかー?急に自分の頬を叩いたり、意味不明な叫び声をあげたり・・・大丈夫ですか?ホイミしましょうか?これはホイミしたほうが良さそうです・・・ホイミ・・・」

 

 僧侶ちゃんの手から優しい光が溢れ、俺の頬を包みこむ。ホイミ・・ホイミって魔法だよな。目の前で起こった神秘的な光景。これは、テレビのドッキリ企画やSNSのいたずら企画では再現できない光景だ。どうやら俺は、本当にドラクエ3の世界に迷い込んだようだ。

 

「魔法マジサイコー!僧侶ちゃん、ホイミ、ありがとう。僧侶ちゃんは俺の初めての人(と書いて女性と読む)だ。ところで、私は誰?」

 

「初めての人って魔法的な意味ですよね!ちょっと意味深な感じで言わないでくださーい!」

 

 焦りながらも、まじめに返答してくれる僧侶ちゃんはとってもいい人のようだ。青い法衣の脇から見えるオレンジ色の全身タイツに包まれた体が眩しい。

 

「もー!冗談はやめて下さい。あなたは、商人さんですよ。商人トランさん。そろそろ、勇者様が王様への旅立ちの挨拶を終えて、ここの旅の仲間を集めに来ます。しっかり、してくださいね」

 

 やっぱり、まじめに答えてくれて、物語の進行までしてくれる僧侶ちゃん、素敵です・・・僧侶ちゃんが手鏡を出して、俺を映してくれる。手鏡に映る俺の外見は、記憶の中のいつもの俺・・・クール(目つきが悪いだけ)でワイルドな髪型の黒髪(最近床屋にいっていなかっただけ)だった。

ここまでの情報を整理すると、俺はドラクエ3の世界に商人トランとして異世界転生した。そして、ここはルイーダの酒場でもうじきに勇者が旅の仲間を集めに来る・・・俺もドラクエ3は、何度も遊んできた。やり込みプレイもしたし、リアルタイムアタックだってやった。だから、この世界の知識には自信がある。だから、解る。勇者に選ばれなかったら終わりだ。ただのモブキャラになってします。運良く商人の町イベントの商人キャラに選ばれても、そこには投獄という悲しい結末がまっているのだ・・・

 

「勇者様が来ましたね・・・」

 

 僧侶ちゃんは酒場の入口向かった。そこには黒髪のくせっ毛を勇者っぽい、球の付いたサークレットから適度に出したイケメン。イケメンが着けた紫マントが勇者っぽさをさらに演出していた。僧侶ちゃんが勇者に駆け寄って、小声で相談開始。どうやら伝説の通り、ドラクエの勇者様は非常に無口なようだ。僧侶ちゃんは、勇者をカウンターの前に連れて行き、

 

「皆さん、これから勇者アレル様に旅の仲間を選んでもらいます。勇者様の旅は、魔王討伐の旅・・・辛く長い旅になるでしょう。ときには命を落とすことをあります。それでも、勇者様の旅の仲間に加わりたい方は、自己紹介をお願いします。名前、職業、年齢、旅の目的、アピールポイントなど、勇者様の判断材料になりますので、詳しくお願いします。それでは私から・・・」

 

「私は僧侶ナナ。20歳、女です。性格は、恥ずかしながらセクシーギャルです。一刻も早く魔王討伐し、平和な世界を取り戻したい、その思いでここにきています」

 

 僧侶ちゃんの力強い自己紹介。清楚な見た目に反しての性格がセクシーギャル!法衣の脇から除く、豊かな曲線に目が離せなくなります・・・まて、性格だと。リメイク版から実装された性格か。この世界はリメイク版の世界ということになる。これは、重要な情報だな。しかし、俺の性格って何だろう?むっつりスケベとか、さびしがりやだと自己紹介が恥ずかしいな・・・性格の調べ方はお決まりのあれかな・・・

 俺は小声で「ステータスオープン」と呟いた。目の前にステータス画面が現れた。転生者に優しい共通仕様で助かります。どれどれ、内容は・・・

 

名前:トラン

職業:商人

性別:男

レベル:1

性格:頑張り屋

装備:布の服

 

 頑張り屋!これはこれで、恥ずかしいよ!自分で自分を頑張り屋さんと自己紹介するなんてイタすぎるよ・・・クール(目つきが悪いだけ)な、一匹狼(友達が少ないだけ)を気取っていたのに!それから、装備は布の服だけだね。だぼだぼなズボンに変なベスト・・・ポジティブに裸じゃなくてよかったと考えよう!

 

「俺は女戦士ステラ、22歳だ。性格はタフガイ!俺を仲間に選べ、後悔はさせないぜ!」

 

 褐色な肌を惜しげもなくビキニアーマーでさらした、ムチムチムキムキの女戦士。一緒に旅したいです。

 

「私は女武闘家リン、18歳。性格は男勝りよ。私は強いわ、そして誰よりも強くなる。私を選ぶことは必然ね」

 

 ツインテールの武闘家が自信満々に自己紹介した。まさにクールビューティー。鋭い目つき、キツイ口調・・・その道の人々にはご褒美でしかない。もちろん、俺も嫌いではない。

 

「イタタタ!あ、あ、あたしは魔法使いマリーです。じゅー・・・16歳です。女の子です。性格は・・・一応、切れ者です。友達からは、切れ者なのにふにゃふにゃだねって言われます!」

 

 すごい!勢いよく椅子から立ち上がり過ぎて、テーブルに激突しながらの自己紹介。癒し効果抜群のドジっ子はみんなの宝物だ。

 

「ボクは遊び人ラルフ。16歳、男です。性格はお調子者・・・遊び人は、荒んだ心、疲れた心に笑いと癒しを与える職業なんだ、ボクもみなさんに笑いと癒しを与えたい・・・って、魔法使いさん!転んだり、ぶつかったり、遊んだりは、ボクの仕事だよ!ころんで笑いを取ろうと思っていたのに!そんなにきれいな激突をされたら、何もできないでしょ!ボクのボケを返せ!」

 

 正統派の白塗り化粧、大きな丸い付け鼻をしたピエロ・・・出落ちしかないと覚悟きめていたのに、天然ドジっ子の破壊力に負けた哀れなピエロ。だけど安心しろ、君には転職後の栄光の未来が待っている。そして、自己紹介は俺の番になった。

 

「俺はちょうにんとらん。ごめん噛みました」

 

 盛大に噛んだ俺は、しどろもどろになりながらも何とか自己紹介を終わらせた。内容は全く覚えていないが、頑張り屋さんの性格が俺を支えてくれたようだ。遊び人が「天然とマジモンのドジっ子には勝てません・・・」と項垂れている。遊び人さん、ごめんなさい。

 

 結局勇者は旅の仲間として、女戦士、女僧侶、女魔法使いを選び旅立っていった。オーソドックスなバランスタイプのパーティー編成!しかも、ハーレムプレイ!さすがは勇者様だ。




職業の盗賊は出ない予定です。盗賊ファンの方々ごめんなさい・・・

勇者の名前をアレルに変更しました。


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残されたものたち

「君たち、旅の仲間に選ばれなくて残念だったね。お姉さんは、選ばれても選ばれなくても、みんなを応援し続けるぞ」

 

 勇者パーティーが旅立ち、残されたものたち、商人、武闘家、遊び人をルイーダさんが慰めている。ドラクエ3は何度も繰り返しプレイしている。しかし、勇者の選ばれなかったものたちの寂しさは、ゲームの中でも味わったことがない、ましてや、自分が選ばれなかった悲しみは・・・俺の気持ちはどん底だ。大好きなドラクエ3の世界に転生した興奮も過去のものになっている。勇者と旅に出ないなら、俺はここに何をするために転生したというのか・・・

たしかに勇者の選んだ仲間は初期メンバーとしてはバランスが取れている。しかし、初期職業は転職をすることで変更可能だ。残された遊び人は、「悟りの書」なしで賢者に転職可能であり、武闘家もレベルアップに比例して会心の一撃発生率が上がる職業特性がある。俺は・・・商人は他の職業に比べれば見劣りするが、転職でカバーできる。何よりも、俺には何度も遊んだドラクエ3の豊富な知識がある・・・俺ならば、勇者なしでも、残された3人でも魔王バラモス退治ができるのではないか。そうだ!俺がこの世界に転生した理由は、勇者よりも早く世界を救うことに違いない。そして、魔王バラモスを倒した俺は、勇者パーティーに認められ、僧侶ちゃんや女戦士さんと仲良しになれるかも知れないしね!

 

「遊び人、武闘家さん。聞いてくれ、勇者には選ばれなかったが、落ち込んでいても仕方がない。俺たち3人で魔王バラモスを倒す旅にでようぜ!」

 

「ばっかじゃないの!何でエリート武闘家の私が商人と遊び人なんかと旅にでないと行けないわけ!勇者に選ばれなかった私には足りないものがあったのかも知れないわ。私はもう一度、自分を鍛え直す旅にでるわ」

 

 武闘家は「ルイーダさん、またねー」と手を振りながらルイーダの酒場を出て行った。勇者パーティー旅立ち、武闘家も旅立った。残ったのは商人と遊び人・・・スタートから、かなりのハードモードの予感!

 

「あの商人さん、こんなボクで良かったら、旅のお供に加えてください!」

 

 遊び人がにっこり微笑みながら、商人の手をガシっと握って来た。縛りプレイもかなりやってきた。商人と遊び人の2人旅。男2人パーティーがイケメン勇者のハーレムパーティーを出し抜く!これは燃えるぜ。俺も遊び人の手を握り返し、

 

「遊び人!俺たち2人で伝説を作ろうぜ!」

 

「あのー。ちょっといいかな。2人の世界で盛り上がるのは良いんだけど、注意事項がありまス!」

 

 ルイーダさんが、早速旅立とうと盛り上がる俺たちに遠慮しながら話しかけてきた。

 

「お話を聞いていましたが2人で魔王討伐の旅に出るのかナ。勇者は選ばれし者。魔王と戦うための特別な力があるんだ・・・一つは、勇者の仲間以外の冒険者パーティーは、全滅しても教会で生き返らない。全滅したら終わりだヨ。一つは、勇者に与えられし物、魔法の袋は君たちには使えない。君たちが持っているのは、ただの布袋だ・・・それでも旅立つというのなら、出会いと旅立ちの酒場のルイーダは旅立ちを祝福させてもらうヨ・・・」

 

「ルイーダさん!男は・・・男と生まれたからには、誰でも一生の内一度は夢見る・・・地上最強の男と魔王討伐とハーレムパーティーを!俺たちは男の夢を叶えるために旅立つぜ!」

 

 商人と遊び人は、ルイーダの酒場から飛び出していった。誰もが夢見る男の夢を叶えるために。

 

「男の子っていいナ。お姉さん、期待しちゃうナ。君たちの出会いと旅立ちを祝福するヨ・・・」

 

 

 

 

 

「おやじ!武器を見せてくれ!」

 

「おう!今日は武器がよく売れるぜ。さっきも勇者様に銅の剣を売ったばかりだ。アリアハンの店売り最強の武器をな!」

 

 俺たちは、装備を整えるために武器屋を訪れていた。確かに銅の剣はコストパフォーマンス抜群の武器だ。銅製といってもバカにすることはできない。アリアハン全域で通用する攻撃力を持っている。商人の特殊能力ではないが、値切りまくるぜ。俺は値切りの限界を突破して大阪のおばちゃんを超えてやる。

 

「ところで遊び人はいくらもっている?ちなみに俺は無一文だ」

 

「商人さん、ボクも無一文ですよ・・・こうなったら、仕方がありません!ボクの布の服を売り払い、武器を買いましょう」

 

 俺も人のことは言えないが、無一文で魔王討伐に旅立つってすごいな!布の服の売値は7Gだ。ひのきの棒が5Gだから、布の服を売れば最低限の武器が手に入る・・・

 

「ボク・・・裸になって恥ずかしいけど、商人さんのためなら、我慢できるよ・・・」

 

「いつも苦労を掛けてすまないな。遊び人・・・」

 

「商人さん・・・それは言わない約束ですよ」

 

「いや、まてまて。ひのきの棒なんて、ザコ武器の為に人間の尊厳を捨てるのは間違っていると思う・・・と言うわけで、2人とも無一文ということが分かったな!」

 

「無一文の貧乏人ども!店の前で遊んでんじゃねえー!商売の邪魔だから、他所で遊べ!」

 

 武器屋のおやじは、アリアハン店売り最強武器を振り回し2人を追い払った。危なかった・・・もう少しで人間の尊厳を売り払うところだった・・・金がない、武器もない。無いものは無いのだ。しかたなく、2人は手ぶらで戦闘に挑むことにした。

 

 

 

 

 

 アリアハンの町から出た商人と遊び人は、恐る恐るモンスターを探しながら町周辺を歩き回った。草原を歩き、森に一歩踏み込んだとき、周囲の森からモンスターたちが現れた!足元には4匹のスライムが体をプルプルと揺らしながらにじり寄り、頭上の木の枝には3羽の大ガラスがつかまり「カーカー」と威嚇の鳴き声を上げている。スライムも大ガラスも最弱モンスターだ。レベル1の商人、遊び人パーティーでこの数の敵を闇雲に相手にするのは危険・・・しかし、確実に1匹ずつ各個撃破していけば、死ぬことはない!

 

「遊び人、ついに初戦闘だ!まずはスライムを1匹ずつ確実に倒すぞ!って、遊び人、何やってるの!」

 

遊び人は、にっこり微笑んでいる・・・足元はスライムにたかられ、頭を大ガラスに突かれながら・・・

 

「使えない奴め・・・自己紹介で、かませなかったボケをここでかますなんて!取り敢えず、遊び人がたかられている間にスライムを減らそう・・・」

 

 俺はスライムをサッカーボールのように蹴り飛ばした・・・

 

 

 

「ボクは初めて戦闘で死ぬところでした・・・カラス、怖いよ・・・モグモグ・・・」

 

 俺たちは何とかスライムと大ガラスの魔物群れを倒した。遊び人は頭をかなり大ガラスに突かれ、血だらけになっている。今は倒したスライムが落とした薬草をモグモグと食べて傷を癒していた。俺は大怪我を負った遊び人を薬草に任せて、落ちているゴールドを拾いまくる。商人はゴールドを追加で拾えるのだ。

 

「よし、ゴールド拾い完了・・・さすがは魔王の手下たち。手強かったな・・・しかし、俺たちは力を手に入れた。いっきにレベル3に上がった!このレベルなら、アリアハンの町周辺なら、いくらでも戦える!奴らを倒しまくって、レベリングだ!追加ゴールド拾いまくりだ!」

 

「モグモグ、ゴックン!商人さん、目が怖いですよ。だけど、ボクも頑張ります!何やら、新しい遊びが閃きそうな気がするので!」

 

 遊び人よ、にっこり微笑んでも、その場で転んでも問題ない。お前は肉壁として、モンスターの攻撃を受けるだけで充分だ。ケッケッケッケ!

