レイジングミラージュ 【終わりなき蜃気楼】 (白翼)
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プロローグ 終わらない過去

「なぁ、私はあと、どれだけの時を待てばいいんだ?」

 

 暗く、深く、『彼女』以外に何もない場所に私はいた。

 

 ここでは何もすることがなく、それ故に私は何もしないでいた。だからこそ我が国が滅び五百年という時が経とうとも、私はまだ活動を続けられるのだ。

 

 私は目の前にある『彼女』が入っているケースに触れると、ハァと小さなため息をつく。この五百年という時間で、何度したかわからないこの行動。だが私にはそれしかすることがないのだから、仕方がない。

 

「どうして目覚めてくれないんだ」

 

 君が目覚めた後の準備はもうすでに終えているのに、あとは君が目覚めるだけなのに。

 

 こいつを作り上げるのに私は百四十年という時間を費やした。元々私は人間であったが、もう体のほとんどが機械による補強を受けている。初めて私を見たものは私をロボットと思うほどに、体は機械に浸食されている。

 

 だが確かに私は人間だ。それは私の中に残り続けている心がそう言っている。

 

「いや、例えこの心が機械による偽りのものだったとしても……、それでも私は君を待っている」

 

 もう一度『彼女』に触れようとした瞬間に、王室の上層部から爆音が聞こえる。ここ最近何度も何度も聞くその音は、日を追うごとに大きくなっている。それは同時にこの最深部に何者かが向かっていることを表していた。

 

 私はゆっくりとその場から立ち上がると、『彼女』が入っているガラスケースに触れる。そして目の前の扉を見ると、この二百年ほど力を込めることのなかった体を、無理やり起動させた。

 

「君と私の居場所を壊させはしない。君の目覚めには間に合うようにするから、少し待っていてくれ」

 

 私は古びた王室の中にある、唯一点検を怠らなかった武装に手を伸ばす。人の生を導く研究の末に出来たどうしようもない殺戮兵器。だが、私はそれを使うことに躊躇はなかった。

 

「……それじゃあ、行ってくるよ」

 

 人間である私の背中には、黒く大きな翼が付けられている。翼が軋む音に耳を傾けることなく、その翼を展開させると、『彼女』の眠る部屋から飛び出していく。

 

「物音は上からか。……また奴らが来たのか」

 

 きっと奴らの狙いはこの場所にあるアレであろう。

 

 だがそれを渡すわけにはいかない。あれは彼女のためにだけに存在しているのだから。

 

 このまま防戦しているだけではダメだ。何か手を打たなければ。

 

 私は右手を強く握り締める。機械の体はギシギシと軋むが、それは私が生きているという証でもある。

 

 私が止まってしまう前に、早く。早く目覚めてくれ。

 

 



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魔法都市ミッドチルダ

「で、ここは一体どこだ?」

 

 首から二眼レフのカメラをぶら下げた青年。門矢士が初めに口にしたのは、そんなありきたりな言葉であった。だが彼がありきたりな言葉を口にするのも仕方がないことだ。

 

 今まで多くのライダーの世界を回り、つい最近ではライダーのいない世界、『シンケンジャー』の世界なども士は回ってきている。だが今目の前に広がるのは、あまりにも異質な世界であり、あきらかに今までの世界とは異なるものなのだから。

 

 多分士と同じ意見なのだろう。隣にいる光夏海、通称『夏みかん』はポカンとだらしなく口を開けていることから、それは明らかだった。

 

「何ですかこの世界は、だってほら、あそこ。人が飛んでますよ」

 

 別段夏海の頭のネジが飛んでいるわけではない。夏海の指さした空には、人間が歩くがごとく、当たり前のように人が空を飛んでいるのだから。

 

「でも士、ほらあそこの道路、普通に車が走ってるぞ。誰でも飛べるってわけじゃないんだな」

 

 夏海の隣にいる小野寺ユウスケは夏海とは違い、少し興奮気味にこの世界の説明をする。こういう事態になってもポジティブなのは、ユウスケのいいところである。

 

 それは士も重々承知している。だが今の士にそれは不快以外の何ものでもなかった。

 

「空飛ぶ人間がいて、普通の道路もあり、それらの見た目は化け物じゃない。どっかの二十二世紀ロボットの世界が、ファンタジー方面に進化した感じの世界だな、これは」

 

「そうだ。ファンタジーといえば士君の姿ですよ。何ですかそれは」

 

 そう言われて士は自分の姿を見る。彼がいま着ている服は普段着ではなく、軍人が着るようなキチッとした制服だったのだ。

 

 士は世界により、様々な役割を今まで与えられてきた。ヴァイオリニストになったり、コックになったり、はたまた黒子なども経験している。

 

「はぁ、今度の世界は俺に何をさせたいんだかな」

 

「よかったじゃないか士。いつもみたいに、突拍子もない服じゃなくて。軍人みたいでかっこいい服じゃないか」

 

「ふっ、そのカッコいい服を完全に着こなしてしまうのも、俺の恐ろしいところだな」

 

 自分の姿に酔いしれている士は、スッと手を顎に添える。

 

「はいはい、それじゃまあこれからどうしようか。情報収集するっていっても、あまりにも突拍子もない世界すぎてどうしたらいいやら」

 

「まあシンケンジャーの世界は敵が巨大化して、巨大ロボに乗って戦っているくらいだ。いろいろな世界に行けば、人が飛ぶ世界に来ることもあるだろう。まあ適当にやらせてもらうさ」

 

 そう言って士は絵の描かれていないカードをポケットにしまう。このカードもまたその時がくればいつも通り明らかになると思いながら。

 

 とりあえず立ち往生は疲れたと、士は写真館の中に戻ろうとする。すると、先ほどから遠目に彼らのことを窺っていたいた二人の女性が、ゆっくりとこちらに近づいてくるのだった。

 

「さっきからこっちを見てたようだが、何か用か?」

 

 士が声をかけると、彼と同じような形の制服を着た女性二人。彼女は一番声がかけやすかったのか、夏海に声をかけた。

 

「えっと、ここって喫茶店じゃなかったですか?」

 

 少し申し訳なさそうに、ボーイッシュな青い髪の女性がそう声を上げる。スカートを掃いているから、もちろんその場の誰しもが理解していたが、顔だけ一見したら男の子のような印象を受ける。それが士達の受けた第一印象だ。

 

「ここは写真館ですけど」

 

「ほら、馬鹿スバル。この店のどこをどう見たら喫茶店に見えるって言うのよ」

 

「そんなに怒らないでよティア~、おかしいな、確かにここは喫茶店だと思ったんだけど」

 

 ティアと呼ばれた黒い制服を着たオレンジのロングヘアーの女性は、スバルという名の女性に叱咤の声をあげる。

 

 別段写真館の位置が本来この世界にあった何かと変わるのは、いつものことである。だが今回は明らかにこの世界の住人の態度が違っていた。

 

 このティアって呼ばれている女。随分と機嫌が悪いみたいだな。

 

 そんなふうに士が勝手に解釈をしていると、写真館から一人の男が出てくる。ここは士と夏海とユウスケがいるのだから、答えは一つである。

 

 この写真館の主である光栄次郎は、二人のムードが険悪になるのを敏感に感じ取ったのだろう。チョイチョイと手招きをした。

 

「ここは写真館だけど、コーヒーくらいなら出せるよ」

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 スバルはアハハと苦笑いしながら、そしてティアナはムスッとしながらテーブルを囲んでいる。机にはすでにコーヒーが用意されており、スバルはそれを手に取ると、スッと口に運んでいった。

 

「うわぁー、おじいさんのコーヒーおいしいよ。ほらティアも早く飲んでみなよ」

 

「…………」

 

 スバルの方は何とかしてこの場を保とうとしているが、ティアナはムスッとしたままコーヒーに口をつけようともしない。士達は栄次郎共々、厨房に移動していた。だが距離が離れていても如何せんここの空気は悪すぎた。

 

 栄次郎がせっせと菓子を作っている中、しかたなしに士達はその会話に耳を傾けることにした。

 

「ほらほら、ティアもそんなにムスッとしてないでさ。本当にここのコーヒー」

 

「それでスバル。私に大事な話があるって言ってたけど、早く要件を話しなさいよ」

 

 先ほどから何をピリピリしているのか、ティアナはずっと攻撃的な口調でいる。スバルもこれ以上、場を和ませようとしても無駄だとわかったのだろう。

 

 ギュッと一度目を閉じると、力強い眼光でティアナを見つめた。

 

「それじゃあハッキリ言うよ。来週辺りにさ、二人で旅行に行かない? もう有給休暇いっぱい溜まっちゃってるでしょう」

 

「……あんた、本気でそんなこと言うためにここに呼んだの」

 

「だってティア、あの時からずっと働き詰めじゃない。だからどっかでパーっと――」

 

 遊びに行こう。多分スバルはそう続けようとしたのだろう。だがその言葉はティアナが机を叩く音でかき消される。

 

 さすがにこのままではまずいと、ユウスケが二人を止めに入ろうとする。だがその行動を士は全力で抑えつけるのだった。

 

「何で止めるんだよ士!」

 

「待て、もしかしたら何か情報が掴めるかもしれない。俺達にとって、ここの世界は本当に未知なんだ。しばらく様子を見た方が得策だ」

 

「だ、だけど二人ともこのままじゃ喧嘩になっちゃうぞ」

 

「問題ないだろう。見たところ二人は親友同士みたいだ。それに問答無用で殴りかかることもないだろう。どっかの仮面ライダー達みたいにな」

 

「そ、それはもう言わないでくれよ」

 

 以前、士の正体が仮面ライダーディケイドだと聞いただけで戦いを挑んでいったユウスケは、グッと動きを止める。夏海の方もまだ動くことはないようで、そのまま士達は二人を見守ることにした。

 

「スバル、あんた今がどういう状況だかわかってるの? 聖王のゆりかご事件で、ブラスターの限界行使でなのはさんは意識不明の重体。

 

 フェイトさんはそのことを紛らわすために仕事に没頭して、はやて部隊長なんてゆりかご事件の責任を取らされて、左遷だなんて……」

 

「それはもちろんわかってるよ。でも、だからってその全てをティアが背負うことないんだよ」

 

「うっさい!」

 

 スバルが伸ばしかけた手をティアナは弾くと、椅子を倒しながらも立ち上がる。そして今だに椅子に座っているスバルの襟首をギュっと握りしめた。

 

「私が背負わなくて誰が背負うって言うのよ。あの時、私がもっと早くゆりかごに向かえていれば、なのはさんもあそこまで傷が深くなることはなかった」

 

「だったら私にだって責任はあるよ。私がもっと早くギン姉と決着をつけられていたら……」

 

「だからこそでしょう。スバルだってどうにかしてなのはさん達を救いたい。だからこそ、特別救助隊の誘いを蹴って、今でも私とタッグを組んでるんでしょう。それに私達はもうなのはさん達を救えるところまで来てる。あのロストロギアさえあれば――」

 

 ロストロギア。その単語を聞いても士達は何のことだと、頭を捻るだけである。だがその意味を唯一理解したスバルの顔はサァーッと青ざめていった。

 

「まさかいま探索中のあれを使うの。でもあれは貴重なものだからそのまま封印するって」

 

「そんなこと知ったことじゃないわよ。それでなのはさんが助かるなら、私は喜んで罪人になってやるわよ」

 

「落ち着いて、落ち着いてティア」

 

「私は落ち着いてるわよ。……それに!」

 

 先ほどまでスバルを睨みつけていた視線が士達に向かう。急に怒りの矛先がこちらに向けられたことにユウスケはオドオドしてしまうが、士は特に何も気にすることなく、ツカツカと彼女らの元に進んで行くのだった。

 

「どうした、俺に何か用があるんだろう?」

 

「そうよ。あなたの制服、一見私達と同じ時空管理局の制服みたいだけど、そのくせにどこの部隊のものでもない。それにこの喫茶店だっておかしいわ。こんなところに店が移転する情報はないと、さっき管理局からデバイスに連絡があったわ」

 

 そう言ってティアナはデバイスが映し出す「error」という文字を見せる。それでスバルも自分の記憶が間違っていたことに納得がいったのだろうか、臨戦態勢でこちらを見た。

 

「さあ、どこの所属か言いなさい」

 

「どこにも所属してないさ。俺は通りすがりに仮面ライダーだからな」

 

「はぁ? 何よ仮面ライダーって。新しいデバイスの名前?」

 

「どうやら、ここも仮面ライダーのいない世界か。まあそうじゃなくても、現状に変わりはないんだろうけどな」

 

 今にも士に殴りかかりそうな距離までティアナは詰め寄る。だがそれを見て、士はユウスケが、ティアナはスバルが背中から抑えつけた。

 

「お、落ち着け士。確かにこの人達の言うことも一理あるぞ」

 

「そうだよティア。何もそんなに喧嘩腰にならなくても」

 

 何とかしてスバルはティアナを抑えつけようとするが、それを振り切りティアナは店の外に出る。そして首をクイッと動かし、外に出ろと士を促した。

 

 士はユウスケの脇腹に肘を打ち込むと、無理やりはがいじめを外す。そしてそのまま外に進んでいくと、その通りがてら、ポンとスバルの肩を叩いた。

 

「俺の方は訳も分からず捕まる気はないし、どうやらその何とか管理局に似た制服を着た俺を、あちらさんは逃がす気はないらしいな」

 

「えっ、それってどういうことですか」

 

「さっきの言葉通りだろう。あいつはその何とか管理局ってのを、敵に回してでも成し遂げたいことがある。それを今チクられるわけにはいかないんだろうよ」

 

「そ、そんな……」

 

 スバルはその場で力なく膝をつきそうになると、それを夏海が支える。その姿を見て、士は店の外に出るのだった。

 

 



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対決 ディケイドVSティアナ

 士とティアナは店の裏に広がる更地に立つと、互いを牽制し合う。パッと見ると、この更地は外から見ると周りの木々に隠されるような作りになっており、果たし合いにはもってこいの場所だと、士は内心皮肉めいた。

 

 だがそんなふうに皮肉を考え続けるわけにもいかない。目の前のティアナはすでに、いつ殴りかかってきたもおかしくないほど、殺気立っているのだから。

 

「はぁ、あまり生身の人間を殴るのは気が進まないんだけどな」

 

「それなら心配しなくてもいいわよ。こう見えても執務官の資格は持っててね。行くわよ、レイジングミラージュ、セットアップ」

 

『セットアップレディー』

 

 ティアナそう声をあげると、オレンジの光に包まれ黒い制服から、瞬時に黒いバリヤジャケットに姿を変える。それを見て、士は「ほぉ」と声を上げる。

 

「ライダーはいないが、やはりこの世界にも変身があるのか。それより姿が変わったのはいいが、それで強くなってるのか?」

 

 変身をしたのはいいが、他のライダーのように体に装甲がついたわけではない。変身は派手だが、見た目の変わらなさに、士は少し戸惑っていた。だがティアナは、そんな士に挑戦的な声をかけた。

 

「それはこれから試してみればいいことよ」

 

「本当に聞く耳持たずだな。一つ言っておくが、俺はディケイドだ」

 

「何よディケイドって、あなたの名前なんて聞いてないわよ」

 

「俺がディケイドだってわかっても、変化なし。どうやら本気でただの八つ当たりみたいだな」

 

「これは八つ当たりじゃないわ。あなたが抵抗するから捕獲するだけ。そのさいに多少意識を失ってしまっても仕方がないけどね」

 

「はぁ、そういうのが八つ当たりっていうんだよ。まあ俺も無抵抗にやられてやるほど良心的じゃないんでな。足掻かせてもらうぞ」

 

 そう言うと士は手にベルトを持つ。そしてそれを体に当てると、瞬時にベルトが体に巻きつく。士はそれを確認すると、一枚のカードを取り出した。

 

「変身!」

 

『カメンライド ディケイド』

 

 ティアナのデバイスのように士のベルトが電子音をあげる。そこまでは先ほどの変身と何も変わりはないが、ここからが士が仮面ライダーである所以である。

 

 突如辺りから現れた装甲は士の体に装着されていき、最後に顔を覆う黒の線がつくと、士はパンパンと手を叩いた。

 

 自分の世界とあまりにも違う『変身』に、ティアナは少なからず、驚きを覚えた。

 

「何よそのデバイスは、ベルト型なんて初めて見たし、それに全身装甲なんて……」

 

「こっちとしては、変身してるのに服しか変わってない方が驚きなんだけどな。シンケンジャーだって全身変わっていたぞ」

 

「さっきから仮面ライダーとかシンケンジャーとか訳の分からないことを。本当に管理局で事情を聞いた方がよさそうね」

 

「お前に出来るかな?」

 

 二人はある程度の距離をとると、互いを牽制するように睨みあう。

 

 変身をしたはいいが、互いが互いに相手の変身システムを理解しておらず、それゆえに初手の攻防がどれだけ重要かということを理解していたからだ。

 

 

 

 士による相手の戦力分析。変身したわりには全身は装甲に覆われず、それゆえに防御は低いと思われる。

 

 手には二丁の銃を構えており、それによる攻撃が主と思われる。その他にどういった能力があるかは不明。要観察。

 

 ティアナによる相手の戦力分析。謎のデバイスを使っており、全身に覆われた装甲により強度は堅いと思われる。

 

 手には四角いものが握られており、あれが武器になると推測する。あの武器が銃になるか剣になるか、はたまた全く別のものになるかは不明であり、どのレンジでも対応できるように、注意を置くこと。

 

 そうやって相手の出方を窺いながら、互いにジリジリと距離を詰めていく。そして離脱するには近く、斬り合うには遠い。

 

 距離がミドルレンジに入ったその瞬間、二人は武器を相手に向けた。

 

「レイジングミラージュ!ファイヤ!」

 

『アタックライド ブラスト!』

 

 二人の第一攻防は銃撃戦にて始まるのだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 写真館のソファーでスバルは涙を流していた。どうしてこうなってしまったのか、どうしたらいいのか。その二つに押し挟まれ、どうしようもなくなってしまったのだ。

 

