笑わない妹と夢見る頂点へ (イチゴ侍)
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BLACK SHOUT編
笑わない妹と俺


ネオアスとかR辺りでバンドリから離れた勢のイチゴ侍です。
当時見てくれてた読者様とかいるかな……。


『兄さん、私は……私の信じる音楽を認めさせる。あのフェスで……絶対に……』

 

 あいつはそう宣言した。俺とあいつの憧れだったバンドに……父に代わって……。

 俺は「応援している」と、まるで他人事のように放った。しかしあいつは「ありがとう」と微笑むだけで、後は何も言ってこなかった。こいつはきっと、 とんでもない奴になるに違いない。俺はそう思わざるおえなかった。

 

 一度あいつの声を、歌を聴いた。心が震えた。繊細でどこか力強く、思いの丈を具現化したようなその歌声を一心に浴びて分かった。 こいつは本気だと、他にもこいつと同じ"場所"を夢見る物がいても、こいつが"場所"だけで留まることは無い。もっとさらに先を見据えている。こいつなら必ずあの時の言葉を本当にしてくれるだろうと思った。

 

 

 でも、それ以来あいつ────妹は、笑わなくなってしまった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ん……あれ、朝か 」

「兄さん、早く起きないと遅刻する」

 

 わざわざ寝起きの俺を起こしに来てくれたのは、俺の妹、名前は(みなと)友希那(ゆきな)。 妹は高校2年生で、俺は高校3年、一つ下の妹ということになる。

 

「悪い……昨日は遅くまで曲を考えててな」

「私たちのためっていうのは凄く嬉しいけれど、それで兄さんの体調が悪くなったら申し訳ない」

「大丈夫だって その分授業中寝てるし」

「それは……大丈夫と言うの?」

 

 うん、なかなかに痛いところを突いてくるな……流石は優等生。兄ちゃんは出来のいい妹を持って幸せだよ。

 

「と、とりあえず 早く用意しなきゃだな。友希那は朝食べたのか 」

「まだ。兄さんと一緒に食べるって決めてるから」

「うっ、なんちゅうどストレートなデレだ……」

「デ、デレ……?」

「いや、こっちの話だ。それより先にリビング行っててくれ」

 

 友希那が部屋から出ていくと、俺は重たい体を動かしてベッドから降りる。

 パジャマを脱ぎ捨てて、ハンガーに吊るされた制服を手に取る。

 

「はぁ……何度目覚めても笑ってくれないか……」

 

 俺の妹は、ある日を堺に人前で笑う事が無くなった。それは家族にも同様で、俺の前でも全く笑ってくれない。 前に一度笑わせようと、くすぐってやったのだが……、

 

『兄さん、邪魔だからやめて』

 

 と冷ややかな目で注意されたのを覚えている。

 

 

「ネクタイ曲がってないな……完璧 」

 

 さぁ、今日も一日妹を笑わせるために頑張りましょうか! 

 

 

 ◇

 

 

 と、言ったのもつかの間……、

 

「……」

 

 

「おお、今日の卵焼き美味しいな」

「そうね」

「このサラダもみずみずしくて美味い 」

「ええ、そうね」

 

 ごめん、とんでもなく気まずい。

 あれ……妹との会話ってこんなに難しいものなんですか? こういう時ってさ、もっとこう……「兄さん、今日も朝食は美味しいですね 」とか「あ、兄さん。ご飯粒が付いてますよ。ほんと、兄さんは私がいないとダメ ですね ふふっ♪」みたいなさーあるもんじゃないの? 

 

「 兄さん、食べないの?」

 

 だめだ……友希那がそんな事を言ってくれる未来が見えない。

 しっかし、友希那は食べるところも可愛いな……大雑把に食べるでもなくちょっとずつ食べるところとか、なんとなく小動物感って言うの? それがなんとも……ああ可愛い(※シスコン)

 

「いやー今日も友希那は可愛いって思ってな〜」

「っ……そ、そう……」

 

 おや、今少し動揺しませんでしたかね? 

 

「そ、それより兄さん。テレビつけて欲しいのだけど……」

「ん、はいはい.っと」

 

 テレビを点けると『早起きテレビ』という朝のニュース番組がやっていた。毎朝平日にある一定の時間になると、友希那はテレビを点けたがる。 その時間には、『今日のにゃんこ』というコーナーが始まっているのだ。そう……何を隠そう、友希那は無類の猫好きなのだ! 

 

「猫、可愛いな」

「ええ、そうね。特にこのマンチカンは耳が垂れてるところが可愛い.」

 

 よし、楽しく話せたな! ……じゃなくて、驚いたな……まさか友希那がここまで猫に詳しいとは.いや、まぁ確かにしょっちゅう捨て猫とかの世話をこっそりしてるの知ってるけど、ここまでとは.

 

「ほんと猫好きなんだな友希那は」

「確かに猫は好き、でもそれよりももっと音楽が一番好き」

「知ってるよ、お前が誰よりも好きなのをな。だから俺はお前の側で支えながら応援する事を決めたんだ」

「その代わりに私は、兄さんに私の目指す目標の景色を見せる……そうでしょ 」

「その通り」

 

 そして笑顔を見せてくれ……とまでは言えなかった。でも、きっとどこかで信じてるんだ。あいつが満足する物が出来た時、その時こそ昔見たあの笑顔を見る事が出来るって.

 

 

「今日も放課後ライブハウス行くんだろ 」

「ええ、今日はメンバー個々の技術の向上を目的として練習をしようと思ってる」

「分かった。次のライブまで一週間か……」

 

 長いようで短い期間に不安を抱えながらも食器を片付けていく。友希那も同様に食べ終わり、戸締りをしっかりとしてカバンを持ち、玄関を飛び出す。

 

「よし、それじゃ行くか」

「ええ」

 

 そして俺たち兄妹は、学校への道を並んで歩いた。




こんなんだったっけ……?


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情熱抱く幼馴染みと俺

『アタシは……最後まで友希那の覚悟を見守るって決めたんだ』

 

 ある日、幼馴染みは一人の親友のために決意をした。 隣に並び立つ事が出来ないのであれば見守ることにしよう……。しかし、幼馴染みは悩む。親友の覚悟、それは果たして本当に正しいものなのか。本当に自分のやりたい事なのか。

 

 そんな中、一つのバンドに出会う。それは親友のしたい事を現実にしてくれるであろうグループ。もし、その手助けが出来るならと幼馴染みもまた加入する。 幼馴染みは情熱を抱く。親友に釣り合うように、隣にいれるように……。

 

 幼馴染みはまた、一度手放したベースをその手に取る。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「お、友希那、秋也さんおっはよー!」

 

 学校へ向かう朝はいつも、隣に住む幼馴染みの今井(いまい)リサと待ち合わせをして通学している。

 

「おはよリサ」

「おーっす、今日もリサは可愛いな〜」

「ふふ、ありがと秋也さん」

 

 んー。昔から何度も朝の挨拶として言っているせいか、ここしばらくは反応が薄い……。もう少しレパートリーを増やすべきかな〜、

 

 

「兄さん、いい加減やめて」

「あ、はい……」

 

 妹に釘を刺されました。これは俺なりのスキンシップでだな……と弁解しようものならきっと絶対零度の視線で凍らされるだろう。辞めておこう。

 

 

「あっははは〜ほんと、秋也さん友希那には勝てないみたいだねぇ?」

「余計なお世話ですよぉ〜だ」

「そんな事より、早く行かないと遅刻するわよ」

 

 俺とリサのやり取りを尻目にそそくさと一人歩いていってしまう友希那。そんな妹の後ろ姿を眺め、俺とリサは同時に苦笑した。

 

 

「で、友希那の笑顔は見れた?」

「いんや、全然だ」

「そっか〜。でもRoselia(ロゼリア)で歌いきった時とかちょっと口角が上がってること多いよ?」

「……えっ、そうなの?」

 

 俺聞いたことないよ。え、なに……俺よく練習見に行ったりするけど全然そんな場面に出くわした事ねぇぞ……。

 

「そ、それまじ?」

「マジマジ。まぁ、いっつも秋也さんいない時に見るかも」

「俺、嫌われてんのかな……」

「それはないと思うんだけどなー」

 

 うぅ……まさか俺の知らないところで俺が求める笑いとは違うけど、友希那が笑ってる所を見せているなんて……。お兄さん心底落ち込んでるよ。もう叫んじゃうよ? BLACK SHOUTだよ。

 

 

「ま、いつかちゃんと見れる機会が来るって! だからそんなに落ち込むことないって……ね?」

「うぅ、今はその優しさが辛いよ」

「あはは……」

 

 肩をガクッと落とし前かがみに歩く俺をよしよしと慰めてくれるリサ。傍から見れば俺が年上だなんて思わないだろうな……むしろリサの方が年上にも見えてしまう光景だ。

 

「随分と仲良さそうね。兄さん」

「ゆ、友希那!? さっきまで前にいたのに、いつの間に後ろに……」

「もしかして友希那〜嫉妬?」

「……そんなわけないじゃない」

 

 そこまで堂々と言われるとかなり心にグサッと来るよ……。また更に落ち込みが増していると……ん? 何やらリサとの距離がかなり近いのですが……。

 

「そう? ならアタシ、秋也さんと付き合おっかな〜! ねぇ〜秋也さん!」

「リ、リサさん!?」

 

 なんと突然、俺の右腕に抱きつくリサ。色々と柔らかいものが当たって……あぁ、なんかいい匂いしてきた。こ、これが女……! 

 

 しばらくの間、くっついたり離れたりを繰り返していると、友希那が口を開いた。

 

 

「リサ、いい加減にして」

 

 ちょ、リサ姉さん うちの妹ガチトーンで今喋ったよ! これやばい奴だって。なのにリサの奴なんか企んでるような笑みを浮かべてるよ。

 

 

「どうしたの 友希那(うーん、これはかなり効果があったみたいだね〜。てか友希那怖いよ……)」 「早く兄さんから離れて。あと、兄さんは鼻の下伸ばさないで」

「そ、そう言われてもな……」

 

 この感触味わって自分から離れる奴がどこにいる! そいつはきっとやられ慣れてるか、女に興味ないね。のホモかのどっちかだ。それに下手に離れようと手を動かしでもしてみろよ! おっぱいをもっと味わう事になるぞ! おっぱいを! (大事な事なので以下略)

 

 そんな葛藤を繰り返しているとリサは、さらに抱きつく力を強めてきた。

 

 

「むふふ、じゃあ行こっか────秋也(・・)?」

「お、おおう……」

 

 おっほぉ……やばい。呼び捨てにされてめちゃくちゃ背筋がこう……ぶるぶるって震えた。今日は一日幸せだな。俺は遂に考える事を放棄し、片手に花を添えて学校へ……、

 

 

「…………」

「ゆ、友希那……?」

 

 友希那はそっと俺に近づくと、リサが抱きつく右腕とは反対の左腕に抱きついてきた。俺は完全に思考が追いつかなくなっている。

 

「行きましょ、兄さん」

「へっ……あ、うぇ?」

「ふふっ、友希那も素直じゃないなー」

 

 こうして、俺は両手に花の状態で学校へと着いたとさ。めでたしめでたし……。

 



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気高い姉と俺

あらすじにちょこっと追加しました!
本作品はバンドストーリー1章をベースに書いていきます!今の人にとっては昔懐かしのギスギス(?)することが多かった時代です!


『自分が一流の演奏をするためなら、何を犠牲にしても後悔しない』

 

 ある時、一人の少女は音楽に全てを賭けた。 少女には妹がいた。自分とは違い、何をやっても上手い。そんな相反する存在。"天才"と呼ぶにふさわしい妹、そんな妹の憧れは自分。

 そんな事はありえない、自分よりも才能がある妹の憧れが自分だなんて……。憧れとは時に何よりも重い圧力になる。それが次第に自分にのしかかっていく。姉である自分が妹より劣っているそんな事実に苛立ちを感じコンプレックスと化していた。

 そんな自分は、音楽に出会った。これならきっと自分が勝るはず、唯一自分が妹に勝ることのできるものだと。

 そしてひたすら練習した。音楽を奏でるためのギターの腕を必死に磨いた。もっと上を目指せるように、天才()に誇れる様に……。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ふぅ、やっと着いた〜」

「全く、リサが急に寄り道するからでしょ」

「そう言いながらも付いていくうちの妹……可愛いな」

 

 学校が終わり集まった俺たちは、揃ってライブハウスまで向かっていた。そしてスタジオ内に着いた俺たちの耳に届いたのは、ある人物のギター音だった。

 

 

「張り切ってるみたいだな」

「やっほ〜紗夜」

「ごめんなさい、少し遅れてしまったわね」

「大丈夫です。私が少し早く来すぎただけなので、時間には間に合ってます」

 

 彼女がRoseliaのギター担当、氷川(ひかわ)紗夜(さよ)だ。クールで正真面目、無駄なものに時間は裂きたくないというかなりきっちりした性格。

 

 

「秋也さん、新しい曲の案は出来ましたか?」

「いや、それがまだ全然でな……紗夜姉さん(・・・)は何かないか?」

「はぁ……そうでした。曲よりもまず、そのお義姉さん(・・・・・)っていうのをやめてもらいたいのですが……」

「え、だって俺にとっては姉さん(・・・)みたいなもんだし……」

「あなたにお義姉さん(・・・・・)と呼ばれる筋合いはありません 」

「ええー、じゃあしょうがないか」

 

 実のところ、俺が紗夜を姉さん付で呼ぶには理由があって、紗夜には妹がいる。紗夜はあまり妹の話は好んで話さないのだが、Roseliaでも彼女は姉の様な姿でそれがとてもカッコよくて、簡単に言うと憧れだ。

 兄と姉、性別は違えど家族内では同じ位置にいる存在。俺もカッコイイ兄でありたいとそう思う。憧れの意味も持って姉さんと呼んでいるのだが、何故か本人から拒否されてしまう。

 

 

「うーん、あの二人ちょっと話が噛み合ってないんだよなぁ……」

「紗夜が私の義姉……」

「ゆ、友希那? おーい多分それは違うと思うよ?」

「……はっ、私は何を……」

「二人共、今のうちに練習の準備しといてくれよ」

 

 何やら二人が話していたようだが、俺の声で友希那はそそくさと発声練習へ。リサは、ベースをケースから取り出しチューニングを始めた。

 俺はというと……、

 

 

「…………」

「……っ、何か用ですか」

 

 やっとこちらに気付いてくれたのか、はたまた気づかぬふりをしてたかは分からないが、何か用と言うわけじゃないので答えに困ってしまった。

 

 

「いや、ギター握った時の紗夜はやっぱカッコイイな〜と思ってな」

「そうですか 」

「ああ、なんというか風格が出てて、完璧って感じがする」

「私は完璧じゃありません。まだまだ上を目指せるはずです」

 

 そう答える彼女の見据える場所は、もっと先、どんなに他人が完璧と訴えても彼女は満足しない。こういう性格がどうもうちの妹と似てる。そのせいか、必要以上に気になってしまうのだ。

 でも俺には紗夜が何故そこまでこだわるのか、それが分からない。今のままでも紗夜のギターは最高だと思う。そう言っても紗夜は決まって「まだまだ」と返してくる。だから俺は紗夜の口から「最高だった」と聞くその時を密かに楽しみにしてたりする。

 

「やはりここが上手くできませんね……」

「お、どこだ?」

 

 見ていると紗夜が、眉間にしわを寄せてまで試行錯誤していた。

「可愛い顔が台無しだよ☆」とか臭いセリフ言おうとしたけど、どこからか殺気を感じたからやめた。 紗夜から上手くできないとされる場所を見ると、Roseliaの代表曲と行っても過言じゃない『BLACK SHOUT』の間奏で紗夜がパフォーマンスとしてギターソロをする場所だった。ちなみに俺が提案してたりする。

 

「ここは紗夜姉の好きに弾いてくれていいんだぜ 大して深く考えなくていいと思うんだが……」

「いえ、好きにと言われても……今まで決まった (メロディー) しか弾いてこなかったので、どんな事をすればいいのか……」

「あぁーそういう事」

 

 真面目であるがゆえの悩みってやつか。今までこれやって、あれやってと決められた事しかやって来なかった人が、突然自由にやってと言われて何をすればいいか分からなくなる。そんな一種の症状に(おちい)ってるわけか。

 

 

「ちょっと失礼……」

「あ、秋也さん な、何をしているんですか」

「ん 肩の力を抜いてやろうとしているんだろうに、ほらリラックスリラックス〜」

「ちょ、ちょっと!」

 真剣になりすぎて肩がガッチガチに固まってた。俺は、紗夜の肩を上げて落とす動きをさせる。もちろん腕、肩以外は触ってないからな。

 決してすらっとした腰周りに目が行ってるわけじゃ……。

 

「ほれほれ〜もっと楽になりな」

「言葉から何だが下心が見えますよ。後、視線を感じるのですが……」

「ん 俺が腰を見る視線しか無いはずだが」

「どこ見てるんです!」

「さぁさぁ もっと体を柔らかく……そうすれば見えてくるはずだ自由な演奏が!」

 

「確かに演奏には自由も必要よね」

 

「そうそう、分かってるな〜流石俺のいもう……と…………妹ッ!?」

 

 その時、紗夜の後ろに回る俺がチラッと見えた光景、冷ややかな目をこちらに向け腕を組む我が妹の友希那と「どんまい」と言わんばかりに苦笑いのリサだった。

 

「いや、あの……これはだな。ただ紗夜に自由な演奏をできるようにと、体のストレッチを……」

「随分と楽しそうだったわね」

「んぐっ……」

「後さっきから目線が紗夜の腰ばかり、鼻の下は伸ばしてるしはっきり言って下品」

「ぐはぁっ!」

 

 

 そして俺は、妹の最後の一撃によってくたばった。最後に見えた景色は、妹が隠れてぷくっと膨れている姿と「破廉恥です……」とブツブツ呟く紗夜の姿だった。

 

 

 ◇

 

 

「すいません……遅れました」

「ごめんなさい……って、秋也さんどうしたんですか?」

「あ、燐子(りんこ)にあこ! これは……その〜、あはは……なんて説明しよう?」

 

 Roseliaメンバー最後の二人がやって来て見たのは、血(どこから出したのか不明のケチャップ)を吐き、地に伏せる秋也と、それが見えないかのように振る舞う友希那と紗夜だった。

 

 

「二人とも遅いわよ。すぐに練習始めるから位置について」

「は、はい……」

「あの〜秋也さんは「無視してちょうだい」わ、分かりました 」

「……おーい秋也さ〜ん。だめだ、返事がない。ただのしかばねのようだ。ってね」

 

 こうして一つの死体(秋也)が転がるライブハウスにて、Roseliaの練習が始まった。




孤高の歌姫なんて二つ名が付いてた頃の友希那に兄がいたら?なんて想像から始めた作品でしたねー(しみじみ)

この作品では氷川姉妹の仲はまだ初期状態です!


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消極的な相棒と俺

『自分を変えたい……』

 

 1人の少女は、自分の意思で一歩新しい世界に飛び出そうとした。

 彼女は人1倍気弱な性格で、人と話す事もままならない他、自分だけで外に出るなんてことも出来ないほどだった。 しかし彼女は、ピアノコンクールでたくさんの賞を取るほど、昔からピアノの才能があった。否、才能と呼ぶのではなく極める力 ががあると言った方が正しいだろうか。一つ何かを決めればそれを極めるために努力する。 その奏でる音色は、聴いた者全てを虜にする程に……。

 

 そんなある日のこと、ひょんな事からライブハウスに足を運んだ彼女。そこで待ち受けていたのは、まさに衝撃だった。

 たった1人、ステージに降り立つ歌姫と呼ばれる存在。彼女(友希那)が一度声を響かせれば観客は息を飲み完全にその世界(歌声)に引き込まれる。

 歌姫はそう遅くない期間でバンドを作り上げた。

 

 ──あの人と、あの人が作るバンドと共に演奏がしたい……。

 

 たったそれだけの思い。されどその思いは彼女にとって大きな一歩だった。

 彼女は、必死の思いで実力を見せつけ、青い薔薇(Roselia)の一員となる奇跡を手繰り寄せた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 練習が終わった後、妙に足取りが悪くなっていたRoseliaのキーボード担当、白金燐子(しろかねりんこ)こと、燐子は練習が終わるとすぐ糸が切れたかのように、倒れかけてしまった。

 どうやら朝から少し体調が(すぐ)れなかったようで練習も無理してやっていたらしい。

 他のメンバーも心配していたが、行きつけのファミレスで今後の方針やらの作戦会議をいち早く終わらせると俺は、すぐさま燐子を家に送るために今、おんぶして歩いてる。

 

 

「……秋也さん、すいません」

「ん いいってことよ。体調悪い子を一人で帰らせるわけにはいかないしな」

「そ、そうですか。私……重くないですか……?」

「むしろ軽くてびっくりしたよ」

 

 これはお世辞でもなく、強がりでもない本心だ。実の所、女の子をおんぶした事自体が(友希那を除いて)初めてで、かなり覚悟していたのだが、軽々と背負う事ができていて心底驚いている。

 

 ……おんぶしてるから嫌でも押し付けられてるんだが、べ、別に役得ぅ〜とか思ってないからな! 

 

 

「ほ、本当ですか……」

「あ……あぁ、ほんとほんと。ちゃんと飯食べてるのか心配になるくらいだよ」

「……最近、抜きがちだった……かも」

「原因はそれかぁ」

「で、でも……最近流行りの食べても太らない……っていうのを朝ご飯に……」

「あれはただ食べた気になって腹に何も入っていかないやつだぞ。そんなの朝に取ってたら栄養も何も取れないじゃないか」

 

元にそれで体調不良で会社を早退するものや、かなりの怪我を負う人が増え続け、ネット上でも「早く販売停止させろ」だの「謝罪しろ」だの会社も多大な損害と訴えが絶え間なく起きている。

 その事を燐子に教えると、

 

「そ、そんな事になっているんですか……」と、初めて知ったご様子だ。うちの大事なメンバーをこんな目に遭わせたんだ。俺も抗議してやろうかな……なんて思ったり。

 

 

「それにしても燐子の事だからそこら辺知ってると思ってたんだけどな」

「あ、あの……最近、ネットゲームの情報だけしか見てなくて他の事には目を通していなかったんです……ごめんなさい」

「なるほど、またネトゲーに夢中になってた訳だ。あれだろ? もうそろそろ始まるっていうイベント実装についてか」

「はい、明日からなんです」

「明日だぁっ!?」

 

 なんということか……実を言うと、俺も燐子の言うネトゲーをプレイしておりRoseliaが完成する前までは、廃人のようにやり込んでいたりしたのだ。それが最近では、曲作りや練習などでなかなかやれずにいて、イベント情報なども少しチラッと見るほどには離れていた。

 

 

「それで明日、実装に伴って……駅近くのショッピングモールで、イベントがあって……あこちゃんと約束してたんですけど……」

「その調子じゃ無理だろうな」

「ですよ……ね」

 

 前を向いているため背負う燐子の表情をよく見ることは出来ないが、酷く落ち込んでいるのが伝わってくる。

 

 

「ならさ、俺が代わりにあこと行ってこようか?」

「え、いいんですか……」

「おう、まぁあこがなんて言うか分からんが、ビデオ通話で繋げば燐子が家にいてもイベントとか見れるだろ? どうだ 」

「……っはい! 良いですね。流石、私のあ、相棒ですね……あっ……ご、ごめんなさい……あっちでの事なのに」

「お、燐子から相棒って言ってもらえたの久々かもな」

「そ、それは……秋也さんも最近忙しそうで、一緒にゲームする時間も……減ってましたし」

 

 燐子が俺を相棒と言ってくれる理由、それはまぁ俺がまだネトゲ廃人のようになっていた頃の話だ。そのゲームでは、それぞれが好きなJob(職業)を選ぶ事ができ、大体のユーザーがソロで戦うため戦士系を選ぶ。俺と燐子もまた同じ戦士系だった。

 そしてとあるイベントでの事、半ば無理やりと言った感じで見ず知らずだった俺と燐子は、背中を合わせ戦ったのだ。

 

 そんなこんなでいつしかお互いをパートナーとし、二人で攻略していたのだ。その途中で同じネトゲプレイヤーの宇田川(うだがわ)あここと、あこに出会ったりしたのが詳しい話は追々……。

 

 

「でも懐かしいよな。まさかずっと遠くにいると思ってた相棒がまさかすぐ近くにいて、しかも今じゃこうしておんぶしてる訳だし」

「私は……まさか男の人だったなんて……って、」

「あー、初めて会った時めちゃくちゃ怖がられたのを今でも覚えてるよ。まぁ、俺が女性アバターでやってるからしょうがないか」

 

 これまで燐子が変なのに騙されなかったことだけが幸いだな。

 

「ご、ごめんなさい……」

「いいって、でもそんな燐子が今じゃ"おんぶ"されてるわけだからな〜」

 

 わざとらしく一部分だけを強調して口に出すと、首に辺りにおでこをピタッとくっつけられた感触がした。

 

 

「うぅ……恥ずかしい……」

「ははは、病人は黙って安静にしてなさいってか……あ、あのー燐子さん? ちょ、くっつきすぎですって」

 

 燐子の抱きつく力が少し強まり、密着度がかなり高まっている。そのせいで背中全体で燐子の体温を感じられるほどになり、一部がとても柔らかい感触でいっぱいになっている。

 

 

「あ、秋也さんが……変な事言うから……」

「ほんっとにすいません」

 あぁ……これは俺への天罰だな。いや、これはこれで天国か、てか友希那と同……いや、それ以上かこんなに発育がいいとお兄さん心配だよ……。

 

「……で、でも。嬉しかったです。秋也さん、私が倒れかけた時、すぐに駆け寄ってくれましたから」

「そりゃな、燐子は俺たちの大事な仲間だしな。俺にとっては相棒か……なんてな、ははっ」

 

「……私にとっては……秋也さんは……相棒で……」

「ん」

 

 一呼吸置いたあと燐子が一言、

 

 

「────────」

 

 道路を通る車のエンジン音で大きくは聞こえなかったが、耳元で囁かれた俺には聞こえた。とても弱々しくも根は力強い、 そんな燐子の言葉に一瞬、ドキッと心が動いた気がする。

 

 

「……ふっ、それじゃ家まで全速力だ 」

「お、おー…… ふふっ……♪」

 

 俺は面に出さぬよう、無我夢中で燐子の家まで走った。その時、何故だか向かい風が心地よかった気がした……。

 

 

 ◇

 

 

 その頃、ファミレスにて

 

「ん、友希那? なんか落ち着かない感じだけど……どうした 」

 

 リサがドリンクを飲んでいると、その目線にキョロキョロと視線を動かす普段とは違った友希那が見えた。

 

 

「何でもないわ。何故だが一瞬、兄さんの事が頭に浮かんだのだけれど」

「はっはーん。さては友希那、燐子と二人っきりの秋也さんの事心配だったりして 」

「違うわ……ちゃんと燐子が家に着けたのが気になるだけよ」

「あ、それなら今、りんりんから連絡きましたよ 『秋也さんのおかげでちゃんと帰ってこれたよ』らしいです 」

 

 先程まで席を外していたあこが、携帯を片手に戻ってくる。その伝言にメンバーは一安心する。

 

「ふぅー。一時はどうなるかと思ったよ。アタシ達も気をつけないとね」

「そうですね。ライブももう近いですし、ちゃんと健康は維持していないといけませんね」

「紗夜の言う通りだわ。私たちRoseliaには止まっている暇なんてない。これからさらに忙しくなるわよ」

「おっけー。アタシもみんなに負けてられないな〜 」

「あこも……もっとカッコイイ演奏をするために頑張ります 」

「それじゃ、今日は解散しましょ」

 

 それぞれの決意が固まり、友希那の一言によってこの日のRoseliaでの練習は本当の意味で終わった。

 

 この後、先に家に帰ってた友希那が帰ってきた秋也に質問攻めしたのはまた別の話。



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憧れ抱く妹分と俺

『おねーちゃんみたいなカッコイイドラマーになりたい』

 

ある娘は自分の姉に憧れる。 彼女は姉を"世界一カッコイイドラマー"だと尊敬してやまない。例えどんなにかっこよくドラムを叩く人が他に現れたとしても、姉が一番だという気持ちは変わらないだろう。 そんな彼女にも、もう一人カッコイイと評する人がいる。その人は、孤高の歌姫と呼ばれるボーカリストだった。

 

────彼女とバンドを組めたらきっと自分も姉と同じカッコイイドラマーを目指せるだろうか……。

 

そんな思いだっただろう彼女は、歌姫が作り上げるバンドに入る意思を固める。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

学生にとって地獄の平日を終え、つかの間の平和(休日)を迎えた俺と、可愛い可愛い自慢の妹の友希那と共に街に出ていた。

 

 

「いや〜今日もいい天気だな」

「そうね、で? なんで今日は出掛けることにしたの」

「気分だ」

 

そこ! ただ計画を立てるのが苦手なだけだろ……とか言わない。たまには行き当たりばったりもいいだろ!毎日がきっちり計画通りな日々とか、考えただけで疲れる。

 

 

「はぁ……兄さんの事だからそんなことだろうとは思ったけど……」

 

妹よ、そんな哀れんだ目でお兄さんを見ないでくれ……。

 

「しかしなんで付いてきてくれたんだ 」

「兄さんを監視するためよ……」

「えっ?」

 

若干今のヤンデレっぽかったぞ……。いつの間に我が妹にヤンデレ属性が付いてたなんて、しかしそれでも可愛いから良い(※シスコンです)

 

「ちょっと目を離したらすぐ女性に鼻の下伸ばすじゃない」

「それじゃまるで俺が節操なしみたいじゃないか 」

「本当の事」

「ぐっ……」

 

返す言葉もない。元に先日、燐子を送っていく際におんぶしていたが、そこでドキドキしていたのだから。

 

 

「さ、さぁ〜どこに行こうかなぁ 」

「話逸らした……」

 

この調子だと俺、一生妹に勝てないんじゃないかと思えてきた。これじゃ兄としての威厳が無くなる。

なんて、思いながら噴水がある広場をキョロキョロと見渡していると、人混みの中で何やらぴょこぴょこと動く紫色のツインテールが見えた。

 

 

「なぁ友希那。あそこにいるのって……」

「え? 私には見えないのだけれど」

 

俺と身長差があるため、友希那の背では人混みで見えないらしい。

 

 

「あぁそっか……それじゃ────」

「ちょ、ちょっと兄さん な、何を……」

 

俺は横に立つ友希那の後ろに周り、ひょいと持ち上げる。そしてそこから肩車の姿勢に変える。

 

「どうだ、見えるか 」

「に、兄さん……や、やめて……」

「ん? よく聞こえん」

「あ、あこがいたから……」

「お!やっぱりそうか。あこー!」

 

友希那を肩車したまま、先ほど見えた場所に向けて名前を呼んでみる。すると、

 

 

「……? この声、秋也さん……って、あれ友希那さんだ〜! おーい!」

「お、気付いたみたいだ……「兄さん……早く降ろして」あ、忘れてたすまんすまん」

 

ゆっくりと友希那を肩から降ろす。その時、とびっきり顔を真っ赤にさせた妹にめちゃくちゃ睨まれた。

 

 

 

 

あの後、友希那に睨まれながらも無事合流し、俺たちは近くのカフェに立ち寄った。

 

「いや〜奇遇ですね! こんな所で会うなんて。二人はお買い物ですか?」

「うーん。まぁそんな所だな。あこの方こそ何してたんだ?」

「あこは〜……じゃなかった。────わらわは、買い物に行くところじゃぞ 」

 

わざわざ喋り方を変えんでも……とは思うがこれがこいつ、あこの性格というか、なんというか。

とにかく"カッコイイ"という言葉に弱いあこは、日々カッコイイ自分になるために色々と頑張っているのだとか。

 

 

「なんか買いに来たのか?」

「それは秘密ですよ〜」

 

あ、そこは喋り方変えないんだね。こいつの中でのルールがよく分からんな……。ちなみに一方、うちの妹はと言うと……、

 

「すいません。この猫パフェ一つお願いします」

「かしこまりました! こちら注文していただいたお客様にお配りしております。どうぞ 」

「ありがとうございます。……猫」

 

絶賛、勝手に取ってつけたような名前のパフェを注文し、猫がだらしなくお腹を見せてるふわふわのストラップを頂いて感極まっていた。

あ、陰に隠れてスリスリしてる……可愛いから無音でパシャリ。

 

 

「しっかし、あこって私服おしゃれだよな。めっちゃ似合っててなんというか、かっこいい」

「かっ、かっこいい……!」

 

するとあこは少々照れくさそうに頭の後ろに手を当てて、にゃはは〜と頬をほんのり紅くさせて笑っていた。

 

「あ、ありがとうございますっ。こうやって真正面から言われると……照れちゃいますね……!」

「そっか、てかそれってどこで売ってるんだ?かなり高いブランド物の様な感じがするが」

「実はこれ、りんりんが作ってくれたんですよ! すっごいかっこよくてあこのお気に入りです!」

「これを燐子が!?」

 

驚いた……あの子、どれだけスペック高いんだ 実を言うと、Roseliaがライブで身に纏う衣装、あれも燐子作成なのだ。しかし、まさかここまで凝った服を作れるとは……。俺も作ってもらおうかな。

 

 

「でも、すっごい嬉しいですね! 似合ってる、おしゃれだって言ってもらえてあこだけじゃなくて、りんりんも褒めてもらえてるようで。本当に嬉しいです 」

 

何気なく言った言葉でここまで喜ばれるとは思っていなく、何故かこっちまで嬉しくなってくる。

あこと話しているとほんと退屈しないな〜なんて意外な発見ができた。計画無しにぶらぶらするのも悪くないだろなんて、二人してパフェを頬張る姿を見て思う。

 

「秋也さん!これすごい美味しいです」

「それは良かったな。……ったく、ほら口にクリーム付いてるぞ」

「え、えっ! ど、どこですか 」

「はいはい、取ってやるからじっとしてな」

 

こうしてると、なんだが妹が増えたみたいだな。あこみたいなのは、妹分って言うんだっけな。ティッシュで口についたクリームを拭き取る。

今のなんか卑猥な表現だな……。

 

 

「よし、取れたぞ〜」

「えへへ〜ありがとうございます♪」

「…………」

 

何でしょう、やけに隣から視線を感じるのですが……恐る恐る横を見ると、わざとらしく口にクリーム付けた我が妹がいるではないか。しかもとんでもない量のな。

 

「ゆ、友希那」

「兄さん。私も口にクリーム付いちゃったみたい」

「なぁ、友希那」

「早くとって欲しいのだけれど……なに?」

 

ふぅ……と一息付き、

 

 

「甘えるの下手か!!」

 

もちろんその後、ちゃんと拭き取ってあげた。

 



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LOUDER編
新曲案と繋ぐ手と俺


ここからガルパ初のバンド単体イベだった「思い繋ぐ、未完成な歌」のストーリー沿いになります!


『新曲がやりたいですっ! 』

 

 事の発端はもうすぐに迫っているライブに向けて、練習していた時のことだ。

 今回のライブでRoseliaが歌える楽曲は、3つ。我らがボーカルの友希那が曲の希望を聞いたところ、あこから〝新曲がやりたい〞と要望があったのだ。

 

 

「確かにその案はありかもな。既存の曲でもいいんだが、俺たちRoseliaはまだまだ楽曲が少ないだろ 」

「かと言ってライブまでほとんど時間がありませんよ? 新曲もいいかもしれませんが、やはりここは今ある曲の精度を上げるべきです」

「でもでも! いっぱい、いっぱ〜い練習すれば、ライブまでには間に合うと思います……っ! 」

「中途半端な演奏はできない。分かるわよね? こんな短時間で、しかも他の曲の練習もあると言うのに、果たしてそれで新曲を妥協せずに演奏できるかしら? 」

 

 確かにあこの新しい事に挑戦したいって気持ちは分からないでもない。しかし、このRoseliaっていうバンドは、"一切妥協のない完璧な演奏"を目的としている。それゆえ、紗夜にも一理ある。

 

 

「うぅ……で、でも……っ! 」

「あ、あこちゃん……落ち着いて……」

 

 それでもなかなか引かないあこ。このままでは決着が着きそうにもないな……。

 

「おい、そろそろスタジオ出る時間だぞ?」

「それじゃ、明日の練習までにセットリストを考えてくること、いいわね 」

「はーい! 」

「は、はい……」

「わかりました」

「それじゃ〜解散っ 」

 

 今日の練習は、友希那の言葉によってお開きとなった。そしてスタジオを出て各自それぞれの帰路についた。俺たちと家がお隣のリサは、そそくさと先に帰っていき、俺と友希那は2人で家に向かっていた。

「ねぇ、兄さん」

「お? どした」

「…………」

「……」

 

 無言になってしまった。妹が何やら言いたげな様子なのだが、妙に貯めているのかどうか分からないが、とりあえず本人から話すまで待つとしよう。

 暫く無言が続いた後に、遂に何か考え込んでいた友希那が口を開いた。

 

「兄さん……その、手……」

「ん 手がどうしたんだ 」

「……手、繋いでいいかしら……」

「そうかそうか〜……って、へっ? 」

 

 なんという事だ……これは夢か? 幻か? 小幅合わせて歩く隣の妹は、見てわかるほど右手をぶらぶらと揺らしては俺の左手を誘っていた。

 

「だ……だめかしら?」

 

 そう聞いてくる友希那からは、先程までステージの上にいた"Roseliaのボーカル"の面影は一切なく、"孤高の歌姫(ディーヴァ)"なんていう肩書きも存在しない。

 この場にいるのは俺の妹、湊友希那だ。俺が一番大好きで大切な妹だ。兄の俺が、そんな可愛い妹のお願いを聞かんでどうする? 

 

 

「……ほら、これでいいか? 」

「っ……ありがとう」

 

 滅多に触ることのできない妹の手のひらは、とても暖かく、少しでも力を入れてしまえば壊れてしまいそうなほど繊細で、ずっと繋いでいたい。そんな気持ちにさせる温もりがあった。

 

 

「そういえば、リサからクッキー貰ったんだよ。食後にでも食べるか?」

「ええ」

「ちゃんとお前が好きなはちみつティーも買ってきてあるからな」

「ありがとう、兄さん」

 

 少し声から嬉しさが伝わってきた。もうずっと一緒にいるからか、細かな声質だけで友希那の喜怒哀楽が分かってしまうようになったな。

 

 

「少し言い過ぎたかしら……?」

「今日の事か? 別に間違っちゃいないよ。でも同時にあこみたいな冒険心も持っておくべきだな」

 

 話はそこで終わった。

 もう少し、コミュニケーションが取りたいところだけど……今はこれでいっか。

 

 

 ◇

 

 

 練習を終え家に帰ってきた私は、晩御飯を済ませ自室に戻ってきていた。部屋に入るなり、私の頭ではライブの事でいっぱいになっていた。

 

 

「……ふぅ。セットリスト……」 私たちが次のライブで演奏できる曲はカバー込みで6曲。私の中で、いや、きっとメンバー全員の中で最初の曲は決まっていると思う。

 

 

(あとの曲は……確か押入れに前に演った曲のスコアが…………ん? こんなのあったかしら……?)

