ロクアカ×レイヴンズ (イレブンバック)
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再会、離別、邂逅

緊急事態宣言で出来た休みで、東京レイヴンズを読破したら思い浮かびました。
最新刊出ないかなぁ~。


 東京のとあるビルの屋上に、四つの鳥居と、それに囲まれた石の舞台がある。

 そこには今、四人の人影と一羽の金烏の姿があった。

 

 石舞台の上に二人の女性が横たわっている。ひとりはボーイッシュな装いをした黒髪の少女、土御門夏目。

 間を空けて、狐の耳と尻尾を生やし、軍服を着た妖艶な『狐憑き』の美女、飛車丸がいる。

 

 夏目を三方から囲むようにして立つのは、兎の式神『月輪』に憑かれ、頭部から兎の耳の生やした少女、相馬秋乃。金色の眼をした三本足のカラスの式神『鴉羽』。

 

 そして───

 

「これより、『泰山府君祭』の儀を執り行う」

 

 最後の一角に立った陰陽師、土御門春虎は宣言した。

 

 

 

 一昨年の夏、夏目は死に、春虎は伝説の陰陽師、土御門夜光の転生体として覚醒した。そんな春虎を護るべく、かつて夜光の式神だった飛車丸は、自身の魂を傷付けながらも封印を解呪し、春虎の下へ駆けつけた。同じ主を仰ぐ相棒、角行鬼と共に。

 

 その夜夏目は、『泰山府君祭』を執り行った春虎の手によって黄泉返った。ただし、夏目に彼女自身の式神である竜の北斗を憑かせ、肉体と魂を北斗で結びつけるという不完全な状態のままで。

 なぜなら、本来あり得ないことに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 同じ魂が、同時に、別の場所にあることなどあっていい筈がない。ましてや、片や死者、片やずたずたに傷付いた状態なのだ。

 更には、東京に(平将門)を降ろそうとする敵によって、夏目と飛車丸は最悪の一歩手前まで追い込まれてしまった。

 このまま神が降りればその影響で、不安定な二人の魂は、騙し騙しの今の状態を保てないだろう。

 そうなっては、春虎は二人共失ってしまう。

 

 だから春虎は最後に賭けに出た。あり得ない状況を、『あり得る』ことにする為に。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな前代未聞の呪術を執り行う。

 

 

 

 春虎の呪文の詠唱に合わせて、夏目の周りが光に包まれ、飛車丸の霊的要素で構成された身体もまた、激しいラグに襲われる。

 意識が遠ざかり始めた二人は、夏目に向けた春虎の声を聞いた。

 

「幾瀬、幾年の彼方で会おう。おれは───お前の式神(もの)だからな!」

 

 同時に、夏目の魂は過去に送られ、飛車丸は自身が送られて還ってきたことを理解する。

 飛車丸の身体のラグがスパークし、消失した時、春虎は飛車丸の魂を呼び、魂の抜けた夏目の身体に宿らせた。

 

 そして、夏目(飛車丸)は目を覚まし、涙を流しながら自身を抱き止める(春虎)の名前を呼ぶ。

 

「ただいま」

「ああ。お帰り、夏目」

 

 ここに輪廻の輪は繋がり、二人はついに再会した───

 筈だった。

 

 

 

 春虎は魂と時を操ったことで、世界のシステムの根幹に干渉してしまった。

 

 だから、彼は喚ばれたのだ。

 

 

 

 突然、霊相が歪み春虎の霊気が揺れた。

 正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 急な出来事に、その場にいた全員がフリーズする。

 

(クソッ、何が起きてる!?もう将門公の影響が!?)

 

 春虎だけは脳内でさまざまな可能性をシミュレートしてみるも、そのどれもが今起きている現象を説明しきれない。

 それを裏付けるように、春虎は孔にあるものを『視た』。

 

(これは、呪術じゃない。呪術とは違うルールの神秘が働いている!)

 

 既に孔は春虎の霊気を吸い込み、春虎の霊体や肉体にまで手を出している。このままいけば春虎は孔に引きずり込まれるだろう。しかし、孔とのつながりを無理矢理絶ち切ろうとすれば、春虎の霊体まで損傷するかもしれない。そうなっては、これから起きる決戦で多大なハンデを背負うことになる。

 そんなことを考えている内に、孔は春虎の霊体も吸い込み始めた。同時に春虎の身体もゆっくりと孔の中へと引きずられる。事態発生からあまりに速すぎる。

 

『鴉羽』は春虎の下へ翔び、羽織の姿に変え春虎に纏った。飛車丸と秋乃をビルの屋上に運ぶ為に使った白馬の式神『雪風』も、主の危機を察知し駆けつける。

 秋乃は混乱しているのか立ちすくんだままだ。腕の中にいる夏目は、祭儀の直後のせいか未だ身体に力が入ってない。それでも春虎の袖の辺りを握り、精一杯連れて行かれまいと抵抗していた。

 

 春虎は状況を俯瞰して、決断した。

 

「秋乃!夏目を頼む!」

 

 春虎が叫ぶと、声に驚いた秋乃はびくりと震えたが、その意図を読み、夏目の腰に手を回し春虎の腕から連れ出した。

 

「ごめんね!夏目!」

「待ってください……!秋乃……!」

 

 秋乃に引きずられながらも、夏目は悲痛な声を上げ、春虎へと弱々しく手を伸ばす。そんな幼馴染みを見て、春虎は敢えてふてぶてしく笑って見せた。

 

「大丈夫だ、夏目!こっちでなんとかするから!」

 

 この孔を振り切ることはできないと判断した。幸いにも、この孔の対象は春虎だけのようだ。ならばするべきことは、孔が何かを解析し、孔の先からどうやって帰還するかだ。

 

 孔の中で霊気が嵐のように荒れていたのを『視た』。自身と霊的なつながりがあるものにも影響があるのなら、この場にはいないが、既に深刻なダメージを負っている角行鬼では耐えられないだろう。春虎は角行鬼とのつながりを絶った。

 

 身体は引っ張られ続け、孔と春虎の距離はほとんどない。孔の中やその先で、何が起きるかわからない。出来るかぎりの武装はするべきだと判断し、こちらに駆けて来た『雪風』は式符に戻し懐に入れ、『鴉羽』には自身を守る為の結界を張らせた。いよいよかと身体を強張らせる。

 そのとき、

 

「北斗、お願い!春虎君と一緒に行って!」

 

 夏目の声が聞こえた。

 同時に、祭儀の間空を舞っていた北斗が春虎をめがけて飛んできて、春虎を守るようにとぐろを巻いた。

 思いがけない夏目の指示に、春虎も驚きの声を上げる。

 

「おい、夏目!」

「護法式のいない春虎君には、きっと必要です」

 

 夏目は泣きそうな顔で言った。

 

「ずっと待ってますから。お願いですから、ちゃんと帰ってきてくださいね……?」

 

 北斗は最上級の式神だ。夏目から離れてしまえば彼女自身の身を危険に晒すことになる。それでも、春虎の危険が少しでも減るのなら、躊躇う理由なんて夏目にはなかった。

 夏目の献身に、春虎も目頭が熱くなる。すぐさま春虎は北斗と霊的なつながりを結び、離れないようにした。

 

 春虎は引きずり込まれる直前、夏目に笑って、再会を約束する。

 

「行ってくるよ、すぐ帰るから!」

 

 そして陰陽師は、この世界から姿を消した。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 アルザーノ帝国南西部、そこにはひとつの小さな古代遺跡があった。

 存在地の霊脈も平凡、出土品も大した価値が付かず学者達からも軽視されている。

 ただ、特異な点を挙げるとするなら、その遺跡の最深部には巨大な魔法陣が描かれていたこと、各階層の床に小さな穴がいくつも空いていて、最深部に空の光が差し込むようになっていること、そして現在とある魔術結社が、人知れず非人道的な研究をする根城になっていたことだろう。

 

 中央に大きな魔法陣が床に描かれた部屋。

 その部屋には今多くの人がいた。資料を持って歩き回る者、談笑している者、魔法陣を見て何か呟いている者。彼等は天の智慧研究会と呼ばれる魔術結社に所属する魔術師である。

 部屋の入り口には掃除屋(スイーパー)と呼ばれる暗殺部隊を数人、護衛、警備として置いていた。

 ここは天の智慧研究会の実験場のひとつ。これからある実験が行われようとしていた。

 

 彼等によって分かったことがある。それは、この遺跡が「天空の双生児」にまつわるものであるということ。最深部のこの部屋の入り口に、双子の天使が絡み合ったレリーフが施されていたのがその証拠といえるだろう。

 帝国領内には「タウムの天文神殿」というここに似た遺跡があるが、ここはより祭儀場としての性質が強い。

 

 そしてこの魔法陣。研究会による近年の研究から、星辰を利用した召喚術、それも神格すらも呼び出すことが可能なものであると判明した。

 

 だから、彼等は試してみることにした。手始めに50人ほどの生け贄を用意して。その生け贄達は今、魔術師達の足下で虚ろな目をして動かずにいる。彼等は元は近くの村人達で魔術を使えない。今は薬を投与して洗脳されており、研究会の者の命令のみ従うようにしてある。

 もちろん生け贄といっても実際に血を流させる訳ではない。【サクリファイス】を使い彼等の命を魔力に還元させ、その全てを儀式に使うだけだ。

 

 召喚の準備をする彼等の顔には少しの恐れと、それを上回る高揚が浮かんでいる。

 この儀式を行う者達は、研究会で第二団「地位」(アデプタス・オーダー)第一団「門」(ポータルス・オーダー)の位階に就くメンバーで構成されている。この召喚の儀式が成功すれば、研究会での彼等の地位は上がるだろう。喚び出した神格によっては、研究会の悲願である「禁忌教典(アカシックレコード)」にも手が届くかもしれない。

 

 時間は来た。

 魔法陣の中心に光が差し込む。彼等は与り知らぬことだが、その光は彼を象徴する北極星のものだった。

 

 光が差し込むと同時に部屋の空気が変わる。それを感じ取った魔術師達は、魔法陣と生け贄を囲むように立ち、【サクリファイス】を起動させ魔法陣に魔力を流し込む。彼等が詠唱を始めると魔法陣は光を放った。

【サクリファイス】によって命を絞り取られた者達が、一人、また一人と死んでいく。それを魔術師達は気にも止めず、魔法陣の安定化と召喚するものとの接続に努める。

 

 どれほどの時間が経っただろうか、生け贄達が全て死に絶え、一部の魔術師が荒い息をするなかで、

 

()()()

 

 歯車が噛み合うような音がした。

 

 その瞬間、魔法陣から放たれる光が強くなり、魔法陣の中心に黒い球体が出現した。見たことのない現象に魔術師達はどよめいた。それでも詠唱を止めることはない。魔法陣にスパークが走り、黒い球体が少しずつ大きくなっていく。

 

 そして、その時が来た。

 

 魔法陣が放つ光が洪水のように荒れ狂い、思わず魔術師達は目を覆った。

 それも収まると彼等は気付く。

 光を失った魔法陣の、黒い球体があった上に、星の明かりに照らされて、それはいた。

 

 魔術師達は最初、それをカラスだと思った。闇のように黒い、大きなカラスなのだと。

 しかし、それがうぞりと動いたときには、それは黒衣を纏い、左目を布で覆った隻眼の少年の姿になっていた。

 

 魔術師達は歓喜した。自分達は誰も成し遂げたことのない偉業を果たしたのだと。それがどんな存在かは知らないが、間違いなく召喚に成功したのだ。

 彼等の代表者が前に出て、上辺だけは礼節を尽くした態度で黒衣の少年に相対する。口から出てくる言葉は如何に自分達が優秀であるか、貴方に敬意を抱いているか、自分達の理念が何なのかということばかり。

 その間黒衣の少年は、召喚の為の生け贄になった者達の亡骸を見つめていた。

 

 代表者が一通り話終えると遂に本題に入る。自分達の為に力を貸して欲しい、と。もっとも、魔術師達は召喚を行う際に、召喚したものを隷属させる為の術式を魔法陣に加えているのだが。

 全てを聴いていたであろう少年は、俯いたまま動かないでいる。

 

「例えば」

 

 それが、少年──土御門春虎が最初に口にした言葉だった。

 

「例えばこれが、禁呪を行使した代償だとか、そういったものだったらさ。納得は出来たと思うんだ」

 

 彼が口にした言葉の意味を、魔術師達は理解出来ない。

 

「けどさ、これに関しては話は別だ」

 

 しかし、魔術師達はその疑問を口にすることが出来なかった。

 

「話を聴いた限り、アンタ達は自分達の為におれをここに喚び出したんだろ?それも、こんなに多くの人を犠牲にして」

 

 思わず唾を飲む。冷や汗が止まらない。身体が震える。理由?そんなもの決まってる。

 

「そんなこと、許される訳ねぇだろうが」

 

 春虎の放つ怒気に畏れているからだ。

 

 ガラスが割れるような音が部屋に響いた。それは、春虎にかけられていた筈の隷属の魔術が破られたことを示していた。

 

「い、今すぐ撃てぇ!」

 

 魔術師達の中からそんな声が聞こえた。その言葉を皮切りに、我に返った魔術師達は一斉に春虎を攻撃する。

 業火が、雹弾が、紫電が、爆炎が春虎を襲った。

 今の彼等には、自身の魔術が同志に当たるかもしれないと考える余裕はなかった。それほどまでに追い詰められていた。

 

 攻撃によって出来た土煙が辺りを立ち込める。春虎の姿は見えない。部屋の中の異変に気づいたのか、掃除屋(スイーパー)が武器を手に部屋に入ってきた。それを気にかける余裕もない魔術師達は、固唾を飲んで春虎のいた場所を見る。

 

 土煙が晴れると、春虎は黒衣をたなびかせて立っていた。あれほど軍用の攻性魔術(アサルト・スペル)を叩き込んだというのに少年に変化が見られない。

 

「嘘だろ……」

 

 誰かが呆然と呟いた。

 対して春虎は不敵に笑う。

 

「先に言っておく、容赦はしない」

 

 その言葉に魔術師達は慌てて攻撃の態勢に入る。掃除屋(スイーパー)も武器を振りかざして襲ってくる。

 しかし今度は春虎も、一方的に攻撃を受けるつもりはなかった。

 

「出でよ、北斗」

 

 そう呟くと、春虎の頭上に光が生じる。

 光の中から現れたのは、体長10メートル弱の黄金色の鱗に包まれた生物。

 そこにあるだけで膨大な竜気を垂れ流すその生物は、土御門の守護獣にして本物の竜、北斗。

 

 魔術師達は未知の生物に一瞬たじろぐが、すぐに腕を春虎に向けて伸ばし、攻性魔術(アサルト・スペル)を放とうとする。

 北斗は機嫌が悪そうに周囲を見ると、スッと息を吸い込んだ後、天井に顔を向けて大喝を放った。

 魔術師達が組み上げていた魔術式を、北斗の高濃度かつ高潔な霊気を帯びた咆哮はズタズタに引き裂いた。咆哮の衝撃で襲いかかった掃除屋(スイーパー)は吹き飛ばされる。見たことのない事象と生物としての格の違いに、何人かは腰を抜かす。

 ──誰もが北斗に注目するなか、春虎はホルダーから呪符を4枚引き抜き、とある術式を仕込み、気づかれないよう足下の床に向けて四方に放った。

 

 何事もなかったかのように春虎は、北斗に向けてしゃべりかける。

 

「ここは窮屈だろ、北斗。天井をぶち抜いていいぞ」

 

 その言葉に、待ってましたっ、と言わんばかりに北斗は体躯をうねらせ、天井に向かって突撃する。

 竜の突撃に耐えきれず、あっさりと天井は崩落し、夜空が顔を覗かせる。

 春虎は結界を張り落石を防ぎ、魔術師達は魔術で破壊、防御する。

 

「しまった!逃げられるぞ!」

 

 魔術師の誰かが落石を目眩ましに空に逃げられてしまうと、そう漏らした言葉を春虎は笑う。手にしたのは木行符。それを天にかざし、上空で北斗が振り撒く竜気──高純度の陰の水気を、五行相生、水生木の理に従い木気へと相生する。威力が倍加した霊気を呪符を介して術式に導き、木気を雷気へと転じ、上空に放つ。

 

「九天応元雷声普化天尊!」

 

 唱えるのは、道教における雷神の最高位、雷帝の名を用いた十字経雷法。

 さらに竜気を元にした雷は、古の時代に竜神が落としたとされる「神鳴」そのものである。

 雷撃は白い光の刃となって天から地へ落とされた。

 

 直撃はせずとも、その衝撃で魔術師達は吹き飛ばされた。多くの者が意識を失うなか、かろうじて攻撃が当たらなかった者は、それでも春虎に攻撃を仕掛ける。

 しかし春虎に焦りはない。

 

「言ったろ、容赦はしないって」

 

 その言葉と同時に、春虎が先に放っておいた4枚の呪符が起動する。

 呪符の正体は火行符、仕込んだ術式は五行相生、木生火。先ほど降った雷気が木生火の術式に導かれ、火行符に吸い込まれる。

 

「吹っ飛べ」

 

 次の瞬間、呪符から閃光が放たれ、爆発した。

 

 

 その夜、帝国の地図からひとつの遺跡が消失した。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

「あー、こりゃ完全にやり過ぎたな」

 

 崩れた遺跡を前に、春虎は苦笑いを浮かべる。

 

 現在、春虎は簡易式を複数用いて、崩壊した遺跡からの救助作業を行っていた。

 救助対象は魔術師達。全員が大怪我をして気を失っている。命を取らなかったのは情けをかけたからでない。春虎が命を奪えば、きっと夏目が悲しむからだ。もうこれ以上、大事な幼なじみの泣いている姿を春虎は見たくなかった。

 

「それにしても、あるざーの帝国?ってどこだよ……?地球じゃないっていうか、これ世界そのものが違うよなぁ。だいたい何だよ魔術って、知らねぇよそんなファンタジーなもん」

 

 春虎は先の戦闘を思い出す。

 彼等が自分を攻撃した方法は魔術と呼ばれるものらしい。気を失っている者に幻術をかけ情報を吐かせた。といっても、怪我でボロボロのうえなぜか術の効きが悪く、大したことは聞き出せなかったが。

 しかし、この世界にも霊気があることは春虎には『視えている』。事実、呪術が行使出来たのだ。

 ならば魔術とやらも、霊気を用いているということだろうか?今の段階では情報が足りない。

 

「向こうに帰る為には魔術って奴を理解しなきゃ駄目かなぁ。つーか、言葉は通じたのに文字は読めないってどういうことだ?」

 

 手にした紙を見て、めんどくさそうに頭を掻く。春虎は知らないが、魔術師達の研究成果が書いたレポートだ。しかし、どれほど重大な情報も文字が読めない春虎にはミミズがのたくっているようにしか見えない。

 春虎は一時考えることを止めた。そして後ろを振り向く。

 

「ごめんな、おれを喚び出す為に、あんな馬鹿共に命を使わされて。辛かったよな」

 

 春虎の背後には、生け贄となった者達の遺体が並んでいた。

 春虎は遺跡で戦闘をしている際にも、遺体に結界を張って傷がつかないようにしていたのだ。遺跡が崩壊した時は、結界で全員を固定して北斗に運んでもらっていた。

 

「この世界の流儀は知らないけど、おれがちゃんと送ってやるから」

 

 そう言って春虎は、呪印を結んで火を放つ。火は炎となり、あっという間に遺体を呑み込んだ。

 春虎は祝詞を唱え、胸に手を当て黙祷する。

 炎の上を、北斗はぐるぐると飛んでいた。

 

 

 暫くすると春虎は動き出した。

 彼の頭の中には2つのプランがあった。

 ひとつはこの世界で生き抜くこと。元の世界に戻る為には時間がかかると判断した。よって、今はこの世界で生計を立てる必要がある。ラッキーなことに、遺跡から彼等の物と思われる金銭をいくらか手に入れた。これを元手に増やせば良いだろう。

 もうひとつはこの世界の魔術を知ること。元の世界に戻る為にも知識は必要だが、今後もこういった戦闘が起こるとすれば、相手の武器を知らなければならない。

 魔術師からの情報によれば、少し遠いが、魔術の研究が盛んな都市があるらしい。そこなら様々な情報が集まっているかもしれない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まあ、なんとかなるだろ」

 

 北斗に隠行かけて春虎は笑顔を浮かべて歩きだす。魔術師達は既に記憶から春虎の存在を消されている。彼等は蔦で縛り上げて、誰かが起こさない限り眠り続ける術をかけた。

 燃え上がっていた炎も消え、跡には僅かな灰だけが残っている。

 

「目指すは学究都市、フェジテ……だったかな?」

 

 そう呟いた声だけ残し、春虎は姿を消す。

 夜明け前の空の下、一羽の闇鴉(レイヴン)が翔んでいく。

 

 

 

 異なる神秘が蔓延る異界の地に、陰陽師は翼を広げた。

 その先の未来は、誰も知らない。

 

 




Q.なんで北斗がいるの?
A.飛車丸は消えちゃったし角行鬼はその場に居ないしボロボロだから。

Q.ほんとのところは?
A.でっかい竜って、戦闘シーンで映えるよね。


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闇鴉《レイヴン》

世界観を擦り合わせていたら遅れました。
原作キャラと絡ませないとなかなか筆が進まないですね。


 そこはアルザーノ帝国の地方都市のひとつ。

 夜の闇の中を、黒いローブを着た男が一人駆けていく。

 荒い息をするその顔は、焦りと恐怖に彩られていた。

 人通りの無い路地裏を選びながら走るその姿は、誰かから逃げているように見える。しかし、彼の背後には人の影は見えない。

 

「……っ!どこにいる!?」

 

 そう吠える男を、カラスだけが視ていた。

 

 

 数時間前、男は歓楽街を歩きながら女性を物色していた。実験の為に数人程必要だったのだ。男は顔も良く話も上手かったので、すぐに水商売の女性が集まってきた。幸いにもこの歓楽街は行政が行き届いておらず、人が数人消えた程度では大きな騒ぎにはならない。そう踏んだ男は、一人を言葉巧みに路地裏に連れ込み、【スリープ・サウンド】をかける。女は簡単に崩れ落ちた。相手に【グラビティ・コントロール】をかけ体重を軽くし、自身の潜伏先に運び込もうとした。その時だった。

 

「──っ!?」

 

 女の身体にラグが走ったかと思うと、急にその姿を消してしまった。突然の出来事に男は混乱する。

 

「──()()()()()

 

 今度は耳元で男の声がした。咄嗟に逃げ出す。

 もともと男は研究者気質、戦闘の経験なんてろくにない。しかし男を支援してくれるパトロンもいない為、こうして被験者となる人材を自身の手で用意しなければいけなかった。

 それもこうして見つかってしまった。ならば自分に有利な状況に持ち込める自身の研究室に戻り、迎撃する以外手がない。

 

 そして追いかけっこは始まった。ただし、逃げる男に対して追いかける側は一向に姿を表さない。本来なら人気の無い路地裏にいる今、追撃のひとつあってもおかしくない筈。試しに挑発をしてみたがそれに反応もない。何を考えているのか理解出来ない相手に警戒を強めていく。

 

 走り続けて十数分、たどり着いたのは一つの古びた建物。男はビルの裏口から中に入り、入り口直ぐの階段をかけ降り地下に行く。通路を通って奥から3つ目のドアの前で呪文を唱えると、ドアの左に別のドアが浮かび上がる。そのドアを開けば、そこは男の研究室だ。

 

 地下への階段から研究室までに、多くの魔術トラップを仕掛けている。仕止められなくても時間稼ぎにはなるだろう。攻め込まれたとしても、研究成果である魔導器を起動すれば───

 

「へぇー、ここがアンタの研究室?難しそうな本ばっかあるな。文字読めないからわからないけど」

 

 その声は、部屋の奥から聞こえてきた。

 

 あり得ない。間違いなく撒いた筈だ。そもそもここに入るのにパスワードが必要だ。それをこんな短時間で攻略し、自分より早く部屋に居ることなど不可能──!

 

「何を勘違いしてるか知らないけど、おれはずっと、アンタの後ろを着いてきただけだぜ?潜伏先の場所が分からなくてさ」

 

 そんなことを言いながら、部屋の奥から声の主は現れる。その姿は、鴉のように黒い外衣を纏う、左目に布を巻いた隻眼の少年だった。

 

「少し派手に動き過ぎたな。だからあいつ等に狙われるんだ。まぁ捕まる前に、こうしてアンタの研究資料を頂きたいんだけど……」

 

 どこまでも自然体で少年は男に話かける。状況を呑み込めてきた男は、目の前の敵を排除しようとする。

 

「《貫け閃──」

喋るな

 

 呪文を詠唱しようとするも、少年のその一言で男の口は塞がれ声を出すことが出来なくなる。

 甲種言霊、呪力が乗せられた言葉によって相手の精神に干渉し、言葉の内容を強制させる呪術。それによって男はあまりにもたやすく無力化されてしまった。

 

「あんまり時間もないから、本題に入りたいんだけど……」

 

 そう言うと少年は俯いて少し悩んだ様子を見せる。しかし顔を上げると、

 

「抵抗されても面倒だ、続きはアンタの脳に直接聞かせてもらうとするよ」

 

 口元に微笑みを浮かべながらそう言って、男の顔の前で指を鳴らし、男の意識を刈り取った。

 

 

 

 階段をかけ降り、魔術トラップを掻い潜り、ついに彼──帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー17《星》アルベルト=フレイザーは標的の研究室にたどり着いた。

 

 今回の任務はとある外道魔術師の捕縛、及び研究資料の押収。標的は学会から追放され、パトロンを見つけることも出来ないという、研究者としては二流もいいとこだが、その研究内容が危険だった。

 彼が作り出そうとしたのは、相手の肉体と霊魂の結合を緩ませ、死に至らしめる魔術。いわば、相手に即効性の『エーテル乖離症』を発症させるというものだった。

 

 この魔術を受けた対象は『エーテル乖離症』を発症し、数時間で進行し死に至る。治療法は『エーテル乖離症』と同じだが、この魔術が戦闘に使われれば、その場に法医師がいなければまず助かることはないだろう。そんな危険なものを世に出す訳にはいかない。

 

 数日前からアルベルトは、標的が潜伏しているとされる都市を見張っていた。動きがあったのは今夜。路地裏にいた標的を発見したアルベルトは、標的が潜伏先に戻ったところを強襲する予定だった。しかし標的は突然逃げるように走り始めた。

 自分の存在が相手にばれたのか、思わぬ事態にアルベルトは舌打ちする。しかしアルベルトが居たのは標的から500メトラ離れた建物の屋上。標的に関する資料には戦闘経験は無いと書かれていた。勘づかれることはない筈だった。

 

 すぐに頭を切り替えたアルベルトは、一定の距離を保ちながら追跡する。相手の行動を観察したが、やはり標的は自身に気づいた訳ではないようだ。ならば一体何から逃げているのか。

 

 標的は古びた建物の中に入って行った。アルベルトも5分後に突入する。仕掛けられたトラップを掻い潜り、地下通路の先の偽装工作を見抜き、研究室の前にたどり着いた。【ライトニングピアス】をストックし、扉の前で3つ数えて息を整え、扉を蹴破った。

 

 部屋の中に侵入するが反応が無い。警戒を強めアルベルトは進むが、奥の光景を見て拳を握り締める。

 

「……やられた」

 

 部屋の中は荒らされていた。

 書棚には、置いてあったであろう研究資料が持ち出された痕跡のみが残されている。標的の男は床に倒れているが、意識を失っているだけで怪我のひとつも無い。

 この状況を、アルベルトは数日前にも見たことがある。

 

 アルベルトは【コール・ファミリア】で外を探索し、自身は意識の無い男を拘束した後部屋の中を捜査する。この状況を作った犯人は既に逃げ出しているだろう。しかし、犯人が予想通りならアレがある筈だ。そう考え探していると、目当てのものはテーブルの下に落ちていた。

 

「『闇鴉(レイヴン)』、お前の目的は一体何なんだ?」

 

 拾い上げたそれは、黒い鴉の羽だった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 巷でこんな話が流行っている。

 1ヶ月程前から外道魔術師が捕縛されるニュースが多くなっているが、実は帝国宮廷魔導士団の活躍ではなく、正体不明の人物が起こしたことなのだと。

 最初の頃は馬鹿馬鹿しいと笑われていたが、とある事件を期にその風潮は変わる。

 

 半月前、過去に大きな事件を起こしていた外道魔術師が根城とする場所が分かり、帝国宮廷魔導士団が鎮圧に向かったが、犯人は既に意識を失って倒れていた。さらにその場には犯人が拐っていた子供達もいて、その子達は皆「黒い服を着た男の人に助けられた」と証言していたのだと言う。この発言は新聞の一面を飾ることになり、彼が表舞台に立つきっかけとなった。

 

 その後も似たような事件が次々と発生し、同一犯と見られるその存在は民衆達に知れ渡った。

 ついには帝国側も指名手配という形で、その人物の存在を認めることになる。罪状は『犯罪者からの金品の強奪』というもの。事実、彼が襲った場所からは、金品の類いの一部が盗られていた形跡がある。しかし一部の民衆は、幾度も外道魔術師を倒している彼を英雄視するようになっていく。

 

 現場に鴉の羽を残していくことから、いつしかその人物は『闇鴉(レイヴン)』と呼ばれるようになった。

 

 

 

「あーあ、いつの間にこんな有名になっちゃって」

 

 フェジテ行きの馬車に揺られながら、『レイヴン(自分)』の手配書を眺めながる春虎は呆れた声を出した。

 

 今や時の人となってしまった『レイヴン』こと土御門春虎だが、何故こんな活動をしているのかというと、元の世界に帰る手掛かりを見つける為である。

 

 春虎はまず、自分を召喚した者達の背後関係を徹底的に洗った。結果分かったことは、「天の智慧研究会」なる組織に所属していること、そして彼等の目的に春虎は一切関わりがないことだった。後者の事実に思わず春虎は頭を抱えたが、過ぎたことはしょうがないと諦める。

 自分を召喚した者達が所属する組織なら、それに関連する情報も集まっているだろう。そう考えた春虎は「天の智慧研究会」を追うことも行動方針のひとつにした。相手は50人以上の人間を犠牲にすることを平気でやらかす連中だ、ろくでもない組織に違いない。多少強引な手を使っても問題ないだろう。

 

 そうして「天の智慧研究会」を追いかけることになった春虎だが、2つ問題があった。

 

 ひとつは活動資金。いくら召喚した連中のをもらったとしても、この世界の経済を知らない春虎ではどれ程の資金を手にしているか分からないし、場合によっては補充する必要がある。なによりこの世界での生活は長期戦となるだろうから、金はいくらあっても困らない。

