東方凡庸録 (バルバドス)
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序章
1話 迷いこんで、幻想郷


大学生になって大きく変わったのは生活リズムだ。

高校生までは周囲の同級生達に合わせればよかったし、小中とやってきたサイクルを継続すればよかった。

一方大学生はこれまでの12年とは違い、多種多様な生活リズムが生まれる。

毎日来る奴もいるし、時々午後に顔をだす奴もいるし、途中から顔を見なくなるやつもいる。

自由を得た代償に求められる自立。

社会人への最終段階。

あと四年もないと言うのに、社会人として働く自分はどんなスーツ来てどんな職場で働いてるんだろうな...。

全く想像がつかない。

別に憂いている訳ではない。他人事のように感じてしまう。

僕の大学は世間一般でいう所謂Fラン、とも言われる大学だ。お世辞にもいい大学ではないが、高望みしなければ就職先はある。

そうしてレールにのってどこかに勤めることになる。

なんにも持たない僕はそうして社会の中へと溶け込んでいく。

自分のことなのに、どうしてこうも軽く考えられるのか。不思議で仕方ない。

 

話は変わって客が来ない。あぁ、今バイト中です。

個人経営の飲食店で絶賛労働中ですが、かれこれ小一時間はお客が来ないので、考え事をしていました。

 

「おい遊、暇ならこっちで座ってていいぞ」

 

店長の前島さんがカウンターから顔をだして手招きしている。お言葉に甘えてカウンターへと入り、厨房から離れた椅子の一つに腰かけた。

 

「しっかしなんで今日は来ないんだろうな」

 

「お得意さんも今日は来ませんでしたね。」

 

この店は駅から徒歩数分にある。距離で言えば勝ち組だ。そんな訳で普段なら会社帰りのお得意さん達が呑みにくるのだが。

 

「んー、まぁそんな日もあるな。ちょいと早いが閉めるか。」

 

「わかりました」

 

こうして僕は最後の一時間、掃除だけで時給980円を手にした。

 

 

 

夜10時、店を出た僕は寝静まらない繁華街を抜け閑静な住宅街へ入った。家々から漏れる明かりと夜光虫飛び交う街灯が夜道を照らしてくれている。

夏間近を感じさせる嫌な湿度に根気負けし、袖を肘辺りまで上げた。

 

静かだ。僕はこの時間が好きだ。

別に内向的な性格とかいうんじゃない。ただふとした数分、人間一人でいる方が好ましい時間がある。

耳を澄ませば僅かに聞こえる音がある。ただ今だけは聞こえなくていい。

暗い夜道、風と夏間近の熱気だけを感じていたい。

あぁ、なんか良い雰囲気。こう言う時は音楽でも聞こう。

立ち止まりポケットから携帯を取り出すと、音楽アプリを開いて適当に一曲セレクト。そして耳と心をイヤホンに傾ける。

...アニソンか、気分的にはしっとりとした曲を聞きたいな。

また立ち止まり携帯を取り出し次は曲を吟味する。

この雰囲気にあった短調の感じというか、失恋系というか、暗めな奴。

立派な歩きスマホだ。こんな暗い夜道にスマホに意識を向けて危険極まりない。

このまま人や自転車にぶつかったらどうするんだ。

 

「お、これ良さそう」

 

やっとイメージ通りの曲が見つかりすぐさま再生。

暗い夜道、孤独な僕、寂しい。曲のイントロはそんな僕と同じ。よし、これ聞きながら帰るか!

顔をあげると、またまた立ち止まった。

歩きスマホで事故や事件に巻き込まれた話はよく耳にしていたが、これは聞いたことがなかった。

いつの間にか日は昇っている。

目の前には石段が上へずらり。何段あるのか数えるのも億劫で、見ているだけで顔がひきつる。

そして僕がいるのは、コンクリートの道路から土の地面。轍が僕を挟むように左右延びていて、道は暫くどこかへと続いている。背後には鬱蒼と木々が生い茂って雑木林となっている。

なんだ、どうしたんだ。

あまりに唐突で意味のわからない場面転換に驚くあまり一周して冷静に現状を把握できた。

人間、度を越えると恐ろしい程冷静になれるのは本当らしい。ゆっくりとイヤホンを取り、ポケットにしまった。

だが冷静に把握するも、結局何がどうなったのかわからない。

さっきまで自宅付近の道を歩いていて、気がつけば目眩がおきそうな石段の前に立っていたと。

おまけにお日様は真上で、整備されてない道に生い茂る木々。

誰か説明してくれ、夢か、夢なのか?

頬をつねるも皮膚を赤くしただけだった。いてっ、と僕の声が虚しく響くだけ。

夢じゃなかったらなんなんだよ。

現実なのか、これが?

 

ここに突っ立ってゴタゴタ言ってても良い。待っていれば何か起こるかもしれない。そして道もある。

左右の道、そして石段。進むなら三択。

なぜかわからない。理由もない。

僕は兎に角進むこととした。それであろうことか石段を選んだ。

体験したことのない傾斜に開始数歩で選んだ道に後悔するが、体が吸い寄せられるように上へと上っていく。

この先に何かある、かもしれない。

確証もない、根拠のない自信とも言えない。

ただそれ以上に言葉にできない何かがあった。

 

 



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2話 こんにちは幻想郷

はひぃ~...はぁ、ふぅー。

 

ひぃひぃ、はぁはぁ。

 

分かりやすいを通り越し教科書のような息切れに棒となって小刻みに震える足は最早教材ビデオの生まれたての子鹿だ。

数分、いや数十分経ったか。やっとゴールが見えてきた。

 

我ながら一度も足を止めることなく上り続けたのは自画自賛したい。僕にもこんな根性があったんだな。

あと、5、4、3。

石段が終わりその先の景色が視界に入ってきた。

 

まずは中々立派な鳥居、その奥に本殿。他に目につくのはない。なんというか画に書いたような境内だな。

本殿は大社と呼ばれるサイズではないが、近所にひっそりとある名も知らぬ神社のサイズではない。

 

名前もしっかりついていて、拝めば何かしらご利益がありそうだ。

 

神社か、もしかすると神主か誰か関係者がいるかもしれない。この際誰でもいい、僕にここを教えてくれ。

 

疲労困憊の全身は重く石畳を歩く足取りは重かった。

本殿へと近付き、賽銭箱の前まで寄ってみたが人の気配はない。

 

 

「すいませーん」

 

 

取りあえず呼び掛けてみるが、返事なし。

嘘でしょ、ここまでもうどれだけ体力を消耗したか。それで情報なしは酷すぎる。

 

頭を抱えたくもなる。どっと押し寄せる疲労に耐え兼ね行儀の悪いことに賽銭箱前の数段の段差に腰かけた。

 

はぁ、あまりにも現実は残酷すぎる。俯き、深いため息が無意識に漏れる。

 

さて、これからどうしようか。

 

 

「ん?誰だお前」

 

 

前方、階段の方から声がした。顔を上げるとなんとまぁ派手な格好の女性が立っていた。

 

人目で魔法使いとわかるその格好。白のシャツの上に黒のベストのような物を着て、下はふんわりと膨らみのある黒のスカート。とんがり帽子と片手に箒。それに金髪。

 

中々に強烈な人物に声をかけられたな。

 

 

「見ない顔だな。ここに参拝なんて珍しい奴」

 

 

「あの、すみません。ここどこですか?」

 

 

ただ今の僕にとっては格好など心底どうでもいい。

 

人がいた、ならば聞くしかないのだ。立ち上がり少しだけ寄る。

 

 

「ん、ここか?博麗神社だけど」

 

 

「博麗神社...?」

 

 

「もしかして知らないのか?」

 

 

こくりと頷くと目を丸くしたまま見つめられる。

 

 

「参拝客が来なくてとうとう地名の場所すら覚えられなくなったか...嘆かわしいねぇ」

 

 

魔法使いさんは掌を上向けやれやれといったジェスチャー。金髪なので外国人らしいジェスチャーがよく似合っている。

 

さて、ここが博麗神社って場所は把握できたが、それだけじゃなにもわからない。ここはいっそありのまま話してみるしかないか。

 

 

「あの、僕気付いたらここにいて、本当に右も左もわからなくて」

 

 

「...あぁ、そっちか」

 

 

「そっち?」

 

 

「外から来た奴か。久しぶりに見たぜ」

 

 

「あの、何が何だか」

 

 

「説明は後ろの巫女にして貰った方がいいな」

 

 

魔法使いさんが目をやった方へ振り向くと、そこに人がいた。賽銭箱の後ろに立つこれまた一目でわかる巫女さん。黒髪でショート、まだ年端もいかぬ少女の顔立ち。

 

赤と白が使い分けられたおめでたい色使いの巫女服だが、よく見ると上腕部分の袖が少しばかりない。見たこともない独立する袖をした服だ。

 

 

「いきなり何よ」

 

 

「そう言うなよ霊夢。迷える子羊が助けてほしいってよ」

 

 

「うちはキリストじゃないわよ」

 

 

知り合い、だな。それで金髪の魔法使いの名前は魔理沙。多分下の名前、ファーストネームだ。

 

 

「それで、貴方ね。名前は?」

 

 

「あ、高橋遊です。」

 

 

「そう。私は博麗霊夢で、そこの魔法使いが霧雨魔理沙」

 

「えっと、博麗さん。僕は一体」

 

 

「簡潔に言うとここは貴方の住む世界とは違うの。」

 

 

住む世界が違う。それじゃあ異世界に迷いこんだというのか。最近流行りの異世界転生、転移系か?

 

 

「ここは幻想郷、忘れ去られた者の楽園。」

 

 

「げんそう、きょう」

 

 

「貴方の住む世界からそう遠くない場所にあるの。でもちょっと複雑な理由で結界を張って自由に行き来できないようにしてる。」

 

 

「それじゃあ、帰れないんですか?」

 

 

「ちょっと面倒だけど結界を緩めれば外に出してあげられる。」

 

 

話が僕の理解力を既に越えているが、帰れるのならそこは謎のままでいいか。とにもかくにも帰れる、それでいいじゃない。

 

 

「で、帰るの?」

 

 

「はい!お願いします。」

 

 

「じゃあ待ってて」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

博麗さんは本堂の中に入ろうとその場で反転した。

 

その時ふと、気配を感じた。第六感というのか、本能的に右へ体を開けた。

 

 

「ふふふ、どうも」

 

 

また見たことのない人が音もなく今度は僕の隣に立っていた。

 

また金髪だが、今度は紫を基調としたロングドレスにピンクの日傘。霧雨さんや博麗さんより1つお姉さんな落ち着いた雰囲気の女性。

 

 

「いきなりごめんなさいね」

 

 

「は、はぁ」

 

 

くすくすと口許を隠して笑う仕草も上品で、良い家の生まれなんだろうなと感じた。

 

 

「霊夢、まさか結界を緩める」

 

 

博麗さんは本堂の戸にかけた手を下ろして、突然現れた女性に向き合った。

 

 

「そこにいる外来人を帰すためよ。それだけ」

 

 

「...その必要はないわ」

 

 

「なんでよ」

 

 

「彼はここにいてもらう。」

 

 

...あれ?僕は帰れる流れじゃなかったの?

聞きたいのは山々だが、なんというか口を挟める雰囲気じゃない。当事者なのに、傍観者。

 

 

「どうして?帰りたがってるわよ」

 

 

「だって彼は偶然、偶々幻想郷に迷いこんだんじゃないのよ。」

 

 

「まさかアンタ」

 

 

「神隠しにあったの。」

 

 

神隠し、神隠しって突然消える現象のことだったような。

 

 

「何が目的なの?」

 

 

「彼はここに来るべき人間なの。それだけ」

 

 

「...ま、アンタに何言ってもはぐらかされるだけだし、もういいわ。」

 

 

博麗さんは今度こちらを向き。

 

 

「この妖怪の賢者様がダメだって。」

 

 

「え、っと、どうしてですか?」

 

 

「貴方のためなの。」

 

 

「僕のため?」

 

 

元にいた世界に帰すより、ここにいた方が僕のためになる?

読めない、この人はさっぱり、何を考えているんだ。

 

 

「そう、幻想郷はのんびり暮らせるわよ。貴方にはお似合いじゃない?」

 

 

「す、すろーらいふって奴ですか」

 

 

「そうそう。静かで、穏やかに暮らせるわよ。海はないけど自然に囲まれてご飯も美味しいし」

 

 

なんだかそう聞くととても魅力的に聞こえる。

 

ただいいのかな。もし万が一このままここに永住するってなると...。

 

 

「もしかして外のこと心配してる?なら問題ないわ。外の時間の流れはここよりゆっくりなの。だから当分いても支障はないはず」

 

 

うぉ、何て都合がいいんだ。原理とかわからないけど、当分いても問題ないなら、お言葉に甘えようかな。

 

と言うか自分じゃ帰れないし。

 

 

「じゃあ、暫くお世話になります」

 

 

「うふ、ようこそ、幻想郷へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ霊夢」

 

 

「何?」

 

 

2人が会話する最中、霊夢の元へ寄った魔理沙が声をかけた。

 

 

「幻想郷の時間の流れと外の時間の流れって、同じじゃなかった?」

 

 

「そうよ。」

 

 

「え、じゃあ紫が嘘ついたってこと?」

 

 

「何を考えてるのかしらね」



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3話 憧れて、空

竹ほうきなんて持ったのはいつぶりだろう。小学生以来だろうか。あの頃はこのほうきは大きくて掃くのに一苦労だったが、今では難なく扱える。

季節は夏前、木々に囲まれたこの博麗神社の境内には若々しい緑の葉があちこちに散らかり、なんとも掃除のやりがいがある。

さて、始めますか。まずは境内の奥にある倉庫付近から本殿へと集めていこう。

しゃっしゃっ、竹箒の先が地面に擦れるこの音は、掃除しているって音で良いもんだな。

そんで、この音を遮る物はない。静かだ、長閑だ。

 

八雲紫、幻想郷の創造に関わったとされる大妖怪。

表面は決して悪い人ではない。無愛想でもないし、威圧感もない。ただ話しているうちに違和感を覚える。

こちらの話している以上の情報を与えているような、話の主導権を全て奪われているような、兎に角会話しているって感じじゃなかった。

読めない人、何考えてるかわからない。

 

だから僕を幻想郷に留まらせたのも、何か意図があるんじゃないかって、勘ぐってしまう。

本当にただの好意か、物好きか、それならそれでいい。

目的があって置いていたとしたら、なんか怖い。

幻想郷の全貌を知らないから、何が起こって誰と出会うのか、期待より不安が大きい。

 

「さぼらないで掃除」

 

「す、すみません」

 

本殿の縁側に腰掛け監視している博麗さんに釘を刺され止まっていた手を動かす。

今のところ、霧雨さんに博麗さんと怖い人にはあってない。特に博麗さんはなんだかんだここに暫く居候させて貰えることになったし、感謝しかない。

それと博麗さんを根気よく説得してくれた八雲さんにも感謝しないと。

面倒な家事全般を彼に押し付ける。

これは博麗さんにとっては中々の条件だったらしい。

事実この境内の掃除は骨が2、3本折れそうだ。

 

「そこ、まだ汚い」

 

「はい」

 

そう言えば彼女たちの外見、どう見ても僕より年下だ。

実年齢とか単刀直入で聞ければいいんだけど、僕にそんな度胸あれば楽しい幻想郷ライフになっていた。

んー、ざっと中学、高校?そんなとこかな。

年にして13~18か、大分触れ幅あるな。最低で2歳差、最高で7歳差か。

7歳差ともなるともうジェネレーションギャップが生じる差だな。

 

しゃっしゃっ、しゃっしゃっ。

つまらないことを考えながら黙々と掃除をする。別に掃除しながらでも会話出来るんだけど、掃除ってなんとなく黙ってしまう。

博麗さんの方から声はかからないし、兎に角居候の身としてはあくせくと働かねば。

 

「掃除が終わったら食器洗ってね。」

 

「わかりました」

 

「じゃあ私ちょっと寝るから」

 

大きなあくびをした博麗さんはそう言い残して本殿の奥へ姿を消した。

監視の目は消えたが、これでサボるほど恩知らずではない。とっとと終わらせて、台所の食器を洗ってと。

 

「よ、外来人。」

 

「あ、霧雨さん」

 

振り替えると白黒の魔法使い、霧雨魔理沙が立っていた。

 

「霊夢のやつ、早速仕事押し付けてるのか」

 

「居候の身なので、これくらいは」

 

「まぁ頑張れよ...って名前、聞いてなかったような」

 

「あれ、名乗ってなかったですか?」

 

「悪い悪い、聞いてなかった」

 

名前、僕のか。そう言えば博霊さんとの会話の流れで名乗ったっけ。ここは改めてきっちりと名乗っておいた方がいいか。

 

「高橋遊です。」

 

「そっか。遊、しばらくよろしく。」

 

いきなりファーストネーム呼びか。距離をぐいっと縮められた気がする。

 

「それと私の名前は呼び捨てで構わないぜ。それと敬語もなし。」

 

「いや、それは...」

 

会って一日もしない女性を下の名前で、しかも呼び捨て。童貞の僕には中々ハードである。

別に女性とは普通に話せるし女の友達もいたし、そこは大丈夫なんだが。

 

「じゃあ、霧雨で、いいかな?」

 

「名字かよ、まぁさん付けなんて気持ち悪いし、敬語はむず痒いしそれで妥協しよう」

 

良かった。これなら学校のノリでいける。

 

「で、気になったこと質問して良いかな」

 

「良いけど、私別に幻想郷の全てを知っている訳じゃないって断っておく」

 

「いや、霧雨自身のこと」

 

「私か、答えられる範囲でなら。」

 

「博麗神社来るまでに階段あるよね。すっごい数の」

 

「まぁな」

 

「見たところ汗1つかいてないけど、本当に上ってきてるのか不思議になっちゃって」

 

「は~ん、なるほどね。私は階段上ってないぜ。上らずにここまできた。」

 

上らずにここにくる方法があるというのか!?

 

「ど、どうやってここまで」

 

「空を飛んできた。」

 

「...なるほどね。」

 

空を飛ぶ。秘密道具があるわけじゃあるまい、はっはっは。と笑い飛ばすのが世の常識だが、僕はこの言葉を素直に受け止めた。

なんとなく、この幻想郷という世界がただならぬ空気を醸し出していたのを肌で感じていたからだ。

現に突然現れ突然消える八雲さんも見てきたし、霧雨もまたこうして汗1つかかずにこの博霊神社に現れる。

その理由が空を飛ぶならなんとなく納得してしまう自分がいた。

 

「驚かないんだな。外も1人で空飛べるようになったのか?」

 

「そうじゃないけど」

 

「ふーん、面白くないやつ」

 

改めてとんでもない世界だな。妖怪がいて、人が空を飛ぶ世界。僕にとっては異世界と言ってもあながち間違いでもない。

 

「そうだ!遊も幻想郷でなら空を飛べるぜ。私みたいにその箒で」

 

「え、これで飛べるのか?」

 

手に持っているなんの変哲もない竹箒。確かに霧雨のも至って普通の箒だ。

 

「まずそれに跨がって、次に翔べって念じながら助走をつけて両足で思いっきり前にジャンプするんだ」

 

うぉぉ、すごいありきたりだけどやっぱりこうやって飛ぶんだな。なんか年甲斐もなくワクワクしてきた。

言われた通り手に持っていた箒に跨がり、頭で強く飛びたい飛びたいと念じる。

飛べるのかこれ、いや何かいける気がしてきた。

あとは助走、勢いよく駆け出してからの、両足で一気に踏み切る。

ぴょん、と体が宙に浮く。飛んだ?...いや、これは跳んだだけだ!足を完全に曲げていたため地面に脛をぶつける羽目になった。さらに股の箒が衝撃で上がり当たってはいけないデンジャーゾーンへヒット。

脛の鈍い痛みと説明できない股間のあの痛みに悶絶し、のたうち回っていた。

それをケタケタと腹を抱えて大笑いする霧雨。

人の純情を弄んだ嘘つきに一言なんとか言ってやりたかったが、今僕は自分のことで精一杯だった。

 

「いやー悪い。ちょっと騙そうと思ったんだが、こうも上手くいくとは。」

 

「ほ、ほんとうに、翔べると思った、僕がば、かでした」

 

「悪い悪い。でも幻想郷で飛べる様になるのは嘘じゃないぜ。」

 

「それって、やっぱり、練習というか、修行が、必要なんでしょ」

 

「そうだな。それに幻想郷で全員が全員飛べるわけでもないし、可能性の話だな」

 

痛みがだいぶ収まった。ゆっくりと腰を上げズボンについた汚れを手ではたき落とす。...石畳に跳ばなくて良かった。

はぁ、僕の場合飛べない可能性の方が高いでしょう。

だって普通の人間だし。妖怪でもないし。

 

「私みたいに魔法使いになるか、霊夢みたいに能力で飛ぶやつもいる。飛ぶ方法は人それぞれだぜ」

 

「霧雨、やっぱり魔法使いなんだ」

 

「普通の魔法使い、だな」

 

普通じゃない魔法使いってなんだろうか。

霧雨は確かにあの服装で箒に跨がって空を飛んだりするんだろうから万人の想像する一般的な、普通の魔法使いなのは理解できる。

 

「それと、博麗さんの能力ってのは」

 

「私の場合魔法を扱う程度の能力。霊夢は空を飛ぶ程度の能力って感じだな」

 

「程度って、十分凄いよ」

 

「因みに八雲紫は境界を操る程度の能力」

 

「それも程度なんだ」

 

「幻想郷じゃ能力の名称に程度を入れるんだ。詳しく知らないけど、そうなった。」

 

「じゃあ僕も能力が使えるようになったら程度の能力ってことか」

 

「そうなるな」

 

そんなことはないだろう。僕はきっと能力を使えない程度の能力なんだ。

 

「それで、掃除しなくていいのか?」

 

「そうだった!早く終わらせて食器洗わないと」

 

「霊夢で暇潰そうと思ったが、どうもお昼寝かな。それじゃあ香林の所でも行くかな」

 

「それじゃあね、霧雨」

 

僕に小さく手を振った霧雨は箒に跨がると軽く地面を蹴った。

すると地に足をつけていないのにふわふわと浮いているじゃありませんか。

そして一気に上昇し、小さくなった霧雨はそのまま鳥のように空を駆けていった。

気持ち良さそうだな、と僕には眺めながら短い感想を漏らすしかできない。

本当に空を飛べたなら、あんな風に飛べるんだな。

霧雨を、幻想郷で空を翔べる全員を羨望する。

...もしかして、もう一度試せば飛べるんじゃ。

 

ごん、またも悶える僕。バカだ。

 

「掃除は、どうなったの?」

 

「す、すみません!」

 

しかも見られた。最悪だ。



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4話 夢か現か

「これなに」

 

「肉抜きチキンライスです。」

 

「白米に、ケチャップつけたの?」

 

「騙されたと思って、どうぞ」

 

日はすっかり沈み、空には星と月が輝いている。

この表現に間違いはない。本当に、星ってこんな綺麗なんだと都会っ子は感心した。

そして場面は博麗神社本殿奥の居間。床は畳、年代物のタンスにちゃぶ台、座布団と内装はシンプルだ、

そこで僕と博麗さんはこれから向かい合いちゃぶ台上の夕食に口をつける。

今晩のレシピはバイト先の前島さん直伝チキンライスだ。これといって特別な隠し味なども入ってないが、基本に忠実な素朴な味に仕上がっている。家でもたまに作るうちの定番料理だ。

 

それにしても、現代の台所とは便利なんだなと都会っ子はしみじみ感じた。と言うのも台所にガスが一切通ってなかった。

竈なんてのは初めて見た。こればかりは博麗さんにご教授頂き、お釜でご飯の方もなんとか炊けた。

ただ道具や調味料等は見覚えのある物が多数。ケチャップなんかもあったし、塩コショウもあった。

あとはニンジン玉ねぎをみじん切りにして、これまた見覚えのあるよくあるフライパンで炒めて、そこにご飯入れて馴染ませた後ケチャップと塩コショウを絡ませる。

シンプル・イズ・ベストだ。

 

悲しいことに肉はなかったので肉抜きにはなったが、失敗はしていない。それでも博麗さんは皿に盛り付けられたチキンライスを訝しげに見る。

 

「それじゃあ僕先に頂きますね」

 

手を合わせていただきます、と。

今日は掃除に食器洗い、洗濯物、料理と中々に頑張ったので空腹だ。これぞ最高のスパイス。

スプーンで早速一口。うん、いつもの味。美味しい。

食べながら満足気に頷く。そしてちらっと前を確認。

僕の反応をうかがっていた博麗さんも恐る恐るスプーンで一口。数秒の咀嚼の後。

 

「へぇ、結構美味しい」

 

「それは良かったです」

 

それから遠慮なく次々に口へ。料理つくってなにより嬉しいのって、こうやって自分の出した料理を美味しそうに食べてくれる、これに尽きる。

 

「遊って、料理得意なの?」

 

「バイト先の店長にあれこれ教えて貰って」

 

「それじゃあ他にもレシピあるの?」

 

「まぁ何種類か」

 

「それじゃあ楽しみにしとく。明日もよろしく」

 

明日、ねぇ。食材、あったかなぁ。結構色々となかった気がする。大丈夫かな。

 

「それなんですけど、食材っていつもどこから調達してるんですか?」

 

「物好きな妖精とか妖怪とかが置いていってくれたり、後は人里で売れない奴貰ったり、安くで買ったり。」

 

「レシピはあるんですがちょっと食材が心許なくて...なので明日その人里って所で食材調達してきても」

 

「それは行ってきて欲しいけど...そうね、わかったわ。私もついていく」

 

「助かります。ありがとうございます。」

 

食材調達のついでに幻想郷を巡れる。里かぁ、どんな場所なんだろうか。楽しみだ。

 

「それと、貴方に渡しておくものがあるの」

 

博麗さんは突然ちゃぶ台の下に手を伸ばし、何かを取り出した。四角く折り畳まれた紺色の布、よく見ると服であった。

 

「貴方のその服装じゃ目立つから。この甚平に着替えた方がいいわ。」

 

「甚平、ですか」

 

いまいちピント来ないが、ひとまず受け取ってから。脇で広げてみる。時代劇や銀幕で見覚えのある半袖半ズボンだ。薄くて見ているだけでも涼しいこの服、襟元から腹部にかけ斜めに切れ込みが入っていて、下に紐がついている。蝶々結びでもして止めて、固定するのか。

 

「なんか、いいですね」

 

「気に入ってもらえたなら良かったわ。それしかなかったから」

 

幻想郷の住人はこれ着てるのか。となるとあの時代劇や銀幕の中の世界ってことになるのかな。甚平をきた僕もこの世界に溶け込み、古き良き町並みと人に触れる。

なんだか気分は遠足前の小学生だ。こんや寝れるかな。

 

「ねぇ、おかわりある?」

 

「え、ちょっとなら」

 

「なら私もらっていい?」

 

「どうぞ」

 

博麗さんは立ち上り台所へ小走りで向かった。一発目チキンライスで大正解だった。これは明日も張り切らなくては。

 

 

夕飯のチキンライスが無くなると、博麗さんは大きなあくびをしながらお茶をすすりはじめた。僕もフライパンや食器を洗った後に居間へ戻ってお茶を一杯頂いた。

 

「どう、幻想郷は?...ってあんまりわからないわよね」

 

「いえ、今日だけでも驚きの連続で疲れました。そしてなにより長閑で落ち着いていて、良いところですね。」

 

「今度紫に言ってあげて、喜ぶから」

 

「で、気になってたけど敬語もいいわよ。見た感じ貴方の方が年上そうだし、私も敬語使ってないし」

 

「そうです、いやそうか。わかったよ」

 

「敬称もとっといてね」

 

「じゃあ、博麗で」

 

そしてお茶をすする。喉を通った後じわーって体に温もりが広がる。あったかいのも、たまにはいいもんだ。

 

「...ねぇ、遊」

 

「うん?」

 

「紫は何で貴方を引き留めたと思う?」

 

「それは、折角幻想郷に来たんだし、ゆっくりしていけばいいって」

 

「...そうね。今はそれでいいのよね」

 

「ただ八雲さんはなんというか、読めない人だし、どうも何かあるんじゃないかって疑ってしまったことはある」

 

「それは正解よ。八雲紫は幻想郷の大妖怪の1人。私だってなに考えてるかわからない。」

 

「博麗と八雲さんはいつから知り合いなの?」

 

「物心ついた時から側にいたわ」

 

八雲さんは博麗が小さい頃から知っていたんだ。

大妖怪だし、やっぱり人間とは違う時間の流れで生きてるんだ。

 

「私が博麗の巫女として自立するまで、何かと世話してくれたのが紫なの。その点には感謝してる」

 

「そういえば、保護者ってのは」

 

会話の流れ的に気になって質問したが、これは気軽に聞いていい質問か吟味する必要があった。

言ってしまったものは取り消せない。反省しなくては。

 

「あ、答えたくなければ無視しても」

 

「親?いないわよ」

 

結構あっさり答えた。この調子だと踏み込んでも、いいのかな。

 

「えっと、どうして」

 

「博霊の巫女は任命制なの。」

 

「世襲制じゃないんだ」

 

「そう。だから先代の博麗の巫女の顔は見たことないし、親の顔も私が幻想郷のどこで生まれたのかも含めて知らない。」

 

「そ、そうなんだ」

 

そう言うのって気になるもんじゃないかな?

まぁ、本人が知る必要ないって感じだしいいんじゃないかな。

 

「遊は、家族いるの?」

 

「両親と僕の3人家族かな」

 

ずず、博麗はお茶を一気に飲み干した。

 

「楽しい?」

 

「色々と衝突はあるけど、まぁなんとかやってる」

 

「そっか」

 

博霊は返事をしてゆっくりと腰をあげた。

 

「私、先にお風呂入らせてもらうわね。おやすみ」

 

「あぁ。おやすみ...って、僕どこで寝ればいいかな?」

 

「あっちの部屋に布団敷いてあるわ。」

 

「博麗はどこで?」

 

「あっちの部屋」

 

ん、それは、あれか?ひとつ天井の下って事か?

 

 

博麗がお風呂に入っている隙に自分の布団を抱え縁側に運ぶとそこへ敷いた。

流石に不味い、年頃の女の子の横で寝ると言うのは、何か色々と不味い。

平然と横で寝ろと言う博麗が間違ってると思うが、ここは幻想郷。僕のいる世界じゃない。この世界では僕が間違っている可能性もある。

郷に入っては郷に従えなんてことわざある。甚平も着るし、台所の不便も新鮮さがあって楽しめた。

しかし、これだけは許してほしい。

 

「そこで寝るの?」

 

「あ、いや、折角星も綺麗だし、見ながら寝たいなーって」

 

我ながらまぁまぁ苦しい言い訳だ。

 

「外は星見えないの?」

 

「見えなくはないけど、ここまで綺麗じゃないよ。か弱くて今にも消え入りそうな光なんだ。だからこんなに力強く輝く星を折角だし眺めたくて」

 

「わかった、風邪は引かないようにね」

 

「ありがとう。おやすみ。それとお風呂、入ったら水抜いて火消ししておいてね」

 

「わかった。おやすみ」

 

それっぽく理由付けできた。よくやった僕。

...けど、居間じゃなくてここを選んだのは、やっぱり星を見たかったのもあるかもしれない。僕の世界では見れなかった星たちもここでは余すことなく見れる。

これを見ながら眠りに落ちるのも、ロマンティックでいいじゃないか。

まずはお風呂に入ろうか。そうだ、もう甚平も着てしまうか。居間のちゃぶ台の下に置いた甚平を手に取り風呂場に向かった。

生まれて初めての五右衛門風呂に困惑しつつも、何故か頭の片隅にあった知識で湯船に浸かることができ、さっぱりとすることができた。

上がった後に火消し、水抜を忘れずに行い、幻想郷で初めての就寝を迎えた。

甚平の着心地はよい。気に入った。ここにいる間はこれを着ていようと決めた。

 

「ふぁ~...綺麗だ」

 

満点に輝く星空、なんて表現を出来る夜空に会うと感動するんだな。そして耳を澄ますと微かに聞こえる虫の奏でる音色。昔の俳人とか、平安貴族達はこんな風景を耳で、目で感じていたのか。そりゃ一句書いたり詠いたくもなるよな。

だんだんと星がぼやける、音色も遠くなる、寝落ち、する。

 

くぅー。静かな寝息。これは朝までぐっすり。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...ん?」

 

気配を感じた。なんだろうか、博麗か?