「私はどうしたら……ティア……なのはさん……」

 

 いくら目を拭っても涙は流れ続けてしまい、結局スバルはその行為をやめてしまう。もうすでに決壊し水が流れているダムを誰が補修しようとするか。

 

 スバルにしてみればそれくらい簡単な問答であった。だがそれを感じているのは当の本人だけである。ユウスケは自分のポケットに入っていたハンカチを取り出すと、そっとスバルの涙を拭い始めた。

 

「あ、あなたは」

 

「俺は小野寺ユウスケって言うんだ。まあ士とは友達みたいな感じ」

 

「士さんって……、そうだ私はこんなところで泣いてる場合じゃない。早くティアを止めないと!」

 

 ようやく今起こっている現状を頭で理解したのか、スバルはすぐに裏庭に向かおうとする。だがその手をユウスケは握りしめると、彼女を行かせないように力いっぱい引き留めた。

 

「大丈夫だよ、きっと士なら」

 

「でも、今のティアは正気じゃない。確かに見た目は女の子ですけど、本当にティアは強いんです」

 

「だったら余計だよ。ここで下手にしゃしゃり出たら、巻き込まれちゃうしね」

 

「……何でそんなに落ち着いていられるんですか。士さんは友達なんですよね?」

 

 未だに落ち着きを取り戻さないスバルは、捲し立てるように声を上げる。彼女の抵抗する力強さにユウスケは冷や汗をかくが、それでもそれを億尾も出すことなく、平静を装った。

 

「友達だからだよ。俺はあいつのことを友達であり、仲間だと思ってる。だからこそ、あいつのことを信用して待ってられるんだよ」

 

「仲間だから……信用できる……」

 

「まあ、あいつの方は俺のことを友達と思ってるか分からないんだけどね。あと、それとは別に君達の気持ちも少しわかるんだよね」

 

 急にユウスケに声のトーンが落ちたことに、スバルは落ち着きを取り戻す。手にかかる力が弱まったことにユウスケは安心しながら、ゆっくりと落ち着いた口調で声を上げるのだった。

 

「俺もね。ちょっと前にすっごく大切な人を失なっちゃったんだよ」

 

「小野寺さんの大切な人……」

 

「でもその人はね。自分が死ぬ直前に、俺が世界のみんなを助けるために戦えば、もっと強くなれるって、自分のことよりも俺と世界のことを心配してくれたんだ。だから俺は誓ったんだ。この力を皆のために使うってね」

 

「みんなのために使う……」

 

「そのなのはさんって人のことはよく分からない。だけど、その人は君たちが傷ついてまで自分を救ってほしいって言う人かな? 本当にその人のことをわかっているんだったら、ちょっとした切っ掛けを与えてあげれば、あの子も分かってくれると思うんだ。その切っ掛けを与えるのは誰もでない、親友の君なんだからね」

 

 ユウスケは自分に言えることを全て言い終えると、ポンポンとスバルの肩を叩く。すると、スバルは先ほどまで全く止まる気配のなかった涙をぬぐい去る。

 

 そして今までユウスケが見たなかで一番力強い表情を見せた。

 

「はい、私もう一回ティアに話してみたいと思います」

 

「うん、それがいいね。まあ今はその子も頭に血が昇ってるから、士と戦うのはいいクールダウンになると思うんだ」

 

「で、でもさっきも言ったようにティアは本当に強いんです」

 

「それなら大丈夫だよ。その子も本気で士を殺そうと思ってるわけじゃないだろうし、それにね」

 

 ユウスケはそこで一呼吸置くと、最高の笑顔をスバルに向けた。

 

「士は性格は悪いし、写真を撮るのも下手だけど……本当に強いよ」

 

 

◆◇◆◇

 

 

 第一戦の銃撃戦は完全な互角に終わる。

 

 ディケイドはブラストのカードにより、銃の数を増やしているが、ティアナの二丁拳銃の連射力は士の考えより速かった。

 

 逆にティアナの方も士の銃撃に目を疑っていた。突然銃が分身し、幻術かと思われたその全てに実体がある。とっさの判断で、士に構えていた銃口の一つを迎撃にあてたのが功を奏していた。

 

 そこからの二人の思考は早かった。銃撃では決着がつけられないと、銃撃をしながら互いに止まることなく一気に距離を詰めていく。

 

 それは互いにとって望んだ状況であり、予想外の行動であった。

 

 それが意味するところ、それは銃型の武器を使いながら、近距離に対して何かしらの武装があるということに他ならないのだから。

 

『ダガーモード!』

 

『アタックライド スラッシュ!』

 

 互いの武装が声を上げる。士の武器は銃身が剣に変わり、ティアナのデバイスからはオレンジの刃が形成された。

 

「ちっ、やるな」

 

 遠距離よりも近距離を得意とする士はここでダメージを与える予定であった。だが何本にも分身する刃を、ティアナは二本のダガーを使い綺麗にいなしていく。

 

 これが初手なら確かにティアナは痛手を負っていたかもしれない。だが先ほどの銃撃戦により相手の武装が分身することはある程度予測を立てており、それを念頭に置いたまま対処したのだ。

 

 結果は見ての通り、落ち着いて対処しているティアナに対して士は悪態をついた。

 

「レイジングミラージュ、ファイヤ!」

 

 ティアナは片方のデバイスを銃に変形させると、そのまま士の体を狙って射撃する。士は何とかその射撃を避けようと体を捻らせるが、それでも数発魔弾をもらってしまった。

 

「(くっ、思ったよりダメージがあるな)」

 

 小ぶりな球ながら、怪人の拳ほどの威力がある。それが一気に数発放たれるのだから、これ以上の当たってやることは士には出来なかった。

 

 ティアナを飛び越えるように跳躍すると、そのまま士は距離をとる。だがティアナはそのまま追撃することもなく、その場で膝をついた。

 

「レイジングミラージュ、フェイクシルエット!」

 

 ティアナの周りに魔法陣が形成されると、その叫びと共にティアナが数人に分身する。その数が八人ほどになると、ティアナ「達」はかく乱するように左右に散らばっていく。

 

「いけえぇぇぇぇぇ!」

 

 四方八方から放たれる銃撃の嵐。士は避けようがないと、その場で防御の姿勢をとる。

 

「(くっ、これだけの銃撃じゃ……ん?)」

 

 だが次の瞬間に、士は今受けているダメージに違和感を覚えた。確かに今自分の当たっている攻撃はそれなりの威力があるが、先ほどと何ら変わりがない。逃げ場のないくらいの銃撃を受けているのに、それはおかしな話だった。

 

「(つまりあの分身は実体がないってことか、だったら)」

 

 士はダメージのある攻撃が来る方向と逆方向に転がりこむと、そのまま体勢を立て直す。思ったとおり、今この瞬間も攻撃を受けているが、ダメージはない。つまり士の考えは正しいことが証明されたのだ。

 

「正直八人に分身されたのは困ったけどな。そういうの、こっちにもあるぜ」

 

 士は一枚のカードを構えると、それを瞬時にベルトの中に差し込む。

 

『アタックライド イリュージョン』

 

 ベルトが電子音をあげると士の姿が三人に分身する。そしてその一人一人がティアナに向かって走っていくのだった。

 

「(パワータイプだと思ってたけど、幻術も出来るなんて……でも!)」

 

 確かに相手が分身したことにティアナは目を見張った。だがそれも一瞬のことだ、こちらの分身の数は八。それに対して相手の分身の数は三。

 

 どうみてもこちらの有利には変わらないからだ。だがその余裕こそが、ティアナにとって完全なる仇になってしまったのだ。

 

「えっ、なんで」

 

 現状を見てティアナは声をあげてしまう。それもそのはずだ、自分と同じ幻術の類だと思っていた士の分身が全て実態を持っており、分身しているティアナに攻撃しているのだから。

 

「幻術じゃない!」

 

「誰もそんなこと言ってないぜ。そしてお前が本物だ」

 

 すでに全ての幻術を倒した士「達」はその剣でティアナに斬りかかる。ティアナは何とか二人分の剣を止めるが、最後の一人の剣はどうすることも出来なかった。

 

『プロテクション』

 

 ティアナの意思に関係なくデバイスから防御魔法が展開される。だが所詮は急ごしらえの防御魔法。士の剣を抑えられたのもほんの一瞬であり、バリアを貫通すると、バリアジャケット越しにティアナの足を少し傷つけた。

 

 先ほどとは立場が逆になり、ティアナが士から一気に距離をとる。すると先ほどのティアナのように士は追撃することはなかった。そのまま士は分身を消すと、パンパンと手を叩いていた。

 

「いったい何のつもりよ。私のことを見くびってるの」

 

「そんなことはないぞ。っというか、そろそろ気は晴れないのか」

 

「なっ!」

 

 真剣勝負の最中ににつかわない、あまりにも気の抜けた声。そんな士の言葉がティアナは気にいらず、鋭い眼光で彼を睨みつけた。

 

「いったい何を言ってるのよ!」

 

「だから八つ当たりして、少しは気が晴れたかって言ってるんだよ。そのなのはって人を救えなかったってのが、あんたの重しになっているようだが、いったい何があった?」

 

「違う、私はあなたを捕まえるために戦っているのよ。あなたは明らかにおかしい、私は八つ当たりなんてしてないわ!」

 

「ほぉ、じゃあ俺のことはそう言うことにしておこう。だったら、あのスバルって子に対してはどうなんだ」

 

 士の口からスバルという単語が出た瞬間に、ティアナの表情が固まる。その姿を見て士は大きくため息をついた。

 

「あの子はお前の同僚で親友なんだろ。そんな相手に自分のイライラをぶつけるのは、八つ当たりと言わないのか?」

 

「ち、違う。私は八つ当たりなんか……、ただ私は、私は……」

 

「ほう、あれが八つ当たりでないなら、本当にただの嫌みっ子か? それともあいつとは友達でも何でもないって言うのか?」

 

「違う、違う、私は、私はあぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 ティアナ金切り声をあげながら、レイジングミラージュ二丁を士に向けて構える。それはティアナの技の中でも最も威力重視であるファントムブレイザーの構えであった。

 

 士には魔力はなく、もちろん相手が何をしようとしているかわからないが、それでも一つのことは確かに理解していた。

 

「赤ん坊だって駄々をこねたら手をつけられない。それが大人なら余計にな」

 

 士は一枚カードを手に取ると、それをベルトに差し込もうとする。

 

 互いが互いに次なる手段に入ろうとした。その時だった、二人の勝負に全力で水を差すものが現れたのは。

 

『ウオォォォォォォォォ!』

 

 機械の電子音のような、それでいて人間のように感情のこもった声で、目の前の存在は叫び声をあげた。

 

 全身が黒く染め上げられているその存在。手には大型のキャノンを二丁構えており、その先には鋭利な刃が付けられている。その存在は、士とティアナに片方ずつ目を向けると、まるで何か見定めたかのように、黒く染まった眼光が赤く光を上げるのだった。

 

 次の瞬間、機械のような人間であり、人間のような機械は再び声をあげる。

 

 そして背中の黒い機械の翼を広げると、爆発的な加速で二人との距離を詰めるのだった

 



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黒き狂気と壊れた心

 その黒い男の目には二人の人間が見えていた。一人は自分のように全身が装甲で覆われている男。そしてもう一人は、男がいた城に潜入しようとしていた賊の機械に登録さていた人間。黒い男の居場所に潜入するように命令している女である。

 

 男は二丁のキャノンを構えると超スピードで距離を詰める。狙いはただ一人、管理局執務官のティアナである。

 

 まず一撃目に放たれたのは、目を覆うほどの魔力の弾幕。その魔弾の一つ一つがティアナのそれの倍以上の大きさがあり、それだけでその弾の威力がどれほどのものか、ティアナにも士にも理解出来た。

 

「ぐっ、ファントムブレイザアァァァァァァァ!」

 

「馬鹿よせ!」

 

 ティアナはとっさの判断で、詠唱の終了したファントムブレイザーを黒い男に向かって放つ。

 

 確かに突如襲われたものの判断としてティアナの動きは素晴らしいものだった。だがそれはあくまで一般の魔術師ならの話だ。ティアナはこの時点で執務官の資格を持っており、その行動はあまりにも軽率だった。

 

 ティアナのファントムブレイザーで、なんとか敵の弾丸を相殺することができた。

 

 だがその代償に辺りは粉塵により覆い隠されてしまい、士は隣にいるはずのティアナすら目視できない状態になってしまった。

 

 あの状況での正解は、第一攻防のように互いの銃弾で相手の銃弾を的確に落としていくこと。だが今のティアナは頭に血が上っており、さらにまだ士を敵視していることが重なり、自分一人の力で何とかしようとしてしまったのだ。

 

「ちっ、いい加減わかれってんだよ」

 

 士はホルダーに手を伸ばすと、一枚のカードを取り出す。この粉塵に包まれた状態で使えるのは一枚。これなら流れ弾を当てることはほぼ皆無である。

 

『カメンライド クウガ』

 

 さらに士はもう一枚カードを取り出すと、それをベルトに差し込んだ。

 

『フォームライド クウガ ペガサス』

 

 仮面ライダークウガになった士はすぐに緑色のクウガに姿を変える。この粉塵の中で出来ることはただ一つ。自分の目で追うのではなく、ペガサスフォームで感覚神経を極限まで高めることだ。

 

「(この息遣いはあの女。そしたらこのめちゃくちゃなスピードで移動してるのが……)」

 

 士は、常人の目には何一つ景色の変わっていない位置に狙いをつける。そして勢いよくトリガーを引いた。

 

「そこだ!」

 

 ペガサスボウガンから放たれた光が何者かにぶつかる。その対象は見るまでもなく、ペガサスの超感覚ですでに士は理解していた。

 

 だが粉塵がだんだんと薄れていくと同時に、それは成功であり、失敗であることに気づかされるのだった。

 

 成功であること。しっかりと相手の位置をはじき出し攻撃を当てたこと。失敗であること、確かに攻撃は相手に届いた。だが目の前に拡がる不可視な壁にその攻撃が止められてしまったということ。

 

「なんて強硬な防御魔法。こんな強度なのはさんだって……」

 

「おいおい、なんだよあれは。確かお前もあんな感じのやつ使ってたよな」

 

「確かにあれは私の使っていたプロテクションと同じ種類。だけど魔力密度が違いすぎる。あれじゃ普通の攻撃じゃまず貫通が出来ない」

 

「殴るのにも一苦労ってか、いろいろ面倒な世界だな」

 

 士はペガサスフォームの限界時間を感じ、もとのディケイドの姿に戻る。士の予定では、ペガサスフォームの一撃で足の一つは傷つけられただろうと思っていた。

 

 しかしそれもうまくいかず、どう攻め込んだらいいかと、考えを巡らせていた。だが隣にいたティアナは違った。

 

 あれほどのスピード、威力は必殺とはいかなくとも連射の利く武器、そしてあの強硬なバリアを見ても、なおそのまま真っ直ぐ敵に向かっていくのだった。

 

「おい、何をする気だ!」

 

「あいつを倒すのよ!誰にも邪魔はさせない。私は、私は」

 

 ティアナの危機迫る顔、昔からティアナを知ってるものでも、こんな姿の彼女を見たことはないだろう。そうただ一度を除いて。

 

 なのはの教えを破り、ただ強さだけを求めたあの摸擬戦の時以外は。

すでにティアナには誰の声も届いていない。射撃主体であるはずのティアナは、わざわざ自分から距離を詰め、そしてダガーモードで相手に斬りかかる。

 

 だがその攻撃は強硬なプロテクションに止められることもなく、相手の超スピードにより、あっさりとかわされてしまった。

 

 あまりにも稚拙な攻防に、黒い男は溜息を一度つく。そこまでの余裕を持って自らの左腕をティアナに向けて放った。

 

「イ、イヤアァァァァァァ」

 

 今さらになって恐怖が感覚についてきたのか、ティアナは叫び声をあげる。だがその左手は止まることなく、矢が放たれるようなスピードで、彼女の体を貫いていった。

 

 グチャリと肉に刃物が刺さる音がし、その場に血が拡がっていく。だがそんな光景を見たからこそ、ティアナは不思議でしょうがなかったのだ。

 

 なぜこんなにも血が出ているのに、自分は無傷なのだろうと。

 

 だがそれはするだけ無意味な問答だった。ティアナが傷を負っていないのなら、その代わりに誰かが傷を負ったということなのだから。

 

 ティアナの目には赤い世界と同時に青い世界が広がっていた。それはずっと隣で自分のことを見てきたくれた。かけがえのない――

 

「スバル!スバルどうして!」

 

 腹部を貫かれたスバルは、その場に崩れるようにして膝をついてしまう。それを抱えるようにして、ティアナもまたその場に座り込んだ。

 

「スバル!ねぇ、返事をしてよスバル!」

 

「へへ、大丈夫だよティア。それよりティアが無事でよかった」

 

「何言ってるのよ!そんなことより自分の心配をしなさい」

 

 ティアナは先ほどの頭に血が昇っている状況とは真逆に、完全に血の気が引いていた。だからこそ何も考えることができずに、ただ泣きじゃくることしか出来なかった。

 

 だがその涙を、スバルは残りの全ての力を振り絞り優しく拭っていた。

 

「大丈夫だよティア、私の体は普通の人より頑丈だからさ。それより私はティアの方が心配だよ」

 

「私の方が心配って……」

 

「今のティアは焦り過ぎてる。私達が無茶した摸擬戦の時に、なのはさんが言ってたじゃない。ただ力を誇示するだけじゃ駄目だって。練習のときだけ言うこと聞いてるふりじゃ駄目だって」

 

 スバルの話しているのはまだティアナが機動六課にいた時の話。自分には何の才能もなく強くなっている実感が持てないティアナが、ただ強くなりたいとがむしゃらに努力していた時期。

 

 ただその努力は間違った方向にいってしまい、それをなのはに正されたのだ。

 

 あの時のことを思い出して、ティアナ頬にはスッと涙が流れ落ちる。ようやくなのはの教え子として胸を張れると思っていた。

 

