気づいたら竜種に転生していた件 (シュトレンベルク)
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始まりの時

 これはとある星にあった国の王様のお話である。

 

 その星は知生体一人一人が特別な力を持っていた。そして、それ故にあまりにも長い間、統一されることもなく戦乱の時代を過ごしていた。一時的な平和が作られても決して長く続くことはなく、しばらくすればまた争い始める――――そんなどうしようもない未来しか想起できない星だった。

 

 そんな争乱にまみれた星、その中にあったとある小国にある日、一人の王子様が生まれました。誰もが新たな戦力の誕生を喜び、その王子様が一体どんな能力をもっているのか、楽しみにしていました。そして、その王子様には皆の期待を応えて余りある力を秘めていました。

 

 しかし。その王子様の精神性は、縛られる事を酷く嫌いました。眼下に広がる争いの火に酔っている者たちが何が楽しいのか、理解する事が出来ませんでした。自らの命を自分たちから取りこぼそうとするその姿勢が、彼には理解できなかったのです。

 

 それも致し方なき事だったでしょう。何故なら、それはこの星を生み出した神の作り出した原則――――絶対法則だったのですから。この世界に生を受けたとはいえ、よその世界から流れてきた魂を持つ王子様には理解する事などできる筈もないのは、当然の理屈でしょう。

 

 理解できぬまま日々を過ごしていた王子様。そんな王子様は戦争の最中にとある遺跡に立ち入った。そこには現在の神よりも以前に存在した先史文明と、神に至る方法と、現在の神よりも以前に存在した神々の記録が残されていた。

 

 それを読み解いた王子様は決心した。この法則が残り続ける限り、如何なる知生体であろうとも真に自由を手に入れる事はないのだと。ならば、そのような法則など叩いて壊すのみと。

 

『星の王者のみが世界を塗り替える資格を持っているというなら、俺は世界を制しよう。

 さぁ、聖戦の幕を開く。俺の願いを神が拒むというなら、そんな神は要らん。我が雷火に沈むがいい』

 

 決心した王子様の行動は早かった。周辺国を圧倒的な速度で征服し、大国の名に相応しい領域まで格を上げた。普通ならば、何世代もかけて行うような大事を成し遂げたにも関わらず、王子様――――王様の進撃は止まる事を知らなかった。

 

 まるで巨大な波のように、他の大国を平伏させていく。全ては生きとし生ける者の自由のために。その為ならば、彼が足を止める事はない。たとえ(・・・)彼がどうして(・・・・・・)自由を取り戻さん(・・・・・・・・)と思ったのかを忘れている(・・・・・・・・・・・・)としても(・・・・)

 

 幸いにも、彼は保有していた圧倒的なカリスマによって征服した国々の民たちをまとめ上げた。彼の進撃は彼に心酔した者たちに支えられ、最後まで成し遂げられた。つまり――――彼は成し遂げたのだ。世界の総てを征服し、星の王者――――神の領域まで手を届かせる事が。

 

 そこまで成し遂げた彼の前に広がっていた物は、彼の想像していた物とはまったく違っていました。世界を滅ぼす悪性の化身がいた訳ではなかった。世界を救う善性の化身がいた訳でもなかった。ただひたすらにどこにでもいそうな、ただどこにでもいそうな凡人がいた。

 

 彼は神に問う。何故、このような世界にしたのかと。

 神は彼に答えた。平和な光景が見飽きたからだと。もう戦乱も飽きてきたし、また平和を齎すつもりだったと。お前が来ずとも、世界はいずれ平和になっていたと。

 

 彼は神に問う。お前にとって世界とは何かと。

 神は彼に答えた。お前は自らの持ち物に何か、という評価を下すのかと。

 

 彼と神の問答は続く。されども、彼らの思想が交わる事はない。何故なら、彼は世界の自由を願い、神は自らの自由を行使しているだけなのだから。見ている視点が違う。内に抱く思想が違う。何もかもが違うのだから、二人が交わる筈もない。

 

 互いに理解しあう事もなく、二人は争う。文字通り、世界を幾度滅ぼしても飽き足らぬ大戦争――――神域闘争(ティタノマキア)がそこにはあった。争いが始まった事によって、神の思想統制から逃れ本来の魂の性質を自覚する民たち。

 

 実は王様は勘違いしていたが、神域闘争において重要なのは個々人の力の有無ではない。そんな物は本質的な世界を制する行為には繋がらない。その理屈で行けば、常に力を持つ者だけが正義となる。それでは、いずれ来たる未来に確定的な滅びを齎すだけだ。

 

 

 その能力()を神域まで至らせ、尚且つその時世界に存在する知生体から『神』に選ばれる事。

 

 

 それこそが、現任の神から絶対法則の力を奪い取り、世界に自らの法を敷かせる方法。始まりの神から連綿と続けられてきた世界法則を塗り替える儀式。彼らが粛々と続けてきた、星を制し未来を延命させる絶対王者を生み出すという目的なのだ。

 

 過程はどうあれ、王様は神を滅ぼす事で新たな神として絶対法則を敷く権利を得た。自らが望む未来、望む世界を作り出す事ができるという権利を、その手にしたのだ。人々は誰もが思ったものだ。あなたなら、この世界をより良きモノに出来る筈だと。

 偉大なる我らが天頂神。どうか、我らを導いてほしい。あなたならばできる。あなたならば、この世界を、否、はるか高き空を超えて宇宙という名の広大なる海すら制覇する事が出来る。どうか、その恩恵を我らに与えてほしい。自分たちもそれに続かんと願うから――――と。

 

 その姿を見て、王様は思った。これが、あの神が絶望した理由なのだと。無知蒙昧に欲しい欲しいと求める者ども。正しい事ならば何をしても構わないと考える者ども。様々な思想とあり方が交錯し、絶対に一つになろうとはしないその様こそが、神を腐らせた。

 それを理解し、同時に何故こんな物が作られたのかを理解した。だからこそなのだ、と。絶対に一つにまとまろうとはしない混沌なる者どもを一つの形としてまとめさせるために、このシステムは作られたのだ。何があったのかは分からないが、このシステムが必要な時があったのだ。

 

 それを理解したからこそ――――王様は神様となる権利を放棄する。

 

 人よ、考える葦であれ。誰かの命令に従うだけではなく、自らの意思で行動せよ。お前たちの未来を決める事が出来るのは、お前たちしかいないのだから。そう思ったから神にならんとした。しかし、それが逆効果だというのなら、神の御座(こんな物)に用はないのだ。

 

 今だ混沌たるならば、このシステムは今を生きる者たちには不要なのだ。いずれこのシステムが必要になったのなら、このシステムを手に入れるに足る者が手に入れるだろう。それが悪しき者であれ、善しき者であれ、必要な者の手に入るだろう。

 

 そう結論付け、王様は只人に戻った。先史文明の遺跡を壊し、少なくとも今を生きる者たちが神域(オリュンポス)へ繋がる道を塞いだ。無論、簡単に至る事が出来るとは思えないが念を押しておくに越したことはないだろう。

 

 しかし、皮肉にもと言うべきか。只人になった王様は、この星で生きる事は出来なかった。何故なら、その持っている力に比べて、器たる肉体がどうしようもなく脆いのだから。たとえ、振るう事がなくとも、持っているだけで王様の生命を脅かしていく。

 

「ふふふっ……力を追い求めて駆け続けた末路がコレか。愚かしいにも程があるな、余は」

 

 誰もが知らぬ己の生命の終わりを、王様は一人自覚していた。そして、その最後の日、王様は一人で自らの手で至った先にある玉座に座る。誰もいない静謐を感じながら、己の人生を振り返る。自らの考えのために駆けた事に後悔はない。だが、ただ一つ後悔があるとするならば――――

 

「世界の事ばかり考えていて、自分の願いを叶えようとしなかった事だけは悔やまれるな。もし、来世という物があるのなら――――自由に過ごしてみたいものだ。ドラゴンなど良いやもしれんな。あの雄大な姿で空を飛ぶというのは中々楽しそうだ」

 

《確認しました。

 種族を竜種に確定。肉体の構築を開始します》

 

「ふむ……?まぁ、何でもよい。どうせ最後なのだ。好きにぼやいてみるか……と思ったが。こうして考えてみると、意外に何もないな。自分がこうまで中身のない人間だったとは驚きだ。誰かがサポートしてくれると助かるのだがな?」

 

《確認しました。

 ユニークスキル『思考者(カンガエルモノ)』の獲得に成功》

 

「くくくっ、中々便利な物だな。呟くだけで能力が生まれてくるとはな。幻聴の類か何かは知らないが、こんな死にかけの老いぼれにそんな事をしてどうするのやら……」

 

 そう呟きながら、王様は自分の生命の刻限がもうすぐそこまで迫ってきているのを理解した。魂に能わぬ肉体はその生命力を簡単に燃やし尽くしていく。そして、それは彼と繋がりを持つ配下の者たちにも伝わっていた。先ほどまでは王様自身が隠蔽していたが、その隠蔽を保つ気力すらなくなってきたからだ。

 

「ああ、そうだな。最後にせめて……俺の力だけは残してほしいな。これは、俺がこの世界で生きた証明であり……俺と関わってきた者たちとの絆の象徴、だから……」

 

《確認しました。

 ユニークスキル『????』を新たなユニークスキルとして変換開始……失敗(エラー)。再度、試行を継続します。――――ユニークスキル『????』を究極能力(アルティメットスキル)星神之王(ゼウス)』として再構築に成功。

 続いて、配下の者たちとの魂の繋がりをユニークスキルとして構築開始……ユニークスキル『絆之結晶』として構築完了。

 続けてユニークスキル『絆之結晶』とユニークスキル『思考者』とユニークスキル『神域保有者』を併合し、究極能力『大地之神(ガイア)』の獲得に成功》

 

「至れり尽くせり……だな。ああ……悪い、皆……余は……俺は、ここまでみたいだ。……ああ、くそ……まだ、死にたくねぇなあ……」

 

 最後にそう呟きながら、王様は生命の灯を燃やし尽くした。王様直属の配下たちはその死を嘆き悼んだ。その死の影響は途轍もなく、王様の死後暫くした後に統一された国家が散り散りになっても、その日だけは王様の死を悼む日となった程に。

 

 

 

 さて、そんな王様がその後どうなったのかと言えば――――

 

「ふむ?俺はさっき死んだはずなんだがな?」

 

 山ほどはありそうな巨大な体のドラゴンとなりながら、首をかしげているのだった。



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誕生と魔王との邂逅

「ふむ……何かの幻聴かと思っていたんだが、ひょっとしてそういう事なのだろうか?」

 

 とりあえずは現状把握。この男、もといこの竜動揺しないにも程がある。精神許容耐性とでも言うべきものが尋常ではないほど高い。何があったらこいつは混乱するのか?と言いたくなるほどに、精神状態は安定していた。

 

《転生の成功を確認しました。不具合はありますか?》

 

「うん?誰かいるのか?」

 

《マスターが所有されている究極能力(アルティメットスキル)大地之神(ガイア)』です》

 

「ああ……そういえば、何か言っていたな。正直、気が朦朧としていたから内容をちゃんと聞いていなかった……?」

 

《膨大な量の存在値を有する個体が接近中。当該個体を“星竜王”ヴェルダナーヴァと推測》

 

「……誰?」

 

 竜がそうぼやくと、遠方からは点にしか見えないほどの距離を置いて尚、圧倒的な存在感を感じた。あれが大地之神(ガイア)曰く、ヴェルダナーヴァとかいう存在なのだろう。竜はそう結論付けて、そのまま相手が近づいてくるのを待った。逃げるのは性に合わなかったし、今は情報が必要だと思ったからだ。

 暫く待っていると、目の前にはその圧倒的な存在感に違わぬ力を持った竜だった。竜であれば、生前その道を生きる者ほどではないが多く見てきた。それでも、これほど優美にして途轍もない存在に会った事はなかった。勝てぬとまでは言わないが、戦えば間違いなくいかなる形であれ自分は死ぬと覚悟させた。

 

「おやおや、新しい同胞の存在を感じてきたんだけど……だいぶ変わった存在だね」

 

「そりゃそうだろうな。俺自身、先ほどまで玉座で死にかけていたと思ったら、次の瞬間にはこの姿になっているんだ。俺自身もどういう事なのか、さっぱり分かっていないからな」

 

「ほぅ……君は元々人間だったのかい?人間でその力を持っていたと?」

 

「死ぬ寸前にスキル獲得がどうこうとは言っていたような気がする。それでも、まぁ、基本は俺の力だと思う。……それで申し訳ないんだが、そちらの名前を尋ねてもいいか?」

 

「良いよ。ボクはヴェルダナーヴァ。この世界を創りだした竜であり、先ほどまで唯一存在していた竜種だ」

 

「唯一?他には存在していないのか?」

 

「何を言ってるんだい。私の目の前にちょうどもう一体いるだろうに」

 

「……俺か?」

 

「そうとも。ふむ……君、名前はないのかい?無いのであれば、名付けるけども」

 

「名前?俺の名前は……」

 

《名付けには十分ご注意ください。場合によっては自らの魔素を大幅に失う事もあります》

 

 なんか恐ろしい事を言い出したぞ、こいつと思いながら考える。今の世界には竜種が自分を含めて2体しかいない。そして、目の前にいる竜――――ヴェルダナーヴァは自分の兄の立ち位置だという。ならば、何か共通点があった方が良いだろう。

 

「……ディアス。ヴェルディアス。それが俺の名前だ、兄上」

 

 その言葉によって、世界に認められたのか自分の存在力とでも言うべき物が上昇するのを感じた。その姿にヴェルダナーヴァは頷いていた。

 

「うんうん、大分この世界に馴染めたようだね。ヴェルディアス、君はあのままだったらこの世界からはじき出されていたよ」

 

「どういう事なんだ?」

 

「君の持つそのスキル――――究極能力(アルティメットスキル)だろう?異世界からの転生とはいえ、生まれながらにその領域に立つなんて普通はあり得ない。そして、多くの場合、異端は世界から切除される。これは分かるかな?」

 

「……まぁ、分からない話じゃない。これでも前の世界では、神になる資格を手に入れた事もあるからな。異端としてはド級の存在なんだろうな」

 

「それはスゴいね。でも、ならば理解は早いだろう。君はボクに匹敵するぐらいの力がある。戦ったとすれば、どちらもタダでは済まないのが明白だ。ならば、世界が排除しようと動くのも無理からぬことだ」

 

「だが、もしそうだとするならばだ。どうして、俺を助けるような事をするんだ?兄上からすれば、俺という存在はいない方が助かるんじゃないか?」

 

「おいおい、そんなにボクが非道な存在に見えるのかい?君はこの世界に生を受けた。ならば、それを歓迎するのは当然の事だ。それに――――弟が死ぬかもしれない状況にあるんだ。兄として、助けるのは当然だろう」

 

「……………」

 

 その言葉に、竜は――――ヴェルディアスは愛を感じた。生前、与えられることのなかった無償の愛と呼ばれる物を、彼はこの瞬間に確かに感じていたのだ。そして、それ故にヴェルディアスは誰にも悟られることなくヴェルダナーヴァに負けたことを受け入れた。

 

「……ありがとう、我が兄ヴェルダナーヴァ。確かにこの身は、あなたの好意のおかげで救われたよ」

 

「気にする事はないよ、我が弟ヴェルディアス。それよりも、語り合おうじゃないか。君の前世の話なんて特に興味がそそられるよ」

 

「あなたの興味を満たす事が出来るほど大した話できないと思うけど……分かった。俺の話が我が兄の無聊の慰めになるのなら、大歓迎だ」

 

「嬉しいね。ボクはこの世界を、ひいてはこの世界に生まれた存在を愛している。だが、それはさておき異世界の住人が嫌いな訳ではないし、その話は特に興味があるんだ」

 

 そうして、2番目の竜種――――“大地竜”ヴェルディアスはこの世に生を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェルダナーヴァとの出会いから数千年、ヴェルディアスは別にこれと言って何かをしていた訳ではない。世界の造物主たる“星竜王”とは違い、“大地竜”たるヴェルディアスは誰も干渉しようとしなかったからだ。

 ヴェルディアスの保有している『大地之神(ガイア)』は文字通り、大地に干渉するスキルでもある。それ故に、下手に干渉して地震なり飢饉なりを起こされては困るのだ。文字通り、ヴェルディアスは世界の生命線を握っている存在なのだ。

 

 まぁ、当人(当竜?)は好き勝手に過ごしているのだが。人間の都合は竜には関係がない。超魔導大国だかいうところが一夜のうちに滅び去った、とかいう話を小耳に挟んだりはしたが、関係ないとばかりに人化の術を使って世界中を歩き回っていた。

 

 その中で、多くの者たちと関わってきた。魔人も人間も、獣人もはたまた魔物も。一切の区別を抱える事もなく、関わっていった。ヴェルディアスからすれば、些細な違いでしかなかったからだ。等しく皆全て、かけがえのない命を持った存在なのだから。

 

「へぇ、そりゃあ大変だったな」

 

「はい。ヴェルディアス様に助けていただけなかったら、どうなっていた事か……」

 

「なに、気にする必要はないさ。とにかく今は、ゆっくり身体を休めるといい。なんだったら、この森に住みついても構わないぞ?行き所がないというのは大変だろうしな」

 

「おお、寛大なるご配慮、ありがとうございます」

 

 ある日、ヴェルディアスが暮らしている森の中に迷い込んでいたエルフの集団を保護した。なんでも、件の超魔導大国が滅んだ余波で、色々と狙われるようになったそうだ。面倒な事に巻き込まれたんだな、と若干の憐れみを抱きながら助けていた。

 エルフたちからすれば、渡りに船と呼ぶにふさわしい。たとえ、どれだけ愚かな存在であったとしても“大地竜”に喧嘩を売る存在などいない。世界にたった5種しかいない竜種、その中でも唯一生物に対する配慮をしてくれる絶対存在なのだから。

 

「とはいえ、開墾の類から始めないといけないから色々と大変だろう。俺はこの拠点さえ残っていれば気にしないから、あとは好きにしてくれて構わないぞ」

 

「ありがとうございます!この御恩、末代まで忘れません!」

 

「大げさだな。これぐらいは大したことじゃないよ。あっ、でも……」

 

「何かございますか?」

 

「いや、別にそこまで気にするような事でもないんだけど……偶になんだけど。妹たちがこの拠点に遊びに来る時があるんだ。返事がなかったら俺はいないと思え、とは言ってあるんだ。でも、もしかしたら、何かを言われるかもしれんから、その時は気を付けてくれ」

 

「妹御と申されますと……“白氷竜”様と“灼熱竜”様ですか!?」

 

「そうそう。ヴェルザードとヴェルグリンドな。まぁ、別にいきなり怒って皆殺し、なんてことはないと思う。でも、あいつらの沸点がどこかとか、俺には分からんからな」

 

 彼女たち――――ヴェルザードとヴェルグリンドはヴェルディアスに懐いている。だからこそ、万民平等主義者であるヴェルディアスには他意などないとはいえ、彼に懐いている存在が邪魔と思っている。普段はヴェルディアスに抑えられているから手を出さないが、本当は排除したいと思っている。

 本音を言えば、ヴェルディアスから名付けを受けた魔物など彼女たちからすれば存在自体が許しがたい。しかし、彼らはヴェルディアスが認めた存在でもある。そんな存在を勝手に排除すれば、間違いなく怒られるのは間違いない。だからこそ、彼女たちは手を出さないだけなのだ。

 

「……ん?」

 

「ど、どうかされましたか?」

 

「いや、なにか強大な存在がこっちに近づいてきていると思ってな。この辺には大した物もないし、通り過ぎるとは思うんだが……」

 

「ま、まさか、妹様方では……?」

 

「ヴェルザードとヴェルグリンドが?いや、明らかに違うな。この気配はどちらかと言えば、悪魔じゃないか?天使や精霊とは違うみたいだし」

 

「あ、悪魔……まさか、赤毛の悪魔!?」

 

「知ってるのか?っていうか、もしかして超魔導王国を滅ぼしたとかいう悪魔か?」

 

「は、はい。我らをこの地まで追放せしめた悪魔め……この地でも我らを虐げようと言うのか!?」

 

「ふむ……」

 

 エルフの青年が拳を握り締めながら俯く姿に、ヴェルディアスは首を傾げる。相手にそういう意思を欠片も感じないからだ。どちらかと言えば、悪魔の意思はこちらに向いている。目的はあくまでもヴェルディアスであって、エルフには興味を示さないと思えてならなかった。

 

「なら、俺の方から迎えに行けばいいか」

 

「ヴェ、ヴェルディアス様!?我らをお助けいただけるのですか?」

 

「そりゃ、相手の目的次第さ。相手の目的が俺なら君たちは助かるし、そうでないなら死ぬ。それだけの事だよ。まぁ、たぶん問題ないとは思うけれどもね」

 

 目的が自分であるなら良し。そうでなければ、話をした上で別れれば良いだけのこと。ヴェルディアスはそう割り切った。ヴェルディアスはどちらかと言えば善性の存在だが、必要であれば他者を切り捨てるのを厭わない。彼は文字通り、万民平等主義者なのだから。

 

「おお、ヴェルディアス様!どうか、どうか我らの命をお救いください!せめて、子供たちだけでも」

 

「……まぁ、吉報を心待ちにして待っていろ。どうせ、事ここまで至れば、どうしようもないだろうからな」

 

 そう告げると、ヴェルディアスはこちらに近づく悪魔に近づいていった。相手もヴェルディアスの存在に気付いたのか、その場に止まって待っていた。そこには確かに先ほどのエルフが言っていた通り、赤毛の悪魔が立っていた。背後にもう二人立っていたが、おそらく従者なのだろう……と思っていると。

 

「……ん?なんだ、原初の悪魔じゃないか。原初の赤(ルージュ)原初の青(ブルー)原初の緑(ヴェール)……悪魔王が三体揃い踏みとはなかなか豪勢じゃないか」

 

 原初の悪魔――――ヴェルディアスが暮らす物質界たる地上とはまた異なる精神世界たる冥界に暮らす悪魔たち、その中でも最古の世代と言われる7柱の悪魔たち。圧倒的な力を持っている彼らがこの場に態々赴く意味が分からないが、気にしていても仕方がないと疑問を切り捨てる。

 

「おう、初めましてだな?ヴェルダナーヴァに連なる系譜、星竜王に準ずる強者よ。オレはギィ。テメェの兄、ヴェルダナーヴァから『調停者』を任された者だ」

 

「初めまして、ギィ。俺の名はヴェルディアス。我が兄ヴェルダナーヴァより『大地竜』の称号を与えられた者だ。で、『調停者』が何なのか俺は知らないが、如何なる用件でこちらに来たんだ?」

 

「なに、つい先日、オレはお前の兄に挑んだ。結果は……まぁ、言わずとも分かるだろう。で、だ。そこでテメェの事を紹介されたのさ。この世界に生まれながら、自分に匹敵する力を持った存在がいる、ってな」

 

「それで態々会いに来たのか?律儀だな。我が兄からすれば、敵対はしないように程度の意味しかないだろうに。俺は兄のすることに干渉しないし、兄は俺のすることに干渉しない。それが、俺たち兄弟の間で結ばれたルールだからな」

 

「へぇ、なんでまたそんなルールを作ったってんだ?」

 

「それこそ言うまでもなく分かるだろう、ギィ?俺と我が兄が争えば、どちらの命も危うい。だが、それ以上に、この星がその争いに対してもたない(・・・・)。俺たちが争えば、この星は愚か冥界すらも焼き尽くすだろう。そうなれば、死を持つ生物は尽く滅ぶ。それはどちらにとっても望むべき事態じゃない。

 だからこそ、我が兄は俺に干渉しないようにしているんだ。同時に、俺としても我が兄は敬愛の対象だ。だからこそ、我が兄が嫌がる事を、俺はしないように心がけているつもりなんだ。

 ご理解いただけたか?」

 

「ああ。お前らが互いを尊重しあってる、って事はよく分かったとも。んじゃあ、訊くが。大地竜よ、人間ってのをどう思う?」

 

「……ああ、『調停者』というのはそういう意味か。人間をどう思うのか?定命の身で悩み、迷い続ける小さき者ども、と言ったところだな。取り立ててどう、と言うほどの存在じゃないよ。まぁ、我が兄は結構気に入っているようだけどな」

 

「テメェの意見は理解した。じゃあ、オレの取る行動にも邪魔立てはしないと言えるか?」

 

「そりゃあ、その時々だろうよ。俺と我が兄も自らの行動が衝突する事はある。そして、その時々で結果は異なっている。俺が譲られる時もあるし、我が兄に譲る時もある。俺と相対し、俺が譲る気になれば、そちらに譲るだろうさ」

 

「はっ、なるほど。厄介極まりないな。こちらとしては積極的に妨害する意思はない。ヴェルダナーヴァをして同格と言わしめる、テメェに対して勝負という土俵に上がるのは愚かだからな」

 

「そうだろうな。俺も我が兄とぶつかり合う事はしない。ダイスを用意して大きな目が出たほうが勝ち、みたいな条件で勝負する。そんな風にワンクッションを置かないと譲り合うことが出来ないんだよ」

 

「へぇ、そんな適当で良いのかよ?」

 

「求める理由がどうでもよければ、だけどな。それに、たかがダイスと侮るなよ?俺たちの領域になれば、どうとでも弄れるんだからな。とはいえ……俺は基本的にお前の邪魔をする気はない。精々、俺は俺が庇護すると決めた対象を庇護する。その程度の邪魔しかしない。そう約束しよう」

 

「もし、その相手が俺の狙う相手であったなら?」

 

「そんな事は知らん。早い者勝ち、という奴だ。お前が『調停者』として動くというのなら、俺は『庇護者』として動く。守りたいと思う者を守り、そうではない者をただ見守る。それが俺の在り方であり、俺の選ぶ自由という奴だ」

 

 どこまで行っても自由を尊び、それを侵す者を許さない。自分が関わっていればその別ではないが、そうでなければ誰が何をしていたとしても気にする事はない。自らの線引きを超えなければ、如何なる暴虐であろうとも彼は許容する。何故なら、それがヴェルディアスの生き方だからだ。

 

「だから、ギィ。お前は好きに動けばいい。我が兄がお前に託したという事は、それはお前たちには必要な事なんだろう?だから、俺は基本的に邪魔をしない。それでも、もし俺とぶつかるような事態があったなら。その時はその時だ。何か公平なゲームでも用意しておくさ」

 

「くっ、はははは!テメェは本当に面白いな!ちょっくら肩慣らしに戦おうかとも考えたが……それは止めといた方が良いみたいだな?」

 

「そうだな。今のお前じゃ歯応えがない。せめて、究極能力(アルティメットスキル)には至っておくことをお勧めする。今の状態じゃあ、我が兄や俺に勝るなど夢のまた夢だぞ」

 

「はっ、ほざけよ!俺は魔王だ。いずれお前らの場所に至ってみせる男だぞ?その場所に至るなんてのはな、確定事項なんだよ」

 

「ほう?面白い寝言をほざくな。あまり調子に乗らないことだ、原初の悪魔。我が兄の言葉を信じるつもりだったが、気が変わった。お前自身の手で、俺に貴様の言葉と力を証明してみろ。もし、お前がこの俺に一撃でもダメージを与える事が出来たなら、お前を『調停者』として……否、我が友として認めてやる!」

 

「言ったな?後悔すんじゃねぇぞ、大地竜!」

 

 そこから三日三晩の間、原初の魔王と竜種での戦いが行われた。これは後の世に魔竜激突と名付けられる事になった戦いであり、その結果がどうなったのか両者ともに語り合う事はなかった。しかし、激突した場所は巨大な湖となり、数百年の間互いの魔素が充満した魔素溜まりになったという。



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妹と勇者

 魔王ギィとの邂逅から暫くした後、ギィとヴェルディアスの戦いを耳にしたのか妹であるヴェルザードがヴェルディアスの拠点を訪れていた。彼女は拠点の近くにいたエルフたちを見て眉をひそめたが、それよりも兄たるヴェルディアスと話がしたかった。

 深海色(ブルーダイヤモンド)の瞳に怒りを伴わせながら、ヴェルディアスの拠点の中に入る。ヴェルディアスは食後の茶を楽しんでいる最中だった。ヴェルザードの姿を見たヴェルディアスは急に現れたヴェルザードに苦笑を浮かべていた。

 

「お兄様!」

 

「ヴェルザード、どうしたんだ?そんな声を荒げて」

 

「どうしたこうしたもありません!ヴェルダナーヴァお兄様が認めた、とかいう魔王と戦ったのでしょう?どうだったのですか!?」

 

「そんなに声を荒げるな。まずは落ち着いて茶でも飲め。これ、エルフたちが育てていたらしい茶葉でな、これが中々美味い。これでも飲んで一息つけ」

 

 ヴェルディアスはカップを用意して、お茶を注いでいく。ヴェルディアス手ずから注がれたお茶をヴェルザードも断る事は出来ず、大人しく待っていた。素人が注いだにしては上品な匂いがするそのお茶を飲み、それでも抑えられなかった感情が爆発する。

 

「お兄様!お兄様はあんな男を認められるのですか!?」

 

「だから、落ち着けというに……それで、ギィの事か?ああ、俺は認めるに値する男だと思ったよ。ヴェルダナーヴァ兄上が何を考えてギィを選んだのかは、知らないがな」

 

究極能力(アルティメットスキル)も持っていないあの男が、ヴェルダナーヴァ兄様の期待に応えられると?私よりも信頼に値すると言うのですか……?」

 

「それはお前が判断する事だろう、ヴェルザード。少なくとも、ヴェルダナーヴァ兄上はあの男を『調停者』として認め、俺もあの男がその役割を成し遂げるに値する男だと思った。だけど、お前が同じように思うかどうかは……お前次第だ」

 

「……私には分かりません。お兄様でしたら、まだ分かります。お兄様は独力で究極能力(アルティメットスキル)に目覚められた方。そんなお兄様がヴェルダナーヴァお兄様に認められるのは分かります。ですが、何故あんな悪魔などが……」

 

「お前は本当に俺の事を過大評価するな。だが、まぁ……答えならば分かってるだろ?俺が自由を標榜する以上、兄上の思想とは決定的に食い違う。その点、あの悪魔ならば見事に成し遂げられる。兄上はそう判断された、という事だ」

 

「……どういう事ですか?」

 

「お前も知っているだろ?俺は守る事しかしない。率先的に何かを、誰かを排除するという事をしようとしない。それでは世界は滅びまっしぐらだ。以前に存在した真なる人間(ハイ・ヒューマン)の国家とかが良い例だろう。あの国があのまま存続していれば、いずれ世界は滅んでいただろうさ」

 

「しかし、それは……人間たちが勝手にやっている事です。それに、いざとなれば、私たちが介入すれば済む話でしょう?」

 

「ヴェルザード。俺たちは自然現象の化身だ。己の意思の赴くままに行動する者だ。必要があるから動く、などという存在などではない。そんな俺たちが必要だから、人間の国家を滅ぼす?そんな行動を、一体いつまで続けていられると言うつもりなんだ?」

 

「それは、でも……」

 

 ヴェルザードはヴェルディアスの言い分が分からない訳ではない。世界を愛しているからこそ、ヴェルダナーヴァは世界の滅びを憂う。しかし、別にそうではない他の竜種は違う。ヴェルディアスがそうであるように、世界の滅びなど彼らにはどうでも良い物としか映らない。