 

「急に悪魔みたいな笑い方をしないで下さい!いつも以上に目つきが悪くなって、殺人鬼みたいです!わー、向こうから、スライムたちが寄って来ますよ。今度こそボクの実力を見ていて下さい。でやー!わ、足がもつれましたー」

 

遊び人は、足がもつれてその場に倒れた・・・倒れた遊び人はスライムたちにたかられ・・・スライムが遊び人に飛び乗る度に「ギャ!」と悲鳴が上がった。

 

「使えない奴め・・・だがしかし、遊び人が使えないことは折り込み済みだ」

 

 俺は遊び人に、たかったスライムをサッカーボールのように蹴り飛ばした・・・

 

 

 

「ボクは旅立ち初日の戦闘で何度も死にそうになりましたよ・・・カラス、怖いよ・・・モグモグ・・・薬草の食べ過ぎでお腹いっぱいですね」

 

 アリアハンの町周辺での戦闘で商人と遊び人はレベル5まで上がり、スライムや大ガラス程度なら、蹴りやパンチで余裕をもって倒せるようになった。現在は時折スライムや大ガラスが落とす薬草を食べながら休憩中・・・薬草でお腹いっぱいになる遊び人・・・どれだけ、薬草を食べたのやら・・・

 

「最初は血だらけになったり死にそうになったりしたけど、商人さんの指示通りに戦ったら、レベルアップができました!ボクなんかが、レベルアップできるなんて思ってもみませんでした!ボクなんかが勇者さまの旅の仲間になれるなんて思わなかったけど、ボクだって魔王の手下と戦えるってわかりました!」

 

 遊び人はにっこり微笑みながら、レベルアップを喜んでいる。大ガラスに突かれた頭から流れた血でピエロメイクは所々落ちかけている。ピエロの衣装も何か所か穴が開いている。それでも、遊び人はにっこり微笑んでいる。

 

「ボクは勇者さまに嘘をつきました。笑いと癒しを与えたいって言ったのは嘘です。本当は遊び人なんかになりたくなかったけど、ボクは生れながらの遊び人です・・・冒険者なのに役立たずの職業・・・だけど、ボクだって戦いたい!今のこの世界には戦う力が必要です・・・魔王を倒して、みんなの本当の笑顔を取り戻したいんです!だから、これからも商人さんについていきます!」

 

 俺は遊び人の頭に手を伸ばし、頭をわしゃわしゃと掻き回した。遊び人は、にっこり微笑みながらされるがままだ。

 

「全部、俺に任せておけ!今日から始まった、俺たちの魔王討伐の物語はハッピーエンドしかありえないぜ。遊び人!全部、俺に任せてついてこい!」

 

「はい!もちろんです、商人さん!」

 

「じゃあ、早速、レーベの村に向かおう」

 

「え、今からですか?今日はかなり戦って、ボロボロだし、アリアハンの宿屋でのんびり、疲れを取りたいなーなんて、当たり前の休息を提案します」

 

「ほれ」と言って、商人は遊び人に薬草を手渡した。

 

「大丈夫だよ、遊び人!俺たちは魔法使いや僧侶じゃないから、宿屋に泊ってのMP回復は不要だ。薬草を食べたら、早速出発だ!」

 

「ふえーん!商人さんは、こんなにスパルタなの!ボクついていけるか心配になりました・・・モグモグ」

 

 2人は薬草をモグモグ食べながら、レーベの村に向かった。

 



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商人の力と薬草売り

「商人さん、ここはいったい・・・ただの草原のような・・・」

 

「見た目はただの謎の草原だが、ナジミの塔地下への入口と鍵が開かないが謎の扉があるんだ。意味はないが寄り道してみた」

 

「ただの草原なのに謎が多いですね!開かない扉なんて怪しすぎですよ!この世の中に意味のないものなんて、きっと無いはずです!念入りに調査しましょう・・・わ、足がもつれましたー」

 

 遊び人は、足がもつれてその場に倒れた・・・遊び人は顔面から草原に突っ込む。

 

「ぺっぺ!顔面からいったら、口の中に大量の草が!あれ、この味は馴染み深いというか、食べ飽きたというか・・・モグモグ、こ、これは薬草です!」

 

 俺は遊び人が倒れた周りの草を鑑定した。商人は職業特性でアイテムを鑑定することができるのだ。

 

「まじか!確かに薬草だ。この辺りは、薬草の群生地帯のようだな・・・俺はこの瞬間、謎の草原の謎を一つ解いた気がするよ・・・では、早速・・・」

 

 さすが運の良さ極振りの職業、遊び人。薬草の群生地帯を見つけるとは・・・遊び人の運の良さに驚きながらも、俺はその辺の草を鑑定して、見つけた薬草をむしっては袋に詰めていく。むしった薬草で袋がいっぱいになると、袋を遊び人に手渡し、

 

「それでは遊び人。この薬草をレーベの村で売って来てくれ」

 

「え、今からですか?今日は今日の冒険はこの辺りで切り上げて、レーベの宿屋でのんびり疲れを取りたいなーなんて、当たり前の休息を再提案します!」

 

「ほれ」と言って、商人は遊び人に薬草を手渡した。

 

「大丈夫だよ、遊び人!薬草を食べれば完全回復だ。それこそ、薬草は売るほどあるしね!薬草の売値は一つ6Gだ。草原全体がゴールドに見えてきた!ゴールドをむしりまくるぜ!」

 

「一人で村に向かうなんて、完全にパシリ扱いです・・・ボクはすごくブラックなパーティーに入ってしまいました・・・」

 

 

 

 遊び人は薬草を抱えて、駆け足でレーベの村に向かった・・・その日、何度も遊び人は商人が刈り取り下した薬草をレーベの村に売りに走った。日は沈み辺りはすっかり暗くなっている。少しずつ遊び人の疲れは蓄積していった。

 

「まだやるの商人さん・・・これがボクたちの目指すハッピーエンドになのでしょうか・・・2人でレーベの村に行くって言ったのに・・・そろそろ、足が棒のようになってきました・・・」

 

「ほれ、薬草だ。まだまだ、頑張れ」

 

 遊び人はトボトボとレーベの村に向かった。そして、夜が更けていく。

 

 

 

「商人さん・・・もう夜中なので道具屋さんが閉まってしまって・・・道具屋さんお店を開けてもらって、薬草の買い取りをしてもらっていますが・・・さすがに、5回もお店を開けてもらうのは、人としてどうかって思います・・・」

 

「寝ている道具屋を何度も起こすのは、人の道から外れているかもしれないな。だが、安心しろ遊び人。薬草は武器屋でも買い取りしてくれる。武器屋で売ろう!まだまだ頑張ろうな、遊び人。神は超えられない試練は与えないんだ、そして明けない夜はない・・・」

 

「・・・・・・朝まで続ける気、まんまんですね・・・武器屋のおじさん、ムキムキで怖そうだったのに・・・」

 

 遊び人は涙を浮かべながら、レーベの村に向かった。ある時はフロッガーに舐められ、ある時はバブルスライムの毒に侵されて、アルミラージのラリホーで寝てしまった時は、商人に「居眠りするな」と怒られて・・・それでも、遊び人は薬草を売り続け・・・そして、夜が明けた。

 

「これで謎の草原の薬草は、あらかた刈り取りが終わったな。まさにゴールドがつまったボーナスステージだったな。そろそろ、レーベの村に向かおう!」

 

 商人はビシッとレーベの村を指さした。朝日が謎の草原を優しく包み込んだ。一面の野草に覆われた謎の草原のあちこちは、商人の乱獲によって地面がむき出しになっている。この乱獲によって、しばらくの間、謎の草原で薬草の繁殖が激減し、レーベの村の薬草摘みで生計を立てている人々に経済的な打撃を与えたことを商人は知らない・・・

 

「ボクは、すでにレーベの村に20回以上行ってますけどね!」

 

今度こそ2人でレーベの村に向かった。

 

 

 

 レーベの村に到着した俺たちは、まずは武器屋に向かった。この村の武器屋のオヤジはムキムキマッチョらしいので、見た目の圧力に対抗するために、第一声から気合いを入れていくぜ!

 

「ムキムキの武器屋のオヤジ!武器を見せてくれ!」

 

「何がムキムキゴリゴリよ!こんな美人に対して失礼極まりないじゃないか!」

 

 武器屋のカウンターには美人ではないけど、おばさんが立っていた。あれ、事前情報と違うな。

 

「うちの旦那なら、そこの遊び人ちゃんが一晩中寝かせなかったから、まだベッドの中だよ。ということは、商人さんが、こんな田舎の武器屋に深夜から早朝に何度も、起こして店を開けさせた狂気の元凶だね。まあ、うちも買い取った薬草で儲けさせてもらうから、文句を言う気はないわ。今度は本業でももうけさせてね!いらっしゃいませ。ここは武器と防具の店ですが、どんなごようでしょうか?」

 

 まさにウインウインの関係だ。ビジネスはこうでないとね!徹夜で走り続けた遊び人と武器屋のオヤジの苦労も、きっとウインウインだな。しかし、遊び人のモチベーションが徹夜のせいで大幅に下がっているから、ここでモチベーションアップをはかるか!これは、リーダーとしては必要な作業である。

 

「今回は遊び人の頑張りでゴールドが手に入った。遊び人が好きな装備を選んでいいぞ」

 

 徹夜の謎の草原とレーベの村の往復マラソンをこなし、死んだような眼をしていた遊び人の顔がパッと輝いた。

 

「ボクが選んでいいんですか!武器屋のお姉さん、商人と遊び人が装備できるものを見せてください」

 

「お姉さんだなんて、遊び人ちゃんは正直だねー。たしかに私は若く見られがちだから、お姉さんと呼ぶのが正解かもしれないわね!正直な男の子にはサービスしちゃうよ。こんなのはどうかな・・・」

 

 2人とも武器はコストパフォーマンスが高い銅の剣を購入。鎧は・・・遊び人は水色の稽古着、俺は濃い茶色の皮の鎧を購入した。頭装備はおそろいのターバンを2つ購入。武器屋のおばさん・・・じゃなくてお姉さんは、利益に走らず、コストパフォーマンスも重視したお勧めをしてくれたようだ。

 

「ボク、ターバンをつけてみたかったんです。ターバンって可愛いですよね!しかも、商人さんお揃いです!」

 

「ターバンは値段の割に防御力が高いし、商人と遊び人の専用装備だからな。ナイスチョイスだ」

 

 商人に褒められた遊び人は「てへへ」と照れている。

 

「遊び人ちゃん、たくさん買ってくれてありがとうね!買った装備はここで身に着けて行くかい?と、言いたいところだが、遊び人ちゃんは、頭に血がこびり付いてるし、ピエロメイクは取れかかっているひどい状態だから、うちのお風呂で汚れを落として行くかい?」

 

「お姉さん、いいんですか!お風呂、使わしてください!」

 

 俺はこの世界に転生してから初めての武器・・・銅の剣を受け取り、皮の鎧とターバンを身に着けた。まだこの村でやることがある。お風呂中の遊び人を武器屋に残して、俺は村の探索に向かった。

 

 

 これから冒険の舞台は、アリアハンからロマリア地方に移り変わる。ロマリア地方には、いざないの洞窟最深部の旅の扉を使って向かうが、いざないの洞窟の入口は壁で封鎖されている。この壁を破壊するキーアイテム「魔法の玉」と呼ばれる爆弾がレーベの村で入手できる。俺は、魔法の玉をくれる爺さんのところに向かった。

 

「やっぱり、扉に鍵がかかっているか・・・」

 

 魔法の玉をくれる爺さんの家の扉には鍵がかかっており、どんなにノックしても、大声で呼びかけても扉は開かなかった。ゲームをシナリオ通りに進める場合、この扉を開けるために盗賊の鍵が必要だ。盗賊の鍵は、なじみの塔の居眠りがちな老人がから貰える・・・これは、ロマリア地方に向かうための最初のキャンペーン(連続した)シナリオである。どうやら、キャンペーンシナリオの進行には、盗賊の鍵を入手、レーベの村で魔法の玉を入手、いざないの洞窟の壁を破壊してロマリア地方に向かう・・・一連の手順を踏む必要があるようだ。この世界に1つしかない、盗賊の鍵や魔法の鍵などの「大事なもの」が必要なキャンペーンシナリオは、アイテムを入手した者だけがシナリオ進めることができるということだろう。そもそも、倒すべき魔王バラモスも大魔王ゾーマも1体ずつしかいないのだから・・・俺が魔法の玉の爺さんの家のドアを、借金取りのように強ノック連打していると村の入口で歓声が上がった。

 

「勇者様とお仲間が到着したぞー!勇者様、バンザーイ!!」

 




この世界ではターバンは武器屋も買える設定です!


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遊び人の力①





 勇者と仲間たちが訪れたレーベの村はお祭り騒ぎだ。アリアハン一の勇者オルテガが消息を絶ち16年がたった。世界は魔王バラモスと配下のモンスターに蹂躙され続けている。こんな絶望が続く世界を救う為に、オルテガの子が魔王討伐の旅に出た。今回は父の失敗を教訓にしてなのか、勇者一人旅ではなく旅の仲間をつれての旅だ。勇者はこの世界の人々の「今度こそ世界を!」の期待を一身に受けている。しかし、俺だって魔王バラモスを倒して世界を救う為に旅を始めたのだ。勇者に負ける気も、魔王討伐を譲る気も全くない!勇者パーティーに入りたかった気持ちも、全く衰えないけどね!なんで4人パーティーなんだ。神様、神龍様・・・俺を勇者パーティーの5人目にしてください・・・力を示さないものの願いを神龍が叶えるはずもなく、勇者中心のシナリオは進行していく。

 

「こんにちは。商人さん!って、何しているんですか!民家のドアを、借金取りのように強ノック連打しないでください!気は確かですか?ホイミしましょうか?」

 

 いつの間にかに、魔法の玉の爺さん家前にあらわれた僧侶ちゃんが慌てて俺の手を止めた。俺は考え事をしている間、魔法の玉の爺さんの家のドアを強ノック連打していたようだ。僧侶ちゃんは今日もセクシーで可愛いし優しいな!って、周りを見渡すと勇者とビキニアーマーの女戦士が剣を構えて、魔法使いが魔法の発動準備をしている。どうやら、勇者たちも魔法の玉を受け取りにきたようだ。しかし、みんな警戒感バリバリの戦闘態勢だ。狙われているのは・・・俺なの?