 だが自分があの頃と全く変わっていないことに、今さらになって気付かされたからだ。

 

「スバル……、私あなたにもずっと迷惑かけ続けて」

 

「迷惑だなんて思ってないよ。だって私達はコンビなんだから。一人が辛い思いをしてたら、助ける当たり前だよ」

 

「……スバル」

 

「本当に私の方は大丈夫――ぐっ」

 

 スバルはティアナを窘めた笑顔から急激にその顔を歪ませていく。傷が深まったのかとティアナはスバルの体を見るが、先ほどより傷が悪化したということはない。ただそれは目に見える外傷であり、スバルの内部で何が起こっているのかは誰にもわからなかった。

 

 そう、その攻撃をした黒い男以外には。

 

『そうか、お前は私と同じ機械の体を持つものか』

 

 電子音でありながらも人間的な喋り方をする黒い男。その男は黒の翼を展開すると、ティアナに背を向けた。

 

「あんた待ちなさい。なんでスバルの体のことを」

 

『私の左腕を受けた結果、その状態になるのならすぐにわかるさ。研究の末に作られた最悪の殺戮兵器、それが私の左腕だ』

 

 黒い男はそう言い残すと、超スピードでその場から離脱していってしまう。そしてまるでタイミングを見計らったかのように、スバルの目は赤く深い色に変化していくのだった。

 

 



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黒き狂気と壊れた心2

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 スバルは悲痛な声をあげながら、全力でティアナを突き飛ばす。だがそれも虚しい抵抗であった。

 

 スバルは自分の意思に関係なく、相棒であるマッハキャリバーに命令を下した。

 

「セットアップ」

 

 ティアナの時と同様、青い光に包まれたスバルの体は、一瞬にしてその服装を変える。だが変わったのは外見だけであり、暴走を始めたスバルの状況は何一つ変わっていなかった。

 

「スバル、どうしたのスバル!」

 

 明らかな殺意を向ける相棒の姿に、ティアナは戸惑った。だがその彼女を落ち着けるように、終始成り行きを見ていた士はポンと肩を叩いた。

 

「こんなことは今まであったのか」

 

「あるわけないじゃない。確かにスバルは一度暴走したことがあったけど、それはあくまで自分の意志で暴走した。あんな姿にはなってないわ」

 

「なら覚悟を決めろ。すぐにでも来るぞ!」

 

 士がそう声をかけると同時に、スバルは猛スピードで二人に仕掛ける。先ほどの黒い男で、速いスピードを見慣れたと士は思っていた。

 

 だが黒い男はあくまで超高速低空飛行であり、今目の前のスバルは、陸戦に特化した超スピード。地上戦においてどちらが厄介かと言われれば、その答えは明白であろう。

 

「ウオォォォォォォォォォ!」

 

 何の躊躇もなく放たれた拳を何とか二人は回避する。だがその拳の振り抜きを反動にし、すぐにスバルは二人から距離をとり、青いレール『ウイングロード』によって、空に離脱した。

 

「ちょこまか動きやがって。だったら叩き落とすまでだ」

 

 士は二枚のカードを取り出すと、それを一枚ずつベルトに挿入する。

 

『カメンライド キバ フォームライド キバドッガ』

 

 士はキバに姿を変えると、突如として手に現れたハンマーに両手を添える。

 

「やめなさい!あれはスバルなのよ!」

 

「だとしても、このまま放っておくわけにはいかないだろうが!しばらくあいつには黙ってもらうぞ」

 

 高速であり、真っ直ぐに突き進んでくるスバルに、士はハンマーを振り下ろす。だがウイングロードは、士の動きに反応し、すぐにその青きレールの進路を変えるのだった。

 

「ちっ、早くて空を飛べるだけでもやっかなくせに、小回りも効くのか」

 

「スバルお願い止まって!」

 

 士がスバルを引き留めているうちに、ティアナの周りには二桁にも及ぶ魔弾が浮かび上がっていた。

 

 ティアナはそれを同時に放つと、まるでその魔弾の一つ一つに意思があるかのように、散り散りに動き出すのだった。

 

 だがスバルはウイングロードのレールを捻じると、スピードを頼りにそれをかわす。そして自分に飛んでくる数発だけを器用に叩き落としていくのだった。

 

 相棒に向けて攻撃を放つという罪悪感があったにしても、まさか全ていなされるとは思っていなかったティアナ。だが士はその不可思議な弾道を見て、光明を浮かべるのだった。

 

「オレンジ頭、俺の言ったところにさっきの弾を撃ち込め」

 

「オレンジ頭じゃなくて、私はティアナ・ランスターよ!それに何であんたに協力しなくちゃいけないのよ」

 

「言ってる場合か、あいつを止めないと写真館が吹っ飛んじまう。お前だって、奴を止めなくちゃいけないんだろ!」

 

 士の言葉にハッとし、ティアナはスバルの姿を見る。スバルの正気を失っている姿。

 

 確かにティアナはゆりかご事件以来、なのは救うことに全てを注いできた。だがそのために仲間を、大切な相棒を蔑ろにするなんて、彼女には出来るはずもなかった。

 

「……どうしたらいい」

 

「ちょっと耳かせ」

 

 士がその場で口早に話すと、すぐにティアナはそれを理解する。そして先ほどよりもさらに多くの魔弾を周りに生成すると、スバルに目を向けた。

 

「スバルがギンガさんを止めたように……非殺傷設定の魔力ダメージなら」

 

 ティアナの意思に従い、二十近くの魔弾がスバルに向かっていく。先ほどよりも単調な動きをしているその魔弾を見て、スバルは最適なルートにレールを曲げる。そしてその魔弾は一発たりともスバルにとどくことはなかった。

 

 それは先の述べたように、スバルが的確なルートをとったからであり、それ故に士はそこで待ち構えることができたのだ。

 

 先ほど口にしたのは全てがブラフ。そしてティアナの魔弾が当たらないのは必然なのだ。わざわざ当たらないルートを残しておき、スバルの動きを縫いつけることが、彼女の目的なのだから。

 

「これなら外しようがないぞ!」

 

 士は再びドッガハンマーをスバルに振りかざす。この流れは二人の狙い通りであり、今さらどのようにレールを捻じろうとも、避けようのない攻撃である。

 

 だが士は知らなかったのだ、そしてティアナは動揺のあまり、そんなことにも頭が回らなかったのだ。

 

「ウオォォォォォォォォォ!」

 

 スバルは避けることなく、そのドッガハンマーに向かい拳を放つ。すると圧倒的威力と、重量を持っているドッガハンマーはいとも簡単に止められてしまうのだった。

 

 だがそれだけならまだ救いはあった。こともあろうに、スバルはそのドッガハンマーを力だけで押し返したのだ。

 

「ちっ、無茶苦茶だな。魔法ってやつは!」

 

 士は現状の歯がゆさに悪態をつく。だがスバルの攻撃はここからが本領であった。

 

「ディバイィィィィィン――バスタアァァァァァ!」

 

 叫びと共に放たれた蒼き閃光。ティアナとの戦闘により、呪文の詠唱の前兆というものを感じ取っていた士は、ドッガハンマーを手から離すと、ギリギリのところでそれを回避する。

 

 だが士の後ろにいたティアナは、その動きに反応しきれず、棒立ちのままでいた。

 

『プロテクション』

 

 そんなマスターの代わりに、レイジングミラージュは先ほどのように電子音を上げる。

 

 だがそれは先の戦闘の焼き回し、いや威力が高い分さらに悲惨な結果になってしまった。

 

「キャアァァァァァァァァ」

 

 直撃は避けたにしても、抑えきれなかった魔力が容易にティアナの体を吹き飛ばす。そのままティアナは受け身を取ることもなく、木に叩きつけられてしまった。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 ドッカが破壊され、通常のディケイドに戻った士はすぐに安否の確認をする。しかしティアナはなかなかその場から起き上がらなかった。それほど今のダメージが深いのかと、士の脳裏を不安が過る。

 

 それは半分が当りで、半分が外れであった。

 

 確かにダメージは深かった。だがそれは身体的なものではなく、精神的なものである。ずっと自分の隣を歩いて来てくれた相棒が自分に攻撃してくるなど、彼女は今の瞬間まで一欠けらも考えたことがなかった。

 

 だからこそ、初めて降りかかる現実がティアナには信じられなかったのだ。

 

 だがそんなティアナのメンタル面を気にしている余裕は、今の士にはない。どちらにしてもここでやられてしまったら、全てが終わってしまうのだから。

 

「おい、どうしたらいい」

 

「わからない、私だってこんなスバル初めてで」

 

 黒い男に目の前で相棒を傷つけられたこと、そしてその相棒が自分に攻撃を仕掛けてくること。その二つの現実にティアナは正常な試行を行うことで出来なくなっていた。

 

 士は早々にティアナから助言をもらうことを諦めると、一枚のカードを構える。だがその瞬間に背後にいたティアナは駆け出す。

 

 その行動ははたから見たら士を助けるため、だが本心は違っていた。

 

 すでに攻撃態勢に入っていたスバルの拳をティアナはダガーモードの二刀流で無理やり抑え込んだのだ。

 

「スバル止まって、お願い、お願いよ!」

 

「ハアァァァァァァァァァ!」

 

 すでに誰の声も耳に届いていないのか、スバルは苦しむ様な叫び声しかあげない。

 

 そして始めは拮抗しているように見えた二人の魔力衝突だが、所詮は攻撃重視のフロントアタッカーとチームをまとめるマルチタクスであるセンターガードとのぶつかり合い。

 

 徐々にティアナはスバルの魔力に押され始めてしまい、ジリジリと後ろに下がり始めていた。

 

「スバル、目を覚まして。ねぇ、スバル!」

 

 ティアナは何度もスバルに声をかけるが、一向に彼女から返事はない。本当にただの戦うだけの機械になってしまったのか、そんな嫌な予感が頭を過りかけた瞬間。ティアナの頭には確かに聞こえたのだ。スバルの声が。

 

「(ティア、聞こえるティア)」

 

「(スバル、そうかこれは念話)」

 

 ティアナの声にスバルは声をあげることができなかった。だがその心には確かに届いていたのだ。だからこそスバルは心の声を彼女にかけることができたのだ。

 

「(スバル、一体どうしたの、あいつに何をされたの)」

 

「(何をされたかはわからないんだけどね。でも一つだけわかることがあるんだ。ねぇ、士さんにも私の声は届いてますよね)」

 

 魔力が欠片もない士に、一か八かスバルは同時に念話を送っていた。少しスバルは心配そうに声を上げたが、コクンと頷く士の姿を見て、ホッと一息ついた。

 

「(だったら話は早いです。二人にお願いがあるんです)」

 

「(なに、何をすればいいのスバル)」

 

 何とかしてスバルを元に戻そうと、ティアナはその答えを急かす。だがティアナの望む答えを出してあげることが出来ないことを、スバルはわかっていた。

 

 だからこそ、出来るだけ明るく、屈託ない笑顔で声を上げるのだった。

 

「(このままだと私、みんなを傷つけちゃうから。だから私を止めてください。……例えその結果私の体がどうなろうと構わないので)」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、ティアナの足から力が抜ける。だが後ろから士が支えると、何とか体勢を維持し続けることができた。

 

「(なに言ってるのよスバル!そんなこと出来るわけ――)」

 

「(お願いやってティア!)」

 

「(ス、スバル)」

 

「(もう自我を保てそうにない。この念話だってもう持たない。だから早く、お願い、私を止めて)」

 

「(そんな、そんなのって……)」

 

 そこでスバルの念話はプツリと切れてしまう。そして意識が精神の世界から戻り、ティアナは現実にいるスバルの姿を見た。凶暴な赤い目をしながらも。拳を相棒であるティアナに放ちながらも。スバルは泣いていたのだ。

 

 いま自分のしていることが辛くて、悲しくて。

 

 魔力衝突の末にティアナは何とかスバルを弾き飛ばすと、少し距離をとりスバルは拳を中段に構え直す。

 

 そしてマッハキャリバーは禁断の電子音をあげた。

 

『ACSスタンバイ』

 

 その言葉に呼応して、スバルのローラーブレードから青い翼が展開される。このモードになったということは完全に相手を倒しにかかるということ。

 

 つまり完全に自我が奪われてしまったということに他ならなかった。

 

 そして変化が起きたのは何もスバルだけではない。裏庭の周りは、いつの間にか杖を持った軍人たちに取り囲まれており、その狙いをスバルにつけていた。

 

「時空管理局、どうしてここに」

 

「そりゃ俺達のことも含めて、あれだけドンパチやれば誰だって気づくだろうよ。おい、お前はあいつを止めてやらないのか」

 

「そんなこと出来るはずないじゃない!」

 

「……そうか。なら俺が止めるぞ、あいつに頼まれたのはお前だけじゃないからな」

 

「なっ!」

 

 士は一枚のカードを取り出すと、それをベルトに差し込む。そして自らの姿を変えていった。

 

「やめて、スバルはあの男のせいで暴れているだけなのよ」

 

「わかってる。わかっているからこそ、わかっている俺達がやるべきなんだよ」

 

 士はもう一枚のカードを取り出すと、再びそれをベルトに差し込む。

 

 アタックライドという電子音と共に士は走りだすと、次の瞬間、スバルの背後に回り込むのだった。

 

「少し痛いが勘弁しろ」

 

「(はい、ありがとうございます)」

 

『ファイナルアタックライド』

 

 その電子音と共に放たれた鋭い蹴りがスバルに直撃する。その蹴りの威力は凄まじく、それを受けた対象は衝撃を受け止めきれずに爆音をあげた。

 

 その爆発は小さな嵐となり、辺り一面を覆い隠していく。だがその煙が徐々に晴れていくと、そこには一人の人間しかいなかった。

 

 その人間は変身を解いた士であり、その周りにバラバラになっている機械は……。

 

「そんな、スバル。いや、イヤアァァァァァァァァ!」

 

 今ある現実を理解出来ず、いや納得したくないとティアナは叫び続けた。

 

 きっと何かあったはずだ。スバルを救う方法が何かあったはずだ。だけどこの男はスバルを殺した。

 

 そんな憎悪が上がりかけた瞬間、ティアナは自分自身を否定した。

 

「……でも違う」

 

 この男は私の背負うはずだった罪を背負ってくれたのだ。本当は私がスバルを、スバルを……。

 

 もうすでにティアナの叫びは声になっていなかった。

 

 ただ涙を流すために作られた機械のように、その涙が枯れ果てるまで、その場で泣き続けることしか、今の彼女には出来ないのだから。

 



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黒き狂気と壊れた心3

 そして全てが終わった。黒い機械人間は高速で離脱し、暴走したスバルは士が破壊し、そしてティアナは裏庭で意気消沈していた。

 

 この一連の事件について、ティアナは執務官の特権を生かし、士達のことを伏せながらも説明、そしてあとは自分が調査すると無理やり管理局の人間を撤退させた。

 

 その頃、事件を遠目から見ていただけのユウスケは、なぜかしつこく事情聴取を受けており、ようやく解放されたことに安堵の息をついていた。

 

「なんだよ局員のデバイスがいくつかなくなったって。いくら近くにいたからって、そんな戦闘すらしてない人のものを奪うかって言うんだよ」

 

 わざわざ大きな声でそれを言ったのはユウスケがこの空気に耐えきれなかったからだ。先ほど身の内を話し、そのせいでスバルは前にでてしまったのだから、責任を感じない方が無理という話だ。夏美の方も、こんな状況でどう話しかけたのものかと立ち止まってしまう。

 

 だがティアナを見下すように、その場に立っている士だけは違った。士は泣き崩れているティアナの腕を掴むと、無理やり起き上がらせるのだった。

 

「おい、お前には聞きたいことがあるんだ。さっさと店の中に戻れ」

 

「…………」

 

「士、そんな言い方ないだろう。この状況を一番わかってるのは士だろうが」

 

「そうですよ士君」

 

 ユウスケと夏美は士を抑えつけようとするが、ティアナ本人がそれを拒絶する。そして士の手を借りながらも、ゆっくりと起き上がるのだった。

 

「私に何を聞くことがあるのよ」

 

「あの機械人間とあんたのいうロストロギアについてだ」

 

「そんなこと聞いてどうするのよ。あなたには関係ないことじゃない!」

 

「確かに関係ないかもしれないが、お前には関係あることだろ」

 

「……何を」

 

「それを使ってあんたのお仲間を助けるんだろ。だったら急いだ方がいい、あの黒いのがそのロストロギアに関係してるなら事が動き出すのももうすぐだ」

 

 確かにティアナの当初の目的は、ロストロギアを使いなのはを助けることだった。だが、今のティアナには、もうその想いを貫き通す意思はなかった。

 

「……もうそんなこと、どうだっていいわよ。もうスバルはいない、私が無鉄砲に走り回って、結局一番近くいた大切な人を失ってしまったのよ。こんな私に今更誰かを助ける資格なんてないわよ!」

 

 スバルが死んだ。そう言葉に出してしまうと、再びティアナの目から涙がこぼれ出した。あまりにも悲惨な彼女の姿を見て、誰もが声を失う。

 

 だが、士はそんなティアナのことを無視して、腕を掴むと無理やり歩き始めた。

 

「な、何するのよ!」

 

「何かをするのはこれからだ。それにさっきの言葉を聞いて安心した。お前はまだ誰かを助ける資格があるってことだからな」

 

 士はティアナの腕を掴んだまま写真館に戻ると、先ほどコーヒーを飲んでいた部屋まで彼女を連れて行く。

 

 そして士に背中を押され前に倒れ込むと、そこにいる人物を見て自らの目を疑うのだった。

 

 椅子に座っているおじいさんはニコリと笑顔を見せると、ソファーに座っている彼女を指さすのだった。

 

「この子のかっこうだとお腹が冷えそうだから、布団をかけておいたんだ。女の子が体を冷やしたらまずいからね」

 

 そう言われた対象をティアナが見間違えるはずがない。体のあちこちに傷を負っているが、そこに横たわっているのはスバル本人なのだから。

 

