ARIA the Weigh anchor〜その 暁色の 素敵な出会いに (リリマル)
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Prologue〜その 暁色の 素敵な出会いに

ずっとこのコラボレーションを書きたいと思っていました。新作のお話が出たので、いても立ってもいられずに…ご感想お待ちしております。


 やっちゃったぁ…

 

 そんな顔?をしたまま、もっちりとした身体を船体から少し乗り出し、彼はため息をついていた。

 

〜〜〜

 

 今日は朝から自分の会社の従業員たちは多忙な様で、朝食後早々に漕ぎ出していってしまい、桟橋で見送った彼はそのままのんびりと日向ぼっこをして過ごしていた。

 この業界では伝説的とも言える社員を二人も育て上げ、今も昔も少数精鋭ながら将来有望な社員を抱える彼。海鳥たちと揺らめく水面を見つめながら、最近の自社の動向を思い出してみる。

 

 自社のエースたる一人は、毎日の予約客にも丁寧に対応し、やっと慣れてきた経理関係の書類仕事に追われるような忙しさ。それでも彼女の魅力たる素敵ムーブを絶やすことなく、順調にファンを増やしている。昔から顔なじみの火炎之番人からの予約が入ると、朝から髪を何度もセットしたり帰りが遅くなったりすることもあるが、仕事に手を抜かない彼女の姿勢に胸が熱くなる思いだ。先の二人を追い越すような素晴らしい水先案内人になるだろう。

 

 新入社員だったもう一人も日に日に腕を上げ、業務をこなしつつ日々人脈作りとトレーニングに励んでいる。他社の友人たちも増え、彼女のみらくる体験には懐かしき過去の景色が瞼をよぎり微笑ましい思いで見守っている。そもそも『アイツ』に出会ったもう一人なのだから、心配するようなことでもないとは思うが。

 

 

 だがここでふと思い立つ。あれ?自分なんの仕事もしていないなと…

 

 

 もちろん舟に同乗した際は、厳しくも暖かく指導に励んでいるし、お客様がいらっしゃった際には魅惑のボデーとつぶらな瞳で癒しを提供したりしている。何故か優しい笑顔で分けて頂けるおやつはとても美味しい。

 

だがそれだけで良いのだろうか?自分も会社のトップとして、我社の名前を更に広めるために、営業活動をしなければ!

 

 そう思い立ち、愛用のミニゴンドラに乗り込むと、大冒険(営業活動)に漕ぎ出した!

 

 

 

 

 

頑張れ!アリア・ポコテン!あなたの勇気が世界を救う(業績UPに繋がる)と信じて!!

 

 

 

 

 

「ぷいにゅ!」

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

 

「ぷぃ〜にゅぱ〜い…」

 

 アリア社長がARIAカンパニーから自分のミニゴンドラで漕ぎ出して数分、調子に乗っていつもの航路を外れた彼は、瞬く間に座礁してしまっていた。

それは最近の文字通りの社長待遇により、もちもちポンポンがグレードアップしていた為に、舟底が普段より沈み込んで起きた悲劇だったのだが、そのことを彼は知らないし認めないだろう。

 なにはともあれ、アリア社長は困っていた。まだ河川からも離れている会社近海ということもあり、ここを通る船も舟もほとんど居ない。

頼みの綱の社員二人、『水無灯里』『愛野アイ』も前述の通り今日も朝から出掛けており、夕方まで戻る予定はなかった。

 

 座礁してからなかなかの時間が経ち、既に持ってきたランチも消費してしまった。

さっきまで仲良く海を眺めていた海鳥たちも、舟に来ては残念なものを見る瞳を向けては飛び立っていく。

 

「ぷっ、ぷいっ、にゅっ」

 

何度もゴンドラを揺すってはみるものの、ギシギシと音を立てるだけで舟が動き出す気配はない。

 

「ぷいにゅ〜…」

 

アリア社長の蒼い瞳に涙が溜まって来た。自分はこんなに頑張っているのに、どうしてこんな事になっているのだろうと。このまま独りぼっちでご飯も食べれずこの舟の上で暮らして行かなければ行けないのかと。

 

(ARIA社長〜、今日も素敵でみらくるなことを探しに行きましょうね!)

 

「ぷいちゃぁ〜…」

 

悲しげに脳裏に浮かぶアイの名を呼ぶも、その声は波音にさらわれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お困りかしら!猫さん?」

「ぷいっ!?」

 

 突然後ろから声を掛けられ、ビックリしてそのまま海に落ちそうになるも既のところで踏ん張る。アリア社長が振り返ると、そこには有り得ない光景が広がっていた。

 

「大丈夫かい?」

「あ〜、やっぱり座礁してるわね。私達に任せなさい!」

「もう平気なのですよ」

 

 そこには揃いの服に身を纏った4人の少女が

 

 

 立っていた。

 

 

今まで舟も何も居なかったはずの海上に突然現れたような四人の少女達は、セーラー服に茶色い革靴を履いた地球(マンホーム)の日本の古い女学生のような姿で、水の上に立っているのだ。よく見れば背中や腕に見たことも無いような金属の道具を着け、心配そうだったり笑顔だったり四者四様の表情でゴンドラを覗き込んでいる。

 

「ぷい…」

 

呆気にとられるアリア社長だったが、その中の最初に声を掛けてきた黒髪の少女が徐に手を伸ばし、抱き抱える。

 

「今舟を引っ張ってあげるからこっちっ…てふぁああ、あなたちょっとすごいもちもちね!?火星(アクア)猫って皆もちもちなの!?」

 

「え、ズルいのです暁!代わってほしいのです!」

 

「ちょっと暁!電!?遊んでないで手伝ってよ!」

 

「グヌヌ…」

 

 一生懸命に舟を引っ張る銀髪の少女と、茶髪を肩ほどの長さにしている少女が、社長の魅惑のボデーに魅了された『あかつき』『いなずま』と呼ばれた少女を窘めるも、二人でサンドイッチ状態で抱きしめたままだらしない表情をして動かない。

 

「ぶいにゅぅぅ〜」

 

 アリア社長は再度思う。

 

 どうしてこんなことになっているのだろうと。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 この(アクア)はかつてオレンジ色に包まれていた

 

そんなことを誰かが言っていたらしいが、その言葉に恥じぬ素晴らしい夕暮れの色に包まれた海上で、雰囲気もへったくれも無く息を切らした四人と一匹が佇んていた。

 

「ま、まぁ!このレディーの手にかかればざっとこんなものよ!」

 

「なのです!」

 

「ほとんど私と雷が頑張ったんじゃないか…」

「響だめよ、突っ込んだら負けよ」

「ぷい」

 

誇らしげに爽やかな笑顔で胸を張る暁と電を、ゴンドラに乗ったアリア社長と『ひびき』『いかづち』と呼ばれた少女がジト目で見ていた。

あの後、ドタバタとしながらもゴンドラを救出し、無事アリア社長は解放されていた。勿論響と雷も魅惑のボデーをたっぷり堪能したが。

 

「煩いわよそこ!私達『第六駆逐隊』の勝利なんだから、ごちゃごちゃ言うなぁ!」

 

「ぷいにゅにゅい?」

 

「では猫さん、私達はそろそろ行きますが、お家にちゃんと帰れますか?」

 

「ぷいにゃい!」

 

ギャーギャーと喧嘩する三人は放っておいて、電はゴンドラに乗るアリア社長に問いかけると、社長は少し離れたところにある白い建物を指差した。

 

「えっと、『ARIA COMPANY』?あそこがお家なのですか?」

 

「ぷ、ぷえにゅぁ?」

 

「ふふ、私達『艦娘』は目が良いのですよ」

 

いくら距離が近いとはいえ、看板に書かれた文字を読むには遠いと思ったアリア社長に笑顔でサラリと応える電。

 

「ふ〜ん、ゴンドラがあるし、猫さんはもしかして社長さんかな?」

 

「え、社長さん!?」

 

「あぁ。何でもネオ・ヴェネツィアでは、マリンブルーの瞳を持った猫を社長に据える伝統があるって司令官が「ぷいにゅ!「…ほらね?」

 

響と雷にそう言われ、胸を張ってお辞儀をするアリア社長。まるで昔見た、時代劇のお殿様が正体を表す。そんなシーンを思い出し少しドヤ顔をしている。

 

「しゃ、しゃしゃしゃ…」

 

「暁はなんでそんな変な笑い方をしてるんだぃ?」

 

「違うわよ!わ、私そんな偉い猫さんに失礼なことを…」

「はわわわわ…」

 

 

 

 

「じゃあね姉さん(あかつき)。姉さんなら何度でも蘇るって…信じてる」

 

「ありがとう電。頼れる(いけにえ)を持って私は幸せだわ」

 

 そう言い残すと、響と雷は滑るように水平線に向かって進みだした。よくよく考えると自分たちも揉みくちゃにしていたので、最初に手を出した二人に責任を擦り付けて逃げ出した形だ。

 

「待てやコラ不死鳥(ひびき)ー!!!」

 

「こんな時ばかり頼らないでほしいのですーっ!!!」

 

そう叫ぶと片や怒りの形相で、片や半泣きで暁と電も二人の後を追う。よく見ると、沖にはプレジャーボートが一隻居り、そこに向かっているようだ。

 