 本当にまずいと思ったのなら動くかもしれないが、それは世界が死にたくないと思うのと同じ事だ。本当に危機と呼ばれる領域に達しない限り、関係もないのに率先して首を突っ込む事はない。たとえ、それまでの過程でどれだけの命が損なわれようとも。彼らは気にも留めないだろう。

 

「ヴェルザード。俺に対して、ギィへの不満を語っても仕方がないだろう?お前が思うところをギィにぶつけてくればいい。アレは俺とヴェルダナーヴァ兄上が認めた男だ。あの男ならばお前の不満にも応えてくれるだろうさ」

 

 ヴェルディアスのその自信満々な物言いに、ヴェルザードは最初に心の中で燻っていた感情が再燃した。同時にヴェルディアスにここまで言わしめる男が、もし下らない男だったら絶対に許さないと誓った。

 

「ええ、分かりました。では、お兄様。私はこれで失礼いたします」

 

「……程々にな」

 

「ええ、ほどほどに(・・・・・)試して差し上げます。結果を心待ちにしておいてくださいね、お兄様」

 

 そう言い放つと、ヴェルザードはヴェルディアスの拠点を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、ヴェルディアスはその視線をギィがいるであろう方向に向ける。

 

「……すまん、ギィ。煽りすぎたかもしれん。これはちょっと大変な事になるかもしれんなぁ」

 

 ヴェルディアスの言葉通り、これより三日三晩の間魔王と白氷竜による激闘が行われた。あまりの激しさに地軸にまで影響を及ぼした。ヴェルディアスの周辺はヴェルディアスのスキルによってあまり影響が出なかったが、他の場所はその限りではなかった。

 事実、ギィが拠点としていたところは人の住めない永久凍土へと変化していた。元々、ギィがそうなるように手心を加えていたのを察していたが、ヴェルディアスは申し訳なく感じた。まぁ、だからといって謝る事もしないし何かをしてやる気もなかったが。

 

 魔王というシステムが世界に浸透していく。それに応じるように、勇者という存在が生まれるようになった。自称で名乗る者もいれば、本当に『勇者の卵』と呼ばれる物をその身に宿す者もいる。大小様々な器の持ち主がおり、ヴェルディアス個人としては中々面白いと思っていた。

 ギィを皮切りに魔王種と呼ばれる存在、そして更に魂としての格を上げた覚醒魔王と呼ばれる存在。それに呼応するように勇者にも覚醒勇者と呼ばれる存在が現れた。常に対比するように魔王と勇者はあり続ける。一種のライバル関係のようにも思える物が面白くて堪らないのだ。

 

 ちなみに、ヴェルディアスが保護したエルフたちだが。ヴェルディアスの拠点としていた森を中心に、ヴェルディアスが保護した人間であったり、名付けを行った魔物たちを取り込み、巨大な国家になっていた。まさしく人間と魔物のごった煮のような国となっているが、ヴェルディアスは欠片も関わっていない。正確に言うと、盟主に据えようとした瞬間に断られたのだが。

 

「おや、ヴェルダナーヴァ兄上にヴェルグリンド……ん?誰だ、その人間」

 

「なんだ、お前!俺様の事を知らねぇのか?なら教えてやるよ――――俺様の名はルドラ!ナスカ王国の王太子にして、人々の希望を一身に受けし『勇者』ルドラ・ナスカだ!」

 

「おう、そうか。俺はヴェルディアス。『大地竜』ヴェルディアスだ。そこにいるヴェルダナーヴァ兄上の弟にして、ヴェルグリンドの兄だ。よろしくな、ルドラ」

 

「もう、兄様失礼ですよ!初めまして、ヴェルディアス様。私はルシア。ルシア・ナスカと申します」

 

「初めまして、ルシア。それで、兄上たちは態々こんなところに何の用なんだ?」

 

「ああ、彼――――ルドラはボクの弟子なんだけどね。ギィに挑むと言って止まらないんだ。でも、その前にせっかくだから君のところに行こうと思ってね。連れてきたんだよ」

 

「だから何故?あの国はもう完全に俺とは無関係だし、兄上たちの気を引くような代物なんてないぞ?」

 

「君から見て、ルドラはどうだい?ギィに勝てると思うかい?」

 

「いや、無理だろ」

 

 ヴェルディアスは急に何を言い出すのかと言わんばかり即答する。ヴェルディアスにはルドラを貶す意図などは欠片もない。だが、それでもルドラとしてはあまりの即答に侮辱されていると思われても致し方ないと言えるだろう。

 

「もう、お兄様!別にルドラ一人だけで挑む訳ではないのよ?そんな断定口調で言わなくても良いじゃない!」

 

「いや、だって、向こうにはヴェルザードがいるんだぞ?お前はまずあいつに抑えられるだろう。となると、ルドラとルシアの二人で、原初三柱を抑えなくちゃいけないんだぞ?難しいと言わざるを得ないだろう。まぁ、これは存在値を比較しての発言だから、実際どうなるかは分からんが……まぁ、勝てないだろ。良くて引き分けじゃないか?」

 

「おいおい、好き勝手言ってくれんじゃねぇかよ!だったら、俺が魔王に届かないかどうかその身で確認してみやがれ!」

 

「ルドラ兄様!」

 

 若干キレ気味のルドラがヴェルディアスに斬りかかる。ヴェルディアスはその動きを把握した上で、防御の姿勢を取る事も回避しようともしなかった。その行動はルドラの怒りを買う事になったが、事実として防御も回避も必要ないと思ったのだから仕方ない。

 

 ルドラの刃がヴェルディアスに届く――――そう思われた瞬間、ルドラの手に持っていた剣が弾き飛ばされた。そして、その喉元に剣を突き付けられた。ヴェルグリンドとルシアは驚きの感情を浮かべ、ヴェルダナーヴァは興味深いという表情を浮かべていた。

 そこには何時現れたのか、細身の長剣を携えた銀髪の少女がいた。ルドラに突き付けている長剣を弾き飛ばされても大丈夫なように、腰に挿してある短剣を取れるように準備をしていた。完全に油断を見せない有様でありながら、その存在感はルドラと同格であった。

 

「アリーシャ、その剣をしまえ。ルドラに俺を殺す意図はない。そうであっても、ただの物理攻撃など俺には効かない。お前も知っているだろ?」

 

「……ですが」

 

「アリーシャ。俺に同じ事を言わせるな」

 

「……はい、分かりました」

 

「……まぁ、助かったのは事実だ。ありがとう、アリーシャ」

 

「……はい!」

 

 ヴェルディアスのお礼の言葉に、アリーシャは嬉しそうな笑みを浮かべていた。その姿にヴェルグリンドは不満そうな表情を浮かべる。なんだかんだ言っても、ヴェルグリンドもヴェルディアスの事は好きなのだ。兄弟愛の強い彼女からすれば、ヴェルディアスを取られたような気がしても無理はない……かもしれない。

 

「なんだい、ヴェルディアス。そんなに可愛い娘を連れて。番が出来ていたのなら、教えてくれればよかったのに」

 

「つ、番!?いえ、私はそんな大それた物では!」

 

「……兄上、俺の弟子を揶揄うのは止めてくれ。彼女はこの世界に迷い込んだ異世界人だよ」

 

「異世界人?その割にはルドラに迫るぐらいの存在値を感じるけど?」

 

「そりゃそうだろう。彼女は覚醒魔王ならぬ覚醒勇者とでも呼ぶべき存在だ。来たばかりの頃に拾ってな。あのまま放置していたら死んでいた可能性が高かったから、弟子として育てた結果、今の状態という訳だ」

 

「ほう。彼女は魔王を倒しに行ったりしないのかい?」

 

「さぁ……というか、暫く見てなかったが、どこか行ってたのか?」

 

「師匠……師匠が『そろそろお前も魔王討伐に行ってみたらどうだ?』って仰ったじゃないですか。だから、魔王討伐に行って来たんですけど……」

 

「……そんな事、言ったっけ?言ったような気もするなぁ……悪い、覚えてない」

 

「師匠……」

 

「でも、まぁ、見たところ酷い怪我がある訳でもないし、見事やり遂げたってところか?そこはお見事、と褒めておくよ」

 

 そんな二人に明るい空気が流れていたところ、完全に空気にされていたルドラが気を取り戻す。目の前の空気を壊すのは本望ではなかったが、自分が無視され続ける現状は放置する事が出来なかった。

 

「……って、待て待て待て!俺様との戦いを中断して、何を温い空気を作ってやがる!」

 

「お兄様、空気を読んだ方がよろしいかと思いますけど」

 

「いや、俺様だって口挟みたくねぇよ!?でも、勝負の途中で甘い空気を出されてもこっちも困るんだよ!せめて一区切りついてから、そういう事はやってくれ!」

 

「なっ、なんて失礼な男なんでしょうか!?師匠、この男を斬り捨ててもいいですか?」

 

「止めんか。腐っても兄上の弟子だ。嘗めてかかると痛い目にあうぞ。だが、まぁ、俺も無意味に戦う気ないしな……おい、ルドラ」

 

「なんだよ!?」

 

「お前、俺の事は兄上からどう聞いてるんだ?」

 

「あん?ヴェルダナーヴァの弟で、大地竜と呼ばれる存在で、ヴェルダナーヴァ並みに強いって話なら知ってるが?」

 

「……それだけか。お前、よくそれで挑もうと思ったな。なら、教えておいてやる。俺の肉体の周りには膨大な量の魔素が渦巻いてる。不可視化してるから分からんだろうが、まずこれを突破しなければ俺の肉体に損傷を与える事は出来ない。さっきの物理攻撃では、まず何の意味もないって事だな」

 

「……マジで?」

 

「本当よ。多分、今は薄皮一枚ぐらいの厚さだとは思うけど、本気を出せばもっと大きくできるわよ。私でも兄様の防御を突破するのは一苦労だもの」

 

 『灼熱竜』ヴェルグリンドをもってしても、突破するのが難しい防御力。それがどれだけ途轍もない物なのか、想像するに余りある。そして、それを話したという事は、ギィがその防御を突破したという事実を言外に示していた。

 

「ヴェルディアス、面倒に感じているのは分かっているけど、ルドラの心を折らないでくれよ。ギィがその防御を突破した、というのは君でもまだ制御の浅かった時代だろう?今の君の防御はギィも突破できるか怪しいところだろうに」

 

「そうは言ってもな。突破したのは事実だ。一人で戦うのは困難な相手だという事を忘れないように、という戒めさ。なんとなくだが、ルドラはどうも調子に乗りそうな感じがするからな」

 

「って、なんだそりゃ!?」

 

「ルドラ。兄上の弟子であるからこそ、忠告しておく。ギィの配下は原初の悪魔である原初の青(ブルー)原初の緑(ヴェール)だ。ギィは今よりも昔、同格であったその二柱を潰して配下にした。この意味が分かるか?あいつは原初の悪魔二柱以上の力を持っている、という意味だ。その意味を忘れるなよ」

 

「……俺様じゃあ、勝てないってか?嘗めんなよ、俺様は『勇者』ルドラ様だぞ?人々の希望を一心に受け止める存在だ。そんな俺様が自分の命惜しさに負けを認めて退く?そんな事、できる訳ねぇだろ!それ以上に、俺様の野望のためにはあいつの存在が必要なんだよ!」

 

「……野望?命を懸けるに足る野望ってなんだ?お前たち人間は、生きていてなんぼな生き物だろう」

 

「俺様はいずれ世界を征服する!そのためには原初の魔王を倒して、その上で改心させて仲間にする必要があるんだよ!」

 

「………………兄上、こいつはアレか?途方もない野望家か?それとも現実の見えない阿呆か?」

 

「本気だよ、ルドラは。でも、ボクにもギィとの約束があるからねぇ。なら、ルドラをギィに認めさせようって思ったんだよ。これから挑みに行かせるのも課題の一環さ」

 

「そっか……そうか……」

 

 哀れ、ギィ。完全にヴェルダナーヴァはお前に面倒ごとを押し付ける気満々だぞ、とギィたちがいる拠点に視線を向ける。そんな師匠の姿にアリーシャは首を傾げる。そんな弟子の姿を見て、ヴェルディアスは眉間を親指でたたく。

 

「……まぁ、やってみたら良いんじゃないか?その結果がどうあれ、ギィとの戦いは間違いなくお前の経験値になるだろうしな」

 

「なんか、面倒くさくなってないか?」

 

「さぁな。お前は俺の弟子でもなければ、俺が庇護する対象でもない。だったら、お前がどうしようとお前の自由だ。その自由を阻害する気は欠片もないよ」

 

「んじゃあ、教えてくれよ。俺はどうやったら、魔王相手に勝てると思う?」

 

「全力を振り絞れ。最後まで心を折るな。お前が本当に勝利を望むというのなら、その最後の瞬間まで屈することなく立ち続けろ」

 

「……そんだけかよ?」

 

「当たり前だ。こと戦うと決めたのなら、最後にはお前がどこまで折れずにいられるかに終始する。少なくとも、ギィは俺と兄上を相手にして折れることはなかった。折れなければ敗北じゃない、と思ってるからだろうな。お前もその精神性は学んだ方がいい……が、不要な心配だろうな」

 

 ヴェルディアスはルドラが折れる姿がイメージできなかった。まだほんのいくらか言葉を交わしただけなのに、ルドラは『勇者』らしからぬ野望に満ち溢れているが、それでも『勇者』なのだろうと思えた。それが何故なのか、なんとなく察した。

 ルドラは己の野望ために平和をもたらそうとしている。欲望が人の原動力である以上、理性よりも欲望は強い。だからこそ、ルドラは折れない。世界を征服して、けれどその先に自分勝手な世界を求めているわけではない。己の理想を貫き通そうとしているだけなのだ。

 

「いやはや、中々面白い弟子を迎えたな兄上」

 

「君もそう思うかい?中々面白いだろう、ボクの弟子は」

 

「ああ。もし、ギィとの戦いで生きて帰ったのなら、友として認めてもいいんじゃないか……そう思ってしまうぐらいには面白い逸材だな」

 

「おいおい、何を勝手なことを言ってやがる。認めてやる?嘗めんじゃねぇぞ!俺様がお前も倒して、世界征服の華にしてやるぜ!」

 

「くははははははっ!俺を、この俺を倒すと言ったのか?面白い、面白いぞ、ルドラ!ならば、ギィを倒したその先でこの俺を倒してみろ!なに、案ずるな。俺は不滅の竜種だ!たとえ、この星の滅びの果てであろうがお前の挑戦を待ち続けてやる!」

 

「ああ、精々首を洗って待っていやがれ!俺様は必ずや、この世界を征服して平和を齎して見せるからな!」



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皇帝の卵と暴風竜

 ルドラがギィへの挑戦に向かってから暫く。

 ルドラがギィへの名付けを行ったとかいうふざけた話を聞きながら、ヴェルディアスは自分の弟子であるアリーシャの修行を見ていた。膨大な存在値を誇る竜種というのは力任せになりがちだ。それはヴェルディアスの弟である『暴風竜』ヴェルドラが証明していた。

 そんな中、ヴェルディアスは前世が人間であったという過去を持つ。前世も圧倒的なまでの力を持っていたが、その本質を支えていたのは鍛え上げた技量だ。さらに、竜種となったことで広がった戦略によって戦闘技術は更に向上していった。故に、覚醒勇者たるアリーシャを持ってすら、ヴェルディアスには届かなかった。

 

「お爺様、修行は終わったのですか?」

 

「おお、エルメシア。今日も来たのか?別に俺は構わないが、ミュリアが怒るんじゃないのか?」

 

「お姉さまは頭が固いですから。私は当主になんてなりたくないんです」

 

「はははっ。まぁ、それも自由だ。己の為したい事、己のやるべき事は己の意思によって定められるもの。エルメシアが継ぎたくないと言うのなら、それはエルメシアの自由だ」

 

 アリーシャとの修行を終え、自宅に戻るとそこにはエルフの少女――――後に魔導王朝の皇帝となるエルメシア・エル・リュ・サリオン――――がそこにはいた。ヴェルディアスが最初に保護したエルフの青年の妹の娘であり、ヴェルディアスには祖父のように懐いていた。

 本来は不敬と言わざるを得ないのだが、ヴェルディアスがそれを許したことで特別に不問とされた。それを良いことにエルメシアはヴェルディアスの許を頻繁に訪れていた。ヴェルディアスも自分を恐れることのないエルメシアを歓迎し、本当に祖父と孫のような関係になっていた。

 

「では、お爺様からお姉さまに言ってやってくださいよ。私に当主を引き継がせるのなんて諦めろ、って」

 

「俺がそう言うのは簡単だが、周りは納得しないだろ。ミュリアはお前に『智略の星神(アテナ)』を引き継がせたいようだからな。事実、俺の目からすれば、エルメシアはあの力を継げるだろうしな」

 

 『智略の星神(アテナ)』は『星神之王(ゼウス)』から派生した究極贈与(アルティメットギフト)の事であり、ヴェルディアスと何かしら魂のつながりを持つ者に与えられる力の一つである。エルメシアの実家を始めとしたいくつかの家に配られ、今日まで継承され続けてきた力である。

 

「もうお姉さまが継いでいるのだから、それで良いじゃないですか?なんだって、わざわざ……」

 

「まぁ、悩めよ若人。俺はどちらの味方をすることもないが、その果てに出た結論は肯定するからな」

 

「お爺様もどうしてあんな力を渡したんですか?今じゃあ、あの力を持ったら家を継ぐのが当然みたいな風潮があるんですよ?」

 

「はっはっは。流石にそれは知らないな。お前たちが究極能力(アルティメットスキル)を得たのは、お前たちが求めたからだ。俺は、その求めに応じたに過ぎない。それに、究極能力は得て終わりじゃない。使いこなせなければ、何の意味もないさ」

 

「それはそうかもしれませんけど……」

 

「エルメシア。そんなに焦る必要はない。『星神之王(ゼウス)』から派生した星神の力はお前たちの未来を縛るための力ではない。お前たちが望む未来を進むための力だ。だから、お前はお前の望む道を行けばいい。たとえ、それが俺たちの道を違える選択であったとしても……俺は後悔しないからな」

 

「……本当に?本当にお爺様は私の選択を応援してくださるの?」

 

 ヴェルディアスの言葉に、エルメシアは不安の色を浮かべる。ヴェルディアスはエルメシアが何をしにここに来たのかを理解した、ということが分かったからだ。先の見えぬ未来に恐怖する若者に、ヴェルディアスは朗らかに笑いながら背中を押す。

 

「もちろん。あまたの艱難辛苦がお前の前には立ちはだかる。だが、予言しよう。必ずや、お前はその試練を突破する。そして、いつの日か、お前が望むものを手に入れるだろうさ」

 

「………そっか。お爺様の予言ならば信じられるね」

 

「応ともさ。これでも、俺はこれまで言ったことを違えたことはない。だから、進みたい道を進め。それがお前という存在の象徴となる」

 

「……うん、分かった。じゃあ、私は行くよ。私の進むべき道っていうのをね」

 

「ああ、歩いて行け。俺はその道を応援するだけだからな」

 

「お爺様はさ、今までもいろんな人を見てきたんでしょ?その中には私みたいな人はいなかったの?」

 

「俺の許を旅立つ者なら、それはいたともさ。多くの者たちが挑み、結果を得た者もいれば望むモノを手に入れられなかった者もいる。しかし、それは致し方のないことだ。この世で全ての願望を満たせる者などいない。取捨選択をしなければならない。俺の許にいるだけでは、叶えられない願いは絶対にある」

 

「お爺様は、その人たちに何かしてあげようとか思わなかったの?」

 

「それは彼らの選択に対する侮辱だ。確かに、俺は強大な力を持ち、その分多くの選択肢を持っている。その中には確かに彼らの願いを叶えうる手段もあった。だが、彼らは選んだ。俺の許を旅立ち、己の足でもって未来を進むという選択を。

 ならば、俺にできることなど決まっている。彼らの進む道を、その未来を、認め肯定することだ。困難も絶望も、彼らならば踏破できるのだと、そう信じてやることに他ならない。今もちょうど、身に余る理想を抱いて努力している奴を見守ってる最中だよ」

 

「そっか。お爺様は私の可能性を信じているんじゃなくて、私自身を信じてくれてるんだ」

 

「当然だ。お前がお前の未来を進めることを信じている。エルメシア、存分に悩み迷いながら進めばいい。その旅路は必ずお前の力になるのだから」

 

「………うん。じゃあ、行ってくるね」

 

「ああ、行ってらっしゃい。エルメシア、忘れるな。俺はどれほどの月日を経ようともお前のことを想っていると。その上で、お前が成し遂げることを信じているよ」

 

 そう、ヴェルディアスは信じている。人が持つ輝きを、その輝きを人は開花させる事ができると。才能は必要だ。努力も必要だ。運も必要だ。他にもまだまだ多くの物が必要となってくるだろう。だが、それでも人はその輝きを自分の物として掴める筈だ。

 事実、星神に連なる者たちはそうしてきた。ユニークスキルを持つことすら珍しいこの世界で、それをはるかに超越した領域――――究極能力(アルティメットスキル)に至った。ヴェルディアスと繋がっていたことで、多少違った形にはなった。それでも、究極の領域に足を踏み入れたのだ。

 

 それは彼らの意志によって到達したものだ。諦めぬ意志によって叶えられた領域への到達を見たからこそ、ヴェルディアスは疑わない。人も魔物もその意志によって、世界を変えるに足る力を手に入れる事ができるのだと。彼がアリーシャの面倒を見ているのは、その一面も大きかった。

 ヴェルディアスはまた己の許を旅立つ若者を祝福する。その道に幸あれと。その軌跡の果てに、願い焦がれた場所にたどり着けることを願っていると。親が子供に無償の愛を与えるように、ヴェルディアスはエルメシアに無二の信頼を向ける。

 

「……それで、良かったのですか?ミュリア様は間違いなく何か言ってきますよ?」

 

「それがどうした。前途ある若者が自らの願いのために旅立ったんだぞ?それを歓迎しこそすれ、否定する気など俺にはない。そして、誰にも否定させる気はない」

 

「まぁ、師匠がそう仰るのなら私は構いませんが。それにしても勿体ないですね。エルメシア様であれば、いつか究極能力(アルティメットスキル)に至っていてもおかしくありませんでしたが……もう無理でしょうね」

 

「さぁ、それはどうかな?案外、その内手に入れるやもしれんぞ」

 

「御冗談を。私やルドラが師匠やヴェルダナーヴァ様に修行を見ていただくことで、ようやく手に入れられるような代物ですよ?そう、ほいほいと習得されては私たちの立つ瀬がありません」

 

「どうかな。案外、ギィのようにほいっと手に入るやもしれんぞ。例に挙げるには不適切だが、な。なにせ、あいつは悪魔王の中でもトップに位置するぐらいの逸材だからな」

 

「師匠は他の原初とお知り合いなのですか?」

 

「うん?いや、知らん……が、一度原初の白(ブラン)と会ったことはあるな。偶々、俺が滞在していた場所を狙っていたらしくてな。そこで遭遇したんだ」

 

「……あまり聞きたくはないですけど、どうしたんですか?」

 

「聞かなくても分かるだろう?――――雷霆で冥界にたたき返してやった」

 

 ヴェルディアスはカラカラと笑いながら、そう言ってのけた。地上では冥界ほどの力を発揮できないとはいえ、それでも冥界では悪魔王と名乗るに足る力を持っている。それをこともなげに撃退したと言ってのけるのだから、やはり竜種という存在は理不尽だと感じていた。

 

「まぁ、原初の白(ブラン)は原初のメンツからすれば上から数えた方がいいだろうがな。それでも、ギィ曰く原初の黒(ノワール)の方が、よっぽど強いらしいぞ?」

 

原初の黒(ノワール)、ですか……」

 

「ああ。なんでも、冥界にいた頃はギィと互角だったらしい。まぁ、究極能力(アルティメットスキル)を持っているわけでもないだろうし、そこまで相手するのが大変という訳ではないと思うがな」

 

「あの、暗黒皇帝(ロード・オブ・ダークネス)と互角、ですか?それは……」

 

「ひょっとすると、自分の手で究極能力(アルティメットスキル)を開花させる事もできるかもな。うかうかしていると、お前も呑み込まれるかもしれないな?」

 

「――――御冗談を。いかなる存在が相手であったとしても、私は絶対に負けたりしません。私自身の誇りと、師匠の薫陶によって手に入れたこの究極能力(アルティメットスキル)時空之神(クロノス)』にかけて、絶対に」

 

「気合は認めるがなぁ。まっ、精進あるのみ、という事だな。これからもしごいていくから、精々ついてくることだ」

 

「はい。それは言われるまでもなく。この身は果てまで御身と共に」

 

 『大地竜』の隣には常に『時空の支配者』と呼ばれる勇者がいた。その武勇は様々な形で広まり、時には歌で、時には物語で、時には詩で。彼女の存在は広まっていったという。しかし、そんな彼女でさえもヴェルディアスがとある存在と会うときは同席しなかった。その存在は――――

 

「久しいな、ヴェルドラ。聞いたぞ?またヴェルザードに転生させられたんだって?」

 

「あ、兄上!どうか姉上がたを止めていただけませんか!?こんな何度も転生させられてはたまったものではありません!」

 

「う~ん、止めてやりたいのはやまやまなんだがなぁ……お前にも悪いところがあるからな。こればっかりはちょっと……」

 

「そ、そんな……」

 

 5種存在する竜種の末弟『暴風竜』ヴェルドラ。ただそこにいるだけで、膨大な量の魔素をまき散らす、尋常ならざるエネルギー量を誇る竜種の中でも膨大な量のエネルギー量を誇る存在。少なくとも、上の姉二人よりもそのエネルギー量は多い。しかし、その代償というか、他の竜種には相性が最悪だった。

 ヴェルグリンドは辛うじて勝負として成立するが、ヴェルザードでは一撃で消し飛ばされる。喧嘩をしたことはないが、ヴェルディアスと戦っても同じことだろうとヴェルドラは思っている。なにせ、ヴェルザードとヴェルグリンドの喧嘩に紛れ込んでも無傷で二人を鎮圧するのがヴェルディアスなのだから。

 

 それでも、こちらの話を聞いてくれない姉二人よりも、目の前の兄の方が万倍マシだと思っている。なにせ、ヴェルディアスはヴェルドラの話を聞いてくれた上で、ならばどうするべきかを考えてくれる。ヴェルドラが実践しきれずに姉に消し飛ばされるが、それでも十分に温厚な兄なのだ。

 

「だが、あいつらもお前のことが嫌いなわけではないのだ。それは分かるだろう?」

 

「それは、まぁ、嫌われているとまでは申しませんが……いささか厳しすぎだと思うのです。実際、まっとうな対応をしてくださるのはヴェルダナーヴァ兄上やヴェルディアス兄上の方ではありませんか」

 

 相当不満がたまっているな、とヴェルディアスは感じた。ヴェルドラの歩き方と他の竜種の歩き方は違う。いや、そもそも同じ歩き方の竜種など存在しないのだ。世界に無二の強者たるが故に、竜種はあまり他人に配慮しようとはしない。

 ヴェルザードとヴェルグリンドに虐められてばかりいるので忘れているようだが、ヴェルディアスもヴェルダナーヴァもあまり止めようとはしない。どちらに肩入れしても面倒くさい、というのはある。だが、それ以上にどのように変化しても構わないと思っているからだ。

 

 ヴェルドラは堪え性がない、というより我が儘な性格である。それ故に、暴れまわっている姿が散見される。ヴェルディアスはそれを悪いことだとは思わない。何故なら、竜種とは自然現象の化身。ならば、暴風を司るヴェルドラがそういう気質なのは致し方ない事だろう。

 だが、我が儘すぎるようではだめだ。なんにでも、限度という物がある。ヴェルザードたちはその辺りを察せることができるようにさせたい、のだと思っている。それも悪いことだとは思わない。一般的な常識や道理と照らし合わせれば、ヴェルザードたちの言っているは正しいからだ。

 

 どちらも正しい。ならば、後はヴェルドラがどうするかにかかっている。結局のところ、本人がどうするのかにかかっているのだ。他人がどれだけとやかく言おうが、最終的に決めるのは自分自身。だからこそ、ヴェルドラがどのような道行きを進もうとそれはヴェルドラの自由なのだから。

 まぁ、そんな事を考えて放置し続けた結果、とある勇者に敗北して封印という憂き目にあうのだが。その話を聞いたときは、さしものヴェルディアスも苦笑を浮かべる他なかったという。

 

「ふむ……ヴェルダナーヴァ兄上といえば、聞いたか?ヴェルドラ」

 

「何をですか?」

 

「兄上がルドラの妹、ルシアとの間に子を作ったそうだ」

 

「ほう!めでたき事ではありませんか!」

 

「まぁ、そうだな。ここで話が終われば、確かにめでたい話で終わるんだけどな」

 

「……?何かあったのですか?」

 

「今のヴェルダナーヴァ兄上は、ほとんど人間と変わらない状態になっちまった。もはや俺たち竜種のように、不死ではないし不滅でもない。寿命を持った定命の存在と同じ存在になったのさ」

 

「なんと……!そのこと、兄上はなんと?」

 

「笑ってたよ。まぁ、番が死んでいくのを見守るってのは辛いもんがあるだろうしな。悪い事とは一概には言えない。言えないが……なんとも寂しいものだ」

 

「そう、ですな……」

 

 ヴェルドラからすれば尊敬する兄であり、ヴェルディアスからすれば唯一対等な存在である。お互いにはい、そうですかと言い切れるほど薄い関係ではない。果てまで続くと思っていた関係は、いつの日か終わりを迎えてしまう物となった。その事に悲しみがないと言えば嘘になるだろう。

 

「だが、まぁ、なんだ。新たな命の誕生は喜ぶべきだ。それに、いつか別れてしまうとはいっても、俺たちと兄上との間にある絆は紛れもない本物だ。せめて、最後の瞬間まで笑顔でいられるようにしたいもんだよな」

 

「そうですな……確かに、兄上の仰る通りですな!」

 

「まぁ、その前にお前は人化の術を身につけないと兄上に会いに行けないがな」

 

「ぐ、ぐぬぬぬっ……兄上たちからすれば簡単かもしれませんが、その術は結構難しいんですぞ?」

 

「それこそ精進あるのみ。ひたすらに努力し続ける他ないだろうな」

 

「むぅ、それは分かっておりますが……っと、そういえば兄上。ヴェルダナーヴァ兄上の子供の名はなんというのですか?」

 

「うん?ああ、女の子らしいからな。確か――――ミリム。兄上の名を半分に割ってミリム・ナーヴァという名をつけると仰っていたぞ」

 

 この時、二人は敬愛する兄には必ずや幸せが訪れるのだと信じていた。二人、特にヴェルディアスの方は知っていた筈なのに――――世界は決して、優しくはできていないのだということを。



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永遠の別れ

 ミリムがこの世に生を受け、幾ばくかの時が過ぎた時にその報は届いた。

 

「……兄上とルシアが死んだ?」

 

「……はい。おそらく敵国のテロによる物と思われますが、詳細は不明です」

 

「そうか。そうか……」

 

 早すぎる。ヴェルディアスはそう思わざるを得なかった。まだ、ミリムは生まれたばかりだ。幸せな時間はまだまだこれからの筈だ。だというのに、あの兄が死んだ?自分たち竜種からすれば、塵芥に等しい人の手によって殺された?それは、ヴェルディアスにとって受け入れがたい事実だった。

 

「ヴェルディアス様。どうぞ、ご命令ください。この世界の父たるヴェルダナーヴァ様を殺すなどという不敬も甚だしい罪過を犯した愚か者どもを滅ぼせと。さすれば、我らはヴェルディアス様の願いを叶えるために全力を尽くす所存です」