 目の前にある現実が理解できないと、ティアナは士に目を向ける。

 

 すると士は一枚のカードを取り出し見せつけた。その手には、赤いライダー『カブト』と書かれていたカードが握られていた。

 

「俺はディケイドになった状態で、これらのカードを使うことにより、様々な世界のライダーの力を使うことができる。俺が使ったライダーは仮面ライダーカブト、そしてアッタクライドはクロックアップ。まああんたにわかりやすくいうと、目で追うことも出来ない超高速を可能にするのがこのカブトの力だ」

 

「……じゃ、じゃああなたはそのカードを使って」

 

「その通りだ。俺はカブトのクロックアップを使い、超高速でスバルを気絶させ、周りにいた奴のデバイスって呼ばれる武器を4つほど拝借した。そしてスバルを家に置き、クロックオーバー後に重なるように、デバイスをライダーキックで4つ破壊。その爆発と残骸はあたかも機械の体をもつスバルって奴が死んだように見えたってことだ」

 

 一人だけ、事の全ての成り行きを理解していた士はそう淡々と説明していく。

 

 そんな中、周りのメンバーは笑顔を取り戻し初め、ティアナに関しては、感極まって眠っているスバルを抱きしめていた。

 

「よかった、本当によかった。スバル」

 

「うん、本当によかった二人とも、イッテ!」

 

 もらい泣きをしてたユウスケは士にゴンと後頭部を叩かれる。いったい何をすんだとユウスケは非難の声をあげようとするが、その前に士が上げた声にかき消されてしまうのだった。

 

「安心してるところ悪いが時間がないぞ。今はあくまで気絶させているだけで、何の処置にもなってない。このまま目覚めればスバルはすぐにでも暴れ出す。だから早くさっきの黒い奴の情報とスバルを拘束できる場所か人物を用意するんだ。俺の言ってることはわかるな」

 

 士の声を聞いて、ティアナはゴシゴシと瞼をこする。そして泣くのはこれで最後だと、ギュッと目を閉じると、今まで士が見た中で一番焦点の合わさった視線で彼を見た。

 

「わかった。大丈夫、執務官としての特権もあるし、あの黒いのが今回のロストロギアに関係あるなら大体予想もついてる。それに拘束の方も昔一緒に働いてた先輩にあてがあるわ」

 

「だったらさっさとその情報を集めてくれ。それが調べ終わって、余裕があったらこの世界について少し教えてもらうぞ」

 

 そう言って愛用のソファーを奪われている士は、木製の椅子に座り込む。ティアナはデバイスを通信モードに切り替えると、すぐに情報収集を始めるのだった。

 



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激突する二つの正義

 今士達がいるこの世界。ここはミッドチルダという魔法が主流の世界である。

 

 この世界の平和を守っているのは時空管理局という団体であり、この世界だけでなく、様々な世界が崩壊しないように、手助けもしている。

 

 この世界はいってしまえば士と同じである。目の前に見える世界だけが答えでなく、多くの世界があることが証明されている世界。

 

 だがこの世界に他のライダーの世界などが存在しないことから、『数多くの世界が存在することが確認されている、一つの世界』という定義になるだろう。

 

 そして次にあげることは、いまティアナ達が探索しているロストロギアの存在。ロストロギアとはその存在一つだけで、世界を崩壊させてしまうほどの力を持っているものらしく、その一つを回収するのが今のティアナの仕事であるらしい。

 

 そして今回のターゲットになったロストロギアは死んでいなければ、どんな傷でも病でも完全に完治できるというものらしい。その限界数はまだ判明していない。

 

 そして最後に挙げておくことが、あの黒い機械人間の正体である。あの黒い機械人間はナサレという名前であり、五百年前に崩壊した一世界の住人である。

 

 ナサレの住んでいた世界は、この多くの世界の存在が認知されている中でも珍しい部類の、小規模な世界であった。

 

 そこには神を讃える城と城下町が存在するだけ。それは世界と呼ぶにはあまりにも小さく国と呼べるほどの大きさであった。

 

 その世界には人類が500人ほどしかいなく、戦争が起こることなく人々は平和に暮らしていた。だが滅びてしまったのだ。それはその国の風習を考えると、あまりにも必然的なものだった。

 

 その世界では機械技術ばかりが先行されてしまい、人体に関しての研究が何一つ進んでいなかったのだ。技術が進歩するたびに自然は侵され、人々は体調を壊していく。

 

 だが進化した機械技術は病に侵された人体部分を丸ごと機械に変えることで存命していった。それを繰り返し、やがて国は人の心を持った機械だけの世界に変わっていった。

 

 普通ならそんな世界になってしまった瞬間に、国民は自分の存在を疑うだろう。自分達は本当に人間なのだろうかと。だがそんな彼らを支えていたのが王の存在だ。

 

 機械化が進む世界の中で、王は生涯生身の体で生き続けることにより、国民達が元は人間の体を持っていたという文字通り生き証人となり、支え続けていたのだ。

 

 その王の片腕となって支え続けていた存在が、ナサレという男の存在。今この世界で暴れ回っている張本人だ。

 

 全ての情報を頭の中で重複すると、士はいったん思考を停止する。そして目の前に見える、大きな穴に目を向けるのだった。

 

「ここがそのロストロギアがある場所か」

 

「ええ、そしてあの黒い機械人間、ナサレがいる場所でもあるわ」

 

 バイクからその穴を見降ろしているティアナと士は、一度バイクから降りると辺りを見回した。二人の目に映る風景は酷いものであり、管理局の人間が設置いした仮設住宅や、その他の機械等が無残に破壊し尽くされていた。

 

 管理局の人間はナサレの出入りの際に撤退を余儀なくされ、すでにここにはいない。だがそれは今の士とティアナにとってありがたい状況である。

 

「よかったじゃないか。お仲間さんを蹴散らして遺跡に入ることなくて」

 

「別に執務官の権限があるから、突入に関しては問題ないわよ。まあロストロギアを回収した事後を見られないのはありがたいことだけどね」

 

「それはそうだな。それじゃあ頼むぞマッハキャリバー」

 

『OK 士』

 

 管理局で拝借してきた新型のバイクに取り付けられたスバルのデバイス、マッハキャリバーが士の声に反応する。

 

 このバイクはティアナが機動六課で働いていた時に、ヴァイスが使用していたJF704式ヘリと同じシステムが採用されている。

 

 デバイスを挿入することにより、移動手段をただの移動手段とせずに、連携がとれるよう作られたシステムだ。

 

 今は使用者であるスバルがいないため、本当は魔力供給が出来ずバイクを移動させることができないのだが、出発前にマッハキャリバーにはスバルの魔力が限界ギリギリまでつぎ込まれており、その稼働を可能にしていた。

 

 この行為は万が一、スバルの目覚め手に負えない時の手段の一つである。スバル本人の魔力を元から減らしておけば、暴れ出した時に対処がしやすいということ。

 

 そして例えスバルの魔力を奪うことになろうとも、スバルが暴走している時に何も出来なかった悔しさから、マッハキャリバーが自ら訴え出たことであった。

 

「本当にこの世界は魔法って言えば何でも出来るんだな。スバルを抑えつけるために呼んだ白衣を着た女の手が、いきなりスバルの胸から生えた時は、何事かと思ったがな」

 

「あれはリンカーコアから無理やり魔力を取り出したのよ。まあその説明はいいわね、とりあえずシャマルさんとシグナムさん、それにヴィータさんがいればスバルが暴れ出してもどうにかなると思うし」

 

「それに何だかんだで、仮面ライダークウガのユウスケもいる。とりあえずは何とかなるだろうが、それでも時間がないことに変わりはない。さっさと行くぞ」

 

「ええ、頼むわよマッハキャリバー」

 

『OK ティアナ』

 

 二人は再びバイクにまたがると、そのまま巨大な穴に向かって疾走する。当初はこの遺跡まで乗り物で移動をし、この穴の前で降りる手はずになっていた。

 

 だがそこで起きた嬉しい誤算がマッハキャリバーの存在だ。普通の乗り物では穴の奥は障害物が多く、とても走れたものではない。だがマッハキャリバーには、機動六課時代からスバルの固有魔法である『ウイングロード』が記録されている。

 

 そして例えウイングロードがなくとも、今までスバルと共に数々の事件を走り回ってきたマッハキャリバーにとって、障害物だけで防衛機能や罠が存在してない道など、普通の道路を走っているのとさほど変わりはなかった。

 

 だが嬉しい誤算があったことは事実だが、あまりにも簡単に最深部に進行している今の状況は、嬉しくもあり怖いものでもあった。

 

 嬉しいという思いは語るまでもない、何の障害もなくロストロギアに一直線に向かえること。

 

 そして怖いという思いは、この変わり果てた建物の中に他ならない。なぜそんなことを思うのか、防衛システムなどの機械的なシステムがない現状を見て、恐ろしく思ってしまうからだ。

 

 本当にこんな変わり果てた遺跡に、ロストロギアなどがあるのだろうかと。

 

 だが士もティアナも互いに不安に思っていることを口にすることもなく、ただ真っ直ぐ最深部に向かっていく。するとそんな空気が長く続いたからか、後部座席に座っているティアナが小さく声をあげた。

 

「ねぇ、何で士はこんなことに付き合ってくれるの」

 

「あぁ、何だそれは?」

 

「だっておかしいじゃない。いきなり私が喧嘩を吹っ掛けて、それで自暴自棄になって私は大切な相棒を傷つけてしまった。でもあなたが私と一緒に危険に向かう必要はない、そうでしょう」

 

 とにかく時間がなかったティアナは管理局からバイクを拝借し、そのままこの遺跡に向かおうとしていた。

 

 だがまるでそこにいるのが当たり前かのように、士はハンドルを手に取ると、何も言わずに一緒についてきたのだ。

 

 ティアナはそれが不思議でしょうがないのだ。なぜ士は自分を許し、協力してくれるのかが。

 

 だがティアナの問いに対して、士の答えはシンプルなものだった。

 

「いきなりイチャモンつけられるのはもう慣れっこでな。どの世界に行っても、俺は世界を破壊する悪魔だって言われてるんだ」

 

「あなたが世界を破壊する悪魔?」

 

「まあ俺自身昔の記憶を失ってるから、イエスともノーとも言えないんだけどな。だがどの世界のライダーも、根はそんなに捻くれた奴らじゃなかった。まあそれなら今回俺にイチャモンつけてきたお前もそんな悪い奴じゃないと思っただけだ」

 

「えっ……、それだけ……。いや、でもそれだけだとわざわざ士が動いてくれた理由が」

 

「それは気分が乗ったら教えてやるよ。……それに、今回の事件のためにこのカードがあるような気してな。妙に納得したんだ」

 

 そういって士が見せたのは一枚のカードだ。ここに来るまでに、士はカードの力を借りて様々な姿になることは聞いた。だがそれがわかったところで、いきなりカードを見せつけれてもティアナにはチンプンカンプンだった。

 

 うまく話をはぐらされてしまった。士はすかさず目の前の扉を見るようにティアナを促す。

 

 それを見てティアナはすぐに意識を切り替えた。それは資料に載っていた、この遺跡の最深部の扉に間違いがないからだ。

 

 それを確認した瞬間、士の腰についているライドブッカーが突然光をあげる。ティアナはその発光を不思議に思いながら、それに応えるように士は二枚のカードを取り出した。

 

「誰だこれは?」

 

 士の手に持っているカードには見たことのない人間、『高町なのは』と書かれたカードと、ピンクの文字で『スターライトブレイカー』と書かれたカードが握られていた。

 

 新たな世界に入り暗闇に包まれたカードが、元に戻ることはよくあることだが、今回は話が違う。士はこの人物に覚えがなく、それゆえに意味の分からないものであった。

 

 だがそんな士の代わりといわんばかりに、隣にいたティアナが声を上げるのだった。

 

「このカードに映っているのは、なのはさん。いったいどうして……」

 

「なのはさんって、お前が助けようとしてる奴の名前だったよな」

 

「ええ、そうよ。士が何でなのはさんのカードを持ってるか知らないけど」

 

 ティアナは愛する師の姿を見て、力強く拳を握り込む。

 

「……これで踏ん切りはついたわ」

 

「ほぅ、どうしてだ?」

 

「きっと今、士の手になのはさんのカードが現れたってことはね。なのはさんがどこかで私達を見守っているということだと思うの。まあ本当はそんなことないってわかっているけど、それでも今の私にはね」

 

「そんなもんかね。だがな――」

 

 士が声を上げようとした瞬間に奥の部屋から電子音の咆哮が木霊する。この声は忘れるはずもない、あの黒い機械人間ナサレの声である。

 

 士は仕方なく開いた口を閉じると、再び扉に目を向ける。ティアナも自分の相棒であるレイジングミラージュを力強く握り込むと、覚悟を決めた。

 

 目の前の扉は、ここまでの道のり同様簡単に通ることができた。それはこの遺跡が劣化しているということ、そして罠など必要ないほどの強敵がいることを、同時に表していた。

 

 遺跡の最深部はこれまでと打って変わり、崩壊の欠片もない綺麗な部屋であった。多分王のために用意されたのであろう、その部屋はかなり広くスペースがとられており、それゆえに隠れる場所はどこにも存在していなかった。

 

 そしてその奥には漆黒の機械翼を広げたナサレが待ち構えていた。

 

『やはり来たか。我が王の部屋に』

 

「やられっぱなしってのは性に合わなくてな。きっちり返させてもらうぜ」

 

「あなたはスバルを傷つけた。弁護の余地もない、さっさとロストロギアを渡してもらうわよ」

 

 士は一枚のカードを取り出し、ティアナはレイジングミラージュの銃身をナサレに向ける。だがナサレは依然として臨戦態勢に入ろうとせず、人間味あふれるため息をつくのだった。

 

『お前の仲間を私が傷つけたのなら、お前らはどうだ』

 

「どういうことよ」

 

『お前は我が主の城に土足で入り、私が何百年と懸けて完成させた宝を奪おうとしている。その方がよっぽど人道に外れているのではないか』

 

「私達の方は穏便に済ます気でいたわ。先に調査隊を襲ったのはあなたの方よ!」

 

『人の家に無断に入り込んだ泥棒に、情けをかけろというのか。ならやはりお前は人間ではないな。こんな体中機械になってしまった私よりな』

 

「―――ッ」

 

 ナサレの言葉にティアナは舌打ちをする。確かに時空管理局というものは、その次元の人間に断りなく、その世界の均衡を保とうとしている。

 

 そうした介入によりその世界の崩壊を防げるのなら、いくらでも苦汁を飲む覚悟だってティアナはしていた。

 

 だがこの遺跡に生存者がいないと判断し、調査隊を派遣したのは誰でもないティアナなのだ。この遺跡に眠るロストロギアを手に入れるために、急ぎ足になったのは他人に言われるまでもなかった。

 

 ティアナの表情の変化にナサレは何かを感じたのだろうか、二人に背中を見せると、この広い部屋の奥のある場所を指さした。

 

『それにこの城には私以外にも王がいる。王がいる限り、城を撃たせんとするのは兵の役目だ』

 

「なっ!」

 

 ナサレが指さした先、始めは暗闇のせいでほとんど見ることが出来なかったが、突如点灯した明かりによりその姿がハッキリとする。

 

 そこには齢二十歳にも届かない女性がいた。奥のベッド型の冷凍保存装置に眠っている女性は五百年という時が経っているこの空間でありながら、装置が止まることも、老いることもなく確かにそこにいたのだ。

 

『私は任されたのだ。王が次に目覚める時までこの国を守ると。そして王が目覚めた暁には我が宝を使う。城も国民も全て消えてしまったが、それでも王がいればやり直すことはできる』

 

「おい、それはおかしいんじゃないか。だって、王は確か」

 

「ええ、資料によれば病によって死んでいるはず……、それがなぜ……」

 

『ならお前らの調べが足りなかっただけだ。この城に私がいることに気づかなかったようにな。さあ!』

 

 ナサレは自らの腕と化しているハンドキャノンを士とティアナに向ける。そして今までで一番機械的な声をあげた。

 

『引けば見逃そう。だが引かねば壊すまでだ』

 

 その威圧感は、その男の背負うもの、そして信念の重さを表すかのように堂々とし圧倒的なものだった。

 

 そしてティアナは迷っていた。それは今までにないほどの強さを持った敵と対峙するということ、そして自分のしていることは本当に正しいのだろうかという疑念があるからだ。

 

 ティアナはゆりかご事件で助けることが出来なかった、なのはを救いたいという一心で今まで走り続けてきた。周りの心配の声に耳を傾けず、自分の夢であった執務官になることも、ただの特権行使ができるとしか思えぬほどに。

 

 だがナサレは違った。王に託された国が潰れてしまったことに悔いを感じ、そのための再建も頭に入っている。果たしてそんな男を倒して、堂々と自分が正しいと言えるかどうか。それがティアナには分からなかったのだ。

 

 だが士はそんなティアナの前に立つと、まるで彼女を守るかのように背に隠すのだった。

 

「悪いがあんたの正義があるように、こっちだって通したい我があってな。おい、ティアナ忘れるな。確かにあんたはこいつのように、国や王を背負ってるわけじゃない。でも守りたいものが、助けたいものがあるんだろ。互いに正義があることは仕方がないことだ。今は割り切れ」

 

 その言葉にティアナはハッと目を見開く。今でも病院で意識不明の重体でいる、なのはのこと。そして今この瞬間も苦しみ続けているスバルのこと。迷っている時間すら勿体ない、今のティアナにはたとえ数が少なくとも背負うものがあるのだから。

 

「……ありがとう士。私は」

 

「とりあえずわかればいいんだよ。さてやるぞ」

 

 士は手に持っていたカードをベルトに差し込むと、自らの姿を変えていく。

 

『カメンライド ファイズ』

 

「さて、あんたの機動力は前の戦いで確認済みだ。初手ならやばかったかもしれないけどな」

 

『フォームライド ファイズ アクセル』

 

「今度は簡単にはいかないぜ。付き合ってもらうぞ、十秒間だけな」

 