アリア社長は呆気にとられながらも、まるで嵐のように去っていった4人に向かって手を振った。

 

「ぷいにゃにゃ〜い」

 

 

 

「じゃあね社長さーん!」

 

「気をつけるんだよー」

 

「まったねー!」

 

「ばいばいなのですー!」

 

 

振り返って手を振りつつ夕陽に向かって進む彼女達の姿は、キラキラと輝いていた。まるで暁の水平線に向かい魂を燃やしたという、かつての英雄達のように。

 

 

〜〜〜

 

「あれ〜?アリア社長?」

 

「本当だ、どうしたんですかアリア社長ー、こんな所で」

 

 暁たちが去っていった水平線をゴンドラに乗ったままボーッと眺めていると、アイと灯里の声が聞こえたので振り返ると、白と黒のゴンドラが1隻ずつ並んで近づいてきた。

 

「ぷいにゅ〜!」

 

「そろそろ夕ご飯ですよアリア社長。帰りましょ〜?」

 

「今日は、アリシアさんも来てくださるんですよ。さ、社長」

 

「ぷいぷいにゅ!ぷいにゃ!」

 

「ど、どうしたんですかアリア社長?何かありましたか?」

 

「ぷにゃにゅにゃ!ぷ〜にゃにゃんにゃんっにゃ!」

 

「は、はひ〜、落ち着いて下さい社長!帰ってからゆっくり聞きますから!」

 

そんな会話をしながら、3隻のゴンドラはARIA COMPANYに向かって帰っていく。この後、アリア社長からの驚くような話が聞けるとは思ってもいない二人であった。

 

 

 

 

to be continued…?

 




続くといいなぁ…


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Navigation.1〜その 旅立ちの 水平線に

続きました!設定ガバガバなのはご勘弁を!!
(´;ω;`)ブワッ


From:五月雨さん

 

Sub:ご報告です!

 

『 こんにちは!ご無沙汰をしてしまってごめんなさい、お元気にされていますか? 実はビックリすることがあったんです!それで、急いでご報告しなければと思いこのメールを作っています!』

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

「お休み…ですか?」

 

「えぇそうなんです。昨晩、大本営から通達が届いて」

 

 鳶が天高く舞い、穏やかな波が砂浜に押し寄せては引いていく。その海岸線から一本の橋が伸び、陸地から対して離れていない場所にある島につながっている。その島の外洋側は防御壁やトーチカが立ち並んでおり、島の最高部にはキャンドルのようなタワーが一つ立っている。そのタワーの最上階にある『指揮司令室』にて、ここ『湘南鎮守府』の提督は、手に持った紙をペラペラと振りながらにこやかにデスクの前に立つ五月雨に話しかけていた。

 

「まぁ平たく言えばボーナスと、今後の試験的な意味合いも含んでいるとは思いますけどね。艦娘みんなへの」

 

「私達への?」

 

「そ。お疲れ様っていう、ね」

 

そう言うと、提督は窓から眼下に広がる海岸線に目を落とす。

 砂浜では子供たちが遊び、海の中にも多くはないが人々がサーフィンをしたりボート遊びをしている。漁船が何隻も行き交い、漁港は活気に溢れている。数ヶ月前まで見られなかった光景だ。

 

「平和ですねぇ…」

 

「ええ、まったく」

 

五月雨も窓際に立ち、並んで笑顔で海を見下ろしている。そう、世界の海は平和を取り戻していた。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

『ご存知の通り、私達と深海棲艦の皆さんとの戦争が終わり数ヶ月が経ちました。大本営の中で暗躍していた悪い人たちが、漸く憲兵隊の皆さんの活躍で一掃されたおかげで、やっと和平条約が結ばれ世界中の海が開放されたんです!

思い返してみれば、私達の鎮守府だけが戦いたくない深海棲艦の皆さんを匿っていたと思っていたのに、私達のせい(おかげとは言えません)で日本中の鎮守府が同じ状況なのがわかり、そこからはあっという間でした!日本中の鎮守府が一斉蜂起し、憲兵隊の皆さんと協力して大本営の中にいた悪い人たちを捕まえ、深海棲艦の皆さんと協力して好戦派の深海棲艦さんたちとの最終決戦。そして和平交渉。

大昔にあった、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律等をなんだか良い感じにして、深海棲艦の皆さんの求めるキレイな海を取り戻す為に、世界は動き始めました!』

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「ともあれ、世界の海が結果的に段々とキレイになって泳いだりできるようになったのも、何度も言うけど艦娘(みんな)のおかげには変わらないからね。改めてありがとう、五月雨。みんな」

 

「そんな、やめて下さい提督!誰よりも頑張ったのは提督だって、私知ってますよ!?」

 

「いやいや、だって…」

 

「いえいえ!でも…」

 

 そんな風に二人は謙遜しあってやいやいと言葉をかわしている。いつまでも終わりそうにないやり取りを続ける二人を、応接用のソファに座りジトッとした目で見ながら煎餅をバリバリとかじって雑談に興じている人影があった。

 

「…もう撃つこと無くなるだろうし手持ちの残弾叩きこんでいいクマ?」

 

「だめよ球磨さん。…雷が撃つ(やる)わ」チャキッ

 

「それおしぼりだよね?なんか物騒な音したけど…おしぼりだよね?」

 

「え?おしぼりは投擲兵器でしょ?」

 

「何それこっわ。駆逐艦神拳クマ?」

 

「提督〜、五月雨ぇ〜。いい加減に話を進めてくれないと、砲弾とおしぼりがあなた達を襲うわよ〜」

 

「「ごめんなさい!」」

 

 陸奥にそう笑顔で()され、窓際で謙遜しあっていた二人も慌ててソファに駆け寄ってくる。那珂に必死に止められていた球磨と雷も軽く舌打ちをしながらどっかと席に着いた。

溜息を吐きながら那珂が脇に立つ二人に矛先を向ける。

 

「もー!那珂ちゃん苦労人のリーダーポジじゃないんだからね!?プンプン!」

 

「「すいません那珂ちゃんさん…」」

 

「許しました!」

 

「切り替えが早い…さすがアイドル…」

 

ふくれっ面を向けられた五月雨と那珂ちゃんの会話を、苦笑いをしながら聞いていた提督は改めて手元の資料に目を落とした。

 

「提督、それで私達にボーナスってどういう事?」

 

「ええっとですね、要するに…」

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

『それで実は、私達お休みを頂いたんです!提督は、りんごみがき?とか呟いていましたが、とにかく!大本営が特に激務だったり功績を上げた鎮守府から優先的に、施設の全面修復の名目を兼ねてということになったそうです!しかも私達は横須賀鎮守府に程近いので、そのお休み第一陣に選ばれたんです!』

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

提督が一通り今回の制度について説明すると、その場に居合わせた五月雨と雷以外の面々は、顔を見合わせてしまう。

 

「現金支給とは別にもし旅行でも行くなら、交通費くらいは基本大本営が全部持ってくれて?」

 

「なにかしたい事があれば面倒くさい手続きや申請は特別待遇で通してくれてクマ?」

 

「」

 

「那珂…那珂!?死、死んで…」

 

「無いよ!ちょっとビックリしちゃっただけだよ!」

 

「白目向いてたわよね?」

「シーッ!雷ちゃん!シーッ!」

 

「今回はとにかく艦娘の皆の希望を極力聞こうっていう前提ですからね。やっとある意味普通の人並みの権利と自由が認められた皆が、どんな事をしたいのかっていうのを知りたいのもあるんでしょう。今回は僕たち前線の軍人たちもおこぼれに預かるわけですし、後陣のために制度を調整するための試験でもあるので、痒いところに手が届かないかもしれませんが、自分でかくならご自由にっていうね」

 

提督の説明と、巡洋艦組の話を聞いていたよく分かっていない二人もようやく合点がいったようで破顔している。

 

「じ、じゃあ!例えばドームツアーやりたいって言ったら…」

 

「会場の調整くらいはしてくれるかもしれません」

 

「あの…予約の取れないケーキ屋さんに行きたいとかも?」

 

「なんとかしてくれるでしょう。お店の人も多分陸奥なら喜んで」

 

「あ、あらあら///」

 

「提督〜、温泉行って寝てるとかでもいいクマ〜?」

 

「軍幹部用の保養所貸し切るくらいしてくれるとおもいますよ」

 

そんな説明に、キャッキャとハイタッチをしたりガッツポーズをする3人を優しい笑顔で見ている提督と五月雨は、腕を組み悩んだ顔をしている雷に気づく。

 

「雷?何もすぐに決めなくてもいいんですよ?」

 

「そうね〜、暁たちにも相談しなくちゃいけないけど、こんな風に長いお休みなんてしたこと無いからよく分からないわ」

 

「そうですよね、私達戦いっぱなしでしたし…」

 

「…ね〜。でも五月雨は考えることないじゃない。どうせ提督と行くんでしょ?」

 

「行く?」

 

キョトンとした顔をしながら雷の顔を見たあと、隣に立つ提督の顔を見る五月雨に、雷は苦笑してしまう。

 

「五月雨」

 

「はい!提督!」

 