 

「ミュリア……ミリムは、ミリムはどうなった?まだ生きているのか?」

 

「はっ、お子様に関しましては外傷の類もなかったそうです」

 

「そうか……不幸中の幸い、いや、兄上のご加護あってこそ、というべきか。兄上は自らの力を持って、最愛の娘を守ったんだな」

 

「ヴェルディアス様……」

 

 ヴェルディアスは今、悲しみの底にいる。その事実が銀髪のエルフ――――ミュリア・アル・ネリ・セリオンの心を酷く痛めつける。敬愛する御方であり、なによりも自分たちエルフ――――彼女はその上のハイエルフだが――――を救ってくださった方なのだ。

 幼少のみぎりより、ずっと力になりたかった。気軽に接している幼い妹に嫉妬するぐらいには、ミュリアはヴェルディアスの事を想っている。それは人魔統合国家セリオンに暮らす者であれば誰でもそうだが、彼女はその感情がひと際強かった。だからこそ、今彼女の胸の内は憤怒の炎で燃え盛っていた。

 

「ヴェルディアス様、御身の手を煩わせる相手ではないとはいえ許しがたき相手であることは事実。生かしておく理由など、どこにもございません。どうか、我らに連中を滅ぼしつくすことをお許しください」

 

「……いや、許可することはできない」

 

「ヴェルディアス様!何を慮る必要があるというのですか!ヴェルダナーヴァ様はこの世界に住まう者総てにとって父に等しき御方!そのような方を害することはおろか、殺すなどと断じて許される所業ではありません!」

 

「そうだな。我が兄は俺が生まれたばかりの頃、世界から排除されかけた俺を救ってくれた。俺からすれば、何よりも尊敬している相手だった」

 

「でしたら!」

 

「だが、それは俺の感情だ。俺の感情に、お前たちを巻き込むわけにはいかない。けじめをつけさせなくてはならないのなら。それは弟である俺が果たさなければならない」

 

「なっ、なりません!御身の手をあのような屑どもの血で汚すなどと!到底許されることではありません!」

 

 それはミュリアにとって何よりも許しがたい事だった。この世の何よりも敬愛するヴェルディアスが、愚かしいにもほどがある愚者の血によって手を汚す。それはまるでこの世で最も美しい絵画に、絵心が全くない人間が手を加えようとするのと同じくらいありえない。

 

「おい、智略(アテナ)。いつまで時間をかけている?やるならさっさと行くぞ」

 

冥王(ハデス)!いいところに来ました!ヴェルディアス様を止めてください!」

 

「はぁ?何言っているんだ、お前。主殿は仇討ちしに行くと言ってるのだろう?だったら、行ってもらったら良いだろう。自分の肉親の仇討ちもできないなんて、辛いにもほどがある」

 

「何を馬鹿なことを!たかが国の一つを滅ぼす程度、我らで終わらせてしまえばいい!御方の手を煩わせるなど、言語道断!」

 

「はぁ……これだから潔癖主義者は嫌なんだ。いいか?これは主殿の誤りを清算させるためでもある。それを阻んでどうする」

 

「誤り、ですって?」

 

「そうだよ。主殿が本当にヴェルダナーヴァ様を慮るのであれば、この国にお呼びすれば良かった。少なくとも、あの理想だけでかい坊主に任せるよりもよっぽど安全だった筈だ。そこを見誤った主殿のミスというやつだ」

 

「ヴェルディアス様はヴェルダナーヴァ様の御意思を尊重なさっただけだ!敬愛する方の意思を尊重する事が間違いだと言うのか、貴様は!?」

 

「結果的に見て、間違いだっただろう。この国に来てくださっていたのなら、俺たちは絶対にそんなことを許さなかった。いかなる万難を排してでも、星王竜様とそのご家族を守ったはずだ。俺達にはその力があって、それを成し遂げようとする意志があるのだから。お前は違うのか?アテナ」

 

「――――成し遂げるに決まっている。それがヴェルディアス様のお望みならば、叶えない訳がない」

 

 お互いに譲り合わない二人。

 二人とも、ヴェルディアスに涙は合わないと思っている。だからこそ、その涙をぬぐって先に進んでほしいと願っているのだ。だが、その清算の方向性が異なっているために、どうしても衝突してしまうのを避けられない。

 

「……何を言い争っているんですか、あなたたちは」

 

「アリーシャ。あなた、今までどこに……」

 

「どこにって……ミリム様のご様子を見に行っていたに決まっているでしょう。ヴェルダナーヴァ様から与えられた力が暴走しかけて大変でしたよ」

 

「あなた!ヴェルダナーヴァ様の危機を救えずに、何をおめおめと顔を出しているのです!?」

 

「……仕方がないでしょう。私は未来を見据える目など持っていない。着いた時にはすべてが終わっていたのですよ?他にどうしろというのです。大体、想像できますか?ヴェルダナーヴァ様に危害を加えようとする愚か者が現れる、なんて」

 

「それは……」

 

「アリーシャ。ミリムの様子はどうだった?」

 

「はっ。いまだ幼き身でありますから、細かいことは分かっておられないとは思いますが……ヴェルダナーヴァ様とルシアにもう会えないことは、察しておられるかと」

 

「そうか……申し訳ないな。大人の意地のせいで、あの子にそんな悲しい思いをさせてしまうとは」

 

「師匠、できましたらミリム様と会ってください。あの方には今、支えとなる方が必要です」

 

「俺が支えになれると思うか?肝心な時に何もできなかったこの俺が」

 

「それはさほど重要ではありません。それよりも、今あの方の寂しいと感じる心を慰められるのは他の竜種の方々ではなく、師匠にしかできないはずです。どうか、伏してお願い申し上げます」

 

 アリーシャは分かっていた。今のヴェルディアスの手綱を離してはいけない。まず間違いなく、ことは一国の範囲では治まらない。間違いなく、周辺国家の被害は免れないし、下手をすればこの大陸もろともすべてを破壊しつくす可能性がある。

 ヴェルディアスはヴェルダナーヴァと自分が戦えば、物質界たる地上は愚か精神世界である冥界すら焼き尽くすと明言している。となれば、物質界も、半物質界も、精神世界も尋常ではない被害を受ける。特に、戦禍にさらされる地上界は生物の住める場所ではなくなる可能性が非常に高い。

 

 『大地竜』の弟子として、なにより『勇者』として。力のない人々に被害が出ることを防がなければならない。そうしなければ、すべてが終わった後にヴェルディアスは後悔する。なによりも後悔が嫌いなヴェルディアスにそんな感情を味合わせる訳にはいかないのだ。

 だからこそ、今は過去ではなく未来を見据えてもらう。そうでなくても、ヴェルディアスと同じ、或いはそれ以上に悲しんでいるであろう少女がいる。アリーシャはもとより、ヴェルディアスも簡単にそんな少女を見捨てられる精神性はしていない。

 

「……分かった。兄上たちの仇討ちはルドラに任せよう。ゲームの件もあるが、なによりルドラがそのような連中を看過する事はないだろう。それよりも、今はミリムの許へ向かう方を優先する。帰ってきたばかりで悪いが、案内してくれるか?アリーシャ」

 

「はい、師匠!ご英断、感謝します」

 

「英断などではないよ。少なくとも、ここにいる俺は幼子に涙を流させてしまった愚かな大人でしかないのだから」

 

「いいえ、それは違います。師匠はさらなる涙を重ねるよりも、涙をぬぐって笑顔にさせるために動くとお決めになられた。それは誰にでもできる訳ではない、素晴らしい事なのですから」

 

「ははは、お前はその気にさせるのが上手いな。では、頼んだ」

 

「かしこまりました。ですが、その前に彼女たちと話がありますので、少しばかりお待ちを」

 

「ふむ、分かった。では、外で待っているから話が終わり次第、ミリムの許へ向かう」

 

「申し訳ありません。少々お待ちください」

 

 そして、ヴェルディアスが外に出たのを確認すると、アリーシャはミュリア達をにらみつけた。ヴェルディアスを慮りすぎるあまり、彼女たちは浅慮が過ぎるからだ。無論、彼女たちが善意を持って行動しているのは分かっている。だからこそ、質が悪いともいえるのだが。

 

「何を考えているのですか!師匠は今やこの世界において最強の竜!そんな師匠に復讐を促そうなど……あなたたちはこの世界総てが滅び去ろうが構わないと思っているのですか!?」

 

それがどうした(・・・・・・・)。この世界が滅び去ることより、あの方が悲しいお顔をなされている方が万倍問題だ。そうでなくとも、星王竜様を害した愚か者に生きる価値などない!」

 

「その復讐に関係のない者を巻き込むということが間違っている!その事実が、後々師匠を追い詰めるのだと何故分からない!?」

 

「必要な犠牲だ!そうでなくとも、同じ国にいたというだけで十分な重罪であろうが!」

 

「ふざけるな!そんな訳があるか!貴様ら、国を率いる身でありながら、よくもそうまで恥知らずな言葉を吐けたものだな!責任を負うべきは上にあり、下にいる民衆は守られるべき存在であろうが!それを忘れ、諸共に滅べなどとよくも抜かせたものだな!

 智略(アテナ)の言い分はまぁ、まだいい。だが、冥王(ハデス)!貴様、何を言ったのか分かっているのか?師匠の力は世界を滅ぼすに足る力だ!そのような力を軽々と揮わせようとするなど言語道断!何を差し置いても許されることではないぞ!」

 

「それこそ、お前に言われる筋合いはない。お前がもっと早くたどり着いて、星王竜様たちを守っていれば済んだ話だ。それをなせなかったお前に責められる筋合いなどないよ」

 

「それは……そうかもしれない。だが、師匠を動かせばどうなるのか、分からなかったとは言わせんぞ」

 

「分かってる。分かってるさ。俺たち『十二星神(オリュンポス)』が動いたって、あの御方に届かない。究極能力(アルティメットスキル)持ち十二人が立ちはだかっても、障害にすらなれやしない。それぐらい、俺たちとあの方の間には絶対的な差がある」

 

「それが分かっているなら……」

 

「だがな、肉親だったのだぞ?どうか幸せな未来を歩んでほしいと、そう思っていたほどの相手だぞ?そんな方が弱者の不条理によって命を落とされた……そんな理不尽な話があるか?だから、身の程を弁えさせてやらなければならない。誰に手を出したのか、理解させてやらなければならないのだろうが!」

 

 誰よりも生を尊く思い、死を無二として扱うのが冥王(ハデス)の在り方だ。だからこそ、それを無遠慮に踏みにじる輩を彼は絶対に許さない。弱肉強食は世界の摂理だ。それに対して文句を言うことなどありえない。しかし、弱者の理不尽によって生きるべき尊い御方が死ぬなど到底許されることではない。

 

 冥王もヴェルディアスが動けばどうなるか、分からない訳ではない。けれど、ここで知らしめてやらなければもっと大変なことになる可能性は零ではない。今度は弱者の牙がミリムに向かうかもしれない。そんな不条理が許されて良い筈がない。だからこそ、分からせなければならないのだ。強者に牙をむくという意味を、世界に知らしめなければならないのだ。

 

「……まぁ、そうは言ってもだ。これは俺の感情だ。ヴェルディアス様が動けば世界が滅んだとしてもおかしくはない、というお前の理屈も分かる。だから、動いてほしいっていうのは俺の我が儘にすぎない。世界を見つめる竜種だからって、どんな奴にも公平でなくちゃいけないなんておかしな話ではないか」

 

「……それでも、私には認められない。庇護されるべき弱者が無関係の理不尽によって散らされるなど、看過する事はできないのだ」

 

「構わんさ、別に。俺の考えとお前の考えは違う。ぶつかり合ったって、何らおかしい事ではない。人の視点で世界を見つめるお前と、魔物の視点で世界を見る俺たちの視点は絶対的に違うものなのだから」

 

 人魔統合国家セリオンという名からも分かるように、その人員は人と魔物の別なく構成されている。王家という扱いを受けるのはヴェルディアスから究極能力を手に入れること。文字通り、上位の存在として君臨する事である。だからこそ、その多くは魔物であることが多い。ミュリアなどは珍しい例なのだ。

 

「まぁ、好きにやればいい。どうしてそこまで弱者の事を考えるのか、俺には分からん。分からんが……そこにはお前なりの意味があるのだろう?だったら、これ以上余計な口は挟まないさ」

 

「どこに行くのですか、冥王?」

 

「残りの連中に作戦は中止だ、と伝えに行くだけだ。究極能力持ちによる殲滅作戦は中止だ、とな。久方ぶりに暴れられるかと思ってた分、がっかりする奴も多いだろうが問題ない。誰も主殿の望まないことはしない。それは全員が何よりも嫌うことだからな」

 

 その言葉と共に冥王の姿は消えた。そして、その場にはアリーシャとミュリアが残された。アリーシャはミュリアにまだ言いたい事があったが、それよりもこれ以上ヴェルディアスを待たせるわけにはいかなかった。だからこそ、一言だけい残していった。

 

「あなたの気持ちは分かりますが、師匠はあなたの理想を押し付ける相手ではないということを忘れないでください」

 

「……言われるまでもない。ですが、それでも、私はあの御方に幸せであってほしいのだ。そう願うことが、間違いだとでも言うのですか?だったら、それは――――世界の方が間違っているのです」

 

 ミュリアはアリーシャの後姿を見ながらそう呟いた。何よりも優先するべきはヴェルディアスであり、その他の雑多など見るべきもののない存在だ。だからこそ、ヴェルディアスが嘆き悲しむ姿など見たくなかった。その元凶がこの世にいるというのなら、消し去って然るべきだと判断したのだ。

 そのためなら、なんだってする覚悟だ。たとえ、どれほどの損害を出したとしても、ヴェルディアスの嘆きを治めることが出来るなら。その一転さえ満たすことが出来るのならば、ミュリアはどのような外道に手を染めようとも後悔はない。無論、そのような事をせずとも真っ向から軍略にて押し潰すだけの力が彼女にはあるのだが。

 

「勇者たるあなたの事は尊敬しています。けれど、それでも私にも譲れない物があるのです」

 

 そう言い残すと、ミュリアもその場を後にした。これより数日後、ヴェルダナーヴァを殺したとされる国家は滅び去った。その場には膨大な数の英傑とその者たちを指揮したとされる女傑の姿があった、と言われているが、その真偽は不明である。なにせ、その場にいたであろう者たちは、一人残らず殺しつくされたのだから。



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別離と新たな魔王

本日は二話連続投稿となっておりますので、まだの方は是非前話を読んでから今回の話を読んでください。


 ヴェルダナーヴァたちとの突然の別れから数年。ヴェルディアスは修行の傍らにヴェルダナーヴァの忘れ形見、ミリム・ナーヴァと共に暮らす生活を送っていた。その際、セリオンの近くにある拠点ではなくヴェルダナーヴァたちが暮らしていた生家にて生活していた。

 

「叔父上!修行は終わったのか!?」

 

「ああ、ミリム。まぁ、終わってはいないが大丈夫だ。何かあったのか?」

 

「アイツとかくれんぼをしているのだ!叔父上は見ていないか?」

 

「遊びの最中か。あの精霊竜(エレメンタルドラゴン)だったら……いや、見ていないな。視界の端を横切ったような気はするが」

 

「分かった!ありがとうなのだ、叔父上!」

 

「あんまり遠くに行きすぎないようにな」

 

「分かったのだ~!」

 

 元気に庭を駆けていくミリムの後姿を眺めながら、足元で転がっているアリーシャに視線を向ける。完全に息を切らしており、汗に濡れる髪に赤く染まる頬。人間であれば見ただけで魅了する美貌を前に、ヴェルディアスは呆れていた。

 

「お前はいつまで寝てるんだ?アリーシャ」

 

「……………………師匠、いきなり強くなりすぎです」

 

「まぁ、確かに俺の新しい能力の実験には付き合ってもらったが。そこまで急激な変化はしてないだろ」

 

「何言ってるんですか!?まるでヴェルダナーヴァ様が如き、能力の幅広さ!竜種としての出力をごり押しして使っているせいで、こっちは対応するのだって死ぬ気ですよ!」

 

「まぁ、俺の相手なんてお前ぐらいにしか頼めないからな。存在値的にはもうそろそろ『聖人』を超えて、『神人』にたどり着くぐらいだろう?」

 

「その辺りはまだ分かりませんけど……この身体になって長いですから。あんまりイメージできないですね」

 

「懐かしいな。この世界に流れたばかりの頃か。俺の顔を見ていきなり斬りかかってきた、かなりとんがってた頃の話だな」

 

「うっ……その話は忘れてください」

 

「ふっ。弟子との出会いの話だぞ?そうそう忘れる物か」

 

 ヴェルディアスが楽しそうにそう言うと、ヴェルディアスの肩にミリムが探していた相手――――精霊竜が留まった。実はミリムと喋っていた時からいたのは知っていたが、遊びの最中ということで黙っていることにしたというのが真相だった。

 

「う~ん?もう遊びはいいのか?」

 

「キュゥッ」

 

「ははは、飽きたか。そうか。まぁ、隠れている方は見つけてもらわないと退屈だわな。それじゃあ、アリーシャの体力が戻るか、ミリムがまたここに来るかするまで、お喋りに興ずるとしよう」

 

 はてさて、どっちが先になるやらと思いながら目の前にいるアリーシャ(弟子)を見ながら、ミリムがどこにいるのかを把握しておく。そして、目の前に広がる青空を眺めながら、どうしても亡き兄に問うてしまう。自分はこれで良いのかと、そう思わざるを得ないのだった。

 確かに、ミリムを守るために共にあるという選択をした。しかし、それはミリムから選択肢を奪うという選択なのかもしれない。ヴェルディアスは本質的にヴェルダナーヴァとは違う。ミリムの両親とは決定的に違うのだ。あの子の求める物を、果たして自分は与えきれているのか?そう思わざるを得なかった。

 

「……俺は兄上ではない。俺は俺なりに愛を注いでいるつもりだが、本当にこれで良いのか?どうしてもそう思ってしまう自分がいるんだ。どうしようもないというのにな」

 

「キュゥ?」

 

「なんでもないよ。なんてことはない、迷う者であれば誰もが抱える悩みだ。答えの出ない正誤を問う、愚か者がしがちな事さ。どうせ答えなどどこにもないのだから、ただがむしゃらに進んでいくしかない。そういう問いだ」

 

 そう、答えを出せる存在はいない。たとえ、亡きヴェルダナーヴァやルシアであろうとも、答えなど出せないのだろう。分かっていてもそういう疑問が浮かぶ辺り、ヴェルディアスも不安なのだ。ミリムを一人ぼっちにさせてしまった遠因が自分にあると、思っているがゆえに。

 

「あっ、見つけたのだ!」

 

「キュゥッ!」

 

「叔父上、聞きたい事があるのだ!」

 

「うん?どうかしたのか?」

 

「使用人のみんなが言っていたのだ!明日、麓にある街でお祭りをやると!それに行ってみたいのだ!」

 

「人間たちの祭りに?それは……」

 

 祭りに参加する。それ自体には別に何の問題もない。いくらかのお小遣いをあげて、なんだったら一緒に歩き回ればいい。別に戦場に行くわけではないのだから、許可しても何ら問題ない。問題ない、筈なのに、何故かヴェルディアスの第六感はアラートを鳴らしていた。

 

(何故だ?少なくとも、ミリムの命を脅かすような存在がこの辺りにいる気配はない。俺はいったい何に対して警鐘を鳴らしているんだ?)

 

「叔父上?やっぱり駄目だったか?」

 

「あ、いや、そんな事はない。お祭り、だったな?小遣いは用意しておくから、存分に楽しんでくると良い」

 

「――――本当か!?ありがとうなのだ、叔父上!」

 

「……いや、気にすることはない。それより、したい事があったらもっと言っていいんだぞ?俺に配慮しているのだったら、それは無用な心配だ。やりたい事はやりたい、と言っていいんだ」

 

「大丈夫なのだ!」

 

「そうか?だが……」

 

「大丈夫なのだ!だって、ここには友達がいて、姉替わりのアリーシャがいて、叔父上がいるのだ!何も寂しいことなどないのだ!」

 

「……そうか。だったら、いいんだ」

 

 ミリムの言葉にヴェルディアスは笑みを浮かべる。ミリムは優しい子供に育った。自分がやってきたことは決して無駄ではなかった。そう思えたのと同時に、自分の抱えていた不安を見抜いている辺り、ミリムの観察眼はすさまじいなと思っていた。

 先ほどの警戒心は何かの間違い、或いは自分の不安を感じていた心が盛大に反応していただけだろうと結論付けた。幼少の頃ならばいざ知らず、今のミリムはヴェルディアスやアリーシャによって育てられた。そんじょそこらの兵士に殺されるほど弱くはない。

 

 だが、それでも一応念のためと精霊召喚を行った。その精霊をそっとミリムの傍に就かせた。ヴェルディアスの隠蔽が入っているので一見しただけでは分からないが、上位精霊ならばミリムの身を守るにはあまりあると言えるだろう。

 本当はヴェルディアス自身が行きたかったのだが、ヴェルディアスは大地の化身たる竜。そんな存在が街中に何の隠蔽もなく出向けば、それこそミリムの身を守るどころではなくなってしまう。祭りを楽しみにしていたミリムを前にすると、どうしてもその行為が邪魔のように感じられた。

 

「ミリム様、楽しめていらっしゃいますでしょうか?」

 

「さぁな。まぁ、ミリムの身を守るという点でいえば問題ないだろう。まぁ、精霊竜(エレメンタルドラゴン)が問題かもしれんが、あやつも竜の端くれ。生中な相手に負けるほど弱くはない」

 

「そうだと良いのですが……」

 

「なにか気になる事でもあるのか?」

 

「……これは竜種の方々に通ずるものですが。ヴェルダナーヴァ様や師匠以外の竜種の方々は、基本的に相手を侮っています。まぁ、大半の場合、相手の方が弱いから当然なのですが。しかし、その価値観が相手からの不意の一撃を許してしまうと思うのです」

 

「……それは否定できないな。自分よりも下の相手に負けるとは思わない。それが竜種という存在だ」

 

「はい。私がヴェルドラ様と初見であった場合、究極能力(アルティメットスキル)抜きでも一撃を当てられる自信があります。そして、その一撃が致死に至らしめる物であれば……相手を殺せます」

 

「……それが可能だと?あの精霊竜(エレメンタルドラゴン)は力の大半を失っていたとはいえ、兄上が創造した竜だぞ?」

 

「本当に一回限りです。それ以上は、相手も警戒しますから。ですが、一回だけで良いのなら……私でなくても出来る者はいるでしょう」

 

「……アリーシャ。今すぐに、街へ迎ってくれ。これ以上の喪失を迎えれば、俺は我慢できるか怪しい」

 

「かしこまりました」

 

 そう言い放つと、アリーシャは街へ向かった。護衛につけた精霊からはまだ何の反応もない。だからこそ、アリーシャの心配を杞憂と思いたい。しかし、ミリムに話を振られた時のあの第六感の反応に、ヴェルディアス自身が杞憂とは思えなかった。

 

「どうか、無事であってくれ……ミリム」

 

 だが、その言葉を嘲笑うように嫌な予感が的中した。そう、世界はいつだって弱い者から奪い去っていく。力を持つ者は不条理に、理不尽に、守りたい大切なものをその手から零れ落ちさせていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ、ああああああああああああああああああああっ!」

 

 精霊竜(エレメンタルドラゴン)は死んだ。その死に反応して、ミリムは悲嘆と憤怒の感情が限界を突破する。その振り切れた感情に反応するように、ミリム・ナーヴァという少女をさらに上の段階――――覚醒魔王と呼ばれる存在達の位まで進化させる。

 

「ミリム様……」

 

「アリーシャ……起きない。起きないのだ。まだ、生きているはずなのに……起きてくれないのだ」

 

「………………」

 

 なんと嘆かわしく、呪わしいのか。この子が一体何をしたというのか?ただ特別な存在から生まれただけだ。ただ特別な存在から愛を注がれただけだ。それだけなのだ。何かを壊したわけでもなければ、何かを奪ったわけでもない。

 なのに。それなのに。世界は彼女から理不尽に奪い去っていく。愛を注いでいた両親を。共にあり続けた友達と呼ぶに相応しい竜を。彼女の許から奪っていった。どうして、彼女はここまでの目に遭わなければならないのか?

 

「貴様……『時空の支配者』か。丁度いい。貴様も我らの軍門に……」

 

 何やら鬱陶しい雑多が喚いている。あまりにも聞き苦しいので首を刎ね飛ばした。ミリムが泣いているのだ。悲嘆に暮れているのだ。見れば分かるソレを、恥知らずな輩が我が物顔でのたまう。まったく、本当に許しがたく呪わしい存在だ。

 そうして、ミリムの頭をなでていると、空中に膨大な量の魔素が渦巻いているのを感じた。その魔素には覚えがあり、ミリムも涙を流しながら空を見上げる。そこには普段の微笑ましい顔が嘘であったかのように厳しい顔つきをしているヴェルディアスの存在があった。

 

「……叔父上。叔父上、こいつを助けてください。叔父上なら、助けられるでしょう?」

 

 どうか、そうであって欲しい。ヴェルディアスはミリムが知っている限り、そして現実として世界でも最高峰の存在だ。ヴェルディアスであれば、この竜を助けることが出来るかもしれない。一縷の願いにすがるように、ヴェルディアスを見つめるミリム。

 対し、ヴェルディアスはじっと竜を見つめていた。助けられるのであれば、ヴェルディアスとてその竜を救いたいと思っているのだ。しかし、現実は非情だった。蘇生を行う上で、最も必要なもの――――魂の器たる星幽体(アストラル・ボディ)がないのだ。これではさしものヴェルディアスでもどうしようもない。

 

「……無理だ。ミリム、この子はもう蘇る事はない」

 

「では、どうすれば……」

 

「ミリム。俺はこれから今回の事をなした国へ向かう。ケジメをつけさせるために。お前も来るか?」

 

「師匠……」

 

 ヴェルディアスとアリーシャによって鍛え上げられ、一時的な感情で覚醒魔王となった。だが、今の状態では本当の意味で覚醒魔王と呼べるほどの存在ではない。だからこそ、今のミリムには魂が必要なのだ。名実ともに真の魔王へ至るために。

 だが、ヴェルディアスは姪には甘いと言ってもいい。これから、一般的には大国と呼ばれている相手の国を滅ぼしに行くが、その際に得た魂は総てミリムに渡そうと思っている。だからこそ、この呼びかけは手を汚すか汚さないかの意味しかない。ミリムは確実に魔王の域へと至るのだから。

 

「……行く。行くのだ」

 

「……ミリム、これは俺の意志だ。お前がしなくちゃいけない訳じゃない。お前が負うべき責任など、どこにもないんだ」

 

「それでも、行くのだ。私は、これから逃げちゃいけないと思うのだ!」

 

 自分の手を汚さなくてもどうにかなる。だから、行かなくてもいい――――そんな理屈はミリムには通じない。確かに、ヴェルディアスに任せればどうにかなるのだろう。しかし、代わりにこの心優しい叔父はどうしようもない存在になってしまうかもしれない。幼いながらも、ミリムはそれを理解していた。

 事実、ヴェルディアスをこのまま放置しておけば、大国に生きる人間総てを根絶やしにしようと考えていた。俺たちから奪うことしかしないのなら、そんな世界は不要だと。ヴェルダナーヴァ亡き後、天地を支配する竜は己の役割たる『庇護者』という立ち位置を放棄しようと考えていた。

 

 だからこそ、ミリムにこの提案をしたのはヴェルディアスにとって最後の良心だった。ミリムが拒否したなら良し、己は世界に対する災禍として機能しようと。だがしかし、もし、もしも、ミリムがこの提案に頷いたのなら――――その時は、もう少しこの世界を見守ろうと。

 

「……そうか。ならば、行こう。先に言っておくが、ミリム。これからお前は、意思のある災禍として生きることになる。だが、それでも、俺はお前の事を愛している。お前の事をいつだって想っている。だから、後悔することのないように生きるんだ。分かったな?」

 

「……うん。うん、分かったのだ!」

 

「良い子だ。……さて、俺も少しは鬱憤を晴らしたいのでな。八つ当たりに付き合えよ、人間」

 

 ヴェルディアスがそう言った瞬間、街より遥か彼方にいた軍隊が一瞬で絶滅した。空中より突然現れた雷霆はその場にいた人間たちを焼き尽くした。その雷火は肉体のみならず、その魂すら焼き尽くし、最早エネルギーとして使うことすら難しいほどに粉微塵に消し潰されたのだった。

 

 その後の話。ミリムは魔法大国と名乗る国家を滅ぼし、それによって十数万もの魂を手に入れた事で真なる魔王として覚醒した。それを見守ったヴェルディアスはミリムを連れて、アリーシャの許へ戻った。そこにあった光景は――――魂を失ったはずの精霊竜(エレメンタルドラゴン)混沌竜(カオスドラゴン)として覚醒していたという物でした。

 

 ミリムはそれを喜んだ。死したはずの友が自分の覚醒に応えて蘇ったのだと。

 しかし、ヴェルディアスは知っていた。目の前にいるあの竜は、決して同じ存在ではないのだと。

 

 事実、その竜は生前の優しい魂を持っていた竜はなく、ただひたすらに周りを破壊しつくしていた。それは、ミリムのあったかもしれない姿だった。だが、だからこそ、その姿を見続けるというのは忍びなかった。だからこそ、ミリムはその竜を封印する道を選んだ。

 ヴェルディアスと共に混沌竜(カオスドラゴン)を封印したミリム。しかし、彼女にはかつてと同じ生活をしようという気はなかったのだった。

 

「別で暮らすか?、ミリム」

 

「うむ、そうなのだ。叔父上は竜種だから、死ぬことも滅びることもない。でも、アリーシャやこの家にいる使用人はそうじゃないのだ。でも、私は大事な人を失うことに耐えられそうにないのだ」

 

「だから、一人で生きていくか……」

 

「やっぱり叔父上は反対か?」

 

「賛成か反対か、で言えば、そりゃ反対だ。俺からすれば、まだまだミリムは幼い。一人にすることに不安がないと言えば、それは嘘になる。でも……俺は、ミリムの進む道を阻むようなことはしたくないんだ」

 

「叔父上……」

 

「好きに生きろ、ミリム。言っただろう?俺はお前の事をいつだって想っていると。そして、後悔しないように生きろと。だから、お前が自分の道を決めたのなら。俺はそれを応援するだけだ」

 

「……!分かったのだ!ありがとうなのだ、叔父上!」

 

 ミリムは笑顔を浮かべながら、家を出ていった。ヴェルディアスとアリーシャはその後ろ姿を窓越しに見送る。自分の手から子供が巣立っていく。喜ばしい事であると分かってはいるが、やはり寂寥感が襲ってくるのはどうも慣れない。

 

「師匠、本当に良いんですか?」

 

「……結局、俺がそばにいても、ミリムが大切なものを失うのを阻むことはできなかった。何の力にもなれなかったんだ。だったら、ミリムの自主性に任せてみるというのも一つの手だろうさ」

 

「……かしこまりました。師匠が決めた事でしたら、私はそのように」

 

「世話をかけるな」

 

「お気になさらず。私がやりたくてやっている事ですし、師匠のお世話をすることは苦ではありませんから」

 

「言うじゃないか。では、俺たちも旅に出るとしよう。これよりしばらくは、ぶらりと物見遊山と行こうじゃないか」

 