 

「おい、商人!この家のジジイに恨みでもあるのかよ。それとも、気が狂ったか!どちらにせよ、この場で楽にしてやる!」

 

 女戦士が一歩踏み出し、剣を振りかぶる。勇者は・・・勇者は今日も無口のようだ。無言で剣を抜き、凍えるような冷たい視線で俺を睨んでいる。俺は勇者と違って全滅時に教会で復活できるような神の加護はない。現在、単独行動中の俺は殺された時点でゲームオーバーだろう。

 

「まてまて、勇者パーティー俺は、この家に押し入ろうとしているわけではない。この家にロマリア地方に向かうための、アイテムがあると聞いて、ちょこっと借りにきただけだ。俺も遊び人とパーティーを組んで、魔王を倒す旅を始めたからな。ロマリアに向かう必要があるんだ」

 

「ちょこっとという割には、ドアを長時間、力一杯ノックしていたようですが・・・勇者様、女戦士さん、魔法使いさん・・・商人さんには敵意も害意もないようです。戦闘態勢を解いてください・・・」

 

 僧侶ちゃんの言葉に、勇者たちは戦闘態勢をといて武器をしまう。今日もありがとう、僧侶ちゃん!勇者パーティーの中で俺の味方は僧侶ちゃんだけだぜ!

 

「商人さん・・・この家のドアには不思議な鍵がかかっていて、力ずくで侵入はできません。ドアを開けるためには、盗賊バコタが作った「盗賊の鍵」が必要なのです。そして、私たちはそのカギを手に入れてここに来ました」

 

 僧侶ちゃんの手には一つの鍵が握られていた。この鍵が「盗賊の鍵」なんだろう。僧侶ちゃんが鍵を使うと、ガチャリと鍵が開いた。

 

「ロマリア地方に向かう道は、「盗賊の鍵」を手に入れた勇者様が切り開きます。私たちの目標は同じ、魔王バラモスを倒して平和な世界を取り戻すこと!パーティーは別ですが、同じ道を目指す仲間です。協力し合いながら、旅を続けましょうね・・・」

 

 勇者パーティーは、魔法の玉の爺さんの家に入って行った。これで、ロマリアに繋がる旅の扉が解放されるのは時間の問題だろう。それにしても勇者パーティーのシナリオ攻略スピードが早い。早すぎる。まだ、勇者の旅立ちから2日しかたっていないのだ。早く世界を救いたい思いが強いのか、RTA(リアルタイムアタック)でもしているようだ。俺は、この世界のメインシナリオに関われない寂しさを感じながら、遊び人を迎えに武器屋に向かった。

 

 

 

「商人さん、ボクも新しい装備に着替えてみました・・・どうでしょうか?」

 

「・・・ん。どこの美少女だ?俺にこんな美少女の友達はいないが・・・」

 

「イヤだなー。ボクですよ。遊び人のことを忘れてしまうなんて、ひどいです。見た目はこんな感じですが、ボクは男ですよ」

 

 武器屋の前には、水色の稽古着を身に着けた美少女がにっこり微笑んでいる。お風呂上がりの石鹸のいい匂いがする美少女は自分が遊び人だと言っている。

 

「まさかな・・・俺の遊び人がこんなに可愛いわけがない・・・」

 

「いつから、ボクが商人さんのものになったんですか!遊び人なボクですが、まだ誰のものでもないですよ」

 

 どうやらこの美少女は、お風呂でピエロメイクを落とした遊び人のようだ。美少女にしか見えないが、遊び人ということはこいつは男だ。だが、美少女にしか見えない・・・今も「ウフフ」と悪戯っぽく、にっこり微笑んでいる。きっと、夜の遊びの知識も豊富で色々な遊び経験があって、人生経験豊富な遊び人なら、色々な遊びを教えてもらえるかも!しかも、恋の火遊びって感じで!

 

「・・・こいつは美少女にしか見ない・・だが、男だ。しかし、この胸のときめきはいったい・・・」

 

「商人さん!何を物騒なこといっているんですか!ボクは男ですよ!ところで、そろそろお昼ですね。レーベの村の名物料理は、一角ウサギの薬草焼きでとても、とても美味しくて健康にも良いらしいですね!お金の余裕もありますし・・・」

 

「よーし、冗談はこれくらいにして、装備も整ったし、そろそろ出発するか!」

 

「えっ!出発って、昼食ではなくて?」

 

 俺は遊び人に薬草をポンと手渡し、

 

「行く場所なんて決まっているだろ。昼食は薬草で済ませて、銅の剣の試し切りをしながらレベリングだ」

 

 すでに勇者パーティーはロマリア地方に通じる旅の扉がある、いざないの洞窟に向かっただろう。俺たちだって、のんびりはしていられない。勇者が手に入れた魔法の玉で、勇者が解放した、いざいないの洞窟を通って、俺たちもロマリア地方に向かう・・・勇者の進めたストーリーに乗っかているだけの気もするが、俺たちだって魔王バラモスを倒す旅の途中なのだから。

 

「ちっきしょー!美少女力を全開にしてもダメか!旅の醍醐味である、名物料理も宿屋での安らぎも、得られないなんて・・・さすがは商人さん、ボクももっとレベルアップして美少女力を高めないと!」

 

 

 

「はっはっはっ!見ろ、遊び人!スライムが紙のように真っ二つだ!」

 

「ターバンのおかげで、大ガラスに頭を突かれても痛くありません!ボクの毛根が完璧に守られていますよ!装備って大切ですね。いままでは、素手に布の服だけの一般人の村人と同じ装備でしたからね!」

 

「ヒャッハー!サソリもアリクイも魔法使いも、この銅の剣でバラバラに切り裂くぜ。遊び人、返り血が心地いいな!」

 

「商人さん!昆虫や動物をバラバラにするのは良いとして、人型の魔法使いをバラバラにするのは、猟奇的すぎます!」

 

 レベリングを行い俺と遊び人もレベル10超えた。2人旅とは言えアリアハン地方の魔物に後れを取ることもないだろう。俺たちも、ついに勇者パーティーを追ってロマリア地方に向かう!

 

「・・・結局、アリアハン地方では、宿で疲れをとることもなく、名物料理を食べることもなかったですね・・・薬草の効果なのか、お肌はツヤツヤになりましたけど」

 

 遊び人はレーベの村でピエロメイクを落としてから以降、ピエロメイクを辞めている。「ピエロメイクを落としたら、商人さんの視線が痛いです」と言っているが、まんざらでもないようだ。と言っても、奴は男だが。

 

 2人の冒険の舞台もロマリア地方に移り変わる。



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遊び人の力②

 ロマリア。アリアハン地方から、旅の扉を通り最初に訪れる王国。北に向かえばノアニール、西に向かえばアッサラームを経由して、砂漠の国イシスに通じている。東にはポルトガ方面にもつながる関所もあり、この大陸の陸路の要所である。遊び、娯楽好きの国王の影響か、街にはモンスター格闘場があり、長きに渡って魔王と眷属の魔物たちに脅かされ続けている国民の数少ない娯楽となっていた。

 

「商人さん、ついにロマリアにたどり着きましたね。この街の名物料理は、アルミラージの薬草焼きです!とても美味しくて健康にも良いらしいですね!そして、この街には娯楽の殿堂である、モンスター格闘場がありますよ!アリアハンでのレベリングと、いざないの洞窟での戦闘で手に入れたお金もありますし、少しくらい遊んでも良いですよね・・・」

 

「そうだな・・・たまには息抜きも必要だとも!ウサギの丸焼き食べに行こうか!」

 

「そうですよね・・・今日もレベリングですよね、装備の更新もしたいし・・・って、ごはん食べて、良いですか?ただの薬草ではなくて、この街の名物料理アルミラージの薬草焼きを!」

 

「遊び人に食事しながら相談したいこともあるしね」

 

「急にごはん食べようとか、相談したいこととか嫌な予感しかしませんが、ウサギを食べたい欲求には勝てません。早速、食べに行きましょう!」

 

 

 

「おまちどうさまでーす。当店名物のアルミラージの薬草焼き2人前になりまーす」

 

 遊び人お勧めの店は、お昼時ということもあり、広い店内はほぼ満席だった。運良く並ばずにテーブルに案内された2人は、アルミラージの薬草焼きを注文して席についた。ウェイトレスによって運ばれてきたアルミラージの薬草焼きは、薬草の効果で臭みがなく、ジューシーで予想以上に柔らかい肉だ。アルミラージが戦闘中に繰り出す、体当たりや蹴りは、石の塊で殴られるように痛いが・・・

 

「久しぶりのまともな食事・・・美味しいですね!また、頑張る気力が沸々と湧いてきました!」

 

「遊び人の気力が高まったところで、今後の方針を相談しようと思う」

 

「今のボクなら、どんなお願いでも聞いちゃいますよ!例えば、このお店のウェイトレスが着ている際どいミニスカートだって履いちゃいますよ」

 

「ここの制服を遊び人が着たら・・・めちゃめちゃ可愛くなりそうだ!って、お前は男だからな!冗談はこれくらいにして今後の方針だが・・・」

 

 一足先にロマリアに到着した勇者パーティーは、ロマリア王の盗まれた王冠を取り戻しにシャンパーニの塔へ大盗賊カンダダ討伐に向かったようだ。勇者パーティー選ばれず、2人で魔王討伐の旅に出た。「2人で伝説を作ろうぜ!」と。しかし、盗賊の鍵の入手、アリアハンとロマリアに繋がる旅の扉の解放、全て勇者パーティーに先を越されている。これでは伝説になんてなれないだろう。今度は、勇者に先駆けて魔王討伐に繋がる重要アイテムを入手する。今まで以上に命がけの危険な旅になるだろう・・・それでも、俺と旅を続ける気はあるか?俺の問いかけに遊び人は、

 

「ボクは商人さんについていくと言ったはずですよ。魔王討伐が危険なのは当たり前のことですよ。それで、勇者パーティーより先に入手したいアイテムは何ですか?」

 

「魔法の鍵。イシスのピラミッドにある」

 

「ピラミッドに眠る魔法の鍵ですか。ボクは聞いたことないアイテムですね・・・だけど、商人さんを信じてついていきますよ。これから、イシスに向かいますか?」

 

「いや、アッサラーム周辺の魔物は強い、イシス周辺はもっと強い。だから、これからやるべきことは、レベリングと装備の強化だ。レベリングしながら、カザーブに向かう」

 

「・・・やることは、結局、レベリングなんですね・・・とりあえず、ウサギ食べちゃいましょう」

 

 

 

「ぎゃあ、商人さん、キャタピラーに噛まれました!」

 

「大丈夫だ。この薬草を食べろ」

 

「ぎゃあ、商人さん、ポイズントードに噛まれて毒に侵されました!」

 

「大丈夫だ。この毒消し草を食べろ」

 

「ぎゃあ、商人さん、キラービーに刺されて麻痺しました!」

 

「大丈夫だ。この満月草を食べろ」

 

「今日は食べっぱなしでボクのお腹はパンパンですよ!ぎゃあ、お腹がパンパンで動きが鈍くなったうえに、アニマルゾンビのボミオスでさらに素早さが低下しました!」

 

 俺たちは激戦を潜り抜け、なんだかんだでカザーブに到着した。ここは小さな村だが、商人、遊び人が装備できる武具が豊富にそろっている。

 

「商人さん、知っていますか?この村の名物料理は軍隊ガニ鍋です。お腹はパンパンですが、カニは別腹です。まだまだいけますよ!」

 

「よし、武器屋にいこう。この辺からは、腹が減る間もないくらいに薬草が食べられるぞ。ちょっと空腹くらいがちょうど良いよね」

 

「商人さんが通常運転に戻っている!お願いごとがない時に、ごはんなんて食べさせてくれないですよね。釣った魚に餌をあげないタイプです!」

 

 

 

「オヤジ、これとこれとこれをくれ!」

 

俺たちは武器屋で早速、買い物を始めた。魔物をグループ攻撃可能で商人と遊び人も装備可能な高性能武器チェーンクロスを2個、俺の盾として鉄の盾、遊び人用に鱗の盾。俺の防具として鉄の前掛けを購入した。

 

「また、商人さんとお揃いの武器ですね!商人さんのターバンに前掛けって専用装備感がハンパないです!」

 

そして、遊び人用の防具は身かわしの服を買いたいが1着2900ゴールドは高い気もする。金がないわけではないが、この先、鉄の斧や鋼ハリセンを購入するために出来るだけ節約したい。

 

「オヤジ、こんなにたくさん買って、さらに身かわしの服も買うから値引きしてくれ!」

 

「バカ言うな、兄ちゃんも商人なんだから素人じゃないだろ!身かわしの服は職人が1着1着、職人魂と回避のまじないを掛けて作っているんだ。この俺が職人の魂を安売り出来るわけないだろ!だが、この身かわしの服なら、3割引きの2000ゴールドにまけてやらんでもないぞ」

 

 武器屋のオヤジが指さした、薄緑色の身かわしの服は他の身かわしの服に比べて丈がかなり短い。通常の身かわしの服の丈は足首あるが、これは膝上までしかない。これは、けしからん身かわしの服だな。こんな服で戦闘したら、見えてしまうではないか!全くけしからん。そもそも、こんな短さで、防具としての効果は期待できるのか?