穏やかな笑みを浮かべ、元気に返事をする五月雨の手を取りながら語りかける提督。その二人の手には、揃いの指輪が光っている。

 

「一緒に旅行に行きませんか?その、新婚旅行も兼ねて…僕の実家のある所まで」

 

「…っ!はいっ!」

 

五月雨は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに晴れやかな笑顔に戻り提督の手を強く握り返した。

 

 

「まったく、見てられないわねあの二人は」

 

「なんだか打算的なこと言ってた自分が恥ずかしいよ〜」

 

「アイドルが打算的じゃなくてどうすんだクマ」

 

「あー!今球磨ちゃんは全宇宙のアイドル好きを敵に回したよ!?」

「深海棲艦の次は更にやべーもん敵に回したクマ!?」

 

「ふふふ、そういえば提督、提督の実家ってどこなの?」

 

その雷の質問に、そういえば提督の実家とか聞いたことなかったなと、その場にいた全員が二人の会話に注目する。

 

 

 

「え?あぁえ〜っと、『城ヶ崎村』っていう小さい村なんですよ」

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

『というわけで、私は今提督たちと一緒に出発前の船の中からこのメールを出しています。また落ち着き次第改めてご連絡させていただきます。それでは!』

 

 

 五月雨はふぅっと息を吐き出すと、携帯端末をカバンの中にしまった。窓から外に視線を向けると、港のスタッフたちが出発に備え勾留ロープや荷物用台車などを片付けているところが見える。いよいよ出発の時間が近づいていた。

 

「五月雨?連絡はもう良いんですか?」

 

廊下側の席に座る男性が、五月雨に声をかける。メールを打つ五月雨に気を使い、雑誌を読んでいたようだ。白い服に黄色のラインが入った服を着た女性が表紙の雑誌をしまうと、グッと伸びをする。

 

「はい!とりあえずのご報告は済みました」

 

「いや〜、それにしてもまさか五月雨があっちの人とお知り合いだとは思いませんでしたよ」

 

「知り合いというより、文通相手。みたいなものです。私も、提督の出身地が向こうだなんて知りませんでした!」

 

そういわれ、ジャケットにパンツ姿という私服の提督はポリポリと頬をかいた。

 

「まぁ偏見が結構ありますからね、向こう出身者は。此方では…」

 

「も〜、そんなの私達には関係ないんですから教えてくれればよかったのに〜」

 

「ははは、ごめんなさい」

 

 

♪ピンポ〜ン

『Ladies and gentlemen。大変お待たせいたしました、間もなく…』

 

「あ、提督!いよいよですよ!私ドキドキしてきました!」

 

「僕もかなり久しぶりですし、緊張してきました…」

 

そういう提督の肘掛けに置かれた手に、五月雨はそっと自分の手を重ねる。

 

「大丈夫ですよ提督!私達なら海の果てでも、宇宙の果てでも!」

 

そんな五月雨の言葉に提督は苦笑しながら返す。

 

 

「果てじゃなくて、目的地は火星(アクア)ですけどね」

 

 

『〜本日は地球(マンホーム)宇宙防衛軍第849基地発〜ネオヴェネツィア・マルコ・ポーロ国際宇宙港行き特別チャーター機をご利用いただきありがとうございます。当機のフライト時間は〇〇時間を予定しております。快適な宇宙(そら)の旅をお楽しみください。なお〜』

 

 

「でも良かったんですか?五月雨」

 

「?」

 

「いやその…」

 

そう呟きつつ、提督は後ろをそっと振り返る。

 

 

 

「だっだっだっ大丈夫なのだな!?本当に!こんな鉄の塊が空を!しかも宇宙まで!?」

 

「大丈夫よ長門。この宇宙船は熱核パルスエンジンで「核だとぉ!!?」痛たたたた砕ける!第三指が砕ける!」

 

 

 

「レディだって!ねぇ聞いた!?レディだって!!」

 

「「「うるさい長女(あかつき)」」」

 

 

 

「」

 

「あの…姉さん…那珂ちゃんが真顔のまま凄い静かなんですけど…」

 

「ん〜?色々キャパオーバーしてるのよ。それより神通!この後ずっと宇宙だよ!ずっと夜戦できるよ!」

 

 

 

「くま〜… 」

 

「にゃ〜… 」

 

 

 

提督たちの後ろに居並ぶは湘南鎮守府の面々。目的地がアクアだと聞き、交通費は大本営持ち!?なら行く!!と結局全員が付いてきてしまったのだ。そのためスペースシップを丸々一隻貸し切り、翌日宇宙港から早々に出発の手はずが整ってしまった。

 

「いえまぁその、せっかくの新婚旅行でしたのに…」

 

「もちろん二人きりの時間も楽しみですけど…みんなで宇宙旅行なんてそれこそもう二度と行けないかもしれないじゃないですか!」

 

「…五月雨がそう言ってくれること、心から嬉しく思いますよ」

 

そう言いながら、提督は手のひらを上に向け五月雨の手を握る。自分達はこれで良い。こんな風にやってきたのだ。自分の故郷にも、その姿を見てもらおうじゃないか。そう微笑みながら提督の耳にアナウンスが聞こえた。

 

 

『それではまもなく当機は発進いたします。そして本日は我らが英雄たる艦娘の皆さまが貸し切りとの事。それに敬意を評しまして…当機はまもなく抜錨致します。暁の水平線に、素敵な思い出が刻まれますよう』

 

 

 

 




一体メールの相手は誰なんでしょう…

湘南鎮守府は完全に架空です。ポジション的には横須賀鎮守府の予備基地のような小規模鎮守府のイメージです。ですのでこれが所属艦娘は全員です。


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Navigation.2 〜 その 遥かなる 第一歩は

ARIA成分がまだまだ薄くて申し訳ありません。


海軍本部〜特休会計室カッコカリ

 

「Hey,霧島!お邪魔しますヨー!」

 

「あら金剛お姉さま、如何なさいましたか?」

 

 ドアが勢いよく開け放たれ、紙の束を持ち入室した金剛はそのままドサッと霧島の机の上にそれを置いた。

 

「湘南鎮守府の件ネー、滞りなく進んでマスよ!」

 

「そうですか!それは良かった、秘書艦の五月雨さんからはどういった申請が来ていますか?」

 

 サムズアップしそう報告してきた金剛に、霧島も笑顔で返す。今回、全国の鎮守府に対する順次の休暇措置に先駆け、テストモデルになった湘南鎮守府。そのテストの開始に伴い新設されたここ、『全鎮守府に対する特別休暇専用会計処理監査室』通称『特休会計室』。未だテスト段階のためカッコカリではあるものの、これから上がって来る仲間たちからの希望を極力叶える為に、この係に選出された本部付きの二人は燃えていた。

 基本的な窓口には金剛がなり、申請に関係する各所への連絡や打ち合わせなど行いつつ、霧島と順次会計処理・書類作成をし本部へ経費の申請書を回す。そんな流れをまずは試しているところであった。後々の自分たちの休暇のときにより良い待遇を求められるように、という邪な心が無いわけではないようだが。

 

「えぇっとデスねー、彼処の提督と一緒に旅行だって!Oh,Honeymoonだね!」

 

「それは…とても素敵です。本当に良かった…」

 

「YES!ワタシも〜、提督とステキなVACANCEを過ごすために〜、今は全力で皆のDreamを応援するデース!」

 

「はい!私もまずは五月雨さんたちの希望をいち早く叶える為に、予算が申請されて来たら確実に!全て!通さなくてはいけませんね!」

 

クネクネと身悶えをする姉を他所に、霧島はメガネをキラリと光らせ改めて気合を入れる。前世では辛い思いをさせてしまった彼女(五月雨)を、今度は自分が幸せにしてそれを見守るんだ。という静かな闘志を燃やしているのだった。

 しかしその言葉を聞いた金剛の動きがピタリと止まった。心無しか額に汗をかいて、表情が引きつったような気がする。

 

「Hmm,アノネー霧島ー。そのことなんデスが〜…」

 

「はい!それで目的地などの希望は既に?新婚旅行というとやはり熱海ですか!?」

 

「エェッとね〜ソウネ〜、『城ヶ崎村』っていう提督のCountryらしいんだけどさー」

 

「ほう、お恥ずかしながらどちらか存じあげないのですがそ「AQUA」れんん…?」

 

 ソッポを向きながらぽそりと呟いた姉の一言に、霧島の優秀な頭脳は一瞬フリーズを起こす。

 

「彼処の提督、AQUAの日本人入植地出身なんデスって〜」

 

「そ、それはまた想定外ですね。ではまず二人分の火星星間旅行の申請と予算の計算を「…13人分」おおっと?」

 

「交通費とか申請書類とか気にしなくてオッケーって聞いて、基地の皆でfollow himすることにしたみたいデース」

 

それを聞いて流石に霧島のメガネは少しずり落ちた。大本営も霧島も、良くてテーマパークのチケット、悪くてもテーマパークの貸し切り位に考えていたのだが、まさか全員の星間旅行という斜め上の申請が来るとは思わなかったのだ。しかしそこは霧島、メガネをスッと直すと気持ちを切り替える。やることが一気に扶桑型の艦橋並に山積みとなったのだ。

 