布団をめくり居間の戸を開ける。先程まで照らしていた明かりはなく、月明かりだけが照らしているため薄暗い。

 

「...よぉ」

 

「誰?」

 

そんな部屋に1人、誰かが立っていた。

月明かりは人物の足元だけを照らしていたため、顔も体型もはっきりとわからないが、声は男性だ。身長もそれほど高くはない、僕と同じ位か。

 

「元気か?」

 

「誰、ですか?」

 

男から目を離さず、警戒しながら明かりをつけようとランプに手を伸ばした。

 

「明かりはなくていい。月光で十分だ」

 

「...質問に、答えてください」

 

「俺は、そうだな...高橋遊だ」

 

「やめてください、そんな冗談」

 

「いや、果たして今の俺は高橋遊なのか?どう思う?」

 

なんだこいつ、不審者にしてはあまりに落ち着きがある。まるでこの神社の神主のような、毅然とした佇まい。この神社は博麗神社で、博麗に保護者はいないのは本人の口から聞いた。

だから、ここに人がいるのはおかしいはずだ。なのに、なんでこれ程余裕があるんだ。わからない、全く、こいつが何なのか。

そうだ、博麗を起こすべきだ。そうした方がいい。

 

「いや、起こすな。というか動くな、大声も出すな」

 

「え」

 

「心が読めるというか、俺はお前を知っているからな。誰よりも、お前自身よりも」

 

「さっきから貴方は、何を言ってるんだ?」

 

「...とうとう来たな、幻想郷」

 

「だから」

 

「黙って聞け。お前はやっとスタート地点に立ったんだ。」

 

「スタート地点?」

 

「俺ももう、何もかもわからなくなっちまった。だけどお前なら、高橋遊なら、取り戻せる」

 

「何を、ですか」

 

「こうしてお前と話すのは最後だ。俺が幻想郷にいるのは危険だからな。だから、俺が持っていた物をお前に渡さなければならない」

 

「...受け取れ、そして今度こそ信じる道のために使え」

 

「俺、高橋遊だった男との約束だ、返事!」

 

「え、は、はい」

 

黒い男は僕の返事を聞くと、その場でジャンプし僕に飛びかかってきた。咄嗟のことにたじろぐしかない僕に男は接近してくる。もう、ぶつかる。目を瞑り衝撃に備えた。

 

 

 

 

「いつまで寝てるの」

 

「...あれ」

 

太陽が昇っている。朝だ。

目を擦り上体を起こして博麗に挨拶。

 

「おはよう」

 

「おはよう、ほら、ご飯出来てるから」

 

あ、朝はそっちが作るんだ。ありがたい、朝御飯のメニューは思い浮かばない。

 

「すぐ行くよ」

 

...夢か現か、どっちだったんだ。

夢にしては気味の悪い、意味不明な夢だった。

待てよ、夢なんて大体そんなものじゃないのか?自分を名乗る男との会話、これを夢と呼ばずしてなんと呼ぶ。

ただ、ここは幻想郷。もし、万が一。

 

「なぁ博麗、もしさ、この本殿に変な男が入って来てたって言ったら、どう思う?」

 

「それはない。私はこれでも妖怪退治なんかも生業にしてるの。気配には敏感よ。仮に闇討ちなら返り討ちに出来る自信があるわ」

 

ま、やっぱり夢、だよな。考えすぎか。

布団から立ち上りその場で思いっきり体を伸ばした。うん、いい朝だ。

 

「あれ」

 

「どうしたの?」

 

「居間の扉、明けっぱなし。昨日閉めたはずなんだけど」

 

夢か現か、快晴の空の下、僕の胸中だけはどこか雲がかかっていた。



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5話 暢達な僕の調達

雲一つない快晴の空。幻想郷は今日も変わらぬ朝を迎えた。

 

「さて、行きましょうか」

 

年期の入った手提げ鞄を両手に引っ提げ、食料を調達するため博麗神社から人里へ降りるのが今日の予定。

 

「いつもなら飛んでいくんだけど、今日は仕方ないわね」

 

「申し訳ない」

 

「私も人間だし、地に足つけておかないとね」

 

博麗神社を後にした僕たちは長い石段を降りた。轍のついた舗装されていない道が近付くにつれ、見覚えのあるものが落ちていた。

携帯電話だ。そういえば、ポケットにも入ってなかったな。イヤホンはあったが、ここに落としていったのか。

拾って電源を入れてみるが画面は点かず、空になったバッテリーが代わりに登場。電池切れか、充電しようにも、ケーブルもないし、回収できただけ良かった。

 

「それは?」

 

「携帯電話、昨日ここに落としてたらしくて」

 

「携帯電話?外の機械なの?」

 

「そうだな、持ち運べる電話...えっとこれで遠くの人と話せるようになるんだ」

 

電話でもしっくり来てなかったようなのでもっとざっくりとした説明にしてみた。

 

「今は使えないの?」

 

「ちょっとエネルギーが切れてて、ここにいる間はたぶん使えないな」

 

ふーん、とそこで会話は終わったが、博麗の意識は携帯から離れない。左腹部にあるポケットに突っ込んだ携帯に横目をやりながら、歩いているのが気になって仕方ない。

 

「携帯、気になるの?」

 

「...少し」

 

「動かないけど、じゃあ」

 

役立たずな携帯を取り出して差し出した。博麗は受けとると両手でひっくり返したり、画面を覗き込んだり、穴の空くほど携帯を観察していた。

 

「このガラスの画面になにか映るの?」

 

「映るよ。そしてその携帯は画面を触って操作するんだ。」

 

「触って、操作?」

 

「指を右にスライドさせると画面もそれに合わせて右にスライドするんだ。タッチパネルって言うんだけど」

 

「見てみたいわね」

 

実践してあげたいのは山々だが、バッテリーが空なんだ。こいつはバッテリーがないとそこら辺の石とかと同じなんだ。

博麗も段々と今の携帯はただの四角い小さな箱だとわかったようだ。暫くして返却してもらった。

 

そんなやりとりをしている内に木々を抜け田園地帯に入った。辺りは田んぼと畑が広がり、その奥には四方八方山が囲んでいる。そして僕らの進んでいる道の先に、なにやら門のような大きな入り口と、そこからまた更に奥へ緩やかな曲線を描くように延びる壁が見えてきた。

 

「あれが人里。人間が住む里」

 

里というだけに規模はかなり大きいようだ。さて、どんな人が住んでいるのやら。早る気持ちを抑え、博麗の足取りに合わせて人里への道を進んだ。

 

そこから数分もしない内に門に到着。鉄の大きな扉は解放されており自由に行き来できる。が門番、とも言うべき人物が2人立っていた。屈強な男性2人は、僕と同じような甚平らしき服装をしているが、腰の帯剣にまず目がいく。

博麗が近づいては通るわよと一言残してすたすたと入ってしまったので追随してすぐ横を通りすぎた。

 

そして待っていたのは、正に銀幕の中の世界。旧き町並み、旧き人々、活気ある通り。

時代はいつ頃だろうか、詳しくは分からないが江戸から明治辺りだろうか。その時代の光景が僕の目の前に広がっている。当然人もそれに合わせた服を着ている。

どうやらここは商売する店が集まった通りのようで人が大勢行き交い、買い物する客が多く見られる。

 

「じゃあまずはあそこ。」

 

博麗にはもう調達のコースが決まっているようで早速通りの中にある青果店の前まで来た。他に数名が店先に並んだ野菜を眺めているが博麗はそれに目もくれず店主と思われる中年の男に挨拶した。

 

「お、博麗神社のとこの巫女さん。はい、これ」

 

「ありがと」

 

受け取ったのは夏前に収穫出来る野菜が詰め込まれた籠だった。それを僕の手にしていた袋に積めると籠を店主に返してまた別の店へ。

 

今度は魚屋、そこでもまた川魚を数匹纏めてくくったものを受け取った。お代などを払った様子もなく、譲り受けているようだ。

 

「これ、お金大丈夫なの?」

 

「朝言ったでしょ。私は妖怪退治っていうもうひとつの生業があるの。それに人里に不用意に近付く妖怪を追い払う仕事も不定期にあって、これはその報酬みたいなもの」

 

人里の警備員ってことか。巫女であり警備員であり、僕の見てないところで博麗は頑張っているようだ。

 

「もう一軒青果店あるけど、野菜足りそう?」

 

「結構あるので、これならなんとか」

 

重い。あの両手で抱えていた籠に入っていた野菜の数はどれくらいなんだろう。肩が痛くなってきた。

 

「じゃあ買い物はもういいわね。それじゃあ帰りましょうか。」

 

入り口周辺だけに留まった人里。名残惜しい気もする。少しぶらぶらしてみたかったな。まぁ買い物が目的だし、それが終われば帰るのが普通か。

 

「顔に書いてあるわよ」

 

「え、なにが?」

 

「いいわ、荷物は私が運ぶから、人里観光でもしなさいよ」

 

「ごめん、恩に着る」

 

「夕方までには帰ってきてよね。ご飯はちゃんとつくってもらうんだから」

 

「あぁ、わかってるよ。」

 

「それと、なるべく早く帰ってきた方がいいわよ、死ぬから」

 

「し、死ぬって」

 

「神社と人里の間の道にも妖怪が出るのよ。最近は結構懲らしめてるから滅多にはでないと思うけど」

 

妖怪、それは八雲さんのような話せばわかる相手じゃないってこと?そんなのに会ったら僕はきっと頭からむしゃりと齧られて、栄養にされてしまう。

 

「だから気を付けてね」

 

気を付けてどうこうなりそうにないが、なるべく早めに帰ろうと心に決めた。

 

 

 

博麗は入り口に戻り、僕は反対に奥へと進んだ。通りを抜け、人々が生活する住宅街へやって来た。

僕の住んでいた住宅街とは違い、人情と賑わいのある現代が忘れた暖かな雰囲気があった。

 

なにもするわけではないが、見ているだけで笑顔になる。僕の近所でこんな付き合いは全くなかった。すれ違っても挨拶はない、全くの他人。

しかしここは子供が、大人が、老人がどこも会話が弾み笑顔で溢れている。

いいもんだな、これが昔の姿なんだ。

さて、それなりに見て回ったし早めに帰るか。僕はまだ死にたくはない。

 

「あれ?」

 

気の向くまま足の向くまま歩いていたので、振り返っても道を思い出せない。まさか大学生にもなって迷子になったとか恥ずかしくて人に聞き辛いぞ。

そうだな、何て言おうか。いや、普通に聞けばいいんだが。えっと、会話してない人でなるべく邪魔にならないよう暇してそうな人を見つけないと。

 

「ん?どうしたんだ君」

 

道の真ん中でおどおどしてれば、声をかける人も出てくる。声の方を向くと透き通る銀髪が靡く女性だった。

胸元が開いた青のワンピースのような服で、頭には三角錐とサイコロを合体させその間に板を突き刺したような奇妙な帽子を身に付けていたっていうより乗せている。

 

「ここじゃ見ない顔だね」

 

「はい、実は」

 

僕はそこで自分の名前と立場を明かした。女性はうんうんと頷き理解してくれると、名前を名乗った。

 

「私の名前は上白沢慧音だ。」

 

「あの上白沢さん。初対面でいきなり申し訳ないですが博麗神社へ向かう門の方へ案内していただけないですか?」

 

「...そのことなのだが、私からもお願いがあるのだ。」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「寺子屋で子供たちを見ていてくれないか?」

 

て、寺子屋?子供たち?

なんだ、僕にお守りしてて欲しいってことかな。

 

「今急用が出来て少しの間寺子屋を空けるんだ。その間だけ、子供たちを見ていてくるないか?」

 

「わ、わかりました」

 

「戻ったら君を博霊神社まで案内すると約束する。」

 

まだ日も高いところにある。当分ここにいても問題はない、はず。ただ心配なのは

 

「あの、僕でいいんですか?初対面なのに」

 

「じゃあ君は悪い奴なのかい?」

 

「そ、そういう訳じゃ」

 

「なら、頼むよ」

 

上白沢さんは微笑みぺこりとその場で一礼し感謝の意を表した。これも幻想郷に住む人の良さなのか、僕みたいな初対面の男でもそれなりに信頼してくれるんだな。

僕の世界だと子供に挨拶するだけで事案だ、それを保育士でもない僕に面倒を見てくれなんて。

取りあえず、面倒を見るだけなんだ。難しいことじゃない。

話がまとまるとまずはその寺子屋に案内された。

ここでようやく昔の学校であると思いだし、それと同時に先生の代役をやることとなった実感がわいて緊張してきた。

建物内に入ると小学生らしき数名の児童が畳の部屋で2列で座っていた。少人数で、学校というより塾のようだ。

 

「私は急用が出来た。だからこの高橋先生の言うことを守って自習すること、わかった?」

 

子供たちははーいと元気に返事した。先生がいない間におとなしく座って待ってる、良い子達じゃないか。

 

「それじゃあよろしく頼むよ。高橋先生」

 

「任せてください」

 

とは威勢良く言ったものの、僕で大丈夫かな。

上白沢さんが去って数分。生徒達は依然黙ったまま机のプリントに書き込んでいる。

僕らの世界の自習なんて駄弁るか寝るか落書きかみたいなもんだったが、寺子屋の子供たちは真面目で、こっちが先生やっているのが恥ずかしくなる。

これなら見守っているだけでいい。黒板の前の教卓に手をつきぼーっと生徒を眺めていた。

はー、足し算引き算か。となると小学校低学年ってとこかな。

 

「あ、あの」

 

恐る恐る誰かが声をあげた。見ると控えめに手を伸ばしこちらを見つめるおかっぱの女の子がいた。

 

「どうしたの?」

 

「わからなくて」

 

「ど、どれどれ」

 

その子の横につき、プリントを見ると足し算の問題で止まっていた。肝心の問題は4+8=か。

この場合答えを教えるのは簡単だけど、やっぱり理屈とか考え方とかを教えないといけないんだよな。

掛け算割り算なら僕でも説明はできそうだが、足し算引き算の教え方ってどうするんだ?

あまりに幼い頃の記憶、きっと僕もわからないと言っていたに違いないが、その感覚も忘れた。

今当たり前にしている計算も、子供の頃はわからないんだ。

これは、どうやって教えようか。

一つ、ちょっとピンと来たものがある。これは確か一時期問題にもなった考え方である。

僕は分かれば何でも良くない?とこの算式には反対してないし、たぶん昔僕も使った。じゃあ、これ教えてあげようかな。

 

「ねぇ、さくらんぼ算って知ってる?」

 

「さくらんぼ?」

 

「そう、二つの赤い実がついてる果物だよ」

 

少女はこくっと頷いた。さくらんぼは認知してるみたいだ。だったら、大丈夫だな。

 

「今まで1つしかない数字が2つになっちゃうと難しいよね。だからこうやって分けて数えるんだ」

 

問題式の8を丸で囲うとそこから斜めに二本線を入れ、その先でまた丸を書いた。

 

「4に何を足したら10になるかわかるかな」

 

「ええっと...6?」

 

「正解。」

 

片方の丸の中に6と書く。そして4と6をぐるっと長い丸でさらに囲みその横に10と記入。

 

「じゃあ8引く6は?」

 

「2、2だよ」

 

「すごい、正解」

 

もう片方の丸に2と記入。これで揃った。

 

「ここで10の塊が出来たね。この零の部分に2を入れると」

 

「12!」

 

「そう、これが4+8の答えだよ」

 

このまとめるという考え方は中学からの数学においても自然と行っている。初めて10の桁に触れる子供に理解してもらうのにこのさくらんぼ算はやはり説明がついていい。

 

「え、これでいいの?」

 

「そう、まず10のまとまりを作るんだ。これなら4と6、そして...」

 

気づくと何人かの生徒が立ち上がり覗き込んで聞いていた。他の生徒も知らないんだ、だったら...。

 

「じゃあ、僕がさくらんぼ算をみんなに教えるよ」

 

「はーい」

 

気分はすっかり新米教師のそれ。黒板を我が物顔で使用し、勝手に授業まで開始した。さくらんぼ算を教える大学生か。まぁ、家庭教師のバイトであるだろう。

 

すっかり酔いしれた僕はさらに引き算バージョンも披露。子供たちも僕を先生と呼ぶものだから更にテンションが舞い上がる。

 

「はい!せぃかぁーい!」

 

高校の時の数学教師の独特なイントネーションなんかも真似するとケラケラと子供達が笑った。

あーなるほど、先生も悪くないな。道間違えたかなー。

特に理由もなく、文系だからと選んだ日本文専攻。

教師を選んでいたら、大学生活ももっと充実していたんじゃないか?

 

どれ程時間がたったか、気がつけば空は茜色に染まっていた。授業の後半は僕の中学の頃の変わった友人の話をして盛り上がっていたが、その話も尽きると生徒達は帰り支度を済ませ、各々家へと帰っていった。

手を振って見送った後、ハッとなって本来の目的を思い出した。

帰らなきゃ、しかし戸締まりもせず帰るのは流石に。

仕方ない、待つしかない。

それから数分か、上白沢さんが息を切らして戻ってきた。汗をかき、相当距離を走ってきたのがわかる。

 

「すまない、妖怪を追い払っていたのだがしつこくて」

 

「いえ、楽しかったので。」

 

「あぁ、すれ違った子供達が君の話をしていた。」

 

「そうですか」

 

「君に頼んで正解だったよ。ありがとう」

 

幻想郷で博霊や八雲さんに世話になりっぱなしだったが、僕も誰かの役に立った。ちょっとむず痒くて、照れ臭くて、いえいえと返すので精一杯だった。

 

「それはそうと、黒板のあれ、なんだ?」

 

「あれはさくらんぼ算ですよ」

 

「さくらんぼ、算?」

 

上白沢さんはどうやら知らなかったらしい。内容を説明すると興味深そうに深く相槌をうつ。

 

「それが外の教え方なんだな」

 

「僕も多分こうやって教わりましたので、知っているやり方を教えただけです」

 

「そうか、私もまだ教師として学ばねばならぬことがあるのだな」

 

上白沢さんはぽつりと呟いた。

『学舎とは生徒のためだけじゃない、教師である私も学ぶためにある。』

その通りだ、上白沢さんはこうして色々なものを取り込んで生徒に愛される教師になるんだ。

ところで誰の言葉だったっけ?まぁいいか。

 

「今日は本当に世話になった。お礼に博霊神社まで送ろう」

 

「お願いします」

 

こうして上白沢さんに博霊神社のまで送っていただいた。その道中、彼女が妖怪と人のハーフであることや幻想郷の歴史の編纂作業を行っていることなどを聞いた。

妖怪と人のハーフのため、力があるらしく今回のように人里に近づいてくる妖怪を追い払うこともあるそうだ。教師であり、人里の守護者でもある。多忙な人だ。

 

「ここまで来ればいいだろう」

 

博麗霊夢名物心臓やぶりの石段の前までついてきてもらった。妖怪を追い払う仕事の後なのに申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

「どうも、ありがとうございました」

 

「いや、こちらこそ。もし良かったらまた子供達の相手をしてやってほしい」

 

「はい」

 

ではな、と手を振って別れの挨拶を済ませると、階段の方を向いて思わずうげぇ、と声が漏れた。

空を飛びたい、空を飛びたい、空を飛びたい。

階段を上りながら念仏のように唱えていた。空を飛べれば幻想郷の人々は苦労してないだろう。

 

神社に着くと博麗と霧雨が居間で座ってお茶を飲んでいた。

 

「よう遊、今日は私もご馳走になりにきたぜ」

 

3人か、量の方も昨日より増量で作らないとな。

昨日の要領でご飯を炊きつつ、川魚の処理にかかる。

肛門から糞を出してワタを抜いて、醤油やみりん砂糖を平鍋で混ぜる。そして処理した魚を平鍋に入れて落し蓋をして中火で煮る。冷たいまま煮ることで生臭さがとれるらしい。

空いた時間に味噌汁も作る。豆腐がないため茄子とタマネギの味噌汁をぱぱっと作ってしまう。

後は魚は弱火でコトコト煮込み完成。

ご飯に川魚の煮込みに味噌汁。もう一品あってもよかったかもしれない。

それを腹を空かせた少女達へと配膳。

 

 

「やるじゃん遊、お前料理はできるんだな」

 

『は』ってなんだ。空は飛べないが掃除も洗濯もちゃんとやってるぞ。

 

「魚は面倒で焼いてばっかりだったけど、煮る方が好きだわ」

 

同感だ。鮭なんか例外もあるが、魚は煮物の方が僕も好き。

 

「へへ、遊がいる間はここにご馳走になろうかな」

 

「そんな堂々とタダ飯宣言しないで頂戴」

 

いる間かぁ。寺子屋と言い博麗や霧雨達と言い、幻想郷は想像の何倍もいい場所だ。今日でまたここにいたいと強く思うようになった。

ただ僕には帰らなくてはいけない場所がある。

ここより心地が良くなくとも、親がいる。

いつか、幻想郷を離れる日が来るんだ。

 

...それは胸の奥にしまい込んでおこう。今は彼女達と楽しく食事する、それでいい。

 

 



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6話 掃除をしましょう

幻想郷に来て三日目。二度目の朝を迎えた。

昨日と同じ様に博麗が準備してくれた朝食を腹におさめるとまず境内の掃除を終わらせることにした。

 

しゃっしゃっしゃ。奥から手前へ葉や折れた枝をかき集めると、膝小僧に届かんばかりの小山が出来た。

これをちり取りに入れて敷地外へばらまく。なんとも大味な清掃である。

 

「こんなものかな」

 

「手際良くなったじゃない」

 

この前より時間はかからなかった。このまま続ければもっと短縮できるかもしれない。

 

「おーっす、来たぜ」

 

「呼んでないわ」

 

「呼ばれなくても来るぜ」

 

朝っぱらから霧雨が来たが、することないのかな?

 

「おうおう朝からご苦労様だな」

 

「霧雨はすることないの?」

 

「ないな」

 

「魔理沙も掃除したら?」

 

「面倒」

 

することがない。2人は寺子屋に行かないのか。

博霊は巫女として責務があるが、霧雨は本当に何してるんだ?魔法使いって、暇なのか?

 

「あんたの家しばらく行ってないけど、今は寝れるの?」

 

「はは、本の上で寝れるぜ。」

 

「体痛くならないの?」

 

「本の上の寝方ってもんがあるんだよ」

 

あぁ、何から言えばいいのか。...とりあえず、霧雨ってだいぶ変わってるよな。

 

「遊が引いてるわよ」

 

「遊、外の世界の非常識は幻想郷の常識だ!」

 

「そ、そうなの!?」

 

「合ってるけど幻想郷は魔理沙みたいに掃除をしない非常識じゃないわ」

 

「へ、きついこと言うね霊夢」

 

一体霧雨の家はどうなってるんだ。まともな生活は出来ているのか?そんなに散らかして親とかに言われないのか?

 

「あれを1人で片付けるのは無理だな」

 

「じゃあ遊が助けてあげれば?」

 

「ぼ、僕?」

 

「私紫と話があるし、どうせ暇でしょ」

 

やるとすれば後は食器洗いだけ。今日の予定もあるはずもない。

 

「じゃあ霧雨、僕も手伝うし掃除しようか」

 

「お、手伝ってくれるか。助かるぜ」

 

魔法使いが何処に住んでるか興味がない訳じゃないし、どんな家なのか見てみたいのもある。

 

「それじゃ早速行こうか。」

 

霧雨は箒に跨がって飛ぶ体勢に入った。霧雨、君は昨日の僕のざまを一番近くで見ていたじゃないか。

 

「って、遊飛べないんだったな」

 

「申し訳ないが、徒歩で案内してほしい」

 

こう簡単に飛べる人間に囲まれるとやはり僕が異端な存在なんだと錯覚してしまう。

外の世界の非常識は幻想郷の常識か。僕はこれからどんな非常識を目にするのか。

 

「んー、結構距離あるし...そうだ」

 

霧雨はその場で反転し背中を向け、親指でくいっと後方の柄の部分を指した。

 

「...マジ?」

 

「行ける、私を信じろ」

 

あまり大きな声で言えないが僕だって自転車の2ケツをしたことがある。箒の2ケツ、も2人乗りに入るのか。

 

「私も行けると思うわ」

 

「それは何か根拠が」

 

「勘よ」

 

なんとなく、大丈夫。

いいか博麗、僕はこれからこの箒一本に命を預けるんだぞ。そんじゃそこらの絶叫系のアトラクションよりも危険なんだぞ。

 

「霊夢の勘はよく当たるし、大丈夫そうだな」

 

ははは、もういいや。それじゃあ博麗の勘を信じるか。

念願の空を飛べるのに、なんで高揚しないのか。心臓の鼓動は早くなってるのに。

箒を跨いで霧雨の背後につく。やはりアンバランス、これで空を飛ぶなんて魔法使いって変わっている。

 

「乗ったか?」

 

「な、何か掴まるものは」

 

「私の肩に掴まれ」

 

両手を霧雨の肩に置けば上体が伸びて結構安定した。

これならなんとかいけそうな気がしてきた。

 

「いくぜ、遊」

 

「ゆっくり、ゆっくりでお願い!」

 

足から地が消え、上から目に見えない重りが乗っかった。博麗神社の本殿が消え視界には大空が表れる。

浮いているんだ、一体どれ程の高さなんだ?

下を見ようとして、止めた。見てしまえば僕は言葉を失ってしまうだろう。

 

「どうだ、結構良いもんだろ」

 

首が動く範囲で辺りを見渡す。空、山、森、田園風景、人里を一望できる。都会の様にごちゃっとしていない、シンプルな田舎の風景。何もないのに、なぜこうも心打たれるのか。

 

「しっかり掴まってろ!」

 

「うおぉぉ!」

 

魔理沙が突然発進した。僕としてはもう少し眺めていたかったが、前に進み出すとそんな余裕はない。振り落とされないよう肩をがっちり掴む。

 

「遊、肩痛いって」

 

「そ、そんなこと言ったって」

 

「もうちょっとだから」

 

スピードを、スピードを落としてくれ。僕の声は風に掻き消された。

 

 

やっと地に足をつけれた。こんなに地面が恋しいと思ったのは初めてだ。

さて、着いた場所は深い森の中だが周囲の木が伐採されここだけ日当たりがいい。そして目に入る『霧雨魔法店』との看板を下げた一軒家。見た感じ洋風でお洒落な見た目をしている。

 

「霧雨魔法店?」

 

「あぁ、一応何でも屋してるんだ。全然収入ないけど」

 

そりゃ三日連続で博霊神社に来るんじゃ営業日もあったもんじゃないが...。

 

「兎に角入れよ」

 

「お邪魔しま」

 

霧雨の後を追って玄関に入ったが、あまりの散乱ぶりに最後のすが出てこなかった。

多分机とか椅子とか家具があったと思われる場所の上に物が乗せられ、リビングなのに廊下となっている。

 

「これ、今日で終わるの?」

 

「とりあえずここかな」

 

腹括るか。どうせ1人で帰れないんだし。

 

まずは手に取ったものをいるかいらないかに分けることから始めよう。

よくわからない布、よくわからない瓶、よくわからない物だらけだ。

 

「これは?」

 

「いる」

 

「これは?」

 

「絶対いる」

 

「これは?」

 

「無いと困る」

 

無いと困る物が埋まってたんだが、本当に困るのか?

とりあえず要らないものは一度家の外に運び出す。

折れた箸、ぺちゃんこの座布団、僕でも見てわかる不要品だ。ただ一目でなにかわからないものが多すぎてその度確認をとらないといけないのは効率が悪い。

 

「お、失くなったと思ってたけどあったんだな。」

 

多分失くなった物はこれからごまんと出てくるぞ。

魔理沙が手にしているマジックアイテムと呼ばれる品で、魔力を有した不思議な道具、らしい。

あの四角形の箱のようなものが一体どんな道具なのかはわからないが、僕の想像を越える効果があるとか、ないとか。霧雨の家にはこんな物がゴロゴロしている。

 

「だいぶ運んだな」

 

数時間程経過したか、廊下だったリビングはやっとリビングと呼べるようになった。椅子や机が顔をだし、霧雨の服のカラーに合わせた白黒のタンスなんかも出てきた。

 

「このタンスはなにか入ってるのか?」

 

「さぁ、開けてみるか」

 

下部にはまだ物が散らかっているため、上の方を開けた。

 

「お、懐かしいな」

 

声をあげ取り出したのは本だった。それも一冊じゃない、数冊似たような本だ。

 

「それ、何?」

 

「ひよっこ魔法使いの時期の私が残した研究成果」

 

一冊手にして捲りながら懐かしーと声を出して思い出に浸っている。これは、いけないやつだ。片付け中に本を手にするのは、本当に終わらなくなってしまう。

 

「霧雨、掃除終わってからゆっくり見てほしい」

 

「...そうだな。先に終わらせないと」

 

僕も久しぶりに出てきた漫画をついつい読んでしまい時間を取られたことがある。きっと大勢の人に経験があるはすだ。

こうしてなんとか家の中はちょっと散らかっているな程度に済ませることができた。不要品は外に起きっぱなしだが、何れどうにかして廃棄する、みたいだ。

で、これで終わりかと言うと...

 

「後は寝室、そんでキッチンだ!」

 

「は、ははは」

 

寝室はシーツの代わりに本を敷き詰めた例のベットと、物が溢れかえっている机、そして脱ぎ捨てられた下着...!?

 

「霧雨、僕は不要品運ぶから寝室は1人で分別してくれ。」

 

「なんでだよ、一緒にやってくれよ」

 

「なんでもいいから!」

 

寝室を飛び出し扉を閉めた。霧雨は扉越しに文句を言うが、それよりももう一度部屋を見渡してほしい。

 

「って、そう言えば脱ぎっぱなしにしてた。もしかして遊、これ見た?」

 

「...霧雨、掃除しよう」

 

「いや、するけど...質問には答えてくれないのか?」

 

察してほしい。言い訳がましく聞こえるが不可抗力だったんだ。寝室はプライベートな空間だ、そこに土足でずかずか入ったこっちも悪いが、見たくて見た訳じゃないんだ。

 

「なんだかわからないが、分別できたし外に出すぞ」

 

「あ、あぁ」

 

霧雨は変わらぬ様子で寝室の外に不要品を出した。

僕が過剰に反応しすぎただけ、かな。このまま何事もなかったようにスルーするのが大人のやり方だったか、本当チェリーボーイらしい反応だ。こっちが恥ずかしくなる。

 

 

 

 

 

「終わった!」

 

まだ完全とは言えないが、ごみ屋敷から少しがさつな独り暮らしの家にはなった。

 

「いやー、ベッドってこんなに柔らかいんだな」

 

そりゃ本の上に寝てたからな。霧雨はベッドに寝転がってゴロゴロしてるがベットから埃が舞っている。

 

「ありがとうな」

 

「それじゃあ帰るよ」

 

「なぁ遊、これは個人的な頼みなんだが」

 

「なに?まだあるの」

 

「ご飯、作ってくれ」

 

そう言えば、腹へったな。昼は過ぎてるし、早めの夕食になるな。それじゃ、作りますか。

 

家が洋風とは言え台所は博麗神社と変わらない。

で、材料は...キノコか。他は何があるんだ?