 

「兄ちゃん、この身かわしの服のデザインを見て、けしからんと思っただろう。だが、兄ちゃん違うんだ。これは違うんだ。昔な、伝説のお針子と呼ばれる婆さんがいた。その婆さんは病に侵され、残された命の時間を最後まで使い切った。しかし、運命の冷酷だった・・・婆さんの命の時間は、1着の身かわしの服を作りきるには足りなかった。そして、命の時間が足りなかった分だけ、少しだけ丈が短い身かわしの服ができあがったんだ。兄ちゃん、運命は残酷だが最後に一欠けらの希望を残した・・・安心しろ、丈は少し短いが、防具としての性能は、普通サイズと一緒なんだ!!」

 

「オヤジ、この身かわしの服を買わせてもらう!俺は伝説のお針子に尊敬の念を禁じえないぜ!じゃあ、遊び人着替えてみよう」

 

 

「うーん。色もデザインも可愛いけど、形がスカートみたいで恥ずかしいな、ボクは男なんだよ・・・」

 

遊び人は、ちょっと丈の短い身かわしの服に着替えた。恥ずかしそうに、丸見えの膝をもじもじとこすり合わせている。遊び人は上目遣いをしながら「似合いますか?」と聞いてくる。

 

「お嬢ちゃんか、きれいなお坊ちゃんか、おじさんにはもう訳が分からないが、最高に似合っているぞ!伝説のお針子に乾杯だな!」

 

 武器屋のオヤジは遊び人にメロメロになっているようだ。俺も遊び人を改めて確認する。恥ずかしそうにもじもじしながら、にっこり微笑む姿にはときめきを覚えないでもないが・・・遊び人は男だ。オヤジは、遊び人の着ていた水色の稽古着をそそくさとたたんで、

 

「お嬢ちゃん、この古着はおじさんが処分しておくよ・・・」

 

「オジさま!この稽古着は、商人さんがボクに初めて買ってくれた、大切な物なんです・・・だけど、ボクたちは魔王討伐の旅の途中、大切な思い出でも持ち歩く余裕はありません・・・だから、オジさま・・・ボクの稽古着とこの身かわしの服を取り換えっこしませんか?」

 

 オヤジの手をにぎにぎしながら、にっこり微笑む遊び人・・・

 

「魔王と戦う、お嬢ちゃんの為だからしょうがないー。取り換えっこオーケーだ。その身かわしの服が不要になったら、引き取るぜ!何せその服は、伝説のお針子が残した最後の1着だから、大切にしたいなーなんて」

 

 稽古着の定価が80ゴールドだから、25倍の装備と交換だね!だけど、オヤジ・・・遊び人は男だから!

 

勇者よ、もしも、カザーブの武器屋の宝箱やタンスをあさることがあっても、稽古着だけは残して欲しい。何に使うかは考えたくないが、これはオヤジの「大切な物」なのだから・・・




次回、商人はノアニールに向かうか、アッサラームに向かうかの選択を迫られることに・・・


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俺の魔法使い

「商人さんはボクに可愛い服ばかり着せますが、ボクのことをどう思っているのでしょう・・・こんな恥ずかしい服まで着せて、ボクとのこと遊びだなんて言わないでくださいね」

 

「あたしもこんなことになっているなんて、思ってもいませんでした。完全に女の子いえ、男の娘になっています。こんな格好までさせて遊びだったら、どん引きです」

 

「ごめん!装備については、完全に遊びでした。100%遊びでした!」

 

「ど、どん引きです!」

 

「まあーボクも遊んでいるだけだけど、商人さんたまに、熱のこもった視線を向けてくるから、冗談が通じているか心配になったりして!」

 

「いえいえ、商人さんは女の子なら、誰彼無しに熱い視線を送っていますよ。あたしみたいな、チンチクリンにも例外無くです。遊び人さんは男ですけど・・・」

 

「男とはわかっているつもりだが・・・ときどき、遊び人の可愛さに、ときめきを感じていることは、そっと心の奥にしまって魔法の鍵をかけておこう」

 

「魔法の鍵って、これからピラミッド取りに行く鍵ですよね。すぐに開いてしまいそうですよ!ボクへのときめきなんて物騒な気持ちは、もっともっと心の奥底にしまって下さい!そうしてくれないとボクへの気持ちの鍵を開けたくなってしまいます!」

 

「そうと決まれば、あたしも頑張ってアバカムを覚えて、商人さんの中に溜まりに溜まっているどす黒い欲望の塊をこの世界に解き放ってみせます。その前に魔法の鍵は、あたしたち勇者パーティーが先に入手させていただきます」

 

「・・・ところで、勇者パーティーの魔法使いさんが、なんで俺と遊び人のときめきタイムに自然な感じで割り込んでいるんだ?」

 

 カザーブの武器屋でウインウインの結果となった商談の後、村で安らぎのひと時を過ごしていた俺と遊び人にそっと近づき、会話に割り込んできたのは、とんがり帽子を被った魔法少女。勇者パーティーの魔法使いだった。

 

「実はですね。あたしは商人さんと遊び人さんがガザーブに到着してから、ずっと話しかける機会をうかがっていました。武器屋さんで何故かミニスカっぽい身かわしの服を遊び人さんに着せたり、随時ラブラブな、お二人に、なかなか話しかける機会がなかったのですが・・・ベストなタイミングで自然な感じで会話に加わってみました」

 

「いやいや!不自然極まりなかったよ。声もなく近寄ってきた、とんがり帽子の魔法少女が突然、会話に加わってきて自然な訳がないな!」

 

「不自然なんて、冷たいことを言わないで欲しいです。パーティーは違いますが、魔王バラモスを倒す同志なんですから。あたしたちは協力し合うべきだと考えています。協力と言えば、あたしはこれからノアニールに向かいますが一緒に行きませんか?」

 

「断る。残念だが俺と遊び人は、これからアッサラームに向かう。ノアニールには勇者パーティーと行けばいいだろ」

 

「一緒にノアニールに行きませんか?」

 

「断る・・・」

 

「一緒にノアニールに行きませんか?」

 

「断る・・・・・・」

 

「一緒にノアニールに行きませんか?」

 

「断る・・・・・・・・・」

 

「一緒にノアニールに行きませんか?」

 

 会話が無限ループになっている!この世界では会話の無限ループはよくあることなのだろうか・・・女の子の願いを断る度に俺の心は傷ついていき、困った俺は遊び人に視線を向けて助けを求めた。

 

「商人さん、魔法使いさん、お話が煮詰まってしまったところで、ボクから提案があります。この村の名物軍隊ガニ鍋をつつきながら、お話しすれば名案が浮かぶかもしれません。もちろん、魔法使いさんのおごりで!」

 

 

 

「おまちどうさまでーす。当店名物の軍隊カニ鍋3人前になりまーす」

 

 村に1軒しかない小さな食堂は、お昼時ということもあり、店内はほぼ満席だった。テーブルに案内された3人は、名物の軍隊カニ鍋を注文して席についた。ウェイトレスによって運ばれてきた軍隊ガニ鍋は、薄めの塩味がカニの味わいを引き立て、様々な野菜やキノコが鍋ならではの複雑で豊かな味わい楽しむことができた。

 

「カニは低カロリーで栄養豊富、とくにここの軍隊ガニは甘みが強くて独特のプリプリ触感!しかも、魔法使いさんの奢り!ただ飯はたまりませんね。気力が高まります!」

 

「遊び人、食リポご苦労。遊び人の気力が高まったところで、今後の方針を相談しようと思う。そもそも、何で魔法使いは俺たちとノアニールに行きたいんだ?」

 

 軍隊ガニ鍋を夢中で突いていた魔法使いが箸を止めた。

 

「あの、理由なんて聞かないでください。あたしも、一応は女なんです・・・あたし、商人さんのことが以前からカッコイイナーとかイイカンジダナーって思っていまして・・・つまり、あたしは商人さんのことが好きです。だから一緒にいたいんです」

 

 16年間の人生で初めて告白された!確かに俺は僧侶ちゃんが好きだが、魔法使いだって十分すぎるほど可愛いし、体型だって今はチンチクリンだが、将来性はまだまだ期待できるし、今のままでもそれはそれでよろしい。勇者パーティーのハーレム度はとんでもなく高いな・・・魔法使いは恥ずかしいのか視線を彼方に漂わせている。ここは俺も男らしく、

 

「そもそも、何で魔法使いは俺たちとノアニールに行きたいんだ?」

 

「・・・つまり、あたしは商人さんのことが好きです。だから一緒にいたいんです。あの、ここで無限ループは恥ずかしいです」

 

 聞き間違いの可能性もあったのでもう一回言わせてみた。やはり、間違いや勘違いではなく、人生初の告白を受けているようだ。

 

「俺は、僧侶ちゃんが好きだ」

 

「はい、知っています」

 

「俺は、女戦士さんが好きだ」

 

「はい、知っています」

 

「俺は、遊び人が好きだ」

 

「はい、知っています。だけど遊び人さんは男です」

 

「俺は、ルイーダさんが好きだ」

 

「・・・はい、知っています。ちょっと、好きカテゴリーが薄くなってきた気がします」

 

「俺はロマリアの食堂のミニスカウエイトレスが好きだ」

 

「・・・はい、知っています。って、この人だれでしたっけ!」

 

「俺は、この世界が好きだ」

 

「・・・はい、知っています。って、ちょっとカッコイイ感じも挟んできました!」

 

「こんな、俺でも、魔法使いは好きって言ってくれるのか?」

 

「はい、私は商人さんが好きです。今のあたしは、商人さんにとって好きカテゴリーの一人かもしれませんが、いつか特別な一人になりたいと思っています」

 

「これは事情が変わってきたようだな。俺は俺のことが好きだと言ってくれる人が好きだ。それが女の子なら、なおのこと力になりたい。俺と一緒にいたいことは、わかったがどうしてノアニールに行きたいんだ?」

 

「あたしはノアニール出身で実家もノアニールにあります・・・」

 

ノアニールの住人が突然眠りにつき、眠りから覚めなくなったことはご存じだと思います。・・・あそこには、眠りから覚めないお母さんがいるんです。勇者様にもノアニールに行きたいとお願いしました。しかし、今の勇者様はカンダダから王冠を取り戻したことで、ロマリアの王様に気にいられて、次のロマリアの王様になるとか、ならないとかでお忙しいようで・・・羨ましいことに僧侶さんはいつも勇者様とご一緒ですし・・・女戦士さんはモンスター格闘場に入りびたりで・・・

 

「あたしはお母さんを助けたい・・・一日でも早く助けたいです・・・商人さんなら、あたしがイイカンジダナーって思っている商人さんなら、力になってくれると信じています。商人さんがカザーブに向かったと聞いてルーラで飛んできたのです。一緒にノアニールに行きませんか?」

 

 勇者たちがロマリアに足止めされている間に、アッサラームにそしてイシスに向かい魔法の鍵を入手する。早速、アッサラームに向かったほうがこの目的達成の可能性が上がる。軍隊ガニ鍋を食べている場合ではない。待てよ。勇者がロマリアの王になって、そのまま冒険を終えるパターンのエンディングもあるのだろうか・・・しかし、魔法使いが涙をためながら懇願している。俺は・・・

 

「行こう。ノアニールに。ノアニールを救って、魔法使いのお母様にご挨拶だ!」

 

 俺たちの真の目的は、この世界を、人々を救うことだ。短期的な目標として、勇者よりも早く魔法の鍵入手を掲げたが、目の前の救わなければならない人を救わずに、母親を助けたい女の子を助けずに伝説になんてなれるわけがない!

 

「えー!ボクは、ノアニール行きは反対だよ。早く魔法の鍵を手に入れて、商人さんの心の奥底にしまわれたボクへの想いを解放したいし!このままでは、魔法使いさんにヒロイン枠を取られしまいそうですし。ボクは男ですけどね!」

 

「ウェイトレスさーん!締めの雑炊セットを卵付きでお願いしまーす。遊び人さん、たくさん食べて欲しいです。そういえば、ノアニール名物のデスフラッターフライや、エルフの隠れ里のエルフ饅頭もとっても美味しいです。あたし、頑張ってごちそうしますよ」

 

「行きましょう!ノアニールに!ノアニールを救って、デスフラッターフライ、エルフ饅頭を堪能しましょう!」

 

「ありがとうございます!商人さん、遊び人さん!」

 

(ちょろいですー。好きの一言で、食べ物で釣れる人たち、ちょろすぎですー。お母さんとノアニールのみんなの為に利用させて頂きます)

 

商人と遊び人と魔法使い。3人の想いが一致しノアニールを目指すことになった。



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ノアニールに潜む悪

 ノアニール。エルフの呪いによって町のすべての住人が覚めない眠りに落ちている町。その昔、エルフの姫アンがノアニールの住人である人間の男と駆け落ちした。2人は本当に愛し合っていたが、エルフは一方的に人間がエルフの姫アンを騙したと決めつけた。駆け落ちを許すことをできないエルフの女王は、覚めることのない眠りの呪いをノアニールの住人にかけたのだ。呪いは地底湖の洞窟で心中してしまった2人の置手紙といっしょにエルフの宝、夢見るルビーが眠っている。この夢見るルビーと置手紙をエルフの女王に届けることで、エルフの呪いはとける・・・

 

 軍隊ガニ鍋を締めの雑炊まで堪能した3人は、魔法使いのルーラでノアニールの町に一瞬で到着した。そこには住人たちが道端で眠り込んでいる異様な光景が広がっていた。3人は、魔法使い実家に、魔法使いの母が眠る家に入った。

 

「お母さん、ただいま・・・」

「お母様、はじめまして。商人です」

 

 魔法使いの母親はベッドに寝かされていた。「ぐうぐう」と寝息を立てる母親は、親子だけあって魔法使いと顔立ちが似ている。魔法使いが成長したらこうなるだろうと思われる、美人さんだった。そして、横になっていてもわかる大きな胸が寝息に合わせて上下している。息苦しいのだろうか?胸の上下運動が乱れ始め、大きな胸が少しずつ下に移動し・・・お腹まで移動した大きな胸は上着の裾から、ひょっこり顔を出した。

 

「僕、悪いスライムじゃないよ。いじめないでくれよー」

 

ザク!

 

「僕は悪いスライムじゃないよー。毒針で刺さないでくれよー」

 

 ひょっこり顔をだしたものは、青いゼリー状のモンスター、スライムだった。母親に体にまとわりついていたスライムが顔を出した瞬間に魔法使いが毒針を突き刺した!

 

「寝ているお母さんの体になにしているの!どう、見たって悪いスライムでしょ!お母さんの胸がこんなに大きいわけがないでしょう!娘の私が一番知っていますから、あたしのチンチクリンは遺伝なんですから!死んで詫びてもらいます!」

 

ザク!ザク!ザク!ザク!

 

「ぎゃー。瀕死のダメージです!ごめんなさいー。悪気はなかったんだよー。自分の欲望が抑えられなかったんだよー。なんでもするから、許してくださいー、ギャーまた刺したー」

 

 たしかにスライムが離れた母親の胸はぺったんこだ。残念だが、魔法使いの胸は遺伝的な特徴と言わざるを得ないだろう。そして、残念なことに今後の発展も見込めないということになる。いや、これはこれでいいのではないか。ぺったんこを恥じる魔法使いも、良いと思います!