「わかりました。まずは全員分の渡航申請、宇宙船(スペースシップ)の座席確保、AQUAへの根回しなど、最低限必要な事を可能な限り早急に行いますので、少し返事を待って頂けるようお伝え願えますか?」

 

「…アノネ〜?」

 

霧島が気合を入れて動き出そうとするものの、金剛はモジモジとしてまだなにか言い淀んでいる様子。

 

「お姉さま…?」

 

「ちょ〜〜〜っと宇宙軍の人にお願いしたら、偶然AQUAに輸送予定の新型機体があって、CrewのTestとTrainingを兼ねて空席予定だったところに載せてくれることになってネー?諸々の申請や諸経費は海軍(コッチ)が持つからノープロブレムよーって言ってみたらサー…?」

 

そう両手の指を遊ばせつつポソポソと説明をした後、特に付けてもいない腕時計を確認する動きをすると、黙って天井(そら)を見上げた。

 

「ウン…Good Luck!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Good Luck!じゃないですよお姉さま!え、予算通す前に行かせちゃったんですか!?火星に!?」

 

「Sorry,霧島〜!Burning Loveを全力で応援したくて、ちょこっと張り切ったらleaps and boundsでつい〜…」

 

 その言葉を聞いた霧島は、机に置かれた資料を見つめながら微妙に震える手でゆっくりとメガネを外し、脇に置いた。

 

「それでこれがその諸々の?」

 

「YE〜S…」

 

 

その申請書や宇宙軍からの請求書等々の山を見やり、霧島は天井(そら)を仰いだ。今頃彼らはどの辺りを航行しているのだろうか?

自分には想像もつかない遥かな航路を進む彼らに、せめて自分が出来る最大の安全祈願をしなくては。

 

 

 

「はぁ〜っ、お姉様!」

「はいゴメンナサイ!」

 

 

「…それでは紅茶を入れてください。ポットにたっぶりお願いしますね」

 

「霧島ぁ〜…オッケー!任せてー!」

 

 半泣きから満面の笑みに変わった金剛が、給湯室へ駆け出していくのを見つつ、やれやれといった表情で山の中から一枚紙を取ると、想いを込めて一次承認欄へはんこを押し始める霧島であった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

『〜皆様、長時間の宇宙旅行(スペースフライト)お疲れ様でした。当機はまもなくマルコ・ポーロ国際宇宙港に到着いたします。それでは、皆様に猫妖精(ケットシー)のご加護がありますよう。』

 

 

『AQUA(アクア)』こと火星は、惑星地球化計画(テラフォーミング)の際に、極冠部の氷の予想以上の融解により、地表の9割以上が海に覆われた水の惑星となった。

ネオ・アドリア海に浮かぶ島々には、当時の入植者の出身国ごとに島が1つずつ割り当てられ、それぞれの島にそれぞれの国の伝統を活かした文化村が作られている。

国境などの境界線が存在しないため、近隣の島にはゴンドラなどの移動手段を用い自由に出入りが可能で、中でも城ヶ崎村のある日本島はネオ・ヴェネツィアから近い場所にあるため、今回の旅行ではマルコ・ポーロ国際宇宙港を玄関口とすることにしたのだった。

 

 

 

「着いたくま〜!!」

「着いたにゃ〜!!」

 

 

「うぅぅぅ…うっぷ…」

 

「ちょっと長門、大丈夫?」

 

「陸奥、あそこのベンチに」

 

 海鳥が飛び人々が行き交うサンマルコ広場。ドゥカーレ宮殿を模したマルコ・ポーロ国際宇宙港ターミナルビルからはしゃいで走り出す他のメンバーとは対象的に、足元のおぼつかない長門の両脇を支える提督と陸奥は、彼女を脇にあるベンチに座らせた。

 

「だ、大丈夫ですか?長門さん?」

 

「五月雨、すいませんが背中擦っててあげてください。僕はちょっと酔い醒ましにジェラート買ってきますので」

 

「はいっ!全力でお擦りしています!」

 

「すまない五月雨…提督…」

 

「悪いわね提督…あ、私ピスタチオとヘーゼルナッツで」

 

「陸奥…」

 

 宇宙船の大気圏突入からの一連の動きに、夾叉弾を喰らいまくったようにグロッキーになっている長門は、心配してくれつつも食欲に素直な自分の姉妹艦(いもうと)を見上げ、残念なものを見るような視線を向けた。

 

〜〜〜

 

「はい長門、グリーンティー。抹茶味です。陸奥ご希望のピスタチオ&ヘーゼルナッツですが、おまけで店主さんがミルクも入れてトリプルにしてくれましたよ」

 

そう言いながらジェラートを手渡してくる提督の背中越しにジェラート屋の方を見やると、口ひげを生やしたパティシエが手を振っていたので、陸奥はウインクと投げキッスをお返ししている。

 

「あらあら、美人は罪ねぇ〜」

 

「耳真っ赤ですよ陸奥。はい五月雨はベリーとチョコレートで良かったですよね?」

 

「わ〜い!ありがとうございます!」

 

 茶化されて提督の背中をポカポカと叩いている陸奥と、大喜びでジェラートを口にする五月雨を見ながら、長門も受け取ったジェラートに口をつける。

鮮やかな若草色のジェラートは、特有のしっかりとしつつもさっぱりした甘さとミルクの香りと、爽やかな抹茶の香りと苦味が冷たさと共に通り抜け、涼しい潮風と共に揺さぶられ続けた不快感を洗い流していく。

 

「ありがとう…実に美味だ。それにしても、まさかネオ・ヴェネツィアで抹茶味が食べられるとは思わなんだ」

 

 ゴーンゴーンと鐘楼が鳴り響き、全員が広場に顔を向ける。かつて海中に没した地球(マンホーム)のヴェネチアより移転されたサンマルコ広場。かのナポレオン・ボナパルトをして『世界で一番美しい広場』と賞賛せしめただけのことはある素晴らしい景色が広がる。

 

「綺麗…ですね」

 

「ええ、それにネオ・ヴェネツィアはね、僕の故郷であるかつての日本人の入植島が近いこともあって、日本の文化が深く溶け込んでいるんです。日本風の名前の人も多くいますし、日本語も結構使われてたりしますから、観光するにもいいと思いますよ」

 

「なるほど、それでこの抹茶味のジェラートか」

 

「ええ、他にもじゃがバターなんかの屋台も有め「長門それちょっと一口、一口ちょうだい」

 

「花より団子かおま、ちょやめ…やめんか!」

 

 そんな良い空気に浸る間もなく長門型姉妹がジェラートの取り合いを始めているのを傍目に、苦笑しつつ提督と五月雨はしばし、この景色を楽しむことにした。

 

 

「あ〜!なんか美味しそうなの食べてる〜!」

 

 しばらくすると、暁型の四人が一頻りはしゃぎ回ったのかこちらに戻ってきた。暁は五月雨たちが食べているジェラートを見止め、よだれと共にジーッと見つめている。

 

「暁ちゃん、はいあ〜ん」

 

「ハァハァ、ほら電、雷。はい一口いかが?」

 

「まったく…響、一口どうだ?」

 

 

「「「「…っっっっ!!!!」」」」

 

 待ってましたとばかりに各々が一口もらうと、それはもう満面の笑みを浮かべていた。

 

「みんなお疲れさまでした。ところで、他の5人はどうしましたか?」

 

「それがさぁ…」

 

ヘーゼルナッツ味にご満悦だった雷だったが、なんとも言えない表情で振り返った先では…

 

 

「あの…姉さん…恥ずかしいのであの…」

「良いじゃん神通!ほらポーズポーズ!」

 

「サムラーイ!!ニンジャ!!」パシャパシャ

 

 

「那珂ちゃんだー!握手してください!」

 

「那珂ちゃーん!サインしてー!」

 

「はいは〜い、握手やサインはいいけどぉ、贈り物は税関を通してね?私だけ帰れなくなっちゃうから!」

 

 

観光客たちに囲まれている川内型姉妹。そして、

 

 

「なるほどにゃ〜、それは確かに女心がわからんやつだにゃ〜」

 

「にゃおん」

 

 

「ほおぅほおぅ、それはなかなか刺激的なお付き合いをしてるくま。若さってスゴいくま…」

 

「まあぁ!」

 

広場の一角で猫たちに囲まれ何やら話し込んでいる多摩と球磨。の姿があった。これはまだ時間がかかるなと諦めた提督は、ベンチの方に向き直る。

 

 

「…暁達も、改めてジェラート食べますか?」

 

「「「「食べる(のです)!」」」」

 

「あ、提督。私はレモンとチェリー、よろしくね♪」

 

「陸奥お前…」

 

「あははは…」

 

 

〜〜〜〜

 

 

「はいではみんな揃ったところで、これからの予定を確認します…ん〜?」

 

 無事(多少横道には逸れたものの)全員が集合したところで改めて予定の確認をしようとした提督の携帯端末が鳴った。

 

「あ、本部の金剛さんからです…おお、すごい」

 

「どうしたんですか提督?」

 

携帯の端末を見ながらいたずらっ子のような笑みを浮かべた提督は、そう質問してきた五月雨の顔を見ると、そのまま不思議そうな顔をしている他の皆の方に視線を向ける。

 