これは、キノコ、これは何だ、やっぱりキノコだ。

キノコしかないじゃん。

仕方ない、これであれこれ作るしかない。

 

霧雨は博麗を呼びに神社へ向かった。その間に僕が作って霧雨の家で夕食を囲もうという予定となった。

キノコ、キノコかぁ。思い付くもの作っていくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人が仲良く空を飛んでいった後、縁側に腰掛け彼女を待っていた。

突然現れ人を驚かすのが趣味の彼女に一杯食わされぬよう警戒の糸は緩めない。

 

「こんにちは霊夢」

 

「こんにちは」

 

いつの間にか私の横に腰かけていた彼女は手を振って挨拶をした。気づいてないと思っているのか、視線を向けずに言葉だけ返す。

 

「話って何」

 

「そうね、ここで話すのも何だし、中に入りましょう」

 

貴方の家じゃないのに。家主の許可も取らず我が物顔で中に入っていく姿を追って居間へと向かう。

 

「お茶、私のはないの?」

 

「生憎切れたの」

 

「あらあら、お客がいつ来ても良いようにしておかないと」

 

客なんて魔理沙か貴方か妖怪か、片手で数える位しか来ない。そして大体はお茶なんか出さずともいいような厄介な客ばかりだ。

 

「それで、早く始めてよ」

 

「はいはい、聞きたいのは高橋遊のことよ」

 

おおよそ予測はついていた。

さて、そろそろ問いたださなければならない。幻想郷に引き留めた真意を。

ただ相手は大妖怪八雲紫、都合が悪くなればはぐらかされる。

 

「霊夢、彼はどう?」

 

「どうって、ただの外来人よ」

 

「性格とか言動はどう?」

 

「普通よ。長所が普通で短所が普通ってレベル。あ、料理はそこそこできるのは長所じゃない?」

 

「普通、ね。そう、普通」

 

普通の擬人化。これといって記憶に残りそうにない地味な存在。この幻想郷では特に個性の強い生き物など数多いる。その中では寧ろ普通という個性が光っているのかもしれない。

 

「普通過ぎるわよね」

 

「どういう意味?」

 

「あまりに普通、在り来たり、ありふれた、何の変哲もない存在、それが高橋遊」

 

「...だから?」

 

「霊夢、これ見て」

 

ちゃぶ台の上に置かれた一枚の紙。そこには赤い三日月に一本の棒が縦に突き刺さった謎の模様、いや記号?

 

「私はこの模様が何か知らないの。だけど何故だか私にはこの模様の意味を知らなくてはならないという一種の軽い脅迫観念がずっと頭から離れないの。」

 

「...これ、私見た」

 

「どこで?」

 

「遊の携帯って道具にあった模様」

 

「だから、私は彼をここに引き留めたの。外の世界を探し回って、やっと見つけたの」

 

携帯を保護するためのケース、だったか。昨日の夜に遊から聞いた。昨日人里に行く道中携帯を観察していたとき、そのケースが外れてしまった。仕組みは簡単で私でもすぐにはめることが出来たが、その時にケースの裏側に、隠れていた。

八雲紫は携帯にあの模様があったのを知っていて、幻想郷に引き込み、そして引き留めた。

 

「だったら、素直に聞けばいいじゃない。そうすれば彼は返してあげられるでしょ」

 

「いえ、彼も模様の意味を知らないはずよ」

 

「どういう事、話が見えないんだけど」

 

「私と高橋遊は何か大事なものを失ってる。忘れてはいけない、何かを。この模様は失った私たちに残された数少ない希望なの」

 

大事なものを失う。決してそんな風に見えなかった。

私に見せていない彼の本性があるのか、秘密にしていることがあるのか。

 

「近いうちに、彼という人間がわかる。」

 

「何が、起こるの?」

 

「異変よ」

 

「彼が、引き起こすの?」

 

「いえ、彼は今度の異変に巻き込まれるの。そこできっと、高橋遊という人間を知ることができる。そんな気がするわ」

 

八雲紫の勘、ということね。そんなもの当たるかどうか信用していないが、私自身の勘も何か不穏な未来を感じとっていた。

 

「だから、そのときはよろしくね。霊夢」

 

「いいわ、私自身遊が気になってきたし」

 

「お願いね」

 

謎の模様、失ってしまった何か。彼は何を知っているのか。高橋遊、貴方は何者なの?

 

「おーい、霊夢...っと紫じゃん」

 

「あら魔理沙、どうしたの?」

 

私は魔理沙から事情を聞くと途端腹の虫が鳴った。

そう言えばお昼も食べてなかったし、早めの夕食にしても良いわね。

博麗神社を出ると魔理沙の家へと向かった。私と魔理沙と、紫。なぜかついてきた大妖怪も一緒に夕食を囲むこととなった。

着くとまず目につくは家の外に山積みになったガラクタの山。魔理沙の家がどうなっていたか容易に想像できる。中に入るとリビングにはキノコ料理がこれでもかと並んでいた。

私はキノコが嫌いじゃない。ただキノコしかない食卓を見て一瞬引いてしまった。

 

しかし遊もそれなりに頑張ったようで味や調理法方で飽きさせないよう工夫されていた。

中身のない会話をしながら皆箸を動かし、机の上の食材はどんどんと無くなっていく。

 

「ねぇ、遊」

 

「なんですか?」

 

紫が何気なく遊に声をかけたのを黙って見ていた。彼女が別の手に持っている紙に見覚えがあったからだ。

 

「これ、見覚えある?」

 

「...あぁ!携帯のケースに書いてあるマークですよ!」

 

「貴方が書いたの?」

 

「いや、気づいたらついてて。よくわからないんですよね」

 

「そう、なんでもないわ。」

 

紫は何事もなかったように箸を伸ばした。分かっていて質問したんだ、私に遊が本当に模様について知らないことを見せるために。

 

わかったわよ、起こるんでしょ異変が。そのとき、見せてもらおうじゃない。

高橋遊、貴方を

 



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紅霧異変『覚醒』
7話 紅い空


「ち...なんだこの空」

 

時は暁天。また新たな朝が始まろうとしていた。さぞ今日もよい天気、そう思っていた。博麗神社の縁側からその空を眺める一人の男。暗い周囲に溶け込んでいるようで姿形もはっきりしない不気味な存在。

横には布団の中でぐっすりと夢の中にいる男もいた。

 

「嫌な予感がするな。胸騒ぎとも言うべきか、武者震いというか。」

 

空は青ではなく、赤だった。流石の俺もこれが幻想郷の常識とは思えない。空は黒と青、時々灰色を繰り返すのが幻想郷でも常識のはずだ。

 

「へ、悪趣味なやつだ」

 

よりにもよってこんな深い紅とはね。曇りよりもどんよりとしてやがる。

異常な空、何かがこの幻想郷で起きる前触れだろう。

 

「...俺はそう簡単には消えないのかもな」

 

万が一力が必要になった時、高橋遊がこの力を正しく扱えるのか、無理そうだな。だったらその時は...。しかし、俺が幻想郷に関わるのは危険なんだ。俺は高橋遊だったものなんだ。

 

「俺は、何だ?」

 

だったものとはなんだ?なぜ俺が出ることが危険なんだ。

なぜ俺は2人必要になったのか。

なぜ俺が高橋遊だと危険であると根拠もなく言い切れるのか。

なぜ俺は幻想郷を知っていたのか。

わからないことだらけだ。

 

「朧」

 

脳裏から離れない言葉、いや単語なのか、何を意味するのか。今俺にあるのはこの言葉だけ。

忘れてはいけない、これを忘れてしまえば俺の存在価値はなくなる。この言葉があるから、俺はここにいる。

わからないことだらけだ、俺にはわからないことしかない。ただ一つわかるのは、大事な何かを失ったと、気づいていることだ。

 

「探して、教えてくれ俺の存在価値を。見つけて教えてくれ、存在する理由を。」

 

そのために、俺はお前に力を渡した。後はお前が気づくだけだ。

 

男はそう言い残し闇に消えた。

 

暁天の空は次第に明けていくも、空は紅く染まるだけ。

後にこの異変は『紅霧異変』と名付けられ、幻想郷の歴史の1ページに刻まれることとなる。

 

 

 

 

 

幻想郷四日目の朝、初めて晴れ以外の天気を見た。

さて、僕には幻想郷の常識がないため空が紅いこの天気はなんという気象なのだろうか、わからない。

 

「博麗、この天気は一体」

 

「私も知らないわよ。」

 

「え?じゃあなんで空が紅いの?」

 

「わからないわ」

 

なんだか寒気がしてきた。見るからに不吉な空、大災害の予兆たったりして。

 

「紫、いるんでしょ」

 

「うふふ、おはよう」

 

博麗が突然あらぬ方を向いて話しかけると何もない空間から紫さんが現れた。境界を操る程度の能力、なんて便利な能力なんだ。

 

「私の趣味に合わない空ね」

 

「だったら元に戻さないと。」

 

「これね、紫が言っていた近々起こる異変って」

 

「こんなに分かりやすいものだったのは驚きよ。」

 

「だったらまたあなたの勘に聞こうかしら。どこの誰が首謀者なの?」

 

「聞いた話なんだけど以前までなかった謎の館が幻想郷のどこかに突如表れたらしいの」

 

「謎の館ねぇ。いかにもって感じ」

 

話についていけないが、これが幻想郷にとって非常事態なのはなんとなく理解した。

 

「異変解決、頼むわよ博麗の巫女」

 

「改まって言わないで、気持ち悪い」

 

異変解決、どうやら博麗はこれから大仕事しに行くようだ。

 

「博麗だけで原因を突き止めて解決するのか?」

 

「そう、異変解決も私の生業の一つ。」

 

八雲さんの手を借りず一人なのか。大丈夫だろうか。

心配するが、僕にできることはない。黙って無事を祈るしか出来ない。

 

「おーい、霊夢」

 

「はぁ、来たわね」

 

そこに霧雨が到着。いつもの面子が揃ったが、今日はゆっくり駄弁る時間はない。

 

「人里じゃ体調不良の人間で溢れてた。これはとっとと解決しないと被害者が増えるぞ」

 

「わかってる、今から行くわ」

 

「おいおい、私も忘れるなよ」

 

「付いてくるなって言っても来るんでしょ。邪魔はしないでね」

 

「へへ、久しぶりに暴れられるな」

 

「魔理沙も一緒なのね。任せたわよ」

 

霧雨と博麗、年端もいかない女の子2人に任せるって不安で心配で落ち着かない。

だが八雲さんはそんな2人に全幅の信頼を寄せている。

彼女達は僕の想像以上の力があるんじゃないか。

 

「それと遊も、頼んだわよ」

 

「はい...はい?」

 

最初は博麗に留守番のことを言われたのかと思ったが、八雲さんが優しく微笑みながらこちらを向いていたのでとんでもない発言であると気付いた。

 

「ほら、一緒に行くの」

 

「え、だって僕ほら、飛べないし何も出来ないし」

 

「遊、貴方も来るの。」

 

博麗までそんな事言って。僕が何も出来ないのを隣で見ていたじゃないか!

 

「なんで、僕がいたって」

 

「必要だから」

 

僕が、必要?

 

「どこで、必要になるんだ?」

 

「付いて来ればわかる。だから来て」

 

いつになく引き締まった表情の博麗にどこか恐怖さえ感じた。博麗は妖怪退治も受け持つプロ、どんな事態でも慌てず直ぐ様原因を突き止め解決に導くだろう。僕と過ごしている時間の密度が違う。

そんな人物に僕は果たして本当に必要なのか。それを教えてくれるのは、異変の中しかない。

 

「わかった。僕もいく」

 

「霊夢、本当に遊は何も出来ないぞ」

 

「...それを確かめる。遊をのせてあげて」

 

「はぁ、よく分からないが仕方ないな。」

 

霧雨は昨日と同じように僕を後ろにのせ、一足先に空へ浮かんだ。2度目となると心に少しだけ余裕が生まれる。足が宙ぶらりんなのは絶対慣れないと思う。

 

「霊夢、どこ行くんだ」

 

「そうね、勘だけどあっちに進みましょう」

 

すぅーっと浮上してきた博麗は前方を指差した。

おお、本当に生身で飛んでいる。疑っていたわけではないが自分の目で見るとやはり信じがたい光景だ。

 

「はいよ。博麗の勘ね」

 

情報が館ってだけだし、仕方ないか。飛び回ってあちこち探しだすしかない。霧雨の肩を掴んで飛行に耐えられる体勢をつくる。

僕が必要、こんな僕を必要としてくれている。

一体、僕に何が出来るんだ。

 

紅い空、魔法使いと巫女、そして男が飛ぶ。

当てはない、謎の館という大雑把な目標に向かってひたすらに。

暫く森の上を飛んでいると、前方からふらふらと黒い球体がこちらに向かってきているのに気がついた。

博霊も霧雨も気付いたのか少しずつスピードを落として様子を見ている。

 

「...あれは、妖怪?」

 

球体は減速し、停止した。こちらも揃って停止すると球体が透明になり、人の姿が見えた。

金髪に紅いリボンを乗せた黒いワンピースの女の子、一見あどけなくて可愛らしいが、異形な者の雰囲気が漂っていた。

 

「誰?」

 

「霧雨魔理沙、普通の魔法使い」

 

「博麗霊夢、楽園の素敵な巫女」

 

ここで言うことじゃないが、幻想郷の名乗りは二つ名って感じでかっこいいな。厨二心を擽られるってのもあるし、僕はどう名乗ろうかな。

 

「私はルーミア。宵闇の妖怪」

 

「ルーミアね。急いでるから道を譲って」

 

「通りたきゃ横を通れば」

 

「...そうさせてもらうわ」

 

僕たちがルーミアの横へ回り込もうとしたとき。目の前を何かが横切った。

 

「何か用かしら?」

 

「空が紅いと、人間は弱るらしいね。」

 

「そうだけど、それがどうしたの」

 

「いつもは面倒なんだけど、弱ってるなら...楽して食べれるよね?」

 

「最初から弾幕がしたいって言いなさいよ」

 

博麗とルーミアは距離をとった。何か始まる、2人の様子を固唾を飲んで見守っていた。

 

「始まるぜ、弾幕ごっこが」

 

「弾幕ごっこ?」

 

「幻想郷の名物だ。私たちはこれで優劣をつけるんだ」

 

ルーミアが手にした細長い紙、それを空にかざして。

 

「月符『ムーンライトレイ』」

 

僕はこの時生まれて初めて弾幕ごっこを見た。

そして最初に、綺麗だ、と口からこぼれた。

 

ルーミアを中心に円状に放たれた光弾の間を博霊が縫うようにすり抜ける。しかしそこへ追撃の2本のレーザーが挟み込むように迫り来る。狭まるレーザーの間で光弾を避けつつ、博麗も負けじと打ち返す。

まるで魅せるスポーツ、こんなもの見たら観衆は興奮し、会場は一気に沸くに違いない。

弾幕ごっこ、それは綺麗で儚い、少女達の遊戯。

僕は完全に魅せられた。



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8話 紅魔館

弾幕ごっこ、それは幻想郷においての決闘方法。

妖怪と人間の間にある力の差を埋めるために考案されたもので、相手を殺すのではなく互いに編み出した弾幕をかわし合いスペルカードを駆使して優劣を決める、華やかな遊戯である。

 

「つーわけだ」

 

「なるほど」

 

弾幕ごっこ、これが幻想郷の決闘方法。

 

「夜符『ナイトバード』!」

 

ルーミアが2枚目のスペルカードを宣言。円弧状に弾幕を右へ左へとばらまいた。

博麗はその間を易々と抜けていく。まだまだ余裕がある。

 

「あんまり遊んでる時間もないから、終わらせるわね」

 

高らかな勝利宣言と共に掲げられたスペルカード。

 

「夢符『封魔陣』」

 

博麗を中心に大量のお札が四方八方へ飛び交う。

前から横から後ろから、死角から襲い来る札にルーミアも焦りの表情が見え始めた。

 

「やるじゃない、でも!」

 

突然お札の動きが変わった。ルーミアは疲労のためかその動きについていけず、先ほどまでかわしていた札に接触してしまう。被弾音らしき甲高い音が辺りに響き渡った。

 

「まだやる?」

 

「ううん、もういいや。なんだか疲れちゃった」

 

額の汗を拭ったルーミアは満足気に笑みを浮かべていた。

 

「今度こそ通るわよ」

 

「どうぞー」

 

ニコニコと笑みを浮かべるルーミアの横を今度こそ通りすぎた僕らは、また博麗の勘を頼りに進んでいく。

 

「どうだった遊、弾幕ごっこ」

 

「凄かった、っていう感想しか出ないよ。霧雨もやるの?」

 

「もちろん。それに私のは霊夢よりド派手だ。」

 

「魔理沙の弾幕は単調なのよね」

 

「わかってないな霊夢。弾幕はパワーだぜ」

 

各々のプレースタイルもある。素人の僕には霧雨の考え方も、先ほどの博麗のスタイルもどっちも合っていいと思う。見ている分には、どちらも綺麗だし。

 

「さて霊夢、この先って確か湖だったよな?」

 

「ええ、確か」

 

「あそこ、湖以外あったっけ?」

 

「なかった、はず」

 

霧雨の肩越しから森の中に鈍く輝く円形の湖が見えた。

そして、2人のよう畔に、怪しげな建物がうっすらと霧の中揺らいでいた。

 

「あれだな。さすが博麗の巫女の勘」

 

「誰に許可取って建てたのかしら」

 

洋館の外観をした洋風の大きな建物は、近づくにつれ不気味な正体を露にしていく。

外観の色が真っ赤で、そのインパクトは当分忘れられそうにない。こんな建物に住んでいる家主はきっと、変わり者なんだろう。

 

「とっとと乗り込みたいけど、また変なのが来たわね」

 

僕たちの進路を阻むように、水色の髪の女の子が立ちふさがった。軽い青のワンピースがよく似合う女の子で、どうにも自信たっぷりに腰にてを当てている。その後ろには黄色いリボンがよく似合う緑髪の女の子もいるがこちらは対照的におどおどしていた。

 

「妖精か?」

 

「よく分かったなとんがり帽子!私は氷の妖精チルノ、幻想郷最強のチルノ!」

 

さ、最強!...とてもそうには見えない。

博麗や霧雨より強いとは思えないが。

 

「おいおい、博麗の巫女の前で最強名乗るって」

 

「博麗の巫女...そうか、お前が博麗の巫女か!」

 

「私じゃなくてこっちの紅白」

 

なんだがこの子の事、分かってきた気がする。

まぁ、若気の至りってやつか。小さい頃って視野が狭いから勘違いしちゃったりすることあるよね。

 

「博麗の巫女、私と弾幕だ!」

 

「ち、チルノちゃん」

 

「ふふん、見てて大ちゃん。博麗の巫女を倒して幻想郷最強が誰か白黒つけてやるんだ」

 

博麗もこの反応にはやれやれといった感じ。怠そうに臨戦態勢に入ると、チルノも距離をとった。

 

「雹符『ヘイルスト

 

チルノは早速スペルカードを切ってきた。しかしそれは博麗もだった。

 

「夢符『封魔陣』!」

 

チルノの雹のような弾幕は博麗へ襲いかかっていったが、お札の動きは雹とは比べ物にならない早さだった。

甲高い被弾音、あっさりと決まった。

 

「卑怯者!こっちがスペルカードの途中だったのに」

 

「タイミングは同じよ。それにスペルカード発動最中にスペルカードを発動させるのは別に卑怯でもなんでもないわ」

 

「くぅ、こうなったらこれだ!」

 

チルノはもう一枚のスペルカードを取り出した。

 

「氷符『アイシクルフォール』」

 

チルノの左右から弾幕が挟み込むように博麗を襲う。

博麗はその場でかわしながら、なんとか反撃に出ようと弾幕を打つ。

 

「霊夢、前だ」

 

「前...なるほどね」

 

霧雨の言葉になにか気づいたようで頷くと、博麗はチルノの前まで突き進んだ。真ん前で来ると大胆にもふわふわと何もせず浮いている。

 

「な、なんで当たらない!?」

 

「はぁ、バカね。もういいでしょ」

 

無慈悲にも至近距離から弾幕を連打。またも鳴った甲高い被弾音とチルノの悔しがる声。

 

「ち、チルノちゃん!」

 

「くっそー覚えてろよー!」

 

聞き覚えのある捨て台詞を残して2人は湖の方へ戻っていった。あんな小さな子とも弾幕ごっこなら平等に遊べるのか。...僕は飛べないし、弾幕出せないけど。

 

「それじゃ気を取り直して...入りますか」

 

「そうね」

 

謎の紅い館へ徐々に降下していく。上から見ると庭もあって大きな門もあって、個人所有とは思えない、まるでホテルだ。

門の数十メートル前で降りた3人は地上から改めて館を見上げる。不気味だ。赤一色に塗りたくるのは趣味なのかセンスなのか。

 

歩いて門に近づくと、門の前で仁王立ちする人影が見えた。ゲームで見たことのあるチャイナドレスに身を包んだ赤紙の長身の女性。

 

「どなたですか」

 

「霧雨魔理沙、普通の魔法使い」

 

「博麗霊夢、博麗神社の巫女」

 

「高橋遊です」

 

「私は紅美鈴、この紅魔館の門番をしている者です」

 

深くお辞儀をした後、僕たち三人を睨み付ける。

道幅は広く、横を通り抜けようとすれば可能である。しかし彼女の気迫がそれを考えることすら許さない。

 

「これ紅魔館って言うんだな。それで私たち紅魔館の主にお話があって来たんだ。ちょっと通してくれ」

 

「今日は来客のお話を聞いておりません。お引き取りを」

 

「へへ、そうかい!」

 

霧雨は懐から取り出した六角形のマジックアイテムを紅美鈴へ向けると、ビームを数本発射した。

不意打ちで一瞬怯んだが、難なくかわされると戦闘態勢を直ぐ様作った。

武術の構えかな、チャイナドレスを着てるし由来は中国の武術か?思い付くのは太極拳とか、カンフーとか?

 

「悪いが通してもらうぜ」

 

「門番の仕事、果たします」

 

霧雨は箒に跨がると上昇し、頭上から大量の弾幕を放つ。博麗のような狙いすました物じゃなく、文字通り弾の幕であった。

量と早さで圧倒する、これが霧雨のスタイル。

 

「そんな適当な弾幕に当たると思ってるの?」

 

「だったらこれでどうだ!」

 

今度はビームを連発するが、バク転でかわされる。

あの紅美鈴って人、かなりの身体能力だ。それに早い、箒の霧雨のスピードについていっている。

とても同じ人間とは思えない。

 

「気付いたようね、遊」

 

「え、何が」

 

「あの紅美鈴っての、妖怪よ」

 

「...凄い身体能力してるけど、勝てるの?」

 

「弾幕ごっこが身体能力だけで勝てる程甘くない」

 

妖怪の紅美鈴が普通の魔法使いの霧雨に接近戦でなら体格の差で勝てるかもしれない。しかしこれは弾幕ごっこ。

 

「魔理沙は私と違って奇想天外な戦い方を得意とするの」

 

「トリッキー、ってやつか」

 

「そう。見ていたら納得するわ」

 

霧雨は以前空から弾幕を無造作にばらまく。奇想天外、そう聞くとこれも作戦に見えるな。

 

「さてそろそろ堕としましょうか」

 

紅美鈴が取り出したスペルカード。とうとう反撃に出た。空を飛ぶ霧雨は不適に笑う。

 

「華符『芳華絢爛』!」

 

霧雨の高さまで飛び上がった紅美鈴を中心に虹色の弾幕広がる。それは上から見ると一輪の花。咲き誇る弾幕の華。襲い来る花びらに、霧雨は一瞬で飲み込まれる。

 

「霧雨!」



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9話 門番の責務

私の弾幕は霊夢のような狙いすました緻密な弾幕じゃない。弾幕をかわされたのならそこに更に弾幕を重ねる。

それも火力をあげて、こんどこそ仕留めるため。

私はそれで大体の弾幕ごっこに勝ってきた。詰まるところごり押しってわけだ。

 

あの中国にもいつもの戦法を取ったが、てんで当たる気配はない。頭上から放っているのだがとんでもないスピードでかわされる。この時点で流石の私も妖怪だと気付いた。

気付いた所で対策が思い浮かんだ訳じゃない。

ただ、あいつの動きに引っ掛かる点があった。

だから今度は奴の死角から火力を上げた弾幕を放った。

が、ダメ。

ははーん、もしや。私の疑問に奴は体で教えてくれた。

 

「さて、そろそろ堕としましょうか」

 

来た、スペルカード。これはピンチじゃない、チャンスだ。

奴を中心に展開される弾幕、退かずにその場で迎え撃つ。

お前が私の仮説通りなら、きっと次に計画通り動くはずだ。

 

 

 

 

虹色の弾幕に飲み込まれた霧雨。被弾音はない。

どうやらなんとかかわしているらしい。

 

「時間切れを狙ってるわね」

 

「時間切れ?」

 

「スペルカードの時間は有限よ。避け続ければスペルカードは終了する」

 

なるほど、これなら無理に攻め要らなくとも攻略できるわけか。霧雨はこんな弾幕の雨嵐の中必死に避けて反撃の時を待っているんだ。

 

次第に大量の弾幕の隙間が大きくなり、スペルカードの終了が見えてきた。

紅美鈴も手応えを感じなかったか、スペルカードの詠唱を止めた。

 

「そこだ!」

 

自らの放った弾幕を避け、止めを指さんと接近した。

この弾幕の中接近して至近距離で放たれたなら流石の霧雨も避けられない。

 

「霧雨、来たぞ!」

 

声を張り上げるが返事がない。

 

「これで、終わ...!」

 

紅美鈴の動きが止まった。

弾幕の隙間から見えたのは、空中で荒ぶる箒だった。誰ものせていない、箒だけが飛んでいた。

 

「くらえ!」

 

その下にはマジックアイテムを紅美鈴に向け腰を落とし、照射準備に入っていた霧雨の姿。

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

完全に不意をついた霧雨、これまでとは比較にならない威力の光線が発射されると、空中の紅美鈴を飲み込んだ。

どこまでも空に向かって上昇するマスタースパークは見ていて豪快で派手で、霧雨の言う弾幕はパワーだ、の言葉を象徴する一撃だ。

これ、相手は大丈夫なのか?

 

甲高い被弾音の後、門の柱にもたれる門番の姿があった。

肩で息をしている、どうやら無事らしい。

 

「不覚...」

 

「私の勝ちだな。門開けてくれ」

 

黙ったまま立ち上がると何倍もある巨大な門を両手で突いた。ぎぎぎと鉄が擦れる音がすると門は奥まで押し込まれ開いた。

 

「行こうぜ!霊夢、遊」

 

霧雨はピースしながら得意気になっている。

人がヒヤヒヤして見ていたというのに...全く、人の気も知らないで。

博麗と霧雨の元に駆け寄るとどーだどーだと霧雨は僕の脇腹を小突いてくる。

 

「よくあんな作戦思い付いたね」

 

「あの中国は耳が良いんだよ。弾幕も音で察知してる。だから死角から撃った弾幕も避けられていた。ってのに気付いたんだ」

 

「だからわざと箒をわかりやすく動かしてたのか」

 

「スペルカード発動中ならその場で回避している動きに見せかけられるし、視界も悪くなる。ここしかないと考えたわけよ」

 

博麗のいう通り、奇想天外だ。ただ奇策を用いてるんじゃなくて敵を理解し、即座に作戦を立てている。

頭の回転の早さと柔らかさも、霧雨の強さなのか。

 

「遊、早く行こうぜ」

 

「あ、ちょっと待って」

 

と、会話している最中にも紅美鈴が視界に入る。さすがにこのまま置いておくのも人道的に悪いんじゃないだろうか。

近寄ってしゃがみこみ、一声かけた。

 

「う、何か」

 

「その、ここに放置していくのが忍びなくて...取りあえず中まで一緒に行きませんか?」

 

「私は門番です。お心遣いは感謝いたしますが、仕事場を離れるわけにはいきません」

 

「そうですか、すみませんでした」

 

離れようと腰を上げた。すると紅美鈴は顔を上げ僕を見つめる。

 

「どうして謝るんですか?」

 

「いえ、弾幕ごっことは言え豪快な一撃が直撃したのが少し気になってまして。余計なお節介でした。」

 

「心配ありません。これは弾幕ごっこで私は妖怪です。仮に怪我してもなんてことないですよ」

 

「そうですか。なら良かったです」

 

微笑む彼女にあの気迫はなく、どこにでもいる少女だった。敵対していたのが嘘のようだ。

 

「それでは私は少し休みます。」

 

「では」

 

別れを済ませて待たせている二人のもとに駆け寄る。

2人は吹っ飛ばした彼女への心配は皆無のようだ。あんな姿を見るとごっことは言え恐ろしい。

どれ程華やかに見えても勝負だ、赤い霧を晴らすため、幻想郷のためにここにいる。

僕がここに来た理由はわからないが、何か役に立つことがあるなら喜んで協力する。

今はそれが皆目検討もつかないけど。

 

「それじゃ館に乗り込むぜ」

 

気を引き締めないといけない。この先博麗や霧雨は弾幕ごっこを繰り広げるはず、僕だって、何か...彼女たちのために。

 

 

 

「久しぶりに人の優しさに触れた気がします」

 

柱にもたれた紅美鈴は一人呟く。

 

「咲夜さんも彼のように優しければなぁ」

 

優しさではなくナイフが飛んでくる。客観的に見ると恐ろしい職場だ。

 

「勝てるのかしら、咲夜さんに」

 

あの人の能力は強力無比、他人の時間さえも奪う恐ろしい能力。

彼女たちがそれにどう立ち向かうのか、ちょっと楽しみである。



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10話 僕

紅魔館、紅の館。その名の通り外観も内装も赤で埋め尽くされていた。赤い石の床に赤のマット、赤い壁に赤の天井。

さすがに吊るされたシャンデリアは赤じゃない。

そもそもあんな大きなシャンデリアを初めて見た。いくらお洒落とは言えあんなのが天井にぶら下がってるのはちょっと怖いな。

 

「それで、どうする?」

 

意気揚々と乗り込んだのは良いが、階段もあって2階に進むルートやその脇にある廊下を進むルートもある。

美鈴さんに場所教えてもらえば良かったかな。

 

「どうするって、勘を頼りに進むだけよ」

 

「そうだった」

 

コンパスも地図もスマホのマップ機能もなにも要らない。この不思議な巫女についていけば良いんだ。

博麗が指差したのは2階、階段を上るルートが正解らしい。しかし霧雨はどこか不服そうな顔をしていた。

 

「霧雨、どうした?」

 

「私の勘は1階に面白いものがあるんじゃないかって告げてるんだ」

 

またもや勘。博麗の勘は真っ直ぐ紅魔館まで来て実証されたが、霧雨の勘はどうなることやら...。

 

「じゃあ魔理沙は1階行けばいいじゃない。」

 

「そうか、二手に別れるか」

 

あっさり別行動となったがこの状況なら固まって動いた方が良いんじゃないか。と考えたが現状ついてきているだけの僕がとやかく言うのも気が引ける。

 

「それじゃあな、また後で」

 

「気を付けなさいよ」

 

霧雨は手を降ると箒に跨がり廊下の奥へ消えていった。

 

「さて、行きましょうか」

 

「あ、あぁ」

 

自然と博麗組に組分けされたが良かったのだろうか。

博麗は何も行ってこないし、とりあえず僕はこっちでいいらしい。

博麗が歩き出すと僕も後ろについていく。階段を上り、時折現れるメイド服を来た妖精を博麗が軽くいなして弾幕を撃ち込んでいく。無双状態だな、館内は美鈴さんのような強敵は現れないかもしれない。

...だったら、なんで僕ここにいるんだろう。

 

「なぁ、博麗」

 

「なに?」

 

「僕さ、本当に必要?」

 

「...えぇ」

 

博麗は深く頷く。僕との会話中でも一切顔の緊張は解けてない。これが博麗の巫女の本業の顔。それを向けられるとこれ以上深く踏み込むのを躊躇ってしまう。

でも、これだけは。

 

「どうして、必要なの?」

 

「それは」

 

言葉が続かなかった、何か言おうとして飲み込んだ。何か事情があるのを察した。僕をここに連れてきた意味がある。

聞きたい、僕がここにいる理由を。

 

「僕は弾幕ごっこも出来ない、空も飛べない。正直2人の足手まといだよ」

 

「...紫が、連れていけばわかるって」

 

「紫さんが?それで何がわかるの?」

 

「私もわからない。だから気になるの」

 

八雲紫、やはり彼女は食えない人だ。幻想郷から返さなかったのも彼女、そしてここに導いたのも彼女、僕は彼女にコントロールされていた。

...もしや幻想郷に引き留めた理由と僕がここに来た理由も繋がってるのか。なんだ、何を考えてるんだあの人。

 

「遊、貴方は何か大事なものを失ってない?」

 

「大事なもの...もし失ったら、気づくと思うけど」

 

「失っている事実すら、失ったのかもね」

 

「まるで記憶喪失じゃないか。でも僕はこれまで普通の人生を歩んできた。色んな思い出がある、記憶がある。」

 

そうだ、 地味でパッとしない僕だが真面目に生きてきた20年間がある。目立たない僕とは対照的な友達もいる、名前を間違えられたけど恩師と呼べる教師もいた。親もいる、飼っていたハムスターだって、思い出は全て大事なものだ。

この幻想郷での数日もきっと思い出になる。

忘れたりはしない、失くしたりはしない。

 

「紫がね、言ってたの。本当の貴方がこの異変で見えるって」

 

「なにそれ、本当の自分って」

 

「それを知ってるのは貴方自身。高橋遊しか知らない。」

 

何もわからない。博麗の言っている意味も、八雲さんの魂胆も何もさっぱりだ。

本当の自分って、そんな恥ずかしくなるフレーズを聞いたのはいつ以来か。そりゃ僕だって口に出すには恥ずかしいそれっぽいことをした記憶はあるが、それとは全く別の次元の話だ。本当の自分、僕の知らない僕がいるってことか?