 

 そこには、私の物ではないであろう一つのカセットテープが置いてあった。

 

(この字……もしかして、お父さん )

 

 でもどうして私のところにあったのだろう。お父さんの物だった"音楽関係の品は全て捨てられしまった"はず……。何かの拍子に紛れ込んでしまったのだろうか。

 

(確認のために……)

 

 そこからは記憶が妙に曖昧になっていた。何のために押入れを開いたのか、その理由さえ忘れていた。

 その時の私は、傍から見れば心ここに在らず……といった感じだったのだろう。 ────それほどまでにカセットテープの中身に驚愕した。

 中に入っていたのは、昔、お父さんがまだバンド活動していた時の歌声だった。

 

 とてつもないほどのシャウト、そして心をこれでもか、と言うほど揺さぶる感覚……激しい音色の中に感じるお父さんの音楽への"純粋な気持ち(・・・・・・)"それが骨の髄まで響いて伝わってくる。

 

 

(この曲、歌ってみたい……。でも、果たして今の私に歌う資格があるのかしら……)




この頃のロゼ曲ってカバー合わせても3〜4曲くらいだったの覚えてますね笑


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とある男の曲と俺

 そして翌日。放課後俺たちは、いつものスタジオに集まっていた。

 

「よーし、これで全員そろったみたいだね。それじゃあ、セットリストについて話し合おっか」

 

 昨日、各自に出した課題をそれぞれ考えてきて、今リサが結果をまとめているところだ。

 

 

「えーと、みんなが考えてきてくれたリストをまとめると1、2曲目は満場一致で決まりって感じか」

「ええ、賛成よ。3曲目はこのまま勢いにのっていくか、緩急をつけるべきか、考えどころね」

 

 1,2曲はどれも激しい言わばテンションが上がる曲だ。客の盛り上げ方にもいろいろあって、最初はしっとりとした曲で攻め、最後にドーンっと盛り上がる曲を持ってくるバンドもいれば、初めからMAXな盛り上げ方もある。

 

「あこはこのままバーン! って行きたいですっ!」

「アタシも賛成! 今回は全曲アゲていきたいな」

「ちなみに俺も賛成」

 

 あことリサに同意見だった。逆にうちのバンドにそこまでしっとりとした曲があるのかと言われれば無い。一方、別名Roseliaの最後の壁と言われる(※言われません)紗夜はというと、

 

「盛り上がりも大事だけど、ずっと同じテンションの曲では、単調に聞こえてしまう可能性もあるわ」

 

 これもまた一理ある答えが返ってきたもんだ。さて、こんな時うちの妹なら黙っていないはずなのだが。

 

 

「ゆ、友希那?」

 

 おかしいっていうよりか、朝からやけに静かというか、考え込んでいるというか。

 

「うーん、紗夜の言うことにも一理あるなぁ〜」

「……」

 とんとん拍子で話が進む中、今もなお何か考えている友希那。そして、燐子もまた、いつもと様子の違うことにきずいたらしく俺に耳打ちしてきた。

 

「秋也さん……友希那さんの様子、おかしい気がするんです……何か知ってますか?」

「いや、俺もさっぱりなんだ。今朝からずっとあの調子でさ」

「なにか……悩み事でしょうか」

 

 悩み事ならいつでもお兄ちゃんが聞いてあげるのにな……某シスコンな兄なら、妹の人生相談の相手にされてたりギャルゲープレイさせられてたりでとっても羨ましいってのに……俺と来たら相談は愚か、一緒に遊ぶ事さえやってこなかった。

 ……はっ そうか、友希那が悩みを打ち明けてくれないのはそのせいか! そうなのか…………頼れないお兄ちゃんでごめんよぉぉぉぉぉ!! 

 

「あ、秋也さんっ……! そ、そんなに頭打ち付けたら……怪我しちゃいますよ……」

「止めないでくれぇ! これはダメ兄貴な俺への罰なんだああああああ 」

「ど、どうしよう……こういう時ってどうしたらいいんだろう……」

「な、なにやってるのさ……秋也さん」

 

 俺が何度目かも分からない頭突きをする時に、今まで話し合っていたリサが苦笑いでやって来た。

 

「こ、これはその……」

「何も言わないでくれ」

「ん〜 まぁ、とりあえず秋也さんは頭上げて……ほら」

「かたじけない……」

「いつの時代の人さ。それより、友希那がなんか聴かせたい曲があるんだって」

「友希那が?」

 

 そこには、一つのカセットテープを取り出し曲をかける準備をする友希那が見えた…………って、あのテープ! なんであいつが持ってるんだ? ということは、今から流れる曲は親父の……。

 

 案の定、カセットテープから流れた曲は一番この中で俺がよく知っている曲だった。とても懐かしい、激しくも繊細な……それでいて親父の"楽しい"っていう感情が滝のように溢れ出している歌声。

 ────もしかしたら友希那のやつ、これを演るきか? だとしたら……いいきっかけになるかもな。

 

 全員が無言のまま、曲は終わりを迎えた。

 

 

 ◇

 

 

「…………ごい」

 無言の空気の中、最初に口を開いたのはあこだった。

 

「すごい、すごいっ……すっごーい!! カッコいい! 超カッコいいですっ! ね、りんりん!」

「う、うん……! すごく……素敵な曲」

「あこ、この曲ライブで演奏してみたいっ! お客さんだって絶対ぜ〜ったい、わーって盛り上がるよ 」

「あはは、完全に気に入ったみたいだね。まぁ、アタシもこの曲好きだな〜♪」

「確かにこの曲は良いと思います。けれど……この曲は一体、誰の曲なのかしら 」

 

 紗夜から当然の疑問が出た。多分この中で薄々感ずいてる奴は、俺と友希那を除いてはリサだけだろう。その他は3人とも、この声の主が誰なのか想像もついてないだろうな。

 

「そ、それは……」

「ねぇ、友希那、この曲ってもしかして……」

「ああ、それは俺達のおや「……いえ、やっぱりこの曲は今のレベルには見合わない」……ゆ、友希那?」

 

 何故か遮るように友希那は話し続ける。

 

「ごめんなさい。余計なことに時間をとらせてしまったわね。今の事は忘れて、改めてセットリストを考え直しましょう」

「えぇ〜っ かっこいい曲だと思ったのになあ……」

「…………」

 

 あくまで親父の事は伏せていたいって事か。

 ……それにしても、〝レベルに見合わない〞ってどういう事だ? 今のRoseliaならこの曲を、親父の曲をもっとさらによくできるはずなのに……。それとも何か、別の……友希那を躊躇わせる理由があるのか? 

 

 悶々としたまま今日も練習が終わった。

 



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迷う妹と俺

 今日のライブ練習では、結局セットリストの最後が決まることはなかった。そして今、スタジオを後にしたあこと燐子は、 話しながら帰路についていた。

 

「友希那さんがさっき聞かせてくれた曲、カッコよかったなぁ〜! でも……」

「今の私達には見合わない曲だって言ってたね」

 

 友希那が放った言葉、他人が聞けば燐子の言葉通りRoselia全体でのレベルに見合わないという意味になるだろう。 しかし、

 

 

「うーん。でも、頑張って練習すればできるようになるんじゃないかな。あこ、あの曲に見合う演奏ができるように頑張りたい 」

「うん……わたしも、同じ気持ち」

 

 なにも練習しても絶対できないというわけでもない。なにが友希那を躊躇わせたのか本当の理由は当の2人にはわからないだろう。

 そんな2人の目線に見覚えのある3人が見えた。

 

「あれ あそこにいるの、友希那さんとリサ姉に秋也さんだよね? りんりん、もう一度友希那さんにお願いしてみようよ 」

「あ、あこちゃん……!」

「友希那さーん! リサ姉! 秋也さーん!」

 

 あこは、燐子の静止も聞かずに一人先に走り去っていってしまい、燐子も続いて向かうのだった。

 

 

 ◇

 

 

 同じくスタジオから帰るところだった友希那、リサ、そして俺は少しばかりの寄り道をしているところだった。

 

「友希那さーん! リサ姉! 秋也さーん!」

「ん? この声って……」

 

 俺達が話しているところに息を切らしてやって来たのは、先ほど分かれたばかりのあこだった。

 

 

「はあっ、はあっ……追いついた! あ、あのっ……! さっき友希那さんが聴かせてくれた曲 あこ、演奏したいですっ 」

「えっ?」

「やっぱりな」

 

 最初からこうなることは分かっていた。親父とか関係なしに俺があんな曲聴かされたらきっと、あこと同じことしてただろうな。それに加えあこは無類のカッコいい物好きだぞ? そんなこいつが諦められるわけないだろう。

 

 

「あの曲、すっごくカッコイイって思ったんですっ ライブで演奏したら絶対すっごく盛り上がります 」

「あの曲は……」

「はあ、はあ……あこちゃん、早い」

「りんりんっ! りんりんもあの曲、演奏したいよね?」

「おいおい、まずは燐子休ませてあげろって。だいじょぶか? これ飲んどけ」

 

 きっと突然あこが走って行って頑張って追いついたのだろう。とりあえず俺は、買ったばかりの飲み物を燐子に手渡してあげる。

 

 

「で、でも……これは」

「いいって、気にせずもらってくれ」

 

 断じて女の子に自分の飲みかけを渡しているわけじゃないからな! ちゃんとまだ飲んでない新品だからな。

 

 そして、水分補給を済ませ一息ついたところで、先ほどのあこからの同意に答える。

 

 

「わたしもあの曲、演奏したいです どなたの曲なのかわからないですけど……きっと……きっと、友希那さんの歌声にあう、素敵な曲だと思いました!」

「私の、歌声に……」

「わたし、友希那さんの歌声が好きです。繊細で、力強くて、時には音楽を求めすぎるあまりに、まるで恋い焦がれているかのような焦燥感を感じる。そんな歌声をしています。先ほどの曲を聴いたとき、友希那さんの歌声を初めて聞いた時のような感覚に陥りました」

「……」

「だからその……友希那さんにあの歌を歌って欲しいそう思います……!」

 

 今までこんなに自分の思いをさらけ出した燐子を見たことがなかった、それゆえに無言になってしまった。曲にしても友希那にしても、ここまで家族を褒められると照れるな……自分のことじゃないんだけどな。

 

 

「あの曲を演奏する技術が足りないなら、あこもりんりんももっともっと頑張りますっ! だから……」

 

 2人の気持ちは確かに届いたはず。それに対して友希那は、

 

「 私の歌声は、そんなに純粋なものではないわ」

「えっ……」

「お前 それは」

「私は……今の私には、あの曲を歌う資格はない 。2人の熱意は伝わったわ、ありがとう。でも 曲の件に関しては少し考えさせて 」

 

 そう言い捨てて友希那はあこからの「待ってます 」という言葉を聞く前に一人行ってしまった。

 

 

「悪いリサ、友希那のこと追いかけてくれ。俺は少し寄るところがある」

「わかった! 友希那の事は任せて」

 

 なんとなく妹が考えてることは分かった。こういう時こそ兄の出番なんだろうが、今の俺にはやるべきことがあった。それが妹のためになるのかわからないけど 、

 

「秋也さん よかったんですか? 友希那さんを追いかけなくて 」

「全くだよな〜ほんとダメな兄貴だな」

「でも……秋也さんならきっと何とかするって気がします!」

 

 気がするって……不確定だな。ま、実績があるのかと聞かれれば無い……。しかし正解かどうかなんてあとにしよう。まずは、

 

あれ(・・)ってどこ行ったら売ってるのかな……」

 

 既につまずいてる俺だった。



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相談する妹と俺

 

「……」

「……」

 

 気まずい 。今、俺は妹の部屋にいる。しかもだ、妹と2人きりだぞ……ベッドの上に隣り合って座っている状況だ。

 距離が近い、少しでも動けば肩が触れ合うほど。こんな時なんて声掛ければいいんだ「俺がいなくて寂しかったかい 」とか? いや、きもすぎだろ。ドン引きされること間違えなしだ。ほんと兄コミュ力なさすぎだろ俺。

 結局、何も気が利いた言葉が思いつかない。

 

 

「ねぇ、兄さん。私の歌ってどう思う?」

「えっ 」

「お父さんの曲を聴いて思ったの。歌ってみたいって……」

 

 そして友希那は「でも」と付け足してまた話し始めた。

 

「でも お父さんの歌声から伝わる"音楽への純粋な気持ち"それを歌声にのせられる自信がなくて」

 

 これが妹を躊躇わせた理由か。いまのレベルに見合わないあれは自分に対しての言葉だったんだな。

 

 

「別に気にしなくてもいいんじゃないか 」

「え?」

「親父が昔言ってたことがあってな」

 

 

 ◇

 

 

 それは、まだ親父がバンドをしていた時のことだ。

 

「おとうさん! おれ、おとうさんみたいなうたをうたえるようになる 」

 

 まだ無邪気だった俺は、当時親父みたいなバンドのボーカリストに憧れていた。

 

「そうか。でもな秋也、どんなに練習したって人と全く同じく歌えるわけじゃないんだ」

「えっ! おとうさんみたいになれないの?」

「そうじゃないさ、いいか秋也? 人にはそれぞれ歌に込める思いってのがあるんだ。誰かのためを思って歌う人や怒りを込めて歌う人だっている。お父さんは音楽が好きだ。だからその思いが聴いてくれた人に届くように歌っているんだ。そういうのを"思いをのせて歌う"っていうんだけど……」

「……?」

「ははは、秋也には少し難しかったかな? 人には人の音楽に対する思いがある。秋也がお父さんの曲歌うときが来たら、どんな思いを込めたのか教えてくれよな 」

 

 

 ◇

 

 

「お父さんが、そんなことを 」

「結局、俺がバンドをすることはなかったけどな」

 

 あーあ、なんか親父に申し訳なくなってきたな。子供のたわごとだと受け流してくれていると願おう、うん。

 

「とにかくだ、お前はお前の音楽に対する思いをのせて歌えばいいさ」

 

 

「兄さん?」

「友希那の音楽に賭ける情熱は俺が一番よくわかってる。その生真面目なほどの"音楽への純粋な気持ち"をただお前の歌声にのせればいい! 違うか?」

「……」

 

 友希那の表情を見るに核心をつけたみたいだ。俺は、こいつほど音楽にここまで賭ける奴を見たことがない。音楽を歌うことをこんなに悩んで、楽しんでる。それはなにより純粋で美しいものだろう。

 

 

「友希那、お前はどうしたい?」

 

 どう答えるか、そんなのは分かりきっているが、どうしても本人の口から聞きたい。

 

「歌いたい。あの曲を、お父さんの残したあの曲にもう一度命を吹き込みたい」

「よし、よく言ったな」

「ん……兄さん、くすぐったい」

 

 俺は無意識に妹の頭を撫でていたようだ。しかし、どうにも手が止まらない。さらさらとした銀色の髪、この手になじむ感じずっと触っていたい。

 

 

「に、兄さん……」

「どうした?」

 

 流石にまずかったか? しかし俺の手が俺の手が妹の頭から離れちゃダメだって (※ただのシスコンです) 俺は一旦手を止めると、友希那は手首を掴んできた。

 

 お、落ち着け俺……何ドキドキしてんだよ。動悸が怪しくなってきたぞそうだ、こういう時は素数を数えるんだっけ。あれ……0って入るんだっけ 、そうな事を思っていると友希那が閉じた口を開いた────、

 

 

「兄さん……もっと優しく撫でて」

 

 

 

 ────結婚しよう。

 

 

 ◇

 

 

 そして翌朝、

 

「ほら、兄さん。早く練習に行きましょう」

「おう。早くいかないと紗夜に叱られちまうからな」

「その前に髪、はねてる」

「あ、ありがと」

 

 昨日の夜、俺は初めて妹からの相談を受け、解決することができたのか? しかし、昨日まで思いつめていた友希那の表情が心なしか柔らかくなっているのがわかる。

 

 

「兄さん 私の顔に何かついてるの?」

「んー、可愛い目と鼻が……「そういうのはいいから」……あ、はい」

「そんなことより、早く行きましょ」

 

 やっぱり俺って……一生妹に尻に敷かれるんじゃない?



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決意する妹と俺

 Roseliaの出演ライブ、今日はその前日だった。今日も今日とてメンバーは新曲の練習を行っていた。俺と友希那 の親父が現役時代に作った曲。それを今、友希那がもう一度歌に命を吹き込もうとしていた。

 

「リサ、少し遅れてる。もっとテンポを上げて」

「オッケー 」

「あこ、勢いはいいけどもっとみんなの音を聴いて合わせてくれ。一人走りすぎてたぞ」

「す、すいません 」

 

 この曲については友希那ほどじゃないが俺も助言程度なら出すことができる。小さな頃に一度だけ親父と親父のバンドがこの曲を演奏してくれたことがある。今はその時の覚えてる限りの音をこいつらの演奏に照らし合わせて聴いてる。まあ、 俺より友希那の方が専門的な知識は上なんだがな。それでも絶対音感、とまではいかないがそれなりに音感はあるほうだと自分では思っている。

 

 

「紗夜と燐子はラストのサビをもっと盛り上げて、今のままだとまだまだ盛り上がりが足りないわ」

「分かりました」

「は はい」

「友希那、最後のラスサビだがもっとテンション上げたほうがいい。そのほうが多分紗夜も燐子も上げられると思うぞ。ラストにはもう上手いも下手もない、どれだけ本気を出し切るかだ」

「ええ、わかったわ。やってみる。 それじゃ、もう一度初めから行くわよ」

 

 そして、あこのドラムから曲が始まり次々と楽器たちの音色が一つの道を作っていく。その上を行くのは友希那。彼女の歌声が揃うことによって初めて、この曲の物語が始まっていく。今まで友希那が命を吹き込んできた曲の数々、それはどれも友希那の情熱をのせて聴いている人の耳に届いてきた。しかし、今回のこの親父の歌からは今まで以上の友希那の音楽に対する熱、それが友希那の姿からひしひしと伝わってくる。しかし、

 

 

「兄さん、今の感じどうだった」

「うーん、やっぱりこういうのは実際に見せたほうがわかりやすいかもな。友希那悪いが一旦ステージ降りてくれ」

「わかったわ」

 

 俺はセンターに立つ友希那を降ろし、入れ替わりでステージに立つ。立った感想……意外と見晴らしがいい。小学生の時にやった劇で初めてステージに上がった時の感覚に似ていた。もちろん俺の突然の奇行とも呼べる行為にメンバー全員驚いていた。

 

 

「秋也さん どうしたんですか?」

「ついに頭を打ったとか」

「おいリサ、だれもおかしくなんてなってねえよ。ただ少し 親父直伝の技ってやつを見せてやろうとな」

「兄さん、父さんの技って」

「みんなはさっき通り演奏してくれ。俺がこの曲の歌い方を教えてやるよ友希那」

「秋也さんの歌、あこ盛り上がってきました!」

「ちゃんと歌えますの?」

「俺を甘くみんなよ〜!」

 

 再びあこのドラムにより曲が始まる。てか、なんだこれなんて追い風だ。楽器たちが奏でる音色はまるで一陣の風のように俺の背中を押してくる。こんな経験を友希那や親父は体感してたのか……めちゃくちゃ心がたぎるじゃねぇか! 

 

 正直羨ましいよ、あの日以来俺達家族は音楽に関わることを辞めた。それでも友希那だけは、関わりを辞めることはなかった。そのおかげだ、俺が今こうしてステージに立てることも歌えることも全て妹のおかげだ。そんな感謝も込めて尚且つ、楽しんで俺は歌う。

 

「────♪」

 

 

「(秋也さん 凄い)」

「(あの時初めて友希那さんのお父さんの歌を聴いた時と同じ感覚 )」

「(湊さんにも引けを取らない歌声……これが、秋也さんの実力……っ)」

「(この感じ、何だか懐かしい……まるで昔に戻れたみたい)」

 

 各々がそれぞれ思う中、その場に静かに涙をこらえる一人の観客がたたずんでいた。

 

 

 ◇

 

 

 あの後、俺はしっかりと歌い切りとても清々しい気持ちだった。そんな俺の元にやや興奮気味のあこが駆けてきて、凄いのバーゲンセールだった。友希那もなんとなく感じてくれたのか早速俺からマイクを奪い去っていった。その後からは、メン バー全員ぶっ通しで練習に励んでいた。その時間はおおよそ3時間以上、その結果当初よりもっとレベルの高い曲となった。

 

 

「そういえばまだ友希那から感想聞いてなかったな」

「なんの話?」

「俺の曲の感想だよ。めちゃくちゃ久しぶりに歌ったんだけど、どうだった?」

 

 スタジオから帰宅した俺はふと思い出し友希那に聞いてみた。

 

「兄さんの歌……とても良かったわ」

「それだけ?」

 

 あまりにも少ないだろ……お兄さん貪欲だからもっと欲しがるよ? 期待のまなざしを向けたとたん目を逸らされた。泣きそう……。

 

「……った」

「ん……?」

「かっこよかった 」

「お、おお……」

 

 妹の口から出た感想は意外なものだった。こんなにドストレートな感想をもらえるとは思っていなかったために、気の利いた言葉が出てこなかった。

 

 

「そ、それはよかっ 「まるで昔のお父さんみたいで」 へっ……?」

 

 親父……やっぱあんたは凄いよ。妹にとって一番カッコいい人は俺にはならないらしい。くっそー ぜってえ負けないからな……。

 

 

「ん……父さんを呼んだか?」

「おおっ……噂をすればなんとやらだ」

 

 リビングで会話していた俺たちの前に、突然噂の本人が現れた。

 

 

「お父さん、今いいかしら?」

「どうした、友希那」

「明日、私達のライブがある。それを見に来てほしい、音楽への向き合い方……私なりに出した答えを明日歌にしてみる。だから……それを見てほしい」

「俺からも頼む」

「友希那、秋也。わかった、明日だな。友希那の歌を聴くのも久しぶりだ。楽しみにしているよ」

「ありがとう。それじゃあ、明日待ってるから」

 

 そう言うと、友希那は明日に備えて自室に戻ろうとしていた。

 

 

「友希那、待ちなさい。明日、これを身に着けるといい。父さんが昔ライブの時に着けていたものだ」

「あ、それ……」

 

 それは、何度も見たことがあるシルバーのアクセサリーだった。親父がいつも大切にしていたのを覚えてる。

 

「やっぱりこれだけは捨てられなくてな。友希那には、お守りだと思って持っていてほしい。きっと最高の演奏ができるはずだ」

「お父さん……ありがとう」

 

 そして友希那は今度こそ本当に自室に戻っていった。俺も戻ろう……そう思ったとき、

 

「秋也、ちょっといいか……」

「ん?」

「友希那が俺の曲を聴いてたんだが……」

「えっ? な、なぜだろうな〜。おかしいなー」

「ごまかさなくていいよ。友希那が俺の曲を歌ってくれるのか、楽しみだな。大事に持っていてくれてありがとうな」

 

 ばれてたのか……もともとあれは俺が内緒で持っていたものだ。それを友希那がいない間に部屋で聴いてたんだが、いつだったか焦って物置に置いたままになっていたらしい。その結果、友希那の手に渡ったというわけだ。

 

 

「べ、別に 、あの曲は一番好きだったし、永遠に日の目を見ないのはかわいそうだと思ったから。だから、あいつが"歌いたい"って言った時すっげえ嬉しかった。こいつがついに日を浴びてくれるんだって。 ……ごめん、なんか熱く語っちまった。 ごめん親父」

「いや、いいよ。秋也の気持ちが聞けてとても嬉しかった。ほら、明日のために早く寝てしまおうか」

「そうだな、久々に親父と話せて嬉しかった。おやすみ」

 

 少し本当に少しだが、俺たち家族は一歩また歩みだせた。そんな気がした。



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親父と妹と俺

 

 少ない練習の末、ついにライブ当日本番を迎えた。そして、今Roseliaのメンバーは控室で出番を待っている。

 

 

「もうすぐ本番だね! んー、楽しみだなあ〜りんりん、緊張している?」

「うん、少し……。でも、友希那さんのお父さんの曲を演奏できるの とっても楽しみ 」

 

 燐子とあこはいつも通りの調子みたいだ。一方いつもなら二人と一緒にはしゃいでるリサだが、

 

 

「……」

「どうした リサなんか様子変だぞ」

「え あれ、ホント?」

「ほんとだリサ姉、もしかして緊張してる?」

「あはは、大丈夫大丈夫!」

「大方、親父の曲やるってことで緊張してるんだろ」

 

 すると、リサは「ギクッ」と漫画ならそう書かれてそうなほど驚いた顔をして、はぁーっと諦めのため息。

 

「はあ 、秋也さんにはばれちゃうか〜いや、あはは……いつもより本気でやらないとって思ってね」

「そっか。大丈夫、リサなら大丈夫だ」

「ちょ 秋也さん……」

 

 俺は、昔よく緊張していた友希那をなだめるために行っていた〝ハグ〞という行為を同じくリサにし始めた。

 

「は、はわわ……リサ姉と秋也さんが抱き合ってる 」

「そんな誤解を招く言い方はやめい! 緊張を解いてあげていると言いなさい」

「は、恥ずかしいってば……」

「……(顔赤くしてる……可愛い)」

 

 俺から始めたものの、かなり恥ずかしい……。てか、リサからめちゃくちゃいい匂いが……。

 薄茶色の長い髪を撫でると、さらさらと俺の手を滑らせ、友希那のとも劣らない程の心地いい肌触りを感じた。

 

 

「そろそろね……って、2人とも何をやっているのよ」

「秋也さん……そ、そろそろ恥ずかしいかな……って」

「あ、わりぃ」

「友希那さん、そのアクセサリーカッコイイ! いつもは付けてないですよね 」

「これは……大切な人からのもらい物よ」

 

 俺たちがイチャイチャ(?)している間に、あこが友希那の付けている見慣れないシルバーのアクセサリーに興味津々の様子だった。

 ……てか、俺も"アレ"早いとこ渡さないとな。

 

 

「友希那、俺からも渡すものがある。まぁ……付けるかどうかはおまかせってことで」

「……? 兄さん……これ、リストバンド?」

 

 そう、いつぞや俺が探し歩いていた物、それはリストバンドを作る際の材料だったりする。俺はみんなと共にステージには立てない、でも思いを連れて行かせることはできる。そういう思いもあって友希那には持っていて欲しかった。

 

「わぁ〜いいな友希那さん」

「もちろん全員分あるぞ 」

「秋也さんありがとう……ってもしかしてこれ、手作りじゃない 」

「ほんとだ……それに、私の名前……入ってる」

「あっ、あこもだ!」

「刺繍も完璧だとは……あなたには驚かされますね」

 

 あまりの好評で頬が勝手に緩んでくる。そこまで褒められると俺舞い上がっちゃうよ? よし、こうなれば友希那の服を作るという口実でスリーサイズを……、

 

「兄さん、ありがとう。大切にするわ」

 

 ……ごめん妹よ。こんな邪心を抱えたダメ兄貴で……。表も裏もない純粋なお礼に心が浄化されていくようだ。

 

 

『Roseliaの皆さん、お願いします!』

「はい。みんな、行くわよ」

「はいはい! 掛け声とかやりませんか?」

「掛け声……ファイトーオー! みたいな感じの」 「うーんもっとかっこいいの。例えば……行進せよ、果ての果て……」

「却下よ」

「ええ……」

 

 もう出番まで時間ないってのに……。ここは一つ俺が完璧な案を! 

 

「じゃあ、これで行くわよ」

「え、え?」

 

 俺が考えている間に5人が円になって円陣を組む状態になっていた。俺は急いで友希那とリサの間に入った。

 

「ほらっ 秋也さん早く」

「お、おう 」

「さぁ、行くわよ……」

 

「"伝説"を作りに! Roselia!」

『fighting〜!』

 

 遂にRoseliaのステージの幕が上がった。

 

 

 ◇

 

 

「────二曲続けてお届けしました。聴いていただきありがとうございます」

 

 友希那の拙いMCだが、既に観客の熱気は最高潮まで達していた。ちなみに俺は今、親父が来たらわかるように入口付近で聴いていた。

 

(それにしても友希那の奴……今まで以上に歌が上手くなってる)

 

「悪い、遅れたな」

「ギリギリセーフだったよ。あと1曲だけ…………お、もうそろだな」

「次で、最後の曲になります。次の曲は、私が一番尊敬するミュージシャンの曲をカバーしたものです。それでは聴いてください────『LOUDER』」

 

 彼女達が奏でる音色は、今まで以上に精度が上がっていて、熱気に包まれた会場全体をさらにヒートアップさせ、思わず後ずさりしそうになる。

 隣で聴いている親父はというと、ただ静かに歌を聴いていた。その口元は少しばかり笑っていた。

 

 

「秋也、これを友希那に渡しておいてくれ」

「ん? わかった……って自分で出せば────あれ、もう行ったのか……ったく」

 

『聴いていただき、ありがとうございました』

 

 

 ◇

 

 

「すっごくすっっっごーく、楽しかったね! お客さんも、最高に盛り上がってたよ 」

「ね、ホント最高だったし、気持ちよかった! あんな一体感、今までで一番だったよね 」

 

 ライブか終わり、既に会場内にはお客さんはいなくて、いるのは私達、Roseliaのメンバーと清掃のスタッフの方だけだった。

 

 

「…………」

 

 リサ達が盛り上がる中、1人その場に手のひらを見て突っ立っている紗夜がいた。

 

「紗夜、どうしたの そんなに自分の手をまじまじと見ちゃって」

「いえ、何だか、不思議なくらい今日の演奏は私の体に馴染むものだったから……」

「そうね。私も気持ちよく歌うことができたわ」

 

 こんなにも清々しく歌えたのはいつぶりだっただろう。自分でも頬が緩んでいるのが分かる。 余韻が少しばかり残るものの、迷惑がかからないように私達は着替えを済ませるべく控え室に向かった。

 

 

「よっ、友希那お疲れ様」

「兄さん。お父さんは……」

「あぁ、ちゃんと聴いてたぞ。そしてこれが伝言だ」

 

 兄さんがお父さんの伝言だと渡してくれたのは、お父さんのであろう曲のスコアだった。そこには『いいライブだった』と走り書きで書いていた。

 

「兄さん……これは」

「ほんと驚きだよな。全部捨ててると思ってたのにさ、現にここにこうやって親父の曲があるんだから……つまり、そういう事だろう 」

「ええ」

 

 言葉にしなくてもわかる。きっとお父さんは、自分の曲を託そうとしているんだと、私は……いえ、私達は試されてるんだそう思った。

 

 

「友希那、何見てるの? んん? これって……」

「お父さんからよ」

「よかったね、友希那」

「今日はありがとう。ほんの少しかもしれないけど、以前より前を向いて歌を歌えていたように思う」

「えっ 前から前を向いて歌っていましたよね……?」

「今のは比喩表現よ。気持ちが前を向けていた、ということでしょう」

 

 紗夜があこに説明している様を眺めていると、頭の上に兄さんの手が乗せられた。

 

 

「兄さん……」

「どうだ、友希那。今日のライブ楽しかったか?」

 

 兄さんがいつも私に求めてくる質問。完成度を問うわけでも無くただ一つ、"楽しかった"かどうかだけを問いてくる。 でも、私の中で確かに存在する気持ち────それは、

 

「とても楽しかったわ」

 

 その時、柄にもなく私は笑っていた気がする。兄さんが号泣していたけれど、何故だったのかしら。

 

「私はもっともっと先へ進んでいきたい。だから、この先も私についてきてほしい」

「もちろんですっ!」

「当然、そのつもりよ」

「はい」

「おでぇもづいでぇ「アタシも、もち友希那についてくよ〜 ! よーし、パーッと打ち上げにでも行きますか!」……がぶぅぜるぅなぁ!」

「それじゃいつものファミレスにレッツg「早速行きましょ」友希那〜! 被せないでよぉ……ってこれじゃあ秋也さんと一緒だ。あはは♪」

 

 私の目指す場所へまだまだ遠いけれど、少しだけ音楽への向き合い方が変わった気がする。

 

 お父さん。少しはお父さんに近づけたかしら? 

 





昔のことを思い出しながら書いてました笑

お気に入り等々くれるともれなく友希那(妹)の添い寝コース付きますよ!


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Roseliaの夏編
嫉妬する妹と俺



海行きたい……(切実)


 

「海に行こう!」

 

 少々クーラーの効いたスタジオ内で一人呟く俺、湊秋也……って誰に自己紹介してんだろ俺……。ここ最近は猛暑続きで、 既に脳が溶ける寸前まで来ている俺は、急な思いつきを提案したものの……、

 

「却下ね」

「時間の無駄です」

「あー、アタシはちょっと……」

「わ、私も……」

 

 順に友希那、紗夜、リサ、燐子と反対された。なんだなんだ皆して……そんなに寄ってたかって拒否しなくてもいいじゃないか! 

 それに、いつもならノリノリで賛成してくれそうなリサにすら反対されるなんて……。

 

 

「リサ、お前裏切ったな〜!」

「ええっ!? アタシ秋也さんと手を組んだ覚えないんだけどな……」

「ううっ……仲間だと思ってたのに」

「そうやって罪悪感を持たせて誘ってきても無駄だよ」

「何故そこまで行きたくないんだ」

「だって……最近太り気味だし、水着とか……」

「ん? だって……なんだって 」

 

 それにしても、上手くいくと思ったのに……どうすんだ、これじゃ俺一人vsRoseliaの全面戦争じゃないか。

 

 

「ええー! あこは海行きたいっ!」

 

 流石、Roseliaの最年少。やはりこういう行事への興味と行動力が違うな。

 

「おお! あこぉ〜お前だけが俺の味方だ……夏といえば海だろ! そんな夏の楽しみの一つを奪うってのか 」

「海なんて、行ったところでなんになるって言うんですか。ただ濡れるだけの何がいいのやら」

「兄さんだって、分かっているでしょ? そんな事をしてる暇なんて無いって」

「でもさ、少し息抜きだって必要だとは思わないか ずっと気張ってたら疲れるだろ」

 

 人間誰しもずっと頑張ってたら疲れるだろう。だから、だいたいの学生や大人には休みがある。それに娯楽も何も無い人生なんてつまらないだろ 特にRoseliaには相当娯楽が必要だと思うが……。

 

 

「だからと言って海に行かなくとも……」

 

 やはり容易には行かないか。紗夜姉を納得させるにはもっとこう……「それなら仕方ない」っていう理由がないとなんだけど、そんなのが上手く思いつくなんて……、

 

 テレレレッテレー♪ (某RPGレベルup音)

 

「あれ、メールだ」

「ド、ドラ○エ……」

「兄さん……いつまでその着信音にしているのよ」

「いいだろ別に、とりあえず誰からだ……」

 

 俺はすぐさまメールを確認する。

 

「おっ……ふふふ」

「兄さん?」

「フヒヒ……紗夜、海行きは確定のようだぜ〜 」

「な、何ですか、まずその不気味な笑いをやめて下さい。で、メールの内容と海に行く事の何が関係あるんですか」

「聞いて驚くなよ〜」

 

 そして俺は、メールに書いてあった通りにメンバーに話した。

 

「海の家でフェス?」

 

 見事にハモった。

 

「どうやら先日のライブに、そのフェスの実行委員が来ていたらしく、ぜひ出て欲しいとの事だ」

 

 ちなみに何故、俺の携帯の元にメールが届いたのかというと、俺のアドレスは、スタジオのオーナーに教えていて、そこから伝わったらしい。

 

「しかし、時期はいつなんですか? 参加するにしても練習する時間が必要だわ」

「一週間後だな。練習は向こうで場所を取っておいてくれてるそうだ」

「それなら練習については問題なさそうね」

「へー、アタシたちの他にも出演するバンドグループがいるみたいだね。これは、他との差を見せつけるいいチャンスじゃん」

「どんなバンドが出るんですか?」

「ちょっと待ってろ……」

 

 俺は早速フェスについてのサイトを調べる。するとこれまでのフェス詳細や出演した人の情報まで書いていた。

 

 

「へぇ〜、いろんなガールズバンドが出てるんだな。今回は……おお、おお!」

「どうしたの? 兄さん」

「実はだな 俺が今一番注目しているバンドが出るみたいなんだ!」

「……そんなにすごいの」

 

 すると、若干不機嫌そうに訪ねてくる友希那。

 

「ま、まぁな。最近活動を始めた所なんだけど」

 

 そのあと俺は、ひたすらそのバンドについて語った。話している最中ずっと、友希那の機嫌が悪かったのだが……はっ!? これはもしや"嫉妬"と言うやつか……嫉妬しちゃってもう〜可愛い奴め! 

 

 

「(もうちょっとからかってやろうかな)」

「それでな〜そのバンドの"ボーカル"がめちゃくちゃ可愛くてさ」

「……(秋也さんわざとやってるな〜。しっかし嫉妬してる友希那可愛いなぁ〜、自分以外のしかもボーカルに鼻の下伸ばしてるからね)」

「それでな〜……って友希那 どこ行くんだ、おーい」

「…………」

 

 やりすぎた……。完全に愛想尽かしてステージ登って行っちゃったよ。これは後で謝罪と品を用意しなければ。品って何渡せばいいだろう……あ、水着とか? 海で妹とキャッキャウフフするの夢だったんだよな。あぁー海楽しみだな! 

 

 ────この時はまだ、まさか俺たちがあんな事になろうとは……誰も想像出来なかっただろう。



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氷川の妹と俺

 

 

「さぁ、次こそは勝つぞ。あこ! 燐子!」

「ふふふ……今回は負けません! 目指せロイヤルストレートフラッシュ……決まった」

 

 Q.さて、今俺たちは何をしているでしょう? 

 A.ポーカーです。

 

 現在、俺たちは先日送られてきた招待状を頂いたことにより、"MUSIC SUMMER FESTIVAL"────通称『MSF』という簡単に言ってしまえば音楽の夏祭りだ。 そこに俺たちRoseliaは出演するため、会場近くにある海の家に親父のコネで泊まらせて貰うことになり、電車で向かっているところだ。

 ちなみにどうやって親父が承諾させたのか、全くもって不明である。それに「宿泊代は……」と聞いたところ、

 

『もちろん父さんから払っておくよ。いい演奏を聞かせてくれたお礼だ』

 

 などとめちゃくちゃスタイリッシュに言ってくれた。親父のカッコよさに全俺が泣いた。というわけで宿泊代もろもろの心配など必要なしにこうやって電車の中で気楽に、遊んでいるわけだ。

 

 

「さぁ、その胸に刻むがいい! 我のスリーカードを……」

「ふっ 甘いなあこ。行くぞ! 迅雷が如く……フルハウスだ! よしっ次こそ勝っ────」

「スペードテーン、ジャック、クイーン、キング、エース、ロイヤルストレートフラッシュです」

 

 ドやっていた俺をあざ笑うかのように手札を見せる燐子。その手札には、スペードの10、J、Q、K、Aが綺麗に並んでいた。そこからは見えないはずの神々しい光まで差していた。

 

 

「クソォォォォォォォ! リンコザンッ! オンドゥルルラギッタンディスカー!」

「りんりんに負けるなら悔いはない……」

「ええい……もう一回だ! リサ、お前も参加じゃい!」

 

 すると、今まで静かにしていた友希那が口を開いた。

 

「兄さん静かにして。周りの迷惑になってるのが分からない……?」

「ひいっ!?」

 

 ついに雷様(友希那)がお怒りになられた……。 我が妹の怖さはなんと言っても、怒鳴らずに冷ややかに怒るところだ。そして今、隣の席でリサと共に座る友希那の目で、 俺の背筋だけ氷河期を迎えたかのように凍りついていた。

 

「はぁ……紗夜からも何か言って……」

「…………」

「紗夜?」

 

 友希那が紗夜に話しかけているが、全く反応していない。そもそも朝からずっと紗夜は、何か考え事をしているようだ。さらに以前にも似たようなことがあった気がする。その時も練習とは関係の無い話であこや燐子が盛り上がっていても、紗夜 は注意することも無く友希那に呼ばれるまで気づかなかったのだ。

 

 

「ん、紗夜? 何か悩み事か」

「……っ! す、すいません。ちょっと考え事をしていただけで────」

「わぁー! 海だーっ!」

 

 紗夜が何かを言い終わる前に、窓の外を見てはしゃぐあこ。俺もつられて窓を見ると、そこには白い砂浜のビーチと広大な海が広がっていた。

 

 

「おお すっげぇ、めっちゃ綺麗だ」

「に、兄さんそんなにはしゃいで……みっともないわよ」

「ふーん。とか言いながら友希那も気にしてたりして〜?」

「……っ!? リサ、何を」

「こらぁ〜、あこと秋也さんだけ堪能してずるいぞー! アタシも見たーい」

「ちょっと、最後まで人の話を……」

 

 景色を眺めるのに夢中になっていて、気がついた時にはもう目的地に着いていた。あ、結局、紗夜の話聞けなかったな……。

 

 

 ◇

 

 

 目的地に着いた俺たち一行は、駅からすぐのところにある広々とした白い砂浜のビーチ。先ほど電車の窓の中から見えた景色と間近で見る景色とは全く違って見えた。俺達は一列になって、目の前に広がる景色に目を奪われていた。 しばらくその場に佇んでいると、遠くから聞きなれた懐かしい声が聞こえた。

 

「おーい!」

「ん、もしかして……優さん?」

「懐かしいな秋也君! 中学の時以来かな? 大きくなったな〜」

 

 俺の頭に手をのせて懐かしむこの人は、青木(あおき)(ゆう)さん。

 実は親父の昔のバンドでギターをやっていた人だ。中学の頃、頻繁に親父たちの練習を見に行っていた俺は、よくこの人にギターを触らせてもらったりととてもお世話になった。

 

「おや、もしかしてそこにいる娘が……」

「はい、友希那ですよ」

「やっぱりか! いや〜昔よりも一段と可愛くなったじゃないか! 久しぶりだね、友希那ちゃん」 「お久しぶりです」

 

 友希那も友希那で、久しぶりに会えたのが嬉しいらしく少しはにかんでいた。

 

 

「それにしても優さん、なんだってこんなところにいるんだ?」

「ん? なぜってそりゃ〜ほら、あそこに海の家があるだろ」

 

 優さんがそう言いながら指さす方向には、確かに大きい海の家があった。 ん、あれって俺達が泊まることになってるっていう……まさか、

 

「もしかしてだけど……」

 

 親父のコネが通じて、尚且つ海の家。

 

「その通り。では改めて……Roseliaの皆さん、ようこそ俺の経営する海の家に! あ、ついでに言うと、『MSF』 の実行委員長でもあるね」

 

 俺たちはいっせいに驚愕の声を上げた。

 

「あれ、そんなに驚く?」

「え……もしかしてアタシ達に届いたあの招待状って」

「あぁ、俺が送らせたよ。いや〜、あいつが随分と娘のバンドを自慢してくるからどんなものなのか見たくてね」

「あこ達のライブを友希那さんのお父さんが……」

 

 あの人ほんと不器用が過ぎるだろ……。

 

「おーい、店長さん〜!」

 

 俺たちが話していると、遠くからどこか抜けた声でこちらに向かってくる水色のショートヘアの女の子が見えた。

 

 

「────っ!」

「 (紗夜姉どうしたんだ? 急に下を向いて……)」

「あ、すまんすまん! 接客の途中だったね」

「そーですよ。店長さんが急に走って行っちゃうから……って、あっ! おねーちゃん! やっと来たんだ〜」

「おねーちゃん?」

 

 ショートの子がおねーちゃんと呼びかける方には、いまだに俯いてる紗夜の姿があった。確かに言われてみれば紗夜にどことなく似ている気がする。

 

 

「紗夜 あれがお前の妹で合ってるのか?」

「……え、えぇ、その通りです。実は招待状をもらったあの後、家に帰ってきたときに妹の所属するバンドも出ると聞いて……」

「あぁ、それでか」

 

 朝から紗夜の様子がおかしかった理由が分かった。紗夜の妹との事情はそれなりに知ってはいる。しかし、この子があの天才か……見ただけじゃわかんないな。

 

 

「へぇ〜あなたが、おねーちゃんが好きな人か〜」

「えっ?」

「────っ!? ひ、日菜(ひな)あなた何を……」

 

 突然の爆弾発言に黙り込んでた紗夜も顔を真っ赤にして否定の姿勢だ。天才ってこういうもんなのか? 

