グリムロックは宇宙最強 (オルペウス)
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キャラクター紹介
キャラクター紹介(灘亮牙/グリムロック編)


次回から第二章突入と言ったな。
あれは嘘だ(`・ω・´)キリッ





シア登場を楽しみにしていた読者の方々、すみません(汗)
今更ながら、主人公についての紹介です。



 グリムロック / 灘 亮牙(なだ りょうが)

 

 身長:人間時で192cm、トランスフォーマー時で84フィート(約25.6m)

 ビーストモード:全長140フィート(約42.6m)、体高63フィート(約19.2m)

 

 〜ステータス〜

 灘亮牙/グリムロック 66000047歳 男 レベル:測定不能

 天職:ダイナボット指揮官

 筋力:測定不能

 体力:測定不能

 耐性:測定不能

 敏捷:測定不能

 魔力:測定不能

 魔耐:測定不能

 技能:言語理解[+獣語理解]・騎士化[+部分武装化 (アームズアップ)]・変形(トランスフォーム)・獣の王・魔力操作・エネルギー吸収・レーザーファイヤー[+爆炎大砲(ビッグファイアキャノン)][+大炎爆発(ビッグファイアボム)][+灼熱大車輪(フライトブレイズスピン)][+爆炎壁攻(ボルケーノバースト)]・モーニングスターナックル・ドラゴントゥースメイス

 

 ・獣語理解

 言語理解の派生技能。魔物を含めた動物の言葉がわかるようになる。

 恐竜に近い姿の魔物などなら、会話する事も可能となる。

 

 ・騎士化

 人間態からトランスフォーマーに戻る能力で、全身から金属が展開して元の姿になる。

 派生技能「部分武装化」により、腕など一部分を金属化させたり武器を展開できるようになる。

 

 ・変形

 ロボットモードからビーストモードに変形する。

 全身のエネルギーが戦闘に回ることで攻撃力がロボットモードよりも上昇するが、頭脳に回るエネルギーは最低限のレベルとなるため、知能が低下して会話も片言になる。

 

 ・エネルギー吸収

 摂取したものをエネルゴンと同等のエネルギーに変換する、ダイナボット特有の能力。

 これにより食べた物をエネルギーへと変換でき、通常のトランスフォーマーみたいにエネルゴン不足で身体が朽ちたりはしない。

 

 ・レーザーファイヤー

 口から吐き出す爆炎。基本的にビーストモードで使うが、人間態でも使用可能。

 派生技能として、エネルギーを口に凝縮させた状態で噛みつき大爆発を起こす「大炎爆発」、ナパームのように纏わり付く強力な火炎弾「爆炎大砲」などがある。

 

 ・モーニングスターナックル

 拳をモーニングスターへと変形させ、殴打に特化した状態となる。チェーンにより射出なども可能。

 部分武装化での使用も可能。

 

 ・ドラゴントゥースメイス

 グリムロックの専用武器である、身の丈ほどもある槌矛。

 部分武装化でも使用可能だが、サイズは小さくなる。

 

 ・ダイナボットの祝福

 本作でハジメが胃酸強化の代わりに習得した技能。

 ダイナボットから認められた者が獲得する技能で、「エネルギー吸収」のおかげで通常よりも食料から効率よくエネルギーを得られるほか、受けるダメージも大幅に緩和される。

 ハジメが魔物を食べても副作用に苦しまず、モンストラクターの酸を浴びても失明せずに済んだのはこの技能のおかげでもある。

 

 〜テックスペック〜

 ※トランスフォーマー基準として

 体力:10

 知力:7

 速度:6

 耐久力:10

 地位:9

 勇気:10

 火力:8

 技能:10

 座右の銘:「勝者達の間に弱さなど入る余地はない」

 

 〜解説〜

 本作の主人公。伝説の騎士団ダイナボットの指揮官で、ドラゴンのような一対の角が生えたティラノサウルスに変形する。

 元々は普通の雄のティラノサウルス(当時27歳)だったが、白亜紀末期の創造主の襲来で、シードの無差別爆撃により妻と二頭の子どもを失い、自身は何とか生き延びるも肉体が金属化してしまう。怒りから無理矢理創造主の船に乗り込み報復しようとするも、創造主が持っていたオールスパークでトランスフォーマーへと改造され、サイバトロン星へと連れて行かれた。

 

 サイバトロン星に連れて行かれた後は、同じく連れてこられたスラッグ・スコーン・ストレイフと共にプライム王朝の兵士として仕えた。しかし紀元前17,000年にエネルゴン探査で地球に再来した際、地球が滅ぶのもお構いなしにエネルゴン調達を強行しようとしたザ・フォールンことメガトロナス・プライムを打ち負かし追放した功績を讃えられ、「ダイナボット」の名を与えられ、自由を与えられた。

 その後は長い旅の末、中生代の地球と似た環境の「ダイナボットプラネット」に辿り着き安住の地としていたが、創造主の差し向けたロックダウンに囚われまたしても地球に帰還、紆余曲折の末に自由の身となり、故郷サウスダコタ州で平穏に暮らしていた。

 『最後の騎士王』での最終決戦には他のダイナボット共々参戦せずサウスダコタに留まったが、異世界トータスに転生した古代プライム達から援軍として召集されかけたが、同じくトータスに転生していたメガトロナスの干渉でトータスではなく、トランスフォーマーの存在しない異次元の地球へと転移してしまう。

 

 プライム達の計らいで転移した地域の知的生命体に擬態できる能力を授かっており、本人も知らぬうちに人間の赤ん坊になってしまい、孤児として保護され、数年後に灘啓治・亮子の夫妻に養子として引き取られ、亮牙の名を与えられた。

 当初はかつて人間と敵対した経験から夫妻にも心を開かなかったが、次第に二人の人柄を認め、親として慕うようになった。しかし、人間時なって11歳の時に夫妻が急逝し、天涯孤独となってしまうが、ハジメの母・菫が養母・亮子の親友だったことから、南雲家に引き取られた。

 

 血の繋がりどころか人間ですらない自分に我が子同然の愛情を注いでくれた灘夫妻、彼らの死後は心に傷を負った自分を救ってくれた南雲家には深い恩義を感じており、彼らに報いるために家事全般などを引き受けており、彼らからは心の底から感謝されている。

 ハジメの事は親友かつ弟のように慕っており、彼の自分を犠牲にしながらも人に優しくできる姿勢にはオプティマス達オートボットと重ねている。彼ほどオタクというわけではないが、アメコミやSF作品、アクションゲームを気に入っている。また、人間の姿になってからは何より食事を楽しむようになり、家事を手伝うのも料理が好きになったからという面もある。

 

 性格は普段は温厚だか、大切な人を傷つけられた際は一切容赦しない。元々トランスフォーマーなこともあり、人間離れした怪力と耐久力を誇るが、大抵は相手が彼を恐れて近づかないため、光輝や龍太郎に比べて喧嘩沙汰はあまり起こしていない。

 

 ハジメと同じ高校に入学後は常にトップの成績を誇るが、ハジメを暴行した小悪党組を現行犯で制裁したのを、光輝が一方的に悪者扱いしたことで不良のレッテルを貼られてしまい、以来クラスでは浮いた存在となるが、当人はかつて人類と敵対した経験もあってか、基本的に親しい者以外の人間はどうでも良いとして気にしていない。

 しかし、ハジメの迷惑を考えずに付き纏う香織や、ハジメを目の敵にして虐げる光輝や小悪党組、そして光輝の腰巾着同然な龍太郎のことは心底嫌悪しており、幼馴染と言いながら彼らを野放し状態の雫の事もあまり快く思ってない。

 

 エヒトの姦計でトータスに転移後は、多くの戦場を戦い抜いた経験から、イシュタルの甘言に乗って軽々しく参戦を表明した光輝達に強く反発するも、聞き入れられなかったためハジメや愛子と相談し、3人でそれぞれ地球への帰還を模索する決意をする。しかしオルクス大迷宮での訓練中、檜山の卑劣な攻撃でハジメ共々奈落に落ち、その怒りによって覚醒し、地球にいた頃は出来なかったトランスフォーマーとしての姿に戻れるようになった。

 同じく無事だったハジメや探索中に出会ったユエの三人でオルクス大迷宮を攻略、そしてプライム達の霊体からトータスの真実や、自分に起きた事の真実を知らされる。以降はメガトロナスとエヒトの抹殺、同じくトータスに転移しているダイナボットの捜索のため、旅立ちを決意する。

 

 

 

 

 




グリムロックのサイズは、海外のファンサイトに投稿された実写キャラのスケールチャートに基づいています。
テックスペックは、G1のものを速度だけ変更して設定したオリジナルとなり、公式のものではありません。





次回こそ、第二章突入しますが、少しペースが落ちるかもしれません。

感想、評価お待ちしております。


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キャラクター紹介(スラッグ編)

駄目だ……ワクチン三回目は打てたけど、仕事が忙しくてその疲れから中々書けない…(T ^ T)

今回は番外編も兼ねて、スラッグのキャラクター紹介です。次話については、もう暫くお待ち頂けると幸いです(>人<;)


 スラッグ

 

 身長:人間時で188cm、トランスフォーマー時で71フィート(約21.6m)

 ビーストモード:全長120フィート(約36.6m)、体高40フィート(約12.2m)

 

 〜ステータス〜

 

スラッグ 66000039歳 男 レベル:測定不能

 天職:ダイナボット/マキシマル火炎戦士

 筋力:測定不能

 体力:測定不能

 耐性:測定不能

 敏捷:測定不能

 魔力:測定不能

 魔耐:測定不能

 技能:言語理解[+獣語理解]・騎士化[+部分武装化]・変形・獣の王・魔力操作・エネルギー吸収・レーザーファイヤー・生体電流[+激力雷電] [+雷角回弾] [+雷槍角刺] [+来雷蓄電] [+瞬雷千烈]・トレイルカッターソード・重力魔法・空間魔法

 

 

 ・獣語理解

 亮牙/グリムロックと同じ

 

 ・騎士化

 亮牙/グリムロックと同じ

 

 ・変形

 亮牙/グリムロックと同じだが、彼はそこまで形態によって知能に変化はない。

 

 ・エネルギー吸収

 亮牙/グリムロックと同じ

 

 ・レーザーファイヤー

 亮牙/グリムロックと同じだが、威力は彼よりやや低め。

 

 ・ダイナボットの祝福

 亮牙/グリムロックと同じ

 

 ・トレイルカッターソード

 スラッグの専用武器である、両刃の双剣。

 ビーストモードの際にも脇腹から展開可能で、鎌付き戦車のように突進しながら敵を切り裂く事も可能。

 

 ・ダグザ

 ハジメがスラッグの専用武器として作製した特注の棍棒。

 彼の怪力に耐えられる耐久性と、後述する生体電流との相性は抜群。

 

 ・生体電流

 スラッグの持つ特殊能力。デンキウナギのように身体から電気を発生・放出する事が可能で、威力はハジメの纏雷を凌ぐ。

 電撃を飛ばす「激力雷電」や電気を纏い体当たりする「雷角回弾」、電撃の槍で串刺しにする「雷槍角刺」や頭突きの連打「瞬雷千烈」など、電気を纏った強力な技を繰り出せる。

 

 〜テックスペック〜

 ※トランスフォーマー基準として

 体力:10

 知力:4

 速度:6

 耐久力:10

 地位:5

 勇気:10

 火力:8

 技能:7

 座右の銘:「戦いの中にのみ幸せがある」

 

 〜解説〜

 伝説の騎士団ダイナボットの一人で、肉食恐竜や猪のような鋭い牙を生やしたトリケラトプスに変形する。命令されるのは基本的に大嫌いだが、「〜を破壊しろ」といった命令なら嬉々として従う。

 彼も元々は普通の雄のトリケラトプス(当時10歳)で、白亜紀末期の創造主の襲来で、シードの無差別爆撃により肉体が金属化、創造主に捕まりオールスパークでトランスフォーマーへと改造され、サイバトロン星へと連れて行かれた。

 グリムロックとは昔は食うか食われるかの関係だった事もあり、最初は衝突が絶えなかったものの、時が経つにつれ良き親友となった。

 

 『ロストエイジ』での戦いの後はグリムロックと共に故郷サウスダコタに帰還して平穏に暮らしていたところ、異世界トータスに転生した古代プライム達から援軍として召集されかけたが、同じくトータスに転生していたメガトロナスの干渉で、丁度シアが生まれた頃のトータスへと転移してしまう。

 転移したばかりは混乱していたものの、転移先がハルツィナ樹海だった事もあり、かつての故郷のような豊かな自然を気に入ってすぐにどうでも良くなり、大樹「ウーア・ウルト」周辺を新たな縄張りとして住まうようになった。

 フェアベルゲンの亜人族達からは最初こそ警戒されたが、特に興味もなかったので彼らの領域に近づいたりしなかった事から、アルフレリックの定めた不干渉という取り決めにより、接点はあまりなかったので、シアもまさか故郷に彼がいたとは知らなかった。しかしながらグゼ率いる土人族が、邪な企みからちょっかいをかけてきた際はきっちり制裁を下し、グゼにトラウマを刻みつけた。

 

 トータス転移から16年後、同じくトータスへと転移したグリムロック/亮牙と再会して転移の真相を知り、元来の好戦的な性格もあり彼らの仲間に加わる。なお、現住種族への擬態能力は転移の際に故障していたらしく、頭を叩いて修復した後、ハジメをベースに人間に擬態する事になった。

 マキシマル一行の中では一番お気楽で精神年齢が幼く、たまにとんでもない発言をしたり喧嘩沙汰を起こす事もしばしば。とは言え伝説の戦士に名を連ねるだけあって、戦いにおいては切込隊長として信頼されている。

 なおミュウに関しては妹または子分のように扱っており、自分のことを親分と呼ぶよう言っているが、まだ舌足らずな彼女からは「おやぷん」と呼ばれている。

 

 

 

 

 




スラッグの座右の銘はG1版スナールが元ネタです。

G1スラッグの座右の銘は「俺には味方も敵も必要ない」とかなり捻くれたものだったので(苦笑)


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キャラクター紹介(ストレイフ編)

7月最後の投稿となりますが、今回は番外編で本作でのストレイフの紹介となります。

言い忘れてましたが、前回でこうした番外編を除けば100話目となりました!これも読者の皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
そのため次回は、R-18編も久々に書いてみようかと考えております。

ビースト覚醒、遂に公開まで一週間を切りました。ビーストウォーズ世代として育ったので、この夏は必ず鑑賞します!







 ストレイフ

 

 身長:人間時で180cm、トランスフォーマー時で57フィート(約17.3m)

 ビーストモード:全長98フィート(約29.8m)、翼開長140フィート(約42.6m)

 

 〜ステータス〜

 

 ストレイフ・クラルス 66000603歳 男 レベル:測定不能

 天職:マキシマル狙撃戦士

 筋力:測定不能

 体力:測定不能

 耐性:測定不能

 敏捷:測定不能

 魔力:測定不能

 魔耐:測定不能

 技能:言語理解[+獣語理解]・騎士化[+部分武装化]・変形・獣の王・魔力操作・エネルギー吸収・レーザーファイヤー・風雲児[+風刀切刻] [+分身術攻] [+暴風乱打][+ 幻舞連爪] [+ 朋鋼翼撃] ・ブリッツウィングボウ

 

 ・獣語理解

 亮牙/グリムロックと同じ

 

 ・騎士化

 亮牙/グリムロックと同じ

 

 ・変形

 亮牙/グリムロックと同じだが、彼もスラッグ同様、そこまで形態によって知能に変化はない。

 

 ・エネルギー吸収

 亮牙/グリムロックと同じ

 

 ・レーザーファイヤー

 亮牙/グリムロックと同じだが、威力はダイナボットでは最弱。

 

 ・ダイナボットの祝福

 亮牙/グリムロックと同じ

 

 ・ブリッツウィングボウ

 ストレイフの専用武器であるクロスボウ。その大きさ故に、威力はバリスタどころか捕鯨砲に匹敵する。

 この他にもハジメお手製の銃火器を好んで愛用し、マキシマル随一の狙撃手として活躍する。

 

 ・風雲児

 ストレイフの持つ特殊能力。乱気流を発生させ、強烈な暴風を纏った攻撃を繰り出す事ができる。

 例として風の斬撃を飛ばす「風刀切刻」や、竜巻で拘束して連続蹴りを繰り出す「暴風乱打」に、凄まじいスピードで切り裂く「幻舞連爪」が挙げられる。

 

 〜テックスペック〜

 ※トランスフォーマー基準として

 体力:6

 知力:10

 速度:10

 耐久力:6

 地位:5

 勇気:10

 火力:7

 技能:10

 座右の銘:「至る所を撃ちまくれ―そこに敵がいるんだから。」

 

 〜解説〜

 伝説の騎士団ダイナボットの一人で、双頭のプテラノドンに変形する。ビーストモードでは二つの口で喋っている。

 『ロストエイジ』での戦いの後はグリムロックやスラッグと別れ、故郷であるブラジルに帰還して平穏に暮らしていたところ、異世界トータスに転生した古代プライム達から援軍として召集されかけたが、同じくトータスに転生していたメガトロナスの干渉で、メンバーの中でも最も昔となる600年前のトータスへと転移してしまう。そこでティオの祖父であるアドゥル・クラルスに養子として引き取られ、彼女の父ハルガ・クラルスとは義兄弟となる。また、ティオの母であるオルナとも友人であった。

 500年前の竜人族迫害の際は、人類への反撃も主張していたが、義兄であるハルガの意志を継いで、アドゥルと共に生き延びた者達を纏め上げ亡命する道を選んだ。以降は姪のティオの親代わりとなって育て上げた。

 そして現代、エヒトによる勇者召喚を察知して、ティオと共に調査に向かうが、その最中にアストロトレイン達に捕らえられ、ティオが人質に取られていた事もあり、そのままマトリクス・オブ・マリスの試作体の実験台にされてしまう。そのままウルの襲撃に利用されるが、スラッグによってマトリクスが破壊された事で解放される。以降はティオ共々、500年前の敵討ちのためにマキシマルに加入する。

 ダイナボットでは一番小柄で耐久力に劣るが、頭脳と技能はトップクラスであり、マキシマルにおいては軍医も兼任している(当人曰く、治癒魔法より科学的な治療の方が信頼できるとの談)。また、やや古風な口調で話し、ティオの事は「お嬢」と呼んでいる。

 目下最大の悩みは、グリムロックに惚れたティオが変な性癖に目覚め、ところ構わず破廉恥な真似をするようになってしまった事。そのためマキシマルの中でも一番のツッコミ役、苦労人枠となっている。

 

 

 

 

 




感想、評価お待ちしております。


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原作開始前
グリムロック・オリジン


コロナの影響で外出自粛が続く中、多くの方々の二次創作を参考に書かせていただきました。稚拙な駄文ですが、宜しくお願いします。

なおこの設定は、私が考えた実写版トランスフォーマーの独自設定です。
ありふれ本編開始までしばらくお持ちいただけると幸いです。



追記:1話と2話がそれぞれ短かったため、思い切って一話にまとめ直しました。


 6600万年前の白亜紀後期、地球は恐竜たちの黄金時代であった。後に出現する人類とは異なり、地球環境を破壊することなく彼らは、1億5000万年もの繁栄を遂げたが、その終焉は突如として宇宙から到来した…。

 

 後にアメリカのサウスダコタ州となるある地域、そこに一頭の雄のティラノサウルスがいた。全長12mにもなるこの肉食恐竜は、その日獲物を仕留めた後、大きな肉塊を加えて巣へと戻ってきた。そこには彼の番となる雌と、彼らの子どもである2頭のまだ小さな幼体が待っていた。雄は肉塊を吐き出し、小さく噛みちぎったものを我が子らに与え、残りを子守に専念していた妻へと与えた。恐竜の中でも知能が高めとは言えティラノサウルスに、家族愛や幸福といった感情を持ち合わせているのかは分からない。しかし雄はこの家族の団欒を楽しむかのようであった。

 

 突如として轟音とともに空が暗くなった。驚いたティラノサウルス達が空を見上げると、見たこともない巨大な巻貝のようなものの集団が空を覆っていた。一体これは何だと驚愕していると、遠くの巻貝達から細長い卵のようなものが落ちてきた。それは地表に近づくと、一部が突然割れたかと思いきや大爆発を起こし広範囲を金属へと変えていった。

ティラノサウルスの夫婦はこの光景に底知れぬ恐怖を感じ、我が子達を連れて急いで巣から逃げた。他の恐竜たちも我が身に迫る危険を感じ、押し合いになりながらも空中の巻貝達から逃れようとした。しかし巻貝達はお構いなしにその物体を次々と投下、逃げ惑う恐竜たちを容赦なく金属へと変えていった。

 

 

 

 雄のティラノサウルスは、その爆発に巻き込まれながらも奇跡的に生きていた。何があったのか未だに状況が読めかったが、それでも必死に妻と我が子らを探した。ようやく見つけた時、妻と子ども達は物言わぬ金属の骸と化し、横たわっていた。彼はその無残な光景を目にし、怒りと哀しみの混ざったかのように咆哮した。周囲には同じく金属化した恐竜たちの死体も転がっていた。

 

 一体、何故自分たちがこのような目に遭わなければならない。

 

 雄がそう考えたのも束の間、巻貝達が触手のようなものを伸ばして、恐竜たちの死体を回収し始めた。その姿に抑えようのない怒りが湧き上がった彼はその触手に食らいつくが、触手は意に介さず彼ごと死体を抱え、本体へと戻っていった。やがて巻貝の群れは、一通り金属化した死骸を回収していくと、再び空高く飛び立ち、宇宙の彼方へと去っていった。地球からは恐竜たちが消え去り、静寂に包まれた。

 

 

 これこそが、白亜紀末の地球に起きた恐竜絶滅の真相であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分たちの平穏を突如として奪った巻貝にそのまま連れていかれたあの雄のティラノサウルスはどうなったのであろうか。

 

 結論からいうと、彼は死んでいなかったが、その身体はかつてと違い大きく変化していた。まず体格だが、彼は多くの同族の成体と同じく全長12m程だったが、あの爆発に巻き込まれてからは急激に巨大化し、同族の3倍以上にもなる42.6mにまで大きくなっていた。さらに頭部からは、後に出現する人類の伝承に登場するドラゴンのような1対の角が生えていた。しかし何よりも急激に変化したのは肉体である。彼の体を構成するすべての有機物質は、すべてが金属に置き換わっていたのだ。

 

 しかしティラノサウルスは自身の肉体の変化に全く気付いていなかった。彼の脳裏に遭ったのは、自身の家族を捕食するわけでもなく虐殺した巻貝どもに対する復讐しかなかった。巻貝の内部に引き込まれた彼は、すぐさま暴れ回り、せめてこの一頭だけでも身体中を食い千切って道連れにしてやろうとした。

 

 

「ほう、まさか生き残りが乗り込んでいたとは。しかしこれは凄いな」

 

 

 聞いたことのない声が聞こえ、ティラノサウルスはその方向を見た。そこには見たことのない生物がいた。体格は自身よりはるかに小柄で、身体は恐竜のような鱗も羽毛もなく、見るからに弱弱しい生物だった。しかしティラノサウルスは本能的に、この生物の危険性を感じ取り悟った。こいつこそがこの巻貝の親玉だと。

 

 彼はすぐさま口を開くと、その生物に噛み付こうとした。だが食らいつく寸前、その生き物が放った光が身体に纏わりつき、彼の動きを封じてしまう。

 

「いやはや野蛮な奴だ。だが貴様はまさに儂が生み出す新種族として相応しい。我が英知の力を以て、新たな種族へと進化させてやろう」

 

 その生物はそう言うと、懐からキューブ状の物体を取り出した。するとそのキューブから謎の光がティラノサウルス目掛けて放たれた。突然のことにティラノサウルスはよけることもできず、その光を受けてしまった。

 

 たちまち彼の肉体に異変が起きた。肉体が大きく作り変えられる感じが、ティラノサウルスにも感じることが出来た。だが不思議にも身体に激痛は起きなかった。しかし肉体が、自分の知らない何かに代わっていく様はただ恐ろしく、彼は咆哮した。

 

 

 

 「グオアアアアァァァァ!!」

 

 

 

 すると彼の肉体に文字通り変化が起きた。その巨体を支えていた2本の後肢は、逞しい2本の腕へと変化し、胴体や尾はまるでパーツが折りたたまれるように新たな足と胴体構成していき、巨大な頭は角が折りたたまれ左右に分かれて両肩に収まった。そして最後に頭が現れた。恐竜の時よりも小さいが、口には鋭い牙、額には長い1本の角、そして燃え盛る炎のように紅蓮に輝く瞳を備えた頭だ。

 

 すべての変化が終わった後、ティラノサウルスは大きく変わった自分の姿にただ驚愕していた。そこへあの小さな生物が近づき、こう告げた。

 

「おめでとう、君は新たな種族へと進化した。今日から君の名はグリムロックだ。それでは君を新たな故郷へと連れていこう。サイバトロン星にね」

 

 

 

 

 

 




これが本作でのグリムロックのオリジンです。

彼を変えた存在とその力は、後々明かされていく予定です。

感想お待ちしております。


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ダイナボット

本話でダイナボットの結成と、彼らが伝説と呼ばれるようになった所以が明かされます。

かなりの独自設定が含まれています。


 グリムロックと名付けられたティラノサウルスは、自身を改造した生物によって新たな住処、サイバトロン星へと連れていかれた。彼はその惑星の姿に驚いた。なぜなら水と植物に覆われた地球とは異なり、惑星全体が金属で覆われた世界だったのだ。

 

 さらに驚いたことに、あの生物によって姿を変えられたのは彼だけではなく、まだ3頭いたのだ。彼らもまた、従来の姿とは大きくかけ離れた外見となっていた。

 

 一頭目はかつてグリムロックの獲物の一つであったトリケラトプスであった。しかし口には鋭い嘴の代わりに無数の長い牙が生えており、3頭の中でも特に気性が荒かった。彼はスラッグと命名されていた。

 

 二頭目は地球では空を舞っているのをよく見かけた翼竜だった。しかし驚きだったのは、まるで二頭を繋ぎ合わせたかのように二つの頭と二つに分かれた尾を生やしていた。そのような異形な姿とは裏腹に人懐っこい性格の彼はストレイフと命名されていた。

 

 三頭目はグリムロックも今まで見たことない肉食恐竜だった。彼よりも大きな体躯を誇りながら、顔はワニのように細く、前足も長く発達していた。そして何より、背中には無数の長い針が3列に渡って生えていた。スコーンと命名された彼の種族は、後にスピノサウルスと命名される別の大陸の恐竜であったが、当時のグリムロックには知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この星の種族は儂が創り上げた。君たちは現在この星の統治するプライム王朝の兵士となってもらう。そのために君たちを進化させ、金属を集めたのだ」

 

 そういうとその生物は、地球から持ち出した金属化した有機物に、あのキューブの光を当てた。するとたちまち金属から新たな生き物たちが生まれた。体格こそはるかに小柄だが、グリムロック達のように直立二足歩行で立ち上がる生物だ。

 グリムロック達は、それがかつての自分の同族たちの亡骸から生み出されたのを理解すると、腸が煮えくりかえった。しかし怒りを露わにしてその生物に飛び掛かろうとしても、見えない力で動きを封じられてしまい、どうすることもできなかった。

 

「わしは君たちの創造主だ。子なら親に従いなさい」

 

 その生物は子を諭すように告げるが、その言葉に子を想う気持ちがない事はグリムロック達にも分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてグリムロック達は、この星の支配者たちのもとへと連れていかれた。彼らこそがこのサイバトロン星を統治する7人のプライムであった。

 

「プライム達よ、この者たちが諸君の眷属となる者達だ。まずは彼らを導き文明を築くがよい。繁栄のため、我が英知たるオールスパークを諸君らに託そう。楽しみにしているぞ」

 

 そう告げて創造主は艦隊を率いて去っていった。プライム達は新たに生まれた同族としてグリムロック達を歓迎した。グリムロック達は複雑な気分だったが、今となってはこの星で暮らすしかないことを悟り、彼らの歓迎を受け入れた。だが彼らには、プライムの一人が、特に自分たち4体を嫌悪するかのような目つきで見ていることに気付いていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから何千万年も時が流れた。グリムロック達4体は、プライム王朝を守る直属騎士として仕えていた。彼らは自分達の寿命が異常なまでに延びたことに驚愕していたが、何より自分たちが他のサイバトロン人のように直立二足歩行の姿に変身した時の能力にも驚いていた。自分たちが戦うときになると、身体から戦うために特化した道具を展開できるのだ。他のサイバトロン人はこれを武器と呼び、様々な形のものを用いていた。その中でも彼ら4体のものは大きく破壊力があった。

 

 スラッグは長大な二振りの剣トレイルカッターソード、ストレイフは高速の矢を放つ弩ブリッツウィングボウ、スコーンはその巨体に比べれば小さいが鋭い切れ味を誇るスクラップメーカーソードに長い尾がそのまま変化した左腕を、それぞれ武器としていた。そしてグリムロックは、己の身の丈ほどもある槌矛ドラゴントゥースメイスに、拳から展開するモーニングスターを武器としていた。

 

 望んで選んだ生き方ではなかったが、彼らにとってそうした能力は嫌いではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてサイバトロン星では、サイバトロン人の命の源である「エネルゴン」が枯渇し始めてきた。これを機に、プライム王朝はエネルゴンを求めて大規模な宇宙遠征を行うことにした。その中には、当然グリムロック達4体も召集されていた。

 

 そして遠征隊は、エネルゴンを生成できるほどのエネルギーが満ちた恒星を見つけた。そして恒星を破壊しエネルゴンを生成する装置「スターハーベスター」を設置するために、その恒星を周回する惑星へと降りたった。

 

 グリムロックはその惑星に降り立ったことで、ようやくこの星が何千万年も前に去った故郷であることを思い出した。4体はそれぞれ、自分たちのかつての同族を探したものの、分かったのは既に同族が滅び去り、新たな生物が生態系に君臨していることだった。

 

 同族と再会できなかったことにグリムロック達は悲しみに暮れたが、それでも故郷が存続していたことが嬉しかった。彼らは主君であるプライム達に直談判した。

 ここが自分たちの故郷であり、あの恒星と共に成り立っていることから、エネルゴンを得れば今度こそこの星の生命は死に絶えてしまう。それだけは勘弁してほしいと。

 もともとプライム達は「生命体の住まう星は滅ぼさない」という掟を掲げていたこともあり、グリムロック達の望みを聞き入れた。

 

 だが一人、この掟に背いた者がいた。かつてプライムの中で唯一グリムロック達に嫌悪感を抱いていた、メガトロナス・プライムだ。

 

「我らサイバトロン人はこの宇宙の頂点に立つ種族である。それに引き換えこの星の種族は原始的な下等生物だ。そんな連中に生きる権利などない。それに卑しい生まれの貴様ら如きの言い分をプライムである俺が聞くとでも思ったか。身の程を弁えろ。我が種族の存続のため、この星の連中には滅びてもらう」

 

 そう告げると彼は、自らに賛同する眷属たちを率いて「ディセプティコン」を結成、スターハーベスターの起動を強行するため、作動の鍵となる「リーダーのマトリクス」を奪ってしまう。

 

 当然他のプライム達もグリムロック達も、メガトロナスとディセプティコンの暴挙を許さなかった。彼らは一致団結して「オートボット」を結成、ディセプティコンの野望を阻止すべく、サイバトロン初の内戦が勃発した。

 

 激しい戦いの中、グリムロック達もプライム達も地球の生命を守らんと奮戦し、多くのディセプティコンを討ち取った。だが敵将たるメガトロナスはプライム達の中でも最強の実力を誇り、討ち取ることは叶わなかった。しかしグリムロック達は諦めず、激闘の末にメガトロナスに深手を負わせて宇宙へと敗走させ、マトリクスの奪還に成功、戦争を終結させることに成功する。

 話し合いの末、マトリクスを自分たちの命と引き換えに地球に封印することを決めたプライム達は、別れる際グリムロック達にこう告げた。

 

「君たちは故郷に住まう全ての命とその未来を守るために勇ましく戦った。これより君たち4人をダイナボットと呼び、子孫たちにその偉業を語り継がせよう。我らが君たちにできる唯一の褒美は、自由だ。もうサイバトロン星に縛られる必要はない。この故郷に留まっても、新たな新天地を見つけるのも構わない。何者にも屈せず自由を謳歌せよ」

 

 こうしてプライム達は去り、自由を手にしたダイナボット達は生き残ったオートボット達にサイバトロン星を任せ、自分たちもただ自由の名のもとに、安息の地を探す旅へと出るのであった。

 

 

 




ありふれの2次創作なのに、未だ原作キャラ出せずにすみません。次回でロストエイジから最後の騎士王まで書き上げたいと思います。

感想、評価お待ちしております。


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新たなる戦いの時代

冒頭はオリジナル展開で、後半はロストエイジでの活躍となります。次回ぐらいで最後の騎士王終わらせてありふれに移りたいと考えてます。

なお、本作ではダイナボット達はG1シリーズのアニメと同様、サイバトロン星出身じゃないが故に、エネルゴン以外の物質も栄養源として摂取してエネルギーに変換できるという設定になっております。


 メガトロナスの野望を打ち砕いて故郷である地球を守り切ったグリムロック達。彼らはプライム王朝より「ダイナボット」の名と自由を与えられ、自分たちの安息の地となる場所を求めて旅に出た。

 

 あの戦いから何千年もの年月が流れた。ダイナボット達は自分たちの安息の地となる世界を求めて宇宙各地を巡り、ようやく理想的な惑星を見つけた。その惑星はかつて彼らが恐竜だった頃の地球をそのまま再現したかのような世界で、現住する生物たちも中生代当時の生物に酷似したものだった。

 

 彼らはこの世界を気に入り、「ダイナボットプラネット」と名付け、移住することに決めた。無論、この惑星の現住生物に害とならないよう、共存の道を選んだ。

 

 ダイナボットプラネットでの生活は暮らしは申し分なかった。かつて彼らが餌としていた動植物に似た生物も存在しており、更には石油や石炭といった天然資源も豊富であり、一般的なサイバトロン人と違ってエネルゴンなしでも生存できる彼らには最適な世界であった。生物たちもこの新たなる4体の住人達を恐れることなく、調和のとれた生活を送っていた。

 

 

 

 だが、幸せは長くは続かなかった。

 

 

 

 それからしばらくして、ダイナボットプラネットに一隻の巨大な宇宙船が飛来した。現住生物達には分からなかったが、ダイナボット達にはそれがサイバトロン星由来の者であることがすぐに分かった。

 宇宙船から降りてきたのは、身長6.6mほどと、ダイナボット達から見れば小柄なサイズのトランスフォーマーだった。しかしダイナボット達は、このトランスフォーマーの体に刻まれた数々の古傷や装備した武装から、彼が歴戦の戦士であることをすぐ見抜いた。

 

 「お前たちが伝説に名高いダイナボットどもだな。俺はロックダウンだ。お前たちの創造主の命令でお前たちを捕らえに来た。ともに来てもらおうか」

 

 そう告げたこのロックダウンは、待機させていた自分の同型の部下や、地球でいう狼に似た姿のスチールジョー達に一斉に指示を出して襲い掛かった。

 

 創造主、その言葉を聞いたグリムロック達の脳裏には、かつて自分たちを故郷から連れ去り改造したあの生物の姿がよぎった。

 奴はまた、自分たちの幸せを奪うつもりなのか。今度はそうはさせない。

 そして彼らは新たな故郷での暮らしを守るため、ロックダウンの軍勢に立ち向かった。

 

 はじめは圧倒的な力を誇るダイナボット達が優勢だったが、戦闘が長引くにつれ、徐々に兵の数や武器の最新性など戦力で勝るロックダウン達に押されて劣勢に立たされていった。そして遂に、敵船が有する巨大なマグネットによって、彼らは4体とも捕らえられてしまう。

 

 船へと連行された彼らはそれでも抵抗を試みたが、ロックダウンは彼らを嘲笑うように告げた。

 

「お前たちがサイバトロン星から去ってしばらくの間、オートボットとディセプティコンの連中は性懲りもなく戦争を続け、挙句の果てにサイバトロン星は滅んじまった。そればかりか地球を含めた宇宙全体にまで戦争を拡大する始末だ。今はディセプティコンが壊滅状態になってオートボットが優勢だが、創造主たちは駒であるお前達の所業にご立腹でな。崩壊した宇宙のバランスを立て直すために、すべての駒を一度自分の手に戻したいのさ。次は地球に行く。最期の標的、オートボット総司令官オプティマス・プライムを捕らえにな。逃げようなどとは考えないことだ。もし脱走を試みた際は、お前たちが移住した惑星を滅ぼしても構わないと、創造主からの許しを貰っているからな」

 

 この言葉が嘘でない事はダイナボット達にはすぐ理解できた。彼らは恐竜だった頃より優れた五感により、この船にかつて自分たちの故郷を滅ぼしたあの卵のようなものがある事を感じ取っていた。このまま抵抗を続ければ、間違いなくこの惑星に甚大な被害がもたらされることを本能的に悟った。彼ら4体には、この惑星の種族の未来を犠牲にすることはできなかった。伝説の戦士たちは、屈辱を感じながらも降伏を受け入れざるを得なかった。

 

 こうしてダイナボット達は囚われの身となり、望まない帰郷を果たすことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリムロックの脳裏は激しい怒りで満たされていた。かつて自分の番と子ども達を殺し、自分を異形へと変えたあの憎き創造主によって、再び平穏を奪われたのだから無理もない。窮屈な牢獄で宙づりに拘束されながらも、必ずやこの屈辱を晴らさんと怒りの炎を滾らせていた。

 

 ふと監獄の中に懐かしき匂いが流れてきた。間違いない、生まれ故郷に戻ってきたのだ。然しこの臭いは何だ。空気には不愉快な悪臭が混じっており、何より驚いたのは、何千年も前に戻ってきた時に頂点捕食者に君臨していたあの二足歩行の哺乳類の臭いがするが、この臭いの強さから、かつて訪れた時とは比べ物にならない個体数が棲息しているのが分かった。

 

 それからしばらくして、あの忌々しい卵の臭いがなくなったのと同時に、青と赤のカラーリングのトランスフォーマーが連行されているのが見えた。こいつが話に聞いた現在のプライムなのだろうか。グリムロックがそう考えているうちに、そのトランスフォーマーもまた宙吊りにされて牢に入れられた。

 やがて騒がしい声が聞こえるとともに、また別のトランスフォーマー達が牢獄に入ってきた。彼らの話を聞く限り、やはりあの青と赤の巨漢がオプティマス・プライムらしい。

 そう考えていると、プライムが部下に対して、この部屋は一隻の船になっており、本船から切り離して脱出が可能だと告げた。それを聞いてすぐ、彼の部下のでっぷり太ったトランスフォーマーが操縦を行い、言葉通り本船からの脱出を果たした。しかしグリムロックには、自分たちは自由になれるのかの不安がよぎっていた。

 

 それからしばらくして、牢の外が騒がしくなったと思ったら、急に衝撃が走り、船全体が揺れ始めた。恐らく敵の攻撃を受けたのだろう。船はしばらく揺れた後、どこかに墜落したのか衝撃が走った。

 グリムロックは耳を澄ました。どうやらプライムと部下2体が無事なようだが、他の部下2体とこの星の協力者たちが遭難したらしい。しばらくするとプライムが牢内に入ってきた。見事な剣を手に取り、彼の牢を壊すとこう告げた。

 

「伝説は本当に実在する」

 

 何千年ぶりに聞いたサイバトロン語にグリムロックは懐かしさを感じた。その間にプライムは彼の拘束を外し、残る3体のダイナボット達も解放していった。

 

 久々の緑の大地を踏み占めることに静香ながらも喜ぶダイナボット達に対し、オプティマス・プライムは語り掛けた。

 

「伝説の戦士達よ、我らの創造主達が今、我らを滅ぼそうとしている。共に戦おう。それとも永遠に創造主達の僕でいるか?今こそ共に立ち上がるのだ。それとも、私を敵に回すというのか?」

 

 この若造は我らの助力を求めているのか、面白い。貴様が協力するに値するか、この俺に見せてみろ!

 

 グリムロックは一声唸るとそのままドラゴントゥースメイスを振り下ろし、更には拳をモーニングスターへと変形させてオプティマスに殴りかかり、オプティマスはその攻撃を巧みにかわしていく。やがてオプティマスはグリムロックの顔面目掛けて飛び掛かり、強烈なパンチをお見舞いし叫んだ。

 

「力を合わせねば生き残れないぞ!私が導く!」

 

 なるほど、この若きプライムは中々強い。だがまだだ。俺のもう一つの姿の攻撃に耐えられるか見せてもらおう。そう考えたグリムロックは両腕を地面に振り下ろすと、身体のパーツを折り畳み、瞬く間に巨大なティラノサウルスへと変身を遂げる。

 近くで見物していたプライムの部下たちが驚愕する中、グリムロックはお構いなしに炎を吐き散らしながらオプティマスへと突進する。さあ若造、これをどうかわす?

 

「自由を与えると言っているのだ!」

 

 そう告げるとオプティマスは左腕に装備した盾でグリムロックを殴りつけた。流石の彼も勢いがついてかわし切れず、そのまま地面に倒れこんだ。そこへオプティマスが近づき、背に跨りながらこう告げた。

 

「いいか、我が友を守るのだ。さもなくば死だ」

 

 なるほど、我らを従えたい理由は守りたい奴らのためか。まるでプライム王朝のプライム達を思い出すな。いいだろう、我らダイナボット、再びオートボットに助太刀しよう!

 

 そう告げるかのようにグリムロックは雄叫びを上げた。その声を聞き、残る3体も変形を始めた。彼らも不服はないようだ。スコーンは緑の小うるさい奴を、スラッグは青い寡黙な戦士を背中に乗せるのを許した。かくしてオートボットとダイナボットの連合軍は出陣した。

 

 彼らは久々に大地を疾走した。本来の恐竜より身体能力が格段と上がっているが、彼らは瞬く間に人造トランスフォーマーたちの暴れ回る香港へと辿り着いた。

 

 グリムロックは人造トランスフォーマーを見つけると、不快な臭いを嗅ぎつけた。どうやらこいつらの体には同族の亡骸や他のサイバトロン人の死体で出来ているらしい。しかし中身は空っぽで、生命としての精気がない。

 そんな連中に対して、ダイナボットもオートボットも容赦はなかった。己の持てる全ての力を以て、切り裂き、撃ち抜き、噛み砕き、踏みつけ、焼き尽くした。人造トランスフォーマーは瞬く間に殲滅されていった。

 

 戦いが一段落すると、オプティマスがあの地球の生き物たちの一団の一人に話しかけた。話を聞く限り、どうやらこいつが元凶の一人らしい。はっきりと反省の言葉を述べない事に苛立ったグリムロックはその男に大きく吠え掛かった。吠えられた男、ジョシュア・ジョイスはようやく反省の言葉を述べた。

 

 どうやら紛い物共の狙いは、こいつがロックダウンから受け取ったあの卵が狙いだったらしい。これが爆発すれば、また多くの命が犠牲となる。グリムロック達は彼らごとその忌々しい兵器を安全な場所へ避難させるため、彼らの護衛についた。

 

 厄介なことに、ロックダウンの軍勢が戻ってきた。恐らく牢ごと脱獄したことに気付いたのだろう。あの忌々しいマグネット兵器を起動し、周囲をお構いなしに破壊していく。再び捕まりかけたグリムロック達だったが、寸前のところでオプティマスが兵器を破壊したことで何とか危機を脱した。

 

 オプティマスは単身ロックダウンとの決着を着けに向かった。グリムロック達もロックダウンに復讐したかったが、まだあの卵を狙って紛い物共が攻めて来るやもしれぬと言い聞かせ、大河を挟んで守りに徹する道を選んだ。先ほどの圧倒的な蹂躙もあって紛い物共も恐れをなしたのか、一切近づいては来なかった。

 

 遠くで爆発音が響いた。どうやらオプティマスがロックダウンを討ち取ったようだ。奴の宇宙船も、この町の軍団によって追撃を受け、墜落も時間の問題だろう。ダイナボット達は自分たちの勝利を悟った。

 

 戦いから戻ってきたオプティマスは、約束通りダイナボット達を自由の身とした。グリムロック達は再び手にした自由に歓喜し、各々が恐竜の姿へと戻ると、それぞれ去っていった。

 

 グリムロック達は、これから自分たちに待ち受ける困難など知る由もない。彼らがかつて戻ってきたころと地球は大きく様変わりしてしまっていた。それに第2の故郷であるダイナボットプラネットには、恐らくもう戻れないだろう。

 

 それでも彼らは、そんなことなどお構いなしと言わんばかりに、再び手にした自由をひたすらに謳歌していた。

 

 

 

 




ほぼ説明文に近くなっちゃった気がしますが、温かい目で見守って頂けると幸いです。

感想、評価お待ちしております。


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そして騎士は別世界へ

最後の騎士王編です。オリジナル設定がたくさんあります。


 グリムロック達ダイナボットが故郷に戻り、再び自由を手にしてから数年が過ぎた。

 

 あれからグリムロックは現在の故郷やトランスフォーマー達の状況を自分なりに調べた。どうやらかつて自分達に変身能力を与えたあの立方体「オールスパーク」が、激しい内戦の最中サイバトロン星から紆余曲折の末にこの星へと流れ着き、それを機に両軍のトランスフォーマー達が地球を訪れるようになったらしい。

 特にディセプティコンは地球を領土として支配することを目論み、何度も侵略を目論んだようだ。しかもその中には、かつて敗走した仇敵メガトロナスもいたらしい。だが、オプティマス・プライム率いるオートボットらの活躍その野望はことごとく潰えたらしい。

 だが、その戦いに巻き込まれ続けた現在の頂点捕食者「人類」どもは、そんな彼らを両軍問わず「外敵」とみなし始め、オートボット達すらもまるで害虫のように始末し始めたそうだ。かつて自分達が倒したあの紛い物どもは、そうして「駆除」された者達の亡骸を使っていたそうだ。

 

 かつては頂点捕食者として縄張りを持っていたグリムロックは、自分達の世界を外敵から守りたいという人類の防衛本能は僅かながらも共感できた。しかし、彼には人類を好きになれなかった。

 確かに故郷の内戦を他の惑星まで持ち込んだトランスフォーマー達は人類にとって気に食わない存在かもしれない。だがオートボット達はあくまで共存を望み、侵略を目論むディセプティコンを必死に食い止め人類を守ってきた。それなのに追い出すどころかその命を奪うのは、恩知らずにも程がある。

 それに人類の所業も気に入らなかった。数千年前と違い、膨大な数に増殖した人類は、自分達の文明の繁栄のため、この星の自然環境を大きく破壊していった。戻ってきた時に空気に悪臭が混じっていたのも、奴らかこの星を汚し続けたせいだと知った。

 かつて大地を闊歩していた頃、自分達はこの星の自然環境とうまく共存を図ることが出来ていた。しかし人類は、支配者面してこの星を穢し、自分達のことを棚に上げてオートボットを悪とみなしている。グリムロック達ダイナボットにはどうしてもそれが許せなかった。

 

 それでも、人類の中にも良いと思える者がいた。あのオプティマスと共に戦ったケイド・イェーガーだ。奴はトランスフォーマーを忌み嫌う連中から酷い目に遭わされながらも、怪我をしたオプティマスを助け続けた。何の見返りもないというのに。

 更にケイドにはテッサという娘がいた。彼は既に妻を亡くし、何度も厄介な目に遭いながらも娘を守り続けた。だからこそテッサもケイドを慕い、あの憎きロックダウンとの闘いにも力を貸してくれたそうだ。

 かつて我が子を守れなかったグリムロックには、我が子の傍に寄り添い続けたケイドが羨ましく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくしてダイナボット達はそれぞれの故郷へと戻ることにした。もう自分達の知る世界ではなくなったが、それでも自分達の生まれ育った地に戻りたかった。

 スコーンは海を渡り別の大陸を目指した。聞いてみると、かつてメガトロナスと戦った地の近くが彼の故郷らしい。空を飛べるストレイフは南へと下って行った。

 

 グリムロックはスラッグと共に、かつての故郷サウスダコタへと戻った。大地は乾燥し、緑に生い茂った巨木は最早一本も生えておらず、何より同族は1頭残らず滅び去ってしまっていたが、懐かしの故郷を踏みしめることに彼らはただ喜んだ。

 驚いたことに、そこにはケイドや、オプティマスの部下のオートボットたちもいた。彼らによると、どうやらトランスフォーマーを嫌う連中から逃れるため、ここに隠れ住んでいるそうだ。

「お前達も一緒に暮らさないか?その方が安全だろう」

 自分達なら人類が何匹来ようが撃退できる自信があったグリムロックとスラッグだったが、同族もいない中、気に入っている存在のケイドの誘いは嬉しかった。

 

 彼らとの暮らしはいつも賑やかだった。バンブルビーはやや幼いところがあるものの勇敢な奴だし、太っちょのハウンドは気さくな奴だ。気難しいドリフトや皮肉屋のクロスヘアーズ、危うく踏んでしまいそうになるほど小さいのに口の悪いホィーリーも、一緒にいると面白い。

 時折美味そうにみえたものを見境なく食うと、ケイドからはすごく叱られた。やれこれを食うな、あれは踏み潰すなよと口うるさかったが、それでも不思議といやな気分にはならなかった。

 時たま隠れ家にはデイトレーダーという胡散臭い奴が来た。あまりこいつは好きにはなれなかったが、それでも「ある者たち」を連れて来てくれたことには感謝している。

 それは3匹の恐竜たちの雛だった。無論本来の姿ではなく、グリムロック達と同様に金属の肉体をしていた。デイトレーダーによると、どうやら撃墜されたロックダウンの宇宙船の奥深くに捕らわれていたのを見つけたらしい。

 そのうちの一匹はグリムロックと同じティラノサウルスだった。まだ小さくひ弱だが、口から勇ましそうに火を噴く姿には後の戦士の風格が漂っていた。

 この3匹を気に入ったケイドは彼らを引き取り、親代わりとなって育てた。グリムロックとスラッグも、まさか同族と会えるとは思わなかったたので、彼らを歓迎した。

 

 しばらくすると、ケイドはジミーという人間を仲間に加え、彼に留守を任せてバンブルビー達と共に出撃するようになった。

 ハウンドに聞いてみると、各地で隠れ住んでいるオートボット達を、トランスフォーマーの排除を目論む人間から助けに行くらしい。娘テッサとは、その戦いに巻き込まぬよう別々に暮らす道を選んだようだ。

 

 そうした日々が続く中、隠れ家に思わぬ客がやってきた。イザベラという人間の少女と、スクィークスという小柄なオートボットの少年だった。どうやら彼女達も居場所を追われ、ケイドに助けを求めたらしい。

 最初こそケイドは邪険にしていたが、次第に彼女らを受け入れていった。グリムロックも、トランスフォーマーを嫌悪することなく親身に接するイザベラを気に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、隠れ家にけたたましい騒音が響いた。ケイドが敵が攻めてきたと叫んだ。皆は急いで隠れ家から撤退していった。

 グリムロックとスラッグは地下に潜って身を隠した。匂うのは人間だけじゃなかった。エネルゴンと火薬の匂いに邪悪な声、ディセプティコンもいるようだ。

 

 なぜ人間がディセプティコンと協力している?あれだけトランスフォーマーを忌み嫌い、オートボットを追い立てたのに、何度もこの星に害をなしたディセプティコンの肩を持つ気なのか?

 

 グリムロックは久々に激しい怒りを覚えた。

 

 地下を掘り進んでいると、人間の軍団が近づいているのが感じられた。彼とスラッグは怒りのままに地上に飛び出し、瞬く間に敵を蹴散らしていった。

 だが風に漂う匂いから、ディセプティコン達がケイド達に迫っているのが分かった。グリムロックはスラッグに人間どもの足止めを任せると、全速力で彼らのもとへと向かった。

 

 グリムロックが駆けつけると、ケイドとイザベラが今まさにディセプティコンに撃たれそうになっていた。彼は長い尾で敵を薙ぎ払うと、2人が逃げられるよう立ち塞がった。

 そこからは一方的な蹂躙となった。グリムロックはその強靭な顎でディセプティコン達を徹底的に叩きのめした。そのうちの1人ドレッドボットは哀れにも、彼の鋭い牙でずたずたに噛み砕かれてしまった。

 他のディセプティコンも、待ち伏せしていたバンブルビー達の攻撃を受けて総崩れとなり、リーダーの指示のもと撤退していった。

 

 かつて戦ったメガトロナスやロックダウンと比べて遥かに弱かった敵に内心呆れながらも、グリムロックは勝利を喜んだ。

 すると彼らの前に、一体の人間程のトランスフォーマーが現れた。彼は何か色々と話した後、ケイドとバンブルビーを連れていった。

 イザベラやジミーは心配していたが、グリムロックはケイドやバンブルビーの強さを認めていたため、直ぐに帰ってくるだろうと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が去ってから暫くして、再び隠れ家に戻っていたグリムロック達の前に、見慣れた物が現れた。かつて彼らを幽閉していたロックダウンの宇宙船だ。どうやら人類に撃墜された後、デイトレーダーが回収・修理して、オートボットに売ったようだ。

 ハウンド達は、これでバンブルビー達を迎えに行くらしい。イザベラやジミーもケイドに逢いたいようで、ついていくそうだ。

 

 グリムロックとスラッグは同行したかったが、かつて自分達を幽閉していた牢獄には近づきたくなかった。何より、あれに乗るとまた故郷に戻れなくなってしまう気がしたのだ。

 2体は仕方なく留守番として残ることになった。オートボット達には悪いが、もうあのような辛い思いは味わいたくなかった。

 宇宙船が水平線の彼方に消えると、2体は何かで気を紛らわせられないか考えた。

 

 

 

 

 

 突如、グリムロックとスラッグの体に蒼白い電流が纏わりつき、彼らの全身を覆った

 2体にはこの光の正体がすぐに分かった。かつてメガトロナスの眷属の一人として敵対しながらも、後に和解し戦友となったジェットファイアが使っていた瞬間移動能力「スペースブリッジ」と同じエネルギーだ。

 しかし、この能力は自分たちが知る限りではジェットファイアぐらいしか使えないし、何より自分達の両方ともこの能力を持っていない。

 

 2体の頭の中が混乱している間も、エネルギーは強くなっていき、やがて大きな光が弾けた。光が消えた後には、巨体を誇った2体のダイナボットの姿はどこにもなかった。

 

 グリムロック達はまたしても、望まぬ形で故郷を去ることとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本作では最後の騎士王でスコーンとストレイフが登場しなかったのは、アメリカ国外にいたため、という設定にしました。まあ伝説の騎士と謳われた戦士が、人間に倒されるとは思えませんし。

スコーンはスピノサウルスという事もあり故郷はエジプトに、ストレイフの故郷は本作では翼竜の化石が多く見つかるという事でブラジルにしました。

また、グリムロックとスラッグ程の最強戦力が最終決戦に加わらなかった理由として、本作ではかつての牢獄であるあの船が気に入らなかったから、という設定にしてみました。

感想、評価お待ちしてます。


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人間になったグリムロック

ようやく実写映画からありふれの世界に入ります。少し原作キャラでオリ設定あります

タイトルは『アニメイテッド』第37話が元ネタです。

グリムロックと言えばG1で見られた戦闘狂・傲慢なキャラクター像を思い浮かべる方が多いかと思いますが、本作ではアドベンチャーの「気は優しくて力持ち」やサイバーバースの「ちょっとやんちゃな兄貴分」といったキャラクター像を意識しています。


 グリムロックは目を覚まし、辺りを見回した。空は真っ暗となっており、隠れ家の近くにはなかった人間の住宅がたくさんある。やはりあの光はスペースブリッジだったようだ。サウスダコタとは別の地に転送されてしまったらしい。

 

 だが何かおかしい。普通なら自分は人間の住宅のほとんどを見下ろすことが出来るのに、今は見上げる形になっている。それに身体の調子もおかしい。異様なまでに軽くなった気がする。

 ふと手を見てみると、彼は驚愕した。その腕は金属でできた逞しい剛腕ではなく、弱々しい肌色の肉質なものになっていたのだ。近くに水たまりがあったので、彼は慌てて覗き込み、またしても驚いた。その顔は厳めしい金属の顔ではなく、可愛らしい人間の顔が映っていたのだ。

 

 グリムロックは人間の赤子の姿になってしまっていたのだ!

 

 何故だ!一体、どうして俺はこんな姿になっている!?

 

訳が分からなくなり、彼は唸り声をあげたが、赤子となった今の彼にはただ泣き声しか発することが出来なかった。やがてその鳴き声に驚いたのか、けたたましいサイレンと共にパトカーがやってきた。

 グリムロックは降りてきた警察官に立ち向かおうとしたが、赤子となってしまった彼にはどうすることもできず、抵抗空しく連れていかれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警察に捨て子として保護されたグリムロックはその後、児童養護施設へと引き取られた。グリムロックはなぜこんなことになったのか今でも理解できず、その苛立ちをぶつける方法もなくただ野獣のように泣き叫ぶしかなかった。施設のスタッフ達はそうやって中々心を開かない彼にほとほと手を焼いていた。

 1年後、とある夫婦が里親になりたいと施設を訪ねてきた。夫は灘啓治(なだけいじ)、妻は灘亮子(なだりょうこ)という名前だった。2人は孤児院の子ども達を見ていき、グリムロックを里子に迎えたいと言った。施設のスタッフは、グリムロックがよく暴れる問題児だとしてお勧めしなかったものの、夫妻がどうしても彼の里親になりたいという事もあり、厄介払いもできると考えて了承した。

 

 灘家に引き取られたグリムロックは、「亮牙(りょうが)」という名前を与えられた。亮子の名前と、強い子に育ってほしいという気持ちを込めて付けたそうだ。

 グリムロックは孤児院にいた時と同様に、当初は彼ら二人に心を開こうとしなかった。トランスフォーマーだった頃に目にした人間達の所業から、彼が信頼を寄せる人間は元の世界でもケイドなど僅かだった。

 それでも、灘夫妻はグリムロックを見放さなかった。彼らはグリムロックに親身になって愛情を注ぎ、次第に彼の心を開かせていった。

 

 ある程度成長していくと、グリムロックは自分のいる世界についてを知る事が出来た。この世界はかつて自分がいた星と同じようだが、どうやらトランスフォーマーの存在が知られていないらしい。自分達は長年にわたって地球と関わってきたのに、一切の情報が得られなかったのだ。これは大きな謎だった。

 

 自分を育ててくれている人間の夫婦についても知ることが出来た。

 

 父親代わりの啓治はジャーナリストであり、世界各地を巡っては、戦争など人間達が抱えている問題についてを調べているらしい。当初グリムロックは養父がケイド程強そうには見えなかったので、わざわざ危険なところへ行って働くのが怖くないのかと尋ねてみた。すると啓治はこう答えた。

 

「確かに怖いよ。でも世界には俺達の知らないところで、人間でも動物でも傷つき苦しんでいる命が大勢あるんだ。俺一人の力で何が変えられるかは分からないけど、それでも俺が見て調べた事実を多くの人達に伝えたいんだ。そうすれば亮牙が大きくなった頃には、何か変わってるかもしれないからね」

 この言葉を聞き、グリムロックは啓治にケイドやオプティマスの面影を重ねるようになった。

 

 母親代わりの亮子は絵本作家で、よく自作の絵本をグリムロックに読み聞かせてくれた。子ども達を喜ばせる仕事をしていたので母親になる事を強く望んでいたが、彼女は体が弱くて子どもを産めなかった。そのため啓治と相談し、よく絵本を寄付していた施設の一つから養子を引き取ろうと決めたらしい。だかなぜ自分のような問題児を引き取ったのか分からず、グリムロックは彼女に疑問をぶつけた。そんな彼に亮子は優しく答えた。

 

「はじめて会ったとき、貴方に何処か苦しんでいる感じがしたの。まだ幼いのに、誰も信じられず辛そうな顔をしていた。赤ちゃんを産めないと知った時の私みたいにね。だから貴方のお母さんになって、その苦しみから助けられるよう寄り添いたいと思ったの」

 

 グリムロックはかつてティラノサウルスとして生きていた頃、妻や我が子には恵まれたが、彼自身は親からの愛情などというものは味わったことがなかった。親は彼が卵から孵ってすぐに獲物との戦いで負った傷が原因で死亡しており、彼は兄弟ともども自力で生きてゆくしかなかった。弱肉強食の世界で、ときには同族からの脅威もあり、ほとんどの兄弟が死に絶え、彼自身も成熟するまでかなりの苦労を味わった。成長した彼が我が子に深い愛情を注いだのも、自身のような思いをさせたくなかったからかもしれない。

 この世界に飛ばされた挙句人間になってしまったのは予想外だったが、グリムロックはこの優しい夫婦に出会えて良かったと心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてグリムロックは、灘亮牙という人間として新たな人生を歩み始めた。

 自分を息子として受け入れてくれた両親に少しでも恩返しがしたいと、物心ついたころからは積極的に家事を手伝うようになり、両親が仕事で忙しい時に手助けをした。亮子は大変喜び、時間があれば彼に料理を教え、共に食事を作るようになった。

 啓治はジャーナリストとしての仕事上家を空けることが多かったが、帰国した後は自分が世界で見聞きしたものを息子に伝え、機会があれば彼をキャンプなどに連れて行って、アウトドアのノウハウを教えてくれた。

 そして施設から迎え入れた日を誕生日とし、必ず家族3人で誕生日会を開き、大好物となった亮子特製のハンバーグを振る舞い、昔を思い出すことから恐竜に興味を持つようになった彼に恐竜の玩具をプレゼントしてくれた。

 

 なお成長していくと、グリムロックはトランスフォーマーだった頃程ではないが、常人ではありえないような怪力を誇るようになった。それでも夫婦は彼を気味悪がることなど一切なく、将来は何かその力を役立つるようになれるといいなと励ましてくれたので、彼は嬉しかった。

 

 彼らの幸せは長く続くかのように思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその幸せはあまりにも突然に、あまりにも理不尽に奪われることになった。

 

 グリムロックが亮牙としての人生を歩んでから11年目のある日、灘夫妻は彼の誕生日のプレゼントを買いに出かけていた。しかしそんな彼らに危険ドラッグ乱用者の運転する暴走車が激突した。一瞬の出来事で二人は逃げることもできず、即死だった。その手には、帰りを待つ息子へのプレゼントが握られていた。

 二人の命を奪った犯人も、事故の衝撃で即死していた。

 

 グリムロックは両親の訃報を聞いた時、頭が空っぽとなった。何故あれほど心優しい人たちが死ななければならないのか。彼らは戦士として戦場に立っていたわけではない。

 確かに父は時に危険なところへ赴くこともあったが、この日は自分の誕生日を祝うために安全な祖国に帰国していたのに。

 母は血の繋がりのない自分に我が子同然の愛情を注いでくれたとてもやさしい女性だったのに、なぜこんな死に方をしなければならないのだ。

 

 

 グリムロックの脳裏には、かつて恐竜として生きていた頃、理不尽に殺された妻と子ども達の記憶が蘇った。再びできた大切な家族が、またしても理不尽に奪われた。何故、自分ばかりがこんな辛い目に遭い続けなければならないんだ。

 彼はただ泣き叫ぶしかなかった。その慟哭は理不尽への怒りと、それ以上に深い悲しみが入り混じった物であった。

 トランスフォーマーが聞けば、その慟哭は(スパーク)の奥底から響く咆哮に聞こえただろう。

 

 

 

 天涯孤独となったグリムロックは、誰が引き取ることになるのかで問題となった。灘夫妻は啓治・亮子ともに両親が他界しており、親戚付き合いもほとんどなかった。残っているのは、かつて保護されていた児童施設ぐらいだった。

 だが、そんな彼に救いの手が差し伸べられた。

 

「はじめまして、亮牙君。私は南雲菫。あなたのお母さんの友達です。もしあなたが良ければ、私の家に来ない?」

  

 彼女は南雲菫といい、亮子とは幼い頃からの友人であり、成人後は亮子が絵本作家となったのに対し、少女漫画家としてデビューし、今では人気作家となっている。根っからの仕事人間だが、亮子との付き合いは切れることなく、子どもを産めないことに悩んでいた亮子に養子縁組を勧めるなど、困った時にはお互い助け合ってきたそうだ。

 生前の亮子は自分と啓治に親戚付き合いが無かったことから、親友である菫にもしも自分たちに何かあった時は亮牙を助けてくれないかと頼んでいた。今回の親友夫婦の訃報を知った時、菫も悲しみに暮れた。だが何より葬儀の場で、自分の息子と同い年の少年が、二人の遺体の前で慟哭する姿を目にして、彼を放っておけないと感じた。

 親友の愛した息子を自分が助けなければと決心した彼女は、夫と息子に彼を養子に引き取ろうと相談した。二人とも心優しい人物だったため、喜んで了承してくれた。

 

 菫の誘いを受け入れ、グリムロックは南雲家の養子となることになった。しかし彼は両親を失った哀しみから立ち直れず、かつてのような明るさはなかった。かつての彼の姿を知る者が見れば、その姿はまるで魂の抜けた抜け殻に見えただろう。

 

 

 灘夫妻の葬式が終わって一段落した後、グリムロックは菫に連れられ、彼女の自宅へと引っ越した。そこでは彼女の夫である南雲愁と、彼らの一人息子らしき同世代の少年が出迎えてくれた。同世代ではやや大柄なグリムロックに比べると、やや小柄で穏やかな雰囲気の少年だ。

 

「えっと、はじめまして亮牙君。僕はハジメ。今日から宜しくね」

 

これが、後にグリムロックにとって最高の親友となる南雲ハジメとの出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリキャラの灘啓治ですが、名前の由来は『騎士竜戦隊リュウソウジャー』に登場したナダと、今は亡き名優・藤原啓治さんに由来してます。

私は藤原さんが演じる野原ひろしやグリムロックを見て育った世代なので、未だに彼の訃報がショックでなりません。 

感想・評価お待ちしております。


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南雲家での日々

はじめての自作SSに評価を頂くことが出来ました。評価してくださった方々、ありがとうございました。

まだまだ稚拙な文の多い駄作ですが、お気に入り登録してくださる方が増えてくださり、大変嬉しいです。

今回も原作キャラに関するオリ設定があります。ご了承ください。


 母の友人だった南雲菫に引き取られ、南雲家に養子入りした灘亮牙ことグリムロック。しかし彼はまだ、育ての親である灘夫妻の突然の死から立ち直れずにいた。

 南雲家は自他ともに認めるオタク一家であった。漫画家である菫は勿論、一家の大黒柱である愁は自らゲーム会社を経営する優秀なクリエイターであり、そんな二人の間に生まれた一人息子のハジメも、両親の影響を受けてかオタク趣味を嗜み、まだ小学生で「趣味の合間に人生」という座右の銘を掲げる程であった。

 

 菫が急逝した幼馴染の一人息子を養子に迎えたいといった時は、最初は愁も驚いた。だが、菫からその子の身に起きた悲劇、両親の葬式でただ一人悲痛な声を上げて慟哭する姿はとても放っておけないという彼女の言葉に、遂に彼は養子縁組を決意した。

 元々心優しい人物であった二人だったが、人々を楽しませるという自分達の仕事にやりがいを持っていた故に、何とかして今なお苦しみ続ける少年を苦しみから救ってあげたかった。

 

 ハジメは自分と同い年の少年が養子に来ることに、内心期待と不安でいっぱいだった。彼は趣味を優先することが多い故に当時から浮いた存在であり、友人と呼べる存在はいなかったため、出来るならその少年と友人になりたいと思った。だが、誰しもが同じ思考・趣味を持っているわけではないことも子どもながらに理解できていたため、打ち解けることが出来るだろうかとも考えていた。

 

 そして遂にその少年、灘亮牙が菫に連れられて南雲家にやってきた。

 最初に彼を見た時、ハジメはやや圧倒された。同世代の少年としては大柄な体格に、日本人としては珍しい銀髪の頭、自分とは正反対の外見で、少年漫画とかで主要キャラとして登場してそうだな、と思った。

 だが同時に、その外見とは裏腹に生気が感じられないことが疑問に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮牙は自分を引き取ってくれた南雲家には感謝していたものの、未だ立ち直る事が出来ずにいた。両親の命を理不尽に奪われた事で、かつて恐竜だった頃に妻と子ども達を失った記憶が再び蘇り、彼の心を苦しめていた。

 

 あの時は子ども達の巣立ちを見てやれず、今度は両親に何も恩返し出来ないまま先立たれてしまった。

 自分は家族になった者達を不幸にさせてしまう。今度はこの優しい家族を失うことになるのではないか。自分はもう、誰かと関わらない方がいいのではないか。

 

 強い自責の念や自己嫌悪に駆られ、亮牙は南雲家から度々家出した。しかし行く宛もなかったため、河原や公園でたたずんでいる事が殆どだった。

 一般家庭より忙しく、普段はあまり外へ出歩かない南雲夫妻だったが、この時だけは時間を割いて彼を探し、迎えに来た。ハジメもゲームなどそっちのけで、両親と共に彼を出迎えた。

 耐え兼ねた亮牙は、自分の胸の内を南雲家に明かした。

「俺を引き取ってくれたのは感謝してるけど、俺と関わっているとあんた達まで父さんや母さんみたいに不幸にさせちまう。それが怖いんだ」

 

 それを聞いた菫は亮牙を抱き締め、語りかけた。二人は貴方と出会えた事を心から喜んでいた、そんな事を言っちゃダメと。

 家に戻ると、菫は自室から大事に保管していた手紙の山を出した。それは漫画家である彼女へのファンレターではなく、彼の育ての母・亮子からのものだった。菫の仕事の都合上中々会えなかったが、二人は手紙を通してずっと連絡を取り続けていたらしい。菫にそのうちの一枚、亮子達が亡くなる少し前に送られて来た手紙を渡され、亮牙は目を通した。

 

 

 菫ちゃん、お元気ですか?私は今、とても幸せです。

 お医者様から子どもを産めないと聞かされた時は悲しい気持ちで一杯でした。啓治さんにも申し訳なくて心が押しつぶされそうでした。

 そんな中、貴方が養子縁組を勧めてくれたおかげで、亮牙というかけがえのない家族と出会う事が出来ました。最初こそ中々心を開いてくれなかったけど、今ではすっかり打ち解け、毎日が充実しています。

 少しやんちゃなところもありますがとても優しい子で、私の書いた絵本をいつも楽しそうに読んでくれて、私が作った料理も好き嫌いなく美味しそうに食べてくれます。また、幼いながらもいつも家事を手伝ってくれて、私も忙しくて手が離せない時は本当に助かっています。

 啓治さんもあの子がお仕事の話を嫌がる事なく真剣に聞いてくれるのがとても嬉しいみたいで、休日が取れるとよくキャンプやバーベキューに連れて行ってます。

 何より嬉しいのが、私達をお父さん・お母さんと呼んでくれることです。親としてちゃんと育ててあげられているか不安になる時もありますが、あの子が笑顔でこう呼んでくれる事が何よりの励みになっています。

 もし今度、お互いの家族の予定が合う日があれば、みんなで会って食事でもしませんか?貴方のところのハジメ君も確か亮牙と同い年なので、良い友達になれるかもしれないね。

 最後に一言。私達夫婦とあの子が出会うきっかけをくれて、本当にありがとう。亮子より

 

 

 涙が溢れた。血も繋がらないどころか本当は人間ですらない、碌に親孝行もできなかった俺を、あの二人はここまで愛してくれていたなんて。それがあまりにも嬉しくて涙が止まらなかった。

 

 そんな彼に、今度は愁が優しく語りかけた。

「ご両親のことは本当に残念だったが、あれは君のせいではないんだ。怒りの矛先が向けられなくて辛いだろうが、それ以上自分を責めては駄目だ。それに俺達家族に遠慮しているようだけど、俺達は人を楽しませる仕事をしてきたんだ。今苦しんでいる君を放ってはおけないよ。遠慮する必要はない。君が来たことを迷惑だとは全く思ってないよ」

 

 さらにハジメも語り掛けてきた。

 

「僕は自分の趣味に没頭してばかりだったから、君の助けになれるか分からないけど、困っていれば、出来る限り力になるよ。もう僕達は家族なんだからさ」

 

 この世界で信頼できる人間は両親だけだと思っていた亮牙だったが、その日改めて評価が変わった。絶望に苛まれていた彼の心は、この優しい家族のお陰で救われた。

 その日から彼の、灘亮牙としての新たな生活が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南雲一家と打ち解けたことで、亮牙はかつての明るさを取り戻していった。

 自分を苦しみから救ってくれた彼らに少しでも恩返しがしたいと、亮子から学んだ家事スキルを駆使し、人気漫画家ゆえに家事との両立に困っていた菫に変わり、南雲家の家事の大半を引き受けるようになった。(あまりの家事スキルの高さに、菫が少し嫉妬した程だった。)

 愁やハジメからは息抜きにと様々なサブカルチャーを勧められて、それらの知識も多少なりとも学び、特にアクションゲームやSF作品、アメコミなどを好むようになった。こうしたSF作品に夢中になる事で、彼は自分が前いた地球とこの地球は別次元の世界なのでは、と推測するようになった。

 また、啓治から生前教わっていたアウトドアカルチャーに関する知識は、愁のゲーム製作の際の参考にもなった。

 

 亮牙との生活は、ハジメにとっても大きな変化を与えた。

 何よりも趣味を優先してきた彼だったが、そのおかげで友人と呼べる存在があまりいなかったことに寂しさも感じていた。だがこの新たな家族は自分の趣味に理解を示してくれ、自分が勧めたゲームやSF作品を楽しみ、いつしか親友となっていった。

 また、蛇やヒキガエルなんかを素手で捕まえてきたりなどのやんちゃな一面を見せたり、趣味に没頭し過ぎて勉強に困った時は教えてくれたりなど、ハジメにとって彼は兄のようも感じられた。

 

 そして何より、彼の持つ強さと優しさにも惹かれていた。

 中学二年の時、学校からの帰り道で、亮牙が買いたいものがあるとコンビニに寄っていたのを外で待っていたら、何やら騒がしい声が聞こえたので見てみると、柄の悪そうな連中が男の子とお婆さんに絡んでいた。どうやら男の子が持っていたタコ焼きを、不良の一人とぶつかった際に服にベットリつけてしまったらしく、その事に激怒しているようだった。周囲には何人か人もいたが、皆怖がっているのか誰一人として止めに入ろうとしなかった。

 ハジメ自身も怖くて当初は見ているだけだったが、お婆さんが怯えて縮こまりながらクリーニング代を払っても、不良達は満足せずに更に恫喝して財布まで取りあげようとしたのを見て、遂に耐えかねて飛び込んだ。亮牙ならこんな連中叩きのめせるかもしれないが、今この場に彼はいないし、自分は喧嘩など一度もした事がなかった。そこで彼は恥を忍んで公衆の面前で不良達に土下座をした。恥ずかしかったが、こんな事される方だって居た堪れなくなるはずだ。

 不良達が怯んでいると、ハジメにとって救いの手が差し伸べられた。買い物を終えて戻ってきた亮牙が物凄い勢いで走ってきたと思ったら、不良の一人に飛び蹴りを喰らわせ、瞬く間に不良達を叩きのめし、彼らを近くのゴミ捨て場に放り捨てた。(男の子にタコ焼きをぶつけられた奴は服をボロボロにされた挙句、生ゴミ用のポリバケツに頭から放り込まれたのには、流石のハジメも同情を禁じ得なかったが。)

 お婆さんと男の子がお礼を言って去っていった後、ハジメは自嘲気味に亮牙はやっぱり強いねと言ったが、当の本人はこう答えた。

 

「何言ってるんだ。あれはお前の方がよっぽど立派だよ。お前はあの時周囲の連中がビビって見て見ぬふりをしていた中、たった一人であの二人を守るために体張ったんだ。あの害虫共に自分自身もどんな目に遭わされるか分からないのにな。俺はどうもプライドが邪魔して、ああいう行動が出来ないから、腕っ節でしか解決出来ねえ…。自分を卑下するな。今日のお前は間違いなくヒーローだった。誇りに思え。助けた二人だってそう思ってるさ」

 

 そう言われてハジメは照れ臭かったが、兄のような存在の亮牙が自分のした事を評価し褒めてくれたのには、内心嬉しくて仕方なかった。

 

 なおそれまでの様子を、彼ら二人と同世代の少女が見ていたのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから月日が流れて、ハジメと亮牙は高校生となった。

 当初亮牙は中学を卒業したら就職しようと考えていたが、愁と菫から自分達に気を使う事はないと言われ、ハジメからも一緒に高校生活を楽しみたいと言われたこともあり、彼と同じ高校へと進学した。

 入学式では、次席らしい二枚目の少年が新入生代表の挨拶を行った。首席は亮牙だったのだが、彼自身は進学させてくれた南雲家への感謝のつもりで入試一位を取ったので、学校から依頼された時は丁重に断った。(ちなみにハジメも亮牙に勉強を見てもらったおかげで、入試では上位だった。)

 その少年が登壇すると、大勢の女子から黄色い歓声が上がった。亮牙もその少年を見たが、何処か歪な雰囲気を本能的に感じとった。一方のハジメは、その少年に亮牙とは違った主人公的なイメージを抱いたものの、すぐにどうでも良くなって居眠りを始めた。そんなハジメの姿を見て、とある少女が心躍らせていた。

 

 それから一年後、亮牙とハジメの運命の歯車は、大きく回り始める事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




グリムロックが不良達をぶちのめした描写は、アメコミ『ケイオス・セオリー』で戦前のインパクターと幹部候補生達との乱闘のオマージュです。

次回で原作突入します。

感想・評価お待ちしております。


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伝説は蘇る
またしても異世界へ


ようやく原作第一話に突入できました。お気に入りに登録して下さった方々も徐々に増え、嬉しい限りです。

本話では私が好きな映画の一つであるコマンドーのネタが少々あります。

また、皆の噛ませ犬こと光輝以外にもアンチがあります。ご注意下さい。


 グリムロックこと灘亮牙が人間の姿になって17年が経った。今の彼は身長192cmの引き締まった体型と、この年齢としては中々恵まれた体格へと成長していた。(といっても某アクション俳優みたく筋肉モリモリマッチョマンの変態というわけではない。)

 

 月曜日の午前5時、亮牙は目を覚ます。南雲家では一番の早起きだ。そして彼は家事をこなしていく。菫が漫画家として多忙であるが故にどうしても家事に手が回らない事が多いため、彼が殆ど引き受けるのだが、当の本人は彼女の負担を減らせるからと気にしていない。

 一通りの家事を終わらせ朝食を取り、自身の身支度を済ませて暫く経った後、彼はハジメを起こす。ハジメは時間があればバイトとして愁と菫の仕事を手伝っている分朝が弱く、亮牙もそれを理解しているため、なるべく学校に間に合えるよう登校出来る時間まで寝かせてやっている。起床したハジメが朝食を取り身支度を済ませた後、彼は愁と菫に声を掛けてから二人で高校へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始業のチャイムが鳴るギリギリという訳ではないが、二人の登校時間は早い方ではない。彼らが教室に入ると同時に教室中の男子生徒の大半が二人を睨みつけてくる。一部の女子生徒も似たような感じだ。

 ハジメは努めて真っ直ぐに歩いていき、亮牙に至っては恐竜時代やトランスフォーマーだった頃に味わったものに比べると蚊ほども痒いと思わないため、どうでも良さそうに自分の席に着く。ここまで睨みつけていながら一切罵声や嘲笑が飛んでこないのは、亮牙の怒りを買えばどんな目に遭わされるかを分かっているからだ。

 

 そんな二人に女子生徒の一人、白崎香織が歩み寄ってくる。学校では二大女神と言われるほど男女問わず絶大な人気を誇る美少女だ。腰まで届くつややかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳は優し気であり、すっと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。更に非常に面倒見がよく責任感も強いため、学年問わずよく頼られながらも嫌な顔一つせずに真摯に受け止めるのだから人気も出る。

 

「おはよう南雲君、それに灘君も。今日もゆっくりだね。もっと早く来ようよ」

「あ、おはよう、白崎さん」

「遅刻はしてない。文句を言われる筋合いはない」

 

 そんな彼女は二人(というか殆どハジメだけ)によく構う。ハジメはオタク趣味や居眠りがやや多い事、亮牙はその厳しい外見とぶっきらぼうな態度から、クラスメイト達から快く思われていない。従来の面倒見のよさから香織が気にかけていると思われている。これで二人の態度が改善したりすれば許容できるかもしれないがそんな気配はない。亮牙に至っては露骨に彼女を嫌っている。

 更に言えばイケメンかと問われれば、ハジメはともかく亮牙は整っている方だが、そのぶっきらぼうな性格に加え、ある男子生徒が広めた悪評のせいで悪い印象を持たれている。平凡でオタクなハジメが香織に構われる事、不良同然の亮牙が香織を邪険に扱う事が男子達には我慢ならない。女子達は香織に面倒をかけながら改善しようとしてないと見做して二人を不快に感じているのだ。

 

「南雲君も灘君もおはよう。毎日大変ね」

「香織、また二人の世話を焼いているのか、全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ。そんなやる気のない連中に何を言っても無駄だと思うけどな」

 

 その3人に話しかけてくる者たちが来る。

 ポニーテールの少女は八重樫雫。2大女神の一角を担う彼女は、香織の幼馴染かつ親友だ。この学校で数少ないハジメと亮牙の理解者とも言える人物で、先程二人に手を振ったのも彼女だ。

 平然と臭いセリフを吐いたのは天之河光輝。いかにも勇者っぽい名前かつ容姿端麗・成績優秀・スポーツ万能の完璧超人で、亮牙が辞退した新入生代表の挨拶を務めたあの少年だ。

 最後の投げやり気味な発言をした男子は坂上龍太郎。亮牙に似た体格の彼は良く言えば脳筋、悪く言えば木偶の坊を体現したような少年で、光輝の親友でもある。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河君、坂上君…」

「…」

 ハジメは3人に挨拶するのだが、亮牙は無視を決め込む。その事に光輝はムッとして彼を睨みつける。

 

「おい灘、何で無視するんだ」

「鬱陶しいからに決まってるだろ、そんな事も分からんのか」

 

 呆れたように言う亮牙に、光輝と龍太郎が睨みつける。

 また始まった、とハジメは内心溜息をつく。亮牙は根は優しい奴だが、基本的に彼は南雲家以外の人間とは関わりを持とうとしない。特に嫌いな人間に対してははっきりと態度で示す。自分達のクラスでは殆どの連中が嫌悪の対象みたいだが、特に嫌っているのがこの幼馴染四人組だ。まあ、気持ちは分からないでもないが…。

 光輝と龍太郎が一方的に亮牙を睨みつけていると、雫が溜息を吐きながら仲裁に入る。

 

「三人ともこんなところでやめなさい。南雲君も困ってるわよ」

「先に絡んできたのはお前らだろうが。さっさと自分の席に戻れ」

「ちょ、亮牙やめなよ」

「何だと!」

「やめなさい光輝、もうすぐ授業が始まるから。香織も龍太郎も行くわよ」

 

 そう言って雫は三人を二人から離していく。それを見たハジメはホッとしながら亮牙に語りかける。

 

「亮牙も言い過ぎだよ。八重樫さんも困ってるじゃん」

「毎度しつこく絡んでくるのは向こうだ。我慢しろってのが無理だ。それに奴もお目付役のつもりならしっかり馬鹿どもの手綱を握って欲しいもんだ」

 

 親友に嗜められながらも亮牙はそう答える。彼がここまで光輝達四人を嫌っているのには訳があった。

 

 まず香織だが、亮牙は彼女を魅力的には感じなかった。世界中の人間が同じ物を好きでないように、誰もが同じ異性が好みとは限らない。それに彼女の行動が気に入らなかった。亮牙は嗅ぎ取ったフェロモンレベルから、香織がハジメに好意を抱いていること、そして光輝を含めたクラスの男子の大半から好意を抱かれている事を見抜いていた、しかし香織はそれをはっきりと宣言しない癖に、まるで自分がハジメの番であるかのようにしつこく付き纏う。おかげでハジメが目の敵にされてるというのに、一切気付こうともしない無神経さに腹が立つ。

 

 光輝は初めて見た時から本能的に歪さを感じ取ったが、その予感は当たっていた。この少年は自分こそが世界の中心だと思っており、呆れるほど傲慢で独善的な奴だ。良く二人に食って掛かるのも、成績が己より上の亮牙や、ハジメが香織に構われるのが気に食わなくて嫉妬しているだけなのだが、当人に自覚は一切ないのがたちが悪い。更に亮牙の悪評を流した張本人でもあるのだが、これはまた別の話である。

 

 龍太郎は光輝の親友を自称しているが、亮牙から言わせればただの腰巾着・木偶の坊にしか見えない。こいつは自分で物事を考えることが出来ず、常に光輝の言う事やる事全てに賛同するだけだ。己の暗愚さを棚に上げ、自分より成績の良い亮牙とハジメの事を見下すのも、親友の光輝が嫌うならダメな奴ら、と見做しているのだろう。

 

 最後に雫だが、彼女はまだ他の三人に比べるとマシだ。だが幼馴染として彼らのお目付役を務めているつもりのようだが、実際は本人達に遠慮して好き放題させ、その後始末をしているといった状態だ。目に余る三人の行動に自分だけでなくハジメまで迷惑してるのが我慢出来なくなった亮牙は、彼女に止めさせるよう忠告した事がある。しかし彼女は彼らに悪気はないから許してあげてと謝るだけだったので、亮牙も呆れ果てて以降は相手にしなくなった。

 

 あの四人はラノベとかで異世界転移しそうだと、前にハジメが冗談交じりに言ったことがある。それをふと思い出した亮牙は、そうなってくれたなら清々するんだがな、と考えながら授業を聞く。ハジメも眠そうな中必死に目を開けながらペンを動かしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が過ぎて昼休み。ハジメも朝のうちは頑張って起きていたが、次第に瞼が重くなり、昼休み間近には既に夢の中であった。亮牙が二人分の弁当箱を持ちながらハジメのそばにやってきて、彼を軽く小突いて起こした。

 

「起きろハジメ、飯の時間だぞ。今日は俺特製サンドイッチだ」

「ん、また寝ちゃってたか、ごめん。中身は何かな?」

「知らない方がいいぜ。まあ食ってからのお楽しみだ」

 

 そう談笑しながら二人は教室から出ようとする。だが、またしても邪魔が入る。

 

「南雲君、もしよかったらお弁当一緒にどうかな?」

「香織、こっちで一緒に食べよう。南雲は灘と食べるみたいだし、まだ寝たりないみたいだ。せっかくの香織のおいしい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

「え、なんで光輝君の許しがいるの?」

 

 香織と光輝の会話に雫が噴き出し、周囲の連中が性懲りもなくハジメを睨みつける。本当に迷惑な連中だと亮牙はほとほと辟易し、ハジメも同じ気持ちなのか溜息を吐く。

 

 その時、亮牙は悪寒を感じ取った。あの大絶滅の日や、この世界にスペースブリッジで飛ばされた時と同じ感覚だ。嫌な気配がする方向を見ると、光輝の足元に白銀に輝く円環と幾何学模様が現れた。

 その異常事態に亮牙だけでなく全員が気がつき、金縛りにあったように輝く紋様を注視する。その紋様が輝きを増して教室全体を満たすほどの大きさになると、ようやく硬直が解けた生徒達から悲鳴が上がる。

 

 またか、今度は一体なんだ⁉︎

 

 亮牙は心の中で毒付きながらも、素早くハジメを脇に抱え上げ、教室から出るため入り口まで跳躍した。

「皆、教室から出ええっ⁉︎」と見知った顔の教師が教室に入ってくるも、突然目の前に現れた二人に驚く。亮牙は仕方なく彼女も抱え上げて脱出しようとしたが、間に合わなかった。

 光が爆発したかのように教室が真っ白に塗り潰され、治まったと思うと、そこにはもう誰一人として残っていなかった。

 

 

 後に集団神隠しと呼ばれたこの事件は、灘亮牙ことグリムロックの新たな闘いのはじまりでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本作でのハジメは、原作同様両親の手伝いで居眠りはあるものの、親友であるグリムロック/亮牙が勉強を教えてくれることもあり、成績はクラスで3〜5位を行ったり来たりと上位に位置してます。因みに1位は亮牙、2位が光輝、龍太郎は(多分原作でもそうだろうけど)最下位から数えた方が早い順位です。

また、亮牙に頼りっぱなしじゃ駄目だという気持ちから、ハジメの授業態度は原作より良い設定です。それでも嫌われるのはやはり香織と光輝が元凶です。


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巻き込まれた戦争

タイトルはG1の「引き起こされた戦争」のオマージュです。

異常なまでの狂信ぶりで実質人族を支配していたエヒト様大好き老害ことイシュタル。原作では混乱を避けるためとはいえ、名誉の死を遂げた事にされたのには納得できなかったので、本作ではしっかり制裁を加える予定です。

それまでエタらないよう頑張りたいです。


 眩い光に包まれながらも、亮牙は目を瞑らず周囲を見回した。光が晴れると、彼の視界に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。その壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が、背景の草原・湖・山々を包み込むかのように両手を広げた姿で描かれていた。

 多くの人がこの壁画を見たら素晴らしい芸術だと称賛するだろうが、亮牙にとってはかつて同族を滅ぼしたあの自称創造主を思い出させ、虫唾が走るだけだった。

 どうやら自分達は大きな広間にいるようだ。大理石製の大聖堂、その最奥の台座、そして跪く複数の僧侶らしき格好の連中。その中から、リーダー格と思われるジジイが近づいてきた。亮牙は咄嗟にハジメ(とついでに近くにいたあの教師)の前に出ると、警戒心を露わにしながら睨みつけ問いかけた。

 

「動くな、お前は何だ。ここは何処で、俺達に何をした?」

 

 するとジジイは好々爺とした表情で答えた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様にご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 本能的に亮牙はイシュタルから危険性を感じ取った。このジジイはあの自称創造主やメガトロナスと同じ類の奴だ、信用出来ないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま10mはありそうな机の並ぶ大広間に案内された。普通なら混乱するところだが、クラスの大半から盲信されている光輝が纏め上げた。亮牙やハジメもまずは状況を確認する必要があると、この場は彼に従った。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 このジジイの話を要約するとこうだ。この世界はトータスと言い、人間族・魔人族・亜人族の三種族による均衡が保たれていたが、最近魔人族が魔物というある種の災害を使役し始めて均衡が崩れたため、創造神エヒトが勇者の召喚を行うと神託を下した。あなた方の世界はこの世界から見て上位に存在するのでこの世界では強者、魔人族との戦いに力を貸してほしいと。

 亮牙達と共に飛ばされた女教師、畑山愛子は真っ先に抗議した。言葉では綺麗な事言って、結局はこの子達を戦争に徴用するつもりじゃないか、早く私達を元の世界に戻してほしいと。だがジジイはこれはエヒト様のお力で自分達人間の力では出来ない、あなた達の帰還はエヒト様次第ですと返答する。そう言われた愛子は言葉を失い、生徒達も口々に騒ぎ出した。

 

 亮牙はこのイシュタルというジジイに激しい嫌悪感を抱いた。こいつはその神とやらからの託宣を受けた事が余程嬉しかったらしく恍惚とした表情をしていたが、心底気色悪くて吐き気がした。まあ、いい歳こいた老人の恍惚した顔など誰が見ても気持ち悪いに決まっている。

 それに何よりこいつの態度が気に食わない。自分達の世界の問題に関係ない俺達を巻き込んだ癖に罪悪感を全く感じてないどころか、自分達の神に選ばれたのを名誉に思えないのかと侮蔑の表情を見せていた。

 彼はトランスフォーマー時代に多くの敵と対峙した実体験、育ての父・啓治から生前聞いたジャーナリストとしての体験談から、この老害が狂信者とすぐに見抜けた。この手の類の奴は、自分が神に選ばれた存在だと盲信し、神の名の下にどんな非道な事も行う。それに対する罪悪感など微塵も感じないだろう。

 もしこの場にいたのが自分だけだったなら、直ぐにでも殴り殺してやりたかったが、今下手に動けばハジメを危険に晒しかねないと、殺意を抑えた。隣にいる親友の顔を見ると、どうやら彼もこのジジイを信用していないようだ。

 

 暫くすると案の定、ジジイの言葉を鵜呑みにした光輝が、自分達は力があるんだからこの世界の人々を救おうなどとほざき出した。次いで龍太郎が何時もの腰巾着ぶりを発揮して追従、雫は彼ら二人だけじゃ心配だからと渋々ながらも賛同し、香織も雫がやるならといつも通りに考えなしで賛同した。

 スクールカーストのトップ4人が参戦を表明した事で、クラスメイト達も先程までとは一転、愛子の制止も聞かず参戦の流れになり、ハジメが内心まずいぞと思った時だ。

 

 

 

 

 

「巫山戯るなよ、馬鹿どもが」

 

 

 

 

 

 そう亮牙の声が響き渡り、皆が静まり返り彼を見る。ハジメは亮牙の顔を見た。どうやら相当御立腹のようだ。確かにこのまま参戦はまずいが、今の親友はかなり頭に血が上ってる。どうなるか不安だ。

 

「寝言は寝て言えよ。戦争ってのは、お互い命を奪い合うって事だぞ。害虫を潰すのとは訳が違う。さっきそのジジイは魔人族とやらを害獣みたいに言ってたが、文明を持つ知的生命体、つまり人間と対等の生物を殺さねばならない。早い話殺人をするのと同じだ。お前らは、特にそこの四人はその覚悟が出来てんのか?」

「そ、それは…だけど、この世界の人々を救うためには!」

「人間なんぞ地球にも腐る程いるんだ。世界を救うとほざくなら故郷に戻ってからやれ。そもそも何でそのジジイの言う事鵜呑みにしてるんだよ。其奴とはたったさっき会ったばかりで、言ってる事全てが真実かは分からんのだぞ。なのにあっさり自分達の運命握らせるなんて、振り込め詐欺に騙されるのと変わらねえじゃねえか」

「っ、屁理屈ばかり言うな!お前は怖くて戦いたくないだけだろう!」

「じゃあお前は自分や大事な友人が傷つき死ぬのが怖くないのか?剣道やってたら恐怖なんて感じなくなったとでも?俺は事実を述べたまでだ。戦うってのは命の奪い合いだぞ。先人達の犠牲の下に築かれた平和な世界で過ごして、そうした血みどろの世界とは無縁だったのに、力があると分かった途端スーパーヒーロー気取りか?つくづくおめでたい奴らだな」

「っ、お前はこの世界の人達の事を何とも思わないのか!」

「当然だ、見ず知らずの奴らのために自分だけでなく友人の命まで賭ける義理はない」

「困っている人に手を差し伸べる、人として当然だろ!」

「自分達の問題を他人に丸投げして、自分達は安全圏にいて何もしない癖に、罪悪感すら感じない連中の言いなりになる事がか?それじゃ奴隷と変わらんだろうが」

 

 遠慮なく正論を突きつける亮牙だが、自分を絶対的な正義と盲信する光輝は聞き入れない。ハジメと愛子も亮牙と同じく戦争には反対なので、オロオロしながらも亮牙に自然と近づき賛同する。

 

「せ、先生も戦争は反対です!灘君の言った通り私達は過去の悲惨な歴史から学んで得た平和な世界で暮らしてきたんですよ!教師として、あなた達の命を危険に晒すわけにはいきません!」

「ぼ、僕も亮牙や先生と同感だよ。そりゃ天之河君とかは武術の経験があるけど、大半がそんな経験なんてないし、殺し合いなんて尚更だ。ここは年長者の先生に従うべきだよ…」

「南雲まで、困っている人達を見捨てるつもりか!君といい灘といい、心が痛まないのか!」

「だからやりたきゃやりたい奴らだけか、最悪お前ら四人だけでやれよ。望んでない奴らまで巻き込むな」

 

 両者一歩も譲らない中、ジジイが割り込んできた。

 

「勇者様方、お話中ですかな?そろそろ王宮に案内したいのですが」

 

 これ以上口論を続けられないと判断したのか光輝が黙って歩き出し、他の面々も続いていく。雫だけは申し訳なさそうに亮牙の方を見ていたが、やがて彼女も皆について行った。残ったのは亮牙とハジメ、愛子の三人だけだった。

 

「うう、私は駄目な教師です。灘君の言ってることを私が伝えられたら良かったのに…」

「せ、先生。そう気を落とさないで…」

「無理だな。あいつら全員、先生の事なんざ見た目通りのガキとしてしか見られないんだろう」

「ちょ、亮牙!」

「いいんです南雲君。私に威厳さえ有れば、そもそも皆ちゃんづけで呼んだりしませんし…」

「…まあこうなったら仕方ない。ハジメ、先生。取り敢えず今晩、三人で今後の方針について話し合わないか?」

「うん、その方がいいかも。先生は宜しいですか?」

「…そうですね、取り敢えずは今晩落ち着いてから、どうすれば日本に帰れるかも含めて考えましょうか」

 

 そう話し合うと、彼ら三人も皆の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮牙達は聖教協会本山である神山の麓にあるハイリヒ王国の王城に移動することになり、建物から外に出た。外は高山のようで雲海が広がっている。そのまま歩いていき、円形の柵に囲まれ魔法陣が描かれた白い台座に皆で乗り込んだ。ジジイが如何にも狂信者らしい臭い言葉を唱えると魔法陣が輝き、台座はそのまま地上に向かい斜めに下っていく。だが亮牙やハジメから言わせれば、芝居がかった臭い演出にしか思えなかった。

 初めて見る魔法に殆どの生徒たちははしゃぐ中、亮牙・ハジメ・愛子の表情は険しかった。第二次世界大戦前の日本を含め、政治と宗教の密接な結びつきは、数多くの悲劇を招いてきた事を彼らは知っていた。脳味噌空っぽの龍太郎やマイペースな香織などはともかく、優秀なはずの光輝や雫すらその事に気付いていない様子には、つくづく呆れるしかなかった。

 雲海を抜けハイリヒ王国の王宮に辿り着いた彼らを出迎えたのはこのハイリヒ王国の国王、エリヒド・S・B・ハイリヒ、王妃のルルリアナ、第一王子のランデル、王女のリリアーナだった。ここで問題なのは国王が玉座に座らず、立って待っていたことだ。ジジイが隣に進むと国王はその手を恭しく取り、軽く触れない程度に口づけし、この国の力関係がどうなっているのかを示した。亮牙はこの瞬間、国王をジジイの傀儡、頼りにならないバカ殿と結論づけた。

 夜になると晩餐会が開かれたのだが、その際ランデル王子が香織に一目惚れしたのか積極的に話しかけてきて、彼女がチラチラ見つめる先にいるハジメを睨みつけていた。当のハジメは亮牙の側に付き添い、二人の視線に無視を決め込んでいたが。

 

 その後王宮では皆の衣食住が保証され、訓練における教官たちの紹介もされた後、各々部屋を与えられ休む事になった。同部屋を与えられた亮牙とハジメは、そこで愛子と話し合う事にした。

 ハジメはあまりにも怒涛の一日に、張り詰めたのが少し解けたのか眠気に襲われていた。気を遣った亮牙は自分だけで先生と話すから先に休むかと言ってくれたが、大事な話なんだから自分だけ休むわけにはいかない、と答えた。

 暫くしてドアをノックする音と共に愛子の声がした。亮牙達は彼女を迎え入れたが、愛子の側には招かれざる客がいた。この世界の戦争参戦の流れを作った迷惑カルテットの一人、八重樫雫であった。

 

「あ、あれ、八重樫さん?なんで先生と?」

「その、少し話がしたいと…」

「俺達が呼んだのは先生だけだ。呼ばれてもない奴はとっとと出てけ」

「よしなさい灘君!八重樫さんも今後の方針について相談したいとの事だったので、私が連れてきたんです。そんな事言わないで下さい」

「そうだよ亮牙。確かに予想外だったけど、八重樫さんなら力になってくれそうだし」

「ったく、分かったよ…」

 

 二人にそう言われた亮牙は、渋々ながらも雫の同席を許可した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人は雫を交えてこの世界が如何に歪であるかについて語り合った。

 そもそも勇者か必要ならばそいつ一人だけを召喚すれば良い話なのに、何故かクラス全員が巻き込まれた。おまけに召喚されたのが筋肉モリモリマッチョマンといった如何にも頼りになりそうな奴ならともかく、戦争の何たるかも理解してない女や若造ばかりだというのに、教会連中だけでなく王族・貴族までもが救世主だと信じて疑っていない。

 何よりそのエヒトとかいう神も信用ならない。このトータスの創造主だというなら、全ての生命を平等に扱い、自分の世界の問題を自力で片付けるはずだ。なのにこの神は一切何もせず、他所の世界の人間に自分の世界の命運を託してる。そんな事せずに自分が干渉した方が早く解決するというのに…。

 

「それなのにお前ら四人ときたら、考えなしに問答無用で参戦を決めたんだ。軽率にも程がある。何かあったらどう責任を取る?面倒ごとは全部先生にでも押しつけるつもりだったのか?」

「灘君!言い過ぎです!」

「…ごめんなさい」

「また謝罪か、謝って済む問題じゃねえだろ」

「まあまあ亮牙。問答無用で奴隷同然に扱われなかっただけでも幸いだよ。兎に角今は情報だね。戦争に参戦するか否かは今はおいといて、情報収集に専念すべきだよ」

 

 ハジメのその考えで満場一致し、その晩の話し合いは終わった。自室に戻る際に雫は、幼なじみ三人には自分からさりげなくその事を伝えておくと言ったが、どうせあの三馬鹿トリオには無駄だろうなと亮牙は考えていた。

 

 

 

 

 




原作読んだ時、今の日本は戦争の悲惨さを学んだからこそ平和な生活が送れるというのに、この時のクラスメイト達は一切自覚してなかったのには呆れましたね。ハジメが突き落とされた後や、屑二人が王都襲来で死んだ後も、その事自覚してたのか分かったもんじゃないし。

感想、評価お待ちしてます。



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ステータスと訓練

感想やお気に入り登録が徐々に増え、嬉しい限りです。

現在人間と化しているグリムロックですが、そのパワーはトランスフォーマー時代よりは衰えているものの、常人とは比べ物にならないという設定です。

なぜ彼が人間になってしまったのかは、これから明かされる予定です。


 翌日、訓練施設に集められた亮牙達に掌大の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを眺める彼らに、騎士団長メルド・ロギンスの説明が始まった。対外・対内の双方において勇者様一行を半端者に預けるわけにはいかないという気持ちもわかるが、仮にも将軍格の人物が戦争について何も知らないガキ共につきっきりな事、当のメルドも副団長に面倒ごとを押し付ける良い理由が出来たと豪快に笑う姿に、亮牙とハジメは本当に大丈夫か?と思った。

 とは言え非常に気楽な喋り方をするメルド団長に、少なくとも亮牙以外の者は如何にも軍人といった人じゃなくてよかったと安心した。彼は豪放磊落な性格らしく、これから戦友となるのなら他人行儀は不要だと、他の騎士団員たちにも普通に接するように忠告するぐらいだ。

 

「よし、全員に配り終わったな?これはステータスプレートと呼ばれている。文字通り自分の客観的なステータスを数値化してくれるもので、最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だから失くすなよ?」

 

 メルドの説明に生徒達はなるほどと頷きながら次々と魔法陣に血を垂らしていく。すると、各々のステータスプレートが一瞬淡く輝き、全体が空色に変化して、生徒たちは瞠目する。亮牙自身は面倒くさかったが、ハジメや愛子もやっていたため、仕方ないと血をすり付けステータスを確認した。

 

 灘亮牙 --------歳 男 レベルーーーーーーーー

 天職:■■■■■■■■■

 筋力:?

 体力:?

 耐性:?

 敏捷:?

 魔力:?

 魔耐:?

 技能:言語理解・■■■

 

 何だこりゃ?レベルも年齢もステータスも表示されず技能は二つしかなく、しかもその一つと天職は文字が隠れている。亮牙は自分の天職と技能のところに視線を向け首を傾げたが、直ぐにどうでも良くなった。

 亮牙にとっては才能がない=弱いと言うわけではない。何千万年も弱肉強食の世界を生きた彼にとって、弱者は死んだ敗者、強者は生き残った勝者を指す。足りないところは他の物を使って補えばいいだけの話だ。それに表示されているのが全てではない。自分の身体の事は自分がよく分かっている。人間となってからはトランスフォーマーだった頃より大分力が衰えたが、それでもパワー・頑丈さは常人を遥かに凌いでいた。ただ自分がやり過ぎれば人間など簡単に捻り殺してしまうため、いつも最小限に抑えてきた。

 まあこういうのはハジメの方が詳しいだろうから聞いてみるかと、何故か落ち込んでる様子の彼の方へ行き、そのプレートを見せて貰った。

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 天職:錬成師 

 筋力:10

 体力:10

 耐性:10

 敏捷:10

 魔力:10

 魔耐:10

 技能:錬成・言語理解

 

 どうやらハジメには物作りの才能があるようだ。流石愁さんと菫さんの息子だと言うと、ハジメは照れ臭そうに笑った。

 そして自分のステータスを見せたら、大声で驚いていた。彼にとって亮牙は何でもこなすし喧嘩も強いので、まさか年齢まで含めて一切不明だとは思わなかったのだ。メルドも何事かと、二人のステータスを確認しに来た。

 

「ああ、その、なんだ…。まず錬成師というのはまあ、言ってみれば鍛冶職の事だ。鍛冶するときに便利だとか…」

「つまり、ハジメは後方支援ってわけか?」

「ま、まあそうなるな…。しかし亮牙のはバグか?天職がない奴は確かにいるが、ステータスもレベルもちゃんと表示されないとは…。これではどう鍛えればいいのか…」

 

 メルドからそう言われ、ハジメは落ち込みながらもますます困惑した表情を浮かべる。親友は少なくとも自分よりも戦えるはずだ。なのに何故こんな表記に?

 そう考えていると、二人を目の敵にしている男子達の筆頭である檜山大介が心底憎たらしい笑みを浮かべて近づいて来た。

 この男もまた、香織に惚れている一人であったが、その性格は自分より弱そうな奴を虐げて優越感に浸り、逆に強そうな奴には媚び諂う、典型的な小心者であった。同じ性格の近藤礼一・斎藤良樹・中野新治はよく連んでおり、ハジメからは陰で小悪党組と呼ばれている。

 

「おいおい南雲。もしかしてお前非戦系か?鍛冶職でどうやって戦うんだよ?灘に至っては天職すらねえじゃん。そんなんで戦えるわけ?ステータスはどうなってんだよ?」

 

 檜山が鬱陶しい感じでハジメと肩を組む。周りの生徒たちは止めることもなく、特に男子は嘲笑っている。それを他の小悪党組もはやし立て、それに対して香織と雫、そして一部の女子生徒が不快そうに眉をひそめている。

 香織に惚れているならはっきり告白するか、自分の腐った性格直せよと思いつつ、ハジメはステータスプレートを見せた。亮牙も仕方なく見せた。

 二人のステータスプレートを見て檜山は爆笑し、他の連中も内容を見て爆笑なり嘲笑なりをしていく。

 

「ぶっははははっ、何だこれ!完全に一般人じゃねえか!」

「むしろ平均が10なんだから場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな!」

「と言うか灘のを見ろよ!天職どころかステータスもないじゃねえか!南雲よりも弱いんじゃねえか!?こいつらすぐ死ぬんじゃねえの!?」

 

 次々と笑い出す生徒達に愛子が憤慨し叱責しようとしたが、それより先に亮牙が動いた。

 

「気は済んだか?ならさっさと返せ?お前のバッチい手で触られてると不愉快だ」

「あぁ、なんだと灘ぁ?雑魚の癖に粋が―」

 

 檜山の言葉は続かなかった。亮牙が檜山の額にデコピンを喰らわせたのだ。檜山はそのままのけぞって一回転し、うつ伏せになって地面に倒れ、ピクピクと痙攣した。

 その光景に先ほどまで嘲笑していた生徒達、愛子、メルドが唖然としていると、亮牙は自分達のステータスプレートを拾い上げ、ハジメのものを本人に返した。

 

「まあ別に俺はこんなものどうでもいい。俺もハジメも先生も、そもそもこの世界の戦争なんざ参加するつもりはない」

「そ、そうなのか?」

「当たり前だ。あんたは突然余所の世界に攫われた挙句、何一つ分からない状況でその世界の戦争に力を貸せと言われて参戦するか?そんな奴隷みたいな扱い、俺は情けなくて死んでも御免だ」

「ちょっと亮牙!すみません。根はいい奴なんですが、少し口が悪くて…」

「いや、いいんだハジメ。確かにこれは亮牙の言う通り、本来我等で解決すべき問題だからな…。無理強いはせんよ」

「…大半の奴は参戦するそうだが、どいつもこいつも精々虫を殺したぐらいで、赤い血の流れる生き物を殺した経験なんざ一切ないぞ。まずは家畜の屠殺やら罪人の処刑の手伝いとか、命を奪う事を身をもって理解させといた方がいいと思うがな」

「…そういう血生臭い訓練は出来れば最後に回したい。まずは強靱な肉体を作り精神に余裕を持たせなければな」

 

 メルドの言葉にご自由に、と亮牙は呟き訓練場から出ていく。ハジメや愛子は皆の視線があったが、地球への帰還を第一に考える亮牙と話もあったためその後に続く。

 暫くすると光輝や龍太郎をはじめとしたクラスメイト達は去っていく亮牙やハジメを睨みつけたが、事情を察している雫がその場を何とか宥めた。(因みに香織は何時ものストーカー癖でハジメの後を追おうとしたが、これも雫によって諌められていた。)

 

 

 

 

 

 

 その後、作農師というレアスキルを獲得した愛子は、農地開拓のため各地に派遣される事になった。出発前に彼女は、そうして各地を巡りながら、この世界について調べてみると約束してくれた。

 一方ハジメは、錬成士として鍛えるなら同じ天職の者が鍛えるべきだと亮牙や愛子が進言したこともあり、メルドの口添えで筆頭錬成士ウォルペン・スタークらのもとで鍛錬することになった。当然光輝や小悪党組を中心として文句が上がったか、メルド自身ハジメを自らが鍛える方法が分からなかったため、必要なことだと言って何とか彼らを説得した。行き帰りは亮牙が同行し、夜になって皆がいない時に亮牙から組手など簡単な護身術を学んだ。

 最後は亮牙だが、彼自身は他所の世界で戦争する気などさらさら無かったが、地球にハジメと共に帰るためにもその方法を探さねばと、専ら王城の図書館で本を読み漁って知識を集めた。

 調べたところ、このトータスはエヒト達神々が魔法を用いて創造し、今ある魔法は全てその劣化版、故に魔法はエヒトからの授かり物で魔力を持たぬ亜人族は神から見放された下等生物、エヒトとは異なる神を崇める魔人族も同様の価値観らしい。だが海人族だけは海産物という利益を生産するからと被差別対象みたいだ。

 つくづく不愉快な宗教概念だと亮牙は考えた。結局は人間にとって都合の良い価値観に基づいたものじゃないか。この世界といい地球といい、人間ってのはよくもまあここまで傲慢になれるもんだと。

 

 そろそろハジメを迎えに行くかと、亮牙はその日の情報収集を終えて外に出ると、訓練施設を横切っていく。ふとクラスメイト達の面を見ると、どいつもこいつも己の努力の結果が実を結んでいるのかとても晴れやかな顔をしている。全く能天気なもんだと呆れていると、不意に背後からどんと音が鳴った。振り返ればあの檜山が盛大にスッ転んでいた。

 

「おいおい何やってんだよ大介!」

「無能のサボり魔からって手加減しすぎだろ!大介ってば優しー!」

「わ、笑うなお前ら!」

 

 どうやら亮牙を蹴りつけたものの、頑丈な彼の巨体にかえってバランスを崩し、盛大に転んだようだ。馬鹿な奴である。

 

「…おい灘、てめぇも南雲も、毎日俺達が訓練してるのに自分達だけはサボり続けて、情けなくねぇのか?」

「俺達もうお前より強いかもよぉ?」

「てか実際強いっしょ!こいつ、ステータス分かんねぇけど技能何も持ってねぇ、南雲以下なんだぜ!」

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らが稽古つけてやんね?」

「あぁ?おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね?まぁ、俺も優しいし?稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

「おお、いいねぇ、俺ら超優しいじゃん。南雲以上の無能のために時間割いてやるとかさ。感謝しろよ灘ぁ?」

 

 調子に乗って下卑た表情で嘲笑する小悪党組。この四人は地球にいた頃から香織に構われるハジメを特に目の敵にしており、同じクラスになってからは執拗にハジメに嫌がらせをするようになった。嫌な予感がした亮牙は万が一に備え、自分がそばにいない時はスマホの録音機能をオンにしておくよう忠告していた。育ての父・啓治がジャーナリストとして危険な取材をする時などに使っていたという手法を利用したのだ。

 案の定、彼が少し用事でハジメから離れていた時、小悪党組はハジメを人目につかない所に連れ込んで暴行を加えた。だが用事を終えた亮牙がハジメがいなくなっている事、彼の匂いに混じって小悪党組の匂いがするのに気づき、匂いを辿って現場に直行し、現行犯で四人を叩きのめしハジメを助け出した。

 だが、話はそこで終わらなかった。騒ぎを聞きつけ駆けつけた光輝が、亮牙が小悪党組を暴行していると思い込み、襲いかかってきたのだ。無論亮牙は殴られた瞬間殴り返した。この騒動は、他の生徒に呼ばれた愛子が止めに入った事でようやく収まった。

 職員室に呼ばれた小悪党組と光輝は見苦しい自己弁護をするも、ハジメのスマホにはしっかりと彼らの所業が録音されており、亮牙はこれを教師達に突き付けた。

 

『俺を過剰防衛で罰するのは受け入れるが、それならこいつらがハジメにした所業もしっかり罰してほしい。誤魔化すつもりなら出るとこ出るぞ。こっちには証拠があるんだからな』

 

 亮牙にこう言われ、更に愛子も彼を擁護した事もあり、当初は隠蔽も考えていた学校側だったがそうは行かなくなった。加害者の小悪党組には一ヶ月の停学処分、勘違いとは言え暴力を振るった光輝と、友人を守るためとはいえ過剰防衛だった亮牙には反省文と一週間の補習という処分が下された。

 だが光輝はこれを不服とし、檜山達にも何か理由があり、それに灘が因縁をつけて暴力を振るった挙句、先生達を脅して自分の罪を誤魔化したなどと言いふらした。当然ハジメは事実無根だと怒り、雫や愛子も信じなかったが、龍太郎や香織などが光輝を支持したこともあり、亮牙は他の生徒達から悪い印象を持たれるようになってしまった。しかし当の本人は、昔から他者に恐れられる事には慣れていたので一切気にしていなかった。

 以来この四人は亮牙を逆恨みしていたが、その強さを恐れて地球では何もしてこなかった。恐らく、身に余る力を手にした事で天狗になり、今なら自分に勝てると考えたのだろう。余りの短絡さに、亮牙はフッと鼻で笑った。

 

「お前らごとき蛆虫が俺より強い?冗談は顔だけにしろよ」

 

 亮牙のその一言に小悪党組の顔が怒りで真っ赤になる。四人は訓練により己が地球にいた頃とは比べ物にならないほど強くなったと自覚しているし、事実その通りではあった。地球ではハジメを虐めようとしては散々亮牙にぶちのめされ、香織に構われてるハジメを中々虐げられない事に苛立っていたこの馬鹿どもは、今なら絶好の復讐のチャンスと思ったのだ。

 

「てめぇ、ざけんじゃねえぞ!」

 

 と、近藤が剣の鞘で殴りかかるが、亮牙は瞬時にガラ空きな近藤の股間を思い切り蹴り上げた。

 

「…ぐ、ぐあぁぁぁぁ……」

 

 近藤は剣を落とし、股間を押さえ蹲る。幸い金玉は潰れなかったようだが、そのまま亮牙に蹴り飛ばされ、近くで傍観していたクラスメイト達に転がりながら突っ込んだ。見て見ぬふりをしようとしていたクラスメイト達だったが、転がってきた近藤がぶつかった事で、堪らず悲鳴を上げる。

 

「な、何しやがる!?ここに焼―」

「ここに風―」

 

 中野と斉藤は、王国から支給されたアーティファクトと異世界人として高いスペックを持つ魔法を放とうとしたが、歴戦の戦士である亮牙には遅すぎた。彼は中野と斉藤に素早く接近して首に掴むと、二人の頭を思い切りお互いの頭に叩きつける。ゴンッと嫌な音が響くと、中野と斉藤は泡を吹いて失神した。

 

「ひ、ひぃ⁉︎ば、馬鹿な、おかしいだろお前ぇ!何でそんなにつぇんだよぉ!?」

「自分達が強くなったら反比例して俺が弱くなるとでも思ってたのか?つくづく救いようのない馬鹿どもだな。いっそ道化にでもなれよ、腹抱えて笑ってやるから」

「ざ、ざけんじゃねえ!野郎ぶっ殺してやるぅ!」

 

 如何にも小悪党らしい台詞を吐くと、西洋剣を抜き錯乱したかのように斬りかかる檜山。亮牙は難なくかわすと、この愚か者の土手っ腹にドゴォと強力なパンチをお見舞いした。流石に殺さないよう手加減をしたが、その衝撃は周囲にも伝わった。

 

「ぐ、ぐえぇぇぇぇ……」

 

 手から剣を落とし、口から盛大に嘔吐しながら膝をつく檜山。まるで潰された蛙のような声を上げている。

 つくづく話にならん奴らだ。まあ二度と馬鹿な考えを起こさないよう、あと二、三発ぶん殴っとくかと、拳を構える亮牙。

 

「何をやっている!」

 

 だが、叫び声が聞こえてきたので、其方を振り向いた。すると迷惑カルテット達がメルドと共に駆け寄ってきて、光輝と龍太郎が此方を睨み、香織も心底恐ろしい化物でも見るような目で見てくる。

 

「またいつもの弱い者虐めか、そんなに暴力を振るうのが楽しいか?」

「先に仕掛けたのはごっこ遊びでスーパーヒーローになった気になって、俺に喧嘩売ってきたこの蛆虫共だ。周りの連中も見ていたから聞いてみろよ」

 

 亮牙はそう言って冷めた目でクラスメイト達を見る。彼らは気に食わない亮牙が制裁される事を期待していたが、ステータスとは対照的なその圧倒的な強さに震え上がっていた。自分まで巻き込まれちゃ堪らないとばかりに、皆首が外れんばかりに頭を縦に振る。

 雫とメルドはそれを見て、やり過ぎな気もするが亮牙の正当防衛だと理解したようだ。だが、亮牙を嫌う光輝は信用しない。

 

「ごっこ遊びだと⁉︎お前といい南雲といい、皆がこの世界を救うために頑張ってるのに、訓練もろくに加わらずに関係ない無駄なことしかしてないじゃないか!檜山達は皆の怒りを代弁したかったんだろうさ!」

 

 光輝は狂気的なまでに性善説を盲信し、基本的に人は理由なく悪い事などせず、仮にそうだとしてもされた側にも問題があるという過程を経るのである。だから気に食わない亮牙と、倒れ伏す小悪党組の姿に、かつてのように亮牙が一方的に悪いと判断したのだ。暗愚な龍太郎や香織も同じ考えだろう。唯一、雫だけは亮牙の言い分を信用していたが。

 

「馬鹿馬鹿しい、俺が気に食わないならはっきり言えよ。俺はそもそも人間なんざ、育ての親と南雲家の皆以外信用してない。特にお前らクラスメイトなんぞ、ジャングルの猿のほうがマシに思えてくる。」

 

 そう言った亮牙は光輝達を冷めた目で睨み返した。遠慮なしに皆殺しにも出来たが、こんな恥知らずの屑共などそんな価値すらもない。そんな亮牙の気持ちを察したのか、雫とメルドが歩み寄る。

 

「その、灘君は怪我とかない?」

「なめるな、こんな蛆虫共よりそこらを這っている兵隊蟻の方が、まだよっぽど骨がある。」

「そ、そうか」

「そんなに自分の力に自信があるなら、この世界のために使おうとは思わないのか!」

「だから俺はこの世界の連中の奴隷になるつもりはないと言ってるだろうが。多分ハジメや先生も同じ考えだろう。俺達は人攫い共なんかを当てにせず、俺達なりの方法で地球に帰るまでだ」

 

 そう吐き捨てると亮牙はハジメを迎えに行くためにその場を後にした。光輝や龍太郎は未だに彼を睨んでいたが、雫とメルドは心底すまなそうにその背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 夕方、亮牙とハジメが帰った後、明日から実戦訓練の一環とて生徒皆で『オルクス大迷宮』へと遠征に行く事がメルドから皆に告げられた。 

 亮牙は自分だけでなく非戦闘職のハジメまで戦闘訓練に参加するのはどうなのかとメルドに問うたが、どうやらジジイ共から生徒は全員参加するように言われたらしい。ならハジメと同じ非戦闘職の先生も連れていくべきだと反論したものの、当の愛子は既に任務で王都の外で出ており、あいつなら自分が守ってやるとメルドは豪語して聞き入れなかった。

 亮牙はメルドを悪人とは思わなかったが、オプティマスや古代プライム達と比べ、人の上に立つ者としてはやや頼りにならないなと感じた。

 

 

 

 

 

 

 




メルドさんは善人なんだけど、軍人・指導者としては優し過ぎましたね。いつになるか分からない盗賊退治とか考えるよりも、早い内から罪人の処刑に立ち合わせたりその手伝いをさせておけば、光輝達ももっと早く自分達のする事を自覚出来ただろうに。

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ありがた迷惑な誓い

自分でssを書き始めてから、原作となるべく被りすぎないように注意しつつ、かつ自分独自に文章をまとめる大変さが改めて理解出来ました。

今回、原作ヒロインの一人である香織へのアンチが結構あります。アンチ・ヘイトタグは登録してありますが、香織ファンの方々には不快になるかもしれませんので、ご注意ください。


 七大迷宮の一つ「オルクス大迷宮」は、全百階層からなると言われている大迷宮であり、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。にもかかわらず、冒険者や傭兵・新兵の訓練に非常に人気があるのは、階層により魔物の強さを測りやすい事に加え、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

 魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核である。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的らしい。また魔石はその他にも、日常生活用の魔法具などの原動力としても使われ、軍事関係・日常生活の両方において必要な大変需要の高い品なのである。

 ちなみに良質な魔石を持つ魔物ほど、一種類しか使えないが詠唱・魔法陣なしに放てる固有魔法が強力になる。詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法だが、彼らが油断ならない最大の理由でもある。

 

 亮牙達とメルド団長率いる騎士団員複数名は、オルクス大迷宮へ挑戦する冒険者達のための宿場町「ホルアド」に到着すると、新兵訓練によく利用する王国直営の宿屋に泊まった。亮牙とハジメは同室となった。

 明日から早速、迷宮に挑戦だ。今回は行っても二十階層までらしく、それくらいなら、ハジメのような最弱キャラがいても十分カバーできるとメルドから直々に教えられた。

 

 ハジメと亮牙は、明日の予習として借りてきた迷宮低層の魔物図鑑を読んだ後、明日に備えて体を休めておこうと眠る準備をした。しかし、そんな彼らのもとに招かれざる客がやってきた。

 十分深夜にあたる時間だというのに扉をノックする音が響き、香織の声が聞こえた。亮牙は舌打ちし無視しとけと言ったものの、ハジメは無視することもできず扉を開けた。そこで立っていた香織は、純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけと、他人から見たら痴女かと突っ込まれても仕方ない恰好だった。

 

「…なんでやねん」

「えっ?」

 

 ある意味、衝撃的な光景に思わず関西弁でツッコミを入れてしまうハジメ。よく聞こえなかったのか香織はキョトンとしている。慌てて気を取り直したハジメは、なるべく彼女を見ないように用件を聞く。親友を偏見の眼で見ることもありあまり好きになれない彼女だったが、今の姿は立派な思春期男子であるハジメには刺激が強すぎた。

 一方の亮牙は香織を嫌っていたので、痴女と勘違いされてもおかしくない格好で来た彼女を汚物でも見るような目で見ていた。

 

「あ、いや、なんでもないよ。えっと、どうしたのかな? 何か連絡事項でも?」

「ううん。その、少し南雲君と話したくて…。やっぱり迷惑だったかな?」

「ああ全くだ。俺達は眠いんだ。さっさと自分の部屋に帰れ」

「だからやめなよ亮牙!でもまあ夜も遅いから、少しの時間だけならいいよ。話したいことって明日のことかな?」

 

 亮牙は鬱陶しいと言わんばかりに追い返そうとするも、流石のハジメも何か様子がおかしいと感じたためにこのまま追い返すことはできず、取り敢えず彼女を招き入れた。

 暫くすると香織は思いつめた様な表情になり、興奮したのか身を乗り出してこう言った。

 

「明日の迷宮だけど、南雲君だけは町で待っていて欲しいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得するから!お願い!」

 

 あまりにも突然な言葉にハジメも困惑する。一方の亮牙は香織を睨みつける。

 

「なんだ、お前達の方から俺達を巻き込んだくせに、今更ハジメなんざ足手纏いだから来るなってのか?何様のつもりだよ」

「違うの!南雲君が足手纏いとかそういうことじゃないの!」

 

 香織は慌てて弁明すると、手を胸に当てて深呼吸し落ち着きを取り戻すと、静かに話し出した。

 

「あのね、なんだか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど、夢を見て…。南雲君と灘君が居たんだけど、急に灘君が大きな怪物になって、南雲君に逃げてって叫んでも全然気がついてくれなくて、最後にはその灘君だった怪物に食べられて、消えてしまうの…」

「くだらねぇ、たかが夢だろ。そんな馬鹿げたこと真に受けて、俺達の迷惑考えずにこんな深夜に来たってのか?そんな理由で他の連中がハイ分かったと認めてくれると思ってんのかよ?巫山戯るのも大概にしろよ」

 

 唇を噛みしめ泣きそうな表情の香織だったが、亮牙は容赦なく吐き捨てる。幾ら不吉だからと言っても所詮は夢、許可されようとされないだろうと、ハジメにとってはまたクラスの連中から謂れのない誹謗中傷を受ける原因となるだけだ。そんなことも理解していないとは、最早女神というより疫病神だ。

 怒る亮牙をまあまあと宥めながらも、ハジメは香織を安心させるようになるべく優しい声音を心掛けて話しかけた。

 

「亮牙のいう通り夢は夢だよ。今回はメルド団長率いるベテランの騎士団員がついているし、未だにステータス不明な亮牙だってクラスの誰よりも強いんだ。そりゃ僕は実際に弱いから不安になるのも分かるけど、それでも心配なら、守ってくれないかな?」

 

 ハジメは男として恥ずかしいのは分かっていたが、香織を安心させるにはそう言うしかなかった。治癒系魔法に天性の才を示す「治癒士」の転職を持つ君なら、自分が仮に大怪我したとしても助けてくれるはずだと。

 人が不安を感じる最大の原因は未知であると何かで聞いたことがあったハジメは、未知に不安を感じているであろう彼女を、気休めかもしれないが自分には対処する術があるのだと自信を持たせたかった。

 しばらくハジメを見つめていた香織だが、微笑と共に沈黙を破った。

 

「変わらないね、南雲君は。私と会ったのは高校に入ってからだと思ってるよね?でもね、私は中学二年の時から知ってたよ。私が一方的に知ってるだけだけどね。私が最初に見た南雲君は土下座してたから、私のことが見えていたわけないしね」

 

 土下座という単語に、ハジメは思い出した。中二の時のあの一件だ。最後は亮牙が解決してくれたけど、彼が自分のした事の方が立派だと褒めてくれたあの事件だ。どうやらあの時見て見ぬ振りをしていた一人が彼女だったようだ。

 ふと親友の顔を見る。どうやら彼もあの一件を思い出したようだ。だがその目は、彼女を軽蔑するような目で睨み付けている。

 

「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね。光輝君かよくトラブルに飛び込んでいって相手の人を倒してるし、灘君も暴力で解決するようなところがあるし…。でも、弱くても立ち向かえる人や他人のために頭を下げられる人はそんなにいないと思う。…実際、あの時の私は怖くて、自分は雫ちゃん達みたいに強くないからって言い訳して、誰か助けてあげてって思うばかりで何もしなかった。だから、私の中で一番強い人は南雲君なんだ。高校に入って南雲君を見つけたときは嬉しかった。だからかな、不安になったのかも。迷宮でも南雲君が何か無茶するんじゃないかって。不良に立ち向かった時みたいに…。でも、うん、私が南雲君を守るよ!」

 

 そう香織が決意の言葉を口にした時だった。

 

 

 

 

 

「何が守るだ。寝言は寝て言え疫病神が」

 

 

 

 

 

 亮牙のその一言に、香織とハジメは思わず彼の方を見る。香織はムッとした表情で亮牙を睨みながら問いかける。

 

「何かな?何で灘君にそんな風に言われなきゃならないの?」

「お前こそ何様のつもりだ。あの時ハジメの姿を見てたんだろう?なら何でこんな他所の戦争にハジメまで巻き込んだんだよ。ハジメは確かに立派な人間だが、本質的に暴力を嫌う優しい人間なんだぞ。なのに幼馴染がやるからとか単純な理由で、暴力渦巻く戦争に俺達を巻き込みやがって。その事に罪悪感はないのか?」

「っでも、光輝君だって言ってたじゃん!この世界の困っている人達のためには、力のある私達が手を貸さないと!」

「そもそもハジメを守るだと?ハジメが何でクラスの連中から蔑まれているか、お前本当に分かっているのか?その事すら自覚してもいない癖に守るだなんて、本当に何様のつもりだよ」

「そう言う灘君こそ、乱暴な事ばかりして南雲君に迷惑かけてるじゃない!南雲君はあなたの巻き添えでそんな状況に陥ってるんじゃないの⁉︎」

 

 次第にヒートアップする両者。香織は表向きは認めてないが、亮牙の事を嫌っていた。

 地球ではハジメと仲良くなりたいと、同じクラスになってから強引に話しかけてきた彼女だが、その度にクラスメイト達が嫉妬心からハジメに辛く当たってきたため、亮牙は親友の負担を減らそうとなるべく彼女が近づかないようにしていた。それを無自覚に疎ましく感じていた彼女は、幼馴染の光輝が亮牙の悪評を流した際、この主張に賛同した。中学二年のあの事件で、自分が我が身可愛さに見て見ぬ振りをしていた事を棚に上げ、暴力で解決するような亮牙はハジメの側に居るべき人間ではないと。

 この世界に来てからも、参戦を拒む亮牙にハジメが賛同している事で、周囲がハジメに辛く当たるんだと考え、人気のある自分が執拗に構うのが実際の原因だとは一切気付いていなかった。

 両者一歩も譲らない中、流石にまずいと感じたハジメが仲裁に入った。

 

「亮牙落ち着いて、もう真夜中なんだし。ごめん白崎さん。亮牙とは兄弟同然に育ったから、僕を心配してくれているだけなんだ。でも、白崎さんが僕をどれだけ心配してくれているかは十分分かったよ。ありがとう」

 

 ハジメからこう言ってもらった事で気を良くした香織は怒りを沈め、亮牙に向かい得意げな顔をしながら、二人の部屋を後にした。

 

「全く、ハジメも甘すぎる。奴のせいで迷惑してるのは事実なんだから、はっきり言えばいいだろうが」

「う〜ん、あの悪意が一切ない表情見ると、中々言いづらくてね。でも、亮牙の事を誤解してるのは残念かな」

「まあ俺自身は怖がられたりするのは慣れてるから、別に気にせんさ。兎に角、今日はもう休むか。明日に響くと困るしな」

 

 そう言うと、彼ら二人も眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが二人は気づかなかった。亮牙とハジメの部屋に出入りした香織の姿をとある人物が酷く歪んだ表情で見つめていたことに。彼女の考えなしの好意の押し付けが、明日になって地球にいた時とは比べ物にならないレベルの災いのきっかけとなってしまうことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、評価お待ちしております。


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迷宮と罠

前話の香織アンチが意外にも好評だったのに自分でも驚きました。流石ストーカー&変態ヒロインといったところでしょうか(笑)

自分の住んでいる地域では緊急事態宣言が解除され、仕事がまた忙しくなるため、今後は投稿のペースが遅れるかもしれません。

ですがまだ油断できないため、皆様もお気をつけてください。


 翌朝、亮牙達はオルクス大迷宮へと潜った。ここは光を放つ「緑光石」の鉱脈のため、地下でもランタンや松明無しで周囲が視認できる。

 まさに王道ダンジョン・ゲームの世界を彷彿とさせる光景に、生徒の大半がはしゃいでいた。亮牙はそんな彼らを、よくもまあハジメの趣味を虚仮にすることが出来たなと、冷めた目で見ていた。

 

 まず一同は訓練した通りの隊列でラットマンという、頭部はネズミのそれだが胴体は筋肉モリモリマッチョマンの変態、とでも形容すべき外見の魔物と戦った。生徒達の誰もがゲーム感覚で、オーバーキルで仕留めていく。

 訓練に加わっていなかった亮牙とハジメには訓練したフォーメーションなどないため、メルドは取り敢えず二人で組ませる事にした。

 まずはハジメの番だ。彼は錬成で落とし穴を作りラットマンの身動きを封じると、背中に背負っていた筒状の物を袋から取り出した。その取り出された物に生徒達は目を見開き、メルド達騎士団が疑問に思っていると、タァンと破裂音がなり響いた。ラットマンは頭から血を流し、そのまま事切れた。

 

「銃⁉︎何でこの世界に⁉︎」

「銃?ハジメの使っているあのアーティファクトの事か?」

 

 そう、ハジメが使ったのは銃だ。それも猟師が使うようなライフルに似た物だった。それを見て、思わず雫が亮牙に尋ねた。

 

「な、灘君。まさかあの銃、南雲君が作ったの?」

「ああそうだ。ハジメの努力の成果だ」

「はは、ありがとう亮牙」

 

 銃を作るというアイデアは亮牙が出した。銃は剣や槍などと違い、使い方さえ覚えれば誰でも使えるという利点がある。錬成士という天職を持つハジメなら作れるのじゃないかと。

 そう言われたハジメはガンマンに憧れていた事もあり、早速製作に取り掛かった。しかし流石の彼も細かい構造を理解しているわけではなく、引き金を引くと撃鉄が動き火薬を炸裂させ玉を打ち出すなど、大抵の者が知っている簡単な構造を基としたため、一丁製作するのがやっとだった。

 流石にこの原始的な世界では合金技術などなく、弾丸も本物に使う物と違いただの鉄の玉のため、威力は本物に比べ大分劣る。それでも素人ながらにこの「ジャンゴ」を完成させたのは、ハジメの才能と努力の結果である事に間違いはないだろう。

 

「ま、まあ良い。ほら、次は亮牙だ。援護は必要か?」

「要らん」

 

 そう言って亮牙が前に出た。彼の武器はハジメが作ってくれたハチェットとナイフが一丁ずつだ。王国のアーティファクトにしっくりくる武器がなかったのと、何より亮牙が傀儡国家の骨董品なんぞよりもハジメの腕を信頼していたからだ。

 亮牙はゆっくりとラットマンに近づくと、軽くハチェットを振るい、一瞬でラットマンの首を斬り落とした。ラットマンの頭が地面に転がり、切断面から大量に血を吹き出しながら胴体が地面に倒れた。その光景に生徒達の大半がひっと叫び、ベテランの軍人であるメルド達も凍り付く。返り血を浴びながらも亮牙は気にした様子もなく、更に近づいてきた数匹のラットマンを睨みつけ肉食獣のように喉を鳴らす。

 

「グォルルルル…」

「「「チュウウウウ!!!」」」

 

 まるで普通のネズミが捕食者と出会ったかの如く、ラットマン達は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した。亮牙は直ぐに興味を無くすと、自分が仕留めたラットマンの死骸に近づき、ナイフでその腹を切り裂き始めた。メルド達も生徒達も思わずギョッとする。

 

「お、おい亮牙。何してるんだ?」

「見りゃ分かるだろ。仕留めた獲物を解体してる」

「いや、魔石を取り出すなら、俺達騎士がやるから…」

「俺は遊びで殺したんじゃない。仕留めた奴が責任を持って処理するのが狩りのルールだ」

 

 亮牙はそう言って血塗れになりながらも死骸から魔石を取り出した。その光景に生徒の大半が震え上がっていたが、メルド達騎士団は亮牙が一番命のやり取りを理解出来ていると評価した。彼は兵士として必要な心構えを持っている、参戦してくれないのが残念だと。

 一方、ハジメも亮牙のその言葉を聞いて自分が仕留めたラットマンを解体しようとしたが、血で汚れて引金を引くのが滑ると困るだろ、と亮牙が代わりに解体した。だが他の生徒達は騎士達に任せて自分でやろうとは一切しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎士団達がフェアスコープというアイテムと長年の経験からトラップを見つけてくれるので、亮牙達はスムーズに進み、現在は二十階層を探索していた。亮牙は最初の戦闘以来、出会す魔物が彼を恐れるかのように逃げ出すので、ハジメと共に後方で待機する事になった。彼らにとっては面倒ごとが減ったので良かったが。

 

 迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるのが普通だ。オルクス大迷宮は現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされていたため、迷う事もトラップに引っかかる心配もないはずだった。

 

 二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形となっていた。この先を進むと二十一階層への階段があり、そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりらしい。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないそうなので、また地道に帰らなければならない。一行は若干弛緩した空気の中、せり出す壁のために横列を組めず、縦列で進んだ。

 すると、先頭を行く光輝達やメルドが立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物を見つけたようだ。

 

「擬態しているぞ!周りをよく注意しておけ!」

 

 メルドが忠告するが、これも訓練の一環として生徒達だけで見抜かせようとする。

 その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始める。カメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。その外見を見て亮牙は、龍太郎の親戚かと本気で思った。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」

 

 メルドの声が響くと共に光輝達が前に出た。飛びかかってきたロックマウントの豪腕をそっくりさんな龍太郎が拳で弾き返し、光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。流石に平地での訓練で洞窟内のフォーメーションを鍛えるにはもっと時間が必要だった。

 己と瓜二つな人間の守りを抜けられないと判断したロックマウントは、後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸うと、部屋全体を震動させるような強烈な咆哮『威圧の咆哮』を上げた。

 

「ぐっ⁉︎」

「うわっ⁉︎」

「きゃあ⁉︎」

 

 これは魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させるというロックマウントの固有魔法だ。ダメージ自体はないものの身体中に衝撃が走り、まんまと喰らった光輝達前衛組は一瞬硬直してしまった。

 ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げた。霊長類そっくりな風貌だけあり魔法支援の厄介さを理解する知恵があるらしく、香織達後衛組目掛けてその岩を投げつけた。

 避けるスペースが心もとなかったため、後衛組の香織・谷口鈴・中村恵里の三人は準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けるが、衝撃的な光景に思わず硬直してしまった。

 投げられた岩もロックマウントだったらしく、腕を広げたのだ。まるで某怪盗3世が同僚兼想い人に迫るかの如く「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえそうで、おまけに妙に目も血走り鼻息も荒く、三人とも思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 だが空かさずハジメがジャンゴを発砲、ロックマウントは頭を打ち抜かれてそのまま地面に墜落し絶命した。

 

「白崎さん、谷口さん、中村さん、大丈夫?」

「あ、ありがとう南雲君…」

「た、助かったよ南雲君〜!」

「あ、ありがとう…」

 

 彼女達三人はハジメに感謝しつつも、顔を青くしていた。ゴリラなら龍太郎で見慣れてるはずだが、気持ち悪い動作で寄ってきた挙句、ハジメが撃ち抜いた事で辺りに血が飛び散ったからだ。

 そんな様子を見た光輝が、いつもの発作を発動させてしまう。気持ち悪さで青褪めたのを死の恐怖を感じたためだと勘違いしたらしく、その見当違いな怒りに呼応するかのように聖剣も輝き出した。

 

「貴様、よくも香織達を、許さない!万翔羽ばたき、天へと至れ、『天翔閃』!」

「あっ、こら馬鹿者!」

 

 メルドの声を無視し、光輝は詠唱により強烈な光を纏わせた聖剣を振りかぶると一気に振り下ろし、光の斬撃を放った。斬撃はロックマウントを左右泣き別れに両断するだけには留まらず、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく霧散した。

 ふぅと息を吐くと、如何にもキザな笑みを浮かべ香織達の方に向きなおる光輝だが、メルドの拳骨がその頭に直撃した。

 

「へぶぅ⁉︎」

「この馬鹿者が!気持ちは分かるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 そう叱られる光輝を含めたクラスメイト達に、亮牙はほとほと呆れ果てていた。どいつもこいつも強くなれたと天狗になって、その力で何れ殺人をするという自覚が全くない。愛子には可哀想だが、遅かれ早かれ誰か死ぬだろう。

 

「ん、何だありゃ?」

「どうしたの亮牙?あ、確かに何かある。」

 

 クラスメイト達に関心をなくした亮牙は、ハジメと共に気晴らしに周りの景色を見ていると、光輝が壊した場所にやけに綺麗な石を見つけた。その視線に気づいた女子達は吐息を漏らした。

 

「あれはグランツ鉱石だな。見た目だけは美しく特に何の効力もないが、主にプロポーズに選ばれる宝石だな」

「素敵…」

 

 メルドの説明を聞いた香織がハジメをチラチラ見ながら呑気な事を言い出す。それがいけなかった。それを聞いた檜山が香織の気を引こうと、グランツ鉱石を取るために崩れた壁を登り出したのだ。それをメルドが慌てて止めようとするが、この愚者は聞く耳持たずとうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 メルドが止めようと追いかけると同時に、騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認し、一気に青褪めた。

 

「団長!トラップです!」

「ッ⁉︎」

 

 しかし、メルドも騎士団員の警告も一歩遅かった。檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がった。そのトラップは、さながら食虫植物が甘い香りで虫を誘い出すのと同じだった。

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、亮牙達がこの世界に召喚されたあの日を再現するかのように輝き出した。

 

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルドの叫びと共に生徒達が急いで部屋の外に向かい、亮牙は馬鹿諸共グランツ鉱石を破壊するためハチェットを投擲しようとしたが、間に合わなかった。

 このトータスに初めて召喚された瞬間の如く、白い光が辺りを覆い浮遊感が彼らを襲い、気づくと巨大な石造りの橋の上に転移していた。ざっと長さ百メートル、天井も二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだろう。亮牙達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 それを確認したメルドが、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け!急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達だったが、迷宮の罠がこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現しからだ。更に通路側にも魔法陣は出現し、そちらからも一体の巨大な魔物が出現した。

 その魔物を呆然と見つめるメルドの呻く様な呟きが、やけに明瞭に響いた。

 

「まさか、ベヒモス、なのか…⁉︎」

 

 

 

 

 

 




・オリジナル武器「ジャンゴ」
本作でハジメがドンナー&シュラークより先に作った銃。外見は狩猟などに使うライフルに似ているが、まだまだ知識や物資不足もあり、銃弾は普通の鉄の弾を発射するのみとなっている。
完成はしたものの、教会や王国の悪用を恐れたハジメは設計図などを全て破棄し、世話になったウォルペンらにも沈黙を約束させた。
名前はマカロニウエスタン等に登場するジャンゴから。ライフルにしたのはコンボイ司令官のレーザーライフルへのオマージュのつもり。


主人公にハチェット持たせたのは、2018年版のゴッドオブウォーで投げ斧にハマったためです。

感想・評価お待ちしております。


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そして奈落へ

戦闘描写は書いて表現するのが難しい、と多くの方々から伺ってきましたが、自分で書いてみて初めてその難しさを実感しました。

主人公の戦闘スタイルはアクションゲーム『ゴッドオブウォー』と、原始人と恐竜のコンビを主人公とした海外アニメ『Primal』を参考にしました。

他の作品と比べて見劣りするかもしれませんが、楽しんで読んで頂けると幸いです。


 10m級の魔法陣から出現したこの魔物は、地球上の生物で例えるならトリケラトプス等の角竜に似ていた。だがその姿は、赤黒い瞳に炎を放つ角、鋭い牙と爪と、とても植物食とは思えなかった。

 その魔物、ベヒモスは大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げ、正気を取り戻したメルドが矢継ぎ早に指示を出した。

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も…」

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物、かつて最強と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 鬼気迫る表情を見せたメルドに一瞬怯む光輝だったが、見捨てておけないと踏み止まり、メルドが早く逃がそうとしているうちにベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。そうはさせまいとメルド達は動いた。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず 聖絶!!」」」

 

 四方2m、最高級の紙に描かれた魔法陣と四節の詠唱、さらに三人同時発動、たった一回・一分間しか発動しないが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現した。展開された純白に輝く半球状の障壁にベヒモスが衝突すると凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が砕け散り、石造りの端が激しく揺れた。その揺れと衝撃波に生徒たちは悲鳴を上げて転倒する。

 そんな中、亮牙はふとベヒモスの姿に盟友スラッグの事を思い出していた。だが、大きさも迫力も彼の方が遥かに上だ。それでもメルドの話から察するにこんなのでもこの世界では上位の強さなのだろう。クラスメイト共なら簡単に殺される筈だ。

 舌打ちをしながらも冷静に周囲を確認した彼は、隣で呆然としていたハジメに指示を出す。

 

「ハジメ、お前は退路を確保してくれ。出来るか?」

「え⁉︎わ、分かった!でも亮牙は?」

「俺はあの肉の塊を相手にする。悪いが頼むぞ」

 

 そう言って亮牙はハチェットとナイフを手に、ベヒモスの方へと向かい駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段側の橋の入口に出現したトラウムソルジャーは、本来三十八階層に現れる魔物で、生徒達がさっきまで倒してきた魔物とは一線を画す戦闘能力を持っていた。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

 騎士団員が必死に宥めようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はおらず、隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。

 その内の一人、園部優香という女子が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。うっ、と呻きながら顔を上げた彼女の眼前には、剣を振りかぶる一体のトラウムソルジャーがいた。

 あ、という一言と同時に園部の脳天目掛けて剣が振り下ろされ、彼女が死ぬと感じた次の瞬間、トラウムソルジャーの頭蓋骨がタァンという音と共に砕け散った。ハジメがジャンゴで撃ち抜いたのだ。

 

「大丈夫⁉︎立てる⁉︎」

「…あ、ありがとう!」

 

 ハジメにそう言われ、園部は慌てて立ち上がった。

 こんな時に、いつもリーダー気取りのあの四人は何やってるんだ。ハジメは内心毒付きながらも、トラウムソルジャー達を相手に奮戦した。向こうには亮牙が向かった。親友ならなんとかしてくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その問題の迷惑カルテットは、後ろのクラスメイト達の状況にも気づかずにいた。メルドが幾ら撤退するよう命じても、光輝が駄々を捏ねるように言うことを聞かなかったためだ。

 この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しいため、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだった。その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであり、今の四人に出来るはずもなかった。だが戦闘の素人達にまずは褒めて伸ばしてやろうとしたメルドの方針が裏目に出て、光輝は己の力に過信してしまっていた。

 唯一状況を理解出来ていた雫が光輝を諌めようとするも、龍太郎が空気を読まず何時もの腰巾着ぶりを発揮して光輝を更に増長させてしまう。空気の読めない野郎共に雫は苛立ち、香織はただオロオロするだけだ。

 

 次の瞬間、ベヒモスの左目にナイフが突き刺さり悲鳴が上がった。メルド達や迷惑カルテットが後ろを振り向くと、亮牙が走ってきた。彼がベヒモス目掛けて正確無比に投げつけたのだ。

 

「さっさと他の連中助けに行け。あれは俺が仕留める」

「な、何言ってるんだ灘!ここは君のようなサボリ魔がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて…」

 

「喧しい疫病神共!死にたくなかったら引っ込んでろ!」

 

 殺気を込めて怒鳴り散らした亮牙は最早彼らには見向きもせず、そのままベヒモスに突進し、左前足目掛けてハチェットを振るった。流石に足を切り落とすことは出来なかったが、骨が砕ける鈍い音が響きベヒモスが再び悲鳴を上げる。

 

「ッ、任せたぞ亮牙!お前達、撤退するぞ!」

「は、はい!行くわよ皆!」

 

 その悲鳴に呆然としていたメルドと雫がハッとなり、亮牙の怒鳴り声に震え上がっていた三馬鹿トリオを促して撤退した。

 今のベヒモスは足の一本が折れて動けない。敵わないと思われたが、この少年なら何とか出来るかもしれない。歴戦の軍人であるメルドは亮牙に光輝以上の素質を見出しており、ここは彼に賭けてみることにしたのだ。

 唯一光輝だけは撤退しながらも、忌々しそうに亮牙を睨みつけていた。

 

 亮牙は素早い動作でベヒモスの頭部に飛び乗ると、1本の角目掛けてハチェットを振り下ろし始めた。ベヒモスは怯えた様子で頭を振るい、頭に熱を溜めてこの捕食者を振り落とそうとするが、彼の手は止まらない。返り血を浴びながらも、何度もハチェットを振り下ろし続けた。

 

 痛みに悶えながらベヒモスは悟った。目の前のこれは人間じゃない、人間の皮を被った捕食者(プレデター)だ。確実に自分を殺そうとしていると。最強と謳われたこの魔物は、その時明確な死の恐怖を感じていた。

 

 角の根元がグラついてくるのとハチェットの刃が大きく砕けたのは同時だった、亮牙はハチェットを手放して角を掴むと、渾身の力を込めて角をへし折った。バキリという音と共にベヒモスが痛みに悶え悲鳴を上げると、彼を振り落とした。しかし亮牙は怯まず、そのまま角の先端を、最初にナイフを投げて潰したベヒモスの眼窩目掛けて突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱり銃は良いな。他の武器より使い易く、威力も高い。この世界に合金技術はないし所詮は素人の作品だから威力などは弱いが、自分でも十分に戦える。アイデアをくれた亮牙に感謝しないと。

 迷惑カルテットの遅い登場に漸く平静を取り戻し始めたクラスメイト達につくづく呆れるハジメだったが、今は文句を言ってる場合じゃない。

 

「クソ、弾が尽きた!」

 

 そう毒付きながらもハジメはジャンゴの先端に装備した銃剣でトラウムソルジャーを倒していく。本来非戦闘職である彼がここまで活躍できるのは、彼自身の努力の賜物であった。

 クラスメイト達も前線を押し始めたので親友の安否を確かようと振り向くと、凄まじい悲鳴が聞こえた。

 

「…嘘でしょ?」

 

 そこには自らの角をへし折られた末に眼窩に突き刺されたベヒモスと、その返り血で真っ赤に染まった亮牙の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グギャアアアアァァァ!」

 

 潰された眼窩に直接角を突き刺されたベヒモスは脳を潰され、断末魔の悲鳴を上げた。脳を潰されたら最後、如何にこの魔物が厄介だろうと死んだも同然だ。

 

「よくやった亮牙!戻ってこい!お前達、ありったけの魔法を撃て!」

 

 それを見たメルドが透かさず生徒達に命令し、この世界の人間基準で見て強力な部類に入る魔法が、死んだも同然のベヒモスに殺到した。

 亮牙からすればもうベヒモスにはとどめを刺したので、余計な事をするなど言いたかったが、今はそんな場合ではない。先程までの戦闘の余波で橋はボロボロになっていた。

 

「亮牙、走って!」

 

 そうハジメが叫び、亮牙は親友の待つ方へと走り出した。橋は崩れそうだが、まだ十分間に合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分で撒いた種とはいえ本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。だがふと脳裏に、昨晩の宿での情景が頭に浮かんだ。

 緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行き、リラックスすると部屋に戻ろうとしたのだが、その途中に痴女同然の格好の香織を見かけたのだ。初めて見る香織の姿に劣情を抱いた檜山は気になってストーカー同然に後をつけると、香織はとある部屋の前で立ち止まりノックをした。その部屋は檜山が忌み嫌うハジメと亮牙の部屋だった。そして、扉からハジメの姿が当たり前のように出て来た。

 香織に好意を抱いていた檜山は頭が真っ白になった。自分では彼女とは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら所詮住む世界が違うと諦められたのだが、自分より劣っていると見做しているハジメが、成績が常にトップクラスでも香織に気を使わせ直しもしないキモオタ風情が香織の傍にいるのはおかしいだろ!それなら自分でもいいじゃないか!などと言う身勝手かつ気色悪い考えを本気で持っていた。まあこの世界のハジメならどうぞどうぞとさし出すだろうが。ストーカー同士十分釣り合う気もする。

 しかしハジメに当たり散らす事は出来なかった。常に彼の側には亮牙という守護者がおり、ハジメを嬲ろうとしては何度も彼に完膚無きまでに叩きのめされてきた。その度に溜まらせてきた不満は、このストーカー行為の時点で憎悪にまで膨れ上がっていた。それが焦りとなり、香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしてしまった。

 その時のことを思い出した檜山は、たった一人でベヒモスを圧倒する亮牙の姿に、ふと卑劣な考えを思い付いた。

 こいつさえいなくなれば、南雲なんか後で簡単に始末出来る。そうすれば香織は自分の者だ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に魔法の一つが亮牙に襲いかかった。別段痛くも何ともない火の玉だったが、明らかにわざと自分に向けられた一撃に、ギロリとクラスメイト達を睨みつけた。それに唯一反応した檜山は、勝ち誇ったかのように醜い笑みを浮かべた。

 

「クソッタレが!」

 

 その胸糞悪い面を見て毒づく亮牙だが、橋に火球がぶつかり爆発、目の前から崩れ始めた。それでも亮牙は崩れていく瓦礫を駆け抜けた。

 だが其の甲斐もなく、遂に橋は完全に崩壊した。それでも彼は常人離れした脚力で落ちてくる瓦礫を足場に掛け上ろうとした。しかし、とうとう間に合わなかった。

 

「亮牙ぁ!」

 

 ハジメは自身の危険も顧みず飛び出し、亮牙に向かって手を伸ばしたが届かない。香織が必死に止めようとするが、彼には親友を見殺しにする事は出来なかった。ハジメは無我夢中で亮牙の元へ飛び降りた。

 亮牙は親友が飛び降りた事に驚きながらも、対岸のクラスメイト達の方へ視線を向けた。あの忌まわしい香織が()()()()()の名を叫びながら飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしており、メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情で亮牙とハジメを見ていた。下手人の檜山だけは一石二鳥となった事が相当嬉しかったのか、憎たらしい醜悪な笑みを亮牙だけに見えるよう密かに浮かべていた。

 

「グルオオオオォォォォッ!」

 

 この報復は必ずしてやる。亮牙は怒りの咆哮を上げながら、そのままハジメと共に奈落の底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、奈落編です。原作崩壊となるかも…。

感想、評価お待ちしております。


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騎士、再臨

奈落編です。まさかの原作崩壊となります。

冒頭はジュラシックワールドのノベライズ版を意識して書きました。


 彼には怒りがあった。

 

 突如として他所の世界の神に攫われ、その地を支配する老害どもからこの世界のために戦えなどと命令された。

 

 周囲の馬鹿なガキ共は煽てられて調子に乗り、彼や親友、先生の静止も聞かず、命を奪い合う事も理解せず、反対していた彼らまで戦争に巻き込んだ。

 

 そのうちの一人、親友の番を気取るストーカー女は、上から目線で親友を守るなどとほざいた。心優しい親友を戦争という過酷な世界に巻き込んだ分際でだ。しかも親友が苦しんでいるのは彼のせいだとまで言ってきた。

 

 かつての友人に似た野獣との戦いでは、どいつもこいつも初めて味わった死の恐怖に怯えて何の役にも立たなかった。当の野獣は時間はやや掛かったが普通に彼一人で倒せたが。

 

 だが、彼は油断した。その一瞬の隙を突かれ、取るに足らないと見做していた害虫の一匹の卑劣な攻撃を許してしまった。

 挙句、そのために、親友までもが巻き込まれてしまった。あのストーカー女の言ったとおり、自分が親友を危険な目に遭わせてしまった。そんな自分の不甲斐なさが許せなかった。

 

 彼は遥か昔、思考とは無縁に生きてきた。これらの怒りは理屈よりも本能的な衝動であった。怒りは頂点に達していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい怒りを抱きながら、亮牙は共に目を覚ました。周りは薄暗いものの、緑光石の光のおかげで、自分が川辺に打ち上げられていた事が分かった。

 腹立たしい気持ちとは対象的に、何故か体の調子が良い。まるで人間になる前の感覚だ。

 

「ッ、ハジメは⁉︎」

 

 しかし直ぐに自分を助けようとして共に墜落した親友のことを思い出し、辺りを見回した。幸いにも、ハジメは亮牙の直ぐ隣で打ち上げられていた。

 彼ら二人は墜落しながらも、途中の崖の岩肌から流れる無数の滝に何度も吹き飛ばされながら次第に壁際に押しやられ、最後は岩肌からせり出ていた横穴から流された事で、奇跡的に助かったのだ。

 また、亮牙は流されながらも、共に落ちたハジメの手を掴み離れないようにしていた事で、二人ともはぐれずに済んだのだが、当の本人達はそんな事など知る由もなかった。

 

「ハジメ、しっかりしろ!大丈夫か⁉︎」

「…う、うぅ…り、亮牙?」

 

 亮牙に揺り起こされ、ハジメは意識を取り戻した。幸いにも命に別状はないようだ。

 

「体は大丈夫か?何処か痛むか?」

「…う、うん。少し痛むけど、動けないって程じゃないよ。よく思い出せないけど、とにかく助かったんだね」

「ああ、どうやらな…」

 

 そう呟く亮牙。ハジメは暫くすると、クシャミをして震え出した。どうやら冷えた地下水に浸かりすぎたようだ。早く体を温めないと、低体温症の危険もあった。亮牙はハジメを連れて川から離れた。

 ハジメはガクガクと震えながら服を脱いでパンツ一丁になると、服を絞って水を落とした。亮牙もそうしていたが、何故か彼は震えてはいなかった。

 ハジメは暖を取るために錬成で火種の魔法を起こそうとした時だ。

 

「待てハジメ。火なら俺が起こす」

「え?で、でも、亮牙は魔法が使―」

 

 ハジメの言葉はそこで途切れた。何故なら魔法が使えない筈の親友が、口から強烈な炎を吐き散らしたのだ。彼が魔法で起こそうとした炎とは比べ物にならない大火だった。

 

「え、えええええぇぇぇぇぇ⁉︎」

 

 あんぐりと口を開けたハジメの絶叫が周囲に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメが落ち着きを取り戻し絶叫が収まると、二人は炎で暖をとりつつ、傍に服も並べて乾かした。炎が強い分、徐々にハジメの体も暖まってきた。ふとハジメが亮牙に問いかけた。

 

「り、亮牙。さっき口から火を吐いたのも気になったんだけど、その目どうしたの?」

 

 ハジメの言った通り、亮牙の目はかつてと大きく変わっていた。彼の瞳はかつてはハジメ達と同じ色だったが、今では紅蓮の炎のように真っ赤に染まっていた。それは、かつてトランスフォーマーだった頃の彼の瞳と同じ色だった。

 

「…今は何とも言えん。だが心配いらん。体は絶好調だ」

 

 流石に今この場で自分の過去について話しても、頭がおかしくなったと思われるだけだろう。親友を不安にさせまいと、亮牙はそう言ってはぐらかした。

 

「…ここどこなんだろうね?だいぶ落ちたんだと思うけど、帰れるかな…?」

「今は何とも言えん…。それよりハジメ、何故あんな真似をした?」

 

 気持ちが落ち着いてきたのと同時に不安になってきたハジメがそう問いかけるが、亮牙は別の問いかけをしてきた。その声にはやや怒気が含まれていた。

 

「あの卑猥だか卑劣だか、兎に角そんな名前の奴が俺を突き落とした時の事だ。あの時どうしてわざわざ飛び降りたりしたんだ?下手をしたら、お前は死んでたかもしれないんだぞ!あの時の俺はどう見ても助けられる状況じゃなかった!なのに何故あんな無茶をしたんだ⁉︎」

 

 亮牙にとってハジメは人間となってから初めて出来た親友であり、弟も同然の存在だった。そんな彼が、自分のせいで危うく死ぬかもしれない目に遭ってしまったのだ。動揺しない筈がない。

 南雲家に引き取られた時に危惧していたように、そしてあのストーカー女の言ったとおり、自分が彼を危険な目に巻き込んでしまった。亮牙の心は罪悪感で満たされてしまった。

 しかし、ハジメは声を荒げて反論した。

 

「…何故って、決まってるだろ!君は僕にとって大兄弟も同然の、大切な親友なんだぞ!君のおかげで僕も父さんも母さんもどれだけ助けられたと思ってる!そんな君を、見捨てられるわけないだろう!もし逆の立場だったら、君だって同じ行動をした筈だ!」

 

 ハジメの目には涙が浮かんでいた。彼にとって亮牙の存在は大きかった。自分より何でもできる凄い奴だが、自分の事をしっかり評価してくれ、そして何度も助けられてきた。もし彼がいなかったら、自分の人生はもっと陰惨なものとなっていたかもしれない。

 そんな大切な親友を見殺しにできるはずもなかった。気付いたら体が動いていた。

 目の端に涙を溜めながらもグッと堪えているハジメの姿に、亮牙も冷静さを取り戻し、謝罪した。

 

「すまん、言い過ぎた。俺のせいでお前まで巻き込んでしまった事で、あのストーカー女に言われた事が胸に刺さってな…」

「いや、あれは白崎さんの言い掛かりだよ。それに、あの魔法はやっぱり檜山の仕業だったんだね?なら原因は彼女しか考えられないよ。亮牙が自分を責める必要はないよ。兎に角、今は地上に戻る事を考えよう。きっと大丈夫だから」

 

 そう言ってハジメは目元を拭って溜まった涙を拭き取り、自分自身を責める親友を励ました。その言葉に、亮牙も気を取り直した。

 

「そうだな、必ず地上に戻るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十分ほど暖を取って服を乾かした二人は、出口を探して出発した。自分達のいる階層が何処かはわからないが、迷宮の中である以上、どこに魔物が潜んでいてもおかしくない。

 鼻の効く亮牙が先頭に立って進んだ。本来後衛職であるハジメは、頼みの武器だったジャンゴも流されているうちに壊れてしまったため、何かあったらすぐに引き返せるようにと背後に着かせた。

 

 彼らは奥へと続く巨大な通路を慎重に進んでいったが、そこは通路と言うよりも洞窟といった方が近かった。

 二十階層の最後の部屋のように、岩や壁があちこちからせり出し通路自体も複雑にうねっているが、大きさは比較にならなかった。複雑で障害物だらけだが通路の幅は優に20m、狭い所でも10mもあり、相当な広さがあった。歩きづらいが隠れる場所も豊富で、二人は万が一に備え物陰に隠れながら進んでいった。

 

 暫く歩いた後、後ろにいるハジメに疲れが見え始めたので、亮牙は休もうとしたが、ふと何かの匂いを感じ取ると、顔を顰めてハジメにこう告げた。

 

「ハジメ、何かが来る。かなりの数だ。雰囲気からして恐らくあの角竜擬きより強いぞ」

「え⁉︎ど、どうする?」

「万が一の事もある。お前は錬成で穴を掘って隠れろ。なるべく深く掘り進んでおけ。外は俺が食い止めておくから安心しろ」

「そ、それじゃ亮牙が危ないじゃないか!一緒に隠れ―」

「いいから早く隠れろ!俺なら大丈夫だ。試したい事もあるからな」

 

 そう言われたハジメは親友の身を案じながらも、言われたとおり錬成で穴を掘って隠れた。

 

 暫くすると、2種類の魔物が現れた。

 1種類目はウサギに似た外見だが、その大きさは中型犬くらい、異常に発達した後脚、そして何より心臓のように脈打つ赤黒い線が血管のように幾本も体を走っていた。とても可愛らしいとは言えない外見だ。

 2種類目は狼そっくりだが、猫又のような二股の尾を生やしていた魔物で、群れなのか5頭程いた。

 

 兎はまるで助走をつけるかのように飛び跳ねると、地面を蹴り砕き亮牙に接近、彼に強力な蹴りを喰らわせようとした。だが、それは叶わなかった。

 亮牙は兎の後脚を難なく捕まえると、そのまま近くの岩壁思い切り投げ飛ばした。凄まじい勢いで壁に叩きつけられた兎はグシャァと潰れ、周囲に血や内臓を撒き散らした。

 

 続いて狼が動いた。この魔物は地球の狼と同様、群れで亮牙に襲い掛かった。更に彼らの固有魔法なのか、体に電撃を纏っていた。

 だが亮牙は怯まない。彼は1頭を捕まえたが、その電撃を喰らってもまるで何とも感じないように平然としており、その1頭を棍棒代わりに振り回して他の4頭に襲い掛かった。狼達はたちまち仲間の肉体で撲殺され、棍棒がわりにされた一頭はボロボロの肉片と化した。

 

 一方的に暴れながらも、亮牙は己の変化を悟っていた。やはり力が戻っている。さっきは炎も吐くことが出来た。怒りが引金となったのだろうか?まあ、それについては今は後回しだ。

 こいつらは俺を捕食しに来たみたいだが、身の程知らずだったな。所詮お前らは獲物、捕食者は俺だ。

 

 返り血を浴び、その匂いで感情が昂っていた亮牙は、まだ攻撃を仕掛けてこない兎達を睨み付ける。先程までの獲物を狩ろうとする捕食者の姿から一転、兎達は恐怖で震え上がっていた。

 

 口程にもないと亮牙が感じた時だ。突如兎達が切り裂かれ肉の塊と化した。何事だと亮牙が目を見開くと、犯人が現れた。白い体毛の熊の魔物で、大きさはグリズリーや北極熊よりも大きく、前脚には30cmもの鋭い鉤爪を生やしていた。

 熊は兎の肉を少し齧ったと思ったら、今度は亮牙に狙いを定めた。前脚を振るうと、爪から斬撃を飛ばし亮牙に斬りかかった。熊は勝利を確信したのか、亮牙達を突き落とした檜山のような薄ら笑いに似た表情を浮かべていた。

 

 だが直ぐに熊の顔は驚愕に変わった。亮牙は上半身の服が破けただけで、体は一切無傷だったのだ。

 亮牙は熊を睨みつける。さっきの熊の表情に、あの卑劣野郎の事を思い出し、ハジメとの再会で和らいでいた怒りが再燃したのだ。

 

「この俺に挑むか?上等だ!その選択を後悔させてやる!」

 

 そう叫ぶと亮牙の肉体に変化が起きた。まるで身体から展開するように、無数の金属が彼の全身を覆い始めたのだ。

 やがて全身を覆った金属は騎士の甲冑のような意趣となったが、その大きさは優に身長20mを超え、人間が身に纏うものとは桁外れの大きさだ。更に両肩はティラノサウルスの上顎を模した肩当てが装備され、兜のような頭部は額に一本の角が生え、厳しい顔には紅蓮の炎のような二つの目が輝いていた。

 かつてトランスフォーマー達から「伝説の騎士」と謳われたダイナボットの指揮官、グリムロックの復活である!彼は熊に向かって大きく咆哮した。

 

「ゴガアアアアァァァァ!」

 

 その姿と咆哮に、熊は恐怖で凍り付き、逃げることも出来なかった。

 無理もない。楽な獲物と思って襲ったら、まさか自分の10倍近い、この洞窟の天井に届く大きさの巨人に変身するとは、夢にも思わなかっただろう。

 熊が動けないでいると、グリムロックは右手をモーニングスターへと変形させた。その大きさは、まるで解体作業用のクレーンに取り付ける鉄球レベルだった。

 そして彼はそのまま拳を熊目掛けて振り下ろした。恐怖で動けなかった熊は、まるでスリッパで叩かれたゴキブリのように殴り潰された。

 

「グルオオオオオオォォォ!」

 

 戦いとも言えない一方的な蹂躙が終わると、グリムロックの勝利の雄叫びが洞窟中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方ハジメは錬成で穴を掘り進めながら、己を恥じていた。親友が外で戦っているというのに、自分は武器を失ったとはいえ、戦うこともできず逃げるしかできない事が悔しかった。

 ふと穴を掘り進んでいるうちに、口元に水滴が垂れた。最初は気にならなかったが、急に身体の痛みが僅かに和らいだ。気になって痛んでいた箇所を見ると、墜落した時の切り傷や青痣が治っていた。どうやら自分の傷はこの水のおかげで治ったようだ。

 

「ただの地下水じゃないのか?もっと探してみよう…」

 

 ハジメは両手を水滴が流れる方へ突き出し錬成を行い、そのままどんどん練成して奥に進んでいった。普通なら魔力が尽きる筈だが、この水は魔力回復の効果もあるようで、それで回復しながら進んでいった。

 流れる水の量が増えてきて、さらに奥へと掘り進むと、ついにハジメは水源にたどり着いた。

 

 「これは…⁉︎」

 

 そこにあったのはバスケットボール大の青白く発光する鉱石だった。

 周りの石壁に同化するように埋まったその鉱石は、下方へ向けて水滴を滴らせており、アクアマリンの青を更に濃くして発光させたような輝きは神秘的で美しかった。

 ハジメは一瞬、亮牙の事も忘れて見蕩れていたが、すぐに親友の事を思い出すと鉱石の周りの石壁を練成で取り除き、最後は両手で持って石壁から引き剥がした。

 ハジメは手の中の鉱石をしげしげと眺めた後、そのまま直接口をつけて水をすすると、やはりこれが回復の原因だったようで、残っていた身体の痛みや倦怠感も治まっていった。これならもし亮牙が怪我をしていても助けられる。ハジメの目に希望が宿った。

 

 なお、まだハジメは知らない事だが、実はこの石「神結晶」と呼ばれる伝説の鉱物だったのだ。

 神結晶は、大地に流れる魔力が千年もの歳月をかけて偶然できた魔力溜りに蓄積、その魔力そのものが結晶化したものだ。確認されている限りでは30〜40cm位の大きさで、結晶化して更に数百年もの時間をかけて蓄積した魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。

 その液体は「神水」と呼ばれ、飲んだ者はどんな怪我や病気も完治するという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないとされ、不死の霊薬とも言われている。

 

 ふと聞いたこともないような雄叫びが響いてきた。それを聞いてハッとしたハジメは嫌な予感がし、外套で神結晶を包んで神水を漏らさないようにすると、急いで亮牙の元に戻った。

 錬成で掘り進めた穴を戻り外に出ると、彼は言葉を失った。

 辺りには無残な状態となった無数の魔物の死骸が転がっており、その中心には、この通路の天井に届く程の巨体を誇る、金属の巨人が立っていた。しかも彼は、その巨人の赤い瞳には見覚えがあった。

 

「り、亮牙…なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作ハジメがあまりにも不憫で見るに耐えなかったため、本作では主人公によって守られ、左腕を失いませんでした。

感想、評価お待ちしております。


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語り合いと食事

前話に続く原作崩壊です。ご注意下さい。

どうしても原作のハジメが苦しむ様が見るに堪えなかったため、まさかの展開となってます。


 グリムロックとしての姿となっていた亮牙は、戻ってきた親友・ハジメを見下ろした。まさか、こうも早く正体を明かさねばならないとは。

 そう思いつつも彼は力を抜くと、またしても全身の金属が折り畳まれていき、20mを超える金属の巨人から次第に人間の姿へと戻り始めた。

 完全に人間・灘亮牙としての姿に戻ると、彼は親友に語りかけた。

 

「びっくりさせてすまんハジメ。だが安心してくれ。俺はお前が知ってる灘亮牙本人だ」

「ほ、ほ、本当に亮牙なの?」

「ああ。もし証拠が欲しいなら俺たちしか知らない事を言ってやろう。前に菫さんと一緒にお前の部屋を片付けた時、お前が密かに集めてたエロ同人誌をベッドの下から見つけて、綺麗に整理して本棚に並べ直してやったな。たしかジャンルは「OK OK!確かに亮牙だ!」そうか、分かってくれたか」

 

 自分達しか知らないハジメの黒歴史を明かしたら、どうやら信じてくれたようだ。暫くすると、ハジメは亮牙が火を吐いた時とは比べ物にならない絶叫を周囲に響かせた。

 

「マ、マジかよぉぉぉぉぉっ⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメの絶叫が収まり落ち着きを取り戻すと、二人は腰を下ろして話し始めた。因みに亮牙が仕留めた魔物の残骸は、流石に周囲に散らばってると臭うだろうと考えた彼が一箇所にまとめておいた。

 

「それで、亮牙、さっきの姿は一体どうしたの?まさか、不明だったステータスが発動したの?」

「いや、そういう訳じゃないと思うんだが、取り敢えず確認してみるか」

 

 そう言って亮牙はケツポケットにしまっていたステータスプレートを取り出し、ハジメにも見せながら確認した。

 

 灘亮牙/グリムロック 66000047歳 男 レベル:測定不能

 天職:ダイナボット指揮官

 筋力:測定不能

 体力:測定不能

 耐性:測定不能

 敏捷:測定不能

 魔力:測定不能

 魔耐:測定不能

 技能:言語理解(+獣語理解)・騎士化・■■・獣の王・魔力操作・エネルギー吸収・レーザーファイヤー・モーニングスターナックル・ドラゴントゥースメイス

 

「…マジどうなってんの⁉︎」

 

 そうハジメに突っ込まれながらも、亮牙は自分の力が戻った事を確信した。狭い場所だったから使おうとは思わなかったが、どうやらドラゴントゥースメイスも使えるようだ。だが、まだ変形は出来ないみたいだ。まだ文字化けしているステータスがそうなのだろうか?

 そう考えていると、ハジメが質問してきた。

 

「り、亮牙。このステータスはどういう事?それにダイナボットって一体…?」

「本当はもっと早く伝えるべきだったのかも知れんが、流石に信じて貰えないと思ってな…。こうなった以上教えよう。俺についての全てを」

 

 そう言うと亮牙の赤い瞳から光が発射され、人類の技術とは比べ物にならないリアルな立体映像がハジメの前に映し出された。

 ハジメはそれに驚愕しつつも、立体映像を交えた親友の自分語りを聞いた。

 

 

 

 曰く、亮牙は元々ティラノサウルスだったが、創造主なる存在に金属生命体へと改造され、その時グリムロックという名前を与えられ、同じく改造された恐竜達と共にサイバトロン星と言う金属生命体の惑星に送られたらしい。

 それから何千万年も後に地球へと帰還し、そこで地球を滅ぼそうとした指導者の一人を死闘の末に追放に成功、その功績を褒め称えられ自由を手にしたが、暫く後に再び創造主の魔の手にかかりそうになり、若い世代の金属生命体や善良な人間と協力して自由を勝ち得たそうだ。

 だがそれも束の間、突如として別次元の地球であるハジメ達の世界に飛ばされ人間の姿となっていたと、余りにも衝撃的な事実であった。

 

 

 

 まさかのSF展開に頭がオーバーヒートしそうになりながらも、ハジメは落ち着きを取り戻し、親友に語りかけた。

 

「…成る程、つまり簡単にまとめると、亮牙は恐竜であると同時に宇宙人でもあるって事なんだね。その事は、育ての親だった人達には話したの?」

「いや、父さんと母さんは慕っていたが、この事は流石に信じて貰えないと思って遂に話せなかった…。それに異次元に飛ばされたという可能性は、お前や愁さんからSFについて教えてもらった事でその考えに至ったからな」

「そっか…」

 

 再び沈黙が訪れる。だが、直ぐに亮牙が話し始めた。

 

「やはり俺が怖いか?」

「え?」

「別に無理しなくてもいい。俺は本当は人間でないんだからな。それに俺は捕食者としても戦士としても、多くの命を殺して来たんだ。無論、人間も大勢な…。お前は本来暴力が嫌いだから、怖がって当然だ。だがこれだけは信じて欲しい。俺にとって父さんや母さん、愁さんに菫さん、そしてお前は大切な存在であり、悪意や殺意を抱いた事は一切ないし、これからも害をなそうなどとは企んでいない」

「亮牙…。」

「どうしても信じれないなら、ここから脱出するまで我慢してくれ。俺の(スパーク)に懸けて、お前を傷つけないと約束する」

 

 そう言って頭を下げる亮牙の姿にハジメは、騎士として相応しい誠実さを感じ取る事が出来た。やがてハジメは口を開いた。

 

「亮牙、正直僕も君が人間でない事にはビックリしたけど、これだけは言わせて。君が何者であろうと僕にとっては最高の親友で、頼れる兄貴分である事に変わりはないんだ!父さんや母さんだって同じように答えるはずさ!それに多くの命を奪って来たって言ってたけど、それは食べる為や、自分や仲間を守る為にして来たことなんでしょ?もし殺しを楽しむ奴なら、参戦に反対した時や訓練時のような命の重さを語ったりしないし、さっきみたいに僕を守ろうとはしないよ」

「ハジメ…」

「だからさ、僕は君を拒絶しないし、君も僕の事を信じてよ。そりゃ君より若過ぎるし頼りないけど、何か少しでも君の力になれるはずだからさ。僕らは親友なんだし」

 

 そう優しく語りかける親友の姿に、亮牙の目に久々に涙が流れ出た。

 

「ありがとう、親友(とも)よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでハジメ、その背中に背負ってるのは何だ?」

 

 落ち着きを取り戻すと、亮牙はふとハジメが何かを背負っている事に気づき問いかけた。ついさっきまで衝撃的な事ばかりで、その事をすっかり忘れていたハジメはハッとなり、慌ててそれを取り出した。

 

「この石、さっき掘り進んでいた時に見つけたんだけど、どうやらこれから流れ出る水に回復効果があるみたいなんだ!僕も少し飲んでみたんだけど、墜落した時の青痣とか倦怠感がすっかり治ったよ」

「そうか、お手柄だ。これなら万が一の時に役立つな」

 

 そう言って亮牙はハジメの頭をわしゃわしゃと撫でた。ハジメは照れ臭かったものの、自分の手柄を褒めてもらえた事が嬉しかった。

 

 それから暫くして、亮牙は一箇所に集めていた魔物達の死骸に近づいていった。そしてそのうちの一匹、一撃で叩き潰した熊の死骸からあの長い鉤爪を引き抜くと、それをナイフ代わりにして魔物達の死骸を解体し始めた。

 

「ちょ、亮牙!何やってるの⁉︎」

 

 ハジメはギョッとしつつも、親友に問いかける。亮牙はハジメに向き直ると真剣な顔つきで答えた。

 

「ハジメ、今の俺達は食料など持ってない。こんな所じゃ、まともに食えそうなのは、こいつらの肉ぐらいしかない」

「でも、魔物の肉は人間には猛毒で食べたら死んじゃうって、本にも書いてあったじゃん!」

「ああ、分かってるさ。だが何時地上に戻れるか分からん以上、何か食わねば脱出する前に飢え死にしちまう。俺は本来の力が戻ってるから、人間には毒だろうと分解してエネルギー源として吸収できるはずだ。問題は常人のお前だったんだが、もしかしたらその水が解毒薬になってくれるかもしれない。不安だろうが、試してみないか?」

 

 あのエネルギー吸収って技能はそういう能力だったんだ、と思いつつ、ハジメも考えた。確かに脱出が何時になるか分からない以上、食料が何もないんじゃ飢死しかねない。唯一食えそうなのは魔物の肉ぐらいだが、いくら回復アイテムがあるとはいえ毒だと分かっているものを食べるのには相当な勇気がいる。

 悩み抜いた末、ハジメは答えを出した。

 

「…うん、分かった。生き残るにはそうするしかない。賭けてみるよ!」

 

 こうしてハジメも熊の鉤爪を使い、解体を手伝った。たちまち魔物は綺麗に解体され、肉と骨、皮と内臓、そして魔石に分けられた。(流石に内臓のうち、胃や腸などは内容物が混じってるだろうからと、ハジメが錬成で掘った穴に遺棄した。)

 

 解体が終わると、亮牙は先程のようにレーザーファイヤーで肉を焼き始めた。墜落してから長い時間何も口にしていなかったこともあり、肉の焼ける香ばしい香りに二人とも涎を垂らした。

 亮牙はそのうち、最初に焼き上がった狼の肉を取り、ハジメの分を切り分けると、そのまま齧り付くと豪快に食いちぎった。

 

「…食えるにゃ食えるが、やっぱ犬なだけあって不味いな」

 

 そう苦笑する親友に、ハジメも覚悟を決め、恐る恐る肉に齧り付き、咀嚼した後にごくんと飲み込んだ。

 

「…確かに、筋張って硬いし、臭みが強いや…」

 

 そう言ったハジメだが、突然彼の身体に変化が起きた。急に身体中に変な感覚が伝わって来たのだ。

 

「あ、ぐ、な、何か、き、気分が悪い…」

「おい、大丈夫か⁉︎」

 

 亮牙はハジメに近づくと、慌てて神水を飲ませた。だが、すぐにハジメの体調は回復した。

 

「ハジメ、もう大丈夫か?」

「う、うん、何とかね…。今のが副作用かな?」

「かもな、やはり俺には毒は効かないようだな。…にしてもお前、何か体つきが少し良くなってないか?それに何か模様みたいに赤い線が走ってるし」

「え、本当?」

 

 そう言われたハジメは自分の身体を確認してみた。確かに少し筋肉がついた気がするし、腕には薄らと赤黒い線が浮かび上がっていた。気になった彼は、ステータスプレートを取り出し確認してみた。

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

 天職:錬成師

 筋力:100

 体力:300

 耐性:100

 敏捷:200

 魔力:300

 魔耐:300

 技能:錬成・ダイナボットの祝福[+エネルギー吸収][+ダメージ緩和]・魔力操作・纏雷・言語理解

 

「…なんでやねん!」

 

 ハジメのツッコミが周囲に響いた。自分はクラスメイトの中でステータスは最弱だった筈だ。だが魔物の肉を食べた途端、あっという間にランクアップしていた挙句、技能まで増えていた。その内の「魔力操作」と「纏雷」に気づいたハジメは、亮牙に問いかけた。

 

「ねえ亮牙、この狼みたいな魔物、何か電撃みたいなもの使ってなかったかい?」

「ん?ああ、確かに赤い電撃纏って飛ばして来たぞ。俺には静電気ぐらいにしか感じなかったがな」

「それ先に言ってよ…」

 

 良くも悪くも少しマイペースなところのある親友に呆れつつもハジメは、先程から感じる奇妙な感覚は魔力なのではと推測し、集中して「魔力操作」とやらを試みた。

 暫くすると赤黒い線が再び薄らと浮かび上がり、体全体に感じる感覚を右手に集束するイメージを思い描くと、ゆっくりとぎこちないながらも魔力が移動を始めた。

 

「おっ、おっ、おぉ~?」

 

 なんとも言えない感覚につい声を上げながら試していると、集まってきた魔力がなんとそのまま両手袋に描かれた錬成の魔法陣に宿り始めた。ハジメは驚きつつも錬成を試してみると、あっさり地面が盛り上がった。これには亮牙も驚いた。

 

「凄いなハジメ。確か人間は魔力の直接操作はできない筈なんだろ?」

「うん、唯一の例外が魔物だからね。…やっぱり魔物の肉食べたせいでその特性が獲得できたのかな?」

 

 そう言いつつ彼は次に「纏雷」を試してみる事にした。最初は魔力のように感じるわけではないために取っ掛かりがなくどうすればいいのか分からなかったが、錬成するときはイメージが大事だと教わったのを思い出し、バチバチと弾ける静電気を想像してみると、右手の指先から紅い電気がバチッと弾けた。

 

「で、出来た!出来たよ亮牙!」

「やったな!どうやらこいつらの固有魔法はイメージが大事みたいだな」

 

 その後もハジメは放電を繰り返したが、亮牙が見たように飛ばすことはできなかった。おそらく「纏雷」とあるように体の周囲に纏うか伝わらせる程度にしかできないのだろう。電流・電圧の調整は要練習だなとハジメは考えた。

 

 続いて、ハジメは「ダイナボットの祝福」に注目した。これには[+エネルギー吸収][+ダメージ緩和]などと言った派生がある。これがさっきの毒の副作用を緩和してくれたのだろうか?

 答えを得るには試してみるかと考えたハジメは、ちょうどこんがり焼き上がっていた兎の腿肉に齧り付いた。亮牙は心配そうに見ていたが、先程のような気分の悪さは一切感じなかった。ただ、やっぱり味は不味い。

 兎を食べ終えると、ハジメはまたステータスを確認した。

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:12

 天職:錬成師

 筋力:200

 体力:300

 耐性:200

 敏捷:400

 魔力:350

 魔耐:350

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査]・ダイナボットの祝福[+エネルギー吸収][+ダメージ緩和]・魔力操作・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・言語理解

 

 早速親友に「天歩」とやらに聞いてみると、なんか宙を蹴る技みたいだ。まずは自分なりに踏み込みをイメージし、足元が爆発するイメージで一気に踏み込んでみた。すると彼の体内の魔力が一瞬で足元に集まり、踏み込んだ足元がゴバッと陥没、ハジメは吹き飛んで顔面から壁に激突した。

 

「おい!大丈夫か⁉︎」

「痛たた、か、加減が難しいや…」

 

 だが、成功は成功だ。これから鍛錬を続ければあの兎のような動きもできるようになるだろう。これから脱出する時も、親友の足手纏いにならずにサポートが出来るかもしれない。

 

「そ、そう言えば亮牙は何か変化あった?」

「いや、俺は変化なしだ」

 

 そう言うと亮牙はステータスを見せた。やはり最初に見せてくれた時と変わっていなかった。どうやら、自分より弱い魔物を食っても変化は起こらないのかもしれない。

 

「…もう全部亮牙一人でいいんじゃないかな、この戦い」

「いや、だから俺はこの世界の連中の奴隷なんざ御免だって言ってるだろ」

 

 呆れたように感想を述べる親友に、亮牙が何処かズレたツッコミを入れた。

 

 最後に二人は、亮牙か本来の姿に戻り一撃で叩き潰した熊の肉を食べたが、やはりこれも不味かった。地球では高級食材とされる掌も試しに食べてみたものの、二人の口には合わなかった。

 

「なんか、高級食材とか珍味って、いざ食べてみるとあんまり美味しくないのが多いよね…」

「…まあ、今は調理方法が焼くしかないからな。上手く下処理すりゃ、案外いい味になるかもしれんぞ」

 

 そう軽口を叩きつつも、二人は熊を完食した。食後のステータスは、結局亮牙は何も変化しなかったが、ハジメは以下の通りとなった。

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:17

天職:錬成師

筋力:300

体力:400

耐性:300

敏捷:450

魔力:400

魔耐:400

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・ダイナボットの祝福[+エネルギー吸収][+ダメージ緩和]・魔力操作・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・言語理解

 

「もうツッコむのも疲れたよ…」

 

 そうハジメのぼやきが響いた。一方の亮牙はまだ食い足りなくて口寂しいのか、魔物の骨をスナックみたいにバリボリと噛み砕いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




グリムロックの火炎放射の名前はG1に因んでおります。
なんか書いてて、ハジメがパーセプターみたく絶叫要員になった気がする(苦笑)
次回以降から仕事の関係上、投稿ペースが落ちるかもしれません。

感想・評価お待ちしております。


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探索、そして…

いつの間にかお気に入り登録数が100人以上になり、10000UAにも達していた事に、今でも驚きを隠せません。

まだまだ稚拙な文章の多い本作ですが、読者の方々に楽しんでもらえるよう、これからも頑張りたいです。


追記:ハジメのオタク魂が上手く書けていなかったので、少し訂正しました。


「駄目だ、何処を探しても上に行く通路がない…」

「うん、やっぱり下へ行く階段しかないね…」

 

 

 亮牙とハジメが落ちてから暫く経った。二人は魔物の肉で腹を満たしながら、一帯を探索して地上へ戻る通路を探したものの、地上に繋がる出口は存在せず、逆に更に下へと続く下層の道が見つかっただけだった。

 

「こうなったらやっぱ、RPGゲームみたく、地下に潜って迷宮を攻略する以外、脱出する方法はないみたいだね」

「どうやらそのようだな…。俺は構わないが、ハジメは大丈夫か?」

「任せてよ!自慢じゃないけど、あれからかなり強くなったし、今じゃ武器も結構あるんだ。いつまでも亮牙に甘えるつもりはないよ!」

 

 そう言ってハジメはニッと笑う。魔物を食べてから、彼の肉体は地球にいた頃より遥かに逞しいものとなり、習得した固有魔法も鍛錬の末に使いこなせるようになっていた。

 それ以上に[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]など、錬成の派生技能が大いに役立った。特にハジメが指導を受けた王国直属の鍛冶師達の中でも上位の者しか持っていない[+鉱物系鑑定]は、触れてさえいれば簡易の詠唱と魔法陣だけであらゆる鉱物を解析できる優れ技だった。

 これにより彼は周囲の鉱物を徹底的に調査し、親友と肩を並べて戦うための武器の材料を探した。そして遂に、天然の火薬とも言える「燃焼石」と、その一帯で最高の硬度を誇る「タウル鉱石」を発見、多大な労力と試行錯誤の末に、自身の纏雷により電磁加速するリボルバー式拳銃型のレールガン「ドンナー」を完成させた。その威力は、奈落に落ちる前に使用していたジャンゴを遥かに凌ぐものとなった。

 その他にも彼は様々な現代兵器を作成し、一帯の魔物も一人で仕留められるようになっており、最早「ありふれた職業」などとは馬鹿に出来ないレベルであった。

 弟のような存在だった親友が、いつの間にか逞しくなった事に感慨深くなりながらも、亮牙は決意を固めた。

 

「よし、じゃあ行こう。必ず二人でここを出るぞ!」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず二人が降りた階層は真っ暗だった。緑光石がないのか、常人なら目の前が一切見えない暗闇だった。

 しかし元々がティラノサウルスの亮牙には問題ない。地球史上最高とされる嗅覚を頼りに彼が前を行き、後ろからハジメが緑光石を用いた簡易なランタンを片手に、いつでも援護が出来るようもう片方の手にドンナーを構えていた。ふと亮牙が片手を上げ、ハジメが足を止めた。

 

「ハジメ、何かいる。俺が引きつけるから、援護を頼む」

「OK、気をつけてね」

 

 そう告げると亮牙は匂いの先へ近づいた。すると何かが光り、彼に向かってきた。正体は金色の瞳を持つ、全長2m程の灰色の蜥蜴だった。その瞳が光を帯び、光が亮牙に降りかかった。

 

「あ、何かしたかチビ?」

 

 しかし亮牙には何の変化もなかった。これには蜥蜴も驚いたのか、目をパチクリさせながら狼狽するような声を上げた。その隙にハジメがドンナーで蜥蜴の脳天を撃ち抜き仕留めた。

 二人は蜥蜴の皮を剥ぐと、亮牙のレーザーファイヤーで焼いて食べた。肉はチキンと魚の中間みたいな味だった。因みに食べた後、ハジメの技能に石化耐性が追加された。

 

「石化ってこいつ、バジリスクだったんだ…。亮牙大丈夫だったの?」

「バジリスク?ああ、確かそんな能力の幻獣いたな…。まあ俺金属生命体だから、今更石化なんて効くわけないだろ」

「…それもそうだね」

 

 暫くすると血の匂いに誘われたのか、フクロウや猫に似た魔物がやってきたが、何れも返り討ちされ二人の胃袋に収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから彼らが探索したのは地面のそこかしこにタール状のものがある泥沼のような場所だった。ハジメは気になったのでこのタール「フラム鉱石」を調べ、顔を顰めた。

 

「亮牙、このタール発火性だ…。僕もドンナーとかはなるべく使わないようにするけど、間違ってもレーザーファイヤーは使わないでね」

「了解、にしてもこの姿じゃ歩きづらいな。ハジメ、元に戻るから肩に乗れ」

 

 そう言うと亮牙はグリムロックとしての姿になった。すると、ハジメが口を開いた。

 

「亮牙、最初にその姿見た時は気が動転してたのもあって言えなかったけど、ちょっと言わせて…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その姿、スッゲーカッコいいよ!!!」

 

 ハジメは目をキラキラと輝かせながらそう叫んだ。

 そう、彼は亮牙の本来の姿を初めて見た時から、オタク魂を大きく刺激されていた。そして親友から正体を聞かされた時など、まさか元恐竜でエイリアンかつロボットとか、SF設定てんこ盛り過ぎだろ!と、内心興奮しまくっていた。

 ただし、その時は状況が状況だったので、流石に空気を読んで抑えていた。今回再びその姿を見た事で、彼の興奮が再燃したのだ。

 グリムロックは最初はキョトンとしつつも、親友が自分の本来の姿を受け入れてくれている事が嬉しくて、少し照れ臭かった。

 ハジメが落ち着きを取り戻すと、グリムロックは彼を左肩に乗せ、タールの湿地を歩き始めた。ハジメはおっかなびっくりしつつも、初めての体験に興奮が冷め止まず、目を輝かせていた。

 二人が湿地を進んでいくと、突然鮫のような魔物がタールの中から飛び出し、グリムロックの片腕に噛みついた。しかし鮫にとっては不運な事に、噛み付いた相手の肌は頑強な金属で、何度噛みついても噛みちぎることは出来なかった。

 最初は驚いたハジメだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、次第にこの無謀な挑戦者を哀れんだ目で見つめた。

 

「さっきから痒いんだよ、魚が」

 

 グリムロックはそうぼやくと、もう片方の腕で鮫の頭を握り潰した。鮫は物理衝撃を緩和する能力があったものの、何トンにも及ぶ握力には敵わなかった。

 こうして二人はタールの階層を抜けると、仕留めた鮫を味わった。魔物と地球の生き物は体の構造が違うからか、地球の鮫にあるようなアンモニア臭はなかった。食後のハジメの技能には気配遮断が追加された。

 

「魚食ったからか、久々に寿司が食いたくなったな…」

「分かる。早く日本に帰って、マグロやハマチでも食べたいな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続く階層に進出しようとした時、亮牙が止まるようハジメに合図した。匂いを嗅ぐと、彼は顔を顰めた。

 

「ハジメ、次の場所はどうやら毒が充満してる。こっからでもかなり匂うぞ」

「嘘だろ…。どんだけこの迷宮の環境って出鱈目なのさ…」

 

 そうぼやきつつもハジメは薄い石で作った容器に神水を入れたものを二つ作り、一つは亮牙に、もう一つは自分用として奥歯に仕込んだ。

 そうして前準備をした二人はその階層に踏み入ると、やはり階層は全体が薄い毒霧で覆われていた。ハジメは肉体こそ強くなっていたが、気付いたらお陀仏という事にならないよう、常に神水を服用して備えていた。亮牙にはこの毒霧も効かないのか、平然と歩いていた。

 暫くするとアマゾンのヤドクガエルよりも派手な体色をした、全長2m程の虹色のカエルが現れた。更に頭上には某怪獣映画に登場しそうな巨大な蛾も現れた。

 

「ハジメはあの蛾を頼む。カエルは俺が仕留める」

「OK。多分大丈夫だろうけど気をつけてね」

 

 そう言うと二人はそれぞれ魔物に襲い掛かった。

 蛾の魔物は麻痺毒の鱗粉を撒き散らして攻撃し、ハジメも当初は苦戦したものの、ドンナーで正確に翅を撃ち抜いて仕留めた。

 カエルの方は悲惨だった。この魔物の必殺技は猛毒の痰を吐き飛ばすというものだったが、亮牙に痰を吐きかけたのが運の尽き、毒は効かなかった挙句、激怒した彼からお返しと言わんばかりにレーザーファイヤーをお見舞いされ、瞬時に丸焼きにされた。

 戦闘後は、ハジメが仕留めた蛾も焼いて食べる事になったが、当初はハジメも蛾など口に入れたくないため躊躇した。結局は亮牙から、昆虫の方が肉より高タンパクだなどと説得された事もあり渋々口にしたが、意外とカエルより美味しかった。

 

「…うん、さっきのカエルより美味い。何か悔しい…」

「…自分で仕留めたから美味いんじゃないか?にしてもあのカエル野郎、いきなり痰吐き散らすとは行儀の悪い野郎だったな。思い出したらまた腹が立ってきた」

 

 何処か悔しそうな親友を励ましながら、未だにカエルについて文句を言う亮牙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の階層は地下なのに密林のように鬱蒼とした場所だった。物凄く蒸し暑かったため、ハジメは今までで一番不快な場所だと感じていたが、亮牙には恐竜時代を思い出したのか、何処か懐かしむようであった。

 この階層の魔物は巨大な百足と、トレントを彷彿とさせる樹であった。

 前者は密林を歩いている時に突然樹上から降ってきた上に、体の節ごとに分離して襲ってきた。その姿にハジメはゴキブリを思い出し、鳥肌が立っていた。数の多さに悪戦苦闘し、その体液を全身に浴びた事で、ドンナーを素早くリロードする技法と蹴り技を磨くことを決意した。一方の亮牙は特に嫌悪感も感じず、百足を叩いたりして応戦し、返り血を何事もないように舐めとっていた。

 後者は地中に潜らせた根で突いてきたり、ツルを鞭のようにしならせたりしてきたが、何より追い詰められると頭部を振って赤い果実を投げつけるという攻撃をしてくるのが特徴だった。これには全く攻撃力はなく、それどころか果実は食べてみると美味かった。

 

「美味しい!まるで西瓜みたいだ!」

「確かに美味いな。蜥蜴の尻尾切りみたいに、この果実で敵の気を引くって戦法なのかもな」

「それよりも久々の肉以外の食べ物だよ!もっと獲ろうよ!」

「ったく、さっきまでこの階層は最悪ってぼやいてた癖に、現金な奴だな」

 

 そう苦笑しつつも、息抜きにはいいだろうと、亮牙もハジメと共に果実の収穫に勤しんだ。二人がたらふく果実を食べ、ようやく迷宮攻略を再開した時には、既にトレント達は全滅状態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな何処か呑気な感じで階層を突き進み、気がつけば二人は五十層に到達していたものの、未だ終わりが見える気配はなかった。ステータスは、亮牙は相変わらず変化なしだったが、ハジメのものはこうなっていた。

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:49

 天職:錬成師

 筋力:880

 体力:970

 耐性:860

 敏捷:1040

 魔力:760

 魔耐:760

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成] ・ダイナボットの祝福[+エネルギー吸収][+ダメージ緩和]・魔力操作・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

 

 二人は直ぐに階下への階段を発見したが、同時に明らかに異質な場所も見つけていた。そこには高さ3m程の装飾付きの両開きの荘厳な扉があり、左右には単眼の巨人像が2体、壁に半分めり込みながら扉を挟むように立っていた。

 

「…何か、明らかに怪しいよね、これ。」

「ああ、とても出口とは思えんしな…。」

「取り敢えず、調べるだけ調べてみようか。」

 

 そう言って二人は警戒しつつも扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているのが分かり、中央には二つの窪みのある魔法陣が描かれていた。

 

「う〜ん。結構勉強したつもりだったけど、こんな術式見たことないや。相当古いのかな?」

 

 ハジメは無能と呼ばれていた頃、自らの能力の低さを補うために座学に力を入れていた。もちろん、全ての学習を終えたわけではないが、それでも、魔法陣の式を全く読み取れないというのは些かおかしい。

 古代のものかと推測しつつも、トラップを警戒して扉を調べてみたのだが、どうやら今のハジメ程度の知識では解読できるものではなかった。すると、亮牙が動いた。

 

「どいてろハジメ。ここは俺の出番だ」

「え、何か方法があるの」

「ああ、力づくでぶち破る」

 

 そう言うと亮牙は拳を握り締め、渾身のパンチで扉を突き破った。扉はそこそこ重量がありそうだったが、亮牙の怪力の前には貧弱であった。

 

「…亮牙って時々脳筋なところがあるよね」

「おい、俺をあの腰巾着ピテクスと一緒にするな」

「それって坂上君の事?まあ彼に比べれば亮牙の方が遥かにマシだけどね。それに案外これで良かったかも」

 

 呆れつつもそう言うハジメだが、この手の扉は魔力に反応して作動するトラップがあると彼は推測していた。まさか製作者も、純粋な腕力で破壊する奴がいるとは考えていなかっただろうから、そういった類のトラップは仕掛けられていないだろう。そう考えれば、親友のおかげで助かった。まあ、番人のような左右の像には罪悪感があったが…。 

 扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。亮牙は嗅覚を頼りに、ハジメは夜目の技能を使いながらも、手前の部屋の明りで少しずつ全容が分かってきた。

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りとなっており、何本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っていた。

 その立方体を注視していた二人は、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。ハジメ一人だけなら閉じ込める系のトラップに警戒していただろうが、今の彼にはここの扉すらぶっ壊してしまう頼もしい味方が居るため、安心していた。

 

「…誰?」

「ッ、誰だ!」

 

 不意に、立方体から生えているものから声が聞こえた。かすれた、弱々しい女の子の声だ。それを聞いた亮牙が部屋の中央を睨みつけ、ハジメもギョッとしつつもそちらを凝視した。すると、先程の「生えている何か」がユラユラと動き出し、差し込んだ光がその正体を暴いた。

 

「女の子…なの?」

 

 そうハジメが口にした通り、「生えている何か」の正体は女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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最後の吸血鬼、ユエ

はい、なんとかユエ登場まで来ました。


 亮牙とハジメが謎の部屋で見つけたのは少女だった。年齢は見た限り12、3歳程で、長い金髪にその隙間から見える紅い瞳。かなりやつれて見えるものの、十分に美しいと呼べる人物だった。

 その少女は頭を巡らして二人を見ると、掠れた声で必死に助けを乞う。

 

「おね…がい。…助け…て…」

 

 根が優しいハジメはその言葉に一瞬ハッとなるが、すぐに落ち着きを取り戻し、隣に立つ親友と顔を合わせる。

 

「り、亮牙…」

「ああ、ここは大迷宮の中でも、まだ誰も来た事ない地点だ。そんな所に子ども一人がこうして囚われの身になってるなんて、怪しすぎる…」

「うん、そうだよね…。でも話だけは聞いてみない?どうするかはそこから決めればいいし…」

「…だな。ただ少しでも怪しいと感じたら直ぐに撤退するか、最悪あいつを殺す。いいな?」

「分かった…」

 

 そう話し合うと、ハジメは一歩前に出て少女と向き合い、話しかけた。亮牙はいつでも親友を守れるようにその隣で身構えていた。

 

「君は何者なんだ?何故ここに封印されているの?」

「…私は、先祖返りの吸血鬼。凄い力、持ってた。…だから、国の皆のために頑張った。…でも、ある日、叔父様や、家臣が、私は要らないって…。叔父様が、王だって…。それでも、良かった…。でも、私の力、危険だ、殺せないから、そう言って、封印、されたの…」

 

 吸血鬼、と言う単語を亮牙とハジメは思い出した。地球ではアンデッドの一種ヴァンパイアの事を指すが、このトータスでは人族や魔人族などと同様知的生命体の一種族であると、図書館で学んだ。しかしその吸血鬼族は、約300年前に絶滅したとも聞いた。

 聞こえてきた話をまとめつつも、今度は亮牙が問いかけた。

 

「その叔父達が恐れたというお前の力は何だ?包み隠さず教えろ」

「…怪我しても、すぐ治る。首、落とされてもその内治る…。もう、一つ、私、魔力、直接操れる…。陣も要らない…」

 

 これには彼ら二人も驚いた。これが事実なら彼女は実質的に不死身な上に、詠唱や陣を描くなどといった常人が魔法を行使する準備段階が一切必要無く、魔法を行使するスピードにおいて右に出る物は居ないと言うことになる。

 しかし亮牙はまだ彼女が事実を言っていると確信する事が出来なかった。ここから逃れるために吐いた嘘かもしれないし、逃した途端襲ってくる可能性も十分考えられた。

 隣に立っているハジメも同じ考えなのだろうか顔を顰めていた。二人がどうしようかと思案を続けていたときだった。

 

「…お願い。助けて…」

 

 悲しげに助けを求める少女の声が部屋に響いた。それを聞き、ハジメは何かを決意したように、真っ直ぐ親友の目を見て、語りかけた。

 

「亮牙。確かにこんな場所だし、この子の言ってる事が真実かは分からない…。だけど、僕はこの子を助けようと思う」

 

 そう言いながらハジメは、少女を捕えている立方体に近づくと手を当てた。

 

「…本当にいいのか?こいつの言い分が全部真実だと言う確証はないんだぞ?」

「分かってる。でも彼女の目を見たら、何となくだけど嘘をついてるとは僕には思えない。少なくとも教会の狂信者達よりは信用できる気がするんだ。それに何より、こんな所で独りぼっちでいる彼女を、放っておけないんだ…」

 

 そう言うハジメは少女の姿に、己自身を重ねていた。もし親友がいなかったら、自分は香織のせいでただ周囲から蔑まれるだけで孤独だったかもしれず、最悪檜山辺りから殺されていたかもしれないと、彼は常々思っていた。だからこそ、目の前で周囲に裏切られ孤独に苦しむ彼女を放っておけなかった。

 少女の方も、そう語るハジメの背中を見上げていた。

 暫く黙っていた亮牙だったが、やがてはぁ、と溜息を吐くと、参ったと言わんばかりに頭を掻いた。

 

「ったく、お前がそこまで言うなら分かったよ」

「っ、ありがとう!」

「でもどう助けるんだ?俺なら叩き割れるかもしれないが、多分こいつごとお陀仏になっちまうぞ」

「大丈夫、僕には錬成があるから!」

 

 そう言うとハジメは錬成を始めた。魔物を食べてから変質した彼の濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

 しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾いた。だが全く通じないわけではないらしく、少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていった。

 

「ぐっ、抵抗が強いな!けど、今の僕なら!」

 

 ハジメは更に魔力を注ぎ込んだ。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始めた。既に周囲はハジメの魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。

 ハジメは更に魔力を上乗せし、徐々に少女を封じる周りの石が震え出した。

 

「まだだぁ!」

 

 ハジメは気合を入れながら魔力を九節分つぎ込む。属性魔法なら既に上位呪文級、いや、それではお釣りが来るかもしれない魔力量だ。どんどん輝きを増す紅い光に、亮牙も少女も目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。

 ハジメは初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めた。少しでも制御を誤れば暴走してしまいそうだが、これだけやっても未だ立方体は変形せず、彼はもうヤケクソ気味に、彼自身が紅い輝きを放つようになりながらも、持てる全ての魔力を注ぎ込み意地の錬成を行った。

 内心で自分のお人好し過ぎる性格に呆れつつもハジメは、僕が助けたいと思ったから助けるんだ、と開き直り手を止めなかった。

 直後、少女の周りの立方体が融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていった。それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出した。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しく、そのまま体の全てが解き放たれると、どうやら立ち上がる力もないのか、そのまま地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。

 ハジメもすっからかんになった魔力のせいで激しい倦怠感に襲われ、肩で息をしながら座り込むと、成り行きを見守っていた亮牙が近づいてきた。

 

「お疲れさんハジメ、大丈夫か?」

「ああ…何とかね…」

 

 そう言った亮牙から神水を渡され、ハジメがそれを左手で受け取ると、彼の右手を少女が弱々しい力のない手で握りしめた。

 それに気づいたハジメは横目に彼女を見ると、彼女も真っ直ぐに見つめてきた。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。そして、震える声で小さく、しかしはっきりと少女は告げた。

 

「…ありがとう」

「どういたしまして」

「俺は何もしてないよ、感謝ならハジメだけにしとけ」

 

 ハジメと少女の繋がった手はギュッと握られたままだ。いったいどれだけの間、ここにいたのだろうか。少なくとも彼ら二人が学んだ知識では吸血鬼族は数百年前に滅んだはずだと記憶している。

 話している間も彼女の表情は動かなかった。それはつまり、声の出し方、表情の出し方を忘れるほど長い間、たった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。

 しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られたらしく、よく発狂しなかったものである。もしかすると先ほど言っていた自動再生的な力のせいかもしれないが、逆に狂うことすら許されなかったということになり、酷い拷問だっただろう。

 

と苦笑いしながら、気怠い腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再びギュギュと握り返してきた。

 

「…あなた達の名前、なに?」

 

 少女が囁くような声でハジメに尋ねた。そういえば名乗っていなかったと苦笑いを深めながらハジメと亮牙は答えた。

 

「僕は南雲ハジメ、ハジメでいいよ」

「亮牙、灘亮牙だ」

「ところで君の名前は?」

 

 女の子は「ハジメと、リョウガ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、ハジメに問われた名前を答えようとして、思い直したように彼にお願いをした。

 

「…名前、付けて」

「は?どう言う意味だ?」

「えっと、まさか忘れたとか?」

 

 一瞬亮牙はキョトンとしたが、ハジメは長い間幽閉されていたのならあり得ると考え聞いてみたが、少女は首を振った。

 

「もう、前の名前はいらない…。あなた達の付けた名前がいい」

「そうか…。だが、名前を変えても過去が消える訳じゃないぞ。それでもいいのか?」

「…うん」

「だとさ。ハジメ、何かいい案があるか?俺がつけるとしたら絶対変な名前になるぞ」

 

 その返答を聞いた亮牙は、この少女は新しい自分へと変わるための一歩として新しい名前が欲しいのだと悟った。とは言え自分にそんなセンスはないから、こういったのは親友に任せた方がいいだろう。

 少女は期待するような目でハジメを見た。ハジメは参ったなと言わんばかりに頬を掻くと、少し考える素振りを見せて、仕方ないというように彼女の新しい名前を告げた。

 

「僕もネーミングセンスが良い方じゃないけど、『ユエ』なんてどうかな?僕らの故郷で月を表すんだよ。最初この部屋に入ったとき、君のその金髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えだからなんだけど、どうかな?」

「成る程、結構いいじゃねえか」

「ユエ? ユエ、ユエ…」

 

 思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、少女は瞬きすると、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

「…んっ。今日からユエ。ありがとう」

「どういたしまして、取り敢えず…」

「?」

 

 少女・ユエは礼を言うと握っていた手を解き、ハジメが着ていた外套を脱ぎ出すのを不思議そうに見た。

 

「これ着なよ。いつまでも素っ裸じゃ、ねぇ…」

「……」

 

 そう言われて差し出された服を反射的に受け取りながら自分を見下ろすユエ。確かに全裸で大事な所とか丸見えである。ユエは一瞬で真っ赤になるとハジメの外套をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。

 

「エッチ」

「……」

 

 何を言っても墓穴を掘りそうなのでノーコメントで通すハジメ。ユエはいそいそと外套を羽織る。ユエの身長は百四十センチ位しかないのでぶかぶかだ。一生懸命裾を折っている姿が微笑ましい。

 亮牙はそんな光景を愉快そうに眺めていたが、ふと殺気を感じ取った。真上からも匂いがする。

 しまった、ついこっちに気を取られて油断していた!

 

「二人とも、上から何か来るぞ!」

 

 彼はそう叫ぶと咄嗟に、ハジメとユエをその逞しい両腕で抱えると、強靭な脚力で一瞬のうちにその場から飛び退いた。それと同時に天井から匂いの正体が、三人が直前までいた場所に地響きを立てながら落ちてきた。

 その正体は蠍に似た魔物だったが、体長五メートル、四本の長い腕に巨大な鋏を持ち、先端に鋭い毒針を備えた尾が二又に分かれて生えていた。

 その姿を確認した亮牙はおかしいと感じていた。確かにこの部屋に入った時は、こんな奴の匂いはなかった筈だ。ということは、少なくともこの変なのはユエの封印を解いた後に出てきたということだ。

 更に後ろからも殺気を感じ取った。振り返ると、外に突っ立っていた二体のサイクロプスのような石像が、ハジメがユエを解放した時の魔力を感じ取ったのか元の肉体に戻って、扉の向こうから覗いていた。

 どうやら此奴らはユエを逃がさないための番人のようだ。彼女が解放された時の最後の切り札として、その時を待っていたのだ。

 

 亮牙はハジメを見た。彼はさっき渡した神水を飲んで回復し、戦闘準備万全のようだ。親友は大丈夫だと確認した亮牙は、ハジメに運命を委ねたかのように彼を見ていたユエの口に、新しく取り出した神水を突っ込んだ。異物を口に突っ込まれた彼女は涙目になったものの、衰え切った体に活力が戻ってくる感覚に驚いたように目を見開いた。

 それを確認した亮牙は、親友に指示を出した。

 

「ハジメ、あのゴキブリの出来損ないは俺が仕留める!お前はあの不細工なずんぐりむっくり野郎共をぶちのめせ!」

「OK!任しといて!てか彼奴蠍でしょ!」

 

 背中合わせになっていた二人はそう言うと、それぞれの獲物に狙いを定め動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




スタジオシリーズのスクラッパー購入しました。これでデバステーター完成まで、残るはオーバーロードのみになりました。

感想、評価お待ちしております。


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竜牙の槌矛

タイトルから想像できるかもしれませんが、あの武器の登場です。

あとちょっとユエファンの皆さん、ごめんなさい。


 二体のサイクロプス達は激怒していた。使命を果たすその時が訪れるまで、長年にわたり石像と化して待ち続けた。

 漸く元の肉体に戻り、扉を開けようとした愚か者に成敗しようとしたら、既に扉は開かれていた。ここを開くには自分達を倒さねばならぬというのに、侵入者は魔法ではなく純粋な力のみでこじ開けたらしい。

 更にその一つ目で部屋を覗くと、封印されていた姫が自由の身となり最後の番人まで現れていた。恐らく、姫の封印が解かれた事で、自分達も漸く元に戻れたのだろう。

 許なかった。番人である自分達を無視して部屋に無理矢理侵入し、姫の封印を解いた侵入者共と、何より姫が解放されてから復活するという醜態を晒した自分達が。

 彼ら二体の眼前には、囚われの身だった姫と、彼女を守るように立ちはだかる人間の小僧がいた。侵入者はもう一人いるようだが、そちらは同胞が始末してくれるだろう。

 この小僧め、貴様は我らの手で処刑してくれるわ!

 そう言うかのように、サイクロプス達は侵入者・南雲ハジメを睨みつけ、自身の武器を構えようとした。

 

 ドパンドパンッ!

 

 周囲に聞いたこともない凄まじい音が響いた。サイクロプス達には何が起きたのかさっぱり分からなかった。目の前に何が小さい光が近づいたと思ったら、それはそのまま彼らのたった一つしかない眼球を貫くと、脳を瞬く間に破壊し、後頭部を貫通したのだ。彼らは自分がされた事も理解できないまま地面に倒れ伏し、物言わぬ骸と化した。

 

Jackpot(大当たりだぜ)!」

 

 周囲にはハジメのそんな決め台詞が響き、隣のユエはうっとりとした表情で彼を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方蠍の方は、その二又に分かれた尾の先端からそれぞれ溶解液や無数の毒針を放ったり、四本もある鋏脚で殴りかかったりして亮牙に襲いかかるも、亮牙は難なくかわし、逆に鋏脚を殴り返すなどして応戦していた。

 蠍はこの侵入者に苛立ちキシャア!と唸るも、亮牙は鼻を鳴らして蠍を睨み返した。

 

「親友があそこまで頑張ったんだ。俺も本気を見せるとするか」

 

 そう言うと、彼は無数の金属を身に纏い、グリムロックとしての姿に戻った。

 蠍は驚愕した。そこそこ強いとは言え所詮は貧弱な人間風情だと思っていたのに、まさか自分より遥かに巨大な金属の巨人になるとは思いもしなかったのだ。

 本能的な恐怖に支配され、蠍は動けなくなる。それが命取りとなった。

 グリムロックはその巨大な左手で蠍の二又の尾を掴むと、力任せに両方ともを引き千切り、遠くに放り捨てた。

 

「キシャアアアアアアアッ‼︎

 

 恐怖で固まっていた蠍は、尾を引き千切られた痛みで漸く正気を取り戻すと、凄まじい悲鳴をあげた。怒り狂い鋏脚でグリムロックの足を断ち切ろうとするも硬くて切り裂けず、逆に蹴り飛ばされて壁まで吹っ飛ばされた。

 

「終わりだ、ゴキブリが」

 

 そう言うと、グリムロックは右手を背中に伸ばした。すると背中から出てきた無数の小さな金属が集合し、次第に長さ20mにもなる長大な柄、竜の牙とでも形容するような禍々しく鋭い棘を生やした頭部を持つ、巨大な槌矛を形成した。

 グリムロックの愛用する武器、ドラゴントゥースメイスである!

 蹴り飛ばされた蠍は体勢を立て直すと、怒りに震えながら突っ込んできた。グリムロックはそのままメイスを振り上げると、蠍目掛けて思い切り振り下ろした。

 

 ドゴォォォッ!!!

 

 凄まじい衝撃が部屋全体を襲った。殴り飛ばされた蠍は衝撃をモロに受けたが、外骨格を構成する「シュタル鉱石」のおかげで即死には至らなかったらしく、ピクピクと8本の脚を痙攣させた。

 しかしグリムロックは容赦しない。再びメイスを振り下ろして蠍を殴り続けた。4回程振り下ろすと、遂に蠍は完全に動かなくなった。

 グリムロックはメイスを手にした右腕を上げると、勝利の雄叫びを部屋全体に響かせた。

 

「グルオオオオオオオッ!!!」

 

 暫くすると、嗅ぎ慣れた匂いが近づいてきたので振り返ると、ハジメとユエがやってきた。どうやら彼らも片付けてきたようだ。

 

「おう、お疲れさん」

「ありがと。そっちも片付いたみたいだね。…にしてもそのメイス、カッコ良過ぎでしょ!ステータスに書いてあったドラゴントゥースメイスって奴⁉︎どうやって出したの⁉︎」

「おいおい落ち着け。まあこれが俺の愛用武器だ。どうやって出るかは俺も完全に理解してる訳じゃなくてな。…てかユエ、そんな呆けた顔してどうした?」

 

 またオタク魂を刺激されて興奮する親友を宥めながら、グリムロックはそう言ってユエの方を見た。彼女は目をパチクリさせ、口をあんぐりと開けながら彼を見上げ、隣にいたハジメに問いかけた。

 

「え、ハ、ハジメ。このゴ、ゴーレム、り、り、亮牙な、の…?」

「おい、さっき自己紹介したのにもう忘れたのか?ってか俺この事話したか?」

「いやいや亮牙、簡単な自己紹介だけでその姿については話してないからね。それにさっきまで話してた人間がいきなり身長20m以上の金属の巨人に変わってたら、誰だってこんな反応するから…。大丈夫だよユエ。正真正銘亮牙と同一人物だから」

「(゚д゚)」

 

 ユエはキャパオーバーしたのか、そのまま目を回して意識を失ってしまい、倒れゆく彼女をハジメが慌てて抱きかかえた。

 グリムロックも最初は驚いたが、気絶したユエのお腹の虫の音がすると、直ぐにホッとした。

 

「なんだ、腹減って気失っただけかよ。驚かせやがって」

「あのね亮牙、絶対それだけじゃないと思うよ…」

 

 またどこか呑気な事を言う親友にハジメはツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリムロックとハジメは部屋から出ていく事にした。

 そのまま部屋に留まっても良かったが、かつての経験から、長年封印されてきた忌まわしい場所に居続けるのはユエの精神衛生上良くないと亮牙が考え、ハジメもまた何かトラップが発動する可能性も考え反対しなかった。ハジメが気絶したままのユエをお姫様抱っこで抱え、グリムロックが仕留めた蠍とサイクロプスの死骸を運んでいった。

 二人はハジメの錬成で拠点を作ると、蠍とサイクロプス達を解体して肉や魔石、使えそうな素材に分け、グリムロックは亮牙としての姿に戻ってレーザーファイヤーで火を起こすと、魔物達を焼いて調理し始めた。(サイクロプスは人間に近過ぎて流石に食べ辛かったので、原型を留めないよう肉をミンチ状にし、ハンバーグみたいにした。)

 肉の焼ける香ばしい香りがしてくると、気を失っていたユエが目を覚ました。

 

「ん、ここは…」

「あ、目が覚めたんだね。良かったぁ」

「おう、お早う」

 

 意識を取り戻した彼女に二人は安堵する。ユエはいつの間にか人間に戻っていた亮牙を見つめると、まだ頭が混乱してきたが、お腹の音が響き顔を赤く染めた。

 

「腹減ったか、なら肉食うか?味は保証せんが」

「亮牙、もう僕ら当たり前になっちゃってるけど、常人が魔物食ったらヤバいからね…。あ、でもユエの場合は自己再生能力あるから大丈夫かな?いやでもなぁ…」

 

 そう二人が話していると、ユエが顔を赤くしたまま話しかけてきた。

 

「その、血を…」

「あ、そう言えば吸血鬼族だったもんね。血の方がいいか。えっと、僕か亮牙、どっちか良いかな?」

 

 ハジメがそう問いかけると、ユエは彼を愛おしそうに見つめて指差した。ハジメがキョトンとしながらも自分を指差すと、彼女はコクンと頷いた。

 亮牙はそれを聞き、少し警戒しながらユエに問いかけた。

 

「なあ、最初に聞いておく。吸血するとして、ハジメの血を吸い尽くして死なせるって事はないだろうな?それに俺達の知る吸血鬼ってのは吸血した相手を同族に変えちまうらしいが、其処のところはどうなんだ?」

「ん、それは大丈夫。ちょっと貰うだけ。…それに吸った相手を吸血鬼にするなんて事はない」

「…そうか、どうするハジメ?お前が嫌なら断っても良いんだぞ」

 

 そう親友に言われハジメは戸惑うが、瞳を潤ませながら無言で見上げてくるユエの姿に根負けし、遂に承諾した。

 ユエは嬉しそうな笑みを浮かべながらハジメに近づくと、彼の首元にカプッと噛み付いた。一瞬ハジメは痛みで顔を顰め、亮牙も警戒したが、数秒程でユエは口を離すと、先ほどまでやつれていた肌が艶々と艶を取り戻し、白い肌にも生気が戻っていった。

 彼女は口元についた血をペロリと妖艶さを醸し出しながら舐め取ると、頬を赤く染めながらハジメを見つめるとこう呟いた。

 

「…御馳走様」

「お、お粗末様でした…」

 

 顔を赤く染めてそう呟くハジメに亮牙は安堵し、揶揄うように囁いた。

 

「卒業、おめでとう」

「ちょっと‼︎変な風に言わないでよ‼︎て言うか女子いるんだからセクハラだよそれ‼︎」

 

 顔を真っ赤にしてツッコむハジメの姿に、ユエが更に頬を赤く染めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして肉が焼き上がったので、亮牙はハジメの首元を神水で軽く消毒すると、二人で食事を始めた。ユエにも食べるかと問いかけたが、彼女曰く満腹らしく、ハジメの血は相当絶品だったようだ。

 二人は肉に食らいつきながらも、彼女と色々な話を始めた。

 ユエは12歳の時、先祖返りで魔力の直接操作や「自動再生」の固有魔法に目覚めてから歳をとっておらず、更には全属性の魔法に適性があるなどのチート能力で、僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、17歳の若さで種族の女王となったらしい。

 だが欲に目が眩んだ叔父の策略で化け物として周囲に浸透されてしまい、自己再生故に処刑する事も出来なかったので彼処に封印されたらしい。彼女自身も当時は突然の裏切りにショックを受けて、碌に反撃もせず混乱したままなんらかの封印術を掛けられ、気がつけばあの封印部屋にいたらしい。

 これを聞いたのは流石に不味かったかなと感じたハジメが、話題を変えてみた。

 

「えーと、って事は、ユエって少なくとも三百歳以上なんだよね?」

「…ハジメ、マナー違反」

「ご、ごめん…」

「そうだぞハジメ、いくら本物のロリババアが目の前に居るからって、女に年齢の話はタブーだぞ。幾ら自分の何十倍も生きたババアが相手でもな」

「ッ、亮牙はデリカシーがなさ過ぎ…!」

「冗談だ、怒るとシワが出来て見た目もババアになっちまうぞ。まあお前がババアなら、6000万年以上生きてる俺はそれ以上のジジイになるがな」

「アハハ、確かにね」

「え?亮牙って、本当に何者…?」

 

 再び驚愕の表情を浮かべたユエに対し、亮牙はハジメの顔を見た。ハジメがコクンと頷くと、彼は親友に見せたように、赤い瞳から立体映像を映し出し、自分の素性やここに居る経緯を語り始めた。

 最初はびっくりしていたユエだったが、ハジメに宥められて落ち着きを取り戻し、この何処かぶっ飛んだ二人の過去を学んだ。亮牙の6600万年もの壮絶な過去、彼とハジメの友情、そして学友達から謂れのない誹謗中傷を受け、いきなり飛ばされたこの世界でその内の一人に突き落とされながらも、二人で力を合わせて此処まで来た事など…。

 二人の自分語りが終わると、ユエはハラハラと涙をこぼした。ギョッとなったハジメは思わず手を伸ばし、流れ落ちる彼女の涙を拭きながら尋ねた。

 

「いきなりどうしたの?」

「…ぐす、二人とも、つらい。私もつらい…」

 

 どうやらこの少女は二人のために泣いているらしい。少し驚いていた亮牙とハジメは、幼い妹を慰めるかのようにユエの頭を撫でた。

 

「俺達のためにありがとな。確かに俺の生涯は波乱万丈で最悪な事も多かったが、それでもハジメみたいな良い奴らと出会う事が出来たのは良かったよ。それに俺は元々クラスメイト共なんざ仲間と思っちゃいなかったから、お前のように裏切られたとは思ってない。まあ俺を突き落としたあの卑猥野郎は次会ったらぶち殺すが」

「アハハ…。僕も同じ感じかな。今はまず、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がないとね」

 

 スンスンと鼻を鳴らしながらも、二人から撫でられるのが気持ちいいのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るというハジメの言葉にピクリと反応した。

 

「…二人は、帰るの?」

「元の世界に?そりゃあ帰りたいよ。故郷に、家に帰りたい…」

「俺はまあ元の力を取り戻したし、本来の故郷じゃないとは言え、愁さんや菫さんには会いたいからな…」

「…そう。私にはもう、帰る場所、ない…」

「「……」」

 

 沈んだ表情で顔を俯かせたユエはポツリと呟いた。そんな彼女の様子に頭を撫でていた手を引っ込めたハジメと亮牙は、お互いの顔を見合わせた。

 別に、ハジメは鈍感というわけではないし、亮牙もたまに抜けたところがあるものの暗愚なわけではなので、ユエが自分達(特にハジメ)に新たな居場所を見ているということも薄々察していた。だからこそ彼らが元の世界に戻るということは、再び居場所を失うということだと悲しんでいる事も悟った。

 ハジメは再び自分の甘さに呆れつつも、またユエの頭を撫でた。亮牙も仕方ないなと思いつつも、親友の選択を否定する気はなかった。

 

「あ~、なんならユエも来ない?」

「え?」

 

 ユエはハジメの言葉に驚愕を露わにして目を見開いた。涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられ、なんとなく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干早口になりながら続けた。

 

「いや、だからさ、僕らの故郷にだよ。まぁ普通の人間しかいない世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど、今や僕や亮牙も似たようなもんだから、どうとでもなると思うよ…」

「俺も構わんぞ。まあ、あくまでお前が望むならだが?」

 

 しばらく呆然としていたユエだが、理解が追いついたのかおずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねたが、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。

 キラキラと輝く彼女の瞳に、苦笑しつつも彼らは頷いた。すると、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。思わず、見蕩れてしまうハジメ。呆けた自分に気がついて慌てて首を振った。

 そんなハジメの姿に亮牙は、あのストーカー女のせいで散々な目に遭い続けた親友にもやっと春が来たかと、暖かい目で見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメが落ち着きを取り戻すと、亮牙達はユエに此処が迷宮のどの辺りか、他に地上へ出る道はないかを尋ねたが、彼女自身もここが迷宮のどの辺なのか分からないらしく申し訳なさそうな顔をした。

 それでも彼女は、この迷宮について知っている唯一のこと、製作者である反逆者について教えてくれた。曰く、遙か昔に神に反逆して世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属で、戦いの果てに敗れ世界の果てに逃走し、それが現在の七大迷宮と言われているらしい。

 このオルクス大迷宮もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われており、其処なら地上への道があるかもしれないそうだ。

 

「なるほどね。奈落の底から迷宮を上がってくるとは思えないし、そんな昔の魔法使いなら転移系の魔法で地上へのルートを作っていてもおかしくなさそうだ」

「決まりだな。暫く休んで準備が整ったら、その反逆者とやらの隠れ家を目指すとするか。二人共それでいいか?」

 

 見えてきた可能性に頬を緩ませながらそう提案する亮牙に、ハジメもユエも異議なしと言わんばかりに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※おまけ

 蠍の外骨格のシュタル鉱石を解析したハジメが新たな武器を製作する様子をユエが眺めていると、ふとハジメがユエに血以外の食事は必要かどうかを問いかけた。

 ユエからの返答は、吸血鬼は食事からも栄養は取れるが、基本的に血さえあれば平気らしいそうだ。今はハジメから吸血したので満腹のようだが、彼女曰く彼の血は濃厚で深い味わいだったらしく、舌舐りしながら妖艶な空気を醸し出していた。

 色々な意味でヤバイかもしれないと感じたハジメは、若干話題を変えてみた。

 

「そ、そうだ!試しに亮牙の血も飲んでみたら?案外僕のより美味しいかもよ?」

「おいハジメ、男なら初体験の相手を軽々しく他の男と回し合うもんじゃねえぞ。幾ら俺達が親友だとしてもな」

「ハジメ…」

「だから変な言い方するな!セクハラだからねそれ!それに僕が貧血とかなった時に困るでしょ。万が一に備えて亮牙の血も試してみなきゃ」

「…最初に言っとくが多分無理だぞ。おいユエ、試しに何処か噛み付いてみろ」

「ん、分かった…」

 

 そう言われユエは渋々亮牙の二の腕に噛み付いてみた。別に亮牙を嫌ってるわけじゃないが、彼女は恩人であるハジメの虜になっていたので、あまり他の男の体に噛み付きたくなかったのが本心だ。

 しかし、いざ噛みつくとガキンッという金属音に近い音が響き、ユエが涙目になって顔を顰めた。

 

「…亮牙の肌、硬過ぎる。噛みつけない…」

「え、どういう事⁉︎」

「やっぱりな。力が戻ってから、人間の姿でも皮膚の強度を保てるようになってな。あの熊公に引っ掻かれた時も擦り傷一つつかなかったよ」

「…改めて思うけど、亮牙の体ってどうなってんの?」

「さあな、俺にもよく分からん。まあ悪いなユエ、力になれなくて」

「ん、大丈夫。亮牙の事は嫌いじゃないけど、私はハジメから吸いたい…」

「ア、アハハ…。ありがとう…」

 何処か複雑な気持ちのハジメは、あまり考え過ぎないようにと武器の作製に集中し、最大威力でドンナーの更に十倍の威力が出る対物ライフル「シュラーゲン」などを完成させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で勇者組について書きたいと思います。

感想、評価お待ちしてます。


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邪悪な影

クラスメイトsideです。

相変わらずのアンチがあります。ご注意下さい。


 さて、今回の『グリムロックは宇宙最強』は、グリムロックこと灘亮牙と南雲ハジメがオルクス大迷宮で奈落に落ちた所まで話を戻すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離して!()()()()所に行かないと!約束したのに!私がぁ、私が守るって!離してぇ!」

 

 亮牙を追って奈落へと飛び降りたハジメの後を追おうと、香織は雫と光輝に羽交い締めにされながらも、その細い体からは想像もつかないほど尋常ではない力で引き剥がそうとした。

 このままでは体の方が壊れてしまうが、だからといって離せばそのまま崖を飛び降りてしまうくらい、今の香織は普段の穏やかさが見る影もないほど必死の形相だった。

 

「香織っ、ダメよ! 香織!」

「香織!君まで死ぬ気か!灘と南雲はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ体が壊れてしまう!」

 

 雫は香織の気持ちが痛い程分かるからこそ彼女の名前を言うぐらいだったが、光輝は香織だけを気遣った言葉を叫び、余計に彼女を錯乱させた。

 

「無理って何⁉︎()()()()()()()()()!行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

 誰がどう考えても二人は助からないが、その現実を受け止められる心の余裕は今の香織にはなく、反発して更に無理を重ねるだけだった。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかりだった。

 誰一人として、香織が()()()()()()()()()()()()()()()事など気付こうともせず…。

 見かねたメルドが歩み寄って香織の首筋に手刀を落とし、気絶させた事でようやく騒ぎは収まった。光輝が筋違いな怒りをメルドにぶつけようとした矢先、雫が遮るように機先を制してメルドに頭を下げた。

 

「すみません、ありがとうございます」

「礼など、止めてくれ。もう一人も死なせるわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する。彼女を頼む…」

「言われるまでもなく」

 

 離れていくメルドを見つめながら、口を挟めず憮然とした表情の光輝から香織を受け取った雫は告げた。

 

「私達が止められないから団長が止めてくれたのよ、分かるでしょ? 今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に止める必要があった。…ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで」

「…そうだな、早く出よう。…皆!今は、生き残ることだけ考えるんだ!撤退するぞ!」

 

 はみ出し者とは言え、目の前でクラスメイトが二人も死んだのだ。クラスメイト達の精神にも多大なダメージが刻まれ、誰もが茫然自失といった表情で石橋のあった方を呆然と眺め、中にはもう嫌と言って座り込んでしまう者もいた。

 そんな中、光輝は必死に声を張り上げ、メルドや騎士団員達も生徒達を鼓舞した事で、クラスメイト達はようやく動き出し、全員が階段への脱出を果たした。

 一行が暗闇で先の見えない程ずっと上方へと続く階段を登り続けると、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。その壁に隠れていた扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。

 顔に生気が戻りつつあったクラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らした。中には泣き出したりへたり込む生徒もおり、迷惑カルテット達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうになっていた。しかしまだ迷宮の中故に油断は出来ず、完全に緊張の糸が切れてしまう前に脱出せんと、メルドは心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。

 

「お前達、座り込むな!ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する!ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

 少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えもメルドの無言の睨みで封殺され、そして遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた事で、生徒達は今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行くと、一様に生き残ったことを喜び合っていた。

 だが、未だ目を覚まさない香織を背負った雫や光輝、その様子を見る龍太郎、恵里、鈴、園部優香などは暗い表情だ。

 

 こうした陰惨な状況の中、唯一檜山だけは、目障りな奴らを同時に始末出来た事に内心ほくそ笑んでいた。墜落していく亮牙の怒りの咆哮を聞いた時は一瞬恐怖を感じたものの、最早何も出来まいと高を括っていた。

 しかし檜山の所業はとあるクラスメイトによって目撃されていた。その者もまたとある歪んだ執着を持っており、自らの欲望を果たすべく、その晩に檜山を脅迫した。この件を暴露されたくなかったら自分に協力しろ、そうすれば白崎香織をお前にくれてやると。

 檜山には断る選択肢などなかった。こうしてこの愚者は破滅への道を歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、勇者一行は高速馬車に乗って王国へと戻った。とても迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、戦争への協力を拒む嫌われ者達だったとは言え勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だった。何よりこんな所で折れてしまい、致命的な障害が発生する前に、勇者一行のケアが必要だという判断もあった。

 帰還を果たし二人の死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが亮牙とハジメだと知ると暗君エリヒドや老害イシュタルですら安堵の吐息を漏らしたのだ。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならない、迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。

 だがこの老害共ですらまだ分別のある方で、中には悪し様に二人を罵る者までいたのだ。もちろん公の場で発言したのではなく、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるが、死人に鞭打つように、やれ死んだのが無能共でよかっただの、神の使徒でありながら役立たずな連中など死んで当然だのと好き放題に貶し、雫は激昂し何度も手が出そうになった。

 それに対して、日頃から二人を忌み嫌っていた光輝が掌を返して真っ先に激しく抗議したことで、エリヒドや教会も悪い印象を持たれてはマズイと判断したのか、二人を罵った連中は処分を受けたらしい。そして無能で非協力的な奴らにも優しい勇者様として光輝の株が上がるだけかと思われたが、そうはならなかった。

 

「今回の件で勇者達の戦力は大幅に落ちたと私は考えています」

 

 メルドの言葉に誰もが怪訝そうな顔をした。戦争に協力するのを拒み、訓練にも参加しなかった亮牙とハジメを失っただけで、戦力が大幅に落ちるという理由が判らなかったからだ。

 

「まずハジメですが、彼は自分達の世界の武器の製作に成功し、戦闘では錬成士とは思えない程の活躍を見せました。そして亮牙ですが、既に他の者達と一線を超えた強さを誇っており、既に他の者達よりも戦士としての心構えが出来ておりました。正直、私や光輝ですら彼には敵わないでしょう。アーティファクトも魔法もなしに、ベヒモス相手に互角以上の強さを見せ致命傷を負わせたのですから。彼ら二人を上手く説得して味方につけておけば、最強の戦力となった筈です。…もし私が万が一にと追撃を命じてさえいなければ、あんな事にはならなかったと、今でも悔やみきれません…」

 

 その事実に信じられないと言った顔をする者が多かったが、メルド以外の騎士達や雫、そして光輝も(心底憎々しげな顔をしていたが)賛同したことに信じるしかなく、掌返しで惜しい人達を亡くしただの、なぜ余計な真似をしたのだとメルドを責め立てる始末で、雫はこんな連中のために命を賭ける選択をした自分達の浅慮さを後悔するしかなかった。

 

 一方、王国や教会はハジメの作った銃についての情報を得ようと、彼の指導をした錬成士達から話を聞いたり、設計図などを探し回った。

 しかしハジメはこんな時に備えて設計図などはとっくの昔に処分していた。それに錬成士達も新たな技を習得するのには貪欲であったが、技術者としての良識を持っていたことから、ハジメの武器が新たな争いの火種となりかねない事を彼自身から言われたこともあり、知らぬ存ぜぬを貫き通した。

 こうしたハジメの根回しににより、異世界の武器を得るという王国や教会の魂胆は水の泡となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒達にも落ち着きが戻ってきた頃、案の定檜山にはあの窮地を招いたとして厳しい批難が待っていた。檜山は当然予想していたので、ただひたすら光輝の目の前での土下座して謝罪する事に徹した。案の定、性善説を盲信する光輝はあっさり許しクラスメイトを執り成した事で、檜山に対する批難は収まった。

 メルドは亮牙が誤爆されたあの一件が事故ではないと見抜き、白黒はっきりさせるために生徒達に事情聴取をしようと考えていた。有耶無耶にすれば後で問題になるし、メルド自身も自分達の世界の問題に最初から反対していた亮牙とハジメを巻き込んだ挙句、あんな目に遭わせてしまった事に激しい罪悪感を抱いていたからだ。しかしイシュタルとエリヒドから、元々はメルドが余計な追撃を命じたのが原因だと責められ、生徒達への詮索を禁止されてしまい、それは叶わなかった。

 クラスメイト達も図ったようにあの誤爆の話をしなかった。もしかしたら自分の魔法だったのかもしれないと言う恐怖故に、死人に口無しと言わんばかりに、亮牙が勝手にドジった挙句ハジメを巻き込んだ自業自得という扱いで、意思の疎通を図ることもなく一致していた。どうせ二人ともクラスのはみ出し者達だったのだから、寧ろ死んでくれて清々したとでも言わんばかりに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの事件から5日ほど経った。雫は香織の部屋で、あの日から一度も目を覚ましていない彼女の手を握っていた。医者の診断では体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについており、時が経てば自然と目を覚ますとの事だった。

 雫は香織の身にこれ以上不幸が降りかからない事を祈りながら、亮牙とハジメの件を誰よりも後悔していた。二人は最初から戦争に反対していたというのに、自分達が考えなしに巻き込んだ事が原因で、あんな目に遭わせてしまった。今でも墜落していく亮牙の怒りの声が脳裏に焼き付き、彼女は罪悪感に苛まれていた。もし地球に帰ることが出来ても、二人の保護者にどう謝れば良いのだろう…。

 また雫は、薄々檜山が土下座したのも幼馴染である光輝を利用するためという魂胆に気付いていた。あの誤爆の犯人はもしかしたら此奴ではないかと疑ったものの証拠などなく、更に光輝があっさり許した事でクラスメイト達も檜山を許してしまい、二人の死を清々したと言わんばかりに自業自得という形で片付けられしまった。幾らスクールカーストトップの雫と言えど、クラスの大半がそう結論づけてしまったために、口出しする事が出来なかった。

 

「ごめんなさい…。本当にごめんなさい…」

 

 そう嘆くように謝罪の言葉を口にする雫。それは未だに目を覚さない親友へ向けたものか、地球でも散々迷惑をかけた挙句に異世界で死なせてしまった二人のクラスメイトに向けたものか、定かではない。

 その時、不意に握り締めた香織の手が動き、雫が必死に呼びかけると、閉じられた彼女の目蓋がふるふると震え始め、その手がギュッと雫の手を握り返し、香織はゆっくりと目を覚ました。

 

「香織!」

「…雫ちゃん?」

 

 雫はベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろした。しばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していた香織だったが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ。

 

「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう?違和感はない?」

「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど、寝てたからだろうし…」

「…そうね、もう五日も眠っていたのだもの。怠くもなるわ…」

「五日? そんなに、どうして、私、確か迷宮に行って、それで…。あ、南雲君は…?」

「ッ、それは…」

 

 徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとするも、香織が記憶を取り戻す方が早かった。

 雫は苦しげな表情でどう伝えるべきか悩み、その様子で香織は自分の記憶にある悲劇が現実であったことを悟るが、そんな現実を容易に受け入れられるほど強くなかった。彼女は現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎハジメを探しに行こうとするが、雫はその腕を掴んで離さず、悲痛な表情を浮かべながらそれでも決然と香織を見つめた。

 

「…香織。分かっているでしょう?…ここに彼はいないわ。香織の覚えている通りよ。南雲君も灘君も死んだのよ!」

「…やめて、やめてよ、やめてったら!()()()()絶対死んでなんかない!どうしてそんな酷いこと言うの!いくら雫ちゃんでも許さないよ!」

 

 イヤイヤと首を振りながら、どうにか雫の拘束から逃れようと暴れる香織を、雫は絶対離してなるものかとキツく抱き締め、凍える香織の心を温めようとした。

 

「離して、離してよぉ!()()()()探しに行かなきゃ!お願いだからぁ、絶対、生きてるんだからぁ、離してよぉ…」

 

 いつしか香織は叫びながら雫の胸に顔を埋め、縋り付くようにしがみつき、喉を枯らさんばかりに大声を上げて泣いた。雫は少しでも彼女の傷ついた心が痛みを和らぐ事を願い、ただひたすらに抱き締め続けた。

 それからかなり時間が経ち、スンスンと鼻を鳴らしながら腕の中で身じろぎする香織を、雫が心配そうに伺った。

 香織は囁くような、今にも消え入りそうな声で、ハジメがここにいない事を尋ねた。雫は、誤魔化して甘い言葉を囁けば一時的な慰めにはなるが、結局後で取り返しがつかないくらいの傷となって返ってくる事を分かっていたために、敢えて辛い現実を突き付けた。

 しかし、香織の次の言葉には流石の雫も戦慄した。

 

「…全部、灘君のせいだ…」

「え?」

「あの晩見た夢の通りになっちゃった…。灘君が南雲君を…」

「な、灘君が?」

「灘君さえ居なければ、南雲君もあんな事にはなかったのに…。灘君の方が疫病神だよ…。全部、全部、灘君のせいだ‼︎」

「か、香織…」

 

 香織は俯いたままポツリポツリと呟いていたが、やがて怒気を孕んだ声で亮牙を糾弾し始めた。あの事件の一番の被害者は亮牙であり、ハジメは彼を助けるために飛び込んだというのに、まるで亮牙がハジメを道連れにしたような言い分だった。

 雫は今まで見た事ない親友の姿に寒気を覚えた。地球にいた頃から香織と亮牙は仲が良くなかった事は理解していたが、此処まで嫌ってはいなかった筈だ。ふと雫は、二人が落ちた時やさっきの会話でも、香織の口から亮牙の名前が一切出ていなかった事を思い出した。

 まさか、親友はあの事件は灘君が全て悪いと思っているのか…?

 雫がそう考えている中、香織は真っ赤になった目を拭いながら顔を上げて彼女を見つめると、決然と宣言した。

 

「雫ちゃん、私は、()()()()死んだなんて信じない。確かにあそこに落ちて生きていると思う方がおかしいけど、確認したわけじゃない。可能性は1%より低いけど、確認していないならゼロじゃない…。私、信じたいの」

「香織…」

「私、もっと強くなるよ。それで、今度こそ南雲君を守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。…雫ちゃん、力を貸してください。」

「……」

 

 雫はじっと自分を見つめる香織に目を合わせ見つめ返した。彼女の目には狂気や現実逃避の色は見えず、ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っていた。こうなった香織はテコでも動かず、雫どころか家族も手を焼く頑固者になるのだ。

 普通に考えれば、香織の言っている可能性など0だと一蹴していい話だ。あの奈落に落ちて生存を信じるなど現実逃避と断じられるのが普通だ。幼馴染である光輝や龍太郎も含めてほとんどの人間が香織の考えを正そうとするだろう。

 だからこそ、雫は自分だけでも香織の味方になりたかった。

 

「もちろんいいわよ。納得するまでとことん付き合うわ」

「雫ちゃん!」

 

 雫に抱きつき何度も礼をいう香織に彼女は、「礼なんて不要よ、親友でしょ?」と、どこまでも男前な姿を見せる。現代のサムライガールの称号は伊達ではなかった。

 しかし雫は気付いていた。香織が生存を信じているのはハジメのみで、亮牙の事は皆と同様に最早死んだものとして扱っている事を…。

 しかしそれを口に出す事はできなかった。それを言えば香織のやる気に水をさす気がしたし、なりより彼女が何処か自分の知る親友とは違う人間になってしまった気がして、気付かないふりをした。もしその歪みを否定してしまうと、幼い頃から辛い時側にいてくれた親友が離れてしまう気がして、内心怖かったのだ…。

 

 そんな雫の気持ちなど梅雨知らず、光輝と龍太郎が香織の様子を見に部屋に入ってきた。訓練着のまま来たようで、二人ともあちこち薄汚れていた。

 あの日から、二人の訓練もより身が入ったものになった。何せ、自分達が撤退を渋って碌な戦果も出せない中、戦争に反対し訓練にも参加しなかった亮牙がベヒモスを難なく返り討ちにしたのだ。メルドがそれを指摘した事で、二人とももう二度とあんな無様は晒さないと相当気合が入っていたのだ。

 そんな二人だが、現在、部屋の入り口で硬直していた。訝しそうに雫が尋ねるも喰い気味に言葉を被せ、見てはいけないものを見てしまったという感じで慌てて部屋を出ていった。そんな幼馴染達の姿に鈍感な香織はキョトンとしていたが、聡い雫はその原因に気がついた。

 現在、香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を両手で包みながら、今にもキスできそうな位置まで顔を近づけているのだ。雫の方も、香織を支えるように、その細い腰と肩に手を置き抱き締めているように見えた。つまり、激しく百合百合しい光景が出来上がっていたのである。

 雫は深々と溜息を吐くと、未だ事態が飲み込めずキョトンとしている香織を尻目に声を張り上げた。

 

「さっさと戻ってきなさい! この大馬鹿者ども!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、迷惑カルテットの四人は誰一人として気付いていなかった。

 香織の部屋のキャンドルの炎の中から、まるで古代の王朝の仮面を彷彿とさせる禍々しい顔が、僅かに垣間見えていた事に。

 その顔はこの四人のうち、特に香織を見ながら、都合の良い手駒を見つけたと言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべていた。

 此処からこの四人の歯車も大きく狂い出す事になるとは、誰も予想だにしなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今更ですが、香織ファンの皆様、申し訳ありません(汗)

原作でのベヒモスとの再戦は原作と同じになると思うので本作では省きます。

感想、評価お待ちしてます。


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仲間

前回のアンチもまた好評だったので安心しました。

今年は各地で恐竜展が中止されて辛い…。


 亮牙達三人が準備を終えて迷宮攻略に動き出したあと、十階層ほどは順調よく降りることが出来た。元々亮牙とハジメのコンビでも充分強かったが、新たに仲間となったユエの魔法が凄まじい活躍を見せたというのも大きな要因だ。

 そんな彼らが降り立ったのが現在の階層だ。百足やトレントの階層のように何故か此処もジャングルだったが、以前の階層ほど蒸し暑くはなかった。彼らが階下への階段を探して探索していると、突然地響きが響き渡り、爬虫類の魔物が現れた。

 亮牙はその魔物を見て、一瞬驚いた。何せその魔物は彼のかつての姿、ティラノサウルスそっくりだったからだ。但し、なぜか頭に一輪の可憐な花を生やしていたが…。

 

「…ギャグ漫画かよ」

「可愛い…」

 

 あまりにシュールな姿にハジメはツッコみユエは微笑む中、亮牙はグリムロックの姿に戻ると、同族のそっくりさんから花を引き抜いた。

 ティラノモドキは急にハッとしたようにキョロキョロと辺りを見回すと、グリムロックが投げ捨てた花を忌々しそうに何度も踏みつけた。

 ティラノモドキが満足すると、グリムロックは咆哮とは違う、何処か語りかけるような唸り声を上げた。

 

「グルル?グオッグオッグオッ」

「ガウ?グアアグアア!」

「ガウウ。グォルルルル」

 

 ティラノモドキは一瞬ビックリした表情になるも、直ぐに落ち着きを取り戻し、親しそうに唸った。それから二体は唸り声の会話を続けた。

 

「成る程、これが獣語理解の技能か」

「…え?亮牙、魔物と話せるの?」

「ユエ。気持ちは分かるけど、そこは気にしたら負けだよ」

 

 その姿にユエがまた驚きハジメが宥めていると、グリムロックは納得したように頷き、ティラノモドキは感謝の言葉のような唸り声を上げて去っていった。その後ろ姿にグリムロックは一瞬残念そうな顔をしつつも、直ぐに二人に向き直った。

 

「二人共、彼奴によるとあの花は寄生植物らしい。この階層の殆どの魔物がその植物の支配下に置かれているそうだ」

「成る程。そう言えば亮牙、さっき何処か悲しそうだったけど、どうしたの?」

「ああ…。かつての同族に似ていたからまさかと思ったんだが、やっぱり俺の種族とは違う生物みたいでな。6600万年ぶりに仲間に会えた気がしたが、ぬか喜びだったよ…」

「そう…」

 

 どうやら親友はかつての仲間を思い出していたようだ。前に聞いた話では、同胞から裏切られたユエとは違い、彼は妻子を含めた同族を理不尽に皆殺しにされ失っている。かつての仲間とそっくりな魔物に、何千万年も昔に滅びた仲間を思い出したのだろう。

 微妙な空気になる中、ハジメが場を和ませようと話題を変えた。

 

「そ、そう言えば亮牙、今のが獣語理解の技能みたいだけど、今までの魔物の言葉は理解できていたの?」

「ん?ああ、まあな。大概は『野郎ぶっ殺してやらぁ』とか『ザッケンナコラー』とかそんなのばっかだったから、無視して仕留めてきたがな」

「何で魔物がヤクザスラング使ってんだよ…」

「凄い…」

 

 空気が再び和んでくると、ハジメの気配感知に続々と魔物が集まってくる気配が捉えられた。グリムロックも匂いで察知したようだ。

 現れたのは全長約2m程のラプトルに似た魔物で、全部で十頭程いた。やはり、頭頂部からさっきのティラノモドキと同じ花が生えていた。

 

「どうやら親玉に気づかれたようだな。二人共、俺の肩に乗れ。彼奴から聞いた親玉のところに向かうぞ」

「了解!」

「ん、分かった」

 

 そう頷いた二人がグリムロックの左肩に飛び乗ると、彼らは歩き始めた。ラプトルモドキの群れは彼らに飛びかかる前に、グリムロックがドラゴントゥースメイスで吹き飛ばした。

 グリムロックがその巨体で木々をへし折りながら道をつくると、その道を進もうと寄生された魔物達が集まってきた。しかしそれは悪手だった。ハジメがドンナーをぶっ放し、ユエは炎の槍を放つ魔法「緋槍」を放つ事で魔物達を仕留めていった。

 大概の魔物はグリムロックに飛びかかるも、彼の金属の肌には牙も爪も通用しなかった。彼は肩に乗せた二人を振り落とさないよう蹴り飛ばしたり踏み潰す事で、魔物達を蹴散らしていった。

 

「アハハハ!見ろ、魔物がゴミのようだ!」

「おい、ハジメ。俺はラ○ュタのロボット兵じゃねえぞ」

「良いじゃん。ム○カの台詞言ってみたかったんだ」

「ん、疲れた。ハジメ、吸わせて」

「おいユエ。俺の肩の上でまで発情するな」

「いや違うでしょ亮牙!いいよユエ」

「ん、ありがとう」

 

 ハジメが何処かの悪役みたいな台詞を吐き、ユエが魔力が切れる度にハジメから吸血して回復し、グリムロックが二人にツッコむ。

 そんな何処か呑気な雰囲気で、三人は寄生植物の本体を探して突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 彼らが樹海を抜けると、草むらの向こう側にみえる迷宮の壁の中央付近に縦割れの洞窟らしき場所が見えた。

 

「着いたぞ二人共。彼奴によると、この洞窟の中に親玉がいるみたいだ」

 

 そう言ってグリムロックは二人を肩から降ろした。

 縦割れの洞窟は大の大人が二人並べば窮屈さを感じる狭さで、ラプトルモドキでも一体ずつしか侵入できなさそうだ。

 彼は亮牙としての姿に戻ろうとしたが、それにハジメが待ったをかけた。

 

「待って亮牙。ここは僕とユエに行かせて」

「ん、何でだ?多分階下への階段も此処にあるかもしれん。なら三人で行った方が手っ取り早いだろ」

「それもそうだけど、これまで大抵の魔物は亮牙が倒してきたからさ。たまには僕も役に立つところ見せたくてね」

「ん、私も亮牙に任せっぱなしは嫌。それにハジメの勇姿、見たい」

「それに親玉倒すまで、魔物達もどんどん湧いてきて僕ら二人じゃキリがないからさ。一番のパワーを誇る亮牙に殿を任せたいんだ。いいかな?」

「ったく、分かったよ。但し油断するなよ」

 

 ハジメとユエは頷くと、洞窟に入っていった。それを見送ると、グリムロックは洞窟の前に立ち塞がった。やはり寄生された魔物達がわらわらと集まってきた。

 

「まあ此処に来るまで暴れ足りなかった気もしたからな」

 

 そう言うと彼は背中からドラゴントゥースメイスを取り出して構えると、昔ハジメと見た特撮番組の主人公の台詞を言ってみた。

 

「荒れるぜ、止めてみな」

 

 其処からは最早戦いとは言えない一方的な蹂躙だった。

 ドラゴントゥースメイスの一振りで魔物達は挽肉に変えられていき、横薙ぎに振るえば何体もの魔物が遥か彼方に吹き飛んで行った。

 数の少ないティラノモドキは仲間に似ていたので抵抗があったが、圧倒的な数の暴力で攻めてくるラプトルモドキに対して彼は容赦しなかった。現在のライオンとハイエナなどの敵対関係から分かるように、ティラノサウルスだった彼にとってラプトルというのは害獣でしかなかった。見ているだけで不愉快なため、ラプトルモドキは徹底的に排除した。

 暫くすると、突如魔物達の頭頂部の花が萎れ、目がやや虚だった魔物達が正気を取り戻した。どうやらハジメとユエが親玉を倒したようだ。

 

「グオオオオオオオオッ!」

「「「「「ッ⁉︎ギャアアアアアアアッ!」」」」」

 

 操られていない以上、もう戦う必要もないだろう。そう判断したグリムロックは、失せろと言わんばかりに咆哮を上げた。魔物達はハッとなると、その唸り声に怯えて蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 ふんと鼻を鳴らすと、彼は亮牙としての姿に戻り、洞窟に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮牙が薄暗い洞窟をしばらく道なりに進んでいると、やがて大きな広間に出た。広間の奥には更に縦割れの道が続いており、もしかすると階下への階段かもしれない。

 広間の中央にはハジメとユエがおり、彼らの足元には寄生植物の親玉らしき緑色の人間の女に似た魔物の死骸が横たわっていた。

 

「お疲れさん、無事仕留めたようだな」

「あ、亮牙。うん、何とかね…」

「で、ユエは何むくれてるんだよ?」

 

 亮牙の言った通り、ユエは頬を膨らましてそっぽを向いていた。その姿にハジメが苦笑いする。亮牙はますます訳が分からなかった。

 

「何やったんだよハジメ。この前の俺みたいにババアだとか言って揶揄ったのか?」

「…私、ババアじゃないっ!亮牙もハジメも知らないっ!」

「アハハ…。これには色々あってね…」

 

 苦笑しながらハジメは事の顛末を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメとユエが警戒しながらこの広間の中央までやってきたとき、全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできた。二人は一瞬で背中合わせになり飛来する緑の球を迎撃したものの、その数は優に百を超え、尚且つ激しく撃ち込まれてきた。ハジメは錬成で石壁を作り出す事で防御し、ユエの方も速度と手数に優れる風系の魔法で迎撃していった。

 しかし一瞬の隙を突かれたのか、ユエの頭からお似合いなくらい真っ赤な薔薇が咲くと、ハジメに攻撃し始めた。どうやらこの球が魔物達の頭に花を咲かせ操った正体らしい。

 当初は亮牙がティラノモドキから花を抜いた時の様子や、操られたユエのすまなそうな態度から、寄生されても体の自由を奪われるだけで意識はあり、花を潰せば解放できる事も分かっていたので、ハジメはドンナーでユエの花を吹き飛ばそうとした。だが操っている者は寄生した魔物達を介してハジメの戦闘スタイルなどを学んでいたらしく、ユエを操って花を庇うような動きをしたり、接近して切り落とそうとすればユエの方手を動かして彼女の顔に近づけ、彼女自身を自らの魔法の的にすると警告してきた。

 幾らユエが不死身に近いとは言え、最上級の魔法ですらノータイムで放てる彼女なら自分自身を一瞬で塵にしてしまうし、それでもなお再生できるかと言われれば否定できず、特攻などできない状況に追い込まれた。

 

 ハジメが迷っていると、奥の縦割れの暗がりからRPGによく出てくるアルラウネ等によく似た魔物が無数のツルをうねらせて、醜悪な顔に不気味な笑みを浮かべながら現れた。この通称「似非アルラウネ」は、悔しさに震えるユエを盾替わりにしながら緑の球をハジメに打ち込んできた。この球は潰れると一種の神経毒である胞子をばらまき、他の生物に花を寄生させて操る能力を持っていた。

 しかし魔物を食べ続けたことで毒耐性の技能を持つハジメには効かず、彼は球をドンナーで撃ち落としながらも自身の幸運に気づいた。似非アルラウネもそれを悟ると笑うのをやめ、不機嫌そうにユエに命じて魔法を発動させたが、操る対象の実力を十全には発揮できないらしく同じ技しか使ってこなかった。不幸中の幸いだったが、避けようとするとこれみよがしにユエの頭に手をやるので、ハジメはその場に留まりサイクロプスより奪った防御特化の技能「金剛」により耐え凌いだ。

 ハジメがこの状況をどう打開すべきか思案していると、ユエはこれ以上彼の足手纏いになりたくないと覚悟を決め、悲痛な声で自分に構わず撃てと叫んだ。普通なら、ここで熱いセリフが飛び出てヒロインと絆を確かめ合うシーンとなったはずだったが、どこかぶっ飛んだ親友と共に冒険し続けたせいか、今のハジメは躊躇わなかった。

 

「OK!」

 

 彼はそう言ってユエの薔薇を撃ち落とし、一瞬唖然としながらも直ぐに睨み直した似非アルラウネを射殺した。

 

「大丈夫かいユエ?違和感とかない?」

 

 ハジメは気軽な感じでユエの安否を確認した。

 ユエは目をパチクリさせながら両手で頭頂部をさすっていた。既に花はなく、代わりに縮れたり千切れている自身の金髪があり、ジトっとした目でハジメを睨みつけた。

 

「…撃った。躊躇わなかった…」

「え⁉︎だって撃っていいって言ったじゃん。あの状況なら亮牙だって同じ判断下したよ」

「…ちょっと頭皮、削れた、かも…」

「いや。それくらいすぐ再生するでしょ。我慢してよ…」

「うぅ~…」

 

 確かに撃てと言ったのはユエ自身であり、足手纏いになるぐらいならと覚悟を決めたのも事実だ。しかし彼女とて女、惚れた相手なんだからせめてちょっとくらいためらって欲しかったのだ。いくらなんでも、あの反応は軽すぎると不満全開で、ハジメのお腹をポカポカと殴って八つ当たりした。

 ハジメとしては、操られた状態では上級魔法を使用される恐れが低いとわかった時点で、ユエは安全だと判断し、早く解放するために撃ったのだ。だから、その辺は仕方ないとして妥協して欲しかった。そんな彼の様子にユエはますますヘソを曲げ、プイッとそっぽを向いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってな訳で、こんな状況になってます…」

「成る程な…」

 

 そう言ってハジメは内心溜息を吐きながら、どうやってユエの機嫌を直すか思案し始めた。

 亮牙もユエの気持ちは分からないでもないが、自分でも同じ選択をしただろうから、ハジメだけを責める事も出来なかった。

 よく考えれば自分も恐竜時代は妻に頭が上がらず、機嫌を損ねた時は大変だったなと、親友二人の姿に昔を懐かしむ亮牙であった。

 

 

 

 

 




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最後の番人達

遂にオルクスのラスボス、ヒュドラ戦です。

オリジナル展開となります。


 ハジメがユエに満足するまで吸血させ、漸く彼女の機嫌が直った後、亮牙達は特に何事も無く階層を突き進み続け、遂に二人が目覚めた地点から百層目に到達していた。

 そのまま突き進んでも良かったが、次で恐らく最後の階層となるため、どんな危険が待ち受けているか分からないこともあり、手前の階層で入念な準備を行った。なお、見張りは亮牙が行っており、ユエは相変わらず装備の確認と補充を行うハジメの姿を見つめていた。そして準備が完了すると、三人は百層目へと下っていった。

 その階層は無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径5mはあり、一つずつ螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られ、規則正しく一定間隔で並んでいた。天井までは30mはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らになっており、明らかに人工としか考えられない空間だった。

 

「如何にもって感じだね…」

「だな、二人とも気を抜くなよ」

「ん、分かってる」

 

 聞いた話ではオルクス大迷宮は全百層からなる大迷宮の筈だが、何時かトラップで飛ばされた場所も同じ二十階層だったと仮定しても、この時点で既に百階層を超えている。

 つまり途中からは一般的に認識されていない未開の階層だったと言う事だ。そして上も百層で一区切りとし、亮牙達が目覚めた場所が未開部分の第一階層と仮定すれば、節目である百階層目に何かあると警戒するのは当然である。そして今まで迷宮とは明らかに違う様子にその警戒が間違いでない事を三人は悟っていた。

 やがて、三人の来訪を察知したかのように柱が淡い輝きを放ち、まるで彼らを誘導するかのように手前側から順番に奥へと照らしていった。三人はしばらく警戒していたが特に何も起こらないため、感知系の技能をフル活用しながら歩みを進めた。

 200mも進んだ頃、前方に全長10mはある巨大な両開きの扉が見えた。これもまた美しい彫刻が彫られており、特に七角形の頂点に描かれた何らかの文様と、まるで何かを警告するように書かれた謎の文字列が印象的だ。

 

「…こりゃまた凄いな。もしかして…」

「…反逆者の住処?」

 

 いかにもラスボスの部屋といった感じだ。実際、感知系技能には反応がなくともこの先はマズいと、ハジメの本能が警鐘を鳴らしていた。ユエも同じなのか、うっすらと額に汗をかいていた。

 しかし、亮牙は違った。彼は扉に刻まれている文字列を見て驚愕していた。それは彼のよく知る文字だったからだ。

 

「馬鹿な…⁉︎あり得ない…!」

「どうしたの亮牙?あの壁の文字に何か?」

「ん、あんな文字、私の時代にもなかった…。亮牙は知ってるの?」

「ユエが知らなくて当然だ。あれはトータスのものじゃない。遥か昔、サイバトロン星で使われていた文字だ…!」

「「ええっ⁉︎」」

 

 それを聞いてハジメもユエも驚くと同時に困惑した。何故このトータスに、それも反逆者の住処に、他の惑星の種族が使っていた言語が書かれているのか。全くもって理解できなかった。

 

「な、何でそんな文字がトータスに、それも大迷宮の奥底に…⁉︎」

「亮牙、じゃああの文字、読めるの?」

「ああ、あれは俺が暮らしていた時代に使われていたからな。直訳するとこうだ…」

 

『此処は最後の試練の間、オスカー・オルクスと相見えたくば、最後の番人達を打ち負かし、その力を証明せよ』

 

「「……。」」

 

 三人とも押し黙る。この門の先に反逆者の住処があるのは間違いなさそうだが、やはり簡単には通れなさそうだ。

 しかも、門に書かれたサイバトロン文字も気になる。何故他の惑星の文字が反逆者の拠点に刻まれていたのだろうか。流石の亮牙も一抹の不安を感じ、二人に話しかけた。

 

「二人とも下がっていろ。これまでの迷宮とは明らかに何か違う。俺が元の姿に戻って蹴散らすから…」

「それは無しだよ、亮牙」

 

 ハジメがそう言って言葉を遮った。亮牙は親友の顔を見た。その表情は覚悟を決めたのか、今までよりも一層逞しく感じるものだった。ユエも同じ表情で扉を睨みつけていた。

 

「ここまで来た以上、覚悟は出来てるよ。それに、もう君だけに頼りっぱなしが嫌だから、僕は今日の今日まで自分を鍛えてきたんだ。何が来ようが、打ち負かすだけだ!」

「ん!私も、自分だけ、隠れてるつもりはない!」

 

 仲間達にそう言われ、亮牙も腹を括り、力強く答えた。

 

「野暮な質問だったな。じゃあ行くぞ!」

 

 そして彼らは、三人揃って扉の前に行くために、最後の柱の間を越えた。その瞬間、彼らと扉の間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

 ハジメと亮牙はその魔法陣を見て、奈落へと落ちたあの日に自分達を窮地に追い込んだあのトラップを思い出した。だが、眼前の魔法陣は直径30mとその時の三倍もある上に、構築された式もより複雑で精密なものとなっていた。とてもベヒモス程度の敵が出て来るとは思えなかった。

 その光景にハジメが警戒を露わにして顔を引きつらせ、ユエは決然とした表情でハジメの裾を握み、亮牙はグリムロックとしての姿に戻り身構えた。

 魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放つと、三人は咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにした。光が収まった時そこに現れたのは、四足歩行に六つの頭と長い首、鋭い牙に赤黒い眼を持つ、全長30mにもなる大蛇のような魔物だった。地球の伝承で例えるなら、ギリシャ神話で英雄ヘラクレスが戦ったヒュドラだろう。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の咆哮を上げながら、ヒュドラは六対の眼光でグリムロック達を睨み付けた。その瞬間、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気が彼らに叩きつけられるが、三人は決して臆さない。

 赤い紋様が刻まれた頭部が口を開くと、もはや炎の壁とでも形容すべき火炎放射を放った。しかし、ハジメとユエは瞬時に飛びのいて回避した。一方グリムロックは避ける必要などないと言わんばかりに、そのまま真っ向から炎の壁に突っ込んだ。二人とも彼なら大丈夫だと分かっていたので取り乱す事もなく、ハジメが即座にドンナーで赤頭を吹き飛ばした。

 

「まず一つ‼︎」

 

 そうハジメがガッツポーズをとっていると、白頭が咆哮を上げたと思ったら、たちまち吹き飛んだ赤頭が見る見るうちに再生し復活した。それと同時にグリムロックが右拳をモーニングスターに変形させながら、炎の壁を突き破って飛び出した。

 

「亮牙!白いのが回復役だ!」

 

 ハジメの言葉にすぐに頷いた亮牙は、白頭に向かって右腕を振りかぶった。緑頭がそうはさせまいと言わんばかりにグリムロックに攻撃しようとするが、ユエの氷弾で吹き飛ばされた。

 白頭がすぐに再生させようとするが、それより先にグリムロックが右ストレートをお見舞いする。しかもただのストレートではなく、拳のモーニングスターが手首から離れてフレイルのようになり、さながらロケットパンチのようだ。

 その間に盾役であった黄頭が割り込み、頭を一瞬で肥大化させて淡く黄色に輝いた。しかし、それは誰にも気付かれることはなかった。グリムロックの拳は容赦なく黄頭を貫き、そのまま後ろの白頭まで容赦なく吹き飛ばしてしまったからだ。

 残った頭は信じられない光景に唖然としたが、その隙をついたハジメがフラム鉱石を用いた焼夷手榴弾を投げつけた。グリムロックが右拳を引き戻した直後、焼夷手榴弾が爆発して摂氏3000度の炎がヒュドラを襲い、更にユエが容赦なく巨大な竜巻を発生させる風魔法「嵐帝」を放つと、その場に巨大な炎の竜巻が発生した。呑み込んだすべてを焼き尽くす様な業火の嵐にさらされ、残った頭部が絶叫を上げ、胴体ごと消し炭になっていった。

 炎の竜巻が消失した頃には、ヒュドラは全身のほとんどが焼け爛れており、頭部は全て焼き尽くされてどれがどの頭か判別がつかなくなっていた。

 

「…勝ったのかな…?」

「…ん、恐らく…」

 

 ハジメとユエが恐る恐ると言うように呟く。グリムロックは油断なく睨みつけていたが、ヒュドラはピクリとも動かなかった。

 自分達の勝利を確信すると同時に、ユエは満足げに息を吐き、ハジメもサムズアップしながら彼女の元に歩き出した。

 

「ハジメ!」

 

 だが次の瞬間ユエが叫び、ハジメが思わずと言うように彼女の視線を追うと、胴体部分から銀色に輝く七つ目の頭が音もなくせり上がり、そのまま口を開いて二人を飲み込むように極光を放とうとした。

 

「グルアアアアアッ‼︎」

 

 グリムロックは唸りながら瞬時にドラゴントゥースメイスを取り出し、そのまま銀頭に目掛けフルスイングした。グシャアッっという轟音と共に銀頭は吹き飛ばされ、血と肉片が周囲に飛び散った。ヒュドラの巨体は今度こそぐらりと傾ぎ、地響きを上げて地面に崩れ落ちた。

 その轟音にハジメとユエはようやく状況を把握し、そんな彼らにグリムロックが語りかけた。

 

「二人とも、怪我はないか?」

「あ、ありがとう亮牙、助かったよ…」

「…ごめんなさい。私が油断したばっかりに…」

 

 ユエがしょぼんとした様子で謝り、ハジメもバツが悪そうに頭を掻いた。しかし亮牙はまだ警戒を緩めていなかった。

 

「構わん。それよりまだ気を抜くな。扉に書いてあった通りなら、まだ戦いは終わってないぞ…」

 

 そう言われた二人は直ぐに体勢を立て直し、身構えた。

 確かに扉には番人達と書かれていた。今倒したヒュドラは複数の頭を持っていたが、それを複数としてカウントするなら、扉は開いてもおかしくない筈だ。しかし扉は開く様子はない。となると、まだ番人がいるという事になる。

 三人が警戒する中、空間の中央付近に再び魔法陣が出現した。今度の魔法陣はベヒモスのものの1.5倍ぐらいの大きさで、ヒュドラのものに比べると小さかった。

 しかし三人は気を抜けなかった。何故ならその魔法陣は全部で六つも現れ、そこに書かれている構築式には、扉に書かれていたものと同じく、サイバトロン文字が刻まれていた。

 

「「「「「「グオオオオオオッ!!!」」」」」」

 

 そして六つの青い光が輝くと、そこから六つの人影が現れた。しかしそれは人間ではなく、身長15m近くにもなる金属の巨人であった。

 普段のハジメならその光景にオタク魂を刺激され興奮していただろうが、流石の彼も今はそんな気にはなれなかった。六体の巨人は親友よりは小柄だが、毒々しいカラーリングや刺青のように体に刻まれたサイバトロン文字が、近寄りがたい不気味な雰囲気を醸し出していたからだ。

 

「…お前ら、サイバトロン人なのか⁉︎何故こんな所にいる⁉︎」.