「仰せのままに、我らが王。世界を統べる天頂神。混沌を呑み込む大地の竜よ。この身は世界の果てまで、御身と共に」



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新たな変化

原作開始です


 それから、ヴェルディアスとアリーシャは旅に出た。様々な国を渡り歩き、生まれ滅んでいく国家や存在を見つめ続けてきた。その誕生から隆盛、そして滅びまで。様々な人間がいて、様々な考え方があって、様々な生き方があった。

 ヴェルディアスはそもそも、兄であるヴェルダナーヴァほど人間には興味がなかった。いつの間にかうまれて、いつの間にか消えている。この言い方は極端な形ではあるが、それぐらい個々人はまだしも群れとしては興味がなかった。だからこそ、人間という命の在り方を理解してはいなかったのだ。

 

「まぁ、昔の俺は本当に無関心だったな……」

 

《仕方がないかと。マスターに危害を加えるには、人間は弱すぎますので》

 

「そうは言っても、だ。知らずにいてもいい、という事にはなるまい。まぁ、そういう点でいえば、お前への名付けもその一つか?ヘスフィ」

 

《……マスター、その名前をあまり口にしないでください》

 

「思うだけにしろと?まぁ、念話でも会話自体は可能だろうが。それでは面白くないだろう?」

 

《マスター。現状、マスターに届きうる存在などいません。ですが、それはこれより先もそうである、という証左ではありません。その点をご留意ください》

 

 カラカラと笑うヴェルディアスを注意するのは、ヴェルディアスの保有する究極能力(アルティメットスキル)である『大地之神(ガイア)』――――を基にした神智核(メナス)ヘスフィアス、略してヘスフィであった。ヴェルディアスが己のスキルは己で制御しようとする存在だからこそ出番がなかったが、名付けをされる前に『十二星神(オリュンポス)』の選別を行ったのは彼女である。

 ヴェルディアスも『大地之神(ガイア)』が自分に黙って何かをしていた事は知っていた。しかし、基本的には気にしていなかった。何故なら、ヴェルディアスは『星神之王(ゼウス)』を基本的に使っていたし、制御が難しかったのは説明してくれる者のいない『星神之王(ゼウス)』の方だったからだ。

 

 もしもの話だが、『星神之王(ゼウス)』を使いこなそうとするよりも先に『大地之神(ガイア)』に頼んでいれば、早く制御できたかもしれない。だが、普通は一つのスキルが別のスキルに介入できるなどと、考えることはないだろう。スキルを補助する存在があるのだとすれば、あくまでもそのスキルだけを補助する存在なのだと認識する。少なくとも、ヴェルディアスはそう認識していたのだ。

 

「それにしても、流石はヴェルドラが封印されていたという洞窟だ。封印されていても尚、魔素をまき散らしていたんだなアイツは」

 

《ヴェルドラ氏は従来、魔素を抑える必要性がありません。むしろ、抑えずに垂れ流しにしておいた方が戦力確保もたやすいかと》

 

「なんだ?それは言外に俺に同じことをやれと言っているのか?」

 

《いいえ。むしろ、マスターの場合は逆効果になる可能性が非常に高いかと。現状確保している戦力に不満があるのでしたら、やっていただいても構いませんが》

 

「そんな物、ある訳がない。まぁ、あいつらは俺の戦力という訳ではないが。お前がいて、あいつ(・・・)がいて、アリーシャがいて、俺がいる。それだけでどんな奴にも負ける気はしないよ」

 

 ヴェルディアスはそう言ってのける。今や、世界のどこを見たとしてもヴェルディアス以上の存在はいない。そこに支えであるアリーシャやヘスフィアスともう一人がいれば、本当に負けることはないだろうと思っている。全幅の信頼を示すその言葉にヘスフィアスの魂は震えるような感動を覚えた。

 その言葉に嘘偽りがないと思わせる性格をしているだけに、殊更に性質が悪い。力になりたいと思っている相手にそう言われて、感動を覚えない訳がないだろうに。

 

 

 

 

 今、ヴェルディアスがいるのはヴェルドラが封印されていた洞窟。では、何故、ヴェルディアスがそんな場所にいるのか?それはつい最近、ヴェルディアスの耳に入ったとある情報が原因だった。その情報とは――――「『暴風竜』ヴェルドラの消滅」であった。

 

「あのヴェルドラが消滅、ねぇ……まぁ、あのまま封印が継続されていれば、それもあり得たかもしれないが。こんな突如として消える訳がない。そう思ってこの場所に来たんだが……」

 

 見事に何もない。ヒポクテ草という完全回復薬(フルポーション)の原料こそ置いてあるが、それは膨大な魔素によって変化しただけのただの草だ。特筆するほど目を引くものではない。つまり、何が言いたいのかというと……何故、ヴェルドラがいなくなったのか分からない、という事だ。

 

「何か考えられる要因なんかあるか?」

 

《……不明です。考えられる要因があるとすれば、ヴェルドラ氏をその存在ごと呑みこんだ或いは取り込んだ可能性があります。しかし、その場合、ヴェルドラ氏が抵抗しないとは考え難いです》

 

「それもそうだな。以前に確認した際、ヴェルドラを囲んでいた結界は無限牢獄。いくら、ヴェルドラが俺たち竜種の中でも跳びぬけた魔素(エネルギー)量を誇るとはいえ、力づくで突破できるような代物ではない。それはヴェルドラにも分かっている筈……ならば、一体何故?」

 

《愚問。結論の及んでいる疑問について、何時までも考えるなど時間の無駄》

 

アルヌス(・・・・)、結論ってなんだ?」

 

 アルヌス。それはヴェルディアスが手に入れたスキルに宿り、そしてヴェルディアスによって名付けられたもう一つの神智核(メナス)。眷属たる『十二星神(オリュンポス)』も、相方ともいえるアリーシャも知らないヴェルディアスが掴んだ新たな可能性であり、ヴェルディアスの信ずる一人である。

 

《愚問。答えならば、先ほどヘスフィアスが告げたはず》

 

「ヘスフィが?……まさか、お前はヴェルドラが誰かに取り込まれた、とそう言いたいのか?」

 

《肯定。理解したのなら、もう一度言い直す意味もなし》

 

「……それが本当だとして、だ。何故、ヴェルドラは取り込まれるのに反抗しなかった?無限牢獄に囚われていたとはいえ、あいつが暴れたのならここまできれいな現場にはならないだろう」

 

《確定。交換条件を出されたから。或いは懐柔されたから》

 

「懐柔……は、まぁ、あり得ん話でもないか。こんな何もない場所に一人だ。寂しくなるのも頷けるし、あいつの精神性を鑑みれば誰かに騙されたとしてもおかしくはない、か」

 

《しかし、ヴェルドラ氏は腐っても竜種。下等な存在に自分の身柄を任せるとは思えません》

 

《愚か。他の竜種ならばいざ知らず、あのヴェルドラであればどのような事態になったとしてもおかしいとは言えない》

 

 ヴェルドラは知識などは確かに聡い。しかし、その根本というか性格は馬鹿なのだ。煽てられれば調子に乗りやすい性格をしており、人間でもたまにいる『勉強はできるんだけど、性格が馬鹿そのもの』というタイプである。

 無論、それが悪い事とは言わない。お調子者というだけで、周りの人には呆れられつつも好かれやすいタイプであり、ヴェルディアスもヴェルドラの事は嫌いではない。それはヴェルディアスの周りにいる者たちも同様の感想を抱くだろう。その前に、竜種と触れ合うなど畏れ多いと思う存在の方がほとんどなのだが。

 

「う~ん……確かに否定できないな。ヴェルドラならば、どんな選択をしてもヴェルドラだからな、で済んでしまいそうなところがあるからな」

 

 それがヴェルドラの良いところでもあり、悪いところでもあるんだが。そう言いながら、ヴェルディアスは再び周辺を見渡す。そして、洞窟を出ていった。これ以上、ここにいても何の手掛かりも得られないと判断したからだ。

 

《マスター、これからどうしますか?》

 

「まずはこの森――――ジュラの大森林で急に大きくなった集落がないか確認する。あればそこの監視、なければ……まぁ、その時考えるさ。どうせあのヴェルドラの魔素量だ。そうそう簡単に使い果たすことはないだろう」

 

《道理。しかし、相手はこの世界の常識が通じない可能性あり》

 

「この世界の常識が通じない?つまり、相手は異世界人の可能性が高いと?生まれたての魔物か何かであれば、常識がなくてもおかしくないんじゃないか?」

 

《否定。無限牢獄に囚われているヴェルドラを無限牢獄ごと取り込んだ以上、何かしらのユニークスキル持ちの可能性大。通常、生まれたてでそれほどのユニークスキルを手に入れる事は困難。特にあの場所では》

 

「だが、人間にどうにかなるような話じゃないぞ?」

 

《同意。ならば、答えは決まっている。主と同パターンの可能性あり》

 

「俺と?……ああ、異世界人が魔物に転生した、っていうパターンか。魂だけの界渡りをなしたならば……そうだな。ヴェルドラを取り込みうるスキルを手にしていてもおかしくはない、か」

 

 おかしくはないというだけで、可能性は非常に低いのだが。それに、転生した時から究極能力(アルティメットスキル)を手に入れているような男と比べるというのは、非常に酷であると言わざるを得ない。誰も指摘しないが、もしここにヴェルダナーヴァがいたのなら『いやいや、普通あり得ないからね?』と指摘していた事だろう。

 なにせ、ヴェルディアスは万物の創造主たるヴェルダナーヴァをして『異端』と言わしめる存在。かの魔王ギィ・クリムゾンが究極能力(アルティメットスキル)を持っていなかったとはいえ、一撃で沈めたヴェルダナーヴァをもってしても、である。この異常性をヴェルディアスは終生理解することはないだろう。

 

「ふむ、しかし……界渡りをした魂を持つ魔物、か。中々、面白そうな相手だな。少なくとも中位級以上の魔物だとは思うんだが……はてさて、どうなるものやら」

 

 普通であれば、当たり前と言わざるを得ない推測。しかし、現実はそれを簡単に裏切るという事を、ヴェルディアスは改めて痛感させられるのだった。

 

「す、スライム?」

 

「はい。とあるゴブリンの集落に現れたスライムが牙狼族を下し、最近では大鬼(オーガ)族を取り込んだそうです」

 

「そ、そうか……スライムが」

 

 何故、数ある選択肢から選ばれた魔物が最弱と名高いスライムなのか。もちろん、転生先を選ぶことなどできないのだからどうしようもないのだが、それでももうちょっと何かあったんじゃないか?そう思わざるを得ないヴェルディアスだった。

 

「……大地竜様。このようなことを申し上げるのは、あなた様を不快にさせるかもしれません。それでも、私の話をお聞き届けいただけないでしょうか?」

 

「……?まぁ、とりあえず言ってみろ。それから判断させてもらう」

 

 ヴェルディアスは目の前で跪く美女――――樹妖精(ドライアド)のトレイニーから話を聞いていた。トレイニーはヴェルドラからジュラの大森林の管理を任された妖精で、大地に連なる樹妖精は広義的に見れば大地竜の眷属としても扱われる。

 まぁ、実際にはそんな事はないし、偶々ヴェルディアスとトレイニーが知り合いだっただけに過ぎない。正確に言えば、トレイニーはヴェルディアスの知り合いである妖精女王から預かり、このジュラの大森林に連れてきたのだ。そういう意味では、トレイニーとヴェルディアスの間にはつながりがある。

 

「ヴェルドラ様が所在不明となられた今、この森は戦乱に包まれる可能性があります」

 

「まぁ、そうだろうな。牙狼族の一件も、ヴェルドラがいなくなった影響の一つだろうしな」

 

「はい。しかし、魔物同士の戦いならばまだ問題はありません。よほどの相手でない限り、我々で相手をすることも不可能ではありません。しかし、人間との戦争となれば、その別ではありません」

 

「……なるほど?お前はこう言いたい訳だ。ヴェルドラがいない今、代わりとなる後ろ盾が欲しいと」

 

「……身も蓋もない言い方をするのであれば、その通りです」

 

「確かに、俺が後ろ盾になるのであれば問題はないだろう。しかし、俺にそれを希う意味を、お前は分かっているのか?トレイニー」

 

「……はい。この身を代価に、どうかこの森の庇護を願います。最強の竜種であり、世界の庇護者たる大地竜ヴェルディアス様」

 

 ヴェルディアスを新たな主として立てる。それはもし、ヴェルドラがこの世に復活した時に惨殺されても文句を言えないという事でもある。無論、ヴェルドラはそのような事をする輩ではないとヴェルディアスは思っているし、事実としてヴェルドラもそんな事は気にするまい。

 しかし、ことは面子の問題だ。ヴェルドラはあくまでも姿を消しただけに過ぎない。そんな中、主となる存在を変えるという事は、元主だった存在が主たり得ないと主張するに等しい。つまり、顔に泥を塗る行為となるのだ。そうなれば、もしヴェルドラが蘇った時、トレイニーは殺される可能性がある。

 

「ふむ……少し待て。まずはそのスライムを見てからだな。今の状態では答えを出せん」

 

 ヴェルディアスは水の精霊の力を借りて、水鏡を作り出す。そして、鏡の先にいるスライムを見た。確かに、一見すれば変哲もないスライムだ。膨大な量の魔素を持っているのはヴェルドラと同じだが、それも何とか制御して抑えているようだった。

 

《空気中に撒かれている魔素から竜種特有のパターンを感知しました。ヴェルドラ氏を取り込んだ魔物はあのスライムと断定して間違いないかと》

 

(そうか。では、スライムの中にいるヴェルドラがどうなっているかは分かるか?)

 

《判明。彼の魔物が持つスキル『大賢者』にて無限牢獄の解析を行っている模様。おそらく外と中からの同時解析により無限牢獄を突破しようとしている、と推測される》

 

(つまり、ヴェルドラの敵である可能性は低いと?)

 

《肯定。追加動力源としている可能性は拭えないが、敵である可能性は非常に低い物と判断》

 

 アルヌスがそう言った時、ヴェルディアスは多くの魔物に囲まれながら笑う少女の姿を幻視した。そして、その少女が強大な存在へと至る光景を。

 すぐにその幻視は解けたが、それが幻覚などではないという事をヴェルディアスは理解していた。最早、ヴェルディアスにすらも把握しきれていないスキルによって見せられた光景は、間違いなく確定された未来なのだと知っているが故に。

 

「……なるほど。トレイニー、悪いがお前の話は聞けないな」

 

「……我らの庇護は望めませんか?」

 

「望めない、というよりは必要ないというべきだな。俺がお前たちを庇護する必要はない。それよりは、あのスライムに頼み込んでみればいい。これは俺の想像となるが……あのスライムはいずれお前たちの愛しい女王と同じ場所へ、たどり着くかもしれない」

 

「……あのスライムが、ですか?」

 

「俺の想像でしかないがな。どうも、そんな気がしてならないんだよ。少なくとも、ヴェルドラがこの地に戻るまで、あの魔物であれば持たせられるだろう。主を入れ替えるかどうかは、またその時に判断すれば良い。なに、心配するな。お前たちでも対処しきれない問題となれば、俺も力を貸してやる」

 

「……まことですか?」

 

「俺を疑うか?まぁ、心配になる理由が分からん訳ではないが。西方諸国評議会(カウンシル・オブ・ウェスト)や帝国がここを攻めようものならば、俺が根絶やしにしてやる。たとえ、相手が魔王だとしても俺のやることは変わらない。それがヴェルドラのいない今、俺がお前たちにしてやれる唯一の事だからな」

 

 無用の心配だとは思うが、という言葉を口にすることはなく、ヴェルディアスはそう言った。これまでの旅路でヴェルディアスの怒りを買って滅んだ存在、国家は数知れない。長き歴史の中で、ヴェルディアスもまた変容を遂げていた。そして、その変容を最も促したのが誰なのか、世界は知っている。

 敵対した魔王を滅ぼした。襲い来る天使の軍勢を根絶やしにした。そして、増長し牙をむいた人間の国家を焼き払った。最早、大地竜は万民に優しい存在などではない。優しさだけでは何も救いはしないと、彼は思い出したが故に牙をむくことを躊躇わない。

 

 だが、だからこそ、期待を向けるべきと思った対象を愛おしく思う。できる限り、その意志が完遂されてほしい。その願いが叶ってほしい。そう思うのだ。そして、何の根拠もなしに大地竜はそのスライムが抱いた願いが叶ってほしいと思っていた。その眼差しはまるで、無条件に()を信じる兄のようだった。




いつも読了ありがとうございます。
日刊ランキングなどに乗ったおかげか、多くの読者様に恵まれて大変ありがたく思っています。

今回は読者様から寄せられた質問の一部にお答えしたいと思います。


>ゼウスが王なのか神なのか分からない
究極能力(アルティメットスキル)である星神之王(ゼウス)には眷属である十二星神(オリュンポス)という複数種類のアルティメットスキルを、魂に関連のある存在に与える事が出来ます。
原作でいうところの正義之王(ミカエル)が配下に究極付与(アルティメットエンチャント)を与えていたという関係に近いです。とは言っても、主人公は魂のつながりを持った存在の存在値が規定値を突破し、尚且つアルティメットスキルに変換させられる能力を持っている、というのが前提になってきますが。

つまり、星神之王(ゼウス)は神々の力を束ねる頂点に立つ存在、という事なのでこの場合は王である、という表現が今回の質問への正解かと思います。


>アリーシャは人に報復するの否定的だったのに、何も言わないの?
前話におけるアリーシャは人にほとほと愛想が尽きている状態でした。どんなに他人に優しくできる人でも、大切な家族を悲しませるような人間にまで優しくしようと思えるでしょうか?
だから、主人公の報復によって世界が滅んでしまったとしても、それはそんな愚か者を止められなかったギィや理想のために戦う道を選んだルドラを始め、全員の責任だと判断したという事です。ぶっちゃけ、あの時はやけくそになっていたと判断していただいても大丈夫です。

本人の基本的な性格としては、力のない弱い人々は守られるべきだ、という勇者らしい考えの持ち主です。



>ガイアさん全然喋らないね
この質問の回答は今回のお話でさせていただきました。
そもそも、主人公をしてゼウスという力は制御が非常に難しいスキルでした。ギィと真っ向から戦うことのできるルドラがミカエルの制御が非常に困難だったのと同じ理屈です。魂に根差したスキルとはいえ、前世とは使い勝手が全く違うので慣れるのに非常に時間がかかった、という事です。

制御が非常に困難な能力を使いこなしながら、他の能力にも手を出せるほど主人公は器用ではありません。リムルが大賢者を頼る事で他の能力の制御が出来ていたように、ガイアに頼っていたらもっと早期に力を使いこなせていたでしょう。ただ、本人があまり他人に頼るタイプではなかったので、ガイアは口を挟もうとしなかったという事です。

ガイアは基本的に主人公を立てるタイプなので、主人公が必要ないと思っていたら一切口を開きません。その代わり、口を出したらすぐにでも反応できるように待っています。分かりやすく言うと、エサの前で待ての姿勢を取っている犬と思っていただけたら良いです。




いかがだったでしょうか?これ、感想欄で返信していたらとんでもなく長くなりそうだったので、この場を借りて返信させていただきました。
これからも当作『気づいたら竜種に転生していた件』をよろしくお願いします。


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理想

仕事が始まってしまったので、これから不定期変更にチェンジしていきます。
緊急事態宣言は解除されましたが、まだコロナ自体はなくなっていないので皆さん気を付けて日々を過ごしてください。


 ヴェルディアスはジュラの大森林の管理を、スライムに任せることにした。あの集団であれば、間違いなくジュラの大森林を支配下に置くことが出来るだろう、と判断したからだ。トレイニーは管理者としては向いているが、支配者には向いていない。

 それよりは、あのスライムの方が人心掌握能力に長けている。力ではなく、その人物がそもそも持っているカリスマと呼ぶべきものが優れているのだ。それは、今のヴェルディアスには到底望めないものだ。何故なら、ヴェルディアスはその性質が王と呼ぶべきものから離れているのだ。

 

 ヴェルディアスはこの世界における最強。絶対なる王である、と誰もが称する。けれど、その元となった魂は王としての資質など持たない。ただ、彼は王として生きなければならなかっただけだ。星神之王(ゼウス)の力も魂に根差した物というよりは、魂に宿っていた力に根差した物なのだから。

 

「今の俺では、どうやってもあの光景は作れないものな」

 

《否定。今の主は作れない訳ではない。ただ作ろうとしていないだけだ。しない理由を何かのせいにする、というのは推奨しない》

 

「お前は容赦ないな、アルヌス。俺はとてもそうは思えないが」

 

《簡単。主は喪失を恐れている。前世で死んだ事による繋がっていた絆の喪失。そして、己と対等であった兄弟の喪失。重なった喪失によって、さらなる絆の構築を恐怖している》

 

「……………」

 

《無問題。主は主の好きなようにすればいい。どのような選択肢を選ぼうとも、我らは主の選択を歓迎する。何故なら、我らは主より生まれ出でた存在なのだから》

 

「そうかい。それじゃあ、精々頼りにさせてもらうさ」

 

 ヴェルディアスはそう言うと、精霊魔法を解いた。ヴェルディアスは今、ジュラの大森林を離れてイングラシア王国を訪れていた。情報網が発達しているこの国であれば、どこの国があの森を狙うことになっても早期に把握することが出来る。

 

「このままあそこの集落が発展していけば……被害を被るのはファルムス王国か。この国とは仲が悪い大国……嫌な予感しかしないな」

 

「師匠、大丈夫ですか?」

 

「アリーシャ……いや、大した問題ではないよ。少なくとも今はな」

 

「仰っていたジュラの大森林の魔物に関する事ですか?」

 

「間違いではない。だが、本当に今の話ではないよ。これから……未来の話だ」

 

「未来の話、ですか……」

 

「このままあの集落が大きくなっていったら、と思ってな。あのジュラの大森林周りで厄介な国は、はてさてどこかと考えたら、ファルムス王国が候補に挙がったという話だよ」

 

「……師匠はなぜ、そのスライムに多大な期待を寄せているのですか?」

 

「ふむ……なぜ、か。難しい話だな」

 

「そうですか?簡単な話だと思いますが」

 

「そうか?俺自身としても、何かの確証があってそういう風に考えている訳ではない。まぁ、あえて言うとすればヴェルドラ()が信じた相手だから、というのは挙げられるだろうが……それは理屈としては弱いからな」

 

「そうなんですか?では、強いて言うなら、ではない師匠の理屈は何なのですか?」

 

「そうだな……輝いて、見えたからかもしれないな」

 

「……何が、ですか?」

 

「あのスライムの姿が、だよ。あの姿はありし日、俺が描いていた理想の姿によく似ていた。結局、俺はあんな風にあることはできなかったけれど……あのスライムは俺の理想の姿を体現していたんだ」

 

 ヴェルディアスの前世、王であった時代。王と名乗るに相応しい力を持ち、万民を圧倒する覇王として君臨した時代。しかし、ヴェルディアスは力によって世界を支配する覇王になど、なりたくはなかった。その魂にしても、向いているとは言い難かった。

 しかし、覇王として君臨するしかなかったのだ。力によって覇権を競い合う戦乱の時代。配下の者たちとの絆があったとはいえ、それは上下の関係であって横に繋がる関係ではなかった。彼は信頼できる仲間が欲しかった。しかし、信用できる部下しか作ることが出来なかった。それが彼の怠慢だと言えば、確かにその通りかもしれない。だが、それでも……彼は欲しかったのだ。

 

「俺は臆病者だ。いつだって、誰かを信じて頼ることが出来ない。どうしようもなく、自分と相手の間に溝のような物を感じている。本当のところは分かっているんだ。自分が心を開かなければ、相手と繋がりあう事などできはしないと。だが……分からないから、なのかな?どうしても誰かを信じることが出来ないんだ」

 

 圧倒的すぎる力を持った影響かもしれない。誰もが彼を特別扱いする。それを不遇だと思った事はない。前世ではその壮大すぎる目的のために必要だった。その力のおかげで、今世では愛しい兄妹たちが出来た。それを後悔した事はないし、悪いと思った事はない。

 だが、こう思う事もあった。この力がなかったら、俺は同じような隣人を作って仲良く暮らしていたんじゃないか、と。あのスライムの姿はちょうど、そんな俺の理想に近いと感じた。信頼し、共にあろうと思える仲間に囲まれた、あの姿が。

 

「……師匠は私との出会いになにか不満でも?」

 

「ん?」

 

「師匠は自分の持っている力に対して、何やらコンプレックスを持っていらっしゃるようですが。それは贅沢な不満という物です。力を持たない者からすれば、師匠の持つその力は垂涎の物。その力を持つ時点で、師匠には相応の責任が付きまとう」

 

「……そうだな。お前の言う通りだ」

 

「ですが。それは師匠が何も得なかったという証明にはならない。師匠、私は師匠の下で多くの事を学びました。多くの命を救いました。多くの命を奪いました。けれど、それを悪いことだと思った事はありません。私が師匠に拾われたことを私は何よりの救いだと、そう思っているからです」

 

「………………」

 

「確かに、師匠にはもう同格と呼べる相手はいないのかもしれません。ヴェルダナーヴァ様亡き今、本当に師匠の心を理解できる相手はいないのかもしれません。でも、それでも、あなたの傍にいたいと、そう思う人は確かにいるのです。どうか、それを忘れないでください。

 どんな感情であれ、師匠のことを想っている人は確かにいるのだという事を、忘れないでください。その形は師匠の願う形ではないのかもしれない。それでも、どうか、あなたが一人ぼっちではないという事を、覚えていてください」

 

「アリーシャ、俺は……」

 

 そんなつもりではなかった。ただ、自分の手に入れる事のできなかった光景を、ただまぶしいと感じていただけなのだ。そして、そんな光景を作ることのできる相手だからこそ、任せることが出来るのではないかと、そう考えただけだった。

 いつだって、隣の芝生は青く見えるものだ。ヴェルディアスも例外ではなかったというだけだ。アリーシャを追い詰める意図などなかったし、何よりもそこまで大それたことを口にしているつもりもなかった。しかし、そんなヴェルディアスの姿がアリーシャの心を追い詰めたのも事実だった。

 

「……俺はな。皆に畏れられる存在になる事を望んだことはなかったんだ。そうならざるを得なくて、そう振る舞う事を生まれながらに受け入れるしかなかった。そこにはそこなりの楽しさがあったし、そんなに大それた文句を抱えてもいなかったんだ。だから、俺はこれまで歩んできた道で、少なくとも俺自身の問題として後悔した事はない」

 

 ミリムや兄たちの事を後悔しなかったことはない。けれど、自分自身が歩んできた道に関しては後悔しないように生きてきた。その場その場の反省はあっても、後悔と呼べるほどの代物を抱き続けることはなかった。それはアリーシャも知っている筈で、それでもという感情があったことを理解した。

 

「お前を拾ったことも、お前を育て上げたことも、後悔などない。それはセリオンの者たちも同じことだ。我が星に連なる神々――――星の内海より生まれた力を宿した者たち。その存在を誇りに思いこそすれ、文句など抱いたことはない。まぁ、やりすぎる事はあったがな」

 

「それは……そうですね。彼らは大なり小なり、師匠の事が好きですから」

 

「その想いを無碍にしたいとは思わない。俺は今の俺の関係が好きだ。あのスライムが作り上げた関係は確かに、俺にとっての理想だ。しかし、その理想は俺にとって過去の残照に過ぎない。それを純粋に羨むには俺は長く生きすぎている。今更、あんな風になりたい、とはそうそう言えないさ」

 

 どうしようもなく、胸に残る想いはある。それは彼自身にとっても切り離しがたい物であり、同時に切り離すことなく胸の奥底に抱えこんできた物でもある。あまりに理想的に見えるその光景に、思わず胸から溢れかえりはした。だが、だからといってどうしよう、という代物でもないのだ。

 

「俺はなアリーシャ。今までの自分も嫌いじゃないんだ。だから、俺はこれからも俺として生きていく。それ以外の選択肢などありはしないんだ。俺はあのスライムのようにはなれないし、同時にあのスライムも俺と同じようにはなれないだろう。だが、それでいい。それでいいんだよ」

 

 どちらも同じ存在になる事はできない。ヴェルディアスにはヴェルディアスとしての在り方があり、スライム――――リムル・テンペストにはリムル・テンペストの在り方がある。どちらかがどちらかの代わりになる事などできはしない。

 

「だが、あれが俺の理想であることもまた事実。だからこそ、俺の描けなかった理想を描くあのスライムに俺は多大なる期待を寄せているんだ。是非とも、その理想を形にしてほしい……俺はそう思うことを止めることはできないんだ。そんな俺の事を軽蔑するか?」

 

「……いいえ。師匠は師匠の思うがままになさってください。私はその上で、師匠の事を尊敬し続けるだけですから」

 

「これはまた、重い期待を背負わせてくるものだ。まぁ、良いさ。俺は俺のしたいと思う事をするだけだ。それ以外にできることもない事だしな……一度守ると決意して、それでも守る事の出来なかった不甲斐ない俺だが、お前はまだ信じ続けていられるか?」

 

「あなたがそれを己の十字架として抱き続けるのなら、私も共に背負いましょう。もとより、この身もか弱き幼子すら涙から救い上げることのできなかった者ですから。師匠だけに背負わせようとは思いませんよ」

 

「そうか……物好きな娘だ。なら、好きについてくればいい。俺は俺として歩いていく。その隣でも、背中でも、はたまた反対方向でも。お前が歩みたいと思う場所で、歩みたいと思う方向へ歩いていくと良い。それが、アリーシャ・ヴェルンシュタインという勇者の進んだ軌跡となるのだから」

 

「はい。この身はいつまで御身の傍に。それは私が最初にこの身に刻んだ誓約――――たとえ、死によって離れ離れになったとしても、違う事だけはしないと決めた私の願いなのですから」



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閑話:人魔統合国家セリオン

 とあるスライムがジュラの森大同盟の盟主となり、『テンペスト』という国家を作り上げてから暫く経った後の話。偶々、耳にした単語で気になるものがあったため、同じ国にいるドワーフに話を聞きに行った。

 

「人魔統合国家セリオン?っていうのはどういう国なんだ?」

 

「えっ、リムルの旦那、セリオンを知らないのか?」

 

「そうなんだよ。なんでも、人間と魔物が共存する国家とか聞いたんだけど。マジなのか?」

 

「おう、そうなんだ。でもさ、俺も一国の王になった訳じゃないか?だったら、いざって時に知りませんじゃ通じないと思ってな」

 

「はぁ……いい心意気だな。つっても、俺の知ってる事なんて誰でも知ってる事だが、それでも良いのか?」

 

「とりあえず、そういう情報で良いよ。細かい事はこれから知っていけば良いしな」

 

 そう言うと、ジュラの大森林の盟主――――リムル・テンペストは置いてあったジョッキを呷る。そして、実におっさん臭い仕草を取っていく。何分、外見が『爆炎の支配者』シズエ・イザワそっくりであるため、残念さがぬぐえない部分が見受けられた。

 しかし、対面にいるドワーフ――――カイジンは慣れたもので同じようにジョッキを呷る。この時代にはあり得ないキンキンに冷えたエールに満足しながら、おつまみとして置かれたポテチ(うすしお味)をつまむ。

 

「人魔統合国家セリオンってのは、旦那が聞いた通り人間と魔物が共存してる国だ。でも、この場合の共存ってのは仲良しこよしで生活してる、って意味じゃねぇんだよ。その理由は、旦那もなんとなくわかるだろ?」

 

 魔物の基本原則は弱肉強食。魔人などの知恵が回る生き物は別として、基本的に魔物と呼ばれる種は強い存在に恭順する生き物だ。だからこそ、根の力が基本的に強いとは言い難い人間とそんな人間よりも基本的に強い者が多い魔物では争いが頻発しやすい。

 無論、共存できない理由はそれだけではない。ないが、簡単に挙げられるこの問題ですら、解決するのは中々至難の業だ。誰かが強いだけでは、決してこの問題は解決されないからだ。そして無用な強要は、それこそ無用な軋轢を生む。

 

「まぁな。俺だって人間たちと仲良くしたいけど、ことはそう簡単じゃないもんな」

 

「そうなんだよ。んで、だ。あの国家がそれをどう解決してるか、って言うとだな……なんもしてねぇんだよな」

 

「……?なんで、何もしてないのに問題が解決するんだ?」

 

「そりゃあ、あの国の成り立ちが特別だからさ。あの国は、『大地竜』ヴェルディアス様に保護されたエルフが興したってのが始まりだからな」

 

「『大地竜』っていうのは……」

 

「この森を支配していた『暴風竜』ヴェルドラ様の兄貴さ。曰く『世界の庇護者』。曰く『最強の災害』。曰く『絶対王者』……まぁ、呼び名なんて幾らでもあるがよ。つまりは、そういう存在ってことさ」

 

 この世界で、最も強い存在。それこそが『大地竜』ヴェルディアスであり、そのヴェルディアスに保護された国などこの世で最も安全な場所であると言わざるを得ないだろう。だからこそ、その土地は様々な存在を受け止める土壌となっているのだ。

 

「まぁ、ヴェルディアス様の話はいいだろ。あの国は今、『十二星神(オリュンポス)』っていう……王家みたいなもんかね?とにかく、そういう連中が支配しているんだ」

 

「どういう集団なんだ?それ」

 

「それは……」

 

 

「『十二星神(オリュンポス)』というのは、セリオンの各部門を支配している家柄の事だよ。各々が役割を持ち、それに従事している者たちさ」

 

 

「おっ?」

 

 カイジンと話していた筈なのに、聞き覚えのない声が聞こえてきた。ふと少し隣に視線を向けてみると、一人で酒を呷っている金髪の男が座っていた。リムルたちより後から来たのだろうが、まったく気配を感じなかった。その事実にリムルは少し警戒するが、男は警戒を解くように両手を上げる。

 

「ああ、申し訳ない。実は自分、つい最近までセリオンにいた行商人でして。武装国家ドワルゴンとまで同盟を結んだというこの国の話を聞いて、商売チャンスだと思ってきたんです。そしたら懐かしい単語が聞こえてきたので、つい口を……大変申し訳ない」

 

「ああ、いや、別にそういう事なら……」

 

(おい、大賢者。こいつ、本当は魔人とかそういうんじゃないよな?)