 

「……な、何か顔についてるか?」

 

 隣で怒鳴り散らしてる紗夜を知らんとばかりに俺の顔を見ながら一周するこの子。とてつもなく視線がくすぐったい。

 

 

「ふむふむ よし、きーめた!」

 

 何かぽつりと呟くと、急に俺の腕をがしっと掴むと腕を絡ませてきた。

 ……って、ふぁ!? な、何故にこの子はお、俺と腕を組んでいらっしゃるのですか! あっ、柔らかいしこの香り……アロマか。しかも凄い安らぐいい匂いだ。多分ラベンダーかな。

 

 別の事を考えて紛らわせていると、

 

「おねーちゃん、あたしもこの人の事気に入った!」

「え、えぇ……? ど、どうしてだ、俺まだ君と全く話したことないんだが 」

「え?」

 

 え、何……なんでそんな「何言ってるの? この人」みたいな目で俺見られてるの……俺が間違ってるのか、そうなのか? 

 

 

「だって、おねーちゃんが好きになった人なら私も好きになれるもん! あ、あと! あたしは"君"って名前じゃない、ちゃんと氷川日菜って名前があるもん!」

「お、おおう。じゃ、じゃあ日菜ちゃん」

「うんっ 今、るんっ♪ って来たよ 」

「る、るん……?」

「ルンピカぁ〜!」

「……あこちゃん、それはちょっと違う気がするよ……」

 

 俺と天才妹の出会いはとんでもない出会い方で始まってしまった。

 



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真っ赤な幼馴染と俺

 

 話を終えた後、俺達はそれぞれ優さんに寝泊りの部屋に案内されていた。

 

「さて、男の部屋はここだ。ちょっとばかり狭いが我慢してくれ」

「いえいえ、こちらこそ部屋を分けてくれてありがとうございます」

「いいってことよ、まぁ女5人の中に一人男ってのも酷なもんだしな」

 

 そういうと優さんは、ニヤリと頬を緩めると、肩を組んできた。

 

「それともあれか? 逆にそっちのほうが良かったか〜 」

「や、やめてくださいよ、そんなこと思ってませんからね 」

「ははっ、いや〜やっぱ秋也君は弄りがあるな」

「からかわないでくださいよ……」

 

 この人は相変わらずだ。昔からお世話にはなっているけど、よくこうやってからかわれる事が多々あった。

 

 

「そんなに拗ねることないだろうに」

「拗ねてなんて……はぁ、もういいです」

 

 半ば呆れ気味にそういい、俺は改めて部屋を見渡す。木造建築のため先程から俺の嗅覚を木の匂いが支配していた。少し窓を開ければ、そこからは潮の香りと視野いっぱいに広がる真っ青な海、じりじりと砂浜を焼くように照り付ける日差し。そ んな夏真っ盛りの中で吹き抜ける控えめな風は、俺の少し伸びた前髪を撫でた。

 

「あれ、これって」

 

 今まで気付かなかったのだが、部屋の隅っこに立てかけてあるギターケースが見えた。

 

「あぁ、俺のだよ。あれ以来もう何年も触ってないな」

「弾かないんですか?」

「俺にとってあのバンドこそが俺がギターを弾く意味でもあったんだ」

 

 どこか懐かしむように語る優さんは少し間をあけて「だから」と繋げて話し出した。

 

「俺はもう弾くことがないだろうな」

「未練とか今でもないんですか?」

「まぁ、ないって言ったら嘘になるかな。だからさ、こうやって夏フェスを通じて次世代のスターって奴の演奏を聴いて満足してるわけだ」

 

 本当にそれでいいのか。そう言葉にしようとしたが、ギリギリのところで踏みとどまった。他人が人の決めた生き方にとやかく言う資格はない。そんなよく聞くフレーズが頭をよぎった。

 

「……長く話し込んじゃったな。そろそろ戻るよ」

「あ、なんかすいません。仕事中でしたよね」

「いいってことよ。なんてったって今から頼りになるバイトが入るからな!」

 

 ん……? 今からバイトが入るのか。随分と遅い出勤だな。これだからゆとりは……あぁ、働きたくないでござる。

 名も顔も知らぬそのバイト君を哀れんでいると、優さんは一着のエプロンを手渡してきた。

 

 

「 えっと、あの、優さん……これは」

「それじゃ、よろしくな! バイト君」

「……oh」

 

 名もなきバイト君、悪いなどうやらエプロンは俺を選んだようだ。

 

 

 ◇

 

 

 暑い。

 

「すいませ〜ん、冷やし中華一つ」

「はいはーい……少々お待ちください」

 

 暑い。

 

「あのー、かき氷まだですか〜?」

「すいません、もう少々お待ちください」

 

 暑い。

 

「はいあーん♡」

「あーん。うん、とってもおいしいよ。あ、そこの店員、コーラ一つお願いね〜」

「あっ、私はラムネねぇ〜」

「はいはーい……」

 

 俺、湊秋也は現在海の家でアルバイト中だ。なぜかって? どうやらうちの親父が宿泊代と称して俺をアルバイトとして差し出していたようだ。

 一瞬でも「親父かっけぇ!」とか思った俺の気持ち返して 。 そして今、俺────店員をパシリか何かと勘違いしてるこのくそカップル。ただでさえ暑さでイラついてんのにこんな、某スカッとな日本に出てくるような客が来てイラつきが溜まりにたまってきた。

 

 

「返事はいいからさっさと持ってきて欲しいもんだよ〜」

「「ねぇ〜?」」

 

 

 ────ブチッ 。

 

 

「いい加減にしろよこのくそカップルさまぁ────」

「はいはーい! お待たせしましたお客様〜! こちらコーラでーす」

 

 爆発しかけた俺を抑えるかのようなタイミングで、白のTシャツを着たリサが注文の品を持ってきた。しかし、流石接客慣れしてることはあるな。

 

 そして俺は気づいてしまった。先程からリサに集まる視線を、その先を────そう、透けているのだ、リサのブラが。

 

「すまんリサ、ありがとう」

「それはいいんだけど どうしたの秋也さん。そんな近くに寄ってきて」

「お、お前な……気づいてないのか? よーく自分の服装確認しろ」

「服装ってただのTシャツだけど……」

 

 すると、リサはTシャツの裾を下に引っ張ってどこも変じゃない事を見せるようにしてきた。しかし、それは逆効果になり状況を悪化させ、うっすらと見えていたリサの下着はあらわになり、ほど良く育った二つの膨らみは自己主張をさらに激しくしていた。

 さらには、心なしかそこら辺から「おおっ!」だの「眼福、眼福」だの野太い野郎の声が聞こえてくる始末。ちなみにだが、色は赤だった……って誰に言ってんだろ。

 

 

「とにかくだ、一旦店裏行くぞ」

「どうして……って、ちょ、ちょっと秋也さん」

「すんません優さ……じゃなかった。店長、ちょっと休憩もらいます」

「ん? おう了解っ」

 

 優さんもとい店長に了解を得て、リサの腕を引っ張り店裏まで連れてきた。そして、透けていることを伝えると、顔を真っ赤にしてものすごい速さで着替えに行ってしまった。相当、見られたのが恥ずかしかったんだな……。

 

 

「……」

 

 一人取り残されてしまった。

 

 ずっとその場にいるわけにもいかないので、俺はそのまま持ち場に戻る事にした。





評価バー赤になってて驚きました……。
評価くださった方、ありがとうございます!


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アイドルと俺

 

「あぁ〜疲れたー」

 

 俺は、両手をグーンと空に向かって伸ばし屈伸する。数時間前まで騒がしかったビーチから一転、辺りはすっかり静かになり空高く昇っていた太陽も海の向こう側でゆっくりと沈んでいる。

 

 

「んんー、はぁ〜お疲れ様、秋也さん」

「おう、リサもお疲れ」

 

 俺の隣に立ち、同じく屈伸するリサ。横目でちらりと見る彼女は、長い髪を靡かせ、夕陽に照らされる様はとても色っぽくまさに絶景だった。その光景に目を奪われていると、視線がばれたのか目が合った。

 

 

「ん? どうしたの秋也さん、そんなに見つめちゃって、あっ……まさかまた透けて……」

「いやいや、大丈夫だってどこも透けてない」

 

 焦って体の目が行き届く場所を確認し始めたリサをとりあえず制止する。きっと正直に『表情がとてもエロかったよ』なんて口走ったころには俺の胴体は宙を浮いてるだろう。

 

 

「それにしても良かったのか? 俺はともかくとして、リサまで手伝うことなかったんだぞ」

「ううん、アタシとしては友希那たちと一緒に行くより、こっちの方が役に立ちそうだったからね。しかも途中でヒナも連れてかれちゃったし、人手足りない状況にはぴったしだったと思うよ」

 

 リサの言う通り、とんでもない出会い方をした紗夜の妹────日菜ちゃんは、俺たちと一緒に優さんの手伝いをしていた所、 顔にそぐわないアロハシャツを着た目つきの悪いヤクザみたいな人が入ってきたのだ。

 

 

 ◇

 

 

『すいません、氷川さんがこちらに来ていませんか?』

『ひゃ、ひゃい! えっと氷川さん……というと』

 

 とんでもない人に声をかけられたと思い、思わず声が裏返ってしまったのだ。そして男が言う氷川さんとは案の定、日菜ちゃんだった。

 

 

『あーあ、(たけ)ちゃんにもう見つかっちゃったか〜』

『あなたを探すこちらの身にもなってください 』

 

 そういうと男は、右手を首筋に当て困ったような顔をしていた。というか、この二人の関係がどうにも気になって仕方なかったので、聞いてみることにした。

 

 

『えーっと、お二人はどういった関係で?』

『……これは申し遅れました。私、こういうものです』

 

 すると男は俺に一枚の名刺を渡してきた。この人────名前は武内(たけうち)さんというらしい。そして最も目を引き付けられたのは"アイドルプロデューサー(・・・・・・・・・・・)"という一文だった。

 

『プロデューサーさん、なんですか 』

『はい、今は彼女────氷川さんが所属するアイドルバンドグループ"Pastel*Palette"のプロデュースを担当しています』

『むー、武ちゃんそろそろその『さん』っていうのやめてよ〜』

『それは……検討中、ということで』

 

 そんな2人のやり取りを聞くだけになっていた俺。いや、疑ってたわけじゃないけどさ、こうやって本物のプロデューサーを見せられると本当に、目の前の彼女はアイドルなのだと思い知らされる。

 

 

『……って、あっ、俺の自己紹介まだでしたね。湊秋也といいます。いまは、この家を手伝い中ですが、普段Roseliaというバンドのサポーター的なことやってます』

 

 なんというか……自分で自己紹介しておいてなんだけど、俺って誇れるところなくね? サポーターってなんだよ、公的な役職とは言えないよなぁ。良くてボランティア? 

 プロデューサーって肩書きの後だときついな。集団面接だったら速攻でインパクト負けしてたところだよ。

 

 

『Roseliaというと、今回のフェスに出る今話題のガールズバンドですか 』

『は、はい……そうです』

 

 今話題というワードを聞き、妙に背筋がピンと伸びた。

 

『そうだよ武ちゃん! おねーちゃんもいるんだよ〜』

『そうでしたか……っと、そろそろ行かなければ』

『あ〜あ、もうちょっとお兄さんと話したかったな。ばいばい秋也義兄さん♪』

 

 そういいながら日菜ちゃんと武内さんは、行ってしまった。なんか最後のフレーズ引っかかったな 。

 

 

 ◇

 

 

 とまぁ、バイト中にこんなことがあったのだ。

 

 

「しっかし、そんなプロデューサーさんにもRoseliaの名前が知られてるとは、アタシたちもでっかくなったな〜」

「どうだろうな?」

 

 多分、あの人なら今回出演するグループ全部の情報を調べてそうだけど、今話題って言う辺り本当に世間で話題なんだろう。

 しばらくリサと話していると、聞きなれた声が聞こえた。

 

 

「お、帰ってきたみたいだな。おかえり」

 

 そう声をかけると思った通り、友希那たちだった。

 

「ただいまー 秋也さん、リサ姉 」

「ただいま」

「今戻りました」

「ただいま兄さん」

 

 それぞれ俺たちに向けて言う。実はリサを除いたメンバーは、一足早くフェス会場に行っていて、エントリーや会場内の説明などを聞いてきてもらっていたのだ。

 

 

「大変だったろ?」

「ええ、それはもう……特に宇田川さん関連でしたが」

 

 紗夜がマジのお疲れモードで話すところ相当大変だったんだろう。大方『会場を見て回ろう 』などとあこがはしゃいでて、きっとそれを紗夜が母親のごとく『宇田川さん、何度言ったらわかるんですか。あまり会場内を走り回らないでください、 みっともないですよ 』とかなんとか叱ってたのが想像できる。

 

 

「あこ、ちゃんと紗夜お母さんの言うこと聞くんだぞ 」

「誰が母ですか!」

「はーい。あこはいい子になります 」

「宇田川さんまで……はぁ、もういいです 」

 

 そういい、紗夜は先に家に入って行ってしまった。そしてその数十秒後、入れ違いで優さんが中に入れと催促してきたのだった。



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デレ期の妹と俺

「ふっふふ〜ん♪」

 

 海の家に戻ってきた俺たちは晩飯を終えて今、近くの銭湯へと来ていた。

 ……入浴って言ったら、男湯女湯を間違えて互いの裸を見てしまう〜っていうラッキーハプニングが待ち構えているって聞いたんだけど……、

 

 

「あ ゙あ ゙き ゙も ゙ち ゙い ゙い ゙〜」

 

 そんなアニメのような展開はありませんでした。いやー、それにしてもいい湯だな〜。効能も肩こり冷え性その他諸々 疲労回復については迷信じゃなくほんとに回復してるよ。しかし、どうなってやがる……なんで、なんで男湯に俺一人しかいないんだよ! 

 当然こっちはものすごく静かなわけで、

 

『りーんりん♪ 背中流すよ〜』

『あこちゃん ありがとう』

 

 やっぱ聞こえちゃうよね〜。今の声は燐子とあこか、話だけ聞いてたら姉妹みたいだな。

 

『わぁ〜りんりん肌奇麗だね〜』

『あ、あこちゃん……そんなに見られると、恥ずかしい』

 

 ふむふむ 燐子は肌が綺麗だと……はっ! い、いや……これはだな、決して聞き耳を立てていたわけではなくてだなって……誰に言ってんだろう。

 それにしても燐子よ。あんまりそんな照れ交じりの抵抗は男の前ではやるんじゃないぞ。相手を逆 に興奮させるだけだからな、お兄さんすっごく心配。

 そんなことを思っているとさらに新しい声が聞こえた。

 

『おや〜 友希那、もしかしてまた大きくなったんじゃないの?』

 

 なに……? 友希那だと。

 過剰反応した俺は、すぐさま境目となっている壁に耳を傾ける。

 

『ちょ、ちょっとリサ! どこ触ってるのよ』

『ほほう これはなかなか、もしかして──さんにいつも──されてるのかな〜?』

 

 ん? 一部がうまく聞き取れなかったぞ。しかもめちゃくちゃ重要なとこな気がする。しかもなんて言った? いつも誰かに触られてるだと? どこの誰だ! 兄さんが認めた奴しか許さんぞ。まぁ、俺が認めるわけがないがな。

 

 

『ん……いい加減にしなさい。 ──いさんに触らせることなんてないわよ』

『良いではないか良いではないか〜 しっかしこんな立派なものをお持ちになって、いったい誰を誘惑するのやら』

『今井さん子供じゃないんですから、静かにしてください』

 

 友希那とリサの声に続き、紗夜の声が聞こえた。それにしても本当に紗夜がお母さん化してきてないか

 

『はーい、それじゃ、静かにしまーす』

『はぁ……最初からそうしてくださ……ひゃっ!』

 

 な、なんだ今の声……もしかして紗夜の声か? だとしたら話の流れ的に、

 

『い、いま……いさ……ん。や、やめっ』

『あれ、意外と紗夜って敏感? しかし、紗夜のもまた、なかなか〜』

『 っ』

 

 

 そろそろ俺の興奮が最高潮に達するんだが これ以上は性神的に耐えられない……が、これも男の性なのか、もう少し聞いてたくなる。

 

 そうして、俺はのぼせる寸前まで女の花園に耳を寄せていたのだった。

 

 

 ◇

 

 

 銭湯から戻ってきた俺たちは、今後の予定を決め、すぐにそれぞれの部屋に戻って就寝した。俺はというと、今までのRoseliaの曲を聴いていた。あいつらの演奏は格段にレベルが上がってきてると思う。それは結成当初から見てきた俺なら分かる。 友希那、紗夜はともかくとして、燐子は前よりも堂々とキーボードを弾くようになり、あこの走りがちだった演奏も、今じゃ周りとの調和性がしっかりとしてきた。そしてリサも少しばかりのブランクがあったというのに今では、感覚を完全に取り戻していて、そればかりかかなり上達している。

 

『私は……私の信じる音楽を認めさせる。あのフェスで……絶対に 』

 

 あの時の友希那の言葉、今なら実現するんじゃないか、そんな気さえしてくる。それはただ俺の考えが甘いだけなのかもしれない。

 でも、願う事ならこのまま、妹が音楽を嫌いにならないで笑顔で音楽と向き合ってくれれば……、

 

 

「兄さん……起きてる?」

「ん……どうした」

 

 周りが寝静まった中、猫が一人、部屋に入ってきた。

 

「ゆ、友希那? どうしたんだ……その格好は」

「……へん?」

「いや、似合ってるが……」

 

 妹が着ているのは確かに黒いパジャマ……なのか 断言出来ない理由は、友希那の頭を覆うフードだ。いくら見ても耳が付いてる。まさに黒猫だった。 友希那は、言葉に詰まっていた俺を見て首を傾げる。やばい……その仕草は可愛すぎる、今すぐにでも腕の中に収めてほっぺすりすりしたり、ナデナデしたり、顎下こちょこちょしたり……小動物感がもう可愛い、天使だ……。

 

 そんな俺の暴走(脳内)を知らぬとばかりに友希那は、ベッドに腰掛ける俺の隣にやって来た。

 ……あれ この光景どっかで見たような。

 

 

「どうしたんだ……眠れないのか?」

「……少し、落ち着かなくて」

「はっはーん、さてはみんなと同じ所で寝るから緊張してるだな〜」

 

 兄さんその気持ちよーく分かるぞ……小学校の宿泊学習とかで初めて友達と寝た時、俺だけ寝付くのが遅かったもんな……それで先生に叩き起されるまで起きなかったっけな……。

 

 

「寝れないんだったら俺と一緒に寝るか?」

「…………お願い」

「今ならなんと友希那が眠るまで俺が見守っ……て、て、え? 今なんと」

「……兄さんと一緒に寝たい」

 

 そう言い放った友希那は、すぐさまベッドに横になり俺のスペースを空けていた。

 まてまて……落ち着け、ここに来て妹とのイチャラブ寝泊まりイベントだと? 一体このイベントのフラグは何だったんだ。銭湯での盗聴か? 晩飯のカレーか? それとも夏フェス参加か? 

 ははは……そうだ、これは夢に違いない。 じゃなきゃ俺の妹がこんな……、

 

「……兄さん 早く……」

 

 こんな『お兄ちゃん……早く私と寝よ ほら♪ はーやーく♪』みたいに誘ってくるはずがない。

 ……ならば俺がとる方法は一つだ。

 

 

「よいしょっ……と、友希那はほんと可愛いよな〜よしよし、いい子いい子」

「に、にいさん……くすぐったい」

「このパジャマどうしたんだ? すっごい可愛いじゃないか」

「こ、これは……リサが、お揃いにしようって……しょうがなく」

「んー、って事はリサは白猫か。それで友希那が黒猫か……」

 

 神様仏様リサ姉様……こんな素晴らしいものを友希那に選んでくれてありがとう。おかげで我が妹の可愛さが100% 引き出されてるよ、もう友希那100%だよ。 それから俺は、その夜、自分のまぶたが閉じるまでひたすら友希那の頭を撫でていたのだった。



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アイドルな子達と俺

 夏フェスに向けてこっちに来てから、既に三日経った。その間、俺とRoseliaのメンバーはある時は店の手伝い、空いた時間には練習……っと、そんなこんなで日々を送っていたわけだが、

 

『合同練習に来ませんか?』

 

 以前、俺が海の家で出会った日菜のプロデューサー、武内さんからの誘いだった。その概要は文字通り、フェスへ出る出演者が集まって練習をするといったものだった。

勿論、断る理由もないのでRoseliaも参加することになった。

 

 そして今、その練習場所と思われる場所に来ている。

 

 

「Roseliaの皆さん、そして秋也君、来ていただきありがとうございます」

「いえ、こちらこそ声をかけていただき感謝します」

 

 それにしても合同練習って、一体どんな人たちがいるのだろうか。武内さんが誘うってことは、パスパレはいるんだよな 俺も出演者をよく見ておかないと。

 そんな風に俺が考えてるのを余所に、Roseliaのみんなもあの時の俺のように名刺を渡されていた。

 

 

「あなたが日菜の──Pastel*Paletteのプロデューサーでしたか」

「はい、あなたが氷川日菜さんのお姉さんですね」

「氷川紗夜です。一度家にいらっしゃっていたんですよね。すいません、その時は練習に行っていて。日菜は、妹は迷惑をかけていませんか?」

「いえ、日菜さんはとても優秀です。プロデューサーながら助けになったことも多々ありましたから」

 

 紗夜もなんだかんだで日菜ちゃんが心配なんだな 武内さんと紗夜の話を聞いてそう思った。

 

 

 

「立ち話もなんですから中へどうぞ」

「いまどれくらいの出演者が来てるんですか 」

「皆さんが最初ですね」

 

 俺たちは結構早かったようだ。まぁ、それもそうか指定された時間にピッタリ来るグループなんて俺たちくらいなもんか。

中に案内され入ってみると、それなりに広いカフェスペースがあり、そこを通るとその奥にはだだっ広いスタジオがあった。 そして、入った俺たちの耳に届いたのは可愛らしい女の子の歌声だった。

 

「────♪」

 

 ステージの上から聞こえるその声の主は、両側に束ねたピンクの髪をぴょんぴょんと跳ねさせて、どことなくキラキラしていた。 そして彼女だけではない、周りで楽器を持ち演奏する娘たちも同じくボーカルを引き立たせるだけではない。一人ひとりが個性の違う輝きを放ち、見る人を魅了していた。

 

俺は、彼女達の演奏が終わるまで、まるで夢の中にいるような気分だった。

その時、初めて聞いたはずなのに一瞬だが、彼女の声がとても懐かしく感じた。

 

 

 ◇

 

 

「──ふぅ〜、お疲れさまでした 」

 

 演奏が終わりステージの上からメンバーが続々と降りてきた。

 

「皆さん、早速Roseliaの皆さんが来て──」

「あぁー! お姉ちゃん! それにあき君だー」

「あ、あき君? ……って、おわっ!」

 

 武内さんが言い終わる前に、水分補給を終えた日菜ちゃんがこちらに向かって走ってきたと思えば、突然俺に突撃してきた。

なんか他人ごとのように言ってるけどな、あまりの勢いに思わずしりもちをついてしまった。

 

 

「「ちょ、ちょっと日菜(ちゃん) 」」

 

 紗夜ともう一人、薄い赤みのかった黄色──クリーム色とでも言うのだろうか、とにかくそんな色の髪をした女性が駆け寄ってきた。

しかし、そんな人の髪の色よりも気にしなきゃ行けないものに押し倒されてる。俺に覆いかぶさる日菜ちゃんだ。

 

 

「えへへ〜♪ また会えたね。あき君! う〜ん♪」

 

 ──犬 いや、子犬? 今の彼女からは、そんな動物的なイメージが脳内に湧き上がってきた。さすがに1、2回会ったばかりの女性に犬ってイメージはどうかと思ったのだが、それ以上にだ。その1、2回しか会ってない男に普通突進します? 挙げ句の果てには、マジで甘える子犬見たいに頬をスリスリしてきましたよ。

 

 

「こ、こら 日菜。秋也さんが困ってるでしょ! いい加減離れなさい」

「えぇ〜 あとちょっとだけっ♪」

 

 あぁ〜この子かわいい。今すぐに持ち帰りたい。そんで年中無休でよしよしナデナデ……寝る時には一緒のベッドに寝かせて頭撫でながら眠りにつきてぇ〜…………って違うっ! 何をとち狂った事を考えてんだおれぇ……俺にはもう可愛い可愛いツンデレな黒猫がいるじゃないかっ! 

 いや、待てよ……? ツンデレな黒猫と甘え上手な子犬……悪くないか。

 などともう動物的考えが収まらない中、ようやっと覆いかぶさっていた日菜ちゃんが姉と、クリーム色の髪の女性によって離され連行されていた。

 

 

「あの〜大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう 」

 

 座り込んでいた俺に誰かが手を差し伸べてくれたようで、俺は相手を見ずにとりあえず感謝を伝える。何故かその時、昔にもこんな事があったような、そんな気がした。

 俺は立ち上がりその手を差し伸べてくれた主の顔を確認する。どうやら先ほど、センターで歌って踊っていたボーカルのピンク色ツインテールの娘だった。

 

 ──あれ、確かあの時もこんなピンク髪の幼い可愛い子だったっけ。

 その時だ、

 

「えっ……あー君?」

「……っ!」

 

 彼女は口にしたのだ。記憶のあの娘のように、あの娘が俺を呼ぶ時に口にした呼び方を……。



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記憶のあの子と俺

 

 

 

 あれはまだ俺が、親父のバンドに興味を示す前のことだ。当時、小学生だった俺は周りの同年代の子と同じく、元気にかけっこしたり、ドッチボールや公園の遊具でめいいっぱい遊んでいた。

 その日も俺は、子供らしく鬼ごっこしていた。いつも遊ぶ友達の中では、ずば抜けて足の早かった俺は、ハンデとして10数えて追いかけるところを20数える事になっていた。

 

「じゅ〜はち、じゅ〜きゅう、に〜じゅう よっしゃ! いくぜいくぜいくぜぇ〜!」

 

 しっかりと20数え、どこに逃げたかを見ないように目隠しになってくれた木とお別れをして、走り出そうとしたその時……、

 

 

「……だ、誰かぁ……おかあさん。おとうさん……うぅ……っ 」

「ん?」

 

 どこからか助けを求める声が聞こえた。しかし、いくら周囲を見渡しても近くには見当たらない。

 それでもその弱々しい声だけは聞こえてくる。まさか幽霊では……などと子どもながらの考えもしてみたが、よく聞いているとその声は上から聞こえてくるのだ。

 俺は半信半疑で目隠しにさせてもらっていた木を見上げてみる。そして見上げたまま後ろに回ってみると、そこには木の枝に掴まった状態で、降りれなくなっているピンク色の髪の女の子がいた。

 

 

「どうしたの? 降りれなくなっちゃったの」

「……」

 

 返す余裕もないのか女の子は、ただ首を縦に動かし頷くだけだった。しかしなぜ、こんな事になっているのだろうと疑問に思う。女の子の感じからして木登りをしていたわけではないだろう。 しかしそんな疑問も俺の思考を知ってか知らずか、女の子が口を開いてくれた。

 

 

「わ、わたし……お友だちと遊んでたら、羽が飛んでいっちゃって……それで木の上に」

 

 女の子の言う通り木の下には、バドミントンで使うシャトルが落ちている。ということは気に引っかかったシャトルは取れたものの、その後降りることが出来なくなったようだ。

 この木の近くには、木製のテーブルとベンチが置いてあって、それを土台にすることで長い木の枝にぶら下がる事ができる。しかし、ぶら下がり少しでも進めば、もう足元には土台はなく、足をつく場所もない。 身長があれば女の子を抱き抱えて降ろす方法もあるだろう。でも俺は子どもだ。いくら足が速かろうが男だろうが、大人 のように身長が高いわけでも力が強いわけでもない。

 大人を呼ぼうにも公園内にはいない。 助けを求めるために探しに行こうにも、その間に女の子が落ちない保証もない。 だからその時、俺は子どもなりに考えに考え、ある事を思いついた。

 

「大丈夫 俺が助けるから!」

「ほ、ほんと……?」

「うん! だから、ほらっ……降りてきて大丈夫だよ」

「で、でもぉ……」

 

 もう女の子の声からは、余裕も無くなってきている。多分、力が入らなくなっているのだと分かった。

 

「大丈夫だって、俺がしっかり受け止めてあげるから! 怖くない怖くないから……ね 」

 

 なんとか女の子の恐怖心を取り除こうと何度も「大丈夫」と声をかける。

 それでも頑なに首を横に振り「無理」だと主張す るが、それに相反するように手に入る力が弱くなってきている。

 ────女の子が枝から手を離し、落ちてくるまでは一瞬だった。 我ながらものすごくカッコ悪い結果となった。あれだけ「しっかりと受け止める」などと啖呵をきったくせに、受け止めるどころか支えきれずに、女の子の下敷きとなっていた。

 落ちてから少しの間、意識が遠退いていた時……、

 

「あの……大丈夫ですか……?」

 

 女の子の声が聞こえた。俺より年下であろう女の子の声は、本当に年下なのか? そう疑うほどしっかりとしていて、それでいてどこか控えめだった。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 いつの間にか俺の体の上から起き上がり、未だに倒れ込んでる俺に手を差し伸べてくれていた。俺もその手を握り起き上がる。

 助けた女の子の名前は、彩ちゃんという。俺も軽く自己紹介する。

 

 その後、彩ちゃんの友達であろう子が駆けつけてきた。どうやら彩ちゃんを助けるために大人を呼びに行っていたらしい。どうりでもう一つラケットがあるわけだ。俺は鬼ごっこの途中だった事を思い出し、早々に立ち去ろうとした。

 

 

「ま、まって 」

「ん どうした」

「……また……また会える……?」

 

 うーん、と少し間を開ける。

 

「もちろん!」

「ほんと……? また会える?」

 

 花咲くようにパッと笑顔になる彩ちゃん見て、小さいながらも俺はドキドキしていた。

 

 

「おう! 俺はいつでもここで遊んでるから、きっと会えるよ」

 

 そう俺が言うと彩ちゃんは、近づいてきて小指を差し出してきた。

 

 

「やくそく 」

「う、うん 」

「じゃあね、あー君 」

「あ、あー君?」

「あきやくんだから"あー君"だよ!」

 

 そして俺たちは、それっきり会うことは無かった。

 

 

 ◇

 

 

「えっ……、あー君……」

「も、もしかして……彩、ちゃん?」

 

 あの日以来、また会おうと約束をしたあの日ぶりの再会だった。「久しぶり」と一声かけようとした時、彼女は口を手で覆うと彩ちゃんの頬に一筋の線を描くように涙が落ちた。

 

「…………っ」

「ご、ごめん!」

 

 彩ちゃんの言葉を遮るように俺は、頭を下げる。

 

「俺、あの後さ足痛めちゃって入院してたんだ。あ、別に彩ちゃんを庇ってなったわけじゃないよ それで彩ちゃんに会いに行こうにも行けなくて、治ったら絶対に行こうと思った。でもなかなか退院できなくて……そんな時にさ親父が、俺の父さ んが一枚のCD持ってきてくれたんだよ」

 

 外で遊ぶ事だけが俺にとっての娯楽だったのだが、そんな娯楽もできなくて毎日俺は退屈していた。そんな俺のために親父が自分たちのバンドの曲が入ったCDをくれたのだ。ちなみにその時入っていた曲が『LOUDER』だったりする。

 

 

「そん時の俺、単純というかなんというか、好きになったものに真っ直ぐすぎてほかの事を忘れちゃうようなバカだったんだ。 それから彩ちゃんとの約束も忘れて、親父にバンドに夢中になって……」

 

 決して親父を責めているわけじゃない。むしろ感謝してるくらいだ。ただ無性に自分に腹が立ってるだけだ。

 

 

「最低……だよな」

 

 最後にもう一度「ごめん」と呟く。

 許されようなんて思ってない。 こんな約束一つすら守れないどころか忘れるような奴をどうか許して欲しくなかった。 すると彩ちゃんは、途切れ途切れに何かを伝えようとしていた。

 

 

「…………った」

「彩……ちゃん?」

 

 様子が気になり俺は、下げた頭を少し上げ目の前の彼女に視線を向ける。

 

「……かった……よかったよぉ……わ、わたし……きらわれちゃ……っ……たって、おもって……ずっと……」

 

 彩ちゃんは、首にかけていたタオルで何度も何度も溢れ出る涙を拭き取っていた。その姿に酷く胸が締め付けられる。今にも崩れ落ちそうな彩ちゃんをただ見ているだけじゃいられず、腕の中に収める。

 

 

「嫌いになるわけないだろ……」

「でも……また、会おうなんて……我が儘言っちゃって……」

「それで俺が嫌いになるって? ありえねぇって、逆に俺が嫌われる様なことしてるだろ。ほんとごめん」

「ううん、もういいの。……またこうやってあー君に会えたんだもん」

 

 あぁ……あの時見た笑顔と一緒だ。俺たちが言葉を交わした時間は、とても短くて脆い。世の中には人との出会いは一期一会、1度っきりだなんて言葉あるけど、俺と彩ちゃんはこうやってまた会えた。もしかしたら彩ちゃんとの約束がまだ続いていたのか。

 そんなメルヘンチックな事を思ったり……。

 

 

「はぁ……嫌われてなくてよかったよぉ」

「俺が嫌いになるわけないだろ。彩ちゃん大好きだし……」

 

 

 ……? 