 

 グリムロックは警戒しながらも、その六体に問いかけた。ハジメもユエも警戒する。

 その問いかけに対して、六体の巨人は片言な喋り方で応答した。

 

「我ら、生まれはサイバトロンに非らず。我、スラッジ」

「我、ブリストルバック」

「我、ワイルドフライ」

「我、バードブレイン」

「我、アイスピック」

「我、スカウル」

「「「「「「「我ら、オスカー・オルクスより生み出されし、最後の番人なり。挑戦者達よ、力を示せ」」」」」」

 

 そう言うと彼ら六体は人型からそれぞれ、金属のパーツを寸断・組み替えながら変形していった。

 初めて見るその光景にハジメとユエが驚愕し、グリムロックがドラゴントゥースメイスを構えて警戒する中、六体は金属の獣へと変身を遂げた。その姿は、今まで彼ら三人が見てきた魔物達に似た者もいれば、全く見たことない魔物の姿をした者もいた。

 しかし、六体は攻撃的な姿になったのに飛び掛かろうとせず、三人は疑問に感じた。しかし、それは間違いだった。

 

「「「「「「我ら、六つで一つの存在、個を超越せし存在なり」」」」」」

 

 再び六体の体が変形を始めたが、今度はまた違ったものだった。アイスピックとスカウルが屈強な両脚に、バードブレインが堅牢な腰回りに、ブリストルバックとワイルドフライが逞しい両腕に、そしてスラッジが禍々しい顔つきの頭部と強固な胸部となり、轟音を立てながらまるで積み木を組み合わせるように合体していった。

 そして全て行程が終わった時、そこにはグリムロックよりも巨大な、身長40mはありそうな金属の巨人が現れた。両肩にはブリストルバックとワイルドフライの翼がまるで鎧の装飾のように逆立ち、口からは無数の乱杭歯が剥き出し、両腕の脇にはスラッジの腕がまるでもう一対の腕と言わんばかりに動いていた。

 

「我らこそ、最後にして最強の守護者!この、モンストラクターこそが!!!」

 

 オルクス大迷宮最後にして最強の番人、モンストラクターが今、グリムロック達の前に立ち塞がった。

 




 オリキャラ解説

・魔獣合体兵モンストラクター

反逆者の一人オスカー・オルクスが、六人の協力者達の助力のもとに生み出した、トータス初にして唯一の人造トランスフォーマー六体が合体した姿。
団結の意味合いを込めて合体能力を加えたが、意思の統一を図るために知性を大幅に犠牲としており、片言でしか喋る事が出来ない。

モデルはG1期のプリテンダーモンスター六体が合体した「モンストラクター」。日本国内では『トランスフォーマーV』放送時に、アウターシェルをモンスターからサイボーグ恐竜に変えた恐竜戦隊/ダイノキングとして発売された。
そのためか近年ではダイノボットの新キャラの名前に使われる事が多く、『ロストエイジ』での玩具限定キャラのスロッグが有名。

本作ではIDWパブリッシングのアメコミでの狂戦士というキャラクター像をベースに、スロッグの名前をスラッジ(G1のスラージ)に変えたキャラにしてみました。
外見は、国内未発売のIDWコミック終盤でのモンストラクターをイメージとしています。




感想、評価お待ちしております。


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トランスフォーム

タイトルどおり、遂にあの能力の復活です。

やはりオリジナル展開、戦闘描写は難しい…。


「ゴガアアアアッ!!!」

 

 広場にモンストラクターの雄叫びが響き渡った。その禍々しさは、最初の番人であるヒュドラとは比べ物にならなかった。

 そしてこの合体戦士は拳を三人目掛けて振り下ろした。身長40m近い巨体から放たれる一撃は、グリムロックの腕力を凌ぐのは明らかであった。

 

「ッ⁉︎二人とも、避けろ‼︎」

 

 グリムロックはハジメとユエにそう叫んだ。しかし、二人は動けなかった。

 無理もなかった。此処に来るまで彼らは、どんな困難も乗り越えてきた。故に彼らは自分達なら何でも出来るという傲慢さを抱いていた。

 しかし、目の前の金属の巨人の姿に二人は悟った。所詮自分達は狭い世界で強者を気取っていた、井の中の蛙に過ぎなかったと。

 グリムロックは舌打ちすると、二人を掴んでその場から離れた。直後、モンストラクターの豪腕が先ほどまで彼らがいた場所に振り下ろされ、周囲に衝撃と轟音が響く。

 

「ボサッとするな!死にたいのか⁉︎」

「ご、ごめんなさい…」

「あ、ありがとう亮牙…!」

 

 グリムロックの叱責を受けて二人は漸くはっとなり、身構えた。モンストラクターも体勢を立て直すと、握り締めていた拳を広げた。すると細長い金属が展開していき、その身の丈に匹敵する長大な柄を持つポールアックスが現れた。

 そのポールアックスを握り直したモンストラクターは、挑戦者達目掛けて振り下ろした。グリムロックもすかさずドラゴントゥースメイスを取り出し、その凶刃が仲間達に振り下ろされるのを防がんと振りかぶった。

 

 ガキィン‼︎

 

 金属同士の叩きつけ合う凄まじい轟音が響き、両者一歩も譲らず鍔迫り合いとなる。グリムロックは体格で劣りながらも互角に張り合うが、やはり体格で勝るモンストラクターの方が力が上のようで、徐々に押されていく。

 

「亮牙から離れろ‼︎」

 

 そうハジメが叫び、ドンナーを連射した。今まで多くの魔物を仕留めてきたハジメの相棒だったが、モンストラクターの外装は頑強で、僅かな擦り傷をつけたに過ぎなかった。

 クソッ、とハジメが悪態をつくと、モンストラクターは彼を睨みつけ、グリムロックを蹴り飛ばした。不意の蹴りにグリムロックは大きく吹き飛ばされ、近くの壁に轟音を上げて激突した。

 モンストラクターはハジメに向き直るとアックスを放り投げ、代わりに両腕の前腕から新たな武器を展開させた。それは、まるで軍艦にでも装備されていそうな、巨大な砲塔だった。

 それを見てハジメは血の気が引いた。ゲームやアニメでロボットの持つ銃火器を見て格好良いと思った事は何度もあったが、今目の前に立ちはだかる敵の銃口は明らかに自分に向けられている。何が飛び出すか分からないが、あんな巨大な砲塔から出てくるものが直撃したら、只では済まないだろう。

 

「ハジメ、逃げて!」

 

 ユエが叫び、ハジメは縮地でその場から離れるとほぼ同じタイミングで、モンストラクターの砲塔から攻撃が放たれた。

 放たれたのは砲弾でもレーザーでもなく、液体であった。但し、巨大な砲塔から放たれるだけありその量は膨大で、まるで消防車の放水のようであった。しかも唯の液体ではなく、先程までハジメがいた地点に降り注ぐと、ジュワアアアという音を上げて硬い岩盤すら溶かしていった。

 

「酸か⁉︎もしあんなの喰らってたら…!」

 

 一歩逃げ遅れてたら間違いなく自分は跡形も無く溶かされていただろう。そう考えたハジメは身震いした。

 そこへ体勢を立て直したグリムロックが、モンストラクターへラグビー選手のような強力なタックルを喰らわせた。体格で勝るモンストラクターだったが、突然の不意打ちに体勢を崩して倒れた。

 

「今だ二人とも!俺ごと此奴を攻撃しろ!」

「ッ⁉︎でも亮牙、そんな事したら…!」

「俺に構うな!急げ!」

「…ハジメ、やるしかない…!耐えて、亮牙…!」

「クソッ、死なないでよ…!」

 

 ハジメとユエはグリムロックの指示に従い、モンストラクターへ集中攻撃を喰らわせた。ドンナーの銃弾やユエの魔法がまるで暴風雨の如く襲い掛かる。

 しかし三人はモンストラクターの巨体と強さに気を取られ、この巨人が合体戦士である事を忘れていた。

 

「モンストラクター、セパレート!」

 

モンストラクターはそう叫ぶと合体を解除し、たちまち禍々しい六体のトランスフォーマー達へと戻った。それによりグリムロックが体勢を崩すと、六体の中でも巨体を誇るスラッジとバードブレインが飛び掛かり、ビーストモードの鋭い牙で噛み付いた。流石のグリムロックも苦悶の呻き声をあげて振り払うが、二体はうまく受け身を取ると、小柄故の素早さでグリムロックを翻弄していく。

 ハジメにはアイスピックとスカウルが、それぞれ腕から棍棒や戦槌を展開させて飛び掛かった。ハジメは金剛で防御力を上げて挑むが、両者共に今までの魔物とは比べ物にならない怪力で、似非アルラウネの時のように耐え続けることは難しそうだ。

 そしてユエにはワイルドフライとブリストルバックが襲い掛かった。この二体は飛翔型のビーストモードに変形したため、狭い環境ながらも巧みに飛び回りながら攻撃を仕掛け、流石のユエもうまく狙いを絞ることが出来なかった。

 

「クソ!合体時でも厄介なのに、一体ずつでも強すぎる!」

 

 ハジメが皆の気持ちを代弁するかのように悪態をつく中、再び六体は合体してモンストラクターへと戻った。

 

「諦めるな!合体時は神経や痛覚が共有している!頭か胴体を破壊すれば、六体まとめて倒せる筈だ!」

 

 そう叫ぶグリムロックに、今度はモンストラクターが彼にタックルを喰らわせて押し倒した。すぐに立ち上がろうとしたグリムロックだが、モンストラクターの巨大な足で踏みつけられ、身動きが取れない。

 

「「亮牙‼」」

 

 ハジメとユエが叫び、彼を助け出そうと再びモンストラクターに攻撃を加えた。しかしモンストラクターは鬱陶しそうに二人を睨みつけると、口を大きく開けた。

 

「マズい!逃げろ!」

 

グリムロックが叫んだが遅かった。モンストラクターは口から大量の酸を吐き出し、ハジメとユエを飲み込んだ。

 

「ハジメ!ユエ!」

 

 グリムロックは二人の名を叫びながらモンストラクターの足をどかそうとするが、この合体戦士は更に体重をかけて踏みつけてくるため、中々抜け出せない。

 やがてモンストラクターが口を閉じて酸の放出が治まると、二人の姿が現れた。

 

「ぐ、くぅ…!」

「う、うぅぅ…!」

 

 結論から言うと二人は生きていた。モンストラクターの酸を浴びせられる直前、ハジメはユエを庇うように立ちはだかると錬成で地面の岩盤を操り、咄嗟に障壁をつくることで身を守ったのだ。

 しかし、先程の攻撃から判るようにモンストラクターの酸は強力で、たちまち障壁は溶かされてしまった。ユエは自動再生能力で回復しつつもダメージは酷く、ハジメに至っては金剛を使ったものの、顔の右半面を含め体の大部分が酷い火傷のような状態となっていた。

 そんな二人の姿に、モンストラクターは勝利を確信したような禍々しい雄叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 親友達の無残な姿に、グリムロックの脳裏にあの日の記憶が蘇った。6600万年前、あの忌々しい創造主が起こした恐竜絶滅の日だ。

 自分達は平穏に暮らしていただけなのに、理不尽にその日常を奪われ、気づけば自分は異形へと変えられサイバトロン星へと連れて行かれた。今でも忘れられない屈辱だが、それよりも彼が忘れられないのは妻と子ども達の最期だ。まだ子ども達は幼かったが、創造主は容赦なく彼らを虐殺した。変わり果てた三頭の遺体の姿に、家族をこんな目に遭わせた創造主、そして何より家族を守れなかった自分が許せなかった。

 そして今、人間の姿になって初めて親友となり、兄弟同然に育った少年が、この世界で最初の友人となった少女とともに、傷つき倒れている。だというのに、自分はその下手人に無様に踏みつけられたまま、何一つ出来ない始末である。

 何が伝説の戦士だ!また大切な者達を守る事も出来ず、無様を晒すだけなのか⁉︎

 巫山戯るな!あんな思いは二度としない‼︎

 グリムロックは怒りに身を震わせた。その憤怒の炎は、檜山に奈落へ突き落とされた時より、更に燃え上がっていた。全身から怒りが具現化したかのように蒸気が噴き上がり、彼は渾身の力を込めて、地震を踏みつけるモンストラクターの足を持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンストラクターの雄叫びを聞き死を覚悟していたハジメとユエだったが、突如として敵の体が揺れたのでその足下を見ると、踏みつけられていたグリムロックが凄まじい形相で、彼自身を踏みつけていた足を持ち上げていたのだ。その姿に、二人は体が痛むのも忘れて驚愕していた。

 

「ゴガアアアアッ‼︎」

 

 グリムロックは唸り声を上げながらモンストラクターの足を持ち上げると、そのまま力任せに投げ飛ばした。流石の巨人も堪らずひっくり返り、そのまま合体を解除して元の六体に分離してしまった。

 

「俺の仲間は、もう二度と、誰にも奪わせねぇ‼︎仲間を傷つける奴は、俺が許さねえ‼︎」

 

 彼は凄まじい形相でそう叫んだ。だが、それだけでは終わらなかった。

 

「グリムロック 、変身(トランスフォーム)‼︎」

 

 そう叫ぶとグリムロックは、地面を殴りつけるかのように腕を振り下ろした。すると、彼の全身は寸断・展開を繰り返していき、元の騎士の甲冑のようなフォルムから大きく変形していった。

 やがて全ての変形が終わった時、彼の外見は大きく変貌していた。地面に振り下ろした両腕は力逞しい後脚となり、巨体を支えていた両足は長い尾と新たな胴体の一部へと変わり、小さいながらも鋭い鉤爪のある前足が生えていた。更に頭部には西洋のドラゴンのような一対の角が生え、巨大な口には刀剣のような鋭い牙が無数に並んでいた。

 ハジメはその姿に恐竜の王ティラノサウルスを思い出した。図鑑や映画で何度も見た事があり、似非アルラウネの階層ではそっくりな魔物も見た。しかしそれらより桁外れに大きく、優に全長40mに達しているだろう。ユエも初めて見る巨大な金属の竜の姿に、茫然としていた。

 ダイナボット騎士団グリムロックが、遂に本来の能力を取り戻したのである!

 

「グオオオオオオオオ!!!!」

 

 まるでモンストラクターへの意趣返しと言わんばかりに、グリムロックは怒りの咆哮を広間全体に響かせた。その声に、六体の番人は一瞬恐怖で体を震わせたが、直ぐに冷静さを取り戻し、飛び掛かった。

 まず先程と同様に、ビーストモードになったスラッジとバードブレインが襲い掛かったが、グリムロックは強靭な尾で二体を薙ぎ払った。二体は苦悶の声を上げながら壁まで吹き飛ばされた。

 続いてアイスピックとスカウルがロボットモードになり、それぞれ武器を手に取るとグリムロックに殴りかかった。今度は攻撃は当たったが大したダメージとならず、グリムロックはアイスピックに噛み付いて振り回し、スカウルに投げつけた。

 ワイルドフライとブリストルバックは空中からの攻撃を仕掛けようとするが、グリムロックはそうはさせんと言わんばかりにレーザーファイヤーをお見舞いし、二体を撃ち落とした。

 単体で挑むのは不利と判断した六体は、再びモンストラクターへと合体すると、腕から砲塔を展開して酸を放出した。しかしグリムロックも口からレーザーファイヤーを放ち、自身に直撃する前に相殺した。

 モンストラクターは忌々しそうに唸りながらグリムロックを殴りつけるが、グリムロックも負けじと片腕に食らいつき、酸を放出出来ないよう砲塔を噛みちぎった。両者一歩も譲らず、戦いは激しさを増す一方であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、亮牙のもう一つの姿か…」

「凄い…」

 

 モンストラクターの酸により深傷を負ったハジメとユエは、焼けるような痛みを味わいながらも、その戦いに魅入っていた。圧倒的な力同時のぶつかり合い、轟音が響き渡り、まるで神話のようだ。あれを見たら、改めて自分達が井の中の蛙だったと痛感した。

 

「ハジメ、今のうちに…」

「あ、ありがとう…」

 

 そう言ってユエはハジメに神水を飲ませた。幸いにもモンストラクターはグリムロックとの戦いに集中し、自分達の事など眼中にない。悔しいが、回復するには今しかなかった。

 ユエの怪我は再生能力で元に戻りつつあったが、ハジメは重傷であった。ダイナボットの祝福と金剛の技能がなければ、如何に魔物を食べて強化された肉体とはいえ、間違いなく死んでいただろう。

 ハジメは神水を飲み、徐々に回復していった。しかし彼はふと、視界の違和感に気付いた。

 

「クソ、酸が少し右目に入ったか…!」

 

 どうやら顔に酸を浴びた際、僅かに目の中に入ってしまったらしい。技能のおかげで失明には至らなかったようだが、視界がぼやけてしまっている。

 それでも立ち上がり戦いに戻ろうとするハジメだが、ユエが優しく静止する。

 

「ハジメ、無理はしないで…。悔しいけど、あれは強過ぎる…。ここは亮牙に任せよう…」

「ユエ…」

 

 ユエとて我が身可愛さにこう言ってる訳ではなかった。彼女にとっては亮牙も自分を受け入れてくれた大事な友人であり、その彼に任せっぱなしでいる自分が情けなくて堪らなかった。しかし、あのモンストラクターという化け物にはどうしても勝てるビジョンが浮かばなかった。

 ハジメもそれが解るために、反論もできず悔しそうに俯いた。あの怪物の強さは桁外れであり、亮牙が今の姿となっても尚互角に渡り合っている。あんな苛烈な死闘に入り込める自信がなかった。

 ここはいつものように、亮牙に賭けるしかない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでいいのかよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、ハジメの脳裏にそんな考えがよぎった。

 確かに亮牙は強い。今でも自分の一歩先を進んでいる。だが、彼はそれでも自分を見下したりなどせず、いつも自分の才能を認め、信じてくれてきた。なのに自分は、今日の今日までその才能を活かし、彼に報いた事があっただろうか?

 そもそも、檜山によって奈落に突き落とされた事件自体、元はと言えば白崎香織の事を自分がしっかり拒絶しておかなかった事も悪いんじゃないだろうか?もっと自分がはっきり彼女を拒絶しておけば、自分の巻き添えで亮牙までもが謂れのない中傷を受ける事も、あんな目に遭わされる事もなかった筈だ。自分が落ちたのは亮牙を助ける為だったが、亮牙自身は自分を巻き込んでしまったと、今でも己を責めているのは分かっている…。

 共に此処から脱出すると誓ったあの日、もう親友の足手纏いにはならないと決めたのに、親友が命がけで戦っている中、自分はまた何もせず見ているだけなのか?

 いや駄目だ!例えどんな奴が相手だろうが、亮牙が更に強くなろうが関係ない!もうただ後ろで守ってもらうだけなんて御免だ!本当の親友なら、どんな時であろうと支えてあげるべきだろう、南雲ハジメ‼︎

 

「「ゴガアアアアアアア‼︎」」

 

 ハジメはグリムロックとモンストラクターを見た。両者ともに凄まじい雄叫びを上げながら、その巨体をぶつけ合っている。

 その姿に本能的な恐怖を抱きつつも、彼は立ち上がり身構えた。

 

「…ユエ。僕は、亮牙の援護に行くよ…!」

「ッ⁉︎ハジメ、でも…⁉︎」

「分かってる…。あのモンストラクターって奴は強いし、今でも怖くて堪らない。ここは亮牙に任せたほうが良いのかもしれない…。でも、僕にとって彼は、たった一人の大切な親友なんだ…!今まで彼のおかげで何度も助けられてきたし、今もこうして守られてるのに、僕はまだ何一つその恩に報いることが出来てない!親友が命懸けで戦ってるのに、これ以上頼りっぱなしなんて男が廃る!ここで逃げるわけにはいかないんだ‼︎」

 

 そう叫びハジメはモンストラクターを睨みつけた。その顔は子どものものから、覚悟を決めた戦士のものへと変身していた。

 惚れた男の覚悟を決めた姿に、ユエは見惚れつつも自問自答した。

 確かにあの巨人は恐ろしい。恐怖を感じるなと言う方が無理だろう。ハジメとて今なお恐れているのが分かる。

 しかし、彼はそれでもなお、大切な親友の為に勇気を奮い立たせている。なのに自分は逃げるのか?惚れた男の覚悟に泥を塗るつもりか?それに今戦っている亮牙だって、自分を助けてくれた恩人で、大切な友人だ。

 なら逃げちゃ駄目だ!女だからって、見てるだけじゃ何にもならない!

 

「…なら、私も戦う。私にとっても、亮牙は大切な友達。私の命、ハジメと亮牙に預ける!」

「ッ、ありがとう…!僕に作戦があるんだ。力を貸してくれる?」

 

 そう言ってハジメは自分の作戦をユエに伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、グリムロックは苦戦していた。ビーストモードに戻ってからは互角に渡り合えているが、この合体戦士を倒すにはまだ決定打に欠けていた。

 レーザーファイヤーだけでは致命傷とはならないし、頭を噛みちぎろうにもその豪腕で尽く防がれてしまう。しかし六体に分離されてから倒すのは厄介なので、合体時のまま一気に止めを刺すしかない。

 その時、広間にハジメの大きな声が響いた。

 

「亮牙!下がって!」

 

 その声にグリムロックは一瞬驚いたが、ハジメがこんな時に意味もないことを指示するとは思えない。何か策があるのだろうと考え、彼は言う通りにした。

 モンストラクターはその後を追いかけようとしたが、急に体勢が崩れた。

 

「グ、グオオオオオッ⁉︎」

 

 驚いて足下を見ると、地面が大きく崩れて、その巨体の半分が地中に埋もれていた。近くではハジメが地面に手を触れながら、してやったりと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 そう、ハジメはモンストラクターの身動きを封じんと、自らが最初に持っていた最初の技能である錬成を使い、巨大な落とし穴を掘ったのだ。作戦は上手くいき、モンストラクターは下半身が地中に埋まい、この状態なら少なくとも下半身の三体は分離しても出られない筈だ。

 しかし、彼の作戦はこれだけではなかった。

 

「今だユエ!分離できないように凍らせて!」

「ん!凍柩!」

 

 ハジメの号令とともに、ユエは体に残る魔力を使い切る勢いで凍柩を放った。モンストラクターは逃れようと暴れるも、下半身が埋まった状態では上手くいかず、地上から剥き出しになった上半身がたちまち凍り付いていった。

 それでもなお、口から酸を吐いて氷を溶かすことで頭部までの凍結は防ぎ、忌々しそうにハジメとユエを睨みつけた。しかし、二人は怯まなかった。ハジメはシュラーゲンを撃ち、ユエは緋槍を放つことで、正確無比にその禍々しい両眼を撃ち抜いた。

 

「グギャアアアアアアッ!!?」

 

 両眼を潰され、モンストラクターの悍しい悲鳴が響き渡った。最早この怪物は、周囲の状況を見渡すことが出来ない筈だ。

 

「亮牙、今だ!止めを刺して!」

「ん、亮牙!お願い!」

 

 そうハジメが叫んだ。自分達ではこの怪物に致命傷を与えられない。なら、持てる限りの力を以って、その動きを封じる。全ては亮牙が止めの一撃を放つために。

 そして今、後退していたグリムロックは二人の奮闘を見守っていた。二人とも持てる魔力の全てを注ぎ込んだらしく、相当疲弊しており息も絶え絶えだ。

 ここまでお膳立てしてもらった以上、ここで決める!

 グリムロックは全身のエネルギーを口へと巡らせていった。膨大なエネルギーが溜まっていき、口から炎が漏れ出す。そしてその強靭な後脚で地面を蹴り上げ、彼はモンストラクターの喉元に喰らい付いた。

 

大炎爆発(ビッグファイアボム)‼︎」

 

 その瞬間、グリムロックを中心として大爆発が起き、周囲に爆風が吹き荒れた。ハジメとユエはお互いの手を繋ぎながら、ハジメが咄嗟に作った障壁に隠れ、吹き飛ばされないようにした。

 やがて爆風が止み、二人は恐る恐る爆発の中心地を見た。徐々に土煙が収まっていき、戦いの結末が明らかとなった。

 そこにはバラバラに吹き飛ばされたモンストラクターの死骸が横たわり、その頭の残骸をグリムロックが誇らしげに咥えていた。彼は敵の首を吐き捨てると、その胴を片足で踏み付け、勝利を宣言する雄叫びを上げた。

 

「グルォオオオオオオオオオッ!!!」

 

 その姿にユエと共に目を奪われつつも、ハジメは彼らしくもない不敵な笑みを浮かべながら呟いた。

 

「やっぱ凄えよ亮牙は…。だけど、必ず追いついて見せる!」

「ん、ハジメ、その意気…!」

 

 決意の籠もった瞳でそう呟くハジメの姿を、ユエは頼もしそうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 




モンストラクターの酸はテックスペックとアメコミから、武器のポールアックスはアニメでのダイノキングの武器を参考にしました。

スカウルとアイスピックの武器も、『アドベンチャー』のスカウルとアニメ版のゴウリュウのオマージュです。

感想、評価お待ちしてます。


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最奥の真実・前編

今回は前後編に分けて、何故グリムロックが人間となったか、その理由が明かされます。
原作崩壊、オリジナル設定ありです。

なお今更ですが、作者は『零』は未読です。そのため解放者にオリジナル設定があります。


 グリムロックは雄叫びを上げ終えると、ハジメとユエの元に向かっていき、二人の安否を確認した。

 しかし、その口調に二人は硬直した。

 

「俺グリムロック、ハジメとユエ、大丈夫か?」

「「……はい?」」

 

 なんと、グリムロックは片言口調になっていたのだ。しかも、その厳しい外見とは裏腹に、何処か愛嬌のある喋り方だった。

 これには流石にハジメとユエも呆気に取られる。

 

「…えっと、亮牙。頭でも打った?」

「俺グリムロック、頭なんか打ってない。俺グリムロック、石頭でとても強く硬いぞ!」

「いや、じゃあどうしたのさ、その口調…」

「…なんか、可愛い」

 

 ハジメは頭でも打ったのではないかと問いかけるが、グリムロックは同じ口調でそんな事はないと言った。あまりにもシュールな光景に、ユエは率直な感想を述べた。

 やがて、グリムロックは変形してロボットモードになり、そして再び人間の姿に戻った。

 

「よし、この姿で喋った方がいいな」

「あ、元の口調に戻った」

「あの~、亮牙君やい。なんでさっきは口調変わってたの?」

「ああ、俺の場合はオルトモードになった時の方がパワーが増すんだが、その時は全身のエネルギーが攻撃に回っちまって、頭脳に回るエネルギーは最小限のレベルにまで低下するから、知能も恐竜時代のレベルになっちまうんだ。前までは話すことすら出来なかったからな」

「「成る程…」」

「それよりも二人とも大丈夫か?特にハジメ、その顔…」

「ああ…。なんとか失明はしなかったんだけどね…」

 

 そう言いながら苦笑するハジメ。彼は失明こそしなかったが、顔の右半面は火傷したような痕が残り、右目もかなり視力が落ちていた。

 親友のそんな姿にグリムロックは小さく呻き声を上げ、申し訳なそうに頭を下げた。

 

「ごめん、俺がもっと気をつけていれば…」

「ううん、気にしないで。元々彼奴と戦うまで少し天狗になって油断していたところもあるから、これはある意味僕の自業自得みたいなものだよ。体の方は大丈夫だからさ」

「ん、私も少し自惚れて油断してた…。私達のために精一杯戦ってくれた亮牙は何も悪くない」

 

 ハジメもユエにそう言われ、亮牙も小さくそうかと呟き、顔を上げた。

 すると、広間の奥の扉に変化が起きた。扉はギゴガゴゴと機械的な音を上げながら、小さなパーツへと寸断・折り畳まれていき、やがて完全に開かれた。

 あまりにも予想外な開き方に、まずハジメの口が開いた。

 

「…え?そう言う開き方だったの⁉︎」

「やっぱり、作りはサイバトロン式だな…」

「…でも、何も出てくる様子がない。中に入れって事…?」

「恐らくな。此処がユエの言ってた反逆者、扉に書かれていたオスカー・オルクスの住処か…」

 

 そう言って3人はちらりと顔を見合わせると小さく頷き、扉の中に入った。そして中の光景に目を奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず目に入ったのは天井高くに浮かぶ円錐状の物体で、底面には煌々と輝く球体が浮いていた。僅かに温かみを感じる上、蛍光灯のような無機質さを感じないため、思わず太陽と見間違うほどだ。

 

「まさか、人工太陽⁉︎どんな技術力だよ!」

「凄いな…。世界の創造主に歯向かっただけはある…」

「…ん、二人とも、水の音がする」

 

 ユエの言葉に耳を澄ますと、確かに心地良い水の音がした。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は天井近くから大量の水が滝のように流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいた。よく見れば魚も泳いでおり、もしかすると地上の川から流れてきたのかもしれない。

 川から少し離れたところには大きな畑や家畜小屋もあった。当然何も植えられてはおらず、動物の気配もしないのだが、素があればここだけでなんでも自炊できるだろう。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えていた。

 

「住処であることに間違いなさそうだな…」

「だね。何かあるとすれば、あの家かな?」

「ん…」

 

 そう言って亮牙達は、視線の先にある三階建ての白い清潔感のある建物に、油断せず慎重に扉から中に入っていった。扉の先のエントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。

 三人は取り敢えず一階から見て回り、暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレを発見した。人の気配は感じないが、室内の管理維持はなされているのか埃が積もった形跡はなく、何れの家具も長年放置されていたような気配はなかった。

 さらに奥に行くと、そこには大きな円状の穴があり、その淵には獅子に似た動物の彫刻が口を開いた状態で鎮座していた。彫刻の隣には魔法陣が刻まれており、ハジメが試しに魔力を注いでみたら、獅子の口から勢いよく温水が飛び出した。

 

「まんま風呂だな。数ヶ月ぶりに風呂に入れるぞ」

「お、いいね。僕も流石に痒くなってきたからねぇ…」

 

 墜落してから数ヶ月ぶりに入浴できそうな事に、亮牙と共に顔を綻ばせるハジメの姿を見て、ユエが妖艶な雰囲気を醸し出しながら一言尋ねた。

 

「…ハジメ、一緒に入る…?」

「…あの〜ユエさん。たまには親友同士でゆっくりさせてくれない?」

「悪いなユエ、男同士で過ごしたい時もあるんだ。なに、次入る時はハジメと一緒で構わねえから」

「ちょっ、勝手に決めないでよ!」

「いいじゃねえかよ、減るもんじゃねえんだし。まあ入浴中にヤりたいなら俺が入ってからにしろよ」

「だからセクハラは止めろって‼︎」

 

 ハジメが顔を真っ赤にしてツッコむ中、ユエは密かに亮牙の株を激増させていた。

 二階には書斎や工房、貯蔵庫らしき部屋を発見したが、どちらも封印がされているらしく開けることはできなかった。

 そして三階に上がると、そこは一部屋しかなく、扉を開けると部屋の中央の床に、直径7~8m程の精緻で繊細な魔法陣が刻まれていた。その魔法陣の向こう側には、豪奢な椅子に一人の遺体が座っていた。遺体は既に白骨化し、黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っており、更にその手には、青白く輝く結晶体の入った黄金色の容器が握られていた。苦しんだ様子もなく座ったまま果てたその姿は、まるで誰かを待っていたかのようだ。

 

「此奴が反逆者オスカー・オルクスか…。でもなんでこんな所で死んでるんだろう?普通寝室とかそう言う所じゃない?」

「確かに怪しい…。どうする?」

「…近づいて調べるしかなさそうだな。だが何があるか分からん。俺が行くから二人は待機しててくれ」

「OK、気をつけてね」

 

 そう言うと亮牙は魔法陣へ向けて踏み出し、中央に足を踏み込んだ。その瞬間、カッと純白の光が爆ぜ、部屋を真っ白に染め上げた。あまりの眩しさに三人とも目を細めるが、直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように今まで体験してきたことの光景が駆け巡った。

 やがて光が収まり、亮牙達が目を開けると、目の前に骸と同じローブを羽織った黒衣の青年が立っていた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

 その青年の正体は三人が推測した通り、反逆者オスカー・オルクスであった。

 

 「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君達の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか、メッセージを残したくてね…。このような形を取らせてもらった。そしてこのメッセージが流れると言うのなら、君達は私が作った番人、モンストラクターを撃破したと言う事。それは即ち、いるんだろう…。このトータスとは異なる世界、サイバトロンを生きた金属生命体が」

 

 その言葉に三人は目を見開いた。やはり、オスカー・オルクスはサイバトロン星に関する知識を知っていた。しかし何故…。

 

「モンストラクターの強さは人間と言う存在のみではほぼ突破不可能と言っていい。撃破するにはトランスフォーマー、それも相当な実力者の助力が不可欠と言う難易度だ…」

「何故トランスフォーマーの事を…?お前は一体…」

「疑問に思うだろう。なぜそんな事をしたのか。なぜ君の事を知っているのか、教えよう…。我々に何があったのか、この世界に何が起きているのかを…」

 

 そしてオスカーは、自分達の真実、狂った神とその子孫達の戦いの物語を語り出した。

 神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。理由は様々だが、一番の理由は「神敵」だからというものだ。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族・国がそれぞれに神を祀っており、その神からの神託で争い続けていたのだ。

 だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時、解放者と呼ばれた集団である。

 彼らは、全員が神代から続く神々の直系の子孫であるという、共通の繋がりがあった。そのためか解放者のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促しているという事実を知ってしまった。解放者のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えかね、同志達を集めたのだ。

 だがそれと時を同じくしてトータスに、並みの魔物よりも強大な力を持つ、六人の金属の巨人達が現れた。最初は敵かと思われたが、この六人はその外見とは裏腹に理知的で気高く、解放者達と共に戦う道を選んだ。

 その言葉に亮牙は大きく目を見開いた。金属の巨人、それも六人かつ理知的な存在と聞き、その脳裏にはかつての盟友達の姿が浮かんだ。彼がまさかと呟いた瞬間、まるでその通りと言うようにオスカーは口を開いた。

 

「ここから先の事は彼ら六人に直接聞いてくれ」

 

 そう言った瞬間、オスカーの遺体が持つ容器の中の結晶体が輝き、オスカーの映像の前に光が集まっていき、六つの姿が現れていく。

 その六人はグリムロックには劣るものの、曲線的なパーツで構成された、身長10mは超える黒い痩躯の巨体を持っていた。その顔は古代エジプトのファラオの如く縦長で、顔周りや背骨沿いに羽根やピアスのようなパーツが蠢いていた。一見すると異形の怪物に見えるが、その六人からはそのような邪悪な気配は感じられず、寧ろ気高さすら感じられた。

 その姿に亮牙は驚愕しつつも、古い友人達に会えたかのように、心底懐かしそうな顔をして近づいた。

 

『久しいなグリムロック。偉大なる盟友よ。我ら六人、この日を待ちわびたよ』

「ああ、まさかアンタ達とこんな形で再開するとはな…。我が盟友、偉大なる最初のプライム達よ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの言葉にハジメとユエは目を見開いた。最初のプライム達とは、前に亮牙が教えてくれた、サイバトロン星の最初の統治者達だ。

 しかし聞いた話では、彼らは遥か昔に地球で亡くなった筈だ。それに、これは記録映像の筈なのに、まるで普通に受け答えしているようだ。何がどうなっている…?

 二人の混乱していると、代弁するように亮牙が問いかけた。

 

「しかし、何故アンタ達がここに?俺の記憶が正しければ、アンタ達は何万年も前に地球で亡くなった筈だが…」

『然り。我らはあの戦いの後、リーダーのマトリクスを封印するために自ら命を絶った。暫くはマトリクスにその魂を留めていたが、マトリクスが正しき者の手に渡った事で役目を終え、オールスパークに還る筈であった…』

『…しかし運命は時を選ばずして訪れるものだ。我らはオールスパークに還ることはなく、再びこの異世界トータスにて生を受けたのだ。そして彼ら、解放者達と出会った』

『最初こそ彼らは、我らを邪悪な神々の同胞ではと勘違いしていたが、話し合いの末に誤解は解けた。そして彼らから、このトータスの現状を知らされた。我らもまた、エヒト達神々の所業を許す事は出来なかった。だからこそ、彼らに協力し、神々と戦う道を選んだのだ…』

 

 話を聞いて三人は驚愕した。どうやら彼らは転生という形で、この世界に迷い込んだらしい。まさかエイリアンのロボット達まで転生するなんてな、とハジメは内心苦笑していた。

 そんな彼らに、古代のプライム達が語り掛けた。

 

『自己紹介が遅れてすまない。我々については既にグリムロックから聞いているかもしれないが、我々はかつて、サイバトロン星を治めたプライム王朝の統治者だ。私はリーダーのプライマ』

『同じくベクター。時空の管理人なり』

『同じくソロモス。知恵を司るプライムだ』

『同じくアルケミスト。名前の通り技術者だ』

『…オニキス。獣の形態を持つ者だ…』

『そして私はモーティラス。生と死を司るプライムだ』

「ど、どうも、南雲ハジメです…」

「…ユエ、はじめまして」

 

 その厳めしい外見とは裏腹に紳士的な口調に、ハジメとユエは一瞬呆気にとられたものの、直ぐにハッとなり、緊張した様子で挨拶した。そんな二人をプライム達は優しそうな目で見つめながら再び話しかけた。

 

『畏まる必要はない。我々とは別の時空の地球人、そして最後の吸血鬼族、アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタールよ』

「ッ、どうしてそれを⁉︎それに今のって、もしかしてユエの…」

「ん、私の本名…!何故あなたたちが知っているの…⁉︎」

 

 プライム達の言葉に二人は驚愕した。彼らはハジメが異次元の地球出身であること、そしてユエの本名を知っていた。なぜそこまで知っているのか。

 亮牙自身もこれには驚いていた。しかし、プライム王朝に永年仕えてきた経験から、彼らがこのような真似をする理由が分からなかった。そこて、再び彼らを問いただした。

 

「なぜ二人のことを知っている?…まさか、俺がこの姿に変わり、ハジメの世界に飛ばされたことも、あんたたちが関係しているのか?」 

『ああ、その通りだ。君がその姿になったのも、そして別次元の地球に飛ばされたのも、我々が大きく関わっている。…だが、これだけは信じてほしい。我々は決して悪意があってこのような真似をしたのではない…』

 

 そしてプライム達は再び語り始めた。

 解放者の仲間となった彼らは、神の使徒と呼ばれるエヒトの先兵や様々な組織と戦い、解放者の組織を大きくしていった。そして遂に彼らは、エヒト達神々の住処「神域」を突き止め、解放者のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人とプライム達の13人を中心に、神々に戦いを挑んだ。

 

『だが、予想だにしないことがあった。エヒトもまた、トランスフォーマーを味方につけていたのだ…』

「何だと…⁉︎一体誰が…?」

『君も良く知る男だ。かつて我々が共に倒した仇敵だ…』

「ッ!まさか、奴が…⁉︎」 

『ああ、かつて我々の兄弟の一人、堕落せし者(ザ・フォールン)焔人(ザ・フレイム)、そして最初の欺瞞の民(ファースト・ディセプティコン)と呼ばれた男…』

 

「『メガトロナス・プライム』」

 

 亮牙とプライム達がその名を口にすると、結晶体から新たなトランスフォーマーの姿が映し出された。その姿はプライム達と酷似しているが、その顔は計り知れない悪意と狂気で歪んでおり、古代の王というよりも悪神と呼ぶにふさわしい姿をしていた。

 その姿にハジメとユエは戦慄した。亮牙が前に話した自分語りからその名を聞いてはいたが、いざその姿を見ると、あまりの禍々しさに圧倒されてしまっていた。

 

『メガトロナスは我々の子孫、オプティマスによって倒された筈だった。だが運命の悪戯か、奴もまたこのトータスへと転生し、よりにもよってエヒトと与していた…』

『転生したことで奴は全盛期以上の力を手にし、解放者のほとんどが奴の手にかかり、我々も深手を負わされた。だがオスカー達最強の七人の助力もあり、何とかメガトロナスをエヒトも干渉できない次元の狭間へと幽閉することに成功した。しかし皆ひどく疲弊し、とてもエヒトと戦える状況ではなくなり、一時撤退することで何とか組織を立て直そうとした…』

『…だがエヒトは予想以上に卑劣で狡猾だった。奴は人間達に干渉・洗脳し、我々プライムをこのトータスに仇なす悪神、解放者達をそんな悪神を狂信するカルトとして神敵と認識させ、我々に差し向けた。メガトロナスとの戦いの傷も癒えぬ中、守るべき人々と戦うこともできず、数少ない解放者達は次々と討たれてしまい、とうとう我々とオスカー達の十三人だけにまでなってしまった…』

『オスカー達七人は話し合いの末、次の世代に希望を託す道を選んだ。それぞれ大陸の果てに亡命して大迷宮を創り、自分達の力を譲るにふさわしい強者を見極めるための試練を作ってな…』

『しかし我々はそれだけでは不安であった。メガトロナスが何らかの手段を用いて復活するか、エヒトが奴とは別のトランスフォーマーと与する可能性を危惧し、我々にできる限りのことしようと決意した。我々は自らのスパークをこの「創世のマトリクス(クリエーション・マトリクス)」へと作り替え、そして残った身体を当時のトータス随一の名匠であったオスカーへと譲渡した。彼らの力を託すにふさわしい者達を選別できる迷宮の番人を作れるようにと…』

「なるほど、あのモンストラクターや扉の造りは貴方方から得たものだったんですね…」

 

 そこまでの話を聞き、ハジメは納得したといわんばかりに頷いた。ユエも同様だ。

 亮牙はさらに、まだ残る謎について問いただした。

 

「それで、なぜ俺は人間の姿になって、ハジメの世界に飛ばされたんだ?それにユエについて知っていたようだが、何故だ?」

『そうだな、話を戻そう。君達の事についてな…』

 

 そしてプライム達は語り出した。彼らに隠された驚きの真相について…。

 

 

 

 




オリジナルキャラクター・設定集
~プライム王朝~
実写シリーズでは7人のみで、名前が明かされているのはメガトロナスとプライマのみなこともあり、オリジナル設定のキャラクターにしてみました。

 プライマ・プライム
アメコミなどで最初の13人のプライムの長兄として描かれたトランスフォーマー。最初にマトリクスを継承したとされている。
実写シリーズではアメコミで唯一名前が判明したプライムでもある。

 ベクター・プライム
『ギャラクシーフォース』に登場した時空の番人。時間と次元を操る聖剣「リズリング/Rhisling」を持つ。日本ではベクターソードと訳される。

 ソロモス・プライム
アメコミなどに登場する賢者で、アルファートリン/アルファトライオンと同一人物説がある。
IDWコミックではプライマスに造られた「導きの手」の一柱で、マトリクスへと変わったと謳われているが、なんと後にその正体は首席裁判官タイレストであったと明かされる。

 アルケミスト・プライム
アメコミ起源のプライムで、サイバトロン星の初期の文明を監督したとされる人物。
近年では『パワー・オブ・ザ・プライム』でギルマーのデコイアーマーを持つプライムマスターとして発売されたほか、『サイバーバース』のマカダム校長と酷似しているとの噂もある。

 オニキス・プライム
ケンタウロスとガルーダを足して二で割ったような姿が印象的で、最初にビーストモードを持った者とされている。他の時間・場所・魂・死後の世界までも見通せる仮面「トリプティック・マスク/Triptych Mask」を持っていた。
IDWコミックでは終盤の騒動の黒幕として暗躍していたが、その正体はなんとタイムスリップしたショックウェーブだったという衝撃的な設定となっている。

 モーティラス
ソロモスと同じく「導きの手」の一柱で、死神と謳われる存在。
武力による宇宙の支配を目論んでプライマスに反逆した裏切り者とされてきたが、実際の裏切り者は変形を司る神アダプタスで、濡れ衣だったことが明かされている。
なおその正体は死者の名簿管理人ネクロボットで、伝承でのモヒカンヘッドのゴリマッチョとは正反対な姿だった。


~クリエーション・マトリクス~
マーベルコミックにおけるマトリクスの正式名称。
本作では古代のプライム達が自らのスパークを犠牲に、リーダーのマトリクスを模して作り上げたものとなっている。
なお外見はG1でのマトリクスがモデル。

~グリムロックの性格~
グリムロックは『変形!ヘンケイ!』や『サイバーバース』では変形時に二重人格となる設定で、ロボットモードの時は、前者は侍の様な性格に、後者は気さくな兄貴分といった性格となっている。
『Fall of Cybertron』では元々流暢に喋れる上に知能も高かったが、ショックウェーブの捕虜となって改造された結果、全てのエネルギーを攻撃力に回せるよう、頭脳回路へのエネルギー供給は最低限レベルにまで落とされてしまい脳が低下したという事になっている。
本作ではそれらを組み合わせた上で二重人格として書きました。





感想、評価お待ちしております。


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最奥の真実・後編

はい、後編です。またもや原作崩壊です。

玩具シリーズなどを参考に設定しましたが、かなり無茶苦茶な設定になっているかもしれません(汗)

ご了承して頂けると幸いです。


『先程も述べたが、オスカー達は次の世代に希望を託す道を選び、大迷宮を創った。エヒトの暴虐な支配に抗う者がいつか現れることを信じてな。我々も彼らの意思を尊重するつもりであった…』

『しかしエヒトはこのトータスの創造神として多くの人々からの信仰を得ており、奴を狂信する教会の権威も相当なものであった。故に我々はただ未来を楽観視することは出来なかった。立ち上がってくれる者が現れるその日が来るまで、どれだけの生命がエヒトに弄ばれるか分からなかったからだ…』

『だからこそ、我々はもう一つの策を選んだ。エヒトを討つための援軍として、我々の種族を呼ぶという策をな』

 

 そう言ってプライム達は、グリムロックと仲間のダイナボットの映像を映し出した。

 その映像にはグリムロックだけでなく、肉食恐竜のような顔つきのトリケラトプス、背中に帆の代わりにヤマアラシのような刺を生やしたスピノサウルス、そして双頭の翼竜が映し出されており、ハジメとユエは目を奪われていた。

 しかし亮牙はまだ納得できず、プライム達を問いただした。

 

「成る程、あの時のスペースブリッジはアンタ達の仕業だったのか…。だがまだ納得がいかん。メガトロナスに対抗するなら、奴に引導を渡したオプティマス・プライムを召集した方が手っ取り早いだろうに、何故俺を選んだ?それに、何故俺は人間になった挙句、ハジメの時空に飛ばされたんだ?」

 

 確かにそうだと、ハジメやユエも不思議そうな顔でプライム達を見つめた。それに対し、彼らはすまなそうな表情で答えた。

 

『…確かにオプティマスを召集した方が良かったかもしれない。だが、君も知っての通り、元の時空においてトランスフォーマーという種族は絶滅の危機に瀕していた。多くの地球人から迫害され、サイバトロン星も荒廃している中、良き指導者であるオプティマスが不在となれば、更なる混乱を招き、たちまち絶滅してしまうだろう…』

『それに彼が勝利できたのは、メガトロナスが我々との戦いで負った傷が完全に癒えておらず、全盛期ほどの力を振るえなかったことも大きい。そんな奴を相手にオプティマス以外で戦える戦士は、かつて奴と戦い追い詰めた君達ダイナボットをおいて他にいない』

『エヒトもそうだ。奴はありとあらゆる悪事を思いつく鬼才ではあるものの、その複雑過ぎる知性が最大の短所であり弱点となり得る。奴に対抗するには、古の時代より生き抜き、知性など関係なく圧倒的な力を持つ君達の存在が必要不可欠だと考えたのだ』

「おい、それって遠回しに俺達のこと馬鹿だって言ってないか?」

「まあまあ亮牙。それだけ頼りにされてるってことじゃん」

 

 何か自分が馬鹿だと言われた気がしたのかイラッとする亮牙を、ハジメが苦笑しつつも宥めながら尋ねた。

 

「えっと、亮牙達を選んだ理由は分かりましたけど、どうして彼を人間の姿にして、それも僕の住む時空に送り込んだんですか?それに、君達って言ってましたけど、他のダイナボット達はどうしたんですか?」

「ッ、そうだ!彼奴らはどうしたんだ⁉︎スラッグ、スコーン、ストレイフの三人は⁉︎」

 

 ハジメのその質問にハッとなった亮牙は、三人の盟友の安否について尋ねた。あれから17年、彼ら三体の安否が気がかりであった。

 

『安心してくれ、彼ら三体は無事、このトータスへと来ている。しかし、少し厄介な事になっていてな…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君達を人間へと変えた理由、それは君達を守るためだ』

 

 プライム達のその言葉に、三人は疑問に感じた。一体、人間になる事がどうしてダイナボット達を守る事に繋がるのだろうか?

 プライム達もそれを悟ったのか、その理由について語り始めた。

 

『確かに伝説の戦士である君達を、人間に変える事で守ると言われても意味が分からないだろう。だがこのトータスにおいて、我々金属生命体は異形の存在なのだ。我々が最初に解放者達と出逢った時も誤解されてしまったからね』

『そしてこれがエヒトにつけ込まれる機会を与えてしまった。金属の身体を持つ我々はトータス人達にとっては怪物も同然だ。一度歪と感じれば、そう簡単に受け入れられないのが人の性だ。故に皆エヒトが広めた「悪神」のレッテルを我々に貼り付け、解放者達にも多大な迷惑をかけてしまった…』

 

 そう語るプライム達の表情は、後悔と罪悪感で満たされていた。メガトロナスの一件やこの一件などから、解放者達の敗北は自分達にあると自責の念に駆られているのだろう。

 無論、この件は彼ら六体に何の非もない。悪いのはエヒトと、彼らを見た目で悪と決めつけた当時のトータス人達だ。亮牙は改めてこの世界の連中への怒りを募らせた。ハジメやユエも同様だ。

 

『君達は身体も大きく、オルトモードも恐竜であるが故に、間違いなくトータス人から魔物と同類扱いされていただろう…。だからこそ、君達までもが謂れのない迫害を受けぬよう、このトータスで活動するための生体装甲を造り上げた。我々の至高の力と、解放者の一人ヴァンドゥル・シュネーの力を以ってね』

『最強の七人の一人であったヴァンドゥルは、有機物に干渉する「変成魔法」の使い手でね。彼の助力もあり、君達四体のために初めて出逢った知的生命体に擬態出来る生体装甲を纏わせたのだ。この世界の人々に溶け込めるように』

「…つまり、亮牙が人族の姿になったのは、ハジメの世界には人族しかいなかったからで、もし私の種族と出逢ってたら吸血鬼族になってたの?」

『ああ、その通りだ』

 

 ユエの疑問に対し、プライム達は優しい口調で返答した。だが、次の言葉はまた罪悪感に満ちたものであった。

 

『後は君達四体をこのトータスに召喚するだけだった。我々プライムは、彼ら七人が生きているうちに君達を召集したかった。ただこの世界のためを思って戦い抜いた彼らが、大迷宮で一人寂しく死んでいくのは耐えられなかったからだ。しかし、その焦りが取り返しのつかない事態を招いてしまった…』

「どういう事だ?まさか…⁉︎」

『君の推測どおりだ。幽閉されたメガトロナスが我々への意趣返しとして、君達の転移に干渉してきたのだ。君達を自分のように次元の狭間へと幽閉してしまおうとね』

『我々もそれだけはさせまいと尽力し、何とか君達が次元の狭間に囚われるのだけは阻止出来た。しかしその争いの余波で、君はトランスフォーマーの存在しないハジメの世界へと転移してしまい、残る三体はトータスへと辿り着いたものの、それぞれ違う時代に転移してしまったのだ…』

「「そんな…‼︎」」

 

 話を聞いてハジメとユエは絶句した。亮牙がハジメの世界に来た理由は分かったが、彼の仲間達がそれぞれ異なる時代のトータスに飛ばされてしまった事にショックを受けた。

 亮牙も動揺を隠せなかったが、それでも先程の言葉を思い出し、プライム達を問いただした。

 

「俺がハジメの世界に飛ばされた理由は分かった。あいつらが、バラバラに飛ばされちまったことも…。でも、さっきアンタ達はあいつらは無事だと言ってたが、生きているんだろう?」

『ああ、安心してくれ、三体とも飛ばされた時代はバラバラだが、この時代でもまだ存命している。だが、一番古い時代に飛ばされた者でも、既に解放者達が亡くなって何百年も後の事だった…。これは結果を焦るあまり、無関係な君達を巻き込んだ我々への罰なのだろうな…』

 

 皆黙り込み。暫く沈黙が続いた。やがて、亮牙が口を開いた。

 

「事情は分かったよ。俺が何故人間になり、ハジメの世界に飛ばされたねかな…。確かに勝手に無関係な戦いに巻き込まれた事に思うところがないわけじゃない。だが、アンタ達は他者を救うために自身の命を犠牲に出来るほどの傑物だ。その解放者達を、黙って見殺しには出来なかったんだろ。それに、俺も人間になった時は最初のうちは混乱したが、お陰で良い家族や、ハジメという親友と出会えたんだ。そうした事には感謝してるし、アンタ達を恨む気にはなれねえよ」

『もったいない言葉だ…。かたじけない…』

 

 そう言って彼は優しく微笑んだ。確かに望んだ転移ではなかったものの、そのおかげで啓治、亮子、菫、愁、そしてハジメに出逢えたのも事実だからだ。隣にいるハジメは照れ臭そうにし、ユエはそんな二人を微笑ましげに見つめていた。

 そんな盟友の姿に、自己嫌悪に陥っていたプライム達の心は幾分か救われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひと段落すると、ユエがプライム達に問いかけた。

 

「この世界の真実、そして亮牙の身に起きた事は分かった…。最後に聞かせて。何故貴方達は、私のかつての名前を知っていたの…?」

 

 それは、彼女には無視できない事だった。信じていた身内に裏切られたという辛い過去との決別のために捨てた、ハジメや亮牙にも教えてなかった本名、それを何故この六人が知っていたのだろうか?少なくとも、自分が封印されるまで、彼らトランスフォーマーとは会ったこともなかったし、そのような種族がいた事すら知らなかった。

 亮牙やハジメも同じ気持ちなのか、疑問に満ちた顔でプライム達を見つめた。プライム達は深刻そうな顔つきで答えた。

 

『そうだな。君達三人にも大きく関わる話だ。全ての元凶はエヒトにある。グリムロックにハジメ、何故奴が君達をこのトータスへと攫ったと思う?』

「…貴方方の話を聞いて、エヒトが相当な腐れ外道である事は理解しました。推測するに、トータスでの人々では遊び飽きたから、他人様の玩具で遊びたくなって、僕らを攫ったというところですか?」

「俺も同意見だな。まあ流石にメガトロナスが苦労してこの世界に来ないようにした俺まで召喚したのは、流石に計算外だった気もするがな…」

 

『それもある…。だが奴が君達を攫った最大の理由は、地上に降臨するための「憑代」を探すためだ』

「「「憑代?」」」

 

『ああ、そうだ。改めて教えるが、エヒトは元から神だったわけではない。奴の本名は「エヒトルジュエ」といい、このトータスとは別の世界に住まう知的生命体の一人だった。その中でも奴とその同士達は、世界の真理に至った「到達者」へと上り詰め、神にも等しい力を手にした。しかしその強大な力により自らの故郷を滅ぼしてしまい、このトータスへと転移した。そして創造主を自称すると、様々な種族を創造しては、退屈凌ぎの玩具として弄び続けた…』

『しかし元々が有機生命体故に、エネルゴンの摂取不足さえ無ければほぼ身体の朽ちない金属生命体と違い、我々や解放者達と戦った時には既に奴の肉体は失われていた。今の奴は、魂や残留思念がエネルギーの塊のようになった、エネルギー生命体とでも形容すべき存在となっている』

『そのため奴は自分達以外が踏み入れないよう「神域」を作り、更には自らの手足として「使徒」達を創造して操り、其処からトータスを支配している。だが、それ故に奴自身も神域からは出られず、完全に地上に干渉する事が出来ないのだ』

「…何か、思いっきり重要な秘密ネタバレしましたね。これが物語だったら、絶対終盤にエヒト本人の口から暴露されるまで分からない気がする…」

「「同感」」

 

 ハジメが呆れながら感想を述べ、亮牙やユエも同意した。もしエヒトがこの場にいたら涙目になって悔しがっただろう。

 プライム達もそれが分かるのか、苦笑しつつも話を続けた。

 

『話を戻そう。エヒトは様々な種族を創造したが、ただ玩具とするためだけではない。自らが憑依して完全にトータスに顕現し、更には宇宙全土を支配するという野望のために、憑代にふさわしい究極の生命体を創造しようとした。例として亜人族は肉体に特化、魔人族は魔法に特化と、品種改良して生まれた種族だ』

「…フン、胸糞悪い話だ」

 

 聞いていた亮牙は不快感を露わにした。6600万年前、恐竜を滅ぼし自分をトランスフォーマーへと変えたあの自称創造主を思い出したからだ。

 

『そうしてエヒトは試行錯誤を重ね続け、今から約300年前、遂に奴の待ち望んだ究極生命体が吸血鬼族の中から誕生した。それこそがアレーティア、君だ』

「嘘…!」

 

 プライム達から明かされた衝撃の事実に、ユエは驚きを隠せなかった。自分達吸血鬼族を含めたトータスの全種族がそのような理由で創造されたのも衝撃的だったが、まさか自分がエヒトの待ち望んだ究極生命体だとは、思いもよらなかった。

 

『宿敵である解放者達は既に滅んでいたが、エヒトは君を必ず手に入れようと、自らが持つ全ての力を駆使した。己を称えるカルト教団の権威を以って外堀を埋めていき、遂には君の両親も手中に収めてね…。後は君に憑依すれば奴の完全勝利となる筈だった…』

「……」

 

 次々と明かされたあまりにも衝撃的な事実に、ユエは混乱して頭が追いつかなかった。ハジメや亮牙もそれが分かるのか心配そうに彼女を見つめ、やがてハジメが何かを悟ったのか、口を開いた。

 

「…しかし、エヒトはユエを手に入れられなかった。ちょうど300年前、ユエの叔父が謀反を起こし、彼女をこの迷宮内に封印した。幾ら何でも偶然にしては出来過ぎてる…。まさか⁉︎」

『そうだハジメ。彼女の叔父、ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは、エヒトの企みに気づき、それを阻止するために彼女をこの迷宮内に封印したのだ。姪を守るために…』

「ッ、嘘を言わないで‼︎幾ら亮牙の古い友達だからって許さない‼︎私は伯父様を信じてたのに、あの人は私を裏切り、私は300年間ずっと封印されてきた‼︎今更そんな事言われても信じられない…‼︎」

「ユエ!落ち着いて!」

 

 ユエはいつものクールな雰囲気からは想像も出来ないほど取り乱した。今にも創世のマトリクスを壊さんとし、ハジメが必死に宥めようとした。

 無理もないだろう。信じていた相手に裏切られ、ハジメと亮牙に助けられるまで300年間、彼女は孤独という地獄を味わったのだ。そんな目に遭わせた相手が、まさか自分を守るためにそのような真似をしたなんて、信じられる筈がなかった。

 やがてユエは蹲り泣き出した。ハジメは片膝をついて彼女に寄り添い、必死に慰めようとした。

 亮牙は心配そうに二人を見つめたが、まだ話は終わっていないと、プライム達から続きを聞く事にした。

 

「すまんな、ユエの奴はたった一人で孤独という地獄に苦しんだんだ。信じろっていう方が無理だ…」 

『いや、無理もないだろう…。話を戻そうか。エヒトの企みに気づいたディンリードだったが、自分では勝てないと悟っていた。奴はトータス中に影響を与えていたからな。だからこそ、彼は彼女を守ることの出来る唯一の手段を選んだ…』

「かつてエヒトに立ち向かった解放者達の住処に封印する、か?」

『ああ、彼はエヒトを欺くため、権力欲に目が眩んでアレーティアに謀反を起こし抹殺したと見せかけ、この大迷宮に彼女を封印したのだ。奴が彼女を見つけられないよう、150階層に隠蔽空間を作り上げて、彼女の気配を決して掴ませない封印を施してね』

「…そいつがユエに何も伝えなかったのは、エヒトから守るために念を入れてか?」

『ああ、エヒトはカルトだけではなく、使徒達を人々に紛れ込ませて洗脳していく。安易に事実を明かして、彼女が危機に晒されるのを防ぎたかったのだろう。それに彼は、自分への憎悪を彼女に抱かせる事で生きる活力とさせ、更に他人への警戒心を強めさせたかったのだろう。エヒトの配下たちの甘言に惑わされないように…』

「そうか…」

 

 そう言って亮牙は黙り込んだ。ユエの気持ちも分かるが、彼にはこの盟友達がそのような嘘をつく輩ではない事が分かっていた。それに、あの番人達の存在、エヒトの本性なども知った今、そう考えれば辻褄が合う。

 だとしたら、そのディンリードには感服する。普通そのような事、実父ですら中々出来ないだろう。かつて我が子を守れなかった亮牙にとっては、彼が眩しく感じられた。

 ハジメの方を見ると、彼もディンリードの覚悟に感服しているようだ。その胸に抱かれて今も涙を流すユエは、流石にまだ信じられないのか、顔を伏せていた。

 やがて、ハジメが恐る恐る尋ねた。

 

「…それで、ディンリードさんは、ユエの叔父さんはどうなったんですか?吸血鬼族は同じ時期に絶滅したと聞きましたが…」

『…ああ、ディンリードの作戦は成功し、エヒトはアレーティアが殺されたと思い込んだ。奴にとっては到底許せるものではなく、怒りのままに彼女達の国だけではなく、吸血鬼族そのものを滅ぼした…』

『ディンリード自身は死よりも辛い罰を受けた。彼はエヒトの腹心で、魔人族の神として君臨するアルヴヘイトの憑代にされてしまった…。今では彼自身の精神は消滅し、死んだも同然となった…』

「そんな、惨過ぎる…。」

「上司が上司なら、部下も部下だな。とんでもねえ腐れ外道共だ…」

「……」

 

 ディンリードのあまりにも悲惨な末路に、ハジメは怒りを露わにし、亮牙も顔を顰めた。ユエも思うところがあるのか、伏せていた顔を上げた。

 

「ユエについては分かった。じゃあエヒトが俺達を攫ったもう一つの理由ってのは、ユエに変わる憑代欲しさって事なんだな。ならなんでハジメの時空だったんだ?俺達が元いた時空の方が、人間達もトランスフォーマーと戦ってきた奴が大勢いるから、戦争のイロハも知らねえガキ共より憑代にふさわしい奴がいるだろうに…」

『ああ、エヒトが我々の元いた時空を選ばなかったのは、保身のためだ。彼方の世界は確かに強い人間が大勢いるが、トランスフォーマーとも互角に戦える者が多い分、歯向かう者も大勢いるだろうと懸念したからだ。その点君が飛ばされた時空は厄介な相手が少なく、何より世間知らずな子ども達の方が唆すのに都合が良いと考えたのだろう。まあ、君まで召喚してしまった事で、奴の目論見も失敗したが…』

「ハッ、ビビって保身に走った結果、とんでもねえ貧乏くじを引くとは、所詮は似非神だな。神が聞いて呆れるぜ」

 

 色々と悲惨な事も聞いたが、取り敢えずエヒトの目論見が失敗している事に、少しスカッとした亮牙だった。

 

『以上が我々が知り得るこの世界の全てだ。本来なら君達は無関係であり、被害者でもある。このトータスのために殉じてくれとは言わない。ただ、我々には命をかけて守りたいものがあった。それだけは知って欲しかった…』

『だが、エヒトは必ず君達の前に立ち塞がる事になる。本質的に奴は臆病であるから、自分に害となすものは徹底して排除にかかる。それにアレーティアの生存が分かれば、何としても彼女を手に入れようとする筈だ。戦いは避けられないだろう…』

『この際、エヒトと戦うか否かは関係ない。元の世界に帰るならば、そしてアレーティアを守りたいと思うのなら、七大迷宮全てを攻略し、七つの神代魔法を手に入れるのだ。そうする事で、「概念魔法」を手にする事が出来る。かつて解放者達はこの魔法で神域を突き止め、攻め入る事ができた。地球への帰還も可能となる』

『神代魔法の中でも、ラウス・バーンが遺した「魂魄魔法」は必ず手に入れた方が良い。この魔法は、魂を含めた生物が持つ非物質に干渉する事が出来る。オスカーが遺した、無機物に干渉する「生成魔法」と、創世のマトリクスの力を用いれば、エヒトの憑依を防ぐ事が出来る装置を造る事が出来る。現状、アレーティアをエヒトから守る手段はそれしかない…』

『どのような選択を下すかは君達三人の自由だ。だが、これだけは覚えておいてくれ。「運命」とは、時を選ばず訪れるものだ。どうか後悔のない選択を下してくれ…。我々から話すことは以上だ』

 

 そう言い終わると、プライム達の姿は創世のマトリクスの中へと消えてゆき、同時にオスカーの姿が現れて穏やかに微笑んだ。

 

「君が何者で何の目的でここに辿り着いたのかは分からない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々十三人が何のために立ち上がったのか…。君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ、聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

 そう締めくくるとオスカーの姿も消え、三人の脳裏に何かが侵入してきた。痛みはないが気持ち悪い感じがし、ハジメやユエは片膝をつき、亮牙も軽く体を震わせた。

 

「どうやらこれが生成魔法か…。簡単に言えば、ハジメやアルケミストみたいな技術者向けの魔法だな。俺には難しそうだ」

「成る程、確かに僕向けかも…。ユエはどう?」

「ん、私も亮牙と同じで、無理そう…」

「そうか…。それで亮牙、これからどうする?」

 

 そうハジメが問いかけた。亮牙は少し沈黙すると、口を開いた。

 

「取り敢えず、今は休もう。ユエも色々あって辛いだろうからな…。雰囲気からしてすぐに地上へ追い出されるわけでもなさそうだ。明日、ひと段落したら、今後について話し合おう」

「そうだね。流石に今すぐ決めるなんて、ユエも大変だろうし…」

「二人とも、ごめんなさい…」

「気にしなくていいよ、ユエ。…取り敢えず、オスカーの遺体はどうしようか?」

「墓でも作って弔ってやろう。こいつは裏切られてなお世界を恨まず、可能な限り世界を救おうとしたんだ。英雄として、敬意を払うに値する。二人もそれで構わないか?」

「「うん、それでいいよ」」

 

 そう決めた三人は、オスカーの遺体を畑の片隅に埋葬し、墓石や鉱石で作った花などを供え、出来る限り丁重に弔った。

 そして浴場でそれぞれ今までの汚れを落とすと、ハジメとユエをオスカーの寝室で休ませ、亮牙はリビングのソファに横になり、久々に満足な睡眠を取った。

 

 

 

 

 

 

 




元ネタ集
〜生体装甲〜
元ネタはプリテンダーとプライムアーマー。
IDWコミックにおいてプリテンダーは、ディセプティコンの科学者サンダーウイングが荒廃するサイバトロン星で生存するために、有機生命体の組織を用いた生体装甲としてを開発した。
また『パワーオブザプライム』シリーズでは、最初の13人の力を持つプライムマスターはデコイアーマーと呼ばれる外皮を持っているが、このアーマーのモデルはG1のプリテンダーのアウターシェルとなっている。

〜今のエヒトの状態〜
元ネタは『2010』の「原始の呼び声」に登場した創造主プリマクロンと、彼が創造したエネルギー生命体トルネドロン。全宇宙を滅ぼそうと目論んだが、グリムロックの活躍により阻止された。





今回はまさかのネタバレづくしで皆疲弊しているため、次回、亮牙達はこれからの方針を決めます
感想、評価お待ちしております。


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決意と旅立ち

これにて一章は終了です。

帝国編ですが、原作と同じになるので省きます。


 翌朝、ハジメとユエは目を覚ました。二人は亮牙の勧めでオスカーの寝室で久々に満足な休息を取る事が出来た。もし正史なら積極的なユエが迫りハジメは童貞卒業する事になるのだが、当の彼女は昨日明かされた自身の過去の真実に驚愕するあまりそんな気分にはなれなかった。

 ハジメもそれが分かるため、昨晩はユエの手を握り、出来るだけ彼女が落ち着きを取り戻せるよう努めた。

 

「おはようユエ、調子はどう?」

「…ん、おはよう。少しは落ち着いた…。ハジメ、ありがとう」

「良かった…。じゃあ亮牙も起きてるだろうから、リビングに行こうか」

 

 そう言うと二人は寝室を出てリビングへと向かった。すると、何か食欲をそそる良い匂いがしてきた。気になった二人がリビングに着くと、既に起きていた亮牙が朝食を用意していた。

 

「おう、二人ともお早う。ゆっくり休めたか?」

「お早う亮牙、まあ何とかね。…にしてもその料理どうしたの?」

「昨日ここに辿り着いて一通り調べたろ。台所はあったし、農作物や家畜こそもうなかったが、近くの川に魚はたくさんいたから朝起きて直ぐに捕まえてきた。後は近くの森で食えそうなハーブやベリー、野生の芋とかも見つけてきたから、それで簡単な朝食作っといたよ」

「相変わらずサバイバル技術高いね…。でも助かったよ、ありがとう」

「亮牙、意外と女子力高い…。…私も負けられない」

 

 ハジメは親友のサバイバル技術に改めて感心し、ユエはこの男友達の女子力の高さに僅かながら対抗心を抱いていた。そして三人は久々にまともな朝食にありついた。

 料理はハーブをまぶした川魚の塩焼きに、ポテトサラダのようにペースト状にした野生の芋、そして水洗いされた摘みたてのベリー類だった。流石に調味料や食用油などなく、亮牙が近くで採取した岩塩を軽くまぶした程度だったので、彼本人としては満足いく料理ではなかった。それでも暫く魔物の焼肉しか口にしていなかったハジメとユエにとっては、高級レストラン並みのご馳走に感じられ、美味しそうに完食した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人が朝食を食べ終わり一息つくと、亮牙が真剣な顔つきで口を開いた。

 

「二人とも落ち着いたな。じゃあ、今後の方針について話し合うか…」

 

 そう言われ、ハジメとユエも顔を引き締めた。昨日は怒涛の展開で心身共に疲れて話せなかったが、いつまでも休んでるわけにもいかないからだ。

 

「単刀直入に言う。俺自身は外に出て、他の迷宮に向かうつもりだ」

 

 亮牙のその言葉に、二人は目を見開いた。

 

「誤解するなよ、別にトータス人どもを助ける気は一切ない。連中はエヒトに踊らされるがままに解放者やプライム達を迫害し、攫われた俺たちに自分達の問題を罪悪感もなく押し付けるような屑どもだからな…。だがな、俺は好き放題やって多くの生命を弄んできたくせに、いざそれを非難されたら被害者面するエヒトのクソッタレ風情が、この俺を駒扱いしようとした事が気に食わねぇ!それにメガトロナスもこのまま黙って異次元に幽閉されてるとは思えん…。奴等も、奴等を狂信する馬鹿共も、この手でぶち殺さねぇと俺の気がすまねえ‼︎」

 

 そう声を荒げる亮牙の瞳には。強い決意と激しい怒りが宿っていた。ユエとハジメは息を飲むが、彼は直ぐに落ち着きを取り戻し、いつものように穏やかな口調に戻った。

 

「それに、他のダイナボット三体もこの世界にいるらしい。彼奴らと再び会いたいって気持ちもある。……それで、二人はどうする?」

「「え?」」

 

 亮牙にそう問われて、一瞬戸惑う。てっきり自分達も同行するかと思っていたからだ。

 亮牙もそれを察したのか、優しく諭すように答えた。

 

「これは俺個人がやりたいことだ。あの迷惑カルテットが俺たち全員を参戦に巻き込んだみたく、お前らに無理強いするつもりはないよ…。それに戦いとなれば、エヒトはかつてのように己を狂信する人間どもを差し向けて来る筈だ。俺は何千万年と戦い慣れてるから、今更トータス人どもを殺す事に戸惑ったりしない。だがハジメは本来暴力の嫌いな優しい奴だ。俺についていけば、嫌でも暴力の世界に身を投じなけりゃならない。それにユエも、かつて死んだと思ってた憑代が生きていると知れば、エヒトが黙っているとは思えないしな…」

「「……」」

「だから、俺に気を使って無理に付き合わなくて良い。幸いここなら当分の間暮らす事ができるんだ。お前達は俺の大切な友人だから、お前達の意志を尊重する。どんな決断を下しても構わない」

 

 そう言い終わると、亮牙は口を閉じた。

 ハジメとユエは、これが亮牙の優しさである事に気づいた。ここから先、彼は想像を絶するほど苛烈な戦いに身を投じるが故に、自分達を巻き込まないようそう言っているのだ。

 二人は暫く黙っていたが、やがて決心した顔つきで答えた。

 

「亮牙。その旅、僕も付き合うよ」

「ん、私もついて行く」

「…本当にいいのか?命懸けの辛い旅になるかもしれんし、俺が常に守ってやれる訳じゃない。それでも来る気か?」

「うん、覚悟はしてる。僕だってトータス人達の救済より、早く生きて地球に帰還したい…。だけど、エヒトがこのまま僕らを放っておくとは思えないし、何よりユエが一番狙われているのなら、手を出される前に倒したい!それに、この中で唯一生成魔法を使いこなせる僕がついて行った方が亮牙も助かるでしょ?遠慮せずに頼ってよ」

「…そうか、ユエはどうしてだ?」

「亮牙、悪いけど私は昨日聞いた事は、今でも信じる事は出来ない…。でも、貴方が深い信頼を寄せる彼らが、嘘をついているとも思えない。だから、私自身の目で真実を確かめたい!それに、まだ私は貴方やハジメに助けられた恩を返し切れてない。私は全魔法に適性があるから、神代魔法を集めるのに力になれる。だから、協力させて」

「……」

 

 亮牙は黙り込んだ。あの時の迷惑カルテットみたいに、自分の我儘で親友達を血みどろの戦いに巻き込みたくはなかった。下手をすれば、誰かが命を落とすことになるかもしれないからだ。

 しかし二人の瞳には、あの時流されるまま参戦を決意したクラスメイト共とは違い、強い決意が籠もっているのが感じられた。この先どんな困難が待ち受けていようと、逃げずに立ち向かう覚悟のようだ。

 どうやら余計なお節介だったかなと思いつつ、亮牙は改めて口を開いた。

 

「分かった。二人がそこまで言った以上、俺も腹を括る。お前達の命は俺が預かる!俺の命も、お前達に預けるぞ!」

「了解!」

「ん、任せて!」

「ああ、だが今すぐ出発はしない。モンストラクターみたいなトランスフォーマーと戦うことになる可能性もある以上、俺がお前達を鍛え上げる。それにオスカーは優秀な技術者だったみたいだから、彼の遺産を基に装備とかも充実させた方がいいだろう。二人ともそれでいいか?」

「ん、私は大丈夫」

「僕もOKだよ。あれだけの技術力、必ず僕も習得してしてみせるよ!」

 

 こうして三人の目的は定まった。そして彼らはここを拠点に、2ヶ月かけて装備の充実と鍛錬に集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2ヶ月後、三人は出発の準備を整えていた。

 亮牙は対トランスフォーマー戦に備え、グリムロックとしての姿に戻りハジメやユエに訓練を行いつつ、自身も17年間変形していなかったブランクを埋めるべく鍛錬を重ねた。

 幸い、ハジメは迷宮でのサバイバル生活で身体能力が極端に向上し、ユエも元々吸血鬼族でも屈指の実力者だった事から、亮牙も訓練に苦労する事もなく、自身も万全の状態に戻す事ができた。

 ちなみに、これが現在の亮牙のステータスである。

 

 灘亮牙/グリムロック 66000047歳 男 レベル:測定不能

 天職:ダイナボット指揮官

 筋力:測定不能

 体力:測定不能

 耐性:測定不能

 敏捷:測定不能

 魔力:測定不能

 魔耐:測定不能

 技能:言語理解[+獣語理解]・騎士化[+部分武装化 (アームズアップ)]・変形(トランスフォーム)・獣の王・魔力操作・エネルギー吸収・レーザーファイヤー[+爆炎大砲(ビッグファイアキャノン)][+大炎爆発(ビッグファイアボム)][+灼熱大車輪(フライトブレイズスピン)][+爆炎壁攻(ボルケーノバースト)]・モーニングスターナックル・ドラゴントゥースメイス・生成魔法

 

 元からぶっ飛んだステータスだったが、完全に力を取り戻したことで、最早光輝達など敵わないものと化していた。これにはハジメやユエも改めて口をあんぐりとさせて驚いていた。

 最初に確認した時、唯一文字化けしていた技能はやはり変形だったらしい。騎士化は人間からトランスフォーマーに戻れる技能だが、ハジメ達との訓練で新たに加わった[+部分武装化 (アームズアップ)]という技能のおかげで、人間態のままモーニングスターナックルやドラゴントゥースメイスを展開する事ができるようになった。更に、レーザーファイヤーにも派生技能として、モンストラクター戦で披露した「大炎爆発」以外の技が使用できるようになった。

 

 一方、ハジメはオスカーの技術を習得するため、彼が生前使用していた書斎や工房、さらに貯蔵庫を徹底的に捜索した。

 案の定、それらの部屋にはオスカーの発明品やその設計図が多数あり、ハジメは狂喜乱舞し、それらを基に様々な装備を作り上げた。

 しかし、彼が一番驚愕したのは貯蔵庫の内部だった。この部屋の入り口はまるで創世のマトリクスが鍵となるかのような鍵穴があり、亮牙に頼んでマトリクスを鍵穴に挿入すると、最後の門のようにサイバトロン式で扉が開いた。

 その中にはなんと、六体のトランスフォーマーの遺体や、それらを解析図、更にはオスカーが書いたと思われるモンストラクターをはじめとするトランスフォーマーの設計図などがあった。見たことある姿にハジメは驚愕しながらも亮牙に聞いてみると、遺体はやはり初代プライムの六体らしい。彼らの言った通り、その身体を譲り受けたオスカーはこれらを解析・研究し、あのモンストラクターを作り出したらしい。

 亮牙の自分語りで、彼の時空の地球ではとあるIT企業がトランスフォーマーの亡骸を解析し人造トランスフォーマーを製作したと聞いた事がある。だが、ここトータスは今でも技術力で現代の地球よりかなり遅れている。解放者達の時代は千年近くも昔で、地球の技術力も同じレベルだった筈だ。だというのに、ここまで精巧な人造トランスフォーマーを作り上げたオスカーの才能には感服するしかない。

 

 これを見たハジメは、生成魔法を手に入れた今なら、自分もオスカーのような人造トランスフォーマーを製作できるのではと悟り、亮牙の助力も得て徹底的に研究・調査に励み、自作の人造トランスフォーマーの製作に取り掛かった。そして試行錯誤の末、試作機一号となる「アイアンフィスト」の完成にまでこぎつけた。

 アイアンフィストはバンブルビー程の身長で、正確にはハジメが内部に入って操作するパワードスーツに近いものとなっており、ビークルモードはハマーを意識した四輪駆動車とした。車輪には弾力性抜群のタールザメの革を用い、各パーツはタウル鉱石、工房に保管されていたトータス最高硬度を誇るアザンチウム鉱石、そしてモンストラクターの遺体から回収した生体金属「サイバーマター」を融合させた合金で構成されている。更に車底に仕掛けがしてあり、魔力を注ぐと錬成魔法が発動し地面を整地することで、ほとんどの悪路を走破することもできる。

 変形に関してはプライム達の遺体にあった変形を司る器官「トランスフォームコグ」を解析して自作した。更に全身には、工房の宝物庫にあったオスカー作の義手を解析して参考とした擬似的な神経機構が備わっており、魔力を通すことで触った感触もきちんと脳に伝わる様にした。更にロボットモードには、亮牙が習得した部分武装化を参考に、様々な仕掛けが施されている。

 動力源としてハジメの魔力や神結晶の欠片に蓄えられた魔力の直接操作に加え、貯蔵庫で見つけたある物質を加えた。それは貯蔵庫にあった、淡い紫色の大量のキューブだった。気になって亮牙に見てもらうと、彼は驚愕していた。なんと、このキューブはトランスフォーマーのエネルギー源「エネルゴン」とそっくりなのだそうだ。本来は太陽みたいな恒星を破壊することでしか得られない物質のため、これには亮牙も驚愕していた。

 貯蔵庫にあった書物を調べてみると、このキューブはオスカーが生前、プライム達の知識や彼らに流れるエネルゴンを参考に作り上げた人工エネルゴン「オーア」というらしい。オスカーはこのオーアも大量に生成する事で、生前のプライム達の食料にした他、自作のトランスフォーマーの動力源としていたらしい。亮牙が試しに液状化したものを飲んでみると、味や成分ともに本物のエネルゴンと同質らしい。これを聞いたハジメは、アイアンフィストの動力源だけでなく様々な装備の燃料になると大いに歓喜した。

 

 それだけに留まらず、ハジメは様々な装備を発明・製作していった。例としてドンナーと対をなすリボルバー式電磁加速銃シュラークがあったが、何よりも右目に片眼鏡のように装着したスコープ「パーセプター」が特徴的だ。

 モンストラクターとの戦いで顔の右半面に深傷を負い、辛うじて失明は免れたものの、ハジメの右目の視力は格段に下がってしまった。このままでは戦いにも何れ不利になるかもしれないと、ユエの提案で義眼に近いものを製作することになった。そこでハジメは生成魔法を使い、神結晶でレンズを作製すると、魔力感知・先読を付与することで通常とは異なる特殊な視界を得ることができるようにした。これにより、右目の視力が向上しただけでなく、魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、ユエでも知らなかった魔法の発動を維持・操作するための核が見えるようにもなった。

 こうした数々の発明品や、オスカーが製作した数々のアーティファクトなどを集められるだけ回収し、オスカーの持つアーティファクト「宝物庫」にしまい込んだ。この宝物庫は二つあり、一つは指輪型のものでオスカーの遺体が身につけていたが、なんか役に立つかもと考えたハジメが埋葬前に密かに回収していた。もう一つは何故かショルダーポーチとなっていたが、オスカー謹製のアザンチウムの金属糸で編まれており、見た目に反して頑丈な作りとなっており、これを気に入った亮牙が持ち運ぶ事になった。

 

 しかし装備の充実に反して、神水だけは神結晶が蓄えた魔力を枯渇させたため、試験管型保管容器十五本分のみとなってしまった。ハジメやユエが神結晶に再び魔力を込めてみたのだが、神水は抽出できなかった。やはり長い年月をかけて濃縮でもしないといけないのかもしれない。

 そう二人の推測を聞いた亮牙は、試しに長い年月生きてきた自分の魔力を注いでみた。すると、さっきまでのが嘘のように神水が吹き出してきた。あまりにも無茶苦茶な光景に、慣れてきた筈のハジメやユエもエ○ル顔になって驚愕していた。結局、ハジメが用意した容器には入りきらない量の神水が流れたため、宝物庫にそれぞれ分けて収納していった。

 またオスカーの宝物庫には、ハジメが手に入れた物より一回り小さいが、神結晶もあった。異空間に放り込まれていたからか魔力はたまっていなかったが、手記を見るにオスカーは神結晶を手作りしたらしい。これを知ったユエは壊れたように笑みを浮かべ、戻すのに少し苦労した。

 捨てるのも勿体ないと考えたハジメは、神結晶の膨大な魔力を内包するという特性を利用し、一部を錬成で様々なアクセサリーに加工してユエに贈った。彼女は強力な魔法を行使できるが、最上級魔法等は魔力消費が激しく、一発で魔力枯渇に追い込まれる。だが電池のように外部に魔力をストックしておけば、最上級魔法でも連発出来るし、魔力枯渇で動けなくなるということもなくなるだろう。

 そう思って、ユエに魔晶石シリーズと名付けたアクセサリー一式を贈ったのだが、彼女はプロポーズと感じたらしく、そのぶっ飛んだ第一声にハジメは久々にツッコみを入れた。

 

 しかしハジメも満更ではなかった。実はこの二人、神大魔法を探す旅に同行すると決意した後、結婚を前提に交際する事になったのだ。ユエにとってハジメは自分を封印から解放してくれただけでなく、真実を知って苦しむ自分に寄り添ってくれた事で、完全に虜となった。ハジメ自身、同世代(?)の女性として初めて自分を認めてくれた上、ここに辿り着くまでに支えてくれたユエに心を許すようになっていたのだ。

 亮牙は親友に春が来た事を喜び、ユエならハジメをお互いに支え合えると、心の底から祝福してくれた。

 ただ困ったことに、ハジメとユエは恋人同士となってから、発情期の野獣みたく所構わず交わるようになった。最初はユエの方から迫っていたが、近頃ではハジメの方から彼女を抱く事の方が多くなった。

 ハジメにも知る由はなかったが、これは亮牙の本来の姿、モンストラクターという強敵、これからの旅に待ち受けるだろう敵の存在に、密かに保存本能を刺激されていたのだ。ユエと恋仲になってからは、彼女を奪われたくないという想いも重なり、DNAに刻まれた「遺伝子の保存」という生物として当然の本能が、どちらかと言えば草食系男子だった彼が生殖行為に及ぶ結果となった。

 ユエ自身はハジメの方から自分を求めてくれる事が嬉しくて、拒むどころか積極的に彼に抱かれた。亮牙は別に生物の本能だからと気にもせず欲情もしなかったが、流石に頻度が頻度なので、

 

「少しは控えろよ。地球に帰って、愁さんと菫さんに嫁だけでなく孫の顔まで拝ませるつもりか」

 

 とツッコみを入れたら、流石にハジメも自重するようにはなった。逆にユエは本気か冗談なのか、1ダースぐらいハジメの子どもを産んであげると豪語していた。

 

 ちなみにハジメとユエが交わる度、地上では香織が原因不明の怒りと苛立ちに苛まれ、雫を怯えさせていたのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして三人は、アザンチウムの金属糸と魔物の素材を合わせ、防具としても通用する特性の服を着込み、出発の準備をした。

 ハジメは赤いコートと黒いズボン、コートの下には黒いシャツにカッターシャツ、首元に黒のスカーフをネクタイのように巻いている。左袖は肩口あたりに吸着性のある魔物の皮が使われており、着脱可能になっている。何故黒づくめじゃないかというと、ハジメ自身なんか厨二っぽく感じたのと、某スタイリッシュアクションゲームの主人公みたいに赤のコートを着てみたかったのが理由である。

 ユエは前面にフリルのあしらわれた純白のドレスシャツにフリル付きの黒色ミニスカートの上から、純白に青のラインが入ったロングコートを羽織っている。足元はショートブーツにニーソだ。

 亮牙は一転、地球でもよく好んで着ていたような、現代風の服装となっている*1。本人曰く着慣れていた服の方が動きやすいらしく、彼とハジメからデザインを聞いたユエが頑張って製作してくれたのだ。肩にはあのショルダーポーチの宝物庫をかけている。

 三階にある魔法陣を起動させながら、ハジメは亮牙とユエに話しかけた。

 

「亮牙、ユエ。僕らの力や武器は地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているとは思えないね」

「…ん」

「だろうな、あのゴミ屑どもなら充分有り得る」 

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい筈だ」

「ん…」

「俺としてはあんな害虫どもなんぞ敵じゃない。むしろ、メガトロナスの方が厄介だ。俺たちの転移に干渉してきた以上、奴がこのまま黙っているとは思えねえし、俺たち以外のトランスフォーマーがトータスに来ている可能性もある…。確かに俺は強いが無敵じゃないし、奴の協力者であるエヒトの力も未知数だ。最悪の結末となる可能性も高い…。色々と不幸に見舞われ続けたお前達がようやく得た幸せも、理不尽に奪われるかもしれない。…それでも、本当についてくるか?俺に命を預けられるか?」

「くどいよ、亮牙」

「ん、ハジメの言う通り」

 

 ハジメとユエは不適な笑みを浮かべながら、亮牙を見上げて頷いた。特にハジメは、地球にいた頃とは比べ物にならないくらい、逞しい顔つきとなっていた。

 

「どんな奴らが立ち塞がろうが、僕らは君と共に戦う!僕ら三人なら、何者にだって負けないさ!」

「…ありがとよ。それじゃあ、行くぞ!」

 

 そして転移の魔法陣が光り輝き、亮牙達を包み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、このトータスではハルツィナ樹海と呼ばれる場所。鬱蒼とした樹海は遥か彼方まで続き、中には数十mを超える樹木が密集している地点もある。

 そこに彼はいた。外見はトータスでも屈指の強さを誇る魔物・ベヒモスに酷似しているが、体高は12m以上とベヒモスより更に大きい。頭部には三本の立派な角が生え、口には鋭い牙が並び、背中や尾にも鋭い棘を生やしている。彼と比べると、ベヒモスが子犬のように見えるだろう。

 彼は元々別の世界に住んでいたが、偶然流れ着いたこの場所を気に入っていた。緑が生い茂り空気も澄んでいて、遥か昔の故郷を思い出し、中々住み心地がいい。この森にも人間らしい生物がいるが、故郷の連中とは違い特に何もしてこないので、放っておいて良さそうだ。

 数ヶ月前、何か変な気配を感じたが、森には何の変化もなかったため、彼も直ぐにどうでもよくなり、忘れかけていた。

 この気配の存在が、彼の運命にも大きく関わってくるとは、彼自身予想だにしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に同時刻、トータスでは「ライセン大渓谷」と呼ばれる渓谷に一つの人影があった。

 その人影は女性で、青みがかった白髪のロングヘアーに、並大抵のグラビアアイドルなど目じゃないぐらいのナイスバディであり、ビキニにも下着にも見える露出度の高い服装がそのスタイルの良さを強調していた。しかし、彼女の頭には兎の耳、お尻には兎の尻尾が生えており、まるでバニーガールのような風貌だ。

 

「うぅ、まだですかぁ~?早く来てくださいよぉ~」

 

 彼女は、亮牙たちを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
リュウソウジャーのナダの服装をイメージしてください




用語解説
〜アイアンフィスト〜
本作でハジメが左腕を失わなかった代わりに、対トランスフォーマー用に製作した人造トランスフォーマー第一号。原作でのブリーゼにも相当し、魔力とオーアを動力源とするハイブリッド四輪駆動車に変形する。色は黒ではなく軍用ハマーのようなカーキ色。
ロボットモードはハジメが内部に乗り込んで操作するパワードスーツ仕様となっており、G1シリーズのゴッドマスターに近い。
両腕からは魔力を込める事で、ブラスターとハンマーが展開する仕組みとなっている。
モデルはアメコミ『ラスト・スタンド・オブ・レッカーズ 』に登場したオートボットの兵器スペシャリスト・アイアンフィスト。彼もまたハジメと同様、根っからのオタク気質かつ天才的な技術者である。

〜オーア〜
オスカーがプライム達の体内を循環するエネルゴンを解析し、自身の生成魔法を用いて生成したトータス産人工エネルゴン。通常のエネルゴンとは異なり、色は淡い紫色。
オスカーはプライム達のエネルギー源や、モンストラクターなど自作のトランスフォーマーの動力源に使用していた。亮牙達が入手した後は、宝物庫に回収され、亮牙の食料の他、ハジメ作の装備の燃料として使用する事になった。
名前はIDWコミックでショックウェーブが生成したエネルゴン「オーア」から。

〜パーセプター〜
本作でハジメが右目を失明しなかったため、魔眼石の代わりに作製した片眼鏡型のアーティファクト。
名前はG1のサイバトロン戦士で、絶叫要員として有名な科学者パーセプターから。IDWコミックでパーセプターは、右目にスコープを装着し、A級スナイパーへと転身しており、ハジメと絡ませてみました。
ハジメのコートを赤にしたのも、デビルメイクライのダンテの他、パーセプターへのオマージュでもある。

〜ハジメとユエの肉体関係〜
ハジメの方から積極的にユエを抱いたのは、『ケンガンアシュラ』で主人公・王馬に初めて出会った時の公式ヒロイン・山下一夫のオマージュ。
まあ色々重大な事実が判明しているため、生存本能や独占欲を刺激されてもおかしくない気がします(笑)


感想、評価お待ちしてます。


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ウサ耳の恋人と三本角の盟友
運命の出会い


暇つぶしに書き始めた本作も、多くの方々の応援もあり、遂に第二章に突入出来ました。

そして、満を持して本作のヒロイン登場です。


 魔法陣の光が満ち、何も見えなくとも空気が変わるのを亮牙達は実感した。奈落の底の澱んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気にハジメは頬を緩ませた。

 やがて光が収まり目を開けた三人の視界に、岩に囲まれた洞窟が写った。

 

「…なんでやねん」

 

 ハジメは魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたために、代わり映えしない光景に正直ガッカリし、思わず半眼になってツッコんだ。

 ユエはそんな恋人の服の片方の裾を引っ張り、亮牙は反対側の肩を叩いて励ました。

 

「元々隠れ家なんだ。戦略的に考えて、剥き出しにしてるわけねえよ」

「同感。秘密の通路、隠すのが普通」

 

 どうやら浮かれていたのは自分だけだったと悟ったハジメ。彼は気を取り直すように咳払いをすると、先走った自分を誤魔化すように宝物庫から緑鉱石を使ったライトを取り出し、そんな姿にユエと亮牙は口元を緩めた。

 

 「ん?あれは…」

 

 岸壁をライトで照らしていると、その一角に綺麗な縦線が刻まれていた。更にハジメの目線ぐらいのところに手のひら大の七角形が描かれており、頂点の一角にオスカー・オルクスの紋章が刻まれている。

 その壁に歩み寄ったハジメが宝物庫から攻略の証の指輪を取り出してかざしてみると、鈍い音と共に壁が左右に開いて通路が現れた。三人は一度顔を見合わせると一度頷き、通路に踏み出した。

 途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、ハジメが拝借したオスカーの指輪が反応し、尽く勝手に解除されていった。一応警戒していた亮牙達だったが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進んでいき、遂に光を見つけた。光の柔らかさから、人工物ではない自然の光だと分かる。ハジメと亮牙はこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光だ。

 ハジメとユエはそれを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせると、互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。はしゃぐ二人に苦笑しつつ、亮牙もその後をゆっくりと追っていった。

 近づくにつれ徐々に光は大きくなり、外から風も吹き込んできた。奈落のような澱んだ空気ではなく、ずっと清涼で新鮮な風だ。ハジメは空気が旨いという感覚を、この時ほど実感したことはなかった。そしてハジメとユエは同時に光に飛び込み、待望の地上へ出た。

 

 そこは地上の人間にとって、地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は1.2km、幅は900mから最大8km、西の「グリューエン大砂漠」から東の「ハルツィナ樹海」まで大陸を南北に分断する大地の傷跡、「ライセン大峡谷」である。

 亮牙達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。地の底とはいえ頭上の太陽は燦々と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が彼らの鼻腔をくすぐった。

 たとえどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたハジメとユエの表情が次第に笑みを作る。無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいた。

 

「…戻って来たんだね…」

「…んっ」

「だな…」

 

 二人は、ようやく実感が湧いたのか、太陽から視線を逸らすとお互い見つめ合い、そして思いっきり抱きしめ合った。

 

「よっしゃぁああい‼︎遂に戻ってきたぞぉおー!」

「んっー‼︎」

 

 ハジメとユエは抱き合ったままくるくると廻り、しばらくの間、人々が地獄と呼ぶ場所には似つかわしくない笑い声が響き渡っていた。途中、地面の出っ張りに躓き転到するも、そんな失敗でさえ無性に可笑しく、二人してケラケラ、クスクスと笑い合った。

 亮牙は親友達を微笑ましげに見ながら、自分達のいる場所を今まで学んだ知識から推測していた。

 

「見たところ、本で読んだライセン大峡谷だな…。近くにあるのは確か…ヘナチョコ帝国…だったか?あとは大迷宮の一つがあるハルツィナ樹海があった筈…」

 

 突如、亮牙は自分達三人、正確にはユエを舐め回すような視線に気づき、空を睨みつけた。瞬間、その視線は亮牙のことも値踏みするかのように覗き込もうとしてきた。

 気色悪い感じに苛立った亮牙は低く唸った。恐らく、これが似非神エヒトなのだろう。暫くすると気配は消え、彼は鼻を鳴らした。

 

「…今は様子見ってところか。上等だ、必ずテメエを八つ裂きにしてやるから、精々怯えて待ってろ」

 

 そう呟くと亮牙はハジメとユエに向き直った。二人ともどうやらエヒトの視線に気づかなかったようだ。

 まあ、今は向こうも仕掛けてくる様子は無さそうだし、変に二人の不安を煽る必要もないだろう。そう考えて彼はハジメとユエに声をかけた。

 

「ほら二人共、そろそろ切り替えな。招かれざる客のお出ましだ」

 

 亮牙にそう言われ、ハジメとユエは起き上がり周りを見渡した。すると、無数の魔物が3人を取り囲んでいた。

 

「ったく、無粋だねぇ…。もう少し余韻に浸らせてくれたっていいじゃん…」

 

 ハジメは溜息をつきながらドンナーとシュラークを抜き、首を傾げる。彼もここがライセン大峡谷であると理解していた。

 

「そう言えばここって魔法は使えないんだっけ?ユエ、大丈夫?」

「…分解される。でも問題ない、力ずくで行ける」

 

 ここライセン大峡谷では、魔法に込められた魔力が分解・散らされてしまうために魔法が使えない。そのためユエは、瞬時には分解しきれないほどの大威力で魔法を放つ事で殲滅するつもりのようだ。

 しかしその効率は通常の十倍、幾ら彼女でも明らかに燃費が悪過ぎる。流石に魔法使いには厳しいと考えたハジメが自分が出ようとした時、亮牙が動いた。

 

「必要ねえよ二人共、此処は俺に任せな。取り敢えず耳塞いでろ」

「「え?」」

 

 ハジメとユエが疑問に思う中、亮牙は前に出て息を軽く吸うと、凄まじい雄叫びを上げた。

 

「グルォオオオオオオオオッ!!!」

 

 並の野獣など目じゃない、まるで映画に登場する怪獣のような咆哮が峡谷に響き渡り、流石のハジメとユエも思わず耳を塞いだ。

 一方、魔物たちは先程までの威勢が嘘のように、小犬のように震え上がっていた。亮牙が追い討ちを掛けるように片足をドスンと踏み鳴らすと、そのまま蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行った。

 魔物が全て逃げ去ったのを確認すると、亮牙は鼻を鳴らして二人に向き直った。

 

「よし二人共、片付いたぞ」

「…びっくりした…」

「亮牙。別にそんなことせずに、僕らの事も頼ってよ…」

 

 ハジメは肩慣らしが出来なかったからか、少し不満げに亮牙に語りかけた。しかし、亮牙は嗜めるように答えた。

 

「相手は野生動物だ。危機管理能力はそこら辺の人間より遥かに上だから、少し威嚇すりゃ簡単に追っ払える。その分時間や物資だって節約出来るし、無闇に殺し回る必要もねえだろ」

「…確かにそうだね、ごめん。少し調子に乗ってたかも…」

 

 そう言われたハジメは小さく呻きながら頷いた。生きて親友と日本に帰るため、そして大切な恋人を守るために、いざと言う時は非情になる覚悟は決めた。だが、些細な積み重ねから何処かで道を踏み外す事になってしまうかもしれない。この先そんな余裕があるか分からないが、自分を見失わないよう心掛けた方が良いだろう。

 ふう、と小さく息を吐いて気を取り直したハジメは、峡谷の絶壁を見上げると、二人に話しかけた。

 

「ねえ、今の僕らならこの絶壁も登れるだろうけど、二人はどうする?ライセン大峡谷なら確か七大迷宮がある筈だから、せっかくだし樹海側に向けて探索でもしながら進まない?」

「…なぜ、樹海側?」

「いやいやユエ、峡谷抜けていきなり砂漠横断は流石に嫌でしょ?樹海側なら、町にも近そうだしさ」

「…確かに」

「俺はそれで良いぞ。寧ろ、そうさせてくれないか?」

 

 そう答えた亮牙は、頭を少し押さえながら樹海側を見つめていた。その姿を不思議に感じたハジメとユエは、少し心配そうに尋ねた。

 

「どうしたの亮牙?頭が痛むの?」

「いや、頭痛がするわけじゃないんだが、さっきから頭に声が響いてるんだよ…」

「ん、さっきの魔物達の声じゃなくて?」

「いや、さっきの連中の声は『スッゾコラー!』とか『ガンバルゾー!』とかで、最後は皆『アイエエエ‼︎サヨナラ‼︎』だったんだが…」

「…ねえ、この世界って本当はネオサイタマじゃない?若しくは全ての魔物はヨロシサン製薬が創ったとか…」

「…ネオサイタマ?ヨロシサンセイヤク?」

 

 改めて直訳された魔物達の言葉を聞いたハジメは、この世界は神の遊技場じゃなくてサイバーパンク・ニンジャ活劇の世界じゃないかと、本気で考えた。一方ユエは恋人の言ってる事が分からなくて、少々混乱していた。

 話が脱線したと感じた亮牙は、最初の話題に戻ることにした。

 

「…話を戻そう。聞こえてくるのは女の声で、『早く来て』とか『助けて』とかだ。魔物達の声みたいに無視しようにも、今も頭に響いてきてしょうがねえんだ…。大迷宮探すついでにその声の正体を突き止めたいんだが、二人とも構わないか?」

「僕は構わないよ。ユエは?」

「ん、私も異議なし」

「すまんな。じゃあ二人とも、俺に乗ってけ。グリムロック、変身!」

 

 そう言うと亮牙はグリムロックの姿に戻り、更にティラノサウルスへと変形する。

 その光景に見慣れた筈だが、ハジメはオタク魂を刺激されて興奮し、ユエもやはり驚きを隠せない。

 

「やっぱいつ見ても、亮牙の変形って迫力あってカッコいいな‼︎あ〜、僕も早くアイアンフィストを実戦で試したいなぁ〜」

「ん、確かに…。竜人族の変身みたいなのに、亮牙のそれは魔力を一切使っていないなんて…」

「俺グリムロック、少し照れ臭い…」

 

 そう言って照れ臭そうにしつつも、グリムロックはうつ伏せになり、額の上にハジメとユエを乗せた。

 正史ならここはハジメ作の魔力駆動二輪「シュタイフ」で移動するのだが、ただでさえ魔力効率が悪過ぎるライセン大峡谷では、魔力量次第なシュタイフをあまり長時間は使えないだろう。

 その点、グリムロックの変形などには魔力は関係ない。彼らの種族における普通の機能だからだ。

 

「よいしょと、OKだよ亮牙!」

「俺グリムロック、分かった」

「…亮牙、スカート覗かないでね」

「俺グリムロック、ユエは友達。だから全くムラムラしない」

「…なんか、少しムカつく」

 

 少々ユエの怒りを買いつつ、グリムロック達はハルツィナ樹海へ向けて出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここライセン大峡谷は、基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖であり、脇道などはほとんどない。そのため道なりに進んでいけば、迷うことなくハルツィナ樹海に到着する事ができる。

 迷う心配が無いものの、グリムロック達は迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、谷底を踏み締めて進んでいった。

 谷底は悪路のため、頭上のハジメとユエに気を使ってゆっくり進むグリムロックだったが、元々全長40mを超える巨体だと一歩ずつの歩幅が大きいため、二人ともスピードは気にしていなかった。更に道中の魔物達も、グリムロックの姿に恐れをなしたのか一切襲って来なかったため、三人は順調に進んでいった。

 

 (俺グリムロック、やっぱり声の主、近づいてる…)

 

 樹海側へと進むに連れて声の正体が近づいてる事を悟るグリムロック。同時に何か、初めて嗅ぐ生き物の匂いもしてきた。

 すると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。声の威圧からして、彼の威嚇で逃げ出した連中よりは強そうだ。

 そのまま彼は突き出した崖を回り込み、しゃがんで向こう側を覗き見ると、二種類の生き物が今まさに命の攻防を繰り広げていた。

 一方はグリムロックの元々の種族であるティラノサウルスに酷似した魔物で、オルクス大迷宮の時のように一瞬同族かと期待したグリムロックだったが、直ぐに落胆した。何せその魔物「ダイヘドア」は双頭であり、明らかに本来のティラノサウルスとは異なる種族であった。

 もう一方は人間の少女のようだが、ハジメ達とは違い、頭上にウサギの耳らしきものが生えていた。彼女は今にも喰らいつこうとするダイヘドアの足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら、半泣きで逃げ惑っていた。

 

「…俺グリムロック、あれバニーガールか?」.

「いやいや亮牙、んなわけないでしょ…。多分亜人族の一種、兎人族だよ」

「…バニーガール?」

「俺グリムロック。人間の男が興奮する格好の一つ。地球着いたらハジメに見せてやれ」

「今言う事じゃないからねそれ!…にしてもなんでこんなとこに?ユエ、兎人族って谷底が住処なのかな?」

「…聞いたことない」

「じゃあ、犯罪者として落とされたとかかな?確か処刑の方法としてあったよね?」

「悪ウサギ?」

「俺グリムロック。その処刑法、とっくの昔に廃れたはず。それにウサギ、岩場にも住むぞ」

「成る程…。てか亮牙、あれ一応ウサギじゃなくて人だからね…」

 

 一見呑気に会話してるように見えるが、これでも三人なりに彼女をどうすべきか相談しているつもりだ。人として助けるべきかもしれないが、ユエの推測どおり犯罪者の可能性も捨てきれないし、亮牙の言うとおりこの大峡谷に住んでおり、今の状況も何か伝統的な儀式の真っ最中なのかもしれない。

 すると、少女のほうが此方に気付いたようだ。彼女は四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のままグリムロックの頭上にいるハジメとユエを凝視している。

 そして、ダイヘドアが爪を振ったことで隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がった少女は、その勢いを殺さず猛然と三人の方へと逃げ出した。それなりの距離があるのだが、彼女の必死の叫びが峡谷に木霊し、グリムロック達にも届いた。

 

「だずげでぐだざ~い!ひっ〜、死んじゃう!死んじゃうよぉ!だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

「!俺グリムロック、あいつの声、頭に響いてたのと同じ声だ!」

 

 そう言ってグリムロックはしゃがんだ状態から立ち上がると、少女とダイヘドアの前に躍り出た。頭に響いていた声は、間違いなく彼女と同じ声だ。話を聞いてみる価値はありそうだ。

 しかし彼が現れた瞬間、少女もダイヘドアも硬直した。何せ岩だと思ったら、自分達より遥かに巨大な生き物が現れたのだ。しかも口には無数の乱杭歯が並んでおり、捕食動物であるのは明白だ。

 グリムロックは取り敢えずダイヘドアにのみ、威嚇のつもりで軽く唸った。

 

「グルルル…!」

「ッ⁉︎キャインキャイ〜ン!」

 

 恐怖で固まっていたダイヘドアはそれを聴くや踵を返し、犬のように鳴きながら全速力で逃げ出してしまった。野生の本能が、食欲よりも己の命を優先するよう命じたのだ。

 

「びゃあああ〜⁉︎ぞ、ぞんな〜⁉︎」

 

 一方、ウサ耳少女の方は驚きの余り腰が抜けてしまい、その場に座りこんでしまった。

 無理もないだろう。彼女の目に写っていたのはハジメとユエの二人だけで、彼らが乗っていたグリムロックはしゃがんでいたために、周囲の岩と勘違いしていたのだ。まさか、ダイヘドアよりも巨大な捕食動物が隠れていたとは思いもしなかったのだ。

 

 (こんな場面、未来視では見えてなかったのに〜‼︎)

 

 彼女が自身の能力で知った情報では、あの魔物の頭上にいる二人の他にもう一人、銀髪の青年がいる筈なのだ。だがその人物はおらず、代わりに巨大な魔物が今まさに此方へと近づいてくる。

 もう駄目だ、食べられる。彼女が身構えたその時だ。

 

「俺グリムロック、お前、大丈夫か?」

 

 

「………ふぇ?」

 

 急に、何処か愛嬌のある片言な口調の男の声が聞こえた。

 余りにも場違いなその声に、ウサ耳少女は一瞬キョトンとなる。暫く沈黙した後、彼女は目をキョロキョロさせながら声の主を探した。

 

「だ、誰ですか⁉︎もしかして、そこに乗っかってる貴方ですか⁉︎」

「…俺グリムロック、何故俺を無視する?」

「亮牙さんやい、今の姿じゃ流石に君が喋ったとは思わないって…」

「あ、そっか。俺グリムロック、人間態になる。二人共降りろ」

「はいはい。それじゃユエ、降りよっか」

「ん、ハジメ、抱っこしてくれなきゃヤダ」

「も〜、甘えん坊さんだなぁ。分かったよ」

 

 ハジメがユエをお姫様抱っこし、イチャつきながら親友の頭上から降りると、グリムロックはビーストモードからロボットモードに戻り、更に人間態へと姿を変えた。

 その一部始終を呆気に取られながら眺めていたウサ耳少女は、やがて亮牙の姿が現れると、彼の変身を初めて見た時のハジメのように、驚きの声を響かせた。

 

「え、ええええええぇぇっ!!?」

 

 やがて少女の絶叫が止むと、亮牙か彼女に語りかけた。

 取り敢えず、話を聞くだけ聞いてみよう。どうするかはそれから考えれば良い。

 

「びっくりさせて悪かったな。まあ捕って食ったりはしねえから安心しろ。にしても、此処に住んで「み……」……あ?」

 

「みづげだぁ!やっどみづげまじだよぉ~!だずげでぐれでありがどうございまずぅ〜‼︎」

 

「っておい、落ち着け!取り敢えず涙と鼻水を拭け!ってかハジメとユエもイチャついてないで何とかしてくれ!」

 

 ウサ耳少女は亮牙の質問を遮って立ち上がると、涙声で礼を言いながら彼に抱きついてきた。顔中涙と鼻水まみれで、亮牙の服が汚れるのもお構いなしにだ。

 少女の突然の行動に一瞬びっくりした亮牙だったが、直ぐに落ち着きを取り戻すと、しがみつく彼女を引き離そうとした。だが、見た目に反して彼女は強い力でしがみついてくる。

 これが男だったならぶん殴って引き剥がす亮牙だが、育ての母・亮子から女の子に暴力を振るっちゃ駄目よ、と教わってきたので、乱暴に扱うことも出来ない。

 

 仕方なくハジメとユエに助けを求めるが、二人は降りてからまた自分達の世界に入ってイチャついており、此方に気付いていなかった。所構わず交わらないだけマシだが、いくら何でも自重して欲しい。

 やがてウサ耳少女は落ち着いたのか、亮牙から離れると改めて口を開いた。

 

「助けて頂きありがとうございました!私は兎人族ハウリアの一人、シア・ハウリアと言います!取り敢えず、私の仲間も助けてください!」

「………はい?」

 

 余りにも図々しい言葉に、マイペースな亮牙も流石に呆気に取られてしまう。

 これが、灘亮牙ことグリムロックと兎人族の少女シア・ハウリアの、最初にして運命の出会いとなる。

 

 

 

 

 

 




初めてシアを見た時、ミーガン・フォックス演じるミカエラを思い出しました。
どちらも見てるとさ、ムラムラします(`・ω・´)キリッ
 




地上に出た時のハジメの歓声は『プライム』のスカイクエイク、亮牙が唸り声と足踏みで魔物を蹴散らすのは『ザ・ムービー』のグリムロック対シャークトロンのオマージュのつもりです。

感想、評価お待ちしております。


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情けは人の為ならず

前話で伝え忘れていましたが、第二章では第三章に突入するまでアンケートを取っております。連絡し忘れて申し訳ありません(^^;;
ご回答して頂けると幸いです。

あと今回、マイケル・ベイ顔負けの下ネタがあります。ご了承下さい。


 助けたと思ったら、めちゃくちゃ図々しい事言われた。ウサ耳少女の言葉を聞いた三人の感想は、それで一致していた。

 面倒な事になったなと思いつつ、亮牙は取り敢えずその少女、シアに尋ねた。

 

「助けろって、此処に住んでるんじゃないのか?それに家族ってお前の子どものことか?」

「こ、こんな場所になんか住んでませんよ!それに私はまだ独身ですぅ!」

「亮牙、流石にこんな所住む奴は居ないって…。にしても何で彼女が子持ちだなんて思ったのさ?」

「いや、だってお前ら哺乳類って我が子に授乳するために乳房がデカくなるんだろ?此奴ユエより乳房がデカいし、家族なんて言うから子育て中なのかと思った…」

「ふえぇぇぇっ///どこ見てるんですかぁ⁉︎私まだおっぱいなんて出ませんよぉ〜‼︎」

「どういう理屈だよそれ⁉︎元恐竜だからって、哺乳類について誤解し過ぎだよ‼︎巨乳=子持ちなわけじゃないからね‼︎」

「ハッ!つまり私もハジメとの子を身籠れば、授乳するために巨乳になる…⁉︎」

「ユエも真に受けないで‼︎僕はありのままの君が大好きだから‼︎」

「ハジメ…///」

「おいコラ馬鹿ップル、またイチャついてんじゃねえよ」

「誰のせいだ誰の‼︎」

 

 元恐竜故か、哺乳類について間違った解釈をしていた亮牙は、平然とセクハラ発言をした。養子故に授乳して貰った経験もないことや、人間の性知識に殆ど興味がなかったこともあり、乳房のデカい哺乳類は子持ちで母乳が出ると、本気で思っていたのだ。

 亮牙って頭は良いのに、こういうところはズレてるんだよなぁ…。ハジメはそう感じながら盛大にツッコみ、更にその解釈を鵜呑みにして自身の胸元を摩るユエの誤解を解こうとした。

 一方、シアは顔を真っ赤にしてその豊満な胸元を隠していた。スタイルには自身があったが、まさか子持ちの母親と勘違いされるとは思いもしなかったのだ。やがて落ち着いた彼女はプンプンと可愛げに怒りながら、亮牙に文句を言った。

 

「ちょっと貴方!助けてくれたのには感謝しますが、いきなりこんな美少女になんてエッチなことを聞くんですか‼︎私怒りましたよ!お詫びに私の家族も助けてくだ、ふみゃあっ⁉︎」

「調子に乗るな…。まあ俺も少々デリカシーがなかったようだし、まずは話だけでも聞かせてくれ。どうするかはそれから考えさせてもらう」

「うぅ〜、分かりましたぁ…。実は…」

 

 自分で自分の事を美少女と自画自賛する、目の前の少女の残念さに呆れていた亮牙は、更に調子に乗って家族を助けろと言い出した事に少しイラッとして、彼女のおでこを軽くデコピンした。

 しかし、さっきの自分の発言は失礼だった気もするし、ハジメとユエには迷惑かもしれないが、話だけでも聞いてやるか…。

 そう思いながら、彼は彼女の事情を聞く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話によると、シアは兎人族のハウリアという部族で、他の亜人族と同様にハルツィナ樹海にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。彼女達兎人族は聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低く突出したものがないので、亜人族の中でも格下扱いされている。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。また、総じて容姿に優れており、森人族のような美しさとは異なった可愛らしさがあるので、帝国では愛玩奴隷として人気が高い。

 そんなハウリア族の中から16年前にシアが生まれたのだが、彼女は異常だった。兎人族なら基本的に濃紺の髪の筈なのに、彼女は青みがかった白髪だった上に、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、魔力操作やとある固有魔法まで使えたのだ。

 当然、亜人族として有り得ない子が生まれた事に、一族は困惑した。この子の存在が樹海深部に存在する亜人族の国「フェアベルゲン」に発覚したら、間違いなく処刑されるだろう。亜人族は不倶戴天の敵である魔物は勿論、被差別種族故に魔法を振りかざして迫害してくる人間族や魔人族も忌み嫌っており、国の規律で魔物は見つけ次第できる限り殲滅しなければならないと定められ、樹海に侵入した魔力を持つ他種族は総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。

 しかし、シアが生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。故にハウリア族は彼女を見捨てる事なく隠し、16年間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまい、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出た。行く宛もない彼女達は未開地ではあるが、人間族に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだと考え、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。

 しかし樹海を出て直ぐに運悪く、巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、ヘルシャー帝国の一個中隊規模と出くわしてしまい、シア達は南へと逃げるしかなかった。女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。

 全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いたシア達は苦肉の策として、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうと考え、峡谷へと逃げ込んだ。ほとぼりが覚めて帝国兵がいなくなるのと魔物に襲われるのと、どちらが早いかという賭けだった。

 だが予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはせず、小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、シア達が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。そうこうしている内に案の定魔物が襲来し、観念して帝国に投降しようとしたが、魔物達も獲物を逃がすものかと回り込んで追い立ててきて、シア達は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…気がつけば、60人はいた家族も、今は40人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

 シアは最初の残念な感じとは打って変わって、悲痛な表情で懇願した。どうやら彼女は亮牙達と同じく、この世界の例外というヤツらしい。特にユエと同じ、先祖返りと言うやつなのかもしれない。

 話を聞き終わると、まず亮牙が口を開いた。

 

「…まず聞かせろ。そのお前の持つ固有魔法ってのは何だ?」

「え?あ、はい。『未来視』と言いまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか?みたいな…あと、危険が迫っているとき勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど…。そ、そうです!私、役に立ちますよ!『未来視』があれば危険とかも分かりやすいですし!今回貴方達に会ったのもこれのお陰でして、少し前に貴方達が私達を助けてくれている姿がも見えたんです!実際、ちゃんと貴方達に会えて助けられました!」

 

 そう言って、シアは必死に自分の有用性をアピールする。こう聞いてくると言う事は、恐らく彼は自分達を助けるか考えてくれているのだろう。このチャンスを逃すわけにはいかない。

 そう考える彼女に、更に亮牙が問いかけた。しかし今度は、何処か彼女を見極めるようであった。

 

「お前の力は分かった。最後に聞かせろ…。お前はその力を悪用し、祖国や国民達に何か仇をなすような真似をしたか?」

「─────⁉︎」

 

 亮牙のその問いかけに、シアは息を飲んだ。彼の燃え盛る炎のように赤い瞳が嘘は許さんとばかりに見据え、彼女はゴクリと唾を飲むと口を開いた。

 

「そ、そんな事はしてません!一族の名誉にかけて!」

「そうか…」

 

 真っ直ぐにこちらを見てそうはっきりと答えたシアを、亮牙はジッと見つめ返すと、彼女の額に己の額を近づけてくっ付けた。傍目から見ればキスを迫るような行動に、シアは顔を赤らめてドキッとする。しかし亮牙はただ目を閉じ、まるで何かを聞いているかのようだった。

 やがて亮牙は目を開けてシアから額を離すと、ハジメやユエに向き直り視線を向けた。二人とも彼の言いたい事が理解できており、安心しろと言わんばかりに答えた。

 

「僕らのリーダーは亮牙だ。君の判断に任せるよ」

「ん、私もハジメに同意…」

「悪いな、二人とも…」

 

 二人にそう告げると、亮牙はシアに向き直った。

 

「いいだろう。力を貸してやる」

「ほ、本当ですかっ⁉︎」

「ああ、だがこちらも訳ありでな。悪いがタダ働きと言う訳にはいかん。報酬に………おい、なんで胸を隠したりする?」

 

 亮牙の返答にシアは顔を輝かせたが、その後に続いた「報酬」と言う言葉に顔を赤らめながら、その豊満な胸を隠す様に自身を抱き締めた。

 

「だ、だって報酬って、やっぱあれですよね?さっきも私のおっぱいがどうのこうのと言ってましたし、身体で払えってことですよね…?い、いえ‼︎この際、背に腹は変えられません!みんなを助けられるのならば私の純潔など、ってあいたぁっ⁉︎」

「見くびるな。そこまで堕ちちゃいねえよ。それに話は最後まで聞くもんだ」

 

 早とちりするシアに呆れ、再びそのおでこを軽くデコピンした亮牙は、「父様にもぶたれたことないのにぃ〜」と何処かで聞いたことのあるような彼女のぼやきをスルーし、話を続けた。

 

「俺達三人は今、とある目的のために旅をしていてな…。ここに来たのもその目的のために樹海を探索するためだ。だから助ける報酬として、お前達一族に樹海の案内を頼みたい。それでどうだ?」

 

 予想外の答えにキョトンとした様子で亮牙を見つめていたシアだったが、やがてその顔にパァッと笑顔が咲き、ぐしぐしと嬉し泣きした。

 

「は、はいっ!それで大丈夫です!ありがとうございます!うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~!」

「すまんな二人とも。言ったそばから余計な事に首突っ込んじまって…」

「気にしないでよ亮牙。さっきの問いかけとかで、彼女が嘘ついてないって悟ったんでしょ?」

「ん、ハジメの言う通り…。それに、樹海の地理は知らないから、丁度良い…」

「ありがとよ、それじゃ行くか」

 

 話が纏まると同時に、亮牙がグリムロックに戻ろうとすると、シアが彼らに問いかけた。

 

「あ、あの、宜しくお願いします!そ、それで皆さんのことはどう呼べば…?そこの貴方は、グリムロックさん…でしたか?」

「ああ、そう言えば名乗ってなかったな…。俺は灘亮牙、グリムロックは昔の名前でな。今の名前の方が気に入ってるが、好きな方で呼べば良いぞ」

「僕は南雲ハジメ。ハジメでいいよ」

「…ユエ。何れは南雲ユエになる」

「分かりました!亮牙さんにハジメさん、そしてユエちゃんですね!」

「…さんを付けろ。残念ウサギ」

「ふぇ⁉︎」

「見た目で判断するもんじゃないぞ。ユエは御歳300歳を超える婆───」

「亮牙…」

「…お姉さんだ。かく言う俺も6000万歳を超える爺さんだがな」

「え、ええええええっ!!?」

 

 思い掛けない事実に、シアの驚愕の声が再び峡谷に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、それじゃあ、皆さんも魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると…」

「うん、そうなるね」

「…ん」

「俺グリムロック、この姿は魔法じゃないぞ」

 

 シアがユエに年下扱いした事を土下座して謝罪した後、一同は再び変身したグリムロックの頭上に乗り、他のハウリア族の居る所へ向かった。因みに乗っている順番は後ろからハジメ、ユエ、シアの順だ。ユエは元々ハジメの前に陣取っていたので特等席を譲りたくなかったのと、シアが先頭の方が見つけやすいだろうと考慮してだ。

 シアは初めての体験におっかなびっくりしつつも、グリムロック達のことを質問していたのだが、彼らが自分と同じく魔力操作や固有魔法が使える事を知ると、彼女はいきなり涙目になっていた。

 

「俺グリムロック、どうした?目に砂埃が入ったか?」

「あ、いえ…。一人じゃなかったんだなっと思ったら…何だか嬉しくなってしまって…」

 

 ここしばらくフェアベルゲンではシアみたいな忌み子は生まれておらず、その所為か例え家族の皆が良くしてくれても一人になった時など、ふとした時に孤独感を味わうことがあり、本当の意味で自分と同じ境遇の彼らと出会えた事が嬉しかった様だ。

 そしてそんなシアの様子にユエは、魔力の操作に自分だけの特別な力という共通点故に、彼女と自分の境遇を重ねていた。だが、周囲の人が愛してくれたかどうかという点で、二人の境遇は異なっていた。シアの方は同族の全てが変わらず愛してくれたが、ユエの方は危険視の果てに封印された。プライム達から真実は違うと言われたものの、三百年間孤独という地獄を味わったが故に、今でも信じる事ができない。

 そのためおのずと俯きがちになっていたユエだが、それを察したハジメは、もう一人じゃないよと言わんばかりに、無言のまま彼女の頭を優しく撫でた。ユエは少し寂しげながらも笑みを浮かべ、甘えるように彼に背を預けた。

 

「あの~、お二人とも私のこと忘れてませんか…?ここは『大変だったね。もう一人じゃないよ。傍にいてあげるから』とか言って慰めるところでは?」

「え?だからこうして慰めてるでしょ…。ユエを」

「それ普通、私にしてくれる流れですよね⁉︎なんでいきなり二人の世界を作っちゃってるんですか⁉︎」

「俺グリムロック、ハジメもユエも色々辛い思いしてきた。だからこれくらい大目に見てやって欲しい…」

「そ、そうなんですか…。亮牙さんって達観してますね…」

 

 どこか達観した対応をするグリムロックに、シアも何かを察したような声を出した。

 

「あ、何か判った気がします!そりゃこんな光景何時も見せ付けられてたら、幾ら亮牙さんでも欲求不満になっちゃいますよね!だからスタイル抜群な美少女の私を見て、思わずエッチなこと口走っちゃったんですね⁉︎」

「…俺グリムロック、しつこいぞ。それに俺、妻と子ども、いたぞ…」

「ええっ⁉︎奥さんとお子さんが⁉︎」

 

 また出会った時の事を蒸し返すような事を笑顔で言うシアに少々イラッとしたグリムロックは、誤解を解こうと自分がかつて妻子持ちだった事を明かし、更に彼女を驚愕させる。

 暫くすると自分達の世界から戻ってきたハジメが、ふと何かを思い出したかのようにシアに質問した。

 

「あ、そう言えばさ、未来が見えるなんてすごい固有魔法持ってたのに、何でバレたのさ?危険を察知できるなら故郷の連中にもバレなかったんじゃないの?」

「うっ…」

 

 そう聞かれたシアは言葉を詰まらせ、その視線を泳がせ始めた。

 

「じ、自分で使った場合はしばらく使えなくて…」

「つまりバレた時には既に使った後だったのか…。でもさ、一体何を視たの?」

「ちょ~とですね、友人の恋路が気になりまして…」

「「「馬鹿じゃないの⁉︎」」」

「うぅ~猛省しておりますぅ~」

 

 あまりにも下らない理由に、三人とも流石にフォロー出来ず盛大にツッコみ、シアはシュンとなった。

 だがその時、何かの鳴き声が響き、彼女はハッと顔を上げた。

 

「っ⁉︎亮牙さん!もう直ぐ皆がいる場所です!あの魔物の声…ち、近いです!父様達がいる場所に近いです!」

「俺グリムロック、確かにシアに似た匂いと、別の生き物の匂いする。それに声も聞こえる…。三人とも、しっかり掴まってろ!」

 

 そう言うとグリムロックは三人を振り落とさないよう気を付けながら峡谷を駆け抜け、最後の大岩を迂回した先に、今まさに襲われようとしている数十人の兎人族達を見つけた。岩陰に隠れているのだが、長い耳だけが隠しきれずにちょこんと出ていた。

 そんな彼らに襲いかかっているのは、奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。全長3〜5m程でワイバーンに似ているが、長い尾の先端は先史時代のアルマジロ、ドエディクルスのようなモーニングスター状となっている。全部で六匹おり、地上の獲物を品定めするように上空を旋回していた。

 

「ハ、ハイベリア…!」

 

 シアが震える声でその魔物の名前を口にする。次の瞬間、一匹のハイベリアがその尾で彼らの隠れている岩場を砕くと、数人のハウリア族が悲鳴を上げて這い出してきた。狙い通りと言わんばかりに彼らの傍に着地したハイベリアは、新鮮な獲物を踊り食いしてやろうと、動けなくなった少年とそれを庇う父親の二人目掛けて口を大きく開けた。

 しかしそうはさせまいと、空かさずハジメがドンナーをドパンッ!と発砲し、眉間を貫かれたハイベリアは頭部を爆散させ、這い出たハウリア族の脇に墜落した。

 

「な、何が…」

 

 突然の出来事に、状況を把握しきれないハウリア族は皆一様に呆然とした。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

「「「「「「「「「「シア⁉︎」」」」」」」」」」

「シア⁉︎それに、あの獣は…⁉︎」

 

 その時、聞き覚えのある声に兎人族達がその方向に目を向けると、そこには見た事もない巨大な生き物の頭上に乗り、こちらに手を振りながらピョンピョンと跳ねているシアの姿が映った。その光景に彼らは驚愕するが、そのうちのリーダーらしき者はグリムロックの姿に何か別の意味で驚いていた。

 しかし彼女は嬉しさのあまり、後ろに狙撃手がいるのに前方でピョンピョンと跳ね回り、流石のハジメも狙いが定められない。

 

「ちょっ、邪魔だって!ああもう!…ごめん亮牙、後は頼める?」

「俺グリムロック、任せろ」

 

 そう言うとグリムロックはハイベリア達に向けて、その外見に相応しい雄叫びを響かせた。

 遥か昔、生態系の頂点に君臨していたティラノサウルスである彼にとって、狩りだけでなく、他の捕食者から獲物を奪うのは日常茶飯事だった。あの程度の小物など朝飯前だ。

 失せろ、此奴らは俺のものだ!

 

「ゴガアアアアアアアッ‼︎」

「「「「「ッ⁉︎ギャアアアアアアッ⁉︎」」」」」

「どひゃあああ〜!!?」

 

 新鮮な獲物達を前に狂喜乱舞していたハイベリア達だったが、突然一匹が頭を吹き飛ばされ、何事かと思い振り向くと初めて見る巨大な捕食動物がこちらに向かってきた事に、獲物のことなどすっかり忘れ、恐怖で身体が凍りついていた。グリムロックが大きな咆哮を上げた事でようやく正気を取り戻し、こんな化け物に敵うわけないと言わんばかりに、五匹とも大慌てで飛び去っていった。

 一方、頭上にいたハジメとユエは何をするか分かっていたために耳を塞いでいたが、無事家族に会えた事に夢中になっていたシアはそうはいかなかった。至近距離で凄まじい雄叫びを聞いてしまい、ただでさえ人間族より聴覚が優れているために、「耳が、耳が〜!」と言いながら目を回していた。

 お騒がせな奴だなと呆れつつも、グリムロックはしゃがんでハジメとユエ、そしてようやく落ち着きを取り戻したシアを降ろすと、亮牙としての姿に戻った。その光景にハウリア族達は更に驚愕していたが、やがて危険が無くなったことを察したのかぞろぞろと出てきた。真っ先に声をかけてきたのは、さっきのリーダー格らしき濃紺の短髪にウサ耳を生やした初老の男性だった。

 

「シア!無事だったのか!」

「父様!」

 

 どうやら彼がシアの父親のようだ。親子の再会ということで、亮牙達は何も言わずに二人の会話が終わるのを待ち、話が終わるとシアの父親が亮牙達に近づいてきた。

 

「亮牙殿で宜しいか?私はカム、シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか…。父として、族長として深く感謝致します」

 

 そう言ってカムは深々と頭を下げ、後ろにいる他のハウリア族も同じように頭を下げた。

 どうやらシアはお姫様的ポジションだったみたいだ。その事実に亮牙達は内心驚きながらも口を開いた。

 

「気にするな。お前の娘に話した通り、樹海の案内が引き換えだ。にしても、随分とあっさりと俺たちを信用するんだな?亜人は他種族にはいい感情など持ってないと思ってたが…」

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから…」

 

 その言葉に亮牙達は呆れ半分、感心半分だった。シア一人のために一族ごと追放を故郷を出ていくのだから情が深いと思っていたが、警戒するべき他種族相手にこれは人が良すぎるぐらいだ。奴隷関係で一番被害を受けているのは他でも無い兎人族だと言うのに、流石に心配になる。

 だがそれは一先ず置いておこう。今はそれより聞きたい事がある。

 

「族長、それとは別に聞きたい事がある」

「聞きたい事、ですか…?一体何でしょう?」

「ああ。俺達が現れた時、お前だけ俺の姿に他の者達とは別の意味で驚いていた気がする。…もしかして、俺のような金属の肌を持つ生き物を見た事があるのか?」

 

 目を細めて尋ねる亮牙にハジメ達はえ?と首を傾げる。シアも同じ様子だが、カムは理解したかのように答えた。

 

「はい…。実は私達が住んでいた樹海にも、貴方と同じように金属の肌を持つ、巨大な生き物が住み着いておりまして…」

「えぇ⁉︎亮牙さんと同じ存在が⁉︎父様、そんなこと私知りませんよ⁉︎」

「シアが知らないのも無理はない。あの生き物はお前が生まれたのと同じ年に、突如として樹海に現れたのだが、長老衆から干渉しないよう言われてきたのでな…」

 

 16年間暮らしてきた故郷に隠された秘密に、シアは驚愕した。まさか自分が生まれた年に、亮牙と同じような存在が来ていたとは思いもしなかった。

 一方亮牙は納得すると同時に、何処か期待のこもった声でカムを問いただした。

 

「やっぱりそうか…!それで、そいつはどんな奴なんだ⁉︎姿形は分かるのか⁉︎」

「え、ええ…。その生き物は貴方の変身した姿よりは小柄ですが、それでも周辺の魔物より遥かに大きく、頭には三本の角と襟巻きのようなものが生えています」

 

 三本角に襟巻きのようなものがある頭部、と聞いてハジメとユエはあ!と声を漏らした。亮牙やプライム達が見せてくれた、ダイナボットの一人と同じ特徴だ。

 それを聞き、確信に至った亮牙は歓喜の声を上げ、シアの両肩を掴んだ。

 

「やったぞ!間違いなくスラッグだ!まさかこうも早く再会出来るとはな!シア、お前のおかげだ!ありがとう!」

「ふぇっ⁉︎わ、私のおかげ⁉︎そ、そんな〜、照れちゃいますよぉ〜///」

 

 亮牙にそう言われて驚いたシアだが、満更でもないのか照れ臭そうに顔を赤らめながら微笑んだ。ハジメやユエも、こんなにも早く亮牙の仲間の手がかりが掴む事ができ、嬉しそうだ。

 

「まさに『情けは人の為ならず』だね。…にしても何で彼女にも教えてなかったんですか?それに、魔物を嫌ってるのに干渉しないよう定められてるって…?」

「確かに最初はその生き物が現れた時、フェアベルゲンでも魔物として恐れ、討伐するか否かで議論となったのです。しかし彼は見た目に反して植物食なようで、樹海の奥深くに留まって生い茂る植物を食べるのみで、フェアベルゲンの領域には近寄ったりもしませんでした。ですが一度、土人族が長老であるグゼ様の指揮の下、その身体を覆う金属を手に入れんと襲撃したのですが、彼は圧倒的な力を以て土人族の精鋭達を殲滅してしまいました…。その時は皆流石にまずいと危惧したのですが、彼自身はまるで纏わり付くハエを追い払った程度だったらしく、フェアベルゲンに報復したりしなかったので、最終的には森人族のアルフレリック様の主張した、干渉せずに放っておくという方針で落ち着きました。だから多くの部族では、子どもたちが好奇心からちょっかいなど出さぬよう、敢えてその事は告げておりませんでした…」

「…運が良かったな。彼奴は俺の仲間でも一番好戦的な奴だから、下手に討伐なんてしようものなら間違いなく滅ぼされてたぞ。まあ、元々植物食だから、喧嘩売らない限りは大人しいからな」

 

 ドキュメンタリー番組とかで見たけど、植物食の動物が恐ろしいのはどの種族も同じか…。亮牙の言葉を聞いて、改めてそう感じるハジメであった。

 

「よし、取り敢えずスラッグがいると分かっただけ朗報だな。それじゃあ出発するか」

 

 

 

 

 




はい、最初のダイナボットはスラッグです。ですが、彼の登場はまだ先となります。
土人族がスラッグに喧嘩売って返り討ちにされたという設定は、『ホビットの冒険』のスマウグのオマージュのつもりです。Slugには鈍重やナメクジといった意味があり、実写映画でもスマウグへの悪口に使われています。

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Extermination

タイトルの「extermination」は絶滅や駆除といった意味です。
今回はタイトルどおりの暴力描写があるため、ご注意下さい。

『最後の騎士王』でも描かれていましたが、実写グリムロックは人間でもケイドやイザベラのように親しい者には敬意を払い守りますが、TRFのように敵対したら容赦しないと思います。


 42人にも及ぶ兎人族達を連れて、亮牙達は峡谷を進んでいった。その光景は魔物達にとってはご馳走が並んで歩いてる風景で、普通なら躊躇いなく襲ってくるだろう。

 しかし彼らにとって不運な事に、一行には亮牙という最大の守護者がおり、それは叶わなかった。今はハジメとユエ、シアだけでなく40人以上もの人数でいるため、流石に全員は乗せられないという事もあり、グリムロックから人間態へとなっていたが、魔物達がちょっかいをかけてこないようにと威圧を放っており、魔物達も怯えているのだ。時々、諦め切れず隙をつけないかと覗き込んでくる魔物もいるのだが、そういった愚か者どもはハジメがドンナーとシュラークで殲滅していった。

 亮牙達のその様子に大人達は畏敬の念を抱き、子供達はまるでヒーローを見るかの様な視線を送っていた。

 

「ふふふ、亮牙さん。チビッ子達が見つめていますよ~。手でも振ってあげたらどうですか?」

 

 シアは先程褒められた件が相当嬉しかったのか、「うりうり~」と亮牙を指で突つき、ちょっかいを掛けてくる。亮牙自身は恐れられるのは慣れているが、逆にこういったのには慣れていないので、苦笑しつつも軽く手を挙げて応えた。そこにカムも加わってきた。

 

「はっはっは、シアは随分と亮牙殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて、シアもそんな年頃か…。父様は少し寂しいよ。だが、亮牙殿なら安心か…」

 

 そう呟く彼は、目尻に涙を貯めて娘の門出を祝う父親の表情をしていた。周りの兎人族達もシアの楽しそうな姿に生暖かい眼差しを向けていた。

 

「流石に能天気過ぎる気がするんだが…」

「まあまあ亮牙、にしても隅に置けないねぇ〜」

「ん、まあ亮牙も魅力的。ハジメには敵わないけど…」

 

 ハウリア族の天然ぶりに呆れる亮牙だったが、ハジメやユエも殺伐とした状況よりはマシだと言わんばかりに揶揄ってくる。

 そんな感じで比較的穏やかに峡谷を進んでいた一行の視界に、やがてライセン大峡谷の出口へと辿り着いた。ハジメが「遠見」の技能で見る限り、50mほど進む度に反対側に折り返すタイプの、岸壁に沿って壁を削って作ったらしき立派な階段が見えた。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見え、出口から徒歩で半日くらいの場所が樹海となっているようだ。

 

「あそこみたいだね…」

「…帝国兵はまだいるでしょうか?」

 

 漸く出口に着いたみたいだと、ハジメは安堵の声を出しながら遠くを見ていると、シアがそう不安そうに話しかけてきた。

 亮牙は匂いを嗅ぎ、顔を顰めながら応えた。

 

「残念だが、まだいるな。匂いからして30匹ぐらいか…。あとシア、残念だがお前らの同族の死臭も僅かにする。多分お前が言ってた、捕まった仲間達だろう…」

『ッ⁉︎』

 

 仲間の死臭という不吉な言葉に、シアも他のハウリア族達も悲痛な表情を浮かべた。恐らく自分達を逃すために囮になったり、逃げ遅れた仲間達だろう。奴隷狩りに遭ったら最後、赤子や老人など売れそうにない者は殺される運命だ。

 

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら、亮牙さん達…どうするのですか?」

 

 シアは未だ動揺しつつも、意を決したように尋ねた。周囲の兎人族も聞き耳を立てていた。

 

「…シア、お前、未来が見えたんだろう?」

「はい、見ました。帝国兵と相対する貴方を…」

「それがどうした?」

「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと…」

 

 しかしそんな彼女達とは裏腹に、亮牙は何時もと変わらない様子で答えた。

 

「別にどうでもいい」

「えっ?だ、だって、同族じゃないですか…⁉︎」

 

 戸惑った表情で亮牙の肩を掴み問いかけてくるシアだが、亮牙は呆れたような表情になって応える。

 

「連中と生物学的に同族なのはハジメだけだし、俺に至っては有機生命体ですらない。それにお前達だって、同族に迫害されて追放されてるだろうに…」 

「それは、まぁ、そうなんですが…」

「それに連中の狙いが十中八九お前達である以上、どの道争いは避けられん。何より俺たちは樹海探索と、スラッグに会うためにお前達と契約を交わした。今後一生守ってやるわけじゃないが、それまではしっかり筋は通す。今更人間が相手だからって、反故にするつもりはない」

「そ、そうですか…」

 

 そう言いつつも、シアは未だ何処か納得がいかないようだ。そんな彼女を尻目に、亮牙はハジメとユエに指示を出した。

 

「ハジメ、ユエ。上は俺が片付けてくるから、お前達二人は此処でハウリア達を警護しながら待機しててくれ。終わったら大きく吠えるから、そしたら連中を連れて上がって来てくれ」

「「え?」」

 

 その指示にハジメとユエは戸惑った。てっきり自分達も一緒に登っていくと思っていたからだ。

 

「ま、待ってよ亮牙!僕らだって戦えるよ!」

「ん、私達だって、覚悟は決めてる…」

 

 そう抗議する二人だが、亮牙は諭すように反論した。

 

「お前らが強いことも、覚悟を決めていることもしっかり理解してるよ…。だが今回の一件は俺が首を突っ込んだ以上、汚れ仕事は引き受けるつもりだった。それに…」

「それに?」

「お前達は優しい奴らだ。何千万年も戦い続けて血に染まり、殺し慣れている俺とは違う。この先そんな余裕なんざないのは分かってるんだが、出来る限りお前らの手を汚させる真似はさせたくねぇ。お前らを巻き込んでおいて身勝手なのは百も承知なんだがな…」

「亮牙…」

「だから、今回は暫く待っててくれ。直ぐに片付けてくる」

 

 そう言うと、亮牙はグリムロックの姿に戻り、階段から少し離れた岸壁に噛み付いて穴を掘ると、そのまま地上を目指して掘り進んでいった。そんな彼の後ろ姿を、シア達ハウリア族は複雑そうに、ハジメとユエはすまなそうな表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ〜あ…」

「おい、少し気が緩みすぎだぞ」

 

 一方崖の上では、ヘルシャー帝国の兵士30人がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と野営跡が残っており、全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えていた。

 彼らは帝国軍第三連隊隊長グリッド・ハーフの部隊の兵士であり、フェアベルゲンから亡命してきたハウリア族を襲撃し、シア達をライセン大峡谷へと追い詰めた後、逃げ遅れた者達から商品価値のない老人などを始末し、奴隷となりそうな者達は隊長であるグリットが一部の部下と共に祖国へと攫っていった。しかしグリットは珍しい外見だったシアに目をつけており、万が一生き残っていたなら捕えるようにと小隊長をはじめとした30人を残しておいたのだ。

 それから三日経ち、どの兵士も兎人族達は全滅しただろうと考えてた。一人の兵士が退屈そうに欠伸をして、小隊長に嗜められた。

 

「んな事言っても小隊長〜、もう奴らが峡谷に逃げ込んで三日ですよ。あんな雑魚どもが峡谷の魔物に敵うわけないですって。今頃魔物のクソになってますよ」

「そう愚痴るな…。俺だって同じ考えだが、ハーフ隊長はあの白髪の兎人を欲しがってだからな。あと四日程は我慢しろ。流石に一週間もライセン大峡谷に潜って生きていられるはずがねえからな」

「あぁ〜、こんな事ならハーフ隊長が残りゃあ良かったのに…」

「そう腐るなって。帝都に戻りゃあ、娼館ぐらい奢ってやるからよ」

「マジっすかぁ⁉︎ひゃっほ~、流石小隊長!思う存分兎人の女で鬱憤晴らしてやるか〜!」

 

 現代の地球人が聞けば胸糞悪くなる内容の会話だが、これがこのトータスにおいて普通なのだ。創造神エヒトに選ばれたのは人族であり、他種族のうち、特に魔力を持たない亜人族は神から見放された下等生物という認識なのだ。

 特に傭兵国家であるヘルシャー帝国では、大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められ、信仰よりも実益を取りたがる者が多いのだが、使えるものは何でも使う主義故に奴隷売買が非常に盛んでもある。故に正教教会の意向が強く亜人など側にも置きたくないと考えているハイリヒ王国とは違い、亜人族を家畜感覚で奴隷とし、その事に一切の罪悪感などなかった。ある意味、最もエヒトを愉悦させている国家とも言えるだろう。

 そう呑気に雑談していた帝国兵達だったが、彼らが祖国に帰る事は永遠に叶わなくなった。

 

「ヒヒィィン‼︎」

「ん?ど、どうしたんだ?」

 

 突如として待機させていた馬達が騒ぎ出し、兵士達は首を傾げた。馬達はまるで何かに怯えるように、綱を外して逃げ出そうとしていた。確かに峡谷には魔物が多いが、ここまで怯えるのは見たことがない。

 更に地面が揺れた。一瞬地震かと思った小隊長だが、それにしては様子がおかしい気がする。

 

「じ、地鳴り?地震か?」

 

 そう小隊長が叫ぶと同時に、グリムロックが地面を突き破って飛び出してきた。真上にいた五人ほどの兵士が宙高く吹き飛ばされ、そのまま地上へと落下した。五人とも突然の事に受け身など取れるはずもなく、鈍い音を立てて地面に墜落し、血反吐を吐いた。

 

「ゴガアアアアッ‼︎」

『ッ⁉︎う、うわあああああああっ!!?』

 

 突然の襲撃に呆然としていた帝国兵達だったが、グリムロックが唸り声を上げた事で漸く正気を取り戻し、悲鳴を上げた。

 何だこの魔物は⁉︎見た目はダイヘドアそっくりだが、頭は一つしかないしデカ過ぎる⁉︎おまけにこいつの肌、金属なのか⁉︎

 

「ひ、怯むなお前ら!迎え撃て‼︎」

 

 帝国兵達は驚愕しつつも、この未知の生物に立ち向かおうとした。小隊長の合図と共に後衛が詠唱を唱えようとし、前衛が武器を構え突撃していった。しかし、今回ばかりは相手があまりにも悪過ぎた。

 グリムロックは片足を上げると、突進してくる前衛達に目掛けて思い切り振り下ろした。グシャリ!という鈍い音と共に5人が蟻のように踏み潰され、更にそのまま彼は腰を捻り、長い尾で他の前衛を吹き飛ばした。吹き飛ばされた兵士達は肋骨が砕け内臓が破裂し、そのまま肉塊となって地面に転がっていく。一部は綱のせいで逃げられず暴れている馬達にも突っ込んでいき、哀れな馬達を道連れにした。

 ようやく後衛が魔法を放とうとした瞬間、グリムロックは口からレーザーファイヤーを放った。巨大な業火のブレスは、後衛達を放った魔法ごと飲み込み、肉の焼ける臭いと断末魔の叫びが辺りに響いた。

 30人もいた兵士達は、あっという間に小隊長と、先程まで彼と談笑していたあの兵士の二人だけになってしまった。小隊長は最後尾で指示を出し、兵士の方は後衛の中でも後ろにいたためにレーザーファイヤーが放たれた瞬間大慌てで後ろに逃げたことで命拾いした。

 

「グルォオオオオオオ‼︎」

 

 取り敢えず片付いた。もう上がってきても良いだろう。

 そう判断したグリムロックは谷底にいるハジメ達に向けて合図となる雄叫びを上げると、ロボットモードに変形して生き残り二人を睨みつけた。その光景に小隊長は驚愕し、兵士に至っては腰を抜かしていた。

 そんな彼らの様子などお構いなしに、グリムロックは彼らへの尋問を始めた。

 

「おい、害虫ども。質問に答えろ。捕らえた兎人族はどうした?」

「ッ⁉︎テメエ、まさかゴーレムか⁉︎ 操ってるのは誰だ⁉︎俺達帝国兵にこんな事して、ただで済むと思───」

「質問に質問で返すな」

 

 怒りに震えて怒鳴り散らす小隊長だが、その言葉は続かなかった。グリムロックは片膝をつくと、そのまま片腕の指一本を立てて小突いた。しかし身長25.6mの金属の巨人が2mにも満たない人間にそんな真似をすれば当然、人間は潰される。小隊長は指圧て潰された小虫のように、口から血や内臓を撒き散らしながら絶命した。

 上官の惨劇を目の当たりにした兵士は、最早生き残ってるのは自分しかいない事を悟り、恐怖と絶望で顔を歪ませた。顔中涙と鼻水塗れになり、腰が抜けて立ち上がることもできない。

 

「ひ、ひぃぃぃ‼︎い、嫌だ!し、死にたくない!た、頼む!助けてくれ!」

「ならさっきの質問に答えろ。俺は気が短いんだ」

「…こ、答えたら殺さないか?」

「質問に質問で返すなって言ったよな?」

「ひぃ!ごめんなさいごめんなさい!」

 

 グリムロックのドスの効いた声に、兵士は恐怖のあまり失禁して股を濡らし、恥も外聞もなく泣き喚いて謝った。

 

「話します!話しますから!…多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから…」

「どっちに行った?」

「は、はい…あ、あっちです!」

 

 それを聞き終わると、グリムロックは兵士が指差す方を見て、嗅覚を研ぎ澄ます。確かに離れてはいるが、自分が全速力で走ればまだ追いつける距離だ。依頼を受けた以上、出来るだけ最善は尽くそう。

 一方、帝国兵は尚も命乞いを続けており、グリムロックは汚物でも見るような目で見下ろした。

 

「た、頼みます!言われた通り話したんです!命だけは見逃してください!足りなきゃ帝国に関する事でも話しますから!」

「ああ、殺さないでやるよ。()()()

「へ?」

 

 そう言うとグリムロックはキョトンとする帝国兵を掴み、野球ボールでも投げるように峡谷の、階段からなるべく離れた地点目掛けて投げ飛ばした。

 

「神に選ばれたお偉い人間様なんだろ?なら落ちても死なねえはずだ。テメエの強さでも証明してこい」

「うわあああああああああっ⁉︎」

 

 絶叫しながら飛んでいく帝国兵に最早見向きもせず、グリムロックはビーストモードに変形すると全身のエネルギーを巡らせ、匂いのする方へ全速力で走り出した。

 一方、投げ飛ばされた帝国兵は、ライセン大峡谷の出口から500mほど離れた地点へと墜落した。不運な事に頭からではなく足から墜落したことで即死せず、下半身の骨が全て砕けて激痛にのたうち回るが、最早立ち上がることすら出来なかった。更に不幸は続き、悲鳴を聞きつけて魔物達がぞろぞろと集まってきた。グリムロック達のおかげでハウリア達を襲う事が出来ず飢えていた彼らは、一匹だけだが新たに来た新鮮な獲物に、舌舐めずりをしながら近づいていった。

 

「い、嫌だ!どっか行け!助けてくれ!」

 

 帝国兵は泣き喚くが逃げることも出来ず、ましてや魔物達が餌の命乞いなど聞くはずもなかった。魔物達は一斉に襲いかかり、帝国兵は断末魔の悲鳴を上げながら、跡形もなく食い尽くされてしまった。

 皮肉にも、自分自身が魔物のクソとなる運命を辿る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルシャー帝国軍第三連隊隊長グリッド・ハーフは上機嫌であった。

 部隊を引き連れハルツィナ樹海へ訪れたら、大量の兎人族と出会した。それだけでも思わぬ拾い物だというのに、その中には見たことない白髪の少女もいた。あれは是非とも欲しいものだ。

 ある程度捕まえたものの、その少女は大半の仲間と共にライセン大峡谷へと逃げられてしまった。流石に峡谷まで追いかけるつもりはなかったが、最弱種族の兎人族どもが大峡谷の魔物達に敵うわけがないし、すぐに逃げ帰ってくるだろうと考え、小隊長を含めた30人を待機させ、自身は他の部下達と共に捕らえた兎人族どもを引き連れて帝都へ目指した。

 あれから三日、グリッド達はまだ帝都には辿り着いていなかった。小隊長達が追いつけるようにペースを落として移動していたからだ。

 あの白髪の兎人は小隊長達が捕まえてくるだろうし、もし死んでても、いい小遣い稼ぎが出来た。そうグリッドはほくそ笑んでいた。

 

 突如として地鳴りが響いた。地震かと思うグリッドだったが、地響きはこちらに近づくかのように響いてきた。

 嫌な予感がしたグリッド達帝国兵は後ろを振り返り、一気に顔色を青ざめさせた。見たこともない巨大な魔物が、大地を蹴り上げながらこちらに突進してきたのだ。

 

「グオオオオオオオオッ‼︎」

 

 追いついたグリムロックは大きく飛び上がると、そのまま恐怖で凍りついていた帝国兵を馬ごと踏みつけた。更に彼は変形してロボットモードになると、ドラゴントゥースメイスを振り回して瞬く間にグリッド以外の帝国兵を殲滅した。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ‼︎」

 

 先程までの上機嫌から一転して、グリッドは恐怖と絶望に顔を歪ませ、涙やら小便やらを撒き散らしながら尻餅をついた。

 グリムロックはそんなのお構いなしと言わんばかりに亮牙の姿になり、グリッドは更に驚愕し喚き散らした。

 

「さて、お前がボス猿のようだな」

「な、何なんだよお前は⁉︎近づくな!俺はヘルシャー帝国軍第三連隊隊長グリッド・ハーフだぞ!」

「あっそ、まあ別に下っ端でもいいけどな」

 

 亮牙はどうでも良さそうにグリッドの喚き声を聞き流すと、足元に落ちていた帝国兵の剣を拾い、その醜い首を跳ね飛ばした。ゴロンとグリッドの頭が地面に転がり、胴体はピクピクと痙攣しながら倒れた。

 やはりハジメの鍛えた剣に比べりゃ、こいつは鈍だな。まあ折角の親友の作品を、こんな汚物の血なんかで汚さずに済んで良かったが…。

 そう思いながら帝国兵の剣を投げ捨てた亮牙は、宝物庫のポーチから魔物の皮で作った簡素な袋を取り出してグリッドの生首を詰め込むと、彼はハウリア達を乗せた馬車へと近づいた。巻き添えにしないよう気を付けていたが、どうやら無事のようだ。

 一方、ハウリア達は気が気ではなかった。檻に入れられ、見せしめに何人か殺されたことによる恐怖で逃げ出すことも叶わず絶望していたが、突如として帝国兵達を遥かに凌ぐ暴力の化身が襲撃し、瞬く間に帝国兵を殲滅してしまった。更にその生物は人族の男の姿になり、唯一生き残っていた隊長の首を跳ね落とすと、こちらに近づいてきた。

 まさか殺し足りず、こちらに狙いを定めたのか⁉︎ハウリア達が更なる絶望に見舞われた時だった。

 

「お前ら、シア・ハウリアの一族で間違いないな?」

『へ?』

 

 その男はこちらに殺意など向けず、シアの名前を口にしてこちらに質問してきた。死を覚悟していただけに、誰もがキョトンとなる。

 

「どうなんだ?シア・ハウリアの仲間なのか?」

「は、はい!確かに、私達はシアと同じくハウリア族の者ですが…」

「俺はシアに雇われた者だ。安心しろ、シアも他の連中も無事だ。今は俺の仲間達が保護している」

「シ、シアが⁉︎皆も無事なんですか⁉︎」

「まあな。取り敢えず彼奴らと合流するぞ。全員しっかり掴まってな」

 

 そう言うと亮牙はグリムロックに戻り、ロボットモードのまま両脇にハウリア達を乗せた馬車を担ぐと、ハジメ達の待つライセン大峡谷へと早足で戻っていった。ハウリア達は仲間の無事と帝都へ連れて行かれずに済んだ事に安堵しつつも、地響きを上げながらの移動に振り下ろされぬようしっかり檻にしがみついた。

 一方、首を斬り落とされたグリッド達帝国兵の死骸はそのまま野晒しにされた。やがて、死臭に誘われて普通の動物から魔物まで様々な屍肉食動物がやって来て、跡形もなく全ての死骸を食べ尽くしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を少し遡る。ハジメとユエはシア達ハウリアの警護をしながら、亮牙が峡谷の上で帝国兵達を片付けるのを待っていた。頭上では岩の砕ける音とともに帝国兵の物と思われる怒号と悲鳴が響き渡り、ハウリア族が震え上がっていた。

 やがて頭上が静かになったかと思うと、亮牙の雄叫びが響き渡った。これが合図のようだ。

 

「どうやら片付いたみたいだね…。それじゃあ行くよ」

 

 そうハジメは淡々と告げてハウリア達を促すと、一行は彼を先頭に順調に登っていった。帝国兵からの逃亡を含めてほとんど飲まず食わずだったはずの兎人族だが、その足取りは軽かった。亜人族が魔力を持たない代わりに身体能力が高いというのは嘘ではないようだ。

 途中、何かが喚きながら峡谷目掛けて飛んで行った気もしたが、ハジメ達は気にせず階段を上りきり、遂にライセン大峡谷からの脱出を果たした。

 そこはまさに死屍累々といった状況だった。野営地だったと思われる場所で、丸焦げになった者やぺしゃんこに踏み潰された者、首や手足が変な方向に曲がった者など、様々なヘルシャー帝国兵の死骸がいくつも散乱していた。

 

「…やっぱりこの世界の人間は亮牙の敵じゃないか」

「ん、圧倒的過ぎる…」

 

 ハジメとユエはこの惨状を目にし、改めて亮牙の強さに感服するとともに息を呑んだ。彼が敵じゃなくて味方で良かったと、心の底から安堵した。後ろを見ると、シア達ハウリア族は顔を青ざめて戦慄していた。その瞳には若干の恐怖が宿っていた。

 やがて、シアがおずおずと口を開いた。

 

「あ、あの、ハジメさん、ユエさん。亮牙さんはどこに行ったんでしょうか…?」

「あ、確かにいないや。どこ行ったんだろう?」

「ん、ハジメ、これ見て…」

 

 そう言われて首をキョロキョロさせるハジメだが、ユエに肩を叩かれて彼女が指差す方向を見ると、亮牙のものらしき巨大な足跡が、一直線に伸びていた。

 何かを見つけて追いかけていったのか?そう考えたハジメはカムに問いかけた。

 

「あの、こっちの方角って何があるんですか?」

「そ、その方角は、ヘルシャー帝国側の方向ですが…」

「…ハジメ、まさか亮牙、帝国に喧嘩売りに行ったの…?」

「いやいや、幾ら亮牙でも流石にそんな真似…する、かも…」

 

 親友は何処か気の短いところがあるから、この転がってる連中に何か腹立つことを言われ、怒りのままに帝国に殴り込みに行ったのかな?いや、流石にそこまでは…。

 少し不安になって来たハジメだが、暫くすると地響きと共に、ロボットモードの亮牙が駆け足で戻ってきた。両脇には馬車らしきものを抱えていた。彼はハジメ達の前で止まると、両脇に抱えていたものを下ろした。抱えていたのはやはり馬車で、中には兎人族達が入れられていた。それを見てカムとシア、他のハウリア達も駆け寄ってくる。

 

「お前達、無事だったのか!」

「みんな!」

「族長!シア!良かった…!」

 

 どうやらシアの言っていた捕まった仲間のようだ。既に帝国に移送されたかと思っていたが、亮牙が助け出したようだ。

 再開できたことを喜び合うハウリア達を眺めながら、ハジメは亮牙に語りかけた。

 

「どうやら無事助けられみたいだね。三日も経ってるからもう間に合わないかと思ってたよ」

「ああ。連中、ここに転がってる猿どもが直ぐに追いつくだろうと高を括ってチンタラしてたみたいだったから、難なく追いつけたよ。とは言え久々に全力疾走したから、流石に疲れたがな…」

 

 そう言って亮牙はポーチから液状化したオーアを入れたハジメ特製の水筒を取り出し、一気に中身を飲み干した。

 やがて、カムが近づいてきて頭を下げた。

 

「ありがとうございます亮牙殿。我々だけでなく、攫われた仲間達まで助けて頂いて、なんとお礼を言えば…」

「礼などいらん。契約した以上、それに見合う働きをしただけだ…。それにそこの猿どもで唯一生き残った奴を尋問したら、やはり何人かは殺されちまってたみたいだしな…」

「そう…。で、亮牙、そいつはどうしたの?」

「ん?ああ、峡谷の方に投げ飛ばした。どいつもこいつも散々偉そうなこと抜かしてたからな、今頃は魔物達と仲良く喧嘩してるだろうよ」

「ああ、階段登ってる時何か飛んでったと思ったら、そうだったんだ…」

 

 ユエの質問にそう答えた亮牙に、ハジメとユエは成る程と納得する。すると、亮牙が掘り抜いてきた穴から、ひょっこりと何かが出て来た。その二つの頭を見て、直ぐに正体に気づいたシアが悲鳴を上げた。

 

「ひぃっ⁉︎ダ、ダイヘドア⁉︎」

 

 そう、出て来たのはあの双頭のティラノサウルス型の魔物ダイヘドアだった。しかもこの個体、亮牙達と出会う前のシアを襲ったのと同一個体だ。

 彼女の悲鳴にハウリア達は喜びも束の間、恐怖で震え上がり、ハジメとユエは応戦しようとした。しかし、亮牙は落ち着いた様子でそれを静止した。

 

「まあ待て二人とも、此奴から敵意は感じない」

「ん、どういう事?わざわざ登って来たなら、私達を襲いに来たんじゃ…」

「まあ大方予想は出来るがな…。グォッグォッ、グゥウウウ?」

「ガァ、グァッグァッガァアアア…」

「グォオオオオ。ゴガアアアア」

「グォッ⁉︎クゥゥゥン!」

 

 そう言うと亮牙はダイヘドアに獣の言葉で話しかけ、そのまま何かやりとりをする様に会話を続けた。魔物と会話すると言う有り得ない光景に、シア達ハウリアは改めて驚愕した。

 やがて会話が終わると、ダイヘドアはお礼を言うかのように唸って亮牙が掘った穴から這い上がって来た。更に驚いた事に、その足元には四頭、それより遥かに小さなダイヘドア達が続いてきた。

 

「え⁉︎こ、子ども⁉︎」

「ああ、奴さんは子育て中の母親で、雛たちの飯を探していたらしいんだが、丁度俺がこの猿どもを仕留めた匂いを嗅ぎつけたらしくて、お零れに預かりたいそうだ。俺としちゃこんなの食いたくないし全部やるよって言ったら、物凄く感謝されたよ」

「ああ、だから敵意がなかったんだ…」

「ちなみにシアを襲ったのも、自分が食うんじゃなくて雛たちに食わせるためだったそうだ」

「私、その子たちのご飯にされる予定だったんですか…」

 

 真実を知ったシアは、その場で食い殺される訳じゃなかったとは言え、結局食われる事に変わりはなかった事に、複雑そうに苦笑いした。

 

「よし、取り敢えず樹海に行くぞ。馬車は無事みたいだし、俺が引っ張って行くからよ」

 

 そう言って亮牙はビーストモードになり、最初と同様に頭上にハジメとユエ、シアを乗せると、残るハウリア達が乗り込んだ大量の馬車を難なく引っ張っていった。

 ダイヘドアの親子達は樹海へと去って行く彼らに感謝の意味を込めた唸り声を上げて見送ると、その場に残された大量の御馳走を、思う存分喰らって腹を満たした。

 

 

 

 

 




まさかの攫われたハウリア達とダイヘドアが救済されました(笑)
だがグリッド、テメーはダメだ。

流石に追いつくのは無理じゃないか?と思うかもしれませんが、グリムロック達ダイナボットは映画とは言え、墜落した武隆から香港までかなり離れているというのに短時間で辿り着く俊足ですから(笑)

感想、評価お待ちしてます。


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ハルツィナ樹海

まだスラッグの登場は先になります。 

今月25日に、実写トランスフォーマーのキャラの自作ショートフラッシュ動画で有名なYouTuberのOsroさんが、4年前から制作に取り掛かっていたグリムロックのショートフラッシュが完成したのですが、大変素晴らしい作品でした!


 グリムロック達はハルツィナ樹海を目指して平原を進んでいた。何台もの大型の馬車にシア以外のハウリア族全員が乗っているのだが、グリムロックはその怪力で、まるで貨物列車用の機関車みたいに軽々と牽引して行った。 

 そうやって歩いていくと、遠方にハルツィナ樹海が見えてきた。かなり巨大な木々も生えているようで、凸凹と緑の凹凸が目立っていた。そのタイミングで、不意にシアが口を開いた。

 

「あの、あの!亮牙さん達のこと、教えてくれませんか?」

「俺グリムロック、さっき峡谷で話したろ?」

「いえ、能力とかそういうことではなくて、なぜ奈落という場所にいたのかとか、旅の目的って何なのかとか、今まで何をしていたのかとか、みなさん自身のことが知りたいです。」

「…聞いてどうするの?」

「どうするというわけではなく、ただ知りたいだけです。…私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で…。もちろん、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが、それでもやっぱり、この世界のはみだし者のような気がして…。だから、私、嬉しかったのです。皆さんに出会って、私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃないって思えて…。勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて、だから、その、もっと皆さんのことを知りたいといいますか…」

 

 話の途中で恥ずかしくなってきたのか、次第にシアは小声になり顔を赤らめた。確かに出会った当初も随分嬉しそうにしていたと三人は思い出し、シアの様子に何とも言えない表情をした。谷底では魔法が使える理由など簡単なことしか話していなかったため、きっと彼女なりにずっと気になっていたのだろう。

 

「…俺グリムロック、二人ともどうする?」

「僕は別に構わないけど…。ユエは?」

「ん、私も構わない。…亮牙の過去はどうする?」

 

 ユエが気を遣って小声で聞いてきた。グリムロックは少し考えるように沈黙すると、何かを決めたように口を開いた。

 

「…俺グリムロック、大丈夫だ。これっきりだけど、この姿見せたし、スラッグと会うなら教えた方がいい。でもシア、面白い話じゃないぞ…」

 

 グリムロックがそう言うと、三人はシアに今までの経緯や旅路についてを話し始めた。流石にグリムロックがビーストモードで移動している今は、彼が過去の記憶を立体映像で見せる事は出来なかったので、三人の口から語られる形ではあったが。

 

「うぇ、ぐすっ…、ひどい、ひどすぎまずぅ~、皆さん、がわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて…。うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

「俺グリムロック、だから面白くないって言った…」

 

 その結果、シアは何時かのユエ以上に号泣し、「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いていた。そして彼女は少しすると決然とした表情で顔を上げて口を開いた。

 

「亮牙さん、ハジメさん、ユエさん!私、決めました!皆さんの旅に着いていきます!これからは、このシア・ハウリアが陰に日向にみなさんを助けて差し上げます!遠慮なんて必要ありませんよ、私達はたった四人の仲間!共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

「俺グリムロック、要らない」

 

 グリムロックは一瞬の迷いも無い、見事なまでの即答でシアの申し出を却下した。ハジメとユエも、勝手に盛り上がる彼女に呆れるような冷めた視線を送っていた。

 

「即答っ⁉︎な、なんでですか?私の未来視だってきっと役に立ちますよっ‼︎」

「俺グリムロック、俺達三人、お互い信頼して命を預け合ってる。自分の身も守れないお前に、命は預けられない」

「同感だね。そもそも止めといた方がいいよ。僕らの目的は各地の大迷宮の攻略、つまりさっき話した地獄の様な場所を最大でもあと六箇所も回る事になるんだから…」

「ん、ライセン大峡谷の魔物程度に逃げ回るしかないんじゃ話にならない…。大迷宮攻略中にシアを守る余裕は、多分私達にも無い…」

 

 他の迷宮の詳細は未だ不明だが。恐らくオルクス大迷宮に迫る程の危険が待っている事は確実だ。だからこそシアがグリムロック達と一緒に大迷宮に挑むなど自殺行為も同然だし、完全な足手纏いを庇いながら攻略できる程の余裕は彼ら三人にも無かった。

 その言葉に表情を暗くして俯いてしまうシアの様子に、流石に言い過ぎたかと感じたグリムロックは、付け加えるように語りかけた。

 

「俺グリムロック、その気持ちだけで充分…。別に他人と違ったって、変じゃない。皆同じじゃあ、逆に気持ち悪い…。それに、同族の死に絶えた俺やユエと違い、お前はまだ想ってくれる家族、いる。なら態々それを、捨てなくてもいい…」

 

 以前聞かされたフェアベルゲンの掟等を考えると、もしシアが兎人族以外の種族に生まれていたら、間違いなく彼女はとっくの昔に殺されていただろう。だからこそ比較的恵まれた環境に生まれた彼女に、無理してそれを捨てて欲しくはなかった。

 そう告げるとグリムロックは、この話は終わりと言わんばかりに口を閉じた。シアは落ち込んだように黙りこくりながらも、難しい表情で何かを考え込んでいた。

 

(そうじゃないんです亮牙さん。皆が私を想ってくれるからこそ、私は…!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、遂にグリムロック達はハルツィナ樹海と平原の境界に到着した。外から見る限りはただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

 ハウリア達の降りた馬車をグリムロックが粉々に破壊した後、三人に対してカムが樹海での注意と行き先を確認した。

 

「それでは、御三方。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。貴方方を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りだとそこがスラッグの縄張りみたいだし、本当の迷宮と関係してそうだからな」

 

 カムが言った「大樹」とは、ハルツィナ樹海の最深部にある巨大な一本樹木「大樹ウーア・アルト」の事で、亜人族からは神聖な場所とされて滅多に近づく者はおらず、16年前からは更にスラッグが住み着いているらしい。ライセン大峡谷脱出時に彼から聞いた話だ。

 当初は樹海そのものが大迷宮かと思っていた亮牙達だったが、それならば奈落の底と同レベルの魔物が彷徨いている魔境ということになり、とても亜人達が住める場所ではないだろう。故に彼らはオルクス大迷宮のように真の迷宮の入口が何処かにあるのではと推測した。そして、カムから聞かされた大樹が怪しいと踏んだのである。

 亮牙の言葉に頷くと、カムは周囲の兎人族に合図をして三人の周りを固めた。

 

「御三方、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は神聖な場所とされております上、今では亮牙殿の御友人が暮らしていらっしゃるためあまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「大丈夫です。僕ら三人とも、ある程度隠密行動はできますから」

 

 そう言ったハジメは「気配遮断」の技能を使い、ユエも奈落で培った方法で気配を薄くした。亮牙に至っては元々が捕食者であるが故に、気配を消すくらい朝飯前だった。

 

「ッ⁉︎これは、また…。ハジメ殿、できれば亮牙殿やユエ殿くらいにしてもらえますかな?」

「ん?…こんなもんすか?」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く流石ですな!」

 

 元々兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。地上にいながら、文字通り野生児の亮牙や奈落で鍛えたユエと同レベルと言えば、その優秀さは達人級と言えるだろうが、ハジメの「気配遮断」はそれを凌駕していた。普通の場所なら一度認識すればそうそう見失うことはないが、樹海の中では兎人族の索敵能力を以てしても見失いかねないハイレベルなものだった。

 人間族であるハジメに自分達の唯一の強みを凌駕され、カムは苦笑いだ。ユエは恋人の凄さに、その慎ましい胸を自慢げに張っていた。対してシアは、三人に指摘された実力差を改めて思い知らされ、どこか複雑そうだ。

 

「それでは、行きましょうか」

「ああ、頼むぞ」

 

 カムの号令と共に準備を整えた一行は、彼とシアを先頭に樹海へと踏み込むと、しばらく道ならぬ道を突き進んだ。

 直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくるが、現在位置も方角も完全に把握しているようで、カムの足取りに迷いは全くなかった。理由は分かっていないが亜人族は、亜人族であるというだけで樹海内でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 順調に進んでいると、魔物の気配を感じたカム達が立ち止まり、周囲を警戒し始めた。当然、三人も感知していた。どうやら複数匹の魔物に囲まれているようだ。

 兎人族達は本来なら、その優秀な隠密能力で逃走を図るのだそうだが、今回はそういうわけには行かず、樹海に入るに当たってハジメが貸し与えたナイフ類を構えた。皆、一様に緊張の表情を浮かべていた。

 

「そこだ!」

 

 そう言ったハジメは、小型のハンドガンを撃ち、微かにパシュという射出音が連続で響いた。

 樹海中では発砲音で目立つためにドンナー・シュラークを使えないため、今回はかつてユエ救出時に亮牙が倒したサソリモドキからヒントを得て発明した、散弾式のニードルガン「ニードルノーズ」を使用した。射出には同じく「纏雷」を使っているため、ドンナー・シュラークには全く及ばないもののそれなりの威力がある。射程10m程なのが欠点だが静音性には優れており、毒系の針もあるので中々に便利であった。

 

「「「キィイイイ⁉︎」」」

 

 三つの何かが倒れる音と、悲鳴が聞こえた。そして、慌てたように霧をかき分けて、腕を四本生やした体長60cm程の猿が三匹踊りかかってきた。

 内、一匹に向けてユエが手をかざし、風の刃を高速で飛ばす「風刃」を放ち、空中にある猿を何の抵抗も許さずに上下に分断、猿は悲鳴も上げられずにドシャと音を立てて地に落ちた。

 残り二匹は二手に分かれ、一匹は近くの子供に、もう一匹はシアに向かって鋭い爪の生えた四本の腕を振るおうとした。シアも子供も、突然のことに思わず硬直し身動きが取れず、咄嗟に近くの大人が庇おうとするが、無用の心配だった。

 音もなく近づいた亮牙が、容赦なく二匹の猿の頭を掴んだ。彼はそのまま一匹の頭を握り潰し、もう一匹を地面に叩き付けて踏み潰した。

 

「あ、ありがとうございます、亮牙さん」

「お兄ちゃん、ありがと!」

「気にするな。此奴らが嫌いな奴に似てて虫酸が走っただけだ」

 

 シアと子どもが窮地を救われ礼を言うも、亮牙はそう言って手を軽く振った。子どもは目を輝かせるが、シアは突然の危機に硬直するしかなかった自分にガックリと肩を落とし、カムは苦笑いした。

 

「あ〜亮牙、それってもしかして坂上君?」

「決まってるだろハジメ、俺の嫌いな猿なんざあのゴマすりコングだけだ」

「ん、其奴って確か、二人が言ってた勇者の子分?」

「ああ、テメエで考える脳味噌も利口になる努力もしてねえ癖に、やる気がどうのこうのでハジメを虚仮にしてた大馬鹿野郎だ」

「ん、もし其奴に会ったら、お尻を猿みたいに真っ赤になるまで燃やしてやる…」

「アハハハ…。ユエ、確かに腹立つ奴だったけど、程々にね…。取り敢えず、先を急ごう」

 

 ハジメから促されて、一行は先導を再開した。

 その後もちょくちょく魔物が襲ってきたが、亮牙達が静かに片付けていった。一般的には相当厄介なものとして認識されている樹海の魔物だったが、三人の敵ではなかった。

 しかし樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、一行は歩みを止めた。数も殺気も連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなく耳を動かし索敵を行うと、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

 亮牙達も相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。

 

「お前達、何故人間といる!種族と族名を名乗れ!」

 

 その正体は虎模様の耳と尻尾を付けた、筋肉モリモリマッチョマンの亜人だった。

 その亜人、ギルは両刃剣を抜身の状態で握りながら、樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いているという有り得ない光景に、カム達を裏切り者を見るような眼差しを向けた。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。

 

「あ、あの私達は…」

 

 カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前にギルの視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

 

「白い髪の兎人族、だと?…貴様ら、報告のあったハウリア族か…。亜人族の面汚し共め!長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ!もはや弁明など聞く必要もない!全員この場で処刑する!総員か───」

五月蠅(やかまし)い、喚くな」

「ッ!!?」

 

 ズン、と周囲の重力が増したと思うほどの威圧に、周囲の亜人達は皆硬直した。バランスを崩して木から落ちる者までいる。

 

「俺達三人はお前らに仇なすつもりはない。だが此奴らハウリアの命は俺達が保障しているからな…。手を出すと言うのなら、一人残らず喰い殺すぞ。骨一本残さずな」

 

 そう言うと亮牙は威圧感だけでなく、あまりにも濃厚な殺意を放ち始めた。更にハジメとユエも彼には劣るが相当な威圧感を放ち、そしてその差は亜人達にとっては感じ取れないレベルだった。それを真正面から叩きつけられたギルは冷や汗を大量に流しながら、ヘタをすれば恐慌に陥って意味もなく喚いてしまいそうな自分を必死に押さえ込んだ。

 

(冗談だろ!こんな、こんなものが人間だというのか!まるっきり化物じゃないか!)

 

 ギルは恐怖心に負けないように内心で盛大に喚いた。亮牙は興味を失ったように視線をはずすとハウリア族達に顎で先に行けと示す。

 

「ま、待て!」

「何だ?」

「あ、いや…」

 

 フェアベルゲンの第二警備隊隊長であるギルは、フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来なかった。

 

「何が、目的だ?」

「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」

「大樹の下へ、だと…?何のために?」

 

 てっきり奴隷狩り等といった自分達を害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない大樹が目的と言われ、ギルは若干困惑した。大樹は彼ら亜人達にしてみれば、言わば樹海の名所のような場所に過ぎないのだ。

 

「俺達三人は七大迷宮の攻略を目指して旅をしていてな。その大樹に、本当の大迷宮があると考えている。ハウリアは案内のために雇ったんだ」

「本当の迷宮?何を言っている?七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「そんな筈はない。俺達は大迷宮の一つを攻略し、そこの魔物達の実力を理解している。ここが本当に大迷宮だとしたら魔物達が弱過ぎる。何より試練の場だというのに亜人だけ平然と進めたり、たかだが道に迷う程度が試練なんぞあり得ん。だから樹海自体が大迷宮というお前の言い分は辻褄が合わん」

 

 恐らく亜人に案内してもらえる信頼関係、というのも試練の一つなのだろう。亮牙の予想としてはこの樹海は亜人を守ると同時に亜人と共に歩ける者を選ぶための迷宮だ。

 困惑を隠せなかったギルだが、少しすると何かを決めたかのように口を開いた。

 

「…お前達が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

 

 その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中で、侵入して来た人間族を見逃すということが異例だからだろう。

 亮牙達の言葉には聞き覚えのない事ばかりであり、戯言と切り捨てるのは容易だが、今この場で圧倒的に優位な彼らにこちらを騙す理由はない。つまり彼らは本当に大樹が目的で、フェアベルゲンには危害は加えないのだろう。ならばさっさと目的を果たして帰ってもらうほうがいいとギルは判断したのだ。

 

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前達の話も、長老方なら知っている方がおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

「…いいだろう。それに含むことがない証拠もある。受け取れ」

 

 亮牙はそう言うと、あの魔物の皮で作った袋をギルに投げ渡した。慌ててそれを受け取ったギルは袋の中身を取り出すと、更に驚愕の表情となった。その中身は勿論、亮牙によって駆除されたヘルシャー帝国軍第三連隊隊長グリッド・ハーフの生首だった。

 

「其奴はお前らにとって最大の外敵、ヘナチョコ帝国「亮牙、ヘルシャー帝国だよ…」…の部隊の隊長だ。俺達が奴隷狩りに来たのなら、態々取引相手になりそうな奴を殺したりせん。何よりお前達が長年手を焼いている外敵を抹殺して来た。これで充分だろう?曲解せずに伝えろよ」

「あ、ああ、無論だ。ザム!聞こえていたな!長老方に余さず伝えろ!」

「り、了解!」

 

 そう言ってギルは顔を少し青ざめさせながらも指示を出し、同時に霧の中の気配の一つが遠ざかっていった。それと共に亮牙達は殺意を霧散させ、同時に亜人達もほっと息を吐いた。意外にも今のうちに攻めようとはする者はいなかった。亮牙の殺意を浴びたこと、彼が仇敵であるヘルシャー帝国の軍隊を殲滅し隊長格の首を持ってきた事に、すっかり恐怖心を刺激されてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま待つこと数時間、流石に退屈になってきたのか、ハジメはユエの膝枕で寝っ転がり、亮牙はポーチからオーアを取り出し、寄り添って来たシアにお酌をしてもらいながら飲んでいた。

 すると霧の奥から数人の新たな亜人達が現れた。特に目を引くのは彼等の中央にいる初老の男だ。美しい金髪に深い知性を備える碧眼、容姿は人間にそっくりだが耳は尖り、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる細身の体躯に反して威厳に満ちた容貌をしている。年のせいで幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げており、長老と呼ばれるにふさわしい威厳をしていた。

 

「ふむ、お前さん達が問題の人間族かね?名は何という?」

「ハジメ、南雲ハジメです」

「…ユエ」

「灘亮牙だ。そう言うお前は何者だ?」

 

 何千万年も生きている亮牙にとっては目の前の長老も若造にしか見えないため、当然敬語など使わない。だがそんな事など知らない周囲の亜人達は、無礼だと憤りを見せた。それを片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。

 

「私はアルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが、その前に聞かせてもらいたい…。『解放者』とは何処で知った?」

「オルクス大迷宮を攻略後、解放者の一人オスカー・オルクスの隠れ家で知った」

 

 目的などではなく解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝しみながら、亮牙はそう答えた。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。なぜなら解放者という単語と、その一人がオスカー・オルクスという名であることは、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。

 

「ふむ、奈落の底か…。聞いたことがないがな…。…証明できるか?」

「証拠と言えるかは微妙だが、これはどうだ?」.

 

 アルフレリックは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、そう尋ねた。それに対して亮牙は宝物庫のポーチから、地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石をいくつか取り出し、アルフレリックに渡した。

 

「こ、これは、こんな純度の魔石、見たことがないぞ…!」

 

 アルフレリックも内心驚いていてたが、隣に控えるギルが驚愕の面持ちで思わず声を上げた。

 

「後は、そうだな…。ハジメ、オルクスの指輪を…」

「あいよ。亮牙もマトリクスを」

 

 そう言ってハジメはオルクスの指輪を、亮牙は宝物庫から取り出した創世のマトリクスを見せた。その指輪に刻まれた紋章や、マトリクスの輝きを見てアルフレリックは目を見開き、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐いた。

 

「成る程…。確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが、よかろう…。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

 アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなくシア達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。無論、ギルを筆頭に周囲の亜人達からも猛烈に抗議の声があがった。かつてフェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから、無理もないだろう。そんな中、アルフレリックは厳しい表情でギル達を宥めた。

 

「彼等は客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

「待て、俺達は招かれざる客なんだろう?別に歓迎していない国に赴くつもりはない。俺達は大樹とそこに居座る者に用があるから、このまま向かわせてもらう」

「いや、お前さん。それは無理だ」

「え?どういう事ですか?」

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。…亜人族なら誰でも知っているはずだが…」

 

 アルフレリックは困惑した顔で「今すぐ行ってどうする気だ?」と三人を見たあと、案内役のカムを見た。亮牙達は聞かされた事実にポカンとした後、同じようにカムを見ると…

 

「あっ」

 

 まさに今思い出したという表情をしていたため、三人とも額に青筋が浮かべた。

 

「「「おい…」」」

「あっ、いや、その何と言いますか、ほら、色々ありましたから、つい忘れていたと言いますか…。…私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか…」

 

 しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、亮牙達のジト目に耐えられなくなったのか逆上し、シア達に当たり散らした。

 

「ええい、シア、それにお前達も!何故途中で教えてくれなかったのだ!お前達も周期のことは知っているだろ!」

「なっ、父様、逆ギレですかっ!私は父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って…。つまり、父様が悪いですぅ!」

「そうですよ、僕たちも『あれ、おかしいな?』とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって…」

「族長、何かやたら張り切ってたから…」

 

 逆上するカムにシアが更に逆上し、他の兎人族達も目を逸らしながらさり気なく責任転嫁をした。

 

「お、お前達!それでも家族か!これは、あれだ、そう!連帯責任だ、連帯責任!御三方、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い!父様汚いですよぉ!一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長!私達まで巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の亮牙殿の容赦のなさを見ていただろう!一人で罰を受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

 

 亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族だが、ハウリア達はぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか、流石、シアの家族だな…。総じて、残念なウサギばかりだった。

 亮牙は呆れたように溜息を吐くと、ハジメとユエに話しかけた。

 

「まったく、二人とも、また耳塞いでろ…」

「ん、分かった…」

「あいよ、長老さん方、耳塞いでおいてください」

「あ、ああ、承知した…」

 

 ハジメとユエもやれやれと言わんばかりの表情になりながら耳を塞ぎ、アルフレリックやギルも顔を痙攣らせながら耳を塞いだ。

 亮牙は思い切り息を吸うと、巨大な怒鳴り声を上げた。

 

「ゴルァアアアアアアッ!!!」

『――――アッーーーー!!!』

 

 樹海に耳を劈くような怒声と、ハウリア達の悲鳴が木霊した。ハジメとユエはもう慣れていたが、アルフレリックを含む周囲の亜人達は、耳を塞いでも響く怒鳴り声に驚愕していた。

 対してハウリア族は、喧嘩に夢中で耳など塞いでいなかった事から、凄まじい絶叫を上げて悶絶していた。その光景が、彼らの残念さを示していた。

 

「…まあ、追いつめられた状況だったからな。今回はこの程度で勘弁してやる」

 

 

 

 

 




〜オリジナル武器〜
・ニードルノーズ
 本作でハジメが義手を使わない代わりに作ったハンドガンタイプのニードルガン。
 名前はG1のターゲットマスターの一人ニードルノーズから。日本では知名度が低いが、IDWコミックでは『ロボット・イン・ディスガイズ』とその続編においてD軍側の主要キャラになっており、更にトラックスの弟という設定となっている。

・グリッドの生首
 ボス猿ことグリッド・ハーフの生首。
 グリムロックは戦利品としてだけでなく、もし亜人達と出会した時に敵意がない事を証明するのに役立つと考えて持ってきた。
 なお以降はもう必要なかったのでギル達に譲ったが、流石の亜人達も震え上がっていたらしい。

ハジメ「ずいぶんR-18Gな廃物利用だね」





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The Bird and the Worm

今回は久々に短くなりました。

タイトルは2010年の映画『タイタンの戦い』の予告編に使われた、ザ・ユーズドの楽曲からです。


 ギルの先導で、亮牙とハジメとユエ、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めた隊列で濃霧の中を歩いていった。既に一時間ほど歩いたことから、ギルが向かわせた伝令のザムは相当な駿足だったことが伺える。

 暫く歩いていると突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、まるで霧のトンネルのように一本真っ直ぐな道が出来ているだけの場所だ。よく見ると、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められており、そこを境界線に霧の侵入を防いでいるようだ。

 青い結晶に注目しているハジメに気が付いたのか、アルフレリックが解説を買って出てくれた。

 

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は比較的という程度だが」

「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入りますもんね…。住んでる場所くらい霧は晴らしたいか」

 

 そうこうしている内に、彼らの眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に10mはある木製の両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも30mはありそうで、亜人の『国』というに相応しい威容を放っていた。

 ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、重そうな音を立てて門が僅かに開いた。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようで、周囲の樹上から亮牙達三人に視線が突き刺さっているのが分かった。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。おそらくそれも考慮して長老である彼自ら出てきたのだろう。

 門をくぐると、そこは別世界だった。直径数十m級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れていた。人が優に数十人規模で渡り歩けるだろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成していた。樹の蔓と重り、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも20階くらいありそうだ。

 

(やはり自然の中にいると、恐竜時代を思い出して落ち着くな…)

 

 そう感じながら、亮牙は懐かしい感傷に浸っていた。見るとハジメとユエもポカンと口を開けてその美しい街並みに見蕩れており、アルフレッドが咳払いをした事で正気に戻った。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

 アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。三人はそんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

 

「ええ、こんな綺麗な街を見たのは初めてですから…。空気も美味しいし、見事に自然と調和してますね」

「ん、綺麗…」

「確かに良い土地だ…。俺達の故郷じゃあ、もうこのような見事な自然は殆ど残ってないからな…」

 

 三人の掛け値なしのストレートな称賛にどの亜人達も、流石にそこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いていた。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしていた。

 亮牙達は、フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながらも、アルフレリックが用意した場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…成る程。試練に神代魔法、それに神の盤上、そしてトランスフォーマー、か……」

 

 現在、亮牙達とアルフレリックは向かい合って、互いが持つ情報を交換していた。

 亮牙達は神の本性と解放者達の真実、大迷宮とは解放者達が後の世の者に神に抗うために残した「神代魔法」を受けとるための試練場であること、亮牙とハジメが異世界から来たこと、そして亮牙とこの樹海に住まうスラッグが金属生命体トランスフォーマーであることなどだ。

 アルフレリックはこのトータスの残酷な真実についてはそれほど動揺しなかった。ハジメが理由を聞いてみたところ、神が狂っていようがいまいが、この世界が亜人に優しくないのは今更なのだ、とのことだ。忌々しいカルト教団の権威もないこの場所では信仰心なんぞより、自然への感謝の念だという。

 亮牙達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に付いた者に伝えられる掟を話した。それは何とも抽象的な口伝で、「この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つのが現れたらそれがどのような者であれ敵対しない」と、「その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行く」の二つであった。

 ハルツィナ樹海の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が解放者いう存在である事、その解放者の仲間の名前と共に伝えたもので、フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたそうだ(流石に解放者がどういう存在かや、プライム達の名前以外の詳細については伝えていなかったが)。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。

 そして、ハジメが見せたオルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

「それで、僕達三人は資格を持っているというわけですか…」

 

 ハジメは己の指輪を確認しながらそう言うも、そうなるとこの迷宮は少なくとも一つの迷宮を攻略しなければ入れない可能性が考えられた。最悪、他にも条件があるかもしれない。

 ハジメとアルフレリックが話を詰めようとした時だ。急に亮牙が何かに気づいたように立ち上がった。

 

「ん、どうしたの亮牙?」

「…階下に何か来た。シア達が危ない…」

「「「え?」」」

 

 ハジメとユエ、アルフレリックが首を傾げると、何やら階下が騒がしくなった。亮牙達のいる場所は最上階にあたり、階下にはシア達ハウリア族が待機しており、どうやら彼女達が誰かと争っているようだ。その声を聞き、ハジメとアルフレリックも顔を見合わせて同時に立ち上がった。

 階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族を睨みつけていた。カムが必死に立ち塞がってシアを庇っていたが、二人とも既に殴られたらしく頬が腫れていた。

 まず亮牙、続いてハジメとユエ、最後にアルフレリックが階段から降りてくると、その亜人達は一斉に鋭い視線を送るが、亮牙は目もくれずにシア達の傍に近づいた。

 

「二人とも、大丈夫か?」

「亮牙さん…」

「すまん、誰か一人は待機しておくべきだった…」

 

 赤くなった頬を押さえながら涙目になっているシアに、亮牙はそう謝るとポーチから神水を入れた試験管二本とハンカチを取り出し、彼女とカムの頬を冷やすように応急処置を施した。

 自分達など眼中にもないという亮牙の態度に怒りを露わにしつつ、熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言した。

 

「アルフレリック…。貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた?こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど…。返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

 熊の亜人は必死に激情を抑えているのか拳を握りわなわなと震えていた。亜人族にとって不倶戴天の敵である人間族だけでなく、忌み子のシアと彼女を匿ったハウリア族まで招き入れたのが相当気に食わなかったようだ。他の亜人達も同じ気持ちなのかアルフレリックを睨んでいたが、当のアルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ!そんなもの眉唾物ではないか!フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧どもが資格者だとでも言うのか!敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

 あくまで淡々と返すアルフレリックだが、熊の亜人は信じられないという表情で彼を、そして亮牙達を睨んだ。

 話を聞く限りアルフレリックは歴史を重んじているのだろう。それに引き替え熊の亜人は、まさに老害という単語しか思いつかない。ハジメとユエは口に出さなかったものの、心の中で抱いたイメージは一致していた。

 やがてシア達の応急処置が終わった亮牙は、熊の亜人を睨みつけるが、直ぐに興味をなくしたようにアルフレリックに向き直り、呆れたように文句を言った。

 

「おい、気をつけろよ。()()()()()が逃げてるじゃねえか」

「ば、晩飯?亮牙殿、それはもしや、ジンのことを言ってるのか…?」

「あ?見りゃわかるだろ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――そこで吠えてる()()に決まってる」

 

 その一言に、その場にいた亜人族が凍りついた。対してハジメとユエは、ブフォと吹き出していた。

 やがてその古狸、ジンはわなわなと身体を震えさせ、顔を茹で蛸みたいに真っ赤にして叫んだ。

 

「き、貴様!この俺が古狸だと⁉︎」

「よく喚く狸だ。躾けられてねえからペットなわけないだろうし、だとしたら今日の晩飯の食材だとしか考えられねぇからな。にしてもこんな筋張って臭そうな肉なら、早めに下ごしらえしといた方がいいだろ」

「いや、ジンは狸ではなく熊人族で、一応長老なのだが…」

「俺の世界じゃあ、狸も熊も分類上はイヌの仲間だぞ」

「貴様ぁ!このジン・バントンを愚弄するとは良い度胸だ!いいだろう!ならばこの場で資格があるか、試してやる!」

 

 怒り狂ったジンは、亮牙に向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できず、アルフレリックもまさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いていた。

 そして一瞬で間合いを詰め、身長2m半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、亮牙に向かって振り下ろされた。

 亮牙は今なおジンのことを狸だと思っていたが、熊人族は亜人の中でも特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば一線を画す破壊力を持っていた。シア達ハウリア族と傍らの亜人達は、皆一様に、肉塊となった亮牙を幻視した。

 対してハジメとユエは落ち着いていた。亮牙に突っ込んでいくジンに抱いた感情は二人とも同じだった。

 

((馬鹿だなこの狸…))

 

 次の瞬間、轟音と共に剛腕が叩きつけられ、同時にバキボキッ!という骨の砕ける音と、グシャアッ!という潰れる音が響き渡った。その場にいた亜人達は亮牙が潰された音だと疑わず、シアは顔を青ざめさせた。

 だが、落ち着いているハジメとユエの様子から分かるように、それは間違いであった。

 

「え…あ、あ、あぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 何と、ジンの方が凄まじい絶叫を上げ、殴った腕を抑えながら後ずさると膝をついた。そのありえない光景に目を見開く周囲の亜人達だったが、その腕を見て更に驚愕した。なんと、ジンの逞しい腕はまるで押し潰されたかのようにグニャリと折れ曲がり、更に折れた骨が皮膚を突き破って剥き出しになっており、見るも無残な状態となっていたのだ。

 一方殴られた亮牙自身は全くの無傷で、撫でられた程度ぐらいにしか感じていなかった。しかし、その目には確かに怒りの炎が宿っていた。

 

「やっぱり狸だな。奈落の熊公の方がまだよっぽど骨があったし、相手の力を見極めることも出来んとは聞いて呆れる…。丁度いいハイピスト、少し離れてろ。俺の真の姿を見せてやるよ」

 

 そう言うと亮牙はたちまち元の姿、巨大な金属のティラノサウルスに変身した。ハジメとユエ、シア達ハウリアは彼の巨体を知っているからしっかり離れていたし、アルフレリックも言われた通り距離を取ったが、大きく変化したその姿に恐怖ではなく畏敬の念を抱き、目を奪われていた。

 対して、他の長老達はグリムロックの姿を見て、恐怖のあまりがくがくと震え上がっていた。ドワーフらしき亜人に至ってはかつて自分に死の恐怖を植え付けたあの巨獣を思い出し、顔面蒼白となって腰を抜かしていた。

 グリムロックはそんな長老達に目もくれず、足元にいるジンを睨みつけた。ジンはと言うと、まるで鳥から逃げ回るイモムシのように這いずり回っていた。

 

「ア、アイエエエ……」

 

 さっきまでの傲岸不遜な態度から一変、まるでニンジャリアリティショックに陥ったかのような悲鳴を上げて涙目となっているジンに対し、グリムロックは至近距離で凄まじい雄叫びを浴びせた。

 

「ゴガアアアアアアッ‼︎」

 

 その迫力に、改めて周囲の亜人達は震え上がり、それを至近距離でぶつけられたジンはショックのあまり、全ての頭髪が白熊のように白髪と化し、股間から盛大に失禁すると、そのまま茫然自失となってしまった。

 

「俺グリムロック、この狸、弱過ぎる」

 

 そう一言吐き捨てると、彼はジンに興味をなくし、再び亮牙としての姿に戻った。

 

「ん、亮牙…。流石にやりすぎ…」

「そうか?ただ吠えただけだろ。俺としちゃあ腕喰い千切ってやりたかったが…」

「…うん、そこまではやらなくて良かったね。まあどう見ても、先に手を出した向こうが悪いんだけど」

 

 流石にそんなスプラッタシーンとならなくて良かったと思わずにはいられないハジメであった。

 

 

 

 

 




グリムロックがジンに吠えるシーンは、『ジュラシック・ワールド/炎の王国』で、インドラプトルが老害ハンターことケン・ウィートリーを襲ったシーンのオマージュです。

最初はインドラプトルみたいにジンの腕を喰い千切ってやろうかと考えましたが、流石にグロすぎるかと考え止めました(笑)

良かったね、狸さん!





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獣の王

長老達との対峙、後編です。

今回、主人公がIDWコミックのキャラみたいに容赦無い苛烈な言葉を連発します。ご注意下さい。


 その後、アルフレリックによってその場はとりなされ、彼と共に当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族のグゼが、亮牙達と向かい合って座っていた。亮牙の傍らにはハジメとユエと、シアとカムが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っていた。

 ちなみに熊人族の長老であるジンだが、潰れた腕は何とか回復薬で治ったのだが、精神や白髪となった頭髪はそうとも行かず、かなり深いトラウマを刻まれてしまった。特に精神面は恐怖のあまり幼児退行して一人称が『僕ちゃん』となった挙句、亮牙を見るなり、

 

「びぇぇぇん!怖いヨォ〜、お家帰るぅ〜!」

 

 などと泣き叫ぶ始末で、最早戦士として復帰するのは不可能となってしまった。

 なおそんなジンの醜態を目にした亮牙達は、心底気色悪いなと感じていた。

 

「それで、貴方達は僕達をどうしたいんです?僕達は大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければ干渉つもりは一切無いんですが、亜人族としての意思を統一してくれないと、いざって時は容赦しませんよ…」

 

 そう話を切り出すハジメを、土人族のグゼが忌々しそうに睨みつけてきた。

 

「こちらの仲間の一人を痛めつけておいてそれか…?友好的になれるとでも?」

「おい毛虫、さっき俺は怒鳴っただけで手を出してないぞ。あの狸が勝手に口伝を破って手を出してきた挙句、勝手に自爆しただけだろうが。それともハウリア族やハイピストの種族以外は、悪意を向けられたら笑顔で対応してやるのが流儀なのか?なら、今からお前の生皮引っぺがして内臓引き摺り出してやるから、最期までニコニコ笑っていろよ」

「ヒィッ⁉︎」

 

 亮牙の言う通り、先に手を出してきたのはジンの方であり、亮牙は吠えただけでやり返してはいない。ジンの自業自得、という正論に誰もが押し黙るしかなかった。

 ジンと親しかったグゼは言い返してやりたかったが、亮牙の真の姿を目にし、彼がかつて自分たち土人族を返り討ちにしたあの獣の同族だということを悟った。その事は知られていないだろうが、もしこれ以上怒らせたら、宣言通りの目に遭わせられるかもしれないという恐怖で震え上がった。

 そのことを理解してか、アルフレリックがグゼを嗜めた。

 

「グゼ、気持ちはわかるがそのくらいにしておけ。亮牙の言い分は正論だ」

「確かにこの者達は、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼ら三人を口伝の資格者と認めるよ」

 

 そうルアは言い、糸のように細めた目で亮牙達三人を見た後、他の長老はどうするのかと周囲を見渡すと、マオとゼルも相当思うところはあるようだが、同意を示した。やがて代表して、アルフレリックが三人に告げた。

 

「灘亮牙、南雲ハジメ、ユエ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さん達三人を口伝の資格者として認める。故に、お前さん達と敵対はしないというのが総意だ。可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える…。しかし……」

「確約は出来ない、か?」

「…ああ、知っての通り、殆どの亜人族は人間族を快く思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな…」

「だから何だ?」

「お前さん達を襲った者達を殺さないで欲しい。お前さん達ならば可能であろう?」

「断る。さっきの古狸は口先だけのカスだったが、あの程度じゃビビらずに挑んでくる奴らだって大勢いるし、軽い情けは厄介な復讐を生む。そもそも殺す気で来ながら、殺される覚悟がないような奴等なんぞに情けを掛けるつもりなど毛頭ない」

 

 亮牙はそう言ってアルフレリックの頼みを一蹴した。死なせたくないのなら、長老達が死ぬ気で止めればいいだけの話だ。まあ、今のハジメとユエの実力なら一切心配はないし、流石に自分に敵う奴などこの世界の生命体にはいないだろうが。

 すると、ゼルが意地悪そうにニヤリと口を歪ませながら喋り出した。

 

「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

 

 その言葉に亮牙達は怪訝な顔をする。元々案内はハウリア族に任せているのに、何で自分達が案内をするような言い草をするのか、意味が分からないからだ。

 

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪、フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 

 そう冷酷に告げるゼルに、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情を浮かべる。

 

「長老様方!どうか、どうか一族だけはご寛恕を!どうか!」

「シア、止めなさい!皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

「でも、父様!」

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

 

 その言葉に遂にシアは泣き出してしまい、それをカム達は優しく慰めた。

 そんな彼女達を嘲笑うかのように、ゼルは勝ち誇ったような表情を浮かべながら話を続けた。見ればグゼも同じように下卑た表情をしていた。

 

「そういうわけだ。これで、貴様等が大樹に行く方法は途絶えたわけだが?どうする?運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

 

 ゼルもグゼも、自分達の勝利を確信していたが…。

 

 

 

 

 

「フハハハハハハハハハハッ‼︎」

 

 それに対して亮牙は、心底馬鹿にするかのように、盛大に爆笑した。

 その様子に、その場にいた全員がキョトンとなり、やがてゼルが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「な、何が可笑しい⁉︎何故笑う!」

「嗤わずにいられるか、ここまで馬鹿な連中だったとはな。どうやらハイピストとそこの狐以外は、俺が思った通り年功序列で族長の座についただけの老害のようだな」

「な⁉︎き、貴様!黙って聞いておれば──」

「黙って聞いてれば調子に乗るな、か?それはこっちの台詞だ、ゴミ屑どもが

『ッ!!?』

 

 そう言うと亮牙は、ギル達にぶつけたものより更に濃厚な殺意を放つ。それをまともに受けた長老達は皆顔を青くし身震いする。特にゼルとグゼは、少し失禁しかけていた。

 

「ハイピスト以外はさっきまでハルツィナの口伝を眉唾と一蹴していたくせに、自分達の都合のいい時に限り悪用するとはな…。大した偉業を成してもないクソ餓鬼風情が、先人達を愚弄するんじゃねえよ。それに、俺達三人の事を散々侮辱したお前らなんぞに頼るわけねえだろうが…」

「む、侮辱?それはどう言う意味だ?」

「…お前まで気付いてないのかハイピスト?ハウリア族は自分達を守るのと引き換えに、俺達を大樹まで案内するのを約束してくれた。特にシアに至っては最初、自分の身すら犠牲にしようとすらした…。だからこそ、俺達も契約が果たされるまでこいつらを守ると誓った。それをそこのドラ猫は俺達を、都合が悪くなれば簡単に約束を破るような卑怯者と見做しやがった。そうでなければさっきのような脅迫はせん」

「そ、それは…」

 

 図星を突かれ、ゼルは言葉を詰まらせた。だが、亮牙は容赦せずに続けた。

 

「それにお前らなんぞに案内を任すほど、俺達は阿呆じゃない。樹海じゃお前らは俺達と違い迷わないから、案内するふりをして闇討ちしたり、魔物の群れに誘導して俺達が応戦しているうちに逃げ出すに決まってる」

「わ、我々がそんな卑劣な真似をするとでも言うのか⁉︎」

「そうとしか思えないから言ってるんだ。少なくとも俺達は、お前らにとって最大最悪の天敵である帝国の一小隊を皆殺しにしてきて、お前達に仇なす気はないことを証明したはずだ。それをこの国の指導者であるお前らが悪意で返したというのに、信用すると思っているのか?」

 

 その言葉にハジメとユエは確かに、と考えた。案内を出すと言われたが、こんな悪意に満ちた連中が派遣するような案内人が信用できるとは思えない。

 亮牙の言った通りになれば、いずれは脱出できるだろうが、かなりの時間を浪費することは間違いない。その点から考えても、対等な取引に応じたハウリア達の方が信用できる。

 

「そもそも俺としてはお前らを問答無用で皆殺しにしても良かったんだが、流石にハジメやユエに悪影響だろうし、ハイピストやあのギルとか言う若造はまだ話の分かる奴だったから、チャンスをやろうと考えたんだ。今となっちゃ、後悔してるがな…」

「…流石に聞き捨てならんぞ。そこまで我々に殺意を抱く理由を聞かせてもらってもいいかな?」

 

 皆殺し、という不穏な言葉に、流石のアルフレリックも剣呑な表情で亮牙を睨みつけて問いただし、亮牙はふん、と鼻を鳴らした。

 

「俺達がお前らに今尚殺意を抱いてる理由は二つだ。まず一つ目は、16年前から大樹を縄張りとしている俺の盟友、スラッグにしようとした事だ」

 

 その一言に、グゼの顔から血の気が一気に引き、ガタガタと震え出した。

 

「何故俺がそのことを知ってるかって?ここに来る前に、カムが全部話してくれたよ。其処の毛虫が防衛のためじゃなく、欲に目が眩んでスラッグを殺そうとしたとな。まあ報復されなかった様子からして、彼奴自身はお前らなんぞ蝿程度にしか思ってないみたいだがら、多めに見てやるがな…」

「成る程、知らなかったとは言え、グゼ達がお前さんの友人にしようとした事はすまなかったな…。して、二つ目は…?」

「決まってる、お前らがシアにした事だ」

 

 そう言われた長老達は困惑してますます訝しむが、アルフレリックとルアはその理由を理解しているのか、動揺していなかった。

 亮牙は心底軽蔑するような視線を長老達に向けながら再び話し始めた。

 

「ふん、理解してるのはハイピストとそこの狐だけとは…。つくづく貴様らは老害だな」

「だ、黙れ!そいつは魔物と同じく、魔力を持っているんだぞ!」

「ああ、そして人間や魔人族とも同様にな。だがこの娘にはその三種類とは決定的に異なる強みがある」

 

 それを聞いたハジメとユエは、成る程と言わんばかりに声を上げた。

 

「そっか!人間や魔人族は魔力操作を持たないからどうしても初動に遅れが生じるし、魔物は魔力操作が出来てもそれを十全に活かせる知能がない。けどシアにはそうした欠点がない!」

「ん、私と同じ…。戦士として鍛えれば、この国にはシア以上に強力な戦士はいない…」

「二人の言う通りだ。魔法の適正はどうなのかは分からんが、少なくとも肉体強化に関しちゃあ中々のもんだ。それにシアの固有魔法は予知能力だ。うまく使えば、外敵や自然災害を察知するのに大きく役立つ筈だろうな」

「そ、そんな馬鹿な…」

 

 その言葉に長老たちは絶句したように声を震わせた。

 

「何よりシアのような存在は、少なくとも人間どもからの差別を終わらせる切り札になる。あのカルト教団ども曰く、お前ら亜人族は魔力を持たないから神に愛されない下等生物らしいが、民衆を使ってシアのような魔力持ちの者達を認知させれば、もうその言い分は通用しなくなって、海人族のように対等に扱わなけりゃならなくなる…。そしてそういった者達が子孫を残していけば、行く行くは大半の亜人族に魔力が受け継がれていく筈だ。時間こそかかるだろうが、お前ら亜人族は身体能力で勝っているんだから、魔力さえ身につければ最早他種族に見下されることはない」

 

 長老たちは二の句を告げられないと言うように目を見開きながら体を震わせ、ハジメとユエ、他のハウリア達も驚いたようにシアを見つめた。当のシアも、忌み子と蔑まれた自分が亜人族の希望となるかもしれない可能性を秘めていると言われ、困惑していた。

 

「それを理解していたのはハイピストと狐野郎だけみたいだな…。だが、それを指摘しても聞き入れられないし、下手をすれば自分達の一族まで迫害される。だから保身のために、見て見ぬ振りをした…」

「ああ…。下手をすれば我々も追放されていたかもしれぬ…。故に気づかぬ振りをするしかなかった…」

「うん、こうして他種族に指摘されなけりゃ、皆聞く耳も持たなかっただろうね…」

 

 アルフレリックとルアはすまなそうに口を開いた。どうやら、自分達の保身を選ぶしかなかった事を後悔しているようだ。

 そんな彼らを、グゼが掌を返して非難し始めた。

 

「アルフレリック、ルア!貴様ら、その可能性が解っていたなら何故黙っていた!話してく、グェッ!!?」

「何被害者面してやがる、老害が」

 

 そう言うと亮牙はグゼの首を掴み、締め上げ始めた。強靭な握力で鶏のように首を絞められたグゼは、たちまち目が充血して股間が濡れ始めた。

 

「冥土の土産に俺の能力も教えてやるよ。俺はシアと会う前、普通聞こえない筈の距離からこいつの声が聞こえた。最初は偶然かと思ったが、他のハウリアやお前らと会ってようやく理解した。俺はどうやらお前ら亜人族の心の声が聞けるらしい」

「亮牙、その能力ってまさか…」

「ああ、多分「獣の王」の技能だろうな。ユエと会った時は聞こえなかったんだが、シア達と出会ってからはやけに心の奥底が理解出来てるような気がしたしな…」

「ば、馬鹿な⁉︎出鱈目を──」

「黙ってろドラ猫、この毛虫の次はお前を殺してやる」

 

 思わず立ち上がったゼルだが、亮牙から殺害宣言と共に濃厚な殺意を浴びせられて尻餅をついてしまう。

 

「何故自分達がこんな目に遭わされるのかって面だな?お前らは国を守るためなどとほざいていたが、シア達を迫害した本当の理由は楽しむためだろうが…。長年魔力を持つ種族に追いやられた中、自分達亜人の中でも最弱種の兎人族の中から魔力を持つ者が生まれたんだ。憂さ晴らしをするには丁度良かったんだろう?」

「な、ち、ちが…⁉︎」

「違うなどとは言わさんぞ。お前らの魂の声は聞いたが、ハイピストと狐野郎以外は、心底愉快で堪らないと嘲笑う声しか聞こえなかったぞ?国のトップである自分達が決定したなら、どれだけ追い詰めようと報復できまい。16年隠してた以上、ハウリア達も今更引き渡すつもりもないだろうから、一族まとめて嬲れる。生まれて直ぐに始末しとけば良かったのに、馬鹿な連中だってな…」

「わ、我々はそんな──」

黙れ小僧!見苦しく言い訳を並べやがって!ただ人とは違う、そんな理由で我が子を殺せる親がいるか⁉︎ハウリアはそんな下劣な選択をしなかったが、貴様らはそうやって多くの罪なき命を虐殺しては優越感に浸ってきたんだろう⁉︎他種族から獣同然とされてきたようだが、貴様らの醜悪さは獣以下、人間どもと同類だよ‼︎」

 

 亮牙の容赦ない糾弾に、ゼルは耐えきれなくなったのか耳を塞いで目を瞑り、その場に蹲ってしまった。壊れたテープのように「違う、違う…」と呟くその姿は、もう亮牙の言葉を聞きたくないと、全身で体現していた。

 

「そこまでにしてくれぬか、亮牙殿。確かにお主の言う通り、ハウリア族の一件は我々の考え不足だった。それにゼル達はまだ若い。これ以上は彼等の心が壊れる。己を見つめ直すのに、時間をくれまいか?」

 

 怒り狂う亮牙をアルフレリックがなだめるように口を開くも、当の亮牙はまだ怒りが収まらない。

 

「だから許せと言うのか?少なくとも、ハウリア達は故郷を追われだ挙句、一部の仲間を価値なしと言う理由で殺され、奴隷にされかけたんだぞ。そもそもの原因は率先して迫害した此奴らだが、保身に逃げたお前らだって同罪だろうが」

「返す言葉もないね。確かに僕らが殺したも同然か…」

 

 そう言ってアルフレリックとルアは頭を下げた。聞こえてくる声からして、嘘偽りない、心の底からの謝罪だった。流石の亮牙も漸く怒りを収め、グゼの首を絞める手を止めた。おかげでグゼは死を免れたものの、親友のジンと同様に亮牙への恐怖心を刻まれてしまった。

 アルフレリックはふうと息を吐くと、ゼルの代わりにハウリア族の処分を述べた。

 

「ここはハウリア族はお前さん達の奴隷ということにする。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。…既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

 

 普通なら反対意見一つでも出そうなものだが、長老たちは何も言わなかった。亮牙の指摘を否定できなかった挙句、己の醜悪な内面を露わにされ必死に否定しようとして心が崩れてしまい、否を出せる筈がなかった。

 

「反対はないな?ならばハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、資格者である灘亮牙、南雲ハジメ、ユエの奴隷とする。そして、資格者三人には敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、彼らの一行に手を出した場合は全て自己責任とする…。以上だ。何かあるか?」

「…いいだろう。二人は構わないか?」

「大丈夫、問題ないよ」

「ん、異議なし…」

「そうか…。ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが…」

「構わん。これ以上いたら殺意を抑えられなくなって、敬意を払ってくれたお前の事も殺したくなっちまいそうだからな…。あとそこのドラ猫に伝えといてくれ。次ふざけた真似をすれば、俺の手でお前から全身の骨と大事な()()()()を引っこ抜いて、薬膳酒の材料にしてやるってな」

 

 亮牙はそう言って立ち上がると、ハジメとユエ、シア達を促した。ハジメとユエはすぐに立ち上がるが、シア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がなかった。

 亮牙は仕方ないなと言わんばかりに、未だボーっとしてるシアの肩に手を置いた。

 

「どうした?話が長引いて、足が痺れちまったか?」

「あ、あの、私達、死ななくていいんですか…?」

「ああそうだ。さっきの話聞いてたろ?」

「い、いえ、聞いてはいましたが…。その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか…。…信じられない状況といいますか…」

 

 シアだけでなく、周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だが、ハジメとユエが語り掛けた。

 

「…素直に喜べばいい」

「ユエさん?」

「…貴方達は亮牙に救われた。それが事実。受け入れて喜べばいい」

「だね。亮牙は誤解されやすいけど、基本的に心優しい奴だからさ。今回の君らが受けた仕打ちは、放ってはおけなかったんだろうね」

 

 二人の言葉を聞くと、シアは再び亮牙に視線を戻した。それに対して彼は不器用ながらも言葉を続けた。

 

「あの時、峡谷で俺はお前に、力を悪用したかどうかを聞いたな?」

「は、はい…。それが?」

「その時にお前の魂の声を聞いて、お前がそんな真似をしてない事を理解した。なのにお前らから理不尽に平穏を奪って、正義面するあの老害どもが許せなかった。それだけさ」

 

 その言葉にシアは肩を震わせる。樹海の案内と引き換えに彼女と家族の命を守る。亮牙が誓ってくれた約束だ。

 元々、「未来視」で亮牙達が守ってくれる未来は見えていたが、それで見える未来は絶対ではなく、選択次第でいくらでも変わるものなのだ。だからこそシアは彼らの協力を取り付けるのに必死だった。相手は亜人族に差別的な人間で、何も持たないシアにとって交渉の材料など、自分の「女」か「固有能力」しかなかった。 

 けれど事情を聞いた亮牙達が持ちかけてきたのは、シア達との契約だった。当初は途中で破棄されてもおかしくないと思っていたが、道中話している内に何となく、この人達なら約束を違えることはないだろうと感じていた。自分が亜人族であるにもかかわらず、差別的な視線が一度もなかったことも要因の一つだが、それはあくまで何となくであり、確信があったわけではなかった。故にシアは内心の不安に負けて、「約束は守る人だ」と口に出してみたり「人間相手でも戦う」などという言葉を引き出してみたりしたのだが、実際に亮牙は何の躊躇いもなく帝国兵と戦ってくれた。

 だが、今回ばかりはいくら亮牙でも見捨てるのではという不安がシアにはあった。長老衆の提案に従った方が彼らに損は無いし、口伝にある資格者として歓迎されないかもしれないが、一国丸ごと敵に回すよりはずっとマシだからだ。

 しかし、亮牙はフェアベルゲンと敵対してでも自分達の契約を選ぶと宣言し、更にシアが受けた仕打ちに対して心の底から怒ってくれた。そんな彼の姿と言葉はシアの胸に響いた。そしてユエの言う通り、シアと大切な家族は確かに守られたのだ。

 先程、一度高鳴った心臓が再び跳ねた気がした。顔が熱を持ち、居ても立ってもいられない正体不明の衝動が込み上げてくるが、これは家族が生き残った事への喜びだけではない事は、シアにも理解できた。彼女はユエの言う通り素直に喜び、今の気持ちを衝動に任せ、亮牙に全力で抱きつく事で表した。

 

「亮牙さ~ん!ありがどうございまずぅ~!」

「ん、どうした?急に抱きついたりして」

 

 シアは全力で抱きつき、泣きべそをかきながらも安堵に緩んでいる顔を、ぐりぐりと亮牙の肩に押し付けた。そんな様子をハジメとユエは暖かい目で見守り、亮牙も最初は戸惑っていたが、すぐに仕方ないなと言う表情になって、彼女の頭を優しく撫でてあげた。

 シアの嬉しそうな様子を見て、カムや他のハウリア族もようやく命拾いしたことを実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っていた。

 

 

 

 

 




〜用語解説〜
・獣の王
 覚醒後の主人公が獲得していた技能。魔物を含めた全ての野生動物と意思疎通ができる他、亜人族のように獣の要素を持つ知的生命体の魂の声を聞き、考えを読むことが出来る。シアの助けの声も、彼女の魂の声が聞こえたためである。
 二章の第二話『情けは人の為ならず』にて、主人公がシアの額に自分の額を近づけたのも、彼女の言い分の真偽を確かめるためであり、それにより彼女が嘘をついていないと見抜けた。

・ゼルのタマタマ
 現在、野生の虎は全ての種類が生息地の開発や密猟のために絶滅の危機に瀕している。密猟される理由は毛皮だけでなく、強さの象徴として骨やタマタマに滋養強壮の効能があると信じられ、漢方薬や薬膳酒の原料にされるためである(無論、科学的根拠はない)。
 元々ゼルへの警告ではこのネタを使いたかったのと、シュワちゃん主演の映画『レッドブル』での主人公の台詞へのオマージュ。





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愛のために

スタジオシリーズのオーバーロードの発売日を今月末と勘違いし、買いそびれてしまいました(泣)

さあハウリア鍛錬の始まりです。彼らはどう成長していくのでしょうか?


「よし、これから十日間、お前達を鍛え上げる。文句は受け付けん」

 

 フェアベルゲンを去った亮牙達は一先ず大樹の近くに、ハジメがこっそり盗んできたフェアドレン水晶を使って結界を張っただけの簡素な拠点を作った。一息つくとそう宣言した亮牙に、切り株などに腰掛けていたハウリア達はポカンとした表情を浮かべて困惑し、代表してシアが尋ねた。

 

「え、えっと、亮牙さん。戦闘訓練というのは…?」

「そのままの意味だ。大樹へ行けるようになるまで十日間やる事もないし、お前達ハウリアを最低限自分の身は守れるレベルにまで鍛え上げてやる。ハジメやユエも構わないか?」

「僕はOKだよ」

「ん、私も構わない」

「な、何故、そのようなことを…?」

 

 あまりに唐突に宣言した亮牙達三人の据わった目と全身から迸る威圧感にハウリア達は皆震え上がり、シアが当然の如く疑問を投げかけた。

 

「おいシア、まさかあれでめでたしめでたし、とは思ってないよな?上の連中には釘を指しといたが、ハイピストの言ったように下の連中は必ず暴走する輩が出てくる。それにハイピストはお前達への手出しは自己責任と定めたが、裏を返せばお前達を殺しても褒めないが罪にも問わない、って事だ」

「うっ…た、確かにそうですよね…」

「悪いが俺達は旅の真っ最中で、今更中断するつもりはない。守ってやれるのは、大樹への案内が終わるまでだ。以降はお前達だけで何とかしていくしかない」

 

 亮牙にそう言われ、ハウリア達は皆一様に難しい表情となっていた。漠然と不安は感じていたが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやり、考えないようにしていたみたいだ。

 

「今のお前達は弱い。これからも悪意や害意に絶えず晒され続けるだろう。故郷を追われた以上、逃げも隠れも出来ないぞ…。とは言え俺達も黙って見殺しにするつもりはない。だから鍛え上げてやる。それとも、自分達は弱いんだから仕方ないと、潔く滅びを受け入れるつもりか?」

 

 誰も言葉を発さず重苦しい空気が辺りを満たす中、やがて、ポツリと誰かが零した。

 

「そんなものいいわけがない」

 

 その言葉に触発されたようにハウリア族が顔を上げ始めた。シアは既に決然とした表情だ。

 

「そうだ、それでいい。そのためには強くならなきゃならん。これから待ち受けるありとあらゆる理不尽から、自分や大切な家族を守れるようにな」

「…ですが亮牙殿、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も、翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません…。とても、そのように強くなれるとは…」

 

 カムの言うように、兎人族は弱いという常識が亮牙の言葉に否定的な気持ちを生んでしまう。自分達は弱く、戦うことなどできない。どんなに足掻いても強くなど成れるものか、と。

 だが、亮牙はその不安を一蹴する。

 

「自分達を卑下するな。そんな事はない」

「え?」

「お前達兎人族の持つ隠密技能に索敵能力、全て他の亜人どもに勝る立派な武器だ。だからこそ避難場所があったとはいえ、今までこの樹海の中で生き残ってきたんじゃないか。今後は更にそれを伸ばしていけば、少なくとも魔物相手には充分戦える筈だ」

「わ、私達も戦えるのですか…?」

「ああ。俺を前にただ怯えるだけだった、あのイモムシにも劣るゴミ屑どもの種族よりはな…。それでどうする?今までみたく弱さを理由に仲間を犠牲にしていくか、それとも仲間を守るために足掻くか?決めるのはあくまでお前達だ」

 

 亮牙がそう言い終わると、真っ先に声を上げたのはシアだった。

 

「亮牙さん、私やります!戦い方を教えてください!もう、弱いままは嫌です!」

 

 それを聞いて、亮牙は改めてシアに感心した。元々の兎人族の本質を考えるとそう言うのは避ける傾向にあるはずだが、彼女はその本質に逆らってでも強くなると決めたのだ。

 そもそもシアは家族のために単身ライセン大峡谷を駆け抜け、更には(早とちりだが)自分の純潔すら犠牲にしようとした程の胆力の持ち主だ。そこに好感が持てたからこそ、彼女達を助けようと思ったのだ。

 

(この娘はやはり強いな。鍛えればきっと化けるぞ)

 

 そんなシアの様子をハウリア族は唖然と見ていたが、次第にその表情を決然としたものに変え、老若男女問わず立ち上がっていった。

 

「亮牙殿、宜しく頼みます」

「ああ。ハジメ、ユエ、悪いがお前らの力も借りるぞ」

「了解!」

「ん、任せて」

「頼むぞ。…まず最初に言っておくが、あくまでもお前達自身の意志で強くならなきゃならん。俺達はその手伝いをするだけだ。猶予が十日だけしかない以上かなり厳しく鍛えるから、死ぬ気でついてこいよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてハウリア族の鍛錬が始まった。亮牙は一番素質のあるシアの鍛錬をユエとハジメに任せると、他の者達には周辺を彷徨いている魔物達と戦わせる事にした。この魔物達は拠点を襲う可能性があるし、その肉は後で亮牙が食べる予定だ。つまり自然界のごくありふれた殺しであり、訓練には丁度良いと考えての事だった。だが…。

 

「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~」

 

 ある男はハジメ特製の小太刀を突き刺して仕留めた魔物に、まるで互いに譲れぬ信念の果てに親友を殺したかのように縋りついた。

 

「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 またある女は愛した人をその手で殺めたかのように、魔物の首を裂いた小太刀を両手で握りながらわなわな震えていた。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか…。当然の結果だな…」

 

 自身が致命傷を追わせた魔物の最後の力を振り絞った体当たりを受け、吹き飛ばされ倒れたカムが自嘲気味に呟くと、周囲のハウリア族が瞳に涙を浮かべ、悲痛な表情で叫んだ。

 

「族長!そんなこと言わないで下さい!罪深いのは皆一緒です!」

「そうです!いつか裁かれるとき来るとしても、それは今じゃない!立って下さい!族長!」

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」

「お、お前達…。そうだな、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼のためにも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

「「「族長!」」」

 

 正直、ハウリア達は戦闘技術以前の問題だった。魔物を一匹殺すたびに、各々が罪悪感に駆られてしまい、一族総出で三文芝居を即興かつアドリブで展開している始末だ。

 別に殺しを楽しませるつもりはないし、何よりこのトータスでは地球より命の価値が軽いので、普通にこなせるだろうと亮牙は思っていた。だが実際はこの有り様だ。

 

ドスンッ!!!

 

『ひっ!!?』

「…お前等、俺を虚仮にしてんのか?そんな三文芝居見せられたって何一つ面白くねえんだよ…」

 

 流石に我慢出来なくなった亮牙は、手に握っていたドラゴントゥースメイスを地面に振り下ろし、怒りを露わにした。

 そんな彼を見てビクッと体を震わせながらも、ハウリア達は「そうは言っても…」だの「だっていくら魔物でも可哀想で…」と愚痴る始末であった。

 亮牙は呆れたように溜息を吐くと、やり方を変える事にした。手荒だが時間がない以上、ハウリア達に覚悟を決めさせるにはこれしかない。

 

「少し休憩だ。そんなに芝居が好きなら昔話をしてやる。俺の若い頃の話だ…」

「亮牙殿の、若い頃ですか…?」

「ああ、シアには話したが、まだ俺が金属の身体に変わる前の話だ。その頃の俺には妻と、二人の子どもがいた…」

「おお、亮牙殿にも御家族が居られたのですな…」

「まあなカム。野生で暮らしていたから平穏とは言えないが、妻と協力して仕留めた獲物を食べ、満腹になれば子ども達が戯れついてきて、充分幸せだったよ…」

 

 懐かしむように話す亮牙に、ハウリア達は皆おお、と感嘆の声を漏らした。自分達とは住む世界が違うと感じていた亮牙が、自分達と同じような過去があったという思いもよらぬ共通点に、彼らは皆嬉しくなった。

 

「だがある日、あまりにも突然に、あまりにも理不尽に、その幸せは奪われた」

『──────!!?』

 

 その一言にハウリア族は皆息を呑み、目を見張る。まさかそこまで同じとは思わなかったのだ。皆ざわめくが、「話を続けよう」と亮牙が言ったことで再び静まり返り、彼の自分語りに耳を傾けた。

 

「突如として他所からやってきた連中が俺の故郷を襲い、森を、草原を、そこに生きる全ての生き物を焼き払った」

「そ、そんな…」

「俺は攻撃を受けながらも何とか生き残ったが、身体は暖かい血の流れる肉体から冷たい金属の塊に変わっちまった。そして妻と子ども達は無残に殺され、冷たい金属の骸と化した…」

「亮牙殿…」

「そして俺はその犯人に拐われ、故郷から遠く離れた地へと送られた。長い年月を経て戻った頃には、故郷はすっかり様変わりして、同族は一頭残らず死に絶えていた…」

 

 そう嘆く亮牙の瞳は、家族を殺された時の自分達と同じく、哀しみと怒りに満ちている事にハウリア達は気づいた。特にカムは同じ父親として、その気持ちが痛い程に理解できた。

 

「なあお前ら。フェアベルゲンの連中は、魔力を持って生まれたシアが全て悪いと言って、お前らから日常を奪い去った…。だがな、シアは何もしてないだろ?」

「…ええ。あの子は優しい、私の自慢の娘です…!」

「ああ、自分のせいで家族を危険に晒したと罪悪感に駆られ、必死にお前らを救うために奔走し、出会って一日も経ってない俺の過去を知って泣いてくれるような優しい娘だ…。それなのにフェアベルゲンの連中は、あの娘を悪と定め、守ろうとしたお前ら共々虐げて愉悦に浸りやがった…」

『…………』

「腹が立つよな?許せないよな?それでいい。その怒りは正当なものだ。お前らはあの娘が家族である事を誇っていいんだ。決して誰にも否定させるな!」

 

 そう言われ、俯いていたハウリア達は皆顔を上げた。その瞳には、シアを否定し蔑んだ故郷の連中や、自分達を奴隷としようとした帝国兵への怒りの炎が宿っていた。だが、先程のウジウジしていたころよりは随分とマシなものになっていた。

 彼ら全員を見渡して覚悟が決まった事を悟った亮牙は、宝物庫のポーチから、蹴り兎や二尾狼などといったオルクス大迷宮の魔物の肉から作った干し肉やソーセージなどを取り出し、同じく取り出した神結晶の小さな塊を握り締め、大量の神水を生み出して池を作った。

 

「今日の昼飯はそれだ。魔物の肉を加工して作ってある。ハジメは昔無能などと謂れのない誹謗中傷を受けたが、魔物を喰らった事で今や、中傷した屑どもなど敵わないレベルまで強くなった。まあ知っての通り、魔物の肉には毒があるから、副作用はあるがな…」

 

 そう言われ、ハウリア達は皆ゴクリと、唾を飲んだ。

 

「無理に食えとは言わん。だがこれを食えば、故郷の連中に否定されたシアと同じ力を手に出来るぞ。どうする?種族の性分を貫いて滅ぶか、それを捨ててでも理不尽に立ち向かうか…。俺からの助言は一つ、その優しさで一体何が守れたんだ?」

『………………』

 

 ハウリアは皆黙っていたが、やがてカムが覚悟を決めて干し肉に手を伸ばし、口に入れて噛み締める。他のハウリア達も、老若男女問わず干し肉やソーセージを手に取って食べ始めた。

 そして彼らの身体に異変が起きた。激痛がするわけではないが、身体中が痺れるような感覚が彼らを襲い、身体が作り変えられていった。それを見て亮牙は神水を溜めて作った池を指差した。

 

「その水を飲め。痛みを和らげる天然の回復薬だ…。よく覚悟を決めてくれた」

 

 これでもう精神面に心配はない。肉体も強化された以上、期限までに充分鍛えられるだろう。

 そう思いながらも亮牙は、真っ先に動いたカムの父親としての姿に感服していた。やはり親というのは、我が子のためなら何だって出来るんだな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練開始から十日目、シアは現在ユエから訓練を受けていた。花や虫を愛でろくに戦えていなかった一族と違い、彼女は樹海を天然の武器庫として活用し、容赦無しに大立ち回りしていた。

 

「でぇやぁああ‼︎」

「…緋槍」

 

 シアは直系1mにも及ぶ大木を圧し折って投げ飛ばすが、ユエはそれを緋槍で迎え撃った。初級魔法では、今のシアなら膂力のみで跳ね返してしまうだろう。

 

「まだです!」

 

 そう言って空かさず上空に跳び上がったシアに二本目の大木を投擲され、ユエはバックステップで避けるものの、それも予測していたシアは

大木を跳び蹴りで粉砕し、大量の木片を撒き散らした。

 しかしユエも負けじと「城炎」を発動し、襲いくる木片を瞬時に焼き尽くした。だが、それらは全て目眩しであった。

 

「もらいましたぁ!」

「ッ!」

 

 そう叫ぶと、シアはハジメに作ってもらった木製の大槌を振り下ろした。かろうじて避けたユエだが、大槌はそのまま大地を揺らして石片が撒き散らされ、彼女は「風壁」でそれらを散らすと同時にその風に乗り、自身も間合いをおくと続けざまに「凍柩」を発動し、シアの首から下が氷付けにした。

 

「づ、冷たいぃ~!早く解いてくださいよぉ~、ユエさ~ん」

「…私の勝ち」

「お~い、そろそろ休憩しよう…って凄いなこりゃ…」

 

 そう言いながら、武器の整備をしていたハジメが声をかけに来たが、彼女達二人が戦っていたところだけがまるで大災害が起きた様を見渡し驚愕していた。そして彼は、二人に視線を向けた。

 

「最終日もユエの勝ち、ではないみたいだね」

 

 ハジメにそう言われ二人が「「えっ⁉︎」」となると、彼が自分の頬を人差し指で指した箇所をユエが触れると、そこには赤い血が一筋流れていた。

 

「ユエさんの頬っぺ!傷です傷!私の攻撃当たってますよ!あはは~、やりましたぁ!私の勝ちですぅ!」

 

 シアは氷だるま状態で体が動かせない代わりに、長い耳をピコピコ動かして大喜びした。

 

(…やられた)

 

 ユエは訓練を始めるにあたり、シアとある約束をしていた。それはどんな些細な傷でも良いので自身から一本取れば、シアの「ある事」に対して加勢する、というものだ。

 だが彼女は、今まで戦った事もないシアが自分から一本取るなんて不可能だと当初は思っていた。事実、最初の数日は殆ど赤子の手を捻るような感覚で返り討ちにしていたので、これだけ圧倒的な力の差を見せればその内諦めるだろうと思っていた。

 

(ホントにたったの十日で……)

 

 だが五日目、シアが自身の魔力のうち、主に身体強化に突出した魔力の扱いをモノにしてからは、状況が変わり始めた。ユエの中からドンドン余裕が失われて行き、七日目には普段と変わらぬいつも通りの表情の裏で内心、

 

『この残念ウサギは化け物かっ⁉︎ハジメェー!リョウガァー!森のウサギが倒れない!幾らぶっ飛ばしても止まってくれません!どうしたら良いですかぁっ⁉︎』

 

 と普段のクールビューティーな彼女からは想像も出来ない程の大混乱状態に陥っていた。八日目にはそんな事を考える余裕すらなくなり、少しでも油断したら一本取られても可笑しくない状況となったので、ユエも訓練と言う考えを捨て去り全力で迎え撃っていた。

 そして最終日を迎えた今日、遂にシアは彼女から一本取ったのであった。

 

「亮牙が食事が出来たから休憩しなよだってさ。二人とも行こう」

 

 ハジメはそう言って踵を返すと、亮牙の待つ方へと戻っていった。

 

「ユエさん。私、勝ちました」

「…ん」

「約束しましたよね?」

「……ん」

「もし、十日以内に一度でも勝てたら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練最終日と言う事で、亮牙はハウリア族に最後の課題としてある大型の魔物の討伐に向かわせ、自身はハジメとユエ、シアの食事を準備していた。

 

「おう、お疲れさん」

 

 ユエとシアを呼びに行ったハジメが戻ってから少し遅れて、彼女達二人も戻ってきた。

 

「亮牙さん亮牙さん!聞いて下さい!私、遂にユエさんに勝ちましたよ!大勝利ですよ!いや~、亮牙さんにもお見せしたかったですよぉ~、私の華麗な戦いぶりを!負けたと知った時のユエさんたらもへぶっ⁉︎」

 

 大喜びのあまり調子に乗り始めたシアにイラッときたのか、ユエは無言でビンタをかまして黙らせた。

 

「なるほど、で、どうだったんだ?」

「魔法自体の適正はハジメと同じレベル…。でも、身体強化に特化してる。正直、化物レベル」

  

 ユエの言う通り、シアは亮牙のドラゴントゥースメイスを見て、ハジメにあの大槌を作ってもらったのだが、彼女はかなりの重量を誇るそれを軽々と振り回していた。

 直接相手をしたユエ曰くシアの力は素のハジメの能力の六割程で、ステータスプレートが無い以上詳しく測定できないものの、今後の鍛錬次第で更に伸びるとの事だ。正直彼女は現時点ではオスカーの住居到着直後のハジメに迫るものがあるらしく、奴隷狩りやフェアベルゲンの追っ手、そして周辺の魔物くらい襲ってきても、今なら簡単に返り討ちに出来るだろう。

 

「成る程、それなら自分だけでなく家族も充分守れるだろうな。これで俺達も安心して旅立てる」

 

 亮牙はそう素直な賞賛を贈るが、当のシアは普段なら元気よく喜びそうなのにどこか恥ずかしそうに少し、視線を下に向けていた。

 亮牙がどうしたのかと疑問に感じていると、やがて彼女は決意したように顔を上げて、彼の目を真っ直ぐに見つめた。

 

「あの、亮牙さん!私を貴方達の旅に連れて行ってください!お願いします!」

 

 それはハルツィナ樹海へ訪れる前に言われたのと同じく、旅に同行したい、とのことだった。だが、亮牙の答えも最初と同じだった。

 

「前も言っただろ?お前を想ってくれる仲間達がいるんだから、態々それを捨ててまで無理に俺達に付き合わなくていいって…」

「いえ、違うんです!それに私は元々、今回の件が落ち着いたら一族を離れるつもりで居ました」

 

 だが今回のシアは黙り込む事無く亮牙の言葉を遮った。

 それを聞いて彼は驚きを隠せなかったが、同時に少し考えれば納得もできた。自分自身を危険に晒しても仲間達のために行動できる心優しい彼女が、自分の所為でこれ以上仲間が辛い思いをするのを許せる筈も無いだろう…。

 

「…それはカム達にも話したのか?」

「はい、修行が始まる前から。自分達に迷惑をかけるからと言う理由ならダメだけど、自分の意志で付いていきたいなら良いと。でも、あの時の私は亮牙さん達の言うとおり実力不足でした…。ですので、皆さんから修行の件が切り出されなくても、私自身、戦闘の訓練をお願いしようと思ってたんです」

「確かにお前は充分強くなったし、俺達は似た者同士な気もするが、別に借りだなんて思わなくても…」

「ち、違います。それだけじゃなくて、その…」

 

 そこでシアは言葉を詰まらせ、さっきよりも顔を赤くし俯いた。しかしやがて自分の両頬をパンっと叩いて気合を入れると、顔を上げた勢いのまま叫ぶように告げた。

 

「私がっ!亮牙さんの傍に居たいからですぅ!しゅきなのでぇ!」

((噛んだ…))

「……………………………はい⁉︎」

 

 予想だにしなかったシアの一言に、亮牙はしばしの沈黙の後、素っ頓狂な声を挙げて驚いた。当の彼女は想いを打ち明けた事、そんな大事な告白で噛んでしまった事が恥ずかしくてあたふたしていた。

 

「シ、シア…告白する相手、ハジメと間違えてないか?」

「いえ、間違えてません!私は亮牙さんが好きなんです!」

「亮牙、僕に惚れるわけないでしょ。今までのこと考えりゃあ、100%君に惚れるって」

 

 シアはどこかお転婆なところがあるから、自分をハジメと間違えて告白したんじゃないかと思い聞き直す亮牙だが、彼女は間違えていないとはっきり宣言した。

 対するハジメは、親友の鈍感さに少し呆れながらツッコみを入れた。

 

「ハジメさんの言うとおりです。最初に出会った時は驚きましたけど、優しく話しかけて私の言った事を信じてくれて、とっても嬉しくて安心したんです。…忌み子として生まれて16年間、周りと違う事や迷惑を掛けてしまうのに寂しさや辛さを感じて、いつバレて追い出されてしまうんだろうか不安で…。そしてフェアベルゲンを出た後も頼れるものが何も無い状況の中、貴方が手を差し伸べてくれたんです」

 

 そう告白するシアは、亮牙を今は亡き母・モナと重ねていた。病弱だったためにシアが10歳の時に亡くなってしまったが、彼女が自分の持つ力に悩んでいた時はいつも、「人とは違う事が出来て羨ましい」と励ましてくれた、とても優しい女性であった。

 

「それからも亜人であるはずの私と対等に接してくれて、長老達から処刑を言い渡された時も、フェアベルゲンと敵対してでも私達との契約を選んでくれましたし、何より私が受けた仕打ちに心の底から怒ってくれた姿に、貴方は本当に私達を対等に見てくれている、とても優しい人だって確信したんです」

 

 それを悟ってからは、ダイヘドアを追い払ってくれた事、自分の事情を聞いて契約を結んでくれた事、帝国兵と戦い攫われた家族を助けてくれた事、樹海への道中で自分の事を気遣ってくれた事、長老達を言い負かして自分を守ってくれた勇姿、亮牙がしてくれた全てが一気にシアの心を射止めた。

 

「ですからこれは、無理をしてるわけでも借りを返すつもりでもなく、正真正銘、私自身の気持ちですっ!貴方のそばに寄り添わせてください!」

 

 シアにそう言われた亮牙は、6600万年以上生きてきた人生の中で一番困惑していた。

 恐竜だった頃は妻と子もいたが、トランスフォーマーになってからは性欲などなくなったし、人間になってからも異性に関心を持つことなどなかった。親しい人間の女性と言えばテッサとイザベラ、亮子に菫ぐらいなものだが、前者二人は友人として、後者二人は育ての親としての親愛であったし、何より自分自身あまり人間に好かれるタイプじゃなかった。

 確かにシアの仲間想いな性格などには好印象を抱いていたし、こうして告白されて嫌な気分はしない。だが、何より最大の問題があった。

 

「えっと、シア…。そう言ってくれて嬉しいんだが、俺の本当の姿は覚えてるよな…?それを見てどう思う?」

「勿論覚えてますよ。凄く…大きいです…」

「違う!俺は金属生命体だ!お前のように暖かい血の流れた肉体とは違って、硬くて冷たい金属の塊なんだ。確かに元々の俺は普通の肉体だったが、その時ですら俺は本能のまま生きる獣だったんだぞ…。そんな俺がお前に相応しいとは思えない。この十日間その為に頑張ってくれたのにすまないが、気持ちを受け入れる事は出来ん…」

「……」

 

 そう、亮牙とシアには、ハジメとユエ以上に種族の壁があった。今の彼は人間の姿であるものの、本来の姿は金属生命体トランスフォーマーであり、更にその前はティラノサウルスであったのだ。

 元々が有機生命体であった事からシアに対して忌避感などは一切感じていないが、流石にそんな自分が彼女に相応しい男とは思えなかった。

 申し訳なさそうな表情の亮牙にそう告げられ、シアは表情を少し曇らせたが、突然としてフフフと怪しげに笑い出した。

 

「うぅ~、やっぱりこうなりましたか…。ええ、分かってましたよ。亮牙さんは優しいですから、一筋縄ではいかないと思ってました。だからこそ、命懸けで外堀を埋めておいたのです!ささっ、ユエ先生!お願いします!」

「え、ユエ?どういう事だ?」

「…亮牙、連れて行こう」

「おい⁉︎」

「僕も構わないよ。それに女にここまで言わせておいて、種族が違うからって断ったら、男が廃るんじゃない?」

「ハジメ、お前もか…」

 

 してやったり、という表情でユエの名前を呼ぶシアに目を瞬かせた亮牙だが、呼ばれた当の本人が意外にも彼女を援護してきたことに、更に驚く事になった。

 そう、シアがユエと約束したのは、自分から一本取れるほどの実力を示すことが出来れば、同行を願い出た際に援護してもらう事だった。ユエもこの十日間のシアの頑張りを誰よりも近くで見ており、そしてその上で自分が課した障碍を打ち破ったからこそ、彼女の亮牙に対する想いが本物なのだと悟り、援護を引き受けたのだ。

 ハジメも最初は驚いていたものの、今まで自分を支えてくれた親友に少しでも寄り添う人が増え、人並みの幸せを感じて欲しいという気持ちもあったので、シアの旅の同行に賛成の意を示した。

 仲間達にもそう言われ、流石の亮牙もシアを諦めさせるのは不可能だと悟った。それに、彼女にここまで言わせた以上、もう自分には幾つかの最終確認をするしかなかった。

 

「…なあシア、悪いが気持ちには応えてやれない可能性の方が高いぞ?」

「そう言ってくれるって事は可能性はゼロじゃない、未来はまだ決まってないって事ですよね?」

「辛く危険な旅になるぞ?それに俺はお前とは違う、正真正銘の怪物だ…」

「亮牙さんが怪物なら、私だって化け物ですよ。もう足手纏いじゃありませんし、どんな苦難だって乗り越えて見せます」

「……どうやら、俺の負けみたいだな。分かったよシア、お前の命は預かる。その代わり、俺の命も預けるぞ」

「はい!お任せください!」

 

 亮牙はそう言って苦笑すると、シアの頭を優しく撫でてあげた。

 一方のシアも、彼らと会ってから今までで一番明るい笑顔を浮かべると、嬉しそうな返事をしたのであった。

 

 

 

 

 




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戦術はEvolution

買い逃したオーバーロードを何とか定価で購入、遂にデバステーター完成しました!あまりの格好良さに、本作でも活躍させたくなっちゃった(笑)

タイトルは実写版ヴェノムの主題歌であるUVERworldの『Good and Evil』の歌詞からです。

さあ、本作でハウリア達はどうなったでしょうか?


 亮牙に想いを伝え、旅の同行の許可をもらえた事に大喜びのシアは、鍛錬を開始してから十日間一度も会ってない父に報告しようと、両耳を可愛らしくピコピコと動かしながら意気揚々と駆けて行った。

 だが、彼女の顔は直ぐに驚愕に染まった。

 

「御館様、只今戻りました」

「ふぇっ⁉︎」

 

 何せ、カムは十日前とは打って変わって筋肉モリモリマッチョマンへと変貌し、顔つきも歴戦の軍人らしく威厳あるものへと変貌していたのだ。他のハウリア達も、以前とは見違える程に鍛えられ、凛々しい顔つきになっていた。

 あんぐりと口を開けるシアを横目に亮牙が近づくと、カムは片膝をついて首を下げた。

 

「おう、お疲れさん。結果はどうだ?」

「はい。ご指示の通り、我々にとって因縁あるハイベリアを仕留めてきました。最初は二、三匹仕留めるはずだったのですが、血の匂いに興奮して仲間が集まってきたため、止むを得ず全て返り討ちにしました。その結果がこれです」

 

 そう言ってカムは、ハイベリアの特徴とも言えるモーニングスター状の尾を差し出した。少なくとも十匹分近くはある量だ。

 

「そうか、よくやった。連中もこれに懲りたら、二度とお前らを餌にしようとは思わんはずだ。お疲れさん」

「ははっ、勿体なきお言葉です!」

「謙遜するな、お前らは充分強くなった。これで俺も一先ず安心だ」

『ありがとうございますっ!』

 

 亮牙の称賛の言葉に、ハウリア達はまるで戦国時代の兵士か忍者の如く、片膝をつきながら頭を下げた。

 ハジメとユエも無言ながらも、彼らの成長ぶりを喜んでいた。しかし、シアはそうはいかなかった。

 

「り、亮牙さん!一体みんなに何をしたんですか⁉︎すっかり別人じゃないですか!」

「ああ。最初のうちの此奴らときたら、お前と違ってウジウジしてばかりだったからな…。そんなんで何が守れたんだって糾弾した後、魔物の肉食わせて、心身ともに鍛え上げた。俺の技能のおかげで副作用はなかったから安心してくれ…」

「ええええええっ!!?」

 

 そんな凄まじいぶっ飛んだ鍛錬を一族が受けていた事に、シアは絶叫するしかなかった。時間がないとは言え、流石にやり過ぎですよ、と…。

 

「父様、本当に父様なんですか⁉︎この十日間何があったんですかぁ⁉︎私の知ってるみんなじゃないですよぉっ!」

 

 一族の変貌ぶりに驚愕した彼女は、思わずカムに掴みかかるが、一方のカムは優しく娘を宥めた

 

「安心しなさいシア。我々ハウリアは御館様の鍛錬で進化を遂げたのだよ。この残酷かつ理不尽な世界で、今までみたいに自分の身すら守れず怯えるだけの軟弱者から、大切な者たちを守り抜ける強者へとな…」

「だからって変わり過ぎですよぉ!確かにこの世界は生き辛いですけどぉ…」

 

 シアはそれでも納得できず詰め寄るが、カムは彼女の頭を優しく撫でた。

 

「これで良いのだ、我が愛しき娘よ…。私は今まで、兎人族は弱いからただ逃げ隠れするしかないと思い、フェアベルゲンがお前を侮辱し処刑しようとした時も、諦めて死を受け入れるだけだった。父親として我が子を命懸けでも守らなくてはならないというのに、御館様のように長老どもに立ち向かう事すらできなかった…」

「父様、別に私はそれを責めるつもりは…」

「いや、分かってる。…それでも我々兎人族は元来の優しさを貫ければ良いと考えていたが、御館様に諭され、それでは何一つ守れないと気づいたのだ。それにモナも生前はよく、敵から大事な家族を守れるような英雄に憧れていた。だからこそ、私は今までの生き様を変えるべきだと悟ったのだよ…」

「母様がそんな事を…」

「怖がらせてすまないな、だが安心しなさい。どれだけ心や姿形が変わろうと、私はお前の父親だ。今まで親として情けない姿ばかりみせて不安にさせたが、私はお前が娘である事を誇りに思っている」

「父様…」

 

 そう優しく告げるカムの姿に、シアは父の愛情は一切変わっていない事を悟り、嬉し涙を流していた。

 すると、ハウリアの少年の一人パルがスタスタと亮牙の前まで歩み寄ると、先程のカム達のように片膝をついた。

 

「御館様、失礼します。ご報告したい事があるのですが宜しいでしょうか?」

「構わん、話せ」

「魔物を追跡中、完全武装した熊人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと思われます」

「そうか、御苦労だったなパル。下がれ」

「ははっ!」

 

 パルは頭を下げると、まるで忍者のように素早く下がった。

 

「ハイピストの言ったとおりか。十中八九、目的を目の前にして叩き潰そうって魂胆だろうな。如何にも性根の腐ったやり方からして、あの古狸の一族だろうな…。上等だ、地獄を味わってもらうとするか」

 

 そう言いながら亮牙が両手をゴキゴキと鳴らしていると、カムが話しかけてきた。

 

「御館様、宜しければ今回の熊人族の排除、我々にお任せ下さいませんか?」

「ほう?出来るのか?」

「お任せ頂けるのなら是非。今の我々が奴らに何処まで通じるか、試してみたく思います。何より、私の娘を侮辱し処刑しようとした連中への怒りは、我々の方が深いので…」

 

 そう告げるカムの身体には、魔物を食べた影響か、娘を愚弄された事への怒りからか、血管が浮き出ていた。

 

「いいだろう。お前らには連中に報復する資格があるからな。但し皆殺しにはせず、最低一人は生け捕りにしろ。見せしめにするためには生き証人がいるからな…。それに俺の育った地域の御伽噺には、賢い兎が卑劣な狸を成敗する話がある。今度はお前らが、井の中の蛙にも劣る狸どもに思い知らせてこい!二度と馬鹿な考えを起こさんようにな」

『ははっ!!!』

 

 亮牙からそう指示を受けると、ハウリア達は一度首を垂れると、即座に散会していった。

 

「こ、これで良かったんでしょうか?亮牙さん…」

「これでいいのだ。どのみち衝突は避けられん」

「亮牙、つかぬ事を聞くけどさっきの御伽噺って…」

「ああ、もちろん『かちかち山』だ」

「…まあ実際のかちかち山も結構残酷な部分あるから、確かに当てはまるか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レギン・バントンは熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。

 もっともそれはレギンに限ったことではなくバントン族全体に言えることで、特に若者衆の間でジンは絶大な人気を誇っていた。豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最高クラスの実力を持っていることが最大の理由である。

 だからこそ、ジンが一人の人間に為すすべもなく再起不能にされたという知らせを聞いた時、どの熊人族もタチの悪い冗談だと思った。だが現実は残酷で、駆け付けたレギン達が目にしたのは、部屋の隅で赤ん坊のように指をしゃぶるという醜態を晒すジンの姿だった。取り乱すレギン達に対して、

 

「おじさん達、だぁれ?僕ちゃんのお友達?」

 

などと赤ちゃん言葉で話し、蜥蜴や金属を見るたび失禁しながら泣き喚くその姿には、最早長老としての威厳など一片も残っていなかった。

 当然レギンは激昂し、現場にいた長老達に詰め寄り一切の事情を聞くや、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した。長老衆や他の一族の説得(驚いたことに、ジンと一番仲の良かった土人族のグゼが一番強く引き止めていた)もあり、熊人族全員を駆り立てることはできなかったが、バントン族の若者を中心に特にジンを慕っていた五十人以上を募る事ができた。

 仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は最も効果的な報復として、大樹へと至る寸前で襲撃し、目的を眼前に果てさせようと目論んだ。

 敵は所詮、人間と兎人族のみ。例えジンを倒したのだとしても、どうせ不意打ちなど卑怯な手段を使ったに違いない。樹海の深い霧の中なら感覚の狂う人間や、まして脆弱な兎人族など恐るるに足らず。

 普段のレギンならこんな光輝みたいなご都合主義など考えないのだが、憎悪に加えて亜人族最強種としての傲りが、危機管理能力を鈍らせてしまっていた。そしてその代償は、最悪の形で支払う事になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な馬鹿な、馬鹿なぁぁぁっ!!?」

 

 現在、レギンは堪らず絶叫を上げていた。目の前で亜人族最弱と見下してきた兎人族が、最強種の一角に数えられる程戦闘に長けた自分達熊人族を蹂躙しているという有り得ない光景が広がっていたのだから無理もないだろう。

 

「くたばれ」

「地獄に堕ちろ」

 

 ハウリア族達は嘲笑こそしてないものの、静かに怒りの表情を浮かべながら容赦なく襲いかかり、熊人族達の首を跳ね飛ばしたり、パンチやキックで肉の塊に変えていく事で討ち取っていった。そこには最早温和で平和的、争いが何より苦手な兎人族の面影など無く、必死に応戦する熊人族達は阿鼻叫喚となっていた。

 

「ちくしょう!何なんだよ!誰だよ、お前等⁉︎」

「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

「うわぁああ!来るなっ!来るなぁあ!」

 

 奇襲しようとしていたら逆に奇襲されたこと、亜人族の中でも格下のはずの兎人族の有り得ない強さ、どこからともなく飛来する正確無比な弓や石、認識を狂わせる巧みな気配の断ち方、高度な連携、そして何より容赦ない残忍な戦闘スタイル、その全てが激しい動揺を生み、スペックで上回っているはずの熊人族に窮地を与えていた。

 実際、単純に一対一で戦ったのなら兎人族が熊人族に敵うことはまずないのだが、この十日間でハウリア族は亮牙の鍛錬により進化を遂げていた。

 元々兎人族は他の亜人族に比べて低スペックだが、争いを避けつつ生き残るために磨かれた危機察知能力と隠密能力は、実に暗殺者向きの能力だったのだが、生来の性分がこれらの長所を全て潰してしまっていた。故に亮牙の自分語りを交えた叱責により、覚悟を決めて不要な部分の大半を捨てた彼等は、中々の戦闘力を発揮した。

 一族全体を家族と称する絆の強い一族というだけあって連携は最初からかなり高く、更に気配の強弱の調整も上手いために絶大な効果を発揮した。更に、ハジメ製の小太刀やナイフ、スリングショットやクロスボウといった武器の数々も、ハウリア族の戦闘力が飛躍的に向上させていた。何れもオルクス大迷宮由来の鉱石や魔物の素材で作られており、その威力は絶大だった。

 そんなわけで、パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抗することなど出来る訳もなく、瞬く間にその数を減らし、既に当初の半分近くまで討ち取られていた。

 

「レギン殿! このままではっ!」

「一度撤退を!」

「殿は私が務めっクペッ⁉︎」

「トントォ⁉︎」

 

 部下達は一時撤退を進言するも、当のレギンは部下まで殺られて腸が煮えくり返ってしまい、中々決断が出来ずにいた。その判断の遅さをハウリア達が見逃すわけもなく、殿を申し出て再度撤退を進言しようとしたトントと呼ばれた部下の頭が、飛んできた岩が直撃した事で無残に吹き飛ばされた。それに動揺して陣形が乱れるレギン達に、好機と見たカム達が一斉に襲いかかった。

 霧の中から矢が飛来し、足首という実にいやらしい場所を驚くほど正確に狙い撃ち、それに気を取られると首を刈り取る鋭い斬撃が振るわれ、その斬撃を放った者の後ろから絶妙なタイミングでパンチが飛んできた。

 だがそれも本命ではなかったのか、突然、背後から気配が現れ致命の一撃を放たれる。ハウリア達は、そのように連携と気配の強弱を利用してレギン達を翻弄した。レギン達は、これが本当にあのヘタレで惰弱な兎人族なのか、と戦慄するしかなかった。

 しばらく抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にレギン達は満身創痍となり武器を支えに何とか立っている状態だ。連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしながら一箇所に固まり、大木を背後にして追い込まれたレギン達をカム達が取り囲んだ。

 

「どうした?散々最強種とか威張り腐ってたのにそれかよ」

「シアを化け物と侮辱して、私達を殺そうとした威勢はどこに行ったのかしら?」

 

 兎人族と思えない冷たい目で容赦無い言葉を浴びせるハウリア達に、熊人族達は戦慄の表情を浮かべ、中には既に心が折られてしまい頭を抱えてプルプルと震えていた。大柄で毛むくじゃらの男が「もうイジメないで?」と涙目で訴える姿は、誰がどう見ても気色悪かった。

 

「何か言い残すことはあるか?性根の腐ったクソ餓鬼どもが」

 

 心底汚い物でも見るような目でレギン達を睨みつけながら、カムが皮肉げな言葉を投げかけた。亮牙の叱責を受けた事で、改めて愛娘が受けた仕打ちに父として憤りを抱いていた彼は、今でも腸が煮えくり返っていた。

 カムの物言いに悔しげにレギンは屈辱に顔を歪めつつも、何とか混乱から立ち直ったその瞳には本来の理性が戻ってきていた。ハウリア族の強襲に冷や水を浴びせかけられたというのもあるだろうが、ジンの件で怒りの炎は未だ燃え盛らせつつも、同族達を駆り立てこの窮地に陥らせた以上、今は少しでも生き残った部下を存命させる事に集中しなければならない責任感から正気に戻ったようだ。

 

「ぬぐぅっ…。…俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」

「なっ、レギン殿⁉︎」

「レギン殿!それはっ…」

 

 自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうというレギンの言葉に、部下達が途端にざわつき始めた。動揺する部下達にレギンが一喝した。

 

「黙れっ!…頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人…いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい!この通りだ」

 

 武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。部下達は、レギンの武に対する誇り高さを知っているため敵に頭を下げることがどれだけ覚悟のいることか嫌でもわかってしまうからこそ。言葉を詰まらせ立ち尽くすことしかできなかった。

 その様子をカムは静かに見つめた末、口を開いた。

 

「散々我々を虐げ楽しんでいた癖に、自分達が同じ立場になった途端それか?…まあ良いだろう。我々はお前達程腐っていない。今後我らを排除しようと考えるものが出ないように今回の件はしっかり誇張なしにフェアベルゲンに伝え、二度と私の娘を忌み子などと呼ばぬよう呼びかけろ。それが我々ハウリアがお前らを見逃す条件だ」

「…解った。感謝する…」

 

 最強種と名高い自分達が最弱種のハウリアに負けたと周知するのは屈辱だが、それで命が助かるのなら…。

 そう考えてホッと胸をなで下ろしたレギンだが、カムが容赦無く胸ぐらを掴んだ。

 

「何を安堵している?まだ御館様達がいるだろうが」

「な⁉︎我等はもう要求を飲んだろう⁉︎」

「それはハウリア族からのものだ。御館様達の事も狙っておいて、何のお咎めもないと思ってるのか?」

「ぐっ…」

 

 そう言われ悔しがるレギン達の前に、霧の中から亮牙が現れ、カム達が片膝をついた。

 

「お疲れさん、言われたとおり皆殺しにはしなかったようだな」

「はっ、今でも腸が煮えくり返っていますが、皆殺しにすれば此奴らと同類になってしまうので…」

「それでいい。むしろよく耐えた…。それだけでお前らはこのゴミ屑どもとは違うって証拠だ」

「有り難きお言葉」

 

 カムとの話が終わると、亮牙もレギン達をゴミでも見るような目で睨みながら話しかけた。

 

「さてと、カム達が見逃してやると決めた以上、俺達もその意思を汲んでやりたいが、条件としてハイピスト達にこう伝えろ。貸し一つと」

「っ⁉︎そ、それは…⁉︎」

「何だ、嫌なのか?ならこうだ」

 

 亮牙はそう言うと、レギンの隣でこちらを睨みつけていた熊人族の頭を片手で掴み、思い切り握り潰した。

 まるで熟した果実を潰したかのように仲間の頭が簡単に握り潰され、目玉や脳味噌が飛び散った惨劇に、レギン達は改めて悲鳴を上げ震え上がった。

 

「どうやらお前ら、あの古狸の群れの狸どもみたいだな。敵討ちに来たつもりのようだが、あれはあの老害が先に仕掛けた挙句、俺が怒鳴っただけでビビってああなっただけだ。お前らの怒りはお門違いも甚だしいんだよ。文句があるなら、お前らの縄張りに赴いて一族皆殺しにしてやろうか?安心しろ、肉は保存食にしてやるから」

「ヒィッ!!?解った解った!我らは帰還を望む!その条件を飲む!」

 

 レギンは恐怖に体を震わせながら叫んだ。生き残っている熊人族達も、同胞の頭を軽々しく握り潰した目の前の人間にすっかり戦意を失い、右に同じと言わんばかりに頭を縦に振った。

 「貸一つ」ということは、襲撃者達の命を救うことの見返りに何時か借りを返せということだ。会議の決定を実質的に覆すという苦渋の選択をしてまで不干渉を結んだというのに、伝言すれば長老衆は無条件で亮牙の要請に応えなければならなくなるのだ。

 しかし客観的に見ればジンもレギン達も、一方的に仕掛けておいて返り討ちにあっただけであり、その上命は見逃してもらったということになるので、長老会議の威信にかけて無下にはできない。無視してしまえば唯の無法者だし、今度こそ亮牙はフェアベルゲンの民を皆殺しにするだろう。

 

「結構。伝言を伝えたら、二度とそのアホ面見せるなよ。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら、もう容赦はせん。フェアベルゲンの民を皆殺しにして、国民全員を俺が喰らい尽くしてやる」

 

 そう物騒なことを宣言する亮牙に、レギン達は顔を青ざめさせて頷くしかなかった。目の前の人間族の背後に鋼の巨獣の姿が見え、とても嘘とは思えなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧の向こうへ熊人族達が消えていくのを見届けると、亮牙は改めてカムに話しかけた。

 

「よく耐えてくれたな、カム」

「いえ。連中はもう一生日陰者扱い、二度とフェアベルゲンで幅を利かせることは出来ません。私なりに、娘を虐げられた復讐は果たせたつもりです」

「やはりお前は良い父親だよ。我が子を守ってやれなかった俺とは違う…」

 

 そう呟く亮牙の言葉は、何処か寂しげであった。

 

 

 

 

 




次回、遂に彼の登場です。

感想、評価お待ちしてます。


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大樹に住まう三本角の喧嘩好き

遂に彼の登場です。相変わらずの無茶苦茶設定ですが、御了承して頂けると幸いです。

お盆休み中は『のび太の新恐竜』を観に行ったのですが、大変面白かったです。因みにゲストキャラであるタルボサウルスのゴルの担当声優は、メルドさんや恐竜キングのグーネンコを演じた間宮康弘さんだそうです。


 レギン率いる狸……否、熊人族を撃退した後、亮牙達一行は大樹に向かって歩みを進めていた。深い霧の中、先頭をカムとシアに任せ、これも訓練とハウリア達は周囲に散らばって索敵をしていた。油断大敵を骨身に刻まれているので、全員、その表情は真剣そのものだ。

 そうして進むこと十五分、遂に亮牙達は大樹「ウーア・ウルト」の下へたどり着いた。

 

「…なんだこりゃ?」

 

 大樹を見たハジメの第一声は驚き半分、疑問半分といった感じのものだった。亮牙やユエも予想が外れたのか微妙な表情だ。三人とも、てっきりフェアベルゲンで見た巨木の更に巨大なものかと思っていた。

 だが実際の大樹は、確かに直径50m程と巨大ではあったのだが、青々とした葉を盛大に広げている周囲の木々と違い、見事に枯れていたのだ。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが…」

 

 疑問の表情を浮かべる三人にカムがそう解説し、それを聞きながら亮牙は大樹の根元まで歩み寄ると、アルフレリックが言っていた通りの石板が建てられているのが確認出来た。

 

「二人とも、これ見てみろ」

「どれどれ…。あっ、オルクスの扉の…」

「ん、同じ文様…」

 

 石版にはオルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じの、七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。ハジメがオルクスの指輪を取り出し文様を確認すると、石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

 

「やっぱり、ここが大迷宮の入口みたいだね…。だけど、こっからどうすりゃいいんだろう?」

 

 ハジメは大樹に近寄ってその幹を叩いてみたりするが、当然変化などあるはずもなく、カム達に何か知らないか聞くが返答はNOだ。アルフレリックから聞いた口伝にも入口に関するものはなかった。隠していた可能性もないわけではないから、これは早速貸しを取り立てるべきかと考える亮牙だったが、石板を観察していたユエが声を上げた。

 

「二人とも、これ見て…」

「どうした、ユエ?」

 

 ユエが注目していたのは石板の裏側だった。そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていた。

 

「ハジメ、オルクスの指輪を…」

「あいよ」

 

 亮牙に言われ、ハジメがオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみると、石板が淡く輝き出し、何事かと周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。

 暫く輝く石板を見ていると、次第に光が収まり、代わりにサイバトロン文字が浮き出始めた。

 

「またサイバトロン文字か…。亮牙、頼める?」

「ああ…。ふむ、『四つの証、再生の力、紡がれた絆の道標、全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』って書いてあるな…」

「…四つの証って、他の迷宮の証?」

「紡がれた絆の道標は、亜人の案内人を得られるかどうかじゃないですか?私達亜人は基本的に樹海から出ませんし、亮牙さん達みたいに亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし…」

「…あとは再生。私…?」

 

 残る『再生の力』に自分の固有魔法『自動再生』を連想したユエは自分を指差すが、亮牙が否定した。

 

「いや、いくらなんでもそれはない。もしそうなら大迷宮攻略に特定個人が必要という事になるからな。流石にユエと同じ能力の奴がそうそういる訳ないだろう」

「確かに…」

「…ん~、枯れ木に再生の力、最低四つの証…。やっぱり四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来いってことかな?」

 

 目の前の枯れている樹を再生する必要があるのでは、とハジメは推測し、亮牙とユエもそうだろうと納得した。

 

「はぁ~、やっぱ今すぐ攻略は無理ってことか…。面倒臭いけど、他の迷宮から当たるしかないか…」

「ん…」

 

 覚悟はしていたものの、ここまで来て後回しにしなければならないことに、ハジメとユエは歯噛みした。しかし、大迷宮への入り方が見当もつかない以上、ぐだぐだ悩んでいても仕方ない。気持ちを切り替えて先に三つの証を手に入れるべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、シアが耳をピコピコと動かすと、キョロキョロと辺りを見渡して口を開いた。

 

「…そう言えば、亮牙さんのお友達、いらっしゃりませんね…。父様、確かに大樹を住処としているんですよね?」

「ああ、ここ16年は殆どの者が大樹には近づかなかったが、別の場所に去った、とは聞いてないからな…」

 

 そう答えるカムや他のハウリア達も感覚を研ぎ澄ませるが、どうやら近くにはいないようだ。

 しかし、亮牙は落ち着いていた。

 

「いや、あいつはここに住んでる。匂いがするからな…。姿が見えないのは、多分食事にでも出かけているんだろう。植物食動物ってのは一箇所の植物を食い尽くさないよう、広範囲を移動しながら食事をするからな…」

「えっと、じゃあどうなさるんですか?」

「なに、あいつの大好物でおびき寄せるだけだ。全員耳塞いでろ」

 

 そう言われ、皆が耳を塞いだ。今度はシア達ハウリアも全員だ。

 皆が耳を塞いだ事を確認すると、亮牙はグリムロックの姿に戻って唸り声を上げた。しかし、今回は雄叫びというよりも、何処か挑発するような雰囲気の方向だ。

 

「あの〜亮牙さん?なんかさっきの唸り声、挑発してるみたいに聞こえたんですが…」

「勘がいいなシア。直訳すりゃあ『かかって来いや喧嘩上等!』みたいな感じだ」

「えええっ!!?ご友人なんでしょう⁉︎何で喧嘩売っちゃってるんですかぁ⁉︎」

「友人だからこそあいつの性格は理解してる。あいつは三度の飯より喧嘩好きな奴だから、こうやって呼べば向こうからやって来る」

「そう言えば、そのスラッグってトリケラトプスだったよね?亮牙は元ティラノサウルスだけど問題なかったの?」

「まあお互い食うか食われるかの関係だったし、最初の頃は仲が悪かったな…。でもトランスフォーマーとなってからは、共に戦い、長い時間を過ごしていくうちに、苦楽を分かち合える良い友人となったよ」

「ん、種を超えた友情、凄い…」

 

 そう談笑していると、突如として地面が揺れ始めた。更には木々がへし折れるような音も響いてくる。

 それを聞いたグリムロックは嬉しそうに顔を緩ませた。

 

「どうやら来たようだな。危ないから、皆離れてろ」

「「「了解‼︎」」」

『畏まりました!!!』

 

 そう言われハジメとユエ、シアや他のハウリア達も急いでグリムロックの側から離れた。全員と距離が取れたのを確認すると、彼はビーストモードに変形し、騒音が響く方へと向き直った。

 やがて、メキメキと若い木々をへし折りながら霧をかき分けて、一つの巨大な影が突進してきた。

 その影の主はグリムロックよりは小柄であるが、少なくとも体高10m以上はありそうだ。四足歩行で目の上に二本、鼻先に一本の計三本の立派な角が生え、後頭部には襟巻きのようなものが首を守る盾のように発達していた。それだけならかつてティラノサウルスと共存した最強の植物食恐竜・トリケラトプスと同じだ。だが通常のトリケラトプスより大き過ぎるし、何より身体がグリムロックと同じ金属で出来ている。口も嘴ではなく鋭い牙が並び、背中や尾には鋭い棘が生えており、まるで映画に登場する怪獣のようだ。

 そう、彼こそダイナボットの一人、火炎戦士スラッグだ!

 

「うおおおおっ‼︎俺スラッグ、三度の飯より喧嘩大好き!俺と戦いたい奴、どいつだ⁉︎」

 

 彼は心底嬉しそうにそう叫びながら、地響きを上げて突進してきた。猛牛のように鼻息を荒くして突っ込んでくるその姿は、野獣と言うよりも暴走する蒸気機関車だ。

 ハジメ達は流石にグリムロックが危ないと思い、逃げるよう叫ぼうとしたが、当の本人は落ち着いているどころか、盟友と再会できた事に心底嬉しそうであった。

 彼はビーストモードのまま、突進してくるスラッグに向けて頭頂部を突き出した。一方のスラッグは止まれないのか、はたまた興奮して気付いていないのか定かではないが、そのままグリムロックの頭目掛けて突っ込んだ。

 

ドゴォォォォォォン!!!