「まず那珂、希望していた公演の席を本部が確保してくれました。三人分」

 

「んえ?…え、えーっ!!?それって!『水の妖精』の!?」

 

「はい。なんでもその公演の日は、ネオ・ヴェネツィアでは有名な水先案内人(ウンディーネ)の人が出るらしく、急遽増席になったんですって」

 

「へ〜、良かったじゃん那珂!そのオペラ、旅行中の期間は満席で、船の中でもずっと探してたもんね」

 

「良かったですね那珂ちゃん。提督ありがとうございます」

 

そう言って神通は提督に頭を下げた。後ろでは那珂と川内が手を取り合って喜んでいる。

 

「それは是非本部の金剛さん達に言ってあげて下さい。喜びますよ? ハイじゃあ次に雷。ネオ・ヴェネツィアゴンドラ協会が、特別に観光ツアーを組んでくれるそうです」

 

「え、それ本当指揮官!?」

 

「それは素晴らしい。私達だけじゃ、どこから見れば良いか分からなかったからね」

 

 ひたすらにジェラートに夢中の暁と電もコクコクと頷いている。

 

「ただ、なんでも広報誌のインタビューに協力だけして欲しいそうです」

 

「広報誌?」

 

「えぇ、なんでもゴンドラ協会用のと、大本営への資料用にですって」

 

「流石の霧島さん。抜かりないね」

 

「まぁ他のみんなの為にもなるので、よろしくおねがいします。ええっと球磨。秘湯の宿泊付き入浴チケット二人分…よくこんな場所知ってましたね、出身者の僕でも知らなかったですよ?」

 

「ふっふっふ、球磨の嗅覚をナメてもらっては困るクマ」

 

「おふろでのんびりにゃ〜」

 

「さす球磨…後でそちらの端末に送るそうですので確認よろしくお願いします。最後に陸奥?」

 

「わくわく、わくわく」

 

 

 

 

「帰りの積載量をあまり増やさないように。ですって」

 

「……ひっどぉ〜い!!!」

 

「まぁ当然といえば当然か…」

 

「陸奥さん…希望欄になんて書いたんですか…」

 

 涙目で抗議をするも、五月雨のその言葉に二の句が継げなくなる陸奥。それもそうだろう。

 

『ネオ・ヴェネツィアのスイーツをすべて食べ尽くしたい』

 

等という子供のような要望だったのだから。既にこの短時間で一つの店のジェラートをほぼ全種類食べ尽くしただけに、申請書の内容を知っている長門の視線は冷ややかだ。

 

「提督…なんかすまん」

 

「いえいえ、ご期待に添えずカッコワライ。との文章付きでしたしね。僕と五月雨の方は特に申請したことは追加のものはないので、良かったですか?」

 

「はい!私は提督とこの景色が見れただけでも、既に大満足です!」

 

ニコニコと笑う五月雨に、提督も朗らかな笑みを浮かべる。いよいよ明日からそれぞれが目的地に観光に向かう予定も立ち、ホッとしたのが正直な所だろう。

 

「それじゃあ皆、ひと先ずは今日泊まるホテルに向かいますよ〜」

 

「お〜!」×12

 

提督は自分が先頭になっての初めての漕ぎ出しに少し戸惑いつつ、歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「ねぇアリスちゃん」

 

「どうしましたか?アテナ先輩」

 

「今日ね、サンマルコ広場に忍者と侍が現れたんですって」

 

「…はぃ?」

 

 割と突拍子もないことを言うことで定評のあるこのルームメイト兼、親愛なる師匠はまた何を言い出したのかと、アリス・キャロルは読んでいた本から目線を上げる。

ベッドに腰掛け、まぁ社長を撫でつつクッションを抱きしめ真剣な顔でこちらを見据えるアテナ・グローリィに、アリスはため息を吐きつつ向き直す。

 

「アテナ先輩、いくら日本島が近いからって流石にそれは…」

 

「そうよね、忍者がそんな簡単に人前に出て来ないわよね…どうすれば…弟子入り…」

 

なんだか違う方向で納得しながら、不穏な事を呟くアテナに、アリスはいよいよ頭を抱える。

 

「大切な公演前だというのにそんな噂を流した人は誰ですか…でっかいおしおきです!」

 

「まぁあ〜」

 

 

 

 

「アプチキッ」

 

「どしたのアーニャ?風邪?」




※くしゃみです

食べ物の描写って難しいです…いよいよ次話から各々のストーリー展開に入ります!


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Navigation.3 〜 ほんの ひとしずくの 水(前編)

「後輩ちゃんは宇宙酔いとか大丈夫よね?確かオーバビスマシンの操縦とか得意だったわよね?」

「藍華先輩?それはまたでっかい人違いでは?」




お待たせしました!アテナさん☓那珂ちゃん回です!


「居た!先輩!ア・テ・ナ・先・輩!」

 

「あ〜、アリスちゃん…」

 

 人混みに溢れた食品マーケットから抜け出し、カンポ・サンジャコモ・ディ・リアルトに出たアリスは、うつむく男の像の横で『うつむく休日の水先案内人』となっている、スマートなシャツとパンツ姿のアテナを発見した。

 

「先輩、お会計をしている間に居なくならないでください。いい大人が、でっかい迷子ですか?」

 

「ごめんなさい。実は…「「忍者」」…そうなの〜。カンポの方に走っていく影が見えた気がして」

 

 そこまで聞いたアリスは軽くため息を吐きながら額に指を当て、困ったものだとここ最近の事を想起した。思えば数日前、あのまことしやかな噂が事の発端である。

まぁ社長が姫社長とお散歩に出かけたあの日、ネオ・ヴェネツィアに 『サムライやニンジャが出た』だの、『謎の大食い怪獣(注:ガチャペンでは無いらしい)が現れた』だのと、訳のわからない噂をアテナが耳にしたため、大事な舞台前に心乱された一件があった。

 元々突拍子も無いところでノリが良かったり、変なものに興味を惹かれることが多いアテナが、まさか忍者や侍にまで興味津々だとは付き合いの長いアリスも読めるはずもなく。

 しかもその噂は日に日に増え、『『水の妖精』をニンジャが天井から観劇していた』『水の上をニンジャが走っていた』『サムライが転がってきた樽を叩き斬って子供を助けた』『実はニンジャとサムライを操る偶像が』エトセトラエトセトラ。

 

「(大体なんですか!?水の妖精を天井から観劇してたって!でっかい迷惑です!)」

 

『水の妖精』とは、マンホームのヴェネツィアが水没する寸前に書かれたというオペラで、公演前日に劇場が水没してしまい資料も散り散りになるなど、幻となっていた作品である。

以前『ベリルカンパニー』のアッシュ・ベリルやアリス達の手により資料が見つけ出され、ネオ・ヴェネツィアにてヴァローレ劇場復活公演の演目として再現された経緯がある。

その後ベリルカンパニーとゴンドラ協会の協賛により、ベリルツーリストと提携したオペラ観劇とネオ・ヴェネツィア観光をセットにしたツアーも組まれ、幾度となく公演されているのだが、今回は特別公演としてアテナが主人公を演じたのだった。

アテナが舞台に立ったのは、以前一度だけ引き受けたオペラ公演。音楽祭での歌唱等は除き二度目の登壇ということで、アテナの変わらぬ人気ぶりにチケットは即完売。急遽増席されたがそれもあっという間に売れてしまい、アリスにとっても鼻が高い話だったのだ。

 

 それに水を差すようなこの噂。ちなみに今回の噂を流した張本人はアリスにより、シベリア送り。ならぬ、『トラゲット修行(の刑)(シベリアトラを見るまで)』に処された。

 そんな経緯もあり、多少なりともこの問題に憤慨しているアリスだったが、割と本気で落ち込んでいる様子のアテナが目に入り、少し溜飲を下げる。

 

「…アテナ先輩?せっかくの公演大成功のお祝い休暇なんですから、忍者の事は一旦忘れて、お買い物の続きをしませんか?」

 

 多少呆れながらも、笑顔でそう語りかけるアリス。せっかく会社が気を遣い取らせてくれたアテナとの三日間の有給休暇。訳のわからない噂に惑わされて無駄にするのは惜しいと気持ちを切り替えたようだ。

 

「…そうね、ごめんなさいアリスちゃん」

 

 アテナもそう言われ、ようやく立ち上がると笑顔を見せた。アテナとて、舞い上がるとドジをする回数が跳ね上がる自分のことを献身的にサポートしてくれているアリスと、最近は一緒に出かけてお礼を言う機会もなかったので、今回の公演に合わせて数日休みを取らせてくれるよう会社に根回しする程度にはこの時間を大事にしていたのだ。そしてもっと言えば、それこそ舞い上がっていたのである。

 

「もしかしたら、本物のにゃんにゃんぷうを見れるかも。と思ったら興奮しちゃって」

 

「…それはまたでっかい別物では?」

 

「えぇ〜?」

 

 スタスタと歩き出すアリスの後を困り顔で付いていくアテナ。やはりアテナの、舞い上がるとドジっ子になる伝説は健在のようだ。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「はあぁあ〜…」

 