 だが、春虎は一ヶ所に留まることは難しい以上定職に就くことも避けるべきだ。なので春虎は、自分が研究会を追う中で出会った裏社会の連中から、研究資料と共に金を巻き上げることにした。幸いにも研究会と接点がある者はどいつもこいつも人でなしばかり。罪悪感はほとんどなかった。

 

 もうひとつの問題は、春虎はこちらの世界の字が読めないこと。

 春虎が自身の肉体を調べたところ、会話による意志疎通を可能にする魔術がかけられていた。これによって会話が出来ることがわかったが、文字の読み書きは出来なかった。

 普通に生活するくらいなら、コミュニケーション能力の高い春虎にとってあまり問題とはならない。だが、手に入れた研究資料を読むことが出来ないと話にならない。最初は春虎も公用語を覚えようとしたのだが、召喚した者達の複数の魔術言語が使われた暗号混じりの資料を見たときに解読を諦めた。

 

 それでも春虎は外道魔術師達から、研究資料と少々のお金を巻き上げ続けた。黒い羽を現場に残すようにしたのは自分を餌に敵を釣る為だ。結果多くの魔術師が釣れ、春虎は狙われる側にもなった。その分手にした資料の数も増えたのだが。

 

 しかしここで、春虎は予想していなかった相手まで敵に回すことになる。帝国宮廷魔導士団だ。

 

 彼等は、世に出回ると危険な研究資料を収集、強奪を繰り返す春虎を危険視するようになった。手配書に金品の強盗としか書いてないのは、春虎が多くの研究資料を所持していると知って彼を狙う輩を出さない為である。帝国宮廷魔導士団にとって春虎は、大量の爆弾を身につけて地雷原を走り回る狂人のようなものだ。何時、どんな被害が出るかわかったものではない。

 

 春虎も資料の内容を知らないとはいえ、自分の持つそれがどれ程ろくでもない物か分かっていたし、こうして犯罪者として追われることも慣れっこなので指名手配はあまり気にしていない。

 

 それでもまさか、市民からは英雄視されているとは思ってもみなかったのだが。

 

 

 

 何度も馬車を乗り替えて数日後、ついにフェジテにたどり着いた。

 

「あ~、やっと着いたか」

 

 馬車から降りた春虎はその場で大きく伸びをする。

 

 今の春虎は白のシャツにスラックスを履いた、どこぞの良いとこの坊っちゃんのような格好をしていた。『鴉羽』はカラスの姿で鳥籠の中で静かにしている。手にしたバッグには道中で強奪した研究資料と衣類が数枚、金貨と呪術に使う道具が入れてある。端から見ればただの旅行客にしか見えないだろう。

 

 偽造した身分証で検問を通り、春虎は商業街がある南地区からフェジテに入る。

 一番に向かったのは宿屋、大きな通りに面した場所で安いところを街の人に聞いたので探しだし、チェックインする。部屋へ行き荷物を降ろした春虎はベッドに勢いよくダイブした。数日に及ぶ馬車の旅に、春虎の身体も疲れがたまっていたらしい。

 

 とはいってもまだ昼下がり、昼は軽く食べたばかりで腹はそこまで空いてない。あまりに有名になりすぎたため『レイヴン』としての活動もしばらく控えるつもりなので、夜にすることがない。寝ているのももったいないので、春虎は重い身体を起こし街の散策に出る。

 

 フェジテには魔術について調べるために来た。ここ最近多くの魔術師と戦ってきた春虎だが、魔術については知らないことばかりである。

 

 そもそも大前提として、春虎たち陰陽師と魔術師は霊的な観点からすると別の生き物だ。

 ふたつに共通するのは、世界に溢れる霊的な力を取り込んだり、自身の内にある力を利用し行使するという点。この元となる力を陰陽師は霊気と呼び、魔術師はマナと呼ぶらしい。それを操り、術として行使する方法までよく似ている。

 しかし、両者には決定的な違いがある。

 在り方と、それに付随する能力だ。

 

 陰陽師の在り方とは、すなわち調和を取り持つことだ。

 かつて人々には、神仏に対する深い畏敬が、自然への感謝と畏怖があった。そういった存在への真摯な『祈り』こそが「(しゅ)」の起源だ。そして陰陽師は呪を用いて、人と自然との霊的調和をとりなし、陰陽の調和を保つことを目的としている。その為に霊気を『視る』ことが出来る見鬼の才を持っている。

 

 しかし魔術師は違う。春虎はその在り方を知らないが、彼等が魔術を使う度に起きる世界の変化を視ればわかることもある。魔術とはすなわち『願望の実現』だ。

 世界にはルールや仕組みがある、という考え方が呪術にはある。いってしまえば魔術とは、そういったルールをねじ曲げ、上書きし、自身の願望を術として放つものではないかと春虎は考える。その証拠に春虎が戦ってきた魔術師達は、何度か魔術を使えば後に身の内のマナが乱れ、直ぐには魔術が使えない状態に陥ってしまっているのを視た。

 春虎の考えが正しければそれもその筈、世界への変化を促す為に高濃度かつ高出力のマナを使うのだ。肉体の内のマナが不安定になってもおかしくない。

 

 などといろいろ推論を述べたが、結局のところ春虎にも魔術は未知の存在なのだ。それを調べる為に遠路はるばるここまで来た。折角魔術学校なんてうってつけの場所もあるのだから、いっそのこと講師に教えて欲しいものだが、そうもいくまい。

 

 そんなくだらないことを考えながら、春虎は街を歩く。屋台から芳ばしい匂いが漂ってくるし、なにやら胡散臭いものを売っている者もいる。猥雑だが活気のある通りの光景に、春虎も思わず楽しくなってくる。

 

 しばらく歩くと人気のない裏道へ着いてしまった。ここで引き返してもいいがせっかくならと、春虎は思いきって裏道の方へと入って行く。

 そこは静かなところだった。さっきまでとは反対の雰囲気に春虎は思わず驚きの声をあげる。先の方へと進むとひとつの店が開いているのをみつけた。人が来そうにない場所でいったい何を売っているのか、興味の沸いた春虎は店に入ってみた。

 

「らっしゃい、観光かい?」

 

 店主であろう無精髭を生やした中年の男性が声をかけてくる。軽く話したところ、どうやらここは骨董品や輸入品を取り扱う店らしい。

 

「えぇ、ちょっと魔術について調べに」

「へぇ、珍しいね。どこから来たんだい?」

「あー、東の方ですね」

 

 アルザーノ帝国は地球に当て嵌めるとヨーロッパに当たる。だったらあながち間違いじゃないだろう。

 

 店主と言葉を交わしながら店の中を回る。壺や器、絨毯のようなものから、いったい何なのかよくわからない物まで置いてある。物珍しげに眺めていると、

 

「……え、なんで」

 

 春虎は、店の隅に置いてあった()()を見つけた。

 春虎は()()をよく知っている。なにせ、学生時代に呪術を使うのが下手くそだった春虎の為に、恩師が作った特製の呪具と同じだったからだ。

 

 春虎はそれを手に取る。

 長さは2メートル弱の木製の棒。片方の先端には石突が嵌まっていて、反対側の先端には輪状の金属部がついている。金属の輪にはさらに6個の遊環が通っていた。

 

「なんでこれがあるんだよ……!」

 

 まごうことなき、錫杖である。

 

「ん、どうしたの?」

「……ちょっと、自分の国のものがあったのに、驚いて」

 

 店主は春虎の持つ錫杖を見ると、

 

「あ~、君、()()()()()の人だったんだ」

 

 そんなことを言い出した。

 もちろん春虎は日本生まれ日本育ち、一度も海外に行ったことのない男である。日の輪の国なんて知らない。

 混乱する春虎に、店主は追い打ちをかけるように続けて言う。

 

「それね、向こうの国の~、何だっけ、()()()とかいう人が持って来たんだよ」

 

 その言葉に春虎は膝から崩れ落ちる。

 この世界には魔術しかないのだと考えてきた。

 この世界には陰陽師はいないと思っていた。

 

(いるじゃねえか、陰陽師ぃぃ!!?)

 

 フェジテ到着初日、春虎はここに来たことを後悔し始めた。

 

 

「あ、一本20リルね」

「イヤ、たけぇなオイ!」

 

 思わず素でつっこんだ。

 

 




誤字、脱字、感想よろしくお願いします。


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占術・遭遇

お久しぶりです。
大学のレポートに追われたり、ゼノブレイドやってたり、予備校通ったりゼノブレイドしてました。
次はもう少し早く投稿したいなぁ。

※今後春虎の一人称は「おれ」になります。それまでのは時間ができたら直しときます。



 すっかり日も暮れた頃、両手に買い物袋をぶら下げて、疲れた顔をした春虎は宿の部屋に帰ってきた。

 荷物を床に放り投げて、そのままベッドにダイブする。そしてそのまま眠ってしまった。

 

 次の日朝早く起きた春虎は、昨日買った品を寝ぼけ眼でテーブルに並べて物思いにふける。

 昨日立ち寄った骨董屋で偶然にも錫杖を見つけた。そこで春虎は『日の輪の国』とその国に住む陰陽師の存在を知ることになった。その後店主から、錫杖以外の日の輪の国由来の品々を見せてもらったのだが、そのほとんどが陰陽師にまつわる品々だった。しかもかなり高い。

 

 それでも、呪具として機能するか確かめる為にも購入の必要がある。幸いにも、呪具になりそうな品々はどれも店の隅にある売れ残りばかり。そこを突いた春虎は交渉の末、今後は日の輪の国由来のものは春虎が積極的に買うこと、その代わり春虎の欲しそうなものは優先的に輸入し、相場より安く提供することを条件に、その全てを割引価格で購入出来た。お値段たったの30リル、一般的な家庭の生活費のおよそ三ヶ月分である。なおこれでも4割引されている。

 

 さて、フェジテに到着した時には春虎はだいたい300リル程手元にあった。外道魔術師狩りの際に研究資料と共にお金も巻き上げたわけだが、どうやら魔術師という生き物は金持ちらしい。数人締め上げただけで一財産築けたのだ。しかしこのままでは一年、下手すれば半年程で手元の資金は尽きるだろう。

 

 レイヴンとして活動するか、だがフェジテから離れたくない。資金調達に悩む春虎。

 その時、テーブルの上のある物を見て春虎は閃いた。

 

「これは……、イケるか?」

 

 ここはひとつ、陰陽師らしい稼ぎかたをしようじゃないか。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

「凄腕の占い師?」

「うん、商店街にいるって噂になっているんだって」

 

 昼休みの食堂にて、システィーナは対面に座る親友のルミアの口から出た噂話に胡乱な反応をした。

 

 アルザーノ帝国魔術学院、それはおよそ400年前に時の女王アリシア3世の手で創立された、由緒ある国営魔術師育成専門学校。そんな将来のエリートを育成する場所といえど、在籍する生徒達はまだまだ思春期の少年少女。噂話が好きらしく、ひとつやふたつ、すぐに流れるものらしい。

 

「で、その占い師がどうしたの?」

「テレサから聞いたんだけど、一週間ぐらい前から突然現れて、一回1クレスで占ってくれるだって。すごく当たるらしいよ?」

 

 サラダを口にしながらシスティーナは質問してみる。実をいうと、この話にシスティーナはあまり興味が湧いてない。

 占いと魔術は切っても切れない関係にある。占星術や数秘術がその証拠だろう。しかし魔術の延長線の占いを信じても、世間一般の占いにはいささか懐疑的になる。

 

「でもなんでテレサがそんなことを?あの子、そういうの好きだっけ?」

「ええと、そういう訳じゃないんだけど……」

 

 そう言うとルミアは、周りを何度か確認すると、テーブルから身を乗り出し、システィーナに顔を近づけて囁く。

 

「テレサのお父さん、その占い師の言う通りにしたら良い調子らしいよ」

「……えっ、ウソ!?」

 

 ルミアの思わぬ一言に、システィーナは初めて食い付いた。

 クラスの者なら皆が知っているが、テレサは貿易商として成功しているレイディ商会の娘である。それほどの存在が懇意にしている占い師がいるとなれば、それは只者ではない。

 

「ホントなの?その話」

「うん、テレサのお父さん以外にも、『占いの言う通りにしたら上手くいった!』って商人が後を絶たないんだって」

「騙されてるとか、実はグルだったとかじゃなくて?」

「そこまではわからないけど……。たぶん無理があるんじゃないかな?」

 

 それにしても妙な話だ。それほど良く当たるというなら、もっと値を吊り上げてもおかしくない。それこそ、ひとつの商会の専属占い師にでもなって、荒稼ぎくらいできるだろうに。

 

 さらにルミアは畳み掛ける。

 

「なんでもその占い師って、自分のことを陰陽師だって名乗ってるらしいよ?」

 

 その言葉が、システィーナの好奇心に火をつけた。

 

「陰陽師!?て、てことはッ、日の輪の国からわざわざフェジテまで来たっていうの?なんのためによ!?」

「シ、システィ、声が大きいッ」

「あっ……」

 

 興奮して思わず立ち上がっていたシスティーナは、周囲の視線を集めていたことに気づき、顔を赤くして席につく。

 

「ご、ごめん……」

「そんなに興味あるの?」

「だって陰陽師よ?そもそも住む大陸が違うからまずお目にかかることができないって言われるような人達よ?彼等の使う陰陽術って詳しいことがまだ分かっていないのよッ。できることなら一度は見てみたいもの!」

 

 システィーナの熱の入った弁にルミアは苦笑いを浮かべるが、本題に入る。

 

「じゃあさ、学校が終わったら一緒に行ってみようよ」

「そうね、もしかしたら私たちも占ってもらえるかもしれないし!」

 

 そう言うと、システィーナは手元の食事を迅速かつ上品に食べ進める。数分もしない内に皿の中身が綺麗になると、空いた食器を持ち立ち上がる。

 

「こうしてはいられないわ!今から陰陽師について調べてくるわね!」

 

 そして顔を険しくさせ、吐き捨てるように付け加えた。

 

「どうせあの男、今日もろくに授業なんてしないんだから」

 

 そう言って一人図書館へ行くシスティーナを、ルミアは少し寂しげに見つめた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 この学院で今、時の人となっている人物がいる。

 グレン=レーダスという男だ。

 

 一週間前に非常勤講師として来たその男は、初日から授業を放棄するなどやりたい放題のかぎりをしてきた。

 そんなグレンが担当するクラスの一人であるシスティーナは、つい先日魔術師としての誇りをかけて決闘を申し込む。

 システィーナが勝てばグレンは今後真面目に授業をすること、負ければシスティーナによるグレンへの説教禁止という条件のもとで行われた決闘は、システィーナの圧勝という結果で終わった。

 しかし、グレンは約束を反故にした。

 これは魔術師にとって最低の所業であり、魔術そのものへの侮辱である。

 

 これが決め手となり、ただでさえ低かったグレンの評判は地に落ちた。それでもなお、グレンは自身の態度を省みようとはしない。故に、システィーナは心の底で常に苛立っているのだ。

 

 昼休みの後の授業の時間で、システィーナは図書館で借りた本で陰陽師について調べていた。とはいっても大陸から違う相手のことだ、記載されている情報はほとんどなかった。

 それでも分かったことは、彼等は陰陽術と呼ばれる独自の魔術を使うこと、呪文を使った魔術以外に、式神と呼ばれる使い魔を用いたりするというくらいだ。残念なことに占いについて記載されている本は見つからなかった。

 

 

 放課後になると、ルミアと二人で街へ繰り出した。行き先は南地区の商店街、詳しい場所をテレサに聞いたがよく分かっていないそうだ。なので二人は大通りの近くに当たりをつけて探すことにした。

 

「でもなんで、ルミアは占い師に興味を持ったの?」

 

 人混みの中を歩くなか、システィーナはルミアに聞いてみる。

 

「ん~、実はあまり占い師には興味ないんだ」

「えっ!?」

 

 ルミアの思わぬ返しにシスティーナは驚きの声をあげる。

 

「じゃあ、なんで行こうなんて誘ったのよ!」

「あはは、ほんとはね、気分転換が出来たらどこでもよかったんだ」

「気分転換?」

 

 システィーナの疑問に、ルミアは背中で手を組みながら答える。

 

「ほら、最近のシスティってずっとピリピリしてたじゃない?」

「……ええ。でもそれは……!」

「うん。グレン先生のことだよね」

 

 親友が腹の底に溜め込んでいる憤りを、ルミアは知っている。

 

「システィが怒りたくなる気持ちも分かるよ?システィが魔術に対してずっと真摯に取り組んでいたことを知ってるから。それをないがしろにされたことを怒ってるんだよね」

「うん……」

「でもさ、せっかくシスティの大好きな魔術を学べる空間にいるのに、そんな気持ちのままでいても楽しくないじゃない?」

 

 ルミアがシスティーナの真意を口にするたびに、システィーナはどんどんうつむいてしまう。そんな彼女を慰めるようにルミアは語りかける。

 

「グレン先生のことを許せなんて言わない。でもね、やっぱり気持ちの切り替えは必要だよ。今の時間をチャンスだと思ったらどう?普段の授業なら理解していて退屈なところも、自習時間ならシスティの好きなことを学べるんだよ?」

「……ルミア」

 

 親友の気遣いに、システィーナの目頭が熱くなる。

 

「……もう、ほんとにルミアったら!」

 

 それを見られるのはさすがに恥ずかしくて、ごまかすようにシスティーナはルミアに抱き着いた。

 

「良い子!ほんとに良い子!私が男だったら速攻プロポーズしてたわ!」

「ちょ、システィ!ここ道の真ん中だよ!」

「構うもんですか!えいやッ!」

「待ってって、くすぐったいよ!」

 

 人通りのある道にも関わらずすりつくシスティに、ルミアも表面上は引き剥がそうとする。それでも今の二人には先ほどのような暗い雰囲気はない。きゃいきゃいじゃれつく少女たちの姿に、通りすがりの人たちも微笑ましいものを見た顔をする。

 

 しかしというか、やはりというべきか、道の真ん中でふざけあうのは危険だった。

 

「きゃッ!」

 

 システィに抱き着かれてふらついていたルミアが人にぶつかってしまった。

 

「だ、大丈夫ルミア!?」

「私の方は……。でも……」

 

 心配するシスティーナに、ルミアは気まずげな声で彼女の後ろにいる人物を指差す。システィーナも自分達の非を思い出し、ぶつかってしまった相手に謝ろうとした。

 

「……ッ!」

 

 システィーナが後ろを振り向くと、そこにいたのは大きな荷物を持った大柄で強面な男だった。男は二人を凝視していて、なんとも言えない威圧感を放っている。

 年ごろの少女にとって、自分より身体の大きい男が近くにいるだけで圧迫感を感じるのに、無表情で睨むように見られているのだ。二人は萎縮してしまう。

 

「その……、ごめんなさい!お怪我はありませんでしたか!?」

 

 最初に言葉を発したのはルミアだった。慌ててシスティーナも後に続く。

 

「私たちの不注意でご迷惑をおかけしました!本当にすみませんでした!」

 

 そう言って二人は頭を下げる。しかし男に反応はない。黙って二人を見つめている。

 

「あ、あのぉ……」

 

 あまりに反応がないので、システィーナは伺うように尋ねる。

 

「……ああ、こちらこそすまなかった。そちらは怪我してないか?」

 

 さすがに男もなにか返答しなければならないと思ったのか、無表情ながらも相手を心配するような答えをする。

 

「……!はい、こちらは大丈夫です!あ、でもお荷物の方は……」

「いや、問題ない。こちらはまだ仕事があるので失礼する」

 

 男はそう告げると、荷物を持って立ち去ってしまった。

 少女たちも、呆気ない結末にしばし呆然とする。

 

「……怒られたりしなかったね」

「……うん。でもさっきの人、なんか変じゃなかった?」

「ちょっとシスティ!さっきのは私たちが悪かったんだよ!」

「そ、それはわかってるんだけど……」

「……急にどうしたの?」

 

 いつもとはちがうシスティの歯切れが悪い答えにルミアは戸惑う。

 システィは少し考えた後、「やっぱりなんでもない」と笑って、ルミアの手を引っ張って歩きだした。

 

(人間味がなかったなんて、いくらなんでも失礼よね)

 

 ふと、そんなことを思ったが、時間が経つ内に忘れてしまった。

 

 

 噂の占い師を探し始めてから二時間が経ったが、未だ二人は発見出来ていなかった。空も赤みが増してきて二人は焦り出す。

 テレサの父のような商会の上役も利用しているならあまり複雑な場所に店を置かないだろうと考え、大通りを中心に裏道を覗くように探したのだが、どうやら当ては外れてしまったらしい。

 ここから家までそこそこ時間がかかる。商店街の傍には繁華街やブラックマーケット街などあまり治安の良くない場所も多く、完全に暗くなってしまえば余計はトラブルに巻き込まれるかもしれない。

 

「ねぇシスティ、さすがにそろそろ……」

「うーん、もう時間もないかぁ……」

 

 しかしここまで来たのだ。何かしらの成果は欲しい。

 

「じゃあ最後!あそこ調べてみていなかったら帰るってことで!」

「そう都合よくいるかなぁ……」

 

 人通りも少なくなってきた通りから、システィーナはルミアの手を取り裏道に勢いよく引っ張っていく。

 路地を覗いてみると、自分達の50メトラほど手前を誰かが上機嫌で歩いていく姿しかなかった。占い師がいるようには見えない。

 

「やっぱり誰もいないね」

「やっぱりいないかぁ~」

 

 二人はそろってため息をつく。

 路地の中に入ってみると、日の光が差し込まなければ店も開いてない、殺風景な通りに出た。さっきまでいた筈の外の通りの喧騒がまるで嘘のようだ。

 

「しょうがない、帰ろう?ルミア」

「……ちょっと待って」

「どうしたの?」

 

 諦めて帰ろうとしたシスティーナをルミアが引き止める。

 ルミアは自分の斜め前を指差していた。

 

「あそこ、暗くて分かりづらいけど道があるよ」

 

 システィーナもルミアの指す場所を注視すると、細い路地があることに気づいた。

 

「……本当だ。よく気づいたわねルミア!」

「せっかくだし、行ってみようよ」

 

 幅が一人が通れるほどしかない路地を、システィーナが先頭に立って歩いてく。

 道なりに沿って行くと、急に道幅が広い場所に出る。その先は行き止まりになっていて、そこに小さな屋台があった。

 

 いや、屋台といえるほど立派なものではない。古びた机に椅子が二つ向かい合わせに並んでいる。片方は空席だが、もう片方には黒い人影がいた。

 

 想像していなかった光景に二人は息を呑む。

 

「──悪いな、実はもう店じまいなんだ」

 

 黒い人影から、そんな声をかけられた。二人は思わずびくりと身を震わせる。

 人影は頭になにか被っていたらしい。それを脱ぐと、金髪に眼帯を左目に巻いた少年の顔が表れた。

 

「もしかして、あなたが陰陽師の……」

「おう、おれが陰陽師だ」

 

 システィーナの戸惑い混じりの質問に、少年はふてぶてしい笑みを浮かべて答える。

 よく見れば、確かに顔のつくりが異国風だ。

 

「そのぉ、店じまいってことはつまり……」

「ッ!そうだ、今から占って欲しいんですけど……!」

 

 ルミアの質問でシスティーナも我にかえる。しかし少年は、両手を顔の前で合わせ謝罪のポーズをとる。

 

「ゴメン!ウチは一日20人しか客は取らないんだ。ついさっき最後の人を占ったから……、明日以降にまた来てくれ」

「そ、そんな……ッ」

 

 無情の結末にシスティーナは目の前が真っ暗になる。これでは完全に無駄骨ではないか。

 よろめき倒れそうになるシスティーナをルミアがギリギリでおさえる。

 

「な、なんとかなりませんか?」

「あ~、それは無理だ」

 

 少年は申し訳なさそうな顔をするが、どこか毅然とした態度で話し出す。

 

「正直なところ、20人という数に意味はないんだ。大事なのはおれがお客様にそういう約束をしたということ。すでにこの仕事を始めてからそれなりに時間が経っている以上、おれが一方的にこの乙種を破ることは出来ない。信頼とかの話じゃない。呪術師としての矜持や在り方としてだ」

 

 言い聞かせるような、静かな語り口だった。

 少年の話した内容を、少女たちはほとんど理解出来ていない。ぽかんとした表情を見て、少年は「要するに、約束は守ろうってことだな」と苦笑して付け加える。

 

「だからゴメン。占いは出来ないんだ」

「……はい。残念ですけど、今日は帰ります」

「うん。行こうか、システィ」

 

 二人は少し残念そうにしながらも、頭を下げて立ち去ろうとする。

 すると少年は「ちょっと待って」と言って、頭をガリガリと掻きながら二人をひき止めた。

 

「二人には悪いことしたからな。占いは出来ないけど、人生相談くらいはのれるぜ?もちろん無料でだ」

 

 その言葉に、思わず二人は顔を見合わせる。

 

「そんな!?さすがに悪いですよ!」

「いいっていいって、気にしないで話してみろって!君たち見たところ魔術学院の学生だろ?君たちくらいの悩みって人間関係がほとんどなんだから。そういうの、部外者に話すと楽になるもんだぜ?」

 

 遠慮する二人に少年は笑って答える。

 そんな問答を繰り返したら、気がつけばいつの間にか少女たちは席に座って、ぽつぽつと話始めた。

 

 

 

「それなのにあの男!決闘に負けた癖に約束を反故にしてッッッ!!」

「うんうん」

「いったいどれだけ魔術を馬鹿にすれば気がすむのよッッ!!!」

「そーだなー」

「ていうかッ!講師として学院に来たならその仕事は果たしなさいよッッ!!」

 

 机をバンバン叩きながら、システィーナは不満を爆発させる。少年のいささか適当になっている相づちにも気づいてない。

 

 最初に話始めたときにはまだ、少年への緊張と警戒があったのだ。しかしシスティーナは話し出すとあっという間にヒートアップし、ものの5分でこうなった。

 ルミアもシスティーナの話を補足する形で話していて、システィーナの暴走を止めようとしていたのだが、途中からブレーキを踏むことを諦めた。

 

「ふざけんな──ッ!!あのアホ講師がぁぁッッッッ!!!」

 

 システィーナの魂のシャウトに、ルミアと少年は耳を塞ぐ。

 彼女の叫びが止んだ後、少年はどこからか取り出したグラスに、どうやって出しているのかわからない水を注いで息の荒いシスティーナに渡す。ルミアは目を丸くして驚いたが、受け取ったシスティーナは黙ってグイッと一気に飲み干した。システィーナがずっと見たがっていた陰陽師の術を目の前で実演したわけだが、システィーナはそれに気づかない。

 

「すっきりした?」

「──とっても」

 

 少年の言葉に、若干枯れた声でシスティーナは返す。

 どうやら彼女は、ただ不満を全力で叫びたかっただけらしい。途中から完全に愚痴になっていた。

 

「つまるところだ、君は件の講師にしっかりして欲しい、ということでいいかな?」

「正直さっさと辞めてしまえと思ってます!でもアイツにとってはそれすら罰にならないんです!!」

「オーケーどうどう」

 

 またヒートアップしそうになるシスティーナを必死になだめる少年。

 

「でもこれ、占いでどうにかなるようなことじゃないぞ」

「どういうことですか?」

 

 ルミアの質問に少年は答える。

 

「占いってのはざっくり言うと、物事を成す機会だったり、人生や人間関係の転機を先読みして、良い方向に流れをつくるってことなんだ。ここまでは理解できる?」

 

 頷く二人。

 

「オーケー。でもな、今の相談にこれ以上の発展性はないんだよ。だって『アイツキライ!』で話が終わってるんだから」

「あっ」

 

 その言葉にシスティーナが気付く。

 

「その講師をなんとかしろって言われても、おれには出来ないしやらない。おれに出来ることは君と講師の関係をより良いものに変えていく手伝いをすることくらいだよ」

 

 君はどうなりたい?という言外の尋ねにシスティーナは答えられない。

 現状最低の男だと思ってはいても、相手が変わるなら妥協は出来るかもしれない。

 彼女の中で、未だグレン=レーダスは量りかねている部分があるのかもしれない。

 結局のところ、彼女は答えを出せていないのだ。

 

「後はせいぜいこれくらいだな」

 

 そう言って少年が懐から取り出したのは布地の袋の口を紐で結んだ物、それをふたつ。

 

「これはおれが作ったうちの国に伝わる魔除けのお守り。持っていれば悪いことから守ってくれるし、良いことがあるかもよ?」

 

 なんせ陰陽師謹製だからな、と自慢気に言う少年。

 

「持っていくか?」

「いいんですか!?」

「ふたつで1クレスな」

((あ、そこはお金取るんだ))

 

 内心そんなことを思いつつも、話を聞いてくれたお礼も込みで二人はお守りを買う。

 まいどあり、と愉快そうに少年は笑った。

 

「まあ、そういうことだ。君たちの中で答えが出るか、新たな悩みが生まれたらまた来なよ」

「「はい、ありがとうございました!」」

 

 少女たちは感謝を述べて立ち去っていった。

 

 

 

「不思議な人だったわね」

「うん。でもあんなに話を聞いてもらって良かったのかな……」

 

 暗くなりつつある街の中を二人は歩いていく。

 

「そういえば私、あそこまで叫ぶシスティは初めて見たかも」

「ウッ……、私だってッ、自分があそこまでストレス溜まっていたなんて思ってなかったわよ!」

「あはは、でも行って良かったでしょ?」

「もちろん!だってこれもあるしッ」

 

 そう言ってシスティーナは手に入れたばかりのお守りをかかげる。

 

「明日は良いこと、あるといいな」

 

 その声は、街の喧騒の中に消えていった。

 

 

 

「ふぅ、お仕事終わりっ」

 

 そう言って少年──春虎は椅子の上で伸びをする。

 

 占いの仕事を始めたきっかけは、例の骨董屋で購入した商品にあった。

 

 六壬式盤、及び八卦盤。

 

 このふたつの存在が、自分の世界とこちらの世界の陰陽師の起源が同一であることを証明している。

 陰陽師の起源は、天体の動きを読んで祭事を執り行う者である。ようは占い師だったのだから。

 

 だから春虎も、ある思惑から占い師を始めた。

 例えば、商店街の権力者と繋がりを持つために。

 例えば、魔術学院の関係者と接点を持つために。

 

 ひと息ついている春虎の下に、突如男達が空から降ってきた。その数およそ20人。その中にはシスティーナとルミアがぶつかった男もいる。

 最初は普通に路地から来るようにと言っていたのだが、体格が良すぎて途中で路地につっかえるという事態が発生した。そのため自動運転時の彼等には、人に目につかないようにかつスムーズに戻るようにと命じたら、いつの間にか建物を乗り越え空から登場するようになっていた。

 

「おう、お前達もお疲れさん」

 

 春虎がそう言うと、男達は手に持っていた袋を春虎の机に置くとジャラリと音がした。春虎は袋の中を全部確認すると、満足げな表情を浮かべる。

 

「お前らの分とおれの分、合わせて……ざっくり22リルか」

 

 春虎がお金を数えている間に男達の身体はラグに包まれていく。次の瞬間には20枚の式符が地面に落ちていた。

 

「いやー、結構稼げるものだな」

 

 口コミの力は偉大だと笑って、春虎は式符を回収する。

 

 占い師になって顔を売ろうという思惑は、その名前が広まらなければ意味がない。ではたった数日で、どうやって彼は名前を売ったのか。

 その答えが簡易式である。

 

 春虎は商店街の大きな商会やオークション会場の日雇いに簡易式を潜り込ませた。そして仕事場にいる者達や上役の耳に入るように「よく当たる占い師がいる」「どうやら異国から来た陰陽師らしい」と広め、興味を持ってもらう。この街は特に魔術と密接している。では魔術に慣れている商人達なら、未知の神秘があると知ったときどうするだろうか?その実態を調べ、利用出来るなら囲いたいと思うに違いない。

 その予想は的中し、わずか数日で春虎の下に商会の権力者達が通うようになった。

 

 そしてこれは占いの精度を上げることにも繋がる。

 潜り込ませた簡易式に商会の経営状況、今後の取引の情報を手に入れさせ、占いと称して別の商会に売り渡したり、職場の人間関係を調べさせる等行った。

 占術というのは資質によるものだ。春虎は陰陽師としては超がつくほど一流でも、占いはあまり向いていなかった。彼の基準が“星読み”なのも悪いのだがともかく、春虎の占いは乙種を下地にしているため、出来る限り情報を欲したのだ。

 

 なお当初の春虎は「簡易式に力仕事させれば儲かるんじゃね」と思っただけである。

 

 こうして占い師として成果をあげてきた春虎だが、もっとも必要としている魔術に繋がるコネには今一つ届いていなかった。

 しかし偶然にも、春虎が自動運転させていた式のひとつと魔術学院の学生が接触することができた。しかも都合の良いことに、彼女等は自分を探していたらしい。

 だから春虎は無料で人生相談なんてことをしたのだ。

 

 

 宿の部屋のベッドの上で、春虎、少女たちに若干の罪悪感を抱く。

 人生相談と称して学校の内部の情報を聞き出したり、それなりに仕込みをしたお守りを買わせた。それらは確かに少女たちの為になった行動だが、本質は春虎の謀略に巻き込んだだけなのだから。

 しかしなりふりかまっていられる場合ではない。

 未だ帰る手段の手がかりひとつ見つけていないのだ。多少悪どいことをすることになっても、春虎は進まなければならないのだから。

 

「うっし、明日も早いしもう寝るか!」

 

 気持ちを切り替えるためにあえて声に出す。

 ベッドに潜りこんだ春虎は、お守りを売った少女たちに幸運があることを願って目を閉じる。

 あっという間に眠りについた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 ───魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ?