なんというか、哲学みたいだ。頭痛がしてきた。

 

「遊が何も出来ないのはわかってる。だけどお願い、ついてきて」

 

参ったな、聞く前よりもっと話が見えなくなった。

八雲紫、本当の自分、失ったもの。常識に囚われた平凡な大学生にはちょっと整理がつかないし、考えたって答えはでない。

 

博麗は僕に背中を向けると前に歩き出した。

僕は黙ってついていく。前にしか道はない、進むしかない。

 

...どうせ僕はここから博麗神社へ帰れないし。

 

 

 

 

 

 

「まるで記憶喪失じゃないか。でも僕はこれまで普通の人生を歩んできた。色んな思い出がある、記憶がある。」

 

戸惑いを隠せない遊がひねり出した言葉に、私は嘘偽りはないと感じた。

彼を見ていればわかる。平凡でありふれたごく普通のこの男、きっと小さな紙に簡単にまとめられる人生を歩んできた。

 

「紫がね、言ってたの。本当の貴方がこの異変で見えるって」

 

「なにそれ、本当の自分って」

 

「それを知ってるのは貴方自身。高橋遊しか知らない。」

 

遊は言葉を聞いても飲み込めず、難しい顔をしながら唸っていた。しばらくするとどうやら頭の整理が追い付かず頭痛でも起きたかこめかみを押さえている。

やはりこれが彼という人間、なんの変哲もない男。

紫、本当に本当の彼を知ることができるの?

...確かめるしかない、紫との会話でそう決めたんだ。

 

「遊が何も出来ないのはわかってる。だけどお願い、ついてきて」

 

私は彼に背中を向け歩き始めた。すると数秒たって彼も歩き始めた。

 

「ようこそ、紅魔館へ」

 

突然廊下に声が響いた、しかし人の気配は。辺りを見渡していると突然、目の前に女が現れた。従者らしき服装をしたそいつは銀髪を編んだ髪を垂らして、深く一礼をした。



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11話 失踪

突如現れた銀髪の女性。アニメなんかで見たメイド系の服を着ているが、恐ろしいほどに落ち着いた従者。とても甘い言葉で歓迎してくれる様な人じゃない。

 

「紅魔館のメイド長の十六夜咲夜です。紅魔館にどのようなご用件で?」

 

「主とお話がしたいの。退いて頂戴」

 

「申し訳ありませんが、お嬢様はお客様とお会いできません。お引き取りを」

 

「帰れって言われて帰ると思う?」

 

「では少々手荒な方法ですが」

 

十六夜が腕を振ると銀色に光る物体が列をなして飛んできた。博麗はその場で半身にして避ける。

流れ弾が僕のすぐ横を掠めた、ナイフだ。鋭利に尖った銀色のナイフ。

 

「手品は、お好きですか?」

 

「嫌いじゃないけど、貴女のはつまらなさそうね」

 

「ふふ、一度ご覧になってください」

 

今度はかなりの量の弾幕が放たれる。だが博麗ならこの程度、まだ余裕で避けられる。必要最小限の動きで見事に避け続ける。余裕の表情を浮かべる博麗、さて反撃に出たいところ。

途端、視界に何かが入った。それは先程見たナイフ。

突然、ナイフ表れた。それも刃先をこちらに向け一直線に飛んでくる。一本だけじゃない、何十ものナイフが飛び交っている。

突然の出来事に博麗も一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに飛び上がり回避した。

 

「いつの間にスペルカードを」

 

「幻世『ザ・ワールド』...」

 

空中に上がった博麗にまたも弾幕を放つ。今度も余裕で避けられる密度。

先程のナイフの突然の出現に焦りを感じているのか、博麗は避けながら弾幕を放つ。

 

「な!?」

 

またも視界に突然現れるナイフの一団。刃を鈍く光らせながら今度は博麗の退路を立つようにバラバラに飛ばされる。

 

「夢符『封魔陣』!」

 

握りしめていたスペルカードを取り出すと札は博麗を囲うように展開され、向かってきたナイフにぶつかって相殺される。

 

「どうでしょうか?」

 

「タネを教えなさいよ」

 

「それは無理なお話です。手品師はタネがバレれば敗けですから」

 

「それじゃすぐに見抜いてあげるわよ」

 

いつもの強気な口調の博麗だが、息が切れ表情から余裕が消えていた。まだこれから反撃しなければならないのに、十六夜咲夜に完全に主導権を握られている。このままでは後手に回った博麗が追い詰められる。

 

十六夜咲夜、まずは彼女のナイフの謎を解き明かさないと、何か秘密を。彼女を観察するも不審な点はない。

弾幕を撃つ姿、ナイフを投げる動作、かわす動き、普通だ。

 

「まだまだナイフはありますので、ご安心を」

 

手に持ったナイフを見せつけながら飛び上がると博麗へナイフを投げつけた。後方へ下がって避けつつ反撃の弾幕を放つが簡単にいなされてしまう。

 

十六夜咲夜、十六夜咲夜、十六夜咲夜。

ナイフの謎を解かなければ...何かヒントはないのか。

じっと見つめる。食い入るように、見逃さないように。

 

レミリア

 

ふと、頭に何か浮かんだ。四文字、これはなんだ?

レミリア?なんだこれ?

 

時を止める程度の能力

 

まただ、何か頭に浮かんだ。時を止める、時間を停止させる、なんだ、これはいったいなんだ?

だが、もし本当にこの能力だとしたら、今はなんだっていい、声に出して反応を見るんだ。

 

「時を止める程度の能力だ。博麗、彼女は時間を止めているんだ。」

 

僕の声にいち早く反応したのは博麗ではなく十六夜咲夜だった。

 

「ど、どうして!」

 

「時を止める、それがタネね。手品師、貴女の負けよ」

 

「...私は紅魔館のメイドです。手品師ではありませんよ」

 

「言ってくれるじゃない!」

 

博麗に勢いが戻った。本当に時を止める能力だったんだ。それにしても僕の閃きはこんなに優秀だったか、まるで探偵だ。

ずきん、割れるような頭痛がした。思わず頭を抑えてうずくまる。なに、これ、痛い。味わったことのない痛みに悶え苦しむ。

視界の赤いカーペットが歪み、痛みで意識が薄れていき、手足の感覚もだんだんとなくなっていく。

まるで自分がどろどろに溶けているようで、気持ちの悪い感覚が全身を襲う。

たすけて、誰か。しかし声にはでなかった。

そこで意識が途絶えた。

 

 

 

「妹様」

 

弾幕が放たれ、ナイフが飛び交う廊下の壁にもたれた男はそうポツリと呟いた。

目の焦点はあっていない、操り人形のように力なく立ち上がると千鳥足でどこかへ歩き出した。

 

「待っていて、ください」

 

うわ言のようにまたも呟いた。意識のハッキリとしないままどこかへ引っ張られている。

ひっそりと、彼は姿を眩ました。

 

 

 

 

「能力が知られたとして、時を止めるのは阻止できないでしょう」

 

「そうね、無理ね」

 

「敗けを認めるならこのまま回れ右してお帰りください」

 

「いえ、私の勝ちで終わるの!」

 

取り出したのはスペルカード。博麗霊夢が本気で勝利を掴む時だけ使用する切り札。

 

「霊符『夢想封印』!」

 

博麗霊夢を中心にあらゆる方向へ虹色の弾幕が放たれた。その密度はすさまじく視界の殆どが虹色の光弾で多い尽くされる。

圧倒的なまでの弾幕の量、そしてその間を飛び回るお札。博麗霊夢の総力をぶつけるスペルカード。

 

十六夜咲夜は反射的に時を止めた。音もない彼女だけの世界へと変え、回避できる安全地帯を探す。

最悪一度距離をとればいい、きっとこのスペルカードは巫女の切り札、これさえ破れればあちらに勝機はない。

 

「さぁ、来なさい!」

 

距離をとってナイフを構えた十六夜咲夜は態勢を整え、時を動かした。

そこで見た光景に目を疑った。自分の想像を行く早さの弾幕とお札、そして距離をとっても変わらない弾幕の密度。

 

「く、申し訳ありません」

 

奥で勝利の報告を待つ当主の顔が浮かんだ。

絶対とも言えるあの方の命令を遂行できなかった、自分の不甲斐なさが腹立たしい。

せめて、一矢報いて見せたい。紅魔館メイド長として情けない姿を晒すわけにはいかない。

虹色の弾幕を避けながらナイフを投げるが、光弾の間をすり抜けて飛び回るお札が巫女のもとへ行くのを許さない。

 

「これが私の夢想封印」

 

弾幕の波に飲み込まれ、被弾音が廊下に響いた。

 

 

 

 

 

地にへたりこむメイド長を見下ろしながら息を整える。

流石に、中まで来ると一筋縄ではいかない。久しぶりに夢想封印を使わざるをえない状況になった。

まだ異変解決には至ってない、またこれにお世話になる可能性は高い。

 

「あれ...遊?」

 

勝負は終わったのに、気配がない。付き添いの男がいないのに今気づいた。

流れ弾を警戒して離れたのか、にしては見えないほど離れるなんて大袈裟だ。

 

「ねぇ、男がいたでしょ。知らない?」

 

「...知らないわ」

 

右も左もわからない敵地でウロウロする度胸が彼にあるとは思えない。ましてや弾幕も空も飛べない普通の人間なのに。

 

「遊!返事して!」

 

声は奥へと反響するが、帰ってこない。

 

「それにしてもあの男、どうして私の能力がわかったのかしら」

 

そうだ、時を止める能力だといち早く気づいたのは遊だった。

 

「彼に特性を見破る能力でもあるのかしら?」

 

「...ないわ、彼は何も出来ない普通の人間よ」

 

「貴方はそんな人を連れてきたの?」

 

「えぇ、でも今は..,」

 

彼が能力に気づいて叫んでくれたお陰で、追い詰められていた私は幾分か楽になった。魔理沙が横にいてもこんな展開にはならなかった。

彼は必要だった、この一言は重要だった。

あれだけ自分は役に立たないと嘆いて、今やっと喜ぶべきなのに、どうして当の本人がいないのか。

 

「魔理沙のところに行ったのかしら」

 

心配になってあっちを見に行った、これならまだ理由はつく。というかこれくらいしか理由という理由が思い付かない

 

「ねぇ、貴女のボスにあわせて頂戴」

 

「かしこまりました」

 

遊を探したいのは山々だが今はこの異変を止めるのが私の責務。この館には妖怪もいないし、死ぬことはない、はず。

きっと魔理沙と合流している。魔理沙の元にいる。少々心配なため、自分に言い聞かせる。

 

今は、異変解決に集中しないと。

心身共に落ち着かせて、メイドの後を追った。



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12話 吸血鬼の眼差し

廊下を歩き大きな扉を開けると、大きな部屋に繋がっていた。

 

「あら、また客が来たの?」

 

「お、霊夢!」

 

そこには魔理沙と、部屋の奥の大きな椅子に座る青がかった銀髪の少女が1人いた。白を貴重とし、赤のラインが入ったドレスがよく似合う彼女は、肘かけに肘をつき顔を寄せて鋭い白い歯を覗かせている。よく見ると背中から翼が伸びていて、特徴的な歯と組み合わせて吸血鬼かそれに近い種族であるのを看取した。

 

「遊は?」

 

「霊夢と一緒じゃないのか?」

 

「...急にいなくなった」

 

そう現実は思い通りとは行かない。彼はどうして1人でふらふらと私のもとを離れるのか、飛べもしない霊力も魔力も妖力もない無力な人間を自覚しているのに。

 

「不味いんじゃないか、あいつ1人じゃ何も出来ないぜ」

 

「それは彼自身がよくわかってる。だから、1人で何処かへ行ったのが理解できない」

 

「遊も勘がはたらいたとか?」

 

「だからはたらいた所で何も出来ないじゃない。それに仮にそうだとしても彼の性格上私へ事前に伝えるはずよ」

 

「そうだな、なんか一言いいそうだよな」

 

何も言わずどこに行く気なの。

...本当の貴方をみつけるんじゃないの?

もしかして、私のみえないところで本当の貴方になろうとしているとか。やっぱり何か隠していた?

わからない、貴方の事はやっぱりわからないけど、私は貴方を信じる。逃げた訳じゃない、遊は大事な何かを思い出すために行動したんだ。

わかった、だったら私も博麗の巫女の責務を果たさなくてはならない。私も遊も、今は自分の事に集中すればいい。

 

 

 

「...ねぇ」

 

不機嫌そうな声だった。当然である、突然の来客者2人が自分の部屋でやいややいやと会話を始めたのだから、文句を言う権利は当然ある。

 

「用がないなら帰ってくれるかしら」

 

腕を前後に振るい追い払うジェスチャーをしながら、2人の来客者をきっと睨み付ける。その鋭い眼差しに2人は、心の奥底にまで突き刺さる畏れを感じた。

強者の眼差しは、相手の戦意を奪い死の恐怖を呼び起こす。それが出来るこの少女は外見からは想像もつかない力を持っている、と肌で感じた巫女と魔法使いの顔は一層引き締まった。

 

「待たせたわね。私は博麗霊夢、博麗の巫女よ」

 

「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ」

 

「レミリアスカーレット。スカーレットデビルとは私の事よ」

 

「なんだそれ」

 

「...まぁいいわ。ここに来たのも最近だし、知らなくても仕方ない」

 

巫女と魔法使いは紅い悪魔にピンときてないようで首をかしげている。

 

「レミリアスカーレット。単刀直入に言うけど霧を止めなさい。これは幻想郷の総意よ。」

 

「嫌よ、これで日中外で騒げるのに」

 

「日中ってお前、吸血鬼か?」

 

「えぇ、歴史ある由緒正しき吸血鬼の一族よ」

 

人の血を吸い永きを生きる闇の世界の住人。それが吸血鬼又の名をドラキュラ。彼女の余裕は強者ゆえ、備わった恐るべき力を振るえば鮮血が舞い苦痛に悶える声が響き渡るだろう。間違いなく生物の限りなく上にいる存在である。

当然人間である博麗では身体能力の差で勝ち目はない。しかし毅然とした態度で臆することなく立ち向かう。彼女にも絶対的な自信、博麗の巫女のプライドがある。

 

 

「あんたのための幻想郷じゃない。いますぐ霧を止めなさい」

 

「止められるなら止めてみなさい!博麗の巫女!」

 

「結局こうなるのよね!」

 

対峙した2人は飛び上がり、宙で舞いながら弾幕を放つ。真正面から放たれる弾幕、敵の進路を塞ぐいやらしい光弾、死角から襲い来る札。持てるすべてをぶつけ合う。ごっこと言うにはあまりにも熾烈な戦い。

血は流れずとも、傷を負わずとも、彼女たちは互いに譲れぬもののため気力を削りあう。

 

「天罰『スターオブダビデ』!」

 

青の光弾が博麗の周囲に表れると、分裂し四方へ飛び散る。難なく避けられるが、光弾の間をすりぬけるように光線が駆け抜ける。

 

「面倒なスペカね」

 

「まだ終わりじゃないわ」

 

天罰のスペカの時間が切れると、間髪いれずに次のスペカを掲げた。

 

「神罰『幼きデーモンロード』!」

 

青の光弾と巨大な黄色の光弾、そして青の光線が一度に放たれる。自由を奪う光線に囲まれると、そこに光弾が容赦なく襲いかかる。

博麗霊夢はまたもかわす。彼女の能力は空を飛ぶ程度の能力、空中は彼女の独擅場である。

必要最小限の小さな動きで体力の消耗を抑えながら、危なげなく立ち回れている。

しかし、連戦の疲労は確実に彼女のパフォーマンスを鈍らせる。

 

「く、ここまでやるとはね」

 

「そろそろ反撃いいかしら?」

 

それに一番早く気づいたのは彼女自身。敵に悟られる前に一気に決着をつけようと決死のスペカ攻勢に出る。

 

「霊符『夢想封印』!」

 

無論ここは夢想封印以外にない。疲労により重くなる体を目一杯に使いスペカを掲げた。

 

「この程度なら!」

 

弾幕をぶつけ相殺し強引に道を作る作戦に出たレミリア。しかし、正面から横からレミリアを飲み込まんと押し寄せる弾幕に次第に額に汗を浮かべるように。

 

「はあぁぁぁぁ!」

 

全身全霊全てを込めた、今までで一番の夢想封印。

 

「く、こんな...!人間に、

 

 

 

 

 

 

残念」

 

 

レミリアの付近の弾幕が消し飛んだ。次々と、消えていく。不適に笑う彼女が持つ槍、これで弾幕を殺しているのだ。これもレミリアのスペカである。

 

「な、なによそれ」

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』、本来はこんな使い方じゃないんだけど...本当の使い方はこうやって、ね!」

 

レミリアは持っている槍を博麗目掛けて投擲した。紅い槍は真っ直ぐと博麗の心臓目掛け、弾幕の間をすり抜ける。博麗は夢想封印を止め直ぐ様回避する。

 

「神術『吸血鬼幻想』!」

 

隙を逃さず、博麗に息をつかせる暇もなくレミリアは3枚目のスペカで攻勢に出た。その早さに博麗も一瞬反応に遅れてしまう。

巨大な光弾が数個放たれたがなんとか反応出来た。

しかし、博麗の疲労もとうとう身体に出てしまった。

巨大な光弾の軌道に小さな光弾が表れ不規則に散らばり始めた。この動きについていけなかった。

 

「終わりよ!博麗の巫女」

 

動きが止まった博麗を見てレミリアは勝利を確信した。

弾幕が今度は博麗を囲み、接近する。

負ける、初めての敗北が現実になろうとしている。



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13話 血着

弾幕ごっこは殺しあいではない。

公平に安全に物事を決める手段である。

様々な生物が暮らす幻想郷において弾幕ごっこは、純然たる『平和』な『決闘』である。

一見矛盾したこの表現だが、弾幕ごっこを少しでも眺めてれば何となく理解するだろう。

彼女達は真剣に、空を舞って弾幕を放つ。決闘と呼ぶには小綺麗で、平和というには熾烈な争い。

程よい要素が、弾幕ごっこにはある。

 

「平和的に解決できるルール、これでどう」

 

私は従来の決闘方法にスペルカードルールを制定、紫と共に幻想郷に定着させて今の弾幕ごっことなった。

 

「いいじゃない、弾幕ごっこ。それでいきましょう」

 

ごっこから分かるようにこれは遊戯、童子の戯れだ。殺意を向けあうのではなく、童心に返り自分の光弾を見せ合う。

だから、本気で勝利を奪い取る必要はない。熱くなる必要はない。

と、思っていたのに。

意外と私は感情的になりやすいみたい。

お守りと化していたスペカを取り出した。

これで私は負けなくなった。

 

 

 

「霊夢!」

 

魔法使いは思わず叫んだ。紅い小さな弾幕に飲み込まれた親友からの返事はない。

 

「勝負アリね」

 

横の従者は当主の勝利にほくそ笑んだ。影の人間として仕事中はあまり素の感情を表に出さない主義だが、どうにも抑えることが出来なかった。

 

「残念ね。これが吸血鬼であるお嬢様の力よ」

 

「...いやまだだ」

 

「もしかして次に貴方が挑むのかしら?」

 

「何言ってるんだ、霊夢の勝負はまだついていない」

 

「見てなかったのかしら、巫女ならさっき」

 

「まだ被弾音がしてない。いけ、霊夢!」

 

魔法使いの声に応えるように紅い弾幕から何かが抜け出し、レミリアの前まで飛び出し対峙する。

 

「な、なんで!」

 

「先に謝っておくわ。今から私はあるスペルカードを使う。」

 

「なによ!急に改まって。上等よ、かかってきなさい!」

 

「...『夢想天生』」

 

スペルカードの宣言をすると博麗霊夢の身体がうっすらと半透明となり、数個の陰陽玉が博麗を取り囲むように回り始めた。

 

「なら迎え撃つ!『紅色の幻想郷』!」

 

レミリアのスペルカードは先程博麗を追い詰めた『吸血鬼幻想』と殆ど変わらない弾幕を展開したが、その量は比にならないものだった。

 

「今度こそ、沈めて...え」

 

あと一歩、決着手前まで追い詰めていたレミリアには精神的な余裕があった。自信に溢れた顔で宣言したスペルカード、これで全てが終わる。

勝利後に巫女にぶつける言葉も何となく固まっていたのに、目の前の光景でそれが吹き飛んだ。

弾幕が博麗霊夢の身体をすり抜けているのだ。

 

「これが夢想天生。私の究極のスペルカード」

 

「こ、こんなのどうやって攻略すれば」

 

「だからスペルカードの時間は有限なの。そうじゃないと...ズルだから」

 

陰陽玉から大量の札が放たれる。レミリアはその早さに付いていくので精一杯だった。

 

「これが博麗の巫女...」

 

「歓迎するわよレミリア、ようこそ幻想郷へ。霧を晴らしたら貴方達も宴会に来なさいよ」

 

「...負けたわ。博麗霊夢」

 

潔く敗けを認めたレミリアは動きを止め札をその身体で受け止めた。

甲高い被弾音が響いた後、静寂な部屋で吸血鬼は小さく笑うと椅子に腰かけた。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりに楽しめたわ、霊夢」

 

「それはよかったわ」

 

「いずれリベンジ、させて貰うわね」

 

「リベンジの口実にまた紅い霧とかやめてよね」

 

咲夜の淹れた紅茶をのみながらレミリア博麗霧雨の3人は小さな椅子に座り談笑していた。数分前まで敵対していたとは思えない和やかな雰囲気である。

 

「へぇ、紅茶って結構美味しいのね」

 

「咲夜の紅茶よ、当然よ」

 

「恐れ入ります」

 

お茶ばかりだった博麗には紅茶は未知の味だったが、舌はすんなりと受け入れられた。

 

「なぁ霊夢、そういや遊は」

 

「...あ」

 

すっかり失念していたとはっとした顔で返事をした。紅茶に舌鼓をうっている場合ではなかった。

 

「ねぇ、男が1人一緒に来たんだけど、知らない?」

 

「残念だけど私は見てないわね」

 

しょうがない、探してくるか。椅子から立ち上がると部屋の扉の方へ歩きだした。

 

「私も行くぜ」

 

「咲夜、貴方も案内人として同行してあげて」

 

「承知しました」

 

魔法使い、そして従者も椅子から立ち上がって彼女を追った。博麗が扉に手を掛け外に出ようとしたとき、ふと手が止まった。

 

「霊夢?」

 

「2人とも、下がって!」

 

3人は一斉にドアから距離を取った。するとすぐに轟音が響き渡り、ドアが吹き飛んだ。地面に叩きつけられたドアは粉々になり、相当な威力を加えられたのを物語る。

 

「なんか、いっぱいいる」

 

ドアの向こうにいたのは、レミリアと似た少女だった。

紅い瞳に黄色い髪、半袖に紅いミニスカートと子供らしい服装だ。

 

「フラン、どうしてここに」

 

「あいてたの。だからたまには出てみようかなって」

 

「...戻りなさい」

 

「いや」

 

「フラン!」

 

「御姉様は黙ってて」

 

レミリアは椅子から立ち上がり怒鳴り付けるも、フランと呼ばれた少女も負けじと声を荒げた。

 

「なぁ、誰だあれ?」

 

「あれはお嬢様の妹のフランドールスカーレット様よ。」

 

「へぇー、妹いたんだ。仲悪そうだけど」

 

「...事情があるの」

 

咲夜は心配そうに2人を見つめる。従者としては間に割って入って行くなど出来ない。黙って、行く末を見守るしかない。

 

「貴方フランって言うの?私は博麗霊夢よ」

 

「ふーん、霊夢ね。ここに何しに来たの?」

 

「貴方の姉が紅い霧出してたから止めに来たの」

 

「紅い霧、なにそれ」

 

「知らないの?」

 

「うん」

 

レミリアの妹。彼女もまた吸血鬼だろう。

しかし、なんで...落ち着いた様子の彼女に身構えてしまうのは。

博麗の巫女の勘が言っている。この子は危険だと。

 

「わたし、知らないよ御姉様」

 

「...知らなくていいの。戻りなさい」

 

「おいおいレミリア、それはあんまりじゃないか?」

 

「魔理沙、口を挟まないでちょうだい」

 

「いや、だけどさ」

 

レミリアと霧雨が言い合う最中突然、強烈な破裂音がした。音の方を向くとレミリアの椅子が粉々に砕け散っていた。

 

「もういい。イライラするから全部壊すね」

 

「やめなさい!フラン!」

 

フランドールは握りこぶしを作ると博麗に向けた。

 

「きゅっとして」

 

「...なに?」

 

「逃げなさい、霊夢!」

 

「どかーん」

 

握りこぶしを解き掌を広げた。既にフランドールを警戒していた博麗はその前に回避行動を取っていた。

鈍い轟音と衝撃波が博麗の居た場所で起こった。微かに揺れる地面、何が起こったのか目の前ではっきりと見えた。

ひび割れた床、フランドールが手を握って開いただけで、こんなにも大きな亀裂が入った。これが、彼女の能力。

 

「避けないでよ」

 

「そんな笑顔で言わないでよ」

 

笑っている。無垢で純粋な笑顔だ。なのに、恐怖を感じる。

そうだ、無垢で純粋だから、ここまで屈託のない笑顔で言えるんだ。命を奪うことへの躊躇いを知らない、殺すことへの罪悪感もない。

だから笑顔に恐怖しか感じないのか。

 

「フラン、これ以上好き勝手にやるなら私が止める」

 

「邪魔ばっかり!私の気持ちなんて何一つわかってくれないんだから!」

 

「貴方のためなのよ!」

 

「はーい、やめやめ」

 

一触即発のムード漂う中ずけずけと割り込んで遮る声。

 

「誰、貴方」

 

「...高橋遊だ」

 

黒髪の甚平男が吸血鬼の姉に名乗りながら部屋に入ってきた。

 

「遊、どこに行ってたの!急にいなくなって」

 

「...」

 

「遊!聞いてるの?」

 

「聞いてねーよ」

 

怒りを含ませた声とメンチで質問を強引に止めた。

数時間前とはあまり違う様子に、博麗も言い返すことが出来ず、呆気に取られた。

 

「な、なぁ遊どうしたんだよ」

 

「あ?」

 

「おいおい、何イライラしてるんだ。お前らしくないぜ」

 

霧雨もその豹変ぶりにいつもの調子を崩される。

 

「お前、名前は?」

 

「フランドール。貴方は?」

 

「さっき名乗ったろ、高橋遊だ」

 

「それで何か用?私今イライラしてるんだけど」

 

「...俺と闘え」

 

その言葉に、博麗と霧雨は驚くしかなかった。

闘う?このなにもない普通の気弱な男が?

彼の口から出たとは思えない言葉であった。

 

「遊!貴方じゃそいつに殺されるわよ!」

 

「殺される?そりゃいい。それくらい本気じゃないと俺が闘いたい理由がわからないからな。」

 

「なに、遊...貴方、正気なの」

 

彼は口角を大きくつり上げて笑った。それは先ほど見たフランドールと同じ純粋無垢にして、背筋が凍る恐ろしい笑顔と同じであった。

 

「この昂揚感はなんだ、俺は何故闘いにここまで心惹かれるのか!」

 

「いいよ、バラバラにしてあげる」

 

「あぁ、来い!来やがれ!」

 

ここに、決して語られることのない紅霧異変の最終決戦の火蓋が落とされた。



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14話 語られぬ死闘

「いいぞフランドール!」

 

軽い身のこなしで吸血鬼の攻撃をかわしながら男は叫ぶ、

 

「ちょろちょろ、動かないでよ!」

 

男を破壊せんと能力を乱発するが地面が抉れど当たる気配はない。イライラを隠せないフランドールは更に攻撃を苛烈にしていく。

 

「これがありとあらゆるものを破壊する程度の能力か!」

 

「なにこいつ、はやく死んでよ!」

 

「じゃあ当ててみろよ」

 

挑発に乗ってしまったフランドールは両手で退路を絶つように破壊し始めた。しかしその僅かな隙間に逃げ込まれては、歪んだ笑顔を見せつけられる。

 

「まだまだ、俺はなにもわかっちゃいない。」

 

「うるさい、うるさい!」

 

「俺はなんだ?俺は誰だ?教えてくれよフランドール」

 

「死んで、死んでよ!」

 

「俺は、知りたいだけだ」

 

会話ではない。互いに叫んでいるだけの異様な光景である。

呆然と闘いを見守る博麗霊夢に、霧雨魔理沙が近づいて肩に手を置いた。

 

 

 

 

 

「何、魔理沙」

 

「...いや、何もない」

 

何か言いたげな顔だけして、魔理沙は何も話さない。

おてんば娘がここまで神妙な顔つきになるなんて、初めてかもしれない。

数秒の沈黙の後に、小さな声で呟いた。

 

「いいのか、このまま遊を闘わせて」

 

私は答えなかった。答えられなかった。

あのフランドールの瞳には狂気が宿っていた。恐ろしいまでに純粋で、震えるほどに底の見えない闇。

弾幕ごっこなんて生易しい身を削り精神を磨り減らす死闘でしか、彼女を止めることなんてできない。

それを、何も持たない普通の男が真正面からぶつかっていくのだ、止めるしかない。

だが、戦況は予想外の結果となった。

 

フランドールの熾烈な攻撃をひらりひらりとかわしている。それに焦ったフランドールの顔と、まだ余裕の見える遊。遊が精神的に彼女を追い詰めている。

 

それに、私は本当の貴方を知りたいの。

これが高橋遊の本当の姿なら、私はもっと見ておきたい。粗野で威圧感のある態度で、狂喜とも言えるあの笑顔、フランドールとなにも変わらない。

こんなのが、外にいたの?