 あれ、なんでシーンとなるの。

 

 

「随分と大胆ッスね……」

「男前……ですね 」

「兄さん……」

「……秋也さん」

「あ……秋也さん……」

「こ、これが……告白っ 」

 

 今まで黙り込んでた他のみんなが、それぞれ一言口に出していく。もちろん、さっきまで日菜ちゃんを拘束していたお姉さん御二方も驚いてるような、顔真っ赤になってるというか……なんとも言えぬ表情だった。

 

 

「あ、あー君……私のこと、だ、大好き……なの……」

 

 あ、あれ もしかしてこれ告白みたいになってる? しまった…………ファンですって意味と被ってしまった。

 

「いや、さっきのは言葉の綾でして……」

「えっ! そんな。急に"彩"なんて呼び捨て……うぅ。あー君とは、友達として……で、でも……」

「まずいッス。彩さんの脳内がピンク色に!」 「と、とりあえず。話を整理しようか! アタシもう頭がついていけない……」

 

 そんなリサの呟きでパスパレ組とRoselia組(日菜ちゃん+お姉さま御二方は別)で分かれて話を整理しようとしていた。

 

 

「あのー、合同練習参加に来ました」

「あ、ようこそ……と言っても今立て込んでいまして、もうしばらくお待ちください」

 

 武内さんは、遅れてやって来たバンドに事情説明をしながら、あの時のように首の辺りをさする仕草でこちらをチラッと確認する。

 

 

「それで……って彩さん? 聞いてます?」

「えへへ……あー君が私のこと……えへへ〜」

「だめだ……。アイドルがしちゃいけない顔してるッス」

「これはアヤさんも心頭滅却すれば火もまた涼し! ですね 」

「千聖さーん。早く戻ってきて〜」

 

 パスパレ組は、彩ちゃんの看護をしている。関わっている身としてはものすごく申し訳なくなる。

 

「それで兄さん。何か言いたいことは?」

「あの……これはどういった状況で?」

「縛ってる」

「いや、それは分かるんだよ。なんで縛られてるんだろうなーって」

「アタシもすごーく気になってるんだなぁーこれが」

「リ、リサまで……? てか浮気って……俺まだ結婚もしてねぇし!」

 

 何故か俺は、Roseliaのみんな(紗夜を除く)に囲まれ、なおかつ椅子に縛り付けられている。(どこから縄を持ってきたかは不明)

 

『け、結婚……やっぱり、そうなっちゃったらアイドル辞めなきゃ……だよね。で、でも……あー君と結婚……はぅ……もし かしたらあー君との子どもだって……えへへぇ〜』

 

 それと今の"結婚"というワードによって、遠くに離れているはずの彩ちゃんが反応したりしていた。

 

 

「合同練習……どうしましょう」

 

 カオスな現場にポツリと武内さんの声が漏れたが、決して誰の耳にも届かなかったとさ。

 



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合同練習する妹と俺

 

「では、改めて自己紹介しましょうか」

 

 彩ちゃんの暴走と話の整理が付いたところで、まだ俺たちが自己紹介もしていない事を思い出した彼女────確かメンバーの人から千聖(ちさと)と呼ばれていた気がする。そんな彼女を筆頭に自己紹介が始まった。

 

 

白鷺(しらさぎ)千聖です。普段はドラマなどの役者業をしています。バンドではベース担当、よろしくお願いします」

 

 丁寧な口調で話す彼女、流石役者という感じだった。気品溢れるその立ち振る舞いは、汗を流し練習後だというのに一切乱れることはなく、そんな思いを微塵も感じさせないほど、魅力的に見えた。

 

 

「それじゃ、次はジブンが……改めまして、大和麻弥(やまとまや)です。上から読んでも下から読んでも『やまとまや』ッス ドラム担当、よろしくお願いします 」

 

 千聖ちゃんとはうって変わって、ボーイッシュな子だった。彼女の瞳は、まるで水晶のような全てを見透かしているかのように思えるほど、綺麗だ。ちなみに上から読んでものくだりで『おおっ!』と思わず声を漏らすところだった。

 

 

「私は、若宮(わかみや)イヴです バンドをやる前はモデルを主にしていました。パスパレでは、キーボード担当です! 日々、ブシドーのココロを忘れずに頑張っています! よろしくお願いします。押忍!」

「ブシドー……押忍って。ところでイヴちゃんってもしかしてハーフだったりする?」

「はい!お父さんは日本人でお母さんはフィンランドなんです 」

 

 銀髪がよく似合っていると思ったわけだ。日本人じゃこんなに似合う人なかなかいないからな。何となく面白い子なんだな〜っていうのは分かった。

 

 

「はいは〜い! 次はあたしやるねぇ、氷川日菜です! パスパレ、ギター担当でーす♪ よろしくお願いしま〜す」

「日菜……あなた、アイドルバンドとはいえ一応アイドルなのでしょ? 少しはきちんと自己紹介くらいしなさい」

「はーい」

 

 言わずもがな、この適当な挨拶かましたのが紗夜の妹、実際にはほぼ同時に生まれたから双子 と言うべきなのだろうが 紗夜の話によると、5秒早く紗夜が生まれたらしい。姉の紗夜とは性格も真逆で予測不能な女の子と言った感じだ。

 

 

「私が最後だね。まんまるお山に彩を♪ ボーカル担当です! パスパレに入る前は事務所の研究生として、アイドルの勉強をしてました。まだまだアイドルとして未熟ですが、よろしくお願いします!」

 

 新人アイドルっぽさが若干抜けきってない彩ちゃん。でもアイドルに憧れて 研究生として事務所に入るくらいだ、きっとその手の仕事は一生懸命こなしているんだろう。 パスパレの自己紹介が終わり、その頃には他の合同練習参加バンドが続々と集まっていた。

 

 

「武内さん、全バンド集まりましたかね?」

「ん この声は……」

 

 全員が集まったかという質問に対してゆっくり頷く武内さん。その先にいたのは、優さんだった。いつもの営業中に着ている仕事服とは違い、白ワイシャツにネクタイといったよくあるサラリーマン風の服装で立っていた。

 

 

「ええ、私がMUSIC SUMMER FESTIVAL通称『MSF』の実行委員長を努めさせていただいてる青木優(あおきゆう)といいます。皆さん、今回は参加していただきありがとう」

 

 ステージの上に立ち堂々と話す優さん。普段、海の家で営業やってる人とは思えないほどしっかりとしていた。確か親父とバンドやってた時もよく、MC苦手な親父に変わって盛り上げてたっけ。 俺が昔の事を思い出していると、早速バンドのリーダーが呼び出され本番の確認をするとの事だ。Roseliaは友希那なのだが、そういう事はほとんど俺が任されてるので俺が行くことになった。こういう時ってだいたい周りが演奏者かボーカルの子だから俺ってめちゃくちゃアウェーなんだよね……。

 

 そして話が進むうちに分かったのだが、パスパレはどうやらオープニングとして呼ばれていたらしい。アイドルバンドだからこういうフェスにも出せるんだろうな。

 

 

 後は、演奏順番決めでクジ運が皆無な俺が引き当てたのは、最後だった。ま、その事は俺を向かわせたみんなの責任……という事にしておこう。

 短い打ち合わせを終えて戻ってくると、早速1組目のバンドが演奏を始めて、他はそれを聴く感じだ。俺たちRoseliaも静かに他のバンドの技術を糧にするため、集中していた。

 

 

 ◇

 

 

 合同練習が終わり、外に出てみれば日が既に落ちかかっていた。夕日が眩しく、辺り一面真っ赤になっている。

 俺たちは、 どんなに時間が過ぎても決して変わることのない、暖かな潮風に吹かれながら帰路についていた。

 

 

「で、合同練習を終えてどうだった?」

「そうね。私たちもまだまだ、と思ったわ」

「ええ、湊さんの言う通りね。今回のフェス『MSF』に出るバンドはどこも私たちより遥かに演奏技術が高かったわ」

 

 確かにRoseliaはとても凄い演奏をするバンドだ。しかし、それは"どんなバンドよりも"というわけじゃない。 今回演奏する場所は規模が大きい故に、出てくるバンドは日本のあらゆる所から出演オファーが届いたバンドだらけだ。そんな中に"今の"Roseliaが出ても他と同等、もしくはそれ以下の凄さになってしまう。

 でも、逆にそれを早いうちに認識できたのは好機と思ってもいいかもしれない。

 

 

「今のお前達はまだまだ上を目指せる。だって、お前らより上手く、カッコよく演奏するバンドがあるんだからな。他に出来てRoseliaが出来ないことなんかないだろ てか、他が出来ない事をRoseliaがやれて当然なくらい、まだ上がお前達には待ってるんだから」

「……あこ、もっともーっと カッコよくドラムを叩きたい!」

「おう あこ、その意気だぞ!」

「アタシもみんなの足引っ張らないように頑張らないと……」

 

 柄にもなく仕切っちゃったが、いい具合に効いたようだ。

 

「わ、私も……みんなが安心して、背中を預けられるよう……演奏……頑張ります」

「燐子その考え方はどうも人が聞いたら『背中は私が守る。お前は前だけ見ていろ』みたいな心強いセリフにしか聞こえないんだが……」

「ちょっとだけ……意識……しました」

「わぁ! りんりんカッコいい! いいな〜あこもそういうセリフ……むむむ」

 

 燐子は少々微笑みながら首を傾げ『悪戯バレちゃった、テヘっ♪』みたいな仕草だった。正直いってな、可愛いなぁ〜ちくしょ……真っ赤なドレス着せて俺の花嫁にしてぇよ

 

 

「…………日菜」

「どうした紗夜。間近で日菜の演奏を見て何か感じたか?」

 

 燐子とあこが楽しく話し始めたの皮切りに、少し俯いていた紗夜に話しかける。何となく、パスパレの演奏を効いた辺りか ら何かを考えている様子が見えていた。

 

 

「はい、悔しいですがやはりあの子は上手いです。今の私よりも……」

「なら努力だ」

「え?」

「才能で勝てないなら努力で勝つしか方法はないだろ。どんなバトル漫画でも努力が天才を上回るなんて話は沢山あるんだぜ」

「現実と創作物を一緒にしないでください……」

 

 くっ……なら何か、妹が実は本当の妹じゃなくて義妹だったから結婚できるなんて、そんな事ないかな〜とか思ってた俺はバカってか? 何度も夢見たさ……。

 

 

「ったく……せっかく元気づけてやろうと思って言ったのに」

「まぁ、でも。今回だけ、秋也さんの言葉を信じてみましょうか……」

「……へっ?」

「あなたのその信じるのも馬鹿らしい根拠でも、何だかそうなりそうな気がするので、ほんの少しだけですよ? ほんの頭の片隅にでも置いておきます」

 

 そう言いそっぽを向かれてしまった。てか、今でも必死に努力してる紗夜に軽はずみに"努力しろ"なんて言っちゃったけど、大丈夫かな……。腹痛いって言ってる人にマク○ナ○ドのビック○ック食えって言ってるようなもんだよな。

 

 

「……どうしたの兄さん」

「あ、友希那ぁ〜」

「い、いきなりなに……」

 

 あぁ……兄さんを心配して寄ってきてくれたのか、もうほんと可愛いな〜。とりあえず友希那の頭をナデナデ……歩きながらだから抱きしめて撫でるのは無理だが、片手でやるくらいなら充分できる。

 最近なんだが、友希那の撫でさせてくれる時間が増えた気がする。前はもって10秒だったが、今じゃ30秒まで増えた。

 

「……ナデナデ」

「……」

「……ナデナデ」

「……」

 

 ……おかしい。何故かわからないが、もうかれこれ30秒以上経ってるのに、離れようとしない。

 

「友希那〜、秋也さんに頭撫でられてそんなに気持ちいい?」

「……(コクリ)」

「あ、え、えぇ……どうしよ。友希那がアタシのイジリにこんな反応返してきたの初めてなんだけど」

 

 ほんとにどうなってるんだ。いつもなら『兄さん、早く止めて』って言うのに……なんでこんなに無抵抗なの? 襲われたいの? お兄ちゃん襲っちゃうよ? あまりにも不気味に思えてきたので、俺は名残惜しいが一度手を頭から離してみる。すると、チラッと俺の方を見て、

 

「兄さん……もうおしまいかしら?」

 

 首を傾げまるで『もうやめちゃうの……?』とでも言いたげにこちらを見つめていた。俺は脳内で『もっとやって……お兄ちゃん』と変換して、海の家に着くまで頭を撫でまくったのだった。

 

 

 

 後日、何故あんなに甘えてくれたのか聞いたところによると、

 

「兄さんの結婚の相手は、私が認めた人だけにして。それ以外は……いいから」

 

 と、それだけ言われ肝心な所はきちんと教えてくれなかった。しかし、一つ分かるのはこれからも妹へのスキンシップは止めなくていいということだった。

 



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危険な幼馴染と俺

 

 長いようで短かった練習期間も終わり、遂に本番の日を迎えていた。当初心配されていた悪天候も微塵も感じられず、雲一つない快晴となった。絶好の演奏日和だ。

 まぁ……それは嬉しいことなのだが、

 

「あ、そのダンボールは向こうに持っていってください 」

「照明確認OKです 」

「機材のチェック終わりました」

「……舞台裏ってこんなに忙しいんだな」

 

 辺りではスタッフの方々が、目まぐるしく右へ左へ常に動きまくっていた。

 よく、テレビで人気アイドルの舞台裏へ密着みたいなコーナーでスタッフの人が動いてるのを見てるけど、あんなのごく一部だっていうのがよく分かる。それに今日は一段と気温が高く、ジリジリと地面が焼けるほどでは? というくらいには日差しが強い。スタッフさんの中にも熱中症にかかった人が出たくらいだ。

 

 

「俺もあいつらに注意しておかないと……」

「お、秋也さん! こんな所で何してんの?」

「ん? あぁ、リサか。リサこそどうしたんだ。今の時間ならまだ最終調整の真っ最中じゃないか?」

「みんななら今、楽器のチェックしてるところだよ。で、アタシは早く終わったからお手伝い。ほい、秋也さん」

 

 リサは両手に持っていたペットボトルを一つ手渡してくれた。渡されたペットボトルはまだひんやりとしていて、先程ま で冷やされていたのが分かる。きっとリサは、こうやって手渡して歩いてるのだろう。

 出演者とは思えない動きっぷりだよな……。

 

 

「それじゃ、アタシはもう行くね」

「おう、あ……リサ、熱中症に気をつけろよ? 自分の体調にも気を使っておけよな」

「ダイジョブだって! こんなの真夏のレジ打ちに比べたらどーって事無いってば〜」

 

 そういい颯爽と去っていった。

 

 

「……てか、冷房付いてるコンビニ内とSANSAN太陽照りつけるステージを一緒にしちゃあかんって」

 

 俺はそう一人呟いてリサから貰ったペットボトルの蓋を開け、熱気でカラカラになっていた喉を水で潤す。その時だけは、 この暑さを忘れる事が出来た。

 

 

 ◇

 

 

 あのまま、あの場でただ突っ立っているのも邪魔になるだけと思い、Roseliaの控え室に向かっていた。

 

「失礼しまーす……って誰もいないのか」

 

 メンバーの誰かはいるだろうと思ったのだが、誰もいなかったようだ。しかし困ったな……武内さんとの打ち合わせも終わっちゃってるし、ちょっとそこら辺を見て回ろうかな。

 

 控え室を出ようとドアノブに手を伸ばすと同時に、ドアは開かれた。しかもここのドア内側に開く仕組みで、それが何を指すかと言うと……、

 

 ────ドンッ! 

 

「いでっ────」

 

 思いっきりおでこを打ってしまった。とは言ってもそこまで勢いがあった訳では無いので、一瞬の痛みだけで済んだ。

 

 

「……え、えっ……? あ、秋也……さん! ご、ごめんなさい! 私……てっきり、誰もいないと……思って」

「……その声、燐子か?」

「はい……あの、大丈夫……ですか?」

「う、うん。なんとか、ありがと」

 

 座り込んでいた俺と同じ背丈になるよう燐子も座り込み、ぶつかったおでこを摩ってくれていた。ほんとこの子いい子だ……お兄さん泣けてきちゃう。

 改めて燐子に視線を向けると、相変わらず服装は真っ黒だった。

 

「こ、これ大丈夫か?」

「これ……って言うと、Tシャツ……ですか?」

「そうそう、黒って日差し浴びて熱くならないか?」

 

 何でこう、うちのバンドは黒や紫とか小さい男の子から"カッコいい"と言われる色ばっかなんだかねぇ……。

 まぁ、Roseliaっていう名前の時点で定められてはいたよな。

 

 

「でも……友希那さんが」

「なるほど、いつもの燐子が作ってくれた衣装は確かに夏向き……では無いよな。それで、無地の黒Tシャツか」

「いえ、ちゃんと……後ろに」

 

 そう言われ、燐子に後ろを向いてもらう。すると背中には青く"Roselia"と綴られていた。しかも文字に添えるように青い薔薇の刺繍まで……これ傍から見たらおっかない組の者かと疑っちまうほどだ。それほど本格的な刺繍だった。

 

 

「おぉ、すっげぇ! これもまた燐子が?」

「は、はい……ちゃんと、秋也さんのもあります……」

「マジでか!」

 

 燐子は荷物をまとめている場所から、綺麗に畳まれた黒のTシャツを取り出し渡してくれた。

 流石に女の子の目の前で堂々と脱ぐわけにも行かないので、背中を向けて着替える。驚いたのはサイズがピッタリだった事だ。

 燐子に教えた覚えもないし……一体どこで、はっ まさか……。

 

 

「もしかしてサイズとか……」

「……? 友希那さんから、教えてもらいました……けど」

「オーマイガー」

 

 最近うちの妹が怖いです……。

 

 

「……よし、何だか身が引き締まった感じするよ。ありがとう燐子」

「い、いえ……」

「ん? もしかして緊張してるのか?」

「そ、その……す、少し────きゃっ」

 

 いや〜やっぱり緊張解くには抱きしめてあげるのが一番。これ湊家代々伝わる秘伝の技だからな。

 しっかし、ここ最近女の子を抱きまくってるような……いや、決して変な意味じゃないぞ! そんな犯罪行為起こしてませんって……。

 

 

「……ナデナデ」

「あ、あきや……さん……」

「……ナデナデ」

「……も、もう……大丈夫……ですから。その……」

「そうか? ならよし」

 

 少し物足りない気もするが、本人にもういいと言われちゃどうしようもない。

 

「燐子、頑張ろう! 俺は陰ながらだけどな」

「……それじゃ、秋也さんが……私たちの背中を……守ってください」

「まっかせなさい」

 

 するとさっきまでの暗い顔から一転、安心したように笑ってくれた。こうやって元気づけることがステージに上がれない俺が唯一できる事だ。

 

 俺には主人公みたいな特別な力も無ければ天才でもない。ただ、俺みたいな凡人でも出来ることがいくらでもあるんだーって事をたくさんの奴に知らしめてやりたいと思う。

 

 

「そういえば他のみんなは?」

「えっと……友希那さんと氷川さんは別々に練習しに行っています」

「相変わらずだな〜あの2人は……」

「あと、今井さんとあこちゃんは────」

 

「────秋也さーん!」

 

 その時、室内にいても聞こえるほどの大声が廊下に響き渡った。その声の主は、あこだった。

 

 

「おい、どうしたあこ!」

「あ、秋也さん……リサ姉が……」

「リサがどうした!」

「いきなり倒れて────」

「……っ!」

 

 あこが血相を変えて必死に伝えようと話しているが『倒れて』というそのワードを聞いただけで、俺の体はすぐに動いた。

 あこの向かってきた方向から察するに、きっと練習用のスタジオだと分かった。何故ならそこから先は、通路がない行き止まりだからである。

 

 

「────リサッ!」

 

 中に入るとそこには、ベースを肩からかけた状態で横たわるリサがいた。

 

「おい! 大丈夫か!? っ……熱いな」

 

 体温も高くなってる。それに汗の量が尋常じゃない……。声を何度かかけてみたが、反応がない。多分できる余裕がないんだろうな。

 

 俺はひとまずリサの上体を起こし、ベースを降ろす。

 ……まずは運ぶしかないよな。こんな状況で恥ずかしいなんて思ってられない。俺は、通称──お姫様だっこと言うやつでリサを持ち運ぶことにした。

 

 

 

 ────その同時期に夏フェスの幕が上がることとなった。



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決意の姉妹と俺

 

 なんとか俺は、リサを運び出し医務室へとたどり着いた。どうやら脱水症状を起こしたらしく、しばらく安静にしていれば 大丈夫らしい。

 

「困ったな……」

「今井さん、ずっと皆の手伝い頑張ってて……それで」

「ったく……自分の体調管理も気をつけろって言ったのに」

「あこが練習付き合ってなんて言ったから」

「過ぎたことを後悔してても意味無いわ」

「友希那……」

 

 話を聞きつけて友希那と紗夜もやって来ていた。どちらも今は、この後の事で頭がいっぱいらしい。

 

 

「湊さんの言う通りね。しかしどうしますか? Roseliaの番は最後ですが、それまでに今井さんが回復するとは限りません。回復したといってすぐ出られる訳では無いですが……」

「ベースを音源で補うという手もあるけど、それじゃ曲の感じが変わってしまうわ」

「他のベースの方に頼むというのは……」

「この短期間じゃ無理に等しいな。そんなもん天才でもない限りできない」

 

 全員でなんとか考えてはみるが、どれもいい打開策とはいえなかった。そんな間にも次々とバンドの演奏が終わり刻一刻と番が迫ってきている。

 

 

「あき君っ!」

 

 医務室前の廊下で固まっていた俺たちの元に、演奏を終え着替えてきた日菜ちゃんがやって来た。

 

 

「日菜ちゃん」

「リサちーが倒れたってほんと!?」

「ああ、それで今演奏をどうしようかって話してたんだ」

「そっか……私がベースできたら」

「さすがに無理だよな」

 

 いや、まて……。曲の感じが変わる、他の人……、天才で、短期間。──これだっ! 

 

「日菜ちゃん!」

「ん、なになに?」

「リサの代わりに出てほしい」

 

『────っ!?』

 

 俺の突拍子もない発言にみんなは驚いていた。そんな中、提案された当の本人は「え、えっ……?」と戸惑っていた。

 

「で、でもあたしすぐにベースできるか……」

「いや、ベースじゃなくていいんだ。ギターでいい」

「でもでもギターならおねーちゃんが」

「兄さん、もしかしてツインギターにする気?」

 

『……っ!?』

 

 またまた周りに驚きという名の電流走る。流石我が妹、俺の思惑にすぐに気づいたか。

 

「その通りだ。でも、これをやるためには、日菜ちゃんが譜面をすぐに覚える必要があるんだけど────」

「────やるっ!」

「日菜! あなた分かっているの? もう私たちの出番までほとんど時間もないのよ」

「なら、お前が支えてやるしかないんじゃないのか?」

「……っ」

 

 リサが、Roseliaがピンチって時にこう思うのは少し場違いかもしれないが、この姉妹の仲を縮められるのは今がチャンスなんじゃないか? と思ってしまった。

 そして俺は話を続ける。

 

 

「確かにいくら日菜ちゃんでも、この短時間で全て覚えるのは難しいだろう。でも今は、それを的確に教えられるお前がいるだろ 」

「私が……教える」

「あっれぇ〜? それとも何か、紗夜お姉様は妹へのコンプレックスをこじらせまくった末に『姉より優れた妹など存在しない』とかなんとか言っちゃって、教える事も嫌になっちゃったのかなぁ〜えぇ〜?」

「……ッ」

 

 やばい.ちょっと煽りすぎたかな。なんかお姉様が歯ぎしり立ててこっち睨んでくるんだけど……。

 もうあれだ、飢えたライオンの檻に入れられた気分だよ。ライオンの王様だよ……キングだよ。

 

 

「おねーちゃん」

「……っ、日菜」

「……」

 

 二人の間に沈黙が流れる。その空気に圧されてか、俺たちも黙ってしまう。

 しかし、そんな沈黙を先に破ったのは紗夜だった。

 

「……はぁ、さっさと準備して」

「──おねーちゃん!」

「何してるの、時間は限られているんだから。Roseliaのギターパートはそう易々と覚えられるほど甘くないのよ」

「……うんっ!」

 

 これで一件落着……なのかな。まぁ、これで少しは仲が改善されるきっかけになれば良いけど……。

 

 

「それじゃ、おまえ達も最後の練習行ってこいよ」

「で、でも……」

「あぁ、リサの事なら俺に任せろって! たとえ火の中、水の中、草の中、森の中、土(ry リサのスカートの中、どんな場所でだって守ってやるさ」

「……どうにも信用しずらい」

「あれが兄さんなりの安心のさせ方なのよ。察してあげて」

「おお……流石は兄妹 」

 

 こら、そこ感心しないの。

 てか、友希那よ……お前いつからそんな察しの良い子に育ったの。でも自分のデレには相変わらず気づかないと……くっ、タチ悪いぜ。

 

「ほらほら、行った行った」

「はーい」

「はい……」

「兄さん、リサに何かしたら後で覚えておいて」 「……ひゃ、ひゃい!」

 

 兄の尊厳0になりそう……。

 3人の後ろ姿を眺めながらそう思う俺だった。

 

 

 ◇

 

 

 みんなが去った後も俺は、リサの側を離れずにベッドの横にパイプ椅子を設置して様子を見ていた。

 

 

「失礼します。秋也君、今井さんの様態は……」

「武内さん……、だいぶ汗の量も少なくなってきてますね。表情も心做しか落ち着いています」

「……そうですか」

 

 自分だけ座っているのもなんだと思い、武内さんにもパイプ椅子を用意する。時計をチラッと確認すると、もうすぐRoseliaの番だった。

 

 

「あ、そうだ。日菜ちゃんの件、勝手に決めてしまってすいません……こういうのってちゃんと許可取らないとですよね」

「いえ……その件は大丈夫です。私の方から事務所には伝えていますから」

 

 良かった……。もしこれでなんか罰せられるとかなんてなったらと思うとゾクッとする。

 

 

「それはそうと、日菜さんが自分からやりたいと言ったのですか?」

「いえ、俺が閃いた事で……それに日菜ちゃんが賛同してくれたってだけです」

「なるほど、実に考えましたね。ギターを二組とは……」

「自分でもあの時は、馬鹿な考えかと思いましたがね。でもあの2人なら……と思いました」

 

 的確な支持だったとは思わない。本当に的確な支持が俺に出来るなら、まずリサが倒れるなんて事は起こらなかったはず。

 だからこの程度で俺が自惚れることは無い。

 

 

「秋也君はよく見ていますね」

「えっ?」

「実は昔、私があるプロジェクトのアイドルを持っていた時のことです。その時、事務所所属アイドル総出のフェスを開催しました……」

 

 その話によると武内さんが担当していた新人アイドルの1人が、極度の緊張と発熱で倒れたという。その彼女ともう1人でユニットを組んでいたらしく、彼女がどうしてももう1人だけは出して欲しい、と強く頼んだらしい。 そして結果、メンバーの1人が率先して代わりをやろうと出てきてくれて、無事ユニットは出れたそうだ。

 

 

「私は都合上、皆さん一人ひとりを見ることは出来ていませんでした。彼女が自分から出てきてくれなければ、そのまま願いを叶えられぬままでした」

「でも武内さんは凄いですよ……そんなに多くのアイドルを持ちながらも仕事してたんですから。俺はその、何にも縛られる役職がないからこういう自由な発想ができる訳ですから。俺がもし同じ現場にいたらパニクってたましたよ。ははは……」

 

 そんな自由な俺だからこんな我が儘を思いつくんだろうかな……。

 

「武内さん、一つお願いしたいことがあるんです」

「……何でしょう」

「彼女を、リサをステージに……Roseliaと一緒に上がらせてやりたいんです」

「つまりそれは、Roseliaのステージを2度やるという事ですか?」

「はい……自分が馬鹿で無理難題を押し付けてるのは重々承知の上で、です」

 

 やっぱり難しいよな……。

 武内さんは困った様子でいつもの手を首に当てる仕草をしている。でも俺にも譲れないものがあるんだ。

 

 

「リサの頑張りを無駄にして欲しくないんです。これからに活かせばいい……と言われれば何も言えません。ですが、こいつはこの日のためにずっと頑張っていたのを俺は知ってる。こいつ、ずっと「自分はメンバーの中で1番下手」だって自分を卑下しまくって、誰よりも頑張ってたんです。だから今日、ステージに立って演奏して、自分に自信を持ってほしいんです お前は凄いんだって……」

 

「だからお願いします。こいつをステージに上げるためにRoseliaに2度目の演奏をさせてくださいっ 」 頭を下げるなんて事初めてだったかもしれない。それほど、俺は必死だった。

 

 ────沈黙が痛い。今にも胸が破裂しそうだ。何度目かもわからない顔から流れ落ちる汗。そしてまた1粒、落ちる……その時、 医務室のドアが開いた。

 

 

「……全く、男がそう軽々と頭を下げるもんじゃないぞー 」

「優さん……」

「おう.……ったく、さっさと顔上げなって、すいませんね。いきなり秋也君の愛の告白の相手になってもらっちゃって」

「は……はぁっ!?」

 

 当の武内さんはというと「は、はぁ……」と若干返しに困っていた。

 

「安心しなって、もしかして説明聞いてなかった 」

「……へっ?」

「今回のフェスだけど、全バンドの出番が終わったら観客に投票してもらうんだよ。それで一番票を貰ったバンドがもう1度演奏できる仕組みって事 all right?」

「お、おーけー……」

 

 突然の事でまだ頭がついて行かない。そんな俺をほっぽり出して、武内さんと優さんは医務室を出ていってしまった。

 

 ……マジかよ。俺めちゃくちゃ恥ずかしい事言ってたぞ! ああああああちゃんと説明聞いておくんだったああああああ! 

 ……ってか、確かその事Roseliaのみんなに俺が説明してたじゃんか……やべ、穴があったら入りたい。

 

 

「はぁ……最悪だ────」

「……っ……ふっ……ふふっ……うっ……ぷふっ」

 

 ん、なんだ? この音……。

 

「あははははっ! いや〜もうだめっ! 耐えられない! あははははっ!」

「げっ、リサお前!」

 

 どうやらさっきの音はリサだったらしい。ってかどんだけ笑ってんだよ……笑いすぎて 顔真っ赤だぞ。

 

 

「はぁー、いや〜笑った笑った」

「どこから聞いてたんだよ」

 

「『彼女を、リサをステージに……Roseliaと一緒に上がらせてやりたいんです(イケボ)』ら辺だったかな 」

「やだ……もうお嫁に行けないっ!」

 

 もうだめだ……おしまいだぁ……。誰でもいい僕を岩盤に叩きつけてくれ。

 

 

「……でも、すっごいカッコよかったよ。さっきの秋也さん。アタシめっちゃドキッとしちゃったよ〜ははは……」

「そ、そうか……」

「う、うん……」

「……」

「……」

 

 ……お互いしばらくの間、顔面真っ赤で沈黙が続いた。



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愛され幼馴染と俺

 

 

 秋也がまだ医務室でリサを見守っている同時期、フェス会場ステージでは、Roseliaの前のバンドが会場を沸かしていた。

 

 

「わぁ〜すっごい熱気だね!」

「フェスもいよいよ大詰めだからよ。ここまで盛り上げと時間を稼いでくれた他の皆さんには感謝しないと」

 

 本来なら、Roseliaの出番はもっと早い時間だったのだが、事情を知ってか、一つひとつのバンドができる限りの時間を稼いでくれたのだ。それにより、日菜の短期間練習はより濃く行うことができた。

 

 

「リサ姉……大丈夫かな」

「あこちゃん、大丈夫だよ……秋也さんだっているし」

「そうよ、あこ。今は音楽に集中して」

「は、はい!」

 

 友希那の喝はあこにも、そして少しの不安が残っていた燐子にも届き、2人の身が引き締まっていた。しかし、そんな喝を 入れる友希那本人もリサの事が頭の隅で気になってしょうがなかったのだ。それでも、そんな思いを押し殺し、メンバーのためにしっかりしようと勇ましく立ち振舞っている。

 

『ありがとうございましたぁ!』

 

 演奏が終わって、より一層会場の熱気は最高潮に達していた。

 

「Roseliaの皆さん、お願いします!」

「はい。みんな……行くわよ!」

『はい!』

 

 希那達がステージに上がると「おおー!」や「きたっ!」などといった、待ちわびた人たちの声が聞こえてくる。しかし、 ファンであろう一人がどこか違うところに気づいたようで、それにより徐々にざわめきが広がって行った。

 

『あれ、なんか違わないか?』

『なんでパスパレのギターの子がいるんだ?』

『ベースのリサちゃんはどうしたんだ?』

 

 等など、観客の思いは様々だった。しかし、センターマイク前に友希那が立つとざわつきは一瞬で消えた。まるで神のお告げを聞く信徒の如く、静寂に包まれ友希那の言葉を今か今かと待ち構えている。

 

 

「みんな、盛り上がっているかしら?」

『イェーイ────!』

「今回……リサが出れなくなってしまったので少し、特別バージョンで行くわよ。それでは聴いてください────"BLACK SHOUT"」

 

 友希那の合図とともに、ステージに設置された全音響機器が作動し、前奏が始まる。

 そして静かなメロディから一転、友希那の"SHOUT(叫び)"によって盛り上がりは最高潮にまで昇る。

 その盛り上がりがいつもと違う事、そして自分達の音もまた変化していることにそれぞれが思う。

 

 

「(か、カッコいい! まるでいつもと音が違って聴こえる )」

 

 あこは相も変わらず、まだ見ぬカッコよさを目の当たりにし、テンションが上がっていた。

 

「(す、すごい……この曲がこんなに変わるなんて……それに、氷川さん……いつもより楽しそう……)」

 

 燐子もまた、曲の変化に驚きつつも、いつもとどこか違う紗夜の変化にも気づいていた。

 

「(まさか、こんなふうに日菜と演奏する日が来るなんて……それにあそこまで話すのも久しぶりだったわ)」

 

 短期間の日菜の練習に付き合った紗夜は、何度も"ここは違う"、"そこはもっとこう"など、長くやって来た紗夜本人でしか分からない場所を教えていた。

 

 

「(私があの子に教えられる事なんてないと思ってた。だっていつもあなたは、私を追いかけてくるどころか、決まって追い越していくから……)」

 

 紗夜が何をしても日菜は、同じ事をしたいと付いてくる。しかし、それは姉妹ならば当たり前の行動だと言えるだろう。大 好きな人なら尚更だ、大好きな人が何をしているのか気になる。大好きな人がそれで何を感じているのか、何を思っているのか……。

 だが、それを紗夜よりも優れていた日菜がする事によって逆効果になってしまった。もちろん日菜に悪意があった訳では無い、それは紗夜も分かっていることだ。日菜を羨ましいと思うこともあっただろう。

 

 

「(私より何でもできる日菜に、慕われるのがすごく嫌だった。私が誇れるものなんか日菜と比べたら何も無い……それが悔しかった)」

 

 紗夜が一方的に話さなくなったのは、ほとんど八つ当たりに近いものだ。本当に嫌いなら"大嫌い"と口にするだろう。 しかし、一度も紗夜は口に出していない。

 

 

「(これはもう、私の心の問題。だから少し、少しずつでも日菜ともっとちゃんと話をして、聞いてあげられるようになりたい。そのために私は……Roseliaの音楽に反する……けど、私情を持ち込む事を許してください。今は、今だけは……! 妹と、日菜と楽しく演奏してみたい! これをきっかけに……)」

 

 姉(妹)ともっと仲良くなりたい。そう思うのはどちらも同じだった。

 

「(おねーちゃん……すっごく楽しそう……あんなにるんっ、としたおねーちゃん、久しぶりに見たかも……。それに、こうやってまた、おねーちゃんと一緒に何かをする事が出来てすっーごく嬉しい )」

 

「(確かに曲の雰囲気も変わって、とても良くなった。荒々しいギターのメロディーの中にも、繊細さが詰め込まれていて、 なおかつ今まで以上に聴いてくれている人が楽しんでくれている……。でもやっぱり……私の隣には……)」

 

 ただ一人を除いて、急遽作られたRoseliaは満足のいくライブを最後まで行った。

 

 

 ◇

 

 

 リサと共に医務室で、Roseliaのステージをテレビで見ていた俺たちは、冷や冷やしながら眺めていた。しかし、そんな緊張も演奏が終わると、抜けていき二人同時に脱力していた。

 

 

「ふぅ……なんとか無事に終わったな」

「そうだね、はぁ……よかった〜。でも意外だったな、秋也さんがヒナをRoseliaのステージに立たせるなんて」

「ん、そりゃ……俺が出れるもんなら代わりに出たかったぜ? 一応、ギターはやってたわけだし……ベースはからっきしだけど」

 

 懐かしいなー。よく小さい頃、俺と親父と友希那とリサの4人で演奏してたっけ……っていっても、親父と友希那は凄かったけど、俺は覚えるので精一杯……リサも急にベースやりたいって言って精一杯頑張ってて、まともに演奏とは言えなかった な。

 

 

「でも実際ね? その……マジレスするとですね、アウェイになるのが嫌でした……」

「そっかそっか……いろいろ考えて……って……へっ?」

 

 俺の言葉が意外だったのか、リサはポカンとした表情でこちらを見ていた。

 

「ご、ごめん……アタシの聞き間違えかな? その、アタシの耳には『怖かった』って聞こえたんだけど……」

「いやだってそうじゃん! 客はみんなRoseliaのメンバーを待ちわびてたのに、急に俺みたいな傍から見れば無関係者の極々普通の一般人がね? 我が物顔でRoseliaの演奏に、しかもギターで出てきたらどう思うよ?」

「あぁー確かに、ネットとかで『Roseliaのライブに謎の男現るwwwwww』とか言われそうだねぇ〜」

「そうそう。だから決して、これを機に日菜ちゃんと紗夜の関係が戻ってくれないかな〜とか、大事なリサの側を他の奴には渡さねぇぞ〜とかそんな気持ちは無いんだからな…………あっ」

 

 あっ.(察し)

 まるで恋愛の神様から『テンプレ乙wwwwww』とでも煽られているんじゃないかと錯覚した。

 ……単なる現実逃避ですはい。しかしまいったな

 、俺とんでもない事口走ったな〜。日菜と紗夜の所は別に良いんだよ。"Roseliaのライブに私情を挟んで申し訳ないな"と謝って話を続けられたんだが、最後の二つ目の奴だよ。

 

 

「…………」

「…………」

 

 ちょ、どーすんだよ! めちゃくちゃ気まずくなってきたじゃんか。しかもそこ! リサ姉様! 何でいつもみたいな余裕のお姉さんキャラ出さないの!? なんでそうっ顔赤くしてるんですかねぇ……熱でもあるのか? おでこ合わせて『熱でもある? もしかして具合悪くなった 』見たいな良くある鈍感系主人公の真似事、俺には無理だぁ……おしまいだぁ……。思いだせぇ……こういう時こそ、長年培った女の子とのコミュニケーションをな…………って俺の努力値、全部妹とのコ ミュニケーションに注ぎ込んでたわ、テヘッ♪ ああああああどうしよおおお────、

 

 

「あ、あのさ……秋也さん……!」

「……な、なんだ?」

「その……ね す、すご────」

 

『あーきくーんっ!』

 

 リサが何かを伝える前に廊下に響く無邪気な声。すぐに日菜ちゃんだと分かった。声が聞こえた頃には、この……医務室に流れる甘ったるい、甘酸っぱい空気は消え去っていた。

 

「あき君! 見た!? 見た!?」

「な、なにがあった?」

「もうっ! とにかくドカーン! なんだよ!」

「いや……全く分からんのだが」

「多分……凄い事が起こった……と言いたいのでしょうね」

 

 日菜ちゃんの擬音ばかりに困惑していると、助け舟の如くドアを開けて入ってきた紗夜。まるで日菜ちゃん専門の翻訳機だ。

 

 

「全く……相変わらず言ってる事が一々分かりづらいのよ、日菜は」

「ごめんなさぁーい……でもでも、ほんっとに凄いんだよ!」

「それで、その凄いことって何なんだ?」

「まだ見ていなかったんですか最終アンケートの結果、一番票が多く入ったのが────」 「Roseliaよ。それも観客の約半分以上がね」

 

 またまた今度は、紗夜の話を引き継ぐようにドアを開けて、友希那が入ってきた。その話に思わず立ち上がる所だった……袖の端をちょこんとリサが握ってなければ。

 

 

「って……ことはつまり……」

「Roseliaがもう一度、アンコールとして出られるってことよ」

 

『リサ姉〜っ!』

 

 するとまたま……t(ry 今度はあこが少し泣きかけた様子で医務室に入ってきた。続けて燐子もゆっくりと入ってきた。勢いよくベッドに飛び込んできたあこをリサは、しっかりと受け止める。

 

 

「よか……良がっだよぉ……っ」

「よしよし、アタシはこの通り大丈夫だってば……ああ、せっかく可愛い顔が台無しだよ」

「……っ、だって……だって……」

「それにさ、あこが秋也さんを呼んで来てくれたんでしょ? ありがとね!」

 

 その後もずっとあこは、リサに抱きつき離れなかった。微笑ましい姿に思わずほっこりしてしまった。しかし、すぐに気持ちは切り替える。

 

「リサ、アンコール演奏だけど……」

「バッチリ!」

「演奏する曲は決まってるか? 友希那」

「ええ。私は先に行ってるわね」

 

 そう言うと颯爽と一人外に出ていった。その時、チラッと見えた友希那の表情は、とても嬉しそうにしていた。どうも兄妹だと分かっちゃうんだよな……あいつ、さっき演奏してる時物足りなそうな顔してた。ほんとリサ愛されてるよな……Roseliaに。

 

 

 ◇

 

 

「それじゃみんな……準備はいい 」

「ワクワクするね! りんりん」

「……うん、すごく……今が楽しい」

「今井さん体の調子は大丈夫ですか?」

「もちだよ! いや〜まさか紗夜が心配してくれる日が来るなんて……リサちゃん感動だよ〜」

「ち、違います ただ、演奏中に倒れられては困ると思って……」

「あなた達……」

 

 ほんとこいつらは……いつでも平常心だよな。でも、これはこれで結成当初のピリピリした感じよりマシか。今回の夏フェスでより一層Roseliaの団結力が深まったのなら良かったな……。

 

「それじゃ……行くわよ! Roselia!」

『fightingー!』







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陽だまりロードナイト編
恋、自覚する幼馴染と俺


新章入ります!タグにリサの名前があるのは……そういうことです。


 

 長いようで短かった夏フェスも終わり、実行委員の優さんによると、大成功だったようだ。 そして今、帰り際にパスパレや俺の話を聞いてもらった武内さんにお別れをしている所だった。

 

「武内さん。いろいろとお世話になりました」

「いえ、秋也君……もしよろしければ、うちのプロダクションに興味はありませんか?」

「えっ……」

 

 武内さんの話によると、将来俺が芸能の道に進むのなら、武内さんの所属する……み、みし……なんたらプロへの推薦を頂けるとかなんとか……。しかし、恥ずかしながら俺は将来の事とかあんまり考えてないもんで、大学出た後なんてこれっぽっちも考えなかった。

 

 

「もちろんすぐにとは言いません。もし秋也君にその気があるならですが……」

「一応、今後の人生の選択肢って事で、頭の片隅にでも入れておきます」

 

 要検討、ということで終わった。ただ、友希那との『頂点目指す』って約束もあるからな〜。

 

 

「あ、あー君……」

 

 すると、何やらもじもじとした姿勢で寄ってきた彩ちゃんが、何か言いたげに顔を近づけてきた。いやいや……近い近い、 後なんか当たりそうなんですが、

 

「な、なんだ?」

「あのね、その……」

「────ああああああ! 秋也さん! 早く行かなきゃ優さん心配しちゃうよ〜っ!?」

「え、いや……優さんならまだ会場に……」

「もしかしたらもう行っちゃってるかもじゃんそ、それじゃね! ヒナ! パスパレのみんな!」

「バイバ〜イ、リサちー♪」

「お疲れ様です」

 

 まばらに聞こえる挨拶の中、俺はリサに手首を捕まれ、引きずられながら会場を後にした。

 

 

 ◇

 

 

「彩ちゃん、言わなくて良かったの?」

「うん。私のこの気持ちは多分……なんて言うんだろう、憧れ……みたいなものだから」

「憧れ?」

「誰かの助けになりたい。私の歌でパスパレを応援してくれる人もそうでない人でも勇気づけてあげたい。私がそう思えたのはあー君のおかげなの。だから、憧れ!」

「────ふふっ、そうなの」

「うんっ! よし、私たちもRoseliaのみんなに負けてられないね!」

 

 ひと夏に起きた運命の再会により、また一つ大きくなった彩は、自らの足で次への一歩を進み出した。

 

 

 ◇

 

 

 会場から帰ってきたアタシたちと秋也さん一行は、祝勝会と題して優さんとアタシで料理を作ることとなった。みんなが舌鼓を打ってくれたようで良かったし何より秋也さん達が、アタシの料理を絶賛してくれてとっても嬉しかったな。

 

 みんなと夕食を食べ終え、今回の合宿で大変お世話になった銭湯に足を運んだ。また前のようにみんなをいじろうかな〜 なんて思ってたら、紗夜にめちゃくちゃ睨まれた……。

 まぁ、当然だろうね。

 

 

「はぁ〜いい湯だな」

「そうね」

 

 湯に浸かるアタシに横にいる友希那が答える。長い銀髪は、団子状にまとめて湯に浸からないようにしている。実に可愛い、これきっと秋也さんに教えたら「いくらだ……?」とか写真求めてきそうだな〜。

 

 

「リサ……」

「んーどうしたの友希那」

「今日は、ゆっくり休んで」

 

 驚いた。友希那がこんなにもストレートに心配してくれるなんて、いつものツンデレ友希那はどこいったのだろうか……、

 

 もしかしてこの湯の効能に"ツンデレ解消"みたいな力が……って、あるわけないか。

 

「ど、どうしたのさ急に……珍しいね友希那がそんなに心配してくれるなんて」

「まるで私が他人を全く心配しないみたいじゃない……」

「違う違うって、いや、いつもの友希那ならさ「音楽に響くから」とか付け足すのにって思ってさ」

 

 すると友希那の頬がほんのり紅くなったのが見えた。それが熱さでなのかどうなのかは分からなかった。

 

 

「今日、リサがいない演奏をして思ったのよ。やっぱり私の演奏にはリサが必要だって、リサが隣にいればもっと上を目指せるのだと……だから、またリサには倒れてほしくないの」

「……」

 

 ど、どうしよどうしよ……アタシ今、めっちゃ顔熱いって……あ、それは湯あたりで誤魔化せるかな……ってそれはどうでもいいって! やばいよ……ああもう、なんでこう湊家は、アタシをドキドキさせる人ばっかかな、アタシをキュン死させる気なの!? 