 士はファイズのアクセルフォームになると、腕につけらたアクセルスターターのスイッチを押す。そして赤い数字の点滅と共に『スタートアップ』という電子音があがる。

 

 そのままゆっくりと腰を落としていくと、その姿を見てナサレは戦慄の眼差しを二人に向けた。

 

『負けるわけにはいかない。私はこの国の全てを背負っている。壊れてもらうぞ!』

 

 そうナサレが声をあげた瞬間に勝負は始まる。

 

 もし今この空間を客観的に見ているものがいたら、自分の目を疑ってしまっただろう。先ほどまで部屋の中にいた士とナサレの姿が跡形もなく消えてしまったのだから。

 



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この世界を守るもの

 士はアクセルフォームの加速の中、ナサレと何度も剣を交えていた。

 

 この遺跡に入る前にティアナにクロックアップを使わず、なぜ十秒という制限のあるアクセルフォームを使うかと聞かれていたが、それには二つの意味があった。

 

 一つ目の理由は、クロックアップを使うことのできる仮面ライダーカブトの装甲である。他のライダーを寄せ付けない、圧倒的スピードを持つカブト。だがそれと同時に、キャストオフという自らの装甲を外す行為が必要であるのだ。

 

 もし相手が巨大なものや、威力だけのものなら、カブトほど優れたフォームはないだろう。だが相手は超高速で移動する敵であり、何より威力のある魔弾を弾幕が如く打ち込む敵である。流れ弾でも大ダメージを負うカブトでなく、多少でも耐えることができるファイズにしたのは結局のところ二人の草案であった。

 

 この作戦に二度目はない。だからこそ一か八かには走らなかったのである。

 

 士は十四度目になる斬撃を相手に放つが、超高速の剣であるにも関わらず、ナサレは持ち前の速度と予想外の反応速度だけで、紙一重ながら受けとめ続けるのだった。

 

「ちっ、嫌なことは当たりやがるな」

 

 士がそう愚痴にこぼしたのは、ティアナの予想したことである。ナサレは機械と人間の融合であるが故に、生命維持には何かのエネルギー補給が必要であると思われていた。

 

 そして全てが風化している遺跡で、エネルギーを補給できるとすれば最深部しかなく、下手をすれば最深部事態がナサレのエネルギー炉である可能性があったのだ。

 

 いくらナサレが優れた戦闘力を持っていたとしても、アクセルフォームに対抗し、さらに反撃してくる出力を出し続けて体がもつはずがない。

 

 それはエネルギーを常に供給し、倒れる自信がないということ。もしくは――。

 

「(この王を守るためにエネルギーを全て使い捨てる覚悟、そしてそのためなら倒れても構わないという想いがあるということだな)」

 

 だがその真相がどちらであろうと関係ないことだった。今この瞬間において、答えが一つならその過程は二人にとってどうでもいいことなのだからだ。

 

「なあ、あんた。どうしてそこまで王のために生きようとするんだ。少しは自分のことを考えてもいいと思うがな」

 

 アクセルのタイムリミットが残り五秒になった瞬間、士は興味本意に口を開く。そんなことを投げかけようと、完全に無視されると士は心で思っていた。

 

 だが思いに反しナサレは声を上げるのだった。

 

『私の命は王のためにある。兵ならそれは当り前だろう』

 

「悪いが俺にはあんたのいう当たり前が分からないんだ。あの女に惚れてるのか?」

 

 士がそう言葉にした瞬間、あのスバルを暴走させた左腕が士の肩をかすめる。士は自分の体に異変はないとか思考をよぎらせるが、特に異常はない。ベルト本体を狙われないことには暴走はないと頭の中でまとめる。

 

 だがそんな現状を細かくまとめている士とは違い、ナサレは吐き捨てるような声を上げ士を睨みつけた。

 

『ああ、そうだな。確かに私は王に惚れこんでいた。国民のためといい、自らに機械の体を移植せず、ただ一人生身で生き続けた王を私は一人、ずっと隣で見続けていたのだからな』

 

「ほぉ、随分と素直なもんだな」

 

『私はこの思いに恥じる部分を持っていない。確かに、一人傷つく王の隣にいた私は、始めから王に恋をする立ち位置にいたのかもしれない』

 

 アクセルフォームの残り時間が2秒になった瞬間、これで二十五度目になるつばぜり合いが起きる。だが今度は二人とも距離をとりなおすことなく、その場で留まり続けた。

 

『だが私はこの想いが間違っているとは思っていない。たとえ全身が機械の体になろうとも、私の心は王との約束を守り続ける!』

 

 まるでナサレの勢いの蹴落とされるかのように、士の体に変化が起きる。『リフォメーション』きっかり十秒、アクセルフォームの限界時間であった。

 

『どうやらお前の超加速もここで限度らしいな。そして弱点はわかった!』

 

 先ほど左手が士をかすめて異常を起こさないことに不信を覚えたのだろう。激情的になりながらも、ナサレはしっかりと士を観察していたのだ。

 

 ナサレの左腕がまるで弓から矢が放たれたかのように、圧倒的なスピードで迫っていく。

 

 だが士は逃げることもなく、反撃することもなく一枚のカードをベルトに差し込むのだった。

 

『アタックライド オートバジン』

 

 そのカードを入れた瞬間に二人の乗ってきたバイクは人型のロボに形を変えていく。

 

 オートバジンとはファイズの世界のサポートメカであり、主武装としてマシンガンを装備している。だがここからが、士がカブトでなく、ファイズを選んだとっておきを意味する行動であった。

 

『セットアップ。ACSスタンバイ』

 

 バイクに装着されたマッハキャリバーが声を上げる。オートバジンの腕にはスバルの装備していたリボルバーナックルが装着され、その足からは青い翼が展開されるのだった。

 

 この戦いの初手を成功させることができたことにより、ティアナは次の段階に思考を傾けていた。初手で一番怖かったことは、最深部に何かのトラップが仕掛けてあり、それにより何もできずに全滅させられること。

 

 そして何より、マッハキャリバーを装着したオートバジンが動いてくれるかどうかである。士は魔法という無茶が通る世界ならなんとかなるだろうと、根拠のない作戦を言ったが、実際にものを見たことのないティアナには、不安要素に他ならなかった。

 

 だがこの世界にとって常識はずれの無茶こそが、士がファイズを選択した二つ目の理由である。何もマッハキャリバーにスバルの魔力を注ぎ込んだのは、移動のためだけではない。伏兵を完全な状態で完璧な不意打ちに導くためなのだ。

 

 アクセルフォームでナサレと拮抗すること。それは、たった十秒でもナサレの目を士だけに集中させるというスタート地点に過ぎなかったのだ。

 

『ぐっ、この離さんか!』

 

『それは無理な願いです。あなたに背負うものがあるように、私にも助けるべき相棒がいますからね』

 

 ナサレを後ろから羽交い締めにしたマッハキャリバーは、まるで相手をおちょくるかのように、淡々とした声でナサレに応える。

 

 一度目の戦闘でナサレのフィールドは強力であることは重々承知している。その答えとしてティアナが考え出した案が、物理的接近による物理的拘束であった。

 

 そして、その瞬間にティアナは、この十秒間かけて詠唱と魔力構築していた呪文を発動させるのだった。

 

「いけえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ティアナの叫びと共にマッハキャリバーとナサレの周りに魔力の鎖、『バインド』がいくつも構成される。

 

「確かにあなたのフィールドは強力だわ。だけど強固であり無効ではない、フィールドを突破できないならフィールドごと括りつけるだけよ!」

 

 バインドの鎖はその言葉通り、ナサレを囲むように張られたフィールドごとその動きを封鎖する。

 

「あんたのスピードに付き合ってやる義理はないからな。三対一だが悪く思うなよ」

 

「いくわよ士!」

 

「ああ、任しとけ」

 

 士はファイズの姿からディケイドの姿に戻ると、ファイナルアタックライド用のカードを取り出す。そしてティアナはレイジングミラージュ二丁をナサレに向けると、ファントムブレイザーの体勢に入った。

 

「これでえぇぇぇぇぇ!」

 

 ティアナの遠距離狙撃砲ファントムブレイザー。チャージに時間が掛かるが、今の彼女にとってそれは最大威力の魔力行使である。

 

 その二丁の銃口に自分の全ての魔力を注ぎ込む。チャンスは一度、これを外すことは自分の、そして仲間の死を意味していた。そう、それほどプレッシャーのある一撃であるからこそ、ティアナは驚いたのかもしれない。

 

 自分の腕が言うことを聞かず、レイジングミラージュを一丁地面に落としてしまったことに。

 

「えっ、なっ……」

 

 ティアナは落ちた銃を拾おうとするが、そうして身をかがめた瞬間に今度は銃だけではなく自らの体もバタンと地面に倒れてしまうのだった。

 

 それはティアナにとって完全に予想外の出来事であった。自分の最大魔力値、そしてそれぞれの魔法への魔力の振り分けを間違ったわけではない。ただその計算がティアナ自身が全開だった時の計算であっただけなのだ。

 

 ティアナはゆりかご事件でなのはを助けられなかった時から、横も見ずにただ力だけをつけ、二十歳になる頃には既に執務官試験に合格するほど勉学を積んでいた。

 

 だがその実力は機動六課の頃のように、よい師に学んだわけでなく全てが独学。そして執務官としての実績を上げ続け、今回のロストロギアを見つけ出すまで、スバルに本気で休暇を取った方がいいと言われるほど、過密スケジュールを組み続けていたのだ。

 

 ティアナの体はとうの昔から悲鳴を上げており、ここ連日、この遺跡の調査のためにほとんど睡眠をとっていない。ティアナは自分の体調管理が出来ないほど疲れ切ってしまい、その魔力は通常の半分にも満ちてなかったのだ。

 

 だがそんな現状をティアナが理解できるはずもなく、手に残ったレイジングミラージュを必死になってナサレに向ける。だがティアナの体には、もう一欠けらの魔力も残ってない。その銃口から魔弾が出ることはなかった。

 

「そん……な……」

 

 ティアナは自分の不甲斐なさに床を叩くこともできずに、唇を強く噛みしめる。

 

「どうして私はいつも大事なところで……、何で私だけが……、どうしたらいいの……なのはさん」

 

『どうやら私の使命を神が選んだようだな。フン!』

 

 ナサレは自らの左腕でオートバジンと化したマッハキャリバーを貫く。するとその傷の部分からジワジワと黒化が進んでいく。

 

「早く離脱しろ!」

 

『オ、オーライ』

 

 このままではスバルの二の舞だと、マッハキャリバーはすぐにバイクから射出される。すでにファイズの変身を解いたためか、オートバジンは暴走することなく、そのままもの言わぬバイクに戻っていく。最悪の事態は脱することはできた。

 

 だが現状がどうにもならないことに変わりはなかった。

 

『さあこれで天命尽きたな。このバインドは少しばかり骨が折れそうだが、それがお前らの限界だ』

 

 ナサレの勝ち誇った声が部屋に木霊する。だがティアナにはすでにその言葉も耳に届いておらず、地にひれ伏している自分の姿をただ無様に想い続けていた。

 

「どうして私がここにいるの。もしゆりかご事件でなのはさんが無事なら、こんな事件すぐに解決できたはず。スバルみたいにしっかり体調管理に余裕を持てたら、こんなところで魔力切れだって起こさなかったはず。誰でもいい、お願い、私を助けて……」

 

 その想いは機動六課に入り最後まで頭を駆け巡っていた劣等感。一度はなのはによって正された想いではあったが、ゆりかご事件以来ずっとティアナはその劣等感を持ち続けていたのだ。

 

 自分に才能があれば、自分の魔力量がもっとあれば、もっと多くの人を、なのはを助けられたかもしれないという劣等感。凡人である自分がなぜ生き残ってしまったという罪悪感。だけど執務官になり特権が行使できるようになれば、凡人である自分でも恩人を救えるとティアナは想い続けていた。

 

「でも結局は思い上がりだったのよ。私は何も出来ない……助けて」

 

 そうしている間にも、ナサレを拘束しているバインドは徐々に破壊されていく。見下すナサレ、ひれ伏すティアナ。その勝敗はすでに決していた。

 

 だがそれはあくまで二人の世界での話だ。士は余裕に満ちた足取りで二人の間に入ると、ナサレに視線を向けた。

 

『どうだ。これが私と王の絆の力だ』

 

「はっ、絆の力ね。そんな死体と何の絆があるんだかな」

 

 士が奥の冷凍カプセルで眠る王を死体と呼んだ瞬間に、ナサレの目つきが鋭くなる。だがそんな目つきで睨まれようとも、士が態度を変えることはなかった。

 

『貴様、我が王を侮辱するというのか』

 

「侮辱してるのはお前だろ。何が王の復活だ、何が国の再建だ。それはお前自身が作り出した、ただのまやかしに過ぎない」

 

『何を根拠に!』

 

「根拠ならあるさ。お前は王の復活を誰よりも望んでるんだよな。ならなぜその宝とやらを使って王を蘇らせない」

 

「それは我が王との約束。王が次に目覚めるまで私は主訓を全うするまでだ」

 

「だったら言い方を変えよう。お前が任された国や民はもう全て崩壊して滅んでいる。なのにお前は何を守っているというんだ。もう守るべきものもないのに、王との約束もないと思うがな」

 

 あくまで冷静な士の言葉にナサレは言葉を失う。それは士の言ったことに反論できないからか、それともその答えを本当に理解してないからか。それは本人にもわからなかった。

 

『ち、違う私は……』

 

「あんたなりの解釈をさせてもらうぞ。あんたは自分の家に泥棒が入って来たら、情けをかけないと言ったな。だが、こんな廃墟に自分と愛する者がいたら、普通助けを求めるだろう。たとえそれが泥棒であっても、そんなの気にする余裕はないと思うがな」

 

『がっ、な、私、私は……』

 

「それにあんたの使命を神が選んでも関係ないぜ。なんせ、俺は世界を破壊する悪魔らしいからな。それにな」

 

 士はそこで一度言葉を切ると、泣き崩れているティアナに目を向ける。士はそんなティアナに特に気を使うこともなく、クイッと指を向けた。

 

「確かにこいつは愚かかもしれない。師を助けられなかったことを全て自分の罪と思い、相棒の言葉に耳を傾けようともしない。だからこんなところで、地べたを這いつくばってるんだ。だけどな、こいつはたとえ地べたに這いつくばろうが、体が壊れようが、いま生きているもののために懸命に足掻いてる。その方法は少し間違っていたかもしれない。だがそんな真っ直ぐなやつは嫌いじゃない。お前みたいに自分の心や約束を捻じ曲げてまで、無理やり保持しようとしてるやつと比べたら余計にそう思うぜ」

 

 最後のトドメとばかりに士が声をあげると、ナサレの体がガチガチと機械音を上げ始める。ナサレの目は先ほど士を見ていたような怒りも何も感じられず、ただ赤く、本当の機械であるかのように赤く発光し始めた。

 

『私は、違う……チガアァァァァァァァウ!』

 

 発狂。その言葉が今のナサレを表すのに一番適した言葉だろう。すでに彼は自我を失っているようで、今までの、王のための後先考ない魔力行使から、明らかに崩壊するための後先考えない魔力行使にシフトしていた。

 

 だがそんな状況を見ても士は慌てることなくティアナの前に立った。

 

「誰か助けてか、いい言葉じゃないか」

 

「……何を言ってるの」

 

「だけどそれじゃあ言葉が足りないな。『誰か助けて』じゃなくて、ここは『誰かを助けてやる』だろ。お前はそのためにここに来た。なのはって奴やスバルはお前を助けてくれない、お前が助けてやるんだ。周り道はしただろうが、そのためにお前はここまで来たんだろう」

 

 その言葉にティアナはドクンと心臓の高鳴りを覚える。そしてようやく気付いたのだ。自分が目指してきたことを、そしてどうしてここに立っているのかということを。

 

「そうよ、当たり前じゃない。確かに士の言うように私は馬鹿で周りを見ないで、全部背負い込んできた。でもそれはなのはさんを、皆を救いたいって想いがあったから。真っ直ぐに走ってきたと思いながら随分と遠回りしてきたけど、でもその全てが、全部が全部間違いじゃなかったって思ってる。この数年が全て間違っているなら、なのはさんの教えが全て無駄になっちゃう。それにそんな私について来てくれたスバルも間違ってたってことになる」

 

「それがわかれば十分だ。ほら、立ち上がれ」

 

 ティアナは士の手を取ると、弱々しいながらもゆっくりと立ち上がり、肩を借り何とか状態を維持する。その瞬間、士のライドブッカーがまばゆい光をあげ、一枚のカードが士の手に飛び込んできた。

 

 その絵柄は先ほどの『高町なのは』と書かれたカードから、『ティアナ・ランスター』と書かれた彼女の姿がプリントされたカードに変わっていた。

 

「これは私……」

 

「当たり前だ。お前はなのはって奴に守られてるわけじゃない。お前がなのはって奴を守ってやるんだからな」

 

「私がなのはさんを守る。……だったら!」

 

 ティアナはレイジングミラージュを持つ、自分の右腕に全ての力を注ぎ込むと、ゆっくりと銃口をナサレに向ける。

 

 ナサレにかけたバインドが解け切るまであとわずか、だが彼女は慌てることなく、自分のするべきことを見定めていた。

 

「魔力が底を尽きてても、未熟な私でも、今なら」

 

 そうティアナが意気込んだ時、再びライドブッカーが光り出し、もう一枚のカードが士の手に飛び込む。先ほどのカードのようにそのカードの絵柄はティアナの魔法陣の形になり、『スターライトブレイカー』という文字はピンクからオレンジに変わっていた。

 

「なるほどな。だったら」

 

 士はティアナが落としたもう一丁のレイジングミラージュを拾い上げると、ティアナが構えているレイジングミラージュの隣に添えるように構える。そして手に持っていたカードをベルトに差し込んだ。

 

『ファイナルアタックライド ティティティ、ティアナ!』

 

 電子音があがると同時に、ティアナは自らの技術でこの空間に広がる魔力のデブリを一点に収拾し、士はカードの力で全く同じ行為をした。

 