この人間が、あの模様の何を教えてくれるの?

先程から叫んでいる自問自答は何?

尽きぬ疑問に、答えてくれるのはこの闘い。

 

「いいの、彼に任せる」

 

「だけど、死ぬかもしれないんだぞ!」

 

死なんて、遠いものだと思っていた。しかし私の目の前で繰り広げられる闘いは殺しあい。なぜこの2人は命の奪い合いが怖くないのか。死が怖くないのか。

 

「魔理沙は、死が怖い?」

 

「なに言ってるんだ、当たり前だろ」

 

「そうよね、だから...間にはいるのが怖い」

 

「怖い、か。霊夢も恐怖とか感じるんだな。」

 

「こんな時に茶化さないでくれる?」

 

少しだけ、いつもの会話が出来た。すると心の余裕が持てた。

止めるべき、わかっているけど...もう少しだけ、見ていたい。

私は、知りたい、高橋遊という人間を。

 

 

破壊、回避、これが闘い。弾幕ごっこがなければ、こんな原始的な闘いをしなくてはならなかったのか。

 

「フラン!止めなさい!」

 

「うるさい!黙っててよ!」

 

レミリアがフランドールに接近して腕をつかんだが振り払われ、能力によって力任せに吹き飛ばされた。体が地面を数回跳ねた後、咲夜が彼女を抱き抱え、声をかけた。

 

「お嬢様!」

 

「やめて、ふらん」

 

それでも手を伸ばしてうわ言のように妹の名を呼ぶ。

...さすがに、そろそろ私の欲求を満たすためだけに傍観していてはダメね。この不毛な闘いを終わらせなくちゃいけない。

2人の元へ近づく。

 

「手を出すなよ!これは俺とフランドールの闘いだ!」

 

「何言ってるのよ!殺し合いなんて止めなさい!」

 

「邪魔をするな!」

 

「邪魔なのは貴方よ!」

 

「霊夢!上だ!」

 

遊との言い争いに気を取られていた、魔理沙の声にハッと顔を上げるとフランドールが熱を帯びた細長い剣のような物を私の脳天に目掛けて振り下ろす態勢を作っていた。

完全に不意を突かれた。

 

「キャハハ、レーヴァティンで壊れちゃえ!」

 

「霊夢!」

 

全てがスローで見える。振り下ろされる凶器、フランドールの笑い声、そして遊が私の前まで走ってくるのも。

 

鈍い音と、何かが焦げる音がした。彼の背中で見えないが、小さく呻く彼の声が私の耳にははっきりと聞こえた。

 

「へぇ、切れないんだ」

 

「遊...ねぇ」

 

私は回り込んだ。そこには腕をクロスさせ剣を受け止めていた遊の姿があった。腕は切り落とされてないものの、剣の熱によって皮膚は爛れ手首から上は火傷で真っ赤になっている。床には肘から伝った血が水溜まりを作り、苦悶の顔を浮かべている。

 

「これで手、使えないね」

 

剣を引き抜いたフランドールは笑い声を響かせ、再度剣を構え直す。とどめを差すつもりだ。

私は咄嗟にお札をばら撒き牽制した。

 

「トドメ差したいから、邪魔しないでよ」

 

「やめて、もう遊は」

 

「まだだ!」

 

彼は距離を取ったフランドールに接近していく。

焼けて使い物にならない手のまま、まだ闘おうとしていた。

 

「もうやめて!貴方がこれ以上闘う理由はないの!私に任せて」

 

「理由はある、だから下がってろ」

 

「まだやるの?」

 

「当たり前だ」

 

なんで、理由って何よ。そんなボロボロになってまで闘う理由って何よ!

 

「フランドール、反撃させてもらうぜ...の前に」

 

彼は火傷した手にもう一方の手を重ね撫で始めた。

すると赤色が薄くなり、元の肌色に戻っていく。

 

「どうゆうこと...火傷が一瞬で」

 

あんなに重症だったのに、まるで魔法だ。しかし遊は魔法なんて扱えるはずもない。

 

「ねぇ、貴方...何者?」

 

「人間だが」

 

「その魔法、私も知ってる。怪我を早く直す魔法よね。それを出来るのって私と御姉様しかいないんだよ」

 

「じゃあ俺が3人目だな」

 

「それにその魔法、吸血鬼の頑丈な身体でないと耐えられないのに、貴方吸血鬼?」

 

「どうだかな」

 

「よく考えれば私の攻撃をあんなに避け続けられるのも人間な訳ないよね。やっぱり吸血鬼よね?」

 

「...ただの吸血鬼じゃない、面白いものを見せてやる」

 

治ったばかりの右手をフランドールに向けた。そして握りこぶしを作った。

 

「きゅっとして」

 

「!?」

 

「ドカーン!」

 

フランドールは空中に飛び上がった。すると立っていた地面が轟音を立て爆発した。

 

「私の、能力」

 

「いくぞフランドール、反撃させてもらうぞ」

 

 



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15話 愛対する気持ち

轟音が部屋に響く。

 

「うらあぁぁぁ!」

 

男は握った手を開くとまた、轟音がまた部屋に響いた。

 

「な、なんで私と同じ」

 

右へ左へ、吸血鬼は攻撃をひらりひらりとかわしている。それは少し前まで見ていた光景であるが、攻守は交代されている。

そしてもうひとつ明確な違いとして、両者の顔がある。

男が避けていた時には余裕そうな表情を浮かべていたが、吸血鬼の顔は追い詰められた険しい表情である。

 

「疲れただろフランドール、今楽にしてやるよ」

 

「はぁはぁ...こんなこと」

 

吸血鬼の体力は桁外れである。だが先程の男の挑発に乗り、壊してやろうと躍起になってしまい、必要以上に能力の力を入れすぎたのがここにきて重りとして彼女の身体に表れた。

いくら桁外れとて、有限なのだ。

 

「はぁ...はぁ...絶対に、壊してやる。」

 

「そんな息を切らして無理に決まってるだろ。」

 

「ムカツク、ほんとムカツク。絶対壊す」

 

「...あっそ、もういいや。こっちも本気で壊すか」

 

男は掌を向けながらそう言って笑った。狂った笑み、歪んだ笑顔、笑っているのに威圧感がある。

その笑顔を正面から見た吸血鬼は、小さな声で漏らした。

 

「いや!」

 

「何が?」

 

「こっちに来ないで!」

 

「行かねぇよ、この場で壊す」

 

「壊すのもいや!」

 

「お前だって壊す気でいたんだろ?今更戦々恐々したか?」

 

「壊されたくない!嫌なの!」

 

吸血鬼は後退りしながら叫んだ。そこには容姿相応の純粋な子供らしい涙声であった。

 

「私は、もうなにも壊したくない!貴方みたいになりたくない!」

 

「おいおい、仲間だと思ったのに...残念だ」

 

向けた掌を握った。

 

「いや!やめて!」

 

フランドールは悲鳴を上げた。最早闘いと呼べない、一方的な展開である。

しかし戦意をなくした者へ、男は容赦なく攻撃を加えようとする。

 

「妹様に手は出させません!」

 

そこへ従者の十六夜咲夜が二人の間に割って入った。

ナイフを手に、狂気へと真っ向から向かい合う。

 

「十六夜咲夜、お前はフランドールスカーレットをよく理解しているはずだ。なぜ庇う?」

 

「妹様には確かに狂気が宿っている。それでも、私は紅魔館のメイド長!スカーレット家に仕える従者!いかなることがあっても、この身を捧げるだけです。」

 

「咲夜...」

 

「私にお任せください、大丈夫です。」

 

フランドールへ優しく微笑みかけると、キッと男を睨み、戦闘態勢に入った。ナイフを持つ手にいつも以上に力が入り、表情はいつも以上に厳しい。

 

「で、俺とやるのか?」

 

「えぇ、来なさい」

 

「ま、待ちなさい」

 

そこへまた一人、打した左腕を抑えながら苦痛の表情を浮かべたレミリアスカーレットが、間に入ってきた。

 

「私も加勢する」

 

「お嬢様、無理しては」

 

「私の大事な妹に指一本触れてみなさい、本気で殺すわよ!」

 

手にしたスピアザグングニルを男へ向け、怒鳴った。

鋭い吸血鬼の眼差しは一層尖り、睨まれれば全身を貫かれる殺意に気圧されてしまうだろう。

吸血鬼としての優雅な振る舞いを捨て、今はただのフランの姉として妹を守りたい一心で怪我した身体をおして狂気へ立ち向かう。

 

「御姉様...」

 

「フラン、私と咲夜で貴方を守るから」

 

レミリアも優しくフランへ微笑みかけた。その顔は姉としての優しさ溢れる暖かなものであった。フランも深く頷いて笑顔で返した。

 

「大事な妹?」

 

「そうよ、大事な妹」

 

「大事な妹なら、地下に幽閉する必要はないよな」

 

「どうして妹様のことを!」

 

「知ってるぜ、レミリアスカーレットが手を焼いて困ったから閉じ込めたんだよな?」

 

男は立ち塞がる二人の背にいるフランドールへと呼び掛けた。

 

「大事な家族を閉じ込めるなんて酷い話だよな?」

 

「...違う」

 

「何が違うんだ?フランドール」

 

「咲夜から聞いた。御姉様は私のために、魔法や薬を探し回っていたこと」

 

「それが何かお前のためになったか?」

 

「なってないよ。でも、いつも私のことを気にかけてくれていた。今だって、さっきまで喧嘩してたのに助けてくれた。だから、私は御姉様のこと好き」

 

「...フラン」

 

「私、我儘だったよね。御姉様が私の狂気を鎮めようとしてくれていたのに」

 

「いいの、わかってくれたなら」

 

レミリアはフランの元へ寄ると、その手を優しく握った。姉の温もりを感じ、安心したのか涙が頬を伝い、足元に落ちる。

 

「ごめんね、御姉様」

 

「いいのフラン、泣かないで」

 

泣き崩れるフランを優しく抱き寄せ、背中を擦った。

彼女たちの間の壁が、砕かれ取り除かれたのだ。

ここにいる魔法使いや巫女が想像する以上に分厚く、高い壁だった。どこか行き違いすれ違い、そして衝突を繰り返し、今日やっと長い長い姉妹喧嘩に終止符が打たれた。

 

 

 

 

 

終わった、いや、まだ。

彼女がまだ言い残していることがある。

これは、僕として言うんだ。

 

「レミリアさん!貴方も言うことがあるはずだ!」

 

「言う...こと?」

 

「ごめんなさい、です!妹を思って幽閉したのはわかっています。しかし幽閉した事実は決して消えません!貴方の口から、謝罪を!」

 

「...そうね」

 

これで、終わりだ。

するとドッと疲労が押し寄せ、たっていられなくなった。膝をついてなんとか上体は支える。

 

「フラン、長い間閉じ込めてしまってごめんなさい。」

 

「わたしこそ、ごめんなさい」

 

そうだ、これが紅魔館で暮らす全員が望んだ結果だ。

十六夜咲夜、紅美鈴、パチュリー・ノーレッジ、そしてスカーレット姉妹。

...僕も、誰かの役に立てた。ここに来る理由があったんだ。

ふふ、と小さく笑った。こんな気取った描写、僕には似合わないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わった。呆然と見守ることしかできなかった。

だけど、結末は誰からみてもハッピーエンドそのものだ。

遊が吹っ掛けたこの闘い、終わってみれば誰も傷つかずに終わった。あれだけ破壊と殺意のぶつけ合いをしていたのに、こんなにも平和に幕が閉じてしまうなんて。

 

「遊!おい、大丈夫か?」

 

へたりこむ遊の元へ魔理沙が一目散に駆け寄った。私も後に続いて彼の元へ寄る。

 

「遊?」

 

「...霧雨、博麗」

 

彼は顔を上げて私たちを交互にみた。その顔に狂気などはなく、いつもの私たちが見飽きた普通の覇気のないいつもの顔であった。

 

「...きっと、聞きたいことが山ほどあると思うけど、ごめん、今は」

 

話している途中で、糸が切れた人形のように前へと力なく倒れ込んだ。

 

「遊!おい遊!」

 

「安心して魔理沙、気を失っただけよ」

 

呼吸もある、鼓動も感じる。疲労か、身体に何らかの負荷がかかっていたのかわからないけど、相当無理をしていたみたい。

 

「...この男が、霊夢の付き添い人?」

 

涙跡がくっきりと残った顔でレミリアは遊を覗き込む。

 

「そうよ」

 

「何者なの?」

 

「私もわからない、ただ目が覚めれば教えてくれるはずよ」

 

「わかったわ、私も話が聞きたい。咲夜、門番に彼を空いている部屋に運ばせて」

 

「はい、ただ今美鈴を呼んできます」

 

やっと本当の彼に会える。異様な胸の高鳴りを抑えることが出来ない。恐怖と好奇心が混ざり合ってぐちゃぐちゃになって言葉に出来ない感情で胸がいっぱいになる。

何でもいいの、貴方を教えて。



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16話 エピローグでありプロローグ

知らない天井だ。

...言ってみたかっただけ。忘れてほしい。

目が覚めると見覚えのない部屋にいた。とりあえず上体を起こしてみる。個室のようで広さはないが部屋全体をすぐに把握できた。

赤いベットに赤い机に椅子2つ、赤い化粧台、間違いなく紅魔館の部屋の一室だ。

気を失って、ここに運び込まれたのか。

 

「よぉ」

 

突如気配がした。声の方を向くとそいつはいた。

 

「...」

 

「おい、話しかけてるんだぞ」

 

話しかけて来たそいつは、真っ黒だった。辛うじて僕と瓜二つの容姿をしていることだけはわかるが、明らかに人ではない。

 

「貴方は、博麗神社にいた」

 

「高橋遊、だったものだ」

 

影、この表現がしっくり来る。地面に伸びていた影がにゅうっと生えてきて人の形になってこうして僕としゃべっているイメージ。

 

「何か思い出したか?」

 

「少しだけ」

 

「そうか」

 

能力、過去、全てを思い出した訳じゃない、ピースの一欠片程度だ。

そしてやはり、あの夜にあった出来事は夢なんかじゃなかった。

この異形の存在と会うのは2度目、前回は能力云々言っていたが、これもあれも全部現実だったんだ。

 

「貴方も高橋遊、ですよね」

 

「初めからそう言っているだろ」

 

うっすらと、こいつの存在を思い出した。と言っても認識程度だけど。

おかしな話であるが、間違いなくこいつも高橋遊だ。

 

「俺は、自分の力だけで高橋遊を探すと決めた」

 

「貴方も、自分がわからないんですね」

 

「お前も、自分を探すのか?」

 

「そうします。幻想郷で見つけられそう?」

 

「あぁ」

 

「...一緒に、行動しませんか?」

 

「不安なのもわかる。しかし俺は表に出ちゃいけないんだ。」

 

「あの夜にも言ってましたよね、その理由って」

 

「それも含めて自分で探す。なーに、根拠はねーが自信はあるんだ」

 

けけけ、と耳に残る笑い声をあげた。

腰に手を当て、口調も強め。自信に溢れた態度が僕とは真反対。

高橋遊が何者かを僕より先に知ってしまいそうだ。

 

「それじゃあな、いつかまた会うだろう」

 

「...はい、いつか」

 

そうして、消えた。最初からいなかったように、音もなく姿を消した。

もう一人の高橋遊。なんだろうか、あいつを見ていると良くない感情が沸いてくる。怒り、憎しみ、悲しみ、人をここまで不快にさせるのは何故だ?

...とりあえずあいつのこと、暫くは周囲に黙っていよう。表に出ちゃいけないらしいし。

 

一旦深呼吸する。どうもまだ夢の中にいる気分だ。

でも夢じゃない、現実だ。僕にはもう一人の自分がいて、数時間前まではなかった過去があって、おかしな特殊能力がある。

なのに、静かに受け入れていた僕もいる。自分でも驚いた、こんなにすんなりと受け入れられるものかと。

夢の中にいるみたいだが、これを現実と受け止めている僕もいる。身体はフワフワしてるのに、頭はどっしりと地についている、みたいなものかな?

...もうわからなくなってきた。

 

こんこん

 

すると戸を叩く音がした。返事をすると外から声がした。

 

「十六夜咲夜です。」

 

「ど、どうぞ」

 

布団から身体を出してベットに腰掛けた態勢で彼女を迎え入れた。

 

「お身体の方は」

 

「大丈夫です。」

 

「朝食のご準備が出来ました。どうぞ」

 

「ちょ、朝食...」

 

「はい、朝でございます」

 

と言うことはアレは昨日の出来事、なのか。

そんなに眠っていた感覚もない、数時間昼寝したような軽いものかと思っていたけど。

 

「食欲があるのでしたら、朝食の場までご案内させて頂きますが」

 

「お、お願いします」

 

十六夜さんの案内で朝食の会場へ歩きだした。

 

 

 

 

 

「高橋遊さん、でお間違いなかったでしょうか?」

 

「はい」

 

「...ありがとうございました」

 

足を止め振り向いた十六夜さんは深くその場でお辞儀した。

 

「突然お礼なんて」

 

「お聞きしたいのですが...貴方はお嬢様と妹様を救うために動いたのでしょうか?結果的にそうなっただけなのでしょうか?」

 

「どちらも、です。衝動的に行動していた部分もありますが、彼女達のために動いたのも事実です」

 

「...本当に、ありがとうございました」

 

目から溢れ落ちた涙。表情は崩れてないが、頬を何度も涙が伝う。

 

「人生で初めて、同じテーブルを囲うお嬢様と妹様を見ました。仲睦まじく話されていて、夢物語が現実になったようで感無量でした。」

 

涙を指で拭い、にっこりと微笑む。いつも硬い表情の彼女だったが、笑顔は年相応の可愛らしい少女の顔だった。

 

「長々とすみません、ご案内します」

 

一礼してからまた歩きだした。後を追いながら、自分のしたことを振り返ってみる。

スカーレット姉妹の問題は、当事者2人だけの問題じゃない、紅魔館に住むすべての人が協力し、解決の糸口を探っていた。それも何百年。しかしふらりと現れた男がデリケートな問題にずかずかと踏みいると解決まで導いてしまった、と。

...勢いに任せてよくやったよ、僕。

 

しばらく歩くと、大きな扉の前まで来た。相変わらずの赤い扉、そこを開けると知った顔が椅子に座り朝食を頬張っていた。

長方形の机に博麗と霧雨が並んで左側に座り、一番奥の誕生日席には当然とも言えるレミリア、右側一番奥にはフランドールが座っている。

 

「あら、おはよう」

 

「おはようございます」

 

レミリアさんに挨拶されたので丁寧に挨拶する。

 

「座りなさい、冷めるわよ」

 

「はい、失礼します」

 

面接しに来たんじゃないぞ僕。と自分に突っ込みつつも、このレミリアという少女から溢れるオーラと言うのか、これが人の上に立つ存在かと思い知った。

で、座る場所は...博麗の横でいいのかな?

 

「おはよう遊」

 

「おはよう、霧雨、博麗」

 

「おう、おはよう」

 

博麗と霧雨に挨拶してから席に着く。何を食べてるのか横目でみるとトーストと目玉焼き、サラダ、スープ、紅茶が並べられている。シンプルだけどホテルみたいにお洒落な朝食となっている。

 

「ただいまお持ちしますので少々お待ちください」

 

十六夜さんは一礼してから

 

「おまたせしました」

 

いつの間にかトレーを持っていて、僕の前には朝食セットが置かれていた。

そうだ、彼女は時を止める能力を持っている。配膳も一瞬で済ませられるとは、恐るべし。

 

早速椅子に腰掛け、手を合わせていただきます。

ナイフとフォークの西洋スタイルに馴染みのない東洋人は、フォークと机に置かれていたスプーンで朝食を頂く。

うわ、凄い美味しい。昔家族旅行で行ったお高いホテルの朝食よりも美味しいかもしれない。

これを個人の雇うメイドさんが作ってるわけか、一体どうすればこんな朝食が作れるんだろう?

夢中で頬張っていると、ふと視線を感じた。顔を上げるとフランドールが様子をうかがうように時折視線を向けていた。

...そりゃ、気になるよね。昨日はあんなに暴れていたのに、今日は人が変わったように覇気のない普通の男になってるんだし。

 

「ねぇ」

 

声をかけられた。流石に無視はできないので返事をした。

 

「貴方、高橋遊?」

 

「は、はい」

 

「なんか、昨日と違う」

 

「...昨日はすみません」

 

彼女にした仕打ち、覚えてない訳ない。それを思いだし、直ぐ様謝罪した。

 

「気にしてないよ。今はこうしてみんなとご飯食べられてるし」

 

昨日とは違い容姿相応の可愛らしい笑顔で僕を許してくれた。

 

「それでね、教えて欲しいの。貴方は何者なの?」

 

質問と同時に僕に視線が集まった。レミリアさんも十六夜さんも博麗も霧雨も、黙って僕をみている。

こちらの体調を考慮して積極的に口にしなかっただけで、本当は聞きたかったんだな。

僕としても話しておきたい、フランドールのおかげできっかけが貰えた。伝えなくちゃ。

 

「僕は高橋遊、普通の人間...だと思っていた。だけど、僕には能力があったんだ。」

 

「能力?」

 

「うん...そうだな、演じる程度の能力ってとこかな」

 

「演じる?」

 

「対象とした人になりきる、それだけ。容姿は変わらないけどその人の能力や身体能力を自分の物にできる」

 

「へぇー、だから私の能力を使ったり吸血鬼の身体になったりしてたんだ」

 

「昨日は突然能力を思い出して、パニックになってしまって、見た者を次々に演じていたんだ。十六夜さん、そしてフランドール...さん。それで、昨日はあんな風に暴れてしまったんだ」

 

「...なるほど、質問いいかしら」

 

そこへレミリアさんが声を出した。

 

「はい、答えられる範囲なら」

 

「そうね、貴方の思い出したって部分。能力を忘れていたってことかしら?」

 

「不思議な話しですが、そうなります」

 

「能力なんて忘れるかしらね?」

 

「変な話ですよね。でも、僕は昨日思い出したんです。その証拠に、初めてみせた自分の能力を、僕は口で説明できますので」

 

「確かに...昨日初めて使ったとすれば説明が具体的だわ。」

 

「次!私いいか?」

 

今度は霧雨が身をのりだし手を上げた。

 

「じゃあ、遊の昨日の様子はフランドールを演じていたってことか?」

 

「そうなるかな。ただ、僕の能力は少々厄介で」

 

「厄介?」

 

「僕の能力はどこまで演じるかってのも調整できる。本来だと軽く自分を見失わない程度に演じなければならないけど、昨日はパニックになって、フランドールさんを本気で演じてしまったんだ。あのまま本気で演じ続けていると『僕』と言う人格は消え『フランドール』の人格に上書きされてしまうんだ。」

 

「便利だと思ったけど、中々に癖のある能力だな」

 

「すみません、私からもいいでしょうか?」

 

次は十六夜さん。予想はしていたが、質問に答えるのも大変だ。

 

「お嬢様と妹様の過去を知っていましたのも、能力ですか?」

 

「はい、フランドールさんを本気で演じた際に彼女の知る情報はそこそこ頭に入ってきました。最初は能力に振り回されていましたがだんだん制御がきくようになってきて、それで昨日の様な行動をとった訳です。」

 

「なるほど、ありがとうございます」

 

「...次、私」

 

博麗も質問するのか。多分大体答えたと思うが。

 

「能力以外の何かを、思い出した?」

 

そうだった。博麗と八雲紫は、僕を知りたがっていたんだ。

 

「...あぁ、ちょっとだけ」

 

「話して」

 

「と言ってもうっすらと、ぼんやりとだけど」

 

「構わないわ」

 

「今僕には、2つの記憶がある。これまで歩んできた普通の僕の記憶とは別に、変な記憶が混じっているんだ」

 

「変な記憶?」

 

「何かと闘っている。血だ、なんだ、これは...わからない。」

 

ズキン、思い出そうとすると酷い頭痛に襲われた。思わず頭を抑え顔を歪めた。

 

「大丈夫?」

 

「ごめん博麗、思い出せなくて」

 

「いいの、それを知れただけでも十分よ。もう聞かないわ」

 

思い出したい。だがまるで身体がそれを拒むように頭痛が激しくなる。

 

「今日はあの部屋でゆっくり休みなさい。わかったかしら、遊?」

 

「...すみません、お言葉に甘えて休ませてもらいます。」

 

レミリアさんに促され、十六夜さんの案内で寝ていた部屋の前まで連れてきてもらった。

 

「何かあれば、お呼びください」

 

「ありがとうございます」

 

十六夜さんは一礼して顔を上げた瞬間に姿が消えた。

もう何度も見ていると人が消えるのも慣れてしまう。なんのリアクションを見せず部屋に入った。

 

「...あ」

 

「ごめんなさい、お話ししたくて」

 

そこにいたのは、微笑みながら椅子に座って僕を待っていた八雲さんだった。

 

「体調、大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

「今お話し、できるかしら?」

 

「はい」

 

空いている椅子に腰掛け、彼女と向かい合う。

最後に会ったのは昨日なのに、どこか裏のありそうなこの笑みも懐かしく感じる。

 

「演じる程度の能力、それが貴方の隠された力なのね」

 

「はい、僕の能力です」

 

「...遊、貴方を幻想郷に引き留めた理由はね、このマークなの」

 

机に置かれた紙には三日月に棒が一本縦に突き刺さったマークが描かれている。僕の携帯のケースにもある謎のマークだ。

 

「私はこれが何を意味するのか、知らなくてはいけないの。理由はわからないわ。でもわからないままではいけないと、強く言えるの」

 

「だから私は幻想郷の中を、外を探した。そしてやっと、貴方を見つけたの」

 

「それで、僕を幻想郷に」

 

「嘘をついたこと、幻想郷に強制的に連れてきたことを謝罪するわ...ごめんなさい」

 

椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。ここまで下げられると僕としてもバツが悪い。

 

「あの、頭を上げてください。僕はなんとも思ってないので」

 

「優しいのね。罵倒の一つや二つ、覚悟してたのに」

 

「暴言とかはちょっと...いえ、いまはそれよりも自分のことでいっぱいいっぱいで」

 

面と向かって悪口なんてヘタレなんで言えない。仮に言えたとしても、今の僕の問題はそっちじゃない。

 

「そうね。貴方は思い出したのでしょ?」

 

「あまりこの話をすると、頭痛がしますので深くは言いませんが...血、誰かと殴り合いとか、ぼんやりとですがそんな記憶があります」

 

「血、殴り合い、それも確かに気になるわ。それじゃあ、このマークについて何でもいいの、もし小さなことでも思い出したら」

 

三日月に刺さった棒。意味がわからないこのマーク。

僕の携帯のケースにもある、だから無関係じゃない。何でもいい、僕もこのマークを知りたい。

顔を近づけ凝視する。

 

「...朧」

 

「な、なにかしら」

 

「え、あ、えっと、何か言いました?」

 

「朧、そう言わなかったかしら?」

 

ふと口から独り言でも漏れたか。八雲さんは確認のため尋ねてくるが、無意識のうちに出たようで、答えられない。

 

「朧、ですか?」

 

「そう、朧」

 

朧って、なんだろうか。わからない。

 

「朧ははっきりしない、物がかすんでいる状態を表す言葉...それがこのマークの名前?」

 

「あの、独り言だったと思うんで、それに僕も思い出したわけじゃないので」

 

「無意識のうちにでた言葉、なのよね」

 

どうやら八雲さんは本気らしい。笑みは消え固く引き締まった表情でマークを見つめている。

 

「潜在意識に深く刷り込まれた言葉、だからマークを見つめて無意識で口からでたと思うの」

 

「だとしたら、僕はこのマークを昔から知っている可能性があると」

 

「だと思うわ」

 

そう聞くとこのマークがなんだか馴染み深いものに見えてくる。朧という言葉にも、懐かしさを覚える。

不思議だ、普段口にしない言葉なのに、どうして朧は頭から離れないんだ。

 

「ねぇ遊、これからどうするの?」

 

「...え?」

 

「今更だけど、貴方の意思を尊重したい。外に戻るのも貴方の自由、ここに残るのも貴方の自由よ」

 

八雲さんは僕に選択肢を与えた。僕はどちらを選んでもいいらしい。外には家族がいて、友人がいて、僕の居場所がある。

 

「...卑怯ですよ、八雲さん」

 

「卑怯?」

 

「帰るに帰れないですよ。自分が何者なのか、わからないまま」

 

居場所を捨ててまで、僕は自分が知りたい。

マークも、朧も、記憶も、全て真実をこの目で確かめたい。

 

「残ります。幻想郷に、いたいです」

 

「歓迎するわ、高橋遊。そしてありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失敗」

 

黒のローブを着た人物は一言呟いた。紅魔館外れの森の中だろうか、辺りは薄暗く、そのためローブの人物の顔は完全に隠れてしまっている。

 

「次」

 

「お前、いたんかいな」

 

突然現れたのは金髪の男。どこにでもあるシャツにジーパンでも着こなせるあたり顔立ちは中々に良いようだ。

 

「へぇ、生きてたんだ」

 

「勝手に殺すな」

 

「どうでもいいや」

 

「おい、話おわってない」

 

男に微塵も興味がないようで去ろうとしたローブの人物を強引に肩を掴んで引き留めた。

 

「お前がやったんやな?」

 

「それで?」

 

「手を出すな、わかったな」

 

「嫌」

 

「ええか、まだ事態は動き始めたばかりや。下手に手を出して爆発したらどーするねん」

 

「爆発する前に処理する」

 

「やめろって言ってるやろ」

 

「それが、残された私のやるべきことだから」

 

肩にかかった手を振りほどいてローブの人物は去っていく。

 

「やるべきこと?何言ってるんや、あの時の選択には意味があるんや!おい、聞いてるか!」

 

背中に向かって叫ぶも止まる気配はない。諦めたように木にもたれ掛かり、金髪は深いため息をついた。

 

「...あいつ、本気か。なら、俺も出るしかないな」

 

 

 

 

紅霧異変はこうして幕を閉じ、幻想郷に平和が訪れた。

しかし物語は、プロローグを終えたに過ぎないのだ。



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幻想生活
17話 宴会


何度目かの目覚め、何度目かの欠伸。

今は何時だろうか、夢の中にいた時間が長いものだから朝も昼も夜もわからない。

 

八雲さんが去った後、僕はベットで眠った。

起きては寝て、起きては寝てを繰り返し、惰眠を貪っていた。

流石にもうゴロゴロするのが辛くなってきた。ベットから体を起こして部屋の外に出てみることにした。

廊下は相も変わらず赤ばかり、寝起きには刺激が強い。

このままあてもなく彷徨えば部屋に戻ってはこれないだろう。ちょっと、軽く散歩なら大丈夫かな。

 