 

《解。存在値・魔力共に一般的な人間との差異は感じられません。人間と認識して相違ないかと》

 

「じゃあ、丁度いい。一杯奢るからセリオンの話を聞かせてくれよ」

 

「えっ、良いんですか?へへっ、何でも聞いてくださいよ旦那」

 

「それじゃあ、まずはさっき言ってた『十二星神(オリュンポス)』っていうのに関して教えてくれよ」

 

「はいはい、かしこまりました。『十二星神』っていうのは軍事や政治、裁判に治安維持などを始めとした様々な事柄を統括してる連中なんです。それぞれの家がヴェルディアス様から何かしらの能力を与えられてる、とかいう話ですけど詳しい話はなんとも分かんないですね」

 

「ふ~ん……その中でも有名な人って誰なんだ?」

 

「そりゃあ、政治関連を担当している『智略之星神(アテナ)』の称号を賜っているミュリア・アル・ネリ・セリオン様がまず筆頭でしょうね。この方はヴェルディアス様が保護されたエルフの一族の出で、対外関係や国内の政治を一手に担っておられるんですよ!」

 

「智略之星神?また、壮大な二つ名がついてるんだな」

 

「確かに最初にそう聞くと誰もがそう思うんですがね。でも、その手腕を見れば誰もが納得するんですよ。事実、あの国が人魔統合国家として成立しているのは、あの方の尽力が大きいのは事実ですから!」

 

「お、おう……随分、入れこんでるんだな」

 

「ああ、こりゃまた失敬を。いえ、私みたいなよそ者があの国で商売しやすいようにあの方は尽力して下さったんですよ。そりゃあ、力も入るってもんでしょ?」

 

 そう語る男の目に嘘はなかった。目の前にいる男はミュリア・アル・ネリ・セリオンを尊敬しているし、その尽力に感謝している。もしかしたら、別の感情もあるかもしれないがそれはご愛嬌という物だろう。ともかく、信頼に値する人物かもしれないと頭の片隅に刻んでおくことにしたリムルだった。

 

「っと、他の方の話ですね?といっても、他の方はあまり公式に名前をさらしていらっしゃらないので……そうですな。後は『生死之星神(ペルセポネ)』様と『冥府之星神(ハデス)』様ぐらいですかね」

 

「その二人はどういう人物なんだ?」

 

「このお二人は裁判関係を仕切っている方なんです。『生死之星神(ペルセポネ)』様――――クラリス・ジェーン様と『冥府之星神(ハデス)』様――――オルヴァン・ギース様が司法、っていうんですかね?そこの最高責任者なんです」

 

「司法のトップが二人もいるのか?それ、混乱しない?」

 

「さぁ……?そこは私にはなんとも。ただ、お互いが互いの出した判決に対して口出しする権利があって、過去にそれで判決の覆った裁判もあったとかいう話ですよ?冤罪を負わされかけた側からすればありがたい話ですね」

 

「確かに、謂れのない罪を背負わされるってのは辛いもんだろうな」

 

「カイジン……」

 

 カイジンは過去、部下であったとある男が起こした実験の失敗を擦り付けられ失脚したことがある。カイジン自身は最早割り切っているとはいえ、それでも何も思わない訳ではないのだ。そんなカイジンの心を知らない男は、アルコールが回ってきたのかペラペラと喋り始めた。

 

「そうでしょう?まぁ、最高責任者というだけあって、お二人が裁判する事なんて滅多にないんですけどね。お二人が裁判するとしたら、それは最早生死がかかっているような裁判になりますし」

 

「そんな重要な局面の裁判官なのか?」

 

「『お二人の出した判決こそが、この国にとっての真実』そう評されるほど、お二人の裁判は厳格なものだと言われていましたね。国民全員にお二人の裁判を受ける権利はありますが、それは生死を賭けたものだそうです。お二人が『死』だと判決されたら、問答無用で殺されるそうですよ?」

 

 まぁ、私は何年かあの国にいましたがそんな場面は見た事ありませんけど。そう口にしながら、酒を呷っていく。そして、出されたつまみを口にしながら、度々美味いと口にしていた。若干、理性がなくなっている辺り、相当酔っぱらってきているのだと思われた。

 

「そんな極端な判決が許されるのか?」

 

「いやだなぁ、旦那。さっき言ったじゃないですか。お二人の出した判決こそが、この国の真実だって住民は思ってるって。許す許さないじゃないんですよ。ただ受け入れる。それだけが住民がするべき事なんですから」

 

「それはそうかもしれないが……その、ヴェルディアス様は、何も言わないのか?」

 

「う~ん……私の知る限り、ヴェルディアス様が国の在り方に口を出されたことはないと思いますよ?そもそも、ヴェルディアス様は国の成り立ちに関して、一切関与されてませんから」

 

「え?その人が保護したエルフがその国を興したんだろ?」

 

「ええ、それはその通りです。ただ、ヴェルディアス様は場所を提供しただけですし、その他の方々はヴェルディアス様から加護を受けた存在の中でも一際秀でた存在なのだとか。つまり、ヴェルディアス様は国の在り方ややり方に関しては、一切文句を言わないと思いますよ」

 

「でも、『世界の庇護者』なんだろ?」

 

「やだなぁ、旦那。……庇護者だったら、誰でも守らなきゃいけないんですか?」

 

「え?」

 

 男の気配が変わった。リムルはなんとなくそう感じられた。男はただジョッキの端を撫でながら、残り少なくなっていたエールを残念そうに見つめていた。話が進まないと思ったリムルはエールをもう一杯頼んで男に渡した。すると、先ほどまでの嬉しそうな気配が戻ってきた。

 

「別に誰にでも優しい人が怒っちゃいけない訳じゃないでしょ?それと同じことですよ。あの方は、庇護者――――己が定めた弱者の味方であって、誰でも守るわけじゃない。大体、それを願う権利なんて誰にもないんですよ」

 

「どういう意味だよ?」

 

「知らないんですか、旦那?ヴェルディアス様から兄であるヴェルダナーヴァ様を奪ったのは人間なんですよ?だから、人はヴェルディアス様に頼るなんて許されない。同時に、魔物はヴェルディアス様に何もして差し上げられなかった。だから、あの人から手を差し伸べられるなど畏れ多い――――と」

 

「……それはお前の意見か?」

 

「いやいや、そんな訳ないでしょう?私が向こうにいた時に同じような話題になったことがありましてね。その時、仲良くしていた人間と魔物の意見ですよ、これは。まぁ、私どもが何を言ったところで無駄だとは思いますがね」

 

「どういう意味だよ」

 

「旦那、相手は竜種ですよ?誰よりも自由気ままを旨にしている方々だ。そんな方々が何をしようが、私たちには止められる訳もない。だから、ヴェルディアス様が守ると、救うと決めたのなら、守るでしょうし救われるのでしょう。それは、誰にも止められないのですよ」

 

 竜種は基本的に自分本位だ。ヴェルディアスにしても、ヴェルドラにしても、基本的な在り方に変わりはない。己の振る舞いたいように振る舞う。その上で、それを阻もうとするのが何人であろうとも蹴散らしてのけるのがヴェルディアスなのだ。

 

「ヴェルディアス様の決められたことに異論を述べようなんて、愚か者のすることですよ。ヴェルディアス様も聞いては下さるでしょうけど、それで意見を曲げるかどうかなんて誰にも分からないでしょう?」

 

「だから、無駄なことはするべきじゃない、ってか?」

 

「まぁ、そこまでは言いませんが。ただ、行動したからって叶う訳じゃない。私たちのようなか弱い生物はただ振り回されるしかない、って事ですよ。……っと、私は明日の準備があるんで、これにて失礼させてもらいますね」

 

「そっか。色々と教えてくれてありがとうな」

 

「美味い酒を奢ってもらいましたからね。それに見合う情報ならご用意しますとも。私は中央通り辺りに出店を出しているんで、よろしければ覘いていってくださいね」

 

 そう言うと、男は椅子の近くに置いてあった帽子と杖を手に取った。それを被った男はまるで旅人のような姿をしており、リムルとカイジンは唖然としていた。そんな二人の表情に男は笑みを浮かべ、店を出ていった。暫く大通りを歩いていたと思えば、裏通りに入り――――姿を消していた。

 

「……お待たせしました。ヴェルディアス様」

 

「いや、そんなに待ってはいないよ。それで、あの国の王はどうだった?『伝令之星神(ヘルメス)』」

 

 テンペストの総てを見下ろせる丘に立っていたヴェルディアスに、男は膝をつく。『伝令之星神(ヘルメス)』と呼ばれた男は久方ぶりにヴェルディアスと面会できた栄誉に、肩を震わせていた。

 

「……ヴェルディアス様が何か危惧されるほどの存在ではないかと。オークロードの討伐をこなし、魔王種として至ってはいるようですが、だからと言って何かを起こす気概を持っているようにも見受けられませんでした」

 

「そうか。まぁ、それはそうだろうな」

 

「ただ、少し人間くさいところのある魔物でした。あそこの社会も人間社会を規範としているように感じられましたし」

 

「なるほど。悪いな、『伝令之星神(ヘルメス)』。いや、ユリア」

 

「――――何を仰います。この身はヴェルディアス様によって拾われた者です。あの時、ヴェルディアス様が救って下さったからこそ、今の私はあるのです。そんな私に礼など不要です」

 

 『伝令之星神(ヘルメス)』はヴェルディアスからユリアと呼ばれた瞬間、まるでこれまでが幻であったかのように姿が変わった。髪が肩元まで伸び、硬かった表情が柔らかい物に変わっていた。その姿を見ながら、ヴェルディアスは苦笑を浮かべる。

 

「相変わらず、お前たちは俺への忠誠心とでも呼ぶ物が過ぎる。一体、何百年前の話をしているんだ。いい加減、俺への義理など忘れて好きなように生きればよかろうに」

 

「それこそあり得ません。命を救っていただいた上に、生きるために必要なものを与えていただき、こうしてヴェルディアス様のお役に立てる力まで与えていただいた。これだけ貰いっぱなしなのに、義理を忘れることなどできません。それに――――これでも私は自由に生きていますよ」

 

「……そうか。ならば、これ以上は言うまい」

 

「はい。して、ヴェルディアス様。奥方は壮健でしょうか?」

 

「それがアリーシャの事を指しているのなら、元気だよ。今は冒険者として身分を隠しながら活動してもらっているところだ」

 

「情報収集でしたら、私を頼って下さればよろしいのに。奥方はそういう点でいえば、あまり向いているとは言い難いですし。あの方は良くも悪くも実直ですから」

 

「確かにな。根が真面目だ、あれは。それと、お前たちにはあまり頼りたくなかったんだ。俺は確かに、お前たちに力を与えた。だが、それはお前たちが自分らしく生きるための物であって、俺の力として利用するためではない。必要な物は自分の手で集めたいしな」

 

「それでは、何故今回は頼ることにされたのですか?」

 

 それがユリアにとって謎だった。無論、頼りにしてくれたのは嬉しいし、全力で力になりたいと思う。けれど、ヴェルディアスが言った通り、ヴェルディアスは基本的に『十二星神(オリュンポス)』に頼ろうとしない。なのに、今回はそうではなかった。その理由がユリアには分からなかったのだ。

 いや、正確に言えば、予測はたてられたがそれが正しいと納得できなかったのだ。もし、その予測が正しいのだとしたら、何故そこまで配慮するのかが見当つかなかったからだ。そして、その予測が外れていなかったことを、ヴェルディアスの口から聞いたのだった。

 

「あの魔物たちの主に無用な警戒を埋めこまないためだ。トレイニーを始め、あそこにいる多くの魔物が俺の事を知っている。そうなれば、良くも悪くもあの主は何かを思うはずだ。それは俺の望むところではないし、俺があの国に赴けば周辺の人間国家が警戒するのは必定だ。

 その結果、あの国の未来が危ぶまれたりするのは望むところではない。庇護する対象ではないが、迷惑を被らせる訳にもいかないだろう?だから、今回は頼らせてもらった」

 

「なるほどなるほど。まぁ、人間との共存を願う魔物たちの国、そしてその主の調査と言えば、『智略之星神(アテナ)』も文句は言わないでしょう。いつかはやったのなら、早くするに越したことはない。私は私の職務に準じさせていただきます」

 

「構わないさ。国同士の駆け引きにも、口を出す気はないからな。ともかく、今回は助かったよユリア。こればかりは、俺もアリーシャも向かないからな」

 

「いえいえ、お気になさらず。気にされるぐらいならもっと頼って下さい。あなたこそが、我らが主。主の力になれることが、私たちにとって至上の幸福なのですから」

 

 そう口にしながら、ヴェルディアスに頭を垂れる。無論、今までもこうしたやり取りをしてきて、ヴェルディアスがその度にその気はないというのがパターンだった。しかし、彼女は何度拒絶されようともこの考えを曲げる気はなかった。だが、だからこそ、ヴェルディアスの次の言葉に思わず頭を上げてしまった。

 

「本当に変わらないな、お前たちは。だが、まぁ……頼るべき場面では頼らせてもらうよ。どうも、俺だけの力ではなしえない事もあるようだからな」

 

 その時、ユリアの胸中を満たした感情が一体何だったのか?歓喜?興奮?そのどちらでもあり、どちらでもなかったような気もする。ともかく、ユリアがその瞬間、他の『十二星神(オリュンポス)』のメンツの誰よりも幸福を噛みしめていたのは確実だった。

 

「はい!我らが王、偉大なる大地竜様。どれほどの難事が待ち受けようとも、私ユリア・クリスティは御身の力です!どうかこの身、ご存分に!」

 

「ああ、頼りにしているよユリア。他の子供たちもいずれ頼る日が来るかもしれないとだけ、伝えておいてくれ」

 

「はっ、かしこまりました」

 

 歓喜のあまり、肩を震わせながら頭を垂れたままの状態になっているユリアを尻目に、ヴェルディアスは空を見上げる。そこには先ほどまであった満月を雲が覆い隠している姿があり、どことなく嫌な予感をヴェルディアスは感じるのだった。



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迷宮の魔王と復活の魔物

 ある日、ヴェルディアスはとある森を訪れていた。そこにはとある扉がつながっており、その先に用事があった。その先にいるのは、この世界で唯一といっていいヴェルディアスの頭が上がらない相手でもある。

 

「さて、元気にしてるかな?あの女王様は」

 

 そう口にしながら、歩を進めていく。そして、その先に広がる光景に相変わらずそうだと判断する。

 ヴェルディアスがいるのは、『精霊の棲家』と呼ばれる精霊女王の棲家であると同時にとある魔王の領域となっている迷宮だった。無論、ヴェルディアスに魔王との敵対意志はない。しかし、偶には様子を見るように心がけているのだ。

 

(王様だ)

 

(本当、王様だ)

 

(お久しぶりです、王様)

 

「ああ、久しぶりだな。ラミリスは元気にしているか?」

 

(元気も元気ですよ)

 

(あまりに誰も来なさすぎて退屈しているぐらい)

 

「それは仕方ない。なにせ、この迷宮に繋がる道が辺境ばかりだからな。それは中々、人も寄り付きにくいという物だ」

 

(普段は風星様とぐうたらしているわ)

 

「あいつは最低限、ラミリスの身柄を守ればいいと言い含めてあるからな。役割を果たしているなら問題ない。下手な事態に陥っていなければ、それで構わないさ」

 

(優しいのね、大地の王様)

 

「優しい?否、これは甘いっていうんだよ。事実、他の連中に知られればあいつは怒られるだろうからな」

 

(それでも、ですよ。竜種の頂点)

 

「まぁ、世間話はそれぐらいで良いだろ。それより、ラミリスのところに案内してもらえるか?」

 

(かしこまりました。それではこちらにどうぞ)

 

 精霊の先導の元、ヴェルディアスは歩を進めていく。ヴェルディアス一人でも迷宮を踏破すること自体は可能だが、やはり時間がかかる。それならば、道を知っている者に尋ねた方がよっぽど時間を短縮することが出来るという物だ。

 そのまま談笑しながらしばらく歩いていると、大きな広場の前に巨大なゴーレムが立っていた。少し前にラミリスが調達してきたゴーレムで、元を辿れば武装国家ドワルゴンという国が開発した物だという話を聞いていた。

 

「あれが話に聞いていたゴーレムか。これだけの物を作るとは、ドワーフも中々、といったところか?」

 

(女王様が大分手を加えてますけどね)

 

「そのようだな。元素精霊を最大限活用しているみたいだな。精霊工学の粋を尽くした、というところなんだろう」

 

(一目で見抜かれるのね。流石は王様)

 

「元素とは即ち大地に関わるものだからな。火も、水も、風も、地も。俺と関わり合いのない存在というのは、無きに等しい。とはいえ、流石はラミリスだ。ここまで一つの肉体に精霊を上手くまとめあげるとは」

 

 目の前に立つゴーレム――――聖霊の守護巨像(エレメンタル・コロッサス)と名付けられたゴーレムを見てヴェルディアスはそう言った。ヴェルディアスからすれば芥に等しいとはいえ、その出来栄えはまさしく見事というに値する一品だったからだ。

 

「ん~?ああ、ディアじゃん!久しぶり~!」

 

「ああ、久しぶりだラミリス。壮健そうで何より」

 

「まぁ、人も偶にしか来ないしね。聖霊の守護巨像(エレメンタル・コロッサス)にゼノがいたら、問題なんて起きようもないし」

 

「それは何よりだ。俺も一角を割いているだけの価値があるという物だ」

 

 ヴェルディアスの目の前には小さな精霊がいた。ヴェルディアスを崇拝している者であれば、噴飯ものの言葉遣いをしているその精霊に怒るものはここにはいない。それに、もしいたとしても、ヴェルディアスが止めた事だろう。

 目の前にいる存在こそ、ヴェルディアスの唯一頭の上がらない相手――――十大魔王が一人、『迷宮妖精(ラビリンス)』ことラミリスなのである。その存在をヴェルディアスは何よりも重要視している存在であり、どれぐらい重要視しているかと言うとヴェルディアスが管理している存在に守護を任せるほどである。

 

「それで、今回はどうしたのよさ?何か問題でもあった?」

 

「いいや。それほどのことはないよ。ただ久しぶりに顔を見ようと思っただけさ」

 

「律儀だねぇ。んで、何かお土産とかないのよさ!?」

 

「ふふふ。もちろん用意してあるとも。ほら、とある有名菓子店のお菓子だ。後で他の精霊たちと一緒に食べたら良い」

 

「おぉぉぉぉっ!ありがとうね、ディア!」

 

 ラミリスはヴェルディアスの差し出した菓子の包みを受け取ると、小躍りし始める。その姿を見ながら、横に視線を向ける。そこには熟睡している男の姿があった。

 

「別に寝てる振りしなくてもいいぞ。どうせここに来ているのは俺だけだし、お前がサボっていたって俺に怒る気はないからな」

 

「……それなら放っておいてくださればいいのに。相変わらず、主様はその辺り分かっていらっしゃらないですねぇ」

 

「ふむ、そうか?俺はお前が俺の言った役割をこなしていれば気にしないが、他の連中はそうではないだろ。特にミズリなどは激怒しそうだろ?」

 

「うへぇ……水星の話はしないでくださいよ。あのヒステリック女の相手なんて面倒極まりないんですから。火星の奴もよく相手してられますよ」

 

「まぁ、あの二人は力関係がはっきりしているからな。ホムラの方がまだ若輩な分、中々ミズリには勝てない。そうなると、どうしてもそういう上下関係になってしまうさ」

 

「それを止めない主様もどうかと思いますけどね。まぁ、俺が口出しする事でもないですし構いませんけど。それで闇星と光星は相変わらず監視業務ですか?」

 

「そうだな。俺の仕事の手伝いをさせるのはどうかと思うが……まぁ、おそらく今回で最後だからな。協力してもらうさ」

 

「最後、ですか。んじゃあ、また俺らの役割変更ですかい?」

 

「そうだな。六星竜王(お前たち)にも何かを頼む日がやってくるかもしれない。最近ではなにやら調子に乗っている魔王もいるようだし、また面子が崩れるかもしれないからな」

 

 ヴェルディアスの言葉に男は肩をすくめる。はるか昔から生きているヴェルディアスからすれば、魔王の面子が変更される事すら茶飯事だった。そして、その事を至極どうでもいいという反応を取っている辺り、流石だと言わざるを得なかった。

 

「まっ、そりゃ構いませんがね。調子に乗っている、というとクレイマン辺りですか?魔王種を獲得して偉そうにしている程度の雑魚とはいえ、放置しておくのはどうかと思いますが?」

 

「仕方がないだろう。俺はあくまでルドラとギィのゲームの審判役だ。どちらかの戦力を潰す権利などないんだ。不要になればその別ではないが、今は手出しできん」

 

「そりゃ、なんとも言えませんな。しかし、主様相手であれば、あのギィ・クリムゾンもそこまで強く言うことはないでしょう?」

 

「ないかもしれんが、文句を言われることその物が億劫なんだ。それに、アレらは俺の友だ。友の邪魔をする、というのは俺の本意ではない。忠告だけはしておくが、それ以上の事はしないよ」

 

「――――それで、姪御様に危害が及んでも、ですか?」

 

「当然だ。あの子はすでに独り立ちをしている。だというのに、その結果に文句など言える訳がない。あの子がこちらを頼ってきたのなら話は別だが、そうでもないなら何も言わんさ」

 

 冷たいとすら言えるヴェルディアスの反応。しかし、その内側にはミリムに対する愛情と――――絶対の信頼があった。ミリムであるならば、どんな苦境であろうとも己の力で、そして誰かと共に手を取りあう事で苦難を突破してのけると。

 ミリムは魔王の中でも上位に位置する存在だ。そんな存在と手を取り合える存在は珍しいのは確かだ。それでも、ミリムは根が優しい子なのだ。その優しさを理解できる者ならば、周囲の評価に惑わされずミリム自身を見れる者ならば、理解できる筈だとヴェルディアスは思っている。

 

「……そうですか。では、主様の思うがまま行かれるがよろしいかと」

 

「もちろん。それじゃあ、ラミリスの警護は引き続き任せるぞ。フウガ」

 

「仰せのままに。主様より与えられた名前と、風星竜王の名に懸けて必ずやお役目をまっとうして見せましょう」

 

「最初から疑っていないよ。そうでもなければ、我が兄に通ずる『星』の字はやらなかったよ」

 

 ヴェルディアスにとって、どれだけの月日を経ようともヴェルダナーヴァは特別な存在である。そんな存在に関係しているのではないかと疑わせるような単語を与えている辺り、六星竜王と呼ばれる存在への信頼度がいかほどの物か伺えるだろう。

 ヴェルディアスはしばらくラミリスとの談笑した後、『精霊の棲家』を出た。そして、ジュラの大森林もといジュラ・テンペスト連邦国こと魔国連邦(テンペスト)の観察に戻ろうとした。しかし、そこで強大な存在が現れたのを確認した。

 

「これは……カリュブディス、だったか?魔王クラスの魔物の復活とは穏やかじゃないな」

 

 ヴェルディアスは空間移動を行い、すぐさまジュラの大森林近くに用意した拠点に移動した。そこでは武装を整えたアリーシャが立っていた。ヴェルディアスが戻ってきたのを確認すると、すぐさま駆け寄ってきた。

 

「師匠、お戻りになられましたか」

 

「アリーシャ。どういう状況になっているかはわかるか?」

 

「詳しい事はなんとも。ただ、少し前にユーラザニアの使者を名乗る人物が訪れていた事とミリム様がこの森を訪れていたぐらいしか、変化はありませんでした」

 

「ミリムがあの国に?……なら、オークロードの一件も魔王が関与していると見て間違いないか。まぁ、それはどうでもいい。それで、ユーラザニア?獅子王(ビーストマスター)があの国に何の用だ?魔王同士でジュラの大森林は不干渉の同盟があっただろ」

 

「それがどうも魔王間での不干渉条約が撤廃されたそうです。獅子王(ビーストマスター)人形傀儡師(パペットマスター)天空女王(スカイクイーン)、そして破壊の暴君(デストロイ)の連名で」

 

「……ふっ、なるほどな。狙いはあのスライムとその国に仕える者たちか」

 

「おそらくは。あのスライムの事を別にしても、鬼人たちはAランクの魔物。仲間にできれば十分な戦力となりえますから」

 

「そういう物かね……」

 

「……まぁ、師匠からすればランクなど、どうでもいい区分なのでしょうが。人間たちからすれば大事な指標です。覚醒魔王級の臣下を複数従えている師匠にはどうでも良いでしょうけど!」

 

「おいおい、何を怒ってるんだ?別に悪いとは思っちゃいないさ。お前もランク制度の区分に力を貸していたことはよく知っているしな。だが、魔王種がどれほどの力を得ようとも、お前にはさしたる違いはないだろう?俺が育て上げたお前がその程度の相手に負けるはずがないのだから」

 

 そこに籠められた意図は全幅の信頼。アリーシャならば、自分が育て上げた愛弟子であるのならば、魔王種など言うに及ばず、覚醒魔王であっても倒すことが可能だとそう信じているのだ。傍で見続けてきたからこそ、ヴェルディアスはアリーシャを信じているのだ。この世に二つとないほどに。

 それを理解しているからこそ、アリーシャは憮然としていた。ヴェルディアスはアリーシャを信じているが、決してアリーシャを簡単には褒めない。どれだけの難事をこなしたとしても、それを当然の事として受け止めているからだ。自分の愛弟子なら、それぐらいはこなしてみせると本気で思っているからだ。

 

 しかし、あまりにも永い時を生きているとはいえ、アリーシャとて人間なのだ。褒めてほしいと思う事はあるし、お前は頑張っていると慰めてほしい時もある。あまりにも当たり前な人として生きるためのモチベーションとなりうる言葉を求める時が、彼女にもあるのだ。

 

「……相変わらず、お二人とも仲がよろしいようですね」

 

「おや、クロム。わざわざどうしたんだ?」

 

「お久しぶりです、我らが主。此度はギィ・クリムゾンより主の許へこれを届けろと言われまして」

 

「ギィが?ふむ、なになに……?」

 

 ギィがわざわざ書類を認めるというのは結構珍しい事だった。何故なら、そんな事をせずとも自分で直接言いに来るからだ。ヴェルディアスもギィも、互いに遠慮しあう仲ではないからだ。言いたい事があれば、相手のところに行って直接言うのだ。

 

「なるほど。こんな内容なら直接言えば良いと思うが……俺に対する配慮か何かのつもりか?」

 

 ギィからの手紙には人形傀儡師(パペットマスター)ことクレイマンたちの目的――――自分たちにとって都合のいい魔王種の誕生と、それによって小競り合いが生まれるだろうという忠告だった。わざわざ手紙を認めるような内容でもないだろうに、と思いながら読み進めていくと自然と苦笑が浮かんだ。

 ヴェルディアスには六星竜王と呼ばれる配下がいる。あまり好き勝手に行動する訳にはいかないヴェルディアスが用意した、手足とも呼べる存在である。その内の二体、闇星竜王クロムと光星竜王ミツビをそれぞれ魔王陣営と東の帝国の監視に充てていたのだ。

 

 これはヴェルディアスが己の役割を果たすために必要だ、と判断したためにやった行動だった。しかし、ギィ本人からすると、息苦しいにもほどがあるそうだ。別に配下である悪魔たちと戦わせたりとかはしていないが、どうも四六時中誰かの視線があるというのは鬱陶しいらしい。

 つまり、今回の手紙の本題は体のいい人払いだ。今頃、ギィはつかの間の自由を味わっているのだろうとヴェルディアスは思った。それと同時に、丁度いいかとも思った。

 

「クロム、一つ頼み事をしてもいいか?」

 

「はっ、私は御身の手足なれば如何様にも」

 

「そうか。では、この近くにカリュブディスが復活したという報が入った。この森の盟主と協力し、彼の魔物が人間世界を蹂躙する前に叩き潰せ」

 

「……私が、でしょうか?」

 

「そうだが、なにか不満でもあるのか?」

 

「いいえ、御身の命令に不満など。しかし、この森には姪御様が……破壊の暴君(デストロイ)ミリム・ナーヴァ様がいらっしゃいます。私が手を出さずとも、あの方やこの森の盟主殿で蹴散らしてしまわれるのではないでしょうか?」

 

「確かにな。カリュブディスが魔王種レベルの魔物とはいえ、ミリムは覚醒魔王。敵になどなりうる訳がない。だが、カリュブディスの本体は精神体だ。肉体を殺した程度では終わりではない。だが、お前ならば最後まで殺しきれる。違うか?」

 

「――――いいえ。御身の仰る通りです。主は、ヴェルディアス様はカリュブディスの完全討伐がお望みなのですね?」

 