 

 悔しかった、何も言い返せない自分が。

 

 ───魔術は凄ぇ役に立つさ……人殺しにな

 

 認めたくなかった、ほんの少しでも、そうかもしれないと思ってしまった自分が。

 

 ───今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。なぜかって?他でもない魔術が人を殺すことで進化・発展してきたロクでもない技術だからだ!

 

 ただそれ以上に、悲しかった。

 自分が愛してきたものを、信じてきたものを、土足で踏みにじられ貶められたことが。

 

 授業を抜け出し、親友も置いて帰ってきたシスティーナは、母の声も聞かず自分の部屋に閉じ籠った。

 ベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて、声を押し殺して泣く。今は誰とも顔を合わせたくなかった。

 

 どれ程時間が経っただろうか、気がつけば窓から差し込む日の光がなくなっている。

 システィーナは制服のポケットから、昨日買ったばかりのお守りを取り出した。

 昨日の陰陽師の少年は、魔除けと幸運を呼び込むお守りだと言っていた筈だ。

 

「……うそ、つき」

 

 小さく呟いて、力なくお守りを投げる。ペシッと音をたてて壁にぶつかったお守りは、そのまま床に落ちた。

 そんなことに気を止めず、少女はただ泣き続けた。

 

 




東京レイヴンズ時空と違って、簡易式は日常生活にガンガン使えます。勘の良い奴じゃないとまずバレないです。
というか陰陽師には見鬼の才が標準装備なのがヤバい。

評価、感想よろしくお願いします。


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郷愁と変化の兆し

雨は大降り、コロナは再度蔓延するなか、皆さまはいかがお過ごしでしょうか?
私は学生の都合を考えず課題を投下するあん畜生に向かって、パソコンの画面越しに中指を立てる毎日です。


更新遅れて申し訳ありませんでしたぁぁ!


 一人の少女が部屋で泣いていたころ、春虎は仕事を終えて早めの夕食を食べていた。

 春虎はその日の気分によって食べに行く店を決めていて、同じ店に連日通うということをしない。何度も集中的に通えば自分の存在を覚えられてしまうからだ。これにはちゃんとした理由がある。

 

 占い師にとってもっとも重要なスキルはなにか。春虎は説得力だと考えている。相談ごとに対してどれほど正しい答えを提示したとしても、それに相手が納得出来なければ意味がない。故に占い師は神秘的かつ近寄りがたい雰囲気を纏っている。

 極端なことを言ってしまえば春虎の場合、占いがよく当たるという一点を除いてしまえば、相手からするとただの若造でしかないのだ。だからこそ、春虎は格好に気を遣うしプライベートでは自身の客と出くわさないようにする。こういった努力もひとつの乙種呪術なのだ。

 

 とはいっても、春虎だって自分の好きなように食事はしたい。だから春虎が出歩くときには何時も自身に隠形術をかけて、自身の気配を周囲に溶け込ませ、馴染ませている。さらに店の中で食事をするときには、隠形術と結界を用いて「顔も覚えられないくらい影が薄い男」という、使い道のわりに非常に高い技量を求められる術を行使している。はっきり言ってここまでする必要はないが、念には念をだ。

 

 夕食にスープパスタを食べた春虎はホテルの自室に戻ろうとしていた。部屋に帰っても特にすることがあるわけでもなく、明日の仕事は午後からなので朝早く起きる必要もない。

 だから、気が緩んでいたのだろう。

 

「──っ!?」

 

 道の中でひとりの男とすれ違ったとき、春虎は勢いよく振り返った。思わずその後ろ姿を凝視する。

 長身に黒髪で、春虎と年の頃は大差ないだろうその男は、上等なものであろうホワイトシャツとスラックスを履いている。しかしボサボサの髪型と着崩している服装が相手にだらしない印象を与えている。

 

 春虎は男を「視る」と、その男は魔術師だった。男が呼吸をする度に男の内の霊気──こちらの世界で言うマナが循環しているのが見える。男が保有しているマナの量は、春虎が見てきた魔術師達の中でもっとも少ないだろう。だが、それは警戒を緩める理由にはならない。

 

 戦争を経験していた夜光だから気づいた。

 その男の身体には、血の臭いと死がこびりついていた。それもとびきり濃いものだ。

 恐らく、男は戦場にいた経験がある。

 何人もの人間をその手で殺めている。

 

 軍人か、それとも犯罪者か。そこまではさすがにわからない。

 それでもひとつ言えることがある。

 その男は、間違いなくこちら側の人間だ。

 

「直前まであれに気づかないとか、いくらなんでも腑抜けすぎだろ……」

 

 頭をがりがり掻いて自分の醜態を自嘲する。

 すでに男は人混みに紛れてしまい、こちらからでは確認できない。こちらを振り向いたり魔術を使ってないことから、相手は春虎に気づいてないか、無視しても問題ないと考えたのだろう。

 このまま立ち止まっていても通行の邪魔になる。春虎も宿に向かって歩きだした。

 

 

 

 実を言えば、春虎とすれ違った男──グレン=レーダスも、春虎のことを意識していた。

 

 グレンは放課後、実験室でひとり魔術を使っていたルミアと途中まで一緒に帰っていた。そこでシスティーナ個人の話やルミアの夢について聞いたのだが、グレンにも思うところがあったのか、ルミアと別れた後も家には直接帰らず、商店街に寄り道することにした。

 

 グレンは過去の経験で魔術そのものが心底嫌いだ。だから自分が魔術を教えるなんてありえないと思っているし、仕事を辞めて家でだらだらとしていたい。しかしいくら頭に血がのぼったからといって、さすがに自分の意見を年下の少女に強要したことは大人げないと思っている。

 

 そんなまとまらない考えを整理するため商店街をぶらぶら歩いていると、いきなり隣に現れた男がすれ違いざまにシュバッ、という効果音が聞こえてきそうな勢いで振り返ってきたのだ。正直めちゃくちゃビビった。

 

(あ、この人絶対ヤバい奴だ)

 

 視線が合わないように顔面を前に固定して内心びくびくしながら、不審者と関り合いたくなかったグレンはそそくさとその場から離れていく。

 人混みの中に紛れてかなり距離を取り、そっと後ろを見る。自分を追いかけて来てはいなかった。

 

(いや、なんだったんだ?アイツ)

 

 グレンも自分の反応がいささかオーバーすぎることはわかっている。しかし今日は頭の痛くなるようなことがたくさん起こっているのに、理由もなくものすごい形相でこちらを睨んでくる相手になんて関わりたくないし、余計な面倒事まで抱えたくなかった。

 

「……もういいや、さっさと帰って寝よう」

 

 グレンは今度こそ真っ直ぐ家に帰っていった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 私は一体何を見ているのだろう、システィーナは思わず胸の内でつぶやいた。

 昨日の一件で本当は学校に行きたくはなかった。それでも制服に着替え、ルミアと一緒に登校する。

 壁に投げつけたお守りは、鞄の中に入れてある。

 今日もまた、あの男と顔を合わせると思うとひどく憂鬱だった。授業もどうせ行われることはないだろう。

 そう思っていたのに。

 

「すごい……」

 

 グレン=レーダスの授業は、あまりにも質が違いすぎた。

 

 彼の説明を聞くたびに、自分たちが魔術の上辺にしか目を向けていなかったことを思い知らされる。

 知識が、理解度が、着眼点が違う。

 いつもは苛ついていた彼の態度は変わっていないのに、話す内容にクラスの皆の意識が引き込まれる。

 こんなにも

 魔術とはこんなにも面白いものなのか!

 

 

 その日彼女たちは、初めて魔術の深淵のその一端に触れたのだ。

 

 

「システィ!」

 

 ルミアの声でシスティーナは我に返る。気づけば授業は終わっていて、黒板の内容はすでに消されている。もしやノートに書くのを忘れてしまったのかと焦りノートを開いてみると、授業の内容はちゃんと書かれていた。どうやら授業に没頭しすぎて放心していたらしい。

 

「先生の講義すごかったね!」

「う、うん……」

 

 ルミアも興奮しているのか顔を上気させている。

 周りを見てみると、クラスの皆もどこか空気が違う。

 ルミアのように興奮している者、放心している者、何人かで集まって先程の授業について語り合う物など様々だ。

 もう誰もがグレンを講師として認めていた。

 

「あんな講義が出来るなら、最初からやりなさいよ……」

 

 恨みがましく呟いても文句は言われまい。唯一その呟きを聞いていたルミアは苦笑していたが。

 よくよく考えればあれほどの授業が出来てもおかしくはないのかもしれない。なにせあのセリカ=アルフォネア教授が優秀と評したのだ。浅学の身でもグレンがその評価に値する人物であることはよくわかった。

 いくらなんでもやる気を出すのが遅すぎると思うが。

 

「そういえば、授業の前に先生が謝っていたけど……」

「ん、……ああ、そんなこともあったわね」

 

 口にしてシスティーナ本人が驚いた。

 朝までは何を言われても絶対に心が折れてたまるか、くらいには思っていたのに、ルミアに言われるまですっかり頭の中から抜け落ちていたのだ。

 いくら授業の出来がすごいものだからといって、自分の根幹に関わることを侮辱された件を忘れられるものだろうか。我ながら自分の魔術バカっぷりに呆れてしまう。

 

「まあ、謝罪はされたから別にいいわよ」

「そっか……。うん、そっか」

 

 ルミアは何やら嚙み締めるように頷いている。

 

「でも……あいつ、なんで突然、真面目に授業する気になったのかしら? 昨日はあんなこと言っていたのに……あれ?」

 

 何気なくルミアに目を向けて、システィーナは気づいた。

 

「ルミア……貴女、どうしてそんなに嬉しそうなの? なんか笑みがこぼれてるわよ?」

「ふふ、そうかな?」

「そうよ。なんかかつてないほど、ごきげんじゃない。何かあったの?」

「えへへ、なんでもないよー?」

「嘘よー、絶対何かあったってその顔は」

 

 システィーナの追求をルミアはのらりくらりとかわしてしまう。

 

「うーん、強いて言うなら……」

 

 ルミアは一拍ためると、

 

「お守りのおかげ……みたいな?」

 

 そんなことを言い出した。

 その言葉を受けてシスティーナの表情が強張る。

 

「え……何?どうしたの?」

「あのね、その……。昨日の夜、八つ当たりでお守りを壁に投げつけちゃって……」

「えぇっ!?」

 

 ルミアは驚きの声に、システィーナは思わず首を竦める。

 

「罰当たりなことはわかっているのよ?でもその場の勢いとかそういうのがあってッ!」

「うーん、このままだと何か不吉なことが起きるのかも……」

「ちょッ、やめてよ!急に怖くなってきたじゃない!」

 

 オバケの類が苦手なシスティーナは耳をふさいで大声を出す。

 

「わかったから落ち着いて……。それでお守りはどうしたの?」

「それは大丈夫ッ、ちゃんと持ってきてるから!」

 

 そう言ってシスティーナはお守りを見せようと鞄の中をあさり始める。

 しかし急にその動きが止まった。

 

「どうしたの?」

「ね、ねえルミア……」

 

 若干涙目になりながら、システィーナは鞄の中から取り出したお守りを見せる。

 

「なぜか厚みが半分くらいになっているんだけど、私が投げたせいじゃないわよね……ッ」

 

 

 

 時間は巻き戻って早朝。

 グレンの初授業の日、春虎も予定を繰り上げ朝早くに起きた。

 朝食をかき込んで宿屋を出ると、自身に隠形をかけて北地区にあるアルザーノ帝国魔術学院へと出かける。

 目的は魔術と学院そのものの調査、学生たちが受けている授業を覗き見ることだ。

 フィジテで占い師の仕事をしながらも、春虎は魔術についての調査を続けていた。当然、魔術学院に潜入して資料や蔵書の一つや二つ、持ち出して研究しようと思っていたのだ。

 しかし仮にも帝国公的機関、セキュリティは万全で学院関係者以外は立ち入ることができない。春虎ならなんとかなりそうだが、優先順位の低い目的のためにわざわざ危険な橋を渡る必要はないと判断した。

 そこで春虎はひとつの手に出る。

 

「よーし、発見」

 

 正門の前で登校してくる学生たちをチェックしていた春虎は、目的の人物を見つけた。

 システィーナとルミアの二人である。

 

「うんうん、ちゃんとお守りも持ってるな」

 

 彼女たちに渡したものが鞄の中に入っているのが視えた。これなら計画は実行できる。

 そうして学生たちが学院に入っていくのを見送る。当然誰にも気づかれないのだが。

 

 授業開始の鐘が鳴った時、春虎は術式を起動した。

 

 

 簡易式とは式神の一種で、最低限の術式しか組み込まれていない式符を用いた呪術である。

 最低限とはすなわちカスタマイズの余地があるということであり、術者の創意工夫があれば簡易式の用途は大幅に広がっていく 。

 そう例えば──

 

「──よし、繋がった!」

 

 式神と自身の五感が共有されたことを確認すると、春虎はすぐさま気づかれないようにそれに隠形を開始する。

 システィーナのお守り袋に折り畳まれて入れられていた式符の内の一枚が実体化される。

 自身に術式が付与されると、実体化されたそれはお守り袋の中からぴょこりと顔をだした。

 慣れない動作で暗闇の中を手探りで動きまわり、鞄の中からよじ登り隙間から這い出すと、それは教室の床にぽてりと落っこちる。

 きょろきょろとあたりを見回すと学生たちの足がすぐ隣にあることに気づく。慌てて教室の床を駆け、一番後方の窓に向かって翼をはためかせサッシにとまった。

 

 それは白い小鳥の姿をしていた。春虎が一からカスタマイズした特製の簡易式である。

 

 

 簡易式による潜入は、夏目が死んだ夜に春虎が陰陽庁に拘束されたときに見た式神が由来だ。

 名を『トリックスパイダー』。情報収集や潜入に特化した式神である。

 魔導セキュリティが強固なことは視ればわかった。外部からの侵入はもちろん、学院内で関係者以外の人物が許可なく魔術を使えば迎撃するシステムまである。

 自身の痕跡を残さず侵入するために、春虎は『トリックスパイダー』と同じ機能を持つ式神を作り上げた。

 稼働時間は1時間もあれば十分、活動を停止すれば周囲の霊気を吸収して充電できるようにする。

 特に重要だったのは春虎の呪力を用いずに操作することだ。そのためにはセッティングの段階で学院の関係者の呪力──こちらの世界でいう魔力を登録する必要がある。

 そう、システィーナとルミアだ。

 彼女たちにお守りと称して渡したのは、彼女たちが生活する中で漏れ出た呪力を吸収し登録するためである。

 この方法なら学院で式神を飛ばしてもセキュリティには引っかからないうえ、彼女たちが式神を学院内部まで運んでくれる。実体化しなければただの紙だ、なんの問題もない。あとは監視の目を潜り抜けるためにさまざまな機能をつけるだけでいい。

 結果、完成した簡易式はこうして学院内を自由に飛び回ることができるようになった。操作するためには春虎が300メートル以内にいなければならないのが難点だが。

 

(それにしてもあの男……)

 

 操る式神の視線の先にはグレンがいる。昨日春虎があれほど警戒していた男だ。

 

(そういえばあいつ、相談にでてきた講師だよな)

 

 先日、彼女たちは相談で授業をしない講師がいると言っていた。奇妙な縁もあるものだと苦笑する。

 

(ダメ講師とか言っていたけど……。なんだ、ちゃんと授業してるじゃん)

 

 少女たちの悩みは解決していたらしい。春虎は少し安心した。

 式神の聴覚を強化し、春虎はグレンの授業を傍聴する。

 

「要するに魔術式ってのは超高度な自己暗示っつーコトだ。だから、お前らが魔術は世界の真理を求めて~なんてカッコイイことよく言うけど、そりゃ間違いだ。魔術は人の心を突き詰めるもんなんだよ」

 

 こちらの世界に来てから早2ヶ月、文字も読めない春虎はこの時初めて魔術に触れた。

 呪術を学んでいたころの懐かしい感覚を思い出す。目の前にある漠然とした神秘を読み解き、己の糧にしていく感覚を。

 しかし──なるほど。呪術と魔術はよく似たものだと考えていたが、原理は似ていても根底とする思想は異なるものらしい。自身の考察もあながち間違いではなかったようだ。

 グレンの授業は陰陽寮の陰陽頭として寮生相手に教鞭を取っていた経験のある夜光からみても見事なものだった。

 彼の語り口から、彼が真の意味で知識を身に着けているのがわかる。

 そしてそれは生徒たちにも伝わっているらしい。

 辺りを見渡すと誰もがグレンの方を向きノートを取り、目をキラキラと光らせている。

 ときに生徒をからかって痛い目をみているのはご愛嬌だろう。

 

(懐かしいなぁ。おれの時はどうだったっけ)

 

 熱心な彼らの姿を見て、かつて塾生だった自分を思い出す。

 

 もともと勉強の類が得意ではない春虎は、座学の時間は退屈だった。途中で寝落ちすることなんてざらだった。

 そのたびに夏目はガミガミと春虎を叱っていた。

 そんな春虎を冬児は隣でニヤニヤしながら眺めていたし、京子にもやる気がないと怒られていた気がする。

 そして途中から天馬が助け舟を出してくれるのだ。そういえば何度かノートを見せてもらったこともあった。

 授業の休み時間には鈴鹿がやってきて、春虎や夏目をおもちゃにして遊んでいた。それが気づけばおもちゃにされる側になっていたのはいつからだっただろう。

 

 授業といえば大友先生だ。あの胡散臭い講師のせいで何度春虎はひどい目にあっただろうか。授業も若干適当なところもあって、京子にいろいろと突っ込まれていた。そんな先生が蘆屋道満による陰陽塾襲撃の際には誰よりも頼りになった。あの術比べは今も春虎の目に焼き付いている。

 口を開けば幼女幼女言っている、実年齢を考えれば学生服を着ていちゃいけない先輩がいた。コンにセクハラはするなと言っているのに治らないのはなんとかしてほしい。

 いつも巫女さん姉妹の傍にいる、神剣に選ばれたドイツ人とのクォーターの後輩がいた。銀髪長身で剣の達人という少年マンガの主人公みたいな奴だった。

 

 男子寮のご飯は美味しかった。よくも悪くもノリのいいクラスメイトとの生活は楽しかった。呪術の深淵を垣間見てから授業を面白いと思えるようになってきていた。

 ホモやロリコン扱いをされた時には死にたくなったけど、それすらも今じゃ悪くない思い出になった。

 

 いつもの面子で集まって東京で遊びたかった。引きこもりがちな自分のご主人様を引っ張りだすのは苦労するかもしれないが、アイツもなんだかんだで楽しむだろう。

 いろんな服を見て回って、美味しいものをいっぱい食べて、そうやって遊べたらきっと楽しいだろう。

 夏目は男装ばかりしていたから、京子にアドバイスをもらって可愛い服を選んでやるのもいい。

 冬児の悪ふざけに便乗して鈴鹿をからかって、それに京子は呆れて天馬が苦笑いを浮かべ、夏目にバカ虎って叱られて、それから──

 

(──っ!)

 

 春虎は感傷に浸ることをやめた。

 

 今のは全部未練だ。

 あの夜に捨ててしまった、続いていくはずだった日常への未練だ。

 夏目が死んで、春虎が夜光に覚醒したそのときから、今まで通りの平穏な日常が続いていくなんてありはしないのだから。

 どれだけ過去に焦がれようと、あのころには戻れない。

 

 春虎は操作していた式神を教室から脱出させ、学院内の適当な木にとめて操作を止める。

 活動を停止した式神は、隠形した状態でスリープモードに移る。

 今の春虎の精神は通常とはいえない状態だ。このまま続ければ操作ミスでせっかくの計画が台無しになる可能性がある。

 

「……仕事、行くか」

 

 少しセンチメンタルになりすぎた。今日はあくまで試運転だ。本格的な学院の探索は明日以降でも構わないのだから今日はこれくらいにしても問題ない。

 

「学生生活ってのは案外短いんだぜ。楽しめる内に楽しんでおけよ」

 

 学生たちに届くことはないだろうメッセージを呟いて、春虎は学院から離れた。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 それからの10日間、春虎は仕事の合間を見つけては学院の調査を行った。今度はルミアの方に仕込んだ式神も使ってだ。

 授業風景を眺めたり、図書館などの資料を閲覧したり、学院の設備を見学もした。

 学生たちの実技を見学してみたが、その授業風景はかなり軍事色が強い。彼らが学ぶ魔術からして殺傷能力の高いものだ。

 その光景は、かつての陰陽寮を想起させた。

 ──春虎には、それを否定する資格はない。

 かつての自分が通った道なのだから。

 

 式神で学院内を探索したところ、潜入できない部屋がいくつかあった。

 その一つが講師や教授たちの研究室である。

 研究室にはそれぞれの部屋の主によって作られた特製の結界が張られており、突破して侵入するには今の式神では無理があった。

 彼らの研究内容によってはぜひ閲覧させてもらいたいが、それはおいおいのことである。

 

 興味深いものは他にもある。

 例えば、この学院の地下にある奇妙で巨大な空間。

 まさしく地下の巨大迷宮ともいうべきそれは、春虎の見鬼でも見通せないほどの深さと霊気を纏っている。

 完全踏破を成した者は未だいないらしく、その先には超魔法文明の遺物が数多く残されているのだという。

 ──どうあがいても、短期間での単独踏破は不可能だろう。

 元の世界に戻る手掛かりが残されているのかもしれないが、挑むのは最終手段にしておきたい。

 

 そして目を引いたものがもう一人いる。

 金髪に深紅の瞳をもつ美女、セリカ=アルフォネア。

 彼女の存在が視界に入ったとき、春虎は理解した。

 ──アイツは、ヤバい。

 どれほど準備を重ねたうえで挑んでも、下手すれば一方的に滅ぼされかねない、そんな超越者。

 絶対に敵に回さないようにしようと春虎は誓った。

 聞くところによると、グレン=レーダスは彼女の弟子にあたるらしい。

 

(またお前か、グレン=レーダス……!)

 

 彼の周囲の人間関係に、春虎は頭を抱えた。

 

 

 こうして春虎は10日間に渡る学院の調査を終了した。

 収穫はあったものの、春虎の求めるものには届かないものばかり。

 このままフェジテにいるよりも、かなり危険でも国家の中枢に潜入した方がいいのかもしれないと思い始めた春虎。

 

 次の日、事態は急転する。

 

 




システィーナとルミアのお守り袋には、それぞれ2枚の式符が入っています。その内の1枚が簡易式の式符です。
小さいお守り袋に畳んで入れてあるので、1枚なくなると分かりやすく厚みが減ります。


正直文章に違和感を感じるので、気になるところがあったら指摘してくださると嬉しいです。
感想、評価をくださるとやる気がUPします。


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愚者と闇鴉 上

好きなWeb小説が漫画で連載されたり、メガテン3がリメイクされることが決定したりと最近は良いことづくめで嬉しいです。

読んでくださってる皆さん、評価・感想をくださった方々、本当にありがとうございます。




それは突然のことだった。

 

「──なっ!」

 

 宿の部屋でいつでもフェジテを出ていくことができるように支度をしていた春虎は、街中で感じるはずがない霊気を捉えた。

 

 竜気

 

 超越生物である竜だけが発することができる陰の気だ、そんなものを纏っている存在が危険でない筈がない。

 

「落ち着け、北斗」

 

 隠形したままの北斗も感じ取ったのか、身をよじらせて興味を示す。相手に万が一でも悟られたくなかった春虎は北斗をやんわりと諫めた。

 竜気を纏った何者かは移動し続けている。その進む先にあるものは──魔術学院。

 

 まだ相手に敵意があると決まったわけではない。しかし春虎の頭の中で警鐘がガンガンと鳴っている。そして最悪なことに、この手の直感が外れたことはないのだ。

 すぐさま鴉羽織を纏い、ありったけの呪符を手に春虎は部屋の窓から飛び出した。

 

 鴉羽織をはためかせ商店街の空を飛んでいくと、すでに魔術戦が行われた痕跡を視えた。警戒しながら近くに降り立つと、そこには全裸にひん剥かれボコボコにされた男が気絶した状態で縛られて転がっていた。股間には男には不名誉な張り紙が貼られている。

 春虎の中でシリアスな空気が崩れていきそうになるのを必死に食い止めて、男を観察する。

 

「……またおまえらかよ……!」

 

 身体に彫られた蛇が短剣にからみついたような入れ墨を見て思わず呻くように言う。間違いなく『天の智慧研究会』のものだった。

 この男が竜気を纏った者とどういった接点があるかはわからない。しかし戦闘があった場所は魔術学院から近い場所にある。無関係とは思えない。

 春虎は再度飛翔する。縛られていた男には万が一目を覚まし暴れられても面倒なので、最近作ったオリジナルの呪術をかけて放置しておいた。

 

 途中でグレンが走っている姿を空の上から見かけた。消耗の度合いや魔力の質から見て、戦闘があった場所に残されていた魔力の痕跡は彼のものだろう。

 いっそのこと事情を話して協力してもらおうかと思ったが、上手いこと説得して力を貸してもらえるイメージが湧かない。結局そのまま追い抜いて先へ行く。

 

 自身の見鬼が魔術学院を捉えた時、春虎はその異変に気付き思わず息をのんだ。

 学院に張られていた結界が昨日までに比べて明らかにおかしい。学院の敷地内を見鬼で視ることはできず、学院内の式神を操作することもできない。たった一夜でここまで変えてしまえる人物に感動すら覚える。春虎でもこの結界に侵入するには、間違いなく数時間はかかるだろう。

 学院の正門近くで追っていた相手を発見した。地上に降りると隠形の効力を上げて気づかれないようにして、近くまで忍び寄って二人の男の姿を確認した。

 一人はチンピラのような男、もう一人はアタッシュケースを持ちコートに身を包んだ男だ。最初に感じた竜気は後者の男が纏っている。戦闘になれば春虎も切り札を何枚か切らなければいけないかもしれない。

 

 いや、よく見るともう一人いた。二人の男の傍に誰かが倒れている。

 

「──っ!」

 

 その倒れている男からはまだ霊気を感じることはできたが、それはあくまで残留霊体にすぎない。時間が経てば消えてしまうだろう。

 最悪だった。守衛の男が一人死んでいた。いや、正確には殺されていたのだ。

 余計なことをせず、真っ直ぐにこちらに向かっていれば、犠牲者を出さずに済んだのにもかかわらず。

 

 チンピラのような男が一枚の符を取り出して呪文を唱えると、二人は死体など意に介さず結界の中へと入っていく。

 二人の姿が完全に見えなくなると、春虎は姿を現して死体の下に駆け寄った。

 

「……ごめんなさい。おれが遅かったせいで」

 

 手を合わせ冥福を祈ると、春虎は自分の侵入を阻む結界の解除に取り掛かった。

 相手は簡単に人を殺せる連中だ。この学院にどんな用があって来たのかは知らないが、ロクでもないことに違いない。

 一瞬だが二人が持っていた符を視ることができた。わずかに視えた符の術式から解除コードを構築し、結界を破壊する。時間はかかるが春虎にはそれができる。

 見鬼で視える結界を構成する術式に介入し、呪力で力ずくでこじ開けた。結界の破壊と並列に、わずかにできた歪みから呪力を流し込み、学院にある式神を起動させ学院の偵察を実行する。

 視覚と聴覚だけを共有した式神は、先に学院に侵入した二人を追って飛んでいく。

 結界の影響で精度の悪くなった見鬼で学院内を見て回ると、本来ならある筈がない呪力の反応を視つけた。

 その呪力は、彼女たちにお守りと称して渡した呪符にこめられたもの。

 

「今日は休日だろ!なんでお前たちがここにいるんだよっ!」

 

 この10日間、彼女たちがお守りを肌身離さず持ち歩いていたことを春虎は知っている。

 すなわち、システィーナとルミアが今この学院にいるということだ。

 春虎は知らないが、システィーナたちのクラスは前任の講師が失踪したことで授業が遅れているため、その穴埋めのために学院に来ていた。

 式神に呪符がある場所に向かわせると、グレンが担任のクラスの者たちが二人の男に脅されているのが見えた。その内容を聞いてみると、彼らの要求はルミアの身柄らしい。知っている名前が思わぬところから上がったことで春虎も驚愕する。

 

 男の一人がルミアを教室から別の場所に連れていく。現状簡易式しか操作できない春虎には助けることができない。

 相手の目的が何か見えないまま事態は悪化していく。

 

「クソッ、つーか頑丈すぎんだよこの結界!」

 

 見ていることしかできない春虎は、その苛立ちを結界にぶつける。

 作業を始めて数分経つがいまだ結界は破壊出来ていない。本来陰陽師にとって呪術は、術式が視えている以上知識があれば対処することができるものだ。これは魔術師にはない利点なのだが、この結界の厄介な点は常に結界に魔力が供給されていること。ただでさえ複雑な術式の解除に手間取っているのにもかかわらず、供給された魔力のせいで解除したところも片っ端から修復されていく。

 

 いっそのこと、リスク度外視で北斗で結界を壊そうかと考えだす春虎。その時春虎の見鬼に後ろからやってきたグレンの魔力が引っかかる。

 このまま顔を合わせようかと思ったが、グレンの持つ魔力を視て身を隠す。

 息を切らして正門にやってきたグレンは、逡巡の後にポケットから符を取り出し呪文を唱える。

 ガラスが砕けるような音を立てて結界は壊れた。

 そのままグレンは校舎の方へ走っていく。その後ろを春虎も隠形したまま結界の中へ入る。次の瞬間には結界は再構築されていた。

 

「……おれの努力は何だったんだよ」

 

 あっけない結末に春虎から愚痴がこぼれる。

 だがそんなことも言っていられない。本来首を突っ込まなくてもいいのに、こうして事態の中心まで来てしまったのだ。もうこれ以上誰も犠牲にはできない。

 ただ問題なのは、春虎もまた追われる立場にあるということだ。これまで姿を隠してきたのはその為だ。この事件はいずれ帝国の師団も関わってくるだろう。しかも相手は『天の智慧研究会』だ。自身の存在が露見すればますます活動の幅は狭くなるだろう。

 しかし四の五の言っている場合ではないのだ。これまでさんざん理由を付けて逃げてきたが、そろそろ本気で向き合わなければならない。

 

「頼むから、協力してくれよ?」

 

 春虎は、学院に隠していたもう一体の簡易式を起動させた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 自分の通っている学校にテロリストがやってくる。そんな思春期拗らせた妄想をしたことはないだろうか?