 

 二体の恐竜ロボット同士の頭突きが決まった瞬間、まるで目の前に落雷でも落ちたかのような、凄まじい衝撃と轟音が響き渡った。そして二体は、お互い大きくのけ反って仰向けに倒れ、地面に倒れ込んだ。

 

「きゃあああああっ!!?亮牙さん、大丈夫ですかぁ⁉︎」

 

 その光景に唖然としていたハジメ達だったが、まずシアがハッと正気を取り戻すと、大慌てで倒れた想い人の傍へと駆け寄って行った。その様子にハジメやユエ、他のハウリア達も漸く正気を取り戻して駆け寄って来た。

 当のグリムロックは目を回しながらも、ふらつきながら立ち上がった。

 

「うぅ…俺グリムロック、こんなの屁でもない…。俺グリムロック、石頭でとても強く硬いぞ!」

 

 そう強がりながらも片言で喋るその様子から、どうやら大丈夫みたいだ。一同は胸を撫で下ろした。

 一方、同じように倒れていたスラッグも、目を回しながら起き上がった。

 

「痛ててて…ようし、第二ラウンドだぞ………ん、グリムロック?グリムロックだと⁉︎」

 

 聞き覚えのある名前に、スラッグは目を細めて突っ込んだ相手を見つめた。自分より少し大柄な体躯、鋭い牙の並んだ大顎、短い前足に逞しい後ろ足、その姿は間違いなく、16年前に生き別れとなった盟友・グリムロックであった。

 

「おお!グリムロック 、我が友よ!俺スラッグ、会えて嬉しいぞ!」

「俺グリムロック、スラッグと会えて、俺も嬉しい」

 

 両者は厳しい外見とは裏腹に、十数年ぶりの再会を喜んでいた。その喜しげな様子に、緊張で張り詰めていたハジメ達も漸く落ち着きを取り戻した。

 やがて、スラッグがふと思い出したかのように口を開いた。

 

「俺スラッグ、グリムロック、16年間も何処に行ってたんだ?それにそこの連中、一体なんだ?」

「あ、俺グリムロック、それ話さないとな…。グリムロック、変身!」

 

 そう言われてグリムロックはビーストモードからロボットモードに戻ると、更に亮牙としての姿に戻った。盟友がいきなり人間の姿に変わった事に、スラッグは目をぱちくりさせながら驚いた。

 

「ええっ⁉︎グリムロック、人間に変わった⁉︎俺スラッグ、ヒューズでもぶっ飛んだのか⁉︎」

「落ち着いてくれスラッグ、これには色々理由があってな…。取り敢えずお前のヒューズとかに問題はないから安心しろ。変形は出来るか?」

「え?ああ、俺スラッグ、変形は問題ないぞ…。スラッグ、変身!」

 

 そう言われ、スラッグは未だ状況を理解出来ないながらも、ロボットモードへと変形した。グリムロックと同じく金属のパーツが寸断・展開を繰り返していくが、その変形はまるで仰向けの体勢から起き上がるかのようであった。

 そして全ての変形が終わると、やがてスラッグは身長21m程の逞しい金属の巨人へと変わった。外見はグリムロックと同様に騎士の甲冑に似ているが、頭部はより騎士の被るような、蛙の口型のグレートヘルムに酷似した風貌となっている。両肩には彼と同じく、ビーストモードの頭部が左右真っ二つに分かれて肩当てのように備わっていた。

 

「俺スラッグ、一体全体どうなってるんだ?グリムロック、知ってるなら教えてくれ」

「ああ、今俺達がどんな状況に置かれているのかをな…」

 

 そして亮牙は全てを話し始めた。ここはトータスと言う地球とは異なる惑星で、偽りの神エヒトルジュエに支配されていること。この地に転生した古代プライム達は解放者と呼ばれる者達と協力してエヒトの支配を終わらせようとしたが、同じくトータスに転生していたメガトロナスがエヒトと与していたために失敗し、次世代に希望を託して各地に大迷宮を作ったこと、そして自分達ダイナボットはプライム達から援軍としてトータスに召喚されたが、メガトロナスの妨害でそれぞれ異なる時代、グリムロックに至っては別次元の地球に転移してしまったことなどだ。

 話を聞き終わったスラッグは、納得したと言わんばかりに頷いた。

 

「つまりグリムロックは、メガトロナスをぶっ飛ばして地球に帰るために大迷宮を探していて、この樹がそうかもしれないからこの森へ訪れたってことか…。で、そこの人間達は?」

「俺の旅の仲間だ。彼は俺の友人で、優秀な技術者であるハジメだ」

「どうも、はじめまして」

「小さいのはユエ。ハジメの恋人で、凄腕の魔法使いだ」

「ん、宜しく…」

「最後にシアと、彼女の同胞であるハウリア族だ。この森に住んでいる種族で、お前が此処に住んでいることを教えてくれた」

「は、はじめまして、シア・ハウリアです!亮牙さんの未来のお嫁さんですぅ!!!」

「ええっ⁉︎グリムロック、番なんていたのか⁉︎」

「違ぇよ…シアも誤解を招く言い方はやめてくれ…」

 

 さりげなく恋人アピールするシアに呆れる亮牙。気持ちは嬉しいんだが、まだ交際してないだろうが…。

 

「まあ、三人とも命を預け合える程の信頼に値する仲間達だ。それで、スラッグはどうする?お前が旅の仲間に加わってくれたら心強いんだが、無理強いするつもりはないぞ。この森での生活に馴染んでいるみたいだしな…」

「…俺スラッグ、確かに、此処での生活はのどかで恐竜時代を思い出す。だけど、張り合いのある相手がいなくて退屈でもあったんだ…。何年か前に人間と毛虫が合体したような連中が喧嘩売ってきたんだが、口程にもなさ過ぎてな…。それに、俺もメガトロナスは大嫌いだ。奴が好き勝手してるなら、思い知らせてやらねぇとな。グリムロック、その旅、俺スラッグも付き合うぞ!そっちの方が退屈しないし面白そうだ!」

「そうか!ありがとよ、友よ!」

 

 スラッグがそう言って力を貸してくれると知り、亮牙は心底喜んだ。彼程の戦士が協力してくれるのなら百人力だ。

 すると、ふとハジメが何かに気付いたかのように、スラッグに問いかけた。

 

「そう言えばさ、スラッグは亮牙みたいに人間とかの姿にはなれないの?プライム達の話だと、確か全員にその機能装備した筈だけど…」

「あ、確かに…。スラッグ、お前は出来ないのか?」

「ん?そう言えばこっちに来てからは、ロボットモードの時はなんか頭がビリビリしてるんだよな…。俺スラッグ、転移のショックでその機能が故障してたのかもしれねぇ…。ちょっと待て、頭叩けば治る筈だ」

 

 そう言うとスラッグは自身の頭をゴンっと叩いた。そのシュールな光景に、ハジメはテレビじゃないんだから、と内心ツッコんだ。

 しかし、どうやらこれで治ったみたいだ。スラッグの兜のような頭部から青い光が飛び出ると、一番近くにいたハジメを包み込んだ。ユエ達は慌てるが、亮牙は安心するよう告げる。どうやらハジメをスキャンして、人間の姿になるみたいだ。光が収まると、スラッグの巨体は全身の金属を折り畳んでいき、亮牙のように次第に姿を変え始めた。

 全てのプロセスが終わると、そこには身長188cm程の、紫という独特の髪色をした人間の青年が現れた。亮牙程ではないが、引き締まった逞しい体型をしている。

 但し、一つ問題があった。流石に衣服までは模倣する機能はなかった。故に今のスラッグは、()()()()()()()であったのだ。

 

「「きゃあああああああああ!!!」」

 

 それをモロで見てしまったユエとシアは、大きな声で叫びながら顔を真っ赤にして目を隠した。ユエはハジメのアレは見慣れているが、流石に亮牙の友人とは言え、惚れてもない男のアレなど見たくなかった。見ればハウリア達の女性陣も、顔を手で覆っていた。

 しかし、スラッグには理由が分からなかった。まあ元恐竜だし、トランスフォーマーとなってからも衣服なんて文化などなかったので、無理もないだろう…。

 

「?俺スラッグ、なんで皆、俺から目を逸らす?」

「当たり前ですよぉ!スラッグさん、前隠して下さい!うぅ〜、どうせ初めて見るなら亮牙さんのが良かったのにぃ〜!」

「何馬鹿なこと言ってるんだよシア…。取り敢えずスラッグ、俺の服着とけ。人間の姿で活動するには、その格好じゃあ駄目だ」

「うーむ、俺スラッグ、人間の文化って、色々面倒だなぁ…」

 

 そうぼやきながら、スラッグは亮牙が宝物庫のポーチから取り出した予備の着替えを着ることにした。しかし本人は衣服を着るという文化に慣れていなかったので、パンツとズボンは履いたものの、上着は着ようとはしなかった。

 なるべくスラッグに衣服を着るという習慣を早く慣れさせよう。そう思わずにはいられない亮牙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあお前ら、俺達は先に他の大迷宮を攻略してくるから、再び戻った時は案内を頼めるか?」

「はい、お任せ下さい!」

「ありがとよ。取り敢えず契約は果たされたが、今のお前らならもうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。暫くの間お別れだが、自分達の身はしっかり守り抜けよ」

『畏まりました‼︎』

 

 現在、亮牙達は出発の準備をしており、ハウリア達に別れの挨拶をしていた。最初は頼りなかった連中だが、今や見違える程に心身共に成長している。これなら、自分達だけで降りかかる理不尽に立ち向かえるだろう。

 そう思っている亮牙に、カムが話しかけてきた。

 

「御館様、宜しいでしょうか?」

「ん?どうした、カム?」

「シアを、私の一人娘を、どうか宜しくお願いします」

 

 そう言ってカムは亮牙に頭を下げた。シアが同行する事は既に伝えた。その旅がとても危険だと言う事もとなれば、幾ら二人とも強くなったとはいえ、父として娘の身を案ずるは当たり前だろう。

 

「ああ。俺の命に賭けて、お前の娘を守り抜く。同じ父親としての約束だ」

「亮牙さん…」

 

 だからこそ亮牙も父親だった者として、カムの父親としての想いにに応えると、二人はしっかりと握手を交わした。シアも、父と想い人が自分の身を案じてくれていることに、思わず嬉し泣きをしていた。

 

「次にお会いした時は、是非とも結婚報告をして下さるのを期待していますよ」

「おい、折角の感動シーンが台無しだろ…」

 

 こうして亮牙達は、新たにシアとスラッグを仲間に加え、ハウリア族に見送れらながらハルツィナ樹海を後にしたのであった。

 

 

 

 

 




〜スラッグの小ネタ〜

 身長:71フィート(約21.6m)、人間態だと188cm
 体高:40フィート(約12.2m)
 役職はG1と同じく火炎戦士。髪色は玩具と同じ紫色としました。
 上半身が半裸なのは、同じ野生児・双剣使い・好戦的な性格から、『鬼滅の刃』の伊之助のオマージュ。


感想、評価お待ちしております。


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ブルックの町

はい、ブルック編です。

反抗期ならぬ発情期の看板娘のいる宿と、漢女の登場は次回になります。


 新たにシアとスラッグを仲間に加えた亮牙達は、樹海の境界でカム達の見送りを受けた後、二台の魔力駆動二輪に乗り込んで平原を疾走していた。これもまたハジメが作製した発明品で、アメリカンタイプの「シュタイフ」とサイドカー付きの「アリオン」の二種類がある。

 何故グリムロックとスラッグのビーストモードで移動しないかというと、スラッグに早く人間態に慣れさせるためと、これから向かう先を考えての判断だ。位置取りは、シュタイフにハジメとユエが、アリオンには亮牙とシア、そしてサイドカーにスラッグが乗っている。

 なおシアは無意識か狙っているのか、密着することで自慢の巨乳を亮牙の背中に押し付けていた。初めて感じるムニュッ♡という柔らかい感触に亮牙が内心戸惑っていると、肩越しにシアが質問してきた。

 

「亮牙さん、そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」

「ん?そう言えば伝えそびれてたな…。次はライセン大峡谷だ」

「ライセン大峡谷?」

「ああ。一応峡谷も七大迷宮があるそうだからな。魔人族の縄張りのシュネー雪原はまだ面倒くせぇし、取り敢えずグリューエン大火山を目指すつもりなんだが、東西に伸びる峡谷を通りながら行けば、途中で迷宮も見つけられるだろう」

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか…」

 

 そう言われ、シアは思わず頬を引き攣らせた。トータス人にとってライセン大峡谷は地獄にして処刑場というのが一般的な認識であり、彼女に至ってはつい最近一族が全滅しかけた場所でもあるため、想い人がそんな場所を唯の街道と一緒くたに考えている事に動揺を隠せなかった。

 密着しているために彼女の動揺が手に取るように分かった亮牙は、落ち着かせるよう話しかけた。

 

「自信を持て。俺達と会う前なら兎も角、今のお前なら谷底の魔物にも負けん。それに峡谷じゃあ放出された魔力を分解するから、身体強化に特化したお前の独壇場だ。無論、俺やスラッグもな」

「俺スラッグ、早く戦いたい!」

「えへへ〜、ありがとうございますぅ。ではライセン大峡谷に行くとして、今日は野営ですか?それともこのまま、近場の村か町に行きますか?」

「町だ。今後のために素材の換金や物資の調達もしたいからな…。前に見た地図通りなら、この方角に町があった筈だ」

 

 亮牙自身は問題なかったが、いい加減ハジメとユエにまともな料理を食べさせてやりたいと思っていたところだ。それに今後、町で買い物なり宿泊なりするなら金銭が必要になる以上、腐る程持っている素材を換金しておきたかった。それにもう一つ、ライセン大峡谷に入る前に落ち着いた場所で、やっておきたいこともあったのだ。

 それを聞くと、シアは何故か安堵の表情を見せた。

 

「はぁ~そうですか。…よかったです」

「ん?どうしてだ?」

「いやぁ~、亮牙さんとハジメさんのことだから、ライセン大峡谷でも魔物の肉をバリボリ食べて満足しちゃうんじゃないかと思ってまして…。ユエさんはハジメさんの血があれば問題ありませんし、スラッグさんも大丈夫そうですから…。どうやって私用の食料を調達してもらえるように説得するか考えていたんですよぉ~、杞憂でよかったです。亮牙さんもまともな料理食べるんですね!」

「俺スラッグ、ちょっとは肉も食うけど、基本的に菜食主義(ベジタリアン)だぞ!」

「…まあ俺も元々野生動物だから今更選り好みなんざしないんだが、人間生活のうちに結構舌も肥えてきたからな…。にしてもお前、俺を何だと思ってるんだ…?」

「…プレデターという名の新種の魔物?」

「酷くないか?まあ屍肉食動物(スカベンジャー)呼ばわりされるよりはマシか…」

「「良いのかよ⁉︎」」

 

 とんでもなく失礼なことを言うシアだったが、元々が捕食者の亮牙はそこまで気にしなかった。まあこれがクラスメイトに言われてたらタコ殴りにしていただろうが…。

 

「でも、亮牙さんと一緒に旅する事が出来て良かったです!亮牙さん、とっても優しいですもん!」

「………ありがとよ」

「俺スラッグ、グリムロック照れてるな?」

「うるせぇ…」

 

 シアにそう言われて照れ臭そうにする亮牙をスラッグが茶化し、隣を並走するハジメとユエが微笑ましそうに見ていた。そんな感じで五人は、非常に仲の良い様子で騒ぎながら草原を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間ほど走り、そろそろ日が暮れるという頃、前方に堀と策で囲まれた町が見えてきた。街道に面した部分には門が立てられ、その傍には門番の詰め所と思しき小屋も建っていた。小規模とはいえ門番を配置する程度の規模はあるなら、それなりに充実した買い物が出来るだろう。

 奈落から出て空を見上げた時のような「戻ってきた」という気持ちが湧き出したからか、ハジメとユエはワクワクした様子で頬を綻ばせ、お互い微笑みを浮かべ合っていた。

 

「よし、これから久々に町に入るが、その前に幾つか注意だな」

 

 流石に乗った状態で町の傍まで行けば確実に騒がれるため、亮牙達は町の門からある程度離れた所で魔導二輪から降りた。その他にも幾つか事前に打ち合わせておくべき事項があった。

 

「まずハジメはステータスプレートの隠蔽だな」

「だね。でも、亮牙の場合はどうするの?」

 

 ハジメが懸念したのは天職と年齢の事だ。プレートはステータスの数値や習得技能は隠せても、名前・年齢・天職といった基本情報は隠すことは出来ない。それまで隠蔽可能となれば身分証明書としての効力が失われるからだ。

 

「俺の天職はありふれなさ過ぎるし、年齢もぶっ壊れておかしくなったとか言って誤魔化すのも難しいからな…。有料とは言え再発行も出来るみたいだから、紛失したってことにするよ。最初から持ってないユエやスラッグもそれで通せばいいだろう」

「了解。武器は一端全部宝物庫に仕舞った方が良いかな?」

「ああ。まあこの世界の人間じゃ最強クラスらしいヘナチョコ帝国も俺の前じゃあ蛆虫同然だったし、誰が絡んでこようが問題ないさ。最後にシアに関してなんだが…」

 

 少し言い淀む亮牙に、シアが軽く首を傾げた。

 

「…シアはプレート云々以前に懸念すべきことがあるからな。そのために今後はこれを付けて行動してもらうぞ…」

 

 そう言って亮牙が取り出した物を見てシアは「えっ⁉︎」っという表情になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして歩いていくこと少し、町の門にたどり着いた亮牙達は、そこで門番をしていると思わしき冒険者風の男に呼び止められた。

 

 「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 規定通りの質問なのか、どことなくやる気なさげな門番に対して、ハジメはステータスプレートを取り出して答えた。

 

「食料の補給がメインです。旅の途中なもので」

「ふ〜ん」

 

 気のない声で相槌を打ちながらハジメのステータスプレートをチェックした門番は、問題なしと判断してステータスプレートを返した。

 

「それで、その四人は…」

 

 門番は亮牙達に視線を向けるが、ユエとシアを見た瞬間硬直し、みるみると顔を真っ赤に染め上げると、ボーと焦点の合わない目で交互に見惚れていた。二人とも絶世の美少女なので、見惚れるなと言う方が無理だろう。

 その様子に呆れつつも、亮牙がわざとらしく咳払いして門番を正気に戻して答えた。

 

「俺達三人のステータスプレートは、道中襲撃してきた魔物と戦っているうちに無くしちまってな…。もう一人の兎人族は、察しろ…」

 

 その言葉に門番は成る程と納得したように頷き、亮牙達に羨望の眼差しを向けた。

 

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか?あんたらって意外に金持ち?」

「彼女なら奴隷狩りをしていたカス共から奪ってきた。そいつらを皆殺しにしてな」

 

 流石に鬱陶しくなってきたのか、さらっととんでもない事を口にした亮牙に、門番は凍りついた。

 

「冗談だ、本気にするな」

「アハハ、すみません。彼、ユーモアのセンスが悪くて…」

「何だ、びっくりした…。趣味が悪いぞ…」

 

 冗談だと知った門番はホッと胸を撫で下ろした。実際は一人だけ谷底に投げ捨てて魔物に食わせ、残る帝国兵は全て亮牙が抹殺したのだが。

 

「まぁいい。通っていいぞ」

「どうも。あっ、そう言えば素材の換金場所って何処にありますか?」

「あん?それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

「成る程。ありがとよ」

「いいってことよ」

 

 門番から情報を得て、亮牙達は門の中に入っていった。門のところで確認したがこの町の名前はブルックと言うらしく。町中はそれなりに活気があった。ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。こういう騒がしさは訳もなく気分を高揚させるもので、ハジメとユエも楽しげに目元を和らげていた。

 しかし、シアだけは先程からぷるぷると震えながら、怒鳴ることもなくただジッと涙目で亮牙を睨んでいた。理由の分かっている亮牙は成るべく気にしないようにしていたが、スラッグが不思議に思って彼女に尋ねた。

 

「俺スラッグ、どうしたシア?腹減ったのか?」

「違いますよスラッグさん!これです!この首輪です!これのせいで奴隷と勘違いされたじゃないですか!亮牙さん、分かっていて付けたんですね!うぅ、酷いですよぉ~、私達、仲間じゃなかったんですかぁ~」

 

 そう、今のシアの首には、門に着く前に亮牙が渡した首輪が着けられていた。これもハジメが作ったもので、黒を基調として小さな水晶が散りばめられている。

 シアが怒っているのは、旅の仲間だと思っていたのに、意図して奴隷扱いを受けさせられたことが相当ショックだったからだ。もちろんこの首輪は本来の奴隷用の物ではなく、彼女を拘束するような力はないのは彼女自身も分かっている。それでも、やはりショックなものはショックなのだ。

 一方の亮牙もそれについて罪悪感があるのか、謝りながら彼女に理由を伝えた。

 

「だからごめんって……。兎人族の中でもお前は珍しいから、ヘナチョコ帝国の連中みたいな輩がちょっかいをかけて来ないように、俺の物だっていう証が必要だから………っておい、どうした?」

 

 そう、唯でさえ愛玩奴隷として人気が高い兎人族であるのに、珍しい髪色に容姿もスタイルの抜群の美少女であるシアは、格好の人攫いの的だ。奴隷、即ち所有物としておけば、手を出せば当然罰則を食らう事になるので、彼女を守るにはこうするしか他にない。

 言い訳あるなら言ってみろやゴラァ!という感じで亮牙を睨んでいたシアだったが、彼の謝罪と理由を聞いている内に照れたように頬を赤らめながらイヤンイヤンと身体をクネクネし始めた。そんな姿にハジメとユエも呆れ果て、スラッグは頭に?マークを浮かべていた。

 

「も、もう!亮牙さんったらこんな公衆の面前で、いきなり何言い出すんですかぁ。私が容姿もスタイルも性格も抜群で、世界一可愛くて魅力的だから俺の物にするだなんて、そんな~、大胆すぎますよ~!」

「んな事言ってないだろうが…。ハジメに頼んで念話石と特定石も埋め込んで貰ったから、魔力を流せば連絡も取れるし何かあった時は直ぐに駆け付けられる。特定量の魔力でちゃんと外せるようにもなってるし、不快にさせるのは申し訳ないが、お前を守るための必要悪として大目に見てくれ…」

「むぅ…。言ってることは判りますけど…」

 

 理屈も有用性も、何より亮牙が自分の事を想ってくれているのは理解しつつも、やはりシアは納得し難いようで不満そうな表情となった。今まで一族の皆とは違う生まれをしていると言う点から同族や仲間と言うものに人一倍強い憧れを持っていたが故に、簡単には割り切れないのだろう。

 そんな彼女の気持ちを察して、ユエが傍に歩み寄り声を掛けた。

 

「…有象無象の評価なんてどうでもいい」

「ユエさん?」

「…大切な事は、大切な人が知っていてくれれば十分。…違う?」

「…そう、そうですね。そうですよね」

「ん、不本意だけど、シアは私が認めた相手…。…小さい事気にしちゃダメ」

「…ユエさん。えへへ、ありがとうございますぅ」

 

 それは大衆の為に生き、けれどその果てに孤独になったユエだからこそ、その言葉に重みがあった。だからこそその言葉はシアの心にストンと落ちた。自分が亮牙達の大切な仲間であるということは、一族の皆も亮牙達も理解している。万人に認められるような奴なんて早々居ない以上、いらぬトラブルを招き寄せてまで無理に万人に理解してもらう必要など無いのだ。

 ユエの言葉に照れたように微笑んだシアを見て、肩を竦めながら亮牙は言葉を紡いだ。

 

「納得してくれて何よりだ。まぁ仮に奴隷じゃない事がバレたって見捨てたりはせんよ」

「街中の人が敵になってもですか?」

「国中だろうが全人類が敵になろうとな。カムと約束したんだ。父親同士として、その誓いを破るつもりはない」

「くふふ、聞きました、皆さん?亮牙さんったらこんなこと言ってますよ?よっぽど私が大事なんですねぇ~」

「…言っとくがお前だけじゃねえ。それがハジメやユエ、スラッグであっても同じだ。ほら、行くぞ」

「あっ、亮牙さん!待ってくださいよぉ〜」

 

 照れ臭くなり、そうぶっきら棒に言いながら早足で突き進む亮牙を、慌ててシアが追いかける。そんな彼の背を見ながらスラッグが嬉しそうに呟いた。

 

「俺スラッグ、グリムロックの奴、暫く見ないうちに面白くなった気がする」

 

 その意味が理解できるハジメとユエは、からかう様な視線や生暖かな視線を向けながら、スラッグと共に後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうやって何処か賑やかにメインストリートを歩いていった亮牙達は、一本の大剣が描かれた看板を発見した。かつてホルアドの町でも見た冒険者ギルドの看板だが、規模は此方の方が二回りほど小さかった。

 看板を確認した亮牙は、重厚そうな扉を開き中に踏み込んだ。南雲家で学んだ創作物での知識から、冒険者のイメージは無頼漢ばかりで、中も薄汚れた雰囲気だと思っていたが、予想に反して中は清潔だった。入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店になっているようで、何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしていた。誰一人飲酒をしておらず、アルコールの匂いすらしない事から、酒は取り扱っていないみたいだ。

 中の冒険者達は一度亮牙達に視線を向けた後にユエとシアを見つけ、ぼーと見惚れて恋人に殴られる者が続出した。なお女性陣にも、亮牙やスラッグ、ハジメに見惚れている者が僅かながらにいた。地球でクラスメイトの阿呆どもに向けられていたものより遥かにマシな視線の中を、亮牙は特に気にする事なく歩いていきカウンターにたどり着いた。

 カウンターには、横幅がユエ二人分と恰幅の良い中年女性が笑顔を浮かべて待っていた。内心、美人の受付を期待していたハジメだが幻想だったと悟り、こっそり落胆してユエから冷めた視線を向けられていた。

 それに気づいたのか、女性がニコニコ笑いながら話しかけてきた。

 

「可愛い彼女がいるのに、まだ足りなかったのかい?残念だったね、美人の受付じゃなくて」

「い、いえ。そんなつもりは…」

「あはははは、女の勘を舐めちゃいけないよ?男の単純な中身なんて簡単に分かっちまうんだからね。まあ、そっちの兄ちゃんはそんなこと考えなかったようだけどね。そっちの兄ちゃん見習わないと、いつか愛想尽かされちまうよ?」

「彼女の言う通りだハジメ。いつの世も、男ってのはそういう点じゃ女には敵わんよ」

「…肝に銘じて置きます…」

 

 亮牙がそう親友を嗜めながら周囲を見渡すと、冒険者達が「あ~あいつも説教されたか~」みたいな表情でハジメを見ていた。どうやら冒険者達が大人しいのは、この女性の手腕と肝っ玉の太さのおかげみたいだ。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「ああ、仕留めてきた魔物の素材の買取を頼む」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

「え?買取にステータスプレートの提示が必要なんですか?」

 

 ハジメの疑問に女性は「おや?」という表情をした。

 

「あんたら冒険者じゃなかったのかい?確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」

「成る程、冒険者ギルドのない異国から来たものだから、勉強になったよ」

 

 他にも冒険者になると色々な特典があるらしい。ギルドと提携している宿や店は一、二割程度は割引きが利き、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするようだ。まあ移動手段については一切問題はないのだが。

 

「う~ん、そうか。なら折角だし登録しておこうかな。悪いけど持ち合わせが全くないんで、買取金額から差し引いて貰えませんか?もちろん、最初の買取額はそのままでいいので」

「可愛い子二人もいるのに文無しなんて何やってんだい。ちゃんと上乗せしといてあげるから、不自由させんじゃないよ?」

「感謝する。手間をかけてすまんな」

「若いのに細かい事なんて気にしてんじゃないよ。あんたとそこの兄ちゃんはいいのかい?」

「ああ、俺は大丈夫だ」

「俺スラッグ、特に気にしない」

 

 そう言うと女性はそうかい、とそれ以上言ってこなかった。ユエとシアも同様だ。ハジメがステータスプレートを差し出し、少しして女性が返すと、職欄の横に出来た職業欄に冒険者と表記され、更にその横に青色の点が付いている。この点は冒険者ランクで、上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。なおこの世界の貨幣「ルタ」も冒険者ランクと同じ種類で、日本の貨幣価格と同じ価値で上がっていく。

 つまり、今のハジメは1ルタ程度の価値しかないと言われているみたいなものだ。この制度を考えた人間の性根の捻くれ具合が伺える。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ?お嬢さん達に格好悪いところ見せないようにね」

「勿論です。それで買取は、ここでいいんですか?」

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

「ああ、頼む」

 

 この女性は買取品の査定もできるらしく、亮牙はあらかじめ宝物庫のポーチから出して、魔物の皮革で作った袋に入れ替えておいたハルツィナ樹海の魔物の毛皮・爪・牙・魔石をカウンターに取り出していった。それを見た女性は、驚愕の表情をしながら素材を手に取った。

 

「こ、これは…!とんでもないものを持ってきたね…。樹海の魔物の奴だね?」

「ああ」

「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ…。でも、いいのかい?中央ならもっと高く売れるよ?」

「いや。面倒臭いし、さっきも言ったが路銀もないから、ここで頼む」

「そうかい」

 

 全ての素材を査定した女性が提示した買取額は487000ルタと、中々の金額だった。しかも本来はこれにギルドの登録料が上乗せされているのだから、正確にはもっと高額なのだろう。

 亮牙は51枚の貨幣を受け取ってから、ふと思い出したかのように尋ねた。

 

「そう言えば門番から、ここならこの町の簡易な地図を貰えると聞いたんだが…」

「ああ、ちょっと待っといで…。ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

 女性が手渡した地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。世間一般の簡易な地図が子供の落書きに見えるレベルだ。

 

「これ程立派な地図を無料で貰ってもいいのか?有料でも構わない代物だぞ…」

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

「…俺スラッグ、あんた、結構お偉いさんか?」

「いい女には秘密が付きものさ。あんまり詮索するもんじゃないよ?」

「まあ、確かにな…」

 

 正にこのギルド最強のオカンと呼ぶに相応しい貫禄だ。これこそまさに年季の違う大ベテラン、若い時期を越えてもなお、人に慕われる良い女の一つの形と言う奴だ。

 亮牙にとってもこういう女性の方が好感が持てる。下手に容姿だけが整ってるだけの香織や雫よりは遥かにマシだ。

 

「色々と助かった。ありがとう」

「いいってことさ。それより金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その二人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

「そうします」

 

 ハジメがそう苦笑しながら返事をし、亮牙達と共に入口に向かって踵を返してギルドを後にした。

 

 「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね…」

 

 後には、そんな女性の楽しげな呟きが残された。

 

 

 

 

 




〜オリジナルアーティファクト〜
・アリオン
 本作でハジメがシュタイフと共に発明した、サイドカー付きね魔力駆動二輪。基本性能はシュタイフと同じ。
 元々出発時は亮牙、ハジメ、ユエの三人だったので、人に目立ちやすい所やビーストモードで進むには狭い所での移動手段として開発された。現在は亮牙が運転し、その後ろにシア、サイドカーにスラッグが乗り込んで移動する。
 名前はギリシャ神話に登場する神馬アリオンから。サイドカーと言う設定は、恐竜戦隊ジュウレンジャーのサイドザウラーと、久正人氏の漫画『ジャバウォッキー1914』へのオマージュ。





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変質者揃いの町

はい、ブルックと言ったらこの人達でしょう。

稚拙な文章ですが、今回は若干、マイケル・ベイ顔負けの下ネタとお色気シーンがあります。



 ガイドブックも同然な地図を見た亮牙達は、「マサカの宿」という宿屋に宿泊することにした。紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるみたいだ。その分少し割高だが、金も充分手に入ったし問題ないだろう。

 宿の中は一階が食堂になっているようで、複数の人間が食事をとっていた。亮牙達が入るとお約束のようにユエとシアに視線が集まった。それらを無視してカウンターらしき場所に行くと、15歳くらいの少女が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませー!ようこそ『マサカの宿』へ!本日はお泊りですか?それともお食事だけですか?」

「宿泊だ。ギルドから貰ったこの地図を見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」

 

 そう告げる亮牙が持っている地図を見て、少女は合点がいったように頷いた。

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

 少女がテキパキと宿泊手続きを進めようとするが、ハジメはあのギルドの受付嬢の名前がキャサリンだったことが何となくショックだったらしく、何処か遠い目をしていた。

 

「おいハジメ、もう眠いのか?」

「あ、ああ、ごめん。何でもないよ…」

「ならいいが…。取り敢えず一泊だ。食事と風呂付きでな」

「はい。お風呂は15分100ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが…」

「ふむ、じゃあこの時間帯で2時間頼む」

「えっ、2時間も⁉︎」

 

 時間帯表を亮牙達に見せた少女は、彼の返答に驚いた。

 亮牙・ハジメ・ユエにとってはオルクスを脱出してから、シアは一族共々フェアベルゲンを追放されてから暫く風呂に入っていなかったし、スラッグに至っては多分トータスに来てから一度も入っていないだろう。故になるべくゆっくり入浴したかったし、男女で分けるとして2時間は確保したかった。17年間日本で育った亮牙やハジメとしては譲れないところだ。

 

「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋や三人部屋が空いてますが…」

 

 少女はそう尋ねながら、ちょっと好奇心が含まれた目で亮牙達を見た。そういうのが気になるお年頃だ。だが、周囲の食堂にいる客達まで聞き耳を立てるのは勘弁してもらいたいと思うハジメ。

 ユエもシアも美人とは思っていたが、想像以上に二人の容姿は目立つようだ。出会い方が出会い方だったし若干ハジメの感覚が麻痺しているのだろう。亮牙に至っては、そもそもシアに告白されるまで人間の女性に興味すらなかった。

 

「いや、五人部屋で頼む」

 

 躊躇いなく即答した亮牙に周囲がざわつき、少女も少し頬を赤らめた。本人としては金は出来たもの、今後のことも考えて節約しようと考えての判断だ。

 だが、そんな彼の言葉にユエが待ったをかけた。

 

「…ダメ。二人部屋二つに一人部屋、もしくは三人部屋と二人部屋で…」

 

 周囲の客達、特に男連中が亮牙やハジメ、スラッグに向かって「ざまぁ!」という表情をしていた。ユエの言葉を男女で分けろ、もしくは自分は一人部屋にしろという意味で解釈したのだろう。だが、そんな表情は、次の彼女の言葉で絶望に変わる。

 

「私とハジメで一部屋。…スラッグには悪いけど、亮牙はシアと寝てあげて」

「「コラコラ何言ってんだ」」

「わ、私も亮牙さんと一緒に寝たいですぅ!」

「「お前もかい…」」

 

 ユエとシアの言葉に、絶望の表情を浮かべた男連中が、次第にハジメや亮牙に対して嫉妬の炎が宿った眼を向け始めた。宿の少女は既に顔を赤くしてチラチラとハジメとユエ、亮牙とシアを交互に見ていた。

 ハジメが、これ以上羞恥心を刺激される前に止めに入ろうとするが、その目論見は少し遅かった。疑問顔となっていたスラッグが、とんでもない爆弾発言をしたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺スラッグ、ユエはハジメと、シアはグリムロックと交尾したいのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂が舞い降りた。誰一人言葉を発することなく、物音一つ立てない。今や宿の全員が亮牙達に注目、もとい凝視していた。厨房の奥から、少女の両親と思しき女性と男性まで出てきて「あらあら、まあまあ」「若いっていいね」と言った感じで注目している。 

 やがて、ハジメは顔を真っ赤にしながら、静寂を破るかのように絶叫した。

 

「ちょっとぉぉぉぉぉ⁉︎なんて生々しいこと真顔で言うんだよぉぉぉぉっ!!?」

「え、だって俺スラッグ、ユエとシアのフェロモンレベル嗅いでみたけど、そうとしか思えないぞ?」

「そ、そうなんですスラッグさん!亮牙さんに私の処女を捧げたいんですぅ!だから亮牙さんと一緒に寝させてください!」

「ほら、シアも認めてるぞ」

「…あのなスラッグ、そういうのは分かっても言わないのが人間社会のマナーらしいぞ。てかシアもそんな事簡単に口にするなよ…」

「うーむ、俺スラッグ、人間社会って中々面倒臭い…」

「ん、スラッグにも、いつか好きな人が出来たら分かる…」

「言ってる場合かお前らぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 あまりにもマイペース過ぎる仲間四人の発言に、ハジメは最早ツッコみが追いつかなくなってきた。

 暫くして息も絶え絶えになりながら、漸く落ち着きを取り戻したハジメはクルリと少女に向き直り、その視線を受けた少女はビシィと姿勢を正した。

 

「はぁはぁ…。騒がせてすみません…」

「い、いえ、ご心配なく…」

「こりゃ男女に分けてもユエが我慢出来ずに忍び込むだろうな…。スラッグ、一人でも大丈夫か?」

「俺スラッグ、ガキじゃないから心配するな!」

「くれぐれもベッドを壊したり、枕や布団を引き裂かないでね…。じゃあ、二人部屋二つと一人部屋で頼みます…」

「す、凄い…!はっ、まさかお風呂を2時間も使うのはそういうこと⁉︎お互いの体で洗い合ったりするんだわ!それから、あ、あんなことやこんなことを…。なんてアブノーマルなっ!」

 

 話し合いの末、部屋割りを決めたのだが、少女は良からぬ妄想に浸りトリップしていた。見かねた女将さんらしき人がズルズルと彼女を奥に引きずっていく。代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行った。部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と謝罪するが、その眼には「男だもんね?分かってるよ?」という嬉しくない理解の色が宿っていた。絶対、翌朝になれば「昨晩はお楽しみでしたね?」とか言うタイプだ。

 何を言っても誤解が深まりそうなので、急な展開に呆然としている客達を尻目に、亮牙達はそのまま三階の部屋に逃げるように向かった。暫くすると、止まった時が動き出したかのように階下で喧騒が広がっていたが、ハジメは何だか異様に疲れたので気にしないようにしていた。それぞれの部屋に別れて入ると、彼はベッドにダイブして意識をシャットダウンした。

 夕食の時間には目覚め、階下の食堂に向かったのだが、何故かチェックインの時にいた客が全員まだ其処におり、ハジメは一瞬頬を引き攣らせ、亮牙も同感なのか呆れた表情をしていた。それでも何とか冷静を装って席に着く彼らのもとに、初っ端から滅茶苦茶顔を赤くした宿の少女が給仕にやって来た。「先程は失礼しました」と謝罪してはいるが、瞳の奥の好奇心が隠せていなかった。注文した料理は確かに美味かったのだが、せっかく久しぶりに食べたまともな料理はもう少し落ち着いて食べたかったなと、亮牙とハジメは内心溜息を吐くのだった。

 そのため、風呂だけはせめてゆっくり入浴したいと考えた亮牙とハジメは、男女で時間を分けると女性陣を先に入浴させ、自分達男性陣は後から入浴する事にした。当然、ユエとシアは一緒に入りたいと駄々をこねたのだが、流石に苛立ってきた亮牙が、

 

「…お前らに気を遣って黙ってきたが、はっきり言ってお前ら二人とも、周囲のガチムチ野郎どもより汗臭いぞ。特にユエ…」

 

と言ったら二人とも顔を真っ青にして、大人しく時間帯を守って入浴した。流石に、好きな男の前でいつまでも不潔でいるのは嫌だったようで、念入りに汗や汚れを洗い落としていた。おかげで男性陣もゆっくり入浴する事ができ、亮牙とハジメは安堵した。

 なお、こっそり風呂場の陰から宿の少女が覗こうとした挙句、女将さんにバレて尻叩きされていたのは、ここだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、久々に布団で寝られるな…」

 

 夜になると、亮牙はそう呟きながら、上着を脱いでラフな格好になってベッドに横になった。

 ハイリヒ王国で割り当てられた部屋やホルアドの宿泊施設のベッドの方が豪華だったが、あの時は警戒心からしっかり寝れてはいなかった。オスカーの隠れ家のベッドもハジメとユエに使わせて自身はリビングのソファーで横になっていたし、迷宮脱出後は野宿と言う事で見張りのために全く寝ていなかった。

 故に亮牙がトータスに来てからゆっくり布団で眠れるのは、今回が初めてであった。だが、今回は別の意味で一筋縄ではいかなかった。

 

「…シア、ベッドなら隣にもう一個あるだろ?態々こっちに来なくてもいいんだぞ?」

「良いじゃないですか。好きな人と相部屋になれたんですから、一緒に寝ない方がおかしいですよ。…それとも亮牙さんは、私と一緒は嫌ですか?」

「いや、俺は図体がでかいから、お前が狭いんじゃないかと…」

「もう、そんな事ないですよ。寧ろ亮牙さんと密着出来て嬉しいですぅ///」

 

 そう、相部屋であるシアが、二つあるベッドの一つを使わず、亮牙が横になっているベッドに潜り込んできたのだ。

 しかも今の彼女、出会ってから着ていた服でさえビキニのような露出度の高さだったのに、今はユエがこっそり用意してくれた下着一着の姿なのだ。フリルやリボンが可愛らしいが、ブラジャーの真ん中には彼女の巨乳を強調するかのように穴が空いて、胸の谷間を覗かせていた。

 亮牙は人間になってから17年間異性に興味を抱いた事はなく、ユエの事も良き友人として見ていた。だがシアに対しては、自分と同じく理不尽に故郷を追われ家族を殺された境遇にシンパシーを感じていたが、告白されてからはやけに彼女を意識するようになっていた。

 地球ではたまにハジメが隠し持っていたエロ本を興味本位で少し見てみたが、掲載されていた裸や水着姿の女性は誰一人として魅力的には感じなかった。シアのスタイルは確かにそのモデル達よりナイスバディだが、それだけが彼女を意識してしまう理由ではないだろう。

 そんな状況の中、アリオンに乗っていた時みたいにシアが密着することで、再びムニュッ♡という柔らかい感触が亮牙を戸惑わせる。それに気づいたシアが、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「ふふふ、やっぱり亮牙さんっておっぱいが好きなんですね?移動中に私が密着していた時、意識していたのには気づいてましたよ?女性はそういうのには敏感ですから」

「す、すまん。そういうつもりは…」

「謝らなくていいですって。私の純潔は亮牙さんに捧げるって決めてますから、ムラムラしてきたら何時でも良いですからね?思う存分私のおっぱいを堪能させてあげますから♡」

「…ったく、あまり大人を揶揄うな」

 

 そう言ってウインクするシアに、亮牙は自身の顔が赤くなってきたのを悟られないよう顔を背けるしかなかった。その夜、彼は隣ですやすやと眠る少女に対して、何千万年ぶりに湧き上がってきたとある欲求を必死に堪えていたため、やはりしっかりと眠れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、朝食を食べた後、亮牙とハジメはユエとシア、スラッグに金を渡し、旅に必要なものの買い出しを頼んだ。チェックアウトは昼なのでまだ数時間は部屋を使えるため、三人に買出しに行ってもらっている間に、部屋で済ませておきたい用事があったのだ。

 

「お二人とも、用事って何ですか?」

 

 シアが疑問を素直に口にすると、ハジメは、

 

「ちょっと作っておきたいものがあってね。構想は出来ているし数時間もあれば出来るはずだから、昨日のうちにやろうと思っていたんだけど、疲れて出来なかったからさ…」

「俺も寝不足だから、ハジメの手伝いしつつ休みたいんだ。スラッグとの親睦も兼ねて、今回は三人で行ってきてくれ…」

「そ、そうだ!ユエさん、スラッグさん!私、服も見ておきたいんですけどいいですか?」

「…ん、問題ない。私は、露店も見てみたい。スラッグもいい?」

「俺スラッグ、賛成だ!人間の食い物、食ってみたい!」

 

 そう言われたユエとシアはサッと視線を逸らし、スラッグを交えてきゃいきゃいと買い物の話をし始めた。ハジメと亮牙の寝不足は自分達が原因だと分かってはいるが、心情的に非を認めたくないので、阿吽の呼吸で話題も逸らしていた。

 

「…まあ頼むぞ。スラッグ、二人の言う事しっかり聞くんだぞ」

「俺スラッグ、ガキじゃないやい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町に出たシアとユエ、スラッグの三人は、食料品や薬関係、そしてシアとスラッグの衣服の調達に出かけた。

 町の中は既に喧騒に包まれており、露店の店主が元気に呼び込みをし、主婦や冒険者らしき人々と激しく交渉をしていた。飲食関係の露店も始まっているようで、朝から濃すぎるくらい肉の焼ける香ばしい匂いやタレの焦げる濃厚な香りが漂っていた。

 そうした香りに誘われたスラッグが足を止める事があったが、流石に道具類の店や食料品は時間帯的に混雑していたので、女性陣はまずシアとスラッグの衣服から揃えることに決め、ごねる彼を促した。

 あの受付嬢、キャサリンの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されていた。痒いところに手が届いており、彼女が如何に出来る人間であるかを改めて再認識できた。

 三人は早速、ある程度の普段着もまとめて買えるという点から、とある冒険者向きの店に足を運んだ。その店は、流石はキャサリンがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。唯一の欠点は、店長であった…。

 

「あら~ん、いらっしゃい♡可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♡」

 

 店長のクリスタルベルは、この世の物とは思えぬ姿をしていた。身長2m強で劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めた、シュワちゃんが可愛く見えるくらいに筋肉モリモリマッチョマンの変態だったのだ。動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組みながらくねくねと動かし、逞しい手足と腹筋が丸見えの服装は、まるでクレヨンし◯ちゃんに出てくるキャラクターみたいだ。

 そんなユエとシアは硬直した。シアは既に意識が飛びかけていて、ユエは奈落の魔物以上に思える化物の出現に覚悟を決めた目をしていた。

 

「あらあらぁ~ん?どうしちゃったの二人共?可愛い子ちゃんがそんな顔してちゃだめよぉ~ん。ほら、笑って笑って?」

 

 どうかしているのはお前の方で、笑えないのはお前のせいだ!と盛大にツッコミたいところだったが、ユエとシアは何とか堪えた。人類最高レベルのポテンシャルを持つ二人だが、物凄い笑顔で体をくねらせながら接近してくるこの化物には勝てる気がしなかった。

 一方、スラッグは二人とは違う雰囲気で黙っていたが、やがて歓喜の声を上げた。

 

「凄え!あんた、新種のアンキロサウルスか⁉︎」

 

 どうやらスラッグは、6600万年ぶりに恐竜の生き残りを見つけたと思ったようだ。その瞬間、クリスタルベルが怒りの咆哮を上げた。

 

「だぁ~れが、先史時代から蘇った、全身ガッチガチの化物だゴラァァアア‼︎」

「え、違ったのか?じゃあ、パキケファロサウルスの新種か?」

「ブッ飛ばされてぇのか小僧ォォォオオオオ!!?」

「ス、スラッグ、謝って…!」

「え?俺スラッグ、何か悪い事したか?」

「いいから…!ごめんなさい…」

 

 シアはへたり込んで少し下半身が冷たくなってしまった。ユエがふるふると震え涙目になりながら後退り、なぜ怒られたのか理解出来ていないスラッグの頭を下げさせながら必死に謝罪すると、クリスタルベルは再び悍しい笑顔を取り戻し接客に勤しんだ。

 

「いいのよ~ん。それでぇ?今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」

「俺スラッグ、冒険者?の着る服を買いに来た。こっちのシアもだぞ」

「任せてぇ~ん」

 

 スラッグはそう言って自分とシアの衣服を探しに来た旨を伝えた。へたり込んだシアはもう帰りたいのか、ユエの服の裾を掴みふるふると首を振っているが、クリスタルベルはまずシアの服を用意すると言い、彼女を担いで店の奥へと入っていってしまった。その時のユエとスラッグを見つめるシアの目は、まるで食肉用に売られていく家畜のようだった。

 結論から言うと、クリスタベルの見立ては見事の一言だった。店の奥へ連れて行ったのも、シアが粗相をしたことに気がつき、着替える場所を提供するためという何とも有り難い気遣いだった。

 シアの新しい服は以前着ていた服と殆ど同じ露出度だが、ブラジャーと言うよりも布を巻いて胸を隠しているようだった以前の物とは違い、水色を基調としたチューブトップにスカートという冒険者用の服装だ。一方、当初は亮牙が貸したズボンだけしか履いていなかったスラッグの方も、今はユエやクリスタルベルの薦めで民族衣装っぽい男性服を着ている*1

 満足出来る服を買えた三人は、クリスタベルにお礼を言い店を出た。その頃には彼女?の笑顔も愛嬌があると思えるようになっていたのは、クリスタルベルの人徳故だろう。

 

「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん」

「ん、人は見た目によらない」

「俺スラッグ、やっぱりあいつエドモントサウルスの仲間かな?」

「「いい加減、その話題から離れて(ください)」」

 

 そんな風に雑談しながら、次は道具屋に回ることにした三人だが、唯でさえ目立つ故にすんなりとは行かず、気がつけば数十人の男達に囲まれていた。冒険者風の男が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている男もいる。

 その内の一人が前に進み出た。三人共覚えていないが、この男、実は亮牙達がキャサリンと話しているとき冒険者ギルドにいた男だ。

 

「ユエちゃんとシアちゃんで名前あってるよな?」

「?…合ってる」

「俺スラッグ、何故無視される?」

 

 ユエは何のようだと訝しそうに目を細め、シアは亜人族であるにもかかわらずちゃん付けで呼ばれたことに驚いた表情をする。スラッグは何故か自分の名前だけ呼ばれていないことイラッとした。

 ユエの返答を聞くとその男は、後ろを振り返り他の男連中に頷くと覚悟を決めた目で彼女を見つめた。他の男連中も前に進み出て、ユエかシアの前に出ると…。

 

「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください‼︎」」」」」」

「「「「「「シアちゃん!俺の奴隷になれ‼︎」」」」」」

 

 つまり、まぁ、そういうことである。ユエとシアで口説き文句が異なるのはシアが亜人だからだろう。奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、昨日の宿でのやり取りでシアと亮牙達の仲が非常に近しい事が周知されており、まず彼女から落とせば亮牙も説得しやすいだろう、という魂胆のようだ。

 ちなみに、宿でのことは色々インパクトが強かったせいか、奴隷が主人に逆らうという通常の奴隷契約では有り得ない事態についてはスルーされているようだ。でなければ、早々にシアが実は奴隷ではないとバレているはずである。契約によっては拘束力を弱くすることもできるが、そんな事をする者はいないからだ。だが…。

 

「俺スラッグ、腹減った!何か食おう!」

「…まだ我慢して、スラッグ。先に道具屋に行く…」

「そうですよ。一軒で全部揃ったら、何か食べましょう」

 

 二人は何事もなかったように、早く何か食べたいとごねるスラッグを宥めながら、歩みを再開した。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!返事は⁉︎返事を聞かせてく『『断る(ります)』』…ぐぅ」

 

 まさに眼中にないという彼女達の態度に男は呻き、何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。しかし、何処の世界にも諦めが悪い奴はいる。まして、ユエとシアの美貌は他から隔絶したレベルだ。多少、暴走するのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。

 

「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

 暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿すと、二人を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらル◯ンダイブでユエに飛びかかった。

 ユエは冷めた目付きで魔法を放とうとするが、それより先に動いた者がいた。

 

「ウガァァァッ!!!」

「ひでぶぅっ!!?」

 

 スラッグだ。彼が凄まじい怒気を纏いながら飛び上がり、ダイブしてきた男の顔面を殴り飛ばしたのだ。一応亮牙から、万が一の時はやり過ぎないようにと釘を刺されていたので、彼なりに手加減はした。

 だがそれでも彼の腕力は凄まじく、男は歯を全部へし折られた挙句、そのまま上半身を地面にめり込ませ、地上に出ている足をピクピクと痙攣させていた。さっきまで同じようにダイブしようとした周囲の男達はその一部始終を見て、途端にシンと静まり返った。

 

「おい猿ども」

「「「「「「─────ッ!!?」」」」」」

 

 先程まで子どもっぽく早く食事がしたいと駄々を捏ねていたスラッグの、一転して剣呑な声に男達の顔は真っ青になる。

 ユエやシアも、様子のおかしいスラッグを心配そうに見つめた。

 

「俺は、俺は……………………………………………さっきから腹が減ってるから、早く買い物終わらせて飯が食いたいんだよ!!!

「「そんなにお腹空いてたの(ですか)!!?」」

「なのに買い物の邪魔しやがって!俺を餓死させようとはいい度胸だ!腹が減ってムシャクシャしてきたから、腹いせにお前らを酷い目に遭わせてやる!!!」

 

 そう怒鳴ると、スラッグは地面に上半身をめり込ませた男の股間目掛けて踵落としを喰らわせた。グシャアッ!という、男の象徴が潰れる音が響き渡り、めり込んだ男の足がさらに痙攣した。周囲の男は、囲んでいた連中も、関係ない野次馬も、近くの露店の店主も関係なく崩れ落ちて自分の股間を両手で隠した。

 スラッグはさらに周囲を睨みつけて怒鳴った。

 

「俺スラッグ、次はどいつだ⁉︎」

「「「「「「───ア」」」」」」

「「はい?」」

「「「「「「アイエエエエエエエ!!?サヨナラ!!!」」」」」」

 

 目の前の青年が喧嘩を売ってはいけない相手と悟った男達は、踵を返すと我先にと逃げ出した。食事の時間を遅らせたという理由で、大事なタマタマを潰されちゃあ堪らない。

 なおこの日一人の男が死に、第二のクリスタベル、後のマリアベルちゃんが生まれた。彼は、クリスタベル店長の下で修行を積み、二号店の店長を任され、その確かな見立てで名を上げるのだが、それはまた別の話だ。

 スラッグに「暴食の狂戦士」という二つ名が付き、後に冒険者ギルドを通して王都にまで名が轟かせるのも、また別の話だ。

 

「俺スラッグ、邪魔者片付いた!早く用事済ませて飯食おう!」

「ん、ご苦労様」

「スラッグさんも、亮牙さん並みにマイペースですねぇ〜」

 

 スラッグに呆れと感謝の言葉を述べると、ユエとシアは畏怖の視線を向けてくる周囲の視線をさらっと無視して買い物の続きに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※おまけ

 買い物から帰ると、シアはくるりと体を一回転させながら、新しく買った服の感想を亮牙に聞いてみた。

 

「亮牙さん亮牙さん!この服どうですか?」

「…………水着か?そんなに肌見せて…」

「違いますよ!他の服だと窮屈で動きが鈍るんですよ。…似合ってませんか?」

「い、いや、そういう訳じゃない。ただ、目のやり場が…」

「むふふ、なら良かったです!私のお色気も強調出来るし、亮牙さんを悩殺して私の虜にして見せますぅ〜!」

 

 以前の服ですらお色気ムンムンだったのに更に魅力的な服装になり、呑気にそんな事を言ってくるシアに、人知れず頭を悩ませる亮牙であった。

 

 

 

 

 

*1
恐竜戦隊ジュウレンジャーのダン/トリケラレンジャーの服をイメージして下さい。




シアの下着姿は、公式の壁紙が元ネタです。
書いてて思ったけど、やっぱりシアってさ、ムラムラします(`・ω・´)キリッ

あんな魅力的な少女がヘソ出しルックで迫ってくるのにスルーし続けたハジメの神経を疑います。
もし自分が同じ立場なら、シアの巨乳に顔をうずめてますよ(笑)

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ムカムカします

タイトルは銀魂のあの名言をもじったものです(笑)

今度のジェネレーションセレクトは新デザインのボルカニカスと言われていますが、果たしてどんなキャラが玩具化されるのか待ち遠しいです。

今更ながらパシフィック・リムとありふれのクロス考えてみたんですが、

 エヒトの異世界召喚の余波でブリーチが開いて怪獣軍団が襲来
→使徒総動員しても圧倒的にエヒト不利
→プリカーサーがグリューエン大火山に目をつけ怪獣を特攻させる
→エヒトが遊び尽くす前にトータス終了

…うん、考えて思ったけどやばいな、これ…。



 ユエ・シア・スラッグの三人が買い物を終えて帰ってくると、亮牙たちはマサカの宿のチェックアウトを済ませた。未だ、宿の少女は彼らを見ると頬を染めていたが、気にしないようにした。

 外に出ると太陽は天頂近くに登り燦々と暖かな光を降らせており、それに手をかざしながらも、亮牙は後ろに振り返ってハジメ達に頷くと、スっと前に歩みを進めた。他の四人も追従し、彼らの旅が再開した。

 なおブルックの町を出る時、ユエとシアのファンらしき人々の見送りがあったのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、ライセン大峡谷の谷底には、死屍累々と言う光景が広がっていた。トータスではこの世の地獄、処刑場と恐れられているこの場所で処刑人として待ち構えている魔物達が、死に方は様々だが一様に一撃で絶命しているのだから無理もない。

 

「一撃必殺ですぅ!」

「…邪魔」

「撃つべし撃つべし!」

「壊すの大好き!」

「ダー!」

 

 当然、こんな事が出来るのは亮牙一行だけだ。彼らはブルックの町を出た後、シュタイフとアリオンを走らせて、かつて通ったライセン大峡谷の入口に辿り着いた。そして現在はそこから更に進みながら野営もしつつ、オルクス大迷宮の転移陣が隠されている洞窟も通り過ぎて、更に二日ほど進んだあたりだ。

 相変わらず懲りもしない魔物達が、久々に新鮮な人間が食えると歓喜するかのように唾を垂らしながら襲いかかってきたが、今の五人の敵ではなかった。

 

 シアが振るっているのは、彼女達が買い物中にハジメが作製した大槌型アーティファクト「ドリュッケン」だ。直径40cm・長さ50cm程の円柱状の銀色の頭部に、魔力を流す事で伸長する取手が特徴だ。こうしたギミックは勿論ドラゴントゥースメイスを解析してハジメが考案したもので、魔力を特定の場所に流せば変形したり内蔵の武器を作動させることも可能だ。そんな大槌が彼女の絶大な膂力で振るわれることで文字通り一撃必殺となり、まるで餅でもつくかのように屈強な魔物達を仕留めていった。

 

 ユエは至近距離まで迫った魔物を、魔力に物を言わせて強引に発動した魔法で屠っていった。彼女自身の魔力が膨大であるのに加え、魔晶石シリーズに蓄えられた魔力が莫大であることから、まるで弾切れのない爆撃だ。谷底の魔力分解作用のせいで発動時間・飛距離共に短くとも、超高温の炎をノータイムで発動させ、一体の例外もなく魔物達を焼肉や炭へと変えていった。

 

 ハジメは言うまでもなく、シュタイフを走らせながらドンナーで頭部を正確無比に狙い撃ちしていった。魔力駆動二輪を走らせながら「纏雷」をも発動させ続けるのは相当魔力を消費する行為なのだが、鍛え抜かれた彼もやはり魔力切れを起こす様子はなかった。それどころか時々「ウォ〜、ウォ〜、争いはストップイット♫」などと呑気に口ずさんでる始末だ。

 

 スラッグもまた、買い物中にハジメが作製した全長2mの棍棒型アーティファクト「ダグザ」を振るっていた。彼にはレーザーファイヤー以外に、デンキウナギのように強力な電気を発生させると言う能力があり、亮牙からこれを聞いたハジメは自身の持つ纏雷を参考にしながら、電気を流す事で強力な一撃をもたらす事が出来るこのアーティファクトを作製した。電撃を纏いながら魔物達を叩き潰す姿は、まさに雷神のようだ。

 

 そして亮牙は現在、ドラゴントゥースメイスでもモーニングスターナックルでもなく、一振りの剣を振るっていた。しかしその剣は唯の剣ではなく、オスカーの隠れ家での準備中にハジメが試行錯誤の末に鍛え上げたアーティファクト「スルト」だ。エネルゴンがトランスフォーマーの武器にも用いられる事を学んだハジメは、生成魔法でタウル鉱石とオーアを混ぜ合わせ、タウル鉱石より衝撃や熱に強い上に冷気に弱い弱点も克服した「ムスペル合金」を発明した。この合金で鍛えられたこの剣は、それこそ名前の由来どおりに刃が炎の如く橙色に輝き、頑強かつ高熱を帯びていた。それに亮牙の豪腕が加わり、まるでバターを切るかのように易々と敵を切り裂いていった。彼の剣術は我流故に雫のものとは違い荒々しいが、何千万年もの実戦で磨きのかかった剣技を、精々数百年程度の御座敷剣術などと比較するのはおこがましいだろう。

 

 そんな彼らの前には、谷底に跋扈する地獄の猛獣達ですら雑魚も同然で、大迷宮を示す何かがないかを探索しながら片手間で殲滅していった。

 

「流石に増えてきたな。スラッグ、あれやるぞ」

「俺スラッグ、分かった!」

「「グルォオオオオオオオオッ!!!」」

『ッ⁉︎ギャアアアアアアッ!!!』

 

 亮牙がスラッグに合図を送ると、二人は雄叫びを上げて、自分達の殺気を撒き散らした。仲間達の血の匂いに昂っていた魔物達もこれには敵わず、一目散に逃げ出していった。因みに今回はシアもハジメやユエと同じく、しっかり耳を塞いでいたので大丈夫だ。

 何故もっと早くやらなかったのかと言うと、シアの雪辱戦と自信をつけさせるため、スラッグに人間態での戦闘スタイルに慣れさせるためでもあった。

 

「はぁ~、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよねぇ…」

 

 移動中、洞窟などがあれば調べようと注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからず、ハジメはついつい愚痴をこぼしていた。

 

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

「まぁ、そうなんだけどさ…」

「ん、でも魔物が鬱陶しい…」

「我慢しろユエ、今後の戦いのための修行だと割り切れ」

 

 そんな風に愚痴をこぼしながら更に走り続けること三日。その日も収穫なく日が暮れて、谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、亮牙達はその日の野営のためにテントを取り出すと、町で揃えた食材と調味料と共に調理器具も取り出して夕食の準備を始めた。この野営テントと調理器具、実は全てハジメ謹製のアーティファクトだったりする。

 野営テントは、生成魔法により創り出した「暖房石」と「冷房石」が取り付けられており、常に快適な温度を保ってくれる。また、冷房石を利用して「冷蔵庫」や「冷凍庫」も完備されている。さらに、金属製の骨組みには「気配遮断」が付加された「気断石」を組み込んであるので敵にも見つかりにくい。

 調理器具には、流し込む魔力量に比例して熱量を調整できる火要らずのフライパンや鍋、魔力を流し込むことで「風爪」が付与された切れ味鋭い包丁、スチームクリーナーモドキなんかもある。どれも旅の食事を豊かにしてくれるハジメの愛し子達だ。しかも、魔力の直接操作が出来ないと扱えないという、ある意味防犯性もある。

 

「神代魔法ってマジ便利だ」

「「「「同感(ですぅ〜)」」」」

 

 これらのアーティファクトを発明した時のハジメの言葉に、誰もが納得した。まさに無駄に洗練された無駄のない無駄な技術力である。

 その日の夕食は、亮牙とシアが捕まえたクルルー鳥のトマト煮だった。雉の仲間であるこの鳥は、肉質や味はまんまチキンであり、トータスでもポピュラーな鳥肉だ。一口サイズに切った肉に先に小麦粉をまぶしてソテーしたものを、ブルックで買ってきた各種野菜と一緒にトマトスープで煮込んだ料理だ。肉にはバターの風味と肉汁をたっぷり閉じ込められたまま、スっと鼻を通るようなトマトの酸味が染み込んでおり、口に入れた瞬間、それらの風味が口いっぱいに広がった。肉はホロホロと口の中で崩れていき、トマトスープがしっかり染み込んだジャガイモ・ニンジン・タマネギ(何れも本物ではなく、あくまで似ているだけだが)も絶品だ。それらの旨みが溶け出したスープにつけて柔くしたパンも実に美味しく、スラッグは何度もおかわりしていた。

 こうした美味しい料理を食べられるのは亮牙だけでなく、シアのおかげでもある。二人とも料理が得意なので一行のコックを務めているが、トータス人のシアは亮牙の知らないレシピやトータス産の食材について詳しかったので大いに助かり、彼も地球のレシピを彼女に教えてあげていた。

 ただ、兎人族としての温厚さを保っているはずの彼女が、のほほんとした表情でクルルー鳥を生きたまま捌く姿には、「温厚な一族とは一体…」と思わずにはいられない一行であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大満足の夕食を終えると、亮牙達はその余韻に浸りながらいつも通り食後の雑談をしていた。テントの中にいれば、それなりに気断石が活躍し魔物が寄ってこないので比較的ゆっくりできる。たまに寄ってくる魔物もいるが、亮牙とスラッグの匂いを嗅ぐと逃げていくので問題はない。そして就寝時間が来れば、五人で見張りを交代しながら朝を迎えるのだ。

 その日もそろそろ就寝時間になり、最初の見張りにスラッグが立ち、亮牙達四人は寝る準備に入った。テントの中にはふかふかの布団があるので、野営にもかかわらず快適な睡眠が取れる。

 と、布団に入る前にシアがテントの外へと出ていこうとした。訝しそうなスラッグに、シアがすまし顔で言う。

 

「俺スラッグ、シア、どうした?」

「ちょっと、お花摘みに…」

「こんな谷底、花なんてないんじゃないか?」

「そう言う意味じゃありません!」

「…あ、分かった!う◯こか?」

「ス・ラ・ッ・グ・さ〜ん!!!」

 

 スラッグのデリカシーのない発言に、シアがすまし顔を崩しキッと睨みつけると、ぷんすかと怒りながらテントの外に出て行った。

 スラッグは何故怒られたのか理解できていなかったが、すぐにどうでもよくなって見張りを続けた。だが暫くして、魔物を呼び寄せる可能性も忘れたかのようなシアの大声が響いた。

 

「み、皆さ~ん!大変ですぅ!こっちに来てくださぁ~い!」

 

 彼女の声に、何事かと四人はテントを飛び出して声がした方へ向かった。するとそこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。その隙間の前で、信じられないものを見たというように興奮に彩られた表情のシアがブンブンと腕を振っていた。

 

「こっち、こっちですぅ!見つけたんですよぉ!」

 

 はしゃぐシアに導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。そしてその空間の中程まで来ると、彼女が無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指を指した。

 その指先をたどって視線を転じる亮牙達は、そこにあるものを見て「は?」と思わず呆けた声を出し目を瞬かせた。

 彼らの視線の先、其処には、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

『おいでませ!ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』

 

「「「「…何これ?」」」」

 

 亮牙達の声が重なった。その表情は、まさに「信じられないものを見た!」という表現がぴったり当てはまるもので、呆然と地獄の谷底には似つかわしくない看板を見つめていた。

 

「何って、入口ですよ! 大迷宮の!おトイ…ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 

 能天気なシアの声が響く中、亮牙達はようやく硬直が解けたのか、何とも言えない表情になり、困惑しながらお互いを見た。

 

「…お前ら、これ本物だと思うか?」

「う〜ん…。確かにオスカー・オルクスの手記にミレディ・ライセンの名前は出てきたから、此処で間違いないと思うんだけど…」

「ん、私も同感…」

「…だよな。だが、オルクスと比べるとなぁ…」

 

 そう、亮牙・ハジメ・ユエの三人はオルクス大迷宮内で数々の死闘を繰り広げ、過酷さを骨身に染みて理解しているが故に、きっと他の迷宮も一筋縄では行かないだろうと想像していたのだ。だからこそ、この軽さには否応なく脱力し。誰かのいたずらではないかと三人とも疑わしそうな表情をしていた。

 

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし…」

 

 そんな亮牙達の微妙な心理に気づくこともなく、シアは入口を探して辺りをキョロキョロ見渡したり、壁の窪みの奥の壁をペシペシと叩いたりしてみた。

 

「こらシア。無用心だぞ…」

「ふきゃ⁉︎」

 

 そう嗜める亮牙の眼前で、シアの触っていた窪みの奥の壁が突如ガコンッと音を立てて回転し、巻き込まれた彼女はそのまま壁の向こう側へ姿を消した。さながら忍者屋敷の仕掛け扉だ。

 

「「「「…巫山戯んな」」」」

 

 奇しくも大迷宮への入口も発見したことで看板の信憑性が増した。やはり、ライセンの大迷宮はここにあるようだ。にしても、遊園地の誘い文句の様な入口には、流石にイラッとした。

 無言でシアが消えた回転扉を見つめていた亮牙達は溜息を吐きつつ、彼女と同じように回転扉に手をかけた。扉の仕掛けが作用して、亮牙達を扉の向こう側へと送った。

 内部は真っ暗で、扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まった瞬間、ヒュヒュヒュ!と無数の風切り音が響くと、暗闇の中から彼ら目掛けて何かが飛来してきた。ハジメは空かさず「夜目」を発動させ、その正体が矢であることに気づいた。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。

 亮牙も気づいたらしく、直ぐさま前に出ると柏手を打ち、その衝撃波をぶつけることで飛来する漆黒の矢を一本残らず叩き落とした。合計20本の一本の金属から削り出したような艶のない黒い矢が地面に叩き落とされる音を最後に再び静寂が戻った。

 それと同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出した。現在、亮牙達のいる場所は10m四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

『ビビった?ねぇ、ビビっちゃった?チビってたりして、ニヤニヤ』

『それとも怪我した?もしかして誰か死んじゃった?…ぶふっ』

 

「…クソうぜぇ」

「「「右に同じ」」」

 

 亮牙の率直な感想は、この場にいる全員の気持ちを代弁していた。わざわざ、「ニヤニヤ」と「ぶふっ」の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティーで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りはブチ切れているだろう。

 皆が額に青筋を浮かべてイラッとした表情をしている中、ふと、ユエが思い出したように呟いた。

 

「…シアは?」

「「「あ」」」

 

 彼女の呟きで亮牙達も思い出したようで、慌てて背後の回転扉を振り返った。扉は一度作動する事に半回転するので、この部屋にいないということは、ハジメ達が入ったのと同時に再び外に出た可能性が高い。結構な時間が経っているのに未だ入ってこない事に嫌な予感がした亮牙は、直ぐに回転扉を作動させに行った。

 結果としてシアは無事だった。回転扉に縫い付けられてるという、何というか実に哀れを誘う姿だったが…。

 

「うぅ、ぐすっ、亮牙ざん…。見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

 シアは矢が飛来する風切り音に気がつき見えないながらも天性の索敵能力で何とか躱したようだが、本当にギリギリだったらしく、衣服のあちこちを射抜かれて非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で固定されていた。チャームポイントの耳が稲妻形に折れ曲がって矢を避けており、明らかに無理をしているようでビクビクと痙攣していた。

 しかし、彼女が泣いているのは死にかけた恐怖などではないことは、盛大に濡れた足元から伺うことができた。

 

「だから無用心だと警告しただろ…。これに懲りたら、今後は気をつけることだ」

「ずみまぜ〜ん!うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~‼︎」

 

 女として絶対に見られたくない姿を、よりにもよって惚れた男の前で晒してしまったことに、シアは滂沱の涙を流し、耳もペタリと垂れ下がってしまっていた。

 

「外してやるから動くなよ。ユエ、すまんが手伝ってくれ…」

「ん、仕方がない…」

「ハジメとスラッグは向こう向いててやれ。流石にシアが可愛そうだからな…」

「ん〜、やっぱ人間って面倒だ…」

「スラッグ、そう言わないで…」

「うぅ〜、面目ないですぅ~。ぐすっ」

 

 亮牙はハジメとスラッグにシアから視線を逸らすよう言うと、ユエと共にシアを磔から解放してあげた。ユエも同性同士で思うところがあり、無表情の中に同情を漂わせていた。

 やがてシアを解放すると、亮牙は宝物庫のポーチをユエに渡して、自身もシアが着替え終わるまでハジメやスラッグと共に顔を逸らしてあげた。

 シアは顔を真っ赤にしながらも、手早く着替えて準備を整えると、いざ迷宮攻略へ!と意気込み奥へ進もうとして、石版に気がついた。彼女は顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠した。

 しばらく無言だったシアは、おもむろにドリュッケンを取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石板に叩き込み、ゴギャ!という破壊音を響かせて粉砕した。よほど腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いでドリュッケンを何度も何度も振り下ろした。すると、砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこにはこう書かれていた。

 

『ざんね~ん♪この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス‼︎』

 

「ムキィーッ‼︎」

 

 シアが遂に怒りを爆発させ、更に激しくドリュッケンを振い始めた。部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡った。

 発狂する彼女を尻目に、ハジメはポツリと呟いた。

 

「…ねぇみんな。ミレディ・ライセンだけは『解放者』云々関係なく、人類の敵で問題ないんじゃないかな?」

「…激しく同意」

「俺も此奴は嫌いだ…」

「俺スラッグ、何でもかんでも嫌いだ」

 

 どうやらライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所みたいだ。誰もが皆、先が思いやられると思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 




〜オリジナル武器〜
・スルト
 本作でのグリムロックのオリジナル武器。名前は北欧神話の炎の巨人スルトから。原料のムスペル合金はスルトの種族名から。
 デザインは『Fall of Cybertron』でグリムロックが使用していたエナジーソードをイメージしてください。

・ダグザ
 本作でのスラッグのオリジナル武器。名前はケルト神話の雷神ダグザから。
 コンセプトアートでスラッグが持っていたモーニングスターと、『アニメイテッド』でスナールが使用していたサーマルクラブのオマージュでもある。
 なおスラッグが電撃を使うという設定は、G1で角からレーザーを発生させていたのと、恐竜キングで角竜類が雷属性だった事からのオリジナル設定。

感想、評価お待ちしております。


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ラビリンスならぬ腹立つっス

始まりました。ライセン大迷宮。さて、どうなるでしょうか?

ジェネレーションセレクトの最新作のリカラー版ボルカニカス、多少気になる点はありましたけど、自分はPOTPを持ってないので迷わず購入しちゃいました。


 シアのおかげで亮牙達はライセン大迷宮への攻略に挑んだが、此処は彼らの想像以上に厄介な場所だった。

 まず、谷底より遥かに強力な分解作用が働いており、上級以上の魔法は使用できず、中級以下でも射程が5mも効果を出せれば御の字という状況だ。魔法特化のユエにとっては大きな痛手で、何とか瞬間的に魔力を高めて実戦でも使えるレベルに持ち越しているが、今までのように強力な魔法で一撃とは行かなくなった。

 また、魔晶石シリーズに蓄えた魔力の消費が激しく、考えて使わなければならなかった。ユエが魔法に関して天才的だからこそ中級魔法が放てるのであって、大抵の者は役立たずになってしまうだろう。

 ハジメにとっても体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は全て使用不可となっており、頼みの「纏雷」もその出力が大幅に下がってしまっている。よって彼の愛用武器であるドンナー・シュラークも威力が半減、シュラーゲンも通常のドンナー・シュラークの最大威力レベルにまで弱体化していた。

 故にこの大迷宮で何より重要なのは身体強化であり、まさに亮牙・スラッグ・シアの独壇場となる領域なのだ。だが、当の身体強化組なのだが…

 

「殺ルですよぉ…。絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

「グルルルルル…!」

「フゥー、フゥー!」

 

 シアは現在、ドリュッケンを担ぎ、据わった目で獲物を探すように周囲を見渡していた。誰がどう見ても怒り狂っており、言葉のイントネーションも所々おかしく、遂に、「フヒヒ」と奇怪な笑い声を発するようになっていた。そして亮牙とスラッグは、目が一層真っ赤に血走り、心底怒り狂っていると言わんばかりに唸ったり鼻息を荒げていた。その様子はまるで怒り狂う猛牛の様であり、鼻息の荒さは最早蒸気機関車のようだ。ミレディ・ライセンの意地の悪さを考えれば、三人がこうなってしまう理由も容易に想像がつくだろう。

 ハジメもユエも三人の気持ちはよく分かるので、何とも言えなかった。二人が落ち着いていられるのは、凄まじく興奮している人が傍にいると逆に冷静になれるという心理状態であるからだ。

 現在、それなりに歩みを進めてきた彼らだが、ここに至るまでに実に様々なトラップや例のウザイ言葉の彫刻に遭遇しており、亮牙達が激昂してなければ二人とも我慢出来ず怒り狂っていた筈だ。苛立ちを隠せない親友達を横目に、ハジメはここに至るまでの悪質極まりない道程を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シアが最初のウザイ石板を破壊し尽くした後、亮牙達は道なりに通路を進むと、まるで積み木を無造作に組み合わせたかのように、階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなく繋がり合った広大な空間に出た。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が何もない唯の壁だったりと、ある意味迷宮らしいと言える場所だった。

 

「…こんなに無茶苦茶じゃあ、迷いそうだ…」

「ふん、流石は腹の奥底まで腐った奴の迷宮ですぅ!このめちゃくちゃ具合が奴の心を表しているんですよぉ!」

「いい加減落ち着け…。さて、どう進むか…」

 

 未だ怒り心頭のシアに呆れ半分同情半分の視線を向けながら、亮牙が思案すると、ハジメが声を掛けた。

 

「考えても仕方ないよ、亮牙。取り敢えずマーキングとマッピングしながら進もう」

「ん、ハジメの言う通り…」

「そうだな」

「俺スラッグ、ハジメが小便した匂いを辿ってくのか?」

「「そっちのマーキングじゃない!」」

「スラッグ、ハジメは俺たちみたいに元野獣じゃねえんだぞ…」

 

 迷宮探索でのマッピングは基本だが、こうも複雑な構造の迷宮じゃあどこまで正確に作成できるか、ハジメは思わず面倒そうだと顔をしかめた。

 なおハジメのいう『マーキング』とは、決してスラッグが考えたように、多くの野生動物が排泄物などで自身の縄張りを主張するマーキングの事ではない。これは彼が持つ固有魔法の一つで、自分の触れた場所に魔力でマーキングすることでその痕跡を追う事ができる『追跡』の技能の事だ。

 生物にマーキングした場合はその生物の移動した痕跡がハジメに見えるようになり、今回の場合は壁などにマーキングすることで通った場所の目印にするつもりだ。マーキングは可視化することもできるので他の四人にも分かるし、魔力を直接添付しているので分解作用も及ばない効果があるようだ。ハジメは早速、入口に一番近い場所にある右脇の通路にマーキングして進んでみることにした。

 通路は幅2m程で、レンガ造りの建築物のように無数のブロックが組み合わさって出来ていた。やはり壁そのものが薄ら発光しているので視界には困らないが、緑光石とは異なる鉱物のようで薄青い光を放っていた。ハジメが試しに鉱物系鑑定を使ってみると、この鉱物は「リン鉱石」で、空気と触れることで発光する性質をもっているようだ。最初の部屋はおそらく何かの処置をすることで最初は発光しないようにしてあったのだろう。

 名作アニメに似たような鉱石があった気がするな、とハジメが思い浮かべながら長い通路を進んでいると突然、ガコンッという音を響かせてハジメの足が床のブロックの一つを踏み抜いた。そのブロックだけ彼の体重により沈んでおり、五人とも思わず「えっ?」と一斉にその足元を見た。

 次の瞬間、シャァアアアと刃が滑るような音を響かせて、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する巨大な丸鋸が飛び出してきた。右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐように迫ってくる。

 

「回避!」

 

 ハジメは咄嗟にそう叫ぶと、某SF映画の主人公のように後ろに倒れ込みながら二本の凶悪な刃を回避し、元々背が小さいユエもしゃがむだけで回避した。

 

「シア!伏せろ!」

「はわわわわ!」

 

 亮牙はシアの反応が遅れたのに気づき、咄嗟に彼女を地面に押さえつける形で回避させた。だが、シアを庇う形で押さえつけたので、ちょうど左側の丸鋸が彼の頭部目掛けて近づいてきた。また、スラッグは避けずにその場に立ったままだ。しかし二人は動じなかった。彼らはそれぞれ自分の頭目掛けて迫る丸鋸に大きく口を開けて食らいつき、バリボリと耳障りな音を立てて噛み砕いた。

 ハジメは親友達の常識外れな回避に呆気に取られながらも、第二陣を警戒してしばらく注意深く辺りを見回した。どうやら今ので終わりか、と安堵した途端、彼は猛烈な悪寒を感じた。なんと、彼らがいる場所の頭上からギロチンの如く無数の刃が、先程の刃と同じく高速振動しながら射出されたのだ。

 ハジメ・ユエ・シアはすぐさま、勢いそのままに前方に身を投げ出して回避するが、やはり亮牙とスラッグはその場に留まったままだ。亮牙はモーニングスターナックルを展開すると、上に向かってアッパーカットを繰り出した。勢いに乗って砲弾のように射出されたモーニングスターは、全ての刃を容赦なく粉々に粉砕した。

 

「…完全な物理トラップか。パーセプターじゃあ感知できないわけだ」

 

 ハジメ達がまんまとトラップに掛かった理由は、魔法のトラップに集中していたからだ。今までの迷宮のトラップと言えばほとんどが魔法を利用したものであり、それを看破するためにハジメが右目に装備したパーセプターがある。それ故に過信し、パーセプターに反応しなければ大丈夫という先入観を持ってしまっていたのだ。

 

「…今後は注意すべきだな。にしてもさっきの丸鋸、酷い味だったな…」

「俺スラッグ、同感。まるでベリリウムバローニーみたいな味だった…」

「馬鹿言うな。あの味はセシウムサラミだろ」

「ベリリウムバローニーだ!」

「セシウムサラミだ!」

「…亮牙さんもスラッグさんも本当にマイペースですぅ…」

「「同感…」」

 

 呑気に丸鋸の味について口論となっている亮牙とスラッグに、シアは戦慄の表情を浮かべ、ハジメやユエも否定できなかった。

 それに気づいたのか、亮牙が口論を止めてシアに話しかけてきた。

 

「おいシア、さっきは危なかったぞ…」

「うっ…す、すみません…」

「…まだまだ未熟、お漏らしウサギめ」

「おもっ、おもらっ、撤回して下さい、ユエさん!いくらなんでも不名誉過ぎますぅ!」

 

 ユエがシアの「○○ウサギ」シリーズに新たに不名誉な称号を加えると、シアが我慢できず猛抗議した。この迷宮に入ってからこの短時間で既に二度も死にかけたというのに意外に元気な姿を見ると、彼女の最大の強みは打たれ強さなのだろう。本人は断固として認めないだろうが。

 

「でもまぁ、あれくらいじゃあ僕らなら問題ないか」

「だな。問題は…」

 

 シアとユエの喧嘩を尻目に、ハジメと亮牙がそう呟いた。先ほどのトラップは唯の人間を殺すには明らかにオーバーキルというべき威力が込められており、並みの防具では歯牙にもかけずに両断されていただろう。

 しかし、ハジメは奈落の鉱物と魔物の皮革を用いた武器・防具で武装しており、どれだけ威力があっても唯の物理トラップなんかに殺されはしない。そしてユエには自動再生があるからトラップにかかっても死にはしない。亮牙とスラッグに至っては全てにおいてぶっ飛び過ぎていているから心配する必要がない。

 となると、必然的にヤバイのはシアだけである。そのことに気がついているのかいないのか分からないが、彼女のストレスが天元突破するであろうことだけは確かだった。

 

「あれ?亮牙さんもハジメさんも、何でそんな哀れんだ目で私を…」

「シア、強く生きろ…」

「え、ええ?何ですか、いきなり?何か凄く嫌な予感がするんですけど…」

 

 そう言いながら肩に手を置いて励ます惚れた男の姿に、不安を隠せないシアなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮牙達は、トラップに注意しながら更に奥へと進んでいった。先頭にはマーキングの関係もあってハジメが立ち、亮牙とスラッグは最後尾で後方からの罠を警戒に当たった。ダイナボット二人が最前列に立てばそれだけで大抵の罠を物理的に無力化できるかもしれないが、それでは意味がないと考えての配置だ。

 今のところ魔物は一切出てきていなかった。この環境では魔物も十全に力を発揮できないだろうから、迷宮内に魔物がいないとも考えられるが、それは楽観が過ぎるというものだろう。それこそトラップという形でいきなり現れてもおかしくない。

 亮牙達が通路の先にある空間に出ると、その部屋には三つの奥へと続く道があった。取り敢えずマーキングだけしておき、彼らは階下へと続く階段がある一番左の通路を選んだ。

 

「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」

 

 階段の中程まで進んだ頃、突然シアがそんなことを言い出した。言葉通り、彼女のウサミミがピンッと立ち、忙しなく右に左にと動いている。

 

「ちょっとシア、変なフラグ立てないでよ…。そんな事言うと大抵、直後に何か『ガコン』…ほら言わんこっちゃないっ!」

「わ、私のせいじゃないですぅッ⁉︎」

「⁉︎…フラグウサギッ!」

「お前ら、案外余裕だな…」

「俺スラッグ、同感」

 

 嫌な音が響いたかと思うといきなり階段から段差が引っ込み、かなり傾斜が酷い下りの階段だった事もありスロープになったのだ。しかもご丁寧に地面に空いた小さな無数の穴からタールのようなよく滑る液体が一気に溢れ出してきた。

 

「クソッタレ!皆、俺かスラッグに掴まれ!」

「わ、分かった!」

「ん!」

「俺スラッグ、任せろ!」

 

 そう言うと亮牙とスラッグは拳だけを元の金属の姿に戻し、鉤爪のような指をスロープに突き立てて体を固定した。ハジメも咄嗟に靴の底に仕込んだ鉱石を錬成してスパイクにし滑り落ちないようにしながら、ユエと共に近くにいたスラッグにしがみついた。

 しかし、まだ経験の浅いシアはそうはいかなかった。

 

「うきゃぁあ⁉︎」

 

 彼女は段差が消えた段階で悲鳴を上げながら転倒、後頭部を地面に強打して身悶えている間に、液体まみれになり滑落していった。

 

「おいシア⁉︎ああもう!」

 

 亮牙は呆れつつも指を突き立てるのを止めて、そのまま勢いをつけて滑ってシアに追いつくと、すかさず彼女を抱き寄せた。そして予め展開しておいたスルトをスロープに突き立てて、滑落を止めた。二人が無事だった事にハジメ達は安堵した。

 

「お前って奴は…!あれ程用心しろと言っただろうが…」

「うぅ〜、しゅみません~」

「ったく…。よしスラッグ、そのままハジメとユエを抱えて、ゆっくり下って来てくれ」

「俺スラッグ、分かった!」

 

 そう言ってスラッグ達が追いつくのを待った後、亮牙達はそのままゆっくりとスロープを下っていった。

 

「見て、道が途切れてる…」

 

 ユエが指さした先を見ると、確かに道が途切れていた。亮牙達は慎重に下っていき淵にたどり着くと、そっと顔を出して下を覗き込んだ。そしてすぐに彼らはその行いを後悔した。

 下には夥しい数の蠍が蠢いていたのだ。どれもこれも大きさ10cm程と普通の蠍サイズだが、生理的嫌悪感はユエの封印の番人だった蠍モドキより圧倒的に勝っていた。

 あのまま落下していたらあの中に飛び込んでいた事を想像した五人は、顔をしかめながら目を背けるように顔を上げると、ぴたりと動きを止めた。天井にはあの石板のように文字が彫られており、読みやすい様に光っていたのだ。既に察しはついているが、五人ともつい読んでしまう。

 

『彼等に致死性の毒はありません』

『でも麻痺はします』

『存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー‼︎』

 

 わざわざリン鉱石の比重を高くしてあるのか、薄暗い空間でやたらと目立つその文字。ここに落ちた者はきっと、蠍に全身を這い回られながら、麻痺する体を必死に動かして、藁にもすがる思いで天に手を伸ばしながら、この巫山戯た言葉を目にする事になっているのだろう。

 

「…俺スラッグ、この製作者、殴りてぇ…」

 

 また違う意味で黙り込んでいた亮牙達だったが、スラッグのその言葉には否定できず頷いていた。相手するなと自分に言い聞かせつつ、何とか気を取り直すと周囲を観察した。

 

「…皆、あそこ」

「ん?」

 

 すると、ユエが何かに気がついたように下方のとある場所を指差した。そこにはぽっかりと横穴が空いていた。

 

「横穴か…。どうする?このまま落ちてきたところを登るか、あそこに行ってみるか」

「俺スラッグ、戻るより、進む方が気分がいいと思う」

「…ん」

「はいです」

「俺も異議なしだ。にしてもシアの選択未来が何度も使えれば、もっと楽なんだがな…」

「うっ、それはまだちょっと。練習してはいるのですが…」

 

 仮定の先の未来を垣間見れるシアの固有魔法だが、一日一回しか使用できない上、魔力も多大に消費してしまう。彼女の強みは身体強化なので、魔力が枯渇しては唯の残念なウサギになってしまう。一応日々鍛錬をしており、消費魔力が少しずつ減ってきていたりするのだが、十全に使いこなすにはまだまだ道のりは遠そうである。

 まぁ、ないものねだりしても仕方ないだろう。そう思いつつ亮牙達は横穴へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある通路の出入り口、そこは何故か壁になっていた。普通に考えれば唯の行き止まりと見るべきだが、その壁の部分、実はほんの数分前まで普通に奥の部屋へと続いていたのだ。

 静寂が漂う中、突如として壁が紅いスパークを放ち始めたかと思うと、人が中腰で通れる程度の穴が空くと、亮牙達五人が這い出してきた。

 

「…少し焦ったな」

「俺スラッグ、流石にペチャンコは嫌だ…」

 

 彼らは蠍部屋の横穴からしばらく迷宮を彷徨よった後、辿り着いた部屋で天井がまるごと落ちてくるという悪辣で定番なトラップが発動し潰されかけたのだ。逃げ場はなく、奥の通路までは距離がありすぎて間に合いそうになかったため、亮牙とスラッグの強靭な膂力で天井を支え、その隙にハジメが天井を錬成し穴を開けたのだ。しかし強力な魔法分解作用のせいで錬成がやりにくい事この上なく、錬成速度は普段の四分の一、範囲は1m強で、数十倍の魔力をごっそりと持っていかれた。そうやってなんとか小さな空間で五人密着しながらハジメの錬成で穴を掘りつつ、出口に向かったのである。

 全員が出ると、亮牙が宝物庫のポーチから神水入りの水筒を取り出してハジメを回復させ、再び出発しようとしたその時、何時ものウザイ文を発見した。どうやら全てのトラップの場所に設置されているらしい。

 

『ぷぷー、焦っていうやんの~、ダサ~い』

 

「あ、焦ってませんよ!断じて焦ってなどいません!ダサくないですぅ!」

 

 シアのミレディに対する敵愾心は天元突破しているらしく、ウザイ文が見つかる度にいちいち反応していた。今も「ガルルゥ!」という唸り声が聞こえそうな様子で文字に向かって反論している始末だ。もしミレディが生きていたら「いいカモが来た!」とほくそ笑んでいることだろう。

 

「シア、我慢だ我慢…」

「うぅ、はいですぅ」

 

 その後も、進む通路、たどり着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。突如、全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、アリジゴクのように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、そしてウザイ文。亮牙達のストレスは頂点に達しつつあった。

 それでも全てのトラップを突破し、この迷宮に入って一番大きな通路に出た。幅は6〜7m程で、螺旋状に下っていくのか結構急なスロープ状の通路で緩やかに右に曲がっていた。当然、こんな如何にもな通路で何のトラップも作動しないなど有り得ないため、亮牙達は警戒を解かなかった。

 そして、その考えは正しかった。もう嫌というほど聞いてきた「ガコンッ!」という何かが作動する音が響いた。最早、スイッチを押そうが押すまいが関係なく発動しているだろう。周囲を警戒する亮牙達の耳に、ゴロゴロと明らかに何か重たいものが転がってくる音が聞こえてきた。

 

「「「「「またか…」」」」」

 

 五人はそう呟きながら顔を見合わせ、同時に頭上を見上げた。スロープの上方はカーブになっているため最初は見えなかったが、異音が次第に大きくなってくると、カーブの奥から通路と同じ大きさの大岩が転がって来た。フィクションでは定番のトラップだ。確認してはいないが、必死に逃げた先にはまたあのウザイ文があるに決まっている。

 ユエとシアが踵を返し脱兎のごとく逃げ出そうとするが、少し進んで直ぐに立ち止まった。男性陣が付いて来ないからだ。

 

「…ん、三人とも?」

「皆さん⁉︎早くしないと潰されますよ!」

「俺スラッグ、いつもやられっぱなしじゃあ、性に合わない!」

 

 二人の呼びかけにスラッグはそう答えると、身体中に電撃を纏って飛び上がり、まるでドリルのように回転しながら大岩目掛けて突っ込んだ。

 

雷角回弾(サンダーバズーカ)!」

 

 ゴガァアアンと凄まじい破壊音を響かせながらスラッグの一撃が大岩に直撃し、轟音を響かせながら木っ端微塵に粉砕した。彼はそのまま足を地につけて体勢を立て直すと、「やってやったぜ!」と言わんばかりの表情で四人の方へ振り返った。彼自身も相当、感知できない上に作動させなくても作動するトラップとその後のウザイ文にストレスが溜まっていたようだ。

 満足気な表情で戻って来たハジメをユエとシアがはしゃいだ様子で迎えた。亮牙はハジメに纏雷の参考にとスラッグの技を見させたのだがら、ストレスが溜まっていたこともありハジメもスッキリしたと言わんばかりに興奮していた。

 

「スラッグさ~ん!お見事ですぅ!すっごくスッキリしましたぁ!」

「…ん、すっきり」

「どうだハジメ、今後の纏雷の使い方の参考になったろ?」

「うん!カッコ良かったし、何よりスカッとしたよ!」

「俺スラッグ、照れるぜ…」

 

 四人に称賛に気分よく答えるスラッグだが、その言葉は途中で遮られた。再びゴロゴロという聞き覚えのある音に、亮牙達は笑顔のまま固まり、無表情のユエも頬が引き攣らせた。ギギギと油を差し忘れた機械のようにぎこちなく背後を振り向いたスラッグの目に映ったのは、黒光りする金属製の大玉だった。

 

「マジか…」

 

 ハジメが思わず笑顔を引き攣らせながら呟いた。

 

「あ、あの皆さん。気のせいでなければ、あれ、何か変な液体撒き散らしながら転がってくるような…」

「…溶けてる」

「酸だな。流石に俺やスラッグもあれには触りたくないな…」

 

 そう、こともあろうに金属製の大玉は表面に空いた無数の小さな穴から液体を撒き散らしながら迫ってきており、その液体は付着した場所がシュワーという実にヤバイ音を響かせながら溶かしていたのだ。強力な酸性の液体であるのは明白だ。

 

「よし、逃げよう!クソッタレがぁーっ!」

 

 ハジメがそれを確認し一度息を吐くと、笑顔のまま再度皆を見ると、笑顔をスっと消して叫びながら、いきなりスプリンターも真っ青な見事な踏切でスロープを駆け下りていった。他の四人も一瞬顔を見合わせるとクルリと踵を返しハジメを追って一気に駆け出した。

 背後からは、溶解液を撒き散らす金属球が凄まじい音を響かせながら徐々に速度を上げて迫ってきた。

 

「いやぁあああ‼︎轢かれた上に溶けるなんて絶対に嫌ですぅ~!」

「…ん、とにかく走って」

 

 通路内をシアの泣き言が木霊するが、必死に逃げながらも、しっかり文句は言っており、ユエが呆れたような目線を向けていた。

 そうこうしている内に通路の終わりが見えた。ハジメが遠見で確認すると、どうやら相当大きな空間が広がっているようだが、部屋の床がずっと遠くの部分しか見えないのだ。おそらく部屋の天井付近に亮牙達が走る通路の出口があるのだろう。

 

「皆、真下に降りよう!」

「分かった!」

「おうよ!」

「んっ」

「はいっ!」

 

 ハジメの号令と共に、一行はスライディングするように通路の先の部屋に飛び込み、出口の真下へと落下した。そして出口の真下を見るなり、三者三様の呻き声を上げた。

 

「げっ⁉︎」

「んっ⁉︎」

「ひんっ⁉︎」

「ダァッ⁉︎」

「のわぁっ⁉︎」

 

 無理もないだろう。出口の真下には、明らかにヤバそうな液体で満たされたプールのようになっていたのだ。

 

「巫山戯やがって!」

 

 亮牙はそう悪態を吐くと、素早くシアを片腕に抱き抱えて、もう片方の腕にスルトを握り締めると壁に突き刺し、落下を防いだ。スラッグもトランスフォーマー時代からの愛刀である「トレイルカッターソード」を展開して、同じように落下を防いでいた。そしてハジメは、あらかじめ左腕に装備していた籠手からアンカーを射出して壁にぶら下がり、右手でユエを捕まえ落下を防いでいた。

 直後、頭上を溶解液を撒き散らしながら金属球が飛び出していき、眼下のプールへと落下するや、そのままズブズブと煙を吹き上げながら沈んでいった。ユエが透かさず風壁を放って飛び散った溶解液を吹き散らした。暫く周囲を警戒したが特に何も起こらないので、亮牙達はようやく肩から力を抜いた。

 

「シア、咄嗟とはいえすまんな。大丈夫か?」

「…うぅ〜、ユエさんが羨ましいですぅ」

「は?何を言ってるんだよ…」

「だって、ユエさんはハジメさんに優しく抱っこされてて、私は脇に抱えられてるんですよぉ。亮牙さ~ん、いい加減、少しくらい私にデレてくれてもいいんですよ?」

「ちゃんと助けただろうが…」

「違うんですぅ!もっとこう女の子らしい助け方をされたいというか、分かりますでしょ⁉︎私も亮牙さんに抱っこされて助けられたいですぅ!」

「お前って奴は…」

 

 下は溶解液のプール、自分達は壁にぶら下がり状態、にもかかわらず呑気な事を言うシア。やはり結構余裕である。

 ハジメとユエはアンカーを利用して振り子の要領で移動し、溶解液のプールを飛び越えた。亮牙とスラッグはそのまま壁を這う形で進んだが、流石に片腕に人を抱えたままじゃあ進み辛いので、亮牙はシアを背負いながら進んだのだが、再びムニュッ♡と言う柔らかい感触が背中に伝わり戸惑っていた。そんな感じで、彼らは今度こそ部屋の地面に着地した。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・ベリリウムバローニー、セシウムサラミ
 サイバトロン星にあるトランスフォーマーの食べ物の一種。ナンセンスの意味合いにも使われるらしい。
 『ザ・ムービー』の原語版でもグリムロックとスラッグが惑星クインテッサで口論になった際に使われており、『Fall of Cybertron』でもグリムロック編で二人の会話に出ている。

・ハジメの籠手
 原作における義手の代わりにハジメが作製した籠手。
 外観・能力は『ダークサイド・ムーン』でサムがキューから授かり、スタスクとの戦いでも利用したあの籠手とまんま同じ。

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インフェルノ

南雲ハジメだよ。今日も『グリムロックは宇宙最強』がはじまるよ〜!

ウォ〜、ウォ〜、争いはストップイッツ!

って僕が歌うんか〜い!!!


前々話でも描写があったので分かった方もいたかもしれませんが、今話はあの声優無法地帯アニメっぽくなります。ご注意下さい(汗)

なおタイトルはライセン大迷宮を言い表しているだけではありませんよ?



 亮牙達が降り立ったその部屋は、長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり、赤みがかった蟻の意匠をもつ身長2.6mほどの悪魔のような像が並び立っていた。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されていた。

 ハジメは周囲を見渡しながら微妙に顔をしかめた。

 

「いかにもな扉だね。ミレディの住処に到着かな?それなら万々歳なんだけど、この周りの悪魔みたいな像に嫌な予感がするのは僕だけかな?」

「…大丈夫、お約束は守られる」

「それって襲われるってことですよね?全然大丈夫じゃないですよ?」

「俺スラッグ、大丈夫!やっと戦える!」

「おい、気を抜くなよ。ハジメの言う通り、こりゃあただの彫刻じゃあないぞ…」

 

 亮牙がそう告げたのは、彼らが部屋の中央まで進んだ時だった。確かにお約束は守られた。毎度お馴染みのあのガコンッという音である。

 ピタリと立ち止まる亮牙達は、内心「やっぱりなぁ~」と思いつつ周囲を見ると、悪魔像の眼の部分がギンッと光り輝き、総勢50体もの悪魔像が窪みから抜け出てきた。

 

「ごっつんこぉ〜!敵だ、敵でありんすな⁉︎女王蟻様を狙う敵は容赦しないでありんす!インフェルノ、変身!ごっつんこぉ〜!」

「「「「「ごっつんこ〜!」」」」」

 

「「なんかイケボの変なトランスフォーマーがキター(ですぅ)!!?」」

 

 その悪魔像、インフェルノ達はやけに間の抜けた喋り方をしながら、たちまち巨大な赤い蟻に変形した。しかもその外見や喋り方とは対照的に声は結構イケボであり、別の意味で度肝を抜かれたハジメとシアは盛大にツッコんだ。

 そうこうしているうちに、インフェルノ軍団はビーストモードやロボットモードの両方の形態で窪みから這い上がり、まるで本物の蟻のような連携で瞬く間に亮牙達を包囲した。

 

「…どうやらこのアリンコ共がこの迷宮を守るトランスフォーマーみたいだな」

「ははっ、ホントにお約束だね…。動く前に壊しておけばよかったかな?」

「俺スラッグ、言っても仕方がない。戦うぞ!」

「んっ」

「か、数多くないですか?いや、やりますけども…」

 

 そう会話しつつ、ハジメはドンナーとシュラークを抜いた。数には機関砲のメツェライが有効だが、この部屋に仕掛けられているトラップの総数が分からない以上、無差別にバラまいた弾丸でそれらを尽く作動させてしまうのを避けるため、今回は愛用する二丁のレールガンを選択した。

 ユエはこの迷宮内では、自分が一番火力不足であることを理解していたが、足でまといになるつもりは毛頭なかった。自分の真実を確かめるためにこの旅に出て、恋人と友人と命を預け合う誓いを立てた以上、この程度の悪環境如きで後れを取るわけにはいかないのだ。

 亮牙とスラッグは、ハジメやユエと違い、この迷宮では影響なく力を発揮できるため、闘争心を剥き出しにしていた。今回は敵のサイズから敢えてトランスフォーマーに戻る必要もないと、人間態のまま右手にハジメが鍛えた武器を、左手にはそれぞれの愛用武器を部分武装化で展開した。

 一方でシアは、少々腰が引け気味だ。亮牙やスラッグと同様、影響なく力を発揮できるとは言え、実質的な戦闘経験はかなり不足していた。まともな魔物戦は谷底の魔物との僅か五日程度のことだし、ユエとの模擬戦を合わせても二週間ちょっとの戦闘経験しかなかった。元来温厚な部族出身だったことからも、戦闘に対して及び腰になるのも無理はないだろう。むしろ、気丈にドリュッケンを構えて立ち向かおうと踏ん張っている時点で、その根性には感服するほどだ。

 

「シア」

「は、はいぃ!な、何でしょう?亮牙さん」

 

 緊張に声が裏返っているシアに、亮牙が普段より柔らかい声音で声を掛けた。

 

「自信を持て、お前は充分強くなってるよ。だからそう怯えなくてもいい。それにお互い命を預け合ってるんだから、ピンチの時は必ず助けるさ」

「ん、亮牙の言う通り、弟子の面倒は見る」

 

 亮牙とユエにそう言ってもらい、シアは嬉しさのあまり思わず涙目になった。自分が付いて来たことが迷惑になっていないかと、少し不安になっていた彼女だが、杞憂だったようだ。ならば、未熟者は未熟者なりに出来ることを精一杯やらねばならないと、彼女は全身に身体強化を施し、力強く地面を踏みしめた。

 

「ふふ、亮牙さんが少しデレてくれました。やる気が湧いてきましたよ!ユエさん、愛の力ってやっぱり凄いですね!」

「…取り敢えずそのすぐ調子に乗る悪癖は治すべきだな」

 

 亮牙から呆れた眼差しを向けられるも、テンションの上がってきたシアは聞いておらず、真っ直ぐ前に顔を向けてインフェルノ達を睨みつけた。

 

「かかってこいやぁ!ですぅ!」

「いや、何でそのネタ知ってるのさ…。あっ、ツッコんじゃった」

「…だぁ~」

「ユエ、もうちょっと気合入れろ、ダァー‼︎」

「壊すの大好きぃー‼︎」

「あぁもう!校長先生怒るよぉ〜!」

 

 50体のトランスフォーマー軍団を前に、戦う前から何処か能天気な仲間達に、ハジメは疲れた表情になりながらも流されてしまった。

 

「アチキ達は兵隊蟻でありんす!巣を荒らす奴等は排除するでありんす!女王蟻様、万歳!ごっつんこ〜!!!」

 

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、インフェルノ達は「ごっつんこ〜!」と叫びながら、兵隊蟻の如く一斉に侵入者達に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インフェルノ達の動きは、その巨体に似合わず俊敏だった。ジャキンジャキンと刃のような顎をすり合わせたり、両腕のドリルをキュイーンと回転させながら急速に迫るその姿は、まるで四方八方から壁が迫って来たと錯覚しそうなほど迫力があった。

 そんな中、先手を取ったのはハジメだ。両手に握り締めた二丁のレールガンで、普段の半分以下の威力しか出せないとは言え、対物ライフルの数倍の威力を以て撃ち放った。二条の閃光が狙い違わず二体のインフェルノの眉間を撃ち抜つが、倒れる仲間達を軽やかに飛び越えて「ごっつんこ!」と叫びながら後続のインフェルノ達が迫ってきた。ハジメも再度連続して発砲し、致命的な包囲をされまいと隊列を乱していった。

 嵐のような銃撃を盾と大剣と仲間の体で凌ぎながら、数体のインフェルノが遂に五人の目前へと迫った。だがそこは、亮牙・スラッグ・シアのキルゾーンだ。三人とも己の得物を大上段に構えたまま飛び上がり、限界まで強化したその身体能力を以て遠慮容赦の一切を排した問答無用の一撃を繰り出した。

 

「「「ストンピングハンマー!!!」」」

 

 打ち下ろされたドラゴントゥースメイス・ダグザ・ドリュッケンは、ドォガアアア!と凄まじい衝撃音を響かせながら、それぞれ目の前にいたインフェルノ数体を押し潰し、地面にまで亀裂を生じさせてめり込んだ。渾身の一撃を放って死に体となっていると判断したのか、衝撃に耐えていた傍らのインフェルノ達が両腕のドリルを回転させて襲い掛かった。

 だがそれは三人とも予測しており、しっかり横目で確認していた。亮牙とスラッグはそれぞれ片手から剣を展開し、横薙ぎにインフェルノ達の首を跳ね飛ばした。「ごっつんこ〜⁉︎」と独特な絶叫を上げながら、斬り落とされた首が宙を舞った。そのまま二人は両手に抱えた得物を武器に、容赦なく敵を粉砕していった。

 シアも負けてはいない。柄に付いているトリガーを引いてドリュッケンを跳ね上げ、勢いを殺さずその場で一回転すると、遠心力をたっぷり乗せた一撃を襲いくるインフェルノの脇腹部分に叩きつけ、気迫を込めて一気に振り抜いた。

 

「りゃぁあ‼︎」

「ごっつんこ〜⁉︎」

 

 直撃を受けたインフェルノは体をくの字に折り曲げながら吹き飛ばされ、後ろから迫って来ていた仲間達を盛大に巻き込んで地面に叩きつけられた。その胴体は原型を止めないほどひしゃげており、身動きが取れなくなっていた。

 シアの口元に笑みが浮かんだ。戦いに快楽を覚えたからではなく、自分がきちんと戦えていること、ちゃんと亮牙達の旅に付いて行けるのだと実感して、嬉しくなったのだ。

 だがその一瞬が気の緩みとなった。戦場でそれは致命的だ。シアが気がつくと、ビーストモードになった一体のインフェルノが噛みつこうと飛びかかり、鋭い牙が視界いっぱいに迫っていた。身体強化中のシアにとって致命傷になるか不明だが、これを機に一気に畳み込まれる可能性が高い。

 しまった!と思う余裕もなく、せめて襲い来るであろう痛みに耐えるべく覚悟を決めるシアだったが、インフェルノが彼女に噛みつく寸前、紅蓮の刃がその口に突き刺さり、そのまま左右泣き別れに両断した。

 

「こら、油断大敵だぞ」

「ふぇ、亮牙さん⁉︎す、すみません、ありがとうございます!」

「礼はいらん、今は目の前に集中しろ!」

「うっ、はい!頑張りますぅ!」

 

 亮牙に叱られてしまい、シアは少し浮かれて油断してしまったことを自覚し、反省しながら気を引き締め直した。改めて迫って来たインフェルノを倒そうとして、後方から飛んできたモーニングスターナックルが、密かにシアの背後を取ろうとしていたインフェルノを吹き飛ばしたのを確認した。亮牙が自分の背中を守ってくれていると理解したシアは心の内が温かくなり、惚れた男の前で無様は見せられないと、より一層気合を入れた。

 一方ユエは、空気中の水分を超圧縮してウォーターカッターを撃ち放つ水系の中級魔法「破断」で応戦していた。ハジメの宝物庫から取り出してもらった、金属製の大型の三つの水筒の水を圧縮することで、空気中の水分を集めるよりも魔力消費を節約しているのだ。また、照準は水筒の出口を向けることで付けており、飛び出たウォーターカッター自体は魔力を含まないものなので分解作用により消されることもなかった。

 インフェルノ軍団は、五人の連携を破ることができず、いいように翻弄されながら次々と駆逐されていった。そうやって、不用意に部屋そのものに傷を与えないようにしながら次々と敵を屠っていった亮牙達だが、ハジメが訝しそうに眉を寄せた。というのも、先程から相当な数のインフェルノ達を倒している筈なのだが、迫り来る彼等の密度が全く変わらないのだ。

 その疑問は他の四人も感じたらしく、よくよく戦場を観察してみれば、最初に倒したインフェルノの姿が何処にもない事に気がついた。

 

「…再生した?」

「みたいだね」

「そんな⁉︎キリがないですよぉ!」

 

 そう、インフェルノ達は破壊された後も、「ごっつんこぉーっ!」と叫びながら眼光と同じ光を一瞬全身に宿すと、瞬く間に再生して再び戦列に加わっていたのだ。

 どれだけ倒しても意味がないと悟ったシアが、迫り来るインフェルノ達を薙ぎ払いながら狼狽えた声を出した。だがそれに反して亮牙達四人は、経験の差もあることから冷静なまま、特に焦った様子もなく思考を巡らしながらインフェルノ達を蹴散らしていた。亮牙とスラッグは何千万年も戦士として生きた年の功もあったし、ハジメとユエはこの程度の逆境なら奈落の底で何度も味わったし、むしろあの頃より遥かに強くなった今は余裕すらあった。

 

「いや、人造とは言えスパークがあるはずだ。胸部を潰せば…」

 

 亮牙の言う通り、トランスフォーマーは胸部に核となるスパークを持っているのが通常であり、オスカーのモンストラクターなどの設計書にもスパークについて書かれていた。

 だが、親友のその提案にハジメは渋い表情をした。

 

「それなんだけど亮牙、此奴らスパークがないみたいだ…」

「確かか?」

「うん、パーセプターでも確認しているんだけど、此奴ら自体から微量の魔力が感知出来るだけで、スパークらしいのは…」

「むぅ、どうする?」

 

 スラッグがそう言うと、ハジメは「鉱物系鑑定」の技能で、インフェルノ達のボディを構成する鉱石を調べてみた。その結果、彼らの身体は魔力を定着させる性質を持つ「感応石」で構成されている事が分かった。おまけにこの感応石、同質の魔力が定着した二つ以上の鉱石が一方に触れていることで、もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作することができる性質を持っているらしい。

 即ちこのトランスフォーマー達は、さながら女王蟻に相当する者によって遠隔操作されているドローンのようなものなのだ。破壊されても再生していた訳ではなく再構築されていたようだ。よく見れば床にも感応石が所々に使われており、インフェルノ達の欠損部分の補充に使われたのか削り出したようにかけている部分もある。これは女王蟻を直接叩かないと本当にキリがないようだ。

 

「皆、こいつらを操っている奴がいる!これじゃキリがないから、強行突破しよう!」

「おうっ!」

「んっ」

「と、突破ですか?了解ですっ!」

「殿は俺に任せろ!」

 

 ハジメの合図と共に、皆一気に踵を返し祭壇へ向かって突進した。ハジメの連写とスラッグのダグザによる薙ぎ払いで進行方向のインフェルノ達を蹴散らし隊列に隙間をあけつつ、殿を務める亮牙が後方から迫ってきているインフェルノ達に向き直ると、口から巨大な火の玉を吐き出した。

 

爆炎大砲(ビッグファイアキャノン)!」

 

 火の玉はインフェルノ軍団にぶつかると、ナパームのように燃え移り、背後で大爆発が起こり、「ごっつんこ〜⁉︎」という悲鳴が上がった。

 前方に隙間が出来ると、空かさずシアが飛び込みドリュッケンを体ごと大回転させて周囲のインフェルノ達を薙ぎ払った。技後硬直する彼女に迫るインフェルノ達を、ハジメ・ユエ・スラッグが撃退していき、亮牙は殿を務めながら後方から迫るインフェルノ達を斬り裂き殴り飛ばしていった。その隙に一気に包囲網を突破したシアが祭壇の前に陣取り、続いてユエ、ハジメ、スラッグが祭壇を飛び越えて扉の前に到着した。

 

「ユエ、扉は⁉︎」

「ん、やっぱり封印されてる…」

「あぅ、やっぱりですかっ!」

「俺スラッグ、腹が立つ!」

 

 見るからに怪しい祭壇と扉なのだ。封印は想定内。だからこそ、扉の封印を落ち着いて解くために、最初は面倒な殲滅戦を選択したのだ。シアとスラッグは案の定の結果に文句を垂れつつも、それぞれ階段を上ってきたインフェルノを弾き飛ばした。

 やがて殿を務めていた亮牙がシアの隣に並び立つと、皆に指示を出した。

 

「ユエ、封印の解除はお前に任せる。ここじゃあお前は燃費が悪くなってるし、ハジメの錬成で突破するのも時間がかかっちまうだろうからな。頼めるか?」

「ん、任せて」

 

 ユエは二つ返事で了承すると、祭壇に置かれている黄色の水晶を手に取った。その水晶は正双四角錐て、幾つもの小さな立体ブロックが組み合わさって出来ているようだった。背後の扉を振り返ると三つの窪みがあり、彼女は少し考える素振りを見せると、正双四角錐を分解し始めた。分解して各ブロックを組み立て直すことで、扉の窪みにハマる新たな立方体を作ろうと考えたのだ。

 分解しながらユエが扉の窪みを観察すると、よく観察しなければ見つからないくらい薄く文字で、何時ものウザいあの文が彫ってあることに気づいた。

 

『解っけるかなぁ~、解っけるかなぁ~』

『早くしないと死んじゃうよぉ~』

『まぁ、解けなくても仕方ないよぉ!私と違って君は凡人なんだから!』

『大丈夫!頭が悪くても生きて……いけないねぇ!ざんねぇ~ん!プギャアー!』

 

 ユエは苛立ちのあまりいつも以上に無表情となり、扉を殴りつけたい衝動を堪えながらパズルの解読に集中した。

 一方亮牙達は、何となく背後から怒気が溢れているのを感じながらも、触らぬ神に祟りなしと、しぶとくわらわらと湧いてくる目の前の蟻型ロボット達の排除に集中した。

 

「俺スラッグ、こいつら、破壊力のある一撃で殲滅出来ないかな?」

「駄目だよ。階段付近じゃあ何が起こるか分からない」

「こんなにアリンコ達が踏み荒らしているんですし今更では?」

「いや、連中にだけ反応しない仕掛けとなってるかもしれんぞ」

「うっ、否定できません…」

 

 亮牙達はある意味、雑談を交わしながらインフェルノ軍団を弾き飛ばしていった。最初は際限の無さに焦りを浮かべていたシアも、亮牙達が余裕を失わず冷静である様子を見て、落ち着きを取り戻したようだ。

 

「でも、ちょっと嬉しいです」

「ん?」

 

 また一体、インフェルノを叩き潰し蹴り飛ばしながら、シアがポツリとこぼした。

 

「ほんの少し前まで、逃げる事しか出来なかった私が、こうして亮牙さん達と肩を並べて戦えていることが、とても嬉しいです」

「…お前も物好きだな」

「えへへ!私、この迷宮を攻略したら亮牙さんといちゃいちゃするんですぅ!」

「だからその直ぐ調子に乗る癖を治せ…」

 

 そんな雑談をしながら騎士達を退け続けて数分、ユエが少し得意気に任務達成を伝えた。

 

「…皆、開いた」

「ご苦労ユエ!皆、下がるぞ!」

「了解!」

「はいっ!」

「俺スラッグ、分かった!」

 

 亮牙が後ろを振り返ると、ユエの言った通り封印が解かれて扉が開いているのが確認できた。奥は特になにもない部屋になっているようで、扉を閉めればゴーレム騎士達の襲撃も阻める筈だ。彼は皆に撤退を呼びかけ、自らも奥の部屋に向かって後退した。最初にユエ、シア、スラッグ、亮牙の順に扉の向こうへ飛び込み、ダイナボット二人が両開きの扉の両サイドを持っていつでも閉められるように備えた。最後にハジメが、置き土産にと手榴弾を数個放り投げ、逃がすものかと殺到したインフェルノ軍団を吹き飛ばした。「ごっつんこ〜⁉︎」という叫びを無視しながらハジメが奥の部屋へと飛び込むと、亮牙とスラッグが扉を閉めた。

 部屋の中は、遠目に確認した通り何もない四角い部屋だった。てっきり、ミレディ・ライセンの部屋とまではいかなくとも、何かしらの手掛かりがあるのでは?と考えていたので少し拍子抜けする。

 

「これは、あれかな?これみよがしに封印しておいて、実は何もありませんでしたっていうオチかね?」

「…ありえる」

「うぅ、ミレディめぇ!何処までもバカにしてぇ!」

「なあ、もしオスカーのように隠れ家に奴の遺骨が残ってたら、粉々に叩き壊しても構わねえよな?」

「俺スラッグ、その案に賛成」

 

 一番あり得る可能性に五人がガックリしていると、突如、もううんざりする程聞いてきた、ガコンッという音が響き渡った。それと共に部屋全体がガタンッと揺れ動き、亮牙達の体に横向きのGがかかった。

 

「っ⁉︎何だ⁉︎この部屋自体が移動してるの⁉︎」

「…そうみたッ⁉︎」

「うきゃっ⁉︎」

「ほわあああっ⁉︎」

「クソッ!お前ら、振り落とされるなよ!」

 

 ハジメが推測を口にすると同時に、今度は真上からGがかかった。急激な変化に、ユエが舌を噛んだのか涙目で口を抑え、シアは転倒してカエルのようなポーズで這いつくばった。

 部屋は、その後も何度か方向を変えて移動しているようで、約40秒程してから慣性の法則を完全に無視するようにピタリと止まった。ハジメは途中からスパイクを地面に立て、亮牙とスラッグは四つん這いになって爪を立ててしがみつくことで体を固定していたので急停止による衝撃にも耐えた。ユエは最初の方でハジメの体に抱きつき無事だったが、シアは亮牙が片手を掴んだものの、方向転換する度にあっちへそっちへ悲鳴を上げながら振り回され続けていたので、相当酔ったらしく顔色が悪かった。

 

「…ようやく止まりやがったか。お前ら、大丈夫か?」

「何とかね…」

「…ん、平気」

「俺スラッグ、二度とやりたくない…」

「うぅ、私もですぅ…。うっぷ」

 

 そう言いながら亮牙達は立ち上がった。周囲を観察するが特に変化はなく、先ほどの移動を考えると、入ってきた時の扉を開ければ別の場所ということだろう。

 青い顔で口元を抑えている今にも吐きそうな様子で四つん這い状態のシアが立ち上がれるようになるまで待つと、ハジメとユエは周囲を確認していく。そして、やっぱり何もないようなので扉へと向かった。

 

「さて、何が出るか…?」

「…操ってた奴?」

「かもね。ミレディは死んでいるはずだし、一体誰があのアリンコ軍団を動かしていたんだか…」

「何が出ても関係ない!俺スラッグ、ぶっ飛ばす!」

「スラッグさんの言う通りで…うぇっぷ!」

「…シア、大丈夫か?」

 

 扉の先は、ミレディの住処か、ゴーレム操者か、あるいは別の罠か…。五人とも「何でも来い」と覚悟を決めて浮かべて扉を開くとそこには…

 

「…ねぇ、何か見覚えない?この部屋…」

「…ああ、特にあの石板…」

「最初の部屋、みたいですね…?」

 

 扉を開けた先は、別の部屋に繋がっていた。その部屋は中央に石板が立っており左側に通路があった。見覚えがあるのも当然だ。なぜならその部屋はシアの言う通り最初に入ったウザイ文が彫り込まれた石板のある部屋だったのだ。

 よく似た部屋ではないことは、扉を開いて開いて数秒後に元の部屋の床に浮き出た文字が証明していた。

 

『ねぇ、今、どんな気持ち?』

『苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?』

『ねぇ、ねぇ、どんな気持ち?どんな気持ちなの?ねぇ、ねぇ』

 

「「「「「……………」」」」」

 

 亮牙達の顔から表情がストンと抜け落ち、額に血管が浮かび上がって来た。五人とも無言で文字を見つめていると、更に文字が浮き出始めた。

 

『あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します』

『いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです』

『嬉しい?嬉しいよね?お礼なんていいよぉ!好きでやってるだけだからぁ!』

『ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です』

『ひょっとして作ちゃった?苦労しちゃった?残念!プギャァー』

 

 

 

 

 

「「「「「……………………………巫山戯やがってぇ!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 暫し沈黙が続いたかと思うと、迷宮全体に届けと言わんばかりの怒りの絶叫が響き渡った。最初の通路を抜けてミレディの言葉通り、前に見たのとは大幅に変わった階段や回廊の位置、構造に更に怨嗟の声を上げたのも言うまでもないことだ。因みに亮牙とスラッグに至っては、絶叫と共に口から火を吐き散らしていた。

 何とか精神を立て直して再び迷宮攻略に乗り出したが、やはり順風満帆とは行かず、特にシアが地味なトラップの尽くにはまって怒り狂い、厄介な事に変わりはなかった。

 そうして、冒頭の光景に繋がるわけである。

 




〜用語集〜
・ライセン大迷宮攻撃兵インフェルノ
 オスカー・オルクスが作り出した人造トランスフォーマーの一種。巨大な赤蟻に変形し、ロボットモードでは両腕に装備されたドリルを武器とする。スパークがない代わりに、感応石で構成されたボディのおかげで、軍団として高い連携を誇る他、破損部位を素早く再構築できる。
 軍団兵を意識して蟻型にしたオスカーだったが、思った以上に蟻の本能の影響が強すぎて、ミレディを女王蟻とする兵隊蟻と化してしまった。しかし当のミレディは気に入っており、変な喋り方を覚えさせまくっていた。
 モデルは『ビーストウォーズ』に登場するデストロン地上攻撃指揮官インフェルノ。武装は玩具オリジナルのメタルスインフェルノから。

・巫山戯やがってぇ!!!
 映画『コマンドー』で、シュワちゃん演じる主人公メイトリックスが、ヴァーノン・ウェルズ演じる宿敵ベネットの猛攻に激昂した時の台詞。筋肉モリモリマッチョマンという単語が何度も使われてきた事から分かるように、作者のシュワちゃん好きの影響でもある。



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襲来!ミレディザラック

意外と早くまとまったので投稿しましたが、少々追加点があったので再投稿します。

少し短かった気もするし、次の決戦での冒頭もこちらに付け加えた方がいいと思ったので、すみませんm(__)m


 あれから一週間、亮牙一行は迷宮に挑戦してはスタート地点に戻されるのを繰り返す事七回、現在は八回目の挑戦の最中だ。だがその全てが無駄と言う訳ではなく、ミレディ曰くランダムとなっているこの迷宮の構造変化も、マーキングを刻んでいる内にある程度規則が見られる事が判った。

 そんな中、五人は珍しく罠も何も無い部屋で仮眠休憩を取り、今は亮牙が見張りで起きてる最中だ。彼の隣では、壁にもたれ掛かったハジメにもたれ掛かる形でユエが座っており、スラッグは大の字で横になりながら、三人ともすやすやと寝息を立てていた。そしてシアは、亮牙の上着を毛布代わりに被りながら、彼の右腕を枕にして眠っていた。可愛らしい寝顔で眠る彼女を見てると、思わず頭を優しく撫でてあげたら、頬が僅かに綻んでいた。

 シアとスラッグが旅に同行するようになって約半月、事ある毎にシアが送ってくるラブコールを軽く流してきた亮牙だが、彼とて思う所が無い訳ではなかった。

 

(まさかこの歳になってな…)

 

 そう、思う所がある。正直言ってシアが自分を異性として見てくれていることが嬉しかったのだ。それまで人間の女性を見ても特に何も感じてこなかったのだが、彼女を見てるとどうしても心が騒ついて来てしまう。おまけに無意識なのか狙っているのか、胸を押し付けたりパンチラしたりするなどの彼女の誘惑には、時々理性が吹き飛びそうになってしまう。

 

(気持ちは嬉しいし、応えてやりたいんだが…)

 

 そう思いつつも、亮牙はそう簡単に応えられない理由があった。まず自分とシアとでは、種族と年齢がかけ離れ過ぎている。彼女はまだ16歳と若く人間とほぼ同じ存在だが、自分は今は人間の姿になれるとはいえ、明確には元野生動物の金属生命体だし、実年齢も彼女の曽祖父より年上の爺さんなのだ。

 おまけに、自分には遥か昔の話だが妻子がいた。しかし夫として、父親として、家族を守る義務を果たせなかった挙句、何千万年経った今もこうして生きながらえている駄目な男だ。そんな自分が、辛い想いもしながらも懸命に生き抜き、そして家族のためなら我が身を危険に晒すのも厭わない、目の前の強き少女に相応しい男とは思えなかった。

 

(俺は、どうすれば良いんだろうな…)

 

 亮牙がそう思い詰めていると、傍でシアがだらしない笑顔で、

 

「むにゃ…あぅ…亮牙しゃんのエッチぃ〜♡そんなぁダメですよぉ~、こんな所でぇ~////」

 

などと寝言を言い出した。そんな彼女に呆れながらも、おかげで少し気が楽になった亮牙は、今は迷宮攻略に集中しようと気を引き締め直すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び嫌らしい数々のトラップとウザイ文を菩薩の心境でクリアしていった亮牙達は、一週間前に訪れてから一度も遭遇することのなかった部屋に出くわした。最初にスタート地点に戻して天元突破な怒りを覚えさせてくれたインフェルノ達の部屋だ。だが今度は、封印の扉は最初から開いており、向こう側は部屋ではなく大きな通路になっていた。

 

「またここか…。包囲されても面倒だな」

「だね、扉は開いてるんだし一気に行こう!」

「んっ!」

「はいです!」

「俺スラッグ、了解!」

 

 そう言うと、亮牙達は部屋へ一気に踏み込んだ。中央に差し掛かると案の定、「ごっつんこ!」と聞き飽きた声と共にインフェルノ達が両サイドの窪みから飛び出してきた。出鼻を抉いて前方のインフェルノ達を蹴散らしておき、そうやって稼いだ時間で更に加速した彼らは、包囲される前に祭壇の傍まで到達した。インフェルノ達が猛然と追いかけるが、亮牙達が扉をくぐるまでには追いつけそうになく、逃げ切り勝ちだと五人とも確信した。

 だがそうはいかなかった。何と、インフェルノ達も扉をくぐって追いかけてきたからだ。しかも…

 

「はぁっ⁉︎天井を走ってる⁉︎」

「…びっくり」

()だからってそれ()()かよ…」

「俺スラッグ、駄洒落かい?」

「言ってる場合じゃないですよぉ〜!重力さん仕事してくださぁ~い!」

 

 そう、追いかけてきたインフェルノ達は、まるで重力など知らんとばかり壁やら天井やらを、「ごっつんこぉ〜!」と叫びながら走っているのである。いくら蟻に変形するとはいえ、これには流石の亮牙達も度肝を抜かれた。ハジメは咄嗟に通路を構成する鉱物を調べるが、重力を中和したり吸着の性質を持った鉱物等は一切検知できなかった。

 

「駄目だ!材質に特殊な性質は見られない!」

「クソ、どうなってやがる⁉︎」

 

 ハジメの答えを聞き、亮牙の口からそんな呟きが思わず漏れた。そして再度、背後の人造トランスフォーマーをチラリと振り返って、更に度肝抜かれることになった。

 天井を走っていたインフェルノの一体が、走りながら尻をプロペラのように展開すると、「ごっつんこ〜!」と叫びながら、まるでミサイルのように凄まじい勢いで頭を進行方向に向けたまま宙を飛んできたのである。

 

「そんなの()()かよ⁉︎畜生!」

 

 ハジメは驚愕の声を漏らしながらドンナーを連射し、放たれた弾丸は閃光となって飛んできたインフェルノの頭と肩を破壊した。インフェルノは「ごっつんこぉ〜⁉︎」という悲鳴と共に頭部と胴体、更にドリルを装備した両腕が分かれた。だが、それらは地面に落ちることなく、そのまま亮牙達に向かって突っ込んできた。

 

「回避しろ!」

「了解!」

「おう!」

「んっ」

「わきゃ!」

 

 亮牙達は猛烈な勢いで迫ってきたインフェルノの頭部、胴体、ドリルを屈んだり跳躍したりして躱していった。彼らを通り過ぎたインフェルノの残骸は、そのまま勢いを減じることなく壁や天井、床に激突しながら前方へと転がっていった。

 

「何だ?さっきと様子が…」

「俺スラッグ、あいつ、死んだのかな?」

「いや、あれはまるで…」

「ん、落ちたみたい…」

「重力さんが適当な仕事してるのですね、分かります」

 

 まさしくユエやシアの言葉が一番しっくりくる表現だった。どうやらインフェルノ達は重力を操作できるらしい。何故前回は使わなかったのかは不明だが、もしかすると部屋から先の、この通路以降でなければならなかったのかもしれない。

 そんな推測も、インフェルノ達がこぞって亮牙達に落下してきたことで中断された。中にはドリルを回転させたり、ビーストモードに変形して顎をカチ鳴らしながら迫ってくる猛者もいた。ハジメとユエは銃撃や破断で遠距離攻撃しつつ、接近してきた者は亮牙・スラッグ・シアが打ち払い、足を止めることなく先へ進んでいった。暫くすると、彼らは先の方に何かの気配を感じた。

 

「畜生、再構築しやがったか…」

「まぁそうなるわな…」

「は、挟まれちゃいましたね」

 

 そう、先へと落ちていったインフェルノ達が落下先で再構築して、隊列を組んで亮牙達を待ち構えていたのだ。ご丁寧に二列に並び、一列目の者達は亮牙達に背を向けると、プロペラ状の尻を盾代わりにしながら壁を作り、二列目のインフェルノ達は盾役の者を後ろから支えていた。おそらく、一列だけではパワーで粉砕されると学習したのだろう。

 

「俺スラッグ、面倒だから片付ける!」

「スラッグ、援護するよ!」

 

 スラッグが苛立ったように唸ると、額に電気を集中させ始めた。ハジメも呼応すると、ドンナー・シュラークを太腿のホルスターにしまい、宝物庫から新たな武器「オルカン」を取り出した。

 この武器は手元に12連式の回転弾倉が取り付けられた長方形型のロケット&ミサイルランチャーで、全長30cm近くあるロケット弾の破壊力は通常の手榴弾より高くなっていた。更に弾頭には纏雷を付与したことで常に静電気を帯びた鉱石が設置されており、着弾時弾頭が破壊されることで燃焼粉に着火する仕組みだ。

 ハジメはオルカンを脇に挟んで固定すると口元を歪めて笑みを作った。スラッグも頭上に集中させた電気を巨大な球を形成していた。

 

「皆、耳塞いどいて!ぶっ放すよ!」

「おう、ぶちかませ!」

「ん」

「えぇ~何ですかそれ⁉︎」

 

 初めて見るオルカンの異様にシアが目を見張り、ユエは走りながら人差し指を耳に突っ込み、亮牙は聴覚回路をオフにした。

 シアのウサミミはピンッと立ったままだが、お構いなしにハジメはオルカンの引き金を引いたので、亮牙が彼女の耳を押さえた。

 

激力雷電(ギガライディーン)!」

「吹っ飛べ!」

 

 二人はそう叫ぶと、スラッグの頭から強力な電撃と、バシュウウという音と共にロケット弾が発射され、狙い違わず隊列を組んで待ち構えるインフェルノ達に直撃した。

 次の瞬間、落雷のような轟音と大爆発が発生し、通路全体を激震させながら凄絶な衝撃を撒き散らした。インフェルノ達は直撃を受けた場所を中心に、両サイドの壁や天井に激しく叩きつけられ、原型をとどめないほどに破壊されていた。「ご…ごっつ…ん。こ…」と未だ掠れたような声がするものの、再構築にもしばらく時間がかかるだろう。

 亮牙達は一気にインフェルノ達の残骸を飛び越えて行った。兎人族は亜人族で一番聴覚に優れた種族である故に、耳を塞ぎ忘れていたシアは今頃なら悶絶していただろうが、亮牙が咄嗟に彼女の両耳を塞いだことで難を逃れていた。

 

「り、亮牙さん////くすぐったいですよぉ〜」

「お前なぁ、言ってる場合か…」

「…ホント、残念ウサギ…」

 

 亮牙とユエが呆れた表情でシアを見るが、シアは耳がくすぐったくて気がついていなかった。

 再び落ちて来たインフェルノ達に対処しながら、5分程駆け抜けると、遂に通路の終わりが見えた。通路の先は巨大な空間が広がっているようで、道自体は途切れており、10m程先に正方形の足場が見えた。

 

「ようし、飛ぶぞ!」

 

 亮牙の掛け声に皆頷くと、背後から依然落下してくるインフェルノ達を迎撃し躱しながら、通路端から勢いよく飛び出した。

 身体強化された今の五人の跳躍力はオリンピック選手のそれを遥かに凌ぎ、世界記録を軽々と超えて眼下の正方形に飛び移ろうとした。

 だが、この大迷宮が思った通りに進める筈がない。放物線を描いて跳んだ亮牙達の目の前で、正方形のブロックがスィーと移動し始めたのだ。

 

「嘘だろォォォ⁉︎」

 

 亮牙はこの迷宮に来てから何度目かの叫びを上げた。目測が狂いこのままでは落下してしまう。チラリと見たが下は相当深い。ハジメが咄嗟にアンカーを撃ち込み、皆に自分に掴まるよう指示を出そうとした時だ。

 

「来翔!」

 

 ユエが風系統の魔法を発動させ、上昇気流で自分達の跳躍距離を延ばしたのだ。一瞬の効果しかなかったが十分だった。未だに離れていこうとするブロックに追いつき何とか端に手を掛けてしがみつくことに成功した。亮牙とスラッグが剣を突き立ててぶら下がると、ハジメ・ユエ・シアもしがみついた。

 

「ナ、ナイス、ユエ」

「すまん、助かった」

「ユエさん、流石ですぅ!」

「俺スラッグ、今のはヤバかった…」

「…もっと褒めて」

 

 四人は墜落せずに済んだことに思わず笑みを浮かべながらユエを賞賛し、ユエも魔力の消費が激しく少々疲れ気味だが得意げな雰囲気だ。

 

「ごっつんこ〜!待つでありんす!」

 

 だが、そんな和やかな雰囲気はインフェルノ達の叫びによって遮られた。そう、インフェルノ達も尻のプロペラを展開して飛んできたのだ。スラスターがない代わりに、おそらく重力を制御して落下方向を決めているのだろう。凄まじい勢いで未だぶら下がったままの亮牙達に急速接近してきた。

 

「畜生!皆、早く登れ!ハジメは援護してくれ!」

「了解!」

 

 亮牙の指示を受け、ハジメは空かさずドンナーを抜いて迫り来るインフェルノ達に連射した。スラッグはユエとシアを抱えてブロックの上に登りきり、亮牙もハジメを抱えたまま倒立する勢いで体をはね上げてブロックの上に移動した。直後、彼らがぶら下がっていた場所にインフェルノが凄まじい勢いでドリルを突き刺し、一瞬、技後の影響で硬直したところをハジメが頭上から銃撃し撃ち落とした。

 

「くそっ!こいつら、重力操作かなんか知らないけど、動きがどんどん巧みになってきてるね…」

「…たぶん、原因はここ?」

「俺スラッグ、多分そう思う…」

「あはは、常識って何でしょうね。全部浮いて…ますよ?」

 

 シアの言う通り、亮牙達の周囲の全ては浮遊していた。

 彼らが入ったこの場所は超巨大な球状の空間で、直径2km以上ありそうだ。そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊して不規則に移動しているのだ。完全に重力を無視した空間である。

 だが、不思議なことに亮牙達はしっかりと重力を感じており。おそらくこの部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

 そんな空間をインフェルノ達が「ごっつんこ〜」と叫びながら、羽蟻のように縦横無尽に飛び回っていた。やはり落下方向を調節しているのか方向転換が急激であり、有機生命体なら凄まじいGで死んでいてもおかしくないだろう。

 

「連中、ここに近づくにつれて動きが細やかになってたな。多分、ここに女王蟻に相当する奴がいるぞ…」

 

 亮牙の推測に四人とも賛同するように表情を引き締めた。インフェルノ達は何故か、ハジメ達の周囲を旋回するだけで襲っては来なかった。

 取り敢えず彼らは、何処かに横道でもないかと周囲を見渡した。ここが終着点なのか、まだ続きがあるのか分からないが、間違いなく深奥に近い場所ではあるはずだ。インフェルノ達の能力上昇と、この特異な空間がその推測に説得力を持たせていた。

 ハジメが遠見で、この巨大な球状空間を調べようと目を凝らした次の瞬間、シアの焦燥に満ちた声が響いた。

 

「逃げてぇ!」

「「「「ッ!!?」」」」

 

 亮牙達は何が?と問い返すこともなく、シアの警告に瞬時に反応し弾かれた様に飛び退いた。運良く、ちょうど数m先に他のブロックが通りかかったので、それを目指して現在立っているブロックを離脱した。

 直後、下から巨大な何かが現れた。金属で出来た生き物の顎のようなものが、今の今まで亮牙達がいたブロックを直撃し木っ端微塵に粉砕したのだ。その謎の物体は、ブロックを破壊すると勢いそのままに通り過ぎていったのだ。

 亮牙達の頬に冷や汗が流れた。シアが警告を発してくれなければ確実に直撃を受けていた。亮牙やスラッグはともかく、今は防御系の魔法が使えないハジメやユエはもしかしたら即死していたかもしれない。感知出来なかったわけではなく、シアが警告をした直後に気配を感じとったのだが、攻撃速度が早すぎて感知してからの回避が間に合ったとは思えなかったのである。

 

「助かったよシア、よくやった」

「うん、ありがとう」

「ん、お手柄」

「俺スラッグ、あんがとさん」

「えへへ、未来視が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど…」

 

 どうやらハジメの感知より早く気がついたのは、シアの「未来視」が発動したからのようだ。彼女自身が任意に発動する場合、彼女が仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだが、もう一つ、今回のように死を伴うような大きな危険に対しては直接・間接を問わず自動発動して見えるようになるのだ。つまり、直撃を受けていれば少なくともシアは死んでいた可能性があるということだ。

 改めて戦慄しながらも、亮牙は襲撃犯の正体を確かめるべく、ブロックの淵から下を覗いた。すると、下の方で何かが動いたかと思うと猛烈な勢いで上昇してきた。それは瞬く間に彼らの頭上に出ると、その場に留まりギンッと光る眼光をもって亮牙達を睥睨した。

 

「此奴も、オスカーの人造トランスフォーマーか?」

「おいおい、嘘でしょ?」

「…すごく、大きい」

「お、親玉って感じですね」

「俺スラッグ、女王蟻だからもっとデカいごっつんこ野郎かと思ってた」

 

 それぞれ感想を呟く亮牙達。若干、ユエの発言が下ネタ気味な気がするが、気のせいだろう。

 彼らの目の前に現れたのは、宙に浮く超巨大な金属の巨人だった。どことなく女性らしいスラっとした意匠も見られるが、少なくとも身長20m以上と、グリムロックやスラッグのロボットモードに匹敵する巨体だ。両腕を見ると、手首はまるで蟹や蠍の鋏脚のようになっており、これで先ほどブロックを握り潰したのだろう。右手にはそこまで長くないものの禍々しい槍が握られ、左手にはまるで鋏のようなクロー付きの盾を装備している。

 

「ごっつんこ!女王蟻様の見参でありんす!女王蟻様、万歳!」

「「「「「ごっつんこ!!!」」」」」

 

 亮牙達が謎の巨体トランスフォーマーに身構えていると、周囲のインフェルノ達がそう叫びながら飛来し、彼らの周囲を囲むように並びだした。整列したインフェルノ達はまるで王に敬礼する騎士の如く、胸の前で腕のドリルを剣のように立てて構えた。まさに、女王蟻に仕える兵隊蟻の姿であった。

 すっかり包囲され亮牙達の間にも緊張感が高まった。辺りに静寂が満ち、まさに一触即発の状況だ。動いた瞬間、命掛けの殺し合いが始まる、そんな予感をさせるほど空気が張り詰めていた。

 

 

 

 

 

「やほ~、はじめまして~!みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~!」

 

 

 

 

 

「「「「「……………は?」」」」」

 

 だがそんな緊張は、巨大トランスフォーマーの巫山戯た挨拶によって破られ、思わず五人はキョトンとなるのだった。

 凶悪な装備に身を固めた眼光鋭いトランスフォーマーのやたらと軽い挨拶に、五人とも何を言っているか分からず、包囲されているということも忘れてポカンと口を開けた。頭がどうにかなる前に現実逃避しそうだった。

 そんな硬直する五人に、目の前のトランスフォーマーは女性の声で不機嫌そうに話し始めた。それも、道中散々見てきたウザイ文を彷彿とさせる、実に腹立たしい口調と仕草で。

 

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は…。もっと常識的になりたまえよ」 

 

 それに対していち早く正気に戻った亮牙は、イラッとしつつも口を開いた。

 

「…悪いがここに到達するまで非常識の連続で、今も見た目と声がアンバランス過ぎる奴を目にしてるんだ。冷静でいろって言う方が無理だ。…だが、お前はミレディ・ライセンと名乗ったが、そいつは人間でとっくの昔に死んでいるはずだ。何故オスカーの創造した人造トランスフォーマーのお前が、その名を名乗ってる?」

 

「ん、オスカーにトランスフォーマー?もしかして、オーちゃんの迷宮の攻略者?」

「ああ、オスカー・オルクスの迷宮なら攻略し、神代魔法を手にした。番人であるモンストラクター達も倒してな」

「あのモンちゃんを…。と言う事は、君は…」

「ああ、俺はプライム達が招集したダイナボット指揮官グリムロックだ。今は灘亮牙の名で通してる」

 

 そう言うと、亮牙はグリムロックとしての姿に戻った。その姿に、目の前のトランスフォーマーは感慨深そうな表情となった。

 

「そうか、君が…。遂に彼らの召集してくれた援軍が来たのか…。う〜ん、ミレディたん、感動のあまり涙腺崩壊しちゃうよ〜!」

「色々あってだいぶ遅れたがな…。それで、お前はミレディ・ライセン本人だとしたら、その姿はオスカーやプライム達の言っていた、概念魔法の力によるものか?」

「いやいや、これは違うよ。神代魔法の一つを使ったものさ。如何にも、そうです私が解放者の一人『ミレディ・ライセン』だよ!この姿の秘密はさっき言った通り神代魔法で解決さ!」

「成る程な…。で、それはいったいどんな魔法だ?プライム達が言っていた魂魄魔法か?」

「おうおう、食いついてくるねぇ君…。でも、それはまだ教えられないね。攻略前に情報をあげるなんて甘やかしするわけないじゃん。もっと詳しく知りたければ見事、私を倒してみよ!って感じかな」

 

 そう言うと目の前のトランスフォーマーは、鋏のような手でメッ!の仕草をした。中身がミレディ・ライセンというのは頂けないが、それを除けば愛嬌があるように思えてきた。

 

「よぉ〜し!今度はこっちの質問に答えてもらうよ」

 

 最後の言葉だけいきなり声音が変わり、今までの軽薄な雰囲気がなりを潜め真剣さを帯びていた。その雰囲気の変化に少し驚く五人だが、亮牙は表情に出さずに問い返した。

 

「なんだ?」

「目的は何?何のために神代魔法を求める?エヒトとメガトロナスのクソ野郎共を滅殺してくれるのかな?オーちゃんの迷宮攻略者なら事情は理解してるよね?」

 

 嘘偽りは許さないという意思が込められた声音で、ミレディはふざけた雰囲気など微塵もなく問いかけてきた。もしかすると、本来の彼女はこちらの方なのかもしれない。

 思えば、彼女も大衆のために神に挑んだ者として、自らが託した魔法で何を為す気なのか知らないわけにはいかないのだろう。軽薄な態度はブラフで、本当の彼女は何百年も意思を保持して待ち続けただけあって、凄まじい程の忍耐と意志、そして責任感を持っている人なのかもしれない。

 亮牙は、ミレディの眼光を真っ直ぐに見返しながら嘘偽りない言葉を返した。

 

「確かに、俺の目的はメガトロナスとエヒトをぶっ殺すためだ。だが、生憎俺はお前ら解放者達ほどお人好しじゃあないからな。神代魔法で世界征服するつもりはねぇが、邪魔する奴は情け容赦なく潰していくつもりだ…。それに俺は元々別の世界に飛ばされたんだが、エヒトの余興で無理矢理トータスに連れてこられたんでな。概念魔法を早く手にして、早く親友を故郷に帰らせてやりてぇんだよ…」

「…そっか」

 

 ミレディは暫く亮牙を見つめた後、何かに納得したのか小さく頷き呟いた。そして次の瞬間には、真剣な雰囲気が幻のように霧散し、軽薄な雰囲気が戻る。

 

「なるほどねぇ~、友人のためねぇ~。うんうん、青春してるねぇ~。よし、ならば戦争だ! 見事、この私を打ち破って、神代魔法を手にするがいい!」

 

「…唐突だな。まあ、最初っからそのつもりだが…。つまり、お前がこの迷宮の最後の番人って事でいいんだな?」

「そうだよ~。無論このボディ、ミレディザラックの強さはモンちゃん並み!見事勝利できれば、豪華賞品をプレゼント!OK?」

「OK‼︎」

 

 そう言うと同時に亮牙は人間態に戻ると、後ろに控えていたハジメとスラッグが、オルカンと激力雷電をぶっ放した。

 

「「Jackpots‼︎」」

 

 ミサイルと電撃がミレディザラックに殺到し直撃すると、ズガァアアアン!と空間全体を振動させる轟音と共に爆炎と爆煙が立ち込めた。

 

「やりましたか⁉︎」

「…シア、それはフラグ」

 

 先手必勝ですぅ!と喜色を浮かべたシアに、ユエがツッコミを入れた。彼女の予想通り、煙の中から槍を持った右手がボバッと音を立てながら現れると横薙ぎに振るわれ煙が吹き散らされた。

 煙の晴れた奥からは、大した損傷のないミレディザラックが現れると、近くを通ったブロックを引き寄せて砕き、僅かに損傷した箇所の材料にして再構成した。

 

「ふふ、先制攻撃とはやってくれるねぇ~、さぁ、もしかしたら私の神代魔法が君のお目当てのものかもしれないよぉ~、私は強いけどぉ~、死なないように頑張ってねぇ~」

 

 そう楽しそうに笑うミレディザラック。だが、亮牙とスラッグ、それにハジメは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

「ハジメ、アレのお披露目だ!スラッグ、お前は元に戻って思う存分暴れろ!」

「了解!」

「俺スラッグ、待ってたぜぃ!ウォオオオオオオオッ!!!」

 

 二人はそう叫ぶと、スラッグは人間態から瞬く間にビーストモードに戻り、宣戦布告するかのように雄叫びを上げた。

 一方、ハジメも宝物庫からある切り札を取り出した。それは人型で、身長6m程とダイナボット達に比べたら小柄だが、背中にはオルカンを装備し、両腕の拳にはナックルダスターのような意匠が施されていた。そのアーティファクトの胸部が開くと、ハジメはその中に入り、まるで鎧のように纏うと、片腕をブラスターに変形させて戦闘態勢の構えを取った。

 そう、ハジメの試作機第一号、アイアンフィストである!

 

「えええっ、もう一人いたの⁉︎それにそっちの子も人造トランスフォーマー使うの⁉︎ミレディたん聞いてないよ!!?」

「敵に自分の持ち札明かすわけないでしょ。さあ、鉄拳制裁タイムだ!」

「俺、スラッグ、お前ぶっ壊す!覚悟しろ、()()()()()()()()()!!!」

「ってコラー‼︎私はミレディ・ライセンだよ!そんなお腹の下った、太めの人が好きみたいな名前じゃないからね!てか伝説の戦士の癖に、女の子に向かって失礼でしょ⁉︎」

「ウルセェ、俺スラッグ、ババアの指図なんか受けない!」

「ムキー‼︎永遠の乙女ミレディたんに向かってなんて失礼な‼︎」

 

 驚愕するミレディだが、スラッグに滅茶苦茶失礼な名前の勘違いをされた挙句、ババア呼ばわりされた事が悔しかったのか、思わず余裕を崩してしまう。

 

「よく言ったスラッグ!ようしお前ら、あのゲスの極みババアをぶっ飛ばすぞ!」

「あいよっ!」

「んっ!」

「了解ですぅ!」

「俺スラッグ、ババア覚悟しろよ!」

「だからババアって言うなぁ〜!」

 

 亮牙の掛け声と共に、七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮最後の戦いが始った。

 

 

 

 

 

 

 




ミレディザラックについての解説は、次回までお待ちください。


感想、評価お待ちしております。


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決戦!ミレディザラック

前話がお気に入りが一気に四人も減って、少しショックでしたが、応援してくださる方々が大勢いらっしゃり、大変嬉しいです(泣)

遂にミレディ戦となります。結構難産でした…(苦笑)


 亮牙の掛け声を合図にしたかのように、待機状態だったインフェルノ達が一斉に動き出した。通路でそうしたのと同じように「ごっつんこ〜!」と叫びながら、ドリルやビーストモードの牙を亮牙達に向けて一気に突っ込んできた。

 だが五人も黙ってはいない。亮牙のスルトとユエのウォーターカッターが横薙ぎに振るわれ、インフェルノ達をぶった斬った。

 

「あはは、やるねぇ~!でも総数50体の無限に再生する兵隊蟻ちゃん達と私、果たして同時に捌けるかなぁ~?」

 

 嫌味ったらしい口調で、ミレディザラックは鋏のような手を突き出すと、仕込みになっていたのかロケットパンチのように射出され、巨大な魔物の顎のように襲い掛かった。

 大きく跳躍したシアは上方を移動していた三角錐のブロックに飛び乗り、スラッグは頑強な頭を突き出して、豪速で迫る拳に突っ込んだ。早豪速で迫るモーニングスターに直撃した。ガキィィィン!という金属のぶつかり合う轟音が響き。軌道がスラッグから大きく逸れた。

 同時に、上方のブロックに跳躍していたシアがミレディザラックの頭上を取り、飛び降りながらドリュッケンを打ち下ろした。

 

「見え透いてるよぉ〜」

「くぅ、このっ!」

 

 そんな言葉と共に、ミレディザラックは急激な勢いで横へ「落ちる」形で移動した。目測を狂わされたシアは歯噛みしながらも、手元の引き金を引きドリュッケンの打撃面を爆発させた反動で軌道を修正し、三回転しながら遠心力もたっぷり乗せた一撃をミレディザラックに叩き込み、ミレディザラックも咄嗟に尾を伸ばしてガードした。凄まじい衝突音と共に左腕にダメージを負うも、ミレディザラックは気にせずそのまま腕を振るい、シアを横薙ぎにした。

 

「きゃぁああ⁉︎」

「シア!」

 

 シアは悲鳴を上げながら吹き飛ばされるも、何とか空中でドリュッケンの引き金を引き爆発力で体勢を整えると、更に反動を利用して近くのブロックに不時着した。

 一瞬動揺した亮牙も、浮遊ブロックを飛び移りながら戻ってくる彼女の様子を確認し、安堵と共に感心した。

 

「良かった。ユエの鍛錬のおかげだな」

「…ふっ、どういたしまして」

「ようし、僕も負けてられないな!」

 

 そんな中、自分達のブロックに殺到してきたインフェルノ達に向け、ハジメは両拳を変形させ始めた。

 

部分武装化(アームズアップ)!レック&ルール‼︎」

 

 そう、グリムロックと同じ部分武装化である。しかしアイアンフィストの場合は、毎分12,000発の弾丸を放つガトリング砲「メツェライ」が展開される。彼は威勢よく叫ぶと、ドゥルルルルル!と六砲身のバレルの回転する射撃音を響かせながら、宙を舞うインフェルノを尽くスクラップに変えて底面へと叩き落としていった。回避または死角からの攻撃のため反対側に回り込もうとする者もいたが、亮牙とユエの斬撃や、スラッグの口から放たれる火炎放射により、やはり尽く殲滅されていった。

 

「「「「「ごっつんこぉ〜!!?」」」」」

 

 瞬く間に40体以上のインフェルノ達が無残な姿を晒しながら、魔の抜けた悲鳴と共に空間の底面へと墜落していった。時間が経てばまた再構築を終えて戦線に復帰するだろうが、この女王を仕留めるまで暫く邪魔が入らなければそれでいい。

 

「ちょっ、なにそれぇ⁉︎そんなの見たことも聞いたこともないんですけどぉ!」

「はっ!地球舐めんなよ、オバさん!」

「コラァ‼︎オバさんって言うなぁ〜‼︎」

 

 ミレディザラックの驚愕の叫びに、ハジメはそう言い返すと、メツェライを収納し、今度は両腕をドンナーの上位互換の性能を誇るブラスターへ変形させた。そして彼はオプティックを凝らした。これの性能もパーセプターと同じく、魔力そのものを見通す事が出来る。

 

「皆、奴の核は心臓と同じ位置だ!あれを破壊すれば僕らの勝ちだ!」

「でかした!ハジメ!」

「んなっ⁉︎何で、分かったのぉ⁉︎」

「はっ!うちの技術者舐めんじゃねえぞ、ババア‼︎」

 

 まさか核位置を見抜かれるとは思わなかったミレディは再度、驚愕の声をあげた。目の前の敵を倒すセオリーである核の位置が判明し、五人とも眼光が鋭くなった。

 周囲を飛び交うインフェルノ達も今は10体程度、五人で波状攻撃をかけて、ミレディの心臓に一撃を入れるのだ。

 

「俺スラッグ、一番槍!」

 

 スラッグはそう叫ぶと、突進しながら一気に跳躍し、ミレディザラックの核をその自慢の角で貫かんと接近を試みた。だが、そう甘くはいかなかった。

 

「そうはいかないよ〜、ミレディザラック、変身〜!!!」

 

 ミレディザラックはそう叫んだかと思うと、その巨体とは裏腹に素早い変形を遂げた。その姿は、インフェルノと同じ蟻ではなく、巨大な蠍であった。

 そのままビーストモードとなった彼女が尾をかざすと、頭上の浮遊ブロックが猛烈な勢いでスラッグへと迫った。

 

「何ぃ⁉︎」

「操れるのがインちゃん達だけとは一言も言ってないよぉ~?」

「くそ、この性悪ババア!」

 

 ミレディのニヤつく声音に舌打ちしながらも、スラッグは空かさず人間態となり、ダグザを手に取って飛来してきた浮遊ブロックをすんでの所で、野球のボールのように打ち返した。ドゴンッ!という音と共に浮遊ブロックを退けた彼は、近くにあった浮遊ブロックに飛び乗った。

 当然ミレディザラックはスラッグの足場を落とそうとするが、いつの間にか背後から迫っていたシアが、強烈な一撃を彼女の頭部に叩き込もうと跳躍した。だがそれに気がついていたのか、ミレディは跳躍中のシアを狙ってインフェルノ達を突撃させた。

 

「女王蟻様には指一本触れさせないでありんす!」

 

 そう叫びながらインフェルノ達が、宙にあって無防備なシアに迫るが…

 

「「させない‼︎」」

「ごっつんこ〜⁉︎」

「流石、ハジメさんにユエさんです!」

 

 ユエを左腕に抱えたハジメが、破断を放つ彼女と共にブラスターを連射し、シアを襲おうとしていたインフェルノ達を殲滅していった。

 シアは二人に感謝の言葉を叫びながら、障害がいなくなった宙を進み、極限まで強化した身体能力を以て大上段の一撃を繰り出した。

 

「パワーでこのミレディザラックは負けないよぉ〜!変身!」

 

 ミレディザラックは自身の言葉を証明してやるとでも言う様に空かさずロボットモードに変形し、巨大な拳をシアに目掛けて真っ直ぐに振るった。

 

ドォガガガン!!!

 

 ドリュッケンと豪腕が凄まじい轟音を響かせながら衝突し、発生した衝撃波が周囲を浮遊していたブロックのいくつかを放射状に吹き飛ばした。

 

「こぉのおお!」

 

 それでも突破できないミレディザラックの拳に、シアは雄叫びを上げて力を込めたが、流石の彼女も体格差からくる膂力には敵わず、振り切られた拳に吹き飛ばされた。

 

「きゃあああ‼︎」

 

 悲鳴を上げるシア。飛ばされた方向に浮遊ブロックはなく、このまま墜落するかと思われたが、予想していたようにユエがハジメの腕から飛び出し彼女を抱きとめ、一瞬の「来翔」で軌道を修正しながら、眼下の浮遊ブロックに着地した。

 

「中々の連携だねぇ~」

「当然だ馬鹿野郎」

「え⁉︎」

 

 余裕の声で見下ろすミレディザラックだが、そこへ予想外に近い場所から声がかかり、驚愕しつつも声のした方向に視線を転じた。

 すると、いつの間にか懐に潜り込み、ボディに片手の爪を立てて体を固定しながら、もう片方の手にそれぞれ炎と電気を纏った剣を握り、心臓部に突き付けている亮牙とスラッグが其処にいた。

 

「い、いつの間ッ⁉︎」

「「ブレイジングスラスト!!!」」

 

チュドォオオオオオオン!!!

 

 ミレディの驚愕の言葉はシュラーゲンの発する轟音に遮られた。ゼロ距離で放たれた炎と電撃の剣の一撃は、ミレディザラックを吹き飛ばすと共に胸部の装甲を木っ端微塵に破壊した。インフェルノ達の装甲が普通の状態の剣でも容易に貫けたので、同じ材質に見えるミレディザラックの装甲も少し分厚くなっているだけなら、自分達の属性を纏った攻撃なら十分に破壊できると踏んだのだ。

 ミレディザラックは胸部から煙を吹き上げながら弾き飛ばされ、反動で後方に飛ばされた亮牙とスラッグも、それぞれ近くの浮遊ブロックに空かさず飛び乗り、敵の様子を観察した。ユエとシアもハジメに抱えられて近くの浮遊ブロックに飛び乗ってきた。

 

「…いけた?」

「手応えはあったが…」

「これで、終わって欲しいですぅ」

「俺スラッグ、これで腐ったガスも抜けた気がする」

「いや、アレ多分ガスは詰まってないよ…」

 

 ユエが手応えを聞き、シアとスラッグが希望的観測を口にした。

 だが、胸部の装甲を破壊されたままのミレディ・ゴーレムが、何事もなかったように近くの浮遊ブロックを手元に移動させてきた。破壊された胸部の装甲の奥には漆黒の装甲があり、それには傷一つ付いていなかったからだ。ハジメと亮牙には、その装甲の材質に見覚えがあり、思わず顔をしかめた。

 

「いやぁ~大したもんだねぇ、ちょっとヒヤっとしたよぉ!」

「畜生!アザンチウムの二重装甲か…!」

「トータス最高硬度の鉱石か、道理で耐えられる筈だ…」

「おや?知っていたんだねぇ~。ってそりゃそうか。オーくんの迷宮の攻略者だものねぇ、生成魔法の使い手が知らないわけないよねぇ~、さぁさぁ、程よく絶望したところで、第二ラウンド行ってみようかぁ!」

 

 ミレディは砕いた浮遊ブロックから素材を奪って表面装甲を再構成すると、ビーストモードに変形して尾をかざした。

 

「上だ!避けろっ!」

 

 亮牙がそう叫ぶと同時に散開すると、再び彼らのいた足場が落下してきた何かに破壊された。けれど今度はミレディではなく。彼らの立ってた足場の上に浮いていた足場だった。二つの足場はぶつかり、共に粉々になった。

 

(今まで浮いてた足場が落ちてきた?一体どんな…)

 

 ミレディの魔法をハジメが分析していると、今度は彼の真横から足場が迫ってきて、それを身体を捻り辛うじて避けた。

 

「横からっ⁉︎重力を無視し過ぎ………いや、そうか!」

 

 宙を浮くゴーレムや足場、浮いたかと思ったら落ちてきた足場、そしてさっきのまるで横から落ちて来たかのような足場に、遂にハジメは結論を見出した。

 

「皆、こいつの神代魔法は恐らく重力だ!動く足場も浮いてるアリンコ共もそれで説明がつく!」

「おや、意外と早く気がついたね。そう、重力を操れば、こ~んな事もできるんだよぉっ!」

 

 そう言ってミレディは重力で自らをを横に落とすと、鋏のような腕がフレイルのように伸びきり、まるで大蛇の顎のように亮牙達に襲い掛かった。

 

「「舐めるな‼︎」」

 

 亮牙とスラッグはそう叫ぶと人間態のまま、突進してきた鋏脚を真正面から受け止めた。

 

「むむっ、流石伝説の戦士、やるねぇ〜」

「そりゃどうも。だが俺達ばかり気にしてて良いのか?」

「えっ?」

 

 亮牙のその一言にミレディがキョトンとする中、シアがミレディの腕を伝いながら駆け抜け、彼女の頭上へと迫った。

 

「くたばれですぅっ!」

 

 そう叫ぶと共に、シアはミレディザラックの顔面に向かってフルスイングを食らわせ、完全に不意を突かれたミレディザラックは吹っ飛ばさながらも変形し、後ろのブロックの上にのし掛かった。

 

「や、やるじゃない…!けど、そんなハンマーじゃあ、私のアザンチウム製の装甲は砕けないよぉ~」

「そんなのは百も承知ですよ!ハジメさん、ユエさん、今です!」

「ん!破断!」

「了解!撃つべし撃つべし!」

 

 先程と同じ口調で余裕を崩さないミレディザラックに、ユエの凛とした詠唱とハジメの唸りが響き渡り、幾筋ものウォーターカッターと弾丸の嵐がミレディザラック背中や足、頭部、肩口に殺到、着弾して各部位の表面装甲を切り裂いた。

 

「こんなの何度やっても一緒だよぉ~、両腕再構成するついでに直しちゃうしぃ~」

「そいつはどうかな?ユエ!」

「ん、凍って!凍柩!」

 

 ユエの声がトリガーとなり、ミレディザラックのボディが氷に閉ざされ始めた。

 

「なッ⁉︎どうしてここで上級魔法が使えるのさっ⁉︎」

「ネタバレするわけないでしょ、オバさん!」

「ん、してやったり…」

 

 驚愕の声を上げるミレディに、ハジメがしてやったりと言わんばかりに言い返した。ユエも得意げな顔をしている。

 ユエが上級魔法である氷系統の魔法を使えたのは、単純な話だ。破断と同じく元となる水を用意して消費魔力量を減らしただけである。あらかじめミレディザラックを叩きつけるブロックを決めておき水を撒いておくと、隙をついてミレディ・ゴーレム自身の背面にも水を撒いておく。最初の破断はそれが目的だ。

 それでも、莫大な魔力が消費され、ユエが所持している魔晶石の全てから魔力のストックを取り出す羽目になった。肩で息をする彼女を片手に抱えたハジメは、近場の浮遊ブロックに退避した。

 

「ユエ、お手柄だね!」

「…ん、ハジメも」

 

 亮牙達三人も合流し、代表してハジメはミレディの核の位置にブラスターを突き付けた。

 

「チェックメイトだよ、オバさん。この状態じゃ、再生も身動きも出来ないでしょ?」

 

 いつもははしゃぐ様な物言いをしているミレディだったが、ハジメの宣言に対して不気味なぐらい無言だった。

 こんな状況でもまだ手を用意してあるのか?そう判断し、ハジメはミレディにトドメを刺すべくブラスターを放とうとした。

 だが、それよりも先に青ざめた顔をしたシアが叫んだ。

 

「皆さん、避けてぇ!降ってきます!」

「「「「ッ!!?」」」」

 

 それを聞いた亮牙達は、シアの固有魔法が発動したのだと悟った。そしてそれは、彼女にとって死に繋がるほど危険性の高い何かが起こるということを示していた。皆、何が起こっても対応できるように身構えた。

 その直後、それは起こった。空間全体が鳴動したかと思うと。低い地鳴りのような音が響き、天井そのものが落下しようとしているのだ。

 亮牙がふとミレディザラックを見ると、その機械の眼光が今までにないぐらい輝いてた。

 

「テメェ、まさか!!?」

「ふふふ、お返しだよぉ。インちゃん以外は同時に複数を操作することは出来ないけど、ただ一斉に『落とす』だけなら数百単位でいけるからねぇ~、見事凌いで見せてねぇ~?」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!ゴバッ‼︎

 

 直後、彼らのいる空間、その天井の全てのブロックが彼ら目掛けて落ちてきた。

 のんきなミレディの言葉に苛立つが、そんな事に気を取られている余裕はなかった。この空間の壁には幾つものブロックが敷き詰められているのだが、天井に敷き詰められた数多のブロックが全て落下しようとしているのだ。一つ一つが軽く10t以上ありそうなブロックが豪雨の如く降ってくるのだ。

 

「スラッグ、元に戻るぞ!三人は俺達のもとに来い!」

「俺スラッグ、分かった!」

「了解!」

「ん!」

「はい!」

 

 亮牙はそう叫ぶと共にグリムロックの姿に戻り、同じくロボットモードになったスラッグ、ユエとシアを抱えたハジメと合流した。

 ミレディザラックは、その間もずっと天井を見つめたままだ。おそらく彼女の言葉通り、インフェルノ以外の操作は一つ二つが限度なのだろう。落とすだけとは言え、数百単位の巨石を天井から外すのには集中がいるようだ。

 

「俺とスラッグの下にいろ!耐えろよ!」

「んっ!」

「うんっ!」

「はいですぅっ!」

「俺スラッグ、守りも天下一品!」

 

 今回ばかりは自力で回避しきるのは不可能だと判断したグリムロック は、スラッグと円陣を組むような形となって、その下にハジメ達を潜り込ませた。自分達の頑強な巨体を盾がわりにすると、お互いドラゴントゥースメイスとトレイルカッターソードを振るい、ブロックの大雨を避け続けた。

 しかし次第にその密度は増し続け、流石の二人も避けられなくなり、遂に五人はブロックに埋もれてしまった。やがてミレディを封じていた氷は砕け、彼女はその巨体を起こす。

 

「ミレディザラック、復活〜!」

 

 そして、目の前の亮牙達が埋もれてるブロックの山に目を向けた。悪あがきをしていたようだが、流石にあの大質量は凌ぎきれなかったかと、僅かに落胆した。

 ブロックの山に変化は無く、五人は圧死したか良くて重傷で気絶してるとミレディは判断した。

 

「う~ん、流石にちょっとやりすぎちゃった?やっぱり、無理だったかなぁ~。でもこれくらいは何とかできないと、あのクソ野郎共には…」

「俺グリムロック、勝手に決めるな」

「えっ?」

 

 突然、何処か片言な声が聞こえ、ミレディはキョトンとする。

 

「ゴガアアアアアアアッ!!!」

「なぁっ⁉︎」

 

 凄まじい雄叫びとともにブロックの山が吹き飛ばされ、それと同時にビーストモードに変形したグリムロックが飛び出してきた。

 

爆炎壁攻(ボルケーノバースト)‼︎」

 

 その勢いのまま、彼はミレディ目掛けて火炎放射をお見舞いした。流石の彼女もこれにはたまらず、思わずのけぞって後ろのブロックに倒れ込んだ。

 

「アチャチャチャチャッ‼︎焼き蠍になっちゃう〜……ってざんね〜ん!その程度じゃこのアザンチウム鉱石の装甲は溶かされないよぉ〜!フフフ、無駄な足掻きだったね」

 

 が、それでもミレディの余裕は崩れず、グリムロックの背中にブロックをぶつけようと再び重力を魔法を発動させようとするが、当の彼はしてやったりといった表情だ。

 

「俺グリムロック、これは目眩しだぞ、ババア」

「へっ?」

「スラッグ、ハジメ!今だ!」

「「おうよ‼︎」」

 

 グリムロックがそう叫んで飛び退くと、彼の背後からロボットモードのスラッグが飛び出してきた。だがその手に握られていたのは、トレイルカッターソードでもダグザでもなく、まるで自動車がそのまま変形したかのような巨大なブラスターだ。

 これこそがハジメがグリムロック達との連携として考案した、アイアンフィストの究極形態「アライアンスフォーム」である。ロボットモードとビークルモードに加え、更に簡易ではあるがガンモードに変形し、彼の纏雷を動力に装填された世界最高重量かつ硬度の杭杭を射出するパイルバンカーとなるのだ。

 この迷宮では魔力が分解されてしまい纏雷が使用しづらい環境なのだが、生憎このチームには生体電気を自在に操れるスラッグがいる。彼が自身の電気をチャージする事で、二人の身体は金色のスパークを放ち、中に装填されている杭が拘束で回り始め、時々大筒と擦れて火花を散らしていた。

 

 

「「Wreck and rule! You spawn of a glitch(腐れバグの落とし子め)‼︎」」

 

ゴォガガガン!!!

 

「ぐぬぬぅぅぅっ!!?」

 

 二人がそう告げると、凄まじい衝撃音と共にパイルバンカーが作動し、漆黒の杭が吸血鬼を仕留めるかの如くミレディザラックの絶対防壁に突き立った。胸部のアザンチウム装甲に一瞬でヒビが入り、杭はその先端を容赦なく埋めていった。

 あまりの衝撃に、ミレディザラックの20mもの巨体が浮遊ブロックを放射状にヒビ割りながら沈み込み、浮遊ブロック自体も一気に高度を下げた。

 だが、高速回転による摩擦により胸部から白煙を吹き上げながらも、ミレディザラックの目から光は消えなかった。

 

「ハ、ハハハ…。どうやら未だ威力が足りなかったようだねぇ?だけど、まぁ大したものだよぉ?四分の三くらいは貫けたんじゃないかなぁ?」

 

 流石のミレディもコレには内心冷や汗を掻いたが、杭はコアには到達していなかった。尤も、ミレディ自身は知りえないことだが、初めての合体技ということもあり、スラッグはハジメの身体に負担がかかり過ぎないよう電力を少し抑えていたため、その貫通力は減少していた。フル稼働の状態であれば、今頃コアも打ち砕かれていただろう。

 

「俺グリムロック、それはどうかな?今だ、シアっ!」

「なっ!!?」

 

 亮牙達とてそれは承知しており、念には念を押していた。

 彼の言葉にミレディが気づいた時には、既にシアがドリュッケンを振りかぶり迫ってきていた。狙いは勿論、今なおミレディの胸に刺さっている杭だ。

 それを悟ったミレディは、今度こそ焦ったようにその場から退避しようと自分が固定されている浮遊ブロックを移動させようとするが、猛スピードで落下してくるシアに間に合わないと悟り、諦めたように動きを止めた。

 シアはそのままショットシェルを激発させ、その衝撃も利用して渾身の一撃を杭に打ち下ろした。ドゴォオオ!という轟音と共に杭が更に沈み込むが、まだ貫通には至らず、彼女は内蔵されたショットシェルの残弾全てを撃ち尽くすつもりで、引き金を引き続けた。

 

「あぁあああああ‼︎」

 

 シアは大声を上げ、これで決めて見せると強烈な意志を全て相棒たる大槌に注ぎ込んだ。衝撃と共に浮遊ブロックが凄まじい勢いで高度を下げていき、遂に轟音と共に浮遊ブロックが地面に激突した。その衝撃で遂に漆黒の杭がアザンチウム製の絶対防御を貫き、ミレディ・ゴーレムの核に到達した。先端が僅かにめり込み、ビシッという音を響かせながら核に亀裂が入った。

 地面への激突の瞬間、シアはドリュッケンを起点に倒立して宙返りをすると、身体強化の全てを脚力に注ぎ込み、遠心力をたっぷりと乗せた蹴りをダメ押しとばかりに杭に叩き込んだ。杭は更にめり込んで核の亀裂を押し広げ、遂に完全に粉砕、ミレディザラックの目から光が消えた。

 シアはそれを確認するとようやく全身から力を抜き安堵の溜息を吐いた。それと同時に、ハジメとユエを抱えたグリムロックとスラッグが降り立った。彼女が四人に向けて満面の笑みでサムズアップすると、四人ともそれに応えるように笑みを浮かべながらサムズアップを返した。

 亮牙一行が二つ目の七大迷宮、ライセン大迷宮の最後の試練が確かに攻略した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・ライセン大迷宮守護女帝ミレディザラック
 ミレディがオスカーに頼んで作ってもらった大型人造トランスフォーマーで、巨大な蠍に変形する。インフェルノ達の女王蟻的ポジションとして、彼らを従えている。
 ロボットモードでは槍と盾を使う他、両腕はグリムロックのモーニングスターナックルのようにチェーン付きで射出され、大蛇の顎の如く敵に喰らいつく。更にインフェルノと同様、感応石で構成されたボディのおかげで破損部位を素早く再構築できる。
 身長はグリムロックと同じく25mに達するが、ミレディのセンスで女性らしいボディラインとなっている。
 モデルは勿論、『ザ☆ヘッドマスターズ』の恐怖大帝メガザラック。アメコミではグリムロック達ダイノボットのライバルとして登場しており、ボディが要塞サイズではないのはそれも基になっている。

・アイアンフィスト究極形態「アライアンスフォーム」
 ハジメがグリムロックとの連携を考えて考案した、アイアンフィストの第三形態。原作ハジメのパイルバンカーに相当する。
 モチーフはマイクロマスターのウェポンモードと、シーコンズの手足担当組のガンモード、『ダークサイド・ムーン』のヒューマンアライアンスシリーズから。

・Wreck and rule(レック&ルール)
 アメコミにおけるオートボットの特殊部隊レッカーズの決め台詞。ロックンロールの造語で、「ぶっ壊して支配しろ」という意味らしい。
 元ネタは『ラスト・スタンド・オブ・レッカーズ 』からで、同作に登場するアイアンフィストの好きな言葉でもある。

・spawn of a glitch
 アメコミにおけるトランスフォーマー達のスラングで、サイバトロン星版サノバビッチ。子どもの蔑称であるspawnと故障を意味するglitchを合わせた造語。
 レック&ルール同様、『ラスト・スタンド・オブ・レッカーズ』より引用。




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クリアしたけど…

非正規実写版グリムロックの玩具「G-creation MTST-01 Wrath」が遂に届きました。

余りの素晴らしい出来栄えに感動が止まらない…!


 辺りにもうもうと粉塵が舞い、地面には放射状のヒビが幾筋も刻まれていた。激突した浮遊ブロックが大きなクレータを作っており、その上に胸部を漆黒の杭で貫かれたミレディザラックが横たわっていた。

 その上で、ドリュッケンを支えにして息を荒げるシアのもとに、亮牙達四人がやって来た。ハジメとスラッグは感心したように目を細め、亮牙とユエは優しげな眼差しを向けていた。

 

「やったじゃんシア、見直したよ!」

「俺スラッグ、最後のは凄い気迫だったぞ!俺には負けるけど!」

「ん、頑張った」

「えへへ、有難うございます!」

 

 疲れた表情を見せながらもハジメ達の称賛にはにかむシアだが、実際、つい最近まで争いとは無縁だったとは思えない活躍だった。それはひとえに、亮牙達と同じステージに立ちたい、ずっと一緒にいたいという彼女の願いあってのことだろう。深く強いその願いが、彼女の潜在能力と相まって七大迷宮最大の試練と正面から渡り合わせ、止めを刺すというこれ以上ない成果を生み出した。

 温厚で争いごとが苦手な兎人族であり、つい最近まで戦う術を持たなかったのに一度も「帰りたい」などと弱音を吐かず、恐怖も不安も動揺も押しのけて大迷宮の深部までやって来たのだ。結果は上々、凄まじい気迫と共に繰り出された最後の一撃には、シアの想いの強さが衝撃波となって届いたのかと思うほどで、長年戦士として戦い続けた亮牙が見惚れるほど見事なものだった。

 そんな頑張りと根性を見せられては、つい絆されてしまうのも仕方ないことだろう。柔らかい眼差しで見つめながら亮牙はシアのもとへと歩み寄ると、乱れた髪を直すように優しく彼女の頭を撫でた。

 

「ふぇっ?り、亮牙さん?」

「お疲れさん。よく頑張ったな」

「亮牙さん…うぅ、あれ、何だろ?何だか泣けてぎまじだぁ、ふぇええ〜」

「全く、まだまだ泣き虫だな。まあ、今回は許してやるか…」

 

 シアは最初のうち亮牙の突然の行動に戸惑っていたが。褒められていると理解すると緊張の糸が切れたのか、ポロポロと涙を流しながら彼に抱きつき泣き出してしまった。やはり、初めての旅でいきなり七大迷宮というのは相当堪えていたのだろう。それを亮牙達に着いて行くという決意のみで踏ん張ってきたのだ。褒められて、認められて、安堵のあまり涙腺が崩壊してしまったようだ。

 胸の中で「ふぇええ~ん」と嬉し泣きだか安堵泣きだかをして甘えているシアを優しげに見つめながら頭を撫でている亮牙、そんな光景を微笑ましげに眺めるハジメ・ユエ・スラッグ。そんな彼らに突如、物凄く聞き覚えのある声が掛けられた。

 

「あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?」

「「「「「ッ!!?」」」」」

 

 亮牙達がハッとしてミレディザラックを見ると、消えたはずの眼の光がいつの間にか戻っていた。咄嗟に飛び退くと、確かに核は砕いたはずなのにと警戒心もあらわに彼らは身構えた。

 

「ちょっと、ちょっと!大丈夫だってぇ~!試練はクリア!あんたたちの勝ち!核の欠片に残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~、もう数分も持たないから」

 

 その言葉を証明するように、ミレディザラックはピクリとも動かず、眼に宿った光は儚げに明滅を繰り返していた。今にも消えてしまいそうな様子を見ると、どうやら嘘はついてなさそうだ。

 亮牙は少し警戒心を解くと、ミレディ・ゴーレムに話しかけた。

 

「ったく、今度は何だ?また巫山戯た真似するようなら、お前の本名はゲリピー・デブセンだと世間に言いふらすぞ。最期は下痢してくたばったとか付け加えてな」

「ちょっ、やめてよぉ~!レディに向かって何その酷い嫌がらせ?」

「お前が言うな。…メガトロナスと似非神どもをぶっ殺せっていう話なら必要ないぞ?奴らは必ず殺す」

 

 機先を制するようにそう告げる亮牙に、ミレディザラックは何となく苦笑いめいた雰囲気を出した。

 

「言わないよ、言う必要もないからね…。話したい、というより忠告だね。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること、君達の望みのために必要だから…。プライムの皆からも聞いただろうけど、概念魔法の獲得には全ての神代魔法が必須だからさ…」

「分かってる。あと、残る五つ迷宮の場所を教えてくれ。現代じゃ失伝して不明だし、プライム達も全て教えてはくれなかったからな…」

「あぁ、そうなんだ…。そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど、長い時が経ったんだね…。…うん、場所、場所はね…」

 

 いよいよミレディザラックの声が力を失い始めた。どこか感傷的な響きすら含まれた声に、ユエやシアの表情が神妙になる。長い時を、使命、あるいは願いのために意志が宿る器を入れ替えてまで生きた者への敬意を瞳に宿した。

 ミレディは、ポツリポツリと残りの七大迷宮の所在を語り始めた。

 次に亮牙達が目指そうとしていた砂漠の中央のグリューエン大火山にある「忍耐の試練」、西の海の沖合のメルジーナ海底遺跡にある「狂気の試練」、正教教会総本山たる神山にある「意思の試練」、ハルツィナ樹海にある大樹ウーア・アルトの「絆の試練」、魔国ガーランド近郊のシュネー雪原に存在する氷雪洞窟の「反面の試練」。

 予想外な場所に残りの迷宮がある事を知った五人は、この旅は長いものになると予期した。

 

「以上だよ……頑張ってね」

「…俺スラッグ、お前、散々挑発してきたくせに、何で急にしおらしくなる?」

 

 スラッグがそう指摘した通り、今のミレディは迷宮内のウザイ文を用意したりあの人の神経を逆撫でする口調とは無縁の誠実さや真面目さを感じさせた。恐らく消滅を前にして取り繕う必要がなくなったのか、戦闘前に亮牙の目的を聞いたときに垣間見せた、彼女の素顔が出ているのだろう。

 

「あはは、ごめんね~。でもさ、あのクソ野郎共って、ホントに嫌なヤツらでさ…。嫌らしいことばっかりしてくるんだよね…。…だから、少しでも、慣れておいて欲しくてね…」

「…生憎、性根の腐り果てた奴らのウザったい所業は、俺やハジメは育った星で嫌という程体験してるぞ」

「うん、確かにね…」

 

 地球でのクラスメイト達による忌々しい所業を思い出して、思わず不機嫌になる亮牙とハジメの声に、ミレディは意外なほど楽しげな笑い声を漏らした。

 

「ふふ、つくづく自分に正直だね…。君達は君達の思った通りに生きればいい…。君達の選択が、きっと、この世界にとっての、最良だから…」

 

 いつしかミレディザラックの体を燐光のような青白い光が包み、蛍火の如く淡い小さな光となって、死した魂が天へと召されるように登っていった。

 そんな神秘的な光景の最中、彼女の傍へとユエが寄って行き、既にほとんど光を失っている眼をジッと見つめた。

 

「何かな?」

「…お疲れ様。よく頑張りました」

「……」

 

 囁くような声のミレディに、同じく囁くようにユエが一言、消えゆく偉大な「解放者」に労いの言葉を贈った。たった一人、深い闇の底で希望を待ち続けた偉大な存在への、今を生きる者からのささやかな贈り物だ。本来なら遥かに年下の者からの言葉としては不適切かもしれないが、やはりこれ以外の言葉をユエは思いつかなかった。

 ミレディにとっても意外な言葉だったのか、言葉もなく呆然とした雰囲気を漂わせていたが、やがて穏やかな声でポツリと呟いた。

 

「…ありがとね」

「…ん」

「…さて、時間の、ようだね…。君達のこれからが、自由な意志の下に、あらんことを…」

 

 オスカーと同じ言葉を亮牙達に贈ると、「解放者「の一人ミレディ・ライセンは淡い光となって天へと消えていった。

 辺りを静寂が包み、余韻に浸るようにユエ・シア・スラッグが光の軌跡を追って天を見上げた。

 

「…最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

「…ん」

「俺スラッグ、こんな事なら酷いこと言わなきゃ良かった…」

 

 三人共、どこかしんみりとした雰囲気で言葉を交わしていた。

 だが、残る二人、亮牙とハジメのコンビは何処かうんざりした様子で二人に話しかけた。

 

「…お前らなぁ、もういいだろ?さっさと先に行くぞ。言っとくが奴の性根の捻くれ具合は素だと思うがな」

「同感だね。あの意地の悪さは演技ってレベルじゃないよ」

「ちょっと、お二人とも。そんな死人にムチ打つようなことを…。ヒドイですよ、亮牙さんったら時々空気読めませんよね?」

「…ハジメと亮牙、KY?」

「俺スラッグ、お前ら最低だな」

「ちょっと、そこまで言う?」

「よせハジメ、言っても無駄だ。じきに三人共後悔することになるさ…」

 

 そんな雑談をしていると、いつの間にか壁の一角が光を放っていることに気ついた亮牙達は、気を取り直してその場所に向かった。上方の壁にあるので浮遊ブロックを足場に跳んでいこうとブロックの一つに跳び乗ると、その途端足場の浮遊ブロックがスィーと動き出し、光る壁まで亮牙達を運んでいった。

 

「わわっ、勝手に動いてますよ、これ!便利ですねぇ」

「…サービス?」

「俺スラッグ、なんかサイバトロン星を思い出す仕掛けだ」

「…ねえ亮牙。やっぱりこれ見てると、結末が予想つくよね…?」

「黙っといてやれ、今は楽しませてやろう。直ぐに後悔するだろうがな…」

 

 勝手に自分達を運んでくれる浮遊ブロックにシアは驚き、ユエは首を傾げ、スラッグは何処か懐かしんでいた。だが、亮牙とハジメは何かを予測しているのか嫌そうな表情をしていた。

 10秒もかからず光る壁の前まで進み、その手前5m程の場所でピタリと動きを止めると、光る壁はまるで見計らったようなタイミングで発光を薄れさせていき、スっと音も立てずに発光部分の壁だけが手前に抜き取られた。奥には光沢のある白い壁で出来た通路が続いていた。

 亮牙達の乗る浮遊ブロックは、そのまま通路を滑るように移動していった。どうやらミレディ・ライセンの住処まで乗せて行ってくれるようだ。そうして進んだ先には、オルクス大迷宮にあったオスカーの住処へと続く扉に刻まれていた七つの文様と同じものが描かれた壁があった。五人が近づくと、やはりタイミングよく壁が横にスライドし奥へと誘い、浮遊ブロックは止まることなく壁の向こう側へと進んでいった。

 そしてくぐり抜けた壁の向こうには、

 

「やっほー、さっきぶり!ミレディちゃんだよ!」

 

 小さなロボ娘の風貌なミレディがいた。

 

「「「………」」」

「ほらな、後悔したろ?」

「うん、こんなことだと思ったよ」

 

 ユエ・シア・スラッグは言葉を失い、予想がついていた亮牙とハジメはウンザリした表情となった。

 亮牙とハジメがこの状況を予想できたのは、単にふざけたミレディも真面目なミレディも両方が彼女であることに変わりはないということを看破していたからだ。ウザイ文のウザさやトラップの嫌らしさは、本当に真面目な人間には発想できないレベルだった。

 またミレディは、意思を残して自ら挑戦者を選定する方法をとっていたので、一度の挑戦者が現れ撃破されたらそれっきり等という事は、一度のクリアで最終試練がなくなってしまう事になるため有り得なかった。それらの点から、二人はミレディザラックを破壊してもミレディ自身は消滅しないと予想していた。それは彼女だけが意図的に動かせる筈の浮遊ブロックが、自分達を乗せて案内するように動き出した時点で確信に変わっていた。

 黙り込んで顔を俯かせるユエ・シア・スラッグに、ミレディが非常に軽い感じで話しかけてきた。

 

「あれぇ?あれぇ?テンション低いよぉ~?もっと驚いてもいいんだよぉ~?あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか?だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」

 

 目の前のミレディロボは、蠍の意匠が見られたミレディザラックとは異なり、ロボ娘と形容するかのように人間らしいデザインだった。金髪のポニーテールを彷彿とさせる頭部に青いオプティック、女性らしい華奢なボディと、何処か可愛らしいデザインが微妙に腹立たしかった。そんなミニ・ミレディは、語尾にキラッ!と星が瞬かせながら五人の眼前までやってきた。

 未だ、ユエ・シア・スラッグの表情は俯き、垂れ下がった髪に隠れて分からなかった。もっとも亮牙とハジメは先の展開は読めるので、三人から一歩距離をとっていた。

 やがて三人がぼそりと呟くように質問した。

 

「…さっきのは?」

「ん~?さっき?あぁ、もしかして消えちゃったと思った?ないな~い!そんなことあるわけないよぉ~!」

「でも、光が昇って消えていきましたよね?」

「ふふふ、中々よかったでしょう?あの『演出』!やだ、ミレディちゃん役者の才能まであるなんて!恐ろしい子!」

「つまり、全部俺達をおちょくるためだったと…」

 

 テンション上がりまくりのミニ・ミレディは、ウザさまで比例するかのようにうなぎ上りだ。そんな彼女を前にして、ユエ・シア・スラッグは三人共戦闘態勢を取った。

 

(あれ?やりすぎた?)

 

 それを見て、流石のミレディも動きを止めた。だが、時すでに遅し。

 

「え、え~と…」

 

 ゆらゆら揺れながら迫ってくる三人に、ミニ・ミレディは頭をカクカクと動かし言葉に迷う素振りを見せると意を決したように言った。

 

「テヘ、ペロ☆」

「…死ね」

「死んで下さい」

「俺スラッグ、お前を酷い目に遭わせる」

「ま、待って!ちょっと待って!このボディは貧弱なのぉ!これ壊れたら本気でマズイからぁ!落ち着いてぇ!謝るからぁ!」

 

 しばらくの間、ドタバタ、ドカンバキッ、いやぁーなど悲鳴やら破壊音が聞こえていたが、亮牙とハジメは一切無視して、部屋の観察に努めた。

 部屋自体は全てが白く、中央の床に刻まれた魔法陣以外には何もなかった。唯一、壁の一部に扉らしきものがあり、おそらくそこがミレディ本体の住処になっているのだろうと二人は推測した。

 亮牙とハジメはおもむろに魔法陣に歩み寄って勝手に調べ始めた。それを見たミニ・ミレディが慌てて二人のもとへやって来る。後ろからは、無表情の吸血姫とウサミミがドドドドッと音を立てながら迫って来ている。

 

「君達ぃ~勝手にいじっちゃダメよぉ?ていうか、お仲間でしょ!無視してないで止めようよぉ!」

 

 そんな文句を言いながらミニ・ミレディは亮牙の背後に回り、三人の怒れる猛獣に対する盾にしようとした。

 

「…亮牙どいて、そいつ殺せない」

「退いて下さい、亮牙さん。そいつは殺ります。今、ここで」

「俺スラッグ、そいつをドロドロに溶かしちまおう」

「はいはい、その辺にしろ。やる事やるぞ」

「そうだ、そうだ、真面目にやれぇ!」

 

 亮牙は若干呆れつつも三人を嗜めた。背後のミレディもはやし立てたので、素早くロボットモードに戻って彼女を摘み上げ、口を大きく開けて飲み込もうとする仕草をした。

 

「さっさとお前の神代魔法をよこせ。でなきゃお前を食っちまうぞ?」

「あのぉ~、言動が完全に悪役だと気づいて───」

「よし食おう。あ〜ん」

「了解であります!直ぐに渡すであります!だからストープ!ミレディたんを食べても獲得出来ないよぉ!!!」

 

 喰われそうになる恐怖を味わってもがくミレディの醜態に、取り敢えず溜飲を下げたのかユエ・シア・スラッグも落ち着きを取り戻し、これ以上ふざけると本気で喰われかねないと理解したのかミレディもようやく魔法陣を起動させ始めた。

 魔法陣の中に入る亮牙達。今回は、試練をクリアしたことをミレディ本人が知っているので、オルクス大迷宮の時のような記憶を探るプロセスは無く、直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていった。亮牙・ハジメ・ユエは経験済みなので無反応だったが、シアとスラッグは初めての経験にビクンッと体を跳ねさせた。

 ものの数秒で刻み込みは終了し、あっさりと五人はミレディ・ライセンの神代魔法を獲得した。

 

「これは、やっぱり重力操作の魔法か」

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってねって言いたいところだけど、君とウサギちゃんは適性ないねぇ~、もうびっくりするレベルでないね!」

「余計なお世話です。それくらい想定済みさ」

 

 ミレディの言う通り、ハジメとシアは重力魔法の知識等を刻まれてもまともに使える気がしなかった。亮牙とユエが生成魔法をきちんと使えないのと同じく、適性がないのだろう。

 

「まぁ、ウサギちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。君は生成魔法使えるんだから、それで何とかしなよ。金髪ちゃんとダイナボット二人は適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ」

「ああ、生成魔法とは違って、身体に凄く馴染みやがる気がするな」

「俺スラッグ、確かになんか気分が良い!」

 

 ミニ・ミレディの幾分真面目な解説に、亮牙とスラッグは心底嬉しそうだ。元々重力魔法の真髄は星のエネルギーに干渉する魔法なのだ。何千万年も生き続け、最早生きる自然災害とも言える彼らダイナボットは適性があって当然だろう。

 他の三人だと、ハジメは肩を竦め、ユエは頷き、シアは打ちひしがれた。せっかくの神代魔法を適性なしと断じられ、使えたとしても体重を増減出来るだけと知っては、ガッカリ感が凄まじいだろう。また、重くするなど論外だが、軽くできるのも問題だ。油断すると体型がやばい事になりそうで、むしろデメリットを背負ったんじゃとシアは意気消沈した。

 落ち込む彼女を尻目に、亮牙は遠慮も容赦も一切なく、更に要求を突きつけた。

 

「さてと、次は攻略の証を貰おうか」

「それから、アンタが持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱物類も貰いますよ」

「…君達、セリフが完全に強盗と同じだからね?自覚ある?」

 

 ジト目で睨みつけるも気にしない様子の二人に呆れつつ、ミレディは懐から取り出した一つの指輪を放り投げ、亮牙が受け取った。ライセンの指輪は、上下の楕円を一本の杭が貫いているデザインだ。

 彼女は更に、自身の宝物庫から保管していた大量の鉱石類を出現させる。やけに素直に取り出したところを見ると、元々渡す気だったのかもしれない。メガトロナス達と戦うのだから、このくらいの協力は惜しまないつもりだったのだろう。

 だが、亮牙とハジメは満足しなかった。出された鉱物類を自分達の宝物庫に仕舞うと、冷めた目でミレディを睨みつけた。

 

「ねえ、それも宝物庫でしょう?どうせ中にアーティファクト入ってるなら、それごと下さいよ」

「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。宝物庫も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」

「ふん、散々調子に乗った迷惑料にはまだ足りねえよ」

「あっ、こらダメだったら!」

 

 本当に根こそぎ奪っていこうとする彼らに、ミレディは焦った様子で後退った。彼女が所有しているアーティファクト類は全て迷宮のために必要なものばかりで、むしろそれ以外には役に立たないものばかりのため、亮牙一向が持っていても仕方がないだろう。その辺りのことを掻い摘んで説明するが、亮牙は「どうせ攻略しに来る奴なんて俺達以外いねえよ」と一蹴し、容赦なく引渡しを要求した。

 

「ええ~い、あげないって言ってるでしょ!もう、帰れ!」

 

 ジリジリと迫ってくる亮牙とハジメにミレディはそう叫ぶと、勢いよく踵を返して壁際まで走り寄り、浮遊ブロックを浮かせ天井付近まで逃げた。

 

「おい、俺達は今後メガトロナスと戦うんだぞ?それにはまだまだ戦力が足りんのだ。お前には自分達の尻拭いをする若者達を助けようという気持ちがねえのか?」

「だからってレディから身包み剥がそうとする君達の価値観はどうかしてるよ!うぅ、いつもオーちゃんに言われてたような事を私が言う様になるなんて…」

「生憎、これはオスカーの迷宮で培った価値観ですから」

「オーちゃぁーん!!!」

 

 そう言う亮牙とハジメに加勢して、ユエ・シア・スラッグも今まで散々弄ばれた復讐をせんとジリジリとミレディ包囲網を狭めていった。半分は自業自得だが、もう半分はかつての仲間が創った迷宮のせいという辺りに、ミレディは何ともやるせなさを感じていた。

 

「はぁ~、初めての攻略者達がこんなキワモノだなんて…。もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ!戻ってきちゃダメよぉ!」

「「「「「は!!?」」」」」

 

 今にも飛びかからんとしていた亮牙達の目の前で、ミレディは、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。

 一瞬、呆気に取られる五人だが、その耳に嫌というほど聞いてきた、ガコン!というトラップの作動音が聞こえてきた。

 その音が響き渡った瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は瞬く間に部屋の中を激流で満たすと共に、部屋の中央にある魔法陣を中心にぽっかりと空いた穴に向かって一気に流れ込んだ。

 ハジメは直ぐに屈辱に顔を歪めた。これはまるで水洗便所、自分達は排泄物も同然だ。

 

「ックソ!この性悪ババアっ!」

「クソだけに、嫌なものは水に流すに限るね☆」

「来…」

「させなぁ~い!」

 

 そう告げてウインクするミレディに苛立ちつつ、ユエが咄嗟に「来翔」で全員を飛び上がらせようとした。この部屋の中は神代魔法の陣があるせいか分解作用がないため、彼女の残された僅かな魔力でも全員を激流から脱出させる程度のことは可能だった。

 だがミレディはそうはさせまいと右手を突き出し、重力魔法で上から数倍の重力を亮牙達に掛けた。五人は上から巨大な何かに押さえつけられるように激流へと沈められてしまった。

 

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

「クソッタレがぁ!この外道ババアが!」

「ごほっ、次会ったら屈辱的な姿に改造してやる!」

「ケホッ、許さない」

「殺ってやるですぅ!ふがっ」

「俺スラッグ、お前が流されろ!ゲリピー・デブセン!」

 

 亮牙達はそう捨て台詞を吐きながら、なすすべなく激流に呑まれ穴へと吸い込まれていった。だが穴に落ちる寸前、ハジメだけは仕返しとばかりに何かを投げつけていた。

 五人が穴に流されると、流れ込んだときと同じくらいの速度であっという間に水が引き、床も戻って元の部屋の様相を取り戻した。

 

「ふぅ~、濃い連中だったねぇ~。それにしても人間の一人はオーちゃんと同じ錬成師、か。ふふ、何だか運命を感じるね。願いのために足掻き続けなよ…。さてさて、迷宮やらインちゃん達の修繕で暫く忙しくなりそうだね…。ん?なんだろ、あれ?」

 

 汗などかくはずもないのに額を拭う仕草をしながらミレディはそう独りごちったが、ふと視界の端に、壁に突き刺さったナイフとそれにぶら下がる黒い物体を発見した。何だろう?と近寄り、そのフォルムに見覚えがあることに気がついた。

 

「へっ⁉︎これって、まさかッ⁉︎」

 

 黒い物体の正体は、ハジメお手製の手榴弾だった。穴に落ちる寸前でせめてもの仕返しにとナイフに括りつけた手榴弾を投擲したのだ。しかもこの手榴弾、亮牙お手製の厄介な仕掛けがあった。

 何度か迷宮内でも使っていたので、ミレディもそれが爆発物だと察し、焦りの表情を浮かべながら急いで退避しようとした。実は、重力魔法は今の彼女にとってすこぶる燃費が悪く、さっきので打ち止めだったため、爆発を押さえ込むことが出来なかった。

 わたわたと踵を返すミレディだったが、時すでに遅し。彼女が踵を返した瞬間、白い部屋がカッと一瞬の閃光に満たされた瞬間、中から大量の何かが飛び散った。

 飛び散った中身の正体、それは亮牙一行がオルクス大迷宮や旅の途中で仕留めた魔物の内臓や血を程よく発酵させたものを大量に濃縮したエキスであった。敵を追っ払うためのアイテムとして亮牙が考案したもので、その悪臭はシュールストレミングを凌ぎ、元ティラノサウルスの彼の鼻が曲がるぐらいのレベルだ。

 

「うぎゃあああああああっ!!?く、臭過ぎぃぃぃぃぃっ!!!」

 

 迷宮の最奥にミレディの悲鳴が響き渡った。エキスは部屋中に撒き散らされ、彼女も直に浴びてしまったのだ。オスカーのおかげで生前と同じ五感を感知できるボディのため、流石の彼女もこの悪臭には耐えられなかった。

 その後彼女は、修繕してもなおこびりついてしまった悪臭に泣くことになったが、まあ自業自得としか言いようがないだろう。

 

 

 

 

 

 




〜用語解説〜
・メカ・ミレディ
 本作におけるミレディの本体。デザインは『零』のミレディをロボ娘とした感じ。
 インフェルノからミレディザラックまで、ライセン大迷宮内の全ての人造トランスフォーマーとトラップを操作、管理している。
 当初はミレディザラックのヘッドマスターとして考えていたが、最終的にはIDW版のメガザラックを参考に、ボディを遠隔操作しているという設定になった。



感想、評価お待ちしてます。


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心を解錠する一途な想い

二章最終話になります。いやぁ、遂に書きたいところまでエタらずに来れました(泣)

グリムロック(Grimlock)とは一度食らいついたら離さないという意味を込めて「恐ろしい錠前」という名前だそうです。今回、主人公の心の錠前が…⁉︎

最近、国立科学博物館や福井県立恐竜博物館でも展示されてるティラノサウルスの「スタン」の原標本が、オークションでまさかの33億7600万円で落札されたそうです。落札価格も衝撃だけど、一体誰が購入したのでしょうか…(汗)


 ミレディに寄って水洗便所の如く流された亮牙達は、激流で満たされた地下トンネルのような場所を猛スピードで流されていた。息継ぎができるような場所もなく、壁に激突して意識を失わないように必死に体をコントロールしながら、ひたすら水中を進むしかなかった。

 暫くすると、彼らの視界に自分達を追い越していく幾つもの魚の影が映った。どうやら流された場所は、他の川や湖とも繋がっている地下水脈らしい。ただ、流される亮牙達と違って魚達は激流の中を逞しく泳いでいるので、どんどん五人を追い越して行った。

 その内の一匹が、いつの間にか必死に息を止めているシアの顔のすぐ横を並走ならぬ並泳していた。何となく彼女はその魚に視線を向けると、()()()()()()()()()()

 しかしその魚の顔は明らかに人間、それも中年男性の顔だったのだ。どこかふてぶてしさと無気力さを感じさせるそのおっさん顔の魚は、どう見ても人面魚としか言いようがなかった。

 シアは驚愕のあまり大きく目を見開き、思わず息を吐きそうになって慌てて両手で口元を抑えたのだが、視線を逸らすことができなかった。彼女は人面魚と見つめ合ったまま激流の中を進んでいった。

 だが、永遠に続くかと思われたシアと人面魚の時間は、唐突に終わりを迎えた。急に人面魚の後ろから何かが猛スピードで泳いできたかたと思ったら、バクンッと人面魚を一口で捕食してしまったのだ。

 シアはそれに驚きつつも、人面魚を捕食した者の正体に更に驚愕した。犯人はエイだった。別に、エイには淡水にも生息する種類がいるのでおかしい事ではないのだが、そのエイの外見はマンタに近く、明らかに大海原を泳いでいるとしか思えないフォルムだったのだ。なんでこんな魚がこんな場違いな所にいるのか、と思うシアの頭に突如として声が響いた。

 

「い〜と〜まきまき、い〜と〜まきまき、引い〜て引い〜て、とんとんとん♫」

 

「ッ!!?ブフォア‼︎」

 

 何と、エイがそんな歌を歌っていたのだ。今度こそシアには耐えられず、水中で盛大に息を吐き出してしまった。もしかすると、このエイは魔物の一種で、念話のような固有魔法を持っているのかもしれない。

 だがそれを確かめる術はなく、エイは激流の中を華麗に舞う様に泳ぎ去ってしまった。後に残されたのは、白目を向いて力なく流されるシアだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町と町、あるいは村々をつなぐ街道を数頭の馬と一台の馬車がのんびりと進んでいた。その馬上には冒険者風の出で立ちをした男が三人と女が一人乗り、馬車の方には御者台に15、6歳の少女と筋肉モリモリマッチョマンの変態が乗っていた。

 そう、ブルックの町で服飾店の店長を務めるクリスタルベルと、『マサカの宿』の看板娘ソーナ・マサカである。

 

「ソーナちゃぁ~ん、もうすぐ泉があるから其処で少し休憩にするわよぉ~」

「了解です、クリスタベルさん」

 

 この二人、現在、冒険者の護衛を付けながら、隣町からブルックへの帰還中なのである。クリスタベルはその巨漢からも分かる通り鬼強いので、服飾関係の素材を自分で取りに行く事が多く、今回も仕入れ等のために一時町を出たのだ。ソーナは今回、隣町の親戚が大怪我を負ったと聞き、宿を離れられない両親に代わって見舞いの品を届けるために便乗させてもらったのだ。冒険者達は元々ブルックの町の冒険者で任務帰りなので、ついでに護衛しているのである。

 

 ブルックの町まであと一日といったところ、彼らは街道の傍にある泉でお昼休憩を取ることにした。泉に到着すると、クリスタベル達は馬に水を飲ませながら泉の畔で昼食の準備にかかった。ソーナも水を汲みに泉の傍までやって来て、いざ水を汲もうと入れ物を泉に浸けた。

 

ゴポッ!ゴポゴポッゴバッ‼︎

 

 その瞬間、そんな音を立てながら泉の中央が泡立ち一気に水が噴き出始めた。

 

「きゃあ!」

「ソーナちゃん!」

 

 悲鳴を上げて尻餅をつくソーナに、クリスタベルが一瞬で駆け寄り庇うように抱き上げ他の冒険者達のもとへ後退した。その間にも、噴き上げる水は激しさを増していき、遂には高さ10m以上はありそうな水柱となった。

 この泉は街道沿いの休憩場所としては、よく知られた場所で、こんな現象は一度として報告されたことはなかった。故に、クリスタベルやソーナ、冒険者達も驚愕に口をポカンと開き、降り注ぐ雨の如き水滴も気にせず巨大な水柱を見上げた。すると、

 

「ヴェアアアアアアアアアー!!!」

「んっー!!!」

「ゴガァアアアアアアアアッ!!!」

「ギェエエエエエエエエエッ!!!」

「……………」

 

 噴き上がる水の勢いそのままに、五人、いや、四人の人間がやけに煩い絶叫を上げながら飛び出してきたのだ。

 そんな信じられない光景にクリスタルベル達は思わず「アイエエエー!!?」と叫びギャグ漫画の如く目が飛び出た。飛び出してきた五人は絶叫しながら10m近くまで吹き飛ばされると、そのままクリスタベル達の対岸側にドボンッ!と音を立てながら落下した。

 

「「「「「「……」」」」」」

「な、何なの一体…⁉︎」

 

 あまりにも理解不能な光景に冒険者達とクリスタベルは言葉もなく、ソーナは皆の気持ちを代弁するかのように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホッ、ガホッ!うう〜、酷い目にあった…。あいつ何時か絶対にスクラップにしてやる。みんな、大丈夫?」

「ケホッケホッ…!…ん、大丈夫」

「俺スラッグ、あのババア嫌い…」 

「俺も大丈夫だ。シアはどうだ………っておい、シア?」

 

 何とか水面に上がった四人は悪態を付きつつも、それぞれの安否を確認し合った。しかし、返ってきた返答にシアのものはなかった。

 辺りを見渡すも彼女の姿が見えず、嫌な予感がした亮牙は湖の方に目を向けると、予感は当たっていた。意識を失ったシアが、ドリュッケンの重さのせいで水底に沈もうとしていたのだ。

 その光景を目にし、亮牙の顔から一気に血の気が引いた。

 

「シアっ!!!」

 

 彼は叫びながら湖に飛び込むと一気に潜行し、シアを引き上げて岸に上がった。仰向けに寝かせるもその顔色は青くなっており、呼吸も止まっていた。

 亮牙は咄嗟に彼女の胸に耳を当て、心臓の鼓動を確認した。場所が場所だが緊急事態と言う事もあり、いつもように柔らかい感触を気にする余裕は無かった。最悪な事に心臓も止まっており、一刻を争う状態だった。

 

「駄目だシア!戻ってこい‼︎」

 

 迷っている暇はなかった。亮牙は直ぐさま、学校で習った手順を思い出しながら、シアに心肺蘇生を施し始めた。無論、心臓マッサージと人工呼吸だ。

 その様子にハジメとユエが「「あ…」」と呟き、スラッグが疑問を浮かべた顔となるが、今の彼はシアへの心肺蘇生に必死で気づいていなかった。

 

(頼む!これ以上大切な奴を失うのはもう沢山だ‼︎)

 

 幸いシアは心肺停止してから然程時間は経っていなかったらしく、何度目かの人工呼吸の後、遂に咳き込みながら水を吐き出した。亮牙は彼女の顔を横に向け、吐き出した水が気管に入らない様にした。体勢的には完全に覆いかぶさっている状態だ。

 

「良かった、一先ず安心だ…」

「ケホッ、ケホッ…!亮牙、さん?」

「シア、胸は痛むか?全く、水中で何があったが知らんが驚かさ……ムグッ!!?」

 

 むせながらもうっすらと目を開け、こちらに話しかけてくるシアに亮牙は安堵した。強く心臓マッサージをしたので、肋骨や胸骨にダメージがないか彼は尋ねようとしたが、それは突然彼女が彼の唇を塞ぐ事で止められた。

 

「んっ⁉︎んぐー!!!」

「あむっ、んちゅ♡」

 

 なんとシアは、地球で言うだいしゅきホールドで亮牙に抱きつき、そのままキスをしたのだ。御丁寧に身体強化込みで彼の頭を両手で抱え込み、両足を腰に回して完全に体を固定すると、遠慮容赦なく舌を彼の口内に絡ませた。流石の亮牙も、まさかの反応と距離の近さに避け損なった。

 実を言うと何度目かの人工呼吸の時、何故かシアには亮牙にキスされていることが分かっていたのだ。体は動かず意識もほとんどなかったが、水を飲んだ瞬間咄嗟に行った身体強化がそのような特異な状況をもたらしたのかもしれない。意中の人から何度もされるキスに彼女の感情メーターは振り切れてしまい、逃がすものかと亮牙の体をしっかりホールドすると、無我夢中で彼にキスを返した。

 その様子をハジメとユエは「「おー……」」と唖然とした様子で見ており、スラッグは頭上に?マークを浮かべていた。

 

「わっわっ、何⁉︎何ですか、この状況⁉︎す、すごい…!濡れ濡れで、あんなに絡みついて、は、激しい、お外なのに!ア、アブノーマルだわっ!」

「あら?あなたたち確か…」

 

 そして、更に不幸な事にそんなシアのディープキスを目撃している外野が居た。ハジメ達3人が声をした方に目を向けてハジメは内心ギョッとした。そこにいたのは妄想過多な宿の看板娘ソーナに、体をくねらせながらユエ・シア・スラッグを記憶から呼び起こすクリスタベル、そして嫉妬の炎を瞳に宿し、自然と剣にかかる手を必死に抑えている男の冒険者達とそんな男連中を冷めた目で見ている女冒険者だった。

 スラッグとユエも彼らを思い出し、声を上げた。

 

「あっ!アンタは()()()()()()()()!それに()()()のチビ!」

「だぁ~れが怪獣だ小僧ぉおおっ‼︎それにオバさんじゃなくてお姉さんって言わんかいぃぃっ!!!」

「ちょっ、お客さん‼︎発情期って何ですか⁉︎反抗期みたいに言わないでくださいよ〜!!!」

「「ごめんなさい!彼ちょっとおバカなんです‼︎」」

「俺スラッグ、バカとはなんだバカとは‼︎」

 

 またしても素で失礼な事を言うスラッグにクリスタルベルが怒号を飛ばし、ソーナも反抗期みたいに発情期と呼ばれてプンプンと怒り、前者に震え上がったハジメとユエが必死に頭を下げた。

 そんなカオスになりつつある状況の中でも、シアの亮牙への熱いキスは止まらなかった。

 

「ってか亮牙とシアは何時までキスしてるつもりなんだよ⁉︎ちょっとスラッグ、あのバカップル引き剥がして止めさせて‼︎」

「俺スラッグ、めんどくさいなぁ…」

「ん、文句言わない…」

 

 流石にいい加減にしろと感じたハジメに言われ、スラッグが面倒臭そうに亮牙とシアに近づいていき、その怪力で二人を引き剥がした。シアはなおも必死に亮牙にしがみつこうとしたが、スラッグの怪力には敵わず、思わず尻餅をついて「きゃうん‼︎」と叫び、恨めしそうにハジメとスラッグを睨んだ。

 

「うぅ~、何で邪魔するんですかぁ〜?折角亮牙さんの方からしてくれたのに~」

「俺スラッグ、何故口を付け合うことがそんなに嬉しいんだ?」

「スラッグ、あれは歴とした救命措置だから勘違いしないで…。ってかシア、意識あったの?」

「う~ん、なかったと思うんですけど…。何となく分かりました。亮牙さんにキスされているって、うへへ////」

「だからあれは救命措置だってば…。亮牙も何か言いなよ」

「……………亮牙?どうしたの?」

 

 ふと、未だに亮牙が一言も喋らない事にユエが気づいた。シアと引き剥がされてから、彼は両膝をついて膝立ちしたまま動かない。

 疑問に感じたユエが彼の肩を軽く叩いた。そして、直ぐさま手を押さえて飛び退いた。

 

「んっ!!?熱い!!!」

 

 そう彼女が叫ぶと共に、亮牙は仰向けにドスンと倒れた。その顔は燃え盛る炎の如く真っ赤に染まり、やかんのように湯気が立ち上っていた。

 

「大変だぁ‼︎俺たちのリーダー、グリムロック、死んだァ‼︎」

「んなわけないでしょ‼︎気絶してるだけだって!ってかキスされたら興奮のあまり真っ赤になって気絶って、ギャグ漫画かよ!!!」

「きゃあああああ!!?亮牙さん、しっかりしてください〜‼︎幾ら私の熱いキスが嬉しかったからって死んじゃいけませんよぉ〜!!!」

「ん、取り敢えず、亮牙を冷やさないと…!」

 

 新たな仲間達と共に二つ目の大迷宮の攻略を成し遂げた亮牙一行だったが、肝心のリーダーはクリア後にギャグ漫画みたいな気絶をするという、なんとも締まらない展開になってしまった。残る四人も、そんなリーダーの熱を必死に覚まそうと右往左往するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ここは…?」

 

 亮牙はふと目を覚ました。辺りを見渡すと、自分は何処かの部屋のベッドで寝ていたようだ。日はすっかり落ちているらしく、窓から差し込む月明かりだけが部屋の中を照らしていた。

 確か自分はライセン大峡谷を攻略した後、何処かの泉に流された筈だが…。

 そう思う彼に、聞き慣れた声が掛けられた。

 

「亮牙さん!目が覚めたんですね!良かったですぅ〜!」

「シア?ここは一体…?」

「大丈夫です。此処はブルックの『マサカの宿』です。ハジメさん達も他の部屋で休んでいますよ」

「そうか。一体、あの後何が合ったんだ?どうも泉から出た後の記憶がぶっ飛んでてな…」

「あ〜…。実はあの後ですね…」

 

 シアは苦笑しながら、あの後の顛末を語り始めた。

 泉から出た後、意識を失った自分へ亮牙が心肺蘇生を施したのだが、口づけをされた事が嬉しくてそのまま熱いキスを返したら、興奮のあまり彼が高熱を出して気絶してしまったのだ。

 更にその場にブルックの住民であるクリスタルベルやソーナが居合わせたことから、自分達がブルックの町から一日ほどの場所に出たと判明し、彼らの好意に甘えて馬車に便乗させて貰い、ブルックに寄って行く事にした。

 その前に亮牙の熱を冷まそうと泉の水をかけまくったのだが、一向に熱が冷めなかったので、ユエの『凍柩』で彼を丸ごと凍り付けにして連れて行った。ブルックに着いた頃にはすっかり熱も冷めていたので解凍し、以前と同じ部屋割りでマサカの宿に泊まり、彼が目覚めるまで暫く看病していた、と。

 

「…そうか、そうだったな。我ながら面目ない…。ところでお前は、胸とかに痛むところはないか?強く心臓マッサージしたから、肋骨とかにダメージがあるかもしれんし…」

「アハハハ、大丈夫ですよ。…それよりも亮牙さん、聞きたい事があるんですが…」

「ん、どうし――」

 

 どうしたと尋ねようとして、シアに視線を向けた亮牙は一瞬硬直し、顔を赤らめた。

 今のシアは時間が時間なだけに寝巻き姿だったのだが、クリスタルベルの店で購入した、パステルカラーの緑色のベビードールにパンティという姿だったのだ*1。僅かな布面積のそれから覗かせる胸の谷間や滑らかな素肌が、その白髪の長髪と共に月明かりに照らされ、彼女の妖艶さを引き立てていた。

 そんな彼の様子にシアは嬉しそうに微笑みながら、話を続けた。

 

「お昼のことです。真っ赤になって気絶しちゃったのはびっくりしましたけど、亮牙さんの可愛い一面も知れて良かったです。興奮しちゃったって事は私とのキス、嬉しかったんですね?」

「………………………まあな、嬉しかったよ////」

 

 顔を真っ赤に染めながらも、誤魔化せないと悟った亮牙は照れ臭そうにそう答えた。それを聞いたシアはキューン♡となり嬉しそうに頬を赤らめた。

 

「むふふふふっ、遂に亮牙さんが私にデレてくれました!流石の歴戦の戦士も、絶世の美少女たる私の色気には敵わなかったみたいですねぇ〜。もうっ、照れちゃいますぅ〜」

「…だから調子に乗る癖を治せっての。此処からは俺も聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「えっと、何でしょう?」

「………本当に、俺みたいな男で構わないのか?」

「えっ?」

 

 そう言われてキョトンとなるシア。対して亮牙は何時もとは違い、何処か不安げな様子であった。

 

「俺の過去は話したよな?俺にはかつて妻子がいた。だが夫として、父親として、肝心な時にあいつらを守る義務も果たせず、今もこうして自分だけ伸う伸うと生きている駄目な男だ。命を懸けてお前を守り抜いてきたカムとは違ってな…」

「亮牙さん…」

「それに俺の本来いた世界では、俺達のような金属生命体は『生物』ではなく『機械』、この世界でいうアーティファクトと同じ扱いで見られている。大抵の地球人はそういった目で見てくるだろうな。それこそ俺なんかと交際したら、そういった連中からお前まで嘲笑され、辛い目に遭わせてしまうかもしれん…」

「……」

「此処までの旅で、お前は俺の想像以上に頑張り、弱音も吐かず、遂には神代魔法まで獲得した。そんなお前の一途で真っ直ぐな姿に、今まで感じた事のないぐらい惹かれてるんだ。…だからこそ、俺みたいなのじゃかえってお前を不幸にさせるんじゃないかっていう不安が拭えないんだ。お前はまだ若いし、もっと良い出会いがあるんじゃ――」

「そんな事ないですよ」

 

 自嘲するかのようにポツポツと告げる亮牙の言葉をそう言って遮り、シアは両手で優しく彼の手を握った。

 

「私が貴方を好きになった理由は、前にも言いましたよね?あの日、貴方は私の命と心の両方を救ってくれた。そんな貴方の心優しさに、私は惹かれたんです」

 

 そう、あの運命の出会いの日、最早絶対絶命だった自分に救いの手を差し伸べてくれたのが彼だ。己に出来る全力を以って自分達を守り抜いてくれた。周囲と違うというコンプレックスに苦悩していた自分に、希望の光を照らしてくれた。

 だからこそ、今度は自分が彼を助ける番だ。苦しい時はそばに寄り添い、彼の心の支えになってあげたい。

 

「それに、未来はまだ何も決まってはいません。自分の幸せは自分で掴むものです。私は亮牙さんと出会えたことに後悔なんてありませんし、これから何が待ち受けていても立ち向かうまでです。ですから、そんなに自分を卑下しないでください…」

 

 優しく微笑みながらそう告げるシア。亮牙の瞳から、一雫の涙が流れた。

 

「すまん…。人間になってから、どうも涙脆くなっちまってな…」

「それは亮牙さんにちゃんと『心』があるからです。貴方が『物』なんかじゃない証拠ですよ」

 

 亮牙は涙を拭うと、目の前の少女に向き直った。

 

「…いいのか?俺はカムの何万倍も年上の老いぼれだぞ?」

「歳の差なんて私は気にしませんよ。それなら、ハジメさんとユエさんだってかなりの歳の差じゃあないですか?」

「フフッ、今思い返せばそうだな…」

 

 そう苦笑した後、彼はシアの目を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 

「昼間の件、俺はお前を失うと思ってとても怖かった。だがそのおかげで、漸く自分の想いに気づけた…。シア、俺もお前が好きだ。俺の方こそ、この先ずっとそばに寄り添ってほしい。…バツイチの駄目な男だから色々迷惑をかけるかもしれないが、構わないか?」

「はい、私で良いなら、喜んで!」

 

 そう答えたシアは嬉しそうに涙を流して抱きつき、亮牙も彼女を優しく抱き抱えた。それから二人は暫くの間抱き合うことで、お互いの想いを再確認したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くの抱き締め合った後、亮牙が顔を赤らめながらシアに話しかけた。

 

「シ、シア。そ、そろそろいいか?む、胸の感触が…////」

 

 それを聞いたシアは少し顔を赤らめつつも、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「もうっ、亮牙さんたらおっぱいおっぱいって赤ちゃんみたいですよ。すっかり私の色気にメロメロですね?」

「ご、ごめん…////」

「フフフ、でしたらお詫びに身体で払ってもらいましょうか?私も亮牙さんと、したいですもん////」

 

 その言葉に遂に理性のタガが外れ、亮牙はシアを優しく押し倒し、彼女も逆らう事なくストンとベッドに横になった。

 

「これ以上誘惑されては、俺も我慢出来んな。いいかな?」

「勿論、いいですよ♡」

 

 その言葉を最後に、二人は口づけを交わし、静かに一つとなって愛を交わすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*1
HMV購入特典のBlu-ray全巻収納BOXの書き下ろしイラストをイメージして下さい




本作を書き始めた理由は、実写グリムロックを主人公とした作品を書きたかったのに加え、ありふれ二次創作では大抵シアがハジメと結ばれていたので、オリ主と結ばれる作品がもっと増えたらいいなという想いから始めました。
最初はここまで来れるか心配でしたが、多くの読者の方々の応援もあり、遂にここまで来れました。誠にありがとうございます。

なお、本話で二章開始から始めたアンケートは締め切りとなります。多くの投票、誠にありがとうございます。

また、アンケートの結果を参考に三章以降のストーリー展開を考える為、暫く筆安めに入らせて頂きます。11月中には戻ってきますので、暫くの間お待ちして下さると幸いです。

感想、評価お待ちしてます。


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双頭の侠客〜爆乳駄竜と合法ロリを添えて〜
さらばブルックの町


待たせたな、戻ってきたぞ!

待ちに待った第三章スタートです。

第二章て行ったヒロイン追加に関するアンケートの結果ですが、

1.爆乳駄竜のティオ→89
2.合法ロリの愛ちゃん→53
3.いっその事両方で→117
4.最初通りシアのみ→54

となりました。数多くの投票ありがとうございました。
よって、ヒロイン追加については、3の結果を取りたいと考えております。


 紆余曲折を経て、晴れて恋人同士となった亮牙とシア。一夜を過ごした次の日、仲間達にこの事を明かすと、三人とも心の底から祝福してくれた。

 特にハジメとユエは、亮牙がシアを意識し始めていたのには気づいており、二人が交際する事になる未来は予測できていた。何よりオルクス大迷宮を攻略してからは、リーダーとしての責任感からか張り詰め気味だった亮牙に、心身ともに支えてくれるパートナーが出来た事が嬉しかった。

 だが、まだデリカシーをよく理解してないスラッグは、またも爆弾発言をかましていた。

 

「お前達、昨日早速交尾したのか?」

「デリカシーのないこと聞くんじゃねえっ!!!」

「痛ぇっ⁉︎殴ることないだろ‼︎」

 

 流石の亮牙もデリカシーぐらいは理解していたので、悪気はないとは言え恋人との情事について聞いてきたスラッグをぶん殴り、キレたスラッグが殴り返し、そのまま殴り合いの大喧嘩に発展した。この喧嘩は、シアが亮牙を宥め、スラッグをハジメとユエが抑えつけるまで暫く続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、あなた達の痴態、今日こそじっくりねっとり見せてもらうわ!」

 

 上弦の月が時折雲に隠れながらも健気に夜の闇を照らす。今もまた、風にさらわれた雲の上から顔を覗かせその輝きを魅せており、地上のとある建物を、もっと具体的に言えば、その建物の屋根からロープを垂らし、それにしがみつきながら何処かの特殊部隊員のように華麗な下降を見せる一人の少女を照らし出していた。

 彼女はスルスルと三階にある角部屋の窓まで降りると、そこで反転し、逆さまになりながら窓の上部よりそっと顔を覗かせた。

 

「この日のためにクリスタベルさんに教わったクライミング技術その他!まさかこんな場所にいるとは思うまい、ククク!さぁ、どんなアブノーマルなプレイをしているのか、ばっちり確認してあげる!」

 

 ハァハァと興奮したような気持ちの悪い荒い呼吸をしながら室内に目を凝らすこの少女の正体は、ブルックの町『マサカの宿』の看板娘ソーナだ。明るく元気で、ハキハキした喋りに、くるくると動き回る働き者、美人というわけではないが野に咲く一輪の花のように素朴な可愛さがある故、町の中にも彼女を狙っている独身男は結構いた。

 そんな彼女は現在、持てる技術の全てを駆使して、とある客室の『覗き』に全力を費やしていた。その表情はまさにエロオヤジのそれで、彼女に惚れている男連中が見れば一瞬で幻滅するであろう。

 

「くっ、やはり暗い。よく見えないわ。もう少し角度をずらし……ぐぇっ!!?」

 

 必死に覗こうとするソーナだが、突如として体に縛り付けていた命綱が上へと引っ張られた。思わず潰された蛙のような声を出す彼女だが、誰かに引っ張り上げられたと悟り、一瞬で滝のような汗を流しながらぎこちない動きで上を見上げると、屋上で命綱を片手で引き揚げながら、ゴミを見るような目で彼女を見下ろす亮牙がいた。

 

「ち、違うんですよお客様!これは、その、あの、そう!宿の定期点検です!ほら、夜中にちゃちゃっとやってしまえば、昼に補修しているところ見られずに済むじゃないですか。宿屋だからガタが来てると思われるのは、ね?」

「なら店主から前もって客に連絡が来る筈だ。客が寝静まっている時間帯に連絡なしに補修なんてやれば、それこそ安眠妨害だとクレームが来て宿屋の評判が落ちるだろうが」

「うぐっ⁉︎そ、そ、それは…」

「毎度毎度覗きなんてやらかして、スラッグの言う通り反抗期つーか発情期迎えてんのか?」

「は、発情期!!?ちょっとお客さん、年頃の女の子を獣扱いするなんて、いくら何でも失礼だとは思わないんですか⁉︎」

「逆ギレ出来る立場か?このまま手を離して地面とキスするか、何処か遠くまで投げ飛ばされるか、どっちがいい?」

「ひぃー!!?ごめんなざぁ~い!命だけは〜!」

 

 真顔で恐ろしい事を言ってくる亮牙に、ソーナは空中でジタバタともがきながら悲鳴を上げ、必死に許しを請う。一般人の女の子に対するお仕置きにしては少々やりすぎなのではと思うかもしれないが、ライセン大迷宮から帰還した翌日から再び宿に泊まった夜から毎晩、あの手この手で覗きをされればいい加減、手加減の配慮も薄くなるというものだ。ちなみに、それでもこの宿を利用しているのは、飯が美味さを五人とも気に入っているからである。

 涙目で命乞いをするソーナに呆れて溜息を吐いた亮牙は、ふと下を見ると、片方の手で下を指差した。彼女が下を見ると、鬼がいた。満面の笑みだが、眼が笑っていない母親という鬼が。

 

「ひぃ!!?」

 

 ソーナが気がついたことに気がついたのだろうか、母親はゆっくり手を掲げると、地獄への誘いのようにおいでおいでをした。

 

「さて、お袋さんに頼んで尻叩き一万発ぐらいしてもらうか」

「いやぁああーーー!!!」

 

 そう言った亮牙に手繰り寄せられて一階まで連行されながら、ソーナは今までのお仕置きを思い出して悲鳴を上げた、きっと翌朝には、お尻をパンパンに腫らした涙目の彼女を見ることができるだろう。毎晩毎朝の出来事に流石の彼も溜息を吐かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮牙はソーナを母親に引渡して宿の部屋に戻ると、そのままベッドにドサッと倒れ込んだ。

 

「おかえりなさいです」

 

 そんな彼に声を掛けたのは、もちろんシアだ。窓から差し込む月明かりだけが部屋の中を照らし、二人の姿を淡く浮かび上がらせる。対面のベッドの上で浅く腰掛けたシアは、ネグリジェだけという何とも扇情的な姿だ。その美貌と相まって、一枚の絵画として描かれたのなら、それが二流の書き手でも名作と謳われそうである。

 

「ただいま。全く、屋根から降りて来てまで客の情事を覗きたいって、異常にも程がある…。飯は美味いが、明日以降は別の宿に変えた方が良いかもな」

 

 呆れたような口調でそう話す亮牙に、シアはクスリと笑って立ち上がると彼のベッドに腰掛け、優しく頭を撫でた。

 

「きっと、私達の関係がソーナちゃんの女の子な部分に火を付けちゃったんですね。気になってしょうがないんですよ。可愛いじゃないですか」

「そうかぁ?昨日なんか、獲物を待ち伏せするワニみたいに湯船の底に張り込んでた始末だぞ…。こうもちょっかい掛けられるんじゃ、店主達に慰謝料要求しても良いぐらいだ」

「う~ん、確かに、宿の娘としてはマズイですよね…。一応、私達以外にはしてないようですが…」

 

 ソーナの奇行について雑談しながら、シアはそっと亮牙に体を寄せると、自然と伸びた手を彼の手と重ねて自分の胸元へと誘導した。彼女の表情は紅潮していて、これから起こることに緊張しているようだ。

 亮牙もそれに気づいたのか、握られたシアの手を優しく握り返し、照れ臭そうに答えた。

 

「それにだ」

「それに何ですぅ?」

「恋人のあられもない姿を面白半分で覗かれるのを許容出来るほど、俺は寛大じゃないんだ。肉食動物ってのは独占欲が強いんだ」

 

 それはそうだろう。恋人との情事を面白半分で覗き見されるのを許すような奴など、余程の変態ぐらいだ。特に亮牙は元ティラノサウルス、かつては妻を奪おうと縄張りに侵入した同族の雄と、よく争ったものだ。親友であるハジメやスラッグにも、シアのあられもない姿を見せたくはなかった。

 一方、シアはそれを聞いてキュ〜ン♡となってしまった。惚れた男が自分の事を如何に想っているかを再認識したからだ。彼女は目をうっとりさせると、ネグリジェを脱ぎ捨てて自慢の巨乳を露わにすると、亮牙の顔に胸を押しつけるように抱きしめた。

 

「わぷっ⁉︎シ、シア////」

「もうっ、亮牙さんったら嬉しい事言ってくれるんですから〜♡ほ〜ら、御褒美のおっぱいですよぉ〜♡」

 

 そう言いながら彼女は、えいえい♡と亮牙の顔に乳房を押しつけ、俗に言う『ぱふぱふ』をお見舞いする。国民的人気RPGでお馴染みのあの技によって繰り出される極上の柔らかさに、流石の彼も瞬く間に理性を吹き飛ばされてしまった。

 亮牙は両手をシアのムッチリしたお尻に伸ばすと、すかさず鷲掴みにして激しく揉みしだいた。彼女が「あんっ♡」と思わず喘ぐと、そのまま寝っ転がる形で彼女を逆に仰向けに押し倒した。

 

「〜っ‼︎ごめんシア、我慢出来ん!」

「いや〜ん♡亮牙さんのエッチィ〜////」

 

 こうしてその夜も亮牙とシアは、思う存分愛を確かめ合うのであった。なお、その後もソーナの覗き癖は治ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、カランカランと音を立てて冒険者ギルド:ブルック支部の扉は開いた。入ってきたのは勿論、ここ数日ですっかり有名人となった亮牙一行だ。ギルド内のカフェには何時もの如く何組かの冒険者達が思い思いの時を過ごしており、彼らの姿に気がつくと片手を上げて挨拶してくる者もいた。男は相変わらずユエとシアに見蕩れ、ついでハジメや亮牙に羨望と嫉妬の視線を向けるが、そこには地球であったような陰湿なものはない。

 ブルックに滞在して一週間、その間にユエかシアを手に入れようと決闘騒ぎを起こした者は数知れず。スラッグの恐ろしい制裁に震え上がったものの、外堀を埋めるようにハジメや亮牙から攻略してやろうという輩がそれなりにいたのだ。

 もちろん、二人ともそんな面倒事をまともに受けるわけがなかった。最終的には「決闘しろ!」などと抜かした瞬間、大切な恋人を景品扱いして奪おうとしたとして、ハジメは非致死性のゴム弾を脳天目掛けて発砲したり、亮牙はラリアットやDDTやスープレックスといったプロレス技をお見舞いし、更にはスラッグまで面白がって混ざって来て、哀れな挑戦者達は地獄を見る事になった。

 そんなわけでブルックでは、亮牙・ハジメ・スラッグのトリオは有名であり一目置かれる存在なのである。ギルドでパーティー名の申請等していないのに『地獄の番犬』というパーティー名が浸透している程だ。

 

「おや、今日は五人一緒かい?」

 

 亮牙達がカウンターに近づくと、いつも通りキャサリンがおり、先に声をかけた。彼女の声音に意外さが含まれているのは、この一週間でギルドにやって来たのは大抵、男子三人組か女子二人組だからだ。

 

「ああ。明日にでも町を出るから、あんたには色々世話になったから挨拶に来たんだ。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けようって事になってな」

 

 世話になったというのは、郊外での重力魔法の鍛錬や、ハジメの重力魔法と生成魔法の組み合わせのために、キャサリンの好意でギルドの一室を無償で借りていたことだ。

 

「そうかい、行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

「勘弁してくれ。この町ときたらどいつもこいつも変態ばっかりで、相手するのが凄え疲れたんだぞ…」

 

 亮牙が苦々しい表情で愚痴をこぼすように語った内容は全て事実だ。ソーナは言わずもがな、クリスタベルは会う度に男性陣に肉食獣の如き視線を向け舌なめずりをしてくるので、何度寒気を感じたか分からなかった。

 また、ブルックの町には三大派閥が出来ており、日々しのぎを削っている。一つは「ユエちゃんに踏まれ隊」、もう一つは「シアちゃんの奴隷になり隊」最後が「お姉さまと姉妹になり隊」である。それぞれ、文字通りの願望を抱え、実現を果たした隊員数で優劣を競っているらしい。

 流石の亮牙達もあまりにぶっ飛んだネーミングと思考の集団にドン引きした。町中でいきなり土下座するとユエに向かって「踏んで下さい!」とか絶叫するのだから、無理もないだろう。シアに至ってはどういう思考過程を経てそんな結論に至ったのか理解不能だ。亜人族は被差別種族じゃなかったのかとか、お前らが奴隷になってどうするとかツッコミどころは満載だが、深く考えるのが嫌だったので出会えば即刻排除している。最後は女性のみで結成された集団で、ユエとシアに付き纏うか、亮牙・ハジメ・スラッグの排除行動が主だ。一度は、「お姉さまに寄生する害虫が!玉取ったらぁああー‼︎」とか叫びながらナイフを片手に突っ込んで来た少女もいたが、スラッグのぶちかましを喰らって町外れまで吹っ飛ばされた挙句、犬神家の如く大股を開いて地面にめり込むと言う醜態を晒していた。

 そんな出来事を思い出し顔をしかめる亮牙に、キャサリンは苦笑いだ。

 

「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね。で、何処に行くんだい?」

「こっちは良くねえよ…。フューレンだ」

 

 そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリンは早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始めた。

 亮牙達の次の目的地は『グリューエン大砂漠』にある七大迷宮の一つ『グリューエン大火山』だ。その為、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に『中立商業都市フューレン』があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になったのである。なおグリューエン大火山の次の目的地は、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮『メルジーネ海底遺跡』だ。

 

「う~ん、おや?ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後二人分あるよ…。どうだい、受けるかい?」

 

 キャサリンにより差し出された依頼書を亮牙は受け取り、内容を確認した。確かに依頼内容は、商隊の護衛依頼のようだ。中規模な商隊のようで、十五人程の護衛を求めているらしい。ユエ・シア・スラッグは冒険者登録をしていないので、ハジメと亮牙の分でちょうどだ。

 

「連れを同伴するのは大丈夫なんですか?」

「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、ユエちゃんもシアちゃんもスラッグ君も結構な実力者だ。二人分の料金でもう三人優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」

「成る程、お前らはどうする?」

 

 亮牙は少し逡巡し、意見を求めるように仲間達の方を振り返った。正直な話、配達系の任務でもあればハジメのアイアンフィスト等があるので、馬車の何倍も早くフューレンに着けると考えていた。わざわざ、護衛任務で他の者と足並みを揃えるのは手間と言えた。

 

「…急ぐ旅じゃない」

「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」

「俺スラッグ、呑気な旅も良いと思う」

「だね、急いても仕方ないしたまにはいいんじゃない?」

「よし、じゃあキャサリン。この依頼を受けさせてもらうよ」

 

 ユエの言う通り、七大迷宮の攻略にはまだまだ時間がかかるだろう。急いて事を仕損じては元も子もないというし、シアの言うように冒険者独自のノウハウがあれば今後の旅でも何か役に立つことがあるかもしれない。

 

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

「分かった」

 

 亮牙が依頼書を受け取るのを確認すると、キャサリンがユエとシアに目を向けた。

 

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ?この子達に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」

「ん、お世話になった。ありがとう」

「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」

 

 キャサリンの人情味あふれる言葉にユエとシアの頬も緩んだ。特にシアは嬉しそうだ。この町に来てからというもの自分が亜人族であるということを忘れそうになる。もちろん全員が全員、シアに対して友好的というわけではないが、それでもキャサリンを筆頭にソーナやクリスタベル、ちょっと引いてしまうがファンだという人達はシアを亜人族という点で差別的扱いをしなかった。土地柄かそれともそう言う人達が自然と流れ着く町なのか、それは分からないが、いずれにしろ彼女にとっては故郷の樹海に近いくらい温かい場所であった。

 

「あんた達もこんないい子達泣かせんじゃないよ?精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」

「当たり前だ」

「言われなくても承知してますよ」

 

 キャサリンの言葉に苦笑いで返す亮牙とハジメに、彼女は一通の手紙を差し出した。

 

「これは?」

「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

「…俺スラッグ、やっぱりアンタ、只者じゃないな?」

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」

「そうか、有り難く貰っとくよ」

「素直でよろしい!色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

 謎多き、片田舎の町のギルド職員キャサリン。亮牙達は、そんな彼女の愛嬌のある魅力的な笑みと共に送り出された。

 その後彼らは、ユエとシアがどうしてもと言うのでクリスタベルの場所にも寄った。だが、町を出ると聞いた瞬間、クリスタベルは最後のチャンスとばかりにハジメに襲いかかる巨漢の化物と化し、恐怖のあまり振動破砕を使って葬ろうとするハジメを、他の四人が必死に止めるという衝撃的な出来事があったが、まあ、ここでは割愛しよう。

 マサカの宿でも、最後の晩と聞いたソーナが、遂には堂々と風呂場に乱入、そして部屋に突撃を敢行したことで、遂に亮牙の怒りが爆発し、彼女を縛り上げて宝物庫から取り出した大釜で釜茹での刑に処そうとした。何とか店主夫妻がお詫びとして今までの宿泊代を半額にする事で彼の怒りは鎮まったが、騒ぎの元凶のソーナは母親に本物の亀甲縛りをされて一晩中、宿の正面に吊るされることになった。何故彼女の母が亀甲縛りを知っていたのかという話も割愛である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、そんな面白おかしいブルックの町民達を思い出にしながら正面門にやって来た亮牙一行を迎えたのは、商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。どうやら亮牙達が最後のようで、まとめ役らしき人物と14人の冒険者が、やって来た五人を見て一斉にざわついた。

 

「お、おい、まさかあの男子三人って『地獄の番犬』なのか⁉︎」

「マジかよ!嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

 

 ユエとシアの登場に喜びを顕にする者やら、手の震えを亮牙達のせいにして仲間にツッコミを入れられる者など様々な反応だ。五人とも呆れながら近寄ると、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。

 

「君達が最後の護衛かね?」

「ああ、依頼書だ」

 

 亮牙が懐から取り出した依頼書を確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

「もっとユンケル、か…。俺の育った地域に同じ名前の滋養強壮ドリンクがあるが、中々苦労してそうな名前だな…」

「ハハハ、まぁ大変だが慣れたものだよ」

「こっちも全員腕っぷしには自信があるから、期待は裏切らんさ。俺は亮牙。こっちは仲間のハジメ、ユエ、シア、スラッグだ」

「それは頼もしいな。…ところで、この兎人族、売るつもりはないかね?それなりの値段を付けさせてもらうが」

 

 モットーの視線が値踏みするようにシアを見た。兎人族で青みがかった白髪の超がつく美少女を目にして、商人の性として珍しい商品に口を出さずにはいられないのだろう。首輪から奴隷と判断し、即行で所有者たる亮牙に売買交渉を持ちかけるあたり、商人としての手腕が伺える。

 その視線を受けて、シアは「うっ」と嫌そうに唸ると亮牙の背後にそそっと隠れた。ユエやスラッグもモットーを見る視線が厳しくなる。だが、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族は奴隷しかおらず、珍しい奴隷の売買交渉を申し出るのは商人として当たり前のことだ。モットーを責めることは出来ない。

 

「ほぉ、随分と懐かれていますな…。中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」

「お断りだ」

 

 シアの様子を興味深そうに見ていたモットーが更に交渉を持ちかけるが、亮牙はそう即答し、シアは嬉しそうな顔になり、他の三人も微笑んだ。

 モットーも内心予測していたが、それでもシアが生み出すであろう利益は魅力的だったので、何か交渉材料はないかと会話を引き伸ばそうとした。だが、そんな意図も読んでいた亮牙は、揺るぎない意志を込めて答えた。

 

「彼女は首輪こそつけてるが、俺にとって大切な人だ。奪おうとする奴は、神だろうが容赦はせん。…もっとも、創造主の癖に亜人を差別する神が寄越せなどと抜かすとは到底思えんがな」

「そうですか、それなら仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

 

 亮牙の発言は、下手をすれば聖教教会から異端の烙印を押されかねない、相当危険な爆弾発言だ。それ故に、モットーは亮牙がシアを手放すことはないと心底理解させられた。

 モットーがすごすごと商隊の方へ戻ると、周囲が再び騒ついた。

 

「すげぇ、女一人のために、あそこまで言うか…。痺れるぜ!」

「流石、地獄の番犬と言われるだけあるぜ。自分の女に手を出すやつには容赦しない…。ふっ、漢だぜ」

「いいわねぇ~、私も一度くらい言われてみたいわ」

「いや、お前、男だろ?誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっアッー‼︎」

 

 護衛仲間の愉快な発言に、改めてブルックの町の人々はイカれてるな。亮牙がそんな事を思っていると、背中に何やらムニュッ♡と柔らかい感触を感じ、更に腕が背後から回され彼を抱きしめた。

 亮牙が肩越しに振り返ると、肩に顎を乗せたシアの顔が至近距離に見えた。その顔は真っ赤に染まっており、実に嬉しそうに緩んでいた。後ろでは、ハジメ達が呆れたように苦笑していた。

 

「全く、今の発言は割りと危なかったよ?」

「俺スラッグ、グリムロックも短気だなぁ」

「すまん、ついイラッとしてな…。てかスラッグ、お前には言われたくねぇ」

「ん、でも亮牙、カッコよかった」

「はいっ!亮牙さん、大好きですぅ〜!」

 

 恋人から「神にだって渡さない」と宣言され、シアはデレッデレだ。嬉しいものは嬉しいのだろう。亮牙も苦笑しつつ、愛おしそうに彼女の頭を撫で返した。

 早朝の正門前、多数の人間がいる中で、ハジメとユエのバカップルぶりをとやかく言えないくらいイチャつく亮牙とシア。その光景を、商隊の女性陣は生暖かい眼差しで、男性陣は死んだ魚のような眼差しで見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 




スタジオシリーズの『ザ・ムービー』版グリムロックが欲し過ぎる!
あとサードパーティーではPlanetXのIDW版グリムロック「Cacus」も出るとか。

感想、評価お待ちしてます。


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アブリテレイター

『キングダム』の千葉トロンのビーストモードがめっちゃリアルで、欲しくてたまらないです。

ヴァータブレイクは、何でヴェロキラプトルにしたのかな?ドラコレックスで良かったのに…。


 フューレンまでは約六日の道のり。そして現在は三日目の夜を迎えていた。それまでの道中、亮牙とスラッグが居るために、魔物たちは彼らに恐れをなしたのか襲ってこなかった。

 その日の晩も何事もなく野営の準備となった。冒険者達の食事関係は自腹である。周囲を警戒しながらの食事なので、商隊の人々としては一緒に食べても落ち着かないのだろう。別々に食べるのは暗黙のルールになっているようだ。そして冒険者達も、ある程度凝った食事を準備するとそれだけで荷物が増えていざという時邪魔になるから、任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまうそうだ。代わりに、町に着いて報酬をもらったら即行で美味いものを腹一杯食うのがセオリーらしい。

 そんな話を、この三日の食事の時間に亮牙達は他の冒険者達から聞いていた。亮牙とシアが作った豪勢なちゃんこ鍋を食べながら。

 

「カッー、うめぇ!ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん!もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」

「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる!シアちゃんは俺の嫁!」

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ?身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう?もちろん、俺のおごりで」

「な、なら、俺はユエちゃんだ!ユエちゃん、俺と食事に!」

「ユエちゃんのスプーン…。ハァハァ」

「鍋に放り込まれたい奴は何奴だ?それとも丸焼きにされたいか?」

「「「「「調子に乗ってすんません!亮牙の旦那!」」」」」

「もう、亮牙さん。せっかくの食事の時間なんですから、少し騒ぐくらいいいじゃないですか。そ、それに、誰がなんと言おうと、わ、私は亮牙さんのものですから////」

 

 うまうまと二人が調理したちゃんこ鍋を次々と胃に収めていく冒険者達。初日に彼等が干し肉やカンパンのような携帯食をもそもそ食べている横で、亮牙達は普通に『宝物庫』から取り出した食器と材料を使い料理を始めた。いい匂いを漂わせる料理に自然と視線が吸い寄せられ、五人が熱々の食事をハフハフしながら食べる頃には、全冒険者が涎を滝のように流しながら血走った目で凝視するという事態になった。それに物凄く居心地が悪くなったシアがお裾分けを提案した結果、今の状態になった。

 当初、ハゲワシやハイエナの如き彼等を前に、リーダーかつ料理番担当の亮牙は、お裾分けする必要などないと一蹴し平然と飯を食っていた。恐竜だった頃はわざわざ自分の獲物を家族以外に分け与える気などなかったし、人間の文化を学んでからは「働かざる者食うべからず」の精神で、何もしてない赤の他人にタダ飯を食わす気など毛頭なかった。

 しかし食事当番を共同してくれるシアのおかげで、トータスでの食材や調味料について多くを学ぶことができ、ハジメとユエだけでなく大食漢の自分とスラッグの食事を作るのに大いに助かっていた。何より恋人である彼女から上目遣いで頼まれては、流石の彼も断りづらく、屋台で売ってるファストフードなどより安い価格を提示すると言う形で漸く折れたのだった。

 それからというもの、冒険者達がこぞって食事の時間には屍食動物の如く群がってくるのだが、最初は恐縮していた彼等も次第に調子に乗り始め、ことある毎にシア達を軽く口説くようになったため、亮牙が恐ろしい脅し文句で黙らせるというのが定番になっていた。

 そんな様子に苦笑していたハジメとユエだが、またしても自分達の世界に入って「あ〜ん」などとイチャつき始めた。当然の事ながら、その様子に冒険者たちの視線は、亮牙達の食事に惹かれていた時とは違う意味で釘付けとなる。

 

「全く、あのバカップルは…」

「亮牙さん、亮牙さん」

 

 呆れていた亮牙だが、軽く肩をちょんちょんとされて隣に座っていたシアの方に視線を向けると、

 

「亮牙さんも、はい、あ~ん」

 

 彼女もちゃんこの入ったスプーンを差し出してきた。同時に他の冒険者の視線の一部が亮牙の方に向くが、彼がグルルルと唸ると収まった。そしてそのまま彼はシアが差し出した料理を口に入れるのだった。

 

「ありがとな。ほれ、お前も食いなよ」

「は〜い、あ〜ん♡」

「俺スラッグ、グリムロックもシアに甘いなぁ」

 

 今度は亮牙が串焼肉をシアにあ〜んと食べさせ、彼女は心底嬉しそうにはむりと口にした。二人もまた、ハジメとユエをとやかく言えないくらいバカップルぷりを見せつけ、スラッグに呆れられていた。

 客観的にその様子を見せつけられている男達の心の声は見事に「頼むから爆発して下さい‼︎」で一致していた。内心でも敬語のあたりが彼等と亮牙達の力関係を如実に示しており何とも虚しいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二日、残す道程があと一日に迫った頃、遂にのどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れた。

 最初にそれに気がついたのはシアだ。街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。

 

「敵襲です!数は百以上!森の中から来ます!」

 

 その警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走った。現在通っている街道は森に隣接してはいるが、大陸一の商業都市へのルート故に道中の安全はそれなりに確保されていた。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くが、せいぜい20体前後、多くても40体くらいが限度のはずなのだ。

 

「くそっ、百以上だと?最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか?ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

 護衛隊のリーダであるガリティマは、そう悪態をつきながら苦い表情となった。

 

「…俺スラッグ、俺達の気配、気にならなかったのかな?」

「んな馬鹿な。群れのリーダーが数にものを言わせて調子に乗ったのか?」

 

 群れのボスが動けば群れは従うしかない。しかし群れを率いる者は強さ以上に危機管理能力の高さが問われる。野生でも人間社会でもこれは変わらない。この辺りの魔物より遥かに強いライセン大峡谷の魔物たちですらその点はしっかりしていた。

 だと言うのに、亮牙やスラッグの気配を察知して挑んでくるとは、無謀を通り越して自殺するつもりとしか思えず、二人とも首を傾げた。

 

「…いや。どうやら連中、操られてるみたいだ」

 

 そう言ってハジメはパーセプターをクイッと持ち上げた。この片眼鏡アーティファクトのおかげで、彼は遠くを見るだけでなく魔力の流れを読めるようになっているため、魔物たちの無謀な行動の原因を見抜くことができた。

 

「成る程な。リーダーを操って群れ全体を操るってか。まあ、俺かスラッグが吼えりゃリーダー以外は直ぐに逃げ出すだろ」

 

 亮牙はそう言って定番通り雄叫びをあげようとするが、ハジメが一歩前に出てそれを制止した。

 

「まあ亮牙、ここは僕に任せて。アイツの実戦テストにちょうど良さそうだからさ」

「そうか、任せるぞ。スラッグ、今回はハジメに譲れ」

「うぅ、俺スラッグ、戦いたかった…」

 

 親友のその言葉に、亮牙はスラッグとともに引き下がった。周りの冒険者達が良いのか、と動揺する中、ハジメは宝物庫を掲げた。

 現れたのは、身長9mはある金属の巨人だった。体格はアイアンフィストより大柄で、頭部はオートボット指揮官であるオプティマス・プライムに酷似したデザインとなっている。しかし胴体は本物のオプティマスのようなファイヤーパターンではなく赤と黄色を基調としたカラーリングで、騎士を彷彿とさせる意匠は先代指揮官のセンチネル・プライムに近いだろう。

 これぞハジメが新たに製作した人造トランスフォーマー第二号機「パイロ」である!

 その風貌にオプティマスを思い出して感慨深くなっていた亮牙やスラッグを尻目に、ハジメはパイロの胸部にすかさず乗り込むと、両腕をガトリングガンに変形させて戦闘態勢に入った。

 

「行くぞ!パイロ、アブリテレイターフォーム!」

「?亮牙さん、アブリテレイターってどう言う意味ですか?」

「俺達の育った世界の言葉で『抹殺者』って意味だ。ハジメの奴、中々えげつねぇ名前をつけたな」

「ん、ハジメ、カッコいい」

 

 シアの疑問に亮牙がそう答えた。ネーミングセンスからして、やはりハジメも何処か厨二病を刺激されているみたいだ。なお、恋人であるユエはうっとりとして見つめていたが。

 

「Wreck and rule‼︎」

 

 ハジメがそう叫ぶと共に、両腕のガトリングがチュドドドドッ!と言う音を上げ、無数の弾丸の嵐が魔物達に襲い掛かった。洗脳状態で正常な行動のできない魔物達は、ものの数秒で半数以上が原形をとどめぬ肉塊へと変わっていった。

 

「…な、何なんだアレは…⁉︎」

「あれはアーティファクトの鎧だ。アーティファクトだからあれだけの強さを誇るんだ」

「そ、そうなのか?」

「でもアーティファクトなら」

「流石アーティファクトだな」

 

 パイロの姿と強さに驚愕していた一行だが、亮牙の言葉に取り敢えず納得した。現代で全く再現不可能で、国宝級のだって多々あるアーティファクトならまあ、あれぐらい出来るだろうと、それ以上は深く考えない事にした。ぶっちゃけ地上の魔物ならアーティファクトを使わず殲滅できる連中が直ぐそばに五人もいるが…。

 すると、恐らく群れの中でも上位に位置するであろう魔物が数体、散開しながら駆けてきた。群れにはまだ生き残りが沢山おり、物量で勝てると考えたのだろう。しかし、それは悪手であった。

 

「舐めるな!トランスフォーム!」

 

 ハジメがそう叫ぶと共に、パイロはギゴガゴゴと変形していき、地球では空港などで活躍する化学消防車に似た八輪の大型ビークルとなった。だが、変形はまだ終わらない。更にビークルの一部が展開して禍々しい銃火器が無数に出現、本物のオートボット達の武装形態の一つ、「ビークルバトルモード」へと変わった。

 

「さあ、フィナーレだ!」

 

 そう言った瞬間無数の砲弾が放たれ、迫り来る魔物に一斉に襲いかかり、直撃すると轟音を上げて爆発、煙が止んだ頃には、一匹残らず魔物達は黒焦げになっていた。まさに「抹殺者(アブリテレイター)」に相応しい、パイロの華々しいデビュー戦となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメの新武装が全ての商隊の人々と冒険者達の度肝を抜いた日以降、特に何事もなく、一行は遂に中立商業都市フューレンに到着した。

 フューレンの東門には入場受付が六つあり、そこで持ち込み品のチェックをするそうだ。亮牙達もその内の一つの列に並んでいたが、順番が来るまで暫くかかりそうだ。

 馬車の屋根で、シアに膝枕をされながら亮牙が寝転んでいると、何やら話があるのかモットーがやって来た。若干、呆れ気味に亮牙を見上げるモットーに、彼は軽く頷いて屋根から飛び降りた。ちなみに、ハジメとユエも同じような感じで休んでおり、スラッグは菓子を食べていた。

 

「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

 モットーの言う周囲の目とは、毎度お馴染みの亮牙やハジメに対する嫉妬と羨望の目、そしてシアとユエに対する感嘆と嫌らしさを含んだ目だ。それに加えて今は、シアに対する値踏みするような視線も増えていた。大都市の玄関口だけあって、様々な人間が集まる場所では二人ともも単純な好色の目だけでなく利益も絡んだ注目を受けているようだ。

 

「鬱陶しいが危害さえ加えて来なけりゃ問題ない。大体、そんなの俺たちの勝手だろうが」

 

 そうぶっきらぼうに答えた亮牙にモットーは苦笑いだ。

 

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は…」

「無いと言ってる。くどいぞ」

 

 さりげなくシアの売買交渉を申し出るモットーだったが、亮牙の即答に、両手を上げて降参のポーズをとった。

 

「用件は他にあるんだろ?何だ一体?」

「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか?商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に『宝物庫』は商人にとって、ハジメさんの武器や鎧は冒険者や軍にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

 

 『喉から手が出るほど』と言いながらもモットーの笑っていない眼を見れば、『殺してでも』という表現の方がぴったりと当てはまるだろう。商人にとって常に頭の痛い懸案事項である商品の安全確実で低コストの大量輸送という問題が一気に解決するのだから、無理もない。ハジメの発明品に至っては、間違いなく地球でも高値で売れる。

 野営中に『宝物庫』から色々取り出している光景を見たときのモットーの表情と言ったら、砂漠を何十日も彷徨い続け死ぬ寸前でオアシスを見つけた遭難者のような表情だった。あまりにしつこい交渉に、亮牙が軽く殺気をぶつけると漸く商人の勘がマズイ相手と警鐘を鳴らしたのか、すごすごと引き下がったのだが、やはり諦めきれないのだろう。ハジメの発明品共々、何とか引き取ろうと再度、交渉を持ちかけてきたようだ。

 

「何度言われようと、何一つ譲る気はねえよ。それに金もあり過ぎたところで死に金になるしな。男なら潔く諦めろ」

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ?そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ…。例えば、彼女達の身に何かが起こるやも知れませんぞ?」

「ハッ、それで脅してるつもりか?俺たちのチームで中堅のハジメに驚いてた連中なんぞ、俺やスラッグには羽虫も同然なんだよ。シアだってまだまだ成長中だが、並大抵の人間より遥かに強いしな」

「い、いや、しかし…」

「くどい男だな。強欲は破滅を招くって内容の御伽噺を聞いたことがないのか?そんなに心配なら、周囲への見せしめにお前を血祭りに上げてやるぞ?」

 

 余りのしつこさにイラッとした亮牙がモットーを睨みつけると、ズンと大気がのしかかった。別に重力魔法を使ったわけではなく、ただ睨んだだけだ。だが、逆鱗に触れるどころか地獄の門を開きかけたことに気づいたモットーはたちまち顔を青くした。

 

「ち、違います、どうか…。私は、ぐっ、あなたが、あまり隠そうとしておられないので、そういうこともある、と…。ただ、それだけで…。うっ」

 

 モットーの言う通り、亮牙もハジメもアーティファクトや実力をそこまで真剣に隠すつもりはなかった。ちょっとの配慮で面倒事を避けられるなら配慮するが、逆に言えばちょっとを越える配慮が必要なら隠すつもりはなかった。

 何より亮牙自身、このトータスに対し遠慮などする気もなかった。某ガキ大将の「逆らう者は死刑」の如く、立ちはだかるなら容赦なく薙ぎ払い潰していく覚悟も自信も、充分過ぎるほどにあった。

 

「別にお前が何かよからぬことを企てようが、誰かに言いふらしてそいつらがどんな行動を取っても構わんさ。だが、敵意をもって俺達の前に立ちはだかったなら、一切容赦はしない。組織だろうが国だろうが世界だろうが、全て破壊し尽くして絶望させてやるまでだ」

「…はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな…」

 

 未だ青ざめた表情ではあるが、気丈に返すモットーは優秀な商人なのだろう。それに道中の商隊員とのやりとりから見ても、かなり慕われているようであった。

 本来の彼ならば、ここまで強硬な姿勢を取ることはないのかもしれない。彼を狂わせるほどの魅力が、ハジメの発明品や自分達のアーティファクトにあったのだろう。

 

「今回は許してやる。これに懲りたら、欲張った真似はしないことだな」

「…全くですな。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは…」

 

 モットーの言う『竜の尻を蹴り飛ばす』とはトータスの諺で、竜とは竜人族を指す。彼等はその全身を覆うウロコで鉄壁の防御力を誇るが、目や口内を除けば唯一尻穴の付近にウロコがなく弱点となっている。防御力の高さ故に眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。昔何を思ったのか、それを実行して叩き潰された阿呆の話に因んで、手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに合う愚か者という意味で伝わるようになったそうだ。

 ちなみに竜人族は、五百年以上前に絶滅したとされている。理由は定かではないが、彼等が『竜化』という固有魔法を使えたことが魔物と人の境界線を曖昧にし、差別的排除を受けたとか、半端者として神により淘汰されたとか、色々な説がある。これを知った亮牙は、恐らくエヒトのくだらない戯れの犠牲になったのだろうと確信していた。

 

「…竜って事は、空も飛べるよな…」

 

 亮牙はふとある存在を思い出した。自分達ダイナボットの中でも唯一の航空戦力である、あの双頭の翼竜の騎士を。

 彼もこの世界に来ている筈だが、もしそうだとしたら竜人族に勘違いされたりしたのではないだろうか?まあ、双頭竜なんて流石に竜人族にもいなさそうだが…。

 

「とんだ失態を犯しましたが、ご入り用の際は、我が商会を是非ご贔屓に。あなた方は普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」

「全く、ちゃっかりした野郎だな…」

「では、失礼しました」

 

 そう言うと踵を返し前列へ戻っていくモットーに、亮牙は呆れた視線を向けていた。

 シアとユエには未だ、むしろより強い視線が集まっていた。モットーの背を追えば、さっそく何処ぞの商人風の男がシア達を指差しながら何かを話しかけていた。物見遊山的な気持ちで立ち寄ったフューレンだが、亮牙達が思っていた以上に波乱が待っていそうだ。

 




〜用語集〜
・パイロ
 ハジメがライセン大迷宮攻略後、ミレディから手に入れた感応石を用いて作り上げた人造トランスフォーマー第二号機。化学消防車に似た八輪のビークルに変形するが、これは前に空港で見た化学消防車のデザインをハジメが気に入っていたから。
 戦闘形態であるアブリテレイターフォームは腕から展開するガトリングで蜂の巣にし、更にアイアンフィストでは出来なかったビークルバトルモードも可能としている。また、接近戦では感応石のおかげでアイアンフィストより素早い動きが可能。
 名前はG2期に発売された、オートボット唯一のアブリテレイターであるパイロから。オプティマスにそっくりな顔で有名で、『ラスト・スタンド・オブ・レッカーズ』では「オプティマスに助けられたことでプライムを盲信する精神疾患を発症し、彼をリスペクトして改造した」と言うとんでもない設定となっている。また2010年のBOTCONではロンドンの消防署に勤務しており、女王陛下からナイトの称号を与えられている。
 
・逆らう者は死刑
『ドラえもん』原作12巻の『大男が出たぞ』でのジャイアンの名言。
流石に本作主人公はジャイアンみたく「アハハ、いい気持ちだ」とは言わないのでご安心を。

感想、評価お待ちしております。


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デブデブ上がれ〜

豚ってデブや愚鈍の例えによく使われますけど、実際の豚って筋肉質だし知能もかなり高い動物なので、デブや愚鈍な奴を豚呼ばわりするのは却って豚に失礼なんですよね(笑)


 大陸一の商業都市である中立商業都市フューレンは、あらゆる業種が日々しのぎを削り合っており、夢を叶え成功を収める者もいれば、あっさり無一文となって悄然と出て行く者も多くいる。観光で訪れる者や取引に訪れる者など出入りの激しさでは大陸一と言えるだろう。

 その巨大さからフューレンは四つのエリアに分かれている。この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類なども生産・直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区がそれだ。東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中心部に近いほど信用のある店が多いというのが常識らしい。メインストリートからも中央区からも遠い場所は闇市的な店が多いが、その分時々とんでもない掘り出し物が出たりするので、冒険者や傭兵のような荒事に慣れている者達が、よく出入りしているようだ。

 亮牙達はモットー率いる商隊と別れると冒険者ギルドを訪れて依頼達成の報告をした後、宿を取ろうとしたのだが何処にどんな店があるのかさっぱりなので、冒険者ギルドでガイドブックを貰おうとしたところ案内人の存在を教えられ、その一人であるリシーを雇い、ギルド内のカフェで軽食を取りながらフューレンの基本事項を受けていた。

 

「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

「そうか、なら素直に観光区の宿に泊まるとするか。ねーちゃん的にお薦めな所は何処だ?」

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

「そりゃそっか。そうですね、食事が美味くて、あと風呂があるなら、立地とかは考慮しなくていい。…これぐらいかな?」

「俺としちゃあ、防犯面もしっかりしてるとありがたいんだがな…。後は、従業員教育がしっかり行き届いている場所だな」

「ふむふむ、従業員の教育…。え?」

 

 亮牙が出したその条件にリシーは目を点にし、他の面々が「あー、確かに」と思い出したように声を上げた。

 

「あの~、従業員教育が行き届いていると言うのは……?」

「ああ。前泊まった宿の従業員教育が最悪でな…。毎度毎度止めろと文句を言っても客のプライバシーを侵害してくる所だったんだよ。一応慰謝料は払ってもらったが、今度泊まる宿じゃあそんな目には遭いたくねえからな…」

「そ、それは災難でしたね…」

「全くだ。兎に角、そういう事がない、あったとしてもきちんと対応してくれる、信頼できる場所を頼むぞ」

 

 亮牙がため息交じりにそう要望し、ハジメも同意するように頷き、ユエとシアはあはは、と小さく苦笑を浮かべていた。スラッグだけ呑気に菓子を食べていたものの、それだけで四人が実際にそんな目にあったと言う事が分かる。

 リシーは苦笑しつつも納得したように頷き、続いてユエ・シア・スラッグの方に目を向け要望がないか聞いた。

 

「…お風呂があればいい、但し混浴、貸切が必須」

「えっと、大きなベッドがいいです」

「俺スラッグ、飯が美味けりゃそれでいい」

「承知しましたわ、お任せ下さい」

 

 ユエとシアの要望にリシーも察したようですまし顔で了承するが、頬が僅かに赤く染まり、チラッチラッと亮牙とシア、ハジメとユエを交互に見ると更に頬を染めた。

 ちなみに、すぐ近くのテーブルでたむろしていた男連中が「視線で人が殺せたら!」と言わんばかりに亮牙とハジメを睨んでいたが、二人ともすっかり慣れた視線なので普通にスルーしていた。

 そのままフューレンの事を更に詳しく聞いていると、亮牙達は不意に強い視線を感じた。特に、シアとユエに対しては、今までで一番不躾で、ねっとりとした粘着質な視線が向けられている。視線など既に気にしないユエとシアだが、あまりに気持ち悪い視線に僅かに眉を顰めた。

 亮牙達男性陣は一瞬目を合わせると同時に視線の先を辿ると、そこにいたのは見るからに醜悪な男だった。体重が軽く100kgは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にもわかるいい服を着ていた。そんな見るからにオークのような醜悪な男がユエとシアを欲望に濁った瞳で凝視していた。

 早速か、と亮牙とハジメが顔をしかめると、その腐れデブは重そうな体をゆっさゆっさと揺すりながら彼らの方へ近寄ってきた。

 リシーも傲慢な態度でやって来る腐れデブに営業スマイルも忘れて「げっ!」と何ともはしたない声を上げた。彼女の様子から推測するに、この腐れデブはこの辺りでは悪い意味で有名なのだろう。

 腐れデブは、亮牙達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目でユエとシアをジロジロと見やり、シアの首輪を見て不快そうに目を細めた。そして、今まで一度も目を向けなかった亮牙達男性陣に、さも今気がついたような素振りを見せると、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をしてきた。

 

「お、おい、ガキ共。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

 そう言って腐れデブがユエに手を伸ばしてきたが、その瞬間、亮牙とハジメから尋常ではない殺気が周囲に向かって放たれた。周囲のテーブルにいた者達は顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りしながら必死に彼らから距離をとり始めた。

 腐れデブに至っては「ひぃ⁉︎」と情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で盛大に失禁していた。

 

「…ったく、大都市なら清掃業ぐらいしっかりしてほしいもんだ。肥溜めから汚物が溢れてやがるじゃねえか…」

「全くだね。すみませんリシーさん、続きは別の場所で…」

 

 そう言って亮牙達が立ち上がり、殺気を向けられず状況が飲み込めていないリシーに声をかけてギルドから出ていこうとすると、目の前に大男が立ち塞がった。腐れデブとは違う意味で100kgはありそうな巨漢で、全身筋肉の塊で腰に長剣を差している。

 

「そ、そうだ、レガニド!そのクソガキ共を殺せ!わ、私を殺そうとしたのだ!嬲り殺せぇ!」

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

「やれぇ!い、いいからやれぇ!お、女は、傷つけるな!私のだぁ!」

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

「おう、坊主共。わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は、諦めてくれ」

 

 吠える腐れデブから報酬を聞いていやらしい笑みを浮かべるあたり、如何にも小悪党らしい守銭奴なチンピラだった。

 

「おいおい、レガニドって『黒』のレガニドか?」

「『暴風』のレガニド? 何であんな奴の護衛なんてしてるんだ?」

「そりゃ金払いが良いからじゃないか?『金好き』のレガニドなんだからよ」

 

 周囲がヒソヒソと話しているのが聞こえてきた。天職を持っているかまで窺い知れないが、『黒』は上から三番目のランクで、戦闘系天職を持たない場合はこれが最高ランクだ。

 予想はしていたが、ハジメと亮牙は小さくため息を吐いた。だが、彼らにはこうした状況が大好物の男が一人いた。

 

「俺スラッグ、これ喧嘩だな?買っていいよな?」

「分かった分かった。殺さない程度に遊んできな」

「ヤッタァ!俺スラッグ、久々に喧嘩が出来る!」

 

 嬉しそうにこの喧嘩買っていいかと尋ねてくるスラッグに、亮牙は呆れつつも手加減はする様に伝えた。腹は立つ連中だが、こんな人前で殺人なんてしたら後々面倒だ。

 

「ヒャッハァーッ!!!」

「ひでぶっ!!?」

 

 嬉しそうな雄叫びを上げながらスラッグの右ストレートがレガニドの顔面に、ジャイアンパンチの如くめり込んだ。自分の実力に自惚れていたとはいえ、突然の事態にレガニドはそれを避ける事は出来ず、ドカァ!と言う異音と共に口から無数の歯が折れて飛び散った。だが、それでも勢いは止まらず、レガニドは思い切り吹き飛びギルドの壁に背中から激突した。

 その一撃でレガニドの意識は完全に刈り取られ、仰向けに崩れ落ちたが、スラッグはまだ満足しない。彼はそのままレガニドに近づくと、「さっさと起きろ!」と言わんばかりに何度も蹴り付け踏みつけた。しかも笑顔で楽しそうなのがまた怖い。

 突然の惨劇にギルド内は静寂に包まれ、誰も彼も身動き出来なかった。対して亮牙達四人は呆れていたが。

 

「スラッグさん、最近暴れ足りなくて退屈そうでしたからねぇ」

「お〜いスラッグ、やり過ぎんなよ。そのカス死んじまうから」

 

 シアと談笑した亮牙は面倒臭そうに大きく息を吐いて立ち上がると、腐れデブを睨みつけた。当の腐れデブは顔を青ざめさせて更に盛大に失禁していた。

 

「ひぃ!く、来るなぁ!わ、私を誰だと思っている!プーム・ミンだぞ!ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

「そんなに偉けりゃ神にでも会って来い」

 

 そう言うと亮牙はドスンと足を踏み鳴らした。するとあら不思議、腐れデブの身体が突如として宙に浮いたかと思うと、そのままギルドの建物の天井を突き破って天高く飛んでいってしまったのだ。

 

「デブデブ上がれ〜、風よくうけて〜、宇宙まで上がれ〜、あの世まで上がれ〜♫」

「ア、アイエエエッ!!?」

 

 亮牙が呑気に歌う中、腐れデブことプーム・ミンは悲鳴をあげるが、そのまま止まる事なく飛ばされた風船の如く空へと舞い上がっていった。やがてそのままトータスの外気圏すら突き抜けて終いには宇宙空間にまで到達してしまった腐れデブだったが、そんなトータス人初の偉業に気づく事すらなく窒息死していた。

 これぞ亮牙が重力魔法を極めた結果生み出した新技「重力支配(ゼロジースロー)」である。敵を無重力状態にしてサイコキネシスの如く持ち上げ、敵を翻弄するのだ。今回のように、手を出す事なく相手を抹殺するにはちょうど良い技だ。

 

「空〜に〜消えてった〜悪徳貴族〜♫」

「さて、それじゃあリシーさん、は無理そうだね…。これからどうする?僕らで宿を探す?」

 

 その間にスラッグを呼んできたハジメはリシーに目を向けるが、彼女は怯えたように「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げていた。

 無理もないだろう。何せハジメの隣にいるスラッグは手足を返り血に染めながら、「俺スラッグ、楽しかった〜」などと呑気に笑っているのだ。反撃することもできずに袋叩きにされたレガニドに至っては、歯を全てへし折られた挙句、殴られまくった顔はアンパ○マンみたいに腫れ上がり、時折ピクピクと痙攣している始末だ。

 流石に並の女性がそんな惨劇を見せられて正気を保てる筈もなく、そんな状態の彼女に自分たちの案内をさせると言うのは酷だろう。

 

「…それもいいかも。折角広い街だし、少しぶらつくのもよし」

 

 そう言ったユエは乗り気で、シアや亮牙も異論はないとリシーに迷惑料としてチップを渡していた。そして五人がギルドから出ていこうとした瞬間、今更ながらギルドの職員がやって来た。

 

「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」

 

 そうハジメに告げた男性職員の他、三人の職員が五人を囲むように、全員腰が引けていながらも近寄った。もう数人は、スラッグに八つ裂きにされた哀れなレガニドの容態を確認していた。

 

「は?何もせずに傍観していたくせに何寝言吐かしてやがる。あの汚物が俺達の恋人を奪おうとして、それを断ったら逆上して襲ってきたから返り討ちにしただけだろうが。それ以上、説明する事がない。そこの案内人のねーちゃんとか、その辺で随分と聞く耳立ててた野郎共も証人になるぞ。なぁ?」

 

 そう言いながら亮牙が周囲の男連中を睥睨すると、目があった連中はこぞって首がもげるほどの勢いで何度も頷いた。

 

「それは分かっていますが、ギルド内で起こされた問題は、当事者双方の言い分を聞いて公正に判断することになっていますので…。規則ですから冒険者なら従って頂かないと…」

「何が当事者双方だ。加害者側は片方が歯が全部折れて喋れない状態、もう片方はこちらが触ってもいないのに勝手に空に消えてったんだぞ。きっと天罰でも下ったんだろうよ。それとも何か?加害者側が貴族と高ランク冒険者だから贔屓するつもりか?」

「い、いや、ですが…」

「成る程成る程、この街の冒険者ギルドの質はよーく分かった…」

 

 顔を青くしながらもしつこく問答する職員達に、遂にカチンときた亮牙はそう告げると、職員達を無視してギルドの入り口に立つと、ショルダーポーチからある物を取り出した。

 取り出したのはメガホンだった。何をするのかと周囲が首を傾げる中、亮牙はメガホンを使い大声で叫んだ。

 

「お仕事や御旅行でフューレンを訪れている皆さん‼︎この街の冒険者ギルドは、恐喝・誘拐・殺人未遂の現行犯を高ランク冒険者にしときながら、その犯罪行為を一切止めもせず、挙げ句の果てに正当防衛で身を守った被害者を逮捕しようとしています!こうもあからさまな不正を行うとは犯罪組織との癒着があるやもしれません!皆さんも冒険者とは名ばかりの極悪人を雇わされないよう気をつけてください!!!」

 

「「「「「ッ!!?わ〜‼︎ 何言ってるんですか⁉︎やめてくださいやめてくださいっ!!!」」」」」

 

 大声で恐喝まがいの演説を始めた亮牙に、職員達が止めさせようと押し問答していると、突如、凛とした声が掛けられた。

 

「何を騒いでいるのです?これは一体、何事ですか?」

 

 そちらを見てみれば、メガネを掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男性が厳しい目で亮牙達を見ていた。

 

「ドット秘書長!いいところに!これはですね…」

 

 職員達がこれ幸いとドット秘書長と呼ばれた男のもとへ群がった。ドットは職員達から話を聞き終わると、亮牙達五人に鋭い視線を向けた。

 どうやら余計面倒な事が起こりそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、スラッグに八つ裂きにされたレガニドは、辛うじて一命は取り留めたものの、莫大な治療費に今までの稼ぎだけでなく装備などまで売り払う事になってしまい、破産してしまった。それ以来フューレンでは『欲張りレガニド』なる教訓話が、強欲は破滅を招くという見本として語り継がれていく事になったが、その話はどうでもいいだろう。

 




タイトルは『トランスフォーマープライム』第18話でウォーブレークダウンが『たこのうた』を歌っていたことに因んでいます。

また後半の大演説での恫喝シーンは、『こち亀』で両さんがインチキ不動産屋の羽生さんを脅すシーンへのオマージュです(笑)

感想、評価お待ちしてます。


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支部長直々の依頼

意外とデブデブ上がれ〜が好評で何よりです(笑)


 ドット秘書長と呼ばれた男は、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音で京矢達に話しかけた。

 

「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。やり過ぎな気もしますが…。そこは、まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう。取り敢えず、レガニドが目を覚まし一応の話を聞くまではフューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――取り敢えず、今はそれで勘弁していただけませんか!!?」

 

 そう叫びながらドットは、もう、今はこれで譲渡してくださいと言う勢いで頭を下げて亮牙達、正確には目の前で呑気に茶を啜る亮牙に頭を下げた。

 

「そうだな、そのくらいの譲渡はしてやるか。あのデブは天罰というか神の仲間入りでもしたのかもしれねぇし、その男爵家も喜ぶだろうさ。にしてもやっぱり人間、話し合いが大切だな」

「いやいや亮牙、まるでこ◯亀の両さんみたいだったよ…」

 

 呑気にそう言う親友に呆れるしかないハジメであった。

 亮牙はドットとの交渉で、このトータスには名誉毀損など無いことに目をつけ、先程大声で町中に叫んだ内容を今回護衛依頼を受けたモットー率いるユンケル商会に伝えに行く、と脅しをかけた。

 

『フューレンの冒険者ギルドは犯罪組織との繋がりどころか、冒険者ギルド自体が犯罪組織の隠れ蓑と化している。そんな悪徳ギルドから雇った護衛など、道中でたちまち追い剥ぎに様変わりして、金品の強奪や連れの女を犯され、最悪の場合奴隷市に売り飛ばされたり命を奪われるかもしれない。そんな目に遭わされないよう、まだこの街に残っている前の街からの護衛を個人で雇わせよう。同業者達にもフューレンは危険だと広めて貰おう』

 

 レガニドとプームが恐喝・誘拐・殺人未遂の現行犯という事実、さらに周囲の様子からして二人が常習犯だった可能性が高すぎるために、話が広まればフューレン全体に大打撃をもたらす方向に話を進めていった亮牙に、ドットは完全に敗北したのであった。

 モットーが話に乗るかは分からないが、商人として信頼を重視しているだろうから、下手したら商業都市が二人の愚者達のせいで寂れさせかねない。

 ドットに同情しつつも、ハジメはステータスプレートを差し出した。

 

「連絡先なんですが、まだ滞在先が決まってないんで…。そっちで融通して頂けるならお互いに手間が省けると思うんですが?」

「君も抜け目ないですね…。ふむ、青ですか。向こうで伸びている彼は黒なんですがね…。そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」

 

 そう言いながらドットは亮牙達四人に視線を向けた。

 

「ああ、俺達四人はステータスプレートは紛失しちまってな。高くつくだろうし、再発行はまだしてねえ」

「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね。よければギルドで立て替えますが?」

 

 どうやらどうあってもステータスプレートは必要になってくるらしい。そうなるといっそのこと、亮牙は見せてスラッグは作成した方がいいかもしれないのだが、ユエとシアの場合は隠蔽前の技能欄の固有魔法が表示され、見られてしまうだろう。それに今なら神代魔法もおまけされているから大騒ぎになってしまう。

 面倒な事になったなと、亮牙とハジメがお互いの顔を見合わせると、ユエが気づいたように話しかけてきた。

 

「…二人とも、手紙」

「手紙?ああ、キャサリンがくれたやつか…」

 

 彼女の一言に、二人はブルックの町でキャサリンから渡された手紙の事を思い出した。どういったものか分からないが、だめで元々、亮牙は懐からそれを取り出してドットに提出した。

 

「身分証明の代わりになるか分からんが、知り合いのギルド職員から、困ったらギルドのお偉いさんにこの手紙を渡せと助言されてな…」

「?知り合いのギルド職員ですか?…拝見します」

 

 最初は訝し気な様子だったドットだったが、渡された手紙を開いて内容を流し読みする内にギョッとした表情を浮かべた。

 そして、亮牙達五人の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容を繰り返して読み込むと、手紙を折り畳んで丁寧に便箋に入れ直し、五人に視線を戻した。

 

「…この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが、この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか?そうお時間は取らせません。10分、15分くらいで済みます」

「俺スラッグ、やっぱりキャサリン、只者じゃなかった…」

「だな…。まぁ、それくらいなら構わんぞ」

「職員に案内させます。では、後ほど」

 

 ドットは傍の職員を呼ぶと別室への案内を言付けて、手紙を持ったまま颯爽とギルドの奥へと消えていった。指名された職員に促され、亮牙達はそれに従い移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮牙達が応接室に案内されてからきっかり十分後、扉がノックされ、亮牙の返事から一拍置いて扉が開かれた。現れたのは先程のドット秘書長に加え、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性だった。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。亮牙君、ハジメ君、スラッグ君、ユエ君、シア君、でいいかな?」

 

 簡潔な自己紹介の後、五人の名を確認がてらに呼び握手を求めるイルワ支部長に、亮牙達も握手を返しながら返事した。

 

「ああ、構わん。名前は手紙に書いてあったか?」

「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている、というより注目されているようだね…。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」

「確かにブルックではトラブル続きだったから、否定はできんな…。まぁそれは置いとくとして、肝心の身分証明の方はそれで問題ないようだな?」

「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」

 

 『先生』と呼んでいる様子から、キャサリンはイルワとかなり濃い付き合いがあるらしく、随分と信用があるようだ。彼女の手紙が役立ったことに感謝しつつ、亮牙の隣に座っているシアはキャサリンに特に懐いていたことから、その辺りの話が気になるようでおずおずとイルワに尋ねた。

 

「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」

「ん?本人から聞いてないのかい?彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」

「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」

「…キャサリンすごい」

「俺スラッグ、キャサリンのサイン貰っとけりゃ良かったかな?」

「思いっきり中枢の人間だったとはね」

「だな、取り敢えず、問題ないならもう行っていいよな?」

「少し待ってくれるかい?」

 

 元々、身分証明のためだけに来たわけなので、用が終わった以上長居は無用だと亮牙が確認するが、イルワは瞳の奥を光らせると彼らを留まらせた。

 何となく嫌な予感がした亮牙達だが、イルワは隣に立っていたドットを促して一枚の依頼書を五人の前に差し出した。

 

「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」

「「いやだ」」

 

 イルワが依頼を提案した瞬間、他人にこき使われるのは好きでない亮牙もスラッグもそう即答して席を立とうとし、ハジメ達も続こうとするが、続くイルワの言葉に思わず足を止めた。

 

「ふむ、取り敢えず話を聞いて貰えないかな?聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが…」

「…つまり、話を聞かなければ正規の手続きを行い、聞いてくれるなら即座に開放か。大都市のギルド長だけあって、喰えん奴だ…」

「ドット君から聞いたが、ギルドを脅した君も大概だと思うけどね」

 

 別に手続きに関してはそういうものだと納得しているからいいのだが、面倒と思う所はある。それを合法的に回避できる、と言われると心の天秤は傾いてしまう。

 亮牙達はどうするべきか、と考え込むように顔をしかめた後、

 

「仕方ないよ亮牙。一応話だけは聞いてみない?」

「…それもそうだな。三人も構わんか?」

「ん、大丈夫」

「問題ないですぅ」

「俺スラッグ、めんどくさいけど仕方ない…」

 

 ハジメは依頼を受ければ解放されるというわけではないので、話だけでも聞こうと提案し、亮牙達も納得して席に座り直した。

 

「聞いてくれるようだね、ありがとう。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」

 

 イルワの話を要約すると、つまりこういうことだ。

 最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。

 この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 伯爵家からも捜索に乗り出す人員を派遣しているが手は多い方がいいと冒険者にも依頼を出したのだが、中々の実力者達が行方不明になった以上、下手な人員では二時被害になるだけだろう。そこで『黒』の冒険者を瞬殺しライセン大峡谷を余裕で探索出来る亮牙達に白羽の矢を立てたのだ。

 しかしハルツィナ樹海の魔物の素材は出したが、ライセン大峡谷については何も話してない筈だが…?亮牙とハジメが胡乱気に首を傾げていると、シアがおずおずと手を上げた。

 

「シア、まさか…?」

「え~と、つい話が弾みまして…。てへ?」

「…その様子じゃユエもだな?全く、お喋りは程々にしとかんか…」

 

 亮牙に叱られてユエとシアはしょんぼりと肩を落としてしまい、その様子を見ていたイルワは苦笑しながら話を続けた。

 

「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」

「そうは言っても、僕らも旅の目的地があるので…。この街も通り道だったから寄ってみただけなんです。流石に北の山脈地帯までは…」

「報酬は弾ませてもらうよ?依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に『黒』にしてもいい」

「生憎、キャサリンのおかげで金には困ってない。冒険者としての地位も大して興味ないな」

「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな?フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ?君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」

「なあ、幾らそいつが友人の倅だからって、流石に贔屓し過ぎじゃないか?冒険者となった以上全て自己責任がルールだし、実家が貴族とはいえ跡取りとなる嫡男ってわけでもないだろ…」

 

 亮牙の疑問に、イルワが初めて表情を崩した。後悔を多分に含んだ表情だ。

 

「彼に、ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね…。だが、その資質はなかった。だから、優れた冒険者と一緒に、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて…。だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに…」

 

 イルワの独白を聞きながら、亮牙は僅かに思案した。思っていた以上にイルワとウィルの繋がりは濃いらしく。すまし顔で話していたもののイルワの内心はまさに藁にもすがる思いなのだろう。生存の可能性は、時間が経てば経つほどゼロに近づいていく。無茶な報酬を提案したのも、彼が相当焦っている証拠だ。

 ハジメ達に視線を向けた後、亮牙はどうしたものかと目を閉じて思案し、四人も焦らずリーダーを見守った。

 

「…そこまで言うのなら、二つほど条件がある」

「条件?」

「ああ、そんなに難しいことじゃない。まず一つ、ユエ・シア・スラッグにステータスプレートを作り、そこに表記された内容について他言無用を確約すること。もう一つは、ギルド関連に関わらずお前の持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図ること。この二つだな」

「それはあまりに…」

「無理なら結構、この話は無しだ。もう行かせてもらうぞ」

 

 席を立とうとする亮牙に、イルワもドットも焦りと苦悩に表情を歪めた。一つ目の条件は特に問題ないが、二つ目に関しては実質、フューレンのギルド支部長が一人の冒険者の手足になるようなものだ。責任ある立場として、おいそれと許容することはできなかった。

 

「何を要求する気かな?」

「安心しろ、殺人許可証を寄越せとか無茶苦茶な要求じゃねえ…。ただ俺達は少々特異な存在でな、これから先、あのカルト教団共からほぼ確実に目をつけられると思うが、その時伝手があった方が便利だと思っただけだ。面倒事が起きた時に味方に、最悪中立の立場になってくれればいい。指名手配とかされても施設の利用を拒まないとかな…」

「指名手配されるのが確実なのかい?ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが…。そう言えば、君とシア君とスラッグ君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使い、ハジメ君はアーティファクトを使ったと報告があったな…。その辺りが君達の秘密か…。そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと…。大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか…。そうなれば確かにどの町でも動きにくい…。故に便宜をと…」

 

 流石、大都市のギルド支部長、頭の回転は早い。イルワは暫く考え込んだ後、意を決したように亮牙に視線を合わせた。

 

「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう…。これ以上は譲歩できない。どうかな?」

「ああ、交渉成立だ。報酬は依頼が達成されてからでいい。そのクソガキ自身か遺品あたりでも持って帰れば充分だろう?」

 

 亮牙としては、シア達のステータスプレートを手に入れるのが一番の目的だ。この世界では何かと提示を求められるステータスプレートは持っていない方が不自然であり、この先、町による度に言い訳するのは面倒なことこの上ないだろう。

 問題は、最初にステータスプレートを作成した者に騒がれないようにする方法だったが、イルワの存在がその問題を解決した。ただ、条件として口約束をしても、まだ信用はできない。いずれ自分達の特異性はばれるだろうが、積極的に手を回されるのは好ましくないので、ステータスプレートの作成を依頼完了後にした。どんな形であれ、心を苛む出来事に答えをもたらした自分達をイルワも悪いようにはしないだろうという打算だ。

 イルワも亮牙の意図は察しているらしく、苦笑いしつつも捜索依頼の引き受け手が見つかったことに安堵しているようだ。

 

「本当に君達の秘密が気になってきたが、それは依頼達成後の楽しみにしておこう。君の言う通り、どんな形であれウィル達の痕跡を見つけてもらいたい…。亮牙君、ハジメ君、ユエ君、シア君、スラッグ君、宜しく頼む」

 

 イルワは最後に真剣な眼差しで亮牙達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げるなど、そうそう出来ることではない。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ていた。

 そんな彼の様子を見て、亮牙達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。

 

「おう」

「ええ」

「ん」

「はいっ」

「俺スラッグ、分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、亮牙達は部屋を出て行った。閉まった扉を暫く見つめていたイルワは、「ふぅ~」と大きく息を吐いた。部屋にいる間、一言も話さなかったドットが気づかわしげにイルワに声をかけた。

 

「支部長、よかったのですか?あのような報酬を…」

「…ウィルの命がかかっている。彼ら以外に頼めるものはいなかった。仕方ないよ。それに、彼等に力を貸すか否かは私の判断でいいと彼等も承諾しただろう。問題ないさ。それより、彼らの秘密…」

「ステータスプレートに表示される『不都合』ですか…?」

「ふむ、ドット君。知っているかい?ハイリヒ王国の勇者一行は皆、とんでもないステータスらしいよ?」

 

 ドットは、イルワの突然の話に細めの目を見開いた。

 

「ッ!支部長は、彼らが召喚された者、『神の使徒』の一人であると?しかし、彼らはまるで教会と敵対するような口ぶりでしたし、勇者一行は聖教教会が管理しているでしょう?」

「ああ、その通りだよ。…でもね、およそ四ヶ月前、その内の二人がオルクスで亡くなったらしいんだよ。奈落の底に魔物と一緒に落ちたってね」

「…まさか、その者達が生きていたと?四ヶ月前と言えば、勇者一行もまだまだ未熟だったはずでしょう?オルクスの底がどうなっているのかは知りませんが、とても生き残るなんて…」

 

 ドットは信じられないと首を振りながら上司の推測を否定するも、当のイルワはどこか面白そうな表情で再び亮牙達が出て行った扉を見つめた。

 

「その内の一人は錬成師というありふれた天職でありながら異世界の武器を作り出し、もう一人は単身でベヒモスを仕留めたそうだ…」

「それは、しかし、やはり信じられません…。あのベヒモスを単身で仕留めたという事も含めて…」

「そうだね。…でも、もしそうなら、何故彼らは仲間と合流せず、旅なんてしているのだろうね?彼は一体、闇の底で何を見て、何を得たのだろうね?」

「何を、ですか…」

「ああ、何であれきっとそれは、教会と敵対することも辞さないという決意をさせるに足るものだ。それは取りも直さず、世界と敵対する覚悟があるということだよ」

「世界と…」

「私としては、そんな特異な人間とは是非とも繋がりを持っておきたいね。例え、彼が教会や王国から追われる身となっても、ね。もしかすると、先生もその辺りを察して、わざわざ手紙なんて持たせたのかもしれないよ」

「…支部長、どうか引き際は見誤らないで下さいよ?」

「もちろんだとも」

 

 スケールの大きな話に目眩を起こしそうになりながら、それでもドットは秘書長として上司への忠告は忘れなかった。しかし当のイルワは何かを深く考え込み、部下の忠告にも半ば上の空で返すのだった。

 

 

 

 

 




感想、評価お待ちしております。


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合法ロリとの再会

お待たせしました。本作の追加ヒロインかつ、ユエと並ぶ合法ロリヒロインこと愛ちゃんの再登場です。

少しクラスメイトアンチなところもあるのでご注意下さい。


 広大な平原のど真ん中に、何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけの簡素な街道が、北へ向けて真っ直ぐに伸びていた。この世界の馬車にはサスペンションなどあるわけないので、この道を通れば乗員の尻を痛める事間違い無しだ。

 そんな凸凹の道を苦もせず有り得ない速度で爆走するのは、ご存知亮牙一行だ。ハジメの運転で、ビークルモードのアイアンフィストが時速80kmのスピードで疾走している。ライセン大峡谷の谷底のように魔力を阻害するものがないので、本来のスペックが十全に発揮されていた。

 座席順は運転席にハジメ、助手席にユエ、後部座席にスラッグ、荷台にシアと亮牙という形だ。当初亮牙は体格のでかい自分とスラッグが後部座席に乗ったらシアが窮屈だろうと、自分が荷台に出ようとしたが、当の彼女は恋人の隣が良かったので一緒に荷台に乗る事になった。

 天気は快晴で暖かな日差しが降り注ぎ、ユエの魔法で風圧も調整されているので絶好のドライブ日和だ。風にさらわれてウサミミをパタパタとなびかせながら、シアは亮牙とともにポカポカの日差しと心地よい風を全身に感じて、実に気持ちよさそうに目を細めていた。

 

「はぅ~、気持ちいいですぅ~」

「だな。ハジメには悪いが、こういうのも悪くないな」

 

 実に間延びした緩々の声音のシアは、あまりの心地よさに半分夢の住人になっており、亮牙の右肩にもたれ掛かりながらうとうとしていた。そんな寝言まじりの恋人の頭を、亮牙は優しく撫でていた。

 現在、亮牙達はウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後一日ほどの場所まで来ていた。このまま休憩を挟まず一気に進み、おそらく日が沈む頃に到着するだろうから、町で一泊して明朝から捜索を始めるつもりだ。急ぐ理由はもちろん、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がっていくからだ。

 しかし、いつになく他人のためなのに積極的な亮牙に、ユエが疑問顔で質問した。

 

「…亮牙、やけに積極的。どうして?」

「別に貴族のバカ息子がくたばっていようがどうでもいいんだが、生きて連れ帰りゃあ感じる恩もでけえからな。これから先、カルトどもと殺し合いになるのは避けられねえが、ある程度中立の立場の連中を増やしとけば、面倒も減るだろ」

「…なるほど」

 

 実際、イルワという盾がどの程度機能するかはわからないし、どちらかといえば役に立たない可能性の方が大きいが保険は多い方がいい。ましてほんの少しの労力で獲得できるなら、その労力は惜しむべきではないだろう。

 

「それにな、聞いた話じゃこれから行くのは湖畔の町だから水源が豊からしくて、近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」

「…稲作?」

「このトータスじゃ麦の方が主食かもしれんが、ハジメの故郷での主食の米があるのさ」

「ああ、米かぁ。確かにこっち来てから一度も食べてないなぁ…。日本で食べてたのと同じものか分からないけど、早く行って食べたいね」

「…俺スラッグ、イネなんて硬くて食いづらくないか?」

「あのさスラッグ、僕牛じゃないんだよ。食べるのは草の部分じゃなくて実の部分だからね」

「…ん、私も食べたい。亮牙、町の名前は?」

 

 オルクス大迷宮でサバイバルしながら攻略していた時、魚系の魔物を食べる度に寿司が食べたくなったのを懐かしく思いながら、ハジメは久々に食べられる米料理に遠い目をして思いを馳せていた。

 スラッグは恐竜だった頃さまざまな植物を食べており、中には初期のイネ科の植物も口にした事があった。だがイネ科の植物はプラントオパールが含まれていることから硬く、食いづらいイメージがあった。故にあんなのを主食にするなんて変わってるなとツッコんでいたが、草を食うわけじゃないんだからとハジメも苦笑していた。

 恋人の姿に微笑ましそうな眼差しを向けていたユエは、そう言えば町の名前を聞いてなかったなと亮牙に尋ねた。

 

「おっと、言い忘れてたな。湖畔の町『ウル』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、目的地のウルでは、見た目はロリっ娘、中身は25歳のレディ(笑)がトボトボと歩いていた。そう、亮牙達と共にこのトータスに召喚された社会科教師、畑山愛子だ。普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせていた。

 学生時代の体験から教師とは、家族以外で子供達が頼ることの出来る大人、即ち『味方』となるべき存在だと考えていた彼女にとって、現状は不満の極みだった。いきなり異世界召喚などというファンタスティックで非常識な事態に巻き込まれ呆然としている間に、スクールカーストのトップ四人に話を代わりにまとめられてしまい、気がつけば大切な生徒達が戦争の準備なんてし始めていたのだ。はみ出し者扱いされていた生徒二人と共に何度説得しても、既に決まってしまった流れは容易く彼女達の意見を押し流し、幼稚な生徒達の歩を止めることは叶わなかった。

 ならば、せめて傍で生徒達を守る!と決意したにもかかわらず、保有する能力の希少さ・有用さから戦闘とは無縁である農地改善及び開拓を言い渡される始末。それでも共に反対してくれた生徒達の助言を受け、自分なりに帰還のための情報を少しでも集めようと、聖教教会の神殿騎士やハイリヒ王国の近衛騎士達に護衛されながら各地の農村や未開拓地を回り、ようやく一段落済んで王宮に戻れば、待っていたのはその生徒二人の訃報だった。

 この悲劇に愛子は深く傷つき自分を責めたが、教師としての頭をガツンと殴りつけ、ある意味目を覚ますきっかけとなった。「死」という圧倒的な恐怖を身近に感じ立ち上がれなくなった生徒達に戦闘の続行を望む教会・王国関係者に対して、もう二度と流されるもんか!と真正面から立ち向かった。自分の立場や能力を盾に、私の生徒に近寄るなと、これ以上追い詰めるなと声高に叫んだ。

 結果として何とか勝利をもぎ取る事に成功し、戦闘行為を拒否する生徒への働きかけは無くなったのだが、上層部は愛子という人材を王国や教会につなぎ止めるため、更に心変わりさせて再び生徒全員を戦場に送るために、ハニートラップ作戦として全員が凄まじいイケメンの専属騎士達を彼女の護衛にした。だがそのハニートラップ要員である神殿騎士専属護衛隊隊長デビッド、副隊長チェイス、近衛騎士のクリスとジェイドの四人全員が愛子に惚れ込み、ミイラ取りがミイラになるという結果となっただけだった。

 

 一方生徒達の大半は、亮牙とハジメの死を目にしたことで戦いの果ての死というものを強く実感させられてしまい、まともに戦闘などできなくなった。あれ程スーパーヒーロー気取りで息巻いていた癖に、死の恐怖を味わった途端、我が身可愛さに逃げたのだ。愛子のおかげで教会からの復帰を促す圧力はなくなったが、大半の者が王宮に引き篭もる居残り組と化し、オルクス大迷宮で実戦訓練をしているのは迷惑カルテットこと勇者パーティーと小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティーだけだった。

 しかしその事で調子に乗った小悪党組の横柄な態度が目に余るものになっており、一部の居残り組には何か自分の名誉を取り戻す名目で戦争から逃げる口実が欲しくなった。そんな時に愛子へのハニトラ要員の騎士達の存在に気がつき、オルクスでハジメが助けた女子生徒・園部優香を中心として「愛ちゃんをどこの馬の骨とも知れない奴に渡せるか!」というなんとも上から目線な考えで、彼女の護衛を買って出たのだ。

 そうして勝手に結成された「愛ちゃん護衛隊」、リーダーは優花で、他のメンバーは菅原妙子・宮崎奈々・相川昇・仁村明人・玉井淳史・清水幸利、計七人だ。

 

 そしてちょうどハイリヒ王国にヘルシャー帝国の使者が来訪して二ヶ月後、愛子達農地改善・開拓組一行は新たな農地の改善のために湖畔の町ウルへと訪れていた。

 旅の疲れを癒しつつ、ウル近郊の農地の調査と改善案といった農地改革に取り掛かり始め、最近巷で囁かれている『豊穣の女神』という二つ名がウルの町にも広がり始めた頃、再び、愛子の精神を圧迫する事件が起きた。護衛隊として同行した生徒の一人、清水幸利が失踪したのである。

 それから既に二週間以上経ち、愛子達は八方手を尽くして清水を探したが、その行方はようとして知れなかった。町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、全て空振りだった。

 当初は事件に巻き込まれたのではと騒然となったのだが、部屋が荒らされていなかったこと、清水自身が『闇術師』という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていたことから、その辺のゴロツキにそうそうやられるとは思えず、今では自発的な失踪と考える者が多かった。

 元々清水は大人しいインドアタイプの人間で社交性もあまり高くなく、クラスメイトとも特別親しい友人はいなかったために、愛ちゃん護衛隊に参加したことも驚かれたぐらいだ。そんなわけで、既に他の生徒達や護衛隊の騎士達は、清水の安否などどうでも良くなり、寧ろそれを憂いて日に日に元気がなくなっていく愛子の方が心配だった。

 ちなみに、王国と教会には報告済みであり、捜索隊を編成しあと二、三日で応援に来るようだ。清水も魔法の才能に関しては召喚された者らしく極めて優秀なので、ハジメと亮牙の時のように上層部は楽観視していなかった。

 

「はぁ、今日も手掛かりはなしですか…。清水君、一体どこに行ってしまったんですか…」

「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ?悪い方にばかり考えないでください」

 

 元気のない愛子に、デビッドと優花がそう声を掛けた。周りの騎士達と生徒達からも口々に気遣うような言葉をかけられ、彼女は一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です!お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

 無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をし、騎士達は微笑ましげに眺めた。

 そして彼らは宿泊先であるウルの町で一番の高級宿『水妖精の宿』へと入っていった。一階部分のレストランにはウルの町の名物である米料理が数多く揃えられており、内装は老舗という言葉が自然と湧き上がる、歴史を感じさせる宿だった。

 当初、愛子達は高級すぎては落ち着かないと他の宿を希望したのだが、「神の使徒」あるいは「豊穣の女神」とまで呼ばれ始めている愛子や生徒達を普通の宿に止めるのは外聞的に有り得ないので、騎士達の説得の末、ウルの町における滞在場所として目出度く確定した。元々王宮の一室で過ごしていたこともあり、彼女達も次第に慣れ、今ではすっかりリラックス出来る場所になっていた。農地改善や清水の捜索に東奔西走し疲れた体で帰って来る彼女達にとって、この宿でとる米料理は毎日の楽しみになっていた。

 一番奥の専用となりつつあるVIP席に座りながら、生徒達は極めて地球の料理に近い米料理に毎晩テンション上がりっぱなしだ。だが、クラスメイト一人が行方不明となっているというのに、やれ天丼モドキが美味いだの、やれチャーハンモドキ一択などと盛り上がるとは、なんとも薄情な話である。そんな彼女達のもとへ、オーナーであるフォス・セルオがにこやかに話しかけてきた。

 

「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」

「あ、オーナーさん。いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」

「それはようございました」

 

 そう嬉しそうに微笑んだフォスだったが、次の瞬間にはその表情を申し訳なさそうに曇らせた。何事かと、食事の手を止めて皆が注目する中、彼の口から香辛料を使った料理は今日限りと伝えられた。

 それを聞き、カレーが大好物故にトータス版カレーのニルシッシルが食べられないのか、と優花がショックを受けていた。

 

「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして…。いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが…。ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」

「あの、不穏っていうのは具体的には…?」

「何でも魔物の群れを見たとか…。北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」

「それは、心配ですね…」

「食事中にする話ではありませんでしたね…。しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

「どういうことですか?」

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

 愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。ギルド全体でも最上級クラスの幹部職員であるフューレンの支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者として好奇心をそそられた騎士達の頭には、有名な「金」クラスの冒険者がリストアップされていた。

 愛子達がデビッド達のざわめきに不思議そうな顔をしていると、二階へ通じる階段の方から、男三人と少女二人の声が聞こえ始めた。それに反応したのはフォスだ。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。『金』に、こんな若い者がいたか?」

 

 デビッド達騎士は、脳内でリストアップした有名な『金』クラスに、今聞こえているような若い声の持ち主がいないので、若干困惑したように顔を見合わせた。そうこうしている内に、五人の男女は話ながら近づいてきた。

 愛子達のいる席は三方を壁に囲まれた一番奥の席であり、店全体を見渡せる場所でもある。一応、カーテンを引くことで個室にすることもできる席だ。唯でさえ目立つ愛子達一行は、彼女が『豊穣の女神』と呼ばれるようになって更に目立つようになったため、食事の時はカーテンを閉めていた。そのカーテン越しに若い男女の騒がしめの会話の内容が聞こえてきた。

 

「だから大丈夫だってスラッグ。騙されたと思って食べてみなよ」

「ん、ハジメの言う通り。好き嫌いはメッ!」

「う〜む。俺スラッグ、ハジメがそこまで言うなら試してみよう」

「もうっ、亮牙さんもスラッグさんも子どもっぽいんですから〜。あれ?亮牙さん、さっきから顰めっ面してどうしたんですか?」

「ん?ああ、さっきから嗅ぎ慣れた匂いがするんだが、香辛料の匂いが強くてよく分からねえんだ…」

 

 その会話の内容に、そして少女達の声が呼ぶ二人の名前に、愛子の心臓が一瞬にして飛び跳ねた。それは傍らの優花や他の生徒達も同じだった。脳裏に浮かび上がるのはおよそ四ヶ月前に奈落の底へと消えていった、「異世界での死」というものを強く認識させ、消したい記憶の根幹となっている、良くも悪くも目立っていたあのコンビだ。

 金縛りにあったように硬直しながら、カーテンを視線だけで貫こうとでも言うように凝視する愛子と生徒達に、フォスや騎士達が訝しげな視線と共に声をかけるが、誰一人として反応しなかった。騎士達が、一体何事だと顔を見合わせていると、愛子がポツリとその名を零した。

 

「…灘君に、南雲君?」

 

 無意識に出した自分の声で、有り得ない事態に硬直していた体が自由を取り戻すと、愛子は椅子を蹴倒しながら立ち上がり、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。

 シャァァァ!と、存外に大きく響いたカーテンの引かれる音に、五人組の男女はギョッとして思わず立ち止まった。

 愛子は相手を確認する余裕もなく、守ってやれなかった大切な教え子の名前を叫んだ。

 

「灘君!南雲君!」

「あぁ?…………おいおい嘘だろ」

「え?先生…?」

 

 彼女の目の前にいたのは、間違いなく死亡したと思われた灘亮牙と南雲ハジメの二人であった。亮牙の方は紅蓮の炎の如く真っ赤な瞳に、ハジメは逞しい体つきに顔の右反面に火傷のような古傷があるが、それ以外は地球にいた頃と変わりなかった。二人とも、両目を大きく見開き驚愕を露わにしていた。

 

「灘君、南雲君、二人なんですね…?生きて、本当に生きて…」

 

 死んだと思っていた教え子達との奇跡のような再会に、愛子は感動して涙腺が緩んだ。今まで何処にいたのか、一体何があったのか、本当に無事でよかった、と言いたいことは山ほどあるのに言葉にならない。それでも必死に言葉を紡ごうとする愛子だったが、瞬間、亮牙とハジメはくるりと背を向けて顔を突き合わせ、まるで無視されたかのような動きに愛子は思わず「へっ?」と声を漏らした。

 

「…しまったな。匂いが分かりづらかったとは言え、こんな所で鉢合わせちまうとは…」

「人違いで済ませるのは無理だね。僕先生って言っちゃったし…。町中でのすれ違いならまだしもこうやって同じ宿を取っちゃあ逃げられないよ…」

「はあ、今日は厄日なのか…?」

 

 ひそひそとどうするか話し合う二人だったが、正気に戻った愛子が慌てて亮牙の腕をつかみ、声をかけた。

 

「ち、ちょっと待ってください二人とも!どうして無視してるんですか⁉︎ちゃんと先生のほうを向いて話してください!それに二人ともその目や傷、何があったんですか…?こんなところで何をしているんですか?何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか?二人とも答えなさい!先生は誤魔化されませんよ!」

 

 レストランに愛子の怒声が響き渡った。幾人かいた客達も噂の「豊穣の女神」が男に掴みかかって怒鳴っている姿に、「すわっ、女神に男が⁉︎」と愉快な勘違いと共に好奇心に目を輝かせていた。

 生徒や護衛騎士達もぞろぞろと奥からやって来た。生徒達は亮牙とハジメの姿を見て、信じられないと驚愕の表情を浮かべていた。だが、どうすればいいのか分からず、ただ呆然と愛子と亮牙、ハジメを見つめるに止どまっていた。

 そこへ、ユエやシアのように呆気に取られていたスラッグが、愛子を指差して亮牙に問いかけた。

 

「俺スラッグ、何だこのガキは?グリムロック、お前の娘か?」

「ええ⁉︎この子が亮牙さんのお子さんなんですか⁉︎」

「んなっ⁉︎何ですか貴方は⁉︎いきなり人を子供扱いするとは何事ですか⁉︎」

「んなわけねえだろ二人とも…。それにこう見えて此奴は25歳の合法ロリだ」

「何だ、ババアじゃねえか」

「だ、誰がババアですか!!?それに灘君!先生をそんな卑猥な呼び方するのは止めなさい!!!」

「ああもうスラッグ、話をややこしくしないでよ!それに先生も大人の女性なら落ち着いてください!」

「ん、皆、ハジメを困らせないで…」

 

 またしてもスラッグがデリカシーのない事を言い出し、それにカチンときた愛子はうがー!と吠えた。なお、一般的な恐竜は10歳前後で性成熟し、20〜30歳程で寿命を迎えたとされているため、25歳の愛子は恐竜を基準とすれば充分高齢なのだ。

 見かねたハジメとユエが溜息を吐きつつ仲裁に入り、ようやく落ち着いた愛子は自分が暴走しかかっていたことを自覚し、顔を赤くしながら亮牙から手を放した。

 

「すいません、取り乱しました。改めて、灘君に南雲君ですよね?」

「ああ。久しぶりだな」

「やっぱり、やっぱり二人なんですね…。生きていたんですね…」

「ええ、何とかですが」

「よかった。本当によかったです」

 

 それ以上言葉が出ない様子の愛子を一瞥すると、亮牙は近くのテーブルに歩み寄りそのまま座席に着き、他の四人も席に着いた。

 突然の行動にキョトンとする愛子達など知らんとばかりに、亮牙は生徒達の後ろに佇んで事の成り行きを見守っているフォスを手招きした。

 

「さてと、腹も減ったし飯にしようぜ。俺はこの店で一番オススメの肉料理にするか」

「僕はこのニルシッシルかな。想像した通りならカレーみたいな料理らしいから楽しみにしてたんだ」

「なら、私もそれにする。ハジメの好きな味知りたい」

「俺スラッグ、この海老チャーハンとかいうやつにしようかな」

「う〜ん、なら私もそれにします。店員さぁ~ん、注文お願いしまぁ~す」

 

 最初は愛子達をチラチラ見ながらおずおずしていたシアも、恋人達が特に気にした様子もなくそれぞれ注文を始めたため、まあいいかと意識を切り替えると困った笑みで寄って来たフォスに注文を始めた。

 だが当然、そこで待ったがかかった。亮牙達があまりにも自然にテーブルにつき何事もなかったように注文を始めたので再び呆然としていた愛子が息を吹き返し、ツカツカと五人のテーブルに近寄ると「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩いた。

 

「灘君、南雲君、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの三人はどちら様ですか?」

「腹減ってるんだ、後にしてくれ。こいつらは…」

「俺スラッグ、グリムロックの古い仲間」

「…ユエ。ハジメの女」

「シアです。亮牙さんの女ですぅ!」

「お、女⁉︎」

 

 愛子は上手く情報処理が出来ず、若干どもりながら「えっ?えっ?」と亮牙とハジメ、二人の美少女を交互に見た。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせており、特に男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ていた。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながらだが。

 

「俺スラッグ、さっきから此奴ら、俺を無視してないか?」

「スラッグ、気にしちゃダメ。貴方も充分素敵。ハジメには負けるけど…」

「むっ、ユエさん。亮牙さんだって負けてませんよ?いつも私に優しくキスしてくれますもん!」

 

 キスという単語にようやく情報処理が追いついた愛子は、顔を真っ赤にして亮牙とハジメを睨んだ。その顔は、非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせるという決意に満ちていた。そして「先生の怒り」という特大の雷が『水妖精の宿』に落ちた。

 

「灘君!南雲君!ふ、不純異性交遊なんて!直ぐに帰ってこなかったのは、そちらの女性達と遊び歩いていたからなんですか⁉︎もしそうなら許しません!ええ、先生は絶対許しませんよ!お説教です!二人ともそこに直りなさい‼︎」

「五月蝿いぞ、彼氏いない歴25年。生徒に先越されたからって八つ当たりすんなよ」

「だ、誰が彼氏いない歴25年ですか⁉︎余計なお世話です‼︎」

「話をややこしくしないでよ亮牙。はぁ、今日は厄日だ…」

 

 苛立った亮牙の悪口に更に激怒してきゃんきゃんと吠える愛子、面倒な事になりハジメは深〜い溜息を吐きながらそう呟いた。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・恐竜とイネ科植物
従来、恐竜時代には草と総称されるイネ科植物は存在しないとされてきた。しかし近年、インドの白亜紀後期の地層から見つかった竜脚類の糞化石にプラントオパールが含まれていたこと、中国の白亜紀前期の地層から見つかった鳥脚類の歯列にイネ科植物表皮の微細化石が確認されたことから、白亜紀には既にイネ科は誕生しており、植物食恐竜も食べていたらしい。

・恐竜の年齢
昔は100年以上生きると言われた恐竜であるが、近年の研究では意外と短命で、ティラノサウルスやアロサウルスといった大型肉食恐竜は30歳前後が平均寿命だった可能性が示唆されているらしい。

・海老チャーハン
ご存知、ビーストウォーズの千葉トロンの迷言から。

・彼氏いない歴25年
初期のクレヨンしんちゃんで松坂先生によく使われてたネタ。ちなみに松坂先生は愛ちゃんの一つ下の24歳で、悲劇的な別れをしたが彼氏がいた。

・今日は厄日だ
シュワちゃん主演のアクション映画『コマンドー』のヒロイン、シンディの迷言から。





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合法ロリは生徒の怒りに葛藤する

キングダムのラクトナイトとダイノボットが良過ぎ!
スタジオシリーズのグリムロックとウィーリーも予約しないと!