「ああ。ヴェルドラの魔素から生まれたとはいえ、意思のない魔物。存在したところで何の役にも立たないだろうしな。ああ、あくまでミリムと盟主殿が力を尽くして尚、無理だった場合で良い。基本は傍観に徹しろ。助けを求められた場合は自己判断で動くように」

 

「かしこまりました。それでは行ってまいります」

 

「任せたぞ」

 

「御身の思し召しのままに」

 

 そう言い残すと、クロムは姿を消した。ヴェルディアスの言葉に従い、まずは大森林の盟主に接触しに行ったのだ。その姿を見送ったヴェルディアスはそのまま拠点に入った。その中では先に入ってお茶の準備をしていたアリーシャがお茶を注いでいた。

 

「……何故、師匠自らが行かれないのですか?」

 

「俺が行ってもしょうがないだろう。それに、俺の場合は下手するとカリュブディスごと盟主たちを薙ぎ払いかねない。そういう訳にはいかないだろう?」

 

「ミリム様にお会いにはならないのですか?」

 

「……会わないよ。あの子が会いたいというならまだしも、俺の方から会いに行くことはない。あの子が一人で頑張ると決めたのだから、俺はそれを応援するだけさ」

 

「……本当に意固地なんだから」

 

 耳に入ったアリーシャの小言を聞かなかったフリをしつつ、お茶を飲む。いつもより苦いような気がするそのお茶を楽しみながら、戦場となるであろう場所に視線を向けるヴェルディアスだった。



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暴風竜の申し子

 ジュラ・テンペスト連邦国の首都リムル。そこでは、突如復活した暴風大妖渦(カリュブディス)への対策を講じている真っ最中だった。しかし、そこにとある一報が伝えられた。強大な魔素エネルギーを持った存在が接近してきたという報だった。

 ただでさえ、カリュブディスのせいで気が立っている。そんな状況で現れた強大な存在――――疑わしい事この上ないとしか言いようがない。リムルは『侍大将』に任命したベニマルと秘書であるシオンを連れて、外で待っているというその存在に会いに行った。

 

「待たせたな。俺がこの国の王であり大同盟の盟主リムルだ」

 

「盟主自らお会い下さるとは、ありがとうございます。私はクロム・ブルグ。我が主の命により、この国の助力に参った次第です」

 

「……へぇ、そうなんだ。それで、その『主様』が誰かは教えてもらえないか?」

 

「あなたが知る必要がありますか?教えても構わないと思っていらっしゃるでしょうが、それはあなた個人にはまったく関係のない事でしょう」

 

「おいおい、他人に自分の主が誰かも明かそうとしない相手を信じろって?そりゃあ、無茶ってもんじゃないか?」

 

「協力できずとも、別に構いませんよ。私は私で勝手に動くだけですから。ただ協力していた方がそちらの被害をより少なくすることが出来る、と思っただけですので」

 

 クロムに悪意はない。ただ純粋に好意によって声をかけただけに過ぎない。しかし、その言葉があまりにも相手を煽っていた。リムル自身は自身の持つスキル『大賢者』によって、悪意がない事を理解している。それでもムカついていることに変わりはないのだが。

 

「なんですか、あなたは!リムル様に対して失礼な!」

 

「……?私に言っているのですか?」

 

「当たり前です!どこのだれかは知りませんが、リムル様はこのジュラの大森林の盟主!そんな方に対して失礼だとは思わないのですか?」

 

「ふむ……リムル殿、部下の教育はしっかりした方がいい。その反応を見る限り、私の事を知らないのでしょうが、その様ではいざ魔王と対面しても殺されるかもしれないですからね」

 

 その言葉と共に、クロムは少し拘束を緩めた(・・・・・・)。すると、クロムの肉体から膨大な量の魔素が溢れかえる。その姿は魔王と呼んで差し支えないほどであり、シオンやベニマルは愚かリムルの顔にも緊張の色が見えた。まぁ、目の前にいきなり魔王レベルに強い者が現れれば当然なのだが。

 

「では、改めて自己紹介を。私はクロム・ブルグ。『六星竜王』が一人、『闇星(ダーク・エレメンタル)竜王(ドラゴン・ロード)』のクロム・ブルグです。以後お見知りおきを、大森林の盟主殿」

 

「『六星竜王』だと!?」

 

「知ってるのか、ベニマル?」

 

「はい。人間界で特に有名なドラゴンがいまして、その方が名乗ったのが『六星竜王』という称号だそうでして」

 

「それはホムラ……いや、ミズリですか?あの頭の腐りはてた女でしたら、名乗っていても不思議ではありませんが。ホムラがそれをやったのなら、少々折檻が必要かもしれませんね」

 

「ミズリ様……『水災竜妃』様のことをご存じということは本当に」

 

「当然です。そもそも、この称号を僭称するという事は我々に対する挑発行為。普段からそれほど仲がいい訳でもない我々の中でも禁断の行いとして、即座の撃滅を認可しているのです。そのような真似はしませんよ」

 

「ちなみにそれ、他の人たちは知ってるの?」

 

「知りませんが、そもそも選ばれた面子は全員竜王(ドラゴンロード)です。僭称したとしても、大概は一発でバレます。我々の領域に至れるなら、そのような事は無意味でしかないと理解していますよ。そうでなくとも……我々の事を知らぬようでは長続きはしないでしょう」

 

「どういう意味だよ?」

 

「我々、六星竜王と呼ばれる存在は対外的には人間側に近い魔王と認識されています。人間たちを救う事もある、しかしその上で人間たちを害する場合もある。我々はそういう存在なんですよ」

 

 事実、六星竜王は敬われる存在であると同時に畏れられる存在でもある。それはヴェルディアスと同様に守る存在とそうでない存在に明確な違いがあるのだ。そして、守る存在に危害を加えられた時、彼らは尋常ではないほどに怒る。そして、その怒りに触れた相手を完膚なきまでに滅ぼす。その中には人間の国家と同じように魔王も存在していた。

 十大魔王という称号が人間たちに定められるより前、魔王の数が変動した理由の一端に『六大竜王の怒りに触れたから』という理由が挙げられたほど。魔王以上に身近であるからこそ、その怒りに触れてはならない。ある意味助かるが、ある意味で迷惑極まりない存在でもあった。

 

「それって、どうなんだ……?」

 

「弱者たる彼らは救われることを喜びこそすれ、殺されることに対して我らを非難する権利などないのです。元々、我ら魔物と彼ら人間は別種の存在なのですから。それに対して、責められたとしても何とも思いませんな」

 

「ふ~ん、そっか。それで、さっきのは何だったんだ?いきなり、エネルギーが変動するとは思わなかったぞ」

 

「その事ですか。我々、六星竜王はその潜在エネルギーを覚醒魔王級の物と同等に位置しています。先ほどは魔王種級まで開放しましたが、それでも感じたでしょう?圧倒的な差を。要するに、膨大すぎる魔素量の放出を防ぐため、我々は枷を作っているのですよ」

 

「枷、っていうと放出する魔素を制限しているって事か?でも、自分で抑えるだけじゃどうしても漏れる部分があるんじゃないか?」

 

「確かにリムル殿の言う通り、自分で抑えるだけではどうしても魔素が漏れてしまいます。少なくとも、覚醒魔王級の魔素を普通の魔物と同規模に抑えるというのは中々難しい。そこで、我らが主が用意した『枷』が意味を成すのです」

 

「……段階的に魔素の放出量を制御してる、って事か」

 

「ほう……中々読みが鋭いですね。ええ、その通り。我らが主は、私たちに枷を作られました。我々はそれを好きなタイミングで開放することが出来ます。各々に委ねられているとはいえ、日常生活では我らは本当にこの国にいる魔物と同程度の魔素しか持っていないのです」

 

「そりゃあ、こちらとしては助かる話だけど、そっちは良いのかよ?」

 

「主から頂いた物に文句などありよう筈がありません。それよりも、今はカリュブディスに対する話し合いの方が重要では?」

 

「それもそうだな。それで、あなたはカリュブディスについて何か知っているのか?」

 

「はい。なにせ、私が初めて戦った相手がカリュブディスでしたから」

 

「……はい?」

 

 そう、かつてクロムともう一体の竜――――ミツビはカリュブディスと相対した経験がある。上位竜(アークドラゴン)竜王(ドラゴンロード)の狭間に位置するぐらいの能力を有していた頃であり、ヴェルディアスから最初に任された仕事だった。

しかし、その頃の二体は六星竜王として名を連ねるにはどうしようもなく弱かった。手傷を与える事はできたが、倒すまでには至らなかった。結局、ヴェルディアスの手を借りざるを得ず、特に悔しい想いをした事を今でも覚えている。

 

 その時、ヴェルディアスはカリュブディスを完膚なきまでに滅ぼしつくそうとしていた。しかし、クロムとミツビが懇願した事で封印に留めた。懇願した内容は、必ずや次こそは自分たちの手でカリュブディスを討伐してみせる。だから、どうか我らの雪辱の機会を奪わないでほしい、という物だった。

 それがどれだけ厚顔無恥な願いだったかは分かっていた。ヴェルディアスに断られて当たり前の願いで、だからこそその願いを受け入れてくれたヴェルディアスには感謝している。今回、ミツビはいないが、それでも自分ならば成し遂げてみせると、強い覚悟をクロムは持っていた。

 

 しかし、何よりも優先するべきはヴェルディアスから任された仕事だ。だからこそ、前回は遠慮しようとしていた。ヴェルディアスとしてはそこまで優先させるほどの仕事ではないため、今回は因縁の清算をつけさせることを優先させたのだ。

 無論、クロムやミツビの現在の力量であれば圧倒的な力量差がある。今や、二人ともカリュブディスなど恐れるに値しない。文字通り、鎧袖一触。本来の力量であれば、カリュブディス諸共従っているメガロドンを葬り去る事もできる。しかし、その許可は降りないだろうとクロムは思っている。

 

 何故なら、主であるヴェルディアスは『この森の盟主との協力』を前提として挙げた。カリュブディスの討伐はこの森の盟主に必要な功績であると、ヴェルディアスは認識したのだ。ならば、クロムはその命令に粛々と従うのみである。

 

 結局、クロムもカリュブディス討伐隊に同行することになった。しかし、クロムの言葉通り、リムルたちはカリュブディス討伐に苦戦を強いられることとなった。その理由は、カリュブディスとメガロドンが共通して持っているスキル『魔力妨害』が原因であった。

 そのスキルは特定範囲内の魔素の流れを阻害するスキルであり、分かりやすく言うと魔法の威力を低下させるスキルだ。これを突破するために必要なのは、『魔力妨害』スキルを無効化させるスキル。或いは、そのスキルを物ともしない威力の魔法を行使する事である。

 

「呑みこめ――――光崩壊(ブライト・コラプス)

 

 クロムの言葉と共に放たれた一撃。そのたった一撃によって13体はいたメガロドンの内、半数が消し飛んだ。その威力たるや、見ていたほぼ全員が絶句の一言。極められた一撃は文字通り、余人に言葉を許さぬほどの力を見せつけるのだった。

 

「あんた一人で良いじゃん、これ……」

 

「私はそれでも構いませんが。主からはあなたが主眼となって行動するべきだと言われていますので。そうでなくとも、暫くは見に徹させていただきます」

 

「…………分かった。じゃあ、いざとなったら頼らせてもらうよ」

 

「ええ、それで構いませんよ」

 

 クロムは別に疲弊しているわけではない。そもそも、あのぐらいの一撃、というか核撃魔法ぐらいであればどれだけ放とうが疲れ果てるという事はない。その程度もできないようでは、『六星竜王』など名乗っていられないのだ。

 何故なら、彼らは準竜種という扱いを受けているのだから。そして、多くの者がいずれは天災級(カタストロフ)へ至る事を目的としている。ヴェルディアスに憧れ、ヴェルディアスの見る景色を見たいと願う。その願望をひと際強く持つ者こそ、『闇星竜王』クロム・ブルグなのだ。

 

「おい、お前!」

 

「はっ、なんでしょうか?ミリム・ナーヴァ様」

 

 振り返るまでもなく、クロムはミリムの存在を認識していた。暴虐の化身たる魔王と言われながら、あの町の魔物たちに対する配慮。伝え聞いていたミリムの特徴とは異なるが、それでもその身に宿る圧倒的な力を見間違えるほどクロムは耄碌していない。

 世界で唯一存在する竜魔人(ドラゴノイド)ミリム・ナーヴァ。ヴェルディアスが自身の家族の中で唯一庇護対象とした少女。今でこそ離れているが、ヴェルディアスがミリムを慮らなかった時はない。それほどの相手に失礼な態度をとるわけにはいかないのだ。

 

「お前、竜王(ドラゴンロード)なのだろう?実力は魔王クラスなのに、どうして名が知られておらぬのだ?」

 

「それは私の職務が原因かと。私は主の命により、魔王ギィ・クリムゾンの監視を行っており、俗世にはあまり関与しておりませんでしたので」

 

「ギィの監視?誰がそんな事を命じるのだ?」

 

「我が主――――世界に存在する5体の竜種が一体、『大地竜』ヴェルディアス様です」

 

「叔父上の……叔父上の配下だったのか、お前は」

 

「はい。今回の戦闘に参加させていただいているのも、私の因縁が原因です。ヴェルディアス様は私を慮り、派遣させてくださいました」

 

「そうか。…………叔父上は、元気にしているか?」

 

「私もそう何度も拝見させていただいている訳ではありませんが……はい。先日、拝謁させていただいた際には壮健そうなご様子でした」

 

「それは良かったのだ。私の事は何も言っていなかったか?」

 

「……はい。ミリム様の事は何も聞き及んではおりません」

 

「そうか」

 

「し、しかし、ミリム様!ヴェルディアス様はミリム様の事をずっと思っていらっしゃいます!決してなんとも思っておられないという事はないかと……!」

 

「……?お前は何を心配しているのだ?」

 

「はっ……」

 

「叔父上はかつて私に言ったのだ。私の事をいつまでも応援していると。叔父上が何も言わなかったという事は、その想いは変わらないという事なのだ。だから、安心した」

 

 ヴェルディアスのミリムに対する愛は変わらない。移ろい変わりゆく物を多く見てきたからこそ、その不変性がどれだけ貴重な物なのか分かる。かつての約束からどれだけの月日が経ったのか、思い出すのも難しいほどの時間が経っても変わることのない想いがそこにはあるのだ。

 目に見えなければ、手で触ることも、肌で感じる事もできない。でも、それでも、そこにあるものをミリムは確かに感じていた。そんなミリムを見て、クロムはヴェルディアスとミリムの間にある自分では届きえない何かを感じ取った。

 

 ヴェルディアスが積み上げてきた物。長い長い時をかけて積み上げられてきたソレは、大きな力を生む。今、ヴェルディアスが作り上げていたものが纏まってきている。それをクロムは感じ取った。

 

 そうして、ミリムとクロムが談笑している中。戦場は停滞し始めていた。

 周りに漂うメガロドンの掃討が完了し、最後の相手であるカリュブディスとの戦いに入った。しかし、事前にクロムが与えていた情報通り、一筋縄ではいかぬ相手だったからだ。巨大な体もさることながら、自分の鱗を使った攻撃と超速再生スキルが穴を封じていた。

 

「くそっ、分かってたけど、これじゃあじり貧だな……」

 

《解。現段階での突破口は見込めていません》

 

「あの超速再生を上回る攻撃で倒すしかない、か……やっぱり頼るしかないか?いや、でもヴェルドラ関係だったら俺がどうにかしないといけないし」

 

 リムルの負い目。それは今、リムルの中にいるヴェルドラの存在だった。カリュブディスがヴェルドラの魔素によって生み出された存在と聞いた時から、相手の目的が自分なのではないかと疑っている。その疑惑があるからこそ、リムルはカリュブディスの相手を止める訳にはいかないのだ。

 しかし、リムルにはカリュブディスを殺しつくす術がない。そうするためにはあまりに相手が大きすぎるからだ。これだけのサイズの相手を圧倒するだけのスキルや魔法をリムルは持っていないのだ。だが、逆に相手の攻撃もリムルには届かなかった。

 

 現段階でリムルの保有するユニークスキルは大きく分けて三つ。『大賢者』、『暴食者』、『変質者』の三つである。普段使いのスキルとして使い勝手がいいのが一つ目と三つ目。強敵相手でも使えるのが二番目なのだが、如何せん相手は巨大故に威力が足りないのだ。

 

《解。現存する配下含め、攻略手段が乏しいのが現状です》

 

「分かってるって!でも、なぁ……大賢者、あのクロムさんなら何とかできると思うか?」

 

《解。先ほどの魔法行使を参照した結果、その可能性は高い物と判断します》

 

「そうだよなぁ……」

 

 先ほどの一撃。『光崩壊(ブライト・コラプス)』は核撃魔法『重力崩壊(グラヴィティー・コラプス)』の反対に位置する魔法なのだ。『重力崩壊』が中心に収縮する魔法であるとするなら、『光崩壊』はその真逆。中心から拡散していく魔法なのだ。もっと分かりやすく言えば、超新星爆発に関わる魔法といえば、その凄まじさが伝わるだろう。

 

 相手は何故かリムル(こちら)側に配慮してくれているが、それもいつまで持つか分からない。親友だと言っているミリムと違って、クロムはリムルと何ら関わり合いがないのだから。逆に、樹妖精(ドライアド)である森の管理者トレイニーは知り合いのようだが。

 

『リムル殿、こちらに対しての配慮は不要です。あなたは我が主が配慮せよと告げた方だ。であるならば、私もそのように対応します。ですから、私が出る必要が出た時にだけ声をかけていただければ結構です』

 

「……って、言ってたけどさ。そうも言ってられないよな」

 

 クロムはリムルと比べても圧倒的な強者だ。文字通り、ミリムと同じくらいの強さがあるかもしれない。そんな相手に対して配慮不要と言われても、そうそう納得できるものではない。魔物にとって強い者こそが絶対であるからこそ、尚更だ。

 

「……って、うん?」

 

『おの……れ、ミ、ミリ、……ミリムめ』

 

「え?ミリム?こいつ、俺じゃなくてミリムに用事があったのか!?」

 

 大賢者による『解析鑑定』を行い、とある魔人がカリュブディス復活のための素体に利用され、これまでの攻撃でカリュブディスの魔核と魔人の魔核に齟齬が生まれた事で声が聞こえた事が判明した。そこでミリムに任せようと思った瞬間、クロムはどうしようかと考えた。

 

「いや、これだけ待たせて、やっぱりミリムに任せるっていうのは難しいか?でも、相手はミリムに用事があるみたいだし……」

 

「リムル殿、先も言いましたが私への配慮は無用です。ミリム様が討たれるなら、それでも構いません。私の因縁など些細なものですから」

 

「それはこちらとしてもありがたいですけど……本当に良いんですか?」

 

「ええ。最初から分かっていましたが、改めて確認して分かりました。カリュブディスは最早、我らの足下に及ばない、取るに足らない存在となった。なら、固執する意味もないでしょう。それならば、一思いにやっていただいた方が、奴のためにもなるでしょう」

 

 本音を言えば、最初から分かってはいたのだ。災禍級(ディザスター)でも上位勢と互角に立ち回れる自分に対して、同じ位置に立てない程度の相手が互角足りうる訳がない。魔王を恐れて、魔王と同格であると名乗れないような輩に自分が負けるはずがない。そんな生半な鍛錬は積んでいない。

 何より、ヴェルディアスには自分をここまで引き上げた恩義がある。親を失い、唯一の同胞以外の総ての同族を失い、それでも努力し続けてきた。強くなりたい。何者にも奪われないほどに強く。そう願い、ヴェルディアスはその願いを叶えてくれたのだ。

 

 それ故に、クロムはヴェルディアスに忠誠を誓うのだ。自分から何もかもを奪った相手を、意図も容易く葬った雷を今でも覚えている。あの力強さに焦がれ、ここまで来たのだ。今更、こんな取るに足らない弱者にかかずらっている暇はクロムにはないのだ。

 カリュブディスなど取るに足らない弱者でしかない。誰かが葬ってくれるというなら、それに越したことはない。それよりも、早くこの仕事を終わらせて元の職務に戻りたかった。この地で得られる物など、何もないのだから。

 

 そんなクロムの意図を知らず、リムルはミリムにカリュブディス討伐を任せる。そして、カリュブディス討伐後、素体となっていた魔人『フォビオ』をカリュブディスの魔核を分離させることで助けた。しかし、それ自体はクロムにとってどうでも良い。

 ただ、ヴェルディアスから任された仕事は果たされた。それ以外の、今回の時間に関する事実など些事に過ぎない。そう判断した。その後にカリオンが現れた事もどうでも良かったし、両国家間の不戦条約も、何もかもがどうでも良かった。ただ――――

 

「少しだけ、見せてもらったがよ。結構な配下を連れているじゃないか。そこの黒い奴とか、とんでもない実力を持っているみたいだしな。俺様の配下としてスカウトしたいぐらいだ」

 

 ――――その一言だけは許しがたい物だった。

 

「え、ちょ、あの人は別に俺の配下じゃ……」

 

「貴様如きが俺の主になる?調子に乗るなよ、獣畜生が。誰の許可を得て囀っている」

 

 クロムの身体から膨大な量の魔素が溢れかえる。その量はカリオンなど目ではない代物であり、その場にいた多くの者たちが『暴風竜』ヴェルドラを幻視させるほどの領域だった。それは文字通り、逆鱗に触れられた竜の怒り(ソレ)だった。

 魔素に対する耐性を持つ魔物ですら膝を屈したくなるほどの威圧。それでも生きている。クロムの最後の良心によって生きることを許されている。そう実感させられるほどに、クロムの怒りの感情は激しかった。

 

 彼は格下の相手から下に見られるという事を最も嫌う。何故なら、幼き頃弱かった頃を思い出させるからだ。そうでなくとも、偉そうにしていいのはそれだけの格を有する者だけという持論がある彼にとって、偉ぶっている弱者というのは見ているだけで腹が立つのだ。

 カリオンは別に弱者ではないが、クロムから見れば格下だ。相手の本来の力量を見極める事もできず、偉そうに宣っている。クロムにとっては、その行動がとても許しがたい。

 

 ミリムが同じことをしたとしても、ここまで激しく怒る事はないだろう。ミリムはクロムの実力を見抜いているし、何よりクロムを上回りうる実力の持ち主だ。ヴェルディアスの庇護を抜きにしても、ミリムに対してクロムは一定の敬意を持つ。

 しかし、カリオンは別だ。いや、カリオンだけではない。天空女王(フレイ)人形傀儡師(クレイマン)も、彼にとっては格下。魔王だなどと名乗るに値しない弱者であり、まかり間違っても自分よりも格上に振る舞う事など到底認められない。

 

 そんな相手の怒りをカリオンは全身で受けていた。事ここに至れば、自分が失敗したことは明白。であればこそ、自分がするべきはその怒りを一身に受け止める事。間違っても、配下や国にその怒りが向けられることがないようにする義務が、王たる彼にはある。

 

 

「いつまで、そうやっているつもりですか?闇星竜王」

 

 

「お前は……」

 

 クロムの背後に現れたのは褐色の肌に黒髪の青年だった。その背中に大剣を背負い、されども身に纏うのは手甲と脚甲だけという軽装。敵意はないが、明らかに強者と認識できるというちぐはぐさ。そんな異様さ故に誰もが警戒せざるを得なかった。例外は唯一青年の正体を知るクロムだけだった。

 

「『試練』は終わったのか?勇者殿」

 

「一先ず、出された分は。報告に来てみれば、『暴風竜』の申し子の復活に魔王が二体もいる。それに森には魔物の集団が出来ていて、しまいには怒り心頭のあなたがいる。最早、何が何だか分からない事だらけですよ」

 

「あの『試練』を突破したというのか……人間が」

 

「侮りすぎです。そうでなくとも、我らが師が私たちにできないことをさせる主義の方ですか?」

 

「……なるほど。違いない。あの方は我々のできる範囲の、少し超えた範囲の『試練』しか出されないからな。できない訳ではない、か……」

 

「そういう事です。さぁ、自分の職務に戻られては如何ですか?あなたとて別に暇なわけではないでしょう?」

 

「そうだな。では、勇者殿のご厚意に甘えさせてもらうとしよう。命拾いをしたな、獣畜生。次に偉そうな口をきけば、その命臣民諸共に狩りつくしてやるからそのつもりでいろ」

 

「…………ああ、肝に銘じておく事にするぜ」

 

 その言葉と共にクロムはその場を去った。それと共に威圧感も消失し、多くの者が膝をつき息切れ状態になっていた。それと共に青年もその場を去ろうとしたが、ミリムに腕をつかまれた。

 

「おい、貴様。あの竜は『勇者』と言ったが、本当なのか?」

 

「らしい、ですね。私にはまったく実感がありませんが。師匠も私の資質が目覚めないことに疑問を抱いているらしく、定期的に『試練』へ挑まされている訳ですね」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんですよ。そういう訳で、現段階であなた方魔王と戦う気はこちらにもありません。無論、そちらが戦われると仰るならその別ではありませんが……そうではないでしょう?」

 

 勇者として覚醒している訳ではない。それでも、目の前に立つ青年はれっきとした勇者の一角に数えられる存在。覚醒しておらず、究極能力(アルティメットスキル)を保有していないだけで、彼は魔王とも相対することのできる人間における最強種なのだ。

 

「……分かったのだ。お前も叔父上の関係者だというなら、手は出さないのだ」

 

「……叔父上?という事は、あなたがミリム様ですか?」

 

「うむ!私こそが破壊の暴君ことミリム・ナーヴァなのだ!」

 

「ははぁ……なるほど。これは失礼しました。お話は師からかねがね伺っています。では、自己紹介をしておかなければなりませんね。

 私はアレク。『大地竜』ヴェルディアスが二番弟子であり、『英雄戦士団』が筆頭戦士の位を預かっている者です。以後、お見知りおきください」

 

 そう告げながら、青年――――アレクは恭しく頭を下げるのだった。



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夜魔の女王と事態の変化

 煌めく剣閃がぶつかり合う。

 アリーシャとアレクの二人がその手に持った剣をぶつけ合う。瞬く間に切り結びあう剣同士で奏でるデュエットの様なソレを外から見ている存在がいた。

 

「相変わらず、貴様の弟子はすさまじいな」

 

「アイツらは俺の弟子の中でも上から数えた方が早い実力者だからな。お前ご自慢の聖騎士たちにも負けはしないだろうさ」

 

「ヒナタにも勝てる、と?」

 

「まぁ、負けることはないだろう。アリーシャは元より、アレクも中々育ちつつある。半精神生命体――――『聖人』クラスまでもう少し、といったところだろうな」

 

「ふん……あの女は仕方あるまい。最強の勇者と言われたあやつ(・・・)もあの女には届かなかった。だが、あの男にも届かないと?それはヒナタに対する侮辱だぞ?」

 

「仕方ないだろう?アレクは俺の弟子の中では有望株。才能という点で見れば、アレクはアリーシャを凌駕する。同じ期間、同等の修行をすれば間違いなくアリーシャもあの子も追随を許さないだろう」

 

「……貴様がそこまで言うほどの逸材なのか?ヴェルディアス」

 

「ああ。少なくとも、現段階でもスキル抜きでアリーシャと相対することが出来る点からも明らかだろう。お前個人としては、気に入らないんだろうがな?ルミナス」

 

 ヴェルディアスの目の前には対外的には引退した魔王『夜魔の女王(クイーン・オブ・ナイトメア)』ルミナス・バレンタインがいた。ヴェルディアスはルミナスの古くからの知り合いであり、とある事情から親身になっていた過去がある。今回は久しぶりに談笑でもしようとヴェルディアスがルミナスを誘ったのだ。

 

「……仕方あるまい。多くの弟子を取っている貴様が言うのだ。その目は(わらわ)よりも確かであろう。だが、ヒナタがあの男に届かぬと言われるのは中々に業腹だな」

 

「ヒナタもそうだけど、勇者として目覚めれば違うと思うんだがなぁ……まぁ、ヒナタとは原因が真逆みたいなんだけどな……」

 

「真逆?」

 

「ああ。ヒナタは自分の中に闇を抱えている。その闇が光の要素を自分に取り入れることを拒絶している。だが、アレクは違う。あいつは自分にできる事しかやらない。だから、あいつの心には闇がない。絶望を知らない。絶望を知らないという事は、同時に希望が分からないという事でもある。

 そうなれば、光も闇も宿らないだろう。どちらに傾くかという話ではない。それを語る段階にすらいないのだからな。そうなれば、この先少し困ったことになるかもしれん。だから、試練をぶつけているんだが……どうもあの子には不足らしい」

 

「試練、か。お前が言うならば、生中な相手ではないのだろう?一体、どれほどの試練を課してきたのだ?」

 

「そうだな……今の段階で11個は与えたかな」

 

「……は?」

 

 ヴェルディアスが試練と称するに値する課題を11個も与えられて尚、絶望を知らぬ者。そんな相手をルミナスは見た事がない。ヴェルディアスの試練は並大抵な代物ではない。過去、アリーシャに与えられた試練の概要を聞いた時、ルミナスもヴェルディアスのやり方に引いたものだ。

 

 そもそも、ヴェルディアスは現段階で突破できるような試練は与えない。現段階で存在する限界を突破することでようやく、といった試練ばかり課す。限界を突破しなければならない、という事は死の絶望の中に生の希望を見出すからこそ突破できるのだ。

 だというのに、できると思ったからその試練を突破する?それは中々に無理難題という他ないだろう。ヴェルディアスが教育方針で迷ってしまうのも当然だろう。それではどうやっても勇者とする事など難しい。だが、ヴェルディアスの許ならば強者というのは欠かないものだ。今、模擬戦をやっているアリーシャもそうだ。

 

「アリーシャは駄目だ。アリーシャのスキルありの攻撃を把握するためには、時間の情報子への管理権限を入手しなければならない。それは誰にでも手に入るわけではない。アレクもそれが分かっているからな。アリーシャはそもそも絶望の対象にならん。絶対に勝てない相手と分かっている相手に絶望など抱かんからな」

 

 勝てるかもしれない、という希望があるからこそ、絶望は生まれるのだ。絶対に勝てないと分かっているのなら、そこに生まれるのは諦めだ。何をしたところで無駄、という思いが生まれる。それでは希望()絶望()も生まれえない。それでは意味がないのだ。

 頭を悩ませるヴェルディアスの姿を見ながら、ルミナスは注いである茶を口にする。絶対の上位種たる竜種、その頂点に立っていると言っても相違ない存在が頭を悩ませる。その姿は存外面白い物があった。だが、そんなヴェルディアスに助け舟でも出すかのように、執事服姿の青年が現れる。

 

「お待たせしました。こちら、料理長が考案しました新作の菓子でございます」

 

「ああ、ありがとうラーマ。仕事で忙しいのに悪いな、給仕の真似事などさせてしまって」

 

「お気になさらず。仕事など部下に任せておけば問題ありません。そもそも、私のここでの仕事など世界中から集めた情報を管理するだけですから」

 

「それでも、俺が任せたんだ。俺がお前の功を労うのは当然だ。ただでさえ、お前には六星竜王筆頭(・・・・・・)などという面倒なものを任せているんだ。お前の苦労は俺の予想を上回って余りあるだろう?」

 

「六星竜王筆頭?こやつがか?」

 

「初めまして、魔王ルミナス・バレンタイン様。私はヴェルディアス様から六星竜王筆頭を任されています無星(ノート・エレメンタル・)竜皇(ドラゴン・エンペラー)ラーマ・キュルスと申します」

 

 今まで謎に包まれていた六星竜王の筆頭。目の前に立つ執事服を身に纏う白髪の青年からは、その名に相応しいと言えるような魔素を感じ取れなかった。しかし、それはラーマの魔素コントロール技術が尋常ではないほどに高い証左だった。だが、そんな事よりも聞き覚えのない単語の方がルミナスは気になった。

 

竜皇(ドラゴン・エンペラー)?なんだ、それは。聞いたことがないぞ」

 

「より竜種に近いドラゴン、という分類だろうな。ラーマは凄いぞ。いまだ可能性の芽は出ていないが、いずれ俺と同じ竜種へと至れるかもしれない。純粋な特異個体だ。これからが中々楽しみな奴だよ」

 

 本来、名付けをされた魔物は性質が変化する。それは魔物から覚醒種となる可能性の芽を摘んでしまう行為に他ならない。しかし、ラーマは特異個体であるヴェルディアスが特異個体と認める存在だ。『大地之神(ガイア)』のサポートがあったとはいえ、未だ進化の可能性を持っている。

 それ故に、他の六星竜王に比べて、ラーマに向けられている期待は大きい。その期待にも軽々と応えてみせるからこそ、ヴェルディアスはラーマを筆頭の位置に据えた。ラーマ・キュルスこそ、ヴェルディアスに仕える者たちの中での最強なのだから。

 

「ただのドラゴンが竜種に……?そんなバカな話があるか?」

 

「バレンタイン様。ヴェルディアス様の仰ることは話半分でお聞き流しください。ヴェルディアス様は私を幼少時から見ておられますので、その分少し大げさに見られる傾向があります。私の様なドラゴンが竜種になど畏れ多いにも程がありますので」

 

「ほう。竜種に至れそうという割には謙虚な奴じゃな。あのトカゲとは大違いではないか。なぁ、大地竜?」

 

「……むぅ。あまりヴェルドラの事は言わないでくれ、ルミナス。自分に対して正直に行動するのが竜種であり、ヴェルドラは自由奔放に振る舞うという自分の在り方に正直に従っているだけなんだ。お前の怒りも分かるが、あまり俺の前で虐めないでやってくれ」

 

「ふん。これぐらいは当然の権利であろうが。あのトカゲは本当にろくな事をしない。大地竜は常に尻拭いをしてやっているが、貴様は何か言いたい事はないのか?六星竜王筆頭」

 

「……臣下の身で物を申すなど不敬でしかありません。どうか、発言を控えさせて抱くことをお許しください。魔王バレンタイン様」

 

「ふふっ、まぁ、よかろう。貴様の内心も多少は探れた事だしな」

 

 ラーマの注いだ茶を楽しみながら、ルミナスは笑った。ラーマがヴェルドラの事を嫌っているのは一目瞭然だったからだ。崇高なる主に尻拭いをさせるような輩を、ヴェルディアスに心の底から忠誠を誓う六星竜王筆頭が嫌っていない訳がない。自らの同志の登場にルミナスは楽しくなっていた。

 

「して、大地竜よ」

 

「なんだ、ルミナス?」

 

「貴様の弟子の事よ。こやつはぶつけてみぬのか?傍目には勝てないとは思えないが、実際は圧倒的な実力を持っているこ奴なら立派な試練となるのではないか?」

 

「ラーマを?……それは試練とは呼ばんよ。ただの弱い者イジメだ。確かに、アレクの実力は未だ覚醒ならずとも魔王種に匹敵するぐらいはあるだろう。だが、それでは意味がない。なにせ、ラーマは天災級(カタストロフ)と呼ぶに相応しい実力を持っているんだからな」

 

「ほぅ。お前と同等だと?」

 

「いえ、魔王バレンタイン様。その言葉はお取消しください。私は他の竜種の方々の足下にも及びません。そのような不敬、許されるはずがないのですから」

 

「固い奴よ。だが、良かろう。おぬしがそう言うのであれば、取り消すのも吝かではない」

 

 端的に言えば、ルミナスはラーマの事を気に入っていた。圧倒的な強者であることはヴェルディアスの口ぶりからして明らか。されど、ラーマには先駆者たるルミナスに対する敬意がある。恐らくはギィ・クリムゾンに比する強者が己に対して敬意を払っている。これほど面白い事があるだろうか?