 現実で本当に起きているんじゃねえよ、とグレンは心の中で絶叫する。

 

 今朝寝坊したせいで授業に遅刻しそうになっていたグレンは、道中でからんできた『天の智慧研究会』を殴り飛ばし、武装解除という名目で服をひん剥いた後に学院へと走った。

 全裸にした男から出てきたいかにも重要そうな符は貰っていくと、なんとそれは学院を乗っ取ったテロリストの下へ行くために必要なアイテムだった。

 

「いったい俺が何したっていうんだよ畜生!」

 

 学院の中に入ったグレンは生徒たちのいる本館へと走りながら叫んだ。

 相手の目的が何なのかはわからない以上、ひとまず生徒を避難させようと思った。

 その時だった。

 

『グレン=レーダス、聞こえているか!?』

「うおッッ!?」

 

 自身の耳のすぐそばで男の声がして思わずのけ反る。

 横を見ると白い小鳥がグレンの隣を飛んでいた。

 

「な、お、おま、使い魔!?」

『頼む、グレン=レーダス!おれと協力してほしい!このままだとお前の生徒が危険だ!』

 

 突然現れた存在にいきなり協力を求められ戸惑うグレン。しかし話の中に生徒のことが出てきたことですぐに冷静になる。

 小鳥と向かい合って右手は切り札に手を伸ばし、左手は相手に向け魔術を打てるというアピールをする。

 

「おい、テメエはどこの誰で、何が目的でここにいる!?」

『……信用できないのは分かっている。でも今は足を止めないで聞いてほしい』

「これだけ聞いて一言目がそれの時点で、怪しい奴だって言ってるモンなんだよ!」

 

 帝国に属する者ならもっと大勢で来ている筈だ。つまり相手も学院にとっての招かれざる客、下手すればテロリスト共の罠だという可能性もありえる。

 

『……っ!悪いが今は顔を出せない。事情は後で話す!だから今はっ!』

「だからテメエの話なんて……」

『アイツらはルミア=ティンジェルが狙いなんだよ!』

「はぁ!?なんでアイツが……!」

『事態はもう最悪なんだ!裏切ったりしない、だから頼む!あんたの力を貸してくれ!』

 

 小鳥から聞こえる声は切羽詰まっている。どうやら本気で助けたいと思っているらしい。

 

「──だあああぁぁぁッ!!!俺は何処に行けばいい!?」

『助かる!まずは2年2組の教室だ!』

 

 その言葉を聞くとグレンは再び走り出す。

 ここに二人の利害が一致した。

 グレンの前方を飛びながら、小鳥は自身の持つ情報を伝えていく。

 

『侵入した敵は二人、一人はチンピラみたいな奴でジンと呼ばれていた。実力もたいしたことはない。もう一人の方はレイク、こいつはかなり強い』

「他にはッ!」

『レイクはルミア=ティンジェルを拘束して移動中、もう一人の方は……ってマズッ!』

「どうしたッ!?」

 

 小鳥から焦る声が聞こえてきてグレンも怒鳴るように尋ねる。

 

『ジンがフィーベルを連れて教室から移動してる!先にそっちを叩くぞ!』

「クソッ、なんで白猫なんだよッ!」

 

 悪態をつきながらもグレンは走る速度を上げる。

 グレンの魔力容量は決して多くはない。こんなところで身体強化に魔力を回す余裕はない。

 息を切らしながらもグレンは本館にたどり着いた。

 

「で、白猫は今どこにむかっている!?」

『ちょっと待ってくれ、ここは……、魔術実験室だ!』

「トラップはなんかあるか!」

『……確認した。ここには何もない』

 

 小鳥の返事を聞くと、グレンは息を整えながら校舎の中へ足を踏み入れる。

 普段の学院では考えられないほど辺りは静まり返っていた。

 足音を立てて奇襲をかけられないよう気配を殺してグレンは進む。

 しかし小鳥からはボリュームの落ちた切羽詰まっている声が聞こえてきた。

 

『最悪だ、フィーベルが男に……っ!』

「だいたい分かった。間に合うか?」

 

 かつての経験からそういうことが起きるかもしれない可能性は想像していた。それでも自分の知る少女が手籠めにされかけているという事態に思わず拳に力が入る。

 小鳥の方からはいつだって事前に警告が飛んできた。故にシスティーナはまだ無事だという確信を持って尋ねる。

 

『まだ大丈夫だ。すまない、こっちは監視の目をつぶしていて手が離せない。それまでは持ち堪えてくれ……!』

 

 小鳥の奥の相手が表舞台に出てくるにはまだ時間がかかるらしい。そもそも信用しきれていない相手に生徒の身を任せるつもりはないのだが。

 早歩きで廊下を行くと、ついに二人のいる教室が見えて来た。

 中から男の下卑た声と、少女の涙混じりの声が聞こえてくる。

 

「なあ、襲われそうな女の子の体も心も助けられる方法を知っているか?」

 

 小鳥にそう尋ねるが、答えを聞かずにグレンは教室の扉に手をかける。

 こうするのさ、と呟いて、思いっきり扉を開いた。

 

 扉の先には悲鳴をあげる少女に覆いかぶさる男という光景。はっきり言って事案である。

 全員の視線が自分に集まっているのを確認すると、グレンはあえて気まずそうな顔を作り、「お邪魔しました」と言って扉を閉めようとする。

 

「逃げるな閉めるな助けなさいよ──!!!」

 

 自分が襲われそうだというのに、少女は思いのほかキレのあるツッコミを自身の担当講師に叩き込む。

 

 グレンはほんの一瞬で、シリアスな空気を消し去り元の日常の空気に戻してみせたのだ。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 そこから先はあっという間だった。

 

 グレンの繰り出す怒涛のボケに混乱させられる二人。ジンの方は我に返り攻撃を仕掛けようとするが、グレンの策に嵌り一方的にボコボコにされ気絶。システィーナも思わず同情するような有様だった。

 その一連の流れをグレンの道案内をしていた式神から見ていた春虎は舌を巻く。

 

 グレンの固有魔術【愚者の世界】

 これによってジンは魔術を封殺されていたが、魔術が使えなくなっただけで魔術そのものを打ち消していたわけではない。もしそうなら近くにいた春虎の式神も無効化されている筈だからだ。

 ならば考えられるのは魔術の起動の阻止。春虎の見鬼にはジンの肉体で魔力が精製されているのが視えていたので、術式に魔力が流れることを阻害するというのが正しいだろう。

 グレンの愚者のタロットカードのように魔術にも媒介となる道具があれば、呪文を唱えなくても効力を発揮出来るものがあるということがわかったのはひとつの発見である。

 

(それにしても……)

 

 気絶したジンの服を剥いで縄で縛り、体にイタズラしているグレンを見ながら春虎は考える。

 

 グレンの実力は春虎にとって間違いなく脅威になるものだ。

 学院に潜入する前にみせた観察力、卓越した格闘能力、特定範囲の魔術の起動を封殺することで魔術を多く行使出来ないという欠点を補える固有魔術、ひとつだけならともかく全て備えているグレンは、敵対すれば春虎にとってセリカ=アルフォネアより恐ろしい相手である。

 

 東京には数多の陰陽師がいるが、呪術で自身の肉体を強化して戦う相手はまずいなかった。陰陽師の戦い方は呪術の打ち合いが基本、接近されても問題ないように護法式を用意するのが定石だ。直接戦っているのは刀を振り回している『神通剣』の小暮や『鬼喰い』の鏡、あとは鬼の生成りであるケンカの得意な冬児くらいである。

 もしグレンと戦うとして、呪術を封じられてしまえば春虎は簡単に制圧されるだろう。ケンカ慣れしているとはいえ相手は軍隊格闘術を修めた相手だ、太刀打ち出来る筈がない。

 春虎にとってグレンは、初めて現れた天敵だった。

 

「さーて小鳥野郎、そろそろテメエについて聞かせて貰おうか」

 

 ジンへの制裁に気が済んだらしく、どことなく満足気な顔をしたグレンが小鳥の式神に問いかける。グレンの発言で拘束を解かれたシスティーナも存在に気が付いたのか、警戒して小鳥の式神から距離をとる。

 

『小鳥野郎ってお前……、まあ何も明かしてないからしょうがないけど』

「嫌だったらさっさと正体表せ。ついでにテロリスト共の情報も寄越せ」

 

 ここまで来てしまったのだ。ある程度は自分の素性を出さないとこれからの信頼関係に不具合が出る。

 

『話してもいいけど、おれの存在についてはここだけの話にしてくれよ?』

「嫌だ、って言ったら?」

『おれのことに関する記憶をすべて消す』

「──っ!、……おっかねえなオイ。わかった、お前もいいな白猫」

「へ!?は、はい、わかりました」

 

 突然話を振られたシスティーナも慌てて返事をした。

 その場にいる全員が同意したことを確認して、春虎は話し始める。

 

『おれは──」

 

 その時突然金属音が鳴り響き、春虎は出鼻をくじかれた。

 

「あー、悪い、セリカからの連絡だ」

『タイミング悪いなぁ。……わかっているな?』

「言わねえから安心しろって」

 

 グレンは頷いて、ポケットから半欠けの宝石を取り出しセリカと交信を始める。

 その間に春虎は小鳥を操作してシスティーナの傍まで飛ばし、コミュニケーションを取ろうと試みる。

 

『あー、フィーベルさん、でいいんだよね?』

「は、はいッ!その……、助けて頂きありがとうございます」

『君を助けたのはそこのグレン先生であっておれじゃないよ。すぐに助けてあげれなくてごめん』

「あ、いえ、そんなお気になさらくても……」

 

 どことなくぎこちない会話を繰り返す二人。

 その時春虎は床に見覚えのある物が落ちているのを発見した。

 嘴でつまんでシスティーナの下に持っていく。

 

『これって君のじゃない?』

「え、あっ、ありがとうございます!」

 

 彼女の手に落としたのは春虎が渡したお守り。システィーナがここまで連れてこられた時に、場所を探知するのに使っていたものでもある。どうやらジンに拘束されていた時に落としていたらしい。

 システィーナも見つかったことに喜んでいる。

 

『いつも身に着けているの?』

「はい、これは友達と一緒にお揃いで買ったものなんです。それに、大事にしないとまた変なことになりそうで……」

『変なこと?』

 

 システィーナは頷くと、小鳥に顔を近づけ声を潜めて話し始める。

 

「実は一度、このお守りに八つ当たりしたことがあるんです。そしたら次の日にはお守りの厚さが半分になっていて……。それ以来、大事に持ち歩くようにしているんです」

『へ、へぇー、ソウナンダ……』

 

 厚さが薄くなった原因とこうして話をしていて、もっと言えばこの小鳥の式神の式符は彼女のお守り袋に入っていたものだったりするのだが、残念なことに彼女は気づかない。

 次があるなら怖がらせないようにしようと誓う春虎だった。

 

「話はもういいか?」

 

 グレンの方もセリカと話は終えたらしく春虎たちの下へやってくる。

 

「セリカとの話ついでに状況整理もするぞ」

 

 そう述べるとグレンは簡潔に話し始める。

 

「いいか、学院にやってきたテロリストは3人。一人は学院の外で倒して、もう一人はそこに伸びてるわけだが、最後の一人がルミアを捕まえている。間違いないな?」

「はい、その男がルミアを連れて一番最初に教室から出ていきました」

「よし。次に人質になっているのが俺のクラスの奴ら50人くらい。勝手に動いたりしていると思うか?」

「それはないと思います。最初に私たちと相手の実力差を見せつけられていますから……」

「その判断で合っている。下手に動いて殺されるよりはマシだ」

 

 さて次に、と一呼吸をおいて再度グレンは話し出す。

 

「救助や増援が来るかっていう話なんだが、残念ながら来ない」

「そんなッ!?どうしてですか!?」

「この学院にある転移方陣は他の重要な場所と繋がっているからな。この学院が占拠された時点で攻め入られないようにしている。外から入ろうにも結界が固すぎてまず来れない」

『あー、すまない。転移方陣ってなんだ?』

「んー、そうだな……。要は距離が離れているA地点とB地点を一瞬で移動できる装置のことだ」

 

 興味深い話が聞けた春虎は、そのことを頭の隅に刻み付ける。

 

「セリカにも言われたんだが、一番安全なのはこのまま何処かに隠れていることだ」

「えっ……、そ、それじゃあルミアは、ルミアはどうするんですかッ!?」

「わかっているから、とりあえず落ち着けって」

 

 友の心配をするシスティーナに、グレンも手を前に出して制止のポーズをとる。

 

「で、ここからが相談なんだが。小鳥野郎、ウチの生徒を助ける気はまだあるか?」

『あぁ、もちろんだ』

 

 グレンの質問に春虎は即答する。

 

「らしいぜ?こいつもいるなら、これでルミアを助けにいけそうだ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

 泣いて喜ぶシスティーナを、グレンは眩しいものを見るかのように見つめる。

 

「そういえば、お前はいつになったらこっちに顔を出すんだ?」

 

 気を取り直して、グレンは春虎との共闘を前提に作戦を練り始める。

 

『実を言うと学院のセキュリティが結構厄介で……。おれの痕跡が残らないように破壊工作しているんだがもう少しかかりそうだ』

「えっ、破壊工作って……、アナタ何やってるんですか!?」

「あー、言い忘れていたが白猫。こいつは今は俺たちに協力しているが、どっちかというと正体は犯罪者側だぞ」

「ウソでしょ!?」

 

 ははは、と小鳥から笑い声が聞こえてくるのに対して、システィーナは裏切られたような顔をしている。完全に良い人だと思っていたらしい。

 まあとにかくだ、とグレンが強引に話をまとめにかかる。

 

「まずはルミアを助けるためにも最後の一人を制圧、無理そうなら暗殺する。わかったな白猫、小鳥野郎」

 

 暗殺という物騒な言葉にシスティーナは身を震わせ、春虎は覚悟を決める。

 

『わかった、基本はこういうのが得意そうなお前に任せる」

 

 グレンの過去に何があったのか感じ取りはじめたシスティーナの前に立ち、小鳥の式神は宣言する。

 それと、と付け加えると、

 

『あと、小鳥野郎ていうのも言いにくいだろうからな。改めて自己紹介しよう。おれは「オイオイ、お前等でレイクの兄貴を殺そうってか!?笑わせんな!」──なんで邪魔するの……?』

 

 カッコよく名乗りをあげようとしたら目覚めたジンに思いっきり邪魔された。春虎は正直かなりイラっとしている。

 

「だいたい暗殺なんて言葉がでてくる時点で、そいつはオレ達と同じ「はいはいちょっと黙ってましょうね~」もがぁっ!?」

 

 そのまましゃべろうとしたジンだが、途中でグレンに脱がされた服を口に突っ込まれることで無理矢理黙らされる。

 システィーナも春虎を可哀そうに思ったのか、「三度目の正直って言いますし」と言って小鳥を慰めている。

 春虎は泣きそうになった。

 

『そうだよな!変にカッコつけようとしたのが悪かったんだよな!』

「そ、そうそう!普通が一番なんだって!」

 

 変なテンションになっている春虎と、それを気遣うグレンをシスティーナは何とも言えない目で見ている。

 

 気を取り直して、テイク3

 

『改めて、おれは──』

 

 その時、部屋の中心に魔法陣が現れ、そこからさまざまな武具を持ったボーン・ゴーレムが大量に登場した。

 ガシャンガシャンと音をたてるせいで、春虎の言葉は途中からかき消されてしまう。ジンは口に服が詰まった状態で、「もごががもがもがぁ!(流石レイクの兄貴ぃ!)」と叫んでいる。

 

『なんでだよ……』

 

 小鳥から聞こえてくる春虎の悲壮な声に、グレンとシスティーナは思わず顔を背ける。というかグレンは完全に笑っている。

 

『せめて、せめて名乗らせてくれよ──!」

 

 二度あることは三度あった。

 

 

 




本編で出てる通り、春虎にとってグレンは最大の天敵です。護法式無しで戦った場合ほぼ100%負けます。
セリカにも3割取れるというのに……。


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愚者と闇鴉 中

遅くなりすいませんでした。
いろいろと用事が重なりまして。
とりあえずお楽しみください。


 魔術実験室、その中央に魔法陣は浮かび上がり、大量のボーン・ゴーレムは現れた。

 竜の牙で作られたゴーレム達は一体一体が武器を持ち、グレンたちの方へと迫ってくる。

 その襲われそうな彼らはというと、

 

『おいグレンッ!てめえ今笑っただろ!?』

「い、いやいや、笑うわけないじゃないですか……ブフォッ」

『は~ん、さてはてめぇ、隠す気ないなぁ?』

「そうですよ先生、笑うのはさすがに失礼……フフッ」

『……んっ?えっ、今笑った?システィーナ=フィーベルさんもしかして笑った?」

「ついにガキにも笑われてやんの、ぷぷっ」

『てめえええぇぇぇっ!!!』

「アタタタタッ!?人の頭をつつくんじゃねえ!」

 

 そこの周囲の空気だけ緊張感というものがなかった。

 すでにボーン・ゴーレムに囲まれそうになっているというのに小競り合いが止まらないグレンと春虎。

 さすがに自分たちの危機的状況に気づいたシスティーナは、一人と一羽の間に割って入った。

 

「いつまでやっているんですか!そんな場合じゃないでしょッ!」

「いやだってこいつ、人のことハゲにしようと──ってあぶねぇっ!」

 

 背後からシスティーナに切りかかろうとするゴーレムに気づいたグレンは、システィーナの腕を掴み自分の下へ引き寄せ斬撃を回避、すかさずカウンターに右ストレートを繰り出した。鋭い音を立てて放たれた拳はゴーレムの頭部に当たったが、ゴーレムはびくともしない。竜の牙で作られただけあって頑丈さが通常のものとまるで違う。

 

「クソ、まるで効いてねえじゃねえか」

『相手の兵は炎、雷、氷の魔術と物理攻撃に耐性あり、一場近い相手に自動で攻撃するようプログラムされているな』

「解説どうも!ついでに手伝ってくれませんですかねぇ!?」

 

 春虎が相手の術式の分析結果を話せば、グレンはぼやきを混ぜながら大声で返事する。

 

(しかしこれはマズいぞ)

 

 未だ姿を見せない協力者への態度とは裏腹に、グレンの頭の中は冷静だった。

 相手は時間の経過に比例して数を増やしていく。基本三属の魔術では相手にダメージは与えられず、こちらは体力を消耗するばかり。

 

「《その剣に光在れ》!」

「お、サンキュー白猫!」

 

 春虎の分析を聞いたシスティーナもグレンに【ウェポン・エンチャント】をかけて援護する。手足に魔力が付与されたグレンは近くにいたゴーレムたちを撃破していく。

 

『おれたちも脱出するぞ!』

「はいッ、《大いなる風よ》!」

 

 システィーナが【ゲイル・ブロウ】で教室の扉の前にいたゴーレムたちを吹き飛ばす。攻撃として期待できるほどの威力はないが逃げ道はできた。

 グレンもそれを確認すると、春虎の式神を先頭、グレンを殿に一行は教室から逃げ出した。

 

 廊下に出ると、教室の中からくぐもった悲鳴と肉に刃を突き立てるような音が聞こえた。春虎の見鬼にはジンがゴーレムたちに殺される瞬間が視えている。

 グレンやシスティーナも何が起きているか察したらしい。青ざめたシスティーナをグレンは引っ張る様に連れて行く。

 

「いいか、あれは自業自得っていうんだ。このままだと俺たちもああなるぞ」

 

 グレンの言動に迷いはない。システィーナも頷くと教室からあふれてきたゴーレムたちを【ゲイル・ブロウ】で吹き飛ばし距離を稼ぐ。

 

『クソッ、下の階にも召喚してきたぞ!』

「逃がす気はねえ、ってことかよ!露骨に誘導しやがって!」

 

 敵も自分たちの存在には気づいている。余計なことをされるよりここで叩いた方が良いと考えたのだろう、校舎の外に出さないように上へ追い詰め自身の手でとどめを刺すつもりだ。

 その特徴的な竜気はずっと上の階にいる。最悪なのはゴーレムと魔術師に挟み撃ちされることだ。たいして幅のない廊下でやられたらひとたまりもない。

 

 それをわかっていながらも、グレン達は上の階へと逃げていくしかない。

 背後からゴーレムが迫ってくればグレンが殴って壊し、システィーナが突風で吹き飛ばす。

 しかしそれも長くは続かない。グレンやシスティーナの体力の限界が近づいている。

 

「どうするんですかっ!?いっそのこと【ディスペル・フォース】で……!」

「え、授業じゃ教えてないのにあれ使えんの?お前ホント優秀だな……。けどダメだ、この量が相手じゃ魔力の無駄だ」

 

 自分たちの命を刈り取ろうとするゴーレムたちを前にして、システィーナもパニックになりかけている。

 しかしそれを責めるのは酷というものだ。

 

(ホントよくやってるよこいつは……)

 

 平穏な日常の中で生活してきた人間が突如極限状態に追い込まれた時、いったいどれだけの人間が正気でいられるだろうか。

 多くの人間が膝を屈し、思考を止めるような状況下で、それでも彼女は戦っているのだ。彼女の力が無ければここまで逃げることすらできなかっただろう。

 だからこそグレンは、彼女に報いるためにも切り札を使う。

 

『この先は行き止まり、上には魔術師、どうする!』

「わかったよコンチクショウ!……小鳥野郎、奥の手使うから時間稼ぎが必要だ。そろそろホントに力貸せ」

『……時間稼ぎでいいんだな?1分待て』

「さっさとしろよ。──白猫!ここでコイツらをまとめて掃除するから、お前はこの先の奥まで行って時間を稼げ!」

「ええ!?」

 

 グレンの要求を聞くと小鳥は廊下の窓から外へ飛んでいったが、システィーナは突然の要求に戸惑っている。

 

「いいか、ベースの術式はお前の得意な【ゲイル・ブロウ】、これを即興で改変しろ!威力は下がっていい、効果範囲、持続性をあげろ!」

「いきなりそんなこと言われても……」

「全部授業で教えたことだ、応用しろ応用!生意気でもお前は優秀なんだ。準備ができるまでは俺がコイツらを抑えとく、頼んだぞ!」

 

 言いたいことを言うだけ言って、グレンはゴーレムの群れに単身とび込んで行く。

 一人残されたシスティーナは、焦る心を落ち着かせながら術式の改変を始めた。

 

「さあて、生徒を前にあんだけ啖呵切ったんだ。カッコつけさせろよ骸骨ども」

 

 グレンは迫り来る剣や槍を最小限の動きでかわし、魔力の付与された拳を叩きつける。

 狭い廊下だからこそ、相手は物量で押し込むという作戦をとることは難しい。グレンが一度に相手する数も2、3体で済んでいる。

 しかし相手は骸骨の兵士、先頭の兵士の骨の隙間という隙間から刃先が突き出され、グレンの体の傷付けていく。急所に当たらないようにはしているが、出血量はけして少なくない。

 

「チクチクチマチマ攻撃しやがって、地味に痛てぇんだよ!つーかそろそろ1分経ったぞ、まだ来ねぇのかあのチキン!」

 

 終わりの見えない現状に苛立ちの声を上げるグレン。その矛先は今はここにいない小鳥に向けられる。

 

 その時、ゴーレム達の後方の空気が変わった。

 結界が張られたのだとグレンは悟る。

 

『後ろに跳べ!』

 

 その声を聴くとグレンも相手にしていたゴーレムを蹴り飛ばし、バックステップで距離を取った。

 グレンには、ゴーレム達の後方から高速で飛んでくる小鳥の姿が見えた。嘴には呪符ををはさんでいる。

 小鳥が先ほどまでグレンが戦っていた場所まで来ると、嘴で運んできた呪符を空中で放した。

 小鳥はグレンの肩に止まり、ひらひらと宙を舞う呪符を見据えて呪文を紡ぐ。

 

喼急如律令(オーダー)

 

 その瞬間、空中にあった3枚の呪符に刻まれた術式が起動した。

 1枚は護符、グレンとゴーレム達を区切るように呪壁が展開される。

 一拍遅れて2枚の呪符も効果を発揮する。呪符の正体は木行符と火行符、五行相生の木生火により火気は膨れ上がると、春虎によりアレンジされた術式により炎そのものではなく黒煙となり、ゴーレム達を呑み込んだ。

 

『ふう、間に合ったな』

 

 小鳥から聞こえてくる呑気な声に、最初は唖然としていたグレンも我に返る。

 

「え、ちょっと待って、これで終わり?」

『そうだけど?』

 

 どうやら本気で言っているらしいと気づいたグレンはついにぶちギレた。

 

「テメエ!あんだけ待たせておいて煙で目眩ましとかバカにしてんのかっ!?すぐにアイツら突っ込んでくるぞ!」

『……ん?あれ、もしかして気づいてない?』

「なにが!?」

 

 グレンが怒っている理由に気がついた春虎は種明かしを始める。

 

『まずあの煙、ただの煙じゃなくて火山の噴煙を再現したものだから。多分1000度近いんじゃないか?』

「……ただの煙じゃないことは分かった。けどアイツらは炎への耐性があるんだぞ?たいしたダメージにならないだろ」

『そもそもこれは攻撃じゃないよ、言ったろ?時間稼ぎだって』

 

 ちゃんとした考えがあることに気づき、グレンも聞く姿勢をとる。

 春虎は楽しそうに解説を始めた。

 

『なあ、アイツらはどうやっておれたちを追いかけてきたんだ?』

「ハァ?だから、近くにいる奴を自動で襲うようになっているってお前が言ったんだろ?」

『じゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 その問いに、グレンは答えることが出来ない。

 

『視覚か?聴覚か?嗅覚……はさすがになさそうだな。魔力でも感知しているのか?それとも別の何かか?さあ、どれだと思う?』

「──参った、降参だ。答えはなんだよ」

『ぶっちゃけわからん』

「ここまで引っ張っておいてそれかよ!?」

 

 小鳥の奥からクツクツと笑う声が聞こえる。

 

『そう、()()()()()()()()()()()()()()

「──まさかっ」

 

 ピンときたグレンに答え合わせをする春虎。感情の高ぶりに合わせて小鳥の動きが激しくなる。

 

『あの黒煙の中で物を見て判別することはまず不可能、結界で防音されてるからアイツらは自分の動作音しか聞こえてない』

「魔力感知の対策は?」

『あの煙には大量の霊……じゃなくて魔力や魔素が込められている。そんな煙の中でおれたちの魔力が分かると思うか?』

「噴煙にしたのって──そうかっ、熱感知の可能性を潰すためっ!?」

『ご名答。あの結界の中は灼熱の空間、そこからおれたちの体温だけを判別するのは、まあ出来ないと思うぞ?』

 

 この時、初めてグレンは顔の見えぬ協力者を恐れた。

 一手、たった一手でここまで思考を巡らせて、状況を変えることが出来るのか。

 

『結局どれが正解かはわからんが、こうして悠長に話せる時間は作れたな』

「いっそこのままコイツら放置して逃げた方が楽な気がしてきたんだが」

『あ、言っておくけどあの壁、耐久性はそんな無いから攻撃されたら30秒ももたないぞ』

「それを先に言え!さっきから向こうで壁殴ってる音がするじゃん!白猫、そっちは準備出来てるか!?」

「とっくに出来てます先生!」

 

 一人と一羽が話し込んでる間に、蚊帳の外だったシスティーナは改変を完成させずっと待機していた。

 

「待たせて悪かったな!よっしゃ、壁が消えるタイミングに合わせてぶっぱなせ!」

『いくぞ!3、2、1!』

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》!」

 

 呪壁が消え黒煙がこちらに漏れてくると同時に、今度は黒魔改【ストーム・ウォール】によって生まれた強風の防壁が立ち上がり、ゴーレムの行手を阻む。

 

『生徒の出来はどうだ、先生』

「──及第点、ってところだな。悪くねぇんじゃないか」

 

 こんな場だというのにも関わらず、生徒の評価ををする一人と一羽。

 心なしかグレンも満足そうな顔をしている。

 しかし、強風の壁の中をゴーレム達はゆっくりとだが、着実にこちらへと迫ってきている。

 

「先生ダメ!完全には足止め出来ない……ッ」

「いーや、気にすんな。ここから先は俺の仕事だ」

 

 悔し気な表情をするシスティーナの前に立ち、グレンは懐からひとつの宝石を取り出す。

 それは、彼が切り札を使うために必要な魔術触媒《虚量石》。グレンはそれを握りしめて詠唱を始める。

 

「《我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・──」

 

 その詠唱を聞いたとき、春虎はシスティーナとは別の意味で驚いた。

 

「──其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・──」

 

 術の詠唱で、超越存在の名や威を借りて術を行使する物は多い。

 呪術にも、不動明王の炎を体現する火界咒や摩利支天の真言が使われる隠形術などは、自らを修羅神仏の代行者と定義して、その権能の一部を借りる形で術を行使している。

 

「──象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・──」

 

 ならもしも、『神を斬獲せし者』なんて物騒な存在を代行とする術を行使するとしたら。それは──

 

「──遥かな虚無の果てに》」

 

 それはまるで、()()()()()()()()じゃないか。

 

「ええい!ぶっ飛べ有象無象!黒魔改【イクスティンクション・レイ】──っ!」

 

 グレンの伸ばした左腕から展開された3つの魔法陣は重なり合い、詠唱の完成により光の衝撃波を放った。

 

『──ははっ』

 

 その惨状を見て、思わず春虎も笑ってしまう。

【イクスティンクション・レイ】が放たれた跡には、黒焦げの廊下以外なに一つ残っていなかった。

 廊下の先にはぽっかりと、壁に穴が開いている。

 だが、春虎の意識はすでに別のことに割かれていた。

 

(すげぇ、まったく意味がわからねぇ……!)