魔法使いは怒り我を忘れて、スライムを毒針で刺し続けた。眠っている女性に対する悪魔の所業。魔王バラモスも可愛く見えるほどの明確な悪。しかし、この世界で初めて出会った会話できるモンスター、こいつは使えるかもしれない。今殺すか、後で殺すかの小さな差でしかないのだから、

 

「魔法使い、スライムも反省しているようだ。一生奴隷として働くと言っているのだから、この場で殺すこともないだろう」

 

「あ、あの、僕、反省していますが、一生奴隷として働くまでは言っていませんよー」

 

「なるほど、簡単に死を与えて解放する必要はないということですか。一理あります・・・いいでしょう。今、ここで死ねなかったことを後悔するような、苦痛に満ちた日々をお前に与えることを誓います」

 

 魔法使いは家の戸棚を開け、ごそごそと中をあさり、犬用と思われる首輪と鎖を取り出した。首輪をスライムの体に無理やりに取り付けた。首輪の直径は小さく、体の中心につけられた首輪を中心にスライムの体はひょうたんのようなくびれが作られた。

 

「いたいよー。首輪が小さすぎるよー。ねじ切れるよー」

 

「うるさい、無駄口を叩くな。命令に従わなかったらヒャドで氷漬けにして殺す。逃げてもイオで爆発させて殺す。反抗的な態度をとったら、ギラで焼き殺す・・・」

 

「はいー、ご主人様ー。一生奴隷として働きますー」

 

 スライムがプルプルと恐怖で体を震わせながら服従を誓った。魔法使いはキレると超怖いということが分かった・・・俺も怒らせないようにしよう。首輪をはめられて、連れまわされる姿を想像すると背筋が寒くなる・・・怒らせてはいけない、俺は心に強く誓った。

 

 パーティーにスライムが加わった!

 

 

 

 スライムを鎖で引きずりながら、スライムの歩く速度が極端に遅くなると、サッカーボールのように蹴り飛ばしながら、3人と1匹はエルフの隠れ様に到着した。

 

「商人さん、ノアニールの呪いは、ここのエルフがかけたものですが、エルフの女王はかたくなでお話ししても呪いを解いてはくれません・・・エルフたちを皆殺しにしても、呪いが解けるとは限らないのでリスクが高いと思います」

 

「エルフを皆殺しとか、物騒過ぎるだろ!エルフの呪いは、人間とエルフの不信感から生まれた勘違いの産物なんだ。人間とエルフの駆け落ちの誤解が解ければ、呪いは解けるはずだ。2人は地底湖の洞窟の最深部に・・・とにかく、今はこのエルフの隠れ里で探索の準備を整える。おい、スライム、仕事だぞ」

 

「はいー。旦那様―何なりとお申し付けくださいー」

 

 魔法使いに服従を誓ったスライムは、魔法使いをご主人様、俺を旦那様、遊び人をお嬢様と呼んでいる。遊び人は男だが。

 

「スライム、あそこのエルフの道具屋で買い物してこい」

 

「はいー。旦那様―よろこんでーパシらせてもらいますー。首輪はつけたままなんですねー」

 

 

 

「旦那様ー買ってきましたー。エルフの女の子が僕を気持ち悪そうにしていましたー。首輪で体がくびれて、繋がれたスライムなんて気持ち悪いよねーしくしくー」

 

「よし、良くやった。スライム、安心していいぞ。お前が気持ち悪いのは、異様な外見ではなくて、おぞましい内面だからな・・・」

 

 スライムがわずかに残った自尊心をすり減らして、購入したものは・・・眠りの杖と名物エルフ饅頭3つだ。眠りの杖は使うとラリホーの効果が発動する魔法の杖。エルフしか作れない超高性能マジックアイテムだ。そして、エルフ饅頭は消え去り草が隠し味で入っていて、食べるとお肌に少し透明感がでる美容食品だ。俺は眠りの杖を腰に差し、エルフ饅頭を遊び人と魔法使いに渡した。

 

「これは、自然の甘さを最大限に引き出したオーガニック感あふれる、すっごく美味しいお饅頭ですね!しかも、ボクのお肌にますます透明感がでてきましたよ」

 

「僕の分のお饅頭は無いんですねー。かなしいなー」

 

 エルフ饅頭をもらえずスライムは悲しそうに体をプルプルと震わせている・・・準備は整った。エルフの姫と人間の残した思いを回収に地底湖の洞窟に向かう。

 

 

 

 

 

「じゃあ、スライム。あたしたちは、これから洞窟にはいるから、入口でお留守番していること。もし、逃げたら、見つけ出してすりつぶして殺します」

 

 スライムは首輪をつけられたまま、皮袋に入れられ、鎖でぐるぐる巻きにされ、木の枝にぶら下げられている。この状態で逃げるなんて、どこの大脱出だよ。皮袋の中でスライムがもごもごと何か言っている気もするが、無視して洞窟の中に入った。

 

 

 

「マタンゴだ。やつの甘い息に注意しろ。くらえ、眠りの杖!」

 

「ギラ!」

 

「バンパイアだ。ヒャドに注意。大ダメージをくらうぞ。くらえ、眠りの杖!」

 

「ギラ!」

 

「バリイドドッグだ。ルカナンに注意しろ。こいつには、眠りの杖が効きにくいが、くらえ、眠りの杖!」

 

「ギラ!」

 

 どんな敵も眠りの杖で眠らせて、魔法使いのギラと商人と遊び人のチェーンクロスで寝込みをタコ殴りする戦法で魔物を次々に倒していく。メラ、ギラ、ヒャド、イオ。魔法使いが魔物の群れに合わせて適格に魔法を放つ。さすがは戦闘職。存分に力を発揮していた。途中、MP回復のために回復の泉を経由。ちょこっと、回復の泉の周辺で魔法使いの火力を利用したレベリングを行いつつ、洞窟の最深部に向かった。

 

 

 

 最深部は地底湖に囲まれた祭壇だ。祭壇の中央には宝箱が一つ。その中には・・・エルフの宝、夢見るルビーとエルフの姫と人間の男の書置きが入っていた。書置きは・・・

 

「お母さま。先立つ不孝をお許しください。せめて天国で一緒になります・・・」とエルフの姫から女王にあてた書置きだった。俺たちは、書置きと夢見るルビーを回収し、魔法使いのリレミトで洞窟から脱出、エルフの隠れ里に向かった。エルフの姫の心中という、悲しい愛の物語の結末を知った3人は切ない気持ちでいっぱいになり、洞窟の入口に皮袋に入れてぶら下げたスライムを袋から出す気もなくなり、袋にいれたまま移動することにした。皮袋の中でスライムがもごもごと何か言っている気もするが・・・商人の手の中の夢見るルビーは、悲しみを吸い込んだように鈍く輝いていた。



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英雄の仕事

 エルフの隠れ里に戻った俺たちはエルフの女王のもとに向かった。エルフたちは人間に敵意を持っているわけでは無いようだ。引き止められることもなくエルフの里を進む。エルフたちは俺たちに敵意は持っていないが、完全に無視している。俺たちの存在を無視しながら、日常生活を続けていた。エルフにとって人間は、姫を騙してエルフの宝、夢見るルビーを持ち出した「悪」だ。どんなに受け入れられないような、嫌いなもの、後悔であったとしても、目をそらして解決できる問題なんてないのに・・・エルフたちの後ろ向きの態度に、俺はさらに切ない悲しい気持ちになっていく・・・里の周りの森から俺は視線を感じた。そこには1人エルフの男が立っていた。エルフの男は俺と目が合うと、そっと森の奥に去って行った。この里の中にも、俺たちの存在を気に掛けるエルフはいる・・・俺は小さな希望を見つけた気がした。

 

俺たちはエルフの女王の屋敷にたどり着いた。屋敷の侍女に女王が待つ広間に案内される。女王は広間の王座に腰掛け、無感情な視線で俺たちを眺めた。

 

「あなたがた人間がこのエルフの里にいったいなんのようですか?その手に持っているのは、夢見るルビーでは・・・?」

 

 俺は地底湖の洞窟で見つけたエルフの姫たちが残した書置きと、夢見るルビーを女王に渡した。女王は夢見るルビーを侍女に渡し、書置きを読み始めた・・・短い書置きだが何度も読み返し、時折目をつぶって思案にふけているようだ。女王は長い時間かけて書置きを読み終えた。

 

「この夢見るルビーは本物のようです。夢見るルビーを探し出したこと感謝致します。そして、この書置きも我が娘の書いたものに間違いないでしょう。人間に騙された愚かで哀れな娘・・・娘が里を出てから多くの時が経ちましたが、人間に娘を奪われた怒りと悲しみは消えることはないでしょう。エルフと人間が関わり合うこと自体が間違いだったのです」

 

「間違いだったなんて・・・騙されていたなんて・・・女王様は自分の娘を信じることもできないの・・・」

 

 魔法使いが悲しそうに女王に訴えかけた。そして、とんがり帽子を脱ぐ。無造作なカールかかった金髪の間から覗く耳は人間のものより、あきらかに大きく尖っている。

 

「あたしはノアニールで生まれました。母は人間ですが、父はこの里のエルフだと聞いています。エルフの血を半分受け継ぐ私は耳が大きく尖って生まれました。父は、あたしが生まれてすぐに里に帰ってしまったので、父の記憶はありませんが・・・それでも、母と父の出会いが間違いだなんて思ったことはありません。母が父を騙す理由もないでしょう・・・私は、母と父を信じています。女王様は、自分の娘を娘が愛した人間を信じることができないのでしょうか・・・」

 

「あなたが薬師の娘とは・・・薬師は好奇心旺盛な青年で度々、人間の町を訪れていました。そこで、人間の少女と出会い恋に落ちたと聞いています。エルフは掟でこの里を出ることを禁じています。薬師は人間の少女と一緒に暮らすことを望んでいましたが、最後には里の掟を守ることを選びました・・・私を含め、エルフが抱く人間への不信感がすぐになくなることはないでしょう。しかし、この里のエルフの血を引くあなたを信じ、ノアニールの呪いを解くことにします。さあ、この目覚めの粉を持って、人間の町にお戻りなさい」

 

 俺たちは、目覚めの粉を受け取り女王の屋敷を後にした。とんがり帽子を深く被りなおした魔法使いが、

 

「商人さん、ありがとうございます。これで、ノアニールのみんなを眠りから覚ますことができます。めでたしめでたしです」

 

「まだ、めでたしめでたしには足りていない。俺たちのめでたしめでたしの一つはあそこで待っている」

 

 商人が指さす先、森の間から、魔法使いを見つめるエルフの男。どことなく、魔法使いに似た顔立ちだ。きっと彼は・・・

 

「お父さん?・・・でも・・・お父さんは、お母さんとあたしを置いていなくなってしまって・・・あたし、お父さんの記憶がないし・・・迷惑じゃないかな・・・」

 

「何を言っているんだ。女王の前での魔法使いの話に俺は感動したよ。魔法使いが親父を信じないでどうする。信じた相手に裏切られるのは苦しいけど、信じなければ始まらないこともあるだろう」

 

 俺は魔法使いの背中をそっと押した。魔法使いはおどおどと挙動不審な動きで、自分を見つめるエルフの男に近づいていった。

 

「あ、あ、あの・・・もしか、してですが、お、お、お父さんでしょうか?」

 

 極度の緊張で噛みまくりながらも頑張った魔法使い。エルフの男は穏やかな微笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた・・・魔法使いは、泣きながら父親の胸に飛び込み、父親は優しく頭を撫で続けた・・・エルフの人間への不信感が無くなったわけではないが、数人のエルフたちも、この親子の再会を笑顔で見守っている。エルフの頑なな心もいつかは、この笑顔が溶かしてくれると信じることにした。

 

これで、めでたし一つ目を手に入れた。次のめでたしを手に入れるため、ノアニールに向かう。

 

 

 

 

 

 ノアニールの中心にある広場で俺は目覚めの粉を大空に振りまいた。目覚めの粉はキラキラと神秘的な輝きながら、風に乗って町中に広がっていく・・・目覚めの粉の効果は、すぐに現れ始め・・・町中の人々が目を覚ました。エルフの呪いが解けたのだ。もちろん、魔法使いの母も目を覚ましていた。

 

「ふあー。おはよう・・・良く寝たわ。30年くらい寝ていた気分ね!」

 

「お母さん、大正解!本当に30年間も眠り続けていたの!」

 

「30年って、そんなに!お母さん、いったい年齢がいくつになったか、計算するのも恐ろしいわ・・・思いのほか、お肌はツヤツヤね!それに、30年も寝ていたのに体が痛くないって、若さかしら?」

 

「この眠りは、エルフの呪いのが原因だったから・・・眠っている間は歳をとっていなかったみたい。ごはんも必要なかったし。体が痛くないのは、お母さんの体をスライムが念入りにマッサージしてくれたからかな・・・」

 

 魔法使いは今までの、母親が眠っている間の出来事を説明した。魔法使いが魔法の修行に出たあとに、ノアニールの住人全てが眠りについたこと。眠りの原因は、エルフの姫と町の男の駆け落ちを、エルフたちは姫が騙されたと一方的に思い込み、町全体に眠りの呪いをかけたこと。魔法使いは勇者とともに魔王討伐の旅をしていること。ノアニールの呪いを解くために、商人と遊び人の力を借りたこと・・・エルフの隠れ里でお父さんあったこと・・・

 

「そうでしたか・・・商人さん、遊び人さん、ノアニールを呪いから救ってくれて、ありがとう・・・あなた達が、いなかったら、この町はずっと眠り続けていたかもしれないわ。眠っている間に悪い魔物に襲われていたかもしれない・・・」

 

 すでに悪いスライムに襲われていたことは黙っておこう・・・

 

「このことを町のみんなにも教えてあげないといけないわ。みんな、訳も分からず、ぽかんとしているはずだからね・・・じゃあ、町のみんなを集めるから、パーティーのリーダーである商人君から、お話ししてもらいましょう。町を救った英雄、商人君からね!」

 

 えっ、俺が・・・俺はみんなの前で説明とか演説とか苦手です・・・だが、遊び人と魔法使いは、俺をキラキラした期待感がこもった瞳で見つめている。遊び人がちょっと笑っているのは、俺が緊張して失敗するのを楽しみにしている顔だ!

