ありふれない吸血鬼の王は異世界でも最強 (fruit侍)
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原作開始前
初めての友達 前編


ども。受験を終えて、無事第一志望校に入学できたフルーツ侍です。受験が終わったので大好きな仮面ライダーシリーズを見まくったら書きたくなってしまいました。

最初は原作キャラとの出会いについて書きます。ですので原作開始まで少し間があります。気長にお待ちください。

最初はハジメ君!

受験勉強で全然書いてなかったせいか、文章が上達してるどころか退化してます。見苦しい場所もあるでしょうが、どうか温かい目で見守ってください。

ネタバレで申し訳ないんですけれども、最初っから変身します。


昼でも光があまり差し込まない薄暗い細い道。人々はそれを路地裏と呼ぶ。

 

その路地裏と呼ばれる場所で、一人の異形と一人の少年がお互いを見ていた。少年はどことなく王者の雰囲気を纏っており、異形はどこか怯えている。

 

「お前が人間を襲ったファンガイアか。」

 

少年はその見た目に似合わない威厳に満ちた目で、異形を見つめる。すると異形が喋りだす。

 

「何故ですキング! 人間はファンガイアにとってただの餌! それを襲って何が悪いのです!」

 

「掟は絶対だ。ファンガイアは、身に危険を感じた時以外で人間を襲ってはならない。だが、お前は私利私欲のために人間を襲った。掟に背いたお前に、王の判決を言い渡す。」

 

少年は掌を見せる。そこには、王冠が薔薇に飾られている紋章が刻まれていた。

 

「死だ。」

 

その一言が少年から放たれた瞬間、空からコウモリのようなものが降りてくる。

 

「ありがたく思え。絶滅タイムだ。」

 

そのコウモリのようなもの、キバットバットⅡ世は口を大きく開き、少年の腕に噛み付いた。

 

「ガブリ!」

 

噛み付かれた部分から、ステンドグラスのような模様が身体中を駆け巡り、その模様は少年の頬にも現れ始めた。そして腰に大量の鎖が巻かれたと思えば、それは真っ黒なベルトを形成した。少年はキバットバットⅡ世を手に取り、前方に掲げた。

 

「変身。」

 

その言葉を口にし、手に持っているキバットバットⅡ世をベルトのバックル部分に足を上にして取り付ける。すると黒い膜のようなものが少年を包んだかと思えば、それは瞬時に弾け、赤と黒の鎧となった。

 

その鎧の名は、『闇のキバ』。またの名を、『仮面ライダーダークキバ』。

 

「うっ、うわああああああ!!」

 

その変身を見ていた異形、『ファンガイア』はダークキバから逃げ出そうとする。しかし、それはダークキバが許さない。

 

「はああぁぁぁ……。」

 

溜め息にも近い声をダークキバが出すと、ダークキバの足元にキバの紋章が現れる。

 

「ふっ!」

 

ダークキバが指差すと、紋章は真っ直ぐファンガイアの方へ向かい、ファンガイアを拘束する。それを見たダークキバは、ベルトの右側に着いているホルダーから黒色の笛のようなものを取り出し、バックルに止まっているキバットバットⅡ世の口に咥えさせる。

 

「Wake up (one)!」

 

パイプオルガンのような笛の音が鳴り響いたと思えば、紅い霧が辺りを覆い、全てを包み込む。そして霧が晴れると辺りは、漆黒の闇夜に包まれていた。ダークキバの後ろには、紅く染まった月が浮かんでいた。

 

「来世では人間を愛し、人間に愛されよ!」

 

未だに拘束されたままのファンガイアにそう言うと、ダークキバは体を低くし、腕を前に組むと、高く跳び上がった。紅い月を背にして、ダークキバは一回転すると右手を大きく突き出し、無防備なファンガイアの胸へとダークキバが持つ必殺技の一つ、ダークネスヘルクラッシュを叩き込んだ。

 

「ぐあああああああああ!!!」

 

その一撃でファンガイアは大きく吹き飛ばされ、地面に転がる。ダークキバは振り返り、背のマントをはためかせた。それと同時に、ファンガイアはガラスが砕けるように散った。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

キバットバットⅡ世はベルトから外れると、直ぐ様何処かへ飛び去ってしまった。少年、紅音牙(くれないおんが)は、キバットバットⅡ世が飛び去って行った方向を少し見つめた後、また歩き出した。

 

「お疲れ様です。」

 

その声が聞こえた瞬間、音牙は足を止める。前方から、黒い衣装に身を包んだ一人の少女がやって来る。

 

「真深。」

 

少女の名を呼ぶと、音牙は少女に近づく。

 

「怪我はありませんか?」

 

「ああ。」

 

「それならこうさせてください。」

 

そう言うと少女、真深(まみ)は音牙を力一杯抱き締める。それに対して音牙も、真深を優しく抱き締め返す。

 

「行こうか。」

 

「はい。」

 

音牙と真深は、手を繋ぎながら道を歩いて行く。

 

「明日から学校というものに通わなければならない。真深が嫌なら、行かなくてもいいんだが……。」

 

「大丈夫です。私も行ってみたいと思ったので。」

 

真深は笑いながら音牙に言う。嘘を言っていないと分かった音牙は、心から安心した。

 

「……そうか。ならよかった。」

 

音牙と真深は、笑顔を浮かべながら街灯の少ない薄暗い夜道を歩いて行く。

 

その様子を見ている者がいた。

 

「あの人が……ファンガイアの王様で、闇のキバ……!」

 

彼の名は南雲ハジメ。ゲームクリエイター、少女漫画家の両親を持つ、ファンタジーやラノベが大好きな少年である。

 

彼は手伝いで描いている漫画のネタ探しのために、わざわざ夜の世界を歩き回っていたところ、闇のキバをたまたま見つけて反射的に尾行してしまったのだ。

 

(本当に見つけちゃったよ……路地裏なんて殆ど歩かないけど、勇気を出して入って本当によかった!)

 

ハジメの見た目は普通の男子だが、中身は典型的なオタクである。故に勇気を出すことがあまりなく、流してしまうことも多かった。しかし今回は自分のためであるということで、不良などの溜まり場になっている路地裏に入り、何かネタになるものがないか探していたのである。

 

「よし、大部分のスケッチは出来たから、後は家に帰って……」

 

「家に帰ってどうするんだ?」

 

ハジメが振り向くと、そこには先程去っていった筈の二人がいた。

 

「うわああ!?」

 

ハジメは反射的に後ろに飛び退く。そしてこれから自分に何が起きてもいいように、体を丸めて踞った。

 

「驚かせて悪かったが、とりあえず立ってくれ。」

 

ハジメはその声に体の震えを止めると、指の間から音牙を覗いた。音牙は優しい表情で手を差しのべている。それを見て、ハジメは安心したように音牙の手を取り、立ち上がる。

 

「さて、名乗らないといけないな。俺はファンガイアの(キング)にして闇のキバの資格者、紅音牙だ。」

 

「私はファンガイアの女王(クイーン)、真深と申します。」

 

「僕は南雲ハジメです。」

 

ハジメは頭を下げる。相手が王となると、頭を下げなければ無礼に値すると思ったからだ。しかし、

 

「頭を上げてくれ。そういうのは俺は好きじゃない。友達のように接してくれると助かる。」

 

「え? でも……。」

 

「音牙さんは王ですが、普段は人間と変わらない生き方をしてるので、そういうのに慣れてないんです。」

 

「なるほど。じゃあ……これでいい?」

 

ハジメは敬語をやめ、家族と話す時のような口調になる。

 

「これからはそれで頼む。それと……お前にはファンガイアの血が流れているみたいだな。」

 

「あはは……やっぱり分かるか。」

 

ハジメは悪戯がバレてしまった子供がやるように、頭をがさがさと掻いた。

 

「僕はファンガイアと人間のハーフなんだ。中途半端だから、人間にもファンガイアにも嫌われちゃうことが多いし、友達もいないんだ……。」

 

人間とファンガイアは、自分達と違うものを異様に嫌う性質がある。

 

人間はファンガイアを化け物と呼ぶ一方、ファンガイアは人間を下等種族と見下す。共存社会となった今でも、そのような呼び方をする人間やファンガイアは少なくない。

 

ハジメはハーフという、人間にもファンガイアにも属さない類なので、どちらの種族にも嫌われている。故に友人もいない。

 

「なら、俺が友達になってやろうか?」

 

「え?」

 

「音牙さん、そう言うのは上から言うものじゃないですよ。」

 

「そうなのか? それはすまないことをしたな。それじゃあ改めて、俺と友達になってくれ。」

 

音牙にもこれといった友人はいない。彼はファンガイアの王であるため、基本的に誰かの上に位置している。そのため対等な関係である者が真深以外にいないのだ。しかしその真深も、友人ではなく婚約者という友人とはまた違った関係で、友人ではない。

 

「本当に……いいの……?」

 

ハジメはそれが自分の聞き間違いではないか、改めて聞く。

 

「ああ。」

 

その言葉を聞いて、ハジメは嬉しくなった。初めて友人ができたのだ。嬉しくないはずがないだろう。

 

「それじゃあハジメ、友達として最初に聞きたいことがあるんだが……。」

 

「いいよ! 何でも聞いて!」

 

ハジメはこれから聞かれることが何か期待しながら音牙を見た。

 

「俺と真深は明日、学校というものに通うことになるんだが、そこがどういう場所なのか少し知りたい。」

 

「え? えーと……。」

 

ハジメは言葉に詰まる。ハジメにとって、学校は嫌いな場所の一つである。一週間に五回も行かなくてはならないし、何より人間が多い。

 

「ち、因みに、どこの学校に通うの?」

 

「南陽中学校というところだが。」

 

「え!? 僕の通ってる学校だよそこ!」

 

「そうか! それは安心した! 知っているやつが一人でもいると、知らない場所でも安心して過ごせる!」

 

音牙は笑いながらハジメの肩を叩く。先程まで赤の他人だったとは思えない。

 

「それなら明日僕が案内しながら教えていくよ。百聞は一見に如かずって言うでしょ?」

 

「それもそうだな。それじゃ、明日は頼む。俺はまだ仕事が残っている。」

 

「仕事って、さっきやってたこと?」

 

「ああ。じゃ、行くか。真深。」

 

「はい。」

 

音牙は真深と共に薄暗い路地裏の闇に消えていった。

 

「うわっ、もうこんな時間。僕も帰らなきゃ!」

 

ハジメも腕時計を見て、すぐさま路地裏を後にする。

 

 

——————————————————————————————

 

 

翌日。

 

 

 

「それじゃあ、入りなさい。」

 

南陽中学校のとある教室で、教壇の前に立つ担任の声が鮮明に響く。その声を合図に、思わず膝を着いてしまいそうな威厳さを感じられる二つの足音が聞こえ始める。只者ではない雰囲気に、生徒達はざわつき始めるが、その中でハジメだけは、この足音の正体を知っているため、動揺せず落ち着いている。

 

足音が2、3回鳴り響くと、その足音の正体が姿を現す。その足音の正体は、勿論音牙と真深である。しかし二人の姿を見て、ハジメとその他大勢は心の中でツッコむ。

 

(何で制服姿じゃないの!?)