 

 春虎は確かに、【イクスティンクション・レイ】の一部始終を視ていた。

 3つの魔法陣が炎・冷気・電撃の三属性を表していることも、その魔術を喰らったものが物理的にも呪術的観点からも完全に分解されていることもわかっている。

 しかし、部分的なことは理解できても、総体的にはなにひとつ理解できなかった。

 だってそうだろう?

 なにをどうすれば、虚数エネルギーなんてぶっ飛んだものが生まれるのだ!?

 

 そんな春虎の思考も、グレンが膝から崩れ落ちたことで中断される。

 

「だ、大丈夫ですか、先生!」

 

 青い顔をして血を吐いているグレンの下にシスティーナが駆け寄った。

 

「これって、マナ欠乏症!?」

『あんなモン使ったんだ。体が耐えられなかったんだろう』

 

 グレンの体内の魔術に関する機関は滅茶苦茶な状態になっている。それに加えて出血も少なくないため衰弱が激しい。

 システィーナは白魔【ライフ・アップ】で治療を行うが、システィーナの得意分野ではない魔術のため劇的な効果は見られない。

 

「バカ。やってる場合か……急いでここを離れないと……」

「そんなこと言っても、その怪我で動き回ることなんてできるわけないでしょ!」

『──それに時間切れみたいだしな』

 

 春虎の声に二人は警戒態勢に入る。

 小鳥の見つめる先には、黒焦げになった廊下にダークコートを着た男が立っていた。

 男の後ろには妖しく光る5本の剣が浮かんでいる。

 

「なるほど、【イクスティンクション・レイ】まで使いこなすとはな。どおりで二人もやられるわけだ」

「おいおい、内一人にとどめを刺したのはテメエだろ。そこまで責任押しつけてんじゃねえよ」

 

 レイクと呼ばれていた魔術師が無表情でグレンを称賛するが、それに対しグレンは中指を突き立てる。

 しかしレイクはグレンの態度に取り合わず、今度は小鳥に視線を移す。

 

「異物が紛れているとは聞いていたが、お前がそうか?」

『さあな、そういうアンタはどう思う?』

「フン、口が減らないな」

 

 レイクは春虎の挑発を鼻で笑うと、

 

「部外者は立ち去るがいい」

 

 そう言うと同時に、宙に浮かした剣の一つを小鳥にめがけて放った。

 高速で飛んでいった剣は、小鳥の首をたやすくはねた。

 

「オイッ!大丈夫か!」

『ヤバ……、ぜん……え……った』

 

 突然の出来事にグレンとシスティーナは動揺しているが、そもそも小鳥は簡易式なので春虎の身にはなんの問題もない。

 ひとり冷静な春虎は、ノイズまみれの音声でできうる限りのコミュニケーションを取ろうとする。

 

『ぞう……す。な……か耐え……」

 

 それだけ言うと、小鳥は形代に戻った。

 

「ほう、珍しい術を使うのだな」

 

 レイクは一般的な使い魔とは違う式神に興味を示してみせたが、その姿に隙は見られない。

 グレンは相手の実力の一端を知り、勝ち目がほとんど見えないことを悟る。

 

「白猫、お前魔力に余裕は?お前はあの剣をディスペルできそうか?」

「残りの魔力全部使っても多分、少し足りない……というより詠唱だってさせてくれるかどうか……」

「ならいい」

 

 この発言の意図に気づいてくれたらありがたい。たとえ気づかなくても、上手いこと遠くに逃げてくれればそれでいい。

 自身の生徒に一縷の望みを託すと、グレンはシスティーナを掴み窓から外へ放り投げる。

 そこそこの高さがあるが、彼女なら魔術でどうにかするだろう。窓から聞こえる悲鳴を聞き流しながらそんなことを思う。

 

「さて、足手まといも消えたな」

 

 レイクの言葉と同時に、3本の剣がタイミングをずらしグレンめがけて飛んでくる。

 1本は拳で軌道を変えて、顔に向かって飛んできた1本は体を逸らして避ける。しかし最後の1本は腿を浅く切り裂いた。

 

「オイオイ、魔術師ともあろうものが不意打ちとはどういう了見だ?」

「本気で言っているのか?これは決闘ではない。最後に立っていた者が正しいのだよ」

 

 そんなことはグレンも百も承知である。ただ揺さぶりをかけてみただけだ。しかし効果はなく、身体にはすでに多くの斬痕が刻まれ、服は自身の血で汚れている。

 

「事態はすでに変化している。味方は2人斃れ、お前のような想定外の者まで動き出した。極めつけは先の使い魔。まだあの術者もここにいるとすれば、お前は早々に屠らねばなるまい」

「チッ、人を前座のように言いやがって。少しは会話でもしようとは思わないのか?」

 

 軽口を叩くグレンだが、その顔に余裕はない。ほんの少しでも気を弛めれば自分の首は簡単に飛ぶだろう。

 

【愚者の世界】はその性質上、すでに起動されている魔術にはなんの効果もなく、今使ったところで魔力の無駄遣いにしかならない。どうやら相手も手の内を知っているらしく、魔術を使ってくる気配がない。

 

 三節詠唱でしか魔術を使用することが出来ないグレンでは、5本の剣を巧みに操り、高速攻撃を仕掛けてくる相手に防戦一方のままだ。ものは試しと【ブレイズ・バースト】を放とうとしたが、すぐさま【トライ・バニッシュ】で打ち消されてしまった。

 

 故にグレンは、それを布石とし賭けに出る。

 

「戦闘で三節詠唱とは、隙を晒すだけだぞ」

 

 グレンの心をへし折ろうと、レイクがあえて一節詠唱で【ブレイズ・バースト】を放とうとした。

 

「《炎獅子──」

「《猛き雷帝よ──」

 

 その瞬間を狙って、グレンは【ライトニング・ピアス】を詠唱しながらレイクに向かって突撃する。

 レイクはその行動を愚策と切り捨てようとしたが、グレンの右手が懐へ伸びていることに気がついた。

 

「っ!」

 

 即座にレイクは詠唱を破棄し、剣で守りの態勢に入る。

 その時にはグレンの【ライトニング・ピアス】は完成していた。

 

「──・極光の閃槍以て・刺し穿て》!」

 

 グレンの伸ばした左の掌から雷光が、レイクに向かって高速で放たれる。間一髪のところで剣による防御が間に合わなければ、レイクの胴には穴が空いていただろう。

 

 もしあのまま【ブレイズ・バースト】を放とうとすれば、グレンの【愚者の世界】で起動を封殺されていた。

 魔術の起動前後は、マナ・バイオリズムが乱れて魔術の操作が不安定になる。その隙を突かれればレイクは生きてはいなかったかもしれない。

 

 あのまま攻撃して懐に潜られるか、魔術を行使することを許してでも防御に徹するか、グレンは僅かな時間で最悪の二択を突きつけたのだ。

 

 とはいえ、この場ではレイクが一枚上手だった。

 

「……勘弁してくれよ。最悪、一本は取れると期待したんだがな」

 

 魔導器の剣にまで【トライ・レジスト】が付与されているとは思わなかった。レイクの魔術師としての才は想像以上に高かった。

 

「……貴様、一体何者だ?」

「ただの魔術講師、非常勤だけどな」

 

 息があがっているグレンに対し、レイクは警戒を一段と強めている。

 グレンの勝機はこれでさらに薄くなってしまった。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 突然窓ガラスを突き破り、レイクに向かって大量の飛行物が襲い掛かった。

 ひとつひとつが恐ろしいほどのスピードを保有しており、着弾したところが砕けるほどだ。

 

「ぬっ、うっ……!」

 

 とっさにレイクは自動剣で捌いてみせたが、完全には防ぎきれず、血が空を舞いコートに穴がいくつか空く。

 突然の襲撃者にグレンとレイクの視線が集まる。

 

 視線の先には、一羽の大きな鴉が飛んでいた。

 よく見れば瞳は金を帯びていて、足は3本ある。

 

「貴様っ、さっきの!」

 

 レイクはすかさず2本の剣を飛ばして鴉を切り捨てようとしたが、鴉は空中で鮮やかに回避すると、割れた窓から校舎の中へ入り込んだ。

 鴉はそのままグレンの方へ飛んでいくと、

 

「うおおぉぉぉっっ!?」

 

 グレンのシャツの襟を足で掴み、背中から引きずるようにしてレイクとの距離を離した。

 

「え、なになにどゆこと!?」

『落ち着けよ、おれだよおれ』

 

 混乱しているグレンに、鴉から落ち着くよう話しかけられた。

 その声をグレンは知っている。

 

「お前、小鳥野郎か!」

『今は鴉だけどな』

 

 その鴉の正体は、グレン達への増援として春虎が送った『鴉羽』である。本来は自分の意思がある『鴉羽』だが、今は春虎が操作している。

 

『状況確認、相手の手の内は?』

「5本の剣で攻撃してくる。3本は自動2本は手動、剣には【トライ・レジスト】が付与済み、相手は俺の【愚者の世界】を警戒してる」

『把握した』

 

 手短に情報を共有すると、グレンと『鴉羽』はレイクに視線を戻す。

 

「ほう、面白い。ただの羽で私に怪我を負わせるとは」

 

 見れば、レイクの周りには黒い羽根が何枚も落ちている。先ほどレイクを襲った攻撃は『鴉羽』が自身の羽を飛ばしたものだ。

 

『先に言っておく、もうお前に勝ち目はない。投降すれば命だけは助けよう』

「そうだそうだ、二対一だぞ。諦めて降参しろ~」

「戯言を」

「あ、やっぱりダメ?」

 

 グレン達の言葉を鼻で笑い、レイクは攻撃を再開する。

 グレンを切り裂こうと宙を駆ける3本の剣は、しかしグレンを傷つけることはなかった。

 

『言っただろ、お前に勝ち目はないって』

 

 剣は、グレンの前に出た『鴉羽』の翼によっていとも容易く弾かれる。

 その光景にグレンは口をあんぐりさせて、レイクは目を見開いた。

 

 忘れてはならない。

『鴉羽』──正式名称『鴉羽織』は、かつて歴代最高の陰陽師と称えられた男、土御門夜光が作り上げた「伝説」に語られるほどの式神であることを。

 この程度のこと、『鴉羽』なら当たり前にやってのける。

 

『グレン、おれに策がある』

「お、おう。なんだよ」

 

 いまだ驚きが止まないグレンは、若干上ずった声で返事する。

 しかし、それ以上に衝撃的な言葉が『鴉羽』から放たれた。

 

『援護する。だからこいつを()()

「……今なんて言った?」

 

 ありえない言葉にグレンは聞き返すが、春虎はそれを無視する。

『鴉羽』はグレンの頭上に舞い降りた。

 

 その光景を、グレンはもちろんレイクでさえも遮ることはできなかった。

 

 グレンの真上で『鴉羽』は翼を広げ一瞬の滞空。

 そして、その姿がばらりと崩れた。

 グレンを覆いかぶさるように闇色の羽が乱舞し、気が付いた時には、グレンは一着の外衣を身に着けていた。

 

「──ははっ」

 

 突然の出来事に、グレンはもう笑うしかない。

 それはレイクも同じのようで、

 

「驚いた。ああ、驚いたとも。なんなんだそれは」

 

 グレンが『鴉羽』を装着する間、一度も攻撃することなく見惚れていた。

 とはいえ【愚者の世界】を使える状況になかったので、魔術による治療を施しており傷はすでにふさがっている。

 

「任務さえなければ、そこの鴉とは話をしてみたかったが……」

『今からでも心変わりできないのか?』

「それはありえない、いくぞ」

 

 その言葉と同時に、レイクは剣を飛ばした。

 

『攻撃はおれが対処する。お前は突っ込め!』

「わけわかんねえけど任せた!」

 

 グレンもまた、レイクに向かって突進する。

 前方から襲い来る3本の剣は、『鴉羽』が裾を刃に変化させ迎撃した。

 

 二人の距離が半分に詰まると、レイクは追加でもう一本剣を飛ばす。同時に、弾かれた3本の剣もグレンの背後から切りかかる。

 グレンは前方の1本は拳で弾き、背後からの攻撃は『鴉羽』に任せて前に進む。『鴉羽』も自身の防御機能を全開にして攻撃を阻む。

 

 5メートルまで近づいた時、グレンは助走をつけた右ストレートを繰り出し、レイクは宙に浮く最後の1本の剣の柄を自身で握り切りかかった。

 二人の攻撃は激突し、両者ともに反動で弾かれる。

 

「剣も使えるとか反則だろっ!」

「誰がこの剣を操作しているとっ!」

 

 片方は拳と足で、片方は剣で何度も激突した。

 ただ、それも長くは続かない。

 

「──クソがッ」

 

 先に身体にガタが来たのはグレンの方だった。

 度重なる出血と魔力不足が堪えていたらしい。繰り出す拳に勢いが失われる。

 全方位から襲い来る剣を『鴉羽』が防ぐが、グレンの体力は限界に近い。

 

「ここまで私と打ち合えた者はお前達が初めてだ。だが、そろそろ終いにしよう」

 

 膝に手を付き息を荒げたグレンに、剣を突きつけたレイクは宣告する。

 

「いいぜ、終わりにしてやるよ」

 

 しかし、グレンも諦めてはいなかった。

 準備ができていることを確認すると、もう一度拳を構える。

 そして静かに詠唱を始める。

 

「何を詠唱しようと無駄だ!」

 

 剣は再びグレンを全方位から襲い、レイクも剣を取り切りかかる。

 グレンはバックステップで距離を取り、頭上から襲ってきた剣を1本拳で床に叩きつけると、

 

「──・零に帰せ》!」

 

 あらかじめ唱えていた【ディスペル・フォース】で付与されていた魔術を打ち消した。

 光を失った剣は動かなくなるが、グレンも魔力を大量に使い膝を折る。

 

「【ディスペル・フォース】か?だがそれは悪手であろう!」

 

 グレンの力量では、剣に付与された魔術を一つ解除するのにも魔力を多く消費する。いくら『鴉羽』で防御ができるからといって、自身が動けなくなっては意味がない。

 膝をついたグレンにレイクは襲い掛かる。同時に、3本の剣もグレンを刺し殺そうと迫ってくる。

 それでもグレンはレイクを見据えて言い放つ。

 

「お前の敗因は──」

 

 剣を振り上げたレイクの背後から、システィーナが飛び出した。

 

「──アイツを足手まといとしか見てなかったことだ!」

「《力よ無に帰せ》!」

「何⁉」

 

 システィーナの【ディスペル・フォース】により、レイクの残りの4本の剣から光が消え去った。

 宙にいた3本の剣はグレンの下に届かず落下し、レイクも動揺で剣の握りが甘くなる。

 その隙を、『鴉羽』は見逃さなかった。

 裾が翻ると黒い羽根が射出され、レイクの手首に突き刺さる。衝撃で手から剣がこぼれ落ちてしまった。

 しかしレイクも一流の魔術師、すかさず詠唱を始めるが、それをグレンは許さない。

【愚者の世界】は起動され、魔術の起動は封じられた。

 

 グレンは自身が制御を消した剣を取り、レイクに向かって雄たけびを上げながら突進する。

 剣はレイクの胸に突き立てられ、心臓を貫いた。

 

「──見事だ、魔術講師。私の負けだ。願わくば、もう一度……」

 

 口の端から血をたらし、レイクは最後に一言そう述べると、力尽き、息絶えた。

 

「──二度と相手なんかしてやらねぇ」

 

 グレンもそう呟くと、限界が来たのか崩れ落ちる。

 闇の中で沈みゆく意識の中で、少女の叫び声だけが聞こえていたが、ついに何も聞こえなくなった。




あ、ロクアカ最新刊読みました。
ヒロインレースはともかく、知りたかった情報が出てきてくれたのはありがたい。
ロクアカ、敵キャラに魅力のある奴がほとんどいないんだよなぁ……。

下の方は早いうちに投稿します。


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愚者と闇鴉 下

……なぜだ?
急にお気に入り数やUAが増えて驚きを隠せないのだが……。
しかも日間ランキングに入ったって、マジで?
あ、ありがとうございまーす!

ちなみにですが、もともと中と下は一話に収めようとしたものです。さすがに一話で二万字越えるのはちょっとね……。


「先生っ、目を開けてください!先生!!」

 

 廊下に倒れたグレンの肩を、システィーナは強く叩いて呼び掛ける。

 出血やマナ欠乏症、戦闘のダメージで意識を失っているだけなのだが、このまま放置すれば命にかかわることは間違いない。

 

「ダメ、全然起きないっ。こうなったら【ライフ・アップ】で!」

『その前に、手当できる場所に移動した方がいいんじゃないか』

「あ、そうだ……。まずは医務室に行かなきゃ……!」

 

 いつの間にか鴉の姿に戻っていた『鴉羽』から、春虎はアドバイスする。

 落ち着きを取り戻したシスティーナは、意識のないグレンに肩を貸して運んでいく。

 頼りない足取りを見て、『鴉羽』も3本の足でシスティーナとは反対側のグレンの腕を持ち、彼女にかかる負担を減らした。

 感謝を述べるシスティーナに対し気にするなと返すと、そのまま無言で医務室へと向かった。

 

 

 

 医務室にたどり着き、グレンをベットに横たえると、システィーナは怪我の治療に移る。

『鴉羽』は「ちょっと取りに行くものがある」と言って何処かに飛んでいってしまった。

 消毒し、包帯を巻いていると、グレンの譫言を聞いてしまう。

 

「正義の魔法使い」になりたかった

 

 その言葉が、システィーナの心に突き刺さる。

 

 

 あれほど魔術を軽んじていたはずなのに。

 あれほど魔術を毛嫌いしていたはずなのに。

 

 いや、すでにわかっているのだ。

 彼の過去に、理想を捨ててしまうような何かがあったということは。

 

 かつて、占い師に彼との関係について相談した時のことを思い出す。

 あの時は彼について知らないことが多すぎてなにも答えられなかった。

 今も、彼のその一端に触れただけで、知らないことの方がずっと多い。

 

 知りたい、そう思った。

 はじめて、魔術と同じくらい知りたいと思った。

 まだ明確な線引きがされていないけど、魔術師としての自分ではなく、少女としての自分が。

 

 もしも、彼にこの手を伸ばしたら、彼は受け入れてくれるだろうか。

 もしも──

 

 

 

『おまたせー、良いもん持ってきた──へっ?』

 

 窓から帰ってきた『鴉羽』は、その光景を目にしてフリーズした。

 少女もまた、声に驚いて意識がこちらに帰ってくる。

 

 春虎には、ベットに横たわる半裸の男に少女が覆いかぶさり、接吻でもしようとしているように見えた。

 

『……あー、お邪魔でした?』

「待って違うんですほんとにこれはそういうあれじゃないんです──!!?」

 

 少女の絶叫が医務室に轟いたが、グレンはそのまま爆睡していた。

 

 

『ほら、こういう生命の危機的状況には子孫を残そうと本能が働くっていうしね、一概に悪いとは言わないけどさ』

「やめてくださいお願いします、そういうのじゃないんです」

 

 一時間後、いまだ眠るグレンの体に嘴でペタペタと器用に呪符を貼り付ける鴉と、部屋の隅で膝を抱えて頭を埋めている少女がそこにいた。

『鴉羽』の方は暢気に話しかけるが、少女の方はまだ顔を赤くして消え入りそうな声で答えている。

 

『あんな風にカッコよく助けられたら、そりゃあ惚れちゃうよな』

「違うんです違うんです違うんです違うんです違うんです」

 

 ひたすら壊れたように違うと繰り返すシスティーナを見て、からかいすぎたと春虎は反省する。

 このままだと羞恥のあまり死ぬ。そう予感した少女は、なんとか空気を変えようと質問することにした。

 

「……あの、さっきから先生に何を貼っているんですか?」

『ん、これ?これは治癒符といって……まあ、見ててな』

 

 説明するより見せた方が分かりやすい。そう考えた春虎は、システィーナに近づくように言う。

喼急如律令(オーダー)」と春虎が唱えると、治癒符はぼんやりと光りだし、グレンの傷を少しずつ癒していく。

 

「え、すごい……!」

『こんな風に対象の傷や疲労を癒すんだよ。まあ、魔力や霊体の回復までは無理なんだけどな』

「いえ、十分すぎますよこれ。てことは先生は今……」

『疲れて眠ってんだろ。もう危機は脱してるよ』

 

 足りない血も呪術で多少は補った。後は眠ることで体力の回復をすれば今日はしのげるだろう。

 

「ありがとうございます。先生を助けてくれて」

『いやいや、君の治療が適切だったからだよ。お疲れ様』

 

 安堵のため息をこぼす少女に、春虎はねぎらいの言葉をかけた。

 しばしの沈黙の後、システィーナはぽつりと呟いた。

 

「どうして私たちを助けてくれたんですか?」

 

 それは、ずっと気になっていたこと。

 システィーナやグレンを助ける筋合いなんてないはずなのに、どうしてここまで手助けしてくれたのか。

 姿も名前も知らない、いってしまえば学園に不法侵入した一人でしかないこの鳥の奥にいる人は、いったい何が目的でここにいるのか。

 

 再び沈黙が生まれる。

 

『……似ていたんだ、かつてのおれたちに』

 

 沈黙を破って、恥ずかしそうに春虎は呟いた。

 想像していたのとは違う答えにシスティーナも聞き返す。

 

「どういうことですか?」

『なんていうか……。境遇とか、そういうのがおれたちと似ていてさ、重ねちゃったんだよ』

 

 言葉を選びながら、春虎は具体的な過去や背景をぼかして話し出した。

 

『今はこんなことしてるけど、おれにも学生生活をしていた時期があってさ。友達と遊んだり、勉強していたんだよ』

「なんだか……、想像つかないですね」

『言っておくけどちゃんと「人間の」って言葉が付くからな?けっして鳥のままじゃないからな?』

 

 軽い冗談を交えて、雰囲気が重くなり過ぎないように気をつける。

 

『そんな感じで学生生活を謳歌してたんだけど、今日みたいに学校を襲う連中が、ウチではよく出没してさぁ』

「ほんとですか!?」

「ホントホント。テロリストに襲われまくったなぁ』

 

 しかも狙いは幼馴染(夜光の転生体候補)だというのだから、たまったもんじゃない。

 

『アイツらすごいぞ?平然と「自分たちが正しい!」を押し付けてくるからな?』

「うわぁ……」

『ホントにうわぁ、だよ……』

 

 システィーナも思わずドン引きした。春虎も当時を思い出し頭が痛くなってくる。

 それでも、春虎たちが折れることはなかった。

 

『でもさ、好き勝手言ってる奴らのためにおれたちが我慢する必要なんてあるわけないじゃん。だから必死になって戦ったよ』

「……強いですね、皆さん」

『そうならなきゃいけない環境にあった、ていうのが正しいな。それでも仲間といる時が一番楽しかったよ』

 

 そんな日常だったからこそ、仲間ができたのかもしれない。

 もう一度会いたいと、春虎は思う。

 あの場所に帰るために戦い続けると、とっくの昔に覚悟は決めている。

 

『まあ、何が言いたいかというとさ……。君は学校は楽しい?』

「……はい」

『魔術の勉強は楽しい?』

「はい」

『友達や先生といるのは楽しい?』

「はい!……あっ、待ってください先生は別ですっ!」

 

 システィーナの返答に春虎は噴きだした。

 

『そっかそっか……。うん、人生の先輩として教えよう。その生活を大事にした方がいい。本当に呆気なく終わっちゃうもんだし、いつしかその思い出が力になるから』

 

 その声は、どこか哀愁に溢れていて、

 

『結局のところおれは、おれの代わりに君たちに、楽しい学生生活を送ってほしかっただけなのかもな』

 

 システィーナは言葉を返すことができなかった。

 

『……よしっ、湿っぽいのは終わり!どうする、君も疲れているだろうし眠っていていいぞ。おれが見張りをしているから』

「あ、ありがとうございます。でも私はまだ平気です。先生の治療もあるし」

『気にしなくていいぞ、それだっておれがやっておくけど』

「いえ、それじゃダメなんです。ずっと守られてばっかりの私が、少しでも恩を返せるのは今だけですから」

 

 そう言うシスティーナの表情に自虐の色はない。自分の出来ることをするという強い意思を感じる真っ直ぐな目に、春虎の方が折れた。

 

『わかった、けど無茶はするなよ。おれはちょっと用事を果たしてくるから』

「はい、ここで待ってます。……あ、そうだ」

 

 窓から『鴉羽』が飛び立とうとするのを呼び止めると、

 

「私のことはシスティーナって呼んでください」

 

 そう言って微笑んだ。

『鴉羽』は頷いて飛んで行った。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 鼻につく薬品の臭いでグレンは目を覚ました。

 重い身体を起こすと何かが肌にくっついていることに気づく。試しに剥がしてみると、よくわからない文字が書かれた紙だった。

 

「──あー、そうだ。たしかあの魔術師と殺しあって……」

 

 ぼんやりしていた頭が徐々に覚醒し、気を失うまでの出来事を思い出す。

 辺りを見渡すと白を基調とした部屋。自身の身体に包帯が巻かれていることや、ベッドで眠っていたことから考えると、どうやら自分は医務室にいるらしい。

 

「あの鳥にここまで運んだり、包帯が巻けるとは思えねぇな……。助かったよ、白猫」

 

 疲労でベッドにもたれ掛かって眠る少女に、起こさないように静かに礼を言う。

 ベッドから降りて立ち上がると、身体に痛みはほとんどなく、出血も治まっていた。眠ったことで魔力も多少は回復している。

 

「さてと、後はルミアを助けるだけだな……」

 

 身体の調子を確認していると、ポケットの中の宝石が再び鳴った。

 

 

 

 

「マジか……」

 

 セリカとの会話から、相手のシナリオが浮かんできた。

 先の会話からわかったことは今の時刻、そして学院を覆う結界は内部から外に出れない仕様になっていること。

 これらの事実と不可解な点を組み合わせると、見えてくるものがある。

 

 問1.結界で外に出ることは出来ない。ならば相手はどうやって逃げる?

 ──解.そんな結界を作れる者なら、転送法陣の書き換えも可能。転移法陣を用いて逃走する。

 

 問2.敵は何故、治療中のグレンを襲ってこなかった?

 ──解.転送法陣の座標の書き換えをしていたから。

 

 問3.あのセリカ=アルフォネアでも音をあげる高度な結界、いつ、誰が作った?