今回もアンチ描写や、少しキツイ言葉が多いです。ご注意下さい。


 散々吠えた後、愛子は他の客の目もあるからとVIP席の方へ亮牙達を案内した。そこで愛子や優花達から怒涛の質問を投げかけられつつも、当の亮牙達は目の前の食事に夢中のためぶっきらぼうに答えを返していった。

 

Q、橋から落ちた後、どうしたのか?

A、上に戻れなかったから下から出た。

Q、その目や顔の傷はどうしたのか?

A、戦いの古傷に決まってるだろ。

Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか?

A、面倒臭かったし戻りたいとも思わなかった。

 

 そこまで聞いて愛子が、「真面目に答えなさい!」と頬を膨らませて怒るが、憐れなことに迫力どころか愛嬌しか感じられなかった。

 案の定、亮牙はどうでも良いのか目を合わせることもなく、注文したステーキを美味そうに食べていた。山で採れたハーブをまぶしてあり、味も香りも絶品だ。ハジメとユエは今日限りとなるトータス版カレーことニルシッシルに、スラッグとシアはウルティア湖で獲れた海老を使った海老チャーハンに舌鼓を打つ。それぞれ感想を言い合いながら、五人とも表情は非常に満足そうだ。

 なお異世界のトータスに、名前も見た目も地球と同じ海老チャーハンがある事には、亮牙とハジメもツッコまずにはいられなかった。フォスに聞いたところ、遥か昔この街に住んでいたチバット・ローンなる戦士が考案した料理で、痰を絡ませながら「俺の海老チャーハンどこ行った?」と言う程大好物だったらしい。

 だが五人の様子に、愛子専属護衛隊隊長のデビッドが激怒した。亮牙達にその気は一切ないのだが、愛する女性が蔑ろにされていると思い耐えられなくなり、拳をテーブルに叩きつけながら怒鳴った。

 

「おい、お前ら!愛子が質問しているのだぞ!真面目に答えろ!」

「五月蝿ぇな、唾が飛んで汚ねぇだろ。折角の料理が不味くなる」

 

 だが当の亮牙は、デビッドなど眼中にもないと言わんばかりに、最後の一切れとなったステーキにフォークを伸ばしていた。

 デビッドは神殿騎士にして重要人物の護衛任務の隊長を任せられる地位にいる故に、自然とプライドも高くなり傲慢だった。そんな自分を眼中にもないという亮牙の態度に我慢ならないと顔を赤くして睨みつけるが、相手は仮にも四ヶ月前の時点でアーティファクトも魔法もなしにベヒモスを仕留めた怪物だ。それを思い出し踏みとどまったデビッドは、亮牙の隣のシアに視線を向けた。

 

「貴様ッ、その言葉そのまま返してやる!薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるお前達の方が不潔極まりない!しかも何だそのふしだらな格好は、汚らわしい!」

「デビットさん!なんてことを…!」

「愛子も教会から教わっただろう。魔法は神より授かりし力、それを使えない亜人共は神から見放された下等種族だ」

「私達とほとんど同じ姿じゃないですか!どうしてそこまで…!」

「ならばその醜い耳を切り落としたらどうだ?それなら少しは人間らしくなるだろう」

 

 侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれながら罵声を浴びせられ、シアはビクッと体を震わせると、シュンと顔を俯かせた。

 ブルックの町ではキャサリンをはじめ友好的な人達が多かったし、フューレンでも奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。つまり彼女にとって、亮牙達との旅に出てから初めて亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのだ。有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあった。

 思わず愛子は怒るものの、よく見ればデビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ていた。いくら彼女らと親しくなろうと、所詮は亜人族に対する差別的価値観の発信源である聖教教会の狂信者である以上、たった数ヶ月で長年染み付いた歪んだ価値観を捨て切れる筈もないだろう。

 だが、それは自殺行為も同然の愚行だった。亮牙はナイフとフォークを置いて、俯く恋人の頭を優しく撫でると、絶対零度の視線でデビッドを睨み返した。ハジメやユエ、スラッグも同様だ。

 一瞬たじろぎながらも逆上したデビッドは、諌めようとするチェイスを無視して立ち上がった。

 

「何だ、その眼は⁉︎無礼だぞ!冒険者風情が神殿騎士に逆らうのか!」

 

 対して亮牙は、ゴミでも見るような目でデビッドにこう告げた。

 

「おい、ロリコンのゴミ屑野郎。今すぐそこに手ェついてシアに謝罪しろ。そうすりゃ俺からは許してやる」

 

 唯でさえ怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子の前で罵倒された挙句、亜人に頭を下げて謝罪しろと言われ、歪んだ怒りを爆発させた。

 

「獣風情に頭を下げろだと⁉︎無礼な異教徒め!番の獣と一緒に地獄へ送ってやる!」

 

 デビッドはそう怒声を上げると傍らの剣に手をかけた。突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとするが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜いた。

 

 

グシャアッ!!!

 

 まるで何かが潰れるような音が「水妖精の宿」全体に響きわたると同時に、今にも飛び出しそうだったデビッドが弾かれたように、折れた歯や血を撒き散らしながら後方へ吹き飛び、そのまま背後の壁にバゴォッ!と凄まじい音を立てて頭からめり込んだ。足はピクピクと死にかけの魚の如く痙攣し、手から剣が派手な音を立てて放り出され床に転がった。

 誰もが今起こった出来事を正しく認識できず硬直し、視線は白目を向いて倒れるデビッドに向けられたままだ。とそこへ、騒ぎを聞いて何事かとフォスがカーテンを開けて飛び込んできて、目の前の惨状に目を丸くして硬直した。これによりようやく我を取り戻した愛子達は、デビッドに向けていた視線を自然に吹き飛ばした方へと向けると、驚きを隠さずにはいられなかった。

 犯人は亮牙だった。彼は座席に座ったまま、デビッドが剣を抜くのと同時に右腕をすかさずモーニングスターナックルへと変形させた。そしてそのまま右腕を突き出し、チェーンで射出されたモーニングスターでデビッドの顔面を殴り飛ばしたのだ。

 拳がモーニングスターに変わるというあり得ない光景に一瞬呆気に取られたチェイス達だったが、殺気を放ちながら一斉に剣に手をかけた。だがその瞬間、ドパンドパンドパンッ!という三発の乾いた破裂音が響き渡ると共に、チェイス達の剣は砕け散った。そう、ハジメのドンナーだ。愛子達が驚愕する中、スラッグがトレイルカッターソードを展開し、チェイス達三人の首に突き付けた。

 突然の惨劇に愛子達も騎士達も頭の整理が追いつかないでいると、

 

ゴオッ!!!

 

 ゆっくりと立ち上がった亮牙が濃厚な殺意を解き放った。

 ただの殺気などではない。恐竜王国最後の時代の王者として君臨し、戦闘民族であるトランスフォーマー達から伝説の騎士と呼ばれた男の殺意だ。それこそ肌が焼けるような凄まじいものだった。

 チェイス達は戦場に出て敵の殺気を浴びた経験なら何度もあったが、これには耐えられず顔面蒼白となり震えが止まらなかった。チェイス達ですらそうなのに、そんな経験などある筈もない生徒達が当然耐えられるわけもなく、六人全員が失禁しており、中には口から泡を吹いて気絶してしまう者もいた。

 亮牙は愛子には直接殺意を浴びせてはいなかったが、流石にこれほど濃厚な殺意を間近で放てば感じない方に無理があり、彼女は顔を青ざめさせてガクガクと震えていた。そんな周囲の様子など無視し、亮牙はゆっくり口を開いた。

 

「折角情けをかけてやったのに愚かな連中だ。上等だ、先生以外は仲良くまとめて殺してやる。まずはお前だ、ゴミ屑が」

 

 そう言って亮牙は腕を元に戻すと、宝物庫のポーチから一本の斧を取り出した。普通の斧と違い何処か機械的な意匠の両刃斧だ。彼はそれを手に取ると、壁に頭をめり込ませて動かないデビッドへと近づいていった。

 それを見た愛子はようやくハッとなり、気づいた。亮牙はデビッドを殺すつもりだと。彼女は慌てて立ち上がり、彼の左腕にしがみついた。

 

「ま、待って下さい灘君!殺人なんてダメです!止めてください!」

「何の真似だ?さっきはこのゴミの罵詈雑言を咎めておきながら、何故庇う?」

「デビッドさんの非礼は私が代わりに詫びます!もうこんな真似をしないように言っておきますから、どうか!」

 

 そう必死に懇願する愛子だったが、亮牙から返ってきた言葉は侮蔑であった。

 

「ふん、四ヶ月ってのは人が腐るには充分な時間だったようだな」

「ど、どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だ。四ヶ月もありゃ、この世界の価値観が現代社会に比べてどれだけ醜悪で歪んだものか、嫌と言う程学べた筈だ。アンタは社会人として、教育者としてしっかり理解していると思っていたよ。だが、こんなレイシスト共をホストクラブみたく侍らせた挙句、生徒の恋人嗤い者にして殺そうとした外道の肩を持つとは、どうやら全く理解していなかったようだな。はっきり言って失望したよ」

「ッ!!?」

 

 軽蔑するような顔でそう吐き捨てた亮牙に、愛子は酷いショックを受けた。確かにこの四ヶ月、聖教教会の掲げる選民思想が如何にトータスに浸透してしまっているかは理解していたつもりだった。けれど、デビッド達護衛騎士の四人は、自分達との交流を経て最初の頃より幾分か柔軟な思考になってくれたと信じていた。だが、その期待は先程あっさりと裏切られた。

 それでも生徒に殺人なんてさせまいとデビッドを庇ったものの、亮牙の失望したの一言は愛子の心を深く抉った。彼女達にとってその一言は、アンタは教師失格と言われたも同然だった。

 ショックで呆然となる愛子を振り払うと、亮牙はデビッドの身体を細切れにしてやろうと斧を振りかぶった。惨劇が始まろうとした次の瞬間、意外な人物が待ったをかけた。そう、ハジメだ。

 

「亮牙、その辺にしときな。もう充分でしょ」

「ハジメ、何故こんなクズ共を庇う?」

 

 怒りの収まらない亮牙は、親友が目の前のクズ共を庇う理由が分からず、睨みながら問いかけた。対してハジメは溜息を吐きながら親友を宥めた。

 

「僕だってこんなクズ共に情けをかけるつもりはないさ。けど、この世界の価値観が原始的で歪んでるのは僕らだって嫌と言う程理解してたでしょ?クソッタレ共の戯言なんかに一々キレてたら、男が廃るよ」

「…………分かったよ」

 

 そう、デビッド達の歪んだ価値観は、このトータスでは一般的なものなのだ。そんな原始人共を一々相手にして指名手配され、親友の名誉が傷つくのを、ハジメは見過ごすわけにはいかなかった。

 親友に諭された事で少しは頭が冷えてきた亮牙は、ふとシアを見た。今もシュンとしており、ユエに慰められる彼女の姿に、怒りに我を忘れて彼女へのフォローを怠ってしまった事に気づいた。

 彼は斧を宝物庫にしまうと自分の席に戻り、再びシアの頭を優しく撫でた。スラッグもそれを見て、チェイス達の喉元に突き付けていたトレイルカッターソードを下ろした。

 亮牙はシアの手を取りながら立ち上がると、再びデビッド達を絶対零度の視線で睨みつけた。

 

「ハジメに感謝するんだな。もしこいつが止めてくれなかったら、今頃お前ら全員バラバラの肉の塊になって、山の獣どもの餌になってたぞ。今後そうなりたくなかったら、二度と俺達の前に現れないことだ」

 

 そう言って、亮牙はシアを連れてその場を後にし、ハジメとユエも続き、最後にスラッグが「グルルル」と軽く唸り声を上げて優香達を震え上がらせると、満足したかのように出ていった。

 残された愛子は何も言えずに見送るしかできなかった。死んだと思っていた二人が生きていたのは嬉しかったが、ハジメはその性格を変えており、亮牙は地球にいた頃より遥かに恐ろしいナニカに変貌していたのだ。何より亮牙に言われた一言が彼女の心を大きく抉り、離れていく二人を引き止めることができなかった。

 優香達に至っては、地球で蔑んでいたこと、檜山たちのハジメに対する苛めを見て見ぬふりをした挙句、あの誤爆事件、その全てが負い目となり、何も言えなかった。そして亮牙の凄まじい殺意を浴びて、間違いなく恨まれている、次は本当に殺される、そういった恐怖心を募らせていた。

 食事はすっかり冷めてしまい、先ほどまでと一転して食欲も失せた。目の前の料理を何となしに眺めながら、誰もが皆一様に沈んだ表情で、その日は解散となった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんシア、あのクズ共と同席したせいで嫌な思いさせちまって。おまけに怒りに我を忘れて、お前のことを放りっぱなしにしちまってた…」

「いえ、亮牙さんは悪くないです…。私の方こそ、迷惑をかけちゃって…」

 

 部屋につくと、亮牙はシアにそう謝罪した。本来ならあの時すぐにでも彼女をフォローするのが先だったが、彼女を愚弄したデビッドへの殺意で頭が一杯になっていた。昔に比べれば我慢強くなったと思うが、まだまだ怒りの沸点の低さは改める必要がありそうだ。

 

「…やっぱり、人間の方には、この耳は気持ち悪いのでしょうね」

「そんなことあるもんか」

 

 シアは自嘲気味に、自分のウサミミを手で撫でながら苦笑いをした。そんな彼女に、亮牙は真っ直ぐな瞳で慰めた。

 

「今更だが、さっきのは躾のなってない馬鹿犬に吠えられたと思って気にするな。あのゴミ屑どもは、聖書を読みながらテメェの股間を弄ってるような変質者なんだから、価値観がおかしいのさ。キャサリン達はそんなこと思ってなかったし、ハジメの世界の文化じゃウサギの耳は可愛さとか色気の象徴みたいなもんさ」

 

 そう言って不器用ながらも励ます亮牙。シアはまだ自信なさげではあるものの、頬を染めながら上目遣いで亮牙に尋ねた。

 

「あ、あの、因みに亮牙さんは、どう思いますか?私のウサミミ…」

「今更何言ってんだ…」

 

 亮牙は呆れて苦笑しながらシアの傍に近づくと、そのまま優しく彼女を抱き締めた。

 

「ふえ?」

「惚れた女にケチをつけるわけないだろ。俺は、可愛いとかそういった感情とは無縁だったけど、これだけははっきり言える。お前の耳も尻尾も、とっても可愛いよ」

「えへへ、ありがとうございます////」

 

 そう言いながら彼は、照れ臭そうに優しくシアの耳を撫でた。対する彼女も嬉しそうに微笑んだ。

 

「そうだ、少ししたらハジメとちょっと出かけるから、明日に備えて先に休んでてくれ」

「え、何処に行くんですか?」

「まあ、ちょっとした野暮用さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜、一日の活動とその後の予想外の展開に心身共に疲れ果て、誰もが眠りついた頃、愛子だけは未だ寝付けずにいた。彼女の頭の中は整理されていない本棚のように、あらゆる情報が無秩序に並んでいた。

 考えねばならないこと、考えたいこと、これからのこと、ぐるぐると回る頭は一向に建設的な意見を出してはくれなかった。大切な教え子二人が生きていたと知ったときの事を思い出し頬が緩むも、その後に起きた諍いや容赦ない一言にに眉を八の字にする。それでも大切な仲間、それも慕ってくれる恋人が出来ていたことを思い出し、再び頬を緩めた。

 そこへ、突如誰もいないはずの部屋の中から声が掛けられた。

 

「先生、なに百面相してるんですか?」

「ッ⁉︎」

 

 ギョッとした愛子が声がした方へ振り向くと、ハジメと亮牙が入口の扉にもたれながら腕を組んで立っていた。驚愕のあまり舌がもつれながらも何とか言葉を発する愛子。

 

「な、南雲君に灘君?な、なんでここに、どうやって…」

「普通にドアから入ってきたに決まってるだろ。もう呆けたのか?」

「えっ、でも鍵が……」

「僕の天職は錬成師ですよ?地球の鍵じゃないんですから、こんな単純な構造の鍵くらい開けられますよ」

「こんな時間に、しかも女性の部屋にノックもなくいきなり侵入とは感心しませんよ。わざわざ鍵まで開けて…」

「自惚れるな。色気ゼロの幼児体型のくせに」

「んなっ⁉︎ま、まあいいでしょう…。一体、どうしたんですか?」

 

 亮牙の憎まれ口に思わずムカッとする愛子だが、もしや戻ってくるつもりなのではと期待に目を輝かせた。生徒からの相談とあれば、まさに教師として名誉挽回のチャンスだ。だが、二人はその期待を即行で否定した。

 

「生憎、僕らは戻るつもりはありません。今から話したい内容は、先生が一番冷静に受け止められると思ったので。内容的にあのカルト連中が聞いたら発狂して暴れそうだったから、さっきは言えなくて…」

「それだけ厄介な話だ。聞けばアンタも危険な目に遭う可能性が高くなる。それでも聞くか?」

「も、勿論です!私は貴方達の先生なんですから!」

 

 そう言われて一瞬ビクッとなる愛子だったが、二人が腹を割って話してくれるのだからと、覚悟を決めた。

 そして二人は、オルクス大迷宮でオスカーとプライム達から聞いた「解放者」と狂った神の遊戯の物語を話し始めた。このトータスに生きる全ての種族はエヒトの玩具に過ぎず、仮に人族が魔人族を倒したところで、矛先を他の種族か同じ人間同士に向けた新たな遊戯が始まるだけだと。そしてエヒトはこの世に顕現するために器を求めていて、自分達は新たな玩具としてだけでなくその候補として召喚された事もだ。無論、トランスフォーマーのことも少し交えてだ。

 あまりにもスケールのデカすぎる話に、愛子はどう受け止めていいか分からず呆然となる。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうだ。

 

「以上が俺達が伝えたかったことだ。はみ出し者共がイカれた末にほざいた戯言と一蹴しても、真実として行動を起こすも、アンタの自由だ。何かを無理強いするつもりはねえよ」

「な、灘君と南雲君は、もしかして、その『狂った神』をどうにかしようと、旅を…?」

「まあな。別にトータス人どもを助けるつもりなんざ一切ないが、好き放題やっときながら反抗されたら被害者面するエヒトは気に食わねえし、メガトロナスはこの手で殺さなけりゃならねえからな」

「僕も同じです。このまま帰ろうにもエヒトが黙って見逃す筈がないし、何より僕にとって大切な人が狙われてますからね」

「アテはあるんですか?」

「ええ、さっき話した大迷宮が鍵です。興味があるなら探索してみるといいですよ。オルクスの場合だと、百層目を超えた先から更に百層ありますから。…まあ、あの程度でチビってベソかいてるようじゃ、瞬きする間に皆殺しにされますけどね」

「それは、天之河君達に伝えるべき何でしょうか?神の件も含めて」

「やめときな。あのピーターパン症候群のアホったれが聞くわけないし、二大情婦にペットのゴリラも奴に賛同するだろうからな。他の連中も聞くわけねえよ」

「…それも、そうですね」

 

 たった二人のはみ出し者達の言葉と、大多数の救いを求める声、どちらを信じるかなど考えるまでもない。むしろ、大勢の人たちが信じ崇めるエヒト様を愚弄しただの、戦争から逃げる為の見苦しい言い訳だのと非難されるのがオチだろう。そう言う意味からも、ハジメも亮牙も光輝達に関わるつもりは毛頭なかったのである。

 愛子もそのあたりは否定できなかった。真っ先に戦争に反対した自分の言葉を無視して、戦争に参加するなどとほざき、今の事態を招いた四人だ。思うところがあるに決まってる。

 しばらく沈黙が続いた後、亮牙とハジメはもう用はないと、踵を返して扉へと手をかけた。その背中に、オルクス大迷宮という言葉で思い出したとある生徒の事を伝えようと愛子が話しかけた。

 

「白崎さんは諦めていませんでしたよ」

「……」

 

 愛子から掛けられた言葉にハジメの歩みが止まり、彼女は背中を向けたままの彼にそっと語りかけた。

 

「皆が君達は死んだと言っても、彼女だけは諦めていませんでした。自分の目で確認するまで、君達の生存を信じると。今も、オルクス大迷宮で戦っています。天之河君達は純粋に実戦訓練として潜っているようですが、彼女だけは君達を探すことが目的のようです」

「…………先生、それは本当に()()()含まれてますか?」

「え?そ、それは…」

「やっぱり、白崎さんも()()()()()()死んだと見做してるんですね…」

 

 ハジメの追求するような言葉に、愛子は言葉を詰まらせ、何も言えなくなる。

 対して亮牙とハジメは呆れたように答えた。但し、ハジメの言葉には確かに怒りが混じっていた。

 

「あの寄生虫共の態度見てりゃ分かるよ。どうせ俺が勝手にドジった挙句、ハジメを道連れにしたと思ってたんだろうよ。まあハジメはともかく、俺のことはクラス全員が『頼むから死んでくれ』と思ってたのは丸分かりだったから、死んでなくてさぞ残念だったかもな」

「灘君、そんな…」

「…先生、はっきり言っときます。あの日、亮牙が奈落に落ちたのは事故じゃありません。混乱に乗じて、檜山の奴が亮牙に魔法をぶつけたんです」

「ッ!!?」

「どうせ白崎さんの件で、僕を虐げるのに邪魔者となる亮牙を始末しようとした魂胆ですよ。まあ、白崎さんは亮牙が僕を巻き込んだとでも思ってるんでしょうが、あの日僕は、亮牙を助けるために自ら飛び込んだんです。それだけは理解しておいてください」

 

 顔面を蒼白して硬直する愛子にそう言い残し、ハジメは部屋を出ていった。亮牙も続いて出て行こうとしたが、ふと何かを思い出したかのように彼女の方に振り向いた。

 

「ああ、そう言えば俺から最後に一つ言っておく」

「…な、何でしょうか?」

「さっきは腐っただの失望しただのとか言ってすまなかった。シアが侮辱されて、頭に血が上り過ぎてた…」

「灘君…」

 

 そうバツが悪そうに謝ると、亮牙は部屋を出て行った。

 その謝罪に少しだけ心が安らいだ愛子だったが、まだ悩みは深いままで、普段に増して眠れぬ夜を過ごすこととなった。

 

 

 

 

 




本作で亮牙が使おうとした斧、実はある機能がありますが、それは次回までお待ち下さい。

あと、原作でシアを慰める時の台詞ですけど、流石に奴隷を例えに出すのはデリカシーがなさ過ぎだろ、と感じたので、本作ではアレンジしました。

感想、評価お待ちしております。


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遠出の際は検疫にご協力を

最初は原作同様ウィル発見まで書こうと思いましたが、長くなったので今回はここまで。

あと今更ですが、相変わらずアンチあります。ご注意下さい。


 翌日、まだ日がしっかり登らず薄暗い頃、亮牙達五人はすっかり旅支度を終えて、「水妖精の宿」の直ぐ外にいた。

 昨晩、愛子と話し合った後、亮牙は僅かながらも夕食時の喧嘩沙汰の迷惑料をオーナーのフォスに払った(足りなかったら愛子達に請求するよう告げた)が、当のフォスは人格者だったことから、亮牙が何故激怒したかも把握しており責めたりはしなかった。更に今朝は、極めて早い時間だと言うのに嫌な顔一つせず、移動しながら食べられるようにと朝食として海老チャーハンの握り飯が入った包みを渡してくれた。流石は高級宿、粋な計らいだと感心しながら、亮牙達は好意に甘えて感謝と共に受け取った。

 朝靄が立ち込める中、五人はウルの町の北門に向かった。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びているのだ。馬で丸一日くらいだというから、シュタイフとアリオンで飛ばせば三、四時間くらいで着くだろう。

 ウィル・クデタ達が、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日経っている。貴族の馬鹿息子はとっくに死んでるだろうし、冒険者達も生存は絶望的だと亮牙は考えていたが、万一ということもある。生きて帰せば、イルワの自分達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、出来るだけ急いで捜索するつもりだ。幸いなことに天気は快晴、搜索にはもってこいの日だ。

 幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。ふと亮牙達は、その北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細めた。特に動くわけでもなくたむろしているようだ。

 朝靄をかきわけると待っていたのは…

 

「待ってましたよ、南雲君に灘君!」

 

 愛子と生徒六人の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何となく想像つくけど、何してんだろあの人達?」

「ほっとけハジメ。ガキと同じで構うとつけ上がる。無視しろ無視」

「聞こえてますよ!誰がガキですか⁉︎いい加減にしないと怒りますよ、灘君!」

「…朝っぱらから五月蝿ぇよ。何の用だ?」

 

 無視して通り過ぎようとする亮牙達だったが、怒って噛みついてくる愛子にイラッとして、グルルルと唸りながら睨みつけた。一瞬、気圧されてビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取ると亮牙と正面から向き合った。ばらけて駄弁っていた優花達六人も彼女の傍に寄ってきた。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね?人数は多いほうがいいです」

「いらん、余計なお世話だ」

「な、何故ですか?人探しに行くのなら…」

「ピクニックじゃねえんだよ。足手纏いになるのが目に見えてる。寝言抜かすならさっさと宿に戻って二度寝してろ」

 

 見れば、愛子達の背後には馬が人数分用意されていた。一瞬、こいつ等乗馬出来るのか?と疑問に思った亮牙とハジメだが、至極どうでもいいことなのでスルーした。乗れようが乗れまいが、どちらにしろ自分達の乗り物の速度に敵うはずがないのだ。

 だが、亮牙の物言いにカチンと来たのか、愛ちゃん大好き娘、親衛隊の実質的リーダーである優花が食って掛かった。どうやら、昨日の亮牙の殺意や、それに対して自分達が晒した醜態や負い目を一時的に忘れるくらい愛ちゃん愛が強いらしい。しかし、それは自殺行為も同然だった。

 

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ?灘と南雲が私達のことよく思ってないからって、愛ちゃん先生にまで当……ゲフッ!!?」

「「「「「「ッ!!?」」」」」」

 

 優香の文句は続かなかった。一瞬で彼女の側まで間合いを詰めた亮牙が、容赦なく膝蹴りを彼女の腹に直撃させたのだ。一応相手が女だからと、彼なりに手加減したが、突然の容赦ない攻撃に愛子も他の五人もギョッとなり、優香はあまりの痛みに涙目になりながら、その場に崩れ落ちた。

 だか亮牙はお構いなしと言わんばかりに、スルトを引き抜いた。

 

「二度と俺の目の前に現れるなって言ったよな?そんなに死にたきゃ殺してやるよ、寄生虫が」

 

 そう言って優香にスルトを振り下ろそうとする亮牙。彼にとって彼女も他の五人も、自分を忌み嫌うのはどうでも良かったが、香織に構われると言う理由だけで光輝や檜山とグルになってハジメを虐げた、嫌悪の対象でしかなかった。昨晩情けをかけたのにもう調子に乗って喧嘩を売るとは、最早情けをかける必要はないだろう。

 他の生徒達は優香を助けようと飛び出したかったが、亮牙が怖くて止めることすら出来なかった。対してシア達も、優香達が地球で亮牙とハジメを蔑んできた罪を知っていたことから、止めようとは思わなかった。特にハジメは亮牙が謂れのない罪を着せられ、更にあの誤爆を事故と片付けていたことを知り、流石に我慢の限界だった。

 早朝から惨劇が始まろうとした瞬間、愛子が亮牙と優香の間に入り、必死に制止に入った。

 

「灘君、やり過ぎです!確かに園部さんの態度も褒められたものじゃなかったですが、男性が女性に手を上げるとは何事ですか!それに連れて行けない理由があるなら、もっとはっきり教えて下さい」

 

 愛子の剣幕に亮牙ははぁと溜息を吐くと、スルトを振り下ろすのをやめた。流石に愛子の事は嫌っていなかったので、退きそうにもない彼女ごと斬り捨てるつもりはなかった。

 それを見て生徒達は胸を撫で下ろすが、危うく殺されかけた優香自身は、その場にへたり込んだまま体を震わせ涙ぐんでいた。その姿に思わず生徒達はキッと亮牙を睨みつけるが、当の本人はどうでも良さそうだ。

 

「これはテーマパークで迷子を探すのとは訳が違うぞ。今から行くのはかなり山奥、それも肉食獣がわんさか暮らしている地帯だ。そこで冒険者達が行方不明になって五日経ってる。これだけ言っても、何があったか想像つかねぇか?」

 

 それを聞き、愛子達は「うっ…」と怯んだ。どう考えても、魔物に襲われて壊滅した可能性が高過ぎる。それも食い殺されるという最悪の形でだ。

 顔を青くする彼女達などお構いなしに、亮牙は話を続けた。

 

「行方不明者には貴族の馬鹿息子という素人が一人いたが、他の連中はソイツと親しかった冒険者ギルドの支部長が組ませただけあって、選りすぐりのプロだったのは明白だ。そんな連中が壊滅したって事は、相当厄介な奴が生息している可能性が高い。俺達五人はより厄介な場所で獰猛な奴らを仕留めてきた実績があるし、人の生死も沢山見てきたから、最悪食い散らかされた遺体を回収する覚悟も出来てる。対して、お前らはどうだ?」

 

 そう言いながら冷めた目で見てくる亮牙に、愛子達は何も言えなかった。

 優香達は愛子の護衛を買って出ながらも、戦争への参加を拒んでから碌に訓練もしてなかったし、ましてや人の死を見慣れたわけでもなかった。おまけに神の使徒と持ち上げられて日々振る舞われる美食の数々に、少し脂肪や贅肉が付いてきていた。優香の腹を蹴飛ばした時の感触から、亮牙はその事をすぐ見抜いていた。

 愛子はそのチート能力から農地改革のため各地を訪れてきたが、はっきり言ってしまえば農作業の延長でしかなく、戦闘訓練など受けている筈もなかった。作物を荒らす害獣の駆除に協力したとしても所詮イナゴか雀レベル。大きさ・強さ共に象レベルの生き物を相手にした事などあるわけなかった。

 そんな連中を連れて行ったところで、役に立つどころか足手纏いになるのは明白だ。捜索のペースについて行けなくなるだけでなく、飢えた魔物に怯えて右往左往し、食い殺された行方不明者の遺体など見たら阿鼻叫喚となってしまうに決まってる。

 

「それに馬なんかで行っても、却って馬を食いに肉食獣が寄ってくるぞ?」

「な、なら灘君達はどうやって移動するつもりなんですか?」

「馬なんか使わないに決まってるだろ…。ハジメ、頼む」

「あいよ」

 

 そう言うとハジメは「宝物庫」からシュタイフとアリオンを取り出した。愛子達は、突然虚空から大型のバイクが二台も出現してギョッとなった。重厚なフォルムと異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれて、彼女達はマジマジと見つめたまま答えない。クラスの中でもバイク好きの相川は特に興奮した様子だ。

 

「分かったでしょ?こっちは馬なんかと移動速度は違う。使わせろって言われても、君達僕の事を散々無能だって嘲笑って、『南雲の作ったモンなんか使わねーよ』って言ってたじゃん。今更手のひら返して頼っても遅いからね」

「そう言うことだ。俺達はマサイのサファリガイドじゃねえんだ。足手纏いを大量に連れて行くつもりはない。分かったらさっさとどけ」

 

 行方不明者の捜索は時間との勝負だと言うのに、その時間を大きく無駄にしたと感じながら、亮牙達は出発しようとした。

 それでもなお愛子は食い下がった。彼女としては二つの理由から、是が非でも彼らに着いて行きたかった。

 一つ目は昨日の話の続きだ。昨日、亮牙とハジメがした話は愛子としては決して無視できず、今後のためにももっと詳しく話を聞いておく必要があったのだ。

 そして二つ目は行方不明になっている清水だ。周囲の人里では目撃情報がなかったが、人がいない北の山脈地帯に関しては、まだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たり、亮牙達の人探しのついでに清水の手がかりも探そうと思ったのだ。

 

「灘君、南雲君。先生は先生として、どうしても君達からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。君達にとって、それは面倒なことではないですか?移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか?」

「脅したって無駄だ。大体そんな格好じゃ二分と持た…」

 

 亮牙がそう一蹴しようとすると、愛子はいきなり服の袖を捲り上げ、シャツのボタンを外し、更にはスカートも動き易いようにと端のところを破いて腿を露にすると、これでどうですかと言わんばかりに無い胸を張った。

 突然の奇行に優香達は「あ、愛ちゃん⁉︎」と顔を赤くしながら驚愕し、亮牙やハジメ達も当惑して呆気に取られた。

 

「………そりゃ何の真似だ?」

「これで準備万端です!文句はないですよね?」

 

 そう自信満々に答える愛子に、最早呆れを通り越して一種の感心を覚えた亮牙。決意に光り輝く瞳を見る限り、これ以上の説得は時間の無駄、それこそ生存者の発見が遅れるだけだ。

 この人は昔から変わらない。かつて自分が光輝達のせいで謂れのない罪を着せられた時も、自分自身他人の評価など気にしないのでどうでも良かったのに、「力になれなくてごめんなさい。でも、先生は灘君の味方ですから!」と、涙を流して頭を下げてきたほどだ。まあ、そう言った点は嫌いになれなかったから、育ての親や南雲家の皆ほどではないが、敬意を払うべき相手として好感を抱いていた。

 大きく溜息を吐くと、亮牙は仲間達と視線を合わせた。ハジメも同じ気持ちなのか仕方ないといった表情で、ユエ・シア・スラッグはどんな決定をしても特に文句はなさそうだ。それを確認すると、彼は改めて愛子に向き直った。

 

「仕方ない。同行を認める。…だが、これだけははっきりさせとく。連れてくのはアンタ一人だけだ。そしてこのチームじゃ俺がリーダーだ。俺やハジメ達の指示に従わず勝手な行動をするようなら、姥捨山ならぬロリ捨山の刑に処してやるからな」

「分かりました。ってだから先生を卑猥な呼び方するのは止めなさい!」

 

 亮牙が折れたことに喜色を浮かべ、むんっ!と無い胸を張る愛子だが、またロリッ娘呼ばわりされてうがー!と怒った。

 そんな様子にハジメは苦笑しつつも、愛子を連れて行くなら大きい奴がいいなと、シュタイフとアリオンを宝物庫にしまった。代わりにビークルモードのパイロを取り出すと、ユエと共に先に運転席と助手席に乗り込んだ。

 

「俺スラッグ、グリムロックがこんなチビの言うこと聞くとは驚いた」

「彼女の事はある程度理解してるからな。教師として生徒のことには妥協出来ねえ性分なんだよ。これ以上の説得は無駄だ」

「ほぇ~、生徒さん想いのいい先生なのですねぇ~」

 

 スラッグとシアは、亮牙が折れたことに驚いたように話しかけた。そして彼の参ったと言わんばかりの態度に、愛子を見る目が少し変わり、若干の敬意が含まれたようだ。

 だが、もう出発だと言うのに、今度は優香達六人が愛子と口論になっていた。急いでるって言ってるのに何やってんだ、と呆れつつも、亮牙はシアとスラッグに先にパイロに乗るよう促すと、愛子を呼びに近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、灘君の言う通り時間がないんです!お願いですから、ここは大人しく街で待機してて下さい!」

「駄目ですよ!愛ちゃんだけで灘達なんかと一緒に行ったら、どんな目に遭わされるか…」

「大丈夫です!灘君達を信じて下さい…!」

「いーえ、あんな奴信用出来ません!だったら私達も着いて行きますから!」

 

 愛子は清水を捜すためにも早く出発したかったのだが、優香達が断固として亮牙達に着いて行く事を認めず、挙げ句の果てには自分達も無理矢理にでも着いて行くと言い出したため、必死に説得を試みていた。

 本当なら最初は愛子一人だけで、亮牙達より早く正門に行って待ち伏せするつもりだった。だが、そのために夜明け前に起きだして宿を出ようとしていたところを、トイレに行っていた優花に運悪く見つかってしまったのだ。旅装を整えて有り得ない時間に宿を出ようとする彼女を、愛ちゃん護衛隊のリーダーである優香は、誤魔化しは許さないと問い詰めた。結果、「平然と殺人をしようとする灘達なんかに愛ちゃんを任せる訳にはいかない!」と、優香が生徒全員をたたき起こし全員で搜索に加わることになったのである。

 なお、デビッド達護衛騎士の四人は、亮牙達がいるとまた諍いを起こしそうなので置き手紙で留守番を指示しておいた。聞くかどうかはわからないが…。

 改めて生徒達を説得する事が出来ない自分の不甲斐無さに泣きたくなる愛子だったが、ふとそこへ亮牙が滅茶苦茶不機嫌そうな顔をして近づいて来たかと思うと、昨晩と同様に殺意をむき出しにした。昨晩に比べると大分抑えてはいるが、七人とも堪らず顔を真っ青にして震え上がった。

 

「急いでるって言ってるだろ?いつまでも無駄話してるなら置いてくぞ。さっさと乗れ」

「は、はい!皆さん、すみませんがちゃんとお留守番してて下さいよ!」

 

 苛立った様子の亮牙にそう言われ、このままじゃ本当に置いて行かれると悟った愛子は、優香達にそう告げると足早にパイロに乗り込んだ。

 亮牙もふんと鼻を鳴らすとパイロに近づいて行くが、やはり護衛隊の六人は怯えながらも納得できない様子で、代表して優香が食って掛かった。

 

「ま、待ちなさい灘!アンタ達なんかに愛ちゃんは任せられない!私達も連れて行きなさいよ!」

 

 だが、当の亮牙は首を後ろに振り向けると、心底軽蔑するような目で優香達に吐き捨てた。

 

「随分と必死だな、寄生虫ども。都合の良い宿主を失うのがそんなに嫌か?」

「なっ⁉︎さっきから何なのよ!私達のこと寄生虫呼ばわりして、何様のつもりよ!」

「俺様に決まってるだろ。大体、寄生虫を寄生虫と言って何が悪い?」

 

 先程から自分達のことを寄生虫呼ばわりしてくる亮牙に我慢ならず、声を荒げて怒鳴る優香。他の五人も同じ気持ちなのか、殺気立った目で睨んでくるが、当の亮牙はどこ吹く風だ。

 

「大体お前ら全員、こんな所で何油売ってるんだよ?あの疫病神四天王に賛同して、魔人族を絶滅させる戦争に参戦するんだろ?戦争なんかに巻き込ませないよう、必死に制止する先生の手に唾を吐きかけてまでな」

「うっ、そ、それは…」

 

 そう言われて優香達は言葉を詰まらせる。だが、亮牙は容赦なく続けた。

 

「大方、俺とハジメが墜落した件で、死ぬのが怖くなったんだろ。訓練の時は散々生き物を楽しそうに殺しまくってたくせに、自分が殺される側になったらそれか…。だから恥知らずにも先生に泣きついて、徴兵を拒んでもらった、違うか?」

 

 亮牙のその問いかけに、優香達は何も答えられない。正に彼の言う通りだからだ。

 その事には薄々感づいていた亮牙だが、彼女達の様子からそれは確信に変わり、心底呆れ果てた。「死にかけたことで、死ぬのが怖くなった」なんて理由で拒めるようなものではないのが徴兵だ。国や時代によっては、そんな事を抜かせば容赦なく逮捕・死刑にされるだろう。

 そもそも、最初の時点で愛子の制止を無視して光輝達に賛同した時点で、優香達には彼女に泣きつく資格などなかった。忌み嫌ってる亮牙やハジメが主張したからなんて言い訳は通用しない。最初に参戦に反対したのは愛子で、二人は彼女に賛同しただけなのだから。

 

「それで逃げるのに成功したはいいが、何かしないと周囲の目が厳しいし、勇者一行としてまた持て囃されたい。だから、また先生を利用しようって魂胆で護衛なんざ引き受けたんだろ?それに加え、先生があのレイシスト共に誑かされて、自分達を見捨てないよう見張るため、ってとこか?」

「「「「「「……」」」」」」

 

 優香達は俯いたままだ。否定したくても、亮牙の一言一言が心にグサリと刺さり、何も言えないのだ。

 彼の言った通り、護衛を引き受けたのは自分達の保身があったのは事実だ。臆病者と見下してくる檜山達を見返したかったし、王国や教会からの復帰を促す催促にはうんざりしていた。だが、愛子の護衛を引き受ければそんな煩わしい目には遭わないし、何より一緒に着いて行くだけで英雄としてチヤホヤされる。それに、四人とも残念なイケメンとは言えデビッド達はイケメンだ。独身の愛子を誑かし、自分達を再び参戦させようと唆すかもしれないという不安があった。

 だが護衛とは、そんな生半可な気持ちで受けていい仕事じゃない。文字通り、いかなる場合にも我が身を盾にして護衛対象を守らなければならない危険な仕事なのだ。それこそ、自分の命を犠牲にしてでもだ。

 しかし優香達からそんな覚悟は一切感じられなかった。何せ護衛を引き受けたくせに何一つ鍛えておらず、肝心な時には怯えているだけだ。おまけに昨晩、亮牙とハジメが愛子の部屋を訪ねた時も、誰一人として見張りにすらついていなかった。大方履いてたパンツでも洗って爆睡していたのだろうが、もし自分達が愛子によからぬ事をするつもりで来ていたら、どうなっていただろうか。

 今にも泣き出しそうな優香達に対して、亮牙は冷酷に吐き捨てた。

 

「沈黙は肯定と受け取るぞ。要するにお前らは、自分の都合が悪くなる度にコロコロ縋り付く相手を変えて、其奴のゴマすって甘い汁を啜ってきたって訳だ。そんなクズ共を、寄生虫以外にどんな呼び方がある?」

 

 亮牙にとって、愛子の善意に付け込んだ優香達は正に唾棄すべき連中だ。彼女達のやってる事は彼から言わせれば、血を吸うダニや腸内に潜む蟯虫が、宿主が死ぬ度に這い出して新たな宿主を探すのと同じだった。

 愛子の事を少なくとも「強者」として認め、彼なりに慕っている亮牙としては、彼女の優しさに付け込む優香達「弱者」の所業をこれ以上黙って見ているつもりはなかった。

 

「はっきり言っとく。俺はお前らみたいに、テメェの保身のために人の善意に付け込むような卑怯者は大っ嫌いなんだよ。そんなクズ共を好き好んで連れてくつもりはねぇし、またフレンドリーファイアなんぞされたら堪らんからな」

 

 そう言うと亮牙は最早話す事はないと、そのまま振り向きもせずに歩いて行き、パイロに乗り込んだ。

 生徒達はただ黙って立ち尽くすだけで、女子に至っては泣き出してしまっていた。唯一、優香だけは涙目で何かを言い返そうとしたものの、声は出せなかった。

 そんな彼女達を尻目に、パイロは山脈地帯に向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 




今更ですが、優香ファンの皆様、申し訳ありません(>人<;)

二次創作ではヒロイン昇格している彼女ですが、個人的には原作でもあった的外れな文句とか言える立場かよ、って思ったりしたので、本作では他の護衛隊共々アンチとしました。

因みに愛ちゃんと主人公のやり取りは、『ジュラシック・ワールド』でザックとグレイを探しに行くときのオーウェンとクレアのオマージュのつもりです。

感想、評価お待ちしております。


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行方不明者の発見

2020年最後の投稿となります。今年は色々あり過ぎたので、来年は良い年になって欲しいですね。

意外と好評だった優香アンチ。安心しましたが、やり過ぎないよう気をつけたいです。
今更ですが、主人公と愛子はケンカップルみたいに描きたいと考えております。


 前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、化学消防車に似たパイロが爆走する。サスペンションがあるので、街道とは比べるべくもない酷い道ではあるが、大抵の衝撃は殺してくれる上、他のハジメ作の車両と同じく錬成による整地機能が付いているので、車内での不自由さは全く感じられなかった。

 ちなみにパイロは消防車ではないのに、わざわざ消防ホースらしきものがついているのだが、これは放水用ではなく、毒液や化学薬品などを放出する仕組みとなっている。中々えげつない武装だ。

 車内は消防車とは違い、キャンピングカーのような造りとなっており、運転席には当然ハジメ、助手席にはユエが乗っている。後ろは簡易なベッドとなる横向き座席となっており、片側にスラッグが寝転がり、もう片側にシアと愛子に挟まれる形で亮牙が座っていた。

 亮牙がなぜそこまで着いてきたがったのかと聞くと、愛子は清水が行方不明となったため探している事を明かした。当の亮牙は清水をはじめとしたクラスメイト達の事など碌に覚えていなかったので、ハジメに言われてそう言えばいつも一人でいる根暗そうな奴がいたな、とようやく思い出した。世を儚んで富士の樹海で首を吊るように自殺しに行ったんじゃないかと思う亮牙だったが、流石に愛子の前じゃ不謹慎なので口には出さなかった。

 今度は愛子が昨晩聞かされたオルクス当時の状況を詳しく聞かせて欲しいと言い、亮牙は手っ取り早く墜落した時の光景を目から立体映像で映し出し、醜悪な笑みを浮かべながら魔法を亮牙に放つ檜山の姿を見せた(当然愛子は突然の立体映像にビビっていたが)。

 恋人を酷い目に遭わせた卑劣漢の醜悪な面に、シアは改めて強い怒りを抱き、もし檜山と会う事があれば必ず八つ裂きにしてやると心に誓った。一方の愛子は檜山が故意にやった事が事実だと確信し、人殺しで歪んでしまったであろう心をどうすれば元に戻せるのか、どうやって償いをさせるのかということに、また頭を悩ませた。

 うんうんと頭を唸って悩むうちに、走行による揺れと柔らかいシートの影響で、愛子は眠気に襲われた。それでも必死に起きてようと努める彼女に、亮牙が声をかけた。

 

「まだ到着まで時間がある。眠たきゃ寝てろ」

「だ、大丈夫です…!」

「厚化粧で誤魔化しても無駄だ。あの後眠れてねぇんだろ?なら眠れなくなる話をした俺らにも非があるからな…」

「うっ、す、すみません。ならお言葉に甘えて…」

 

 亮牙から許しを得た事もあり、遂に睡魔との戦いに限界を迎えた愛子は、そのまま夢の世界に旅立った。ズルズルと背もたれを滑ると、亮牙の膝にコテンと倒れ込んだ。

 彼女の寝不足の原因として罪悪感もあった亮牙は、特に文句もなかったので、仕方がないとそのまま寝かせてやることにした。

 だが、それを面白くないと感じる者が一人いた。勿論、シアだ。幾ら相手が恋人の教師とは言え、惚れた男に甘えられる姿を見ては女として我慢できないのだろう。彼女は可愛らしく頬を膨らませて、不貞腐れた。

 

「むぅ〜、愛子さん、ずるいですぅ〜」

「すまんなシア、彼女には色々迷惑掛けちまったから、多めに見てやってくれ…」

「亮牙さんの女たらし…」

「だから彼女とはそんな関係じゃねえって。頼むから拗ねるなよ…」

「…じゃあ私の頭撫でて下さい。それで許してあげますぅ」

「分かった分かった。全く甘えん坊だな」

「むふふ、亮牙さんだって私の前じゃ甘えん坊さんじゃないですか♡」

 

 愛子を膝枕しながら、それでも亮牙とシアはいつの間にか二人の世界を作ってイチャつき始めた。スラッグも呑気に寝ており、ハジメとユエは後部座席の仲間達に呆れつつ、お互いイチャついた。とてもこれから正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない、ほのぼのとした光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北の山脈地帯は、標高1,000〜8,000m級の山々が連なり、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。

 また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局その試みは失敗に終わったらしい。

 ちなみに、第一の山脈で最も標高が高いのは、あの忌々しい「神山」である。今回、亮牙達が訪れたのは、神山から東に1,600kmほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。

 その麓にパイロを止めると、亮牙一行はしばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れ、女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐いた。先程まで生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって亮牙に謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようである。

 

「…さてと。旅行ならもっと見てたいところだが、そろそろ行くぞ」

「だね。ゆっくり鑑賞したいけど、ここは我慢我慢…」

 

 亮牙の合図を受け、ハジメは宝物庫にパイロを戻すと、代わりにとある物を取り出した。

 それは昨晩、亮牙がデビッドを処刑するために使おうとしたあの両刃斧で、今度は全部で五本ある。斧なんかどうするつもりなのかと愛子が疑問に思っていると、ハジメは小さな石が嵌め込まれた指輪を自らの指につけ、声を上げた

 

「テラクサドン、変身!」

 

 するとあら不思議、五本の斧はギゴガゴゴと音を立てて変形を始めたのだ。変形が終わると、斧は全て小さなプテラノドンに似た小型ロボットに変わっていた。燻し銀と緑を基調としたカラーリングで、頭部には水晶が目のように埋め込まれている。

 愛子が「えっ⁉︎」と驚愕の声を上げる中、五体のロボットは翼を広げて飛び上がり、その場で少し旋回すると山の方へ滑るように飛んでいった。堪らず彼女はハジメに問いかけた。

 

「あの、あれは…」

「僕が開発したトランスフォーマーです。武器と無人偵察機の両方の役割を担ってくれます」

 

 このハジメの新作「テラクサドン」は、ライセン大迷宮で遠隔操作されていたインフェルノ達を参考に、貰った材料から作り出したものだ。生成魔法により、そのままでは適性がないために使い物にならない重力魔法を鉱物に付与して生成した、重力を中和して浮く「重力石」に、インフェルノ達を操る元になっていた感応石を組み込み、更に彼らの目に使われていた「遠透石」を頭部に組み込んだのだ。この鉱物は感応石と同じように、同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映すことができるというもので、ミレディはこれで亮牙達の細かい位置を把握していたらしい。ハジメはパーセプターにこの遠透石を組み込み、テラクサドンの映す光景をパーセプターで見られるようにした。

 もっとも、人の脳の処理能力には限界があるので、単純に上空を旋回させるという用途でも五体の同時操作がハジメの限界だった。一体、ミレディがどうやって50体ものインフェルノを操作していたのか全くもって不思議だ。

 一応、「瞬光」に覚醒してから脳の処理能力は上がっているようで、一体までなら自らも十全に動きつつ精密操作することが可能であり、「瞬光」使用状態ならタイムリミット付きではあるが同時に10体を精密操作することも可能だ。

 今回は、捜索範囲が広いので上空から確認出来る範囲だけでもテラクサドンで確認しておくのは有用だろうと取り出したのである。既に彼方へと飛んでいったテラクサドン達を遠くに見つめながら、愛子はもういちいちハジメや亮牙のすることに驚くのは止めようと、おそらく叶うことのない誓いを立てるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者達も通ったであろう山道を進む亮牙達。魔物の目撃情報があったのは山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りなので、ウィル達も、その辺りを調査したはずである。そう考えたハジメはテラクサドンをその辺りに先行させながら、ハイペースで山道を進んだ。

 なお、六人の中で一番体力のない愛子はどうしているかと言うと、

 

「うぅ〜、灘君、やっぱり降ろして下さいよ〜」

「文句言うな。アンタじゃ俺達のペースについていけないだろ」

「先生だって一人の女性ですよ!こんな情けない格好は嫌なんです!」

「安心しろ、アンタのスカートなんざ覗かねぇよ。どうせハロー○ティの描かれたパンツでも履いてるんだろ?」

「んなっ⁉︎そんな物履いてませんよ‼︎私だってちゃんと大人の下着を……って何言わせるんですか!!?」

「アンタが勝手に言ったんだろうが」

 

 亮牙の右肩に担がれながら、下らない内容の喧嘩をしていた。

 本来、愛子のステータスはこの世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはないのだが、亮牙達はそれを遥かに凌ぐので、移動速度の速さについていけないのは明白だった。そのため亮牙が運んでいく事になったのだが、おんぶでもお姫様抱っこでもなく、荷物を運ぶかのように右肩に担いでいたのだ。それも愛子の尻が亮牙の顔に向く形でだ。

 我儘を言える立場ではないのは分かっているのだが、こんなみっともない担がれ方は嫌だと文句を言う愛子に、亮牙がまた憎まれ口を叩いてうが〜!と怒らせる。側から見るとケンカップルとも言える光景に、シアはまたヤキモチを焼いて、む〜!と頬を膨らませた。

 約一時間ちょっとで六合目に到着した亮牙達は、一度そこで立ち止まった。そろそろ辺りに痕跡がないか詳しく周囲を探る必要があるので、休憩がてら近くの川に行くことにした。ここに来るまでに、テラクサドン達からの情報で位置は把握していた。まずはウィル達も休憩がてらに寄った可能性があるので、川へ向かう事にした。

 山道から逸れて山の中を、シャクシャクと落ち葉が立てる音を何げに楽しみながら歩いていると、やがて耳に心地良い川のせせらぎが聞こえてきた。シアの耳が嬉しそうにピッコピッコと跳ねている。

 そうして六人が辿り着いた川は、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。索敵能力が一番高いシアが周囲を探り、鼻の効く亮牙も念のため周囲を探るが、魔物の気配はしなかった。取り敢えず息を抜いて、亮牙は肩から愛子を降ろすと、ハジメ達と同様に川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。途中、ユエとシアが「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむというわがままをしたが、休憩中ということもあり亮牙もハジメも大目に見た。どこまでも惚れた女には甘い男達である。

 

「もしかしたら、川沿いに上流へ移動した可能性もあるな…」

「だね。上流沿いにもテラクサドン達を飛ばしてみるよ」

 

 そう話し合いながら、亮牙とハジメは恋人達の姿を眺めた。ユエはパシャパシャと素足で川の水を弄んでおり、シアも素足となっているが、水につけているだけで、川の流れに攫われる感触に擽ったそうにしていた。

 愛子は川岸で腰を下ろし水分補給に勤み、スラッグはフォスから貰った海老チャーハンのおにぎりを美味しそうに食べていた。それを見た亮牙は、愛子に近づくと、自分の分のおにぎりを半分分け与えた。

 

「朝飯食ってないだろ?少ないが、取り敢えず食っとけ」

「ふふ、ありがとうございます。やっぱり灘君は優しいですね」

 

 愛子は微笑みながら亮牙にお礼を言った。それを見て、またヤキモチを焼いたシアが川から上がると、亮牙の背後からヒシッと抱きついた。突如、発生した桃色空間に愛子は頬を赤らめた。

 亮牙自身はシアを振り解く事はないが、背中に当たる彼女の胸の感触に、照れ臭そうな表情だ。そんな光景を微笑ましげに見つめていたハジメ達だが、次の瞬間、ハジメの表情は一気に険しくなった。

 

「…これは」

「ん、何か見つけた?」

 

 ハジメがどこか遠くを見るように茫洋とした目をして呟くのを聞き、ユエが確認する。その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。

 

「うん。川の上流に、盾や鞄がある。まだ新しいみたいだ…」

「でかしたぞハジメ。皆、そこに行って見るぞ」

「了解、案内は任せて」

「ん」

「はいです!」

「俺スラッグ、分かった」

「は、はい!」

 

 亮牙達は阿吽の呼吸で立ち上がると出発の準備を始め、再び猛スピードで上流へと登っていった。

 六人が到着した場所には、ハジメがテラクサドンで確認した通り、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。ただし、ラウンドシールドはひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態だった。

 六人が注意深く周囲を見渡すと、近くの木は何かが擦れた拍子に皮が剥がれたのか、高さ2m位の位置の皮が禿げているのを発見した。高さからして人間の仕業ではないだろう。シアに全力の探知を指示すると、亮牙は自らの嗅覚を研ぎ澄まし、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。

 先へ進むと、半ばで立ち折れた木や枝、踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕など、次々と争いの痕跡が見つかった。それらを発見する度に、特に愛子の表情が強ばっていく。暫く争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。

 

「亮牙さん、これ、ペンダントでしょうか?」

「ふむ、遺留品かもな。確かめよう」

 

 シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやらロケットらしく、留め金を外して中を見ると、誰かの妻か恋人なのか女性の写真が入っていた。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のもの、冒険者一行の誰かのものかもしれないので、一応回収しておいた。

 その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、身元特定に繋がりそうなものだけは回収していった。どれくらい探索したのか、既に日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

 未だ、野生動物以外で生命反応はなく、ウィル達を襲った魔物との遭遇も警戒していたのだが、それ以外の魔物すら感知されなかった。位置的には八合目と九合目の間と言ったところで、山は越えていないとは言え、普通なら弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくないはずで、亮牙達は逆に不気味さを感じていた。

 暫くすると、再びテラクサドンが異常のあった場所を探し当てた。東に300m程いったところに大規模な破壊の後があったのだ。ハジメに促され、全員がその場所に急行した。

 そこは上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい大きな川だった。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。

 

「まるでアウゲイアスの家畜小屋掃除だな」

「これは掘り起こしたってよりも、横合いからレーザーか何かで抉ったみたいだね…」

 

 ハジメがそのような印象を持ったのは、抉れた部分が直線的であったのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。更に、何か大きな衝撃を受けたように、何本もの木が半ばからへし折られて何十mも遠くに横倒しになっており、川辺のぬかるんだ場所には30cm以上ある大きな足跡も残されていた。

 

「ここで本格的な戦闘があったようだな…。この足跡の主は、大型で二足歩行みたいだから、山二つ向こうのブー太郎だろうな」

「えっ⁉︎なんでちび○る子ちゃんのキャラクターがいるんですが⁉︎」

「…ブルタールだよ亮牙。先生も間に受けないでください。でも、この抉れた地面は…」

 

 ハジメの言うブルタールとは、RPGで言うところのオークやオーガの事だ。大した知能は持っていないが群れで行動し、「金剛」の劣化版「剛壁」の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されている。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ないし、川に支流を作るような攻撃手段は持っていない筈だ。

 亮牙はしゃがみ込むと、地球史上最高の嗅覚を研ぎ澄まし、人間の匂いを辿った。僅かだが、下流の方から人間の匂いがした。恐らくここで襲われたウィル達は、下流に逃げたのだろう。今度は亮牙が先頭に立って、六人は下流へ向かって川辺を下っていった。

 すると今度は、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝に出くわした。六人は軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき、滝壺付近に着地した。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれた。するとそこでハジメの「気配感知」に反応が出た。

 

「おっ!これは…」

「ハジメ、何か見つけたのか?」

 

 水に匂いが掻き消されており、もう亮牙の嗅覚は使えない。ここは自分の出番だと、ハジメは暫く目を閉じて集中し、おもむろに目を開けると、驚いたような声を上げた。

 

「ビンゴ!気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う。場所はあの滝壺の奥だ」

「生きてる人がいるってことですか!」

「ハジメ、人数は?」

「う〜ん、一人だけみたいだ」

 

 シアや愛子は一様に驚いていた。それも当然だろう。生存の可能性はゼロではないとは言え、実際には期待などしていなかった。ウィル達が消息を絶ってから五日は経っており、もし生きているのが彼等のうちの一人なら奇跡だ。

 

「ん、任せて。『波城』、『風壁』」

 

 滝壺を見たユエが、魔法のトリガーと共に右手を振り払うと、滝と滝壺の水が真っ二つに割れ始め、更に飛び散る水滴は風の壁によって完璧に払われた。高圧縮した水の壁を作る水系魔法の「波城」と風系魔法の「風壁」である。

 詠唱をせず陣もなしに、二つの属性の魔法を同時に応用して行使したことに、愛子はもう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。

 魔力も無限ではないので、亮牙達は愛子を促すと、滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込んだ。洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。

 その空間の一番奥に、20歳くらいの青年が倒れていた。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色だ。それでも目立った怪我はなく、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいることと関係があるのだろう。

 亮牙はポケットから、イルワに用意してもらったウィルの似顔絵を取り出し、目の前の青年と見比べてみた。間違いなく、ウィル・クデタ本人のようだ。

 

「間違いねぇ。コイツが捜索対象のバカ息子のようだ」

「な、灘君。人様のお子様をそんな呼び方は…」

 

 何事もなく目の前の青年をバカ息子呼ばわりする亮牙に、流石に失礼だろうと愛子が注意した。だが、亮牙は鼻で笑った。

 

「バカ息子で充分だ。ギルド支部長の話じゃ、コイツは貴族としての恵まれた生活に辟易して、冒険者になろうとしたんだとさ。この星じゃ、貧乏人や奴隷の子として生まれてきちまう奴だって大勢いるってのによ」

 

 まさにその通りだ。恵まれた環境で育ちながら、そんな身勝手な理由でイルワ達ギルド職員や両親、消息不明となった冒険者達など、大勢の人々に迷惑をかけたのだ。

 それを聞いて愛子もなんとも言えなくなるが、亮牙はお構いなしにスラッグを呼んだ。見ると、滝壺の水を口に含んだのか、口が大きく膨らんでいる。

 首を傾げる愛子を尻目に、スラッグはウィルの顔面目掛けて、ブー!と思いきり口に含んだ大量の水を吐きかけた。

 

「ゲボ、ガホ⁉︎な、何だ……って貴方方は⁉︎」

 

 突然大量の水が顔面にかかり、鼻や気道に入ったのか咽せるウィルだったが、目の前に立つ六人の男女に気づくと驚愕の声を上げた。

 代表して亮牙が冷めた目で見下ろしながら答えた。

 

「目が覚めたな。俺たちはイルワ・チャングからの依頼でお前の捜索に来た冒険者だ」

「イルワさんが⁉︎そうですか、また借りができてしまったようだ…。あの、貴方方も有難うございます。あの人から依頼を受けるなんて余程の凄腕なのですね」

「ああそんなとこだ。取り敢えず一旦ウルまで戻るぞ。先生を送り届ける必要もあるしな」

 

 ウィルは尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うが、亮牙はぶっきらぼうに返すと、そのままウィルを肩に担ぎ上げて下山の準備を始めた。ウィルは慌てながらも、自分達の身に起きた事を伝えようとした。

 

「ま、待ってください!ここで何かあったか話さなくちゃ!」

「後にしろ。もうじき日も暮れる。何があったかは帰る途中で話せばいい」

 

 夜中は大抵の肉食獣の活動時間なので危険だが、日の入りまでまだ一時間以上は残っており、急げば日が暮れるまでに麓に着ける筈だ。ウィル達に何が起きたかは、帰る途中かウルに着いてから聞くでも良いだろう。ハジメ達四人も異論はないようだ。

 ブルタールの群れなど気になることはあるが、それは亮牙達の任務外だ。戦闘能力が低い保護対象を二人も連れたまま調査などもってのほかである。愛子とウィルも足手纏いになると理解しているようで、撤退を了承した。

 だが、事はそう簡単には進まなかった。再度ユエの魔法で滝壺から出てきた七人を、熱烈に歓迎する者がいたからだ。

 

「グゥルルルル…」

「あぁ?」

 

 漆黒の鱗で全身を覆ったドラゴンが翼をはためかせ、低く唸りながら金の眼で亮牙達を睥睨していたのだ。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・テラクサドン
 本作でハジメがオルニスの代わりに製作した人造トランスフォーマーで、プテラノドン型メカから両刃斧に変形する。
 原作でのオルニスと同じく偵察に使われる他、戦闘時には重力魔法を纏った強力な一撃をお見舞いする。
 モデルは『シージ』のバトルマスターの一体であるテラクサドン。玩具ではサイバトロン(オートボット)所属だが、『ジェネレーションセレクト』のWEBコミックではクインテッサ配下かつ、テラートロンのカットスロートの眷属となっている。

・ハロー○ティ
 意外かもしれないが、トランスフォーマーはサンリオともコラボしている(例:キュートランスフォーマー)





次回は年末年始で少し休むので、少しお待ち頂けると幸いです。
感想、評価お待ちしております。


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爆乳変態!ティオ・クラルス

明けましておめでとうございます!今年も『グリムロックは宇宙最強』を宜しくお願いします。
今月は月末にアースライズ版スカイワープ&サンダークラッカーが届く予定なのに、我慢出来ずにNetflix版メガトロンとスマッシュダウンを買っちゃった作者です(苦笑)

そして丑年、遂にありふれ一の爆乳を持つティオの登場です。タイトルは爆竜戦隊アバレンジャーを捩ってみました(笑)


 その竜は体長7m程、漆黒の鱗に全身を覆われ、五本の鋭い爪が生えた長い前足を持ち、背中に生えた大きな翼は魔力で纏われているらしく薄らと輝いていた。

 その翼を空中ではためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。だが何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながらもなお美しさを感じさせる光を放ち、空中より亮牙達を睥睨していた。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。

 その圧倒的な迫力は、かつてライセン大峡谷の谷底で見たハイベリアが小鳥に見える程で、まさに空の王者というに相応しい偉容さだ。蛇に睨まれた蛙のごとく愛子は硬直してしまい、ウィルはこの黒竜に見覚えがあるのか顔を青くしてガタガタと震えていた。

 ハジメ・ユエ・シアも、目の前の黒竜から感じる魔力や威圧感から、警戒を強めた。川に一撃で支流を作ったのも、青褪めたウィルの様子からして、おそらくコイツの仕業だろう。奈落の魔物で言えばヒュドラには遠く及ばないが、90層クラスの魔物と同等の力を持っている筈だ。

 だが、亮牙とスラッグは目の前の黒竜に対して何も感じていなかった。何せ彼らの本来の姿と比較して、目の前の黒竜は小さ過ぎる。本来の恐竜だった頃の彼らより小さいぐらいだ。同じ翼竜なら、もっと巨大で威厳のある者を彼らは知ってる。

 

「グルルル、グルルォオオオオオオオッ(何ガン飛ばしてやがる、死にたくなかったら失せろ)」

 

 亮牙はそう獣の言葉で、黒竜に向かって吠えた。別に無闇に殺すつもりはない。頭の良い野獣なら逃げていく筈だ。

 その咆哮に、恐怖で固まっていた愛子とウィルはギョッとなるが、吠えられた黒竜は答えなかった。代わりにウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向け、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束し出した。

 

キュゥワァアアア‼︎

 

 不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に不思議な音色が響き渡り、黒竜の口内にエネルギーが集まった直後、黒色のブレスが黒竜の口から一直線に放たれた。音さえ置き去りにしたレーザーの如きそれは、歴戦の冒険者や軍人ですら消し飛ばせる威力を持っていることだろう。

 だが、黒竜の判断は間違いであった。目の前の相手は、常識を踏み壊していく究極の規格外。喧嘩など売って良い相手などではないのだ。

 

爆炎大砲(ビッグファイアキャノン)!」

「グギャアアッ!!?」

 

 そう叫ぶと、亮牙の口から巨大な火炎弾が発射され、黒竜のブレスに直撃した。人間が放つ火球とは桁外れな威力の火炎弾は、下手人のブレスを相殺した。

 だが黒竜は死んではおらず、フラフラと飛びながらもまだ健在だ。普通なら丸焼きになってるところだが、亮牙の方はチャージ時間が短く、更にブレスを相殺した事で威力が削がれてしまい、持ち合わせたタフネスさで難を逃れたのだろう。

 

「「は?え、ええっ!!?」」

 

 黒竜のブレスをあっさり打ち破った亮牙に、恐怖で固まっていた愛子とウィルは目をぱちくりさせて驚いた。ハジメ達四人は亮牙の反撃に予想はついていたが、それを耐えた黒竜に少し感心していた。

 一方の亮牙は目の前の黒竜に、怒りではらわたが煮え繰り返っていた。情けをかけて見逃してやろうとしたのに、警告を無視した挙句、一番の雑魚である貴族のバカ息子を殺そうとしていた。事もあろうに、自分達の事など眼中にないと言わんばかりに。

 おかげで、シアや愛子とのじゃれ合いで忘れかけていた、昨晩のデビッド達や早朝の優香達への苛立ちも再び蘇ってきた。それらの怒りの矛先は今、ふらつきながらも宙を舞う目の前の無礼者に向けられた。

 

「シア」

「はい!」

「あれ頼む。あのカラスぶっ飛ばしてくる」

「はい、愛の共同作業作戦Part1ですね!お任せください!」

 

 シアは嬉しそうにそう言うと、全身に身体強化を施した。亮牙と恋仲になってからは「ダイナボットの祝福」により、従来より更に強化されるようになっており、本来のサイズのドラゴントゥースメイスすら振り回せるようになった程だ。

 一方の亮牙も重力魔法を自分自身に施し、体重を軽くした。重力魔法は物・空間・他人にかける場合や重力球自体を攻撃手段とする際は、多大な魔力と準備時間必要になるが、自らにかける場合はさほど消費の激しいものではない。亮牙自身もまだ完全にマスターした訳ではないが、今回は自分自身に施すため、その心配はない。

 ハジメ・ユエ・スラッグは二人がこれからする事を把握しているが、愛子とウィルは何をするつもりなのか分からず頭に?を浮かべた。そんな二人にお構いなしに、シアは軽くなった亮牙を片手で持ち上げた。

 

「行ってらっしゃいですぅ〜!!!」

「行ってきまーす!!!」

 

 その掛け合いと共に、シアはまるで槍を投擲するかの如く、黒竜目掛けて亮牙を投げ飛ばした。体重の軽くなった亮牙は、まるでメジャーリーガーの豪速球のように黒竜目掛けて突っ込むと、その土手っ腹に強力な頭突きをお見舞いした。

 

ドゴォォォォッ‼︎

 

「グギャアッ!!?」

 

 亮牙の頭突きを喰らい、黒竜は苦しそうに呻き、逆流した胃液を口から吐き散らした。だが吐血してないあたり、腹を守る鱗のおかげで、内臓損傷には至らなかったようだ。

 だが怒りに燃える亮牙の攻撃はまだ止まらない。激突した衝撃で黒竜の身体がぐらつくと、そのまま突き抜けてその頭上まで高く飛び上がった。そしてそのままビーストモードへと変身すると重力魔法を解除し、全長40mを超える巨体で、自身より遥かに軽い黒竜へとのし掛かったのだ。

 

「キャノンボールアタック‼︎」

 

ドスゥゥゥゥゥゥゥン!!!

 

「グガァアアアアアアッ!!?」

 

 グリムロックの何十トンもの巨体でのし掛かられた黒竜は、そのまま勢いよく地上に墜落した。流石に頑強な鱗を以てしてもこれには耐えられなかったらしく、苦しそうな呻き声を上げた。

 地上では墜落の衝撃により、まるで小さな隕石が墜落したかのような余波があったものの、こうなる事をある程度予測していたハジメ達は、ユエがすかさず結界を張った事で難を逃れていた。四人には見慣れた光景だったが、愛子とウィルはそうはいかなかった。

 

「アイエエエ、ママ〜…」

 

 ウィルは尻餅をついたまま、急性ニンジャリアリティショックでも発症したかのように呟きながら震え上がっていた。唯でさえ冒険者に向いてないのに、並の冒険者でも驚きを隠せないであろう光景が目の前で繰り広げられれば、無理もないだろう。

 

「ほげぇえええええ⁉︎な、灘くぅぅぅぅぅぅん!!?」

 

 一方の愛子は、勢いよく宙に上がった生徒が、突然巨大な恐竜のロボットに変貌するというありえない光景に、まるで某海賊漫画の如く盛大なエ○ル顔となっていた。

 

「な、な、南雲君‼︎これは一体!!?」

「あ、言ってなかったですか?実は、亮牙自身トランスフォーマーなんです」

「いやいや聞いてませんよ⁉︎本当にあの怪獣ロボットが灘君なんですか⁉︎」

「アハハハ。まあ、普通はそうなりますよね。僕らも最初は同じ反応でしたから」

「いや、笑い事じゃないですよ!!!」

 

 そんな愛子達にお構いなしに、地上に降りたグリムロックは立ち上がると、腹の下にいる黒竜を睨みつけた。普通の魔物や並大抵のトランスフォーマーならとうに死んでいる筈だが、未だしぶとく生きているタフネスさには感心したものだ。

 しかし、先程の無礼を許すつもりは一切ない。彼は鋭い牙の並んだ口を大きく開いた。

 

『ちょっ、ま、待──』

 

ガブリッ!!!

 

 何か聞こえた気がするがお構いなしに、グリムロックは黒竜に噛み付いた。体長7mはある黒竜だが、40mを超えるグリムロックの前では小動物も同然、そのまま彼の口内に加えられ、硬い鱗に無数の牙が突き刺さった。

 

 

 

 

 

『アッーーーーーなのじゃああああ〜〜〜〜〜!!!』

 

 

 

 

 

 やはり何か聞こえた気がするが、怒りで昂ったグリムロックは気にも留めない。口からはみ出している黒竜の首と尾が痛みに悶える中、口に炎を溜め込むと、そのまま大きく回転し始めた。

 

灼熱大車輪(フライトブレイズスピン)!!!」

 

『た、頼む待っ── ぬぅおお熱ゃアアアアアアッーーー!!?

 

ビュンビュンビュンビュン‼︎ !

 

『あんっ!あひぃん!お願いらめぇ‼︎あぁん!だけどイッちゃう、イッちゃうのじゃあ〜!!!』

「ち、ちょい待ち亮牙!空耳かと思ったけど、やっぱり其奴なんか喋ってない⁉︎」

 

 空耳かと思ったが、やっぱりあの黒竜から女性らしき声が聞こえることに気付いたハジメが、大慌てで止めに入った。昂っていたグリムロックも親友の言葉に気付き、回転するのをやめた。しかし、黒竜はまだ口に咥えたままだ。

 

『はぁ、はぁ、死ぬかと思ったのじゃ…』

 

 女の声はやはり、亮牙の口内に捕らえられた黒竜から聞こえてきた。と言っても直接声を出しているわけではなく、広域版の念話の様に響いていた。竜と人間じゃあ発声器官など当然異なっているので、空気の振動以外の方法で伝達しているのだろう。

 だが、そもそも人の言葉を話せる魔物自体が有り得ないのだ。現在のところ唯一確認されているのは、シアが目撃したエイだけだ。一般的な認識でも、人の言語を解する魔物など唯一の例外を除いて存在しない筈である。

 更に言えば、眼前の黒竜の存在自体がおかしい。いくらなんでも大迷宮以外でグリムロックと同等のブレスを吐ける上、彼の顎と牙に耐えられるような強力な魔物が、こんな場所にいる筈ないのだ。もし生息していたのなら、その危険性故に広く周知されている筈だ。

 故に、ここで推測出来る可能性は二つだけだ。一つはこの黒竜が、五つ目の山脈地帯よりも向こう側の完全に未知の魔物である事だ。そしてもう一つは…

 

「…もしかして、竜人族なの?」

『む?如何にも、妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ?凄いんじゃぞ?だからの、いい加減吐き出して欲しいのじゃが…。そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で元に戻ったら妾、間違いなく噛み潰されてしまうのじゃ…』

 

 ユエがまさかと思いつつ黒竜にした質問の答えは、予想通りの大正解だった。ハジメとグリムロックは内心、この世界に来て一体何度「レアな存在」と出会うのかと、自分達の運に呆れるのであった。300年前に滅びたはずの吸血鬼族のユエに、この時代の先祖返りであろうシア、生き別れた盟友スラッグに、極め付けは500年以上前に滅びたはずの竜人族である眼前の黒竜だ。

 

「…何故、こんなところに?」

 

 グリムロックとハジメが自分に呆れている間に、ユエが黒竜に質問した。彼女にとっても竜人族は伝説の生き物だ。自分と同じ絶滅したはずの種族の生き残りとして興味を惹かれるらしく、瞳に好奇の光が宿っていた。

 

『いや、そんなことより口から出して…。魔力残量がもうほとんど──ってひゃん♡いやぁん⁉︎止めるのじゃ!お、お腹をペロペロするのはダメじゃ!感じちゃうのじゃ〜‼︎』

 

 ユエの質問を無視して自分の要望を伝える黒竜だが、グリムロックの舌がお腹を擽るように動き、嬌声を上げて身悶えた。出会った当初の偉容はまるで夢幻だったとでも言うように微塵も見受けられなかった。

 

「滅んだはずの竜人族が何故こんなところにいるのか、僕も気になるな。ここまで来る時に見た破壊の痕や、ウィルさんの様子からして、明らかに下手人みたいだし」

 

 ハジメとしても、伝説の竜人族の行動にしては余りに不自然なので、本来敵であるなら容赦はしないのだが、少し猶予して話を促した。

 だがまずは、グリムロックの口から出してやるべきだろう。当の本人は、未だ黒竜を咥えたまま、吐き出そうとしなかった。

 

「あ〜亮牙さんやい。話聞きたいから、吐き出してやってよ」

ほへふひむほっふ(俺グリムロック)ふぃひゃふぁ(嫌だ)

 

 だが当のグリムロックは、黒竜を吐き出すのを拒んだ。それを聞いて一行は黒竜を含めて、えっ?となる。

 

「ち、ちょっと灘君⁉︎南雲君の言う通り話を聞く必要があります!早く吐き出しなさい‼︎」

ほへふひむほっふ(俺グリムロック)ほひふほはひ(コイツの味)ふぃにひっは(気に入った)ふぁはふぁほへ(だから俺)ふぉひふふう(コイツ食う)

「俺スラッグ、どうやらグリムロック、ティラノサウルスの本能が目覚めたみたいだ」

「スラッグ、言ってる場合じゃない…」

『ま、待って欲しいのじゃ‼︎このまま食べられるのは嫌じゃ!お願いだから出し──あはぁ〜ん♡そ、そこは胸なのじゃ!変なところを舐めないで欲しいのじゃ////』

 

 スラッグの言う通り、今のグリムロックは興奮状態で黒竜に噛み付いた結果、口内に流れる血の味に肉食動物としての本能が目覚めてしまったらしい。このまま黒竜を食べたいようだ。

 だが当の黒竜からしてみれば堪ったものじゃない。それだけは勘弁してくれと言わんばかりに、グリムロックの口からはみ出た首や尾をうねらせてもがいた。彼の舌が敏感な箇所に当たって悶絶しながらだが。

 ハジメ、ユエ、愛子がどうしたものかと頭を悩ませていると、思わぬ人物が黒竜に救いの手を差し伸べた。そう、我らがヒロイン、シアだ。

 

「こらっ、亮牙さん!メッですよ!今すぐペッしなさい!」

へほひは(でもシア)ふぉひふふふぁひ(コイツ美味い)ほへふひむほっふ(俺グリムロック)ふぉひふふひはひほ(コイツ食いたいの)

「でもじゃありません‼︎あんまり我儘言うと私、亮牙さんの事嫌いになっちゃいますよ‼︎」

ほへふひむほっふ(俺グリムロック)ふぉへはふぃひゃふぁ(それは嫌だ)!」

 

 恋人にそう言われてしまい、慌てたグリムロックはウゲェ〜と黒竜を吐き出した。漸く自由の身となった黒竜だが喜ぶのも束の間、勢いよく吐き出されてしまい、『のじゃあ〜!!?』と悲鳴を上げながら滝壺にザバァンと墜落した。

 だが当のグリムロックにはそんな事どうでも良かった。彼には不安そうな顔でシアを見つめた。

 

「俺グリムロック、言うこと聞いたぞ!ねえ嫌いにならないで、お願い‼︎」

「ふふっ、私がそれくらいで亮牙さんを嫌いになる訳ないじゃないですか。私も言い過ぎちゃいましたね」

 

 そんな恋人の様子に、シアは呆れつつも優しく微笑みながら、よしよしと頭を撫でた。彼女としてもそんなつもりはなかったのだが、明らかに女性だと思われる黒竜が変な嬌声を上げる度に少しヤキモチを焼いてしまい、少し意地悪をしたくなったのだ。

 グリムロックも落ち着きを取り戻して人間態に戻ったものの、再びシアに甘え出した。

 

「その、シア。キスもして欲しいんだが…////」

「も〜、亮牙さんったら本当に甘えん坊さんなんですから〜♡キスぐらい好きなだけしてあげますよ♡」

 

 そう言いつつもシアは嬉しそうに、照れ臭そうな亮牙にキスしてあげるのであった。何だかんだで仲の良いカップルである。

 そんな光景にハジメ・ユエ・スラッグの三人は呆れつつも苦笑し、愛子は「コラ〜!不純異性交遊です‼︎」と顔を真っ赤にして怒った。ウィルに至っては完全について行けず蚊帳の外だ。

 

「あ〜、その〜、そろそろ妾の方にも気づいて欲しいのじゃが…」

「「「「「「「あっ」」」」」」」

 

 聞き覚えのある声に漸く七人ともハッとなり、声のした方へ振り向くと、滝壺の岸にずぶ濡れの女性が這い上がっていた。ハジメと同じ黒髪だが腰まで伸びた艶やかなストレートの金眼で、身長170cm前後の20代前半くらいの美女だ。

 だが何より目を惹くのは…

 

(………シアよりデカいな)

 

 そう、亮牙が感じたように、見事なバストの持ち主だった。シアの巨乳をメロンと例えるなら、スイカとでも形容すべき爆乳だ。日本の着物に似た衣服を着ているが、乱れたのか遊女の如く肩口まで垂れ下がっており、今にもその爆乳がこぼれ落ちそうになっている。

 黒竜の正体が爆乳美女だった事に、ユエと愛子はこの世の終わりとでも言わんばかりの絶望した表情で、自分自身の胸元を摩っていた。一方シアは、自慢の巨乳を上回るナイスバディの持ち主が突然現れたために、

 

「見ちゃダメです亮牙さん!おっぱい好きの亮牙さんには刺激が強過ぎますぅ〜‼︎」

 

と叫びながら、必死に恋人の目線を隠そうとしていた。

 黒竜は岸に上がると、息も絶え絶えになりながら自己紹介を始めた。若干、興奮したような目で亮牙を見ていたが…。

 

「面倒をかけた。本当に、申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ。…と、話は変わるが治癒師はおらんか?このままでは妾死ぬかも…」

「…ああ。そう言えば俺、お前を半殺しにしてたな」

 

 どうやら竜形態のダメージが反映されているらしく、よく見るとティオ・クラルスと名乗った女は全身から血を流していた。一度は滝壺の水で洗い流されたようだが、傷口は塞がっていないらしくまだ所々出血していた。

 そう言われて漸く自分のした事を思い出した亮牙は、神結晶の塊を取り出すと魔力を込めて握り締めた。たちまち神水が溢れ出て、ティオの身体に滴り落ちて傷を癒した。

 漸く回復したのかふぅと息を吐く彼女の胸ぐらを、亮牙は容赦なく掴みかかった。決して彼女の爆乳の感触を楽しみたかったわけではない。

 

「んぐぅ!!?」

 

 おおよそ女性が出しちゃ駄目なタイプの悲鳴を上げるティオだが、何処か恍惚の表情を浮かべていた。

 

「さてと、お互い落ち着いたところで話し合いと行こうか。周囲の破壊の痕やこのクソガキの様子からして、お前が下手人のようだが、何の目的でそんな真似した?それに絶滅した竜人族が何故こんな場所にいやがる?全て洗いざらい話してもらうぞ。少しでも怪しい素振りを見せたら、この滝壺にいる魚どもの餌にするからな」

「くふぅ!妾を女としてどころか、まるで家畜小屋の豚でも見るような目で見おって…。よ、良かろう。何でも答えようぞ。ただ、少し聞きた──のじゃああああ〜!!?」

 

 ティオが言い淀んだ瞬間、亮牙はその剛腕で容赦なく彼女を揺さぶった。彼女は爆乳をブルンブルンと揺らしつつ、何故か嬌声をあげた。

 

「俺は気が短いんだ。さっさと言わねぇとその乳房もぎ取って、ユエと先生のペチャパイに一つずつ移植するぞ」

「「誰がペチャパイだ(ですか)!!?」」

 

 堂々とティオの爆乳と自分達の貧乳を比べられ、余計なお世話だと言わんばかりにユエと愛子の怒りの声が響いた。

 

 

 

 

 




まともなティオさんを見たかった皆様、すみません(苦笑)
ケツこそ掘られなかったけと、グリムロックは容赦してくれなかったのでMになっちゃいました!

技名は恐竜キングや『アドベンチャー』のグリムロックから、台詞が幼稚っぽいのはザ・ムービーや2010へのオマージュです。

感想、評価お待ちしております。


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ドMとマザコン

あっという間に本作もお気に入り登録400件突破、嬉しい限りです!
もし500件突破したら、記念にR18作品で主人公とシアのイチャラブでも書いてみようかな。

MPサンダークラッカー、タカラトミーモール限定か…。ラクトナイトと一緒に買おうかな。


 亮牙にペチャパイ呼ばわりされ、怒り狂ったユエと愛子が漸く落ち着きを取り戻すと、一行はウィルとティオから何があったのかを聞いた。

 

 まずは被害者であるウィルの方からだ。

 彼らは五日前、亮牙達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然ブルタール10体と遭遇、流石にその数の連中と遭遇戦は勘弁だと撤退に移ったが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川で囲まれてしまった。

 包囲網を脱出するために盾役と軽戦士の二人を犠牲にしつつも、追い立てられながらも川沿いに出るや否や、前方に現れた竜形態のティオが特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

 彼が流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門のティオに挟撃されていたという。

 

 次に下手人であるティオに話を聞くと、とある男に操られ、ウィル達を見つけて殺せと命じられ、亮牙達に牙を向いたのは本意ではないらしい。

 彼女は、異世界からの来訪者について調べると言う目的のため、竜人族の隠れ里から叔父と共にやって来たそうだ。詳細は省かれたが、竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数ヶ月前に大魔力の放出と何かがこの世界にやって来たことを感知したとの事だ。

 竜人族は表舞台には関わらないという種族の掟があるらしいのだが、流石にこの未知の来訪者の件を何も知らないまま放置するのは、自分達にとっても不味いだろうと、議論の末に調査の決定がなされ、一族の中でも高い実力を持つティオと叔父が派遣された。

 本来なら、山脈を越えた後は人型で市井に紛れ込み、竜人族であることを秘匿して情報収集に励むつもりだった。だがその前に一度しっかり休息をと思い、叔父が偵察に出ている間にティオはこの一つ目の山脈と二つ目の山脈の中間辺りで、竜人族の代名詞たる固有魔法『竜化』により黒竜状態となって休んでいた。

 だが睡眠状態に入ったティオの前に、一人の黒いローブを頭からすっぽりと被った男が現れ、眠る彼女に洗脳や暗示などの闇系魔法を多用して徐々にその思考と精神を蝕んでいった。当然、そんな事をされれば起きて反撃するのが普通だが、例の諺の元にもなったように、竜化して睡眠状態に入ったら尻でも蹴飛ばさない限り起きないという竜人族の悪癖が仇となった。それでも竜人族は精神力においても強靭なタフネスを誇るので、そう簡単に操られたりはしない筈だった。だが、その男は闇系統の魔法に関して天才レベルで、丸一日かけて間断なく魔法を行使された結果、完全に洗脳されてしまったらしい。

 ティオはその失態に一生の不覚!と言った感じで悲痛そうな声を上げた。だが、「仕事ほっぽり出して丸一日爆睡していたバカに言われてもな」と亮牙に一蹴され、他の皆もバカを見るような目で見られ、彼女は視線を明後日の方向に向けると、何事もなかったように話を続けた。

 洗脳後は男に従い、二つ目の山脈以降で魔物の洗脳を手伝わされていた中、一つ目の山脈に移動させていたブルタールの群れが、山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇し、目撃者は消せという命令を受けていたため、これを追いかけた。うち一匹が男に報告に向かい、万一、自分が魔物を洗脳して数を集めていると知られるのは不味いと万全を期して、ティオを差し向けたらしい。

 そして亮牙にフルボッコにされて洗脳が解けた彼女は、事情を説明しようとするも無視され、散々噛みつかれて焼かれ、身体を舐め回された挙げ句、滝壺へと吐き出されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今更ながら、何たる所業よ。妾、結構美人じゃと思うのに、人の姿になっても容赦せんし…。おまけにお主、妾の身体をいやらしく舐め回──あひぃぃぃぃぃぃん♡」

 

 捕食者の本能に目覚めて血の味を楽しんでただけなのに、性犯罪者みたいな言われ方をされてムカッとした亮牙は、此方を向いて話していたティオの背を自分に向けさせたかと思うと、思い切りバシィン!と彼女の尻を引っ叩いた。

 常人なら下半身が吹き飛ばされている亮牙の剛腕だが、耐久値が高い竜人族のティオにとっては普通に尻を引っ叩かれた程度で、嬉しそうに嬌声を上げた。そんな彼女を指差して、亮牙は仲間達に話しかけた。

 

「見ろよ皆。モノホンのマゾヒストだぜ」

「「ちょっ!!?堂々と指差すな(んじゃありません)!!!」」

「ん、マゾヒストって何?」

「俺スラッグ、確か痛めつけられるのが好きな奴のことだったと思う」

「確かにそんな感じですぅ…」

「ぶ、無礼者!妾にそんな趣味はない!大体竜人族は痛いと感じる経験もそもそも殆ど無いのだぞ!」

「五月蝿ぇ」

「ああ〜ん♡」

 

 再び尻を叩かれ、AV女優の若く嬌声を上げるティオ。仲間達がドン引きする中、亮牙は無視して話を続けた。

 

「取り敢えず下山するぞ。黒幕が何故魔物達を操ってるのか解らんし、こっちは足手纏いが二人もいるからな」

「ち、ちょっと待つのじゃ!まだ魔物の数とか、その男の事とか…」

「何だよ、覚えてるならさっさと言えよ」

「そ、そう言われてもの〜う。妾とて嫁入り前の乙女じゃと言うのに、こうも酷い目に遭わされて──」

「なら結構。元々俺達の仕事じゃねえからな」

「ま、待つのじゃ!ほら、さっきみたいに無理矢理拷問にかけたら、妾きっと教えるぞ!」

「俺は戦い好きだが拷問好きの変態じゃねぇ!さっさと街に戻──」

 

 そうキラキラと期待した目を向けてくるティオに対して、亮牙は巫山戯るなと一蹴する。遥か昔、メガトロナスの直属部隊に拷問大好きの部隊がいたが、あんな連中と同類扱いなど御免被る。

 彼はさっさと下山しようとするが、逃すものかとティオは彼の腕を掴んだ。

 

「な、ならば…」

「あ?またやんのか?」

「わ、妾の胸を揉ませてあげるのじゃ!いや、揉んでください!」

 

 そう言って掴んだ亮牙の手を、自身の豊満な乳房へと引っ張っていくティオだったが…

 

「私の恋人に卑猥な事するんじゃね〜ですぅ!!!」

「ぐふぅ〜‼︎」

 

 そうはさせるものかとシアが飛び出して、容赦なく飛び蹴りを喰らわせた。ティオは地面にめり込み、ビクンビクンと手足を痙攣させた。

 

「私よりおっぱいが大きいからって、調子に乗らないでください!亮牙さんには、私のおっぱいだけで充分ですぅ!」

 

 そう言ってプンプンと怒りながらシアは亮牙を抱きしめ、自慢の巨乳に彼の顔を埋めさせながら、ティオにべー!と舌を出した。

 一方の亮牙だが、ティオの爆乳を揉んでみたかったと言う残念な気持ちも少しあったが、今は恋人の巨乳の柔らかい感触を思う存分堪能していた。愛子は相変わらず「破廉恥です‼︎」と怒っていたが。

 

「…巫山戯てる場合ですか‼︎」

 

 すると、今まで蚊帳の外だったウィルの怒声が響いた。シアに蹴飛ばされてピクピクと痙攣するティオを、彼は怒りを込めた瞳で睨みつけていた。

 

「操られてたかどうか知らないけど、ゲイルさん、ナバルさん、レントさん、ワスリーさん、クルトさんは此奴に殺されたのは事実ですよ‼︎ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって…。彼らの無念を考えれば、今すぐこの場で殺すべきですよ‼︎」

 

 ウィルのその言葉に、愛子はどう言えば良いかオロオロするが、

 

「知るか。俺達にとっては赤の他人だ。それに連中もプロである以上、仕事中に殉職する覚悟は出来てただろうよ。テメェと違ってな」

 

 亮牙は容赦なくそう一蹴した。未だシアの谷間に顔を埋めたままという締まらない姿でだが。

 彼の言う通り、今回死んだ冒険者五人は、亮牙一行とは何の接点もなく、どんな奴だか知りようもない。とは言えイルワが選び、足手纏いであるウィルの命を守り切った点からして、冒険者としては相当優秀だったのは明白だ。当然、万が一の際は死も覚悟していただろう。

 ハジメ達四人も同じ考えのため、亮牙の主張に口出しするつもりはなかった。そのあまりにも正論だが冷酷な一言にウィルは固まり、それでも何か言おうとした。

 そんな態度に苛立った亮牙は、シアの谷間から顔を出すと、宝物庫のポーチからナイフを取り出し、ウィルの手を掴んで握らせた。

 

「そんなに憎けりゃテメェでケリつけろ。今ならテメェみてえなカスでも殺せるしな」

 

 そう言われたウィルだが、戸惑うように「え、あ…」と声を漏らし、握らされたナイフを青褪めた顔で見つめていた。

 愛子は止めさせようと叫ぼうとしたが、ハジメが制した。これは部外者が簡単に口出しして良い問題ではないのだ。

 

「さっさとしろよ。ソイツをぶっ殺したくて堪らないんだろ?まさか、獣だと思ってたら人の姿になったもんで、人殺しにはなりたくないとでも言う気か?」

「い、いや、私は…。も、もし反撃した時に備えて貴方が──ぐふっ!!?」

 

 貴方が代わりに殺してください、そう言おうとしたウィルの頬を亮牙はぶん殴った。無論、肉片にならないようか〜な〜り加減して。

 ウィルは口から血を流してナイフを落とすと、涙目で頬を押さえた。だが亮牙は容赦なく、彼の胸倉を片手で摘み上げた。

 

「貴族だからって誰もが言うこと聞いてくれると思ったら大間違いだぞ。散々粋がってたくせに力はねぇ、覚悟もねぇ、つくづく情けねぇ野郎だな」

「わ、私はただ…」

「確かにその五人を殺したのはコイツだが、連中が死んだのはテメェのせいでもあるだろ。支部長のチャングが厳選したってことは相当のプロだ。足手纏いのテメェさえいなけりゃ、全滅する事なく撤退できた筈だ」

「そ、そんな…」

「俺のモットーはな、『勝者達の間に弱者の割り込む余地はない』だ。だからテメェみたいに口だけ達者な弱者は大嫌いなんだよ。命を奪い合う覚悟もねえ腰抜けは、偉そうな事吐かさずただ怯えてろ」

 

 亮牙は心底侮蔑のこもった瞳でウィルを睨みながら、そのまま彼の胸倉を離してそう吐き捨てた。ウィルは何も言えず、その場に力なく座り込んだ。

 そんな彼に最早見向きもせず、亮牙は倒れたままのティオに声をかけた。

 

「おい、いつまで狸寝入りしてるんだ。このガキの報復も受け入れるつもりだったんだろ?」

「…うむ。その童の怒りも尤もじゃ。死ぬわけにはいかんが、一太刀ならば受け入れるつもりじゃった。だが、さっき話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」

 

 ムクリと起き上がるとそう告げるティオを見つめながら、ユエが口を開いた。

 

「…なら、嘘じゃない。竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は『己の誇りにかけて』と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」

「ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは…。いや、昔と言ったかの?」

「…ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」

「何と、吸血鬼族の…。しかも三百年とは…。なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は…」

「…今はユエと名乗ってる。大切な人に貰った大切な名前だから、そっちを使ってくれると、今は嬉しい」

 

 薄らと頬を染めながら両手で何かを抱きしめるような仕草をするユエ。彼女にとって竜人族とは正しく見本のような存在だったらしく、話す言葉の端々に敬意が含まれていた。ティオの言葉を肯定したのも、その辺りの心情が絡んでいるのかもしれない。

 ここまで言われては最早ウィルには何も言える事などなかった。そんな様子に、ハジメは仕方ないと溜息を吐き、遺留品のペンダントを取り出した。

 

「ウィルさん、これはゲイルって人の持ち物ですか?せめてそれを遺族に渡してあげてください」

 

 そう言って彼は、取り出したロケットペンダントを放り投げた。ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめ嬉しそうに相好を崩した。

 

「これ、僕のロケットじゃないですか⁉︎失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね!ありがとうございます!」

「あれ?君のだったの?」

「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」

「マ、ママ?」

 

 予想が見事に外れた挙句、斜め上を行く答えが返ってきて、ハジメは思わず頬が引き攣った。

 写真の女性は20代前半で、その事を尋ねると、「せっかくのママの写真なのですから若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」と素で答えられた。

 

「マゾヒストの次はマザコンかよ…」

 

 ドン引きした表情の亮牙の言葉は、その場の全員の総意であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えずウィルも先ほどより落ち着いたので、下山の準備をしようとする亮牙だったが、愛子が待ったをかけた。

 

「ち、ちょっと待ってください灘君!ティオさんで宜しかったですか?そのローブの男について教えて頂いても宜しいでしょうか…?」

「うむ、そうじゃったな…」

 

 亮牙達にとっては依頼範囲ではないのだが、仕方ないのでそのままティオの話の続きを聞くことにした。黒ローブの男は群れの長だけを洗脳することで効率よく魔物の数を増やしていき、彼女が最後に見た限りでは千単位の魔物を洗脳し、その大群でもって町を襲うつもりらしい。

 最初、その黒ローブの男は魔人族かと思われたが、ティオによるとその正体は黒髪黒目の人間族で、まだ少年くらいの年齢だったというのだ。それに竜形態の彼女を配下にした際、「これで自分は勇者より上だ」等と口にしていたらしい。

 黒髪黒目の人間族の少年で、洗脳系の魔法が使える闇系統魔法に天賦の才がある者。ここまでヒントが出れば、流石に一人の男が容疑者に浮かび上がる。

 

「成る程、お探しの泥水とやらが、今回の騒動の黒幕だったか」

「清水君ですよ!でも、何で彼がそんな事…」

「無理もねえよ。唯でさえ神の使徒だと煽てられてた中、俺への殺人未遂が事故として片付けられたんだ。自分達は偉いんだから何をしても許される、なんて増長する輩が出てくるに決まってる」

「うっ、確かに、檜山君の件がありますからね…」

 

 愛子は本来なら生徒の仕業ではないと信じてあげたかったものの、亮牙にそう言われ、様々な状況証拠も重なり、否定する事が出来なかった。

 

「ふむ。妾が聞いた限りでは、其奴は勇者を毛嫌いしておるみたいじゃったが…」

「生憎、召喚された中で勇者の天職持ってたのは一人だけだ。だから一番贔屓されてたし、それを妬んだんだろうよ」

「あれほどの使い手が妬むとは…。その勇者は余程強いのか?」

「只のカカシだ。お前なら取り巻き諸共、瞬きする間に皆殺しに出来る」

「…そ、そんな弱者にこの世界が救えるのか?」

「さあな。道化みたいな奴だし、笑いで世界を救うんじゃねえか」

 

 そんな事を亮牙とティオが話していると、突然ハジメが遠くを見る目をして「おお、これはまた…」などと呟きを漏らした。ティオの話を聞いてから、彼はテラクサドン達を回して魔物の群れや黒ローブの男を探しており、遂に一体がとある場所に集合する魔物の大群を発見したのだ。

 

「事態はもっと深刻だよ。見た限りじゃあ、一万ってレベルだ…」

 

 ハジメの報告に全員が目を見開いた。しかもどうやら既に進軍を開始しているようで、間違いなくウルの町がある方向を目指している。このまま行けば、半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。

 

「は、早く町に知らせないと!避難させて、王都から救援を呼んで、それから、それから…!」

 

 事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとした。いくら何でも数万の魔物の群れが相手では、チートスペックとは言え戦闘経験がほとんどない愛子、駆け出し冒険者のウィルに、まだ魔力が全快したわけではないティオでは相手どころか障害物にもならない。ウルで待機してるであろう優香達もトラウマを持っているので、戦力外なのは明白だ。

 なので彼女の言う通り、一刻も早く町に危急を知らせて、王都から救援が来るまで逃げ延びるのが最善だ。そんな中、ふとウィルが呟くように尋ねた。

 

「あの、亮牙殿なら何とか出来るのでは?」

 

 彼の言葉に愛子とティオが亮牙を見つめた。確かにティオを一方的にぶちのめした亮牙なら、例え万の魔物が相手だろうと殲滅できるだろう。更に一行には、同じ実力を誇るスラッグに、ハジメ・ユエ・シアも人類最強クラス、更には神水で完全復活したティオもいる。

 期待の籠もった瞳で見つめられる亮牙だったが…

 

「知るか。俺は命令されるのは嫌いだ」

「俺スラッグ、何でもかんでも嫌いだ」

 

 どこまでも我が道を行く、マイペースなダイナボット達であった。

 そんな中、思いつめたような表情の愛子がハジメに問い掛けた。

 

「南雲君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

「ん?いえ、さっきから群れをチェックしているんですが、それらしき人影はないですね」

 

 返ってきた答えに、愛子はまた俯いた。そして、ここに残って黒いローブの男が本当に清水なのかどうかを確かめたいと言い出した。生徒思いの愛子の事だ。このような事態を引き起こしたのが自分の生徒なら放って置くことなどできないのだろう。

 そんな愛子を見て、亮牙は溜息を吐くと、彼女の額にデコピンを喰らわせた。

 

「あいたっ!!?何するんですか灘君‼︎」

「馬鹿な事言ってんじゃねえ。無力なアンタが残ったところで何が出来る?聖女マルタのタラスク退治みたいな真似が出来るとでも言うつもりか?」

「で、でもっ…!」

「取り敢えず落ち着け。一旦街に戻って伝えるのが先決だろ。宿のオーナーには一宿一飯の恩があるし、それくらいの義理は果たすさ」

「わ、分かりました…」

「まぁ、ご主じ……コホンッ、彼の言う通りじゃな。まずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ。妾も一日あれば、だいぶ回復するはずじゃしの」

 

 そう言われ、愛子は渋々ながらも納得した。清水への心配は一時的に押さえ込んで、まずは町への知らせと、そこで待っている優香達の安全の確保を優先することにした。

 それに後押しするようにティオが言葉を投げかけた。若干、亮牙に対して変な呼び方をしそうになっていた気が、敢えて皆スルーした。

 

「よし、じゃあ町に戻ろうか。パイロで飛ばせば何とかなるだろうし」

「いや、必要ねえよハジメ」

「え、どうするのさ亮牙?」

「俺とスラッグが飛んでく。その方が速いし、町の連中も危機感が増して避難も捗るだろ」

「俺スラッグ、グリムロック頭良い」

 

 そう言うと亮牙はグリムロックに戻り、スラッグもロボットモードになる。ティオやウィルはまたギョッとなっていたが、愛子は最早驚くのも疲れた様子だ。

 グリムロックが掌にシアと愛子を、スラッグが掌にハジメとユエを乗せ、何故かウィルはロープで縛られてスラッグの片足に繋がれていた。

 

「ち、ちょっと待って欲しいのじゃ!わ、妾はどうするつもりじゃ⁉︎」

「は?叔父と来てるんだろ?ならソイツと再開すれば良い話じゃねえか…」

「い、いや〜、出来れば妾も町まで連れてって欲しいのじゃが……って嫌そうな顔!!!」

 

 自分もウルまで連れて行って欲しいと言うティオに、凄く嫌そうな顔をするグリムロックだったが、シアや愛子の説得もあり、渋々ながらも連れて行くことにした。

 但し、スラッグの足に繋がれたウィルと同様に片足に彼女を繋いでだ。おまけに何故か、亀甲縛りでティオの肢体を強調する形で。

 

「ななな灘君!何であんな破廉恥な縛り方するんですか⁉︎」

「え?ハジメの読んでた本じゃ、女はああやって拘束するって書いてあったぞ」

「ちょっと亮牙⁉︎それエロ本だから‼︎ってか人の恥ずかしい秘密暴露しないでよ⁉︎」

「こ、この縛り方、凄く興奮するのじゃ…!でも何だか良い……じゃなかった、嫌な予感がするんじゃが…」

「よーし、行くぞスラッグ」

「俺スラッグ、分かった」

 

 ティオが何か嘆いていたが、グリムロックは相手にせず、スラッグと共に地面を蹴り上げて空へと飛び立った。今の二人は重力魔法のおかげで自在に身体を軽く出来るため、まるでオプティマスのように飛行も可能となったのだ。

 二人の掌に乗ったハジメ・ユエ・シア・愛子は大丈夫だが、足に繋がれたウィルとティオは堪ったものじゃない。

 

「マ、ママ〜!!?」

「のじゃぁあああ〜っ!!?」

 

 凄まじいスピードに、ウィルはまるでス○夫みたいな悲鳴を上げ、ティオも絶叫しつつも恍惚の表情を浮かべていた。そんな感じで一行は、背後に魔物の大群という暗雲を背負い、急ぎウルの町へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼らの様子を、金属で出来た小さな虫が密かに監視していた。虫は彼らが飛び去るのを確認すると、この事を主人に報告するために飛び立った。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・拷問大好きの部隊
元ネタはMTMTEに登場するディセプティコンの憲兵隊ことDJD。
狂信者&サイコキラーと言う、凄まじい軍団である。

・只のカカシだ、瞬きする間に皆殺しに出来る
シュワちゃん主演『コマンドー』の悪役ベネットの、素人丸出しの部下達に対しての評価。
因みにベネットの吹替は、『V』のデスザラスを演じた青野武氏や『アニメイテッド』のメガトロン役の若本規夫氏が担当している。

・嫌そうな顔
ONE PIECEにおけるおでん様の嫌そうな顔をイメージしてください。

・ダイナボットの飛行
G1でダイノボット達がロボットモードで飛行可能なことから、重力魔法を手にした本作では飛行可能としました。





感想、評価お待ちしております。


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動き出す者たち

お待たせしました。ありふれ読者の間では賛否両論となった「先生のお話」の場面となります。

本作では愛ちゃんはヒロインなので、愛ちゃんアンチ気味の方々には納得いかない展開となるかもしれませんが、ご理解頂けると幸いです。




 行きよりも速い速度で、ウルの町を目指して飛行するグリムロックとスラッグ。整地を気にする必要のない上空での移動のため、二人の掌に乗っているハジメ・ユエ・シア・愛子には問題ないが、それぞれの片足に縛り付けられたティオとウィルは堪ったものじゃない。二人とも声にならない悲鳴(ティオだけ若干恍惚の表情を浮かべ)を上げていたが、ダイナボット達は無視してそのまま突き進んだ。

 ウルの町と北の山脈地帯のちょうど中間辺りの場所まで来た時、地上で完全武装した護衛隊の騎士達が猛然と馬を走らせている姿を発見した。昨晩亮牙に殴られたデビッドは、鼻が潰れて前歯の大半が折れてしまった顔を、その醜さに相応しく鬼の形相となって先頭を突っ走っていた。チェイス達もその横を焦燥感の隠せていない表情で併走していた。

 四人とも、いつも通りの時間に起床したらようやく愛子がいなくなっている事に気づき、彼女の置き手紙から亮牙達に同行したと分かると、愛子があの野蛮人共に攫われた!と見做して追いかけて来たのだ。まだ出発してないだろうという僅かな希望を抱き門に向かうと、呆然と立ち尽くしていた優香達から、既に出発した後だと聞かされ、急いで追って来たのだ。その際、怒りと焦りからデビッドは優香達に対して、

 

「散々我々にデカい態度で威張り散らしときながら、碌に護衛も出来んのか⁉︎この穀潰し共が‼︎」

 

と、愛子の前なら言わない罵声を容赦なく浴びせてきた。チェイス達はそこまで言わなかったものの、同じ気持ちなのか否定もフォローもしなかった。

 しばらく走ると、山脈側の上空から二体の巨人が飛んで来たかと思うと、地上にいる四人には目も暮れずに飛び去っていった。流石に精鋭揃いの四人も、これには呆気に取られた。

 やがて、ハッとなったデビッドが山脈の方を見つめると、顔を青くして叫んだ。

 

「た、唯でさえあんな野蛮人共に攫われたのに、あんな化け物共がいるところに…⁉︎あ、愛子ぉ~!今助けに行くからなぁ〜‼︎」

 

 と、まるで無理やり引き裂かれた恋人を助けに行くかの如く、猛然と山脈目掛けて馬を走らせた。チェイス達三人も同じ気持ちなのか、手綱を強く握り締めて隊長の後に続くのであった。

 当然、グリムロックとスラッグは地上の事など見向きもしてなかったので、デビッド達には気づいてなどいなかった。グリムロックの掌に乗っている愛子に至っては、空を飛んでいるのが怖くて目を瞑っていたので、地上を駆け抜けるデビッド達に気づく筈もなかった。

 これが永遠の別れになるとは、愛子もデビッド達も予想だにしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルの町に着いたグリムロックとスラッグは、愛子の案内で町長のいる役場へ降り立った。グリムロックの掌から降りると、愛子は足をもつれさせる勢いで飛び出していった。ウィルは口から泡を吹きながら気絶しており、ティオは恍惚とした表情でビクンビクンと痙攣していたが、皆敢えて無視した。

 料理が多彩で豊富、近くには湖もあるこの町には、自然と人も集い、活気に満ちていた。まさか一日後には、魔物の大群に蹂躙されるなどは夢にも思わないだろう。

 駆けつけた愛子の報告に、町の役場は騒然となった。ウルの町のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭、更に置いていかれて呆然となっていた優香達が集まっており、喧々囂々たる有様だ。皆一様に、信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報をもたらした愛子に掴みかからんばかりの勢いで問い詰めていた。

 普通なら、明日にも町は滅びますと言われても狂人の戯言と切って捨てられるのがオチだろうが、何せ『神の使徒』にして『豊穣の女神』たる愛子の言葉である。そして最近、魔人族が魔物を操るというのは公然の事実であることからも、無視などできようはずもなかった。

 ちなみに愛子は、報告内容からティオの正体と黒幕が清水幸利である可能性については伏せていた。ティオに関しては、竜人族の存在が公になるのは好ましくないので黙っていて欲しいと本人から頼まれたため、黒幕に関しては愛子が、未だ可能性の段階に過ぎないので不用意なことを言いたくないと譲らなかったためだ。

 愛子の方は兎も角、竜人族は聖教教会にとっても半ばタブー扱いであることから、混乱に拍車をかけるだけということと、ばれれば討伐隊が組まれてもおかしくないので面倒なことこの上ないと秘匿が了承された。

 ちなみにグリムロックとスラッグについては、皆最初は新種の魔物かと怯えていたが、降りて来た愛子がアーティファクトの鎧と伝えた事で、皆それを信じて深くは追求しなかった。

 そんな喧騒の中に亮牙一行が、周囲の混乱などどこ吹く風だと言わんばかりにやって来た。ウィルはまだ気絶しており、スラッグに足を掴まれて引きずられていたが。

 愛子を酷い目に遭わせると見做していた優香達は、無事彼女を連れ帰ってきた彼らの姿に複雑な気持ちとなった。

 

「義理は果たしたぞ、先生。それじゃ俺達は、このバカ息子を連れてフューレンに向かうぞ」

 

 亮牙のその言葉に愛子達は驚いたように彼を見た。他の重鎮達は「誰だ、こいつ?」と、危急の話し合いに横槍を入れた亮牙に不愉快そうな眼差しを向けた。

 

「な、灘君、どういう事ですか?この町を見捨てると…?」

 

 そう問いかける愛子に、亮牙は呆れた表情で返答した。

 

「ここは観光の町だ。防備なんてたかが知れてるし、どの道放棄して救援が来るまで避難するしかない。それに今の俺達は仕事中、このバカ息子を連れ帰るという依頼の途中なんだよ」

 

 そう冷めた目でウィルを見る亮牙に、周囲は絶句していた。だが、彼は構わず続けた。

 

「それに、俺達が早くフューレンに戻れば、ギルド長のチャングやコイツの実家に依頼する事が出来る。この町から避難して来た民衆の保護に護衛、それに襲撃が終わった後の復興支援とかな。コイツの実家はチャングと仲が良いそうだから、充分な支援が期待出来るだろうよ」

 

 そう告げると、亮牙一行は未だ気絶したままのウィルを連れて役場を出ようとした。余りにも的を得た発言に、周囲の者達が何も言えずに彼らを見ながら動けないでいると、ふと愛子が進み出て亮牙の袖を掴んだ。

 振り返った亮牙に、彼女は決然とした表情で彼をを真っ直ぐな眼差しで見上げた。

 

「灘君、南雲君。君達なら魔物の大群をどうにかできますよね?」

 

 愛子はどこか確信しているような声音で、亮牙達なら魔物の大群をどうにかできる、すなわち、町を救うことができると断じた。そんなにわかにも信じられない言葉に、周囲で様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めいた。

 当の亮牙は、彼女の強い眼差しに鬱陶しそうな表情で返答した。

 

「ああ、出来るだろうな。だがさっきも言ったように、俺達は仕事中なんだ。アンタも教師としての職務を全うしているからこそ、そこで突っ立ってるだけの寄生虫どもの面倒を見てるんじゃねえか…」

 

 そう冷めた目で見てくる亮牙に優香達はサッと目を逸らした。だが愛子は、亮牙に更に真剣な表情のまま頼みを伝えた。

 

「灘君、南雲君。どうか力を貸してもらえませんか?このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」

「その犠牲を無くすために避難しろって言ってるだろうが。それに俺達がフューレンに早く着けば、そうした犠牲を減らせる。町はこの際諦めろ。文句は犯人の泥水にでも言え」

「それでは多くの人たちが苦しんでしまいます。例え異世界であろうと、ここで出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います」

「生憎、俺はこの世界の連中にそこまでする価値があるとは思えん。ノブレス・オブリージュの精神もなく横暴に振る舞う権力者、歪んだ選民思想に基づいた人種差別や奴隷制度、地球では過去のものとなったそれらが未だに蔓延しまくっている。そんな原始的で醜い世界に救う価値があるか?」

「……」

 

 愛子よりも広い視野でトータスを見てきた亮牙は、容赦なく彼女にそう告げた。更に、ハジメも愛子の物言いに我慢できなくなったのか、同じく揶揄するように告げた。

 

「…先生、そもそもこの町を救いたいと言うのなら、僕らより遥かに優秀な園部さん達にやらせれば良いじゃないですか。散々貴方の言うこと聞かずに好き放題やって、命が惜しくなったら掌返して泣きついてきたんですから、それくらいさせるべきですよ。それとも、最初から貴方に協力してきた僕や亮牙は、どうせクラス中に嫌われてるはみ出し者なんだから、切り捨てても構わないとでも?」

「「「「「「ッ!!?」」」」」」

 

 その言葉に、優香達はビクリと身体を震わせる。本来、自分達はチート持ちの神の使徒として、人々を守らなければならないのだが、未だに恐怖が拭えない。ハジメの愛子に対する苦言にも文句を言いたかったが、早朝に亮牙からも指摘された自分達の愚行を痛感し、何も言い返せなかった。

 しかし、愛子は動じなかった。その表情は、ついさっきまでの悩みに沈んだ表情ではなく、決然とした『先生』の表情で、一歩も引かない姿勢で向き直った。

 

「…私が君達に言ってる事がどれだけ矛盾しているか、先生としてどれだけ最低なのかは分かっています。ですが、手が届くのに手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔してしまう。それが嫌だから手を伸ばすんです。例え、それが自分にとって不利益となっても…」

 

 そう告げた愛子は、一つ一つ確かめるように言葉を紡いでいく。

 

「君達がそこまで言うということは、誰かを慮る余裕などない、想像を絶する経験をしてきたのだと思います。君達が一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など軽いかもしれません…」

 

 亮牙もハジメも黙ったまま、先を促すように愛子を見つめ返した。

 

「先生に失望しても構いません。それだけ無理を言ってるのは百も承知してます。ですが、決して自分に失望するような真似だけはしないで下さい。君達がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は、とても『寂しい事』だと、先生は思うのです…。きっと、その生き方は、君にも君の大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから、他者を思い遣る気持ちを捨てないで下さい…」

 

 頭を下げる愛子の、一つ一つに思いを込めて紡がれた言葉が、向き合う亮牙やハジメに余すことなく伝わってゆく。町の重鎮達や優香達も、愛子の言葉を静かに聞いていた。

 亮牙とハジメは、例え世界を超えても、どんな状況であっても、生徒が変わり果てていても、全くブレずに『先生』であり続ける愛子に、感心のあまり内心苦笑いをせずにはいられなかった。

 二人は、愛子からすぐ傍にいるユエやシア、スラッグへと視線を転じた。ユエはどういうわけか懐かしいものを見るような目で愛子を見つめていたが、ハジメの視線に気がつくと真っ直ぐに静かな瞳を合わせてきた。シアは心配そうに亮牙を見つめ、スラッグは一見呑気そうだが、三人ともその瞳には、亮牙とハジメがどんな答えを出そうとも付いていくという意志が見えた。

 だが、簡単にハイ解ったと言えるような問題ではない。自分達にそこまで言うのなら、そちらも覚悟を見せてもらおう。亮牙とハジメはお互いの目を見合わせると、ポーチからある物を取り出した。

 それはハジメの発明した作品の一つである回転式拳銃だ。ギョッとなる周囲に目も暮れず、亮牙は弾を一つ抜くと回転式シリンダーを回してから、愛子に手渡した。

 

「な、灘君?これは…?」

「ロシアンルーレットだ。俺達にそこまで言うのなら、アンタも命を賭ける覚悟を見せろ。その銃はシリンダーに六発入れられるようになっていて、弾は今五発入ってる。見事空砲を引き当てたら、アンタに従ってやる。出来ないならこのままフューレンに行かせてもらう」

「ッ!!?ちょっと灘、何考えてるのよ⁉︎愛ちゃんにそんな──」

 

 流石にそんな真似は許さないと優香が食ってかかるが、すかさずスラッグが彼女の胸ぐらを掴んで黙らせた。

 

「俺スラッグ、グリムロックはお前の話、聞いてない!今度喋るとお前を料理するぞ‼︎」

「〜ッ!!?」

 

 スラッグの鬼の形相に、優香も他の生徒達も何も言えなくなり、下を向いて黙りこくった。

 一方の愛子は、顔を青くして亮牙から渡された拳銃を見つめていたが、やがて何かを決意すると拳銃を自身の額に向けた。

 

「そうですね。貴方達に命をかけるような真似をさせるのなら、私もそれ相応の覚悟を見せるべきですね…」

 

 そう告げると、彼女は覚悟を決めて引き金を引いた。思わず優香達は目を覆うが、当の彼女は無事であった。

 空砲を引き当てたのかと思う愛子に、亮牙は近づいて拳銃を返してもらうと、シリンダーの中身を見せた。それを見て彼女は驚いた。確かにシリンダーに弾は五発入っていたが、五発全てに弾頭がなかったのだ。

 

「見事に騙されたな。この銃は全て空砲だよ。…とは言え、アンタの覚悟は分かった。ここまでやらせといて何もしないと、恥をかくのは俺達のようだ」

「な、灘君?」

「この先、僕達は先生の望まない結果となるような選択をするかもしれません。それでも、僕達の教師でいるつもりですか?」

「先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断ができるようお手伝いすることです。灘君や南雲君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 

 亮牙とハジメはしばらく、その言葉に偽りがないか確かめるように愛子と見つめ合った。わざわざ言質をとったのは彼ら自身、できれば彼女と敵対はしたくなかったからだ。愛子の瞳に偽りも誤魔化しもないことを確かめた亮牙とハジメは、ユエ・シア・スラッグも連れておもむろに踵を返し出入口へと向かった。

 

「流石に、数万の大群を相手取るなら、ちょっと準備しておきたいですからね。話し合いはそちらにお任せします」

「灘君!南雲君!」

 

 ハジメの返答に顔をパァーと輝かせる愛子に、亮牙は苦笑いしつつも答えた。

 

「今回はアンタの勝ちだ。取り敢えず、やれるだけはやってやるよ」

 

 パタンと閉まった扉の音で、三人の空気に呑まれて口をつぐんでいた町の重鎮達が、一斉に愛子に事情説明を求めた。

 愛子は肩を揺さぶられながら、亮牙とハジメが出て行った扉を見つめていた。ウルの町の人々を見捨てられなかったが、結果として最初から自分に協力してくれた二人に戦闘を強要させたことに、もっとやりようはなかったのかと、内心、自分の先生としての至らなさや無力感に肩を落としていた。

 

「妾、重要参考人のはずじゃのに…。こ、これが放置プレイ…!流石、ご主ry」

 

 亮牙達と共に役場に来ていたティオは、火照った表情でそう呟いていたが、ごく自然にスルーされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、町へと進軍する魔物の群れを、黒ローブの男が下卑た笑みを浮かべながら眺めていた。そう、行方不明になっている清水幸利だ。

 

「もうすぐだ。もうすぐ俺は、英雄になるんだ…」

 

 そう呟く清水、その正体は真性のオタクである。但し、オタクであることをオープンにしているハジメに対する迫害を間近で見てきたので、本人が徹底的に隠した事もあり、その事実を知る者はクラスメイトの中にはいなかった。

 クラスでの清水は、亮牙が根暗と称したように、親しい友人もなく常に一人でいる、まさにモブだ。元々、性格的に控えめで大人しかったため、中学時代は虐められて登校拒否となり、毎日自室に引き篭って創作物の類に手を出して時間を潰していた。そんな日々に親からはずっと心配され、兄弟からは疎まれてしまい、家での居場所すら失いつつあった。そんな鬱屈した環境は清水に、表には出さないが内心では他者を扱き下ろすという陰湿さをもたらし、ますます創作物や妄想に傾倒させてしまった。

 そんな清水であるから、まさに憧れであり夢であった異世界召喚の事実を理解したときの脳内は、まさに「キター‼︎」とでも言ったように、ありえないと思っていた妄想が現実化したことに舞い上がってた。愛子の抗議や迷惑カルテットの息巻く様、それに対する亮牙の苦言も、清水の頭の中には入らず、何度も妄想した異世界で華々しく活躍する自分の姿一色で、異世界召喚の後に主人公を理不尽が襲うパターンは考えてすらいなかった。

 だが実際は、確かにチート的なスペックを秘めていたがそれは他のクラスメイトも同じだし、「勇者」の称号も女が寄って行くのも光輝であり、自分は地球にいた頃と同じく「その他大勢の一人」に過ぎなかった。

 念願が叶ったにもかかわらず、望んだ通りではない現実に陰湿さを増す清水は、内心で不満を募らせていった。都合の悪いことは全て他者のせい、自分だけは特別という自己中心的な考えが心を蝕んでいった。

 そんな折だ。自分の有能さが証明されるチャンスと思っていたオルクス大迷宮への実戦訓練で、清水は漸く自分が決して特別な存在などではなく、ましてご都合主義な展開などもなく、ふと気を抜けば次の瞬間には確かに死ぬ存在なのだと気づいた。トラウムソルジャーに殺されかけて、遠くでより凶悪なベヒモスを捻り殺す亮牙を見て、抱いていた異世界への幻想がガラガラと音を立てて崩れた。そして、亮牙とハジメが奈落へと落ちて〝死んだ〟のを目の当たりにし、遂にその心はへし折られた。

 清水は、王宮に戻ると再び自室に引き篭ったが、故郷のように心を慰めてくれる創作物は当然ないので、自分の天職「闇術師」に関する技能・魔法に関する本を、浮かれた気分などすっかり吹き飛んだ陰鬱な心で読んで過ごした。そしてふと、闇系統魔法は極めれば対象を洗脳支配できるのでは、と思いついたのだ。

 その仮説に興奮した清水は、一心不乱に修練に励んだ。最初に期待していた人間に対しての洗脳は、その難しさから断念せざるを得なかったが、魔物ならば可能なのではと、夜な夜な王都外に出て雑魚魔物相手に実験を繰り返した。その結果、既に闇系統魔法に極めて高い才能を持っていたチートの一人だった事もあり、人に比べて遥かに容易に洗脳支配できることが実証できた。

 王都近郊での実験を終えた清水は、どうせ支配下に置くなら強い魔物がいいと考えた。ただ、光輝達について迷宮の最前線に行くのは気が引けたため、どうすべきかと悩んでいた時に愛子の護衛隊の話を耳にすると、それに同行して遠出をすればちょうどいい魔物とも遭遇出来るだろうと考えた。そうしてウルの町に来ると、ちょうどいい魔物達がいる北の山脈地帯で配下を集めるため姿を眩ませたのだ。次に再会した時は、誰もが自分のなした偉業に畏怖と尊敬の念を抱いて、特別扱いすることを夢想して。

 本来なら僅か二週間と少しという短い期間では、いくら清水が闇系統に特化した天才でも、そして群れのリーダーだけを洗脳するという効率的な方法をとったとしても精々千に届くか否かという群れを従えるので限界だっただろう。

 だが、ここでとある者達の助力と、偶然支配できたティオの存在が、効率的で四つ目の山脈の魔物まで従える力を清水に与えた。と同時に、その者達との契約と日々増強していく魔物の軍勢に、清水の心のタガは完全に外れてしまった。そして遂に、やはり自分は特別だったと悦に浸りながら、満を持して大群を町に差し向けようとしていた。

 

「よう、準備は万端のようだな」

 

 やって来た協力者の一人がそう話しかけてきて、ほくそ笑んでいた清水はそちらへと振り向いた。

 その協力者は、人間どころかトータス人ですらなかった。外見は一言で言えば鳥なのだが、猛禽類の胴体にペンギンか梟のような顔つき、首は蛇のように長くくねらせている。何より全身を構成するのは羽毛と血肉ではなく硬い金属であり、翼にはダクテットファンが装備されていた。

 そう、かつてシカゴの惨劇で討ち取られたディセプティコンの一人、尋問兵レーザービークだ!

 

「ああ、もうすぐ俺の価値が証明される。散々俺をモブ扱いしてきた無能どもも、俺の偉大さに跪くことになるさ」

 

 そう得意げに答えた清水は、下卑た笑みを浮かべて更に顔を歪ませた。その頭の中には、これから自分が行う所業に対しての罪悪感は一切なかった。あるのは醜く歪んでしまった承認欲求だけだ。

 それを聞くと、レーザービークは心底愉快そうにケタケタと笑った。

 

「そうかそうか、やっぱりお前は俺のお気に入りだぜ幸利。俺達の為によく働いてくれた。だから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 そう告げたレーザービークは二丁のアサルトライフルを身体から展開して、え?と間の抜けた声を出す清水の身体を撃ち抜いた。清水は当然避けることなど出来ず、胸を撃ち抜かれて大きな穴がポッカリと空いた。幸か不幸か心臓は避けられていたが、傷口から大量に出血しており、もって数分だろう。

 

「な、何の真似だよ……は、話が違う……俺を、英雄にしてくれるって…」

「ああ。このまま死んどけば、お前は魔物の軍勢と戦おうとして殉死した英雄として褒め称えられるだろうよ」

 

 血反吐を吐きながらもあり得ないと言った表情でそう言う清水に、レーザービークは嘲笑うかのようにそう告げた。

 

「そもそも、己の承認欲求なんぞで仲間を裏切るような奴を、信用するとでも思っていたのか?そんな悪い子はな、俺達みたいなより悪〜い奴らにとっちゃ格好の餌食なんだよ。…それに、俺達はお前ら地球人が憎くて憎くて堪らねぇんだよっ!!!」

「や、やめ…… 何でもする……助け──」

 

 清水の命乞いはそこで途切れた。レーザービークが刃物を縫い合わせたような翼で首を跳ね飛ばしたからだ。首はゴロゴロと転がり、胴体は切断面から大量の血を噴き出し、暫く痙攣したかと思うと動かなくなった。

 清水が死んだのを見て、嬉しそうに顔を歪めるレーザービークに、他の協力者達が近づいて来た。

 

「捨て駒はもう片付けたようだな」

「ああ、今日一日何も殺してなくて欲求不満だったからな。もうコイツは用済みだったし構わないだろ、ボス?」

「ああ、それにこっちも捕虜の尋問は終わった。欲しければお前の戦利品にしろ」

 

 その内の一人、レーザービークからボスと呼ばれた者は、そう言って自分の足元で跪く四人を指差した。その正体は、愛子を追って来たデビッドら護衛騎士達だ。四人とも金属製の拘束具で捕縛され、目は虚となっていた。

 愛子を亮牙達から奪還せんと山脈地帯へ駆け付けたデビッド達だったが、それを察知して待ち構えていた黒幕達に瞬く間に無力化されてしまった。更にそれだけには留まらず、表皮を滑りのある黄緑色のジェルで覆われた、イカに似た金属生命体を四人全員が口に入れられ、脳内の情報を強制的に引き出されてしまったのだ。

 そんな目に遭わされては、流石の精鋭騎士だろうと耐えられる筈がなく、脳にダメージを受けて朦朧としているのだ。そんな四人を見て、レーザービークは新たな玩具が来たと更に喜んだ。

 

「…しかし、インセクティコンの情報によると、伝説のダイナボットが来てるようだ。面倒な事になったぞ、シーカー」

「別に構わんさ」

 

 レーザービークの主がそう呟くが、シーカーと呼ばれたもう一人は大した問題とは見做していなかった。その者はレーザービークの主より更に巨大で、グリムロックのロボットモードと同じくらいの長身を誇る巨漢であった。

 

「こっちには切り札が二つもある。まあ当初は一つだけだったが、あの地球人が竜人族の姫を手懐けたおかげで、此奴を隷属させるのに良い人質となったからな。そうだろう、ダイナボット?」

 

 そう告げる巨漢が掴んでいる鎖には、一頭の巨大な竜が繋がれていた。但し、やはり此方も普通の竜ではなかった。

 その竜は体格でこそグリムロックやスラッグに劣るものの、竜形態のティオより遥かに巨大であった。身体はやや青みがかった金属に覆われており、猫又の如く二又に別れた尾、巨大な翼、そして何より二つの頭を持っており、まさに双頭竜と称してよい外見だ。

 

「「ギャオオオオオオオオオオ‼︎」」

 

 双頭竜は赤黒く濁った四つの瞳を見開きながら、唸り声を上げるのであった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・手が届くのに手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔してしまう。それが嫌だから手を伸ばす
 『仮面ライダーオーズ』の主人公・火野映司の名言の一つ。この時の愛子に相応しい言葉だと思い使用した。
 決してプトティラコンボから思いついた訳ではない。

・私達に失望しても、自分には失望するな
 『ダークサイド・ムーン』で、ディセプティコンとセンチネルの策略で地球から追放される際、オプティマスがサムに告げた言葉。
 作者が実写シリーズで一番好きな台詞でもある。

・尋問兵レーザービーク
 『ダークサイド・ムーン』に登場した、鳥に似た外見のディセプティコン。偵察や暗殺を専門とする。
 シカゴの決戦でバンブルビーの操縦する飛行艇に頭を吹き飛ばされて死亡した筈だが…?

・イカに似た金属生命体
 『リベンジ』でドクターがサムの尋問中に、彼の脳内の情報を知るために使ったアイツ。
 最初はデビッド達ではなく、優香達にやらせようかと考えていた。

・インセクティコン
 『リベンジ』と『ロストエイジ』に登場した、姿も大きさも昆虫程しかない小型のディセプティコン。その極小の身体を活かした隠密行動を得意とする。





はい、清水とデビッド達ですが、早々に退場して頂きました。
ありふれ読者の中には、清水は環境のせいで歪んでしまった「哀しき悪役」と評価し、救済される二次創作も多いですが、私個人としては愛子に守られた恩を仇で返した挙句、承認欲求を満たすためだけに冒険者五人を殺して大虐殺を行おうとした事は、到底許される事ではないと思います。
あの後生かしておいても、この件で王国や教会につけ込まれて余計愛子を苦しめただろうし、スクールカースト最下位のハジメがいないために他のクラスメイト達から自分達の立場を悪くしたと虐められる未来しかなかったと思います。だから、ハジメの決断は愛子と清水の両方にとって救いだったと個人的に感じています。
デビッドども?アイツらシアを侮辱したのに謝らず威張り散らすだけだし、さっさとぶっ殺したかった。後悔も反省もない。





感想、評価お待ちしております。


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宙翔ける列車

今話では、本作オリジナルとなるディセプティコンが登場します。タイトルから予測はつくかもしれませんが(苦笑)

一応、前日談を描いたアメコミでは登場しているキャラですが、生憎作者は詳しくは知らないため、G1などをベースに独自のキャラクターとしました。




 北に山脈地帯、西にウルディア湖を持つ、資源豊富なウルの町は現在、つい昨夜までは存在しなかった外壁に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。

 この外壁はハジメが魔力駆動二輪で町の外周を走行し、整地ではなく外壁を錬成しながら即行で作成したのである。もっとも壁の高さは、ハジメの錬成範囲が半径4m位で限界なのでそれほど高くなく、大型の魔物なら容易によじ登れるだろう。とは言え、壁に取り付かせるつもりなど一才ないので、これは万一の保険程度の気持ちで作成したので問題はなかった。

 町の住人達には既に、数万単位の魔物の大群が迫っており、移動速度を考えると夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうという事実が伝えられている。当然住人はパニックになり、町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。明日には故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられる筈もないので仕方なかった。

 だが愛子が、そんな彼等に心を取り戻させた。高台から声を張り上げる『豊穣の女神』の、恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。戦場で敵を殺し尽くせば世界が救われるなどと曰う光輝達より、勇者に相応しい活躍だった。

 冷静さを取り戻した人々は、故郷を捨てられず町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組の二つに分かれた。

 居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子供などだ。深夜をとうに過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。

 避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、『豊穣の女神』一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも自分達の町は自分達で守る、出来ることをする、という気概に満ちていた。

 すっかり人が少なくなり、それでもいつも以上の活気があるような気がする町を背後に、亮牙達は即席の城壁に腰掛けて、どこを見るわけでもなくその眼差しを遠くに向けていた。そこへ愛子と生徒達、ティオ、ウィルがやって来た。接近に気がついているだろうに、振り返ろうとしない亮牙達に愛子が声をかけた。

 

「灘君、南雲君、準備はどうですか?何か、必要なものはありますか?」

「そうだな、そこの寄生虫六匹にバターかジャムでもたっぷり塗りたくれ。魔物を足止めする撒き餌にするから」

「じ、冗談ですよね…⁉︎」

「嘘だ。そんな不味そうな連中じゃ、魔物共も食い付かねえだろうよ」

 

 さらっと物騒な冗談を言う亮牙に、愛子が苦笑いとなるが、優香達は絶対本気だったと思い震え上がった。だが、愛子が聞きたかった話は別にあった。

 

「実は、黒ローブの男のことですが…」

 

 どうやらそれが本題のようだ。彼女の言葉に苦悩がにじみ出ている。

 

「…当ててやる。本当に泥水か確かめたいから、生け捕りにしろってか?」

「…だから清水君です。本当に彼の仕業なのか、どうしても確かめなければなりません。無茶な事を言ってばかりなのは百も承知ですが…」

「…先生、その要求ばかりは聞けません。犯人が例え清水でなかったとしても、其奴は五人殺した挙句、今まさに大虐殺を行おうとしてるんです。流石にそれは、烏滸がましいにも程があります…」

「すみません。それは理解してるんですが…」

 

 愛子は仮に清水の仕業だったとしても、動機を聞く必要があると考えていたが、ハジメにそう一蹴されてしまい、彼らに色々と押し付けてしまった罪悪感から無理強いすることが出来ず、つくづく自分は無力だなぁと内心溜息をついた。

 彼女の話が終わったのを見計らって、今度は、ティオが前に進み出て亮牙に声をかけた。

 

「ふむ、よいかな。妾もご主……ゴホンッ!お主に話が……というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

「あ?……………………………………誰だお前?」

「お、お主、まさか妾の存在を忘れておったのか?はぁはぁ、こういうのもあるのじゃな…」

 

 当の彼は忙しかったこともあり、ティオが誰だったかすっかり忘れていた。それに興奮する彼女の言う「こういうの」とは果たして何を指すのか、一同は深く考えないことにした。

 亮牙は改めてティオを見た。黒地にさりげなく金の刺繍が入っている着物に酷似した衣服を、花魁の如く大きく着崩して、白く滑らかな肩と魅惑的な爆乳、そして膝上まで捲れた裾から覗く脚線美を惜しげもなく晒した黒髪金眼の美女。彼は一瞬訝しそうな目を、特にその爆乳に向けながら、鼻をくんくんと鳴らして匂いを嗅ぎ、漸くああ、と思い出した。

 

「思い出した。たしかデカ・パイオツだったな…」

「ティオ・クラルスじゃ‼︎…あ、明らかに胸と匂いしか覚えてなかったのじゃ。た、堪らん…!」

 

 明らかにセクハラなのに、ティオは怒るどころかむしろ、頬を染めて若干息を荒げていた。

 

「んっ、んっ!えっとじゃな、お主は、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」

「まあな」

「うむ、頼みというのはそれでな…。妾も同行させてほし…」

「いやだ」

「…ハァハァ、よ、予想通りの即答♡流石、ご主……コホンッ!もちろん、タダでとは言わん!これよりお主を『ご主人様』と呼び、妾の全てを捧げよう!身も心も全てじゃ!どうzy」

「いらん」

 

 両手を広げ、恍惚の表情で亮牙の奴隷宣言をするティオに、亮牙は家畜小屋の牛でも見るような眼差しを向け、ばっさりと切り捨てた。それにティオは頬を薔薇色に染め、またゾクゾクしたように体を震わせた。どこからどう見ても変態にしか見えない姿に、周囲の者達もドン引きしていた。特に、竜人族に強い憧れと敬意を持っていたユエの表情は、全ての感情が抜け落ちたような能面顔になっていた。

 

「そんな、酷いのじゃ…。妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに、責任とって欲しいのじゃ!」

「はぁ?」

 

 ティオのその言葉に、全員の視線が「えっ⁉︎」というように亮牙に向くが、当の彼自身は全く心当たりがなく、周囲の視線も鬱陶しかったので、どう言うことだと問い詰めるように彼女を睨んだ。

 

「あぅ、またそんな家畜を見るような目で…!ハァハァ、ごくりっ…!その、ほら、妾強いじゃろ?」

 

 亮牙の視線にティオはまた発情したのか、体を震わせながら、彼の奴隷宣言という突飛な発想にたどり着いた思考過程を説明し始めた。

 

「里でも一番強いのは叔父上じゃが、彼を除けば妾は一、二を争うくらいでな。特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今まで身内以外にいなかったのじゃ」

 

 近くにティオが竜人族と知らない優香達がいるので、ティオはその辺りを省略してポツポツと語る。そんな彼女が言う竜人族最強の座を持つ叔父とは何者だろうか。

 

「それがじゃ、ご主人様と戦って、身内との戦いでも無かったのに、初めて袋叩きにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を1度に味わったのじゃ。そう、あの怒涛の連続の衝撃!体の芯まで響くのし掛かり!体中が痛みで満たされて……ハァハァ♡」

 

 一人盛り上がるティオだったが、客観的に聞けば完全に婦女暴行としか思えない内容なので、彼女を竜人族と知らない優香達は、一様に犯罪者でも見るかのような視線を亮牙に向けていた。早朝、優香を蹴り飛ばした挙句斬り殺そうとした事も重なり、無理もない。あからさまに糾弾しないのは、被害者たるティオの様子に悲痛さがないどころか、嬉しそうなのでどうしたものかと困惑しているためだ。

 亮牙自身も何だこいつと困惑していた。自身を痛めつけた雄に発情する雌など、彼の知る生物には存在しなかったので無理もない。

 

「…つまり、亮牙が新しい扉を開いちゃった?」

「その通りじゃ!妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃ!」

「…俺グリムロック、気色悪りぃ」

 

 ユエが嫌なものを見たと表情を歪ませながら、既に尊敬の欠片もない声音で要約すると、ティオが同意の声を張り上げた。完全にドン引きした亮牙は、人間態なのにビーストモードの口調に戻りつつ本音を漏らしていた。

 

「それにのう…」

 

 そう言ったティオが突然、今までの変態じみた様子とは異なり、両手でボイ〜ンとした自分の爆乳を押さえながら、恥じらうようにモジモジし始めた。

 

「…妾の身体も文字通り食べられてしもうたし////」

 

 その言葉に、優香達の顔がバッと音を立てて亮牙に向けられた。ハジメ達や愛子は言葉の意味が分かっていたので、複雑そうな顔となる。

 

「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ。じゃが、里にはそんな相手、身内以外におらんしの…。敗北して、組み伏せられて、初めてじゃったのに、いきなり妾の肢体に喰らいついて、しかもあんなに燃え盛りながら胸やお腹を舐め回して…。もうお嫁に行けないのじゃ…。じゃからご主人様よ。責任とって欲しいのじゃ」

 

 胸元を押さえつけ谷間を強調しながら、ティオは潤んだ瞳を亮牙に向けた。優香達が、「やっぱり灘は最低最悪だ!」という目を向けつつも、「いきなり肢体に喰らいついた」という話に戦慄の表情を浮かべていた。愛子は事の真相を知っているにもかかわらず、「女性の身体に噛み付いたりした灘君が悪いです!」と言わんばかりの表情で睨んでいた。

 ハジメとユエ、シアも「確かに食おうとはしてたからなぁ…」と呟きながら視線を逸らし、スラッグに至っては「変わった発情する奴だな」と珍獣でも見るような目でティオを見ていた。亮牙は心底疲れ切って面倒臭そうな顔をしながら、気になる事を聞いた。

 

「…お前みたいな変態なんぞに命を預けられるか。大体お前、色々やる事あるから、叔父と一緒に里を出てきたんだろうが。その叔父に面倒ごと全て押し付けるつもりか?」

「うむ。問題ない。叔父上もご主人様と同じ能力を持っておるし、ご主人様の傍にいる方が絶対効率いいからの。それに旅中では色々あるじゃろうから、イラッとしたら妾の身体で発散すれ…」

「⁉︎おい待て!今なんて言った?」

「む?だから妾の身体でストレス発散すれば…」

「そこじゃねえよバカ‼︎叔父が俺と同じ能力って言ったよな?どう言う意味だ?」

 

 そう、ティオは確かに叔父が亮牙と同じ能力を持っていると言った。それはハジメ達も聞いており、五人の視線がティオに集まる。

 

「…そうじゃったな。伝え忘れてはおったが、叔父上もご主人様みたく、鋼の巨人へと姿を変えられる能力を持っておるのじゃ。一族の中でもかなり異端の能力じゃが、実力は正に最強なのじゃ!」

「「「「「何故それをもっと早く言わない(んですか)!!?」」」」」

「い、いやだって聞かれなかったし、それに一族の秘密じゃし──ってあひぃぃぃぃぃぃぃん♡」

 

 五人の剣幕に一瞬怯んだティオは言葉を濁らせたが、亮牙から逆エビ固めを喰らい、女性がしちゃ駄目なタイプの表情で嬌声を上げた。

 亮牙の容赦なさとティオの醜態に愛子達はドン引きするが、彼はお構いなしに彼女を問い詰めた。

 

「おい!その叔父はどんな奴だ⁉︎どんな姿に変身する⁉︎言わんとその乳もぎ取るぞ‼︎」

「あぁ〜ん♡お、叔父上は青い肌に、二つの頭と尾を持つ姿に変身できるのじゃ!あとは弓を好んで使うのじゃ!くふぅ〜!イッちゃう、イッちゃうのじゃあ〜♡」

「俺スラッグ、間違いない、ストレイフの事だ‼︎」

 

 嬌声を上げながらティオが答えた特徴に、スラッグがその正体について断言した。双頭で二又に別れた尾、弓を武器とする奴と言えば、彼らの知る限り一人しかいなかった。

 

「折角ストレイフの手掛かりが見つかったと思ったら、変態のおまけ付きかよ…」

 

 そう疲れたように溜息を吐く亮牙。飛翔生物という共通点から、現在話題となっている彼と竜人族に何か繋がりがあるのではと思っていたが、まさか目の前の痴女の親類となってるとは思いもしなかったのだ。

 彼との再会はウィルを送り届けてからになるだろうが、姪にあたるティオも必然的についてくる事になるだろう。とは言え、こんな変態が同行する事には、デメリットしか感じられなかった。

 

「亮牙、漫才やるのは後にしときなよ。来たよ」

 

 そんな親友にハジメが、北の山脈地帯の方角へ視線を向けると、眼を細めて遠くを見る素振りを見せながら声をかけた。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、彼のパーセプターにはテラクサドンからの映像がはっきりと見えていた。

 それは、大地を埋め尽くす魔物の群れだ。ブルタールのような人型の魔物の他に、体長3〜4mはありそうな黒い狼、足が六本生えているトカゲ、背中に剣山を生やしたバイソン、四本の鎌をもったカマキリ、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。その数は、山で確認した時よりも更に増えているらしく、五万あるいは六万に届こうかという大群である。更に大群の上空にも、何十体というプテラノドンに酷似した魔物達が飛び交っていた。

 親友の雰囲気の変化を察知した亮牙も、嗅覚を研ぎ澄まして敵の総数を確認すると、後ろで緊張に顔を強ばらせている愛子達に視線を向けた。

 

「いよいよだな。匂いからして複数の種からなる混群で、総数は五万強。到着まで30分くらいか」

 

 魔物の総数が更に増加していることに顔を青ざめさせる愛子達。不安そうに顔を見合わせる彼女達に、亮牙は呆れたように鼻を鳴らした。

 

「俺達を見くびりすぎだ、先生。これくらいの困難、俺達は何度も乗り越えてきた。アンタはそこの寄生虫共を連れて壁際まで下がってろ。其奴らを見てると吐き気がして気分が悪くなる」

「…分かりました。君達をここに立たせた先生が言う事ではないかもしれませんが、どうかご無事で…!」

 

 愛子は少し眩しいものを見るように目を細めながらそう言うと、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。生徒達も一度亮牙とハジメを複雑そうな目で見ると、愛子を追いかけて走っていった。残ったのは亮牙達以外には、ウィルとティオ、そして優香だけだ。

 優香はハジメの背中に視線を向けたまま黙っていたが、やがて意を決したように彼に近づくと口を開いた。

 

「あ、あのさ!南雲!」

「……………何?」

「あ、ありがとね!あの時助けてくれて!」

 

 以前と違い、すっかり鋭くなった彼の視線を受けて優花は一瞬たじろぐも、次にはキッと睨むような眼つきに変わると、怒っているような表情とは対照的に感謝の言葉を述べたのだ。

 どうやら彼女は、あの時のオルクスでの訓練で、トラウムソルジャーに殺されかけながらもハジメに助けられた事を覚えていたのだ。その後、彼が亮牙と共に奈落の底に落ちて死亡したとされた日、彼女は自分でも原因が判らないほどショックを受けて一時は無気力状態に陥っていた。原因そのものは、ハジメに助けられたのに自分は何も出来なかった事によるものだと分かっていたが、そこまでショックを受けているのかが判らずにいた。その後、戦い続ける雫達の影響を受けて、ハジメに救われた命を無駄にしない為に、と言う気持ちから愛ちゃん親衛隊に志願した。

 

「あっそ」

 

 だがハジメから返ってきた言葉は、どうでも良いと言わんばかりの、あまりにも淡白な一言だった。

 

「今の僕には、あの時君を助けたのが正しかったとは思えない。僕に何か言う前に、君達が散々貶めた亮牙に対して言うべき事があるんじゃない?」

「………」

 

 そう冷淡に一蹴すると、ハジメはもう用はないと言わんばかりに目の前の作業に集中し始めた。一方の優香は所在無さげに立っていたが、やがてこれ以上此処に居ても仕方ないと思ったのか、踵を返して愛子達の後を追いかけた。

 正史ならハジメはぶっきらぼうながらも、優香を「根性がある」と褒めていただろうが、流石に共に落ちた親友を好き放題侮辱されては、そんな感情など湧く筈もなかった。むしろ、あの時助けたのは間違いだったのでは、と後悔すら感じつつあった。

 優香は立ち去る途中で足を止め、もう一度ハジメの方を振り返ると、そこにはユエや亮牙達と何かを話している彼の姿があった。

 

(…………やっぱり)

 

 先程自分と話していた時の、鬱陶しいなどといった態度は影も形も無く、ホントに恋人や仲間達の事を大切に思っているのがよく分かるハジメの姿を見て、優花は胸を痛めるのであった。

 一方のウィルは、ティオに何かを語りかけると、亮牙達に頭を下げて愛子達を追いかけていった。疑問顔を向ける五人に彼女は苦笑いしながら答えた。

 

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ…。そういうわけで助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」

 

 竜人族は、教会などから半端者と呼ばれるように、亜人族に分類されながらも、魔物と同様に魔力を直接操ることができる。その為、天才であるユエのように全属性無詠唱無魔法陣というわけにはいかないが、適性のある属性に関しては、ユエと同様に無詠唱で行使できるらしい。

 自己主張の激しい胸を殊更強調しながら胸を張るティオに、亮牙は無言で魔晶石の指輪を投げ渡した。疑問顔のティオだったが、それが神結晶を加工した魔力タンクと理解すると大きく目を見開き、亮牙に震える声と潤む瞳を向けた。

 

「ご主人様、戦いの前にプロポーズとは…♡妾、もちろん、返事は…」

「貸すだけだ、勘違いするな。それよりハジメ、出来ればこの一件を利用して先生の発言力を高めたいんだが…」

「おっ、いいね。僕らを矢面に立たせたんだから、先生にもそれぐらいやってもらわないと…」

 

 亮牙の否定を華麗にスルーして指輪をニヨニヨしながら眺めるティオを極力無視しながら、彼はハジメにそう声をかけた。この先あのカルト共と敵対するのは確実とはいえ、どうせならエヒトが解放者達にしたように、世界中の人間共の心を操るのは良い意趣返しだろう。

 そうこうしてるうちに、肉眼でも見える距離までやって来た魔物の大群を察知し、壁際まで集まって来た人々を見て、ハジメは前に出た。錬成で、地面を盛り上げながら即席の演説台を作成し、全員の視線が自分に集まったことを確認すると、彼はすぅと息を吸い天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「聞け!ウルの町の勇敢なる者達よ!私達の勝利は既に確定している!」

 

 いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達を尻目に、ハジメは言葉を続けた。

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ!そう、皆も知っている『豊穣の女神』愛子様だ!」

 

 その言葉に、皆が口々に愛子様?豊穣の女神様?とざわつき始め、後方で人々の誘導を手伝っていた愛子がギョッとしたようにハジメを見た。

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない!愛子様こそ!我ら人類の味方にして豊穣と勝利をもたらす、天が遣わした現人神である!我々五人は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た!見よ!これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」

 

 ハジメはそう言うと、虚空にシュラーゲンを取り出し、銃身からアンカーを地面に打ち込んで固定した。そして膝立ちになって構えると、町の人々が注目する中、些か先行しているプテラノドンモドキの魔物に照準を合わせ、引き金を引いた。

 紅いスパークを放っていたシュラーゲンから、極大の閃光が撃ち手の殺意と共に一瞬で空を駆け抜け、数キロ離れたプテラノドンモドキの一体を木っ端微塵に撃ち砕き、余波だけで周囲の数体の翼を粉砕して地へと堕とした。彼はそのまま第二射三射と発砲を続け、空の魔物を駆逐していった。

 空の魔物を駆逐し終わったハジメは、悠然と振り返った。そこには、唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿があった。

 

「愛子様、万歳!」

 

 ハジメが、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間、

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

 ウルの町に、今までの様な二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。遠くで、愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメと亮牙に向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。

 もちろん、亮牙もハジメも無視した。背後から町の人々の魔物の咆哮にも負けない愛子コールと、愛子自身の突き刺さるような視線をヒシヒシと感じるが、亮牙はお構いなしに足に力を込めた。

 

「スラッグ、雑魚共を選別するぞ」

「俺スラッグ、分かった」

 

 そう言うと二人は大きく息を吸い、先程のハジメのような言葉ではなく、人外の咆哮をその口から放った。

 

「「グルゥオオオオオオオッ!!!」」

「「「「「ッ!!?」」」」」

 

 古の戦士達の咆哮を真正面から浴びた魔物達は、恐怖のあまり忽ち洗脳が解けて足を止めた。だが急に止まられてしまったら、後ろから続く魔物達は堪ったものじゃない。ホッキョクグマに怯えてパニックとなったセイウチの如く、六万はいた魔物は押し合いへし合いで自滅していき、徐々に数を減らし始めた。残ってるのは洗脳されたリーダーとそれに忠誠を誓う魔物ぐらいだろう。

 

激力雷電(ギガライディーン)‼︎」

 

 そんな魔物達に容赦なく、スラッグが電撃を浴びせた。その一撃に更に魔物達の数が減った。

 

「そんじゃお先に」

「俺スラッグ、グリムロック狡いぞ!」

 

 亮牙はそう言うと、大きく地面を蹴り上げて、まだ生き残っている魔物達へ隕石の如く襲い掛かった。すかさず拳をモーニングスターナックルに変形させ、魔物達を一撃で撲殺していった。

 

「この分じゃ、僕らが出るまでもないね」

 

 そう呟くハジメに、ユエ達も同意見なのか頷いた。彼らは魔法やハジメの武器を使い、難を逃れた魔物達を相手するつもりだが、この調子なら亮牙一人だけで片付くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが次の瞬間、シアが顔を青くして叫んだ。

 

「ッ⁉︎危ない亮牙さん!避けて!」

「?どうし──グッ!!?」

 

 突如として恋人の叫ぶ声が聞こえ、魔物達をぶん殴っていた亮牙は首を傾げた。と、次の瞬間、前方から青い光が現れたかと思うと、何かが飛び出して来た。

 その物体は、そのまま魔物達ごと亮牙に思い切り突っ込んだ。一瞬の隙をつかれた亮牙は、そのまま大きく壁際まで吹き飛ばされた。

 

「亮牙⁉︎一体何なん──あれは!!?」

 

 ハジメ達は亮牙を突き飛ばした犯人の正体を確かめようと、目を凝らした。そしてその姿を確認すると、ハジメが驚愕の声を上げた。

 それは、グリムロックやスラッグと同様に金属でできていた。だが二人のような動物のような姿じゃない。全長は約40m、黒を基調としたカラーリングに、総数38個もある車輪、銀色の先頭部分からは獣の息吹の如く蒸気を吹き出していた。

 

「ビッグボーイじゃないか!アメリカの蒸気機関車が何故⁉︎」

 

 ハジメは鉄道オタクではないが、この車両については少しだけなら知っていた。第二次世界大戦中の大国アメリカで活躍した、世界最大・最強クラスの蒸気機関車と謳われるユニオン・パシフィック鉄道4000形、通称ビッグボーイだ。

 

「俺スラッグ、彼奴は機関車じゃない!」

 

 そうスラッグが苦々しげに呟いた頃には、ハジメも目の前のビッグボーイの正体に、恐ろしい予測が浮かび始めていた。そして、その予感は的中した。

 ビッグボーイはそのままギゴガゴゴと音を立てて変形を始めた。部品がねじれ、ピストンやギアが剥き出しとなり、パーツが次々と組み替えられいく。そうして現れたのは、黒と銀を基調としたカラーリングの巨人だった。身長は20m以上とグリムロックやスラッグにも匹敵する巨体を誇り、背中には蒸気機関車から変形したとは思えない翼が生え、その瞳は石炭を燃やす火室のように赤く輝いていた。

 その巨人は亮牙を見下ろしながら、軍人を彷彿とさせる武骨な口調で喋り始めた。

 

「数千年ぶりだな、グリムロック。随分と姿形を変えてしまったようだが…」

「テメェ、まさかこの世界に来てたのか…⁉︎」

 

 対する亮牙も、目の前の巨人の事を覚えていた。かつてメガトロナス・プライムの直属部隊である「シーカー」の一人で、何度も戦いを繰り広げた因縁あるディセプティコンの戦士だ。

 

「アストロトレイン!!!」

 

 亮牙から忌々しげに名を呼ばれた、ディセプティコン輸送参謀・アストロトレイン。伝説の戦士達にも引けを取らない実力を誇るディセプティコンが今、ウルの町の防衛戦に乱入したのであった。

 

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・バターかジャムでも塗りたくれ
 ドラえもんの第2巻『恐竜ハンター』にて、恐竜を誘き寄せるためにドラえもんがのび太にやらせた戦法。
 作者が肉食恐竜ならそんなのより、家畜の生き血か脂身でも塗りたくった方が食欲をそそられる気もするが。

・ホッキョクグマのセイウチ狩り
 ホッキョクグマの獲物にはセイウチも含まれているが、巨体と鋭い牙を持ち群れで行動するセイウチは簡単には捕まえられない。そのため群れを追い立ててパニックを起こさせ、子供や弱った個体が仲間達に踏み殺されたのを襲うらしい。
 以前作者が見たBBCアースのドキュメンタリーでも、休憩している浜辺の窮屈さに辟易して崖っぷちまで登るも、上で待ち伏せていたホッキョクグマに怯えて逃げ出した結果、崖から転がり落ちて死んでいくセイウチの姿を見た時は衝撃的だった。

・ビッグボーイ
 第二次世界大戦中に25台が製造された、アメリカが誇る世界最大・最強クラスの蒸気機関車。現在は8台が保存されている。
 『リベンジ』でシモンズがシーカーの中に蒸気機関車に変形した者もいた事を突き止めていた他、『ロストエイジ』でもケイド達の潜伏先の鉄道博物館に本車両が登場している。

本作のオリキャラ、アストロトレインについては今後、詳しいキャラ説明を設けたいと思います。





感想、評価お待ちしてます。


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乱戦

オリキャラとなるアストロトレインの参戦で、更に本作に関心を持って下さった読者の方々が増えて、嬉しい限りです!

やっぱりオリ展開は構想が大変でした(苦笑)
今回、とある原作キャラが酷い目に遭います。ご注意下さい。
最初はあのキャラ登場まで書こうかと思ったのですが、思ったより長くなったのでそれは次回に。

2/9 ラヴィッジの解説追加しました。


 突如としてウルの町に襲来したディセプティコン兵・アストロトレイン。グリムロックやスラッグに匹敵する巨体から放たれる濃厚な殺気に、流石のハジメ達も息を飲んだ。跳ね飛ばされて壁に叩きつけられた亮牙は、漸く立ち上がると、忌々しげに睨みながらかつての仇敵に問いかけた。

 

「何でお前がここにいる⁉︎誰の差し金だ⁉︎」

「親切に答えてやると思ったか?」

 

 それに対してアストロトレインは鼻で笑うと、両肩からミサイルポッド「ターボコアディレイザー」を展開し、ウルの町目掛けて無数のミサイルを発射した。

 

「ッ⁉︎ユエッ!!!」

「んっ!!!」

 

 亮牙の叫びを聞いたユエはすかさず結界を張り、彼もグリムロックの姿に戻ると、自らの巨体を盾に立ち塞がった。

 

ドガガガガガガガガガッ!!!

 

「ググゥ!!?」

「「「亮牙(さん)!!?」」」

「グリムロック!!?」

「ご主人様!!?」

 

 身長25mもの巨体が盾となり、更に魔法の天才であるユエが結界を張った事もあって、ウルの町へのミサイルの直撃は防がれた。しかしそのために集中砲火を受けたグリムロックは、思わず片膝をついてしまった。

 

「クソッタレが!お返しだ!」

「喰らいやがれですぅ‼︎」

 

 大切な仲間を傷つけられて怒りに燃えるシアとハジメは、それぞれオルカンとガトリング式レールガン「メツェライ」をぶっ放した。これにはアストロトレインも目を見開き、攻撃を受けて少しふらつくが、それ程深刻なダメージとはならなかった。

 

「やるな人間。だが、その程度で俺は倒せん」

 

 彼はそう言うと、すかさず両腕から展開した「イオニックディスプレーサーブラスター」をハジメ達に向けて発射しようとする。

 だが、この隙に体勢を立て直したグリムロックは、そうはさせんと足下の地面を抉り取り、アストロトレイン目掛けて巨大な土の塊を投げ飛ばした。土塊が激突してアストロトレインが一瞬後退ると、グリムロックはその一瞬の隙を見逃さずビーストモードに変形し、最初の轢き逃げアタックへのお返しと言わんばかりに体当たりを喰らわせた。

 

「グゥッ、貴様ッ!」

「俺グリムロック、お前を町から引き離す‼︎」

 

 そのまま二体は取っ組み合いとなり、ウルの町から離れていく。道中、逃げ遅れた魔物達は容赦なく二体に踏み潰され、内臓や血を撒き散らしながら地面のシミとなっていくが、目の前の敵との戦いに集中している二人にはどうでも良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…スラッグ、彼奴を知ってるみたいだけど、何者なの?」

 

 一方、壁際に留まったハジメ達は、心配そうにグリムロックを見つめていた。ハジメはグリムロックに加勢するために今にも飛び出そうとするスラッグを宥めつつ、気になることを問い質した。

 

「彼奴の名前、アストロトレイン。メガトロナスの直属部隊、シーカーの一人。三つの姿に変わるトリプルチェンジャーの戦士…」

 

 そう苦々しげに告げるスラッグ。今はロボットモードとトレインモードしか披露してないが、アストロトレインには更にもう一つのオルトモードがある。かつての戦いでは、その三つの形態を自在に変えて攻撃を繰り出す彼に苦渋を飲まされたものだ。

 その言葉に、ハジメ達はより一層顔を顰める。スラッグの様子からして、相手は相当の実力者のようだ。しかし、ディセプティコンが人間と魔物を利用してまでこんな観光地を襲撃するとは、何を目論んでいるのだろう…?

 一方、初めて見るトランスフォーマー同士の戦いに、ティオは冷や汗を流していた。竜人族として500年以上生きてきた彼女であるが、その中で出会った存在では最強だと思っていた叔父と互角の力を持つ者達の、文字通り大地を揺るがす勢いの戦いに、今はただ目を奪われていた。

 

「わ、妾達もご主人様に加勢すべきでは…?」

「いや、スラッグ以外が援護しても、却って亮牙の足手纏いになる。取り敢えず僕らは予定通り、取りこぼした魔物達を相手にするべきだ…」

 

 彼女は自分達も加勢しようと提案するが、ハジメがそれに反対した。恐らくあの二人と互角に渡り合えるのはスラッグのみ。下手に自分達が加勢したところで、巻き添えを喰らい無残な死骸と成り果てた魔物達の二の舞になるだけだ。

 シアとユエも同意見のため、それぞれ身構える。それを見たティオもグッと息を飲み、彼らに従うことにした。

 

「…俺スラッグ、気になること、ある」

「ん、スラッグ、気になることって…?」

 

 だがふと、スラッグが顔を顰めながら口を開いたため、四人は何事かと彼を見た。彼が気になっていたのは、アストロトレインについてだ。

 

「あの時、アストロトレインが出てきた光。あれ間違いなく、スペースブリッジだ」

「スペースブリッジって確か…」

「俺スラッグ、サイバトロンにあるテレポーテーション装置のこと」

 

 そう、スラッグの推測通り、アストロトレインが突如として戦場に現れたのは、スペースブリッジによるものだ。物理法則に逆らい、時空を超えて人や物を移動させることの出来る、サイバトロン独自の技術だ。

 

「スラッグさん、それが一体どうしたんですか?」

「俺スラッグ、スペースブリッジ使って移動できる奴がいるのは知ってる。…けど、アストロトレインにそんな能力、なかった。それに使えるなら、何でグリムロックの前に移動した?」

 

 その言葉にハジメ達はハッとなる。スラッグの記憶が正しければ、今グリムロックが戦っているディセプティコンはスペースブリッジを使えない。そして何より、使えるのなら何故わざわざ敵の前に出現したのだろうか?町の中に転移した方が手っ取り早い筈なのに…。

 

「まさか彼奴らは囮で、ご主人様が戦っておる内に他の連中が町に乗り込むと言うのか…⁉︎」

 

 顔を青くしてそう呟いたティオの予感は当たっていた。

 

「きゃあああああああっ!!?」

「先生⁉︎しまった‼︎」

 

 後方から愛子らしき女性の悲鳴が上がった。ティオの予測通り、アストロトレインの仲間がスペースブリッジで町内に侵入したのだろう。敵にまんまと嵌められた屈辱に、ハジメは顔を顰めつつも、すぐ様仲間達に指示を出した。

 

「クソッ‼︎ユエとティオは最初通り、結界を張りつつ魔物を壁に寄せ付けないで!シアとスラッグは僕に続け!」

「んっ、任せて!」

「はいですぅ!」

「俺スラッグ、分かった!」

「しょ、承知したのじゃ!」

 

 そう言うと、五人はそれぞれ動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時はアストロトレイン襲来まで遡る。

 大地に吹く風が、戦場から蹂躙された魔物の血の匂いを町へと運ばれ、その強烈な匂いに吐き気を抑えられない人々が続出した。それでも人々は、現実とは思えない「圧倒的な力」と「蹂躙劇」に湧き上がり、町の至るところからワァアアアーと歓声が上がった。

 町の重鎮は、初めて見る亮牙達の力に呑まれてしまったかのように呆然としたままだ。優香達もその力を目の当たりにし、自分達との「差」を痛感して複雑な表情になっていた。本来、あのような魔物の脅威から人々を守るはずだった。少なくとも当初はそう息巻いていた自分達が、ただ守られる側として町の人々と同じ場所から、「無能」と見下していたクラスメイト達の背中を見つめているのだから、複雑な心境にもなるだろう。

 愛子はただひたすら亮牙達の無事を祈ると同時に、今更ながらに自分のした事の恐ろしさを実感し表情を歪めていた。目の前の凄惨極まりない戦場が、まるで自分の甘さと矛盾に満ちた心をガツンと殴りつけているように感じたのだ。

 そんな中、突如としてアストロトレインが戦場に乱入し、彼が放ったミサイルが町目掛けて降り注ごうとした。幸い、亮牙がグリムロックに戻り盾となった事と、ユエが咄嗟に張った結界で何とか町内への直撃は防がれた。だがその爆発音に、人々からは一転して恐怖の悲鳴が上がり、慌てて自分達の自宅に逃げ込んだ。

 

「ッ⁉︎灘君!!?」

「ちょっ、愛ちゃん先生!危ないって!」

 

 グリムロックが片膝をついた姿を見て、愛子は慌てて彼のもとに駆け寄ろうとするが、優香が慌てて羽交い締めにして静止した。

 愛子としては唯でさえ生徒を死地に赴かせてしまったと言うのに、その生徒が自分達を庇って攻撃を受けてしまったのだから、良心の呵責に耐えられる筈もない。だが、優香としては愛子の護衛を引き受けているのだから、その護衛対象を危険な目に遭わせられるわけがない。

 

「離してください園部さん!やっぱり彼らにあんな負担を押し付けられませんっ‼︎」

「駄目ですって!私達が行っても何の役にも立てないですよ!ここは南雲と灘を信じましょう!」

「で、でもっ⁉︎」

 

 そう言って必死に愛子を宥める優香だが、彼女も内心では愛子と共にハジメや亮牙達のもとに駆けつけたかった。ハジメの態度から、最早自分は許してもらえない、それだけ自分達は二人に酷いことをしたという事を漸く理解した彼女は、出来るなら何か償いをしたかった。

 それでも、自分は愛子の護衛という重大な任務がある。確かに亮牙に指摘された打算があったのは事実だ。それでも、自分達の事を今も見捨てず守ろうとしている、大好きな先生の役に立ちたいという気持ちに嘘偽りはない。ここで彼女を危険な目に遭わせたら、それこそ自分はデビッドが指摘した通り、唯の穀潰しだ。

 他の護衛隊の五人もオロオロしているが、その気持ちは優香と同じだろう。

 

「おうおう。種族が違うとは言え、生徒を捨て駒扱いとは酷え教師だなぁ〜」

「「「「「「「ッ!!?」」」」」」」

 

 突如、小馬鹿にするようなネットリとした男の声がして、愛子達は声がする方を振り向いた。すると目の前に謎の光が出現し、そこから全身を金属で覆われた一羽の鳥が出て来た。そう、レーザービークだ。両足には何かを入れた袋を掴んでいる。

 おまけに光から出てきたのは彼だけではなかった。更にもう一体、全身を金属で覆われた獣が出てきた。外見はジャガーなどのネコ科肉食獣に似ているが、赤く光る目はサイクロプスのように単眼で、腰には二丁の機関銃が装備されている。

 その正体は、ディセプティコン諜報破壊兵・ラヴィッジだ。

 突如として現れた二体のロボット達に、愛子や優香達は身構えた。グリムロック達に似ているが、彼らとは違い邪悪な雰囲気を醸し出しているのは、流石の彼女達にも感じ取れた。

 そんな彼女達を見下すように下卑な笑みを浮かべながら、レーザービークは喋り出した。

 

「まあ落ち着きな。俺達は少〜し話に来ただけだからよ」

「話、ですか…?」

 

 話をしたいと主張する目の前の鳥型ロボットに、愛子は警戒しつつも問いかける。

 

「ああそうさ。俺らの姿を見りゃ分かるだろうが、今町の外で暴れてる奴は俺らの仲間でな。この町を襲撃してるのはとある重大な目的があるからなんだが、俺らもそこまで鬼じゃねぇ。今すぐ全面降伏して、俺らの条件を飲むのなら、今すぐ攻撃を中止してやってもいい。どうする?」

 

 ネットリとした不気味な口調でそう告げるレーザービークに、愛子や優香達、町の重役達は戸惑った。その条件を飲めば攻撃を中止してくれるというのが事実なら、今すぐ受け入れるべきだろう。

 だが目の前の二体のロボットは、見るからに邪悪な存在であることは、その場にいる誰もが感じ取ることが出来た。そもそも、今まさにこの町を襲撃し、大虐殺を行おうとしている連中の言葉など、信用できる筈もない。

 

「…その条件とは、一体何でしょうか?そもそも、貴方達は何の目的でこんな事を?」

 

 やがて意を決したように、愛子がレーザービークに問いかけた。目の前の相手は確かに信用ならないが、今すぐ攻撃を中止してもらえるならその条件を飲むべきかもしれない。何より、今更後悔しても遅いのは分かっているが、これ以上生徒である亮牙やハジメに負担を押し付けるような真似は耐えられなかったのだ。

 そんな彼女に対して、レーザービークはケタケタと笑いながら、衝撃的な言葉を口にした。

 

「俺らが欲しいのは、お前の命だよ。アイコ・ハタヤマ」

「………え?」

 

 愛子は、一瞬何を言われたのかわからなかったようで思わず間抜けな声を漏らした。優香達も同様で、一瞬ポカンとするものの、愛子よりは早く意味を理解し、激しい怒りを瞳に宿してレーザービークを睨みつけた。

 だが、彼女達の射抜くように強烈な怒りが宿った眼光に対しても、歴戦の暗殺者であるレーザービークにとっては蚊に刺された程度に過ぎない。彼は嘲笑うように話を続けた。

 

「いやぁ〜、俺らのご主人の協力者がお前が邪魔だって言うんでよ。…まあ気持ちは分かるけどな。お前の存在は人間共の食糧事情を一変させちまうし、何よりたかが人間共の小娘風情が現人神として民衆の支持を集められちゃあ、宗教概念が狂っちまうしよぉ。だから俺らにお前を抹殺するよう依頼が来たってわけさ。てな訳でついでにこの町の連中ごとぶっ殺そうとしたんだが、思わぬ邪魔が入っちまったからな…」

 

 そう嘲笑するように、「命を狙われた」という事実に呆然とする愛子を見ていたレーザービークだったが、最後の方は心底腹立たしいといった口調となっていた。恐らく、彼らにとっても亮牙達の参戦は計算外だったのだろう。

 

「…とまあ、俺らの条件はこんなところだ。今暴れているアストロトレインは仲間内でも強いんだが、流石にダイナボット二体じゃ厳しいだろうしよぉ。それにお前も、自分のせいで他人が犠牲になっちまうのは嫌だろ?さあ、どうする?」

 

 下卑た笑みで問いかけるレーザービークに、愛子はどうすれば良いのか頭を悩ませた。

 無論、少しお人好し過ぎる彼女とて、目の前の鳥型ロボットを信用などしていなかった。自分の命を狙われた挙句、ついでみたいな感覚で大虐殺を行おうとした連中など、信用出来るはずもない。だが、これらの騒動が自分の命を狙ったものだと言われてしまい、罪悪感が愛子の心を蝕んだ。自分が此処に来なければ、ウルの町が襲撃されることも、亮牙とハジメが戦う必要もなかった筈だ、と。

 死の恐怖に怯えつつも、彼女の脳裏には降伏という選択肢が浮かびつつあった。自分が犠牲になれば、亮牙やハジメ、ウルの町を見逃してもらえるかもしれない。しかし愛子がその条件を飲もうとした瞬間、優香がアーティファクトのナイフを構え、彼女とレーザービークの間に割って入った。

 

「巫山戯るんじゃないわよ⁉︎さっきから黙って聞いてれば舐めた事ばっかり抜かして!アンタ達みたいなイカれたロボットなんかに愛ちゃんを殺させたりはしないわよ!!!」

 

 優香はそう啖呵を切ったが、内心では怖くて堪らなかった。しかし目の前のロボット達は、亮牙達とは違い明確な悪意を持っており、間違いなく愛子を殺そうとしているのは、流石の彼女にもよく分かった。そんな輩に大好きな先生を引き渡すなど死んでもお断りだ。

 そんな彼女の啖呵に他の護衛隊も覚悟を決めたのか、各々のアーティファクトを構えて睨みつける。そんな彼女達に、レーザービークは呆れたように溜息を吐いた。

 

「おいおい、お前らには聞いてねぇっての…。まあでも、それが答えのようなら仕方ねぇなぁ。お〜いレイスちゃ〜ん、ご飯だぜぇ〜‼︎」

 

 そう彼の呼び声に応えるかのように、再び青い光が現れると、更にある者が出て来た。その正体は魔人族の特殊部隊所属の戦士・レイス。愛子殺害のためにウルの町へ向かい、レーザービーク達と共に接触した清水を唆して、魔物の軍勢を差し向けた黒幕の一人だ。とは言え、そんな事実は愛子達が知る筈もなかった。

 だが、初めて魔人族を見る愛子達にとっても、目の前のレイスは明らかに普通ではなかった。何せ全身は異常に筋肉が発達しており、まるでハ○クのような姿となっている。おまけに口から涎を垂れ流し、両目も白く濁っており、鼻息も興奮したかのように荒い。

 

「ホントは俺がぶっ殺したいけどよぉ〜、この状態にしてから餌やってなかったし、好きなだけ食っちまって良いぞ〜!」

「ウグゥアアアアアアッ、肉ゥ〜!!!」

 

 レーザービークのその号令と共に、レイスは唸り声を上げると、一番近くにいた教会の司祭に襲い掛かった。咄嗟の攻撃に逃げる事も出来なかった司祭は、そのまま喉笛をレイスに噛みつかれた。

 司祭の断末魔の悲鳴と、辺り一体に飛び散る返り血、そしてバリボリと骨ごと司祭を食べ始めたレイスの姿に、一瞬愛子は呆然となっていたが、漸く何が起きたかを理解して悲鳴を上げた。

 

「きゃあああああああっ!!?」

 

 その悲鳴に優香達もハッとなるが、今回は流石の彼女達もただ突っ立っているだけじゃなかった。

 

「奈々、妙子!急いで愛ちゃん達を避難させて!ここは私と男子達で食い止めるわよ!」

「「う、うん‼︎」」

「「「お、おう‼︎」」」

 

 優香の指示と共に、護衛隊はそれぞれ動き出した。本来なら彼女達はオルクス大迷宮の騒動と同様パニックになっていただろうし、六人とも内心は今すぐにも逃げ出したかった。

 しかし、早朝に亮牙から自分達の浅はかさを指摘された事で、彼女達も流石に良心の呵責に耐えかねていた。だからこそ、愛子を守るという本来の仕事は、何としてもやり遂げなければならない。

 

「ギェエエエエッ!!!」

 

 司祭の肉を食べ終えたレイスは、口を血で真っ赤に染めながら突進して来た。玉井達は魔法を浴びせ、優香も天職である投術師の技能を活かし、アーティファクトのナイフでレイスの右目を貫いた。

 しかし、四ヶ月も碌に戦闘訓練などしてなかった事が仇となり、致命傷には到らなかった。逆に怒り狂ったレイスが剛腕を振り回した事で、一瞬で玉井達は吹き飛ばされ、民家の壁に叩きつけられた。幸い、三人とも命に別状はないが、その一撃で意識を失ってしまった。優香もそれに動揺してしまい、隙をついたレイスの腕に捕らえられてしまった。

 

「ぐううぅっ!!?」

「肉ぅ〜‼︎食わせろぉ〜‼︎」

 

 身体を押し潰さんばかりの握力に、優香が痛みに顔を顰めた。だが、レイスはお構いなしに、新たな獲物を味わおうと彼女を口元に引き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、愛子は宮崎と菅原に連れられ、安全な場所に避難しようとしていた。しかし、目の前で人間が惨殺される光景を目の当たりにしてしまい、三人とも足取りがおぼつかず、思うように速く進めなかった。

 そんな哀れな連中を、ディセプティコンの暗殺者であるレーザービークとラヴィッジが逃がす筈もない。ラヴィッジの機関銃が足を掠めて宮崎が転倒し、操鞭師である菅原が応戦しようとアーティファクトの鞭を構えるも、ラヴィッジに腕を噛まれて引き倒されてしまった。

 

「ぐぅううっ⁉︎」

「ぎゃあああ⁉︎」

「宮崎さん!菅原さん!」

 

 苦痛に悲鳴を上げる二人に愛子が叫ぶと、足に袋を抱えたレーザービークが意地悪そうに顔を歪めながら飛んできた。

 

「あ〜あ、教師を守ろうとして痛めつけられるとは可哀想になぁ。まあ単に弱いお前らが悪いけど…」

 

 そうケタケタと嗤うレーザービークを愛子はキッと睨みつけるが、彼はどこ吹く風だ。

 

「おお怖い、自分の疫病神っぷりを棚に上げて八つ当たりかい?そ〜んな駄目教師には、お仕置きにこれをプレゼントしてやるよ‼︎」

 

 そう叫ぶと、レーザービークは袋の中身をぶち撒けた。最初は何か武器を突き付けられるのかと思い身構えた愛子だが、予想が外れて拍子抜けとなる。しかし、撒き散らされた中身を見て、彼女は言葉を失った。

 袋から撒き散らされた中身の正体、それはこの騒動の黒幕と思われていた清水と、デビッドら護衛騎士達の生首五つだったのだ。

 

「清水君!デビッドさん!チェイスさん!クリスさん!ジェイドさん!」

 

 悲鳴にも似た声で五人の名を叫ぶ愛子の姿に、レーザービークは更に愉快そうにケタケタと笑った。

 

「其奴ら五人とも傑作だったぜ。あの魔物共を集めてくれたのが幸利なんだがよぉ、お前を殺してきたら魔人族側の勇者にしてやるって唆したら、あっさり真に受けてホイホイ従うんだもん。おまけにそこの四人もよぉ、お前を助けに来たとか抜かしてたけど、あっさり捕まった挙句にボスの尋問に直ぐ参っちまうんだからさぁ。笑い過ぎて回路がショートしそうになったぜ。…でもまあ、何より面白かったのはなぁ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五人共、お前が原因で死んじまった事さ」

 

 レーザービークから告げられた言葉に、愛子は顔を青くして膝から崩れ落ちた。自分は生徒達に戦いを強いただけには留まらず、自分が原因で五人も死なせてしまった事実に、平常心でいられる筈もなかった。

 

「…あ、ああ……そんな……私の、せいで…」

 

 彼女の絶望した表情に満足したのか、レーザービークはアサルトライフルを突きつけた。

 

「良いね〜その面!お前の首は持ってくるよう命じられていたが、その絶望に歪んだ面のまま殺してやりてぇって思ってたからよぉ!まあ、あの世で幸利に宜しくな」

 

 レーザービークの言葉にも、宮崎や菅原が痛みに悶えながらも彼女に逃げるよう叫ぶ声にも、愛子は両膝をついたまま動けなかった。

 彼が引き金を引こうとした瞬間、突如として何かが飛んできた。それは回転しながら飛んでくると、そのままレーザービークの右翼を斬り落とした。

 

「グギャアアアアッ⁉︎い、痛えええええっ‼︎」

 

 片翼を斬り落とされたレーザービークは痛みに悶絶し、そのまま地面へと墜落した。一方、彼の翼を斬り落としたそれは、まるで呼び戻されたかのように飛んできた方向へと戻っていった。

 何事かと宮崎と菅原がそちらを見るといたのは…

 

「大丈夫ですか⁉︎愛子さん!」

「シア、さん…」

 

 その華奢な体型とは裏腹に、両手に斧を構えたシアが駆けつけたのだ。

 




〜用語集〜
・諜報破壊兵ラヴィッジ
 『リベンジ』に登場した、ジャガー型のディセプティコン。
 米軍が管理するオールスパークの破片の奪取や、ローレンシア海溝に遺棄されたメガトロンの蘇生にも貢献したが、エジプトの戦いでバンブルビーに脊髄ぶっこ抜きで倒された。

・改造魔人レイス
 愛子暗殺のためにウルの町に赴いた魔人族の戦士レイスが、レーザービークらに注入された謎の薬品で変貌した姿。この薬品は、ディセプティコンのある科学者が製作に関わっている。
 薬品の作用で筋肉が肥大化しているが、既にレイス本来の自我はなく、ただ目の前の獲物を捕食したいという殺戮衝動のままに行動する。
 モチーフはIDWのアメコミに登場した怪物スワームとスパークイーター。決してヒ○アカのムーンフィッシュや鬼○がモチーフではない。





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操られし双頭竜

モンスターバース第4作『ゴジラVSコング』、遂に日本公開日が決定!
まさか自分の誕生日に近い日にやるとは思いもよりませんでした(笑)
個人的にはコングに勝ってほしいなぁ。

そしてお待たせしました!遂に彼の登場です!




 ピンチの愛子のもとに間一髪のところでシアが駆けつけ、アックスモードとなったテラクサドンを投擲してレーザービークの右翼を斬り落とした。

 菅原に噛み付いていたラヴィッジは、仲間を助けようとシアに飛びかかったが、同じく駆けつけたスラッグがロボットモードに変身すると、文字通りの鉄拳を振り落とした。流石のラヴィッジも体格差には敵わず、一撃で撲殺されてしまった。

 レーザービークが痛みに悶絶する中、シアは愛子のもとへと駆け寄った。

 

「ボーとしないでください!死にたいんですか⁉︎」

「…………死なせてください」

 

 だが、当の愛子は力なくそう答えた。亮牙達に戦いを強要した挙句、この騒動が自分を殺害する為だったと聞かされて罪悪感が増していた中、司祭が殺され、清水やデビッド達も既に殺されていた事実を知ってしまい、耐えられなくなってしまったのだ。特に清水から裏切られていた事から、教師としての誇りを完全にへし折られてしまった。

 絶望して自暴自棄となる愛子だったが、シアは彼女の頬をパァン!と叩き、立ち上がらせた。

 

「勝手に何言ってるんですか⁉︎亮牙さんが今も貴方達を守る為に戦ってるのに、守られてる貴方がそんな事抜かすんじゃねーですぅ!!!」

「で、でも私のせいで…⁉︎」

「でもも糸瓜もありません!あの亮牙さんが貴方の事を認めてくれてるのに、そんな情けない事言って!戦いがおわったら、亮牙さんからきつ〜く叱ってもらいますからね!!!」

 

 シアにとって愛子は、亮牙から一目置かれており、おまけに幼馴染みたいに仲良く喧嘩する姿から、少しヤキモチを焼いていたのは事実だ。それでも、大切な恋人が「認めている」存在として、彼女自身もまた一目置いていた。だからこそ、戦って欲しいと彼に懇願した彼女がそんな発言をするなど、許せる筈もなかった。

 一方、右翼を切断されて痛みに悶絶していたレーザービークだったが、漸く落ち着きを取り戻すと、今も愛子を立たせようとしているしあを睨みつけた。その目は、激しい憎悪と殺意に満ちていた。

 

「この毛玉野郎がぁ‼︎ぶっ殺してやらぁ!!!」

 

 そう叫ぶと、彼は腹部から展開したアサルトライフルをシアに向けた。彼女に発砲しようとした次の瞬間、突如として彼の身体中に凄まじい圧迫感が襲いかかった。

 圧迫感の正体はスラッグだった。レーザービークがライフルを展開した瞬間、まるで羽虫でも摘むかのように右手の親指と人差し指で摘み上げたのだ。そのあまりの体格差から、まさに人間が小蝿を摘んでいるような光景だった。

 

「グゲェェェ…⁉︎ボ、ボス、助け──」

「俺スラッグ、黙れ」

 

 苦しみ悶えながらも直属の上官に助けを呼ぶレーザービークだったが、遅すぎた。スラッグは指に力を込めると、そのままこの小型ディセプティコンを押し潰してしまったのだ。彼のボディは羽虫のように潰されてバラバラとなり、そのまま地面にパラパラと落とされた。

 前世と同じく、何とも呆気ない最期であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、トータスの外気圏より更に上の宇宙空間。亮牙一行がフューレンに来た時に絡んできた悪徳貴族プーム・ミンの死骸がスペースデブリとして漂っている中に、何かがいた。

 一見すると人工衛星に見えるが、このトータスにそんな物ある筈がない。おまけに人工衛星にしては有機的なフォルムだし、極め付けに顔があるのだ。

 その正体は、レーザービークとラヴィッジの主人にして、ディセプティコン情報参謀・サウンドウェーブだ!

 彼こそレーザービークがボスと呼ぶ存在であり、山脈地帯でデビッド達を尋問した張本人だ。アストロトレイン達が奇襲の際に使用したスペースブリッジも、彼の仕業である。

 現在はこのサテライトモードとなって、宇宙からこの攻防の一部始終を見ていたのだが、たった今レーザービークからの救難信号が入ったかと思うと、彼とラヴィッジの生命反応が途切れた。どうやら二体とも、敵に討ち取られてしまったようだ。

 

「…………作戦変更。『切り札』を導入する」

 

 直属の部下達の死にショックを受けつつも、彼は任務遂行のため、ある存在を参戦させようとスペースブリッジを展開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして地上、北の山脈地帯にて、その『切り札』は待機していた。目の前にサウンドウェーブが展開したスペースブリッジが開いたのを赤黒く濁った四つの瞳で確認すると、彼は巨大な翼を広げて中に飛び込んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ディセプティコンの手によって改造されたレイスから愛子を守るために立ち向かった優香達。だが奮闘虚しく、男子三人は一撃で戦闘不能となり、優香自身もレイスの剛腕に捕らえられ、今まさに捕食されようとしていた。

 

「肉ぅ〜!食ってやるぅ〜!!!」

 

 血走った目で鼻息を荒げながら優香に食らい付こうとするレイス。本来彼は愛子の暗殺の為にディセプティコン達と共に此処へ訪れ、其処で出会った清水を言葉巧みに唆し、ウルの町ごと彼女を抹殺しようと目論んでいた。例え清水が成功しても失敗しても、最後は自分の手で始末するつもりで。

 しかし彼にとっても不幸な事に、敵側にはアストロトレインも一目置いている存在が二人もいた。そう、亮牙とスラッグだ。その二体はアストロトレインと捕まえた「切り札」で応戦するにしても、戦力がもう少しいるだろうと見做したディセプティコン達は、仲間が開発した薬品をレイスに注入し、現在の醜い姿に変えてしまったのだ。変貌後は抑えようのない食欲に苛まれ、清水やデビッド達の死肉を食らったもののまだ満たされず、現在こうして目の前の優香を新たな獲物に見定めたのだ。

 自分の手を汚さず愛子を殺害しようと企んだ結果、自分が醜い怪物にされてしまうとは何とも皮肉ではあるが、そんな事誰も知る由もなかった。

 

(私、此処で死んじゃうの…?愛ちゃんに何の恩返しも出来ず、南雲や灘に軽蔑されたまま…)

 

 一方、今まさに捕食されそうになっている優香の脳裏に浮かんでいたのは、オルクス第迷宮で味わったような死の恐怖ではなく、後悔であった。

 地球では冴えない奴と見做していたハジメにオルクスで助けられたものの、彼が亮牙を追って奈落に落ちたことにより一時無気力状態に陥ったものの、雫の侍女・ニアに諭され、ハジメの犠牲を無駄にしないために、そして自分を変えたいという思いもあり、愛子の護衛を買って出た。そしてこのウルの町でハジメと再会し、彼が生きていた事に心の底から安堵した。

 

(これが「天罰」なのかな…)

 

 だが当のハジメは、自分達の事を心底軽蔑していた。無理もないだろう。あの日、彼が奈落に飛び込んだのは、奈落に突き落とされた亮牙を助ける為だ。そもそも亮牙が墜落した事に関して、クラスメイト達は誰一人として悲しんですらいなかった。寧ろ、死んでくれて清々したと言わんばかりだった。

 優香自身も亮牙に関しては、流石に清々したとは思っていなかったが、特に何とも思っていなかったので、ハジメのように悲しんではいなかった。しかし、ハジメがあの時迷いもなく飛び降りた事、そして何より再会後の自分達への嫌悪感から、彼にとって大切な存在である事を理解できた。そんな大切な人を侮辱されれば、ハジメが自分達を憎むのも理解出来る。

 

「ごめんね南雲……ごめんね灘…」

 

 優香は涙を浮かべながら、ただレイスの口に放り込まれるのを黙って待っていた。ハジメや亮牙を蔑ろにしてきた罰が当たったのだと受け入れ、二人への謝罪の言葉を述べながら…。

 だがそうはならなかった。ドパンドパンという音が響いたかと思うと、急に自分を掴む敵の握力が弱まり、優香はドスンと地面に落とされた。

 

「な、何が…?」

「グボォアアアアッ…⁉︎」

 

 見ると、レイスは両手で腹を押さえて、地面に蹲っていた。口からは血反吐を吐き、押さえている腹からも出血していた。

 

「魔人族ってダークエルフみたいなの想像してたけど、オークかトロールみたいだな」

「…な、南雲?」

 

 そう呑気な声が後ろから聞こえ、優香が振り返ると其処にいたのは、ドンナーとシュラークを構えたハジメだった。どうやら彼がレイスの腹を撃ち抜き、自分を助けてくれたのだ。両手に握られた銃の銃口から煙を漂わせた姿は、まるで西部劇に出てくるガンマンだった。

 しかしレイスには致命傷とはならなかったようで、殺気だった目でハジメを睨みつけた。

 

「ウグゥウウウッ!俺の肉ぅ〜‼︎」

「五月蝿い!弾でも喰らえ!」

 

 だがその程度の殺気は、より凶暴な魔物やトランスフォーマーと戦ってきたハジメにとって、蚊に刺された程度にしか感じなかった。彼は容赦なくドンナーとシュラークの引き鉄を引き、性格無比にレイスの脳天と胸を撃ち抜いた。

 脳と心臓を一瞬で破壊されたレイスは、そのまま仰反るように仰向けに倒れた。手足は暫くビクンビクンと痙攣していたものの、やがて完全に動かなくなり、遂に冷たい骸と化した。

 敵が死んだのを確認し、ハジメは銃を下ろした。彼にとって初めてとなる「殺人」だったが、相手が最早人間とは言えない怪物に成り果てていたので、特に感じる事はなかった。そんな彼に、へたり込んでいた優香が声をかけた。

 

「な、南雲、何で私を…?」

 

 そう、彼女にはハジメが自分を助けた理由が分からなかった。自分達がしてきた事や、先程のやり取りを考えれば、無理もないだろう。

 

「分からないよ。僕もまだまだ甘いって事かな…」

 

 そうぶっきらぼうに返答するハジメを、優香は黙ったままだが、顔を赤く染めながら見つめていた。

 だが次の瞬間、上空から凄まじい勢いで何かが降り立った。それを見て二人はハッとなる。

 

「こ、今度は何なの⁉︎」

「クソッ、また敵の援軍か⁉︎それにあっちは…!」

 

 またしても敵が参戦した事にハジメは苦虫を噛み潰したような表情となり、更にそれが降り立ったのは愛子の方である事に気づき、慌てて駆け出した。敵が何者であれ、明らかにアストロトレイン並の大きさだ。スラッグがいるとは言え、こんな町中じゃ巨体の彼には分が悪い。下手をすれば町の住民を巻き込んでしまうだろう。

 

「ま、待って南雲‼︎」

 

 呆気に取られていた優香も、慌ててハジメの後を追いかけた。再び得体の知れない敵が現れたかもしれない事に、彼女は内心震え上がっていた。しかしあちらには守ると決めた愛子、親友である宮崎と菅原もいる。大切な人達の安否を確認すべく、彼女は恐怖を押し殺して現場へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再びシア達に場面を戻そう。ちょうど上空から「切り札」が降り立つ直前だ。

 愛子の無事を確認したシアは、ラヴィッジに襲われて負傷した宮崎と菅原の看病をしていた。幸い、宮崎は足を撃たれていたものの弾は貫通せずに掠めただけで、菅原も腕を噛まれたが命に別状はなかった。彼女は亮牙から預かっていた宝物庫のポーチから神水の入った試験管を取り出して、二人に簡単な応急処置を施していた。

 

「よし、と。これで大丈夫です!」

「あの、シアさん、スラッグさん、南雲君は…?」

「ハジメ、向こうの敵の方行った。今片付けたって連絡来た。死人は出てない」

「じ、じゃあ優香っち達は無事なの?」

「俺スラッグ、だからそう言ってる」

 

 今なお意気消沈しながらも愛子がハジメは何処かと問うと、スラッグがぶっきらぼうにそう答えた。死者は出てないと言う答えに、優香達の無事を確認した愛子達三人は一先ず安堵した。

 シアとスラッグも、取り敢えず問題は解決した事に、少し気が抜けたようだ。

 

「俺スラッグ、敵が小さ過ぎて話にならない。グリムロックの援護行こうかな…」

「も〜、スラッグさん。そんな文句言わないでくださいよぉ〜。確かに、亮牙さんの援護に行った方が良いか──」

 

 苦笑しつつもシアがそう言いかけた時、再び「未来視」が何かを感じ取った。上空から巨大な何かが襲来し、愛子を踏み潰す光景だ。

 油断した。まだ戦いは終わっていない。

 

「皆さん逃げて‼︎上です‼︎」

 

 シアはそう叫ぶと、動けなかった愛子達三人を抱えて、その場から飛び退いた。対してスラッグは不完全燃焼だった事から、却って上等だと言わんばかりに上空を睨みつけた。

 上空には、アストロトレイン達の襲来した時と同様、青い光が現れた。どうやらまたディセプティコンがスペースブリッジを用いて襲ってくるようだ。スラッグはまだまだ楽しめそうだと不敵な笑みを浮かべたが、出現した者の正体を見極めた次の瞬間、その顔は驚愕の表情へと変わった。

 襲撃してきたのは、文字通り竜であった。猫又の如く二又に別れた尾に巨大な翼、そして二つの頭を持った双頭竜だ。全長は30mはあるが、細長い尾を除けば精々16m程と、グリムロックやスラッグのビーストモードに比べれば小柄だ。とは言えティオの竜形態よりは遥かに大きく、翼開長も40m近くもあり、正に空の王者と称しても過言じゃないだろう。

 但し、竜人族や普通のドラゴンと決定的に違うのは、その双頭竜の全身は青みがかった金属で構成されている事だ。これは明らかに、金属生命体であるトランスフォーマーの特徴だ。

 

「「ギャオオオオオっ!!!」」

 

 瞳を赤黒く濁らせたまま、雷鳴のような唸り声を上げて飛来する双頭竜。その正体はダイナボットの一人、狙撃戦士ストレイフだ!

 

「ストレイフ!!?何でお前が!!?」

 

 スラッグは驚愕しつつも、上空から急降下してきた永年の盟友に呼び掛けた。しかし当のストレイフは一切答えず、彼に向けて鋭い鉤爪の生えた両足を伸ばすと、そのまま勢いよく彼へとのし掛かった。その光景は、まるで猛禽類の狩りのようだ。

 

ドゴォオオオオオオオオッ!!!

 

「グゥウウウウウッ!!?」

「スラッグさん!!?」

「お、俺スラッグ、気にするな!そいつら、避難させろ!」

「は、はい‼︎」

 

 衝撃の余波で周辺の建物が半壊し、のし掛かられたスラッグは仰向けに倒され、頑強な表皮もストレイフの鋭利な鉤爪によって切り裂かれた。痛みに悶えながらも彼は、シアに急いで愛子達を連れて撤退するよう叫んだ。

 だが、当のストレイフは容赦なく、細長い割に鋭い牙の並んだ二つの口を大きく開いて、スラッグに噛みつこうとした。対してスラッグは、両手でそれぞれの喉元を抑えて必死に抵抗した。

 

「ストレイフ、何する⁉︎俺スラッグ、お前の仲間!忘れたのか⁉︎」

 

 スラッグは何故ストレイフが自分を攻撃するのか、そもそも何故ディセプティコンなどに協力するのか分からず、必死に彼の名を呼んだ。喧嘩好きの彼でも、久々の再会を果たした盟友とこんな戦いなどしたくはなかった。

 しかし、ストレイフは答えなかった。本来オートボットらしい青い光を放っていた彼の瞳は、まるで血走ったかのように赤黒く染まっており、口からは野獣の如く唾を垂らしていた。とても正気とは言えない状態だ。

 足の鉤爪が更にスラッグのボディに食い込み、その痛みから腕の力が緩んでしまった。その隙をつき、ストレイフの二つの顎が彼の頭と喉元に食らいつこうとした。

 

「止めるですぅ‼︎」

「させるか‼︎」

「「グギャアアアアッ!!?」」

 

 だが間一髪のところで、愛子達を安全な場所に避難させて戻ってきたシアが、雷神トールの戦槌ミョルニルの如くドリュッケンを投げつけた。ドリュッケンはスラッグの喉元に食らいつこうとしていた方の頭部に勢い良く直撃した。

 更にハジメも駆けつけ、宝物庫から取り出したオルカンを発射し、もう片方の頭部に命中させた。ストレイフの姿を確認した瞬間は、以前亮牙が見せてくれたダイナボットのメンバーがいる事にギョッとなったが、直ぐに冷静さを取り戻すと、火薬量を抑えたもので応戦した。

 予期せぬ頭部への攻撃にストレイフは一瞬怯んだものの、手酷いダメージとはならなかったらしく、四つの瞳でギロリと周囲を睨みつけた。

 

「「ギャオオオオッ!!!」」

「うぐぅっ!!!」

「「スラッグ(さん)!!?」」

 

 彼は甲高い唸り声を上げると、巨大な翼を広げた。そして、足に掴んだスラッグを抱えて飛び上がったのだ。

 ハジメとシアは止めようとしたが、下手に攻撃を仕掛けたらスラッグを巻き込んでしまう。おまけに、もし墜落したらその衝撃で町に甚大な被害が出てしまうだろう。二人が迷っているうちに、ストレイフは町内の教会にスラッグを叩きつけ、そのままどんどん上空へと飛翔していった。

 

『スラッグ、重力魔法を使って反撃して!町の外にソイツを出すんだ!』

 

 二体が上空高くまで上がると、ハジメは念話でスラッグに重力魔法を使って飛ぶよう指示を出した。そしてストレイフを町の外まで誘導し、そこで地上に落として戦えば町の中よりは暴れられるだろうと考えたのだ。

 

「俺スラッグ、分かった!ストレイフ、痛いだろうけど、許してくれ…!」

 

 ハジメの指示を理解したスラッグは覚悟を決めた。理由は分からないがこれ以上ストレイフが暴れるなら、手荒な手段を使っても止めるしかないと。

 彼は左腕から愛刀トレイルカッターソードを展開した。そして、それをストレイフの右翼に思い切り突き刺した。

 

「「ッ!!?グギャアアアアッ⁉︎」」

 

 右翼を凄まじい激痛が遅い、堪らずストレイフは悲鳴を上げた。それと同時に足の握力が弱まった隙をつき、スラッグは拘束を振り解くと、すぐさま重力魔法を発動した。そしてストレイフに掴みかかると、ウルの町から数百m離れた地点、グリムロックとアストロトレインが戦っている方とは反対側へと飛んでいき、彼を地上へと叩き落とした。

 ストレイフは地面に叩きつけられながらも、やがて赤黒い瞳を苛立たしげに光らせながら変形し、騎士に似たロボットモードとなる。両翼はマント、双頭は肩当てのように配置されている。体格でこそスラッグに劣るが、それでも身長は17mは超えているだろう。

 

「俺スラッグ、ストレイフがおかしいの、()()のせいか…?」

 

 同じく地上に降り立ったスラッグは、ふとストレイフの胸部に、本来の彼にはなかった筈の見慣れない物体が装着されている事に気づいた。外見はクリエーション・マトリクスに似ているが、毒々しい緑色の光を放っている。

 恐らく、あの物体が彼を操っているのだろう。仮に魔法か何かで洗脳されているのなら、ここまで攻撃を加えれば普通なら、グリムロックにコテンパンにされたティオみたく、痛みで目を覚ます筈だ。

 

「俺スラッグ、そんな変な物、ぶっ壊してやる!!!」

 

 スラッグはそう叫ぶと、両手に愛刀である二振りのトレイルカッターソードを構え、操られている盟友と向き合った。

 

 

 

 




〜用語集〜
・情報参謀サウンドウェーブ
 シカゴの惨劇で討ち取られたディセプティコンの高官。現在は『リベンジ』でのエイリアンサテライトモードとなっている。
 『ダークサイド・ムーン』のアメコミ版リーフ付属の小説『Convergence』で明かされた設定によると、遺物に封印されたザ・フォールンを解放したりなど、全ての元凶的な活躍をしてたらしい。
 作者個人は『リベンジ』のCVである郷里大輔氏のファンだったので、彼の急逝は当時はショックだった。

・翼を剣で突き刺す
 『パシフィック・リム』にて、ジプシー・デンジャーがオオタチを倒したシーンのオマージュ。
 流石に翼を斬り落としたらストレイフが可哀想なので、突き刺す程度に留めたけど(苦笑)

今更だけど、レーザービーク&ラヴィッジのファンの皆様、すみません(汗)
劇中みたくあっさり退場させすぎちゃったかも(苦笑)



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Seed

皆さ〜ん、バレンタインは貰えましたか〜?
自分は母と行きつけのお店の人からだけでした(泣)

今回もマイ○ル・ベイ顔負けの無茶苦茶な設定・展開が多数あります。
ご了承して頂けると幸いです(苦笑)

3/2 ストレイフの人間態の身長を変更しました。



 ストレイフが襲来した時、ユエとティオはハジメの指示に従い、防護壁に近づこうとする魔物達の殲滅に集中していた。大抵の魔物は彼女達が戦うまでもなく、亮牙とスラッグの咆哮に怯えて将棋倒しとなっていたり、グリムロックとアストロトレインの死闘に巻き込まれて踏み殺されたりしてだいぶ数は減っていた。

 それでも清水に洗脳されたリーダー格とその群れの一部が、僅かながらも逃げずにしぶとく生きていた。とは言えその数もまばらなので、彼女達だけで充分対処できる数だ。

 だが、上空からアストロトレイン襲来の時と同じ光が現れたと思うと、そこからストレイフが出現、そのまま町内に降下してスラッグに襲い掛かった。二体は取っ組み合いになりながら再び上空に飛び上がり、そして反対側の町の外に墜落した。

 

「お、叔父上⁉︎何をしておるのじゃ⁉︎」

 

 それを見ていたティオは驚愕の表情となる。二手に別れて行動していた筈のストレイフが、何故敵に加勢してこの町を襲うのか、何より古くからの友人であるスラッグを攻撃するのか。

 ティオは叔父達が墜落した方へ向かおうとしたが、ユエが彼女の服を掴んで静止した。

 

「勝手な事、しないで…!私達の役目は、この壁の死守…!」

「じ、じゃが叔父上が⁉︎」

「…くどい!私達じゃ、足手纏い。目の前の、やるべき事をやって!」

 

 ユエはそう一喝すると、再び魔物達の対処に集中した。彼女とて仲間達の援護に駆けつけたかったが、今のこの状況では勝手な行動は命取りになりかねない。だから彼女は、恋人から受けた指示に従った。

 ティオは自分の無力さに苛立ちつつも、ストレイフのもとに駆けつけたいという感情を押し殺して、目の前の戦いに集中した。ふと彼女の目に映ったのは魔物達の群れではなく、その後ろで今なお壮絶な死闘を繰り広げるグリムロックとアストロトレインの姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリムロックとアストロトレインの一騎打ちは壮絶を極めた戦いだった。

 グリムロックはこの強敵をウルの町から遠ざけようと、ビーストモードとなって体当たりを喰らわせ、鋭い牙の並んだ顎で喰らい付こうとした。だがアストロトレインもそう甘くはない。迫る顎を寸前で躱すと、カウンターで右フックをお見舞いし、続けて左アッパーで彼の顎をかち上げた。

 

バゴォオオオオオオッ!!!

 

「ウグゥッ!!?」

 

 強烈な一撃に流石のグリムロックも大きく仰け反った。それでも彼は必死に体勢を立て直すと、再び敵に噛みつこうとする。

 

「ふん、馬鹿の一つ覚えみたく噛み付くだけか‼︎」

 

 だがアストロトレインはこれも避けると、カウンターで左フックをグリムロックの顔に食らわせた。更に前腕からまるで鋸歯の如く無数の刃を展開し、追撃のエルボーバットで彼の顔面を切り裂いた。

 これにはグリムロックも堪らず転倒してしまうが、アストロトレインは容赦などしなかった。このディセプティコンは世界最強の蒸気機関車に変形するだけあり、すかさず彼の長い尾を掴むと、そのまま何度も振り回して地面に叩きつけた。

 壮絶な戦いに、逃げ遅れた魔物達は容赦なく巻き込まれていき、今も振り回されるグリムロックの下敷きになったり、血や内臓を撒き散らして吹き飛ばされていく。

 

(クソッ!ビーストモードじゃ、キツい…‼︎)

 

 ここは再びロボットモードになって体勢を立て直した方が良いと考えたグリムロックは、尾を掴むアストロトレインの手が緩んだ一瞬の隙をついて変形した。しかし、それは罠だった。

 

「相変わらず馬鹿だな、お前は‼︎」

「ッ!!?」

 

 振り向いたグリムロックに、アストロトレインは嘲笑うような表情で、彼が変形中にすかさず両肩から展開した「アストロブラスター」を発射した。

 

チュドォォォォォォォォォン!!!

 

 勢いよく放たれた砲撃を腹部に喰らい、グリムロックは小山に叩きつけられたように倒れ込んだ。だがそれでも彼は立ち上がると、左腕に愛刀スルトを展開した。

 

「このトー○スのパチモン野郎が!叩き斬ってスクラップにしてやる…‼︎」

 

 彼はその紅蓮の瞳を怒りの炎で激らせていたが、目の前のディセプティコンは上等と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。

 

「接近戦はお前だけの十八番じゃないぞ」

 

 そう告げるとアストロトレインは、両腕から新たな武器を展開した。それはオプティマス・プライムがよく使用するエナジーソードと同じくエネルゴンの刀剣だったが、それとは違いチェーンソーのような可動式鋸歯が備わっている。これこそアストロトレインの接近戦用武器である「プラズマチェーンソー」だ。

 炎を纏いながら回転する刃に、グリムロックも警戒を強める。だが今更逃げるつもりなどない。剣の腕前ならこちらの方が上だ。

 

「「ウォオオオオオオオオオッ!!!」」

 

 大地を揺るがす勢いの雄叫びが上がると、再び壮絶な殺し合いが始まった。

 アストロトレインはチェーンソーで振り下ろされるスルトを受け止めては、ガラ空きになったグリムロックのボディを斬り裂き、更には追撃で肘打ちもお見舞いする。更には大きく右腕を振り下ろして彼を叩き斬ろうとするが、間一髪のところで避けられ、その背後にあった大岩を両断した。

 グリムロックもやられっぱなしではなかった。アストロトレインが大岩にめり込んだチェーンソーを引き抜こうとしているうちに、すかさず右腕からモーニングスターナックルを展開、勢いよく彼の鳩尾を殴り飛ばした。

 

「グゥッ⁉︎貴様‼︎」

 

 吹き飛ばされたアストロトレインは大きく後ずさるが、倒れまいと両足を踏ん張り、更に肩からターボコアディレイザーを展開してミサイルを発射する。しかしグリムロックは同じ手は食わんと、すかさず左腕から巨大な盾を展開して防御し、ミサイルの直撃を防いだ。

 

「何度も同じ手が通用するか‼︎」

 

 グリムロックは右腕に重力魔法を発動すると、モーニングスターナックルを大きく振りかぶる。すると、チェーンが伸びて大地に振り下ろされたナックルに、砕けた岩やへし折られた大木、巻き添えになった魔物達の死骸が、磁石に吸い寄せられた砂鉄の如く集まってゆく。それから、まるで礫を投擲するかの如く、突進してくるアストロトレインへと投げ飛ばした。

 

「グラビティスリング!!!」

 

ドォガアアアアアアッ!!!

 

「グゥオオオオオオッ…!!?」

 

 この予想外の攻撃は流石のアストロトレインも避けきれず、顔面へとそれらを叩きつけられた彼は、地響きを上げて倒れた。

 しかし、それでも致命傷には至らず、目を血走らせながら立ち上がると、再びグリムロックへと突進していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ウルの町の外の反対側ではスラッグが、ディセプティコンによって操られているストレイフと対峙していた。

 スラッグは両手に愛刀であるトレイルカッターソードを、ストレイフも脇差のような双剣を構え、お互いに睨み合っていたが、やがてスラッグの方が沈黙を破り動いた。

 

「俺スラッグ、先手必勝‼︎」

 

 そう叫ぶと彼はその巨体とは裏腹に素早い突きを放つ。喰らったら最後、体を刺し貫かれるだけでは止まらず、上下真っ二つにされてしまう程の威力がありそうだ。

 しかし相手は並のディセプティコンではなく、伝説の戦士に名を連ねるストレイフだ。まるで闘牛士の如く、洗脳下に置かれているとは思えない華麗な動きで躱すと、手にしている双剣でスラッグに斬りかかった。

 

ガキィィィィンッ!!!

 

 スラッグもすかさずもう一本のトレイルカッターソードで受け止め、凄まじい金属音が響き渡る。そうしてお互い何度も剣をぶつけ合い、鍔迫り合いの状態のまま均衡状態となる。だが、ストレイフは赤黒く濁った瞳を細めると、一瞬の隙をついてスラッグの腹に回し蹴りを喰らわせた。

 

「ウグゥッ⁉︎」

 

 容赦ない一撃に蹌踉めいたスラッグが後ずさると、ストレイフはその巨体とは裏腹に、忍者の如く突進してきた。だがそのままスラッグに突っ込まず、彼の周囲を回り始めたかと思うと、そのまま目にも止まらね速さで何度も斬りつけてきた。

 

幻舞連爪(カゲロウ)!!!」

 

 

ジャキンジャキンジャキン!!!

 

「グアアアアアアアッ!!?」

 

 流石のスラッグもこの猛攻には堪らず、苦悶の声を上げた。だがストレイフは容赦しない。ズサァァァッ!と駆け抜けた後、スライディングのように急停止すると、新たな武器を腕から展開した。

 それはダイナボットとしては珍しい、飛び道具のボウガンだ。だがダイナボットが使うだけあって、サイズが大き過ぎる。さながら古代に使われたバリスタのようだ。

 これぞストレイフの愛用する弩「ブリッツウィングボウ」だ。

 彼が引き鉄を引くと、さながらハジメのパイルバンカーの杭程もある巨大な矢が放たれた。しかしその矢は金属ではなく濃縮されたエネルギーで出来ており、さながらミサイルのようだった。

 

チュドォォォォォォンッ!!!

 

「ウガァアアアアアアッ!!?」

 

 スラッグの身体に直撃した矢は大爆発を起こし、彼は爆炎に包まれた。彼の悲鳴を聞いたストレイフは沈黙しつつも、己の勝利を確信した。

 だが爆炎が止むと、スラッグはまだ立っていた。身体中に深いダメージを負っているが、致命傷とはなっていないようだ。だが、何か様子がおかしい。

 

「……………さっきから痛えなぁ」

「ッ!!?」

「俺スラッグ、もう怒ったぞォォ!!!」

 

 どうやら仲間が相手とは言え好き放題攻撃された事で、遂にスラッグの堪忍袋の尾が切れたようだ。鬼のような形相で雄叫びを上げている。

 

「スラッグ、変身‼︎来雷蓄電(エレクトリックチャージ)!!!」

 

 スラッグはそのままビーストモードに変形、トリケラトプスとしての姿に戻ると、自らの発電能力で全身に電気を纏った。この「来雷蓄電」は重力魔法獲得後に新たに得た力で、周囲に存在する微量な電気を全身に吸収し、肉体強化・体力回復を行う能力だ。怒りで興奮状態にあったのも重なり、たちまち彼は全快となった。

 その気迫にストレイフが僅かに怯んだ隙を見逃さず、スラッグは彼に向かって突進すると、まるで相撲のかち上げのようなぶちかましを喰らわせた。

 

「グゥッ!!?」

 

 その一撃に堪らず仰反るストレイフだが、まるで猛牛のように興奮状態のスラッグは止まらない。彼の狙いは友が操られている元凶と思われる、胸につけられた偽マトリクスだ。

 

瞬雷千烈(ガトリングスパーク)!!!」

 

 その掛け声とともに、スラッグは頭部に電気を集中させると、ストレイフのボディに頭突きの連打をお見舞いした。しかしその巨体に強力な電撃を纏っているのだから、威力は生易しいものではない。まるで落雷の豪雨のようだ。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」

 

「ウゴォォォォォォォォォッ!!?」

 

 まるで承○郎のような掛け声で電撃の頭突きのラッシュを喰らわすスラッグ。流石のストレイフも防戦する事も出来ず、先程の意趣返しと言わんばかりに一方的に攻撃を受けた。

 漸く攻撃が終わると、スラッグはすかさずロボットモードに変形し剣を構えた。対するストレイフはまだ立っていたものの、全身からプスプスと煙を上げていた。だが、胸からコトリと音を立てて偽マトリクスが外れたかと思うと、そのまま仰向けにドスゥゥゥンと倒れ込んだ。

 

「やれやれだぜ」キリッ

 

 そのまま自分の足元に転がってきた偽マトリクスをグシャリ!と踏み潰すと、そう決め台詞を告げるスラッグ。ハジメがこの場にいたら、「なんでジョ○ョ知ってんだよ⁉︎」とツッコんでいそうだ。

 一方、ストレイフの身体にも変化が起きていた。見慣れた甲冑風の金属の巨体が、徐々に金属が折り畳まれるかの如く縮小していき、やがて一人の人間へと姿を変えた。

 彼の人間態は、ティオと同じ竜人族の特徴を備えていた。身長は180cm程とスラッグ達には劣る体格だが、引き締まった細マッチョな体型で、着流しに似た青を基調とした服装、髪色も同じく青だ。

 しかしダメージが酷いのか、そのまま意識を失ったままだ。息がある様子を見ると、命に別状はないようだが…。

 

「俺スラッグ、やり過ぎたかな?まあ後で謝れば良いか…」

 

 そう呟きながらスラッグはストレイフを掌に乗せて飛び立つと、ウルの町へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙ではサウンドウェーブがこの戦いの一部始終を見ていた。ストレイフのボディにインセクティコンを一匹忍ばせて見張っていたのだが、スラッグの猛攻によって気づかれる事なく、完全に破壊されてしまったのだ。

 部下を二人も失った挙句、折角主君から授かったアーティファクトで洗脳した強力な手駒も奪還されたことに、冷静沈着な彼も苦虫を噛み潰したような表情となった。

 

「………最終段階に入るか」

 

 苛立たしげに彼は、現在も地上で戦闘中のアストロトレインへと連絡を送った。この屈辱の借りは必ず返すと誓って…。

 なお近くを漂っていたプーム・ミンの死骸が、サウンドウェーブから腹いせに銃撃を受けて木っ端微塵に吹き飛ばされたのは、ここだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上で今もなおグリムロックと死闘を繰り広げるアストロトレイン。現在は銃火器で応戦していたが、突如として宇宙空間にいるサウンドウェーブから通信が入った。

 

『こちらサウンドウェーブ。応答せよ』

「何だ⁉︎こっちはまだ戦闘中だぞ!」

『ダイナボットは敵に奪還され、レーザービークとラヴィッジも戦死した…。作戦を最終段階に移行する。戦線から離脱し、切り札を投下せよ』

「馬鹿な⁉︎ストレイフにはマトリクス・オブ・マリスを与えておいたんだぞ⁉︎」

『マトリクス・オブ・マリスは戦闘で破壊された』

「チッ、つくづく使えん奴らだ!…まあ良い、直ぐに実行する」

 

 他の連中が悉く敗北した事に苛立たしげに舌打ちしながらも、アストロトレインは素直に指示に従った。まだまだ不完全燃焼だが、メガトロナス・プライム直属のシーカーにして歴戦の軍人である彼には、私情で作戦を放棄するなどという選択肢はなかった。

 一方のグリムロックは、目の前の敵が突如として攻撃をやめたために、一瞬何の真似だと動揺しつつも身構えた。

 

「…テメェ、いきなり何の真似だ?」

「ふん、次の作戦に移れと指示を受けただけだ。まだまだ物足りんが、勝負は一旦お預けだ」

「作戦だと?まさか地球人のアホなガキ唆して、軍事拠点でもない観光地に殴り込む事がか?随分ディセプティコンも落ちぶれたもんだな」

 

 作戦と言う言葉を聞き、そう嘲笑するグリムロック。魔物達を操った下手人は清水一人だろうが、アストロトレインが乱入した事で、ディセプティコンの手引きがあったのだろうという予測はしていた。とは言え、政治家や金持ちなら兎も角、あんなクソガキなんかを利用するとは愚かしいなと心底呆れていたが。

 だがアストロトレインは、フッと鼻で笑った。

 

「ああ、あのクソガキか…。あんなゴミ屑、最初から捨て駒でしかないさ。ただ一箇所に大量の『()()()』を集める必要があったから、奴に下等生物どもを集めさせたに過ぎんよ」

「有機物…だと?どう言う事だ?」

「フッ、お前達がよく知ってるコレを使う為さ」

 

 そう告げるとアストロトレインは腹部のハッチを開いた。彼の役職は「輸送参謀」。あらゆる物資や兵器、自分より小柄の兵士達を輸送することができ、こうして体内に保管することも出来るのだ。

 だが、グリムロックは彼の体内に収納されていた()()を見て、言葉を失った。それは彼もよく知っている、決して忘れられない忌まわしいモノだったのだ。

 

「テメェ、何処でソレを…⁉︎」

「俺は探索者(シーカー)だ。こうしたモノを調達するなど容易いさ。それより、俺に構っていて良いのか?あの町には沢山()()()があるんだがな…」

 

 そう嘲笑うように告げると、アストロトレインはその場から飛び上がり、ギゴガゴゴと変形を始めた。だが、今度は蒸気機関車ではない。むしろ正反対となる最新鋭の乗り物、スペースシャトルだ。

 コレこそが、ある時は蒸気機関車、ある時はスペースシャトルへと変形する、ディセプティコンのトリプルチェンジャー、輸送参謀アストロトレインの真の能力だ。

 グリムロックは空高く登っていく敵を追いかけようとするも、彼の真の狙いを知った以上、このままでは町にいるハジメやシア達が危ない。

 

「畜生が!!!」

 

 彼は悔しそうに悪態を吐くと、直ぐ様ビーストモードに変形し、ウルの町へと引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃のウルの町、戦いを終えたハジメ達は、巻き添えを喰らった住民達の救出活動に当たっていた。ストレイフの襲撃で破壊された家屋から、シアは身体強化を施し、ハジメはパイロを使用することで中の住民達を救助していた。

 不幸中の幸いか、巻き込まれた住民達は軽い怪我程度で済んでおり、死亡したのはレイスに食い殺された司祭だけだった。護衛隊の方も、一撃でレイスに敗北した男子三人は奇跡的に気絶してただけだったので、一通り片付くと二人は愛子達に後を任せ、ユエとティオの待つ防護壁へと向かった。

 防護壁の方も、運良く生き延びながらも往生際悪く攻めてきた魔物達はユエとティオによって悉く殲滅され、残っているのは最初の亮牙とスラッグの雄叫びに怯えて将棋倒しになったまま動けない連中ぐらいだ。

 心配する必要はなかったなと安堵しつつも、ハジメとシアは彼女達のもとへと合流する。更には町の反対側からスラッグも掌に何かを抱えながら帰還した。

 

「叔父上!!!」

 

 彼の掌の上で横たわっているのがストレイフだと気づいたティオは慌てて駆け寄った。ハジメ達も心配そうに近づき、容態を確認する。

 

「俺スラッグ、ストレイフは大丈夫。少し寝てるだけ…」

「…スラッグ、明らかに彼気絶してるよね?か〜な〜りやり過ぎたんじゃない?」

「………俺スラッグ、黙秘する」

 

 ばつが悪そうな表情でそう告げるスラッグに、一行は呆れてジト目で見つめる。仲間ならもう少し手加減しろよ、と…。

 とは言え、これで此方側は大丈夫だ。後は亮牙だけだ。

 そう五人が考えていると、大地を揺るがす地響きと共に、グリムロックが疾走してきた。しかし、その顔は焦燥感に駆られたかのような表情だ。敵に怯えて逃げてきたようには見えないが、一体何があったのだろう…?

 五人が理由を聞く前に、グリムロックはロボットモードに変形して大急ぎで叫んだ。

 

「ユエ、デカパイ!俺に構わず今すぐ結界を張れ!スラッグはこっち来て手伝え!」

「ちょ、ちょっと亮牙!何があったのさ⁉︎」

「説明している暇はねえ!アストロトレインの奴、()()を落とすつもりだ!早くしろ‼︎」

「ッ⁉︎俺スラッグ、アレってまさか…!」

 

 一体何のことだと困惑するハジメ達だったが、グリムロックと付き合いの長いスラッグは「アレ」の正体を悟り、顔を青くして彼のもとに駆け寄った。

 二人の尋常じゃない様子に只事ではないと悟ったユエとティオは、すかさず結界魔法を発動して防護壁を覆った。

 

「「大地土盾(アースバリア)!!!」」

 

 そしてその外部に出たグリムロックとスラッグは、残っている全てのエネルギーを込める勢いで重力魔法を発動、周囲の岩石や土を集めて自分達の背丈程の壁を作り出した。

 そんな彼らを上空から見下ろしながら、シャトルモードのアストロトレインは()()を投下した。一見すると植物の種子に似た形状だが、金属で出来ている上に、大きさも人間の腕ほどもある。()()は丁度、将棋倒しとなって動けない魔物達の真上まで降下すると、中心から青い光を放ちながら表面の外装が四つに分かれながら展開した。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、()()は大爆発した。

 

 

 

 

 

 その衝撃波はグリムロック達が即席で作った防護壁まで到達し、結界越しにも伝わった。グリムロックとスラッグの二体もその衝撃にふらつきながらも、死力を尽くしてエネルギーを注ぎ込み、防護壁の維持に専念した。

 漸く衝撃が収まると、力尽きた二体は人間態へとなってその場に倒れ込み、それと同時に防護壁も崩壊した。ハジメ達は慌てて決壊を解除すると二人のもとへ駆け寄るが、ふと目にした外の光景に四人とも言葉を失った。

 壁の外は辺り一体、金属で覆われていたのだ。それも唯の金属ではない。周辺に生えてた木々、殲滅された魔物の死骸、そして将棋倒しになりながらもまだ生きていた魔物達、その場に存在していた有機物全てが、金属へと置換していたのだ。

 そう、アストロトレインが投下したのは、かつてグリムロック達の時空において恐竜を絶滅させた『シード』だ。

 

「これってまさか、亮牙が言っていた…⁉︎」

 

 ハジメがそう呟く中、上空にいたアストロトレインが地上に降り立った。思わず身構える四人だったが、当の彼は相手にもせず、サウンドウェーブと通信を取っていた。

 

「作戦終了だ。町は連中のおかげで落とせなかったが、最初の予定通り『鉱脈』は作れた。さっさとあの()()()()()に回収させろ」

『了解。今スペースブリッジを開く』

 

 通信が終わるとともにスペースブリッジが開き、アストロトレインはビッグボーイに変形するとその中へと走り去っていった。

 彼と入れ替わるように出て来たのは、巨大な頭だった。大きさや顔つきは恐竜に似ているが、グリムロック達と比べると何処か歪な外見だ。その頭の持ち主は、不気味な唸り声を上げながら口を大きく開くと、凄まじい勢いで辺り一体の金属へ置換した有機物を容赦なく吸い込んでいった。

 やがて全ての金属が吸い取られると、巨大な頭は口を閉じてスペースブリッジの中へと戻っていった。それと同時にスペースブリッジも消え、あとにはまるで最初から何もなかったかのようにまっさらな大地が広がっていた。

 

「亮牙さん!スラッグさん!大丈夫ですか⁉︎」

 

 その一部始終を見ていた四人は呆気に取られていたが、やがてシアが倒れ伏す亮牙とスラッグに慌てて駆け寄っていき、ハジメ達も後に続いた。

 壮絶を極めたウルの町の防衛戦は、こうして終結したのであった。

 

 

 

 




〜用語集〜
・輸送参謀アストロトレイン
 本作オリジナルキャラクターとなるディセプティコン。身長83フィート(約25.2m)。世界最大・最強クラスの蒸気機関車ユニオン・パシフィック鉄道4000形ビッグボーイとスペースシャトルに変形するトリプルチェンジャー。
 メガトロナス・プライム直属の部隊「シーカー」の一人で、サイバトロン星の遺物の探索や、自分より小柄の兵士や軍需物資の輸送を担ってきた。同時に歴戦の戦士で、グリムロック達ダイナボットとも、かつてのマトリクスを巡る戦いで矛を交えた実力者。
 モデルはG1でもお馴染みのアストロトレイン。実写シリーズでは『ダークサイド・ムーン』の前日弾アメコミで、ショックウェーブの部下として登場している。武器名は『シージ』が元ネタ。
 性格としてはアニメよりも、『オールヘイルメガトロン 』や『クラウド』での武骨な軍人気質な性格をイメージしている。グリムロックに匹敵する巨漢としたのは、『サイバーバース』の国内未放送のシーズン3で他のディセプティコンを乗せられるよう4〜5倍のサイズとしていたのを参考とした。
 ちなみに、接近戦武器のプラズマチェーンソーで気づいた方もいるかもしれないが、『パシフィック・リム:アップライジング』のオブシディアン・フューリーもモデルの一つとした。

・マトリクス・オブ・マリス
 外見はクリエーション・マトリクスに似ているが、悪意を意味する「Malice」の名が示す通り、毒々しい緑色の輝きを宿している。
 元ネタは2016年度のTCCのTFSSにおいて、スクランブル合体戦士サンダーメイヘムの右足を担当するディセプティコン、ウィンドスウィーパーに付属したアイテム。

・シード
『ロストエイジ』に登場したキーアイテム。有機体をトランスフォーマーを構成する特殊金属に置換する爆弾で、戦術核兵器に匹敵する破壊力を持つ。
 トランスフォーマー達の創造主によって、白亜紀末期の地球を含めた各惑星に投下され、恐竜を絶滅させると同時にトランスフォーマーを生み出した。





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雨降って地固ま…る?

遂に届いたジェネレーションセレクト版ボルカニカス!ステッカーは排除され、武器も多数付属してるし、POTP版は我慢しといて良かった〜(笑)
唯一の不満点はスラージが破損してたことかな(泣)
早速タカラトミーモールに連絡したけど。

それでは、本章の最終話となります。


 ウルの町の戦いは終わった。

 荒れた大地や破壊された家屋の一部の整備など頭の痛い問題は多々ある。それでも大半の家屋は無事で、魔物達の死骸も跡形もなく片付けられており、死者も司祭一人だけで済んだという、起きた事態に対してまさに奇跡としか言い様のない結果だ。その吉報は直ちに避難した住民達や周辺の町、王都に伝えられた。

 町の周囲にはハジメが作った防護壁がそのまま残っており、戦いの一部始終を見届けた者達は、いかに常識を超えた戦いだったのか、避難させた家族や友人達に必ず語り聞かせようと心に誓った。避難していた商人達もハジメの防護壁の存在を知れば、抜け目なくウルの町の新たな名物として一儲けしようと考えるだろう。

 そして町の人々は、愛子と亮牙達の間にあったことを知らないので、未だに五人のことを『豊穣の女神』が遣わした御使いだと信じており、ハジメの防護壁を『女神の盾』と名づけて敬った。

 では、力尽きて倒れた亮牙とスラッグはどうなったのであろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん、ここは?」

 

 ふと亮牙は目を覚ました。どうやら何処かの家屋の一室で寝ていたようだ。窓を見ると、どうやら夕方になる頃だった。ふと腹部に重みを感じ、そちらを見てみると…

 

「シア?」

 

 シアが亮牙の横になったベッドに上半身を預けるように眠っていた。可愛らしい寝顔ですやすやと眠る彼女の姿に、彼は思わず美しい長髪の頭をそっと撫でてあげた。

 

「シア、大丈夫か?」

「ん……亮牙…さん?」

 

 恋人の問いかけに、うとうとしながらも目を覚ましたシア。やがて、目をウルウルと潤ませると、涙まみれになりながら亮牙に思いきり抱きついた。

 

「ゔぇ〜ん‼︎よがっだぁ〜、よがっだですぅ〜!!!」

「お、落ち着け…!大丈夫だから…」

 

 わんわんと泣き喚きながらギュ〜と抱きついてくる彼女の頭を、苦笑しつつも優しく撫でて宥める亮牙。ふと彼は、気になることを問いかけた。

 

「心配させてごめんな。力を使い過ぎちまって倒れたのは覚えてるんだが、あれからどれくらい経ったんだ…?」

「ぐすっ、それはですね…」

 

 シアは涙を拭いながら、あの後の事について話し出した。

 亮牙とスラッグが力尽きて倒れた後、愛子達もシード投下などの余波に驚き、大慌てで駆けつけた。倒れた二人に加えてストレイフも意識を失っており、更に愛ちゃん護衛隊も優香以外の五人が負傷していた。

 そんな中、避難せずに留まったフォスが助け舟を出してくれた。町を守ってくれたせめてもの礼にと、『水妖精の宿』の部屋を療養のために貸し与えてくれたのだ。

 ハジメがパイロを使って、エネルギーの切れた三人を抱えて『水妖精の宿』へと運んだ後、オーアと神水のミックスを口に漏斗を咥えさせた上で流し込み、後は目が覚めるまでベッドに寝かせていたとの事だ。

 そうしてるうちにスラッグは既に昼頃に目が覚め、今はハジメやユエと共に壊した家屋の瓦礫の撤去にあたってるとの事だ。そうして亮牙も一日が終わろうとしていた先程、漸く目を覚ましたのだ。ストレイフはまだ眠っているそうで、ティオが看病をしているらしい。

 ちなみに愛ちゃん護衛隊の五人はさほど重症ではないのだが、今は何の役にも立てなかった事に罪悪感を抱いたウィルが、優香と共に看病を務めているそうだ。

 

「そうか、ストレイフも見つかったのか…」

 

 まさかストレイフが敵に捕まり操られていたのには驚いたが、無事が確認できて何よりだ。

 それにしても、自分がアストロトレインと戦っているうちに、まさか町中にまで敵が乗り込んできたとは思いもよらなかった。もしシア達がいなかったら、それこそ大惨事となっていただろう。

 

「よく頑張ったなシア。お疲れ様」

「亮牙さんこそお疲れ様です。もう一回ギュ〜ってしてあげるですぅ」

 

 二人がお互いに労いの言葉をかけながら仲良く抱きしめ合っていると、扉がノックされて部屋に誰かが入ってきた。

 

「失礼します、シアさん。灘君の様子は…」

 

 入ってきたのは愛子だった。だが彼女は、亮牙が目を覚ました挙句、ベッドの上でシアと抱きしめ合っている光景を見て固まると、下を向いて沈黙してしまった。

 

「おう、話は聞いたよ。大変だったみたいだな」

 

 何事もなかったかのように亮牙はシアを抱き寄せたまま話しかけるが、声をかけられた愛子は目に涙を溜めながら、キッと睨みつけてきた。その怒っているのか喜んでいるのか色々ない交ぜになったその顔を見て、彼はどうしたんだと首を傾げる。

 

「おい、どうした?腹でも減ったのか?」

 

 そんな呑気な事を言ってくる生徒に対して、愛子はたちまち茹でタコみたいに顔を真っ赤にすると、雷を落とすのであった。

 

「貴方って人は〜!!!」

 

 その凄まじい怒声に亮牙は顔を顰めながら耳を塞いだ。一方のシアは「耳が〜⁉︎」と叫びながら目を回してしまった。

 愛子はふうふうと息を荒げながらも、やがて落ち着きを取り戻すと、目に涙を溜めながら再び口を開いた。

 

「良かったです。君が無事でいてくれて…」

「………心配かけて悪かったな」

「いえ、私こそごめんなさい…」

「ど、どうした?」

 

 涙を流して自分の無事を安堵する愛子の姿に、亮牙は苦笑しながら謝罪の言葉を述べた。だが彼女は罪悪感と自己嫌悪に苛まれた表情で謝ってきたので、流石の彼も動揺してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。敵にそう言われたのか…」

「はい…」

 

 愛子は亮牙に詳しい事情を話した。敵の狙いが自分の抹殺であった事、清水はその敵に唆されて裏切った事、自分を探しに追ってきた護衛騎士達が敵に捕まった事、そして五人とも用済みとなり、敵に殺されてしまった事…。

 話しているうちに、彼女の目には再び涙が溢れ出した。

 

「彼の言った通り、全部私のせいです。私さえいなければ、君達に戦いを強要する事も、清水君が敵に寝返る事も、彼とデビッドさん達が殺される事もなかったんです…。挙句私が潔く降伏しなかったせいで、園部さん達にまで危険な真似を…」

「愛子さん…」

 

 そう言いながら愛子は俯き、手で顔を覆ってしまった。この戦いはあまりにも多くの問題が降りかかり、それら全てが彼女の心を大きく抉ったのだ。優し過ぎる彼女には耐えられないのだろう。

 戦いの最中は詳しい事を知らず、ついカッとなって愛子の頬を叩いたシアも、事情を聞いて彼女に同情した。彼女自身、自分の能力のために一族諸共故郷を追われ、挙句帝国兵に仲間の一部を殺された末に奴隷にされかけた過去から、自分自身を責めたことがある。だからこそ、今の愛子の苦しみが痛いほど分かるのだ。

 一方、黙って聞いていた亮牙は、やがて愛子の両肩を掴むと、涙で顔を濡らした彼女に語りかけた。

 

「これだけは伝えておく。この騒動はアンタのせいじゃない。確かにアンタは敵に命を狙われ、泥水に裏切られた。だが連中の真の目的はシードを使って『鉱脈』を作る事だった」

「シードに、鉱脈、ですか…?」

「ああ。有機物を変換して、俺達トランスフォーマーのボディを構成する金属を生成する爆弾だ。町の外に魔物の死骸が残ってないのも、奴等が全部金属に変えて持ってったからだ。つまり、アンタがいなくてもこの町は連中の鉱脈作りに襲われてた。寧ろ、アンタがいたからこの町は守られたんだ」

 

 そう、アストロトレイン達の目的は最初からシードの投下と、それによる資源の獲得だ。だからこそ魔物達を大量に調達し、どうせなら人間ごと鉱脈にしようとウルの町を襲ったのだろう。

 むしろ愛子がいなかったら、亮牙達はさっさとフューレンに帰還して、町の人々は避難する事もできず、魔物達と仲良く『資源』としてディセプティコン共に回収されていたのがオチだ。彼女が彼らを説得したからこそ、町の大勢の人命は救われたのだ。

 

「でも、清水君が裏切ったのも、デビッドさん達が死んだのも、園部さん達が傷ついたのも、私のせいですよ…」

 

 それでも愛子は、清水達の件は自分の所為だと己を責めた。対して亮牙は呆れて苦笑しながらも彼女を諭した。

 

「それに関してもアンタの所為じゃねえよ。寄生虫共は護衛を引き受けたんだから、命を張ってアンタを守るのが義務だ。泥水とあのレイシスト共に至っては、勝手に彷徨いてた挙句そうなったんだ。自業自得としか言いようがねえ」

 

 そう、愛子の護衛を引き受けたのは優香達自身だ。ならば彼女を守るのは当然の義務だし、敵に痛めつけられたのは彼女達が鍛えておらず弱かったのが悪い。清水とデビッド達に至っては、片や護衛を投げ出し、片や愛子の言いつけを無視した結果こうなったのだ。同情のしようがない。

 

「それに泥水が敵に寝返った時点で、アンタが何と言おうと俺はアイツを殺すつもりだった。今回はその手間が省けただけだ」

「な…⁉︎なんて事を…!」

「訂正するつもりはないぞ。奴はアンタの制止を無視して勝手に死にかけたところを、アンタの情けで戦争から抜け出せたっていうのに、その恩を仇で返した。どんな理由であれ許される事じゃない」

 

 そう、護衛隊に参加していたという事は、清水も死の恐怖に怯えていたのを愛子に助けられて兵役から逃れられたという事だ。そんな一生モノの大恩があると言うのに、敵に寝返って彼女を殺そうとしたなど、万死に値する大罪だ。

 

「まあどのみち生け捕りにしたところで、奴に待ってたのは生き地獄だったろうな。話は聞いたが、魔人族も連中の仲間だったらしいから、その時点で敵種族へ利敵行為を働いた事になる。この人種差別の酷い世界じゃ間違いなく極刑モノの重罪だ」

「でも、王宮で暫く預かってもらえば…」

「いや。そうなれば連中も泥水の免罪と引き換えに、アンタに二度と口出しするなとか条件出して、また生徒全員徴兵しただろうさ。そうなればクラスのアホ共は、俺とハジメがいなくなった以上、泥水にヘイトの矛先を向けるのは目に見えてる。正義の鉄槌とか抜かして虐められ、奴にとっちゃ死んだ方がマシな目に遭わされてたろうよ…」

「……」

 

 そう言われて愛子は何も言えなくなる。確かに、清水が行った事は到底許されるものじゃない。何よりこの世界は今戦争中なのだから、利敵行為など働けば極刑は免れないだろう。

 何とか無罪放免になるよう懇願したところで、そうなれば再び生徒全員を徴兵しようと目論んでいる教会や王国に弱みを握られてしまう。そうなれば生徒達を守る事は叶わないし、何より亮牙の言った通り清水が他の生徒達から私刑を受けるのは目に見えていた。

 愛子は「先生」としての矜持から、生徒達を信じ守りたいと考えてきた。でもこの世界に来てからは、迷惑カルテット四人の身勝手な決断で生徒全員が徴兵され、檜山による亮牙への殺人未遂、そして今回の清水の裏切りと死。怒涛の如く辛い現実に見舞われ、その心は整理されていない情報が散乱しグチャグチャの状態だった。

 そんな彼女に、亮牙はスっと心に響くような声音で語りかけた。

 

「今は辛いかもしれんが、これだけは聞いてくれ。失ったものばかり数えるな。どれだけ後悔したところで、過去は変えられん…」

「灘……君?」

「選択の連続、それが生きるって事だ。誰もがより良い未来に向かって舵を切るが、そのための選択が常に良い結果となるわけじゃない。アンタは心の底から『人』として、目の前の困っている奴を助けたかったから、俺達に命懸けで頭を下げた。結果は全員ってわけじゃないが、大勢の命を救う事が出来たんだ。アンタの選択は間違ってねえよ」

「…でも、私の選択で死者が出てしまったのは事実です。それを忘れる事は…」

「なら背負って歩け。己が下した選択を下ろす事なく責任を持って、最高も最悪も全部、死ぬまでな。忘れたくても忘れられないのなら、忘れちゃならないって事だ…」

 

 そう言い終えた亮牙は、話は終わりだと言わんばかりにシアを連れて、扉へと歩いていった。

 

「悪いがハジメ達と合流して、直ぐにでも経つ。これでも仕事の最中だからな。魔物の死骸とかはもう残ってないが、土壌のダメージとかは俺達じゃどうしようも出来ん…。落ち着いてきたらでいいから、そうした後始末は任せるぞ。少し体を動かせば、多少は気も紛れるはずさ」

「灘君…」

 

 そう言い終えると亮牙はシアと共に部屋を出て、ハジメ達を探しに行った。その後ろ姿を黙って見送った愛子だが、入室した時と比べて、気持ちは幾分か落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出た亮牙達は、わざわざ部屋を貸してくれたフォスに礼を言うと、ハジメ達と合流して出発の準備を始めた。町の重鎮達は、ハジメのアーティファクトや亮牙達自身を目的に引き止めたかったが、流石に町の危機を救ってもらいながら失礼だろうと思い、TPOを弁えて自重した。

 ストレイフはまだ目を覚ましていなかったが、既に充分回復しつつあり、穏やかな寝息からまだ疲れが残っているようだ。恐らく、フューレンに到着するくらいには目を覚ますだろう。

 一行はパイロに乗り込み、町の事後処理等で後ろ髪を引かれる様子だったウィルも、これ以上我儘は言えないと車内に乗り込んだ。全員が乗り込んだのを確認し、亮牙とハジメも乗り込もうとした時だ。

 

「ま、待って!二人とも!」

「あ?」

「園部さん?」

 

 ウィルと共に他の護衛隊の看病をしていた優香が、大慌てで走ってきたのだ。その姿を見た亮牙とハジメは、何のようだと顔を顰めた。

 

「何しに来た?『今度こそ死ねば良かったのに』とでも言いにきたのか?」

「ち、違うの灘!そんな事を言いに来たんじゃないの…!」

 

 亮牙からの皮肉めいた問いかけに、びくりと体を震わせた優香はオロオロとする。だが少しして、ふぅと息を吐いて落ち着きを取り戻した彼女は、亮牙とハジメを見据えると頭を下げて謝罪した。

 

「二人とも、本当にごめんなさい。これまでの事も、今回の事も…」

「………は?」

 

 謝罪という予想外の言葉に、亮牙はキョトンとなる。対してハジメは黙って優香を見つめていたが、防衛戦の前のような嫌悪感は見られなかった。

 

「地球では天之河達に流されるままにアンタ達の事を蔑んで、こっちに来てからもアンタ達が止めるのを無視して馬鹿な決断下しちゃって…。そんな私達を、アンタ達はあの日の迷宮の騒動で救ってくれたっていうに、私達はその恩を仇で返した…」

 

 優香も多くのクラスメイト達と同様、亮牙とハジメのことを光輝や香織に迷惑をかける奴らと見做してきた。かつて亮牙が起こした暴力沙汰についても、彼に非はないと愛子やハジメが弁護したにも拘らず、「灘が先生達を脅して隠蔽しようとした!」などとほざく光輝の戯言を鵜呑みにしてしまった。

 故にトータスに転移した時も、二人の警告など無視し、いつも通り光輝達に任せればなるだろうと楽観視していた。しかしその結果危うく死にかけてしまい、光輝達が役に立たない中、何とか二人のおかげで救われた。だというのに、自分達のうちの誰かの裏切りで二人は奈落に落ち、自分達はあっさりそれを事故として片付けた。

 

「そんな私達を見捨てずに守ってくれた愛ちゃん先生に恩返しがしたくて護衛を引き受けたけど、灘に言われた通り打算があったのも事実…。挙げ句の果てには清水に裏切られちゃうし、肝心の護衛も務まらなくって、アンタ達がいなかったら、この町の人達諸共あの世行きだった…」

 

 ギュッと手を握り締め、悔し涙を流す優香。王国や教会からはチート持ちの英雄だと持て囃されたが、実際は大好きな先生も守り切る事すら出来ない、文字通りの穀潰しだった現実を思い知らされた。

 更に親友である菅原と宮崎から聞かされた清水の裏切り。もし自分達が亮牙達の件をはっきりとさせ、犯人に然るべき罰を与えていれば、清水が増長して敵に寝返る事もなかっただろう。

 本当は護衛隊全員で謝りたかったが、男子三人はまだ気絶しており、菅原も宮崎もまだ気持ちに整理がついていなかったので、せめて二人が立ち去る前に、自分だけでも謝っておきたかった。

 

「だからこそ、本当にごめん。今更許してくれなんて都合の良い事は言わない…。けど、アンタ達に二度も助けもらったこと、絶対に無駄にしない!必ずこの恩には報いるから!」

 

 とても真剣な表情でそう告げる優香。もうハジメにも亮牙にも、助けた事を後悔させるような真似はしない。その強い想いが表れていた。

 亮牙もハジメも、暫く優香を黙って見つめていた。やがて亮牙は振り返ってパイロへと歩いていきながら、優香に声を掛けた。

 

「先生の護衛、まだ続けるつもりか?」

「う、うん!」

「なら地球に帰るまで、ちゃんと守り抜け。俺からはそれでチャラにしてやるよ、()()

 

 そう告げると、亮牙はそのままパイロに乗り込んだ。ハジメは親友を揶揄うような表情で見つめていたが、やがて優香に向き直った。

 

「良かったね、亮牙も少しだけ君のことを認めたみたいだよ」

「灘が、私を…?」

「うん。恩に報いるのなら、無事地球に戻った後、君の実家の食堂で僕ら何か奢ってよ。僕はそれで構わない」

「う、うん!」

 

 そう言い終えると、ハジメは運転席に乗り込み、パイロを出発させた。優香はその姿が見えなくなるまで見送ったが、彼女の顔つきは以前に比べて、幾分か明るさが戻っていた。

 

 それから愛子と優香は、ハイリヒ王国からデビッド達の後釜となる護衛が派遣されるまで、回復した他の護衛隊の面々を指揮し、ウルの町の復興支援などに尽力した。

 命懸けでこの町を、自分達を守ってくれた亮牙達の活躍を無駄にしない、という思いをそれぞれ胸に抱きながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北の山脈地帯を背に、亮牙一行は南へと街道を疾走した。砂埃を上げるパイロは、サスペンション付きの車輪で振動を最小限に抑えながら、快調にフューレンへと向かって進んでいった。

 運転は当然ハジメ、その隣は定番の席でユエだ。後部座席に他の面々が乗り込み、ストレイフが簡易ベッドに寝かされていた。やがてウィルが気遣わし気に、亮牙に話しかけた。

 

「あのぉ~、本当にあのまま出発してよかったのですか?話すべきことがあったのでは…?特に愛子殿は…」

「大丈夫だ、あの人はそこまで軟弱じゃねえ。いずれ立ち直るさ」

 

 会ったばかりの冒険者達の死に本気で嘆き悲しみ、自分とは関係ない町がこれから魔物の大群に襲われるのを知ると自殺行為も同然だというのに残り、恨みの対象であるティオを許した。そんなウィルは今、自分を散々な目に遭わせた亮牙と愛子達との関係を心配していた。王国の貴族でありながら、冒険者を目指すなど随分変わり者だとは思っていたが、それを通り越して思わず心配になるぐらいお人好しだ。

 そんな彼に、亮牙は呆れながら言葉を続けた。

 

「人の心配より自分の心配したらどうだ?このままフューレンに戻って、チャングや家族と再開してめでたし、だと思ってるのか?」

「え?どういう事ですか?」

「山でも言っただろ…。今回お前の我儘に大勢の人間が振り回され、結果的に五人死んだ。お前の実家がどれだけ権力あるか知らねえが、政敵共にとって絶好の弱みを握らせた事になったんだぞ?」

「うっ…⁉︎」

 

 そう言われたウィルは言葉を詰まらせる。今回の騒動で実家にもイルワにも多大な迷惑をかけてしまったのは事実だ。自分は貴族に向いてないと実家を飛び出したのに、クデタ伯爵家の名に泥を塗ってしまった。

 その事実を突きつけられたウィルは一気に落ち込む。ハジメは運転中のため振り向かないままだが、流石にそれを察知出来たので、苦笑しながらもウィルを励ました。

 

「まあまあ亮牙、その辺にしときなよ。ウィルさんも責任を感じてるのなら、死んだ冒険者の遺族への弔慰金とか、ウルの町の復興支援に協力してあげて下さい。多少なりとも償いにはなりますから」

「ハジメ殿、ありがとうございます…。そうですね、ゲイルさん達には感謝しきれないですから…」

 

 ハジメの慰めの言葉に、幾分か元気を取り戻したウィルだった。

 なおここだけの話、ウィルを守って殉職した冒険者の一人・ゲイルは、同性愛者かつ本名もゲイル・ホモルカと、正に名は体を表す人物だったらしい。

 

 

 

 

 

「と・こ・ろ・で・亮牙さ〜ん?随分と愛子さんには甘くなかったですかぁ〜?」

 

 

 

 

 

 ふと、シアが思い出したかのように、隣に座っている亮牙に話しかけてきた。口には笑みを浮かべているが目は笑っておらず、流石の亮牙も一瞬たじろいだ。

 

「そ、そんな事ねぇよ…。あの人は地球じゃ世話になったのもあるから借りを返したかっただけだ。変な意味はねえって…」

「へぇ〜。…でも最後に見た時の愛子さんの顔、生徒を見送る先生の顔じゃなかったですよぉ〜?」

「は?気のせいだろ…」

「い〜え、気のせいじゃありません!女の勘を甘く見ないでください!あの目は亮牙さんを異性として意識していましたよ‼︎」

「あの人が俺を異性として?んな馬鹿な…」

「間違いないですよ!ウィルさんを探している最中も幼馴染みたいに仲良くしてましたし、命懸けで守られた挙句あんな優しい言葉をかけられたら、誰だって惚れちゃいますよ!まったくもう、やっぱり女たらしじゃないですか⁉︎」

「お、落ち着け…。シアの気のせいだって…」

 

 話しているうちに次第にヒートアップして、顔を真っ赤にしてプンプンと怒り出すシア。恋人の凄まじい剣幕に流石の亮牙もたじろぎ、座席に座りながら彼女とは反対側に後ずさった。

 その姿はまさに嫁の尻に敷かれる恐妻家のようで、ハジメとユエ、ウィルは思わず苦笑いし、スラッグは「ティラノサウルスらしいなぁ〜」などと恐竜時代を懐かしんでいた。

 

ぷる〜ん♡

 

 ふと後ずさっていた亮牙の後頭部に、何か柔らかいモノがぶつかった。その感触は、普段彼がシアに抱きしめられた時によく感じるあの感触だ。

 まさか、と亮牙がゆっくり見上げてみると…

 

「あぁ〜ん♡ご主人様ったら早速妾の胸に飛び込んでくるとは、積極的過ぎるのじゃ!し、下着が不味いことになりそうじゃ…!」

 

 ハァハァと息を荒げながら恍惚の表情を浮かべるティオの顔が見えた。

 それを見て亮牙は気づいた。今の自分は隣にいたティオの胸の谷間にもたれかかった状態となっている事に。更に彼女は興奮した様子で、ぬいぐるみを抱くみたいに彼を抱きしめた。

 

「お、おい離せ!てか何でお前まで乗ってるんだよ⁉︎俺達が用があるのはストレイフだけだ!さっさと降りろ!」

「何を言っておるのじゃ?叔父上が気を失ってる以上、姪の妾が付き添うのは当然の義務。それに妾自身、ご主人様に付いて行くと決めたからの。叔父上とはどうやら旧知の仲みたいじゃし、竜人族としての役目も果たせそうじゃし、責任もとってもらわねばならんし、別れる理由が皆無じゃ!ご主人様がなんと言おうと付いて行くぞ。絶対離れんからな!」

「知るか!てかいつまで抱きしめてるんだよ⁉︎」

「くぅ〜!顔を真っ赤にして、意外とご主人様は初々しいの〜う。そんなに妾の胸が気持ち良いのじゃな〜♡」

「巫山戯んな‼︎いいから離──」

 

 離せと言おうとした瞬間、亮牙は前方から悪寒を感じ取った。恐る恐るそちらに視線を向けると、シアがどす黒いオーラを放ちながら、顔を伏せてプルプルと体を震わせていた。

 

「シ、シア…。これは事故だからな?頼むから落ち着──」

 

 青ざめた顔で弁明しようとする亮牙だったが、それより先にシアが顔を上げると、涙目で睨みながら大声で怒鳴った。

 

「亮牙さんの浮気者〜!!!」

 

「誤解だぁ〜!!?」

 

 車内からシアの怒りの声と亮牙の悲痛な叫びが響き渡り、寝ているストレイフの顔が僅かにしかめっ面となる。

 こうして亮牙一行は新たな仲間、ストレイフとティオを加え、中立商業都市フューレンへと向かうのであった。

 

 

 

 

 




 主人公が愛ちゃんにかけた言葉は、『オール・ヘイル・メガトロン』でのドリフトと、相撲漫画『バチバチ』三部作の山ノ上親方の台詞が元ネタです。

 前者はサンストリーカーの裏切りが発覚してショックを受けるアイアンハイドに対してドリフトがかけた言葉を参考にしました。
 後者は主人公・鯉太郎の同期の一人・蒼希狼が自分の決断に後悔して挫折した際、師匠である山ノ上親方がかけた言葉で、名言の多いバチバチ三部作の中でも作者が一番好きな名言です。





感想、評価お待ちしております。


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姪っ子誕生⁉︎そして因縁の始まり
フューレンへの帰還と目覚める侠客


ジェネレーションセレクトのボルカニカスの交換完了!
いやぁ〜、実に素晴らしい逸品です!ボルカバルカンの組み間違いも簡単に直せるものだったし、文句なしです!