 

「商人君、町のみんなが集まったわ。商人君がお話しすることは、完全に町中に伝わっているわよ。早速、ノアニールを救った英雄による、歴史的な演説をお願いするわね」

 

 お母様がすごくハードルを上げにきています・・・

 

 

 

 町の中心の広場には、子供、老人、道具屋、神父・・・町中の住人たちが集まっていた。300人くらいいるだろうか?ご丁寧に木箱が置いてある。どうやら、俺はこの上で今回の経緯説明をするようだ。かなり、緊張してきたが、ここまで来たらやるしかない!俺は覚悟を決めて木箱の上に上がった・・・えーと、これはカボチャだ。人間じゃない、カボチャだ。最前列で手を振るのは、遊び人っぽいカボチャだ・・・俺はとっておきのおまじないを唱えた・・・神さまの悪戯だろうか?ノアニールの町を一陣の風が吹いた。町の中に残っていた目覚めの粉が舞い上がり、キラキラと広場に舞い降りてくる。幻想的な光景に人々は息を飲んだ。視線は自然と中心の俺に集まり、視線の中で緊張はピークに達していた・・・カボチャのおまじないは解けていた・・・

 

「俺はちょうにんとらん。ごめん噛みました」

 

 

 

 

「商人様、どんどん食べてください。お飲み物のおかわりをお持ちしますね」

 

 第一声で盛大に噛み、その後もたどたどしい話し方であったが何とか説明は終わった。説明を終えてホッとする間もなく、住民たちから感謝の宴を開いてお礼をすると言い始め、なし崩し的に広場で宴が始まった。倉庫や戸棚で何十年も寝かしていた食材で作ったと思われる料理は、熟成した味がして美味しかった・・・みんな、お腹壊さなければいいな。

 

「呪いを解いてくれてありがとう!ノアニール名物のデスフラッターフライでーす!」

 

 俺の周りには、住人たちが行列を作り、代わる代わる町を救ったことへのお礼や言いながら飲み物や食べ物を運んでくる。デスフラッターフライはカリカリのから揚げで、恐ろしい2回攻撃のカラスとは思えない美味しさだった。遊び人の裏工作により、いつのまにか町を救ったのは俺で、遊び人と魔法使いはお供のような存在になっていた。遊び人は「ボクなんかが英雄なんてとんでもない!無料で町のおじさんたちの相手なんて嫌です!こんな、面倒なことは商人さん、いえ、英雄様にお任せします!」と言って、人ごみに紛れてどこかに行ってしまった・・・俺へ食べ物を運ぶ行列は、どんどん長くなり・・・もう、お腹いっぱいの俺は、1人でこの行列に挑まなければ、ならなくなった。遊び人、覚えていろよ!

 

 

 

 広場の中央から少し離れた場所で、遊び人と魔法使いがノアニール名物のデスフラッターフライをかじっていた。2人の視線の先には、お腹がぱんぱんになりながらも、必死に住人のお礼の食べ物を食べ続ける商人の姿があった。

 

「遊び人さん、助けていただいて本当にありがとうございました。あたしは、これから勇者様のところへ帰ろうと思います。遊び人さんたちは、次は予定通りアッサラーム行ですか?」

 

「助けたのはボクじゃなくて、あそこでお腹ぱんぱんになっている英雄様だよ?ボクは商人さんに着いていくだけだから・・・ところで、魔法使いさんは、商人さんのこと本当に好きなんですか?」

 

「おっと、噂のガールズトークです!」

 

「って、ボクは男ですよ」

 

「最初はノアニールを救う為に利用しようかなって思って近づきました。あたしは、魔法使いなので戦闘にはどうしても壁役が必要なので・・・だけど、一緒にパーティーを組んでいるうちに、少しだけ良いなって思うようになりました。あたしは緊張しやすい性格なんですが、なぜか商人さんとお話ししても緊張しませんし・・・でも、良いなと思ったのは少しだけですよ!あたしには、やっぱり勇者様が特別な存在です」

 

「商人さんは女性に甘いからなー。騙されても、笑って済ましてしまうんだろうなー。ところで、ルイーダの酒場で聞いた自己紹介では16歳と言っていた気がするけど、これも嘘でしたね・・・」

 

「てへへ。エルフの血を引くと寿命が延びて歳が取りにくくなって、エルフみたいに美人になるの。気持ちは16歳です!」

 

「・・・あの可愛らしい体形のお母様の血を引き、細身の代名詞エルフの血まで引いている・・・これは、ぺったんこ体型血統の完成形。ぺったんこが遺伝的に証明されました!」

 

「何言っているの!遊び人さんだって、あたしに負けず劣らずのぺったんこでしょ!」

 

「ボクは男ですよ・・・」

 

 盛り上がるガールズトークと、商人が挑む胃袋の限界との戦いは、まだまだ終わる気配がなかった。

 

 




毎回の投稿で誤字だらけで申し訳ありません・・・
誤字報告頂きました皆様、ありがとうございます。


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アッサラームの誘惑①

「商人さん、暴れ猿が3匹現れました!」

 

「眠りの杖で眠らせろ」

 

「商人さん、また暴れ猿が3匹現れました!」

 

「眠りの杖で眠らせろ」

 

「商人さん、今度はキャットフライが4匹も現れました!」

 

「眠りの杖で眠らせろ」

 

「わ、足がもつれましたー」

 

遊び人は、足がもつれてその場に倒れた・・・倒れた遊び人をキャットフライは取り囲み・・・

 

「ぐわ!4匹のキャットフライが一斉にマホトーンを!ボクの呪文が封じ込められました!」

 

「・・・安心しろ俺たちは魔法なんて使えないからな」

 

 俺は遊び人に、たかったキャットフライにチェーンクロスを叩きつけた!

 

 

 

 激戦を潜り抜けた俺たちはアッサラームにたどり着いた。砂漠の入口にある中世アラビアのような街並みが広がる金と歓楽に溢れた町、アッサラーム。大きな歓楽街にはベリーダンス劇場や怪しいマッサージ店などが並ぶ、男の子の憧れが詰まった町だ。

 

「商人さん、この町の名物料理は、暴れざるそばです。冷たくてのど越しが最高って評判です!それともー、商人さんも男の子だから、やっぱり歓楽街ですか?男だけのパーティーですから、安心して遊べますね!・・・と言っても、やっぱり今回も装備更新してイシスへ強行軍するパターンですよね。遊んでいる時間なんてないですよね・・・」

 

「よし、歓楽街に行くぞ」

 

「そうですよね、強行軍ですよね・・・って、歓楽街に行くんですか!驚きのあまり、思わず乗り突っ込みしちゃいましたよ!まだまだ日は高いですが、昼遊びも良いですよね!遊びの達人であるボクがしっかりとご案内しましょう!接待を伴う飲食店にしましょうか?それとも、心も体も癒されるようなお店にしますか?」

 

「決まっているだろう。ベリーダンス劇場だ」

 

「うーん。この時間は、まだ劇場はやっていませんが・・・ベリーダンス劇場ですか・・・商人さんは、こういうのが好きなのですね・・・とりあえず、行ってみましょうか」

 

 

 

 アッサラームの歓楽街の中でも、最も大きいな施設であるベリーダンス劇場にやってきた。劇場のオープンは夜からである。この時間では開いていないが、劇場の中では10人ほどの踊り子たちが夜のオープンに向けて、ベリーダンスの練習をしていた。練習中なので露出度の高い派手な衣装は着ていないが、くねくねと体をくねらせる動きは踊り子の達の豊満な体と合わさり、俺の目をくぎ付けにするには十分過ぎる光景だった・・・いかん、いかん、ここに来た目的は、ダンスの練習をのぞき見することではない。劇場の座長に会いに来たのだ。

 

「座長、話があるんだが少しいいか?」

 

 ダンスの練習を監督していた座長が胡散臭げな顔でまじまじと俺と遊び人を見ている。遊び人をじっと見つめて、

 

「なんだ、女の売り込みか?いい女だが、ここはベリーダンス劇場だぞ。ムチムチさが足らんな」

 

「確かにいい女に見えるが、こいつは男だ」

 

「なに!この美しさで男だと!素晴らしいぞ!この劇場での踊り子は難しいが・・・いや、これはこれでいけるか・・・」

 

「魔王討伐の為に旅をしていたはずのボクが劇場に売り飛ばされそうになっています!」

 

「魔王討伐だと・・・事情が変わった。話を聞かせてもらおう」

 

 俺は座長に、これまでのこと、伝えたかったことを話した。魔王討伐の為にアリアハンから旅立ったこと、ノアニールの呪いから解放したこと、嫌な客にしつこくされてこの劇場から逃げ出したレナが元気に暮らしていること、「座長は元気かしら?」と気にしていたこと・・・

 

「商人さん!レナって誰でしたっけ?ボクの知らない女の名前がこんなところで出ました!」

 

「そうか、お前がノアニールを解放した商人か。昔はノアニール出身の踊り子もいた・・・みんな、故郷の惨状を嘆いていたものだ。ノアニールを救ってくれて、ありがとうな。そして、ノアニールを救った英雄がレナからの伝言を聞けるとは・・・」

 

「ああ・・・レナは元気に暮らしている。訳があって居場所は教えられないが、座長のことを気にしていたぞ」

 

「・・・そうか、居場所は聞かないでおこう。レナをつけ回した客はしつこいからな・・・レナは、あいつをいまでも警戒しているのだろう・・・教えてくれてありがとう。商人になにかお礼をしたいが・・・そうだ、少し待っていろ」

 

 座長は控室に向かった。レナは下の世界、アレフガルドで暮らしている。レナの話をベリーダンス劇場の座長に伝えれば、強力なアイテムをお礼としてもらうことができる。この一連の情報は俺がドラクエ3のゲームで知った情報だ。現時点で上の世界でこの情報を知る人間は転生者である、俺だけだろう・・・「レナって誰?商人さんの昔の女?今の女はボクだっけ?」遊び人がブツブツ呟いている。遊び人、お前は男だ。しばらくすると、座長が戻って来た。戻った座長の手には・・・

 

「商人、お前にお礼をしたい。これは、レナが戻った時に渡そうと思っていたものだが、お前にあげよう。きっと、魔王討伐の役に立つはずだ・・・」

 

 俺は座長から、ビキニタイプの水着を受け取った。俺は早速、水着を商人の特殊能力で鑑定した。鑑定結果は・・・魔法のビキニ、女性専用防具、職業による装備制限なし、守備力65。現時点で手に入る防具としては破格の性能だ。女性専用防具ではあるが・・・

 

「商人さんがきわどい感じの水着を念入りに見ながら、ニヤニヤしています!周りの踊り子さんたちのドン引きしています!」

 

 夢中になって念入りに魔法のビキニを調べていた俺に、踊り子のお姉さんたちは冷たい視線を向けている。俺は、純粋に鑑定能力で防具としての性能を調べただけだ。ほんの少しは、ムチムチの踊り子さんたちがこれを着た姿を想像したが・・・

 

「何故、俺にそんな視線を向けるんだ・・・」

 

「商人さんが無意識のうちに、踊り子さんたちを見ながら水着をにぎにぎしているからです!」

 

 俺は踊り子さんたちの冷たい視線を浴びながら劇場を後にした。魔法のビキニを大切に懐にしまって・・・

 



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アッサラームの誘惑②

「そんな、面積の小さいビキニが高性能な防具なんですね・・・でも、女性専用防具だと、装備できませんね・・・」

 

 面積の小ささが防御力に影響するなら、遊び人の丈が短い身かわしの服の防御力も面積に合わせて割引されそうだが性能は同じだ。性能と面積の関係はないらしい。

 

「次はお買い物に行きませんか?この町にはたくさんの武器屋防具屋がありますから。だけど、気を付けてください。ここのお店は商売上手で値段を高値で吹っかけてきます。はじめてこの町で買い物する客は、高値で買ってしまう場合が多いですね。ほら、あそこの露店でも騙されそうなお客がいますよ」

 

 

「おお!わたしの友達!お待ちしておりました。売っているものを見ますか?」

 

「この爪を見せなさい」

 

「おお!お目が高い!これは鉄の爪です。武闘家のあなたにはぴったりな武器で、攻撃力がとても高いですよ!6960ゴールドですが、お買いになりますよね?」

 

「思ったより高いのね。私は3000ゴールドしか手持ちがないの」

 

「おお、お客さんは買い物上手です。わたし、まいってしまいます。友達のあなたの為に特別サービスします。では、3000ゴールドにいたしましょう」

 

「いいの!こんなに値下げしてくれるの!」

 

 鉄の爪の定価は870ゴールドだ。3倍以上の値段で買わされそうになっている。商売上手なアッサラーム商店のぼったくり商法にちょろく引っかかりそうなやつは・・・髪をツインテールにまとめた鋭い目つき・・・ルイーダの酒場で出会った、武闘家だった。

 

「ちょっと待て・・・お前、完全にぼったくられてるぞ・・・」

 

 武闘家には俺のパーティーへの参加を断られたが、知らない人間でもない。さすがに可哀そうになった俺は声を掛けた。

 

「あなたは商人ね。ふーん。商人と遊び人にしては、アッサラームにたどり着くなんて、そこそこ強くなったようね。ところで、ぼったくりってなに?」

 

「鉄の爪の売値は店によっては870ゴールドの場所ある。お前は3倍以上の高値で買わされそうになっていた・・・」

 

「露店商、この私を騙したのね!この罪は万死に値するわ!安心なさい、一撃で葬ってあげるわ」

 

 武闘家は殺気をみなぎらせて、ぼったくり露店商の前で身構えた。これは本気の目だ。露店商は恐怖でガタガタと震えだし「命だけはお助けください・・・」と、命乞いを始めた。

 

「おい、武闘家!殺すとか物騒過ぎるだろ。商店が高値で吹っかけて、客と値引き交渉するなんて普通のことで、これは騙したとは違うんだ」

 

 俺の言葉にぼったくり露店商は、ガタガタと震えながら高速で頷き続けている。

 

「そうか・・・では、この店には用はないわね。商人、さっそく鉄の爪を買える店に案内しなさい」

 

「案内は構わないが、あの店は夜しか開いていないからな。夜まで時間が空くな・・・」

 

「時間があれば、やることは決まっているわね!あなたたちの実力も見てみたいし」

 

「あの・・・ボクは武闘家さんとの親睦を深めるためにお食事でもいかがかなって思いますが、すでに決まっているやることとは、いったい何でしょうか?」

 

「レベリング」

「レベリング」

 

「わかっていましたが、当たり前のように2人でハモって言わないでください・・・はー、アッサラーム名物の暴れざるそば食べたかったな・・・」

 

 