 

 嬉しすぎてのぼせそう。

 でもなんて返せばいいんだろ。素直に受け取る? それとも茶化していつもみたいな雰囲気に戻す? うーん、分からん。

 アタシが言葉を出せずに黙り込み、友希那も同じく黙り込んでいた。

 しかし、すぐさまその空気を友希那が破った。

 

 

「ね、ねぇ……リサ」

「こ、今度はなに?」

「あなた、兄さんの事が好きなの……?」

「ブフッ────」

 

 な、な、な……何言い出すのさこの子はああああああっ! 

 

「……違うの?」

「え いや……その、違うも何も秋也さんにそういう……持ったことないよ」

「そうなの?」

「た、確かに時々カッコいいな〜とかその……思う事はあるけど、恋愛的な好きは……」

「でもリサ、あなた兄さんに丸山さんが何か話そうとした時に変に焦ってなかったかしら?」

 

 ……ゆ、友希那ってこんなに察しが良かったっけ……? アタシが知る友希那ってもっと、純粋で音楽と猫以外にはほとんど鈍感なはず……。

 

 

「あ、あれは……」

 

 あの時は自分でも何を考えてたのか全然覚えてない。なんとなく体と口が勝手に動いてて気がついたら秋也さんの腕を掴んで彩から離そうとしてた。

 

 

「……まぁ、いいわ」

 

 友希那はアタシの回答を聞く前にお風呂から上がっていった。一人取り残されたアタシは、お湯に映る自分の顔を眺める。

 

 

「好き……か」

 

 口にするだけで顔が熱くなって、胸の奥がギュッてなる。考えたこともなかった。秋也さんは友希那のお兄さんで、昔から優しく……

 

『おとうさんおとうさん! リサ、ベースすっごいうまいんだよ!』

 

『お、リサ! クッキー作ってくれたのか? リサのクッキーが美味しすぎて市販のじゃ満足できなくなっちまったよー』

 

『────リサの頑張りを無駄にして欲しくないんです。これからに活かせばいい……と言われれば何も言えません。ですが、こいつはこの日のためにずっと頑張っていたのを俺は知ってる。こいつ、ずっと「自分はメンバーの中で1番下手」だって自分を卑下しまくって、誰よりも頑張ってたんです。だから今日、ステージに立って演奏して、自分に自信を持ってほしいんです お前は凄いんだって……だからお願いします。こいつをステージに上げるためにRoseliaに2度目の演奏をさせてくださいっ』

 

 

 自分の事のように喜ぶ声を聞いた。

 

 

 大きな手で頭を撫でながら照れくさそうに褒めてくれる声を聞いた。

 

 

 自分の事じゃないのに必死に、頭を下げてまでアタシを想って声をあげるその声を聞いた。

 

 

「────今井さん? 顔が赤いですが大丈夫ですか? のぼせそうならすぐに出た方が……」

「……う、うん。ありがと紗夜。先、出るね」

「? は、はい」

 

 

 紗夜に言われるがままに浴場から出ると、籠の前まで歩き、そして立ち止まる。

 

 

 ────自覚しちゃった。

 

 

「……あ、あたし……すきだ……すきに……好きになっちゃったぁ……」

 

 

 ◇

 

 

「……うぅ、頭痛い……」

 

 つい先程、銭湯から出た俺は、外のベンチに頭を抱えるように座っていた。

 それもこれも、さっきの会話のせいだよ。

 

 "あなた、兄さんの事が好きなの……?"

 

 その話し相手はリサだったはず。そのあと俺はテンパって出たから話の続きは聞いてこなかったけど、リサが俺の事が好き……? いやいや、ないない! 意識されててもきっと"友希那の兄貴"くらいだろ。

 

 

「で、でもさ……」

 

 ほんとに好意を持たれてるのだとしたら……。

 

「どうすりゃいいんだよ……」

 

 決して、リサに何か不満があるわけじゃない。むしろ可愛くて、気配りが良くて、料理上手くて……あんだけの女性を嫌いになるはずが無い。いずれは……とか考えたこともあった……って、気持ち悪いな俺。

 

 てか、妹も妹だ。友希那ってあんな事聞くような子だったっけ……。まさか兄の花嫁を探すためにメンバー全員に聞いてるんじゃないだろうな。ううっ……背筋が震えた。

 

 

「……ま、まぁきっと誰かのイタズラだろ! 俺が聞き耳立ててるの察したやつが友希那とリサを使って俺にドッキリを仕掛けるに違いない!」

 

 そう思うだけで幾分か気持ちが軽くなった。決して嫌だからという訳じゃなく、本当に好意をぶつけられた時にそれに立ち向かう勇気が俺に無い。だからそんなことは無いと馬鹿みたいに言い聞かせるしか無かった。

 

 

 ────だというのに、神様っていうのはとんでもなく退屈が嫌いなようだ。

 

 

「────あ、秋也……さん」

「リ、リサ……」

 

 

 ────今一番会いたくない人に会ってしまった……。

 

 

「と、とりあえず隣……座るか?」

「う、うん」

「(き、気まずい……)」

 

 お互いに俯く。何を言えばいいのか、どうすればこの空気を抜け出すことが出来るのか、そればかり俺は考えていた。

 

「────あ、あのっ!」

「────その、な!」

 

『……』

 

 意を決して話をしようものなら、こうやってタイミングが被って話しずらくなる。そしてまた沈黙する。このループである。

 

 

「リ、リサからいいぞ」

「そ、そう? じゃ、じゃあ言うね……」

 

 リサは、そっと深呼吸をすると隣に座る俺の目を強く見つめて離さない。

 

 

「今度の日曜……お出かけしたい……です。えっと……秋也さんとアタシ……2人っきりで……」

 

 

 ────ドッキリ……じゃないのか。

 

 強く覚悟を持ったリサの視線に当てられてもはや逃げの想像なんて当てはまりっこない。

 

 その日、俺は男らしく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





妹は最後まで妹として、ヒロインはヒロインとして分ける。それが自分のプライドです笑


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察する妹と俺

 

 

 ────ラ○オ体操第一! テーテレテテテテ〜♪

 

 新しい朝が来た。この俺、湊秋也は極々普通の男子高校生である。普通と言っても、今や有名なバンドのボーカルを担当する妹がいるくらいだ。

 そんな俺は、ある日を境にラジ○体操という日本の文化に身を投じることとなる────そう、これは……一人の平凡で有名な妹を持つ男の奇妙な冒険である。

 

 

「……兄さん もう終わってるけど」

 

 友希那の声が聞こえた時には、既にたくさん公園内にいた子どもお年寄りはいなくなっており、俺と友希那しか残っていなかった。

 

 

「あ、すまん……つい、ぼーっとしてた。戻るか友希那」

「ええ」

 

 こうして俺と友希那の(夏休み限定)日課のラ○オ体操が終わり、家に帰ることにした。

 

 

 ◇

 

 

「……」

「…………」

「……に、兄さん?」

「……ぁ、な、なんだ?」

 

 突然声をかけられ、箸で挟んだままだった卵焼きが皿の上に落ちてしまった。どうやらまた、ぼーっとしてたらしい。

 また、というのはここ最近、夏フェスが終わりこっちに戻ってきた時から、頻繁にやっているらしい。

 

「どうしたの兄さん、最近多いわね考え事?」

「うーん、そういう訳じゃないんだよな……って言っても何か理由がある訳でもないしな……」

 

 自分でもどうしてぼーっとしてんのか、その理由は分かってはいないんだけども……妹に心配されてる様じゃ、兄の威厳丸つぶれだ。

 

 

「……もしかして」

 

 すると、トーストの角をぱくりと口に加え何度か咀嚼し、飲み込むと口を開いた。

 

「リサとの事?」

「────ブフォッ 」

 

 やっべ……牛乳吹いちまった。

 しかし、友希那の一言で考えていたことが分かった。無意識なのだが、先日、銭湯の外で涼しんでいた時にリサからデート……のような誘いがあった。

 ────まぁ、その前にリサが、俺の事について友希那と会話してるのを聞いた……ってのもあるがそれは置いておこう。

 

 

「で、どうなの?」

「……まぁ、うん。それでだな」

「いいわよ言わなくて、どうせ銭湯で聞き耳立ててたんでしょ?」

 

 ば、バレてるぅ〜! 自分から白状する前に先に言われた。しかし、そんな馬鹿な……何故バレてるんだ これはあれか「お兄ちゃんの事は何でも知ってるのっ!」みたいな謎理論か。

 

 

「か、隠してもしょうがないか……ふふふその通────」

「そういうのいいから」

「あ、はい」

 

 お願い……お兄ちゃんにもっと格好をつけさせて……。

 

「行ってらっしゃい」

「いやいや〜そういう時はさぁ〜「お兄ちゃんは誰にも渡さないんだから 」みたいなセリフを言うものでは……」

「……気持ち悪い」

 

 その時、俺の体は自然と動き、何をすればいいのか手に取るようにわかった。

 スッと椅子から立ち上がり、両膝を付いて頭を下げ、両手を地面にぺたりと貼り付ける。

 さぁ、日本の伝統文化だ。

 

 

「スイマセンしたああああああああッ!」

 

 これぞ、日本の伝統その2。ジャパニーズドゲザ! 

 俺はこれを友希那に声をかけられるまで続ける。だってそうじゃん、妹に嫌われるのが1番嫌なんだぞ。

 

 

「兄さん」

「は、はっ!」

「テレビ付けていつもの」

「了解しまっした 」

 

 俺はすぐさまドゲザを辞め、いつもの日課その2 『今日のにゃんこ』を視聴するためテレビを付け、チャンネルを合わせる。今日は最近人気だという猫が特集されていた。

 

「か、可愛い……」

「へぇ〜スコティッシュフォールドっていう名前の猫なんだ……長っ」

 

 毛がベージュ色の小柄な猫で、耳がペタンと垂れているかなり可愛い奴だった。友希那は既に食べ終え、すっかり猫に夢中だった。

 

 俺は友希那の邪魔にならぬように皿を台所に持っていく。今日は両親ともに仕事に言ってる為、俺が洗う事になってる。

 ちなみに家の台所は、リビングがよく見えるような設計がされていて、それにより、俺は洗い物を済ませながら猫に夢中の友希那を見る事が出来るのだ。

 

「……はぁー可愛い……にゃ、にゃーん。ふふっ♪」

「…………」

 

 あれ……おかしいな〜水道水が赤いな〜何でだろうな〜。

 猫買って貰おうかな……。

 

 ────リサとのデートまで、後1日。



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恋する幼馴染と俺

 

 

「ありがとうございましたーっ」

 

アタシはただ今、コンビニでバイト中である。今日も今日とて、来る客来る客を次々と捌いていき既に昼近くまで時間が過ぎていた。

 

「しゃーした〜」

「ったく……そのテキトーな挨拶何とかしたら、モカ」

「バレなきゃはんざいじゃないですよー」

「そういう問題かな……」

 

この子、青葉(あおば)モカはアタシと同じく、ここでバイトしてる子である。見た目は……銀髪ショートヘアで、のほほんとした雰囲気が特徴かな。

 

「リサさーん。暇ですね〜」

「そりゃ、さっきからアタシのレジばっか人が来てるからね〜なんでかな〜」

「これはー多分、妖怪のしわz……」

「タイミングを見計らってレジを離れてたのは誰だったっけな〜 」

「おおーモカちゃんの思惑に気づくとは……リサさん、さすがです」

 

まぁ、モカはこんな感じの子だ。Roseliaには絶対にいないような感じで、一緒に話してて退屈しない……かも。それにモカは、アタシと同じくバンドをやってて、しかも幼なじみだけで作られたとか……モカは、興味のないものとあるもの がはっきりしてると思う。 興味のある事にはとことん尽くすタイプかもしれないかも。同じ意味合いで言ったら、一途……とか。

 

「一途……か」

 

もしかして凄い尽くしてくれるような女の子が男の人は好きなのかな……秋也さんはどうなんだろ……。

 

「リサさん、それですよー」

考えにふけっているところに、突然声をかけられビクッとした。

 

「そ、それ?それって何のこと」

「今日のリサさんがお客さん(ほぼ男)を引き寄せてる原因の事ですよ〜」

 

これが漫画だったらアタシの頭の上に『?』ってたくさん出てる気がする……。確かに今日はいつにも増して、アタシの方のレジに人がたくさん来てるけど、それはモカがレジを離れてるせいであって……、

 

「あ、もしかしてなんか声に出してた?」

「いいえ、なんにも声に出してませんよー」

「……え、それじゃ何が原因なの」

 

するとモカは、うーん、と考え始め何だか難しい顔をしている。

……てか、アタシ達普通にバイト中に無駄話挟んじゃってるよ……店長見てない……よね?あ、あそこでイチゴオレと睨めっこしてた。

「うーん……はっ」

「…………で、どうなの?モカ」

 

お客さん一人を捌けるほど時間が経った。

「ずはり、オーラですよー」

「お、オーラ?雰囲気ってこと?」

「そうですね。朝から時々ですけど、リサさんから謎の幸せオーラが出てるんです」

「え〜 アタシ別に嬉しい事なんて何にも────」

「まるで恋する乙女みたいですねー」

「……っ!?」

 

思わず変な声を出すところだった……出てないよね?そういえば確かに、レジ打ちしてる間も「秋也さん何してるかな」とか「お出かけの約束忘れてないかな」とか「あ、何着ていこう……」とか思い出せば出すほど、秋也さんの事考えてたかも……。

 

「おやー?もしかしてモカちゃん名推理でしたか 」

「うぅ……隠してもしょうがないか、当たってるよ。でもさ、それとお客さんがたくさん来る事に関係するの?」

「うーん、どうでしょうー。あ、しゃいませー。2点で260円になりまーす。したー」

 

……話を逸らされちゃった。でも、前にどこかで見た気がする。恋する乙女はより一層、魅力的に見えるって、そういう事なのかな? 恋しちゃってるアタシは、秋也さんに魅力的に見られてるのかな〜?そうだったらいいな〜なんて、にゃははー。

 

「これ、お願いします」

「いらっしゃいませ!こちら全部で825円になります」

 

秋也さんの事を考えていると、異様に頑張れる気になってきた。

「おおーリサさん凄いやる気ですねーそれじゃ、あたしはきゅうけi────」

「モカ〜逃げるな〜 」

「……だめかー」

 

もう少しだけ、頑張ろうっかな〜。ふふっ、アタシをこれだけやる気にしてるんだから、秋也さんにも頑張ってもらわなきゃだな。

……って、頑張るのはアタシの方か。そういえば友希那、ちゃんと秋也さんに伝えてるかな?はぁ……友希那も一緒に……って言っちゃったもんな。いきなり秋也さんと2人は無理だったや……。

 

 

 

 

「────ハックション!」

「……? 兄さん風邪?」

「……どこかで俺の噂でもしてるのか……」

「何か言った?」

「いや、何でもないぞ」

 

昼頃から行きつけのデパートで、兄妹デートを満喫中の俺たち。今日はなんと友希那からの誘いだったのだが、その目的というのは何を隠そう……水着だった。

俺も疑問に思ったぞ。あの友希那がまさか自分から水着を買いたいなどと言うとは……って。しかし俺も何だかんだで兄妹デートが楽しすぎてそんな疑問も薄れかけてきたところだった。

「それで、俺まだ水着を買う理由を聞いてないんだが……」

「兄さん聞いてないの?」

「へっ……」

 

え、なに 急に南国の島に行こうとかそういう……それとも女っ気のない(あるにはある)俺のために水着姿を見せてあげようという妹の心優しい配慮……だったりして、

 

「その様子だと本当に知らないみたいね」

「へ、へい……」

「今週の日曜日に私と兄さんとリサでプールに行こうって、リサから」

「……は、はああああああああああっ!?」

 

それは俺を驚愕させるには充分なほど、驚きの発表だった。

 

「てか、日曜日って明日じゃん!?」



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妹と幼馴染と俺

 

 

さて、質問だ。人が自室のベッドの上で起きて最初に見るものとは何だろうか?

この質問に天井と答えた君、君は間違ってはいない。しかし皆が皆、仰向けで寝るだろうか 人によっては、横向けだったり、うつ伏せだったり、布団の中で目を覚ます人だっているだろう。 例えば俺は、横向けで寝る。そんな俺が最初に見るもの、それは……、

「……にゃ……ん」

 

妹である。ここ最近なのだが、妹の友希那が俺のベッドに潜り込んでくることがある。ちなみにいつぞや見せてくれた黒猫パジャマ も着ている。

もちろん、鬱陶しいと思っているわけじゃないし、むしろwelcomeだし可愛い寝顔を見ながら頭なでなでも出来て、まさに一石二鳥……なのだが、うちのツンツンデッレデレな愛しの妹が、こんなに擦り寄ってくる理由が分からない。冬ならば寒いという理由が思い当たるが、今は夏真っ盛りだ。わざわざ暑いところに来る奴はいないだろう。

 

「すぅ……」

「……おーい、友希那〜」

 

うーん、どうしたもんか……。本人から聞こうと思っても、こんなに気持ちよさそうに寝てる妹を起こせるわけがない。かと言って、起こさずにここを離れることも出来ない。なぜかって?片腕を抱き枕にされてるからな!そりゃもう、がっちりと抱きつかれてますよええ。これはもしかしなくても寂しかったりして……?それで抱きつき……っ て、流石にそれは思い込みが激しいか。

それにしても流石にこのままだと体操の時間に遅刻してしまう。よし、ここは心苦しいが起こそう。

 

「おーい、友希那さーん!朝ですよー!」

 

サラサラした銀髪をゆっくり撫でながら、声をかけてみる。しかし、返事がない。ただのしかばn……。

 

「早く起きないとラ○オ体操に間に合わなくなるぞ〜おき────」

「……おにい……ちゃ……ん……」

 

……。

 

…………。

 

………………っ?!?!

 

「あなたたち〜早く起きなさいよ〜……って、あらあら仲いいわねぇ〜」

「か、母さん こ、これはだねぇ……」

「たっぷり堪能したら起きてくるのよ〜」

「ま、待ってくれー!」

 

────バタンッ!!助けを求めようとしたのだが、母さんはすぐさま部屋のドアを閉めて、行ってしまった。何やら上機嫌で出ていった気がするが……。

その後、友希那が起きたのはすぐの事だった。さっきのは寝言だったため、羞恥に悶えているのは俺だけというなんと まぁ、ある一種の拷問を受けたのだった。

あ……体操間に合わなかった。

 

 

 

 

朝食を終え荷物を持ち家を出ると、家の前でリサが待っていた。

 

「あっ、きたきた!おーい2人とも〜」

「おはよリサ」

「お、おはよう……リサ」

 

何となく目を合わせにくい……。多分あっちはそんなこと思ってないんだろうけど……そう思ってリサを横目で見ると、少し頬を赤らめていた。

 

「お、おはよ……友希那、それと秋也さん……」

 

リサの服装は、花柄のワンピースで清楚さを引き立たせていた。通気性の良いようで、随分と露出部分が多いから目のやり場に困る。

 

「……」

「……」

 

や、やばい。つい無言になってしまった。こういう時って服装とか褒めなきゃダメだよな……男なら。

「リ、リサ!」

「な、何?」

「その……その服、似合ってるな」

「……あ、ありがとう……あはは、照れるなぁ〜。ほ、ほら!早く行かなきゃ混んじゃうよ」

 

そう言うとリサは、早々に先に行ってしまった。俺と友希那もそれに続いて歩く。

 

「ねぇ、兄さん」

「ん、どした」

「手」

「手 あぁなるほどね。ほら」

 

友希那が手を繋ごうと差し出してきたので、俺もそれに応える。妹の頼み事は何であれ聞くのが俺のポリシーだからな。

 

「リサ」

「んー?どうしたの友希那」

「手」

「へっ……? 手?」

 

俺にやったことを友希那は、リサにもやっていた。しかし普通は手、とだけ言われてわかるわけが無い。どういう意味かわからない様子のリサは、俺と友希那を交互に見やり意味がわかったようだ。

 

「もしかして手、繋ごって事?」

「リサが嫌ならいいけども……」

「嫌じゃないけどさ、むふふ〜友希那ー今日はやけに甘え坊だねぇ〜」

「べ、別に……ただはぐれたりしないようにと思っただけで……」

「ほほーん、こんな人気のない住宅街でね〜ま、いっか」

 

友希那よ……その理屈はここでは全く意味を成さないぞ。それにしてもこれはどういう状況だ……。真ん中に友希那がいて、その両端に俺とリサ。これじゃまるで家族みたいじゃないか。っ……てことは俺達の子供が友希那ってか?悪くない────、

 

「兄さん、今なにか変なこと考えてなかった?」

す、鋭い……。

「い、いえ 何も考えてなどおりません!」

「そうやって変にかしこまって否定する時、兄さんは大抵嘘をついてる」

「……っ」

 

こ、この子……おそろしい子……。

 

「あははっ、秋也さんバレバレだねぇ〜」

「おかしい……いつの間にそんな癖が付いてたのか……」

「私は兄さんの妹だから」

「これじゃ秋也さん、友希那に一生嘘つけないね。精々頑張りたまえ〜」

「くっ……リサめぇ、後で覚えておれよ……」

 

俺達は、懐かしい雰囲気の中、仲良く手を繋ぎ並んで歩いていた。今日一日、とても疲れる日になる。そんな気がしながらも……。

 



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水着な幼馴染と俺

 

 

 

バスに揺られて数十分、その目的地は近くの市民プールだ。ここは、俺と友希那が小さい頃からある規模の大きいプールで、何度か遊びに来たことがある。しかし、友希那はあまり好き好んで行きたがらないので、俺が一緒に行こうと言わない限 り来ようとしない。

今日は、そんな妹と一緒に遊びに行けるんだ、めいいっぱい楽しもうと思う。

 

「うわ〜人いっぱいだね」

「そりゃ、夏休みだからな。家族連れで来る人も多いんだろう」

「暑い……早く着替えに行きましょ」

 

暑さでご機嫌斜め友希那に賛同し、人の群れをかき分けて更衣室に向かう。入口はもちろん男と女で分かれていて、俺達は二手に分かれる。しかしまぁ、なんと言いますか、

 

「……」

 

むさくるしい。現代日本で今に始まったことじゃないが、男だけの室内ってほんとむさくるしいの何のって……。高校野球部の部室しかり、銭湯の男湯しかり、逆に女だけの室内だと魅力的に見える。これが男女差別か……(※使い方が違います) グダグダと言っていても仕方が無いので、隣のロッカーのおっちゃんに気を使いながら早々に着替えて、外に出る。

 

「あのおっちゃん……なかなかいいもの持ってたな……」

「なにぶつくさ言ってんの〜?」

「おーリサ、早かったな……」

 

声をかけられ後ろを振り向けば見返り美人……この場合俺が見返り美人って事になるのか、ってそんな事はどうでも良くて、振り返ればそこには、白い素肌をチラつかせ赤いホルターネックの水着に身を包んだリサが立っていた。

水着の影響でスタイルの良さが全面に押し出されていて、目のやり場にとても困る。

 

「どうしたの秋也さん。急に黙り込んじゃって、もしかして……へん……だったかな?」

 

俺はあらぬ誤解をされぬよう、必死に首を横に振るそりゃもう、飛んでいくんじゃないかってくらい。

変、だなんて感想が無に等しいほど、とても似合っていて、綺麗だ。リサが着ている水着は、確か着る人を選ぶというまるで聖剣みたいな代物で、かなり体型が抜群にいい人じゃないと見映えが悪く……と言っては失礼がありそうだが、それほどの物なのだ。

 

「凄い似合ってるぞ 綺麗でその……いつも以上に可愛い……ぞ」

「えっ……あ、ありがとう……」

「……」

「…………」

 

ああああああ……ありきたりな言葉しか出てこない。頼む……ド○えもん……なんたらこんにゃくをくれ……上手く喋れるようになるんだろ……。

一方、とんでもなく甘々な空間を醸し出すこの2人とは裏腹に、その周辺では、

『くっそ 爆発しろ 』

『羨ま……けしからん』

『あのリア充は絶版だ』

『あの子みたいな小学生現れないかな……』

『あっ!このプール深いッ!ズボボボボボ『今、係員が参ります 落ち着いてください 』助けてッ 流され……ズボボボボボ』

 

一部カオスな空気となっていた。

 

その後、友希那の登場により、俺の目は愛しの妹へ行き、黒色のパレオを纏った友希那に完全ノックアウトさせられ、勢いで流れるプールに飛び込み注意されてしまう事となった。

 

 

 

「それで2人とも、どこから回る〜?」

「友希那はどうする〜?」

「私は……どこでもいいわ」

 

ここはやはり空いてるところから行くべきか……それとも先に混んでるところから攻めるべきか……優柔不断な私を許してくれ。

 

「なんにも宛がないなら、アタシやってみたいのあるんだけど」

「よし!それにしよう」

「え、でも……」

 

俺達は、早速リサのやりたいという────絶叫ウォータースライダーにやって来た。そこは異様に人が少なく、カップルは愚か家族連れもいない。いるのは屈強な肉体を持つマッチョメーンと、チャラチャラした男しかいなかった。

 

「な、なぁ……なんでこんなに人少ないんだ!」

「多分ここの噂が原因かな〜」

「噂?」

「ここを滑りきった人は、その後意識を失う……とか。身体に不調が起こるとか」

「は?」

 

俺の聞き間違えかな……後者は別にいい(いいのか )それよりも、意識を失うって聞こえたんだけど、そんなのがあったなんて俺知らないぞ。昔はなかったはず……。

 

 

「友希那 こんなのあったっけ?」

「何度か来てたけど知らなかったわ」

「なんか最近作られた〜とはネットで書いてたけど、2人は知らなかったんだ」

「あぁ〜、なんか一時期工事してたっけ。確かここ前までは、子供用の遊びスペースだったはず」

 

いつだったか、ここで遊んでいた子供が次々と怪我した〜とかそんな物騒な話があった。まさか取り壊されてまた危ない物が出来るとか……無限ループって怖ぇな。

 

「で?まさかリサはやりたい……とか 」

「うーん、挑戦!」

「無謀な……わかった。俺も腹を括ろう」

「それじゃ楽しんできて兄さん、リサ」

 

どうやら妹は一緒に来てくれないらしい。薄情者 め……猫カフェに連れてってやらんぞ!

気づけば俺は、リサに手を引かれ死の階段を1段、また1段と登っていき順番待ちのマッチョメーンの後ろに2人で並んだ。

 

「お、兄ちゃん。このスライダーに挑戦するのか?」

「え、えぇ……まぁ」

「もし、そこのお嬢ちゃんに"カッコいいとこ見せよ"なんて思ってるなら辞めといた方がいいぜ」

 

何故、と口にする前にマッチョメーンは、今スライダーに挑戦するチャラ男に目線を向けた。多分"見てろよ"という意味だろう。

 

「ダーリンちょーカッコいい!」

「へっ、何が危険だ。こんなの余裕だぜ、オレはこの滑りをお前に捧げるぜ……」

 

────何言ってんだこいつ。

 

これは決して口には出さず心の中に留めておこう。ここのスライダーは、他のスライダーとは打って変わって、全方位透明なのだ。つまりはどこを向いても外が丸見え、良く言えば空中を滑られる。悪く言えば支えのないジェットコースター。そ して道中に設定された凹凸、段差になってる部分から勢い余ってジャンプすれば、体を打ち付け痛いじゃすまない……かもしれない。

そう思えるほど、水による加速が尋常じゃないのだ。このスライダーは。

 

「それではどうぞ〜」

「行くぜ!」

「きゃーカッコいいダーリン♪」

 

係員の方の合図でチャラ男は、馬鹿みたいに勢いをつけて滑っていった。最初の方は「へ、へっ!ら、楽勝だぜ!」と余裕な感じだったのが、少しすれば、

『ギャアアアア〜タスケテッッッッ!!ママァァァァァ!!イタイヨォォォォォ』

「…………」

「…………」

「ウワッ、だっさ」

 

聞こえるのはチャラ男の悲鳴混じりの絶叫と、その彼女?の失望の声と、愛情が崩壊する音だった。

 

「な?言ったろ、このスライダーは生半可な気持ちで挑んでいいもんじゃないんだ」

 

先ほどのチャラ男の犠牲によって、少しばかり呆気に取られていた俺に声をかけるマッチョメーン。この言い草からしてきっと、ここの常連だと確信した。

 

「あの、ならあなたは何故ここに……」

「ふっ……理由なんか忘れちまったな。強いて言うなら────もっと上を目指すためだ」

 

カッコいい……。それが第1に俺が感じた思いだった。しかし、ここが市民プールじゃなかったらもっとカッコよかったけど......。

 

 

「そんじゃ、俺は先に行くぜ。じゃあな」

 

「マッチョメーンッッッ!」

 

そう言い残し、マッチョメーンは、昏らき底に向かって行った。

俺はただ、その後ろ姿を呆気に取られたまま見ていた。



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怖がる幼馴染と俺

 

「次の方どうぞ〜」

「は、はい……」

「秋也さん……」

「な、なんだ?」

「もし、嫌なら辞めてもいいよ 元々アタシのわがままなんだし」

 

 ここで辞めれば俺は助かる……。

 でもその後リサはどうなる? 女の子1人を危険な目に合わせる……、

 

「冗談じゃない」

「秋也さん」

 

 そうだ、俺は男だ。男が女を守らないでどうする。そんなの男失格だ。ち○こ切り落としちまえ。世の中には"逃げるは恥だが役に立つこともあるなんて言葉があるけど、今この状況で逃げは恥しか生まないじゃないか。逃げだけはゴメンだ。

 

 

「リサを1人になんてしねぇよ。今も、これからもだ。一生一緒にいてやる。逃げろと言われても付いて行く、どんなに危険なとこでも付いて行く、そして守るッ! 絶対にだ」

「えっ……! 今のって……こくは……く」

「行くぞッ!」

 

 俺はリサの体をまるで、割れ物を扱うかのように抱きとめ、スライダーの入口に滑る姿勢で座る。前が見えないのも怖いと思い、リサを股の間に座らせしっかりと両手で後ろから抱きしめる。

 

 

「あ、秋也さん……あったかい……」

「しっかり抱きしめられてろよ!」

「行ってらっしゃいませ〜」

 

 係員さんの合図で俺は滑り出す。もちろん前例があるので勢いは付けず、ほんの少し前に進む感じで水圧に乗る。

 

 

「大丈夫かリサ?」

「だいじょぶ。すっごい安心するよ。それに楽しい 」

「そりゃ良かった」

 

 ゆっくり進み始めたため、まだ話せる余裕がある。ここはまだチャラ男が楽勝と調子に乗っていたところだ。 そ次第に速度が上がっていく……、そして一つ目の段差に差し掛かった瞬間────、

 

 

「きゃっ!」

「うわっ!」

「────っ!?」

 

 段差で急降下し、俺達はまるで空中に放り出されたかのような感覚に見舞われた。その後すぐにやって来る水飛沫、そして 俺の手のひらに来る柔らかい感触 かんしょ……く────ふぁっ!? 

 

 

「ひゃっ! あきやさんっ……そこ、だめぇ……んっ」

「────!?!?」

 

 ああああああああああああっ! やばいやばいどうしよどうしよこれっ! どうしろというんだ! 別に触ったままでもいいのだろ? じゃねええええええアウトだわ! 犯罪! 犯罪! ふふふみんな「どーせさっきので胸に手が行ったんだろ 」 とか思ってんだろ! ところがどっこい、俺が触ってしまってるのはお尻でした〜ざんね〜ん〜じゃねええええええ! 変態! 変態行為だよこれ! 

 

 説明しよう (謎のナレーション風)今、俺はリサのお尻を鷲掴みにしている。これは何故か、そう、段差を降りる瞬間、 あまりの急降下で浮いてる時にリサの姿勢が、俺に抱きつく体位になってしまったのじゃな これは俺が抱きつく腕を離してしまったからであ〜る。以上! 

 

 

 なんとか姿勢を立て直そう……と思ったところで、この速度の上がった状態では下手に動くわけにはいかない。慎重に打開策を考えようものなら、スライダーはくねくねと曲がり、俺の手のひらもくねくね……いや、もみもみと動き、リサに刺激を与えてしまう。

 

「あ……きやさぁん……」

「すまんっ……! 手離せなくて……」

「怖い……」

「────リ、サ……」

 

 滅多に弱音を吐かないリサが"怖い"とこぼした。確かに今、リサは後ろを向いていて、前が見えない状態。そんな中急に段差で体が宙を浮いたりでもすれば怖いに決まってる。

 

 そう言えばここのスライダーの注意事項に『後ろ向きでの滑りは危険なのでやめてください』と書いてた気がする。こういう事か。

 

 彼女のこんな姿を見たのは小さい頃以来だったかな……そんな事を考えていると、リサの両腕が俺の首の後ろに巻かれ、胸と胸がピッタリとくっつく姿勢になってしまった。これにより俺も安心してお尻から動かせなかった手を動かし、リサの背 中に当てる。 早く終わってほしい……という思いと、もう少し今のリサを見ていたいという矛盾した気持ちを持ちながら、俺は滑り続ける。

 

 

 ◇

 

 

 ────心臓の音がうるさい。

 

 リサを抱きしめてるからか? もしかしたら、やっぱり俺も……。

 

 腕の中に収まり、怖がる幼馴染。その温もりがとても心地よくてずっと感じていたい。そう思わせる。

 

 あ、そういえば……こういう危険な時に恋に発展したりするのってなんて言うんだっけ……吊り橋効果……だったっけ? もしかしたら効果あるかなぁ〜なんて思うあたり意外と余裕あるのかな、俺。

 さっきよりも水圧が強まった気がする。それにたくさんの人の声もそれなりに聞こえてきたかも……もうすぐ出口か……。

 

「リサ……あのな! 俺、お前の事す────」

 

 

 ────好きなのかもしれない。

 

 

 言葉に出来たかどうか、それすら分からぬまま俺は、出口にある水面に勢いよく飛び込んだ。リサを抱きしめたまま。

 

『おい、少年大丈夫か!』

『兄さんっ! リサっ!』

『兄ちゃんの方は……意識が飛んじまってるな。そっちのお嬢ちゃんは浅いようだが……一旦運ぶか』

 

 誰か男の人の声が聞こえたと思えば、すぐにムッキムキな腕に担がれ体は宙に浮いていた。あれ……俺まだ滑ってんのか? リサ……心配するなよ、守ってやるからなぁ……。

 

 そこで俺は完全に意識を手放した。



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じれったい幼馴染と俺

 

 

 

「ねぇ、おままごとしよっか!」

「おーう、いいよ。なにすればいい?」

 

 これって……昔のアタシ達だよね? 懐かしいなぁ、よくアタシと友希那と秋也さんの3人で遊んでたっけ。

 

 

「うーん、じゃあじゃあ! アタシがおかあさん、秋也さんがおとうさん 友希那がアタシ達の子ども 」

「友希那が……おれの子ども…………ただいまあああ友希那ぁ〜おとうさんでちゅよおおおお!」

「秋也さんはやいよぉ! あと、友希那をあまやかすのはおかあさんのしごとですっ! ゆきなぁ〜」

「……こんなおや、いや……」

 

 結局、その後おままごとが成立する事は無くて、2人で友希那を愛でただけになっちゃったんだっけ……。アタシも秋也さんも友希那大好きだからな〜。

 

 

 

「あ、あき……やさん」

「だいじょうぶだ。かみなりはおそってきたりしないから」

「にいさん……」

「ほら、友希那もこっちおいで」

 

 これは……そうだ。アタシが友希那の家に泊まった時の事だ。あの日の夜は天候が酷く荒れてて、雷の落ちる音でアタシ達、目を覚ましちゃったんだ。怖がってたアタシを秋也さんが自分の布団に入れて安心させてくれたんだっけ……それでピカっと空が光って遅れてゴロゴロと雷の音が聞こえてきて、

 

 

「きゃっ!」

「だいじょうぶか!? リサ」

「こ、こわいよぉ……」

「だいじょぶだいじょぶ、おれがついてるからな! ゆきなも……ゆ、ゆきな?」

「あ────(バタッ)」

「ゆきなああああああ!!」

 

 ────思えばアタシ……無意識に意識してもらおうとしてたのかな。ずっと秋也さんに甘える可愛い友希那を見てるのが楽しい……って思って秋也さんに協力してもらってたけど、無意識って怖いな〜……って、昔のアタシすっごい恥ずかし い。

 

 

 ◇

 

 

「う、うん……あれ、ここは」

「あ、起きた! 秋也さん」

「リサ? えっと……確か俺たちスライダー滑ってて……」

 

 まだ起きたばっかで状況が飲み込めてみたいだね。実際アタシもさっきまで何が何だかサッパリだったし。

 

 

「おう、やっと起きたか兄ちゃん! いや〜お前さんなかなか度胸あるじゃねぇか」

「あ、あの時のマッチョメーン!」

 

 マ、マッチョメーン……って、確かに凄い筋肉あるけど、胸に七つの傷付けても違和感なさそうだし、世紀末伝説の始まりっぽい。

 

 ……なに考えてんだろアタシ。

 

「兄さん大丈夫なの?」

「友希那にも心配かけたみたいだな。俺はへいき、へっちゃらだ」

「べ、別に……そんなに心配してないわよ」

 

 友希那ったら秋也さんに頭撫でられて照れてる、可愛いな〜。え、嫉妬しないのかって? うーん流石のアタシでも兄妹のいちゃいちゃに嫉妬はしないよ〜ただ、そのちょっといいな〜とか、アタシにもやってくれるのかなぁ〜とか思ったりするか な。あはは……。

 

「兄さん、それよりもちゃんとお礼言ったの?」

「お礼?」

「あぁ、意識失った秋也さんを運んでくれた人がマッチョさんなんだよ」

「そうだったのか……それはそれは、ありがとうございました」

 

 ベンチの上に横たわっていた体を起こし、秋也さんはマッチョさん(本名が分からない)に一礼する。

 

「ふっ、礼なんか要らねぇよ。世の中にはまだ、兄ちゃんみたいな度胸ある奴がいるって分かったからなぁ。それだけでもう礼になってるよ」

「マッチョメーン……」

「そんじゃオレは行くぜ。達者でな」

 

 それだけ言い残し、マッチョさんはどこかへ行ってしまった。全くもって不思議な人だったな。

 

「……さて、一悶着あったがそろそろお腹も空いてきたよな……どこかで食べようか?」

 

 ────チャンス! 