「あ、どうも」

 

「どうされました?」

 

近くをウロウロしていると十六夜さんに出会った。掃除中か箒とちりとりを手にしている。

 

「いえ、ずっと寝てたものですから軽く歩こうかなと」

 

「体調の方はどうでしょうか?」

 

「もうすっかり大丈夫です」

 

「そうですか、でしたら今夜の宴会はいかがされます?」

 

「宴会?」

 

「博麗神社で異変解決の宴会が開かれるそうです。お嬢様も参加されますがご一緒に行きませんか?」

 

「はい、是非連れていってください」

 

宴会か、楽しそうでいいじゃない。体の方も疲れはとれたし、お腹も減ってるし、是非ともご一緒したい。

 

「でしたら準備が出来次第博麗神社へ向かいます。支度をお願いします」

 

「えっと、もう夜ですか?」

 

「はい」

 

もう紅魔館に丸一日以上滞在してることになるのか。寝てばかりだから実感湧かないが久しぶりの外だ。

支度と言っても僕が持ち込んだものはないし、このまま行っても問題はないかな。いつもの甚平だけ着て行けば...いつもの、甚平、そうか。

 

「すいません十六夜さん。シャワーって、借りれますか?」

 

「はい、ご案内します」

 

 

 

 

 

シャワーを浴びて身体の汗を流したところで、もう一つ小さな問題が発生した。流石に昨日も着ている甚平とパンツをまた着るのは些か抵抗がある。しかし代え等ない。

とりあえずシャワー室から出るとタオルと見慣れない服が折り畳まれ置かれていた。

 

「服は紅魔館にあった物です。よければお使いください」

 

扉越しに十六夜さんの声がした。ありがたい、ご好意に甘えて使わせてもらおう。どんな服か持ち上げて広げてみると。白シャツに黒のジャケット、黒のズボン、ネクタイ、そして革靴が見えた。

かなり、改まった服だ。格好としては別段恥ずかしくないので、これを着てみようか。

着替えて更衣室から出ると十六夜さんはお似合いですと声をかけてくれたが、僕にこんな礼装っぽい服は似合わないんじゃないかな。

 

「それでは行きましょうか」

 

十六夜さんに連れられ、紅魔館の門の前へ向かった。

 

 

 

外はすでに日が落ち、月が昇り星が輝いていた。僅かな明かりに照らされた門前には、吸血鬼姉妹、門番と見知った顔が僕たちを待っていた。

 

「あら、中々にお似合いじゃない」

 

「そうですか?」

 

「ええ、良い従者になれそうね。紅魔館で働いてみる?」

 

「考えておきます」

 

レミリアさんに早速からかわれた。良い従者か、レミリアさんの下で全てにイエスで答えてあくせくと働く自分の姿が簡単に浮かぶ。確かに個人の能力は別として僕みたいなイエスマンは使いやすい良い従者になれそうだ。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

4人はさも当然のように空を飛ぶ。もう見慣れた光景になってしまった。昨日までの僕ならその姿に憧れ、羨望の眼差しで見ていたが、今日の僕は違う。

地が足から離れる。身体がふわふわとして、落ち着かない。浮いているのを身体と心で感じて、意を決して上昇する。肌で感じる風、髪は揺れ空気は冷たい。

この感覚は、生身の身体で飛ばないと絶対に知り得なかった。間違いなく、僕は自分の身体一つで飛んでいると実感できる。

 

「遅れないように」

 

吸血鬼である今の僕には、空はあまりにも近かった。自由自在に空を駆けられる幸せ、自然と笑みが溢れた。

 

博麗神社の境内は既に灯りで満たされ、騒がしさと共に盛況ぶりを物語っていた。

階段近くに降り立つと、多くの人や妖怪が酔いしれ、料理を口へ運んでいる。

 

「盛り上がってるわね」

 

「御姉様、私お腹減った!」

 

「そうね、咲夜、美鈴!適当に料理を取ってきてくれないかしら」

 

「お任せください!」「了解です」

 

2人は別方向へ喧騒な宴会場の中央へ姿を消した。

 

「遊、貴女はこっちに来なさい。フランもね」

 

「はい」

 

手招きされ付いていった先は境内の端の薄暗い木の下だった。そこにレミリアさんとフランドールさんが僕に向かい合ったまま木にもたれた。

 

「まずは改めて礼を言わせてほしいの」

 

「礼なんてそんな」

 

「いえ、フランの記憶を知っている貴女ならわかるでしょ。姉妹だけの問題じゃないってこと」

 

「...はい」

 

「ありがとう、高橋遊」

 

「私も言うね。ありがとう、遊」

 

改めて礼を言われるのは、むず痒くて照れ臭くて、真正面から顔を向けられない。慣れてないからかな、こんなに面と向かって感謝されるの。

 

「長い間フランとこうして外に出るのが夢だった。それが叶ったの。何百年も待ち望んでいた」

 

「部外者である貴女が私たちのために命を懸けて、悪役を買って出てくれたおかげ。紅魔館の全員が感謝しているわ」

 

「遊が私に狂気を見せてくれたから、私は壊される恐怖を知ることが出来たの。とても怖かった、恐ろしかった、だからもう私はやらないよ」

 

「何て言うか、僕はただただ夢中でやっただけなので、結果としてハッピーエンドになったというか」

 

「スカーレット家当主の私がこうして直々にお礼してるのだから、もう少し胸張って答えていいのよ」

 

「何て言うか、こう言うのに縁がなかったもんで...やっぱり当然のことをしたまでって言うか」

 

「もー、遊ウジウジしすぎ!」

 

しどももどろな答えを繰り返しているとフランさんに笑われた。

 

「今日は無礼講よ。遊、私たちも飲みましょう」

 

神聖なる神社の境内というのに、乱れようは凄まじい。

僕のいた世界でもこんなに顔を真っ赤にして酔うのは珍しい、はず。少なくとも僕の回りではなかった。

 

「よぉ、ゆう」

 

「き、霧雨...」

 

レミリアさんとフランドールと軽くお酒を嗜んでいると耳まで真っ赤にした霧雨が声をかけてきた。

 

「もう出来上がってるね」

 

「なにいってんだ、これからだ」

 

手に持ったグラスを一気に胃に納めるとそこへ更におかわりを注ぐ。

 

「そうだ、なんかあっちで遊をさがしてるやついたけど、誰だっけな」

 

「探してる?僕を?」

 

「あぁ...確かあんな感じの男だったような」

 

霧雨が指を指した先に見えたのは、博麗の真横でグラスを煽る金髪の男。白いシャツとジーパンを着こなした中々に顔立ちのよいそいつは、博麗と仲睦まじそうに会話していた。

 

「あ、あいつだ」

 

「...うそ」

 

「え」

 

「あいつ、なんでここにいるんだ?」

 

立ち上がると二人のもとに小走りで向かった。近くまで寄ると博麗はこちらに気づいた。

 

「あら、遊じゃない。体はもういいの?」

 

「心配かけたよ...それと、そっちの男は」

 

「なーに、まさか俺のこと忘れたん?」

 

「関西弁...やっぱり恋か」

 

「久しぶりやな!元気しとったか!」

 

僕が恋と呼んだ男は立ち上がると、僕の肩をバシバシと叩いてきた。相変わらず、テンションの高い奴だ。

 

「お前、なんで幻想郷に」

 

「そりゃお互い様やろ」

 

「...それもそうか」

 

「なに、あなた達知り合い?」

 

「あぁ、石川恋(いしかわ れん)だ。えっと外の世界か、にいた頃の友達。高校卒業してからここ数年は会ってなかったけど」

 

「じゃあアンタも外来人なの?」

 

「そーなんや霊夢!俺もつい一週間前に外から来たんや!」

 

下の名前呼びに一切抵抗はないらしい。流石だ、僕とは生きる世界が違う。

 

「最初はなにがなんやらわからんかったけど、里の心優しい人に住むとこ貸して貰って、なんとか生きてるんよ」

 

「帰りたかったら帰してあげるけど」

 

「帰りたいなんて微塵も思ってない!ここは長閑でゆっくり出来るし、なにより女の子めっちゃ可愛いしもう最高や」

 

なにも変わってない。変わったのは髪が金髪になっただけだった。国公立に行ったのにノリが高校のままだ。

 

「霊夢もタイプだし」

 

「はいはい、それじゃ頑張って貢いでね」

 

「ははは、ほな頑張るわ」

 

「そうね、具体的には毎日あのお賽銭箱をパンパンにしてね。本気だから、明日からお願いね」

 

「...そういうとこも可愛いと思うよ」

 

流石幻想郷、恋のノリでも一筋縄ではいかないようだ。

特に博麗なんて、酒が入ってても無理だろうな。

 

「なぁ遊、久しぶりに水入らずで2人っきりで話そうや」

 

「僕も、話したいことあるし」

 

博麗に離席する旨を伝え、ついでにレミリアさんにも少し時間を貰うことを伝え、博麗神社の入り口、心臓やぶりの石段に2人揃って腰かけた。

 

「これ美味いんや」

 

差し出されたのは三色団子。酒と三色団子、初めての組み合わせだ。

 

「お前、酒は飲めるんか?」

 

「そこそこ、かな」

 

「の割には結構飲んでるけどな」

 

4杯は飲んだかな。この量ならまだ、そこそこでしょ。

何杯も浴びるように飲んでいる人達を見ていると僕なんてまだまだ嗜む程度だ。

 

「...なぁ、1年前から急に音信不通になったのは理由があるのか?」

 

丁度良い感じに酔いが回ってきた。すると口から聞きたいことがすぅーっと出てくる。これがお酒の力。

 

「すまんな、やりたいこと見つけたんや。だから大学やめて世界一周の旅に出てたんや」

 

「え、大学辞めたの?」

 

「おう、勿体ないけどこれも俺の人生やな。その代わり世界一周はよかったで、日本にいる間は見れなかったもの色々見てきたし」

 

「それで、やりたいことって」

 

「...どこか遠くの国で静かに暮らす。それだけなんやけど」

 

「なんか、お前からは想像がつかないな」

 

「うるせー、まぁだから結局幻想郷に入ってきたのは俺としては夢かなったりなんだ。良い場所やここは」

 

「そうだな、幻想郷は平和でいい人ばかりだ」

 

「...遊、これからもよろしくな」

 

「あぁ、またよろしく」

 

グラスをぶつけ合い乾杯した。空に浮かぶ三日月は煌々と輝き、空の星も宴会に混じってはしゃいでいるように一段と光を放っている。

 

 

 

 

 

 

 

「紫ね」

「あら霊夢、飲んでるかしら」

 

賽銭箱にもたれて酒を煽る巫女の横に突然現れて腰かけたのは幻想郷の大妖怪だった。

彼女も姿こそ表に出さないものの、手に酒をもち宴会を満喫しているようだ。

 

「遊の知り合いがいたわ、貴方が連れてきたの?」

 

「知らないわ、誰なの?」

 

「石川恋って名前」

 

「石川恋...遊の知り合いが、()()()()()()()()()()()()()、そうなるのよね」

 

「...そうね」

 

2人はそれ以上会話を続けることはなく、その話題を終えた。

 

 

 

 

 

宴会は佳境に入ると、異変を起こした者、解決した者、全く関係のない者が入り交じり酒と食事を共にする。

騒ぎは深夜になっても収まらず、日が昇るまで続いた。



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18話 金髪2人

「...おはよう」

 

「おはよう」

 

一段と重い体を起こして博麗に挨拶、あちらは何ともないようで普段通りの挨拶だった。

 

「朝食べられそう?」

 

「うん、少し貰おうかな。」

 

太陽は既に高いところまで昇っている。昼前か、セミの鳴き声が境内に響く。

博麗と共に居間へ入り、少し遅めの朝を腹に納める。

 

「紫から聞いたわ、外には帰らないって」

 

「決めたんだ。僕は自分のことを知りたいから」

 

「それで、衣食住はどうするの」

 

「...どうしよう」

 

博麗神社は滞在する間に一時的に居候させて貰っているに過ぎない。こちらに移るとなると、自分の住む場所くらいは確保しないと。

 

「遊が望むなら、ここにいてもいいわよ」

 

「え、そんな迷惑じゃ」

 

「今さらじゃない。以前のように家事を分担してくれるなら私としても助かるし、なにより貴方の過去、私も気になるから」

 

「...それじゃあ、よろしくお願いします」

 

「じゃあ早速掃除お願いね」

 

こうして幻想郷での僕の生活は始まることとなった。

自分探しの新生活、果てに待つ真実。

とりあえずは、境内を綺麗にすることから始めようか。

 

最早慣れた手付きというか、いかに効率的に出来るかを求めるようになっていた。しかし夏だと言うのに、妙に葉が落ちていると思うのは考えすぎだろうか?

機会があれば博麗に聞いてみようか。

 

「宴会翌日なのに精が出るな」

 

聞きなれた声、振り向くと霧雨が今日も神社に遊びに来た。一週間も経ってないが最早恒例とも言える顔になった。

 

「お、なんや掃除してるんか」

 

ともう一人、金髪の男がへらへらしながら登場。相変わらずシャツにジーパン姿だが、様になっているのが妙に腹立つ。

 

「お、君昨日会ったよね?俺石川恋って言うんや、名前は?」

 

「霧雨魔理沙、普通の魔法使い...って遊の知り合い、なんだよな」

 

「そうそう、親友や。なー、遊」

 

「違う」

 

「なんでや!高校2年の時修学旅行同じ班やったやん!」

 

「それはお前と一部の連中が勝手に班を決めたからだろ」

 

「ええやん、どうせ他におらんねやし」

 

「殴るぞ」

 

「おー怖、お口ちゃっくー」

 

恋は口の前で人差し指でバッテンを作って大袈裟に距離をとる。グーだけじゃ足りないなこりゃ、蹴りも入れないと。

 

「なるほど、親友らしいな」

 

「ほら、魔理沙には伝わってる!」

 

「わかったから、掃除させてくれ」

 

こいつのペースに巻き込まれると終わるものも終わらない。兎に角掃除だけは終わらせたいので、背中を向けて掃いたものを固める。

 

「霊夢はいるのか?」

 

「いるわよ。騒がしいと思ったら、変なの増えてるじゃない」

 

博麗が縁側からこちらに気づいて寄ってきた。朝からテンションの高い金髪2人組を交互に見てから、軽くため息をついた。

 

「お、霊夢。おはよう」

 

「おはよう魔理沙、でアンタは恋だっけ。ほら、賽銭箱はあそこよ。早く入れて」

 

「そうやな、折角やし神頼みさせて貰うかな。ここって御利益何があるん?」

 

「望めば何でもいけるわ」

 

「へぇ、コンビニ神社やな」

 

そういえば以前この神社は何を奉っているのか聞いたことがある。博麗もわからないらしい、じゃあ誰が知っているのか。

恋は賽銭箱に硬貨を投げ入れると2礼2拍1礼した。へらへらした金髪の恋がきっちりと参拝の基本に乗っ取ってお参りしているのは絵面的に中々ギャップがあって面白い。

 

「参拝完了!ほな遊、どこか行こうや」

 

「いや、今日は無理だ。家事が溜まっている。このあと掃除も境内だけでなく倉庫もやらないと、あ、縁側も雑巾で綺麗にしないとな、それで居間も、あとはそうだな」

 

「わかったわかった、今日はええわ。がんばりや」

 

「手伝ってくれよ親友」

 

「それは時給発生するか?」

 

「するわけないだろ、ボランティアだ」

 

「じゃあ1人で頑張れ」

 

暇なら手伝っていけば良いのに。昨日の宴会だってあれだけ飲んで片付けはやらなかったし。昔から何かとこいつは面倒事になると行方をくらましている。

兎も角手伝ってもくれない親友を名乗る男にはとっととご退場願います。

 

「じゃあ邪魔」

 

「はいはい、ほな俺は魔理沙とデートしてきます」

 

「いや、なんでそうなるんだよ」

 

霧雨も呆れ顔でやれやれといった仕草。ブラックホールかこいつ、すぐに回りを巻き込みやがって、話が膨らんで終わらないだろ。

 

「じゃあ魔理沙は手伝ってくれるの?昨日の宴会の片付け実はまだ残ってるのよね」

 

「おおっと、デートなんてものじゃないが、こいつに幻想郷のアレコレを教えてやろうと思ってな」

 

博麗の笑顔の誘いを笑顔でかわす霧雨。2人の金髪が掃除の魔の手から逃げた。

 

「それじゃ行こうや」

 

「そんじゃな、遊、霊夢」

 

そして笑顔のまま2人は石段を降りて消えていった。ぴゅーっなんて擬音がよく似合う軽快な逃げ足だ。

 

「どことなく、似てるわね」

 

「うん、少し思ったよ」

 

嵐のように去っていった金髪2人、その親友達は苦笑いを浮かべた顔で、見合わせていた。

 

 

 

 

ふー、危ない危ない。片付けの手伝いをやらされるところだったぜ。

石段の真ん中辺りまで来てから一息ついた。

 

「そんじゃ行きたいところある?」

 

「まぁ暇だし付き合ってやるよ。そうだな...恋は?」

 

「おすすめの団子屋あるんや。俺の奢りで行かへん?」

 

「団子屋か、宴会でも食ったが奢りなら大賛成だ」

 

「決まりやね、ほなら人里行きましょか」

 

行き先も決まったところで私は箒に跨がってからハッと気づいた。そういやこいつも飛べないんだよな、また私は後ろに乗せることとなるのか。人を乗せて飛ぶのは中々気を遣って精神的に疲れるので嫌だが。

しかし、恋を見るとさも当然のように浮いていた。

 

「お前、飛べるのか?」

 

「え、幻想郷の人は飛べるやろ?」

 

「いや、そうだが...だって外から来たばかりなんだろ?」

 

「そうやけど、簡単に飛べるようになったからなぁ。そんなもんやと思ってたけど、違うの?」

 

「...どうなんだろうな」

 

確かに飛ぶのも才能によるものが大きい。遊は能力を使わないと飛べないし、なら逆に簡単に飛べるようになる奴がいてもおかしくはないってことか。

にしても簡単に飛びすぎというか、どういった経緯で飛べるようになったんだろうか。

 

「いつから飛べるんだ?」

 

「えっと、二日前かな、近所のお爺さんとこの木の手入れ頼まれたから切ってたら足滑って落ちたんよ。あ、これは死んだかなって思って眼を瞑ったんやけど中々衝撃が来なくてどうしたんや思って目を開けたら浮いてたんよ」

 

「そ、そうか」

 

「そっから自由に飛べるで。これが俺の隠された才能やったんや」

 

理由としてはありそうな話だ。人は死を感じると思ってもない力が出てきたりする。火事場のバカ力はその代表例、こいつも死ぬと直感がしたから急に飛べるようになった、のかもしれない。

 

「魔理沙のは魔法やろ。ええな、俺も使いたいわ」

 

「なら私の魔法食らってみるか?もしかしたら使えるようになるかもな」

 

「遠慮するわ、もう怖い眼にあうのは懲り懲りや」

 

こいつなら魔法も簡単に使えたりな。霊夢と同じタイプなんだろ...才能かぁ、私には無縁の言葉だ。

もしそんなもの私にあれば、今頃霊夢を越えていたり、なんてな。

 

「ほな行こか」

 

「あぁ、案内よろしく」

 

 

 

 

 

人里の住宅エリア手前にひっそりと構える店、三日月。外から店内の様子が丸見えだ。

中は木の椅子と机が数個セットで配置されている殺風景なもので、私たち以外に客がいない。

 

「ここか?」

 

「そ、入ろか」

 

ま、こいつの懐事情的に期待はしていなかったが。ともあれ食べに来たんだし、肝心の団子が旨ければ店の外観なんてどうだっていいか。

 

「いらっしゃい」

 

そこにいたのは黒のエプロンを着た黒髪のショートカットの女だった。小さな声で迎えた彼女は背は低く目付きはどことなく鋭く、接客にあまり向いてない雰囲気。

 

「...なに?」

 

「...なんでいるんや」

 

「私の勝手」

 

「...はぁ、とりあえず俺は三色、魔理沙はどうする?」

 

「え、そうだな、何があるんだ?」

 

「お品書き」

 

恋と会話していたのに突然あの女が横から紙を差し出してきた。変な声が寸でのところまで出かけたが、なんとか飲み込めた。そんなニュッと突然出てくるなよ。

黙って受けとり、メニューを確認。

 

「みたらし、かな」

 

「わかった」

 

メニューを返すと女はそそくさと店の奥に消えていった。とりあえず近くの椅子に座ると、恋も私の正面の椅子に座った。

 

「なぁ、お前あの女と知り合いか?」

 

「まぁな」

 

「なんだよ、気になるじゃん」

 

「なんか、近くに住んでる奴。何度か会ってるくらいや」

 

「ふーん、でお前金とかどうしてるんだ?」

 

「人里で何でも屋まがいなことしてる。言っても庭の手入れだの運搬の手伝いだの、そんな感じ」

 

..,近くに住んでる奴か。お前があいつをみた時、普段はヘラヘラして締まりのない顔から一瞬感情が消えた。

冷たく生気のない顔、生きてるか死んでるかわからない顔。なんであんな表情になったんだ?

あえて掘り下げなかった。なんとなく踏み込んではいけない禁足地であると直感が働いたからだ。だからなんとなく話題を変えた。

 

「はい」

 

いつの間にか現れる女。盆に乗せた皿を机の上に置いていく。団子はうまそうで文句はないが。

 

「あ、ありがとな。えっと」

 

「桜です」

 

「そうか、桜か、団子うまそうだな!頂くぜ」

 

桜と言えば春の風物詩、桜舞い散る中の花見はなんとも言えない風情がある。こいつが桜ねぇ、散った後の地味な木の方だろ。

 

「...じゃあ」

 

無愛想なまま奥に去っていった。なんなんだあいつ、良くわからない。ま、わからないと言えばこっちもだけど。

顔を正面に向けると恋が店の奥をずっと見ている。数分前までの浮かれた様子はなく、妙に落ち着いている。

 

「食わないのか?」

 

「え、あぁ!ほな頂きます」

 

声をかけると慌てて団子にかじりついた。そう言えばこいつ、一週間前に偶然幻想郷に来たとか言ってたな。

遊よりも先にここにいた訳か、いや、タイミング的にはほぼ同じか。偶然か、そうなら恋と遊は相当な腐れ縁だな。もしくは、必然なのか。

...石川恋、気になるな。

 

それからは団子を食べながら恋の話の相手をした。結構話上手で聞いていていい時間潰しにはなった。

団子だが美味しかった、どこかで食べたことあるなと思ったら宴会と同じものらしい。そんな小話も耳に挟みつつその間に一挙一動見逃さずに観察していたが、飄々としたお調子者って感じを崩さなかった。

 

「美味しかった、御馳走様だ」

 

「ええてええて。そや、これから博麗神社で遊の飯食べに行くけどどう?」

 

「もう夕食かよ。って今食べたばっかりじゃないか」

 

「実は朝と昼抜いてるからお腹空いてるんよ、今ならなんでも食べれそうや」

 

「...いいぜ、私も飯の事考えると腹減ってきた」

 

こうなったら徹底的についていってやる。

 

博麗神社には徒歩で向かうことになった。これは私が腹を空かせて行った方がいいと提案した、勿論本意は団子屋での表情の意味を聞きたいからだ。

 

辺りは既に日が落ちようとしていた。思ったよりも長居していたようだ。人里から博麗神社への何もない道を2人で並んで歩いている。いつ話を切り出すか、私はそのタイミングを伺っていた。

そして半分まで来た頃に、恋は突然立ち止まった。

 

「どうしたんや魔理沙、何かあるんか?」

 

「ちょっと気になったことがあってな」

 

「気になったこと?どないしたん?」

 

「あの桜って奴を見た時、お前スゴい顔してたよな」

 

「スゴい顔って、どうゆうこと?」

 

「感情が死んでた、まるで別人だった」

 

「俺は明るく楽しくがモットーやから、そんな顔しないしない」

 

大袈裟に手を振って否定するが、見てしまったものは誤魔化せない。

 

「近くに住んでいるだけって言ってたけど、それだけじゃないよな?なんとなく、お前の桜への見方がおかしいんだよ」

 

「彼女苦手なんだよね。なんていうか暗いし、なに考えてるかわからないし、だからちょっと態度に出たんじゃないかな?」

 

「違う。お前は明らかに桜へ殺意を持っていた。」

 

死んだ表情、だが目だけは鋭く生きていた。そこに宿っていたのは、僅かながらの殺意。

 

「...ダメだね。俺も、離れてるとこんなもんよ」

 

頭をかきながら乾いた笑いを漏らす。なんだ、笑っているのに心底恐ろしい。ヘラヘラしているのに身構えてしまう。

 

「おい、なんだよお前」

 

「殺意なんてのは一番持っちゃいけない。こうなるからね。暫くやってなかったからどうも忘れてた...にしても霧雨魔理沙、君はスゴいや。きっと気配に人一倍敏感なんだね。よく言われない?」

 

「それ以上近づくな、撃つぞ」

 

にじりよってくる恋に八卦炉を取り出し向け警告を出した。奴は八卦炉を一瞥するが、気に帰さないように少しずつ前進する。

 

「来るな」

 

「ところで、後ろの人は誰だい?」

 

えっ、反射的に振り向いた。しかし誰もいない。

途端、頭に何かが接触した。痛みはない、ただよくわからない物が頭のなかに入ってくる奇妙な感覚がした。

頭が掻き乱される。ゴチャゴチャして記憶が散らかる。

 

「なんだ...これ」

 

「大丈夫、もう少しで落ち着くからね」

 

 

 

博麗神社での飯は旨かった。まぁなんていうか普通だったが無難に仕上がっていて満足いく品だった。

 

「というかなんで来るんだよ!」

 

「いやー、遊の手料理が恋しくなったんや」

 

「恋しいって、お前に作ったことないぞ」

 

「頼むで遊!楽しみにしてるから!」

 

「おい、せめて手伝えよ!」

 

どこかで見覚えのあるやりとりをして、結局遊は四人分作ってくれた。霊夢の奴が文句ブーブー垂れていたが、今度酒を分けてやるといったら座布団を敷いてくれた。わかりやすくて良い奴だ。

そうして狭いちゃぶ台で飯を頬張り、適当に雑談して日が落ちた頃博麗神社を出た。

 

「ほな魔理沙」

 

「あぁ、じゃあな」

 

後は帰って寝るだけだ。おっとその前に本を読まなくては。

にしても今日は恋と食べ歩きした一日となった。

 

...()()()()食べ歩きの一日も、まぁ悪くないかな。



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19話 遊のごとく

「聞こえなかったかしら?」

 

「あの...え?」

 

「執事をやりなさい」

 

場所は紅魔館、レミリアさんの個室。湖を見渡せるベランダに置かれた椅子に座っている僕は固まっていた。

 

「いいかしら?貴方にしか頼めないの」

 

「...執事、ですか?」

 

「そう執事よ。それともメイドがいいかしら?」

 

「いえ、執事でお願いします」

 

これは、からかわれているのか?遊ばれてるのか?

 

「すみません、私からもお願いします」

 

十六夜さんまで頼むってことはこれはからかってる訳じゃない。本気で僕に執事してほしいのか。

な、なんで服を返しに来ただけなのに、こんなことになるんだ?