 レモネードを飲みながら盛大にため息を吐きつつ、ウットリと手元のCDを見ている少女が一人。表情は緩みきっており、こころなしかいつもより頭のお団子ヘアーにもハリがあるように見えるのは、艦隊のアイドルこと、湘南鎮守府の那珂である。

 その横には、通り過ぎる観光客たちの視線をそこそこ集めつつ、困ったような顔で、それでも優しく見守る長髪の大和撫子、神通もいる。

二人の前のテーブルには、クロケッタと二人分のドリンク。ネオ・ヴェネツィアの旅カタログなどが置かれている。神通はそれとは別に、グラスワインとチケーティを何種類か楽しみながら、ニコニコというかニヤニヤとしている妹を酒の肴に楽しんでいるように見える。

 

 

「ふんふんっふふ〜ん、神通ー、那珂ー。おっ待たせ〜」

 

「姉さん。目的のものは…そ、それですか?」

 

「おうさ!」

 

 人混みを器用に避けながら、二人の待つリアルト橋の袂にあるヴァルまでやってきた川内は、両手に持ったバレーボール程の毛玉(?)を誇らしげに掲げてみせた。

 

「なんでしょう…それを見るとなんだか罪悪感が芽生えるのですが…」

 

「そうそう、ミスクラウドっぽいよね!?ムックン人形って言うんだってさこれ!はい、神通一個持っててくれる?」

 

 先ほど散策途中で見かけた的あての露天で、ドンと飾られていたこれが頭から離れなくなっていた彼女は、二人を先に行かせるとそこまで戻り獲得してきたのだった。

 神通は川内から渡されたそれをモニュモニュとしつつ、何とも言えない顔をしていた。

 

「ネオ・ヴェネツィアではこういったものが人気なのでしょうか?」

 

「なんかTVで人形劇やってて、グッズ色々出てるんだってさ〜」

 

 クロケッタを摘みつつ、川内は未だにモニュモニュを続ける神通を見て「(あ、結構気に入ってる)」と内心満足し、レモネードに口を付けて一息入れた。しっかりとネオ・ヴェネツィア観光を楽しんでいる様子の二人。それに比べて

 

 

 

「はあぁあ〜…」

 

 

 

「それで…那珂はまだ浮上して来ないの?」

 

「はい、ご覧の有り様で…」

 

 二人の会話など全く耳に入っていない様子で、未だに那珂はCDのジャケットを見つめ物思いに耽ったままだ。そのCDのジャケットには、シルバーパープルの髪を腰まで伸ばした女性が、夕焼けの中何かを歌っているような写真とともに、『ベスト・オブ・天上の歌姫』の文字。

 それは先日三人が見た、オペラ『水の妖精』で、その回のみ特別に主役を演じた水先案内人の、舟謡(カンツォーネ)を集めたCDだった。

 観劇の後から熱に浮かされたように何処かボーッとしたままの那珂は、今日の散策途中に偶然見つけたそのCDを買ったあと、川内が戻って来る直前まで(勿論神通に断りを入れて)プレーヤーでそれを聞いていたのだが。

 

「もういい加減落ち着いてるかと思ったら、更に堕ちておったかぁ…」

 

「那珂ちゃ〜ん、コロッケ冷めちゃいますよ〜?」

 

 ため息とともに呆れ顔の川内に、神通も苦笑しながら那珂に声をかける。その声にハッとした顔をしてようやく顔を上げた那珂は、ぽかんとしたまま二人の顔を交互に見ると、ようやくいつもの調子を取り戻す。

 

「あ、あっれ〜?せんちゃんおかえり〜!じんちゃんも、一人でCD聞いててごめんねっ?」

 

「はいよ、川内参上〜ってね」

 

「気にしないで?ほら、姉さんも帰ってきたことだし、食べたら橋の向こう側も見に行きましょう?」

 

「う、うんっ!よ〜し、那珂ちゃんバッチリ旅レポしちゃうぞ〜っ」

 

ようやくいつもの調子を取り戻した那珂は、ハグハグと美味しそうにクロスケッタを食べ始める。

 

「(那珂があんなに惚れ込むのって珍しいよね?)」

「(ですね。確かに素晴らしい舞台でしたし、あの方の歌が那珂ちゃんの琴線に触れた。と言うことなんでしょうか?)」

 

 アイドルというものへのこだわりから、実はかなりプロ意識の高い那珂。もちろん色々な音楽を聞き自身の参考にして居るのは知っていた二人。

 今回のネオ・ヴェネツィアへの旅行に際しての舞台観劇もその一環。位に思っていたが、どうもあのオペラで主演を演じた水先案内人のファンになってしまったらしい妹の様子に、それはそれで微笑ましい気持ちでコソコソと話し合うムックン人形を抱えた姉二人であった。

 

 

〜〜〜

 

 

 ズンズンと進むアリスの後を、買い物袋を抱えて着いていくアテナ。リアルト橋の傾斜もぐいぐいと登っていくそのアリスの背中はどこか逞しく見える。

 

「アリスちゃん、なんだか気合入ってるわね」

 

「はい、今日こそはあの的あてゲームにでっかい勝利…を…」

 

 何か言おうとしたアリスが、前を見たまま橋の中心部に差し掛かろうかという辺りで急に足を止めた。不思議に思い、アテナはアリスを追い越し前から顔を覗き込むが、橋の向こう側に目を向けたまま微動だにしないので、アテナもそちらに視線を向ける。

 

 

 

「ねぇ!なんで二人は私の頭にそのでっかい毛玉をくっつけてくるの!?」

 

「いやぁ、せっかくだから那珂のお団子もネオ・ヴェネツィアバージョンに」

 

「あらあら、ネオ・那珂ちゃんですね」

 

「もーっ!那珂ちゃんお笑い路線は嫌だって言ってるのにぃ!あとじんちゃんそこはかとなく酔っ払ってるよね!?何杯飲んだの!?」

 

「…うふふ」

「だめなやつだ!」

 

 

 

「「・・・」」

 

 二人はその三人組の方を見たまま固まってしまっていた。オレンジと白を基調にした自分たちの制服に通じる、セーラー服のような統一感のあるデザインの服に見を包んだ彼女たちは、三人共似たような顔つきをしていて、ひと目で姉妹と分かる。

 真ん中のお団子ヘアーの子以外の二人は、肘の上まである手甲を身に着け、腰のあたりは帯のようなものを締めており、どうにもセーラー服が和服のように見えてしまう。

 黒髪長髪の女性は、リボンと何故かはちまきを巻き、左腰に和傘を挿しているのが、なんとなく侍そのものである。

 そしてもうひとりの、大きな毛玉を両手で真ん中の子のお団子頭にくっつけている女性は、長いスカーフのようなもので口元を隠し、腰の後ろに黒い和傘を刺しているのだが、その佇まいはまさに忍者。

 アリスはまさか噂の主が目の前に現れるとは思ってもおらず、視線を固めたままだ。

 だが、真ん中で二人に弄ばれながらも満更でもない表情をしているお団子ヘアーの子。噂の侍と忍者よりも何よりも、アテナはその子に見覚えがあった。

 

 

 

「まぁまぁ、神通だってたまには…ん?」

 

「あら…?」

 

「もぉう今度は何…んぇ?」

 

 こちらを見つめているアテナとアリスに気づいた三人も、目が合ったかと思うと、ポカンとした顔をして固まってしまった。

 

 お互いが数刻固まったあと、全員がハッとしたように動き出し、驚いた様子で話し始める。

 

「アテナ先輩…忍者と侍が…でっかいダブルムックンで…アテナ先輩?」

 

「那珂!あの人!オペラの!」

 

「那珂ちゃん…那珂ちゃん?」

 

 そんな風に広がる動揺の中、未だに固まっている二人。そのアテナの表情が、ぱあっと晴れやかに変わるのと、那珂の頬を涙が伝い落ちたのはほぼ同時だった。ギョッとする三人を尻目に、興奮を抑えるように『歌姫』と『アイドル』は呟いた。

 

 

 

 

 

「那珂ちゃん…?本物の…?」

 

「アテナ…グローリィ…様…」

 

 

 

 

 

 

「えっ?ナカチャン?」

 

「「…様ぁ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い日々も 夕映えに沈む

 

赤い骨のビルディング

 

あれは滅んだ竜

 

ここはもう 森じゃない

 

くちづけをください

 

風の中で 戸惑っているから

 

あなたを失いたくない

 

ふいに消えそう

 

ほんのひとしずくの水に映る

 

空は深くて

 

時がくれば 私にもわかる

 

朽ちかけた大木に

 

みどりは芽生えるよ

 

夢はまだ 眠ってる

 

抱きしめてください

 

鋼の街 冷え切っているから

 

あなたを失いたくない

 

胸が震える

 

ほんのひとしずくの水に映る

 

空はなぜ 遠い?

 

あなたを失いはしない

 

どうか 叶えてほしい

 

ほんのひとしずくの水に映る

 

愛を伝えて…

 

伝えて…伝えて…

 

 to be continued…










「いやいやいや!出ないですってトラなんて!ここ(海)鳥しか来ないですよ!?」


「でっかい閉廷します」カンッカンッ


「出ないってぇ〜…」



後編もできる限り早く!お待ち下さい!