 

と。

 

中学校は基本的にその学校ならではの制服が存在し、生徒はそれを着ることによって、初めてその学校の生徒だと認識される。私服だとどこの中学校かも分からないだろう。しかし音牙と真深が着ている服は、ハジメが昨日二人と出会った時に着ていた服と全く同じなのである。具体的に言うならば、音牙が仮面ライダーキバの過去編キング、真深が仮面ライダーキバの真夜の服装だ。

 

「とりあえず聞きたいことは色々あると思うが、まずは自己紹介を。」

 

「聞きたいことが色々と多すぎるよ!」という生徒達の無言の訴えをスルーし、担任は音牙達に自己紹介を促す。

 

「自己紹介をすればいいのか。紅音牙。テレビで知っている奴も多いと思うが、ファンガイアの王だ。好きな食べ物はオムライス。特技はバイオリン。以上だ。」

 

あまりにも早い自己紹介に、生徒達の半数は聞き取れなかったのか、唖然としている。

 

「それじゃあ私も。真深です。音牙さんが言ったように知っている人も多いと思いますが、ファンガイアの女王です。好きな食べ物はお肉です。特技は音牙さんと同じくバイオリンです。よろしくお願いします。」

 

真深が最後に見せた笑顔に、男子は釘付けになり、そんな男子を女子は冷たい視線で見る。その様子を見て、音牙が真深を引き寄せて言い放つ。

 

「言っておくが、俺と真深は将来結婚することが決定している。俺から奪おうだなんて思うなよ。」

 

その一言で、真深に一目惚れした男子たちは一斉に崩れ落ちる。それを見て、女子たちは口角を吊り上げて「ざまぁw」と笑うのだった。

 

「それじゃ二人は空いてる席に座ってくれ。この後質問タイムを作るから、質問はその時にやれよー。」

 

音牙はハジメの左に、真深はハジメの右に座り、結果的に二人が右と左でハジメを挟むような形になった。




キャラ紹介

紅音牙

今作の主人公にしてチェックメイトフォーのキング。そして仮面ライダーダークキバの資格者でもある。過去編キングの衣装を纏い、普段は人間と変わらない生活をしているが、夜にはクイーンに代わって掟に背いたファンガイアを始末している。基本的に誰にでも優しいが、弱者をいたぶる者やつまらない正義で行動を起こす者を強く嫌い、物理的に潰すこともしばしば。ファンガイアの王としてテレビや新聞などに出ているため、かなり知名度がある。名前の元ネタは紅音也と登太牙。

真深

主人公のメインヒロインにして、チェックメイトフォーのクイーン。真夜の衣装を纏い、普段は音牙と共にいることが多い。白崎香織と八重樫雫に負けず劣らずの美人で、親衛隊が人間、ファンガイア関係なくできていたりする。どんな相手にも敬語を使い、優しい。しかし敵対する者には、冷酷非道な面を見せる。ファンガイアの女王としてテレビや新聞に出たりしているため、かなりの知名度がある。名前の元ネタは真夜と鈴木深央。

南雲ハジメ

今作のサブ主人公にして原作主人公。原作と違うのは、ファンガイアと人間のハーフであるという点。ハーフにした理由は、ただの人間よりハーフの方が面白いかなと思ったから。

Q.なんでハジメにファンガイアの血が流れてるって分かったの?

A.仮面ライダーキバでも太牙が渡にファンガイアの血が流れていると渡に告げるシーンがあったので、分かるもんなんだと思いました。

Q.ルークとビショップは?

A.人間とファンガイアで共存するぞーと前キングが言ったら超反対した挙げ句襲いかかってきたので、前キングによって処された。なので今は空き状態。チェックメイトフォーが四人揃ってなきゃいけない決まりとかはなかったと思うし、ま、多少はね?

思ったより長くなったので二つに分けようと思います。ハジメ君パートは次で終わると思います。

好物や特技も元ネタはキバからです。オムライスは音也の好物、肉は深央が焼き肉屋のウェイトレスをしていたことから、バイオリンは音也と真夜から、といった感じです。


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初めての友達 後編

急ぎ足で書きました。間違ってる部分やおかしい部分等あると思います。その時は申し訳ありません。

自粛期間で暇だったので、運動としてイクササイズをやってみたらなかなかいい運動になりました。やっぱり7538315です!

ハジメパートはこれで終わりです。次回は雫パートを書いていこうと思います。


アンケートの経過報告

キバ、イクサ、サガの順で票が多いです。言い忘れていたのでここで言いますが、締め切りは原作のベヒモスにあたる部分が投稿されるまでとします。つまりそこでハジメ君の初変身ですね(ネタバレ)。





余談


先日ランキングにて

ルーキー日間ランキング 27位

(;゚Д゚)「……。」

先程 評価バーに色がつく

(;゚Д゚)「……!?」

ランキングの方は現在だいぶ下がってますが、皆様には感謝しかありません。


「ふう……。やっと休憩時間か。」

 

「まだ始まったばっかりなのに、もう疲れましたね……。」

 

現在は一限目の休憩時間。休憩時間の直前まで質問攻めを受けた音牙と真深は、内心疲れていた。偶に雑誌やテレビの取材は受けるが、どちらも質問攻めといった感じではない。

 

「お疲れ様二人共。初日から大変だね。」

 

二人に近づくのは勿論ハジメだ。ハジメは疲れている二人に、労いの言葉をかける。

 

「これくらいどうってことない。それより昨日のこと、覚えてるか?」

 

音牙が言う昨日のこととは、ハジメが案内しながら学校を見て回り、学校について教えていくということだ。

 

音牙と真深は、今まで学校に通ったことがないため、分からないことしかない。どういう所か知らない場所で一日過ごせと言われたら、それは誰だって不安になるだろう。それと同じである。

 

「うん。それじゃあ早速行こうか。」

 

ハジメは教室から出、音牙と真深もそれについていく。最初に着いたのは、上の札に『職員室』と書かれている場所だった。

 

「ここは職員室。先生が仕事をする部屋で、先生に用があったらここに行くことをお勧めするよ。」

 

音牙は戸にある窓から、コーヒーを飲んで寛いでいる先生達を見る。それを見て音牙は、「休憩室の間違いじゃないのか?」と思った。

 

「次の場所に行こうか。」

 

ハジメにそう言われ、音牙と真深はハジメについていく形で廊下を歩いていく。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

あれからいくつか特別教室を回り、いよいよ学校巡りも次で最後となった。最後に来た場所の上の札には、『音楽室』と書かれていた。因みにハジメが音楽室を最後にしたのは、特別教室の中で一番高い場所にあるため、面倒だったからである。

 

「ここは音楽室。音楽の授業は、基本的にここで受けるんだ。」

 

音牙は音楽室に興味があったが、それよりもその隣の部屋が気になって仕方なかった。するとそこから、一人の女性が出てきた。

 

「……あら、ハジメ君。どうしたの?」

 

その女性は、南陽中学校の音楽の先生、河野(こうの)先生である。

 

「こんにちは河野先生。実は、今日来た転校生に、音楽室がどういう場所なのか教えていました。」

 

「転校生って、あのファンガイアの王様と女王様?」

 

「はい。というか、もうそこにいるんですけど。」

 

ハジメは音牙と真深を指差す。音牙と真深はこちらに視線が来た瞬間、何をしたらいいのか察した。

 

「紅音牙です。学校は分からないことが多いので、ハジメに教えてもらっていたところなん……ですよ。」

 

慣れない敬語に少々てこずる音牙。音牙が普段使わない敬語を使うのは、ハジメに先生には敬語を使うことが基本と言われたからである。

 

「真深です。私も同じく分からないことが多かったので、教えてもらっていたところです。」

 

真深は使い慣れているので、すらすらと喋っていく。そんな真深が、少し羨ましいと感じた音牙だった。

 

「初めまして。私は音楽を担当している河野です。これからもよろしくね。」

 

河野先生が頭を下げるのにつられて、音牙と真深も頭を軽く下げる。音牙が頭を下げている時にふと前を見ると、開いた戸から一挺のバイオリンが見えた。

 

「先生もバイオリンをしてるんですか?」

 

「あ、見えたのね。昔はバイオリニストを目指してたから、今でも偶に弾いたりするのよ。それより、『も』っていうことは?」

 

「俺もしてるんです。」

 

音牙がバイオリンをしている。それはハジメもさっき聞いたので知っていた。しかしその腕前がどれ程のものなのかはまだ知らない。そこで、ハジメはある提案をする。

 

「それだったら、今ここで弾いて見せてよ。」

 

今ここにいるハジメ以外の全員の視線がハジメに殺到する。音牙は少し考えると、

 

「分かった。じゃあ先生、バイオリンを貸してください。」

 

ハジメの要求を呑んだ。音牙は河野先生に、バイオリンを貸してもらえないか聞いてみる。

 

「いいわよ。その代わり、いい演奏をしてね。」

 

河野先生は準備室の奥に行き、自分のバイオリンを取って戻ってくる。音牙は河野先生からバイオリンを受け取ると、弦を弾いたり触ったりして音を確認する。

 

そして何処にも異常がないことを確認すると、遂に弾く体制になった。音牙はゆっくり弓を引く。

 

♪~~♪~~

 

弓と弦が擦れる場所からは、頬を撫でるそよ風のような音色が響いた。

 

その音色はとても優しく、人に癒しを与えるような音色だった。耳からのみ入ってくるはずのその音色は、知らず知らずのうちに他の場所にも染み込んでいく。

 

この音色を奏でている音牙は、目を閉じていた。その姿は、自然に体が動いているようで、その姿もどこか美しい。

 

そのバイオリンを弾く姿と、発される音色。それはまるで、『紅音牙』という一つの音楽を奏でているようだった。

 

「ぁ……。」

 

音牙がゆっくり弓を弦から離し、演奏を終えると、ハジメが小さい声を出した。その声は、演奏に対しての感動を表す言葉なのか、圧巻の演奏に圧されて出ることもままならなかった言葉の端くれなのか、ハジメにも分からなかった。

 

「おっと授業が始まるな。ハジメ、真深。教室に戻るぞ。」

 

「はい。」

 

「え? ってちょっと!? 置いてかないでよ!」

 

壁に掛けられていた時計を見て音牙は言う。そして持っていたバイオリンを未だ唖然としている河野先生に押し付けるように返すと、階段を急ぎ足で下って行った。それに真深も、遅れてハジメもついていく。

 

嵐のように去っていった三人。音楽室の前でぽつんと一人残された河野先生は、一言だけ呟いた。

 

「やっぱり、あの人の息子ね。」

 

河野先生が持っているバイオリンの側面には、小さく『C』の字が彫られていた。

 

 

——————————————————————————————

 

 

「一日目が終わったな。」

 

「案外楽しそうなところでしたね。」

 

帰り道を歩きながら音牙と真深は話す。ハジメとは先程別れてしまった。家が反対方向にあるそうだ。

 

「さて、早く帰って仕事に取り掛かるとする……!」

 

音牙が目を見開いたかと思うと、急に動きを止め、その場に立ち止まった。突然動きを止めた音牙に、真深は声をかける。

 

「どうしました?」

 

「……。」

 

音牙は、自分の脳内にバイオリンの音が流れていることに気づいたのだ。それは演奏ではなく、同じ音程の音が、一定のリズムで鳴り続けている。

 

この音には聞き覚えがある。音牙の愛用しているバイオリンの音だ。音牙のバイオリンは、前キングが残したバイオリンの中でも名器で、他のバイオリンにはない性質がある。それは、『掟に背いたファンガイアが自分の近くにいると、勝手に鳴り出す』というもの。それもバイオリンが音牙の手元になくても、脳内でその音が勝手に流れる。音牙はその性質のおかげで、今まで掟に背いたファンガイアを見つけ出して、始末できていたのである。