 だが、それとは別にラーマはヴェルディアスが気にしているから、ルミナスに敬意を払っている訳ではないという事実もある。ルミナスの歩んできた歴史、そしてその果てに得た力。そういう物を始めとした、先駆者としてラーマはルミナスを尊敬しているのだ。

 

 その実直さが、なんとも微笑ましい。ラーマは先駆者も後続者も、己の尊敬する事のできる部分があるならば尊敬の念を抱く。節操がないと言われればそれまでだが、尊敬の念を向けられても尚その想いを無碍にしようと思うほどルミナス・バレンタインという存在は腐っていない。

 

「であらば、ヒナタはどうだ?日曜師(グラン)――――グランベルも良き相手になると思うが?」

 

「ヒナタは……まぁ、悪い選択ではないな。グランベルは、どうなんだ?元勇者とはいえ、あいつも歳が歳だ。アレクのような若手を相手どらせるにはきついだろう」

 

「そうかもしれんな。だが、あやつも腐っても元勇者。その研鑽から学ぶことは多いのではないか?」

 

「その意見は否定しないが……いや、やはり遠慮しておく。お前に借りを作るのも嫌だし、何より今のアレクに必要な試練は力による物ではないのかもしれない」

 

「ほう?では、何ならばあやつを成長させるに相応しいと?」

 

「さぁなぁ……だが、力押しの試練では駄目だ。それだけは少なくとも分かる。見てみろ、俺たちが談笑している間もまったく止まらないぞ、あいつら」

 

 ルミナスが視線を向けると、まるで予定調和であるかのように剣戟を交えていく。精神生命体となっているアリーシャは疲れなど知らないが、肉体を持つアレクはそうではない。であるにも関わらず、アレクの表情には一切疲れの色が見えない。

 アリーシャとて、今でこそ勇者を名乗ったりはしていないがそれでも最強の人間種だ。その剣戟は生半可な相手に受けられるほど甘くはない。寧ろ、精神的には負荷がかかる類の剣なのだ。ルミナスを持ってしても、長時間アリーシャの剣の前に晒されて疲労の色を見せないというのは難しい話なのだ。

 

「まぁ、俺が修行を見れない間はアリーシャに任せていたから、慣れもあるのだろうがな。それでも、人間の極致といっても相違ないアリーシャの攻撃にあれだけ対応できるんだ。生半可な相手では試練にもなり切れないというのは納得するしかないだろう」

 

 かと言って、究極の領域に至る存在など本当に数少ない。そういう存在を試練の相手に据えるというのは、ヴェルディアスをもってしても難しい。魔王種に至る可能性の高い存在を試練としてあてがい、相手の覚醒を裏から促すと共にアレクの能力向上とした。

 どこまでも強くなるアレクという存在に期待しつつも、その先に至れない事に疑問が尽きない。超人的な能力と比例しないその精神性。それは長い時を生きているヴェルディアスをして、理解することが出来ない存在というのは珍しいと言わざるを得ない。

 

「そういえば、ラーマ。何か報告したい事でもあったんじゃないか?」

 

「はっ、魔王バレンタイン様の御前で申し上げるのはどうか、という内容なのですが……」

 

「気にする必要はない。妾の事は気にせず、自らの仕事を果たすがいい」

 

「ありがとうございます。それでは……ヒナタ・サカグチを始めとした神聖法皇国ルべリオス直属の聖騎士がファルムス王国と共同し、ヴェルディアス様が気に為されていらっしゃるジュラ・テンペスト連邦に攻勢を仕掛けたそうです」

 

「……なんだと?」

 

「計画自体はファルムス王国からの発案の様です。テンペスト連邦はファルムス王国にとって、邪魔でしかありませんでしたので行動自体は不思議ではありません。しかし、聖騎士まで動くというのは……教義を考えれば自然な事かもしれませんが」

 

「ふむ……連中は魔物の存在を認めていないからな。魔物の国など認められないんだろう。だが、また動きが性急だな。テンペスト連邦の方向性は人社会との融和だ。敵対者と判断するには早計だと思うが……」

 

「どうもファルムス王国と共同の提案をした最高司祭の立場にいる人間がいるようです。まぁ、人間特有の欲深さを発揮した結果でしょう。あの国には魔人ラーゼンと呼ばれる守護者がいるというのも理由の一つではあると思われます」

 

「そうか……まぁ、放っておけばいい。こちらから手を出す必要はない」

 

「……よろしいのですか?」

 

「ああ。ここが、分水嶺だからな。あのスライムが魔王へ至れるか否かの、な。そこに余分な手出しは不要だ。だが、そうだな……伝令之星神(ヘルメス)を通じて情報を流すくらいはしておこうか」

 

「情報、ですか?」

 

「ああ。ファルムス王国とヒナタたち聖騎士が動いたという事は、自然と二面作戦となるはずだ。ということは、テンペスト連邦にも被害が出る。そうなった時、どうにかできる可能性が魔王にはあると知れば、あの魔物は魔王を目指すだろう」

 

「おい、黙って聞いているが、ヒナタには被害が及ばぬのだろうな?それに貴様が言っているのが、死者蘇生(リザレクション)の事なら、妾は別に協力せぬぞ」

 

「ヒナタに被害は出ないよ。追い詰めた獣は何をするか分からない。そして、ヒナタは分からない者には手を出さない。問題はない。それに、死者蘇生(リザレクション)に頼るつもりもない。利用するのは覚醒魔王への進化だ。それが果たされれば、その恩恵が魂の系譜に連なる者に与えられる。それを利用すれば、死者の蘇生もできない訳じゃない」

 

「……言い分は分かった。しかし、それは魂ありきであろう?魂もなしに復活したとしても、それは別人に過ぎない。分かっていよう」

 

「もちろん、分かってるさ。だが、その問題に対する対策はすでに終わっている。だろう?」

 

「はい。現地ではエレボスが魂が拡散しないように強力な結界を敷いています。事後報告となってしまい、申し訳ございません」

 

「構わないさ。こちらの意図を組んでくれたんだろう?それを誉めこそすれ、貶すことはしないさ。エレボスには後で何か褒章を用意しておくとしよう」

 

「そうしていただけますと、彼も喜ぶかと。それと、できましたらエルピスにも顔を合わせていただけますと幸いです。未だ彼女が活躍するに足る戦場がありません故、活躍できていませんが彼女の実力も相応に上がってきております」

 

「へぇ、お前がそこまで言うとはな。分かった、後で顔を合わせておこう。完成具合がいかほどか、俺も気になっていたところだ」

 

「ありがとうございます」

 

「礼を言われるような事でもない。それに、もう一つ頼んでおきたい事もある」

 

「はっ、なんなりと」

 

「今回の一件、裏で動いている者がいるはずだ。その者の調査を頼みたい。ある程度素性が分かれば良い。その後は俺が調べるからな」

 

「かしこまりました。早急に調べ上げます」

 

「任せたぞ」

 

 そう告げると、ヴェルディアスは虚空を見る。その瞳に一体何が写っているのか、それは誰にも分からない。しかし、それでも、その瞳ははるか先を見ている。この世界にはいまだ現れず、しかし近い未来に訪れるであろう脅威の到来を、ヴェルディアスは確かに知覚していた。



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閑話:勇者の抱く疑問

 ヴェルディアスは静観を決めた。ヴェルディアス自身は多大なる期待をスライム――――リムル・テンペストに向けている。しかし、その他の面子からすれば魔王種を獲得しているだけの雑魚でしかない。彼の魔物とヴェルディアスの弟であるヴェルドラの関係性など分かる筈がないのだから当然だが。

 しかし、そんな評価を受ける時期はとうに過ぎた。彼の魔物が本当の姿を晒すべき時が来た。ヴェルディアスはそう確信していた。ただの魔王種としてではなく、覚醒魔王として世界にその名を知らしめる時が来たのだと。

 

「……と、師匠は思っているのでしょうが。あなたから見てどうなのですか?あの魔物は、覚醒魔王として目覚める可能性があると思いますか?伝令之星神(ヘルメス)

 

『それを態々知りたいと思うとは、変わりましたね。時空之勇者(クロノス)

 

「知りたい、と思うのは必然でしょう。これでも元とはいえ勇者を名乗っていた身です。新たな魔王の誕生という一大事に何の感想も抱かないというのは無理に等しい。あなたは違うのですか?」

 

『違うも何も、私はそんな意志を持ちませんよ。私の総ては、国の、そしてヴェルディアス様のためにある。ならば、ヴェルディアス様が楽しまれていらっしゃる現状は歓迎すべきであり、それ以上の感情を抱く意味などない。そうは思いませんか?』

 

「……相変わらず、ですね。どれだけの年月を経ようとも、あなたたちの存在は師匠にとって悪影響にすぎる」

 

『あなたこそ、何時の時代でも答えを変えませんね。我々はヴェルディアス様の従者であり、手足でもある。頭に位置する方の幸せを願って何が悪い?その御方が望まれることをして何がいけないというのか、私には皆目見当つきませんね』

 

「……幸せだけ詰めこまれても、その人のためにはなりませんよ。不幸も幸福も表裏一体。どちらとも存在するからこそ、意味がある。それが分からない訳ではないでしょうに」

 

『くだらない事この上ないですね。表裏一体など、言葉の綾でしかない。不幸が起こる時は不幸が続くものですし、幸福だからこそ不幸をより強く感じることもある。上げ幅や下げ幅、そんなものに拘泥するなど馬鹿馬鹿しいにも程がありますよ』

 

 禍福は糾える縄のごとし。そんな言葉はただの詭弁だと知っている。本当に世の中がそういう風に回っているのなら、この世に破滅する生命など存在する訳がない。多くの者の思惑によって構成されているこの世界において、そんな考え方がまかり通らない。それは情報収集を主な任務とする伝令之星神(ヘルメス)である自分がよく知っている。

 

「まぁ、それは良いです。それより、私の意見に対する返答をまだ聞いていませんが?」

 

『勝手ですね……構いませんが。それで、リムル殿が覚醒魔王として目覚める器かどうかという話ですか?答えは簡単です。――――多分にある。それが答えです』

 

「絶対ではないと?」

 

『この世に絶対はありませんよ。ヴェルディアス様を除いてね。あの方は確かに魔物です。しかも、最弱の呼び声高いスライム……ですが、その評価を覆して余りある謎と人間臭さがある』

 

「人間臭さ、ですか?」

 

『その考え方が魔物らしくないんですよ。力ある者を尊ぶ精神性ではなく、人間のような弱者に対する配慮を持っている。それは普通の魔物はあまり持たないものです。恐らく、彼は転生者とみて間違いないでしょう』

 

「転移者ならぬ転生者、ですか……そのような事があり得るのですか?」

 

『事実として、目の前にいるのですからそういう事なのでしょう。それに、この事実はそれほど重要ではありません。それよりも重要なのは、おそらくあの方の保有しているスキルは己の意志によって定められている可能性が高い、という点です』

 

「……どういう意味ですか?」

 

時空之勇者(クロノス)、考えた事はありませんか?この世界に来た時、我々は界渡りによってスキルを得た。そのスキルが自分の自由に決められれば良かったのに……と』

 

「それは……」

 

 思わない訳がない。幸いにも、アリーシャは強くなる上でこれ以上はないだろう力を得た。ユリアは敬愛しているヴェルディアスから能力を与えられた。だが、彼女らのような例は非常に稀少と言って相違ない。通常は望んだ能力を得ることはできないものだ。

 しかし、ヴェルディアスがそうだったように。転生者は己の持っていた物から望むスキルを生み出すことが出来る。無論、転生先のエネルギー量に見合ったサイズにスケールが変化してしまう事にはなる。しかし、そのデメリットを差し引いても、その特殊性は目を見張る物があるだろう。

 

『あのスライムは……リムル殿はその特権を与えられた存在です。如何なる能力を得たのかまでは分かりませんが……それでも、我々を超越する能力、或いはその種となるスキルを持っていると判断して相違ないでしょう』

 

「それが覚醒魔王となる事で、開花すると?」

 

 もし、本当にそうであるとするならば、その魔王は世界の脅威となるかもしれない。もしやすれば、かの魔王ギィ・クリムゾンに匹敵するほどの。もし、本当にそうだとするのならば、まだ弱い今のうちに処断した方がいいのではないか?アリーシャはそう思わざるを得なかった。

 その気配を察知したのか、ユリアは目を細める。彼の魔物に対して、ヴェルディアスは多大なる期待を寄せている。そんな存在を殺めようとしているアリーシャの行動を容認する事はできないからだ。たとえ、将来自分たちにとって大きな障害になるとしても、今のヴェルディアスを裏切る理由にはならないのだ。

 

『態々言う必要もない事だとは思いますが……余計な事はしないでくださいね、時空之勇者(クロノス)。何も優先されるのはヴェルディアス様の御意思。あなたが危惧している可能性は否定しませんが、それでヴェルディアス様の御要望を妨げるというのなら、私はあなたと戦う事も辞しませんよ』

 

「……図に乗るな、伝令之星神(ヘルメス)。貴様如きが私に敵うとでも?」

 

『無論、私だけでは無理でしょう。しかし、あなたとて分かっているでしょう?我々は、ヴェルディアス様のためにある。ならば、そのような事態になる事も織り込み済みだ、と』

 

「まさか、あなたは……!」

 

『ええ。この件は既に本国に伝達済み(・・・・・・・)です』

 

 本国に伝達済み。それが示すところは十二星神(オリュンポス)にリムルの存在と、ヴェルディアスの期待が向けられているという事実が知れたことになる。ヴェルディアスを絶対視する彼らはリムルを監視・保護する事を選択することになる。

 その選択にあらがうという事は、究極能力(アルティメットスキル)持ち十二人を同時に相手取るという事に他ならない。それはセリオンの誇る最高戦力たちが敵に回るという事実に他ならない。それはアリーシャをもってしても厳しいと言わざるを得ない。

 

 一人一人は大した問題ではない。無論、各々が究極能力(アルティメットスキル)を手に入れているだけあり、秀でたスキルを保有している。しかし、長きに渡りヴェルディアスから薫陶を受けているアリーシャからすれば、大した問題ではないのだ。

 しかし、普段は仲の悪い面々でも、ヴェルディアスのためとあらば結束するのが十二星神(オリュンポス)なのだ。すべてはヴェルディアスのために、というのが彼らの指標なのだ。そして、仲の悪い彼らといえども手を組んだ彼らが侮れない事を、アリーシャはよく知っていた。

 

「あなたは……魔王を侮っているのですか?」

 

『侮る?まさか。彼らは災厄その物でしょう。しかし、あなたこそお忘れなのでは?彼らが地上に被害をもたらす災厄であるのなら、我らは星の大海よりこの大地を見守る者。時には我らが力を持ってその災禍を払うのが私たちの役割です』

 

「師匠が望むのならば……でしょう?」

 

『当たり前です。後は我らが国家を守るため、ぐらいですか?他の有象無象のために力を振るう気になどなりませんよ。我々はあなたのような勇者ではありませんので』

 

 希望をもたらす訳でもなく、暗雲を払うためでもない。総ては、大いなる大地の主の曇りを払うため。星の大海に連なる力を与えられた者たちは、その目的以外には興味がない。まさしく、己の意志にのみ忠実な神々のように、主神以外の言葉には従う気がないのだ。

 だからこそ、彼らは強い。強者故の傲慢を携える事を許されるのは、彼ら『十二星神(オリュンポス)』という存在が世界に誇る事の出来る強者だからだ。諸事情によって、世界から孤立してはいるが、それは気高さ故の孤高。接する者すら選ばせる強者の威光なのだ。

 

「あなたたちは本当に……」

 

「まぁ、そう荒れるな。『十二星神(オリュンポス)』の面々は俺の言葉に従っているだけに過ぎない。なら、その責任の追及先は俺であるべきだ。違うか?」

 

「師匠……勝手に部屋に入らないでください」

 

「ハハッ、辛辣だな。なに、偶々部屋の前を通りがかったら、何やら言い争いをしているのが聞こえてな。まぁ、黙って聞いていた訳だが。流石にこれ以上は、と思ってな」

 

「趣味の悪い事ですね」

 

「まぁ、その忠言は黙って聞いておくとするさ。だが、これ以上お前たちの言い争いを続けさせるのは不毛にすぎるだろう。だから、止めに入っただけだ」

 

「……では、師匠にお伺いします。何故、人間の脅威となる存在の誕生を見逃すどころか促されるのですか?」

 

「やはり元とはいえ勇者。その選択は許容できない、か……来たるべき未来のため、と言ってもお前はきっと認められないのだろうな。だが、そうさな……断言してもいい。あの魔物は人に危害を加えるような性質ではないよ」

 

「そのような言葉だけで、認める訳にはまいりません」

 

「だろうな。お前にとっては、魔物を束ねる王という単語だけで信頼を置くには難しい。その想いは分からないではない。直接見たわけではないお前に伝聞だけで信じろというのは、あまりに酷な話だからな」

 

「それだけではありません。彼はおそらく、ファルムスの民を」

 

「皆殺しにする。当然だ。それは彼が魔王に至るために必要な過程であり、彼にはそれを行うに足る理由がある。俺は奪われた者に奪うなというほど、狭量な存在になったつもりはない。奪いたければ奪えばいい。欲するのならば求めればいい。生きる者にはそれを行う資格がある」

 

 欲し、求め、そのために行動する。それはこの世に生まれた総ての生き物に許された行為だ。ヴェルディアスはそれを容認する。だからこそ、セリオンを統治下に置くことを拒んだ。あの国に生きる者はヴェルディアスがするな、望むなといえば、その言葉通りに従うからだ。

 だが、それは生命の在り方に反する行為だ。ヴェルディアスはそれを望まない。だからこそ、此度の騒乱をその始まりから知りつつも、止めようとはしなかった。ヴェルディアスがそれを行うという事は、ヴェルディアス自身が決めた在り方に損なうからだ。

 

「ファルムス王のやったことも、そしてあのスライムがやる事も、共に正しい。それは生命としての在り方なのだから。強欲も、復讐も、間違いではない。過ぎれば、己を燃やすだけの炎だがな」

 

「だから、容認したと?」

 

「そういう事だな。非情と言うか?間違ってはおらんがな。今回の件が誰かのためになったか、と言えばなっていないのが正確なところかもしれん。どちらも共に痛い目を見て、反省しなければならないところがある事を痛感させただけだからな」

 

「……師匠」

 

「だが、俺は今回の一件に対して謝意など抱いていない。どちらも相手を侮った結果だからな。俺はそれを外野から見ていただけに過ぎない。問題は当事者たちだけで解決してもらうさ」

 

「師匠は覚醒級魔王の誕生に関して、何も言うことはないと?」

 

「別に。俺からすれば覚醒しようがどうしようが、たいていは木っ端に過ぎない。危険視するほどの相手などいはしないし、いたとしても俺が手ずから潰すだけの話だ。……まぁ、あの魔物がその領域まで至るのなら、好都合ではあるんだが」

 

「師匠?」

 

「気にするな。どちらにしても、お前が気にする必要もない。あの魔物が覚醒級に至ったとして、だ。お前はあの魔物がギィに勝てる姿をイメージできるのか?」

 

「それは……」

 

 ヴェルディアスが挙げた話は無理難題な話だ。ギィ・クリムゾンは古来より存在する最古の魔王。現存する十大魔王と呼ばれる面々の誰であろうとも、ギィ・クリムゾンに勝つことは叶わない。ヴェルディアスの認める皇帝ルドラですら、ギィに勝った事はないのだ。

 そんな相手に対して、新参の覚醒魔王が勝利するなど不可能だ。世界最強を名乗るに足るヴェルディアスとは違うのだ。それを強要するなど酷以外の何物でもない。だが、そんな事はヴェルディアス自身が理解している。

 

「心配など不要だ。どのような生物であろうとも、俺に勝る者は存在しない。この大地に生きる総ての生き物は俺を凌駕する事など出来はしないのだからな。もし、俺を上回る存在がいるとするなら……それは大いなる星の大海を踏破した者に他ならないだろう」

 

「師匠……それは、どういう意味なのですか?」

 

「今はまだ、お前の知る必要のない事だよ。俺は少し出てくるが、お前はどうする?」

 

「どちらへ?」

 

「件の魔物の許へ。今、世界の声が聞こえたからな。経過は順調に推移している」

 

 

「ヴェルディアス様、エレボスただ今御身の前に」

 

「同じく、エルピスも御身の前に」

 

 

「ああ、待っていたよ二人とも。褒賞という訳ではないが、久方ぶりだ。俺の供をしろ。行先は魔国連邦だ」

 

 ヴェルディアスとアリーシャの前に金髪の男女が現れる。互いに配色が逆の形になっている黒と白の法衣を身に纏い、ヴェルディアスの前で膝をつく者たち。尋常ならざる気配をその身に内包しつつも、決して露にすることのない二人はまったく同じ顔つきをしていた。

 

「「如何様にも、我が主様(マイ・マスター)。この身の総ては御身のためならば」」

 

「ありがとう、二人とも。アリーシャ、お前はどうする?いずれ敵となるやもしれない相手を、その眼に映しておきたくはないか?」

 

「師匠、あなたは……」

 

「どちらを選ぼうと、俺はお前を責めない。そもそも、そういう話ではないのだからな」

 

「……では、この身も共に。新たな魔王の誕生を歓迎はしませんが、目にしておくことに間違いはない筈ですから。それに、師匠のやる事から目を離すほど恐ろしい事はありませんから」

 

「お前……まぁ、良いさ。お前の好きにしろ。俺は咎めないし、それを間違いだとは言わない。何故なら、正しいも間違いも総ては結果に付随するものでしかない。ならば、行動する事もしない事もそれその物には未だ意味がない。何故なら、その意味を作る者こそがそれを行った者なのだからな」

 

 ヴェルディアスはその身に纏う外套を翻しながら、歩を進める。その歩みの先に何が待っているのか、未来の姿をその眼に映しながら。決して絶望することはなく、普段通りに前を向く。その難解さを誰にも悟らせることはなく、大地の竜は進む。何故なら、それこそが彼にとって意味を生み出すための行いなのだから。



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代行者と■■

 ジュラ・テンペスト連邦、通称魔国連邦と呼ばれるそこは、今火急の事態に陥っていた。ファルムス王国と神聖法皇国ルべリオス直下の聖騎士からの強襲を受け、多くの犠牲者を出した。そして、現在は主であるリムルの願いを叶えるために戦闘状態へ移行していた。

 

 そんな中、リムルが魔王への進化(ハーベスト・フェスティバル)の領域へ至る。リムルとその配下に響き渡る世界の声に、まったく無関係の筈のヴェルディアスが反応する。そして、その事実にヴェルディアスは笑みを浮かべる。

 そんなヴェルディアスの反応から、アリーシャはリムルが覚醒種へと至ったことを理解した。それを止められなかった事もさる事ながら、それを歓迎しているヴェルディアスにも納得できない思いを抱いていた。傍らにいるエレボスとエルピスは理解していたが、特に反応する事はなかった。

 

「ほう、見事な結界ができているじゃないか。エレボスが手を出したのは二層目か?」

 

「はい。一層目の魔法不能領域(アンチ・マジックエリア)は街中から張られたようです。私が結界を張る前に聖浄化結界(ホーリーフィールド)もあったのですが……どうやら要石を総て壊されたようです」

 

「なるほど。相も変わらず、お前の魔法は芸術的だな。外側にある結界も中々の物だが、やはり事魔法に関してはお前を上回る術者は見た事がない。同種の悪魔であってもな」

 

「ありがたきお言葉です。これからも精進を続けていきたいと思います」

 

 エレボスはヴェルディアスの誇る最巧の魔法使いである。ヴェルディアスが右腕とするのがアリーシャとし、左腕とするのがラーマとするなら。ヴェルディアスが自信を持ってラーマの片腕を担っていると言えるのが、エレボスである。(ちなみにもう片腕はエルピス)

 

「さて、破るのは簡単だが、そういう訳にもいかんか。この結界も反魂の秘術のための物だろうしな」

 

「反魂の秘術というのは……魔王ルミナスの神聖魔法とはまた違うのですか?」

 

「ルミナスの神聖魔法というと、再誕(リ・バース)か?まったく違うな。術の難易度もそうだが、何よりも対象となる人数が違う。必要な条件こそほぼ同じだが、反魂の秘術に使用される魔素量、そしてその制御に求められる魔力。総てが尋常ではない規模であり、それを行使できる存在などそうはいない」

 

「……師匠であっても、ですか?」

 

「さて、どうだろう。使おうと思った事もないし、その機会にも恵まれなかったからな。だが、使おうと思えば使えるだろうよ。魔素量は竜種を上回る者などいないし、魔力制御に関してもそんじょそこらの相手に劣るとは思っていない。制御、という一点で言えば、俺は譲らんよ」

 

 どれだけ少なく見積もっても万年以上、究極能力(アルティメットスキル)を制御してきた経歴は伊達ではない。なにより、ヴェルディアスの有する究極能力(アルティメットスキル)は融通が利かない。通常であれば、何かを破壊しつくすしかない力が大半なのだ。

 星神之王(ゼウス)は元より、大地之神(ガイア)も制御を誤れば世界を滅ぼす力だ。ヴェルディアスの竜種としての力も、その一つ。以前、アリーシャが言った通り、ヴェルディアスは世界最強を名乗るに足る存在であり、その力は一つの世界を滅ぼして余りあるのだ。

 

「しかし、究極の領域に至らぬ身でこれほどの規模なら十分にすぎるか。さぁ、お邪魔させてもらおう」

 

 そして、ヴェルディアスは結界の足を踏み入れる。ヴェルディアスとしては最大限の配慮をした一歩だった。しかし、強大すぎる存在に結界の方が悲鳴を上げる。次なる一歩で薄氷を踏み砕くように結界が砕け散った。

 不幸中の幸い、と言うべきか。既に儀式が行われており、結界の中には魂を含めた魔素は収集されていたので問題はなかった。だが、もし到着が一刻でも早かったなら。総ての希望を砕く一手となっていたと言っても、過言ではなかった。

 

 しかし、次の瞬間。先ほどまで張られていた三重の結界を凌駕する結界を張ってのけた。エレボスが張っていた結界が芸術的な代物であったとするなら、ヴェルディアスの張った結界は神秘的な代物と言えた。エレボスもそれなりの時間をかければ、同じ物は作れるだろう。しかし、ヴェルディアスは事もなげに成し遂げた。それはヴェルディアスにとって、この程度は造作もないという事実を示唆していた。

 そのヴェルディアスの行動に、エレボスは感嘆の感情を抱いていた。ただの存在強度によって、周りの結界は元より自分が構築した結界すら粉砕された。その事実と共に、結界の構築技術でも上の技術を見せつけた。そんな事は今まで一度して、目の前に立つ存在以外為せた者はいない。それを軽々となす主の姿に改めて敬意の念を抱いていた。

 

 そして、歩を進めていった先。そこには神秘的と言ってもいい光景が広がっていた。白い布で身体を覆う少女の姿をした魔物――――リムル・テンペストと思しき者が反魂の秘術を行っていた。すぐ傍には貴族服をまとう悪魔が跪いていた。

 

原初の黒(ノワール)……」

 

 原初と名付けられた七体の悪魔。その一角が目の前にいる。その事実をその場にいた誰も気づくことなく、粛々と儀式は行使されていく。ヴェルディアスとしても、ここで余計な口を挟んで邪魔をする気は欠片もない。それに、ヴェルディアスとしても反魂の秘術を目にできる機会はそうはない。だからこそ、その様は一見の価値があった。