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Navigation.3 〜 ほんの ひとしずくの 水(中編)


?「ねぇ作者?」

作「(ビクンッ!)」

?「流石に2年もトラゲット業務に携わるとは思っていませんでしたよ?あゆみさんも、最近は完全に同志を見つけたような顔をしています」

作「アノソレニツキマシテハタイヘンモウシワケナイト……」

?「シベリア送りです!!!」




 

 ネオ・フラーリ広場に社屋を構える、水先案内店『オレンジぷらねっと』。

ネオ・ヴェネツィアにおいてトップの売上を誇る会社に恥じぬその荘厳な見た目の社屋は、中世ヨーロッパの古城をモデルとした建物である。

この社屋に併設された社員寮は、基本的には所属水先案内人以外の一般人は立入禁止となっている。しかし各々が友人知人を裏口からこっそり招き入れていたり、また寮長に話をつけるだけで寮への部外者宿泊が可能なため、半ばこの規律はあってないようなものだが。

 そんな社員寮の一つの窓から、エアロバイクが飛び去っていく。

 

「まいどあり〜なのだ〜!」

 

「ありがとうございました〜」

 

ボディに『ROMAN AIR CLUB』と書かれたエアロバイクが見えなくなると、荷物を受け取ったアリスは勝ち誇ったような笑みを浮かべ振り返った。

 

「どうですか?でっかいそっくりだったでしょう?」

 

 

「ぷっくく…ね、姉さん…笑っては失礼で…ふふっ…」

「んふっ…そういう神通だって…クククっ…」

 

 室内には2つのベッドが両側の壁に沿う様に置かれており、その片方では神通と川内が俯き顔を伏せるように笑いを押し殺していた。その反応に満足するように、アリスは笑みを若干のドヤ顔に置き換えつつ、受け取った荷物をベッドの間、部屋の中央の床に置かれたローテーブルの上に置いた。

 

「ふふん、だから言ったでしょう?私の知り合いにムックンそっくりの風追配達人(シルフ)が居るって。これででっかい信じてもらえましたか?」

 

「「はい大変申し訳ありませんでした」」

 

 アリスの言葉を受け、2人はベッド上で三つ指を付ききれいな土下座を行う。それを見てアリスはフフンと鼻を鳴らしながら、満足気に頷いた。そして、見ないようにしていたもう一方のベッドの方に視線を向ける。

 

 

 

 

「キャハッ☆(*ノω・*)」

 

「きゃ、きゃはっ」

 

「違います!もっと自分の可愛さを凝縮してぶつけるように!キャハッ☆(*ノω・*)」

 

「き、きゃはっ★」

 

「もっとーっ!あの2つのお月様(フォボスとダイモス)をメロメロにするつもりで!」

 

「きゃはっ★(*ノェノ)」

 

 

 

 

 

 

 

「なんですかこれは」

 

 思わずいつもの口癖も忘れアリスはつぶやく。そこには、先程からベッド上で繰り返しおかしな言葉を発しながら、おかしなポーズを取り続けている那珂と、それを床から見上げつつ必死に真似をし続けているアテナがいた。傍から見れば珍妙な光景だが、2人共全力の笑顔ながら真剣な雰囲気で、額には汗が滲んでいる。

 

「あ〜、那珂のアイドル魂に火が点いてるよ」

 

「……あいどるだましい?」

 

ベッドに腰掛けた川内の口から聞こえた耳馴染みのない言葉に、アリスは思わずオウム返しをしてしまう。見ると川内は満面の笑みで。神通は少し困ったような、微笑ましいものを見るような表情で2人のやり取りを眺めていた。

 

「(…でっかいアリシアさんと晃さんみたいです)」

 

アテナが突拍子もないことをやらかしたときに、同じような優しい笑顔で見つめていた、ここに居ない、しばらく顔を合わせていない水の三大妖精2人の顔を思い出しつつ、アリスは人数分の食器を取りに食堂へ向かうのだった。

そもそも、どうしてこんなことになっているのかといえば、時はリアルト橋で5人が遭遇したときにまで遡る。

 

〜〜〜

 

 満面の笑みで那珂に駆け寄ったアテナが手をガッシと握り、ブンブンと豪快な握手を交わすも、那珂は那珂で滂沱が止まずされるがままになっており、その他3人も状況が読めず立ち尽くすしかなかった。

だが、ここがどこだか思い出してほしい。AQUA有数の観光地ネオ・ヴェネツィア。しかもリアルト橋のど真ん中である。更にそこに居並ぶのが、かの水の3大妖精が一人、天上の謳声(セイレーン)とその弟子にして稀代の天才である黄昏の姫君(オレンジプリンセス)。重ねて巷で話題の謎の三人組と来たら、周囲の観光客たちが黙って見ているはずもない。

漣のようなざわめきがどんどんと広がっていくことに、ようやく気づいた当事者3人。謎の連帯感でアリスとアイコンタクトを交わした神通と川内は、素早く未だ興奮冷めやらぬアテナと那珂を回収。アリスの先導で、喧騒からの脱出を図ったのだった。

 幸い、オレンジぷらねっとの社員寮があるネオ・フラーリ広場までは徒歩で20分ほど。なんとか人混みから離れた所で、改めて自己紹介等をしつつ、せっかくなのでとアリスが自室へと招いたのだ。

なにせようやく落ち着いたというのに、アテナと那珂はまるでお互いに憧れのお姫様にあったかのように手を握ったまま、何事か話しながら3人の後ろを歩きながらついてくるが、もう完全に二人の世界だ。このまま放置もできない。それに

 

「アチャ~っ、そんな噂が?」

 

「もう、だからあまり派手な動きはやめた方が良いと言ったんですよ姉さん。ここは湘南鎮守府(うち)じゃないんですから」

 

「ごめんごめん、ちょ〜っと舞台が見にくくて……てかそういう神通だって!何も抜刀術しなくても助けようがあったじゃん!」

 

「あ、あれは!酒樽が転がっていった先での二次被害を防ぐために仕方なく!」

 

と言い合いをしているニンジャとサムライもいる。話を聞いてみると、彼女たちは地球の海の守護女神として火星までその名を轟かせる日本の『艦娘』、川内型の三姉妹なのだという。アリスはあまり地球の事情に詳しくはないが、英国のアークロイヤル級艦娘の活躍などは両親から稀に聞いたことがあった。

 想像の斜め上を行く内容だったとはいえ、少なくとも例の噂が真実だった証明が目の前にいるわけで、トラゲットにて外部練習(おしおき)を行っている噂好きの後輩に引き合わせてみたらどうなるかなどと、静かな混乱の境地にあった。

そんなわけで色々と考えを巡らせながら歩いていたアリスはつい、言い合いをしている二人の手元にある巨大な毛玉を注視してしまっていた。

 

「ですから!別に試し切りとかでなく……アリスさん?」

 

「…っああはい!?でっかい何でしょうか?」

 

 そんな視線に気づき、神通は言い合いを切り上げ声をかけた。はっとしたような表情を浮かべ素っ頓狂な声を上げたアリスだったがそこは接客のプロ。すぐに営業スマイルを浮かべ取り繕うも、歩きながらヒョイッと器用に覗き込んでくる川内は満面の笑みだ。

 

「ほほう、アリスちゃんも…わかるかね?このぬいぐるみの良さが」

 

「………………なんのことだかでっかいさっぱりです」

 

もちろんわかっていた。あのムックン巨大ぬいぐるみは、アリスが偶然見つけた的あての露天でしか見たことがない謎のグッズで、幾度となく挑戦したが手に入れられなかったものなのだから。とはいえ、何故かそれを手に入れた出会って間もない見るからに自分とは違うタイプの人に対し、素直に同じ感性を持っていると言えず

 

「えっとあの、そう。知り合いに似てる。そう思っただけです」

 

と、とぼけるしか無かったのである。とはいえ、明らかに妙ちきりんな見た目と言う意識を持っている川内と神通は

 

「……これに似ている?」

 

「……知り合いが?」

 

と、思わず顔を見合わせてしまうのであった。

 

 

〜〜〜

 

 そして時は今現在へと至る。

アリスの言葉を穏やかな、それでいて子供の可愛い嘘を受け止め流すような顔をしていた二人に対し、それならばとアリスが本人を呼び寄せることで納得させることに成功したことでひとまず溜飲を下げ、食堂から人数分の食器を手に部屋へと戻ってきた。ウッディに連絡し来てもらうときに一緒に届けてもらった、軽食や飲み物などを取り分けるためのものだ。

一心不乱に那珂と謎の動きを繰り返しているアテナの事は横に置いておくとして、地球(マンホーム)から来た客人を最低限もてなすくらいの事ができなくては、『気遣いの達人』の弟子としての名折れだ。

そんな風に張り切りつつ部屋の前に到着すると、先程までの喧騒は室内からは聞こえてこず、代わりに漏れ聞こえる馴染みのある歌声にアリスはそっと扉を開けた。

 

「♪〜〜」

 

 室内では窓を背に、アテナが舟歌(バルカローレ)を紡いでいた。川内たち3人はベッドに腰掛け、静かに目を閉じ耳を傾けており、邪魔をしないようにアリスも入室するとできるだけ音を立てないように食器をテーブルに置き、そのまま床に腰を下ろすと、揺蕩う時間を共にすることにした。