 

 

 

金髪組が夕食に飛び入りで参加したのが昨日、まぁ文句は言うけど大勢で食べるのは好きだから何だかんだで楽しかった。

そして今日、紅魔館に借りた服を返しに訪れたのだがそこで個室に招かれ、こうして今に至る。

 

 

 

「咲夜に幻想郷を把握してもらう必要があるの。食材の調達もそうだし、何かあれば指定した場所にいってもらうかもしれないし」

 

「なので、私がいない間紅魔館の仕事を貴方にやって頂きたいのです」

 

事情は十分理解した、理解はしたが...。

 

「いきなり執事なんて、そんな...なにもわからないのに」

 

「はぁ...遊、貴方の能力は?」

 

「あ、そうでした」

 

素で忘れていた。確かに僕の能力を使えば即座に代役は可能だ。ただ引っ掛かる点が。

 

「十六夜さんを演じてほしい、と」

 

「そうよ、頼めるかしら?」

 

「博麗に話を通してくれるなら僕は全然構いません。ただ...」

 

「ただ?」

 

「違和感しかないと思うので」

 

「どう言うことよ」

 

「演じれば多分僕の姿形で十六夜さんになると思いますので、なんていうかその」

 

「あのね、協力してくれるんだから私はなんとも思ってないわよ。それに、貴方に借りがあるのよ」

 

「借り、ですか?」

 

「私とフランのこと。感謝してるのよ。そんな貴方に更に頼みごとするのは一方的で申し訳ないけど、御願いするわ」

 

レミリアさんに目を瞑り軽く座りながら頭を下げられる。彼女ほどのカリスマある人に下げられるとどうも断りづらい。それに十六夜さんまで頭を下げている。

 

「僕は構いません。今日だけ執事、やります」

 

「貴方なら引き受けてくれると思ったわ、お願いね。咲夜、彼を着替えられる部屋へ」

 

「承知しました」

 

「着替えるって、もしかしてこれに、ですか?」

 

「ええ」

 

それは僕が借りた服、まさかこれを着て本当に執事をやることになるとは。嘘から出たまこととはこの事か。

服を持って十六夜さんと部屋を出た。廊下を歩いている時に十六夜さんがこちらに顔を向け声をかけてきた。

 

「すみません高橋様、巻き込む形になってしまって」

 

「いえ、どうせ暇なんで。...それと高橋様って」

 

「それがどうかされましたか?」

 

「何て言うか、落ち着かなくて。様付けされるほど偉くもないし、慣れなくて」

 

「...わかりました。それではどのようにお呼びすれば」

 

「高橋とか、遊でいいです」

 

「わかりました、では遊で」

 

「なんか、敬語もいらないですね」

 

敬語なのに下の名前を呼び捨てなのは不思議な感じだ。

こうなればいっそ、どちらかに統一すべきだろう。もちろん高橋様なんて落ち着かないし慣れないのは御免だ。

 

「よろしいのですか?」

 

「僕は全然、そちらの方が気楽でいいので」

 

「わかったわ、これでいいのね」

 

砕けた十六夜さんの顔は少し柔らかくなった気がする。従者とはいえ年頃の女の子、それも十六夜さんのような綺麗な女性なら控えめな笑顔も絵になる。

 

「遊も私のことは敬称なしで」

 

「それなら、十六夜で」

 

「下の名前でいいのよ?」

 

「ごめん、それはちょっと...」

 

「なら私も高橋様に戻すわよ?」

 

「それは勘弁してください」

 

紅魔館の主人に、その従者にからかわれる。いいように弄ばれるが、口で敵う相手じゃないのはなんとなくわかっている。

 

「ねぇ、貴方の能力を疑っている訳じゃないけど本当に任せて大丈夫かしら?」

 

「必要最低限のことは出来ると思います」

 

「なら見せてもらえるかしら、貴方の演じる私を」

 

「ここで、ですか?」

 

「遅かれ早かれ演じるのだし、まずは本人が確認するのが筋じゃないかしら」

 

それもそうかもしれない。自分のマネされるのだし、気にもなるか。特に言動が一挙一動大切な仕事でもある、これを未経験の男に任せるのだ、心配にもなる。

さて、それじゃあ能力を発動させて信頼してもらいますか。

とんとん、額を人差し指で数回突く。意図してやったわけじゃない、本能的に動作が行われた。今の僕が知らないルーティーンだったもの、だろうか。

何かが自分の体に宿る不思議な感覚がする。後はもう全身に行き渡らせるだけ。血管を通して全身に十六夜咲夜が駆け巡るなんとも言えない奇妙な感覚。それに身を任せ、数秒待つ。

 

「...お待たせしました」

 

丸くなっていた背筋を伸ばし、深くお辞儀した。

 

「今日1日紅魔館の執事を勤めさせて頂きます高橋遊です。十六夜様、私にお任せください。」

 

「い、十六夜様って、貴方それは」

 

「今日は私が紅魔館の従者ですので、十六夜様は勤務を気にせず疲れをとってください」

 

「...気づいていたのね、これが休暇も兼ねたものだって」

 

「はい」

 

お嬢様のお心遣い。このところ働き詰めの十六夜様への強制有給休暇。

 

「きっと十六夜様に休暇を言い渡されても紅魔館が気になって休みにならないでしょうから、『仕事』として休暇を与えられたのかと、あくまで私の憶測です」

 

「さすが、と言ったところかしら...言い方が悪いけど、気味が悪いわ。紅魔館に私の知らない人間が突然現れて住み着いたような、奇妙な感覚ね」

 

「それは間違いではありません。貴方の知らない人間が貴方と同じ仕事を同じ様にこなすのですから。」

 

「同じ仕事、ね。なら仕事の内容を確認してもいいかしら?」

 

「はい、まずはホール含む各部屋の清掃、ベットメイキング、そして...」

 

まるでこれまでの十六夜の仕事を監視して覚えたようにスラスラと遊の口から出てくる。

演じる程度の能力、あらゆる力や特技体術様々なものを己に取り込む力。その実態を目の当たりにすると、ましてや自分を取り込んだ姿を見ると容姿が不出来なドッペルゲンガーを見ている錯覚に陥る。

 

「以上です、どうでしょうか」

 

「完璧よ。恐ろしい能力ね」

 

「恐れ入ります」

 

お辞儀も様になっている。注意する点もない。このまま任せても問題はなさそう、だが。

 

「まるで私の居場所を取られたみたいね」

 

「私はあくまで1日執事に過ぎません。私にも博麗神社という帰るべき場所があるように、十六夜様の居場所は紅魔館に変わりありません」

 

「そうね、では今日1日お願いするわ」

 

「お任せください」

 

門まで十六夜様をお送りした。私と言う代役がいるので紅魔館のことを忘れて羽を伸ばすようです。

 

「じゃあ」

 

「いってらっしゃいませ」

 

普段とは違う軽い服を着られ紅魔館を離れられた。お見送りも終わり私は一息つく間もなく仕事に取りかかった。

 

「美鈴さん」

 

「ひゃぁ!」

 

まずは綺麗な形のはなちょうちんを膨らませ夢から帰ってこない門番さんを起こします。お見送りの際に十六夜様から「多少痛い目に合わせても問題ないわ」とのお言葉を頂きましたが、私にはそのような解決方法は出来ません。

 

「おはようございます。警備よろしくお願いしますね」

 

「あ、話は聞いてます!今日1日よろしくお願いします」

 

私のような若輩者にも頭を下げられるのだから、仕事もサボってやろうなどと邪な考えをお持ちではないと思いたいのですが。

 

「昼寝は厳禁で、よろしくお願いします」

 

「あはは...でも紅魔館に地上から侵入してくる人はいませんからね、ウトウトしてしまうのも仕方ないんですよ」

 

「その言い方ですと、他に侵入経路があるようですね」

 

「はい、あれですよ。さすがの私もあれは無理ですね」

 

美鈴さんが指差す方向を見るとちょうど紅魔館の上空に見たことのある人物が浮いていた。

 

「あれは、霧雨様でしょうか」

 

そして敷地内に降下していった。わざわざ空から紅魔館へ、まるでこそこそと泥棒のようです。用があるのならば門で用件を伝えれば入れるはずです。

 

「あの魔法使い、ここの所よく来てるけど何してるんでしょう?」

 

「何かよからぬ事が起きそうなので様子を見てきます。警備よろしくお願いしますね」

 

「わかりました、では~」

 

「もし次居眠りしている姿を見た場合、十六夜様に報告させていただきます、そのおつもりで」

 

「...うぅ」

 

私が去ったあともう一眠りしようか、などと考えられていたかもしれませんが、どうやらこの一言で釘をさせたようです。当分はきっちりと仕事を勤めるでしょう。

さて、私は霧雨様を追わなくては。

 

館内の妖精メイドたちに霧雨様の行方を聞きつつ仕事を割り振っていく。彼女たちは簡単な仕事ならばこなしてくれるので今日1日の指示をここで全て与えておく。

それを済ませて妖精メイドの言葉通り図書館へ向かう。

僕としては初めて行くが、最早行き慣れた道のように迷うことなくたどり着いた。

背丈の何倍もある本棚が奥にずらりと並ぶ圧巻の本の世界、本来ならば静寂な空間であるはずがドアを開けた瞬間から慌ただしい声と音が響いていた。

 

「また来たのね!この前貸した本をまずは返しなさい」

 

「いや、あれはまだ読んでいる。でもあの本の中に出典でこの本の名前が書かれててな、これも読まないと中身が理解できなくて」

 

「じゃあいつ返してくれるの!まさか奪うなんて言わないでしょうね?」

 

「奪う?私は泥棒じゃないぜ。死ぬまで、借りるだけだ」

 

「死、死ぬまで?ふざけないでよ!」

 

「魔理沙、流石にこれあかんと思うで」

 

「おいおい恋、お前は私の味方してくれよ」

 

霧雨様、石川様、パチュリー様がなにやら揉め事でしょうか。どうも霧雨様とパチュリー様が対立しているように見えます。

 

「どうかなされましたか?」

 

「おぉ、遊!こんなところでなにしてるんだ?」

 

霧雨様はいつものテンションで私に話しかけてこられました。ただそれを見るパチュリー様の視線がとても痛いです。

私はひとまずお二人に事情を説明しました。面白いことになってるな、と霧雨様にからかわれましたが、石川様は黙って私を見つめていました。

 

「遊、お前能力思い出したんやってな?」

 

「はい」

 

「そか...」

 

それ以上何も言われませんでした。普段よりおとなしい様子が気掛かりではありましたが、今は私情よりも優先すべき事があります。まずはご挨拶から。

 

「お初お目にかかります。高橋遊です。訳あって1日十六夜様の代理となりました。」

 

「話は聞いてるわ、パチュリーノーレッジよ。早速だけどこの泥棒に貴方からも言って頂戴」

 

「泥棒、ですか?」

 

「ええ、うちは貸し出しやってないのに、この金髪魔法使いが無断で館外に持ち出すのよ。」

 

「おいパチュリー、私は借りるぜってちゃんと言ってるだろ」

 

「あなた私の話聞いてた?」

 

「魔理沙、そもそもここは貸し出しやっとらんのや。だから図書館内で読まんとあかんねや。それがパチュリーちゃんの決めたルールやで」

 

「そこの男の言う通りよ、ただちゃんはやめなさい」

 

石川様が正論を言われている。なんて光景でしょう、普段は言われる側なのに、正論を言うだけで面白いのは卑怯です。

 

「わざわざここに通うの面倒だろ。私だって他にやることあるのに」

 

「面倒でもルールはルールよ。そもそもその本はあなたが読んでいいものでもないわ、返しなさい」

 

「ケチだな、もういい!これは借りるぜ」

 

箒に跨がると空いている窓から逃げ出そうとスピードを上げた。これでは本当に泥棒になってしまう。

致し方ありません、手荒ですが実力行使といきましょうか。

時を止めて宙に浮き霧雨様の高さまで上がると、まずは窓を全て締め切り脱出経路を塞ぐ。そして不意打ちの一発を仕込んでおく。

 

「うぉ!」

 

霧雨様にとって突然現れた私とナイフ、しかし慌てながらも持ち前の機転のよさで回避されてしまう。

 

「おい遊、まさか私を止めるつもりか?」

 

「今の私は紅魔館の執事です。申し訳ありませんがその本返して貰いましょう」

 

「上等だぜ!来い!」

 

十六夜様から借りたナイフを手に身構える。初めての弾幕ごっこ、ですが負けられません。



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20話 遊のごとく②

手にもったナイフをばら蒔き、動きを抑制させるも霧雨様は涼しい顔ですり抜け高速の弾幕を展開する。

出してはすり抜け、すり抜けては弾幕を打つ。シンプルなせめぎ合いだが、三次元の動きが可能なため避け方は無限にあると言ってもいいでしょう。

見ているだけならごっことも言える華やかなものだが、実際やってみると頭と体をフルに使わなくては勝てそうにありません。

そんな全くの初心者の私がここまで経験者の霧雨様に食らいついていけるのは他でもなく『十六夜咲夜の力』に間違いないでしょう。

時を止める能力もそうですが基本的な身体能力などもオリジナルの私では到底及びそうにありません。空を飛び自在に弾幕を避ける、これができなければ土俵にすら立てないのです。弾幕ごっことは想像以上にハードです。

 

「やるじゃないか、遊。あのメイド長の能力もあるけど、初めてにしては上出来だな」

 

「恐縮です」

 

「じゃあ、私もギア上げていくぜ」

 

取り出したのはスペルカード、やはり避けては通れませんか。私の知る限りは超火力のレーザーのようなスペルカードがありましたが、十六夜様のように複数枚持っていてもなんら不思議ではありません。私の知らないスペルカード、それが何よりの不安要素です。

 

「挨拶代わりだ!恋符 『マスタースパーク』!」

 

向けられた魔法具から飛び出たのはあらゆるものを飲み込まんとする極太のレーザー。これならまだ避けられます。

時を止めてすぐに横へ抜ける。何度かこの時を止める能力を使用していますが、連発すると自然と息が切れてきます。少し横に逸れただけなのに、短距離を全力疾走した疲労感がします。

なるほど、こうなると持久戦は不利ですね。未知のスペルカードの存在もありますしここで決着をつけましょうか。

 

私にもスペルカードがあればここで使用するのですが、どうにも道具までは一緒に演じられないようです。そこまでいくと演じるというより変身に近いですが。

となるとこの能力を利用した不意打ちで決めるしかありません。

 

「へへ、まだ私のとっておきはあるぜ」

 

「...それは、残念ながら見ることはないでしょう」

 

ありったけのナイフをばら蒔く。これは退路を塞ぐナイフであり、相手の意識をナイフに向けさせるため。

霧雨様がナイフに意識をとられた瞬間が勝負です。時を止めて一気に距離をつめ、上空からと背後からナイフを投擲。完全なる死角からの一撃、意識外からの刺客。先程までいた位置に戻り、時を進める。

これで、決める。

時は動き出した、そこで取った霧雨様の動きは予想外のものだった。

 

「勝負を焦ったな!」

 

「な!?」

 

「顔に書いてたぜ、次で決めるってよ!」

 

なんとその場でスペルカードを取り出して掲げたのです。

 

「くらえとっておき!魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

虹の七色の弾幕が霧雨様を中心にあらゆる方向に散らばる。背後と前方と上からのナイフを相殺し、さらには通り抜けてきた弾幕がこちらにも襲い来る。かわさなくては、と頭では理解しているが最早体がついてこない。

ここまでですか、敗けを受け入れ項垂れた。

被弾音が響いた。しかし私に当たった感触はなかった。

頭を上げると霧雨様が地面に座り込んでいた。

 

「おいパチュリー、横やりなんて汚いぜ」

 

「私の本がかかってるの、何とでも言いなさい」

 

どうやらパチュリー様に助けられたようです。ひとまず地面に降りてお二人に近づく。

 

「はぁ、でも楽しかったしそこは良し。じゃあ本は借りてい...あれ?」

 

「本なら回収済みよ。ほら、手ぶらで帰りなさい」

 

「いつの間に!?おい、恋あいつどこに隠したんだよ」

 

「魔理沙が被弾して本落とした時誰かが回収してたで、ほんでどこか持っていっちゃったで」

 

「そうよ、小悪魔に回収させたわ」

 

「はぁ?弾幕ごっこは実質私の勝ちだろ?だから約束通り貸してくれよ~」

 

「そんな約束してないわよ。そもそも弾幕ごっこは勝手に始めたでしょ」

 

もっと言えば私が仕掛けた、と言うのが正解でしょう。

それにしても中々の執念ですね、全く引き下がる様子がありません。それほど読みたいのでしょうか。

 

「はぁ、したかない。今日は引き上げるか、それじゃあな」

 

「魔理沙、持ち出した本返しなさいよ」

 

「はいはい、死ぬまでだからちゃんと返すって」

 

果たしてそれは借りるというのか否か...所謂借りパク、って奴ですかね。

霧雨様は未練たらしく何度も振り返っていましたが窓から外へお出になられました。

 

「...ほな、俺も帰ろうかな」

 

「でしたら、扉までご案内します」

 

「はは、遊のその話し方なんか慣れんわ...見送りはええよ。頑張れよ、遊」

 

石川様は徒歩で図書館を後にされました。そう言えばなぜあの人はここにいたのでしょうか?霧雨様に強引に誘われて連れてこられたのでしょうかね。

まぁ、今となってはもういいでしょう。ひとまず図書館の本が持ち出されなかったので一安心です。

 

「出すぎた真似でした。お許しください。」

 

「いえ、ああでもしないと魔理沙は止められないから助かったわ。」

 

「ありがとうございます」

 

「少しお話がしたいの、来てちょうだい」

 

パチュリー様に呼ばれたので図書館の奥へ、扉の先には個室があり、部屋の椅子に座るよう促された。一礼してから腰を下ろす。

 

「飲み物です」

 

そこへピンク髪とぴょこぴょこ動く尻尾に目が行ってしまう小悪魔さんが淹れたての紅茶を置いてくださった。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、私は本の整理がありますのでごゆっくり」

 

小悪魔さんはそう言って部屋を出られた。パチュリー様が紅茶を一口飲んでから

 

「普段のあなたに戻れないかしら?」

 

「普段の私ですか」

 

「そう、一度高橋遊と話がしたいの」

 

それを希望されるなら、丁度いいタイミングです。そろそろ戻っておかないとだんだん私を忘れてしまいますから。

胸に手を当て数回深呼吸をする。平凡な普通の『僕』を思い浮かべ、先ほどまでの『私』を身体から切り離す。

 

「...おまたせしました。僕です」

 

「容姿は変わってないけど、確かに雰囲気は変わったわね」

 

興味深そうにじろじろと顔を近づけけきたパチュリーさんに眺められるので落ち着かない。先ほどまでの執事から気の抜けた平凡な男に早変わりしたのがそんなに面白いのかな。

 

「ごめんなさい、失礼だったわね」

 

「いえ、大丈夫です」

 

戸惑う僕を察して引いた。ただ目は以前キラキラと輝いている。大分興味を持たれているようだ。

 

 

「その能力でフランとレミィを救ってくれたのね」

 

 

「結果的に、そうなりました...えっとレミィ、とは」

 

「レミリアスカーレットのことよ...そして結果論とは言えどのような過程があっても、現状ハッピーエンドなら私は貴方にお礼を言わないといけないわ。ありがとうね」

 

またも頭を下げられる。もう元いた世界にいた時よりは頭を下げられている。

頭を上げてください、と言うのも苦手だ。上に立って発言してるみたいで慣れない。とことん僕は人の上に立つのが苦手らしい。

 

「謙虚なのね、レミィも興味を持つわけね」

 

「レミリアさんが、興味を?」

 

「えぇ、人間にあそこまで興味を持つレミィは初めてよ。気に入られたのね」

 

...嫌われなかっただけいいとして、興味を持たれるとは。いったい僕のどこが面白いんだろうか。やはり能力、か?そこしかないんじゃないかな。

 

「きっとレミィが貴方の運命に面白いものを感じたのでしょうね。だから私も貴方に興味が出てきたわ」

 

「運命、ですか」

 

「レミィの能力は運命を操る程度の能力よ。と言っても自由自在に相手の運命を弄り倒すのではなく、ぼんやりとした未来やこれまでの運命をある程度読み取る、そんなところよ」

 

運命、そんな形も影もない目に見えないものを読み取る。不思議な話だ。一体どんな風に見えているのか、皆目検討もつかない。ともあれ僕の運命をある程度読み取っているなら、僕がこれから先思い出すであろう失った過去をもう知っているんじゃないだろうか?

そんな都合のよい話でいいのかな?レミリアさんのことだからはぐらかされて終わる可能性もある。

 

「きっとこれから先、貴方は苦労するわよ」

 

パチュリーさんにがくすくすと笑いながら紅茶を飲み干した。もう既に色々と苦労してきたが、この先に更なる困難が待ち受けている、ともなると微苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

パチュリー様の図書館で紅茶を頂き、暫く休憩をとった後に仕事に戻りました。館内の部屋の清掃、ベットメイキング、消耗品の入れ替えなど普段の仕事をこなしていきます。

 

「あ、遊」

 

仕事が終わりお嬢様の所へ向かっていた途中、フラン様にお会いしました。

 

「こんにちは、フラン様」

 

「なんか、前の遊と違う。能力使ってるの?」

 

「少々事情がございまして...」

 

私はフラン様にこれまでの事情をお話ししました。私の話に何度も相づちをうたれた後。

 

「じゃあ今は遊が咲夜なのね」

 

「そうですね、代理となります」

 

「で、これからどうするの?」

 

「レミリア様の元に向かいます、仕事が一段落ついたのでそのご報告に」

 

「じゃあ、私もついていく」

 

フラン様はそう言いながら私の手を握られました。不意でしたので驚きましたが、嬉しそうにこちらを覗かれていましたので黙って握り返しました。

手を繋ぎ廊下を歩いている最中も、楽しげにスキップされながら、私と顔が会うとにっこりと笑みを浮かべられる。少女らしい可愛い仕草ですが、こんなフラン様を見られるようになったのはつい最近からと考えると、あれ程頭を下げられるのも、わかる気がします。

 

「遊、あれどうなの?」

 

「あれ、ですか?」

 

「ほら、変な記憶とか言ってたの」

 

「はい、今私には二つの記憶があります。それまであった記憶とは別に同じ時間に別のことをしている記憶です。それがなぜ存在しているのか、そしてなぜ血を流して闘っているのか、知りたいのです。」

 

「記憶喪失、とは違うよね...なんだろう」

 

「全くわかりません。手がかりも少ないですが、この幻想郷でなら答えが見つかると信じています」

 

「そっか、その記憶の謎を解き明かすのが遊のするべきこと、なんだね」

 

「はい」

 

「私ね、これまでずっと地下にいたからこれからはもっと色んな物や人を見ようかなって、それが私のするべきこと」

 

「幻想郷の人は優しいので、きっとすぐ仲良くなれますよ」

 

「ちょっと不安だけど、遊がそう言うなら大丈夫よね。私もがんばるから、遊も記憶の謎、頑張ってね」

 

私のやるべきこと、フラン様のやるべきこと。お互い幻想郷でやるべきことを確認しあい、目標のため励まし合いました。

 

こうして手を繋いだままお嬢様の部屋に到着。ノックして返事を聞いてから中へ。ベランダに置かれたパラソルの下の椅子に座り、地平線へ消えていく太陽を眺めていた。

 

「来たのね、遊。今日はありがとうね」

 

「恐縮です」

 

「それじゃあ代理として最後の仕事、お願いしていいかしら」

 

「はい、なんなりと」

 

「じゃあそこに正座しなさい」

 

いわれるがままにお嬢様の前で正座する。お嬢様は私が座ったのを見て立ち上がられると、横から回り込み私の視界から消えた。何をされるのだろうか、というのも十六夜咲夜の仕事にこのような態勢で行うものはなかったはず...!?

途端、肩と顎辺りを手で抑えられ、首根っこに何かが突き刺さった。鋭利なそれは二本、深く突き刺さっているが、不思議なことに痛みはあまり感じない。

そして首の中の血液が外に吸い出されている奇妙な感覚、力を奪われていく感じです。

 

「ごちそうさま」

 

突き刺さった物が抜かれ、お嬢様は満足そうに一言呟いた。

 

「今のは、もしかして」

 

「忘れたかしら、私は吸血鬼よ」

 

「そうでした。すみません、何もありません」

 

「まぁ突然吸血したのは悪かったわ。でも興味があったの、貴方の血」

 

椅子に座り直したお嬢様の口元は、赤く濡れていた。その姿は幼くとも、吸血鬼の本能をよく表されている。

 

「美味しかったわ」

 

「お姉さまだけずるい、私も」

 

今度は逆の首根っこに牙が突き刺さった。そしてまた私の血が吸い出されていく。

 

「...えへ、美味しい」

 

腕で口元を拭いながら満足そうな笑顔を浮かべているフラン様。私と励まし合ったあのときの笑顔と変わらないのに、口元の血のせいで異様な光景となっている。

 

「遊、ごちそうさま」

 

「は、はい」

 

正座した上体が左右に振れる。どうやら血を抜かれて貧血になっているようです。とりあえずゆっくりと慎重に立ち上がる。なんとか真っ直ぐ立っている、そんな状態です。

 

「...大丈夫?」

 

「は、はい...」

 

従者として、主人に気を遣わせるのは申し訳ない。気丈に振る舞おうとしたが、ぱたん、とその場で倒れた。こうして僕は人生二度目の気絶、もとい失神をまたも紅魔館ですることとなった。

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、そこは見覚えのある部屋だった。そうだ、ここで僕は前に寝ていた。

 

「起きたのね」

 

体を起こして声の方を向くとレミリアさんがいた。

 

「すみません、倒れてしまって」

 

「調子にのって2人で血を貰いすぎたわ、フランも反省してる。こちらこそ申し訳ないわね」

 

「いえ、仕事中なのにすみません」

 

「それなら問題ないわ、咲夜はもう帰ってきてるわ。夕飯も作ってくれてるし」

 

「そ、そうですか」

 

ということは代理としての僕は終わったってことか。

すると疲れがどっと押し寄せてきた。能力の疲労もあるが掃除による全身運動も今ごろきいてきた。

 

「...私の能力、知っているかしら」

 

「え、はい。運命を操る程度の能力、ですよね」

 

「あら、どこで知ったの?」

 

「パチュリーさんから聞きました」

 

「そう、じゃあ単刀直入に言うわ。貴方の運命を少し覗いたの。と言っても映像で見れる訳じゃないから具体的にはわからないけど。それとなく、貴方の未来過去の雰囲気を感じ取れたわ」

 

「ぼ、僕の過去ですか」

 

「今からその内容を教えて上げる。これは私からの礼よ。個人的興味もあったけど、普段あんまり人の運命は覗かないって決めてるの。」

 

「どうしてですか?」

 

「...知って、私はどうすればいいのかしら?未来を伝えて変えることも出来るけど、それが正解かしら?本来の運命をねじ曲げて進んだ未来が必ずしもより良い道になるとは限らないじゃない。私は運命に触れる。だけどそれが+になるか-になるかなんてわからない。運命なんてそんなものよ、気まぐれで変わり者、だから面白いじゃない」

 

気まぐれで変わり者か。そうだ、僕の運命も紅魔館のあの日から大きく動き始めた。これまで予測できなかった運命が既に始まっている。だから、レミリアさんの覗いた過去を聞いても、この記憶の謎の答えは僕の予想を越えた先に繋がるのだろう。

意を決して、僕は過去を尋ねた。

 

「それで、僕の過去は」

 

「...貴方は、何と闘ってたの?見たところどこかの森らしき場所で1人と数人が対峙していたわ」

 

「その記憶は、僕にもあります。と言ってもぼんやりとしていて、殆ど中身がありませんが」

 

「...1人は言ったわ、化け物ってね」

 

「化け物?」

 

「でも、そこにいたのは五人、全員人間よ」

 

なんだ、化け物?五人?森らしき場所?

ぼんやりしていたもうひとつの記憶がだんだんと形作られていく。あぁ、確かに森らしき場所だ、そして人がいる。化け物はいない。

 

「男3人、女2人、確かそんなとこね」

 

男3人で、女が2人。森らしき場所に人が配置されていく。それで、僕はそのなかにいた、ってことか。

ずきん、突如頭に痛みが走る。

あぁ、頭が痛い。割れるように痛い。思わず頭を抱えて座り込む。

 

「遊!」

 

「すいません、また頭痛が」

 

「...これ以上はやめましょう、一度落ち着いてから」

 

「そ、そうです、ね。ありがとうございます」

 

「いいから横になりなさい、ほら」

 

「はい」

 

なにか掴めそうなのに、この頭痛に邪魔される。どうして過去を知ろうとすると頭痛がするんだ。

悔しい、だが今は割れるような頭痛で愚痴の1つも言えなかった。

頭痛が収まってくると疲れからか夢の世界に入ってしまった。寝るつもりはなかったが、ベットに入ってしまったので身体が睡眠を求めた。今日中に帰る予定だったが。こうして紅魔館でまた一夜を過ごしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「遊」

 

すぅすぅと寝息を立てる彼の顔を覗き込む。さきほどまで苦痛の表情だったが、今は穏やかな寝顔だ。ひとまず、今は心配しなくてよさそうだ。

 

「...誰!」

 

レミリアは僅かな気配を読み取った。振り向くとそこには部屋の隅に立つ金髪の男が立っていた。そしてその金髪男には見覚えがあった。

 

「貴方、遊の知り合いの」

 

「石川恋でーす、よろしく」

 

手を振ってフレンドリーな挨拶してくるが、私は一切気を緩めない。この男、門番は知らず咲夜やフラン、パチュリー、更に私に一切気配を気づかれずにここまで侵入してきた。気配を消すことに関しては人間の領域を越えている。

 

「用は何かしら」

 

「レミリアさん、それ以上は遊に言わないでね」

 

「どういうことよ」

 

「そのまんまの意味。貴方の見たものは胸にしまっといてねってこと」

 

「...この過去は何を意味するの?答えなさい石川恋、貴方はあそこにいた5人の中の1人なのでしょ?」

 

「それだよ、それを黙っていてほしいの」

 

「...貴方、何者なの」

 

「ごめんねー、言えないや」

 

「貴方は遊の敵なの?味方なの?」

 

「敵じゃないよ、俺は遊の親友だし」

 

へらへらした態度、だが感じる。あちらも一切気を許していない。何かあれば、すぐさま行動に移せる態勢を崩さない。

 

「俺も望んでないよレミリアさん。お互い損するだけだし手を出すのはやめよーね」

 

「...そうね」

 

「色々とさあると思うよ。でも俺も結構苦しい立場にあるんよ、だからここはだまーって、胸のうちに閉まって置いてくれると助かるなー」

 

「もう一度確認するわ。遊の敵じゃないのね」

 

「それは嘘じゃないよ、親友として大事にしているのは本当だよ。このままレミリアさんが黙っていてくれたらなにも起こらない平和なまま」

 

「わかったわ、黙っておく」

 

今は遊の敵じゃない。黙っていれば敵にならない。何が目的か聞き出したいけど、それで遊に、私の従者や親友や妹に危険が及ぶならこらえるしかない。

 

「さっすがー、ありがとうね。お礼に俺の血でも吸う?」

 

「いらないわ。貴方の血、穢れてるもの。吸血鬼は人の血しか吸わないわ」

 

「穢れてるか、結構グサッときたよ。でも事実だし仕方ないね」

 

腐った血の匂い、彼からはその匂いがする。こう言った匂いのするやつは大抵人の道を踏み外した輩か、人外だ。こいつの場合どっちでもありえる。

 

「じゃあ俺は帰ります。遊によろしく」

 

「最後に答えて、貴方は遊をどうしたいの?」

 

「...このまま無知でいて欲しい、今のままを維持したい。ただ俺の願い虚しく真実へと進んでいってますけど」

 

「やはり、貴方は遊に過去を知って欲しくないってことなのね」

 

「それが多分正解なんですけど、現実そうはならない。なら、少しずつ真実を解き明かして貰うことにしたんすよ。こいつの頭痛のこともありますからね。今回レミリアさんにお口チャックして貰ったのは今の遊にはまだ刺激の強い部分だったので」

 

「じゃあいずれ、この事も話すのかしら」

 

「話す、というかまぁどこかで知るでしょうね。その時は腹くくって遊に話しますわ」

 

石川恋、謎の男だが1つ言えることがある。奇妙だがこの男は遊の味方だ。いや、遊のために1人ここまで行動している。私たちの誰よりも遊を理解している、理解しての行動である。

この男自体は信用できないが、私はこの男が信じている遊を信頼している。遊のために動いているなら、これ以上私が口を挟むのも野暮だ。

 

「石川恋、私は貴方を完全に信用したわけじゃないけど、もし遊の身に何かあれば私を頼りなさい」

 

「スカーレットデビル様のお力添えを頂けるとは嬉しい限りです。...ほなほな、俺はこれで失礼」

 

手を振りながらベランダから飛び降りた。やはり、人の道を外れた輩、化け物ね。

最後の最後まで奴のペースだった。石川恋、奴と話しているとどこか疲れる。

いや、それ以上に心を抉られたのは奴の運命。会話中少しだけ覗かせてもらった。中身は赤と黒、いや無だ。

奴のこれまで歩んできた人生は私にとっては赤子がやっと立ち上がったに過ぎない年数だ。ただその短い数十年で奴の人生は狂って歪んでしまった。

赤、黒、色しかない人生。中身のない無。

淡々と人を拷問し、殺す機械。

私は見るのをやめてしまった。とてもじゃないが直視できなかった。私達吸血鬼は生きるために血を吸う、いたぶり、悲鳴を聞くために人の命をもらうことはない。吸血鬼に少し残っていた良心という奴か。

そんな男が笑顔で会話していた事実。そしてそんな血まみれの男が遊を守るために行動している真実。

 

とんとん、考え事に耽っていると戸を叩く音がした。

 

「お嬢様、夕食ができました」

 

「わかったわ」

 

...まだわからないことが多い。だけど真実に向かう遊を私は支えて上げたい。私が見たあの過去が真実なら、遊はなぜあの位置にいたのか、他の人間は何者なの?

謎は深まる、しかし私は待つしかない。

これからさきの遊の運命は、果たしてどう動くのか。



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21話 団子屋の娘

人間の里の中心部から少し外れた住宅街の一角。賑わいを見せる商店街とは対照的に閑散としている。

 

「暇」

 

店内から見える相変わらず人通りの少ない表の道をぼーっと眺めながら女は呟いた。

 

「桜ちゃん、座ってていいよ」

 

店の奥からひょろりとした細身の男が顔を出して言った。

 

「わかった、店長」

 

手前の客席に腰を下ろし何することもなく店の外を眺める。時が流れるのを待つだけ、なんとも平和だ。お陰で欠伸が止まらない。

また1つ欠伸、誰にも咎められることなく大きな欠伸ができるのは幸せなことだ。私の人生でこれまでなにもしなかった時間はなかった、だから暇潰しなることを私は知らない。

なんだろう、雲の形でも当てるとかかな?