それでは、新章スタートです。


 中立商業都市フューレンの活気は相変わらずだった。

 高く巨大な壁の向こうから、まだ相当距離があるというのに町中の喧騒が外野まで伝わってくる。これまた門前に出来た相変わらずの長蛇の列、唯の観光客から商人など仕事関係で訪れた者達まであらゆる人々が気怠そうに、あるいは苛ついたように順番が来るのを待っていた。

 そんな入場検査待ちの人々の最後尾に、実にチャライ感じの男が、これまたケバい女二人を両脇に侍らせていた。取り敢えず何か難しい言葉とか使っとけば賢く見えるだろうと言う、如何にも馬鹿丸出しの考えで、気怠そうに不満を垂れ流していた。

 すると、キィイイイイイイイ!と聞き慣れない音が聞こえ始めた。最初は無視して傍らの女二人に気分よく語っていたチャラ男だが、前方の商人達や女二人が目を丸くして自分の背後を見ていることと、次第に大きくなる音に苛ついて背後の街道を振り返ると、ギョッと目を剥いた。

 なんと、見たこともない赤を基調とした箱型の物体が猛烈な勢いで砂埃を巻き上げながら街道を爆走してきたのだ。多くの人々が魔物かと思い逃げ出そうとするが、箱型の物体の速度は想像以上のものであり、気がついたときには直ぐそこまで迫っていた。

 チャラ男が硬直し、列の人々がもうダメだ!とその瞳に絶望を映すが、箱型の物体は後部を振りながら半回転し、砂埃を盛大に巻き上げながら急停止した。

 停止した物体の正体、それは亮牙一行が乗るパイロだ。今までは僅かな労力で避けられる面倒なら避けるべきという方針から、極力アーティファクト類は人目に見せないつもりだったが、ウルの町での戦いは瞬く間に伝播するはずなので、そのような考えはもう無駄だろうと考え、自重なしで行くことにしたのだ。

 だがそんな事知る由もない人々に混乱が広がる中、ドアが開き、人々がビクッとする中、一人降りてきた。チャラ男と連れの女二人は、僅かな好奇心から降りてきた者の正体を見極めようとするが…

 

「前が見えねェ」

 

「「「アイエエエッ!!?」」」

 

 中から出てきたのは、誰かに殴られたのか顔が大きくめり込んだ亮牙だった。常人なら間違いなく死んでいるレベルの重傷なのだが、ギャグ漫画みたいに平然と喋りながら歩いている。

 だが、いきなりそんなホラー映画みたいな状態の奴が出てきたら、驚くなと言う方が無理である。チャラ男と連れの女達の三人組は、まるで妖怪でも見たかのような絶叫を上げると、口から泡を吹き、股間から盛大に失禁すると、三人仲良く仰向けに倒れて気絶した。

 

「…いきなり人の顔見て気絶するとは失礼な奴等だな」

「あのさ亮牙、その顔見たら誰だってそうなるよ…」

 

 チャラ男達の態度にイラッとして文句を言う亮牙だが、運転席から降りてきたハジメが無理はないとツッコんだ。

 

「シア、やり過ぎ…。亮牙が可哀想…」

「うぅ〜、だって亮牙さんが〜」

「シア、ごめん…」

「俺スラッグ、早速シアはグリムロックを尻に敷いたな」

「あのスラッグ殿、あれは尻に敷いたと言うべきなのでしょうか…?」

 

 そんな事を言いながら、他の面々が呑気に降りてきた。

 亮牙の顔面をめり込ませた犯人、それはシアだった。帰る途中、愛子の件で問い詰めていた際、事故とはいえティオの胸の谷間に頭を埋めた亮牙に遂に怒った彼女は、思わず彼の顔をぶってしまったのだ。

 常人のパンチなら逆に相手の腕をへし折るぐらい頑丈な亮牙だが、恋人となってからのシアは『ダイナボットの祝福』の影響もあってか凄まじい怪力を誇るようになっており、モロに一撃を喰らった彼の顔面が大きく凹んでしまったのだ。幸い、人間じゃないので致命傷にはならなかったが。

 ユエからやり過ぎだと叱られ、シアもカッとなり過ぎたと反省しつつも、複雑な乙女心故にまだモヤモヤしているようだ。スラッグはストレイフを抱えながら、親友が早速恋人の尻に敷かれた事を呑気に揶揄っているが、流石のウィルもこれにはやや引いていた。

 そして、ティオはと言うと…

 

「あぁ〜ん♡ご主人様だけ狡いのじゃあ〜!妾も同じくらいの力でぶって欲しいのじゃ〜!」

「元はと言えばテメェの所為だろ!!!」

「あひぃ〜ん♡」

 

 …期待したような目で自分も殴って欲しいなどと言いながら、亮牙に擦り寄ってきた。

 当然、恋人にぶたれる原因となった彼女に対して亮牙が黙ってる筈もなく、その爆乳を思いっきりビンタした。

 だがティオは、艶かしい声を上げながら幸せそうに崩れ落ち、嬉しそうに「ハァハァ」と興奮する始末で、亮牙は山脈の戦いで丸呑みにしとけば良かったと後悔するしかなかった。

 一方、未知の物体と超美少女&美女、そして何より顔面がめり込んだままなのに平然としている青年の登場という衝撃に、誰もが硬直したままだった。普通ならシア達に見惚れたり、彼女達やハジメのアーティファクト類に舌舐めずりする輩が出てきてもおかしくないのだが、亮牙の今の顔があまりにも衝撃的過ぎて、誰もそんな気になれなかった。

 すると、にわかに列の前方が騒がしくなった。ハジメ達が視線を転じると、三人の門番達が馬に乗って駆けてきた。おそらく、先程のチャラ男達の悲鳴を聞いて何事かと確認しに来たのだろう。

 

「おい!この騒ぎは何──うぉっ!!?君、その顔どうしたんだ⁉︎まさか、そこで倒れている連中に…?」

 

 高圧的に話しかけようとした門番は、亮牙のめり込んだ顔を見て驚愕の声を上げると共に、安否を確認し出した。一方の亮牙は、面倒臭そうに溜息を吐くと、門番に事情を説明した。

 

「ああ、ちょっとぶつけただけだ。心配ねえよ。そいつらは俺の顔見た途端、いきなり悲鳴あげて失神しやがったんだ。失礼な話だよな?」

「な、成る程…。それにしても、本当に大丈夫か…?」

「心配するな、すぐ治す」

 

 そう言いながらブンブンと首を振るとあら不思議、亮牙の顔は忽ち元通りになった。門番も野次馬達も「どういう理屈で治るんだよ⁉︎」と内心ツッコまずにはいられなかったが、ハジメ達は最早何が起きても驚かない事にしていた。

 とその時、門番の一人が元に戻った亮牙の顔を見て首を傾げると、「あっ」と思い出したように隣の門番に小声で確認する。何かを言われた門番が同じように「そう言えば」と言いながら亮牙達をマジマジと見つめた。

 

「…君達、もしかしてリョウガ、ハジメ、ユエ、シア、スラッグという名前だったりするか?」

「ん?はい、確かにそうですが…」

「そうか。それじゃあ、ギルド支部長殿の依頼からの帰りということか?」

「ああそうだ。その言い方からして、チャングから通達でも来てるのか?」

 

 亮牙の予想通りだったようで門番は頷いた。どうやら直ぐに通せと言われているようで順番待ちを飛ばして入場させてくれるようだ。列に並ぶ人々の何事かという好奇の視線を尻目に、亮牙一行はパイロに乗って門番の後を着いて行きながら悠々と進み、再びフューレンの町へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、ハジメ達は冒険者ギルドにある応接室に通されていた。

 出された如何にも高級そうなお茶菓子を遠慮なく貪りながら待つこと五分、イルワが部屋の扉を蹴破らん勢いで開け放ち飛び込んできた。以前の落ち着いた雰囲気などかなぐり捨てて、視界にウィルを収めると挨拶もなく安否を確認する様子から、それだけ心配だったのが伺える。

 感動の再会を果たした二人は、迷惑をかけてしまったとお互いに謝った後、ウィルはイルワから既にフューレンに滞在している両親に会いに行くよう促された。彼は改めて捜索に骨を折ってもらったことを感謝し、亮牙達に改めて挨拶に行くと約束して部屋を出て行った。

 改めて亮牙達と向き合ったイルワは穏やかな表情で微笑むと、深々と頭を下げた。

 

「君達、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」

「いや、生き残れたのはアイツの悪運が強かっただけだ」

「ふふ、そうかな?確かにそれもあるだろうが、何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう?女神の守護者達?」

「…随分情報が早いですね?」

「ギルドの幹部専用だけどね。長距離連絡用のアーティファクトがあるんだ。私の部下が君達に付いていたんだよ。といっても、あのとんでもない移動型アーティファクトのせいで常に後手に回っていたようだけど…。彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているのだけどね」

 

 そう言って苦笑いするイルワ。最初から監視員がついていたらしいが、ギルド支部長としては当然の措置なので、亮牙達は特に怒りを抱くこともなかった。

 

「それにしても、大変だったね。まさか、北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとは…。二重の意味で君に依頼して本当によかった。数万の大群を殲滅した力にも興味はあるのだけど…。聞かせてくれるかい?一体、何があったのか」

「分かった。その前に約束のステータスプレートなんだが、あと三人分追加してくれ」

「ふむ、確かに、プレートを見たほうが信憑性も高まるか…。分かったよ」

 

 そう言ってイルワは、職員を呼んで真新しいステータスプレートを六枚持ってこさせる。

 結果、ユエ達のステータスは以下の通りだった。

 

 ユエ 323歳 女 レベル:75

 天職:ダイナボット魔導戦士

 筋力:120

 体力:300

 耐性:60

 敏捷:120

 魔力:6980

 魔耐:7120

 技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・ダイナボットの祝福[+エネルギー吸収][+ダメージ緩和]・生成魔法・重力魔法

 

 シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40

 天職:ダイナボット占術士・指揮官夫人

 筋力:60 [+最大測定不能]

 体力:80 [+最大測定不能]

 耐性:60 [+最大測定不能]

 敏捷:85 [+最大測定不能]

 魔力:3020

 魔耐:3180

 技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅱ] [+集中強化] ・ダイナボットの祝福[+エネルギー吸収][+ダメージ緩和]・重力魔法

 

 ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

 天職:ダイナボット守護戦士

 筋力:770  [+竜化状態4620]

 体力:1100  [+竜化状態6600]

 耐性:1100  [+竜化状態6600]

 敏捷:580  [+竜化状態3480]

 魔力:4590

 魔耐:4220

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+痛覚変換]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法・ダイナボットの祝福[+エネルギー吸収][+ダメージ緩和]

 

 スラッグ 66000039歳 男 レベル:測定不能

 天職:ダイナボット火炎戦士

 筋力:測定不能

 体力:測定不能

 耐性:測定不能

 敏捷:測定不能

 魔力:測定不能

 魔耐:測定不能

 技能:言語理解[+獣語理解]・騎士化[+部分武装化]・変形・獣の王・魔力操作・エネルギー吸収・レーザーファイヤー・生体電流[+激力雷電] [+雷角回弾] [+雷槍角刺] [+来雷蓄電] [+瞬雷千烈]・トレイルカッターソード・重力魔法

 

 どいつもこいつも常識を完膚なきまでに破壊する無茶苦茶なステータスで、イルワも驚きを隠せず、口をあんぐりと開けて言葉も出ない様子だ。

 

「いやはや……なにかあるとは思っていましたが、これほどとは…」

 

 冷や汗を流しながら何時もの微笑みが引き攣っているイルワに、亮牙達はお構いなしに事の顛末を語って聞かせた。普通に聞いただけならそんな馬鹿なと一笑に付しそうな内容でも、先にステータスプレートで裏付けるような数値や技能を見てしまっているので信じざるを得ない。

 全ての話を聞き終えたイルワは、一気に十歳くらい老けたような疲れた表情でソファーに深く座り直した。

 

「…道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ。亮牙君とハジメ君が異世界人だということは予想していたが…。実際は、遥か斜め上をいったね…」

「…で、どうする気だチャング?あのカルト教団共に危険分子として突き出すか?」

 

 亮牙の質問に、イルワは非難するような眼差しを向けると居住まいを正した。

 

「冗談がキツいよ。出来るわけないだろう?君達を敵に回すようなこと、個人的にもギルド幹部としても有り得ない選択肢だよ…。大体、見くびらないで欲しい。君達は私の恩人なんだ。そのことを私が忘れることは生涯ないよ」

「…ふむ、試して悪かったな」

「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしないと思うよ。一応、後ろ盾になりやすいように、君達の冒険者ランクを全員『金』にしておく。普通は、『金』を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど、事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕の推薦、それに『女神の守護者』という名声があるからね」

 

 イルワの大盤振る舞いにより、他にもフューレンにいる間はギルド直営の宿のVIPルームを使わせてくれたり、彼の家紋入り手紙を用意してくれたりした。何でも今回のお礼もあるが、それ以上に亮牙達とは友好関係を作っておきたいということらしい。ぶっちゃけた話だが、隠しても意味がないだろうと開き直っているようだ。

 その後、イルワと別れた亮牙一行は、フューレンの中央区にあるギルド直営の宿のVIPルームで、未だ眠っているストレイフの看病に務めることにした。

 途中、ウィルの両親であるグレイル・クデタ伯爵とサリア・クデタ夫人がウィルを伴って挨拶に来た。かつて王宮で見た横柄な貴族どもは異なり随分と筋の通った人らしく、息子の人の良さというものが納得できる両親だった。グレイル伯爵は困ったことがあればどんなことでも力になると約束をして去っていった。

 広いリビングの他に個室が複数付いた部屋は、その全てに天蓋付きのベッドが備え付けられており、テラスからは観光区の方を一望できる。亮牙は、リビングの超大型ソファーにストレイフを横にさせると、リラックスした様子で深く息を吐いた。

 

「取り敢えず今日はもう休もう。明日は消耗品とかの買い出しとかしなくちゃな」

 

 そう呟いた亮牙は、ふとシアが先程までとは違い、何処か嬉しそうに顔を赤く染めながらニヤけているのに気づいた。彼女は亮牙の視線に気づくと、更にイヤンイヤンと身体をクネクネし始めた。

 

「…さっきまで怒ってたのに、一体どうしたんだ?」

「だってだって、私の天職見ました?指揮官夫人って書いてありましたよ!つまり私の職業、亮牙さんの奥さんだってことですよ!えへへ、嬉し過ぎて怒りも吹っ飛んじゃいましたよ〜!」

 

 そう言うと更に嬉しそうな顔をしてぴょんぴょんと飛び跳ねるシア。一応、天職には占術士も含まれていたのだが、漸く機嫌も治ったみたいだし、呆れつつも余計な口出しはしない亮牙であった。

 ハジメ達も同じ気持ちなのか呆れた目でシアを見つめ、ティオに至っては羨ましそうな目をしていたが、当のシアは全く気づいていなかった。

 

 

 

 

 

「ググ………?」

 

 その時、ふと超大型ソファーから何か声が聞こえ、六人の視線がソファーに集まった。無論視線の先は、ソファーで横になるストレイフだ。

 

「ストレイフ!目が覚めたか⁉︎」

 

 一番近くにいた亮牙が慌てて駆け寄って片膝をつき、懐かしき友人の容態を確認しようとしたが…

 

「グガァアアアアアッ!!!」

「ぐっ⁉︎」

 

 呼びかけに対して怒りの咆哮を上げたストレイフは、勢いよく飛び起きると片手で亮牙の胸ぐらを掴んで床に押し倒すと、もう片方の腕から剣を展開して、彼の首筋に鋒を突きつけた。

 

「「「亮牙(さん)!!?」」」

「叔父上⁉︎何をするのじゃ⁉︎」

 

 突然の出来事に一瞬怯んだハジメ達は、慌てて亮牙を助けようと攻撃の構えを取る。ティオは叔父の突然の蛮行に動揺しつつも、ストレイフを止めに入ろうとした。

 

「皆やめろ!ここ、グリムロックに任せろ!」

 

 だが二人と付き合いの長いスラッグは冷静だった。彼は腕を振って四人に怒鳴り、誰も手出ししないよう制止した。

 それでも四人が不安げな顔をする中、ずっと冷静さを失わなかった亮牙が口を開いた。

 

「落ち着けストレイフ。俺だ。姿は変わっちまったが、グリムロックだ」

 

 その言葉が、ストレイフを覆った怒りの靄にゆっくりと浸透していき、憤怒の形相が次第に戸惑い混じりの落ち着いた顔つきへと変わった。やがて亮牙の胸ぐらを掴んでいた拳を緩め、彼はもう片方の手に握った剣を下ろして立ち上がった。

 

「まさか……本当にグリムロックなのか…?」

「ああそうだ。久しぶりだな」

「俺スラッグもいるぞ!」

 

 まだ信じられない者を見ているように驚きを隠せないストレイフに対して、亮牙は起き上がり彼と向き合った。スラッグも嬉しそうに輪に加わった。

 ストレイフは頭に片手を当てて、何が起きたかを思い出そうとした。

 

「俺は確か……アストロトレイン達に捕まって……そうだ、お嬢が人質に!」

「「()()?」」

「「俺の家族だ!姿は人間に似てる、胸部のデカい黒ずくめの女だ!お嬢は、彼女は無事か⁉︎」

 

 そう己重要事項について問いただすストレイフ。対して亮牙とスラッグは「お嬢」という単語に怪訝な顔つきとなる。何せ、該当すると思われる人物は一人しかいない。

 

「あ〜、叔父上?妾ならここじゃよ?」

「!お嬢、無事だったか⁉︎」

「ま、まあのぉ…」

 

 その人物、ティオが気不味そうに声をかけると、ストレイフは安堵の声を漏らした。どうやら、かなり心配だったようだ。

 だが、亮牙達五人にはまだストレイフの先程の言葉の中で気になる事があった。それは「アストロトレイン達に捕まった」と、「ティオを人質に取られた」という事だ。代表して亮牙がストレイフに問いかけた。

 

「おいストレイフ、ちょっといいか?スラッグが言うにはお前、操られてたそうじゃないか?それにソイツが人質って、一体あの時、アストロトレイン達に何をされたんだよ…?」

「ん?ああ、そうだったな。話せば長くなるんだが…」

 

 そう呟くと、ストレイフはあの時なぜ自分がディセプティコンに操られていたか、その理由について語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約六百年前にトータスへと転移し、竜人族の姿となったストレイフは、彼らと共に暮らしており、五百年前の迫害と虐殺から逃げ延びた後も、山脈も向こう側に隠れ里を作りひっそりと暮らしてきた。

 しかし数ヶ月前の大魔力の放出とこの世界にやって来た何者かの正体を探る調査が行われる事になり、もしかしたら仲間達が来たのではと推測した彼はこれに志願、姪であるティオと共に旅立った。

 山脈を越えた後、ティオが人里に向かう前に一度しっかり休息を取りたいと懇願したため、くれぐれも用心するように告げると、暫く一人で周囲を探索していた。

 だがその際、僅かなエネルゴンの匂いを感知したので確認しに向かうと、この世界にいる筈のないディセプティコン達と遭遇してしまったのだ。通常のディセプティコン兵ならストレイフの敵ではないのだが、敵側にはパワーと体格で勝るアストロトレインがおり、激しい戦いで徐々に追い詰められ、遂に捕らえられてしまった。

 更に追い討ちをかけるように、敵達は人間の協力者がおり、其奴のおかげで竜人族を一人生け捕りにしたと告げられた。嫌な予感は的中し、もう一人のディセプティコンから立体映像化で見せられたのは、洗脳され人間達を襲うティオの姿であった。

 

「この竜人族を無事に解放して欲しかったら、俺達の命令に従って貰うぞ。逆らうなら、此奴には死より惨い目に遭って貰うだけだ」

 

 そう脅迫されてしまっては、ストレイフに選択肢などなく、渋々敵に従うしかなかった。

 そしてアストロトレインが持っていた、毒々しい翡翠色の宝珠を身体に装着されたのだが、これにより凄まじい怒りと殺意、それから来る破壊衝動に精神を支配されてしまった。抗おうにもどうすることも出来ず、ただ衝動のままに暴れるしかなかった。

 そして途中で意識を失い、気づいた時には人間態に戻り、今こうして目覚めたという訳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時俺は、ただ目につくもの全てを壊したい衝動に駆られちまってた。自分でなんとかしようにも、どうしようもなかった…」

「そうだったか。辛かったな…」

 

 話しているうちにストレイフは、次第に悲痛そうな表情となっていった。敵に敗れただけではなく、親類を人質に取られた挙句、敵の支配下に置かれてしまい、洗脳状態とはいえ破壊工作に協力してしまったのだ。

 全てを聞き終わった亮牙は、盟友を励まそうと肩に手を置いたが、額には怒りで血管が湧き上がっていた。その怒りはストレイフを操り破壊工作を行ったディセプティコンに対してだが、一部は彼がそんな目に遭う原因となった人物に対してもだ。ハジメ達四人も同じ気持ちなのか、とある人物を冷めた目でじーと見ていた。

 その人物、ティオは顔を青くして、大量の冷や汗を流していた。まさか自分が寝ていたせいで、叔父がそんな目に遭わされていたとは夢にも思わなかったのだろう。

 

「い、いや〜、これで叔父上も無事に仲間に加わった事じゃし、めでたしめでたしじゃな!これからの旅が楽しみなのじゃ!」

「誤魔化してんじゃねぇ!!!」

「あひぃぃぃぃん!!?」

 

 そう言って上手く締め括ることで誤魔化そうとするティオだが、そうはいかなかった。亮牙はクワッ!と振り返り、すかさず彼女に飛びかかると、容赦なくアルゼンチンバックブリーカーをお見舞いした。

 

「テメェが能天気に爆睡してたせいでストレイフはなぁ‼︎」

「ひぎぃん⁉︎ああ〜ん!ら、らめぇなのじゃあ〜♡イッちゃう、イッちゃうのじゃあぁ〜!!!」

 

 怒りに燃える亮牙に、メキメキと凄まじい音を上げながら締め上げられているにも拘らず、妖艶な雰囲気を撒き散らしながらアヘ顔で喜ぶティオ。もはや救いようがないその姿に、ハジメ達は怒りを通り越して呆れていた。

 だが、親類であるストレイフは初めて見る光景だったらしく、「お、お嬢⁉︎」と困惑の表情となりながら、亮牙を止めるべきか否かオロオロとするのであった。

 

 

 




〜用語集〜
・前が見えねェ
 『クレヨンしんちゃん』コミックス第二巻にて、給食当番を任されたしんちゃんがシチューの熱さを給食のおばちゃんの足の裏で確かめた結果、おばちゃんの制裁を食らって顔面崩壊した際の台詞。
 アニメでは流石に再現されなかったが、作者はこれが原作クレしんで一番のお気に入り。

・ダイナボット狙撃戦士ストレイフ
 身長:ロボットモード時57フィート(約17.3m)、人間時180cm
 ビーストモード:全長98フィート(約29.8m)、頭胴長53フィート(約16.1m)、翼開長推定40m
 ダイナボット唯一の航空戦力で、双頭・二尾のプテラノドンに変形する。人間態は竜人族らしく、着流しに似た青い服を着た青年。
 故郷はブラジルで、『ロストエイジ』での香港戦の後は一人故郷へと帰還したが、プライム達の招集によりトータスへと召喚され、メガトロナスの干渉でまだ竜人族が迫害される前の600年前に転移した。
 役職はテックボット部隊の狙撃員ストレイフと、ダイノボット砲撃戦士スワープから。
 ちなみに目覚めた際のやりとりは、『ダークサイド・ムーン』でのセンチネルプライム復活シーンのオマージュ。





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語られる侠客の過去

漸く私の住んでいる地域は緊急事態宣言が解除されましたが、まだまだ油断できないこの頃。

上野で開催されている「大地のハンター展」に行きたいのですが、流石に厳しいかな〜(泣)


「ふんふんふふ~ん、ふんふふ~ん!いい天気ですねぇ~、絶好のデート日和ですよぉ~」

 

 翌日、フューレンの街の表通りを、上機嫌なシアがスキップしそうな勢いで歩いている。今日は次の旅に向けて、ハジメとユエ、スラッグは消耗品などを、料理番である亮牙とシアが食材の買い出しに出ているのだが、実質二人っきりでデートしているようなものなので、嬉しくて堪らないのだろう。

 なお、ストレイフはまだ病み上がりな事もあり、ティオが懲罰任務も兼ねて看病しているが、だいぶ回復してるようなので一安心だ。

 本日のシアの服装は、何時も着ている丈夫な冒険者風の服と異なり、可愛らしい乳白色のワンピースだ。普段と違い、彼女のチャームポイントでもある括れたウエストとおへそは見えてないが、肩紐は細めで胸元が大きく開いており、少なくともFカップ以上はある彼女の巨乳が歩く度にぷるんぷるんっ!と震えている。腰には細めの黒いベルトが付いていて引き絞られており、シアのくびれの美しさを強調していた。豊かなヒップラインと合わせて何とも魅惑的な曲線を描いている。膝上15cmの裾からスラリと伸びる細く引き締まった脚線美は、弾む双丘と同じくらい男共の視線を集めていた。

 もっとも、何より魅力的なのは、その纏う雰囲気と笑顔だろう。頬を染めて、楽しくて仕方ありません!という感情が僅かにも隠されることなく全身から溢れている。亜人族であるとか、奴隷の首輪らしきものを付けている事とか、そんなものは些細な事だと言わんばかりに周囲の人々を尽く見惚れさせ、あるいは微笑ましいものを見たというようにご年配方の頬を緩ませている。

 そんなシアの後ろを、恋人である亮牙は苦笑いしながら歩いていた。よほど心が浮きだっているのか、少し前に進んではくるりとターンして彼に笑顔を向け追いつくのを待つという行為を繰り返すシアに、周囲の人々同様、亮牙も思わず頬が緩んでしまうのだ。

 

「おいおい、はしゃぎすぎだよ。前見てないと転ぶぞ?」

「ふふふ、そんなヘマしませんよぉ~、亮牙さん達に鍛えられているんですからッ⁉︎」

 

 亮牙から注意されるも、シアは再びターンしながら大丈夫だと言いつつ足を引っ掛けて転びそうになってしまう。だが、すかさず亮牙が腰を抱いて支える。シアの身体能力なら特に問題なく立て直すだろうが、今日は丈の短いスカートなので念のためだ。彼女を鼻息荒く凝視している男共にラッキースケベなど起こさせるつもりなど、亮牙には毛頭なかった。

 

「まったく、お調子者なところは相変わらずだな」

「しゅ、しゅみません」

「ほら、浮かれているのは分かったから、隣を歩いてくれ」

 

 腰を抱かれて恥ずかしげに身を縮めるシアは、亮牙の手を恋人繋ぎしたまま、今度は小さな歩幅でチマチマと隣りを歩き始めた。その頬を染めて恥らう愛らしい姿に、周囲の男達はほぼ全員ノックアウトされたようだ。若干名、隣を歩く恋人の拳が原因のようだが。

 

「ふふ、こうしていると私達、新婚夫婦みたいですね〜」

「そう、なのかな…?俺は元恐竜だったから、そういう事にはいまいち疎くてな。…にしてもシア、それなら尚更、その首輪外した方が良かったんじゃないか?」

 

 嬉しそうなシアに、亮牙はすまなそうな顔をして彼女の首輪を見ながら問いかける。厄介事を避ける為に色々隠す必要が消えた以上、シアも奴隷の首輪も無理につける必要は無い。手を出されたらその場で返り討ちにしてやればいいし、今の彼女なら余裕で自分の身を守れる。

 元々、シアと恋仲になってからと言うもの、彼女を守るためとは言え奴隷のふりをさせてしまう事に思う所があった亮牙は、これを期に首輪も外して良いと考えていた。

 

「いえ、これはこのままでいいです。亮牙さんが私の事を思って用意してくれたものですし。それに、これを着けてると私は亮牙さんの女なんだって言う証でもありますから♡」

 

 当のシアはそれをやんわりと断った。ウサミミが恥ずかしげにそっぽを向きながらピコピコと動いており、目を伏せて俯き加減に恥じらう今の彼女の姿はとても可憐だった。亮牙の視界の端で男の何人かが鼻を抑えた手の隙間からダクダクと血を滴らせている。

 それにシアの首輪は交際を始めてから、せめてなるべく不快に感じないデザインにしてあげようと考えた亮牙によってリメイクされていた。ユエからも意見を貰いながら、シアの見た目や服装に合わせてデザインを考え、ハジメに錬成し直してもらった。そのお陰で今では、黒の生地に幾何学的に入った白と青の装飾に、正面に取り付けられた神結晶の欠片を加工した僅かに淡青色に発光する小さなクロスと、チョーカーの様に一つの装飾品と呼ぶに相応しいデザインとなっていた。

 首輪の神結晶のクロスがマッチして、更に美しさを醸し出す蒼穹の瞳を輝かせながら、幸せそうな表情となる恋人の姿に、思わず亮牙は優しく抱きしめた。

 

「俺が作った訳じゃないんだけど、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「も〜、本当に甘えん坊さんなんですから〜♡」

 

 対するシアもにへら~と実に幸せそうな笑みを浮かべながら、亮牙の胸元に額をぐりぐりと擦りつけた。ついでに、ウサミミもスリスリとに擦り寄せながら。

 そんなある意味バカップルとも言える二人の作り出した桃色空間に、ある者は砂糖を吐きそうになり、ある者は嫉妬の炎を燃やし、ある者は「青春ねぇ〜」と微笑ましそうに見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮牙とシアは必要な食材を買い揃えた後、時折菓子などを買って食べながらフューレンの街を見て回っていた。その途中、休憩する為にオープンカフェに立ち寄ると、席の一つに陣取る二人組に気づいた。

 

「ストレイフ。もう大丈夫なのか?」

「ん?ああ、グリムロックとシアの嬢ちゃんか。おかげさまでな」

 

 そう、ストレイフとティオだ。どうやらストレイフが回復したようで、気晴らしに外出していたみたいだ。

 そのまま二人は相席すると、各々飲み物やスイーツを注文して舌鼓を打ちつつ休憩をしていた中、ふと亮牙がストレイフに声を掛けた。

 

「そう言えばストレイフ、今朝お前の分のステータスプレート渡したが、もう結果は反映されているか?」

「ん?ああ、あれか。ちょっと待ってくれよ」

 

 それを聞いてストレイフは思い出したかのように懐からステータスプレートを取り出すと、自身のステータスを亮牙とシアに確認させた。

 

 ストレイフ・クラルス 66000603歳 男 レベル:測定不能

 天職:ダイナボット狙撃戦士

 筋力:測定不能

 体力:測定不能

 耐性:測定不能

 敏捷:測定不能

 魔力:測定不能

 魔耐:測定不能

 技能:言語理解[+獣語理解]・騎士化[+部分武装化]・変形・獣の王・魔力操作・エネルギー吸収・レーザーファイヤー・風雲児[+風刀切刻] [+分身術攻] [+暴風乱打][+ 幻舞連爪] [+ 朋鋼翼撃] ・ブリッツウィングボウ

 

 二人がふむふむと確認していると、今度はストレイフが質問してきた。

 

「なあグリムロック。この世界で600年もこの姿で生きてきて今更なんだが、一体何で俺達はこの世界に来ちまったんだ?最初は俺だけかと思ってたら、お前やスラッグまで来てるしよ…」

「…まあ、知らなくて当然だよな。俺もオルクス攻略するまで知らなかったしよ」

 

 そう呟きながら、亮牙はオルクスで知った真実を語り始めた。

 このトータスに隠された真実、悪神エヒトと協力者であるメガトロナス、それに立ち向かった解放者達と六人のプライム、そして自分達ダイナボットは解放者側の切り札としてこの世界に召集されたこと。

 あまりにスケールがデカ過ぎて信じられないような内容だが、ストレイフもティオも落ち着いた様子で聞き、納得したような表情だった。

 

「そういう事か…。ならアストロトレイン達も、大方メガトロナスの野郎の手引きでこの世界に来たってところか…」

「だろうな…。そう言えばストレイフ、それはそうと気になる事があるんだが…」

「ん、何だよ?」

「お前が竜人族として育った事は分かったがな。何でそのデカパイと親戚になってるんだ?」

 

 そう、亮牙が気になっていたのは、ストレイフがティオの叔父となっていた事だ。竜人族の姿となった以上、彼らの仲間として育ったのは分かるが、何故族長の家系の親類となっているのだろうか?

 

「ご、ご主人様⁉︎まさか早速、叔父上にプロポーズ報告するつもりで⁉︎ああ〜ん♡妾まだ心の準備が〜‼︎」

「黙ってろ痴女が‼︎…で、どうしてだよ?」

「あ、ああ…。話せば長くなるんだがな…」

 

 隣でハァハァと鼻息を荒くしながらイヤンイヤンと身体をくねらせる姪にドン引きしつつ、ストレイフは飲んでいた紅茶のカップを置くと、真剣な表情で語り始めた。

 

「地球でのあの戦いの後、お前達と別れた俺は故郷のブラジルに帰還した。まあ6600万年も経って大分風景は変わってたが、自然豊かだし充分満足してたよ」

 

 そう懐かしそうに語るストレイフ。亮牙としてはそれが羨ましく感じられた。彼やスラッグの故郷であるサウスダコタは、既に白亜紀とは様変わりしていたからだ。

 

「そんな最中、俺もあのスペースブリッジでこのトータスに飛ばされたんだが、俺が降り立ったのは竜人族の都市でな。気づいたら人間の赤ん坊になってて本当ビックリしたよ…」

「アハハ……亮牙さんといいストレイフさんといい、大変でしたね…」

 

 思わず苦笑いするシア。突然異世界に飛ばされた挙句、他種族の赤ん坊に変わっていたら、自分でも正気を保てるか分からない。

 スラッグに至ってはその機能が麻痺していたらしい上、元々の性格から特に気にしてなかったらしいが…。

 

「まあビックリしたがな…。そんなこんなでどうすりゃあ良いのか混乱していたんだが、そんな俺を引き取ってくれたのが、クラルス家当主であるアドゥルの親分だったのさ」

「ちなみに、アドゥルは妾のお祖父様じゃ」

「俺は親分の実子であるハルガの兄ぃと共に育てられてな。二人とも血の繋がりどころか、竜人族ですらねぇ俺の事を家族同然に扱ってくれてよ。あの恩は一生忘れられねぇ…。それからお互い成長していって、俺は戦士に、兄ぃは親分に代わって族長の座を継いで、幼馴染のオルナの姐さんと夫婦になって、そんでお嬢が生まれたのさ」

 

 感慨深そうに語りながら、懐から煙管を取り出して一服するストレイフ。

 

「今でこそアホな宗教概念で魔物扱いされてる竜人族だが、かつては全種族の中で一番高潔で清廉と謳われ、このトータスの守護者とされてたんだよ」

「へぇ、ユエの言ってた通りなのか…」

「ああ、あらゆる種族、国、その全てを受け入れ、共に手を携え平穏を守ってきたんだ」

「なんか、今の考えとは真逆ですね…」

「変えられちまったのさ。愚かな神どもにな…」

 

 そう悔しそうに表情を曇らせるストレイフとティオ。その様子に、やはりエヒトによる世界全体を洗脳した認識操作があったのだと、亮牙とシアは実感した。

 

「兄ぃと姐さんは先進的な考えの持ち主でな。当時はトータス史上最悪の大罪人とされていた解放者達について独自に調べてたんだ。そうしている内にエヒトの本性と、その裏に潜む協力者について突き止めつつあった。だが、それを疎ましく感じた奴等は、俺達を滅ぼしにかかった…」

 

 竜人族は魔物であり、あらゆる種族をその力で支配している。その牙は何時、偉大なる我らが神に向けられても可笑しくない。竜人族は神敵であると。

 

「そうは言うが、何故お前ら竜人族は敗れたんだ?人間なんぞに早々遅れを取るとは思えないが…」

 

 竜人族が本気で抵抗すれば人間相手に負ける道理は無い筈だ。何より彼らの仲間であったストレイフの力の強大さは、盟友である亮牙自身もよく分かっている。

 

「…それなんじゃが、父上や嘗ての竜人族も解放者同様、人相手に抵抗する事は出来なかった。いや、しなかったのじゃ…」

 

 そうティオは、先程までの様子とは裏腹に、声のトーンが下げて顔を少し伏せる。ストレイフも「お嬢…」と心配そうに彼女を見つめる。

 今でもハッキリと覚えている、焼け落ちて行く自分達の国。見せしめと言わんばかりに張り付けにされたオルナ達の遺体、それらを目にして尚、敗北と淘汰を受け容れたハルガの最後の姿。

 

「解放者達と同様、守るべき相手に力は振るえなかったってか?」

「そうだ。何より竜人は神敵であると言う世情においてなお、竜人族と共にあろうとしてくれた奴等まで無闇に犠牲にしないため、神によって引き起こされた竜人族を巡る人々の争いを早急に鎮める為に、王であった兄ぃは滅びを受け入れたのさ」 

「何故そんな選択に反対しなかったんだよ。お前らしくもねぇ…」

「俺だって最初は受け入れられなかったさ。姐さんや殆どのダチが無惨な目に遭わされたのを目にした時は、兄ぃに反撃しようって訴えた。獣扱いされるなら獣らしく、二度と歯向わないよう徹底的に叩きのめそうって…」

「ならなんで…」

「それでも兄ぃが選んだからさ。竜人族が世界の守護者として、人々から受け入れられる存在として終わる道をな…」

 

 竜人族がトータスの守護者と受け入れられたのは、トータス人にとって味方だったからだ。その牙は何時も人々の脅威に向けられ、強靭な鱗は人々の盾となっていた。

 けれど味方にとっては頼もしい存在も、敵にとっては脅威。竜人族がその強大な力を自衛の為とは言え、人々に向けた時点でその信頼は崩れ去る。何せ、竜人族の牙は自分達に向けられる事もあると見做されてしまっては…。

 

「だからこそ父上は、母上を殺されようが報復には及ばなかった。下手に抵抗すれば人々も傷つけてしまう。故に自分達が敗れ滅び去る事で争いを止め、人間達の犠牲を少なくする唯一の方法だと、そう言っておった…」

「『時が来るまで耐え忍んでくれ』兄ぃはそう言い残すと、姐さんを独りで死なせまいと言わんばかりに戦場に戻り、玉砕する事で戦いを終わらせた…。残された俺達は、せめて竜人の血筋は絶やさないようにと、生き残った仲間達を連れて、人間どもの手の届かない山脈の向こうに逃げ延びたってわけさ…」

「そんな…何故そこまで…」

 

 シアには竜人族がそんな選択をした理由が理解出来なかった。彼女は忌み子として生まれたが、ハウリア族はそれを潔く受け入れて彼女を処分することなどなかったからだ。

 それを察したストレイフは、優しく微笑みながら話を続けた。

 

「俺だって簡単には受け入れられなかったさ…。だけど、息子夫婦を喪って俺より辛いはずの親分から、竜人としての在り方を諭されてはな…」

「竜人としての在り方、ですか…?」

「ああそうさ──」

 

『汝等、己の存在する意味を知らず』

『その身は獣か、あるいは人か、世界の全てに意味あるものとするならば、答えは他ならぬ己の中に』

『人か獣か、答えを欲するならば決意を以って魂を掲げよ』

『竜の眼は一路の真実を見抜き、欺瞞と猜疑を打ち破る』

『竜の爪は鉄の城を切り裂き、巣喰う悪意を打ち砕く』

『竜の牙は己の弱さを噛み砕き、憎悪と憤怒を押し流す』

『仁、失いし時、汝らはただの獣なり。されど理性の剣を振るい続ける限り──』

 

「「──汝らは気高き竜人である」」

 

 その言葉を、亮牙とシアは黙って聞いていた。

 

「このお言葉があったからこそ、妾達竜人族は『恐れられる存在』ではなく『畏れられる存在』となり、その畏れを畏敬へと昇華させておったのじゃ」

「ああ、力を無闇に振るい続ければ、やがては恐れられる存在に成り果てる。だからこそ俺は、怒りに任せて人間達に復讐する道を選ばなかった。お嬢や生き残った若者達を守り、この誇りを受け継がせていこうって誓ったのさ」

「そうか…」

 

 全てを聞き終えた亮牙は、いつの間にか伏せていた目をそっと開くと、改めてストレイフに向き直った。

 

「ストレイフ、お前がこの世界でどう生きてきたかよく分かった。その上で頼みたい。俺達と共に戦ってくれないか?」

「……」

「生憎俺はこの世界に来て半年くらいしか経ってないから、お前程この世界に思い入れがない。何より優先したいのは仲間達だから、いざこの世界の連中が敵対してきたら、俺は容赦なく其奴らを滅ぼす。仲間を失いたくないからな…。それでも、俺達に力を貸してくれるか?」

 

 そう言いながら優しくシアの頭を撫でる亮牙。かつて大切な家族を喪った彼にとって、仲間達が危険に晒された際に妥協する選択肢は一切なかった。

 ストレイフが加われば頼もしいのだが、竜人族として育ち、その在り方を重んじてきた彼にとって、それは受け入れられないかもしれない。

 暫く沈黙が続いた後、ストレイフは真っ直ぐ亮牙を見つめながら口を開いた。

 

「グリムロック。その戦い、俺にも協力させてくれ」

「…良いのか?竜人としての在り方に反することをするかもしれんぞ?」

「もしお前のする事がやり過ぎだと思ったら、その時は友人として止めるまでだ。それに何より、俺はこの時を500年間ずっと待ち続けてたんだ。お前達と再会できる日が来るのをな…」

「俺達との再会を…?」

「ああ。500年前に散っていった、兄ぃと姐さん達の無念を晴らすためには、俺だけじゃどうしようもなかった…。でも俺がこのトータスに来た以上、お前達もいずれ来てくれる。その日をずっと待ち続けてきたんだ。だから俺の方こそ頼む。俺の敵討ちのため、お前達の力を貸して欲しい…!」

「叔父上…」

 

 そう言って頭を下げて頼み込むストレイフ。彼にとってエヒトは家族の仇、その協力者があのメガトロナスだったのだから、彼なりに竜人族を巻き込んでしまったのではと責任を感じているのだろう。

 

「顔を上げろよストレイフ。俺とお前の仲じゃないか。どの道メガトロナスもエヒトも倒すつもりなんだからな。お前の敵討ち、俺達も力を貸すよ」

「忝い、恩に着るッ…!」

 

 亮牙の了承に、ストレイフは改めて頭を下げる。大切な人達の無念を晴らす、旧友達のおかげで漸くそのチャンスが巡ってきたのだ。

 亮牙としても、ストレイフが協力してくれるのは大変嬉しかった。彼はスラッグよりこのトータスで長く暮らしてきたので、16年間樹海を出た事のないスラッグよりこの世界についての知識がある。

 それに彼はこう見えてダイナボットで一番科学知識に富んだインテリ派であり、仲間の負傷を治療したり、武器や宇宙船のメンテナンスもこなしてきた。同じ技術者であるハジメも大いに助かるだろう。

 

「ふむ、叔父上がそこまで仰るのなら、妾も微力ながらご主人様達に力を貸そうぞ!」

「いや、お前はいらん」

「な、何故じゃ⁉︎妾だって充分強いし、何よりご主人様のストレス解消に──」

「結局それが目的なだけだろうが!!!」

「あひぃ〜ん♡」

 

 またしてもティオが余計な一言を漏らして、亮牙にぶん殴られて更に興奮する。折角の感動の場面が台無しである。

 

「…なあ、シアの嬢ちゃん。グリムロックはお嬢に何しちまったんだ?あんな姿見たら親分達が寝込んじまうよ…」

「アハハ…。まあ色々あったんですぅ…」

 

 姪の変わり果てた姿に激しく動揺するストレイフに対して、事情を知っているシアはただ苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

 




ストレイフをインテリ派としたのは、テックボットに由来してます。










感想についてですが、これまでは非ログインユーザーの方からも受け付けてましたが、結構非ログインの方には本作は評判が良くないみたいでして、「本作のせいでトランスフォーマーが嫌いになった」と言う方もいらっしゃったので、誠に勝手ながら今後はログインユーザーからのみにすることにしました。
色々な評価があるのは私も理解しているのですが、今回はかなりショックを受けた為、ご理解して頂けると幸いです。

今後とも本作を宜しくお願い致します。


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海から来た小さな迷い人

お待たせしました。何の連絡もなしに二週間もお待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。

前回の非ログインユーザーの方からの苦言に加えて、私生活でもトラブルに見舞われて心身ともに疲弊し、中々執筆の手が進まず、先週は誠に勝手ながら休載してしまいました。

自分のせいで原作キャラを穢してしまったのではと考え、打ち切るべきかとも考えたのですが、多くの読者の方々から励ましの言葉やアドバイスを頂いたおかげで、完結までしっかり執筆し続けようと決心する事が出来ました。皆様、誠にありがとうございました。

これからも『グリムロックは宇宙最強』を宜しくお願いします。




 折角の感動のシーンをティオのせいで台無しにされながらも、取り敢えず落ち着きを取り戻した亮牙。頭上に大きなたんこぶをつくってピクピクと痙攣しているティオは、この際放っておく事にした。

 

「さてと、お前も加わってくれて、残るはアイツだけだな」

「ああ、スコーンか…」

 

 それを聞いてストレイフも懐かしそうにその名を呟く。

 シアはその名前を聞いた事はあったものの、詳しくは知らなかったので、隣に座る恋人に尋ねてみた。

 

「あの〜、そのスコーンさんってどんな方なんですか?なんか美味しそうなお名前ですけど…」

「ん?ああ、シアはアイツの事はまだ知らなかったな…」

 

 亮牙は思い出したかのように呟くと、最後の仲間について語り始めた。

 

「スコーンは俺らの仲間の一人でな、図体だけなら俺よりデカいんだが、ワニみたいな顔に毛虫みたいに背中に大量のトゲが生えてる。そのくせ戦い方は俺らの中で一番トリッキーなんだよ」

「けど俺達の中では一番寡黙な奴でね。同じ肉食種族のグリムロックと比べて大人しい奴さ」

「へぇ〜」

「アイツ、今頃何してるんだろうな〜」

 

 懐かしむようにスコーンについて語る亮牙とストレイフに、シアはふむふむと耳を傾けた。話を終えた亮牙は、現在の彼がどこで何をしているのか、思いを巡らせていた。

 するとふと、ハジメから「念話」を通して連絡が入り、彼はそちらに耳を傾けた。

 

「どうしたハジメ、何があった?あ?兎に角来てくれ?分かった分かった。すぐ行く」

 

 まるで電話でもするみたいな感覚でコミュニケーションを取り合うと、亮牙は席を立ち上がった。

 

「休憩は終わりだ。ハジメから急いで来てくれって言ってる」

「ハジメさん、一体何があったんでしょうか?」

「さあな。またスラッグが馬鹿な事でもやらかして手に負えなくなったんだろうよ…」

「ああ、スラッグの馬鹿ならあり得るな…。ほらお嬢、いつまで寝てるんだよ」

 

 そして、四人はオープンカフェを後にすると、ハジメ達との待ち合わせ場所へと急ぐのであった。

 なおティオは、亮牙からお姫様抱っこされるのを期待してわざと狸寝入りをしていたのだが、当の亮牙は面倒くさいので彼女の足を掴んで引き摺りながら連れて行った。無論、ティオは更に興奮していたが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして四人が合流地点の裏通りに辿り着くと、待っていたのはハジメ、ユエ、スラッグの三人だけではなかった。

 なんとハジメの腕には、エメラルドグリーンの髪色の幼い少女が抱き抱えられていたのだ。見た目は3〜4歳ぐらいの可愛らしい顔立ちをしている幼子だが、その耳は通常の人間の耳の代わりに扇状のヒレが付いているのである。更にハジメにしがみつく紅葉のような小さな手には、指の股に折りたたまれるようにして薄い膜がついている。

 

「………お前ら、もう子どもが生まれたのか?」

「そう、私とハジメの愛の結晶…♡」

「んなわけないでしょ!!?ユエも悪ノリしないでよ‼︎」

「…まさか、スラッグの馬鹿がどっかから攫ってきたのか?」

「俺スラッグ、お魚咥えたドラ猫じゃないやい!!!」

 

 真剣なのか巫山戯ているのか、的外れな事を尋ねてくる亮牙に、ハジメは顔を真っ赤にして怒鳴り、ユエは悪ノリし、スラッグまで怒り出す始末。

 ハジメに抱き抱えられた幼女は見慣れない大人が四人も来た事に、ビクッと身体を震わせながらハジメにギュ〜としがみつく。見かねたストレイフが仲裁に入った。

 

「ほらグリムロック、馬鹿な事抜かしてんじゃないよ。それに皆取り敢えず落ち着けって。その子が怯えてるから…」

「ん?ああ、悪りぃ悪りぃ」

「それでハジメさん、その子は一体どうしたんですか?」

「いや、実は…」

 

 シアに尋ねられ、ハジメは抱き抱えている幼女と出会った経緯について語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメ達三人は、今後の装備を作るのに必要な材料の買い揃えなど終え、こちらも街を見て回っていた。スラッグが食材の買い出しに回らなかったのは、彼が買い食いやらで無駄遣いするのが目に見えていたから他の四人が却下したのだが、当のスラッグは不満タラタラだった。

 すると、ハジメの気配感知にある反応が引っかかり、彼は足を止めた。

 

「…ハジメ?」

「どうしたハジメ?う○こでもしたくなったか?」

「んなわけないでしょ⁉︎いやさ、気配感知で人の気配を感知したんだけどさ…」

「俺スラッグ、人なんて周りに腐る程いる。感知もクソもないだろ」

「普通ならそうなんだけどさ…。僕が感知したのは下なんだよ」

 

 そう言ってハジメは自分の足元、石畳の道に視線をやると、軽く足で叩いた。

 

「下水道なら、家無しの物乞いじゃないのか?」

「いや、それだったら気にしないんだけどさ。この気配、やたらと小さい上に弱いし、多分子供だと思う。それも明らかに弱っているよ」

 

 その言葉に流石のユエとスラッグも顔を顰めた。子どもが弱り切った状態で下水道に居るとは、どう見ても遊び目的で入ってるとは思えなかった。

 

「二人とも、ちょっと調べてみていいかな?」

「ん、了解」

「俺スラッグ、分かった」

 

 二人の了承を得ると、ハジメは待ってましたと言わんばかりに、地下をそれなりの速さで動いている気配、おそらくは下水に流されているであろう子供の気配を追い抜き、錬成で穴を開けて飛び込んだ。ユエとスラッグもすぐにその後に続いた。

 そして、三人は空力や重力魔法を使って跳躍すると、下水道両サイドの通路に着地した。直ぐにハジメは錬成で格子を錬成して子供を受け止めた。その際に斜め向きに錬成してたので、子供はそのままハジメ達のほうに流れてきて、スラッグが汚れるのも構わず下水に入っていき子供を掴み、そのまま通路へと引き上げた。

 

「この子は…」

「まぁ、息はあるし、取り敢えずここから離れよう。臭いが酷い」

「俺スラッグ、鼻が曲がりそう」

 

 引き上げられたその子は、明らかに人族ではなかった。ハジメも、その容姿を見て知識だけはあったので、内心では結構驚いていた。

 しかし場所が場所だけに、肉体的にも精神的にも衛生上良くないと考えた三人は、その事を一旦脇に置いて場所を移動する事にした。毛布を取り出して子供を包むと、子供の素性からこのまま人通りのあるメインストリートに出るのは躊躇われた為、ハジメ達は最初の穴を塞いで壁に穴を開けると街の地理を思い出しながら移動を始めた

 

「この子、海人族…」

「俺スラッグ、なんでこんなばっちい所にいたんだ?」

「まぁ、まともな理由じゃないのは確かだね…」

 

 海人族は、亜人族としてはかなり特殊な地位にある種族だ。西大陸の果、「グリューエン大砂漠」を超えた先の海、その沖合にある「海上の町エリセン」で生活している。彼等はその種族の特性を生かし、大陸に出回る海産物の八割を採って送り出しているのだ。

 そのため亜人族でありながらシア達とは異なり、ハイリヒ王国から公に保護されている種族なのである。亮牙もそれを知った時に指摘していたが、人種差別国家のくせに使えるから保護するなど、つくづく身勝手で現金な話である。

 そんな保護されているはずの海人族、それもこんな幼児が内陸にある大都市の下水を流れているなどありえない事だ。犯罪臭がぷんぷんしている。

 するとその時、海人族の幼女の鼻がピクピクと動いたかと思うと、パチクリと目を開いた。そして、その大きく真ん丸な瞳でジーとハジメを見つめ始める。ハジメも何となく目が合ったまま逸らさずジーと見つめ返した。そしてそのまま数秒ほど無言の時間が続き、スラッグとユエが呆れて何か言おうと近づくと、海人族の幼女のお腹がクゥーと可愛らしい音を立てる。彼女は再び鼻をピクピクと動かし、ハジメから視線を逸らすと、スラッグが地上で購入していた菓子類の入った袋をその目でロックオンした。

 嫌な予感がしたスラッグが、試しに菓子類の入った包みを背後に隠そうと動かすと、まるで磁石のように幼女の視線も彼の背後に揺れる。どうやら、相当空腹のようだ。

 予感が的中したスラッグが、持っている菓子類を一気に平らげようとするのをユエと共に制止すると、ハジメは幼女に話しかけながら錬成を始めた。

 

「君、名前は?」

 

 女の子は、スラッグの持つ菓子類に目を奪われていたところ、突如、地面から紅いスパークが走り始め、四角い箱状のものがせり上がってくる光景に驚いたように身を竦めた。そして再度、ハジメから名前を聞かれて、視線を彷徨わせた後、ポツリと囁くような声で自身の名前を告げた。

 

「…ミュウ」

「そうか。僕はハジメで、そっちはユエとスラッグだ。それでミュウ。あのお菓子が食べたいなら、まずは体の汚れを落とさないとね」

「!ちょっと待て!この菓子、俺スラッグ、なけなしの小遣いで買ったんだぞ⁉︎」

「「スラッグ!!!」」

「うぅ〜、俺スラッグ、分かったよ…」

 

 無駄遣いするだろうからと僅かにしか与えられなかった小遣いで買ったお菓子をやるものかとごねるスラッグだったが、ハジメとユエに叱られ、渋々目の前の幼女、ミュウに譲ってやる事にした。とは言え、下水で汚れた体のまま食事をとるのは非常に危険だ。

 ハジメは、完成した簡易の浴槽に「宝物庫」から綺麗な水を取り出し浴槽に貯め、更にフラム鉱石を利用した温石で水温を調整し即席のお風呂を作った。幾分か下水も飲んでしまっているだろうから、解毒作用や殺菌作用のある市販の薬も飲ませておく必要がある。

 返事をする間もなく、毛布と下水をたっぷり含んだ汚れた衣服を脱がされ浴槽に落とされたミュウは、「ひぅ!」と怯えたように身を縮めたものの、体を包む暖かさに次第に目を細めだした。ハジメは、ユエとスラッグに薬やタオル、石鹸等を渡しミュウの世話を任せて、自らはミュウの衣服を買いに袋小路を出て行った。

 しばらくしてハジメが、ミュウの服を揃えて袋小路に戻ってくると、彼女は既に湯船から上がっており、新しい毛布にくるまれてユエに抱っこされているところだった。抱っこされながら、スラッグが名残惜しそうに与える菓子をはぐはぐと小さな口を一生懸命動かして食べている。薄汚れていた髪は、本来のエメラルドグリーンの輝きを取り戻し、光を反射して天使の輪を作っていた。

 

「ただいま、調子はどう?」

「ん、見た限りは大丈夫そう…」

「俺スラッグ、神水はある程度飲ませた。食欲はある…」

 

 ハジメが帰ってきた事に気がついたユエとスラッグが、ミュウの様態について報告した。一応神水を飲ませたし、食欲もあるみたいなので体調面に問題はないみたいだ。自分の菓子を泣く泣く与えたスラッグは悲しそうな顔をしていたが。

 ミュウもそれでハジメの存在に気がついたのか、はぐはぐと口を動かしながら、再びジーとハジメを見つめ始めた。良い人か悪い人かの判断中なのだろう。

 ハジメは買ってきた服を取り出した。本日シアが着ていた服に良く似た乳白色のフェミニンなワンピースだ。それに、グラディエーターサンダルっぽい履物、それと下着だ。子供用とは言え、店で買う時は店員の目が非常に気になった。

 ミュウの下へ歩み寄ったハジメは、毛布を剥ぎ取りポスッと上からワンピースを着せ、次いでに下着もさっさと履かせる。そして彼女の前に跪いて片方ずつ靴を履かせていった。更に「宝物庫」から自作のドライヤーを取り出して、湿り気のあるミュウの髪を乾かしていく。ミュウはされるがままで、未だにジーとハジメを見ているが、温風の気持ちよさに次第に目を細めていった。

 

「俺スラッグ、ハジメは面倒見が良いな」

「何だよ、藪から棒に…」

「ん、きっと良い父親になる…♡」

 

 ミュウの髪を乾かしている際のスラッグの言葉に眉をしかめるハジメだったが、その姿こそ文字通り面倒見がいい証拠、その様子にユエはニコニコと微笑みながら、また惚気始めた。

 何となくばつが悪くなったハジメは話題を逸らす事にした。

 

「で、今後の事だが…」

「ん、ミュウをどうする…?」

 

 

 三人が自分の事を話していると分かっているようで、上目遣いでハジメとユエ、そしてスラッグを交互に見るミュウ。

 三人は取り敢えず、ミュウの事情を聞いてみることにした。結果、たどたどしいながらも話された内容は、ハジメが予想したものに近かった。すなわち、()()や母と三人暮らしだったのだが、ある日、海岸線の近くを母と泳いでいたらはぐれてしまい、彷徨っているところを人間族の男に捕らえられたらしいということだ。

 そして、幾日もの辛い道程を経てフューレンに連れて来られたミュウは、薄暗い牢屋のような場所に入れられたのだという。そこには、他にも人間族の幼子たちが多くいたのだそうだ。そこで幾日か過ごす内、一緒にいた子供達は、毎日数人ずつ連れ出され、戻ってくることはなかったという。少し年齢が上の少年が見世物になって客に値段をつけられて売られるのだと言っていたらしい。

 亜人はともかく、このトータスに置いても人間族の人身売買は違法だ。ただ迷子になっただけならまだ良くある話だが、その上そんな腐れ外道どもに捕まるとはなんとも災難な話である。

 いよいよ、ミュウの番になったところで、その日たまたま下水施設の整備でもしていたのか、地下水路へと続く穴が開いており、懐かしき水音を聞いたミュウは咄嗟にそこへ飛び込んだ。三、四歳の幼女に何か出来るはずがないとタカをくくっていたのか、枷を付けられていなかったのは幸いだった。汚水への不快感を我慢して懸命に泳いだミュウ。幼いとは言え、海人族の子だ。通路をドタドタと走るしかない人間では流れに乗って逃げた彼女に追いつくことは出来なかった。

 だが、慣れない長旅に、誘拐されるという過度のストレス、慣れていない粗末な食料しか与えられず、下水に長く浸かるという悪環境に、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして、身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけばハジメの腕の中だったというわけだ。

 

「客が値段をつけるってことはオークションか…。それも人間族の子や海人族の子を出すってんなら非合法なモノなんだろうな…」

「…ハジメ、どうする?」

 

 ユエの一言にハジメは少し考える。ユエ達の考えとしてはやっぱり自分達で親の元に連れて行きたいと言う所だろう。実際、ミュウの居る場所も目的地の一つではある為、寄り道ついでに連れて行く事は不可能では無い。だが、それには幾つか懸念事項がある。

 

「やっぱりここは、正規の手順に基づいて、保安所に預けるのが無難じゃないかな。海人族なら手厚く保護してくれるし、ミュウの存在を通じてその組織を摘発する動きがあれば、結果的に他の子供達の保護にも繋がる筈だ」

「…でも、せめてこの子だけでも、私達で親元に連れて言ってあげられない?」

「道筋だけ見れば不可能じゃないけどさ。そもそも僕達がこの子を連れて歩けば誘拐犯と間違われる可能性もあるし、大迷宮攻略時に人里に一人で留守番させていてもまた攫われるリスクはあるし、迷宮攻略に連れて行くのは論外だ。何せ次に目指すのはグリューエン大火山だし…」

 

 つまり、自分達が誘拐犯等のレッテルを貼られる事無くミュウを連れて歩くには、どの道、事の次第を保安所に報告する必要がある。そして報告しにいけば自然な流れで保安所側で保護する、と言う流れになるだろう。それはミュウの事に時間を割くつもりは無いと言う事ではなく、連れて行く方がミュウにとって危険が多い事、そして何より迷子を見つけたら警察(=保安所)へ、と言うのは至極全うな行動なのだ。

 それ以上の意見はユエから出ず、渋々ながらも納得している事を確認したハジメは屈んでミュウに視線を合わせると、ミュウが理解出来るようにゆっくりと話し始めた。

 

「いいかい、ミュウ。これから君を守ってくれる人達の所へ連れて行く。時間は掛かるだろうけど、必ずお母さんやお爺ちゃんの元に連れて行ってくれる筈だよ」

「…お兄ちゃんとお姉ちゃん達は?」

「悪いけど、そこでお別れだ」

「やっ!」

「いや、やっ!じゃなくてね…」

「お兄ちゃんとお姉ちゃん達がいいの!お兄ちゃん達といるの!」

 

 思いのほか強い拒絶が返ってきてハジメが若干たじろぐ。今まで、割りかし大人しい感じの子だと思っていたが、どうやらそれは、ハジメ達の人柄を確認中だったからであり、信頼できる相手と判断したのか中々の駄々っ子ぶりを発揮している。元々は、結構明るい子なのかもしれない。とは言え、流石にこの我儘を聞く訳にはいかず、ミュウの説得を試みるも一向に納得する様子を見せなかった。

 仕方なしにこのまま保安所に連れて行くべきかと考えたハジメとユエだったが、ここで沈黙を貫いていたスラッグが口を開いた。

 

「俺スラッグ、ここはグリムロック達と合流すべきだと思う」

「「スラッグ?」」

「俺スラッグ、この世界もこの町も権力者が腐り切ってる。そんな世界の警察じゃ、こいつを攫った連中と通じてる気がする。なら、俺達で連れてった方がマシな気がする」

「…言われてみると、確かに否定できないな」

「ん、我が故郷ながら、情けない…」

 

 スラッグのその指摘に、ハジメもユエも確かに、と顔を顰めた。そもそもこのフューレンを訪れた際も、プーム・ミンとか言う誰がどう見ても悪徳貴族としか言いようのない輩に絡まれたのだ。

 亮牙は最初、この町の冒険者ギルドが犯罪組織と通じてるかもしれないなどと言っていたが、イルワの対応からしてその疑いは晴れたが、警察組織や貴族は別だ。ミュウを攫った連中が幅を利かせているのも、そうした権力者が裏で内通している可能性もある。

 そんな危険がある以上、このまま保安所に預けるのにも不安が残る。しかし自分達三人だけじゃどうしようもないので、他の仲間達の意見も聞くべきだろう。

 

「…仕方ない。なら亮牙達にも相談してから決めるとしようか」

「ん、その方がいい…」

「俺スラッグ、異議なし」

「ミュウ、今から僕達の仲間が来るから、その人達と話し合ってからどうするか決めるよ。だからまだちょっと一緒にいてあげるから安心して」

「んみゅ‼︎」

 

 そう言われたミュウは、嬉しそうにハジメに抱きついた。そんな彼女にハジメは苦笑しつつも頭を優しく撫で、ユエとスラッグも微笑ましそうに見つめていた。

 そうして四人は亮牙達と合流し、先程の場面へと繋がるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…成る程な。スラッグにしてはまともな判断するじゃねえか」

「俺スラッグ、にしてはは余計だ!」

 

 全てを聞き終えたストレイフが皮肉混じりに感心すると、スラッグが余計なお世話だとプンスカと怒った。

 亮牙もふむ、と顎に手を当てると、ミュウをじーと見つめた。ミュウも目の前の男に最初はビクッとなりつつも、ハジメに宥められて落ち着きを取り戻し、同じくじーと亮牙を見つめ返した。

 やがて、どうするか決心のついた亮牙は、皆を見渡して口を開いた。

 

「取り敢えず、冒険者ギルドに行ってチャングと話をつけるぞ。アイツとは折角コネが出来たし、この町じゃアイツが一番信用出来るからな。ギルドでなんとかするなら任せられるし、奴の依頼って事で俺達で送るって手もあるからな。お前らも構わないか?」

「私は大丈夫ですよ!こんな小さな子を一人には出来ません!」

「俺も構わんよ。これも何かの縁だ」

「妾も構わないのじゃ」

 

 亮牙のその問いに、シア・ストレイフ・ティオも異議なしのようであり、ハジメは安堵した。

 この過酷な世界では非情にならねばならない事は理解していたが、ウルの町で愛子に諭された事もあり、本来優しい性格の彼は目の前の幼女を放っておくことが出来なかったのだ。

 ハジメの腕に抱かれたミュウを女性陣があやしている中、亮牙とストレイフはスラッグと三人で話し始めた。

 

「…お前ら、気づいたか?」

「ああ、僅かながらな…」

「俺スラッグ、だかかお前達呼んだ」

 

 そう言いながら、三人はハジメに抱きつくミュウを眺めた。視線の先の幼女からは、彼らがよく知る者に似た雰囲気が僅かに感じられたのだ。スラッグが自分達でなんとかしようと提案したのも、その雰囲気が見過ごせなかったからだ。

 

「俺スラッグ、あのチビ、()()()()いるって言ってた」

「おいおい、()()()()って…」

「…いや、まさかな」

 

 スラッグのその一言に、亮牙とストレイフはそんな馬鹿な、と思いつつ、イルワに会いに冒険者ギルドへと向かうのであった。

 

 

 

 

 




感想、評価お待ちしております。


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喧嘩上等!我らはマキシマル

遂にトランスフォーマーキングダム、始動‼︎
イボンコとパレオトレックス買ったけど、両方とも最高です!
特にパレオトレックスはボルカニカスに装備させて楽しんでます。

そして本話で、主人公のチーム名が決まります。タイトルで既にネタバレしてますが(苦笑)


 裏組織に誘拐されるも何とか逃げ出した幼女・ミュウを保護した亮牙一行は、イルワと話をつけるためにギルド支部に向かって移動していた。出来るだけ人通りの多いところを移動しているが、海人族故に耳が目立つミュウには、フード付きの上着を着させ、顔を隠して人目を誤魔化している。

 亮牙としては、折角イルワとのコネを得た以上、ここはそれにあやかろうと考えていた。仮にギルドでミュウを送り返すにしてもイルワなら信頼できるし、もし自分達に依頼が回ったのなら引き受けても良いと考えていた。

 恐竜時代は二児の父親だった事から、まだ幼いミュウにはそんな冷酷な真似はできなかったし、何より彼女からは何か気になる点がある。出来るならそれを突き止めたかった。

 そして、前方にギルドが見えてきた時、亮牙が顔を顰めて足を止めた。他の面々も気づいたようで、同じく足を止めて周囲に視線を向けた。すると、周囲の人通りに紛れて、あの憎たらしい檜山率いる小悪党組に似た、柄の悪そうな男どもが亮牙達を伺っていた。

 

「おうお前ら、武器構えとけ。デカパイはそのちびっ子守っとけ」

「「「おう」」」

「ん」

「はいですぅ」

「承知したのじゃ」

「んみゅ?」

 

 亮牙の一言に、ハジメはキョトンとなるミュウをティオに任せると、ユエやシアと同様に身構える。スラッグやストレイフは拳をゴキゴキと鳴らしながら、不敵な笑みを浮かべた。

 そして亮牙達が数メートル進むと、周囲から幾人か男達が出てきて彼等を囲み、うちリーダー格と思われる二人が下卑た笑みを浮かべながら前に立ち塞がった。

 

「邪魔だ、どけ」

 

 亮牙は害虫でも見るような目で睨むが、チンピラ達は聞こうとしなかった。

 

「よぉガキ共。早速だが、そこの女抱いてるガキは俺達のモンだ。返して貰うぞ」

 

 そうチンピラの一人が偉そうな態度で告げる。どうやら、ミュウを攫った人身売買組織の連中のようだ。更にもう一人のチンピラがシア達女性陣を下卑た目で見ながら耳打ちすると、チンピラはニヤリと笑いながら言葉を続けた。

 

「ヒヒヒ、確かに上物揃いだな…。おいガキ、お前ら男どもは見逃してやるからよぉ、連れの女は全員置いて行け。そうすりゃ、命だけは助けてやる」

 

 こうした悪党に取って、獲物となる相手の戦闘能力を見極めるのは重要な点だ。勝ち目のない相手に喧嘩を売るなど、文字通り自殺行為だからだ。

 だが目の前のチンピラ達は、自分達がトータスにおいて三大裏組織としてその名を轟かせる「フリートホーフ」に所属している事に天狗になってしまった。今まで自分達に歯向かえる奴などいなかったし、ギルドや保安所も何度も出し抜いてきた。だから、目の前の青年達など容易い獲物だと見做してしまった。

 だが、それは致命的なミスだった。そうした自惚れが、目の前の相手の力量を完全に見誤ってしまったのだ。

 

「おい…」

 

 亮牙はそのまま目の前に立ち塞がるチンピラの前に近づいた。人間態でも身長192cmに達する巨体の亮牙に、背で負けるチンピラ達は一瞬ビクッとなる。

 

「ミランダを知っているか?」

「あぁ?何処の女だそりゃ──」

 

 ミランダ、という聞き慣れない名前にチンピラは怪訝な顔を浮かべる。が、次の瞬間、亮牙の文字通りの鉄拳がチンピラの顔面に直撃した。手加減一切なしのその一撃は、チンピラの頭を一瞬で破壊し、脳漿やら眼球やらが周囲に飛び散った。

 一瞬、チンピラ達は何が起きたのか分からず、ポカンとなる。だが、頭を失った仲間の死骸が崩れ落ちるように倒れ、野次馬として見て見ぬふりをしていた市民達から悲鳴を上がると、漸く事態を飲み込んだ。

 

「テ、テメェ⁉︎よくも──」

 

 我に帰ったチンピラ達は、ナイフやら剣を取り出したり、魔法を詠唱しようとする。

 だがそれより先に、目にも止まらぬ速さで、ハジメとストレイフが動いた。ハジメがドンナーを発砲し、ストレイフは剣を抜くとチンピラ達の間合いに入り込み斬り伏せていった。ある者は額や両足に穴を開けて倒れ、ある者はキョトンとした表情のまま頭が宙に舞い、ある者は手足を斬り落とされて「イギャアアアッ⁉︎」と悲鳴を上げた。

 あっという間にチンピラ達は殲滅された。幸い、一般市民達は亮牙の鉄拳制裁を目の当たりにした瞬間、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していたため、巻き添えになった者はいなかった。

 

「コイツら、本当に渡世人か?歯応えがなさすぎだろ…」

 

 剣を納めるストレイフは、呆れた表情で倒れ伏すチンピラを見下ろした。

 

「良かったのかストレイフ?ゴミ屑とは言え人間に手を上げて?」

「相手がカタギならな。こんな腐れ外道どもに情けなんぞかけるつもりはねえよ」

「ま、当然だな」

「俺スラッグ、お前ら、俺にも獲物残しとけよ!」

 

 ダイナボット三人が何事もなかったかのように談笑する中、ユエが恋人の異変に気づいた。

 

「…ハジメ、大丈夫?」

 

 見ると、ハジメはドンナーを握りしめたまま、やや過呼吸となっていた。顔はやや青褪め、明らかに動揺していた。

 

「いや、ごめん…。いつかはこんな日が来るのは分かってたから、覚悟は決めてたんだけどね…。いざやるとやっぱキツいなぁ…」

 

 そう、地球に帰るため、そして仲間を守るためには、いずれこの世界の住人達と戦い、命を奪う事になる事は明白であり、ハジメ自身も覚悟は決めていたつもりだった。

 シア達を狙っていた帝国兵は亮牙が殲滅し、ウルの町で戦った魔人族・レイスは最早人間とは言えない化け物と成り果てていたので、実質今回が彼にとって初めての「殺人」となった。銃は刃物や鈍器などに比べて殺人への抵抗が少ないと言うものの、全く感じない訳ではない。

 見れば、ハジメが倒したチンピラ達は、脳天を撃ち抜かれて即死したのは一人だけだ。後は両足を撃ち抜かれ、その場に倒れ込んで悶絶していた。最初の一人を殺した後は、無意識のうちに致命傷を避けて攻撃したのだろう。

 そんな彼に、ユエは優しく手を握り締めた。

 

「大丈夫、ハジメのした事は間違いじゃない…」

「ユエ…」

「ハジメはミュウを守っただけ…。それに、そう思える事は、堕ちていない証拠…」

 

 そう言いながら、彼女はミュウに視線を移す。流石に先程の惨劇はミュウには見せられないと、シアとティオが彼女の前に立ち塞がっていたので、今の彼女は何が起きたか分からずキョトンとしている。

 そんな姿を見て、ハジメは気を取り直した。相手はこんな無垢な子どもを親から引き離して奴隷にしようとした屑どもだ。挙句ユエ達にまで手を出そうとしたのだ。情けなどかけてる場合じゃない。

 

「心配かけてごめん、もう大丈夫だよ」

 

 そう言いながらハジメは自分の頬をパンッと叩き、気を引き締めた。

 一方、亮牙は足を撃たれただけでまだ生きている数名のチンピラ達へと歩み寄っていった。

 

「テ、テメェ!俺らフリートホーフにこんな真似し──」

 

 一人がそう喚き散らすが、亮牙は容赦なくその頭を踏み潰した。地面に血や脳漿が飛び散り、生き残りのチンピラ達がヒィ⁉︎と悲鳴をあげる。

 

「フリーズドライだが絹漉し豆腐だが知らねぇがな。俺らに喧嘩売るなんざ一億年早ぇんだよ。おいスラッグ、適当にボコって縛り上げろ」

「俺スラッグ、任せろ」

 

 不完全燃焼だったスラッグは不敵な笑みを浮かべると、生き残りのチンピラに容赦なく叩きのめした。やがてチンピラ達の悲鳴が止むと、彼は魔物の皮で作ったロープでチンピラ共を縛り上げた。

 

「グリムロック、終わったぞ」

「ご苦労。チャングの野郎にはた〜っぷり言いたい事があるからな…」

 

 若干怒りの混じった声色でそう言うと、亮牙一行は再びギルドへと進むのであった。今度はぶちのめされ縛り上げられたチンピラ共のおまけつきだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルドに到着した亮牙一行は、再び注目の的となっていた。初めてフューレンに到着した際に一騒動起こした事があったし、今回は血だるまになった男達を縛り上げてズルズル引き摺っているのもあり、大半の人間が口をあんぐりと開け、驚いたような表情を浮かべていた。

 だが、亮牙達はそんな視線を全く相手にせず、空いている受付に向かって歩いていくと、顔を青くした受付嬢に話しかけた。

 

「今すぐ支部長のイルワ・チャングを呼んでくれ。灘亮牙と言えばすぐ分かる」

「え、え〜と、本日はどのような…?」

 

 怯えながら受付嬢が用件について尋ねようとした瞬間、亮牙は受付のカウンターにドンっと両腕を振り下ろし、カウンターを叩き壊した。

 

「お前じゃ話にならん‼︎今すぐチャングを呼んでこい!直接奴と話す!」

「は、はいぃぃぃっ!!!」

 

 あまりの剣幕に受付嬢は涙目となりながら、猛ダッシュで奥へと駆け込んでいった。

そして数分後。イルワがドットを引き連れながら現れた。但し今回は、ウィルの父親であるグレイル伯爵も一緒にいた。恐らく、ウィルの起こした騒動の件で話をしていたのだろう。

 

「…ハァ。君達、一体今度はどんなトラブルに巻き込まれたんだい?」

 

 ため息混じりに呆れた表情で問いかけるイルワだが、亮牙はふんと鼻を鳴らしながら彼を睨みつけた。

 

「よぉ、最初はちょっと相談に来たんだがな。この町の治安の悪さに観光客として苦情を言いに来たんだよ。おら、手土産だ」

 

 そう言うと、亮牙は引き摺ってきたチンピラ共をイルワ達の足元へと蹴飛ばした。三人はギョッとなるが、代表してグレイル伯爵が問いかけた。

 

「亮牙殿、この者達は一体…?」

「あぁ、迷子を保護したんで此処に届けようとしたら、いきなりこの屑共が連れの女ごと寄越せとか抜かして絡んできやがったんだよ。フリーズ豆腐だがなんとか抜かしながらな…」

「ッまさか、フリートホーフか…⁉︎」

 

 相変わらずまともに名前を覚えない亮牙だったが、イルワにはすぐチンピラ共の正体を悟ったらしく、表情が険しくなった。どうやら此奴らの組織は、相当悪名を轟かせているようだ。亮牙達には知った事じゃないが。

 

「はい、先ほど襲われたので、正当防衛として返り討ちにしました。此奴らは一応、生き残りです。それと件の迷子なんですが、どうも此奴らに故郷から攫われたみたいなので、イルワさんに相談に乗って頂きたくて…」

 

 そう言いながら、ハジメは腕に抱き抱えたミュウに視線をやる。

 

「…事情は分かったよ。では取り敢えず其奴らの身柄は我々で預かるよ。ドット君、頼む」

「畏まりました」

 

 イルワはドットにチンピラ達の身柄を拘束するよう指示を出すと、前回の応接室に亮牙達を案内した。今回はグレイル伯爵も、一貴族として事件の詳細を知りたいと参加する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程。奴等、海人族の子どもまで誘拐するとは…」

「こんな幼い子を…許せんな…」

 

 亮牙達からミュウの素性とこの町に来た経緯を教えられたイルワとグレイル伯爵は、難しい表情になる。

 だが、亮牙は机に足を乗せて、イルワに喧嘩腰の口調で問いかける。

 

「おいチャング、この町はどうなってんだ?貴族と高ランク冒険者がグルになった恐喝、挙げ句の果てには犯罪組織が白昼堂々と人攫いをしようとする。治安が悪過ぎるにも程がある」

「…何が言いたいのかな?」

「ハッキリ言わなきゃ分かんねぇのか?俺がこの町に最初に来た時に言ったけどよ、お前ら冒険者ギルドがそうした連中と癒着があるんじゃねえのか?だとしたらヨゴレ共が粋がるのにも納得がいくぞ」

 

 そう侮蔑の籠った表情で主張する亮牙に、イルワは顔を顰めながら反論した。

 

「見くびらないでくれ、我々はそこまで堕ちちゃいない。…ただ、今回君達に絡んできたフリートホーフには手を焼いているのが現状でね。連中はこのフューレンにおける裏世界三大組織なんだが、明確な証拠は残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に現行犯で検挙してもトカゲの尻尾切り状態。恥ずかしながら奴等の根絶なんて夢物語というのが現状なんだ…」

「イルワ…」

 

 悔しそうに拳をギュッと握り締めるイルワに、友人であるグレイル伯爵は心配そうに寄り添う。

 そんな彼らをジッと見つめた後、亮牙は話を切り出した。

 

「グレイル伯爵、先日俺達に、いざって時は力になると言ってくれたな?」

「あ、あぁ…」

「チャング、本当にお前らはそのヨゴレ共と繋がりはねぇんだよな?」

「当然だよ、何度も言わせないでくれ」

「なら早速力になって貰おう。アンタら二人から直々の依頼って事で、そのフリーズ豆腐共を殲滅する依頼を俺達に出せ」

「…本気かね?」

「俺は冗談は言わん。仲間達もそのつもりだ」

 

 確かめるようなイルワの視線に、亮牙は臆することなく頷いた。ハジメ達も同様で、真剣な表情となっている。

 それを見て、イルワもグレイル伯爵も覚悟を決めたようだ。

 

「…確かに、君らならやりかねないな。そんな君らを敵に回したくは無いし、連中を見逃す理由も無いな。グレイル、構わないか?」

「ああ、彼らにはウィルを救って貰った恩があるからね。亮牙殿、イルワ・チャング支部長とこの私、グレイル・クデタ伯爵の権限で依頼を出す。内容は無論、フリートホーフの壊滅だ。出来る限り、市民や無関係の人に被害を及ぼさない範囲で頼む」

「上等だ。俺らは今後更に強大な敵と戦う事になるし、それだけの力がある。たかがヨゴレ風情が喧嘩を売ってきたことを後悔させてやる」

 

 亮牙は不敵な笑みを浮かべて立ち上がると、ふと思い出したかのようにある事を伝えた。

 

「ああそうだ。今後俺達の名前を使う時は、このチーム名を使って欲しい」

「チーム名?どんな名前だい?」

マキシマルだ。俺の育った地では「最大」を意味する単語だ。それと、終わるまでミュウの保護は任せるぞ」

「うむ、了解したよ」

 

 イルワにそう約束させると、亮牙一行はカチコミの準備を始める。ハジメは抱き抱えていたミュウを降ろすと、優しく語りかけた。

 

「ミュウ、暫くの間、この人達と一緒に待っててくれる?」

「お兄ちゃん、どっか行っちゃうの…?」

「僕達はこれからミュウに酷い事した悪い奴らを懲らしめに行くからさ。この人達はいい人だから、安心して。それが終わったらすぐ戻ってくるからね」

「んみゅ」

 

 こくりと頷くミュウの頭を優しく撫でると、ハジメは改めてイルワとグレイル伯爵に彼女の保護を頼んだ。二人とも、特に父親であるグレイル伯爵は改めて任せろと言ってくれた。

 

「よし、それじゃ三手に分かれて潰してくぞ。ストレイフとデカパイは此処を、ハジメとユエとスラッグは此処を、俺とシアは本拠地を潰す」

「「「「「「了解(ですぅ/なのじゃ)」」」」」」

「ああ、ユエとスラッグには話がある」

「「ん?」」

 

 それぞれ別れて敵地に攻め入る準備をする中、亮牙はユエとスラッグにこっそり話しかけた。

 

「悪いが年長者としてハジメのサポートを頼むぞ。出来ればあいつにこんな汚れ仕事はさせたくなかったんだがな…」

「ん、私はハジメのパートナー。任せて」

「俺スラッグ、心配するな」

「頼むぞ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の騒動は、後に「マキシマルの怒り」と呼ばれるようになった。

 亮牙一行ことマキシマルの面々は三手に分かれると、イルワから提供されたフリートホーフの物と思われる拠点を次々と襲撃し、容赦なく制圧していった。

 フリートホーフは身の程知らずな事に、シア達女性陣を狙いに定めていたらしく、これを知ったスラッグ以外の男性陣の怒りが爆発したのが命取りとなった。

 ある拠点は建物ごと破壊され、ある構成員達は全員丸焼きにされ、ある構成員達はギャアギャア見苦しく喚き散らした後に無残な肉塊にされ、フリートホーフはどんどん追い詰められていった。

 そして現在、亮牙とシアはフリートホーフの本拠地にカチコみ、その場にいた構成員を皆殺しにした後、首領のハンセンを追い詰めていった。

 圧倒的な蹂躙にすっかり怯えつつも、裏組織の首領としてのプライドからか、ハンセンは顔を青ざめさせながらも亮牙とシアに怒鳴り散らした。

 

「て、テメェ等!俺達フリートホーフに本拠地に手を出して生きて帰れるとは思っ……ガハッ!!?」

「誰にテメェなんてぬかしてやがる?貴方様だろうが!!!

 

 亮牙は容赦なくハンセンの頬を叩く。一撃でハンセンの歯が大量に飛び散ったが、亮牙は容赦なくハンセンの片耳に指を突き刺して壁に叩き付けた。そのまま亮牙はハンセンの片耳を引っ張り、鼓膜を破裂させる勢いで耳元で怒鳴り散らした。

 

「腐った耳の腐った穴を腐るほどかっぽじって、腐るほど聞きやがれ!俺達は天下のマキシマル、そして俺が大将の灘亮牙様だ!!!灘亮牙灘亮牙灘亮牙灘亮牙灘亮牙!!!どうだ、これで忘れねぇだろ⁉︎灘亮牙の名に死ぬまでうなされろ!!!」

 

 そのまま亮牙は掴んでいたハンセンの耳を思い切り引き千切って床に叩き付けた。ハンセンがあまりの激痛に「アギャアアッ⁉︎」と悲鳴を上げる。

 

「大体テメェの面が気に食わねぇんだよ‼︎不細工な面しやがって‼︎」

 

 亮牙は容赦なくガンガンとハンセンを蹴り飛ばした。最早ヤクザ顔負けである。

 そんな恋人に呆れながら、シアが話しかけた。

 

「亮牙さ〜ん、そんな腐れ外道は放っておいて、これ見てくださいよ〜」

 

 そう言いながら彼女が見せたのは、ミュウが売り捌かれる事になっていたオークション会場の見取り図と、顧客のリストだった。

 会場はフューレンにある美術館、どうやら職員もフリートホーフのグルのようだ。更に顧客名簿には貴族らしい名前もちらほら見られた。恐らく、顧客の此奴等が、フリートホーフの悪事を今まで誤魔化していたのだろう。

 

「でかしたぞシア。よぅし、ハジメ達と合流して、最後は此処に殴り込むとするか」

「はいですぅ。で、そこで寝っ転がっているクズはどうします?」

「ああ、それなんだがお前は先にハジメ達と合流しててくれ。俺はちょっとコイツを見せしめにしてくる」

「は〜い!」

 

 亮牙はそう言ってハジメ達に連絡を入れると、ボロボロになったハンセンを片手で摘み上げると重力魔法で飛び上がり、フューレンの大きな広場へと降り立った。

 突然大の男を一人抱えた男が現れた事に通行人達はギョッとなるが、亮牙はそんなのお構いなしに、腕を金属化させると、鋭い爪でハンセンの背中を大きく引き裂いた。

 

「グギャアアアアアアッ!!?」

 

 ハンセンが断末魔の悲鳴を上げ、通行人達も更に悲鳴を上げるが、亮牙は全く気にせず、鰻の背開きのように裂かれたハンセンの背中から肋骨を剥き出しにさせ、更に肺を体外へと引き摺り出して翼のように広げた。

 これぞ、かつて北欧のヴァイキングが行っていたとされる処刑法「血の鷲」である。

 作業を終えた亮牙は、息絶えたハンセンの死骸の前に、

 

「マキシマル参上‼︎」

 

 と書かれた立て札を立てると、仲間達と合流するためにその場を去った。暫くすると血の匂いに誘われたカラス達が舞い降りて、ハンセンの死骸を啄み始めた。

 フューレンにおける裏世界三大組織・フリートホーフは、こうして滅び去ったのであった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・ミランダを知っているか
 シュワちゃん主演の映画『レッドブル』にて、シュワちゃん演じる主人公が絡んできた浮浪者に言った台詞。相手が「何処の女だそりゃ?」と言った瞬間、容赦なくノックアウトしている。
 ミランダとはアメリカの法手続きの一つ、ミランダ警告の事。警察が犯罪者を逮捕する際に、黙秘権があるなどのその後の裁判における権利が読み上げられる。
 トランスフォーマーでもアメコミ『ケイオス・セオリー』にて、警官時代のオライオンパックスがホワール一味を逮捕する際にサイバトロン風のミランダ警告を述べている。

・マキシマル
 ご存知、『ビーストウォーズ』シリーズにおけるサイバトロンの原語版名称。作者はビーストウォーズ世代なので、是非とも主人公のチーム名に使いたかった。

・血の鷲
 かつて北欧のヴァイキング達が行ったとされる処刑方。うつ伏せに寝かせた罪人の背中の皮を剥ぎ、肋骨を剥いで両側に広げ、更に肺を引き出して鷲の翼に見立てた、とされている。
 作者はハンセンの処刑方に、ファラリスの雄牛で蒸し焼きや、モズの早贄みたいに生きたまま串刺しなども考えていた。





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最後の仲間の手がかりと、姪っ子誕生⁉︎

あっという間に本作ももうすぐ一周年、多くの方々の応援もあり、遂に100000UA突破出来ました。

本話でフューレン編は終了となります。それではどうぞ。


 フューレンにある美術館、その内部で密かに行われていたフリートホーフ主催の裏オークション会場は、一種異様な雰囲気に包まれていた。

 会場の客はおよそ百人ほど。その誰もが奇妙な仮面をつけており、物音一つ立てずに、ただ目当ての商品が出てくるたびに番号札を静かに上げるのだ。素性をバラしたくないがために、声を出すことも躊躇われるのだろう。

 そんな細心の注意を払っているはずの彼等から現在、ブーイングの嵐が巻き起こっていた。全員が本日の目玉商品である海人族の子どもの出品を待ち侘びていたのに、もうオークションが終わりの間近だと言うのに一切に出てこないからだ。

 司会を務めるフリートホーフの構成員は、既に外では首領のハンセンを含めて組織が壊滅していることなど全く知らず、焦りの表情を見せながらも必死に客達を宥めようとした。

 

 

斬っ!!!

 

 突如として司会の図上から何かが落ちてきた。司会者はえっ?となるが、やがて視界が広まりながら床に倒れたかと思うと、そのまま意識は永遠に失われた。

 落ちてきた者の正体、それは亮牙だった。手には斧に変形したテラクサドンを握っており、その刃は血で真っ赤に染まっている。そう、彼がテラクサドンを振り下ろし、まるで薪割りでもするかのように司会者を左右真っ二つに叩き斬ったのだ。

 

「よう蛆虫ども、死を届けに来たぜ」

 

 返り血に染まりながら、不敵な笑みを浮かべてそう告げる亮牙。漸く状況を飲み込めた観客達から悲鳴が上がった。

 フリートホーフの構成員達は怒りに顔を歪ませながら亮牙に攻撃を加えようとするが、それよりも早く動いたストレイフの居合いで、全員が細切れにされてしまった。

 観客達は悲鳴を上げながら我先にと出口に殺到するが、扉にたどり着いた瞬間、巨大な何かに吹き飛ばされ、先頭にいた連中が血と肉片を撒き散らしながら吹き飛ばされた。顔を青ざめさせた観客達の前に現れたのは、不敵な笑みを浮かべながらダグザを構えたスラッグだった。

 

「年貢の納め時だ。俺達はギルド支部長イルワ・チャングとグレイル・クデタ伯爵の命により、フリートホーフとその協力者全員の殲滅の許可を得ている。当然、顧客のお前ら全員、その殲滅の対象だ」

 

 冷めた目で睨みつけるストレイフから冷酷に告げられた言葉に、まるで狼に追い立てられた羊の群れの如く固まっていた客達は、ある者は失禁しながら膝から崩れ落ち、ある者はつけていた仮面を外して「私を誰だと思ってる⁉︎」などと見苦しく喚いた。

 

「クク、怯えているな」

 

 そんな無様な客達を嘲笑いながら、亮牙がそう呟く。スラッグやストレイフも、自らの武器を構えて不敵な笑みを浮かべる。

 

「それでいい。狩られる側(エモノ)はそれでいいんだ」

 

 肉食獣の如く鋭い牙を光らせながら亮牙がそう告げた瞬間、三人は一斉に飛びかかり、観客達の悲鳴が鳴り止むまで思う存分暴れ回った。

 後に、イルワの指示を受けたギルド職員と高ランク冒険者達が、会場の中を確かめたのだが、誰もが中の光景を見るなり堪らず外に飛び出して嘔吐した。彼ら曰く、会場内はまるで人間の屠殺場とでも形容したかのように、大量の肉片や内臓が飛び散り、全体が血で真っ赤に染め上げられ、まるでこの世の地獄そのものだったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達なら不可能ではないと思っていたが、まさか半日であのフリートホーフを壊滅させるとはね…」

 

 戦いが終わった後、冒険者ギルドに帰還したマキシマルの面々を出迎えたイルワはそう呟くと、深い溜息を吐いた。片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、友人であるグレイル伯爵は苦笑し、秘書長ドットがさり気なく胃薬を渡した。

 フリートホーフによって誘拐され、オークション会場の裏側で拘束されていた子ども達は、亮牙達が会場内を蹂躙しているうちにハジメと女性陣の四人が全員救出し、現在はギルド内で保護されている。今後は全員、ギルドと保安局で連携して親元に帰されるだろう。

 一方のミュウは現在別室で女性職員達にあやされながら、イルワ達から出された茶菓子をモリモリ食べていた。まさか自分を攫った悪い大人達が、今では全員仲良く地獄へ堕ちたとは、夢にも思わないだろう。

 

「まぁ、首領のハンセンを公衆の面前で惨殺した事とかはやり過ぎな気もするけど、私達も連中に関しては手を焼いていたからね…。今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える」

「ふん。そもそもお前ら行政がしっかりしてねぇから、ヨゴレ共が粋がって好き勝手やらかすんだろうが。おまけに顧客の大半が貴族だったしよ」

「返す言葉もないよ。同じ貴族として申し訳ない…」

 

 何の悪びれた様子もなくそう主張する亮牙に、グレイル伯爵はすまなそうに頭を下げた。フリートホーフの本拠地で亮牙達が入手してきた顧客のリストや、ギルド職員達が確認した死骸の中に、仲が良かったわけではないが見知った人物が多数いたのだ。同じ貴族として恥ずかしいのだろう。

 

「二度と俺達に手を出そうなんて考える馬鹿どもが出ないように、見せしめを兼ねて盛大に暴れてやったんだ。今後もそうした馬鹿どもを自分達だけで抑止出来ないって言うなら、俺達マキシマルの名を盛大に使え」

「おや、いいのかい?それは凄く助かるのだけど、そういう利用されるようなのは嫌うタイプだろう?」

 

 亮牙の言葉に、意外そうな表情を見せるイルワだが、その瞳は「えっ?マジで?是非!」と雄弁に物語っている。

 

「まあな。でも、一々馬鹿どもの相手をするよりは楽でいい」

 

 肩を竦めながらぶっきらぼうにそう提案する亮牙だが、イルワからしても好ましいものだったので有り難く受け取った。

 ちなみにその後、フリートホーフと並ぶ他二つの裏組織だったが、イルワの「悪い事するとマキシマルが来るぞ〜」と言わんばかりの効果的な亮牙達マキシマルの名の使い方のおかげで、大きな混乱が起こることはなかった。そもそもそれ以上に、ハンセンの惨たらしい末路を目の当たりにした事で、フリートホーフ崩壊に乗じて勢力を伸ばそうなどと無謀な真似など出来るはずもなかった。

 大暴れしたマキシマルの処遇についても、イルワとグレイル伯爵が既に依頼として出した事もあって関係各所を奔走してくれたおかげと、意外にも治安を守るはずの保安局が、正当防衛的な理由で不問としてくれたので特に問題はなかった。

 保安局側も、日頃自分達を馬鹿にするように違法行為を続ける裏組織は腹に据えかねていたようで、挨拶に来た還暦を超えているであろう局長は実に男臭い笑みを浮かべて亮牙達にサムズアップして帰っていった。心なし、足取りが「ランラン、ルンルン」といった感じに軽かったのがその心情を表している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハジメ、大丈夫か…?」

 

 イルワ達との話を終えて応接室から出ると、亮牙は親友の様子を確認した。ハジメなりに大丈夫そうに振舞っていたが、親友として長い付き合いの亮牙には無理をしているのが直ぐに理解できた。

 

「ハハ、ごめん…。ユエやスラッグも色々気を使ってくれたけどさ、やっぱり慣れないものだね。今後はそんな事言ってられないのに…」

 

 そう自嘲するハジメ。戦いではユエとスラッグが気を使って表立って戦ってくれたが、自分一人何もしない訳にもいかなかったので、覚悟を決めて人の命を奪った。公的に正当防衛と認められたものの、やはり悪党とはいえ殺人に手を染めてしまった事は、元来心優しい彼には堪えるものだった。

 それを黙って聞いていた亮牙は、ハジメに頭を下げた。

 

「…すまんな、こんな真似させて」

「え?」

「友人として、家族として、出来ればお前に殺しなんてさせたくなかった。ましてや本来、あの迷惑カルテット共がやるべき汚れ仕事なんてな…。俺がお前を巻き込んだせいだ…」

「亮牙…」

 

 今後地球に帰るため、そしてエヒトやディセプティコンと戦うためには、手を汚さねばならない事は分かっていた。だが、出来ればハジメ達に手を汚させるくらいなら、自分が率先して汚れ仕事を引き受けるつもりだった。だが今回ばかりは、そうはいかなかった。

 ハジメは頭を下げる親友の姿を、すまなそうに見つめていたが、やがて亮牙は頭を上げると、改めて言葉を続けた。

 

「こっからは同じ男として、戦士としての話だ」

「え?」

「今回の件は気にするな。蛆虫を何匹殺したところで罪にはならん。そもそもここは地球じゃねえんだから、連中もお前と同じホモ・サピエンスってわけじゃない。何奴も此奴もヤクザ者とその関係者である以上、いずれ死ぬ覚悟は出来てた筈だ」

 

 そう、フリートホーフも顧客達も、このような犯罪行為に手を染めていた以上、当然の報いを受けたに過ぎない。そもそも「人族」とは言っても異世界の種族なのだから、100%ハジメと同じホモ・サピエンスであるとは言えないだろう。

 

「それに今回お前が戦う選択をした事で、ミュウをはじめ多くの

子ども達が救われたんだぞ?さっきだって子ども達全員から感謝されてたじゃねえか」

「あ…」

 

 そう言われたハジメは、助けた子ども達の顔を思い出した。どの子ども達も安堵し、何度も自分達に感謝の言葉を述べていた。それを思い出し、幾分か心が落ち着いてきた。

 それを察した亮牙は、優しく微笑みながらハジメの肩を叩いた。

 

「今回はよく頑張った。口先だけのどっかの誰かさん達より、お前の方が勇者らしいよ。ほら、ミュウに会いに行ってやれよ。一番お前に懐いていたしな」

「亮牙、ありがとう…」

 

 自分を気遣ってくれた親友に感謝の言葉を述べると、ハジメはミュウの待つ応接室へと入った。ミュウは既に部屋に入っていた女性陣やスラッグ・ストレイフにあやされていたが、ハジメに気づくと顔をパァッと輝かせて、嬉しそうに駆けながら抱き着いた。

 そんな愛らしい姿の少女を救えたと言う事実に、自らの手を汚した罪悪感に駆られていたハジメの心は救われたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、そのミュウ君についてだけど……」

 

 暫くするとイルワが部屋に入ってきて、ハジメの膝の上ではむはむとクッキーを両手で持ってリスのように食べているミュウに視線を向ける。ミュウはその視線にビクッとなると、またハジメ達と引き離されるのではないかと不安そうにハジメ達を見上げた。なおその視線の先に、ティオはいなかった。純粋無垢な子どもに、下品極まりない有害なものを見せるべきではないと考えた亮牙達なりの配慮だ。

 

「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか、二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」

 

 ミュウは誘拐された身の上であるので、公的機関に預けなくていいのかと首を傾げる亮牙達に、イルワが説明するところによると、亮牙達は金ランクの冒険者として信頼と実績がある事、今回の大立ち回りがミュウを守るためでもあったという点から、任せてもいいということになったらしい。

 

「…皆、これも何かの縁だと思うし、引き受けようよ?僕が責任を持つから、頼むよ」

「私も、ハジメさんに賛成です。絶対、この子を守ってみせます。…だから亮牙さん、一緒に、お願いします」

 

 まずはハジメが、続いてシアが頭を下げた。シアも元来仲間意識の強い兎人族故に、どうしても家族から引き離されたミュウを放っておけず、家に帰るまで一緒にいたいようだ。他の四人は、亮牙の判断に任せるようで沈黙したまま彼を見つめている。

 

「……一緒……だめ?」

 

 ハジメの膝の上から上目遣いで問いかけるミュウ。対する亮牙も、結論は既に出ていた。

 

「まぁ、最初からそうするつもりで助けたんだ。俺もちょっと気になる事があるし、この子本人が望むなら構わんよ」

「「亮牙(さん)!」」

「お兄ちゃん!」

 

 満面の笑みで喜びを表にするハジメ、シア、ミュウ。海上の都市エリセンに行く前にグリューエン大火山の大迷宮を攻略しなければならないが、戦力も最初より増強されてるし何とかなるだろう。それに、少し気になる事がある。

 

「そうか、良かったよ。出来れば君達に任せたいと思っていたからね」

 

 すると、イルワが安心したようにそう言った。それを聞いて亮牙達はん?と首を傾げる。

 

「何だチャング。俺達が引き受けなかったら何かまずい事があったのか?」

「…実は現在、エリセンで新種の魔物が出現して暴れ回っているといる連絡が入っていてね。見たこともない姿でとてつもない強さを誇るみたいで、王国の駐屯軍すら歯が立たずに大勢返り討ちにされてるんだよ…。何故か海人族には一才手を出さないんだが、人族には容赦なく襲いかかってくるものだから、今じゃエリセンは大混乱に陥っているんだよ…」

「「「おい、その魔物について詳しく」」」

 

 それを聞いた亮牙・ストレイフ・スラッグがイルワに詰め寄り、犯人の魔物について問いかける。

 

「あ、ああ。何でもワニみたいな顔に背中から大量の棘を生やした、赤茶色の竜のような魔物だそうだ。ただ、噂によると肌は金属で、ゴーレムかもしれないそうだ…」

 

 イルワがその魔物の特徴について知っている特徴を述べ終わった時、三人はエ○ル顔になって盛大に驚いていた。

 

(((何やってんだよスコーン…)))

 

 最後の仲間の手がかりを見つけたはいいが、その仲間がまさか今現在そんなトラブルを起こしているとは思わず、呆れるしかない亮牙達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、亮牙達が落ち着きを取り戻した後、また衝撃的な展開が待ち受けていた。

 

「ねえミュウ、そのお兄ちゃんってのは止めてくれないかな?ちょっとむず痒いからさ、普通にハジメでいいよ」

 

 喜びを表に抱きついてくるミュウに、照れ隠し半分にそんな事を要求するハジメ。元オタクなだけに「お兄ちゃん」という呼び方は、色々とクルものがあるのだ。

 ハジメの要求に、ミュウはしばらく首をかしげると、やがて何かに納得したように頷き、ハジメどころかその場の全員の予想を斜め上に行く答えを出した。

 

「…パパ」

「…な、何だって?ごめん、ミュウ。よく聞こえなかったんだ。もう一度頼むよ」

「パパ」

「……そ、それはあれかな?海人族の言葉でお兄ちゃんとかハジメという意味かい?」

「ううん。パパはパパなの」

「うん、ちょっと待とうか」

 

 ハジメが、目元を手で押さえ揉みほぐしている内に、シア達がおずおずとミュウに何故「パパ」なのか聞いてみた。

 

「ミュウね、お爺ちゃんいるけど、パパいないの…。ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの…。キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのに、ミュウにはいないの…。だからお兄ちゃんがパパなの」

「何となく分かったけどさ、『だから』じゃないでしょ⁉︎ミュウ。頼むからパパは勘弁してよ。僕さ、まだ17歳なんだよ?」

「やっ、パパなの!」

「分かった。もうお兄ちゃんでいい!贅沢はいわないからパパは止めて!」

「やっーー!パパはミュウのパパなのー!」

 

 その後、あの手この手でミュウの「パパ」を撤回させようと試みるが、ミュウ的にお兄ちゃんよりしっくり来たようで意外なほどの強情さを見せて、結局、撤回には至らなかった。こうなったら、もう、エリセンに送り届けた時に母親に説得してもらうしかないと、奈落を出てから一番ダメージを受けたような表情で引き下がったハジメであった。

 

「ん、なら私は、ママ…⁉︎」

「ユエまで何言ってんの⁉︎」

「ん、ミュウ、今日から私のこと、ママって呼んでいい…」

「ダメなの!ママはいるもん!ユエお姉ちゃんはユエお姉ちゃんなの!」

「……」

 

 そう言われガーンとなり膝をつくユエ。それを見たハジメはどう声を掛ければ良いか分からなかったが、面白がった亮牙はまた揶揄った。

 

「姉ちゃんなだけマシだろ?年齢的に言えば、お前もデカパイもお婆ちゃんってレベルだし」

「…誰がお婆ちゃんだ!」

「ご、ご主人様⁉︎今のは聞き捨てならないのじゃ‼︎妾はまだピッチピチの乙女なのじゃ‼︎」

 

 憤慨する齢300歳と500歳を超える乙女(笑)二人。亮牙は聞き流すと、スラッグやストレイフと共にミュウに語りかけた。

 

「まあ、俺達の事はおじちゃんでもお兄ちゃんでも、好きなように呼ぶと良いよ。因みに俺はストレイフさ」

「俺スラッグ、俺の事は親分って呼べ!」

「何馬鹿言ってんだスラッグ…。俺は亮牙でもグリムロックでも、呼びやすい方で構わんよ」

「んみゅ!ストレイフお兄ちゃんに、おやぷんに、()()()()!!!」

「…………………………………はい?」

 

 一瞬、周囲が静寂に包まれたかと思うと、やがて、大爆笑が起きた。

 

「ガハハハハハ!!!ぐりみぃ、ぐりみぃだってよwww」

「わ、笑い過ぎたスラッグ。み、ミュウちゃん、良いセンスしてるよwww」

「…ん、傑作www」

「ご、ご主人様がぐりみぃとはのぉwww」

「ちょ、皆!折角ミュウが決めたのにwww」

「そ、そうですよ、亮牙さんが可哀想ですぅwww」

 

 爆笑するスラッグとストレイフ、先程の仕返しとばかりに揶揄うユエとティオ、フォローしつつも笑いを堪え切れないハジメとシア。対する亮牙はポカーンとしていたが、やがてくわっとミュウに詰め寄った。

 

「何で俺だけあだ名なんだよ!!?てか普通おじちゃんとかだろ!!?」

「んみゅ、ぐりみぃはぐりみぃなの!ミュウはこう呼ぶの!」

「巫山戯るな!やめろ!」

「やっ!なの〜!!!」

 

 その呼び名だけは止めろと必至に説得する亮牙だったが、ミュウは気に入ったのか頑なに変えようとはせず、仲間達から大人気ないとしかられて結局彼が折れることになり、以来ミュウの亮牙に対する呼び名は「ぐりみぃ」となったのであった。

 宿に帰った後は、ミュウたっての希望で全員で川の字になって眠る事になり、ハジメはミュウを間にしてユエを抱き締めて眠りについた。亮牙はというと、ティオにプロレス技をかけて八つ当たりした後は一人隅っこで不貞寝しようとした。だが、シアが揶揄って悪かったとその自慢の巨乳に彼の顔を埋めさせたりして慰めたので、なんとか機嫌を直して眠りに付き、激動の一日を終えることが出来た。

 この日、ハジメは17歳でパパになり、亮牙も叔父となったのだが、呼び名はペットの犬みたく「ぐりみぃ」となったのであった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・よう蛆虫ども、死を届けに来たぜ
 漫画『ケンガンアシュラ』で作者が一番好きなキャラであるムテバ・ギゼンガの台詞。「狩られる側は〜」も同じくムテバさんの台詞が元ネタ。
 ちなみにアニメ版のムテバさんのCVは実写版ジャズなど数多くのTF作品で活躍された楠大典氏。

・ぐりみぃ
 グリムロックの英語圏での愛称であるGrimmy(グリミー)から。
 ミュウにはこの呼び名をしてほしかった。反省も後悔もない。





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地中より忍び寄る魔の手

『ゴジラVSコング』の日本版主題歌であるMAN WITH A MISSIONの「INTO THE DEEP」。まだサビだけしか聴けませんが、劇中のパワフルなイメージに合ってて、配信が待ち遠しいです!

そして、遂にここまで来ました。相変わらずアンチがあるので、ご了承ください。


 トータスの大地の奥深くを突き進む者達がいた。地中を掘り進みながら進むそれは、一般的なトータスの生物と比べて遥かに巨大だった。その大きさときたら、さながらサッカー場三個分ぐらいはあるだろう。

 その者達が目指す先にあるのは宿場町ホルアドと、七大迷宮の一つ「オルクス大迷宮」だ。多くの冒険者達の集うその地はこれから、この者達の手によって地獄のような惨劇が齎される事になるのだが、誰もそんな事知る由もなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の『グリムロックは宇宙最強』は再び、迷惑カルテット達に話題を戻すとしよう。

 亮牙とハジメが墜落した後、実践訓練をしているのは勇者パーティーと小悪党組、そして永山パーティーの計15人のみであった。一行は亮牙とハジメが150階層でユエと出会った頃、その半分にも満たない65階層で再び遭遇したベヒモスと再戦、連携の末に討伐に成功して自信をつけていた。その知らせに居残り組から歓喜が上がったり、ハイリヒ王国の同盟国であるヘルシャー帝国から皇帝と使者達が謁見に来るなどして、かつて亮牙がアーティファクトも魔法もなしに単身ベヒモスを倒した事は、すっかり忘れられていた。

 現在、淡い緑色の光だけが頼りの薄暗いオルクス大迷宮の89層に、苛烈な剣戟と爆音が壁を振動させながら響いていた。銀色の剣線が虚空に美しい曲線を無数に描き、炎弾や炎槍、風刃や水のレーザーが弾幕のごとく飛び交う。強靭な肉体同士がぶつかる生々しい衝撃音や仲間への怒号、気合の声が本来は静寂で満たされているはずの空間を戦場へと変えていた。

 

「万象切り裂く光、吹きすさぶ断絶の風、舞い散る百花の如く渦巻き、光嵐となりて敵を刻め!『天翔裂破』!」

 

 聖剣を腕の振りと手首の返しで加速させながら、自分を中心に光の刃を無数に放つ光輝。今まさに襲いかかろうとしていた体長50cm程のコウモリ型の魔物は、十匹以上の数を一瞬で細切れにされて、碌な攻撃も出来ずに血肉を撒き散らしながら地に落ちた。

 

「前衛!カウント、十!」

「「「了解!」」」

 

 ギチギチと硬質な顎を動かす蟻型の魔物、空を飛び交う蝙蝠型の魔物、そして無数の触手をうねらせるイソギンチャク型の魔物。それらが直径30m程の円形の部屋で無数に蠢いていた。部屋の周囲には八つの横穴があり、そこから魔物達が溢れ出しているのだ。

 前衛を務める光輝、龍太郎、雫、永山、檜山、近藤に、後衛からタイミングを合わせた魔法による総攻撃の発動カウントが告げられる。何とか後衛に襲いかかろうとする魔物達を、光輝達は鍛え上げた武技をもって打倒し、弾き返していく。

 厄介な飛行型の魔物である蝙蝠型の魔物が、前衛組の隙を突いて後衛に突進するが、頼りになる「結界師」が城壁となってそれを阻む。

 

「刹那の嵐よ、見えざる盾よ、荒れ狂え、吹き抜けろ、渦巻いて、全てを阻め、『爆嵐壁』!」

 

 鈴の攻勢防御魔法が発動する。呪文を詠唱する後衛達の一歩前に出て、突き出した両手の先にそよ風が生じた。見た目の変化はない。蝙蝠達も鈴の存在など気にせず、警鐘を鳴らす本能のままに大規模な攻撃魔法を仕掛けようとしている後衛組に向かって襲いかかった。

 しかし、その手前で、突如、魔物の突進に合わせて空気の壁とでもいうべきものが大きくたわむ姿が現れる。何十匹という蝙蝠が次々と衝突していくが、空気の壁はたわむばかりでただの一匹も彼等を通しはしない。

 そして、突進してきた蝙蝠達が全て空気の壁に衝突した瞬間、たわみが限界に達したように凄絶な衝撃とともに爆発した。その発生した衝撃は凄まじく、それだけで肉体を粉砕されたものもいれば、一気に迷宮の壁まで吹き飛ばされてグシャ!という生々しい音と共にひしゃげて絶命するものいる程だ。

 

「ふふん!そう簡単には通さないんだからね!」

 

 クラスのムードメイカー的存在である鈴の得意気な声が激しい戦闘音の狭間に響くと同時に、前衛組が一斉に大技を繰り出した。敵を倒すことよりも、衝撃を与えて足止めし、自分達が距離を取ることを重視した攻撃だ。

 

「後退!」

 

 光輝の号令と共に、前衛組が一気に魔物達から距離を取った次の瞬間、完璧なタイミングで後衛六人の攻撃魔法が発動した。

 巨大な火球が着弾と同時に大爆発を起こし、真空刃を伴った竜巻が周囲の魔物を巻き上げ切り刻みながら戦場を蹂躙する。足元から猛烈な勢いで射出された石の槍が魔物達を下方から串刺しにし、同時に氷柱の豪雨が上方より魔物の肉体に穴を穿っていく。

 自然の猛威がそのまま牙を向いたかのような壮絶な空間では生物が生き残れる道理などありはしない。ほんの数十秒の攻撃。されど、その短い時間で魔物達の九割以上が絶命するか瀕死の重傷を負うことになった。

 

「よし!いいぞ!残りを一気に片付ける!」

 

 光輝の掛け声で前衛組が再び前に飛び出していき、魔法による総攻撃の衝撃から立ち直りきれていない魔物達を一匹一匹確実に各個撃破していった。全ての魔物が殲滅されるのに五分もかからなかった。

 戦闘の終了と共に、光輝達は油断なく周囲を索敵しつつ互いの健闘をたたえ合った。

 

「ふぅ、次で90層か…。この階層の魔物も難なく倒せるようになったし、迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」

「だからって気を抜いちゃダメよ。この先にどんな魔物やトラップがあるかわかったものじゃないんだから」

「雫は心配しすぎってぇもんだろ?俺等ぁ、今まで誰も到達したことのない階層で余裕持って戦えてんだぜ?何が来たって蹴散らしてやんよ!それこそ魔人族が来てもな!」

 

 感慨深そうに呟く光輝に雫が注意をするも、木偶の坊の龍太郎が呑気に笑ってそんな舐めた事を言いながら、光輝と拳を付き合わせて不敵な笑みを浮かべ合った。

 数ヶ月前、自分達の下した決断がクラス全員の命を賭けさせる事になり、結果として反対派だった亮牙とハジメが死んでしまったというのに、なんとも能天気な話だ。恐らくこの二人にとっては亮牙とハジメの犠牲など、自分達の栄光の未来を引き立てるスパイスぐらいにしか感じていないのだろう。

 そんな救いようがなくおめでたい幼馴染達に溜息を吐きながら、雫は眉間の皺を揉みほぐした。これまでも何かと二人の行き過ぎをフォローし続け、苦労人姿が板に付いてしまい、最近では皺ができていないか鏡を見る機会が微妙に増えてしまったほどだ。それでも結局、光輝達に限らず周囲のフォローに動いてしまう辺り、つくづく甘い女である。

 

「檜山君、近藤君、これで治ったと思うけど、どう?」

 

 周囲が先程の戦闘について話し合っている傍らで、香織は治癒師として、先程の戦闘で怪我をした人達を治癒しているのである。一応、迷宮での実戦訓練兼攻略に参加している15名の中にはもう一人、治癒師を天職に持つ辻綾子が永山グループにいるので、今は2人で手分けして治療中だ。

 

「…ああ、もう何ともない。サンキュ、白崎」

「お、おう、平気だぜ。あんがとな」

 

 香織に治療された檜山が、ボーと間近にいる香織の顔を見ながら上の空な感じで返答する。見蕩れているのが丸分かりだ。近藤の方も耳を赤くし、どもりながら礼を言った。前衛職であることから、度々、香織のヒーリングの世話になっている檜山達だが、未だに香織と接するときは平常心ではいられないらしい。近藤の態度は、ある意味、思春期の子供といった風情だが、檜山の香織を見る目の奥には暗い澱みが溜まっていた。それは日々、色濃くなっているのだが、気がついている者はそう多くはない。

 二人にお礼を言われた香織は「どういたしまして」と微笑むと、スっと立ち上がり踵を返した。そして、周囲に治療が必要な人がいないことを確認すると、目立たないように溜息を吐き、奥へと続く薄暗い通路を憂いを帯びた瞳で見つめ始めた。

 

「……」

 

 その様子に気がついた雫には、親友の心情が手に取るように分かった。香織の心の内は今、不安でいっぱいなのだ。あと10層で迷宮の最下層に辿り着くというのに、未だ、ハジメの痕跡は僅かにも見つかっていなかった(無論、亮牙の痕跡もだが、香織の眼中には一切なかった)。

 それは希望でもあるが、遥かに強い絶望でもある。自分の目で確認するまでハジメの死を信じないと心に決めても、階層が一つ下がり、何一つ見つからない度に押し寄せてくるネガティブな思考は、そう簡単に割り切れるものではない。まして、ハジメが奈落に落ちた日から既に4ヶ月も経っている。強い決意であっても、暗い思考に侵食され始めるには十分な時間だ。自身のアーティファクトである白杖を、まるで縋り付くようにギュッと抱きしめる香織の姿を見て、雫はたまらず声をかけようとした。

 と、雫が行動をおこす前に、ちみっこいムードメイカーが不安に揺れる香織の姿など知ったことかい!と言わんばかりに駆け寄ると、ピョンとジャンプし香織の背後からムギュッと抱きついた。ただの変態オヤジと化した鈴が、人様にはお見せできない表情でデヘデヘしながら香織の胸をまさぐり、雫から脳天チョップを食らって撃沈した。ついでに鈴と香織の百合百合しい光景を見て一部男子達も撃チンした。頭にタンコブを作ってピクピクと痙攣している鈴を、何時ものように中村恵里が苦笑いしながら介抱する。

 

「うぅ~、ありがとう、雫ちゃん。恥ずかしかったよぉ…」

「よしよし、もう大丈夫。変態は私が退治したからね?」

 

 涙目で自分に縋り付く香織を、雫は優しくナデナデした。最近よく見る光景だったりする。雫は、香織の滑らかな髪を優しく撫でながらこっそり顔色を覗った。しかし香織は困った表情で、されど何処か楽しげな表情で恵里に介抱される鈴を見つめており、そこには先程の憂いに満ちた表情はなかった。どうやら、一時的にでも気分が紛れたようだ。ある意味、流石クラスのムードメイカー鈴おっさんバージョンと、雫は内心で感心する。

 

「あと十層よ。…頑張りましょう、香織」

 

 雫が、香織の肩に置いた手に少々力を込めながら、真っ直ぐな眼差しを香織に向けた。それは、親友が折れないように活を入れる意味合いを含んでいた。香織もそんな雫の様子に、自分が少し弱気になっていたことを自覚し、両手で頬をパンッと叩くと、強い眼差しで雫を見つめ返した。

 

「うん。ありがとう、雫ちゃん」

 

 雫の気遣いが、どれだけ自分を支えてくれているか改めて実感し、瞳に込めた力をフッと抜くと目元を和らげて微笑み、感謝の意を伝える香織に、雫もまた目元を和らげると静かに頷いた。傍から見ると百合の花が咲き誇っており、光輝達が何だか気まずそうに視線を右往左往させているだが、二人の世界に入った雫と香織は気がつかなかった。

 

「今なら、守れるかな?」

「そうね、きっと守れるわ。あの頃とは違うもの…。レベルだって既にメルド団長達を超えているし…。でも、ふふ、もしかしたら彼らの方が強くなっているかもしれないわね?あの時だって、結局、私達が助けてもらったのだし」

 

 ハジメの生存を信じて、今度こそ守れるだろうかと今の自分を見下ろしながら何となく口にした香織に、雫は冗談めかしてそんな事を口にした。

 実際は的を得ており、色んな意味で度肝を抜かれる事になるのたが、そのことを知るのはもう少し先の話だ。

 だが…

 

「?彼ら?何言ってるの雫ちゃん?探してるのは南雲君だけでしょ?」

「ッ⁉︎そ、そうだったわね、ごめんなさい…」

「もうっ、雫ちゃんったら冗談が過ぎるよ〜」

 

 香織のその一言に、雫はかつてのように戦慄する。亮牙の事は最早存在しなかったものとして扱い、ハジメの事しか考えていなかった。 

 雫としては亮牙の身も案じていたのだが、香織にはその気が一切ないことに、親友として過保護過ぎる彼女も、流石に寒気を感じずにはいられなかった。だが、それを指摘すると話がややこしくなると考え、香織に甘過ぎる雫は敢えて聞かなかった事にした。

 後にこの過保護さが、香織だけでなく雫自身にも大きな災いをもたらしてしまう事になるのだが、そんな事今の二人が知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在。この場にいるのは光輝達15人のみであり、メルド団長達は70層で待機している。実は、70層からのみ起動できる、30層と70層をつなぐ転移魔法陣が発見され、深層への行き来が楽になったのであるが、流石にメルド達でも70層より下の階層は能力的に限界だった。もともと60層を越えたあたりで、光輝達に付き合える団員はメルドを含めて僅か数人だった。70層に到達する頃には、彼等は既に光輝達の足を引っ張るようになっていたのである。

 メルドもそのことを自覚しており、迷宮でのノウハウは既に教えきっていたこともあって、自分達は転移陣の周囲で安全地帯の確保に努め、それ以降は光輝達だけで行くことにさせたのだ。

 たった4ヶ月ほどで超えられたことにメルドは苦笑い気味だったが、それでも光輝達に付き合う過程で、たとえ70層でも安全を確保できるほどの実力を自分達もつけられたことに喜んでいた。彼らもまた実力を伸ばしていたのである。

 特に香織の回復魔法と光属性魔法は極まっていた。本来の技能数だけを見るなら、香織は4人の内でもっとも少ないにもかかわらず、現在の総技能数は勇者たる光輝すら超えるほどだ。それもこれも、全ては二度と約束を違えないようにするため、想い人の生存を信じて、今度こそ守るため、寝る間も惜しんで、ひたすら自分の出来ることを愚直に繰り返してきた結果だ。しかし当のハジメは亮牙達と共に遥かに強くなって迷宮を攻略していたので、無駄な努力に過ぎなかったが。

 

「そろそろ、出発したいんだけど……いいか?」

 

 光輝が未だに見つめ合う香織と雫におずおずと声をかける。以前、香織の部屋で香織と雫が抱き合っている姿を目撃して以来、時々、挙動不審になる光輝の態度に香織はキョトンとしているが、雫はその内心を正確に読み取っているので「いつまで妙な勘違いしてんの、このお馬鹿」とジト目を送った。

 雫の視線に気づかないふりをしながら、光輝はメンバーに号令をかける。既に89層のフロアは9割方探索を終えており、後は現在通っているルートが最後の探索場所だった。今までのフロアの広さから考えて、そろそろ階下への階段が見えてくるはずである。

 その予想は当たっており、出発してから10分程で一行は階段を発見した。トラップの有無を確かめながら慎重に薄暗い螺旋階段を降りていく。体感で10mほど降りた頃、遂に光輝達は90層に到着した。

 一応、節目ではあるので何か起こるのではと警戒していた光輝達だが、見た目、今まで探索してきた80層台と何ら変わらない作りのようだった。さっそく、マッピングしながら探索を開始する。迷宮の構造自体は変わらなくても、出現する魔物は強力になっているだろうから油断はしない。

 警戒しながらも光輝達は、変わらない構造の通路や部屋を探索していった。探索は順調だったのだが、やがて、一人また一人と怪訝そうな表情になっていった。

 

「…どうなってる?」

 

 一行がかなり奥まで探索し大きな広間に出た頃、遂に不可解さが頂点に達し、表情を困惑に歪めて光輝が疑問の声を漏らした。他のメンバーも同じように困惑していたので、その疑問に同調しつつ足を止めた。

 

「…何で、これだけ探索しているのに唯の一体も魔物に遭遇しないんだ?」

 

 既に探索は、細かい分かれ道を除けば半分近く済んでしまっていた。今までなら散々強力な魔物に襲われてそう簡単には前に進めず、ワンフロアを半分ほど探索するのに平均2日はかかるのが常だったのだ。にもかかわらず、光輝達がこの90層に降りて探索を開始してから、まだ3時間ほどしか経っていないのに、未だ一度もこのフロアの魔物と遭遇していなかった。

 最初は、魔物達が光輝達の様子を物陰から観察でもしているのかと疑ったが、彼等の感知系スキルや魔法を用いても一切索敵にかからないのだ。魔物の気配すらないというのは、いくら何でもおかしい。明らかな異常事態である。

 

「…なんつぅか、不気味だな。最初からいなかったのか?」

 

 能天気な龍太郎ですら困惑して、同じようにメンバーも口々に可能性を話し合うが、答えが見つかるはずもなかった。

 

「…光輝。一度、戻らない?何だか嫌な予感がするわ。メルド団長達なら、こういう事態も何か知っているかもしれないし…」

 

 警戒心を強めた雫の提案に、何となく嫌な予感を感じていた光輝も乗るべきかと考えた。だが、何らかの障碍があったとしてもいずれにしろ打ち破って進まなければならないし、89層でも割りかし余裕のあった自分達なら何が来ても大丈夫ではないかという楽観視もあって、答えに迷っていた。

 すると不意に、辺りを観察していたメンバーの何人かが何かを見つけたようで声を上げた。

 

「これ、血、だよな?」

「薄暗いし壁の色と同化してるから分かりづらいけど、あちこち付いているよ…」

「おいおい、これ、結構な量なんじゃ…」

 

 表情を青ざめさせるメンバーの中から永山が進み出て、血と思しき液体に指を這わせる。そして、指に付着した血をすり合わせたり、臭いを嗅いだりして詳しく確認した。

 

「天之河、八重樫の提案に従った方がいい…。これは魔物の血だ。それも真新しい」

「そりゃあ、魔物の血があるってことは、この辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、それだけ強力な魔物がいるって事だろうけど、いずれにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」

 

 楽観視する光輝の反論に、永山は首を振った。彼は亮牙、龍太郎と並ぶクラスの三大巨漢だが、亮牙程ではないにしろ非常に思慮深い性格をしている。頭空っぽで光輝の腰巾着に過ぎない龍太郎とは大違いだ。

 そんな永山が臨戦態勢になりながら立ち上がると、周囲を最大限に警戒しながら光輝に自分の考えを告げた。

 

「…天之河、魔物は何もこの部屋だけに出るわけではないだろう。今まで通って来た通路や部屋にも出現したはずだ。にもかかわらず、俺達が発見した痕跡はこの部屋が初めて。それはつまり…」

「…何者かが魔物を襲った痕跡を隠蔽したってことね?」

 

 後を継いだ雫の言葉に永山が頷いた。光輝もその言葉に漸くハッとした表情になると、永山と同じように険しい表情で警戒レベルを最大に引き上げた。

 

「それだけ知恵の回る魔物がいるという可能性もあるけど、人であると考えたほうが自然ってことか…。そしてこの部屋だけ痕跡があったのは、隠蔽が間に合わなかったか、あるいは…」

「ここが終着点という事さ」

 

 光輝の言葉を引き継ぎ、突如、聞いたことのない女の声が響き渡った。男口調のハスキーな声音だ。光輝達は、ギョッとなって、咄嗟に戦闘態勢に入りながら声のする方に視線を向けた。

 コツコツと足音を響かせながら、広い空間の奥の闇からゆらりと現れたのは燃えるような赤い髪をした妙齢の女。その女の耳は僅かに尖っており、肌は浅黒かった。

 女のその特徴に、光輝達が驚愕したように目を見開いた。実際には見たことはなかったが、イシュタル達から叩き込まれた座学において、何度も出てきた種族の特徴。聖教教会の掲げる神敵にして、人間族の宿敵。そう…

 

「…魔人族」

 

 誰かの発した呟きに、魔人族の女・カトレアは薄らと冷たい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、本当の危機は今まさに地下から迫ってきている事に、光輝達は誰一人として全く気づいていなかった。これから光輝達は「戦争」というものをどれだけ舐めていたのか、その身をもって知る事になる…。

 

 

 

 

 

 




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愚者達を揺るがす衝撃波

遂にお気に入り登録500人到達!!!

最初見た時は信じられなかったです。一度は打ち切りも考えた本作ですが、これだけの方々が気に入って読んでいらっしゃる事を改めて実感することができ、嬉しい限りです。

遂に、光輝たちの地獄が始まります。お気に入りのキャラがいる方々、ご了承ください。




 光輝達の目の前に現れた赤い髪の女魔人族・カトレアは、冷ややかな笑みを口元に浮かべながら、驚きに目を見開く光輝達を観察するように見返した。

 瞳の色は髪と同じ燃えるような赤色で、服装は艶のない黒一色のライダースーツのようなものを纏っている。体にピッタリと吸い付くようなデザインなので彼女の見事なボディラインが薄暗い迷宮の中でも丸分かりだった。しかも、胸元は大きく開いており、見事な双丘がこぼれ落ちそうになっている。また、前に垂れていた髪を、その特徴的な僅かに尖った耳にかける仕草が実に艶かしい。

 そんな場合ではないと言うのに、幾人かの男子生徒の頬が赤く染まる。馬鹿だろ此奴ら。

 

「勇者はあんたでいいんだよね?そこのアホみたいにキラキラした鎧着ているあんたで」

「あ、アホ…⁉︎う、煩い!魔人族なんかにアホ呼ばわりされるいわれはないぞ!それより、なぜ魔人族がこんな所にいる!」

 

 あまりと言えばあまりな物言いに軽くキレた光輝が、その勢いで驚愕から立ち直ってカトレアに目的を問いただした。

 しかしカトレアは、煩そうに光輝の質問を無視すると心底面倒そうに言葉を続ける。

 

「はぁ~、()()()の言ってた通り、こんなの絶対いらないだろうに…。まぁ、命令だし仕方ないか…。あんた、そう無闇にキラキラしたあんた。一応聞いておく。あたしらの側に来ないかい?」

「な、なに?来ないかって、どう言う意味だ!」

「呑み込みが悪いね。そのまんまの意味だよ。勇者君を勧誘してんの。あたしら魔人族側に来ないかって。色々、優遇するよ?」

 

 光輝達としては完全に予想外の言葉だったために、その意味を理解するのに少し時間がかかった。そしてその意味を呑み込むと、クラスメイト達は自然と光輝に注目し、光輝は、呆けた表情をキッと引き締め直すと魔人族の女を睨みつけた。

 

「断る!人間族を、仲間達を、王国の人達を裏切れなんて、よくもそんなことが言えたな!やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ!わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、一人でやって来るなんて愚かだったな!多勢に無勢だ。投降しろ!」

 

 光輝の言葉に、安心した表情をするクラスメイト達。光輝なら即行で断るだろうとは思っていたが、ほんの僅かに不安があったのは否定できない。もっとも、龍太郎や雫など幼馴染達は、欠片も心配していなかったようだが。

 一方のカトレアは、即行で断られたにもかかわらず「あっそ」と呟くのみで大して気にしていないようだ。むしろ、怒鳴り返す光輝の声を煩わしそうにしている。

 

「一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど?それでも?」

「答えは同じだ!何度言われても、裏切るつもりなんて一切ない!」

 

 お仲間には相談せず代表して、やはり即行で光輝が答えた。そんな勧誘を受けること自体が不愉快だとでも言うように、光輝は聖剣を起動させ光を纏わせた。これ以上の問答は無用。投降しないなら力づくでも!という意志を示していた。

 だがその後ろで、永山や雫は内心で舌打ちしつつ、カトレアより周囲に最大限の警戒を行った。二人は場合によっては一度、嘘をついて彼女に迎合してでも場所を変えるべきだと考えていたのだが、その考えを伝える前に光輝が怒り任せに答えを示してしまったので、仕方なく不測の事態に備えているのだ。

 普通に考えて、いくら魔法に優れた魔人族とはいえ、こんな場所に一人で来るなんて考えられない。この階層の魔物を無傷で殲滅し、あまつさえその痕跡すら残さな真似が出来るくらい魔人族が強いなら、はなから人間族は為すすべなく魔人族に蹂躙されていたはずだ。

 それに、この階層に到達できるほどの人間族15人を前にしてもカトレアは全く焦っていなかった。戦闘の痕跡を隠蔽したことも考えれば最初に危惧した通り、ここで待ち伏せしていたのだと推測すべきで、だとしたら地の利は彼女の側にあると考えるのが妥当だ。何が起きても不思議ではないだろう。

 そんな二人の危機感は、直ぐに正しかったと証明された。

 

「そう。なら、もう用はないよ。あと一応、言っておくけど、あんたの勧誘は最優先事項ってわけじゃないから、殺されないなんて甘いことは考えないことだね。ルトス、ハベル、エンキ。餌の時間だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから短時間で、光輝達は窮地に陥っていた。

 カトレアの最初の号令と共に、突如として光輝達の左右の空間が揺らいだかと思うと、姿どころか気配すら消していた3体のキメラが襲い掛かった。鈴が本能的な危機感に従って咄嗟に張った障壁魔法は、ガラスでも割るかのように破壊され、雫と永山が一撃で吹き飛ばされて行動不能に陥った。

 幸い、すぐさま香織がほとんど無詠唱かと思うほどの詠唱省略で同時に三つの光系魔法を発動して2人を回復させ、2人と鈴に咄嗟に防御魔法を張って攻撃を逸らした。

 その隙に光輝と龍太郎がキメラに飛び掛かり、恵里が強力な炎系魔法を発動させた。だが更に、体長2m半程の見た目も能力もブルタールの上位互換の魔物の攻撃で光輝と龍太郎は吹き飛ばされ、恵里の魔法は同じく割り込んできたタラスクを彷彿とさせる6本足の亀に呑み込まれてしまった。

 そのまま亀は、背中の甲羅と開いた口の奥を輝かせながら、レーザー砲のように超高熱の砲撃を放つが、鈴が咄嗟に斜め45度に10枚のシールドを張り、粉砕されながらも砲撃を上方へと逸らした。逸らされた砲撃は、激震と共に迷宮の天井に直撃し周囲を粉砕しながら赤熱化した鉱物を雨の如く撒き散らした。

 そこまでの事態になってようやく他の連中も悪態を付きながらも混乱から抜け出し完全な戦闘態勢を整えた。傷を負っていた雫や永山も完全に治癒されて、それぞれ眼前の見えるようになったキメラに攻撃を仕掛け始めた。

 だが、雫の自慢の八重樫流奥義を用いた剣術でも、キメラに全く致命傷を与えられず、それどころか徐々に雫の速度を捉えられ始めてしまった。雫の表情に焦りが生まれ始める。

 さらに雫達の不幸は続き、高みの見物と洒落こんでいたカトレアの肩に、いつのまにか止まっていた双頭の白い鴉が「キュワァアア!」と鳴き声を上げると、雫達がやっとの思いで与えてきた魔物達の傷が即座に癒されてしまった。唯でさえ時間が経てば経つほど順応されて勝機が遠のくというのに、後方には優秀な回復役が待機している現実に、雫達の悲痛な叫びが上がった。

 

「だいぶ厳しいみたいだね。どうする?やっぱり、あたしらの側についとく?今なら未だ考えてもいいけど?」

 

 そんな様子を腕を組んで余裕の態度で見物していたカトレアが、再び勧誘の言葉を光輝達にかけた。もっとも、答えなど分かっているとでも言うように彼女の表情は冷めたままであり、その予想は実に正しかった。

 

「ふざけるな!俺達は脅しには屈しない!俺達は絶対に負けはしない!それを証明して──」

 

 カトレアの舐めきった言葉と態度に、再び憤怒の表情を浮かべた光輝は、再びメイスを振り下ろしてきたブルタールモドキの一撃を聖剣で弾き返すと、一瞬の隙をついて「限界突破」を使おうとした。

 だが光輝が詠唱を唱えようとした瞬間、階層全体が揺れ始めた。突然の揺れに、戦いで疲弊していた光輝達は誰もが転倒した。カトレアはよろめいただけで倒れはしなかったが、苦虫を噛み潰したような表情となる。

 

「チッ、漸く来たのかい…。お前ら!その獲物達は一旦放っといて下がりな!」

 

 彼女の号令と共に、配下の魔物達は目の前の光輝達を放置して一旦下がった。突然の不可解な行動に、誰もが疑問の表情を浮かべた。

 

「逃げるつもりか⁉︎臆病者め‼︎」

「ハッ、つくづくおめでたい奴だね!()()に巻き込まれないよう道を開けてやったのさ‼︎」

 

 光輝の煽りに対して、カトレアは心底馬鹿にした表情を浮かべながらそう告げた。そうしている間に振動はどんどん大きくなっていく。

 

「みんな気をつけて!下から来るわ!!!」

 

 雫は冷静になるよう自分に言い聞かせると、振動が地下から近づいている事に気づき、皆に足元を警戒するよう呼びかけた。光輝達は足元を警戒するが、やがて誰かがポツリと呟いた。

 

「…この音、ドリルか?」

 

 そう、近づいてくる音は生物の出す音よりも、むしろ工事現場で使われる掘削機のドリルに近い音だった。しかし、この異世界トータスの文化や技術は地球では中世レベル。ドリルはおろか、機械すらない筈だ。

 

「グルォアアアアアアッ!!!」

「「「「「ッ!!?うわあああっ!!?」」」

 

 次の瞬間、まるで恐竜のような、だが何処か機械的な唸り声を上げて、大量の土砂を噴き上げながら、巨大な何かが地面を突き破って現れた。

 その衝撃に光輝達はおろか、安全な場所まで後退していたカトレアまでもがよろめいて倒れた。

 

「な、な、何なの!!?」

 

 倒れながらも即座に立ち上がった雫は、襲撃者の正体を見極めようとしたが、犯人は彼女達の予想以上に巨大過ぎて中々全体像がつかめなかった。巨体に似合わず凄まじい勢いで動く姿を注意深く観察し、雫は漸く似たような生き物に気づいた。

 それは彼女を含めて女性が苦手な生き物の代表格、ミミズだ。だが、雫達の知るミミズとは明らかに異なる。まずその大きさ自体、少なく見積もっても全長100m以上、胴体の直径ですら10mはあるだろう。おまけに柔らかいミミズとは違い、全身が硬い金属で出来ている。更にはイカの足のように生えた5本の触手の先端は回転式の丸鋸が組み合わさったようになっており、口などまるでトンネル掘削用のシールドマシンのようだ。これで硬い岩盤を掘り進んできたのだろう。

 その正体は、サイバトロン星に棲息する金属生命体の一つ、ドリラーだ!本来は鉱山の採掘場でトランスフォーマー達に使役される家畜だが、この個体は通常個体より遥かに巨大だ。だが、トランスフォーマーの存在しない時空で育った光輝達に、そんな事分かるはずもなかった。

 ドリラーは目の前で無様に倒れ伏す人間の一人に狙いを定めると、その長くて鋭利な触手の一本を突っ込ませた。狙われたのは、あまりの出来事に未だ尻餅をついたままの、小悪党組の一人・斎藤だ。

 

「ひぃっ⁉︎やめろ!来グヴォエアアアッ!!?」

 

 斎藤は高速で迫る触手から逃げようとするも、それより先にドリラーの触手が腹に食らいついた。丸鋸状の触手はそのまま斎藤の腹をバターでも切るかのように容易く切断し、真っ二つに裂かれた上半身は内臓と血の尾を引きながら吹き飛ばされた。ドスンと地面に落ちた斎藤の両眼と口は全開され、口からは血が垂れていた。

 

「良樹!!?うわぁああああああ!!?」

 

 友人の無惨な最期に、同じく小悪党組の近藤は悲鳴を上げると、武器であるアーティファクトの槍を投げ捨て逃げ出そうとした。だが、恐怖のあまり腰が抜けてしまい、さながら芋虫のように這いつくばっていた。

 そんな無様な獲物を、ドリラーが逃すはずもない。彼は斎藤を殺したのとは別の触手を伸ばすと、這いずり回る近藤を捕まえた。

 

「ぎゃあああっ⁉︎は、離してくれぇ〜!!!」

 

 必死に踠きながらやめてくれと泣き叫ぶ近藤だが無駄だった。ドリラーはそのまま触手を上へと伸ばすと、掴んでいた近藤を天井へと叩きつけた。

 常人なら即死していたのだが、不幸なことに今の近藤は一般的なトータス人よりチートなステータス故のしぶとさから、致命傷にはならなかった。背骨と腰骨をへし折られ、激しい激痛に悲鳴をあげながら地面へと叩き落とされてしまい、そのまま悶絶しながら泣き叫ぶことしか出来なかった。

 

「クソッ、何なんだこの魔物は!!?」

 

 既に仲間が一人殺され一人が戦闘不能に陥ったのだが、光輝達残る13人はドリラーの相手をするのに必死で気づく余裕はなかった。悪態をつきながらも攻撃を加えようとするが、今まで倒してきた魔物の柔らかい肉とは違い、相手は硬い金属で出来ている上に、襲いかかる触手には先端の丸鋸だけでなく多数の刃が生えている。アーティファクトの籠手を装備しているとはいえ、肉弾戦しか手段のない龍太郎や永山は攻めあぐねていた。

 おまけに地中からトリッキーに襲い来るドリラーの攻撃スタイルは中々予測がつかず、足場も悪くなってくる。結界師である鈴も、防御魔法を発動しようにも発動出来ないのだ。それを見透かしたように、ドリラーの触手は鈴を次の獲物として狙いを定めると、彼女に襲い掛かった。

 

「あぁああああああっ!!?」

「「「「「「鈴(ちゃん)!!?」」」」」

 

 鈴の悲鳴に、勇者パーティーが叫ぶ。ドリラーの触手は鈴を捕まえ損ねたが、その鋭い刃が彼女の左足を掠めたのだ。腿の肉を切り裂かれた鈴は、あまりの激痛にその場に崩れ落ち、香織が慌てて治癒魔法をかけるが、ショックで意識を失ってしまっていた。

 すると、ドリラーが突如として大人しくなり、攻撃を止めた。一体どうしたのだと疑問顔になる光輝達だが、この隙に気絶した鈴の守りに入ろうとした。しかし、悪夢はまだ終わらなかった。突如としてドリラーの背中がギゴガゴゴと展開すると、中から何かが現れたのだ。

 出てきたのは、身長9mはある筋骨隆々とした紫色の巨人だった。側頭部には一対の角が生え、赤く光る瞳は一つしかなく、さながらサイクロプスのようだ。だが身体はドリラーと同じく金属で出来ており、左腕には巨大なブレードを装備し、右腕に至ってはそのまま巨大な粒子波動砲となっている。

 そう、彼こそはディセプティコン科学参謀にして軍事作戦司令官、そしてドリラーの主人であるショックウェーブだ!

 元来のショックウェーブは無用な感情を持たず、任務遂行に徹する冷静沈着な兵士だ。しかし前世では、地球人との戦いで手酷い目に遭わされた挙句オプティマスに討ち取られたからか、彼は目の前の地球人達で少々憂さ晴らししようと考え、ドリラーから降りてきたのだ。

 ショックウェーブは無表情のまま、右腕の粒子波動砲を構えた。その照準は今、一番彼の近くにいた檜山と中野に定められた。

 人間、追い詰められると本性が露わになるとはよく言ったものだ。砲口を向けられて本能的に死の危険を感じとった檜山は、生き汚い卑劣漢としての本性を露わにした。隣にいた親友の中野を前に突き飛ばして盾にし、逃げようとしたのだ。

 

「ヒィィィィィッ!!!」

「うわっ⁉︎大介、何す──」

 

 あり得ない光景にキョトンとしていた中野は、突然自分を突き飛ばした檜山に文句を言おうとしたが、何すんだよ!と言い切る前に、ショックウェーブの粒子波動砲が発射された。M1戦車ですら溶かしてしまう強力なプラズマが直撃し、中野の肉体は一瞬で焼き尽くされ、焼け残った頭蓋骨がコロンコロンと転がった。

 檜山は中野を盾にした事で直撃こそ免れたが、その衝撃の余波に吹き飛ばされ、ドリラーが掘り起こした土砂に埋もれてしまった。

 

「貴様ら!よくも!」

 

 惨劇を目の当たりにして激昂した光輝は、感情に任せてショックウェーブとドリラーに突貫しようとした。だがストッパーの雫が声を張り上げて諌めると、撤退に全力を注げと指示を出した。

 

「待ちなさい!光輝、撤退するわよ!退路を切り開いて!」

「なっ⁉︎あんなことされて、逃げろっていうのか!」

 

 しかし、仲間を殺され傷つけられた事に怒り狂う光輝は、キッと雫を睨みつけて反論した。光輝から放たれるプレッシャーが雫にも降り注ぐが、柳に風と受け流した彼女は険しい表情のまま説得した。

 

「聞きなさい!一度引いて態勢を立て直す必要があるのよ!それに三人も殺されて、今あんたが飛び出したら、次の攻勢に皆はもう耐えられない!本当に全滅するわよ!」

「ぐっ、だが…」

「それに無闇に限界突破を使えばあんたもヤバイでしょ?この状況で、光輝が弱体化したら、本当に終わりよ!冷静になりなさい!悔しいのは皆一緒よ!」

 

 理路整然とした幼馴染の言葉に、光輝は唇を噛んで逡巡するが、雫が唇の端から血を流していることに気がついて、茹だった頭がスッと冷えるのを感じた。大事な仲間をやられて、出来ることなら今すぐ敵をぶっ飛ばしてやりたい程悔しいのは、彼女も同じなのだ。

 

「わかった!全員、撤退するぞ!雫、龍太郎!少しだけ耐えてくれ!」

「任せなさい!」

「おうよ!」

 

 そう言うと、光輝達は大急ぎで撤退しようとした。皆ショックウェーブの追撃に警戒するが、不思議な事に敵は一切仕掛けて来なかったのだ。

 ショックウェーブは任務達成を優先する性格上、これ以上光輝達の相手をする必要はないと結論を下したのだ。彼の目的は光輝達の勧誘などではない。狙いは地下にある。

 まるでお前達などいつでも殺せる、精々逃げ回れと言わんばかりのショックウェーブの様子に、光輝達のはらわたが煮えくりかえるが、必死に怒りを押し殺して通路を抜けた。気絶した鈴は龍太郎が抱えて、追跡されないよう暗殺者の天職を持つ遠藤浩介が魔法で匂いや魔力の残滓などを消しながら。

 だが、遠藤は自分達の痕跡を消すのに夢中で、ショックウェーブが放った2匹のインセクティコンが自分の背中に付着した事に一切気づいていなかった。更に皆、檜山がまだ生きている事に誰も気づいていなかった。

 ボロボロの体と目を覚まさない鈴に悔しさ半分、生き残った嬉しさ半分の気持ちで口数少なく逃げ続ける光輝達。だが、これらの見落としが更に取り返しのつかない事態を引き起こす事になるとは、まだ誰一人として気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいショックウェーブ‼︎折角追い詰めてたのに何逃してるんだい!!?」

 

 巻き添えを喰らわないよう安全地帯まで後退していたカトレアだったが、ショックウェーブが光輝達をあっさり逃したのを見て、文句を言いながら彼のもとに近づいた。配下の魔物達も、折角の獲物の殆どに逃げられてしまい、恨めしそうに唸り声を上げている。

 だが、ショックウェーブは表情を変えず冷静沈着に反論した。

 

「論理的に考えて、これ以上相手にする必要はないと判断したまでだ。予測通り奴等は戦力としての価値はゼロだ。捕まえる必要もない」

「確かにアンタの言った通り戦力にはならなそうだったけどねぇ、その場合は始末しろってあたしは命令されてるんだよ!」

「無駄な労力だ。我々が此処に来た目的は別にある。先を急ぐぞ」

 

 そう、カトレア達魔人族にとっては光輝達の勧誘もあったものの、彼女達とディセプティコンはある目的のためにこのオルクス大迷宮に訪れたのだ。ショックウェーブが優先する任務はそれだけだ。彼はそのままドリラーに乗ろうとしたが、カトレアは引き下がらなかった。

 

「待ちな、あたしは奴等を追わせてもらうよ。万が一地上まで逃げられて援軍でも呼ばれたら面倒だ。アンタも仲間なら協力しな!」

「好きにしろ。だが私は先に進ませてもらう。代わりに部下達を貸してやる」

 

 鬱陶しそうにそう告げるとショックウェーブは、通信でサウンドウェーブに座標を伝えると、何人か部下達を呼ぶよう告げた。直ぐにスペースブリッジが開かれて三体のディセプティコンが現れた。

 

「よ〜ショッキー!俺ら呼び出すなんて何の用だ〜い?」

「彼女を手伝え。対象の人間にはインセクティコンを潜ませておいた。見つけたら殺して構わん」

「了解〜。俺っちもコイツらも暫く欲求不満だったからね〜!」

 

 馴れ馴れしく話す一体のディセプティコン。残る2体もこれから殺戮を楽しめる事に心底嬉しそうに顔を歪ませた。

 一方近くでは、吹き飛ばされて土砂に埋もれながらも這い出した檜山が、息を殺して震え上がっていた。アーティファクトの西洋剣は乱戦のうちに破壊されてしまい、更には光輝達に置いてかれてしまったため、今や絶体絶命の窮地に陥った檜山は、目の前の敵達が早く立ち去るよう祈っていた。

 

「そこの人間。気づいていないと思ってたのか?」

「馬鹿なガキだねぇ。お前ら、捕まえな!」

 

 しかしそう上手くはいかなかった。ショックウェーブ達には既に気づかれており、カトレアの命令を受けたブルタールモドキ達に引き摺り出された。

 目の前には4体の巨人と、光輝ですら歯が立たなかった魔物の軍勢が立ち塞がっている。恐怖から目を逸らした檜山の目に、同じ小悪党組の悪友達の変わり果てた姿が映った。上下真っ二つにされた斎藤の死骸や盾にした中野の骨に、魔物達が食らい付いている。

 そしてふと、まだ生存者がいる事に気づいた。背骨と腰骨を折られて倒れ伏す近藤だ。

 

「だ…大介……助けて…」

 

 激痛に意識が朦朧となりながらも、親友がまだ近くにいる事に気づいた近藤は助けを求めた。だが次の瞬間、あの多足亀が近藤の身体に食らいつき、バリボリと骨が噛み砕かれる音と共に断末魔の叫びが響き渡った。

 

「ヒィィィッ⁉︎ま、待ってくれ!俺は天之河の馬鹿とは違う!降参する、いや降参します!アンタ達に従います!何でもしますから殺さないでください!お願いします!!!」

 

 近藤の最期を目の当たりにした檜山は再び、生き汚い本性を露わにした。必死に土下座しながら降伏宣言し、とにかく確実に生き残ころうとしたのだ。

 この卑劣漢はトータスに来た頃から常に、自分と香織だけは生き残りたいと考えていた。敵に寝返っても本気で自分の有用性を示せば重用してもらえる可能性は十分にあるし、そうなれば香織を手に入れることだって出来るかもしれない。もちろん、首輪をつけて自由意思を制限した状態で。檜山としては、別に香織に自由意思がなくても、とにかく自分の所有物に出来れば満足なのだ。

 恐怖で失禁して自分の周囲に小便の水溜りを作り、それでもなお土下座し続けて小便まみれになった檜山を、カトレアは心底汚いものでも見るかのように見下ろしていた。やがて彼女は、既にドリラーのコックピットに乗り込んだショックウェーブに振り返って尋ねた。

 

「どうする?とても使い物にはならなそうな感じだけどねぇ…」

「論理的に考えて、廃物利用すれば良い」

 

 廃物利用、という言葉にはらわたが煮えくり返る檜山だったが、首の皮一枚繋がった事に内心安堵した。しかし次の瞬間、ショックウェーブはとある薬品を詰めた弾丸を右腕の砲口に装填し、檜山に向けて発射した。弾丸は檜山に当たると破裂し、中の薬品が身体中に注がれた。

 

「ウギャアアアアアアアアア!!?」

 

 突如として全身を激しい激痛が襲い、檜山の悲鳴が階層中に響き渡った。徐々にその肉体が肥大・変化していくが、ショックウェーブはお構いなしだ。

 

「今から其奴の名前はホリブルシットだ。上手く使うといい」

 

 そう告げるとショックウェーブはドリラーに乗って更に地下深くへと潜っていった。

 

 

 

 

 




~用語集~
・科学参謀兼軍事作戦司令官ショックウェーブ
 『ダークサイド・ムーン』に登場したディセプティコン側のメインキャラ。一応設定上はエイリアンタンクに変形するが、劇中では前日談のアメコミでの戦いでTFコグを損傷したらしく終始ロボットモードのままだった。
 身長35フィート(約10.6m)とオプティマスやメガトロンを凌ぐ巨漢だが、基本的に冷静沈着で、同時に優秀な科学者でもある。右腕の粒子波動砲と左腕のブレードを武器とする。
 作者としては光輝達を襲う相手は最初から彼に決めていた。

・ドリラー
 ショックウェーブの相棒たる巨大なワーム型金属生命体。もとは鉱山などで使役される家畜だったが、ディセプティコンによって品種改良されて巨大化している。
 ちなみに全長はサッカー場の3倍とされていることから推定329.2m。ユニクロンを除けば、実写版トランスフォーマーに登場した金属生命体では最大の体躯を誇る。

※ちなみにこのコンビ、メガトロンを探して地球に来たのだが、着陸に失敗して「ツングースカ大爆発」を引き起こした事がアメコミで明かされている。第三作の前日譚となるゲーム版DOTMでは、その後旧ソ連の研究施設に冷凍保存されていたが、メガトロン達によって救出されたらしい(第三作のメガトロンのビークルモードはその施設でスキャンしたもの)。





次回はお休みしますので、続きは来月9日になります。
感想、評価お待ちしております。


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モブは所詮モブ

楽しみにしてたのにまさかのゴジラVSコングの延期、泣きたくなりました(泣)
早く普通に映画を楽しめる日常に戻ってくれないかなぁ…。


 オルクス第迷宮の89層の最奥付近の部屋、そこにある四つの入口のうち、二つの入口の間にはもう一つ通路があり、奥には隠し部屋が存在している。入口は、上手くカモフラージュされて閉じられており、隠し部屋は十畳ほどの大きさだ。

 そこでは、敗走して来た光輝達が思い思いに身を投げ出し休息をとっていた。だがその表情は、全員満身創痍であるが故に、一様に暗く深く沈んだ表情で顔を俯かせる者ばかりだ。いつもなら光輝が己のカリスマを以て皆を鼓舞する筈だが、今は壁に背を預けたまま口を真一文字に結んで黙り込んでいた。

 そしてこういう時、いい意味で空気を読まず場を盛り上げてくれるクラス一のムードメイカーたる鈴は、血の気の引いた青白い顔で、やはり苦痛に眉根を寄せながら荒い息を吐いて眠ったままだった。香織の治療により、ドリラーの触手で大きく切り裂かれた腿の怪我は既に完治したが、重要な血管を切り裂かれた事で彼女は体から大量の血を失った。香織の治療が間に合ったおかげで一命は取り留めたが、流石に失った大量の血を直ぐさま補充することは出来ず、今は目が覚めるまで安静にするしかなかった。

 香織が、鈴にかかりきりになっているため、他の者はまだ治療を受けていない。自分達も早く治療してくれと言い出すのは小悪党組ぐらいだが、今やその4人は全滅した。その末路を目の当たりにした事で、他の者たちもそんな事を言う気力もなかった。

 薄暗い即席の空間に漂う重苦しい空気に、雫は生来の面倒見の良さからが何とか皆を鼓舞しなければと頭を捻らせた。だが、元来の彼女は寡黙な方なので鈴のように場を和ませるのは苦手だし、流石に死人が出ている今、彼女も心身共に限界が近づいていた。

 すると、即席通路の奥から野村健太郎と辻綾子が現れた。実は、この空間を作成し入口を周囲の壁と比べて違和感がないようにカモフラージュしたのは、土系統の魔法に高い適性を持つ「土術師」の野村なのだ。

しかし土術師ははっきり言って能力的には錬成師の下位互換であり、手持ち魔法陣で大雑把に壁に穴を開ける事は出来たが、ハジメのように周囲と比べて違和感のない壁を「造形」することは完全に領分外であり、一から魔法陣を構築しなければならなかった。辻は香織と同じ治療師として、野村に同行し怪我の治療をしていた。

 

「お疲れ様、野村君。これで少しは時間が稼げそうね」

「…だといいんだけど。もう、ここまで来たら回復するまで見つからない事を祈るしかないな。浩介の方は、あっちも祈るしかないか…」

 

 隠れ家の安全性が増したという話に、僅かに沈んだ空気が和らいだ気がして、雫は頬を綻ばせて野村を労い、対する野村も苦笑いしながら、今はここにいないもう一人の親友・遠藤の健闘を祈った。

 そう、今この場所には小悪党組だけでなく、遠藤もいなかった。遠藤は特に暗いわけでも口下手なわけでもなく、また存在を忘れられるわけでもない、誰とでも気さくに話せるごく普通の男子高校生なのだが、何故か極端に影が薄く、日本にいた頃から本人が全く意図しない神出鬼没さを発揮していた。

 遠藤本人は極めて不本意らしいのだが、今はそれを活かして単身、パーティーを離れてメルド達に事の次第を伝えに行ったのである。本来ならいくら異世界から召喚されたチートの一人でも、80層台を単独で走破するなど自殺行為だ。光輝達が少し余裕をもって攻略できたのも、15人という仲間と連携して来たからである。だが「影の薄さでは世界一ぃ!」と胸を張れそうな遠藤なら、隠密系の技能をフル活用して、魔物達に見つからずメルド達のいる70層に辿り着ける可能性があると考えて、光輝達は遠藤を送り出したのである。

 本当なら、光輝達も直ぐにもっと浅い階層まで撤退したかったのだが、如何せん、それをなすだけの余力がなかった。4人が死んで、鈴が戦闘不能、残るメンバーも満身創痍で弱体化している今、とても80層台を突破できるとは思えなかったのだ。

 もちろん、メルド達が救援に来られるとは思っていない。メルドを含め70層で拠点を築ける実力を持つのはたったの6人。彼等を中心にして、次ぐ実力をもつ騎士団員やギルドの高ランク冒険者達の助力を得て、安全マージンを考えなければ70層台後半くらいまでは行けるだろうが、それ以上は無理だ。仮にそこまで来てくれたとしても80層台は光輝達が自力で突破しなければならず、遠藤を一人行かせたのは救援を呼ぶためではなく、自分達の現状と魔人族が率いる魔物の情報を伝えるためなのだ。

 光輝達は確かに、聖教教会から魔人族が魔物を多数、それも洗脳など既存の方法ではなく明確な意志を持たせて使役するという話を聞いていたが、あれほど強力な魔物とは聞いていなかったし、驚異なのは質よりも量の筈だった。だが実際は数に加えて個体の強さも脅威となっており、更には魔物なのかロボットなのか分からない、正体不明の敵まで出現した。この情報は、何が何でも確実に伝えなければならないと光輝達は判断したのである。

 それから数十時間、光輝達は交代で仮眠を取りながら、少しずつ体と心を癒していった。しかし、誰一人として、ショックウェーブが放った2匹のインセクティコンのうち、1匹だけ遠藤から離れてこの場に留まっている事に気づいていなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、一人、撤退と魔人族の情報伝達を託された遠藤は、ただの一度も戦闘をせず全ての魔物をやり過ごしながらメルド達のいる70層を目指して着実に歩みを進めていた。80層台で魔物に気づかれれば、一対一ならどうにかなるが複数体ならアウトだ。そのためできる限り急ぎつつ、それでも細心の注意を払って進んでいた。そのためか、背中に付着していた1匹のインセクティコンには全く気づいていなかった。

 

「急がないと…」

 

 遠藤は、自分が課せられた役割を理解している。そして光輝達が、情報の伝達以外にもそのまま生き延びろという意味合いを含めて送り出してくれたことも察していた。親友である永山と野村の「戻ってくるなよ」という思いは言葉に出さずとも伝わっていたのだ。

 だがそれでも、役目を果たしたあと、遠藤は光輝達のもとに戻るつもりだった。なんと言われようと、このまま自分だけ安全圏に逃げて、のうのうとしていることなど出来なかったのだ。

 遠藤は、悩みの種である影の薄さが、今は最大の武器になっているのだと自分に言い聞かせつつ、頭に叩き込んである帰還ルートを辿った。そして遂に70層の、メルド達が待つ転移陣のある部屋に辿り着いた。

 

「団長!俺です!気づいてください!大変なんです!」

「うおっ⁉︎何だ⁉︎敵襲かっ⁉︎」

「だから、俺ですって!マジそういうの勘弁して下さい!」

「えっ?って、浩介じゃないか。驚かせるなよ。ていうか他の連中はどうした?それに、何かお前ボロボロじゃないか?」

「ですから、大変なんです!」

 

 だが到着してもメルド達は気付かず、遠藤が声をかければ敵襲かと勘違いされ、そんなコントじみたことを繰り返して漸く気づいてもらえた。しかし戻ってくるには少々予定より早く、満身創痍な状態の遠藤がたった一人で戻って来たことに、直ぐさま何かがあったと察したメルド達は険しい表情となった。

 そして遠藤から告げられた事の次第に、最初は訝しげな表情をしていたメルド達だったが、遠藤の話が進むにつれて表情が険しさを増していった。そしてたった一人逃がされたことに、話しながら次第に心を締め付けられたのか涙をこぼす遠藤の頭を撫で回した。

 

「泣くな、浩介。お前は、お前にしか出来ないことをやり遂げんたんだ。他の誰が、そんな短時間で一度も戦わずに20層も走破できる?お前はよくやった。よく伝えてくれた」

「団長…。俺、俺はこのまま戻ります。あいつらは自力で戻るって、今度は負けないっていってたけど、あのザ○モドキやミミズの化け物に檜山達がまるで虫でも潰すみたいに殺されて、逃げるので精一杯だったんだ。皆かなり消耗してるし、傷が治っても今度襲われたら…。クソったれな魔物だってあれで全部かはわからないし…。だから、先に地上に戻って、このことを伝えて下さい」

 

 泣いたことを恥じるように、袖で目元を擦った遠藤は決然とした表情でメルドに告げた。対するメルドは悔しそうに唇を噛むと、他の団員共々、自分の持つ最高級の回復薬全ての入った道具袋を遠藤に手渡した。

 

「すまないな浩介。一緒に助けに行きたいのは山々だが、私達じゃあ、足でまといにしかならない…」

「あ、いや、気にしないで下さいよ。大分、薬系も少なくなってるだろうし、これだけでも助かります」

 

 そう言って、回復薬の類が入った道具袋を振りながら苦笑いする遠藤だったが、メルド団長の表情は、むしろ険しさを増した。それは、助けに行けない悔しさだけでなく、苦渋の滲む表情だった。

 

「…浩介。私は今から、最低なことを言う。軽蔑してくれて構わないし、それが当然だ。だが、どうか聞いて欲しい」

「えっ? いきなり何を…」

「…何があっても、()()()()()連れ帰ってくれ」

「え?」

 

 その言葉に、遠藤がキョトンとなる。

 

「浩介、今のお前達ですら窮地に追い込まれる程敵が強力になっているというのなら、勇者を失った人間族に未来はない…。もちろん、生き残ったお前達全員が切り抜けて再会できると信じているし、そうあって欲しい…。だがそれでも私は、ハイリヒ王国騎士団団長として言わねばならない。万一の時は、光輝のみを生かしてくれ」

「……」

 

 漸くメルドの意図を察した遠藤が唖然とした表情をする。それはより重要な何かを生かすための犠牲の発想、上に立つ者がやらなければならない「選択」であり、遠藤にできるものではなかった。故にその表情はひどく暗いものになっていった。

 

「…俺達は、天之河程価値がないから、おまけ扱いですか?」

「断じて違う。だが4人も戦死し、残った面々も窮地に陥っている以上、光輝という希望までも失うわけにはいかんのだ…。せめて今の言葉を雫と龍太郎には伝えて欲しい」

「……」

 

 そう言われて暗く澱んだ気持ちになる遠藤。メルド達と過ごした時間は長く濃密だ。右も左もわからない頃から常に傍らにいて、ずっと共に戦ってきたのだ。特に前線に出ている遠藤達からすればメルドは兄貴的な存在で、この世界の者では誰よりも信頼している人物だった。だからこそ自分達を切り捨て光輝を優先するような言葉に、遠藤は裏切られたような気持ちになったのだが、それでも頭の片隅ではそれが必要なことだと理解もしており、衝動のまま罵ることは出来なかった。遠藤は、暗い表情のままコクリと頷くだけで踵を返した。

 が、その瞬間…

 

「団長、浩介ッ⁉︎危ない!!!」

「えっ!?」

 

 突然、騎士の一人・アランが遠藤とメルドを弾き飛ばした。次の瞬間、チュドォッ!という音を上げて何かがアランに直撃した。勇敢な騎士は、一瞬にして全身を焼き尽くされ、骨と鎧がカランコロンと地面に転がり落ちた。弾き飛ばされて地面に尻餅を付いた遠藤の顔が、みるみる青ざめていく。その光景は、90層で見た中野の最期と同じだったのだ。

 

「そ、そんな。もう追いついて…」

 

 その言葉がまるで合図となったかのように、三つの影が現れた。しかしその正体はショックウェーブとドリラーでも、カトレア配下の魔物達でもなかった。それは明らかにトータスのものではなく、遠藤の故郷である地球で見られたものだ。

 まず一つ目は、カーキ色のカラーリングに6輪の車輪、そして前方に巨大なクローを装備した地雷除去車・バッファローだ。ただしそのクローは、実際のバッファローよりも遥かに巨大で、まるで怪物の腕のようだ。

 次に二つ目は非常に錆びついたフォルクスワーゲン・タイプ2で、車体の横から古びた外見とは裏腹にSFチックなブラスターが展開され、今発砲されたのか硝煙を放っている。これがアランを殺した犯人で間違いないだろう。

 最後に三つ目は、これまた2台より小型だが、アクション映画に出てきそうな銀色のオフロードバイクだ。バイク好きの相川なら、これがコンフェデレート・モーターサイクルズのP51コンバットファイターだと気づいただろう。しかし乗っているのは人間ではなく、遠藤達を追い詰めたあの魔人族・カトレアだ。その服装故に、今の彼女は地球人のバイク乗りにも見えなくないが、その姿を確認した遠藤にそんな事を考える余裕などなかった。

 

「全く、あんた達が味方でホント良かったよ。勇者君達の居場所はもう分かってるし、唯一逃げたコイツにも簡単に追いつけたんだからさ」

「と〜ぜんさカ〜トちゃん、俺らがこんな子猿どもに遅れを取るわけね〜じゃん」

 

 髪をかきあげながら感心したようにそう言ってカトレアがコンバットファイターから降りると、突如として聞いた事のない男の声がした。彼女を見て臨戦態勢となるメルド達も、その声にギョッとなる。

 そんなメルド達などお構いなしに、3台はギゴガゴゴと音を立てて変形を始めた。バッファローは背中にクローが変形した触手を備えた身長7m程の巨人に、タイプ2は四つの瞳にしゃくれた顎・腕にアクセサリーのようにイルミネーション用のLEDライトを巻きつけた身長5m程の巨人に、そしてコンバットファイターは身長3m程だが全身にナイフを装備したモヒカン風の頭部のロボットへと姿を変えた。

 それぞれ、破壊兵ボーンクラッシャー、強盗兵ドレッドボット、特攻兵モホークだ!3体とも、ディセプティコンの中でも屈指の凶暴性を誇る、残忍な戦士だ。

 彼ら3体とカトレアは、ショックウェーブが遠藤に張り付かせたインセクティコン2体の信号を追い、配下の魔物達より速く進めるビークルモードで追跡した。して1体が隠れている光輝達に張り付いたのを知ると、口封じのために転移陣へと向かった遠藤へ一直線にやって来たのだ。光輝達は居場所が分かっている以上、後で殺せば良いと判断して。

 ドレッドボットは、残忍そうに顔を歪ませながら愛用のブラスターを構えると、足下のカトレアに話しかけた。

 

「コイツらは俺らに殺らせろ。ショックウェーブ様からの許可は得たし、久々に人間を殺したくてウズウズしてるんだ」

「ふん、好きにしな」

 

 その会話を聞いていたメルド達は王国の最精鋭として相応しい迅速な陣組みで身構えると、未だ呆気に取られて尻餅をついたままの遠藤に叫んだ。

 

「円陣を組め!転移陣を死守する!浩介ッ!いつまで無様を晒している気だ!さっさと立ち上がって地上へ逃げろ!」

「えっ⁉︎」

 

 その言葉に思わず疑問の声を上げる遠藤。逃げるなら一緒に逃げればいいし、どうせこの場を離脱するなら地上ではなく光輝達のもとへ戻ってメルドの言葉を伝える役目があると思ったからだ。

 

「ボサっとするな!コイツらの事を地上に伝えろ!」

「で、でも、団長達は…」

「我らはここを死地とする!浩介!向こう側で転移陣を壊せ!なるべく時間は稼いでやる!」

「そ、そんな…」

 

 メルドの考えは明確だ。地上へ逃げるにしても誰かが僅かでも時間を稼がねば、直ぐに敵達も転移して追っ手を撒く方法がなくなってしまい、追いつかれて殺されるだけだ。なので一人を逃がして、残り全員で時間稼ぎをするのがベストなのだ。時間を稼げれば、対となる30層の転移陣を一部破壊することで、完全に追っ手を撒ける。転移陣は、直接地面に掘り込んであるタイプなので「錬成」で簡単に修復できる。逃げ切って、地上の駐屯部隊に事の顛末を伝えた後、再び、光輝達が使えるように修復すればいい。

 そして、その逃げる一人に選ばれたのが遠藤なのだ。遠藤は、先程、光輝以外の自分達を切り捨てるような発言をしたメルドが、今度は自分達を犠牲にして自分一人を逃がそうとしていることに戸惑い、それ故に行動を起こせずにいた。見かねたメルドは、心根と願いを込めた雄叫びを上げた。

 

「無力ですまない!助けてやれなくてすまない!選ぶことしか出来なくてすまない!浩介!不甲斐ない私だが最後の願いだ!聞いてくれ!生きろぉ!」

 

 兄貴のように慕った男の言葉に、戸惑っていた遠藤は理解した。メルドが本当は、遠藤達の誰にも死んで欲しくないと思っていることを。誰かを犠牲にして誰かを生かすなら、自分達が犠牲となり、光輝に限らず生徒達全員を生かしたいと思っていたことを。先程告げた「選択」が、どれだけ苦渋に満ちたものだったかを。

 遠藤は、グッと唇を噛むと全力で踵を返し転移陣へと向かった。ここで、メルド思いと覚悟に応えられなければ男ではないと思ったからだ。

 

「いい台詞だ、感動的だな。だが無意味だ!」

「「「「アイエエエッ⁉︎」」」」

 

 そうボーンクラッシャーが嘲笑うように呟きながら背中のクローを伸ばし、まるでトングで掴むかのように容易くメルド以外の残る4人の騎士を捕まえた。そのまま4人を自らの足下に引き摺り下ろすと、彼はその巨大な剛腕を振り下ろして何度も殴りつけた。

 グシャリバキリと骨が砕け肉の潰れる嫌な音を聞いて、遠藤は噛み切るほど唇を強く噛み締めながらも、転移陣へと駆け抜ける。

 

「走れ浩介!走れぇ!!!」

「おーおー泣けるねぇ〜。けど無駄だよ〜ん!」

「ぐあっ⁉︎」

 

 メルドはそう叫びながら剣を振りかぶってモホークに飛びかかった。だがモホークは腕に装備したナイフの一本をかまえると、そのままメルドの剣を握った右腕を切り落とした。

 メルドの苦悶の叫びが響くと同時に、遠藤が転移陣を起動し終え、その姿を消した。しかしそれと同時にドレッドボットが一瞬でその場に辿り着くと、同じく転移陣の光と共に消えた。

 

「くっ、一体、送られてしまったか…。浩介、死ぬなよ…」

「いやいや死んじゃうよ〜。ドレちゃん俺らの中でも結構残忍だしねぇ〜」

 

 片腕を切り落とされその場に崩れ落ちたメルドの呟きは、切り落とされた彼の右腕を掴んだモホークの嘲笑にかき消された。それと同時に、メルドは激痛から意識を失ってしまった。

 後方では、ボーンクラッシャーが拳を返り血で真っ赤に染めながらも、未だに足下の騎士達を殴り続けていた。4人とも最早、完全に原型を留めないレベルまでミンチにされており、後ろで控えていたカトレアも流石にドン引きしていた。

 こうして70層の部屋に再び静寂が戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁあああー!」

 

 そんな悲鳴とも雄叫びとも付かない叫び声を上げながら30層の転移陣から飛び出した遠藤は、直ぐさまショートソードを振りかぶり、眼下の魔法陣の破壊を試みた。

 

「な、何だ⁉︎ってお前!何をする気だ!」

「やめろ!」

「取り押さえろ!」

 

 転移陣から現れた黒装束の少年が、いきなり雄叫びを上げながら手に持つ剣で魔法陣を傷付け始めたことに、周囲の騎士達は一瞬呆然となるも、直ぐに怒号を上げながら遠藤に飛びかかりその破壊活動を妨害する。

 彼等は実力不足で30層での警備が限界故に、30層側の転移陣を保護する役目をおったメルドの部下達だ。一撃で魔法陣を破壊できなかった遠藤が、二撃、三撃と加えあと一歩で陣の一部を破壊できるというところで、辛くも魔法陣破壊を阻止する事ができた。

 

「は、放せ!早く、壊さないと!奴等が!放せ!」

「なっ、君は勇者一行の⁉︎なぜ、君が…」

 

 狂乱とも言える行為を行った人物が、よく見知った勇者の仲間の一人と分かると、驚愕の声を漏らしながら思わず手を緩める団員達。その隙に再度、ショートソードを振りかぶって魔法陣の一部を破壊しようと遠藤だったが、一歩遅かった。

 

「Hello, you spawn of a glitch!」

 

 魔法陣が再び輝き起動した次の瞬間、ブラスターを構えたドレッドボットが現れ、遠藤達に襲い掛かった。

 

「くそっ!」

「あぎゃっ!」

 

 遠藤は咄嗟にその場を飛び退いたが、事態が飲み込めない団員の一人は回避などできるはずもなく無防備なままドレッドボットに撃たれ、アランの二の舞となった。いきなり同僚が骨だけにされてしまった事に、騎士達は動揺を露わにするが、遠藤は必死さと焦燥の滲む声音で叫んだ。

 

「コイツは魔人族の仲間だ!魔法陣を破壊しないと、他の連中がどんどん出てくるぞ!」

 

 その絶叫とも言うべき遠藤の声に、ハッと我を取り戻す団員達だったが、その時には更に一人が射殺されていた。30層の転移陣の警備をしている団員は全部で7名、既に2人も殺られてしまった。遠藤はその事実に歯噛みしながら、「暗殺者」の技能「壁走」を利用して天井に駆け上がりながら頭上から魔法陣の破壊を狙った。

 驚いた事に、ドレッドボットはそれに気づいていながらも一切迎撃しようとはしなかった。彼は勝手にやっとけと言わんばかりに、動揺する団員達の抹殺を楽しんでいた。

 そのうちに遠藤は渾身の力をもってショートソードを魔法陣に突き刺し、魔法陣を破壊した。転移の際に使われた魔力残滓が霧散し、パァン!という澄んだ音が響き渡った。

 

「お〜お〜、無駄な努力ご苦労さん」

 

 転移陣の破壊に成功し、これ以上の追っ手はないと思わず安堵の吐息を漏らす遠藤だったが、その声を聞いてハッとなり振り向いた。

 そこには、不敵な笑みを浮かべたドレッドボット一人しかいなかった。周囲には彼に撃たれて骨だけにされた騎士達の亡骸が転がっていた。結局、30層の警備をしていた騎士達は皆殺しにされてしまったのだ。

 

「お前ッ!よくも皆を…!」

「あ?やんのか、猿が」

 

 仲間と引き離されたこと、メルド達を置き去りにさせられたこと、知り合いの団員達を殺されたこと、その他に様々な怨嗟を込めた声を上げながらドレッドボットを睨みつける遠藤。だが、頭蓋骨の一つをグシャリと踏み潰したドレッドボットの殺気を浴びて、「うっ…」とたじろいてしまう。

 

「ククク、逃げたきゃ逃げな。さっさと行け」

「な、何⁉︎」

「お前みてぇな虫けらなんぞ何時でも殺せる。地上で仲間の猿共に伝えな。お前らの時代は終わりだってな」

 

 ドレッドボットの予想外の言葉に、キョトンとなる遠藤。命拾いしたと分かっても、その表情は喜びどころかむしろ泣きそうなほど弱々しかった。何度も「ちくしょう!」と叫びながら涙を流すと、最後の抵抗と言わんばかりにドレッドボットをキッと睨みつけ、おもむろに踵を返して地上へと急いだ。その顔は幽鬼のように青白く、目は虚ろで覇気がなかった。

 「また自分だけ生かされた」という思いに加え、敵にとって自分は何時でも殺せる虫けら程度にしか見られていない事実に、遠藤の心は重く冷たい鎖で締め付けられた。しかし今はただ、託された役割だけを支えに機械的に体を動かして、ひたすら地上を目指すしかなかった。こんな時でも背中に張り付いたまま無事だったインセクティコンに気付かぬまま…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜あ、地上までのルートを把握するためとは言え、あのガキもぶっ殺したかったなぁ〜」

 

 遠藤が立ち去った後、ドレッドボットは呑気にそう呟いた。実は、遠藤を逃したのは、彼に張り付かせたインセクティコンを介して地上までのルートを把握するためだったのだ。彼は直ぐにサウンドウェーブに通信を繋いだ。

 

「ドレッドボットよりサウンドウェーブ様、応答願います」

「こちらサウンドウェーブ、何だ」

「命令通り人間1匹を地上まで逃しました。例の新兵器どもの転送をお願いします」

「ご苦労、今直ぐ送る」

 

 通信が終わると、30層に忽ちスペースブリッジが開いた。そこから出て来たのは、ディセプティコンでも魔人族でもない2頭の生き物だった。しかしその大きさはドリラーにこそ劣るが、カトレア配下の魔物達より遥かに巨大だ。

 

「ククク、行くぞお前ら。狩りの始まりだ」

 

 ドレッドボットはニタァと歪んだ笑みを浮かべると、そのうちの1頭の背に飛び乗った。彼らが目指すは地上、ホルアドの町だ。遠藤に張り付けたインセクティコンの後を追跡すればそれでいい。

 

「ぎ〜っちょんぎ〜っちょん!」

「チャクバライ〜!」

 

 ドレッドボットに率いられた2頭の怪物は、意味不明かつ不気味な鳴き声を上げながら、地上目指して駆け出した。

 ホルアドに今、破滅の危機が迫る。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・破壊兵ボーンクラッシャー
 実写版第1作目に登場した、みんな大好きボンクラ。地雷除去車バッファローに変形する。トレーディングカード『ヒートスクランブル』での役職は「装甲鬼」だが、本作ではG1に合わせて「破壊兵」とした。
 兎角凶暴な性格で、実際の車両より大きなクローで目につく者全てを破壊する。
 ちなみに劇中彼の台詞は『仮面ライダーディケイド』における仮面ライダーグレイブの名言が元ネタ。

・特攻兵モホーク
 第5作目『最後の騎士王』にて登場したモヒカン頭のディセプティコン。バイクメーカーとしては新参のコンフェデレート・モーターサイクルズの、P51コンバットファイターに変形する。武器は腕に無数に装備したナイフ。
 劇中ではメガトロンをメガちゃん呼ばわりするなど中々個性的なキャラだったが故に、目立った活躍もなく直ぐに退場したのは残念だった。
 ちなみに劇中ではホログラムでライダーを映し出して擬態してたが、本作ではカトレアがライダースーツっぽい服装って事で組ませてみた。

・強盗兵ドレッドボット
 同じく『最後の騎士王』に登場したディセプティコン。錆びついたフォルクスワーゲン・タイプ2に変形し、ロボットモードではイルミネーション用のLEDライトをアクセサリー代わりにしている。
 サイバトロン星由来の遺物を探して博物館を襲撃してたなら納得するが、ただ殺戮を楽しみたいがために銀行強盗を繰り返してた変な奴。
 因みに彼とモホークの役職は、『最後の騎士王』公開時の映画秘宝のキャラ紹介の二つ名を作者なりに変えてみたオリジナルのもの。

・メルドの発言
 一応原作でも最悪光輝以外を切り捨てる発言をしたメルドさん。本作では死人が既に出ている事から、原作以上に危機感を持たせようと思いあえて省かなかった。
 




感想、評価お待ちしております。


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再びホルアドへ

あっという間に本作も一周年。ここまで続けられたのも、読者の皆様が応援してくださったおかげです。ありがとうございます。

本日5月16日は私の誕生日。本当なら『ゴジラVSコング』を鑑賞して迎えたかったです(泣)
まあ、モンスターアーツのコングは買えたし、今月末はスタジオシリーズのグリムロック&ウィーリーが届くので、我慢するか…。




今更ですが、今回は再び下ネタがあります。ご注意下さい。


「ぬがぁ〜!!!また負けたぁ〜!!!」

「んみゅ!またおやぷんがどべなの!」

「俺スラッグ、もう嫌!!!」

 

 左側のライセン大峡谷と右側の雄大な草原に挟まれながら、パイロとアリオンが太陽を背に西へと疾走する。街道の砂埃を巻き上げながら、それでも道に沿って進むパイロの車内では、ハジメ・ユエ・スラッグ・ミュウの四人で、ハジメが用意したトランプでババ抜きをしていた。何度目かの勝負でまたスラッグが負けたらしく、彼はうがー!と悔しそうに叫びながら手札をばら撒くと、そのまま不貞腐れてねっ転がった。

 現在、パイロの運転は誰がしているのかと言うと、ストレイフだ。インテリ派の彼は直ぐに運転方法をマスターすると、時々自分が運転を引き受けて、ハジメにミュウと遊ばせてあげていた。助手席にはティオが乗っている。

 ちなみに亮牙とシアはと言うと、サイドカーを外したアリオンに乗っているのだが…

 

「ヒャッハー!ですぅ!」

「……」

 

 なんと何時もとは違い、シアが運転しているのである。恋人を後ろに乗せた彼女は、峡谷側の荒地や草原を行ったり来たりしながらご機嫌な様子で爆走していた。

 ちなみに亮牙は、何時ものへそ出しルックとなった彼女のお腹に腕を回してしがみついたまま、黙っていた。

 

「…シアったらご機嫌だね。世紀末な野郎みたいな雄叫び上げてるよ」

「…むぅ。ちょっとやってみたいかも」

 

 パイロの窓枠に肘をかけながら二人を見たハジメが、呆れたような表情で呟いた。たまに乗り物に乗ると性格が豹変する人がいるが、シアもその類なのかもしれない。

 その傍らで同じように二人の様子を見ていたユエが、ちょっと自分もやりたそうにしている。恋人が「ヒャッハー!」とか言いだしたら、ひどく悲しい気分になりそうなので、絶対阻止しようと心に決めるハジメであった。

 もともとシアは、二輪の風を切って走る感じがとても気に入っていたのだが、最近人数が多くなり、すっかりパイロでの移動が主流になっていたため少々不満に思っていたのだ。車内では亮牙と思う存分イチャイチャ出来るし、窓から顔を出して風を感じることも出来るが、やはり何とも物足りなかった。

 それならば、運転の仕方を教わり自分で二輪を走らせてみたいと亮牙に懇願したのである。最初は渋った亮牙だったが、胸の谷間を強調しながら「お・ね・が・い・ですぅ〜♡」と頼み込むシアに、アッサリと承諾したのであった。

 シュタイフもアリオンも、魔力の直接操作さえ出来れば割と簡単に動かすことが出来るし、場合によってはハンドル操作すら魔力操作で行えるのだ。なのでシアにとっては大して難しいものでもなく、あっという間に乗りこなしてしまった。そして、その魅力に取り憑かれたのである。

 今も奇声を発しながら右に左にと走り回り、ドリフトしてみたりウイリーをしてみたり、その他にもジャックナイフやバックライドなどプロのエクストリームバイクスタント顔負けの技を披露している。アクセルやブレーキの類も魔力操作で行えるので、地球のそれより難易度は遥かに簡単ではあるのだが、それでも既にハジメや亮牙を凌ぐほど乗りこなしていた。シアのウサミミが「へいへい、どうだい、私のテクは?」とでも言うように、ちょっと生意気な感じで時折ハジメ達の方を向いている。

 

「パパ!パパ!ミュウもあれやりたいの!」

 

 するとユエの更に隣で窓から顔を出して気持ちよさそうにしていたミュウが、いそいそとユエの膝の上によじ登ると、そのまま大きな瞳をキラキラさせながらシア達を指差し、ハジメにおねだりを始めた。

 

「ダメに決まってるでしょ」 

「やーなの!ミュウもやるの!」

「…暴れちゃメッ!」

 

 ミュウがユエの膝の上に座りながら、即行で自分のお願いを否定したハジメに全力で駄々をこねる。暴れるミュウが座席から転げ落ちないよう、ユエが後ろから抱きしめて叱りつけた。「うぅ~」と可愛らしい唸り声を上げながらしょぼくれるミュウに、ハジメが仕方ないなぁ~という表情になる。

 

「ミュウ。後で僕乗せてあげるから、それで我慢して」

「ふぇ?いいの?」

「うん。シアと乗るのは絶対ダメだけどさ、僕となら構わないよ」

「シアお姉ちゃんはダメなの?」

「うん。絶対ダメ。あんな危険運転する人の乗り物に乗るなんて絶対ダメだからね。ってか亮牙もなんで止めないんだよ…」

 

 今もなお凄まじい運転を続けるシアと、そんな彼女にしがみついたまま何の注意もしない亮牙にジト目を向けながら、ハジメはミュウに釘を刺す。見てないところでシアに乗せてもらったりするなよ?と。

 ミュウと旅し始めて少し経つが、ハジメは既に「パパ」という呼び名については諦めていた。当初は、何が何でも呼び名を変えようとあの手この手を使ったのだが、そうする度にミュウの目端にジワッと涙が浮かび、ウルウルした瞳で「め、なの?ミュウが嫌いなの?」と無言で訴えてくるのだ。今や奈落の魔物だって蹴散らせるハジメだが、何故かミュウにはユエと同じくらい勝てる気がせず、結局なし崩し的に「パパ」の呼び名が定着してしまった。

 「パパ」の呼び名を許容(という名の諦め)してからというもの、ハジメは何だかんだでミュウを気にかけるようになり、今ではむしろ過保護と言っていいくらいだった。シアは残念ウサギだし、ティオは変態だし、亮牙とスラッグに至っては非常識が服を着て歩いているようなものだし、母親の元に返すまでミュウは俺が守らねば!とか思っているようだ。世話を焼きすぎる時は、むしろユエやストレイフがストッパーになってミュウに常識を教えるという構図が現在のマキシマルだった。

 ミュウがハジメにべったりなので、ユエとしては中々二人っきりでイチャつく機会が持てず、若干欲求不満気味だったが、やはり懐いてくれるミュウが可愛いので仕方ないかと割り切っていた。

 

「あ〜、お前ら。ミュウちゃんの目と耳塞いだ方が良いぞ。ありゃヤバい…」

「「え?」」

「んみゅ?」

 

 突如、運転しているストレイフが、亮牙とシアを眺めながら、後ろの仲間達にそう告げた。いびきをかきながら不貞寝しているスラッグ以外の三人は疑問を浮かべた。それは彼の隣に座っていたティオもだ。

 

「叔父上、ヤバいとはどういう事じゃ?シアは問題なさそうじゃが…」

「…シアちゃんの方じゃねえよお嬢。問題なのはグリムロックだ」

「ご主人様が?」

 

 ヤバいのはシアではなく亮牙。そう言われてますます疑問を浮かべる三人。一体亮牙の何がヤバいのだろうか?

 すると、今までずっと黙ったままシアにしがみついていた亮牙の両腕が動いた。彼は彼女のお腹に回していた両腕を緩めると…

 

ムニュッ♡

 

「あんっ♡」

 

 両手で彼女の胸元を掴み、その巨乳を揉み始めたのだ。堪らずシアが嬌声を上げる。

 それでも亮牙はお構いなしに彼女の胸を揉みしだき、更には腰を彼女のお尻に擦り付け始めた。

 

「シア!シア!」

「やんっ♡ああんっ♡ダメですよ亮牙さ〜ん♡こんなところでぇ〜♡あ〜ん♡皆が見てるじゃないですかぁ♡恥ずかしいですよぉ〜♡」

 

 恥じらいながらも満更でもなさそうに顔を赤らめるシアに、亮牙はますます鼻息を荒くして腰を振る。

 そんな二人をストレイフは呆れた表情で見つめていた。

 

「あの馬鹿、ずっと交尾に近い体勢でしがみついてたから、発情しちまってるよ…」

「言ってる場合じゃないでしょ!!?何やってんだよあの二人!!?ミュウ、絶対見ちゃダメだからね!!」

「んみゅ?なんでパパ慌ててるの?ぐりみぃとシアお姉ちゃん、どうしたの?」

「ん、何でもない。良い子は気にしちゃだめ…」

 

 慌ててハジメとユエがミュウの目と耳を塞ぎ、亮牙とシアがしている事を悟らせないようにした。膝の上で疑問を浮かべるミュウの頭を、ユエがいい子いい子しながら宥める。流石に外の光景はミュウの教育に悪過ぎる。

 一方、助手席に座っているティオはと言うと…

 

「シ、シアばっかりずるいのじゃ‼︎ご主人様にあんな事して貰えるなんて‼︎妾も変わって欲しいのじゃ〜♡」

「…お嬢、頼むから黙っててくれ。情けなくて死にたくなるから」

 

 シアが羨ましくなって顔を赤らめて、ハァハァと煩い息遣いとなっていた。その様子を見て隣のストレイフは、疲れ切った表情となりながら片手で額を押さえていた。

 そのうち、遂に見かねたユエが窓から身を乗り出して魔法を撃ち込み、発情しまくっていた亮牙に直撃させた。油断しきっていた亮牙はアリオンから転げ落ち、シアが慌てて「亮牙さ〜ん!!?」と叫んだ。

 

「ユエ、お疲れ」

「ん、全く世話が焼ける…」

「グリムロックには後で説教だな…」

 

 バカップル二人をパイロで追い越すと、ミュウの為にもしっかりしなきゃ!とちょっと虚しい決意をする、ハジメ・ユエ・ストレイフであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何も魔法ぶつけることねーだろ!」

「幼い子の目の前で発情するお前が悪い!」

「良いじゃないですか!私はむしろウェルカムだったのにぃ〜!」

「「黙っとれ残念ウサギ!!!」」

「俺スラッグ、俺が寝てるうちに何があった?」

「んみゅ、みんなに聞いても教えてくれないの」

「ミュウよ、お主が知るにはまだ早過ぎるのじゃ」

 

 亮牙とストレイフが口論となり、加勢するシアにツッコむハジメとユエ。彼らマキシマルは現在、宿場町ホルアドにいた。

 本来なら素通りしてもよかったのだが、フューレンを出発する際にイルワから頼まれごとをされたので、それを果たすために寄り道したのだ。とは言え、もともとグリューエン大砂漠へ行く途中で通ることになるので大した手間ではなかった。

 漸く口喧嘩が終わると、亮牙とハジメは懐かしげに目を細め、ギルドを目指して町のメインストリートを歩いた。ハジメに肩車してもらっているミュウが、二人の様子に気がついたようで、不思議そうな表情をしながらハジメのおでこを紅葉のような小さな掌でペシペシと叩いた。

 

「パパ?ぐりみぃ?どうしたの?」

「ん?ああ、いや、此処には前に来たことがあってね…」

「よく考えりゃあまだ半年も経ってねえのに、色々あり過ぎてもう何年も前のような気がしてきたな…」

「…二人とも、大丈夫?」

 

 複雑な表情をする亮牙とハジメに、ユエは心配そうな眼差しを向けた。それを見た二人は肩を竦めると、次の瞬間にはいつも通りの雰囲気に戻っていた。

 

「大丈夫、問題ないよ。ちょっとね、えらく濃密な時間を過ごしたなぁと思って感慨に耽っちゃった…」

「だな…。思えば、ここであのゴミ野郎に突き落とされたのが全ての始まりだったな。あ〜、思い出したら腹立ってきた」

「……」

 

 ある意味運命の日とも言うべきあの日のことを思い出し独白をするハジメと亮牙の言葉を、他の面々は神妙な雰囲気で聞いていた。

 ふと、ティオが興味深げに亮牙に尋ねた。

 

「ふむ。ご主人様とハジメ殿は、やり直したいとは思わんのか?元々の仲間がおったのじゃろ?…ご主人様達の境遇はある程度聞いてはいるが、皆が皆、ご主人様を忌み嫌っていたわけではあるまい?仲の良かった者もいるのではないか?」

 

 まだ亮牙達と付き合いが浅いティオは、時折今のように亮牙達の心の内を知ろうと、客観的に見ればかなりストレートな、普通なら気を遣ってしないような質問をする。それは単なる旅の同行者ではなく、彼女自身がきちんとマキシマルの一員になりたいと思っているが故の、彼女なりの努力だ。

 あの時食っとけば良かったと時々思うほど、手に余る変態ではあるが、其の辺の在り方は亮牙も認めていた。なので彼は、特に気を悪くすることもなく、ティオの質問を受け止めた。

 

「ハッ、俺はそんなの全く思った事ねぇよ。ハジメの場合はそんな奴もいたかもしれねぇが、俺の場合は全員から嫌われてたからな。あのクソッタレが正直に名乗り出ても『でかしたぞ』と喜ばれただろうさ」

「亮牙…」

「どんだけ嫌われてたんだよお前…」

 

 鼻で笑いながらそう告げる亮牙に、ストレイフが呆れてツッコむが、ハジメは複雑そうな顔となる。

 確かに優香達とはある程度わだかまりは消えたが、それでも学校での親友は、光輝達のせいで蔑ろにされ、自分と愛子ぐらいしか味方がいなかった。唯一、雫だけは気にかけていたが、基本的に彼女は身内に甘過ぎるため、味方とは言い難い存在だった。

 

「それに俺はある程度したら、ハジメ連れて出て行くつもりだったよ。あのカルト教団も、傀儡国家のハナクソ王国も、見ていて反吐が出るぐらい気に食わなかったし、奴等の出す飯も不味くて食えたもんじゃなかったからな」

「あ〜、それは分かるよ。亮牙のご飯食べ慣れてたから、なんか王国の料理ってしつこい味って感じがしたんだよね…」

 

 そう言いながら「うげぇ…」と言った表情になる亮牙。勝手に他所の世界の自分達を巻き込んでおきながら、何の罪悪感もないどころか「自分達は助けられて当然」と言った態度の聖教協会やハイリヒ王国には腹が立ったし、ハジメが錬成師だと分かると無能呼ばわりしていた時には皆殺しにしてやろうかと真剣に考えた程だ。

 おまけに王国の料理ときたら、無駄に豪勢だが味は個人的に言って最悪。如何にも悪徳貴族が食ってそうな甘ったるい味付けや脂っこい料理ばかりで、とても毎日食えたものじゃなかった。ハジメも同じ気持ちなのか、苦笑いとなる。

 

「とまあそんな感じで、予想外な展開にはなっちまったが、なんだかんだでお前らと会えたのは良かったと思ってるよ。だから、あの日をやり直したいとは全く感じないな」

 

 そう言いながら亮牙は、隣を歩いているシアの耳を優しく撫でた。

 この旅は待ち受ける戦いに備えてのものだが、生き別れた盟友達とも再会できたし、何よりこんな素敵な恋人が出来た。今はとても充実した毎日を送る事が出来ている。

 そんな彼の様子に、シアも優しく微笑みながらギュ〜と亮牙を抱き締め、ストレイフとスラッグも安堵したように笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホルアドの町は、直ぐ傍にレベル上げにも魔石回収による金稼ぎにも安全マージンを取りながら行えるオルクス大迷宮があるため、冒険者や傭兵、国の兵士がこぞって集まり、そして彼等を相手に商売するため多くの商人も集まっていることから、常時、大変な賑わいを見せている。当然、町のメインストリートといったら、その賑わいもひとしおだ。

 そんな周囲の人々の視線を無視しながら、マキシマル一行はようやく冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。ハジメは相変わらずミュウを肩車したままだ。他の町のギルドと違い金属製の扉を亮牙が開けると、重苦しい音が響き、それが人が入ってきた合図になっているようだ。

 前回、亮牙とハジメがホルアドに来たときは、冒険者ギルドに行く必要も暇もなかったので中に入るのは今回が初めてだ。ホルアド支部の内装や雰囲気は、ハジメが最初に抱いていた冒険者ギルドそのままだった。

 壁や床は、ところどころ壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かのシミがあちこちに付いていて不衛生な印象を持つ。内部の作り自体は他の支部と同じで入って正面がカウンター、左手側に食事処がある。しかし、他の支部と異なり、普通に酒も出しているようで、昼間から飲んだくれた中年オヤジどもがたむろしていた。二階部分にも座席があるようで、手すり越しに階下を見下ろしている冒険者らしき者達もいる。二階にいる者は総じて強者の雰囲気を出しており、そういう制度なのか暗黙の了解かはわからないが、高ランク冒険者は基本的に二階に行くのかもしれない。

 冒険者自体の雰囲気も他の町とは違うようだ。誰も彼も目がギラついていて、ブルックのようなほのぼのした雰囲気は皆無である。冒険者や傭兵など、魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が自ら望んで迷宮に潜りに来ているのだから気概に満ちているのは当然といえば当然なのだろう。

 しかし、それを差し引いてもギルドの雰囲気はピリピリしており、尋常ではない様子だった。明らかに、歴戦の冒険者をして深刻な表情をさせる何かが起きているようだ。

 マキシマル一行がギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉に彼ら八人を捉えた。正史ならミュウはその眼光のあまりの鋭さに怯えてしまうのだが、今の彼女の仲間には人相の悪い暴れん坊三人が仲間にいるので、目の前の中年オヤジどもには何一つ恐怖を感じていなかった。

 冒険者達は、美女・美少女に囲まれた亮牙やハジメ達に、色んな意味を込めて殺気を叩きつけ始めた。一部は血気盛んな、あるいは酔った勢いで席を立ち始めた。その視線は「ふざけたガキ共をぶちのめす」と何より雄弁に物語っており、このギルドを包む異様な雰囲気からくる鬱憤を晴らす八つ当たりと、単純なやっかみ混じりの嫌がらせであることは明らかだ。

 亮牙達は単なる依頼者であるという可能性もあるのだが、どいつもこいつも既にそのような考えは持っていなかったらしい。取り敢えず話はぶちのめしてからだという、単純極まりない考え方でマキシマルの方へ踏み出そうとした。それがどれだけ愚かな判断かも知らずに…。

 

「おいクソガ「邪魔だ」ひでぶっ!!?」

「「「「「!!?」」」」」

 

 そのうちの一人、20階層をクリアした紫ランクの冒険者アテウ・マデスがマキシマル一行に近づいた瞬間、亮牙のパンチがその顔面に直撃した。某ガキ大将の必殺「ジャイ○ンパンチ」の如く、アテウの顔面は一瞬で陥没し、全ての歯が砕け散った挙句そのまま後ろに吹き飛び、壁に上半身がめり込んだ。一応生きてはいるようで、足は死にかけの虫のようにピクピクと動いている。名前通りの当て馬っぷりだ。

 その容赦ない一撃は、先程までマキシマルを睨みつけていた冒険者達は、一瞬で全員が凍りついた。誰もがあんぐりと口を開け、呆然とした表情で亮牙達を見ている。

 

「ぐりみぃ!いじわるしたらめっ、なの!」

 

 ハジメに肩車されて亮牙と同じくらいの目線になったミュウが、ペシペシと彼の頭を叩いた。そんなシュールな光景に誰もがポカンとなる。

 

「俺は良いの。俺悪い子だから」

「んみゅ!ぐりみぃ、良い子にならなきゃだめなの!」

「良いも〜んだ、みのも〜んた」

「「ガキかお前は」」

「ご、ご主人様〜?出来れば妾も一発…」

「黙ってろ気色悪りぃ。口を縫い合わすぞ」

「はぅぅぅんっ♡」

 

 最早先程人一人を殴り倒した事など何でもないかのように、ミュウに軽口を叩いて揶揄う亮牙に、呆れたストレイフとハジメのツッコみが入る。ティオが自分もやってほしいなどと曰うが、容赦ない口撃に興奮する。

 呆気に取られている冒険者達達を無視して、マキシマル一行はカウンターへと歩いて行き、たどり着いたカウンターの受付嬢に要件を伝えた。

 ちなみに受付嬢は可愛かった。ハジメと同じ年くらいの明るそうな娘だ。テンプレはここにあったらしい。もっとも普段は魅力的であろう受付嬢の表情は、先程の惨劇を見たからか緊張でめちゃくちゃ強張っていたが。

 

「此処の支部長はいるか?フューレン支部のイルワ・チャング支部長から手紙を預かってる。本人に直接渡してくれとの事だ」

 

 そう言いながら亮牙はステータスプレートを受付嬢に差し出した。受付嬢は緊張しながらも、プロらしく居住まいを正してステータスプレートを受け取った。

 

「は、はい。お預かりします。え、えっと、フューレン支部のギルド支部長イルワ・チャング様からの依頼、ですか?」

 

 普通、一介の冒険者がギルド支部長から依頼を受けるなどということはありえないので、少し訝しそうな表情になる受付嬢。しかし、渡されたステータスプレートに表示されている情報を見て目を見開いた。

 

「き、金ランク⁉︎」

 

 冒険者において金のランクを持つ者は全体の一割に満たない上、金ランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられるので、当然、この受付嬢も全ての金ランク冒険者を把握しており、亮牙の事など知らなかったので、思わず驚愕の声を漏らしてしまった。

 その声に、ギルド内の冒険者も職員も含めた全ての人が、受付嬢と同じように驚愕に目を見開いて亮牙達を凝視し、建物内がにわかに騒がしくなった。受付嬢は自分が個人情報を大声で晒してしまったことに気がついて、サッと表情を青ざめさせると、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。

 

「も、申し訳ありません!本当に、申し訳ありません!」

「別にいい。さっさとしろ」

「は、はい!少々お待ちください!」

 

 放っておけばいつまでも謝り続けそうな受付嬢に、ぶっきらぼうにそう告げる亮牙。最早隠す必要もないので、先ほども容赦なくアテウ・マデスを殴り倒したのだ。

 先程まで呆気に取られていた冒険者達は、目の前の相手が金ランク冒険者だと知り、誰もが「アイエエエ…」等と震え上がっていた。そして全員が、下手な真似してアテウの二の舞にならなくて良かったと、内心安堵していた。

 マキシマル一行はそのまま待機していたが、注目されることに慣れていないミュウが、居心地悪そうなので全員であやした。ティオのあやし方だけ情操教育的に悪そうだったので、亮牙が容赦なく拳骨をお見舞いしておいた。

 やがて、と言っても5分も経たないうち、ギルドの奥からズダダダッ!と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。何事だとマキシマル一行が音の方を注目していると、カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 ハジメはその人物に見覚えがあり、こんなところで再会するとは思わなかったので思わず目を丸くして呟いた。

 

「…遠藤?」

 

 

 

 

 




今回の下ネタは、アニメ12話でシュタイフを運転するシアのパンチラ&尻振りに悩殺された勢いで書きました(笑)

あれを見ちゃうとさ、本当にさ、
ムラムラします(`・ω・´)

後は『リベンジ』冒頭でサムの愛犬達の交尾シーンのオマージュのつもりでもあります。





感想、評価お待ちしております。


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獣害、襲来

今話では、みんな大好き深淵卿こと遠藤へのアンチがあります。

MCUでスパイダーマンのCVを担当した榎木淳弥氏が演じた遠藤ですが、原作でのハジメへのいじめに少なくとも加担していた事、それへの罪悪感や後ろめたさなど微塵も感じられない手のひら返しの態度とかで、どうも好きにはなれないキャラなのでアンチとしました。


「…遠藤?」

 

 ハジメの呟きに「!」と某ダンボール好きな傭兵のゲームに出てくる敵兵のような反応をする黒装束の少年、遠藤浩介は辺りをキョロキョロと見渡すと、目の前の8人組のうちの二人、亮牙とハジメに気がついた。遠藤から顔をマジマジと見つめられ、心底嫌そうな表情で顔を背けるハジメに、遠藤はまさかという面持ちで声をかけた。

 

「な、南雲に、灘、なのか…?」

「はぁ、そうだよ。見た目は少し変わったけど、正真正銘、南雲ハジメだよ」

 

 そうハジメは頬をカリカリと掻きながら、あまり関わりたくないなぁ、という態度で告げた。一方の亮牙は怪しむような目を遠藤に向けたまま黙っていた

 そんな彼らを上から下までマジマジと観察した遠藤は、地球にいた頃より逞しい体つきになり、顔の右半分に大きな火傷のような痕があるものの、顔の造形から南雲ハジメ本人だと確信した。亮牙に至っては瞳の色こそ変わっているが、外見はほぼ変化がなかったのですぐに彼だと分かった。

 

「お前ら、生きていたのか…」

「今、目の前にいるんだから当たり前でしょ」

「何かお前、少し変わったんじゃないか…?前より見た目とか雰囲気とか若干逞しくなってるし…」

「奈落の底から自力で這い上がってきたんだ。嫌でも変わらざるを得なかった」

「そ、そういうものかな?いや、でも、そうか…。ホントに生きて…」

 

 あっけらかんとしたハジメの態度に困惑する遠藤だったが、それでも死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵したように目元を和らげた。

 いくらハジメが香織に構われていることに他の男と同じように嫉妬の念を抱いていたとしても、また檜山達のハジメに対するイジメを見て見ぬふりをしていたとしても、流石に死んでもいいなんて恐ろしいことは思ってないつもりだ。亮牙の方も光輝達に賛同して凶悪な奴というレッテルを貼っていたし、ハジメ程ショックには感じなかったものの、流石にハジメと同様に彼の死も衝撃を与えた。

 だからこそ遠藤は、純粋にクラスメイトの生存が嬉しかったのだ。

 すると、さっきから黙って遠藤を見ていた亮牙がハジメに話しかけた。

 

 

 

 

 

「おいハジメ、誰だこのモブキャラは?こんな知り合いいたか?」

 

 

 

 

 

「「え?」」

 

 そう言われたハジメと遠藤はキョトンとなる。やがてハジメが呆れたように肩をすくめると、親友に目の前の少年について説明し始めた。

 

「あ〜、亮牙?覚えてないの?遠藤だよ遠藤。クラスメイトの遠藤浩介」

「こんな何処にでもいるようなモブキャラなんぞ、俺の記憶にはない。お前の勘違いじゃないのか?」

「いやいや、うちのクラスじゃある意味有名人だったじゃん。影の薄さランキング生涯世界一位で」

「煩せぇよ!誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時か消えそうな男だ!自動ドアくらい三回に一回はちゃんと開くわ!」

「いやそこまで言ってないから…。てか三回中二回は開かないのか…」

 

 思わずカッとなって自虐しながら怒鳴る遠藤に、ハジメは呆れるが、やはり亮牙は覚えてないらしい。清水の事は朧げながら覚えていたのだが、遠藤の影が薄過ぎるあまり、元から親しい人間以外に関心を持っていなかった事もあって、覚えようともしていなかったようだ。

 

「やはり記憶にないな。お前みたいに居ても居なくてもどうでも良さそうな奴なんぞ、俺にとっては覚える必要がなかった。それだけの話だ」

「腹立つ奴だなお前…。っていうかお前ら、冒険者してたのか?しかも『金』て…」

「まぁ、僕らも僕らで色々やる事があったからね」

 

 亮牙の毒舌に怒りを覚える遠藤だったが、ハジメの返答を聞いてその表情は、クラスメイトが生きていた事にホッとした様子から切羽詰ったような表情にガラリと変わった。改めてよく見てみると遠藤がボロボロであることに気がつく亮牙達は、一体何があったんだと内心首を捻った。

 

「…つまり、迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いってことだよな?…まあ南雲はともかく、灘の場合は何の天職もなしにベヒモス倒せるんだし当然か?」

「だったら何だ」

 

 遠藤の真剣な表情でなされた確認に、ぶっきらぼうながらも肯定の意を亮牙が示すと、遠藤は彼とハジメに飛びかからんばかりの勢いでつかみ掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。

 

「なら頼む!一緒に迷宮に潜ってくれ!早くしないと皆死んじまう!一人でも多くの戦力が必要なんだ!健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ!頼むよ、二人とも!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!いきなり何だよ⁉︎状況が全くわからないんだけど!死んじまうって何なんだよ。天之河君がいれば大抵何とかなるんじゃない?」

「またメルド・ロギンスの指示を無視して馬鹿でもやらかしたか?つくづく救いようがねぇなテメェら…」

 

 普段目立たない遠藤のあまりに切羽詰った尋常でない様子に、ハジメは困惑した。亮牙の方は鬱陶しそうな表情で、またあの時の檜山や迷惑カルテットみたくメルドの命令を無視して大惨事を引き起こしたのか問い返した。

 すると、遠藤はメルドの名が出た瞬間、ひどく暗い表情になって膝から崩れ落ちた。そして、押し殺したような低く澱んだ声でポツリと呟いた。

 

「…んだよ」

「あ?聞こえねぇよ。はっきり喋れ」

「…死んだって言ったんだ!メルド団長もアランさんも他の皆も!迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ!俺を逃がすために!俺のせいで!死んだんだ!死んだんだよぉ!」

「「…そうか」」

 

 癇癪を起こした子供のように「死んだ」と繰り返す遠藤に、亮牙もハジメもただ一言、そう返した。

 ハジメの天職が非戦系である事、そして何より亮牙が聖教教会とハイリヒ王国を一切信用してない事もあって、二人とメルドとの接点はそれほど多くなかった。しかし、それでもメルドが少なくとも善人であったことは覚えていた。

 そんな彼が死んだと聞かされれば、奈落から出たばかりの頃なら二人とも「あっそ」で終わらせたかもしれないが、今は少しばかり哀れみを感じていた。あんな腐敗した国に仕えたばっかりに、こんなガキ共なんぞに希望を託してしまったばっかりに非業の死を遂げたメルドを…。

 

「それで?何があったのさ?」

「それは…」

 

 尋ねるハジメに、遠藤が膝を付きうなだれたまま事の次第を話そうとすると、しわがれた声による制止がかかった。

 

「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」

 

 声の主は、60歳過ぎくらいのガタイのいい、左目に大きな傷が入った迫力のある男だった。その眼からは、長い年月を経て磨かれたであろう深みが見て取れ、全身から覇気が溢れている。

 

「何だテメェはバカヤロー」

「ここの支部長ロア・バワビスだこのヤロー」

 

 そんな強面の男に対して容赦なく失礼な問いかけをする亮牙。対してその男、ロア・バワビスは気にした様子もなく、ノリの良い感じで答えた。

 ハジメはロアを見た瞬間、先程の受付嬢が傍にいることからも彼がギルド支部長だろうと予測していたが、それは当たっていた。そして、遠藤の慟哭じみた叫びに再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この場で話をするのは相応しくないだろうと判断し大人しく従う事にした。

 おそらく、遠藤は既にここで同じように騒いで、勇者組や騎士団に何かがあったことを晒してしまったのだろう。ギルドに入ったときの異様な雰囲気はそのせいだ。

 ロアは遠藤の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。遠藤はかなり情緒不安定なようで、今はぐったりと力を失っていた。きっと話の内容は碌な事じゃないんだろうなと嫌な予想をしながら、マキシマル一行は後を付いていった。

 そんな彼らを密かに見下ろす者がいた。遠藤に張り付いて地上まで上がってきたインセクティコンだ。この小さなディセプティコンは、遠藤がギルドに辿り着いた瞬間に密かに離れて天井に張り付くと、未だ迷宮にいる援軍のために信号を発し続けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、オルクス大迷宮の5階層を冒険者の一団が探索していた。彼らは地上の喧騒など知る由もない。彼らとすれ違って地上へ上がっていった遠藤に対しても、その影の薄さから全く気づいていなかった。

 突如、地面が揺れ始め、ドスドスと何かの足音が聞こえ始めた。冒険心達は一瞬動揺しつつも、魔物の襲来かと思い身構える。足音はどんどん近づいてくる。

 やがて迷宮の奥から、2体の巨獣が猛スピードで突進してきた。あまりの巨体とスピードに、冒険者達は応戦する間も逃げる余裕もなく、まるで地を這う蟻の如く踏み殺されてしまった。巨獣達はそんな哀れな犠牲者達に気付きもせず、地上目指して駆け抜けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔人族に、正体不明の敵、ね…」

 

 冒険者ギルド・ホルアド支部の応接室に、ハジメの呟きが響いた。対面のソファーにホルアド支部の支部長ロアと遠藤が座っており、遠藤の正面にハジメと亮牙が座っている。ハジメの右側にユエとスラッグが、亮牙の左側にシアとティオとストレイフが並んで座っている。ミュウは、ハジメの膝の上だ。

 遠藤から事の次第を聞き終わったマキシマル一行の第一声が、先程のハジメの呟きだった。魔人族の襲撃に遭い、更には未知の敵まで現れて、勇者パーティーは死者まで出て窮地にあるというその話に、遠藤もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。

 …のだが、ハジメの膝の上のミュウと右端に座るスラッグが、モシャモシャと頬をリスのよう膨らませながらお菓子を頬張っているため、イマイチ深刻になりきれていなかった。

 ミュウにはハジメ達の話は少々難しかったようだが、それでも不穏な空気は感じ取っていたようで、不安そうにしているのを見かねてハジメがお菓子を与えておいたのだ。それに食いしん坊なスラッグが便乗した形だ。亮牙に至っても、ギルド職員が出したお茶を呑気に飲んでいる始末だ。

 やがて自分の分を食べ尽くしてしまったスラッグは、まだミュウが全部食べ切れていないことに気づくと、横から手を伸ばしてそのお菓子を全部掠め取って口いっぱいに頬張った。ミュウは「んみゅ⁉︎」と叫ぶと、やがてウルウルと瞳を潤ませてハジメに抱きついた。

 

「おやぷんがミュウのお菓子取った〜!!!」

「ワハハハハ!俺スラッグ、ミュウが食べるの遅いのが悪い!」

「「「「「「スラッグ(さん/殿)!!!」」」」」」

 

 泣き出すミュウに大人気なく憎まれ口を叩いて揶揄うスラッグに、残る六人が雷を落とす。一番隣にいたユエが、代表して彼の手を叩いた。

 空気を読むどころか、場の雰囲気を壊すような彼ら8人に、遂に耐え切れなくなった遠藤がビシッと指を差しながら怒声を上げた。

 

「いい加減にしろよ!何なんだよ、お前ら!何で呑気に菓子食って茶なんか飲んでんの⁉︎状況理解してんの⁉︎みんな、死ぬかもしれな……熱ぃっ!!?」

 

 だがその怒声は途中で途切れた。亮牙が自分のカップのお茶を遠藤にぶっかけたからだ。亮牙の熱で通常より熱くなったお茶をかけられ、遠藤の悲鳴が上がる。

 

「モブキャラ風情が偉そうに俺らに指図するな。その喉掻っ切って永久に黙らせるぞ?」

「ひぃっ!!?」

 

 睨みつけながらそう脅してくる亮牙に、文句を言おうとした遠藤は忽ち悲鳴を上げて浮かしていた腰を落とした。隣ではハジメが未だ泣いているミュウをあやしており、もうすっかり父親のようだ。左端ではストレイフが「どうしてグリムロックもスラッグもこう大人気ないんだ…」と呆れていた。

 ソファーに倒れこみガクブルと震える遠藤を尻目に、ミュウを宥めるハジメと呑気に欠伸をする亮牙に、呆れたような表情をしつつもロアが埒があかないと話に割り込んだ。

 

「さて、亮牙にハジメ。イルワからの手紙でお前らマキシマルの事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」

「全部成り行きだ。好きでやったわけじゃねえ」

 

 成り行き程度の心構えで成し遂げられる事態では断じてなかったのだが、ぶっきらぼうにそう告げる亮牙に、ロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。

 

「手紙には、お前らの金ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな…。たった数人で六万近い魔物の殲滅と、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅…。にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん…。もう、お前が実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」

 

 ロアの言葉に、大きく目を見開いて驚愕をあらわにする遠藤。自力でオルクス大迷宮の深層から脱出した亮牙とハジメの事を、それなりに強くなったのだろうとは思っていたが、それでも自分よりは弱いと考えていたのだ。

 何せハジメの方は非戦系職業の錬成師で元は「無能」と呼ばれていたし、亮牙の方も既にベヒモスを討伐した事から自分達は彼を追い越していると考えていたからだ(単身魔法もなしに倒した亮牙と違い、自分達は全員で魔法を使った連携の末に倒した事など気づかずに)。

 それに金ランクと言っても所詮は異世界の冒険者の基準であるから、自分達召喚された者とは比較対象にならす、精々破壊した転移陣の修復と、戦闘のサポートくらいなら出来るだろうくらいの認識だったのだ。

 元々、遠藤が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらうためだった。もちろん、深層まで連れて行くことは出来ないが、せめて転移陣の守護くらいは任せたかったのである。駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告などやらなければならないことがあるし、何より、レベルが低すぎて精々30層の転移陣を守護するのが精一杯だった。70層の転移陣を守護するには、せめて銀ランク以上の冒険者の力が必要だったのである。そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、2階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだ。

 だが、人間族の希望たる勇者一行が4人も死亡して窮地である上に、騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は70層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延したのである。そして騒動に気がついたロアが、遠藤の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、マキシマル一行のステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできたというわけだ。

 そんなわけで遠藤は、自分が亮牙とハジメの実力を過小評価していたことに気がつき、もしかすると自分以上の実力を持っているのかもしれないと、過去の二人と比べて驚愕しているのである。そうしている間も、ロアと亮牙の話は進んでいった。

 

「魔王だぁ?寝言は寝て言え。俺達全員、そんな雑魚よりもっと強いぞ」

「ふっ、魔王を雑魚扱いか?随分な大言を吐く奴だ…。だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルド・ホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」

「あ?何をだよ?」

「察しなよ亮牙…。勇者達の救出ですね?」

「そ、そうだ!灘に南雲!一緒に助けに行こう!お前達がそんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」

 

 ミュウをあやしながらそう問いかけるハジメの「救出」という言葉を聞いて、ハッと我を取り戻す遠藤。見えてきた希望に瞳を輝かせると、身を乗り出しながら、亮牙達に捲し立てた。だが…

 

「「……」」

「な、何だよその嫌そうな顔は⁉︎」

 

 当の亮牙とハジメは、某海賊漫画に登場する侍の如く、心底嫌そうな顔をするだけだった。

 遠藤は当然、亮牙とハジメが一緒に救出に向かうものだと考えていたので、即答しないことに困惑した。

 

「どうしたんだよ!今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ!何を迷ってんだよ!仲間だろ!」

「…仲間だと?」

「あ、ああ。仲間だろ!なら、助けに行くのはとうぜ…」

 

 ヒートアップする遠藤を冷めた目で睨み返す亮牙とハジメ。二人の瞳に宿る余りの冷たさに思わず身を引く遠藤は、先程の殺気を思い出し尻込みするが、それでも貴重な戦力を逃すわけにはいかないので半ば意地で言葉を返した。それをハジメと亮牙は鼻で笑った。

 

「…今まで散々好き放題見下して忌み嫌ってた癖に、都合の良い時だけ手のひら返して仲間面するのはやめてよ。はっきり言うけどさ、僕達が君達にもっている認識は唯の『同郷』の人間程度であって、他人も同然なんだよ」

「なっ⁉︎そんな…。何を言って…」

「そもそも、あんな真似をしておいて、助けて貰えると思ってるのか?生憎俺達はそんな聖人君子じゃない。つくづくおめでたい奴らだな」

「あんな真似?一体お前ら、何があったんだ?」

「ご存知ないんですかロア支部長?そもそも僕達がオルクスの底から自力で脱出する事になったのは、勇者一行の一人・檜山大介に突き落とされたからです」

「「!!?」」

 

 二人の予想外に冷たい言葉に狼狽する遠藤。だが話を聞いていたロアが聞き捨てならない言葉を問いただすと、ハジメはそもそもの元凶である檜山の所業を暴露した。それを聞き、ロアは勇者一行が仲間を殺そうとした事に、遠藤はあの事件の真相が明かされた事に、それぞれ戦慄する。

 

「あ、彼奴が犯人だったのか…⁉︎で、でも!檜山ならもう敵に殺された筈だ!既に報いは受けたよ!俺達は関係ないだろ⁉︎」

「関係ない?そもそもあんな事態になったのは、檜山がメルド団長の警告無視してトラップ発動させたのが原因じゃないか。それだけでも罰するべきだったのに、君達は奴の土下座一つで簡単に許したそうじゃないか」

「そ、それは…」

「誤魔化すなよ。どうせテメェらにとっちゃ、俺もハジメも死んでも構わない存在だったから、そんな簡単に片付けたんだろ。むしろ俺達が死んでくれて、大喜びだったんじゃないのか?」

「うっ…」

 

 ハジメと亮牙の皮肉たっぷりな言葉に、遠藤は反論できなかった。

 仮に檜山が故意に魔法を亮牙にぶつけてなかったり、奇跡的に死者が出なかったにしても、あの事態を引き起こした時点で過失傷害罪か過失致死罪にあたる。それを自分達は光輝が許すからと、土下座一つで簡単に奴を許した。今落ち着いて考えてみれば、自分が被害者だったら巫山戯るなと怒り狂うだろう。

 あの後犯人探しもせず、亮牙がハジメを道連れにした自業自得で片付けてしまったのも、自分が犯人かもしれないのが怖かった以上に、心の何処かで2人の死を「ざまあみろ」とでも思っていたのかもしれない。そんな事はないと言い聞かせたかったが、メルドの「光輝以外を切り捨てる」苦渋の決断を聞いた後では、中々自己弁護できなかった。

 そんな遠藤の内心など知ったことかと言わんばかりに亮牙の指摘は続く。

 

「そもそも俺もハジメも先生も、この世界に来た頃から散々指摘した筈だ。戦争とは命の奪い合い。幾らこの世界の大抵の連中より強くても、不死身じゃない以上殺されるかもしれないってな。その警告を無視して、年寄りや妊婦に席譲る感覚で戦場に立つ道を選んだのは、一体何処のどいつだ?」

「あ、あれは天之河達が言うから!それに地球に帰るにはこの世界を救わないと…!」

「確かに煽動したのは奴らだが、ホイホイ従って自分の命を捧げる選択したのはテメェら自身だろうが…。それに俺達は攫われた被害者。考えて交渉すれば戦場に立つ必要もなかった筈だ」

 

 危険な手段を選ぶよう唆した光輝達が悪い、と反論しようとした遠藤だが、そんなの言い訳にはならない。最終的にそれに賛同し、戦うという選択を選んだのは他ならぬ遠藤達だ。亮牙の言う通り、もう少し注意して選択していれば、安全な道も取れた筈だ。

 

「大体先生に会って聞いたが、俺達が突き落とされた後、先生の尽力で戦場から離れられるチャンスは得た筈だ。だけどテメェら15人はそのチャンスを手放し、戦う道を選んだ。…大方、あんな子ども大人に泣きつかなくても、自分達で何とか出来るって思ってたんだろ?」

「ち、違っ⁉︎俺達は愛ちゃん先生をそんな風に見下しては…!」

「見下してたから今日の今日まで、あの人に従わずに好き勝手やってたんだろうが…。大体、他人を救う立場に立っておきながら助けを求めるなんざ、聞いて呆れる。冒険者どもが依頼を拒んだのも、そんな情けないお前らに失望したからだろうさ」

 

 亮牙達が愛子と再会していた事に驚く遠藤だが、それよりも亮牙の容赦ない言葉が心にグサリと突き刺さる。

 愛子はこの世界に来てから散々、自分達生徒が他所の世界の戦争に巻き込まれる事に反対し、亮牙達の一件があってからは必死に尽力して、皆を戦争から引き離そうとしてくれた。けれど結局、遠藤達は彼女ではなく光輝について行く道を選んだ。口ではいくら否定しても、心の底で愛子を頼りないと見下していたに違いない。

 そもそも世界を救う立場の人間が、ピンチに陥ったから助けて欲しいなんて、まさにミイラ取りがミイラになったようなものだ。冒険者達の苛立っていた理由も分かる。散々自分達が世界の救世主だと持て囃されときながら、結局は何の役にも立たないただのカカシだったと知れば、失望と怒りを抱くのも無理はないだろう。

 

「以上が僕達が君達を助けに行きたくない理由だ。すみませんがロア支部長、先程の依頼は断らせて頂きます」

「そうか…。残念だ」

「まあ悲しむ事はねぇよ。テメェらみてえなモブキャラでも、戦って死んだとなれば、教会も王国も名誉の死と褒め称えてくれるさ。それじゃお前ら、行くぞ」

「ま、待ってくれ二人とも!頼むから見捨てないでくれ!」

 

 ハジメの丁重な断りにロアは残念そうな顔をし、皮肉を述べながら席を立とうとする亮牙を、遠藤は必死に引き止めようとした。

 

ドォォォォォォォン!!!

 

 すると突如として、ギルドの外から何かが破壊される音が響き渡った。続いて多くの怒声や悲鳴、更に獣の唸り声が聞こえてくる。

 部屋にいた皆が何事かと身構える中、先程の受付嬢が大慌てで部屋に駆け込んできた。その顔からは血の気が引き、完全に青ざめてしまっていた。

 

「支部長!大変です!」

「何だ⁉︎一体、外の騒ぎは何だ⁉︎」

 

 只事ではないと悟ったロアが問いただすと、受付嬢は直ぐに何が起きているのかを伝えた。

 

「見た事もない新種の魔物が迷宮から這い出してきて、町を襲っています!」

 

 

 

 

 




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Maximals!Roll out!

また緊急事態宣言の延長、もう一体どうなっちゃうのやら…。

今話は久々に短くなりました。襲来者については次回、更に掘り下げたいと思います。


 オルクス大迷宮の入り口では現在、普段とは違い多数の衛兵と、そこそこ実力のある傭兵・冒険者達が待機していた。遠藤から魔人族襲来の知らせを受けたギルドが、万一に備えて見張りとして待機させていたのだ。彼らは皆、勇者一行が自力で脱出してくるか、若しくは魔人と配下の魔物達が這い出して来ないか、警戒しながら見張っていた。

 突如として、迷宮内から悲鳴が上がると共に、ドスドスと何かが近づいてくる足音が響いた。どんどん大きくなってゆくその音に、見張りの者達は身構えた。

 やがて迷宮の闇から、二つの黄色に輝く光が見えた。明らかに緑光石の光でも松明の炎でもない。生物の目の輝きだ。見張りは一斉に魔法を放とうとするが…

 

「チャクバラ〜イ!!!」

「「「「うわぁああああああっ!!?」」」」

 

 その生き物は、彼らが魔法を放つより先に迷宮から地上へと飛び出した。その桁外れの巨体と異形な姿を見て、見張りの者達は誰もが驚愕した。

 その生き物の姿は、一言で言い表すなら狼だ。但し、その全長は少なくとも20mは超えており、体高も3階建ての建物くらいはある。おまけに前足は猛禽の足のように鋭い鉤爪が生えており、肩からは折り畳まれてはいるが鳥のような翼が生えている。明らかに通常の狼とは異なる異形の存在だ。

 狼は目の前の見張り達を飛び越えると、彼らには目も暮れずホルアドの街へと駆け出した。何事かと遠巻きに眺めていた町民達は一転悲鳴を上げると、蜘蛛の子を散らすように逃げて行くが、狼は容赦なくそうした人々を踏み潰し、鋭い牙の生えた巨大な顎で喰らいついた。

 

「ッ⁉︎ボーとするなお前ら!早くあの化け物を止めるぞ!」

 

 見張りの者達は呆気に取られていたが、やがて衛兵の一人がハッとなると声を荒げた事で、他の衛兵や冒険者達も慌てて狼を止めようと攻撃態勢に入った。

 だが、彼らは狼に気を取られ、迷宮からまだ這い出して来る者に気づいていなかった。

 

「ぎ〜ちょんぎ〜ちょんぎっちょんちょん!!!」

「なっ⁉︎グワー!!!」

「アイエエエッ⁉︎」

「グギャアアア⁉︎」

「こ、こんなの割に合わねぇ⁉︎相手に出ひぎぃっ!!?」

 

 更に迷宮から這い出してきたのは、全長30mにもなる、毒々しい体色の巨大な蠍だった。但しその鋏脚はどことなく蛇の顎に似た形状となっており、尾の先端に至っては毒針ではなく、巨大なコブラの頭となっていた。

 狼に気を取られた見張り達は完全に不意を突かれた。号令をかけようとした衛兵はその鋏脚で上下真っ二つに切り裂かれ、ある者は同じような末路を遂げ、またある者はその尾に噛みつかれ、一口で飲み込まれてしまった。

 その内の一人、報酬目当てで見張りを引き受けた冒険者は、命惜しさに逃げようとするが、突如としてエネルギーの塊が直撃し、一瞬で焼き尽くされて骨と化した。犯人は蠍の背に乗りながら、片手にブラスターを構えたドレッドボットだ。

 

「さあ思う存分暴れろ‼︎ジェットストームにクイックストライク!この町の猿どもを殺し尽くせ!!!」

 

 歪んだ笑みを浮かべながらそう叫んだこのディセプティコンは、乗っていた蠍・クイックストライクから降りると、自分もまた殺戮を楽しむ為に駆け出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見た事もない新種の魔物が迷宮から這い出してきて、町を襲っています!」

「何だと!!?」

 

 慌てて駆け込んできた受付嬢からの報告に、ロアは驚愕の声を上げる。魔物が迷宮から這い出して地上を襲うなど、今までにない事態だ。

 

「それで⁉︎現在の状況はどうなってる⁉︎」

「は、はい!這い出して来たのはそれぞれ狼と蠍に似た2匹で、迷宮の入り口に配置させた見張りは全滅、現在町内を侵攻中です!それと、まるで意思のあるようなゴーレムも一体いるとの事です!」

「え…」

 

 意思のあるゴーレム、という受付嬢の報告を聞き、遠藤の顔が青ざめる。

 

「そ、そんな…何で奴等が…」

「どう考えてもテメェの後をつけて来たに決まってるだろうが」

 

 血の気が引いた顔でそう呟く遠藤に、亮牙が怒りを滲ませながらそう答えた。そう言われた遠藤は狼狽えながらも反論しようとする。

 

「で、でも、あの時奴は俺を見せしめに見逃すって…」

「そんなの嘘に決まってるだろうが!全部テメェを使って地上へのルートを確保するためだったんだよ!まんまと敵の策略にかかりやがって!」

「そ、そんな…!俺はみんなを助けるために…!」

「何が皆を助けるだ!救う立場にありながら守るべき連中を危険に晒しやがって!戦うと決めたのなら潔く玉砕すれば良かったものを!」

「俺の、俺のせいじゃない…」

 

 亮牙から容赦なくそう一蹴され、遠藤はその場に膝から崩れ落ちると、頭を掻きむしりながら「違う…違う…」と何度も壊れたラジオのように呟いた。

 亮牙はそんな遠藤にはもはや見向きもせず、仲間達に振り返った。彼もマキシマル一行も、外が騒がしくなって来た時点で、何が起きたのかすぐに悟り、どうするかを考えていた。

 皆の顔から考えは同じである事を悟ると、亮牙はロアに振り返った。

 

「バワビスとか言ったな。さっきの依頼についてだが、条件ありで考えてやってもいい」

「何⁉︎本当か⁉︎」

「ああ、どの道こんな状況じゃ出発は出来そうにない。それに、魔人族共の同盟者に心当たりがあるからな…。だが、あくまで依頼として引き受けるだけだぞ」

「上の連中に無条件で助けてくれるとは思われたくないからだな?分かった」

「…それと、引き受けるのはあくまで魔人族とその同盟者どもの掃討だ。みっともなく逃げ回ってこの事態を引き起こした勇者どもを助けるつもりは一切ない」

「…仕方ない。それで手を打とう。案内だが、其奴は連れて行くのか…?」

 

 勇者一行を助けるつもりはない、という亮牙の言葉に、ロアは残念そうな表情となりながらも了承した。こんな事態となっている今は我儘を言ってる場合ではない。

 案内に必要では、という形で未だ項垂れている遠藤を指差すロアだが、亮牙はゴミでも見るような目をしながら鼻で笑った。

 

「必要ない。牢屋にでもぶち込んで、この事態を招いた責任でも取らせろ」

 

 そう告げると亮牙は最早遠藤には見向きもせず、仲間達に向き直り準備を整えようとした。

 唯一、ミュウのみは突然の事態が上手く飲み込めず、それでも外の様子がおかしい事を本能的に感じ取ったのか、怯えた表情でハジメにギュ〜と抱きついており、ハジメが優しく宥めていた。

 

バァァァァァァンッ!!!

 

 すると突然、何かを突き破る音が聞こえた。音からして、ギルドのあの金属製の扉が突き破られた音だ。そこから更に、銃声らしき騒音や、冒険者達やギルド職員の悲鳴が響き渡る。

 

「ひうっ⁉︎パパぁ!」

「大丈夫、パパがいるから」

 

 怯えたミュウがハジメに抱きつく。ハジメはそんな彼女をあやしながらも、他の面々同様に身構えた。亮牙は嗅覚を研ぎ澄まし、乗り込んできた犯人が何者かを確かめた。

 

「この匂いは、あの時のチンピラディセプティコンか…」

 

 犯人の正体はすぐに分かった。この匂いの主はかつて、自分が仕留めたディセプティコンの一人の匂いだ。

 

「お前らは少し待ってろ。すぐに片付けてくる。安心しろミュウ、ぐりみぃがお外の悪〜い奴を懲らしめてやるからな」

 

 亮牙は未だハジメの腕の中で怯えているミュウの頭を優しく撫でると、部屋を出て侵入者をぶっ飛ばしに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マキシマル一行がロアに案内されて奥の部屋に入った後、ギルド内の冒険者達は静まりながら、彼らがどんな決断を下すのかを待っていた。支部長であるロアまで出て来た以上、勇者一行の救出と魔人族の討伐に関する話である事は、単細胞な荒くれ者達でも容易く予想が出来た。

 最初は気に食わないガキ共かと思っていたが、紫ランクのアテウ・マデスを虫けらのように瞬殺する実力者で、しかも全員金ランクとの事だ。あれだけ期待していた勇者一行が全く役に立たなかった以上、自分達がどうにか出来るとは思っておらず、その場にいる全員が最後の希望として、マキシマル一行が引き受けてくれるを願っていた。

 だがそうしているうちに、外が騒がしくなって来た。怒声や悲鳴が響き渡り、何かが起きたのは明白だ。冒険者達や職員達が何事かとざわめき出すと、市民の一人が顔を真っ青にして飛び込んできた。

 

「助けてくれ!見たこともねえ魔物が迷宮から這い出して来やがった!見張りについてた連中を皆殺しにして、街を襲ってやがる!」

「「「「「ッ!!?」」」」」

 

 その知らせに、誰もが騒然となる。魔物が大迷宮から這い出して来るなど、今までにない非常事態だ。

 マキシマル一行の受付を担当した受付嬢は、ロアにその知らせを伝えるべく急いで奥の部屋に駆け込み、他の職員達はその場にいた冒険者達に直ぐ様迎撃するよう指示を出した。普段なら荒くれ者の冒険者達は、そんな一銭の利益にもならないような真似などしないが、今はそんな場合ではないと、それぞれ武器を手に取り外へ出ようとした。

 

バァァァァァァンッ!!!

 

「「「「「ぎゃあああああっ!!?」」」」」

 

 次の瞬間、凄まじい勢いでギルドの扉が突き破られた。吹き飛ばされた金属製の扉に、最初に外に出ようとした冒険者達が下敷きになって悲鳴をあげる。

 扉を突き破り侵入したのは勿論、ドレッドボットだ。その場にいた人間の大半は侵入したのは魔物かと思っていたので、目の前に身長5mもの巨大なゴーレムが現れた事に唖然となる。しかしこのディセプティコンを前に、そんな隙を見せてはいけなかった。

 

「おらおら死ねぇ!!!」

 

 ドレッドボットは狂気に満ちた顔でそう叫びながら、腕から展開したブラスターを乱射し始めた。テーブルやカウンターが木っ端微塵に砕け散り、弾丸が直撃した冒険者や職員は断末魔の悲鳴をあげる暇もなく骨まで焼き尽くされていく。運良く銃弾から逃れた者達は悲鳴をあげるが、逃げようにも逃げ場所がない。

 

「フハハハハ!ボーンクラッシャーやモホークもこっちに来りゃ良かったのによぉ!こんなに楽しいゲームは久々だぜ!アヒャヒャヒャヒャ!!!」

 

 銃を乱射しながら、狂ったように笑い出すドレッドボット。その顔は狂気と悪意によって悍ましく歪んでいた。彼は前世において、ただ殺戮を楽しみたいがために地球で銀行強盗を繰り返し、大勢の命を奪って来た。その後人間達によって捕まったが、メガトロンの手によって釈放され、ディセプティコンの悲願達成とともに再び人間達を殺し回れる事実に内心歓喜していた。

 だがその喜びも束の間、彼はオートボットとの戦いで無惨に戦死するという末路を遂げた。自業自得と言える最期だったが、とある因果でこのトータスに転生した彼は、その時の鬱憤をこの世界で思う存分晴らそうと考えていた。

 モホークやボーンクラッシャーも自分と同様こうした殺戮は大好きなので、自分と共に地上に上がっていればこんなにも楽しいゲームが出来たのにな。一瞬そう考えたドレッドボットだが、今はただ思う存分人間を殺せる事か楽しくて、すぐにどうでも良くなって来た。

 この狂気に満ちたディセプティコンの惨劇は永久に続くと思われたが…

 

「よう、錆まみれのガラクタ野郎。遊びはそこまでだ」

「あぁ⁉︎誰が錆まみれ──ぐほぉぉぉっ!!?」

 

 突如侮辱の言葉を浴びせられ、ドレッドボットが声のした方を睨みつけた瞬間、奥の部屋から何かが飛び出して来て、そのまま彼の腹部に激突した。あまりの威力にドレッドボットはそのままギルドから吹き飛ばされ、口から吐血するかのようにオイルを吐き散らしながら向かい側の建物に激突した。

 

「ぐうぅっ…一体何だってんだ…⁉︎」

 

 あまりの激痛に顔を歪ませながらも、瓦礫の中から這い出したドレッドボットは、自分に攻撃して来た犯人の正体を見極めようとギルド内を睨みつけた。

 やがて扉の壊れたギルド内から出て来たのは、身長190cm程の人間の男だった。銀髪で瞳は自分達と同様に赤く輝き、見た限りではまだ若いが筋肉隆々のそりゃ物凄い大男だ。とは言え、ドレッドボットからすれば所詮唯の人間だ。

 

「はぁ⁉︎たかが人間風情が、この俺に挑もうってのか⁉︎」

 

 嘲笑いながらも、猛獣の鋭い牙を如く鋭い牙を見せつけて威嚇するドレッドボット。目の前の人間は確かに只者ではなさそうだが所詮は人間、すぐに返り討ちに出来ると見做していたのだ。

 

「ククク、今はこんな姿とは言え、俺が誰だか忘れちまったのか?」

「は?」

 

 対して目の前の人間がそう嘲笑いながら告げた事に、ドレッドボットはキョトンとなる。この猿は一体、何を意味不明な事をほざいているのだろうか?

 すると、その人間の赤い瞳がギラっと輝き、瞬く間に無数の金属が展開してその身体中を覆い始めた。やがてドレッドボットの目の前に現れたのは、全長40m・体高20m近くにもなる金属の恐竜であった。

 

「なぁっ!!?お、お、お前は!!?」

 

 ドレッドボットは驚きを隠せなかった。何せ彼にとって目の前の恐竜型ロボットは忘れたくても忘れられない存在だからだ。前世において、自分の命を奪った相手である、ダイナボット指揮官グリムロックだ。

 

「な、何でお前が此処にいるんだよ!!?」

「俺グリムロック、お前は知る必要ない」

 

 思う存分殺戮を楽しんで愉悦に浸っていた先程とは一転、絶望した表情で呪詛の声を上げるが、グリムロックはお構いなしだ。彼は巨大な顎を大きく開くと、眼下で震え上がっていたディセプティコンにガブリと噛み付いた。

 

「グギャアアアアッ!!!」

 

 周囲にドレッドボットの断末魔の叫びが響き渡った。グリムロックは更に活力を強めると、バキリ!と音を立てて完全にドレッドボットを噛み砕いた。4つの瞳から光が消えて、頭と手足が口から零れ落ちた。口の中に残った胴体も、そのまま肉の塊のようにグリムロックにゴクンと飲み込まれた。

 強盗兵ドレッドボット、前世と同様あまりにも呆気ない最期であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…匂いからして、暴れてるのは2匹、いや、何か別のも増えてるな…」

 

 ドレッドボットを食い殺した後、鼻をくんくんと鳴らしながら周囲の匂いを嗅ぐグリムロック。ディセプティコンはドレッドボットのみだったようでそれらしき匂いはもうしないが、代わりに嗅いだ事のない2匹分の生き物の匂いがする。恐らく、受付嬢の報告にあった新種だろう。

 だが、それに混じって更に別の匂いも漂ってきた。人間の死臭は先程からどんどん増えているが、この匂いはそれと混ざり合わさった更に別の生き物の匂いだ。一体、どういう事だろうか…?

 そう考えているうちに、他のマキシマルの面々がギルドから出てきた。グリムロックは一旦ロボットモードに戻ると、足元に転がるドレッドボットの頭を指差した。

 

「見ろ、此奴は昔俺がぶっ殺したディセプティコンのチンピラだ。この騒動はどうやらウルの時と同じく、ディセプティコン絡みで間違いないな…」

「成る程、道理で勇者一行が虫けら扱いされるわけだ…」

「ああ、今回は二手に分かれるぞ。地上に這い出た輩の対処はスラッグとストレイフに任せる。敵は報告にあった2体の他に、何か別の奴も増えてるみたいだから注意しとけよ」

「俺スラッグ、任せとけ!」

「ああ、俺も汚名返上したいからな」

「デカパイはミュウを守れ。ミュウ、すぐに悪者共を片付けてきてやるから、安心しな」

「承知したのじゃ」

「んみゅ、ぐりみぃ、気をつけてね」

「シアとユエは準備しろ。俺と共に迷宮に潜るぞ」

「はいですぅ!」

「ん、任せて」

「…最後にハジメ、お前はどうする?」

「僕…?」

 

 各々に指示を出したグリムロックから最後にそう問われ、キョトンとなるハジメ。

 

「迷宮に行くのは魔人族とディセプティコンの掃討が目的で、あのアホ共を救出するわけじゃない。とは言え、まだ奴らがしぶとく生きてやがったら、嫌でも再会することになる。地下を進む以上お前の助けが必要だが、お前は奴らに散々な目に遭わされてきたから、地上に留まった方がいいかと思ってな…」

「…僕は大丈夫だよ。彼らがディセプティコン相手に生きていられるとは思わないし、仮に生きていたとしても、今までの蹴りをつける良い機会だからね」

「…分かった。それじゃあお前も準備しろ。女性陣にはあれを渡してくれ」

「了解!ほらみんな、これを着て。ミュウも万が一があるから、これを着といてね」

 

 そう言うとハジメは、宝物庫から4着の鎧(うち一つは子ども用)を取り出した。どれも女性用でほっそりした、SFチックなフォルムが特徴だ。

 これはウルの町での戦いの後、今後ディセプティコンと戦う事になるだろうと想定して、ユエたち女性陣のためにとハジメが作ったバトルスーツ「アマゾン」だ。アザンチウム鉱石とオルクスの魔物の皮革を使っており、頑丈な上に軽快な動きを可能としている。

 一方のハジメも、人造トランスフォーマーを宝物庫から取り出して乗り込んだ。今回の機体はアイアンフィストやパイロとは異なる新たな機体だ。古代ギリシャの兜を彷彿とさせるモヒカン風の頭部に、黄色と紫色を基調としたカラーリング、右肩にカノン砲を装備し、右手は拳ではなく銛となっている。

 ハジメ作の人造トランスフォーマー第三号機「インパクター」だ!

 準備が整うと、ティオはミュウを連れてロアが用意してくれた部屋に避難し、スラッグとストレイフもロボットモードとなる。そしてグリムロックは再びビーストモードに変形すると、大きな声で号令をかけた。

 

Maximals(マキシマル)Roll out(出動)!」

 

 そして彼らは、それぞれの戦場目指して駆け出すのであった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・インパクター
 ハジメがミュウ救出からひと段落した後に作り上げた人造トランスフォーマー第三号機。火力重視で考え、戦車に変形する。
 ロボットモードは他の2台よりパワフルで、右腕の銛(ハープーン)と右肩のカノン砲が武器となっており、特に銛は射出式で敵を貫く他、チェーン部分がワイヤーカッターのようになっており、絡め上げた敵を切り裂くことも出来る。
 モデルはアメコミでレッカーズの隊長として人気を博し、『ウォー・フォー・サイバトロン・トリロジー』でも『シージ』で大活躍したインパクターから。作者もNetflix版の玩具を購入している。





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巨獣大乱闘

スタジオシリーズ86のグリムロックとキングダムのサイクロナス、両方とも今年度最高の出来と言っても良い傑作でした。
丁度発売されたMTMTE邦訳版4巻でも、サイクロナスの活躍が格好良かったです。

本話のタイトルは、作者の好きな映画の一つである2018年の映画『ランペイジ〜巨獣大乱闘〜』が元ネタです。


「ぎ〜っちょんぎ〜っちょん!」

「邪魔だ!どけどけ!」

「助けてくれぇ!」

「何なんだよこの化け物は⁉︎俺達の武器や魔法が全然通用しねぇぞ!」

「勇者様は何処なんだ⁉︎何故助けに来ない!」

「ああっ、エヒト様!どうかお助けを〜!」

 

 ホルアドのメインストリートは現在、先程までの賑わいとは一転して大混乱となっていた。オルクス大迷宮から這い上がって来た蠍と蛇を組み合わせた魔物・クイックストライクが、不気味な唸り声を上げながら這い回っていたからだ。

 この町に住まう民衆や行商で訪れた商人達は、恐れをなして我先にと逃げ出そうと押し合いへし合いになりながら逃げてゆく。一部の者は哀れにも突き飛ばされて転倒し、後続の連中に容赦なく踏み潰された。

 中には建物の中に逃げ込んてやり過ごそうとした者もいた。だがクイックストライクはそれに気づいたのか、容赦なく長い尾を振るって人々が逃げ込んだ建物を次々と倒壊させた。とはいえ瓦礫の下敷きになった者はまだマシな方で、一部の建物は蛇の頭部となった尾の先端から撒き散らされた大量の毒液で、中に隠れた人々ごと容赦なく溶かされてしまった。

 冒険者達や傭兵、そしてハイリヒ王国の駐屯騎士達は、見たこともない姿と巨体を誇るこの魔物に対して、魔法や弓矢を放ったり、武器を手に取って飛び掛かり食い止めようとした。しかしその外骨格は非常に頑丈で、魔法は全く効いておらず、振り下ろした剣や突き出された槍は容易く砕け散ってしまった。

 そんな残酷な現実に、応戦しようとした者達から畜生!と悔しそうな叫びが上がる。中には緊急事態だというのに戦ってくれるどころか姿すら見せない勇者一行に呪詛の言葉を呟く者もいたが、クイックストライクは容赦しなかった。目障りな人間達を次々と、毒を撒き散らして生きたまま溶かしたり、顎のような鋏脚で真っ二つに両断したり、8本の脚を槍のように振り下ろして串刺しにしながら突き進んだ。

 中には自分達の神であるエヒトに救いを求めて叫ぶ者もいたが、実際は「他人の不幸は蜜の味」を座右の銘とするエヒトが、助けの手を差し伸べるはずもなかった。敬虔な信者は、哀れにもクイックストライクの巨大な顎に放り込まれ、生きたまま食べられてしまった。

 

「うわぁっ!!?」

「坊や!!?」

 

 建物に逃げ込んでも建物ごと破壊されてしまうので、人々はただ必死に走って逃げるしか生き残る道はなかった。その逃げ惑う民衆の中から、5歳くらいの男の子が一人、足がもつれて転んでしまった。隣で走っていた母親は慌てて立ち止まり、倒れた息子を抱き抱えて再び走り出そうとしたが、それより先に防衛網を突破したクイックストライクが追いついた。

 

「ぎ〜ちょんちょ〜ん!!!」

「「うわあああああっ!!!」」

 

 巨大な鋏脚が、まるで獲物に食らい付く大蛇の顎の如く母子に襲い掛かった。二人は最早逃げられない事を悟り、悲鳴を上げながらお互い抱きしめ合い、これから降り掛かる苦痛から目を逸らそうとした。

 

「俺スラッグ、どすこ〜い!!!」

「ぎちょ〜ん!!?」

 

 すると突然、その親子を巨大な何かが子どもっぽい声を上げながら飛び越え、クイックストライクに激突した。奇襲を受けたクイックストライクは、悲鳴らしき声を上げながら大きく突き進んで来た方向に吹き飛ばされ、ドスゥゥゥゥン!と仰向けに倒れ込んだ。

 二人は自分達を助けてくれた者が何者か確かめようと目を開くと、驚愕した。助けてくれたのはあの蠍と同じくらいの巨体を誇る、全身を金属で覆われた巨獣だった。外見はかつて勇者一行が倒したと言うベヒモスに似ているが、目の前の巨獣の前ではベヒモスなど小犬に思えるだろう。

 二人が呆気に取られている中、クイックストライクは身体をしならせて起き上がると、怒り狂ったように叫びながら再び突進して来た。

 

「ぎっちょんぎっちょん!」

「俺スラッグ、喧嘩は三度の飯より好きだ!」

 

 対する巨獣、ダイナボット火炎戦士スラッグは負けじと雄叫びを上げると、闘牛のようにクイックストライクへと突進していった。

 響き渡る唸り声と地響きに、呆気に取られていた母親は漸くハッとなると、大急ぎで我が子を抱き抱えるとその場から離れた。一方の息子は、先程転んだ時に擦りむいた膝の痛みや、ついさっきまで味わっていた死の恐怖などすっかり忘れて、自分達を助けてくれた巨獣の姿に見惚れていた。

 

「すっげぇ…」

 

 男の子がそう感じたように、スラッグとクイックストライクの死闘は苛烈を極めていた。2体の巨獣の死闘は周りの建物を容赦なく巻き込み、周囲はあっという間に瓦礫の山へと変えていった。クイックストライクの放つ溶解液で建物ごと溶かされては堪らないと、周囲の建物に逃げ込んだ一人もいなかったのは、不幸中の幸いであった。

 

「グオオオオオオッ!!!」

「ぎっちょんぎっちょん!!!」

 

 そんな事知ったことかと言わんばかりに、スラッグはビーストモードのままクイックストライクと取っ組み合いになっていた。彼は自慢の長い角でこのヘンテコな蠍を串刺しにしてやろうとしたが、対するクイックストライクもそうはさせるものかと、その鋏脚でスラッグの目の上の2本の角を掴み、抑え込んでいた。人間なら例え甲冑で武装した騎士ですら真っ二つに両断されていたが、スラッグの頑丈な頭は容易く砕かれたりなどはしなかった。

 拮抗状態となる両者だが、やがてクイックストライクがその状態を破った。毒蛇の顎のようになった尾の先端で、スラッグの背中に食らいつこうとしたのだ。

 

「俺スラッグ、その手は桑名の焼き蛤!!!」

「ぎちょん!!?」

 

 しかしスラッグは歴戦の戦士、そう易々と敵の思う壺にはまるような馬鹿ではなかった。彼はビーストモードから再び人間態に戻り、このまさに蛇蝎とでも形容すべき魔獣の攻撃をかわした。

 クイックストライクは目の前の敵が突如として縮んだことで鋏脚が緩んでしまい、更に尾の先端は勢い余って地面にめり込んでしまった。その一瞬の隙を見逃すほど、目の前の敵は甘くなかった。

 

「ウォリャアアアッ!!!」

「ぎちょ〜ん!!?」

 

 スラッグはすかさずトレイルカッターソードを展開すると、地面にめり込んでしまった尾の先端を斬り落とした。痛みのあまり間の抜けた悲鳴を上げるクイックストライク。

 もう毒は使えない、そうスラッグは確信したが、あまりの激痛に怒り狂ったクイックストライクは鋏脚を振り回した。彼は避けようとするも突き飛ばされ、近くの商店に突っ込んだ。

 それでも起き上がるスラッグだが、クイックストライクは予想外の攻撃をしてきた。「ぎちょ〜ん!」と唸りながら、口から自分とそっくりな幼虫を何十匹も吐き出したのだ。親よりは小さいが、それでも全長2mはあるだろう。

 

「「「「「ぎっちょんぎっちょんぎっちょんちょん!!!」」」」」

「のわぁあああっ!!?」」」」」

 

 何十匹ものクイックストライクの幼虫達は、まるで獲物に襲いかかるグンタイアリの如くスラッグに飛びかかると、そのまま彼を覆い尽くしてしまった。それを見て親玉である成虫は、「ぎ〜ちょんぎ〜ちょん」と唸り声を上げながらゆっくりと近づいてゆく。口から唾液を滴らせ、尾の先端を切り落とされた仕返しをしてやらんと…。

 

「ザッケンナコラ〜!!!」

「「「「「グワー!!?」」」」」

 

 だがそうはいかなかった。幼虫軍団に纏わりつかれてしまったスラッグだったが、彼の頑丈な肌には毒牙など通用せず、身体に電気を纏いながらロボットモードへと変身したのだ。何十匹もの幼虫達は堪らず黒焦げになり、断末魔の悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。

 幼虫軍団が一瞬で全滅した事に、ゆっくり近づいていたクイックストライクは動揺して立ち止まってしまう。それが命取りとなった。

 

「ワッショイ!!!」

「ぎっちょ〜ん!!?」

 

 スラッグはロボットモードのまま突進すると、硬直していたクイックストライクを思い切り蹴り上げた。何十トンもの巨体はそのまま勢いよく宙へと舞い上がり、ホルアド全体を見渡せる高さまで打ち上げられると、再び重力の法則によって地上へと墜落していった。

 敵が落ちてくる前にスラッグはビーストモードに変形すると、その三本角の中心に電気を集中して溜め込んでいく。やがて角の中心に電気の

槍を作り出した彼は、頭上に落ちて来たクイックストライクを思い切り貫いた。

 

雷槍角刺(ライトニングスラスト)!!!」

「ぎちょちょちょちょん!!?」

 

 まるでモズの早贄のように、電撃の槍で串刺しにされたクイックストライクは、身体中に大量の電気を注ぎ込まれて断末魔の叫びを上げた。やがて電気が収まり、スラッグが頭を振るうと、丸焦げになったクイックストライクの死骸がドスゥン!とメインストリートに転がり落ちた。脚はピクリとも動かず、まるで海老を焼いたような香ばしい香りを若干漂わせている。

 

「ワハハハ!俺スラッグ、雷の王者!」

 

 一方、戦いに勝利したスラッグはロボットモードになると、まるでゴリラのドラミングのように胸をドンドンと叩きながら、勝利の雄叫びをあげるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じく地獄絵図とでも形容すべき凄惨な光景は、ホルアドの住宅密集地帯でも繰り広げられていた。オルクス大迷宮に向かう冒険者や傭兵を相手とした商売で発展したこの町は、ハイリヒ王国の王都には劣るものの、多くの人々が暮らしていた。

 そんな多くの人々が暮らす住宅街は現在、迷宮から這い上がってきた魔物・ジェットストームの餌場となっていた。この怪物はその巨体を活かし、力任せに家屋を次々と倒壊させ、中から逃げ出して来た住民達を貪り食っていた。その光景はさながら、熊やアリクイが蟻塚を破壊して這い出た蟻を捕食するようであった。

 

「クソッタレが!よくも俺達の町を!」

「俺の家壊しやがって!ローンがまだ残ってるんだぞ!」

 

 多くの人間達が逃げ惑う中、勇敢にもこの魔獣に立ち向かおうとする者達もいた。手っ取り早く稼ぐことのできる大迷宮のおかげで安定した収入を得て、この町に住宅を構えて定住した冒険者や傭兵だ。その多くは自分の実力に自信を持っており、この招かれざる客に対して命をもって償わせようと挑みかかった。

 しかし、ジェットストームもまたクイックストライクと同様、一般的なトータス人が挑むには強過ぎた。怒り狂う冒険者達が多くの魔法をぶつけても、致命傷どころか擦り傷すら負わせる事が出来なかった。寧ろ、この怪物を怒らせただけであった。

 

「チャクバラ〜イ!」

「「「「「ギャアアアッ!!?」」」」」

 

 獲物達の鬱陶しい反撃に苛立ったジェットストームは、背中から尾にかけて生えている羽毛を逆立てると、大きく吠えながら尾を振るった。すると逆立っていた羽毛が、まるで投げナイフの如く射出されて降り注いだ。一枚一枚が人間の背丈程もあるその羽毛は刃のように硬く鋭利であり、ギロチンのように直撃した人間達を切り裂いた。

 冒険者達の悪夢はまだ終わらなかった。放たれた羽毛と共に、ジェットストームの身体から更なる怪物か放たれたのだ。それはこの怪物に寄生していたダニだ。但し、全長20mもの巨体に寄生していただけあって、その大きさはカラスぐらいはあるだろう。

 

「うわぁぁぁっ!!?何だよ此奴ら⁉︎」

「クソっ!離れ…が、かはっ…」

 

 そのダニ達は応戦する冒険者達や逃げ遅れた住民達に取り付き、首元まで這い上がっていくと、鋭い口吻を突き刺して吸血し始めた。襲われた者達は振り解こうとするが、それより先にあっという間に全身の血を吸い取られ、忽ちミイラのように干からびてゆく。しかし、彼らは只では死なせて貰えなかった。

 

「ガアアア…」

「ウウウウ…」

「な⁉︎こ、降霊術か⁉︎」

「違う!あのダニみてぇな魔物に操られてやがる!」

「そ、そんな…ギャアアアッ!!?」

 

 襲われた犠牲者達は既に事切れながらも、未だ首に喰らい付いているダニに肉体を支配され、さながらゾンビ兵のように成り果てて、生きている人間達に次々と襲い掛かった。

 そんな惨状に、応戦していた者達はパニックに陥った。共に暮らして来た家族や仲間たちが見るも無惨な姿に成り果てただけではなく、その亡骸を辱められる形で自分達に襲い掛かってくるのだから、無理もないだろう。一人、また一人と犠牲者が増えてゆき、ジェットストームは嘲笑うかのようにそんな犠牲者達を貪り食っていった。

 

「アアアアア…」

「ひっ…!や、やめてくれ兄貴!俺だよ!アンタの弟だよ…!」

 

 その内の一人、まだ若い冒険者の青年は、変わり果てた実の兄に対して必死に語りかけていた。彼ら兄弟は冒険者としてそれなりの成果を上げ、収入も安定したこともあり、このホルアドに家を買って暮らし始めたばかりだった。しかし幸せも束の間、突如現れた怪物達によって自宅は破壊され、兄は無惨な姿に変わり果て、今まさに弟を殺そうとしている。

 

「ウォアアアアア…!」

「あああああっ!」

 

 呼びかけに応じるわけもなく、飛びかかってくる兄に、青年は死を覚悟した。何故、自分達兄弟がこんな目に遭わなければならないのかと、運命を呪いながら…。

 

 

ズダダダダダダッ!

 

「え…?」

 

 死の恐怖から咄嗟に目を閉じた青年の耳に、突如として聞きなれない音が響き渡った。彼が恐る恐る目を開けると、死兵へと変わり果てた兄は取り付いたダニごと、木っ端微塵に吹き飛ばされていた。

 

「ボーっとするな!早く逃げろ!」

 

 そんな怒声がした方へ青年が振り向くと、和服に似た服装の男が見たことない武器を手にしながら此方へ近づいて来た。彼はその武器を使い、青年が聞いた音を立てながら、次々と死兵と化した民衆を倒していった。

 そう、男の正体は人間態のストレイフだ。今はハジメから借りたメツィライを片手に、次々と死兵達を仕留めている。

 

「生き残ってる奴は撤退しろ!此奴は俺が倒す!」

 

 彼の叫びに、生き残っていた人々は戸惑った。この男が駆けつけてくれたおかげで命拾いしたが、襲いくる化け物の強さを見にしみて味わっているが故に、信用して良いのか迷っているのだ。おまけに既に殆ど倒されたものの、死兵達は元々自分達の家族や友人だ。そんな大切な人々の亡骸を、飢えた肉食獣どもの前に放置して逃げる事にも、罪悪感を感じているのだ。

 

「チャクバラーイ!」

 

 だが、ストレイフの攻撃に苛立ったジェットストームの唸り声を聞いてハッとなった彼らは、死にたくないという感情には勝てず、その場を急いで撤退した。ここは最早、この戦士が仇を取ってくれるのを願うしかないだろう。

 

「さっきから着払い着払い五月蝿ぇよ!」

「チャクバライッ⁉︎」

 

 意味不明な唸り声に苛立っていたストレイフは、最後の死兵を仕留めると、武器をメツィライからブリッツウィングボウに切り替え、ジェットストームの顔目掛けて発射した。放たれた矢は致命傷とはならなかったものの鼻先に貫通し、狂犬は思わず悲鳴を上げた。

 ジェットストームは目の前の敵が唯の人間ではない事を本能的に悟った。思う存分人間を喰らったは良いが、瓦礫だらけの狭い場所で此奴と戦うには、自分の巨体では不利になるだろう。そう考えた怪物はストレイフに背を向けると、地面を強く蹴って跳び上がった。そして両肩に生えた翼を広げ、その場から飛び去ろうとした。

 

「逃がすか!ストレイフ、変身!」

 

 対するストレイフも黙ってはいない。彼もまた本来の姿、ビーストモードになると、鋼の翼を広げて飛び立ち、ジェットストームを追いかけ始めた。

 そのまま2体の巨獣は、お互いに相手の身体を鋭い鉤爪で引っ掻きながら、空中での死闘を繰り広げた。しかし形勢はストレイフが有利だった。何せ彼は6600万年前の地球において空の王者として君臨した、歴戦の狩人だ。こうして戦っているうちも、ジェットストームをホルアド郊外へと誘導して、これ以上町への被害を出さないようにしているのだ。

 

「「そろそろ終わらせるぞ!朋鋼翼撃(メタルウィング)!」」

 

 そう叫ぶと、ストレイフは一旦ジェットストームから距離を取ると、再び勢いよく突進、その大剣のように鋭利な鋼の翼で、この怪物の左の翼を斬り落としたのだ。切断された翼は、そのまま地上へ墜落していった。

 

「チャクバライッ!!?」

 

 凄まじい苦痛に悲鳴を上げたジェットストームは、片方の翼を失った事でバランスが取れなくなり、そのままヨロヨロと地上へと墜落しそうになる。しかし、空の王者は容赦なかった。

 

「「まだまだぁ!」」

 

 そう叫ぶとストレイフは、二つの口から大きく息を吐き出した。するとその吐息は忽ちハリケーンへと変わり、地上へゆっくり墜落しかけていたジェットストームを捕らえた。怪物が動揺する中、彼は猛禽のように鋭い鉤爪の生えた強靭な脚で、連続蹴りをお見舞いした。

 

「「暴風乱打(ハリケーンビート)!!!」」

「グボボボボッ!!?」

 

 まるで何本もの槍で何度も串刺しにされるかのように、ストレイフの蹴りがジェットストームの身体に突き刺さった。肉が裂け骨の砕ける音が風に混じって響き渡り、羽毛と血が空中に飛び散ってゆく。

 そしてストレイフが止めの一撃としてサマーソルトキックをお見舞いすると、ジェットストームの肉体は大きく仰け反った。怪物は既に全身の骨を砕かれ内臓も破裂しており、そのまま叫び声すら上げずに力なく地上へと落下、町の外れに轟音を立てて墜落すると、そのまま二度と起き上がる事はなかった。

 

「さてと。スラッグと合流して、後片付けでもするか」

 

 そう呟くとストレイフは、まだ地上に残っている可能性の高いダニや死兵を掃討するべく、スラッグのもとへと飛んでいった。

 勇者一行の不始末が原因で引き起こされたホルアドの町の危機は、こうして終息したのであった。

 

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・砂漠獣クイックストライク
 ショックウェーブが自身の科学技術と「とある力」を用いて生み出した生物兵器。尾と鋏脚が蛇の頭となった蠍の姿をしており、全長は30mに達する。
 その外骨格は一般的なトータス人の武器や魔法ではダメージを与えられないほど頑強で、顎のような鋏脚は甲冑ごと敵を切断できる。そして最大の武器は尾の先端の蛇で、強力な溶解能力のある毒を吐き散らす。
 モチーフは『ビーストウォーズメタルス』に登場した、デストロン砂漠戦指揮官クイックストライク。戦闘スタイルの一部は、『ゴッド・オブ・ウォーIII』のジャイアントスコーピオンも参考にした。

・クイックストライクJr.
 クイックストライクが口から吐き出す形で産み落とす幼虫。成虫より毒性は弱いが、それでも全長2mはあるので、常人が敵う相手ではない。
 モデルは『ゴッド・オブ・ウォーIII』のジャイアントスコーピオンの幼虫。サイズは劇中におけるクイックストライクの全長を参考とした。

・追跡獣ジェットストーム
 クイックストライクと同じ手法でショックウェーブが生み出した生物兵器。猛禽の翼を生やし、前足も猛禽の鉤爪となった狼の姿をしており、全長26m・体高14mに達する。
 狼と同様に肉食性で気性が荒く、その翼を用いた空中戦も得意とする他、刃物のような羽毛を射出して敵を切り裂く能力も兼ね備える。
 モデルは『ビーストウォーズメタルス』に登場した、サイバトロン追跡員シルバーボルトで、名前は続編『ビーストウォーズリターンズ』でビーストメガトロンに改造された際の名前に由来する。
 また、戦闘スタイルは『ランペイジ』に登場した滑空餓狼ラルフを参考とした。
 なお、唸り声を「チャクバライ」としたのは、シルバーボルトを演じた岩田光央氏が、『トランスフォーマープライム』にてハードシェルを演じた際、矢鱈とアドリブで着払いについて熱弁していたから。

・寄生獣ミニトロン
 ジェットストームに寄生・吸血したダニが、その血液の副作用により変貌して誕生した魔物。宿主から離れるとすぐに新たな獲物に襲いかかり、人間なら瞬時に全ての血液を吸い取って殺してしまう。更に恐ろしいのは、ミイラ化したその亡骸に取り憑き、ゾンビ兵のように操って新たな獲物を襲う能力も持ち合わせている事。
 名前は『トランスフォーマーアドベンチャー』に登場したダニ型ディセプティコンのミニトロンから。能力は『ゴッド・オブ・ウォー:アセンション』に登場した、嫉妬の女神メガエラの使役する寄生虫を参考にした。





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愚か者どもが夢の跡

お久しぶりです。お待たせして大変申し訳ございませんでした。

この約二ヶ月間、一度は本作の打ち切りすら考えてしまう程追い詰められていましたが、多くの読者の方々から励ましの言葉を頂き、何とか踏みとどまると同時に、大変嬉しかったです。おかげで家庭内トラブルも一先ず解決する事が出来ました。

また、待ち望んでいた『ゴジラVSコング』を無事見る事が出来たり、実写最新作『ビースト覚醒』や『ジュラシック・ワールド:ドミニオン』など期待の新作の情報もあり、良いストレス解消となりました。

ちなみに本作での「アイエエエ」などの表現は、私の好きな『ニンジャスレイヤー』へのオマージュです。前に悪質なユーザーから「気に食わないから変えろ」と言われましたが、元々はアメコミの表現を日本語にしたもので、トランスフォーマーのアメコミでも使われています。ご了承ください。

最後に、今回の話はストレス解消ってわけじゃないんですが、かなりのアンチや、残酷・胸糞描写があります。ご注意下さい。







「うっ…。し、知らない天井だぁ~」

「「鈴(ちゃん)!」」

 

 一方、地上での騒動など梅雨知らず、オルクス第迷宮の89層で隠れながらやり過ごしていた勇者一行。その内の一人、ドリラーに襲われた際の怪我が原因で意識を失っていた鈴が、ようやく意識を取り戻した。

 瀕死の状態から意識を取り戻したクラス一のムードメイカーに、今の今まで沈んだ表情だったクラスメイト達も口元に笑みを浮かべたが、鈴の顔色は悪かった。疲労に加え出血量が多かったため、青白い顔で目の下にも薄らクマが出来ていた。それに彼女自身、斎藤と近藤の末路を目にしていたので、必死に皆を励まそうと見せる笑みも少々痛々しかった。

 

「何とか逃げ切ったみたいだね?みんな無事…ってわけじゃないか…。遠藤君、それに中野君や檜山君もいないけど、まさか彼らも…?」

「いや。遠藤だけ、先に逃がしたんだ。あいつの隠形なら一人でも階層を突破出来ると思って…。中野と檜山は、残念だが…」

「そっか…」

 

 戦闘中に意識を喪失していたので、中野と檜山が同じく戦死した事と、遠藤が救援を呼ぶために先に逃げた事を知らない鈴に、光輝達はそれを教えると共に現状の説明も行った。

 事態を把握した鈴は疲弊しつつも、いつも通りムードメーカーとして場の空気を和ませようとした。しかし仲間が四人も戦死し、彼女自身死にかけた事もあり、どんな言葉をかけて良いのか分からなかった。

 もう二度と生きて地上に戻れないんじゃないか。その場にいる殆どの者達の脳裏にそんな考えがよぎり、体力こそ回復してきたものの、心の余裕を中々取り戻す事は出来なかった。

 

「…こんな事になるならあの時、灘や愛ちゃん先生の忠告に、ちゃんと耳を傾けておくべきだったな。今更後悔しても遅いが…」

 

 そんな状況に追い討ちをかけるかのように、永山が自嘲気味に呟いた。それを聞き、野村や辻、吉野も同じ気持ちなのか、顔を俯ける。

 

「やめないか永山。もう死んだ人間や、今いない人間の事をどうこう言っても…」

「…どの面下げてそんな事が言えるんだ?こんな状況を招いておきながら…」

 

 思慮深い永山らしくない、場の空気を更に悪くするような発言に光輝が諌めようと口を出すが、火に油を注いだように永山は冷めた目で光輝を睨みつけた。

 

「てめぇ…!誰のおかげで逃げられたと思ってんだ⁉︎光輝が道を切り開いたからだろうが!」

「腰巾着も大概にしろよ坂上。そもそもそうなったのは、天之河が後先考えずに挑発に乗ったからだろ…。あの時、一先ず魔人族の提案を呑むフリをしておけば、隙を伺う事もできただろうに…」

「重悟の言う通りだよ。結果として4人死んで、谷口も死にかけて、浩介はたった一人で危険な役目を背負うことになったんだぞ?もしあいつにまで何かあったら、どうすんだよ…!」

 

 そんな態度に今度は龍太郎が切れ始め、立ち上がって永山の胸倉を掴んだ。だが永山も龍太郎を睨みつけながら反論し、親友の野村も立ち上がって追従する。彼らとしても、光輝の軽率さが招いた現状に、流石に我慢できなかったのだろう。

 

「龍太郎、俺はいいから…。永山、野村、さっきの責任は取る。今度こそ負けはしない!もう魔物の特性は把握しているし、不意打ちは通用しない。今度は絶対に勝てる!」

 

 握りこぶしを握ってそう力説する光輝だったが、吉野が暗い眼差しでポツリとこぼした。

 

「…でも、天之河君だって見たでしょ?あのロボットみたいな連中の強さを…」

「そ、それは…。こ、今度は大丈夫だ!今度は最初から『神威』を女魔人族とロボットモドキ共に撃ち込む。みんなは、それを援護してくれれば…」

「あれだけ狡猾な奴等だぞ?長い詠唱が完了する前に仕掛けてくるに決まってる。それに、あれで敵が全部とは思えん…」

「てめぇら、黙って聞いてればいい加減にしろよ!」

「坂上君こそいい加減にしてよ!そこまで言うなら、貴方がどうにかしてくれるって言うの⁉︎」

「みんな、落ち着きなさい!何を言ったところで、生き残るには光輝に賭けるしかないのよ!奴等に私達を見逃すつもりがないなら、光輝の『限界突破』の制限時間内に何としてでも倒すしかない。分かっているでしょ?」

 

 光輝が大丈夫だと言っても、不信感が芽生えた永山組は疑わしい眼差しを向けたまま口々に文句を言う。ここで光輝に責任やら絶対に勝てる保証などを求めても仕方ないのは彼等だって分かっているのだが、再び仲間達の死を目の当たりにした事実と、敵の有り得ない強さと数に平静さを保てなかったのだ。

 沸点の低い龍太郎が喧嘩腰で永山組に反論するのも、口論をヒートアップさせている要因となっていた。次第に険悪なムードが漂い始め、しまいには龍太郎は光輝の制止も無視して永山達に向けて拳を構える始末で、雫が間に入って必死に落ち着くように説得するも、やはり効果は薄かった。香織がいい加減、一度全員を拘束する必要があるかもしれないと、密かに拘束系魔法の準備をし始めた時だ。

 

ドォガアアアン!!!

 

パァァァァァン!!!

 

「きゃぁああ!!?」

「真央!!?」

 

 凄まじい勢いで隠し部屋と外を隔てる壁が粉微塵に粉砕された。衝撃によって吹き飛んできた壁の残骸が弾丸となって隠し部屋へと飛来し、直線上にいた吉野に直撃した。思わず尻餅をつく彼女だったが、そこから更に蛇の顎のような何かに捕まり、悲鳴を上げながら連れ去られた。

 辻が吉野の名を叫び、唖然としていた光輝達が急いで戦闘態勢に入ろうとするも、今度は毒々しい緑色の煙が立ち込めて、隠し部屋全体に蔓延した。明らかに毒としか思えないその煙に、香織と鈴、辻が急いで対処しようとするも、三人が魔法を詠唱する前に、その場にいた全員の身体が痺れて動けなり、その場に膝をついた。

 

「くっ、今度は毒ガス…⁉︎」

「ちくしょう…!なんで見つかったんだよ…⁉︎」

 

 毒ガスという予想外の攻撃に、雫と龍太郎が苦しそうに悶えながら悪態を吐いた。やがて煙が晴れ、それと同時に襲撃者の正体が明らかになった。苦しみ悶えながらも、また新手の魔物かと警戒を露わにする光輝達だったが、明らかとなったその正体に誰もが「えっ…」と絶句した。

 

「ひ、檜山…?」

 

 そう、光輝達の前に現れたのは、第90階層で戦死したと思われていた、檜山大介だった。だがその姿は、光輝達の見慣れた檜山とは大きくかけ離れていた。

 まず顔は檜山本人だったものの、その目は白く濁って虚ろになっており、頭髪は大部分が抜け落ちて中年オヤジのように禿げ上がっていた。口からは涎を滴らせると共に、あの毒ガスと同じ色の吐息がハァハァと吐き出されている。体格に至っても身長は見た限りでも5mにまで達しており、肋骨が浮き出る程痩せ細っているのに腹部は膨らんでいるその姿は、まさに餓鬼そのものだ。

 そして何よりパンツすら履かずに露わになった股間には、男の象徴の代わりに、蛇ともミミズとも形容すべきグロテスクな触手が生えていた。ワラスボの口のようになったその先端からは、先程捕まった吉野真央の下半身がピクンピクンと痙攣しながらはみ出している。まるで蛇が獲物を飲み込んでいるかのようだ。

 これこそがショックウェーブに改造された、小悪党組の檜山大介の成れの果て・汚濁獣ホリブルシットである。

 

「ぞうだよぉ、檜山大介だよぉ。お前らぁ、よぐもオデを見捨でで逃げだなぁ〜」

「ま、待ってくれ檜山!あ、あの時は非常事態だったし、まさか君が生きてるとは思わなかったんだ…!」

 

 毒ガスそのものであるその吐息を吐き散らしながら、ホリブルシットは呂律の回らない口調で、置き去りにされた事への恨み言を吐いた。そう言われた光輝は、全身を襲う激しい痺れに耐えながらも弁明しようとするが、その言い訳は更に相手を怒らせただけだった。

 

「ぢぐじょぉぉう!何奴も此奴も、折角オデがあの日、あの忌々じい灘の野郎をぶっ殺じでやっだのに、ぞの恩を仇で返じやがっでぇ〜!」

「「「「「「「ッ!!?」」」」」」」

 

 怒り狂いながらあの誤爆事件の真実を暴露したホリブルシットに、その場にいた殆どの人間が絶句する。事故だと思っていた、いや、思うようにしていたあの悲劇の真相が明らかにされたからだ。

 

「やっぱり、あの日灘君を突き落としたのはアンタだったのね…!」

「ぞうだよぉ〜、一緒にキモヲタ南雲まで道連れにじでぐれだのは最高だっだぜぇ〜!何奴も此奴もあの二人が死んでぐれで清々じでだじゃねぇか〜。ごんな事ならもっど早ぐ暴露じどぎゃ良がっだぜぇ〜」

「は?」

 

 全身を毒に蝕まれながらも、雫はホリブルシットを睨みつける。その怒りはあの日二人の命を奪った目の前の卑劣漢だけではなく、今までそんな奴の近くにいながら気づきもしなかった自分自身にも向けられていた。

 そんな彼女を嘲笑うように、ホリブルシットは悪びれずにハジメの事まで愚弄する発言をする。その一言に香織は、自分の回復魔法でも癒えない毒に苦しんでいるのも忘れ、光の消えた瞳で睨みつけた。

 

「げどごんな姿にされぢまっだ以上、もう何もがもどうでも良いぜぇ!お前ら全員、奴等のもどに送っでやるぅ〜!!!」

 

 怒りを込めてそう叫ぶホリブルシット。それと同時に股間の触手の顎が閉じ、はみ出ていた吉野の膝から下がブチリと切断されて地面に転がった。もう殆ど飲み込まれていた彼女の亡骸は、そのまま触手を通って膨れ上がった腹部へと進んでいった。

 吉野の無残な最期に、毒で動けない光輝達が戦慄する中、悪夢はまだ終わらなかった。

 

「おいコラ、ホリブルシット。奴隷の分際で勝手に突っ走ってんじゃね〜よ」

「ヒィッ⁉︎ず、ずみまぜんモホーク様…!」

「まぁ良いさモホーク。おい!毒で動けなくしたんなら、とっとと全員引き摺り出しな!」

「分がりまじだ、カトレア様〜!」

 

 隠し部屋の外から、聞き慣れない男の声が響き、ホリブルシットはビクリ!と身体を震わせた。何者だと警戒する光輝達の耳に、この場では聞きたくなかった女の声が響き渡る。

 その命令を聞いたホリブルシットは、股間の触手をタコの足のように伸ばして、倒れ伏す光輝達9人を絡め取ると、隠し部屋から外にある大きな正八角形の部屋に引き摺り出した。

 引き摺り出された光輝達の眼の前に現れたのは、大量の魔物に周囲を固めたながら、その奥で白鴉を肩に乗せて冷めた眼で佇んでいるカトレアであった。但し今の彼女は、このトータスには不釣り合いな防毒マスクで顔を覆っている。恐らく、ホリブルシットの毒への対応だろう。

 そして彼女達の傍には、先程自分達を襲ったあのサイクロプス擬きとはまた異なる2体の金属の巨人がいた。そう、モホークとボーンクラッシャーだ。その姿を見て、直ぐに彼等がショックウェーブの仲間だと気づいた光輝達は戦慄する。

 

「おや〜、その面は『ど〜して気づかれちゃったの?』って面だね〜?答えは簡単、俺らの上官が発信機代わりにコイツを仕込ませておいたからだよ〜ん」

 

 あれ程細心の注意を払っていたのに何故気づかれたのか。光輝達の共通の疑問に対して、モホークが嘲笑いながら答えを明かすと、一匹のインセクティコンが光輝達の中から飛び出して、彼の掌にとまった。

 あまりにも小さ過ぎたとは言え、敵が近くにいた事に全く気づけなかったことに、誰もが苦虫を噛み潰したような表情となる。だが、モホークは追い討ちをかけるように更なる事実を告げていく。

 

「ちなみに〜、このインセクティコンちゃんはもう一匹、先に逃げたお前らの仲間にも引っ付いてるからね〜。今頃は俺らの仲間がその信号を追って、地上を攻め滅ぼしてる筈だから、助けは来ないと思うよ〜」

 

 遠藤にも発信機がつけられ、地上にも敵の魔の手が及んだ。完全に助けを期待できない事実に、ホリブルシットの毒ガスに苦しみ悶える光輝達の顔がさらに青褪めていく。

 そんな無様な姿を、モホークとボーンクラッシャーは心底愉快そうに眺めている。カトレアはマスクで顔を覆いながらも、同盟者達のえげつなさにドン引きした表情となっており、彼女の配下の魔物達は、早く獲物にありつきたくて舌舐めずりをしている。

 

「そ・し・て・最後に、俺達から弱くて無様なお前らに最高のプレゼントがあるよ〜。ボンちゃ〜ん、見せてやんな〜!」

「ああ、よ〜く見ろよ猿ども。()()な〜んだ?」

 

 そう言いながらボーンクラッシャーは、巨大な指で摘んでいた何かを光輝達に見せつけた。最初は訝しげな表情となる光輝達だが、その正体が分かった瞬間誰もが凍りついた。

 それは引き千切られた人間の右腕だった。腕に装着している籠手や僅かに残された衣服の切れ端からして、間違いなくメルド・ロギンスの腕だ。

 

「おま、お前ぇ!メ、メルドさんに何をしたぁ!!?」

「見れば分かるだろ猿が。地獄に堕ちたのさ」

 

 毒に苦しみ悶えながらも激昂して叫ぶ光輝だが、ボーンクラッシャーは鼻で笑うと、そのままメルドの右腕を魔物達の方へ投げ落とした。直ぐに二頭のキメラが喰らい付き、奪い合いの末に真っ二つに食い千切って飲み込んでしまった。

 

「お前らぁぁぁ‼︎よくもメルドさんをぉー!!!」

 

 その一部始終を見ていた光輝は、遂に怒りを爆発させた。ホリブルシットの毒ガスで衰弱しているにもかかわらず、溢れ出した凄まじい光が奔流となって天井へと竜巻のごとく巻き上がった。やがて光の奔流が体へと収束し始めると、光輝は聖剣を握り締めて立ち上がり、カトレアを睨みつけた。

 これこそ「限界突破」終の派生技能で、基本ステータスの五倍の力を得ることが出来る上位互換「覇潰」だ。ただし限界突破から更に無理やり力を引きずり出すため、効果が切れたあとの副作用も甚大。毒で衰弱した光輝には自殺行為も同然の諸刃の剣だ。

 しかしメルドの仇を討つという復讐の念に支配された光輝は、そんな事を意識することもなく、怒りのままにカトレアに向かって突進する。流石のカトレアも焦った表情を浮かべ、周囲の魔物をけしかけるが、当の光輝は目もくれずに聖剣のひと振りでなぎ払い、怒声を上げながら一瞬も立ち止まらず、彼女のもとへ踏み込んだ。

 

「メルドさんの仇だぁ!!!」

 

 躊躇いなく振り下ろされた聖剣を、カトレアは咄嗟に砂塵の密度を高めて盾にするが、たやすく切り裂かれて袈裟斬りにされた。後ろに下がっていたのが幸いして両断されることこそなかったが、彼女の体は深々と斜めに切り裂かれて、血飛沫を撒き散らしながら後方へと吹き飛んだ。

 背後の壁に背中から激突し、砕けた壁を背にズルズルと崩れ落ちたカトレアの下へ、光輝が聖剣を振り払いながら歩み寄る。ピンチになれば隠された力が覚醒して逆転するというテンプレな展開に、彼女は瞳に諦観を漂わせながら皮肉気に口元を歪めた。傍にいる白鴉が固有魔法を発動するが、傷は深く直ぐには治らないし、光輝もそんな暇は与えないだろう。完全にチェックメイトだと、カトレアは激痛を堪えながらも右手を伸ばし、懐からロケットペンダントを取り出した。

 

「まいったね、あの状況で逆転なんて…。まるで、三文芝居でも見てる気分だ…。ごめん、先に逝く…。愛してるよ、ミハイル…」

「ッ!!?」

 

 愛しそうな表情で手に持つロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らすカトレア。剣を振り下ろそうとした瞬間、それを聞いた光輝は愕然とした表情となり、目をこれでもかと見開いて彼女を見下ろした。その瞳には、何かに気がつき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。

 しかし、戦場でその迷いは致命的だった。すかさずモホークの蹴りが鳩尾に炸裂し、光輝は大きく吹き飛ばされる。彼とボーンクラッシャーには、何が光輝の剣を止めたのかが理解できており、嘲笑いながら光輝を見下ろした。

 

「おやおやぁ〜?もしかしてお前、この下等生物共とカトちゃんが同類だと思ってたのかぁ〜?残念でした!少なくともお前ら猿どもよりはずーっとお利口な知的生命体だよ〜ん!つ〜ま〜り〜、お前のしようとした事は立派な殺人さ〜!!!」

 

 そう、光輝にとって魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。実際、魔物と共にあり、魔物を使役していることが、その認識に拍車をかけた。散々亮牙や愛子から指摘されていたというのに、自分達と同じく『人』だとは思っていなかったのである。あるいは、無意識にそう思わないようにしていたのか…。

 その認識が、カトレアの愛しそう表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ『人』だと悟り、自分のしようとしていることがモホークの指摘したとおり()()であると認識してしまったのだ。

 やがて回復しきったカトレアが立ち上がった。彼女も光輝が躊躇った理由を正確に悟り、侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。

 

「ショックウェーブの言ってた通り、つくづく呆れた奴だ…。まさかあたし達を『人』とすら認めていなかったとは、随分と傲慢なことだね…」

「ち、ちが……俺は、知らなくて…」

「ハッ、『知ろうとしなかった』の間違いだろ?」

「お、俺は…」

「ほら、どうした?所詮は戦いですらなく唯の狩りなのだろ?目の前に死に体の一匹がいるぞ?さっさと狩ったらどうだい?お前が今までそうしてきたように…」

「…は、話し合おう。は、話せばきっと…」

 

 遂には聖剣を下げてそんな事を宣う光輝に、カトレアは心底軽蔑したような目を向けると、その後ろにいる雫達を睨みつけた。

 

「馬鹿野郎…!今更何抜かしてるんだ…⁉︎早く剣を構えろ…!」

「こ、光輝…!躊躇っちゃ駄目…!戦うのよ…!」

 

 毒に蝕まれながらも、永山と雫が悪態をつきつつ光輝に戦うよう促す。二人とも、戦争をするならいつかこういう日が来ると覚悟はしていた。武道を嗜んでいる上で、人を傷つけることの重さも理解していた。

 特に雫は、光輝の直情的で思い込みの激しい性格は知っていたはずなのに、本物の対人戦がなかったとはいえ認識の統一、すなわち自分達は人殺しをするのだと自覚する事を今の今まで放置してきた事に責任を感じ歯噛みする。

 しかし現実は残酷だった。ボーンクラッシャーが紅蓮の炎のように目を光らせると、まるで野獣の雄叫びのように罵声を浴びせた。

 

「馬鹿馬鹿しい!下等な猿のガキどもが、俺達ディセプティコンに勝てるはずも、対等なわけもねえだろ!お前らみたいな敗北した弱者は、勝ち抜いた強者たる俺達に黙って殺されりゃいいんだよ!!!」

 

 心底見下したようにそう告げた彼は、背中のクローを伸ばして、倒れ伏す永山を捕まえた。「ぐっ…⁉︎」と呻き声を上げる永山だったが、ボーンクラッシャーは容赦なく彼を足元に落とすと、騎士達にしたように何度も殴り始めた。永山は悲鳴をあげる暇もなく殴り潰されていき、血や肉片が雫達の前に飛び散る。

 その惨劇を心底愉快そうに眺めながら、モホークはカトレアに向き直った。

 

「後は俺とボンちゃんに任せな。やっぱ殺すならトータス人よりも地球人の方が楽しいからヨォ〜」

「好きにしな。毒で動けないとは言え、こんな殺し合いの自覚のない連中なんぞにもう興味もないからねぇ…」

「お任せ〜」

 

 そう告げるとモホークは、右手にナイフを握り締めて、倒れ伏す雫達へと近づいていく。雫達は逃げようにも、香織の回復魔法すら発動できない状態では、這いずり回ることすら困難のようだ。

 

「な、どうして!やめろぉ!」

「自覚のない坊ちゃんだ…。私達は『戦争』をしてるんだよ!そんな、甘い考えが通用すると思ってるなら大間違いさ!お友達がコイツらに嬲り殺しにされるのを黙って見てるんだね!」

 

 自分の提案を無視されて光輝が叫ぶが、当のカトレアは一切取り合わない。顔を青くして仲間達を助けに行こうとするも、『覇潰』のタイムリミットが来てしまい、膝から力が抜け、そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。毒に体を蝕まれたままという無理に無理を重ねた結果、弱体化どころか体が麻痺したように一切動かなくなってしまった。

 

「こ、こんなときに!」

「強大な力は無闇に使うもんじゃないよ〜。オメーは最後に殺してやっから、お友達の屠殺ショーをそこで眺めてな〜」

 

 動けなくなった光輝を嘲笑いながら、モホークは倒れ伏す野村の胸倉を左手で摘み上げる。野村は苦しそうに顔を歪めるが、毒のせいでもがく事すら出来なかった。だが彼はお構いなしに野村を抱えて、カトレア配下の魔物達の前にやってきた。

 舌舐めずりをする魔物達の前に立つと、モホークはナイフをグサリと野村の胸の中心に突き立て、そのまま腹まで大きく切り裂いた。忽ち大きく切り裂かれた傷口から、大量の血飛沫と共に内臓が溢れ出した。

 

「グフッ…」

「さ〜寄ってらっしゃい見てらっしゃい!モホーク流・地球人の活け作りだよ〜」

「「「「「グギャキャギャギャ!!!」」」」」

 

 野村は口から血反吐を吐くと、そのまま息絶えた。モホークはお構いなしにそんな事を呟くと、まるで板前が魚を捌くかのように彼の亡骸を解体していく。周囲には引き摺り出した内臓や、細かく切り刻んだ肉片が撒き散らされ、魔物達が嬉々として食らいついた。

 

「いやぁ〜!!!健太郎!!?」

 

 それを見ていた辻が悲鳴を上げる。彼女と野村は付き合ってこそいなかったが、実は両想いであった。この戦いで、もしどちらかが命の危機に晒されたら、自分が体を張ってでも守ろうと心に誓っていた。しかし無常にも、野村はどんどん細切れにされて魔物達に食われていった。

 

「残念だっだなぁ辻〜?じゃあ野村に代わっで、彼奴らに慰めでもらえよぉ〜!」

「きゃあああっ!!!」

 

 そんな辻を嘲笑いながら、ホリブルシットは股間の触手で彼女を絡め取ると、モホークの所に集まっている魔物達とは別の方へ彼女を投げ飛ばした。

 受け身をうまく取れず痛みに悶える辻の前に現れたのは、数体のブルタールモドキだ。しかしどの個体も、空腹とは違った下卑た表情で、鼻息を荒くしながら彼女を見下ろしている。そのまま掴みかかると、彼女の衣服をビリビリと引き裂き、のしかかって腰を振り始めた。

 周囲に辻の悲鳴が響き渡り、流石のカトレアも不快そうに顔を顰めるが、ホリブルシットは心底愉快そうに笑っていた。

 

「グヘヘへへ!ざまあみろ!次はお前らの番だぜぇ?辻みたいに良い声あげろヨォ〜?」

 

 そう告げながら近づいていく裏切り者。今となっては、あれ程執着していた香織への歪んだ欲望などどうでも良くなっていた。最早女を抱く事すらできない身体となった今はただ、自分を見捨てた連中への復讐心があるだけだ。

 ボーンクラッシャーとモホークも、新たな生贄を求めて近づいてきた。永山は最早原型を留めないほど殴り潰されており、地面に真っ赤なシミを残すだけだ。野村に至っては、全ての部位が魔物達の腹の中に収まってしまっている。未だ止まない辻の悲鳴が、その惨劇の凄惨さと悍ましさを強調していた。

 残されたのは勇者パーティの六人のみ、全員が待ち受ける自分の運命を悟り身震いしていた。鈴に至っては恐怖の余り失禁してしまっている。結界師として聖絶を発動しようにも、恐怖で身体が動かないのだ。

 

(ごめんなさい灘君…。結局、貴方の言ったとおりになっちゃったわ…)

 

 そんな中、雫のみはただ一人、この場にいない亮牙への懺悔の念を抱いていた。こうなる事はこのトータスに来た時点で彼からあれ程警告されていたというのに、「幼馴染を放って置けない」からと結局光輝達に追従し、この事態を招いてしまった。友情と過保護を履き違えて、幼馴染を甘やかし続けた結果、多くの人の人生を狂わせ、今は幼馴染達とともに地面に這いつくばって辱めを受けるのを待っている始末だ。

 いや、心の底では自分もまた、己が才能に驕り、誰かの為に何かが出来るという万能感と使命感に酔ってしまっていたのだろう。代々受け継がれてきた八重樫流が実戦でどこまで通用するか。偉業を成し遂げたと知れば家族がどれだけ喜んでくれるか。そんな浅はかな考えがなかったとは言えない。

 

「よ〜し、次はお前だよ〜ん」

 

 そう言いながらモホークが雫のポニーテールを乱暴に掴む。光輝が苦しみ悶えながら「やめろォ!」と叫ぶも、最早駆けつける事もできない。

 

「ごめんなさい皆…。先に地獄で待ってるわ…」

 

 苦しみ悶えながらも必死に止めようともがく香織や龍太郎を見やると、雫は両目に薄らと涙を浮かべながら、自嘲気味に謝罪する。そのまま魔物達の前に連れて行かれた彼女の胸に、モホークは笑いながらナイフを突き刺そうとした。

 

ズゥゥゥゥン…

 

「グルルルルルル…」

 

 突如として、何か巨大な生き物の足音のような重々しい音が響き渡り、同時に何かの唸り声も聞こえてきた。

 それを聞き、血の匂いと屍肉の味に酔いしれていた魔物達が一転して怯え出した。辻を慰み者としていたブルタールモドキ達ですら、歪んだ性欲が一気に吹き飛んでしまい、悪事のばれた悪餓鬼のように震え上がった。

 

「お、お前ら⁉︎一体どうしたって言うんだよ⁉︎」

 

 勝利を確信していたカトレアも、必死に魔物を宥めようとするが、何かが近づいているのを察知した。ディセプティコン2体も同様で、モホークは雫のポニーテールを離し、ボーンクラッシャーは鈴達に振り下ろそうとした拳を止めた。

 

ドスゥゥゥゥン!!!