『グオォォォォォォォォ』

 

 ナサレは、徐々に大きさを増すその魔力を見て咆哮をあげる。そこで士は一つ感謝の意を表すのだった。

 

「あんたが正気でなくて助かったぜ。正気だったら、そんな叫び声をあげてる余裕がないってわかるもんな」

 

 そう士が言い捨てたのと同時に、二人の前には巨大な魔力の塊が生成される。それは士がこの世界にきて見た魔弾と比べるのが馬鹿らしいほど巨大なものだった。

 

「行くわよ士。全力!」

 

「全開!」

 

「「スターライトブレイカアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」」

 

 二人の叫び声に応え放たれるオレンジの閃光。それを見て、ナサレに唯一残った戦いに関する危険回避の本能が、自らのフィールドを強固に形成する。

 

 だが二人のスターライトブレカーはまるでそのフィールドがその場にないかのごとく、簡単に砕いていった。

 

 『スターライトブレイカー+』は、なのはが小学生時代に偶然編み出したものである。それは結界破壊の付与効果付きの魔法であり、今の二人のスターライトブレイカーはそれに似ていた。

 

 だが二人のそれに結界を破壊するという桁違いの能力は備わっていない。だが偶然の産物であるこの『スターライトブレイカーD』は『結界破壊』でなく『フィールド無効』が付与されており、その能力はナサレの守りを根底から打ち砕いた。

 

「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 二人が全てを懸けて放ったスターライトブレイカーは、一寸の狂いもなくナサレに直撃する。そしてオレンジのまばゆい光は部屋の全てを包み込んだ。

 

 その光はこの戦いの決着がついたことを表す光でもあった。

 



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終わる未来 始まる過去

「がっ、はっ」

 

 ティアナはスターライトブレイカーを打ち終えると、その場で膝をつく。いくらスターライトブレイカーが辺りに散らばっている魔力のデブリをかき集め放たれるものであっても、ティアナの魔力が底を尽きていることには変わりはない。

 

 それでも魔術を詠唱し、行使できたのはティアナの努力という名の絶え間ない鍛練であり。そして――。

 

 士はパンパンと手を叩くと、持っていたレイジングミラージュをティアナの手に返す。ティアナはそれを受け取ると、何年ぶりであろうか、心の底から本当の笑顔を士に向けた。

 

「ありがとう士。もしあなたとそのカードの力がなかったら、最後の一発は決まらなかったはず」

 

「はっ、そんなことはないだろう。ただこの作戦は失敗できないからな、お前一人でも出来ただろうが万全を期しただけだ」

 

「……ふふ、じゃあそういうことにしとこうかしら。でもまだ終わりじゃない」

 

 ティアナはもう一度士の肩を借りると、再び起き上がる。まだティアナはここで倒れるわけにはいかなのだ。どんな傷でも病でも直すことのできるロストロギア、それを回収しないことにはどんなことをしても終わりはしない。

 

「さて、そのロストロギアはどこにあるんだかな」

 

 士は疲弊し切っているティアナの代わりにあちこち目配せをするが、一向にそれらしいものが見つからない。

 

 それもそのはずであり、ここはとんでもなく広い部屋でありながら人が隠れるスペースが何もない部屋。そして二人は同時に気づくのだった。もし何かを隠してあるとすれば、そんなところは一つしかないと。

 

 二人はナサレが守ろうとしていた、王である女性が眠っているカプセルに近づく。そこまでくれば目を凝らす必要もない。彼女の横に添えられている人の拳ほどのカプセル、それがまさにロストロギアに間違いないのだから。

 

「これが……これでなのはさんもスバルも」

 

 ティアナがカプセルの開閉スイッチに指を当てる。すぐにでもこのカプセルを開け、皆のところに戻らなければいけない。だがそう強い想いを心に抱いていたティアナの指がふと止まる。

 

 それは彼女の思考を吹き飛ばすほどの叫び声が背後で起こったからだ。

 

『やめろ!それを開けるな!』

 

 何の間違いだろうかとティアナは背後に目を向ける。そこには体の八割ほどを失ったナサレが、残った右腕で這いつくばるようにこちらに向かっていた。

 

 確かにナサレはスターライトブレイカーの直撃を受けたが、それは完全ではなかったのだ。スターライトブレイカーは詠唱も行使にも成功はしていたが、結局のところ威力の底上げになるのは己の魔力。

 

 ほぼ魔力が底に尽きているティアナと、もともと魔力を持たない士のスターライトブレイカーではそれも仕方のないことかもしれない。

 

 だがそれで充分だった。もうすでにナサレには満足に動く力もなく、どちらにしろ勝敗は決していた。

 

「貴方には悪いと思うわ。でも、私にも譲れないものがあるのよ」

 

 ティアナは迷うことなくカプセルの開閉スイッチを押す。すると相当ガタがきていたのか、そのカプセルは耳障りな金属音をあげゆっくりと開いていった。

 

『やめろ……やめてくれ』

 

 ナサレが伸ばした手は二人に届くはずもなく、完全にカプセルの開ききる。

 

「これで……えっ!」

 

 ティアナは何かの間違いかと自らの目をこする。だが彼女が見ているものは幻覚などではなく、確かに消えていってしまったのだ。

 

 まるで砂が風に舞うかのように、王とロストロギアは小さな粒子へと変わっていってしまった。

 

「何で、何で、何で、何でよ。何よこれは!」

 

 ティアナはその粒子をかき集めるかのように腕を動かすが、一人と一つの崩壊は止まることはなく、やがてそれは彼女の目から消えていってしまった。

 

 その結末を見て、ナサレはすがる様にして突き出していた腕を地面に落した。

 

『やはり、駄目だったか……』

 

「何なのこれは、あんたこうなるってわかってたの!」

 

『こうなる可能性はあると思っていた。だがこうなってほしくないとずっと願っていた』

 

「……どういうことよ」

 

『私は五百年前、病に倒れた王を保存カプセルに入れた。その時点で王は息絶えていたが、それでも私は諦めずに研究を続けた。どうにかして王を蘇らそうと、それだけを思い、王国が崩壊した後も研究に没頭し続けた。だが我が国、我が世界の全てのエネルギーを使っても、瀕死状態までなら完全に回復させるもの。それしか作り出すことができなかったのだ。確かにそれは希代の大発明かもしれない。だが私の望むものは回復でなく、蘇生。そんな結果に何の興味もなかった』

 

「だったら何でそんな意味のないものを王のカプセルの中に」

 

『私だけが生き残り続け、三百年経ったあたりだ。もうすでに私は自我をほとんど失ってしまい、ありえない夢をみるようになった。どんな瀕死状態でも回復させる力なら、長い年月を王と共に過ごせば、神が奇跡を起こしてくれるのではないだろうかと。だが奇跡は起こらなかった、それは今見ての通りだ』

 

「そん……な……」

 

 ナサレはもう既に言葉を放つことが辛く、ティアナはこの心境が辛すぎて言葉を放つことが出来なかった。

 

 確かにロストロギアは存在していた。意識不明のなのはを回復させるものはここにあった。だがティアナに救いたい人がいるように、その力はすでにナサレの救いたい人物に使われていたのだ。

 

 例えその行為が全く意味のないものだとしても、それは誰にも責められないことだった。

 

 二人が意気消沈し、この広大な部屋が静寂に包まれる。そして全ての終りを伝える静けさだけがこの場に残った。

 

 そして次の瞬間。建物の周りから大きな地鳴りがあがる。だがそれは当然の結果だ、地下の最深部で何の結界も施されていない中、スターライトブレイカーを放ったのだ。老朽化が著しい建物が耐えられるはずがないのだ。

 

 バイクも破壊され、ティアナも動くことができない。それはナサレも同じで、互いが互いに生きる意味と意思を失い、脱出する気を起こさなかった。いや例えバイクがあったとしても、すでに崩壊が始まっている建物からは逃げられるはずもないのだ。

 

 だが士は違った。そんな空気はまっぴらごめんだと荒々しくパンパンと手を叩いた。

 

「だいたいのことはわかった。だが一つ聞きたいことがある」

 

 士は崩壊する建物など全く気にすることなく、倒れているナサレのすぐそばに近づいて行く。

 

『ふっ、トドメをさすか』

 

「さっき言ったろ。聞きたいことがあるって」

 

『こんな私から何を聞こうというんだ』

 

「なに簡単なことだ。お前はロストロギアを作り出し、この世界の奴らを敵に回して、そこまでして本当は何を望んでいたんだ」

 

 士がそう質問すると、ナサレはスッと目を閉じる。そしてしばらく考え込むようなしぐさをするが、すぐに口を開いた。

 

『私は、もう一度王の笑顔が見たかった。今度彼女と出会えたら王と兵ではなく。一人の女と男として後悔なく愛し合いたい』

 

「ストレートで正直な答えだな。いいだろう、叶えてやるよお前の想いを」

 

『叶える……? 私の夢を? 何を言ってるんだ。お前は……、何なんだ?』

 

「そんなの決まってる。俺は通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」

 

 士は一枚のカードを取り出すと、それをベルトに差し込む。そして電子音があがると、まるで西洋甲冑の兜をかぶったかのような、赤いライダーに変わるのだった。

 

 さらに士は、最深部に突入する前にティアナに見せたカードを取り出すと、それをベルトではなく、龍のバックルに差し込む。その瞬間に、いつもとは音質の違う電子音があがるのだった。

 

『タイムベント』

 

 それは士が仮面ライダー龍騎の世界に行った際に、偶然紛れ込んでいた一枚のカード。士がいつも他のライダーの力を使うためのカードではない。それは龍騎の世界で使われている本物のカードだった。

 

 本来、ディケイドの力は9つのライダーの力しか使えない。だが士にはこの『タイムベント』のカードを使うことができたのだ。

 

 それは士自身が対話し認め合った仮面ライダー龍騎は城戸真司ではなく、辰巳シンジだからだ。

 

 辰巳シンジは桃井殺害事件の際に、その真相を解くためにレンからタイムベントのカードを引き継ぎ、それを使用している。それが関係しているのであろう。この『タイムベント』のカードは、士の手に残り続けていた。

 

 この世界に存在しない本物の龍騎の世界のカード。そして偽りながら、その力を使うことができるディケイドの力。

 

 本来のタイムベントの力、それは時間そのものの逆行。そしてディケイドの世界でのタイムベントは、使用者及び、周囲のみのタイムスリップである。

 

 だが本物のカードを、偽りのものが、別の世界で使うことにより、タイムベントは第三の力を発揮したのだ。

 

 王が眠っていたケースがまるで鏡のように綺麗に輝くと、その中に人一人分の小さな渦が生まれた。

 

「出来すぎだな、時間旅行ぐらいは覚悟してたんだがな。……それじゃあ行ってこい。お前が望む世界にな」

 

 士はナサレを持ち上げると、彼の手に一枚のディスクと小瓶を持たせ、そのまま時空の歪に投げ捨てるのだった。

 

 

 



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終わる未来 始まる過去2

 暗く、深く、誰もいない世界に私はいた。

 

 体中は悲鳴を上げており、自分の体に限界が来ていることがすぐに理解出来た。どうして自分がこんなことになっているのかわからない。

 

 先ほどまで誰かと戦っていたような気もしたが、その名前すら思い出すことはできなかった。

 

 ナサレ、ねぇナサレ。

 

 耳元には懐かしい声が聞こえた。それはまるで何百年と聞いていなかったかのように、本当に懐かしく、ずっと切望していた声であった。

 

 ただ声が聞こえるだけなのに、まるで叶うはずのない夢が叶ったかのような嬉しさが胸からこみ上げる。だがこれが夢であることに変わりはないのだろう。

 

 私の目には何も映らない、だからこそ何も見ることが出来ないのだから。

 

 ただ目を開く作業をここまで辛いと思ったことはない。だが私は開かなければならなかった。

 

 そこには私の望む世界。私の望むものがあると信じられたから。

 

 開いた目には強い光が映る。今まで目をつぶっていたからか、まばゆい光を眩しいと思いながら、ゆっくりと目を慣らしていく。

 

 そしてその瞳には一人の女性が映るのだった。

 

「ねぇナサレ、起きて」

 

 それは私のずっと望んでいたもの。

 

 例え何百年という時が経とうと守り続ける。

 

 そう誓った女性の姿だった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 士はディケイドの姿に戻ると、タイムベントのカードが手に飛び込む。

 

 だがもともと龍騎の力ではないカードだからか、もしくは士が使うべき種類のカードではないからか。それはスーッと姿を消していくのだった。

 

「まあ一度でも使えただけ運がよかったか」

 

「士、いま何をしたの……」

 

 今起きた不可思議な出来事。そして先ほどまで崩壊していた建物が、まるで『初めから破壊されてなかった』かのように地響きが止めている。

 

 その現実にティアナは思考が追い付かないのだ。

 

「それはこれからわかるさ。ほら、見てみろよ」

 

 士は王が眠っていたカプセルを指さすと、それはまるで始めからこの場に存在しなかったかのように、ゆっくりと透明になり完全に消えていく。

 

 そしてその代わりに小さな墓標がそこに現れるのだった。

 

「何で墓標が、それにこの名前は」

 

 ティアナはその名前を見て、自らの目を疑った。

 

 それもそのはずだ。先ほどまで戦っていたナサレの名前と、粒子になり消えていった王の名前がそこに彫られているのだから、驚かない方が無理な話である。

 

「さっきのカードはタイムベントって言って、まあ簡単にいえば過去に行く力だ。それにあいつを過去に帰す前に、五百年前にこの世界で流行った伝染病の特効薬と、現代医療の知識が入ったディスクを渡しておいた。まあ元から小さい国だ。崩壊は免れなかったらしいが、それでも人は人として死んでいけたんだろうな。そしてこれだ」

 

 士は墓標に立ててある拳ほどのカプセルを手に取ると、それをティアナに渡す。

 

 それは見間違いようもない、先ほど王と一緒に消えていったロストロギアにほかならなかった。

 

 そこには小さな手紙が添えられており、『恩人である士様とティアナ様へ』と書かれていた。

 

「あいつには守りたいものがあった。だからこそティアナの気持ちもわかったんだろうな。まあそうでなくても、王が真っ当に生きられたんだから当然の報酬だな」

 

「それじゃあ、これでみんなは」

 

 ティアナはあまりにもうまくいきすぎた現実に、未だに焦点を合わせられずにいた。そんな呆けているティアナから視線を外すと、士はそのまま背を向けた。

 

「お前はこの最深部に入る前に、どうして俺がここまでしてくれるかって聞いたよな」

 

「……え、ええ。今だって信じられないわ」

 

「俺はな、今までいろいろな世界を旅してきた。そこには人の心の行き違い、愛する者を失ったもの、愛するもののために散っていったもの、愛する者を守るために一人孤独の世界にいることを選んだもの、いろんな奴らがいた。だからたまにはって思ったんだよ」

 

「……何を思ったの?」

 

 ティアナがそう言うと、士は変身を解除する。そして少し恥ずかしがるようにして、頭をクシャクシャと掻いた。

 

「少し青臭いかもしれないが、皆が笑って終われるハッピーエンドが見てみたいってな。おら、まだ終わりじゃなんだ早くいくぞ!」

 

 士はティアナの背中をドンと叩くと、ようやくティアナにもそれが照れ隠しだとわかったようで、急に笑い声をあげた。

 

 それは笑顔と同様に、この数年間ずっと忘れていた楽しいという感情の表れであった。

 



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右に行くもの 左に行くもの

 写真館のくつろぎスペース。そこで士はいつものようにソファーを独占し、リラックスしていた。その隣のテーブルにはティアナが座っており、そして――。

 

「うわぁ、このお菓子おいしいよティアー」

 

 スバルは栄次郎が作ったお菓子を次々と口に運んでいく。そんな相棒の姿を見てティアナはハアァと大きなため息をついた。

 

「全く子供じゃないんだから。……まあ、たまにはいいか」

 

 ティアナはコーヒーを口の中に運んでいく。それはあの日一口もつけることなかった、栄次郎が入れたコーヒーであった。

 

「確かにあんたの言うとおりおいしいコーヒーだわ」

 

 あの事件から三日。『始めからなんの怪我もなく、健康そのものだった』スバルは、今日も今日とて元気いっぱいであった。なのはは最悪の事態からは脱することができたが、長年昏睡状態だったため、今はリハビリに勤しんでいる。とは言っても、この三日間はもう目覚めることのないと思っていたなのはの復帰に、ほとんど宴会騒ぎではあったが。

 

「みんな普段から有給を貯める人だったからね。まさか機動六課が解体された後に、全員集合するとは思ってなかったわ」

 

「それもこれもティアと士さんのおかげだよ。よくあんな遺跡を見つけることができたよね」

 

 そう言ってスバルは再びお菓子を口に含む。そんなスバルを見て士とティアナは互いに苦笑いを浮かべるのだった。

 

 士の使ったタイムベントでナサレを過去に戻したことにより、少しばかり未来が変わってしまったのだ。

 

 一つ目は、スバルや管理局の人間が怪我を負ったという事実がないこと。

 

 二つ目は、士とティアナが突入した遺跡がまだ管理局に発見されていなかったということ。

 

 そして三つ目は、死んでいなければ全てを回復させるロストロギアの存在。それが明るみになっていないということだ。

 

 士はナサレを過去に帰し、使用可能なロストロギアがあの場所に置かれていることを計算していた。だが今ある事実はティアナにとってさらに理想的であった。

 

 歴史が少し変わった現代において、あのナサレ達の城は、『管理局の遺跡調査部隊の士が、友達であるティアナ執務官を連れて移動中に、たまたま見つけた遺跡』というだけの話になっている。

 

 無論改竄される前の現代では、そんな限定的な調査部隊は管理局には存在していなかった。だがこの現代には、士がこの世界に来て着ていたものと、同じ軍服を身に着けた小規模部隊が存在していたのだ。

 