少し身を乗り出し、空を眺めてみる。こうしてみると幻想郷の空も外の空もなにも変わらない。流れていく雲、太陽、夜になれば星が光り、月が顔を出す。

月...ね。いつまでたっても忘れられない、いつの日か偶然会えるのかな。私はその日を待ち続ける。私の何よりも大事な人。

あぁ、会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい。

 

「あの」

 

突如声をかけられた。驚いて声の方を見ると、黒髪の何の面白味もない顔立ちの男がいた。その後ろには紅白の巫女。

 

「こんにちは、お店やってますか?」

 

「...えぇ、席は自由に」

 

席から立ち上がり一旦店の奥へ、中は小さな厨房で店長がせっせと器具の手入れをしていた。

 

「2人、来店」

 

「了解、それじゃあよろしく」

 

壁にかけられたお品書きを手に2人のもとに戻る。

 

「霧雨がおすすめしてくれた団子屋だし、美味しいよきっと」

 

「それにしてもレミリアも結構な額くれるじゃない。遊、機会があればまた行きなさいよ」

 

「あはは、呼ばれたらね」

 

向かい合って座り、楽しげに会話する2人の手元にお品書きをそっと置く。すると2人は変な声を上げて身を後ろに引いた。

 

「ビックリした。影薄いのね貴方」

 

「失礼だよ博麗...」

 

私はもう慣れた。何を言われようと私は私。ここではそうして生きていくって決めたから。

 

「お品書き」

 

「へぇ、どれどれ」

 

紅白の巫女が早速手に取り眺める。

この子が博麗霊夢、幻想郷の巫女。なんというか思っていたよりも普通ね。あらゆる物事に縛られない『空を飛ぶ程度の能力』、と聞いていたから破天荒な子かと思っていたが年頃の女の子って感じ。

 

「私スペシャル三色」

 

「は、博麗、それ一番高いやつ」

 

「いいじゃない、遊も頼めば」

 

「...そうだね、じゃあ僕も」

 

通常の三色団子二本セット3つ分の良いお値段する団子を注文。どうやら懐はホクホクのようだ。お品書きを回収して店の奥へと注文を伝える。店長は久しぶりのスペシャル三色に気合いが入ったようで張り切っている。

確かにいつ以来だ、こんな高い団子注文入ったのは。

店長が気合いをいれて団子を作っている最中、店の奥から2人の様子を観察する。いえ、私にとって気になるのはあいつだけ。

 

「それで体は大丈夫なの」

 

「もう大丈夫だよ。なんてことない」

 

「血を吸われたり頭が痛くなったり大変ね」

 

「そうだ、頭が痛くなったその事なんだけど、昨日レミリアさんの能力で少し過去のことがわかったんだ」

 

「で、どうだったの?」

 

「どうやら闘っている場面は1対数人で、男3人女2人がいたらしく、それで1人が化け物って誰かに言ったらしい」

 

「男3人のうちの1人が遊ってことなのね」

 

「そうらしい。それ以上はわからないって」

 

...真実、それがいつの日も正しいとは限らない。特にあいつは、あいつだけには知られてはいけない。着実に5年前のあの日々に近づいていくのを、私が指を咥えて見ているだけなんて思わないで欲しい。

やはりあの金髪は間違っている。あの日の選択は違ったのだ。こうなるなら、私がやっておくべきだった。

意思を引き継ぐのは私、私が全て終わらせる。

5年前の闘いにケリをつける。

 

「桜ちゃん、団子出来たよ」

 

「はい」

 

出来たての団子をお盆に乗せ、2人のもとに運ぶ。2人は私の運んできた団子を目を輝かせながら見ている。

 

「美味しそうじゃない!」

 

紅白の巫女は自分の前に置かれた団子に早速かじりついた。感嘆の声を漏らしながら美味しそうに頬張っている。対してあいつも美味しい美味しいと耄碌老人のうわ言のように繰り返しくそ聞きなれた間抜けな声で呟いている。

 

「あの、何か」

 

「いえ、何も」

 

あぁくそむかつく。全身の水分という水分が外に出てカラカラになって死ねば良いのに。

 

「あの、怖いです」

 

「いえ、何も」

 

なーにが怖いじゃお前の方がよっぽど怖いぞ化け物。

 

「ちょっと、何遊のことジロジロみてるのよ。食べづらいじゃないの」

 

「失礼しました。消えます」

 

怒られたので退散。団子を頬張る2人から離れ店の奥へと消える。

 

「桜ちゃん、睨んじゃダメだよ」

 

「睨んでないです、すみません」

 

一部始終を耳にしていた店長に注意されたが、適当に聞き流し厨房の端の椅子に座り時が流れるのを待つ。

今日の夜にでも、機会があればあいつを殺す。やはり、殺すしかない。全てを今夜終わらせる。

 

2人が店を去った後また暇な時間が始まった。

店長は材料の買い出しで店を離れたので、店を一時閉めて休憩を取ることとなった。ただ休憩って言っても、今の今まで忙しくなかったからなにも変わらないけど。

 

「暇」

 

「暇やな」

 

突然私の横から声がした。聞きなれた男の声。

 

「なによ」

 

「来たあかんのか?」

 

「今店閉めてる、帰れ」

 

「今日は団子食いにきたわけちゃう。夜俺に付き合って欲しい」

 

「夜は無理、用事」

 

「お前の用事ってなんやねん...まさかな」

 

「わかったら帰れ」

 

シッシッ、と手で追い払うも店から立ち去る気配はない。面倒な金髪野郎、そのメッキ金髪全部引っこ抜くぞ。

 

「お前、殺すつもりやないやろな」

 

「そうだと言ったら?」

 

「待てよ、まだ手を出すなって言ってるやろ」

 

「あいつは真実へと進み始めている。今ここで殺さないと...わかってるよね?」

 

「わかってるわ!でもな、5年の月日が経てば、変化もあるやろ!お前は今のあいつをちゃんと見たか?あの時の選択は間違ってなかったって俺は言える!」

 

「じゃあ万が一、あんたの信じる友情によって幻想郷が滅びたらどう責任取るのよ」

 

「...させへん。絶対にな」

 

何の根拠があってそんな大それたことが言えるの?

こいつは微温湯にちゃぷちゃぷ浸かって心まで温くなってしまったみたい。こうなったら私しか意思を継ぐ者はいない。

 

「なぁ、頼む。まだ止めてくれ。俺はまだ信じたいんよ...俺も覚悟決めてる、もし万が一があるならその時は、一緒に殺そうや」

 

「腕に関しては疑ってない、問題は心。あんた、辞めてから何年経つの?本当に殺せるの」

 

「任せてくれや、俺はいつでもあの頃に戻れる。この能力でな」

 

あぁ、そうだった。こいつの能力はそんなのだった。

私とこいつ、2人なら戦力としては問題はないだろう。完全に戻る前ならいける。ただ今のまま闘ってもこいつが戦力にならないようじゃどうしようもない。

私1人で強引に行っても、この金髪に邪魔されそうだ。

仕方ない、もう少し時間を与えるか。私だって本音を言えばこんなことしたくない。でもしなくちゃいけない、これは義務だ。残された私のやるべきこと。

 

「はぁ、はいはいわかりました。それで、夜の件は?」

 

「人間の里外れの森の妖怪どもの動きが最近妙に活発になっているんやて。積極的に人間に絡んでいるようで里の人間たちは困っているってな」

 

「まさか、それを私たちでやるっての?」

 

「そ、幻想郷のため、や」

 

「...幻想郷のため、ね。はいはい了解」

 

「夜、人里の離れにある小屋に集まるか。頼むで、宮本桜」

 

「なによフルネームなんて気持ち悪い」

 

「それとお前キャラぶれぶれやないか」

 

「うっさい、お前も一緒でしょ」

 

「ぬはは、それもそうやな。お互いキャラ変わったな」

 

こいつとの会話、高校の時と変わらない。私達はあの日から運命が大きく変わったと言うのに、会話の内容はいつも通り。

いえ、運命が変わっても私達はなにも変わっていなかった、のかもしれない。変わったと思い込んでいた、のかもね。

 

 

 

 

時計の針がくるくると周り時は草木も眠る丑三つ時。

人里から離れると灯りは殆どない自然な夜の世界、月と星のか弱い光だけが静かに幻想郷の闇を照らす。

 

「はぁ、なんで夜に連れてくるのよ。紫」

 

腰に付けたランプの灯りに照らされた八雲紫の背中にぼやき続けるのは紅白の巫女。今にも閉じそうな眼を擦りながら大きな欠伸を1つ。

 

「仕方ないじゃない、夜にしか出ないし。私だって眠いのよ」

 

八雲紫も巫女に負けじと大きな欠伸を1つ。深い黒に染まった木々に囲まれ、不気味な人ならざる鳴き声が木霊する山の中と言うのに、2人は普段通りの状態。

しかし油断している訳ではない。ランプの灯りの範囲外の気配は常に察知し、いつどこから飛びかかって来られてもよいように準備している。

 

「それで、暴れてる妖怪って何よ。そもそもここに妖怪なんていたの?」

 

「少数いたわ。だけど最近何故か数が増えて、それが原因で妖怪間の争いや小競り合いが起こったかもしれないわね」

 

「なんでわざわざこんな小さな森に越してくるの...」

 

「意外と住み心地がいいのかしらね」

 

ぐるるる...ぎじゅぅぅ...2人の会話の間にも聞こえてくる不気味な鳴き声。木の上に、茂みの中に潜んでこちらを伺っている。滲み出る強い妖気を感じながらもう少し奥へと進む。

山道を進むと少し開いた場所に出た。円状に広がった場所で崩れた小屋らしき建物が1つあるだけだった。

 

「こんな所に人が住んでたの?」

 

「妖怪の数が増えたのはここ最近突然だから、慌てて逃げ出した...ってとこかしら」

 

「にしては荒れすぎね。と言うよりも壊されたってのがピンと来るわ」

 

「逃げる前に襲われた可能性もあるわね」

 

小屋の状態は酷く屋根はなく、壁も壊され四角く囲う柵のような状態である。2人はそっと小屋の中を外から覗いた。

そして、言葉を失った。

錆びた鉄の匂いが狭い小屋から溢れ漏れだしていた。鼻に入った瞬間に顔が歪み、喉の奥から強い嫌悪感が咳として出る。そして、腹部を切り裂かれ腸がずるずると床に垂れ下がっている人ならざる妖怪の死体が横たわっていた。

1つではない。3つ、乱雑に置かれていた。

 

「霊夢、目を閉じなさい」

 

「見たくないわよ!こんなの」

 

霊夢は直ぐに凄惨な現場から目を背け少し距離を取った。八雲紫にとってこのような現場は初めてではないが、何度見ても慣れるものでもなかった。

 

「帰りなさい霊夢、これは私が引き受ける」

 

「...わかったわ」

 

異変とは違う。殺しあい、命の削り合い。これに今の博麗の巫女を巻き込みたくなかった。

なによりこれは妖怪間のいざこざ。妖怪の賢者である自分が解決しなければならないという使命感、義務感を感じたのだろう。

霊夢が来た道を引き返したのを確認すると死体を更に観察する。どれも腹部と首にも切り裂かれた跡がある。鋭利なものでばっさり。爪や角を持っている奴にやられたとざっくり見て取れた。

 

いえ、それにしては妙ね。紫は違和感を覚えた。

と言うのもこの場所で死んでいるのが不思議だった。

付近を見渡したが血はここだけに溜まっている、死んだのはここで間違いないが、妖怪同士のいざこざならこんな狭い場所でやるはずもない。

考えられるなら、弱らせてからここで殺した、となる。

 

コイツらが、ね。見たところ人とコミュニケーションの取れない獣に近い妖怪の類い、果たしてそんな計画的な殺害はできるのかしら。

 

「誰?」

 

ふと気配がした。それは妖気ではない別の力、何かおぞましいものを感じ取った。

しかし返事はない。僅かに吹く風が葉を揺らす微かな音しか聞こえない。

 

何かが、幻想郷で始まっている。私の幻想郷で、見えない何かが蠢いている、そんな気がする。

これがその始まりなら、私は止めなくてはならない。

 

「出てきなさい」

 

叫ぶも虚しく闇の中に消える。見えない奴は何処かに潜んでいる。気配は感じられないが、確かにいる。

 

「聞きなさい。もし幻想郷を混乱に陥れようと考えているのなら私、八雲紫が相手になるわ!」

 

敵、幻想郷に仇なす者。私の愛するこの地を汚す者は誰とて許さない。

見えない敵への宣戦布告。相変わらず反応はないがここにいれば届いたはず。

スキマを開き中へと入る。この幻想郷を端から端まで飛び回り敵を見つける、絶対に探し出してみせる。

並々ならぬ覚悟を持って現場から姿を消した。

 

 

 

 

 

「あれが八雲紫やで」

 

「流石、妖怪の賢者ってとこかしら」

 

木に持たれた黒ローブの2人組がひそひそと会話を続ける。

 

「幻想郷への愛は本物やな」

 

「そうね、そこは彼も認めていたじゃない」

 

「せやったな」

 

片方の黒ローブが自分の右腕を捲る。二の腕辺りに、赤い三日月に棒が刺さった模様が彫られていた。

その模様を愛おしそうに撫でながら

 

「会いたいよ...朧」



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22話 取材中!

幻想郷の朝にも慣れた。

何かに追われるように起きていた憂鬱な朝も、ここでは毎日が休日の朝だ。

 

「今日のご飯はー?」

 

「まだ昼にもなってないよ」

 

博麗とゆるいやり取りをしながら境内の掃除を済ませる。最近色づいた葉が多いな、夏が終わり秋に入ったんだなと落ち葉で四季の移り変わりを感じるこの頃であった。

 

「どうもー」

 

昼が過ぎたあたり、掃除も一段落した頃に聞き慣れない元気な声が神社に響いた。顔を出すと見慣れた顔と初めて見る顔が並んでいた。

一つは金髪男、僕の知っているこんな派手な男は一人しかいない。それと初めて見る黒髪の白シャツスカートの女性は背中から黒い翼を生やし、頭に山伏なんかもつけている梵天?だったかをのせている。

一目で人には見えない彼女はぺこりと頭を下げて挨拶した。

 

「恋、そちらの方は?」

 

「いや俺もここに来る途中でばったり空で会ったんや。どうも俺と遊に用があるみたいや」

 

「自己紹介させて頂きますね!私射命丸文、新聞記者やってます!」

 

またもぺこりと一礼。こちらも名乗ろうとしたが

 

「高橋さんのことは存じ上げております!ネタになりそう...いえ面白い外来人が博麗神社にいると噂は立っておりますので」

 

「ねぇねぇ文、俺のことも知っとる?」

 

「はい、なんでも屋をやる金髪男は里じゃそこそこ有名ですから」

 

「もう世間様にバレちまったか、人気者は辛いわぁ」

 

馬鹿言ってる恋は置いといて話を進める。

 

「それで、ご用とは?」

 

「はい、私この度お二人のこと取材させていただこうと思い参った次第です!」

 

「しゅ、取材、ですか」

 

「お二人のことを私の新聞に掲載したいと思いまして」

 

「俺はいいけど、遊はどないするん?」

 

恋はあっさりと承諾した。まぁ好きそうだし、自分のこと話すの。僕は、どうなんだろう。人に話せるほど面白いエピソードも武勇伝もないし、取材しても何も出てこないと思うが。

 

「取材は大丈夫なんですが、面白いエピソードとかはあまりないですよ」

 

「安心してください。これでも私結構長いこと記者やってるので、いかに面白く書くかは心得てますよ」

 

「だって遊、お前が用水路の溝に落っこちた話も安心してできるな」

 

「おいそれは言うなよ。...あの、それは恥ずかしいので聞かなかったことに...」

 

「面白そうですね、それも含めてお話聞かせてください」

 

恋、これで溝に落ちた話が新聞にのったら暫く恨むからな。へらへらした顔をキッと睨むとピースを返された。言い直そう、未来永劫恨む。

 

 

 

「それで、何故博麗の巫女と魔法使いがここにいるのでしょう」

 

「ここ私の神社だし。ここで取材するなら巫女の私が立会うのはおかしい話じゃないでしょう?」

 

「やや腑に落ちませんがまぁ巫女は良いとします...魔法使いさんは関係ないですよね?」

 

「まーまー、私も二人のこと聞きたいし。私のことは無いものとして進めてくれ」

 

神社内の居間の小さな机を5人が囲んでいる。

いつの間にか中にいた博麗と霧雨に事情を説明すると面白がって居間までついてきたのだ。

 

「あ、これ取材料としてお納め下さい」

 

射命丸さんが何かを思い出し包まれた箱を机の上に置いた。博麗が飛びついて包を破ると中には馴染みのある団子が詰められていた。

 

「お二人がよく寄られる団子屋と耳にしましたので、どうぞお召し上がりください」

 

新聞記者、恐るべし。僕らのプライベートもある程度リサーチ済みということか。

 

「ほないただきま...ちょちょ霊夢に魔理沙、なんで2人が最初に食べるん?」

 

「すまん、腹が減ってた」

 

「場所貸してるんだし、いいじゃない」

 

「あはは、じゃあみんなで1本ずつにしようか」

 

4本あった団子を4人で分けたところて取材が始まった。何処からともなく手帳を取出しペンを握っている。

 

「では始めさせていただきます。遊さん、好きな食べ物は何でしょうか?」

 

無難な質問だ。これは僕も無難に答えたほうがいいかな。

 

「は、ハンバーガーです」

 

「遊、ハンバーガーって何?」

 

博麗がキョトンとした顔で僕に尋ねる。幻想郷にハンバーガー、ないんだ。

 

「えっと、バンズ、違うパンに肉や野菜を挟んだ料理のこと」 

 

「サンドイッチと何が違うんだそれ?」

 

今度は霧雨に尋ねられる。

 

「パンが分厚いというか、焼かれているというか、パンそのものに味がついているというか、牛肉が使われているかないか...兎も角サンドイッチとは別物なんだ」

 

「ちょっとお二人、これは私の取材の場というのをお忘れなく」

 

「いやさ、聞いたことない食べ物だったつい、な?」

 

霧雨は博麗と顔を見合わせ苦笑いした。

 

「正直私も興味ないわけじゃありませんが、あくまで今は遊さんと恋さんの取材ですので...それで、恋さんの好きな食べ物は?」

 

そういやこいつの好きな食べ物ってなんだろう。高校時代何度か一緒にご飯食べたが和洋中なんでも食べたな、肉も野菜も魚も美味い美味いって食べてたし。少なくとも嫌いなものはないんじゃないか。

 

「俺はうどんだ」

 

うどん...予想外だ。思い当たる節はカツ丼を頼んだときにつけていたミニうどんしかない。

 

「意外ですね、がっつりな料理が好みかと思いました」

 

「ま、でも俺嫌いな食べ物はないで。出されたものは何でも食べるで」

 

そうして射命丸さんの一問一答に答えつつ、時折博麗や霧雨が横から口を出しつつ、そんな取材の場になった。

好きな色や好きな場所、特技、こいつとは高校時代一番付き合いが長いが、意外な返事が次から次に出てくるもので、案外知らなかったんだなと染み染み感じた。一問一答もある程度出尽くした頃、とある質問がされた。

 

「恋さんは遊さんのこと、どう思ってますか?」

 

恋は眉を潜め顎に手をやり唸った。そんなに悩むことなのか?皆が恋の顔を見て答えを待っていた。

 

「...唯一無二の親友」

 

「恥ずかしいからやめてくれ」

 

ポツリと漏らしたその言葉に思わず突っ込んだ。

恋は笑いながらも僕の方を向き

 

「じゃあお前は俺のことどう思ってるん?」

 

「...まぁ、一番中の良い友人とは思ってる」

 

なんで改めて面と向かって言う必要があるのか。すごい恥ずかしい。

 

「仲良しね」

 

「おいおい遊そんな変な顔するなって」

 

霧雨にからかわれて、博麗には笑われた。はぁ、こっち見ないで、もうやめてくれ。

 

「遊さん、まだ取材続けますよ!」

 

博麗神社の午後の居間がいつも以上に騒がしくて、楽しくて、心地よかった。空がオレンジ色に染まるまで、取材は止まらなかった。

 

 

「本日は貴重な時間を割いて頂きありがとうございました!」

 

射命丸さんはもう見慣れたお辞儀をして、空に消えていった。比喩表現でなく、本当に消えるような速さだった。あとから博麗に聞いたのだが彼女は天狗だったらしい。

 

「それじゃ遊、今日の夕飯は?」

 

「ごめん、買い物しなきゃ」

 

「だったら私もついていくぜ」

 

「ほな俺待ってるわ」

 

射命丸さんが去ったあといつもの4人でいつもの流れで夕飯を囲むことになった。取材ですっかり頭から抜け落ちていたが、今日買い物の日だったので、今から里に向かわないといけない。

急いで僕が買い物かごを持って出てくると霧雨が付いていくと言ってきた。

 

「普通の買物だけど」

 

「たまにはいいじゃないか」

 

一人で行くよりは楽しいし、いいかな。博麗の力を借りて空に浮かぶと霧雨も箒に跨がり僕の後を追ってきた。

 

 

 

 

 

「あー夕飯楽しみやなー」

 

買い出しに向かう二人を見送る巫女と金髪。

完全に見えなくなった頃、巫女は金髪の方を向いた。

 

「恋、居間に来て」

 

「どしたん、告白?」

 

「話がしたいの」

 

取材中とは違う、力の入った表情と真剣な眼差し。

恋も茶化すのをやめて何も言わずに居間に入っていった。

 

 



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23話 恋

「あなたは、遊の能力を知らなかったの?」

 

「せや」

 

お茶を啜りながら恋は答えた。いつもなら余計な一言二言をつけているかもしれないが、今は空気を読んでそれ以上何も言わない。

 

「遊の過去について、何か知ってるの?」

 

「すまんな、高校の3年間しか知らん。でもその間は何もなかったで。俺の見えてた範囲やけど」

 

「見えてた範囲?」

 

「親友とはいえ四六時中おはようからおやすみまで一緒におるわけやないってこと」

 

「そう、よね。あなたの見えない所で、遊は何かしていたってこともあり得るし」

 

嫌に落ち着いている。いつも笑顔でヘラヘラしている恋がまるで別人だ。背筋も伸びて、正座して、なんだか気味が悪い。

 

「なぁ霊夢、その遊の過去ってなんなんや、ちょっと聞かせてや」

 

「...聞いた話だけど、数人と闘ってる記憶だって。誰とかはわからないけど、確かなことは遊は血が出るほど戦ってたってこと」

 

「...そうか」

 

彼の顔に驚きも何も無い。淡々と私の話を受け止めている。だけどその目だけは少し哀しそうだった。

 

「あなたは、協力してあげないの?親友が苦しんでるって言うのに」

 

「...俺に何もできん。だからこうしてなるべく顔を合わせていつも通りバカやってる。俺ができるのは『日常』を守り続けるくらいや」

 

「日常...」

 

「遊の記憶に何があるかは知らん。けど記憶を取り戻していけば少なからず遊自身は記憶の変化に混乱する。だからいつもの変わらぬ日常だけは、変わっちゃだめなんや。あいつがどうにかなりそうな時、俺たちがしっかり支えてやらんと」

 

「あなた...偶にはいいこと言うわね」

 

「あのね霊夢、俺だって常ふざけてる訳じゃないから」

 

ふふ、と吹き出してしまった。彼の困ったようなツッコミはついつい笑ってしまう。

...さて、恋の言ってることは本当でしょう。遊のために日常を守り続けたいのは本心だ。でも、違和感がある。博麗の巫女の勘なのか、恋の話がどこか嘘くさかった。

 

「何か、隠してる?」

 

「隠す?」

 

「これは博麗の巫女の勘だけど、皆に黙っていることはない?」

 

「ないで」

 

恋はスパッと言い切った。その目は泳いでおらず、表情も特段変化はない。嘘を付いたときに現れる動作らしきものも見当たらなかった。

 

「そう...ごめんなさいね、変な質問して」

 

「気にせんでええよ。疑り深いのはええことよ」

 

湯呑を傾け一気にお茶を飲み干した恋は、突然立ち上がり体を伸ばす。

 

「ほな霊夢、みんなによろしく」

 

「あれ、食べていかないの?」

 

「すまん用事を思い出したんや!堪忍!」

 

居間を出ようとした矢先、恋の進路を阻むように『スキマ』が出現し、そこから妖怪が姿を現した。飄々として掴みどころのないその妖怪は人の家にまるで我が家のように入ってきた。

 

「こんにちは、お二人」

 

「何しに来たの、スキマ妖怪」

 

私の問いに微笑みを返すだけで答えない。

 

「こんにちは、はじめまして、私は八雲紫よ」

 

「...名前は聞いてました。石川恋です。よろしゅう頼みます」

 

私の時とは違う強張った表情と抑揚の少ないおとなしい声で紫に対応した。

 

「私も遊のこと興味あるの、聞いていいかしら?」

 

「用事があるんで急いでますが、少しなら」

 

「...このマーク、知らないかしら?」

 

紫が取り出したのはあの三日月に棒が突き刺さった謎のマークが書かれた紙。恋はそれを見て表情一つ変えず

 

「知りませんね」

 

「...本当にそうかしら?」

 

紫から圧を感じる。幻想郷の大妖怪としての圧倒的な力が空気を震わせる。恋も感じているようで目を細めて見ている。

 

「遊が幻想郷に来た時期とほぼ同じく、貴方はやってきた。それも()()

 

恋は何も言わず黙ったまま紫を見る。

 

「何者なの、貴方!」

 

詰め寄る紫にたじろぐことなく、見ていた恋は沈黙の中突然息を吐きながら天を仰いだ。

 

「...わかりました、言いますよ。俺の正体」

 

「聞かせてちょうだい」

 

「俺は...幻想郷を守るヒ・ミ・ツ組織の一員なんすよねー」

 

「...え」

 

重苦しい雰囲気で彼の口から出たのは子供の話す内容だった。呆気に取られる私達を置いていつもの口調で飄々と語りだした。

 

「幻想郷の影に潜む悪人を見つけては倒す!ってだけなんやけど、これが中々大変なんや!あ、そのマークは俺たち秘密組織のマークや!」

 

「ちょ、ちょっと恋、何言ってるのアンタ!」

 

「そんな怒るなて霊夢、もちろん嘘やで」

 

けたけたと笑う彼を睨みつけるとピースしてきた。あーすごい腹立つ、殴りたい。

 

「いやーあんな重苦しい雰囲気俺無理やわ!冗談の一個許してや!俺はホンマに何も知らんよ!ほなほな!」 

 

「こら、ちょっと!?」

 

あははー、と耳に残る笑い声を残して彼は飛び出していった。

居間に起こった小さな嵐が過ぎ去ると、一瞬にして静寂に包まれた。私はため息をついて紫の顔を見た。

 

「ああ言う男よ」

 

「...霊夢、あの男の気を感じたかしら?」

 

「気?」

 

気とは...私もざっくりとしかわからない。けど、妖怪には妖気、魔法使いには魔力とか、そんな感じで力の種類があるらしい。もちろん大きければ大きいほど強い。普通の人間にもあるけど、感じ取れるか取れないか微妙な強さらしい。

 

「妖気」

 

「え?」

 

「妖気を感じたの。やはりあの男、普通じゃないわね」

 

「え、じゃあ恋は妖怪ってこと!?」

 

「僅かながらに感じ取れた。でも奥底にはかなりの力を隠してるようね。あれ程の力を微塵も感じさせずに一般人のフリをするのは、相当の手練よ」

 

紫が手練というんだ。実力的にはそんじゃそこらの妖怪程度じゃないってことか。あのお調子者のどこにそんな秘めた力があるというのか、疑問ではあるけど。

 

「彼は引き続き監視しなくてはいけないわね...それじゃあね、霊夢」

 

まだ話したいことがあったのに手を振ってスキマ妖怪は消えていった。数分前までごちゃごちゃしていた神社は私一人の空間になった。

神社に一人、前までは普通だったのに今じゃ寂しさを感じる。神社に私以外に誰かいるってのが、ある日から当たり前になっていたのね。

 

「はーくーれーいーれいむー」

 

不意に間抜けな声をかけられたので振り向くと男が居間で座布団に座っていた。優しく笑う彼は、私が来るのを待っていた。

 

「...アンタ」

 

「こっちきてや」

 

私は慎重に居間に足を運び、机を挟んで向かい側の座布団に腰を下ろした。不敵に笑う彼の笑顔が、読めない。

 

「何か用なの?」

 

「なはは、そんな怖い顔しんといてーや」

 

「ふざけないで!どういうことか説明して」

 

「...博麗霊夢、お前になら少し、教えてやってもいい」

 

恋の表情が一変した。仮面を取ったように突然表情が死に、冷たくなった。口調も突き放すような鋭さで、私はたじろいだ。

 

「『空を飛ぶ程度の能力』には俺の力は効かないからな、嗅ぎ回られるのも面倒だ」

 

「...教えなさい」

 

「なら約束しろ、他言するな」

 

強く頷いた。

 

「ならば聞け。俺は...」

 

 

 

 

「イケメンだ、数人に告白された、まぁまぁモテたぞ」

 

真顔で馬鹿言う金髪に飛びかかった。

 

「あぁぁぁ博麗、やめて!髪引っ張らないで!」

 

「何言ってるのこの馬鹿!」

 

「すいませんでした!だから、もう離れてください!」

 

さっきまで風の音が聞こえていた神社にまたも嵐が吹き荒れた。男の情けない悲鳴と巫女の怒声が響き渡る。その時空を飛んでいた妖怪たちは「博麗神社の巫女が男を虐めている」と話したと言う有様だ。

 

 

 

 

「どうしたんだ、恋?」

 

「聞くな、親友」

 

買い物から帰り手早く夕食を作って4人で狭い机を囲んだのだが、恋がガス欠だった。ボロボロで元気のない恋なんて久しぶりだ。高校の時担任に怒鳴られたことが一度あったが、その時もこんな風にしょげてたな。

 

「馬鹿ばっかり言うからしめたの」

 

博麗が侮蔑の目を向けながら言った。しめたって、何したらあのお調子者の元気をここまで搾り取れるんだ。

 

「あははは。恋、霊夢に調子いいこと言ったんだろ」

 

まぁそうだよな、霧雨の言うとおりそんなとこだろうな。二人でいる時に恋が冗談言ったりして博霊をからかったんだろう。

 

「それで恋、アンタ妖...」

 

博麗が何かを言いかけて止まった。恋を見て言ったらしいが、顔が固まってる。

 

「どうしたんだよ、霊夢」

 

「...いえ、あれ、えっと...なんでもないわ」

 

霧雨が声をかけたが、博麗は何も答えずに黙った。何も無いって、何か聞きたいから声をかけたはずなのに。なんだか顔色もちょっと悪いし、どうしたんだろう。

 

「なぁ恋、霊夢が何か聞きたいらしいけど」

 

「そか...何や、博麗霊夢」

 

「なんでフルネームなんだよ」

 

「しめられて霊夢って気軽に呼べんのよ。怖いんやー」

 

何言ってるんだか、余計なこと言うからまた痛い目に遭うんだぞお前。

 

「...あのねアンタ、また適当なこと言ったら次は髪の毛なくなると思いなさい」

 

「な、なんて恐ろしいこと言うんやこの巫女!鬼!」

 

大事そうに頭を抱えて後ろに下がる恋を見て霧雨と腹を抱えて笑った。くだらないことで笑える人が増えただけで、食事もこんなに楽しくなるんだな、幻想郷に来て良かったと思うのはこういう何気ない日常の愉しさかもしれない。

 

こうして日が沈んだ頃、いつもの夜食会は解散となり、二人は帰って行く。僕はその後片付けをしている最中、横になる博麗に聞いた。

 

「ねぇ、そういやさっき恋に何か言おうとしてたけど、何だったの?」

 

「...何だったのかしらね」

 

「覚えてないの?」

 

「覚えてないわね。まぁ覚えてないってことは忘れるくらいどうでもいいってことだし、いいんじゃない」

 

はは、博麗らしいや。皿を盆の上に乗せて流しへと運んだ。

 

 

 

彼が奥に行くのを確認すると私は紙切れを取り出した。

『他言するな、したならば遊を殺す』

くっ、紙を丸めて外に放り投げた。

あの食事中に奴はそっと机の下からこれを手渡してきた。思わず固まってしまったが、なんとか誤魔化せたようだ。

 

石川恋、やはりこいつは...。

 



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