 

「「「「「グギャアアアアッ!!?」」」」」

 

 次の瞬間、轟音と共に魔物達の頭上の天井が崩落し、巨大な何かが降りたった。魔物達は慌てて散開して逃げ出すが、あの多足亀・アブソドをはじめとする何体かはその巨体が仇となって逃げ遅れた。アブソドは降り立った何かの下敷きになり、頑丈そうな甲羅が粉々に砕け散ってしまい、口から大量の血反吐や内臓を吐き散らして絶命した。他の逃げ遅れた連中も、崩落した天井の岩の下敷きになってしまった。

 現れたのは、カトレア配下の魔物達より遥かに巨大な怪物だった。外見はティラノサウルスそっくりだが、体格は4倍近くもあり、全身が金属で覆われている。その背中には、SFチックな鎧を着た二人の人間と、右腕が銛になったロボットが跨っている。

 

「俺グリムロック、お前らこてんぱんにやっつける!!!」

 

 マキシマル一行の四人が、遂に駆けつけたのだ!

 




〜用語集〜
・汚濁獣ホリブルシット
 小悪党・檜山大介が、ショックウェーブの魔の手にかかって変貌した成れの果ての姿。
 顔はかつてのままだが、外見はその腐った性根に相応しい醜悪なモンスターへと成り果てており、一言で言えば餓鬼そのもの。股間は男の象徴が変貌し、魚の一種ワラスボに似た形状となっており、蛇のように獲物を締め上げたり飲み込む事ができる。無論、二度と性行為は出来ないのだが、生殖機能とともに性欲も消失したので問題はない。
 固有魔法は口から吐息として吐き出す毒ガス「苦悶息」。致死性こそないが相手を痙攣させるとともに、魔力を乱れさせて魔法を発動出来なくしてしまう。
 名前の由来は、『超神マスターフォース』に登場した陸上攻撃兵士・ブルホーンの英名・ホリブル(Horri-Bull)から。「最低な」などを意味するhorribleに因んでいる事から、檜山の卑劣漢ぷりに相応しいと思い、更にホーリーシットやブルシットなどのスラングも組み合わせた。反省も後悔もない。

・永山組の末路
 原作ではハジメを蔑ろにしていた事に罪悪感を抱いていた癖に、結局謝る事も感謝の言葉もなかった中途半端なキャラクター達でしたが、本作では『ゴブリンスレイヤー』のテーマの一つ「一寸先は闇」を同じくテーマとしているので、残酷な目に遭わせました。ファンの方々、申し訳ありません(苦笑)





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格の違い

昨日7/31に、三度目のゴジラVSコングを見てきました。
自分にとって怪獣と言えばキングコングなのでどハマりしたのもありますし、本作の執筆においても戦闘描写の参考にもなりますので(笑)


(な、何なんだいこの化け物は!!?)

 

 同盟者達の残虐非道振りに若干辟易しつつも、自らの勝利を確信していたカトレアは、一転して恐怖に震え上がっていた。

 突如として天井を突き破って降り立ち、そのまま真下にいたアブソドの頑強な甲羅を踏み砕いて即死させたその生き物は、今まで彼女が見てきた魔物が愛玩動物に見えるくらい巨大だった。ショックウェーブの使役するドリラーに比べれば小柄だが、全長40mもの巨体に、無数の刀剣が並んだような鋭い牙の生えた巨大な顎は、それ以上の迫力を醸し出していた。

 おまけに背中には、まだ三人ほど仲間らしき輩が跨っている。うち一人は、明らかに同盟者であるディセプティコン達と同類に見える。もしかして此奴らもディセプティコンの兵士かもしれない。地下へと進んでいったショックウェーブからも、地上へ攻め入ったドレッドボットからも新たな応援を送るなんて連絡はなかったが、連絡がまだ回っていない可能性だってある。

 そんな淡い期待が正しい事を必死に祈りながら、カトレアはモホークとボーンクラッシャーへと振り返るが…

 

「うそ〜ん…」

「何ダァ?此奴らぁ?」

 

 モホークは先程まで殺戮を楽しんでいたのが嘘のように、口をあんぐりと開けたまま、この世の終わりと言わんばかりに絶望した表情となっている。おかげで次の犠牲者となる筈だった雫は、最後の力を振り絞って逃げ出す事が出来たようだ。ボーンクラッシャーの方は警戒しつつも、闘志を沸らせている。どうやら当てが外れたらしい。

 それでも彼女は、現れた連中が敵ではなく味方であって欲しいという希望を捨てられず、モホークに尋ねた。

 

「モ、モホーク…。アンタ、あのデカブツの事知ってるみたいだけど、ディセプティコンの仲間かい?」

「…ちげーよカトちゃん。俺らの敵・オートボットの英雄で、前世のドレちゃんぶっ殺した化け物さ」

 

 やはり目の前の相手は敵だった。それを聞いたカトレアは身構えながらも、内心は恐怖で発狂しそうだった。軍人として戦場に立ち、多くの敵と対峙した経験があるからこそ、目の前に現れた怪物の強さが理解できてしまったのだ。配下の魔物達も、それを本能的に悟っているらしく、さながら蛇に睨まれた蛙の如く固まっている。

 

「馬鹿野郎!何そこで寝っ転がってる猿どもみてぇにビビってやがる!ボッツの仲間って事は俺らの敵、ぶっ殺せば良いってだけだろうが!」

 

 そんな仲間達に対して、好戦的なボーンクラッシャーが怒鳴り声を上げると、グリムロック達目掛けて突進していった。彼の性格は一言で言えば「方向性無き破壊衝動」と称すべき戦闘狂だ。破壊衝動のままに暴れ回り、時には仲間のディセプティコンにすら牙を剥く。主君であるメガトロンと、その更に上の存在たるメガトロナス・プライムくらいしか、彼の恐れるものはないのだ。

 そんな彼の一言に励まされたのか、カトレアとモホークも腹を括ったようだ。何にせよ、出会した以上戦うしかない。勝って運命を切り開くしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野郎ぶっ殺してやらぁ〜!!!」

 

 凄まじい怒声を上げながら突進してくるボーンクラッシャー。一方のグリムロックは、そんな彼に注意を払いつつも周囲の様子を観察した。

 遠藤の報告どおり、魔人族は目の前の女一人、ディセプティコンは二人だ。こっちに向かってくる一体は見た事ないが、もう一体は見覚えがある。ドレッドボット達と共にケイド達を襲った奴で、確かモホークと言う奴だ。自分の記憶が正しければ、バンブルビーに討ち取られた筈なのだが、恐らくメガトロナスの策略でこのトータスに転生したのだろう。

 後は魔人族の配下と思われる魔物達が、自分が降り立った際に踏み殺したアンキロサウルスの偽物らしい奴含めて何体かいるが、遠藤の報告にあった奴らが確認できない。述べられた特徴からしてドリラーボットなのだが、嗅覚を研ぎ澄ませても全く匂いを感じとることが出来ない。

 

(まさか…)

 

 グリムロックの脳裏に嫌な予感が過ぎる中、ボーンクラッシャーはどんどん近づいてくる。だが、グリムロックの背中に乗っているインパクターの右肩のカノン砲が発射され、直撃を受けたボーンクラッシャーは大きく仰け反った。

 

「此奴は僕にやらせて。今後に備えて、自分がディセプティコン相手にどこまでやれるか試したいからさ」

「俺グリムロック、分かった。ユエ、援護しろ」

「ん、任せて。私とハジメなら、大丈夫」

 

 そう言うと二人はグリムロックの背中から飛び降りて、怒りに震えるボーンクラッシャーと対峙する。どうやら致命傷とはならなかったらしく、目の前の見た事ないオートボットへの殺意を激らせている。

 

「シア、俺グリムロックと一緒に、雑魚ども片付ける。いいか?」

「了解です!私達もハジメさんとユエさんに負けないくらいの愛のパワー、見せつけてやりましょう!」

「俺グリムロック、任せろ」

 

 そうやる気満々な様子でシアは、両手に斧に変形させた2体のテラクサドンを構えると、グリムロックの背中から降り立った。その頼もしい姿にグリムロックは嬉しそうに微笑むと、目の前の敵へと向き直った。

 自分が気になった点については後回しだ。後で一体生け捕りにして尋問すれば良いだけだ。

 

「ひ、怯むなお前ら!相手はたったの四人だ!アハトド、やっちまいな!」

 

 怯えつつもカトレアは配下の魔物達を呼応すると、一体の魔物に号令を出した。その魔物・アハトドは、牙の生えた馬のような頭部に下半身はゴリラ、そして上半身は四本腕の筋肉モリモリマッチョマンの化物だった。常人から見ればまるで地獄の獄卒の如く悍ましい容姿をしているのだが、今のアハトドは目に見えて怯えており、とても恐ろしい存在には見えなかった。

 無理もないだろう。先程まではディセプティコン達に惨殺された騎士達や勇者一行の死骸を思う存分貪り食い、いよいよメインディッシュとして柔らかい女の肉が食えると思った矢先、自分達の中で一番デカいアブソドを瞬殺するレベルの化け物が現れたのだ。実質的には魔人族の家畜である彼らだが、身体に刻まれている野生の本能が、目の前の相手と戦うべきではないと警報を鳴らしているのだ。

 しかし家畜である以上、主人の命令には逆らえない。もし逆らったら、次は自分が主人の同盟者達に嬲り殺しにされるかもしれない。

 

「ルゥアアアア!!!」

 

 もう自棄糞だと言わんばかりにアハトドは雄叫びを上げると、半端自暴自棄になってグリムロックへと突進していく。自分が持つ魔力を衝撃波に変換する固有魔法「魔衝波」を使えば、運が良ければ目の前の化け物を倒せるかもしれないと、僅かな期待を抱いて。

 

ガブリンチョ!!!

 

 しかし現実は無情だった。グリムロックは口を大きく開けると、そのままアハトドに噛み付いた。哀れな魔物はそのまま腰から上下真っ二つに食い千切られ、口からはみ出した自慢の四本腕も鋭い牙でソーセージのようにスパンッと噛み切られて地面に落ちた。そのまま上半身は断末魔の叫びをあげる暇もなくゴクリと飲み込まれ、残った下半身はドスンと倒れた。

 

「俺グリムロック、随分不味い馬肉だな」

 

 呑気にそう呟くグリムロックに、今度は2体のキメラが飛びかかった。仲間であるアハトドの無惨な最期に激昂し、固有魔法で姿と気配を消して、一頭は足元を、もう一頭は背後から襲いかかった。それが自殺行為だとも気付かずに…。

 

ドスン!!!

 

グシャリ!!!

 

グサッ!!!

 

「グギャアアアッ!!?」

 

 グリムロックの強力な嗅覚と、長年培った戦士としての勘の前には、そんなもの無意味も同然だった。ましてや殺気を丸出しなのだから丸分かりだ。オルクスの真の迷宮の魔物達の方がよっぽど隠密に長けている。

 足元に突っ込んだ一頭は、グリムロックに思い切り頭を踏みつけられた。何十トンもの体重は一瞬でキメラの頭を踏み潰し、鈍い音とともに脳漿が地面に飛び散った。背後から回り込んだもう一頭は、飛びかかる間も無く彼の尾の先端で串刺しにされ、激痛のあまり悲鳴を上げた。グリムロックはお構いなしに後ろを振り向くと、尾で串刺しにしたキメラにレーザーファイヤーをお見舞いした。

 

「ギェアアア〜!!?」

 

 生きたまま串焼きのように焼かれたキメラは断末魔の悲鳴をあげるも、すぐに悲鳴は止み、一瞬で黒焦げの焼死体と化した。グリムロックが尾を振ると、炭化したその亡骸は地面へと転げ落ち、粉々の灰となって砕け散った。

 

「グルゥオオオオオオオオ!!!」

「「「「「ギャアアアアアア!!?」」」」」

「な⁉︎落ち着けお前ら!馬鹿、やめろ!やめないか!」

 

 一瞬で三頭の仲間が瞬殺された光景に硬直していた魔物達だったが、グリムロックの雄叫びを浴びせられると、一気に恐慌状態となってしまった。カトレアが必死に宥めようとするものの、最早手遅れだった。

 ある者は同じ種類同士で狂ったように殺し合い、ある者は何度も自分の頭や身体を壁に叩きつけての自傷行為を行って自ら命を絶った。回復役の白烏でさえ、カトレアの肩から飛び立つと、わざと壁に激突して翼を折り、自らの嘴で己の体を刺し貫いて死んでしまった。

 どの個体にも共通して抱いていた感情はただ一つ。目の前の化け物にあんな無惨な殺され方をされるのならば、自らの手で命を断つしかない。でなければ、あの三体のように惨殺されるだけだと…。

 そんな魔物達の気持ちなど露知らず、グリムロックとシアは容赦なく殲滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ハジメに加勢しつつ、逃げ惑う魔物達を蹴散らしていくユエは、地べたに這いつくばっている光輝と雫に気が付いた。二人とも毒に蝕まれながらも死の危機から脱したはいいが、予想外の援軍に戸惑っていた。

 

「…さっさとどいて。 雷錨牽引(プラズマアンカー)

「うわっ!!?」

「きゃっ!!?」

「こ、光輝!!?」

「雫ちゃん!!?」

 

 二人の顔を見て、亮牙やハジメから聞かされていた同郷の馬鹿どものリーダー格の連中だと気づいたユエは顔を顰めながらも、両手を二人に向かって伸ばし、腕から電撃の錨を出現させて倒れ伏す二人に絡みつけると、そのまま香織達四人が倒れ伏す隅まで投げ飛ばした。光輝と雫はそのまま四人のもとへと投げ落とされて、龍太郎と香織が動揺して叫んだ。

 すると突然、六人に向かって何か液体が噴射された。また毒かと思い身構える光輝達だったが、ふと気づくとさっきまで身体を蝕んでいた痺れが消えていた。全快というわけではないが、体力が回復していたのだ。

 

「…死にたくなかったら引っ込んでて。戦いの邪魔だから」

 

 突然の回復に動揺する光輝達に、マスクで顔が隠れて分かりづらいものの、ユエが冷めた表情で吐き捨てた。その右腕に装備されたブラスターからは、神水らしき雫が滴り落ちていた。

 ユエが光輝達に放水した液体は勿論、神水だ。彼女にとっても、光輝達六人の命など何の価値もない。最愛の人と友人を迫害し、あまつ二人を殺そうとした外道を何の疑いもせず仲間としていた連中なのだから、無理もないだろう。

 しかしディセプティコンを相手に戦っている今、まだ生きているのに逃げもせずに地べたに這いつくばっている光輝達は、はっきり言って邪魔でしかない。此奴らに気を取られているうちに敵の攻撃を受ける可能性もあったので、ある程度回復させて隅っこに引っ込ませておく事にしたのだ。もし後で亮牙とハジメが六人を制裁したいと言えば、拘束すれば良いだけだ。

 

「お〜っとおチビちゃん!油断大敵だよ〜ん!」

 

 すると、その一瞬の隙をついて、飛び上がったモホークがナイフを投擲した。優香のナイフ投げと比べると、彼の方が遥かに腕力があるので、投擲の威力も半端ではない。常人の首なら容易く切断されてしまうだろう。

 

「…甘い。私を舐めるな」

「な!!?」

 

 しかしユエは動じない。すかさず左腕の前腕辺りに「聖絶」の簡易版とも言える結界魔法を発動させる。さながら古代ローマ兵の盾・スクトゥムに似た形の結界が張られ、投擲されたナイフを弾き返した。

 これにはモホークも驚愕の声を上げるが、彼女の魔法はこれで終わりではなかった。

 

「私をチビ呼ばわりした事、後悔させてやる…」

 

 そう呟くと、ユエは右腕に魔力を込めていく。すると、彼女の右腕は次第に燃え上がり、まるでティラノサウルスの頭部を模した形へと変わっていく。

 これを見たモホークは流石にヤバいと悟り、慌てて逃げようとするが、手遅れであった。

 

「喰らい尽くせ、紅蓮牙(ぐれんげ)!!!」

 

ドォガァァアアアアアッ!!!

 

「アイエエエ〜ッ!!?」

 

 その一言とともに、ユエはモホーク目掛けて右ストレートをお見舞いする。同時に彼女の右腕に集中していた炎は、まるで本物のティラノサウルスの如くモホークの身体に食らいつき、彼の身体は轟音を立てて大爆発を起こした。やがて、吹き飛ばされた頭がコロンコロンと音を立てて地面に転がり落ちた。

 

「チクショ〜、またこれか〜い…」

 

 頭だけになりながらもまだ生きていたモホークは、悔しそうにそう呟いたが、直ぐに動かなくなった。彼もまたドレッドボットと同様、前世と同じあまりにも呆気ない最期であった。

 それを見届けたユエは、もう一人のディセプティコンと対峙する恋人への加勢に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インパクターを操縦するハジメは、ディセプティコン屈指の狂戦士・ボーンクラッシャーと死闘を繰り広げていた。初めてとなるディセプティコン兵との戦いに苦戦しつつも、右肩のカノン砲で距離を取りつつ、逃げ惑う魔物達を右腕の銛で貫き、スリングのように相手にぶつける事で応戦していた。

 しかし、ボーンクラッシャーは歴戦の戦士だ。魔物や人間の悪党のように容易く倒せるはずも無く、クローや腕に装備したブラスターを発射して応戦する。特にクローの攻撃は、まるで恐竜か大蛇の顎が獲物に食らいつくかのようで、捕まればボディを容易く引き千切られてしまうだろう。

 

「調子に乗るんじゃねえぞゴルァアアア!」

「うわっ⁉︎」

 

 目の前の名前も知らないトランスフォーマーの執拗な攻撃に苛立っていたボーンクラッシャーはそう怒鳴ると、勢いよく飛びかかってインパクターを押さえつけた。これには流石のハジメも堪らす「ぐっ⁉︎」と倒れ込んだ。

 そんな彼を見下ろしながら、ボーンクラッシャーは戦いの最中にふと気になった事を問いただした。

 

「おい、さっきから何か違和感がある気がしてたんだがよぉ。お前からは魂が感じられねぇ。…お前、本当にサイバトロン人か?」

「…へぇ、バーサーカーかと思ったけど勘がいいね。僕はサイバトロン人じゃない。唯の人間だよ。このボディは君らを模して僕が造ったのさ」

 

 目の前の相手が意外と勘が鋭い事に若干驚きつつも、ハジメは種明かしをする。それを聞き、ボーンクラッシャーの顔が一気に憤怒の相へと変わった。

 

「下等な猿に過ぎない地球人風情が、宇宙の頂点に立つ俺たちサイバトロン人の真似事だとぉ⁉︎巫山戯やがって!お前はお仲間より痛めつけてからぶっ殺してやらぁ!!!」

 

 他のディセプティコンと同様、有機生命体への蔑視を抱いていたボーンクラッシャーは、自分達サイバトロン人を模した武器を使うハジメを、ディセプティコンだけで無くサイバトロン人全体への侮辱行為と見做した。怒りのままにインパクターのボディを何度も殴りつけ、更にはクローで頭を引き千切ろうとした。

 流石のハジメもこれは不味いと、必死に抵抗するが、中々拘束を振り解けずにいた。ボーンクラッシャーのクローがインパクターの頭に食らいつこうとした次の瞬間、援軍が加わった。

 

「私の最愛の人から離れろ、下郎!!!」

「ぐわっ!!?」

 

 モホークを倒したユエが、すかさず凍結魔法を発動し、ボーンクラッシャーのクローを凍らせた。流石の彼もこれには堪らず怯んだところを、体勢を立て直したインパクターに突き飛ばされ、大きく仰け反った。

 

「助かったよユエ。あれを頼めるかい?」

「ん、任せて」

 

 ユエがそう言うと、彼女の纏うアマゾンはギゴガゴゴと巨大なブラスターへと変形し、インパクターの左手に掴まれた。これこそアマゾンのもう一つの形態・バトルマスターモードだ。その銃口は今、怒りに震えるボーンクラッシャーへと向けられた。

 

「「Wreck and rule!!!」」

 

ズダァァァァァァン!!!

 

「グアアアアアアッ!!?」

 

 二人の魔力を込めた強力なエネルギー弾が発射され、ボーンクラッシャーの胸部に直撃した。地雷除去車に変形するだけあって仲間内でも屈指の頑強さを誇る彼の装甲も、これには堪らず大きく損傷するが、致命傷とは至らなかったようで、より一層怒りの籠もった目で二人を睨みつけた。

 

「くっ…!それで勝ったつもりかぁ!!!」

「いや、これで終わりだ!!!」

 

 ハジメはそう告げると同時に、インパクターの右腕の銛を発射、装甲が砕けて内部が無防備になったボーンクラッシャーの胸部に突っ込むと、彼のスパークを貫いた。そしてそのまま銛のチェーンを引っ張り、体内からスパークを抉り取った。

 

「ガハッ…⁉︎そ、そんな…⁉︎この俺が…こんな猿の操る…紛い物なんかに…」

 

 スパークを抉られては、流石のボーンクラッシャーもどうしようもなかった。人間に負けたと言う屈辱に顔を歪めるも、その両目は光を失い、そのまま轟音を立てて前のめりに倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何なんだ奴らは…⁉︎」

 

 一方、絶体絶命のピンチに陥りながらも、悪運が強いのか間一髪助かった勇者パーティの六人。突如として現れた謎の四人組(うち二人は自分達を殺そうとしたロボット達と同類に見える)が、自分達が敵わなかった敵軍を容易く蹴散らしていく様を見て、光輝が皆の気持ちを代弁するかのように呟いた。

 

「…ねえ皆、さっきから何か聞いたことある気がすると思ったんだけど、あの小さい方のロボットから南雲君の声がしない?」

「!確かに南雲君の声がする!」

 

 ふと、普段からの周囲に気を配り過ぎる性格からか四人を観察していた雫が、インパクターから死んだ筈のハジメの声が聴こえてくる事に気づいた。その呟きに、香織が先程まで苦しんでいたのも忘れて嬉しそうな表情となる。

 しかし、残る四人は懐疑的な表情だ。今度は龍太郎が口を開いた。

 

「で、でもよぉ雫。南雲なら、四ヶ月前に檜山によって灘と一緒に殺されちまった筈じゃあ…」

「ちょっと龍太郎君!()()()()死んでないよ!勝手に殺さないで!」

「お、落ち着きなさい香織…!…でも確かに龍太郎の言う通りよね。それに何で奴等と同じ姿に…?」

 

 とっくにハジメを亮牙と共に死んだ扱いにしていた龍太郎に香織が激怒する。またしても亮牙の事など眼中に入れてなかった。

 雫はそれを宥めながらも、より一層混乱する。もし生きていたのなら嬉しいが、何故あのロボット達と似た姿になって戦っているのだろうか。それに、一緒にいる三体は何者なのか。うち一体は、片言ながらも亮牙に似た声で喋っているが…。

 

「お前らぁ〜!動ぐんじゃねぇ〜!オデに近づいだら、此奴をぶっ殺ずぞぉ〜!」

「ッ、辻さん⁉︎檜山ァ!!!」

 

 そんな彼女の思考を遮るように、階層中に忌々しい声が響き渡った。声の主は醜い裏切り者・ホリブルシットだ。但しその股間の触手の顎には、ブルタールモドキどもの慰み物にされて目から光を失った辻が咥えられており、それに気づいた雫が叫んだ。

 最初は主人達が新たな乱入者達を返り討ちにしてくれると期待したホリブルシットだが、2体のディセプティコンは死闘の末に敵に討ち取られ、カトレア配下の魔物達も殲滅・自滅であっという間に数を減らしていった事に危機感を抱いた。そんな中、ブルタールモドキに捨て置かれてぐったりしていた辻に気づくと、彼女を人質にしてこの場から逃げようと目論んだのだ。

 最早こんな姿になってしまったし、勇者一行を裏切った以上頼れる者はいないのだから、どんな事をしてでも生き延びてやる。そんなどこまでも自分本位で醜悪な事を考えながら…。

 すると、それに気づいたグリムロックが睨みつけてきた。ホリブルシットがそれに動揺するが、当の彼は意にも介さず、ビーストモードから人間態・灘亮牙としての姿に戻った。

そのあり得ない光景に、雫達もホリブルシットも驚愕を露わにする。

 

「ええっ⁉︎な、灘君⁉︎」

「な、灘ぁ⁉︎な、な、何でお前が生ぎでいやがるぅ〜!!?」

「黙れ、口が臭えんだよ」

 

 そんな叫びを無視して、亮牙はスルトを展開して一振りする。炎の斬撃はそのままホリブルシットに向かっていき、辻を捕まえていた股間の触手を焼き斬った。辻は地面に転がり落ち、斬り落とされた触手は黒焦げになって燃え尽きた。

 

「イギャアアアアアッ⁉︎お、オデのチ○コがぁぁぁ!!?」

 

 生殖機能は失われながらも、股間が急所である事は変わらなかったようで、ホリブルシットは触手を斬り落とされた股間を押さえながら、あまりの激痛にのたうち回った。

 そこへ、残る魔物を殲滅し終えたシアが亮牙のもとへと駆け寄ってきた。彼女は目の前で悶絶する醜悪な怪物の顔を見て、最愛の恋人を突き落とした卑劣漢である事に気づいた。その近くで裸の状態でぐったりと横たわる辻を見て、彼女は目の前の腐れ外道が更に悪事を重ねた事を悟り、怒りの炎を激らせた。

 

「亮牙さん、このクソッタレは私がトドメを刺します。貴方が受けた仕打ち以外にも、此奴を許せそうにないんで…」

「おう。じゃあ任せるぞ」

 

 亮牙から許可を得ると、シアは得物をテラクサドンからドリュッケンへと変えた。そして、偶然足元に転がっていた勇者一行の武器を拾い上げた。光輝の愛用する聖剣だ。

 光輝が「俺の聖剣が⁉︎」と叫ぶのを無視して、シアは片手で聖剣を放り投げると、ドリュッケンを大きく振りかぶり、メジャーリーガーも顔負けの凄まじいスイングで聖剣をホリブルシット目掛けて打ち込んだ。

 

「地獄へ堕ちろですぅ〜!!!」

「グギャアアアアッ!!?」

 

 聖剣はそのまま真っ直ぐに、股間の激痛に悶絶したままであったホリブルシットの胸に深々と貫通した。堪らず悲鳴を上げるホリブルシットだが、その身体を貫いてもなお聖剣の勢いは止まらず、そのままホリブルシットごと岩壁に深々と突き刺さった。

 まるで虫ピンで固定された昆虫標本のように串刺しにされたホリブルシットは、大量の血反吐を吐きながら「ウグゥ〜」と苦しそうに手足を痙攣させた。しかし次第にそれも弱まり、遂に完全に動かなくなった。

 どこまでも自分勝手で性根の腐った卑劣漢らしい、惨めな最期であった。

 

「ふぅ、これで腐ったガスも抜けるでしょうね

 

 敵が絶命した事を確認したシアは、恋人の影響もあってか、中々容赦ない決め台詞を呟くのであった。

 こうしてマキシマル一行は、あっという間に敵を殲滅した。残るはカトレアたった一人だ。

 

 




〜用語集〜
・アマゾン
 本作オリジナルのアーティファクト。マキシマルの女性陣の対ディセプティコン武器としてハジメが作ったアーマー。
 高い防御力を誇る他、巨大なブラスターに変形して自身の魔力を込めてエネルギー弾を放つバトルマスターモードで、他のマキシマル面々の武器としても使用可能。
 名前はギリシャ神話のアマゾン族と、『ウォー・フォー・サイバトロン・トリロジー』のバトルマスターから。

・紅蓮牙
 本作でのユエのオリジナル魔法。かつてより魔力も高まった事からグリムロックの大炎爆発にインスピレーションを得て、ティラノサウルスの顎を模した爆炎を纏って強力なパンチをお見舞いし、敵を焼き尽くす。
 元ネタは『ONE PIECE』におけるサカヅキの犬噛紅蓮や、ビッグマムの天上の火。名前は鬼滅の刃の主題歌『紅蓮華』をもじった。

・またこれか〜い
 モホークの前世での最期は呆気ないもので、オンスロートとドレッドボットの戦死を受けてメガトロン達が撤退する中、一人取り残されたのを知らずに皆を探している中、バンブルビーの射撃で体を吹き飛ばされ、頭だけになってしまった。
 歴代ディセプティコンの中でも個性的な性格で、作者は個人的にその活躍を期待していただけあって、その早過ぎる退場は中々にショックだった。

・これで腐ったガスも抜ける
 皆大好き『コマンドー』のTBS版での、シュワちゃん演じる主人公・メイトリクスが宿敵ベネットを串刺しににして倒した時の台詞。
 因みにTBS版の吹替は、メイトリクスを屋良有作氏、ベネットを故・青野武氏が演じたことから、国内では「ダイアトラス対デスザラス」や「ひろしと友蔵の親子喧嘩」とネタにされる事もしばしば。





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突きつけられる現実

あっという間にお盆。とは言え今年も遠出は出来なさそう…。
自分は本日、2回目のワクチン接種を受けますが、副反応が気になりますね…。

今話は、広島と長崎に原爆が投下された6日と9日の間の投稿でもあり、私なりに戦争の悲惨さを訴えるのも込めて、光輝達にかなりのアンチがあります。ご了承下さい。


 マキシマル一行の活躍で、協力者である二体のディセプティコンは倒され、ホリブルシットを含めた配下の魔物達も一匹残らず死滅した。今のカトレアには、最初に勇者一行と出会した際の余裕など完全になく、絶望的な状況に顔は真っ青になっていた。

 そんな彼女の内心などお構いなしに、亮牙はゆっくりと近づいてくる。ユエとハジメもボーンクラッシャーの亡骸から離れてその後に続いた。二人ともアマゾンとインパクターを宝物後にしまい、本来の姿に戻っており、それを見た香織は「南雲君!」と状況を忘れて嬉しそうに喜んでいた。

 シアは亮牙の宝物庫から取り出した魔物のなめし皮で、今もなお裸の状態でぐったりとしている辻を介抱していた。最愛の恋人を蔑んでいた連中の一人とは言え、敵に犯されるという、殺されるより惨たらしい目に遭わされた辻の哀れな姿には、流石の彼女も同情せずにはいられなかったので、少しばかりの情けをかけたのだ。

 

「ち、畜生!!!」

「逃がすわけないでしょ」

「あがぁあ!!」

 

 まるで死刑執行人の如く無言で近づいてくる亮牙達三人に震え上がりながらも、カトレアはせめてもの抵抗と言わんばかりに、悪態をついてその場から逃げだそうとした。しかし、すかさずハジメが冷めた目をしながらドンナーを二発発砲して正確無比に彼女の両足を撃ち抜き、カトレアは堪らず悲鳴を上げて崩れ落ちた。

 敵の殆どが死に絶えて静寂が戻った部屋に響き渡ったその悲鳴と、あの大人しかったハジメの無慈悲な攻撃に、背後にいた勇者パーティ六人は息を呑んだ。しかし亮牙達はそんな事は微塵も気にしておらず、亮牙はうつ伏せに倒れたカトレアの頭を乱暴に掴むと、自分の方に顔を向けさせて話しかけた。

 

「さてと。生憎俺達はテメェらトータス人どもの事情なんざ知った事じゃねえんだが、聞きてえ事が二つほどある。何でコンズを引き連れてまでわざわざ敵対種族の縄張りに踏み込んできやがった?…それと何より、彼処でくたばってるガラクタ共の仲間があと二体いる筈だが、其奴らは今何処にいやがる?」

「あたしが話すと思うのかい?人間族の有利になるかもしれないのに?バカにされたもんだね」

 

 髪を乱暴に掴まれながらも、カトレアは屈するものかと嘲笑するように鼻を鳴らした。だが亮牙はそんな彼女の態度を鼻で笑って返した。

 

「答えたくなけりゃ結構。別にある程度は予想つくがな。…狙いは迷宮を攻略して神代魔法を得るためだろ?テメェの種族が最近活発化してるのもそれが原因、残る二体のコンズは攻略のために先に進んでるってところか?」

「ッ!!?」

 

 亮牙の推測を聞いて、カトレアの顔はより一層青ざめていった。そう、彼女とショックウェーブの真の狙いは、オルクス大迷宮を攻略して「生成魔法」を得るためであり、この場にいないショックウェーブは攻略のために先行したのだ。

 そもそも、カトレア配下の魔物達は全て、彼女の上官である「魔人族の攻略者」が変成魔法を使い生み出した産物なのだ。ショックウェーブもまたその攻略者であり、ウルの町を襲った魔人族・レイスや今回のホリブルシットのような怪人を生み出す薬品も、地上を襲ったジェットストームとクイックストライクも、その変成魔法を悪用して生み出したのだ。

 

「…アンタ達、あれだけの力を持ちながら、神代魔法を得ているのか⁉︎ショックウェーブ達みたいに、まだ強さを求めているのか…!」

「…ショックウェーブか。聞いた話じゃ確か、コンズの幹部格だったな。どうやら其奴が現在オルクスを攻略中ってわけか…」

 

 青ざめながらカトレアが呟いたショックウェーブという名を聞いて、亮牙は成る程と納得する。オプティマス達と会った頃には既に戦死していたディセプティコンの科学者だ。恐らくドレッドボットやモホークと同様、メガトロナスがこのトータスに転生させたのだろう。

 聞きたい事は充分聞けた。そう判断した亮牙はカトレアの頭を掴んでいた手を離し、彼女は再びその場に崩れ落ちた。だが彼は容赦なくスルトを構えて、その鋒をカトレアの首に突き付けた。

 

「これで話は終わりだ。生憎10万ルタPONと貰ったわけじゃねえが、ギルドからテメェとコンズどもをぶち殺せと依頼されてるんでな…。その首取らせてもらうぞ」

「…どうやらあたしもここまでのようだね。アンタ達は其処の勇者君どもに比べりゃ遥かに英雄っぽいし、そんな奴らに討ち取られるならある意味本望だね…」

 

 最早逃げる事も出来ないし、反撃して勝てるような相手じゃない。カトレアは覚悟を決めてそう呟いた。彼女自身、兵士として戦場に立っている以上、いつかこうなる日が来る覚悟はしていた。

 捕虜にされるくらいならばどんな手を使っても自殺してやる。出来ることなら戦いの果てに死にたい。そんな気持ちを彼女の表情が物語っていた。最後にカトレアは道半ばで逝くことの腹いせに、負け惜しみと分かりながら亮牙達に言葉をぶつけた。

 

「覚悟しな。いつかあたしの恋人が、仲間達が、アンタ達を倒すよ」

「出来るもんならやってみろ。絶対無理だろうがな」

 

 そう不敵に笑いながら返答すると、亮牙はスルトを振り上げる。同じ戦士としての情けだ。苦しませずに一瞬で殺してやる。

 だがそれに水を指すように、光輝がフラフラしつつも立ち上がり、大声で制止をかけた。

 

「待て!灘なんだろう⁉︎待つんだ!彼女はもう戦えないんだぞ!殺す必要はないだろ!捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。灘も南雲も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

「「「……」」」

 

 亮牙はスルトを振り下ろすのを止めるも、心底冷めた目で光輝を睨みつける。だが光輝は全く気づいておらず、余りにツッコミどころ満載の言い分を述べる始末だ。

 つくづく救いようのない馬鹿だな、最早聞く価値すらないと即行で切り捨てた亮牙は、カトレアの首を刎ねるためにスルトを振り下ろそうとする。だが、そこへ同じく光輝の戯言を聞いていたハジメが待ったをかけた。

 

「待って、亮牙」

「…何だよ?」

「僕が代わりにやる。()()()()()()には丁度良い機会だからさ…」

 

 そう呟きながら、ハジメは冷めた目のまま、光輝の後ろにいる香織達を見やる。香織は先程まで死にかけていたのが嘘のように、嬉しそうにハジメを見つめている。大方今の光景も、優しいハジメが乱暴な亮牙を宥めているとでも思っているのだろう。その隣では、雫がどう声を掛ければよいのか戸惑っていた。

 

「…分かった。任すぞ」

「うん…」

 

 亮牙はそう言うと、スルトを振り下ろすのを止めた。それを見て、ハジメが亮牙を宥めてくれたと見做した光輝達もほっ、と一安心する。

 

ドパンッ!

 

 次の瞬間、ハジメは無言のまま目にも止まらぬ速さでドンナーを発砲した。乾いた破裂音が室内に木霊し、解き放たれた殺意は、狙い違わずカトレアの額を撃ち抜き、彼女を一瞬で絶命させた。

 静寂が辺りを包んだ。生き残っていた勇者パーティの面々は同じクラスメイト、それもあの大人しいハジメが、目の前で躊躇いなく人を殺した光景に息を呑み、戸惑ったようにただ佇む。

 そんな彼等の中でも一番ショックを受けていたのは香織である事は、親友である雫には手に取るように分かった。そして日本にいるとき、普段から散々聞かされてきたハジメの話から、香織が何にショックを受けているのかも察していた。

 雫自身も、人を殺してもなお涼しい顔をしているハジメを見て、確かに変わり過ぎだとは感じていた。しかし、何も知らない自分がそんな文句を言うのはお門違いもいいところだということも理解していたので、結局何をすることも出来ず、ただ香織に寄り添うだけに止めた。

 だが当然、偽善に満ち溢れた光輝が黙っているはずもなく、静寂の満ちる空間に押し殺したような声を響かせた。

 

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか…」

 

 ハジメも亮牙も、自分達を鋭い眼光で睨みつける光輝の事など一切眼中に入れていなかった。亮牙はカトレアの亡骸へと近づいていくと、スルトでその首を刎ね落とし、ハジメが宝物庫から取り出した魔物の皮の袋へと入れた。

 最後に残った彼女の亡骸にレーザーファイヤーを放つと、一瞬で焼き尽くした。せめてもの情けで荼毘に伏せてやったのだ。

 そんな様子を勇者一行が黙って見ている中、亮牙は辻を介抱するシアの方へと歩み寄っていった。必死に感情を押し殺した光輝の声が響くも、一切無視していた。

 ハジメとユエも、カトレアの亡骸が完全に焼き尽くされたのを見届けると、やるべき事は終わったと言わんばかりにディセプティコン達の残骸の方へと向かう。今後の戦いに備えて、必要なパーツや武器を回収する事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シア、其奴の容態はどうだ?」

「命に別状はないですね。ただ、精神が崩壊しちゃったみたいで、さっきから死なせてくれって繰り返すばかりで…。まあ、無理もないんですが…」

「そうか…。同じ女として思うところがあるのかもしれんが、同情する事はないぞ。こういう目に遭うのか『戦争』だというのを理解してなかった此奴らの落ち度だからな」

 

 シアは辻に神水を飲ませて、裸になった身体を魔物のなめし皮で包むなど、出来る限りの介抱を施した。だが当の辻は目から光を失い「こ…殺して…」と譫言のように繰り返すばかりだった。目の前で両想いの相手だった野村を殺され、自身は敵、それも人間ではない生き物に犯されて純潔を奪われたのだから、無理もないだろう。

 しかしそれは、亮牙から言わせれば「自業自得」以外の何者でもなかった。戦争とは命や尊厳が踏み躙られるのは当然、ましてやこのトータスは現代の地球のような人権や道徳などは微塵もないのだ。今の辻に出来るのはただ、過去の自身の軽率さを後悔するだけだった。

 用は済んだ。未だ辻が気がかりな様子のシアを促すと、地上へ戻る準備をしようとしたが…

 

ヒュンッ!

 

ガンッ!!!

 

「亮牙さん⁉︎」

 

 突如として何かが飛んできて、亮牙の頭に直撃し、シアが思わず叫ぶ。彼の頭にぶつかったのは、野球ボールくらいの大きさの石だった。常人なら大怪我を負っていたのだが、トランスフォーマーである亮牙がその程度で怪我するはずもなく、逆に石の方が粉々に砕け散った。

 亮牙が鬱陶しそうに石が飛んできた方を振り向くと…

 

 

 

 

 

「この化け物!南雲君に、なんて事をさせたの!!!」

 

 

 

 

 

 さっきまで佇んでいた勇者一行の中から、香織が今まで見た事ないくらい怒りと憎しみの籠もった瞳で、亮牙を睨みつけていた。その手には先程投げつけられた石と同じくらいの石が握られており、彼女が投げつけてきたのは明白だった。

 再び石が亮牙目掛けて投げつけられる。今度は直ぐに反応した亮牙は、逆にその石を受け止めた。それを見て、親友の思いがけない行動に呆然としていた雫はハッとなり、慌てて香織を羽交い締めにして制止しようとした。鈴と恵里は怯えた様子で佇んでいる。

 

「やめなさい香織!落ち着いて!何て事するの⁉︎」

「止めないでよ雫ちゃん!此奴の、この化け物のせいで南雲君は!!!」

 

 雫が必死に宥めようとするも、香織は聞く耳を持たず、亮牙に敵意を剥き出しにする。原因は勿論、先程ハジメがカトレアを殺した光景に誰よりもショックを受けたからだ。

 人を殺したことにではない。それは香織自身覚悟していたことだ。迷宮で魔物を相手にしていたのはあくまで実戦訓練。この世界で戦いに身を投じるというのは、敵対した人を殺さなければならない日が必ず来ると覚悟していたつもりだ。自分が後衛職で治癒師である以上、直接手にかける事はないだろうが、代わりに友人達が手を血で汚した際は例え僅かでも、一瞬であっても忌避したりしないようにと心に決めていた。

 寧ろショックを受けたのは、カトレアを殺した際のハジメに、人殺しに対する忌避感や嫌悪感、躊躇いというものが一切なかった事だ。息をするように自然に人を殺した。香織の知るハジメは、弱く抵抗する手段がなくとも他人の為に渦中へ飛び込める、暴力的ではなく「他人を思いやれる」優しく強い人だった。だから、無抵抗で戦意を喪失していたカトレアを何の躊躇いも感慨もなく殺せたことが、自分の知るハジメと余りに異なり衝撃だったのだ。

 そして直ぐに、ハジメが()()()()()()()()()()()に気づいた。とっくの昔に死んだと思っていた灘亮牙が、彼と一緒にいたのだ。それも、かつてハジメと別れる前に見た予知夢に出て来た怪物と同じ姿に変身して。

 奴がハジメを狂わせた。日頃から暴力的で誰からも嫌われていたあの男が、ハジメを道連れにして自分から奪っただけでは飽き足らず、その心までも歪めてしまったのだと。

 そんな的外れな考えを抱きながら、香織は再び亮牙目掛けて石を投げようとする。ハジメがそうならざるを得なかった真の原因など、これっぽっちも考えもせず。

 

ドパンッ!!!

ヒュンッ!!!

 

「いっ!!?」

「キャッ!!?」

 

 突如、乾いた破裂音が再び響き、香織が投げつけようと握り締めた石が弾け飛んだ。香織は手に怪我こそ負わなかったが、思わず手を押さえた。それに続いて、今度は何か大きな物が香織達の傍に投げつけられ、雫は思わず尻餅をついた。

 

「…君達、いきなり何するんだよ?」

「もう一度言ってみなさい!私の大切な人が何ですって!!?」

 

 犯人はハジメとシアだった。香織が石を投げつける前に、ディセプティコン達の亡骸を回収したハジメがドンナーを発砲して石を弾き飛ばしたのだ。シアに至っては、最愛の人を化け物呼ばわりされた事に怒りを露わにしてテラクサドンを一体投げつけ、必要ならばもう一本投げつけてやると言わんばかりに構えている。

 まさかのハジメに攻撃を受けた事に、香織は「な、南雲君…」と狼狽えて黙り込んでしまった。雫達もどうしたものかとオロオロする中、再びあの愚か者が割り込んできた。

 

「とうとう本性を現したな、南雲!奴らと同類の灘と連んで、無抵抗の人を殺した挙句、香織にまで武器を向けるなんて!今すぐ香織達から離れろ!」

 

 龍太郎に支えられつつ歩み寄ってきた光輝が、何処かハジメと亮牙を責めるように睨みながら罵声を浴びせてきた。単に、香織に心配されているのが気に食わないのか、それとも人殺しの傍にいることに危機感を抱いているのか。あるいはその両方かもしれない。

 

「ちょっと!香織も光輝も何て事言うの⁉︎ 南雲君も灘君も、私達を助けてくれたのよ⁉︎そんな言い方はないでしょう⁉︎」

「だが雫!彼女は既に戦意を喪失していたんだぞ⁉︎殺す必要はなかったのに殺した南雲も、それを見逃した灘も許されることじゃない!ましてや灘は、メルドさんや永山達を殺したあのロボットどもの同類なんだぞ!」

「違う!南雲君は悪くない!あの化け物が南雲君に無理矢理やらせたんだ!悪いのは全部あの化け物だよ!」

「二人ともいい加減にしなさいよ⁉︎大体…」

 

 光輝や香織の物言いに、流石に我慢出来なくなった雫が目を吊り上げて反論する。頭の悪い龍太郎と、どっちつかずの鈴と恵里はどうしたものかとオロオロするばかりで、次第に議論が白熱し始めた。

 そんな彼等に、今度は比喩的な意味で冷水を浴びせる声が一つ。

 

「…二人が言ってた通り、本当にくだらない連中。皆、もう行こう?」

「全くだ。だがどうする?まだ地下深くに敵がいて、それも迷宮攻略を狙っているようだが…」

「いや、ここは一旦地上に戻ろう。このまま進むにも敵の戦力が未知数な分リスクが高いし、何よりミュウを待たせてるから…」

「あ〜。確かにストレイフさんがいるとは言え、スラッグさんとティオさんじゃ不安なとこがありますからね…」

 

 ユエが絶対零度と表現したくなるほどの冷たい声音で、光輝達を「くだらない」と切って捨てた。その声は小さな呟き程度のものだったが、光輝達の喧騒も関係なくやけに明瞭に響いた。一瞬で、静寂が辺りを包み、光輝達がユエに視線を向けた。

 亮牙達四人が此処まできたのは、ギルドより依頼された魔人族とディセプティコンの掃討のためだ。残念ながらショックウェーブは迷宮攻略のために既に地下深く潜っているらしく、今から追いかけるのは困難だし、敵が何か罠を張り巡らせているリスクがある。

 それに地上では、スラッグ・ストレイフ・ティオ・ミュウの四人を待たせている。ストレイフはしっかり者だが、スラッグにティオという問題児が二人もいてはミュウの事が心配だ。なのでユエに従い、他の三人も部屋を出て行こうとした。

 

「待ってくれ。こっちの話は終わっていない。南雲の本音や灘の正体を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ?助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないなんて、失礼だろ?一体、何がくだらないって言うんだい?」

「……」

 

 だが光輝はしつこく待ったをかけ、またズレた発言をする。言っている事自体はいつも通り正しいのだが、状況と照らし合わせると、「自分の胸に手を置いて考えろ」と言いたくなる有様だ。ここまでくると、最早病気か呪いと言っても不思議ではない。

 一方のユエは既に光輝に見切りをつけており、会話する価値すらないと視線すら合わせなかった。そんな彼女の態度に少し苛立ったように眉をしかめる光輝だが、直ぐにいつも女子にしているように優しげな微笑みを携えて再度話しかけようとした。

 このままでは埓があかないどころかユエを不快にさてしまうと感じたハジメは、凄まじくイヤそうな表情で溜息を吐きながらも、代わりに少しだけ答えることにした。

 

「あのさぁ天之河君。存在自体が色んな意味で冗談みたいな君に、いちいち構ってやる義理も義務もないんだけど、心底ウザいから指摘させてもらうね」

「指摘だって?俺が、間違っているとでも言う気か?俺は、人として当たり前の事を言っているだけだ」

 

 日頃からやる気のないダメな奴と見做していたハジメからそんな表情を向けられ、不機嫌そうに反論する光輝。だがハジメは取り合わずに、言葉を続けた。

 

「誤魔化すのは見苦しいよ」

「いきなり何を…」

「君が怒っているのは、僕が奴を殺した事じゃない。()()()()()()()()()()()()()だけだろ。けど、この惨状を招いた奴を殺した事自体を責めるのは、流石にお門違いだと分かっている。だから、()()()()()()()()()()と論点をズラしたんでしょ?見たくないものを見させられた、自分が出来なかった事をあっさりやってのけられた、その八つ当たりをしているだけさ。さも正しいことを言っている風を装ってね。タチが悪いのは、その自覚が君には一切ないこと。その息をするように自然なご都合解釈、相変わらずだね」

「ち、違う!勝手なこと言うな!お前が無抵抗の人を殺したのも、灘がそれを止めもしなかった挙句遺体を焼いたのも事実だろうが!」

「敵を殺す、それが戦争だよ。今更何言ってるの?」

「黙れ!人殺しは悪いに決まってるだろ!よくもいけしゃあしゃあと!」

「いけしゃあしゃあだと?その台詞、そっくりそのまま返してやるよ!」

 

 ハジメから散々指摘されてもなお、自分の過ちを棚に上げて非難してくる光輝。黙ってそれを聞いていた亮牙だったが、遂に堪忍袋の尾が切れて口を開いた。その剣幕に、光輝達は思わずたじろぐ。

 

「こうなる未来はこの世界に来た時から、俺もハジメも先生も、散々警告した筈だ。だがテメェは聞く耳を持たず、あの気色悪いジジイの言い分をホイホイ鵜呑みにして、戦争に加担する道を選んだ。そこのペットのアンポンチンパンジーも、テメェのお気に入りの二大情婦も、幼馴染がやるならって嬉々とした表情で賛同してたよな?そうやってテメェらがクラス全体を巻き込んだ挙句がこのザマだ」

「ち、違う!俺達は、こんな事になるなんて…!魔人族にも心があると知ってたら、こんな事には…」

「ハッ!この後に及んで、『知らなかった』や『こんな筈じゃあ』なんて言い訳が通用すると思うなよ!戦争の悲惨さを知る日本で生まれときながら、テメェらの親類のジジイどもは碌な教育をしてこなかったようだな!」

「だ、黙れ!俺の爺ちゃん達は立派な人達だ!お前のような化け物が見下して良い人間じゃない!」

「何処か立派な人間だ!空想と現実の区別もつけられねえテメェらの醜態を見てりゃあ、其奴らやテメェらの親が碌な教育してこなかったのは明白だろうが!そんなんで日頃ハジメの趣味をクラス全体で見下せたもんだな!」

 

 亮牙からの容赦ない言葉に、光輝は必死で言い訳しようとするが、後ろで控えている雫達の心にはグサリと突き刺さった。

 あの時、先生はイシュタルに対して自分達を巻き込むなと訴えていたのに、光輝はイシュタルの言葉を鵜呑みにして真っ先に賛成し、龍太郎も直ぐに追従し、雫と香織も親友がやるならと消極的ながらと賛成した。亮牙やハジメが愛子と共に警告したにもかかわらず、スクールカーストの上位四人が決定したからと、鈴達クラスメイトもあっさりその決定に従ってしまった。

 そもそも戦争の悲惨さは、人気タレントが主人公として登場するドラマや映画、歴史の授業などで散々学んできたし、それこそ祖父母や戦争経験者の親戚から聞かされてきたはずだった。だと言うのに、イシュタル達に煽てられて調子に乗った光輝達は、不死身になった訳ではないと言うのに、チート能力を持っている自分達は無敵だと増長し、そんな事などあっさり忘れていた。

 自分達の愚かさを指摘され動揺する光輝達だが、再びハジメが口を開いて更なる指摘をする。

 

「大体さ。こんな惨状を招いた彼女を捕虜にしたところで、牢屋に閉じ込めて終わりで済むと思ってるの?今は戦争中なんだからさ、魔人族側の情報を引き出すために拷問のフルコース付きの尋問の末に、死刑台か奴隷市場送りにされるのが目に見えてるよ」

「なっ!!?馬鹿な事を言うな南雲!イシュタルさん達や王国の皆に限ってそんな酷い事をするはずがない!」

「…あのさ。君達に歪んだ人種差別思想を植え付けて人殺しを強要してきたのは、他ならぬ其奴らだよ。やるにしても秘密裏に行って、殺した後は自決したとでもでっち上げるだろうさ」

「巫山戯るな!黙って聞いていれば、お前はただ、彼女を殺した事を正当化したいだけだろう!」

「…はぁ、そんなに僕達を悪者にしたいならどうぞご自由に。僕も亮牙も戻ってきたわけじゃないし、ましてや君達を仲間だなんてこれっぽっちも思ってない。冒険者として、魔人族の掃討という依頼を引き受けただけさ。最後に一つ…」

 

 そう呟くと、ハジメはドンナーの銃口を壁に串刺しにされたホリブルシットへと向けると、その膨らんだ腹を撃ち抜いた。パァン!という破裂音とともにホリブルシットの腹が裂け、内臓とともにあるものがドバァと零れ落ちた。

 

 

 

 

 

「あれが、君達が戦争を選んだ結果だ。お綺麗なものしか見ようとしなかったその目によーく焼き付けなよ」

 

 

 

 

 そう告げながらハジメが指差したのは、ホリブルシットの股間の触手に食い殺され、その腹に呑み込まれていた吉野の亡骸だった。強力な消化液によって着ていた服は完全に溶かされており、肉体もかなり消化が進んで表面が溶けかけている。

 そのあまりにも無残な光景に、雫達は戦慄して口を手で押さえて黙り込み、鈴に至っては耐えられずにその場で嘔吐してしまった。光輝も同様だが、それでもしつこく何かを言い募ろうとしたため、うんざりした雰囲気のユエのキツイ一言によって阻まれた。

 

「…戦ったのも、汚れ役を背負ったのも私達。手を汚す恐怖に負けて逃げ出した負け犬に、とやかくいう資格はない」

「なっ、俺は逃げてなんて…」

 

 実はマキシマル一行が、ピンポイントであの場所に落ちてこられたのは偶然ではなかった。ちょうど上階を移動している時に莫大な魔力の奔流を感じて光輝達だと察し、グリムロックが重力魔法で一気に自分の体重を増加させて突き破ったというのが真相だ。

 そしてその時感じた魔力の奔流こそ、光輝の「覇潰」だった。感じた力の大きさからすれば、少なくともカトレアなら討てたはずだと四人は分かっていた。なのでその後の現場の状況と合わせて、光輝が人殺しを躊躇い、そのためにあの窮地を招いたのだと看破していたのだ。それが、ユエの言う「恐怖に負けて逃げ出した」という言葉である。

 ユエに反論しようとする光輝だったが、当の彼女も亮牙達も全く相手にせず、その場を立ち去ろうとする。それを見て、呆然としていた雫が慌てて声を掛けた。

 

「ま、待って!灘君も南雲君も、遠藤君からの依頼で私達を助けにきてくれたんじゃないの⁉︎」

 

 一悶着あったとは言え、救いの手が差し伸べられたと内心安堵していた雫は、何事もなかったように立ち去ろうとする亮牙達の姿に、顔を青くして問いただす。先程まで蚊帳の外だった鈴や恵里、日頃亮牙達を見下していた龍太郎ですら、亮牙達に連れ帰って貰えると思っていたらしく、狼狽えた。

 だが、当の亮牙は心底呆れ果てた目で雫達を睨み、冷酷に吐き捨てた。

 

「誰がテメェらなんぞを助けに来たと言った?テメェらのせいで地上にまで被害が及んだから、冒険者としてその後始末を依頼されただけだ。大体テメェらにとって、俺はコンズと同類の化け物で、ハジメはその化け物に魂を売った人殺しに過ぎんのだろう?なら今更都合良く助けなど期待するな!どうせ地上にはもうテメェらの居場所なんぞないから、そこで永遠に冷たくなってな!」

 

 そう告げると、彼はビーストモードに変身すると、頭上にハジメ・ユエ・シアを乗せて、ノッシノッシとその場を後にした。

 あまりにも冷酷で容赦ない言葉に凍りついていた雫達だったが、四人が部屋から出て行くとハッとなり、置いていかれては堪らないと大慌てでその後を追いかけた。光輝はホリブルシットの死骸から聖剣を抜き取ってから未だ虚な瞳をした辻を抱え、悪臭を放つ吉野の亡骸は龍太郎が抱えていった。

 勝手に後をつけてくる連中など知ったことかと言わんばかりにドスドスと進んでいくグリムロックに、六人は息も絶え絶えになりながら必死にその後を追った。幸運にも、道中に現れた魔物達はグリムロックの姿を見るなり、怯えて逃げ出したりその場で震え上がっていたので、疲弊した六人が襲われる事はなかった。だが、どの魔物も六人を見やると、その醜態を嘲笑うかのような唸り声を上げ、僅かに残っていた雫達のプライドを粉々に打ち砕いていく。光輝に至っては屈辱のあまり、辻を放り出して魔物に食ってかからんばかりに苛立ちを募らせていた。

 そうこうしているうちに、オルクス大迷宮の入場ゲートが見えてきた。遂に一行は地上へと辿り着いたのだ。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・10万ルタPONと貰った
 本作では定番ネタとなっている『コマンドー』テレビ朝日版にて、悪役ベネットがシュワちゃん演じる主人公に言った「10万ドルPONとくれたぜ」が元ネタ。因みにこの後、お前をぶち殺せと言われたらタダでも喜んでやる、と続けている。
 反戦を訴えながら不謹慎かもしれませんが、ベネットは悪役ながらも元軍人として戦争の意味は光輝達よりは理解していたと思います。不快に感じてしまったのなら申し訳ありません。





感想、評価お待ちしております。


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訣別

二度目のワクチン、無事接種完了しました。やはり接種後一日は熱が出て怠かったですね…。

今日で終戦から76年、自分が小・中学生の頃はこの時期になると、さまざまなドキュメンタリーや終戦ドラマが放送されていましたが、近年はあま見なくなりましたね。結構重い内容が多いのですが、戦争の虚しさを我々若い世代に伝えるという意味で結構好きだったのですが…。

今回もタイトル通り、勇者一行にアンチがあります。原作で個人的に感じた点や私の意見を思う存分指摘したので、我ながらラジー賞ノミネート作並みに詰め込みまくっています。ご了承ください。


「な、何なのよこれは…」

 

 地上へと帰還を果たした雫は、眼前に広がる光景に愕然とし、そう呟いた。

 彼女達六人がまだ健在の永山達を含めた15人で攻略のために潜る前は、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付嬢が迷宮への出入りをチェックするための受付窓口まであった。入口付近の広場には所狭しと並び建った露店がしのぎを削っており、まるでお祭り騒ぎのようだった。

 だが現在、雫達の目に広がるのは、まるで嵐でも通過したかのような瓦礫の山だ。入り口は乱暴に突き破られたかのようで、受付窓口も露店も滅茶苦茶に破壊されており、所々に巨大な生き物の足跡や飛び散った血痕、更には千切れた肉片や焼け焦げた人骨までもが転がっている。広間だけですらそうであるのに、ふと町の方を見れば、幾つもの建物が倒壊し、一部は燻っている。

 

「お、おい灘、南雲!お前達、一体この町に何をした!!?」

 

 雫達と同様、ホルアドの惨状を目の当たりにして唖然となっていた光輝だったが、そう叫びながらキッとマキシマル一行を睨みつけた。既にグリムロックは亮牙としての姿に戻り、ユエとシアもアマゾンを脱いで元の姿に戻っていたが、四人とも「はあ?」とでも言わんばかりの呆れた表情で光輝を睨みつけると、亮牙が代表して答えた。

 

「何寝ぼけた事抜かしてんだ?こうなったのはテメェらの所為だろうが」

「なっ⁉︎どういう意味だ⁉︎」

「テメェらがあの魔人族とコンズにビビって逃げ出した所為で、連中の一部が地上まで這い上がって町を襲ったんだよ。あの影の薄いモブ野郎の後をつけてな。俺達はその後始末をギルドから依頼されたって、さっき話したばかりだろ」

「な、何で俺達の所為になるんだ⁉︎悪いのは襲撃者達だろう⁉︎」

「確かに一番悪いのは其奴らだが、この世界の連中の為に命を賭けると宣言した以上、テメェらは玉砕してでも奴等を食い止める義務があった。なのに命惜しさに逃げ回ってたもんだから、テメェらより弱い一般的なトータス人共に食い止められる筈もなく、襲撃者どもはまんまと地上まで到達してこの有様ってわけだ」

「そ、そんな…」

 

 亮牙から侮蔑の混じった表情で何が起きたかを告げられ、光輝と共に聞いていた雫が青褪めた表情で、ガクンと膝から崩れ落ちた。

 あの時、ショックウェーブの攻撃で既に三人死亡し、自分達では敵わないのは明白だった。だからこそ光輝に撤退を促し、遠藤にメルド達への伝令に向かわせて自分達は隠れて回復するという判断を下した。正史の世界なら、カトレアの狙いの一つは雫達勇者一行だったので、この選択は正しかった。

 しかし今回は、ディセプティコン達が加勢した事で、却ってその判断は最悪の結果をもたらした。元々彼らは地上の制圧と、何より殺戮を楽しむのが狙いであり、勇者一行は玉砕してでも彼らを食い止めなければならなかったのだ。敵う筈もないのだが勇者一行が食い止めなかった結果、それより弱いトータス人達に食い止められる筈もなく、メルド達は全滅し、ホルアドも甚大な被害を被ったのだ。

 自分達が招いてしまった事態に愕然となる雫に、香織達が慌てて駆け寄り、光輝がまたも逆上したのか亮牙達を睨みつけるが、当の亮牙達は無視を決め込んだ。殺伐とした雰囲気となる中、それを打ち消すような幼女の元気な声が響き渡った。

 

「パパぁー!みんなぁー!おかえりなのー!!!」

 

 幼児用の特注のアマゾンを身に纏ったまま元気な声を張り上げるミュウが、ステテテテー!と可愛らしい足音を立てながらマキシマルの四人、正確にはハジメへと一直線に駆け寄ってきたのだ。彼女はハジメが受け損なうなど夢にも思っていないようで、そのままの勢いでハジメへと飛びついた。

 テンプレだと、ロケットのように突っ込んで来た幼女の頭突きを腹部に受けて身悶えするところだが、生憎、ハジメの肉体はそこまで弱くない。むしろ、ミュウが怪我をしないように衝撃を完全に受け流しつつ、しっかり受け止めた。

 

「ミュウ、迎えに来てくれたの?皆はどうした?」

「うん。おやぷんとストレイフお兄ちゃんは町のお片付けしてるの。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパ達が帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは…」

「妾は、ここじゃよ」

「おう、俺達も片付けは終わったぞ」

 

 そう言いながら、妙齢の黒髪金眼の美女、更に続いて青髪の和装の青年と、黒焦げになった巨大な蠍らしきものを片手に掴みながら貪り食う紫の髪の青年がやってきた。言うまでもなく、ティオ、ストレイフ、スラッグだ。

 

「おうデカパイ。ちゃんと面倒は見てただろうな?」

「勿論じゃよ。ただ、叔父上やスラッグ殿が戦っていた魔物共の残党が妾達にもちょっかいをかけてきたのでな。妾がきっちり締めておいたのじゃ」

「俺スラッグ!この変な蠍、結構美味いぞ!グリムロックも食うか?」

「お前なぁ、無闇矢鱈と変なもん食うな……あ、美味いなこりゃ」

「「「いやお前も食うのかよ」」」

 

 どうやらクイックストライクの幼虫やジェットストームに寄生していたミニトロンが暫く暴れ回っていたらしく、スラッグとストレイフはその残党狩りに勤しんでおり、それを逃れて冒険者ギルドを襲った連中も、ティオが撃退したので、目立ったトラブルはなかったらしい。それを聞いてひとまず安心した亮牙は、スラッグが食べていたクイックストライクの幼虫の丸焼きを受け取って食べ始め、ストレイフやハジメ、ユエから呆れられていた。

 

「え?え?何でハジメ君に子どもがいるの?其奴の子それとも其奴の子ねぇどういう事ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇハジメ君ハジメ君ハジメ君ハジメ君ハジメ君ハジメ君ハジメ君ハジメ君ハジメ君ハジメ君」

 

 勇者一行がホルアドの惨状に愕然となり、ハジメとミュウの関係に気づく余裕もない中、香織は光の消えた瞳で何度も壊れたラジオのようにハジメの名を呟く。そのあまりにも不気味な様子に、流石のマキシマルもドン引きする。

 

「…俺スラッグ。おいグリムロック、何だあの気色悪い生き物は?」

「目ぇ合わすな。ハジメだけに執拗に付き纏う寄生虫の一種だ」

 

 気味が悪いと言わんばかりの表情で香織を指差すスラッグに亮牙がそう答えていると、多数の人間が集まってきた。先頭にいるのはロア支部長と遠藤、部下のギルド職員が数名、他に駐屯騎士や傭兵、冒険者達、それから一部の市民もだ。

 

「おお!亮牙、無事だったか!」

「バワビスか。町の方は大丈夫だったか?」

「まぁ、彼方此方でかなりの被害が出たが、スラッグとストレイフが奮闘してくれたおかげで何とか壊滅は防げたよ」

「こっちも片付けたぞ。一人は既にいなかったが、他の連中はしっかり殲滅しといた。ほら、証拠だ」

 

ロアと依頼達成についての会話をすると、亮牙はその証として持っていた袋からカトレアの首を取り出して掲げた。それを見て、集まってきた人々から鬨の声の如く歓声が上がる。ちなみにミュウは情操教育に悪いからと、しっかりハジメが目を塞いでおいた。

 

「ご苦労だったな。流石、イルワが見込んだだけあるな。さて、報酬についてだが…」

「いや、報酬はいらねぇ。町の全部を救えたわけじゃねぇし、既にいなかったとはいえ敵を一人逃しちまってるからな…。その分の金は復興にでも回してくれ」

「そうか、気を遣わせちまってすまんな」

「気にすん「ま、待ってくれ灘!」…何だモブ野郎」

「な、なあ、健太郎は?重吾は?吉野さんは?辻さんはいるのに、三人とも一体何処にいるんだよ…?」

 

 ロアとの会話に、突如として遠藤が割り込んできた。自分が敵を招いてしまった事実に放心状態となっていた遠藤だったが、亮牙達が戻ってきた事で、勇者一行が救出されたと思い急いで駆けつけたのだ。

 だがその場にいたのは、光輝達勇者パーティの六人と、布に包まれた状態で虚な目をした辻の七人だけだ。共にパーティを組んでいた永山、野村、吉野の姿は何処にもなく、遠藤は顔を青くして亮牙を問いただす。

 

「死んだ。三人ともな」

 

 亮牙は短くぶっきらぼうにそう告げた。それを聞かされた遠藤は一瞬放心状態になると、その場にへたり込んでしまい、大声で泣き崩れた。

 

「あ、ああ…あああああああああああっ!!!」

 

こんなはずでは…。そう言わんばかりの遠藤の慟哭が周囲に響き渡る。兄貴分のメルド達だけでなく親友の永山達まで喪ったのだから、無理もないだろう。しかしこれも全て、軽率に戦場に飛び込んだ遠藤達の自業自得でしかない。今はただ、あの日光輝達にホイホイ従ってしまった自分達の浅慮さを後悔するしかなかった。

 その慟哭を聞き、漸く放心状態から立ち直った光輝達は、どう声をかけるべきか迷いながらも遠藤に近づいていった。だが…

 

ヒュンッ!!!

 

ガッ!!!

 

「ぎゃあっ⁉︎痛え!」

「り、龍太郎⁉︎だ、誰だ⁉︎」

 

 突如として飛んできた石が龍太郎の頭に直撃し、龍太郎は痛みのあまり直撃したこめかみを押さえて片膝をついた。光輝達が慌てて龍太郎に駆け寄り、何事だと石が飛んできた方向を見やると…

 

「よくものうのうと戻って来やがったなぁ!このペテン師共がぁ!」

 

 一人の青年が、憎悪に満ちた瞳で光輝達を睨みつけていた。そう、彼こそはジェットストームの襲撃時に兄を殺されながらも、ストレイフに助けられたあの冒険者だ。

 あの後無事生還した彼は、他の冒険者達と協力して生存者の救出にあたっていた。そんな中、兄達の敵を討ってくれた亮牙達の帰還を知り、せめて感謝の言葉を述べようと駆けつけたのだ。だが来てみると、目の前には更に死んだ筈の勇者一行がおり、怒りが込み上げてその場に転がっていた石を投げつけたのだ。

 親友を傷つけられたことに光輝は怒り、青年を睨みつける。

 

「おい!いきなり何をするんだ⁉︎」

「黙れ!お前らが食い止めなかった所為で、魔物達が地上まで溢れ出したんだぞ!おかげで俺の兄貴は死んだんだ!」

「此奴の兄貴だけじゃねぇ!俺の妻と娘はゴーレムに骨まで残さず焼き尽くされちまった!」

「うちの婆ちゃんは魔物に生きたまま食べられちゃったわよ!この人達がいなかったら私達も餌食になるところだったのよ!」

「今までお前達を信じてた!お前達なら俺達を魔人族から救ってくれると思ってたのに!何で肝心な時に戦ってくれなかったんだよ⁉︎俺達の家族を、ダチを、家を返せよ!!!」

「お、おいお前ら!落ち着けって!」

「そ、そうだ、止めなさい!勇者様一行に無礼だろう!」

「止めるなよ!アンタ達だって奴等の所為で同僚を殺されてるだろ!」

 

 その青年の怒りの叫びを皮切りに、集まってきた冒険者や市民達から一斉に罵声が浴びせられ、一部からは石やゴミが投げつけられる。なお、マキシマル一行は龍太郎に瓦礫がぶつけられた時点で直ぐに離れていたので一先ず安全だ。

 ロア達ギルド職員や駆けつけた駐屯騎士達は必死に暴徒と化しそうな民衆を必死に宥めようとするが、却って火に油を注ぐ結果となった。中には民衆の一人から、メルドを含めた同僚達の犠牲を指摘され、思うところがあるのか言葉に詰まる騎士もいる。本来なら町の司祭達も止めに入るのだが、生憎聖職者達は皆倒壊した教会に埋もれて圧死したり食い殺されており、今のホルアドには一人も残っていなかった。

 止まない罵声の嵐に、勇者一行は戸惑いを隠せない。中でも一番困惑の極みの中にいたのは光輝だ。

 

(何でだ⁉︎どうしていきなりこんな事になる⁉︎)

 

 昨日まで自分は勇者として上手くやって来た、何一つとして間違った事なんてしてなかった筈だった。だと言うのに今日になって全てが崩れそうになっている。

 仲間達は六人も死に、メルド達も犠牲となり、檜山は敵に寝返った末に死んだ。挙句、魔人族の女を殺したハジメと亮牙が賞賛され、今までこの世界のために戦ってきた自分達は現在、守ってきた民衆から謂れ無い罵声を浴びせられる始末だ。

 光輝にとって世の中全て上手くいく為の真理、それは勧善懲悪だ。心に根付いたその思想は事此処に至っても「正しさ」を求めており、今の状況もそれを証明できれば改善される筈だと判断した。そうして思い返したのは、魔人族との遭遇と敗北、結果として陥った混乱と窮地、そしてそこに現れた亮牙とハジメ。

 

(…あ、なんだ。よくよく考えたらおかしいじゃないか!)

 

 そして光輝のご都合主義はいつも通り、己が正しい事を証明する事の出来る結論を出した。

 

「皆、落ち着いてくれ!皆は騙されてるんだ!」

 

 突如として声高に叫んだ光輝に、狼狽えていた勇者パーティの面々も、怒りに震える民衆も、出発の準備をしようとしたマキシマル一行もどういう意味だと耳を傾ける。すると光輝は、亮牙とハジメを指差して言葉を続けた。

 

「其処にいる灘亮牙は、俺達やこの町に甚大な被害を齎したロボット共と同じ姿になるし、腰巾着の南雲ハジメも同じようなロボットを操ることが出来る。つまり、今回の騒動は全てこの二人が仕組んだ自作自演だったんだ!灘は日頃から俺に反発してたし、南雲はこう言う展開を好むオタクだからこそ、勇者である俺を陥れて自分達こそが勇者になろうと考えて、こんな卑劣な所業に至ったんだ!そもそも檜山が俺達を裏切って魔物になったのも、あの魔人族が人間の領地に入り込めたのも、その二人が仕向けたんだ!可哀想に檜山も彼女も奴等に利用された挙句、その口止めの為に殺された、皆と同じ被害者なんだ!」

 

 そう、光輝は自分が正しい事を証明するため、地球で亮牙を貶めたように、これらの騒動全てが亮牙とハジメの仕込んだマッチポンプと見做したのだ。全ては自分が正しく正義だと示す為の、明確な悪を求めて。

 最早ナルシストを通り越してサイコパス。自分達はそもそも光輝達を助けにきたなどとは一言も言ってないのに、被害妄想たっぷりの無茶苦茶な言い掛かりをつけてくる光輝に呆れ果てる亮牙とハジメ。だが光輝は一切気づかず、自分を正義とし亮牙達を悪とする為の言葉を続けた。

 

「それに奴等を良く見るんだ!女の子を何人も侍らして、あんな小さな子まで…。しかも兎人族の女の子は奴隷の首輪まで付けさせられている。黒髪の女性もさっき灘の事を『ご主人様』って呼んでいた。きっと、そこにいる二人組ともグルになって、そう呼ぶように強制させているんだ。其奴らは女性をコレクションか何かと勘違いしている。最低だ。人だって簡単に殺せるし、強力な武器を持っているのに、仲間である俺達に協力しようともしない」

 

 挙げ句の果てにはスラッグとストレイフまでも貶め、勝手に仲間面して自分達に協力するのは当然と曰う光輝に、亮牙はもうこの場で殺しとくか、と考え始める。そんな事はつゆ知らず、ヒートアップした光輝の視線はユエ達に向けられる。

 

「君達もだ。これ以上、そんな奴等の元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう!君達ほどの実力なら歓迎するよ。共に、人々を救うんだ。シア、だったかな?安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する。ティオも、もうご主人様なんて呼ばなくていいんだ」

 

 そんな事を言って爽やかな笑顔を浮かべながら、ユエ達に手を差し伸べる光輝だったが…

 

ヒュン!!!

 

ガンッ!!!

 

「ぐわっ!!?」

 

「テメェ!魔人族を庇いやがったな⁉︎テメェこそ魔人族と内通してこの騒動を引き起こした裏切り者じゃないのか⁉︎」

「この勇者黙って聞いてりゃ、俺達の命の恩人に罪を擦りつけるつもりかよ⁉︎今すぐ謝りやがれ!」

「おまけに仲間が裏切って魔物になっただと⁉︎穢らわしい!異端者め!」

「若い娘は此奴に近づいちゃ駄目だ!この痴漢勇者に攫われちまう!」

 

 だがその迷(?)演説は、民衆を更に怒らせただけであった。静まりかえっていた広場は再び罵声の嵐が飛び交い、更に石や生ゴミが光輝目掛けて投げつけられ、その頭に直撃する。

 彼らからしてみれば、たとえ見た事ない姿になったり変わった力を使うマキシマル一行が何者であろうと、自分達を救ってくれた恩人であることに変わりはなかった。何せ光輝達が迷宮内で狼狽する中、這い出してきた魔物を蹴散らし、瓦礫に生き埋めになった人々を救ってくれたのが他ならぬスラッグとストレイフだ。助けられた多くの人々にとって、あれが自作自演などではない事はちゃんと分かっていた。

 おまけに光輝はよりにもよって、魔人族であるカトレアと裏切り者の檜山の肩を持った。魔人族は人族にとって最大の敵、おまけにこの惨劇を引き起こした奴など同情の余地もないのに「被害者」と宣い擁護などすれば、寧ろ光輝の方こそ内通者にしか見えないだろう。檜山に至っても既にその悪行はギルドに暴露されていたので、そんな奴を庇った光輝をロア達ギルド職員も「マジかよ此奴…」と侮蔑の籠もった目で見ている。

 挙げ句の果てには最後にユエ達へのあの発言も、逆に光輝は気に入った女は無理矢理手に入れようとする変態野郎だと、周囲に捉えられてしまった。そもそも亜人族を奴隷とするのも、女性を複数侍らせるのもトータスでは一般的なので、亮牙やハジメを責める者などいる筈もなかった。ユエ達に至ってはもう光輝から視線を逸らし、気色悪さのあまり素肌に鳥肌が立った腕を両手で摩っている。ティオでさえ「これはちょっと違うのじゃ…」と眉を八の字にして寒そうにしており、三人とも気持ち悪そうに亮牙とハジメの影にそそくさと退避した。

 予想とは正反対の展開に光輝は更にショックを受け、激しく混乱した末にその感情を怒りへと転化させ、無謀にも亮牙とハジメを睨みながら聖剣を引き抜いた。もう止まらないと言わんばかりに聖剣を地面に突き立てると、二人に向けてビシッと指を差し宣言した。

 

「灘、南雲っ!俺と決闘しろ!武器を捨ててあのロボットも使わずに、素手で勝負だ!俺が勝ったら、町の人達に償ってもらうぞ!そして、そこの彼女達も全員解放してもらう!」

 

 もはや光輝が自分の正義を証明するには、悪である亮牙とハジメを懲らしめる事しか思い浮かばなったのだ。けれど武器を使えばロボットを操る二人の方が有利だし、万一二人を殺してしまったら自分も「悪」の仲間入り、だから聖剣を地面に突き立てて素手の勝負にしたのだろう。

 あまりの醜態に、亮牙もハジメもユエ達も、ホルアドの民衆までもが呆れ果てドン引きするが、完全に自分の正義を信じ込んだ光輝は一切気づいていなかった。元々の思い込みの強さと猪突猛進さなどが合わさり、亮牙とハジメに不幸にされている大勢の人々を救ってみせると息巻き、完全に暴走しているようだ。

 すると、黙ってそれを聞いていたストレイフが、亮牙とハジメの前に出ると、そのまま無言で光輝の元に歩み寄っていった。

 

「何だい、貴方は?邪魔だから引っ込ん…グフォッ!!?」

 

 思わぬ邪魔が入ったと苛立ち混じりにストレイフに退いてくれと言おうとする光輝だったが、それより先に彼の鉄拳が顔面に突き刺さった。

 亮牙やスラッグには劣るものの、常人の腕力を遥かに凌ぐパンチを喰らい、光輝はその場に倒れ伏す。ストレイフは更に何度も光輝を蹴りつけた。その容赦なさはまさに極道そのものだ。

 やがてストレイフは攻撃をやめた。光輝は辛うじて生きていたが、顔は大きく腫れ上がり、ピクンピクンと痙攣して見るからに無様であった。そんな醜態を見下ろしながら、ストレイフはこう吐き捨てた。

 

「傀儡とは言え立派な役職貰えりゃ偉くなったと勘違いするかもしれねぇがなぁ、達者な口先だけで何でもかんでも上手くいくと思ったら大間違いだぞ」

 

 

 

 

 

「修羅の世界で粋がりたけりゃ、鬼か悪魔にでもなってからにしろ」

 

 

 

 

 

 そう吐き捨てると、ストレイフは最早光輝には見向きもせず、マキシマルの仲間達のもとに歩み寄っていく。勇者パーティは突然の惨劇に硬直しており、見ていた民衆は「かっけえ〜」や「あ〜、スカッとした」と口々に呟いている。

 

「悪かったな、二人とも。ついカッとなっちまった」

「良いんだ。寧ろスカッとしたからさ」

「ああ。じゃあバワビス、俺らはもう行かせてもらうよ」

「そ、そうか。色々すまなかったな」

 

 ロアにそう告げると、マキシマル一行は次の目的地へ出発するためにその場を後にする。元々ホルアドへはロアにイルワからの手紙を届ける為だけに寄った様なものなので、旅用品で補充すべきものもなく、直ぐにでも出発する予定だった。今回は偶々騒動に巻き込まれたので、仕方なく後始末を手伝っただけだ。

 

「ッ!ま、待って南雲君!」

「ち、ちょっと香織!待ちなさい!」

 

 もう用はないと町の出入り口付近の広場目指して彼らが移動するのを見て、香織は意識を失った光輝を放り出して、慌ててその後を追いかけ始めた。雫はそれを止められず、仕方なく一緒についていくのだった。

 後に残されたのは、気絶した光輝を必死に解放する勇者一行と、その醜態に心底軽蔑した視線を向ける民衆だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホルアドの出入り口付近、マキシマル一行がパイロに乗り込み、最後にハジメと亮牙が乗り込もうとした瞬間、香織が息を切らしながら駆けつけた。それを見て、二人とも心底嫌そうな顔をするが、直ぐに相手にせず乗車しようとする。だが香織は全く気づいた様子もなく、口を開いた。

 

「ハジメくん、私もハジメくんに付いて行かせてくれないかな?…ううん、絶対、付いて行くから、よろしくね?」

「………………は?」

 

 第一声から前振りなく挨拶でも願望でもなく、ただ決定事項を伝えるという展開に、嫌な予感がして眉を顰めていたハジメの目が点になる。だが香織はお構いなしに、両手を胸の前で組み頬を真っ赤に染めながら告げた。

 

「貴方が好きです。傍にいたいの。だから一緒に行かせて」

「…テメェ、この期に及んで何巫山戯た事抜かしてやがる。どうやら死にたいようだな」

「…亮牙、先に乗ってて。僕自身でケリをつけるから」

「…分かった」

 

 普通ならロマンチックに見える光景なのだが、あれだけの事をしでかしておきながら空気を一切読まない香織の態度に、殺意を抱いた亮牙が拳を握り締めて前に出ようとする。

 しかしハジメはそれを制すると、彼に先に乗るよう促した。そして彼は、香織を真っ直ぐ見やると、はっきりこう告げた。

 

「はっきり言う。僕は惚れている女性がいるし、何より君の事は大嫌いなんだ。だから一緒にはいられない。寧ろもう二度と関わらないでほしい」

 

 ハジメは胸の内をはっきり告げた。それに対して、漸く追いつきながらも一部始終を聞いていた雫が口を挟んだ。

 

「か、香織!あんたいきなり何言ってるの⁉︎というか南雲君!香織のどこがダメなのよ!!?」

「一々口出ししないでよ八重樫さん。これは僕と彼女の問題だ」

 

 地球では見せた事のない絶対零度の視線で睨みつけて雫を黙らせると、黙り込んでいる香織に向き直って話を続けた。

 

「さっき迷宮内で僕と亮牙が言ったこと、もう忘れちゃったの?檜山に関しては同情の余地はないけど、君達四人の所為で大勢の命が失われたんだよ。彼らの遺族の殆どは空っぽの棺桶に泣き縋る事になったのに、その償いもせずに使命を放り出して僕らのチームに入ろうなんて、随分と虫が良すぎるんじゃない?」

「ち、違うよハジメ君!私はそんな打算じゃなくて本当に貴方が…!」

 

 そう、ハジメの言った通り、今回は香織達の所為で多くの犠牲者が出た。地上の被害は言わずもがな、戦死した永山達六人やメルド達騎士団の犠牲も、結果として彼女達に原因がある。

 永山達に関しては死の直前に永山自身も自覚していた通り、戦争の恐ろしさを軽んじて光輝達にホイホイ従った結果の自業自得でしかないが、それでもスクールカーストの上位に君臨していた香織達が巻き込んだ事実に変わりはない。結果として六人とも遺体の原型すら残さず殺され、辻に至っては凌辱されて心に一生モノの傷を負ってしまったのだ。

 メルド達に関しても、軍人である以上戦場で散る覚悟は出来ていた筈だし、何より半年近くも勇者一行の指導を担当しながら「殺人」に関する訓練を全くしてこなかったメルドにも今回の責任がある。だが、あの日宣言した以上、メルド達だって香織達が守らなければならなかった筈だ。それなのに彼らに勝てる筈もない敵を野放しにして、彼らの事も死なせてしまったのだ。

 それらの罪があるというのに、何事もなかったかのようについて行くなどと宣えば、自らの責任を放棄した挙句、自分を守ってくれそうな強者達に取り入って保身を図ろうとしているようにしか見えない。それに気づいたのか必死に弁明しようとする香織だが、ハジメは相手にせずに話を続けた。

 

「元々僕は地球にいた頃から君の事が苦手だった。確かに僕の行動にも非があったのは認めるけどさ、頼んでもないのにストーカーみたいに執拗に絡んできて、その所為で天之河君や檜山が中心となってクラス全体で僕を蔑んでさ…。八重樫さんもどっかのコントみたいに『悪気はないんや。許してやったらど〜や』とか言うだけだったしね…」

「そ、それは…」

 

 今度は雫が言葉を詰まらせた。彼女自身はハジメを「自分とは違い、周囲の圧力などものともしない強い人」と評価しており、香織が暴走しても受け止めてくれるだろうと見做していた。だがハジメだって普通に辛いことは辛いし嫌なものは嫌に決まっている。結局雫は幼馴染達のお目付役を自負しておきながら、ハジメに甘えていたのだ。

 

「そんな中でも、亮牙だけは僕の事を友人として、兄弟のように接してくれた。僕が虐げられた際は自分も誤解されるのを気にせず助けてくれたし、僕の力や強さもずっと前から認めてくれていた。奈落に落ちてから今日まで、亮牙は自分の正体も明かして僕に選択を委ねてくれたし、何より僕や仲間達の事を思い遣って、何度も率先して汚れ役を引き受けてくれたんだよ。…なのに、君はそんなあいつを執拗に蔑んだ挙句、あまつ化け物と罵り拒絶した。その事に一切謝罪もないのに、平然とした顔で仲間に加えろだって?巫山戯ないでよ!大体僕らを戦争に巻き込んで殺人を強要したのは、他ならぬ君達だろ!僕が手を汚す事になったのも全部君の所為なのに、いつまでもヒロインを気取るのも大概にしてよ!」

 

 今までの鬱憤を爆発させるかのようにハジメの怒りの声が響き渡る。地球で香織に付き纏われ始めた頃、亮牙に相談したら自分がぶん殴って追い払おうかと言ったので流石にそこまでやらなくても良いと止めはしたが、今となってはあの時止めるべきではなかったと後悔していた。実際、その後の光輝に着せられた冤罪騒動で、香織もまたこれを支持するようになったからだ。

 そしてトータスに転移してからは、優しい貴方が好きとか言いながら「幼馴染がやるなら私も!」と宣い自分達を戦争に巻き込み、天職の件で無能呼ばわりされた際も一切フォローなどしてくれなかった挙句、檜山に突き落とされた際は亮牙だけ早々に死亡扱いして犯人探しもしなかった。そして再会してみれば、彼の正体を知るなり化け物呼ばわりし、自分達の所業を棚に上げて非難する始末だ。

 そもそも今となっては香織達など足元にも及ばないほど自分は強くなったし、マキシマルではストレイフと自分が軍医を務めており、治療用の神水も大量にある。今更治療師などいらないし、あれだけ息巻いていたのに仲間すら守れず、あまつ自分が始めた事を放り出して逃げようとする奴に命など預けられないし、命を預かろうとも思えない。

 

「もう今回の件で、君には心底愛想が尽きた。『誰にでも優しい女神様』なんて持て囃されときながら、結局君は自分本位で無責任、他人の事なんか何一つ考えちゃいない。ただの我儘な疫病神だ。お似合いの天之河君とでも仲良くしてなよ」

「待ってハジメ君!私には貴方しかいないの!だから「くどい!近づくな!」きゃあああっ!!?」

「か、香織!!?」

 

 明確な拒絶を露わにするハジメに対して、香織は必死に宥めようと歩み寄るが、次の瞬間ズボッ!と音を上げてその姿を消した。ハジメがすかさず靴に仕込んだ魔法陣を使い、錬成で掘り起こした深さ4m程の落とし穴に落ちたのだ。彼は落とし穴を瞬時に元の石畳に戻すと、念には念をと宝物庫から転送し仕込んでおいた麻痺手榴弾を起爆させた。

 一応、ほんの少しばかりの情けで空気穴は開けておいたが、それを知らない雫は狼狽する。何するのよ!と言わんばかりにハジメを睨むが、直ぐに絶対零度の視線で睨み返され、再び狼狽えてしまう。

 

「八重樫さんさぁ、いつまでこんな事続けるつもりなの?」

「え…?」

「いつまで見苦しい身内贔屓を続けるつもりなのかって言ってるんだよ。相手を思いやるのと甘やかすのじゃ意味が違う。幼馴染だからって天之河君や白崎さんに遠慮して流されるままじゃ、いずれ君も永山君達の二の舞だよ」

「そ、それは…」

 

 そう言われた雫は黙り込んでしまった。彼女自身、幼馴染だからと光輝や香織を甘やかし続けた結果が、この事態を招いてしまった事は嫌と言うほど理解していた。しかし、八重樫流は身内を見捨てないという流儀故に、今更光輝達を見捨てる事も出来ず、かと言って今更どう言えば良いのか分からず、ハジメの言葉に何も言い返せなかった。

 その姿にハジメは呆れたように溜息を吐くと、もう相手に出来ないとそのままパイロの運転席に乗り込み、ホルアドの町を後にした。雫は黙ってそれを見送った後、仕方なしと言わんばかりに香織が落ちた落とし穴を掘り始めるのであった。

 大混乱に見舞われながらも、皮肉な事に天気は快晴。マキシマルが次に目指すはグリューエン大砂漠にある七大迷宮の一つ「グリューエン大火山」だ。

 

 

 

 

 




原作で絡んでくるもハジメにタマタマ潰されたチンピラどもは、本作では皆クイックストライクとジェットストームに食い殺されました(笑)

本作では、原作では犠牲者が軍人であるアラン達だけでしたが、「もしカトレアが地上にまで被害を及ぼしていたら?」というifを描くとともに、原作では描かれなかった香織へのアンチを個人的に強く描いてみました。
原作では想い人と漸く再会を果たし、二度と離れたくないから困難な道を選ぶ、と描かれておりました。ですが、本来守らなければならなかったアラン達を死なせ、光輝と同様にクラスメイトに「戦争」という選択を選ばせてしまった責任があります。おかげでハジメは奈落に落とされ、片目片腕を失う重傷を負い、更に本来の己を殺すという選択を取らざるを得なくなりました。
ですが香織は「好きな男について行くから後はよろしく〜」と言わんばかりに責任を放棄し、ハジメを巻き込んで結果的にそんな目に遭わせた謝罪すらなく、まるで自分を守ってくれそうな強者に取り入る尻軽女にしか見えませんでした。あまつ、雫も永山組もその事を一切指摘せず呑気に盛り上がる始末で、香織の自己中ぶりを強調しただけにしか見えませんでしたね。どいつもこいつも自分達の所為でアラン達が死んだのを分かっていたのやら…。





感想、評価お待ちしております。


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狂気の胎動

『ビースト覚醒』、噂ではビースト戦士達がスキャンする化石や、スカージのビークルモードらしき車両が撮影現場で目撃されているそうです。どうなるか楽しみです。

前話は結構アンチが強めだったので、原作ファンの方々から怒りを買うのではと心配してましたが、意外と好評で何よりです。
まあ二次創作でどれだけ改悪しても、此奴なら絶対これくらいは言う、って思えるのが光輝なんですよね(苦笑)



 マキシマル一行がホルアドを出発してから暫く後、勇者一行は駐屯騎士達に護衛され、なんとか今まで利用してきた王国直営の宿屋まで逃げ帰る事が出来た。不幸中の幸いか、この宿屋は昼間の襲撃の被害には晒されなかったので、心身ともに疲弊した勇者一行が避難するにはもってこいであった。

 もう夜更けだというのに、未だ怒りの収まらない民衆の一部が「さっさとこの町から出てけ!」と宿屋の中にいる勇者一行に罵声を浴びせており、守衛の騎士達が必死に諫めている。辛うじて暴動に発展しないのは、昼間に光輝がストレイフにぶちのめされて皆の気分が晴れたのと、怒りの捌け口として亮牙が持ち帰ったカトレアの首があるからだ。彼女の首は現在町の中心で晒されており、大抵の民衆はそちらに怒りをぶつけているか、負傷者の手当てに必死なのかである。

 ストレイフから手加減されたものの、今尚気絶している光輝は龍太郎が付き添って看病し、その他の六人は皆個別の部屋に篭っている。皆心身共に疲弊しているから、一旦一人になった方が気が休まるだろうと考えた恵里の判断だ。明日は今回の騒動の報告のため、早急に王都へ帰還せねばならず、各々は一人きりで夜を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その宿の一室、防音となっているために外に漏れる事はないが、呪詛の声を上げて荒れ狂う者が一人いた。

 

「クソッ!クソッ!クソッ!あのキモオタに半グレ野郎めぇ!あれだけ女囲ってるんだし、戻ってきたなら一緒に連れてきゃ良いのにぃ!おまけにメルドも檜山もあっさりくたばりやがって!あれだけ細心の注意を払って準備してきたボクの計画が滅茶苦茶じゃないか!!!」

 

 怒りに震えるその者の正体は、勇者パーティの一人、中村恵里だ。

 そう、半年近く前、亮牙を突き落とした犯人が檜山である事にすぐに気付き、その件で脅迫して自分の手駒にしていたのは、他ならぬ彼女だったのだ。そこまでして彼女が企んでいた計画というのは、魔人族に寝返って意中の相手である光輝を手に入れる、というものだ。

 このような計画に至った経緯は、幼少期の恵里の身に降りかかった悲劇が関係している。恵里は元々両親と三人で暮らしていたが、5歳の頃に彼女を庇って父親が交通事故で他界してから、彼女の人生は大きく狂い始めてしまった。

 恵里の母は元々は裕福な家庭の生まれだったのだが、夫に惚れ込んだあまり周囲の反対を押し切り、駆け落ち同然に結婚したため、夫には依存のレベルでぞっこんだった。故に最愛の人を喪った悲しみは、その原因となってしまった娘への憎悪へと変わり、母は恵里を虐待するようになった。恵里自身は自分が父の死の原因である罪悪感から黙ってそれに耐えるしかなく、母の虐待も巧妙だったこともあり、周囲はそれを見抜く事が出来なかった。そんな日々故に当時の彼女の表情は暗く、友達も一人もいなかった。

 追い討ちをかけるように恵里が9歳の頃、母は新たな男を恋人にしたのだが、見るからに柄の悪いその男は事もあろうに恵里にまで色目を使ってきた。幼心に危機感を抱いた彼女は、髪を短く切り一人称をボクに変えるなど、まるで少年の様な振る舞いで必死に自分を守ったが、その所為でどんどん孤立し、ましてやその程度で何とかなる筈もなく、母の留守中に危うく男から性的虐待を受けそうになってしまった。幸い、近所の人達も男を警戒していた事から、恵里の悲鳴を聞いて直ぐに通報があったため、男は逮捕された。これで漸く母も正気に戻ってくれると期待した恵里だったが、待っていたのは「お前があの人を誑かした」などという筋違いな罵倒であった。

 恵里は全てに絶望し、近くの河川敷に赴いて投身自殺を図ろうと考えたが、其処で彼女は()()()()運命の出会いを果たした。そう、幼少期の光輝だ。

 しつこく事情を聞いてくるので、恵里は今までの経緯をかなり要約して説明すると、光輝は今と変わらず碌に理解もしてないくせに勝手に自己解釈して、ある意味呪いの言葉をかけた。

 

『もう一人じゃない。俺が恵里を守ってやる』

 

 全てに絶望し、死すら考えていた恵里にとって、その一言は強烈だった。それこそ万病を治す良薬どころか、全てを蝕む猛毒の如く。

 それからは学校に行ってからも、友達が増えれば何とかなるだろうという光輝の浅慮さから、誰かしらが話しかけてくれるようになった。故に母と同様、恵里は光輝の虜となってしまった。故に光輝と引き離されてなるものかと、児童相談所が母の虐待を疑って捜査に及んだ際は反吐が出そうになるくらい「仲の良い母娘」を演じ、今までの報復とばかりに脅したら、母は蒼白になり悲鳴を上げて逃げ出していった。

 しかしそれでも、いつも光輝の傍には、忌々しい白崎香織と八重樫雫がいた。今まで邪魔になりそうな奴は何人も秘密裏に破滅させてきたが、この二人だけは光輝にとってお気に入りであり、正に正真正銘のヒロインといった存在だったので、引き離す事はできなかった。唯一、香織の方は南雲ハジメに惚れ込んでいるのを知ってから、二人をくっつけようとしたり、邪魔者となる灘亮牙を破滅させようと画作したが、肝心のハジメが香織を好いていなかったこともあり、中々上手くいかなかった。

 そんな中、今回の異世界転移は、恵里にとってまたとないチャンスとなった。地球の法律など気にする必要のないこのトータスなら、地球では出来なかった手段を平然と行なって、今度こそ愛しの光輝を自分のモノに出来る。そう考えた彼女は、ステータスプレートで判明した自分の天職・降霊術士を大いに活用する事にした。

 降霊術士は、端的に言えばファンタジーにおけるネクロマンサーの事だ。恵里は周囲には自分に降霊術が苦手だと嘘を言い、亮牙を突き落とした件で弱みを握った檜山に、従えば香織をくれてやると言って手駒にした。そして、一応はチート持ちの一人である檜山を使って王宮の騎士達を密かに暗殺していき、自らの降霊術で傀儡兵、簡単に言えばゾンビへと変えていったのだ。

 無論、この所業は中々リスクが大きいのだが、恵里には異世界のチート持ちの一人として天才的な才能があった。彼女の降霊術でゾンビと化した騎士達は、やや覇気がない事を除けばちゃんと受け答えもできるので、誰もが既に死んでいるなどとは気づきもしなかった。おまけに今まで自分を偽り続けてきた恵里の嘘を誰も見抜ける筈もなく、彼女の「自分は降霊術が苦手」という嘘を信じて疑いもしなかった。

 おかげで彼女は、どんどん配下のゾンビを増やしていった。狙いは、この大量のゾンビ兵を取引材料として魔人族に取り入り、自分の身の安全を確保する事だ。そして光輝を降霊術で自分に忠実な存在へと変え、いつまでも二人っきりで愛の世界に浸ろうと…。

 しかし今日、その計画に綻びが生じ始めた。遂に魔人族との接触を果たしたが、相手側の予想だにしない戦力に危うく殺されかけた。おまけにこの戦いで、手駒である檜山が醜い化け物になった挙句に死亡し、ゾンビとすれば最高の切り札になったメルドも遺体すら残さず戦死してしまった。生きていたハジメと亮牙のおかげで何とか命は助かったが、邪魔者の一人である香織を連れていってくれればよいのに、結局置き去りにして何処へと去ってしまった。

 

「クソッ!ある程度傀儡兵は集まったけど、ここで檜山とメルドが殺されたのは痛かったな…!おまけにあの女の仲間に接触しようにも、肝心の死体があの状態じゃ降霊術は使えないし…!灘の奴、余計な事しやがって!」

 

 やや落ち着きを取り戻しつつも、まだ怒りの収まらない恵里は、亮牙への呪詛の言葉を吐く。檜山が死んだ以上、更にゾンビを増やすには自分でやっていくしかないし、遺体がない以上メルドをゾンビとする事はできない。おまけに他の魔人族と接触するために降霊術でカトレアの亡骸を利用しようにも、彼女の首から下は亮牙に焼き尽くされてしまい、その首も町の中心で晒し首にされている。勇者一行の一人として民衆から恨みを買ってしまった今の自分では、迂闊に近づく事などできない。

 再び計画を練り直す事になってしまった苛立ちから、髪を乱暴に掻きむしる恵里。そんな彼女に突然、謎の声が囁く。

 

『そんなに我々の軍門に降りたいか?』

「っ⁉︎だ、誰⁉︎」

 

 恵里はハッとなって声がした方を振り向くと、テーブルの上に彼女に取って忘れられない存在がいる事に気づいた。小型の虫型ロボット、インセクティコンだ。ただしこの個体は昼間、恵里達の居場所をカトレア達に漏らした個体ではなく、遠藤に張り付いて地上に這い上がった個体だ。あまりに小さかった故に、マキシマル一行に殲滅される事なく生き延びていたのだ。

 思わず身構える恵里だったが、インセクティコンはその体躯に見合わない、人間大の立体映像を瞳から映し出した。彼女の前に映し出されたのはサイクロプスの様な単眼の巨人の顔、そう、ショックウェーブだ。

 

「お前は、昼間の…」

『正直我々の戦力は足りているのだが、論理的に考えて手駒は少しでも多い方が良い。魔人族の代表には私から紹介してやっても良いが、どうする?…まあ、今の貴様に私との協力関係以外の選択肢はあり得まい』

 

 無機質な声ながらも明らかに上から目線の見下した態度に、恵里は内心怒りに震える。皮肉にもこの状況は、彼女が檜山を脅して下僕にした状況と殆ど同じだった。まさか自分が同じ立場になってしまうとは、あの時は思いもしなかった。

 しかしこんな状況となってしまった今は、恵里にとって取るべき選択は一つしかなかった。故に彼女は、立体映像のショックウェーブにこう返答した。

 

「…分かったよ。その取引に乗る。その代わり、ボクの身の安全は保証してもらうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、此方は香織の部屋。現在香織はたった一人、今までにないくらい生気の失われた表情で、目に見えて落ち込んでいた。

 ハジメによって落とし穴に落とされた挙句、麻痺性の手榴弾まで投下されて意識を失った香織は、あの後雫によって掘り起こされた後、彼女に抱えられて光輝達のもとへと戻り、共に宿屋まで逃げ帰ったのだ。

 幸い光輝と違い早く目覚めたのだが、目覚めた時はかなり取り乱しており、今直ぐにでも宿屋を抜け出してハジメの後を追いかけようとした程だ。雫が必死に宥めて制止した事で何とか一旦は落ち着いた香織だったが、その後は一気に塞ぎ込んでしまった。あれ程好意を抱いていたハジメから明確な拒絶を受けた挙句、まるでゴミ箱に捨てられるゴミのように落とし穴に落とされた事が相当ショックだったのだ。

 故に香織は、その身を案じて共に休もうと言う雫の提案も断り、今なお気絶している光輝の治療もせずに、そのまま部屋に引き篭もってしまった。雫も鈴も心配していたものの、彼女達自身も今日の騒動の所為でかなり追い詰められていた事もあり、仕方なく香織自身の気持ちに整理がつくまでそっとしておく事にした。

 

「どうして…ハジメ君…」

 

 目を涙で潤ませながら、香織はハジメの名を呟いた。どうしてこんな事になってしまったのか、香織には理解出来なかったのだ。

 今まで大抵の人間が自分に親切にしてくれ、自分も誰にでも分け隔てなく優しく接してきたから、誰かから嫌われるなんて経験などなかった。無論ハジメに対してもそうしてきたし、随分と心を砕いた心算で、彼からの好感度はそれなりに高いと思っていた。彼が奈落に落ちた後もその生存を信じ続け、そして遂に今日、多くの力を得て救いに来てくれた彼と再会を果たした。

 無論今までのハジメとは変わっていた事はショックだったが、知らない部分は今までのように傍にいて知っていけばいいのだ。あんな連中に想いの強さで負けるわけがない、自分が傍に加わって何が悪い。そう考えたからこそ、決意と覚悟を抱いて彼に想いを伝えたのだ。

 しかし、ハジメから帰ってきたのは明確な拒絶の言葉だった。地球にいた頃から君が嫌いだった、もう関わってほしくない。香織にとっては予想外かつ、決して聞きたくなかった言葉だった。

 

「何が…駄目だったんだろう…?私の…所為なの…?私には…ハジメ君の傍にいる資格がないの…?」

 

 そう呟きながら香織は、ハジメに拒絶された理由を自問自答する。日頃からハジメに辛く当たる光輝を止められなかったからか。それとも「無能」と嘲笑されていた時に庇ってやれなかったからだろうか。もしくはあの顔の傷を負った際に、傍にいて癒してあげられなかったからだろうか。あの裏切り者の檜山を、今日の今日まで仲間として仲良く接していたからだろうか。いや、もしくはあの灘亮牙に毒されているのだろうか…。

 未だに自分の一方的な愛情の押し付け、ハジメの優しさに惚れたなどと言いながら簡単に戦争参加を表明して彼を巻き込んだ事、そしてハジメの「大切」の一人である亮牙を疎んでいた事、それらがハジメに愛想を尽かされる原因だという事には全く気づかない香織。どうすればやり直せるのか、どうすればハジメに振り向いてもらえるのか、必死に考えを巡らせるものの、中々良い考えは浮かばず、再び瞳を潤ませたその表情は更に暗くなる。

 

「ほぅ、随分と強い憎しみを抱いているな」

「…え?」

 

 突如として、禍々しい男の声が耳に響き、意気消沈していた香織は顔を上げる。部屋中を見渡してみたが、誰もいる様子はない。だが、謎の声は構わず香織に語りかける。

 

「誤魔化す事はない。今のお前は強い憎しみの炎を滾らせている。そう、あの灘亮牙に対してな」

「っ、灘君…いや、灘亮牙…!」

 

 謎の声の言葉から亮牙の名が出て来て、ハジメに拒絶された悲しみに打ちひしがれていた香織の中に、どす黒い負の感情が浮かび上がる。そう、怒りだ。

 今思い返せば、あの化け物はいつもハジメに付き纏っており、自分がハジメと仲良くなろうとする度に邪魔をしてきた。ハジメの事を知りたくて、唯一の友人らしいという事から話を聞いてみようと最初に話しかけてみた時も、

 

「話しかけるな、うざってぇ」

 

 と酷い言葉を浴びせてきた。今まで誰もが親しくしてくれた香織にとって、ここまで明確に拒絶されたのは初めての経験であり、以来亮牙に対しては苦手意識を持っていた。その後も容赦ない粗暴な面や大抵の人間と距離を取るぶっきらぼうな態度、()()()()()()()()()()所為なのか周囲に疎まれるハジメの姿に、徐々に亮牙への苦手意識は嫌悪へと変わりつつあった。

 このトータスに転移してからも、自分達は困っている人を助け、皆で協力して地球に帰ろうとクラスをまとめ上げる中、あの無頼漢はまたしてもハジメを巻き込んで身勝手な事をし始めた。挙句、余計な恨みを買いまくってその仕返しをされただけに留まらず、ハジメを巻き添えにした。戻ってきた時には、ハジメは半年近くも毒された所為なのか、平然と殺人を行うようになってしまい、自分は酷い言葉を浴びせられ拒絶されてしまった。

 奴さえいなければ、ハジメは自分を受け入れてくれた筈だ。奴の所為で自分の恋路は滅茶苦茶にされてしまった。そう考えているうちに、香織の怒りはだんだん強くなり、亮牙への憎悪へと変わっていく。それを見透かしたように、謎の声は問いかけた。

 

「人間の娘よ、力が欲しいか?」

「…力?」

「そうだ、力だ。本来のお前の運命を狂わせ、愛する者と引き離した、あの灘亮牙に復讐する力だ。そして同時に、お前と結ばれる筈だったあの小僧を取り戻す力だ」

「ハジメ君を…取り戻せる…?」

「この俺に全てを委ねろ。そうすれば力を与えてやる。邪魔者を全て消し去り最愛の者と結ばれる、お前が辿る筈だった未来を取り戻す力をな」

「……」

 

 旧約聖書でアダムとイブを唆した蛇の如く、甘い囁きが香織の傷ついた心を蝕んでいく。本能がこの声に従ってはならないと警鐘を鳴らすが、今の香織の心はその警告に従える状態ではなかった。

 もし灘亮牙さえいなければ、自分とハジメは結ばれていた筈だ。もし力があれば、奴を含めた邪魔者を排除して、ハジメの心を取り戻す事が出来るかもしれない。歪んだ欲望に支配された香織は遂に、禁断の果実に手をつける道を選んだ。

 

「お願い…します…!あの化け物を倒す力をください…!何より奴の呪縛からハジメ君を救う力を!」

「良かろう。俺がお前の復讐を果たしてやる」

 

 謎の声がそう告げた瞬間、香織の首筋にチクリと痛みが走る。一匹インセクティコンが、彼女のうなじにかみついたのだ。この個体こそ、カトレアとの戦いで勇者パーティの居場所を彼女とディセプティコンに伝えた個体だ。マキシマル一行の攻撃を掻い潜り、今まで密かに彼女の服に張り付いていたのだ。

 

「う…ぐ…ぎゃあああああああ!!!」

 

 最初は虫刺され程度にしか感じなかった香織だが、徐々に痛みは全身へと広まるとともに強くなる。やがて身体中がまるで溶鉱炉に沈められたかのような熱と痛みに支配され、流石の香織も堪らず悲鳴を上げた。

 

「香織!一体どうしたの⁉︎何があったの⁉︎」

「カオリン!大丈夫なの⁉︎返事をして⁉︎」

 

 防音となっているとは言え、所詮は地球の現代建築に比べれば古い造り故、悲鳴は外にも響いた。偶然、香織の様子を伺いに来た雫と鈴は、あまりの凄まじい悲鳴に大慌てで何度もノックをする。返答がないため、ドアを突き破ってもらうために龍太郎を呼んでこようとする二人だが、やがて悲鳴が収まると、ドアの鍵を開けて香織が何事もなかったかのように出てきた。

 

「もうっ、二人ともそんなに慌ててどうしたの?」

「それはこっちの台詞だよ⁉︎いきなり凄まじい悲鳴が聞こえてきたんだから、何事かと思ったじゃん⁉︎」

「アハハハ、心配させちゃってごめんね。今日は色々あり過ぎた所為で疲れてたから足攣っちゃって、思わず悲鳴あげちゃったの…」

「あ、足攣っただけぇ⁉︎も〜カオリン、心配させないでよ〜」

 

 悲鳴の原因が足を攣った所為だと苦笑しながら説明する香織に、鈴は呆れたように溜息を吐くも、何事もなかった事に安堵する。雫も同じ気持ちのようだが、ふと親友を見てある事に気づいた。香織の瞳が、まるで紅蓮の炎のように真っ赤となっていたのだ。

 

「ねえ香織、貴方なんだか目が赤くなってるんじゃない?」

「さっきまで泣いてたから多分その所為だよ。今日は色々あったしね…」

「そうね…。取り敢えず今日はもう寝ましょう。明日は早いから、少しでも疲れを取らないと…」

「うん、二人ともお休み」

 

 気になって問いただしてみる雫だが、香織からそう返答され、そんなになるまで泣いてしまった理由も理解できたのでそれ以上は追求しなかった。明日も早いこともあり、そのまま鈴と共に自室へと戻る事にした。

 しかし、雫が気づいた違和感は気の所為ではなかった。香織の瞳が赤くなっていたのは、泣き過ぎて充血したわけではなかった。寧ろその色は、昼間彼女達勇者パーティを殺そうとした、ディセプティコン達の瞳の色と同じ色だった。

 

「まずは一つ」

 

 一人きりとなった部屋の中で、香織は今までした事のない邪悪な笑みを浮かべてそう呟いた。彼女に噛みついたインセクティコンは、まるで役目を終えたかのように息絶えていたが、うなじの噛み跡にはその長髪で隠れて見えないものの、薄らとディセプティコンのエンブレムを象った焼印のようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、ミュウの故郷である海上町・エリセン。ミュウがフリートホーフに攫われてから、この町は現在、人間族にとって地獄のような惨劇が繰り返されていた。

 

「サルゼ隊長!また奴が現れました!王都から来た援軍は軍艦ごと沈められて全滅です!」

「何だと!クソッ!我が国の精鋭部隊が全く歯が立たないとは!」

 

 慌てて駐屯所内に駆けつけてきた部下からの報告に、ハイリヒ王国駐在部隊の隊長・サルゼは悔しそうに悪態を吐く。

 数ヶ月前、海人族の幼女が攫われ、その母親が深傷を負わされて以来、まるでワニとも竜とも形容すべき謎の巨大な怪物が度々海から上がってきてはエリセンを荒らすようになった。しかもこの怪物、海人族には一切手を出さないのに、人族に対しては蛇蝎の如く嫌悪しているのか、老若男女問わず殺しまわっているのだ。

 おかげでエリセンの人族の大半が命を落とし、辛うじて生き延びた町民はエリセンではもう暮らせないと他の町に亡命していった。唯一残ったサルゼ達駐在部隊はこれまで何度もこの怪物を討伐しようとしたが、如何なる魔法も武器も全く通用せず、出動した軍艦も背中に生えた大量の棘で船底を切り裂かれ沈められる始末だ。

 そして今回、最早自分達だけでは手に負えないと、王都に報告して精鋭部隊を送ってもらったが、その希望も一瞬で絶たれてしまった。サルゼは悔しそうに机をドンと叩くと、耐え難い屈辱に震えながらその場にいる部下達に指示を出した。

 

「…悔しいが、エリセンを放棄する。あの化け物は我々の手に負えん。王都に戻って陛下に説明し、勇者様達に奴を討伐してもらうしか──」

 

 サルゼの言葉はそこで途切れた。突如として大量の巨大な杭が駐屯所に降り注ぎ、駐屯所は容赦なく破壊されてしまった。当然中にいたサルゼ達駐在部隊は、バラバラの肉片と化していた。これでエリセンの人族は、遂に一人もいなくなってしまった。

 その光景を浜辺から見ていた者がいた。そう、一連の騒動を引き起こしてきた怪物だ。その外見は地球人が見れば、恐竜の一種スピノサウルスに似ている事に気づいただろう。だが、その大きさは通常のスピノサウルスの倍以上あり、全身は鱗ではなく金属で覆われている。背中にはスピノサウルスの特徴である帆の代わりに大量の棘が生えており、どうやらこれを発射してサルゼ達を殺したようだ。

 

「グルゥオオオオオッ!!!」

 

 怪物は大きな唸り声を上げる。だがその声は、害獣どもを駆除し尽くした喜びと言うより、寧ろ大切なものを失った悲しみに満ちた悲痛な声だった。

 

 

 

 

 




何とか本章最終話まで書けました。結構長引いてしまい、誠に失礼しました。

感想、評価お待ちしてます。


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最後の仲間はお爺ちゃん⁉︎
終焉への序曲


新章突入です。
また各地で緊急事態宣言が出始めたので、本作が皆さんの気を紛らわせるものとなれば、嬉しい限りです。

ちなみにタイトルは、『ゴッド・オブ・ウォーⅡ』の邦題です。


 さて、今回の『グリムロックは宇宙最強』は、ディセプティコンと魔人族によって惨敗を喫した勇者一行から話を始めよう。

 亮牙達マキシマル一行との衝撃的な再会と別れをした勇者一行は翌日、光輝が意識を取り戻したこともあり、駐屯騎士達が手配した高速馬車に乗って王都へ帰還する事になった。当然、待ち構えていた住民の一部から「二度と来るんじゃねぇ!」と罵声やゴミを投げつけられ、勇者一行は逃げるように宿場町ホルアドを後にした。光輝は屈辱のあまり怒りを露わにしていたが、他の面々はそんな気分ではなかった。

 現在の勇者一行が勇者パーティと遠藤の7人だけとなってしまった事が原因だ。辻はと言うと、今朝部屋から出て来なかったので室内に入ったら、ベッドのシーツで首を吊って自ら命を絶っていたのだ。遺体は現在、簡素な棺桶に入れられて別の馬車で運ばれている。なお吉野の亡骸は腐敗が激しかった事もあり、昨晩のうちに騎士達が火葬し、遺骨を納骨した壺を雫が抱えている。結局永山パーティで生き残ったのは遠藤だけとなってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都に帰還後も大変だった。魔人族の襲撃により勇者一行が惨敗し、挙句ホルアドも甚大な被害を被る事になったことは、既にホルアドの重役や駐屯騎士達により王家や教会上層部に伝わっており、それが問題となっていたのだ。

 エヒト神が連れてきた神の使徒の敗北は、魔人族の力は予想を遥かに超えていた事を明らかにし、教会上層部を大いに混乱させた。同時に光輝が魔人族を斬ることに躊躇したことも問題になった。なぜ魔物は倒せるのに同種であるはずの魔人族は躊躇うのか。なぜエヒト様に命じられたことを誇りに思って行動できないのか。歪んだ選民思想が根付いている教会上層部や王族貴族は、未だにそんな愚かな事を考えていた。

 そして勿論、未知のアーティファクトや能力を使用して勇者一行でも倒せなかった魔物を圧倒的な力で殲滅したマキシマル一行のことも議題に上がった。彼らが強大な力を持っていながら協力的ではない事に当然上層部はいい印象を持たなかった。だがホルアドの重役達が、そもそも勇者一行の一人である檜山が行った所業や、勇者である光輝が感謝や謝罪の言葉もなく謂れのない罪で責め立てようとした事を述べて、当然の結果だとマキシマル一行を擁護してくれた。おかげで、マキシマル一行を責めようとする愚か者どもは口をつぐむしかなかった。

 代わりに怒りの矛先を向けられたのは、指導者であるメルドだった。約半年前の亮牙とハジメの墜落事件を、イシュタルとエリヒド王が圧力をかけて有耶無耶にしたくせに、あの時檜山が犯人である事を見抜けなかったメルドが悪いとされたのだ。挙句、勇者一行がこんな事態になってしまったのも、メルドがちゃんと指導してこなかったのが原因だと責め立てられた。

 雫達は必死に擁護したものの今回ばかりは聞き入れて貰えず、メルドは騎士団から永久除名処分、遺族には何の補償もされないどころかロギンス家は御家断絶と言う、死人に鞭打つかのような酷い仕打ちを受ける事になってしまった。この件は、生き残った勇者一行の心を更に抉る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、亡きメルドに代わって副団長のホセ・ランカイドが、繰り上げで新たな騎士団長に任命され、勇者一行の新たな指導者として指名された。生き残った光輝達7人の他、戦死した永山達の穴埋めとして今まで居残り組だった連中も引き摺り出されて再び訓練を受ける事になった。

 現在、光輝達が今後も戦い続けるには「殺人」に対する浅慮が過ぎるという最大の欠点を早急に対処する必要があった。魔人族との戦争にこのまま参加するならばこの経験は必ず必要となるし、克服できなければ戦場に出ても返り討ちに遭うだけだ。

 もっとも、考える時間はもうあまり残されていないと考えるのが妥当だ。ウルの町での出来事は既に光輝達の耳にも入っており、自分達が襲撃を受けたことからも、魔人族の動きが活発になっていることは明らかで、開戦が近い事は誰もが暗黙の内に察している事だった。従って、光輝達は出来るだけ早く、この問題を何かしらの形で乗り越えねばならなかった。

 故にホセは苦渋の決断として、亮牙がメルドに提案していた内容を実行に移そうとした。そう、罪人の処刑や家畜の屠殺の手伝いだ。死刑判決の下った悪党や、これから食べる肉を得る為に命を奪う事で、早急に殺人になれさせようと考えたのだ。

 当然光輝はこの期に及んで「人殺しなんて出来ません!」と反発し、今まで引き籠り生活に甘んじていた居残り組も難色を示した。ホセとしては今更巫山戯るなと怒鳴り散らしたかったが、無理強いさせて精神崩壊させる訳にもいかず、仕方なく家畜の屠殺のみ行う事にして、後は自分達騎士団と対人戦の訓練を行う事にした。しかしもう時間がない事と、メルドをはじめとする同僚達を多数喪った悲しみと怒りのあまり、ホセの訓練は日に日に厳しくなっていき、光輝達は心身ともに疲弊していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都に帰還してから三週間後、光輝達の耳にちょっとした朗報が飛び込んできた。愛子達の帰還だ。

 普段なら光輝のカリスマにぐいぐい引っ張られていくクラスメイト達だったが、今回ばかりは違った。あれ程息巻いていた光輝が肝心の場面で手を汚すのを躊躇った結果、永山達が命を落としたと言う事実は、雫のフォローや鈴のムードメイクも全く意味をなさず、全員が大変なショックを受けた。特に辻の末路は、女子生徒達の心に深い恐怖を刻み付けてしまった。いざという時に光輝は守ってくれない、自分でどうにかしなければ待っているのは地獄だと…。

 故に光輝達に不信感を抱き始め、更には日に日に厳しくなる訓練に心身ともに疲弊していた生徒達にとって、身近な信頼出来る大人の存在は有難かった。皆、いつだって自分達の事に一生懸命になってくれる先生に、とても会いたかったのだ。

 愛子の帰還を聞いて、雫は真っ先に行動した。愛子の帰還を聞いて色々相談したい事があると、先に訓練を切り上げた。亮牙やハジメに偏見を持つクラスメイト達より先に会って、愛子までもが予断と偏見を持たないように客観的な情報の交換をしたかったのだ。

 王宮の廊下を颯爽と歩く雫の姿に、何故か男よりも令嬢やメイドが頬を赤らめている。雫にとって自分より年上の女性に「お姉様ぁ」と呼ばれるのは地球にいた頃から抱えている問題なのだが、今はそんな事を気にする余裕はなかった。

 ウルの町でも亮牙達が色々やらかした事を聞いていたので、愛子から二人についてどう思ったかも直接聞いてみたかった。彼女の印象次第では、今も考え込んでいる光輝達の心の天秤が、あまり望ましくない方向に傾くかもしれないと思ったからだ。

 そして雫は、目的地である愛子の部屋に到着した。ノックをするが反応はなく、国王達への報告からまだ戻ってきていないのだろうと思い、壁にもたれて帰りを待つことにした。30分後、廊下の奥からトボトボと何だかしょげかえった様子で、愛子が優香と共に戻ってきた。必死に頭を巡らせているとわかる深刻な表情の彼女は、前も見ずに歩いてくると、そのまま自分の部屋の扉とその横に立っている雫にも気づかず通り過ぎようとし、慌てて優香が呼び止めた。

 

「ちょ⁉︎愛ちゃん先生!お部屋に着い…ってあれ?八重樫さん?」

「ほえっ⁉︎」

 

 奇怪な声を上げてビクリと体を震わせた愛子は、キョロキョロと辺りを見回し、ようやく雫の存在に気がついた。二人とも、雫の元気そうな姿にホッと安堵の吐息を漏らすと共に、嬉しそうに表情を綻ばせた。

 

「八重樫さん!お久しぶりです!元気でしたか?怪我はしていませんか?他の皆も無事ですか?」

「ちょっ⁉︎愛ちゃん、落ち着いて!八重樫さんも一度に全部答えられませんから!」

 

 今の今まで沈んでいたというのに、相変わらず愛子の口から飛び出るのは生徒への心配事ばかりで、優香が苦笑しながら落ち着かせようとする。漸く彼女が落ち着きを取り戻すと、三人は情報交換と相談事のため愛子の部屋へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな…何てことに…」

「愛ちゃん先生⁉︎しっかりして!」

 

 雫と愛子と優香、三人っきりの部屋で、可愛らしい猫脚テーブルを挟んで紅茶を飲みながら互いに何があったのか情報を交換する。そして、雫からホルアドで何が起きたかを聞かされた愛子は、そう呟くと自身のティーカップを割ってしまった。そのままショックのあまりひっくり返りそうになった彼女を、慌てて優香が抱き止めた。

 無理もないだろう。自分について来た清水が裏切った挙句死亡した事を気に病んでいたのに、言うことを聞かず戦い続ける道を選んだとはいえ、生徒達が更に8人も死んだ報告を受けたのだ。あれだけ尽力して生徒達を守ろうとしたのに、その結果がこの有様では、ショックを受けない筈がない。愛子の性格や価値観を思えば、こうなってしまうのは当然だと理解していた優香は、掛けるべき言葉が見つからず悩んでいた。

 

「…ごめんなさい先生。全部私達の所為です…」

「や、八重樫さん⁉︎」

 

 逆にその姿を見た雫は遂に耐えられなくなり、泣き出しそうな表情のまま、愛子に向かって土下座した。突然の事に驚愕する優香だが、雫は土下座したまま話を続けた。

 

「灘君や南雲君にもはっきり言われました。全てお前達の無責任さが招いた事だって…。あの時、先生や二人があれ程警告したと言うのに、私も光輝達も事態を楽観視して皆を巻き込んで、その所為で永山君達だけでなく大勢の人を死なせてしまって…」

「…八重樫さん達だけの所為じゃないよ。私達も戦争を舐めていたし、知らなかったとは言え檜山を野放しにしたんだから…。そうでなければ、清水が裏切る事も、辻さん達に起きた悲劇も防げたかもしれないんだからさ…」

 

 自分と幼馴染達の軽率さがこの事態を招き、永山達を死なせる結果となってしまった事を詫びる雫。今回ホルアドで起きた悲劇に、自分達が取り返しのつかない事をしたと痛感して、激しい罪悪感が彼女の心を蝕んでいた。ここに来るまでの侍女や女性騎士達の視線を気にする余裕がなかったのも、それが一因でもある。

 そんな雫を、優香は必死に慰めた。確かに煽動したのは雫達かもしれないが、それにホイホイ釣られて賛同したのは自分達なのだから、責める資格などないのは分かっていた。おまけに亮牙の誤爆事件を、自分が犯人だった際にどうなるかが怖かったが為に有耶無耶にして、真犯人である檜山を野放しにしてしまった。もしあの時、檜山に混乱を招いた元凶として罰を与えておけば、吉野が食われたり辻が魔物の慰み者にされるのを防げたかもしれない。

 意気消沈する生徒達の姿に、愛子は内心泣き出したい気持ちを押し殺して、再び口を開いた。

 

「…二人とも、顔を上げてください。清水君の件も永山君達の件も、全ては私が教育者として至らなかったのが悪いんです…。貴方達まで犠牲にならなくて、本当に良かった…。灘君と南雲君には、感謝しても仕切れないです…。なのに、私はまた、あの子達を守ってあげられませんでした…」

 

 そう言いながら苦虫を噛み潰したような表情で憤りと不信感をあらわにする愛子に、雫も優香も只事ではないとすぐに気づいたが、その直感は正しかった。

 

「…正式に、彼らマキシマルが異端者認定を受けました」

「⁉︎やっぱり、その所為で落ち込んでたんですね…」

「…どういうことですか?いえ、何となく予想は出来ますが、それは余りに浅慮な決定では?」

 

 マキシマル一行は、各々の強さも所有するアーティファクトも、通常では有り得ない程の力を持っている。にもかかわらず、聖教教会に非協力的などころか敵対することも厭わないというスタンスなので、王国や聖教教会が危険視するのも頷ける。しかしだからといって、直ちに異端者認定するなど浅慮が過ぎるというものだ。これは聖教教会の教えに背く異端者を神敵と定めるもので、この認定を受けるということは何時でも誰にでもマキシマルの討伐が法の下に許されるという事だ。場合によっては、神殿騎士や王国軍が動くこともある。

 そして異端者認定を理由にマキシマルに襲いかかれば、それは同時にマキシマルからも敵対者認定を受けるということであり、あの容赦のない苛烈な攻撃が振るわれるということだ。その危険性が上層部に理解出来ないはずがない。にもかかわらず愛子の報告を聞いて、その場で認定を下したのだから、雫や優香が驚くのも無理はない。

 

「全くその通りです。幾ら自分達に従わない大きな力とはいえ、結果的にウルの町を含めて大勢の人達を救っているのに、天之河君が主張したらしい自作自演説を支持する始末で、私がいくら抗議してもまるで取り合ってもらえませんでした。彼らはこういう事態も予想して、ウルの町で唯でさえ高い『豊穣の女神』の名声を更に格上げしたのにです。既にその名が相当な広がりを見せている今、彼を異端者認定することは、自分達を救った私や彼らそのものを否定するに等しい行為です…。だから私の抗議をそう簡単に無視することなど出来ないはずなのですが、彼等は強硬に決定を下しました。明らかにおかしいです…。今思えば、イシュタルさん達はともかく、陛下達王国側の人達の様子が少しおかしかったような…」

「…それは、気になりますね。彼等が何を考えているのか…。でも、取り敢えず考えないといけないのは、唯でさえ強い彼らに()()差し向けるつもりなのかという点ではないでしょうか?」

「…間違いなく私達だよね。悪いけど、私は絶対御免だよ。アイツらに勝てるなんて思えないし、何より、これ以上アイツらへの恩を仇で返すような真似はしたくない…」

 

 間違いなく自分達がマキシマルにぶつけられる。そう悟った優香は、はっきりとそう告げた。敵うような相手ではない事は嫌という程理解していたし、何より彼女自身、二度も助けられた恩を仇で返すような真似など、自分の良心が許す筈もなかった。菅原や宮崎、玉井達だって同じ気持ちのはずだ。

 一方の雫は黙ったままだが、目に見えて怯えていた。自分は少なくとも地球にいた頃から気にかけてフォローしていたつもりだが、当の亮牙とハジメからは全く理解されていなかった。ホルアドでの一件で、彼らは完全に自分達を見限り、もし対峙すれば容赦なく殺されるのは目に見えていたので、想像したくないと言わんばかりに身震いした。

 生徒二人の様子を目の当たりにした愛子は、改めて決意した。国と教会側からいいように言いくるめられて亮牙達と敵対する前に、生徒達に釘を刺さなければならないと。

 

「二人とも。先生は実は、灘君と南雲君から、彼らの旅の目的や、この世界の真実についての話を聞かされてるんです」

「話、ですか?」

「はい。…こんな事は言いたくないのですが、灘君からこう言われたんです。どうせ天之河君が信じる筈ないし、八重樫さん達も彼の肩を持つだろうから言っても無駄だ、と…。だから話すべきか迷っていたんですが…」

「…やっぱり、彼らにとっては私も信用に値しないんですね…」

「まあまあ八重樫さん。…にしても、そんなに厄介な話なんですか?」

「…ええ。場合によっては、皆で王都から亡命して、彼らマキシマルと合流する必要があります…。夕食の際、久しぶりに生徒達と水入らずと言えば教会の人達も首を突っ込めないですし、皆が揃ったその時に話します…」

 

 優香と雫にそう告げた愛子は、程よい時間で二人と別れた。これ以上生徒達から犠牲者を出させない。今度こそ生徒全員を説得してみせると意気込みながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夕方、愛子は一人誰もいない廊下を歩いていた。窓から差し込む夕日の美しさに目を奪われながら夕食に向かう彼女だったが、ふと何者かの気配を感じて足を止めた。前方を見れば、ちょうど影になっている部分に女性らしき姿が見えた。廊下のど真ん中で背筋を伸ばし足を揃えて優雅に佇んでおり、服装からして聖教教会の修道服のようだ。

 その女が、美しいがどこか機械的な冷たさのある声音で愛子に話しかけた。

 

「はじめまして、畑山愛子。貴方を迎えに来ました」

 

 愛子は、その声に何故だか背筋を悪寒で震わせながらも、初対面の相手に失礼は出来ないと平静を装う。

 

「えっと、はじめまして。迎えに来たというのは…?これから生徒達と夕食なのですが」

「いいえ、貴方の行き先は本山です」

「えっ?」

 

 有無を言わせぬ物言いに思わず愛子が問い返すが、女は気にした様子もなく影から夕日の当たる場所へ進み出てきた。その人物を見て、愛子は息を呑んだ。同性の彼女から見ても、思わず見蕩れてしまうくらい美しい女性だったからだ。ただ残念なのは表情が全くないことだ。無表情というより、能面という表現がしっくりくる。著名な美術作家による最高傑作の彫像だと言われても誰も疑わないくらい、人間味のない美術品めいた美しさをもった女だった。

 その女は、息を呑む愛子に、にこりともせず淡々と言葉を続けた。

 

「貴方が今からしようとしていることを、主は不都合だと感じております。主の同盟者と、あなたの生徒が企んでいることの方が『面白そうだ』と。なので時が来るまで、あなたには一時的に退場していただきます」

「あ、貴方まさか…⁉︎」

 

 女のその言葉に、愛子の脳裏に嫌な予感が浮かんだ。無意識に後退ったその時、修道女の碧眼が一瞬輝いたかと思うと、彼女の頭に霞がかかったように感じた。愛子は思わず魔法を使うときのように集中して、モヤを頭から弾き出すように振り払った。

 

「…なるほど。流石は、主を差し置いて『神』を名乗るだけはあります。私の『魅了』を弾くとは。仕方ありません。物理的に連れて行くことにしましょう」

「やっぱり!あのロボット達の手先…ぐふっ⁉︎」

「ご安心を。殺しはしません。あなたは優秀な駒です。あのイレギュラー共を排除するのにも役立つかもしれません」

 

 間違いなくこの女は、清水を唆したあのディセプティコンとか言う連中の仲間だ。愛子は魔法を使って身を守ろうととするが、詠唱を唱えるより早く、一瞬で距離を詰めてきた修道女によって鳩尾に強烈な拳を叩き込まれてしまった。

 その場に崩れ落ち、意識が闇に飲まれていく愛子の脳裏に浮かんだのは、ぶっきらぼうで捻くれ者だが根は優しいあの男だ。彼女は届かないと知りながらも、完全に意識が落ちる直前、心の中で彼の名を叫んだ。

 

 

 

 

 

(助けて!灘君!)

 

 

 

 

 

 意識を失った愛子を、まるで重さを感じさせないように担いだ修道女は、ふと廊下の先に意識を向けて探るように視線を這わせた。しばらくじっと観察していた女は、おもむろに廊下の先にある客室の扉を開いた。

 そして中に入り部屋全体を見回すと、やはり足音を感じさせずにクローゼットに近寄り、勢いよく扉を開けた。しかし中には何もなく、修道女は首を傾げると再び周囲を見渡し、あちこち見て回った。やがて何もないと結論づけたのか、愛子を担ぎ直した女は、踵を返して部屋を出て行った。

 静寂の戻った部屋の中で、二つの震える声がポツリと呟いた。

 

「そ、そんな…愛ちゃん先生が…!」

「…だ、誰かに知らせないと…」

 

 誰もいない筈の部屋の中から、何処かに遠ざかる二人分足音がほんの僅かに響き、やがて完全に静寂を取り戻した。

 この日、聖教教会とハイリヒ王国の終焉を告げるカウントが始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、オルクス大迷宮の二百層目を超えた、解放者オスカー・オルクスの拠点。亮牙・ハジメ・ユエの三人によって初めて攻略され、彼らが立ち去った事で再び静寂を取り戻したその地には現在、新たな攻略者が拠点を構えていた。そう、ディセプティコン科学参謀にして軍事作戦司令官・ショックウェーブだ。

 カトレアと別れた後、彼はドリラーに乗って只管地下を掘り進み、オルクス大迷宮を突き進んだ。道中、番人として襲い来る魔物達は、全長300mを超えるドリラーによって悉く殲滅され、当時はまだ本来の力を取り戻せていなかった亮牙達より、短期間で最終階層まで到達した。

 最終試練における第一の番人であるヒュドラは、人間が相手ならその巨体や能力で善戦できただろう。だが30mもの体躯も、その十倍以上の巨体を誇るドリラーの前では芋虫も同然で、あっという間にそのシュレッダーのような口に飲み込まれて細切れにされてしまった。

 続いて現れたのは、亮牙達に倒された個体とは別のモンストラクターで、これには流石のショックウェーブも驚きを隠せなかった。合体戦士故の怪力と強酸に、流石のドリラーも大きなダメージを負ったが、連携の末にショックウェーブがモンストラクターの頭部を撃ち抜いて破壊し、遂に勝利を勝ち取った。

 そして攻略の証として扉が開くと、ショックウェーブはドリラーによって更に周辺を掘り砕いて中に突入した。そして三階建てのオスカーの拠点に辿り着くと、魔法陣のある三階部分をセンサーで感知し、ドリラーにその箇所を抉り取らせて自分の足元に降ろさせた。そして魔法陣に踏み入り、生成魔法の習得に成功したのだ。

 以降、ショックウェーブはこの地点の座標をサウンドウェーブに送ると、多数の部下達や資源を手配して、オスカーの隠れ家を自身の研究所へと変えていった。緑豊かな環境はあっという間に荒廃し、木々や草木は枯れ果て、川の水は汚されて魚の死骸が浮かんでいた。

 

「ふむ、文明レベルの低いトータス人に、まさかこれ程の技術者がいたとはな…」

 

 オスカーの隠れ家を荒廃させた元凶であるショックウェーブは現在、自身の新たなラボにてそう呟いた。彼は現在、自らの手で倒したモンストラクターの残骸など、オスカーの遺した技術を解析していた。

 オスカーの残した大抵の発明品や資料の大半はハジメによって持ち去られていたものの、彼もまさか自分達以外の攻略者が現れるとは思っていなかったので、全てを持ち出す事が出来たわけではなかった。ショックウェーブはそうした資料を解析し、今後自分達に利用できるものがないかを調べていた。地球と比べて遥かに文明レベルが低いトータスに生まれながら、これ程の技術を持ち合わせていたオスカーを、ショックウェーブは同じ研究者として純粋に称賛していた。

 

「貴様らの祖先は実に愚かだ。信仰などという非論理的なものに執着したばかりに、全ての面において進歩が一切見られない。これ程の技術者が生きていれば、このトータスの文明は宇宙でも屈指の発展を遂げていた筈だ」

 

 トータスの歴史を嘲笑うように呟いたショックウェーブの視線の先には、一人の人間がいた。屈強そうな成人男性のようだが、右腕を欠損しており、全身を頑丈な拘束具で拘束されている。

 男の正体は、ハイリヒ王国騎士団長のメルド・ロギンスだった。戦死したと思われていた彼だったが、なんと生きていたのだ。

 あの時、モホークによって右腕を切り落とされて敗北し、そのまま意識を失ってしまったメルド。カトレアは光輝達を誘き寄せる為の人質に利用しようと主張したが、ディセプティコン達はそれよりも残忍な計画を思いつき、サウンドウェーブに頼んでショックウェーブのもとに彼を転送したのだ。

 意識を取り戻した時、メルドは頑丈に拘束されており、身動き一つ取る事すら出来なかった。武器も鎧も砕け、騎士団長という立場故にいざと言う時のために持っていた自決用の宝石「最後の忠誠」も奪われており、自決する事すら出来ず、耐え難い屈辱に顔を歪ませていた。

 

「こ、殺せ…!これ以上生き恥を晒すつもりはない…!俺はどんな拷問にも屈さんぞ…!」

「いや、まだ殺さん。我々には拷問より能率よく情報を得る手段はあるし、何より私の新たな研究に貴様は必要不可欠だからな」

 

 決して屈するものかと啖呵を切るメルドを、ショックウェーブはそう一蹴する。彼が口を割らなくても、脳から直接情報を得る手段をディセプティコンは持ち合わせている。何より、ショックウェーブが計画しているある研究において、軍人として高い実力を持つメルドは打って付けの素体なのだ。

 異世界の人間達と関わったばかりに、その人生を大きく狂わされたメルド・ロギンス。彼の悪夢は、まだ始まったばかりだ…。

 

 

 

 

 




ハイリヒ王国と聖教教会の末路、そしてメルドの運命や如何に⁉︎
まだまだ先となりますが、楽しみにしてお待ち下さい。

感想、評価お待ちしております。


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砂漠での出会い

前話で伝え忘れましたが、本章終了までの期間で本作における雫の行く末をアンケートで決めたいと思います。
宜しければご参加ください。

前話まで結構アンチ続きで、一部の方にとっては胸糞な展開続きだったかもしれませんが、今回から再びギャグ&下ネタ多数の展開に戻ります。
寧ろこちらの方が不快になってしまうかもしれませんが、ご了承ください。


 トータス最大の砂漠地帯・グリューエン大砂漠は、まさに「赤銅色の世界」と表現する以外にない場所だった。砂の色が赤銅色なのは勿論だが、砂自体が微細なのだろう。常に一定方向から吹く風により易々と舞い上げられた砂が大気の色をも赤銅色に染め上げ、360度、見渡す限り一色となっているのだ。

 また、大小様々な砂丘が無数に存在しており、その表面は風に煽られて常に波立っている。刻一刻と表面の模様や砂丘の形が変わっていく様はまさに、砂丘全体が「生きている」と表現したくなる程だ。照りつける太陽と、その太陽からの熱を余さず溜め込む砂の大地が強烈な熱気を放っており、気温は軽く40度を超えているだろう。舞う砂と合わせて、旅の道としては最悪の環境だ。

 もっとも、それは「普通の」旅人の場合である。マキシマル一行には全く問題ではなかった。

 彼らは現在、そんな過酷な環境を、知ったことではないと言わんばかりにパイロに乗って突き進み、砂埃を後方に巻き上げながら爆走していた。道なき道だが、それは車内に設置した方位磁石が解決してくれている。

 

「…外、すごいですね…。普通の馬車とかじゃなくて本当に良かったです」

「全くじゃ。この環境でどうこうなるわけではないが…。流石に、積極的に進みたい場所ではないのぉ」

「なんだデカパイ。ド変態のテメェなら喜んで飛び込むと思ってたんだがな」

「余計なこと言うな馬鹿、ガチでお嬢が飛び出したらどうすんだ…。ほらよ、チェックメイトだ」

「げっ、また俺の負けかよ…」

 

 車内の後部座席で窓にビシバシ当たる砂と赤銅色の外世界を眺めながら、シアとティオがしみじみした様子でそんなことを呟いた。いくらティオがドMの変態でも、流石にこの環境は鬱陶しいだけらしい。

 そんな彼女に亮牙が憎まれ口を叩き、ストレイフがツッコみを入れる。二人は現在、暇潰しにとチェスをやっていたが、何度目かの勝負でまたストレイフが勝利を収めたようで、亮牙は悔しそうに顔を歪めていた。

 

「前に来たときとぜんぜん違うの!とっても涼しいし、目も痛くないの!パパは凄いの!」

「うん、ハジメ凄い。でも俺スラッグ、もっと凄い!だから俺、ミュウの分のジュースも貰うぞ!」

「あっ⁉︎おやぷん、ずるいの!ミュウも飲むぅ~!」

 

 同じく後部座席の窓際の席で座るミュウが、以前、誘拐されて通った時との違いに興奮したように万歳して、快適空間を生み出したハジメにキラキラした眼差しを送っていた。

 無理もないだろう。海人族であるミュウにとって砂漠の横断は、多種族に比べて非常に過酷なものだった筈だ。四歳という幼さを考えれば、むしろ衰弱死しなかったことが不思議なくらいだ。そんな環境を耐えてきた彼女からすれば、ギャップも相まって驚きもひとしおだろう。なにせ、この車両、きちんと冷暖房完備なのである。

 そして、ハジメを称えるミュウに賛同しながら、スラッグは砂漠では望めるはずもない冷たいジュースを取り出して飲み始めた。それに気づいたミュウは、今度は横取りされてなるものかと、慌てて自分の分のジュースを確保した。ちなみにこのジュースは、やはり車内備え付けの冷蔵庫から取り出したものだ。

 

「も〜スラッグ、大人気ないことしないでよ…」

「ふふっ、ハジメも、すっかりパパ。私達の未来も明るい」

「茶化さないでよユエ。ミュウ、僕らの分も貰える?」

「おっ、ミュウちゃん。俺達の分も頼むよ」

「んみゅ!分かったの!」

 

 運転席でハンドルを握りながらハジメは、大人気ないスラッグを嗜める。ミュウにパパと呼ばれるのにはまだ少し抵抗感こそあるものの、以前と比べてあまり気にしなくなっていた。

 そんな恋人の姿を、助手席に座るユエは微笑ましげな表情で茶化す。照れ臭くなったハジメは話題を変えようと、ミュウに自分と彼女の分も取ってくれと頼み、ストレイフも自分を含めた残るメンバーの分も便乗して頼んだ。ミュウは冷蔵庫を開けて各々にジュースを配っていくが、一人分だけ足りない。亮牙の分をスラッグが飲んでしまったのだ。

 

「おいスラッグ⁉︎テメェ俺の分まで飲みやがったな⁉︎」

「ワハハハハ!俺スラッグ、早い者勝ちだ!」

「巫山戯んなテメェ!返しやがれ!」

「俺スラッグ、もう飲んだものは返せない!」

「お前ら、いい歳こいて下らない喧嘩するんじゃねぇよ…」

「ったく二人とも、ミュウの教育に悪いから止めてよ…」

「ん、本当に大人気ない…」

「も〜亮牙さん、私の半分上げますからその辺にしといてくださいよ」

「わ、妾の分もご主人様に上げるのじゃ!」

 

 怒った亮牙がスラッグに食ってかかり、しょうもない言い争いが始まった。今ではこうした喧嘩は日常茶飯事なので、他のメンバーは呆れながらも二人を宥めていた。

 しかし今回は意外なことに、ミュウが二人の言い争いを止めた。彼女がもの凄い爆弾発言をしたからだ。

 

 

 

 

 

「う~、おやぷんもぐりみぃも喧嘩しちゃめっなの!ぐりみぃはジュースがないなら()()()()()()()()()()()()飲めばいいの!

 

 

 

 

 

 一行で最年少のミュウのその一言に、車内の空気が凍りついた。スラッグだけは頭に?マークを浮かべてポカンとしていたが。

 やがて静寂を破り、ティオがミュウを膝に乗せて問いかけた。

 

「み、ミュウよ。ご主人様はシアの乳を吸えば良いとはどう言う意味じゃ?」

「んみゅ。この前の夜、起きた時に見たの。ぐりみぃがシアお姉ちゃんのおっぱい吸ってたの。だから今日もおっぱい飲めばいいの!」

「「!?!?」」

 

 どうやら亮牙とシアが夜中にお楽しみ中の光景の一部を、偶然目覚めたミュウが目撃していたらしい。幸い当人が幼いこともあって、シアが亮牙に授乳しているのだと勘違いしたようだ。

 その事実を知ったシアは、穴があったら入りたいと言わんばかりに顔を真っ赤にして、耳を折り曲げて顔を隠してしまった。亮牙は顔こそ真っ赤になってはいないものの、ミュウにどう説明すべきか考えを巡らせるが、その前にストレイフの拳骨が頭に直撃した。

 

「こんな幼い子どもに何てもの見せてんだこの馬鹿!!!」

「痛ぇ⁉︎殴る事ねぇだろうが!事故だろ事故!」

「シアちゃんは兎も角、お前が自重しなさ過ぎなんだよ!!!」

「そうじゃご主人様!そんなに乳が恋しいのなら、妾の乳だってあるというのに!」

「ちょっ⁉︎ティオさん!さり気なく亮牙さんを誘惑しないで下さい!亮牙さんも見ちゃ駄目です!」

「「二人とも、後で話があるから…」」

 

 今度は亮牙とストレイフの喧嘩が始まった。それに便乗してティオがさり気なく自らの胸の谷間を強調して亮牙に見せつけ、シアがハッとなって亮牙の目を塞ぎにかかる。後部座席は先程よりも騒がしくなってしまった。

 運転席と助手席ではハジメとユエがらひとまず落ち着いたら、亮牙とシアへの説教を考えていた。自分達も人の事をとやかく言える立場ではないのだが、この二人のバカップルぶりも大概なものなので、少し自重させないとミュウの教育に悪いと判断したのだ。ティオについては、元からただの変態なので放置したが。

 

「んみゅ、みんなまた喧嘩し出しちゃった…。おやぷん、どうしよう?」

「俺スラッグ、馬鹿馬鹿しいから放っとけば良い……ん?お前ら、喧嘩止めろ。俺スラッグ、あっちの方で何か変なの見つけた」

 

 スラッグと亮牙の喧嘩を宥めようとしたら、今度は別の喧嘩が始まってしまったことにキョトンとするミュウに対して、同じくあまり意味を理解していないスラッグはどうでも良さげだ。暇潰しに窓の外の景色を眺めていた彼だったが、不意に何かを発見したらしく、口喧嘩を続けていた皆に注意を促した。

 亮牙達が言われるままにそちらを見ると、どうやら右手にある大きな砂丘の向こう側にミミズ型の魔物が相当数集まっているらしく、砂丘の頂上から無数の頭が見えていた。

 

「何だありゃ?ドリラーか?」

「いや、違うな。あれはサンドワーム、トータスの在来種だ」

 

 その姿からドリラーかと思った亮牙がそう呟くが、ストレイフが直ぐにその正体に気づいて訂正する。

 その魔物・サンドワームは、平均的な全長は20m、最大のものは100mにもなる大型の魔物だ。トータスではこのグリューエン大砂漠にのみ生息する固有種で、普段は地中を潜行していて、獲物が近くを通ると真下から三重構造のずらりと牙が並んだ大口を開けて襲いかかる。察知が難しく奇襲に優れているので、大砂漠を横断する者には死神のごとく恐れられている。

 幸い、サンドワーム自身も察知能力は低いので、偶然近くを通るなど不運に見舞われない限り、遠くから発見され狙われるということはない。なので、砂丘の向こう側には運のなかった者がいるという事なのだが…

 

「ん?なんでアイツ等、あんなとこでグルグル回ってんだろう?」

 

 そう、ただサンドワームが出現しているだけなら、別にスラッグも疑問顔をして亮牙達に注視させる事はなかった。ハジメ達の感知系スキルならサンドワームの奇襲にも気がつけるし、パイロの速度なら直前でも十分攻撃範囲から抜け出せるからだ。異常だったのは、サンドワーム達に襲われている者がいるとして、何故かサンドワーム達がそれに襲いかからずに、様子を伺うようにして周囲を旋回しているからなのである。

 

「まるで、食うべきか食わざるべきか迷っているようだな?」

「まぁ、そう見えるね。そんな事あるの?」

「妾達の知識にはないのじゃ。奴等は悪食じゃからの、獲物を前にして躊躇うということはないはずじゃが…」

「俺スラッグ、まるで昔のグリムロックだな」

「ぶっ飛ばすぞスラッグ!あんなミミズと俺を一緒にするな!」

 

 ドMの変態であるティオだが、ユエ以上に長生きな上、彼女と異なり幽閉されていたわけでもないので知識は結構深い。なので、魔物に関する情報などではストレイフと同様に頼りになる。その二人が首をかしげるということは、何か異常事態が起きているのは間違いないだろう。

 

「おいグリムロック、お前何が起きてるか確認してこい」

「はぁ⁉︎別にわざわざ関わる事ねえだろ!てか何で俺なんだよ⁉︎」

「さっきのチェスの負けとミュウちゃんに変なもの見せた罰だ。それにああいう屍肉食動物との争いは、同類のお前の得意分野だろうが」

「俺スラッグ、グリムロック、昔の意地汚い本能を呼び覚ませ!」

「得意分野じゃねえよ馬鹿野郎!大体、昔の俺はちゃんと生きた獲物も食ってたわ!」

「んみゅ!ぐりみぃ、良い子だから行ってくるの!」

「俺は犬か!!?絶対行かねえからな!ハジメ、距離取ってそのまま進んでくれ!」

「はいはい…」

 

 わざわざ自分達から関わる必要もないことなのだが、ストレイフが先程の罰として亮牙に確認してこいと言い、スラッグやミュウまで便乗する。当然、亮牙は面倒くさいから断固拒否して、ハジメに巻き込まれる前にさっさと距離を取るよう指示を出す。

 と、そのとき…

 

「っ⁉︎皆、掴まれ!」

 

 ハジメはそう叫ぶと一気にパイロを加速させた。直後、パイロの後部にかすりつつ、僅かに車体を浮き上がらせながら砂色の巨体が後方より飛び出してきた。サンドワームが大きな口を開けて、水中から飛び出した鮫の如く襲い掛かってきたのだ。どうやら、不運なのはマキシマル一行も同じだったらしい。

 ハジメは、さらに右に左にとハンドルをきり、砂地を高速で駆け抜けていく。そのSの字を描くように走るパイロの真下より、二体目、三体目とサンドワームが飛び出してきた。

 

「ひぅ!」

「わわわ!」

 

 強烈な遠心力に振り回され、ミュウ、シアの順に悲鳴が上がる。

 そうこうしているうち、現れた三体のサンドワームが、地中より上体を出した状態で全ての奇襲をかわしたパイロを睥睨し、今度はその巨体に物を言わせて頭上から襲いかかろうとした。

 これが唯の馬車であったなら、その攻撃で終わっていたかもしれない。しかしこれは、ハジメのオタク魂の片鱗が作り出したアーティファクトだ。ただ食らいつかれたくらいではビクともしないし、黙って攻撃を受けるつもりはない。

 

「そう言えば、何げに使うの久しぶりだなっと!」

 

 そんな事を言いながらハジメは、パイロをドリフトさせて車体の向きを変え、バック走行すると同時に四輪の特定部位に魔力とオーアを流し込み、内蔵された機能を稼働させる。

 ギゴガゴゴ!とお馴染みの機械音が響き渡るのと同時に、パイロの側面がスライドして開き、中から四発のロケット弾が装填されたロケットランチャーがせり出してきた。獲物を探すようにカクカクと動くランチャーは、迫り来るサンドワームの方へ砲身を向けると、バシュ!という音をさせて、火花散らす死の弾頭を吐き出した。

 オレンジの輝く尾を引きながら、サンドワームの大きく開いた口の中に飛び込んだロケット弾は、一瞬の間の後に盛大に爆発し、サンドワームは無惨に爆殺された。バラバラに吹き飛ばされた真っ赤な血肉がシャワーのように降り注ぎ、バックで走る四輪のフロントガラスにもベチャベチャとへばりついた。

 

「うへぇ…。シア、ミュウが見ないようにしてあげて」

「もう、してますよ~。あんっ!ミュウちゃん、苦しかったですか?でも、先っぽを摘むのは勘弁して下さい」

「……」

「こらこらグリムロック、子ども相手に嫉妬すんな…」

 

 更に、迫り来るサンドワームにロケット弾を放つハジメは、ミュウには刺激が強いだろうとシアに配慮を頼む。そのあたり大分、皆と呼吸の合ってきたシアは、既にミュウを対面方向で胸元に抱きしめて見えないようにしていた。

 ただ、シアの巨乳に顔を包まれて苦しかったのか、ミュウが抜け出そうとしたようで、その際、思わず何処か、シアが喘ぐような場所を触ってしまったようだ。ハジメは聞こえなかったことにしたが、しっかり聞こえていた亮牙はじーとミュウを睨んでおり、ストレイフから呆れられていた。

 三体のサンドワームをパイロに内蔵したロケット弾で粉砕したハジメは、その爆音と衝撃を感知したのか砂丘の向こう側のサンドワーム達が動き出したのを見てもう一戦かと視線を鋭くする。

 ハジメが砂丘の上へと四輪を走らせると、下方に地中の浅い部分を移動してくるサンドワームの群れが見えた。向こうも、マキシマル一行が気がついていることを察して、奇襲よりも速度を重視しているのか、微妙に砂が盛り上がっており隠密性がなかった。

 ハジメはロケットランチャーをしまい、代わりの兵器を起動しようとするが、突如として亮牙が待ったをかけた。

 

「待てハジメ、俺が行く」

「え?さっきは嫌だって言ってたじゃん…」

「ちょっと気が変わった」

「も〜、勝手なんだから…」

 

 そう愚痴るハジメを尻目に、パイロから降りた亮牙は忽ちグリムロックの姿に戻ると、口から強力な爆炎のブレスをお見舞いした。

 

爆炎壁攻(ボルケーノバースト)‼︎」

 

 まるでナパームに着火したかのような爆炎が、砂地をこもこと盛り上げて進んで来るサンドワーム達に襲いかかった。新たな獲物に目が眩んで浅い部分を掘り進んで来たのが災いし、サンドワーム達は一瞬で黒焦げの死体と化し、不毛の大地へのささやかな栄養として還っていった。

 敵を殲滅し尽くした事を悟り、グリムロックは得意げに鼻を鳴らすと、雄叫びを赤胴色の世界に響かせた。

 

「グルゥオオオオオッ!!!」

「キャー♡亮牙さん、カッコいいですぅ♡」

「ご主人様〜♡次は妾にもお見舞いして欲しいのじゃ〜♡」

「…あの馬鹿、ミュウちゃんにやきもち焼いたから、シアちゃんに格好つけたくなっただけだろ」

「「「同感」」」

「んみゅ?」

 

 シアが恋人の勇姿に歓声を上げ、ティオが鼻息を荒げて自分にもやってくれと言う中、ストレイフが呆れた表情でそう呟き、ハジメとユエ、スラッグも苦笑しながら賛同する。ミュウはキョトンとした表情だ。

 

「ん?おい皆、あれ見てみろ」

「…白い人?」

 

 炎が消えたのと、何かに気づいたストレイフが前方に指を差すのは同時だった。彼が指を差した先には、ユエが呟いたように白い衣服に身を包んだ人が倒れ伏していた。恐らく先程のサンドワーム達は、あの人物を狙っていたのだろう。しかしなぜ食われなかったのかは、この距離からでは分からず謎だ。

 

「お〜い亮牙。向こうに誰か倒れてるみたいだから、連れてきて〜」

「俺グリムロック、分かった」

 

 何故あの状態で砂漠の魔物に襲われないのか興味が湧いたハジメは、グリムロックにそう指示を出す。何か、魔物を遠ざける方法やアイテムでもあるのかもしれない。実際、ハルツィナ樹海には魔除けの効果を持つフェアドレン水晶があった。あの石は魔物が寄り付きにくくなるという程度の効果しかなかったが、もしかしたらより強力なアイテムがある可能性は否定できない。グリムロックも同じ考えだったので、そのまま倒れている人の近くまでやって来ると、口先で咥えてパイロの待つ場所まで戻ってきた。

 その人物は、エジプト民族衣装のガラベーヤに酷似した衣装と、顔に巻きつけられるくらい大きなフードの付いた外套を羽織っていた。フードで隠れていたのに加えて、グリムロックが口から下ろした際にまたうつ伏せに倒れてしまったので、顔は分からなかった。ストレイフが溜息を吐きながらパイロから降りると、倒れる人物に近づいて仰向けにした。

 

「これは…」

 

 フードを取り露わになった男の顔は、まだ若い20歳半ばくらいの青年だった。だがストレイフが驚いたのはそこではなく、彼の状態だった。苦しそうに歪められた顔には大量の汗が浮かび、呼吸は荒く、脈も早い。服越しでも分かるほど全身から高熱を発している。しかも、まるで内部から強烈な圧力でもかかっているかのように血管が浮き出ており、目や鼻といった粘膜から出血してら明らかに尋常な様子ではなかった。ただの日射病や風邪というわけではなさそうだ。

 

「…俺グリムロック、此奴もしかして何かに感染してるのか?」

「さあな。調べてみなけりゃ分からん」

 

 まるでウイルス感染者のような青年に、流石のグリムロックも警戒するが、ここはマキシマルの軍医兼科学者であるストレイフに任せて、大人しく様子を見ることにした。ストレイフは両目から光を放つと、CTスキャンの如く倒れ伏す青年を包み込んで、状態を診察していく。

 

「…魔力が過剰に活性しているな。発熱だけじゃなく、毛細血管もかなり破裂してやがる…」

「俺グリムロック、何か分かったか?」

「ああ、此奴は水分と一緒に摂取した毒物で、魔力暴走状態になってやがる…。おまけに体外に排出できねぇもんだから、内側から強制的に活性化・圧迫させられて、肉体が追いついてねえんだよ…。これじゃそのうち内臓が破裂して、失血死か衰弱死するな…。おうグリムロック、此奴が死なない程度に()()頼む」

「任せろ。パワードレイン!」

 

 ストレイフの診断結果を聞いたグリムロックは、彼の指示に従って単純かつ強引な応急措置を採ることにした。

 パワードレイン。これは一定範囲内において効果のある、いわばドレイン系の魔法に似た能力だ。但し、似たような能力を持っていたカトレア配下のアブソドの固有魔法とは違い、使用者の任意で敵の魔力か体力、どちらかを吸収する事ができる。

 苦しむ青年にこれを使ったのは勿論、体内で荒れ狂い体を圧迫する魔力を体外に排出するためだ。ストレイフは「体外への排出不可」と診断したものの、非常識の塊である自分達の強制ドレインならばあるいは、と試すことにしたのだ。

 どうやらパワードレインは有効だったようで、徐々に青年の呼吸が安定し、体の赤みも薄まり、出血も収まってきたようだ。ストレイフはグリムロックにパワードレインを中断させると、スプレー容器に入れた神水を取り出し、青年の身体中に振りかけて傷ついた血管を癒していった。

 

「…取り敢えず落ち着いたが、圧迫を減らす程度にしか魔力を抜き取ってねえからな。何れまた魔力暴走の影響で内から圧迫されるか、肉体的疲労でそのまま衰弱死するかもしれん…。俺の記憶にある限りじゃあ、トータスの病気でこんな症状のものは初めてだ。空気感染の可能性もあるから、念のためお前達全員も診察しておくよ。まぁ、魔力暴走ならミュウちゃんの心配は無用だがな」

 

 そう言うとストレイフは全員をスキャンして調べたが、特に異常は見当たらなかった。その為、おそらく呼吸するだけで周囲の者にも感染するということはないようだと、マキシマル一行は胸を撫で下ろした。

 そうこうしていると、青年が呻き声を上げ、その瞼がふるふると震え出した。お目覚めのようだ。彼はゆっくりと目を開けて周囲を見わたした。

 

「こ、ここは…」

「俺グリムロック、此奴起きたぞ」

「(゚д゚)」

 

 目を覚ましたら見た事のない巨大な生物が自分を見下ろしており、おまけに言葉まで喋ったので、青年はあんぐりと口を開ける。更に自分を取り囲むマキシマル一行と背後の見たこともない物体に、彼は目を白黒させて混乱していた。

 

「…あ、ああ、そうか…。とうとう地獄に堕ちてしまったのだな…」

「安心しな、お若いの。まだ此処は現世だよ。まあ、この星自体がある意味地獄だがな…。おいグリムロック、いい加減人間態に戻れよ」

 

 自分が死んで地獄に堕ちたのだと錯覚した青年の顔が絶望に染まっていくが、取り敢えずストレイフが宥めるとともにら何があったのか事情を聞いた。漸く正気を取り戻した彼は大雑把な事情を聞くと、マキシマル一行が命の恩人であると理解し、頭を下げて礼を言うと共に事情を話し始めた。

 青年の着ているガラベーヤ風の衣服や外套は、グリューエン大砂漠最大のオアシスである「アンカジ公国」の特徴的な服装だったなと、亮牙とハジメは半年前に調べた知識を思い出した。彼がアンカジで何かに感染でもしたのだというなら、これから向かうはずだった場所が危険地帯に変わってしまうので、是非ともその辺のことを聞いておきたかったのだ。

 亮牙とハジメは、どこに行ってもトラブルが付き纏うことに、よもやエヒトとメガトロナスの嫌がらせではないだろうかと、若干疑わしそうに赤銅色の空を仰ぎ見るのだった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・グリムロックとストレイフのチェス
 第4作『ロストエイジ』公開時の公式バイオにて、ストレイフはグリムロック相手にボードゲームで4012勝している事が明かされている。





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アンカジ救出大作戦

前回はアンチ続きから久々にギャグ&下ネタ展開でしたから、あまり皆様のお気に召すものじゃなかったかもしれないですね(苦笑)

まあ本作はマイケル・ベイへのリスペクト込めているつもりなので、これからも私の性癖丸出しの展開やキャラ崩壊があると思います。ご了承して頂けると幸いです。


 未だ体内に異常事態を抱える青年は、意識は取り戻したもののまともに立つことも出来ない状態だった。砂漠の気温も相まって相当な量の発汗をしており、脱水症状の危険もあったので車内に招き入れ水を飲ませてやる。

 青年は、パイロを馬車のようなものだと無理やり納得したものの、車内の快適さに違う意味で目眩を覚えていた。しかし、自分が使命を果たせず道半ばで倒れたことを思い出し、こんなところでのんびりしている場合ではないと気を取り直す。そして、自分を助けてくれたマキシマル一行と互いに自己紹介をした。

 

「まず、助けてくれた事に礼を言う。本当にありがとう。あのまま死んでいたらと思うと、アンカジまで終わってしまうところだった…。私の名は、ビィズ・フォウワード・ゼンゲン。アンカジ公国の領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲン公の息子だ」

 

 驚いたことに、ビィズと名乗った青年はとんだ大物だったらしい。アンカジはエリセンより運送される海産物の鮮度を極力落とさないまま運ぶための要所で、その海産物の産出量は北大陸の八割を占めている。つまり、北大陸における一分野の食料供給に置いて、ほぼ独占的な権限を持っているに等しいという事だ。単なる名目だけの貴族ではなく、ハイリヒ王国の中でも信頼の厚い屈指の大貴族である。

 ビィズの方も、マキシマル一行の冒険者ランクを聞き、目を剥いて驚愕を露わにした。そして、これは神の采配か!我等のために英雄達を遣わして下さったのか!といきなり天に祈ったのち、事情を説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四日前からアンカジでは突如、原因不明の高熱を発し倒れる人が続出した。直ぐに医療院は飽和状態となり、公共施設を全開放して医療関係者も総出で治療と原因究明に当たったが、ストレイフと同じく進行を遅らせることは何とか出来ても完治させる事は出来なかった。

 そうこうしているうちに次々と患者は増えていき、医療関係者の中にも現れ始めた。進行を遅らせるための魔法の使い手も圧倒的に数が足りず、何の手立ても打てずに混乱する中、僅か二日で遂に死者が出始めた。

 絶望が立ち込める中、一人の薬師がひょんなことから飲み水に『液体鑑定』をかけた結果、魔力の暴走を促す毒素が含まれていることがわかったのだ。直ちに調査チームが組まれ、最悪の事態を想定しながらアンカジのオアシスが調べられたのだが、案の定、オアシスそのものが汚染されていた。

 当然、砂漠のど真ん中にあるアンカジにおいてオアシスは生命線であるから、その警備・維持・管理は厳重に厳重を重ねており、普通に考えればオアシスに毒を流し込むなど不可能に近いと言っても過言ではないほどあらゆる対策が施されていた。首を捻る調査チームだったが、それより重要なのは、二日以上前からストックしてある分以外、使える水がなくなってしまったということだ。そして結局、既に汚染された水を飲んで感染してしまった患者を救う手立てがないということである。

 しかしまだ、患者達を救える方法が一つ存在した。それは、砂漠のずっと北方にある岩石地帯か「グリューエン大火山」で少量採取できる、魔力の活性を鎮める効果を持っている「静因石」だ。魔力調整や暴走の予防に使われるこの石を粉末状にしたものを服用すれば、体内の魔力を鎮めることが出来るだろうというわけだ。

 しかし北方の岩石地帯は遠すぎて往復に少なくとも一ヶ月以上はかかってしまう。またアンカジの冒険者、特にグリューエン大火山の迷宮に入って静因石を採取し戻ってこられる程の者は既に病に倒れてしまっていた。生半可な冒険者ではグリューエン大火山を包み込む砂嵐すら突破できないし、仮にそれだけの実力者がいても、どちらにしろ安全な水のストックが圧倒的に足りない以上、王国への救援要請は必要だった。

 その救援要請にしても、総人口27万人を抱えるアンカジ公国を一時的にでも潤すだけの水の運搬やグリューエン大火山という大迷宮に行って、戻ってこられる実力者の手配など容易く出来る内容ではない。公国から要請と言われれば無視することは出来ずとも、内容が内容だけに一度アンカジの現状を調査しようとするのが普通だが。そんな悠長な手続きを経てからでは遅いのだ。なので強権を発動出来るゼンゲン公か、その代理たるビィズが、直接救援要請をする必要があった。

 

「父上や母上、妹も既に感染していて、アンカジにストックしてあった静因石を服用することで何とか持ち直したが、衰弱も激しく、とても王国や近隣の町まで赴くことなど出来そうもなかった。だから、私が救援を呼ぶため、一日前に護衛隊と共にアンカジを出発したのだ。その時、症状は出ていなかったが、感染していたのだろうな…。おそらく、発症までには個人差があるのだろう。家族が倒れ、国が混乱し、救援は一刻を争うという状況に……動揺していたようだ。万全を期して静因石を服用しておくべきだった。今、こうしている間にも、アンカジの民は命を落としていっているというのに、情けない!」

 

 ビイズは身体に力が入らない中、それでもあらん限りの力を込めて拳を己の膝に叩きつけた。アンカジ公国の次期領主として、責任感の強い民思いな性格らしい。護衛をしていた者達もサンドワームに襲われ全滅したというから、そのことも相まって悔しくてならないのだろう。

 僥倖だったのは、サンドワーム達がおそらくこの病を察知して捕食を躊躇ったことだ。病にかかったがゆえに力尽きたが、それゆえにサンドワームに襲われず、結果マキシマル一行に出会うことが出来た。人生、何が起きるかわからないものである。

 

「…君達に、いや、貴殿達にアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸して欲しい」

 

 そう言って、ビィズは深く頭を下げた。車内にしばし静寂が降り、窓に当たる風に煽られた砂の当たる音がやけに大きく響いた。領主代理が、そう簡単に頭を下げるべきでないことはビィズ自身が一番分かっているのだろうが、降って湧いたような僥倖を逃してなるものかと必死なのだろう。

 マキシマル一行の男性陣は、腕を組んで目を瞑り、どうすべきか考えを巡らせていた。女性陣は彼らの判断に委ねるつもりだが、シアとミュウの眼差しの中には、明らかに助けてあげて欲しいという意思が含まれていた。中でもミュウは、もっと直接的だ。

 

「みんな〜、助けてあげないの?」

 

 そんなことを物凄く純真な眼差しで言ってくる。ミュウにとって紛れもなくヒーローであるハジメ達なら、何だって出来ると無条件に信じているようだ。そんな彼女の眼差しに、男四人は苦笑い気味に肩を竦めた。

 

「しょうがないね。可愛いミュウの頼みとあっちゃ」

「だな。俺も一応医者がわりだし、見過ごすつもりはねえよ」

「俺スラッグ、ミュウは子分だから、親分として言う事聞いてやる!」

「ったく、これじゃ俺が反対するわけにはいかねぇな。いいぜ、その依頼引き受けてやる」

 

 ビィズに向かって了承の意を伝えた四人の姿に、シアとティオは「ふふ」と笑みをこぼしている。ユエはいつも通りだ。恋人と友人達がどんな選択をしても、己の全てで力になる。言葉にしなくても彼女の気持ちははっきり伝わった。

 もともと、グリューエン大火山には行く予定であったし、その際ミュウはアンカジに預けていこうと考えていた。いくら何でも四歳児を大迷宮に連れて行くのは妥当ではないので、大迷宮攻略ついでに静因石を確保することは全くもって問題なかったし、海人族のミュウには魔力暴走という今回の病因は関わりがないので危険もない。どちらにしろ、マキシマル一行の道程の中で処理できる問題だった。

 

「貴殿達が金クラスなら、このまま大火山から静因石を採取してきてもらいたいのだが、水の確保のために王都へ行く必要もある。この移動型のアーティファクトは、ハジメ殿以外にも扱えるのだろうか?」

「まぁ一応ミュウ以外は扱えるが、わざわざ王都まで行く必要なんぞねえ。水の確保はどうにか出来るだろうから、一先ずアンカジに向かうぞ」

「どうにか出来る?それはどういうことだ?」

 

 数十万人分の水を確保できるという言葉に、当然ビィズは訝しんだ。しかし水は何も運搬しなくとも、水系魔法で大気中の水分を集めて作り出せばいいのだ。勿論普通の術師ではおよそ不可能だろうが、マキシマルには魔法に関して稀代の天才たるユエがいる。しかも彼女ならば、魔力をすぐさま回復する手段も多数持ち合わせているので、ビィズなりランジィなりがアンカジに残っている静因石をしっかり服用し体調を万全に整えて、改めて王国に救援要請をしに行くくらいの時間は十分に稼げる筈だ。

 その辺りのことを掻い摘んで説明すると、最初は信じられないといった風のビィズだったが、どちらにしろ今の自分の状態ではまともに王国までたどり着けるか微妙だったので、アンカジに引き返すことを了承した。

 砂漠地帯を滑るように高速で走り出すパイロに再び驚きながら、ビィズは、なぜ海人族の幼子が人間族のハジメやスラッグをパパだの親分だのと呼ぶのか、兎人族と和気あいあいとしているのか、なぜ黒髪の妙齢の女性は罵られて気持ち悪い笑みを浮かべているのかなど疑問に思いつつも、見えてきた希望に胸の内を熱くするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤銅色の砂が舞う中、たどり着いたアンカジは、外壁も建築物も軒並み乳白色で、外界の赤銅色とのコントラストが美しい都市だった。中立商業都市フューレンと違うのは、不規則な形で都を囲む外壁の各所から光の柱が天へと登っており、上空で他の柱と合流して都市全体を覆う強大なドームを形成していることだ。月に何度か大規模な砂嵐に見舞われるそうだが、このドームのおかげで曇天のような様相になるだけでアンカジ内に砂が侵入することはないという。

 マキシマル一行は、砂を防ぐための魔法によるバリア式の巨大な門からアンカジへと入都した。門番はパイロの姿に驚きはしたが、祖国の現状が影響しているのか暗い雰囲気で覇気もなく、どこか投げやり気味であった。もっとも、車内に次期領主が座っていることに気がついた途端、直立不動となり、兵士らしい覇気を取り戻したが。

 高台にある入場門を進み、マキシマル一行は確かにアンカジが美しい都だと感嘆した。太陽の光を反射してキラキラときらめくオアシスが東側にあり、その周辺には多くの木々が生えていてい非常に緑豊かだった。オアシスの水は、幾筋もの川となって町中に流れ込み、砂漠のど真ん中だというのに小船があちこちに停泊している。町のいたるところに緑豊かな広場が設置されていて、広大な土地を広々と利用していることがよく分かる。

 北側は農業地帯のようで、亮牙の敏感な嗅覚で嗅いだ限り多種多様な果物が育てられているのが分かった。西側には、他とは一線を画す荘厳さと規模の宮殿らしき建造物があり、あれが領主の住む場所なのだろう。その宮殿の周辺に無骨な建物が区画に沿って規則正しく並んでいるので、行政区にでもなっているのかもしれない。

 砂漠の国でありながら、まるで水の都と表現したくなる。アンカジ公国はそんなところだった。普段なら交易や観光地として活気と喧騒に満ちた都であるはずが、今は暗く陰気な雰囲気に覆われていた。通りに出ている者は極めて少なく、ほとんどの店も営業していないようだ。誰もが戸口をしっかり締め切って、まるで嵐が過ぎ去るのをジッと蹲って待っているかのような、そんな静けさが支配していた。

 

「…貴殿達にも、活気に満ちた我が国をお見せしたかった。すまないが、今は時間がない。都の案内は全てが解決した後にでも私自らさせて頂こう。一先ずは、父上のもとへ。あの宮殿だ」

 

 一行は、ビィズの言葉に頷き、原因のオアシスを背にして進みだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父上!」

「ビィズ!お前、どうして…いや、待て!その者達は…?」

 

 ビィズの顔パスで宮殿内に入ったマキシマル一行は、そのまま領主ランズィの執務室へと通された。衰弱が激しいと聞いていたのだが、どうやら治癒魔法と回復薬を多用して根性で執務に乗り出していたらしい。

 そんなランズィは、一日前に救援要請を出しに王都へ向かったはずの息子が帰ってきたことに驚きを露わにしつつ、その息子が見知らぬ者達を引き連れ、その一人の肩に担がれている姿に目を見開いた。

 運んでいるのはスラッグだ。ビィズも衰弱が激しく、何とか持ち直し意識ははっきりしているものの、自力で歩行するには少々心許ない有様だった。見かねたマキシマル一行の男性陣がじゃんけんで誰かが肩を貸すかを決め、結果負けたスラッグが荷物のようにビィズを肩に担いで来たのである。

 ビィズは若干情けない姿でありながらも、事情説明を手早く済ませた。話はトントン拍子に進み、執事らしき人が持ってきた静因石の粉末を服用して完治させたビィズにストレイフが神水を飲ませると、全快とまでは行かずとも行動を起こすに支障がない程度には治ったようだ。

 体内の水分に溶け込んだ毒素がなくなったわけではなく、単に静因石により効果を発揮できなくなったというだけである。体内の水分に溶け込んでいる以上、時間と共に排出される可能性はあるので、今のところ様子見をするしかない。

 

「ようし、ストレイフとシア、デカパイは医療院に行って患者達の毒抜きを頼む。俺達は水の確保だ。ゼンゲン、最低でも200m四方の開けた場所はあるか?」

「む?うむ、農業地帯に行けばいくらでもあるが…」

「ならそこを使わせてもらう。シア、ストレイフが抜いた魔力を魔晶石に貯め終えたら持ってきてくれ」

「はいですぅ」

 

 亮牙が皆に指示を出す。やることは簡単だ。ビィズの時のように、ストレイフがパワードレインで患者たちから魔力を少しずつ抜きつつ、ティオやシアと共に応急処置をする。抜き取った魔力は魔晶石にストックし、貯まったらそれをユエに渡して水を作る魔力の足しにする。

 残る男性陣で貯水池を作るユエに協力したあと、そのままオアシスに向かい、一応原因の調査をする。分かれば解決してもいいし、分からなければそのままグリューエン大火山に向かう、というプランだ。

 亮牙の号令に、全員が元気良く頷くと、各々動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、領主のランズィと護衛や付き人多数、そして亮牙、ハジメ、ユエ、ミュウ、スラッグはアンカジ北部にある農業地帯の一角に来ていた。200m四方どころかその三倍はありそうな平地が広がっている。普段はとある作物を育てている場所らしいのだが、時期的なものから今は休耕地になっているそうだ。

 藁をも掴む思いで水という生命線の確保を任せたランズィだったが、常識的に考えて不可能な話なので、その眼差しは疑いを孕んでいた。だが次の瞬間、その眼差しは驚愕一色に変わった。

 

「「変身(トランスフォーム)!!!」」

 

 皆から距離を取った亮牙とスラッグは大きく叫ぶと、忽ちビーストモードへと姿を変えた。そして二体揃って、さながら巨大なブルドーザーのように、地響きを鳴り響かせながら大地を掘り起こしていった。全長40mに達する金属の巨獣達は、あっという間に農地を200m四方・深さ5mの巨大な貯水所用の大穴を掘り上げた。

 

「「「「「ほげぇぇぇ!!?」」」」」

 

「わ〜!おやぷんもぐりみぃもすご〜い!!!」

 

 一部始終を見ていたランズィも従者達も、あまりの衝撃に全員が目を飛び出さんばかりに見開いて、顎が外れないか心配になるほどカクンと口を開けて絶叫していた。ミュウは巨大な友人達の活躍に、さながら工事現場で活躍する重機でも見たかのような歓声を上げていた。

 そんな周囲の様子などお構いなしに、グリムロックはスラッグとともに貯水所から這い上がると、ハジメに合図を送った。

 

「俺グリムロック、ハジメ、仕上げ頼む」

「あいよ」

 

 そう言って貯水池に降りたハジメは、宝物庫から取り出したインパクターのビークルモードで走り出した。他の人造トランスフォーマーと同じく、キャタピラについている整地機能で土中の鉱物を「鉱物分離」で取り出し、水が吸収されないように貯水池の表面を金属コーティングしているのだ。

 そしてコーティングを終えて戻ってくると、今度はユエが腕を突き出し、即席の貯水池に水系上級魔法の一つで、大波を作り出して相手にぶつける「虚波」を行使した。普通の術師ではせいぜい10〜20m四方の津波が発生する程度だが、魔法の天才たるユエは横幅150m・高さ100mもの津波を虚空に発生させ、一気に貯水池へと流し込んだ。

 この貯水池に貯められる水の総量は約20万トン。流石の彼女僅かだが倦怠感を感じていた。ウルでの時のように魔晶石からストックしてある魔力を取り出してもいいのだが、この後グリューエン大火山に挑むことを考えれば、出来るだけ魔晶石の魔力は温存しておきたいし、あの時と違い時間はあるので、もう一つの魔力補給方法であるハジメからの吸血で、魔力を補給して半分ほど溜め込んだ。

 流石にハジメの血量にも限界はあるが、暫くして現場にシアが、ストレイフから預かった魔晶石を持って飛び込んで来た。少量ずつとは言え、数千人規模の患者からドレインした魔力故に、相当な量が蓄えられている。ストレイフはグリムロックやスラッグに比べると少食だが、まだ二時間も経ってないのにこれだけの量をドレインするとは、矢張り彼も大概である。

 シアが再びストレイフの手伝いに戻ったと同時に、持ち込まれた魔晶石で回復したユエは「虚波」の連発を再開した。ほどなくして、200m四方の貯水池は、汚染されていない新鮮な水でなみなみと満たされた。

 

「……こんなことが……」

 

 ランズィはあり得べからざる事態に言葉もないようで、呆然としながらオアシスと同じように光り輝く池を見つめた。

 そんな彼を尻目に、グリムロックはロボットモードへと変形する。

 

「ほらよ、これで暫くは大丈夫だ。ついでにオアシスも調べてやる」

「あ、ああ…。いや、聞きたい事は色々あるが、ありがとう。心から感謝する。これで、我が国民を干上がらせずに済む。オアシスの方も私が案内しよう」

 

 ランズィはまだ衝撃から立ち直りきれずにいるようだが、それでもすべきことは弁えている様で、マキシマル一行への態度をガラリと変えると誠意を込めて礼をした。

 亮牙達は、そのままランズィ達に案内されて、オアシスへと移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オアシスは、相変わらずキラキラと光を反射して美しく輝いており、とても毒素を含んでいるようには見えなかった。

 だがハジメは眉をしかめてオアシスの一点を凝視すると、様子の変化に気がついたユエが首を傾げて疑問顔を見せた。

 

「…ん?」

「…ハジメ?」

「いや、何か今、パーセプターに反応があったような…。ゼンゲン公、調査チームはどの程度調べたんですか?」

「…確か、資料ではオアシスとそこから流れる川、各所井戸の水質調査と地下水脈の調査を行ったようだ。水質は息子から聞いての通り、地下水脈は特に異常は見つからなかった。…もっとも、調べられたのは、このオアシスから数十mが限度だがな。オアシスの底まではまだ手が回っていない」

「オアシスの底には、何かアーティファクトでも沈めてあるんですか?」

「?いや。オアシスの警備と管理に、とあるアーティファクトが使われているが、それは地上に設置してある…。結界系のアーティファクトでな、オアシス全体を汚染されるなどありえん事だ。事実、今までオアシスが汚染されたことなど一度もなかったのだ」

 

 ランズィのいうアーティファクトとは、このアンカジを守っている光のドーム「真意の裁断」のことだ。砂の侵入を阻み、空気や水分など必要なものは通す作用がある便利な障壁なのだが、何を通すかは設定者の側で決めることが出来るし、単純な障壁機能だけでなく探知機能もあり、何を探知するかの設定も出来る。その探知の設定は汎用性があり、闇系魔法が組み込まれているのか精神作用も探知可能なのだ。

 つまり、「オアシスに対して悪意のあるもの」と設定すれば、「真意の裁断」が反応し、設定権者であるランズィに伝わるのである。もちろん実際の設定がどんな内容かは秘匿されており。ランズィにしか分からない。ちなみに現在は調査などで人の出入りが多い上、既に汚染されてしまっていることもあり、警備は最低限を残して解除されている。

 アンカジ公国自慢のオアシスを汚され、悔しそうに拳を握り締めるランズィの姿は、ビィズの父親というだけあってそっくりである。

 

「…いや。俺グリムロック、気の所為じゃない。オアシスの中に何かいる」

 

 そんなランズィを尻目に、再びビーストモードに変形したグリムロックはオアシスに近づくと、口先で水中に触れた。元々がティラノサウルスの彼の口先は非常に敏感な触覚センサーとなっており、ハジメが感じ取った魔力を発する「何か」が気の所為などではなく、確かにオアシスの底に潜んでいるのを察知したのだ。それを聞いて動揺するランズィ達に、ロボットモードに変形した彼は問いかけた。

 

「おいゼンゲン、俺達を信じるか?」

「ん?あ、ああ。勿論だが…」

「よーしスラッグ、飛び込め。思う存分放電しろ」

「俺スラッグ、任せろ!ちょうど水浴びしたかった!」

 

 ランズィからの言質を得たグリムロックがそう告げると、スラッグがビーストモードのままノッシノッシとオアシスへと踏み入った。先程までの掘削作業で泥まみれだった身体を洗うと、彼は身体中の生体電気を水中目掛けて放電し始めた。

 

バチバチバチッ!!!

 

 デンキウナギの放電などとは比べ物にならない強力な電撃が、さながら落雷のような凄まじい轟音を上げて、オアシス全体へと流し込まれていく。オアシスの水面は放電の衝撃で大きく揺れ、水中に生息する淡水魚達が大量に浮かび上がってきた。

 他の面々は、スラッグの電撃に感電しないようにとオアシスから距離を取っていた。だが、ランズィ達アンカジの面々は、再び顎が外れんばかりに開けると、人間態に戻った亮牙にしがみついて、必死にスラッグの行動をやめさせようとした。

 

「おいおいおい!亮牙殿、いやグリムロック殿か⁉︎一体スラッグ殿は何をやってるんだ⁉︎」

「俺達を信じると言ったのはお前だろう、ゼンゲン。なら黙って待ってろ。あと俺の名は呼びやすい方で構わん」

「いや確かに言ったけどぉ⁉︎ あぁ!どんどん魚がぁ!我が国のオアシスが死の泉と化してしまぅ〜!」

 

 ハジメのパーセプターに映り、亮牙が敏感な触覚で感知した「何か」を知らないランズィから見れば、いきなりスラッグがオアシスの生態系を破壊しているという状況なのだ。結界の反応から、彼らの所業に悪意が一切ないという訳の分からない状況なので、流石の彼も困惑が隠せなかった。

 だが、再びオアシスの方を見た次の瞬間、ランズィ達の目に今日何度目か分からない驚愕の光景が飛び込んできた。スラッグの容赦ない放電に耐えられなくなっかのように、水面が突如盛り上がったかと思うと、重力に逆らってそのまませり上がり、10m近い高さの小山になったのだ。

 

「なんだ…これは…⁉︎」

 

 ランズィの呆然としたつぶやきが、やけに明瞭に響き渡った。

 

 

 

 

 




感想、評価お待ちしております。


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汚物は消毒だ

今回は久々に結構短くなりました。

今月はMPサンダークラッカーとか届くから楽しみだけど、結構財布がピンチ…(泣)


 スラッグの電撃によってオアシスから這い出して来たそれは、体長10m、無数の触手をウネウネとくねらせ、赤く輝く魔石を持っていた。一言で言えば、ファンタジーでお馴染みの魔物・スライムだ。

 だが、サイズがおかしい。通常、トータスに生息するスライム型の魔物は、せいぜい体長1mくらいなのだ。また、周囲の水を操るような力もなかったはずだ。少なくとも触手のように操ることは、自身の肉体以外では出来なかったはずである。

 

「なんだ?この魔物は一体何なんだ?バチェラム、なのか?」

()()()()()まあ確かに汚らしいな」

「俺スラッグ、ありゃヘドロの塊か?」

 

 呆然とランズィがそんな事を呟く。バチェラムとは、この世界のスライム型の魔物のことだ。対する亮牙とスラッグは、相変わらず呑気にそんな事を呟く。

 

「バッチいでもヘドロでも、何でもいいよ…。こいつがオアシスが汚染された原因でしょ?大方、毒素を出す固有魔法でも持っているんだよ」

「…確かに、そう考えるのが妥当か。だが倒せるのか?」

「当然だ」

 

 ハジメとランズィがそう会話している間も、オアシスバチュラムは全く攻撃を仕掛けてこなかった。普通なら怒り心頭といった感じで触手攻撃をしてくる筈だが、スラッグの電撃が凄まじ過ぎて、かなり衰弱しきっているようだ。核と思しき赤い魔石は、まるで意思を持っているかのように体内を動き回っているが、どうもその動きが鈍っている。

 マキシマル一行の規格外ぶりに、もう驚いていられるかと投げやり気味にスルーしたランズィが、冷静な態度で勝算を尋ねた。その質問に対して亮牙はそうぶっきらぼうに答えると、再びグリムロックの姿になる。直ぐにビーストモードへと変形すると、口を大きく開いてエネルギーをチャージし、捕食者らしく鋭く目を細め。さながら大砲でも発射するかのように狙いを定めた。

 

「俺グリムロック、汚物は消毒だ」

「いや、北○の拳かよ…」

爆炎大砲(ビッグファイアキャノン)!!!」

 

チュドーン!!!

 

ジュワァァァァァッ!!!

 

「俺スラッグ、汚ねえ花火だ」

 

 某世紀末の世界でヒャッハー!とか叫んでる連中が言いそうな台詞を呟く親友に、ハジメが苦笑しながらツッコむ。次の瞬間、グリムロックの大きな口から巨大な火の玉が、空を切り裂き放たれると。そのまま寸分違わずオアシスバチュラムに直撃した。全身が水分の塊と言っても過言ではないオアシスバチュラムだったが、既に衰弱し切った状態では避ける事も叶わず、凄まじい熱量に構成していた水分は一瞬で蒸発、魔石も容赦なく焼き尽くされて消滅した。

 打ち上げ花火のような凄まじい音と、大量の水が蒸発した事による湯気に、オアシスから上がったスラッグがそう呟き、呆然としていたランズィ達もハッとなる。

 

「…終わったのかね?」

「ええ、もうオアシスに魔力反応はありません。とは言え、原因を排除した事がイコール浄化と言えるのかは分かりませんが…」

 

 ハジメの言葉を聞き、ランズィ達は祖国を存亡の危機に陥れた元凶があっさり撃退されたことに、まるで狐につままれたような気分になった。それでも、元凶が目の前で消滅したことは確かなので、慌ててランズィの部下の一人が水質の鑑定を行った。

 

「…どうだ?」

「…いえ、汚染されたままです」

 

 ランズィの期待するような声音に、しかし部下は落胆した様子で首を振った。オアシスから汲んだ水からも人々が感染していたことから予想していたことではあるが、オアシスバチュラムがいなくても一度汚染された水は残るという事実に、やはり皆落胆が隠せないようだ。

 

「俺スラッグ、そんなに落ち込むな。元凶いなくなったから、これ以上汚される心配ない!綺麗な水、いくらでも水脈から湧き出るし、汚れた水を捨てていけば、近いうちに自然は回復する!」

 

 自然の回復力を信じるスラッグの言葉に、意気消沈していたランズィ達も気を取り直し、復興に向けて意欲を見せ始めた。ランズィを中心に一丸となっている姿から、アンカジの住民は皆がこの国を愛しているのだということがよく分かった。過酷な環境にある国だからこそ、愛国心も強いのだろう。

 

「…しかし、あのバチュラムらしき魔物は一体なんだったのか?新種の魔物が地下水脈から流れ込みでもしたのだろうか?」

 

 気を取り直したランズィが首を傾げてオアシスを眺める。それに答えたのは、再び人間態に戻った亮牙とハジメだった。

 

「いや、自然災害なんて幾らなんでも出来過ぎだ。十中八九、アホの魔人族どもの仕業だろ」

「確かに、魔物を家畜感覚で品種改良してる奴らならやりかねないね…」

「何、魔人族だと⁉︎貴殿達がそう言うからには思い当たる事があるのだな?」

 

 二人の言葉に驚いた表情を見せたランズィは、しかし、すぐさま冷静さを取り戻すと続きを促した。水の確保と元凶の排除を成し遂げたマキシマル一行に、今となっては敬意と信頼を寄せているようで、最初の胡乱な眼差しはもはや微塵もなかった。

 亮牙もハジメも、今回の騒動の元凶たるオアシスバチュラムが、魔人族が変成魔法によって新たに生み出した魔物だと推測していた。理由はオアシスバチュラムの特異性もそうだが、ウルの町で愛子が、オルクス大迷宮で勇者一行を狙ったという事実があるからだ。

 恐らく、魔人族の魔物の軍備は整いつつあるのだろう。そして、いざ戦争となる前に、危険や不確定要素、北大陸の要所に対する調査と打撃を行っているのだ。愛子という食料供給を一変させかねない存在と、聖教教会が魔人族の魔物に対抗するため異世界から喚んだ勇者を狙ったのがいい証拠だ。もっとも、魔人族側の協力者であるディセプティコンは、その二点などあまり重視していなかったと思うが…。

 アンカジの場合は、食料関係において間違いなく要所である事に加えて、襲撃した場合、大砂漠のど真ん中という地理から救援も呼びにくいので、敵側が狙うのもおかしな話ではないのだ。

 その辺りの推測を話すと、ランズィは低く唸り声を上げ苦い表情を見せた。

 

「魔物のことは聞き及んでいる。こちらでも独自に調査はしていたが、よもや、あんなものまで使役できるようになっているとは…。見通しが甘かったか」

「まぁ仕方ないですよ。王都でも、おそらく新種の魔物なんて情報は掴んでいないでしょうし…。なにせ勇者一行とホルアドが襲われたのも、つい最近ですから、今頃あちこちで大騒ぎしてると思いますよ」

「俺としちゃあ、魔人族どもより同盟を組んでる奴らの方が気になるがな。…にしても魔人族の奴ら、自然破壊までするなんて正気かよ。仮に人間絶滅させて侵略成功したとしても、自分達が使えなくなるじゃねえか…」

「…何にせよ、いよいよ本格的に動き出したということか。亮牙殿、ハジメ殿、貴殿達は冒険者と名乗っていたが、そのアーティファクトといい、強さといい、やはり貴殿達も…」

 

 神の使徒なのか?とランズィが問いかけると、亮牙とハジメは何も答えず肩を竦めた。それを見て彼は、何か事情があるのだろうとそれ以上の詮索を止めた。どんな事情があろうとアンカジがマキシマル一行に救われたことに変わりはない。恩人に対しては、無用な詮索をするよりやるべき事がある。

 

「…亮牙殿、ハジメ殿、ユエ殿、スラッグ殿。アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う。この国は貴殿等に救われた」

 

 そう言うと、ランズィを含め彼等の部下達も深々と頭を下げた。領主たる者がそう簡単に頭を下げるべきではないのだが、亮牙とハジメが神の使徒の一人であるか否かに関わらず、きっと彼は頭を下げただろう。ほんの少しの付き合いしかないが、それでも彼の愛国心が並々ならぬものであると理解できる。だからこそ、周囲の部下達もランズィが一介の冒険者を名乗るマキシマル一行に頭を下げても止めようとせず、一緒に頭を下げているのだ。この辺りは、息子にもしっかり受け継がれているのだろう。仕草も言動もそっくりである。

 そんな彼らを黙って見つめていた亮牙は、とある事を思いついて口を開いた。

 

「…そうだな。俺達マキシマルに恩義を感じたと言うなら、対価を貰おうか」

「対価?無論、この恩には必ず報いるつもりだが…」

「なに、別に金や地位を寄越せ、なんて言うつもりはねえよ。いざって時は俺達の後ろ盾になってくれりゃあいい」

「そ、それだけか?本当にそれだけで良いのか?」

「ああ。まあ絶対に必要かと言えばそうでもないし、いざって時は世界が相手だろうと戦うつもりだ。とは言え俺達も、折角助けた命を殺すなんて真似はあまりしたくねえからな。…それに、俺やスラッグの真の姿や、俺達マキシマルの力を目の当たりにした以上、あんな力を持つ俺達と戦う、なんて真似は御免だろ?」

「…それは脅しかね、亮牙殿?」

 

 亮牙のその言葉に、流石のランズィや側近達も険しい表情となる。それを見てハジメやユエ、スラッグが身構えようとするが、亮牙はそれを制すると話を続けた。

 

「まあ、どう捉えるかは自由だ。だが俺達は、一度敵対した奴らには一切容赦などせん。最後の一匹になるまで徹底的に叩き潰す。これまでの旅でもそうやって多くの馬鹿どもを地獄に送ってやったからな」

「本当に、恐ろしい方だな。貴殿は…。しかし、そこまで豪語するのなら、何故後ろ盾を求めるのかね?」

「褒め言葉として受け取ってくぜ。はっきり言って、俺は人種差別を助長する教会も、奴等の崇める神とやらも一切信用してないし、寧ろ嫌悪しているくらいだ。まあ連中も、竜人族のように異形へと姿を変えるうえに亜人族の娘と恋仲の俺など、今直ぐにでも始末したいだろうがな」

 

 鼻で笑いながら平然とそう言い切る亮牙に、流石のランズィも僅かに眉をひそめ、側近達は驚愕の表情を浮かべていた。やがて、ランズィが恐る恐る亮牙に尋ねた。

 

「…亮牙殿、貴殿達は聖教教会と敵対するつもりなのかね?」

「ああ、いずれな。無論、教会の信者は世界規模で存在するのは理解してるし、其奴ら全員と敵対する覚悟もしている。俺やスラッグ、ストレイフはこう見えて数多くの戦場を戦い抜いた経験があるから今更気にはしてねえが、うちの若い奴らには、出来れば手を汚す機会は少なくさせたいからな…」

「成程、話が見えてきた。万が一、貴殿達が教会側と全面戦争となった場合、我々アンカジ王国は一切手を出すな、と言う事かね?」

「ああ。別に味方になれとまでは言わん。中立の立場を取ってくれればいい。お前は見た限り有能な指導者だから、賢明な判断をしてくれよ?」

「…ハァ、確かに貴殿達と敵対するなど、考えただけでも恐ろしいな。それに今回の大恩に対する礼は元からするつもりでしたからな。良いでしょう。その要求、受け入れましょう」

「そうこなくちゃな」

 

 政治家として貴族として、腹の探り合いが日常と化しているランズィも、当初は警戒を露わにしていたが、元来の善良な性格から、救国の礼としてこの要求を呑んでも良いと判断した。苦笑しながらもそう約束してくれた彼に、亮牙は笑みを浮かべながら握手を交わした。

 元々マキシマル一行としては、ミュウを預けなければならない以上、アンカジの安全確保は必要なことだったので、それほど感謝される程の事でもなかった。だがいざという時に敵は少ないに越したことはないだろうと、今回の件で恩を売っておいて損はないと判断したのだ。

 

「…さて、話を戻すが、我がアンカジには未だ苦しんでいる患者達が大勢いる…。頼み事ばかりで大変申し訳ないが、彼らを救うため、静因石の採取も頼めるかね?」

「構わん。もともとグリューエン大火山に用があって来たからな。ただ、どれくらい採取する必要があるんだ?」

 

 あっさり引き受けた亮牙に。ホッと胸を撫で下ろしたランズィは、現在の患者数と必要な採取量を伝えた。相当な量であったが、マキシマル一行には「宝物庫」があるので問題ない。こういうところでも、普通の冒険者では全ての患者を救うことは出来なかっただろうと、ランズィはマキシマル一行との出会いを神に感謝するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医療院では、ストレイフがシアとティオを伴って獅子奮迅の活躍を見せていた。緊急性の高い患者から魔力を一斉に抜き取っては魔晶石にストックし、半径10m以内に集めた患者の病の進行を一斉に遅らせていった。同時にティオが神水を使って、衰弱した患者達を回復させていった。

 シアはその剛力を活かし、馬車に乗せた患者達を馬車ごと持ち上げて、建物の上をピョンピョン飛び跳ねながら他の施設を行ったり来たりしている。緊急性の高い患者は、わざわざ各施設を移動するより、集めて一気に処置した方が効率的だからだ。

 もっとも、この方法や、非力な筈のウサミミ少女の有り得ない勇姿に、それを見た者は自分も病気にかかって幻覚を見始めたのだと絶望して医療院に駆け込むという姿が多々見られたので、余計に医療院が混乱するという弊害もあったのだが。

 科学者として的確な指示を出し、当たり前のように凄まじい治療を行なっていくストレイフの姿に、医療院の職員達は驚愕を通り越して深い尊敬の念を抱いたようで、今では全員が彼の指示のもと患者達の治療に当たっていた。

 そんなストレイフを中心とした彼等の元に、亮牙達がやって来た。そして共にいたランズィより、水の確保と元凶の排除がなされた事が大声で伝えられると、一斉に歓声が上がった。多くの人が亡くなり、砂漠の真ん中で安全な水も確保できず、絶望に包まれていたアンカジに、希望の光が照らし始めたからだ。その朗報は直ぐ様各所に伝えられていき、病に倒れ伏す人々も、もう少し耐えれば助かる筈だと気力を奮い立たせた。

 医療員に歓声が上がる中、治療を続けるストレイフに、亮牙が歩み寄って話しかけた。

 

「おうストレイフ、どれくらい持ちそうだ?これからグリューエン大火山に挑むが…」

「…もって二日だな。悪いがこの調子じゃあ、俺は行けそうにねえな。まあ、どのみち誰かがミュウちゃんのお守りをしなくちゃならねぇし、ついでに残って治療を続ける事にするよ」

「分かった。静因石も大量に必要みたいだから、どちらにしろ深部まで行かなきゃならないし、浅い場所でちんたら探しても仕方ないからね。ミュウを頼むよ」

「ああ、任せな。まあミュウちゃんは案外、スラッグよりはしっかりしてるけどな」

「「「「「確かに」」」」」

「俺スラッグ、どういう意味だ!!?」

 

 ストレイフは話に聞いた大迷宮に挑戦したいという思いもあったが、今回は一度治療を引き受けた以上、ミュウの子守りも兼ねてアンカジに残る事にした。さりげなくパパ振りを発揮するハジメも一安心した様子だ。今は場を和ませるように皆でスラッグを揶揄っている。

 こうしてマキシマル一行は、グリューエン大火山へと向かうことにした。事前に話は通してあったが、医療院で忙しいストレイフだけでなく、ランズィにもミュウの世話を改めて頼んでおいた。ハジメ達の関係に苦笑い気味のランズィは、快くミュウの世話を引き受けた。

 一方、一行のアイドルたるミュウは、あらかじめ言い聞かせてあったものの、ハジメ達が出発すると雰囲気で察した途端、寂しそうに顔をうつむかせた。そんな彼女に、ハジメは膝をついて目線を合わせると、ゆっくり頭を撫でた。

 

「それじゃあミュウ、行ってくる。ストレイフお兄ちゃんの言う事しっかり聞いて、いい子で留守番してるんだぞ?」

「うぅ、いい子してるの。だから、早く帰ってきて欲しいの、パパ」

「うん、出来るだけ早く帰るよ」

 

 服の裾をギュッと両手で握り締め、泣くのを我慢するミュウと、それを優しく宥めるハジメの姿は、種族など関係なく、誰が見ても親子だった。その場のほんわかと暖かくなる。ハジメはミュウの背中を押し、ストレイフの方へ行かせる。それを見届けた亮牙は、一行に出発の号令をかけた。

 

「よし、マキシマル!出発するぞ!」

「「「「「おう(ですぅ/なのじゃ)!!!」」」」」

 

 威勢のいい声と共に、一行がその場を後にしようとする中、ミュウがとんでもない爆弾発言を落とした。

 

「待ってパパ~。いつもユエお姉ちゃんにしてるみたいに、ミュウともパパとチュウする〜!」

 

 どうやらハジメとユエがイチャイチャしているところをしっかり見られていたらしい。無邪気に手を伸ばして来るミュウにハジメが、色々言って躱そうとするが強くは言えず、遂には、

 

「パパは、ミュウが嫌いなの?」

 

 と、涙目でそんな事を言われてはグゥの音も出ず、結局彼はミュウと互いの頬にキスをすることになり、今度は、多くの患者が倒れている中で、生暖かな視線を受けるという意味の分からない状況となってしまった。

 ちなみに、ミュウの暴露をしっかり聞いていたシアは「お二人だって私と亮牙さんの事言えないじゃないですか⁉︎」とカンカンになっており、それなら私達も!と、亮牙と熱いキスを交わしていた。それを見て更にティオもキスを望んだのだが鼻息を荒げており、正直言って誰がどう見ても気持ち悪いとしか言えなかった。

 

「ん〜♡ご主人様〜♡」

「止めろ!離せ!気色悪い!」

「あ〜ん♡その眼!その眼がぁ!イィ!」

「…俺ストレイフ、胃袋なくて良かった」

 

 亮牙にだいしゅきホールドで組み付いて、ハァハァ言いながらキスしようと迫り、嫌がる彼の態度に更に興奮する姪の姿を見て、叔父であるストレイフの嘆かわしげな呟きが響いた。正直、彼が常人だったら間違いなく胃潰瘍を患っていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼らの遥か上空を、三体の何かが凄まじいスピードで飛んでいた。トータスの生物種では到達する事すら出来ない成層圏を音速のスピードで飛んでいった上、特殊なステルス機能を持っていたために、地上にいるマキシマル一行は戯れあっていた事もあり気付く事が出来なかった。

 謎の三体は、そのままグリューエン大火山の方へと飛んでいくのであった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・胃袋なくて良かった
 元ネタはG1第29話「ダイノボットの逃亡 PART II」におけるスワープの迷言。ストレイフには使わせたいと考えていた。





感想、評価お待ちしてます。


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新たなる技

MPサンダークラッカーと、三ヶ月遅れでラクトナイトが届いた〜!
財布はピンチだけど(泣)

今回も下ネタたっぷりです。ご了承ください。


 アンカジ公国より北方に進んだ先、約100kmの位置に、グリューエン大火山存在している。見た目は普通の成層火山のような円錐状の山ではなく、いわゆる溶岩円頂丘のように平べったい形をしており、山というより巨大な丘と表現するほうが相応しい。しかしその標高と規模が並外れており、直径約5km・標高3,000mにも達する。

 この火山は七大迷宮の一つとして周知されているが、オルクス大迷宮のように冒険者が頻繁に訪れるということはない。理由は内部の危険性と厄介さ、そしてオルクス大迷宮の魔物のように魔石回収のうまみが少ないから、というのもあるが、一番の理由はまず入口にたどり着ける者が少ないからである。

 その原因と言うのが、日本を代表する名作アニメにおいてかの天空の城ラ○ュタを包み込む巨大積乱雲のように、グリューエン大火山は巨大な渦巻く砂嵐に包まれているのだ。その規模は火山をすっぽりと覆って完全に姿を隠すほどで、砂嵐の竜巻というより流動する壁と行ったほうがしっくりくる。

 しかもこの砂嵐の中にはサンドワームをはじめとする魔物も多数潜んでおり、視界すら確保が難しい中で容赦なく奇襲を仕掛けてくるというのだ。並みの実力ではグリューエン大火山を包む砂嵐すら突破できないというのも頷ける話である。

 

「つくづく、徒歩でなくて良かったですぅ」

「俺スラッグ、さっき水浴びしたから外には出たくない」

「流石の妾も、生身でここは入りたくないのぉ」

「デカパイ、お前変態のくせに我が儘過ぎだろ…」

 

 窓から巨大砂嵐を眺めるシアとティオ、スラッグすらも、パイロに感謝感謝と拝んでいる。ハジメは苦笑いしながら、それじゃあ行くかと一気に加速させた。今回は悠長な攻略をしていられない。表層部分では静因石はそれ程取れないため、手付かずの深部まで行き大量に手に入れなければならない。深部まで行けば恐らく、今までと同じように外へのショートカットがある筈なので、それで一気に脱出してアンカジに戻るのだ。

 マキシマル一行としては、アンカジの住民の安否にそれほど関心があるわけではないのだが、一度手を差し伸べた以上、助けられるならその方がいい。そうすれば、少なくとも幼いミュウに衝撃の強い光景を見せずに済む。そんな事を考えながら気合を入れ直した彼らは、巨大砂嵐に突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂嵐の内部はまさしく赤銅一色に塗りつぶされた閉じた世界で、シアの故郷であるハルツィナ樹海の霧のようにほとんど先が見えなかった。物理的影響力がある分、霧よりこちらの方が厄介かもしれない。ここを魔法なり体を覆う布なりで魔物を警戒しながら突破するのは、確かに至難の業だろう。太陽の光もほとんど届かない薄暗い中を、緑光石のヘッドライトで切り裂きながら、パイロは時速30kmのスピードで突き進んだ。事前の情報からすれば五分もあれば突破できるだろう。

 とその時、シアのウサミミがピンッ!と立ち、一拍遅れてハジメも反応した。彼は「掴まれ!」と声を張り上げると、ハンドルを勢いよく切った。直後、三体のサンドワームが直下より大口を開けて飛び出してきたが、ハジメはパイロにS字を描かせながら回避し、構っていられるかとそのまま遁走に入る。この速度なら、いちいち砂嵐の中で戦うよりも、さっさと範囲を抜けてしまった方が良いだろう。

 サンドワーム達を無視して爆走するパイロを、更に左右から二体のサンドワームが襲いかかった。タイミング的に真横からの体当たりを受けそうだ。たかだか体当たりで傷つく程ヤワな構造ではないが、横転の可能性はあったので、「気配感知」で奇襲を掴んだハジメは、咄嗟に車体をドリフトさせて回避しようとした。だが、それをユエとティオが制止した。

 

「…ん、任せて」

「任せるのじゃ、皆の衆」

 

 二人の言葉を聞いたハジメは、切りそうになったハンドルをそのままに迷うことなく直進した。直後、赤銅色の世界から飛び出してくるサンドワーム達だったが、四輪に触れることすら叶わなかった。

 

「「風刃」」

 

 ユエとティオはそれぞれ左右のサンドワームを一瞥してそう呟くと、車外に作り出された風の刃が瞬時に射出され、眼前まで飛びかかっていたサンドワームを横一文字に切断して肉塊へと変えた

 

「ふむ、流石ユエじゃ。よい風を放つ」

「…砂嵐の風を利用しない手はない。ティオも流石」

 

 二人が一瞬で選択したのは、初級の風系の攻撃魔法「風刃」だが、外で激しく吹き荒れている風を利用したため、中級レベルの威力はあった。単に魔力に物を言わせて強力な魔法を放つだけでなく、その場の状況や環境も利用して最適な魔法を選択する。簡単そうに見えて実践するのは難しいので、二人の高い技量が伺える。

 背後から先程の三体が追随してくるが、鬱陶しくなったハジメはパイロの後部をギゴガゴゴと音を響かせながら、一丁のグレネードランチャーを展開すると、複数の手榴弾を発射した。真後ろから地中をモコモコと追跡していたサンドワーム達は、交差した手榴弾の大爆発に巻き込まれ、衝撃で吹き飛んだ地面とともに肉片を撒き散らした。だがハジメはお構いなしに追加の手榴弾を発射した。更なる大爆発とともに、千切れ飛んだサンドワーム達の上半身は、宙を舞いながら砂嵐の中へと消えていった。

 

「フハハハハ!我がマキシマルの技術力は世界一ィィィィーーーーッ!」

「オメーもジョ○ョの読み過ぎだろ」

 

 派手に飛び散ったサンドワームを尻目に、運転席のハジメが得意げな高笑いをする。元ネタの分かる亮牙は、苦笑しながらツッコんだ。

 そんな余裕のマキシマル一行の前にはその後も、赤銅色の巨大蜘蛛やアリのような魔物が襲いかかってきた。しかし、パイロの武装やユエとティオの攻撃魔法の前に為すすべなく粉砕され、その進撃を止めることは叶わなかった。

 

「うぅ〜、今回の私、役立たずですぅ…」

「落ち込むなシア、それなら俺やスラッグもだろ。なに、砂漠を越えりゃ充分挽回出来るさ」

「そうですね。頑張りますぅ!」

「よしよし、頼りにしてるぞ」

「えへへへ〜♡」

「ご、ご主人様〜♡妾だってさっきから活躍してるのじゃから、何か労いの言葉くらい…」

「あーはいはい、よくやったよくやった」

「あぁ〜ん♡素っ気ないご主人様もイィ〜♡」

 

 後部座席にいるシアは活躍の場面がない事に落ち込んでいたが、亮牙に励まされると一転して元気を取り戻した。頭を優しく撫でられ、嬉しそうに耳をピコピコさせる姿に、やきもちを焼いたティオが労いの言葉を要求し、彼が素っ気なくそう告げると気色悪い表情でクネクネし始めた。そんなこんなで六人は、数多の冒険者達を阻んできた巨大砂嵐を易々と突破したのだった。

 砂嵐を抜け出た彼らの目に飛び込んできたのは、まるでエアーズロックを何倍にも巨大化させたような岩山だった。砂嵐を抜けた先は、竜巻の目にいるかのように静かで、周囲は砂嵐の壁で囲まれており、直上には青空が見えた。

 グリューエン大火山の入口は頂上にあるとの事だったので、進める所までパイロで坂道を上がっていった。露出した赤黒い岩肌のあちこちから蒸気が噴出していた。活火山であるにも関わらず、一度も噴火したことがないという点も、大迷宮らしい不思議さだ。

 やがて傾斜角的に厳しくなってきたところで、一行はパイロから降りて徒歩で山頂を目指すことになった。

 

「うわぅ…。あ、暑いですぅ」

「ん~…」

「確かに、砂漠の日照りによる暑さとはまた違うね…」

「俺スラッグ、こんなの全然へっちゃら!三人ともだらしないぞ!」

「あのなスラッグ、金属生命体の俺達と有機生命体のハジメ達じゃ、暑さの感じ方が違うんだよ…。こりゃタイムリミットに関係なく、さっさと攻略した方が良いな」

「ふむ、妾はむしろ適温なのじゃが…。熱さに身悶えることが出来んとは、もったいないのじゃ」

「アホな事抜かしてるとマグマの中に放り込むぞ」

 

 外に出た途端、襲い来る熱気に、ハジメとユエ、シアがうんざりした表情になる。冷房の効いた快適空間にいた弊害で、より暑く感じてしまうというのもあるだろう。対する亮牙とスラッグ、ついでにティオは平然としていたが。

 時間がないので素早く山頂を目指し、岩場をひょいひょいと重さを感じさせず、どんどん登っていく。結局六人は、一時間もかからずに山頂に辿り着いた。

 頂上は、無造作に乱立した大小様々な岩石で埋め尽くされた煩雑な場所だった。尖った岩肌や逆につるりとした光沢のある表面の岩もあり、奇怪なオブジェの展示場のような有様だ。砂嵐の頂上がとても近くに感じる。そんな奇怪な形の岩石群の中でも群を抜いて大きな岩石があった。歪にアーチを形作る全長10mほどの岩石だ。

 マキシマル一行はその場所に辿り着くと、アーチ状の岩石の下に火山内部へと続く大きな階段を発見した。先頭に立つ亮牙は階段の手前で立ち止まると、肩越しに背後に控える五人の仲間の顔を順番に見やり、自信に満ちた表情で一言、大迷宮挑戦の号令をかけた。

 

「Maximals!Roll out!」

「「「「「おうっ(ですぅ/のじゃ)!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリューエン大火山の内部は、オルクス大迷宮やライセン大迷宮以上に、とんでもない場所だった。但しそれは、難易度の話ではなく、内部の構造がだ。

 まず、マグマが宙に浮いて、そのまま川のような流れを作っていた。シアの故郷フェアベルゲンのように、空中に水路を作って水を流しているのとは訳が違う。空中をうねりながら真っ赤に赤熱化したマグマが流れていく様は、まるで巨大な龍が飛び交っているようだ。

 また通路や広間のいたるところには、当然マグマが流れており、迷宮に挑む者は地面と頭上、両方のマグマに注意する必要があった。

 しかも厄介なことに、壁のいたるところから唐突にマグマが噴き出してくるのである。本当に突然な上に、事前の兆候もないので察知が難しく、まさに天然のブービートラップだった。

 

「うきゃ!」

「おっと、大丈夫かシア?」

「はう、有難うございます亮牙さん。いきなりマグマが噴き出してくるなんて…。察知できませんでした」

 

 突然噴き出してきたマグマがシアに襲い掛かるが、元ティラノサウルスであるが故に触覚が敏感な亮牙が直ぐに察知して、すかさず彼女を引き寄せて庇った。彼の触覚と、ハジメの技能「熱源感知」が無ければ、警戒のため慎重に進まざるを得ず、攻略スピードが相当落ちているところだった。

 そしてなにより厳しいのが、グリューエン大火山の最大限に厄介な要素である、茹だるような暑さもとい熱さだ。通路や広間のいたるところにマグマが流れているのだから当然の話だが、まるでサウナの中にでもいるような、あるいは熱したフライパンの上にでもいるような気分だ。暑さなど問題ない亮牙とスラッグ、暑さに強いティオとは対照的に、ハジメ、ユエ、シアはダラダラと汗を流している。

 六人は天井付近を流れるマグマから滴り落ちてくる雫や噴き出すマグマをかわしつつ進んでいると、とある広間で、あちこち人為的に削られている場所を発見した。ツルハシか何かで砕きでもしたのかボロボロと削れているのだが、その壁の一部から薄い桃色の小さな鉱石が覗いていた。

 

「お?静因石、だよね?あれ」

「うむ、間違いないぞ」

「俺スラッグ、やっぱり亀の甲より年の功だな!」

「スラッグ殿!妾を年寄り扱いしないでほしいのじゃ!」

 

 ハジメの確認するような言葉に、知識深いティオが同意、ついでにスラッグが茶化した。どうやら、砂嵐を突破してグリューエン大火山に入れる冒険者の発掘場所のようだ。

 

「…小さい」

「ほかの場所も小石サイズばっかりですね…」

「ハジメ、一応お前の探知能力でこれだけか確認してくれ」

「あいよ」

 

 だが残されている静因石は、ユエとシアの言う通り、殆どが小指の先以下のものばかりだった。ほとんど採られ尽くしたというのもあるのだろうが、サイズそのものも小さい。やはり表層部分では回収の効率が悪過ぎるようで、一気に大量に手に入れるには深部に行く必要があるようだ。

 亮牙は一応、ハジメの「鉱物系探査」で静因石の有無を調べさせると、簡単に採取できるものだけ宝物庫」 に収納して、皆を促して先を急いだ。

 暑さに辟易しながら、六人は七階層ほど下に降りた。記録に残っている冒険者達が降りた最高階層であり、そこから先に進んだ者で生きて戻った者はいない。気を引き締めつつ、八階層へ続く階段を降りきった。

 その瞬間、ゴォオオオオ!と強烈な熱風に煽られたかと思うと、突如、六人の眼前に巨大な火炎が襲いかかった。オレンジ色の壁が螺旋を描きながら突き進んできた。

 

「絶禍」

 

 すかさずユエが重力魔法を発動し、黒く渦巻く直径60cm程の球体を皆の眼前に出現させた。この魔法「絶禍」は、対象を地面に押し潰す為のものではなく、それ自体が重力を発生させ、あらゆるものを引き寄せて内部に呑み込む盾なのだ。

 人など簡単に消し炭に出来そうな死の炎も、ユエの超重力の渦になす術もなく引き寄せられて全て呑み込まれてしまった。すると、その射線上に襲撃者が姿を現した。現れたのは雄牛そっくりだが、マグマの中に立ち、全身にもマグマを纏わせていた。鋭い二本の曲線を描く角を生やし、口から呼吸の度に炎を吐き出しており、耐熱性があるにも程があると思わずツッコミを入れたくなる魔物だった。

 だが…

 

 

 

 

 

「「ヒャッハー!ご馳走がキター!!!」」

「ブモッ!!?」

 

 

 

 

 

 そのマグマ牛を見た瞬間、亮牙とスラッグは警戒するどころか、嬉々とした表情となり、口から涎を垂らした。大食漢の二人にとって、目の前の怪物は焼き肉が歩いているように見えたらしく、寧ろ食欲をそそったようだ。他の四人は「マイペースだなぁ」と呆れていたが。

 自身の固有魔法であろう火炎砲撃をあっさり無効化されたことに腹を立てていたマグマ牛だったが、涎を垂らしながら自分を見てくる二人の反応を見て逆に寒気を感じていた。恐らく、生まれて初めて「餌」として見られたのだろう。

 

「ギ、ギ、ギュォオオ!!!」

 

 本能が今すぐ逃げるよう命じるが、マグマ牛は自棄っぱちになったのか、悲鳴とも怒りの咆哮ともつかない叫びを上げると、侵入者を排除せんと猛烈な勢いで突進を開始した。それを見た亮牙は嬉々とした表情のまま、宝物庫からテラクサドンを二丁取り出すと、一丁をシアに手渡した。

 

「よ〜しシア!挽回のチャンスだ!あれやるぞ!」

「はい!愛の共同作業作戦Part2ですね!よっしゃーですぅ!やりましょう!」

 

 砂漠では活躍できなかったから挽回したいのか、それとも恋人との連携が嬉しいのか、シアもテラクサドンを手に気合充分な感じで鼻息を荒くしている。

 二人は大きくテラクサドンを振りかぶると、既に数mの位置まで接近していたマグマ牛に向かって、さながらケーキ入刀の如くお互いの斧を振り抜いた。

 

「「覇王!!!」」

「ブモッ!!?」

 

 次の瞬間、振り抜かれた二人のテラクサドンから巨大な衝撃波の如き斬撃が放たれ、マグマ牛目掛けて襲いかかった。勢いよく突進してきたマグマ牛は、避ける事などできる筈もなく斬撃の餌食となり、断末魔の悲鳴すら上げる事なく頭を吹き飛ばされ、胴体も左右真っ二つに両断されて崩れ落ちた。

 

「むふふふふ、見ましたか皆さん?これぞ私と亮牙さんの愛の力ですぅ〜!」

「…亮牙の奴、絶対ワン○ース見て思いついたな」

「シ、シアばっかりずるいのじゃ!妾だってご主人様とあんな事したいのじゃー!」

 

 なかなかの威力を発揮した二人の一撃に、シアが得意げに胸を張る。ハジメは技の元ネタが分かっているので苦笑しており、ティオは亮牙との抜群の連携を見せたシアが羨ましいのかそう呟く。

 

「フハハハハ!俺スラッグ、一番良い肉は貰った!」

「おいスラッグ!仕留めたのは俺とシアだぞ!」

「…二人とも、能天気過ぎ」

 

 一方の亮牙はと言うと、仕留めたマグマ牛の亡骸をスラッグと取り合いになっていた。左右真っ二つに叩き斬ったのだから仲良く分ければ良いのだが、高温で程良く焼かれた肉は美味そうな匂いを漂わせており、二人ともすっかり食欲をそそられてしまったようだ。技の威力に感心していたユエも、これにはすっかり呆れて「やれやれだぜ」と言いたい気分だった。

 その後、亮牙とスラッグがマグマ牛を半分ずつ取り分ける事で和解し、あっという間に全ての肉を平らげると、六人は先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、階層を下げる毎に魔物のバリエーションは増えていった。マグマを翼から撒き散らすコウモリ型の魔物や壁を溶かして飛び出てくる赤熱化したウツボモドキ、炎の針を無数に飛ばしてくるハリネズミ型の魔物、マグマの中から顔だけ出してマグマを纏った舌をムチのように振るうカメレオン型の魔物、頭上の重力を無視したマグマの川を泳ぐ赤熱化した蛇など、多種多様だ。

 生半可な魔法では纏うマグマか赤熱化した肉体で無効化してしまう上に、そこかしこに流れるマグマを隠れ蓑に奇襲を仕掛けてくる魔物は厄介なこと極まりなかった。なにせ魔物の方は、体当りするだけでも人相手なら致命傷を負わせることが出来る上に、周囲のマグマを利用した攻撃も多く、武器は無限大と言っていい状況だ。更にいざとなればマグマに逃げ込んでしまえば、それだけで安全を確保出来てしまうのだ。

 例え砂嵐を突破できるだけの力をもった冒険者でも、魔物が出る八階層以降に降りて戻れなかったのも納得だ。しかもそれらの魔物は倒しても、オルクス大迷宮の40層レベルの魔物と比べて魔石の大きさや質自体に変わりがなく、貴重な鉱物である静因石も表層のものとほとんど変わらないとあっては、挑戦しようという者がいないのも頷ける話だ。

 そしてなにより厄介なのは、刻一刻と増していく暑さだ。

 

「はぁはぁ、暑いですぅ…」

「…シア、暑いと思うから暑い。流れているのは唯の水…。ほら、涼しい、ふふ」

「むっ、ユエが壊れかけておるのじゃ!目が虚ろになっておる!」

「仕方ねえ。ちょっと休憩するか」

 

 暑さに強い亮牙・スラッグ・ティオは問題なかったが、ハジメ・ユエ・シアはそういうわけにはいかずダウン状態だ。一応、ハジメが冷房型アーティファクトで冷気を生み出しているのだが、焼け石に水状態だ。止めどなく滝のように汗が流れ、意識も朦朧とし始めている三人を見て、亮牙も少し休憩が必要だと考えた。

 亮牙達は広間に出ると、マグマから比較的に離れている壁にハジメが錬成で横穴を空け、その中に入ってマグマの熱気が直接届かないよう入口を最小限まで閉じた。ウツボモドキやマグマの噴射に襲われないよう安全を確保するため、ハジメは更に部屋の壁を「鉱物分離」と「圧縮錬成」を使って表面だけ硬い金属でコーティングしておいた。

 

「ユエ、氷塊を出せるか?お前達三人は身体も頭も冷やした方が良い」

「ん、了解…」

 

 亮牙にそう言われ、ユエは虚ろな目をしながらも、しっかり氷系の魔法を発動させ部屋の中央に巨大な氷塊を出現させた。更にティオが気を利かせて氷塊を中心にして放射するように風を吹かせたおかげで、冷気が部屋の空気を一気に冷やしていった。

 

「はぅあ~~、涼しいですぅ~、生き返りますぅ~」

「…ふみゅ~」

「ほれ、汗は拭いとけよ。冷え過ぎて動きが鈍ってめ困るしな」

「…ん~」

「了解ですぅ~」

 

 女の子座りで崩れ落ちたユエとシアが、目を細めてふにゃりとする。一先ず安堵する亮牙だが、宝物庫からタオルを取り出すと、汗をかかない自分とスラッグ以外の全員に配った。間延びした声で、のろのろとタオルを広げるユエとシアを横目に、彼は座り込んだハジメに話しかけた。

 

「ハジメ、お前も暫く休んどけよ」

「そうさせてもらうよ…。こんな暑さだって分かってれば、もっといい冷房系のアーティファクトを揃えておくんだったよ…」

「ふむ、おそらく、この暑さこそがこの大迷宮のコンセプトなのじゃろうな」

「俺スラッグ、コンセプトって何だ?」

 

 参るほどではないとは言え、亮牙やスラッグと違い暑いものは暑いので同じく汗をかいているティオが、タオルで汗を拭いながら言った言葉に、道中仕留めた魔物の肉を食べていたスラッグが首を傾げた。

 

「うむ。ご主人様達から色々話を聞いて思ったのじゃが、大迷宮は神に挑むための試練なんじゃろ?…なら、それぞれに何らかのコンセプトでもあるのかと思ったのじゃよ。例えば、ご主人様達が話してくれたオルクス大迷宮は、数多の魔物とのバリエーション豊かな戦闘を経て経験を積むこと。ライセン大迷宮は、魔法という強力な力を抜きに、あらゆる攻撃への対応力を磨くこと。このグリューエン大火山は、暑さによる集中力の阻害と、その状況下での奇襲への対応といったところではないかのぉ?」

「…成る程。攻略することに変わりはないから特に考えたことなかったけど、試練そのものが解放者達の『教え』になっているってことか」

「デカパイ、普段のお前って救いようのない変態の癖によ、ごくたまにこういう時だけ役に立つよな…」

「俺スラッグ、能ある馬鹿は爪を隠すってやつだな!」

「ちょっ⁉︎ご主人様もスラッグ殿も酷いのじゃ!妾の事を何だと思ってるのじゃ⁉︎」

「「「残念な生き物」」」

「くふ〜ん♡」

 

 知識深く思慮深くもある黒髪美女で、黙っていれば肉感的で匂い立つような色気があるのに、普段の変態ぶりの所為で全て台無しになっているティオに、亮牙達は物凄く残念なものを見る眼差しでそう告げる。対する彼女は最初こそ怒っていたが、容赦ない言葉にまた興奮したのか悶絶する始末だ。

 しかしティオが悶絶する度に、その豊満な胸がブルンブルンと揺れ、汗のせいで更に色気が増してゆく。それを見て何となく顔を逸らした亮牙は、視線の先にいたシアに気づいた。現在の彼女とユエは、ティオと同じように汗で服が張り付き、濡れた素肌が見え隠れしており、彼の視線は吸い寄せらていく。

 元々マキシマル一行の中では一番素肌の露出が多いシアだが、現在は暑さのため上気しておりほんのり赤みを帯びている。汗で光る素肌はなんとも艶かしく、普段より熱く荒い吐息と相まって物凄い色気を放っていた。亮牙はそんな恋人の姿に、思わず目を逸らすことも忘れて凝視してしまった。

 一方のハジメも同じような状態のユエに見惚れていたが、不意に上げた視線が彼女とバッチリと合い、バツが悪そうに目を逸らそうとした。だが目を逸らす一瞬前に、ユエが妖艶な微笑みを浮かべハジメの視線を捉えると、服を着崩したままゆっくり四つん這いで彼の眼前に近付いて行くと、胡座をかいて座る恋人を下から上目遣いで見つめ、甘えるような、誘うような甘い声音で、

 

「…ハジメが綺麗にして?」

 

 と告げると、持っていたタオルをハジメに手渡した。彼は視線をユエの瞳に固定したまま苦笑いし、そっと彼女の首筋に手を這わせようとした。その直後、シアから抗議の声が上がった。

 

「お・ふ・た・り・と・も!少しはTPOを弁えて下さい!先を急いでいる上に、ここは大迷宮なんですよ!もうっ!ほんとにもうっ!」

「いや、まぁ、しょうがないでしょ?ユエがエロ過ぎて無視できなくて…」

「…ジッと見てくるハジメが可愛くて」

「反省って言葉知ってます⁉︎私だって亮牙さんの視線に応えたいのを必死に我慢してたのにぃ〜!」

「あ、ごめんシア…」

「う〜!そっちがその気なら私達だって好きにしてやるですぅ!ねぇ亮牙さ〜ん♡私おっぱいのあたりが汗まみれなので舐めとってほしいですぅ〜♡」

「むぐっ!!?」

「そ、それなら妾だって胸元の汗を拭いて欲しいのじゃ!ご主人様〜♡さっき妾の胸に少し反応しておったじゃろ?もう一度罵りながら揉むなり吸うなり好きにして良いのじゃぞ〜?」

 

 反省の素振りのないハジメとユエに堪忍袋の尾が切れたシアは、先程の自身の発言などもうどうでも良い!と言わんばかりに、亮牙に近づいていくと、彼の顔を自慢の巨乳へと埋めさせた。谷間に挟まった亮牙の鼻息がくすぐったいのか、彼女は「あぁん♡」と妖艶な声を上げる。

 それを見たティオは、先程自身の胸元に亮牙の視線が吸い寄せられていた事にバッチリ気づいていたらしく、負けるものかと彼の背中に抱きつき、思う存分爆乳を押し付ける。前後からの乳圧攻撃に、もはや亮牙の理性は爆発寸前だ。

 

「俺スラッグ、お前ら五人とも、こんな卵も産めないような場所で交尾しようなんて馬鹿じゃないのか?」

 

 そんな五人の姿を見て、未だ呑気に仕留めた魔物を貪り食うスラッグの呆れた呟きが、部屋の中に響くのであった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・覇王
 本作オリジナルの技。亮牙とシアの連携技の一つで、2人揃って同時にテラクサドンを振り抜き、衝撃波も同然の斬撃を飛ばして敵を破壊する。
 元ネタは『ONE PIECE』の覇国。





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招かれざる客

今回はMPサンダークラッカー開封したり、仕事疲れで中々の難産でした…。

なるべく原作と丸々同じにならないよう気をつけてますが、今回はちょっと大変でした。


 シアとティオの誘惑に、亮牙は何度も自分の頭を壁に叩きつけて煩悩を打ち消してから暫く後、マキシマル一行は現在。グリューエン大火山の推定50層くらいの階層に到達していた。推定というのは、現在の彼らの置かれた状況が少々特異なので、はっきりとした階層が分からないからである。

 具体的に言うと六人は現在、宙を流れる大河の如きマグマの上を赤銅色の岩石で出来た小舟のようなものに乗ってどんぶらこと流されているのだ。ハジメとしては、地球で一番有名なアグレッシブ過ぎる考古学者となった気分だったが、こんな状況となってしまった理由は、端的に言えば彼のミスである。

 というのも、少し前の階層で攻略しながらも静因石を探していたマキシマル一行は、相変わらず自分達を炙り続けるマグマが時々不自然な動きを見せていることに気がついた。大抵、それは通路から離れたマグマの対岸だったり、攻略の障害にはならなかったので気にも止めていなかったのだが、たまたま「鉱物系探査」の効果範囲にその場所が入った。つまり静因石こそが、マグマそのものに宿っているらしい魔力を鎮静化し、流れを阻害して不自然な動きにしているのだ。

 ならば静因石は、マグマの動きが強く阻害されている場所に大量にあるはずと推測した一行は、探索の末に大量の静因石が埋まっている場所を多数発見した。マグマの動きに注意しながら、相当な量を集めた六人は、予備用にもう少しだけ集めておこうと、宙に流れるマグマが大きく壁を迂回するように流れている場所に向かった。ハジメが錬成を使って即席の階段を作成して近寄り、「鉱物系探査」を使うと充分な量が埋まっていることがわかった。

 早速、錬成の「鉱物分離」を使い静因石だけを回収するハジメだったが、暑さによる集中力の低下と何度も繰り返した回収に油断したのか、壁の向こう側の様子というものに注意が向いていなかった。彼が自分のミスに気づいたのは、静因石を宝物庫に収納し、その効力が失われた瞬間、静因石が取り除かれた壁の奥からマグマが勢いよく噴き出した後だった。

 咄嗟に飛び退いたハジメだったが、噴き出すマグマの勢いは激しく、まるで亀裂の入ったダムから水が噴出し決壊するように、穴を押し広げて一気になだれ込んできた。あまりの勢いに一瞬で周囲をマグマで取り囲まれた六人だったが、ユエが障壁を張って凌いでいる間に、ハジメが錬成で小舟を作り出しそれに乗って事なきを得たのである。小舟は直ぐに灼熱のマグマに熱せられたが、ハジメが「金剛」の派生「付与強化」により小舟に金剛をかけたので問題はなかった。

 そして、流されるままにマグマの上を漂っていると、いつの間にか宙を流れるマグマに乗って、階段とは異なるルートでグリューエン大火山の深部へと、時に灼熱の急流滑りを味わいながら流されていき、現在に至るというわけだ。

 ちなみに、マグマの空中ロードに乗ったとき、普通に川底を抜けそうになったのだが、シアが咄嗟に重力魔法「付与効果」で小舟の重さを軽減したのでマグマに乗ることができた。これは、彼女が触れているものの重量を、自身の体重と同じように調整出来るというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、皆さん。またトンネルですよ」

「そろそろ、標高的には麓辺りじゃ。何かあるかもしれんぞ?」

 

 シアが指差した方向を見れば確かに、マキシマル一行が流されているマグマが、壁に空いた大穴の中に続いており、マグマ自体に照らされて下方へと続いていることが分かる。今までも洞窟に入る度に階層を下げてきたので、普通に階段を使って降りるよりショートカットになっている筈だ。

 ティオの忠告に頷きながら、マキシマル一行は洞窟内に突入した。マグマの空中ロードは、広々とした洞窟の中央を蛇のようにくねりながら続いている。暫く順調に高度を下げていたマグマの空中ロードだが、カーブを曲がった先でいきなり途切れていた。いや、正確には滝といっても過言ではないくらい急激に下っていたのだ。

 

「またか。全員しっかり掴まってろよ!」

 

 亮牙の言葉に他の五人も頷き、小舟の縁や恋人の腰にしがみついた。ジェットコースターが最初の落下ポイントに登るまでに感じるのに似た緊張感が漂う中、遂に小舟が落下を開始した。

 

ゴウォゴウォ!

 

 六人の耳元でそんな風の吹き荒れる音が響き、シアの重力魔法を使った体重移動とティオの風によって制御しながら、途轍もない速度で激流と化したマグマを下っていく。マグマの粘性など存在しないとばかりに速度は刻一刻と増していった。

 ハジメは靴裏にスパイクを錬成し、亮牙とスラッグは強靭な握力と鉤爪のような指で体を固定しながら、油断なく周囲を警戒する。何故なら、こういう時に限って敵が襲ってくるからだ。

 

「来たぞ!ハジメ!」

「あいよ!」

 

 亮牙の声と同時にハジメはドンナーを抜き、躊躇いなく引き金を引いた。周囲に炸裂音が三度響くと共に、三条の閃光が空を切り裂いて目標を違わず撃破した。襲撃者の正体は、翼からマグマを撒き散らすコウモリだった。

 このマグマコウモリは、かなりの飛行速度とマグマ混じりの炎弾を飛ばすくらいしか目立った能力はなく、マキシマル一行にとっては雑魚同然の敵だ。だが厄介な事に、ゴキブリの如く岩壁の隙間などからわらわらと現れ、群れで襲って来るのだ。今も三羽を瞬殺したが、案の定、激流を下る際の猛スピードがもたらす風音に紛れて、おびただしい数の翼がはためく音が聞こえ始めた。

 

「ハジメ、ユエ、スラッグ、あの蝿どもを蹴散らすぞ」

「あいよ!」

「ん、任せて」

「俺スラッグ、分かった!」

「シア、デカパイ、引き続き船の制御を頼む」

「はいです!」

「うむ、任された。ご褒美は乳揉みでよいぞ?」

 

 ティオの冗談とも本気ともつかない変態発言をスルーして、亮牙とスラッグ、ハジメとユエが小舟の上で背中合わせで円陣を組んだ直後、マグマコウモリの群れがその姿を見せた。夥しい数で、まるで鳥類の一糸乱れぬ集団行動のように一塊となって波打つように動き回るその姿は、最早一つの生き物といっても過言ではない。翼がマグマを纏い赤く赤熱化しているので、傍から見れば炎龍のようだ。

 一塊となってマキシマル一行に迫ってきたマグマコウモリは、途中で二手に分かれると、前方と後方から挟撃を仕掛けてきた。いくら一体一体が弱くとも、一つの巨大な生き物を形取れる程の数では、普通は物量で押し切られるだろう。しかし現在彼らが挑んでいる集団は、単純な物量で押し切れる程甘くはなかった。

 ハジメは宝物庫からメツェライを取り出すと、腰だめに構えてトリガーを引いた。ドゥルルルルルル!と独特の射撃音を響かせながら、恐るべき威力と連射を遺憾無く発揮した殺意の嵐は、その弾丸の一発一発を以て遥か後方まで有無を言わせず貫き通す。洞窟の壁を破砕するまでの道程で射線上にいたマグマコウモリは、一切の抵抗も許されず粉砕され地へと落ちていった。

 続いて亮牙が、宝物庫から新たな武器を取り出した。剣やメイスなど接近戦用の武器を好む彼としては珍しい、2本の銃身を持つ銃だ。彼は銃口をマグマコウモリ達へ向けると、容赦なく引き金を引いた。すると、銃口から2発のロケット弾が火花の尾を引いて飛び出し、メツェライの弾幕により中央に固められた群れのど真ん中に突き刺さり、轟音と共に凄絶な衝撃を撒き散らした。結果は明白、木っ端微塵に砕かれたマグマコウモリの群れは、その体の破片を以て一時のスコールとなった。

 後方から迫っていたマグマコウモリも同じようなものだ。

 

「俺スラッグ!撃つべし撃つべし!」

「嵐龍」

 

 スラッグが銃を乱射してマグマコウモリ達を蹴散らす中、ユエが右手を真っ直ぐ伸ばしてそう呟いた瞬間、緑色の豪風が集まり球体を作った。そして瞬く間に、まるで羽化でもするかのように球形を解いて一匹の龍へと変貌する。緑色の風で編まれた風の龍は、マグマコウモリの群れを一睨みすると、その顎門を開いて哀れな獲物を喰らい尽くさんと飛びかかった。

 当然マグマコウモリ達は炎弾を放ちつつ、スラッグの銃撃を喰らいながらも、嵐龍を避けるように更に二手に分かれて迂回しようとした。しかしユエの「龍」はその全てが重力魔法との複合魔法であり、この「嵐龍」も唯の風で編まれただけではなく、風刃で構成され、自らに引き寄せる重力を纏った龍であり、一度、発動すれば逃れることは至難だ。マグマコウモリ達は抗うことも許されず「嵐龍」へと引き寄せられ、風刃の嵐に肉体を切り刻まれて血肉を撒き散らし四散した。最後に「嵐龍」は群れのど真ん中で弾け飛ぶと、その体を構成していた幾百幾千の風刃を全方向に撒き散らし、マグマコウモリの殲滅を完了した。

 

「俺スラッグ、ユエ凄い!」

「ん、当然」

「う~む、いつ見ても恐ろしいものがあるのぉ」

「流石ですぅ」

 

 自分より多くの敵を仕留めた事をスラッグから称賛され、ユエは得意気に胸を張った。小舟を制御して激流に上手く乗りながら、ティオとシアも苦笑い気味に称賛を送る。それに肩を竦めつつメツェライをしまったハジメは彼女の頬を軽く触れて、前方に視線を戻した。ユエも、触れられたことに目元を緩めて嬉しそうにしながら視線を周囲の警戒に戻す。

 さり気なく、チャンスは逃さんとばかりにイチャつく二人に、シアがそれなら私達も!とオーラを出し、ティオがそれに便乗する。同じく前方を見張っていた亮牙は仕方ないなと少し困った表情で、シアとティオの頭をそれぞれ軽く撫でてあげた。それだけで二人共やたら嬉しそうな表情をするのだから、彼としても何とも困ったものである。

 マグマの激流空中ロードを、魔物に襲われながら下っているというのに結構余裕のあるマキシマル一行だったが、その余裕に釘を刺したかったのか、今まで下り続けていたマグマが突然上方へと向かい始めた。勢いよく数十mを登ると、その先に洞窟の出口らしき光が見えた。だが問題なのは、今度こそ本当にマグマが途切れていることである。

 

「掴まれ!」

 

 亮牙の号令に、皆は再び小舟にしがみついた。小舟は、激流を下ってきた勢いそのままに猛烈な勢いで洞窟の外へと放り出された。襲い来る浮遊感などものともせず、亮牙は素早く周囲の状況を確認した。彼らが飛び出した空間は、かつて見たライセン大迷宮の最終試練の部屋よりも尚、広大な空間だった。

 ライセンの部屋と異なり球体ではなく、自然そのままに歪な形をしているため正確な広さは把握しきれないが、少なくとも直径3km以上はある。地面はほとんどマグマで満たされており、所々に岩石が飛び出していて僅かな足場を提供していた。周囲の壁も大きくせり出している場所もあれば、逆に削れているところもある。空中には、やはり無数のマグマの川が交差していて、そのほとんどは下方のマグマの海へと消えていっている。

 ぐつぐつと煮え立つ灼熱の海とフレアのごとく噴き上がる火柱は、さながら地獄の釜のようだ。だがなにより目に付いたのは、マグマの海の中央にある小さな島だ。海面から10m程の高さにせり出ている岩石の島で、その上をマグマのドームが覆っていた。まるで小型の太陽のような球体のマグマが島の中央に存在している異様は、マキシマル一行の視線を奪うには十分だった。

 

「風よ」

 

 飛び出した勢いでひっくり返った小舟を、ティオが空中で立て直し、それぞれ己の姿勢を制御して再び乗り込んだ。ユエが小舟の落下速度を「来翔」で調整し、柔らかくマグマの海に着地すると、明らかに今までと雰囲気の異なる場所に、六人は警戒を最大にした。マグマドームのある中央の島に視線をやりながら、スラッグが呟いた。

 

「俺スラッグ、あれがゲリピー・デブセンの仲間の住処かな?」

「深さ的にも多分そうだろうな。けどそうなりゃあ…」

「最後のガーディアンがいるはず、じゃな?ご主人様よ」

「ショートカットして来たっぽいですし、とっくに通り過ぎたと考えてはダメですか?」

「シア、気持ちは分かるけど、楽観が過ぎるよ」

 

 亮牙の考えをティオが確認し、普段の変態っぷりが嘘みたいに、僅かな異変も見逃さない鋭い視線を周囲に配った。そんな仲間達の様子に気を引き締めながらも、正規のルートらしき階段と足場を見つけたシアが楽観論を呟いてみた。しかし、いくらマグマの空中ロードに乗って流れてくることが普通は有り得ないことだとしても、大迷宮の最終試練までショートカット出来たと考えるのは楽観が過ぎるというものだ。彼女も、そうだったらいいなぁ~と口にしつつも、その鋭い表情はまるで信じていない事を示している。

 六人の警戒が正しかった事は、直後、宙を流れるマグマから、マグマそのものが弾丸のごとく飛び出してくるという形で証明された。

 

「むっ、任せよ!」

 

 ティオの掛け声と共に魔法が発動し、マグマの海から炎塊が飛び出して頭上より迫るマグマの塊が相殺された。しかしそれは唯の始まりの合図に過ぎなかったようだ。彼女の放った炎塊がマグマと相殺され飛び散った直後、マグマの海や頭上のマグマの川からマシンガンのごとく炎塊が撃ち放たれたのだ。

 

「散れ!」

 

 亮牙の合図と共に六人は小舟を放棄して近くの足場に散開する。凄まじい物量の炎塊によって粉砕された小舟がマグマの海へと沈んでいく中、六人はそれぞれ別の足場に着地し、なおも追ってくるマグマの塊を迎撃していった。迎撃そのものは切羽詰るという程ではなかったのだが、いつ終わるともしれない波状攻撃に、皆苛立たしげな表情を見せている。

 そんな状況を打開すべく、亮牙は後方で戦うユエに声をかけた。

 

「ユエ!弾幕を切り開けるか⁉︎」

「ん、任せて!絶禍!」

 

 彼女がそう叫ぶとともに、六人の中間地点に黒く渦巻く球体が出現し、飛び交うマグマの塊を次々と引き寄せ、超重力のもと押し潰し圧縮していく。おかげで炎塊の弾幕に隙ができ、亮牙は強靭な脚力で跳び上がると一気にマグマドームのある中央の島へと接近した。

 マキシマル一行を襲う弾幕で一番厄介なのは、止める手段が目に見えないことだ。場所からして明らかに最終試練なのだが、今までの大迷宮と異なり目に見える敵が存在しないので、何をすればクリアと判断されるのかが分からなかった。そのため、もっとも怪しい中央の島に乗り込んでやろうと考えた亮牙は、そのまま皆に指示を出した。

 

「援護頼む!あの島を調べる!」

「「「「「了解(ですぅ/なのじゃ)!!!」」」」」

 

 ユエの「絶禍」の効果範囲からマグマの塊が亮牙を襲うが、そうはさせじとティオがマグマの海より無数に炎弾を飛ばして迎撃し、シアもドリュッケンを戦鎚に展開せずショットガンモードで迎撃していく。ユエは「絶禍」を展開維持し、更にハジメとスラッグが射撃で迎撃に当たった。皆の援護をもらって、一直線に中央の島へと迫った亮牙は、そのまま飛び移ろうとしたが、次の瞬間…

 

「ゴォアアアアア!!!」

「何ッ⁉︎」

 

 そんな腹の底まで響くような重厚な咆哮が響いたかと思うと、宙を飛ぶ亮牙の直下から大口を開けた大蛇が襲いかかってきた。全身にマグマを纏わせているせいか、周囲をマグマで満たされたこの場所では熱源感知にも気配感知にも引っかからず、更にマグマの海全体に魔力が満ちているようなので魔力感知にも引っかからなかったことから、完全な不意打ちとなった。

 だが、亮牙は常人離れした反応速度で体を捻ってその顎門による攻撃を回避すると、すれ違いざまにマグマ蛇がバクンッ!と口を閉じる瞬間、すかさずスルトを展開して、その頭を叩き斬った。

 

「…マジかよ」

 

 しかし、頭を斬り落とされながらもマグマ蛇は断末魔の叫びなど上げず、逆に亮牙の驚愕の声が上がった。マグマの飛沫が飛び散っただけであり、中身が全くなかったのだ。今までのグリューエン大火山の魔物達は、基本的にマグマを身に纏ってはいたが、それはあくまで纏っているのであって肉体がきちんとあり、マグマだけで構成されていたわけではない。

 亮牙は直ぐに立ち直ると、物は試しにと残った胴体に銃撃を浴びせていくが、やはりどこにも肉体はなかった。どうやらこのマグマ蛇は、完全にマグマだけで構成されているらしい。驚く亮牙だったが、取り敢えず行動不能に出来たので、その脇を通り抜けて再度中央の島へ跳ぼうとした。

 だが、彼が脇を抜けようとした瞬間、頭部を失い体中を四散させておきながらもマグマ蛇は突如身をくねらせ体当たりを行ってきた。亮牙はすかさずエネルゴンの盾を展開してその攻撃を間一髪受け流したたが、マグマの海からマグマ蛇が次々と飛び出し、その巨大な顎門を大きく開いて襲いかかってきた。彼はすかさずスルトでその頭を全て叩き斬ると、近くの足場に着地した。その間に、炎塊の掃射は一時止んだらしく、残る五人もやって来た。

 

「亮牙さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。それより、ようやく本命が来たぞ」

 

 恋人の腕にそっと触れながら安否を気遣うシアに、亮牙は前方から目を逸らさず、そっと触れ返すことで応える。やがて、次々とマグマ蛇が現れ、遂に20体以上もの数が六人を睥睨するに至った。

 

「やはり、中央の島が終着点のようじゃの。通りたければ我らを倒していけと言わんばかりじゃ」

「でも、さっき亮牙さんに倒された筈の奴、普通に再生してますよ?倒せるんでしょうか?」

 

 最初に亮牙に倒された筈の個体も、既に再生を終え何事もなかったかのように元通りの姿を晒しており、シアが眉をしかめて指摘した。ライセン大迷宮の時はインフェルノ軍団に動揺していたというのに、今は冷静に攻略方法を考えているようだ。それを示すようにウサミミをピコピコと忙しなく動かす仕草に、随分と逞しくなったものだと微笑ましげに見つめつつ、亮牙は自分の推測を伝えた。

 

「多分アンカジでぶっ殺したバッチイと同じで、マグマを形成するための核がある筈だ。ハジメ、特定できるか?」

「…いや、マグマが邪魔でパーセプターでも位置を特定出来ない。それをぶち壊すしかないね」

 

 親友の問いかけにそう答えたハジメの言葉に全員が頷くのと同時に、総数20体のマグマ蛇が一斉に襲いかかった。まるで太陽フレアのように噴き上がると、頭上より口から炎塊を飛ばしながら急迫する。普通なら逃げ場もなく大質量のマグマに呑み込まれて終わりだろう。

 

「激力雷電!」

「久しぶりの一撃じゃ!存分に味わうが良い!」

 

 スラッグがすかさず電撃を放ち、更にティオが竜人族のブレスを、正面に突き出した両手から一気に解き放った。落雷の如き電撃と黒色の閃光は、二人の正面から迫っていたマグマ蛇を10体も消滅させ、それにより出来た包囲の穴から、六人は一気に飛び出した。流石に跡形もなく消し飛ばされれば、魔石も一緒に消滅しただろうと思われたが、半数に減らされた筈のマグマ蛇達は再び20体に戻っており、亮牙達は悔しそうに表情を歪めた。

 

「そんな⁉︎確かに魔石は破壊されてたのに⁉︎」

「…どうなってる?クリア条件は別にあるのか?」

「皆さん!見て下さい!岩壁が光ってますぅ!」

 

 すると、シアが中央の島の岩壁の一部が拳大の光を放っている事に気づき、声を張り上げた。先程までは気がつかなかったが、岩壁に埋め込まれている何らかの鉱石からオレンジ色の光が放たれている。

 亮牙が目を凝らして確認すると、保護色になっていて分かりづらいが、かなりの数の鉱石が規則正しく中央の島の岩壁に埋め込まれている事に気づいた。中央の島は円柱形なので、鉱石が並ぶ間隔と島の外周から考えると、ざっと百個の鉱石が埋め込まれている事になる。そして現在、光を放っている鉱石は、先程スラッグとティオが消滅させたマグマ蛇と同数の10個だ。

 

「でかしたシア。どうやらクリア条件は、この環境であの蛇どもを100匹ぶっ殺すみたいだな」

 

 ただでさえ暑さと奇襲により疲弊しているであろう挑戦者を、最後の最後で一番長く深く集中しなければならない状況に追い込む。大迷宮に相応しい嫌らしさと言えるだろう。確かにマキシマル一行も相当精神を疲労させているが、その表情には疲労の色はなく、攻略方法を見つけさえすればどうとでもしてやるという不敵な笑みしか浮かんでいなかった。

 そうして六人全員が、やるべき事を理解して気合を入れ直した直後、再びマグマ蛇達が襲いかかった。マグマの塊が豪雨のごとく降り注ぎ、大質量のマグマ蛇が不規則な動きを以て獲物を捉え焼き尽くさんと迫る中、亮牙達は再び散開し、それぞれ反撃に出た。

 亮牙とスラッグは、剣を展開してマグマ蛇の頭や身体を切り裂きながら、手にした銃で容赦なく銃撃を浴びせていく。普段は幼稚な仕草も多い二人だが、歴戦の戦士だけあって「酷い射撃、1発も当たってない」なんて醜態など晒す筈もなく、容赦なくマグマ蛇達を仕留めていった。

 

「これが水やタールなら、飛び込んで直接仕留めるんだがな!」

「俺スラッグ、そんな事したらドロドロに溶けちまう!」

 

 敵を叩きのめす手を止めず、そう呟く亮牙とスラッグ。流石の彼らでも、マグマの中に飛び込んだらただでは済まないだろう。彼らの十八番である火炎放射では、今回の敵には相性は悪いので、少々不満げだ。

 ティオは竜の翼を背から生やし、そこから発生させた風でその身を浮かせながら、真空刃を伴った竜巻を砲撃の如くぶっ放す「砲皇」で、マグマ蛇を吹き飛ばし切り刻んでいく。

 シアも跳躍してドリュッケンでマグマ蛇の頭部を下にあるマグマの海まで一気に爆砕し、魔石を容赦なく叩き潰す。背後から別のマグマ蛇が襲いかかるも、彼女は特に焦ることもなく、背中のホルスターから感応石により操作される円盤を取り出して放り投げ、体重操作を施しながらその上を足場にして再度宙を舞った。目測を外され下方を虚しく通り過ぎるマグマ蛇に、シアは変形させたドリュッケンの銃口から炸裂スラッグ弾を放ち、狙い違わず背後から爆殺した。

 ユエも最近十八番の「雷龍」を放つが、熟練度がどんどん上がっているのか、出現した数は七体。それをほぼ同時に、それぞれ別の標的に向けて解き放った。雷鳴の咆哮が響き渡り、彼女に喰らいつこうとしていたマグマ蛇達は、逆にマグマの塊などものともしない雷龍の群れに次々と呑み込まれ、体内の魔石ごと砕かれていった。

 ハジメも、背後から襲いかかってきたマグマ蛇に、振り向くことなく肩越しに炸裂弾を込めたシュラークを連射し、各箇所に均等に着弾し衝撃を以てそのマグマの肉体を吹き飛ばした。同時に衝撃で魔石が宙を舞うと、彼はは、すっと半身になって前方から飛んできたマグマの塊をかわしながら、右のドンナーでマグマの海に落ちる寸前の魔石をピンポイントで撃ち抜いた。拳銃サイズの弾丸では、一撃でマグマ蛇を魔石ごと吹き飛ばす威力はないため、大体二発ほど撃ってマグマの鎧を衝撃で吹き飛ばし、露出した魔石をドンナーでピンポイント狙撃する方法を取ったのだ。

 気がつけば、本格的な戦闘が始まってからまだ十分も経っていないが、中央の島の岩壁、その外周に規則正しく埋め込まれた鉱石は、そのほとんどを発光させていた。グリューエン大火山のコンセプトが、悪環境による集中力低下状態での長時間戦闘だというマキシマル一行の推測が当たっていたのだとしたら、彼らに対しては、完全に創設者の思惑は外れてしまったと言えるだろう。

 ティオのブレスが、スラッグの電撃が、シアのドリュッケンが、ユエの雷龍が、ハジメの銃撃がどんどんマグマ蛇達を討ち取っていく。

 遂に最後の一体となったマグマ蛇が、亮牙の直下のマグマの海から奇襲をかけた。亮牙は重力魔法による体重操作でそのまま直上に飛び上がると、真下からガバッと顎門を開いて迫るマグマ蛇にスルトの斬撃をお見舞いする。マグマ蛇は魚のように左右真っ二つに両断され、体内から姿を現した魔石が姿を現すと、彼はグリューエン大火山攻略のための最期の一撃を放とうと、片手に握った銃口を向けた。

 

 

 

 

 

 だが、次の瞬間…

 

ヒュウウウウウウッ!

 

チュドォオオオオオオオオン!!!

 

 突如として頭上より、大量のミサイルが降り注いだ。ハジメの製作したアーティファクトではない。それどころか、より遥かに強力かも知れない。大気すら悲鳴を上げるその空爆は、攻撃の瞬間という戦闘においてもっとも無防備な一瞬を狙って、亮牙を、最後のマグマ蛇もろとも呑み込んだ。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・オルトロス
 本作オリジナルのグリムロック専用武器。銃身が2本ある銃で、レーザーガンとロケットランチャーの両方の能力を持つ。
 元ネタはG1グリムロックの専用銃。

・ケウラノス
 同じく本作オリジナルのスラッグ専用武器。スラッグの電撃を射出する他、レールガンとしての機能もある。
 元ネタはG1スラッグの専用武器のエレクトロンブラスター。

・酷い射撃、1発も当たってない
 元ネタはG1第18話「対決!!ダイノボット PART I」でのグリムロックの迷言。





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破壊神の右腕

ビースト覚醒、遂にメインキャラ達のビークルモード公開!
新たな敵・スカージのビークルモードがDOTMメガトロンに似てると感じたのは私だけでしょうか?





前回は投稿が遅れてすみませんでした(>人<;)
今話で登場するオリキャラについての設定や、仕事疲れなどもあり、急遽休載してしまいました。


 何の前触れもなく、突如、上空より投下された大量のミサイルは、今まさに最後のマグマ蛇に止めを刺そうとしていた亮牙に絶妙なタイミングで襲い掛かり、凄絶な熱量と衝撃を以て彼を破壊の嵐の中へと呑み込んだ。

 

「り、亮牙さぁん!!!」

 

 シアの悲痛な叫び声が響き渡った。亮牙が爆撃に飲み込まれる光景を、少し離れた場所から呆然と見ていることしか出来なかった他の面々も、ハッと我を取り戻した。

 轟音と共に上空から亮牙に降り注いだ大量のミサイルは、そのまま最後のマグマ蛇をも呑み込んで灼熱の海に着弾し、盛大に周囲を吹き飛ばしながら一時的に海の底を曝け出した。やがて爆風が収まっていくと、中からなお空中に留まっている亮牙の姿が現れた。ミサイルが降り注いだ瞬間、彼は間一髪身体を捻ってミサイルに対して正面を向き、エネルゴンの盾を展開して防御態勢を取った。そのおかげで、彼自身の並外れた耐久性や特殊な魔物の革を使った衣服を着ていた事もあり、爆発に呑まれながらも奇跡的に無事だった。

 

「俺は大丈夫だ!それより気ぃ抜くな!」

 

 亮牙が自身の無事と共に警戒するよう叫ぶが、それと同時に無数のミサイルが豪雨の如く降り注いだ。先程の攻撃と同じ威力と規模、一発一発が確実にその身を滅ぼす死の光だ。

 

激力雷電(ギガライディーン)!」

 

 咄嗟にスラッグが電撃を放ち、ミサイルが墜落する前に破壊していくが、数があまりにも多過ぎる。おまけに幾つかは完全にマキシマル一行に狙いを定めた誘導ミサイルらしく、さながら獲物の反撃を巧みにかわす捕食者の如く、六人目掛けて襲いかかった。

 

「ユエ!俺に構わず皆を守れ!」

「ん!聖絶!」

 

 亮牙の指示に従い、ユエは防御魔法を発動した。本来なら「絶禍」を展開したかった彼女だが、いくら熟練度が上がり発動時間を短く出来るようになってきたとは言え、重力魔法の構築・発動は、他の属性魔法の比ではなく、咄嗟に発動出来る上級レベルの防御魔法としては「聖絶」が適当だった。

 ユエが掲げた手の先に燦然と輝く光の障壁が出現し、半球状に仲間達のいる範囲を覆う。直後、スラッグの電撃から逃れた誘導ミサイルの群れは、勢い良くその下に展開されていた光の障壁に殺到した。

 

チュドドドドドドドドドドッ!!!

 

 まるで一つの都市を焼き払うかのような爆発が、マキシマル一行を吹き飛ばさんと間断なく襲い掛かり、ユエの「聖絶」を軋ませる。想像以上の威力に、このままでは押し切られると判断した彼女は、展開中の「聖絶」を守護する範囲を狭めて強固にするため、全体を覆うバリア状から頭上のみを守るシールド状に変形させた。

 周囲はミサイルの余波で荒れ狂い破壊し尽くされた。この爆撃はどうやら、集中的に亮牙を狙っているらしく、既に彼のいる場所以外の足場は粉微塵にされてマグマの海へと沈んでいった。少し離れたところにいる五人には足止め程度にしか降り注いでいないようだが、それでも彼らが足止めされる程度には、威力も密度もある爆撃であり、尋常な攻撃でないことは確かぁ。

 

「亮牙さん!亮牙さぁん!」

「落ち着いてシア!この爆撃の中出ていったら不味い!」

「でもぉ!亮牙さんが!」

 

 泣きそうな表情で爆撃の中に飛び出そうとするシアを、ハジメが必死に諌める。流石の彼も親友が心配だし、シアの気持ちは痛い程分かるが、これ程の爆撃の最中に無防備で飛び出させるわけには行かなかった。片手で彼女の首根っこを掴みながら、爆撃が止むのを待つしかなかった。

 十秒か、それとも一分か。永遠に続くかと思われた爆撃の嵐は最後に一際激しく降り注いだ後、ようやく終わりを見せた。周囲は見るも無残な状態になっており、あちこちから黒煙が上がっていた。

 流石のユエも魔力を使いきり、肩で息をしながら魔晶石にストックしてあった魔力を取り出して充填した。

 と、同時に上空から、感嘆半分呆れ半分の、三人の男の声が降ってきた。

 

「おいおいスタスクよぉ!幾ら下等生物が相手だからって手ェ抜き過ぎじゃねぇの?一匹も死んでねぇじゃん!」

「あぁ⁉︎喧嘩売ってんのかニトロ⁉︎お前の射撃が下手なんだよ!」

「…いや、あれほどの攻撃で殺しきれんとは、看過できない実力だ。やはり、ここで待ち伏せていて正解だった。奴等は危険過ぎる。特に、あの銀髪の男は…」

 

 五人はその声がした天井付近に視線を向けると、驚愕に目を見開いた。何故ならいつの間にか、そこには夥しい数の竜とそれらとは比べ物にならないくらいの巨体を誇る純白の竜が飛んでおり、その白竜の背に魔人族の男がいたからだ。しかもそれだけではなく、魔人族を乗せた白竜の両隣には、2体のトランスフォーマーが飛んでいたのだ。体格でこそダイナボット達には遥かに劣るものの、醸し出す雰囲気は周囲の竜達より遥かに凶悪そのものだ。

 片方は身長9m程、カメムシにも似た逆三角形の体型で、足は猛禽類のような逆関節となっている。背中の翼と胸部のコックピットから察するに飛行機に変形するようだが、身体中にタトゥーのような黒い模様が施されている。そう、ディセプティコン航空参謀・スタースクリームだ!

 もう片方は身長7m程で、右腕にボウガンと盾を組み合わせたような武器を、左腕には背中から伸びるケーブルに接続されたカノン砲で武装し、両肩のジェットパックらしき部分にもミサイルを装備している。首にはネックレスらしきチェーンをかけ、腕にもタトゥーらしきペイントを施した姿はさながらストリートギャングのようだが、頭部はあのショックウェーブに酷似している。そう、ディセプティコン航空電撃兵・ニトロゼウスだ!

 

「まさか彼ら三人の一斉攻撃を浴びせられても殺しきれんとは…。おまけに報告にあった強力にして未知の武器、女共もだ。我々魔人族でさえひとたまりもない攻撃を耐えきるなど、有り得んことだ。貴様等、一体何者だ?いくつの神代魔法を修得している?」

 

 ティオに似た黄金色の眼を剣呑に細め、上空より睥睨する魔人族の男は、警戒心をあらわにしつつ睨み返す五人に、そんな質問をした。マキシマル一行の力が、何処かの大迷宮をクリアして手に入れた神代魔法のおかげだと考えたようだ。

 

「格好つけてる暇があんなら、質問より先に名前くらい名乗れよ。折角気に入ってた服汚しやがって…」

 

 そんな魔人族の男に答えたのは、何事もないように上空を睨みつける亮牙だった。魔人族の男が眉を顰めるが、彼が口を開く前に、シア達の声が響き渡った。

 

「亮牙さん!」

「「亮牙!」」

「無事か!ご主人様よ!」

「俺スラッグ、心配なんてしてなかったぞ!」

 

 五人は残り僅かな足場に飛び移って寄り添った。亮牙は、心配そうな眼差しで自分を見つめる仲間達に大丈夫だと笑みを見せると、視線を上空の敵達に転じると、不敵な笑みを見せた。

 

「…これから死にゆく者に名乗りが必要とは思えんな」

「全く同感だな。そもそも、ディセプティコンの家畜に過ぎない魔人族の名前なんぞ知る価値もない。そんなチンピラ共に使役されてる時点で器が知れてるぜ」

「「アァ⁉︎何だとゴルァアアア!!!」」

 

 魔人族の挑発じみた態度に、亮牙は皮肉たっぷりの挑発で返した。ディセプティコンが加わっているとはいえ、見た限りアストロトレインやショックウェーブのような幹部格ではなさそうだ。一人は前にぶちのめした事がある相手だし、もう一人は確かケイドが買ったスクラップの中に紛れていた奴だった気がする程度だ。

 その挑発に、ディセプティコン2体は怒りを露わにする。魔人族の男も眉を一瞬ピクリと動かし、先程より幾分低くなった声音で答えた。

 

「気が変わった。貴様は、私の名を骨身に刻め。私の名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である」

「成る程な、オルクスであの女が言ってた攻略者ってのがテメェか…。そこで飛び回ってる蝿ども含めた配下の魔物どもは、変成魔法を手に入れた産物ってとこか?」

「その通りだ。神代の力を手に入れた私に『アルヴ様』は直接語りかけて下さった。『我が使徒』と。故に、私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える。その障碍と成りうる貴様等の存在を、私は全力で否定する」

 

 どこかカルト教団の首領たるあの老害イシュタルを彷彿とさせるフリード・バグアーと名乗った魔人族は、真っ向からマキシマル一行の存在そのものを否定した。だが亮牙は、その苛烈な物言いに不敵に笑った。

 

「ハッ!何が否定するだ!フル○ン・バカボンなんて巫山戯た名前の分際で、俺たちマキシマルに勝てると思ってるのか⁉︎」

 

 そう雄叫びを上げると亮牙は、スルトを振り抜いて炎の斬撃をフリードに向けて飛ばした。それと同時に、ハジメがドンナーとシュラークを、ユエが雷龍を、ティオがブレスを、シアが炸裂スラッグ弾を、スラッグが電撃を放つ。

 しかし、灰竜と呼ばれた体長3〜4m程の竜が数頭ひらりと射線上に入ると、直後、正三角形が無数に組み合わさった赤黒い障壁が出現し、六人の攻撃を全て受け止めてしまった。その障壁は、マキシマルの攻撃力が絶大であるために数秒程で直ぐに亀裂が入って砕けそうになるのだが、後から更に他の灰竜が射線上に入ると同じように障壁が何重にも展開されていき、思ったように突破が出来ない。よく見れば、竜の背中には亀型の魔物が張り付いているようだ。甲羅が赤黒く発光しているので、おそらく、障壁は亀型の魔物の固有魔法なのだろう。

 

「私の連れている魔物が竜だけだと思ったか?この守りはそう簡単には抜けんよ。さぁ、見せてやろう。私が手にしたもう一つの力を。神代の力を!」

「カッコつけてないでさっさとやれ馬鹿!おいニトロ!あの虫ケラ共に最高のショーを見せてやるぞ!」

「お!いいね〜!やってやろうじゃん!」

 

 スタースクリームにヤジを飛ばされながらも、フリードは極度の集中状態に入り、微動だにせずにブツブツと詠唱を唱え始めた。手には、何やら大きな布が持たれており、複雑怪奇な魔法陣が描かれているようだ。新たに手に入れた神代の力と言っていた事から、おそらく、このグリューエン大火山で手に入れた神代魔法なのだろう。神代魔法の絶大な効果を知っているマキシマル一行は、詠唱などさせるものかと、更に苛烈に攻撃を加え始めた。

 しかし敵も黙ってはいなかった。スタースクリームはニトロゼウスに合図を送ると、ギゴガゴゴと瞬時に変形していく。ビークルモードに変身したのを見た瞬間、ハジメの顔は青褪めた。スタースクリームが変形したのはF-22ラプター、ニトロゼウスが変形したのはJAS-39グリペンだ。どちらもオタクの彼はよく知っている、恐るべき戦闘機だ。

 2体はそのまま勢いよく、さながら獲物に飛びかかる猛禽の如くマキシマル一行目掛けて急降下すると、機関砲を乱射した。亮牙は舌打ちすると、重力魔法を使ってそのまま勢い良く飛び上がった。

 

「あのバカボンとペット共は俺が蹴散らしてくる!お前らはあの2体に集中しろ!」

 

 仲間達にそう指示を出すと、亮牙はフリードを直接叩きに突っ込んでいく。スタースクリームとニトロゼウスはそうはさせまいと集中砲火を浴びせるが、彼の頑丈過ぎる身体には全く効果がなく、そのままロボットモードへと変形する。

 

「ゲェッ⁉︎まさかのテメェかよ⁉︎」

「此奴が、ザ・フォールン様の仰っていた…!」

 

 生意気な人間だと思っていた相手の正体に、前世で一戦交えた事のあるニトロゼウスも、初めてその姿を見たスタースクリームも驚愕の声を漏らす。それを無視して突進するグリムロックの姿を見て、本能的な恐怖から固まっていた灰竜達はハッとなり、慌てて障壁を展開していくが、少し遅かった。

 

「オラァッ!!!」

「「「「「ギャアアアッ!!?」」」」」

 

 障壁の間近まで接近したグリムロックは、右腕をモーニングスターナックルに変形させると、強烈なアッパーカットを繰り出した。チェーンが展開した鉄球型の拳は、さながら解体用のクレーンのように障壁を突き破ると、近くを飛んでいた灰竜達を一気に20頭も道連れにして肉塊へと変えていく。後続の灰竜達が慌てて詰めて新たな障壁を展開しようとするが、それより先にグリムロックは鯉の滝登りの如く突破すると、未だ詠唱を続けるフリードと白竜に狙いを定めた。

 

「遅えんだよフル○ン野郎!」

「何⁉︎グワァアアアッ!!?」

 

 そう嘲笑いながらグリムロックは、フリードの詠唱が完成する前に、モーニングスターナックルでの左ストレートをお見舞いする。まさかこうも容易く突破されるとは思っていなかった彼は、詠唱を諦めて亀型の魔物に障壁を展開させたが、強靭な腕力で振るわれた鉄球に障壁は容易く破壊されてしまう。亀型の魔物が盾となった事でフリードと白竜は無事だったが、衝撃のあまり大きく吹き飛ばされ、魔法陣の描かれた布を落としてしまった。布はそのまま真っ逆さまにマグマの海へと消えていった。

 

「いくら強大な力を手にしても、使う奴がテメェみたいな馬鹿じゃ宝の持ち腐れなんだよ!バカ田大学にでも通ってろ!」

「くっ!おのれぇ!」

 

 苦虫を噛み潰したような表情のフリードを嘲笑いながら、スルトを展開したグリムロックは、そのまま彼を白竜ごと叩き斬ろうと振りかぶった。

 

 

 

 

 

「ッ!ダメです亮牙さん!上です!」

「何──グワァアアアッ!!?」

 

 だがその時、『未来視』が発動したシアが叫んだ。次の瞬間、上空から再び大量のミサイルが襲い掛かり、フリード達に斬りかかろうとしたグリムロックに着弾した。攻撃の瞬間という無防備な状態を襲われた彼は、避け切る事が出来ずに被弾して怯み、その隙にフリードと白竜は更に上空へと退避する。

 

「クソが…!誰だ…⁉︎」

 

 重傷という程ではないがダメージを受けた事に変わりはなく、グリムロックは忌々しそうに上空を睨みつける。その怒りは攻撃してきた犯人は勿論、ディセプティコンは2体だけだと勘違いしていた自分自身にも向けられていた。

 犯人は、上空から凄まじい勢いで降下してきた。ビークルモードはスタースクリームやニトロゼウスと同じく戦闘機のようだが、遥かに大きい。全幅42m・全長44mに達するであろう巨体で、可変翼となった両翼に、流線型のフォルムで突進してくる姿は、さながらランスを手に突撃する槍騎兵のようだ。その正体は、アメリカ空軍の可変翼超音速戦略爆撃機・B-1ランサーだ。

 ランサーはやはり、ギゴガゴゴとお馴染みの音を立てて変形し始めた。やがて現れたのは、ビークルモードの原型を留めない、禍々しい姿のロボットだった。燻銀のカラーリングに刺々しいフォルムで、体格はグリムロックには劣るが、ストレイフよりは大柄でがっしりしている。鉤爪を備えた両腕には、左にガトリング、右に巨大なブラスターを装備している。古代の兜のような頭部には、山羊のような一対の角が生えており、その禍々しい見た目からさながら悪魔のようだ。

 

「偉大なるメガトロナス・プライムの右腕、爆撃参謀サイクロナス、押して参る!」

 

 新たなるディセプティコン、爆撃参謀サイクロナスはそう叫ぶと、背中に背負った妖しく光る大剣を引き抜くと、グリムロックへと飛び掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アストロトレインの次は、テメェかよ!」

 

 グリムロックは忌々しげにそう告げると、スルトを構え直して、サイクロナスが振り下ろした剣を受け止める。そのまま左腕で殴りかかろうとするも、サイクロナスはすかさず後退してその攻撃を交わすと、左腕のガトリングを連射する。並みのディセプティコンの射撃なら怯まず突進するグリムロックだが、武器の威力が桁違いに強いため、エネルゴンの盾を展開して防御するのがやっとであった。

 そもそもサイクロナスは彼にとって、アストロトレインと並び因縁のある敵の一人であった。このディセプティコンは「シーカー」の隊長として高い実力を誇る歴戦の戦士であり、自他ともに認めるメガトロナスの右腕である。あの地球での戦いで自分達が勝利した後は、仲間達と共に逃走して消息不明となり、既に死んだとばかり思っていた。まさか、このトータスに来ていたとは、思いもしなかった。

 銃撃が止むと、サイクロナスの背後に白竜に乗ったフリードが現れた。どうやら先程のお返しをしに来たようだ。だがそんな彼を、サイクロナスは片手で制した。

 

「手を出すなバグアー。奴は俺の敵だ」

「くっ!だがサイクロナス…!」

「奴は貴様如きが勝てる相手ではない。手伝いがしたいなら、下に行ってあの二人の手助けでもしろ」

「…分かった。行くぞウラノス」

 

 足手纏い扱いされた事に顔を顰めるフリードだったが、先程の戦闘でグリムロックとの実力差を思い知らされた事もあり、渋々ながらも白竜・ウラノスを促して、下で戦っている2体のディセプティコン達の援護へと向かった。

 邪魔者はいなくなり、睨み合う両者。お互い剣を抜くと、そのまま勢い良く突っ込んでゆき、剣と剣がぶつかり合う。

 

ガキィィィィィンッ!!!