 ──解.昨日の夜、無人の校舎に忍び込み学院の結界を改変した。故に犯人の候補は学院の内部の者。

 

 そこまで考えて、グレンは一度思考を止める。

 さすがに具体的な犯人まではわからない。

 しかし、あながち自分の考えも間違いではないだろう。

 

「たしか転送法陣があった場所は……」

『案内しようか?』

「うおぉっ!?」

 

 医務室から出ようとすると、突然声をかけられて驚きの声を上げる。振り返ると窓のサッシに大きな鴉が止まっていた。

 

「あのさ、音もなく背後に現れるのやめてくんない?つーかお前、何しに行くかわかってんのかよ」

『テロリストと人質のいるところに連れていけばいいんだろう?ちょっと走ればすぐ着くぞ』

 

『鴉羽』が嘴で指す方向には大きな白亜の塔がある。

 グレンはひとつため息をつくと、医務室を飛び出した。

 

 校内の敷地を走るグレンと、少し前方を飛行する『鴉羽』。

 この際だからと、グレンは気になっていたことについて質問していく。

 

「そういやその鴉、コートにならなかったか?」

『すごいだろ。「鴉羽」っていってさ、おれの自信作』

「すっげぇ便利だった。それ頂戴」

『やらねぇよ、おれの生命線なんだぞ』

「えー、あんだけ俺に働かせてそういうこと言うかぁ普通」

『結構手伝ったよな?いっぱいフォローした筈だよな?』

「人が寝ているときに、なんかよくわかんない紙いっぱい貼り付けやがって」

『……あれ治癒符って言って、怪我の治療に使ったんだけどなぁ』

「ふーん。じゃあ代わりにそれよこせ、湿布みたいで便利そう」

『湿布って、じじ臭いこと言いやがって……。魔術師には使えないよ』

「教師って立ち仕事だから腰にくるんだよ。あー働きたくねぇ。……え、魔術師じゃないのお前?」

 

 ──途中から完全に雑談になっていたが。

 

 そんなくだらないことしゃべりながら走っていると、だんだんと目標の転送搭が見えてきた。

 だが、グレンはそれ以上に気になるものを目にする。

 

「なんだこりゃ……」

 

 塔へと続く並木道には、塔を警護するゴーレムが無数に存在する。

 普段は周辺の石やレンガと同化しているはずだが、緊急時にはそれらが集まり無骨な巨人の姿をとるのだ。

 それらのゴーレムがグレンの目の前にあった。

 ──徹底的に破壊された状態で。

 

「そういやお前、自分の痕跡を残さないために学院のセキュリティを破壊するって言ってたよな」

『そうだな』

「……もしかしなくても、お前がやった?」

『敵にシステム掌握されていたらしくて、近くまで来たらいきなり襲いかかってきてさ。そっちが眠っている間にちょいちょいっ、と』

 

 ゴーレム達はすでに春虎が一掃していた。はじめて明確に仕事しているところが見えた気がする。

 

「なんか砂の塊があったり、真っ二つに焦げてたり、体からでっかい木が生えてたりしてるけど」

『木剋土だからな』

「もっ……、何それ?」

『風は石を風化させ、雷は岩を穿ち、植物は生育の為に大地を贄にするってこと』

「言ってる意味はわからねぇけど、何をやったかはだいたいわかった」

 

 こいつらは3分もあれば片が付くと、春虎は事もなげに言う。

 相手の力量の高さが伺えるが、魔術の才能に乏しいグレンはその発言に少しイラっとした。

 

「セキュリティの破壊って終わってんのか?だったらこっちに顔出せよ」

『あー、それな。もうこのまま顔出さなくてもいいかなって』

「ハァ?名前言えずに拗ねてた奴が何言ってんだ」

『致命的にタイミング逃したからもういいよ。自己紹介はまた今度するし。……着いたぞ』

 

 階段を駆け上がりながらグダグダしゃべっていても、目的地に着けば纏う雰囲気が変わる。

 最上階の大広間へ続く扉を、グレンは蹴り開けた。

 

 その先には、薄暗い広間の中心で座り込む少女が一人。

 

「……ルミア? そこに居るの、ルミアか!」

「先生……!? その声、グレン先生なんですか!?」

 

 そこに居たのはルミアだった。

 暗闇の中で無事を喜ぶ声が聞こえる。

 グレンも自分の生徒の無事な姿を見たことで安堵のため息をつく。

 しかし、そんな時間も長くは続かない。

 

『まずはもう一人をどうにかした方がいいんじゃないか』

「まさか、招いた覚えのない方が鳥とは思いませんでした」

 

 春虎の声と共に、最後の一人が姿を見せる。

 

「お願いします!こんなことはもうやめてください、ヒューイ先生!」

「……可能性には入れていたが、そういうことかよ。行方不明になったって聞いちゃいたが、そういう理由があったのか」

「ええ、そういうことです。そして今さらですが、初めまして。僕の後任のグレン=レーダス先生」

 

 端正な顔立ちをした青年、ヒューイ=ルイセンが優雅に挨拶した。

 それと同時に、グレンが懐から愚者のアルカナを取り出し、起動する。

 

『ちょっ、おま……』

「【愚者の世界】起動、これでお前は魔術が使えない。勝ったな」

 

 ──春虎の制止に気づかずに。

 

「いいえ、僕の勝ちです」

『ばかああぁぁぁ!!』

 

 ヒューイの勝利宣言と同時に、『鴉羽』が勝ち誇るグレンの顔に向かって襲い掛かった。

 

『なんで!なんでそれ使った!?そこに魔法陣あるだろうが!!』

「暗くて見えねぇんだよ!つーかなんの問題があんだよ!?」

『大有りだバカ!よく視てみろ!』

 

 グレンは顔に張り付く『鴉羽』をひっぺがすと、暗闇に慣れてきた目で床に描かれているものを見る。

 そこには、ルミアを中心に描かれた大型の魔法陣と、ヒューイを中心にした小型の魔法陣、その二つが線型魔法陣によって繋がれていた。

 そして最悪なことに、それらの魔法陣はすでに起動している。

 ヒューイの方の魔法陣を見てグレンは思わず叫んだ。

 

「白魔儀【サクリファイス】──換魂の儀式だと!?」

『ロクなもんじゃなさそうな名称だな……。いいか!お前の【愚者の世界】の欠点は二つ!自分も魔術を使えないのと、一度使えば途中でキャンセル出来ないことだ!使う前にもっと周りをよく視ろバカ!』

「がああぁぁ!!ンなことわかってんだよ!あーあ!後ろから指図するだけの奴は楽でいいよなっ!!」

「貴方達の口論は聞いてて面白いのですが、ルミアさんを助けたいなら僕の話を聞くことをお薦めしますよ」

 

 言い争いをするグレンたちの間にヒューイが入ってくる。グレンと『鴉羽』は口を閉じ目を合わせると、ヒューイに視線を向ける。

 注目が自身に集まっていることを確認すると、ヒューイは変らぬ笑みを浮かべたまま話し始めた。

 

「僕だってこのゲームが成立するとは思っていなかったんです。せっかくですからグレン先生、貴方にも全力を尽くしてもらいたい」

「テメエは……。いや、今はいい。言いたいことがあるならさっさと言え」

 

 そこから先のヒューイが語ったことを要約すると、ルミアの方の方陣とヒューイの方の方陣は連結しており、ルミアが転送されればヒューイの方も効果を発揮し、彼の魂を喰い潰してできた魔力が学院を吹き飛ばすというものだった。

 その事実を淡々と口にするヒューイに、グレンは戦慄を禁じ得ない。

 

「イカレてやがる。お前らやっぱり、超弩級のイカレ集団だよ……!」

『この手の連中はそんなもんだよ。……流石にここまでのはなかなか見ないけどな』

「否定はしませんよ。さあ、僕の話はここまで。ルミアさんの転送法陣を解呪しなければ、僕の自爆法陣も解けませんよ?」

 

 ヒューイはそう言うが、いまだ【愚者の世界】の効力は続いておりすぐには解呪に取り掛かれない。

 

「おい鴉、二人がかりで解呪するぞ」

『……悪い。神秘の体系が違いすぎておれにはどうこうできない』

「……オイオイ冗談だろぉ!?結界は無理やり侵入出来たのになんでこれは出来ない!?」

『言っただろ!おれはそもそも魔術師じゃないんだよ!』

 

 少なからず頼りにしていた相手からのまさかの発言でグレンは頭を抱える。

 後ろからはルミアが逃げるように叫んでいるが聞こえないふりをする。

 

『妨害工作を試してみる。そっちは任せた!』

「やってやるよチクショウ!」

 

【愚者の世界】の効力が尽きた瞬間、グレンはルミアの方へ、春虎はヒューイの方へと駆け寄った。

 グレンは右の手首を噛み千切り血を転送方陣へ垂らし黒魔【ブラッド・キャタライズ】で触媒化、自身の血で方陣に直接文字を書き込むことで黒魔儀【イレイズ】の準備を、春虎は【サクリファイス】の方陣を呪術的に解釈して、術式の解除を試みる。

 

『クソッたれ!やっぱりダメか……!』

 

 しかし春虎の思うようにはいかない。

 術式の概要は見鬼で視ることができる。だが魔術はルーン言語を用いているもの、その本質は「原初の音(オリジン・メロディ)」という音なのだ。

 アプローチの仕方が呪術とは違う以上、どうしたって解釈にズレが生じる。そのズレをなくすには、今は時間が足りなすぎる。

 

「ずっと気になっていたんですが、貴方は何者で、どうしてここにいるんですか?」

『後でたっぷり教えてやるよ!』

「なるほど、その機会があるといいのですが」

『そっちの講師様がなんとかしてくれるだろうからな!』

「そうですね、すでに第二階層まで解呪しているようです。いいペースですが、果たして彼の魔力はもつでしょうか?」

 

 その言葉と同時に、グレンが喀血した。

 ヒューイの言葉に春虎は内心舌打ちする。

 春虎の見鬼もグレンの様子を捉えている。グレンの肉体はだいぶ回復したが、魔力はほとんど回復していない。このままではマナ欠乏症で倒れるだろう。

 ──だから春虎は、最悪の展開に備えて準備をする。

 ルミアが転送されヒューイが爆発した際に、その被害を最小限に抑えるために。

 

「私の周囲に結界を張った……。その判断は正しいでしょう。ただし、どれだけ効果的かは分かりませんがね」

『さっきからゴチャゴチャうるせんだよ。人のことバカにしてんのか』

 

 人が必死になっているそばでひとり冷静なヒューイの発言に、思わず春虎の語気も荒くなるが、ヒューイは静かに首を振る。

 

「とんでもない。私はただ──、貴方たちが羨ましいのです」

 

 その発言に違和感を春虎は覚えたが、グレンが崩れ落ちたことに気づき飛んで駆け寄る。

 グレンの顔色は非常に悪く、ぐったりとしたまま動かない。

 第三階層まで解呪はされているが、すでにグレンの意識は朦朧としている。

 これ以上の作業はできないだろう。

 

『おい、起きろ!生徒を助けんだろ!』

 

『鴉羽』が翼でグレンの顔を叩くが、反応を示さない。

 だがそれも当然だ。とっくのとうにグレンの体は限界を超えている。

 魔術や治癒符による治療ではどうにもできないところまできている。

 

『こっちが作業している最中に聞こえていたぞ!正義の魔法使いだとか、自分の人生を無価値にはしたくないだとか!よくもまあ、あんだけこっぱずかしいことを大声で言えたもんだ!』

 

 呪術にも、霊体や霊力の修復・回復をする術はある。

 それをグレンに施さないのは、効力が非常に薄いことや副作用の可能性があるからだ。

 魔術師と陰陽師は霊的観点から見て違う生き物だ。

 体内の霊的器官が違いすぎる。魔術師そのものに干渉する呪術の効力が薄いのはそのせいだ。

 相手を壊さないように洗脳状態にすることもままならない。造血の呪術を使っても一時しのぎにしかならない。

 きわめつけに治癒符による治療、あれだけ貼り付けても人の体ひとつ満足に治せない。

 

『だから起きろよ!聞こえてんだろ!?諦めてんじゃねえ!お前にしか救えねぇんだよ!!』

 

 こんなにも自分の無力を呪った日は、あの日以来だ。

 

『なあ、頼むよ……』

 

 それでも、グレンは目を覚まさない。

 現実は、どこまでも残酷だ。

 

「──お願いします。もう少しだけ、グレン先生をこちらに寄せてもらえませんか?」

 

 それでも、そんな現実に足掻く者はいた。

 

『君は……』

「お願いします。もう少しで、腕が届きそうなんです……!」

 

 そう言って、方陣の中からルミアはグレンへ手を伸ばす。

 ルミアの声に自信を感じた春虎は、『鴉羽』の足でグレンの腕を掴み、ルミアの方へと引きずった。

 その手が届くとこまで来ると、ルミアは優しくグレンの手を握る。

 

「グレン先生、貴方のやってきたことで救われた人がいます。貴方の頑張りに応えたいと思う人がいます。それは重くて、身勝手かもしれないけど、貴方に期待している人がいます」

 

 その光景を、春虎は美しいと思った。

 

「だから、今だけもう一度、立ち上がって欲しいんです。その為の力はここにあります」

 

 ルミアの身から光が放たれ、それは少しづつ強くなっていく。

 

「私にはこんなことしかできないけれど……、それでも」

 

 グレンの手をきゅっと強く握り、ルミアは叫ぶ。

 

「受け取ってください。グレン先生!」

 

 眩いばかりの光が、ついに爆発した。

 春虎の見鬼には、ルミアからグレンへと大量の魔力が流れ込んでいくのが視えた。

 この世界には、「異能者」と呼ばれる魔術に依らない特殊な力を持つ者がいる。

 ルミアもその一人で、「感応増幅」と呼ばれる力を保有していた。

 

「……聞こえてるっつーの」

 

 ルミアの手を握り返し、グレンが呟いた。

 

「先生!」

『やっと起きたか!』

「恥ずかしいこと大声で言ってるのはどっちだよ!」

 

 春虎にそう言い返して、すぐさま第四階層の解呪へと取り組んでいるが、それもものの数秒で終わらせる。

 されどカウントダウンはすぐそこまで来ている。

 このままでは間に合わない。

 

「クソ、クソクソクソ!」

 

 悪態をつきながらも、グレンは方陣に血文字を書き込んでいく。

 まもなく起動しようという方陣に指を躍らせ、ふらつきながらも最後の仕上げを完成する。

 

 カウントダウンが3秒を切ったとき、グレンは天に向かって吠えた。

 

「《終えよ天鎖・静寂の基底・理の頸木は此処に解放すべし》──ッ!」

 

 そして、部屋は光に包まれた。

 解呪によって方陣の起動は停止され、ただの模様と成り果てる。

 方陣から解放されたルミアは、真っ先にグレンの下へ駆け寄った。

 ──その光景を、『鴉羽』は遠くから見つめる。

 

「……僕の、負けですか」

 

 そう呟くヒューイの声には、怒りや憎しみの類は感じられない。

 何かを諦めたような、晴れ晴れしたような、不思議な響きだった。

 

「不思議ですね。計画は頓挫し、自身の役割さえ果たせなかったというのに……どこかほっとしている自分がいる」

「なに勝手に満足してるんだ。テメエにはケジメつけてもらうからな」

 

 そんなヒューイの前にグレンは指を鳴らしながら現れた。

 ルミアには遠くに離れてもらっている。

 

「……最後に1つ、聞かせて頂けませんか?」

「ああん?」

「僕は一体、どうすれば良かったのでしょうか?組織の言いなりになって死ぬべきだったのか、それとも組織に逆らって、教師としての道を選んだ上で死ぬべきだったのか。それは今となっても分からないんです」

 

 その言葉に、グレンはひとつため息をついて答える。

 

「知るか、テメエの人生だろ。境遇には同情してやるよ。けどな、周りに流されるだけで何もしなかったお前が悪い、お前の不始末はお前がつけろ」

 

 グレンの発言にヒューイは目を丸くすると、思わず噴き出した。

 

「ああ?なに笑ってんだよ」

「いえ、講師とは思えないほど口が悪いな、と」

「知るか、ほっとけ!」

 

 一通り笑うのに気が済むと、ヒューイは憑き物が落ちたような顔で微笑んだ。

 

「貴方の言う通りだ、ありがとう、グレン先生」

「そうかい、じゃあ歯ぁ食いしばれ!」

 

 グレンは残された体力のすべてを振り絞って、ヒューイの顔面を殴り飛ばす。

 吹き飛んだヒューイは二転三転すると、壁にぶつかって気を失った。

 

「あー、終わり。終了。もう今日は働かねぇ」

 

 吐き出すように言うと、グレンの体は糸が切れたように倒れる。

 遠のいてく意識の中で最後に感じたことは、冷たい床と後頭部に感じる柔らかい感触、額に感じたぬくもり。

 そして──

 

(結局あいつ、何者なんだよ)

 

 最後まで顔を見せなかった協力者への疑問だった。

 

 

 

 

 膝の上で眠るグレンを見て、ルミアは暖かい気持ちで胸がいっぱいになる。

 その勢いに任せて胸の内の想いをありったけぶつけたのだが、今になって恥ずかしくなってくる。

 

「あ。そうだ……」

 

 自分を助けるために来てくれたのはグレンだけではない。鴉の姿をした協力者にも礼をしようと辺りを見回すと、

 

「あ、れ……?」

 

 突然意識が遠のいた。

 ふらつく頭を必死に支えようとするが、すでに平衡感覚がつかめなくなっている。

 彼女が意識を失う直前に耳にしたのは、すまないという声だった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 そして彼は目を覚ました。

 身体を動かそうとすると、自身が椅子に座らされた状態で縛られていることに気づく。

 辺りを見回したが自身の居所の見当もつかない。

 分かるのは自分が窓のない殺風景な部屋に監禁されていること、部屋の中心に自分がいること、天井に吊るされたランタンだけが頼りなことくらいだ。

 こんな目にあってもおかしくないことはしてきた。しかし直前の記憶では、自分は魔術学院の塔でグレンに殴られたはずだ。

 この部屋にはわずかだが生活臭が残っている。騎士団や魔導士団の牢獄の中とは思えない。

 

 突然ガチャ、とドアを開ける音が背後から聞こえた。

 

「よう、目覚めはどうだ?ヒューイ先生」

 

 部屋に入ってきたのは、黒衣を纏った若い男だった。もしかしたら少年とも呼べるかもしれない。

 金髪に異国風の顔立ち、左目を布で覆っている。

 少年は気さくに話しかけるが、纏う雰囲気はあまりに重い。

 

 知らない男、そのはずだ。

 

「本当なら魔術学院で起きたあの事件、首を突っ込むつもりはなかったんだ」

 

 男は正面に来ると紙を空中に放る。次の瞬間紙は木製の椅子となった。魔術とはとても思えない。

 男は現れた椅子に腰を掛けると、射貫くような視線をこちらに向ける。

 

「システィーナ、彼女にはああ言ったが、事件の最中でおれにはアンタを連れてくる理由ができた」

 

 語調はけっして荒くない。しかし、誰にも口を挟ませない気迫が感じられる。

 

「いや~、あの結界や転送方陣には恐れ入ったよ。後者に関してはおれにも未知の領域だ。だから知ってるんじゃないかと思ったんだ」

 

 そこまで言うと、男は顔をこちらに近づけて、

 

()()()()()()()()()、とかね」

 

 静かにそう言った。

 彼が言っていることは理解できた。しかし、私に彼の求めているような知識はない。

 そう言おうとすると男は手で遮る。

 

「ああ、もちろんアンタが知らないかもしれない、なんて可能性は踏まえている。でもそれは気にしなくていい。おれが求めているのはアンタの知識だ。それさえ手に入れば、後はこっちでなんとかする」

 

 そこまで言うと、彼は顔を離して一息つく。

 こちらに向けて放たれる圧が緩んだ気がした。

 

「ついでにさ、アンタには実験台になってもらいたいんだ。どうもおれの術の一部は魔術師に効きが悪くてね。いいだろ?」

 

 そうは言うが、こんな状態でこちらに拒否権はないだろう。

 しかしそれも問題ない。組織の使命を果たせなかった今、私を縛るものはない。

 話すことを許されたようなので、返事をする。

 

「ええ、構いません。しかしいくつか質問に答えてもらってもいいですか?」

「ああ、答えられる範囲なら」

 

 許可をもらったので、いろいろと聞いてみる。

 

「ひとつ、私に使い道がなくなった場合、私をどうするつもりですか?」

「殺しはしないよ。予定ではアンタを騎士団の詰所にでも放り込むかな」

「なるほど。ではふたつ、貴方は学院にいた鴉の使い魔の主で間違いないですか?」

「まあ、そんな感じだな」

 

 聞きたいことは粗方聞けた。しかし彼の方がもういいのかと聞いてくるので、もうひとつ質問することにする。

 

「では最後に、貴方はいったい何者なんですか?」

 

 その質問に、彼は笑って答えた。

 

天の智慧研究会(アンタら)や他の奴等には、『()()()()』なんて呼ばれてるぜ」

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 後にアルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件と呼ばれるようになったこの事件、巻き込まれたグレンたちはその後も事情聴取を受ける羽目になった。

 その中でルミアの正体が三年前に病死したはずのエルミアナ第二王女で、異能者であったために王家から追い出されたなどの真実が明らかになったりもしたが、それ以上に気にかかることがある。

 

 テロリストの一人、ヒューイ=ルイセンが行方不明であることだ。

 

 

 

 グレンとルミアが気を失った後、学院に騎士団が乗り込んできた。

 彼らによってグレンが街中で倒したキャレル=マルドスは捕縛、ジン=ガニス、レイク=フォーエンハイム両名の死体は確認されたのち保護された。

 その後目を覚ましたグレンとルミアの証言から、犯人グループにヒューイ=ルイセンも含まれることが分かったが、二人の言うように転送塔の部屋にはヒューイはいなかった。

 騎士団はおそらく逃亡したと考え、大々的に捜査を行っている。

 

 なお謎の協力者については、グレンたち三人が事前に口裏を合わせたことで存在が表に出ることはなかった。

 学院のセキュリティすべてを破壊してまで存在を隠そうとしたのだ。ルミア救出に協力してもらった借りはこれでチャラということにしておく。

 けっして、「存在をばらしたら記憶を消す」発言に屈したわけではない。

 

 数日後、学院は平穏を取り戻し経営を再開。授業も通常通りに行われた。

 事件に巻き込まれた生徒たちも、一人も欠けることなく出席した。

 曰く、「魔術の恐怖を知ることで正しい在り方を学ばなければならないと思った」そうだ。たくましいことこの上ない。

 

 ちなみに変わったこともある。グレンの役職から非常勤という単語が抜けたのだ。

 これを生徒たちに伝えるとえらい喜ばれた。

 セリカはグレンの心境の変化に驚いていたが、グレンだってヒューイを見て思うところはあったのだ。

 過去に囚われて流されたままでいるよりも、新しいことに目を向けた方がずっといい。

 要するに、見たくなったのだ。

 自分にはできなかったことを、生徒たちが実現する瞬間を。

 

 余談だがある日、システィーナとルミアの二人が新聞を持ってきたことがあった。

 今から一ヶ月程前の新聞の一面を二人は興奮気味に指さしており、何事かと思って読んでみると、見出しにはこう書かれてあった。

《謎多き『レイヴン』、外道魔術師を再び討伐》

 なんとも怪しげな見出しだが、記事の内容を見るとどうやら本当のことらしい。

 二人はこのレイヴンが協力してくれたのではないかと言いたいようだ。

 グレンはその場では否定してみたものの、ありえそうな話だと思ってしまった。

 

 そんな騒がしくも平和な日々が、しばらく続いたのだ。

 

 

 

 それは、突然の出来事だった。

 

 授業が早く終わったグレンは、ひとり南地区を歩いていた。

 特にやることもなく、暇つぶしにブラックマーケット街にでも寄ろうと考えていると、

 

「……ッ!人払いだと!?」

 

 歩いていた道から急に人気がなくなっていく。

 似たようなことが最近にも起きている。グレンの行動は速かった。

 すぐさま愚者のアルカナを懐から取り出し、いつでも起動できるように構える。

 

「オイ、いるんだろ!とっとと出てきやがれ!」

 

 姿を見せない相手に吠えるグレン。

 頬に汗が流れても、それを拭う隙さえ見せられない。

 

 すると、背後に気配を感じた。

 振り向きざまに魔術を放とうと左の掌を向ける。

 

「……ハァ?」

 

 そんな間抜けな声が口から出た。

 思わず目をこすって二度見してしまう。

 

 石畳の上には、3本足の鴉がいた。

 金色の瞳が、グレンを見つめている。

 

「あ、ちょっ、待て!」

 

 グレンの頭上を越えて飛んでいく鴉を追いかけていく。

 以前も飛んでいる姿を見たが、あの時に比べてずいぶんゆっくりとしている。

 誘導されている、そんなことはわかっていた。

 

 狭く細い道を辿り、ついに鴉は地上に降り立った。

 後を追って道なりに沿って行くと、急に道幅が広い場所に出る。その先は行き止まりになっていて、そこに小さな屋台があった。

 いや、屋台といえるほど立派なものではない。古びた机に椅子が二つ向かい合わせに並んでいる。

 片方は空席だが、もう片方には占い師のようなローブを着た人がいた。

 頭にフードをかけているせいで顔は見えない。

 その肩にはここまでグレンを連れてきた鴉が止まっていて、鳴きもせずにこちらを窺っている。

 

「よう、占ってみるかい?」

 

 そう声をかけられた。

 その声をグレンは知らない。

 でも、彼が何者かは確信している。

 

「抜け目ねえな。使い魔からの声も若干加工してたのか」

「そりゃあそうさ。声を聞かれてバレました、なんてダサいだろ?」

 

 なにがおかしいのか相手は震えるように笑っている。

 姿を現したということは、会話をする気があるということだろう。ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 

「あの事件の後、ヒューイが姿を消したんだが、あれはお前がやったのか?」

「ああ、こっちで連れ帰ったよ。今は一緒じゃないけどな」

「あいつはどこにいる?」

「さっき騎士団の本部に放り込んどいた。ちゃんと生きてるよ」

 

 なんとなく、安心した。

 どれほどの罰を背負うかは知らないが、これで彼も自分の人生を生きていけるだろう。

 

「優しいんだな」

「バカ、疑問が解けてすっきりしただけだ」

 

 相手のからかうような反応に悪態をつくことで返す。

 さて、もう一つの疑問を解消するときだ。

 

「ほらよ、待ちに待った自己紹介の時間だぜ?」

 

 その言葉に笑みを浮かべたのを、フードで顔が見えなくてもグレンにはわかった。

 

 相手は立ち上がると、勢いよくローブを脱ぎ捨てる。

 ローブでグレンの視界から相手の姿が隠された。

 しかしそれも一瞬のこと、すぐに晴れた視界には鴉の姿はなく、代わりにグレンも一度袖を通したことのある黒い外衣を纏った、金髪隻眼の若い男が立っていた。

 

「改めまして、おれは陰陽師、土御門 春虎。いまはお尋ね者兼占い師をやっている」

「グレン=レーダス、魔術講師だ」

 

 二人は不敵に笑いあう。

 

「つーかお前、どっちが名前だよ」

「お、そうか。春虎って呼んでくれ。そっちが名前だ」

「あとお尋ね者って言ってたけど、もしかして『レイヴン』ってお前のこと?」

「……ふーん、そこまで調べたのか。そんな風に呼ばれてるな」

「そりゃそんな真っ黒の格好してりゃあ、『闇鴉(レイヴン)』なんて呼ばれるわな」

 

 和やかに話していると、グレンはとある事実に気づく。

 

「……ん、まてよ?こいつを騎士団に突き出せば、もしかして賞金が手に入る?」

「おいおい、同じ修羅場をくぐり抜けた仲だろ。そんなひどいこと言うなよ」

「しょうがねえだろ、こちとら万年金欠なんだ。だいたい、お前が犯罪なんかしなきゃけりゃよかったんだ」

「そうは言ってもなぁ。表でも裏でも追われてる身だし」

「外道魔術師を撃破しまくってるんだって?感謝されることはあっても、なんで騎士の連中にまで追われてんだよ」

 

 グレンの言葉に春虎は気まずげな顔をして、机の下から大量の紙の束を取り出し、机の上に置く。

 

「読んでみろよ、理由なんてすぐわかるから」

 

 グレンは適当なものを一枚手に取ると、ざっくりと目を通す。

 その表情は、すぐに険しいものになった。

 

「なあ、テメエの持ってるそれが、どういうものかわかってんのか」

 

 グレンの持つそれも含め、机の上に置かれた紙の束ひとつひとつが、外道魔術師たちが行ってきた実験をまとめたものだった。

 その凄惨な内容に、紙を握る手に思わず力が入る。

 

「それは全部、おれが潰してきた連中から奪ったものだ。騎士や魔導士団はこれを追っかけてるのさ」

「どうして!どうしてこんなクソみてえなモン集めてやがる!?」

 

 手に持った紙を地面に叩き付けてグレンは怒鳴る。

 それでも春虎は気圧されず、冷静に話しかける。

 

「必要になるかもしれないと、そう思ったんだよ」

「必要?このイカレた実験が必要になるとでも!?テメエ本当に読んだのか?一言一句理解できるようにおれの口から聞かせてやろうか!?」

「ああ、そうしてくれると助かる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……は?文字が読め、いや待て、こっちの世界だと……?」

 

 やっと本題に入れる、そう言った春虎の顔はふざけているようには見えない。

 

「いいか、おれはこことは()()()()()()()()。天の智慧研究会の連中に召喚されたんだ」

「……いや待て、お前さっき陰陽師って言ったよな。だったら日の輪の国の生まれの筈だろう!?」

「悪いがおれは日本出身だ。おれの世界にも陰陽師はいるんだよ。先に進めるぞ」

 

 それから春虎は、今までの経緯を詳しく語り始めた。

 自分が『レイヴン』として活動していた理由、フェジテに来たわけ、システィーナやルミアとの出会い、学院への潜入など、全部話した。

 それはもう、事細かく丁寧に全部話した。

 その結果、話が終わるころには日が沈みかけ、グレンは一通り納得したが、情報量の多さのあまり椅子に沈み込んでいる。

 

「いいか、要するにだ。おれは元の世界に帰るための情報が欲しい。そのために天の智慧研究会と戦っているというわけだ」

「……はい」

 

 グレンの返事には一切覇気がない。

 そんなグレンの様子を見て春虎はため息をついた。

 

「頼むぞグレン、アンタにはおれが帰るために協力してもらうんだから」

「……待て、何がどうしてそうなった」

 

 突然の春虎の発言にグレンが復活する。それを呆れたものを見る目で見る春虎。

 

「さっきも言ったろ?ルミアを守るのに協力するから、おれの目的にも協力しろって」

 

 必死に記憶をたどると、確かにそんなことを言った気がする。

 ルミアを守ることで天の智慧研究会に接触しやすくなるからと言っていた。

 その時グレンも、ルミアを守る手はいくらあっても困らないと考えていたのだ。

 

「協力するとは言ったけど、具体的に俺は何をすりゃあいいんだ?」

「いい質問だ。グレン、これはお前にしかできない」

 

 そう言った春虎の表情はとても真剣で、グレンもつられて背筋を伸ばす。

 そして春虎はこう言った。

 

「グレン、家庭教師としておれに()()()()()()()()

「……はぁ?」

 

 グレンは今日一番の間抜け面をさらした。

 

 




これにて原作一巻終了でーす。
今後も書いていくつもりですが、就活やら勉強やらで忙しいので今以上の亀更新になります。
本当に申し訳ない。

人物紹介は近い内に入れたいと思ってます。


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原作・人物紹介(ネタバレ注意)

原作知らない人はネタバレ注意、がっつり入ってます。
私個人の考察や感想も多分に含まれているのでその点はご容赦を。


 原作紹介

 内容は実際に読んでもらうか調べてもらえば分かって頂けると思うので、ここでは個人の感想を含んだざっくりとした紹介をしようと思います。

 

 ・東京レイヴンズ

「呪術」「幼馴染」「オッサン」で構成された作品。

 幼馴染ヒロインがいかに魅力的かがふんだんに詰め込まれている。

 登場人物で女性キャラの2倍以上オッサンキャラがいる。しかも全員キャラが濃く強い。ついでにあざとい。

 呪術が非常に作り込まれている。

 短編のキャラ崩壊が激しい。お前のことだぞメインヒロイン。

 スロースターター。東京レイヴンズは6巻から始まる。

 一度アニメを見てくれ。OPめちゃくちゃかっけえから。後一話目からアニオリでとんでもないモンぶちこみやがった。

 17巻早く出せ。

 

 

 ・ロクでなし魔術講師と禁忌教典

 王道展開を上手く外してきている王道ファンタジー。

 発言の内容はそれなりにロクでもないけど、割と常識人ですよねグレンさん。

 切り札の欠陥をブラフとしても使えるのっていいよね。

 ヒロイン勢は可愛いけど男どもと話してたり馬鹿してる方が面白い。

 短編はざっくりいうとこち亀。

 お前が出ると話が終わるキャラ「セリカ」「オーウェル」

 敵サイドのキャラにもう少しだけでいいから魅力をください……。

 

 

 魔術戦と呪術戦の違い

 

 ・魔術戦

 基本的には呪文を詠唱して魔術を起動。なので相手もよほど実力差がなければ防ぐなり避けるなり対処が可能。

 ひとつの詠唱でひとつの魔術が普通。時間差起動(ディレイ・ブート)だの二反響唱(ダブル・キャスト)だのは実戦で無理にするものではない。

 魔術をバカスカ撃っていると、マナ・バイオリズムが乱れて魔術が一時的に使えなくなる。

 遠距離の攻撃手段の方が殺傷能力が高いが、魔闘術などの近接攻撃手段もある。

 手数を増やして相手が対処出来なくなれば勝利。いってしまえばリズムゲーム。

 