 

「あ、秋也さん! 実は……その、お弁当作ってきてるから……もちろん3人分」

「おお! マジか! ありがとうなリサ」

「ありがとう、リサ」

「う、うんっ! さ、まずはレジャーシート持って場所取りしよっか」

 

 知○袋で教えてもらったとおりにやれば……大丈夫だよね? まずは胃袋から……胃袋から。

 

 

 ◇

 

 

 さて、意識を取り戻し数十分後……俺たち3人はリサが作ってきてくれた弁当を食べるため、プール内に用意された広場に向かった。ここには芝生が敷かれていて、俺たちと同じくレジャーシートを敷いてくつろいでいる人もいる。 そこでリサの弁当を堪能し、今は……。

 

「さて、次はどこ行こうかね」

「……あれ何やってるんだろ?」

 

 リサが指さした方を見ると、男が何やら高台に立って何かを叫んでいた。

 

「行ってみるか」

「おー」

 

 高台のあるステージに向かうと、男の声がよく聞こえるようになった。近くの看板にイベントの詳細が書いてあり、どうやら"大人の主張"という内容らしい。普段、言いたい事が言えない大人のために用意されたとか、何故プールでやるのかは触れないでおこう。

 

 

「俺にはー! 好きな人がいる──!」

『だーれぇー!』

「そこにいる君だああああああ! 僕と付き合ってくださ──い!」

「ごめんなさーい!!」

「Oh nooo!!」

 

 ────なんじゃこりゃ……。しかも振られたし、主張する事は何でもいいんだな。それにしては凄い空気が重い……。あの人なんて事してくれたんだ。

 

「さ、さぁ 気を取り直して次行きましょうか! 誰か我こそはという人!」

 

 スタッフさんが何とか気を利かせてくれるが、流石にさっきの見てやってやろう! なんて気持ちになるやつはいないだろう。さっさと違う所に行くか……、

 

 

「おっ そこの君!」

「さてリサ、友希那どこ行こっかな〜」

「秋也さん……」

「兄さん……あれ」

 

 知らない知らない。俺はなんにも見てない。何やらこっちを指さしている女性スタッフなんて見えない。

 

「そこの君だよ! きみに決めた!」

「ぴっぴかち────ってやらねぇよ!」

「やっぱり聞こえてるんじゃん!」

「しまった……」

 

 くっ……ツッコミを誘ったのか、このスタッフ……できるッ! しかしまずいぞ、さっきの空気を見た後にあんなのやるとか拷問だ。

 

 

「ねっ? お願い! ちょっと叫ぶだけだからさ」

「なんすかその風俗店の呼び込みでよくある決まり文句みたいなのは……てかさっきのあれが"ちょっと"ですか」

「あ、あれは稀にある事故だよ!」

「ふーん」

「ホントだってば」

 

 一歩も引かない体制がお互い続いていた。その間、ステージに登っているスタッフさんは、次々と挑戦者を高台に立たせている。

 

 

「お願いだってば〜」

「絶対にしない」

「ほら……おねがぁい」

 

 このお姉さん、遂に色気使ってきやがった。腕が思いっきし柔らかいのに挟まれてんだよ……。うーん、デカすぎる。ふはは! 残念だったな、俺はデカすぎるのには興味ないんだよ

 

 

「……むぅ」

「……なんか可愛い殺気が……と、とにかく! 俺はやらないです」

「これでも?」

 

 そう言いスタッフさんが見せてきたのは、先程見た看板のイベントの詳細だった。それがどうした……と思ったが、スタッ フさんが指を指すところに目がいった。

 

「"受けが良かった主張をした人は、賞金与えます"だと……これマジ?」

「マジマジ、あそこに立っていった人はみんな、主張前にこれを見てるよ。それじゃ改めて、参加……」

「します」

「よしっ! じゃあ今の人の次だね〜」

 

 ────欲には勝てませんでした。だって参加無料だしね! 某クレヨンな5歳児のお母さんだって無料に弱いって言ってたし、無料って言葉は魔力を秘めてると思う。

 

 

「という訳で、参加することになった」

「馬鹿ね」

「────グサッ」

「…………」

「リ、リサ……さん 」

 

 友希那だけでなくリサにも何か言われるのか、そう思っていたのだが、何やら不機嫌なリサ姉さんが出来上がっていた。

 

 

「大きい方が好きなのかな……」

「リ、リサさん? どうしたんだ?」

「あっ、ううん! なんでもない。それより秋也さんも誰かに告白するの?」

「こ、告白……」

 

 告白ですぐに頭に浮かんだのは、リサに告白する自分の姿だった。しかし、果たしてこんな場所でしていいのだろうか……。

 

 デリカシーの無い人だと嫌われてしまわないか、そう考えてしまう。

 

「リ、リサは……その、こういう所で告白されたら……嬉しく思うか?」

「ア、アタシ!? う、うーん……どうかな。実際に体験してみないと分かんないや。あはは……」

 

 

 あまり言い意見は貰えなかった。今だけはチキンと言われても構わない。真剣に考えた末の俺の主張は……、

 

 

「俺にはー!! ずっと大好きな奴がいるー!!」

『だぁーれぇー?』

「────だ、誰だろ……」

 

「俺はー!! 妹が! 大好きだああああああああああああ!! 愛してるぅぅぅぅん!!」

 

 

 友希那にそっぽ向かれました。



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告白する幼馴染と俺

 

 見事シスコンの称号を勝ち取り、ついでに賞金まで頂いた俺。その後は、機嫌を損ねた妹をなだめたり、女子2人のキャッキャウフフをデュフフフと眺めたり、何かと楽しむことができた。

 

 そして遊び疲れた俺たちは、流れるプールでぷかぷか〜してた。

 

 

「結構遊んだな。一生分遊んだ気がするわ」

「それは言い過ぎだよ〜」

「いや、もう力が出ない……友希那さーん新しい顔ください」

「何言ってるの」

 

 ふえぇ……なんか友希那が冷たいよぉ〜プールの水より冷たいよぉ……。まぁ、その理由はわかってたりする。流石にあの主張は辞めておくべきだったな。でも、辞めたらきっと「リサ、お前が大好きだあああああああ」とか叫んでたんだよなー。 どっちに転がったって終わってたな、はぁ……。

 

 

「あ、ごめん。2人とも、ちょっとお花摘みに行ってくるね」

「便所か」

「せっかく綺麗に収めようとしたのにー」

「すまん。これでもKYなんだ」

「そこ堂々と言うとこじゃないと思うけどな〜じゃあ行ってくるね」

 

 リサもプールから出て、今俺と友希那だけになった。友希那はイルカさんに乗ったままくつろいでいる。俺が支えてないと落ちるっていうのに、警戒心の欠片も持ち合わせてない。

 

「ねぇ、兄さん」

「……な、なんだ」

 

 驚いた。てっきりぐっすりしてると思ってたんだが、狸寝入りって奴……いや、寝たフリはしてないから違うか。友希那は、イルカさんにしがみつく姿勢から、背筋を伸ばす。俺も支えながら友希那の視界に入るよう横に並ぶ。

 

 

「兄さんは、いつリサに想いを伝えるのかしら」

「────ッ!? そ、それはその……もっといい雰囲気になった時に」

「そういうのをチキンって言うのでしょ?」

 

 誰だ。友希那にチキンって言葉教えたやつ、お兄さんはな、友希那にはいつまでもピュアでいて欲しいんだよ。いや待てよ、妹に「このチキン、だから兄貴はいつまでたっても童貞なんだよ」とか罵倒されるのもまた……おっと、新しいシスコン の扉を開くとこだった。

 

「兄さんにいい雰囲気なんて似合わない。いつもみたいに勢いに任せてなんでもかんでも言えばいいのよ。さっきだって叫ぼうとしてたでしょ」

「おっしゃる通りです……」

「それなのに……わ、私の事が好きとか……愛してる……とか」

「ホントの事だし」

「……っ」

 

 おや、若干声と体が震えてますよ。一応補足しておくと、この子は歌う時に"愛"とか"好き"ってワードを散々言えるのに、それ以外で言うとこんな風に照れちゃうのだ。うん、可愛い。

 

 

「とにかく勢いに任せてでも伝えて、今の2人に挟まれる私の身にもなってほしいわよ」

「ご、ごめんなさい」

「ほんとチキンね。兄さんは」

「…………」

「……な、何してるの?」

 

 戻ってきたリサが見たのは、イルカさんの上に君臨する女帝と、その下の水面で水死体の如く顔を沈める俺の姿だったとか。

 

 

「リサ戻ってきてたの。兄さんは放っておいていいわ。ところで兄さん」

「は、はい! 女王様」

「じょ、女王……? 喉が乾いたから何か飲み物買ってきて欲しいの」

「了解しましたあ! リサ、このイルカさん代わりに支えておいてくれ 」

 

 俺は颯爽とプールから上がり、分け目も振らずに自販機まで走った。友希那が気を使って考える時間をくれたと知りながら。

 

 

 ◇

 

 

 秋也さんが行ってからしばらく経っただろうか、未だに帰ってきてない。少し心配だな……。

 

「秋也さん遅いな」

「今の時間ならきっと自販機混んでるわよ」

「もしかして友希那知ってて秋也さんに行かせたとか?」

「ええそうよ」

 

 アタシは改めて、湊家兄妹の上下関係を知ってしまった。やっぱり秋也さん、友希那の尻に敷かれてるんだな。

 

「ねぇ、リサ 」

「ん〜 どうしたの」

「リサは兄さんに想いを伝えないの?」

「────ッ ゆ、ゆきなぁ!?」

「……2人とも同じ反応するのね」

 

 もう〜何言い出すのさこの子はぁ! 確かに今日のお出かけで、ちょっとの進展、あわよくば告白しようとか思ってたよ。 でもいざとなると、どうしても勇気が出なくなっちゃう。

 

「や、やっぱりその……雰囲気とか大事じゃん?」

「チキンね」

 

 誰さ! アタシのピュアピュアな友希那にチキンなんて教えたのは! もしかしてアタシが来た時、秋也さんがああなってたのって……もしかしてこれが原因? 

 

 

「雰囲気とか気にしないで伝えた方が、兄さんには丁度いい」

 

 丁度いいって……。でも友希那の言う通りなのかな、雰囲気とか気にするなんてアタシらしくないって事だよね。潔く「好きだー!」って伝えた方が楽……かも。あの時、叫んでた人みたいに。

 

 

「2人に挟まれる私の身にもなってほしいわよ」 「あはは……ごめんね。アタシこんな見た目だけど、恋……とかそういうの初めてだから……さ、どうすればいいのか分かんなくて」

「そう、リサ。兄さんをお願い」

 

 その時、初めて兄を取ることを許された気がした。なんだか、今日の友希那お姉さんみたいかも。これじゃあ秋也さんが弟で友希那が姉だ。

 

「そろそろ兄さんが戻ってくる頃かしら私は離れた所にいるから」

「う、うん。何から何までありがとう友希那」

「こ、これぐらい普通よ……」

 

 いつも手助けしてるつもりが、今回ばっかりは友希那におんぶに抱っこだな〜。もし、友希那が同じ事で悩んでたら次はアタシが手助けしてあげよう。でも、そうなったら秋也さんが「妹は渡さァん 」って怒鳴ってそうだな〜。

 

「うぃーす、どもー秋也でーす 飲み物買ってきたぞ〜」 秋也さんが帰ってきた。アタシも覚悟決めよう。悔いだけは残さないように.

 

 

 ◇

 

 

「…………」

 

 沈黙。2人の間には一言も言葉が交わされていない。心做しか、プールの流れも痺れを切らしたかのように早くなっている。

 つい数分前まで場を繋いでくれた友希那も、二人の時間を作ろうと秋也に買いに行かせた飲み物を持って、レジャーシートを敷いた所に戻っている。

 

 ────まず何を話せばいいんだ。やっぱもう本題に入るべきか……。

 

 秋也も既に痺れを切らす寸前だった。

 

 ────な、なんで秋也さんなんにも喋らないんだろ……も、もしかしてアタシと2人っきりは嫌、だったかな……。

 

 一方、リサは告白の事よりも今の秋也の状態に困惑していた。

 

 

「────今日は楽しかったな」

 

 最初に口を開いたのは秋也だった。

 

「そ、そうだね。うん、凄い楽しかった」

 

 続いてリサが答える。しかし、いくら話題を考えても同じことの繰り返しになると、2人は思っていた。そんな2人が、ふと思いついたことは同じだった。

 

(────もう一層の事告白しよう! きっと何とかなるさ!)

 

 

「俺はリサが好きだ! 付き合ってください!」

「アタシは秋也さんが好き! だから付き合ってください!」

 

「え……?」

「ん……?」

 

「こちらこそお願いします!」

「こちらこそよろしくお願いします!」

 

「えっ……?」

「んっ……?」

 

 

 見事なハモリを見せた2人を眺めていた友希那はというと、

 

「あ、あの2人、何やってるの……?」

 

 ────雰囲気なんて気にする必要無い。

 

 そう助言した本人が一番困惑する事になったとさ。

 

 

 ◇

 

 

 外もすっかり夕日に染まっている。俺たちは、とことん遊び、夏を満喫した。遊び疲れたせいか、バスの揺れが心地よく眠ってしまいそうになる。

 

 

「いや〜楽しかったな」

「そうだね〜ふふっ、友希那も楽しんでくれたかな〜?」

「楽しかっただろうさ」

 

 俺、友希那、リサの順番に座っている。その間の友希那はすっかり眠ってしまっていた。今俺の肩に頭を乗せてぐっすりだ。

 

 

「また3人で来たいな」

 

 友希那の膝元で俺とリサは手を握り合う。恋人繋ぎ……ってやつだな。

 

「そうだな、でも次は……」

「うん」

 

「2人で来よう」

「2人で来たいね」

 

 俺とリサは考える事が一緒らしい。それはあの世界一キュンとしない告白で分かった。でも俺らにはドラマのような感動したりキュンとする告白は似合わないらしい。まさに友希那の言った通りだった。

 

 

「あーあ、アタシも恋愛小説みたいな告白されてみたかったな〜」

「そればっかりは無理」

「だよねぇ〜でもいいよ。秋也さんと付き合えればそれで!」

 

 満面の笑みでそう言われると罪悪感がとんでもなく襲ってくる。でも、そう思ってくれていることに幸福感もやってくる。

 

「プロポーズする時はもっと頑張るからな!」

「おっ、言ったねぇ〜ちゃんと言質取ったからね。期待してるよ♪」

「ま、任せとけ……」

 

 新しく愛する人が増えた。愛しの妹そして、これから先ずっと愛していこうと決めた幼馴染。俺はこの2人の為ならなんでもする。

 

 こいつらが夢見るものの為ならなんでも……。



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FUTURE WORLD FES編
可愛い妹と俺


 

 

 ────ラ○オ体操第二〜! 

 新しい朝が来た。唐突だが、俺には妹がいる。とても兄思いのいい子で、俺と一緒に朝起きてラジ○体操にまで付き合ってくれるとてもいい妹だ。 この時間はとても至福の時間だ。それはいつも目にできない妹の運動する姿が拝めるからだ。俺が最後に見た運動する姿は、小学校低学年の運動会以来だ。

 あの時、かけっこで2位を勝ち取った! と、無邪気に喜んで俺の元に飛び込んできた妹が懐かしい。今ではすっかりツンデレ、いやクーデレが付着してしまったが、それでも可愛い。

 体操でぴょんぴょん跳ねるやつがある。あれは最高の時間だ。マリ○で言うところのハイパー無敵時間だ。うちの妹は跳ねるだけで可愛い。サラサラの銀髪は少し寝癖でぴょんと跳ねている。

 小動物のようにぴょんぴょん跳ねる妹を見て喜ぶ奴は、俺以外にもいる。今も俺たち2人の後ろに位置し、顔を綻ばせて眺めているであろう幼馴染み……兼、彼女だ。

 

 案の定、俺が後ろを振り向くと「はぁ〜ん友希那可愛いなー! なんか頑張って跳ねててめちゃくちゃ可愛いよぉ〜 」とでも言っているかのような表情をしていた。

 

 リサとの関係だが、付き合い始めたとはいえ、何かが変わったかと言うとそこまで変化は無かった。

 ……まぁ、二人の時は……うん。色々とね。

 

 友希那を観察しているだけで体操はすぐに終わる。既に夏休みの子供たちがスタンプを貰いに向かっている。俺たち大人は動くだけ動いて帰る。人はこれをヤり逃げという。

 

「兄さん、帰りましょ」

「りょーかい」

 もちろん俺たちも帰って朝ごはんにするが、その前に俺はリサの元に行く。ある物のために。

 

「────リサ、今日もバッチリか?」

「バッチリだよ〜。でも後ろ姿だけだけどね」

「十分だ。横からの姿は俺が脳内保存してるから 」

「流石、兄の特権はすごいな〜。後で送っておくね"体操する友希那の後ろ姿"」

「おう! 頼んだ」

 

 これは言わば賄賂だ。俺が手に入れられない友希那の姿をリサに貰い。俺はその対価としてリサが手に入らない友希那の姿を渡す。まさにwin│winな友好関係を築いている。これこそが、俺たち"友希那ファンクラブ(仮)"の活動内容である。

 

「ところで……」

「ん?」

「……友希那だけじゃなくて、アタシのもあるんだけどなー?」

「な……」

 

 チラッとだけ見えたリサの画像フォルダ。そこには鏡の前で撮ったであろうリサの自撮りがあった。

 

 ────下着だよな。

 

 

「ふっふーん♪ それじゃアタシは戻るね〜。秋也さん、友希那ばいばーい」

「ねぇ、兄さん」

「ん どした」

「何話してたの?」

「……た、ただの自慢話だよ」

「……」

 

 リサの一件はともかくとしてだ────友希那本人に決して知られてはいけない。これはファンクラブ規則第1条に載っている。ちなみに会員は俺とリサのみ。友希那の良さ、偉い人にはそれが分からんのですよ。

 

 こうして俺たちの朝は始まる。

 

 

 ◇

 

 

 体操から戻ってきた俺たちは、朝食を取っていた。運動の後の飯は別格だ。そんな食事の中でも会話は忘れない。

 

 

「今日は何しよっかな〜」

「確か練習は無かったはず。やることが無い……」

「友希那にとって夏休みは窮屈だろうな」

 

 ミナトユキナ、歌姫ポ○モン、普段は同じバンド仲間と練習をしているが、長期休みになると、予定が合わなくなるため暇をするようになる。無類の猫好き。 さながら某ポケ○ン図鑑のように説明したが、先日、見事に夏フェスで成功を収めた我らRoselia。反響も良く、知名度もかなり上がりまくり、今やサングラス掛けた人が司会の音楽番組にも出られるレベルだと思う。 そろそろどこからか出演オファーが来てもいい頃だろう。そのために練習! と言いたいところだが、今日はメンバー各自予定があるため、練習しようにも個人練習にしかならない。

 

 

「あこは"おねーちゃんとショッピング〜♪"だし、燐子は……あやつ絶対アプリゲームのイベントに力入れてるだろうし」

 

 確か「夏イベ……復刻じゃない、第二弾が来るんです……配布の子が欲しくて……」とか言ってたっけな。俺の地獄絵図のガチャ結果見せてやろうかな。いや、やめとこ。大人げなかった。

 

 

「それで、リサはバイトで、紗夜に関しては日菜ちゃんに拉致されたみたいだし」

 

 決してヤンデレ的な拉致じゃないし、犯罪でもない。あれ以来仲も良くなったようで今日は妹に連れられ動物園に行かれたご様子だ。紗夜のイメージに合わねぇ〜とか思ってたら背筋が凍った。何故だろう。

 

 

「見事にみんな予定入ってるんだな。かと言って友希那に個人練習がいるかと言うと、無いんだよな……」

「喉のケアと体調管理にだけ気を使っていれば問題ないわ」

「だよな〜」

 

 ならばほかの事をすればいいだろう。と思うかもしれないが、友希那はこう見えて音楽バカ。音楽にステータス全振りしている音楽脳筋だ。他の趣味をしようにもそれが無い。 友希那は"音楽に全てを賭けちゃった先生"なのだ。そのため、こうしてやる事が見つからない。

 

 

「ちなみに夏休みの宿題は……」

「全部終わってる」

「知ってた。うーん本気でやる事ないぞ」

 

 しかし、そのままにするのは兄として腐っている。そんな時、漫画みたいに俺の頭の斜め上辺りに電球が現れ、光が灯った。

 

 

「なら、いつものあそこ行くか!」

「……っ! 準備してくるわ」

「ゆっくりでいいぞ〜」

 

 きっとRoseliaの友希那しか知らない奴は分からないだろう。友希那ファンの方々は必見! プレゼントには猫物を渡せばいい。さすれば我が妹はデレる。させないけどな。

 "いつものあそこ"だけで分かる友希那も流石だと思う。さっきプレゼントには猫物がいいと言ったな 俺はかなりの 頻度でプレゼントを渡しているのさ あるカフェへ連れていくというプレゼントをな。これだけで俺は最強の友希那ファンという称号を貰える自信がある。兄補正があるけどな。

 

 

「あ、友希那〜? 今日のにゃんこは……」

「実物を見るからいい」

「さいですか」

 

 今日はどんな服を着てくるのかな、なんて心踊りながら食器洗剤をスポンジで泡立て、キュッキュッ!と鳴るまで擦る。 食器洗浄機が欲しいです。

 

「兄さん、相談なんだけど……」

「お、なんだ? なんかあった……か」

 

 着替え終わって、そのまま降りてきたのだと俺は錯覚していた。振り向いた先にあったのは、驚愕の光景、現世にピカソが蘇ったのかと思ってしまうほどの作品、いや────芸術だった。

 黒い大人の下着付けちゃって……妹も大人の階段登ってるんだな。レースの下着付けてとか言ったら……無理だな。嫌われること間違いなし、でも見たいんだなこれが。しかし何故、何も着ないで降りてきたのだろうか、遂に裸体族か? 

 

「着るのが無い」

「ごめん、お兄さん洗濯したままだったよ」

 

 この後、最先端の乾燥機で乾かしました。



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猫と妹と俺

 少々の一波乱があったが、すぐさま対処し俺と友希那は予定通りに外出する事ができた。

 

 そして今、いつもの行きつけである猫カフェに来ていた。カフェならばたくさん店舗があるが、猫カフェとなると、ここら辺ではここだけなのだ。それ故に友希那の行きつけとなっている。

 

 店内に入るとまずコーヒーの渋い香りが嗅覚を刺激する。猫カフェと言ってもすぐに猫のお出迎えは無く、普通の席と猫がくつろいでいる広場の席で仕切りが貼ってある。まず入店した客は、注文を行い先に支払いを済ます仕組みだ。そして注文の品を受け取り、どちらの席に座るかを決める。 今日はまだ夏休み中ということもあり、客はなかなかに入っていた。俺たちも注文をすぐに済ませ、俺はアイスティーを友希那は猫の顔が描かれたカフェモカを注文した。

 

 品を受け取った友希那は、いち早く猫達の元へ向かう。俺も遅れながら友希那に付いていく。 仕切りの先に出ると、先ほどの普通スペースとは打って変わって、堅苦しさを微塵も感じない空間だった。周りにはぬいぐるみや、猫が好むような遊具、そして定番の猫じゃらしまである。辺りを見渡し、変わってないことを確認した俺の足元にす ぐさま1匹の猫が寄り添ってくる。

 

 

「久しぶりだな〜元気してたか? お前」

「ニャーン♪」

「そかそか、そんなに会いたかったのか〜! ほ〜らよしよし」

 

 その場にしゃがみ、猫の頭を撫で、次に首元をくすぐる。この寄り添う猫は、俺が初めてここに入った時に最初に目が合った猫で、それから来る度に足元にくっついて来る可愛いヤツだ。

 椅子に座って撫で続けてやるためにもさっさと進みたいのだが、目の前を進む友希那が一向に動こうとしなかった。

 

 

「おーい、友希那? どした」

「ニャ?」

「な、何でもないわ」

 

 嘘だ。あからさまに声が震えている。これはいつもの事で、必ず友希那はこのように様子がおかしくなる。いや、"猫に見とれてる"と言ったほうが正しいだろう。

 テレビなどで目に止まっても平常心でいるのだが(実際はどうかは分からない)実物を目の当たりにすると、例え野良猫でも頬を緩ませて見とれている。

 

 

「さ。は、早く座りましょ」

「お、おおう一旦落ち着け?」

「…………大丈夫よ」

 

 今の間は一体。多分自分では平常心を取り戻したように思っているのだろうが、おぼつかない足取りで見てるこっちがハラハラする。安心させようとこちらを振り向くが、トパーズのような瞳は、ゆらゆらと揺れていて余計不安が大きくなった。

 

 そして席に座るまでに俺の体力は大量に吸われていた。たった数センチの距離だが、その数センチで友希那がカフェモカを落としかけたり「にゃーんちゃん〜」と友希那の思考が停止したり、俺は数メートルほど歩いた気分だった。席に座るのにこんなにもスタミナがいるのかと、久しぶりの感覚を取り戻した。あんまり取り戻したくなかった気もするが。

 しかし、座ってしまえばもうこちらのもの、後は時の流れるまま、猫と戯れているだけでいいのだ。

 

 

「ふぅ……疲れた」

「ンニャーオ!」

 

 まるで"お疲れ様"と語りかけるように鳴くこやつ。長い付き合いのため、俺が何もせずとも膝元に乗ってくる。 労いの言葉のお返しと頭から胴体にかけてブラッシングの要領で撫でてやると、仰向けになって膝でくつろぎ始めた。

 

 

「ほほう、俺に腹を見せるとはどうなっても知らんぞ〜わしわしレベルMAX!」

「ゴロゴロ♪」

「ここか〜? ここが良いのか〜?」

 

 両手を最大限使い、腹を撫で回してやる。テーブルの上に置いたアイスティーの水滴が4滴落ちるくらいには続けていた。

 

 動物と触れ合う時間はとても落ち着ける。人間相手では行動1回1回に気をつけなければならなく、さらに疲労が増してしまう。しかしこうやってくつろぐ動物相手なら何も気にせず撫でているだけでも癒しとなる。

 

 ふと、動物園に行ってる姉妹の事が頭をよぎった。確か紗夜は犬が好きだったはず。紗夜、友希那の2人で犬猫戦争が起きなきゃいいがな。

 さて、一旦膝元の猫から意識を離し、もう"1人"の横に座る猫の様子を見てみようか。

 

 

「……あなた可愛いわね」

「ウニャ〜」

「ふふっ、にゃーん」

 

 なんだ、天国か。この天国を汚すものは排除する。例え猫であってもな。

 

 

「ニャ!?」

「ん、お前は大丈夫だからな。てか俺の心を読めるのか?」

「ニャ!」

 

 "当たり前じゃないか"と戦友の様な返事(鳴き声)を返すこやつ。只者じゃないとは思ってたが、まさか言葉が分かるとは思わなかった。

 

 

「肉球……ぷにぷに〜♪」

「見たまえ、お主……あれが天使だ」

「ニャオ……」

 

 俺を真似て合掌するこやつ。芸を仕込んだら相当凄いやつになるんじゃないか。言葉も通じて、人間(俺)と感性を共にし、 真似も得意。猫のやべーやつはこやつだったようだ。

 

 しばらくの間、友希那の目に止まった猫は肉球をぷにぷにされ、相手の猫も友希那の様な可愛い子に触られて満更でもない様子だった。そんな姿を写真に収めたり、猫のやべーやつを撫で回しながらアイスティーで喉を潤したりとかなり堪能して いた。

 

 

「そうだ。友希那、猫とツーショット撮ってやるよ」

「ほ、ほんと?」

「嘘を言ってどうする……。ほら並んで並んで」

「それじゃ、この子で」

 

 しかしその時、事件(癒し)が生まれた。

 友希那がツーショットの相手を選び、顔と水平の所まで持ち上げると、抱き上げられていた猫の手が上がり────、

 

 ────ペタッ。

 

「うっ……」

 

 ────友希那の頭に添えられていた。

 

 猫に頭を撫でられる友希那()の完成だった。俺は迷わず写真に収め、光の速さでバイト中のリサに送る。

 

 

「ニャ!」

「────安心しろ。急所は外れてる……ぐっ!」

 

 可愛さの塊を喰らい、吐血寸前まで来ていた。猫やつ(猫のやべーやつ略称)がハンカチを捧げてるように見えるが、これは幻覚か。三途の川ギリギリで正気に戻り、再び携帯を友希那に向ける。

 

 

「……見た?」

「可愛かったぞ!」

「わ、忘れて」

 

 余程さっきの事が恥ずかしかったのだろうか、珍しく顔赤くして必死な友希那だった。あれは芸人とかが笑いを取るために犬にやられるヤツと同じだと思う。友希那にしてみれば恥ずかしかったんだろう。

 

 

「どーしようかな」

「…………」

 

 少しからかってやるとジト目で無言の抗議を受けた。もちろん可愛かったのでパシャり。

 

「分かった分かった、忘れるよ。だからそんな膨れないの」

「膨れてなんていないわよ……」

「なら改めて撮るぞ〜はいにゃーん」

「にゃ、にゃー……ん」

「ニャ!」

 

 

 ◇

 

 

「休憩入りま〜す」

 

 朝からシフトを入れ、レジ打ちすること数時間。ようやくアタシにも休み時間が来て、今はランチタイム〜♪ 

 

「あれ、秋也さんからだ」

 

 たくさんのメッセージ通知が秋也さんから来てる。多分友希那の可愛い写真だろうと確信しながら秋也さんとのトーク画面を開く。 そこには、猫カフェで撮ったと思われる写真がたくさん載せられていた。友希那が猫と目が合って目をトロンとさせている姿や、肉球ぷにぷにできてご満足な所、他にも猫とのツーショットがある。

 

 

「うわぁ〜この友希那すっごい可愛いじゃ〜ん♪ この頭に手乗せられてる友希那とかやばい〜!」

 

 その写真全てがなんと高画質。今時の携帯は機能とか進歩してるけど、こういう動物との一瞬の瞬間ってなかなか綺麗に 取れるもんじゃないよね。それを完璧な角度で綺麗に移せるって、秋也さん流石だな〜。

 

 

『とっても可愛い友希那をご馳走様でした♪ これからのバイトも張り切っちゃうよ〜 』

 

 慣れたメッセージ打ちを終わらせ、すぐに送信する。するとすぐに返事が返ってきた。きっと今も写真撮ってたのかな

 

『それは何より! バイト頑張れ』

 

 手短なメッセージだったけど、それほど真剣なんだなって思った。こんなに楽しそうにしてる友希那、滅多に見れないからね。

 義妹相手とはいえ、ちょっと妬いちゃうな……。

 

 

『今度2人で来ようか』

 

 まるでアタシの気持ちを読んだかのようなタイミングで、秋也さんから追加のメッセージが来た。

 

「なんで分かっちゃうのさぁ……もうっ」

 

 不意だったからパニクって変なメッセージ送っちゃった。

 

 今すぐ会いたい気持ちと、兄妹水入らずで過ごさせたいっていう気持ちが混ざりに混ざった結果、

 

 

「"今すぐ楽しんで会い"……って、なんじゃこりゃ……」

「あれ……リサさんから何やらラブコメの波動が……むむむ、なにかあったんですか?」

「あはは……えーと、ないしょ?」

 

 ────送信取り消し機能をください(切実)

 

 

 ◇

 

 

「あぁ〜楽しかった!」

「ええ」

 

 結局、頼んだ飲み物が無くなった後もずっと友希那は猫と戯れ、俺はその姿を撮る。そんなことを続けていたらもう外は夕焼け色に染まっていた。

 

 猫カフェを出た俺たちは、商店街を通っていた。今はもう外ではしゃぐ子供たちも家に帰ったのだろう騒ぎ声はしない。 その代わり奥さん方の声がたくさん聞こえてくる。近くのスーパーでセールでもやっていたのだろうか、その両手に大きな袋をぶら下げて歩いていた。

 

 

「うーん、やはりあの猫賢い奴だな」

「兄さんがずっと膝元に置いてた子かしら?」

「そうそう、あいつ俺の言葉分かったり心読んだり、普通のとは違ったな」

 

 友希那の言う通り、俺はずっと猫やつを時には抱き、時には撫で、多分あいつしか触ってなかった気がする。

 

 

「ほんとにそんな猫なの?」

「そこまで信用性ないか……まぁ、自分がおかしい事言ってるのは分かってる。でもなあいつ「わぁーすごーい!」って鳴いたんだぞ」

「嘘ね」

 

 くっ、お兄さんの信頼度が徐々に減っていってる気がするよ。

 

 たわいの無い話を友希那と交わし合い歩いていると、よくお客さんが多く来る牛肉屋とパン屋が集合した商店街の一角に差し掛かった。ここは四方八方から食欲をそそる香りを漂わせるため、通称────食罠(フードトラップ)と呼ばれる場所だった。俺もよくここを通るためいつも、今も、今夜家はどんな料理だろう。と無意識のうちに考えてしまう。

 

 そんな事を考えていると、店に貼ってある紙に目が移った。そこには近々行われるという夏祭りの開催日時か書かれていて、俺は颯爽と思いついたことを口にした。

 

 

「そうだ。友希那、一緒に祭り行かないか?」

「この祭りの事?」

「そうそう あ、でもまぁ……友希那が人混み苦手なの知ってるし、無理強いはしないけどさ」

 

 "無理強いはしない"とは言ったものの、実際はすごく行きたい。夏が終われば友希那とゆっくりできる機会がきっと無くなる。Roseliaはすぐに、友希那が目指す頂点への階段を登り始めると思う。そう近いうちに……。そうなれば俺はRoseliaを全力でサポートする。すると必然と兄妹水入らずな時間が取れなくなってしまう。

 だから今のうちに、 たくさんの友希那を見たい。それが俺の思いだった。

 

 

「……」

「やっぱり嫌……か? ごめんな変なこと聞いて。さ、早く帰るか」

「────ま、待ってっ!」

 

 珍しい友希那の大声での静止だった。俺は歩き出した足を止め、友希那の方に振り返る。

 

「……ゆ、浴衣……新しいの買わなくちゃ行けないから……付き合って」

「────っ! ああ、もちろん。そうだ、みんなで行こうか Roseliaのみんなでさ」

「ええ、楽しそうね」

 

 まだまだ俺たち兄妹の夏は終わりそうにないようだ。

 

 

 ◇

 

 

「────というわけでRoselia総出で夏祭りに行くことになった」

 

 晩飯も食べ終え、自室にこもった俺はすぐさまリサと通話を始めた。

 

 

『おーいいね♪ みんなでお祭りかぁー絶対楽しいよ!』

「賛成みたいで良かったよ。日にちとか大丈夫か?」

『うんうん! バッチリ空いてるよ……というか』

「なんだ?」

『実はアタシも祭りあること聞いてて、もしかしたら秋也さんと行けるかなーなんて思って事前に空けてたんだ……あっはは』

 

 俺はスマホを片手にベッドの上で悶えた。

 

 

「あ、ありがと……?」

『ど、どういたしまして……?』

「くっ」

『ぷっ』

 

『あははははは〜!』

 

 お互いのやり取りがおかしくて、タイミング同じく笑ってしまった。

 

『そういえば写真見たよー! 可愛かった〜』

「そうだろそうだろ? 今日の友希那は本っ当に可愛かったなー」

『ふふっ、確かに。あのツーショットなんて特にヤバかった!』

「それ! 我ながらベストショットだったよ。他にもな────」

『────もーう、友希那ばっかりーアタシじゃなかったら別れ話だよ?』

 

 しまった。どうにも幼馴染の仲だった時の感覚が抜けない……。

 

「すまん!」

『ああいいのいいの! 秋也さんはそのままでいいよ!』

「そ、そうか?」

『うん! アタシはそういう秋也さんが好きだから……ただ、ちょっとはアタシの事も構って欲しいなーなんて』

「それはもちろん!」

『ふふっ、言質取ったー! そんな秋也さんにご褒美あげるからね!』

 

 そう言い残し、リサとの通話は切れた。

 

 それから、少しして一枚の写真が送られてきた。それは朝に見たリサの画像フォルダに入っていた自撮り写真だった。

 

 

「……リサって紫とか似合うんだな」

 

 下着のみの格好で顔をほんのり赤く染めたリサがポーズをとって写っていた。

 

 

 ────ご褒美だ……。

 



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誘われるメンバーと俺

 

 

「……というわけで、Roselia総出で夏祭りに行くことになった。異議のある者ッ!」

「異議なーしっ!」

 

 友希那とお出掛けをした次の日、Roseliaの練習があり今は休憩中である。そこで、昨日友希那やリサと話した通りみんなで夏祭りに行こうという話をしているのだが、頑なに首を縦に振らない2人がいた。

 

 

「りんりんも行こうよ〜ぜーったい楽しいから!」

「あこちゃん……でも、人が多い……」

 

 燐子は言わずもがな、人が多い所に苦手意識を持っているため夏祭りに自分は行きたくないとの事だ。

 

「紗夜も行こうって〜」

「私は行きません」

「ええ〜屋台の食べ物だってたくさんあるのに」

「あ、ああいうのはあまり好まないので」

「……ポテトだってあるのにな〜」

「んぐっ……と、とにかく! 私は行きません」

 

 一方、Roseliaの要塞こと紗夜もまた、絶対に意思を曲げてくれない。

 

「このままじゃ埒が明かないな」

「二人抜きで行く……なんて事はしたくないからな〜」

「やっぱりダメかな、みんなで夏祭り行くのは」

「ええぇ!!あこ、みんなで行きたいな……」

 

 どうしたものか、Roseliaの親睦を深めるため……なんて理由は通じないだろうな、現にみんな仲いいし。 この2人が動いてくれるには"やむを得なく行かなきゃいけない"そんな理由がないとダメだ。でも夏祭りにやむを得なく行かなきゃいけない、そんな理由なんて存在するのだろうか────、

 

 

 テレレレッテレー♪ (某RPGレベルup音)

 

 

「この流れ……どこかで……」

「あれ、秋也さんまだこの通知音なんですか?」

「ど、ドラ○エ」

「この通知音じゃないと心が躍らないんだよ」

「……もう何も言わないわ」

「さてさて、誰からかな〜……んーと、なになに……"Roselia出演オファーのお知らせ"だってさ」

 

 まったく、最近の迷惑メールは進化したな。人気バンドグループの名前まで使って送ってくるのか、てっきり「私のこと忘れちゃった?」とか「これ、私のLI◯EのIDです♡ 追加してね☆」とか、まず知らないし、どなた? だし、生憎友だちは妹と親とメンバーしかいらねぇし(友だちがいない訳じゃないぞ )だから心底迷惑メールにはうんざりだ。

 

 

「ほんと凝ってるよな〜「夏祭りのステージで演奏してほしい」だってさ! よくもまぁこんな的確に今欲しいオファーの メールを送れるもんだ」

「に、兄さん……」

「秋也さん それってもしかして本当の事なのでは……」

「くそ! こんな迷惑メール削除してやる!」

 

 俺がこんなにも迷惑メールに殺意を持つ理由、それは以前俺が妹の事を考えに考えていた時の事だ。

 

 急にメール通知が来て、中身を見ると「お兄ちゃん 私のエッチなとこ見て……ここから見れるよ」という文章の下にURLを貼った物が来た。

 そのメールのせいでそれから妹をエッチな目で見てしまったのだ。その時俺は俺に失望した。 妹は絶対にエロい目で見ないと、心に深く刻みつけたというのに見てしまった。

 

 その元凶となったあの迷惑メールを俺は絶対許さねぇ! というわけで迷惑メールは全て削除だァ……。

 

 

「ちょ、誰かあのトラウマ状態の秋也さんを止めて! 絶対そのメール迷惑メールじゃないから!」

「フハハハハ、さぁ! ゴミ箱の力で迷惑メールを絶版にしろぉ!」

「Roseliaの皆さん〜おめでとう! 夏祭りステージに出演するんだってね」

 

 その時、削除のボタンまであと少しだった俺の人差し指は止まった。借りているスタジオのオーナーさんこと、まりなさんだ。そしてそこで気づく、夏祭りステージ出演、演奏してほしい。

 ……つまりこのメールは本物ッ!? 