 

今回も掟に背いたファンガイアを感知し、鳴り出したのだろう。しかしその音が示す方向は、自分がよく知っている人物がいる方向だった。

 

「ファンガイアだ。ハジメの行った方向にいる!」

 

その言葉を聞いて、真深の表情が真剣になる。

 

「急ぎましょう!」

 

音牙と真深は、すぐに来た道を戻り、ハジメが行った方向に走っていった。

 

 

——————————————————————————————

 

 

ハジメが見たのは、何かにキレている不良が汚れた服を掴みながら、男の子とおばあさんを恐喝している場面だった。不良たちはクリーニング代出せとか叫びまくるし、男の子はわんわん泣くし、おばあさんは怯えて縮こまるしで散々な状況だった。

 

(ひえ~……。カツアゲじゃん……。警察は誰かが呼んでくれるだろうし、関わらないどこーっと……。)

 

ハジメは現場をガッツリ見ていながらも、スルーすることにした。小説の主人公とかだったら、ここで不良たちに突っ込んでいって、バシバシ不良たちをなぎ倒すのが普通なのだが、ここは現実。いつも学校の授業中に妄想するような仮想の世界ではない。ハジメは格闘術も習っていないし、突っ込むだけ無駄なのだ。ボコボコにされた挙句、何か盗られるかもしれない。

 

通り過ぎる前に最後に見てみようと、ハジメはチラッと現場を見た。そこで見たのは、おばあさんが財布からクリーニング代だと思われる札を何枚か取り出した瞬間、不良たちがおばあさんから財布取り上げたところだった。それを見た瞬間、ハジメの体はいつの間にか動いていた。

 

そこで戦闘力5の農家のおじさんにも負けてしまうほど弱いハジメがとった行動は、

 

「すんまっせーーーーーーーーん!!!」

 

相手が綺麗すぎて引くレベルの土下座だった。

 

公衆の前での土下座は、する方は勿論、される方も意外に恥ずかしい。というか居た堪れない。なので土下座をし続ければ、そのうち帰ってくれるだろうとハジメは思ったのだ。

 

「……何だお前。」

 

不良たちの矛先は、先程まで無関係だったハジメに向いた。しかしハジメは構わず土下座し続ける。

 

「すいません! すべて僕の責任ですのでどうかお引き取りを!」

 

「邪魔だ! 退けよ!」

 

不良たちから何度も蹴られるハジメ。しかしハジメは決して動じなかった。

 

「すいません! 本当にすいません!」

 

「だから何でお前が謝るんだよ!」

 

「すいません! どうかお引き取りを!」

 

「だーーーっ!! 話が通じねえ!」

 

話が全く通じないハジメに叫ぶ不良達と、必死に謝り続けるハジメ。正直言って、先程の光景より酷かった。いつの間にか男の子は泣き止んでおり、おばあさんは何が起こってるのか分からないという表情でハジメ達を見ている。

 

周りの人々もこの騒ぎを聞きつけ、着々と集まってきた。そして遂には写真や動画を撮り出す者まで現れ始めた。

 

(だいぶ人も集まってきた……! お願いだから早く帰って!)

 

何を言っても変わらないハジメに痺れを切らしたのか、不良たちが帰ろうとする。しかし、

 

「おいお前ら、待て。」

 

一人の不良によって呼び止められた。それは男の子に服を汚された不良だった。その不良はハジメに近づく。

 

「お願いです! 全て僕の責任ですからどうかここはぐっ!?」

 

突如髪を掴まれて驚くハジメ。ハジメの髪を掴んだ不良は、ハジメの顔を見ながら笑っていた。

 

「全部お前の責任か。それじゃあ、これどうしてくれるんだ?」

 

不良は服の汚れた部分を指差してハジメに問う。

 

「ぼ、僕が、クリーニング代は払いますから……。」

 

「ああ? お前の金なんかいらねえんだよ。それよりもっと大事なもん寄越せよ。」

 

お金よりも大事なものとは? とハジメは頭で考えるが、全く検討がつかなかった。

 

「分からねえか? じゃあ教えてやるよ。それはな、」

 

不良の顔の下半分に、ステンドグラスのような模様が現れた。

 

「お前の命だよ。」

 

言い終わると、不良は人間の姿から羊のようなファンガイア、シープファンガイアの姿になった。その瞬間、周りの人々は叫び声を上げながら逃げていく。初めて生で見るファンガイアに、ハジメは恐怖のあまり、声も出せなくなる。

 

「お、お前ファンガイアだったのか……!?」

 

後ろから不良の一人がシープファンガイアに聞く。

 

「ああそうだよ。お前らを使えば、人間のライフエナジーが簡単に吸えるからな。最初はお前らから吸うとするか。」

 

シープファンガイアは掴んでいたハジメの髪を乱暴に離し、先程まで仲間だった不良たちに近づく。不良たちも生のファンガイアを見るのは初めてのようで、恐怖からか、腰が抜けていた。シープファンガイアはそれを好機と思い、一番近い場所にいた不良の一人にライフエナジーを吸う牙、『吸命牙』を刺した。するとみるみるうちに、吸命牙を刺された不良は色が抜けていく。

 

「うわあああああ!!!」

 

それを見て、不良の一人が立ち上がり、逃げ出す。しかしシープファンガイアは一瞬でハジメの前から消えると、逃げ出した不良の目の前にいつの間にか立っていた。そして不良の首を掴み、拘束すると、吸命牙を刺してライフエナジーを全て吸い尽くした。

 

残った不良たちも、瞬く間にライフエナジーを吸い尽くされていく。目の前で人間が簡単に死んでいく様子を見たハジメは、死というものがどういうものなのかを嫌と言うほど思い知らされたような気がした。

 

そして、最後の不良がライフエナジーを吸い尽くされ、地面に倒れ込む。

 

「さあ、最後はお前だ。」

 

ハジメを嘲笑うように、ゆっくりとハジメに近づいていくシープファンガイア。ハジメは必死に後ろに下がろうとするが、恐怖で体が思ったように動かず、シープファンガイアはどんどん近づいてくる。

 

(だ、誰か、助けて……。)

 

助けを呼ぶにも、口がうまく開かない。ハジメは心の中で助けを呼ぶことしかできなかった。

 

(音牙……!)

 

つい昨日、友達になった最初の友人の名を心の中で呼び、ハジメは自分の運命を受け入れるように目を閉じた。

 

「俺の前で人間を襲うとはいい度胸だな。」

 

声のした方向に、シープファンガイアとハジメの視線が集まる。そこには、

 

「キ、キング……!?」

 

「音牙!」

 

ファンガイアの王、紅音牙がいた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

そしてファンガイアの女王、真深もいた。真深はハジメに近づき、何処にも怪我がないか確認する。

 

「ハジメ、遅くなってすまなかった。」

 

「あ、いや、全然大丈夫!」

 

「音牙さん、見たところ怪我はありません!」

 

真深の声で、ハジメが無事なことを確信した音牙は、目線をハジメからシープファンガイアに移し、睨み付ける。

 

「お前は人間を利用し、数々の人間を襲い殺してきたな?」

 

ハジメは自分達の周りが、妙な威圧感に包まれているのを感じた。昨日音牙がファンガイアを始末した現場では、威圧感など全く感じなかった。ハジメが疑問に思ってると、近くにいた真深がそれに答えた。

 

「音牙さんは怒ってるんです。初めてできた友達を襲われて。それほど、ハジメさんを大事に思ってるんですよ。」

 

真深にそう言われ、ハジメはもう一度音牙を見てみる。確かに、音牙は怒っていた。音牙の目の奥から、燃え上がる業火のような王者の怒りを感じる。

 

ハジメは音牙の威圧感に圧されながらも、嬉しくなっていた。まだ出会って一日も経っていないのに、ここまで自分を大事に思ってくれるとは、嬉しくもなる。

 

「共存相手を騙し、しかも人間を襲うために利用することは、言うまでもなく重罪だ。だが、それ以前に俺の友達を襲うことは……」

 

音牙は、キングの紋章が刻まれた掌を見せた。

 

「種族関係なく死に値する!」

 

音牙が普段出さないような大声を出すと、空からキバットバットⅡ世が下りてくる。

 

「絶滅タイムだ。喜べ!」

 

キバットバットⅡ世は口を大きく開き、音牙の左手に噛みつく。

 

「ガブリ!」

 

噛まれた場所から、ステンドグラスのような模様が音牙の身体中を駆け巡り、その模様はやがて頬にも現れる。腰には既に黒いベルトが巻かれていた。そして音牙は一言だけ呟く。

 

「変身。」

 

その一言を聞いたキバットバットⅡ世は、自らベルトのバックル部分にくっついた。音牙は黒い膜に包まれたと思えば、その黒い膜は弾ける。そして、そこには仮面ライダーダークキバとなった音牙が立っていた。

 

(キングと一騎打ちなど、勝てるわけがない。ならやはり、逃げるしか……!)

 

どこぞの下弦の参のようなことを心の中で呟きながら、シープファンガイアは音牙から逃げるための隙を探す。すると音牙は上を向き、両手を少し広げ、力を下から引き出すような体勢になった。

 

(そこだ!)

 

シープファンガイアは音牙がその体勢になった瞬間に、自慢の俊足で逃げた。シープファンガイアは勝ちを確信した。

 

しかしシープファンガイアは知らなかった。ダークキバの出現させるキバの紋章は、対象を拘束するまでどこまでも追いかけてくることを。

 

「はっ!」

 

音牙は出現させたキバの紋章を、シープファンガイアに向けて飛ばした。その速度はシープファンガイアの走る速さよりも速い。シープファンガイアは成す術なく、紋章に拘束された。

 

「ぐああああ!?」

 

「ふん!」

 

音牙が右手を前に出しすぐに引くと、シープファンガイアが音牙の方に飛んでくる。音牙はそれを紋章の方へ蹴り飛ばし、シープファンガイアが紋章に再度拘束されたことを確認すると、また右手を引きシープファンガイアを引き寄せ、蹴り飛ばす。それを何度も何度も繰り返した。

 

そして何度か蹴り飛ばした後、紋章からシープファンガイアを引き離す。何度も音牙の蹴りを貰ったシープファンガイアは立つ気力さえなく、そのまま地面に転がった。そして音牙が振り向き、マントをはためかせると、シープファンガイアはガラスのように砕け散った。

 

 

——————————————————————————————

 

 

「助けてくれてありがとう。」

 

「友達だから当然のことだ。」

 

変身を解除した音牙は、ハジメと真深と共に帰っていた。

 

「やっぱり音牙は強いよね。僕なんか弱くてあんなこと出来ないよ。」

 

ハジメは自嘲気味に笑った。あの場で、土下座しか出来ない自分は音牙より弱い。そんな意味がこめられていた。しかし音牙はそれを否定する。

 

「それは違うぞハジメ。お前の弱さは、お前の強さでもあるんだ。」

 

否定されるとは思ってもいなかったハジメ。そしてその言葉がどういう意味なのか考えた。しかし答えは出ず、音牙に質問することにした。

 

「どういうこと?」

 

「強い奴が暴力で解決することは簡単だ。だが弱くてもあんなことに立ち向かえる奴はなかなかいない。思い返してみろ。周りの人間は、助けようとしたか? 見てみぬふりして、そのまま通りすぎて行かなかったか? 俺が弱い奴だったらそうしてる。面倒事は避けたいからな。だがお前はそうしなかった。その時点で、お前は強いんだ。」

 

ハジメは思い返す。あの時、周りの大人達は、それぞれが自分達の世界に閉じ籠っていた。電話をする人、音楽を聞く人、手帳で今後の予定を確認する人、といった感じで、自分は関係ないとアピールしている人ばかりだった。しかしその中、自分だけは行動を起こした。そう思うと、音牙の言うことは強ち間違っていないのだろうな、と思う。

 

「はっきり言おう。ハジメは俺より強い!」

 

「ええ!? それは盛りすぎだよ!」

 

ははは、と声を上げて笑う音牙。

 

「さっきのは少し盛ったが、お前が強いことには変わりない。胸を張れ。」

 

そう言われて少し迷うが、何の取り柄もない自分にも、誇れるものがあったのだと思うと、少し自信がついた。そしてそれに気づかせてくれたたった一人の友人に、ハジメは心の中で感謝するのだった。

 

そして同時に、最初はスルーしようとしたことは、内緒にしておいた方がよさそうだな、と思った。




キャラ紹介

河野先生

南陽中学校で音楽を担当している先生。幼少時、バイオリニストを目指していた時期があり、腕前はなかなかのもの。前キングと何度か会ったことがあり、バイオリンはその時に作ってもらったもの。その正体は実はファンガイアだったりする。次の登場は未定。


『C』の字→Crimsonの頭文字→紅(Crimson)→前キング

分かりましたかね?