 

 鍔迫り合いとなる両者。その後も互いの剣をぶつけ合い死闘を繰り広げるが、体格では若干劣るサイクロナスの方が、若干優勢であった。対するグリムロックは、慣れない空中戦もあってか、中々決定打を放つことが出来ずにいた。

 

「呆れたな。昔と比べて随分弱くなったな?」

「何ィ⁉︎」

「まあいい。冥土の土産に見せてやろう。この大迷宮とやらで手にした力をな!」

 

 そう告げるとサイクロナスは大きく後退したかと思うと、剣を一振りして光り輝く膜のようなものを出現させ、それに飛び込んだのだ。

 一体何処に⁉︎驚愕に目を見開くグリムロックだったが、背後から強烈な殺気を感じ取り振り返ると、横なぎに剣を振り抜こうとするサイクロナスがいた。間一髪、彼はスルトを盾にして防御するが、敵はすぐ様新たな膜を出現させては飛び込み、また死角から襲いかかってくる。

 グリムロックは持ち前の野性の勘から、敵の殺気を感じ取っては対処するものの、予測し難いトリッキーな戦法に顔を顰めた。地上でならビーストモードに変形できるので、力押しで何とかなるのだが、生憎今は空中戦。飛行機に変形する上に空中戦を得意とするサイクロナスに分があるのは明白だ。

 

「ほう、中々良い剣だな」

「そりゃどうもな…!俺の親友が鍛えた業物だ…!」

「だが!偉大なるメガトロナス様より授かった、我がダークマターカリバーの前では、所詮は鈍よ!」

 

 そう勇ましく叫ぶと共に、サイクロナスの斬撃はより一層強力になってゆく。グリムロックも負けじとスルトを振るうも、最初に受けた爆撃のダメージもあってか、徐々に押されていく。

 そして遂に、サイクロナスのダークマターカリバーが大きく振り下ろされ、スルトの刃に激突した瞬間、その刀身はガキィン!と音を立てて折れてしまった。

 

「そんなっ⁉︎」

「終わりだ!ディセプティコンの栄光への礎となれ!」

 

 ハジメから与えられ、これまでの戦いでも大いに役立ってきた愛刀を折られて動揺するグリムロック。その一瞬の隙を、サイクロナスは見逃さなかった。グリムロックが咄嗟に盾を展開しようとした瞬間、サイクロナスはダークマターカリバーで彼の胴体を袈裟斬りにした。

 

「グオオオオオオッ!!?」

 

 グリムロックの苦悶に満ちた叫びが周囲に響き渡る。頑丈な身体故に真っ二つに両断されはしなかったものの、深く切り裂かれた傷口から返り血のようにエネルゴンが吹き出した。そこに更に追い討ちをかけるように、サイクロナスの右腕のブラスターが発射され、彼に直撃する。

 深傷を負わされ、意識が朦朧とするグリムロックは、次第に重量魔法を維持できずに身体がふらつき、遂に、そのまま真っ逆さまに下へと墜落し始めた。意識が薄れゆく中、彼は最後の力を振り絞り、今もなお下で戦っている仲間達を下敷きにせぬようにと、人間態へと姿を変えた。

 そしてグリムロックはそのまま、仲間達の目の前で、煮えたぎるマグマの海の中へと墜落し、沈んでいった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・航空参謀スタースクリーム
 シカゴの惨劇で戦死した、ディセプティコンのNo.2で、これまで何度も人類とオートボットを追い詰めた歴戦の戦士。ビークルモードはF-22ラプターで、オールスパークのタトゥーを入れている。
 カメムシにも見える逆三角形の体型とは対照的に、空中戦では高い戦闘力を誇り、その残忍な性格もあって敵としては非常に厄介。メガトロンも何だかんだで信頼を置いていた。
 ちなみに『最後の騎士王』で彼の生首をデイトレーダーがケイドに売却していたが、彼の頭部はサムによって吹き飛ばされているので、本物だったかは不明。

・航空電撃兵ニトロゼウス
 『最後の騎士王』で活躍した元囚人で、JAS-39グリペンに変形する。チャラい性格だが、頭部はショックウェーブそっくりで、公式設定でも彼と面識があったらしい。
 『ロストエイジ』で登場した人造機KSIボスに似ており、KSIはニトロゼウスの同型個体をベースに製作された可能性がある。
 ちなみに玩具はややこしい事に、『最後の騎士王』公開時のものはコンセプトアートのデザインとなっている上に、パッケージの絵がKSIボスとなっている。逆にスタジオシリーズでリデコとしてKSIボスが発売された時は、ニトロゼウスがパッケージの絵に描かれている。

・爆撃参謀サイクロナス
 アストロトレインに続く、本作オリジナルキャラクターとなるディセプティコン。身長65フィート(約19.8m)。ロックウェルB-1ランサーに変形する。右腕のブラスターと左腕のガトリング、そしてダークマターカリバーを武器とする他、「ある能力」も持ち合わせている。
 メガトロナス・プライム直属の部隊「シーカー」の隊長であり、彼の右腕として高い実力と忠誠心の持ち主。かつてのマトリクスを巡る戦いでも、多くの敵を討ち取り、悪名を轟かせた。任務では卑劣な手段も辞さないが、基本的に武人気質な性格で「戦士とは戦って死ぬべき」と考えている。
 モデルはG1の航空参謀サイクロナス。本作での役職はスタースクリームとの差別化を図るため、ビークルモードのランサーが爆撃機ということもあり、『プライム』のドレッドウィングの役職にした。ビークルモードは最初はエイリアンジェットも考えていたものの、最終的にランサーを選んだ。
 なおサイクロナスを選んだ理由は、作者がIDW版のサイクロナスがお気に入りな事と、『ロストエイジ』のコンセプトアートでサイクロナスらしきキャラの設定画(ガルバトロンかロックダウンの初期設定の可能性有り)を見て、是非本作で活躍させたいと考えたから。

・ダークマターカリバー
 かつてサイクロナスがメガトロナスより授かった両刃剣。ディセプティコンだけにしか扱えない強大な力を秘めており、この宇宙に斬れないものはないと恐れられた妖刀。サイクロナスはマトリクスを巡る戦いにおいて、この剣で多くの敵を斬り捨てた。
 元ネタは『プライム』アームズマイクロンのスーパーコンボウェポン・ダークマターカリバー。





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新たなる力!ファイヤーブラストグリムロック

お待たせしました。一ヶ月間にも渡って休載してしまい、誠に申し訳ございませんでした。
理由としては、前話を書き終えたあたりから仕事がハードになっており、その所為で肩を痛めたために治療していたことや、新たに購入したコレクションの整理などもあって中々執筆に時間が取れなかったためです。ご心配をおかけしました。

現在は多少肩の痛みは治りましたが、まだ全快ではないので、以前より投稿のペースが遅れると思いますが、これからも本作を応援して頂けると幸いです。


 グリムロックこと灘亮牙がマグマの中に墜落する直前、その他のマキシマルの面々は、上空から攻撃する敵に苦戦していた。

 

「オラオラどうしたぁ⁉︎虫ケラどもがぁ!」

 

 ラプターに変形して急降下してきたスタースクリームは機関銃を乱射しながら、ハジメ達に接近すると再び変形して、更にミサイルを大量に発射する。豪雨の如く降り注ぐミサイルに、咄嗟にユエが結界を張って防御することで五人は直撃を免れたが、ニトロゼウスの掃射も加わり、その場に釘付けにされて反撃が出来ないでいた。

 更に、フリードを倒すべく上空へと飛び上がったグリムロックに、更なる危機が迫っている事を「未来視」で察知したシアが思わず叫んだ。

 

「ッ!ダメです亮牙さん!上です!」

 

 しかし彼女の警告の甲斐なく、グリムロックは再び投下されたミサイルの餌食となる。そして更に遥か上空からランサーが降下してきたかと思うと、更に巨大なディセプティコンへと変形した。その姿を見て、スラッグが叫んだ。

 

「!彼奴、サイクロナスだ!空中戦だと、彼奴のが有利!俺スラッグ、グリムロックに加勢する!ユエ、ちょっと緩めて!」

「ん!」

 

 敵の正体をよく知るスラッグは、流石のグリムロックでも不利な戦いになるとすぐに悟り、自分も加勢するべくユエにそう告げる。ユエが絶妙なバランスでスラッグの真上だけ結界を緩めると、彼は思い切り飛び上がって結界を突っ切り、上空へと突進する。

 

「おっと!そう何度も好きにさせるかよ!」

 

 しかし今度は、敵も黙って通らせるつもりはなかった。ニトロゼウスはそう叫ぶと左腕のカノン砲を収納し、新たな武器を展開した。左腕から触手のように生えた、三本の長い鞭だ。

 彼は大きく左腕を振るうと、自分達を突っ切ろうとするまだ人間態のスラッグを絡め取った。その姿はさながら猛牛を鞭で縛り上げるカウボーイのようだ。

 

「ぐぅっ⁉︎俺スラッグ、この程度、屁でもないぞ!」

「おいおいおい、このニトロジャッカーの真の力はこんなもんじゃねえぞ!」

 

 拘束されながらも脱出しようとするスラッグだったが、ニトロゼウスは嘲笑うようにそう告げると、彼を縛り上げた鞭の更なる仕掛けを作動させた。

 すると、鞭はギュイイイン!と音を上げて青く輝き出し、同時に締め上げられたスラッグが弱り始めた。

 

「ぬわぁぁぁ…!お、俺スラッグ、力が抜ける…⁉︎」

「ハッハッハ!オメェの電気とエネルゴンを吸い取ったのさ!これこそショッキーが俺のために作ってくれた専用武器・ニトロジャッカーの力だ!」

 

 そう嘲笑いながらニトロゼウスは左腕を大きく振るい、力を吸い取り終わったスラッグを地上へと投げ落とした。

 電気とエネルゴンの大半を吸い取られて衰弱したスラッグはそのまま落ちていくが、間一髪のところでハジメが跳躍して彼を抱え、マグマの海に落ちるのを防いだ。

 

「スラッグ!大丈夫⁉︎」

「お、俺スラッグ、力が出ない…」

 

 スタースクリームとニトロゼウスは容赦なく爆撃の嵐を浴びせ、更にフリードも加勢して白竜に無数の光弾を放たせる。かつてのヒュドラに似た戦闘スタイルだが、それよりも極光の威力が上である以上、光弾の威力も侮ることは全く出来ない。神代魔法の使い手とのコンビネーションも相まって厄介さは格段に上だ。

 スラッグが戦闘不能に陥り、防戦一方のマキシマル一行は更に追い込まれていく。

 

「グオオオオオオッ!!?」

 

 突如として上空から苦悶に満ちた叫びが聞こえてきた。マキシマル一行が上空に視線を向けると、グリムロックがサイクロナスに袈裟斬りにされるという絶望的な光景が目に写った。更に銃撃を受けて巨体をふらつかせたかと思うと、そのまま彼は人間態へと姿を変えて真っ逆さまに墜落していく。

 

「ッ⁉︎亮牙さぁん!!?」

「おいおい、オメェらの相手は俺達だぜぇ!」

 

 恋人の敗北に動揺しつつも、このままでは亮牙がマグマの海に落ちると悟ったシアは、彼を受け止めるため駆けつけようとする。しかし、ニトロゼウスの射撃によって足止めされてしまい、間に合わなかった。

 彼女の最愛の恋人は目の前で、そのままマグマの海に沈んでいった。

 

「亮牙さん!!?いやぁあああああ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼には後悔と怒りがあった。それは先程まで戦っていた敵に対してではなく、自分の不甲斐なさに対してだ。

 ウルの町で仇敵の一人と戦い、死闘を繰り広げるも仕留めきれずに逃してしまった時に自覚していた筈だったが、その他の敵は常に圧倒し殲滅してきたこともあり、気付かぬうちに自分は最強だと慢心してしまっていたのだ。

 その結果がこれだ。親友が鍛え上げてくれた剣を砕かれ、手酷く痛めつけられた末に、種族の違う自分を恋人として愛してくれている少女の眼前で醜態を晒してしまった。薄れゆく意識の中、彼女の慟哭が耳に響き渡る。最愛の人を泣かせてしまう自分の不甲斐なさに、つくづく怒りが込み上げて来る。

 そして何より、長いこと感じてこなかった、或いはそう思い込んでいただけなのかもしれない感情が蘇ってきた。それは恐怖だ。

 遥か昔、感情とは無縁だった恐竜の時に感じた、愛する者を失う悲しみへの恐怖。自分が敗れ去った今、敵が次にその矛先を向けるのは、自分にとって何より大切な仲間達だ。皆確かに強いものの、敵は予想を遥かに超えて強くなっている上、何より残忍で情け容赦がない。最悪、自分の二の舞か、自分以上に残酷な方法で命を奪われるかもしれない。

 また、何も守れず喪うのか?最初は妻と子ども達、次に育ての両親、そして弟同然の親友の平穏。今度はその親友自身の命、旅の中で出会った仲間達の命、そして、こんな自分を愛してくれた少女の命を、また理不尽に奪われるのか?

 巫山戯るな⁉︎俺から大切な仲間達を、愛する者を、二度と奪わせるものか‼︎そもそもあの時、二度とそんな無様は晒さないと誓っただろう‼︎

 

 戦え!男が止まるのは、死ぬ時だ!!!

 

その時、不思議な事が起こった。彼が浸かっているマグマの強烈なエネルギーが、滾る怒りと闘志に呼応するかのように、彼に集まり始めたのだ。同時に体色も変化していき、大きく斬り裂かれた傷口も溶接されたかのように治癒していく。

 それはまるで、星そのものが彼を認めて、力を与えるかのようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「り、亮牙が負けた…⁉︎」

「そ、そんな…⁉︎」

「お、俺スラッグ、信じない…」

 

 防戦一方だったマキシマル一行は、たった今自分達の目に飛び込んできた光景が信じられなかった。仲間内で最強を誇る亮牙が敗れ去り、自分達の目の前でマグマの海に沈んでいったのだ。

 

「亮牙さん!返事してください!亮牙さぁん!」

 

 恋人が沈んだ箇所に向かって、シアが悲痛な叫びを響かせるが、亮牙の返事は一切ない。それでも彼女は目に涙を浮かべて叫び続けるが、その姿を上空の敵達は嘲笑った。

 

「ケッ、マグマの中に落ちて無事なわけがねぇだろ!馬鹿な虫ケラだぜ!」

「そーそー、流石の奴もドロドロに溶けちまっただろうよぉ!さっすがサイクの旦那だぜ!」

「お前たち、気を抜くな。一番厄介な奴は倒したが、まだ戦いは終わってないぞ!」

 

 最早勝利を確信して笑い転げているスタースクリームやニトロゼウスと違い、フリードは一切気を抜く事なく、白竜に命じてブレスを放とうとした。狙いは、マグマの海に向かって叫び続けるシアだ。

 

『貴様らぁ!!!』

 

 突如、空間全体に響くような不可思議な声が届くと同時に、フリードと白竜の横合いから凄まじい衝撃が襲いかかった。吹き飛ばされ、ブレスを吐き損なった白竜にしがみつきながら、フリードは体長10mに達する白竜を吹き飛ばした原因に目を向けた。直後、驚愕にその目を見開く。

 

「黒竜だと⁉︎」

『かつて妾を利用して叔父上を奴僕扱いしただけでは飽き足らず、妾の愛しき人をよくも!徒では済まさんぞ!』

 

 フリードと白竜を吹き飛ばしたのは、彼の言葉通り「竜化」したティオだ。竜人族であることを魔人族やディセプティコンに知られることによるリスクを承知の上で、その姿を露わににしたのだ。白竜やスタースクリームより一回り小さいサイズではあるが、纏う威圧感は両者を遥かに凌ぐ。

 ティオがマキシマル一行の旅に同行する決断をしたのは、叔父であるストレイフが亮牙の旧友であり、亮牙を気に入ったからというのもあるが、異世界からやって来た者達の確認、そして行く末を確かめるためという理由もあった。その前提として、自分が竜人族であることは、掟に従い極力隠したいと思っていた。いくら強力な種族であっても、数の暴力には敵わない事は、500年前の迫害で身に染みていた。

 しかし、無敵だと、傷つくはずがないと思い込んでいた亮牙が敗北した。身体を大きく袈裟斬りにされ、力なくマグマの海に沈んでいった彼の姿を見た時、彼女の胸中は激しい動揺に襲われた。

 自分は何を勘違いしていたのか。亮牙とて人。傷つくこともあれば、一瞬の油断であっさり死ぬことも有り得るのだ。そんな当たり前のことをようやく思い出したティオは、長く生きておきながら常識を忘れるほど亮牙に傾倒していた事を、今この時にこそ明確に自覚した。単なる興味の対象でも、ご主人様でもない。灘亮牙は、一人の女として失いたくなかった「男」なのだと自覚したのだ。

 それ故に、人前での「竜化」の決断をした。仲間の危機に出し惜しみをするのであれば、もう胸を張ってマキシマルの一員を名乗れない。なにより、竜人族ティオ・クラルスの誇りにかけて、掟と大切な者の命を天秤にかけるような真似は出来なかったし、するつもりもなかった。

 

「調子に乗んじゃねぇ!この虫ケラがぁ!」

 

ガキィンッ!

 

『邪魔をするでない!下郎が!』

「何ぃ⁉︎ぐわぁっ!!?」

 

 スタースクリームは知った事かと言わんばかりに右腕から丸鋸を展開して、ティオに斬りかかる。だが、グリムロックの牙以外はあらゆるものを弾き返してきた彼女の鱗に弾かれ、長い尾で叩かれて大きくよろめいた。

 

『妾の怒りを思い知れ!これが竜のブレスよぉ!』

 

ゴォガァアアアア!!!

 

 轟音と共に黒色の閃光が白竜もろともフリードを呑み込もうと急迫する。白竜は身をひねり迫るブレスに向けて同じように極光のブレスを放った。黒と白の閃光が両者の間で激突して凄絶な衝撃波を撒き散らし、直下にあるマグマの海は衝突地点を中心に盛大に荒れ狂い津波を発生させた。

 最初は拮抗していたティオと白竜のブレスだが、次第に、ティオのブレスが押し始める。だが…

 

「成る程、アストロトレインが言っていた、ストレイフの弱点というのは貴様か」

『ぐっ⁉︎き、貴様…!』

 

 獲物に飛びかかる猛禽の如く上空から降下してきたサイクロナスが、ティオの首に掴みかかった。流石の彼女も身長20m近い巨人の剛腕には敵わず、まるで鶏のように首を掴まれ、苦しそうに呻いた。

 ハジメとユエはなおも戦闘態勢を取り続けるが、今や絶体絶命の危機に陥りつつあった。そんな彼らを見下ろしながら、サイクロナスは仲間達を叱責した。

 

「馬鹿どもが。貴様ら、この程度の連中にいつまで時間をかけている?」

「くっ…!」

「アァ⁉︎テメェ、大将首取ったからって調子乗ってるんじゃねぇぞ!」

「ふん。あんな腑抜けに成り下がった奴など、仕留めたところで何の価値もない」

 

 フリードが悔しそうに顔を歪め、スタースクリームが唾を飛ばしながら言い返すが、サイクロナスは全く相手にしない。だが、先程まで戦っていた亮牙を愚弄するような発言に、ハジメとユエが顔を顰めた。

 

「お前、亮牙が腑抜けだと…⁉︎」

「亮牙?…グリムロックの奴め、そう名乗っているのか。言葉通りの意味だ。奴も他のダイナボット共も最早戦士などではない。今の奴らはただの腑抜けだ」

「…どういう意味だ…⁉︎」

「かつてダイナボットは、宇宙全土にその名を轟かせた歴戦の戦士だった。圧倒的な強さと冷酷非情さを武器に、多くの敵を打ち負かしてきた。中でもグリムロックは容赦なさと無類の強さで、多くのサイバトロン人から畏敬の念を集めてきた。無論、この俺も敵とはいえ奴を認めていた…」

 

 亮牙達への侮辱の言葉に怒りを露わにするハジメとユエだが、意外にもサイクロナスはダイナボット達を認めていたかのような口ぶりだ。しかし、すぐに彼の言葉には侮蔑が再びこもり始めた。

 

「…しかし、此奴らは情を得た事で戦士として堕落した!ストレイフはこんな羽虫の小娘の命と引き換えに我々の奴僕になる事を受け入れた!グリムロックに至っては、かつてどのディセプティコンもがその名を恐れる程の残忍さを轟かせたというのに、かつての獰猛さを失った挙句、貴様らを潰さぬようにと醜い人の姿で死んでゆく始末!それもこれも、貴様らのような下等生物どもとの下らん絆に毒されたからだ!」

『き、貴様…!巫山戯た事を…!』

 

 かつての宿敵達が、人間共との絆によって堕落したと怒りを露わにするサイクロナスに、彼の左腕に首を掴まれたティオは苦しそうに呻きながらも睨みつける。

 しかし、彼女とてその発言には若干ショックを受けていた。確かに亮牙とストレイフは強いものの、自分達の存在が足枷になっているのでは、という思いがあったからだ。実際、ウルでは自分が油断して敵に洗脳されていた際に、ストレイフを敵の奴僕にされるという屈辱な目に遭わせてしまっている。

 

「違う!亮牙さん達は腑抜けなんかじゃありません!」

 

 そんな中、サイクロナスに真っ向から反論する者がいた。目に涙を溜めたシアだ。

 

「亮牙さんのおかげで、私は理不尽に抗う強さを手にする事が出来たんです!あの人はシビアなところもありますけど、誰かを思いやる優しさを持ち合わせているんです!スラッグさんやストレイフさんも同じくです!私の大切な仲間達を、愛する人を侮辱するのは許しませんよ!」

「…愚かな。戦士にくだらない感情など不要!ただ敵を討ち滅ぼす力と冷酷ささえあれば良いのだ!ちょうど良い。次は貴様をその愛とやらに殉じさせてやろう!」

 

 シアの怒りの叫びを嘲笑うと、サイクロナスは右腕のブラスターの照準を彼女に定めて、発射した。ユエは咄嗟に結界を張ろうとするも、ニトロゼウスの横槍を受けて間に合わなかった。

 襲い掛かるレーザーに、シアは死を覚悟したが…

 

猛炎奔流(マグマブラスター)!!!」

 

ドガアアアアアッ!!!

 

「何ッ!!?」

 

 突如、マグマの海から強烈な火炎が一直線に放出された。火炎はそのままサイクロナスのレーザーに直撃すると、相殺どころか吹き飛ばして、そのまま彼に襲い掛かった。サイクロナスは咄嗟に躱したが、近くを飛んでいた灰竜達は逃げ遅れ、障壁を張ろうとした亀型の魔物ごと焼き尽くされた。

 その際、彼の左腕が緩んだ隙をついてティオは脱出を果たした。しかし、強靭な握力で首を締め上げられた事で疲弊し、力無くマグマの海へと墜落しそうになる。

 

ザバァァァァッ!!!

 

 だが、マグマの海から何かが浮上して、墜落しつつあった彼女を受け止めた。その姿を見て、ディセプティコン達は驚愕し、マキシマル達は歓喜の声を上げる。

 

「「「亮牙(さん)!!!」」」

 

 そう、我らが主人公・グリムロックである!

 但しその身体は、仲間達が見慣れた銀色ではなく、まるで灼熱の溶岩の如く紅蓮に染まっており、瞳も赤からエメラルドのような緑色に輝いていた。これは、マグマに浸かった事で、星のエネルギーに干渉する重力魔法が無意識のうちに発動し、彼はグリューエン大火山の熱エネルギーを吸収してパワーアップを果たした。

 そう、グリムロックは新たに、

 ファイヤーブラストグリムロックへと覚醒したのだ!

 

「俺グリムロック、デカパイ、大丈夫か?」

『ご、ご主人様…!無事で良かったのじゃ…』

「迷惑かけた。少し休め」

『か、忝いのじゃ…』

 

 頭上に不時着したティオを優しく近くの足場に下ろすと、グリムロックはロボットモードへと変形する。墜落前にサイクロナスに斬り裂かれた胸部の傷は、まるで溶接されたかのようにすっかり治癒していた。

 

「おいサイクロナス。確かに俺も油断していたが、好き放題やってくれたじゃねえか」

 

 ぐったりしたスラッグや、それを支えるハジメとユエ、目を真っ赤にしたシアの姿を見ると、グリムロックは上空にいる敵達を睨みつけた。殺気立ったその気迫に、ディセプティコン達も警戒を露わにする。

 

「コイツらとの絆が、俺達を腑抜けさせただと?逆だ。コイツらという大切な仲間と出会えたからこそ、コイツらを守りたいという思いが俺達を更に強くしてくれた!その錆びついた目にしっかり刻みつけろ!」

 

 そう啖呵を切ると、グリムロックは武器を展開した。柄はスルトと同じだが、先程の戦いで砕けた刀身は、新たにマグマが固まったような両刃となっている。スルトがグリューエン大火山の熱エネルギーを吸収する事で、新たな武器・マグマトロンへと変わったのだ。

 その大剣を右手に握り締め、グリムロックは重力魔法を使い、再び敵の待つ上空へと飛び上がった。

 

「怯むな!一斉に攻撃しろ!」

 

 サイクロナスは仲間達にそう命じると、左腕のガトリングをグリムロック目掛けて連射する。その呼びかけに、迫り来る敵への気迫に呑まれていたフリード達もハッとなり、攻撃を再開した。

 しかしグリムロックは怯まない。真紅に染まったボディは、敵の攻撃を易々と弾き返していた。彼は左腕を大きく振りかぶると、上空の敵目掛けて拳を突き上げた。

 

灼熱火砕(ヒートイラプション)!!!」

 

「なっ⁉︎クソッ!」

「「「「「グギャアアアッ!!?」」」」」

 

 すると、まるでグリューエン大火山がグリムロックに呼応するかのように、マグマの海から大量の火山弾が噴出し、ディセプティコン達に襲い掛かった。フリードは驚愕しつつも、咄嗟に亀型の魔物達に命じて、自分と白竜、三体のディセプティコンだけに集中して障壁を張るよう命じた。おかげで彼らは無事だったが、障壁に守られなかった灰竜達は一頭残らず火山弾の餌食となり、断末魔の悲鳴を上げながら焼き尽くされた。

 

「まだまだ荒れるぜ!止めてみな!」

「上等だこの野郎!」

 

 灰竜達を殲滅し、再び上空に舞い戻ったグリムロックがそう叫ぶと、ニトロゼウスが左腕からニトロジャッカーを伸ばした。そして、スラッグから奪った電撃を纏わせると、大きく振りかぶって彼の右腕に絡み付けた。どうやらスラッグにしたように、エネルギーを吸収してしまおうという魂胆のようだ。

 しかし何度も同じ手が通用するはずが無い。グリムロックは右腕を大きく振り回して、ニトロジャッカーを容易く振り解いた。

 

「のわああああっ!!?」

「ルァアアアアン!!!」

 

 大きく吹き飛ばされたニトロゼウスはそのまま白竜に激突し、あまりの衝撃に白竜が悲鳴を上げた。それでも両者ともに、空中で何とか体勢を立て直して墜落を防いだ。フリードも何とか耐えたようだ。

 雑魚に用はないと言わんばかりに、グリムロックは彼らには見向きもせず、大将であるサイクロナスに斬りかかった。対するサイクロナスも再びダークマターカリバーを手に取ると、迫り来る敵へと振り下ろした。

 

ガキィィィィン!!!

 

 再び剣と剣がぶつかり合う音が響き渡る。だが、今度はグリムロックが優勢だ。先程とは打って変わって、サイクロナスの方が追い詰められていく。

 

「ウルァアアアアアッ!」

「ぐっ…⁉︎調子に乗るなぁ!」

 

 処刑人の如くグリムロックが振り下ろしたマグマトロンを、間一髪で躱したサイクロナスだったが、刃は左腕を掠め、装備していたガトリングガンを破壊する。左腕の痛みに顔を顰めながらも、サイクロナスは右腕でグリムロックを殴りつけて、更に上空へと上昇して距離を取った。

 するとグリムロックは一旦近くの足場に着地して、体勢を立て直すとマグマトロンを野球のバットの如く振りかぶった。すると、刃が煮えたぎるマグマの如く紅蓮に輝き始めた。凄まじいエネルギーが込められているのだ。

 

「ッ⁉︎アレを直撃するのは、流石に不味いな…!ニトロゼウス、バウアー!一旦下がれ!」

「り、了解…!」

「す、すまん…!」

 

 長年、戦士として戦ってきた経験から、今から繰り出される攻撃の危険性を察知したサイクロナスは、先程と同じ光り輝く膜を出現させると、衝突のダメージで疲弊していたニトロゼウスとフリード達を避難させた。

 彼自身も、ハジメ達と戦闘中のスタースクリームを呼び寄せて、膜の中に飛び込もうとするが…

 

食らえよ、暴君の刃────

 

 

 

 

 

 ──狩紅羅(カリグラ)!!!」

 

 次の瞬間、グリムロックがマグマトロンを上空目掛けて振るい、さながら火山の噴火のような爆炎の斬撃が放たれた。斬撃はそのまま、全てを焼き尽くす火砕流のように、サイクロナスと駆けつけたスタースクリームに襲い掛かった。

 

「チッ!おいスタースクリーム!()()()()()だぞ!」

「なっ⁉︎巫山戯るな!やめ──」

 

 咄嗟にサイクロナスはその剛腕でスタースクリームを掴むと、迫り来る爆炎の斬撃目掛けて投げつけて盾代わりにし、自分は膜の中に飛び込んだ。

 スタースクリームは咄嗟の事に動揺しつつも怒りを露わにするが、文句を言い切る前に斬撃が直撃した。

 

チュドォオオオオオオオオ!!!

 

「グギャアアアアッ!!?」

 

 まるで火山の噴火の如く、爆炎はそのまま天高く突き抜けていく。直撃したスタースクリームは断末魔の悲鳴を上げ、跡形もなく焼き尽くされてしまった。

 

「亮牙さん!」

「「亮牙!」」

『ご主人様!』

「お、俺スラッグ…グリムロックなら無事だと思ってた…」

 

 攻撃が収まると、マキシマルの仲間達がグリムロックの傍に駆けつけてきた。マグマに沈んでいった時はもう駄目だと思っていたが、彼が無事だった事に皆安堵している。スラッグもまだ疲弊しているものの、仲間の無事を喜んでいた。

 しかし、そんな状況に水を差すように、再び上空に光の膜が現れたかと思うと、サイクロナスとニトロゼウス、白竜に乗ったフリードが姿を現した。三人とも、どうやら先程の攻撃を免れたようだ。

 

「ふぅ〜、サイクの旦那がいなかったら、今頃俺ら消し炭になってたな〜」

「全くだ…。仲間の連中もかなりの実力者だが、あの男はまさに災害そのものだな…」

 

 ニトロゼウスとフリードは、先程の攻撃を間一髪で躱せた事に、安堵の声を漏らした。

 そんな彼らを、正確にはサイクロナスを睨みつけながら、グリムロックは上空に剣を突き付けて怒鳴った。

 

「おいサイクロナス!俺達を好き放題馬鹿にしときながら、テメェ自身は仲間を盾にして逃げやがって!腰抜けはどっちだ!」

 

 だが当のサイクロナスは、その挑発を鼻で笑った。

 

「フッ、()()()()()に備えて奴を連れてきたのだ。その目によく焼き付けるが良い!」

 

 次の瞬間、彼の隣で黒く燃え盛る炎が発生したかと思うと、その炎の中から驚くべきモノが現れた。先程のグリムロックの斬撃で焼き尽くされた筈のスタースクリームだ!

 

「テメェ!サイクロナス!よくも俺を盾にしやがったな!俺が不死身だから良かったものを!」

「不死身だからこそ、こういう時に役立って貰わねばな。どうだ?これこそが、貴様達が愚かにも刃向かおうとしている、偉大なるメガトロナス様のお力だ!」

「そうさ!あのお方はこの俺を転生させた際に、何度でも甦る事のできる不死身の身体を与えてくれたのさ!例えお前らがどれだけ強力な攻撃を食らわせようも、俺様は何度でも復活する事が出来るんだよ!」

 

 そう言って高笑いするサイクロナスとスタースクリームに、マキシマル一行は顔を顰める。まさか、敵にユエ以上の再生能力の持ち主がいるとは、思いもしなかった。

 

「…とは言えグリムロック、先程の言葉は訂正しよう。やはり貴様の強さは並外れている。かつてと同じく、我々の悲願の妨げとなるのは明白だな…。バウアー、やれ」

「うむ。この手は使いたくはなかったのだがな…」

 

 サイクロナスにそう命じられたフリードは、いつの間にか肩に止まっていた小鳥の魔物に何かを伝えた。その直後…

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

ゴバッ!!!

ズドォン!!

 

 その直後、グリューエン大火山全体に激震が走り、凄まじい轟音と共にマグマの海が荒れ狂い始めた。突如、下から突き上げるような衝撃に見舞われながらも、マキシマル一行は必死にバランスをとった。激震は刻一刻と激しさを増し、マグマの海からは無数のマグマ柱が噴き上がり始めている。

 

「皆さん!水位が!」

 

 シアの言葉に、他の面々足場の淵を見れば、確かにマグマの海がせり上がってきていた。

 グリムロックは押し殺したような声音で、明らかにこの異常事態を引き起こした犯人達に問いかけた。

 

「テメェらの仕業か?」

「如何にも。()()を破壊した」

「要石、だと…?」

「そうだ。このマグマを見て、おかしいとは思わなかったのか?明らかに活火山であるもかかわらず、グリューエン大火山は今まで一度も噴火したという記録がない。それはつまり、地下のマグマ溜まりからの噴出をコントロールしている要因があるということ」

「それが『要石』か…。まさかっ⁉︎」

「そうだ。マグマ溜まりを鎮めている巨大な要石を破壊させてもらった。間も無く、この大迷宮は破壊される。貴様らが生き残れたなら、また合間見える事になるだろう…。生き残れたらの話だかな」

「ヒャハハハハ!今度は貴様達が焼け死にやがれ!」

「バイビ〜!」

 

 冷たくマキシマル一行を見下ろしながら、嘲笑うようにそう告げたディセプティコン達は、素早くジェット機へと変形すると、上空に大きく開かれた光の膜に飛び込んでいった。最後に残ったフリードも、マキシマル一行を睥睨した後、踵を返して白竜と共に膜の中に飛び去った後、光の膜は上空から姿を消していた。

 周囲のマグマの海は既に、まるでハリケーンの勢力圏に入った海のように荒れ狂い、噴き上がるマグマ柱はその数を次々と増やしている。マキシマル一行の足場も端からマグマが流れ込み始め、まるで終末世界のような光景だ。

 グリムロックは剣を収納すると、僅かな時間、何かを考えるように目を細めた。そして何かを決断すると、足場から仲間達を抱えると自分の肩へと乗せた。そして彼は、竜化しているティオをその巨大な掌に乗せると、取り出しておいた『宝物庫』のポーチを彼女の角に引っ掛けて話しかけた。

 

「…デカパイ、よく聞け。これを持って、お前は一人であの天井から地上へ脱出しろ」

 

 一瞬、何を言われているのか分からないという表情で目を瞬かせるティオだったが、次の瞬間には傷ついたような表情をして悲しみと怒りの混じった声を響かせた。グリムロックの言葉が、まるで彼女だけ生き残らせて、自分達を切り捨てろと言っているように聞こえたのだ。

 

『ご主人様よ、妾は、妾だけは最後を共に過ごすに値しないというのか?妾に切り捨てろと、そういうのか?妾は…』

「そうじゃねえよ馬鹿。誰が諦めていると言った?神代魔法は手に入れるし、いつか必ずサイクロナス達は倒す。何より『静因石』を届けるという約束も守る。けど、俺一人じゃ無理なんだ。だからテメェの力を借りたい。全てを突破して期限内にアンカジに戻れるのは、テメェだけなんだ。…頼む、()()()

 

 今まで一度も向けたことのない真剣な眼差しで、そして初めてちゃんと彼女の名前を呼びながら、竜化状態のティオの瞳を見つめるグリムロック。傲岸不遜で、何でも一人で出来ると言わんばかりの彼が、全力で頼っている。全ての望みを叶えるには、自分達が全ての困難に打ち勝つには、ティオの協力がなければならないのだと。ティオの力が必要なのだと。そこには諦めも、自己犠牲の精神も、ティオだけを除け者にするような考えも一切ない。

 ティオの心が一転して歓喜に震える。今や本気で伴侶になりたいと思っている男から、生死のかかった瀬戸際で大切なものを「託された」のだ。これに応えられなければ、女ではない。故に彼女はただ一言、応えた。

 

『任せよ!』

 

 ティオは宝物庫が角に掛けられた事を再度確認すると、そっと、グリムロックの掌に頭を擦り付けた。今できる、精一杯の愛情表現だ。グリムロックも応えるように、大きな指で優しく彼女を一撫でした。ティオは、仲間達にも視線を向ける。皆、諦めなど微塵も感じさせずに力強く頷いた。

 

「ストレイフとミュウには『あとで会おう』と伝えといてくれ」

『ふふ、委細承知じゃよ』

「頼むぞ。あとで褒美に思う存分、そのデカパイ揉んでやるからよ」

『ぬふぉっ⁉︎本当じゃな⁉︎ますますヤル気が出てきたのじゃ!」

 

 グリムロックの軽すぎる伝言を受け取り、思わず笑い声を漏らしたティオは、更にセクハラ紛いの軽口により一層気合いを入れる。一拍の後、力強い風を纏って一気に飛び立った。上空目掛けて、加速することのみに集中し、飛行速度を上げていく。

 

『ぬふふふ♡ご主人様が妾の乳を…!ああん♡今からでも楽しみなのじゃ〜!』

 

 今からご褒美の事を想像する度、ティオの体の調子が上がり飛行速度が増していく。「竜化」の派生として「痛覚変換」と共に取得した「情欲変換」の効果だ。前者は痛みが酷ければ酷い程、後者は性欲が増せば増す程、テンションと共に任意の能力が一時的に強化されるという酷い派生能力だ。両方とも、グリムロックと出会ってから数百年ぶりに手に入れたものだ。「壁を越えた」というより「扉を開いた」という表現の方が正しいだろう。ストレイフは泣いていい。

 ティオは、自分の長い生を思い出しても、ここまでの速度は出したことが無いと思えるほどの速度で、文字通り、疾風と化して飛翔する。

 

「グゥルゥアアア!!!」

 

 そして、竜の咆哮をも響かせながら、黒い風の塊と化したティオが垂直に飛び出し、巨大な砂嵐に囲まれながらも太陽の光が降り注ぐ天空を舞う。彼女は眼下のグリューエン大火山を、先程までの変態的なテンションなど微塵も感じさせない静かな眼差しで見つめた。そして、「信じている」というように一つ頷くと、踵を返してアンカジの方角へと飛翔していった。

 数十分後、グリューエン大火山を中心に激震が走った。轟音というのも生温い、大気すら軋ませる大爆発が発生し、一時的に砂嵐さえ吹き飛した。露わになったグリューエン大火山はもうもう黒煙を噴き上げ、赤熱化した岩石を弾き飛ばし、火山雷のスパークを撒き散らしていた。

 現存する歴史書の中で、ただの一度も記録されていないグリューエン大火山の大噴火。ある意味、貴重な歴史的瞬間は、どういう原理か数分後には復活した巨大な砂嵐のベールに包まれ、その偉容を隠してしまった。

 

「パパ…みんな…」

「…大丈夫だよミュウちゃん、グリムロック達ならきっと無事さ」

 

 それでも、まるで世界が上げた悲鳴の如き轟音も、噴き上がる黒煙も、アンカジにいる人々は確かに目にした。

 大切な人達の無事を祈っていたミュウは、不安そうに火山のある方を見つめた。ストレイフはそんな彼女の頭を優しく撫でて落ち着かせながらも、内心では仲間達の身を案じていた。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・マキシマル指揮官ファイヤーブラストグリムロック
 グリムロックがグリューエン大火山のマグマの海に浸かった事で、星のエネルギーを操る重力魔法が派生した結果、火山の熱エネルギーを吸収してパワーアップした姿。体色は溶岩のような紅蓮に染まり、瞳の色はエメラルドグリーンとなった。通常時よりレーザーファイヤーの威力が増しており、さながら歩く火山とでも言うべき火力を誇る。
 元ネタは『トランスフォーマージェネレーションズ』のビッグカメラ限定商品・ファイヤーブラストグリムロックと、『恐竜キング』のエレメントフュージョン。

・溶岩剣マグマトロン
 刃の折れたスルトが、グリムロックの新たな力に呼応して再生・強化された新武器。片刃から両刃となった刀身は、マグマが冷え固まったようになっており、グリムロックが手に取ると赤く輝く。
 名前はジェネレーションセレクト版ボルカニカスの武器が「マグマブレード」だった事から、『超生命体トランスフォーマー ビーストウォーズネオ』の破壊大帝マグマトロンに因んで命名した。

・狩紅羅
 マグマトロンを振るい、火砕流の如く強烈な爆炎の斬撃を飛ばして敵を焼き尽くす。
 元ネタは『ONE PIECE』のビッグ・マムの必殺技である「威国」と「皇帝剣・破々刃」。名前はティラノサウルスが「暴君トカゲ」を意味する事から、暴君として悪名名高いローマ皇帝カリグラに由来する。

・ニトロジャッカー
 本作オリジナルの、ニトロゼウス専用の近接武器。敵からエネルギーを吸い取り、その力を纏うことができる。
 元ネタは『仮面ライダーゼロワン』のサウザンドジャッカーと、コンセプトアートでのKSIボスのエレクトロウィップから。

・不死身のスタースクリーム
 元ネタはG1スタースクリームが「不死のスパーク」という特異体質の持ち主である事に由来し、『仮面ライダーウィザード』のフェニックスファントムも参考に設定した。
 作者としては、実写スタスクも近いうちに何らかの方法で復活しそうな気がするが、どうなるだろうか…。





感想、評価お待ちしてます。

 


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突き進む者達

お待たせしました。
今年は色々とトラブルがあり、中々思うように執筆が進みませんでしたが、多くの方々に愛読・応援して頂き、誠にありがとうございます。

今年の『グリムロックは宇宙最強』はここまでとなる予定ですが、後書きにて重大な発表があります。



 ティオが飛び立ってから、周囲のマグマは益々荒々しさを増し、既に中央の島以外の足場はマグマの海に沈んでしまった。五分もしない内に中央の島も呑み込まれるだろう。

 中央の島には、最初に見たマグマのドームはなくなっていて、代わりに漆黒の建造物がその姿を見せていた。その傍らには、地面から数cmほど浮遊している円盤がある。真上が出口だったので、本来はこれに乗って地上に出るのだろう。

 仲間達を肩に乗せたグリムロックは、噴出するマグマ柱の回避しながら中央の島に上陸すると、漆黒の建造物へと近づいた。

 一見、扉などない唯の長方体に見えるが、壁の一部に毎度お馴染みの七大迷宮を示す文様が刻まれている場所があった。グリムロックの肩から降りた四人がその前に立つと、スっと音もなく壁がスライドし、中に入ることが出来た。最後にビーストモードに変形したグリムロックが中に入るのと、遂にマグマが中央の島をも呑み込もうと流れ込んできたのは同時だった。再び、スっと音もなく閉まる扉が、流れ込んできたマグマを間一髪でせき止めた。

 マキシマル一行は暫く扉を見つめていたが、扉が溶かされてマグマが流れ込むということもないようなので、ホッと安堵の吐息を漏らした。こんな場所にある住処なのだから、万一に備えて、十中八九、マグマに耐えるだろうと予想はしていたが、いざ、その結果が示されるとやはり安堵してしまうものだ。

 

「一先ず、安心だね…。それにしても、この部屋は振動も遮断するのか…」

「ん、皆、あれ」

「魔法陣ですね」

「俺スラッグ、やっとか…」

 

 未だふらついているスラッグに肩を貸すハジメは、部屋に入った途端、大地震クラスの振動を感じなくなったことに驚いていた。その呟きに応じながら、同じくスラッグを支えていたユエが指を差す。その先には、複雑にして精緻な魔法陣があった。神代魔法の魔法陣だ。マキシマル一行は互いに頷き合い、その中へ踏み込んだ。

 オルクス大迷宮の時と同じように、記憶が勝手に溢れ出し迷宮攻略の軌跡が脳内を駆け巡る。そして、マグマ蛇を全て討伐したところで攻略を認められたようで、脳内に直接、神代魔法が刻み込まれていった。

 

「…これは、空間操作の魔法か」

「俺グリムロック、サイクロナスの瞬間移動はこれのおかげか…」

「ああ、あのいきなり背後に現れたやつですね」

 

 どうやら、グリューエン大火山における神代魔法は「空間魔法」らしい。また、とんでもないものに干渉できる魔法だ。相変わらず神代の魔法はぶっ飛んでいる。

 グリムロックが片言な口調で、先程のサイクロナスの奇襲について言及する。最初の奇襲も、おそらく、空間魔法を使ってあの場に現れ攻撃したのだろう。空間転移か空間を歪めて隠れていたのかは分からないが、厄介なことに変わりはない。フリードも恐らくこれを利用して奇襲を仕掛けるつもりだったと思われるので、グリムロックの素早い攻撃で魔法陣の描かれた布をマグマに落としたのはファインプレーだ。

 マキシマル一行が空間魔法を修得し、魔法陣の輝きが収まっていくと同時に、カコンと音を立てて壁の一部が開き、更に正面の壁に輝く文字が浮き出始めた。

 

『人の未来が、自由な意思のもとにあらんことを、切に願う

                          

ナイズ・グリューエン』

 

「…俺スラッグ、シンプル過ぎる」

 

 そのメッセージを見て、スラッグが素直な感想を述べた。周囲を見渡せば、グリューエン大火山の創設者の住処にしては、かなり殺風景な部屋だと気が付いた。オルクスの住処のような生活感がまるでないのだ。本当に、ただ魔法陣があるだけの場所だ。

 

「…身辺整理でもしたみたい」

「ナイズさんは、魔法以外、何も残さなかったみたいですね」

「そういえばオスカーの手記に、ナイズって人も出てたね。すごく寡黙な人だったみたいだ」

 

 スラッグを支える役をハジメ一人に任せて、ユエは、拳サイズの開いた壁のところに行き、中に入っていたペンダントを取り出した。今まで手に入れた証と少々趣が異なる意匠を凝らしたサークル状のペンダントだ。それを、そっとハジメの首にかけた。

 

「…さて、魔法も証も手に入れたし、次は脱出なわけだけど…………亮牙、何時までその姿でいるの?」

 

 ふと、ハジメがそう尋ね、他の三人もグリムロックに向き直る。さっきから人間態になれば良いのに、彼は未だに本来の姿のままだ。

 

「…俺グリムロック、何だかさっきからあたまがボ〜とする。何だかすっごく疲れた…」

「…まあ、死闘の末にマグマに落ちたかと思えば、なんかパワーアップして復活したからね。大丈夫?」

「うぅ…と、とりあえず、おれもとにもどる…」

 

 何処か喋り方に何時もとは違う様子を見せながら、グリムロックは人間態に戻ろうとする。金属のパーツが折り畳まれて全身が縮小していき、やがて現れたのは────

 

 

 

 

 

「おれ、ぐりむろっく」

 

 

 

 

 

…見た目が幼児になった、我らが主人公、灘亮牙であった。

 

「「えええええええ!!?」」

 

 あまりにも唐突な展開に、ハジメとユエの絶叫が周囲に木霊する。二人とも盛大なエ○ル顔となり、ユエに至っては普段のクールビューティーな面影がないくらいにキャラ崩壊している。

 無理もないだろう。元々なんでもありな亮牙が、マグマの中から復活したかと思ったら、見た目はミュウと同年齢ぐらいの幼児の姿になってしまったのだ。もう無茶苦茶過ぎる。

 

「え⁉︎え⁉︎なんでいきなりショタ化した⁉︎マジでどうなってんの⁉︎」

「おれ、ぐりむろっく」

「も、もしかして、さっきの姿の副作用…?」

「おれ、ぐりむろっく」

「俺スラッグ、さっきからグリムロック、同じ事ばかり言ってるぞ…」

「おれ、ぐりむろっく!」

いや何言ってるか分かんねえよ!!!

 可笑しいだろ!パワーアップしたかと思いきやショタ化って、どんな副作用だよ!!!」

「ん、ストレイフに見てもらわないと……シア、どうしたの?」

 

 ハジメの盛大なツッコみが、周囲に響き渡る。漸く大迷宮をクリアしたというのに、余計に面倒臭い展開となったのだから、無理もないだろう。

 一方、亮牙本人はというと、さっきから自分の名前しか喋らず、流石のスラッグも困惑していた。ユエも動揺を隠し切れないが、何とか落ち着くよう自分に言い聞かせると、先程のパワーアップが原因なのではないかと推測していた。

 ふと、ユエはシアが先程から黙ったままでいる事に気づいた。一体どうしたのかと、彼女に尋ねると…

 

「………か」

「「「か?」」」

「おれ、ぐりむろっく?」

「可愛いですぅ〜♡」

「おれぐりむろっく!!?」

 

 シアは瞳を♡マークにしながら、幼児化した亮牙を抱き上げると、そのまま縫いぐるみでも抱くかのようにギュ〜と彼を抱き締めた。

 

「も〜!亮牙さんったら、どれだけ私をメロメロにすれば気が済むんですか〜♡普段もカッコよくて素敵ですけど、こんな可愛い姿になっちゃって〜♡」

「お、おれぐりむろっく…////」

「や〜ん♡照れてる姿も可愛すぎますぅ〜♡」

「「「……」」」

 

 自慢の巨乳に亮牙の顔を埋めさせながら頬擦りするシア。亮牙自身も最初はびっくりしながらも、顔を赤らめて何だか嬉しそうにしている。

 そんな二人のバカップルぶりに、残る面々は呆れた視線を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シアが漸く落ち着きを取り戻すと、マキシマル一行は脱出計画について話し始めた。ちなみに亮牙は未だ幼児の姿のままで、シアが我が子をあやすかのように抱き抱えている。

 

「…それで、どうするの?」

「俺スラッグ、外はマグマで満たされてると思うぞ?」

「もちろん、マグマの中を泳いで進むさ」

「…ん?」

「…はい?」

「…俺スラッグ、ついにハジメもおかしくなったか?」

「いや、発狂したわけじゃないからね。ちゃんと説明するからそんな目で見ないでよ…。えっとね、実は、この建物のすぐ外に潜水艇を用意しておいたんだ。次のメルジーネ海底遺跡で必要になるだろうと思って作っておいたものなんだけど。果たして、マグマの中でも耐えられるか少々不安ではあったんだけどさ、金剛で覆った小舟が大丈夫だったから、いけると踏んだんだ。やはり大丈夫だったみたいだね」

「おれ、ぐりむろっく!」

「そうでちゅねぇ〜。ハジメさんはすごいでちゅねぇ。だけど、亮牙さんもすごいでちゅからねぇ〜♡」

 

 流石ハジメだと言わんばかりに亮牙が声を上げると、シアが我が子をあやすかのように赤ちゃん言葉で喋りながら頭を撫でる。いつの間にとハジメを呆れた目で見ていたユエとスラッグは、今の言葉がよく理解出来たなと、更に呆れを宿した瞳でバカップル二人を見つめていた。

 実はフリード達が要石を破壊したと告げた時、亮牙はハジメに既に宝物庫から直接マグマの中に潜水艇を転送するよう命じていたのだ。溶け出すようなら、直ぐに強行突破してティオと一緒に天井から脱出するつもりだったが、しばらく様子を見ても溶け出す様子がなかったので(感応石が組み込んであるので様子が分かる)、マグマに満たされても後から脱出できると踏んだのである。

 ただ、明らかにヤバイレベルでグリューエン大火山自体が激震し、あちこち崩壊していたことから、スムーズに脱出できない可能性が大いにあった。アンカジへ戻るタイムリミットが迫る中、悠長に脱出ルートを探っている時間はなかった。なのでその場合に備えて、確実にタイムリミット内に静因石を持ち帰るために、ティオを先に脱出させたのだ。

 

「脱出ルートは、当然、天井のショートカットだ。ユエ、潜水艇の搭乗口まで結界を頼むよ。出来るよね?」

「んっ、任せて」

 

 ハジメの言葉に頷いて、ユエが念を入れて「聖絶」を三重に重ね掛けする。光り輝く障壁が五人を包み込んだ。彼らは扉の前に立つと、煮えたぎるマグマで満たされた外界への扉を開いた。

 直後、ゴバッ!と音を立てて、灼熱の奔流が部屋の中に流れ込んできた。「聖絶」はしっかりとマグマからマキシマル一行を守ったが、一瞬にして視界の全てが紅蓮に染まった。マグマの中からマグマを見るという有り得ない体験に、覚悟していたとは言え、流石の彼らも言葉に詰まる。世界広しと言えど、このような体験をした事があるのは彼らくらいに違いない。

 

「すぐ外だ。行くよ!」

「んっ」

「おれぐりむろっく」

「は、はいです!」

「俺スラッグ、分かった!」

 

 ハジメの号令で、五人は、ゆっくりと部屋の外に出た。何も分からない閉ざされた世界ではあるが、彼の言葉通り、本当に出入り口のすぐ傍に待機させていたようで直ぐに「聖絶」に当たり場所がわかった。ユエは、障壁を調整しながらハッチまで行き、ようやくマキシマル一行は潜水艇に乗り込むことができた。

 思わず、体に入っていた力が抜けたその瞬間…

 

ドォゴォオオオ!!!

 

 今までの比ではない激震が空間全体を襲うと、突如、マグマが一定方向へと猛烈な勢いで流れ始めた。潜水艇はその激流に翻弄され、中の五人はミキサーにかけられたように上に下に、右に左にと転げまわる事になった。

 

「ぐわっ⁉︎」

「んにゃ⁉︎」

「あいたっ⁉︎」

「はぅ⁉︎痛いですぅ!」

「おれぐりむろっく⁉︎」

 

 それぞれ、船内の壁に体のあちこちをぶつけて、悲鳴を上げる。ユエが咄嗟に「絶禍」の応用版を発動し、自分達を黒く渦く小さな球体に引き寄せることで、何とかシェイクされる状況を脱した。

 

「俺スラッグ、踏んだり蹴ったり…」

「た、助かった。ありがとうユエ」

「有難うございますぅ、ユエさん」

「おれぐりむろっく」

「ん、それより…」

 

 ユエが「絶禍」を移動させ、操縦席らしき場所にまで運ばれたハジメは、魔力を流し込んで潜水艇のコントロールを試みる。だが、激しい流れとマグマの粘性に、思うように舵が取れなかった。

 

「クソッ、これが噴火なら、外に放り出されて、むしろラッキーなんだけどな…」

「…俺スラッグ、違うのか?」

 

 苦虫を噛み潰したような表情をするハジメに、スラッグが首を傾げる。

 

「うん。マグマの中でも方向を見失わないよう、クロスビットに特定石を仕込んでおいたんだ。さっきの戦闘中に、脱出口付近に射出して置いたから、少なくとも天井のショートカットの場所は分かるんだけど…。この流れ、出口から遠ざかってるんだ」

「えっ?それって地下に潜ってるってことですか?」

「うん、真下ってわけじゃなくて、斜め下って感じだけど、どこに繋がっているのやら…。皆、やっぱり直ぐには戻れそうにないや。このまま行くとこまで行くしかないようだね」

「おれ、ぐりむろっく!」

「ふふ、亮牙さんったら『上等だ!』って言ってますね?私も、皆さんと一緒にいられるなら例え火の中水の中!『どこまででも』ですよ!」

「…私も、最後まで傍にいる。それが叶うなら何も問題ない」

「俺スラッグ、何にも怖くない!…でもちょっと回復させて」

「ハハハ、愚問だったね」

 

 仲間達の返答に、ハジメは頬を緩めると笑みを返した。マキシマル一行を乗せた潜水艇は、そのまま灼熱の奔流に流されていった。

 

「…てかさシア、何で亮牙が言ってる事分かるの?」

「決まってるじゃないですか!愛の力ですぅ!」

「おれぐりむろっく!」

「「「……」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリューエン大火山からの脱出が叶わず、マキシマル一行が何処とも知れないマグマが流れる地下道を流されている頃、赤銅色の砂が吹きすさぶグリューエン大砂漠の上空を飛ぶ影があった。

 言わずもがな、「竜化」状態のティオである。

 

『むっ!気の所為じゃろうか?何だかシアが羨ましい状況になっている気がするのじゃが…』

 

 愛する亮牙が幼児化し、シアが大変羨ましい思いをしている事を本能的に感じ取ったティオだったが、先程の戦闘で疲れているのだろうと考え、深く考えるのをやめた。

 重傷という程ではないが、ディセプティコン達によって負わされた傷を癒す為、亮牙から許可を得ていたこともあり、「宝物庫」から神水を取り出し容器ごと噛み砕いて服用した。おかげでブレスの連発と限界以上に身体能力や飛行能力に注ぎ込んだため大量に消費した魔力も、戦いで負った手傷もかなりの勢いで回復していった。

 それから飛ぶこと数時間、ようやく前方にアンカジの姿が見えてきた。これ以上飛行を続ければ、アンカジの監視塔からも彼女の姿が見えるだろう。ティオは一瞬、竜化を解いて行くべきかと考えたが、ディセプティコン達だけでなく魔人族のフリードにも知られた事と、きっと今後、マキシマルの一員としてついて行くなら竜化が必要な場面はいくらでもあるだろうと考えて、すっぱり割り切ることにした。

 隠れ里はそう簡単に見つかることはないし、万が一見つかっても、竜人族はそう簡単にやられはしない。それに、500年前の悪夢が襲いかかったとしても、ティオやストレイフが助けを求めれば、間違いなく亮牙もマキシマルの仲間達も力を貸してくれる筈である。何だかんだで、彼女の愛しの男は身内には甘いのだ。

 そんな考え事をしているうちに、遂にティオはアンカジまで数kmの位置までやって来た。見れば、監視塔の上が何やら非常に慌ただしい。勘違いで攻撃を受けても面倒なので、彼女は入場門の方へ迂回し、少し離れた場所に着地した。

 

ズドオオン!!!

 

 と、半ば墜落する形で砂塵を巻き上げながら着地したティオのもとへ、アンカジの兵士達が隊列を組んでやってきた。見れば、壁の上にも大勢の兵士が弓や魔法陣の刻まれた杖などをもって待機している。

 もうもうと巻き上がる砂埃が風にさらわれて晴れていき、兵士達が緊張にゴクリと喉を鳴らす音が響く。しかし、砂埃が晴れた先にいるのが黒髪金眼の美女で、しかも何やら疲弊しているようだと分かると、一様に困惑したような表情となって仲間同士顔を見合わせた。

 

「やめろ!攻撃するな!彼女は味方だ!」

 

 そんな混乱する兵士達の隙間を通り抜けて、一人の青年が飛び出さはた。ティオにとって大切な家族、ストレイフだ。後ろから危険だと兵士達や領主の息子ビィズが制止の声をかけるが、まるっと無視して猛然と、片膝をつくティオのもとへ駆け寄った。監視塔からの報告があった時点でストレイフは、仲間達が帰ってきたと察し、急いで駆けつけたのだ。

 

「お嬢!大丈夫か⁉︎」

「むっ、叔父上か…。うむ、割かし平気じゃ。ちと疲れたがの」

 

 たった一人、疲弊した様子で戻ってきた姪の姿に、ストレイフは血相を変える。しかし、先程服用した神水のおかげでかなり回復できたティオは「心配するでない、もうすぐ浄化できるのじゃ」と微笑んだ。

 本当に、ティオの表情から心配ないことを察すると、ストレイフは肩の力を抜いて安堵の笑みを浮かべる。そして辺りを見回し、仲間達が一人もいない事を再確認すると、深刻な表情になった。

 

「…お嬢、一体何があった?グリムロック達はどうした?あの噴火は…」

「落ち着くのじゃ、叔父上。全部説明する。まずは、後ろの兵達を落ち着かせて、話せる場所に案内しておくれ」

「ああ。おい下がれ!見せ物じゃねえぞ!」

 

 悲愴な表情をしていないティオを見て落ち着きを取り戻したストレイフは、後ろで困惑する兵士達を怒鳴って下がらせる。彼はティオを抱えると、ビィズや駆けつけたランズィ達のもとへ戻り、事情説明をしながら彼女を落ち着いて話のできる場所に案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、あの噴火はディセプティコン共の仕業か…」

「うむ。ご主人様達なら、後から追いかけてくる筈じゃ。微塵も諦めておらんかったし、時間がなくて詳しくは聞けんかったが、何か打開策があったのは確かじゃよ」

 

 グリューエン大火山で何があったのかを聞かされ、ストレイフは顔を顰めた。アンカジの人々を震撼させた大噴火を見たときから、何か嫌な予感はしていたが、まさかディセプティコン達が襲ってきたとは思いもしなかった。

 そんな叔父を、ティオは力強い眼差しで見つめて口を開いた。

 

「叔父上。ご主人様からの伝言じゃ」

「グリムロックが?何だって?」

「うむ。正確には叔父上とミュウにじゃが…。『あとで会おう』じゃ」

「ったく、相変わらず楽天的な奴だぜ」

「うむ、例え傍から見れば絶望的な状況でも、ご主人様なら普通にひょっこりと生還する。無条件にそう信じられるのじゃ…」

「当然さ。何てったって俺達の大将だからな。取り敢えず、俺はやれる事やるよ」

「そうじゃな。もちろん、妾も手伝うからの」

 

 仲間達を信頼するストレイフは、先にランズィ達に渡しておいた大量の静因石が現在、粉末状にされ患者達に配られている頃だと判断し、衰弱した人々を癒すために戻っていった。

 その後、宮殿で、領主の娘であるアイリー(14歳)に構われているミュウとも合流し、事情説明が行われた。ハジメパパがいないことに泣きべそをかくミュウだったが、ハジメパパの娘は、そう簡単に泣いたりしないとティオに言われて、ほっぺをプクッと膨らませながら懸命に泣くのを堪えるということがあった。

 ミュウは海人族ではあるが、少し関わればわかってしまうその愛らしさに、アンカジの宮殿にいる者達はこぞってノックアウトされていたらしく、特に、アイリーに至っては病み上がりで外出禁止となっていることもあり、ミュウを構い倒しているようだ。

 ティオが竜人族であるという事についても、ランズィ達は思うところがあるようだったが、命懸けで静因石を取ってきてくれた事から、公国の恩人であることに変わりはなく、そう大きな騒ぎにはならなかった。

 ストレイフ達は患者達を次々と癒していったが、二日経っても亮牙達が戻ってこなかった。ティオが何度かグリューエン大火山までのルートを探索してみたが、仲間達の痕跡はなく途方に暮れた。

 そしてティオが戻ってから三日目の晩、ストレイフは彼女とミュウに提案をした。

 

「今日で、処置が必要な患者はいなくなった。あとは時間をかけて安静にするか、医療院のスタッフに任せとけば問題ない。だから、俺達三人でグリムロック達を探しに行こう」

「パパやぐりみぃ達、お迎えに行くの?」

「ふむ、そうじゃな。妾も、そろそろ動くべきかと思っておった」

 

 ストレイフの言葉に、ミュウは嬉しそうに身を乗り出し、ティオは真剣な表情で賛同した。

 

「まず先に、エリセンに行って、ミュウちゃんを御袋さんと爺さんに会わせよう。流石にミュウちゃんを火山に連れて行く訳にはいかないからな。それに今は噴火の影響で、どちらにしろまともな探索は出来ないだろうし…」

「ふむ、それが妥当じゃろうな。態々火山に連れて行くなど、ここにミュウを預けていった意味がないしのう…」

「お嬢もまだ疲れてるようだし、俺が二人を乗せていくよ。エリセンまでなら、急げば一日もかからず行ける。早朝に出れば夕方までには到着出来るさ」

 

 スイスイと進んでいく話に、ミュウが頭の上で?の花を大量に咲かせる。ストレイフが丁寧にわかりやすく説明すると、彼女は直接ハジメを迎えに行けないことに悲しげな表情をした。しかし、母親と祖父にも会いたかったようで、三人でハジメパパが会いに来るのを待っていて欲しいと伝えると、渋々ではあるが納得をしたようだ。実母や祖父と天秤にかけられるとか、どこまでパパなんだとストレイフとティオは二人揃って苦笑いを浮かべずにはいられなかった。

 翌日、引き止めたそうな領主達に見送られながら、ビーストモードに変身したストレイフは、ティオとミュウを背に乗せて西の空へと飛び立った。背後で、盛大な感謝の声が砂塵をものともせず響き渡る。

 

「「…ところでお嬢、さっきから少し興奮してる気がするんだが、またグリムロックに変な事でもされたのか?」」

「なっ⁉︎何言ってるのじゃ叔父上!べ、別に妾はいつも通りじゃよ!」

「「そうか…」」

「(い、言えん!まさかご主人様に乳を揉んで貰うと約束したなどとは!…じゃが、待ち遠しいのじゃ〜♡)」

 

 内心、早く亮牙と再会して約束を果たして貰おうと願うティオであった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・グリムロックの幼児化
 ファイヤーブラストグリムロックへと変身した結果、グリューエン大火山の強大な熱エネルギーを大量に吸収した副作用として、擬態能力にバグが生じた結果、人間態が幼児化してしまった。
 IDWコミックシリーズのグリムロックが、『モア・ザン・ミーツ・ジ・アイ』以降は脳障害を患って幼児退行したのが元ネタ。
 決して作者がシアにおねショタカップリングをさせたかった訳ではない(`・ω・´)










 多くの方々の応援もあり、本作も今やお気に入り件数600件以上、UAも16万以上を突破出来ました。
 そこで今回、読者の皆様への御礼も兼ねて、お気に入り件数500以上突破後に考えていた、R18作品を執筆していきたいと思います!作者の好みで本編以上にキャラ崩壊するだろうし、何より作者の性癖丸出しになっちゃうと思いますが、18歳以上の方々は楽しみにしてお待ち頂けると幸いです。
 
 これからも『グリムロックは宇宙最強』を宜しくお願いします。






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エリセンの主

明けましておめでとうございます。
まだまだ肩が完治してない事と、仕事が忙しかったりで中々執筆が進んでいませんが、今年も『グリムロックは宇宙最強』を宜しくお願いします。

今年はジュラシック・ワールド:ドミニオンが公開予定ですが、無事に放映してほしいですね。


 見渡す限りの青。空は地平の彼方まで晴れ渡り、太陽の光は燦々と降り注ぐが、決して暑すぎるということはなく、気候は穏やかで過ごしやすい。時折、優しく吹くそよ風も何とも心地いいが、周囲をどれだけ見渡しても、何一つ「物」がないのは少々寂しいところだ。

 尤も、それも仕方のないことだろう。なにせ、ここは大海原のど真ん中なのだから。

 そんな大海のド真ん中で、ぷかぷか、ゆらゆらと波間に漂うのは一隻の船だ。いや、少なくともこのトータスの人々には「船」だと認識は出来ないだろう。

 なぜなら、それは黒く光沢のある流線形のボディをしており、通常の船のように外側に乗り込む場所がないからである。本来なら更にそのボディの左右に小さな翼のようなものがVの字型についており、後部はスクリューのようなものと尾に見せかけた舵がついているのだが、今は見るも無残な感じで残骸が引っかかっているだけだった。それさえきちんとついていれば、少し平べったいシャチに見えなくもない、そんな形だ。

 船というより新種の魔物と言われた方が、きっとトータスの人々は納得するだろうが、このシャチ型の船の正体は潜水艇だ。言わずもがな、グリューエン大火山のマグマの中を逞しく流されて、搭乗者に九死に一生を得させたマキシマル一行のアーティファクトである。代償に、ほとんど大破といってもいいレベルで壊れていたが。

 そんな波間に浮かぶ潜水艇の上で両手を頭の後ろで組んで寝転びながら、大自然を目一杯堪能している少年がいた。この潜水艇の製作者であるハジメだ。

 彼が暖かな日差しとゆりかごのような小波にうとうとしていると突如、背後のハッチが開いて、そこからひょっこりとユエが顔を覗かせた。

 

「もう大丈夫なの、ユエ?相当、疲弊していたでしょ?」

「ん、平気。シアにも血を分けてもらったから」

 

 ハジメの気遣う言葉に、ユエは嬉しそうに返事をしながらいそいそとハッチから出て来た。

 

「場所は問題あるけど、ゆっくり休めそうでよかった」

「同感、まさに怒涛の展開だったからね。幸運なんだか不運なんだか…」

 

 苦笑いするハジメに、ユエも困ったように眉を八の字にした。二人して、グリューエン大火山でマグマに呑み込まれたところから、大海原に漂っている現在に至るまでの経緯を思い出し、見舞われた事態の数々を不運だと嘆くべきが、それでも助かったことを幸運だと喜ぶべきか、微妙な心境になったのだ。

 マキシマル一行は、マグマ溜りから何処かの地下に流されていったあと、ほぼ丸一日激流にさらされ続けた。いつまでもユエの「絶禍」に吸い寄せられた状態で体を固定しているわけにもいかず、荒れる船内で試行錯誤した末、何とかハジメが生成魔法で重力石を生成し浮遊する座席を作成した。

 相変わらず、ゴガンッゴガンッ!とあちこちの壁にぶつかる音を響かせ玩具のように振り回される潜水艇だったが、この浮遊座席により、ある程度シェイクされるのは防ぐことができた。そして五人は緑光石の淡い光が照らす船内で、眠れぬ時間を過ごしたのである。

 もしや、このままこの星のマントルまで行くんじゃないだろうな?とハジメが冷や汗と共に疑いを持ち始めた頃、遂に、先の知れない地下の旅にも終わりが来た。これまでで最大の衝撃がマキシマル一行を襲ったのである。その衝撃は凄まじく「金剛」の防御を貫いて直接潜水艇にダメージを与えるほどだった。そしてその衝撃と共に、潜水艇は猛烈な勢いで吹き飛ばされた。

 激しい衝撃に、急いで「金剛」を張り直し、ハジメは何事かとクロスビットにも搭載されている遠隔カメラの機能をもつ鉱石「遠透石」で周囲を確認した。そうして目に入った光景は、マグマで満たされた赤の世界ではなく、蛇のようにのたうつマグマと猛烈な勢いで湧き上がる気泡で荒れ狂った「海」だった。

 どうやらマキシマル一行は、何処かの海底火山の噴出口から、いわゆるマグマ水蒸気爆発に巻き込まれて盛大に吹き飛ばされたらしかった。その衝撃で、船体が著しく傷ついたわけだが、何とか浸水を免れたのは不幸中の幸いというべきか、それとも流石ハジメのアーティファクトと称えるべきか微妙なところだ。

 九死に一生を得て、何とか地上に戻れたことに安堵した五人だったが、その後も、受難は続いた。

 噴火によりくるくると回りながら、海中へと放り出されたマキシマル一行は、少し呆然としつつも、直ぐに潜水艇の制御を取り戻し航行を開始した。両翼や船尾が大破していたが、魔力の放出による航行も出来るので、スクリューや両翼・船尾を使った航行に比べると圧倒的に燃費は悪いものの問題はなかった。再び、噴火に巻き込まれては堪らないと、急いでその場を離れたが、そんなシャチ型の潜水艇を付け狙う無数の影があった。

 それはサメに似ていたが、流線型ではなく寸詰りな顔つきや体型で、胸鰭ではなく手足が生えており、尾鰭に至ってはモーニングスターのようになっていた。おまけにこのサメ、全身が金属で出来ていた。

 まさかと思ったハジメ達がスラッグに尋ねてみたところ、やはりこのサメはシャークティコンという金属生命体だった。知性は低いが貪欲で、ピラニアのように群れで獲物を捕食するらしい。そんな怪物が、潜水艇に容赦なく襲い掛かったのだ。

 鋭い牙の並んだ口で噛みついてきたり、尻尾を叩きつけてくるなど、攻撃自体はシンプルだが、数の暴力で襲い来るシャークティコン達に、潜水艇搭載の武装(魚雷など)はあっという間に尽き、ユエの魔法頼りとなった。

 ユエも魔晶石にストックした分の魔力すら使いきり、ハジメは操縦に集中せねばならず、ましてや亮牙やスラッグから吸血出来るはずもなかったので、シアから吸血するという状態だ。何とかシャークティコン達を撃退しながら逃げ切った頃には、先のグリューエン大火山での戦いもあり、流石のマキシマル達も精魂尽き果てたといった有様だった。小さくなった亮牙はシアの容態を心配していたが、「せめてこれくらいは」とユエに血を提供し続けて、彼女は貧血でぶっ倒れた。

 仲間達を先に休ませ、ハジメは海面に出た。見渡す限り海しかない場所で天を仰ぎつつも、方角的に大陸があるであろう方向へ進んだ。そして半日ほど進んで、気候も波も極めて穏やかになったことから、ちょいと休憩しようと潜水艇を停めて、船外で日向ぼっこと洒落込んだというわけである。

 グリューエン大火山攻略から現在まで、まさに怒涛の展開だった。どう考えてもマキシマル一行以外では生き残れる可能性はないと言える状況だった。思わずハジメが「不幸だー!」と叫びたくなったのも頷けるだろう。

 

「シアと亮牙とスラッグは?」

「…シアはまだ寝てる。沢山貰ったから、もうしばらくは起きないと思う。亮牙も一緒になって寝ちゃった…。スラッグは、食ったら治るって食べ続けてる…」

「シアは兎も角、子どもかよあいつらは…」

 

 遠い目をしていたハジメが尋ねると、腰の上に乗っているユエがそう答えた。

 ユエ曰く、ハジメからの吸血とシアからの吸血では、魔力への変換効率が段違いらしい。「血盟契約」の相手であるハジメと、そうでないシアでは同じ量でも数倍の差が出るようだ。「血盟契約」とは、吸血対象を特定の相手に定めることで、他の者から吸血効果は薄くなるが、逆に契約相手からは数倍の効果が現れるという「血力変換」の派生である。

 

「…まぁ、ゆっくりすればいいか。どの道、現在位置が分からない以上、どれくらい進めば陸にたどり着くかは分からないんだ。いつ何が起きるか分からないし、少しくらい回復も兼ねてのんびりしよう」

「…ん」

 

 海は大陸の西にあるので、ただ大陸にたどり着くだけなら東に向かえばいい。水は魔法で作り出せるし、魚を採れば食料も問題ない。潜水艇と魔法から逃れられる魚などいはしないのだから、一見すると大海原に遭難状態とはいえ、それほど焦る状況ではなかった。夜に星の位置を確認すれば、大陸が見えてからの進路も取れる。そんなわけで、休める時に休んでおこうというわけだ。

 暖かな日差しとそよ風に体の力を抜いてリラックスする、ハジメとユエであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ…よく寝たですぅ…」

 

 暫くして、貧血から回復したシアが目を覚ました。まだ眠気でうとうとしているが、ふと身体の上に何かが乗っかっているような違和感を感じ、視線を向けると、小さくなったままの亮牙が「すぴぃ…」と可愛らしい寝息を立てながら、彼女にかけられた毛布にしがみついていた。

 

「お!シア、起きたのか?」

 

 近くで座っていたスラッグが声をかけた。ハジメの宝物庫から取り出した大量の食料やオーアをバクバクと飲み食いしていたらしく、今もアンカジで貰ってきた果物を片手に掴み、口元は何かのタレで汚れている。

 

「はい。全快ってわけじゃないですけど、大分良くなりました。スラッグさんこそ大丈夫なんですか?」

「俺スラッグ、いっぱい食べて回復した!もっと食べたいくらいだ!」

「ふふ、その様子なら大丈夫そうですね。…ところで亮牙さんは?」

「俺スラッグ、グリムロックの奴、何も食おうとしない。シアから引き離そうとすると泣き出すから、好きにさせてたら寝ちまった」

 

 呆れたような視線を亮牙に向けながらそう語るスラッグ。

 シアが貧血で寝込んでしまった後、亮牙はまるで母親を失った幼獣のように、彼女の傍から離れようとしなかった。ハジメやユエがあやそうとしたり、スラッグが食べ物で気を紛らわせようとしても、全く相手にせずに泣き出す始末で、彼女と引き離されるのを拒んだ。仕方がないので三人は、満足するまで傍にいさせてやろうと判断した結果、泣き疲れて一緒に眠りこけてしまったようだ。

 

「そうだったんですか…亮牙さんには心配かけちゃいましたね…」

「…おれ…ぐりむろっく…?」

 

 貧血で仕方なかったとはいえ、亮牙に心配をかけた事を反省するシアは、まだ眠っていた彼を優しく抱きかかえた。眠っていた亮牙は抱きかかえられたことで目を覚ましたのか、眠たそうに半目を開けて、鼻をくんくんと鳴らす。そして、シアの姿と匂いを確認すると、ぎゅうっと彼女の胸元に抱き着いた。

 

「ふふっ、亮牙さんったら本当に甘えん坊さんなんですから」

「俺スラッグ、グリムロックが元に戻ったら思う存分この事揶揄ってやろう」

 

 オーアを飲みながらそう言って笑うスラッグを尻目に、シアは我が子をあやすかのように優しく亮牙の頭を撫で始めた。

 可愛らしい寝息を立てる恋人の姿に愛おしい気持ちになると同時に、シアの脳裏にはグリューエン火山での戦いを思い返す。あの時も、自分は結局守られているだけだった。おかげで恋人は手酷く敵に痛めつけられ、危うく死んでいたかもしれなかった。結果として皆無事だったものの、今もこうして深い眠りについている事から、彼は相当無茶をしたのだろう。

 昔に比べれば充分強くなったと思うが、まだまだ彼を支えるには自分は弱い。それを嫌という程痛感した戦いだった。

 

(もっと強くならなきゃいけないですね。私は亮牙さんのパートナーなんですから)

 

 愛する人の為に強くなる。その決意を胸に、亮牙をギュッと抱きしめ返すシアであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くしてハジメとユエが船内に戻った後、未だ亮牙は眠ったままだったが、一行は潜水艇を東に向けて発進させた。時折、魔物に襲われつつもユエとスラッグが撃退し、進むこと丸一日。満天の星空の下を走り抜け、朝日が世界を照らす頃、遂に、一行の視界が陸地を捉えた。

 昨夜に見た星の位置からすれば、マキシマル一行のいる場所は、エリセンの北である。なので、あとは陸地を左手側に南下すれば、少なくともエリセンとグリューエン大砂漠をつなぐ港が見えてくるはずだ。陸地が見えたことにホッとしつつ、一行は南へ二日進んだ。

 その二日目の太陽が中天を越えた頃、マキシマル一行は、お昼休憩のため潜水艇を停めて、その上で波に揺られながら昼食をとっていた。亮牙の宝物庫はティオに貸していたので、ハジメの宝物庫から調理器具も調味料を使っている。他の食材は、スラッグが回復する為に大方食べ尽くしてしまったので、メニューは当然、海で採った魚だけだ。それでも、ボーと水平線を眺めながら食べる魚は、中々、美味しかった。

 但し、一行が気にかけていることがあった。未だ幼児化したままの亮牙だ。あれから今に至るまで、目を覚ましたは良いが、神水を飲ませてみても元の姿に戻る兆候は見られなかった。副作用で何か重要な器官にダメージを受けたのではと皆が心配していたが、当の彼はそんな仲間達の心配など露知らず、瓶に入ったオーアを飲んでいる。

 と、その時、亮牙の隣で見たこともない魚の丸焼きに舌鼓を打っていたシアのウサミミが、突如、ピコンッ!と跳ねたかと思うと、忙しなく動き始めた。次いで、ハジメやスラッグも「ん?」と何かの気配を感じたようで、全長1m近くもあるハタに似た魚を頬張りながら、視線を動かした。

 直後、潜水艇を囲むようにして、先が三股になっている槍を突き出した複数の人が、ザバッ!と音を立てて海の中から一斉に現れた。数二十人ほどで、その誰もがエメラルドグリーンの髪と扇状のヒレのような耳を付けていた。どう見ても、海人族の集団だ。彼らの目はいずれも、警戒心に溢れ剣呑に細められている。

 そのうちの一人、ハジメの正面に位置する海人族の男が槍を突き出しながら、彼問い掛けた。

 

「お前達は何者だ?なぜ、ここにいる?その乗っているものは何だ?」

 

 ハジメとスラッグは頬を膨らませながら目一杯詰め込んだ魚肉を咀嚼し飲み込むので忙しい。敵対するつもりはないので、早く返答しようと思うのだが、如何せん、今食べている魚は弾力があってずっしりとボリュームのある強敵。今しばらく飲み込むのに時間がかかる。

 二人としては、至って真面目な態度を取っているつもりなのだが、どう見ても、槍を突きつけられ、包囲までされているのに余裕の態度で食事を優先しているふてぶてしい奴らにしか見えなかった。

 尋問した男の額に青筋が浮かぶ。どうにも、ただ海にいる人間を見つけたにしては殺気立ち過ぎているようで、そのことに疑問を抱きつつも、一触即発の状況を打開しようと、二人の代わりにシアが答えようとした。

 

「あ、あの、落ち着いて下さい。私達はですね…」

「黙れ!兎人族如きが勝手に口を──」

 

 やはり兎人族の地位は、樹海の外の亜人族の中でも低いようだ。妙に殺気立っていることもあり、舐めた態度をとるハジメとスラッグ(海人族にはそう見える)に答えさせたいという意地のようなものもあるのだろう。槍の矛先がシアの方を向き、勢いよく突き出された。

 身体強化したシアに、海人族の攻撃が通るわけがないのだが、突き出された槍は彼女が躱さなければ、浅く頬に当たっている位置だ。おそらく、少し傷を付けてハジメ達に警告しようとしたのだろう。やはり、少々やりすぎ感がある。海人族はこれほど苛烈な種族ではなかったはずだ。

 だが、例えどんな事情があろうと、それは完全に悪手だった。例え警告でも、愛するシアを傷つけようとした相手に、()()()が穏便に済ますはずがなかった。

 

チュドォォォォン!

 

「ひでぶっ!!?」

 

 口を聞くな、と男が言い切る前に、凄まじい勢いで何かが男の顔面に直撃した。男は大きく吹き飛ばされ、空中を錐揉みしながら飛翔して何度か海面をバウンドした挙句、海中へと沈んでいった。

 唖然とした表情で、吹き飛んでいった男からマキシマル一行に視線を戻した残りの海人族達の目に飛び込んできたのは、拳を握り締めてグルルルと睨みつけてくる亮牙の姿だった。跳ね飛んだ海水が太陽の光に反射してキラキラと光り、剥き出しになった牙も、心なし光っているように見える。

 

「なっ、なっ」

 

 狼狽する海人族達だが、幼児化した亮牙は意に介さず、ギロリと吹き飛ばした男の隣にいた男を睨みつけた。ただでさえ、目の前の幼児から発せられる今まで感じたことのない殺気に押し潰されそうになっていた海人族の男は、睨みつけられた事で恐慌を来たしたのか雄叫びを上げながら槍を突き出す。

 

「ゼェアア!」

 

ガブリンチョ!!!

 

バギィッ!!!

 

「え?え?な、なんで…」

 

 男の人生の中でも、会心と言っていい程の一撃。死を予感して、本能が繰り出させた必殺の一撃だった。

 しかしその一撃は、亮牙の口先でいとも簡単に止められてしまった。彼はそのままバリボリとスナック菓子でも食べるかのように、槍の穂先を噛み砕いてしまった。そして、粉々に噛み砕いた金属の塊をぺっ!と他の海人族の顔面目掛けて吐きつけた。金属の塊が顔面に直撃し、その海人族は呻き声を上げて鼻血を撒き散らした。

 槍を失い、呆然としていた海人族の男は、尋常じゃない殺気を放つ上に槍を容易く噛み砕くという目の前の非常識な幼児の姿に頬を引き攣らせた。直後、彼の視界に映ったのは、大きく振りかぶって迫り来る幼児の拳だった。

 

ボゴォッ!!!

 

「グワーッ!!?」

 

 呆然としていた男は、先の男と同じように思い切り殴り飛ばされて吹き飛んだ。

 

「おれ、ぐりむろっく!」

「モグモグ、ゴクンッ…。亮牙、分かったから落ち着いて…。さて、僕達としては海人族とは極力争いたくないんだ。だから、ここは落ち着いて話し合いといきませんか?流石に、本気で仲間に手を出されたら黙っている訳にはいかないし。?あ、ぶっ飛ばされた二人は流石に死んでないと思いますよ。彼も本調子じゃないみたいですし」

 

 ふんっ!と鼻を鳴らす亮牙を宥めつつ、ハジメはそう提案した。マキシマル一行としても、ミュウと同じ海人族とは、あまり争いたくなかった。さっくり殺してしまった相手が、実は近所のおじさんですとか言われたら目も当てられない。

 しかし、海人族の方は、提案を呑むつもりがないらしい。死んでいないとはいえ仲間を吹き飛ばされた挙句、海の上という人間にとって圧倒的に不利な状況で「お前達など相手にならない」という態度をとる(海人族にはそう見える)マキシマル一行に自尊心を傷つけられたらしい。

 また、人間族に対する警戒が異常に高いようで、ハジメの言葉を全く信用していないようだ。油断させようとしてもそうはいかない! と、ハジメ達から距離を取りながら背中に括りつけた短い銛を投擲するように構えだした。

 

「そうやって、あの子も攫ったのか?また、我らの子を攫いに来たのか!」

「もう魔法を使う隙など与えんぞ!海は我らの領域。無事に帰れると思うな!」

「手足を切り落としてでも、あの子の居場所を吐かせてやる!」

「安心しろ。()()()()に引き渡すまで生かしてやる。状態は保障しないがな」

 

 何やら尋常でない様子だ。警戒心というより、その目には強烈な恨みが含まれているように見える。「我らの子を攫う」という言葉から、彼等が殺気立っている原因を何となく察するハジメ。もしかするとミュウ誘拐の犯人と勘違いされているのかもしれない。見たことのない乗り物に乗り、兎人族の奴隷を連れ、海人族の警戒範囲をうろつく人間。確かに誤解されてもおかしくないかもしれない。

 亜人族は、種族における結束や情が非常に強く、他種族間でもそうだが、特に同種族において、その傾向は顕著だ。シアのために一族総出で樹海を飛び出したハウリア族しかり、族長を傷つけられて長老会議の決定を無視してまで復讐に飛び出した熊人族しかり。海人族も例に漏れず、例え他人の子であっても自分の子と変わらないくらい大切なのだろう。

 ハジメは内心「わざわざ僕を父親扱いしなくても、父親っぽい奴等が沢山いるじゃんか」と少し拗ねの入った文句を、ここにはいないミュウに向けて苦笑い混じりに呟いた。そして、彼女の名前を出して誤解を解こうとした。

 

「あ~、あのな、そのさらわれ…」

「やれぇ!!」

 

 しかしそれより早く、海人族は銛を次々と投擲し始めてしまった。下半身を海に付けて立ち泳ぎしながらだというのに、相当な速さで飛来する銛は、なるほど、確かに殺すつもりはないようで肩や足を狙ったものばかりだ。しかもご丁寧に、水中から船を突き上げているらしく、船体が激しく揺れている。

 普通の人間なら、バランスを崩して回避行動が間に合わず銛に射抜かれるか、海に落ちて海人族に制圧されるかが関の山だろう。あくまで、普通の人間なら。

 

「波城」

 

 ユエの呟き一つで海水が圧縮されながら盛り上がり全方位から飛んで来た銛を尽く阻んだ。そして、無詠唱で発動した魔法に海人族達が驚愕している間に、魚を食べ終えたスラッグが肩慣らしと言わんばかりに電気を纏い始める。

 文字通り城壁と化していた海水がザバッと音を立てて元に戻ると同時に海人族達は、口をモゴモゴしているスラッグがバチバチと電気を纏っている姿を確認して顔を青くする。

 

雷角回弾(サンダーバズーカ)!!!」

 

ドボォン!バリバリバリッ!

 

「「「「「アイエエエ〜!!?」」」」」

 

 急いで逃げようと踵を返した海人族達だったが、時すでに遅し。スラッグは勢い良く海中に飛び込むと、海人族達を一人も逃さず、ほどよく感電させた。

 そこかしこで凄まじい悲鳴が聞こえ、しばらくすると、プカ〜と海人族達と魚やイカが、浮かび上がった。海面に浮上してきたスラッグは、新たな食料が手に入ったと嬉しそうだ。

 

「俺スラッグ、大漁大漁!」

「ん、そんな事より、この人達が言っていたのって…」

「まぁ、ミュウのことだろうね」

「エリセンに行っても色々ありそうですね。何の問題もなく過ごせた町が皆無という…」

「おれ、ぐりむろっく!」

「やめてよシア。実は、ちょっと気にしてたんだ…。ちくしょう。ミュウがいれば何の心配もなかったのに…」

 

 ハジメは、頭を抱えながら溜息を吐き、取り敢えず、土左衛門になっている海人族達の回収に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潜水艇を即席で改造し作った荷台に、白目を剥いてアフロになっている海人族達を乗せ海原を進むマキシマル一行。

 スラッグも流石に殺さないよう手加減しておいたので、一人だけ暫くすると目を覚ましたので事情を説明し港に案内させた。

 当初、マキシマル一行がミュウの名と特徴を知っていたことに、やはり貴様達が犯人か!と暴れ出そうとした海人族の男だったが、苛立った亮牙が殺気を込めた咆哮を至近距離から浴びせると、改心してきちんと話を聞いてくれるようになった。

 そしてミュウが現在、アンカジまで戻ってきていることを話すと、一度エリセンまで行き、そこで同行者を決めて一緒にアンカジまで行って欲しいと頼まれた。海人族としても、真偽の確かめようがないマキシマル一行の話を鵜呑みにして、ミュウの手掛かりかもしれな彼らだけをアンカジに行かせるわけにはいかないのだろう。

 目の前でエリセンに案内している青年の他にも、先程、ハジメに吠えた者達は直接ミュウを知っている者達だったらしい。ミュウ誘拐の折、母親が負傷したこともあって余計感情的になっていたようだ。ミュウと再会した時に、そんな知り合い達をぶっ飛ばした挙句、適当に放置しましたというのも気が引けたので、マキシマル一行は仕方なく青年の頼みを聞くことにした。

 そうして海の上を走ること数時間、遂に海上に浮かぶ大きな町が見え始めた。海上都市・エリセンだ。しかし…

 

「…一体、何があったんですか?あちこちに船の残骸が浮かんでますぅ…」

「確かに、様子がおかしい…。観光や商売で賑わってるかと思ったけど…」

 

 明らかに町の様子がおかしい。港には船は一隻も停泊しておらず、大きく破壊された木造船の残骸が浮かんでいるだけだ。町の方も、港なら商人や観光客で賑わっている筈なのだが、人の気配が殆ど感じられない。

 マキシマル一行が海人族の青年に理由を尋ねると、青年はバツの悪そうな顔をして答えた。

 

「あの方…ミュウちゃんのお爺様の仕業だ…。娘が深傷を負わされ、孫が拐われた事で、憎しみに支配されてすっかり人が変わってしまってな…。人族全てに怒りの矛先を向け、手当たり次第に殺し尽くしたのだ。王国の駐屯兵達も悉く返り討ちに遭い、生き残っていた連中はエリセンを追われた…。我々もそれに影響されて、少し攻撃的になってしまっていたようだ…」

 

 それを聞いて、マキシマル一行は顔を顰める。ミュウに祖父がいることは彼女から聞いていたし、イルワもエリセンでトラブルが起きていると言っていたが、どうやら、事態は相当深刻なようだ。

 取り敢えず、船の残骸が少ない浅瀬に停留させようと、潜水艇を進めようとした時だ。

 

「っ⁉︎おれぐりむろっく!おれぐりむろっく!」

「ど、どうしたんですか亮牙さ……皆さん!何かが近づいてきてます!」

 

 シアに抱きかかえられていた亮牙が、何かに気付いたかのように騒ぎ出したのだ。最初はどうしたのかと思ったシアも、直ぐに異変を察知してウサミミを激しく動かす。マキシマル一行は急いで接近する者の正体を確かめるべく、ハッチを開いて船外へと出た。

 彼らの目に映ったのは、三列に並んだ無数の金属の巨大な棘だ。そんな異様な物体が、まるでサメの背鰭のように海面に出現し、もの凄い勢いで真っ直ぐこちらに向かってきているのだ。

 

「き、来た…!あの方だ…!」

「俺スラッグ、やっぱり()()か…!」

 

 その光景に、海人族の青年は顔を真っ青にして震え上がる。一方でスラッグは、その棘の正体を悟り、苦虫を噛み潰した表情となる。

 

ザバァアアアアッ!!!

 

 やがて、海中が青い二つの光が光ったかと思うと、凄まじい水音を上げて巨大な頭が浮上した。赤茶色の体色に、ワニに似た細長い頭部と巨大な牙、全てが金属でできている。

 

「ギャオオオオオオッ!!!」

 

 最後のダイナボット・スコーンは、怒りに満ちた唸り声を上げ、潜水艇へ容赦なく襲い掛かった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・シャークティコン
 サイバトロン星に棲息する金属生命体の一種。全長は大型のホオジロザメ並みの巨体を誇り、群れで行動する。
 獰猛な性格で、有機生命体から金属生命体まで、目についたものは何でも捕食してしまう。最大の武器は鋭い牙が無数に並んだ強靭な顎だが、前足の鉤爪やモーニングスターに似た尾も武器となる。
 モデルはG1のシャークティコン(シャークトロン)。実写シリーズでも、アメコミ『バンブルビー』にてシャークティコンが登場している。





感想、評価お待ちしてます。


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怒れる海の翁

コロナ感染者が再び増加してきた昨今、読者の皆様は大丈夫でしょうか。
私の方は、遂に同居している親類の一人が感染してしまいました。幸い直ぐに隔離された末に完治し、私含めた濃厚接触者は検査の結果陰性でしたが、一週間は自宅に閉じ込められる事になりました。

それからは仕事もハードになって、スランプ気味だった事もあり執筆の意欲が分かず、お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。

今回は再び戦闘に入ります。読者の方から指摘もありましたが、とある怪獣映画のオマージュも込めてあります。

今年は『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』も公開予定ですし、そうした映画作品のインスパイアも結構作中で出す予定です。


 海から襲来するゴジラのように雄叫びを上げると、スコーンは再び水中に頭を潜らせる。それでも背中の棘は、まるでサメの背鰭のように水面に突き出ており、凄まじい勢いで潜水艇目掛けて突っ込んでくる。

 

「ふぇえええ〜⁉︎もの凄い勢いで突っ込んできますよ〜!!?」

「おれぐりむろっく!」

 

 堪らずシアが叫ぶ。亮牙は彼女の腕に抱かれながらも、迫り来るかつての仲間に吼えかかる。もっとも、今の彼に正常な思考があるのか不明だが。

 かつてスコーンが破壊した帆船の錨や縄が、水中を突き進む彼の身体に絡み付くが、当のスコーンは全く意に介さず、錨や縄に繋がった帆船の残骸を引っ張りながら突き進んでいく。

 

「ち、ちょっとスラッグ!あれ仲間なんでしょ⁉︎早く宥めてよ⁉︎」

「ん!急いで!」

「俺スラッグ!スコーン、止めろ!落ち着け!」

「うわぁああ⁉︎親分さん!おやめ下さい!」

 

 漸くハッとなったハジメとユエが、慌ててスラッグに宥めるよう叫ぶ。彼らの仲間である以上、下手に攻撃は出来ないし、そもそも生半可な攻撃で止められる相手じゃない。

 スラッグは大声で呼びかけ落ち着かせようとするも、スコーンは応じず突っ込んでくる。一人だけ意識を取り戻していた海人族の青年は恐慌状態となり、泣き叫ぶ始末だ。

 しかし迫り来る棘だらけの背中は、潜水艇まであと少しのところまで近づいたかと思うと、突如として海中に消えた。絡みついて引っ張られていた帆船の残骸も、そのまま海中へと沈んで行った。

 一体、どうしたのだろうか?警戒をしつつも、皆が疑問を浮かべる中、シアの腕に抱かれた亮牙は海中を睨みつけながら、唸るように叫んだ。

 

「おれぐりむろっく!!!」

 

 

 

 

 

「ギャオオオオオオオッ!!!」

 

ザバァアアアアアアンッ!!!

 

 亮牙が海中に向かって吼えた次の瞬間、スコーンは凄まじい雄叫びとともに垂直に海中から浮上し、潜水艇に体当たりを喰らわせた。

 

「わああああっ⁉︎」

「きゃあああ〜⁉︎」

「ん〜っ⁉︎」

「のわぁああっ⁉︎」

「おれぐりむろっく⁉︎」

「「「「「アイエエエ〜ッ!!?」」」」」

 

 あまりの衝撃に潜水艇はひっくり返され、荷台に乗せていた海人族達は悲鳴とともに投げ出される。ハッチから身を乗り出していたマキシマル一行も、潜水艇が転覆したのだから堪らない。

 忽ち船内に海水が入り、ハジメは慌ててハッチを閉める。仲間達の様子を確認すると、ユエが口からピュ〜と海水を吐き出し、スラッグに至っては口に飛び込んできた魚を吐き出している。どうやら近くを泳いでいたところを、運悪く彼の口に飛び込んでしまったのだろう。

 

「ゲホッ…みんな大丈夫?」

「グヘェ…スコーンの奴、後でぶん殴る…」

「ん………亮牙とシアは?」

 

 ユエは、亮牙とシアがいない事に気づいた。ハジメとスラッグもハッとなって船内を見渡すが、二人の姿はなかった。

 

「不味い!さっきの衝撃で投げ出されたんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うきゃああああ〜!!?またこんなのですか〜!!?」

「おれぐりむろっく〜!!?」

 

 一方、スコーンの衝突で潜水艇から海へと放り出された亮牙とシア。そのまま勢いよく水面へと墜落し、ドボォン!と水飛沫を上げた。周囲では、同じく潜水艇の荷台から投げ出された海人族達が「アイエエエ〜⁉︎」と悲鳴を上げながら海へと墜落していった。

 

「ごばばはばば!!?」

「おべぐびぶぼっぶ!!?」

 

 二人も海中へと沈んでいくが、直ぐにシアが身体強化を施し、亮牙を片腕に抱えながら海面へと浮上し、「プハァ!」と息を吸う。亮牙も口からピュ〜ッと海水を吐き出していた。恋人の無事を確認した彼女は、そのまま彼を片腕に抱えて、ひっくり返された潜水艇まで泳いで戻ろうとした。

 しかし、脅威はまだ去ったわけではなかった。先程の攻撃の後、海中に潜って姿を消したかに思われたスコーンは、再び海面に浮上すると、シアと亮牙に狙いを定め、凄まじい水飛沫を上げながら突進してきた。

 

「ギャオオオオオッ!!!」

「うひゃああああ〜っ!!?」

 

 まるでサメ映画でよくある、人喰いザメに襲われる水着ギャルのような状況に、シアは思わず悲鳴を上げる。その様子を見て、突如として亮牙は彼女の腕から抜け出すと、迫り来るスコーンを睨みつけた。

 

「ちょっ…⁉︎亮牙さん⁉︎」

「うぅ…グガァアアアアアアッ!!!

 

 突然の事に驚くシアだが、亮牙はお構いなしに凄まじい雄叫びを上げると、忽ち元の姿へと変身した。体色はファイヤーブラストの時と違い、元の燻銀のような色へと戻っていたが、何処か様子がおかしい。

 そんな彼は右腕を振りかぶると、まるで羆が鮭を仕留めるかのような強力なパンチを、迫り来るスコーンの巨大な顎目掛けてお見舞いした。

 

「ギェアアアアアアアッ!!?」

 

 流石のスコーンも、まさかの敵の反撃に反応できず、顔面を殴り飛ばされて大きく仰反る。大きな水飛沫が上がる中、彼は呆気に取られていたシアを優しく手に抱えると、そのまま一気に潜水艇の方まで泳いでいった。

 潜水艇はまだ転覆したままだったが、グリムロックはその怪力で易々と潜水艇をひっくり返して元に戻すと、片手に乗せていたシアを優しくハッチの上に降ろした。

 

「ふぇ〜、助かりました〜。亮牙さん、元に戻ったんですか?」

「……おれぐりむろっく?」

「どうやらまだ戻ってないみたいですね…」

 

 恋人が全快したのかと思ったシアだが、その厳しい外見とは裏腹にキョトン?とした表情で見下ろすグリムロックの姿に、まだ幼児化した時のままかと悟り、思わず苦笑いとなる。

 

「ギャオオオオオオオッ!!!」

「グォオオオオオオオッ!!?」

「ッ!!?亮牙さん!!?」

 

 だが次の瞬間、海中からスコーンが飛び出して、ワニのような顎でグリムロックの左肩に噛みついた。先程殴り飛ばされたものの、すぐに体勢を立て直して追いかけてきたのだ。

 痛みに悶えるグリムロックの叫びに、シアが思わず悲鳴を上げるが、スコーンはお構いなしに彼を海中に引き摺りこみ、グリムロックは潜水艇から引き離された。

 水中に引き摺り込まれたグリムロックだったが、スコーンの顎が弱まった一瞬の隙をついて敵の拘束から逃れた。スコーンが再び噛みつこうと迫るが、彼は強力な頭突きをお見舞いして一旦距離を取ると、海面へと浮上した。

 ザバァ!と勢いよく水飛沫を上げて海面へと浮上したグリムロックは辺りを見渡す。潜水艇の方を見ると、シアがホッとした様子でこちらを見ていた。彼女の無事を確認した後、更に周囲を見渡し、ふとエリセンの方を見た。本能的に、陸に上がって敵を迎え討とうと判断した彼は、そのまま勢いよく飛び上がると、スコーンに破壊された帆船の残骸を足場代わりにしながら陸場へと目指した。

 やがて港に到達すると、彼はズシィィン!と地響きを起こしながら着陸した。不幸中の幸いか、スコーンが暴れ回った事で人族は全て追い出され、海人族達も恐れをなして避難しているからか、エリセンがパニックに陥ることはなかった。

 

「グルゥオオオオオオッ!!!」

 

 安定した足場を確保できた事を確かめると、グリムロックは海中にいるスコーンに向かって雄叫びを上げた。この雄叫びは威嚇ではなく、挑発だ。敵の注意を仲間達から自分へと向けさせるための。

 一方、スコーンは再び海面に顔を出して、グリムロックか潜水艇の何方を攻撃すべきか品定めしていた。だが、港へと上陸して逃げたかに見えたグリムロックの挑発的な咆哮を聞き、標的を彼へと定めると、怒りを露わにしながら港目掛けて突き進んだ。

 グリムロックはスコーンが自分に狙いを定めたのを確認すると、地面の石畳へと視線を向けた。そしてその巨大な手で、まるで食パンでも引き千切るかのように石畳を抉り取ると、迫り来るスコーン目掛けて投げつけた。トータスの原始的な船舶ならこの投石で容易く沈められただろうが、生憎彼はダイナボットだ。そんな攻撃などで怯んだりなどしない。

 

ザバァアアアアアアッ!!!

 

「ギャオオオオオオオッ!!!」

 

 凄まじい水飛沫が上がると共に、港の石畳に前足の鉤爪を食い込ませ、怒り狂うスコーンが上陸した。元々がスピノサウルスなだけあって、体高は18m、全長も50mに達し、グリムロックのビーストモードより遥かに巨大だ。海から這い上がってきた事もあり、まるで某怪獣王のような迫力だ。

 だが、相手はグリムロックだ。現在の彼に正常な思考が出来ているかは不明だが、相手が何者だろうと怯んだりなどする性格ではない。

 

「グルゥオオオオオオッ!!!」

 

ガァァァァァァァンッ!!!

 

「グギィッ!!?」

 

 グリムロックが右腕を大きく振りかぶると、強烈なストレートをスコーンの顔面に直撃させる。凄まじい金属の衝突音が響き、スコーンの口から鋭い牙が数本へし折られた。だが、彼は両足に力を込めて踏ん張り、そこから身体を大きく捻らせて、全長の半分近くもある長い尾でグリムロックに反撃した。

 

バシィィィィィィッ!!!

 

「グォオオッ!!?」

 

 大きく拳を振りかぶった事で隙が生まれたグリムロックはその一撃を防ぐ事が出来ず、カウンターとなってしまった。大きく仰反った彼は、ドスゥゥゥン!と地響きを立てながら石畳の上に倒れ込んだ。

 スコーンは倒れ込んだグリムロックに伸し掛かって、喉元に食らいつこうと巨大な顎を開いた。

 

ヒュウウウウ!!!

 

チュドドドドドッ!!!

 

「ギャオオオオオオオッ!!?」

 

 だが突然、海上から大量の何かがスコーンの背中目掛けて降り注ぎ、直撃するや大爆発を起こした。大したダメージとはならなかったものの、思わず怯んだ彼は唸り声を上げて海上を睨みつける。

 攻撃の正体は、ハジメの放ったオルカンだ。無事にシアを潜水艇内に回収した後、グリムロックがまだ本調子を出せてない事に気づいた彼が、咄嗟に援護射撃を行ったのだ。

 スコーンが忌々しそうにハジメの方を睨みつける。この一瞬の隙をついて起き上がったグリムロックは、そのまま勢い良く彼に体当たりを喰らわせ、再び海中へと叩き落とした。

 

「ギャオオオオオッ!!?」

 

ザバァアアアアアア〜!!!

 

 海中へと叩き落とされたスコーンは、再び怒りの矛先をグリムロックへと向けた。そして彼は、全身のエネルギーを背中へと送り込み始めた。

 忽ち剣山のように生えた背中の棘が、まるで放射熱線を吐くゴ◯ラの背鰭の如く輝いていく。水中が光り輝く光景に、海上から見下ろしていたグリムロックも本能的に危険を察知した。

 その予感は正しかった。

 

放射棘槍(ラッシュスパイン)!!!」

 

ジュパパパパパパパパパッ!!!

 

 次の瞬間、発光していたスコーンの棘が、まるで魚雷を発射したかのように彼の背中から放出された。ハジメのパイルバンカーの杭より巨大な棘が、何十本も海中から飛び出して上空高く舞い上がったかと思うと、まるで絨毯爆撃の如くグリムロック目掛けて降り注いだ。

 

ズドドドドドドドドッ!!!

 

「グオオオオオオオッ!!?」

 

 降り注がれた大量の棘は、そのまま建物や石畳に貫通して破壊していく。幸いな事に、どの建物も住んでいた人族はとうの昔に追い出されて廃墟と化していたため、犠牲者はいなかった。

 グリムロックは必死になって降り注ぐ棘を躱していくが、陸に降り注ぐ棘の量があまりにも多過ぎる。やむを得ず、彼は棘を避けるために再び海中へと飛び込んだ。それが罠とも気づかずに。

 

「ギャオオオオオオオ〜!!!」

「ッ⁉︎グガァアアアアア!!?」

 

 スコーンが待ってましたと言わんばかりに海中から飛び出して、グリムロックの脇腹に噛みついた。彼は一見、無差別に棘を放出したかのように見せかけて、実際はグリムロックを海中へと追い込むように放出していたのだ。そして狙い通り、再び自分の得意とする海中戦へと持ち込んだのだ。

 グリムロックはスコーンの頭を殴り飛ばして顎から逃れると、急いで海面へと浮上しようとする。だがスコーンは再び彼に襲い掛かり、その長い尾で大蛇のように彼の胴体を締め上げた。必死にもがくグリムロックだが、拘束から逃れる事は出来ない。スコーンはそんな彼を締め上げたまま、更に海中奥深くまで潜ろうとする。このまま海底深くまで引き摺り込んで仕留めるつもりだ。

 危うし、グリムロック!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それより少し前、潜水艇では他のマキシマルの面々が、グリムロックとスコーンの戦いを心配そうに眺めていた。先程自分達を襲ってきたスコーンは、グリムロック達の仲間の筈だが、グリムロックの姿を見てもなお怒り狂ったままで、海人族達以上に聞く耳を持ってくれなさそうだ。

 それに何より、グリムロックの様子がおかしい。ロボットモードは元のカラーリングに戻ってはいるが、戦い方が彼らしくない。何処となく本能のままに暴れているようなのだ。事実、さっきから全く武装を展開したり、変形する素振りすら見せていない。

 皆がそう心配しているうちに、放たれたスコーンの棘を避けて海に飛び込んだグリムロックが、スコーンによって海中へと引き摺り込まれていった。

 

「大変です!亮牙さんが⁉︎」

「俺スラッグ!水の中じゃスコーンが有利すぎる!」

「ん、海の中じゃ亮牙、火が吹けない…!」

「早く助けるよ!ユエとスラッグも手伝って!」

 

 ハジメはそう叫ぶと、自身の宝物庫から自作の機雷を取り出し、海中目掛けて放り投げた。続いてユエとスラッグも、電撃を海中目掛けて放った。

 

チュドォオオオオオンッ!!!

 

バチバチバチバチバチッ!!!

 

 凄まじい騒音を上げながら、巨大な水柱が上がった。潜水艇から振り落とされた海人族達は、意識を取り戻して海上へと逃げ出していたが、もしまだ海面に浮かんでいたら大惨事となっていただろう。

 やがて海面が静かになったかと思うと、ザバァアッ!と再び凄まじい水飛沫をあげて何かが浮上してきた。グリムロックだ。さっきのハジメ達の攻撃で何とか拘束から脱出出来たのだろう。マキシマル一行もそれを見てホッとした。

 但し、今の彼は目に見えて分かる程に疲弊しきっていた。息も絶え絶えといった様子で、何とか港に上陸したかと思うと、そのままドスゥン!と仰向けに倒れ込んでしまった。

 その間に、再びスコーンが海面から顔を出した。彼も先程の攻撃でかなり疲弊しているようだが、その目は未だ闘志と憤怒で燃え滾っている。そのままゆっくりと、まるで仕留めた獲物にありつこうてするワニのように近づいていった。

 

「待ちなさい!いくら亮牙さん達のお仲間とは言え、これ以上はさせませんよ!」

 

 その光景を見たシアはすかさず身体強化を施すと、潜水艇のハッチから飛び出した。そして因幡の白兎の如く、帆船の残骸を飛び越えながら港に上陸すると、ドリュッケンを握りしめてスコーンの前に立ち塞がった。

 グリムロックはシアを庇おうと身体を動かそうとするが、疲れ切って思うように動けない。ロボットモードを維持するのもやっとな状態で、力が抜ければ幼児の姿に戻ってしまうだろう。

 スコーンは唸り声を上げながら、鋭い鉤爪の生えた前足を振りかぶり、シアへと振り下ろそうとした。

 

 

 

 

 

「「堅気に迷惑かけてんじゃねえよ───

 

 

 

 

 

 ───貂自尊皇(テンプラウドン)!!!」」

 

チュドォンッ!!!

 

「ギャオオオオオッ!!?」

 

 次の瞬間、上空からレーザーのように収束された強烈な衝撃波が放たれ、ガラ空きだったスコーンの腹部へと直撃した。流石の彼もこれには堪らず、仰向けに倒れ込んだ。

 シアが上空を見上げると、見覚えのあるシルエットが見えた。二つの頭に二股に分かれた尾、そして40mはある巨大な翼、間違いなく彼だ。

 

「「全く、何奴も此奴も手が掛かるよ」」

「ストレイフさん!」

 

 そう呆れたように呟きながら、彼はグリムロックとスコーンの間に割って入るように着陸すると、背中から二人の人影を優しく降ろした。勿論、ミュウとティオだ。

 

「ご主人様!」

 

 上空から愛しのグリムロックの無事を確認する事は出来たが、その彼がかつての仲間が相手とは言え、手ひどく痛めつけられ追い詰められた姿を目にして、彼女は目に涙を溜めながら駆け寄ってゆく。

 一方、ストレイフの方はロボットモードに変形すると、痛みに悶えながらも再び起き上がったスコーンを睨みつけて問いかけた。

 

「…おいスコーン。何があったか知らんが、これはちょっとおいたが過ぎるんじゃねえか?」

 

 例え古くからの仲間とはいえ、見た限りエリセンの町に甚大な被害を齎した犯人は、間違いなく彼だろう。おまけに先程まで、グリムロックを手酷く痛めつけていたのは見過ごせない。

 だが当のスコーンは、まるで聞く耳を持たないといった様子で、「グルルル…」と唸るだけだ。彼がこれ以上馬鹿な真似を続けるようなら容赦は出来ないと考えたストレイフは、拳を握り締めた。

 

「う〜!喧嘩したらめっ!なの!ぐりみぃにひどいことしたの、謝るの!」

「ちょっ⁉︎ミュウちゃん⁉︎」

 

 だが、新たな戦いが始まろうとしたその場を、全く予想外の人物が仲裁のために動いた。マキシマルのアイドル、ミュウだ。頬をプクッと膨らませながら、ストレイフの前に立つと、目の前の金属の恐竜に向かってそう叫んだ。

 彼女にとっても、グリムロックが手酷く痛めつけられた事は許せなかったようだ。何せなんだかんだで優しく、しょっ中シアに甘える彼の姿を見てきた彼女にとっては、マキシマルのリーダーは弟かペットの子犬のような存在なのだ。怒るのも無理はない。

 しかし、目の前の相手がそんな話を聞くとは思えない。シアとストレイフ、そしてグリムロックに寄り添っていたティオは慌ててミュウを下がらせようとするが…

 

 

 

 

 

「……ミ…ミュ…ウ…?」

 

 

 

 

 

 ふと、ミュウの名を呼ぶ男の声がその場に響いた。一行が一瞬キョトンとなって声のした方を見ると、先程まで闘志剥き出しだったスコーンが、嘘みたいに大人しくなっていたのだ。

 彼は、プンプンと怒りながら自分を見上げるミュウを、信じられない者でも見たかのように目をパチクリさせながら見つめていた。やがて、他のダイナボット達のように全身の金属がギゴガゴゴと折り畳まれ、その巨体は縮小していった。

 やがて現れたのは、初老の海人族の男だった。但し背丈は2mを超えており、髪は他の海人族のようなエメラルドグリーンではなく、真鯛のような赤髪だった。鰭状の耳も、まるでカサゴのように刺々しい。

 最初はキョトンとしていたミュウだったが、そんな厳しい大男の姿を見ると、顔をパァアッ!と輝かせた。

 

()()()()()!!!」

 

 彼女は嬉しそうにそう叫ぶと、人間態となったスコーンに抱きついた。

 

 

 

 

 




今回の戦闘で参考にしたのは分かる人ならすぐ分かったかもしれませんが、『ゴジラVSコング』です。
最初は『ジュラシック・パークIII』のオマージュや、スラッグと戦わせる事も考えていましたが、ゴジラとコングの戦闘描写に非常に魅了された事もあり、中盤の海上戦を参考に今回の戦いを設定しました。

個人的には昨年見た『ヴェノム/レット・ゼア・ビー・カーネイジ』の主題歌「Last One Standing」が原作ハジメにマッチしてる気がするので、そうしたオマージュも入れてみたいなと考えています。





感想、評価お待ちしております。


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遂に集結!ダイナボット

一ヶ月も更新が遅れ、大変申し訳ございませんでした(>_<)

4月になってから職場が新体制になったため、そのせいで残業も増えて中々執筆が進まず、ご心配をおかけしました。

ジュラシック・ワールド最新作の新情報やら、ダーク・サイバートロンの邦訳版発売など、ここ最近は怒涛の展開続きでした。


「ミュウ?本当にミュウなのか?」

「ミュウはミュウなの!お爺ちゃん、ただいまなの!」

 

 先程まで嵐の如く暴れ回っていたスコーンは、一転して大人しくなったかと思うと、お爺ちゃんと呼びながら抱きついてきたミュウを抱えたまま、信じられないといった様子で問いかける。一方のミュウは、嬉しそうに頬擦りしながら、スコーンにギュ〜と抱きついている。

 

「ああっ、ミュウ!無事だったんだな!」

 

 やがて、スコーンは目から涙を流しながら、ミュウを抱きしめ返した。彼はその逞しく大きな手で、ミュウの頭を優しく撫でた。

 

「人間どもに酷いことされなかったか⁉︎何処か具合が悪いところはないか⁉︎」

「んみゅ!まきしまるのみんなが助けてくれたの!ミュウは大丈夫なの!」

「ああ、良かった。本当に良かった…!」

 

 もう二度と離れないというように固く抱きしめ合うミュウとスコーン。次第に、何処から現れたのか海人族達が集まってきた。どうやら騒ぎが収まったのを感じ取って来たようだが、皆が拐われた筈のミュウの姿を見て驚愕し、盛大に騒ぎ始めた。

 

「やっぱり、ミュウちゃんはお前のお孫さんだったようだな。スコーン」

「ん?…お前、まさかストレイフか?それにそこでぶっ倒れているのは、グリムロックじゃないか⁉︎」

 

 そんな中、突如として懐かしい感じの声が聞こえ、ハッとなったスコーンが振り向くと、かつての友人と同じ雰囲気を醸し出す青年が立っていた。更にその近くでは、見間違えようもない、自分達の大将がぐったりした様子で横たわっていた。その側では、二人の美少女が心配そうに寄り添っている。

 

「おーいみんな〜!ちょいと手伝ってよ〜!」

「あっ!パパぁ〜!」

「ぱ、()()!!?」

 

 そんな中、ハジメの呼び声が聞こえる。グリムロックとスコーンの戦いが終わった事で、彼はユエやスラッグと共に海へと投げ飛ばされた海人族達を回収し直すと、無事に港へと潜水艇を停泊させた。

 上陸したハジメに気づいたミュウは、スコーンの腕から抜け出すと嬉しそうな笑みを浮かべながらハジメのもとへと駆け寄り、彼の首筋に抱きついた。ハジメも、幼い彼女を心配させてしまった負い目もあってか、苦笑しつつもその頭を優しく撫でた。そんな光景に、周囲の海人族達の視線が、困惑から次第に生暖かなものへと変わっていく。

 

「パ、パパ⁉︎ミュウ、一体どういう事だ⁉︎というかストレイフ、何故お前達まで⁉︎」

「落ち着けよスコーン。取り敢えず俺達はあの子の味方だ。ほら、これが証拠だ」

 

 ミュウの衝撃的な発言に、スコーンは混乱する。攫われたミュウが無事に戻ってきたこと、生き別れたかつての仲間達との再会、そして誘拐犯と同じ種族である人間の少年を「パパ」と呼び尋常でないくらい懐いているなど、一度に多くの事が発生しているのだから、無理もないだろう。

 ストレイフは宥めるようにそう告げると、ティオから預かっていた宝物庫から、ステータスプレートとイルワからの依頼書を取り出してスコーンへと掲示した。

 

「なっ⁉︎お前ら全員、金ランク⁉︎しかも、フューレン支部長の指名依頼⁉︎」

 

 イルワの依頼書の他、事の経緯が書かれた手紙もストレイフは提出した。これはエリセンの町長と目の前の駐在兵士のトップに宛てられたものだったが、生憎町長も駐在騎士も全滅して人族は一人もいない。スコーンはそれを食い入るように読み進めるて、漸く落ち着きを取り戻した。

 

「…どうやらお前達が、あの子を助け出してくれたようだな。ありがとう」

「理解してくれたようで何よりだ。他にも色々聞きたいことはあるんだろうが、一先ず、ミュウちゃんを母親を会わせてやろうぜ?」

「もちろんだ。…ところで、ミュウは母親の状態を?」

「いや、まだ知らないが、問題ない。こっちには最高の薬もあるし、俺も医者だからな」

「そうか、分かった。じゃあ案内しよう。おいでミュウ、ママが待ってるぞ」

 

 ストレイフの言葉に、スコーンは安堵した表情となると、優しくミュウにそう呼びかける。それを聞いて、ハジメに抱きついていたミュウはハッとなって、彼の手を懸命に引っ張り、早く早く!と急かした。

 

「パパ!みんな!お家に帰るの!ママが待ってるの!ママに会いたいの」

「そうだね…。早く、会いに行こう」

 

 ミュウにとっては、約二ヶ月ぶりの我が家と家族なのだ。無理もない。道中も、マキシマル一行が構うので普段は笑っていたが、夜、寝る時などに、やはり母親が恋しくなるようで、そういう時は特に甘えん坊になっていた。

 だがその前に、ストレイフが気づいたように声を上げた。

 

「おいグリムロック。いつまで寝っ転がってるんだよ?さっさと起きろよな」

「グ…ググゥ…」

 

 いつもならこういう時に指示を出すグリムロックは。先程からずっと横になったままで、ちっとも人間態になろうとしなかった。傍ではシアとティオが心配そうに寄り添っている。

 仲間の呼びかけに、グリムロックは弱々しく唸ったかと思うと、お馴染みの変形で徐々に縮小してゆき…

 

「お…おれ…ぐりむ…ろっく…」

 

 現在の状態である幼児の姿になった。

 しかし、この姿を初めて見たストレイフとティオ、ミュウは思わずキョトン?となる。そんな3人を尻目に、シアはぐったりした様子の恋人を優しく抱きかかえた。

 

「シ、シアよ。その可愛らしい稚児は何者じゃ?随分とご主人様にそっくりじゃが…」

「何者って、亮牙さんに決まってるじゃないですか!忘れちゃうなんてひどいですよ!」

「なっ!!?ご主人様!!?」

 

 ティオが恐る恐る尋ねると、シアはプクッと頬を膨らませて、可愛らしくプンプンと怒りながら優しく彼の頭を撫でる。目の前の幼児のまさかの正体に、流石のティオも驚きを隠せない。

 一方、ストレイフはと言うと…

 

「……………頭痛くなってきた」

「お、おいストレイフ⁉︎しっかりしろ!」

 

 怒涛の展開に、思わず頭を抱えてぶっ倒れそうになり、慌てたスコーンに支えられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからマキシマル一行は、亮牙が幼児化した理由を説明した後、スコーンとミュウの案内に従って彼らの家に向かった。だがその道中は、かなり騒がしいものだった。

 

「シアばかりずるいのじゃ!妾にもご主人様を抱っこさせるのじゃ!」

「駄目です!ティオさんに抱っこさせたら絶対、亮牙さんにいやらしい事するに決まってますもん!」

「そそそそんな事ないのじゃ!今のご主人様がすご〜く愛らしくて、思う存分乳を吸わせてやりたいくらいじゃが、流石に稚児に破廉恥な真似はせん!そう言うお主こそ、ご主人様の恋人じゃからといって、いかがわしい事をしてはないじゃろうな⁉︎」

「ななな何言ってるんですか⁉︎確かに今の亮牙さんは普段見れない可愛さがあって、思わずおっぱい吸わせてあげたくなっちゃいますけど、これはあくまで母性本能を刺激されるだけですもん!エッチな事なんてする筈ないじゃないですか!」

 

 小さくなった亮牙にメロメロになってしまったティオが、どちらが抱っこするかでシアとしつこく口論を続けているからだ。両者ともにヒートアップして、若干煩悩まみれな本音を漏らしているが、当の亮牙はそんな事つゆ知らず、シアの巨乳を枕がわりにすやすやと眠っている。

 そんな二人の会話に一行が呆れながら進んでいくと、通りの先で騒ぎ声が聞こえだした。若い女の声と、数人の男女の声だ。

 

「レミア、落ち着くんだ!その足じゃ無理だ!」

「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならスコーンさんがちゃんと連れてきてくれるから!」

「いやよ!ミュウが帰ってきたのでしょう⁉︎なら、私も行かないと!迎えに行ってあげないと!」

 

 どうやら、家を飛び出そうとしている女性を、数人の男女が抑えているようである。おそらく、知り合いがミュウの帰還を母親に伝えたのだろう。

 そのレミアと呼ばれた女性の必死な声が響くと、スコーンに抱っこされていたミュウが顔をパァア!と輝かせた。そして彼の腕から抜け出すと、玄関口で倒れ込んでいる二十代半ば程の女性に向かって、精一杯大きな声で呼びかけながら駆け出した。

 

「ママー!!!」

「ッ⁉︎ミュウ⁉︎ミュウ!」

 

 ミュウは、ステテテテー!と勢いよく走り、玄関先で両足を揃えて投げ出し崩れ落ちている女性、母親であるレミアの胸元へ満面の笑顔で飛び込んだ。

 もう二度と離れないというように固く抱きしめ合う母娘の姿に、周囲の人々が温かな眼差しを向けている。

 レミアは、何度も何度もミュウに「ごめんなさい」と繰り返していた。それは、目を離してしまったことか、それとも迎えに行ってあげられなかったことか、あるいはその両方か。

 娘が無事だった事に対する安堵と守れなかった事に対する不甲斐なさにポロポロと涙をこぼすレミアに、スコーンは心配そうな眼差しを向けながら近づくと、大きな手でその頭を優しく撫でた。

 

「落ち着け、レミア。お前は何も悪くない。ミュウは大丈夫だ」

「お父さん…」

「お爺ちゃんの言う通りなの。ミュウは、大丈夫なの」

 

 優しくスコーンにそう諭され、レミアは涙で滲む瞳でミュウを見つめた。ミュウも、真っ直ぐレミアを見つめており、その瞳には確かに、母を気遣う気持ちが宿っていた。攫われる前は、人一倍甘えん坊で寂しがり屋だった娘が、自分の方が遥かに辛い思いをしたはずなのに、再会して直ぐに自分のことより母親に心を砕いている。

 驚いて思わずマジマジとミュウを見つめるレミアに、ミュウは、ニッコリと笑うと、今度は自分からレミアを抱きしめた。体に、あるいは心に酷い傷でも負っているのではないかと眠れぬ夜を過ごしながら、自分は心配の余り心を病みかけていたというのに、娘はむしろ成長して帰って来たように見える。

 その事実に、スコーンもレミアは、つい苦笑いをこぼした。肩の力が抜け、涙も止まり、その瞳には、ただただミュウへの愛おしさが宿っている。

 今度はスコーンも加わり、再び抱きしめ合った三人だったが、突如、ミュウが悲鳴じみた声を上げた。

 

「ママ!あし!どうしたの!けがしたの⁉︎いたいの⁉︎」

「ああ…。お前を探しているときに、母さんはお前を攫った奴等に怪我させられんだ…」

 

 どうやら、肩越しにレミアの足の状態に気がついたらしい。彼女のロングスカートから覗いている両足は、包帯でぐるぐる巻きにされており、痛々しい有様だった。

 スコーンはそう呟くと、悔しそうに拳を握りしめた。ミュウを攫われたこともだが、レミアに歩けなくなる程の重傷を負わされた事も、彼や海人族達があれ程殺気立っていた理由の一つだったのだ。

 ミュウは、レミアやスコーンとはぐれた際に攫われたと言っていたが、海人族側からすれば目撃者がいないなら誘拐とは断定できないはずであり、彼等がそう断言していたのは、レミアが実際に犯人と遭遇したからなのだ。

 海で異変が起きていたためにスコーンはその対処の関係でおらず、レミアは一人ではぐれたミュウを探していたのだが、海岸の近くで砂浜の足跡を消している怪しげな男達を発見した。嫌な予感がしたものの、取り敢えず娘を知らないか尋ねようと近付いたところ、連中は「しまった」という表情をして、いきなり詠唱を始めたらしい。

 レミアは、ミュウがいなくなったことに彼等が関与していると確信し、何とかミュウを取り返そうと、足跡の続いている方向へ走り出そうとした。

 しかし、もう一人の男に殴りつけられ転倒し、そこへ追い打ちを掛けるように炎弾が放たれた。幸い、何とか上半身への直撃は避けたものの足に被弾し、そのまま衝撃で吹き飛ばされ海へと落ちた。レミアは、痛みと衝撃で気を失い、気が付けば帰りの遅い彼女達を捜索しに来たスコーンに助けられていたのだ。

 一命は取り留めたものの、時間が経っていたこともあり、レミアの足は神経をやられていて、もう歩くことも今までのように泳ぐことも出来ない状態になってしまった。当然、娘を探しに行こうとしたレミアだが、そんな足では捜索など出来るはずもなかった。

 当然、事情を聞かされて、スコーンは激怒した。幼い孫娘を誘拐され、大事な娘がそんな深傷を負わされたのだから、父親として怒るのも無理もない。彼は自警団や、古くからの友人達に孫娘の捜索を任せると、自身は怒りの矛先を町の人間達へと向けた。

 長年、海人族達は海産物の提供などで、歪んだ差別主義を掲げる人間達と穏便に共存を測ってきた。自分もそれを尊重して特に口出しをしてこなかったが、今回の件は海人族に対する明らかな裏切り行為であった。スコーンは怒りに任せて、エリセンの人間達に娘達にした行いの報いを受けさせた。当然、王国の騎士などは応戦してきたが、所詮はただの雑魚に過ぎない。二度と海人族達に手出しなど出来ないよう徹底的に叩き潰し、僅かな生き残り共も容赦なくこのエリセンから追放したのであった。

 そんな事情があり、立つ事もままならないレミアだったが、これ以上、娘と父親に心配ばかりかけられないと笑顔を見せて「大丈夫」と伝えようとした。しかしそれより早く、ミュウは、この世でもっとも頼りにしている者達に助けを求めた。

 

「パパぁ!みんなぁ!ママを助けて!ママの足が痛いの!」

「えっ⁉︎ミ、ミュウ?今、なんて…」

「パパ!はやくぅ!」

「あら?あらら?やっぱり、パパって言ったの?ミュウ、パパって?」

 

 混乱し頭上に大量の?を浮かべるレミア。周囲の人々もザワザワと騒ぎ出した。

 

「レミアが、再婚?そんな、バカナ」

「レミアちゃんにも、ようやく次の春が来たのね!おめでたいわ!」

「ウソだろ?誰か、嘘だと言ってくれ…俺のレミアさんが…」

「パパ…だと⁉︎俺のことか⁉︎」

「変な事言うな!親分さんにぶち殺されるぞ!」

「おい、緊急集会だ!レミアさんとミュウちゃんを温かく見守る会のメンバー全員に通達しろ!こりゃあ、荒れるぞ!」

「ええい!鬱陶しいわ馬鹿ども!黙らんと一人ずつぶん殴るぞ!」

「「「「「は、はいぃぃぃ!!!」」」」」

 

 どうやら、レミアとミュウは、かなり人気のある母娘のようだ。レミアはまだ二十代半ばと若く、今はかなりやつれてしまっているが、ミュウによく似た整った顔立ちをしている。復調すれば、おっとり系の美人として人目を惹くだろうことは容易く想像できるので、人気があるのも頷ける。厳つい風貌のスコーンの親族とはとても思えない。

 刻一刻と大きくなる喧騒に、「行きたくないなぁ」と表情を引き攣らせるハジメ。ミュウが彼をパパと呼ぶようになった経緯を説明すれば、あくまでパパ代わり(内心は別としても)であって、決してレミアとの再婚を狙っているわけではないと分かってもらえるだろうと簡単に考えていたのだが、どうやら、誤解が物凄い勢いで加速しているようだ。

 だが、ある意味僥倖かもしれないとハジメは考えた。ミュウは母親の元に残して、マキシマル一行は旅を続けなければならない。メルジーネ海底遺跡を攻略すれば、彼女とはお別れなのだ。故郷から遠く離れた地で、家族から無理やり引き離されたミュウの寄る辺がマキシマル一行だったわけだが、家族の元に戻れば、最初は悲しむかもしれないが時間が彼らへの思いを薄れさせるだろうと考えていた。周囲の人々の、レミア達母娘への関心の強さは、きっとその助けとなるはずだ。

 

「パパぁ!はやくぅ!ママをたすけて!」

 

 ミュウの視線が、がっちりハジメを捉えているので、その視線をたどりレミアも周囲の人々もハジメの存在に気がついたようだ。ハジメは観念して、レミア達母娘へと歩み寄った。

 

「パパ、ママが…」

「大丈夫だよ、ミュウ。ちゃんと治る。だから、泣きそうな顔しないで」

「はいなの…」

 

 泣きそうな表情で振り返るミュウの頭を優しく撫でながら、ハジメは視線をレミアに向けると、彼女はポカンとした表情で彼を見つめていた。無理もないだろうと思いつつも、ハジメの登場で益々騒ぎが大きくなったので、ハジメ達は取り敢えず、治療のためにも家の中に入ることにした。

 

「さあ上がってくれ。ほれレミア、しっかりせんか」

「ご、ごめん…お父さん」

 

 スコーンはヒョイと全く重さを感じさせずにレミアを抱きかかえると、マキシマル一行を先導しながらレミアを家の中に運び入れた。

 家の中に入ると、スコーンはリビングのソファーへレミアをそっと下ろした。そして、ソファーに座り一行(特にハジメ)のことを目をぱちくりさせながら見つめるレミアの前にかしずき、ストレイフを呼んだ。

 

「ストレイフ、どうだ?」

「ちょいと待ちな…すまんがお嬢さん、足に触れるよ。痛かったら言ってくれ」

「は、はい?えっと、どういう状況なのかしら?」

 

 突然、攫われた娘が帰ってきたと思ったら、その娘がパパと慕う男が現れて、更に、父と顔見知りらしき男たちや美女・美少女が家の中に集まっているという状況に、レミアは困ったように眉を八の字にしている。

 そうこうしているうちに、ストレイフの診察も終わり、レミアの足は神経を傷つけてはいるものの、彼の治療と神水できちんと治癒できることが伝えられた。

 

「けど、怪我したのがデリケートな場所だからな…。後遺症なく治療するには、三日ほど掛けてゆっくり、少しずつ癒していくのが良いな。それまで不便だろうが我慢してくれ」

「あらあら、まあまあ。もう、歩けないと思っていましたのに、何とお礼を言えばいいか…」

「構わねえよ。お前さんはミュウちゃんの母親で、スコーンの娘何だからな」

「えっと、そういえば、皆さんは、父やミュウとはどのような…?それに、その、どうしてミュウは、貴方のことをパパと…」

「俺も聞きたい事がある。どうしてお前達がこの世界にいる?何の目的で旅をしていたんだ?」

 

 ストレイフが早速レミアの足を治療している間に、マキシマル一行は、事の経緯を二人に説明することにした。

 このトータスに隠された真実、狂った神とディセプティコンの陰謀、それを食い止めるべく旅をしている事、その最中のフューレンでのミュウとの出会いと騒動、そしてパパと呼ぶようになった経緯など。

 

「…成程な。俺がこの世界に来て、この姿になったのは、そんな理由があったからか…」

「俺スラッグ、スコーンは何時ミュウのじいちゃんになったんだ?それにミュウが攫われた時に何かあったのか?」

「ああ、話せば長くなるがな…」

 

 全てを聞き終えた後、スコーンは今度は自分の過去を語り始めた。

 曰く、あの後故郷であるエジプトまで帰還し、そこでのんびり暮らしていたのだが、同じくスペースブリッジに呑み込まれて流れ着いたのが、今から60年前のトータスだったらしい。そこで海人族の姿となり、海人族達のもとで育った末に、幼馴染として育った海人の女性と夫婦になり、今から24年前に一人娘としてレミアを授かったらしい。それから更に後、レミアも結婚してミュウが生まれ、妻と娘婿との死別という悲劇もありながらも、娘や孫と三人で幸せに暮らしてきた。

 だが、ちょうどミュウが攫われたその日、突如としてシャークティコン達が暴れ回ったり、新種の魔物が海で暴れているなどの異変が発生し、海人族達に被害が及ばないよう対処しており、二人の危機に気づいてやる事が出来なかった。帰ってきたら二人は戻っておらず、慌てて捜しに出れば娘が深傷を負わされていたのだ。

 話し終えたスコーンは、ストレイフに治療されているレミアと共に、その場で深々と頭を下げ、涙ながらに何度も何度もお礼を繰り返した。

 

「かたじけない。攫われた孫を助けてくれただけでなく、元凶のクズどもに報復してくれた上に、娘の治療までしてくれて…。本当に、何と礼を言えばいいか…」

「父の言う通りです。娘とこうして再会できたのは、全て皆さんのおかげです。このご恩は一生かけてもお返しします。私達に出来ることでしたら、どんなことでも…」

 

 気にするなとマキシマル一行は伝えたが、二人にしてもミュウの命の恩人に礼の一つもしないでは納得できない。そうこうしているうちに、ストレイフの治療もひと段落着いたので、今日の宿を探すからと暇を伝えると、二人はこれ幸いと、自分達の家を使って欲しいと訴えた。

 

「どうかせめて、これくらいはさせて下さい。幸い、家はゆとりがありますから、皆さんの分の部屋も空いています。エリセンに滞在中は、どうか遠慮なく。それに、その方がミュウも喜びます。ね?ミュウ?ハジメさん達が家にいてくれた方が嬉しいわよね?」

「?パパ、どこかに行くの?」

「おえぐいうほっふ…」

 

 母の言葉に、近くで幼児化した亮牙と遊んでいたミュウはキョトンとした。と言っても、小さくなった彼を見て「ぐりみいが弟みたいになったの!」と喜びながら、彼の頬をムニムニしていたみたいで、亮牙自身はやっと解放された事にほっとしていた。

 どうやらミュウの中で、ハジメ達が自分の家に滞在することは物理法則より当たり前のことらしい。なぜ、母がそんな事を聞くのかわからないと言った表情だ。

 

「家族の元に送り届けたら、少しずつ距離を取ろうかと思っていたんですが……」

「あらあら、うふふ。パパが、娘から距離を取るなんていけませんよ?」

「いや、それは説明したでしょう?僕達は…」

「いずれ、旅立たれることは承知しています。ですが、だからこそ、お別れの日までパパでいてあげて下さい。距離を取られた挙句、さようならでは、ね?」

「…まぁ、それもそうですが…」

「うふふ、別に、お別れの日までと言わず、ずっとパパでもいいのですよ? 先程、一生かけてと言ってしまいましたし…」

 

 そんな事を言って、少し赤く染まった頬に片手を当てながら「うふふ♡」と笑みをこぼすレミア。おっとりした微笑みは、普通なら和むものなのだろうが、ユエがブリザードを発生させている。

 

「そういう冗談はやめてくださいよ。スコーンさんだって、会ったばかりの人間をそん「俺は構わんよ」えっ!!?」

「レミアも独り身になってもう5年だ。ミュウも父親がいない分、俺が代わりになってやろうと努めたが、やっぱり父親が必要だと思う事もあったからな。それに、ミュウの恩人で、ここまで気に入られているのならな」

「うふふ、だそうですよ、パパ?」

 

 ブリザードが激しさを増す。冷たい空気に気が付いているのかいないのか分からないが、冗談とも本気とも付かない事をいうスコーンとレミア。「いい度胸だ、ゴラァ!」という視線を送るユエにも柳に風と受け流している。親子揃って大物なのかもしれない。

 結局、マキシマル一行は、スコーン宅に世話になることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、取り敢えず問題は、グリムロックの今後だな…」

「?おれ、ぐりむろっく?」

 

 一応の落ち着きを見せた後、ストレイフがそう呟いた。当の亮牙本人は、シアに抱っこされながらキョトンとした様子だ。

 

「俺が調べた限り、コイツがこうなっちまったのは、火山のエネルギーを吸収し過ぎたのが原因だ。そのせいで、ブレインサーキットや他の回路がオーバーヒートを起こして、全体的にバグが発生しちまってるんだよ」

「俺スラッグ、じゃあさっきのスコーンとの喧嘩はどうやってたんだ?」

「恐らく、本能の赴くまま暴れていただけだろう。辛うじて記憶回路は無事みたいだが、ちゃんと俺達を理解できてるのか…」

「…ん、亮牙、このまま元に戻らない?」

「まあ、グリムロックの事だ。暫く経てば、回復すると思うが…」

 

 明日からは、大迷宮攻略に向けて、しばらくの間、損壊、喪失した装備品の修繕・作成や、新たな神代魔法に対する試行錯誤を行わなければならない。だが、肝心のリーダーは以前の戦いで無茶をし過ぎたため、若干不安が残る。先程の戦いからして一見問題なさそうだが、今後はどうなる事か、一行は頭を悩ませた。

 

「その攻略とやら、俺も参加させてくれないか?」

「「スコーン?」」

「おれぐりむろっく?」

 

 そこへ、スコーンが協力を申し出た。その言葉に、スラッグとストレイフ、ついでに亮牙も驚いた。

 

「良いのかスコーン?お前にはミュウちゃんやレミアさんがいるのに…」

「確かに二人のことは心配だが、ディセプティコン共なんてもっと危険な奴らまでこの世界に来てるってなら、黙ってるわけにはいかんからな。…それに、今のグリムロックは本調子じゃねえんだろ?俺の実力はお前らが一番よく知ってるし、こう見えても俺は海人族の男衆のまとめ役だ。戦力にはなるぜ」

「俺スラッグ、スコーンも加わるなら頼りになるな!」

「それに、そこの少年が、孫の恩人なんだろ?娘まで助けて貰ったんだ。それくらいの恩返しはさせてくれ」

 

 そう呟くと、スコーンはミュウをあやしているハジメに優しく微笑んだ。情けは人の為ならずとはまさにこの事だろう。ハジメは照れ臭そうに苦笑した。

 ふと、シアが気づいたようにスコーンに問いかけた。

 

「あ、あの!スコーンさん!ちょっとお聞きしたい事があるんですが…」

「ん?どうした?」

「そ、その、先程伺った話からすると、貴方とレミアさんは血の繋がった親子なんですよね?」

「ああ、この子は俺と血の繋がった娘だぞ。妻がお腹を痛めて産んでくれた子だ」

 

 そう言いながらレミアの頭をくしゃくしゃと撫でるスコーン。レミアは「お父さん!お客様の前で子ども扱いしないで下さいよ!」と、若干不満げた。

 それを聞いて、シアは嬉しそうに亮牙を抱き締めると、目から涙を溢した。それを見て、ユエと亮牙が心配そうに問いかける。

 

「ん、シア、どうしたの?」

「おれ、ぐりむろっく?」

「だ、大丈夫ですぅ。ただ、ずっと気になってた事がはっきりしたのでホッとしたんです。私、亮牙さんの赤ちゃんを、産んであげられるんですね!」

「ん、良かったね」

 

 実はシア、亮牙と結婚を前提に交際を始めてからずっと、亮牙との間に子どもを産んであげられるのかを気にしていたのだ。愛し合っているとはいえ、種族が大きく異なる故に、ちゃんと彼との子を作る事ができるのか、ずっと不安だったのだ。亮牙は例え子どもが出来なくても責めたりしないと言ってくれていたが、やはり女性として、愛した男の子を産んであげたいという気持ちは強かった。

 そして今回、レミアとミュウがスコーンの血の繋がった娘と孫だという事実を知り、ずっと抱えていた不安が解消されてホッとしたのだ。同じ女として、愛した男と子を成したいという気持ちはユエにも充分理解でき、優しく微笑みながら彼女の頭を撫でた。

 

「ぬふふふ♡なら妾もご主人様の子を産めると言う事なのじゃな!ならば話は早い!さあご主人様〜♡妾と一緒に寝ようぞ♡思う存分楽しませて上げるのじゃ!」

「おれぐりむろっく?」

「ってティオさん!さり気なく何しようとしてるんですか!!?亮牙さんは今子どもなんですよ!いい歳して何考えているんですか!!!」

「なっ!!?愛の前に歳など関係ないのじゃ!それにシアはいつも毎晩ご主人様に可愛がって貰っておるではないか!妾だって、ご主人様にあ〜んな事やこ〜んな事をしてもらいたいのじゃ!」

 

 事情が飲み込めずキョトンとしたままの亮牙を尻目に、ティオが変態丸出しの発言をしながらよからぬ事をしようとし、それに気づいたシアが怒って猛反論する。

 いつもながらのどうしようもない喧嘩が始まり、ハジメとユエは呆れながらも、今の亮牙はこの二人と一緒に寝かせるべきではないと強く感じた。スラッグは「良いぞ〜!やれ〜!」と呑気に囃し立て、ストレイフは頭を押さえてレミアに謝罪する。

 

「…ホントすみません。うちの姪とグリムロックの馬鹿が…」

「いえいえ。それにしてもお父さんのお友達さん、モテモテね」

「んみゅ!あのねママ、ぐりみぃね、普段はお爺ちゃんなみに大っきいの!だけどとっても甘えん坊さんで、いっつもシアお姉ちゃんのおっぱい飲んだりしてるの!」

「…成程、グリムロックが元の姿とやらに戻ったら、ちょ〜とオハナシしなけりゃならないようだな…!」

 

 ミュウの悪気のないカミングアウトに、スコーンはより一層顔を真っ赤にして、盟友が回復した時のことを考える。より一層カオスな状況だ。

 

「……………もう熱が出る(泣)」

「ストレイフ、気をしっかり持って…」

 

 レミアに頭を下げたまま、悲しげにそう呟くストレイフに、ハジメもユエも同情せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・ダイナボット海陸戦士スコーン
 身長:ロボットモード時87フィート(約26.5m)、人間時213cm
 ビーストモード:全長170フィート(約51.8m)、体高59フィート(約17.9m)

 ダイナボット最後の一人で、背中が帆ではなく無数の棘となったスピノサウルスに変形する。故郷は勿論、スピノサウルスの発掘地かつ『リベンジ』の戦場となったエジプト。
 トータスへの転移は60年前で、現地の女性との間にレミアを授かった。即ち、ミュウの祖父。
 役職はG1の密林戦士・スラージを参考にしたオリジナル。外見は他の海人族と異なり、真鯛やカサゴのように赤みがかって刺々しい。

・グリムロックの幼児化
 元ネタは『モア・ザン・ミーツ・ジ・アイ』での、脳障害によるグリムロックの幼児退行から。





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突入!海底遺跡

Apple TVで先月末に配信された『太古の地球から〜よみがえる恐竜たち〜』大変素晴らしいドキュメンタリーでした!
まさか製作総指揮がMCUでハッピーを演じたジョン・ファヴロー氏だったのは予想外でした。





にしても登場する恐竜のリスト、絶対ジュラシックワールド意識してるよね(苦笑)






 最後の仲間、スコーンとの再会を果たしてから三日が経った。

 妙にハジメとの距離が近いレミアに、海人族の男連中が嫉妬で目を血走らせてハジメに突っかかってきた挙句、スコーンに拳骨を喰らって追い返されたり、ご近所のおばちゃん達がハジメとレミアの仲を盛り上げたり、それにユエが不機嫌になってハジメへのアプローチが激しくなったりした。シアとティオは幼児化した亮牙を溺愛して、どちらが面倒を見るかでキャットファイトを繰り広げたり、スラッグに至ってはいつの間にかミュウだけでなくエリセンに住まう海人族の子ども達のガキ大将になっていたり、遂にストレイフが寝込んだりと、まあ兎に角色々あった。

 そんな騒動を繰り広げながらも、準備を万全にしたマキシマル一行は遂に、メルジーネ海底遺跡の探索に乗り出した。

 しばしの別れに、物凄く寂しそうな表情をするミュウ。盛大に後ろ髪惹かれる思いのハジメだったが、何とか振り切り桟橋から修繕した潜水艇に乗り込もうとする。ミュウが手を振りながら「パパ、いってらっしゃい!」と気丈に叫ぶ。そして、やはり冗談なのか本気なのか分からない雰囲気で「いってらっしゃい、あ・な・た♡」と手を振るレミア。傍から見れば仕事に行く夫を見送る妻と娘そのままだ。

 背後のユエからも周囲の海人族からも鋭い視線が飛んできて、迷宮から戻って来ることに少々ためらいを覚えるハジメ。スコーンは娘と孫が自分を忘れている事に少なからず落ち込んでおり、ストレイフが慰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上の町エリセンから西北西に約300km。そこが、かつてミレディ・ライセンから聞いた七大迷宮の一つ「メルジーネ海底遺跡」の存在する場所だ。

 だが、ミレディから聞いたときは時間がなかったため、後は「月」と「グリューエンの証」に従えとしか教えられず、詳しい場所は分かっていなかった。

 マキシマル一行は海底遺跡というくらいだから、それらしき痕跡が何かしらあるのではないかと考えていた。長年エリセンと近海を住処としてきたスコーンによると、そのポイント周辺は周囲100kmの水深に比べると幾分浅いようになっているらしい。

 取り敢えず方角と距離だけを頼りに大海原を進んできた一行だったが。昼間のうちにポイントまで到着し海底を探索したものの、特に何も見つけることは出来なかった。

 仕方なく彼らは探索を切り上げて、ミレディの教えに従い月が出る夜を待つことにした。今はちょうど日没の頃。地平線の彼方に真っ赤に燃える太陽が半分だけ顔を覗かせ、今日最後の輝きで世界を照らしていた。空も海も赤とオレンジに染まり、太陽が海に反射して水平線の彼方へと輝く一本道を作り出していた。

 どこの世界でも、自然が作り出す光景は美しい。ハジメは、停泊させた潜水艇の甲板で、沈む太陽を何となしに見つめながら、ふと、このまま太陽へと続く光の道を進んだならば、日本に帰れはしないだろうかと、そんな有り得ない事を思った。そして、何を考えているんだかと苦笑いを零した。

 

「俺スラッグ、どうしたハジメ?」

 

 そんなハジメの様子に気がついて、スラッグが話しかけた。片手には昼間の探索の最中に捕まえた、アンモナイトそっくりな生き物の丸焼きを持っており、イカ焼きのような香ばしい匂いがする。

 自分も後で分けて貰おうと考えつつ、質問に答えた。

 

「ちょっと、故郷を思い出していたんだよ。こういう自然の光景は、変わらないなぁって。まだ半年も経ってないけど、こっちでの日々が濃すぎて、なんだかすごく懐かしい気がするよ…」

「俺スラッグ、そう言われるとなんだかそんな気もする」

 

 ハジメの言葉に、そう言えば故郷からこのトータスに転移して16年も経っていた事を思い出したスラッグは同意する。きっと、故郷サウスダコタで過ごしてきた日々を懐かしんでいるのだろう。

 そのまま二人でアンモナイトの丸焼きに舌鼓を打っていると、ユエが疲れきった表情で歩み寄ってきて、ハジメの膝の上に腰をおろし、暑いだろうに背中をハジメの胸元にもたれかけた。

 

「どしたのユエ?すっごく疲れ切った表情してさ…」

「…ん、船内を見れば分かる…」

 

 ぐったりした表情でそう告げるユエに、ハジメは嫌な予感がして甲板から船内に戻った。そこで彼が見たのは…

 

「おれぐりむろっく!おれぐりむろっく!」

「あひ〜ん♡ひひぃ〜ん♡もっとじゃご主人様〜♡もっとこのいやらしいメス馬の尻を引っ叩くのじゃ〜♡」

「うわぁ…」

 

 …亮牙が四つん這いになったティオの背中に跨り、お馬さんごっこを楽しんでいた。

 それだけなら微笑ましい光景に見えるかもしれないが、今のティオはロープを口に咥えて馬銜代わりにし、ハァハァと息を荒げながらクネクネと尻を振り、亮牙に鞭代わりの棒を持たせて自分の尻を打たせては、更に嬉しそうに鼻息を荒げている。文字通り、いやらしいメス馬と化していたのだ。

 亮牙自身は幼児化している影響か気にした様子もなく、むしろ楽しんでいたようだが、今のティオは側から見れば幼児にSMプレイをさせる痴女にしか見えない。四つん這いになってその爆乳が強調され、クネクネといやらしく動く尻を見ても、色気よりも気色悪さしか感じられなかった。

 そんな光景を前に流石のハジメもドン引きし、ユエが何故あんな疲れ切った様子だったのかを理解した。部屋の隅では、ストレイフが姪の醜態に膝を抱えて落ち込んでおり、普段ならティオを止めに入るシアもスコーンと一緒に彼を慰めている始末であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちにあっという間に時間は過ぎ去り、日は完全に水平線の向こう側へと消え、代わりに月が輝きを放ち始めた。

 そろそろ頃合かと、ハジメは懐からグリューエン大火山攻略の証であるペンダントを取り出した。サークル内に女性がランタンを掲げている姿がデザインされており、ランタンの部分だけがくり抜かれていて、穴あきになっている。

 エリセンに滞在している時にも、このペンダントを取り出して月にかざしてみたり、魔力を流してみたりしたのだが、特に何の変化もなかった。

 月とペンダントでどうしろと言うんだ? と、内心首を捻りながら、ハジメは、取り敢えずペンダントを月にかざしてみた。ちょうどランタンの部分から月が顔を覗かせている。

 しばらく眺めていたが、特に変化はなかった。やはりわけが分からないと、ハジメは溜息を吐きながら他の方法を試そうとしたその時、ペンダントに変化が現れた。

 

「わぁ、ランタンに光が溜まっていきますぅ。綺麗ですねぇ」

「ふむ。穴があいているのに、不思議だな…」

 

 シアが感嘆の声を上げ、スコーンも同調するように呟いた。二人の言葉通り、ペンダントのランタンは、少しずつ月の光を吸収するように底の方から光を溜め始めていた。それに伴って、穴あき部分が光で塞がっていく。他の仲間たちも興味深げに、ハジメがかざすペンダントを見つめた。

 

「昨夜も、試してみたんだけどね…」

「ふむ。おそらく、この場所でなければならなかったのではないかの?」

 

 おそらく、ティオの推測が正解なのだろう。やがて、ランタンに光を溜めきったペンダントは全体に光を帯びると、その直後、ランタンから一直線に光を放ち、海面のとある場所を指し示した。

 

「俺スラッグ、あのゲリ野郎とは違って、なかなか粋な演出だと思う」

「同感。すんごいファンタジーっぽくて、僕、ちょっと感動してるわ」

 

 『月の光に導かれて』という何ともロマン溢れる道標に、皆「おぉ~」と感嘆の声を上げた。特に、ミレディのライセン大迷宮の入口を知っているシアは、一番感動が深かった。

 ペンダントのランタンが何時まで光を放出しているのか分からなかったので、早速マキシマル一行は、導きに従って潜水艇を航行させた。

 夜の海は暗い、というよりも黒いと表現したほうがしっくりくるだろうか。海上は月明かりでまだ明るかったが、導きに従って潜行すれば、あっという間に闇の中だ。潜水艇のライトとペンダントの放つ光だけが闇を切り裂いている。

 ちなみに、ペンダントの光は、潜水艇のフロントガラスならぬフロント水晶(透明な鉱石ですこぶる頑丈)越しに海底の一点を示している。

 その場所は、海底の岩壁地帯だった。無数の歪な岩壁が山脈のように連なっている。昼間にも探索した場所で、その時には何もなかったのだが、潜水艇が近寄りペンダントの光が海底の岩石の一点に当たると、ゴゴゴゴッ!と音を響かせて地震のような震動が発生し始めた。そのまま岩壁の一部が真っ二つに裂け、扉のように左右に開き出すと、その奥には冥界に誘うかのような暗い道が続いていた。

 

「なるほど、道理でいくら探しても見つからないわけだ。あわよくば運良く見つかるかもなんてアホなこと考えるんじゃなかったよ」

「…暇だったし、楽しかった」

「俺スラッグ、美味そうな魚も沢山見れたし、結構面白かったぞ」

「おれ、ぐりむろっく!」

「亮牙さんも楽しかったって言ってますよ〜」

 

 昼間の探索が徒労だったとわかり、ガックリと肩を落としたハジメだったが、仲間達は結構楽しんでいたようだ。

 ハジメは潜水艇を操作して海底の割れ目へと侵入していく。ペンダントのランタンは、まだ半分ほど光を溜めた状態だが、既に光の放出を止めており、暗い海底を照らすのは潜水艇のライトだけだ。

 

「…海底遺跡と聞いた時から思っていたが、この潜水艇レベルの移動手段がなければ、まず、平凡な輩じゃ迷宮に入ることも出来なさそうだな」

「ああ、流石に海人族でも泳いで到達するのは無理そうだな…」

「…強力な結界が使えないとダメ」

「他にも、空気と光、あと水流操作も最低限同時に使えないとダメだね」

「でも、ここにくるのにグリューエン大火山攻略が必須ですから、大迷宮を攻略している時点で普通じゃないですよね」

「恐らく、空間魔法を利用するのがセオリーなんだろうな」

 

 道なりに深く潜行しながら、マキシマル一行は潜水艇がない場合の攻略方法について考察してみた。確かにファンタジックな入口に感動はしたのだが、普通に考えれば、超一流レベルの魔法の使い手が幾人もいなければ侵入すら出来ないという時点で、他の大迷宮と同じく厄介なことこの上ない。彼らは気を引き締め直し、フロント水晶越しに見える海底の様子に更に注意を払ったその時だった。

 

ゴォウン!!!

 

 突如、横殴りの衝撃が船体を襲い、一気に一定方向へ流され始めた。マグマの激流に流された時のように、船体がぐるんぐるんと回るが、そこは既に対策済みだ。組み込んだ船底の重力石が一気に重みを増し船体を安定させた。

 

「うっ、このぐるぐる感はもう味わいたくなかったですぅ~」

「おれぐりむろっく…」

 

 グリューエン大火山の地下で流されたときの事を思い出したシアは、顔を青くしてイヤイヤと頭を振った。彼女に抱きかかえられている亮牙も同じ気持ちなのか、顔を顰めていた。

 

「直ぐに立て直したでしょ?もう、大丈夫だって。それより、この激流がどこに続いているかだね…」

 

 そんな二人に苦笑いを浮かべつつ、ハジメはフロント水晶から外の様子を観察した。緑光石の明かりが洞窟内の暗闇を払拭し、その全体像を露わにしている。見た感じ、どうやら巨大な円形状の洞窟内を流れる奔流に捕まっているようだ。

 船体を制御しながら、マキシマル一行は取り敢えず流されるまま進んでいくと、船尾に組み込まれている「遠透石」が赤黒く光る無数の物体を捉えた。

 

「なんか近づいてきてるね…。まぁ、エネルゴン反応がある時点であのシャークティコンとかいう奴らだろうけど」

「…殺る?」

「俺スラッグ、暴れたい」

 

 ハジメがそう呟くと、隣の座席に座るユエが手に魔力に集めながら可愛い顔でギャングのような事をさらりと口にする。スラッグも電気を纏いながらいつも通り不敵な笑みを浮かべている。

 

「いや、武装を使おう。有効打になるか確認しておきたいし」

 

 ハジメはそう二人を制すると、潜水艇の後部にあるギミックを作動させ、ペットボトルくらいの大きさの魚雷を無数に発射した。ご丁寧に悪戯っぽい笑みを浮かべるサメの絵がペイントされている。激流の中なので、推進力と流れがある程度拮抗し、結果、機雷のようにばら撒かれる状態となった。

 潜水艇が先に進み、やがて、鋭い牙と鉤爪を剥き出しにしたシャークティコン達が、魚雷群に突っ込んだ。

 

ドォゴォオオオオ!!!

 

「「「「「シャアアアッ!!?」」」」」

 

 背後で盛大な爆発が連続して発生し、大量の気泡がシャークティコンの群れを包み込む。そして、衝撃で鉄屑と化したシャークティコンの残骸が泡の中から飛び出し、文字通り海の藻屑となって激流に流されていった。

 

「うん、威力は充分だね」

「ほ〜ら亮牙さん。今、窓の外を死んだ魚のような目をした物が流れて行きましたよ」

「おれ、ぐりむろっく!」

「シアよ、それは紛う事無き死んだ魚じゃ」

「改めて思うが、大した技術力だな。ミュウが褒めたぎっていただけはあるよ」

 

 それから度々、シャークティコン達に遭遇するマキシマル一行だったが、容易く蹴散らし先へ進んでいった。

 どれくらいそうやって進んだのか。代わり映えのない景色に違和感を覚え始めた頃、彼らは周囲の壁がやたら破壊された場所に出くわした。よく見れば、岩壁の隙間にシャークティコンの残骸が挟まっている。

 

「…ここ、さっき通った場所じゃないか?」

「…そうみたい。ぐるぐる回ってる?」

 

 どうやらマキシマル一行は円環状の洞窟を一周してきたらしい。大迷宮の先へと進んでいるつもりだったので、まさかここはただの海底洞窟で道を誤ったのかと、誰もが疑問顔になる。結局、今度は道なりに進むのではなく、周囲に何かないか更に注意深く探索しながらの航行となった。

 

「おっ、ハジメ。あそこにもあるぞ」

「ありがとうストレイフ。これで、五ヶ所目か…」

 

 その結果、洞窟の数ヶ所に50cmくらいの大きさのメルジーネの紋章が刻まれている場所を発見した。紋章は五芒星の頂点のひとつから中央に向かって線が伸びており、その中央に三日月のような文様があるというものだ。それが、円環状の洞窟の五ヶ所にあるのである。

 じっくり調べるため、マキシマル一行は、激流の中船体の制御に気を遣いつつ、最初に発見した紋章に近付いた。

 

「まぁ、五芒星の紋章に五ヶ所の目印、それと光を残したペンダントとくれば……」

 

 そう呟きながら、ハジメは首から下げたペンダントを取り出し、フロント水晶越しにかざしてみた。すると、案の定ペンダントが反応し、ランタンから光が一直線に伸びる。そして、その光が紋章に当たると、紋章が一気に輝きだした。

 

「こりゃあ、魔法でこの場に来る連中にはちと大変だな。直ぐに気づけなけりゃあ魔力が持たん」

 

 魔法で何とか生命維持している者達にとっては相当酷な仕掛けに、ストレイフがそう呟いた。グリューエン大火山とは別の意味で限界ギリギリを狙っているのだろう。

 その後、更に三ヶ所の紋章にランタンの光を注ぎ、最後の紋章の場所にやって来た。ランタンに溜まっていた光も、放出するごとに少なくなっていき、ちょうど後一回分くらいの量となっている。

 ハジメがペンダントをかざし最後の紋章に光を注ぐと、遂に円環の洞窟の壁が轟音を立てて縦真っ二つに別れ、先に進む道が現れた。特に何事もなく奥へ進むと、真下へと通じる水路があった。ハジメが潜水艇を進めると、突然、船体が浮遊感に包まれ一気に落下した。

 

「おぉ?」

「んっ」

「ひゃっ!?」

「ぬおっ」

「うわっ」

「おっと」

「うぬっ」

「おれぐりむろっく」

 

 それぞれ、八者八様の声を上げつつ、股間のフワッとする感に耐えた。直後、ズシンッと轟音を響かせながら潜水艇が硬い地面に叩きつけられ、激しい衝撃が船内に伝わった。

 皆が顔を顰めつつフロント水晶から外を見ると、先程までと異なり、外は海中ではなく空洞になっているようだった。取り敢えず、周囲に魔物の気配があるわけでもなかったので、マキシマル一行は船外へと出た。

 潜水艇の外は大きな半球状の空間だった。頭上を見上げれば大きな穴があり、どういう原理なのか水面が水滴一つ落ちることなくユラユラと波打っていた。どうやら彼らはそこから落ちてきたようだ。

 

「どうやら、ここからが本番みたいだな。海底遺跡っていうより洞窟だが」

「…全部水中でなくて良かった」

 

 ハジメは潜水艇を「宝物庫」に戻しながら、洞窟の奥に見える通路に進もうと皆を促す寸前で、ユエに呼びかけた。

 

「ユエ」

「ん」

 

 それだけで、ユエは即座に障壁を展開した。刹那、頭上からレーザーの如き水流が流星さながらに襲いかかった。圧縮された水のレーザーは、かつて彼女がライセン大迷宮で重宝した「破断」と同じだ。直撃すれば、容易く人体に穴を穿つだろう。

 しかし、ユエの障壁は、例え即行で張られたものであっても強固極まりないものだ。それを証明するように、天より降り注ぐ暴威をあっさり防ぎ切った。ハジメが魔力の高まりと殺意をいち早く察知し、阿吽の呼吸でユエが応えたために、奇襲は奇襲となり得なかったのである。当然、ハジメが呼びかけた瞬間に、攻撃を察していた仲間達にも動揺はない。

 同時に、亮牙とティオが火炎を繰り出し、天井を焼き払う。それに伴って、ボロボロと攻撃を放っていた原因が落ちてきた。

 それは、一見するとフジツボのような魔物だった。天井全体にびっしりと張り付いており、その穴の空いた部分から「破断」を放っていたようだ。なかなかに生理的嫌悪感を抱く光景である。

 水中生物であるせいか、やはり火系には弱いようで、亮牙のレーザーファイヤーとティオの「螺炎」により直ぐに焼き尽くされると、マキシマル一行は奥の通路へと歩みを進める。通路は先程の部屋よりも低くなっており、足元には膝くらいまで海水で満たされていた。

 

「う〜ん、ちょっと歩きにくいですぅ…」

「…おれぐりむろっく?」

「大丈夫ですよ、亮牙さん♡」

 

 ザバァサバァと海水をかき分けながら、シアが愚痴をこぼすと、彼女におんぶされていた亮牙が気遣うように声をかけた。普段の彼なら問題ないが、幼児化した今の身長では、他の者より浸かる部分が多くなってしまうので、シアがおんぶしたのだ。

 羨ましそうなティオの視線をスルーしつつ、シアは優しく問題ないと答えた。それを聞いた亮牙も、シアの首筋に手を回してぴったりとくっついた。益々、羨ましそうな眼差しを送るティオだったが、魔物の襲撃により、集中を余儀なくされる。

 次に現れた魔物は、まるで手裏剣だった。高速回転しながら直線的に、あるいは曲線を描いて高速で飛んでくる。ハジメは、スっとドンナーを抜くと躊躇わず発砲し空中で全て撃墜した。体を砕けさせて、プカーと水面に浮かんだのはヒトデっぽい何かだった。

 更に、足元の水中を海蛇のような魔物が高速で泳いでくるのを感知し、スラッグがダグザを振り下ろして撲殺する。

 

「…初めて挑む俺が言うのもなんだが、随分弱くないか?」

 

 スコーンの嘆きに、全員が頷いた。大迷宮の敵というのは、基本的に単体で強力、複数で厄介、単体で強力かつ厄介というのがセオリーだ。だが、ヒトデにしても海蛇にしても、海底火山から噴出された時に襲ってきた海の魔物と大して変わらないか、あるいは、弱いくらいである。とても、大迷宮の魔物とは思えなかった。

 その事に皆、首を傾げるのだが、その答えは通路の先にある大きな空間で示された。

 

「っ、何だ?」

 

 一行がその空間に入った途端、半透明でゼリー状の何かが通路へ続く入口を一瞬で塞いだのだ。

 

「私がやります!うりゃあ!」

 

 咄嗟に、最後尾にいたシア(亮牙はスコーンが交代して抱きかかえていた)は、その壁を壊そうとドリュッケンを振るったが、表面が飛び散っただけで、ゼリー状の壁自体は壊れなかった。そして、その飛沫が彼女の胸元に付着する。

 

「ひゃわ!何ですか、これ!」

 

 シアが困惑と驚愕の混じった声を張り上げた。仲間達が視線を向ければ、何と、彼女の胸元の衣服が溶け出している。衣服と下着に包まれた、シアの豊満な双丘がドンドンさらけ出されていく。

 

「おれ、ぐりむろっく!」

 

 咄嗟に亮牙が、絶妙な火加減でゼリー状の飛沫だけを焼き尽くした。少し、皮膚にもついてしまったようでシアの胸元が赤く腫れている。どうやら、出入り口を塞いだゼリーは強力な溶解作用があるようだ。

 

「また来るよ!気を抜かないで!」

 

 警戒して、ゼリーの壁から離れた直後、今度は頭上から、無数の触手が襲いかかった。先端が槍のように鋭く尖っているが、見た目は出入り口を塞いだゼリーと同じである。だとすれば、同じように強力な溶解作用があるかもしれないと、再び、ユエが障壁を張る。更に、ティオが炎を繰り出して、触手を焼き払いにかかった。

 

「正直、ユエの防御とティオの攻撃のコンボって、割と反則臭いよね」

「俺スラッグ、俺たちの攻撃力には負けるがな」

 

 鉄壁の防御と、その防御に守られながら一方的に攻撃。ハジメとスラッグがそう呟くのも仕方ない。スラッグはさり気なく自分の方が強いと主張していたが。

 亮牙はスコーンから降りると、心配そうな表情でシアの傍に近寄った。シアも露になった胸の谷間を殊更強調して、実にあざとい感じで頬を染めながらおねだりを始めた。

 

「おれぐりむろっく?」

「あぁ〜ん、亮牙さ〜ん♡おっぱいを火傷しちゃったので、お薬塗ってもらえませんかぁ?」

「…シア、状況わかってんの?」

「いやハジメさん、ユエさんとティオさんが無双してるので大丈夫かと…」

 

 シアが、胸のちょうど谷間あたりに出来た火傷の幾つかを亮牙に見せつけながら、そんなことをのたまった。

 すると…

 

「悪いなシアちゃん、これ以上お嬢の前でイチャつかれると、お嬢がますますイカれちまって、俺の身体が保たん」

 

 ストレイフが疲れ切った表情でシアに神水を噴霧して、負傷を治してしまった。「あぁ~、折角亮牙さんにおっぱい触らせてあげられたのにぃ〜!」と嘆く彼女に、キョトンとした様子の亮牙以外の全員が冷たい視線を送る。

 

「む?皆、このゼリー、魔法も溶かすみたい」

 

 嘆くシアに冷たい視線を送っていると、ユエがそう告げた。見れば、彼女の張った障壁がジワジワと溶かされていた。

 

「ふむ、やはりか。先程から妙に炎が勢いを失うと思っておったのじゃ。どうやら、炎に込められた魔力すらも溶かしているらしいの」

 

 ティオの言葉が正しければ、このゼリーは魔力そのものを溶かすことも出来るらしい。中々に強力で厄介な能力だ。まさに、大迷宮の魔物に相応しい。

 そんなマキシマル一行の内心が聞こえたわけではないだろうが、遂に、ゼリーを操っているであろう魔物が姿を現した。

 天井の僅かな亀裂から染み出すように現れたそれは、空中に留まり形を形成していく。半透明で人型、ただし手足はヒレのようで、全身に極小の赤いキラキラした斑点を持ち、頭部には触覚のようなものが二本生えている。まるで、宙を泳ぐようにヒレの手足をゆらりゆらりと動かすその姿は、クリオネのようだ。もっとも目の前の個体は全長10mに達する化け物だが。

 

「…此奴は、まさか『悪食』か?」

「俺スラッグ、スコーンは此奴、知ってるのか?」

「俺も昔、噂話で聞いたくらいだ。太古の昔から海に巣食う、天災とも言われる化け物らしい。目にするのはこの60年で初めてだがな.」

 

 スコーンによって正体を明かされた巨大クリオネ・悪食は、何の予備動作もなく全身から触手を飛び出させ、同時に頭部からシャワーのようにゼリーの飛沫を飛び散らせた。

 

「ユエちゃんは防御に専念しろ!いくぞお前ら!」

 

 そう告げるとストレイフはブラスターを構え、悪食へと発砲する。ユエはコクリと頷くと障壁に専念し、スコーンやスラッグは同じくブラスターを連射し、ティオと亮牙は火炎を繰り出した。シアもドリュッケンを砲撃モードに切り替えて焼夷弾を撃ち放つ。

 全ての攻撃は悪食に直撃し、その体を爆発四散させた。いっちょ上がり!とばかりに満足気な表情をするユエ達だったが、それにハジメが警告の声を上げた。

 

「まだだ!反応が消えてない。ユエは障壁を維持して!…なんだこれ、魔物の反応が部屋全体に…」

 

 ハジメの感知系能力は部屋全体に魔物の反応を捉えていた。しかも、パーセプターで見える視界は赤黒い色一色で染まっており、まるで、部屋そのものが魔物であるかのようだった。未だかつて遭遇したことのない事態に、自然と彼の眼が鋭さを帯びる。

 すると、その懸念は当たっていたようで、四散したはずの悪食が瞬く間に再生してしまった。しかも、よく見ればその腹の中に、先程まで散発的に倒していたヒトデモドキや海蛇がおり、ジュワーと音を立てながら溶かされていた。

 

「成る程、どうやらスコーンの気のせいじゃなく、弱いと思ってた連中はただの野生個体で、此奴の餌だったようだな。…無限に再生されちゃあ面倒くせえ。魔石はどこだ?」

「そういえば、透明の癖に魔石が見当たりませんね?」

 

 ストレイフの推測に頷きつつ、シアがハジメを見るが、彼は悪食を凝視し魔石の場所を探しつつも困惑したような表情をしていた。

 

「…ハジメ?」

 

 ユエが呼びかけると、ハジメは頭をガリガリと掻きながら見たままを報告した。

 

「…ない。あいつには、魔石がない」

 

 その言葉に全員が目を丸くする。

「俺スラッグ、じゃああのナメクジの出来損ないは、魔物じゃないのか?」

「分からない。強いて言うなら、あのゼリー状の体、その全てが魔石だ。僕のパーセプターには、あいつの体全てが赤黒い色一色に染まって見える。あと、部屋全体も同じ色だから注意して!あるいは、ここは既に奴の腹の中だ!」

 

 ハジメが驚愕の事実を話すと同時に、再び、悪食が攻撃を開始した。今度は、触手とゼリーの豪雨だけでなく、足元の海水を伝って魚雷のように体の一部を飛ばしてきてもいる。

 

「おれ、ぐりむろっく!!!」

 

ボォオオオオオーッ!!!

 

 すかさず亮牙が、摂氏3000度に達するレーザーファイヤーを撒き散らた。狙うのは悪食でも、触手や飛沫でもない。周囲の赤黒い反応を示す壁だ。本体への対応は仲間達に任せる。

 悪食には擬態能力まであるのか、何の変哲もないと思っていた壁が、亮牙の爆炎によって壁紙が剥がれるようにボロボロと燃え尽きていった。どうやら、壁そのものが悪食というわけではないようで、ハジメは少しホッとした。

 しかし、半透明のゼリーは、燃やしても燃やしても壁の隙間や割れ目から際限なく出現し、遂には足元からも湧き出した。靴底がジューと焼けるような音を立てる。

 マキシマル一行の本体への攻撃も激しさを増し、悪食もいよいよ本気になってきたのか、壁全体から凄まじい勢いで湧き出してきた。しかも、いつの間にか水位まで上がってきており、最初は膝辺りまでだったのが、今や腰辺りまで増水してきている。ユエに至っては既に胸元付近まで水に浸かっており、亮牙に至っては仕方なくスコーンに肩車される状態となっていた。

 何度も悪食倒しているのだが、直ぐにゼリーが集まり、終わりが見えない。殲滅の方法が見つからない上に、戦闘力を削がれる水中に没するのは非常にまずい。なにせ悪食には籠城が通用しないのだ。魔法で障壁を張ろうとも、潜水艇を出して中に入ろうとも、殲滅方法がなくてはいずれ溶かされてしまう。

 故に、ここは一度離脱するべきだとハジメは決断した。しかし、全ての出入口はゼリーで埋まっている。彼は必死に周囲を見渡し、地面にある亀裂から渦巻きが発生しているのを発見した。

 

「一度、態勢を立て直すよ!地面の下に空間がある!どこに繋がってるかわからないから、覚悟を決めて!」

「んっ」

「はいですぅ」

「承知じゃ」

「了解!」

「分かった」

「おうっ」

「おれぐりむろっく!」

 

 全員の返事を受け取り、ハジメは渦巻く亀裂に向かって「錬成」を行った。亀裂を押し広げ、ドンドン深く穴を開けていく。

 ハジメは水中に潜り、ポーチから長さ15cm・直径3cm程の円筒を取り出した。中程にシュノーケルのマウスピース部分のような突起がついている。これは小型の酸素ボンベだ。生成魔法で空間魔法を付与した鉱石で出来ており、中には宝物庫と同じく空間が広がっていて、空気が入れられている。

 ただ、エリセンで準備していたときは、壊れた道具や喪失した装備を優先した上、空間魔法は扱いが物凄く難しく、宝物庫とは比べるべくもない狭い空間しか作れなかった。なので、この小型酸素ボンベは一本で三十分程度しか保たない。

 タイムリミットを頭の片隅に、ハジメは水中で錬成を繰り返していき、やがて地面が反応しなくなると、宝物庫からパイルバンカーを取り出した。そして、アンカーで水中に固定すると一気にチャージし、階層破りの一撃を放つ引き金を引いた。

 

ドォゴオオオオン!!!

 

 水中にくぐもった轟音が振動と共に伝播し、貫通した縦穴へ途轍もない勢いで水が流れ込んでいった。腰元まで上がってきていた海水が、いきなり勢いよく流れ始めたので、マキシマル一行は足をさらわれて穴へと流されて来る。

 ハジメは激流の中、水中で必死に踏ん張りながら宝物庫から巨大な岩石と無数の焼夷手榴弾を転送しつつ、仲間達と共に地下の空間へと流されていった。

 背後で、くぐもった爆音が響いた。悪食の追撃に対し、少しでも時間が稼げたのか確かめることは出来なかった。

 

 

 

 

 




※没ネタ
「あの〜亮牙さん。私の着替え、用意してくれますぅ?」
「おれ、ぐりむろっく!」

 悪食に服や下着を溶かされかけたため、シアは着替えを用意してほしいと亮牙に頼む。
 彼は任せろ!と言うようにそう告げると、宝物庫から彼女の着替えを用意し始めたが…

「………」

 ふと、最後に取り出したのが、シアの下着だと気付いたのか、顔を赤らめて、まじまじと彼女のブラジャーとパンティを見つめてしまう。

「いや〜ん♡亮牙さんったら〜、そんなにまじまじ見てないで渡して下さいよ〜!」

 仲間達とは言え、流石に恋人以外の男達に下着を見られたくないシアは恥ずかしそうに叫ぶが、恋人が自分の色香に興奮している姿にまんざらでもなさそうだ。

「ご、ご主人様!そんなにムラムラするなら、妾の下着をあげるのじゃ!」
「頼むからこれ以上恥をかかせないでくれ、お嬢!!!」

 その光景を見て嫉妬の炎を燃やしたティオが下着を脱ごうとして、ストレイフが泣きながら必死に羽交締めにして止めるのであった…。





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幻覚の中での戦い

まだまだ仕事が忙しく、中々執筆が追いつかなくて申し訳ありません(>人<;)
今夏には本章は終わらせるよう務めます。

今回は久々に短くなっております。


 巨大クリオネ「悪食」から戦略的撤退を図ったマキシマル一行が落ちた場所は、巨大な球体状の空間だった。何十箇所にも穴が空いており、その全てから凄まじい勢いで海水が噴き出すか流れ込んでいて、まるで嵐のような滅茶苦茶な潮流となっていた。

 その激流に翻弄されながらも何とか近くにいる仲間の傍に行こうとするマキシマル一行だったが、潮流は容赦なく彼らを引き離そうとした。ユエの魔法や、水を操る能力を持つスコーンの水流操作が行われなければ、ランダム過ぎる流れに瞬く間に引き離されていただろう。本当なら潜水艇を取り出して乗り込みたいところなのだが、激流の中では無理があった。

 暫くすると、凄まじい激流にさらされ、八人は一緒に、一つの穴に吸い込まれるように流されていった。流されている間、頑丈な身体を持つダイナボット四人が身を呈して他の四人を庇い、岩壁に叩きつけられながらも耐え抜いた。

 そして、水流が弱まったところで上方に光が見えたのに気づいたスコーンが、水の鞭を生み出して七人を掴み一気に浮上した。そうして彼は真っ白な砂浜が広がる海岸線へと上陸を果たすと、仲間達を繋いでいた水の鞭を解いた

 但し、ここでトラブルが起きた。スコーンの水の鞭で引っ張られていた中で、一番身体が小さく軽くなっていた亮牙は、勢い余って高く投げ飛ばされ、やがて重力に従って墜落し、真下にいたティオの胸の谷間へとスポンっと挟まってしまった。

 

「んん〜!!?」

「あんっ♡ああんっ♡駄目なのじゃご主人様〜♡妾、まだ心の準備が〜♡ひゃあん♡そこは弱いのじゃ〜♡」

 

 顔がその爆乳に挟まれてしまい、苦しそうにもがく亮牙だったが、彼が抜け出そうと暴れる事で胸が刺激されるのか、ティオは発情した雌の顔となり、言葉とは反対に胸の谷間でしっかり彼を捕らえて離さなかった。

 当然、そんな馬鹿馬鹿しい状況が続く筈もなく…

 

「ティオさん!亮牙さんが嫌がってるでしょ!やめなさい!」

「ごほぉっ!!?」

「おいグリムロック!お前絶対わざとやってるだろ!!?そんなにお嬢を救いようのない変態にしたいのか!!?」

「おれぐりむろっく〜!!?」

 

 シアが顔を真っ赤にしてティオの顔面を張り倒し、ストレイフが乱暴に亮牙の足を掴んで彼女の谷間から引き摺り出した。張り倒されたティオはビクンビクンと痙攣しながら倒れ込み、亮牙は怒り狂うストレイフにグリグリを喰らい、痛そうな悲鳴をあげる。

 

「今更ながら、お前達も苦労してきたんだな…」

「アハハハ…」

「俺スラッグ、それ程でもない!」

「ん、スラッグ…褒めてない…」

 

 そんな光景を前に、スコーンが同情するような視線を向けながらそう呟き、ハジメはただ苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして喧嘩が終わると、エリセンを出る前にハジメから全員に贈られた小型版「宝物庫(極小さい家庭用倉庫程度)」から替えの衣服を取り出して着替えを済ませた一行は。真っ白な砂浜をシャクシャクと踏み鳴らしながらしばらく進み、密林に入った。鬱蒼と茂った木々や草を、皆何事もないようにバッサバッサと切り裂いていく。

 と、その時、ぴこぴこと歩いていた亮牙が突然立ち止まると、パァン!と両手を叩いた。

 彼が両手を開くと、掌には一匹の蜘蛛が握り潰されていた。掌にすっぽり収まる程度の大きさで、合計十二本の足をわしゃわしゃと動かし、紫の液体を滴らせている。この足は、通常のものと背中から生えているものがあって、両面どちらでもいけます!と言いたげな構造だったのだが、潰された今はよく分からなくなっていた。

 何れにせよ激しく気持ち悪いのに変わりはなく、亮牙は潰した蜘蛛を払った。この蜘蛛は魔石を持っておらず、普通にキモくて毒を持っているだけの蜘蛛だった。

 そのまま進んでいく一行が密林を抜けると、その先は岩石地帯となっており、夥しい数の帆船が半ば朽ちた状態で横たわっていた。そのどれもが、最低でも100mはありそうな帆船ばかりで、遠目に見える一際大きな船は300mくらいありそうだ。

 マキシマル一行は思わず足を止めてその一種異様な光景に見入ってしまったが、いつまでもそうしているわけにも行かず、気を取り直すと船の墓場へと足を踏み入れた。岩場の隙間を通り抜け、あるいは乗り越えて、時折、船の上も歩いて先へと進む。どの船も朽ちてはいるが、触っただけで崩壊するほどではなく、一体いつからあるのか判断が難しかった。

 墓場にある船は共通して激しい戦闘跡が残っており、戦艦であるのは明白だった。どの船も地球の戦艦(帆船)のように横腹に砲門が付いてはなかったが、スッパリ切断されたマストや焼け焦げた甲板、石化したロープや網などから、大砲がない代わりに魔法を使っていたようだ。

 そしてその推測は、マキシマル一行が船の墓場のちょうど中腹に来たあたりで事実であると証明された。

 

うぉおおおおおおおおおおおおおおお!

ワァアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 突然、大勢の人間の雄叫びが聞こえたかと思うと、周囲の風景がぐにゃりと歪み始めた。驚いて足を止めた一行が何事かと周囲を見渡すが、そうしている間にも風景の歪みは一層激しくなり、気が付けば、マキシマル一行は大海原の上に浮かぶ船の甲板に立っていた。

 周囲に視線を巡らせばそこには船の墓場などなく、何百隻という帆船が二組に分かれて相対し、その上で武器を手に雄叫びを上げる人々の姿があった。

 流石の彼らも度肝を抜かれてしまい、何とか混乱しそうな精神を落ち着かせながら周囲の様子を見ることしかできない。そうこうしている内に大きな火花が上空に上がり、花火のように大きな音と共に弾けると、何百隻という船が一斉に進み出した。マキシマル一行が乗る船と相対している側の船団も花火を打ち上げると一斉に進み出し、一定の距離まで近づくと、そのまま体当たりでもする勢いで突貫しながら、両者とも魔法を撃ち合いだした。

 

ゴォオオオオオオオオ!

ドォガァアアン!

ドバァアアアア!

 

 轟音と共に火炎弾が飛び交い船体に穴を穿ち、巨大な竜巻がマストを狙って突き進み、海面が凍りついて航行を止め、着弾した灰色の球が即座に帆を石化させていく。

 マキシマル一行の乗る船の甲板にも炎弾が着弾し、盛大に燃え上がり始めた。船員が直ちに、魔法を使って海水を汲み上げ消火にかかる。

 戦場。文字通り、このおびただしい船団と人々は戦争をしているのだ。放たれる魔法に込められた殺意の風が、ぬるりと肌を撫でていく。その様子を呆然と見ていたマキシマル一行の背後から再び炎弾が飛来した。放っておけば彼らに直撃コースだ。

 ハジメは、なぜいきなり戦場に紛れ込んだのか?などと疑問で頭の中を埋め尽くしながらも、とにかく攻撃を受けた以上戦うまでとドンナーを抜き、炎弾を迎撃すべくレールガンを撃ち放った。炸裂音と共に一条の閃光となって飛翔した弾丸は、しかし、全く予想外なことに炎弾を迎撃するどころか直撃したにも関わらず、そのまますり抜けて空の彼方へと消えていってしまった。

 

「なに⁉︎」

「俺に任せろ!」

 

 もう何度目かわからない驚愕の声を上げるハジメだが、スコーンが前に出て、水の障壁を作り出した。ハジメとしては、確かに魔法の核を撃ち抜いたのにすり抜けた正体不明の攻撃など避けるに越したことはなかったのだが、スコーンがその場に留まろうとしたので、仕方なく「金剛」発動し炎弾に備える。女性陣の前には、残るダイナボット三人が立って防御の構えをとった。

 しかし、ハジメ達の心配は杞憂に終わり、スコーンの水の障壁はしっかり炎弾を防いだ。ハジメは訝しそうな表情となり、まさか射撃ミスか?と首を捻って、再度、飛来した炎弾に向かって発砲してみた。今度も、パーセプターを装備した彼の目には、確かに魔法の核を撃ち抜いたように見えたのだが、やはり弾丸は炎弾をすり抜けて明後日の方向へ飛んでいく。

 

「まさか…」

 

 それを見て、攻撃の有効性についてある程度の推測を立てたハジメは、別の攻撃方法を試してみることにした。飛来する炎弾を防ぐため、スコーンがもう一度水の障壁を張ろうとしたのを制止して、ハジメは、ドンナーに「風爪」を発動した。そして回避と同時に「風爪」で炎弾を斬り付けると、今度は炎弾をすり抜けることもなく真っ二つにすることが出来た。

 

「どうやら、ただの幻覚ってわけじゃないけど、現実というわけでもないようだ。実体のある攻撃は効かないけど、魔力を伴った攻撃は有効らしい…」

「つまり、これは現実じゃなく『直接作用できる幻覚』ってとこか。全く、本当にどうなってんだか…」

 

 ハジメの推測に、厄介な状況だとストレイフが溜息を吐くが、直ぐに一行は不穏な気配を感じとり身構える。周囲を見渡せば、雄叫びを上げながら、かなり近くまで迫ってきた相手の船団に攻撃する兵士達に紛れて、いつの間にかかなりの数の男達が暗く澱んだ目で、彼ら八人の方を見ていた。直後、男達はマキシマル一行に向かって一斉に襲いかかってきた。

 

「全ては神の御為にぃ!」

「エヒト様ぁ!万歳ぃ!」

「異教徒めぇ!我が神の為に死ねぇ!」

 

 そこにあったのは狂気だ。血走った眼に、唾液を撒き散らしながら絶叫を上げる口元。まともに見れたものではない。

 相対する船団は、明らかに何処かの国同士の戦争なのだろうと察することが出来るが、その理由も分かってしまった。これは宗教戦争なのだ。よく耳を澄ませば、相対する船団の兵士達からも同じような怒号と雄叫びが聞こえてくる。ただ、呼ぶ神の名が異なるだけだ。

 常人ならその狂気に気圧されそうだが、歴戦の戦士達には屁でもなかった。

 

刃裏双皇(バリゾウドン)!」

 

 今度はストレイフが飛び上がると、発狂した兵士達目掛けて攻撃を繰り出した。今回は、両腕をビーストモードの翼へと部分的に変化させ、純粋な魔力の塊を斬撃の如く解き放った。「魔力操作」の派生「魔力放射」と「魔力圧縮」によって放たれたそれは、通常であれば対象への物理的作用は余りなく魔力そのものを吹き飛ばすという効果をもつ。魔力が枯渇すれば人も魔物も動けなくなるので、ある意味、無傷での無力化という意味では使える技術であり、ストレイフは竜人族との暮らしで、組み手や暴れる仲間を制圧するために編み出していた技だ。

 過酷な戦場では生温い技だが、今回は役に立った。ストレイフの剛腕から放たれた魔力の斬撃は、一瞬で空を駆け抜けると、狂気を瞳に宿しカットラスを振り上げる兵士を上下真っ二つに両断した。それだけに留まらず、更に背後の兵士達にも直撃し、その体を一瞬で霧散させた。

 

「みんな!飛ぶよ!」

「おれ、ぐりむろっく!」

「ん!」

「はい!」

「了解じゃ!」

「おう!」

「分かった!スコーン、掴まれ!」

「すまん!」

 

 狭い甲板の上で四方から囲まれるのも面倒なので、ハジメはそう呼び掛けると「空力」を使い一気に飛び上がった。仲間達も一斉に飛び上がり、飛行能力のないスコーンをストレイフが抱え上げた。

 ハジメが先に物見台にいた兵士を蹴り落とし、四本あるマストの内の一本にある物見台に着地した。他の面々も同じマストに掴まったり、上空を飛んで船上を見下ろした。

 下方では狂気に彩られた兵士達が、血走った眼でマキシマル一行を見上げている。今の今まで敵国同士で殺意を向け合っていたというのに、どういうわけか一部の人間達が彼ら八人を標的にしているようだった。しかも、彼らを狙う場合に限って敵味方の区別なく襲ってくるのだ。その数も、まるで質の悪い病原菌に感染でもしているかのように、次々と増加していく。

 一瞬前まで、目の前の敵と相対していたというのに、突然、動きを止めるとグリンッ!と首を捻ってマキシマル一行を凝視し、直後に群がって来る光景は軽くホラーだ。

 

「俺スラッグ、反吐が出るくらい気持ち悪い空間だな…」

「同感…。けど、どうすれば抜け出せるんだ?」

「ん…どこかに脱出口がある、とか…?」

「けどユエさん、海のど真ん中ですよ?」

「ふむ、船のどれかが脱出口になっておるのでは…?」

「…お嬢、見た感じ、ざっと六百隻くらいあるぞ。一つ一つ探すのは無理だ。沈んだ船もあるだろうし、戦争が終わせた方が手っ取り早い」

「成る程、取り敢えず殲滅した方が手っ取り早いな」

「おれ、ぐりむろっく!」

 

 スコーンのその容赦ない意見に、シアに抱っこされた亮牙は賛成!と言わんばかりに叫ぶと、ちょうどマストのロープを使って振り子の要領で迫ってきた兵士数人を、魔力の塊である火炎弾を口から放出して霧散させた。更にハジメが撃ち放った紅色の弾丸を「魔力操作」の派生「遠隔操作」で誘導し、更に飛来した炎弾を迎撃していく。

 真下では、そこかしこで相手の船に乗り込み敵味方混じり合って殺し合いが行われていた。マキシマル一行が攻撃した場合と異なり、幻想同士の殺し合いでは、きっちり流血するらしい。

 甲板の上には、誰の物とも知れない臓物や欠損した手足、あるいは頭部が撒き散らされ、かなりスプラッタな状態になっていた。どいつもこいつも「神のため」だの「異教徒」だの「神罰」だのと戯言を連呼し、眼に狂気を宿して殺意を撒き散らしている。

 兵士達の鮮血が海風に乗って桜吹雪のように舞い散る中、マストの上にいるマキシマル一行にも、いや、むしろ彼らを狙って双方の兵士が執拗に襲いかかった。

 その度に、火炎弾や紅色の弾丸が縦横無尽に飛び回り、敵の尽くを撃ち抜いていく。更にはマキシマル一行の周囲を衛星のようにヒュンヒュンと飛び回って、攻性防御の役割を果たす魔力弾もあった。

 それでも、狂気の兵士達は怯むどころか気にする様子もなく、特攻を繰り返して来た。飛翔の魔法で何十人という兵士達が頭上から、そして、隣のマストやマストにかかる網を伝って兵士達が迫って来る。見れば、マキシマル一行の乗る船にやたらと攻撃が集中しており、ハジメのパーセプターには、ハジメ達に向かって手を掲げる術師達から最上級クラスの魔力の高まりが見えていた。

 ハジメが、何とか狙撃してやろうかと考えたその時、上空へと飛び上がったスラッグがダグザに大量の魔力を溜め込み、強力な技を解き放った。

 

「天満大自在天神!!!」

 

 直後、スラッグを中心に大量の落雷が一気に戦場に降り注いだ。

 落雷は、絨毯爆撃の如く大量に降り注がれ、その範囲は半径1kmに及んだ。そして、その雷が領域内の兵士達全員に降り注がれ、敵味方の区別なく全てが体を霧散させて消え去った。無論、殆どの戦艦も容赦なく破壊されていた。

 

「フハハハハ!俺スラッグ、大活躍!」

「「「「「「せめてやる前に何か言え(ですぅ/なのじゃ)!!!」」」」」」

「おれぐりむろっく!」

「俺スラッグ、お前達なら大丈夫だと思った!すまん!」

 

 得意げに高笑いするスラッグに、他の七人から文句が飛び交う。咄嗟にユエとティオが障壁を張ったので良かったが、下手したら黒焦げだ。対するスラッグは、仲間達なら大丈夫だと理解していたのでやや苦笑いしながら謝罪した。

 相変わらず破天荒かつ能天気なスラッグに仲間達は呆れながらも、新たな敵が迫ってきたのでそれに対処するため、再び戦闘に入った。

 物理攻撃が一切通用せず、どのような攻撃にも怯まない狂戦士の大群と船の上で戦わなければならないという状況は、普通なら相当厳しいものなのだろうが、ここにいるのは全員文字通りの怪物軍団。

 二国の大艦隊はその後、30分もしないうちにマキシマル一行に殲滅されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅ、流石にしんどかったな」

「私も、同感ですぅ…」

 

 最後の兵士達を消滅させた直後、再び、周囲の景色がぐにゃりと歪み、気が付けばマキシマル一行は元の場所に戻っていた。

 やはり殲滅で正解だったかと、安堵の吐息を漏らした直後、ハジメとシアは疲れ切った表情でその場に座り込んだ。

 

「おれ、ぐりむろっく?」

「大丈夫ですよ亮牙さん。ちょっと疲れちゃって…」

「うん、僕もまだまだだね…」

 

 心配そうに亮牙が歩み寄り、二人の背をさする。シアとハジメは、背中に伝わる優しく温かい感触が心地よくて、次第に疲弊した精神も収まっていくのを感じた。

 亮牙が宝物庫から取り出したジュースを皆に配り、素直にコクコクと飲むと活力も戻ってきたようだ。その様子を見て、安心した表情でストレイフが口を開いた。

 

「まぁ、無理もねぇ。長年戦士だった俺達ですら反吐が出る光景だった。人間ってのはあそこまで盲信的で狂気的になれるもんなんだなって思ったよ。…とにかく、少し休憩しようぜ。みんな相当暴れたし回復すべきだ」

「…ん。あの光景…やっぱり、ここの廃船と関係ある?」

 

 ハジメの近くの岩場に腰掛け休んでいたユエが問いかける。ティオは、少し考えたあと推測を話した。

 

「おそらくじゃが、昔あった戦争を幻術か何かで再現したのじゃろうな。…まぁ、迷宮の挑戦者を襲うという改良は加えられているみたいじゃが…あるいは、これがこの迷宮におけるコンセプトなのかもしれぬな」

「コンセプト?なんだそりゃ?」

「おお、スコーン殿は知らなかったのぅ。グリューエン大火山もそうじゃったが、大迷宮にはそれぞれ「解放者」達が用意したコンセプトがあると思うのじゃ」

「お嬢の推測通りなら、ここのコンセプトは『狂った神がもたらすものの悲惨さを知れ』ってところか?」

「俺スラッグ、同感」

 

 ストレイフの推論に、ハジメとシアは先程までの光景を思い出して再び、疲れた表情となる。

 これまでの旅で荒事に慣れた筈の二人が精神を苛んだのは、兵士達の狂気だ。狂信者という言葉がぴったり当てはまる連中の言動が、思想が、そしてその果ての殺し合いが気持ち悪くて仕方なかったのだ。

 狂気の宿った瞳で体中から血を噴き出しながらも哄笑し続ける者や、死期を悟ったからか自らの心臓を抉り出し神に捧げようと天にかかげる者、マキシマル一行を殺すために弟ごと刺し貫こうとした兄と、それを誇らしげに笑う弟。戦争は狂気が満ちる場所なのだろうが、それにしても余りに凄惨だった。その全て「神の御為」とほざいていたのだから、尚更だ。

 それでも、いつまでもこうしているわけにはいかない。二人はそれぞれ、自分の頬を叩いて気を引き締め直すと立ち上がった。

 

「心配させてごめん皆。僕はもう大丈夫!」

「私も大丈夫ですぅ!」

「おれ、ぐりむろっく!」

 

 気を取り直した二人の姿に、亮牙達は安堵すると、一番遠くに鎮座する最大級の帆船へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 




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お化けなんて駄目さ

まさか日本でこんなとんでもない事件が起きるとは…。
流石に自分もショックを受けました。

本日は選挙の日。この悲劇が二度と起きないよう、我々が日本の未来を考える必要があります。選挙権のある方々は、可能な限り投票に参加しましょう。










 マキシマル一行が見上げる帆船は、地球でもそうそうお目にかかれない規模の本当に巨大な船だった。全長300m以上、地上に見える部分だけでも十階建て構造になっており、そこかしこに荘厳な装飾が施してあった。朽ちて尚、見るものに感動を与えるほどだ。

 木造の船でよくもまぁ、これほどの船を仕上げたものだと、同じく物造りを得意とするハジメは、当時の職人達には尊敬の念を抱かずにはいられなかった。彼らが飛び上がって豪華客船の最上部にあるテラスへと降り立つと、案の定、周囲の空間が歪み始める。

 

「またか…。まあ、どうせ碌な光景じゃないな」

「おれ、ぐりむろっく」

 

 そうストレイフが呟いている内に周囲の景色は完全に変わり、今度は、海上に浮かぶ豪華客船の上にいた。

 時刻は夜で、満月が夜天に輝いている。豪華客船は光に溢れキラキラと輝き、甲板には様々な飾り付けと立食式の料理が所狭しと並んでいて、多くの人々が豪華な料理を片手に楽しげに談笑をしていた。

 

「俺スラッグ、なんで此奴ら、宴なんかやってんだ?」

「宴っていうよりパーティだよ…。随分と煌びやかだけど、メルジーネのコンセプトは勘違いだったかな?」

 

 予想したような凄惨な光景とは程遠く肩透かしを喰ったような気になりながら、マキシマル一行はその煌びやかな光景を、おそらく船員用の一際高い場所にあるテラスから、巨大な甲板を見下ろす形で眺めていた。すると彼らの背後の扉が開き、休憩に来たのか船員が数名現れ、少し離れたところで一服しながら談笑を始めた。聞き耳を立ててみたところ、どうやらこの海上パーティーは終戦を祝う為のものらしい。長年続いていた戦争が、敵国の殲滅や侵略という形ではなく、和平条約を結ぶという形で終わらせることが出来たのらしく、船員達も嬉しそうだ。よく見れば甲板にいるのは人間族だけでなく、魔人族や亜人族も多くおり、誰もが種族の区別なく談笑をしていた。

 

「俺もこの世界では長く生きてきたが、こんな時代があったとはな…」

「終戦のために奔走した者達の、まさに偉業だな。終戦からどれくらい経っているのか分からんが、全てのわだかまりが消えたわけでもないだろうに、あれだけ笑い合えるとは…」

「恐らくあそこに居るのは、その頑張った者達なのじゃろうな…。皆が皆、直ぐに笑い合えるわけではないじゃろう…」

 

 楽しげで晴れやかな人々の表情を見て、年長者であるストレイフとスコーン、ティオが感慨深そうに呟いた。しばらく眺めていると、甲板に用意されていた壇上に初老の男が登り、周囲に手を振り始めた。それに気がついた人々が、即座におしゃべりを止めて男に注目する。彼等の目には一様に敬意のようなものが含まれていた。

 初老の男の傍には側近らしき男と何故かフードをかぶった人物が控えている。時と場合を考えれば失礼に当たると思うのだが、誰もフードについては注意しないようだ。

 やがて、全ての人々が静まり注目が集まると、初老の男の演説が始まった。

 

「諸君、平和を願い、そのために身命を賭して戦乱を駆け抜けた勇猛なる諸君、平和の使者達よ。今日、この場所で、一同に会す事が出来たことを誠に嬉しく思う。この長きに渡る戦争を、私の代で、しかも和平を結ぶという形で終わらせる事が出来たこと、そして、この夢のような光景を目に出来たこと…。私の心は震えるばかりだ」

 

 そう言って始まった演説を誰もが身じろぎ一つせず聞き入る。演説は進み、和平への足がかりとなった事件や、すれ違い、疑心暗鬼、それを覆すためにした無茶の数々や道半ばで散っていった友…。演説が進むに連れて、皆が遠い目をしたり、懐かしんだり、目頭を抑えて涙するのを堪えたりしている。

 どうやら初老の男は、人間族のとある国の王のようだ。人間族の中でも相当初期から和平のために裏で動いていたらしく、人々が敬意を示すのも頷ける。

 演説も遂に終盤のようだ。どこか熱に浮かされたように盛り上がる国王に、場の雰囲気も盛り上がる。しかしハジメ、ストレイフ、ティオ、そして(意識がはっきりしているのか定かではないが)亮牙は、そんな国王の表情を何処かで見たことがあるような気がして、途端に嫌な予感に襲われた。

 

「こうして和平条約を結び終え、一年経って思うのだ────

 

 

 

 

 

実に、愚かだったと…

 

 

 

 

 

 国王の言葉に、一瞬、その場にいた人々が頭上に「?」を浮かべる。聞き間違いかと、隣にいる者同士で顔を見合わせる間も、国王の熱に浮かされた演説は続いた。

 

「そう、実に愚かだった。獣風情と杯を交わすことも、異教徒共と未来を語ることも、愚かの極みだった。わかるかね、諸君。そう、君達のことだ」

「い、一体、何を言っているのだ!アレイストよ!一体、どうしたと言うッがはっ!?」

 

 国王アレイストの豹変に、一人の魔人族が動揺したような声音で前に進み出た。そして、アレイスト王に問い詰めようとした結果、胸から剣を生やすことになった。

 刺された魔人族の男は、肩越しに振り返り、そこにいた人間族を見て驚愕に表情を歪めた。その表情を見れば、彼等が浅はかならぬ関係であることが分かる。本当に、信じられないと言った表情で魔人族の男は崩れ落ちた。

 場が騒然とする。「陛下ぁ!」と悲鳴が上がり、倒れた魔人族の男に数人の男女が駆け寄った。

 

「さて、諸君、最初に言った通り、私は、諸君が一同に会してくれ本当に嬉しい。我が神から見放された悪しき種族ごときが国を作り、我ら人間と対等のつもりでいるという耐え難い状況も、創世神にして唯一神たる『エヒト様』に背を向け、下らぬ異教の神を崇める愚か者共を放置せねばならん苦痛も、今日この日に終わる!全てを滅ぼす以外に平和などありえんのだ!それ故に、各国の重鎮を一度に片付けられる今日この日が、私は、堪らなく嬉しいのだよ!さぁ、神の忠実な下僕達よ!獣共と異教徒共に裁きの鉄槌を下せぇ!ああ、エヒト様!見ておられますかぁ!!!」

 

 膝を付き天を仰いで哄笑を上げるアレイスト王が合図すると同時に、パーティー会場である甲板を完全に包囲する形で船員に扮した兵士達が現れた。

 甲板は、前後を十階建ての建物と巨大なマストに挟まれる形で船の中央に備え付けられている。なので、テラスやマストの足場に陣取る兵士達から見れば、眼下に標的を見据えることなる。海の上で逃げ場もない以上、地の利は完全に兵士達側にあるのだ。それに気がついたのだろう。各国の重鎮達の表情は絶望一色に染まった。

 次の瞬間、遂に甲板目掛けて一斉に魔法が撃ち込まれた。下という不利な位置にいる乗客達は必死に応戦するものの、一方的な暴威に晒され抵抗虚しく次々と倒れていった。

 何とか、船内に逃げ込んだ者達もいるようだが、ほとんどの者達が息絶え、甲板は一瞬で血の海に様変わりした。ほんの数分前までの煌びやかさが嘘のようだ。海に飛び込んだ者もいるようだが、そこにも小舟に乗った船員が無数に控えており、やはり直ぐに殺されて海が鮮血に染まっていった。

 

「「「「グルルルルル…」」」」

 

 余りに凄惨な光景に、常人なら吐き気を催すだろうが、ダイナボット四人は寧ろ、怒りを刺激されたようだ。幻影とは理解しつつも、凄まじい殺気の篭った目で、アレイスト王を睨んでいる。

 そのアレイスト王は、部下を伴って船内へと戻っていった。幾人かは咄嗟に船内へ逃げ込んだようなので、あるいは、狩りでも行う気なのかもしれない。追従する男とフードの人物も船内に消えていった。

 その時、ふと、フードの人物が甲板を振り返った。その拍子に、フードの裾から月の光を反射してキラキラと光る銀髪が一房、亮牙達には見えた。

 周囲の景色がぐにゃりと歪む。どうやら、先程の映像を見せたかっただけらしく、マキシマル一行は元の朽ちた豪華客船の上に戻っていた。

 

「…皆、大丈夫か?」

「大丈夫です。ちょっと、キツかったですけど…。それより私達、何もしてませんけど、あれで終わりでしょうか?」

「この船の墓場は、ここが終着点だと思うよ。結界を超えて海中を探索して行くことは出来るだろうけど、普通に考えれば、深部に進みたければ船内に進めという意味なんじゃないかな?」

「ハジメの考えに同感だ。あの光景は、見せることそのものが目的だったのかもな。エヒトどもの凄惨さを記憶に焼き付けて、その上でこの船を探索させる…。そんな輩を神と崇めるトータス人にとっては、かなり嫌らしい趣向だな」

 

 このトータスの人々は、その殆どが信仰心を持っているはずであり、その信仰心の行き着く果ての惨たらしさを見せつけられては、相当精神を苛むだろう。そして、この迷宮は精神状態に作用されやすい魔法の力が攻略の要だ。ある意味、ライセン大迷宮の逆なのである。異世界出身のハジメやダイナボット、そもそも被差別種族故にエヒトなど信仰していなかったシア達だからこそ、精神的圧迫もこの程度に済んでいるのだ。

 マキシマル一行は甲板を見下ろし、そこで起きた凄惨な虐殺を思い出して気の進まない表情になった。ダイナボット達の場合は、アレイスト王やエヒトへの殺意で苛ついていたようだが…。

 彼らは意を決して甲板に飛び降り、アレイスト王達が入って言った扉から船内へと足を踏み入れた。

 船内は、完全に闇に閉ざされていた。外は明るいので、朽ちた木の隙間から光が差し込んでいてもおかしくないのだが、何故か、全く光が届いておらず、ハジメが宝物庫から緑光石を使ったライトを取り出し闇を払う。

 

「俺スラッグ、さっきの光景、終戦したのに、あのアンポンタンとか言うバカ殿が裏切ったのか?」

「ん…でも、ちょっと不自然だった…。壇上に登った時は、すごく敬意と親愛の篭った眼差しを向けられていた…。内心で亜人族や魔人族を嫌悪していたのなら、あんなに慕われる筈がない…」

「そうじゃな…。あの王の口ぶりからすると、まるで終戦して一年の間に何かがあって豹変した、と考えるのが妥当じゃろう…。問題は何があったのかということじゃが…」

「まぁ、神絡みなのは間違いないね。危ない感じでめっちゃ叫んでた姿、前に話した教皇のトリップ中の姿みたいだった…。いい歳したジジイのアヘ顔なんて、アレ程気色悪い光景は見た事なかったよ…」

「おれぐりむろっく」

 

 聖教教会の教皇の気色悪い顔を思い出し、ハジメと亮牙は「うげぇ」とぼやきつつ、仲間達と先程の光景を考察しながら進んでいった。すると、前方に向けられたハジメのライトが、白くヒラヒラしたものを照らし出した。

 マキシマル一行は足を止めて、ライトの光を少しずつ上に上げていく。その正体は白いドレスを着た女の子で、俯いてゆらゆらと揺れながら廊下の先に立っていたのだ。

 猛烈に嫌な予感がしたハジメは、こんなところに女の子がいるはずないので、取り敢えず撃ち殺そうとドンナーの銃口を向けた。

 その瞬間、女の子がペシャと廊下に倒れ込んだ。そして、手足の関節を有り得ない角度で曲げると、まるで蜘蛛のように手足を動かし、真っ直ぐマキシマル一行に突っ込んで来た。

 

ケタケタケタケタケタケタケタッ!

 

 奇怪な笑い声が廊下に響き渡る。前髪の隙間から炯々と光る眼でマキシマル一行を射抜きながら迫る姿は、まるで何処ぞの都市伝説のようだ。

 

「おれぐりむろっく!」

「亮牙さん⁉︎」

 

 テンプレだがそれ故に恐ろしい光景。しかし此処にいるのは非常識の権化みたいな者達だ。ケタケタ笑って迫る少女を見て、亮牙は何かを刺激されたかのように近くの朽ちた木材を引っこ抜くと、そのまま少女に殴りかかった。

 

「おれぐりむろっく!」

「アイエッ!!?」

 

 瞬く間に足元まで這い寄った少女だったが、凄まじい勢いで振り下ろされた木材に頭を叩き潰された。先程までケタケタ笑っていた少女だったが、何処かおかしな断末魔を上げて、有り得ない方向に曲げていた手足をピクピクと痙攣させると、そのまま溶けるように消えていった。

 一方、グリムロックは少女がいなくなった事で、退屈そうにう〜と唸っていた。まるで玩具を取り上げられた子どもだ。

 

「亮牙さん、どうしたんでしょう?」

「多分、さっきの奴が虫みたいだったから、狩猟本能でも刺激されたんだろ。さっきの幻影でグリムロックもイラついてたしな」

「成る程、ストレス解消ってわけか…」

 

 ストレイフの推測に、一行は成る程、と頷く。ティオだけ密かに叩き潰された少女を羨ましがっていたが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も、廊下の先の扉をバンバン叩かれたかと思うと、その扉に無数の血塗れた手形がついていたり、首筋に水滴が当たって天井を見上げれば水を滴らせる髪の長い女が張り付いてマキシマル一行を見下ろしていたり、ゴリゴリと廊下の先から何かを引きずる音がしたかと思ったら、生首と斧を持った男が現れ迫ってきたりした。

 船内を進むごとに激しくなる怪奇現象だったが、大抵は亮牙が殴る蹴るで撃退したりと、マキシマル一行は何事もなく進んでいった。

 メルジーネ海底遺跡の創設者メイル・メルジーネは、どうやらとことん精神的に追い詰めるのが好きらしい。奈落の底で闇と化け物に囲まれながら長期間サバイバルしていた経験があるハジメや、長年戦士として戦ってきたダイナボット達には、特にどうとも思わないが、普通の感性を持つ者なら精神的にキツイだろう。もっとも、ユエやティオはこの程度で驚きむせび泣くような性格ではないし、シアもこれまでの旅で精神的に強くなっていたので問題はなかった。

 そうこうしてる内に、遂に彼らは船倉まで辿り着いた。重苦しい扉を開き中に踏み込むと、船倉内にはまばらに積荷が残っており、その間を奥に向かって進む。すると少し進んだところで、いきなり入ってきた扉がバタンッ!と大きな音を立てて勝手に閉まってしまった。

 すると、また異常事態が発生した。急に濃い霧が視界を閉ざし始めたのだ。次の瞬間、ヒュ!と風を切る音が鳴り霧を切り裂いて何かが飛来した。咄嗟に、ハジメが左腕を掲げると、ちょうど首の高さで左腕に止められた極細の糸が見えた。更に、連続して風を切る音が鳴り、今度は四方八方から矢が飛来した。

 

「ここに来て、物理トラップ?ほんとに嫌らしいよね!解放者ってのはどいつもこいつも!」

「同感!光絶!」

 

 ハジメは一瞬、意表を突かれたものの、所詮はただの原始的な武器であることから難なく捌き、ユエも防御魔法を発動した。直後、前方の霧が渦巻いたかと思うと、凄まじい勢いの暴風がマキシマル一行に襲いかかった。

 ハジメは靴のスパイクで体を固定し、ダイナボット達もその巨体を重石代わりにして飛ばされないようにし、女性陣と幼児化した亮牙を掴んだ。

 

「おべぐびぶぼっふ!!?」

「痛えよグリムロック!髪を引っ張るな!」

 

 暴風に吹き飛ばされそうになる亮牙だったが、咄嗟にスコーンの髪にしがみ付いて難を逃れた。怒るスコーンだが、今度は前方の霧を切り裂いて、長剣を振りかぶった騎士風の男が襲いかかってきた。何らかの技なのだろう、凄まじい剣技を繰り出してくる。

 

暫流剣(ウォーターソード)!」

 

 だがスコーンは、口から水の剣を生み出して、騎士風の男を袈裟斬りにした。斬り裂かれた騎士風の男は苦悶の声を上げることもなくそのまま霧散した。

 しかし、同じような並みの技量ではない剣士や拳士、他にも様々な武器を持った武闘派の連中が、霧に紛れて次々に襲いかかってきた。

 

「成る程、中々面倒だな…」

「おれ、ぐりむろっく!」

 

 悪態を吐きつつも、スコーンは仲間達とともに速攻で片付けにかかる。大体、二~三秒で歴戦の戦士を一体屠るペースで片付けていくが、如何せん数が多過ぎるし、この空間では元の姿に戻って戦うのは不可能だ。

 

「あ〜!面倒クセェ!一気に肩をつけてやる!」

 

 倒すのに問題はないが、数の多さに苛立ったスコーンはそう怒鳴ると、大きく口を開いた。そして、一気に周囲の霧を吸い込み始めた。

 

「グオオオオオオッ!!!」

「「「「「アイエエエッ!!?」」」」」

 

 周囲の霧は、あっという間にスコーンに飲み込まれていき、周囲の亡霊だか幻影だかはっきりしない戦士達も、呆気ない悲鳴を上げながら飲み込まれてしまった。彼が全ての戦士達を飲み込むのと同時に、周囲の霧も晴れていった。

 

「ゲプッ、片付いたようだな」

「いやいやいや!スコーンさん、どうやって片付けたんですか⁉︎」

「ん?ただ全部飲み込んでやっただけだが」

「俺スラッグ、美味かったのか?」

「いやいやスラッグ、気になるとこ違うでしょ…」

 

 何事もなかったかのようにゲップをしながら呟くスコーンに、シアが思わずツッコむが、スコーンは呑気にそう答える。幾らなんでも無茶苦茶すぎるだろ、と思わずにはいられないハジメ達だったが、古い付き合いであるダイナボット達は特に気にしていないようだ。

 そうしているうちに、霧が晴れた事で、倉庫の一番奥で魔法陣が輝き始めた。ハジメ達は、もうツッコんだら負けだ、と思うと、スタスタと進み、躊躇いなく魔法陣へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に一行が転移したのは、巨大な地下空間で海底都市とも言うべき廃都だった。そこで再び空間が歪み、二国の軍隊と都内での戦闘に発展した。というのも、その都は人間族の都で魔人族の軍隊に侵略されているところだったらしく、結局、先程同じように両者から襲われたのだ?

 都の奥には王城と思しき巨大な建築物があり、軍隊を蹴散らしながら突き進んだ一行は、侵入した王城で重鎮達の話を聞くことになった。

 何でも魔人族が人間族の村を滅ぼした事がきっかけで、この都を首都とする人間族の国が魔人族側と戦争を始めたのだが、実はそれは和平を望まず魔人族の根絶やしを願った人間側の陰謀だったようなのだ。気がついた時には、既に収まりがつかないほど戦火は拡大し、遂に返り討ちに合った人間側が王都まで攻め入られるという事態になってしまった、という状況だったらしい。

 そして、その陰謀を図った人間とは、聖教教会の前身であり、国と繋がりの深い光教教会の高位司祭だった。更に、連中は進退窮まり、困った時の神頼みと言わんばかりに、生贄を捧げて神の助力を得よういう暴挙に出た。その結果、都内から集められた数百人の女子供が、教会の大聖堂で虐殺されるという凄惨な事態となった。

 その光景はハジメ達にとっても流石にかなりキツく、特にシアは吐きそうになった。

 ダイナボット達は、先程よりもかなり怒りと殺意を抱いたが、特に怒り狂ったのが亮牙だった。先程の船内での戦いと違って広い環境だった事から、ビーストモードに戻り、破壊の限りを尽くした。元凶である高位司祭をはじめとした光教教会の亡霊達を、凄まじい殺意を持って破壊する姿は、地獄の鬼すら震え上がるであろう光景であった。

 

「ご主人様は、一体どうしたのじゃ…」

「…今のグリムロックに記憶がはっきりしてるのか分からんが、あの生臭坊主どもが原因だ。テメェらで撒いたタネだってのに、何の罪もねぇ子ども達を巫山戯た理由で虐殺したんだ。自分の子どもを守れなかった奴にとっちゃ、何より許せなかったんだろうよ…」

「亮牙さん…」

 

 断末魔の悲鳴を上げる高位司祭の亡霊をなおレーザーファイヤーで焼くグリムロックの姿を心配そうに見つめるティオに、スコーンが代弁して答える。彼もまた父として、祖父として、この光景には思うところがあったようだ。

 高位司祭の亡霊が焼き尽くされた後も、その跡を何度も巨大な足で踏みつけた末に、凄まじい雄叫びを上げるグリムロック。だが、彼の恋人であるシアには、一見すると勝鬨の声に思えるその雄叫びが、何処か悲しげな声に聞こえるのであった。

 

 

 

 

 




感想、評価お待ちしております。

最後に一言、安倍晋三氏の御冥福をお祈りします。


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復活!グリムロック

半年以上もかかってしまった本章ですが、恐らく今月末には終了出来そうです。本作を愛読していらっしゃる読者の皆様、ご迷惑をお掛けしました。

今回は、久々にキャラ崩壊及び、トランスフォーマー関連のオリキャラが登場します。
また今回は、若干エッチな描写がありますが、他の利用者の作品を参考に、R-18レベルじゃないもの(R-17.9レベル)になるよう気をつけました。ご了承下さい。


 悪食。クリオネに似ているが、遥かに巨大な全長10mの巨体を誇る、魔物の祖先とされる怪物。太古の昔からトータスの海洋生態系の頂点捕食者として君臨し、その名に相応しくあらゆるものを喰らう貪欲さから、まさに「天災」とされた怪物だった。

 しかし今、その怪物は、それ以上の化け物に襲われていた。相手の体躯は遥かに巨大で全長50mは超えており、長い鞭のような複数の触手に、人間の背丈より長い牙を無数に生やした巨大な口を持っている。こちらの方が、より醜悪で悍ましい「災害」と呼べる存在だ。

 悪食は当然反撃するも、その化け物は意に介さず、蛸の墨のようなものを放出する。粘着性の強い液体によって、忽ち悪食の身体は身動きが取れなくなってしまう。そして遂に、その化け物は巨大な口を大きく開くと、まるでゼリー菓子のように一口でバクンッ、と悪食を飲み込んでしまった。

 しかし、悪食は精々おやつ程度にしかならず、まだまだ腹は膨れていないようだ。ふと化け物は、魔力とエネルゴンの反応を察知した。さながら血の匂いを嗅ぎ付けた鮫のように、新たな獲物を見つけたと悟った化け物は、その反応目掛けて一目散に泳ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海面を照らす淡い光が、天井にゆらゆらと波を作るその空間には、中央に神殿のような建造物があり、四本の巨大な支柱に支えられていた。支柱の間に壁はなく、吹き抜けになっている。神殿の中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれていた。また、周囲を海水で満たされたその神殿からは、海面に浮かぶ通路が四方に伸びており、その先端は円形になっている。そして、その円形の足場にも魔法陣が描かれていた。

 その四つある魔法陣の内の一つが、にわかに輝き出す。そして、一瞬の爆発するような光のあと、そこにはマキシマル一行が立っていた。

 

「……ここは……あれは魔法陣?」

「まさか…攻略したの?」

「どうした?何か問題か?」

「いや、まさかもうクリアとは思わなくてさ…。他の迷宮に比べると少し簡単だった気が…」

「ん、最後にあのクリオネモドキくらい出てくると思ってた…」

 

 どうやら、メイル・メルジーネの住処に到着したようだとわかり、ハジメとユエは少し拍子抜けしたような表情になる。

 

「いや、十分大変な場所だったろ。最初の海底洞窟だって、潜水艇なんて持ってないトータスの奴等じゃ、クリアするまでずっと沢山の魔力を消費し続けるし、下手すりゃいつの間にか土左衛門だ。悪食は充分強敵だったし、物理攻撃が効かないからまた魔力頼りになる亡霊軍団。十分、高難易度だっての」

「むっ、そう言われればそうなんだろうけど…」

「ストレイフに同感だな。まして、トータス人の大半は信仰心が強過ぎるから、あんな反吐が出る狂気を見せられりゃあ余計、精神的にキツいさ…」

 

 ストレイフとスコーンの指摘は、要するにマキシマル一行が強すぎたという事だ。そこまで言われると、確かにグリューエン大火山も最後のディセプティコンの襲撃さえなければ無傷で攻略出来ていたなぁと納得するハジメとユエ。

 一方の亮牙はというと、先程の怒りに任せた戦いで体力を消費し過ぎて、再び幼児の姿に戻っていた。今はぐったりした様子でシアに抱きかかえられており、ティオが羨ましそうに見ていた。

 

「くぅううう〜!シアばかり良い思いをしおって〜!妾もご主人様を抱っこできれば、この乳房を思う存分堪能させ…ハァハァ…」

「俺スラッグ、発情してるとこ悪いけどティオ、置いてくぞ」

 

 ティオが艶かしく胸の谷間を強調しつつ、荒い息を吐きながら頬を染めてそんなことをのたまうティオを無視して、マキシマル一行は奥の祭壇へと向かった。もうシアもストレイフも、疲れてきたので全力でスルーしており、スラッグが呑気にそう呼び掛けている始末だ。

 祭壇に到着した一行は、全員で魔法陣へと足を踏み入れる。いつもの通り、脳内を精査され、記憶が読み取られた。魔法陣による記憶の確認により強制的に先程の光景を思い出し、皆が顔を青ざめさせたり、怒りを露わにしていた。

 ようやく記憶の確認が終わり、無事に全員攻略者と認められたようである。八人の脳内に新たな神代魔法が刻み込まれていった。

 

「ここでこの魔法か、大陸の端と端じゃん。解放者め」

「…見つけた、再生の力」

 

 ハジメが悪態をつく。それは、手に入れたメルジーネ海底遺跡の神代魔法が「再生魔法」だったからだ。

 思い出すのは、ハルツィナ樹海の大樹の下にあった石版の文言。先に進むには確かに「再生の力」が必要だと書かれていた。つまり、東の果てにある大迷宮を攻略するには、西の果てにまで行かなければならなかったということであり、最初にハルツィナ樹海に訪れた者にとっては途轍もなく面倒である。マキシマル一行は高速の移動手段を持っているからまだマシだったが。

 ハジメが解放者の嫌らしさに眉をしかめるとともに、何故かシアが頬を赤らめつつ胸元をチラチラ気にしていると、魔法陣の輝きが薄くなっていくと同時に、床から直方体がせり出てきた。小さめの祭壇のようだ。その祭壇は淡く輝いたかと思うと、次の瞬間には光が形をとり人型となった。どうやら、オスカー・オルクスと同じくメッセージを残したらしい。

 人型は次第に輪郭をはっきりとさせ、一人の女性となった。祭壇に腰掛ける彼女は、白いゆったりとしたワンピースのようなものを着ており、エメラルドグリーンの長い髪と扇状の耳を持っていた。どうやら解放者の一人メイル・メルジーネは海人族と関係のある女性だったようだ。

 彼女は、オスカーと同じく、自己紹介したのち解放者の真実を語った。おっとりした女性のようで、憂いを帯びつつも柔らかな雰囲気を纏っている。やがて、オスカーの告げたのと同じ語りを終えると、最後に言葉を紡いだ。

 

「…どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

 そう締め括り、メイル・メルジーネは再び淡い光となって霧散した。直後、彼女が座っていた場所に小さな魔法陣が浮き出て輝き、その光が収まると、そこにはメルジーネの紋章が掘られたコインが置かれていた。

 

「証の数も四つですね。これで、きっと樹海の迷宮にも挑戦できます。父様達どうしてるでしょう~。早く亮牙さんとの仲を伝えたいですぅ〜」

 

 懐かしそうに故郷と家族に思いを馳せながら、シアは亮牙の頭を優しく撫でる。しかし、先程から彼女の様子がおかしい。何処か仕草が艶かしく感じられるというか、何か自分の肢体、特に胸を意識しているような感じだ。

 そんな事はつゆ知らず、ハジメが証のコインを宝物庫にしまった途端、神殿が鳴動を始めた。そして周囲の海水がいきなり水位を上げ始めた。

 

「うおっ⁉︎また強制排出ってかっ」

「全員、俺に掴まれ!」

「…んっ」

「俺スラッグ、此奴もあのゲリピー野郎と同じか!」

「ライセン大迷宮みたいなのは、もういやですよぉ~」

「水責めとは、やりおるのぉ」

「感心してる場合か!お嬢!」

「おれ、ぐりむろっく!」

 

 凄まじい勢いで増加する海水に、マキシマル一行は潜水艇を出して乗り込む暇もなく、あっという間に水没していく。咄嗟に、また別々に流されては敵わないと、ビーストモードに戻ったスコーンの身体に全員がしっかり掴まり、ダイナボット以外の四人は宝物庫から酸素ボンベを取り出して口に装着した。

 そしてその直後、天井部分がグリューエン大火山のショートカットのように開き、猛烈な勢いで海水が流れ込む。マキシマル一行も、その竪穴に流れ込んで、下から噴水に押し出されるように、猛烈な勢いで上方へと吹き飛ばされた。

 おそらくメルジーネ海底遺跡のショートカットなのだろうが、おっとりしていて優しいお姉さんといった雰囲気のメイル・メルジーネらしくない、滅茶苦茶乱暴なショートカットだった。しかも、強制的だった。意外に、過激な人なのかもしれない。

 押し上げられていくマキシマル一行は、やがて頭上が行き止まりになっていることに気が付く。しかし彼らがぶつかるといった瞬間、天井部分が再びスライドし、一行は勢いよく遺跡の外、広大な海中へと放り出された。この瞬間、マキシマル一行は、メイル・メルジーネは絶対、見た目に反して過激で大雑把な性格だと確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海中に放り出されると、直ぐ様スコーンは猛スピードで海面を目指す。その最中、ユエが空間魔法を応用した「界穿」を発動、ワープゲートの膜が出現し、スコーンはその中を突き抜ける。

 

ズバァアアアアアアッ!!!

 

 凄まじい勢いで海上へと到達したスコーン。直ぐにハジメが潜水艇を宝物庫から取り出すと、ハッチを開いて乗り込んでいく。続いてユエ、ティオ、シアと亮牙、ストレイフ、スラッグが乗り込み、最後にスコーンが乗り込むため人間態となろうとした時だ。

 

「ッ!!?何か来るぞ!」

 

 スコーンは水の流れから、何かが近づいてくる事を敏感に察知し、仲間達にそう叫ぶ。海中を見ると、小魚の大群が、まるで何かから逃げるように大慌てで泳ぎ去っていく。

 魚群が逃げてきた方角を一行が確認すると、何か巨大な物体が海中を突き進んでくるのが見えた。雰囲気からして生物なのには変わりないが、鯨にしては大き過ぎる。

 やがて、海面を盛り上げながら、何かが浮上した。何十mはあろうかという長さの触手だ。悪食のゼリー状の触手とは違い、イカやタコに似たフォルムだが、吸盤の代わりにマジックテープのように無数の棘が生えており、先端は銛のように鋭く尖っている。

 そんな悍ましいフォルムの触手が計6本、まるでオルクスのヒュドラのようにマキシマル達へと向けられると、次の瞬間、その先端から何かが放出された。

 

「ッ⁉︎不味い!」

 

 咄嗟にスコーンは潜水艇に体当たりして、仲間達がその物体に直撃するのを防いだ。だが、代わりに彼は逃げ遅れ、触手から放たれたそれが直撃してしまった。

 

「グッ、なんだこりゃ…⁉︎身動きが取れん…!」

 

 スコーンに纏わりついたのは、一見すると墨のようだった。しかしイカやタコのそれとは異なり、まるでトリモチのように粘着力が強い。それが身体に纏わり付き、パーツの隙間にまで侵食した結果、変形するどころか身動きすら思うようにできない始末だ。

 すると巨大な触手の一本が、身動きが取れなくなったスコーンに絡みつくと、まるで蛇が獲物を仕留めるかのように締め上げ始めた。メキメキと凄まじい威力で締め上げられ、スコーンが苦しげな悲鳴を上げる。

 

「させるか!」

 

 だが、猛スピードで突き進む潜水艇から、無数の魚雷が射出された。一度に射出された魚雷の数は12発。普通に考えれば十分な破壊力だが、ハジメは明らかに敵の強さがヤバいものだと勘付いていた。本来なら手を緩めず潜水艇に搭載されている魚雷の全てを連続して射出したかったが、スコーンが捕まっている今、下手に攻撃は出来ない。

 

ドォウ!ドォウ!ドォウ!ドォウ!

 

「グォオオオオオオッ!!?」

 

 そんなくぐもった衝撃音が鳴り響き、狙い違わず正体不明の怪物に直撃した。流石の怪物もこれには怯んだらしく、触手で締め上げていたスコーンを放り投げて解放する。

 同時にこの爆発により、害虫に紛れていた怪物の姿が潜水艇の面々に出現した。全長は50m以上はある巨体で、外見は恐竜時代より遥か昔の海を支配した古代魚・ダンクルオステウスに似ている。だが、本来胸鰭が生えている箇所からは、鰭の代わりに6本の長大な触手が生えており、腹部には蟹に似た一対の節足が生えている。人間の背丈ほどもある長い牙を備えた口のある頭部には、ちょうど額あたりに、マキシマル一行には見慣れた紋章が、さながら刺青の如く刻まれていた。それを見て、ストレイフが悪態をつく。

 

「此奴、ディセプティコンの生物兵器か!!?」

 

 そう、現れた怪物の正体はディセプティコンの新たな生物兵器、サルベージ兵オクトパンチだ!

 先程の魚雷の攻撃を受け、オクトパンチはその琥珀色の不気味な目で潜水艇を睨みつけると、怒りの雄叫びを上げた。

 

「ゴァアアアアアアアアッ!!!」

 

 水中だというのに、凄まじい唸り声が船内にも伝わってくる。思わず耳を押さえる一行だが、ハジメは敏感に、その声に魔力が宿っている事を感知した。何かヤバい攻撃が来る、ハジメの予感は的中した。

 

「ッ⁉︎な、流れが強くなってる!」

 

 突如として、先程まで穏やかだった海流が、まるで意志を持ったかのように強くなる。そしてそのまま、オクトパンチを中心に、巨大な渦が生み出されたのだ。ハジメは舵を切って脱出しようとするも、海流の方が強過ぎて、飲み込まれないようにするのがやっとだ。

 更に厄介な事に、招かれざる客達までもがやってきた。シャークティコン達だ。攻略前の一戦の復讐に来たのか、単にオクトパンチのおこぼれに預かろうと目論んだのか定かではないが、まるで血の匂いに引き寄せられた鮫の大群のようだ。

 ハジメは魚雷を発射して応戦するが、如何せん数が多過ぎるし、何より渦の中心に飲み込まれないよう潜水艇の制御で手一杯だ。次第にその攻撃を掻い潜ってきた何体かのシャークティコンが、潜水艇の上部に登ってくると、ずんぐりむっくりしたロボットモードに変形、尾から変形したモーニングスターで船体を殴打し始めた。

 

「畜生!ユエちゃん、上空と船上に『界穿』を頼む!俺とスラッグで食い止める!」

「ん!任せて!」

「俺スラッグ、任せろ!」

「妾も加勢するのじゃ!」

 

 ストレイフがそう提案し、すかさずユエが『界穿』を上空と船上に発動し、それぞれにストレイフとティオ、スラッグが飛び込む。正史に比べて魔道士としてのスキルが上がり、『界穿』も素早く発動出来るようになっていたユエだが、流石に連発はきつかったらしく、魔力枯渇に陥って崩れ落ちかけた。咄嗟に傍のシアが支え、魔晶石から魔力を取り出し補充していく。

 一方、上空100mに飛び出したストレイフとティオはすかさずビーストモードと竜化を施して、渦の中心にいるオクトパンチや集まってくるシャークティコンを攻撃する。だが、オクトパンチは鞭のように6本の触手をしならせては殴りかかり、粘着力の強い墨を絶え間なく放出してくるため、思うようにダメージを与えられない。おまけにシャークティコンはどんどん湧き出ては潜水艇に群がってくる。船上に出たスラッグがダグザを振り回して応戦するが、どれだけ殴り倒しても次々と海中から這い出てくる始末だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!やっぱりディセプティコンどもの仕業だったか…」

 

 一方、オクトパンチの墨に拘束されて身動きの出来なくなったスコーン。彼自身はなんとか渦に飲まれずに済んだが、元凶であるディセプティコンの生物兵器が仲間達を追い詰める光景を目にし、悪態をついた。

 海に住む、海人族達とは異なる種族の友人達から、最近得体の知れない化け物が暴れ回り、魚や鯨、果ては魔物までも食い尽くさん勢いで捕食しているという話は聞いていた。自分でも探してみて見つけられなかったが、今回襲ってきた化け物を見て確信した。奴が犯人で間違いないと。

 早く加勢に行きたいが、身体に纏わり付いた墨のせいで身動きが取れない上、シャークティコン達も大量に湧き出ている。此方も()()が必要だ。

 

「すまん。娘と孫の恩人達の危機なんだ。再びお前達の力を貸してくれ」

 

 スコーンはそう呟くと、海中に響くように低く唸った。さながら、鯨が仲間に助けを呼ぶような声だ。

 彼は賭けた。この世界で出来た、新たな友人達の加勢を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方シアは、魔力の枯渇したユエの介抱を終えると、何やら集中するかのように目を閉じて、次の瞬間には目を見開いた。

 

(やっぱり、あれを倒すには、私が亮牙さんを元に戻さないと!)

 

 固有魔法「未来視」の派生「仮定未来」で見た光景。それは最愛の恋人が、今の幼児の姿から元の青年の姿に戻り、今自分達が戦っている怪物を討つものだった。そして、彼を元に戻すには、()()()()()()()()()が必要である事を。

 シアは意を決して、操縦に集中するハジメと、魔力を回復中のユエに話しかけた。

 

「ハジメさん!ユエさん!勝利の法則が見えました!私と亮牙さんに任せてください!」

「本当⁉︎けど今の亮牙じゃ、流石に無理過ぎるでしょ⁉︎」

「大丈夫です!私達を信じてください!皆さんにもあと少しだけ持ち堪えるよう伝えてください!」

「ん、シアがそこまで言うなら、信じる。でも、どうするの?」

「さっき手に入れた私の新しい力で、亮牙さんを元に戻します。…ただ、ハジメさんに頼みがあるんですけど…」

「頼みって何⁉︎」

「わ…私がその力を使ってる時は、こっちを見ないでくださいね////」

「?う、うん…」

 

 恥ずかしそうに顔を赤く染めてそう告げるシアに、ハジメは一瞬キョトンとしつつもそう答え、外で戦う仲間達にあと少しだけ耐えるよう念話を飛ばした。

 一方シアは、船室の隅で未だぐったりしている亮牙の傍に歩み寄ると、彼を抱きかかえて近くの座席に座った。亮牙は疲弊した状態ながらも、心配そうな表情で彼女を見つめる。

 それに対してシアは────

 

シュルッ

プルン♡

 

「おれぐりむろっく!!?」

 

 なんと、チューブトップに似た服をずり下げ、自慢の巨乳を亮牙の眼前に曝け出した。

 突然の事に顔を真っ赤にして驚く亮牙だったが、シアは聖母の如く優しく微笑みながら語りかけた。

 

「怖がらないで、亮牙さん。私を信じて、私のおっぱい吸ってみてください////」

 

 若干恥ずかしそうにしながらも、まるで実の母親のように優しく自分の乳房を亮牙の口元に近づけるシア。色香はあるものの、いやらしさなどは感じられない、慈愛に満ちた雰囲気だ。

 最初は動揺していた亮牙だったが、やがてくんくんと鼻を鳴らした後、シアの乳房にはむっと吸い付いた。思わず「んっ…////」と息を漏らすシアだが、直ぐに落ち着きを取り戻すと、そのまま授乳を続けた。

 すると驚いた事に、彼女の乳房から甘い液体が溢れ出し、彼の口内に流れ込む。びっくりする亮牙だったが、あまりに甘美なこの液体に直ぐに夢中になり、赤ん坊のように吸い続ける。これまで幼児化してからオーアしか口にしていなかったのが、嘘のような光景だ。

 すると、徐々に亮牙の体内に変化が起き始めた。グリューエン大火山での戦いからかなりダメージを受けていた彼の内部器官が、シアの母乳を飲み続けると共に、まるで嘘のように回復し始めたのだ。

 これこそシアが再生魔法を取得した事で新たに獲得した能力「癒乳」である。本来ならまだ妊娠していない彼女から母乳が出る筈ないのだが、幼児化してしまった亮牙に母性本能を刺激され続けた中、再生魔法の取得と共にプロラクチンやオキシトシンといったホルモンが活発に分泌された結果、治癒能力を秘めた母乳を分泌できるようになったのだ。

 やがて満腹になった亮牙は「けぷっ」と息を鳴らすと、そのままシアの膝から降りるが、直ぐに変化が起きた。身体が幼児のものから徐々に大きく逞しい青年のものと姿が変わってゆく。

 

「ふぅ〜────

 

 

 

 

 

────戻ったー!!!

 

 

 

 

 

 そして遂に、我らが主人公・灘亮牙が完全復活を遂げたのである!

 

「よ…良かったですぅ〜」

 

 恋人が元に戻った姿を確認し、安堵するシア。だが、今回新たに得た力は、流石にかなり体力・魔力を消耗するものだったらしい。彼女は曝け出したままの胸元を隠す間も無く、そのまま座席から崩れ落ちそうになる。

 だがそれに気づいた亮牙が、優しくシアを抱きかかえると、彼女のチューブトップをずり上げて服装を直し、自分の上着を羽織らせた。

 

「ありがとなシア。俺のために頑張ってくれて」

「えへへ、亮牙さんのお役に立てて何よりですぅ…」

「ゆっくり休んどけ。直ぐに片付けてくる」

 

 そう告げた亮牙はシアの頭を優しく撫でると、背負っているポーチから神水の入った瓶をシアに手渡し、自身は愛刀・マグマトロンを片手に、戦場へと突入する準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、外で戦うストレイフ、ティオ、スラッグは苦戦を強いられていた。

 有利な空中から攻撃を繰り出すティオとストレイフだったが、オクトパンチは100m近い6本の触手を鞭のようにしならせ、更に粘着力の強い墨を絶え間なく吐き散らしてくるため、それらを必死に避け続けなければならない。もしどちらかが直撃すれば、忽ち渦に飲まれるかシャークティコンの餌食になって海の藻屑だ。

 そのシャークティコン達も、潜水艇に大量に襲来するのを、船上に出たスラッグと操縦するハジメが必死に撃退するが、あまりに数が多過ぎる。おまけに陸場が船上しかないため、スラッグも本来の姿に戻ることが出来ない。

 そうした戦況の中、遂にティオが一本の触手に捕まり、凄まじい怪力で締め上げられる。

 

「ぐ…ぬぅ…!」

「「お嬢!」」

 

 苦しげな声を上げるティオに、ストレイフが駆けつけようとするも、他の触手に妨害されて近づくことが出来ない。オクトパンチは巨大な口を開くと、ティオを締め上げた触手を口元へと近づけ、彼女を捕食しようとした。

 

大亡葬(ダイナソウ)!!!」

 

ズバァァァァンッ!!!

 

「グギャアアアアッ!!?」

 

 だが次の瞬間、光の膜が現れたかと思うと、何かが回転しながら飛び出してきて、ティオを締め上げる触手を叩き斬った。激痛に悶えるオクトパンチの悲鳴が響き渡り、触手から解放されたティオは力尽きて竜化を解いてしまい、そのまま墜落しそうになる。

 だが、そうはならなかった。光の膜から出てきたその人物が、元の爆乳美女へと戻ったティオを抱えて、落下を防いだ。無論、その正体が亮牙だ。

 

「ご、ご主人様⁉︎元に戻れたのか⁉︎」

「おう。心配かけたな。それともまだ奴との触手プレイを続けたかったか?」

 

 驚愕するティオに、亮牙は軽口を叩きながらそう答えると、彼女を左腕で抱きかかえ、目の前の敵を睨む。対するオクトパンチは、触手の一本を斬り落とした亮牙に怒りの矛先を向け、残る触手の先端で貫こうとする。

 

噴龍水槍(アクアジャベリン)!!!」

 

 だが、突如として亮牙達の後方から出現した水の槍が、オクトパンチの触手の攻撃を相殺する。スコーンだ。どうやら、オクトパンチの墨から解放されたらしい。

 そのまま泳ぎ近づいてくるスコーンの頭上に亮牙は降り立つと、軽く彼の頭を小突いた。

 

「遅えぞ、スコーン」

「すまん、意外と奴の墨に手こずってな…。だが、()()を呼んできたぞ」

()()?」

 

 その一言に亮牙が首を傾げていると、此方に近づいてきたシャークティコンが、海中から飛び出した何かに吹き飛ばされた。何事かと海面を覗くと、シャークティコン達とは違う何か大きな生き物が、大量に海中を泳いでいる。

 

「「「「「い〜と〜まきまき、い〜と〜まきまき、引い〜て引い〜て、とんとんとん♫」」」」」

「ハァッ!!?」

 

 現れたのは、マンタそっくりのエイだった。しかも何故か言葉を喋っている。そんなエイ達が、シャークティコン達よりも大量に、何百匹もやってきたのだ。

 エイ達はそのまま、オクトパンチに体当たりをぶちかましたり、翼のような長い鰭でシャークティコン達を切り裂いて返り討ちにしていく。先程まで優勢だったオクトパンチもシャークティコン達も、完全な不意打ちを受けて怯み、押しやられていく。

 予想外のエイ達の加勢に、亮牙は思わず驚愕の声を漏らす。仲間たちも目を丸くしているし、潜水艇にいるシアは「あの時のエイさん!!?」と驚愕に目を見開いていた。

 

「スコーン…援軍って此奴らか?」

「ああ。俺の友人である、回遊の民・デプスチャージ族だ。ミュウが攫われた時も捜索を手伝ってくれた、頼もしい奴らだ」

 

 どうやらこのエイ達・デプスチャージ族は、スコーンの友人らしい。前にシアがライセン攻略後に喋るエイを見たと言っていた時は見間違いだと思っていたが、どうやらスコーンに頼まれてミュウを捜索していた個体だったようだ。

 マキシマル一行が驚愕と関心を抱いているうちに、デプスチャージ族達は、シャークティコン軍団の大半を撃退していった。オクトパンチも、小柄過ぎる彼等の攻撃に翻弄されて疲弊し、一行を飲み込まんとしていた大渦も弱まってきている。その勝機を見逃すマキシマル一行ではない。

 

「ティオ、もう一回竜化出来るか?」

「うむ。なんとか出来そうじゃ」

「スコーンはあのタコ野郎の動きを封じてくれ」

「おう、任せろ!」

 

 亮牙の指示に、ティオは再び竜化すると、彼を背に乗せてスコーンの頭上から飛び立った。一方スコーンは、オクトパンチに向き直り、先程のお返しと言わんばかりに攻撃に転じた。

 

龍河鞭攻(フラッドストラップ)!!!」

 

ザバァアアアアッ!!!

 

「グォオオオオオッ!!?」

 

 スコーンが口から吐き出した大量の水が、まるで意志を持ったかのように、巨大な縄となってオクトパンチの身体に絡みつく。オクトパンチは逃れようともがくが、水棲生物であるこの怪物の力をもってしても、ダイナボットの繰り出す技から逃れることは出来なかった。

 触手までもが動かすことが出来ず、苦しみ悶えるオクトパンチがふと上空を見上げると、何かが此方目掛けて凄まじいスピードで墜落してきた。

 落ちてきたのは、上空高く舞い上がったティオの背から飛び降りた亮牙だ。彼はマグマトロンを逆手に持ち直し、グリューエン大火山で手に入れた熱エネルギーを刀身へと宿していく。

 

「丸焼きにしてやるよ────

 

 

 

 

 

────豪炎大剣(フレアソード)!!!

 

グサァアアアアアッ!!!

 

「ゴガァアアアアア〜ッ!!?」

 

 強烈な炎の刃で、亮牙はオクトパンチの脳天を貫いた。オクトパンチは断末魔の悲鳴を上げるが、刀身から注がれた凄まじい熱エネルギーは容赦なくこの怪物の脳内を焼き尽くしていく。

 

ゴォバァアアアアア!!!

 

 凄まじい衝撃が迸り、オクトパンチの頭部が風船のように爆発した。海面はその余波で荒れ狂い、飛び散った肉片が雨のように降り注がれる。

 荒れる海の中で、衝撃をやり過ごした潜水艇は、オクトパンチのいた方へと近づいていくと、頭を吹き飛ばされたオクトパンチの無残な亡骸が目に入った。やがてスコーンの水の鞭が解け、巨大な亡骸はそのままゆっくりと海中へと沈んでいく。先程までマキシマル一行やデプスチャージ族と争っていたシャークティコン達は、戦闘を放棄するとオクトパンチの亡骸に群がって、そのままバクバクと屍肉を食べ始めた。こうしてディセプティコンの生物兵器は、シャークティコンに貪られながら海底へと姿を消していった。

 戦いが終わった事を悟った一行は、刻一刻と静まっていく海面に油断なく視線を巡らし、敵にとどめを刺した亮牙を探す。そして遂に、海中から顔を出したスコーンの頭上に乗りながらも、マグマトロンを握った右手を掲げる彼の姿を確認する。

 

「「「「「エ〜イ、エ〜イ、オ〜!!!」」」」」

「「「「「「「「オー!!!」」」」」」」」

 

 その姿に呼応するかの如く、一体も欠ける事なく戦い抜いたデプスチャージ族が勝鬨を上げる。その声はこの大海原に大きく響き渡り、マキシマル一行も負けじと勝鬨を上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・サルベージ兵オクトパンチ
 ショックウェーブが変成魔法により生み出した生物兵器の一つ。全長はクイックストライクやジェットストームより遥かに巨大な90mで、外見は古代魚ダンクルオステウスに似ているが、胸鰭の代わりに全長と同じ長さの触手が6本生えている。
 貪欲な捕食動物で、凄まじい食欲に任せて何にでも襲いかかり捕食してしまう。悪食ですらその魔の手にかかり餌食となった。
 武器は無数の乱杭歯が並んだ巨大な顎と、全長程もある触手。この触手の先端は銛のように尖っており、吸盤の代わりに無数の棘が生えている。更に触手の先端から粘着力の高い墨を放出して獲物を拘束したり、海流を操作して巨大な渦潮を作り出して獲物を引き摺り込む。
 名前の由来はプリテンダーのサルベージ兵オクトパンチから。近年では『アドベンチャー』や『パワーオブザプライム』のソラスプライムのデコイアーマーとして登場している。
 デザインや戦闘スタイルは、『ゴッド・オブ・ウォー:アセンション』に登場した怒りの女神アレークトーのカリュブディス形態を参考とした。

・デプスチャージ族
 トータスの在来種族。外見はマンタそっくりだが、何故か「いとまきのうた」をよく口ずさんでおり、「エ〜イ」という鳴き声を発する。しかもかなりのハスキーボイスで、ハジメは内心「CV梁田○之かよ!!?」とツッコんでいた。
 とは言え戦闘能力はかなり高く、シャークティコン程度なら容易く撃退出来る。武器は刃のように鋭い鰭。
 スコーンとは古くからの友人であり、海で起きていた異常を彼に伝えたのも彼らである。また、ミュウが攫われた時はスコーンの依頼で彼女の捜索も引き受けており、ライセン攻略後にシアが出会したのはそのうちの一体。
 名前の由来は勿論、『ビーストウォーズメタルス』に登場したサイバトロン海上司令官デプスチャージ。ちなみにデプスチャージは実写映画2作目『リベンジ』に登場予定だったらしく、身長140フィート(約42.672m)に達する大型キャラとなる筈だった。
 この事から、本作ではデプスチャージの名前を出そうと初期の段階で考えており、最終的にBW同様にマンタとし、『ONE PIECE』でジンベエがジンベエザメと話せるのを参考にスコーンの友人というポジションとなった。リーさんは犠牲になったのだ…。

・癒乳
 本作オリジナルのシアの能力。再生魔法の派生能力で、高い再生・回復能力のある母乳を分泌して、飲んだ者を癒す事ができる。
 元ネタはエジプト神話の女神ハトホルが目を負傷したホルス神を自らの乳で治療したという神話と、万能薬となる乳を出す兎の未確認生物・ジャッカロープから。
 本章ではこれまで以上にシアにおっぱい連呼させたのは、これの伏線だったりする(苦笑)

・大亡葬
 亮牙/グリムロックの剣技。回転しながらマグマトロンを振り下ろして敵を斬り裂く。
 名前の由来と元ネタは、ダイナソー(Dinosaur)と、ビッグマムの「マーマ急襲」から。





感想、評価お待ちしております。


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姪っ子との約束。

半年以上もかかってしまいましたが、何とか今月中に終わらせる事が出来ました。
原作以上にキャラ崩壊&下ネタのオンパレードです。ご了承下さい。
なお、今話で雫の末路に関するアンケートは終了とします。多くの方々から意見を頂き、誠にありがとうございました。





それにしても、ジュラシック・ワールド最新作、完結作だけあってもう最高でした!



「ぐりみぃー!シアお姉ちゃーん!朝なのー!起きるのー!」

 

 海上の町エリセンの一角、とある家の二階で幼子の声が響き渡る。時刻は、そろそろ早朝を過ぎて、日の温かみを感じ始める頃だ。窓から、本日もいい天気になることを予報するように、朝日が燦々と差し込んでいる。

 

「んん…」

「zzz…」

 

 そんな朝日に照らされるベッドで爆睡しているのは、亮牙とシアだ。そして、そんな二人を元気な声で起こしに来たのはミュウである。

 

「シアお姉ちゃん、おはようなの」

「ふぁああ…。ミュウちゃん、おはようございます」

 

 眠そうに欠伸をしつつも、シアが起きたことが嬉しいのか、ニコニコと笑みをこぼすミュウ。シアも、朝の挨拶をしながら上半身を起こすと、微笑みながら優しく彼女の頭を撫でた。気持ちよさそうに目を細めるミュウに、シアも頬を緩ませる。

 

「zzz…」

「もうっ、ぐりみぃも起きるの!朝なの!」

「ふふっ。ほら亮牙さん、もう朝ですよ〜」

 

 そんなほのぼのした空気の中、シアの隣からいびきが聞こえて来る。無論、亮牙だ。

 それを聞いてハッとなったミュウは、頬を可愛く膨らませながらそう告げる。まるで弟の面倒を見る姉のようだ。

 シアも微笑みを浮かべながら、隣で眠る恋人の体を軽く揺する。

 

「んみゅ?どうして、ぐりみぃとシアお姉ちゃん、裸なの?」

 

 ふとミュウは、シーツから出たシアと未だ寝ている亮牙が、生まれたままの姿である事に気づいて、無邪気な質問をする。そして「もしかしてパジャマ持ってないの?」と不思議そうな、あるいは少し可哀想なものを見る目で二人を見る。

 幼く純粋な質問に、「だって、服は邪魔ですもん!」等と、セクハラ紛いの返しなど出来るはずもなく、シアは少し困った表情となりつつも、幼子の無邪気な質問に答えた。

 

「…え〜と、お姉ちゃんも亮牙さんも暑がりなんで、夜寝ているうちにパジャマ脱いじゃったんです!」

「んみゅ、暑かったの?」

「はい。お姉ちゃん達、ちょっと運動もしてたから…////」

 

 首を傾げるミュウに、顔を若干赤らめつつそう誤魔化すシア。ミュウの性教育は母親たるレミアと、祖父たるスコーンにお任せだ。ベッドの下で、脱ぎ散らかされた二人のパジャマや下着を見て、ミュウは「そんなに暑かったかな?」と昨日の夜を振り返る。 

 やや納得いかないように感じながら、ミュウはベッドの下を指差して、更に無邪気な質問を繰り出してシアを追い詰めた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、なんでティオお姉ちゃん、ぐるぐるになってベッドの下で寝てるの?」

「ん〜♡ん〜♡」

 

 

 

 

 

 そう言って彼女が指差した先には、下着姿のまま亀甲縛りをされたティオが転がっていた。目隠しをして、口には猿轡を咥え、顔を赤らめながら息を荒げている姿は、とても幼児には見せられない光景だった。

 

「あ〜、あれはティオさんのパジャマみたいなものですよ〜…」

「んみゅ、変なパジャマなの」

 

 呆れた描写でティオを見つめながらそう告げるシアに、純粋なミュウは素直な感想を告げる。

 無論、これは亮牙の仕業だ。彼とシアが寝ようとした際に、ティオがグリューエン大火山で約束した「胸を揉んでやる」という約束を果たしてもらおうと夜這いを仕掛けてきたのだ。勿論、直ぐに亮牙に拘束されてこんな状態にされたのだが、当人は「これはこれで…////」とご褒美のように喜んでいた始末だ。

 

「んん…」

「あっ。お早うございます、亮牙さん」

「んみゅ、ぐりみぃ、お早うなの!」

 

 そうこうしているうちに、先程まで眠っていた亮牙がようやく目を覚ました。まだ眠たそうな彼の目に映ったのは、姪っ子同然の幼女と、裸のまま優しく微笑む恋人の姿だ。

 

「シア〜」

「きゃっ♡も〜亮牙さんったら、ミュウちゃんの前ですよ////」

 

 そのまま亮牙はシアの胸元に飛び込むように抱きつくと、赤ん坊のように甘え始める。対するシアは、ミュウの前なので恥ずかしそうにしつつも、満更でもなさそうな表情だ。彼が幼児化してからは、暫くお預け状態だった事もあり、彼女も性欲が溜まっているのだ。

 

「あ〜!ぐりみぃ、またシアお姉ちゃんのおっぱい吸ってるの!大っきくなったくせに赤ちゃんみたいなの!」

「そうですねぇ〜。本当に亮牙さんは甘えん坊さんですねぇ〜。ミュウちゃんもお姉ちゃんのおっぱい、飲みます?」

「ミュウはもうおねえさんなの!もうおっぱいなんて飲んだりしないの!」

「ふふっ。お姉ちゃん達もおっぱいあげたらすぐ行きますから、ミュウちゃんは先に行っててくださいね」

「んみゅ、分かったの!」

 

 シアにそう告げられ、ミュウは元気に頷くと、そのままトテテテテッと部屋を出ていく。陽の光で少しずつ暖かさを増していく中、ほのぼのとした光景だ。今なおベッドの下で息を荒げるティオと、朝の牛乳の代わりにとシアの巨乳を堪能する亮牙の姿さえなければだが。

 その後、亮牙は思う存分シアに甘えた後、ようやく起きてリビングに来た。無論、ミュウから事情を聞いて怒り心頭だったストレイフとスコーンに袋叩きにされたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マキシマル一行がメルジーネ海底遺跡を攻略し、潜水艇を動かそうにもハジメも疲弊していたので、デプスチャージ族達に引っ張ってもらいながらエリセンまで帰り、再び、町に話題を提供してから六日が経っていた。帰還した日から彼らは、ずっとレミアとミュウの家に世話になっている。

 エリセンという町は、木で編まれた巨大な人工の浮島だ。広大な海そのものが無限の土地となっているので、町中は、通りにしろ建築物にしろ基本的にゆとりのある作りになっている。スコーン達の家も、元々五人暮らし用に建てた家にしては十分以上の大きさがあり、マキシマル一行が寝泊りしても何の不自由も感じない程度には快適な生活空間だった。

 そこで一行は、手に入れた神代魔法の習熟と装備品の充実に時間をあてていた。エリセンは海鮮系料理が充実しており、波風も心地よく、中々に居心地のいい場所だったので半分はバカンス気分ではあったが。

 ただ、それにしても、六日も滞在しているのは少々骨休めが過ぎると感じるところだ。その理由は言わずもがな、ミュウである。彼女をこの先の旅に連れて行くことは出来ない。四歳の何の力もない女の子を、東の果ての大迷宮に連れて行くなどもってのほかだ。

 まして、ハルツィナ樹海を除く残り二つの大迷宮は更に厄介な場所にある。一つは魔人族の領土にあるシュネー雪原の氷結洞窟。そしてもう一つは、何とあの忌々しい神山なのである。どちらも、大勢力の懐に入り込まねばならないのだ。そんな場所に、ミュウを連れて行くなど絶対に出来ない。

 なので、この町でお別れをしなければならないのだが、何となくそれを察しているのか、マキシマル一行がその話を出そうとすると、ミュウは決まって超甘えん坊モードになり、彼らに「必殺!幼女、無言の懇願!」を発動するので中々言い出せずにいた。結局、ズルズルと神代魔法の鍛錬やら新装備の充実化やら、ついでにスコーンが怒りに任せてぶっ壊した町の復旧やら、言い訳をしつつ六日も滞在してしまっているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六日目の今日も、グリムロックはスコーンとともに、ロボットモードになって瓦礫や人族の死骸の撤去を行なっていた。他の仲間達は現在、ミュウと共に海水浴を楽しんでいる。流石に二体だけでは大変そうに思えるかもしれないが、彼らには心強い協力者達がいた。

 

「よーし、お前ら。それを片付けりゃあ全部終わりだ」

「お疲れさん。瓦礫や人間どもの死骸は好きなだけ食っていいぞ」

「「「「「シャー!!!」」」」」

 

 そう、協力者とは、六日前まで敵だったシャークティコン達だ。ロボットモードになり、まるで工事作業員のような威勢の良い声で敬礼している。

 オクトパンチとの戦いの後、その死骸を食べて腹を満たした彼らは、圧倒的な力を以って自分達を打ち負かしたマキシマル一行に、野生の本能から忠誠を誓うようになったのだ。そのために、わざわざエリセンまでやってきて、定着するようになった。

 最初は警戒したマキシマル一行だったが、ミュウをはじめとした海人族の子ども達は「新しいお友達なの!」とシャークティコン達とすぐに打ち解け、更には漁の手伝いや、なんでも食べる悪食故にゴミ処理までこなして、あっという間に海人族達から受け入れられていた。今もこうして復興作業を手伝っており、通り行く海人族達から「今日もご苦労様!」と労われている始末だ。こうなっては、マキシマル一行もシャークティコン達を認めざるを得なかった。

 そして現在、最後の瓦礫の撤去が終わり、二人はシャークティコン達に後片付けを任すと、仲間達の元へと合流しに浜辺へと向かった。

 道中、海人族達から採れたて新鮮な魚介類を提供されつつ、浜辺へ着くと、ミュウは溢れんばかりの笑顔で、シアやティオ、スラッグにストレイフと水中鬼ごっこをして戯れていた。海人族の特性を十全に発揮して、チートの権化達から華麗に逃げ回る変則的な鬼ごっこ(ミュウ以外全員鬼役)を全力で楽しんでいる。

 一方、ハジメはというと、ビーチパラソルの下で寝そべるユエとレミアにせがまれ、日焼け止めを塗ったりマッサージをしていた。二人の色香に、彼はたじたじとしつつも、思いっきり鼻の下を伸ばしている。

 ユエは現在、黒のビキニを来ている。紐で結ぶタイプなので結構際どい。ユエの肌の白さと相まってコントラストがとても美しい。珍しく髪をツインテールにしており、それが普段より幼さを感じさせるのに、水着は大人っぽさを感じさせるというギャップがある。

 だが、レミアも負けず劣らずの美女だ。ミュウと再会した当初は、相当やつれていたのだが、現在は再生魔法という反則級の回復効果により以前の健康体を完全に取り戻しており、一児の母とは思えない、いや、そうであるが故の色気を纏っている。海人族の男衆がこぞって彼女の再婚相手を狙っていたり、母子セットで妙なファンクラブがあるのも頷けるくらいの、おっとり系美人だ。今はエメラルドグリーンの長い髪を背中で一本の緩い三つ編みにしており、ティオとタメを張るほど見事なスタイルを、ライトグリーンの結構際どいビキニで更に魅惑的にしている。

 しかし、色気とは裏腹にレミアの表情は幸せそうで、仲間達と遊ぶミュウも心底楽しそうな表情だ。娘と孫のそんな姿に、微笑ましげな表情のスコーンに、亮牙は問いかけた。

 

「…良いのか、スコーン?本当に俺達について来て?」

「くどいぞ、グリムロック。お前達、特にあの坊主には、娘と孫を救って貰った恩義があるんだ。俺にだって通す仁義ぐらいある」

「だが、ミュウはまだ小さいし…」

「確かにあの子はまだまだ幼い。だが、お前達と出会った事で、大きく成長出来た。いつも俺やレミアに甘えてばかりだったあの子が、自分より他の誰かを気遣えるようになった…。ミュウだって、お前達が行かなければならないことぐらい分かってるさ。幼さ故についつい甘えちまうが、一度も『行かないで』なんて口にしてない。これ以上、お前達を引き止めちゃいけないと分かってるのさ。だから、お前達も悩まずに、すべき事のために進め」

「…そうか。なら、俺からはもう何も言わん。明日には出発しよう。その前に、宴でもやりながらな」

 

 スコーンの、レミアの、そして幼いミュウの気遣いや覚悟を知り、これ以上は野暮だと考えた亮牙は、それ以上は何も言わない事にした。

 ちょうどその時、シアがミュウのいたずらで水着のブラジャーを剥ぎ取られ、「きゃあ!!?」と悲鳴を上げると、手ブラ姿で必死にミュウを追いかけ始めた。

 

「あの、ミュウちゃん?お姉ちゃんの水着、そろそろ返してくれませんか? さっきから人目が…」

「おいおい。何やってんだあいつは…」

「いやいやグリムロック、お前も鼻の下が伸びてるぞ…」

 

 自分の方が十歳以上も年上なのに、四歳の女の子に水着を取られて半泣きになるシア。そんな光景に亮牙は呆れるが、ちゃっかり見惚れている事をスコーンにツッコまれていた。

 そして、その光景を見ていたのは彼らだけではなかった。

 

「ああ…レミアさんは相変わらず美しいが、あの兎人族の娘も良いよな…」

「おっぱいデケェな〜。しゃぶりつきてぇ…」

「くぅ〜、今すぐミュウちゃんと代わりてぇ〜」

 

 レミアのファンクラブにも入っている海人族の若い衆が、ちゃっかりその光景を覗き見していた。初対面時は彼女の事を見下していた筈が、スコーンの友人達の仲間と分かってからは、元々美少女である事やそのナイスバディから、すっかり悩殺された者も増えていた。

 無論、シアの恋人たるこの男の前では、絶対してはいけない事だ。

 

「シアをいやらしい目で見てんじゃねぇ!!!」

「「「「「アイエエエ〜!!?」」」」」

「やり過ぎるなよグリムロック…。お〜いお前ら、飯にするぞ〜」

 

 ブチギレた亮牙が、近くにあった岩を持ち上げて、出歯亀をしていた連中目掛けて投げ飛ばした。直撃はしなかったものの、若い衆は一目散に逃げ出していった。

 スコーンは呆れつつも、皆を呼んで食事の準備を始めた。それに気付いた仲間達も、海から上がってくる。

 

「ふぇぇぇん…亮牙さ〜ん…」

「ほれ、泣くなって。スケベどもは追っ払ったから」

 

 シアも亮牙に気づくと、泣きべそをかきながら駆け寄って、その自慢の双丘を彼の胸板に押し付けながらもたれかかった。未だ、ミュウに水着を取られたままなので、体を隠す意図もあるようだ。

 亮牙は苦笑しつつも自身の上着を羽織らせてあげるが、極上の柔らかさに加え、当たっている二つの特徴的な感触にメロメロになっていた。

 ちなみに、ティオも中々魅力的な水着姿を披露していたのだが、自分もブラジャーを取れば亮牙に甘えられるのではと考え、ハァハァしながらブラジャーを外そうとしていた。こちらは色気よりも気色悪さの方が目立ち、ストレイフが泣きながら彼女を羽交締めにして必死に止めていた。

 ミュウも海中から出て来ると、シアの水着を「戦利品とったどー!」とばかりに掲げながら、亮牙の傍へと近づいていく。

 

「ぐりみぃ〜、ちょっとしゃがんでなの〜」

「ん?いいけどミュウ、そろそろシアに────」

 

 そう言われたのでミュウと目線が合うようにしゃがみつつ、シアの水着を返してやるよう注意しようとした亮牙。だが、彼がそう言い切る前に、ミュウはシアの水着を、亮牙の頭にパサッと乗せた。

 

「ミ、ミュウちゃん⁉︎なぜ、こんな事を……。はっ⁉︎まさか、亮牙さんに頼まれて?も、もうっ!亮牙さんたら、私の水着が気になるなら、そう言ってくれれば、いくらでも…」

「い、いや…そんな事頼んでないぞ…。ミュウ、なんでこんな事を?」

 

 顔を赤らめつつ、そんな事を呟きながら、イヤンイヤンと身体をくねらせるシア。一方の亮牙は、頭上に乗ったシアの水着から水滴を滴らせながら、頬を引きつらせつつミュウに尋ねる。何ともシュールな光景だが、それを目撃した海人族の男連中は血の涙を滴らせ、スコーンとストレイフはそれ以上に殺気立った目で亮牙を睨んでいる。

 そんな周りの雰囲気など気にしてない様子で、ミュウはニカっと微笑みながら理由を話した。

 

「んみゅ!ぐりみぃ、いっつもシアお姉ちゃんのおっぱい吸ってて赤ちゃんみたいなの!だから、お姉ちゃんのブラジャーをおしゃぶりにすれば良いの!きっと、おっぱいの味がする筈なの!」

 

 悪意の一切ない、満面の無邪気な笑みでそう告げるミュウ。彼女なりに、亮牙のためを思っての行動だったらしい。

 だが、そのメガトン級の爆弾発言に、海人族の男はより一層血涙を流し、スコーンとストレイフはメキメキと拳を鳴らし始める。レミアは顔を赤らめつつも「ラブラブですねぇ〜」と微笑ましげに呟き、ティオは「なら妾も〜♡」と水着を脱ごうとしている。

 一方、そう告げられた亮牙は、何かが吹っ切れたようだ。彼はすくっと立ち上がると、顔を真っ赤にして「亮牙さんがおっぱいばっかり吸うから〜」と言いながらより一層身体をくねらせるシアの両肩を掴んだ。

 

「シア」

「ふえ?どうしました?」

「向こうの岩陰行ってちょっと()()()()しよ「「ヤらせねえよ!!!」」グォオオオオオっ!?」

 

 そんな事を宣う亮牙に、遂にスコーンとストレイフの怒りが爆発し、二人の怒りの鉄拳が亮牙の後頭部に直撃する。亮牙はそのまま勢いよく砂浜にめり込むが、二人は止まらず彼を蹴り飛ばす。

 

「俺の可愛い孫の前でスケベな事ばっかりしやがって!おかげでミュウが変な事覚えちまったじゃねえか!」

「シアちゃんが可愛いからって羽目を外し過ぎだ!お嬢があんな手のつけられない痴女になっちまったのも、元はと言えばオメーが所構わず発情してる所為だぞ!」

「五月蝿え!俺が惚れた女とナニしようが俺の勝手だろうが!枯れ果てたジジイどもに説教される筋合いはねえ!」

「「オメーも6,600万歳のジジイだろーが!!!」」

「俺スラッグ、喧嘩なら俺も混ぜろ!」

 

 今までの不満や怒りをぶちまける二人に、今度は亮牙が逆上して殴り返す。次第に殴り合いはヒートアップして、スラッグまでもが便乗して参戦する始末だ。

 シアは喧騒のなか、亮牙が落とした自分の水着を拾うも、どう止めれば良いかオロオロとしている。ミュウはキョトンとして「やるって何をするの?」とレミアに問いかけてははぐらかされ、ティオは「妾だってご主人様に抱いてほしいのじゃ〜」と悔し涙を流す。

 そんな光景を眺めながら、自分達の馬鹿ップルぶりは、まだまだマシな方だな、と思わずにはいられないハジメとユエであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩、別れの宴の前にマキシマル一行はミュウにお別れを告げた。それを聞いたミュウは、着ているワンピースの裾を両手でギュッと握り締め、懸命に泣くのを堪えていた。しばらく沈黙が続く中、それを破ったのはミュウだった。

 

「…もう、パパにも、お爺ちゃんにも、みんなにも、会えないの?」

「……」

 

 答えに窮する質問だ。ハジメの目的は故郷たる日本に帰ること。しかし、その具体的な方法はまだ分かっておらず、どのような形でどのタイミングで帰ることになるのか分からない。

 かつて、ミレディ・ライセンは、望みを叶えたければ全ての神代魔法を集めろといった。もしかしたら、そのタイミングで直ぐに帰ることになってしまうかもしれないのだ。旅の終わりまでエリセンに来ることはないだろうから、あるいは、これが今生の別れとなる可能性は否定しきれない。安易なことは言えなかった。

 

「…パパは、ずっとミュウのパパでいてくれる?」

 

 どう答えるべきかと悩むハジメに、ミュウは、その答えを聞く前に言葉を重ねた。ハジメは、ミュウの両肩をしっかり掴むと真っ直ぐ視線を合わせた。

 

「…ミュウが、それを望むなら」

 

 そう答えると、ミュウは、涙を堪えて食いしばっていた口元を緩めてニッと笑みを作る。その表情にハッとしたのは仲間達だ。それは、どこか困難に戦いを挑む時のハジメの表情に似ていて、一瞬、本当の親子のように見えたのだ。

 

「なら、いってらっしゃいするの。それで、今度は、ミュウがパパを迎えに行くの」

「迎えに、か…。ミュウ。僕は、凄く遠いところに行くつもりなんだ。だから…」

「でも、パパが行けるなら、ミュウも行けるの。だって、ミュウはパパの娘だから」

 

 ハジメの娘たる自分が、出来ないことなどない。自信有りげに胸を張り、ハジメが会いに来られないなら、自分から会いに行くと宣言するミュウ。もちろん、ミュウは、ハジメが世界を越えて自分の故郷に帰ろうとしていることを正確に理解しているわけではない。まして、ミュウが迷宮を攻略して全ての神代魔法を手に入れ、世界を超えてくるなど有り得ない。

 それ故に、それは幼子の拙い発想から出た実現不可能な目標だ。

 だが、一体誰が、その力強い宣言を笑えるというのだろう。一体誰が、彼女の意志を馬鹿馬鹿しいと切り捨てられるのだろう。出来はしない。してはならない。

 スコーンから聞かされたレミアの言ったミュウが成長したという言葉の意味は、亮牙にはよく分かった。ミュウは短い時間ではあったが、それでもしっかりマキシマル一行の背を見て成長してきたのだ。そんな愛しい娘を今更手放せるのか。手放していいのか。いや、そんな事できるわけがない。していいわけがないのだ。

 だからこそ、ハジメは決断した。今、ここでもう一つ誓いを立てようと。

 

「ミュウ、待っていて」

「パパ?」

 

 ハジメの雰囲気が変化したのを感じ取ったのかミュウが不思議そうな顔をして首を傾げる。先程までの、どこか悩んだ表情は一切なく、いつもの力強い真っ直ぐな眼差しがミュウの瞳を射貫いた。ミュウがずっと見てきた瞳だ。

 

「全部終わらせたら。必ず、ミュウのところに戻ってくる。マキシマルのみんなで、ミュウに会いに来る」

「…ホント?」

「おいおいミュウ。ハジメがお前に嘘ついた事、あったか?」

 

 亮牙からの問いかけに、ふるふると首を振るミュウ。ハジメは、そんなミュウの髪を優しく撫でる。

 

「戻ってきたら、今度は、ミュウも連れていってあげる。それで、僕や亮牙達の故郷、生まれたところを見せてあげるよ。きっと、びっくりするよ。僕の故郷はびっくり箱みたいな場所だからね」

「!パパの生まれたところ?みたいの!」

「楽しみかい?」

「すっごく!」

 

 ピョンピョンと飛び跳ねながら喜びを表現するミュウに、マキシマル一行は優しげに目を細める。

 ハジメとまた会えるという事に不安を吹き飛ばされ満面の笑みを浮かべるミュウは、飛び跳ねる勢いそのままに、彼に飛びついた。しっかり抱きとめたハジメは、そのまま彼女を抱っこする。

 

「なら、いい子でママと待っててね?危ないことはしちゃだめ。ママの言うことをよく聞いて、お手伝いを頑張るんだぞ?」

「はいなの!」

 

 ハジメは、そんな二人のやり取りを微笑みながら見つめていたスコーンとレミアに視線で謝罪する。「勝手に決めて済まない」と。

 それに対し、二人はゆっくり首を振ると、しっかりハジメと視線を合わせて頷いた。「気にしないで」と。その暖かな眼差しには、責めるような色は微塵もなく、むしろ感謝の念が含まれていた。

 

「ワハハハ!ミュウ、えらいぞ!俺スラッグの子分だけある!」

「だな。よ〜し、また会う日までの前祝いだ。今夜はとことん楽しむぞ!」

「んみゅ!うたげなの!」

 

 亮牙がそう告げると、一行はスコーンの加入と、またミュウとレミアに会う日までの前祝いとして、宴を始めた。

 ミュウはジュースの入ったコップを持って乾杯の音頭を取ると、ハジメとスコーンに寄り添った。再会の約束をしたとはいえ、しばらくのお別れであることに変わりはない。最後の夜は精一杯甘えることにしたようだ。

 その翌日、マキシマル一行は、ミュウとレミアに見送られ、海上の町エリセンを旅立つのであった。

 

 

 

 

 









奴等は過ちを犯した。





自らが万物の霊長だと思い上がり、他の生命を蔑ろにし続けた。





その傲慢さは止まる事を知らず、今、真の王者達の逆鱗に触れた。





奴等に待ち受けるのは、滅亡か、零落か。





愚か者どもが蔓延る暗黒時代は終わりを告げ、新時代が幕を開ける。





次章「Fallen Kingdom/炎のハイリヒ王国」


近日公開






感想、評価お待ちしております。


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Fallen Kingdom/炎のハイリヒ王国
異端上等


お待たせしました!新章突入です!
章のタイトルの由来は勿論、『ジュラシック・ワールド/炎の王国(Jurassic World:Fallen Kingdom)』からです。

ここ最近は原作と似たり寄ったりなところもあったので、若干読者の皆様にはつまらなかったかな、と思います。
本章ではオリジナル展開、今まで以上のアンチ描写が沢山出てくる予定です。ご了承下さい。


 赤銅色の世界に再び足を踏み入れて一日半、マキシマル一行は砂埃を盛大に巻き上げつつ、パイロを駆りながら一路アンカジ公国を目指していた。本来の目的地はハルツィナ樹海ではあるのだが、再生魔法を習得した今なら、アンカジ公国のオアシスを元に戻せる可能性が浮上したからだ。

 この魔法は文字通り、あらゆるものを「元に戻す」という効果があるので、浄化の効かない汚染されたオアシスでも、元に戻せるかもしれない。ちょうど通り道であるし、前回は名物のフルーツを食する暇もなかったことから、フルーツに目がないスラッグが是非にと懇願した事もあり、寄り道していく事にしたのだ。

 そして現在、アンカジの入場門が見え始めたところなのだが、何やら前回来た時と違って随分と行列が出来ていた。大きな荷馬車が数多く並んでおり、雰囲気からして、どうも商人の行列のようだ。

 

「随分と大規模な隊商だね…」

「…ん、時間かかりそう」

「大方、救援物資が届いたってとこだろ。遅過ぎる気もするがな」

 

 ストレイフの推測通り、長蛇の列を作っているのは、アンカジ公国がハイリヒ王国に救援依頼をし、要請に応えてやって来た救援物資運搬部隊に便乗した商人達である。王国側の救援部隊は、当然の如く先に通されており、今見えている隊商も、よほどアコギな商売でもしない限り、アンカジ側は全て受け入れているようだ。

 何せ、水源がやられてしまったので、既に収穫して備蓄していたもの以外、作物類も安全のため廃棄処分にする必要があり、水以外に食料も大量に必要としていたのだ。相手を選んでいる余裕はないのである。

 当然順番待ちするつもりなど亮牙には毛頭なく、ハジメに指示して、吹き荒ぶ砂と砂漠の暑さに辟易した様子で順番待ちをする隊商を尻目に、パイロを操作して直接入場門まで突入した。

 突然、脇を走り抜けていく巨大な8輪の物体に、隊商の人達は「すわっ、魔物か!?」などと内心で叫びつつ、ギョッとしたように身を竦めた。それは門番も同じようで、砂煙を上げながら接近してくるパイロに、武器を構えて警戒心と恐怖を織り交ぜた険しい視線を向けている。

 しかし、にわかに騒がしくなった門前を訝しんで奥の詰所から現れた他の兵士がパイロを目にした途端、何かに気がついたようにハッと目を見開き、誰何と警告を発する同僚を諌めて、武器も持たずに出迎えに進み出てきた。更に、他の兵士に指示して伝令に走らせたようである。

 マキシマル一行は、門前まで来ると周囲の注目を無視してパイロから降車した。周囲の連中はいつも通り、女性陣の美貌に目を奪われたり、宝物庫に収納されて消えたように見えるパイロに瞠目している。

 

「ああ、やはりマキシマルの皆様方でしたか。戻って来られたのですね」

 

 兵士は、亮牙達の姿を見るとホッと胸をなで下ろした。おそらく、ビィズを連れてきた時か、亮牙達がグリューエン大火山に静因石を取りに行く時にパイロを見たことがあったのだろう。そしてそれが、彼らマキシマルの乗り物であると認識していたようだ。

 知名度は残って治療を続けていたストレイフが一番高いので、代表して前に出る。

 

「ああ。実は、オアシスを浄化できるかもしれない術を手に入れたんでな。出来ればゼンゲン公と話がしたいんだが…」

「オアシスを⁉︎それは本当ですかっ⁉︎」

「あくまで試すだけだ。成功するか分からんぞ」

「いえ、流石です。と、こんなところで失礼しました。既に、領主様には伝令を送りました。入れ違いになってもいけませんから、待合室にご案内します。皆様方の来訪が伝われば、領主様も直ぐにやって来られるでしょう」

 

 やはり国を救ってもらったという認識なのか、兵士のマキシマル一行を見る目には多大な敬意の色が見て取れる。VIPに対する待遇だ。好奇の視線を向けてくる商人達を尻目に、彼らは門番の案内を受けて再びアンカジ公国に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マキシマル一行が待合室にやって来ておよそ15分後、領主であるランズィが息せき切ってやって来た。随分と早い到着である。それだけ、ランズィ達にとってマキシマル一行の存在は重要なのだろう。

 

「久しい、というほどでもないか。無事なようで何よりだ、亮牙殿。ティオ殿に静因石を託して戻って来なかった時は本当に心配したぞ。貴殿達は、既に我が公国の救世主なのだからな。礼の一つもしておらんのに勝手に死なれては困る」

「一介の冒険者に何言ってやがる。それに心配しなくとも、俺達はそう簡単にくたばるほどやわじゃねえよ。それよりゼンゲン、どうやら救援も無事に受けられているようだな」

「ああ。備蓄した食料と、貴殿達が作ってくれた貯水池のおかげで十分に時間を稼げた。王国から援助の他、商人達のおかげで何とか民を飢えさせずに済んでいる」

 

 そう言って、少し頬がこけたランズィは穏やかに笑った。アンカジを救うため連日東奔西走していたのだろう。疲労がにじみ出ているが、その分成果は出ているようで、表情を見る限りアンカジは十分に回せていけているようだ。

 

「なあゼンゲン公。オアシスの浄化は…」

「ストレイフ殿…。オアシスは相変わらずだ。新鮮な地下水のおかげで、少しずつ自然浄化は出来ているようだが、中々進まん…。このペースだと完全に浄化されるまで少なくとも半年、土壌に染み込んだ分の浄化も考えると一年は掛かると計算されておる」

 

 少し憂鬱そうにそう語るランズィに、ストレイフが今すぐ浄化できる可能性があると伝える。それを聞いたランズィの反応は劇的だった。掴みかからんばかりの勢いで「マジで!?」と唾を飛ばして確認するランズィに、流石の彼も完全にドン引きしながらコクコクと頷く。

 マキシマル一行の引き攣った顔を見て、取り乱したと咳払いしつつ居住まいを正したランズィは、早速、浄化を頼んできた。元よりそのつもりだと頷き、彼らはランズィに先導されオアシスへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段は憩いの場所として大勢の人々で賑わっているオアシスだが、今は全くと言っていいほど人気がない。かつての賑わいを思い出し、ランズィが無表情ながらも何処か寂しそうな雰囲気を漂わせている。

 オアシスの畔に立って再生魔法を行使するのは、ストレイフとスコーンだ。

 再生魔法を入手したものの、相変わらずハジメは適性が皆無だった。一方シアは、入手後すぐに獲得した「癒乳」の他、オートリジェネのような自動回復効果が備わり、意識すれば傷や魔力、体力や精神力の回復も段違いに早くなるらしい。亮牙との特訓もあり、身体強化のレベルや体重操作の熟練度も上がっているようなので、自動回復装置付きの重戦車のようになって来ている。マキシマル指揮官夫人の肩書きに相応しい超人っぷりだ。

 一番適性が高かったのは、意外にもストレイフで、次がスコーンとティオ、その次がユエ・亮牙・スラッグだった。ユエの場合は相変わらず自動再生があるせいか、任意で行使する回復作用のある魔法は苦手なようだ。反対に医者であるストレイフは「回復」と「再生」に通じるものがあるようで一際高い適性を持っており、より広範囲に効率的に行使出来るようだ。

 ストレイフとスコーンはオアシスの岸に近づくと腰を下ろし、両腕の袖を捲り上げて、両腕を前腕まで水中に沈めた。静謐さと、どこか荘厳さを感じさせる二人の男達の雰囲気に、ランズィと部下達が息を呑む。決して邪魔をしてはならない神聖な儀式のように感じたのだ。緊張感が場を支配する中、いよいよ二人は再生魔法を発動させた。

 

「「ハァッ!!!」」

 

 大きな掛け声と共に、二人の両腕から魔力が溢れ出し、オアシスへと注がれる。注がれた魔力は、蒼い光を放ちながらオアシス全体へと広がっていき、まるでサファイアのように美しく輝いた。それはまるで、破壊された自然環境が元の美しい姿へと戻っていくかのような、神秘的で心に迫る光景だった。

 誰もがその光景に息をするのも忘れて見蕩れる。術の効果が終わり、オアシスを覆った神秘の輝きが空に溶けるように消えた後も、ランズィ達は、しばらく余韻に浸るように言葉もなく佇んでいた。

 亮牙に促され、ハッと我を取り戻したランズィは、部下に命じて水質の調査をさせた。部下の男性が慌てて検知の魔法を使いオアシスを調べる。固唾を呑んで見守るランズィ達に、検知を終えた男は信じられないといった表情でゆっくりと振り返り、ポロリとこぼすように結果を報告した。

 

「…戻っています」

「…もう一度言ってくれ」

 

 ランズィの再確認の言葉に部下の男は、息を吸って、今度ははっきりと告げた。

 

「オアシスに異常なし!元のオアシスです!完全に浄化されています!」

 

 その瞬間、ランズィの部下達が一斉に歓声を上げた。手に持った書類やら荷物やらを宙に放り出して互いに抱き合ったり肩を叩きあって喜びをあらわにしている。何故かスラッグも釣られて歓声を上げている。

 ランズィも深く息を吐きながら感じ入ったように目を瞑り天を仰いでいた。

 

「あとは土壌の再生だな…。ゼンゲン、作物は全て廃棄しちまったか?」

「…いや、一箇所にまとめてあるだけだ。廃棄処理にまわす人手も時間も惜しかったのでな…。まさか、それも?」

「俺達もアイツら程じゃないが、同じような力は使える。お前らはどうだ?」

「…ん、問題ない」

「うむ。せっかく丹精込めて作ったのじゃ。全て捨てるのは不憫じゃしの。任せるが良い」

「俺スラッグ、食い物粗末にするとバチが当たるって聞いたことある。もしダメでも、俺スラッグ、みんな食ってやる!」

 

 マキシマル一行の言葉に、本当に土壌も作物も復活するのだと実感し、ランズィは胸に手を当てると、人目もはばからず深々と頭を下げた。領主がすることではないが、そうせずにはいられないほど彼の感謝の念は深かったのだ。公国への深い愛情が、そのまま感謝の念に転化したようなものだ。

 ランズィからの礼を受けながら、早速、マキシマル一行は農地地帯の方へ移動しようとした。

 だが、不意に感じた不穏な気配にその歩を止められる。視線を巡らせば、遠目に何やら殺気立った集団が肩で風を切りながら迫ってくる様子が見えた。アンカジ公国の兵士とは異なる装いの兵士が隊列を組んで一直線に向かってくる。ハジメが「遠見」で確認してみれば、どうやらこの町の聖教教会関係者と神殿騎士の集団のようだった。

 マキシマル一行の傍までやって来たその集団は、すぐさま彼らを半円状に包囲した。そして、神殿騎士達の合間から白い豪奢な法衣を来た初老の男が進み出てきた。

 物騒な雰囲気に、ランズィが咄嗟に男とマキシマル一行の間に割って入る。

 

「ゼンゲン公、こちらへ。彼等は危険だ」

「フォルビン司教、これは一体何事か。彼等が危険?二度に渡り、我が公国を救った英雄ですぞ?彼等への無礼は、アンカジの領主として見逃せませんな」

 

 フォルビン司教と呼ばれた初老の男は、馬鹿にするようにランズィの言葉を鼻で笑った。

 

「ふん、英雄?言葉を慎みたまえ。彼等は、既に異端者認定を受けている。不用意な言葉は、貴公自身の首を絞めることになりますぞ」

「異端者認定、だと?馬鹿な、私は何も聞いていない」

 

 マキシマル一行に対する「異端者認定」いう言葉に、ランズィが息を呑んだ。ランズィとて、聖教教会の信者だ。その意味の重さは重々承知している。それ故に、何かの間違いでは?と信じられない思いでフォルビン司教に返した。

 

「当然でしょうな。今朝方、届いたばかりの知らせだ。このタイミングで異端者の方からやって来るとは…。クク、何とも絶妙なタイミングだと思わんかね?きっと、神が私に告げておられるのだ。神敵を滅ぼせとな……()()()()()()()()…」

「あ?」

 

 最後のセリフは声が小さく聞こえなかったが、どうやらマキシマル一行が異端者認定を受けたことは本当らしいと理解し、思わず、背後の彼らに振り返るランズィ。

 しかし当のマキシマル一行は、誰一人として特に焦りも驚愕もなく、来るべき時が来たかと予想でもしていたように肩を竦めるのみだった。そして、視線で「どうするんだ?」とランズィに問いかけている。唯一、亮牙は最後のセリフを聞き取っていたらしく、フォルビン司教を冷めた目で見ていたが。

 マキシマル一行の視線を受けて眉間に皺を寄せるランズィに、如何にも調子に乗った様子のフォルビン司教がニヤニヤと嗤いながら口を開いた。

 

「さぁ、私は、これから神敵を討伐せねばならん。相当凶悪な連中だという話だが、果たして神殿騎士百人を相手に、どこまで抗えるものか見ものですな。…さぁさぁ、ゼンゲン公よ、そこを退くのだ。よもや我ら教会と事を構える気ではないだろう?」

 

 ランズィは瞑目する。そして、マキシマル一行の力や性格、その他あらゆる情報を考察して何となく異端者認定を受けた理由を察した。自らが管理できない巨大な力を教会は許さなかったのだろうと。

 しかし、彼ら一人一人の力の大きさを思えば、自殺行為に等しいその決定に、魔人族と相対する前に、マキシマル一行と戦争でもする気なのかと中央上層部の者達の正気を疑った。そして、どうにもキナ臭いと思いつつ、一番重要なことに思いを巡らせた。

 それは、マキシマル一行がアンカジを救ってくれたということ。毒に侵され倒れた民を癒し、生命線というべき水を用意し、オアシスに潜む怪物を討伐し、今再び戻って公国の象徴たるオアシスすら浄化してくれた。

 この莫大な恩義に、どう報いるべきか頭を悩ましていたのはついさっきのことだ。ランズィは目を見開くと、ちょうどいい機会ではないかと口元に笑みを浮かべた。そして、黙り込んだランズィにイライラした様子のフォルビン司祭に領主たる威厳をもって、その鋭い眼光を真っ向からぶつけ、アンカジ公国領主の答えを叩きつけた。

 

「断る」

「…今、何といった?」

 

 全く予想外の言葉に、フォルビン司教の表情が面白いほど間抜け顔になる。そんなフォルビン司教の様子に、内心、聖教教会の決定に逆らうなど有り得ないことなのだから当然だろうなと苦笑いしながら、ランズィは、揺るがぬ決意で言葉を繰り返した。

 

「断ると言った。彼等は救国の英雄。例え、聖教教会であろうと彼等に仇なすことは私が許さん」

「なっ、なっ、き、貴様!正気か!教会に逆らう事がどういうことかわからんわけではないだろう!異端者の烙印を押されたいのか!」

 

 ランズィの言葉に、驚愕の余り言葉を詰まらせながら怒声をあげるフォルビン司教。周囲の神殿騎士達も困惑したように顔を見合わせている。

 

「フォルビン司教。中央は、彼等の偉業を知らないのではないか?彼は、この猛毒に襲われ滅亡の危機に瀕した公国を救ったのだぞ?報告によれば、ウルの町も、全く役に立たなかったと噂の勇者一行含めたホルアドも、彼らに救われているというではないか…。そんな相手に異端者認定?その決定の方が正気とは思えんよ。故に、ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、この異端者認定に異議とアンカジを救ったという新たな事実を加味しての再考を申し立てる」

「だ、黙れ!決定事項だ!これは神のご意志だ!逆らうことは許されん!公よ、これ以上、その異端者を庇うのであれば、貴様も、いやアンカジそのものを異端認定することになるぞ!それでもよいのかっ!」

 

 どこか狂的な光を瞳に宿しながら、フォルビン司教は、とても聖職者とは思えない雰囲気で喚きたてた。それを冷めた目で見つめるランズィに、いつの間にか傍らまでやって来ていた亮牙が、意外そうな表情で問いかける。

 

「いいのか、ゼンゲン?この腐れカルト教団と傀儡国家のハナクソ王国の両方と事を構えることになるぞ。一国の領主として、その判断はどうなんだ?」

 

 ランズィは亮牙の言葉には答えず、事の成り行きを見守っていた部下達に視線を向けた。誘われるように亮牙も視線を向けると、二人の視線に気がついた部下達は一瞬瞑目した後、覚悟を決めたように決然とした表情を見せた。瞳はギラリと輝いている。明らかに、「殺るなら殺ったるでぇ!」という表情だ。

 その意志をフォルビン司教も読み取ったようで、更に激高し顔を真っ赤にして最後の警告を突きつけた。

 

「いいのだな?公よ、貴様はここで終わることになるぞ。いや、貴様だけではない。貴様の部下も、それに与する者も全員終わる。神罰を受け尽く滅びるのだ」

「このアンカジに、自らを救ってくれた英雄を売るような恥知らずはいない。神罰?私が信仰する神は、そんな恥知らずをこそ裁くお方だと思っていたのだが?司教殿の信仰する神とは異なるのかね?」

 

 ランズィの言葉に、怒りを通り越してしまったのか無表情になったフォルビン司教は、片手を上げて神殿騎士達に攻撃の合図を送ろうとした。

 と、その時、ヒュ!と音を立てて何かが飛来し、一人の神殿騎士のヘルメットにカン!と音を立ててぶつかった。足元を見れば、そこにあるのは小石だった。神殿騎士には何のダメージもないが、なぜこんなものが?と首を捻る。しかし、そんな疑問も束の間、石は次々と飛来し、神殿騎士達の甲冑に音を立ててぶつかっていった。

 何事かと石が飛来して来る方を見てみれば、いつの間にかアンカジの住民達が大勢集まり、神殿騎士達を包囲していた。彼等は、オアシスがかつて以上に美しく輝き始めたという話と、慌ただしく駆けていく神殿騎士達の姿に、何事かと野次馬根性で追いかけて来た人々だ。

 彼等は、神殿騎士が、自分達を献身的に治療してくれたストレイフや、特効薬である静因石を大迷宮に挑んでまで採ってきてくれたマキシマル一行を取り囲み、それを敬愛する領主が庇っている姿を見て、「教会のやつら乱心でもしたのか!」と憤慨し、敵意もあらわに少しでも力になろうと投石を始めたのである。

 

「やめよ!アンカジの民よ!奴らは異端者認定を受けた神敵である! 奴らの討伐は神の意志である!」

 

 フォルビンが、殺気立つ住民達の誤解を解こうと大声で叫ぶ。彼等はまだ、ハジメ達が異端者認定を受けていることを知らないだけで、司教たる自分が教えてやれば直ぐに静まるだろうと、フォルビンは思っていた。

 実際、聖教教会司教の言葉に、住民達は困惑をあらわにして顔を見合わせ、投石の手を止めた。だがそこへ、今度はランズィの言葉が、威厳と共に放たれる。

 

「我が愛すべき公国民達よ。聞け!彼等マキシマルは、たった今、我らのオアシスを浄化してくれた!我らのオアシスが彼等の尽力で戻ってきたのだ!そして、汚染された土地も!作物も!全て浄化してくれるという!彼等は、我らのアンカジを取り戻してくれたのだ!この場で多くは語れん。故に、己の心で判断せよ!救国の英雄を、このまま殺させるか、守るか。…私は、守ることにした!」

 

 フォルビン司教は、「そんな言葉で、教会の威光に逆らうわけがない」と嘲笑混じりの笑みをランズィに向けようとして、次の瞬間、その表情を凍てつかせた。

 

カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!