 

 

 

 

「♪〜〜……はい、こんな感じでどうかしら〜?あ、アリスちゃんも、色々準備をありがとう」

 

「いえ、それよりアテナ先輩。あの珍妙な踊りは終わったんですか?」

 

「えぇぇ〜、珍妙じゃないわよ〜?立派な練習よ、そうよね那珂ちゃん」

 

軽やかに歌い終わり、微笑みながらアテナは座っているアリスに声をかけるが、けんもほろろな対応に困ったような表情で那珂に話を振る。しかし、那珂は手を合わせてお祈りをするように目を閉じたままである。

困ったアテナとアリスは、パチパチと拍手をしている川内と神通に視線を向ける。

 

「あ〜、あれは多分心のメモリに永久保存版として焼き付けてるんだと思うから気にしなくていいよ?書き込みが終われば再起動するから。それよりやっぱりアテナさんはすごい!オペラも凄かったけど、本物のカンツォーネ?もやっぱり凄いね!」

 

「艦娘の方というのはでっかいそんな特性が?」

 

「それにしても本当に素晴らしい歌でした。私は芸術には疎いのですが、劇場で拝聴した際にも感じました。心を揺さぶられるというのはこういうことなのだと」

 

「あ、スルーしていいやつなんですねこれは」

 

「そんな大げさよ〜。でもありがとう」

 

「はぁ…アテナ先輩。そもそも一体全体どうしてこのようなことに?」

 

 視線を向けられた二人は慣れたもので、那珂の状態を軽く流しつつアリスの質問に答えながらも、アテナに称賛の言葉を送る。アテナは謙遜しながら、テーブルの周りに人数分のクッションを並べていく。それに合わせてアリスも人数分のグラスにジュースを注ぎながら、ずっと疑問に感じていた疑問をアテナにぶつけた。

 

「えっと……このようなって?」

 

「さっきの珍妙な踊りとか、アテナ先輩がカンツォーネを歌っていたこととかです」

 

心底何を言われているのかわからないといった表情のアテナに、アリスは多少の呆れを感じながら質問の内容を変える。するとようやく合点がいったような表情を浮かべ、アテナは説明をし始める。

 

「あぁ〜、そうよねごめんなさい。あのね?那珂ちゃんが私のカンツォーネを聞きたいって言うから、代わりに私もアイドルテクニックを教えてもらってたの〜」

 

「すいませんちょっと頭が理解を拒否しました。でっかいなんですって?」

 

「アイドルテクニックよ〜?きゃはっ★(*ノェノ)」

 

「……はぁ」

 

 説明を受けたからとて、この世の中には理解できないことがあるんだな。と、アリスは初めて思い知らされた。それが敬愛する先輩であり師匠が、あの珍妙な踊りと、見たこともないようなぎこちない笑顔を浮かべていた理由なのか?そもそもアイドルとは何なのだろうか?と、以前アテナが記憶喪失になったと言い出した時や、魔女っ子を自称し窓から梯子で侵入してきた時の様に、アリスの脳はまた若干思考を放棄し始めていた。

 

「あの〜、私からも質問よろしいですか?」

 

「えぇもちろん、何?神通さん?」

 

 言葉を失うアリスはアリスとして、アテナが置いたクッションに移動していた神通がおずおずと手を挙げる。二人のやり取りを聞きながら、何やら思うところがあったようだ。

 

「そもそもアテナさんは、どうして那珂ちゃんのことをご存知だったんですか?」

 

「あ、そう言えばそうだ。あの橋で会った時、『那珂ちゃんですよね!?』って言って駆け寄ってきたのアテナさんだったもんね、那珂じゃなくて」

 

「そうね、みんなにはお話してなかったわね〜。実は」

「はっ!?ここどこ天国!?」

 

「あ、再起動した」

 

 

〜〜〜

 

 それは一ヶ月ほど前。アテナが地球から来た観光客の家族を乗せ、観光案内の業務をしていたときのことである。

風車の丘を通るおなじみのコースで、いつものようにカンツォーネを歌い終わると、乗客だけでなく丘でピクニックなどをしている人たちからも、惜しみない拍手が送られる。

今回の乗客は、両親と小さい女の子の3人家族。しかもその子は将来歌手になりたいらしく、両親はアテナのカンツォーネを聞かせるのを目的で火星旅行を計画したというのだから、さすがのアテナも少し張り切っていた。

 

「お客様。次は一曲、私と一緒に歌いませんか?」

 

そう言って穏やかに微笑むアテナに、女の子は大喜び。さて一緒に歌える童謡を聞こうかなどと思っていたが、

 

「わたし、なかちゃんのおうたをいっしょにうたいたい!」

 

「えっと……ナカチャン?」

 

「おねえちゃん、なかちゃんしらないの?」

 

まさか知らないと言われるとは思わなかった。そんなキョトンとした女の子に困ってしまったアテナは、両親に救いを求めるような視線を向ける。

 両親の説明では、『那珂ちゃん』という、地球で歌手のような広報活動をしている艦娘の子がいるらしく、戦争終結後の今、子どもたちの間で人気がじわじわと上がっているとのこと。

そんなアテナに、女の子は楽しそうにお気に入りだという曲を歌って披露してくれた。あまり聞き馴染みのない明るい曲調だったが、女の子が心の底から楽しそうに歌う姿を見て、アテナはふと。可愛い愛弟子の、昇給試験時の姿が重なって見えた。

 一体どんな子なんだろう。その日の仕事を終え、なんとなくあの女の子の歌った曲が心に残っていたアテナは、あまり得意でないネット端末を使い、『那珂ちゃん』の歌を聞いてみることにした。

 

 それはまるで朝日のようだった。

 

夕焼けや、夜の帳に例えられる自分の歌に対し、まるで希望に満ちた朝日のような、キラキラと輝く世界。アテナがその輝きに魅了されたのは、そんなキッカケからだったのである。

 

〜〜〜

 

「というわけなの〜」

 

「いやいやえへへ〜。那珂ちゃん宇宙に名を轟かせちゃってたか〜」

 

 グラスを持ちながらニコニコと話し終わったアテナの隣では、話の主役であった那珂が盛大に照れていた。そんな二人を見て、川内と神通は苦笑いをこぼし、アリスは若干の頭痛をこらえるように額に手を当てている。

 

「奇妙な縁というのもあるものですね、姉さん」

 

「ホントだね。まさかこんな凄い人が那珂のファンだったなんて」

 

「またアテナ先輩は少し目を離すとでっかい異文化に……」

 

そんな四人の姿を見ながら、アテナは一口グラスを傾けると先ほどとは違う穏やかな笑みを浮かべる。

 

「……歌はね、誰かに聞いてもらうものなの」

 

「「「?」」」

 

「アテナ先輩……?」

 

聞き覚えのある言葉に、アリスは顔を上げた。

 

「私は、自分が好きな歌を歌って、それを誰かが聞いてくれたら嬉しい。そんな風にいつも思ってるわ。でも那珂ちゃんの歌には、私の歌にはない、『聞く人を守りたい』そんな想いが感じられたの。それで私思ったわ。あぁ、凄いって」

 

「アテナ先輩……」

 

ゆっくりと言葉を紡ぎながら、アテナは那珂の方を見る。先程までデレデレとしていた那珂も、今は真剣な目をして見つめ返した。

 

「那珂ちゃんは、地球で戦いながら、自分の歌を聞いてくれる人達を守りながら歌っていたのね。『艦娘』那珂ちゃんとして。『アイドル』の那珂ちゃんとして。とても眩しかったわ、ただ聞いてもらうだけで満足していた、『セイレーン』と呼ばれる私には」

 

「……大絶賛だね」

 

「ここまで妹を褒められると、なんだか気恥ずかしいものがありますね」

 

アテナの静かながら熱のこもった話に、全員が聞き入っていた。とはいえ内容的に、川内も神通も那珂が憧れの人からここまで褒められているので自分のことのように喜んでいたし、アリスもアテナのこういった音楽への思いに触れることは多かったが、他人への評価はあまり聞いたことがなく、黙って聞いていた。

 

 

 

 

「なので!」

 

 

 

 

「「「うわっ!?」」」

 

 突然大きな声を出しながらアテナは立ち上がった。あまりの勢いの変化に、感慨に浸っていた三人は想定外の展開に思わず見上げる。

 

「こうして那珂ちゃんに会えたのもなにかの奇跡!せっかくだから、那珂ちゃんから直接『アイドル』のテクニックやハートを教わろう!そう思ったの!きゃはっ★(-ω☆)」

 

「これは……でっかい台無しです」

 

 先程まで教わっていたであろうポーズを決めるアテナに、盛大なため息とともに再び頭を抱えるアリスであった。

 

 

…to be continued




?「トラゲット、朝の五時半。動物は一匹も出ません」



大変大変大変長らくおまたせいたしました。むしろお待ち下さった方がいらっしゃるのかすら定かではありません。それでもお伝えしなくてはいけません。お待たせしました。

この2年間で、白い杖を持つようになった作者でございます。そして重ねて申し訳ありません。書きたいことが増えすぎて、三部構成になってしまいました!!

続きはできるだけ早く!


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