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気になるあの人 前編

どうも、遅れてしまいました。思ったより長くなったので、また二つに分けようと思います。

それと今回、前の話と似たような表現や、前の話から丸々持ってきた表現が存在します。発想力が乏しい作者をお許しください。

原作との変更点

あの土下座現場を見ていた人物
香織のみ→香織と雫

雫が虐められていた時期
小学校→小学校から中学校まで

いじめの内容
言葉の暴力→それ+α

雫さんには申し訳ないですが、こうしないと話が進められないんです。


少女、白崎香織と八重樫雫は商店街を歩いていた。理由は単純に買い物である。

 

「香織、買い忘れたものとかない?」

 

「ううん、大丈夫だよ。頼まれたものも全部揃ってる。」

 

「そう。じゃあ帰りましょうか。」

 

その短い会話を交わし、二人は帰路につく。

 

しかしその途中で、ある騒ぎが起こっていた。

 

「おいどうしてくれんだ! この服高えんだぞ!」

 

「おお……お許しください……。」

 

怒鳴り散らす声と、今にも消え入りそうな声。その声が聞こえた方向では、何人かの不良が、お婆さんを恐喝していた。一人の不良の服には、マヨネーズやソースがべっとりと付いており、お婆さんの近くにいる泣いている男の子の手には、たこ焼きがあった。これだけで、何があったのか察することができる。

 

大方、男の子が不良とぶつかって、その際にたこ焼きを不良の服につけてしまったのだろう。その結果男の子は泣き、それにキレた不良達は男の子の保護者であろうお婆さんに、恐喝のような真似をしているのだろう。

 

これを見ていた香織は、固まっていた。不良達の気迫に圧倒されたというのもあるが、目の前で『恐喝』という犯罪が行われていることに、恐怖を感じたのだ。雫は、この場に竹刀があれば、不良達を止めることが出来るのに、と自分の非力さを恨んだ。

 

(私は雫ちゃんみたいに強くない……誰か助けてあげて……!)

 

香織はそんなことを思いながら周りを見る。しかし香織のそんな思いとは裏腹に、周りの大人は見てみぬふりし、その場を通りすぎるだけ。電話をして誤魔化す者、音楽を聴いて自分の世界に閉じ籠る者、手帳を開いて予定を確認するふりをし、自分忙しいですよアピールをする者。自分の思いに応えてくれそうな人間は誰一人としていなかった。

 

香織があの現場の方を見ると、お婆さんがクリーニング代と思われる札を何枚か取り出した瞬間、不良に財布を盗られていた。香織はその光景に怯え、雫は耐えきれなくなり、竹刀がなくても止めてやる、と不良達の方へ向かう。

 

しかしそれよりも先に、一人の少年が不良達の方へ向かった。その少年は不良達の前に立ちはだかった直後、

 

「すんまっせーーーーーーーーん!!!」

 

綺麗な土下座をしたのだ。不良達やお婆さんと男の子、周りの大人達は皆「は?」という顔をしている。

 

しかし、香織と雫だけは違った。

 

「雫ちゃん凄いよあの人! あの男の子とお婆さんを助けてる!」

 

「といっても土下座してるだけだけどね。確かにあの場で躊躇なく土下座を出来るのは凄いと思うわ。」

 

香織は、例え弱くても立ち向かい、他人を救おうとするハジメの心意気に、雫は、誰も行動しない中、周りの目を気にせず行動を起こしたハジメの勇気に称賛を送っていた。

 

流石の不良達も、こんな綺麗な土下座をされては、居た堪れなくなるだろう、と思ったが、ここで予想外の事態が発生した。不良の一人がファンガイアへと変身したのだ。

 

周りの大人達は、それを見た瞬間我先にと逃げ出す。

 

「香織! 私達も逃げるわよ!」

 

「で、でも! あの人が!」

 

香織の視線の先には、不良達のライフエナジーを吸っているファンガイアを、腰を抜かしながら見るハジメがいた。

 

「と、とにかく見つからないようにしないと!」

 

「雫ちゃん! あそこ!」

 

香織が指差したのは、飲食店の横に置いてある看板だった。香織と雫は、ファンガイアに気付かれないように看板の後ろに隠れた。

 

「どうしよう! あの人が襲われちゃうよ!」

 

落ち着かない様子で言う香織。

 

「落ち着いて! ファンガイアの王様は、人間を襲うファンガイアを始末してるって聞いたことがあるわ! もしかしたらだけど……!」

 

普段テレビや雑誌を見ない雫でも、何度か見たことがあるファンガイアの王。初めて見た時は、同い年くらいのこんな子供が本当にファンガイアの王なのか? と思ったが、テレビ越しで伝わってくる威圧感に、その疑問は愚問だったと思い知らされた。

 

そして一度だけテレビで聞いたあの言葉。

 

「ファンガイアには、身に危険を感じた時以外で人間を襲ってはならないという絶対服従の掟が存在します。もしその掟に背いた者がいた場合は、私が責任を持って始末いたします。ですが私は一人しかいないので、その掟に背いた者が複数いた場合、人間を再び襲う前に始末しきれない時もあるでしょう。謝罪だけで済まされる物ではないと分かっておりますが、その時は申し訳ない。

 

しかしこれだけは言っておきます。絶対に、私は掟に背いた者を許しはしない。決して逃がしません。」

 

その言葉を聞くと、何故か彼が自分を守ってくれるような気がした。そんなことあるわけないと、分かっているにも関わらず、だ。

 

……もしかしたらそれは、自分がよほど追い詰められているということを知らせるサインなのかもしれないが。

 

ふと見れば、ファンガイアは既に最後の不良のライフエナジーを吸い尽くし、ハジメにターゲットを変更していた。徐々に近づいてくるファンガイアに、ハジメは本能的に危機を感じて逃げ出そうとするが、恐怖で体が思ったように動かない。その光景を見て、香織は絶望するが、雫だけは最後まで諦めていなかった。

 

その時、雫の諦めない姿勢に応えるように、二人の人物が奥の方からやって来る。

 

「俺の前で人間を襲うとはいい度胸だな。」

 

一人が口を開くと、ファンガイアとハジメもその人影の方を向いた。そこにはファンガイアの王、紅音牙とファンガイアの女王、真深がいた。

 

「キ、キング……!?」

 

「音牙!」

 

雫は、あの時聞いた言葉が嘘じゃなくて本当によかった、と心から安心した。香織は突然の乱入に、頭が混乱してきている。

 

「大丈夫ですか!?」

 

そしてその隣にいた真深がハジメに近づき、無事を確認する。

 

「ハジメ、遅くなってすまなかった。」

 

「あ、いや、全然大丈夫!」

 

「音牙さん、見たところ怪我はありません!」

 

真深の声を聞いた音牙は、ファンガイアを睨み付ける。

 

「お前は人間を利用し、数々の人間を襲い殺してきたな?」

 

雫と香織は、自分達の周りが妙な威圧感に包まれているのを感じた。テレビで感じた威圧感とは、比べ物にもならない。

 

「あの人……ファンガイアの王様だよね……? いつも見てる時と違って怖いよ……。」

 

香織も音牙のことは知っているようだが、ファンガイアの王として番組にゲスト出演したりしている時の優しい音牙しか知らない。テレビではいつも、見ている人を和ませるような優しい目をしている音牙だが、今の音牙は、見ている人が恐怖を感じるほどの怒りに染まった目をしていた。

 

「共存相手を騙し、しかも人間を襲うために利用することは、言うまでもなく重罪だ。だが、それ以前に俺の友達を襲うことは……」

 

音牙は、キングの紋章が刻まれた掌を見せた。

 

「種族関係なく死に値する!」

 

音牙が普段出さないような大声を出すと、空からキバットバットⅡ世が下りてくる。雫と香織は今度は何だ、と突然下りてきたキバットバットⅡ世を見る。

 

「絶滅タイムだ。喜べ!」

 

そう言うとキバットバットⅡ世は口を大きく開き、音牙の左手に噛みつく。雫と香織はそれを驚いた表情で見つめる。

 

「ガブリ!」

 

噛まれた場所から、ステンドグラスのような模様が音牙の身体中を駆け巡り、その模様はやがて頬にも現れる。腰には既に黒いベルトが巻かれていた。その一瞬の変化に、雫と香織は理解が追い付かない。これから音牙が何をしようとしているのかも分からない。

 

そんな二人を差し置いて、音牙は一言だけ呟く。

 

「変身。」

 

その一言を聞いたキバットバットⅡ世は、自らベルトのバックル部分にくっついた。音牙は黒い膜に包まれたと思えば、その黒い膜は弾ける。そこには、仮面ライダーダークキバとなった音牙が立っていた。

 

この瞬間から、仮面ライダーダークキバへと姿を変えた音牙による、掟に背いた者の処刑が始まったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……。」

 

場所は変わって雫の家。雫は自分の部屋のベッドに寝転がり、今日のことを思い返した。

 

あの蹂躙劇を見ても、香織はハジメのことを自慢気に話していた。香織曰く、『強い人が暴力で解決するのは簡単だが、弱くてああいったことに立ち向かえる人は少ないと思うから』とのことで、雫は道理でハジメを気にかけていたわけだ、と思った。

 

しかしそれに対して雫はハジメではなく、音牙に興味があった。

 

雫には一時期、惚れていた男子がいた。名を天之河光輝。八重樫道場という道場を営んでいる自分の家の門下生として、毎日雫と共に剣を振っている男子だ。

 

光輝との出会いは、雫が剣を初めて少し経った頃だった。

 

その頃の光輝は、小学生とは思えないほど大人びた雰囲気を纏っており、小学生にも関わらず何人もの女子から告白をされるなどの人気があった。

 

女子から絶大な人気を誇る光輝だが、ある日突然、八重樫道場に入門してきた。そして初めて雫と会ったとき、こう言ったのだ。

 

「雫ちゃんも、俺が守ってあげるよ!」

 