 ・呪術戦

 魔術師と違い見鬼がある。よって相手が放とうとする術式が先読みできる。これが厄介。

 呪符なり手印なり詠唱なりと攻撃手段はさまざま。一度の攻撃でいくつもの術式を仕込み、起動することが出来る。

 近接攻撃とかまずありえない。たいていの陰陽師は護法式を持つので相手を近づけさせない。

 その本質は騙しあい。いってしまえば一度に複数の曲を流して当てるイントロゲーム。

 

「呪術の神髄が何だかご存じだろうか?」

「答えは、『嘘』です」

 

 

 

 人物紹介

 

 

 土御門 春虎/土御門 夜光

 

 本作主人公その1にして、17巻が出ていない方の主人公。陰陽師。

 純日本人だけど金髪、もみあげの毛先辺りは黒い。左目はバッサリ切られていて、傷を隠すため布で覆っている。

 今世はだいたい18才、前世は享年26歳。

 16歳の夏、事件に巻き込まれ陰陽師の道を歩み始める。

 その一年後、幼馴染の夏目の死をきっかけに夜光として覚醒、テロリストとして追われる。

 そこからさらに一年と八ヶ月後、「天曺地府祭」による新皇『平将門』の神降ろしの阻止と、夏目の完全復活のために東京に姿を現し、最終決戦を行う。

 詳しく知りたい方はぜひ原作を読んで。本当に面白いから。

 

 田舎生まれ田舎育ち。

 性格は陽気で人懐っこい。一度感想欄で春虎について語っているので、どういった人間かはそっちを見た方が早いかも。

 夜光がやったことを考えれば、作中屈指の狂人かもしれない。

 陰陽師としての腕前は超一流。カタログスペックだけなら原作でも最強格。それでもいまいち活躍できてないのはハンデがいっぱいあったから。

 本来の護法式は飛車丸と角行鬼。一人は消失し一人負傷のため、今は北斗を護法にしている。

 

 目的のひとつだった夏目の完全復活を成し遂げ、再会を喜んでいたら異世界に召喚された。

 召喚した連中をボコって帰る方法を聞いてみたら、わからないと返されぶちギレ、死なない程度に燃やして捨てた。

 犯罪者『闇鴉(レイヴン)』として帝国から追われているがそんなの慣れっこ。現在は占い師をしながら東京に帰るために魔術についてお勉強中。

 最近ちょうどよさそうな家庭教師候補を見つけた。

 

<余談>

 春虎の占い師の仕事は、EX2巻に出てくる塾生時代の大友と木暮がやっていたバイトがモデルです。

 

 仮にも春虎は『Dクラッカーズ』を書いてたあざの先生の作品の主人公。当然、春虎のヒロインは幼馴染でなければいけません。

 よって本作で春虎が女性にフラグを建てることはなし!そういうのはグレン先生の役目です。

 

 

 

 北斗

 

 土御門本家に代々伝わる竜の式神。本物の竜であり作中有数の力を持つ式神。女の子の方じゃないよ。

 性格は無邪気で子供っぽい。もっと言えば暴れん坊で我儘。

 夏目の護法式だったが、今は春虎を主人にしている。ある意味で元の鞘に収まったともいえる。

 こっちの世界に興味津々だが、表に出すと目立つので活躍の場がない。怪獣大決戦はまだ先なんだ……。すまぬ……。

 ドラゴンとは似て非なる存在。

 

 

 

 鴉羽織

 

 鴉羽とも言われる土御門夜光が作ったとされる呪具にて式神。

 陰陽道における太陽の象徴、3本足に黄金色の目をした八咫烏の姿をしている。

 自らの意思を持ち、状況に応じた呪術を放つだけの知性がある。

 防具としての機能もありえないくらい優秀だが、本来の使い方も作られた理由もぶっ飛んでいる。こいつ作った奴マジで頭おかしいよ。

 普段は鴉の姿で鳥籠に入っていて、戦闘になると春虎の防具としてサポートする。

 なお本作において初の活躍の場はグレンの防具だった。

 

<余談>

 本作では鴉羽は、春虎以外の人間も春虎の許可が出た場合のみ着用することが出来るという、独自の設定があります。

 しかし着用したとしても、本来の性能を発揮することは出来ません。せいぜいオートガードと羽の射出くらいです。

 

 

 

 雪風

 

 土御門家に仕える白馬の式神。人造式。

 空を駆けることができるが、鴉羽の登場で春虎が使うことはまずない。主に運搬用。

 話が続けば「グレンの白馬の王子様(笑)計画」を原作7巻でやるつもり。

 

 

 

 グレン=レーダス

 

 本作主人公その2にして、最近17巻が出た方の主人公。魔術師。

 黒髪黒眼で長身痩躯の青年。19歳。

 人体実験の被験者だったり、帝国宮廷魔導師団特務分室で暗殺しまくったり、心の支えだった人を失ったりとなかなか重たい過去をもっている人。

 

 性格はロクでなし。人の好意を素直に受け取れない恥ずかしい奴。でもツッコミに回る辺り根は常識人。

「理想」と「現実」のズレに耐え切れず、心が一度折れてしまった。

 そのため魔術が嫌いだが、未だ「正義の魔法使い」の夢を完全には捨てきれずにいる。

 魔術師としては三流もいいとこ、戦闘の才はピカイチ。でもそれ以上に周りや敵が化け物すぎていつも死にかけている。

 “100回中99回負ける戦いでも、残り1回の勝利を一番最初に引き当てる男”の名は伊達じゃない。

 

 現在は魔術講師として働いていて、授業の質やその人柄から生徒に慕われている。

 本編や過去編も合わせていろんな女にフラグを建てている一級建築士。男子生徒から嫉妬の攻撃をよく食らっている。

 最近複雑な事情をもったヤベー奴に家庭教師のバイトに誘われた。

 

<余談>

 せっかく教師が主人公の作品なんだから絶対に魔術を教えさせるべきでしょ!ってなったキャラ。

 これからはちょくちょく「グレン先生の魔術講座」シリーズをやっていくつもり。春虎verもあるよ!

 

 ただ原作主人公だから本作のメインに据えたわけではありません。

 グレンにはこの物語の幕引きをしてもらうつもりです。

 

 

 

 システィーナ=フィーベル

 

 アルザーノ帝国魔術学院2年次生2組所属、グレンのヒロインその1。

 銀髪の美少女。15~16歳。貧乳。

 愛称はシスティ。もしくは白猫。

 魔導考古学者を目指す魔術ヲタク。

 

 生真面目な性格。気が強く口うるさいこともあり男子からの人気はあまりない。

 大貴族・フィーベル家の令嬢ということもありお金持ち。でもお小遣い制。

 夢は祖父が叶えられなかった「メルガリウスの天空城」の謎を解くこと。

 魔術師としての才能は最高レベル。精神面の弱さが見えるので今後の成長に期待。

 

 占い師としての春虎と出会っている数少ない人物。しかし自分を助けてくれた人物が誰かは分かっていない。

 春虎との対話により「神秘を探求する者」としての心の側面が刺激された。それによって精神面の成長が早まり、原作より少し早めにグレンのことを意識している。なお、まだ恋ではないと思っている模様。

 もしこのまま話が進んでいけば、グレンやイヴからは魔術戦の手ほどきを、春虎からは「神秘を探究する者」としての在り方を教わることになるかもしれない。

 実はグレンとの和解が済んだ後、春虎にお礼を言いに会いに行ったことがあるのだが、あの時以来一度も会えていない。

 

<余談>

 このままいけば、グレンを気になる男性として、春虎を頼りになる大人として接することになります。

 そうなったらやっぱり春虎に恋愛相談とかさせたいですね。

 例えばグレンにデリカシーのないことを言われて傷ついたシスティーナが、

「春虎さん、やっぱり……、やっぱり男の人って、胸の大きい女の子の方がいいんですか!?」

 という質問を春虎にして、

「大丈夫、そんなことないって。だっておれの好きな子なんて君より胸がないんだもん」

 というなんのフォローにもなってない返しをされ「コイツも先生と同じか」と幻滅する話とか書きたい。

 

 

 

 ルミア=ティンジェル

 

 アルザーノ帝国魔術学院2年次生2組所属、グレンのヒロインその2。

 金髪の美少女。15~16歳。スタイル抜群。

 異能「感応増幅」を所有。なおその本質は……。

 天の智慧研究会に狙われている。

 

 本来の素性はアルザーノ帝国第二王女・エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ。いろいろあって王家から廃棄された。

 3年前にフィーベル家にやって来て誘拐事件に遭うものの、特務分室時代のグレンにより救出。それ以来グレンを慕っている。

 優しく素直な性格でスタイルも抜群。そりゃあモテますよ。

 法医呪文を中心とする白魔術と座学は優秀。暗殺者に身を脅かされた経緯からいつ死んでもいいような心構えを常にしているため、精神力が非常に強い。

 

 システィーナと同じで占い師としての春虎と出会っている数少ない人物。しかし自分を助けてくれた人物が誰かは分かっていない。

 精神力の強さから、この作品で最も陰陽師の適性がある人物。

 グレンと一緒に自分を助けてくれたのがレイヴンかもしれないと一番最初に思い当たった。

 

<余談>

 春虎との絡みがあまりないので語ることが少ない人物。今後の活躍に期待。

 

 春虎が東京に帰るためには彼女の協力が不可欠。

 

 

 

 セリカ=アルフォネア

 

 一切の絡みがない人。そもそも本作で一度もしゃべってない。

 しかし原作最強は伊達じゃない。実際に戦えば春虎でも3割取れるか怪しい。

 グレンが家庭教師をすれば、家に帰ってくるのが遅いことに間違いなく拗ねる人物。

 

 

 

 アルベルト=フレイザー

 

 ちょっとしかしゃべってない人。帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー17《星》グレンの女房役を務めていた。

闇鴉(レイヴン)』の痕跡を発見したりしている人。まだ遭遇したことがない。

闇鴉(レイヴン)』のやっていることを見てどこかの愚者を思い出したりするが、それはそれとして犯罪者は許さない。

 戦闘スタイルが春虎に似ている。この人もなかなか陰陽師適性が高い。

 

 

 

 レイク=フォーエンハイム

 

 気づけば原作よりしゃべっていた人。天の智慧研究会第二団「地位」(アデプタス・オーダー)

竜化の呪い(ドラゴナイズド)』なんて素晴らしいものがあったのに使う機会に恵まれなかった。だいたいグレンが悪い。

 本来の竜気とは少し違うが、春虎が研究する前に死亡。武人みたいな最期を遂げた。

 

 

 

 ジン=ガニス

 

 原作と特に変わらない最期を迎えた。

 

 

 

 ヒューイ=ルイセン

 

 グレンとの対話で若干救われた人。

 空間魔術に関しては天才的。神秘の体系の違いもあるが、春虎が転移法陣の解呪に関して匙を投げるくらいには天才。

 原作とは違い春虎に拉致されて、空間魔術の知識を教えたり呪術の人体実験の被験者になった。本人はそこまで苦痛には感じてない。

 一ヶ月後には解放され、騎士団の本部に投げ込まれ捕縛された。

 

 

 

 春虎を召喚した人々

 

 天の智慧研究会の下っ端からそこそこの実力者が集まっている。召喚後は春虎に一掃され、のちに騎士団に捕縛された。

 第二団「地位」(アデプタス・オーダー)第一団「門」(ポータルス・オーダー)の総勢30名くらいで構成されている。

 たった50人程度の魔力で異世界から春虎を召喚してしまった。間違いなく有能な連中。

 

 

 

 

 

<おまけ>

 

 土御門 夏目

 

 唯一にして絶対の春虎のヒロイン。春虎の幼馴染にして主。

 幼馴染ヒロインって二つのパターンがあると思うんです。

 1つは小さいころからずっと一緒に過ごしてきて今に至るタイプ。もう1つは途中で疎遠になり、時間が経った後で再会するタイプ。

 夏目の場合?両方です。ファースト?セカンド?こいつはパーフェクト幼馴染だ。

 生真面目で凛とした美少女。長い黒髪には思い出のピンクのリボンを結んでいる。中身はかなり子供っぽい。春虎のことが大好き。ずっとずっと大好き。

 天才と呼ばれるくらいの実力がある。本番に弱い性格だったが、最近では実戦でもまれてメンタルもタフになった。

 天才・清楚・優等生・ツンデレ・テンパリ暴走・人見知り・ヘタレ・泣き虫・無邪気・天然・一途・ヤンデレ・ペロリスト・無自覚変態・ストーカー・巫女服・黒髪ロング・男装・貧乳・ボクっ娘・ゾンビ・ご主人様系幼馴染ヒロイン。属性が多すぎて渋滞してる!

 春虎のヒロインレースはあまりにも出来レースだった。

 一言でまとめると残念。ホントに残念な子……。

 

 残念エピソードを一部挙げると、

 ・疎遠になった春虎に会いに、当時の春虎の好みのアイドルをモデルにして作った簡易式で別人として会いに行く。

 ・春虎のデートを襲撃、妨害。「式神は主のもの、春虎に人権はない」宣言をぶちかます。(その後春虎のデート相手と修羅場になるも即完敗、夏目さん涙目)

 ・猫になり春虎に全身をなでられる。どこぞの白猫とは違い自主的に。

 などなどetc……。こいつだけキャラが強すぎる。

 

 そんな残念さが目立つ少女だが、仲間内ですべての秘密を打ち明けた後に、暴走した春虎を救うために命を投げ打った。

 二部は、春虎の手で蘇った少女が春虎を追って再び東京で戦うことになる。

 

 前世は飛車丸(土御門混)、土御門夜光の式神にして幼馴染。互いに想い合っていた仲。

 彼女が夜光を待つために肉体を捨てた時、彼女の魂が二つに分かれ片方が転生し夏目になった。

 前世でも幼馴染だと……!

 

 

 

 東京レイヴンズのもう一人の主人公。

 彼さえいればいいと思っていた少女が、手を引かれる形で世界を知り、大切な友人たちを作り、愛する人の下に還る物語。

 




書いてて思ったけど、夏目から残念度を60%くらい引いたらシスティーナになりそう。


しばらく勉強に集中するので更新お休みします。楽しみにしてくれている方には申し訳ありませんが、ちゃんとネタは仕上げとくので気長にお待ちください。


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出張!グレン先生の魔術講座(基礎編)

お久しぶりでぇす!投稿遅れてマジすんませんでした!
緊急事態宣言の中、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
私は就活が難航しており頭を抱える日々でございます。

拙い文ではございますが、どうぞご査収ください。


「あー、あちぃ……」

 

 晴れた休日の昼下がり、学院も休みだというのにも関わらずグレンは用事のために東地区まで足を運んでいた。

 手にはとある住所が殴り書きされたメモを持ち、気だるげに街中を歩いている。

 目的の場所はグレンが居候しているセリカの家からけっして遠くない。しかしこれからすることを考えると、めんどくさがりなグレンの足が重くなるのも無理はない。

 しかしそうこうしているうちに目的の場所にたどり着いてしまった。

 

「……マジかよ、デカくね?」

 

 グレンの目の前にはデザインは若干古いが立派な邸宅があった。セリカの豪邸と比べても勝るとも劣らないほどのだ。

 グレンには不動産や建築物の知識は無いが、屋敷の規模や立地から察するにイイお値段がするだろう。

 

 恐る恐る敷地に足を踏み入れるとほんのわずかだが空気が変わった。どうやら敷地に沿って結界を張っているらしい。自身の領分に誰かが入ったことに屋敷の主も気づいただろう。

 とはいえグレンは招かれた側、このまま入り口でウロウロしているわけにもいくまい。少々距離のある玄関まで歩いていき、扉に付いたドアノッカーを叩こうと手を伸ばすと、ギィィと軋んだ音を立てて勝手に扉が開く。

 招かれているのだろうと考えたグレンは「お邪魔しまーす」と間延びした声をかけて屋敷へと入った。

 しかし、

 

「うおおおぉぉ!?」

 

 屋敷の中を見て驚きの声をあげ、思わず臨戦態勢になる。

 それもそのはずだろう。屋敷の中を黒い人型のシルエットたちが駆けまわっているのだから。

 人型たちはそれぞれ別の仕事をしており、掃除やゴミ捨てをするものや荷物を運んでいるものもいる。

 その内の一体がグレンに気づくと、緩慢な動作で近づき顔を寄せるような動作をする。グレンも引きつった顔で後ずさるが、すでに屋敷の扉は閉められており追い詰められてしまう。

 

『わるいわるい! もうそんな時間だったか!』

 

 すると突然グレンに近づいた人型から男の声が聞こえてきた。グレンを呼び出した張本人、春虎である。

 

『部屋までコイツに案内させるから付いてって……どうした?』

「どうしたじゃねえええぇぇぇぇ!!!」

 

 不思議そうな声をあげる春虎に対してグレンは吠えた。

 

「ビビったわッ! マジでビビったわッ! ひとん()来ていきなりホラー展開に遭遇すんだぞ!? 心臓止まるかと思ったわ!」

『な、なんかスマン……』

 

 グレン=レーダス、彼は幽霊やお化けがダメな男の子である。

 

『まあ落ち着けよ、話は部屋でちゃんと聞いてやるからさ』

 

 春虎はその後もギャーギャー騒ぐグレンをなんとかなだめようとするが、いろいろと鬱憤がたまっていたらしいグレンはここぞとばかりにヒートアップする。

 

「だいたいなッ! なんで帝国に追われている犯罪者がこんな豪邸に住んでるんだよッ!?」

『あ、ああ、それはなぁ。しばらくフェジテに住もうと思ってさ。そしたらやっぱホテルよりちゃんとした家を手に入れた方がいいかなぁと思って……』

「だからってこんな豪邸を選ぶ必要はねえだろうが! そんな金どこから引っ張ってきたんだよ!」

『こっちのツテに「安くてそこそこ大きい家はないか?」って頼んだらここを紹介されてさ……』

 

 ぶつくさ文句を垂れ流すグレンを自分のいる部屋に引っ張りながら、春虎はこの屋敷を手に入れた経緯を手短に話す。

 

 学院へのテロ未遂事件が終わった後、春虎は無理やり連れてきたヒューイを尋問・人体実験をするための場所を探していた。

 しかし尋問を心置きなくする場所などなく、ヒューイの扱いに困ることになる。

 そこで春虎は考えた。

「いっそのことホテル暮らしなど止めて、フェジテに住まいを構えた方がよくないか?」と。

 

 ヒューイの尋問もそうだが、春虎自身を召喚した『天の智慧研究会』は何故かは知らないがルミア=ティンジェルを狙っているという。

 ならばいっそのことルミアを囮にして、釣れた敵を自宅に持ち帰って尋問する方が早いと春虎は思ったのだ。

 とはいえ春虎は追われる身、フェジテにも非合法的に滞在している。普通の手段では家を買うどころか借りることさえ出来ない。なので占い師業で出来たツテを使い、犯罪にはならないが後ろ暗いことをしている商会を相手に脅迫──もとい弱みをちらつかせて協力を仰ぎ、安い物件を紹介してもらった。

 その候補のひとつにこの屋敷があったのだが、どうやら事故物件とよばれるものだったらしく、屋敷の条件に対して他の候補の家と比べても異常なほど安かったのだ。

 

『話を聞いてみたらよ、昔ここに住んでた家族が屋敷の中で惨殺されたらしくてさ。それを恨んでか幽霊として屋敷に住み憑いていろいろ悪さしてたんだって。商会の方も屋敷を売りたいのに買い手がいなくて困ってたようだから、おれが祓ってやったら大喜びで格安で売ってくれたよ』

「家一つ買うのに話が壮大すぎだろッ!」

 

 しみじみと苦労話として語る春虎にグレンがツッコミをいれる。対して春虎はまだまだ語り足りないらしく、

 

『おいおいこんなもんじゃねえぞ。その幽霊になったって奴ら、実は生前相当悪いことしてたようでさ。悪趣味なことに人を攫っては地下の拷問室で酷いことしてたらしいんだよ。おかげでここに憑いてた幽霊の数が50近くいてよ。全部祓うのにめっちゃ大変だったんだぜ』

「本物のホラーハウスじゃねえか!」

『地下にはミイラになった被害者の遺体もあって……』

「マジでもうしゃべんじゃねえッ! これ以上続けるつもりなら俺は帰っから!」

『悪かったって。お化けとかダメなのな』

 

 本格的に連れていかれることに抵抗するグレンを春虎はケラケラ笑ってなだめた。

 

『ほら、着いたぞ』

 

 1階最奥の扉の前に立つと、簡易式は勢いよく扉を開けて部屋にグレンを放り込む。

 尻もちをついたグレンは立ち上がって部屋を見ると、そこは教室のように開けた部屋になっていた。ご丁寧に教壇と大きな黒板まで設置されている。

 教壇の前には学習机がおいてあり、

 

「よっ、暑い中お疲れさん。授業の前に水でも飲むか?」

 

 その机の上にラフな格好をした春虎が座っていた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 何故こうなったのか、話は数日前に遡る。

 

「家庭教師ぃぃぃ!?」

 

 春虎との初めての顔合わせの場にて、春虎から思わぬ頼みを受けてグレンは素っ頓狂な声をあげた。

 

「なんで俺がそんなめんどくさいこと引受けにゃならねぇんだよ!?」

「いやー、他に頼むあてもなくてさ。なっ、頼む!」

「だから嫌だっつってんだろッ!」

 

 春虎が手を合わせて頭を下げてもグレンはすげなく断る。

 

「大体、なんで家庭教師が必要なんだよ。お前魔術なんて使えねぇだろうが」

「まあ、そうなんだけどな。くどいくらいに何度も言うが、一番の理由は元の世界に帰るためだ」

 

 緩んだ空気を引き締めるように、春虎は真面目な声でしゃべりだす。

 

 この世界は魔術のルールによって支配されている。春虎が召喚された方法も魔術由来のものだ。マナと霊気が同一のもので魔術と呪術の仕組みが似ている以上、春虎にも帰還出来る可能性はまだ残されている。しかし春虎は世界を渡る術なんて知識にない。

 

「だから魔術について教えてくれる奴、もっと言えば帰るために協力してくれる相手を探しているってわけだ」

「──言いたいことはわかった。でもなんで俺なんだ?」

「アンタの教え方が一番上手かったからだよ。授業、見させてもらったぜ?」

 

 グレンの講師としての腕は間違いない。そのことは、彼に教えを受ける生徒たちが一番知っていることだろう。

 

「おれたちはお互いに協力者を求めている。アンタは生徒を守ってくれる自由に動ける相手を、おれは正しい知識を提供してくれる相手を」

 

 そして春虎っは右手を差し出す。まるで握手を求めるかのように。

 

「利害は一致している。目的もお互いの害になるものじゃない。──協力しようぜ、グレン」

 

 グレンも目を瞑って腕を組み、春虎からの提案について思案する。

 提示された条件はけっして悪いものじゃない。春虎の実力の一端からすれば、むしろ破格といってもいいだろう。

 答えは出た。ゆえにグレンは目をカッと見開くと、

 

「──だが断るッ!!!」

 

 春虎の右手を払いのけた。

 

「──一応、理由を聞かせてくれないか?」

 

 手を弾かれた春虎は表面上は冷静だが、グレンを見る目がスッと鋭くなる。

 対するグレンはそれに気づいているのかいないのか、チッチと指を振って堂々と答える。

 

「確かにお前の提案は魅力的だ。軍の奴らじゃ安心してルミアを任せられねえ。その点お前は軍に追われているとはいえ自由に動ける。実力も人格も問題なさそうだしな」

「……じゃあ、何が問題なんだ?」

 

 グレンの指摘に春虎は考えを巡らすが、何が言いたいのかどうしてもわからない。

 悩む春虎の姿を見てグレンはフッと鼻で笑うと、人差し指を向けて、

 

「それは……、俺が働きたくないということだッ!!!」

 

 キリッという効果音が出そうな決め顔でそう宣った。

 想定外の発言に春虎の思考は停止する。

 

「すまん、もう一度言ってくれないか?」

「これ以上仕事を増やしたくねえって言ってんだよ!」

 

 春虎は思わず聞き返したが先ほどより具体的な理由が含まれた解答が返ってきた。グレンのあんまりな返答に春虎は内心頭を抱える。

 

「あー、……そうだ週一っ! 週一ならどうだ! 普段は学校で講師、休日の一日だけ家庭教師! これだったらっ!」

「だーかーらーッ! なんでわざわざ休みの日にまで働かなきゃならねえのかって聞いてんだよッ!」

「くっ……!」

 

 今まで対峙してきた相手が国を守るためや大義のため、あるいは己の知識欲のためなど、目的の為なら自身の身すら投げ打つ者ばかりだった。

 だから春虎は失念していたのだ。「仕事をするのがめんどくさい」という俗物的だがわりと普通の感性をもつ者が、ほとんど自身への利がないことを進んで行う筈がないということを。

 春虎の話を聞いたうえでのグレンの主張もいろいろとアレだが、けっして間違いというわけではない。

 

 今回ばかりは春虎の失策だ。しかしすごすごと諦めるわけにはいかない。今にも帰りそうなグレンを何とか説得する材料はないか必死に考える。

 ──その答えは案外簡単に浮かんだ。

 

「じゃあ悪いが、他を当たって──」

「日給1リル」

 

 立ち去ろうとしたグレンの背にそう声をかけた。思わずグレンも立ち止まる。

 

「週1回、一日4時間、授業の開始時間はそちらの希望で調整可能。望むなら一食メシもつける。その上で日給1リル。悪くない条件の筈だ」

 

 その条件は確かに悪くなかった。

 この世界で日給1リルのアルバイトは数が非常に少ない。あったとしてもそれは長時間拘束される肉体労働になるだろう。

 グレンの月収はおよそ20リル、名門の魔術学院の講師だからとはいえ19歳という若さではかなりの高給取りだ。しかしグレンはそれほどの大金をギャンブルやら買い物につぎ込んでスってしまう。おかげで給料日前は木の枝をかじってしのぐしかない。万年金欠というのは嘘でも誇張でもないのだ。

 以前の調査で春虎がこのことを知ったとき、こんなダメ人間がいるのかと呆れたものだ。

 だからこそ食いつくとそう踏んだ。

 そんな春虎の考えも間違いではなく、

 

(ノ,ノりて~ッ!)

 

 グレンの心はかなり揺れていた。

 正直なところ、そろそろ財布の中身が寂しくなってきたところだ。給料日はまだまだ先、小遣い稼ぎにはちょうどいい。

 

 しかし、しかしだ。

 アルザーノ帝国魔術学院の講師は副業を禁じられている。そもそも授業以外で外部の相手に魔術を教えること自体がタブーとされている。

 魔術とは力の象徴、そう易々とその神髄を漏らすなど魔術師としての誇りに関わる。それくらいグレンだってわきまえている。

 たかが日給1リル程度の端金で売り渡すなんて、同僚の講師が聞けば憤死するかもしれない。

 

 これらのことを踏まえて、振り返ったグレンの導き出した答えは──

 

「────お仕事は、いつから始めればよろしいですかね?」

 

 誇りなんてものは最初からなかった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

「えー、つまりだな。魔術なんてひとくくりにしているが、その性質は分類されてるようにかなり違う。運動やエネルギーを扱う黒魔術に肉体や精神に特化した白魔術など──」

 

 こうして春虎の家庭教師として働くことになったグレンだが、いささか問題もあった。

 例えば文字の違い。春虎は魔術言語はおろか公用語すら読めない。せっかく大きな黒板があっても使い道があまりなかった。

 さらに言えば生徒たちとは教える内容がかなり違う。生徒たちには魔術を行使することを前提としたものを教えるが、春虎に魔術は使えないため意味がない。代わりに春虎が求めたものはこちらの世界の常識の他に、魔術そのものの知識や法則、思想である。おかげでグレンは書斎から関連書籍を引っ張り出さなければならない羽目にあった。

 

「中には魔術特性を術式に組み込んだ固有魔術(オリジナル)なんかもあるな。俺の【愚者の世界】がそうだ。ようは『ぼくのかんがえたさいきょうのまじゅつ』って言えばわかるか? つっても、それが一概に優秀かといえばそうでもなくて──」

 

 春虎の方はわからないことがあればすぐに質問してきたし、集中力を切らした様子もない。貪欲に学ぼうとする姿勢を見せられるとちょっとはやりがいを感じているあたり、自身も教師が板についてきたのではないかと内心自画自賛する。

 

「──まあ、いろいろ種類はあるがやることはさして変わらない。マナを呼吸で取り入れ魔力に昇華、呪文詠唱で自身の深層心理を変革させ世界法則に介入する。結局のところ魔術ってのは人の心を突き詰めるもんなんだ」

 

 その言葉を最後にグレンは授業を終了した。

 教壇のところに置いてあった椅子に力なく座りこむ。合間に休憩を入れたとはいえ4時間近くしゃべり続けていれば流石に疲れた。

 春虎の方を見ると、ノートに自分には読めない字でいろいろと書き込んでいた。

 生徒以外には初めて行う授業だったが、振り返ってみればなかなか悪くないものだったのではないだろうか。

 

「……ふぅ、こっちも終わった。ありがとな、授業分かりやすかったぜ」

 

 ノートに書き終えた春虎もこちらにやって来て礼を言う。その直後に部屋に黒い人型たちが飲み物を持ってやってきた。春虎とグレンの前にグラスを置くと、何かのジュースを注いで立ち去っていく。

 

「……簡易式って言ったか? 便利だな」

「だろ? 掃除なんかはあいつらに任せておくと助かるんだよ」

「一体くらい報酬についてこねーの?」

「残念なことに魔術師には使えないんだよなあ」

 

 そんなことを言いながら春虎はグラスの中のジュースを美味そうに飲み干す。それにつられてグレンもグラスに手を出した。

 

「……ッ! 何だコレ! めちゃくちゃ美味いぞ!?」

「お、気に入った? 美味いよなその葡萄ジュース」

 

 セリカに連れられてそれなりに舌の肥えているグレンでさえ思わず絶賛する。

 口当たりは優しいが、舌の上で広がる芳醇な味わいは喉を通った後にも余韻を楽しめるほど深い。甘みと酸味のバランスも良く、気づけばグラスは空になっていた。

 名残惜しそうな表情をするグレンを春虎は笑う。

 

「そんなに気に入ったのかよ、お代わりが欲しいなら持ってこさせようか?」

「おお、そりゃあありがてぇ。にしてもこんないいモン、いったいどこで手に入れたんだよ」

「商会のツテから試供品でもらったんだ。今度高級葡萄ジュースとして売りに出すらしいぜ」

 

 簡易式がよく冷えたボトルを持って現れた。今度自分用に買おうかと思ってボトルのラベルを覗き込むと、

 

「……ブッ!?」

 

 盛大に噴きだした。

 

「ウソだろ! これサフィーレって書いてあんだけどッ!?」

「それがどうかしたか?」

「とんでもなく高ぇワインの生産地なんだよッ!?」

「へぇー、知らなかった」

「反応薄っ!?」

 

 リュ=サフィーレと呼ばれる高級ワインがあるが、先ほど飲んだジュースはその葡萄を贅沢に使われた一品だった。しかしワインを嗜まない春虎にはその価値がわかってない。せいぜいちょっといい貰い物をした、という認識である。

 グレンはジュースが注がれたグラスを持つ手が震えそうになるのをこらえながら、ちびちびと舐めるように飲む。

 

「さっきまでぐびぐび飲んでたのに」

「うるせぇ! こちとら金欠の貧乏性なんだよ! いったい何をどうしたらこんな高級品が手に入るんだよ!?」

「築き上げた人脈かな」

「仮にも犯罪者が一から人脈を築くんじゃねえ! 大丈夫かこの国!?」

 

 ギャーギャー騒ぎながらもグラスから手を離さないグレンと、そんな姿を見て笑う春虎。

 しばらくはそんな益体もない話をしていたが、お互いのグラスが完全に空になると、

 

「結局のところ、お前はいったいどの程度把握しているんだ?」

 

 グレンが内心気になっていたことを春虎に尋ねる。

 

「把握って何のこと?」

「魔術とお前が使う呪術の違いについて」

 

 グレンは自身が培ってきた知識を総動員して話を組み立てる。

 

「あの事件の際にお前が見せた技、そしてさっきの簡易式。ありゃあ根本的なところで魔術とは違う。どう考えてもこっちの魔術のルールに当てはまらねえ」

 

 ずっと考えていた。

 呪術と呼ばれたそれは魔術に似ているがゆえに異質だった。

 異能や奇跡ともまた違う、魔術を扱う魔術師だからこそ近くで見るとその違いに気づいてしまう。

 魔術には種類ごとに起きる現象が違う。運動やエネルギーを扱う黒魔術なら物理的な作用が、肉体や精神に特化した白魔術なら霊的な作用が起きる。いや、正確にはどちらかしか起きないのだ。

 しかし呪術は違った。

 

 ボーンゴーレムを相手にした時間稼ぎを例にしよう。あの時春虎は噴煙を用いて目くらましを行った。しかしそれだけでは霊的な視覚をふさぐことは出きない筈なのだ。

 だが春虎は物理的な目くらましと霊的な目くらまし、そのどちらも行ったと述べている。

 他にも学院を守護するゴーレムの残骸を調べたところ、物理的な破壊と霊的な破壊、そのどちらもが同時に行われた痕跡まで出てきた。

 これらの例をまとめると、呪術には物理的作用と霊的作用、そのどちらもが一つの術に働いていることを意味する。

 術自体の仕組みは同じでも、根本的なところで異なっている。

 

「違う世界の技術を使っているからなのは分かる。じゃあ、なんでお前は呪術を使うことが出来ているんだ? こっちの世界のルールに縛られていないのはなぜだ? いや……もっと根本的な問題だ」

 

 一呼吸溜めて呟いた。

 

「そもそも、お前の言う陰陽師や呪術ってなんだ?」




※グレンの月給と貨幣制度について(独自解釈あり)
アルザーノ帝国ではリル金貨・クレス銀貨・セルト銭貨が使われており、1リル=10クレス=100セルトになっています。
書籍の内容から想像するに、日本円で換算すると1リルはおよそ20000~25000円くらいだと思います。
グレンの月給はおよそ20リルですので、月給4~50万貰ってることになりますね。

続きは明日までに用意します。

ところでロクアカ原作者の羊太郎先生、ほんと筆が早いですね。このシリーズの他に新作やゲームの方の脚本も監修しているとか。
あざのん先生ももうちょっと見習おう……?