 遊び人の悲しそうな、なつぶやきは無視して、武闘家をパーティーに加えた俺たちはアッサラーム周辺でのレベリングを始めた。武闘家は、武器は素手、防具は稽古着のみの超軽装だが、素早さを生かして、あらわれた魔物たちに先制攻撃を叩きこむ。素早さを生かした防御も巧みだ。攻撃を避け、または攻撃を捌き、ダメージらしいダメージを受けていない。この強さは、武闘家が戦闘職として優秀であること、単純にレベルが高いことが要因だ。武闘家は今まで一人旅を続けてきたのだろう。俺と遊び人も2人パーティーだ。少人数パーティーは経験値効率が最高になり、1人1人のレベルは必然的に高くなる・・・つまり少人数パーティーは、レベリングの観点でみれば、優れたタクティクスであるということだ。

 

 

「あっという間に夜になったわね。有意義なレベリングだったわ。商人の状況判断はいつも的確だったし、指示に従う遊び人の動きも良かったわ。眠りの杖っていうの?あれは強力なアイテムのようね。まあ、2人とも思っていたよりも強かったけど、まだまだ私には及ばないわね・・・では、そろそろ行きましょうか?」

 

「あの・・・武闘家さん、行くっていったいどこにでしょうか?そろそろ、晩ごはんの時間ですから、お食事でもって思います!」

 

「もちろん、食事に行くわ。遊び人は暴れざるそばが食べたいのでしょう。いいお店に案内しなさい」

 

「そうですよね、武器屋ですよね、その為に時間つぶしのレベリングをしたんだから・・・って、暴れざるそばを食べに行くんですか!驚きのあまり、思わず乗り突っ込みしちゃいましたよ!商人さんと違って、部下の気持ちを大切にするリーダーですね!新感覚です!」

 

 アッサラーム名物の暴れざるそばは・・・東方の国から伝わった蕎麦だが、魔物使いに飼いならされた、暴れ猿がその怪力を使ってそば粉をこねて作った蕎麦で強い腰があり、のど越しが癖になると評判の蕎麦だ。名物の暴れざるそばを堪能した3人は武器屋に向かった。ここは、夜しか開いていない店だが、品そろえが良く、ぼったくりをしない良心的なお店だ。武闘家は、お目当ての鉄の爪を購入した。

 

「本当に870ゴールドで買えたわ・・・」

 

「この店は営業時間が夜という以外は普通というか、武闘家が引っ掛かりそうになった露店が特殊というか・・・まあ、これは済んだはなしか・・・ところで、武器はかったけど、防具はいいのか?いつまでも稽古着では、そのうちに守備力が足りなくなるぞ」

 

「うーん。私はあまり、武具に詳しくないのよ。体一つで戦う主義だから・・・商人の知識で私に合う防具を選んでくれない?」

 

「残り3130ゴールドなら、頭はこの町で買える毛皮のフード、盾はアリアハンで買えるお鍋の蓋かな」

 

「私は頭装備を着けない主義なの。戦闘中の視界が悪くなるから。お鍋の蓋って・・・調理器具をもって、戦うのは、見た目的にちょっと無理ね!」

 

「気分や見た目よりも性能が大切だと思うけど・・・鎧だったら、武道着がいいかな。この町には売っていないが、カザーブの武器屋で売っている。カザーブの武器屋のオヤジは話がわかるやつだから、俺の紹介と言えば、今使っている稽古着を高値で買い取ってくれるはず・・・高く売るポイントは売る前に洗濯しないことだ」

 

「さすがは商人だ。武具に詳しいな!早速、明日にでもカザーブに行ってみるわ」

 

 カザーブの武器屋のオヤジ・・・また、お前の宝物が増えそうだな・・・俺は、カザーブの武器屋のオヤジのこと、買い取ってもらった、遊び人の稽古着に使われ方に思いをはせた・・・

 

「なんだ、急に考え込んでおかしなやつだ・・・商人に遊び人、今日は私に付き合ってくれてありがとう。ぼったくり被害にあわなかったのはお前たちのお蔭だ。お礼といってはなんだが、今晩の宿屋くらいは奢らせてくれ」

 

「いいんですか!ボク、宿屋のベットで眠れるなんて夢のようです!お風呂も、お風呂もあるのでしょうか?」

 

「うん?遊び人は、いったい何を興奮しているんだ?今日はお礼だから、大きなお風呂がある宿屋を手配しよう」

 

「晩ごはんを食べ、宿屋で大きなお風呂!ボクは幸せです!こんなに、幸せなことが続くと怖くなりますよ!」

 

 

 ちょっと高そうな大きな宿屋に着くと武闘家は、自分用の部屋と俺と遊び人用の2人部屋を取ってくれた。

 

「武闘家さんとボクは、さっそくお風呂に行ってきます!」

 

 俺は1人部屋に向かい、ベッドに倒れ込んだ。この世界にルイーダの酒場に登録された商人として転生し、初めての1人の時間だ。考えてみれば、いつも遊び人と一緒だった。もしも、ルイーダの酒場で遊び人と出会わなかったら、この世界は孤独なものだったのかもしれない。俺にはこの世界で知り合いなんていなかったのだから・・・どんな、無茶な目標でも、計画でもにっこり笑ってついてくる遊び人。誰かの役に立ちたいと願った遊び人。だったら、遊び人の願いはもう叶っている。

 

「遊び人・・・」

 

「きゃ!商人さん、ベッドごそごそしながら、ボクのことを切なそうに呼ぶなんて、いったいなにをしていたんですか。あっ、これは男の子には聞いてはいけないことでしたね」

 

 いつの間にかに遊び人が部屋に来ていた。お風呂上がりで上気した肌、濡れた髪は美しくて、いつも以上に女の子だ。いや、どう見ても美少女だ。本当は美少女だったのでないのだろうか?だとしたら、あれが使えるはずだ。

 

「遊び人、お願いがあるんだけど・・・」

 

「商人さん!ボクをベッドに押し倒して、そんな顔でお願いだなんて、ボク、断るなんてことできないですよ・・・」

 

「良かった・・・遊び人に断られたらどうしようかと思った。ちょっと、ちょこっとだけ、これ着てみて」

 

 俺は懐に大切にしまっていた、魔法のビキニを取り出した。遊び人が装備できるか試してみないと!

 

「無理ですよー!ボクは男ですよ!女性専用装備は装備できませんよ!こんな、きわどい水着を着たら、上はがばがばなだけですけど、下は大変なことになってしまいますよー!」

 

「大丈夫だ、ちょっと体に当てて試すだけだから・・・この見た目で、装備できないなんて、ちょっと何を言っているか理解できない・・・」

 

「商人さん・・・理解力が低下し過ぎですー!試してみますから、目をつむっていて下さい。恥ずかしいから、見てはダメですよ」

 

 俺は押し倒した遊び人に、馬乗りになったまま目を瞑った・・・ごそごそと着替える遊び人の気配がする。これは、本当に装備できるのではないだろうか・・・その時、ノックもなく部屋のドアが勢いよく開けられた。

 

「商人、遊び人、近くの屋台に美味しいス綿菓子が売っているみたい・・・って、2人とも、ベッドの上で何をしているの・・・」

 

 

 武闘家が見た光景は・・・半裸の遊び人を目を瞑った商人がベッドに押し倒し・・・遊び人は涙目になって、必死のビキニを着ようと体に押し当てている・・・

 

「武闘家さん・・・ボクは商人さんの想いを叶えてあげたいです・・・」

 

「商人と遊び人って、そういう関係なの・・・なんだか、胸が熱くなるわね!」

 

 はっ!俺はいったいなにを・・・押し倒した遊び人は、真っ赤になった顔で潤んだ瞳を俺に向けている。懸命にビキニを体に当てているが、魔法のビキニは女性専用防具。やはり装備はできないようだ。俺の目は騙せても、装備制限までは騙せないようだ。これはまずいことになった。この光景はどう見ても、俺と遊び人がベッドでイチャイチャしている感じだし、しかもこの光景を見た武闘家の胸が熱くなってきている!かなり場が混沌としているようだ。ほとんど、俺の責任で混沌が生まれたわけだが・・・

 

「武闘家、目に見えるもの全てが真実というわけもないんだ。実は、魔法のビキニという高性能防具を手に入れたのだが、女性専用防具だったのだ。遊び人なら装備できるかも思って、合意の上で試着していたんだ」

 

「なるほど、目に見えない愛を感じろと。そして、2人の愛は合意の上ということなのね。また、胸が熱くなってきたわ・・・ところで、その水着が高性能防具なの?」

 

「胸が熱くなりすぎて暴走気味だけど大丈夫だよね・・・そうだ、これが高性能防具、魔法のビキニだ。ちなみに防御力は稽古着の6倍以上だ。遊び人には装備できなかったから、武闘家にあげてもいいぞ」

 

 武闘家が魔法のビキニを受け取り、大きさや性能を確認する。武闘家の手の中で伸び縮するビキニは、明らかに体を隠せる面積が小さいようだ。

 

「商人はこの小さな面積のきわどいビキニを私にきせて戦闘しろというの・・・こんな、面積ではいろいろと出てしまうわ・・・しかし、それはそれで、胸があつくなりそうな予感が・・・こほん!こんな、けしからんビキニは問題があるが、高性能であることは間違いがない。これも全ては、皆の悲願である魔王討伐のためだ・・・このビキニは、ありがたく受け取らせてもらうわ」

 

「そうだ!皆の悲願である魔王討伐、必ず成し遂げてみせるぜ!」

 

「ボクも商人さんと、どこまでも一緒に戦います!魔王討伐だって商人さんとなら、きっと成し遂げられます!」

 

 混沌とした場であったが、魔王討伐!という大きな目標を再確認したことでテンション上がった俺たちは夜のアッサラームに繰り出していった。最初のお目当ては、ギズモ綿菓子だ。1口食べると、口の中で小さな小さなメラの炎がはじける感覚が味わえる人気のお菓子だ。あくまでもギズモ綿菓子は最初の目標である。遊びのプロフェッショナルである遊び人が今晩の計画を立て始めた。テンションが上がった3人のアッサラームの夜は、まだまだ終わる気配がない。



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砂漠の王国イシスの猫

「商人と遊び人へ

 昨夜はありがとう。パーティーを組んでの旅の楽しさが分かった気がした・・・私は先に出発する。己をさらに鍛えるために・・・助けが必要になったら、遠慮なく私を頼りなさい。

 追伸 魔法のビキニを着てみたが、かなり面積が小さい・・・    」

 

 久しぶりの宿屋のベッドで目覚めた俺と遊び人は武闘家の置手紙を読んでいた。しまった!武闘家の魔法のビキニ試着シーンを見逃すとは!偶然に武闘家の部屋を訪れて、偶然に鍵が開いていて、偶然に試着シーンに遭遇するなんてよくある話なのに!恥ずかしそうに、ビキニを着ている姿が頭に浮かぶ・・・

 

「武闘家さん、先に行ってしまいましたね・・・って、商人さん!何ですか、朝からそのニヤケ顔は!ビキニ姿の武闘家さんを妄想して、あんなことやこんなことまでさせるなんて、この変態さん!」

 

「たしかにあのクールビューティーのビキニ姿を想像したが、まだあんなことやこんなことなんて想像してないからな!そもそも遊び人が考えている、あんなことそんなことって何!」

 

「やっぱり、妄想していたんですね・・・この変態さんめ・・・ボクが魔法のビキニを装備出来たら、良かったのに・・・問題がすべて解決したのに・・・」

 

 またしてもしまった!女性が男のスケベ心を察知して放つカマカケに引っ掛かった・・・遊び人は男だけど。

 

「さて、あまり宿屋に長居しても延長料金を取られてしまいますが・・・出発前に一緒にお風呂に行きません?朝の大浴場も気持ちいいですから!」

 

 ベッドの上でにっこり微笑みながら、美少女にしか見えない遊び人が混浴に誘ってくる。遊び人は男だから、混浴ではないけど。

 

「何を恥ずかしがっているんですか。ボクは男ですよ。一緒に旅するパーティー何ですから裸の付き合いなんて、当たり前のことです。取って食ったりしませんからね!さあさあ!」

 

 遊び人は男だから一緒のお風呂なんて当たり前のことだ。背徳感を感じてしまったら、それこそ俺の中に邪な気持ちがあるということだ。だから、一緒のお風呂は正しいことで、一緒に入らないことが間違っているのだ。俺は遊び人に手を引かれて、大浴場に向かった・・・大浴場は思いの外に気持ち良く、遊び人はやっぱり美人だった。

 

「商人さん、お風呂気持ちよかったですね!ごちそうさまでした!」

 

 宿屋のベッドとお風呂で英気を養った俺と遊び人は誘惑の町アッサラームを出発した。

 

「砂漠の国イシスといえば、地獄のハサミフライがとっても美味しいそうです!がそれに、砂漠は暑いので水浴びする人も多いそうです!水浴なんてしたら、今度こそ、ボクのポロリもあるかも!」

 

「なにがポロリするんだか・・・」

 

次の目的地である砂漠の国イシスへ向かう。

 

 

 

 

「商人さん、今度はキャットフライが3匹も現れました!」

 

「眠りの杖で眠らせろ」

 

「商人さん、今度はキャットフライが4匹も現れました!」

 

「眠りの杖で眠らせろ」

 

「商人さん、またキャットフライが4匹も現れました!」

 

「眠りの杖で眠らせろ」

 

「えっ・・・商人さん・・・」

 

「なんだ?転ぶとにっこり微笑む以外の新しい遊びでも覚えたか?」

 

「倒したキャットフライ達は、こんな物を持っていました!」

 

 遊び人が大量に転がっているキャットフライの死体の間から、ぬいぐるみを見つけてきた。ぬいぐるみは猫の着ぐるみでリアルで可愛い猫そのものだが、体用防具として装備可能だ。可愛さに反して、この時点の商人、遊び人が装備できる鎧では破格の性能で、鋼の鎧なみの高い防御力がある。俺は、遊び人からぬいぐるみを受け取り、装備中の鎧、鉄の前掛けを脱ぎ去って、ぬいぐるみに着替えた。もこもこの胴体部分は思ったよりも通気性が良く、灼熱の砂漠でも熱中症で倒れることはないだろう。胴体と頭部が分かれたタイプの着ぐるみなので、俺の主食である薬草を食べることにも困らないだろう。薬草を食べる度に中の人が見えてしまうが・・・

 

「商人さん、何ですか!この可愛らしさは!これは自分を抑えられません!モフらせて・・・」

 

「ゴロゴロゴロ・・・って、やめろ!くすぐったい!」

 

 猫のかわいらしさにうっとりとしている遊び人が、俺の喉の周りをワサワサと揉んできた!くすぐったいので身をよじってかわすと、今度は手を握って肉球をプニプニ始める。

 

「商人さんと猫の可愛さが悪いのです。ボクの商人さんがこんなに可愛いわけないのに・・・」

 

「俺は、まだ誰のものでもないからね!」

 

 猫の着ぐるみ姿になった俺は、イシス到着まで遊び人にモフられ続けた・・・

 

 

 

 

 砂漠の王国イシス。アッサラームの南西に広がる砂漠のオアシスに作られた王国。現在は女王によって統治されている。この女王は絶世の美女として知られ、国民はもとより、イシスを訪れる旅人や交易商たちを魅了し続けている。

 商人たちがイシスに到着した。日は沈み、暗闇に包まれた広大な砂漠の中で、町の光がひときわ美しくあたりを照らしていた。古代エジプトのような街並みを歩いていると、

 

「ついに勇者様たちがイシスに向かっているらしいぞ」

 

「勇者様は、一度はロマリアの王様になったが、短期間でアリアハンとの交易路を確保したり、軍隊を再編成したりで魔王軍との戦いで疲弊した国力を回復させたらしい」

 

「勇者様は魔物の巣窟になったピラミッドを魔物たちから解放してくださるそうだ」

 

「ママー!大きな猫ちゃんときれいなお姉ちゃんが歩いているよ。私もモフりたいな」

 

「見ちゃだめ!あれは猫ちゃんではないのよ」

 

(勇者はロマリアを出発したか・・・ピラミッド攻略、魔法の鍵入手を急がないと!しかし、俺は猫ちゃんではないし、遊び人もお姉ちゃんではない。遊び人は男だからな・・・)

 

 などと、イシスの町はロマリアを出発した勇者の話題で持ちきりだ。勇者は強いだけではなく、人々を救う為に必要なことを考え、行動しているようだ。さすがは勇者・・・超優秀だな・・・だが、イシスに先に先にたどり着いたのは、勇者一行ではなく、俺たちだ。その差は1日程度だが、次のキーアイテムである魔法の鍵は俺たち先に手に入れてやる!