雫は、王子様がやって来たのかと思った。自分を守ってくれて、女の子にしてくれて、甘えさせてくれる。彼こそが未来の自分の旦那さんなんだ、と本気で思っていたのだ。

 

しかし、そんなものはただの夢に過ぎなかった、と雫は後に嫌というほど思い知らされることとなる。

 

光輝が門下生になった後の小学校のクラス替えで、光輝と同じクラスに編入された雫は、道場で共に剣を振っていることもあり、学校でもよく話したりと、仲良くしていた。

 

だが、それを気に食わないと思う者達がいた。光輝と雫のクラスの女子達である。

 

小学生の時から正義感と優しさに溢れ、何でもこなせるような光輝は、女子達の注目の的だった。故に、女子の癖に竹刀を振り、髪は短く、服装も地味で、女子らしい話題に付いていけない雫が、光輝の傍にいるということが我慢ならなかったのである。

 

当然、雫は直ぐにいじめの的となった。陰口を叩かれ、面と向かって悪口を言われたこともある。その中で雫が一番ショックだったのは、

 

「あんた女だったの?」

 

という言葉だった。

 

耐えきれなくなった雫は直ぐに光輝に相談した。いじめられる度に。何度も何度も。光輝なら自分を守ってくれる。自分を助けてくれる。そう信じていたからだ。

 

しかし、そんな期待も全て裏切られる。

 

いじめのことで相談してきた雫に対して、光輝は決まってこう言うのだった。

 

「きっと悪気はなかったんだ。みんないい子達なんだ。話せばわかるよ。」

 

そんなアドバイスにもならないような言葉をかけて、終わり。毎回そうだ。一度本当に話し合いに行っていたが、それでも結果は変わらず、むしろ風当たりが強くなった上光輝にバレないよう巧妙さを増した。いつしか雫は、光輝を信用しなくなった。

 

小学校の頃は、いじめの内容が悪口だけだったのと、入学してから友人となった香織がいたから、何とか乗り越えることができた。中学校に上がれば、いじめはなくなるだろう。そう思っていた。

 

しかし中学校に上がっても、いじめがなくなることはなかった。

 

最初は小学校と似たようないじめだったので、ある程度は耐えることができた。しかし時期が経つに連れていじめの内容はどんどん酷くなっていく。持ち物をとられるのはまだ優しい方で、酷ければ埋められたり、ゴミ箱に捨てられていたりする。そして学年が上がると、暴行を働く者まで出てきた。

 

容赦のないいじめの嵐をもろに受け続けた結果、あとちょっと衝撃を与えてしまえば粉々になってしまいそうなほど、雫の心は弱っていた。香織や、光輝の親友、坂上龍太郎などの助けによって、雫の心は辛うじて繋ぎ止められていた。

 

元凶の光輝は何をやってるんだとなるだろうが、この時の光輝は、雫のいじめの件は既に終わったこととして捉えていた。元々いじめの件を重く捉えておらず、自分が話し合ったのだから、もういじめはしないだろう、と本気で思っていた。故に何もしなかったのだ。雫が相談しなかったというのも一因にあげられるが、相談したところで結果は同じだっただろう。

 

雫は長袖を捲り、自分の腕を見る。その腕は酷く傷ついており、竹刀すらもまともに握れるか分からないほどだった。この傷は、先日のいじめによるものだ。雫から光輝を引き離すために、剣道ができないような体にしまえばよいという考えに至った女子達から受けたものである。相談したくても、周りに心配させたくないし、何よりこれより更に内容を酷くしたら、本当に剣道ができなくなってしまう。ということもあって、雫は夏でも長袖を着るなどして香織や龍太郎、両親や祖父にすらずっと黙っていたのだ。

 

その次に雫が目をやったのは、自身の机に無造作に開かれている雑誌だった。開かれている雑誌のページには、紅音牙のことが沢山書いてあり、ご丁寧に写真までついている。雫が、普段使わないお小遣いで初めて買った雑誌である。

 

雫はその雑誌を見て、今日の音牙を思い出した。彼は友人であろうハジメが襲われている現場に現れ、友人のために怒り、そして掟に背いた上に友人を襲った同族に制裁を下した。その姿はまるで、いじめから自分を守ってくれる理想の王子様のようにも見えた。

 

彼が自分の傍にいたならばどうなっていただろうか? 光輝みたいに表向きにしか助けてくれないのだろうか? 雫の勝手な妄想だが、おそらくそれは違っただろう。

 

「私のこと……守って……くれないかな……。」

 

それが現実になることはあり得ないと分かっているが、雫は自分の純粋な思いを願うように口にした。そして今日はいろいろあって疲れていたのか、今日稽古があることも忘れてそのまま眠ってしまった。




学校が始まるので、更新が遅れます。これ以上遅れたらどうなるんだろうか……。


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気になるあの人 後編

どうも、三週間遅れたアホ作者です。他の作者さんの仮面ライダーキバ×ありふれの小説に感化されて大急ぎで書き上げました。その結果間違ってる場所が多数あるかもしれません。毎日投稿で誤字脱字も殆ど無い人見てると本当に偉大だなぁ……と思います。

雫パートはこれで終了です。次回は恵理パートを書いていこうと思います。

お気に入り登録100人ありがとうございます。たった3話でお気に入り100人いったことなんてなかったので普通に嬉しいです。

高評価が増えて嬉しいけど、それに続くように増えていく低評価を見るとどこが悪かったのか考えるけど分からない今日この頃。

ありふれの小説を一気買いしたら所持金が……。


翌日。雫は昨日自分がいつの間にか寝ていたことも忘れ、いつものように学校へ行くための支度を始めた。準備が済むと、雫は家を飛び出し、学校へ向かった。雫が家を出たその時間は、いつも光輝と待ち合わせている時間より遅かった。

 

そして学校に着くと、光輝が真っ先に話しかけてくる。内容は、『遅刻なんて雫には似合わない』とか自分の価値観を押し付けるような聞き方だった。雫は「偉そうに自分を語るな」と顔をしかめかけるが、周りで見ている者も多いので、なんとか面には出さなかった。

 

それからは普通に授業が始まり、終わる。その繰り返しである。唯一いつもと違ったのは、雫があまり光輝と話そうとしなかったことである。光輝は話そうとしていたが、雫がそれを拒絶した。紅音牙のことを考えると、光輝のことなど最早どうでもよくなる。それほど紅音牙という者は、雫にとって重要だったのである。

 

雫がそれに気づいたのは、光輝を不意に()()()()と呼んだ時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

雫が現在生活する中で最も嫌いな時間である。その理由は言うまでもないだろう。

 

「今日こそあんたを光輝君から離してやるわ!」

 

束になって雫に立ちはだかってくるクラスの女子たち。彼女達は、今日雫が何故か光輝に近づこうとしないことに、少なからず疑問を抱いていた。しかしそれは、自分達が雫にやっているいじめが効いているからだという自分に都合のよい、まさに光輝と似たような考えで完結していた。

 

「それでね、あたし達あんたを光輝君から離すにはどうしたらいいか考えたんだけど、そしたら最高の案が出たから教えてあげる。」

 

雫は彼女達が考えていることが分からなかった。いつもなら、さっきの言葉を誰かが言った瞬間攻撃してくるはずだが、今日は彼女達の雰囲気も相まって何か変だ。

 

まるで、ついにこの日を待ちわびた。そう言わんばかりの雰囲気だ。

 

「それはねぇ……。」

 

一人の女子がニヤリと笑ったかと思うと、複数の女子の顔にステンドグラスのような模様が現れた。

 

「あんたを殺しちゃえばいいのよ。」

 

そして顔に模様が現れた女子達は、自身の姿を異形、ファンガイアへと変えていく。

 

「あ……ああ……。」

 

雫は驚きと恐怖のあまり、声も出せなかった。ただ震え、怯えることしか出来なかった。

 

「アハハ! その顔面白ーい! あんたみたいな奴にお似合いねー!」

 

「このままライフエナジーを吸い尽くしちゃってもいいけど、それだと面白くないわ。ちょっと遊んであげる。」

 

そう言うとファンガイアの一人、オクトパスファンガイアが雫の首に触手を伸ばす。

 

「うぐっ!?」

 

雫は首を絞められ、苦しそうな声を出した。それでも触手を必死に引き剥がそうとする。

 

「無駄無駄。あんた人間とファンガイアの力の差分かってんの?」

 

その声に続くように見ているファンガイア達と女子達から放たれる不快な笑い声。雫は顔をしかめて、触手を引き剥がそうとしていた。しかし全く剥がれない。

 

そこで雫は、胸ポケットに入っていたシャープペンシルの先をオクトパスファンガイアの顔に向かって投げつけた。

 

「っ!?」

 

予想外の反撃に怯み、オクトパスファンガイアは触手を離してしまう。雫はその隙を逃さず、全速力で学校の昇降口に向かった。

 

「あーあ。逃げちゃった。」

 

気の抜けたようなしゃべり方をするファンガイア、カメレオンファンガイアは腕を頭の後ろに回し、雫が逃げていった方向を見る。

 

「逃げ道を塞ぎなさい!」

 

「はいはい。」

 

反撃されたことに怒りを隠せないオクトパスファンガイアの命令に、カメレオンファンガイアはスキップしながら昇降口へ先回りする。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「はあ、はあ、はあ。」

 

目元に涙を浮かべながら、雫は全速力で学校の昇降口に向かう。先程見た光景が忘れられず、今からでも泣き叫んで助けを呼びたい。

 

しかし、それをしたいと思ってもできない。雫が、『自分自身(八重樫雫)』に縛られているからだ。

 

周りの思う八重樫雫とは、いつでもクールで面倒見がよく、周りを守り、引っ張っていくリーダーのような存在で、何があろうと自分一人で解決してしまうような憧れの存在、といった感じだ。しかし雫本人は、そんなこと一切思っていない。むしろ雫は、()()()()()のである。

 

「ばあ~!」

 

「ひいっ!?」

 

やっと昇降口に着いたと思えば、カメレオンファンガイアに待ち伏せされていた。雫は思わず尻餅をつくが、すぐに反対方向に逃げ出す。

 

「あれ、また逃げちゃった。ふふ、バカだよね~。何で自分から追い詰められようとするんだろうね~。」

 

全速力で走った影響で、雫が少し疲労していることに気づいていたカメレオンファンガイアは、追い詰められていく雫の姿を見て笑う。そして雫が次に向かった方向に待ち伏せしにいくのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「はあ……はあ……。」

 

雫は廊下の端に倒れ込む。全速力で学校の廊下を往復し続け、カメレオンファンガイアに出会う度に急ブレーキをかけて、進路を無理矢理変更する。持久走において、急ブレーキは非効率な要因の一つである。それを何度か続けた雫は、もう走るどころか歩くことすらできない程に疲労していた。

 

「やーっと大人しくなったね。」

 

後ろから複数のファンガイアと女子達が歩いてくる。雫はすぐに体を起こすが、疲労で思ったように動かない。後ろに下がろうとしても、ほとんど下がれなかった。

 

「アハハ! その顔写真にとって、今すぐインスタにでも載せたいな!」

 

狂っているようなしゃべり方をするファンガイア、プローンファンガイアは雫の恐怖に怯える顔を見て笑う。

 

「鬼ごっこはお仕舞いよ。とっとと消えて!」

 

「あぐっ!!」

 

再度オクトパスファンガイアに拘束される雫。抵抗しようとするが、もうそんな体力は雫に残っていなかった。自身の肩の上の方に、鋭い棘のようなものが浮いている。吸命牙だ。

 

「い……や……だ……。」

 

「えー? 何ー? 聞こえなーい!」

 

いつにも増して響く不快な笑い声。雫には、それすらも聞こえなかった。

 

今の雫の脳内には、一人の男が浮かんでいた。それは幼馴染みの天之河光輝ではなく、ファンガイアの王、紅音牙だった。

 

親友のために怒っていたあの姿。それはまるで、いじめから自分を守ってくれている姿を彷彿とさせた。あれこそが、光輝にして欲しかったこと。一番の理想だったのだ。そして思い出されるのは、彼を初めて見たときに聞いたあの言葉。

 

彼がファンガイアの王様なら、彼が自分の王子様なら、自分を助けてくれる。そう信じて、雫は一言を絞り出した。

 

「助……けて……。」

 

生まれて一度も口にしたことのなかった言葉を呟き、雫は意識を手放そうとする。その時だった。

 

 

ズパァン!