 

 

 ◇

 

 

「あぶねぇ、もうすぐで削除して闇に葬る所だったぜ……」

「兄さんはせっかちなのよ。もう少し周りを見て」

「まぁ、トラウマになったらどうしょうもないのは分かるけどねぇ〜」

「えーと、秋也さんのトラウマってどんなものなんですか?」

 

 俺たちの会話を聞いていて疑問に思ったあこは、俺のトラウマについて聞いてきた。流石に内容が内容のため、純粋で無邪気なあこに教えるわけにはいかないだろうと思い、近くにいた紗夜にアイコンタクトで"何とかしてくれ"と伝える。

 

 

「宇田川さんには早いわ……」

「あこちゃんは……そのままのあこちゃんでいて……!」

「ええ〜気になるな」

「まぁまぁ俺のトラウマについてはこの辺で……それで本題に入ろうか」

 

 こほん、と一拍置いて再びメールに目を通す。よく見ればきちんと下に町内会の会長さんの名前が入っていた。これは伏せておこう、また友希那に「だから兄さんは……」なんて言われてしまう。

 

 しかし、俺の携帯に来たメールの内容をまりなさんが知っているのだろうか? 

 

 

「あ、そうそう。会長さんが『秋也君にお知らせを送ったのに返事がなかなか帰ってこなかった』ってスタジオに連絡が来てたよ」

「あ……悪い事しちゃったな。もしかしてその時、お知らせの事聞いたんですか?」

「そう。もし秋也君が気づいてなかったら教えてくれ〜ってね」

 

 納得がいった。連絡は見ていたのにそれを迷惑メールだと勘違いして削除しようとしてた自分を殴りたい。いや、やっぱ痛いから嫌だ。

 返信遅れた申し訳なさもあって、これは参加せざる負えないな。

 

 

「さぁ、2人とも……これで逃げ場はなくなったぞ 」

「…………はぁ、仕方ありませんね。Roseliaでのステージとあっては行かないわけにはいきませんから」

「なーんて言ってるけど紗夜、結構楽しみにしてたり〜?」

「そ、そんなことありません! あくまで仕方なくです」

 

 これで要塞は堕ちた。祭りに行ったら紗夜にはネオアームストロングサイクロンジェットアームストロングポテトでも買ってあげよう。きっと喜んでくれるだろうな、形とかはともかくとしてね。

 

 

「それで、燐子はどうだ?」

「わ、私は……」

「りんりんも行こうよ! あこも秋也さんもみんなもついてるから大丈夫! ぜーったい楽しいから、ね?」

「もしそれでも無理だったら、ステージ始まるまで自宅待機でもするしさ」

 

 こういう言い方は少しずるい気もする。この提案に頷ける性格では無いことを知っての上で、俺は燐子に案を差し出した。 これはある一種の誘導尋問だと思う。

 

「い、いえ……私も、一緒に……お祭り行きます」

「やったー! りんりんありがとう!」

 

 多少の罪悪感もありながら俺は、きちんと礼を口にする。ほんの少しキザな台詞も混ぜてな。

 

「ありがとう。燐子はちゃんと守ってやるからな!」

「ひゃっ…………くすぐったい、です」

 

 つい癖で俺は、燐子の頭を撫でていた。サラサラの黒髪が非常に手触りがよく心地よかった。あの感触は友希那のにも引け劣らず……。

 

「兄さん、燐子の頭を堪能できて良かったわね」

「あーきやさーん?」

「……あ、あの……友希那さん? 全然祝福の感情が見られないのですが……あと、リサ様……もっとピュアピュアなスマイルを……」

「秋也さん、気をつけてね?」

「あ、はい」

 

 嫁と妹に尻に敷かれている兄夫です。

 

「さて、夏祭りで演奏する曲を決めましょ」

「まぁまぁ友希那、曲決めもいいけどさ、まずは浴衣買いに行かなきゃ!」

 

 浴衣で思い出した。そういえば友希那と約束してたっけか、これは俺も同行の流れですね。 てか、これってもしかして……Roselia全員で行く流れですかね? 女子5人に男1人ですか、胃もたれ起こしそう……。

 

 

「秋也さんはもちろん来るよね!」

「いや、俺は……」

「ね?」

「イエス! マム!」

 

 尻に敷かれる兄(ry



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嵐を呼ぶ幼馴染と俺

 

 

「先行ってて……って言われたが、いつまで待ってればいいんだ」

 

 現在時刻18時頃、神社のお祭りが始まる30分前だ。そんな中、俺はみんなを待つため神社に続く階段の前で一人佇んでいた。 結局、昨日の練習は早めに終わりRoselia総出で浴衣選びという名のショッピングをした。しかし、そこでどんな浴衣を買ったのか俺は見ていない。

 

 一緒に言ったんじゃないのかって? サプライズだってさ! 

 

 つまり友希那のを選ぼうと張り切っていた俺の気持ちは行き場をなくし、若干落ち込んでいる。だがリサが一緒にいたのだ、きっと友希那にピッタリの浴衣を選んでくれたはず。

 

 

「うーん」

 

 それにしても遅い。浴衣を着るのに時間がかかると家を追い出されたのが17時頃、そしてここに着いてからもう1時間は経っているのだが、階段を登っていくのは若いカップルや小さい子供たちだけ、一向にメンバーの姿が見えないのだ。

 まぁ、待ち合わせ時間をちゃんと決めなかった俺も悪いんだがな。一応町内会長さんがイベントが始まる前には顔合わせを済ましたいそうで、その時間までには集まろうとか曖昧な約束をしてしまったのが仇になってしまった。

 

 

「俺だけでも顔合わせに行ってこようかな、いやでも誰か来たら困るよな……うーん」

 

 1人で葛藤を広げていると、何やら遠くで人が殺到しているのが見えた。誰か有名人でも来てるのか と思い、俺も一目見ようと少し持ち場を離れ人の群れに接近すると、2人の女性が見えた。

 

「女性の芸能人…………だめだ、最近の流行りとかあんま分かんねぇな」

「────ちょ、はいはいすいません 通してくださーい!」

「ん? どこかで聞いた覚えがあるぞこの声」

 

 囲まれる芸能人(?)の1人が必死に呼びかけるが未だに人の群れは散乱することなく包囲していた。一方もう1人は身長が低いのかチラッと銀髪が見える程度でどうなっているのか分からなかった。

 

 ────うん? 銀髪で低身長……いや、まさかな。うちの妹と同じパーツをお持ちの芸能人がいるなんて、第一妹がこんなに囲まれるほど有名にはなってない────、

 

 

「あぁだめだー……って"友希那"大丈夫? 今にも倒れそうだけど」

「だ、大丈夫よ……熱気ならライブで慣れてるから。それよりもなんなのこの人だかりは……」

「うーん。アタシ達まだそこまで有名にはなってないと思うんだけどな……こんなハリウッド女優みたいな扱い初めてだよ」

 

 …………あ、オトモダチだ。

 

「おーい! 2人ともー」

「この声……」

「兄さんね」

「あっー! ダーリン、おまたせっ!」

 

『ギロッ』

 

 ヒィッ!? なになに! なんか一斉に群れがこっち向いたんだけど! あのーみなさん目から伝わる感情がただ漏れなんだが……。

 いや、理由は分かるぞ。リサの奴が放った「ダーリン」って爆弾だろ。確かに俺は紛うことなきリサのダーリンですが!? 

 すると人の群れは各々、武器を取り出し戦闘態勢に入っていた。

 

 

「俺のこの手が真っ赤に燃えるッ!」

 

 よし、まずはそのメリケンサックをしまおうか。てかそんなの祭りに持ってくんじゃねぇよ 何に使うつもりだよ! それでりんご飴でもかち割る気か。

 

「少年……お前を切除する」

「お互い初対面ですよね……なんで俺ナイフを向けられてんのよ! それも何に使う気だよ……」

 

 ────そうそう、割り箸に刺さったチョコバナナって最後らへん食べずらいよね……あ、ナイフ使おう! みたいな考えで持ってきたんだよね? 決してそれで人を斬ろうなんて理由じゃないんだよね。

 

 

「これはメスだ」

「いや……メスは手術にしか使わないはずだ! あなたが持っているのはれっきとしたナイフ!」

「それ以上言うなー!」

 

 そんなに触れられたくないんだ……。てかそんなやり取りをしてる間にジリジリと距離が狭まっている。

 その頃、2人はと言うと、囲いが俺に向いている隙に脱出したらしい。これが狙いかリサめ! ダーリンを囮にするとは……。

 しかしまぁ、リサと友希那を救う事になったからいいか。よし、これで一件落着…………とは行かないようだ。

 

 

「俺は何も知らねぇ! 信じてくれよ!」

『覚悟ッ!』

 

 ────男がピンチに陥った時、体の奥底に眠る真の力が目覚め…………、

 

「────逃げるッ!」

『────待てーッ!』

 

 ないんですよね。俺は人の群れと反対の方向に全速力で逃げる。途中、両手を合わせ"ごめんね"と口を動かすリサと、心配そうに見つめる友希那が見え頬が緩んだ。が、すぐさま脇目もふらず走り続ける。

 俺の逃走劇の幕が切って落とされたのだった。

 

 

 ◇

 

 

「あちゃ……行っちゃった」

「リサがあんなこと言うからよ」

「いや、ほら……"ちっ、彼氏持ちかよ"みたいなセリフ吐いて去っていく〜みたいなのあるじゃんか!」

「別に私たちナンパされてた訳じゃないのよ……」

 

 えへへ、と苦笑するリサ。そんなリサを見て友希那はため息をこぼす。先程までの騒動で集まっていた人も既に捌けていて、元に戻ったという表現が合うだろう。

 

「しかし、まさかアタシ達の名があんなに広まってたなんてね〜」

 

 友希那とリサがここに来るまでの道のりでのことだ。浴衣に着替え2人が先に行かせた秋也の元に向かう時、数人の女子高生に声をかけられたのだ。

 

『あ、あの! もしかしてRoseliaの湊友希那さんと今井リサさんですか?』

『え、あの……』

『うんっ、そうだよ〜。もしかしてアタシ達の事知ってるの?』

『はいっ! あの私、この間の夏フェス行きました!』

 

 その子を筆頭に私も私も、とそこにいた女子高生はみなRoseliaが参加したフェスに行き見たとの事だ。

 

 

『私、リサさんのファンで最初姿が見えなかった時凄い落ち込んじゃいました。でもでも最後のアンコールでリサさんが出てきて私、ボロ泣きしちゃって……』

『あの時はごめんね。アタシったら体調崩しちゃって寝込んでたんだ。でも嬉しいな〜そんなに思ってくれるファンがいたなんて、ありがとう!』

『きょ、きょきょ恐縮です!』

 

 リサが笑顔で応えると、女子高生の子は慌てながら頭を下げるまでしていた。リサも慌てて頭を上げるように言ってもな かなか上げてくれないでいた所で、Roseliaがここにいると人から人へ伝わったのか次々とやって来た。その人たちもまたRoseliaのファンで、自分たちの住む近くにここまで好きだと言ってくれる人たちがいるのかと、2人は顔を見合わせ驚いていた。

 

 結果、人に囲まれた状態で秋也と合流する流れになったのだった。

 

 

「夏フェスの効果はあったってわけだねー」

「そうだね〜……しっかし、友希那はいつまで膨れてるのかなー?」

 

 秋也が逃げてからというものの、友希那は自分では装っていると思っているのだろうがあからさまに不機嫌だった。あからさまと言ってもずっと一緒にいるリサだからこそ気づくものだったりする。

 

「ふ、膨れてなんてないわよ……」

「へー、どうかな〜?」

「な……なによ」

「アタシはてっきり秋也さんに浴衣を褒めてもらえなくて不機嫌なのかと……」

「…………」

 

 完全に友希那が沈黙した。そして顔を背ける始末、リサは「わっかりやすいな〜」と微笑みこれ以上はもっと不機嫌になってしまうので変に問い詰めるのは止めた。

 

 

「そ、そういうリサはどうなのよ」

「えっ、アタシ? アタシは……まぁ、自業自得な所もあったし、仕方ないかなーって事で自撮りを……ね?」

「兄さん、それちゃんと見れてるのかしら……」

「あ……」

 

 今も逃げ続けているであろう秋也に、同情する2人だった。

 

 



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浴衣の幼馴染と妹と俺

 

 

 友希那たちを囲っていた男ファンを秋也が引き連れて行ってから数分後、祭りが始まる時刻となりたくさんの子供達やカップルで賑わい始めていた。

 Roseliaのメンバーはというと、友希那とリサを含め燐子とあこの4人が集まっていた。 しかし未だに紗夜だけは来ていない。

 

「紗夜さん遅いなー」

「うーん、来るとは言ってたんだけどな〜……もしかしてアタシ達みたいに囲まれてたりして」

「氷川さん……1人で大丈夫でしょうか」

「それは無いわね。紗夜なら私たちのように戸惑うこと無くしっかりと対応するはずよ」

「"お気持ちは嬉しいですが、今は急いでいるので失礼します"みたいな!」

 

 喋り方は何処と無く特徴を掴んでいるあこによる紗夜のモノマネは、リサのツボに入ったようで肩を震わせて笑っていた。

 

 

「────ちょ、あこ……も、もいっかいやって……」

「リサ」

「は、はい……すいません」

 

 止めが効かなくなりかけたリサを友希那は一声で静める。 その時のリサの姿は、まるで悪戯がバレて母に叱られる子供のようだった。

 

 

「はぁーしっかし、あこのモノマネは面白いな〜」

「むぅ……あこは本気なのに」

「前にもアタシのマネした時も面白かったな〜……って、あぁごめんってば、そんなに膨れないでよ〜」

「……そんな事もあったわね」

 

 それは以前、リサと秋也が練習に来られなかった時の話だ。いつもリサがいることによって成り立っていたRoseliaは、いざリサがいなくなってみると、雰囲気が悪く、そんな空気を変えようとあこがリサの代わりに盛り上げようと────リサになりきろうとした結果、友希那には伝わらず空振りで終わってしまったという事があった。

 その後、その時あこがリサのマネをしていたと友希那が聞いたところ「似てない」や「リサはそんなんじゃないわ」とボロボロに言われていた。

 

 

「あ、あの……氷川さんから連絡が、ありました」

 

 3人がやり取りしてる間に燐子は、紗夜にLI◯Eでメッセージを送っていた。返信には『妹と行くことになりましたので、皆さんは先にお祭りを回っていてください。もちろん直前の顔合わせには行きますので』と書かれていた。

 

 

「そっかー、ならアタシ達も祭りに乗り込まなくっちゃ 」

「あこ、チョコバナナ食べたい! りんりん行こっ!」

「あ……待って、あこちゃん……!」

 

 これと決めたら止まらないあこは、燐子の手を掴んで颯爽と人混みの中へ入っていった。

 

「ちょっと、まだ兄さんが……って、もういない……」

 

 走り去ってから未だに戻ってこない秋也を皆で待とうと考えていたが、2人とも行ってしまったため待とうかどうかを残った二人は考える。

 

「……兄さんならちゃんと戻ってくるわよね」

「うん、多分……? うぅ……秋也さんとのお祭りデートがぁ……!」

 

 リサは携帯を取り出し、"秋也に先に行ってます"とメッセージを送り、2人の後を追うように神社に続く階段を登っていった。

 

 

 ◇

 

 

「あの男どこに行きやがった……」

「まだ遠くには行ってないはずだ! 探し出してシバくぞ!」

 

『おおー!』

 

 ────くそっ、なんでこうなった。

 

 本当なら今頃、友希那と一緒に食べ歩いたり、リサとデートできたのに……。どうして俺は会場とは反対のこんな茂みに隠れているのだろうか。

 いや、元はと言えばリサがあんな爆弾投げなければ……いやこれはもういい。困ってた2人を助けるきっかけになったんだ。

 

 しかしまさか、ここまでRoseliaの人気が上がってたなんて、夏フェスの効果を侮ってた。これからは俺も身の振り方を考えるべきか……でもリサや友希那と離れろなんて言われても無理な相談だぞ、兄妹なんだし彼女だし。

 

 茂みの中で"うーん"と唸っていると、向こうの歩道から聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

「うーん楽しみだな〜お祭り!」

「ええ、そうね」

「あれ……今おねーちゃん笑った!」

「……私をなんだと思ってるのよ」

「鉄人?」

「ひーなっ!」

 

 ────この声は氷川姉妹か。 いつもとは紗夜の声のトーンが少し違ったので一瞬気づかなかったが、日菜ちゃんが"おねーちゃん"と呼ぶのは紗夜だけのためそこで分かった。

 

 2人に助けを求めようか……? いやでも逆に火に油を注いでしまうことになる。紗夜はともかく、日菜ちゃんだって今や名の知れたアイドルだ。下手をすれば先程よりもひどくなる可能性だってある。

 

 悩みに悩む俺は、何かないかとポケットを漁ってみる。すると、右ポケットからいつ買ったかも覚えていない100均のサングラスが出てきた。

 そして取り出すと同時に紙切れも出てきた。そこには、

 

 "困った時は使いたまえ"

 

 とだけ書かれていた。字から察するに男? だ。まさか逃げる時の人混みで誰かが!? 

 

 まぁ、いつ入れられたのかは定かではないが、目元を隠せるのはありがたい。

 2人に声をかけようか迷ったが、巻き込む可能性もあったので静かに当初の目的通り祭りの会場に戻ることにした。

 

 

「ねぇ、おねーちゃん。あれってあき君じゃない?」

「あのサングラスの……?」

「おーい! あき君〜!」

「ちょっと日菜! 人違いだったらどうするのよ……」

 

 おーい、と無邪気にサングラス装着の俺を呼ぶ日菜ちゃん。やめてくれ……そんなに注目を浴びさせられるとあいつらに感づかれる。

 てか、なんで俺だってバレてんだ? まだ会って数回ほどだったろ。

 

「こら日菜、反応がないってことはやっぱり違うのよ。それに秋也さんがこんな所にいるわけないでしょ」

 

 ────それがいるんですよ、紗夜ぉ! 

 

「うーん、それもそっか。ゆきちゃんと兄妹なんだから一緒にいるか」

 

 ────それが一緒じゃないんですよ! 日菜ちゃぁん! しかし俺じゃないと分かったのか、それ以上日菜ちゃんが呼ぶ事は無く、俺は駆け足ながら逃げてきた道を戻るように歩いた。

 

 

「……あき君も大変なんだな〜」

「日菜、何か言った?」

「ううん! なんでもない。それより、早くおねーちゃんにもネオアームストロングサイクロンジェットアームストロングポテト見せてあげたいな〜」

「あなたよくそんないい加減に付けたような名前覚えてるわね」

「でもでも、すっごい大きいんだよ! それ1本だけでLサイズの普通のポテト10個分くらいあるかも 」

「そ、そんなものが……」

 

 少し離れた所から聞こえる姉妹の話。紗夜がまた1段と、ポンコツの道を歩んでいるのだと確信した俺だった。

 

 

 ◇

 

 

「やっーと来た!!」

 

 無事サングラス効果で戻ったこれた俺だったが、早々にリサ達と合流することが出来た。

 

「悪い悪い、なかなか振り切るのに時間がかかってな……」

「アタシの方こそごめん! 秋也さん囮に使っちゃって……」

「いやいや、二人のためになったなら良かった」

「ほんっとにごめんなさい!」

「────あら、兄さんやっと来たの」

「おおー友希那!」

 

 さっきはドッタンバッタン大騒ぎだったため、浴衣姿をよく見れず感想を言うこともままならかった。だが、ようやくきちんと見ることが出来た。 多分友希那はどんな格好でも可愛く着こなしそうだが、今着ている黒の布地に青い薔薇の模様が描かれてる浴衣は、友希那 をより綺麗にしている。

 まるでRoseliaという名前を具現化したかのような浴衣だ。 しかし人の目もあるため熱弁するのは少々恥ずかしさがあるため、ここではありきたりな感想で我慢してもらおう。

 

 

「────ってことでよく似合ってるぞ!」

「何が"ということ"かは分からないけれど、浴衣のことだってことは分かるわ。ありがと……」

 

 白い素肌をほんのり真っ赤に染め俯く友希那だが、絞り出すような声で伝えようと続ける。

 

「……そ、それよりもっと先に伝える人がいるでしょ……」

「あ……」

「……え、アタシ?」

 

 まるで予想外って顔してるリサ。

 オレンジ色ベースで、赤や白に黄色といったカラフルな蝶のシルエットが描かれていて、それはまるで暖かい夕日の中でたくさんの色をしている人を包んでいるようだった。

 

 まさに今井リサだ。

 

 

「えと……よく似合ってる。ぶっちゃけ惚れ直した」

「うっ、うんうん……ありがと、ありがとう」

 

 どうやら満足してくれたみたいだ。

 

「それにしても他のみんなはどこいったんだ?」

「みんなそれぞれ先に行っちゃったわ」

「そっか〜でも待っててくれてありがとな二人とも」

 

 "先に行ってる"と書いていたのにも関わらず、入口付近からそこまで動かず佇んでいた。二人の姿を見つけた時は、思わず頬が緩んでしまった。

 

 

 

「よし……しょうがない、3人で回ろっか」

「ええ」

「あっ、ちょっと待って……」

 

 そう言うとリサは俺と友希那の間に割って入ると俺と友希那の手を繋がせて、元の位置に戻ると今度は俺の手を取り恋人繋ぎをしてきた。

 

 

「これで3人一緒!!」

「────だな!」

「そうね」

 



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成長する妹と俺

 それにしても人が多い。 町内の人だけでなく、少し離れた場所からも人が来ている。そのため1年で一番この周辺が賑わうのがこの夏祭りの特徴でもある。

 来客に合わせ屋台も多種多様で、定番のわたあめ、かき氷や焼き鳥などといったものから、世間ではあまり見ることがなくなった金魚すくいだったり、町内会の人達が遊び心満載で作ったと思われる歪な形をした食べ物。"味は保証しない"とい う注意書きがなんとも客の興味を引き立たせている。

 

 波に抗うように人混みをかき分け、俺たちは目的の娯楽類の屋台が並ぶ通りに着いた。 やはり人はそこまで集まってはいなかった。きっとまだ食べ物に足止めを食らっているのだろ。今は小さな子どもを連れた親子で賑わっていて、一喜一憂する子どもがなんとも微笑ましい。

 

 

「友希那にもあんな時があったよな……金魚すくいで1匹取れた〜なんて逐一報告してたっけな」

「あー懐かしいっ〜」

「昔の話よ……」

「照れちゃって〜可愛いなおい」

 

 などと茶化すと決まって友希那は、そっぽをむいて口を開いてくれなくなる。

 そんな友希那が可愛くてつい頭を撫で……ようと思ったけど両手が塞がっているためぐっと堪えた。

 

 

「ほ、ほら時間も限られてるのだから早く行きましょ……」

「おい……って、そんな引っ張らなくても俺は逃げないぞ」

「ちょ! 二人とも!?」

 

 引っ張られる中、友希那の横顔が見えた。それはとても綺麗な笑顔で、友希那は心の底から何かを楽しめるようになっていた。

 Roseliaが結成される前では決して見ることがなかった年相応の表情。今ではそれが少しずつ露になっている。

 友希那が音楽に力を入れる時間まで残り少ない。1秒でも長く妹の歌姫としてではない、湊 友希那という一人の女の子としての笑顔を見ていたいとさえ思ってしまった。

 

 

 ◇

 

 

「少し買いすぎたわね」

「どの口が少しと言うか……てかなんでここの祭りはどこを見ても必ず猫模様のなにかがあるんだよ 」

 

 祭りのエスコートをしていたはずが、今やただの荷物持ちに降格した俺。猫型のわたあめに、猫型のたこ焼き、猫型クッキー、etc……。

 この中に猫型ロボット入れてもバレないんじゃないかってくらい俺の腕の中は、猫で溢れていた。

 

「これ、全部食べる気か?」

「無理ね。兄さんとリサに手伝ってもらうわ」

「ま、だろうと思ったよ。……お、このたこ焼き美味っ! 耳の部分サックサクしてる」

 

 どうやって作ったかは不明のたこ焼きを一つ放り込んで味わう。

 隣ではリサが猫型クッキーと睨み合ってる。

 

 あ、食べた。

 

「おっ! この猫型クッキー美味しい……どんな材料使ってるんだろ」

「えーと、リサ先生? 意識が料理人のそれになってますけど」

「いやいや、秋也さんも食べてみてよ!」

 

 俺はリサからその猫型クッキーを口に放り込まれる。これが世に聞く噂の"あーん"なるものか……てか美味いな。

 

 

「どう? どう?」

「普通に美味い。けどやっぱ食べ慣れたリサのクッキーだよなぁー」

「そ、そう……かな? えへへ、嬉しいな……」

 

 お世辞とか抜きの本心だ。それで喜んでもらえたのなら彼氏冥利に尽きるというものだ。

 

 あっと、忘れてた。友希那にたこ焼き一つ上げよう。

 

「ほれ、あーん」

「じ、自分で食べるわ」

「いいからいいから、人の好意は素直に受け取るもんだぞ。はい」

「……っ、わかったわよ」

 

 猫型のたこ焼きを一つ箸で運ぶ。友希那の口の中に放り込まれたのを確認し箸を引いた瞬間、友希那は突然口を抑えながら悶え始めた。

 

「────っ! あちっ!? あ……あっふい」

「だ、だいじょぶか!」

「…………っ」

「まずは水!」

「はい! お水」

 

 リサからペットボトルを受け取り、友希那に渡すと、すべて飲み干す勢いで水を含み始めた。

 

 友希那が重度の猫舌だという事をすっかり忘れていた。逆に俺は猫舌ではないため、そこまで熱くはないと自分基準で計ってしまったのだ。

 

 

「……兄さん」

 

 落ち着いたのだろう友希那は、俺にギリギリ聞こえるくらいの声量で呼んだ。

 

「ちゃんと……ふぅー……ってして」

 

 辺りが騒がしく、一部分がうまく聞こえなかった。

 

「ん? ごめん「ちゃんと」の後もう一回言ってくれ」

「だ、だから……ちゃんと……」

「ちゃんと?」

「うっ……ちゃんと…………冷ましてから食べさせて」

「お、おう。すまんついうっかり……な。今度はしっかりと食べさせるよ」

 

 てっきり「大嫌い」とか言われるのを覚悟してたのだが、そこまで怒っていないのかもしれない。

 

「こーら、兄妹だけでイチャつくなぁー!」

「……ごめんなさいね。お姉さん」

「────っ、そ……そういうこと言うんだから友希那はぁ……!」

 

 この空間にお兄さんいらない子? 

 

「そういえば、前にもあったっけこういう事」

「そうだったかしら……」

「えっと確かあの時は友希那もアタシも小学生の時だったかな。アタシがアッツアツの肉まんをパクパク食べてたら、食べたそうに見てて少しあげたらそれすぐに口に入れちゃってさ」

「……思い出したわ。それ具がたくさんある熱いとこだったのよね」

「そうそう、そん時は水も持って無くて舌を火傷しちゃったんだよね。泣きじゃくる友希那を家まで連れていくの大変だったよ」

「え、俺知らない……」

「兄さんその時友達の家に遊びに行くって言ってたからいなかったわよ」

 

 湊友希那のことなら何でも知ってる……そう思っていたが、まさか知らないエピソードがあったなんて! これじゃあシーン収集率100%にならないじゃないか! 

 

 ……でも、俺が知らないところでも友希那は友希那なんだな。

 

 昔からそばにいた俺にはわかる。友希那は元はすごい甘えん坊で、今のように強いやつじゃなかった。でも友希那は俺に見えないところで一人頑張ってたんだろう、親父の歌を糧にして。 親父は小さな友希那の力を引き出した。なら俺は、今の友希那に何が出来るだろう。支えるだけなら俺より適任の四人がいる。

 この先、俺がもっと友希那にしてあげられることは何だろうか。俺はずっとその事を考え続けている。 その時、ポケットに閉まっていた携帯に通知が入った。

 

『そろそろお時間なのでRoseliaの皆さん集合お願いします!』

 

「残念ながら夏祭り周りは一旦おしまいだな」

「もう少し……と言いたいけどそうもいかないか」

「行きましょ」

「あ、おい! たこ焼きとか諸々どうするんだ?」

「……終わったら食べるわ」

 

 それつまり自然に冷ますってことですね。 冷ましてあげられなかったことに落胆するが、今はそんなことを考えている暇はない。今から大事なあいつらのステージがあるんだ、切り替えていこう。 兄として、妹に何をしてあげられるだろう。それがわかった時、初めて妹と夢見る頂点を目指せるのだと思う。

 もうすぐで"今の"俺はRoseliaに必要なくなる。そんな気を感じながら俺は二人の手を握り歩いた。

 



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父の敵と俺

「すいません! 少し遅れました」

「大丈夫ですよ。皆さんも少し遅れるようですから」

 

 集合場所のテントに急いできた俺達。しかしやはり人混みの影響か、連絡が来てから動いても動けるわけもなく、皆それぞれ足止めを食らっているらしい。

 一番乗りの紗夜がそう教えてくれた。

 ちなみに一緒に来たリサには燐子とあこを連れてきてもらうように捜しに行ってもらっている。

 

 

「ところで紗夜、その手に持ってるのは……」

「これですか? よく分からないポテトで日菜と半分にしたのにまだこれだけ大きくて……少々困っていたところです」

 

 そのポテトを見た瞬間、俺は瞬時に息子を隠すように前かがみになった。多分これは本能的なやつだと思う。

 

「兄さんどうしたの?」

「い、いや……なんでもないぞ ちょっと歩き回りすぎたかな……あはは」

「ごめんなさい。私が連れ回したせいで」

「お前が気に病むことないだろ。連れ回したのは俺の方だ。これは自業自得ってやつだから心配すんな」

 

 友希那に変な気を使わせちまったな。

 しかしあの紗夜が持ってるポテト、どう見たって……息子の中間部分じゃね あれの先っぽ絶対モザイクかかるヤツだよ。そこを加えてた紗夜…………うっ。

 

「やっぱり兄さん体調悪いんじゃ……」

「だ、大丈夫だ! うん 」

 

 言えねぇ……変な妄想して息子がレベルアップしてるなんて……もう未知数だよ。Xだよ。

 

 

「ちょっと外の空気吸ってくるな」

「わかったわ。行ってらっしゃい」

「おう」

 

 しかし今日はとんでもない日になったな。祭り会場で待ってるはずが、Roseliaファンの男達に追いかけ回されたり。くたくたになって入口に戻ってみれば友希那とリサが待っててくれたり。妹としての友希那の表情もたくさん見れたし。リサとも一応デートはできたし、俺としては満足極まりない一日でもあったわけだ。

 

 

「星が綺麗ですね」

「それを言うなら月が綺麗だろ」

「知っています。そのままの意味ですよ」

「はは、こりゃ失敬……うん、確かに綺麗だ」

「どこを見て言ってるんですか……」

「もちろん紗夜を見て……」

「今井さんに言いつけますよ」

 

 俺はとっさに口を両手で抑える。

 リサに言いつけるってのは、俺にとってどんな脅しよりも怖いからな。 そんな俺を見て紗夜はフッと笑みを浮かべる。

 

「……よし、俺の役目は終わったな」

「えっ……」

「本番前にメンバー全員を笑顔にする。それが俺のモットーだ。てか今決めた」

「今のは偶然でしたけどね」

「うっ……今度はちゃんと考えて笑わせてやるさ!」

「ふふっ、期待しています」

 

 昔の紗夜だったら"期待している"なんて使わなかったんだろうな。"そんな無駄な"とか"時間が勿体ない"って言われてたよな絶対。 たくさんの出来事を通して紗夜は成長していた。技術も心も上手く強くなっている。これもRoseliaという場所があったおかげなのだろう。

 

「先に中へ戻ってますね」

 

 その点、俺はどうだろうか。なにか変われたんだろうか。何が出来るのだろうか。考えれば考えるほどわけがわからなくなってくる。

 

「だぁー こういうのやっぱ性にあわないな」

 

 俺はこれまで通り友希那とリサのそばにいてやる、それでいいじゃないか。

 

「……うだうだ考えるのもうやめた 」

 

 

 ◇

 

 

「遅れてごめんなさい!」

「……ご、ごめんなさい!」

「よし、全員揃ったな。リサ、二人を探してきてくれてありがとな」

「ちょっと時間かかっちゃったけどね〜」

 

 あこ、燐子を引き連れてリサが戻ってきた。多少の遅れがあったが、難なく始められそうだ。

 

「会長さん遅れて申し訳ない」

「いやいや、問題ないよ! 多少の遅れはこの混み具合で分かっていたからね」

 

 寛大な人で良かった。でもこれからは、どんな事があれ遅れないようにしなきゃな。時間厳守は大切だ。

 

「さっそく演奏に入ってもらいたいんだが、大丈夫そうかな 」

「私は行けます」

「同じく」

「遅れた分挽回します!」

「アタシも!」

「……大丈夫です」

「よーし、お前ら……円陣組むぞ 」

 

 いつも恒例の円陣だ。夏フェス以来初だが、みんなすぐに丸くなってくれた。

 

「今日はちゃんとしたライブじゃない。でもいつでも本気、完璧な演奏を披露する。それがRoseliaのモットーだ」

「そんなのいつ決まったのよ……」

「今だ!」

「……さっきも聞いた気がするわ」

 

 友希那はジト目向けてくるし、紗夜は頭抱え始めるし、俺がいったい何したっていうんだ。みんなの気合いを高めてやって るというのに……。

 

「いいですね! なんかカッコいい」

「アタシも気に入った!」

「え……えぇ」

「とにかくだ、いつも通りのお前達で行ってこい そして観客をRoseliaの虜にしてこい」

「……言われなくても」

「もちろんです」

 

 よし、みんなのエンジンが入ったな。友希那と紗夜の目の変わりようを見れば一目瞭然だった。ほかの3人も同じようだ。

 

 

「Roselia!」

 

『fighting〜!』

 

 掛け声とともに5人はステージに飛び出していった。俺もステージ近くに行って見守ろう、そう思った時だった。

 

 

「彼女達がRoseliaか」

 

 

 突然後ろから声が聞こえ俺は振り返る。そこには、シワ一つないスーツを来た高身長の男が立っていた。

 

「そうですが、あなたは?」

「おっと、これは失礼。私、神童(しんどう)明宏(あきひろ)と申します。どうぞ、名刺です」

「ど、どうも……」

 

 渡された名刺、そこには目を疑うことが書かれていた。

 

「"FUTURE WORLD FES"実行委員……!」

「その様子だとFWFについては、やはりご存知でしたか」

「その……なんでそんな人がこんな所に」

「今話題のバンドグループ"Roselia"。一体どんな演奏、そしてメンバーなのか見たくなりましてね」

 

 そう思っていたところに、この夏祭りへRoseliaが出演するという情報が流れ来たらしい。 親父の歌を認めなかったFWF。その実行委員。八つ当たりとわかっていても殴ってしまいそうになる手を必死に抑える。

 もしかしたら友希那が、Roseliaが、あのステージに立てる切符を手に入れられるかもしれないんだ。そのチャンスを俺なんかが潰していいわけがない。

 

 

「で、どうですか? Roseliaは」

「うん、大体はよくわかった。実のところ、今日はこれを渡しに来たのさ」

 

 そういって神童さんは、1枚の紙切れを見せてきた。それはまさしく、FWFのステージに立つための切符。オーディションへの招待状だった。

 

「そこで彼女達の歌、技術を図らせてもらうよ」

「今日は聴いていかないんですね」

「ああ、楽しみはその時にとっておくとするよ。それを彼女達に渡しておいてくれ」

「わかりました……」

「そうそう、特に彼女。ボーカルの湊さんにはしっかりと言っておいてほしいんだが」

 

 そう言い俺の近くまで寄ってくると、小声で次の言葉を口にしだした。

 

「────お父さんのようになりたくなかったら、来る事はオススメしないよ……ってね」

「…………ッ!」

「それじゃ、私はこの辺で。伝言はしっかりと伝えたからね」

「────待てッ!」

 

 抑えろ、ここでキレたって意味がない。なるべく情報を吐かせるんだ。

 

「あんた、親父のこと……知ってるのか 」

「親父……! そうか、君はもしかして彼の息子かな」

「ああ、それと友希那の兄だ」

「なるほど、では君の質問に応えよう。確かに私は君のお父さんを知ってるよ。何故なら彼のバンドのオーディションを受け持ったのが私だからね」

「……あんたがッ!」

 

 ────お父さんの歌、思いっきり否定されちゃったよ。って、まだ秋也には言葉の意味が難しいか。

 

 ────俺はもう音楽をやめる。

 

 ────悔しかったな……。

 

 

「なんで、なんで親父はダメだったんですか……」

「だって────彼は売り物にならないからさ」

「……は?」

 

 なんて言った……こいつ。

 

「花がないんだよ、歌が上手いだけの汗くさいバンドなんて売れやしない。腐るほどいるんだよね……そういう古い臭いバンド」

「…………」

「どうせ彼の娘だ。たかが知れてるだろうさ、オーディションに来た時には徹底的に貶めてあげるよ」

 

 そうしてあいつは高笑いを上げ去っていった。そんな奴の後ろ姿を俺は、ただ呆然と眺めるだけだった。



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夢追う妹と俺

 

 ────彼は売り物にならないからさ。

 

 

 ────どうせ彼の娘だ。たかが知れてるだろうさ、オーディションに来た時には徹底的に貶めてあげるよ

 

 

 ……嘘だ。

 親父が、友希那が、目指した頂点がこんなにも汚れているなんて。

 

 でもこれを聞いて誰が信じる? 

 音楽界の誰もが夢見る最高の祭典。そんな場所を汚すなと叩かれるに決まっている。

 

 ならどうする。

 

 他のバンドは無理でもRoseliaは、友希那なら救ってやれるはずだ。あの男は確かに言った────"親父のようになりたくなかったら、来ることはオススメしない"って、その伝言を伝えればいいじゃないか。それじゃ、友希那の夢は……友希那がずっと信じて進んできた道を俺が閉ざすのか? 