 本当は罪に問われてもおかしくないティアナと士であったが、今では古代遺跡を発見した栄誉ある遺跡マニアとして管理局に名を轟かせている。士にとっては不名誉な呼び名であったが、そこはティアナが追々修正しておくということで決着がついた。

 

 あの遺跡にロストロギアがあったということを知っているのは、スバルやなのはを含めた身内のメンバーだけである。そしてその本当の真実を知っているのは結局、士とティアナ、そしてマッハキャリバーだけであった。

 

「そういえば士、あんたはユウスケさんや夏美さん達と買い物に行かなくてよかったの」

 

「いいんだよ。俺に荷物運びは似合わない。それに全員で行ってここを留守にするわけにはいかないだろう。それよりだ」

 

 士は首にかけているピンクのカメラを構えると、それをティアナとスバルに向ける。

 

「どの世界に行っても必ず一枚は写真を撮ってるんだ。この世界に入ってからまだ一枚も撮ってないからな、ここで撮らせてもらうぞ」

 

「えっ、ちょっと、いきなり」

 

「いいじゃんティア、ほらほら」

 

 そう言いながらも、スバル自身は映る気がないようで、ティアナの背中をグイグイと押す。そんな相棒の姿を見ていると、仕方ないかとティアナは笑顔を浮かべるのだった。

 

 特に合図もなくカチリとシャッターが切られると、それで撮影は終了する。これでやり残したことはないと、士は再びソファーに体を預ける。すると今度はティアナが士に声をかけるのだった。

 

「ねぇ、士。あなたはまたどこか違う世界に行ってしまうの」

 

「ああ、そのつもりだ。ここは俺の世界じゃない。俺は通りすがりの仮面ライダーだからな。またここも通り過ぎていくだけだ」

 

「そんなの寂しいですよ士さん。私もティアも大歓迎ですからここに残りましょうよ。そしたら私もおいしいお菓子が毎日食べられますし」

 

「スバル……まったく」

 

 そういう意味じゃないと相方をポコッと叩くと、ティアナは席を立つ。そして士を真っ直ぐに見詰めた。

 

「今回はたまたま士がいたからなんとかなった。私一人だけの力じゃどうしよもならなかった。だから士がよければ――」

 

 一緒にいてほしい。そう言葉に出そうとしたが、それは扉から聞こえてくる声にかき消されるのだった。

 

「やっとみつけましたよ二人とも!」

 

 そう大声をあげて一人のヒョロヒョロとした男が写真館に飛び込んでくる。

 

 士とティアナはその男に目を向けるが、如何せん二人にはその人物の記憶がなかった。

 

 だがその軍服を着た男は違った。彼は改竄された世界において、新しい役目を与えられた人物なのだから。

 

「探しましたよ門矢隊長、ランスター執務官。早くしないと約束の時間に間に合いませんよ」

 

「お前、何で俺の名前を知ってるんだ。というかなんだ隊長って?」

 

「何をとぼけてるんですか、あなたは私達遺跡発掘部隊の隊長じゃないですか。そうやっていつもいつも仕事をサボるんですから。今日は絶対に逃がしませんからね」

 

 男はそういって部屋のドアの前で両腕を拡げる。未だに状況を把握しきれてない士ではあるが、助け船を出すようにティアナが声を上げるのだった。

 

「あの件よ士。ほら、私とあなたが散歩中に遺跡を見つけたじゃない。その功績を讃えた表彰式が今日あるのよ」

 

 士はティアナの言葉を頭の中で噛み砕いていく。そしてティアナがなぜ改竄された歴史のことについて話をしたのか、しばしの沈黙の後にその答えが浮かぶのだった。

 

「…………ちっ、そういうことか。面倒なことになったな」

 

 士は心底面倒くさそうに自らの頭を掻く。

 

 つまりはそういうことなのだ。改竄されたこの世界では、士は罪人ではなく、名誉ある遺跡マニア。そしてこの世界に来た時に、男と同じ制服を着ている時点で彼が遺跡発掘部隊ということは変わることのない事実となってしまったのである。

 

「っていうか、ティアナ。お前どうして今日が表彰式だってしってるんだよ」

 

「ご、ごめん。話だけは聞いてたんだけど、この三日間お祭り騒ぎですっかり忘れてて」

 

 先ほどまでのしんみりとした状況とはまた違った、寂しそうな表情をティアナはする。士の方も、ティアナに悪気はないとはわかっているが、現状が面倒なことに一切変わりはなかった。

 

 扉で待ち構えている男。少しイライラしている士。心底困った顔をしているティアナ。こんな三つ巴な状況をどうしたものかとそこにいる彼女は考えていた。

 

 だが彼女の答えは一つだ。大切な相棒のために一肌脱ぐ覚悟は、とうに出来ていた。

 

 スバルは手に持っているお菓子をお皿に乗っけると、ニコニコとしながら窓に近づいて行く。

 

「はぁー、いい天気。今日は絶好のドライブ日和だね。はい、ティア」

 

 スバルは首にかけているマッハキャリバーをティアナに渡す。受け取ったティアナは一瞬キョトンとした顔になってしまうが、そこは長年連れ添った仲。ワンテンポ置いて、スバルの意思を読み取るのだった。

 

「……ありがとう、スバル」

 

「いやいや、ティアだってまだ士さんと別れたくないでしょう」

 

「―――うっ」

 

「おい、さっきから何二人でボソボソと話してるんだ」

 

 士がそう言葉を出しながら、ティアナに近づいて行く。そして士の腕とティアナの腕が少し触れ合うと、彼女はまるで静電気が起きたかのようにバッと距離をとってしまうのだった。

 

 そんなティアナの姿をニヤニヤしながらスバルは眺めると、次にスバルは士の隣に立つ。そしてニッと士に笑いかけるのだった。

 

「それじゃあ士さん、店は私に任せていってらっしゃい」

 

「はっ?」

 

 士が疑問の声を上げようとした瞬間、彼の体は地面から離れていく。スバルは士の体をヒョイと持ち上げると、そのまま一直線に彼を窓に向かって投げ込むのだった。

 

「お、おいおいおい!」

 

 この世界に来て一番の予測不能の出来事に、珍しく士は取り乱してしまう。だが、投げられながらも士は何とか受け身を取ると、そんな彼に続いてティアナも窓から飛び出してくるのだった。

 

「ほら、行くわよ士」

 

「いきなり何言ってるんだ。助けた礼に嫌がらせか?」

 

「いいじゃない、少しの嫌がらせくらい。このまま表彰式なんて出たら、それこそ退屈で死んじゃうわよ」

 

「だからって、もう少しやり方があるだろうが。ったく」

 

 ティアナは士の手を取り彼を起き上がらせると、そのまま裏庭に向かっていく。そんな二人をスバルは微笑ましく、窓越しから眺めるのだった。

 

「た、隊長! ランスター執務官!!」

 

 軍服を着た男は二人の後を追おうと、すぐさま窓に向かう。しかしスバルはその男の手を取ると、先ほどの士のように持ち上げるのだった。

 

「まあまあ、少し落ち着いてお茶でもしませんか」

 

 落とす勢いがありながらも、スバルは優しく男を席に着かせる。だがそれで男が止まるわけもなく、すぐに立ち上がろうとする。だがそうはさせないとスバルは男の両肩を抑え込むと、ニコリと笑顔を向けるのだった。

 

「ここには士さんとティアはいなかった。だから二人が表彰式に出れなくてもあなた一人のせいじゃない。わかりますよね」

 

 スバルはニコニコと笑顔を絶やすことなく、それでいて椅子が潰れそうなほどの圧力で男を抑え込む。

 

 その後の流れは考えるまでもないだろう。常に前線を駆け抜けてきたフロントアタッカーのスバルと、体がヒョロヒョロの遺跡探索部隊の男。

 

 無論男がスバルに逆らえるはずもなく、二人はしばしのコーヒーブレイクに入るのだった。

 



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右に行くもの 左に行くもの2

「うふふ、管理局の言いつけをすっぽかしたのって初めてかもしれない」

 

 執務官という立ち位置であるティアナを知っている人物が今の彼女の言葉を聞いたら、二つの意味で戸惑いを見せるであろう。

 

 一つ目の理由は、たとえ改竄され歴史における表彰式であれ、それをすっぽかすことはあまりほめられたことではないということ。

 

 そしてもう一つの理由は、機動六課解体後のティアナが自分の立ち位置が少しでも悪くなるようなことをするとは思わなかったからだ。

 

 それは元機動六課のメンバーも同じことだ。彼女が特権行使のためにひたすらに高い地位を目指していき、上層部にいい顔をしているのは、誰しもが心に思っていたことだ。

 

 だがそんな彼女の言葉を聞いても、動じない男がここに一人いた。その人物の名前はいうまでもないであろう。

 

「ったく、あんまり暴れるな。振り落とされても知らないぞ」

 

 そうぼやく士ではあったが、その声に怒りのトーンは混ざっていない。それもそのはずだ。ミラー越しに映る、まるで子供のように無邪気に笑っているティアナの顔を見ているのだから。

 

 こんな笑顔をされてしまったら、きっと誰にだって怒ることはできないであろう。

 

 士とティアナ、そして魔力の蓄積が残っているマッハキャリバーは、未だに管理局に返還していないバイクに乗り、ひたすらに道路を走り続けていた。

 

 何の予定も立てずに写真館から出発をして早一時間。とりあえずは管理局の目から離れようと、二人は郊外に向かおうと考えていた。

 

 ティアナはひとしきり笑い声をあげると、士が本気で怒ってないことを理解しつつも、謝罪の声をあげるのだった。

 

「ふふ、ごめんね。でもこんな開放感本当に久しぶりだったから」

 

「それはわかってる。そんなご機嫌な格好してればな」

 

「うっ、それはあまり言わないでよ」

 

 そう言ってティアナは風にたなびくロングスカートをギュっと抑えつける。だが士がティアナを格好を見てそう感想を漏らすのも仕方がないであろう。

 

 士が今まで見てきたティアナの服は、執務官のスーツか、真っ黒のバリアジャケットのみ。だが、今のティアナは洋服とドレスの中間のような、フワフワと柔らかいイメージが伝わってくる白の服を着ているのだ。

 

 ティアナ自身、この服を着た後にしばしの後悔をしているのだから、それは士に言わることではなかった。

 

「ねえ、士。この服買ってもらっちゃったけど、お金の方は本当にいいの?」

 

「いいに決まってるだろ。遺跡を見つけたとか何とかで金一封を貰ってみれば、俺の知ってる現金とは全く違ったんだ。この次の世界に行って役に立たないものなら、荷物にならないように使っていくだけだ」

 

 これで少しはツケが払えると思っていた士は、ヘルメット越しでありながらも髪の毛を掻くようなポーズをする。

 

 士はどうにもうまくいかないものだと内心苛立ちを覚えているが、その時ティアナは焦りを感じていた。

 

 それは士が先ほど言った言葉。この次の世界に行ってもという言葉に他ならなかった。

 

「……そうよね。また別の世界に行っちゃう士には役に立たないものね」

 

 ティアナはミラー越しに顔が映らないようにと、士の背中に顔を埋める。そしてその瞳をギュっと閉じるのだった。

 

 ティアナは自らの感情に戸惑っていた。兄を失った時には悲しみがあった。陸士の学校を卒業する時には寂しさと同時に未来への希望に満ちあふれていた。そしてなのはを失った機動六課解体後には、消えぬ幻を掴むためにただ走り続けていた。

 

 あまり嬉しいことではないと思っていても、ティアナ自身様々な別れを今までに経験してる。だからこそ理解できなかったのだ。士との別れを意識する度に、胸に強く突き刺さるその痛みに。

 

 だがそれは仕方のないことかもしれない。ティアナは兄を失ってから、執務官になるために、そしてなのはを助けるために、一般的に言われる『青春』というものを一度も体験していない。

 

 だから彼女は自らの心に答えを出すことが出来なかったのだ。

 

「おい、いくら後ろに乗ってるだけだからって居眠りするな。本気で振り落とされるぞ」

 

 士はティアナの想いなど露知らず、本気で睡魔が襲いかかっているのかと勘違いする。

 

 なのはを助けるロストロギアの回収まで、その体を行使し続けていたティアナだ。その心配は確かに間違いではないが、大外れもいいところである。

 

 そんな士の言葉を聞いたもう一つの存在は、電子音でありながらも少し間を取りながら声を上げるのだった。

 

『士、ティアナ…………わかりました予定変更です』

 

 バイクに刺さっているマッハキャリバーが電子音を上げると、そのままタイヤの先には青のレール『ウイングロード』が引かれる。マッハキャリバーはさらにハンドルのコントロールを奪うと、そのまま空に駆け出していくのだった。

 

「お、おい、なにしてるんだ」

 

「そうよマッハキャリバー、市街地での飛行魔法は許可がないと―――」

 

『二人が悪いんです。デバイスの私にわかるというのに、貴方たちときたら』

 

 声のトーンは変わっていないはずなのに、その何とも言えない圧力に二人は押し黙ってしまう。そして自ら作り出したレールから街中に降りると、ピタリとコインパーキングにバイクは止まるのだった。

 

『士。この世界のお金はまだ使い切ってないですよね』

 

「ああ、まあ服を一着買っただけだからな」

 

『だったら今から使い切ってきなさい。どうせ荷物になるだけでしょう』

 

「何でそんなことお前に言われなくちゃ―――」

 

 いけないんだ。そう士が声をあげようとした瞬間に、マッハキャリバーはいきなりウイリーをし、二人を振り下ろす。突然の出来事に何の反応も出来ずに、二人は尻もちをついてしまうが、その瞬間にマッハキャリバーはバイクに命令を告げるのだった。

 

『夏美直伝。笑いのツボ』

 

 突然ハンドルが動き出すと、ハンドルのブレーキ部分の突起が士の首にぶつかる。その瞬間に、いつも無愛想な顔をしている士の顔に満面の笑みが走るのだった。

 

「あっはっはっはっは、ど、どうしてお前が、あっはっは、それ、あっはっは」

 

 強制的に笑いを強いられている士が、苦しみながらも抗議の声を上げる。だが悲しいかな、いくら言葉を強くしても、今の士にはひとかけらすら恐ろしさがなかった。

 

 そんな士の状態をどうしたのかとティアナは見るが、次の瞬間何かを理解したかのようにポンと手を叩く。

 

「ああ、それって昨日夏美さんが言ってたやつよね」

 

『ええ、もしもの時と思って聞いておいたのですが、まさかこんなに早く使うことになるとわ』

 

「へぇー、本当にそんなツボってあるのねー」

 

「お、お前ら、はっはっは、そんな呑気にはっはっは、なしてないで、さっさと何とかしろっはっはっはっは」

 

『仕方ないですね』

 

 マッハキャリバーは逆方向にハンドルを捻ると、再び士の首にブレーキの突起をぶつける。そうすると士はようやく笑い地獄から解放され、ゼェゼェと肺にいっぱいの酸素を取り込むのだった。

 

『どちらにしても私がいなければ写真館には帰れませんよ。ほら、早く行ってきてください』

 

「ちっ、何だかよくわからないけど……しょうがねえな」

 

 士は心の底から面倒くさそうに立ち上がると、そのまま人ごみのあるほうに歩きだしていく。ティアナはそんな士に置いていかれないようにと、すぐにでも立ち上がろうとする。だがそんな彼女を見て、マッハキャリバーは小さく電子音を上げるのだった。

 

『ティアナ。どうか後悔のないように』

 

「えっ、どういうことマッハキャリバー」

 

『…………』

 

 ティアナはそう問いかけるが、マッハキャリバーはそのまま待機モードに入ってしまい、その続きは話してくれなかった。

 

 ティアナはこれ以上は答えてくれないと早々に割り切ると、少し汚れてしまった服をパンパンと叩き、士を見失わないようにとそのまま彼の背中を追いかけるのだった。

 

 



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右へ行くもの 左へ行くもの3

「…………」

 

「…………」

 

 いざ二人で街中を歩き始めた士とティアナであるが、如何せん会話の糸口がなかった。

 

 無理やり叩き落とされた士はもちろんのことではあるが、隣を歩いているティアナはどこか余所余所しい。それは士と二人で歩いていることよりも、別のことに原因があった。

 

 ティアナは人の視線を感じると、その人物に視線を向ける。だが、その男は慌てた様子で視線を外すと、そのまま走り去ってしまのだった。

 

「(いったいに何を見てるの)」

 

 そうティアナが不審がるのは仕方がないことであろう。先ほどから彼女はそういった視線を一身に集めており、それに反応する度に先ほどのように素知らぬ顔で通り過ぎてしまうのだから。

 

 ティアナは纏わりつくような視線から身を守る様に、ギュッと自信を抱きしめる。

 

「どうした、寒くなったのか?」

 

「いや、そうじゃないんだけど。やっぱり私にはこんなかわいい服似合わなかったかな」

 

「はっ? お前が白系統で服を選んでくれって言ったからわざわざ俺が選んでやったのに、不満があるのか」

 

「いや別に不満があるわけじゃ、それに目もくれずに一番近くにあった服を手に取るのは選ぶとは言わないわよ」

 

 そうなのだ、別段こんなフリフリした服はティアナが選んだものではない。ただ彼女は今までなのはを助けられなかった負い目から、彼女と同じ白の服を着ることができないでいた。

 

 だがそういった足枷が外れたティアナは、気分を新たにという意味で白の服を着ようと決心をしたのだ。

 

 しかし管理局勤めが長い彼女は、常に執務官用のスーツか、バリアジャケットを着込んでいた。そんなことが何年も続いたティアナは自分のオシャレセンスに自信が持てなかったのだ。

 

 だからこそ普段着がそれなりにオシャレな士に服を選んでもらうとしたのだが、その思想はまんまと外れ、こういった格好になってしまったのだ。

 

「せめて、長袖にすればよかったかな」

 

 ティアナはそうぽつりと声をあげると、左右の腕でさらに自分を抱きしめる。それは自らの腕を隠すための行為であった。

 

 常に前線を駆け抜けてきたティアナの腕は、その戦闘の厳しさを表すかのように無数の傷が刻まれている。

 