 

 

「ぐぅっ!?」

 

雫を拘束していたオクトパスファンガイアの触手が、何者かによって切断された。オクトパスファンガイアだけでなく、他のファンガイアや女子達が触手を切断した者が()()()()()()方向を見て、誰もが驚愕の表情を浮かべた。

 

「あ……あ……。」

 

「アハハ……笑えなーい……。」

 

「そんな……まさか……。」

 

ファンガイア達が歩いてくる人物を見て、放たれる威圧感に体を震わせる。歩いているだけで、ファンガイア達をも恐怖に陥れる人物。それは、この世界でただ一人。

 

「……。」

 

ファンガイアの王、紅音牙だけだ。

 

(来て……くれた……。)

 

雫は静かに気絶した。

 

「お前達は大勢で一人の人間を追い詰め、抵抗できなくした上で殺してきたな。」

 

音牙は問い詰めるように言う。

 

「しかもその理由はただ単に『気に入らないから』。ハッ、その程度の理由で掟に背くのか。」

 

音牙は嘲笑するように言った。その言葉にファンガイア達は返す言葉もあるわけがなく、黙るしかなかった。

 

「ま、理由がどうであれ、掟に背いたことには変わりない。掟に背いた者に待っているのは、」

 

音牙は左手を開き、突き出した。

 

「死だ。」

 

音牙がそう言うと、音牙の後ろからオクトパスファンガイアの触手を切断した張本人、キバットバットⅡ世が出てくる。

 

「ガブリ。」

 

突き出された腕に、キバットバットⅡ世が噛み付いた。音牙の頬にはステンドグラス状の模様が現れ、腰には真っ黒いベルトが巻かれていた。

 

そのベルトにキバットバットⅡ世が自ら取り付けられ、音牙は黒い膜に包まれる。そしてその膜が弾けると、闇のキバへと変身した音牙が現れる。

 

「ひいっ、化け物!」

 

一人の女子の言葉がきっかけになったのか、人間の女子達は一斉に逃げ出す。有名人が自分達に対して威圧してきた上、その有名人が変身でもしたら逃げ出したくもなるだろう。それにつられてファンガイア達も逃げ出すか、と音牙は思ったが、

 

「いくら相手がキングとはいえ、こっちは仲間がいるわ。」

 

「アハハ! 私達に勝つなんて無理無理!」

 

「多勢に無勢とはまさにこのことだよ。キングも運が悪いね~。」

 

向こうは逃げ出すどころか殺る気満々のようだ。それはおそらく、相手が音牙一人だけだと分かったからだろう。

 

「相手が複数だろうがやることは変わりない。掟に背いた者に裁きを与える。それだけだ!」

 

音牙はマントはためかせて言い放った。

 

「カッコつけてんじゃないわよ!」

 

オクトパスファンガイアを先頭に、ファンガイア達が突っ込んでくる。しかし音牙はその場から動かない。

 

「ふんっ!」

 

間合いに音牙が入った瞬間、オクトパスファンガイアが触手で殴ろうとしてくるが、音牙はその触手を掴む。そしてその触手を思いっきり引っ張りオクトパスファンガイアを引き寄せ、強烈なヤクザキックをオクトパスファンガイアに叩き込んだ。

 

「ぐふっ!?」

 

オクトパスファンガイアは、そのヤクザキックをもろに受け、吹き飛ばされる。倒れた仲間には目もくれず、カメレオンファンガイアとプローンファンガイアが襲いかかってくる。

 

「ていっ!」

 

「アハッ!」

 

カメレオンファンガイアは飛び蹴り、プローンファンガイアは斧で攻撃してくる。しかし、圧倒的な力を持つ闇のキバには、その同時攻撃さえも無意味だった。

 

「ええっ!?」

 

「ちょっ!?」

 

音牙はその同時攻撃を両方とも受け止めて見せたのだ。さすがにこれには、二体のファンガイアも驚きを隠せない。

 

そして音牙はカメレオンファンガイアを地面に叩きつけ、プローンファンガイアが斧を受け止められ動けないところに、強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「くっ……! じゃあこれはどうかな!」

 

吹き飛ばされたプローンファンガイアは自身の能力、『エクスプローションバブル』で攻撃してくる。不意討ちに、音牙は咄嗟に腕で顔を防ぐことで対処した。しかしプローンファンガイアは、絶えず泡を発射してくるので、音牙は反撃が出来ない。

 

「今がチャンスだよ!」

 

「おっけー!」

 

周りに擬態して、カメレオンファンガイアが確実に音牙に近づいてくる。音牙はプローンファンガイアの泡を防ぐことで精一杯だった。

 

「隙ありっ!」

 

動けない音牙に向かって、カメレオンファンガイアが後ろから攻撃してくる。ファンガイア達は勝ちを確信した。

 

「かかったな。」

 

音牙は後ろから攻撃してきたカメレオンファンガイアを、攻撃が当たる直前で避けた。

 

「うっ! ぐっ! ああっ!」

 

攻撃を避けられたカメレオンファンガイアに、いくつも泡が当たり、当たった泡が炸裂する。プローンファンガイアは慌てて音牙を狙うが、音牙はカメレオンファンガイアを盾にしながらプローンファンガイアに近づいていく。

 

そしてカメレオンファンガイアを飛び越え、その光景に驚いたプローンファンガイアに拳を叩き込む。

 

「終いにしよう。はあああぁぁぁ……。」

 

音牙は溜め息に近い声を出し、足元に紋章を作り出す。相手の数が多いからか、作り出された紋章は通常のものより一回り大きい。

 

「ふっ!」

 

音牙がファンガイア達がいる方向へ指さすと、紋章はその方向へゆっくり向かっていく。そしてファンガイア達の足元に貼り付き、固定した。

 

「キング! どうか! どうか御慈悲を!」

 

オクトパスファンガイアが命乞いをしてくる。音牙はそれに冷淡に答えた。

 

「掟は絶対。それを知っていた上で掟に背いたのだろう? ならばかける慈悲などない!」

 

音牙はファンガイア達の頭上にもう一つ紋章を出現させ、それで押し潰す。

 

「「「あああああああああああああ!!!」」」

 

大きな断末魔と共に、ファンガイア達はガラスが砕けるように散ってしまった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「これでよし、と。」

 

音牙は、気絶した雫を廊下の隅にきつくない体制で寝かせると、何処かへ行ってしまおうとする。すると、

 

「う……ん……。」

 

雫が目を覚ました。雫は周りを見渡し、立ち去ろうとする音牙を見るとすぐに引き留めた。

 

「待って!」

 

その声に音牙は足を止める。

 

「あなたの……名前は?」

 

それは雫が一番知りたいことだった。音牙はテレビや新聞では、ファンガイアの王様という名前でしか出ていないため、名前を知っている人間がとても少ない。雫は、自分の王子様の名前をどうしても知りたかったのだ。

 

「紅、音牙だ。」

 

音牙はそう言うと、一枚の紙を投げ渡した。雫はそれを受け止める。そこには、簡単な地図が書かれていた。

 

「そこが俺の住んでいる場所だ。用があったらいつでも来い。仕事がない時は大抵そこにいる。」

 

音牙はそれだけを言い残し、去ってしまった。一人残された雫は、地図を見ながら呟く。

 

「紅、音牙……。」

 

ずっと知りたかった彼の名前。ネットで調べても、雑誌を読んでも、テレビでも、彼は『ファンガイアの王様』としか呼ばれていない。しかし、今ここでようやく、彼の名前を知ることができた。

 

(やっと、会えた。私の、本当の王子様。)

 

その時の雫の表情は、今まで誰も見たことがないほど喜びに満ち溢れていたという。




不明な点があったら感想に書き込んでください。感想で返信した上で、その話の後書きでまとめて説明しようと思います。

早速質問が来たので回答

Q.主人公とクイーンのファンガイアの姿は何?

A.主人公は過去キングと同じくバットファンガイア、クイーンは真夜と同じくパールシェルファンガイアです。パールシェルファンガイアは本編で登場させるつもりですが、バットファンガイアは今後の展開によります。

Q.キャッスルドランはいるの?

A.もちろんいます。この話で出てきた『住んでいる場所』というのは、キャッスルドランのことです。一応、そこにアームズモンスター達もいます。


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新しい家族 前編

そういえばこんなのも書いてたなと思いながら仕上げました。

前話からかなり間が空いているため、書き方などが変わっています。

時系列的には音牙君がハジメ君と知り合う前の話になります。


DV。

 

Domestic Violenceの略語であるその熟語は、一般的に家庭内暴力を意味する。その内容は酷く残酷で、決して許されるものではない。

 

少女中村恵里(なかむらえり)も、DVを受けていた者の一人である。しかも恵里に対してDVを行っているのは、実の母親である。それは何故か。少し彼女の過去について話そう。

 

 

彼女は、人間の父親とファンガイアの母親の間に産まれ、両親に愛されながら、彼女は不自由のない幸せな日々を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恵里がまだ幼かった頃、父親が交通事故で死亡した。それは、車にはねられそうになっていた恵里を庇った結果だった。

 

そこから、彼女の幸せだった生活は一気に狂い始める。

 

まず母親が豹変した。恵里の母親は、ファンガイアの中でも少し有名な貴族の家に産まれており、お嬢様家庭で過ごしてきた。恵里の父親と出会った時、すぐに一目惚れし、自分の家族の反対も押しきって結婚したのだ。

 

しかし肝心の父親は、もうこの世にはいない。

 

当然、誰よりも父親を愛していた彼女は、誰よりも泣き、嘆いた。愛する人を失った悲しみは、数日間続いた。そしてその数日間で、彼女はある疑問に辿り着く。

 

『何故あの人が死んだ?』

 

それはあまりにも単純そうで、とても複雑な疑問だった。

 

最初は、父親を轢き殺した運転手が原因だと思っていた。がしかし、彼女はそれで納得できなかった。否、納得()()()()()()()()()

 

その理由は父親にあった。彼は、彼女も勿論愛していた。しかし恵里が生まれると、彼女よりも恵里を愛するようになった。それから、彼女は恵里に対して嫉妬を抱くようになった。

 

表ではその嫉妬を隠していたが、裏では今にも爆発しそうなほどに膨れ上がっており、『愛する彼の子供だから』という理由で無理矢理抑え込んでいた。

 

しかし父親が死んだことで、その嫉妬が爆発した。

 

先ずは恵里に対して暴力を振るった。気に入らない相手を身体的に痛め付けるのは、子供でも思い付く行為である。

 