 

 住民達の意思が投石という形をもって示されたからだ。

 

「なっ、なっ…」

 

 再び言葉を詰まらせたフォルビン司教に住民達の言葉が叩きつけられた。

 

「ふざけるな!俺達の恩人を殺らせるかよ!」

「教会は何もしてくれなかったじゃない!なのに、助けてくれたマキシマルの皆様方を害そうなんて正気じゃないわ!」

「何が異端者だ!お前らの方がよほど異端者だろうが!」

「きっと、異端者認定なんて何かの間違いよ!」

「ストレイフさん達を守れ!」

「領主様に続け!」

 

 どうやら、住民達はランズィとマキシマル一行に深い敬愛の念を持っているらしい。信仰心を押しのけて、目の前のランズィとマキシマル一行を守ろうと気勢をあげた。いや、きっと信仰心自体は変わらないのだろう。ただ、自分達の信仰する神が、自分達を救ってくれた「英雄」達を害すはずがないと信じているようだ。要するに、信仰心がフォルビン司教への信頼を上回ったということだろう。元々、信頼があったのかはわからないが…。

 事態を知った住民達が、続々と集まってくる。彼等一人一人の力は当然のごとく神殿騎士には全く及ばないが、際限なく湧き上がる怒りと敵意にフォルビン司教や助祭、神殿騎士達はたじろいだ様に後退った。

 

「司教殿、これがアンカジの意思だ。先程の申し立て、聞いてはもらえませんかな?」

「ぬっ、ぐぅ…ただで済むとは思わないことだっ…」

「いや、ただで済まないのはテメェだ」

 

 歯軋りしながら煮え滾った眼で睨みつけ、フォルビン司教は踵を返して教会へと逃げ帰ろうとするが、そうはいかなかった。亮牙がそう呟きながらロボットモードになると、まるで小虫のようにフォルビン司教を摘み上げた。

 

「ヒィッ!!?は、離せ化け物め!自分が何をしてるか分かってるのか!!?」

「見りゃ分かるだろ?善良な民衆を脅迫する、性根の腐った生臭坊主を懲らしめてやるのさ」

 

 先程とは打って変わって、顔を青くして喚き散らすフォルビンに、グリムロックは冷めた目で睨みつけながらそう告げる。

 

「テメェ、さっきこう呟いてたろ。『()()()()()()()()』ってな。僧侶のくせに民衆が苦しんでた時は何もせず、己の保身や出世のチャンスは目敏く食らいつくゴミ屑を、生臭坊主以外になんと呼ぶ?」

「な⁉︎だ、黙れ!この私を侮辱する気か!今すぐ神罰が下るぞ!」

「そうか、なら直接神に会って頼んでこい」

 

 グリムロックはそう告げると、今なお喚き散らすフォルビン司教を、まるで小石のように天高く投げ飛ばした。

 フォルビン司教は「アイエエエ〜!!?」と情けない悲鳴を上げながら空高く飛んでいき、アンカジ公国全体を覆うドームすら突き破り、そのまま皆の視界から消え去った。

 ゴミを始末したのを確認すると、グリムロックはビーストモードへと変形し、フォルビン司教の最期に唖然としていた神殿騎士を睨みつけた。残るダイナボット三体も同じくビーストモードに変形した姿を見て、漸く神殿騎士達は自分達がとんでもない奴らに喧嘩を売った事を悟り、誰もが足元に水溜りを作って震え上がっていた。

 とても騎士とはいえない醜態を晒す神殿騎士達に、グリムロックは容赦なく怒鳴りつけた。

 

「全員、今すぐこの国から、出て行け!さもないと俺グリムロック、お前達を酷い目に遭わせてやるぞ!」

「「「「「グォオオオオオオッ!!!」」」」」

「「「「「アイエエエ〜!!?」」」」」

 

 最後に4体分の凄まじい雄叫びを浴びせられ、神殿騎士達は完全に戦意を喪失した。全員、持っていた武器や被っていたヘルメットを投げ捨てると、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出し、一目散に入場門へと駆け込んで、アンカジ公国から逃げ去った。

 砂漠を横断する準備などせずに、よりによってグリューエン大砂漠へと飛び出していくなど、自殺行為も同然なのだが、圧倒的な強者を前に本能的な恐怖に支配された神殿騎士達の脳裏には、そんな事考えている暇もなかったようだ。恐らく、砂漠で勝手に全員野垂れ死ぬだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神殿騎士達が全員逃げ去るのを確認すると、グリムロックは人間態に戻り、何でもないように涼しい表情のランズィに話しかけた。

 

「悪かったなゼンゲン。中立を宣言するぐらいでも良かったのに、気を遣わせちまって」

「なに、これは『アンカジの意思』だ。この公国に住む者で貴殿等に感謝していない者などおらん。そんな相手を、一方的な理由で殺させたとあっては、それこそ、私の方が『アンカジの意思』に殺されてしまうだろう。愛すべき国でクーデターなど考えたくもないぞ」

「まあ見ての通り、俺達マキシマルにとっちゃ、あんな奴等ハナクソも同然だ」

 

 ランズィの言葉に、頬を掻きながら亮牙がそう言うと、ランズィは我が意を得たりと笑った。

 

「そうだろうな。つまり君達は、教会よりも怖い存在ということだ。救国の英雄だからというのもあるがね、半分は、君達を敵に回さないためだ。信じられないような能力をいくつも使い、未知の化け物をいとも簡単に屠り、大迷宮すらたった数日で攻略して戻ってくる。教会の威光をそよ風のように受け流し、百人の神殿騎士を歯牙にもかけない。万群を正面から叩き潰し、勇者すら追い詰めた魔物を瞬殺したという報告も入っている…。いや、実に恐ろしい。父から領主を継いで結構な年月が経つが、その中でも一、二を争う英断だったと自負しているよ」

 

 亮牙としては、ランズィが自分達を教会に引き渡したとしても敵対認定するつもりはなかったのだが、ランズィは万一の可能性も考えて、教会とマキシマル一行を天秤にかけ後者をとったのだろう。確かに、国のためとは言え、教会の威光に逆らう行為なのだ。英断と言っても過言ではないだろう。

 亮牙としては、覚悟していた教会の異端認定とその結果の衝突が、いきなり自分達以外の人々によって血みどろの戦いにならなかったことに、何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。そして、わらわらと自分達の安否を気遣って集まってくるアンカジの人々と、それにオロオロしつつも嬉しそうに笑う仲間達を見て、これも愛子が言っていた「寂しい生き方」をしなかった結果なのかと、そんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会との騒動から三日。農作地帯と作物の汚染を浄化したマキシマル一行は、輝きを取り戻したオアシスを少し高台にある場所から眺めていた。

 視線の先、キラキラと輝く湖面の周りには、笑顔と活気を取り戻した多くの人々が集っている。湖畔の草地に寝そべり、水際ではしゃぐ子供を見守る夫婦、桟橋から釣り糸を垂らす少年達、湖面に浮かべたボートで愛を語らい合う恋人達。訪れている人達は様々だが、皆一様に、笑顔で満ち満ちていた。

 彼らは今日、アンカジを発つ。当初は、汚染場所の再生さえすれば、特産のフルーツでも買ってさっさと出発するつもりだったのだが、領主一家や領主館の人々、そしてアンカジの住民達に何かと引き止められて、結局、余分に二日も過ごしてしまった。

 アンカジにおけるマキシマル一行への歓迎ぶりは凄まじく、放っておけば出発時に見送りパレードまでしそうな勢いだったので、ランズィに頼んで何とか抑えてもらったほどだ。見送りは領主館で終わらせてもらい、自分達だけで門近くまで来て、最後にオアシスを眺めているのである。

 

「えへへ〜、どうですか亮牙さ〜ん?惚れ直しちゃいましたか〜?」

「ああ、最高だよ。もう色っぽ過ぎて今すぐ襲いたくなりそうだ」

「も〜、亮牙さんったらエッチなんですから〜♡」

 

 亮牙にそう言われ、いやんいやんと身体をくねらせるシアの服装は、いわゆるベリーダンスで着るような衣装だった。チョリ・トップスを着てへそ出し、下はハーレムパンツやヤードスカートだ。彼女の普段着はへそ出しルックのセクシーな服装が多いが、今回のこの衣装は非常に扇情的で、この姿で踊られたりしたら目が釘付けになること請け合いだ。

 この衣装はアンカジにおけるドレス衣装で、領主の奥方から女性陣にプレゼントされたものだ。三人とも早速これを着て己の意中の相手に披露したとき、亮牙もハジメもメロメロになった。どうやら二人とも、こういう衣装に非常に弱かったらしい。

 これに味をしめた女性陣は、基本的に一日中その格好でそれぞれの意中の相手に侍るようになった。その結果、出発間際の今になっても、全員、エロティックな衣装のままなのである。

 

「ご主人様〜♡妾の方も見てほしいのじゃ〜♡」

「いい加減いつも通りの服を着ろ、お嬢!嫁入り前の娘がはしたない!」

 

 無論、ティオも負けじと、亮牙の性癖をガンガンと積極的に突くように、いやらしく身体をくねらせ、その爆乳をプルンプルンと揺らしまくる。その傍では、いつも通りストレイフが半泣きになりながら、必死に姪っ子にちゃんとした服装を着させようとしている。

 ティオのナイスバディに釘付けになりながら、亮牙は口を開いた。

 

「おい、ティオ」

「む?どうしたのじゃ?」

「今日からそれ、テメェの普段着にしろ」

「ぬふぉっ!!?し、承知したのじゃ!思う存分妾の肢体を堪能するのじゃ〜♡」

「余計な事言うんじゃねぇ馬鹿!」

「ちょっと亮牙さ〜ん!」

「痛えっ!よせシア!頬つねるなって!」

 

 相変わらずのセクハラ発言を真に受けてより一層興奮するティオに、ストレイフは泣きながら怒鳴る。シアも頬を膨らませて、ティオの胸元をガン見していた亮牙の頬をつねる。

 そんな騒がしい雰囲気の四人を、残る四人は呆れて苦笑しながら、一行は、門に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、アンカジを出発して二日。そろそろホルアドに通じる街道に差し掛かる頃、マキシマル一行は、賊らしき連中に襲われている隊商と遭遇した。

 そこで、亮牙とハジメは、意外すぎる人物達と再会することになった。それと同時に、聖教教会とハイリヒ王国の終焉も刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 




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思わぬ再会と逆鱗

お恥ずかしながら、遂に自分も陽性となってしまいました…。
最初のうちは熱は高くてボーっとするし、喉も痛くて食事がし辛いし、家族にうつさないよう自室に籠りっぱなしで、もう大変でした…。

今回、久々にアンチ描写が、とあるキャラに向けられます。ファンの皆様、ご了承して頂けると幸いです。







 最初に、その騒動に気がついたのはシアだった。

 

「あれ?皆さん、あれって…。何か襲われてません?」

 

 例のごとく、車内でトランプを行い、またスラッグがドベとなって「イカサマだ!」と怒り狂い、それを皆で茶化していた結果、ほとんど前を見ていないという危険運転をしていたハジメは、亮牙に膝枕していたシアの言葉でようやく前方に注意を向けた。

 彼女の言う通り、どうやら何処かの隊商が襲われているようで、相対する二組の集団が激しい攻防を繰り返していた。近づくにつれ、シアのウサミミには人々の怒号と悲鳴が聞こえ、ハジメの「遠見」や亮牙達の発達した視力にもはっきりと事態の詳細が見て取れた。

 

「小汚ない格好した男が約40人、明らかに堅気じゃねえな…。対して隊商の護衛は15人ってところか。あの戦力差で拮抗しているのがすげぇな」

「…ん、あの結界は中々」

「ふむ、さながら城壁の役割じゃな。あれを崩さんと本丸の隊商に接近できん。結界越しに魔法を撃たれては、賊もたまらんじゃろう」

「でも、一向に引く気配がありませんよ?」

「そりゃあ、あんな隊商全体を覆うような結界、異世界組でもなけりゃあ、そう長くは持たないよ。多少時間は掛かるけど、待っていれば勝手に解ける」

 

 最初に奇襲でもされたのだろう。重傷を負って蹲る者が数人、既に賊に殺られたようで血の海に沈んでいる者も数人いる。マキシマル達のいう強固な結界により何とか持ち堪えているようだが、ただでさえ人数差があるのに、護衛側は更に数を減らしているのだ。結界が解ければ嬲り殺しにされるだろう。冒険者らしき女性などは、既に裸に剥かれて結界内にいる仲間の冒険者に見せつけるようにして晒し者にされていた。

 そしてハジメの推測通り、マキシマル一行の会話が途切れた直後、結界は効力を失い溶けるように虚空へと消えていった。待ってましたと言わんばかりに、雄叫びを上げた賊達が隊商へとなだれ込んだ。賊達の頭の中は既に戦利品で一杯なのか一様に下卑た笑みを浮かべている。護衛隊が必死に応戦するが、多勢に無勢だ。一人また一人と傷つき倒れていく。

 

「取り敢えず、喧嘩だろ!なら俺スラッグ、買ってくる!」

「あ!おいスラッグ!」

「ったくもう…」

 

 先程のトランプの負けで再び不貞腐れていたスラッグだったが、目に映る喧騒を見ると態度を一変させ、仲間達の意見など聞かず、パイロの天井部分を開けると、物凄い勢いで飛び出していった。切込隊長の戦闘狂っぷりにほとほと呆れる亮牙達だったが、助ける助けないの判断をしているうちに隊商が全滅することは明白だったので、無理に止めるつもりもなかった。

 八輪の車輪がギャリギャリギャリと地面を噛み、ロケット噴射でもしたかのように凄まじい勢いで加速していくが、スラッグは人間態のまま四足歩行となりながらも、遥かに素早いスピードで駆け抜ける。彼は嬉々とした表情のまま、その姿をビーストモードへと変貌させていく。

 

「グォオオオオオオッ!!!」

 

 大地を震わせる程の雄叫びと地響きを上げながら、スラッグは後方から賊達の指揮をとっている男目掛けて突進していく。まるで敵へと突進する猛牛のようだ。

 砂埃を巻き上げて急速に接近して来る謎の怪物に、ようやく気がついた賊のリーダーらしき人物が、慌てて仲間に指示を出しつつ、自らも魔法の詠唱を始めた。恐らく野生の魔物が、血の匂いに誘われたと勘違いしたようだ。

 だが、漸く間近に迫ったスラッグの姿に、賊達はリーダー含めて絶句し、思わず詠唱を止めてしまった。何せ目の前に現れたのは、伝説の魔物ベヒモスにそっくりだが、本物のベヒモスが小犬に思えるくらいの巨体を誇る、鋼鉄の化け物だったのだ。当然スラッグは手加減する筈もなく、表情を盛大に歪ませる賊達に嵐の如く襲い掛かった。

 

ドゴォ!バキッ!グシャ!

 

「たわばっ!!?」

「あべしっ!!?」

「あろぉっ!!?」

 

 戦慄、絶望、困惑。そんな表情を浮かべた賊達は、生々しい音を響かせながら、某世紀末格闘漫画の悪役のような断末魔を上げた。

 ある者は、大きく開かれた両顎の鋭い牙に貫かれ、またある者はその巨大な角に貫かれた挙句真っ二つに両断され、大半の者は何十トンもあるスラッグの巨体を支える四肢に踏み潰されて骨や内臓を粉砕された。

 たった一瞬、それだけの攻撃で賊の後方集団は全員が絶命するに至った。勢いよく突進したスラッグは、その先でドリフト気味に巨体を反転させ停止する。いきなりの殺戮劇に、賊も隊商のメンバーも唖然呆然としてスラッグを凝視していた。中には、鍔迫り合いをしたまま、顔を見合わせている賊と護衛もいる。

 

「あれって確か…スラッグさん?じゃあ…!」

 

 その中で、隊商メンバーとして戦っていた、()()()()()()()()()()()()()が、希望に満ちた声で呟く。そんな彼女の予感は的中し、キキィ!と音を立てながらパイロが停車、賊達と隊商をスラッグとともに挟み撃ちにする。

 開かれたハッチから更に二人分の人影が飛び出したかと思うと、ギゴガゴゴと音を立てながら巨大な二足歩行の捕食動物へと変貌、ズシィィィン!と地響きを上げながら着陸する。グリムロックとスコーンだ。

 そこから更に四人降りてきたかと思うと、賊達が初めて目にする箱型の八輪の物体は同じくギゴガゴゴと音を立てて、身長9m前後の巨人へと変貌する。久々にパイロのロボットモードだ。

 度肝を抜かれた賊達は、見慣れない金属の怪物達の姿に、裏社会の噂で聞いたある一団の話を思い出した。そして全員が我を取り戻し、恐怖で顔を青くしていく。

 

「マ、マ、マキシマルだぁ!!?フリートホーフを皆殺しにした化け物軍団だぁ!!!」

 

 一人の賊が凄まじい悲鳴を上げると、手に持つ長剣を放り捨て、その場から逃げ出した。だが次の瞬間、グリムロックが唾でも吐くかのように吐き出した火炎弾が直撃し、断末魔の悲鳴を上げる暇もなく丸焦げにされ、あっさりその生涯の幕を閉じた。

 

「ヒィィッ⁉︎逃げろぉ!」

「まだ死にたくねぇよお〜!」

「助けてくれぇ〜!」

 

 仲間の焼ける匂いに漸くハッ!となった賊達は、先程までの余裕は一転、武器を投げ捨てると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとした。しかし、そうは問屋が卸さない。

 スコーンが背中の棘を発射し、パイロが肩のガトリングを乱射、シアがテラクサドンを振るい飛ぶ斬撃を放ち、ユエとティオが魔法を放つ。殺戮の嵐が吹き荒れ、一人また一人と、賊達が身の毛がよだつような最期を遂げていく光景に、救われているはずの護衛者達の背筋が粟立った。余りに圧倒的、余りに無慈悲。四十人以上いた賊達は、たった数秒で半数まで数を減らしてしまった。

 その残る半数も、命乞いする暇もなく、グリムロックやスラッグに踏み殺されたり、強靭な尾で叩かれて全身の骨を砕かれる。僅かに残った賊達は、せめてもの抵抗にと傷ついた冒険者達や隊商の人々に襲い掛かるが、負傷者の治療に当たっていたストレイフが腕を翼に変形させて放った斬撃で、あっという間に微塵切りにされた。

 こうして40人の盗賊団は、たった8人のマキシマルによって、一瞬にして地獄に堕とされた。本当に、容赦の欠片もない蹂躙劇だった。

 ストレイフは治療を続けるが、マキシマル一行が来る前に倒れていた護衛の冒険者達は、既に事切れていたらしい。いくら再生魔法であっても死者の蘇生までは出来ないので、助ける事が出来なかった。

 とは言え、流石のマキシマルもそれくらい理解しており、ひと段落したので武装解除したその時だ。

 

「南雲!灘!」

 

 突如、人間態に戻った亮牙とパイロから降りたハジメに、人影が猛然と駆け寄った。先程の、ナイフを武器としていた女性だ。最初はん?となる二人だったが、彼女の顔を見て驚いた。

 

「園部さん⁉︎」

「園なんとか?」

 

 そう。その女性は、かつてウルの町で再会し、紆余曲折の末に和解したクラスメイトの一人、園部優香であった。優香は、そのままの勢いで亮牙とハジメに飛び付き、普段の勝ち気な性格とは裏腹に可憐な声で二人の名を呼びながらギュッと抱きついた。

 一方の亮牙とハジメも、和解したとは言え、愛子の傍にいる筈の優香とこんな場所で再会した事に驚愕を隠せない様子で、彼女の名を呟く。若干、ユエとシア、ついでにティオの視線が気になるが。

 

「どうしてこんな所に?畑山先生達と一緒じゃなかったの?」

「ごめんなさい、約束を守れなくて…!でも、頼れるのはあんた達だけなの!お願い!愛ちゃん先生を助けて…!」

「ッ、どういう事だ⁉︎彼女に何かあったのか⁉︎」

「その件については、私から説明させて頂きます。…僥倖です。私の運もまだまだ尽きてはいないようですね」

 

 目から涙を溢れさせながら懇願する優香の姿に、只事ではないと身構える亮牙達に、小柄で目深にフードを被った人物が口を挟んだ。一見すると物凄く怪しいが、実は先程の結界を張って必死に隊商を守っていたのがその人物であると、魔力の流れと色で既に確認していたので、マキシマル一行は特に止める事もなく素通りさせた。

 フードの人物は、心底ホッとした様子で、ずれたフードの奥から煌く金髪碧眼とその美貌を覗かせた。そして、感じ入るように細めた目でハジメと亮牙を見つめながら呟く。

 

「…南雲さんと灘さん、ですね?お久しぶりです。雫達から貴方の生存は聞いていました。貴方の生き抜く強さに心から敬意を。本当によかった…」

 

 フードの人物の正体は、ハイリヒ王国王女リリアーナ・S・B・ハイリヒであった。国民から絶大な人気を誇る王女は、フードの奥から笑顔で笑いかけた。

 一度それを向けられたなら、老若男女の区別なく陶然とすること間違いないと思わせる可憐なものだ。だが亮牙もハジメも、特に何かを感じた様子はなく、むしろ胡乱な眼差しをリリアーナに向けて容赦ない言葉を放った。

 

「………………………誰だ、テメェ?」

「……………あの、どちら様ですか?」

「へっ?」

 

 亮牙とハジメがまだ王国にいた頃から、リリアーナは異世界組に必ず数回は自ら話に行っている。確かに積極的にコミュニケーションをとっていたのは光輝達勇者パーティが中心だったし、立場的に微妙だったハジメや王国の者達とは距離を取っていた亮牙とは、リリアーナも直接話した回数はそれほど多くはなかった。それでも、ハジメに関しては香織も交えて談笑したことはあるのだ。

 そしてリリアーナは、王女である事と、その気さくで人当たりのいい性格もあって、一度交流を持った相手から忘れられるという経験は皆無。なので、全く知らない人間を見るような目で見られた事にショックを受けて、思わず王女にあるまじき間抜けな声が出てしまった。

 呆然としているリリアーナに代わって、慌てたように優香がフォローを入れる。周囲にリリアーナが王女であるとばれるのは厄介なので、耳に口元を寄せて小声で話す。

 

「ち、ちょっと南雲、灘!王女!王女様よ!ハイリヒ王国のリリアーナ王女よ!あんた達も話したことあるでしょ!」

「…………………………………………………………………………ああ」

「ぐすっ、忘れられるって結構心に来るものなのですね、ぐすっ」

「リリアーナさん!泣かないで!コイツらちょっとアレなの!コイツらが特殊なだけで、貴方を忘れる人なんて普通はいないから!だから泣かないでください!」

「ちょっと、さりげなく罵倒しないでよ園部さん…」

「あんたはちょっと黙ってて南雲!」

「いいえ、いいのです、優香。私が少し自惚れていたのです…」

 

 涙目になってしまったリリアーナに必死のフォローを入れる優香が地味に酷いことを言うので、ハジメは思わずツッコミを入れるも、優香から一蹴されてしまった。しかもリリアーナが等と健気な事を言うので、尚更、文句は言えなかった。

 そんな中、亮牙が漸く思い出したかのように、冷めた目でリリアーナを睨みながら口を開いた。

 

「…ああ、漸く思い出した。誰かと思えば、異世界から俺たちを攫って人種差別と戦争に加担させた、あの傀儡ハナクソ王国の愚王のクソ娘か」

「ッ!!?」

 

 血の匂いで紛れていた事や、半年近く顔も合わせた事がなかったので記憶の片隅に埋もれていたが、リリアーナの匂いと優香からの説明で漸く正体に気づいた。亮牙にとっては最早嫌悪の対象でしかない、ハイリヒ王国の王族である事を。

 一方のリリアーナは、今度は今までにない程の侮蔑の籠った物言いに、思わずたじろいてしまう。ここまで嫌悪された経験も、どうやら初めてだったようだ。

 

「…待てグリムロック。其奴が王国の姫だと?」

 

 そして後ろから、()()()()()()()()()()()が、ゆっくりと歩み寄ってきた。声に怒気を孕ませながら…。

 

「テメェかぁ!!!うちの可愛い孫を奴隷にしようとした、クズ貴族どもの親玉はぁ!!!」

「ひぐっ!!?」

 

 激昂したスコーンは、カサゴのような両耳の鰭を逆立て、リリアーナの胸倉に掴みかかった。リリアーナは突然の事に、恐怖と困惑の表情を浮かべながらも、苦しそうに呻く。

 だがスコーンは容赦しない。彼にとって目の前の少女は、一人娘を傷付け、可愛い孫娘を奴隷にしようとした連中の親玉なのだ。無事再会出来たとは言え、その憎しみが消えたわけではなかった。

 

「おうお前ら!手ェ出すなよ!コイツは俺に殺らせろ!娘と孫を酷い目に遭わせた連中の親玉から来てくれたんだ!あの子達が味わった恐怖と苦痛を倍にして返してやらぁ!」

「よせスコーン!落ち着けって!グリムロックとスラッグも止めろよ!」

「ったく、仕方ねぇなあ…」

 

 騒ぎに気づいたストレイフが大慌てで止めに入り、亮牙とスラッグも面倒臭そうに溜息を吐きながらスコーンを羽交い締めにしてリリアーナから引き離す。優香はどうすれば良いのかとオロオロとしている。

 そんな殺伐とした雰囲気の亮牙達のもとへ、ユエ達と、見覚えのある人物が寄ってくる。

 

「お久しぶりですな、亮牙殿。息災…どころか随分とご活躍のようで」

「ん?なんだ、ユンケルじゃねえか」

「ええ、覚えていて下さって嬉しい限りです。ユンケル商会のモットーです。危ないところを助けて頂くのは、これで二度目ですな。貴方達とは何かと縁がある」

 

 握手を求めながらにこやかに笑う男は、かつて、ブルックの町からフューレンまでの護衛を務めた隊商のリーダー、ユンケル商会のモットー・ユンケルだった。

 彼の商魂が暴走した事件は、亮牙もハジメもよく覚えている。この世界の商人の性というものを、二人はモットーで学んだようなものだ。実際、その商魂はいささかの衰えもないようで、握手しながらさりげなく、ハジメの指にはまった宝物庫の指輪を触り、亮牙のポーチをチラチラと見ている。その全く笑っていない眼が、「そろそろ売りませんか?」と言っていると感じるのは、きっと気のせいではないだろう。

 背後で、シアがモットーとの関係を説明し、先程スコーンに殺されかけたリリアーナが「たった一回会っただけの人は覚えているのに…私は……王女なのに…」と更に落ち込んでいたりする。そんな姿を無視して、亮牙はモットーと話を続けた。

 

「ったく、相変わらずがめつい奴だ。ひょっとしてアコギな商売した所為で、ヤバい輩の恨みを買った結果が、さっきの騒動じゃねえだろうな?」

「そんな、滅相もないですよ!我がユンケル商会は誠実一筋ですから!」

 

 亮牙からのブラックジョークに、モットーは大袈裟に反論すると、事の次第を説明した。それによると、ユンケル商会は、ホルアド経由でアンカジ公国に向かうつもりだったようだ。アンカジの窮状は既に商人間にも知れ渡っており、今が稼ぎ時だと、こぞって商人が集まっているらしい。モットーも既に一度商売を終えており、王都で仕入れをして今回が二度目らしい。ホクホク顔を見れば、かなりの儲けを出せたようだ。

 マキシマル一行は、ホルアドを経由してフューレンに行き、ミュウ送還の報告をイルワにしてから、ハルツィナ樹海に向かう予定だったので、その事を話すと、モットーはホルアドまでの護衛を頼み込んできた。

 しかし、それに待ったを掛けた者がいた。リリアーナだ。

 

「申し訳ありません。商人様。彼等の時間は、私が頂きたいのです。ホルアドまでの同乗を許して頂いたにもかかわらず身勝手とは分かっているのですが…」

「おや、もうホルアドまで行かなくても宜しいので?」

「はい、ここまでで結構です。もちろん、ホルアドまでの料金を支払わせて頂きます」

 

 どうやらリリアーナは、モットーの隊商に便乗してホルアドまで行く予定だったらしい。しかし、途中でハジメ達に会えたことでその必要がなくなったようだ。その時点で、リリアーナの目的にキナ臭さを感じた亮牙が文句を言おうとしたが、優香が頭を下げて「お願い、リリアーナさんに従って」と懇願するので、取り敢えず黙っていることにした。

 だが、モットーはお金を受け取ることを固辞し、リリアーナは困惑する。隊商では、寝床や料理まで全面的に世話になっていたのだ。後払いでいくら請求されるのだろうと、少し不安に思っていたくらいなので、モットーの言葉は完全に予想外だった。

 そんなリリアーナに対し、モットーは困ったような笑みを向けた。

 

「二度と、こういう事をなさるとは思いませんが、一応、忠告を。普通、乗合馬車にしろ、同乗にしろ料金は先払いです。それを出発前に請求されないというのは、相手は何か良からぬ事を企んでいるか、または、お金を受け取れない相手という事です。今回は、後者ですな」

「それは、まさか…」

「どのような事情かは存じませんが、貴女様ともあろうお方が、お一人で忍ばなければならない程の重大事なのでしょう。そんな危急の時に、役の一つにも立てないなら、今後は商人どころか、胸を張ってこの国の人間を名乗れますまい」

 

 モットーの口振りから、リリアーナは、彼が最初から自分の正体に気がついていたと悟る。そして、気が付いていながら、敢えて知らないふりをしてリリアーナの力になろうとしてくれていたのだ。

 

「ならば尚更、感謝の印にお受け取り下さい。貴方方のおかげで、私は、王都を出ることが出来たのです」

「ふむ。…突然ですが、商人にとって、もっとも仕入れ難く、同時に喉から手が出るほど欲しいものが何かご存知ですか?」

「え?…いいえ、わかりません」

「それはですな、『信頼』です」

「信頼?」

「ええ、商売は信頼が無くては始まりませんし、続きません。そして、儲かりません。逆にそれさえあれば、大抵の状況は何とかなるものです。さてさて、果たして貴女様にとって、我がユンケル商会は信頼に値するものでしたかな? もしそうだというのなら、既に、これ以上ない報酬を受け取っていることになりますが…」

 

 リリアーナは上手い言い方だと内心で苦笑いした。これでは無理に金銭を渡せば、貴方を信頼していないというのと同義だ。お礼をしたい気持ちと反してしまう。リリアーナは、諦めたように、その場でフードを取ると、真っ直ぐモットーに向き合った。

 

「貴方方は真に信頼に値する商会です。ハイリヒ王国王女リリアーナは、貴方方の厚意と献身を決して忘れません。ありがとう…」

「勿体無いお言葉です」

 

 リリアーナに王女としての言葉を賜ったモットーは、部下共々、その場に傅き深々と頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、リリアーナとマキシマル一行をその場に残し、モットー達は予定通りホルアドへと続く街道を進んでいった。去り際に、亮牙達が異端者認定を受けている事を知っている口振りで、何やら王都の雰囲気が悪いと忠告までしてくれたモットーに、亮牙もアンカジ公国が完全に回復したという情報を提供しておくとともに、世話になったアンカジの民のためにと、ある程度の救援物資の代金を亮牙のポケットマネーで立て替えた。

 それだけで、亮牙達が異端者認定を受けた理由やら何やらを色々推測したようで、その上で「今後も縁があれば是非ご贔屓に」と言ってのけるモットーは本当に生粋の商人である。

 モットー達が去ったあと、マキシマル一行はリリアーナの話を聞くことになった。但し、モットー達のように敬意を払うつもりなどなかった。リリアーナはスラッグに押さえ付けられ、その場に乱暴に跪かされた。優香がやり過ぎだと怒るが、亮牙は聞く耳を持たない。

 

「さて、ウルやホルアドを救い、犯罪組織や魔人族を討ち取ってきた俺達マキシマルに対して、あのカルト教団とグルになって謂れのない罪を着せたハナクソ王国の姫が、どの面下げて俺達の前に顔を出せた?バカ殿な父親に命じられて、降伏しろとでも言いに来たか?」

 

 先程までのモットーとの談笑とは異なり、心底軽蔑した視線を向けながら問いかける。優香の懇願もあったが、勝手に自分達の旅路に口出しした事は、腹立たしい事この上ない。

 しかし様子を見た限り、同行者は優香のみでお供も付けず、隊商に紛れ込んでここまでやって来たようだ。一国の王女がそうしなければならない何かがあったのは、容易に察しがつく。

 焦燥感と緊張感、そして恐怖心が入り混じったリリアーナの表情が、亮牙の感じている嫌な予感に拍車をかける。そして、遂に語りだしたリリアーナの第一声は、彼の予感を上回る最低のものだった。

 

「愛子さんが…攫われました」

 

 

 

 

 

「何だと?」

 

 

 

 

 

 その瞬間、濃厚な怒りと殺意が解き放たれた。それを向けられたリリアーナも、傍で見守っていた優香ですらも、自分の死を錯覚した。ハジメとシアが宥め、ストレイフが制止しなければ、亮牙は間違いなくリリアーナを殺していただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮牙が落ち着きを取り戻した後、リリアーナと優香が語った内容を要約するとこうだ。

 最近、王宮内の空気が何処かおかしく、リリアーナはずっと違和感を覚えていたらしい。

 父親であるエリヒド国王は、今まで以上に聖教教会に傾倒し、時折、熱に浮かされたように「エヒト様」を崇め、それに感化されたのか宰相や他の重鎮達も巻き込まれるように信仰心を強めていった。

 それだけなら、各地で暗躍している魔人族のことが相次いで報告されている事から、聖教教会との連携を強化する上での副作用のようなものだと、リリアーナは、半ば自分に言い聞かせていたのだが…。

 違和感はそれだけにとどまらなかった。妙に覇気がない、もっと言えば生気のない騎士や兵士達が増えていったのだ。顔なじみの騎士に具合でも悪いのかと尋ねても、受け答えはきちんとするものの、どこか機械的というか、以前のような快活さが感じられず、まるで病気でも患っているかのようだった。そのことを、騎士の中でもっとも信頼を寄せるメルドに相談しようにも、当のメルドはオルクスで戦死扱いとなっており、出来る筈もなかった。

 そうこうしている内に、愛子が優香達と共に王都に帰還し、ウルの町での詳細が報告された。その席にはリリアーナも同席したらしい。そして、普段からは考えられない強行採決がなされた。それが、マキシマル一行の異端者認定だ。ウルの町や勇者一行含めてホルアドを救った功績も、「豊穣の女神」として大変な知名度と人気を誇る愛子の異議・意見も、全てを無視して決定されてしまった。

 有り得ない決議に、当然、リリアーナは父であるエリヒドに猛抗議をしたが、何を言ってもマキシマル一行を神敵とする考えを変える気はないようだった。まるで、強迫観念に囚われているかのように頑なだった。むしろ、抗議するリリアーナに対して、信仰心が足りない等と言い始め、次第に、娘ではなく敵を見るような目で見始めたのだ。

 恐ろしくなったリリアーナは、咄嗟に理解した振りをして逃げ出した。そして、王宮の異変について相談するべく、悄然と出て行った愛子を追いかけ自らの懸念を伝えた。すると愛子から、亮牙達が奈落の底で知った神の事や旅の目的を夕食時に生徒達に話すので、リリアーナも同席して欲しいと頼まれたのだそうだ。

 愛子の部屋を辞したリリアーナは、夕刻になり愛子達が食事をとる部屋に行こうとして、愛子を迎えにきた優香と出会った。聞けば彼女も夕食時に大事な内容について話すことを聞かされており、二人でそのまま愛子の部屋に向かう途中、廊下の曲がり角の向こうから愛子と何者かが言い争うのを耳にした。何事かと壁から覗き見れば、愛子が銀髪の修道女に気絶させられ担がれているところだった。

 リリアーナと優香は、その銀髪の女に底知れぬ恐怖を感じ、咄嗟にすぐ近くの客室に入り込むと、王族のみが知る隠し通路に入り込み息を潜めた。

 銀髪の女が探しに来たが、結局、隠し通路自体に気配隠蔽のアーティファクトが使用されていたこともあり気がつかなかったようで、二人を見つけることなく去っていった。だが二人は、銀髪の女が異変の黒幕か、少なくとも黒幕と繋がっていると考え、そのことを誰かに伝えなければと立ち上がった。

 ただ、愛子を待ち伏せていた事からすれば、生徒達は見張られていると考えるのが妥当であった。悩むリリアーナに、優香は今、唯一王都にいない、クラスの中で誰よりも信用できる、亮牙とハジメに頼るべきだと伝えた。最早それしかいないとリリアーナも承諾し、隠し通路から王都に出て、一路、アンカジ公国を目指したのである。

 アンカジであれば、王都の異変が届かないゼンゲン公の助力を得られるかもしれないし、タイミング的に、マキシマル一行と会うことが出来る可能性が高いと踏んだからだ。

 

「あとは知っての通り、ユンケル商会の隊商にお願いして便乗させてもらいました。まさか、最初から気づかれているとは思いもしませんでしたし、その途中で賊の襲撃に遭い、それを貴方達に助けられるとは夢にも思いませんでしたが、少し前までなら『神のご加護だ』と思うところです。…しかし、私は、今は、教会が怖い…。一体、何が起きているのでしょう…。あの銀髪の修道女は…。お父様達は……」

 

 自分の体を抱きしめて恐怖に震えるリリアーナは、才媛と言われる王女というより、ただの女の子にしか見えなかった。だが、無理もないことだ。自分の親しい人達が、知らぬうちに変貌し、奪われていくのだから。その心に巣食った恐怖を少しでも和らげようと、優香はリリアーナをギュッと抱きしめながら、自身も口を開いた。

 

「…その修道女がこう言ってたの。『生徒が何か企んでる』って。認めたくないけど、またクラスの誰かが清水みたいに、あんた達が戦ってるディセプなんとかってロボット共に寝返ったみたいなの…。あんた達との約束を守りたかったけど、結局私は何も出来なかった…!お願い、愛ちゃん先生を助けて…!」

 

 自身の不甲斐なさに悔し涙を流しながらそう懇願する優香を、亮牙は黙って見下ろしていた。先程までリリアーナに向けられていた怒りは、自分自身へと向けられていた。

 リリアーナの語った状況は、まるでメルジーネ海底遺跡で散々見せられた「末期状態」によく似ていたからだ。神に魅入られた者の続出。非常に危うい状況だと言える。銀髪の修道女という存在も、豪華客船でチラリと見えたアルフレッド王の傍に控えていたフードの人物が脳裏に浮かび上がった。時代が違いすぎるので同一人物か分からないが、船内に消える際、僅かに見えたその人物の髪は、確か銀だった。間違いなく敵だ。

 本来なら、知った事ではないと切り捨て、ハイリヒ王国が勝手に滅亡するのを黙って見届けるだけだ。しかし、愛子が攫われた理由に察しがついてしまった。十中八九、愛子が神の真実と自分達の旅の目的を話そうとした事が原因であると言えるからだ。おそらくメガトロナスもエヒトも、駒としての光輝達に、不審の楔を打ち込まれる事を不都合だと判断したのだろう。

 ならば、愛子が攫われたのは、彼女を巻き込んでしまった自分の責任だ。攫ったという事は殺す気はないのだろうが、裏で人々をマリオネットのごとく操り享楽に耽る連中の手中にある時点で、何をされるか分かったものではない。

 地球にいた頃から、周囲とは浮いていた自分の事を気にかけてくれた愛子。自分の生き様がより良くなるようにと助言をし、そのために己の命を賭けた愛子。そんな彼女を見捨てるなどという選択肢は、亮牙にはなかった。

 

「顔を上げろ、園なんとか。先生が攫われたのはテメェの所為じゃねぇ。全部俺の所為だ」

「ぐすっ…園部よ…いい加減ちゃんと覚えなさいよ…」

 

 不器用ながらも励ましの言葉をかける亮牙に、優香はそう言いつつも、幾分か落ち着きを取り戻したようだ。

 亮牙は瞳に怒りと闘志の炎を激らせると、仲間達へと向き合った。全員真剣な顔つきで、彼の判断に委ねる、といった表情だ。

 

「さてと…。本当ならハルツィナ樹海から攻略して、忌々しい神山は後回しにしようと思ったが、あのカルト共の方から攻め込む口実を作ってくれたよ。これで心置きなく、生臭坊主どもをぶっ殺して、大迷宮を探せるってわけだ…」

 

 亮牙は教会を嘲笑うようにそう告げるが、その顔は一切笑ってなどいなかった。寧ろ、久々に憤怒で真っ赤に染まっている。

 ミレディからの教えで、聖教教会の総本山でもある神山も七大迷宮の一つなのは分かっていたが、何処に入口があるのか見当もつかず、探索するにしても、教会関係者の存在が酷く邪魔で厄介だった。だが今回の件で、神山に踏み込む口実が出来たし、神代魔法の中でも()()()()()()()()を手に入れる事が出来る。

 だが、それはあくまで建前に過ぎない。最優先はこちらだ。

 

「カチコミだ!!!俺とハジメの恩師助け出して、恩知らずなハナクソ王国とカルト教団をぶっ潰しに行くぞ!!!」

「「「「「「「おう(ですぅ/のじゃ)!!!」」」」」」」」

 

 怒声にも似た亮牙の号令に、仲間達も威勢よく応答する。誰もが皆引き締まった表情で、闘志を剥き出しにしていた。

 力を貸してくれるという亮牙の応えに、優香は安堵の表情を見せる。いくら亮牙が愛子を受け入れているとはいえ、自分達クラスメイトは一部和解したものの未だ大きな溝があったので、説得は難儀しそうだと考えていたからだ。

 だが、リリアーナはそうではなかった。聞き捨てならない言葉に、顔を青くして亮牙に詰め寄った。

 

「ま、待ってください!王国を潰すって、どういう事ですか⁉︎」

「あ?言葉通りの意味だ。テメェのクソ親父は、完全にあのカルト共の言いなりなんだろ?なら今回の一件は、腐れカルトとテメェの親父がグルになって行った、と考えるのが妥当だろうが」

「確かにお父様達の様子はおかしかったですが、まだ愛子さんの件に関与しているとは…!」

「さっきユンケルも言ってたろ、世の中『信頼』が第一だとな。テメェらときたら、異世界の俺達を勝手に戦争に巻き込んだ挙句、国を挙げて俺やハジメを無能と嘲笑って、それでも結果的にテメェらを助けてやったと思えば、あのカルト共とグルになって指名手配扱いだ。これだけの事をしといて、今更俺達が信頼していると思ってるのか?厚かましいにも程がある!」

「そ、それは…ですが…」

 

 必死に愛子の件に王国は関与していないと弁明しようとするリリアーナ。だが、亮牙から今まで王国が働いてきた非礼の数々を指摘されてしまい、最早自分達が「信頼」に値しない存在と見做されている事を痛感し、言葉を詰まらせる。

 それでもなんとか王国に危害を加えないよう説得しようとするが、遂に亮牙は怒りを通り越して呆れ果てると、こう告げた。

 

()()()()()とか言ったな。面白い奴だな、気に入った───」

 

 

 

 

 

「殺すのは最後にしてやる」

 

 

 

 

 

「ひっ…」

「スコーン、取り敢えずそれまで我慢しとけ。全てぶっ潰した後は煮るなり焼くなり好きにしろ」

「言われるまでもねぇ」

 

 絶対零度の視線で睨まれながらそう告げられ、リリアーナは恐怖のあまりそれ以上何も言えなかった。亮牙の隣では、スコーンが今もなお、親の仇と言わんばかりの憎しみの籠った瞳で睨みつけてくる。

 落胆するどころではない。自分はとんでもないジョーカーに手を出してしまったのか。これから王国はどうなってしまうのか。リリアーナはより一層、恐怖に震える事になってしまった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・面白い奴だな、気に入った。殺すのは最後にしてやる
 本作では定番となっている『コマンドー』の名言の一つ。
 結局「あれは嘘だ」という展開になったが、リリアーナの運命や如何に?





感想、評価お待ちしてます。


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開戦

コロナ、何とか完治しました。読者の皆様には、ご心配をおかけしました。

トランスフォーマー関連では、スタジオシリーズでメガトロナスことザ・フォールンの発売も決定したので、発売が待ち遠しいです。

本作の王都侵攻、原作とはまた違った展開となります。楽しんで頂けると幸いです。




 初めて会った時から、彼は、他の子達とは違っていると感じました。

 

 髪の色とかもそうですけど、他の子達より何処か達観しているような、何処か近寄りがたい雰囲気がありました。

 

 他の先生達はあまり関わり合おうとはしませんでしたが、私はなるべく、積極的に彼のことを気にかけました。

 

 彼は共に暮らしている幼馴染の生徒以外には関わりを持とうとしなかったので、放っておいたら、彼が孤独になってしまうような気がしたんです。

 

 気にかけ過ぎて、若干他の生徒達より贔屓しちゃってたかもしれないですけど、そんなおかげで、彼も憎まれ口を叩きつつ、私に心を開いてくれました。

 

 だからこそ、この異世界にやって来てから、彼が頼りない私の味方になってくれて、本当に嬉しかった。それもあってか、いつの間にか彼を、生徒以上の目で見ていくようになったんです…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗く明かり一つ無い部屋の中に、格子の嵌った小さな窓から月明かりだけが差し込んで黒と白のコントラストを作り出していた。

 部屋の中は酷く簡素な作りになっている。鋼鉄造りの六畳一間で、ベッドはおろか、椅子や机、トイレすらない。地球の刑務所の方がまだましな空間を提供してくれそうだ。

 そんなどう見ても牢獄にしか思えない部屋で、天井から吊り下げられた鎖に縛られているのは畑山愛子その人だ。この部屋に幽閉されてから、三日が経とうとしている。

 愛子の首には、首輪のようなチョーカーがつけられている。無論これはただのチョーカーではない。スパイダーボットと呼ばれる、蠍とムカデを組み合わせたような外見の小型ディセプティコンが変形した姿だ。このディセプティコンは愛子の首に噛みつき、神経系に凄まじい負荷を与えている。全身の細胞がバラバラになりそうな激痛に、彼女は今もなお苦しめられている。

 仮にスパイダーボットがいなくても、鋼鉄の扉を愛子に突き破れる筈もないし、唯一の窓にも格子が嵌っていて、せいぜい腕を出すくらいが限界だろう。何より、部屋のある場所が高い塔の天辺な上に、ここが神山である以上、聖教教会関係者達の目を掻い潜って地上に降りるなど不可能だ。

 そんな絶望的な状況に、何もできない自分への苛立ちや、今なお続く拷問に苦しみながらも、愛子は生徒達の身を案じていた。

 

「また私の生徒がしようとしていること…。一体何が…」

 

 僅かに顔を上げた愛子が呟いたのは、攫われる前に銀髪の修道女が口にしたことだ。亮牙達が聞かせてくれた話を光輝達に話すことで与えてしまう影響は、彼女の言う「主」と「同盟者」とやらには不都合らしい。そして、生徒の誰かがしようとしていることの方が面白そうだとも。

 愛子の胸中に言い知れぬ不安が渦巻く。思い出すのは、混乱に乗じて亮牙を突き落とした檜山や、ウルの町で敵に唆された清水のことだ。もしかしたら、また生徒の誰かが、取り返しのつかない事をしようとしているのではないかと、彼女は気が気でなかった。

 こうして何もない部屋で監禁・拷問されて、痛みに耐えながらも出来るのは考えることだけ。そうして落ち着いて振り返ってみれば、帰還後の王宮は余りに不自然で違和感だらけの場所だったと感じる。彼女の脳裏に、強硬な姿勢を崩さない、どこか危うげな雰囲気のエリヒド国王や重鎮達のことが思い出される。

 きっと、あの銀髪の修道女が何かをしたのだと愛子は推測した。彼女が言っていた「魅了」という言葉がそのままの意味なら、きっと洗脳かそれに類する何かをされているのだ。だが同時に、会議の後で話した雫や優香、リリアーナについてはそのような違和感を覚えなかった。その事に安堵すると共に、こうしている間に何かされるのではないかと強烈な不安が込み上げる。

 どうか無事でいて欲しいと祈りながら、思い出すもう一つの懸念。それは「イレギュラー達の排除」という言葉。意識を失う寸前に聞いたその言葉で、愛子は何故か二人の生徒、正確にはそのうちの一人を思い出した。

 何かと憎まれ口を叩く事はあるが、自分にある程度の敬意を払ってくれた命の恩人。圧倒的な強さと強い意志を秘めながら、弱い自分の言葉に耳を傾け真剣に考えてくれた彼。そして色々とあって、色々と思うところがあったり、なかったりする彼。

 地球にいた頃や、このトータスでの記憶を脳内で再生しているうちに、愛子は彼の安否を憂慮する気持ちと何故か無性に逢いたい気持ちに押されて、ポロリと零すように彼の名を呟いた。

 

「…………灘君」

「おう、呼んだか?」

「ふぇ?」

 

 半ば無意識に呟いた相手から、ある筈のない返事が返ってきて思わず素っ頓狂な声が上がる。鎖に縛られた状態ながらも、部屋の中をキョロキョロと見回すが、自分以外の人などいるはずもない。

 心身ともに疲弊したせいで幻聴でも聞こえたのかと首を捻る愛子だったが、それが違うと証明するように、再度、声がかけられた。

 

「こっちだ、合法ロリ」

「えっ?」

 

 愛子は、体をビクッと震わせながら、やっぱり幻聴じゃない!と声のした方、格子の嵌った小さな窓に視線を向けると、亮牙が窓から顔を覗かせてた。

 

「えっ?えっ?灘君ですか?えっ?ここ最上階で…本山で…えっ?」

「落ち着け、すぐに中に入るから」

 

 混乱する愛子を尻目に、亮牙は嗅覚を研ぎ澄まして見張りなどがいないか確かめると、拳をトランスフォーマーのものへと部分的に変身させ、ショベルカーの如く容易く壁に穴を開け、中に侵入を果たした。

 愛子のいる部屋は地面から100m近くあるにもかかわらず、普通に地面を歩いて入口から入ってきたかのように、外壁に穴を開けて登場した亮牙。愛子は心身ともに疲弊しているのも忘れて目を白黒させるが、彼は珍しく小さく笑みを浮かべながら歩み寄った。

 

「何だよ?白馬に乗った王子様かと思ったら、キングコングみたいなのが来てショックだったか?そもそも、そっちの方から俺名前を呼んだじゃねえか…」

「ふぇ⁉︎そ、それは……あぐぅ!!?」

「ッ、どうした⁉︎」

 

 相変わらず憎まれ口を叩きつつも、さっき自分の名前を呟いた事を指摘する亮牙。愛子はまさか、貴方の事を考えていて半ば無意識に呟いてました等と言える訳もなく顔を赤くするが、首に噛み付いたスパイダーボットが再び神経系に負荷をかけ、思わず顔を顰める。

 一瞬動揺する亮牙だったが、直ぐに僅かなエネルゴンの匂いを嗅ぎつけ、匂いの発生源である愛子の首元を睨みつける。

 

「成る程な、あのゴミ屑どもめ…。待ってろ先生、直ぐ助けてやる」

 

 亮牙はそう呟くと、愛子を縛り上げていた鎖を、まるで飴細工かのように容易く引き千切ると、解放された愛子を優しく抱きかかえた。

 一方の愛子は、直前まで脳裏に浮かんでいた男が、自分の窮地に助けに来てくれた挙句、優しく自分を抱き締めている状況に、身体を蝕む痛みも忘れて赤面し、動悸を早めていった。これがただの生徒と教師なら、特に何の問題もないかもしれないが、彼女はただ硬直して亮牙に抱きかかえられるしかなかった。

 そんな愛子の心情など露知らず、亮牙は口元を彼女の首筋へと近づけた。しかし、いきなりそんな事をされた愛子は「ひゃう!」とおかしな声を上げて身を竦めて喚きだした。

 

「ダメ!ダメです!灘君!そんないきないりぃ!私は先生ぇ!」

「悪いな、ちょっと我慢しろ」

 

 だが亮牙は気にした様子もなく、愛子の首筋、正確にはチョーカーに擬態しているスパイダーボットにガブリと噛み付いた。キィ!と悲鳴を上げたスパイダーボットが、愛子の神経に立てていた牙を引っ込めた隙に、亮牙は彼女の首からそのディセプティコンを引き剥がすと、そのまま勢いよく噛み砕いた。スパイダーボットは断末魔を上げる暇もなく、バラバラに噛み砕かれて床に吐き出された。

 

「よし、これでもう痛みはねぇだろ?」

「え?あっ、はい。そうか、そういうことでしたか…」

「何だよ?この状況でエロい真似でもして欲しかったか?」

「ふぇっ!!?こ、こら!大人を揶揄うんじゃありません!」

 

 キョトンとなる愛子に、亮牙が呆れたように苦笑しながら揶揄うと、愛子は顔を真っ赤にして誤魔化そうとする。そして、なぜ自分がここに囚われていることを知っていたのかと誤魔化しがてらに尋ねた。

 

「そ、それよりも、何故ここに…?」

「助けに来たに決まってんだろ」

「わ、私のために?灘君が、わざわざ助けに来てくれたんですか?でも、どうして此処にいると?」

「それなら園なんとかに感謝しろよ」

「え〜と…もしかして園部さんの事ですか?」

「ああ、あんたが攫われるところを目撃してたんだよ。またクラスの中にコンズに寝返った馬鹿がいるって分かったから、態々危険を冒してまで俺達マキシマルに助けを呼びに来たのさ」

「園部さんが…。灘君はそれに応えてくれたんですね」

「当然だ」

 

 そう告げたかと思うと、亮牙は愛子を優しく下ろすと、彼女に頭を下げた。普段の彼からは考えられない行動に、愛子は戸惑ってしまう。

 

「すまなかった。今回アンタがこんな目に遭ったのは、全部俺の所為だ…。アンタにも知る権利があるからと、不用意に巻き込んだ結果、アンタが捕まり拷問されるような事態を招いた。もし園なんとかがいなかったら、アンタは今頃辱められるか、最悪殺されてたかもしれん…。許してくれとは言わん。ただ謝罪だけはさせてくれ…」

 

 ウルの町でのあの夜の事、結果として恐れていた事態を招き、愛子の貞操や命を危険に晒してしまった事を詫びる亮牙。彼なりに、今回の件には深く責任を感じていたのだ。

 その謝罪を黙って聞いていた愛子は、亮牙に顔を上げるように告げると、彼の手を握り締めながら真っ直ぐな眼差しを向け、優しく語りかけた。

 

「君を責めるなんてこと絶対にありません。…君はちゃんと話す際に忠告してくれたし、私なりにこうなる覚悟はしていたつもりです。助けに来てくれて、本当に嬉しいです。君を恨んだり、嫌ったりなんてしていません」

「…先生」

 

 目を丸くする亮牙に、愛子は、憂いと優しさを含ませた微笑みを向けながら、彼の頭を優しく撫でた。

 

「あの時は色々あり過ぎて、きちんと言えませんでしたから、今、言わせて下さい。…助けてくれてありがとう。何度も無茶をさせてごめんなさい」

「……」

 

 一番辛いのは彼女自身だというのに、それを表に出さず、今なお自分を気にかけてくれる愛子に、自責の念に駆られていた亮牙の心は救われた。

 

「俺の事は気にするな。それより、そろそろ行こう。ハジメ達が王都に行ってる筈だから、合流するぞ」

「分かりました。…灘君、気を付けて下さい。教会は、頑なに君達を異端者認定しました。それに、私を攫った相手は、もしかしたら君達を…」

「分かってる。どっちにしろ、この場所には用事があったし、何より、アンタを痛めつけたあの腐れカルト共は、ぶちのめさねぇと気が済まん」

 

 強靭な闘志を秘めた眼差しで頷く亮牙に、再び頬が熱くなるのを感じながら、愛子は再び憂慮の言葉をかけようとした。

 とその時、遠くから何かが砕けるような轟音が微かに響き、僅かではあるが大気が震えた。

 何事かと緊張に身を強ばらせた愛子が亮牙に視線を向けると、彼は遠くを見る目をして何かに集中していた。続けて、地上にいるハジメ達から念話で情報が送られてきた。

 

「ふん。どうやら俺達が手を下すまでもなく、あのハナクソ王国も報いを受ける時が来たか…」

 

 暫くして、そんな風に毒づきながら、亮牙は視線を愛子に戻す。愛子は念話の事など知らないが、非常識な能力やアーティファクト類を沢山見てきたので、それらにより何か情報を掴んだのだろうと察し、視線で説明を求めた。

 

「ディセプティコンと魔人族の連合軍の襲撃だ。さっきのは王都を覆う結界が破られた音らしい」

「襲撃ですって!!?ハイリヒ王国が!!?」

「ああ。今ハジメ達から連絡が来た。連中が神代魔法でつくった生物兵器どものオンパレードだとよ。完全な不意打ちだな」

「そんな…!こんな容易く侵略だなんて…」

「あり得ない、なんて事はねえぞ。クラスの内通者の手引きもあったろうし、コンズどもならこの程度朝飯前だ」

 

 王都を侵略できるほどの戦力を気づかれずに侵攻させた挙句、頑強な大結界があっさり破られたという状況に、愛子は顔面を蒼白にして頭を振る。だが亮牙としては、内通者などの切り札や、ディセプティコンの協力があれば当然だと、さして驚いてはいなかった。

 

「取り敢えず、ハジメ達と合流するぞ。話はそれからだ」

「は、はい」

 

 緊張と焦燥に顔を強ばらせた愛子を、亮牙は片腕に座らせるような形で抱っこする。「うひゃ!」と再び奇怪な声を上げながらも、愛子は咄嗟に、彼の首元に掴まった。

 

カッ!

 

「ッ!」

「きゃあっ!!?」

 

 だが次の瞬間、外から強烈な光が降り注いだ。部屋に差し込んでいた月の光をそのまま強くしたような銀色の光に、亮牙はすぐさま外壁を殴り壊して飛び出した。急激な動きに、愛子が耳元で悲鳴を上げギュッと抱きついた。

 二人が隔離塔から飛び出した瞬間、銀光がついさっきまで愛子を捕えていた部屋を丸ごと吹き飛ばした。物が粉砕される轟音などなく、莫大な熱量により消失したわけでもなく、ただ砕けて粒子を撒き散らす破壊。人を捕えるための鋼鉄の塔の天辺は、砂より細かい粒子となり、夜風に吹かれて空へと舞い上がりながら消えていった。

 

「…こりゃあ、分解か?」

「ご名答です、イレギュラー」

 

 余りに特異な現象に、重力魔法で空中に留まった亮牙がそう呟くと、鈴の鳴るような、しかし、冷たく感情を感じさせない声音が返ってくる。

 亮牙と愛子が声のした方へ視線を向けると、そこには、隣の尖塔の屋根から二人を睥睨する銀髪碧眼の女がいた。愛子はすぐに、その女が自分を攫った修道女だと気づいた。

 もっとも、愛子が最後に会った時と異なり修道服は着ておらず、代わりに白を基調としたドレス甲冑のようなものを纏っていた。ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。どう見ても戦闘服だ。まるでワルキューレのようである。

 銀髪の女は、その場で重さを感じさせずに跳び上がった。そして、天頂に輝く月を背後にくるりと一回転すると、その背中から銀色に光り輝く一対の翼を広げた。背後に月を背負い、煌く銀髪を風に流すその姿は神秘的で神々しく、この世のものとは思えない美しさと魅力を放っていた。

 だが、惜しむらくはその瞳だ。纏う全てが美しく輝いているにも関わらず、女の瞳だけは氷の如き冷たさを放っていた。その冷たさは相手を嫌悪するが故のものではない。ただただ、ひたすらに無感情で機械的。人形のような瞳だった。

 愛子を抱きかかえながら睨みつける亮牙を見返しながら、銀髪の女がおもむろに両手を左右へ水平に伸ばすと、ガントレットが一瞬輝いたかと思えば、その両手に白い鍔なしの大剣が握られていた。銀色の魔力光を纏った2m近い大剣を、重さを感じさずに振り払った銀色の女は、やはり感情を感じさせない声音で亮牙に告げる。

 

「ノイントと申します。『神の使徒』として、主の盤上より不要な駒を排除します」

 

 それは宣戦布告だ。ノイントと名乗った女は、偽りの神・エヒトが送り出した、本当の意味での『神の使徒』なのだろう。いよいよ亮牙達が邪魔になったらしく、直接「盤上」から排除する気のようだ。

 ノイントから噴き出した銀色の魔力が周囲の空間を軋ませる。大瀑布の水圧を受けたかのような絶大なプレッシャーに、愛子は必死に歯を食いしばって耐えようとする。だが、表情は青を通り越して白くなり、体の震えは大きくなる。

 「もうダメだ」と意識を喪失しそうになる寸前、愛子を強烈な熱気が包み込んだ。彼女を守るように増してゆくその熱気は、ノイントの放つ銀のプレッシャーの一切を寄せ付けなかった。

 愛子は目を見開いて、原因であろう間近い場所にある亮牙の顔に視線を向ける。するとそこには、ノイントのプレッシャーなど眼中にもないと言わんばかりに、亮牙が怒りの炎と闘志を滾らせていた。

 見蕩れるように、あるいは惹きつけられるように視線を逸らせなくなった愛子を尻目に、亮牙は片腕にマグマトロンを展開して、鋒をノイントに突きつけた。

 

「名乗る必要はない。直ぐにぶっ壊してやる」

 

 その言葉を合図に、標高8,000mの神山上空で「神を名乗る欺瞞者の傀儡」と、6,600万年前から生きてきた「生ける伝説」が衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮牙と愛子がノイントの襲撃を受ける少し前、マキシマルの面々は優香とリリアーナの案内のもと、夜陰に紛れて王宮の隠し通路を進んでいた。二人を光輝達のもとへ送り届けるためだ。

 本来なら、マキシマルの目的は愛子の救出と神山の何処かにある大迷宮もとい神代魔法であり、王国が自滅しようが、リリアーナと光輝達がのたれ死のうが、正直どうでもよかった。

 ただ、取り敢えず愛子の安全を確保するためには、救出後の預け先である光輝達が洗脳の類を受けていないか、優香以外のクラスメイト達が安全と言えるかの確認が必要だった。それに神山は文字通り聖教教会の総本山であり、愛子の救出までは出来るだけ騒動を起こさないことが望ましいところ、連中に気付かれず愛子の監禁場所の捜索と救出を行うために、亮牙はストレイフだけを連れて向かった。

 そのため、王都に残ることになった面々は、優香がリリアーナに付きそうと言って聞かないこともあり、大した手間でもないことから一緒に行動しているのである。スコーンは今なお、リリアーナへの殺意と嫌悪感を露わにしていたが。

 なお、ティオは万一に備えて王都の何処かで待機している。全体の状況を俯瞰できる者が一人くらいいた方がいいという判断だ。

 そんなユエ達が、隠し通路を通って出た場所は、何処かの客室だった。振り返ればアンティークの物置が静かに元の位置に戻り何事もなかったかのように鎮座し直す。

 

「この時間なら、皆さん自室で就寝中でしょう。…取り敢えず、雫の部屋に向かおうと思います」

 

 闇の中でリリアーナが声を潜める。向かう先は、雫の部屋のようだ。勇者なのに光輝に頼らない辺りが、彼女の評価を如実に示している。

 リリアーナの言葉に頷き、索敵能力が一番高いシアを先頭に一行は部屋を出た。雫達、異世界組が寝泊まりしている場所は、現在いる場所とは別棟にあるので、月明かりが差し込む廊下を小走りで進んでいく。

 そうして、しばらく進んだ時、それは起こった。

 

チュドドドドド!!!

 

ドカァァァァン!!!

 

 砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、凄まじい爆発音が王都を駆け抜けたのだ。衝撃で大気が震え、マキシマル一行のいる廊下の窓をガタガタと揺らした。

 

「わわっ、何ですか一体!⁉︎」

「これはっ、まさか⁉︎」

 

 索敵のために耳を最大限に澄ましていたシアが、思わずペタンと伏せさせたウサミミを両手で押さえて声を漏らす。すぐ後ろに追従していたリリアーナは、思い当たることがあったのか顔面を蒼白にして窓に駆け寄った。他の面々も様子を見ようと窓に近寄る。

 そうして一行の眼に映ったのは、王都の夜空に大結界の残滓たる魔力の粒子が、キラキラと輝き舞い散りながら霧散していく光景が広がっていた。

 

「そんな…。大結界が、砕かれた?」

 

 信じられないといった表情で口元に手を当て震える声で呟きながら、リリアーナが呆然とその光景を眺めていると、再び何かが爆発して轟音が鳴り響く。そして、王都を覆う光の膜のようなものが明滅を繰り返しながら軋みを上げて姿を現した。

 

「第二結界も…。どうして、こんなに脆くなっているのです?これでは、直ぐに…」

 

 リリアーナの言う大結界とは、外敵から王都を守る三枚の巨大な魔法障壁のことだ。三つのポイントに障壁を生成するアーティファクトがあり、定期的に宮廷魔法師が魔力を注ぐことで間断なく展開維持している王都の守りの要だ。その強固さは折り紙つきで、数百年に渡り魔人族の侵攻から王都を守ってきた。戦争が拮抗状態にある理由の一つでもある。

 その絶対守護の障壁が、一瞬の内に破られたのだ。そして、今まさに、二枚目の障壁も破られようとしている。内側に行けば行くほど展開規模は小さくなる分強度も増していくのだが、数度の攻撃で既に悲鳴を上げている二枚の障壁を見れば、全て破られるのも時間の問題だろう。結界が破られたことに気が付き、王宮内も騒がしくなり始めた。あちこちで明かりが灯され始めている。

 

「馬鹿が。どう考えたって、内通者の仕業に決まってんだろ。第一、向こうにはディセプティコンがついてやがるんだ。少数でも十分な破壊工作くらい簡単に出来る」

 

 呆然としながら思考に没頭しているリリアーナに、スコーンがそう毒づいた。

 

『聞こえるかの?妾じゃ、状況説明は必要かの?』

 

 ユエ達の持つそれぞれの念話石が輝き、そこから声が響いている。王都に残してきたティオの声だ。口振りから、何が起きているのか大体のところを把握しているらしい。

 

『ティオちゃんか。まあ大体は予測はつくが、頼むぜ』

『心得た。王都の南方1km程の位置に魔人族と魔物、それにディセプティコンの大軍じゃ。あの時の何とかクリームとかいう奴もおるぞ。結界を破壊したのは彼奴じゃ』

「まさか本当に敵軍が…。そんな、一体どうやってこんなところまで…」

 

 ティオの報告に、リリアーナが表情を険しくしながらも疑問に眉をしかめるが、マキシマル一行には想像がついていた。グリューエン大火山にて、少なくともサイクロナスと、フル○ン・バカボンとかいう魔人族は空間魔法を手に入れていた。一緒にいたスタースクリームやニトロゼウスも、恐らく習得しているだろう。

 軍そのものを移動させる程のゲートを開くなど、ユエでも至難の業ではあるが、そもそもディセプティコンにはスペースブリッジがあるので問題ではない。現に大陸の南北を飛び越えて、一切人目につかずに王都の目と鼻の先にいるのだ。

 そうこうしているうちに、再びガラスが砕けるような音が響き渡った。第二障壁も破られたのだ。焦燥感を滲ませた表情でリリアーナが光輝達との合流を促すが、スコーンは鼻で笑いながらそれを断った。

 

「その餓鬼どもに会いたきゃお前一人で行け」

「なっ、ここで?一体何を…」

 

 一刻も早く光輝達と合流し態勢を整える必要があるのに何を言い出すのかとリリアーナは訝しそうに眉をしかめた。だが、スコーンは知ったことかと言わんばかりに窓を開けると、殺気立った瞳に加えて不適な笑みを浮かべながら、理由を述べる。

 

「ムシャクシャしてたところだ。こんなクソみたいな国どうでもいいが、コンズどもをぶちのめせば良いストレス発散になる」

「俺スラッグ、それなら俺もついてく!」

 

 スコーンとしては、さっさとハイリヒ王国を滅ぼして、早くリリアーナを殺してやりたかっただけに、今までの状況は非常にストレスが溜まっていたようだ。スラッグも嬉々として賛同し、自分も加勢すると言い出す始末だ。

 

「シアちゃん達も来るかい?もしかすりゃあ、サイクロナスとかも来てるかもしれんぞ?」

「なら私も行きます。彼奴がいたら、泣いて謝ってもボコり続けて、スクラップにしてやります」

 

 サイクロナスもいる可能性がある。それを聞いたシアは無表情になると、スコーンより過激な事を言い出した。普段から明るく笑顔の絶えないシアだけに、無表情での暴行宣言は非常に迫力があった。グリューエン大火山でサイクロナス達が行った不意打ちや、亮牙をマグマに沈められた件は、相当腹に据え兼ねていたらしい。

 終いには、ハジメやユエまでも参戦すると言い出す始末で、最早どうでもいい物扱いされているリリアーナは涙目でオロオロしている。優香が慌てて説得した事で、何とかハジメだけは残って同行してくれる事になった。

 

「そういうわけで、私達は、ちょっと調子に乗っているディセプティコンどもを破壊してくるので、ここで失礼します」

「…ん、あと邪魔するならペットの魔人族どもも」

「スラッグ、どっちが多く敵を倒せるか勝負するか?無論、この腐った国の愚民どもも敵に含めてな」

「俺スラッグ、乗った!久々にぶっ壊しレースをしよう!」

 

 そう言うや否や、ユエとシア、スラッグとスコーンの四人は、窓ごと壁を殴り壊すと王都へ向かって飛び出して行ってしまった。いくらスタースクリームが不死身のボディを手にしたとは言え、此処に彼の仲間がいたら「逃げてぇ、スタスク!超逃げてぇ!」と叫んでいたに違いない。

 壁に開けられた大穴から、夜風と喧騒が入り込んでくる。しばらく、互いに無言のまま佇む優香とリリアーナだったが、ハジメから「さっさとしないと僕も向こうに加勢するよ?」と言い出した事で、慌てて進み始めた。

 あっさり後回しにされた挙句、ハイリヒ王国に待ち受ける末路に、リリアーナは「何故私ばかりがこんな目に…」と泣きながら呟く。それを聞いたハジメは「自業自得だろ」と辛辣に心の中で呟くが、空気を読んで口には出さず、優香達と連れ立って雫達のもとへ急ぐのであった。

 

 

 

 

 




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月光の狩人

仕事がまた忙しくなり、また執筆が遅れてしまい申し訳ありません。

トランスフォーマー関連では、遂にDJDのターンが今年度末に玩具化!ボルカニカスも新しいタイプの合体形態で発売の噂も!



 突然の結界の消失と早くも伝わった敵襲に、王都は大混乱に陥っていた。

 家から飛び出しては、初めて目にする飛行物体と砕け散った大結界の残滓を呆然と眺める人々に、警邏隊の者達が「家から出るな!」と怒声を上げながら駆け回っている。決断の早い人間は、既に最小限の荷物だけ持って王都からの脱出を試みており、また王宮内に避難しようとかなりの数の住人達が門前に集まって中に入れろ!と叫んでいた。

 夜も遅い時間であることから、まだこの程度の騒ぎで済んでいるが、もうしばらくすれば暴徒と化す人々が出てもおかしくないだろう。王宮側もしばらくは都内の混乱には対処できないはずなので尚更だ。なにせ今、一番混乱しているのは王宮なのだ。全くもって青天の霹靂とはこの事で、目が覚めたら喉元に剣を突きつけられたような状態だ。無理もないだろう。

 急いで軍備を整えているようだが、手遅れだった。

 

チュドォォォォッ!!!

ドカァァァァァン!!!

 

 スタースクリームのミサイルが、遂に最後の結界を破壊し、大地を鳴動させながら魔人族とディセプティコンの連合軍が大挙して押し寄せた。残る守りは、王都を囲む石の外壁だけ。最新鋭の銃火器で武装したディセプティコンの軍勢を前にしては、余りにも貧弱過ぎる。

 先陣を切るのは、ディセプティコンのプロトフォーム兵達だ。特にビークルモードの形質を持たないトランスフォーマー達だが、ミサイルやブラスターを連射して、砂の山でも崩すかのように外壁を破壊していく。更に上空には、無数の飛行艇・オービタルアサルトキャリアーが、かつてホルアドに甚大な被害を齎したジェットストームの大群と共に飛び交い、外壁を無視して王都内へと侵入を果たした。

 外壁上部や中程に詰めていた王国の兵士達が必死に応戦しているが、全く想定していなかった大軍相手では、その迎撃も酷く頼りない。突進してくる鋼鉄列車にエアガンで反撃しているようなものだ。

 そんな様子を、城下町にある大きな時計塔の天辺からどうしたものかと眺めていたティオの傍に、王宮から飛び出してきた四人が降り立った。

 

「俺スラッグ、コンズどもは誰が来てる?」

「ティオさん、あのサイクロナスとかいうゴミ野郎は何処ですか?」

「お主等…。いや、まぁ、気持ちはわかるがの?必死に説得しておったリリアーナ姫が少々不憫じゃ…。あっさり放り出して来おって」

「知るか。こんなクソみたいな国に尽くす義理も、あんな小娘なんぞに顎で使われる筋合いもない」

「ん、同感」

 

 ティオが呆れたような表情をするが、四人とも全く気にしていないようだった。元々、興味のない相手には実にドライだが、ミュウの件もあり、リリアーナ達王都の連中への心象はゼロを通り越してマイナスへと振り切っていた。

 リベンジに燃えるスラッグとシアが目を皿のようにしてサイクロナスを探していると、亮牙からの通信が入った。

 

『おう、俺だ。ティオはいるか?』

『ぬおっ!ご主人様?どうしたのじゃ?』

『先生の救出には成功したが、ちょっと面倒な事になってな。暇ならテメェもこっちに来い』

『うむ、相分かった!直ぐに向かうのじゃ!』

 

 亮牙が面倒と口にするとは、何か厄介な相手と相対しているのだと直ぐに悟ったティオは、一瞬で竜化すると咆哮一発、標高8,000mの本山目指して一気にその場を飛び立った。

 

『亮牙さん!あのサイクロナスとかいう屑鉄は私達がぶっ壊してやりますから安心して下さい!』

『なに?サイクロナスの野郎も来てるのか…っうおっと!中々やるじゃねえか!取り敢えず気をつけてな。通信終わり』

 

 シアの言葉に、サイクロナスも来ているのかと疑問を抱いた亮牙だったが、戦闘が激しくなったのか直ぐに通信を切ってしまった。シア達女性陣は、愛子を庇いながらとはいえ、あの亮牙に「中々やるな」と言わせる程の相手が居るという事に、一瞬、自分達も救援に駆けつけるべきかと考えた。だが、彼女達より付き合いの長いスラッグとスコーンは全く心配していなかった。

 

「俺スラッグ、グリムロックなら大丈夫だ。それにストレイフと、ついでにティオもいるから問題ない」

「同感だな。それより俺達は、コンズ共をぶちのめすのに集中すべきだ。海底遺跡の時みたく、また厄介な生物兵器でも導入してくるだろうしな…」

 

 そう、シア達が戦場に出てきたのは、グリューエン大火山での報復というのもあるが、同じ神代魔法の使い手達を野放しにしたくなかったからという理由もあったのだ。

 連中が神山の大迷宮の詳しい場所を知っていた場合、先を越されるとグリューエン大火山の時のように、また魔法陣を破壊されかねない。大迷宮は気が付けば魔物も構造も元通りになっている場合が多いので、グリューエン大火山も時間経過で元に戻る可能性はあるが、どれくらい掛かるかは分からない。その為、それだけは何としても避けたいマキシマル達としては、こっちから連中を襲撃してやろうと考えたのだ。

 もっとも、シアの中の比率はサイクロナスへの報復が99%だったが…。

 と、その時、時計塔の天辺にいる一行に気がついたのか、体長3〜4m程の黒い鷲のような魔物が二体、左右から挟撃するように彼らを狙って急降下してきた。

 クェエエエエエ!と雄叫びを上げて迫ってきた黒鷲に、シアは見もせず射撃モードのドリュッケンを宝物庫から取り出し、躊躇いなく炸裂スラッグ弾を撃ち放った。ユエもまた、見もせず右手をフィンガースナップするだけで無数の風刃を上方から豪雨のごとく降らせる。

 今まさに二人の少女を喰らおうとしていた二体の黒鷲は、頭部を衝撃波によって爆砕され、また、ギロチン処刑でもされたかのように体の各所を切り落とされてバラバラになり、無残な姿となって民家の屋根に落ちていった。今頃、家の中のいる人達は屋根に何かが落ちてきた音にビクッとなって戦々恐々としていることだろう。

 黒鷲が無残に絶命させられたことでシア達の存在に気がついた飛行型の魔物達が四人の周囲を旋回し始めた。よく見れば、その三分の一には魔人族が乗っており、黒鷲を落とされたことで警戒して上空を旋回しながら様子を見ていた。だが、その相手が兎人族と小柄な少女、初老の海人族に人間の青年と分かる馬鹿にするように鼻を鳴らし、魔法の詠唱を始めた。

 マキシマルとしては、王都を守るために身命を賭して大軍とやり合うつもりなど毛頭なく、ただディセプティコン幹部達だけが目的だったので、行きたければ勝手に行けという気持ちだったのだが、舐めた態度を取られたとあっては黙ってるわけにはいかない。

 まずスコーンが直ぐにビーストモードへと変身した。それを見て、取るに足らない相手だと侮っていた魔人族達は、馬鹿にするような笑みから一転、顔から血の気が引いた。

 

放射棘槍(ラッシュスパイン)!!!」

 

ズバババババッ!!!

 

 次の瞬間、スコーンは既に発光させていた背中から大量の棘を射出し、上空の魔人族と魔物達目掛けて嵐の如く襲い掛かった。魔人族も魔物達も、断末魔の悲鳴をあげる暇もなく、電柱並みに太い棘に貫かれて、原型も留めず木っ端微塵となっていく。その棘は容赦なく町中に降り注ぎ、先行していたディセプティコン達を民家ごと貫き破壊する。

 その攻撃を逃げ延びたジェットストームが一頭、ユエとシアに襲い掛かった。しかし、その姿は全くの予想外。なぜなら二人とも追撃態勢に入っているどころか、襲いくる生物兵器を見てすらいなかったのだ。最初と同じく、ただ外壁の外を何かを探すように眺めているだけ。その背中は「眼中にもない」と言う事を、何よりも雄弁に物語っていた。

 ジェットストームはそんな態度など気にした様子もなく、本能のまま巨大な口を開けて襲い掛かった。あと一人が、その場にいない事に一切気付かずに…。

 

雷蹄(ライテイ)威腕(イワン)!!!」

 

ドゴォォォォッ!!!

 

「チャクバライッ!!?」

 

 次の瞬間、空高く飛び上がっていたスラッグが、急降下しながらロボットモードに戻ると、電撃を纏わせた文字通りの鉄拳を振り下ろした。まるでゼウスの雷霆の如く、その鉄拳はジェットストームの背中に振り下ろされ、一撃で背骨を粉砕すると共に丸焦げにした。

 そのままドシィン!と地上に降り立ったスラッグはビーストモードに変形し、スコーンの隣に並び立つと、2体は天を衝く雄叫びを上げた。

 

「「ガオオオオオッ!!!」」

 

「「「「「ギャアアアアッ!!?」」」」」

 

「うわぁっ⁉︎おいどうした⁉︎」

「こら待て!逃げるな!おい!」

「言うことを聞…ギャアアアッ!!?」

「よ、よせ!何す…ぐわぁ…!!?」

 

 まるで雷鳴の如く凄まじい雄叫びに、攻撃を逃れた魔人族配下の魔物達の表情は、一瞬で恐怖のあまり青褪めた。目の前に立ち塞がる4体の敵、特に2体の金属の巨獣達が、自分達とは比べ物にならないレベルの強者である事を、動物的第六感で感じ取ったのである。

 彼らが選んだ選択は単純明快、()()だった。自分達を使役する魔人族達の命令よりも、「死にたくない」という生存本能に従ったのだ。どの個体も種類に関係なく、マキシマル達に背を向けると、王都から一目散に遠ざかってゆく。

 今度は魔人族達がパニックに陥った。一瞬で同胞や同盟軍達が大打撃を受けたと思ったら、配下の魔物達が制御不能になり、一斉に逃走し始めたのだ。必死に落ち着かせようとするが、逆に魔物達に噛み殺される始末だその様子はまるで「よくも俺達をあんな化け物なんかと戦わせようとしたな!」と怒り狂っているようだった。

 魔人族どもは仲間割れに近い形で自滅していくが、ディセプティコン達はそう甘くはなかった。第二陣と言わんばかりに新たなオービタルアサルトキャリアーやジェットストーム達が飛来し、クイックストライクの大群も大地を揺らしながら駆けてくる。

 

「完全に、王国側の戦力と思われたんじゃないですか?」

「これだけ建物ぶっ壊したのに仲間だと思ってんなら、奴等の目ん玉は相当節穴だな」

「…関係ない。思いたければそう思ってればいい」

「俺スラッグ、戦えればそれでいい」

 

 四人は軽口を叩き合いながらも、サイクロナスをはじめとする敵幹部を探した。だが、連中は中々見つからないので、よもや、既に大迷宮の場所を把握していて空間転移したのでは、と内心不安になり始めたその時だった。

 

「ッ⁉︎皆さん!」

「んっ!」

「おっ!」

「任せろ!」

 

 シアが警告を発すると同時に、ユエは躊躇うことなく時計塔から飛び退いた。直後、何もない空間に楕円形の膜が出来たかと思うと、そこから大量のミサイルが放たれ、ユエ達が直前までいた時計塔に襲い掛かった。すぐさまスコーンが口から大量の水を吐き出して、巨大な水の盾を作り攻撃を防いだが、一部は彼らとは別方向へと飛んでいくと、建物を根こそぎ吹き飛ばしていく。

 

「クソが!虫ケラの分際で、予知能力なんて反則だろ…!」

 

 苛立たしそうな男の声が響くと同時に、楕円形の膜から身長9m程の逆三角形のロボットが現れた。スタースクリームだ。唾を撒き散らしながら浮かべる表情には、渾身の不意打ちが簡単に回避されたことに対する苛立ちが見て取れる。

 そんな彼に対して、マキシマル一行はつまらなそうに鼻を鳴らすと、代表してシアがドリュッケンを突き付けながら啖呵を切った。

 

「オメーみたいな愚か者なんてお呼びじゃないんですぅ!今すぐサイクロナスのゴミ野郎を呼んでこいですぅ!」

 生前は破壊大帝メガトロンの副官で、メガトロナス・プライムの補佐も務めた程の実力者であるスタースクリームに対して、並のオートボット戦士顔負けの挑発をするシア。亮牙と出会ってから、彼女も随分と逞しくなったものだ。隣では仲間達が笑いを堪えている。

 一方のスタースクリームは、元来プライドの高い性格な上、多くのディセプティコンと同じく有機生命体を見下していた事から、シアの挑発に怒り心頭だった。通信を部下達に送ると、飛行艇が数百単位で集まり、シア達四人を包囲した。

 同時に、何とかスコーンの攻撃から逃れ、逃げ出した魔物達を呼び戻すのを諦めた少数の魔人族が、クイックストライクやジェットストームに乗って王都への侵入を果たすと。マキシマル一行へ猛然と駆け寄ってきた。どうやら、ここで彼らを完全に仕留めるつもりらしい。

 

「下等な有機生命体と旧式ロボットどもの分際で、このスタースクリーム様を馬鹿にしやがったな!その巫山戯た口からたっぷり悲鳴と呻き声を聞かせてもらうぞ!」

 

 片手から回転式の丸鋸を展開しながら、憎しみすら宿っていそうな暴言を唾とともに吐き散らすスタースクリーム。だが、ユエもシアも、スラッグもスコーンも、一切気にした様子もなく、不敵に笑みを浮かべながら言い返す。

 

「「「「お前達が聞くのは、俺/私達がお前達をぶっ潰す音だけだ(ですぅ)!!!」」」」

 

 その言葉が合図になったかのように、マキシマル一行とディセプティコンの決戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 常人が喰らえば一瞬で骨まで焼き尽くされるブラスターの一斉照射に、大量のミサイルが雨のように降り注がれる。四方上下全てにディセプティコンがおり。視界は攻撃の嵐で埋め尽くされている。

 しかし、ユエもシアも、スラッグもスコーンも、逃げ場のない死に囲まれながら焦りは一切なく、まして回避する素振りも見せずに佇んでいた。彼らが諦めたと見做したのか、飛行艇に乗ったディセプティコンの兵士達は、勝利を確信して歪んだ笑みを浮かべる中、参謀たるスタースクリームは警戒を怠らなかった。

 

「界穿!」

 

 ユエが不敵な笑みとともに神代魔法のトリガーを引く。直後、二つの光り輝くゲートが飛来するミサイルとレーザーの前に重なるようにして出現し、マキシマルの四人は眼前のゲートに飛び込んだ。

 最初は怪訝に思ったスタースクリームだが、直ぐにハッとなり振り向くと、自分達の背後にゲートが開いていた。

 

「なっ⁉︎畜生!」

 

 ユエ達がゲートの向こう側に消え、大量のミサイルがゲートを通る瞬間、漸く罠にかかった事に気づいたスタースクリームは、自慢のスピードで回避が間に合ったものの、彼の部下の多くはそういかなかった。背後から自分達の放った一斉射撃の直撃を受け、大半が乗っていた飛行艇ごと爆散した。

 

「クソッ、まさか同時発動できるとはな…」

 

 まんまと敵に出し抜かれたという屈辱に震えながらも、同時にゲートの二対同時発動という至難の業を実戦で成功させたユエに、スタースクリームは警戒を露わにすると、敵が何処に逃げたのか探す。

 

「スタースクリーム殿!あそこにっ!」

 

 その時、部下の一人、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から通信が入り、スタースクリームは外壁の向こうを見やる。そこには、確かにユエとシア、スラッグとスコーンがいた。

 マキシマル一行としては、最早ハイリヒ王国は敵なので容赦するつもりはなかったが、好き好んで虐殺をする程歪んではなかったし、何より真下に民家が多過ぎて巨体のスラッグやスコーンには戦いづらかった。スタースクリーム自身が対決を望むなら、そのまま王都侵攻に踵を返すとも思えなかったので、外壁の外へ空間転移したのである。もちろん、万一、此方を無視してディセプティコン達が王都侵攻を続行すれば、その背中に向けて死神の鎌を振り下ろすだけだ。

 スタースクリーム達もそれがわかっているので、ユエ達に背を向けることはない。そして、遠目にユエが右手をこちらに伸ばし手の甲を向けると指をクイクイと曲げる仕草をした時点で、ディセプティコン達の怒りは軽く沸点を超えた。

 明らかな挑発だが、旧式のオートボットと、トランスフォーマーにとって下等生物に過ぎない有機生命体の餓鬼どもにしてやられ、戦力に大損害を被った上で「相手をしてあげる」という上から目線。自分達を宇宙一の高等種族と誇ってはばからない、ディセプティコン達にとっては最低最悪の侮辱だった。

 

「舐めんじゃねえ!ディセプティコン、あの屑どもを完膚なきまでに叩きのめせ!」

 

 スタースクリームの罵声にも似た号令と共に、ディセプティコン達は一斉に襲いかかった。タイムラグのない致死性の魔法を連発するユエを警戒して、再びジェットストームの軍団を先行させる。地上からも、クイックストライクの大群がユエ達を標的に定め猛然と襲いかかってきた。

 スラッグとスコーンは、大量に湧いてくる生物兵器の軍団に、さながらご馳走が来たと言わんばかりに迎え撃った。得意の水撃や雷撃よりも、純粋な肉弾戦で、ジェットストームやクイックストライク達を叩きのめしていく。

 シアも宝物庫のおかげで、実質無制限と言ってもいいくらい大量に保管している炸裂スラッグ弾を惜しむことなく連発する。空で、あるいは地上で、シアの魔力が青白いムーンストーン色の波紋となって広がり、次の瞬間には衝撃波に変換され、ディセプティコンの飛行艇を破壊してゆく。

 と、そこへ、スタースクリームが発射した大量のミサイルが殺到する。直撃すれば身体強化中のシアといえどもただでは済まない破壊の嵐。しかし、シアが慌てることはない。

 

「絶禍」

 

 シアの眼下にユエの放った黒く渦巻く球体が出現する。超重力を内包する漆黒の球体は、さながらブラックホールのように彼女に迫っていたミサイルの軌道を下方に捻じ曲げてその内へと呑み込んでいった。

 

「ブラックホール…!メガトロン様がいたら欲しがったろうな…。おい、あのガキは俺が仕留める!他の連中はお前らに任すぞ!ちょうど追加の援軍も来たみたいだしな!」

「「「「「了解!」」」」」」

 

 どうやらまずは前衛を務めるシアと後衛のユエを引き離して、各個撃破するつもりらしい。そうはさせじと、シアがユエの近くに退避しようとした時、背中に誰かを乗せたジェットストームが一頭、砲弾の如く突撃してきた。

 空中にいたシアは、咄嗟にドリュッケンを振るって弾き飛ばそうとしたが、絶妙なタイミングで何台かの飛行艇も特攻を図ったため、そちらの対応に追われることになった。ドリュッケンの激発の反動を使用してその場で一回転し、襲い来た全ての敵をを放射状に吹き飛ばす。

 急いで、正面から突撃してきたジェットストーム達と相対し直すものの、流石にカウンターを放つ暇はなく、また回避も間に合いそうになかったので、ドリュッケンを盾代わりにかざして防御体勢をとった。ドリュッケンのギミックが作動し、カシュンカシュンと音を立てて打撃面からラウンドシールドが展開される。

 

「貴様等だけはぁ!必ず殺すっ!」

 

 ジェットストームの背中の上でそんな雄叫びを上げるのは、まるでミノタウロスのように一対の角を生やした、牛のような頭部を持つ醜悪な金属生命体だった。どうやらディセプティコンのようだが、ただ仲間を殺された怒りだけとは思えない壮絶な憎悪を宿した眼でシアを射貫きながら、彼女の構えたドリュッケンに衝突した。

 押されるままにユエ達から引き離されそうになったシアは、体重を一気に増加させて離脱を試みるが、それを実行する前に、背後で空間転移のゲートが展開されてしまった。チラリと視線を向けてみれば、ユエ達の方も特攻を受けているところだった。

 

『皆さん!すみません!離されます!』

『ん、問題ない。こいつは私が殺っておく』

『シアちゃんなら大丈夫だろうが、気をつけろよ!』

『俺スラッグ、援軍どもをぶちのめす!』

 

 ゲートに押し込まれる寸前、仲間達が「グッドラック!」とでも言うようにサムズアップしている姿を見て、シアは小さく笑みを浮かべた。その笑みを見て眼前の大黒鷲に乗った魔人族が再び憤怒に顔を歪めるが、シアは特に気にすることもなく、そのままそのディセプティコンと共にゲートに呑み込まれてユエから引き離された。

 

「そのヘラヘラと笑った顔、虫酸が走る!四肢を引きちぎって、貴様の飼い主の前に引きずって行ってやろう!」

 

 ゲートを抜けた先で、相対するディセプティコンの第一声がそれだった。どうも他の連中違って、個人的な恨みあるようだと察したシアは、訝しそうに眉をしかめて尋ねてみる。

 

「…どちら様ですか?敵対してるとは言え、初対面の相手にそんな眼を向けられる覚えがないんですが?」

「赤髪の魔人族の女を覚えているだろう?」

 

 シアは、なぜそこで女の話が出てくるのか分からず首を捻る。しかし目の前のディセプティコンは、それを覚えていないという意味でとったのか、ギリッと歯を食いしばり、怨嗟の篭った声音で追加の情報を告げた。

 

「貴様等が、オルクス大迷宮で殺した女だぁ!」

「……………………ああ!あの人!」

「きざまぁ~!」

 

 明らかに今の今まで忘れてましたという様子のシアに、既に怒りのせいで呂律すら怪しくなっているディセプティコンは、ブラスターを展開して発砲した。しかし、射撃の腕前はお粗末なもので、シアは何でもないようにひょいひょいと避ける。

 

「ちょっと、貴方と彼女が何なんですか?さっきから訳わからないです」

「我が名はミハイル!カトレアの婚約者だ!」

「!ああ、なるほど……って、ディセプティコンと婚約してたんですか!!?」

 

 漸く得心したシアだったが、あまりにも衝撃的な事実に仰天する。

 どうやら目の前のディセプティコンは、オルクス大迷宮でハジメに殺された魔人族の女・カトレアが最後に愛を囁いた相手らしい。誰に聞いたのかは知らないが、自分の婚約者がマキシマルに殺された事を知り、復讐に燃えているようだ。

 しかし、てっきり同じ魔人族だと思っていたので、まさかディセプティコンと交際していたのかと驚きを隠せないシアだったが、ミハイルはそれを否定する。

 

「俺は魔人族だ!ショックウェーブ殿に懇願し、神代魔法で肉体を改造して貰ったのだ!優しく聡明で、いつも国を思っていたカトレアを殺した貴様達に復讐するためにな!」

 

 如何やら、ミハイルは元々魔人族だったようだが、マキシマルへの復讐心から、自ら志願して肉体をショックウェーブに改造させたらしい。醜悪な顔を更に歪ませながら恨みを吐くが、当のシアは普段の明るさが嘘のような冷たい表情となって、実にあっさりした言葉で返した。

 

「知りませんよ、そんな事」

「な、なんだと!」

「いや、戦士なら死と隣り合わせなのは当然でしょう?そもそもあの人だって虐殺に加担してましたら自業自得ですし…。確かに愛しい人を殺されれば、恨みを抱くのは当たり前ですけど、殺した相手がどんな人だったか教えられても……興味ないですし……あなたなら聞きますか?今まで自分が殺してきた相手の人生とか……ないでしょう?」

「う、うるさい、うるさい、うるさい!カトレアの仇だ!苦痛に狂うまでいたぶってから殺してやる!」

「まあ!その見た目にふさわしく随分醜い言い分ですね!亮牙さんは戦士として一撃であの人にトドメを刺して、首は取ったとは言え亡骸は辱められないよう荼毘に伏してあげたというのに!」

「黙れぇ〜!」

 

 ミハイルは、癇癪を起こしたように喚きたてると、ジェットストームを高速で飛行させながら、再び銃を乱射しながらシアに突っ込んで来た。

 シアは呆れたように鼻を鳴らすと、ドリュッケンを大きく振りかぶり、勢いよく振り抜いた。

 

威月(いつき)!!!」

 

 次の瞬間、亮牙の「狩紅羅」にも匹敵する強烈な衝撃波が放たれ、ジェットストームに直撃、一瞬でその巨体を粉砕した。ミハイルは寸前のところで飛び退いて無事だったが、近くに飛んでいた飛行艇に飛び乗ると、操縦するディセプティコン兵を引き摺り落として乗り込んだ。

 敵がそうしているうちに、シアは宝物庫から取り出した円盤に飛び乗ると、空中に躍り出た。目の前には未だ大量のディセプティコンが対峙している。尤も大半の連中は、元魔人族でありながら指揮官面し、あまつ仲間から飛行艇を奪ったミハイルに「何様のつもりだ」と罵声を浴びせていたが。

 

「ふっ、如何に貴様が強かろうと、空は我々の領域だ!貴様に勝ち目などない!」

 

 自分のせいで士気が低下している事を気にした様子もなく、得意げにそう曰うミハイル。魔人族故の傲慢さか、改造の副作用で知性が鈍っているのか定かではないが、その姿はあまりにも滑稽だった。

 シアもそう感じたのか、呆れたように溜息を吐くと上空を見上げる。しかし、彼女が見つめるのはディセプティコン達ではなく、地上の騒乱など関係なしとばかりに夜空を照らす満月だ。

 

「はぁ……()()()は出来ればサイクロナスをぶっ飛ばすのに使いたかったんですけどねぇ……面倒臭いですし、さっさと終わらせますか」

「ふっ!何を戯言を──」

 

 さっさと終わらす。シアのその一言は聞き、ミハイルやディセプティコン達は嘲笑うような顔をするも、次の瞬間全員が驚きのあまり目を見開いた。

 先程からはるか上空の満月を眺めていたシアが、凄まじいオーラを放ちながら、徐々にその姿を大きく変化させていったのだ。

 

「ガオオオオオオオッ!!!」

 

 愛する亮牙に匹敵する、凄まじい雄叫びを上げるシア。あまりの気迫に、上空のミハイル達は硬直して、攻撃すら出来ない。やがて雄叫びが鳴り止むと、彼女の外見はすっかり変貌していた。

 まず目を引くのは、その肌だ。お腹や手足など衣服から露わになっている部分はおろか顔に至るまで、まるで雪兎のように白くて柔らかそうな体毛に覆われ、文字通りの獣人のような姿と化している。頭髪も普段より長く伸び、普段は兎らしく丸っぽい尻尾も、まるで神獣のように長く伸びていた。顔つきも兎っぽさの滲み出たフォルムとなり、普段は蒼い両眼も恋人の瞳の如く赤く輝いている。

 これこそシアが努力と鍛錬の末に、新たに得た力月の狩人(アルテミス)である!満月を見ると共に、己の遺伝子に刻まれた野生の力を解き放ち「変身」する、人狼ならぬ人兎とでも形容すべき能力である。

 先程までとは一転して威圧的な雰囲気と、それでいて妖艶さも放つシアに、ディセプティコン達は硬直したままだ。当の彼女はそれを気にした様子もなく、宝物庫にドリュッケンをしまい、代わりに新たな武器を取り出した。

 それは、一組の籠手だった。但し騎士がつける甲冑の籠手とは異なり、ティラノサウルスの頭部を模した形状となっていた。牙のように刃が並んだ巨大な口の部分の内部には、大砲のような砲口が備わっている。これこそドリュッケンに並ぶシアの新たな武器・トロススである!

 

「さてと、行きますよぉ!!!」

 

ドンッ!!!

 

 そう告げると共に、シアは肉食獣のように、なおかつ妖艶な笑みを浮かべながら、勢いよく大地を蹴り上げて、上空の敵達目掛けて舞い上がった。

 ミハイルとディセプティコン達は漸くハッとなり、攻撃を再開するが遅かった。今のシアは先程までとは比べ物にならない程俊敏に動いており、照準を定める余裕すらなかった。敵が右往左往しているうちに、彼女は一台の飛行艇を標的に定めると、巨大な顎のようになった拳で思い切り殴り飛ばした。

 

ドゴォォォォッ!!!

 

 身長2mにも満たない少女の腕力とは信じられない、何十トンレベルのパンチによって、飛行艇は乗っていたディセプティコンごと叩き潰され、そのままバラバラに砕け散って地上へと墜落していった。

 しかし、シアは止まらない。最初の敵機を撃墜した瞬間には、次の標的に飛び移り、トロススで操縦するディセプティコンを掴んで引き摺り出し、別の飛行艇目掛けて投げ飛ばしては撃墜した。仲間の仇を討とうと別の飛行艇がブラスターを連射するが、彼女は素速くそれを避けると、トロススの内部に装備された砲口から炸裂スラッグ弾を発射し、更に敵を撃墜する。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラですぅ〜!!!」

 

 某スタンド使いみたいな雄叫びをあげながら、王都の夜空を駆け回り鉄拳を振るうシア。月光に照らされながら敵を次々と仕留めていくその勇姿と、ときおりみせる妖艶さはまさに、月と狩人の女神・アルテミスのようであった。

 対するミハイルとディセプティコン達は、完全に劣勢だった。これがスタースクリームが率いていたならシアも苦戦を強いられただろうが、所詮は多種族でしかないミハイルが偉そうに指示を出したところで、誰も従う筈もなかった。自分達だけで勝手に突き進んでいくも、悉くシアに撃墜され、あっと言う間に数を減らしていく。

 

「おのれぇ〜!これでも食らえ〜!」

 

 最早自棄糞になったのか、ミハイルは懐からサッカーボール代の球を取り出すと、ブラスターに装填してシア目掛けて狙撃した。ちょうどシアはミハイル以外では最後の飛行艇を撃墜したところだったが、ミハイルの狙撃に気付き、トロススに内蔵されたブラスターで相殺しようとする。

 しかし、これこそが敵の狙いだった。ミハイルはニヤリと嗤うと、何処から取り出したスイッチを押す。すると、発射された球から、大量の石の針が飛び出してきた。そう、この球の正体は、ディセプティコンの技術で製作された、一種のクラスター爆弾だった。

 咄嗟に危険を察知したシアは、両腕を前に交差させ、頑強なトロススを盾がわりにして頭部や腹部などを守った。しかし、内包された石の針が多過ぎて完全には防げず、いくつかは肩や腕に突き刺ってしまった。

 

「フハハハハ、引っ掛かったな!それはコートリスの石針だ!これで終わりだ!」

 

 石の針自体はそれほど大きなダメージではないのに、石針を喰らったのを見て一様に勝利を確信したように笑い出すミハイルに、シアは怪訝そうな表情をする。

 その疑問の答えは直ぐに出た。針の刺さった部分から徐々に石化が始まったのだ。この石針の正体は、魔人族が好んで使役する魔物・コートリスの固有魔法である毒針だったのだ。普通は、状態異常を解くために特定の薬を使うか、光系の回復魔法で浄化をしなければならない。今、この戦場にはシア一人なので、これで終わりだとミハイルは思ったのだろう。仮に薬の類を持っていても服用させる隙など与えず攻撃し続ければ、そうかからずに石化出来るからだ。

 しかし勝利を確信した表情は次の瞬間、唖然としたものに変わり、そして最終的に絶望へと変わった。

 

「むむっ、不覚です。けど、この程度じゃ私は倒せませんよ!」

 

 何故なら、シアがそう言って刺さった針を抜き捨てると、広がろうとしていた石化がピタリと止まり、次いで、潮が引くように石化した部分が元の白い毛に覆われた肌に戻っていった。そして、最終的には、針が刺さった傷口も塞がり、何事もなかったかのような無傷の状態に戻ってしまった。

 

「な、なんで!!?どうなってるんだ!!?」

 

 回復魔法が使われた気配も、薬を使った素振りも見せず、ただ少しの集中により体の傷どころか石化すら治癒してしまったシアに、ミハイルは一転して恐怖を浮かべ始めた。それは理解できない未知への恐怖だ。声も狼狽して震えている。

 シアの傷が治ったのは、どうということもない。ただ再生魔法を使っただけである。適性はハジメに次いで高くないが、亮牙の派生能力により、自分の体の傷や状態異常を癒したり、亮牙にだけの専用治癒魔法「癒乳」などが出来るようになった。

 更にはユエの「自動再生」程ではないにしろ、自動で発動する事も可能になり、多少の傷や単純な骨折、進行の遅い状態異常なら容易く癒すことが出来るようになったのだ。時間をかければある程度の重症でも大丈夫だ。

 ミハイルが絶望するのも仕方ないことだろう。亜人とは思えないくらい圧倒的な破壊力に変身能力、回復機能まであるのだから、攻略方法が思いつかない。次第にシアを「歩く絶望」として見るようになった。かつて亮牙と敵対した連中が、彼に対してそう感じたのと同じように。

 

「それじゃあ、終わらせますよ!」

「ッ!!?うわぁぁっ!く、来るなぁ!」

 

 狼狽えて硬直するミハイル目掛けて、シアは不敵な笑みを飛び上がってくる。その姿に、復讐心よりも恐怖を刺激されたミハイルは、先程までとは一転、怯え切った表情で銃を乱射する。飛行艇だけではなく改造した自身の肉体からも武装を展開して、如何に超人化しているとはいえシアの動きが止まった隙に仕留めるつもりだ。ミサイルも弾丸もレーザーも、あまりに高速かつ大量なので、認識して避けるなど不可能だ。

 しかし、直後、ミハイルは信じられない光景を見ることになった。なんと、シアが降り注ぐ射撃の嵐避けているのだ。いや、正確には最初から当たらない場所がわかっているかのように、直撃する前に移動しているのである。

 ミハイルの誤算。それは、シアには認識できなくても避ける術があったことだ。それこそが、彼女の固有魔法「未来視」の新たな派生技で、最大2秒先の未来を任意で見る事ができる「天啓視」だ。「仮定未来」の劣化版のような能力だが、それより魔力を消費しないので、何度か連発できる使い勝手のいい能力だ。日々、亮牙のパートナーとして相応しい女になろうと、鍛錬を続けてきたシアの努力の賜物である。

 

「何なんだ、何なんだ貴様は!」

「マキシマル指揮官夫人、シア・ハウリアです!!!冥土の土産に覚えておきなさい!!!」

 

 狼狽するミハイルにそう返したシアは、全ての銃撃を避けると、右腕で飛行艇の操縦席な窓を破壊した。そして噛み付くかのように左腕のトロススでミハイルの胸ぐらを掴み、その怪力で5m以上の巨体となっていたミハイルを飛行艇から引き摺り出した。

 

「ぬぐぉお!離せぇ!」

「放しますよぉ、お望み通りぃ!」

 

 苦しそうに呻くミハイルを、シアは勢いよく地面に向かって投げ落とした。しかしそれだけでは終わらない。彼女はトロススに魔力を込めて、エネルギーを高めると、墜落しつつあった飛行艇から飛び退いた。

 そして、シアは大きく右腕を振りかぶると、声にならない悲鳴を上げながら落下していくミハイルの土手っ腹を殴り飛ばした。

 

王打兎満(ワンダーウーマン)!!!」

 

ドゴォォォォォォッ!!!

 

「ゴバァァァァァッ!!?」

 

 重力魔法と身体強化によって更に高められていたシアの鉄拳は、肉体を金属化して頑強になっていたミハイルの腹を粉砕し、同じく機械化していた内臓すらも容赦なく粉砕した。そのまま地面に勢いよく墜落すると、衝撃で墜落地点は、まるで隕石が墜落したクレーターのように地面に亀裂が入った。当然、大ダメージを受けていたミハイルの身体がそれ程の破壊力に耐えられる筈もなく、口から油圧オイルのような血を吐き散らし、上下真っ二つに両断されてしまった。

 シアは叩き下ろした拳を上げると、処刑人の如くツカツカとミハイルに歩み寄る。最早虫の息となったミハイルは、朦朧とする意識を何とかつなぎ止めながら、虚ろな瞳をシアに向けた。その口元には、数で圧倒的に勝っていたのに全滅させられ、仇を討てなかった自分の不甲斐なさからか、ミハイル自身にも分からない自嘲気味の笑みが浮かんでいた。ここまで完膚なきまでに叩きのめされれば、もう、笑うしかないという心境なのかもしれない。

 自分を見下ろすシアに、ミハイルは己の最後を悟り、内心で愛しい婚約者に詫びを入れる。それは仇を討てなかった事だけでなく、共に戦線から離脱してでも彼女の未来を守ってやれなかった、己の不甲斐なさも含まれていた。

 

「……ごほっ、このっ…げほっ……化け物めっ!」

「ふふ、有難うございます!」

 

 掠れた声で吐き捨てたミハイル最後の口撃は、むしろシアを喜ばせただけだった。直後振り下ろされた、竜の顎門を模した籠手を見た後、ミハイルの頭は粉々に叩き潰された。

 止めを刺したシアは、ミハイルの最後の言葉に頬を緩める。

 

「どうやら、ようやく私も、化け物と呼ばれる程度には強くなれたようですね…。ふふ、少しは亮牙さんに相応しい女になれたみたいです。さて、皆さんの方は……」

 

 シアは、かなり離された仲間達のいる方を仰ぎ見ると、もしかしたら居るかもしれない仇敵を仕留めんと、仲間達に合流すべく一気に駆け出した。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・オービタルアサルトキャリアー
 『ダークサイド・ムーン』から登場する、ディセプティコンの飛行艇の正式名称。ちなみに玩具化もされていたりする。

・スパイダーボット
 ムカデに似た姿の小型ディセプティコン。腕時計に変形して人間の神経系に喰らい付き、実質的な監視下に置く。『ダークサイド・ムーン』でも悪役ディラン・グルードがサムに忍ばせた。
 本作では腕時計だとトータスの世界観に合わないので、チョーカーに変形する設定にした。

・爆撃獣ミハイルダウロス
 魔人族のミハイルが、ホルアドの戦いで戦死したカトレアの仇を討つべく、ショックウェーブに懇願して肉体を改造した姿。
 生成魔法を獲得したショックウェーブによって、肉体は完全にサイボーグ化されており、頭部はミノタウロスのようになっている。一方でその副作用の影響か、憎悪が原作以上に増しており、思考も正常ではなくなっていたので、魔法は一切使えなくなった。
 当然元が有機生命体なので、ディセプティコン達からの仲間意識はなく、スタースクリームからも捨て駒扱いされていた。
 モデルは『超神マスターフォース』に登場したデストロンのプリテンダーの一人・爆薬攻撃参謀ダウロスから。当初は英名であるスカルグリンにする予定であった。

・雷蹄・威碗
 電撃を纏った拳で落雷の如く殴り飛ばす、スラッグのオリジナル技。
 元ネタは『ONE PIECE』のビッグマムの技「雷霆」と、ロシア史上最大の暴君と謳われたイワン雷帝から。

・威月
 本作オリジナルのシアの技。
 元ネタは勿論ビッグマムの「威国」。

・月の狩人
 本作オリジナルとなるシアの能力。満月を見る事で、文字通りの獣人へと変貌し、身体能力を極限まで高める強化形態。
 元ネタは『ONE PIECE』の「月の獅子」から。普段は可愛い兎キャラのキャロットが、この状態になると美人キャラになったのがお気に入りだったので、同じ兎キャラのシアの能力として採用した。名前は無論、『ビーストウォーズⅡ』のアルテミスの由来にもなっている、月の女神アルテミスから。
 ちなみにこの能力を獲得できた理由は、主人公との情事を繰り返しているうちに、彼の遺伝子を取り込んだ事が影響している。シア当人は最初驚愕したが、身体に異常はなかったし、亮牙もその美貌の虜になったので、結構気に入っている。

・トロスス
 本作オリジナルの武器。意味はギリシャ語で「逞しい」や「屈強」など。ティラノサウルスの籠手を模したガントレットで、ドリュッケン同様に重力魔法によって破壊力が強化されている。
 モデルは『ゴッド・オブ・ウォーⅢ』の武器・ネメアのカエストス。名前の由来はティラノサウルスの仲間であるダスプレトサウルス・トロススから。

・王打兎満
 シアの本作オリジナル技。「月の狩人」発動時にトロススを装備した状態で、何十トンもの破壊力を誇るパンチで殴り飛ばす。
 名前の由来はバットマンやスーパーマンと並ぶDCコミックのヒーローであるワンダーウーマン。ちなみに彼女の本名ダイアナは、アルテミスのローマでの呼び名から由来しているとか。





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怪獣総進撃

2ヶ月もお待たせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
仕事の多忙、家庭内トラブル、体調不良などが重なり、中々執筆が進みませんでした。
私生活でも、映画にも行けず、折角買った『ゴッドオブウォーラグナロク』も遊べず、もう大変でした。

今年は今話が最終となります。クリスマスの合間に、楽しんで頂けると幸いです。







 天頂に輝く月が照らす地上を、王都目掛けて全速力で駆ける者達がいた。ディセプティコン達と侵攻した魔人族の兵士だ。但し、その数は進軍時と比べ、数えられる程にまで激減していた。

 無理もないだろう。頼みの綱であった配下の魔物達は、スラッグとスコーンの気迫に呑まれてしまい、蜘蛛の子を散らすように遁走してしまい、制御しようとして大半の兵士が八つ当たり混じりに殺されてしまったのだ。生き残った兵士達は、最早魔物達を宥めるのを諦め、こうして徒歩で再び王都まで進軍している始末だ。同盟軍であるディセプティコン達がいるものの、その同盟者達に任せて自分達は何一つ活躍出来ないのは、魔人族としてのプライドが許さなかった。

 ふと、後方から青い光が広がった。魔人族達にはその光に見覚えがあった。たしか同盟軍であるディセプティコン達が転移によく使う、スペースブリッジと呼ばれるものだ。但しその大きさはかなりの規模だ。

 

「やったぞ、援軍だ!我々にも運が向いてきたぞ!」

 

 一人の兵士が嬉々とした声を上げ、他の者達も同意するように疲れ切った顔に笑みを浮かべた。さっきまで敗残兵も同然の状況だったが、まだまだ援軍が来てくれるのなら、これ程頼りになる事はない。

 だが、その考えは少々、楽観的過ぎた。ディセプティコン達にとっては、魔人族達など所詮捨て駒程度の価値しかないのだ。

 

ドスゥゥン!ドスゥゥン!

 

 地響きを上げながら出て来たその「援軍」に、魔人族達は言葉を失った。その大きさは、魔人族達の配下の魔物はおろか、ディセプティコン達が生み出したジェットストームやクイックストライクより遥かに巨大だった。そんな巨体を誇る怪物達が、大地を揺るがしながらスペースブリッジから大量に出て来たのだ。

 しかも怪物達は、巨体故にか足元の魔人族達には一切気づいていなかった。魔人族達目掛けて真っ直ぐ駆けてくる。

 

「「「「「う、うわぁああああっ!!?」」」」」

 

 呆気に取られていた魔人族達はハッとなり、慌てて避けようとしたが、疲弊していた上に現れた怪物達の数が多過ぎて逃げられなかった。一人、また一人とその巨大な足に、まるで地べたを這う蟻のように踏み潰されていき、あっという間に全滅した。

 怪物達が目指す先、それは勿論、ハイリヒ王国の王都だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間魔法が作り出した転移ゲートの奥へと消えていったシアとミハイルダウロス。そして二人を追って飛んでいった飛行艇部隊を横目に、スタースクリームは地上にいる敵三体を睨みつける。

 スタースクリームは、ディセプティコンであることに誇りを持っており、例に漏れず、有機生命体を下に見ている。そんな彼でも、現在の戦況が悪い方向に傾きつつある事は、軍団の幹部を務めるだけあって嫌でも理解出来た。

 当初の作戦としては、ショックウェーブが勧誘した地球人の内通者、そして密かに潜り込んだあの御方の存在もあり、自分達は簡単にこの原始的な国を陥落させるという、あまりにも簡単なものだった。だが、まさかこの国と敵対したと報告のあったマキシマルが乱入して来た事で、作戦は大きく狂ってしまった。

 魔人族どもは端から当てにしてなかったし捨て駒に過ぎなかったので、全滅しても対して気にはしなかった。だが、自慢の空軍部隊やショックウェーブの生物兵器達は、現在も敵の応戦に追われており、肝心の王都への攻撃に割く余裕がない。先程サウンドウェーブに通信し、援軍を呼ぶよう指示を出したものの、その援軍が本当に目の前の敵に役立つか、正直怪しいものだ。

 すると、少し離れた地点でスペースブリッジが開いた。スタースクリームはオプティックを見開き其方を見やると、一転して勝利を確信した不敵な笑みを浮かべた。

 

「やったぜベイビー!これであの伝説の騎士(ナイト)どもも、永遠に()()()()()()ってな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、地上ではユエとスラッグ、スコーンが、ディセプティコンの軍団相手に大立ち回りしていた。敵はホルアドでスラッグが戦ったクイックストライクやジェットストームだが、今回は何十体もいる上、飛行艇のおまけ付きだ。

 スコーンはその巨体に似合わず、バク転して背中の棘を剥き出しにして、クイックストライク共の硬い外骨格を貫いて押し潰していく。スラッグとユエは得意の電撃攻撃で、空中から攻め入る飛行艇やジェットストーム共を次々に撃墜していった。間一髪、雷撃の嵐を避けて肉薄しようとした飛行艇は、すかさずビーストモードに変形したスラッグの顎の餌食となった。

 

「ワハハハ!俺スラッグ、これで100体目!」

「ん、私は110体。私の勝ち」

「言ってる場合か!まあ俺も100体は倒したが!」

 

 夜風に乗って生物兵器共の血飛沫が飛び散り、飛行艇が爆散して火花が飛び散る。そんな血生臭い戦況に、三人とも昂ってきたのか、お互いの撃破数を競い始めた。

 シアは引き離されたものの、彼女の実力なら心配はいらない。此方も直に肩がつくだろう。三人が自分達の勝利を確信していた時だ。

 

「やったぜベイビー!これであの伝説の騎士どもも、永遠にグッドナイトってな!」

 

 すると、上空高くで指揮を取っていたスタースクリームが、そんな事を曰いながら高笑いし始めた。「何言ってんだ此奴?」と三人が呆れた顔をして、スコーンが彼を撃ち落とそうとしたその時だ。

 

ドスゥゥン!ドスゥゥン!

 

 突如として地面が揺れ始めた。地震ではなくゆっくりとした揺れだが、ダイナボット達の足音とは明らかに違う。何かが大量に近づいてきている。

 

「スラッグ、お前の腹の音か?」

「俺スラッグ、違うぞ」

「ん!あれ見て!」

 

 ふと、ユエが振り向いた方角に、地響きを起こした犯人達がいる事に気付いた。スコーンとスラッグもそちらの方角を振り向くと、近づいてくる敵の正体に驚愕した。

 近づいてきたのは、途轍もない巨大な生き物だった。巨体を誇るダイナボット達の数倍もの巨体だ。外見は一言で言えば、海の王者・シャチそっくりだ。但し海洋生物であるシャチと違い、陸を突き進むだけあって、鰭の代わりに象のような太く逞しい四本の足が生えている。口元にも、同じく象のように長い一対の牙が生えている。

 そんな異形の怪物共が少なくとも20体、大地を揺るがしながらゆっくりと此方に進軍してくる。どの個体にも、背中には巨大な金属製の櫓を背負っており、多数のプロトフォーム兵達が乗り込んでいる。巨大な砲台まで装備されたその姿は、最早軍艦と形容すべきだ。

 

「進め、エルファオルファ隊!この時代遅れの旧型どもを蹴散らして、この国を更地に変えちまえ!」

「「「「「ブオオオオオオオオオ!!!」」」」」

 

 スタースクリームの号令に応えるかの如く、破壊獣エルファオルファの部隊は、鬨の声を彷彿とさせる雄叫びを上げながら突き進んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺スラッグ、随分変わった鯨だなぁ」

「あんな鯨、いてたまるか!」

 

 新たに導入された生物兵器・エルファオルファの巨体に、スラッグが呆けたような言葉を漏らし、スコーンがツッコんだ。そんな彼らに向け、櫓の上のディセプティコン達は、砲台の照準を定めた。

 

「ん、回避」

 

 ユエのその号令と共に、スラッグとスコーンは咄嗟に人間態になって回避した。流石の彼らでも、軍艦級の砲弾を被弾すれば深傷は避けられないし、この状態なら敵も狙いを定め辛い。

 

ドォン!ドォン!ドォン!

 

ドガァァァァン!!!

 

 狙い通り、砲弾はマキシマル達への照準を定め損なった。だが代わりに王都の都市部へと直ぐ様狙いを変えると、一斉照射を始めた。先程まで多少なりとも敵兵の残骸が墜落するのみで済まされた王都だったが、一転して爆撃の嵐に見舞われた。そこから更に追い討ちをかけるように、スタースクリームが焼夷弾を大量に投下していく。炎があちこちに燃え広がり、爆発音に悲鳴が大量に混ざり始めた。

 マキシマル一行にとって、王都の連中は敵でしかないのでどうなろうが知ったことではないが、エルファオルファ達の背中から発射される砲撃や、櫓に乗ったディセプティコン達が乱射する機銃の嵐の巻き添えを受けては、黙っているわけにはいかない。

 エルファオルファの一体が、怒れる巨象の如くスコーン目掛けて突進してきた。頭部にはディセプティコンの兵士が、まるで象使いのように騎乗しており、耳あたりに繋いだ鎖で操っている。

 スコーンは人間態のまま、突進してくるエルファオルファに向き直ると、腕から槍を展開した。そしてそれを手に取ると、エルファオルファの頭上にいる騎手のディセプティコン兵目掛けて勢いよく投擲した。

 

ビュンッ!!!

 

グサァッ!!!

 

「グワーッ!!?」

 

 捕鯨用の銛の如く投擲された槍は、寸分違わずディセプティコン兵の胸の中心を貫き、スパークを破壊して絶命させた。騎手はそのままエルファオルファの頭上から転げ落ちるが、更なる悲劇がディセプティコン達に降りかかった。

 

グィッ!!!

 

「グモォオオオオオッ!!?」

 

 なんと騎手が転げ落ちた事で、エルファオルファの耳に繋がれた鎖が引っ張られてしまったのだ。鎖の先端は、地球の象使いが使うブルフックと同じく鍵状になっており、それが数トンはあるディセプティコン兵の落下によって勢いよく引っ張られたことにより、エルファオルファに激しい痛みが襲いかかる。

 痛みでパニックになったエルファオルファは平衡感覚を失い、一頭のエルファオルファ目掛けて突っ込んでいった。背上のディセプティコン達は必死に回避させようとするが、既に手遅れだった。

 

ゴガァァァァンッ!!!

 

「「ブオオオオオッ!!?」」

 

「「「「「グワーッ!!?」」」」」

 

 暴走したエルファオルファは、仲間の右脇腹に勢いよく激突してしまった。あまりの衝撃に、二頭は地響きを上げて倒れ込み、そのままお互いの牙や足が絡まって動けなくなる。その余波で背中の櫓も崩壊して、乗っていたディセプティコン達は下敷きになってしまった。

 

「おっしゃあ!これで俺が一歩リードだ!」

「俺スラッグ、こっちも負けないぞ!」

 

 威勢よく勝利の雄叫びを上げるスコーンに、スラッグが負けじとそう叫ぶ。彼はすかさずビーストモードへと変形すると、自分目掛けて突進してくるエルファオルファに強烈なぶちかましを食らわせた。

 

「ブオオオオオッ!!!」

「グゥゥッ……のわぁああ〜!!?」

 

 スラッグの体当たりは、クイックストライクやジェットストームぐらいなら吹き飛ばせる程の破壊力を誇るが、今回は相手が悪過ぎた。彼よりも倍以上の巨体と怪力を誇るエルファオルファは、その長い牙でクワガタムシの如くスラッグを投げ飛ばした。

 吹き飛ばされたスラッグは素早く変形して受身を取ったが、そこへエルファオルファの背負う櫓からの集中砲火が襲いかかる。

 

「う〜、力負けしたの、悔しい!でも俺スラッグ、まだ負けたわけじゃないぞ!」

 

 そう叫ぶと、再びビーストモードへと変形するスラッグ。だが、今度は両脇腹から、ドラゴンの翼の如くトレイルカッターソードが展開している。そして再び、エルファオルファ目掛けて突進していった。

 エルファオルファの頭上に乗る騎手は、敵の行動を嘲笑った。先程力負けしたのは明白なのに、再び正面衝突してこようとは学習能力が無さすぎる。所詮は旧式の時代遅れか、そんな事を思いながら、エルファオルファに再び突進するよう命じる。

 エルファオルファは再びその怪力で、突進してくるスラッグを吹き飛ばそうと真っ直ぐ突っ込んでくる。だが、それがスラッグの作戦だった。

 

「俺スラッグ、馬鹿ではない!同じ手は食わないぞ!」

 

 そう言いながら、真っ直ぐ突っ込んでいたスラッグは、エルファオルファの横へと回り込んだ。それを見て、直ぐに敵の狙いに気づいた騎手は、慌ててエルファオルファに方向転換させようとするが、あまりにも巨体過ぎた事が災いして、手遅れであった。

 そう、スラッグが横に回避した事で、エルファオルファの足は、彼の脇腹から展開したトレイルカッターソード目掛けて突っ込んでしまったのだ。

 

ズササササッ!!!

 

「ブオオオオオ〜!!?」

 

「「「「「アイエエエ〜!!?」」」」」

 

 トレイルカッターソードは鎌付き戦車の如く、エルファオルファの太い足を切断した。何百トンもありそうな巨体に加え、背中に金属製の櫓を背負っている中、そんな怪我を負ってしまうのは致命的だった。

 エルファオルファはバランスを崩してその場に崩れ落ち、櫓に乗っていたディセプティコン達が悲鳴を上げる。その間にも、スラッグは同じ戦法で、エルファオルファ達を殲滅していく。

 スコーンも再びビーストモードになると、一頭のエルファオルファに「放射棘槍」を食らわせていた。波の敵なら瞬殺出来る技ではあるが、エルファオルファの巨体には擦り傷程度にしかならない。それでもあまりの手数の多さに、苛立ったエルファオルファは、後脚で立ち上がり、前足でスコーンを踏みつけようとした。

 

「ユエちゃん!今だ!」

「ん!任せて!」

 

 スコーンの号令と共に、彼の頭上に飛び乗ったユエの眼がカッ!と見開らかれた。そして、その薄く可憐な唇が言葉を紡ぐ。

 

「斬羅!!!」

 

 その瞬間、世界が一斉にずれた。まるで割れた鏡のように、何もない空間に無数の一線が引かれ、その線を起点に隣り合う空間が僅かにずれているのだ。そして、その空間の亀裂に重なっていたエルファオルファは一瞬の硬直の後、ズルっという生々しい音と共に空間ごと体を上下真っ二つに切断された。背中の櫓も真っ二つになり、掲載されていた弾薬が爆発、乗っていたディセプティコン達を吹き飛ばした。

 これは空間魔法「斬羅」。空間に亀裂を入れてずらす事で、対象を問答無用に切断する、ユエによる防御不能の切断魔法だ。魔法に秀でた、彼女にしか出来ない発動速度・展開規模だ。

 

「ちょこざいなチビめ!調子に乗るんじゃねぇ!」

「んっ!!?」

「ユエちゃん!!?」

 

 しかし、その勝利に水を刺すかのように、猛禽の如き勢いでスタースクリームが襲い掛かった。彼は素早い動きで、スコーンの頭上にいたユエを捕まえると、そのまま上空高くへと連れ去った。

 凄まじい握力で握り締められ、流石の彼女も苦悶の表情を浮かべると、スタースクリームは心底愉快そうに下卑た笑みを浮かべた。

 

「あの化け物どもはやっぱり手に負えねえようだが、テメェだけでもぶっ殺してやるよ!」

 

 そう吐き捨てると共にユエを投げ捨てると、スタースクリームは片腕からミサイルを展開し、彼女目掛けて発射した。ミサイルはユエに襲い掛かると大爆発し、彼女は火に呑み込まれた。

 敵一人を仕留めたと確信したスタースクリームは、再び王都への空爆を行うため降下しようとするが…

 

「…やってくれたな、このカメムシ…!」

「なにっ!!?」

 

 …爆発の中から、仕留めた筈のユエが、怒りに顔を歪めながら出てきた。これには彼も驚愕を隠せなかった。

 確かにミサイルは直撃した筈だ。狼狽しつつもスタースクリームがユエを観察すると、衣服が破れて露わになった肌は酷く焼け焦げ、一部は肉も抉れていた。普通の人間ならとっくに致命傷だが、瞬く間にその傷が治癒し、目に見えて修復されていったのだ。

 

「ま、まさか!()()()()()()()なのか!!?」

「だったら何?」

 

 目の前の少女が自分と同じく「不死身」だと悟り、狼狽するスタースクリーム。そんな彼を、今度はユエが不敵に嘲笑った。

 そもそもユエの本当の防御力とは、その反則的な「再生力」だ。仲間がいれば障壁を張るし、服が破れるのは好ましくないので回避もするが、本来の彼女の戦闘スタイルは、相手の攻撃を無視して己の再生力に任せ、一方的に攻撃するというものだ。

 先程のお返しと言わんばかりに、集中状態に入ったユエは、強い意志の宿った瞳を見開き、閃光と咆哮の轟く空間に可憐な声を響かせた。

 

「死ね、五天龍」

 

 直後、暗雲が立ち込め雷鳴が轟き、渦巻く風が竜巻となって吹き荒れ、集う水流が冷気を帯びて凍りつき、灰色の砂煙が大蛇雲の如く棚引いて形を成し、蒼き殲滅の炎が大気すら焦がしながら圧縮される。

 その結果、王都の夜天に出現したのは五体の魔龍。それぞれ、別の属性を持ち、重力魔法と複合された龍である。

 

ゴォアァアアアア!!!

 

 凄まじい咆哮が五体の龍から発せられ、大気をビリビリと震わせる。巨体を誇り神々しくすらある魔龍の群れを召喚するという、非常識極まりない魔法の行使に、スタースクリームはポカンと口を開くという醜態を晒していた。その隙を逃さず、ユエは五天龍を強襲させる。

 雷龍、蒼龍、嵐龍、氷龍、石龍は、まるでピラニアの如く、その巨大な顎門で哀れなスタースクリームに喰らい付いた。その業火を以て相対するアブソドを融解させていった。

 

「ウワァアアアアアアアア!!?

 

 ありとあらゆる攻撃がスタースクリームの金属のボディを破壊していき、王都上空に彼の凄まじい断末魔の悲鳴が響き渡った。やがて、9mはあるその巨体が跡形もなく破壊されると、五天龍は地上のエルファオルファ達にも襲い掛かり、あっという間にスタースクリームの道連れにしてしまった。

 流石に、五天龍の行使はキツかったのか、額に大量の汗を浮かべて肩で息をしながら、ユエは地上へ降下してゆく。すかさずスコーンが水の玉を生み出して、優しく彼女をキャッチした。

 

「大丈夫かユエちゃん?にしても大金星だな」

「くそ〜!俺スラッグ、結構倒してたのに、ユエに逆転された!」

「ん、私の勝ち…」

 

 疲れながらも笑みを浮かべ、得意げにするユエ。すると、戦場には似つかわしくない明るい声が響き渡った。

 

「皆さ〜ん!あのガラクタ野郎はいましたかぁ?いるなら一発殴らせ……うわぁ~何ですか、ここ?天変地異でもあったんですか?」

 

 ウサミミをなびかせながら、「月の狩人」により大幅に強化された姿で跳躍してきたシアが、呆れたような声音で周囲を見渡しながら尋ねた。

 

「ん、お疲れ様」

「俺スラッグ、サイクロナスは見なかったぞ」

「にしても、シアちゃんも凄く変貌してるな」

「えへへ〜、惚れないでくださいよ〜。私には亮牙さんがいるんですから〜」

 

 そんな呑気な会話をしつつ、失った魔力を補充しながらしばらく情報交換していると、凄まじい大爆発が王宮を一瞬で吹き飛ばした。それと同時に、今までに聴いたことのないような、禍々しい咆哮が響き渡った。

 

「グォオオオオオオオ!!!」

 

「「亮牙(さん)?」」

「「グリムロック?」」

 

 声の主は、間違いなく自分達のリーダーだが、何処か様子がおかしい。凄まじい怒りと憎しみに満ちた、今まで聞いたことのないくらい禍々しい咆哮だ。

 嫌な予感がした四人は、急いで王宮へ向かおうとする。すると急に

、空間魔法によるテレポートが四人を包み込んだ。ディセプティコンや魔人族のものではないようだが、動揺する四人は、その場から転移されたのであった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・破壊獣エルファオルファ
 ショックウェーブが変成魔法に生み出した生物兵器の一つ。外見はシャチの胴体に象の四肢と牙を生やしたような姿をしている。
 体長90m・体高60mと、オクトパンチにも引けを取らない巨体を誇り、その体躯から繰り出すパワーはダイナボットをも凌ぐ。またその怪力から、ディセプティコンは背中に櫓を乗せ、さながら軍艦のように使役している。
 モデルは『ビーストウォーズネオ』に登場した、ブレンドロン破壊忍者エルファオルファから。劇中での戦闘スタイルなどは、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作に登場したムマキル(オリファント)を参考としている。





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ブチ切れクッキング

今更ながら、明けましておめでとうございます。
家族の介護など家庭内トラブルが相次いでしまい、そのストレスなどもあって中々執筆することが出来ず、半年近くもお待たせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。





トランスフォーマー関連の話題ですが、最新作『ビースト覚醒』の映像や情報も続々と出て来てますね。個人的にはスカージが予想以上にカッコよくて、どんな活躍をするのか期待してます。
玩具の方では、スタジオシリーズ版のザ・フォールンとレガシー版ターンを購入しましたが、どちらも最高傑作でした!





今回は久々の投稿なので、少々短く物足りないかもしれませんが、ご了承頂けると幸いです。







 月下に銀翼がはためいた。だが、それは飛翔のためではなく、その翼から殺意をたっぷり乗せた銀羽の魔弾を射出するためだ。恐るべき連射性と威力を秘めた銀の魔弾は、標高8000mの夜闇を切り裂き、数多の閃光となって標的に殺到する。

 それに対するは、伝説の騎士のもう一つの姿である鋼鉄の竜王の口から放たれる、強烈な爆炎。あらゆる敵を焼き尽くしてきた業火に、飛来する銀羽は無惨に焼き散らかされた。計算され尽くした弾道が、たった一撃で焼き尽くされた。

 

「うひゃああ!!?」

 

 地獄のような戦場に似つかわしくない、可愛らしい悲鳴が響いた。場違いな声を我慢しきれず出してしまったのは愛子だった。

 銀羽の弾幕を撃ち放つ「神の使徒」ノイントに対して、瞬時にビーストモードに変身したグリムロックの頭上に乗せられた彼女は、そのまま重力魔法で浮かび上がった彼の頭にしがみ付いて、人生初のドッグファイト(生身バージョン)を経験中なのである。

 

「俺グリムロック、先生、俺の頭で吐くなよ」

「が、頑張りましゅッ!?か、噛んじゃった…」

 

 呑気な忠告をするグリムロックに、早速涙目になっている愛子。いや、空中戦が始まった時点で涙目だったので、噛んだことだけが原因ではない。

 グリムロックを基準にすると無理があるが、愛子は特別身体能力が優れているわけでもない。いきなり人間態だった彼がビーストモードに変形し、愛子は悲鳴をあげながら頭上に乗せられ、更にお尻の下から強烈な火炎放射器となっているのだ。パニックにならない筈がないし、下手をすれば乗り物酔いの如く嘔吐しているだろう。

 かといって、そのへんに放り出しておくわけにもいかない。ノイントの攻撃に容赦がない以上、放り出した途端、愛子の方を狙われかねない。彼女を背にしながら戦うより、こうして一緒に動く方がずっとマシだった。

 ギュッと目を瞑って必死に鋼鉄の頭にしがみついている愛子に、グリムロックは話しかける。

 

「先生、もう少し頑張れ。俺グリムロック、直ぐに終わらせる。あのブサイク破壊してな」

「は、はい!足手纏いですみません…」

「俺グリムロック、全く気にしてない」

 

 自分がお荷物になっていることを自覚して歯噛みする愛子だが、焦りや苛立ちの感じられない、いつも通りのグリムロックの口調に、そんな場合でないとわかっていながら妙な安心感を得てしまう。ほんとに、こんな状況で何を考えているんだと自分を叱りつけながらも、より一層強くグリムロックの頭にしがみついて身を委ねる。

 もちろん、グリムロックが言ったのは、神代魔法を修得するために教会側と衝突するのは想定内という意味であって、愛子を助けるためだけという意味ではないのだが、ちょっとシチュエーションに酔ってしまった愛子は見事に勘違いする。そして、ロマンチックの欠片もないが、現在進行形で異性に抱きついた状態で、守られているという状況が、勘違いを加速させていく。一刻も早く目を覚ます必要があるだろう。

 

「…雑談とは余裕ですね、イレギュラー」

「俺グリムロック、実際余裕だからな」

 

 銀色の砲撃と銀羽の弾幕を焼き尽くした直後、グリムロックのすぐ傍で機械的で冷たい声音を響かせながら、ノイントが再び銀翼をはためかせ、銀羽を宙にばら撒く。だが今度はグリムロック向かって射出されることはなく、ノイントの前方に一瞬で集まると、何枚もの銀羽が重なって魔法陣を形成する。銀色に輝く巨大な魔法陣がノイントの眼前からグリムロックを睥睨する。

 

「劫火浪」

 

 そして発動された魔法は、天空を焦がす津波の如き大火。

 どうやら、魔弾だけでなく属性魔法も使えたようだ。今まで使ってこなかったのは、単純に銀の魔弾だけで十分だと判断していたためだろう。つまり、本気になったということだ。

 うねりを上げて頭上より覆い尽くすように迫る熱量、展開規模共に桁外れの大火に、一瞬、世界が紅蓮に染まったのかと錯覚する愛子。どうする気なのかとグリムロックを見下ろすも、当の彼は全く焦った様子を見せない。

 

「パワードレイン!」

 

 グリムロックはそう叫ぶと、ノイントが発動した属性魔法を凄まじい勢いで飲み込み始めた。

 ノイントの発動した魔法は超広範囲魔法であり、神山全体を昼と見紛うほどに照らす大規模なもの。数百mにも及ぶ炎の津波なのだが、彼はブラックホールの如く、その大火を飲み干していく。

 

「げぷっ、酷い味。俺グリムロック、こんな不味い炎、初めて」

「…これも凌ぐのですか」

 

 無傷な挙句、呑気に呟くグリムロックの姿に、ノイントが呆れるように呟いた。無論、頭上の愛子も無事だ。

 

「はわ、はわわ……何が、どうなって……」

「…俺グリムロック、いい歳してはわわわって、ぶりっ子してるのか?」

「ぶ、ぶりっ子⁉︎灘君!こんな時にまで揶揄わないで下さい!」

 

 やっていることはコンマ数秒で勝敗が決してしまうような息つまる超高等戦闘だというのに、合間に入る愛子の可愛らしい悲鳴や、グリムロックの呑気な呟き。もしこの場に第三者がいれば「此奴ら余裕過ぎるだろ」と呆れ果てるだろうが、実は半分くらいは正解だ。グリムロックは気づいていないが、彼が傍にいる事による安心感が、愛子を落ち着かせていたのだ。

 

「…足手まといを抱えて尚、これだけ凌ぐなど…。やはり、あなたは強すぎる。主の駒としては相応しくない」

「そりゃ結構。俺グリムロック、メガトロナスの腰巾着なんかに従うつもりなんてない」

「…私を怒らせる策なら無駄です。私に感情はありません」

「俺グリムロック、これ本心アルヨ。お前、馬鹿?」

「……」

 

 ノイントは、スッと目を細めると大きく銀翼を広げ、双大剣をクロスさせて構えた。果たして本当に感情がなく、ただ無駄な会話をしたと仕切り直しただけなのか不明だが、どこか怒りを抱いているように見える。だが、グリムロックにとってはどうでも良かった。目の前の物が何を考え感じていようが、壊す事に変わりはない。

 と、その時、突如、神山全体に響くような歌が聞こえ始めた。

 グリムロックと愛子が何事かと歌声のする方へ視線を向ければ、そこには、イシュタル率いる聖教教会の司祭達が集まり、手を組んで祈りのポーズを取りながら歌を歌っている光景が目に入った。どこか荘厳さを感じさせる司祭百人からなる合唱は、地球でも見たことのある聖歌というやつだろう。

 一体何しているんだあのゴミ共、とグリムロックが訝しんだ直後…

 

「あうっ、な、何ですか、これ…」

「ッ、俺グリムロック、大丈夫か!!?」

 

 グリムロックの頭上にいる愛子の体に異変が訪れた。

 体から力が抜け、魔力が霧散していくのだ。まるで、体の中からあらゆるエネルギーが抜き出されているような感覚。しかも、光の粒子のようなものがまとわりつき、やたらと動きを阻害する。

 イシュタル達は「本当の神の使徒」たるノイントが戦っている事に気が付き、援護すべく「覇堕の聖歌」という魔法を行使しているのだ。これは、相対する敵を拘束しつつ衰弱させていくという凶悪な魔法で、司祭複数人による合唱という形で歌い続ける間だけ発動するという変則的な魔法だ。

 

「イシュタルですか。…あれは自分の役割というものをよく理解している。よい駒です」

 

 恍惚とした気色悪い表情で、地上からノイントを見つめているイシュタルに、感情を感じさせない眼差しを返しながらノイントがそんな感想を述べる。イシュタルの醜悪な表情を見れば、ノイントの戦いに協力しているという事実自体が、人生の絶頂といった様子だ。さぞかし、神の思惑通り動く便利な存在なのだろう。

 そんなイシュタル達司祭の腐り切った中身はともかく、現在、展開している魔法は厄介なこと極まりないものだった。

 

「…あのゴミ屑どもの仕業か。俺グリムロック、もう怒った」

 

 だが、イシュタル達にとって予想外の事が起きた。本来なら、徐々に敵の力が抜けていく筈だが、グリムロックはスペックが高過ぎて、精々蟻が噛み付いた程度の効果しか与えていなかった。だから、愛子にしか効果は及ばなかった。これが不味かった。

 愛子はグリムロックにとって、守るに値する大切な存在だ。そんな彼女が今なお苦しめられているのだ。それも、あの醜悪な生臭坊主どもによってだ。彼女が散々農地改革などに手を貸してやったというのに、連中はその恩義を忘れて仇で返したのだ。

 イシュタル達の事は元々殺すつもりでいたが、たった今、怒りと殺意は頂点に達した。

 

「俺グリムロック、お前と遊ぶのはやめだ」

「……………は?」

 

 超速で踏み込もうとしたノイントだったが、急に呑気な口調でそんな事を言い出したグリムロックに、思わず呆気に取られてしまう。

 当の彼は、そんなノイントに目もくれず、ギゴガゴゴとロボットモードに変形すると、優しく愛子を掌に乗せる。

 

「な、灘君?」

「ちょっと狭いが、この中にいろ。あのゴミ屑どもの音痴でキモい歌声は遮断できる筈だ」

「は、はい」

 

 そう言うと、グリムロックは胸部の装甲をギゴガゴゴと展開する。中は人一人が入るには充分なスペースがあり、その中へ愛子を優しく降ろすと、再びギゴガゴゴと胸部装甲を変形させ、元の頑強な状態へと戻す。

 

「…たかが体内に足手まといを隠した程度で、自分が有利になったというつもりですか?愚かしいですね」

 

 呆気に取られていたノイントだったが、すぐに無機質な眼差しに戻すと、これで終わりですと言わんばかりにそう吐き捨て、大剣を振りかぶろうとした。

 だが、グリムロックは焦る様子もなく、逆に嘲笑という形で応えた。

 

「ハッ!下衆の玩具だけあって、勇者のペットのアホ猿並みの知性だな。テメェより殺したい奴らに標的を変えただけだ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「?何を訳の──」

 

 分からない事を言ってるのですか、とノイントは言おうとするが、その言葉は続かなかった。

 

 

 

 

 

チュドォンッ!!!

 

 

 

 

 

ザシュッ!!!

 

 

 

 

 

「ッ!!?ギャアアアアアッ!!?」

 

 突如、ノイントの遥か上空から、凄まじい勢いで何かが突っ込んできた。それは狙い違わずノイントへと襲いかかると、その右の銀翼を貫いた。

 ノイントの銀翼はあらゆる物を分解する能力があるので、普通なら最強の盾となる筈だ。だがこの攻撃は、一切分解する事が出来なかった。あまりにも凄まじい勢いの一撃に、ノイントの右翼は容赦なく破壊され、先程までの無機質な表情から一転、激しい痛みに悲鳴を上げる。

 下方からイシュタル率いる司祭達が上げている悲鳴が聞こえる。信望する神の使徒が、片翼を吹き飛ばされるという深手を負わされ動揺しているようだ。

 

「ぐぅっ……い、一体何が…?」

 

 激痛に苛まれながらも、攻撃の正体を確かめようと上空を睨みつけるノイント。だが、右翼を吹き飛ばされ、残った左翼で必死にバランスを取ろうとするその姿は、襲撃時の神々しさは一切感じられない。寧ろ、翼を怪我し、瀕死の状態の小鳥とでも形容した方がいいだろう。

 そして遥か上空に、ノイントは先程の攻撃の下手人を見つけた。グリムロックと同じ金属の体を持つ、双頭の翼竜が羽ばたいていた。そう、ストレイフだ。今もノイントの事を、養豚場の豚でも見るような冷酷な目で睨みつけている。

 ストレイフはその冷酷な瞳のまま、左側の頭部の口先で、右側の頭部のトサカを咥えた。

 

ぐぐくぐぐ…

 

 するとあら不思議。トサカを引っ張るとともに、ギゴガゴゴと右側の頭部が変形し、長い嘴が完全に顔に埋まるレベルにまで引っ込んでいくではないか。この光景には、ノイントも痛みを忘れ呆気に取られてしまう。

 

「竜の怒りを思い知れ────

 

 

 

 

 

────貂自尊皇(テンプラウドン)!!!」

 

 

 

 

 

キュンッ!!!

 

 

 

 

 

チュドォッン!!!

 

 

 

 

 

ザシュッ!!!

 

 

 

 

 

 そう呟いたかと思うと、ストレイフは左の頭部の口先で咥えていた右の頭部のトサカを離した。次の瞬間、右側の嘴は勢いよく元の長さに戻り、その反動で凄まじい衝撃波が発生した。衝撃波はそのままレーザーの如く収束し、真っ直ぐ真下のノイントへと襲いかかり、残っていた左翼も容赦なく穿つ。

 

「ギャアアアアアッ!!?」

 

 実体のない、衝撃波による攻撃とあっては、自慢の分解も発動する筈もない。左翼も吹き飛ばされ、ノイントは再び襲い掛かる激痛に悲鳴をあげ、武器の大剣を二振りとも手放してしまう。更に、両翼を完全に破壊されてしまっては、最早飛ぶ事などできる筈もない。翼の溶けたイカロスの如く、ノイントはそのままゆっくりと地上へ落下を始めた。

 

「まだ終わりじゃねぇぞ。テメェの主人がしでかした事のツケ、しっかり払ってもらうからな!」

「ッ!!?ひ、ヒィィ…」

 

 だが、ストレイフは容赦しない。500年前の怨みを晴らさんと言わんばかりに、勢いよく急降下し、猛禽の如くノイントに襲い掛かる。対するノイントは、襲撃時の無機質な表情から一転し、捕食者を前にした獲物の如く、その美しい顔には恐怖一色に染まっていた。

 

戒戦皇(カイセンドン)!!!」

 

ズパァァァァァン!!!

 

「グギャアアアアアアアッ!!?」

 

 まるで銃弾の如く回転しながら、ストレイフはノイントの胴体目掛けて突っ込むと、その勢いでその身体を上下真っ二つに両断した。

 断末魔の叫びを上げるノイント。上下泣き別れになった身体は、そのまま勢いよく大地へと落下し、グシャアアッ!と鈍い音を立てて墜落した。内臓や血を撒き散らし、潰れた頭部から両目が飛び出たその様は、余りにも滑稽で無様な最期だった。

 

「フン!空の王者に気付かぬまま空中戦に挑むとはな。つくづく愚かな奴だよ」

 

 かつて同胞達を弄んだエヒトに一矢報いたストレイフ。地に堕ちた偽りの天使の屍を見下ろしながら、思い知ったかと言わんばかりにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、この一部始終を目の当たりにしたイシュタル率いる数百人規模の司祭達と神殿騎士団は、人生の絶頂から一転し、どん底に叩き落とされたかのように凍りついていた。何せ、自分達の援護にもかかわらず、真なる「神の使徒」が瞬く間に討ち取られてしまったのだ。先程までは、恍惚として醜悪極まりなかったその顔は、恐怖と絶望のあまり驚く程青褪めている。中には膝から崩れ落ちて失禁する者までいる始末で、最早聖歌を歌う事など出来る筈もなかった。

 故にこの愚か者共は、上空から自分達に振り下ろされる裁きの鉄槌に気づく余裕などなかった。

 

「テメェらも仲良く地獄に堕ちな──

 

 

 

 

 

──禍紅鎚(カグツチ)!!!」

 

 

 

 

 

ドガァァァァッン!!!

 

「「「「「ギャアアアアアッ!!?」」」」」

 

 信頼する仲間にノイントの相手を任せたグリムロックは、上空から勢いよく降下すると、炎を纏わせたドラゴントゥースメイスを、イシュタル達目掛けて勢いよく振り下ろした。

 死神の鎌の如く振り下ろされたメイスは、爆弾の如く強烈な爆発を引き起こし、張られていた結界を易々と破壊し、愚かな司祭達を叩き潰した。爆音や悲鳴に混じって骨が砕け肉の潰れる音が響き、ミンチになった肉片と血が撒き散らかされる。

 しかしこれで即死出来た者達は、まだ運が良かった。一部は爆発の余波で吹き飛ばされ、手足の一部が失われたり内臓が飛び出た状態で、辛うじて生きている者もいる。中には総本山から投げ出され、標高8,000mから地上目掛けて断末魔の叫びを上げながら墜落していった。

 教皇であるイシュタルも例外ではなかった。爆発により右足は吹き飛ばされ、左足は折れた骨が皮膚を突き破っているという深手を負った。

衣服に自らの血や他の司祭達の返り血が飛び散って真っ赤に染まったその姿は、まさに敗残兵も同然だ。

 

「あ。あぁ……エ、エヒト様……どうか…お助けを……」

 

 既に命運が決したというのに、この期に及んで尚もエヒトに祈るイシュタル。これまでの生涯を神への献身に捧げてきたというのに、何故自分がこんな目に遭わなければならないのか。この老害は心の底からそう感じていた。

 しかし運命は残酷だ。この狂信者が敬虔な祈りを捧げてきたのは、他人の不幸を最高の娯楽とする偽りの神なのだから、救いの手を差し伸べる筈もない。代わりに聞こえてくるのは、これまでの悪行を裁きに来た死神の足音である。

 

「…このジジイ、まだくたばってなかったか。錆みたいにしぶとい野郎だよ」

 

 あれ程の攻撃を喰らいながらも生きていたイシュタルのしぶとさに呆れるグリムロック。だがすぐにどうでも良くなり、片足を上げると、惨めに這いつくばるイシュタル目掛けて振り下ろした。

 

グシャアアッ!!!

 

「これはハジメの分」

 

グシャアアッ!!!

 

「これは先生の分」

 

グシャアアッ!!!

 

「最後に俺の分だ」

 

 何十トンもの重量で3度にわたって踏みつけられ、遂に狂信者イシュタル・ランゴバルドは絶命した。完全に原形を留めておらず、ただの挽肉の塊と化したその死骸は、神への狂信に溺れた愚か者に相応しい、無様な末路であった。

 一方のグリムロックも、イシュタル達を殺した事など、精々害虫を潰した程度にしか感じていなかった。つまらなそうに鼻を鳴らすと、彼は胸元を軽く叩き、中に避難させていた愛子に呼びかける。

 

「おう、先生。起きてるか」

「は、はい。大丈夫です」

「終わったぞ。生臭坊主どもの大半はぶっ殺しておいた。残ってる奴らは心配いらん。どうせビビって逃げ出すのに必死だろうからな」

「…すみません。再び君に汚れ仕事を押し付けてしまって…」

「気にするな。元々連中は殺すつもりだった。世の中には、ああいう死んだ方がいい屑どもいる。アンタが気に病む事はねぇよ。取り敢えず、外のストレイフを呼ぶぞ」

 

 イシュタル達の末路を聞かされ、再び生徒に汚れ仕事を押し付けてしまった事を悔いる愛子。だが、グリムロックは気にしていなかったし、愛子が気に病む必要はないと励ます。

 外ではストレイフもノイントとの戦いを終えている。彼を呼んで、大迷宮が何処にあるか探そうと考えたその時だ。

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴッ!!!

 

 

 

 

「わわっ!!?じ、地震ですか⁉︎」

「ッ、いや違う!地震じゃねぇ!」

 

 突如として、総本山全体が激しく揺れた。思わず地震かと愛子が叫ぶが、グリムロックはこれが自然のものではない事にすぐ気付いた。

 そもそも神代魔法を狙っているのは、自分達マキシマルだけではない。その彼らなら、これ程の規模の揺れを引き起こす兵器くらい、容易く導入してくる筈だ。

 

「チッ!一旦退くぞ!どうやら別の客もお出ましみたいだ!」

「ふぇっ!!!は、はい!」

 

 グリムロックは悔しげにそう呟くと、再び上空へと避難する。直後、揺れは激しくなり、やがて総本山は崩壊を始めるのであった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・グリムロックの胸の中
 元ネタはアメコミ『モア・ザン・ミーツ・ジ・アイ』及び続編『Lost Light』から。同作でグリムロックは監獄惑星ガーラス9に収監された際、同施設で保管されていた秘宝・マグニフィセンスを守るため、最も安全な場所として胸部の内部にマグニフィセンスを保管出来るよう改造されていた。
 その後もメガザラック(スコルポノック)がディセプティコン再興を目論んで生み出した人造生命体を、その追手から守る為に胸部へと保管して守りきっている。

・貂自尊皇
 ご存じ『ONE PIECE』のキングの必殺技の一つ。尾田栄一郎先生のネーミングセンスには感服せざるを得ない。
 ノイントの分解魔法も、実体のない衝撃波には無力と考え採用した。

・戒戦皇
 前述した貂自尊皇に触発され、作者が思いついた技。由来は海鮮丼から。

・禍紅鎚
 モデルは『ゴッドオブウォー』シリーズにおける、ブレイズオブカオスの炎属性。由来は日本神話の炎の神、カグツチから。





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リベンジマッチ

遅れてしまい申し訳ありません。
仕事に加え、父が舌癌を発症してしまった事もあり、そのせいでより多忙になってしまったために、中々執筆に時間を割くことが出来ませんでした。
今後もその関係で執筆がかなり遅れてしまうと思いますが、ご了承頂けると幸いです。

ビースト覚醒、日本語吹替版の担当が次々と判明してきましたね。バトルトラップ役の三宅さんとナイトバード役の柚木さんは、この二人に演じて欲しいな〜と思っていたら、まさかの起用に驚きました。
スカージ役がテラザウラーでお馴染みの飛田さんには更に驚きましたが、どう演じてくれるのか楽しみです。

本作もオリジナル展開満載です。それではどうぞ!







 突如として神山全体を襲った振動。明らかに地震ではないその揺れに、グリムロックは司祭達の死骸の散乱する場を蹴り上げて、再び上空へと浮上する。

 

「「「「「グルゥオオオオオオオッ!!!」」」」」

 

 直後、凄まじい唸り声を上げながら、巨大な生き物が地中から飛び出してきた。現れたのは金属で出来たミミズのような怪物。そう、ドリラーだ。

 しかし、今回はオルクス大迷宮を襲撃した時とは異なる。あの時は一体だけだったが、今度は5体はいる。全長300m以上の怪物が、そんなにもいるのだ。彼らは、まるで飢えた軍隊アリの如く、地中を突き破って現れると、神山全体を喰らい尽くす勢いで掘り進めていく。栄華を誇った正教教会総本山は、見るも無惨に破壊されていった。

 

「「おうおう、コンズどもも容赦ねえな…」」

 

 そう呟きながら、ノイントを仕留めたストレイフが近くに飛んできて、そう呟いた。無論、そう言ってはいるものの、正教教会に同情するつもりなど毛頭なかったが。

 グリムロックもそれは同じだ。だが、厄介そうに顔を顰めており、胸部を展開して中にいる愛子にも目の前の光景を見せた。

 

「な、灘くん…あれは…!」

「おう。コンズどもの奴らも、大迷宮目当てに攻めて来やがった。見ての通り、無理矢理にでも掘り出すみてぇだがな」

 

 ディセプティコンがわざわざ正教教会総本山を襲撃する理由。トータスの人間の拠り所を破壊する意味もあるだろうが、それよりも重要視しているのは、十中八九大迷宮の発見と攻略だろう。

 マキシマル一行としては、正教教会が滅ぼうが、人類の拠り所が失われようがどうでも良かったのだが、ディセプティコン達が先に攻略するのを黙って見ているつもりなどない。そうなれば、グリューエン大火山の時と同じく、攻略が厄介になる。

 仕方ないと言わんばかりに鼻を鳴らすと、グリムロックは胸部の愛子に語りかける。

 

「先生、悪いがもう暫く辛抱しろ。あのミミズの出来損ない共を片付けなくちゃならねえからな」

「わ、分かりました。気をつけてくださいね」

「「よし、じゃあ早く終わらせ───

 

 

 

 

 

───危ねぇグリムロック!後ろだ!」」

 

チュドォオオオオッ!!!

 

「グガァアアアアッ!!?」

「きゃあああああっ!!?」

 

 だがその時、彼らの背後からミサイルが数発飛来してきた。咄嗟にストレイフが叫んだものの、完全な不意打ちを受けたグリムロックは避けられず、背中に被弾する。頑強なボディのおかげで致命傷にはならないが、爆破の衝撃に愛子が悲鳴を上げた。

 直ぐに胸部装甲を閉じて愛子の安全を確保すると、グリムロックは後ろに向き直り、犯人の姿を確認する。彼の眼に映ったのは、本来なら装備している筈のない機関銃やミサイルポッドを装備したスペースシャトルが、凄まじいスピードで突進してくる姿であった。

 突っ込んでくるスペースシャトルは、ギゴガゴゴと変形を始めると、グリムロック達にとって見覚えのある金属の巨人へと変貌を遂げる。そう、ディセプティコン輸送参謀アストロトレインだ!

 

「よおグリムロック、また会ったな。この前の続きといこうか!」

 

 獰猛なるディセプティコンはそう告げると、まるで獲物を狩る猛禽の如くグリムロックに飛びかかる。そして2体の巨人は、取っ組み合いとなりながら高度8,000mもの高さを降下し始めた。

 取っ組み合いになりながら、アストロトレインは両腕からプラズマチェーンソーを展開し、グリムロックの身体を斬りつける。痛みに顔を顰めながら、グリムロックも負けじとその剛腕でアストロトレインを殴りつける。グリムロックの胸部内にいる愛子は、急降下しながら激しい衝撃に晒され「うひゃあああっ!!?」と絶叫していた。

 

「「馬鹿!このまま墜落する気か!!?」」

 

 だが、其処へストレイフが駆け付けると、その長い尾をグリムロックの胴体に絡めてアストロトレインから引き離す。アストロトレインは舌打ちすると、スペースシャトルへと変形してその後を追いかけ始めた。

 

「離せストレイフ!あの錆野郎に背を向けて逃げられるか!」

「「五月蝿え!空中じゃあ、お前より奴の方が有利だ!一度地上に降りて態勢を立て直した方が……グアアアアアッ!!?」」

 

 怒るグリムロックを諌めるストレイフだったが、突如としてアストロトレインが迫る後方からではなく前方から一斉射撃を喰らい、苦悶の声を上げる。何事かと見ると、開かれたスペースブリッジから、まるで軍隊アリの如く何機ものオービタルアサルトキャリアーが襲い掛かってきた。

 

「生憎だったな。前回はシードの起爆が任務だったが、今回は明確にお前達マキシマルの始末を命じられてるんだよ。安心しな、後でお前達の残骸はジャンキオン共にでも売りつけてやる!」

 

 追いついたアストロトレインは変形すると、そう嘲笑うように告げながら、機関銃を腕から展開し、グリムロック達へと発砲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次から次へと湧いて出る飛行艇の攻撃に加え、アストロトレインからの攻撃を受け、地上へ後退出来なくなったグリムロックとストレイフは、仕方なく二手に分かれて応戦する事にした。

 ストレイフはビーストモードのまま、飛行艇を相手にドッグファイトを繰り広げる。巨体とは裏腹にアクロバティックな飛行で、飛行艇からパイロットを引き摺り下ろしたりして撃墜していくが、今回は敵の数が多過ぎる。おまけにダイナボットとしては華奢で装甲が頑強ではないというデメリット故に、避け切れない銃撃に苦しめられていた。

 グリムロックの方も、重力魔法により上空を浮遊しながら、ディセプティコン達に応戦する。右手にオルトロスを装備すると、飛び交う飛行艇を撃ち落としつつ、左手はモーニングスターに変形させ、アストロトレインにも応戦する。前回のウルでの戦いでは、実質一対一の勝負だったこともあり互角に立ち回ったが、今回は慣れない空中戦かつ、敵の数が多い。

 おまけに、今回のアストロトレインは前回よりパワーアップしているように見受けられた。口調も軍人気質な彼としては、やや気性の荒いような感じもする。そう考えていたグリムロックは、ふとアストロトレインを見ると、ある事に気付いた。

 

「…おいテメェ、前はそんな装備なかったよな。やけに気も荒くなってんのは、()()が原因か?」

 

 グリムロックが指摘したのは、アストロトレインの胸部の中心につけられた装備だ。外見はクリエーション・マトリクスに酷似しているが、毒々しい緑色の輝きを放っている。かつてスラッグが言っていた、洗脳状態のストレイフに装備されていたという物に、非常に酷似している。

 

「ご名答、原始的な頭脳回路にしちゃあ冴えてるじゃねえか。コイツはこの惑星の産物、マトリクス・オブ・マリスだ」

 

 その疑問に対して、アストロトレインは不敵に笑いながら答えた。その笑みに呼応するかの如く、胸部に装備されたマトリクス・マリスも妖しく光る。

 

マリス(悪意)、ねぇ…。そんな物騒な物が、このトータスの産物ってのはどういう意味だ?」

「おいおい、仮にも俺達の同盟者と敵対してるなら、この世界の歪さは知ってるよな?野郎が好き放題したお陰で、このトータスには悪意や怨念が其処ら中に蔓延ってやがる。それらの強大なエネルギーを、俺達ディセプティコンは有効に利用させてもらう事にした。そうして開発されたのがコイツだ」

「ふん、嫌な廃物利用だな…」

 

 目の前のマトリクスの紛い物が、エヒトの悪行の産物を利用して創られた事を知らされ、グリムロックは不快そうに顔を顰める。オルトロスの銃口を飛行艇からアストロトレインに向けると、彼諸共マトリクス・オブ・マリスを破壊しようとする。

 だが、アストロトレインは余裕そうな態度を崩さず、言葉を続けた。

 

「前回ストレイフの野郎に装備させたのは試作体だったから、支配下に置くぐらいしか効果はなかったんだがな。今回はショックウェーブ達が改良を重ねて完成させたから性能は桁違いだ。こんな風にな!!!」

 

カッ!!!

ゴオオオッ!!!

 

「うおっ!!?」

 

 アストロトレインがそう語った次の瞬間、胸部のマトリクス・オブ・マリスから強力なビームが放たれた。禍々しい緑色の攻撃に、グリムロックは大盾を展開して防御態勢となる。ハジメによって鍛えられた特注の盾だけあり、防御力は絶大だ。

 しかしマトリクス・オブ・マリスから放たれるビームはあまりにも強烈で、流石のグリムロックも防御するのが精一杯で、反撃の隙がない。胸部内に愛子を守っている状況では、下手に反撃に出れば大ダメージを喰らい、彼女の身も危険に晒しかねない。そんな彼の状況を嘲笑うかのように、飛行艇に乗ったディセプティコン達は、盾の死角から銃撃を行なっていく。頑強なグリムロックには大したダメージとはならないが、かなり不利な状況だ。

 

「オラオラどうした!ビビって守るだけしか出来ないか?臆病者のガラクタ野郎め!」

 

 アストロトレインは反撃に出る事が出来ないグリムロックを嘲笑いながら、追い討ちをかけるようにビームの威力を上げてゆく。この戦いにおける自分達の勝利を確信し、彼は不敵な笑みを浮かべたが…

 

 

 

 

 

『これ以上好き勝手はさせんぞ!下郎が!』

 

ゴォガァアアアア!!!

 

「何ッ!!?クソッタレ!!?」

 

 だがその時、凛々しい女性の声が響き渡るとともに、レーザーの如き黒い閃光の攻撃が、アストロトレインへと襲い掛かった。彼はマトリクス・オブ・マリスによる攻撃を中断して、何とか回避したが、何台かの飛行艇は避けられずに直撃して大破した。

 アストロトレインは苛立たしげに、下手人の正体を確かめようと攻撃の来た方向を睨みつける。グリムロックもその方向を見やるが、彼の方は逆に、頼もしい援軍が来てくれた事への歓喜の表情だった。

 現れたのは、グリムロックやアストロトレインに比べると小柄だが、飛行艇よりやや大きい体長7m程の黒竜。そう、ティオだ。彼女は翼をはためかせながら、飛行艇をその牙や鉤爪で次々に撃墜してゆくと、グリムロックの傍にやってきた。ストレイフも姪の援護のおかげで敵の猛攻から抜け出すと、同じく近づいてきた。

 

「待ってたぜ、ティオ。ありがとよ」

『間に合ったようで何よりじゃ、後で今度こそ乳揉み……ご褒美を所望する』

「「お嬢…頼むから空気読んでくれ…」」

「おう、考えとく」

「「オメーも余計なこと言うな!」」

 

 こんな状況でも自らの欲望に忠実なティオと、それに応えるグリムロックにツッコむストレイフ。先程までピンチだったのが嘘のようだ。

 対するアストロトレインは、苛立たしげに彼らを睨みつけるが、ティオの正体に気付いて嘲笑う。

 

「ハハッ!誰かと思えば、あの時の間抜けな竜人族か!漸く来てくれた援軍がそんな足手纏いとはお笑いだぜ!ディセプティコン共、さっさと片付けるぞ!」

 

 その号令と共に、再び攻撃を開始するディセプティコン達。しかし、グリムロック達は臆す様子などない。特にティオとストレイフは、ウルで味わった雪辱を果たさんと、闘志を剥き出しにしている。

 今ここに、リベンジマッチが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、頑強なグリムロックの胸部の中。そこで守られている愛子は、自らの無力さに打ちひしがれていた。

 

「灘君…」

 

 元から人間ではなかったとはいえ、自らの教え子であり良き理解者であった彼が、今もこうして身を挺して守ってくれているというのに、自分はまたしてもこうして何も出来ずに守られている。おまけに今彼が戦っている敵は、生徒達の一部を殺した連中だ。そんな奴らを前にしているというのに、自分は敵討ちすらできない。

 王国と教会に裏切られ、当初予定していた神を頼っての帰還など期待出来ない以上、自分達の手で前に進まなければならないというのに、何で有様だ。愛子は自らの不甲斐なさが悔しくて、思わず涙を零した。

 

ピカッ!

 

「ふぇっ⁉︎な、何ですか⁉︎」

 

 その時、急に愛子の傍で何かが光り、暗い胸部内を照らした。思わずビクッとなる愛子だったが、光る箇所を見るととそこにあったのは、いつも亮牙が持っているショルダーポーチの宝物庫だった。万が一彼女に何かあった時のために、一緒に入れておいたのだ。

 恐る恐る光の正体を確かめようと、愛子は内心亮牙に謝りつつショルダーポーチを開けた。出て来たのはクリエーション・マトリクス。いつもより輝いており、両手に取った愛子はその美しさに感嘆してしまう。

 

「「「「「「彼を助けたいか、人間の娘よ」」」」」」

 

「ふぇっ!!?だ、誰ですか!!?」」」」」」

 

 突如、気高い雰囲気を醸し出す六人の男の声が響く。思わずキョロキョロと辺りを見渡す愛子だったが、直ぐに自分が手に取ったこのアーティファクトから声が聞こえる事に気づく。

 

「「「「「「このクリエーション・マトリクスに其方の力を注ぐのだ。さすればグリムロックに、更なる力を与えられるだろう」」」」」」

「私の力を…灘君に…?」

 

 力を注げと語るその声に、最初は戸惑いを隠せない愛子だったが、その迷いは直ぐに消えた。グリムロックが管理している物であるならば、危険な物ではない筈だ。

 なにより自分達で運命を切り開くと決めた以上、やれる事があるならやらなければならない。たとえ種族が違っても、彼もまた自分にとっては守るべき大切な教え子だ。

 

「貴方達がどなたなのかは分かりませんが、その言葉を信じます。どうか私の力を以て、彼を守ってください!!!」

 

 そう叫んだ愛子はギュッと目を瞑ると、両手から自らの魔力をクリエーション・マトリクスへ注ぎ込む。勇者である光輝に匹敵する強大な魔力が注ぎ込まれるとともに、マトリクスは更に美しく輝き出した。

 そして若き女神の力は、大いなる奇跡をもたらす事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に異変に気付いたのは、グリムロックだった。激戦でやや疲弊していた筈なのに、先程からやけに調子が良くなって来ているのだ。おまけにスパークの近くから、強大なエネルギーが感じられる。一瞬愛子の身を案じるが、彼女の生命反応は何の問題もなく、エネルギーはより強くなっている。

 やがて溢れ出たエネルギーは、彼の全身を覆った。その色はクリエーション・マトリクスと同じ、美しい青色だ。それと同時に、全身に活力が漲ってくる。

 

「何だが分からねえけど、激ってきたぜ!

 ダー!!!」

 

 満ち溢れるエネルギーに、雄叫びを上げるグリムロック。そのエネルギーは彼だけでなく、両隣で飛翔するティオとストレイフをも覆ってゆく。すると、その時不思議な事が起こった。

 

『な、何じゃ一体……

 ってのじゃあああああ!!?』

 

「お嬢⁉︎って俺もかよぉおおおっ!!?」

 

 光に覆われたティオは、突如として本人の意思に反して高速で回転し始め、徐々に黒竜の姿からシルエットを変えてゆく。それに驚愕するストレイフだったが、彼の方は磁石のようにグリムロックへと引き寄せられていくと、ギゴガゴゴと変形、彼の背中へと合体する。アストロトレイン達は警戒を顕にし、彼ら目掛けて一斉射撃を行うが、エネルギーがバリアの役割を果たすのか全くダメージを与えられない。

 やがて現れたのは、背中に巨大な一対の翼を有したグリムロックだった。両肩にはストレイフの頭部が大砲のように装備され、瞳は赤色から青色へと変わり、頭部に生えた角の後ろには、まるで古代ギリシャ兵の兜のようなモヒカン状の装飾が備わっている。

 ティオも回転が終わり、その姿を大きく変えていた。黒竜の姿から、ドラゴンの頭部と両翼を彷彿とさせる造形の穂先を備えた、漆黒の三叉槍・ダイノランスへと変貌していたのだ。

 名付けてこれ、マキシマル陸空騎士・グリムウイングである!

 

「最初に言っておく!今の俺はか〜な〜り強い!!!」

 

『ついでに言っておく!この姿は妾自身びっくりじゃ!!!』

 

「ただ背中にくっ付いただけだろうがぁっ!!!」

 

 威勢よく啖呵を切るグリムウイングと、やや拍子抜けに続けるティオ。それが癪に触ったのか、アストロトレインは怒号を飛ばしながら銃撃を再開し、他のディセプティコン達も続く。

 しかし、グリムウイングは物ともしない。ただ合体しただけでなく、防御力も格段に上がっているのだ。彼はお返しとばかりに、ダイノランスにエネルギーを込めると、大きく横薙ぎに振るった。

 

暴風覇王(ヴィンドスヴァル)!!!」

 

ビュオオオオオオオオッ!!!

 

 次の瞬間、薙ぎ払いによって幾つもの竜巻が発生し、ディセプティコン達に襲い掛かった。飛行艇達は慌てて後退しようとするが時既に遅く、なす術もなく竜巻に飲み込まれては破壊されてゆく。

 

「こんな微風程度で俺を止められると思ってんのかぁ!!?」

 

 部下達が大打撃を受ける中、スペースシャトルに変形するだけあり、アストロトレインは耐え抜いている。両腕からプラズマチェーンソーを展開すると、グリムウイングへと突っ込んできた。

 だがグリムウイングは焦る様子も見せず、大きく上半身を捻ると、ダイノランスを勢いよく敵目掛けて投げつけた。しかしアストロトレインも馬鹿ではない。寸前のところで躱し、ダイノランスはそのまま通り過ぎてゆく。

 

「ハハッ!馬鹿が!外し…「外しちゃいねぇよ」何……グワァアアアアッ!!?」

 

 グリムウイングがそう告げた瞬間、躱した筈のダイノランスが背後から襲い掛かり、油断していたアストロトレインの胴体を貫く。金属生命体の中でもかなりの巨体を誇るが故に致命傷とはならなかったが、予想外のダメージに苦悶の叫びを上げる。

 ダイノランスはそのままグリムウイングのもとへ戻るかのように見えたが、何と光の膜が目の前に現れ、その中に吸い込まれていく。見ると、同じような光の膜が、先程の竜巻から逃れられた飛行艇の前に出現している。そしてやはり、その中からダイノランスが飛び出して来て、容赦なく飛行艇を貫通・撃墜すると、別の光の膜へと飛び込んで、また別の飛行艇の前に襲い掛かる。これにより、何とか逃げ延びた飛行艇も、瞬く間に殲滅されてしまった。

 これぞ、かつてサイクロナスとの戦いで、彼が使った戦法を参考に、同じく空間魔法を用いた新技必勝の猟犬(ラエラプス)である。その名に相応しく、完全にディセプティコンの飛行艇軍団は一掃され、最早残るのはアストロトレインだけだ。

 

「調子に乗るんじゃねぇっ!!!」

「こっちの台詞だ」

 

 序盤とは打って変わり、自分の方が追い詰められいる現状に、アストロトレインは焦りと屈辱に顔を歪ませながらも、再びマトリクス・オブ・マリスからビームを放つ。だがグリムウイングも負けじと、両肩に装備されたストレイフの頭部の砲口から、クリエーション・マトリクスと同じ美しい青色のビームを放つ。

 二つの青いビームは一点に集束して一つに纏まると、マトリクス・オブ・マリスから放たれた緑色のビームとぶつかり合う。最初は拮抗していたものの、徐々にグリムウイングが放ったビームの方が勝っていき、遂には完全に押し返すと、アストロトレインに直撃する。

 

「グォオオオオオオオッ!!?」

 

 強烈な攻撃を受け、大きく仰反るアストロトレイン。胸部のマトリクス・オブ・マリスもかなりのダメージを受けたらしく、所々に亀裂が入っている。次の攻撃には耐えられないだろう。

 飛行艇を掃討し尽くし手元に戻ってきたダイノランスを手に取ると、グリムウイングは自らのエネルギーをダイノランスへ注ぎ込む。今度はグリムロックのブレスと同じく紅蓮の炎が穂先に纏われ、赤く輝く。彼は両翼をはためかせると一気に加速、獲物に鉤爪を振り下ろす猛禽の如く、アストロトレインの胸部目掛けてダイノランスを突き出した。

 

「ウルでの借りは返すぞ───

 

 

 

 

 

 ───羅化大者(ラケダイモン)!!!」

 

チュドォオオオオオッ!!!

 

ドォガァアアアアアッ!!!

 

「ぐぁああああああっ!!?」

 

 強烈な刺突がアストロトレインの胸部に突き刺さるとともに、凄まじい爆発が発生。先程のビームの直撃もあって彼は防御体勢も取れず、爆発に飲み込まれた。

 やがて爆煙から吹き飛ばされる形で姿を現したアストロトレインは、痛ましい姿になっていた。胸部のマトリクス・オブ・マリスが盾代わりとなったのか辛うじて生きているが、代償としてマトリクス・オブ・マリスは完全に破壊されてしまった。彼本人のダメージも酷く、胴体の装甲は損傷が激しく、身体に流れるエネルゴンが出血の如く溢れている。

 グリムウイングはとどめを刺そうとダイノランスを構えるが、それに気付いたアストロトレインは最後の力を振り絞ってスペースシャトルに変形して退却する。

 

「サウンドウェーブ…!スペースブリッジを開け…!」

『了解』

 

 逃すものかと追跡するグリムウイングを躱しながら、アストロトレインは息も絶え絶えにサウンドウェーブに通信を送る。直ぐに上空にスペースブリッジが出現して、彼はその中に逃げるように飛び込んだ。

 

「これで終わりだと思うなよグリムロック…!お前も仲間達も、この報いは受けさせるからな…!」

 

 憎悪の篭った捨て台詞とともにアストロトレインは姿を消し、それと同時にスペースブリッジは閉じられた。敵の幹部に深手を負わせられたものの、仕留めるには至らなかった事に、グリムウイングは悔しそうにグルルルと唸る。

 しかし、まだ敵は残っている。彼が次に狙いを定めたのは、今なお神山を食い尽くす勢いで掘り進む5体のドリラーだ。最早、正教教会総本山は、跡形もなく破壊し尽くされていた。

 グリムウイングは神山に狙いを定めると、ダイノランスを投擲する構えを取る。槍全体に強烈なエネルギーが纏われると、彼はダイノランスを握り締めたまま、投擲するように腕を振るった。すると、ダイノランスを覆っていたエネルギーのみが、巨大な槍となって発射され、神山を破壊するドリラーへと襲い掛かった。

 

亡堕(なだ)葬槍(そうそう)

 

ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!

 

 エネルギーの槍は神山に直撃すると、神山全体を激震させるような大爆発を起こした。巨大なキノコ雲と轟音に混じって、爆殺されたドリラー達の亡骸がバラバラになって吹き飛んでゆく。

 長年に渡りトータスの人族を支配してきた正教教会総本山は、この日、呆気なく滅び去ったのであった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・マキシマル陸空騎士グリムウイング
 愛子がクリエーション・マトリクスに自分の魔力を注いだ結果、その強大なエネルギーに呼応してパワーアップしたグリムロックがストレイフと合体した姿。空中戦ではディセプティコンに劣るグリムロックと、他のダイナボットより防御力で劣るストレイフの両方の欠点を補っており、マキシマルの空中戦力としては最強となった。
 武器は後述のダイノランスに加え、両肩にストレイフの頭部が砲塔のように装備されたダブルヘッドカノン。また、グリムロックの持つ炎の力と、クリエーション・マトリクスのエネルギーの力を使い分ける事が出来る。
 モデルとなったのは『Transformers ENERGON』のグリムロックとスワープの合体形態・メガダイノボット。『ロストエイジ』の玩具シリーズ『ムービーアドバンスドシリーズ』におけるブラックナイトグリムロックとストレイフを合体させる俺変形も参考とした。
 因みに名前の由来は『プライム』の玩具限定キャラであるプレダゴンのグリムウイングから。こちらは半鳥半熊のグリフォン、ウルサグリフに変形する。

・竜槍ダイノランス
 クリエーション・マトリクスのエネルギーに呼応する形で、ティオが『竜化』の派生として変身した本作オリジナルの姿。グリムウイングのメイン武器となる。
 本来はストレイフの風属性の能力を主とした技を放つが、グリムロックの炎属性の力を纏う事で強力な爆発を引き起こす事が出来る。なお、ティオ本人はこの形態を意外と気に入っている。
 ティオの武器化は元から考えていたが、槍としたのは『ゴッド・オブ・ウォー:ラグナロク』のドラウプニルの影響が大きい。なお、名乗りのところはグリムウイング含め、仮面ライダーゼロノスのオマージュ。

・暴風覇王
 ダイノランスを横薙ぎに振るうとともに、無数の竜巻を発生させ、敵を飲み込む技。
 元ネタは『ゴッド・オブ・ウォー:ラグナロク』でのドラウプニルの必殺技「ヴィンドスヴァルの暴風」から。因みにヴィンドスヴァルとは「風の冷たき者」を意味する北欧神話の王の名前らしい。

・必勝の猟犬
 空間魔法との組み合わせによる技で、投擲したダイノランスを空間魔法によって自在にテレポートさせ、瞬時に多数の敵を掃討出来る。
 名前の由来はギリシャ神話に登場する猟犬ライラプスから。因みにティラノサウルスの仲間の肉食恐竜ドリプトサウルスは、かつてこの猟犬に因みラエラプスと呼ばれていた。

・羅化大者
 穂先にグリムロックの炎属性のエネルギーを纏わせたダイノランスによる刺突で、貫いた敵に追加攻撃で大爆発を引き起こす技。
 名前の由来は古代ギリシャ最強の軍事国家スパルタの別名。ラケダイモンから。

・亡堕葬槍
 ダイノランス全体にエネルギーを纏わせ、そのエネルギーのみを投擲し、直撃した敵を大爆発で吹き飛ばす技。
 名前の由来は「涙そうそう」から。エネルギーのみを投擲するという能力は、『ゴッド・オブ・ウォー』シリーズにおける槍投げが元ネタ。
 
・マトリクス・オブ・マリス
 第3章にてストレイフを操るのに利用されて以来、2年ぶりの登場。
 エヒトの支配によってトータス中に蔓延る「悪意」や「怨念」のエネルギーから創られた代物で、使用者の悪意や凶暴性を増長させる効果がある。
 今後、この負のエネルギーが物語に深く関わってくる…。





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魂の魔法

ビースト覚醒、まさかの日本語版主題歌には驚きましたが、「War War!Stop it」へのリスペクトもあり、気に入りました。
覚醒オプティマスプライマルも、かなり劇中に近いデザインで、迷わず購入しました。
おかげで、映画公開当日には迷わず有給を取っちゃいました。


 夜天を焦がす大爆発。ハジメがこの場にいたら、テレビの戦争系ドキュメンタリーなどで見た光景を思い出していただろう。だが、歴戦の戦士であるダイナボット達には見慣れた光景であった。

 聖教教会総本山は根こそぎ崩壊、侵攻していたディセプティコン達も殲滅した。大将であるアストロトレインを仕留めきれなかったのは悔しいが、ウルでの雪辱は果たす事ができた。上空を飛翔するグリムウイングは、アクロバティックに宙返りをすると、ギゴガゴゴと音を立てながら合体を解除し、グリムロックとストレイフに分離する。

 

「おいストレイフ、背中貸せ。ちょっと休む」

「「俺だって疲れてるっての。まあ、いいけどよ」」

「ティオ、ご苦労だったな。元に戻っていいぞ」

『うむ、叔父上には悪いが、妾も休ませて貰おうかのぉ』

 

 そう呟くと、グリムロックの手に握られていたダイノランスは再びクルクルと回転したかと思うと、人間態のティオへと戻る。彼女はそのまま、傍を飛翔するストレイフの背中に降り立った。

 グリムロックもまた、ギゴガゴゴと音をたてながら、人間態へと姿を変える。それと同時に胸部を展開して、中に入れて守っていた愛子を外へと出してやる。

 そして人間態に戻った亮牙は、胸部から出した愛子を優しくお姫様抱っこしながら、彼女の様子を確認する。彼の目に映ったのは、ショルダーポーチを背負い、普段より眩い光を放つクリエーション・マトリクスを握りしめたまま「ふええええ…」と疲れ切った感じで目を回している愛子の姿だった。

 確かに派手に動き回ったが、こんなにぐったりする程の衝撃を与えていただろうか、という疑問は湧いたが、もしかしたらそれだけではないのかもしれない。そう思いつつ、亮牙はゆっくりストレイフの背に降りると、抱き抱えていた愛子を優しく降ろす。その様子を、隣でティオが羨ましそうに眺めていたのは割愛しよう。

 

「おう、先生。しっかりしろ。終わったぞ」

「な、灘君…。よかった、無事だったんですね。…本当によかった」

「全く、流石はご主人様じゃ。まさか、妾を武器へと変えるだけではなく、あの強敵どもを蹴散らした末に聖教教会そのものを崩壊させるとは。天晴れ見事じゃよ」

 

 ぐったりとした様子ながらも、愛子は亮牙を見上げながら無事だった事に安堵する。ティオもさりげなく亮牙の隣に寄り添いながら彼を称賛する。

 

「なあ、途中からかなり力が漲ってきたんだが、アンタがマトリクスを使って手助けしてくれたのか?」

「か、勝手に灘君のポーチを開けちゃってすみません……けど、このアーティファクトから声がして……私の力を注げば、貴方達を助けられると……足手纏いのままでいるのは嫌だったので、何か力になれたらと……」

 

 亮牙の質問に対して、愛子はぐったりとしながらも事情を説明した。

 グリムロックの胸部装甲に守られていた愛子は、ウルの時と同じく何一つ力になれない己の無力さを責めていた。何か力になりたかったものの、魔法に関して高い適性は持っていても、碌な魔法陣を持っていない彼女に強力な攻撃魔法を行使することは出来なかった。

 そんな時に、ショルダーポーチに入っていたクリエーション・マトリクスが強く輝き始めたので、愛子はポーチを開けてマトリクスを取り出した。するとマトリクスから6人ほどの男の声で、自分の力を注ぎ込めばグリムロックを助けられると告げられたのだ。

 愛子には迷っている暇などなかった。その言葉を信じて、マトリクスを握りしめたまま、これまで魔法を使用してきた時を思い出しながら魔力を込めた。すると、彼女の魔力がマトリクスへと吸収されていき、更に輝きを増していったのだ。

 ちなみに、本来の愛子のステータスは以下の通りである。

 

畑山愛子 25歳 女 レベル:56

天職:作農師

筋力:190

体力:380

耐性:190

敏捷:310

魔力:820

魔耐:280

技能:土壌管理・土壌回復[+自動回復]・範囲耕作[+範囲拡大][+異物転換]・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作[+急速発酵][+範囲発酵][+遠隔発酵]・範囲温度調整[+最適化][+結界付与]・農場結界・豊穣天雨・言語理解

 

 これらの技能がマトリクスによって強化された結果、土壌回復の派生として「鉱石回復」が新たに発動し、金属生命体であるグリムロックの身体を大きく回復させた。加えて、範囲耕作の影響か、周囲にいたストレイフとティオまでも回復させていった。

 更に品種改良・混在育成が派生した結果、新たに「融合合体」という技能が発動。これにより、合体機能のなかったグリムロックとストレイフは合体してグリムウイングとなり、ティオも竜化が派生してダイノランスとなったのだ。

 

「そうか、成る程な」

「「…マトリクスは初めて見ただろうに、なんちゅう無茶するんだ。こちらのお嬢さんは…。まあ、グリムロックの恩師やってるだけはあるか…」」

「うむ。じゃがあのような姿に変わるとは、妾の長い生のうちでも思いつかんかった。流石、ご主人様の先生殿じゃ。感服じゃよ(それに妾もご主人様との合体技が使えるようになるとは!後でシアに自慢せんとのぉ〜♡)」

 

 愛子の説明を聞き終わり、三人はそれぞれ異なる反応を示す。亮牙は素直に愛子がしてくれたことに感心し、ストレイフはリスクも省みず無茶をした愛子に呆れる。ティオは愛子に感服していたが、内心ではシアに自慢するネタが出来たと喜んでいた。

 

「ふへへへ……私なんかでも、灘君達の力になれたのなら、何よりです……そ、そういえば教会の皆さんはどうなりました?イシュタルさん達以外にも、まだ中には沢山いたと思いますが…」

 

 愛子は疲れ切った様子ながらも、亮牙達の役に立つ事が出来たと悟り、満足そうに微笑む。だがすぐに、まだ生き残っていた筈の正教教会の残党がどうなったのか気になり、廃墟と化した教会に視線を彷徨わせる。

 だが、亮牙達はどうでも良いらしく、瓦礫の山々には視線も向けようともしない。

 

「知ったことか。どうせ生き残ってた奴等も、コンズの攻撃で全滅してるに決まってる。仮に生き残りがいたとしても、さっきまで殺そうとしていた敵に助けられたくねぇだろ」

「連中もまさか、地下から攻めてくるとは思いもしなかったじゃろうのぉ。おまけにあの一撃を受けては、助からんじゃろ」

「ま、まあ……そうですよね……あははは……」

 

 教会関係者達に対して容赦のない辛辣な物言いに、苦笑するしかない愛子。目の前で多少は顔馴染みだった人間が大量に死んだ事に、彼女とて思うところがないわけではない。しかしイシュタル達は、散々この世界のために行動した教え子達への恩を仇で返した挙句、愛子に対しても短期間とはいえ拷問にかけた。やや甘いところがある彼女としても、ここまで非道を受けては教会関係者達に同情など出来なかった。

 取り敢えず、亮牙達を助けようとして力を使い切ってしまい、未だぐったりしたままの愛子を、亮牙は優しく抱き寄せる。「ふぇっ⁉︎」と愛子がたじろぐのを横目に、彼は宝物庫のポーチにクリエーション・マトリクスを片付けると、神水の入った試験管を取り出した。

 

「ほれ、口開けな」

「ふぁっ⁉︎ふぁい…」

 

 亮牙の顔が間近にあるため、愛子は顔を真っ赤にしながらも、言われた通り口を開けて試験管を咥える。中の神水が口内へと伝わり、それをゆっくり飲んでいくと共に、弱り切った身体が徐々に回復していくのを感じた。

 愛子が回復したのを確認すると、亮牙は優しく笑いながら、いつもの調子で憎まれ口を叩いた。

 

「ったく、ペチャパイの幼児体型のくせして豊穣神なんかに祭り上げられたと思ったら、今度は勝利の女神になっちまうとはな。ほんとアンタには驚かされるよ」

「ぺ、ぺ、ペチャパイ!!?な、灘君!なんて失礼な事を言うんですか!!?た、確かにシアさんやティオさんに比べたら小さいかもしれませんが、女性に向かって容易くセクハラ発言しないでください!ましてや私は貴方の教師ですよ!」

「何だよ、そんなに気にしてるなら揉んでデカくしてやるぞ?」

「だ〜か〜ら〜!少しは胸から話題を変えてください!」

 

 気力が戻ってきた愛子は、セクハラ発言で揶揄ってくる亮牙に、いつもの調子で怒り出す。「うが〜!」と子どもっぽい雰囲気で亮牙に反論する姿は、教師と生徒と言うよりは、カップルが戯れあっているかのようだ。

 そんな中、亮牙は愛子の前髪をかき分けると、彼女の額をさらけ出す。

 

「とまあ冗談はさておき、今回はアンタのおかげで助かったよ。これは俺からの礼だ」

 

 

 

 

 

チュッ

 

 

 

 

 

「ふぇっ?」

 

 一瞬、何をされたのか分からず愛子は呆気に取られる。やがて、額にキスされたと悟り、ハッと我に返った彼女は、羞恥やら何やらで顔を真っ赤に染め上げた。

 

「な、な、灘君!!?何ですか今のは!!?」

「俺なりの感謝のつもりだ。口じゃなくて悪いな。シアに申し訳ないからよ」

「いやいや!そうじゃないです!!?せ、先生にキ、キ、キスするなんて!!?」

「まあ、流石にエイリアン相手じゃ嫌だったか。悪いな」

「そうじゃないです灘君!そうじゃないですってば〜!私と君は教師と生徒〜!!!」

 

 真っ赤になりながら、口をパクパクさせる愛子。心なしか、亮牙の名を呼ぶ声に熱が篭っている。上目遣いに彼を見つめる瞳も熱っぽくうるうると潤んでいた。どう見ても、ただの羞恥心だけから来るものではなく、特別な感情が窺える表情だ。

 

「あ〜ん!シアや愛子殿ばかりずるいのじゃあ〜!妾も早くご主人様からのご褒美が欲しいのじゃあ〜!!!」

 

 そんな砂糖を吐きそうな光景を前に、ティオも遂に我慢の限界を迎えた。悔し涙を流しながら、その爆乳を押し付けるように亮牙に抱き着いた。早く自分にも褒美をくれと、まるで犬の如く息を荒げている。

 

「おう、ティオもありがとよ。そういえば、グリューエンでの礼も忘れてたっけな。ほらよ」

 

モミュモミュモミュ♡

 

「あんっ♡ああんっ♡そうじゃ♡これを待ち望んでおったのじゃあ♡あ〜ん♡もっと揉むのじゃあ♡何なら吸うなり好きにして構わんぞ〜♡」

「シアに悪いから、揉むだけで我慢してくれ」

「あ〜ん♡ご主人様のいけず〜♡でも気持ち良いのじゃあ〜♡」

「ちょっ!!?灘君!何やってるんですか!!?破廉恥ですよ!」

「何だよ、アンタも揉んで欲しいのか?」

「んにゃあああああ〜!!?」

 

 グリューエン大火山での活躍も労う意味合いで、ティオの爆乳を服越しに揉みしだく亮牙。労いとしては最低かつ下品極まりないが、当のティオは念願が叶ったと言わんばかりに歓喜する。

 愛子が堪らず顔を真っ赤にして亮牙を叱るが、逆に亮牙に揶揄われ、目をぐるぐるさせながら奇声を上げてしまう始末だ。

 

「「………お前らなぁ───

 

 

 

 

 

 ───他人の背中の上で乳繰り合ってんじゃねぇえええ!!!叩き落とすぞぉぉおおおっ!!!」」

 

 背中の上で馬鹿な事をしている連中に、遂にストレイフの怒りが爆発する。ここで振り落としても文句は言われないのに、怒鳴るだけで済ますあたり、彼の人柄が窺える。

 

「「ったく、俺の身にもなれ───

 

 

 

 

 

 ───おいグリムロック。誰かいる。明らかに普通じゃねえぞ…」

 

「何?」

 

 その一言に、あの爆発で生き残った者がいるのかと驚きながら、亮牙はティオの胸から手を離すと、ストレイフの視線を追う。するとそこには確かに、白い法衣のようなものを着た禿頭の男がおり、亮牙達を真っ直ぐに見つめていた。更にストレイフが「普通ではない」と言った通り、その体は透けてゆらゆらと揺らいでいた。

 禿頭の男は、亮牙達が自分を認識したことに察したのか、そのまま無言で踵を返すと、歩いている素振りも重力を感じている様子もなくスーと滑るように動いて瓦礫の山の向こう側へと移動した。そして、姿が見えなくなる直前で振り返り、亮牙達に視線を向ける。

 

「何だあのハゲ?あの頃のキ○タマみてぇな面しやがって」

「「あの頃のキ○タマって何だよ…。普通について来いって言ってる感じだぜ?どうする?」」

「…そうだな、さっさとハジメ達と合流すべきだが、元々、ここも攻略予定だったしな。野郎が手がかりになるなら、追いかけるべきか」

「「そうだな。では、追うとするか」」

 

 ストレイフは亮牙の判断に頷くと、翼をはためかせ瓦礫の山の上に降り立ち、背中の三人を降ろして人間態となる。

 

「あぅ、す、すみませんストレイフさん…。さっきは見苦しい姿を見せてしまって…」

「気にするな、お嬢さん。元はと言えばグリムロックが悪いんだ」

「おい、何で俺が悪いんだ」

「どの口が言ってる!他人の背中の上で嫁入り前の女子達に破廉恥な真似しやがって!」

「妾は気にしておらんぞ?寧ろご主人様にはもっと妾を堪能して欲しかったのぉ。愛子殿も同じであろう?」

「お嬢まで馬鹿な事言ってんじゃねぇ!」

 

 先程まで姦しく騒いでいた愛子が、羞恥と申し訳なさで小さな体を更に小さくして謝罪する。どうやら人前だった事を思い出し、恥ずかしくて堪らないのだろう。

 ストレイフは亮牙が悪いと分かっていたので、気にするなと声を掛けるが、そう簡単に割り切れるものでもない。なにせ、先程のやり取りで、愛子自身自分の気持ちを認めつつあり、それ故に、特に亮牙に対しては色々と思う所があるのだ。

 しかし、いつまでも縮こまっていられても困るので、亮牙はさっさと話題を転換する。元はと言えば彼が悪いのだが。

 

「先生、俺のそばから離れるなよ。あのハゲの正体を確かめに行くが、何があるか分からんからな」

「は、はい。分かりました。灘君に付いていきます!」

 

 最後の付いて行くという言葉に妙な力と熱が篭っていたような気がする亮牙だったが、敢えて気がつかない振りをして、禿頭の男が消えていった場所に歩を進めた。

 禿頭の男は、その後も、時折姿を見せては亮牙達を誘導するように瓦礫の合間を進んでいく。そして、五分ほど歩いた先で、遂に目的地についたようで、真っ直ぐ彼らを見つめながら静かに佇んでいた。

 

「テメェは何者だ?あの頃のキ○タマみてぇな面しやがって」

「頼むからキ○タマから離れろ…」

「……」

 

 禿頭の男は、亮牙の失礼な質問には答えず、ただ黙って指を差す。その場所は何の変哲も無い唯の瓦礫の山だったが、男の眼差しは進めと言っているようだ。問答をしても埓があかないと判断した亮牙は、仲間達と頷き合うとその瓦礫の場所へ踏み込んだ。すると、その瞬間、瓦礫がふわりと浮き上がり、その下の地面が淡く輝きだした。見れば、そこには大迷宮の紋章の一つが描かれていた。

 

「…テメェ、解放者か?」

 

 亮牙が質問したのと、地面が発する淡い輝きが彼らを包み込んだのは同時だった。次の瞬間には、亮牙達は全く見知らぬ空間に立っていた。それほど大きくはない、光沢のある黒塗りの部屋で、中央に魔法陣が描かれており、その傍には台座があって古びた本が置かれている。どうやら、いきなり大迷宮の深部に到達してしまったらしい。

 亮牙達は、魔法陣の傍に歩み寄った。亮牙は何が何やらと頭がこんがらがっている愛子の手を引いて、ストレイフやティオと頷き合うと精緻にして芸術的な魔法陣へと踏み込んだ。

 と、いつも通り記憶を精査されるのかと思ったら、もっと深い部分に何かが入り込んでくる感覚がして、思わず四人とも呻き声を上げる。あまりに不快な感覚に、一瞬、罠かと疑うも、次の瞬間にはあっさり霧散してしまった。そして、攻略者と認められたのか、頭の中に直接、魔法の知識が刻み込まれる。

 

「…これが魂魄魔法か?」

「う~む。どうやら、魂に干渉できる魔法のようじゃな…」

「ああ、漸くプライム達の言ってた魔法を手に入れたぜ」

 

 いきなり頭に知識を刻み込まれるという経験に、頭を抱えて蹲る愛子を尻目に、亮牙は納得顔で頷くと、脇の台座に歩み寄り、安置された本を手にとった。

 どうやら、中身は大迷宮「神山」の創設者であるラウス・バーンという人物が書いた手記のようだ。オスカー・オルクスが持っていたものと同じで、解放者達との交流や、この神山で果てるまでのことが色々書かれていた。その中には、なぜ映像体としてだけ自分を残し、魂魄魔法でミレディのように生きながらえなかったのかも、懺悔混じりの言葉で理由が説明されていた。そして、最後の辺りで、迷宮の攻略条件が記載されていたのだが、それによれば、先程のラウス・バーンの映像体が案内に現れた時点で、ほぼ攻略は認められていたらしい。

 というのも、あの映像体は、最低、二つ以上の大迷宮攻略の証を所持している事と、神に対して信仰心を持っていない事、あるいは神の力が作用している何らかの影響に打ち勝った事、という条件を満たす者の前にしか現れないからだ。つまり神山のコンセプトは、神に靡かない確固たる意志を有すること、のようだ。

 おそらくだが、本来、正規のルートで攻略に挑んだのなら、その意志を確かめるようなあれこれがあったのではないだろうか。愛子も攻略を認められたのは、長く教会関係者から教えを受けておきながら、そんな信仰心より生徒を想う気持ちを揺るがせなかったから、あるいは教会の打倒に十分手を貸したと判断されたからだろう。長年にわたりエヒトに毒されたトータス人達には実に厳しい条件だが、マキシマル一行には軽い条件だった。

 ようやく、神代魔法を手に入れた衝撃から立ち直った愛子を促して、台座に本と共に置かれていた証の指輪を取ると、亮牙達は、さっさとその場を後にした。再び、ラウス・バーンの紋章が輝いて元の場所に戻る。

 

「先生、大丈夫か?」

「うぅ、はい。何とか…。それにしても、すごい魔法ですね…。確かに、こんなすごい魔法があるなら、日本に帰ることの出来る魔法だってあるかもしれませんね」

「まあな。それに、この魔法さえ手に入れちまえば、もうエヒトは詰んだも同然だ」

「え?どういう意味ですか?」

「ああ。そう言えばそれについて話してなかったな…。まあ、ハジメ達と合流してから話すよ」

「あっ、そうです!王都が襲われているんですよね?みんな、無事でいてくれれば…」

 

 愛子が、こめかみをグリグリしながら納得したように頷く。その表情は、ここ数日の展開の激しさに疲弊しきったように疲れたものだったが、帰還の可能性を実感できたのか少し緩んでいる。だが、亮牙の言葉に、王都が現在侵攻されている事を思い出し、心配そうな表情で祈るように胸元をギュと握り締める。

 

「取り敢えずハジメ達と合流したら、直ぐに此処に戻るぞ。アイツらも魔法を獲得した後は、さっさとおさらばだ」

「…やっぱり、王都は見捨てるつもりですか?」

「当然だ。それとも、俺の手で滅ぼしてやろうか?」

「うっ……でも、天之河君達が聞き入れてくれるでしょうか?」

「その時はあの馬鹿共も見捨てるまでだ」

 

 そう言いながら、亮牙達は下山を開始した。といっても、神山から王都へ降りるための唯一の手段であるリフトは戦いの余波で破壊されてしまっている。そのまま飛び降りても構わないが、愛子もいるので、亮牙が空間魔法を使って王宮まで即行で移動する事にした。

 神代魔法の凄まじさに改めて驚かされる愛子を促すと、王宮にテレポートした亮牙達は、まず匂いを辿ってハジメと優香達がいる場所に向かう。

 そして、合流した先で見たものは───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───光輝達を取り押さえる、()()()()()()()()()()()()()()と、

 

 

 

 

 

 全身火だるまとなり、既に息絶えた優香の姿。そして…

 

 

 

 

 

 異様な雰囲気の香織に片手で首元を掴まれ、腹を槍で貫かれたハジメの姿だった。

 

 

 

 

 

 亮牙がその光景を目の当たりにした瞬間、地獄の門が開いた。

 

 

 

 

 




「あの頃のキ○タマ」は、私も愛読している漫画『ドンケツ』が元ネタです。

感想、評価お待ちしております。


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エヒトをも恐れぬ悪魔の所業

遅れてすみません。

本作の展開への参考も兼ねて、ビースト覚醒を4回鑑賞してました(笑)だって最高過ぎたもん!!!
どのキャラも今まで以上に魅力的でしたが、個人的にはスカージがどハマりしました。スタジオシリーズも即売り切れとなるだけあります。
また、ロボセンでG1グリムロックも年内に発売予定で、それも購入しちゃいました。財布が…(涙)

今回のタイトルは読んだ事のある人なら分かる『ニンジャスレイヤー』のあるキャラの初登場時のキャッチコピーが元ネタです。当初はG1の迷言「どいつもこいつも裏切者ばっかりだ」にしようかと悩みましたが、初登場のキャラに合わせこちらに変更しました。



 時間は少し戻り、ちょうど、リリアーナ達が王宮内に到着した頃。

 

チュドドドドド!!!

 

ドカァァァァン!!!

 

「ッ!?一体なにっ!?」

「雫ちゃん!?」

 

 ロケット花火を発射したような音に続き、凄まじい爆発音が響き渡り、自室で就寝中だった雫は、シーツを跳ね除けて枕元の刀剣を手に取ると一瞬で臨戦態勢を取った。対する香織も、臨戦態勢ではないが、素早く起き上がり警戒を露わにする

 明らかに、普段から気を休めず警戒し続けている者達の動きだ。

 

「「……」」

 

 しばらくの間、抜刀態勢で険しい表情をしながら息を潜めていた雫だったが、室内に異常がないと分かると、香織とともに僅かに安堵の吐息を漏らした。二人がここまで警戒心を強めているのは、ここ数日、顔を合わせることの出来ないリリアーナ、愛子、優香の事が引っかかっているからだ。

 少し前から、王宮内に漂う違和感には気がついていた。あの日、愛子が帰還した日に、夕食時に重要な話があるといって別れたきり三人の姿が見えない事で、彼女たちの身に何か良くない事が起きているのではとも疑っていた。

 当然、二人の行方を探し、イシュタルから愛子達は総本山で異端審問について協議しているというもっともらしい話を聞き出したのだが、直接会わせてもらうことは出来なかった。なお食い下がった雫だったが数日後には戻ってくると言われ、またリリアーナの父で国王でもあるエリヒドにも心配するなと言われれば、渋々ではあるが一先ず引き下がるしかなかった。しかしホルアドの悲劇から、漠然とした不安感は消えず、今のように、どこぞのスパイのような警戒心溢れる就寝をしていたのである。

 雫は音もなくベッドから降りると、香織とともに数秒で装備を整えて慎重に部屋の外へ出た。廊下に異常がないことを確かめると、直ぐに向かいの光輝達の部屋をノックした。

 扉はすぐに開き、光輝が姿を見せた。部屋の奥には龍太郎もいて既に起きているようだ。どうやら、先程の大音響で雫達と同じく目が覚めたらしい。

 

「光輝、あなた、もうちょっと警戒しなさいよ。いきなり扉開けるとか……誰何するくらい手間じゃないでしょ?」

 

 何の警戒心もなく普通に扉を開けた光輝に眉を潜めて注意する雫。それに対して光輝は、キョトンとした表情だ。破砕音は聞こえていたが、王宮内の、それも直ぐ外の廊下に危機があるかもしれないとは考えつかなかったらしい。

 まだ、完全に覚醒していないというのもあるかもしれないが、この二人、雫が王宮内の違和感や愛子達のことで「何かがおかしい、警戒するべきだ」とここ数日は忠告をし続けていたのだが、考えすぎだろうと余り真剣に受け取っていなかった。ホルアドでの一件にちっとも懲りていなかったのだろう。

 

「そんな事より雫、香織。さっきのは何だ?何か割れたような音だったけど……」

「…分からないよ。とにかく、皆を起こして情報を貰いに行こう。何だか、嫌な予感がするよ…」

 

 香織がそう言ってる間に、雫は踵を返して他のクラスメイト達の部屋を片っ端から叩いていった。ほとんどの生徒が、先程の爆発音で起きていたらしく集合は速やかに行われた。不安そうに、あるいは突然の睡眠妨害に迷惑そうにしながら廊下に出てきた全生徒に光輝が声を張り上げてまとめる。

 と、その時、雫と懇意にしている侍女の一人が駆け込んで来た。彼女は、家が騎士の家系で剣術を嗜んでおり、その繋がりで雫と親しくなったのだ。

 

「雫様…」

「ニア!」

 

 ニアと呼ばれた侍女は、どこか機械的な表情で雫の傍に歩み寄る。いつもの凛とした雰囲気に影が差しているような、そんな違和感を覚えて眉を寄せる雫だったが、ニアからもたらされた情報に度肝を抜かれ、その違和感も吹き飛んでしまった。

 

「大結界が一つ破られました」

「…なんですって?」

 

 思わず聞き返した雫に、ニアは淡々と事実を告げる。

 

「魔人族と、その同盟軍の侵攻です。大軍が王都近郊に展開されており、彼等の攻撃により大結界が破られました」

「…そんな、一体どうやって…」

 

 もたらされた情報が余りに現実離れしており、流石の雫も冷静さを僅かばかり失って呆然としてしまう。

 それは、他のクラスメイト達も同じだったようで、ざわざわと喧騒が広がった。魔人族の大軍が、誰にも見咎められずに王都まで侵攻するなど有り得ない上に、大結界が破られるというのも信じ難いのだから、冷静でいられないのも仕方ない。

 

「…大結界は第一障壁だけかい?」

「はい。今のところは、ですが、第一障壁は一撃で破られました。全て突破されるのも時間の問題かと…」

 

 そんな中、険しい表情をした光輝がニアに尋ねる。王都を守護する大結界は三枚で構成されており、外から第一、第二、第三障壁と呼び、内側の第三障壁が展開規模も小さい分もっとも堅牢な障壁となっている。

 ニアの回答に、光輝は頷くと自分達の方から討って出ようと提案したが、その言葉に決然とした表情を見せたのは雫、香織、龍太郎、鈴だけだ。他のクラスメイトは目を逸らすだけで暗い表情をしている。

 何せどいつもこいつも、前線に立つ意欲を失った連中ばかりだ。愛ちゃん親衛隊の五人と遠藤はまだ戦えるかもしれないが、ニアから「同盟軍」も来ているという話を聞いて戦慄している。間違いなく、ディセプティコンとかいうロボット軍団だろう。

 

「…こんな時、灘っちがいてくれたら…」

 

 ふと、宮崎がそう呟く。それを聞いて、他の愛ちゃん親衛隊の面々や遠藤も、同じ気持ちなのか俯いている。完全に和解出来たわけではないので、こんな事願うのは烏滸がましいというのは彼らも分かっているのだが、ディセプティコン達を難なく蹴散らして来たあの勇姿を目にすれば、この場に亮牙がいない事が残念でならなかった。

 

「宮崎さん。この場にいない奴なんかの話をしたって仕方ないだろう?灘なんかいなくたって、俺達ならやれる筈だ。不安なら皆は王都の人達の避難に専念して、戦闘は俺達だけでも…」

 

 だが亮牙の名前を聞いた事で、光輝はムッとなり、より一層心を滾らせる。そんな中、意外な人物、中村恵里が待ったをかけた。

 

「待って、光輝くん。勝手に戦うより、早くホセさん達と合流するべきだと思う」

「恵里……だけど」

「ニアさん、大軍って、どれくらいかわかりますか?」

「…ざっとですが十万ほどかと」

 

 その数に、生徒達は息を呑む。

 

「光輝くん。とても私達だけじゃ抑えきれないよ。…数には数で対抗しないと。私達は普通の人より強いから、一番必要な時に必要な場所にいるべきだと思う。それには、ホセさん達ときちんと連携をとって動くべきじゃないかな…」

 

 大人しい眼鏡っ子の恵里らしく控えめな言い方ではあるが、瞳に宿る光の強さは光輝達にも決して引けを取らない。そして、その意見ももっともなものだった。

 

「うん、鈴もエリリンに賛成かな。さっすが鈴のエリリンだよ!眼鏡は伊達じゃないね!」

「眼鏡は関係ないよぉ……鈴ぅ」

「ふふ、私も恵里ちゃんにに賛成だね」

「そうね。私も少し、冷静さを欠いていたみたい。光輝は?」

 

 女子四人の意見に、光輝は逡巡する。しかし、普段は大人しく一歩引いて物事を見ている恵里の判断を、光輝は結構信頼している事もあり、結局、恵里の言う通り騎士団や兵団と合流することにした。

 光輝達は、出動時における兵や騎士達の集合場所に向けて走り出した。すぐ傍の三日月のように裂けた笑みには気づかずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光輝達が、緊急時に指定されている屋外の集合場所に訪れたとき、既にそこには多くの兵士と騎士が整然と並び、前の壇上にはハイリヒ王国騎士団副団長のホセ・ランカイドが声高に状況説明を行っているところだった。月光を浴びながら整列する兵士達は皆、金属製のフルアーマーを身に纏った重武装ぶりだ。

 と、広場に入ってきた光輝達に気がついたホセが言葉を止めて光輝達を手招きする。

 

「…よく来てくれた。状況は理解しているか?」

「はい、ニアから聞きました」

「さぁ、我らの中心へ。勇者が我らのリーダーなのだから…」

 

 ホセは、そう言って光輝達を整列する兵士達の中央へ案内した。居残り組のクラスメイトが「えっ? 俺達も?」といった風に戸惑った様子を見せたが、無言の兵達がひしめく場所で何か言い出せるはずもなく流されるままに光輝達について行った。

 顔が兜で隠れ、全く表情の読めない周囲の兵士、騎士達の様子に、雫の中の違和感が膨れ上がっていく。それは、起きた時からずっと感じている嫌な予感と相まって、雫の心を騒がせた。無意識の内に、剣を握る手に力が入る。

 そして光輝達が、ちょうど周囲の全てを兵士と騎士に囲まれたとき、ホセが演説を再開した。

 

「みな、状況は切迫している。しかし、恐れることは何もない。我々に敵はない。我々に敗北はない。死が我々を襲うことなど有りはしないのだ。さぁ、みな、我らが勇者を歓迎しよう。今日、この日のために我々は存在するのだ」

 

 ホセがそう告げた次の瞬間……

 

 

 

 

 

「「「「「ザッケンナコラー!!!」」」」」

 

チュドドドドドドドドッ!!!

 

「「「「「ぎゃあああああ〜ッ!!?」」」」」

 

 ヤクザ染みた罵声が響き渡り、次いで機関銃の発砲音、そして最後に苦痛による悲鳴が上がった。そして、その直後に、ドサドサと人が倒れる音が無数に聞こえ始める。

 雫も例外ではなかった。広場に入ってからずっと最大限に警戒しており、ホセの演説もどこか違和感を感じていたのだが、まさか機関銃で銃撃されるなど予想もつかないだろう。とは言え、僅かな弾丸が片腕を掠めただけで済んだのは鍛錬の賜物だろう。

 漸くハッとなり周囲を見渡すと、他のクラスメイト達が全員、倒れ伏す姿が目に映る。誰もが血を流して倒れており、まさか全員殺されたのかと最悪の想像がよぎるが、皆、苦悶の声を上げながらも辛うじて生きているようだ。

 そのことに僅かに安心しながらも、予断を許さない状況に険しい視線を周囲の兵士達に向ける雫だったが、その目に信じられない光景が映り込み思わず硬直する。

 なんと、自分達を銃撃したのは、自分達を囲むように整列した兵士達だったのだ。但し、その手に機関銃は握られていない。腕そのものが銃へと変形しているのだ。まるでディセプティコン達と同じように。

 

「…ったく、少しは手加減しろよ!危うく僕まで蜂の巣だったじゃないか!!?」

 

「「「「「ドーモ、スミマセン!!!」」」」」

 

「えっ…?」

 

 更に、瀕死状態のクラスメイト達が倒れ伏す中、たった一人だけ平然と立っている生徒がいたのだ。その生徒は、普段とはまるで異なる攻撃的な声音で兵士達に怒鳴り散らす。対する兵士達は、息もピッタリ揃った状態で、綺麗なお辞儀をしながら謝罪している。

 その生徒の雰囲気が余りにも変わっているため、雫は言葉を詰まらせつつ反射的に疑問を投げ掛けようとした。だがその瞬間、雫の背後から一人の騎士がメイスを振り下ろして来た。

 

「テメッコラー!」

「くっ!?」

 

 よく知る相手の豹変に動揺しつつも、やはり辛うじてかわす雫に、その生徒は呆れたような視線を向ける。

 

「これも避けるとか…ホント、雫って面倒だよね?」

「何を言ってッ!」

「チェラッコラー!」

「シネッコラー!」

「ドグサレッガー!」

 

 更に激しく、そして他の兵士や騎士も加わり、囲んで棒で叩くかの如く振り下ろされるメイス。それらも全て凌ぐ雫だったが、突然、自分の名が叫ばれてそちらに視線を向ける。

 

「雫様!助けて…」

「ニア!」

 

 そこには、騎士に押し倒され踏みつけられた状態から、今まさにメイスを振り下ろされようとしているニアの姿があった。雫は咄嗟に「無拍子」からの高速移動で兵士達の攻撃をかいくぐり一瞬でニアのもとへ到達すると、彼女を撲殺しようとした騎士に鞘を叩きつけてニアの傍から吹き飛ばした。

 

「ニア、無事?」

「雫様…」

 

 倒れ込んでいるニアを支え起こしながら、周囲に警戒の眼差しを向ける雫の名を、ニアはポツリと呟き両手を回して縋りつく。

 そして…

 

 

 

 

 

「ウグェエエエエッ〜!」

 

「あぐっ!?」

 

 口からカメレオンの如く舌を伸ばして、雫の首を締め上げたのだ。まるで鎖で首を締め上げられているようで、雫は顔を歪めながら信じられないといった表情で、自分に抱きつくニアを見下ろすと戦慄した。

 そこにいたのは、普段の親しみのこもった眼差しや快活な表情を見せるニアではなかった。機械のように青く光る目で雫を見返すその顔は、肌が裂けて金属製の素顔を覗かせていたのだ。

 雫は、そこでようやく気がついた。最初は、ニアの様子がおかしい原因は王都侵攻のせいだろうと思っていたのだが、そうではなかった。彼女も兵士達も、明らかに本人達ではない。別の何かに入れ替わっていたのだ。

 ニアの偽者、プリテンダーはそのまま雫の首を締め上げていた舌を、身体へと巻きつけ、地面に押さえつけて拘束する。その頃には人間への擬態は解け、グロテスクな外見の金属生命体へと姿を戻していた。

 

「アハハハ、流石の雫でも、まさかその子に裏切られるとは思わなかった?うんうん、そうだろうね?だから、わざわざ成り代わって貰ったんだし?」

 

 全身を締め上げられる痛みと、油臭い粘着質な舌の不愉快な感触、そして頬に感じる地面の冷たさに歯を食いしばりながら、雫は認めたくはないが、この惨状を作り出したであろう、今もニヤニヤと普段では考えられない嫌らしい笑みを浮かべる親友の名を呼んだ。

 

「どういうこと…なの……恵里」

 

 そう、その人物は、控えめで大人しく、気配り上手で心優しい、雫達と苦楽を共にしてきた親友の一人、中村恵里その人だった。

 重傷を負いながらも、直ぐには死なないような場所を狙われたらしく苦悶の表情を浮かべて生きながらえている生徒達も、コツコツと足音を立てながら兵士達の間を悠然と歩く恵里を呆然とした表情で見つめている。

 恵里は、雫の途切れがちな質問には答えずに、眼鏡を外すと、何がおかしいのかニヤニヤと笑いながら光輝の方へ歩み寄った。

 

「え、恵里…っ…一体…ぐっ…どうし「アッコラー!ヴォラッケラー!」ぐわっ…!?」

「っておい!勝手な事するんじゃないよ!」

「テメセッゾコラー!スッゾオラー!」

「お前の方が五月蝿いよ!ったく、これなら僕の戦力の方が使いやすかったよ…」

 

 雫達幼馴染ほどではないが、極々親しい友人で仲間の一人である恵里の余りの雰囲気の違いに、体を貫く剣の痛みに堪えながら必死に疑問をぶつける光輝だが、側に立っていた兵士に顔面を蹴り飛ばされる。慌てて恵里が止めるが、何故か罵声で返答され、呆れたように溜息を吐く。

 

「あちゃあ〜、こんな状態じゃあキスなんて出来ないか~」

「は?な、何を言って「ワメッコラー!」ぐふっ!?」

「だから止めろっつてんだろ!」

 

 顔を蹴られたことで鼻や口が切れ、血塗れになった光輝の顔を見て、そんな事を言い出しながら溜息を吐く恵里。光輝はわけがわからず必死に振りほどこうとするが、数人がかりで押さえつけられている上に、また別の兵士から罵声とともに頭を踏みつけられて無理矢理黙らされてしまう。

 恵里は仕方ないと言わんばかりに溜息を吐くと、倒れ伏して血を流す生徒達を睥睨した。苦悶の表情や呆然とした表情が並んでいる。そんな光景に満足気に頷くと、最後に雫に視線を定めて笑みを浮かべた。

 

「とまぁ、こういう事だよ。雫」

「っ…どういう…「ソマシャッテコラー!」こふっ!?」

 

 わけがわからないといった表情で、恵里を睨みつけた雫だが、近くにいた兵士に蹴り飛ばされる。それを見た恵里は物分りが悪いなぁと言いたげな表情で頭を振ると、まるで幼子にものの道理を教えるように語りだしだ。

 

「うーん、まあこれだけじゃ分かりづらいかな?僕はね、ずっと光輝くんが欲しかったんだ。だから、そのために必要な事をした。それだけの事だよ?」

「……光輝が好きなら…告白でもすれば…こんな事…」

「ダメだよ、ダメ、ダ~メ。告白なんてダメ。光輝くんは優しいから特別を作れないんだ。周りに何の価値もないゴミしかいなくても、優しすぎて放っておけないんだ。だから、僕だけの光輝くんにするためには、僕が頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ」

 

 ニヤつきながらそんな事もわからないの?と小馬鹿にするようにやれやれと肩を竦める恵里。ゴミ呼ばわりされても、余りの豹変ぶりに驚きすぎて怒りも湧いてこない。一人称まで変わっており、正直、雫には目の前にいる少女が初対面にしか見えなかった。

 

「ふふ、異世界に来れてよかったよ。日本じゃ、ゴミ掃除するのは本当に大変だし、住みにくいったらなかったよ。もちろん、このまま戦争に勝って日本に帰るなんて認めない。光輝くんは、ここで僕と二人、ず~とずぅ~~と暮らすんだから」

 

 クスクスと笑いながらそう語る恵里に、雫は、まさかと思いながら、ふと頭をよぎった推測を口からこぼす。

 

「…まさか…っ…大結界が簡単に…破られたのは……」

「アハハ、気がついた? そう、僕だよ。彼等を使って大結界のアーティファクトを壊してもらったんだ。管理をしていた王国お抱えの錬成師どもを皆殺しにしてね」

 

 雫の最悪の推測は当たっていたらしい。魔人族が、王都近郊まで侵攻できた理由までは思い至らなかったが、大結界が簡単に破られたのは、恵里の仕業だったようだ。恵里の視線が、彼女の傍らに佇む騎士や兵士達を面白げに見ている事から、彼等にやらせたのだろう。

 

「君達を殺しちゃったら、もう王国にいられないし…。だからね、魔人族とコンタクトをとって、王都への手引きと異世界人の殺害、お人形にした騎士団の献上を材料に魔人領に入れてもらって、僕と光輝くんだけ放っておいてもらうことにしたんだぁ」

「馬鹿な…魔人族と連絡なんて…」

 

 光輝が信じられないと言った表情で呟く。恵里は自分達とずっと一緒に王宮で鍛錬していたのだ。大結界の中に魔人族が入れない以上、コンタクトを取るなんて不可能だと、恵里を信じたい気持ちから拙い反論をする。

 しかし、恵里はそんな希望をあっさり打ち砕く。

 

「オルクス大迷宮での事件、流石に肝が冷えたね。魔人族側にあんな同盟がいたなんて思いもしなかったしさぁ…危うく死ぬところだったよ…おまけに手伝ってくれてた檜山も向こうに奪われた挙句死んじゃうしさぁ…。どうしようか焦っていた時にショックウェーブ、あのザ○もどきが手駒にしてやろうかって持ちかけて来たから、それに乗っかったのさ」

 

 オルクスとホルアドに甚大な被害を齎した、あのショックウェーブと取引していたという恵里の話を聞き、雫が唯でさえ血の気を失って青白い顔を更に青ざめさせた。雫達を包囲する兵士や騎士が腕を機関銃に変形させた事、そして、自分を抑えるニアに似た何かを見れば最悪の結論に至った。

 

「まさか…彼等は…王国の人達じゃなくて…」

「もっちろん、奴らディセプティコンの兵士だよ~。アハハハハハハ!ち・な・み・に〜、そいつらはみんなのよ〜く知ってる顔だよ〜。お〜い!素顔を見せてやりなよ〜!」

「「「「「アッハイ」」」」」

 

 恵里がそう告げると、兵士達は揃って応答すると、兜に隠された素顔を晒す。但し兜を脱いだわけではない。亮牙が変身するかの如く、ギゴガゴゴと音を立てながら、兜とともに全身を覆う甲冑も折り畳まれて、全身が露わになる。

 やがて全身を晒した兵士達の姿をみて、雫達は息を呑んだ。

 

 

 

 

 

「メ…メルドさん…!!?」

 

「いやいや、正確にはメルド本人じゃないよ〜」

 

 そう、兵士達の素顔は、メルドと全く同じ顔だったのだ。但し、有機的なのは顔だけであり、その他の身体はターミネーターの如く機械化し、目元はバイザーが装備されている。数百人の兵士全員が同様の姿をしているのだから、雫達が言葉を失うのも無理はない。

 驚愕のあまり声も出ないクラスメイトたちを嘲笑うかの如く、恵里はその無数のメルド達についての説明を始める。

 

「オルクスでディセプティコンの一人が『地獄へ堕ちた』とか言ったから、死んじゃったと思ってた?実際はショックウェーブが捕虜にして、新戦力を生み出す為の材料にしてたのさ。その研究の末に生まれたのがこの『ファクシミリ』!言うなればサイボーグ化されたクローン兵士さ」

 

 そう説明を続ける恵里は、まるで自分の研究成果というわけではないのに得意げだ。メルドの事も傀儡兵にする予定だったが、ディセプティコン達が先んじて捕らえた結果、当初の予定以上の成果となったので、調子に乗らずにはいられないのだ。

 なお、正史なら自らの降霊術でゾンビ化させた兵士達にやらせている筈だったが、それらのうちこの場にいるのはホセだけだ。残る全てはショックウェーブが実験材料として欲しいと言ったので、数も正史より集まっていなかった事もあり、早々に引き渡していたのだ。その見返りにこのファクシミリ達を手に入れ、彼らの擬態能力を使い王宮の兵士達に成り代わらせていたのだ。

 

「全く、国王まで側近達が敵に成り代わってるのをスルーしてくれたんだから凄いよね?代わりに危ない薬でもキメてる人みたいになってたけど。まぁ、そのおかげで一気に計画を早める事ができたんだ。くふふ、大丈夫!皆の死は無駄にしないから。ちゃ~んとショックウェーブが、檜山の時みたく再利用してくれるらしいからね!」

 

 ちなみに、恵里が即座にクラスメイト達を殺さなかったのは、ショックウェーブが実験動物を欲しがっているのを聞いたため、光輝以外の全員を引き渡してやろうと考えたからだ。

 

「ぐぅ…止めるんだ…恵里!敵に寝返るなんて、俺は…」

「僕を許さない?アハハ、そう言うと思ったよ。光輝くんは優しいからね。それに、ゴミは掃除してもいくらでも出てくるし……だから、光輝くんもちゃんと『縛魂』して、僕だけの光輝くんにしてあげるからね?他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ通りの言葉をくれる!僕だけの光輝くん!あぁ、あぁ!想像するだけでイってしまいそうだよ!」

 

 恍惚とした表情で自分を抱きしめながら身悶える恵里。そこに、穏やかで気配り上手な図書委員の女の子の面影は皆無だった。クラスメイト達は思う。彼女は狂っていると。〝縛魂〟は、降霊術よりも死者の使い勝手を良くしただけで術者の傀儡、人形であることに変わりはない。それが分かっていて、なお、そんな光輝を望むなど正気とは思えなかった。

 

「嘘だ……嘘だよ!ぅ…エリリンが、恵里が…っ…こんなことするわけない!……きっと…何か…そう…操られているだけなんだよ!っ…目を覚まして恵里!」

 

 恵里の親友である鈴が痛みに表情を歪め苦痛に喘ぎながらも声を張り上げた。その手は、恵里のもとへ行こうとでもしているかのように地面をガリガリと引っ掻いている。恵里は、鈴の自分を信じる言葉とその真っ直ぐな眼差しにニッコリと笑みを向けた。そして、おもむろにファクシミリ達に視線を向ける。

 それに応えるかのように、ファクシミリ達は地面に倒れ伏すクラスメイト達の中から、王宮に引き篭もっていた居残り組達を引き摺り出して一箇所に集め始めた。居残り組の連中は嫌な予感でも感じたのか「ひっ」と悲鳴をあげて逃げようとするが、無駄だった。暫く訓練続きだったとは言え。愛ちゃん親衛隊の面々よりも動いていなかったから体力がなく、機関銃で足を撃ち抜かれて立ち上がる事も出来ない。

 ファクシミリ達が居残り組達を一箇所に集めたのを確認すると、恵里は、何をされるのか察して恐怖に震える居残り組達に向かって再び、ニッコリと笑みを向けると、ファクシミリ達に「やれ」と命じる。光輝達が、「よせぇ!」「やめろぉ!」と制止の声を上げるが無駄だった。

 

「「「「「トーリーボーシッ!」」」」」

 

チュドドドドドッ!!!

 

「ぎゃあっ!!?」

「やめっ…」

「ぐぁッ!!?」

 

 意味の分からない罵声とともに機関銃が乱射され、居残り組達の悲鳴が上がる。ひっきりなしに鳴り響く機関銃の音に、やがて悲鳴はかき消されていく。漸く銃撃が終わった頃には、居残り組達は全員、全身から血を流した冷たい肉の塊となっていた。

 変わり果てたクラスメイト達に近づいていった恵里は、その亡骸に手をかざすと今まで誰も聞いたことのない詠唱を呟くように唱える。詠唱が完了し「縛魂」の魔法名を唱え終わったとき、半透明の居残り組達が現れ、それぞれの遺体に重なるように溶け込んでいった。光輝達が固唾を呑む中、蜂の巣にされた居残り組達は、ゆっくりのその身を起こし、ゾンビとなって立ち上がった。

 

「は~い。ゾンビの出来上がり~」

 

 無言無表情で立ち尽くす居残り組達を呆然と見つめるクラスメイト達の間に、恵里の明るい声が響く。たった今、大勢の人を殺した挙句、その死すら弄んだ者とは思えない声音だ。

 

「え、恵里……なんで……」

 

 ショックを受けたように愕然とした表情で疑問をこぼす鈴に、恵里は追い打ちとも言える最悪の語りを聞かせる。

 

「ねぇ、鈴?ありがとね?日本でもこっちでも、光輝くんの傍にいるのに君はとっても便利だったよ?」

「……え?」

「参るよね?光輝くんの傍にいるのは雫と香織って空気が蔓延しちゃってさ。不用意に近づくと、他の女共に目付けられちゃうし……向こうじゃ何の力もなかったから、嵌めたり自滅させたりするのは時間かかるんだよ。その点、鈴の存在はありがたかったよ。馬鹿丸出しで何しても微笑ましく思ってもらえるもんね?光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの。だから『谷村鈴の親友』っていうポジションは、ホントに便利だったよ。おかげで、向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった!だから、ありがと!」

「……あ、う、あ……」

 

 衝撃的な恵里の告白に、鈴の中で何かがガラガラと崩れる音が響いた。親友と築いてきたあらゆるものが、ずっと信じて来たものが、幻想だったと思い知らされた鈴。その瞳から現実逃避でもするように光が消える。

 

「恵里っ!あなたはっ!」

「グギェエエエエッ!」

 

 余りの仕打ち、雫が怒声を上げる。だが、ニアに擬態していたプリテンダーに髪を掴まれ地面に叩きつけられる。しかし、それがどうしたと言わんばかりに、雫の瞳は怒りで燃え上がっていた。

 

「ふふ。怒ってるね?雫のその表情、すごくいいよ。僕ね、君のこと大っ嫌いだったんだ。光輝くんの傍にいるのが当然みたいな顔も、自分が苦労してやっているっていう上から目線も、全部気に食わなかった。まあ、そればっかりはあん畜生と同意見だね…」

「っ…あん畜生…?誰の事よ…?」

「くふっ、気づいてなかったの?まあ、どうでもいっか…」

 

 呆れたようにそう告げると、恵里の視線は今度は香織に向けられる。

香織もまた、致命傷には至っていないものの、ファクシミリの銃撃で負傷し、倒れ伏したところをファクシミリに踏みつけられるかたちで押さえつけられている。

 そんな香織を見て。口元にニヤついた笑みを貼り付けた恵里は、

 

「檜山がお人形にして好きにしたい!っていうから、色々手伝ってもらったお礼に報酬としてあげようかなって思ってたけど、もうあの馬鹿死んじゃったからね〜。で・も〜、大好きな南雲に振られちゃった今となっちゃ、香織も生きてる意味なんかなさそうだし、地獄にいる檜山のもとにでも送ってあげるよ〜!おいお前達、やっちまいな!」

「「「「「ヨロコンデー!チャルワレッケオラー!」」」」」

 

 恵里の号令とともに、ファクシミリ達は腕からメイスを展開し。有無を言わさず地面に倒れた香織を、囲んで棒で叩き出した。

 

「アイエエエエエエエ!」

 

 あまりにも残忍な仕打ちに、香織はなす術もない。無慈悲なファクシミリ達に無様にめった打ちにされ、悲鳴をあげることしかできない。

 

「アハ、苦しい?痛い?案外、君に付き纏われてた南雲もこんな感じで苦しんでたんじゃないかな〜?好きな人と同じ痛みを味わえて幸せでしょ?南雲の奴もこの場にいたら『でかしたぞ』とか言ってくれるかもね〜」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる恵里は、嘲笑うように皮肉を浴びせるが、当の香織は殴られ過ぎて意識が朦朧としている。雫や光輝達は、居残り組達と同じように殺されて傀儡にされる光景を幻視したのか、必死の抵抗を試みる。

 特に光輝の抵抗は激しく、必死に制止の声を張り上げながら、「限界突破」の「覇潰」でも使おうというのか、凄まじい圧力がその体から溢れ出している。しかし完璧な拘束を行うファクシミリ達から、更に殴る蹴るの暴行を受け、どうあっても逃げられず、光輝の表情は絶望に染まっていく。

 

(誰か…誰か助けて…!)

 

 親友が嬲り殺しにされる光景を前にしながら、何も出来ない現状。絶望的な状況に、雫は必死に助けを願う。こんな事願っても無意味な事は理解していたが、願わずにはいられなかった。

 だが今回、奇跡が起きた。

 

ヒュウウウウッ!

 

ドガァァァァッ!

 

「ぐべっ!!?」

 

 突如として、1発の小型ミサイルが突っ込んできたかと思うと、恵里に襲い掛かった。香織が嬲り殺しにされる光景に夢中だった恵里は、避ける事出来ずに顔面に直撃し、爆発に包まれる。

 思わぬ光景に、ファクシミリ達もメイスを振り下ろす手を止めて、ミサイルが発射された方向へと視線を向ける。雫達も「まさか⁉︎」と思いながら必死にそちらへ視線を向けると…

 

 

 

 

 

「パーティに参加していいかな?あいにく招待状は持ってないけど!」

 

 ロケットランチャー片手に、ハジメが騎兵隊の如く立っていた。




〜用語集〜
・ディセプティコン量産兵ファクシミリ
 オルクス大迷宮でディセプティコンの捕虜となったハイリヒ王国騎士団長メルド・ロギンスを素体として、ショックウェーブが新たに生み出した生物兵器。
 メルドの遺伝子をベースに、ショックウェーブが変成魔法と生成魔法を用いて完成させた、機械生命体と有機生命体のハイブリッドであり、クローン技術により量産化されている。有機部分はメルドと同じとなった頭部だけで、身体は機械化しているが、動力機関はダイナボットと同じく、有機物を食べる事で燃料へと変換できる。
 テックスペックはオリジナルであるメルドを遥かに凌ぎ、光輝達に充分匹敵するレベル。今回は不意打ちだったが、真っ向から挑んでも充分勝算はあった。武器は腕から展開する機関銃と、普段はロッド上で収納しているメイス。このメイスを武器に集団で敵に襲い掛かり、囲んで棒で叩くかの如く殲滅していく。
 なお、何故かプログラミング障害によるものか、どの個体も共通して片言で独特の罵声を浴びせるように話す。この理由は如何に…?
 名前の由来はIDW版アメコミにてディセプティコンが製造・利用した人造人間ファクシミリから。大まかな設定は『ニンジャスレイヤー』のクローンヤクザを参考としており、タイトルも製造元であるヨロシサン製薬への「ブッダをも恐れぬ悪魔の所業」という評価に由来する。武器をメイスにしたのは『ニンジャスレイヤー』の「囲んで棒で叩く」と、『ゴッドオブウォーラグナロク』のエインヘリアルが元ネタ。





感想、評価お待ちしてます。


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堕落せし者

お待たせしました。遂に奴が登場します。

もう時期ビースト覚醒のDVDが発売ですが、皆様はどれを購入しましたか?


「パーティに参加していいかな?あいにく招待状は持ってないけど!」

 

 その声を聞き、生き残っていたクラスメイト達は声のする方へ視線を向ける。そこに立っていたのは、まるでアクション映画の俳優の如く、ロケットランチャーを構えたハジメであった。

 

「ワッザ!?クローンヤ○ザ!!?」

 

 メルドと同じ顔の敵が無数にいる現状に、思わずハジメは素っ頓狂な声を上げる。だが素早く気持ちを切り替えると、宝物庫からガトリングを取り出し、ファクシミリ達へと照準を定める。何体かのファクシミリは一斉に「ザッケンナコラー!」と叫び、メイスを展開して突っ込んできたが、手遅れだった。

 

「レックンルール!!!」

 

ドルルルルルルルッ!!!

 

「「「「「グワーッ!!?」」」」」

 

「「「「「うわぁあああああ〜!!?」」」」」

 

「うぎゃあっ!!?」

 

 その一声と共に、ガトリングの銃身が回転し、無数の銃弾が真っ向から突進してきたファクシミリ達に襲いかかった。突っ込んでいった者達はあっという間に蜂の巣にされ、赤い血の代わりにエネルゴンを撒き散らしながら倒れていく。

 大半のクラスメイト達は地面に押さえつけられていた事が幸いし、流れ弾に巻き込まれる事はなかったものの、吹き荒れる殺戮の嵐に悲鳴をあげる。約一名、龍太郎は逃げようとしたところ、流れ弾が尻に直撃し悲鳴をあげる。

 

 

「ちょっ!?南雲!?いきなりロケットランチャーやらガトリング砲やらぶっ放さないでよ!?」

「この状況じゃ仕方ないでしょ!」

「あんたはシュワちゃんか!?」

 

 宮崎や菅原は突然の事態に唖然としつつも、慌ててハジメの名を呼ぶ声の方へ顔を向ける。そして、吹き飛ばされたファクシミリ達の残骸の隙間から、ここにいるはずのない親友の姿を捉えた。夢幻ではない。確かに、優香が慌てた様子でハジメにツッコミを入れていた。

 

「奈々!妙子!助けに来たわよ!」

「「優香(っち)!!!」

 

 優香は、広場の入口から兵士達に囲まれる親友達へ必死に声を張り上げた。そして、アーティファクトのナイフを構えると、巧みな手捌きでファクシミリ達目掛けて投擲していく。素早い動きに避けきれなかったファクシミリ達の身体をナイフが切り裂いていくが、致命傷には至らなかった。

 

「「「「「ザッケンナコラー!!!」」」」」

 

 意味不明な罵声を上げながら、再び動き出したファクシミリ達がメイスを振り上げ、優香へと襲いかかろうとする。だが、今回はそうは容易くはいかなかった。

 

「今だ!」

「食らえ!」

「「「「「アイエッ!!?」」」」」

 

 ファクシミリ達が応戦しようとして自分達の拘束を緩めた一瞬の隙をつき、遠藤や愛ちゃん親衛隊の面々が反撃に出た。各々が自分の持つアーティファクトを使ってファクシミリ達の拘束から逃れると、ハジメと優香の傍へと避難する。六人とも負傷してはいるものの、致命傷ではなさそうだ。

 ファクシミリ達はメイスを振り上げて襲いかかったが、寸前のところで光の障壁が六人を守った。そのうちにハジメが容赦なくファクシミリ達を射殺していく。

 

「な、なんでメルドが!!?これは一体どういうことです!?」

 

 遠藤達を守ったのは、彼女のすぐ後ろにいたリリアーナだった。自達を包むように球状の障壁を発動する。リリアーナは、戦死した筈のメルドが大量におり、光輝達を殺そうとしている状況にひどく混乱していた。障壁を張りながら、誰でもいいからと説明を求めて声を張り上げる。

 リリアーナは術師としても相当優秀な部類に入る。モットーの隊商を全て覆い尽くす障壁を張り、賊四十人以上の攻撃を凌ぎ切れる程度には。なので、ファクシミリ達の猛烈な攻撃を行ったところで、持ち堪えるには充分であった。

 

「こ…の…腐れキモオタがぁぁぁっ!!!」

「わっ、泥棒みたいな顔」

 

 そんな中、リリアーナの叫び声を遮るように、凄まじい怒鳴り声が響き渡る。声の主は恵里だ。但し今は、先程までの余裕に満ちた様子は一切なかった。

 ハジメの放ったロケットランチャーは、火力こそいつもより大分抑えていたが、顔面に直撃した事で恵里の髪はチリチリに焦げている。歯も何本かへし折れ、煤で真っ黒になった顔はまるでコントかアニメのようだ。憤怒の形相となった恵里だが、あまりにも惨めで滑稽な姿に、思わずハジメは吹き出してしまった。

 

「お前といい!あの半グレ野郎の灘といい!何度も僕の計画を邪魔しやがってぇ!」

「はぁ?僕ら君達に無関心だったじゃん。何を邪魔したってのさ?」

「黙れぇ!灘の腰巾着の分際でぇ!大人しく僕の思い通りにしていれば香織をくれてやったのにぃ!」

「いや、僕そんな事頼んでないし欲しくもないから。てか君が連んでた坂上君の方がよっぽど腰巾着でしょ」

「余裕こいてんじゃねぇぞぉ、キモオタがぁ!!!」

 

 売り言葉な恵里に買い言葉で返答するハジメ。それが癪に触ったのか、恵里は更に怒り狂う。マキシマルにそんな意図はなかったとは言え、これまで散々悪巧みを邪魔された事で腑が煮えたぎっているようだ。

 

「…この状況、中村さんが裏切り者で間違いないみたいね」

「ゆ、優香っち…どうして南雲っちと一緒に?イシュタルさんからは愛ちゃん先生と一緒だって聞いてだけど…」

「そんなの嘘よ!教会もあのディセプ何たらとグルなのよ!愛ちゃんは奴等に攫われて、灘が今助けに行ってる!」

「はぁ!?マジかよ!?」

「こんな時に嘘吐く余裕なんてないわよ!」

 

 清水と同じく敵に寝返ったクラスメイトがいる事は、あらかじめ分かっていたとは言え、露わになった恵里の本性を前にして、悔しそうに歯噛みする優香。そんな彼女から、教会の裏切りや愛子が攫われた事実まで聞かされ、遠藤や愛ちゃん親衛隊の面々は驚きを隠せない。

 なお、未だ逃げきれていないのは、光輝達勇者パーティの五人だ。鈴は親友だと思っていた恵里の裏切りに放心状態で、光輝は未だファクシミリ達に拘束状態、流れ弾が尻に直撃した龍太郎は「痛ぇ〜」と悶絶している。雫はニアに化けたプリテンダーに拘束されていたが、ハジメの銃撃でプリテンダーが射殺された事で、ファクシミリ達に袋叩きにされてぐったりしている香織の傍へ這うように駆け寄っている。

 

「どいつもこいつも、僕と光輝君の仲を邪魔しやがって!こうなったらぁ!」

 

 そうこうしているうちに、恵里は懐から何かを取り出した。何らかの液体が入った試験管のようだが、その中身は見るからに毒々しい紫色であった。ハジメはヤバい代物だと見抜き、銃撃して破壊しようとしたが、割り込んできたファクシミリ達への応戦で、恵里がそれを飲み干すのを止められなかった。

 

「ぐ…う…ヴェアアアアアアアアッ!!!」

 

 すると、みるみるうちに恵里の背中が盛り上がったかと思うと、衣服を突き破り、蜘蛛に似た四本の節足が飛び出してきた。口には吸血鬼の如く鋭い犬歯が突き出し、額にも蜘蛛のように無数の小さな眼が出現する。

 あまりにも醜悪に変貌したその姿に、優香達は「ひっ」と小さな悲鳴をあげ嫌悪感を露わにする。対するハジメは冷静だ。その変貌ぶりは、かつて倒したレイスや檜山と似ていたからだ。

 

「聞くまでもないだろうけど、ディセプティコンからの提供品かい?」

「そうさぁ!ショックウェーブが神代魔法とやらで開発した秘薬『アポミネーション』さ!容姿が酷くなるから使いたくなかったけど、お前を殺して光輝君を手に入れられるなら安いものさ!」

「呆れたもんだね。檜山と同じく、ディセプティコンの奴隷に成り下がるなんて…」

「あんな腰抜けのチンピラと一緒にするなぁ!その減らず口二度と叩けなくしてやるぅ!ホラ行けぇ!」

 

 既に理性を失いつつある恵里は、余裕を崩さないハジメの態度に激昂すると、ゾンビ兵にしたホセと居残り組達を差し向ける。かつてのクラスメイト達が生気の抜けた姿でこちらに迫ってくる姿に、優香達は戦慄するものの…

 

「舐めるな」

 

 ハジメはそう短く呟くと、独特の回転音と射撃音を響かせながら、ガトリングを連射する。ディセプティコン達との戦いで多用され、たった今ファクシミリ達を多数仕留めた破壊の権化を解き放たれて、たかだかゾンビ如きが一瞬でも耐えられるわけがなかった。

 電磁加速された弾丸は、一人一発など生温いと言わんばかりに全ての障碍を撃ち砕き、広場の壁を紙屑のように吹き飛ばす。ホセと居残り組達は、その貴賎に区別なく体を砕け散らせて原型を留めない唯の肉塊へと成り下がった。

 恵里は伏せた事で難を逃れたが、立ち上がろうとした瞬間、一瞬で間合いを詰めたハジメがその顔面を殴り飛ばす。亮牙達には大きく劣るとは言え、奈落の底と過酷な戦いで鍛えられた剛腕は、アポミネーションで身体的に強化されていた恵里の顔面に直撃、突き出た牙がへし折れて飛び散った。

 

「こ…の…巫山戯るなぁぁぁッ!!!」

「へっ?きゃあああああ!!?」

「「優香(っち)!!?」」

 

 痛みに悶絶しながらも、強化された肉体のお陰で何とか踏ん張った恵里は、すかさず口から蜘蛛の如く白い糸を吐き出す。しかし狙ったのはハジメではなかった。彼の後ろにいた優香だ。

 優香は、既に死んでいたとは言え、クラスメイト達を躊躇なく肉塊に変えたハジメに呆気に取られていた事が災いし、避けきれずに糸に捕まってしまう。親友の悲鳴に、宮崎と菅原が慌てて手を伸ばすが間に合わず、彼女は勢い良く恵里の足元まで引き摺り込まれた。

 

「お前も死ねぇぇぇ!!!」

 

 恵里は怒りに満ちた表情のまま、背中から生えた節足の一本を槍のように振り下ろし、優香を殺そうとする。避けきれないと悟った優香は、思わず目を瞑るが…

 

「させるか!」

 

ビュンッ!!!

 

ズサッ!!!

 

「グギャアアアアッ!!?」

 

 ハジメが隙だらけの恵里を見逃す筈もなかった。彼は片腕で優香を掴み引き寄せると、もう片方の手に宝物庫から取り出したテラクサドンを握りしめ、恵里の節足を叩き切る。傷口から血が飛び散り、恵里が苦悶の声を上げる。

 

「ったく、油断しないでよ!」

「ご、ごめん…////」

 

 片腕に抱き寄せた優香を叱るハジメ。優香はすまなそうに謝るが、何処か恥ずかしそうに顔を赤らめている。それを目にした恵里は、更に怒りを爆発させる。

 

「イチャついてんじゃねえそぉ!僕の恋路を邪魔しときながら巫山戯んじゃねぇ!!!」

「いや、してないから。被害妄想はやめてくれない?」

「殺す殺す殺す!お前だけは絶対殺してやるぅ!」

「やってみろ、蜘蛛野郎(ブラックウィドー)!!!」

 

 ハジメは抱き寄せていた優香を降ろすと、喚きながら更に攻撃を仕掛けてくる恵里に威勢よく啖呵を切り、迎撃態勢に入る。優香は場違いとは分かりつつも、その勇ましい後ろ姿に見惚れずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメと恵里が壮絶な死闘を繰り広げる一方、自分を囲んで棒で叩いていたファクシミリが応戦のために離れた事で、何とかリンチから解放された香織。だが、身体中の至る所を殴られた事で、全身に酷い傷を負っている。腕や足などは骨を折られ、曲がってはいけない方向に曲がってしまっている。

 

「香織!しっかりして!香織ぃ!」

 

 その傍では、同じく拘束から運良く逃れた雫が這うように近づいてきて、必死に体を揺さぶりながら声をかけている。本来、重症者にこんな事するくらいなら応急処置でも施し、適切な治療を処置すべきなのだが、戦闘職の雫には治癒魔法など使える筈もない。

 おまけに雫自身、心の拠り所であった親友の無惨な姿に、いつもの冷静さを失ってしまっていた。今もこうして、まるで怯える幼子のように泣き喚きながら、動けない香織の身体を揺さぶるだけだ。

 一方の香織は、辛うじて意識はあったのだが…

 

(な…んで…?…ハジメ君…)

 

 その視線は、自分の身体に縋り付いて泣き叫ぶ幼馴染でも、今なお囚われの身となっている他の幼馴染でもなく、裏切った友人と死闘を繰り広げる意中の男へと向けられていた。但し今回は、その勇姿に見惚れているわけではなかった。

 自分は今までずっと彼を想ってきたし、今もその気持ちに揺らぎはない。だがその彼は、敵に嬲られて死にかけている自分に見向きもしないどころか、気づいてすらいない。だというのに、今まで彼を見下してきたクラスメイトの女の一人には手を差し伸べ、今も裏切り者と敵を惹きつけながら、彼女を攻撃から逸らすように守っている。自分との扱いの差があり過ぎる。

 

(何で…?こんなに君を想ってるのに…何で私を見てくれないの…?その子も…この前まで君に辛く当たっていたのに…何で優しくするの…?何で…私を拒絶するの?何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で───

 

 認めたくない、無情な現実を前に、香織の心はズタズタに破壊されていく。嫉妬、怒り、悲しみ、絶望。普段の彼女らしくない、そうしたあらゆるどす黒い感情が次々と込み上げてきて、光を失った瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

「憎め」

 

 

 

 

 

(………え?)

 

 ふと、香織の頭の中に、かつてホルアドで囁いてきた、あの謎の声が聞こえてきた。

 

「全てを憎め。お前を裏切った友人を。何の役にも立たない幼馴染共を。お前の愛する男に色目を使う女を。お前を拒絶した愛する男を。何より奴を唆した灘亮牙をな」

(………………憎む)

「そうだ。その憎しみは正当なもの。拒絶する事なく、ありのまま受け入れるが良い」

 

 再び響く悪魔の囁き。これまでの香織なら、憎しみなど無縁の感情だったが、今は違う。このトータスに来てから味わった理不尽の数々に、既に彼女の精神はすっかり疲弊しており、邪悪な感情に身を委ねていく。

 

(憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!全てが憎い!!!

 

「ならば俺に任せるが良い。お前はゆっくり休んでおれ」

 

 謎の声がそう呟くとともに、どす黒い感情に染まっていった香織の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪物と化した恵里と壮絶な死闘を繰り広げていたハジメは、突如として凄まじい殺気を感じ取った。目の前の恵里やかつて檜山が放っていた、粘着質なものではない。今まで感じた事のない、あまりにも強過ぎるプレッシャーが肌に伝わる。少なくとも、恵里から放たれているものではない。

 冷や汗を流しながら、思わず殺気の放たれた方を睨む。戦闘中に余所見など自殺行為だが、どうやら恵里もこの殺気を感じ取ったらしく、青褪めた顔で同じ方向に振り向いている。

 二人の目に映ったのは、先程まで倒れ伏していた筈の香織が起き上がっている姿だった。但し、様子が明らかにおかしい。変な方向に折れ曲がっていた筈の手足が嘘のように元通りに完治している。何より、二人が感じ取った、どす黒い殺気が彼女から放たれているのだ。

 

「か、香織…?」

「白崎…さん…?」

 

 今なおファクシミリ達に取り押さえられている光輝、必死にファクシミリ達に応戦していた優香、防戦一方のリリアーナ達も、当初は香織が無事だったのかと安堵するが、突如として雰囲気が変わった事に戸惑いを隠せずにいた。だが、傍にいた雫のみは、直ぐに分かった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「貴方は…誰…!?香織は…」

 

 

 

 

 

「口を慎め、下郎」

 

「ガハッ!!?」

 

「「「っ!!?」」」

 

 普段の声ではなく、禍々しい男の声でそう吐き捨てたかと思うと、香織は雫へ手を翳す。その瞬間、見えない何かに押し潰されるような凄まじい圧力が雫に襲い掛かり、彼女は容赦なく地面に倒れ伏し動けなくなった。

 ハジメも恵里も優香達も、今までの香織からは想像もつかないような行動と、まるでサイコキネシスのような技に思わずギョッとなる。当の香織は、真紅に輝く瞳でハジメを睨みつけたかと思うと…

 

ビュンッ!

 

「なっ!?うぐっ…!!?」

 

 瞬間、香織の姿が消えた。思わず目を見開くハジメだが、当の香織は一瞬で彼の目の前に現れたかと思うと、ハジメの首元に掴みかかった。片手だけだというのに、明らかに普段の彼女からは考えられない凄まじい怪力で首を絞められ、ハジメは苦しそうに踠く。

 

「おいおいおい!負けヒロインの分際ででしゃば…「喧しい」ひでぶっ!!?」

 

 とっくにくたばったと見做していた香織がいきなり乱入してきた事で、恵里が食ってかかったが、彼女もまた香織が手をかざしたかと思うと、勢いよく吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。

 香織はフッと鼻を鳴らすと、これまでハジメが見た事ない邪悪な笑みを浮かべながら口を開く。

 

「…さてと。地球人如きの身体を借りねばならんのは気に食わんが、案外充分動けるものだな」

「…は?か…身体を借りる…?」

「やはり、此奴に目をつけて正解だった。此奴の憎しみを増長させたグリムロックには感謝せんとな」

「お前…白崎さんじゃ…ないな…」

「さてと小僧、貴様とは初対面だが、エヒトルジュエが随分と貴様らに怯えていてな。貴様らには俺の手駒も消されている以上、報いは受けてもらうぞ」

「手駒…⁉︎お前、まさか…!!?」

 

 その言葉に、ハジメは香織が操られている事、そして操っている者の正体を悟り、戦慄する。一方の香織はもう片方の手をファクシミリ達の残骸に手をかざすと、その体を構成していた金属を錬成して即席の槍を作り出す。

 敵が何をしようとしているかを悟ったハジメは、咄嗟に「金剛」を発動して、全身を防御する。本来なら銃で反撃したいが、首を締め上げる凄まじい力を少しでも抑えるため、両手で相手の腕に掴みかかり抵抗しなければならない。

 

グサッ!!!

 

「ぐあっ…!!?」

 

 次の瞬間、香織は錬成した槍を握りしめ、ハジメの腹に深々と突き刺した。「金剛」を使っていれば並大抵の攻撃は防げる筈だが、この一突きはそれを凌駕する威力で、容赦なくハジメの腹に貫通した。

 思わず苦悶の声を上げるハジメ。常人なら即死していたが、奈落の底でのサバイバルで肉体が強化されていた事が幸いし、何とか致命傷には至らなかった。

 

「ほう…これを食らいながらも生きているとは「ダメェェェ!」…喧しいな」

 

 腹を刺し貫かれながらも耐えるハジメに、香織は感心したようだが、突如聞こえてきた叫び声に、苛立たしげに声のする方を睨み付ける。

 叫んだのは優香だった。彼女も香織の豹変ぶりに硬直していたのだが、ハジメが槍で刺されたのを目の当たりにし、なりふり構わず突っ込んできたのだ。

 優香にとって、ハジメは何度も自分達を助けてくれた恩人だ。彼に抱く感情は、単なるクラスメイトから大きく変わり、大切な存在になりつつあった。そんな相手が、目の前で殺されかけている。そんな光景を前にして、冷静でいられる筈などなかった。

 香織は冷酷な瞳で優香を睨み付けると、ハジメを貫いた槍から手を離し、突進してくる彼女へとかざす。何か恐ろしい事をするつもりだと悟ったハジメは「止めろ…!」と叫ぶが無駄だった。

 

「死ね」

 

ゴォオオオオオオオッ!!!

 

「ああああああああッ!!?」

 

「「優香(っち)!!?」」

「園部さんッ!!?きゃあっ!!?」

「「「「「ワドルナッケングラー!」」」」」

 

 次の瞬間、香織の手からグリムロックにも匹敵する業火が発生し、優香へと襲い掛かった。避ける事も出来ず炎に飲み込まれた優香は、全身を焼かれてその場に崩れ落ちた。

 親友が焼き殺された光景に、宮崎と菅原が悲鳴を上げる。リリアーナや遠藤達男子も動揺し、その一瞬の隙をついたファクシミリ達が障壁を破壊、再び彼らを取り押さえる。

 

「こ…の…クソッタレがぁ…!」

 

 惨劇に激怒したハジメは、残る力を振り絞ってドンナーを取り出し、香織へゼロ距離で発砲する。光輝がこの期に及んで「止めろ南雲!」と叫ぶがお構いなしだ。

 しかし、多くの敵を滅ぼした弾丸は、確かに香織の体を貫くものの、忽ち凄まじいスピードで傷が治癒してしまい、効果をなさなかった。悪態をつく彼に香織は再び視線をやると、血の気が引くような悍ましい笑みを浮かべて告げる。

 

「…さてと、次はお前だ。精々苦しめ」

 

 そう冷酷に告げると、香織は再び槍を手に取る。今度は余計な抵抗をさせぬよう、サイコキネシスでハジメの動きを封じる。

 目に見えぬ力に押し潰されるような感覚と、更に身体へ深々と突き刺される槍に、苦しそうに顔を歪めるハジメ。その場にいる誰もが彼の死を予感するが…

 

 

 

 

 

「南雲君!!?」

 

 

 

 

 

 そこへ、ハジメ達のよく知る一人の女性の叫び声が響き渡る。その声に皆が振り返る中、ハジメは口から血を流しながらも安堵の笑みを浮かべる。

 彼らの視界に現れたのは、血の気の引いた顔で目を見開く愛子、ティオ、ストレイフに…

 

 

 

 

 

 同じく目を見開きながらも、これまでにない憤怒のオーラを放つ亮牙であった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・アポミネーション
 ショックウェーブが変成魔法を使い作成したウイルス兵器。投与した生物の遺伝子を変化させる特殊なウイルスにより、肉体・細胞レベルでその生物を本来より強化させる。檜山とレイスが投与されたのもこれ。
 当初は原始的な姿へ退化させる「デジェネレーション」も考えており、その際は居残り組と龍太郎に投与させて猿にするつもりだった。

・二重面兵ブラックウィドー
 恵里が密かにショックウェーブから受け取っていたアポミネーションを自身に投与し、変貌した姿。
 クロゴケグモに因んだ名前通り、背中から蜘蛛に似た四本の節足が生えており、戦闘時には槍の如く繰り出す。更には蜘蛛のように複数の眼、毒牙を備えており、その毒は常人を数秒で死に至らしめる。
 由来は『ビーストウォーズ』のブラックウィドーから。





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