 普段のスーツは長袖の上着があり、バリアジャケットを着ている戦闘時には腕の傷など気になりはしない。

 

 そして自らの不格好さに最後には渇いた笑いすら、ティアナは浮かべていた。

 

 だが士はそんなティアナの姿を見ると、その頭をグリグリと引っかき回していった。

 

「なっ、何するのよ士!」

 

「お前がさっきからウジウジしてるからだろ。落ち込むのは勝手だが、隣にいる俺には不快でしかないぞ!」

 

「えっ……ご、ごめん」

 

「おおかた通行人の視線が集まってるのが気になってるんだろ」

 

 士がそう声に出すと、ティアナの心臓はドクンと大きく鼓動する。

 

 そして自分の表情がそこまで落ち込んでいたのかと、ティアナは士に嫌な思いをさせたとさらに落ち込んでいってしまった。

 

「おら、また落ち込む。そんなにウジウジ悩んでるなら、どうして視線が集まるか教えてやるよ。まあ当たり前って言えば当たり前のことだ」

 

「それってやっぱり私の傷が」

 

「はっ、自惚れるなよ」

 

 士は落ち込むティアナの視線を無理やり自分の方に持って行く。そして親指でクイッと己を指さすのだった。

 

「通行人の奴らは俺があまりにもカッコいいから振り向いているだけだ。まあどんな衣装でも着こなす俺だ、その俺が普段着を着ているんだから振り向かない人間はいないさ」

 

 そう士は自信満々に自らを褒めたたえる。全てが自分の傷のせいだとティアナは思っていたが、士の言い方があまりにも堂々としており、一瞬それを信じかけてしまう。

 

 だがティアナはその応答に、すぐに答えを出すのだった。

 

「ふふ、ありがとう士。そうよね、士はカッコいいからね」

 

「ああ、ようやくお前もわかってきたようだな」

 

 そう言って満足そうに士は進行方向に向くと、ティアナは本当に小さくため息をついた。

 

 自分が思った以上に落ち込んでいることに対して、士は気を使ってくれたのだ。半分は本気かもしれないが、それでもあの面倒くさがり屋の士が、自分に気を使ってくれたのが、ティアナにとっては本当に嬉しかったのだ。

 

 だからこそ先ほどのため息は、今日最後のため息だとティアナは心に決めた。これ以上、士に嫌な思いをして欲しくない、それが彼女の本心であったから。

 

 そのままティアナは士の元の足早に進んでいく。すると、突然足を止めた士の背中にティアナはぶつかるのだった。

 

「ん? どうしたの士??」

 

 純粋に疑問の眼差しを向けてくるティアナになぜか士はウっとたじろぐ。だが、自らの頭をガシガシと掻くと、なぜか彼は一呼吸間をおくのだった。

 

「はぁー、まあなんだ。こんなにカッコいい俺の隣にいてギリギリラインではあるが、不格好に見えないお前の姿もそんなに悪くはないぞ」

 

「えっ?」

 

「何でもない!おら、いくぞ!!」

 

 士はそうぶっきら棒に言うと、そのまま先に進んでいってしまう。だが置いて行かれたティアナはポカンと口を開けたまま、未だに頭の中が真っ白になっていた。

 

「そんなに悪くないって……つまり」

 

 士があんなにも遠まわしに何を言おうとしていたのか、それをようやくティアナは理解すると自然と顔がほころんでいくのだった。

 

「…………ふふ、本当に士らしい言い方ね」

 

 ティアナは再び距離が離れた士に足軽に向かっていく。だが今度は士に嫌な思いをして欲しくないという思いから彼に向かうのではない。

 

 ただ単純に自分の嬉しさを彼女は表現したかったのだ。

 

「つーかさ」

 

「お、おい、あんまりひっつくな鬱陶しい」

 

「あら、誰もが振り向くナイスガイの士ともあろうお方が、女性一人のエスコート出来なくてどうするのよ」

 

「それとこれとは話が違うだろうが」

 

「そうよね、だってこれじゃあ私がエスコートする形だしね」

 

 ティアナは士の腕に抱きつくと、そのままグイグイと彼を引っ張っていく。普段は人を引っかきまわすのが得意な士ではあるが、逆の立場の経験は少なく些か焦りが隠せなかった。

 

 だが士は別段悪い気はしていなかった。

 

 それはバイクに乗っていた時にように、ティアナの本当に嬉しそうな満面の笑みを今この瞬間に眺め続けているから。

 

 この笑顔を見たら誰も怒る気にはなれないであろう。

 

 

 



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この手に残った幻

 そこからのティアナはまるで童心に帰るかのようであった。

 

 スバルと昔に行ったアイス屋で、トリプルのアイスを落としそうになりながらも食べ。

 

 ゲームセンターでは、二人でシューティングゲームをプレイしまさかのワンコインクリアをし。

 

 そして露店商で士にねだったアクセサリーは、彼女の生涯の宝物になった。

 

 ティアナは今までの人生を常に過酷の中に置いていた。だからこそ、彼女は人と同じ時間を歩んでいても、その一分、一秒の体感時間が苦しく長かった。

 

 そんな彼女だからこそわかるのだ。楽しい時間というものは本当にあっという間に過ぎてしまうのだと。

 

 そうやって街中で遊び回っていた二人であるが、その時間は有限ではないことを言われるまでもなく理解している。

 

 そして二人にはまだ行かなければならない場所があったのだ。

 

 二人は管理局の表彰式から逃げるのではなく、明確な意思を持って郊外にバイクを進めていく。

 

 マッハキャリバーも駐車場に帰ってきた時の二人の様子を見て、すでに機嫌は治っており、その行く末に異論は唱えなかった。

 

 士とティアナは街はずれの教会に着くと、バイクを止める。士はそのままマッハキャリバーを引き抜こうとしたが、すぐに待機モードに入ったところを見てその行動をやめるのだった。

 

「さって、いったいどこにあるんだ?」

 

 士がキョロキョロと辺りを見渡すと、ティアナは彼のコートをチョイチョイと引っ張る。

 

「大丈夫、場所は私が覚えてるから。ほら、行きましょう」

 

 そう言ってティアナは士を先導するために歩き始める。だが士はそんな彼女をおちょくるかの様に声をかけるのだった。

 

「なんだ、さっき見たいに腕を引っ張ってくれないのか」

 

「ば、ばか。あれはちょっとはしゃぎ過ぎちゃっただけで、その」

 

「まあそれくらいわかってる。さっさと行こうぜ」

 

 ティアナを困らせることに一瞬で飽きた士は、ほらほらと彼女を促す。そんな士を見ると、ティアナはスッと前を見つめ、小さくため息をつくのだった。

 

「なんにもわかってないじゃない、…………ばか」

 

 ティアナはそのまま士を先導すると、間もなくして一つの墓の前に立つ。その名前は見間違うはずもない二つの名前が刻まれていた。

 

「移動したと聞いてたけど、まさかこんな郊外にとはな」

 

 ナサレと王の墓を前にして、士はそう呟く。ティアナの方は、街で買ってきた花束を添えると、スッと目を閉じるのだった。

 

「ナサレ達のいた世界は『機械技術が全く発展していない世界』ということになったからね。そのまま残しておく意義がないなら、安全のために撤去する。それが管理局の決定だったからね」

 

 そう言うと、ティアナは黙祷のために閉じていた目を開く。そしてクルッと士のほうに振り返るのだった。

 

「だから私が言ったの。せめてお墓だけでもどこかに移動できなかって、でも街中だと二人がゆっくりできないと思ってね。だからわざわざ郊外にしたの」

 

「そうだな。自分達の世界の人口の少なさに、腰が抜けるかもしれないしな」

 

 士は特に黙祷することも、花を添えることもせずに、ただジッと二人の墓に目を向ける。いや、面倒くさがり屋な彼がここに来ている時点で、その二つをしろと言うのは望みすぎであろう。

 

 そんないつもと変わらない士の姿を見て、ティアナは一歩彼に近づいて行く。そして覗き込むように士の顔を見るのだった。

 

「ねえ士、本当に別の世界に行ってしまうの」

 

「それは写真館で言っただろ。俺は自分の世界を探しに行く、どうした今更?」

 

「…………あのね」

 

 ティアナはそこで一度口を閉じる。これから言おうとしていることは、写真館で言おうとしたあの言葉。

 

 一度タイミングを逃した言葉ではあるが、その言葉に対する想いはこの数時間で何倍にも膨れ上がっていた。

 

「……ねぇ、士。私はあなたにこの世界に残ってほしい。いや、この世界というよりこれから私と一緒にいてほしい!」

 

「…………それは何かの冗談か?」

 

 ティアナの真剣に態度に対し、士はいつもどおり雲を掴むようなユルい態度をとる。だが士がしっかりと受け止めてくれないからこそ、彼女の気持ちもまた大きくなってしまったのだ。

 

「冗談でこんなこと言えないわ。自分の記憶を探している相手に、その記憶探しをやめて全く知らない世界に残れなんて、普通じゃ絶対に言えない。でも、だけど士は違う!」

 

 自然と動いてしまう口にティアナ自身が驚いている。本当はこんなことを言うために、教会に来たのではない。ただナサレと王の真実を知っている二人だからこそ、ここに来るべきだ、それだけをティアナは考えていた。

 

 でもだからこそ、彼女の言葉は止まらなかった。溢れんばかりの初めての感情を抑え込む術を、まだ知らないのだから。

 

「ようやく気付いた。いや、始めて知ることができたの。今まで感じた事のない胸を引き裂かれる想いに、絶対に離れたくないって感情に」

 

 ティアナはグッと士に身を寄せると、そのまま彼の胸に顔を埋める。そして今にも泣きだしてしまいそうな顔で士を見詰めた。

 

「私は、私は士のことが―――」

 

『好き』

 

 それは文字にしてしまえばたった二文字に過ぎない言葉。だがその言葉は他のどんな言葉よりも重みのある言葉である。

 

 そんなことは小学生だってわかることだろう。だがそれがわかっていながらも、士はティアナの口にカードを押しあて、その言葉を止めるのだった。

 

 士はそのカードをゆっくりと彼女の唇から離していく。そのカードは士を象徴するカード、ディケイドに変身するためのカードであった。

 

「……残念だが俺は通りすがりの仮面ライダーだ。自分を探す旅をやめてしまったら、俺は俺でなくなっちまう」

 

「……そう、よね」

 

 ティアナはボソリと呟くように言うと、士から一歩離れていく。

 

 ティアナは士の答えを聞いて、写真館の庭でスバルが死んだと思った時のように気持ちが沈んでいってしまう。それは何も士に拒絶されたからではない、むしろ自分自身を失くし、常に不安の中にいる士に対して、自分勝手な想いをぶつけてしまったことを悲しんでいるのだ。

 

 今回の事件でティアナが得たものはあまりにも多かった。

 

 なのはは意識が回復し、管理局に怪我人はなく、何よりティアナ自身がずっと縛り付けられていた鎖から解放されたのだ。

 

 これ以上望むのは神様に失礼だと、ティアナは天を仰いだ。だがそれはティアナが勝手に完結した想いでしかいない、なぜなら士の言葉はまだ終わっていないのだから。

 

 確かに今以上の幸せを神に望むのは失礼かもしれない。だが目の前の士は、そんなものすら従わせてしまう悪魔なのだ。

 

 士はディケイドの変身カードの裏に重ねていたカードを、スッとティアナに見せる。それは紛れもなくティアナ本人がプリントされているあのカードであった。

 

「俺は俺を探しに行く。だからもし俺が俺を取り戻して、暇ができたらまた会いに来てやるよ。まあいつになるか約束はできないけどな」

 

 そう恥ずかしそうながらも、しっかりとティアナの顔を見て士は話しかける。するとティアナ自身、何て自分は現金な人間なんだろうと思いながらも、心の底からの笑顔を士に向けるのだった。

 

 それは悲しみの涙が、嬉し涙に変わる瞬間。彼女は泣きながらも笑いだすのだった。

 

「ふふ、でも士って忘れっぽそうだから安心できないわね」

 

「忘れたくても忘れられないさ。何せこれからずっと、俺はティアナのカードを持って旅を続けるんだからな」

 

 士はそう言いながらピラピラとディケイドのカードとティアナのカードを見せつける。そんなふうにしてくっつき合うカードを見て、ティアナの中に小さな悪戯心が生まれるのだった。

 

「でもそのカードを持ってるのは士だけだからね。私は私なりに、忘れないようにさせてもらうわね」

 

 ティアナはそう言って再び士の近づくと、彼の首に手を回す。そして精一杯つま先を伸ばすと、士の顔に自分の顔を近づけていくのだった。

 

 その時教会の鐘が二人を祝福するかのように辺りに響き渡る。

 

 それは管理局の表彰式が始まる時間であり。

 

 ティアナが恋という感情を始めて知った時間であり。

 

 そして二人の別れを告げる時間でもあった。

 

 ティアナはゆっくりと士から離れていくと、満面の笑みを彼に見せた。

 

「それじゃあまたね、士」

 

「ああ、またな。ティアナ」

 

 そうして間もなくして、この世界でするべきことをし、確かな大切なものを手に入れた士は次の世界を目指して旅に出るのだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

「おお、士君。この写真はいい味出してるじゃないか」

 

 写真館にいつものメンバーが集合する中、栄次郎はいつも通り士の写真を現像し持ってきてくれた。

 

「おっ、士いつの間にあの子とこんなに親密になったんだよ。てか、この後ろの人、誰?」

 

 ユウスケが冷やかすように声をあげるが、そんな彼の鳩尾に肘を入れると、士はその写真をすぐに奪った。

 

「馬鹿か。俺が撮ってるのに、普通にやってこんな写真が撮れるはずないだろう」

 

 士はその写真を持って、ソファーに腰を下ろす。そして自ら撮った写真に目を向けると満足気な表情を浮かべるのだった。

 

「相変わらず俺に撮られる資格がないか。だが悪くない」

 

 写真はティアナだけを撮ったはずだが、彼女の隣にはくっきりと士が映っていた。

 

 そしてその後ろには、肩を抱き互いに寄り添いあっているナサレと王の姿がぼんやりと、しかしハッキリと映り込んでいた。

 

 この写真がある限り、士はこの世界のことを絶対に忘れないであろう。

 

 確かにその写真は真実を映し出したものではないかもしれない。

 

 それは幻を重ね合わせただけのただの偽物ものかもしれない。

 

 だけど、確かにこの手にあるのだから。

 

 四人の笑顔は消えることのない真実なのだから。

 

 








あとがき


ちなみにここで言っている教会のお墓は、ヴィータちゃんは男友達が少ないで言っていたあの場所です。

そんなわけで、中編小説 レイジングミラージュ【終わりなき蜃気楼】はいかがだったでしょうか。

初めましての人は、初めまして。ヴィータちゃんは男友達が少ないを知っている方はおはこんばんちわ。

作者の白翼です。


今回は「書いたはいいが、いろんな事情があり仕舞いっぱなしの作品に再び日の目を浴びせよう」ということで、蔵出し作品としてこのレイミラをあげさせてもらいました。

この作品は元々はにじふぁんに載せていたものです。

ですがまあ、ここの作家さんや読者さんの多くが知っている通り、あのサイトでは二次創作が全面的に禁止になりました。

そして白翼もこのレイミラの『右に行くもの 左に行くもの』のデータをどこかにやってしまっており、再びあげることはしませんでした。

ですが、あらすじにも書いたように、この作品は初めて白翼が書いた思い入れの深い二次創作になっています。

一次は部活などでやっていたのですが、二次創作って言うのが逆に手が出し辛くて。ですが当時大好きだったティアナ、そしてディケイドにおおはまりした私は、勢いのままこの作品を書きあげていました。

ディケイドの放送が終わってから、はや数年。今更ディケイドをあげるのは、正直どうかという気持ちもありました。

しかし何度も書いているように、これが白翼の始まりの二次創作。

今この作品をあげても、何も恥じることはない。

そういった想いであげさせてもらいました!!


中編と言うこと、短期間であげたということ、ディケイドであること。

言い訳はいろいろあがりそうですが、今日は初心を胸に眠ろうと思います。

もしこの作品を一人でも多くの人に読んでいただけたら、本当に幸いです。

あと感想や評価などをいただけたら、さらに飛び上がって喜ぶと思います(笑)


あっと、これは自分のことではないですけど、絵を書いてくれている相方のピクシブに当時のレイジングミラージュの絵が数点置いてあります。

もしよかったら、今からでもコメントやブクマしてもらえたら、彼も喜ぶと思いますのでよろしくお願いします!!

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=6780735



あとちょっとした告知を


これは毎回のことなのですが。イベントに出店予定です。

リリカルマジカル17
2014年3月30日(日)
11:00-15:00
大田区産業プラザPiO大展示ホール

もし興味のある人がいましたら、どうぞよろしくお願いします。


そして告知ばかりであれですが、もう一つ。

ただいまDLサイト様で、リリカルなのはRXHというものを全三巻で売っています。

http://www.dlsite.com/maniax/work/=/product_id/RJ113661.html



レイジングミラージュで意識不明のなのはを救ったティアナ。

ですが、その世界が『ゆりかご事件失敗後』であることには変わりはありません。

なのははどうして意識不明の重体になったのか。

そして『ゆりかご事件』で失ったものを取り戻すために、彼女の歩き出した道は。


全エピソード4 文庫として3冊で発売しています。

こちらの作品もまた白翼の全力を込めて、込めて、込めきった作品です。

このレイミラを気にいっていただけたら、絶対に気に入ってもらえると思いますのでそちらもどうぞよろしくお願いします!!


さてさて、告知ばかりで皆さまも不快に思われたかもしれませんが、可能な限りアピールしようと思った結果でしたw

それでは短い間でしたがレイジングミラージュはこれにて閉幕です。

次の新作か蔵出し企画、またはイベントなどでお会いしましょう!!


ではは~ ノシ



HP イノセントウイングス
http://sky.geocities.jp/hakuyoku123/

ツイッター

白翼
@hakuyoku123

相方さんのピクシブ

http://www.pixiv.net/member.php?id=1028919



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