続いて暴力を振るいながら、罵詈雑言を浴びせた。何故お前が死ななかった、お前のせいであの人が死んだ、など恵里からしてみれば理不尽極まりない内容だった。

 

そういった母親からのDVを毎日のように受け続けていた恵里は、抵抗などもせずにひたすら耐えた。抵抗しても無駄だと分かっていたというのもあるが、恵里は自分のせいで父親が死んだということに納得していたからだ。父親を殺した自分には当然の報いだと思っていたので、耐えることができた。

 

しかし小学校中学年くらいになってある日突然、母親から暴力や罵詈雑言を受けなくなった。

 

その理由はとある男だった。母親が、自分が壊れないようにするために、他の男と再婚したのだ。

 

だが、その男に以前の父親のような面は少しもなかった。

 

そして男が自分を見る目。それは以前の父親のような愛情に溢れた目ではなく、自分を性の対象として見ているような、欲にまみれた醜い目だった。

 

そして夜になれば毎日響く声と、何かを打ち付ける音。それだけで何が行われているのか、恵里が理解するのに時間はそこまでかからなかった。

 

それだけなら恵里はまだ耐えられたのだ。

 

しかしその後に、恵里の心が壊れるきっかけとなった事件は起こった。

 

ある日恵里が学校から帰ると、母親は留守だった。どうせまた遊びに出かけてるんだろう、恵里はそう結論付けて考えるのをやめた。父親が死んでから母親は、毎日のように遊びに行くようになったのだ。先程記述した男というのも、遊んでるうちに知り合った男だった。

 

しかし、恵里はもう一つのことに気づくべきだった。

 

男は母親だけでなく、自分のことも食い物にする気でいたということを。

 

幸い恵里が悲鳴をあげ、その悲鳴を聞いた近所の人が警察に通報し、恵里は純潔を守ることができたが、男の逮捕には至らなかった。恵里が恐怖で何も話せなかったこと、男が警察に『恵里が虫に驚いただけ』と供述したこと、母親からのDVによる恵里の傷は既に治っていたことから、証拠不十分とされたのだ。

 

この世界に自分の居場所なんてない。そう悟った恵里の心は、粉々に砕け散った。

 

その結果、自殺することを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日恵里は二人が起きてくる前に起き、何も持たずに家から抜け出した。

 

恵里が向かっているのは、とある橋。大きな川の上にあり、フェンスもあまり高くないため、夏には若者が飛び込みの場としている場所だ。

 

橋に着いた恵里は、周りを見渡す。時刻は早朝のため、誰も歩いていない。これなら止められる心配もない。恵里は橋のフェンスを上った。

 

だがあと一歩というところで前に進めない。決意はしたつもりだが、やはり未練は残っているのだ。

 

もっと生きてたかったと。

 

しかしその未練も振り払い、恵里は遂に自殺を実行する。

 

その時だった。

 

「そこで何をしている?」

 

後ろから一人の少年の声がした。先の件があったため、恵理は男に強い不信感を抱いていた。恵理は無視して飛び降りようとするが、

 

「答えろ。そこで何をしているのかと聞いている」

 

少年に腕を掴まれ、飛び降りることは叶わなかった。恵理は腕を振り払おうとするが、その少年の力は異様に強く、振り払うどころか動かすこともできなかった。

 

「……ただ座っているだけだよ」

 

「嘘だな」

 

話さなければ腕を離してもらえないことが分かって観念した恵理は、嘘をついて少年が去るのを待とうと考えた。しかし一瞬で見破られてしまう。

 

「ただ座っているだけなら、何故足を橋の内側にして座らない? 後ろから押されたら、川に真っ逆さまだ。そしてここは、丁度川の水深が一番深い場所の真上でもある。大方、入水自殺でもしようとしていたんだろう?」

 

完全に言い当てられた。少年は腕を掴んだままなので、自殺は不可能だ。

 

「何があったのかは知らんが、容易に自らの命を捨てるものではないぞ」

 

「え?」

 

そう言うと少年はあっさり手を離し、その場から去ろうとする。あっさり過ぎて、恵理は思わず聞いてしまった。

 

「止めないの……?」

 

その言葉に、少年は足を止めた。

 

「お前の人生を決めるのはお前自身。他人の人生がどうなろうと、俺には関係ないことだ」

 

だが、と少年は続ける。

 

「悩みがあるのなら、聞いてやらんこともない」

 

それだけ言ってしまうと、少年は本当に去ろうとする。言っていることは本当のことのようだ。

 

「待って!」

 

恵理は少年を呼び止める。もしかしたら、自分を助けてくれるかもしれない。恵里にとって彼は、文字通り最後の希望だった。

 

「……悩みならある。聞いてくれる?」

 

少年は少し黙って、すぐに口を開いた。

 

「お前の名は?」

 

「……恵里。中村恵里」

 

「なら恵里と呼ぼう。着いてこい。俺は紅音牙だ」

 

恵里は少年、音牙に着いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

恵里と音牙が来た場所は、森の中にある湖だった。

 

「えっと……ここ何処?」

 

夢中で着いてきていた恵里はここが何処か分からず、音牙に聞く。

 

「いいから見ていろ」

 

音牙は恵里の質問に答えない。着いてくるのは間違いだったかと少し思いながらも、恵里は待ってみることにする。

 

すると、

 

 

ザパァ!!

 

 

「!?」

 

突如湖から城らしき建物が飛び出してくる。予想だにしない展開に、恵里は驚愕する。

 

「キャオオオオオオン!!!」

 

「!!!?」

 

そしてその城に竜の頸と翼が着いていることに、恵里は硬直する。

 

「ほら、行くぞ」

 

「え、いや、ちょっと、いろいろと突っ込みたいんだけど!?」

 

「安心しろ、食われることはない」

 

そうじゃないんだよ、と恵里は頭を抱える。

 

(はは、もうどうでもいいや)

 

考えることを諦めた恵里は、城のような竜の方へ歩いていく音牙に着いていく。




次話は今日の夜九時に投稿されます。


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新しい家族 後編

この話は本日投稿された話の二話目になります。一話目をまだ読んでいないという方は先にそちらを読んでいただくようお願いいたします。


恵里は、城のような竜『キャッスルドラン』の内部にお邪魔していた。

 

廊下は西洋の建物といった感じで、ランプにレッドカーペットとなかなかに派手な作りだ。

 

音牙が大きな両開きの扉を開けると、扉の奥には大広間が広がっていた。大広間ではタキシードを着崩した青年、燕尾服を着た青年、セーラー服を着た少年がポーカーをしている最中だ。

 

「あ、帰ってきた!」

 

「どうやら客もいるらしい」

 

「キング、浮気?」

 

三人は音牙と恵里を見ると口々にそう言う。

 

「俺が真深以外の女に惚れるものか。悩みがあるというからここに連れてきてやっただけのことだ」

 

「なんだ、つまんないの。あ、僕はラモンって言うんだ。よろしくね!」

 

セーラー服の少年、ラモンは恵里に近づいて自己紹介する。

 

「次狼、コーヒーでも淹れてやれ」

 

「御意」

 

タキシードを着崩した青年、次狼は部屋を出てコーヒーを淹れに行く。

 

「力、片付けてくれるか」

 

「分かった」

 

燕尾服を着た青年、力はテーブルに散らばったトランプを片付け、椅子を並べる。

 

「とりあえず座れ。立ちっぱなしは辛いだろう」

 

言われた通り、恵里は椅子に座る。少し経つと、次狼がコーヒーの入ったカップをトレイに載せて持って来た。

 

「ご苦労。お前達、下がっていいぞ」

 

次狼はトレイをヒラヒラさせて去っていく。ラモンと力も、次狼に着いていくように去っていった。

 

恵里はテーブルに置かれたコーヒーを少しだけ飲んでみる。すると思ったよりも苦くなく、飲みやすかった。

 

「次狼は大のコーヒー好きでな。自分が気に入ったコーヒーには万札も平気で出すような奴だ」

 

「はっ?」

 

次狼の金銭感覚のバグり具合に驚く恵里。もはやコーヒーに命を賭けていると言ってもいいのではないだろうか。すると、

 

「お帰りなさい、音牙さん」

 

恵里と音牙の横から声が聞こえてくる。そこには黒い衣に身を包んだ少女、真深が立っていた。

 

「そちらの方は?」

 

真深は恵里の方に目を向けると、首を傾げて音牙に聞く。

 

「えっと、中村恵里って言います……」

 

「恵里さん、ですね。私は真深と言います。あ、敬語はなくても構いませんよ。私のは口癖みたいなものなので」

 

真深はそういうと、残された椅子に近づいて座る。

 

「それで音牙さん、わざわざここに連れてきたということは、何か事情があるんですね?」

 

「特に深い理由は無いがな。悩みがあるなら着いてこいと言ったら、ここまで着いてきただけだ」

 

いつの間にか持っていたバイオリンの弦を指で弾いて調整しながら、音牙は答える。

 

「悩み、ですか?」

 

真深は恵里の方に顔を向ける。恵里は真深に見られてビクッと跳ね、ここまで着いてきたものの話すべきか話すまいか迷う。

 

「遠慮はいらん、全て話してみろ」

 

しかしそれも音牙にはお見通しだったようで音牙にそう言われ、話さざるを得ないか、と腹を括る。

 

そして恵里は、自分自身に起きたことを嘘偽りなく全て話した。

 

「「……」」

 

二人は時が止まったかのように黙ったままである。音牙の、先程までバイオリンを調整していた手さえも止まっていた。

 

「……まあ、こんなこと急に話されても困るよね。元々、僕だけの問題なのに。それじゃ僕はこの辺で「待て」え? ……ッ!」

 

恵里は帰ろうとした矢先、音牙に呼び止められた。そして振り返って音牙を見たとき、彼の纏う雰囲気が変わっていることに気づいた。

 

先程まではただの少し偉そうな少年だったのに、今は民を見下ろす冷酷な王のようだ。

 

音牙は立ち上がると、恵里に言う。

 

「奴等のところに連れて行け」

 

「連れて行けって、何するつもりなの? 言っとくけど、あいつはファンガイアの中でもまあまあ高位にいるんだよ。下手に手を出したらこっちが消されちゃう」

 

しかしいくら雰囲気が変わったところで、自分の親には叶わない。恵里の母親には、それほどの後ろ楯がいるのだ。

 

「それなら問題ありません」

 

横から真深が言う。その言葉には先程の親しみやすさは全く含まれておらず、代わりに背筋を凍らせるような冷酷さが含まれていた。その瞳も、突き刺すような鋭い視線を放つ瞳となっており、先程までの優しそうな瞳はどこにもなかった。

 

「私達に歯向かうことは、ファンガイアならば不可能です」

 

真深がそう言うと音牙が真深の隣に立ち、二人は左手の掌を恵里に見せる。音牙の掌にはキングの紋章、真深の掌にはクイーンの紋章が刻まれていた。

 

「そ、それって……!」

 

恵里はテレビや雑誌などを全く見ていなかったため、音牙と真深がどんな人物なのか全く知らなかったが、ファンガイアの血を引いている者なら誰もが知っているその紋章を見せられたことで、ようやく二人がどんな人物なのかを知る。

 

「改めてファンガイアの(キング)、紅音牙だ」

 

「同じく改めましてファンガイアの女王(クイーン)、真深と申します」

 

二人の名前を改めて聞いて、恵里は藁どころかとんでもないものを掴んでしまったな、と思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから少し経ち、恵里は家に帰る途中だった。これには理由がある。