自分はやってないですが、ファンタジア文庫のスマホゲーって面白いんですかね?春虎実装したらやってみようかな。
皆さまはファンタジア文庫でどの作品が好きですか?
自分は一番最初に読んだ「神様のいない日曜日」ですかね。

ご意見、感想お待ちしてます。
貰うと執筆するモチベに繋がるんで!


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交錯するルール

ねーちゃん!あしたっていまさッ!(2日経過)
宣言したのに守れなくてすみませんでした!
しかも今回は完全自己満足の設定回です。申し訳ない。


「そもそも、お前の言う陰陽師や呪術ってなんだ?」

 

 こちらを真っ直ぐに見据えるグレンに対して、春虎は何も言わない。

 どこか侮っていたのかもしれないと春虎は胸の内で自省する。

 

「……さすが、学院きってのカリスマ講師だな」

「お、やっと気づいたか。じゃあ給料にも色をつけてくれ」

「お前さぁ……」

 

 相変わらずの物言いに春虎はため息をつくが、そういったことはさておき。

 

「じゃあ、まずは陰陽師について簡単に説明しようか」

 

 グレンと講師役が交代される。

 教壇に立った春虎は、陰陽寮で講師をしていた頃を思い出すような、バカ虎呼ばわりされていた自分が誰かに教えることに慣れないような、不思議な感覚に陥った。

 

「魔術師が自身の願望のために世界の法則を書き換える者とするなら、陰陽師は陰陽の調和を保つ──極端なことを言えば世界の法則を守る側だ」

「……!? おいおい、いきなり主義が真っ向からぶつかってんじゃねえか」

 

 そう、魔術師と陰陽師は根幹からして相容れない存在だ。

 願望の成就のために世界を書き換える魔術師という存在は、陰陽師からすれば危険視される相手である。

 

「あ、おれが魔術師に対してどうこう言うつもりはないぞ。そっちの世界のすることだ、外様のおれに口を出す権利は無いし、棲み分けは大事だろ?」

 

 だが春虎は思想について口を出すつもりはない。

 気を取り直して春虎は説明を続ける。

 

「陰陽師は人と自然の霊的調和を取り持つために霊気──そっちで言うところのマナを『視る』力を有している。この力を見鬼って言う」

「はいしつもーん」

「あいよ」

「お前らの言う霊気とマナってほんとに同じモンって扱いでいいのか?」

「うーん……。だいたい同じ扱いでいいけど、厳密にはちょっと違う。マナは生命力を指すだろ? つまり生物にしか宿ってないわけだ。だけど霊気は万物に満ちている。この世界に存在しているすべてのものに霊気はあるんだ。詳しいことは呪術の紹介のときにな」

「あー、なるほど。……ちなみにマナを視るってどういうことだ?」

「文字通りの意味だぜ。と言っても目で見るんじゃなくて、霊的感覚や第六感みたいなものだけどな」

 

 魔術師にも霊的感知能力はあるが、さすがにマナを知覚するようなものではない。いまいちピンときてないグレンのためにさらに追加で説明する。

 

「実はこの見鬼、魔術や呪術の術式構造や、魔術で姿を隠してたり視認できないほど遠くにいる相手の存在、はたまた肉眼には映らない霊的存在を認識することまで出来たりする」

「……マジ?」

「マジ」

 

 何食わぬ顔で春虎は、グレン達魔術師にとって爆弾級の情報を落とした。

 

「……術式構造が分かるってことはだ、相手が何かする前にやろうとしていることが分かるって?」

「そうだな。先読みして妨害できる」

「魔術で姿を変えたり消したりしても分かると?」

「術式が使われているからな。力量次第ではすぐに見分けがつくぞ」

「潜伏している相手も?」

「そいつの腕にもよるが視えるな。存在を消していても魔術が使用された痕跡は世界に残るだろ? そこを辿れば『誰かが隠れている』ことはわかる」

「……」

 

 春虎の説明をグレンの脳が理解したとき、

 

「チートじゃねえかあああぁぁぁ!」

 

 衝撃の事実に絶叫した。

 

 陰陽師にとっては標準技能でしかない見鬼だが、魔術師たちにとっては喉から手が出るほど欲しい技能だ。

 見鬼を所持しているだけでいくつかの研究はあっという間に解決されるだろう。机上の空論にすぎなかった学説は証明され、魔術という学問そのものが飛躍的に進歩する。

 もちろん戦闘時にも非常に役に立つ。相手の使おうとする魔術を先読み出来れば対抗魔術を放つだけで防げてしまう。なんなら相手の魔術の阻害や乗っ取りだってたやすく行えるようになる。魔術戦の歴史が変わること間違いない。

 

 それほどまでに見鬼は規格外の技能なのだ。

 

「陰陽師の存在理由の一つに世界の観測者としての側面があると考えられている。見鬼はその為の力だな」

「なんなの? 陰陽師ヤバすぎるだろ……!」

「こっちからすれば、やってることは魔術師の方が非常識なんだけどな……」

 

 確かに見鬼は規格外だ。

 では陰陽師の方が魔術師より優れているのだろうか。

 否、けっしてそうではない。

 

 魔術師は呼吸によってマナを取り込み魔力に変換する。この過程は陰陽師も対して変わらない。

 しかし魔術師は魔力錬成という工程がある。体内の霊域でマナを循環させることでより強力な魔力を練り上げ、術に用いることができるのだ。陰陽師にも呪力を練ることが出来るが、魔術師のそれとは比較にすらならない。マナ・バイオリズムが乱れると魔術が使えなくなるというデメリットはあるが、その分一つの術の威力や規模は魔術の方が秀でている。

 そもそもだ、世界法則に介入・改変するなんてぶっ飛んだことをする魔術師は、陰陽師からすればルール違反もいいところだ。

 

「まぁとりあえず、魔術師と陰陽師のスタンスの違いは分かってもらえたか? 次は呪術についてだな」

 

 呪術。

 陰陽術とも呼ばれるそれは、霊気を扱う技術と、眼に見えない形而上の存在に対する作法全般のことを指している。

 陰陽庁が定めた陰陽法では前者を甲種呪術、後者を乙種呪術と称している。

 

「使い方は魔術師と変わらないな。魔術師がマナを魔力に昇華するように、おれたち陰陽師も霊気を練って操作する。ただし媒介は陰陽師の方が多いな」

「媒介?」

「そ。魔術師と違い陰陽師は、詠唱以外にも呪符を使ったり、指の動きや足運びだけで発動する術式がある」

 

 魔術師にも魔導器を用いた魔術は存在しているが、陰陽師のそれは自由度と汎用性が非常に高い。術式の改造はもちろん、霊気を注入することさえ出来れば呪具に触れていなくても術式の起動が出来る。詠唱の短縮もかなり雑にでき、ものによっては指の動きひとつで出来る術もある。

 

「なんつーかなぁ、あんまりショートカットするのは俺の趣味に合わねぇんだよなぁ。いや、出来ないだけだろって言われりゃあそれまでなんだが」

「言いたいこともわかるよ。一番は正確な手順での術式の発動だからな。一番威力も出るし安定性も段違いだ」

 

 魔術師と違い、陰陽師は複数の術を即時に展開ができる。その強みを活かすにはどうしても術式の簡略化は必須になってくる。

 

「霊気には陰と陽──闇と光? の二つの対立構造から生じていて、さらに五行という五つの……そっちで言うところのエレメント? に分類されている」

「一気にややこしくなってきたな」

「視えてないものを説明しようとするとどうしてもな……。とりあえず霊気は五つの性質に分類されているってことだけ覚えておいてくれ」

 

 錬金術にも使われてる四元素や霊素(エテリオ)みたいなものかとグレンは自身で解釈した。

 

「性質ごとによって起きる現象が違うんだが……、目にしたほうが分かりやすいか」

 

 理解していないグレンのために、春虎は黒板に絵を描いてみせる。

 黒板にはそれぞれ距離をあけて円を描くように五つの絵が描かれた。

 春虎は一番上に描かれた木の絵を指さす。

 

「まずは木行、見ての通り植物のことだ」

 

 そう言うと春虎は懐から呪符を取り出し「喼急如律令(オーダー)」と呟いて術式を起動した。

 春虎から呪符へ呪力が流れ込こむと、呪符から植物の蔦が勢いよく生えてきた。初めての目で見てわかる呪術に思わずグレンも身を乗り出す。

 

「こんな風に植物も生やせるが、雷や風、やろうと思えば地震だって引き起こせる」

「途中植物関係なくないか?」

「木行の木ってのは植物単体のことじゃなくて、自然そのものを意味していると思ってくれ。どんどんいくぞ」

 

 何枚も呪符を手にした春虎が、次々に術式を起動していく。呪符からは火球や土人形、刃物や水球が現れた。

 

「続いては火行、見ての通り火のことだな。これが土行、そっちで言うところのゴーレムの真似事だって出来るぞ。これは金行、金属全般はこいつが宿っている。ちなみに金行でも風を起こせたりするぞ。最後にこっちが水行、水、としか言えないな」

「オイこら急に情報量を増やすな! あと後半の説明が若干雑ぅ!」

 

 文句は言いつつも、グレンは目の前で起きた現象に驚いている。

 今起きていることは魔術でも再現は可能だろう。しかし現象の発現のプロセスがまるっきり異なっている。

 黒魔術は物理現象を自身の魔力で引き起こす。錬金術だってそうだ。魔術では過程がショートカットされているだけで基となる現象が存在している。

 しかし今の呪術はどうだ。グレンの目には突然、なんの脈絡もなく現象が起きたようにしか見えない。

 春虎にそのことを尋ねると、

 

「うーん……。過程がどうこうというより、そういうモンだと考えてくれ」

 

 と、深掘りすることをやんわりと断られた。まだまだ教えなくてはいけないことがあるため次回以降にしてくれ、だそうだ。

 

「あと、相生と相克は覚えておいてくれ」

 

 相生

 五気を活性化させる関係の循環構造ことを表す。木→火→土→金→水→木となっており、それぞれ木生火、火生土、土生金、金生水、水生木と呼ばれている。

 相克

 五気をうち滅ぼす関係の循環構造を表す。木→土→水→火→金→木となっており、それぞれ木剋土、土剋水、水剋火、火剋金、金剋木と呼ばれている。

 

「五気を循環通りに並べると、相生の関係は円を描き、相克の関係は五芒星を描いているんだ」

 

 黒板には魔術師にとっても陰陽師にとっても重要とされる円環と五芒星のマークが描かれている。

 

「どう、ついてけてる?」

「……なんとかってところだな」

「まったく異なる概念だからピンとこないか……。うっし、じゃあ体験してみようぜ」

「はぁ?」

「おれに【ショック・ボルト】を撃て」

「はぁ!?」

 

 突然の発言に驚くグレン。

 

「心配すんなって、怪我はしないしさせないから」

「そこの心配はしてねぇよ」

「じゃあ問題ないな。それに見た方がいろいろとわかるものが多いと思うぜ」

 

 教壇から降りた春虎はグレンと距離をとると、ホルダーから呪符を取り出して構える。

 

「いつでもこいよ」

「ったくよぉ……。威力は抑えめでいいな?」

 

 グレンも左手を春虎に向け、タイミングがとれるようゆっくり詠唱する。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃もって・打ち倒せ》」

 

 左手から放たれた雷電は殺傷力こそないものの、対策しないままその身に受ければ感電する。

 迫りくる攻撃に春虎は、

 

喼急如律令(オーダー)

 

 手にした火行符を起動させ、呪符の先に火を起こす。

 すると雷電は火に引き寄せられ、触れると同時に消失した。代わりに火の勢いが先ほどより増している。

 

「ウッソだろ……!」

 

 魔術では絶対にありえない現象に、グレンはただ驚くばかり。

【ショック・ボルト】は仮にも攻撃魔術、防ぐ・打ち消す・より強力な魔術で塗りつぶすなどの対抗手段はあっても、まったく異なる術に吸収されるなんてありえない。

 

「さっき教えたろ? 相生の概念は。雷は木気、木気を糧に火気は勢いを強める。これが木生火だ」

 

 実は今のは高等技術なんだぜ、と笑いながら春虎は自慢する。

 事実、相手の術を利用して相生するのには確かな技術が必要だ。今回は弱い魔術だったからこそ難なく成功したが、実戦ではこうはいかない。

 しかしグレンに春虎の言葉は届いていない。

 

「おい、もう一度だ」

 

 考えることにふけっていたグレンは、急にそう言いだした。

 

「別にいいけど、今度は相克でも実演しようか?」

「いや、それはいい。次はそっちが俺に攻撃してこい。放つのは魔術における基本三属のどれか、やれるな?」

 

 その発言で、何かにグレンが気づいたことを春虎は察した。

 

「……この炎を今から放つ、準備はいいか」

「いつでもこいよ」

 

「喼急如律令」の言葉と同時に、春虎は手にした火行符をグレンに向けて放つ。

 そしてその炎は、グレンの【トライ・バニッシュ】によって打ち消された。

 

「……やっぱりだ。どう考えてもこれはおかしいだろ」

「というと?」

「確認するが、今お前が放った炎は完全に呪術の炎だな?」

「ああ、間違いなく呪術だぜ」

「じゃあなんで魔術で打ち消せるんだ?」

 

 グレンの疑問に春虎は思わず笑みを浮かべる。

 その疑問は、春虎もこの世界に来た時からずっと考えてきたことだった。

 

「俺の【ショック・ボルト】が呪術によって相生された。これ自体はまだいい。呪術のルールが魔術のルールを凌駕した、それだけの話だからだ。だけどお前の炎は【トライ・バニッシュ】で打ち消せた。これはどういう事だ? なんで魔術が呪術に打ち勝っている? 前例とまるっきり逆じゃねえか」

 

 自身の考えをまとめるために敢えて口に出す。

 

「どうしてこんな結果になる? 考えられる仮定はふたつ。ひとつは呪術と魔術のルールが同一であること。これならどちらの結果が起きてもおかしくない。だが魔術に相生だの相克だのは出来ないのでこれはボツ。もうひとつは……」

 

 そこまで口にしたが、途中で口を噤んでしまう。

 

「どうした? 続きを聴かせてくれよ」

「あ~、正直自分でもバカな事言ってんなって思うが……、笑うなよ?」

 

 グレンは頭をガリガリと搔くと、

 

「もうひとつは、一つの空間で二つの異なる世界のルールが相互に作用しあっているということだ」

 

 思い付きのような考察をいやいや述べた。

 それを聴いた春虎は驚きで目を見開いて固まった。

 春虎の反応を見たグレンはバカにされると思い、とっさに言い訳をしてごまかそうとする。

 

「いや変なこと言ってんのは分かってんだよッ。でもこれならさっきの結果も筋が通るんだが、それじゃどうしてそんなことが起きてんの? って聞かれても説明できねぇしッ」

 

 しかし春虎はグレンの言い訳にはなにも返さず、顔を俯かせてふるふると震えている。

 

「なッ、いくらなんでも笑うことはねえだろ!」

「……フフッ、あ、ああ、いや、違うんだよ。別に馬鹿にしてるわけじゃないんだ」

「思いっきり声震えてんじゃねえか!」

 

 恥ずかしくなって頭を抱えるグレンだが、けっして春虎はグレンを笑っているわけでがない。むしろ逆である。

 

「そうじゃなくてさ、嬉しいんだよ。同じ結論に至ってくれて」

「なッ!?」

 

 自分でもありえないと思っている仮説を肯定されて驚くグレン。

 しかし春虎も、少し前に同じ結論を出したしたはいいものの、これまたグレンとまったく同じところでつまずいていたのだから。

 

「まさかテメェ、俺のこと試したのか……!?」

「違う違う! おれもさっきの魔術の授業でやっとわかったところだし! そっちがそんなに早く解けたことのほうがビックリだ」

 

 試されたと思って怒るグレンだが、春虎は本当にグレンの能力の高さに感心している。

 春虎にはこれまでに外道魔術師との戦闘経験があった。だからこそ違和感に気づけたのだが、グレンはわずか2回の実験で問題の本質にたどり着いたのだ。

 これほどの切れ者、東京でもなかなかお目にかかれない。

 

「それで、この仮説に論理的な根拠があんのかよ」

「それっぽい理由はくっつけられたぜ、お前の授業聴いてなきゃ絶対わかんなかったよ」

「そういうおだてはいいから、さっさと教えろよ」

 

 グレンにせっつかれながらも咳払いをひとつして、

 

「結論からいうとだな……。この世界では呪術は魔術だ」

 

 あれほど魔術と呪術の違いについて語り合っていたのにも関わらず、その前提を覆すようなことを言い出した。

 

「……あ~、春虎サン? アンタ自分が何言ってるか理解してます?」

「もちろん、いたって正気だぜ」

「じゃあなんで今までの会話をひっくり返すようなこと言うんだよ!」

「まあまあ、とりあえず最後まで聞いてくれ」

 

 半ばキレ気味で詰め寄ってくるグレンをどうにかこうにかなだめる春虎。グレンの怒りももっともだが、しかし先ほどまでの議論はけして無駄だったわけではない。

 

「いろいろ語りつくしてわかったことは、おれとお前の住む世界の神秘は違うってことだよな。術の発動に必要な要素も、そのプロセスだってほとんど同じなのに」

「……まあ、そうだな。どうしてかは知らねえが」

「それについては考えてもわからないから置いといて……、大事なのはおれたちは同じものでも違う認識や解釈をしているってことだ」

「そんなの今更だろ、それがどうしたっていうんだ」

「言ってしまえば、同じ数式を見て、お互いが違う答えを出しているようなものなんだ。前提条件は同じなのに生まれる答えの違いが呪術や魔術の違いってヤツなんだと思う。それが世界が違うせいだっていうなら、同じ世界線上でなら答えも同じになると思わないか?」

「……理屈の上でならそうだな。それなら世界が呪術を魔術として認識している理由になる。でもよ、それなら呪術の法則ってのが生じることはありえないんじゃねえの?」

「そんなことはないさ、だっておれには心があるんだから」

 

 唐突に心などと言い出した春虎。

 グレンは変なものを見る目になるが、その意図を理解すると思わず身を乗り出した。

 

「心……深層心理か!」

 

 自身の深層心理を変革し世界法則に介入する、魔術の行使に必要な工程のひとつである。

 

 ここでひとつ考えてみてほしい。

 同じ世界、同じ時代、同じ神秘に触れて生きてきた人間たちの深層心理はどれほど差異があるのか。

 もちろん個々人の思想・性格・生活環境によって大きく影響されるだろう。しかし彼らが積み重ねてきた経験にどれほどの違いがあるのだろうか? 

 触れてきた神秘によって自身が発動する神秘が影響されるなら、必然的に彼らの神秘は似たものになってくる。それが学問として受け継がれていったのならなおさらだろう。

 こういった経験が彼らのイメージに直結し、魔術に反映される。

 攻撃するために、身を守るために、それぞれの用途で彼らが行使する魔術は、彼らの積み重ねた歴史によって精錬されたものだ。

 

 ここで本題だ。

 世界Aに世界Bで生きてきた人間を投下したとしよう。AとBの2つの世界は根幹が相似していても違うものだ。

 では、世界AのルールによってB世界の人間の深層心理から反映されたものは、Aの世界で生きる人間と同じものだと言えるだろうか? 

 

「そんなわけあってたまるか。どれほどガワが似ていても、中身は丸っきり別物だ」

「……ああ、つまりこう言いたいわけだ。お前が行使する呪術は、お前の呪術観を参照して世界が魔術として出力したものである、と」

「そういうこと。これなら相生や相克などの呪術の法則が適応される理由にもなる」

 

 そこまで言い切ると春虎は大きく息を吐いた。体を動かしたわけでもないのに二人は目に見えて疲れている。

 考えすぎで頭が痛くなってきたグレンは、こめかみのあたりを指で揉みながら結論づけた。

 

「ようは、お前の呪術は固有魔術に分類されるってことだろ?」

「ざっくり言うとそういうことになるな」

「その一言だけで済むのになんでこんなに話が長くなるんだよ!」

「しょうがないだろ、中身の伴わない結論に信憑性があるわけないじゃん」

 

 窓から見た景色はすでに夕日で赤く染まっている。本来はもう少し早く帰れただろうに、予想外に議論が盛り上がってしまった。

 そろそろ帰ろうと思うグレンだが、本人としては面倒なことに気づいてしまった。

 

「あ、ちょっと待て。今の仮説では説明しきれてない部分を見っけたぞ」

「どこどこ?」

「さっきの説では呪術が魔術として出力されていることの説明は出来ている。でも実験では相生が出来てたぜ。お前の仮説じゃ呪術と魔術がぶつかるせいで相生の現象なんて起きないはずだろ?」

「あ~、そこなぁ」

 

 先の実験ではグレンの雷は春虎の火に相生された。しかしグレンの雷は魔術由来のもの、呪術の相生は起きるはずがない。つまり、あの瞬間グレンの雷は魔術から呪術に変質していたことになる。

 

「実はそこにも理屈をくっつけられる」

「ほーう」

「グレンの【ショック・ボルト】は確かに魔術だった。だけどおれが相生しようと魔術に霊力で干渉すると呪術に変質した。この感覚はたぶんおれしかわからないと思う」

「お前にしか起きない事象だからな。そこは信じるしかねえよ」

「助かるよ。ここからは推測だけど、グレンの魔術はおれの霊力に干渉されたことで、おれの知っているものに変換されたんじゃないかと思う。つまり、おれは自分の霊力を干渉させることで魔術をおれの知識にあるものに置換しているんだ」

「……おぉ。今自分がとんでもないことを言ってんの自覚してるか?」

 

 完成された術式に干渉し変質させる。これもまた絶技と呼ばれる領域である。

 

「それってお前の霊力に触れたらなんでもかんでも呪術に変えられちまうのか?」

「どうだろう……。ただの霊力にはそんな力は無いだろうな。おれが指向性を持たせた場合にかぎるんじゃないか」

「なるほどねえ……。理屈は通ってんだが、根拠がねえとちぃとばかし弱ぇな」

「実はあるんだなぁ、その根拠が」

 

 そう言うと春虎は懐から2枚の呪符を出しグレンの前に置いた。

 

「この2枚には同じ術式が書き込まれているが違いがある。わかるか?」

「違いって、見た感じ材質じゃねえの?」

「正解! 正確には、おれの世界から持ってきたものと、こっちの世界の紙から作ったものだ。でもどっちも問題なく使える。だけどな……」

 

 いきなり部屋の扉が開かれ簡易式が入ってきた。手には輪っかが複数ついた棒を2つ持っている。

 式はそれを春虎の前に置くと立ち去って行った。

 

「こいつらはどっちも、この世界の陰陽師が実際に使っているっていう錫杖っていう道具でさ。店で売られていたから買ってみたんだよ」

「よくそんなマニアックなモンが売られていたな」

「おれもそう思う。でもおれの世界にあるものとよく似てたから買ってみたんだ。これ自体には術式は付与されていないみたいだけど、試しに霊力を流してみたら片方しかおれに反応しなかったんだよ。どうしてだと思う?」

「……装飾が多少違う以外対して変わらねえと思うが」

 

 そもそも日の輪の国にいる陰陽師のこと自体知らないのに、その違いを見つけろと言われてもグレンにはわからない。

 しかし質問は「何故春虎に使える道具と使えない道具の区別があるのか」だ。知識ではなくさっきまでの会話にヒントがある。

 そう考えたグレンはしばし占い盤とにらめっこしていると、閃きが訪れた。

 

「ああそうか! 片方はお前の世界のものとまったく同じだから使えて、もう一方はこっちの陰陽師のオリジナルのモンだから使えなかった! つまりお前の認識次第で使える使えないが決まるってわけか!」

「そういうこと! どういうわけかは知らないけど、こっちの世界の陰陽師の呪具はおれたちの使ってたものと似ているのが多いみたいなんだ。だから大抵のものは同じ感覚で使えるんだけど、一部のものはこっち独自のアレンジがされているみたいで使えないんだよ」

「なるほどねえ。どうやらさっきの仮説は立証できそうだぜ」

 

 大きく伸びをするグレンの前で、春虎はさっきまでの内容をノートに整理していく。

 

「なあ、さすがに今日はもう終わりにしていいだろ? そろそろセリカの奴が飯を作る頃合いなんだよ」

「うっ、もうそんな時間か。おれも飯食いに行こっと」

「自分じゃ作らねえの? 食わしてもらってる俺が言うのもなんだけど」

「まだ屋敷の掃除が終わってないしな。それにこっちの世界の食材、使ったことのないやつばっかだから勝手がわかんないんだよっと」

 

 口を動かしながらも一通り作業が終わると、春虎は懐から金貨を取り出す。

 

「ほい、約束の1リル金貨」

「まいどっと。でもこれじゃ足りないんだよなぁ~」

「うん? 報酬はこれであってるだろ」

「働いたぶんはな? でも食事支給が無いんだからその分現金くれないとなぁ?」

「セコっ! ……ったく、5セルトあれば十分だろ」

「ただでさえ金持ってんだからこんくらい恵んでくれたってバチは当たんねえって。ラッキー」

 

 小銭が増えたことに喜ぶグレンに対し、春虎はなんだか騙されたような気分になる。

 しかし今日の収穫に比べれば、多少の賃金の増加くらいなんてことはない。

 

「じゃあ俺はもう帰るぞ。次はいつ来ればいい?」

「基本はそっちの都合のいい日で。事前に連絡するから」

「あいよ、じゃあな」

 

 そう言い残し、グレンは部屋から立ち去っていった。

 

 

 

 

 誰もいなくなった部屋で、春虎は一人今日の出来事を振り返る。

 今日1日で春虎を悩ませてきた大半のことが解消してしまった。久方ぶりに目標に向かって進んでいる実感がわく。

 グレン=レーダス、彼の影響はすさまじい。人格面に多少難があることは否めないが、それを補って余るほどのものを有している。

 彼は間違いなく手放してはならない人材だ。なんとしてでも信頼関係を作り上げたい。

 そのための布石はすでに打ってある。

 

(あいつも気づいたかな)

 

 この家庭教師という関係は、何も情報交換をするためだけではない。

 何故あれほどまで呪術の知識をグレンに教えようとしていたのか。それは授業を通じて自身の手札や腹の内を見せ、信用を勝ち取るためである。

 手段や目的が重なる部分があるからといって、背中を預けられるわけではない。そのことを春虎はよく知っている。

 だからこそ、相手にとっていまだ未知の要素が強い春虎が積極的に自身の開示をしていくべきなのだ。

 

 とはいえだ。

 いくら魔術の知識やグレンの信用を得たとしても、肝心の元の世界へ帰還するための手掛かりはいまだ見つかっていない。

 

(またこっちから仕掛けようかな)

 

 春虎の裏の繋がりからは新しい情報が舞い込んでいる。レイヴンとしての活動も再び始める時が来たのかもしれない。

 

 

 

 そして数日後、春虎は情報にあった地へと出かけて行った。

 それは奇しくも、グレンが魔術競技祭の存在を知る前日のことである。




あらすじに追加があることはお気づきになりましたか?二人にはあんな風に軽口を叩き合える関係になってもらいたいと思ってます。

自分、アニメなどの最終回ラストバトルでopが流れる展開が好きです。
さらに言うとウルトラマンティガが好きです。
……今回のウルクロZは許せねぇ、許せねぇよ!

感想・質問など受け付けておりますので、どうぞよろしくお願いします。


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