 

「勇者様たちもイシスに向かっているんですね。では、ボクたちも今日は宿屋でゆっくり休んで明日のピラミッド攻略にそなえないといけませんね!寝る前には存分にモフらせてもらいますよ!」

 

「勇者が迫っているのに宿屋で寝ている時間なんてない。このまま、王宮に忍び込んで、その足でピラミッドに向かうぞ。それから、勇者より先に魔法の鍵を手に入れるまではモフらせんぞ!モフらせません、勝つまでは」

 

「観光もしないで、宿屋にも泊まらないで、すぐにピラミッドに向かうことは想定していましたが、王宮に忍び込むなんて聞いていませんし犯罪者まっしぐらですよ!」

 

「安心しろ。王宮に忍び込む方法は考えてある・・・名付けてキャット&プリンセス作戦だ」

 

 

 

 

 夜のイシスの王宮は静まり返っていた。俺と遊び人は門番もいない正門から中庭に入った。中庭の先にある宮殿まで300メートルはあるだろうか?目の前には遮蔽物が何もない広大な砂地が広がっている。

 

「・・・商人さん、本当に大丈夫なんですか?門番はいませんでしたが、巡回中の衛兵に見つかったら、牢屋まっしぐらですよ・・・わ、巡回の衛兵が宮殿からでてきましたよ。中庭には隠れる場所なんてないのに・・・」

 

 俺は2足歩行から4足歩行に変え、つまりは四つん這いになって進む。遊び人も俺の体に隠れるように四つん這いになった。

 

「にゃー、にゃー」

 

「なんだ、猫か」

 

 俺は衛兵に着ぐるみ姿の俺を本当の猫と錯覚させることに成功した!我ながら会心の鳴きまねだったな。

 

「ボクはこんなので誤魔化せるイシスの警備体制に不安を感じましたよ・・・」

 

 中庭を突破した俺たちは、迷路のような通路を通り地下に降りた。そして、最奥にあった宝箱から星降る腕輪を手に入れた。星降る腕輪は、素早さを2倍にするとんでもない効力がある装飾品だ。俺は星降る腕輪を身に着けた・・・唐突に世界が変わった。いや、変わったのは俺のほうだ。試しに軽くステップを踏んでみた。とんでもなく身軽になっている。今の俺なら、どんな敵の攻撃でもかわせる、どんな敵からでも逃げられるだろう・・・

 

「商人さん、宝箱を開けた時に骸骨があらわれて、何か言っていましたが、無視して良かったのでしょうか?勝手に星降る腕輪を持ち出してしまって、追いかけてこないでしょうか・・・」

 

「大丈夫だ。今の俺なら、どんな追ってからも逃げられるぜ!」

 

「骸骨が追いかけてくる可能性はあるってことですか!」

 

 地下通路から中庭に戻った俺たちは運悪く、衛兵と鉢合わせてしまった。

 

「この、怪しい・・・猫かな?と・・・女かな?・・・め!」

 

 俺は遊び人を抱き上げでお姫様抱っこの体制になると、星降る腕輪で倍増した素早さをフル活用して最大速度で逃げ出した!星降る腕輪、なんて効果だ!俺は今、砂漠を吹き抜ける風になって王宮の外に走り去った!

 

「キャット&プリンセス作戦・・・猫のまねで誤魔化して、お姫様抱っこで逃げる作戦ってことですよね・・・こんな、作戦が上手くいくなんて、やっぱりイシスの警備体制は問題山積みですが、今は全身で商人さんのモフモフを堪能することにします!」

 

 俺は星降る腕輪の効力で、夜の砂漠を吹き抜ける風になった俺たちはピラミッドに向かった。



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ピラミッド攻略①

「商人さん、ミイラ男が現れました!」

 

「よし、逃げるぞ」

 

「商人さん、またミイラ男です!」

 

「よし、逃げるぞ」

 

 俺たちは、砂漠を一気に駆け抜け到着したピラミッドの攻略を始めた。ピラミッドに相応しく、アンデットの巣窟でミイラ男やマミーといったミイラ型モンスターがワラワラと集まってくる。星降る腕輪の効果で素早さが倍増した俺は、ミイラの群れから逃げまくりながら進んでいった。さすがに両手が塞がった、お姫様抱っこでは迷宮攻略は危険なので、遊び人を下して手を引いて走り続けた。

 

「いや、まてよ・・・遊び人をお姫様抱っこしていれば、遊び人の運の良さが俺にも適用されるなんてことは無いだろうか?運の良さのお蔭で、モンスターの出現率が下がったり、女の子にモテモテになったり、札束のお風呂に入れたり・・・今日から始まるサクセスストーリーが待っているかもしれない・・・」

 

「ボクを幸運のお守り扱いしないでください!たしかにボクの運の良さは、サクセスストーリーを呼び込んでいますけどね・・・」

 

 ピラミッドを進む度に高頻度で出現するミイラたち。

 

「商人さん、またミイラ男の群れです!」

 

 また現れたマミーの群れから逃げる。ミイラたちのスピードは遅いので、星降る腕輪を身に着けた俺なら逃げることは簡単だ。逃げながら振り返ると、そこには今まで逃げてきたミイラたちが通路を、ギュウギュウのすし詰め状態で俺たちを追いかけ続けていた。もう、後戻りは出来そうにないな・・・だが、魔法の鍵まで残りわずかな距離まできている。

 

「通ってきた通路がミイラだらけで怖いですよ!絶対に手を離さないでくださいね。ボクの素早さだと逃げられる気がしませんから・・・」

 

「俺たちは、ただ前だけを見て進むだけだ」

 

「かっこいい感じで言っていますが、ただ逃げ続けているボクたちの言えるセリフとは思えませんよ!」

 

 そして、俺たちはピラミッド3階にたどり着いた。この階には決められた順番で押すことで通路が開く仕掛けがある。この仕掛けの先にある宝箱に魔法の鍵が入っているのだ。順番は確か・・・

 

「東の西、西の東、西の西、東の東・・・東の西、西の東、西の西、東の東・・・ブツブツ・・・」

 

「不気味な呪文みたいにブツブツと呟かないでください!怖さが倍増しますよ!その順番で壁のボタンを押すってことですよね。ミイラたちが3階に集まる前に急いでボタンを押しましょう!」

 

 4つ目の東の東側ボタンを押すと遠くでズーンと大きな物音が聞こえた。これは仕掛けが作動し、通路が開いた音だ!魔法の鍵までもう少しだ。俺たちは、急いで開いた通路に向かった。そこには・・・

 

 

 

「なんだこれは・・・俺の知っているドラクエと違う・・・」

 

 そこには宝箱があり、中にはきっと魔法の鍵が入っているのだろう。ここまでは俺が知っているドラクエだ。このまま魔法の鍵を入手して、最上階からピラミッドを脱出する予定だった。しかし、現実は違う。宝箱を守るように巨大な有翼のドラゴン・・・その体には肉はなく、全身が白骨化している。

 

 

「なんでこんなところに、スカルゴンがいるんだ・・・」

 

 スカルゴン・・・地下世界、ゲーム終盤で遭遇するモンスターだ。ピラミッドなんかには、いるはずのないモンスターだ・・・今の俺たちのレベルで太刀打ちできるモンスターではない・・・スカルゴンはゆっくりと顔と体を俺たちに向けると、ガシャガシャと骨がぶつかり合う音が響いた。

 

「後ろからはミイラたちが迫ってきています!」

 

 今まで逃げ続け、置き去りにしてきたミイラたちに追いつかれたようだ。後ろには無数のミイラ、前にはスカルゴン・・・もう逃げ道は残されていなかった。スカルゴンの白骨化した顔、目があったはずの真っ黒な2つの穴に青白い小さな光が灯った。スカルゴンは白骨化した腕を振り上げ、俺目掛けて振り下ろした。こんな攻撃を食らったら死んでしまう!死の恐怖を感じた俺は体動かなくなり・・・次の瞬間、とてつもない衝撃に打ち据えられ、俺は吹っ飛ばされる。体が何度も地面をはずみ、壁に激突してようやく止まった。強烈な痛みが襲ってくる。体がバラバラになったような感覚だ。

 

「商人さん!薬草です!しっかりしてください!」

 

 吹き飛ばされ、倒れた俺に駆け寄ってきた遊び人が薬草を俺の口に詰め込む。俺はむせながら、必死に薬草を飲み込んだ。嫌だ。もう嫌だ、こんなに痛いのは嫌だ!もう、戦いたくない。勝てるわけがない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死の恐怖で体の震えが止まらない。せめて、これ以上の恐怖と痛みを感じることなく、殺して欲しい・・・遊び人が必死に叫び続けているが、もう今の俺には聞き取ることは出来なかった。

 

「ボクが時間を稼ぎます!今のうちに薬草で回復してください。大丈夫・・・大丈夫です!ボクには、商人さんに買ってもらった、ミニスカ身かわしの服と圧倒的な運の良さがありますから!」

 

 遊び人がありったけの薬草を俺に渡して、一つは俺の口の中に無理やりねじ込んで・・・スカルゴンに立ち向かっていった。

 

 

「このガリガリのつるぺったん!お前の相手はボクがしてやる!ボクもつるぺったんだけどね!」

 

 大声を出しながらも遊び人は、鱗の盾を構えて防御姿勢をしっかりとっている。つるぺったんと言われたことが気に障ったのか、スカルゴンは標的を商人から遊び人に変更したようだ。目のあった場所に灯る青白い光を遊び人に向けた。遊び人が何かを叫んでいる。叫び声に応じるように、スカルゴンが右足を大きく持ち上げ、遊びん人を踏みつける!身かわしの服の効果か、遊び人は踏みつけをひらりと身をかわした。

 

「商人さん!××××××××××××××!」

 

 遊び人がまた何かを叫んでいる。よく聞き取れないが、俺に向かって叫んでいるようだ。今度はスカルゴンが長い尻尾を振り回し遊び人に叩きつけた。鱗の盾を構えて防御に徹しているとはいえ、強烈な尻尾の直撃に吹き飛ばされた。吹き飛ばされた遊び人は、天井にぶつかり勢いよく床に落下するが何とか立ち上がった。遊び人の額から血が溢れ、流血の筋が何本もできている。どうして、遊び人は立ち上がるのだろうか?スカルゴンの強さを知らないからだろうか?防御を繰り返しても、いつかは命を削り取られ死んでしまう。こんなことをしても痛みが長続きするだけなのに・・・遊び人が、また叫び声を上げる。その叫びは・・・

 

「商人さん!商人さんだけでも逃げて下さい!」

 

 スカルゴンは大きく息を吸い込むようなモーションをした。そして、口を大きくあけると凍りつく息を吐きだした。凍てつく冷気のブレスが、叫びながら防御を続ける遊び人を包み込んだ。遊び人の体は凍りつき、全身が真っ白い氷で覆われるが倒れることはなかった。

 

「良かった!商人さんが正気にもどった!だけど、ボクはもう長くは持ちません・・・商人さんだけでも逃げて下さい!」

 

「何を言っているんだ!お前も一緒に逃げるんだ!こんな、ところで意味もなく死んでたまるか!」

 

「・・・そうですよね。こんなところで全滅なんて、ボクだってイヤですよ!一か八かの賭けになりますか、逃げる隙はボクが作ります。だから、ボクも一緒に連れて行ってくださいね・・・」

 

 スカルゴンは再び息を大きく吸い込み・・・凍りつく息を吐き出した。凍てつく冷気の塊が遊び人に向かってくる・・・遊び人は防御を行わず、眠りの杖をスカルゴンに向かって振った。眠りの杖は、使用するとラリホーの効果がある魔法の杖だ。ラリホーへの耐性が少ないスカルゴンは、抵抗できずに眠りに落ちて行った・・・しかし、眠りに落ちたスカルゴンは魔法の鍵が入った宝箱を守るように・・・宝箱を抱え込みながら、スヤスヤと寝息を立てている。これでは、スカルゴンを起こさずに魔法の鍵を手に入れることはできないだろう。今は魔法の鍵よりもこの場から逃げないと!奴が起きたら、今度こそ殺されてしまう!

 

「遊び人・・・今のうちに逃げるぞ・・・ミイラで、すし詰めの通路を通る必要はあるが、俺たち2人なら逃げられるさ・・・なあ、遊び人・・・遊び人?」

 

 遊び人の手を握った俺は絶句した。遊び人の手が氷のように冷たい・・・手を握っても、呼びかけても反応が無かった。スカルゴンへ眠りの杖を使った直後、凍りつく息を無防備な体に浴びた遊び人は、すでに死んでいたのだ・・・



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