 

恵里はキャッスルドランを去る前に、音牙にこう言われた。

 

「俺達が近くにいると、たとえお前を見つけたとしても二人に逃げられてしまう可能性がある。だからまずはお前に一人で家に向かって、奴等を誘き寄せてほしい。安心しろ、もう痛い目はあわせないと約束する」

 

要は恵里に囮になれということだ。音牙はキングというファンガイアの頂点に立つ存在である以上、冤罪で同族を裁いてしまわないよう細心の注意を払っている。

 

仮にもキングなので逃げられてしまうことは万が一にもないが、包み隠さず囮になれと言うのも聞く方からしたら嫌な話だ。なので建前上は逃げられないようにするため、と恵里に言ってある。

 

そして、恵里は家に着いた。

 

扉を開けようとした直前に、恵里の動きが止まる。今まで二人にされてきたことを体は覚えているので、脳が拒絶しているのだ。ここに来ては行けない、逃げろと。

 

しかし恵里は、今の自分には味方がいると言い聞かせ、扉を開けた。

 

帰ってきた恵里を一番最初に出迎えたのは、聞きたくもない醜い声だった。

 

「よお恵里ちゃぁん、今までどこ行ってたんだぁい? 俺達に何なぁんにも言わねえでよぉ。危うく警察呼んじまうとこだったじゃねぇかよぉ」

 

「全く手間ばっかかけさせんじゃないよこのガキは。ねぇあなた、こんなガキ放っといてどっか行きましょうよ」

 

「おぉう俺もそうしてえところなんだが、こいつぁ俺達にいらねえ心配かけさせやがったからなぁ。ガキの躾も、親の仕事じゃぁねえかぁ?」

 

「それもそうね。私達から逃げようとしたらどうなるか、教えてあげなくちゃ」

 

言い終わる前に、恵里は家から逃げ出した。捕まったら何をされるか分からない。最悪、もう家から出れなくなる。

 

そして逃げ続けて、あの恵里が飛び降りようとした橋の下まで来た。

 

「はぁ……はぁ……」

 

恵里は息も絶え絶えに膝と掌を地面につく。ここまで全力疾走してきた恵里には、もう走れるだけの体力は残っていなかった。

 

しかし二人は思ったよりも早く追い付いてきた。小学生の足の速さと体力では、大人に勝つことは難しい。恵里はもともと運動が得意ではないから、尚更だ。

 

「へへっ、やっと追い付いたぜぇ」

 

「わざわざ自分から人が来ないところに来てくれるなんてね」

 

そう言われて恵里は気づいた。この橋は上を渡る人は多くても、下を通る人はほとんどいない。そうするメリットがないためだ。まれにホームレスや不良などが集まっていることもあるため、人があまり近寄らないというのもある。

 

「これからたぁっぷりとしつけてやるからなぁ。安心しろよぉ、殺しはしねぇからなぁ」

 

二人は下卑た笑みを浮かべながらゆっくりと恵里に近づいてくる。恵里は大丈夫だと自分に言い聞かせ続けているが、それでも先日のことが思い出されて次第に恐怖が勝ってしまう。そして恵里が恐怖に耐えきれなくなり、目を瞑った時だった。

 

「ふごぇ!?」

 

男の間抜けな声が響く。恵里が目を開けると、そこには音牙がいた。

 

「な、何でここに!?」

 

母親の方は音牙の正体に気づいたようで、ヒステリックに叫ぶ。

 

「うごごぉ……んだよぉ……んん?」

 

男が起き上がろうとしたところに真深が現れ、真深は無言で男の顎を蹴り上げる。

 

「んごぉ!?」

 

「あなた!」

 

母親は男に近づいて男が起き上がるのを補助する。

 

「痛ってぇなぁ……ってキングぅ!? んでいんだよぉ!」

 

「クイーンまで! お前、何をした!?」

 

母親の矛先が恵里に向く。恵里は怨嗟に染まった瞳で見られたことで震える。

 

「黙れ」

 

「ヒッ!」

 

視線と言葉で威圧をかけられた母親は情けない悲鳴をあげる。

 

「貴様等の行いには反吐が出る。片方は多くの人間を食い物にし、もう片方は自分の子すら満足に愛することができない。それどころか、愛していた夫が死んだのは子のせいだと? ふざけるのも大概にしろ」

 

実は男もファンガイアで、恵里の母親と会うまでは、自分と知り合った人間を捕食するということを繰り返していたのだ。

 

そして恵里の母親と知り合ってからは、恵里の母親が気に入らなかった人間を誘導して二人で捕食するということを隠れてやっていたのだ。

 

「く、くそぉ! こうなりゃヤケクソだぁ!」

 

男は本来の姿、ライノセラスファンガイアへと変化する。

 

「やっと……平和に過ごせると思ったのに!」

 

母親は本来の姿、モスファンガイアへと変化する。

 

「ふん、平和か。自分の子を虐げながらの平和とは。一度平和の意味を辞書で調べてきたらどうだ?」

 

二人がファンガイアの姿に変わっても、音牙は余裕を崩さない。

 

「もう言うまでもないが、理解力のない貴様等は分かってないかもしれないからな。一応、王の判決を言い渡してやろう」

 

左手の掌にあるキングの紋章を突き付け、音牙は王の判決を言い放つ。

 

「死だ」

 

その言葉でどこからともなくキバットバットⅡ世が飛んできて、音牙の突き出された左手に噛み付く。

 

「ガブリ」

 

音牙の頬にはステンドグラス状の模様が現れ、腰には真っ黒のベルトが出現する。そして音牙は一言だけ呟いた。

 

「変身」

 

その一言が放たれると、キバットバットⅡ世が自らベルトに取り付けられ、音牙は黒い膜に包まれる。その膜が弾けると、そこには闇のキバの鎧を纏った音牙が立っていた。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

ライノセラスファンガイアは自身の武器である突進で攻撃してくる。ライノセラスファンガイアは他のファンガイアに比べて力が強く、その突進は一撃で他のファンガイアを戦闘不能にできるほどの威力を持つ。

 

「その程度、俺が受け止められないとでも?」

 

「な、何ぃ!?」

 

だがそれは並のファンガイアに限った話だ。

 

「はああっ!」

 

後ろからモスファンガイアが襲いかかってくるが、しっかり防御し肘打ちでカウンターを決め、ライノセラスファンガイアをモスファンガイアの方へ投げた上で重い蹴りを叩き込む。

 

「うげぇ……」

 

「ちょっと……退いてよ……!」

 

ライノセラスファンガイアにのしかかられてしまったことで、身動きが取れないモスファンガイア。

 

しかし二人の再起を音牙が待つわけがなかった。

 

「お前は真深に処刑してもらおう」

 

音牙はそう言うと、ライノセラスファンガイアの首の辺りを掴んで、真深の方へ放り投げる。

 

ライノセラスファンガイアが転がって止まった目の前には、真深が立っていた。

 

「今回は私も流石に頭に来ました。子供を自らの性欲の捌け口としようとするなんて、ファンガイアの恥です」

 

「うる……せぇなぁ……! 人間なんて……俺達にとって……ただの餌だろうがぁ……! 例え……ガキだろうとなぁ……!」

 

ライノセラスファンガイアは立ち上がろうとしながらも真深に反論する。

 

「反省の余地なし、ですか」

 

真深はライノセラスファンガイアが反省する気がないと判断すると、左手に着けていた手袋を外す。

 

「あなたの、夜が来る」

 

そう一言呟くと、真深の右耳に着いているイヤリングから赤い光がこぼれ、夜へと変化する。真深の背には、紅い月が浮かんでいる。

 

「何だぁ!? 何で夜になったんだぁ!? さっきまで昼だったのによぉ!」

 

「あなたが知る必要はありません。あなたは、死ぬのですから」

 

いつの間にか近づいていた真深が、ライノセラスファンガイアに向けて左手を突き出す。そこには、クイーンの紋章が刻まれている。

 

本来、掟に背いたファンガイアの処刑は、クイーンが行うものだ。そのためクイーンは、掟に背いたファンガイアを素早く、そして確実に処刑する手段を所有している。

 

それが、クイーンの紋章が放つ赤い光『制裁の雷』である。

 

真深はライノセラスファンガイアに向けて、至近距離で制裁の雷を放った。

 

「っ!? ぐっ、ああ、あああああ!!」

 

当然避けられるはずもなく、ライノセラスファンガイアは一瞬にして散ってしまった。

 

「あなたぁ!! よくもぉ……っ!?」

 

モスファンガイアが男の敵を討とうと、真深の方へ走ろうとするが、自身の足が動かないことに気づく。足元を見ると、キバの紋章があった。

 

「俺を忘れるなよ」

 

音牙はベルトの右側に付いているホルダーから、黒い笛のようなもの『ダークウェイクアップフエッスル』を取り出し、バックルに止まっているキバットバットⅡ世に咥えさせる。

 

「Wake up (one)!」

 

パイプオルガンのような音色が響き渡る。

 

音牙は体を低くし腕を前に組むと、高く跳び上がった。紅い月を背にして音牙は一回転すると右手を大きく突き出し、無防備なファンガイアの胸へと必殺技の一つ、ダークネスヘルクラッシュを叩き込んだ。

 

「うぐあああああああああっ!!」

 

モスファンガイアは大きく吹き飛ばされ、転がる。着地した音牙は、モスファンガイアの方を見る。

 

「私は……ただあの人を愛していただけなのに!!」

 

「人間の寿命はファンガイアより短い。遅かれ早かれ、人間は俺達より先に死ぬ。人間を愛するということは、愛する者が先に死ぬのを見届けなくてはならないということだ。貴様には、その覚悟がなかったのか?」

 

「う、あああああああああああああああッ!!!」

 

モスファンガイアは音牙の問いに答えることなく、ガラスのように砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、帰るぞ」

 

「はい」

 

二人の罪深きファンガイアを処刑した音牙と真深の二人は、何事もなかったかのように帰ろうとしていた。

 

「え、ちょっと、僕はどうすれば……」

 

帰ろうとする二人に対して、恵里が問う。

 

「何言ってる。お前も帰るんだよ。俺達のところに〝家族〟としてな」

 

「……え」

 

恵里は一瞬、音牙の言っていることの意味が分からなかった。

 

「それとも、俺達と暮らすのは嫌か? なら何処か別の場所にに行っても構わんが……」

 

その言葉で先程の言葉が聞き間違いでも嘘でもないと確信した恵里は、音牙の方に向かって走り抱き付く。

 

「えぐっ……ありがとう……ひぐっ……ありがとう……!!」

 

恵里の感情の防波堤が遂に決壊する。どんなに母親に虐げられても、男に襲われそうになっても、恵里が泣くことは決してなかった。それは恵里の心が壊れ、感情が欠如しかけていたためであるが、音牙と真深のお陰で恵里の心は修復され、恵里は感情を取り戻すことができたのだ。

 

「それじゃ、帰るぞ」

 

「うん!」

 

音牙の言葉に今は亡き父親の面影を感じながら、恵里は満面の笑みで返し、音牙の右腕に密着しながら帰ったのだった。

 

「……面白くないですね」

 

それを後ろから真深が嫉妬しながら見ていたらしいが、それはまた別の話。




恵里パートが終わったので、次は清水パートにしようかと思いましたが、雫パートと内容被りそうだなと思ったので省略します。

これで年内の更新は最後となります。皆さんよいお年を!


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