 "応援する"とたくさんの誓いを胸に言ったあれは嘘か? 一緒に頂点を、その先を見よう。そう言って約束したはずだ。それを俺が破るのか? 自分自身に問いただす中、必ず脳裏に過ぎるのはある日の親父の悔しそうな表情だった。 あんな表情をさせたくて応援すると言ったんじゃない。夢見たその先があの表情なら、俺はそんな友希那を見たくない。 だから夢を諦めさせよう。

 

 でも……それじゃ……

 

「…………さん」

「……ぃさん」

「兄さん」

「……んぁ、あれ……どうしたんだ友希那、それにみんなも」

 

 ふと気づくと、Roseliaのみんなが目の前に立っていた。いつ座ったかも覚えていないパイプ椅子は、もう随分と腰に馴染んでいる。

 

 

「どうしたって……私たち今ライブが終わって戻ってきたのよ」

「ステージ…………そうだった」

「大丈夫?」

「あ、秋也さん起きた? 良かった! はい、これ」

 

 頭がぼーっとする中、リサからペットボトルを受け取る。 酷く喉が乾いていて、受け取ったペットボトルの中身の水を休む暇なく喉に通した。

「俺、寝てたのか……」

「ええ」

「いつもなら観客席から見てるのに珍しいねーって話してたよ」

 

 確かにリサの言う通りだ。ステージに送り出したあとは、決まってRoseliaの姿がどう映っているのか、観客としての視点で見ている。だから俺がずっとステージ裏にいるのは珍しいのだ。

 

「それで紗夜ってば、眠ってる秋也さん見てビックリしててさ〜」

「あ、あれは誰でも驚くに決まっています 」

「ついには救急車呼ぼうとして間違って消防……」

「今井さんッ!」

 

 紗夜って意外とポンコツだったりするのか なんでもできそうに見えて結構お菓子とか料理作るのに定規とか使いそう。

 

 

「あはは……そりゃ心配かけちゃったな」

「ほんとですよ あこだって紗夜さんほどじゃないけど慌てちゃいましたよ」

「宇田川さん」

「うっ……」

 

 紗夜に無言の圧力をかけられるあこだった。

 

「燐子も心配させちゃったよな。ごめん」 「い、いえ……私は、その……すぐに寝息が聞こえたので、眠っているとわかりました」

「燐子と友希那がすぐ気づいてくれたおかげだね〜紗夜 」

「まだ言うのはこの口ですかっ!」

「い、いひゃい……」

 

 結成当初とはまるで変わったリサの紗夜への対応。前は遠慮がちだったのが今では、立派にいじり倒していた。

 しかし、なんで眠っていたのか自分自身さっぱり覚えていない。深く、長く何か考え事をしていたのはうっすらと思い出せ るのだが、何か……友希那に伝えようとしていた気がする。

 

 

「ところで兄さん。起きてから聞こうと思っていたのだけれど、その手に持ってる紙……いったいなんなの 」

「ん……これか? これは……っ────!」

 

 そうだ、思い出した。 確か俺の記憶の最後に映ってるのは、あいつの後ろ姿だ。手に持っていた一枚の紙切れが全てを教えてくれる。 あの後、あいつが放った言葉が信じられず一人、椅子に座り情報を整理していた。 そしてたくさん物事を考えていたせいか、はたまた、疲れのせいか眠ってしまったらしい。

 

 

「さっき、FWFの実行委員の人が来てたよ……」

「……っ!」

「FWFって、あの音楽の祭典って言われてる」

「FUTURE WORLD FES……」

「えと、そんな人が……ここに?」

 

 燐子の疑問も当然だった。そんな凄い人……実際は凄くもなんでもない奴だったが、来るのは当然不思議に思うのも分かる。

 

 

「Roseliaを見に来たんだと、最近何かと話題になり始めたしさ」

「確かに、夏フェスやってからよくRoseliaの名前とか聞くようになったね」

「それで、兄さん。私たちはどうだったの 」

 

 ────たかが知れてるだろうさ。

 

「それはここで見せてもらうってさ」

 

 俺は手に持っていた紙切れを皆に見せた。オーディションへの招待状という名のあいつが仕掛けた罠。そんな事を知るはずもないみんなは、それぞれ歓喜したり、困惑したりしていた。 ただ…………一人を除いて。

 

 

「こ、これってつまり……アタシ達があの舞台に立てるチャンスが来たってこと 」

「……ふっふっふ、ついにわらわに相応しい暗黒の…………えと、うぅ……今から緊張してきた……」

「だ、大丈夫……! あこちゃん」

「腕がなりますね。……もっと練習を積み重ねないと……」

 

 あの事を言うべきなのか、俺は未だに心の中で葛藤を続けていた。 でも、みんなのやる気が節々と伝わってくる。とても壊していい雰囲気じゃなくなっていた。

 

 

「みんな、今日のライブの余韻に浸るのもいいが、Roseliaが目指すものの一つにやっと近づけるチャンスだ。オー ディションの日は3週間後。今よりもっと頑張るぞ 」

『おーっ!』

「…………」

 

 ────友希那……? 

 

 

「Roseliaのみなさん! 今日はありがとうございました。おかげでいい夏祭りになりましたよ。この後の花火も楽しんでいってください 」

「わぁーっ! 花火だ〜! 場所取りしに行かなくちゃ、りんりん行こっ!」

「えっ……あ、あこちゃん待って……」

 

 会長さんの話を聞くと颯爽と走っていくあこ、そして連れ去られていく燐子。

 

「しょうがない。あの二人だけじゃ心配だし、アタシも一緒に行ってくるね」

「本当は俺が行った方がいいんだろうけど、リサ頼んだ」

「了解ー」

 

 そう言いリサも二人を追って歩き出した……が、すぐさまこちらを振り向くと、

 

「ど、どしたリサ?」

「────友希那のことよろしくね!」

 

 耳元でそう囁くとさっさと行ってしまった。リサもリサで友希那の様子に気づいていたらしい。今度埋め合わせしないとな……。

 

 

「私も日菜に呼ばれたので行きますね」

「ああ、日菜ちゃんによろしく言っておいてくれ」

「わかりました。それでは」

 

 テントに残ったのは、結局俺と友希那だけだった。

 二人残ったテントは、とても物静かで先程までの騒がしさが嘘のように思えた。空気もどことなく二人で歩いていた時とは、打って変わって気まずさというか、居心地があまりいいとは感じられなかった。

 

 

「俺たちも花火見に行くか 」

「……静かなところがいいわ」

 

 ここで言う静かなところというのは、静かに花火が見える穴場のような場所という意味だろう。

 

「いい心当たりがある。そこに行こう」

「……ええ」

 

 

 ◇

 

 

 俺たちがさっきまでいたステージからは、だいぶ離れた所にある高台に来ていた。 ここは木で生い茂っていて、下からは確認することができないため、見つけられる人など滅多にいないような場所なのだ。 花火を打ち上げる河川敷も見えるため、絶好のスポットと言えよう。

 しかし……

 

 

「……」

「…………」

 

 そんな花火を楽しめる雰囲気ではなかった。 友希那にあの招待状を見せたあたりから何か言おうとしているのを察しているため、俺も無言で話し始めるのを待っているのだが、如何せん。一向に話し始める気配がない。

 

 

「なぁ、友希那。お前が目指すものってなんだ」

「兄さん……?」

「答えてくれ」

「私が目指すのは……頂点、そしてさらにその先よ」

「…………そっか」

 

 ────友希那がずっと信じて進んできた道を俺が閉ざすのか。

 

「今から今日来た実行委員が言ってた事を話す。その後でもう一回、同じ質問お前にする」

「分かったわ」

 

 ────でもこれを聞いて誰が信じる? 音楽界の誰もが夢見る最高の祭典。そんな場所を汚すなと叩かれるに決まっている。

 

「実行委員、そいつは神童っていって親父のバンドをオーディションで審査した男だった」

「お父さんの……」

「あいつは"親父のバンドが売り物にならない"それで不採用にした挙句、音楽人生を辞めさせるよう促したらしい」

「……」

「音楽のレベルが高いだけじゃダメなんてのは俺でもわかる。今の時代、トークやビジュアルといったものも必要なんだって」

 

 悔しかった。俺が憧れた親父を酷く馬鹿にされたんだ、悔しくないわけがない。

 

「それにあいつはお前を、Roseliaを審査するらしい。そして問答無用で落とすそうだ」

「……そう」

「俺は、お前に親父のようになってほしくない……もうあんな顔は見たくないんだ」

「…………」

「"応援する"なんて言っておいて、今は"邪魔"しているんだから。酷い兄だよな」

 

 嫌われても仕方ない。そう意気込んで止めようとしているんだ。

 

「そしてあいつからの伝言だ。────お父さんのようになりたくなかったら、来ることはオススメしない。だとさ」

「…………そう」

「……それじゃ酷い兄から、もう一度質問するぞ」

 

 塞がれた頂点への道。黙って諦めるのか、それとも……。

 

「お前が目指すものってなんだ?」

「決まってるわ」

 

 ────分かりきってたよ。

 

「私が目指すのは……」

 

 ────お前の決意が、

 

「頂点、そしてさらにその先よ」

 

 ────決して揺るがないって。

 

「そう……か」

「ええ、どんなに無理だと言われようと、どんなに他人から自分の音楽を否定されようとも、私は私の音楽を信じる」

 

 親父、友希那はあんたよりも俺よりもとっても強い子になってたよ。

 ────あんな表情をさせたくて応援すると言ったんじゃない。夢見たその先があの表情なら、俺はそんな友希那を見たくない。

 

 だから夢を諦めさせよう。

 

 でも……それじゃ……。

 

 お兄ちゃん失格じゃないか。

 

 妹の夢を壊す。そんなことをする兄貴がどこにいるってんだ。妹が自分で決めた道だ、それを見届けるのが兄貴ってものだろう。

 そんな大事なことを俺は、忘れていたらしい。

 

 

「そう……だよな。そうだな、お前はそういうやつだよな。俺が止めたってお前は俺を押し退けてでも進むんだろう」

「当たり前よ」

「そっか……いやーもう少しであいつの言いなりになるとこだった」

「遅いお目覚めね」

「ちょっとした休みボケだよ」

 

 憧れだった親父を馬鹿にされて悔しかった。でも悔しいと思うだけで終わったんじゃそれは、ただの弱虫だ。

 

「何もしようとしないまま、そこで諦めたらきっと後悔する。それが嫌だから私は足掻くのよ」

 

 俺はそんな弱虫で終わる男じゃない。あがいて足掻き続けてやる。なんせ俺には、

 

「トーク? ビジュアル? そんなもの、なんだって完璧にしてやるわ。文句のつけようがない最高の演奏と共にね」

 

 歌の天才で、芯が強くて、可愛くて、自慢の妹がいるんだから。

 

 

「あ、花火……」

「綺麗だな」

「ええ」



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悩める妹と俺

 

 

 ────どんなに無理だと言われようと、どんなに他人から自分の音楽を否定されようとも、私は私の音楽を信じる。

 

 

「────♪」

 

 だめ……こんなんじゃ全然、超えられる気がしない……お父さんでも超えられなかった相手に……。

 

 

「────っ。何が私は私の音楽を信じる……よ。一番信じきれてないのは私じゃない……」

 

 今日はもう帰ろう。自主練と言って一人でスタジオに来たけれど、あまり遅くなると兄さんが心配するもの。

 

 借りたマイクを元あった場所に戻し、ステージの照明を消す。外に出ると人工的じゃない自然な光がパッと顔を照らした。

 

 

「スタジオ、空きました」

「お疲れ友希那ちゃん。最近、個人練頑張ってるね。Roselia、どう?」

「まだまだ上を目指せると思います」

 

 昔の私だったら、ここから何も言わなかったかもしれないわね。 スタッフさんもそう思っていたのか、私が「でも」と続けると少し驚いていた。

 

 

「でも、最高の仲間だと私はそう思っています。みんな以上の仲間は私には見つからないのだと」 「そっか、変わったね友希那ちゃんも前に同じような質問した時が懐かしいよ」

「そうでしたか?」

 

 同じような質問をされただろうか、私には検討もつかない。

 

「ええ、あの時も友希那ちゃんが個人練しに来た時だったわ。"Roselia、どう? "って全く同じ質問をしたらね……"まだまだ理想のレベルには程遠いです"って言ったのよー」

 

 思い出したわ。まだRoseliaが出来たばかりの頃ね。確かにあの頃は、それしか言葉が無かった。 紗夜は、どこか音楽に集中出来ていなかったし。

 リサは、ブランクのせいでベースはほぼ初心者に近かったし。 あこは、演奏になると一人先ばしりしていて全員で合わせるというのができていなかったし。 燐子は、腕こそ良いものの積極性が欠けていたし。

 

 そんなメンバーを前に私は"頂点"を目標にした。音楽の頂点、そこそこなんかじゃ満足しないと圧をかけた。それでもみんな、私について来てくれた。

 

 紗夜は、自分の力で悩みに折り合いをつけて完璧なギターを。

 

 リサは、今までの遅れを取り戻すように人一倍努力して最高のベースを。

 

 あこは、周りとの調律を学んで誰よりもカッコいいドラムを。

 

 燐子は、自分の意思を、音色をはっきりと伝えられる立派なピアノを。

 

 私の無茶な目標を超えてくれた。他の人なんかでは、到底敵わないメンバーばかりだ。 だから尚更、負けるわけにはいかない。どんなに仕組まれたオーディションだったとしても、文句のつけようがない完璧な音楽を……。

 

 

「……ちゃん、友希那ちゃん 」

「…………っ! えと……なんですか?」

「ほ、やっと反応してくれた。友希那ちゃんってば急に考え事に没頭しちゃうんだものビックリしたわ」

 

 スタッフさんに言われやっと気づいた。そうだ私……話の途中で考え事しちゃって全く聞いていなかった。

 

「ごめんなさい……」

「いいのよー。友希那ちゃんが個人練する時は決まって何か悩みがある時でしょ?」

「……っ!」

 

 まだ今日を入れて2回しかしていないけれど、当たっていた。1回目はお父さんのバンドに勝つため。そして今日は、お父さんのバンドが超えられなかったオーディションの罠を超えるため。

 

 どちらもお父さんが繋がっていた。音楽を、バンドを続ける限り切っても切れない縁なのかもしれない。

 

 

「一人で抱え込んじゃダメよ 」

「……はい」

「友希那ちゃんには素敵なお兄さんがいるんだから」

「────っ! そう……ですね」

 

 それもいいと思った。でも、そう言って前も兄さんに相談にのってもらって背中を押された。

 

 頼ってばかりじゃいけない。自分の悩みは自分で解決しなくちゃ……。

 

 

 ◇

 

 

「友希那〜ちょっと来てくれ」

「なに? 兄さ…………きゃっ」

 

 個人練から帰ってきた友希那を俺は、すぐに自分の部屋に迎え入れた。友希那の腕を引っ張り、胸元まで持ってきて抱きとめる。抵抗もなく俺の腕の中にすっぽりと収まった友希那をベッドに座らせる。

 

 

「さて、ここに座らせたってことは分かるだろ 」

 

 すると、友希那は思い当たる節があるのだろう。眉がピクリと動いたのが見えた。

 俺は、友希那を座らせたその隣に腰を下ろし、話を聞く体勢になる。

 

 

「……何もないわ」

「だったらなんで俯く。何もない自信があるなら堂々とすればいいじゃないか」

 

 一筋縄では行かない。そんな事は前にも一度経験しているからわかっていた。 いつも凛々しいほどちゃんとしてる友希那が、誰にでもわかるほど悩んでいるのだ。何もないわけがない。

 

 

「でも…………」

「兄さんじゃ頼りにならないか?」

「そ、そんなこと!」

「なら言えるはずだ」

 

 何十分でも何時間でも待ってやる。だから兄を頼ってほしい。兄っていうのは妹に頼られて初めて、兄と名乗れるのだから。

 例え妹に"兄には絶対に頼らない"っていう気持ちがあったとしても、それでもお構い無しだ。

 

 

「なんでもいい。悩んでいる事じゃなくても、今友希那が思っていることでも……なんでも話してくれ」

「いい……の?」

「ああ、いいともさ」

 

 友希那は一息つくと、ポツリと呟くように話し始めた。

 

 

「……私、超えられるのかしら」

「超える?」

「そう、お父さんを……FWFのオーディションを……」

 

 あの夏祭りの日、友希那は堂々とやってやると言ってくれた。それは多分、弱気になってる俺がいたからなんだよな……本当は友希那だって不安だったに違いない。

 

 だからこそ、俺はここで友希那の背中を押してやらないといけなんだ。

 

「自分の音楽を信じる……そう言ったのに一番信じられてなかったのは、結局自分だった」

「お前の歌は最高だ……なんて言っても解決にならないよな」

「……兄さん」

「でも一つだけ言っておくぞ。お前の音楽は人を動かす力がある。それだけは信じてくれ」

 

 俺は、友希那が喋る前に次々と言葉を並べていく。

 

「その例としてRoseliaがそうだ。紗夜は、お前が一人スタジオで歌っていたの聴いてバンドを組もうとした。リサは、お前の音楽に対する気持ちに心うたれバンドに入ってくれた。あこも、そして燐子もお前がスタジオで歌うその姿を見て、聴いて入りたいと言ってくれた」

 

 どれも嘘偽りのない真実。

 友希那の信じるものがみんなを動かし、そしてRoseliaというバンドを作り上げた。

 

 

「私が……」

「そう、お前がみんなを動かした。どうだ、まだ信じられないか? 自分を音楽を」

「私……私は────」

「まだ焦らなくていいさ。じっくりと考えろ。な?」

 

 また俯いた友希那の頭を、ゆっくりと撫でてあげた。友希那もみんなも絶対に大丈夫だという思いを込めて。神童、あいつの失敗は一つ。あの時、Roseliaの力を見ていかなかったことだ。音楽に関しては問題ない。あとは気持ちの問題だ。

 

 

 ────オーディションまで残り2週間。





お久しぶりです…。だいぶ更新遅れましたこと、大変申し訳ございませんでした。


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おまじないと俺

 

『兄さん、私、音楽を辞めるわ』

 

 酷く冷たい虚ろな目で友希那は俺を見つめる。友希那の足元に置かれたマイク。俺がいるはずなのに友希那は孤独に見えた。

 マイクを置いた時点で、孤高の歌姫と謳われた湊友希那は歌姫ではなくなった。

 そう、ただの孤独な少女へ……。

 

 ──置いちゃダメだッ! 

 言葉にしたいはずなのに、口を通る前に喉で突っかかる。まるで別の何者かに遮られているかのような。声を出せない間も友希那は、マイクから距離を離していく。そして友希那が乾いた微笑みを浮かべると口を開いた──

 

『さようなら』

 

 

 ◇

 

 

「──ッ!」

 

 言葉にならない悲鳴をあげ、俺は目を覚ます。

 

「……夢 」

 

 そうだと分かるのに時間はかからなかった。隣で眠る友希那の寝顔が教えてくれる。夢で見たあの冷えきった表情じゃない。思い出すだけで俺の体は震える。

 

 決して秋が近づいているからではない、恐怖からだ。

 

 俺は震えを抑えるために体を抱く。俺はあの目を、あの微笑みを知ってる。自分の信じていたものを斬り捨てられ、何もかもすべてを諦めた者の表情だ。なんでいまさらこんな夢を見るのか、思い出したくもないことを思い出させるのか。またあの表情を見せられるという忠告のつもりだろうか。

 

 

「兄さん?」

「ん……あぁ、起こしちゃったか 」

「ううん。それより、兄さん寒いの?」

「えっ」

「だって……」

 

 友希那の手が俺の手に重なる。入っていた力が少しずつ抜けていき、体の震えも止まっていた。

 

「ごめん。ありがとうな」

「兄さんらしくない」

「あはは……どうも緊張しちゃってるみたいだ」

 

 もう大丈夫だと友希那の手を引き離す。「ほんとに兄さんらしくない」と友希那に二度も言われてしまった。

 ──そう、今日はRoseliaがオーディションを受ける日。そして親父の仇を打ちに行く日でもあった。

 

「それより、昨日はよく眠れたか?」

「うん」

「でも珍しいな、友希那が眠れないなんて言うとは」

「緊張してたのよ」

 

 いままでどんな大舞台でも一切緊張しなかった友希那が、眠れないほど緊張していたらしい。それもそうか、なんたって目標の一つにたどり着いたんだ。

 でも友希那の清々しい寝起きを見る限り、緊張も消えたのだろう。

 

「よーし、友希那の可愛い寝顔も見れたし準備するか〜」

「なっ!」

 

 俺は逃げるようにベッドから飛び出し部屋から出た。後ろから友希那の声が聞こえるが振り向かん。きっと恥ずかしがって真っ赤になってるだろう。どんな日であろうと、俺たちの朝はこんな感じでいいのだ。変に特別なことはしなくていい。 普段通り、オーディションも臨もう。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「緊張するな……」

「自信を持って。今井さんの腕は私が保証します」

「そう、だよね。あっはは、紗夜に保証されちゃ自信持たないわけにはいかないよね!」

 

 慌ただしく控え室内を歩き回るリサ。私が落ち着かせようと立ち上がったところ、代わりに紗夜が動いてくれた。

 

「うぅ……」

「あこちゃん、大丈夫?」

「さっきまで全然平気だったのに……」

「大丈夫だよ。支援バフはたくさんかけてあげるからね? あこちゃんはどんどん前に出て」

「りんりんっ!」

 

 いつもとは違う風景。 燐子を支えていたあこ。それが今、あこが燐子に支えられている。Roseliaとして活動した末に燐子が見つけた自分のジョブ……確かあの時みんなでやったゲームではこういうのよね。

 

「それにしても秋也さん遅いね 」

「多分もうそろそろ来るわ」

 

 緊張も解れたのであろうリサに、私がすぐ答える。その直後、急に廊下が騒がしくなった。靴と床が擦れる音が控え室の壁を越えて耳に行き届く。

 

「──すまん遅れた 」

「ほらね」

 思わず自慢げになってしまった。

 

「流石、妹だ……」

「ん、何の話だ?」

 

 状況がまったく読めないといった様子の兄さん。私は、遅れた理由を問いただすべく兄さんの前に立った。

 

「それで……どうして遅れたのかしら」

 

 朝、家を出るとき最後の練習をするために私だけ早く出て行った。兄さんも一緒に来てくれると思いきや、「先に行っててくれ」と言われたのだ。

 その時何をしていたのか気になる。

 

「実は親父と話し込んじゃっててな、それでつい遅れちまった」

「お父さんと? それでお父さんは私たちのオーディションについてなんて言ってたの」

「〝楽しんでこい〞」

 

 たった一言、されど一言。私にとってそれだけで不思議とリラックスできた。 お父さんがぶつかったオーディションの壁、その過酷さを一番理解している人からのアドバイスは「楽しめ」その一言だけ。

 その一言の中には、私がこれまでRoseliaとして活動してきて学んだことが全て詰まってる。

 そんな気さえ感じられた。

 

「楽しむ……か」

「オーディションでは難しいことですね」

「安心しろ。お前らは何の心配もせずただ楽しむんだ。お前らがなんと言われようと俺が何とかしてやる」

「背中は守る。ですね 」

「燐子その言葉、ピッタリ……ベストマッチだ」

 

 そう、私たちは何も考える事は無い。ただひたすらに自分たちの音楽を信じ、全力を出すだけだ。

 緊張なんてする必要ない。

 

 

「なんとかするなんて約束していいのかな〜?」

「バカ言え、友希那の兄だからって何か特別なことができるわけないだろ」

「えぇ……」

 

 兄さんはいつだって予想外な考えを見せてくれる。特別なことはできない、けれど至って普通なことならできる。今のはそういう意味だったんでしょ? 兄さん。

 

 

「でもな、一つだけあるぞ。お前らが最高の演奏ができるようになるおまじないがな」

「あこ知りたい!」

「わ、私も 」

「興味はありますね」

「どんなおまじないなのかな〜楽しみだね友希那 」

「ええ」

 

 兄さんは普通なことしかできない。そう言うがそんなことは決してない。兄さんはいつだって道は作らない、でも道を作るきっかけはくれる。 一人で歌っていた私にあのスタジオを勧めてくれたのは兄さんだ。別のバンドの演奏を聴くのを勧めてくれたのも兄さん だ。そのおかげで私は紗夜に出会えた。それから流れるようにメンバーが揃って私がここまでこれたのは遡っていけば兄さんのおかげよ。

 どれも普通の事を言ってるだけ。だから今も私は、兄さんから普通の事を言われるのを待っている。

 みんなが兄さんに寄っていき、同じく私も少し距離を縮める。

 

「そのおまじないっていうのはな 」

「……」

「〝俺のために演奏してくれ〞」

 

 迷いなくきっぱりと言う兄さん。そのあっけなさにみんな呆然としてる。

 

「あ、秋也さん……? 今のが、おまじない?」

「そうだ」

「言い間違いではなく?」

「間違えてないぞ」

「どういう意味ですか?」

「だってさ、お前らの演奏になんも期待してない聴く気もない。そんな奴に演奏を披露するってなって楽しめるか?」

「あっ……」

 

「ったく、親父も言葉足らずなのいい加減やめてほしいよ」と兄さんは小声で愚痴をこぼしていた。きっとお父さんの言葉と合わせてのおまじないなのかしら。

 リサたちも兄さんに問われ首を横に振る。

 

「だろ? なら本当に楽しみにしてる奴に聴かせたほうが楽しめんだろ。だから俺がその楽しみにしてる奴になってやるんだよ」

「そっか、アタシ本気出す気だったけど、これはいつものライブじゃないんだよね。聴きたいって人に聴かせる場所じゃない。それじゃ、アタシの本気は出ないや」

「そうですね。全力を出してこそオーディションです。今日はあなたのために音を奏でましょう」

「秋也さんが聴いててくれるなら私……頑張れる気がします!」

「われの魔力の封印を解き放つは……えっと、うぅ……と、とにかく 秋也さんが聴いてくれてこそ、あこは全力が出せます!」

「もう兄さんはRoseliaに一生ついて来なきゃいけなくなったわね 」

 

 今更な問いかけだけど、きっと兄さんの答えは決まってる。そう目が訴えてるから。

 

「あぁ 一生ついてってやるよ! ついていきゃあいいんだろ! その代わり、俺が満足しなかったらパスパレのファンになるかもしれないぞ!」

「秋也さん、なんでそんな強気なの」

「日菜には負けませんから……」

「あちゃ……火ついちゃった」

「兄さんは渡さない……」

「友希那〜可愛いけど今は抑えて……まぁ、アタシも負ける訳には行かないけどね」

 

 はっ……つい、私も混ざってしまったわ。

 私たちの番まで残り5分。燐子が今日のために作ってくれた衣装を纏い、6人で円陣を組む。

 

 

「それじゃ改めて、今日の観客は兄さんよ」

「自分で言ったのもなんだけどさ、なんか照れるな……」

「嬉しく思ってください。あなただけのために演奏するんですから」

「そうそう! なかなかこんな機会ないよ〜」

 

 一番最初のライブもそうだった。いや、私が一人で歌ってた時もそうだ。〝みんなが楽しみにしてなくても俺だけは楽しみにしててやる〞その言葉に何度安心させられたか数え切れないわ。

 

「いつものやりましょう! 掛け声!」

「よっしゃ! 友希那、頼んだぞ 」

「……秋也さんがやらないんですか?」

「え?」

「私もそう思ってたわ」

 

 この流れでなぜ兄さんがやらないのか不思議で「え?」なのは私の方だわ……。

「わかったよ。それじゃ行くぞ!」

 

 



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【最終話】笑わない歌姫と俺

「まさか来てくれるなんて思ってなかったよ。ようこそRoseliaの皆さん」

「あぁ、これはどうもご丁寧に」

 

 たいして感情のこもっていない神童の言葉に、俺は素っ気なく返す。表面上はただのオーディションだが、そこには審査するされるの仲はない。相手は審査する気もないし、俺たちは審査される気もない。

 

「Roseliaの皆さん。スタンバイお願いします」

 

 審査員の1人が呼びかける。みんなが黙々と準備をする中、俺は神童と睨み合う。嫌味のこもった不敵な笑みが憎たらしいが、手は出さずぐっと堪えて部屋の隅に置かれたパイプ椅子に腰を下ろした。 横一列に並ぶ審査員5名。その真正面にセンターマイクは置かれ、雑音一つ無い音のない世界で歌姫は構える。

 

「準備終わりました」

「では、お願いします」

 

 あの日、Roseliaの演奏は過去最高のものになった。季節外れの芽を残して──。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「友希那〜そろそろ起きろ」

「……もう朝?」

 

 薄らと空いた目を擦る友希那は、どこか猫のように見えた。そう伝えたら喜ぶのか、はたまた照れ隠しに怒るのだろうか。

 

 

「ほら、寝癖ひどいぞ」

「ん……兄さん、くすぐったいわ」

「じっとしてろよ、せっかくの綺麗な髪が台無しだ」

「……ばか」

 

 嫌そうな顔をする友希那。 しかし俺の手を振り払おうとはしない辺り、素直じゃない。そしてそこもまた可愛いのだ俺の妹は。

 

「兄さん。早く部屋から出てってよ」

「え、なんで」

「.着替えられないじゃない」

「なんだそんなこと気にしてんのか。別にもう何度も見てるんだから別に──」

「……」

「あ、はい。はい、すぐに出ていきますから……だからその軽蔑の目を止めて 」

 

 汚いものを見るかのような鋭い眼光にやられ、俺は颯爽と友希那の部屋を飛び出す。

 階段を降りる際に「先に下で待ってるからな」と言い残すと、「ええ」と小さな声で返事を返してくれてホッとした。

 

 リビングへと戻ってきた俺は、朝ごはんが用意されたダイニングテーブルの椅子に座りテレビの電源を付ける。

 

『今年も開催 FUTURE WORLD FES 今日は出場メンバーの皆さんに──』

 

 俺たちRoseliaは、あの日オーディションを受け、案の定落ちた。他の神童を除いた審査員はみな好評だった中、あいつだけは急いで作ったかのような不評の嵐。 他の審査員の人たちは最後まで抗議してくれたが、あいつの親父はFWFを開催する会社の社長。その社長の息子という権力を振り回して審査員の好評を揉み消した。

 会場を後にしたあと「すまない」と何度謝られただろうか。しかしRoseliaが返したのは怒りでも悲しみでもない。

 

「ありがとうございました」

 

 感謝の言葉だった。 それは建前でも何でもない。本心で、そしてなにより、審査員全員があいつと同じではないのだと分かったことが一番嬉しく思えた。

 

 

「兄さんおまたせ」

「よし、じゃあ食べようか」

「ええ」

「いただきます」

 

 あれから一週間。俺たちにはまた普通の日々が待っていた。Roseliaは決して終わることもなく、毎日放課後に練習して頂点を目指すため他の道を模索している最中だった。

 

 

「今日はイベントが一つ取れた。Afterglowとの合同だ」

「……確かあこのお姉さんがいるバンドよね 」

「ああ。実力もなかなかだし、負けんなよ?」

「当たり前よ」

 

 トーストに噛み付く友希那。 俺たちがFWFに気を取られている間に、実力派バンドが次々と現れていた。それも全て夏のフェスでパスパレ、Roseliaが出演してからだという。

 〝ガールズバンド〞 主に女子高校生を中心に組まれたバンドを総じてそう呼ぶらしく、その人気はアイドルと同等だとか。

 

『そしてなんと、今年のFWFの出演バンドに一つまだ明かされていないバンドがあるそうです 一体どんなバンドなんでしょうかね──』

「特別ゲストかなんかか?」

「さぁ。どうかしらね」

「……出たかったか?」

「分からない。元はお父さんの仇討ちで目指した場所だった。でも目指すうちにRoseliaの目標になって……出たかったといえば出たかったのかもしれないわね」

「にしては悔しくなさそうだな」

 

 なぜなら語る友希那の顔が──

 

 

 

「だって……楽しかったから」

 

 

 

 笑っているのだ。

 

 

「そっか。それは良かったな」

「ええ」

 

 やっと見れた。 笑顔を見せなくなったあの日。あれから望んで、望んで.その果てにやっと俺の妹──湊友希那としての笑顔を見ることができた。願いが叶ったんだ。 でもきっと「笑ってる」なんて言ったらすぐに止めてしまうだろうから口にはしない。

 

 

『それでは次のコーナーに参りましょう。今日のにゃんこ!』

「兄さん、すぐに音大きくして」

「はいはい」

「はぁ〜……」

 

 友希那の目線は、すぐさまテレビの向こうの猫に当てられた。この光景もなんだか懐かしい気がする。でも今となっては……。

 

 

「ニャー」

「お、リア〜よしよし、友希那が構ってくれなくて寂しいのか?」

 

 我が家もついに猫を飼い始めた。いつぞや友希那が熱心に語っていたマンチカンで、名前はリア。

 オーディションが終わり少ししてから親父が連れてきたやつで、雨の中家の前でたむろってたのを迎え入れたらしい。友希那が家に帰って来て、猫を見た時の反応はそりゃもう目を白黒させて付かず離れずだった。

 

 

「うぅ……リア……」

「ほら、リアだって構ってほしそうだぞ〜?」

 

 リアの手を動かし友希那を招く。肉球をぷにっと触る度に友希那は羨ましそうにこっちを見る。 すると俺の膝に収まってたリアが離れ、友希那に向かっていった。

 

「え……?」

「ニャ」

「……っ!」

「……?」

「…………」

 

 えー、今起こったことを説明するとだ。

 友希那が座る椅子に近づいていったリアが、友希那の足元に手を乗せた。それを見ていた友希那とリアの目が合った瞬間、 友希那の顔は真っ赤に染まり噴火寸前の火山みたいになっている。

 

 

「に、兄さん……」

「リアが待ってるぞ?」

 

 友希那は意を決したのか、恐る恐る手をリアに伸ばす。リアも友希那の手を静かに待つ。そして──

 

「あっ……」

「〜♪」

「よかったな」

「ふふっ、リア〜」

 

 友希那はすっかり慣れたようで、乗せるだけだった手も次第に撫でる動作も追加された。

 

「友希那〜、ハマるのもいいがそろそろ学校行く時間だぞ〜」

「わ、分かってるわ……もう少し、もう少し……」

 

 そうして結局、それは遅刻ギリギリまで行われ俺たちは遅刻した。

 

 

 ◇

 

 

 

「ってことがあってよ〜」

「へぇー、友希那が遅刻なんて珍しいとは思ってたけど、まさかそんなことがあったとは」

「リサがいればならずに済んだんだけどな……」

「ごめんね。アタシ今日は日直だったからさ。でも良かったね友希那、やっと猫が飼えて」

「もうその話はやめて……」

 

 遅刻したのを相当根に持ってるのか、一人スタジオの端っこで不貞腐れていた。

 放課後、いつもと同じ場所でRoseliaは集まっていた。しかし今回は少し違う。何が違うかというと、俺たちは呼ばれたのだ。なんでもどうしても会いたいという人がいるらしく、その連絡をこのスタジオから受け、今に至る。

 

「でも誰なんだろう、あこ達に会いたい人って」

「ファンの方……ではなさそうですね」

「そりゃ、一ファンがこんな大それたことできるわけないだろうしな」

「もしかして、あの時の人とか……」

 

 燐子の発言でスタジオ中が暗くなった。あの時の人、まぁつまりあいつだ。俺たちが一番会いたくない人物とは考えられないが、もしかしたらと思うとゾッとする。

 

 

「にしたって今さら何の用だよ」

「また嫌味でも言いに来たりして」

「だとしたら暇過ぎだろ」

「──失礼するよ」

 

 笑い合う中、スタジオの入口が開き、渋い声が響いた。入ってきたのはかなり年齢を詰んだ方で、黒髪から覗く白髪がそれを物語っていた。

 

 

「えっと、あなたは?」

「私は神童(しんどう)義文(よしぶみ)と申します」

「神童……って、え!? もしかして」

「神童明宏の父です」

「ええ──────っ!」

 

 ということはこの人は、あのFWFを運営してる会社の社長ってことか。そんな人がなぜ俺たちに会いたがっているのか、 心のどこかで察しがついていたが、早とちりしないようまずは、義文さんの話を聞くことにした。

 

 

「先日は我社のオーディションを受けていただきありがとう」

「いえ、俺たちにもいい経験になりましたから」

 

 これは嘘でもなんでもなく本当だ。Roseliaは確かにあの仕組まれたオーディションで落ちた。でも、それはあく まで結果であの時のRoseliaには、その落ちるまでの過程が何より一番重要だったのではないか。改めて振り返ってみるとそう思えてくる。

 なんであれ、あいつはただRoseliaの進化に貢献しただけになったのだ。

 

「……君たちの目を見る限り、それは本当なのだな。実を言うとだね、今日は君たちに謝りに来たのだよ」

「謝るって、義文さんが……ですか」

「ええ。息子、明宏のことでどうしても謝らなければいけないと思ってね」

「あ、あの。別にアタシ達はそこまで気にしてないって言いますか……」 「息子には、相応の罰を与えているところだが、本当にすまない」

 

 義文さんは頭を下げてしまった。 俺たちは、すぐに「上げてください」と口にする。が、一向に下げてくれる気配がない。 そのまま土下座までもしてしまうのではないか、という勢いだったので、俺は咄嗟に思った疑問を口にした。

 

 

「あの、何故そこまでするんですか 俺たちは別に何度もやられてるわけじゃないのに……」

「先日、審査員を担当していた1人からこれまでの息子の悪行を聞かされたのだよ」

 

 その審査員とは、あの時何度も「すまない」と謝罪していた人だった。あいつから圧力をかけられていたにも関わらず、クビを覚悟で報告してくれたらしい。 どうやらその人は、オーディション初期からあいつと一緒に審査していたようで、今回と今までのも含めて話したそうだ。

 

「その中で湊友希那さん、湊秋也さん、お二人のお父さんが組んでいたバンドがなぜ落ちたのか、それも聞かされました」

「……」

「お父さん……」

「私も疑問だったのです。あのバンドの音楽はとても素晴らしかった。音楽会に革命を起こせるかもしれないほどに……だからオーディションなどすぐに受かる、落ちたのはきっとコンディションが悪かっただけだ……」

 

 あの日、親父達のコンディションは最高だった。バンド仲でトラブルなんて何一つ無かった。

 

「でもきっと次の機会にまたやってくる……そう思っていたのも束の間、彼らのバンドが解散になってしまった」

「ええ。それからお父さんは音楽に関するもの、音楽自体を捨てた」

「取り返しのつかない事をしてしまった。今すぐにでも彼本人に謝りたい ……でもまずは、君たちが先だと思い今日は会ってもらったのだ」

「そう、だったんですか」

 

 義文さんは、膝の上で強く握り拳を作っていた。

 

『君たちの音楽は最高だった。心が震えたよ……なのに、すまない。本当にすまない……』

 

 あの日、俺たちに何度も謝っていた人たちが言っていた。

 義文さんもみんなそうだ。

 音楽を心から愛してるんだ。

 だから素晴らしい音楽を作り出してくれる奏者の道を、嘘偽りであれ潰してしまったことに心を痛める。

 

 

「今日は謝罪だけではなく、これを渡しに」

「これは……」

 

 義文さんから1枚のチケットを差し出され受け取った。

 

「FWFのシークレットバンドとしてRoselia、君たちに出てほしい」 「っ!」

 

 どうやら予感は当たっていたようだ。 今朝見たニュースで知らされていないもう1グループ、そして会いたいという人からの呼び出し。うぬぼれすぎだと言われても言い返せないが、何となくRoseliaが出れるんじゃないかっていうそんな気がしてたんだ。

 

 

「こちらから断っておいて虫が良すぎるのは分かっている。しかし、彼らの二の舞になってほしくないんだ。頼む……」

「私たちは──」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 熱気に包まれる会場。止まらない歓声。広がる人の波。 お父さんもこんな景色が見たかったんだろうか。センターマイク前に立つ私はふと思う。

 

 

「ひゃー、おっきいな〜」

「今井さん。少しは緊張感持ってください」

「はーい」

 

 いつも見てきた光景。例えどんな所に行ったってきっと変わらないのだろう。愛用するギター、ベースを構える二人を見て私は思う。

 

 

「りんりん すっごいいろんな人が見てるけど大丈夫?」

「うん。あこちゃんと、そしてみんなといれば私は平気。頑張ろ、あこちゃん……!」

「うむ、我が暗黒の力を持って究極の音色を奏でようぞ……」

「あこちゃん、カッコいい……」

 

 何度も純粋さに助けられた。これからもどんなに目の前が真っ暗でも二人が照らしてくれるのだろう。キーボード、ドラムスティック、武器を構える二人を見て私は思う。

 

 そして、同じステージにはいないけど、いつでも私とRoseliaと共に歩んでくれたもう一人のRoseliaメン バー。そしてこれからもどんな時でも私たちの観客でいてくれる。今どこで見てくれているのだろう、聴いてくれているのだろう。

 

 

「この曲は、この舞台を目指した私の父が作った曲です。聴いてください──」

 

 

 最初は、ただの仇討ちだった。尊敬するお父さんの音楽を認めなかった人たちが憎い。そんな不純な、音楽への冒涜のような理由だった。

 

 でも、今はとにかく楽しい。仇討ちなんて理由でここになんて立ちたくない。ここは、純粋に音楽を愛す人達が立てる場所だ。だから、お父さんがこの音楽の世界にいたっていう証は、みんなの記憶に残したい。

 だから歌わせて。

 

 

 

 

「──"LOUDER"」

 

 

 

 

「親父、友希那は本当に自分の信じた音楽、そして親父の音楽を認めさせたよ」

 

 ステージ上に咲く薔薇に視線を送る。 あいつの声を、歌を聴き続けた。心が震えなかったことは無い。繊細でどこか力強く、思いの丈を具現化したようなその歌声。

 

 あいつはこんな所で収まるようなやつじゃない。もっと先を今は見据えている。なぜならあいつは、音楽の本当の楽しさを知ったから。

 仲間とともに、自分の歌を好きでいてくれる人達に聴かせる喜びを……。

 

 まだまだ足りない、あいつの笑顔からそう感じられる。 だから俺は、寄り添い続ける。あいつに、仲間達に。

 

 

 

 ──頂点へ、狂い咲け

 

 

 だってこれは、

 笑わない妹と夢見る頂点への物語だから。




ここまでお付き合いして頂き、誠にありがとうございました。


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