 そして、儀式も終盤となった時、ヴェルディアスはリムルに近づいた。そんなヴェルディアスを阻もうとするように動こうとする黒に対し、エレボスとエルピスが立ちはだかる。ヴェルディアスの邪魔をする者は何人であろうとも、認めないという意思が二人の行動からは見られた。

 

「邪魔をするな、黒」

 

「それはこちらの台詞です、金。我が君の邪魔をするなど言語道断」

 

「ならばどうする?我らを相手にして無事で済むと思うか?名前もなき一悪魔が」

 

 内側に抑えられていた魔素を露にしながら、エレボスとエルピスはそう告げた。その感情と魔素の高まりに反応するように、二人の身体から漆黒と純白の翼が現れる。戦闘態勢に移ろうとしている三体の動きを遮るように、ヴェルディアスとリムルが手を挙げる。

 

「そう急くな。俺はちょっとこの魔物に聞きたい事があるだけだ。邪魔をする気は欠片もないよ。構わないだろう?」

 

「了。そちらの要望に応じましょう」

 

 他でもない主に争う気がない。ならば、臣下たるこの身が立場を弁えずに暴れる訳にはいかない。互いに矛を下げ、自らの主に一礼する。その姿にアリーシャは特に感じいる事はなく、傍にいた魔人ミュウランと獣人グルーシスは胸を撫で下ろしていた。

 

「さて、質問をさせてもらうか。代行者(・・・)、お前の名は?」

 

「解。我が名は智慧之王(ラファエル)

 

「ほう……なるほどな。それはこんな事もできるだろうな。では、次の質問だ。お前は何を願う?」

 

「解。我が願いは(マスター)の願いを叶えること。それ以外には何の願いも持ちえません」

 

「ハハハッ、そうかそうか。それは重畳。ならば、そのまま主のために尽くすがいい。お前の主はこれから様々な敵と相対する事となるだろう。それを支えてやることが出来るのは、お前を始めとした臣下の尽力あってこそだろうしな」

 

「解。言われるまでもない事です」

 

「言うじゃないか。さて、態々ここまで来たんだ。俺も贈り物の一つもしなければならんだろう?」

 

 ヴェルディアスはそういうと右手を掲げるように開く。そこには金色の光に満ち溢れており、掌を開くのと同時に大空に飛んで行った。そして結界に衝突し、まるで粉雪のように落ちてくる。ちらちらと降り注いでいく黄金の光は地面で眠る魔物たちに当たり消えていく。

 

「遍く天の星辰よ、汝らの輝きでこの者らに星の祝福を。――――無謬の輝きに永劫変わらぬ福音を」

 

 ヴェルディアスはその瞬間、何人にも理解しえぬ領域にいた。少なくとも、その場にいた総ての生物にヴェルディアスを理解する事はできなかっただろう。そう、長年ともにいたアリーシャですら、その瞬間のヴェルディアスを理解することは出来なかった。あの時の彼を表現するのなら、まさしく『神』という言葉こそが相応しかっただろう。

 

「疑。一体何を……?」

 

「……知りたいか?なに、いずれ知る事もあるやもしれん。その時を楽しみに待っているがいい。可能であれば読み解いてみればいい。お前にできるのならば、な。代行者よ」

 

 ヴェルディアスの両眼に黄金の輝きが宿る。万物を圧倒するその輝きを前に、ラファエルは黙りこむ。少なくとも、ヴェルディアスに語るつもりはない。今の状態で語らせるにはタイミングが悪い。たとえ、ここで反魂の秘術を中止にしたとしても、ヴェルディアスとリムルの間には隔絶していると言ってもいい戦力差があるからだ。

 ヴェルディアスは単独でリムルを始めとした魔国連邦にいる総ての魔物を全滅させることが出来る。それは傍に控えているアリーシャも同じく。そして、次点で傍に控えている悪魔と天使のペア。単独で来るならいざ知らず、組まれた状態でこられれば勝率はかなり低いと言わざるを得ない。

 

「なに、心配する必要はないさ。この力はお前たちの力になる事はあっても、お前たちの害となる事はない。俺の、大地竜ヴェルディアスの名に賭けて、それだけは保証しよう」

 

 ヴェルディアスのその言葉を、ラファエルは信じるしかない。圧倒的上位種たる竜種の言葉を疑っても仕方がない。それ以上に、ヴェルディアスはラファエルたちに対して、嘘偽りを述べる意味がない。たとえ、害があるとしても、リムルたちにはそれに対して責める力がないのだから。

 弱肉強食という魔物たちの掟。その絶対的上位種に位置する竜種に敵う存在などそうはいない。ヴェルディアスは望む望まさざるに関わらず、その意志を否定する事を許さない。

 

「そんな事より、今はその儀式に集中した方がいい。俺がやったことは将来の保険でしかない。必要なければ、使う機会も生まれないような代物だからな。滅多にない機会だ。俺もゆっくりと眺めさせてもらおう」

 

 そう言うと、ヴェルディアスはそれ以上手を出さないという意思を示すように、道の端に退いていく。ヴェルディアスのその行動にラファエルは何も言わず、アリーシャは困惑した表情を浮かべる。ヴェルディアスの行動、その意味が理解できないからだ。

 ヴェルディアスの行動、それを理解する事が出来るのはヴェルディアス以外にはいない。星神たちの王たるヴェルディアスの内心を、アリーシャは測りかねている。エレボスもエルピスも、そして他の連なる究極の領域に立つ者たちも、それを当然として捉えている。

 

 しかし、そこで思考を止めていい訳がないのだ。ヴェルディアスは超常の存在だから、我々に理解できなくても仕方がない――――そんな思考が出来るなら、アリーシャはヴェルディアスの傍に仕えていない。弟子など長く勤められる訳がないのだ。

 他のヴェルディアスに連なる配下たちにとって、ヴェルディアスとは神に等しい存在である。生まれ故郷を奪われた者がいた。突如として、この世界に放り込まれた者がいた。悪魔に、時に人に騙され、死に瀕した者がいた。様々な困難に見舞われた者たちがいた。

 

 ヴェルディアスはその尽くを救ってきた。目に映る範囲で、己に救える範囲で、手を伸ばせる範囲で、あらゆる不幸を砕いてきた。そして、救われてきた総ての者たちが、ヴェルディアスに信仰を捧げた。様々な分野でヴェルディアスの力になりたいと願っている。

 その強大すぎる愛を、アリーシャはいつも危険視している。何故なら、愛情とは最も憎悪に近い感情なのだから。彼らの在り方が信仰に近い物であるとしても、その本質は崇拝であり愛情なのだ。ならば、それは受け止めなければならない物だ。理解を止めてはならない物だ。

 

 一つ一つが並大抵の熱量ではないそれを、受け止める絶対の存在。それがヴェルディアスという存在。そして、その行動には何かの意味がある。それを理解しなければ、アリーシャは共に立つことなどできない。だが、アリーシャはヴェルディアスの真意を測りかねていた。

 ヴェルディアスは保険だと言った。必要がなければ使う機会も生まれないと。ならば、何故このタイミングでヴェルディアスは『■■』を与えた?一体、ヴェルディアスの目には何が見えているのか?アリーシャはそれを見極めることが出来なかった。

 

「見てみろ、アリーシャ。美しい景色だとは思わないか?俺でもそうやすやすとは使わない秘術だ。しっかりと目に焼き付けておくといい」

 

 だというのに、当の本人が呑気なことを言っている。そのありようにはさすがのアリーシャでもイラっと来ていた。ヴェルディアス本人はそんなアリーシャの反応に苦笑を浮かべた。

 

「そう怒るな。言っただろう?保険のような物だと。さっきの行動には本当にそれ以上の意味はないんだ。必要なければ、最後まで眠り続けるだけの代物だ。気にしても仕方がない」

 

「そういう事ではありません。その行動の意図が分からないからこちらは……」

 

「悪いな。だが、無意味に緊張を強いる訳にはいかない。俺が垣間見た未来が絶対に訪れるとは限らない。しかし、絶対に訪れないとも言い切れない。ならば、そのための備えをしなければならない。今はまだ、この未来を知るのは俺だけで良い」

 

「師匠……」

 

 目の前の光景を見ているようで、どこか遠くを眺めているような視線。その視線を前にした時、アリーシャはいつも言葉に詰まる。それが何故なのかは分からない。どこか申し訳なさを感じている自分もいるが、その事にアリーシャは気づいていない。

 そんなアリーシャを見て、ヴェルディアスは苦笑を浮かべたまま髪を撫でる。お前のせいではないと、そう告げるように。髪から手を離し、ヴェルディアスは眼前の神秘的な光景に視線を向ける。死者を光が包み、その光を目に焼き付けながらヴェルディアスは刻み込むように告げる。

 

「ああ、そうだ。俺が必ず……この運命を覆すんだ」

 

 今はまだヴェルディアス以外誰も知ることのない運命を、彼は必ず覆す。何故なら、それが彼の前世から一貫した在り方であるがゆえに。



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星の加護

 ヴェルディアスは所有する宝物庫から一本の刀を取り出した。それは世界に存在する武具の中でも最上位に位置する、神話(ゴッズ)級の武具。眷星神たる鍛冶神(ヘファイストス)から渡され、しかし決して抜かれる事のなかった一品である。

 そもそも、ヴェルディアスは誰かから献上された武具を使うことはなかった。専ら、己の魔力によって精製された武具しか使用することはなかった。これは作った者の意志を貶めようとか、そういう事ではなかった。ただ純粋に、使うのがもったいないと思っていただけなのである。

 

 何故なら、ヴェルディアスに献上された武具たちは配下たる者たちの想いの結晶。それを己の我が儘のために揮うというのは、どうにも気が引けた。あくまでも自分の戦いは自分の物で、その戦いに誰かを、そして何かを参加させるというのが嫌だった。

 

「しかし、そうやって我が儘を言ってもいられんか」

 

 配下から受け取った刃は自分の手で精製される武器などよりも、よほど高い性能を誇っている。階級としては同じ代物であったとしても、何者かの意志を籠められているかそうでないかでまったく違う代物となる。意志の力とは案外馬鹿にならないものであるという事だ。

 刀身に魔力を奔らせていく。余剰分の魔力が一筋の雷に変換され、ヴェルディアスの頬を焼いた。頑強極まりない竜種の肉体すら焦がすほどの魔力。それがいかほどの破壊力を持っているのか、想像するに余りあるだろう。従来の魔物では存在する事すら難しいほどのエネルギー量がそこには籠められていた。

 

 通常、そんな力を籠められれば耐えられる訳がない。魔力を通した瞬間に粉々に砕け散るのが道理という物だろう。しかし、ヴェルディアスの手元にある刀に壊れる気配はない。寧ろ、そのエネルギーを受け止めるに留まらず、時間が過ぎるほどに力が膨れ上がっていった。

 刀を切り払い、力を払った。その瞬間、遥か彼方に存在した海を蒸発させた。刀を鞘にしまい、外に出た。その場にはヴェルディアスに仕える多くの者たちが頭を下げていた。世界につま弾きにされた者たちであり、ヴェルディアスに救われた多くの者たちがその場に集っていた。

 

「お待ちしておりました、ヴェルディアス様」

 

「ああ、待たせたようで悪いな。それと事情を説明できなくて悪いな」

 

「お気になさらず。我らはヴェルディアス様の爪牙。御身の剣であり、盾であり、目であり、耳でもある。我らの総ては御身がために存在しているのですから」

 

「……ありがとう。では、さっそく始めよう。――――汝らに祝福を授ける。永劫変わらぬ天凛の星の輝きを。俺に近づくための足掛かりたる自らの星を創世せよ」

 

 ヴェルディアスが手を向けると、手の中からテンペストで行われた物と同じ輝きがその場を包み込んだ。その輝きを受けた総ての者たちが、確実にヴェルディアスのいる境地に近づいた。究極の領域に至る者、そうではない者の別なく、その輝きを宿す祝福が包み込む。

 それは万能ではないが、多くの可能性を与える輝きであるが故に。途轍もない多幸感を彼らに齎していた臣下たる彼らにとって、ヴェルディアスに近づくという行為は畏れ多い物でありながら同時に大いなる幸福でもあったのだから。

 

「本当はこんなこと、したくはなかったんだがな……」

 

 本意ではない。それでも、世界を守るために打てる手は打っておかなくてはならない。はるか昔から見えていた未来。どうにか回避する事はできないか、そう思っていた。しかし、時間が経てば経つほどに避けられないのだと理解させられる羽目になった。

 ならば、こちらもなりふり構っていられないのだ。やりたくなくてもやらなければ、世界に未来はない。一人でも多く、あの存在に対抗できる存在を作らなければならない。己という存在が死しても、アレに抗える存在がいなければこの星は詰んでしまう。ヴェルディアスにとって、それは容認できない事だった。

 

「俺は託されたのだから。ならば、託されたものとしてやるべきことはしなければならないだろうが」

 

 この世界を生み出し、この世界を愛し、けれど、この世界に理不尽に踏みつけられた兄ヴェルダナーヴァからこの世界を引き継いだのだ。ならば、守らなければ。愛しき力のなき弱者たちが踏みつけられぬように。この世界の営みを踏みにじられることのないように。そのためならば――――

 

「触れるまいと思った輝きでも触れる。あの光景を繰り返すことになったとしても、この宿命を今度こそ踏破してみせよう」

 

 大いなる天頂神。そう呼ばれていた時代、目指していた光景を今度こそ齎してみせる。あの時は失敗した。だが、今度こそ自分は守るべきものを違えないと、そう心に誓いながら。ヴェルディアスは祝福を、『恩寵』とでも呼ぶべきそれを臣下に齎す。

 この輝きを今生において最初に授けられた者はアリーシャである。次に十二星神。そして、テンペストの民たち。つまり、この輝きをその身に受けた者は本当に数が少ない。それだけ、ヴェルディアスがその輝きを授ける事を避けてきた、という証明でもある。

 

 その輝きを、『恩寵』を授ける。その意味の重さを知る者は決して多くはない。それこそ、最初にその輝きを受けたアリーシャぐらいのものだろう。だからこそ、彼女はその事実を重く受け止める。決してその『恩寵』を授けようとしなかったヴェルディアスが、配下とはいえ惜しげもなく『恩寵』を与えようとする。それはつまり、それだけの事をしなければならない相手が目前に迫っているという証左でもあるからだ。

 ヴェルディアスは宝物庫から取り出した刀を腰に差し、跪く部下たちの道を歩いていく。その後ろをラーマが続き、最後まで歩いた瞬間にラーマは言葉なく手振りだけで解散を命じる。その命を受けた従者たちはすぐさま元の作業に戻っていった。それを確認したラーマはヴェルディアスに語り掛ける。

 

「ヴェルディアス様、ありがたく存じ上げます。これからも粉骨砕身、お仕えさせていただきたく」

 

「ああ、頼りにしているよラーマ。六星竜王のトップとここの侍従長……二つの頂点としてある身で多くの苦労を掛けると思うが、よろしく頼む」

 

「何を仰います。天地を統べる竜種の頂点におわしますヴェルディアス様と比べれば、この身の負担などなんのその。比べる事すら烏滸がましいものでありましょう」

 

「それほどではないよ。ただ俺は悠々自適に生きているだけだ。何かを背負うなど……そこまで言えるほどの何かをしている訳ではない。俺は俺がするべき事をしているだけなんだから」

 

 ヴェルディアスの眼光に黄金の色が宿る。かつて果たせなかった物、そしてかつて自らの意志によって捨ててきた物。その象徴たる輝きがヴェルディアスに宿る。人智を超越した文字通り、神の領域ともいえるその輝きにラーマは己の想いの正しさを知る。

 目の前の御仁こそ、神の領域に立つ存在。他の妹方や弟御とは及びもつかぬほどの高位の位置に立たれている。自分が同じ領域に立ったとしても、この方には届かないのだと確信していた自分は決して間違ってはいなかったのだと、そう理解する事が出来た。

 

 この方こそ、遥か空の彼方にて輝く恒星そのもの。遍く万民にその輝きによって恩恵を齎す、天頂の星の耀きを確かにこの方は宿していらっしゃるのだと。ラーマはそう思わざるを得なかった。竜の特異個体として誕生し、同種からも親からも見捨てられ大地竜に見いだされた雛はそう思う以外の選択肢がなかった。

 

「ラーマ、お前に頼みがあるんだが……良いかな?」

 

「なんなりとお申し付けください。御身の願いであれば、全力をとして叶えてみせましょう」

 

「ありがとう。では――――六星竜王の召集を。俺手ずから探しに行ってもいいが、俺は俺で錆落としをしなければならん。俺の世話など放っておいても構わんから、フウガ以外の者たちに通達しておいてくれ」

 

「かしこまりました。では、ミツビとクロムにはエルピスとエレボスを向かわせましょう。ホムラとミズリは探索特化の配下を動員させて探し出しましょう。期間などはございますでしょうか?」

 

「いや、特に設けてはいないよ。早いに越したことはないが、遅くとも問題はない。やることは先ほどやったことと同じだ。まぁ、お前たちには加護と同時にそれを使いこなす鍛錬も加わる訳だが」

 

「それこそご安心ください。ただ加護を戴いただけで終わりなどという軟弱な思想を持っている者は、この地にはおりません。皆、すぐにでも加護の習熟を始めさせます。ご安心ください、ヴェルディアス様。我らは必ずや御身の御力になってみせましょう」

 

 この瞬間にもラーマは自らの星を把握する事に全神経を張り巡らせている。その与えられた加護が一体どういった物であるか、ヴェルディアスから何の説明を受けてもいない。それでも、ラーマは理解しようとする。ただ何もせずに待っているだけの奴には、何も得られない事を知っているから。

 

「……やはり、俺の目に狂いはなかった。お前は恐ろしく感じるほど素晴らしい。俺の与えた星を、もう理解しようとしている。お前を今の地位に据えた事は間違いではなかった」

 

 そして、その事実をヴェルディアスは見抜いていた。ヴェルディアスの与えた加護は、その根本からしてこの世界のルールとは異なる。ヴェルダナーヴァが敷いた世界の理とはまったく別種の代物なのだ。それをノーヒントで欠片とはいえ理解する。それはさながら単語の意味も文法も何も知らない状態で、外国語を欠片でも理解したに等しい。

 

「だからこそ、お前には見せておこう。星の極点、お前ならば立ち入れるかもしれない極致の姿を」

 

 ヴェルディアスたちは訓練場にたどり着いた。元々、ヴェルディアスは六星竜王筆頭であるラーマに教示をするつもりでいた。その前に欠片程度とはいえ、理解しているラーマの理解力の高さに苦笑を禁じえなかったが。それでも、ラーマは知るべきだと思った。

 

「さぁ、刮目せよ。お前もまた至れる可能性を持つ存在なのだから――――■■せよ、我が守護星」

 

 ヴェルディアスの圧力が増していく。今この瞬間、竜種たちの頂点に位置するヴェルディアスの力は文字通り桁外れの領域に足を踏み入れた。ラーマは目の前のこの偉大なる存在を例える言葉があるとするならば、それこそ『神』という他ないと思わざるを得ないほどにヴェルディアスは極まっていた。

 

「お前ならば分かる筈だ、ラーマ。お前は俺の配下の中でも最も才を持つ秀でた者。この輝きを見れば分かる筈だ。お前が持っているその星の使い方を。俺の錆落としのついでに、お前の星を確認させてもらおう」

 

 大いなる天頂神の言葉に、ラーマは奮起する。今この瞬間に目の前にいる『神』は自分に期待を向けている。いや、ずっと昔から期待を向けてくれていたのだ。それは侮蔑や畏怖の感情ばかり向けられていた己にとって、求め続けていた感情だった。だからこそ、その期待に応えたい。その想いに真摯に向き合いたいのだ。

 

 その感情をこそ、ヴェルディアスは尊んでいる。己の配下の中でラーマこそが、己の後釜として君臨する可能性を持つ者だからこそ。己に万が一があったとしても、ラーマであれば世界を任せるに足る存在に成長することが出来るのだと信じている。

 無論、万が一があるなどとは思っていない。己の役割を誰かに押し付けようとなどとは欠片も思っていない。来たるべき時が訪れようとも、自分が勝利するために全力を尽くす。それこそ生前に戦乱の時代を駆け抜けた時と同じように。

 

「胸をお借りします、ヴェルディアス様」

 

「良いとも。寧ろ、こちらも肩を借りる訳だからな。遠慮なくかかってくるといい」

 

 ヴェルディアスのその言葉に、ラーマは改めて自身の内側に意識を向ける。ヴェルディアスが発する星の輝きを参考に、自身の内側に確かに存在する星の輝きを表出させていく。その輝きはヴェルディアスの思い描いていた物とは違ったが、確かにラーマらしいと思えるものだった。

 

「素晴らしい……加護を与えたばかりだというのに、断片程度とはいえもう掴むか。さしもの俺でも、最初にそこまでは……どうだったか?」

 

 自分の過去がどうだったか、振り返ろうとした瞬間に昔すぎて忘れている事に気づく。そんなポンコツさを晒している主に気づかず、ラーマは星の光に潜行していく。深く、より深く、星の理、その深淵に触れんと輝きに手を伸ばしていく。

 

「……ふむ。そこまでだ、ラーマ。それ以上は、お前の身体が持たんぞ(・・・・・・・・・・)

 

「………………」

 

「相当没入しているな。最初でそこまで深淵に行けるのは才能だろうが……安易に手を伸ばしすぎると戻れなくなる。そろそろ本格的に止めんとな」

 

 ヴェルディアスがそう呟きながらラーマに一歩近づいた瞬間、ラーマとヴェルディアスの腕が一瞬ブレた。次瞬、訓練場に張られていた結界に罅が入った。その罅はすぐさま修復されたが、ラーマの意識は戻ってはいなかった。

 

「酔っている、か。始めから飛ばしすぎだ。俺の期待に応えたい、そう思うお前の気持ちはありがたいが、それでそこまでの状態になられても迷惑でしかないんだがな」

 

「――――■■せよ、我が守護星」

 

「まぁ、良いとも。お前には頼りっぱなしだった事だし、少しはガス抜きをさせてやらなければと思っていたところだ。その相手をしてやる必要はあるだろうしな」

 

 黄金の雷と白色の雷が衝突する。互いにぶつかり合って相殺しあい、何もせずとも地面を抉り空間を焼いていく。そんな中、ヴェルディアスは腰元の刀を抜いた。異色の雷が荒れ狂う中でも、『我はここにあり』と主張するがごとく強烈に、鮮烈に、刀身に膨大な力が集まっているのが感じられた。

 

「さぁ、来い。お前の星の調べを、俺に届かせてみろ」

 

「■■■■■――――!」

 

「……驚いた。星の繋がりから俺の前世の名を読み解いたか。やはりお前は面白い」

 

 笑みを浮かべながら、空間を歪めて異空間化させる。これで世界に対する影響を気にせずに戦える。自分たちが全力を出せる環境を整えた。これで何にも気兼ねせずに力を振るうことが出来る。そこまでしなければ、戦うという行為に世界が耐えられないのだ。

 作り上げられたその異空間はさながら――――広大な宇宙のようだった。大いなる天頂神と大いなる巨神がぶつかり合った。それはさながら、神々と怪物の大戦争のように。



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六星竜王

皆さま、新年あけましておめでとうございます。
これからも遅々とした形ではありますが、これからも更新は続けていくつもりですのでよろしくお願いいたします。


「主様、お久しぶりです。フウガ・ゼノ、お呼びに従い参上いたしました」

 

「この間ぶりだな、フウガ。ラミリスは壮健か?」

 

「ええ。リムルの旦那が用意してくれたベレッタのおかげで、俺も安心して離れられるってもんですわ」

 

「ほう?そんな事もしてくれていたのか」

 

「つっても、この間の魔導巨人――――聖霊の守護巨像(エレメンタル・コロッサス)の代理ですがね。そりゃもう、完膚なきまでに破壊されてましたよ」

 

「ふっ、余計な挑発でもしたか?あの年頃のラミリスは精霊たちの母というにはいささか浅慮で力も弱い。大方、相手の実力を測り損ねたんだろう」

 

「まっ、それはご想像にお任せしますよ。それより聞きましたよ、主様。あのラーマが暴走しかけて、そんなラーマを半殺しにしたとか?あいつが暴走しかけるのも信じがたいが、主様が半殺しというのも中々信じがたい。配下には甘いと言われても仕方ないほどのあなたが。――――何をされたんですか?」

 

「お前たちを招集させた理由だな、それは。お前たちに与える物を先んじて与え、その鍛錬をしようとしたら、といったところだな。あいつの勤勉さを甘く見すぎた結果だよ」

 

「しすぎた、と?」

 

「アイツが深淵を覗きすぎてな。まぁ、俺がやってみろと言った手前、偉そうな事は言えん。だが、やはりあいつは素晴らしい。俺の望んでいた以上の領域に足を踏み入れたんだからな」

 

「期待以上、でしたか」

 

「そうだな。というよりは、俺がラーマを甘く見すぎていたのかもしれん。あいつの謙遜を真に受けすぎていたというべきかもしれんがな」

 

 ヴェルディアスが望んでいた以上の成果を、ラーマは示してみせた。ラーマの才覚に関しては重々承知していたつもりだったが、その認識を改めるべきだと思わせられる時間だった。ヴェルディアスは精々、片端でも構わないから理解する事が出来れば十分だと思っていた。

 基軸世界と呼ばれるこの世界の法則とは全く異なる法則(ルール)。それがヴェルディアスの与えた力なのだ。そんな力の深淵を覗くほどの理解力、しかもヴェルディアスから何の説明も受けずにそこまでの領域に至る。その姿に、ヴェルディアスはラーマの才覚の一端を見た。ラーマは既に、竜種へ至るための階、その最終段一歩手前まで至っている事を理解せざるを得なかった。

 

「しかし、星の力、ですか……そんなものがあったんですね。知りませんでしたよ」

 

「当然だろう。ほぼ誰にも話したことはないからな」

 

「ほぼ、という事はどなたかには話されていたのですか?」

 

「精々、アリーシャぐらいのものだ。あとは、十二星神の『智慧神(アテナ)』か。他の者にはきちんとした説明をしたことはないよ。至れば分かる事だからな」

 

「それはそれは。なんともスパルタな事ですね」

 

「スパルタか。まぁ、そう言われても無理はないが。こればかりは説明されても理解できるとは限らんからな。結局はその領域に至ってみない事には理解などできないだろうさ」

 

「それは……主様の出身にも関わりがある話ですか?」

 

「……何のことだ?」

 

「またまた。そうやって御隠しにならずとも宜しいでしょうに。常々思っておりましたが、我らが主の思考は私どもとは違いすぎる。まるで違う世界から(・・・・・・・・・)来たかのように(・・・・・・・)

 

「……珍しい事もあるものだな。お前はそういう、余計な詮索はしないものと思っていたよ」

 

「まぁ、俺も普段ならこういう藪蛇はしたくないんですがね。ただ、聞かなければならない時は聞きますよ。この世界でも頂点に君臨していると言って遜色ないあなたが、こんなに急に戦力を増強している姿を見せられれば」

 

「なるほど。不安を感じさせてしまったという訳か」

 

 無理もない。ヴェルディアスは誕生して以降、率先して動くようなことはなかった。弟子たちを増やしたことも、様々な者たちを救ってきたことも、様々な存在を滅ぼしてきたことも、その多くが成り行きであることが大半だった。そんな事なかれ主義とでも言うべき存在が、ここまで急に事態を動かしている。その事に、不安を感じずにはいられないのは当然の事だ。

 ヴェルディアスもそう言われては、反論のしようもない。事実として、その通りだからだ。ヴェルディアスは急いで戦力を整えなければならない。そういう急務に追われているのは言い訳のしようのない事実なのだから。

 

「いずれ分かる、というのは逃げか。だが、お前だけに説明すると二度手間になってしまう。他の竜王が揃ってからでも構わないか?」

 

「もちろん。ご説明いただけるのなら、それに越したことはありません。それに、説明していただけないとしてもどうせやる事には変わりないのでしょう?」

 

「まぁな。その一件がなくとも、いずれは訪れていた可能性の高い事だからな」

 

「では、無理強いはしないでおきます。他の連中にバレても面倒にすぎますからね」

 

「お前らしいことだな。さて、そろそろ時間か」

 

 ヴェルディアスがそう呟くと、目の前に四つの魔法陣が現れた。そこには黒い装束を身に纏ったクロムとそれとは対照的に白い装束を身に纏った金髪の少女(ミツビ)。そして中華服を身に纏う赤髪の青年(ホムラ)と同じく中華服を身に纏う蒼髪の女性(ミズリ)が姿を現した。

 

「ヴェルディアス様におきましてはご機嫌麗しく。招集に応じ、クロム・ブルグ参上いたしました」

 

「同じくミツビ・ニュー参上いたしました。ご尊顔の拝謁を賜り、光栄の極みにございます」

 

「ホムラ・ローグ、ここにまかりこしましてございます。主上におかれましてはご健勝のこと、なによりでございます」

 

「主様、ミズリ・エルここに参りました。その威光、聊かもお変わりのないようでなによりでございます」

 

「ああ、皆変わりのないようで何よりだ。そこまで硬い対応を取らずともいい。まずは近況でも聞かせてくれ。特にホムラとミズリは顔を合わせるのも久しぶりだ。土産話でもあると嬉しいな」

 

 ヴェルディアスはにこやかに配下の到着を歓迎する。主であるヴェルディアスをして、六星竜王が一堂に会する場というのは中々に珍しい場面である。加護を与える事も大事ではあるが、こうして顔を合わせる機会が珍しい相手とは出来る限り会話を交わしたいと思っている。

 

「私どもの話がヴェルディアス様の無聊の慰めとなるならば、喜んで。しかし、ヴェルディアス様。何かご用向きがあったのではありませんか?先にそちらを済ませてからにいたしましょう。ヴェルディアス様も心配事を片付けてからの方がご安心いただけましょう」

 

 ミズリのその言葉に、久方ぶりに顔を合わせたクロムとミツビ、フウガは驚いていた。ミズリはかつてのクロムやフウガの言葉通り、阿婆擦れという評価を受けていた。それは魔物の身の上でありながら、自分よりも上位に位置するヴェルディアスの子を欲しがり、その上で同僚や部下である者たちに多大なる迷惑をかけてきた。

 魔物はその性質上、子供などを作ればその力が大きく削がれる。ヴェルディアスの配下でありながら、その主たる存在を貶めんとする。その思想そのものを六星竜王のほとんどの者が毛嫌いしていた。だからこそ、その変化は驚愕に値した。

 

 ヴェルディアスもまた驚いていたが、すぐに笑みを浮かべて手を差し伸べた――――と思いきや。デコピンの形に変えて、ミズリの額に当てた。それと共に、まるでガラスが砕け散ったかのような音がその場に響き渡った。その音に、ホムラは額を手で抑えていた。

 そして、ミズリは少し仰け反って顔を上空に向けた。そして、目を見開いた。偶々その場面を見ていたメイドの一人が、ミズリの変貌に悲鳴を上げていた。先ほどまでは静謐といっても差し支えなかったミズリのオーラが次の瞬間、荒々しい濁流の様なソレに変化したからだ。

 

「ああ、主様!愛のムチですか?愛のムチなのですね!?あのような姿を晒されるよりも、こちらの方が好ましいという事ですね!?流石は主様です!私のありのままを受け入れてくださる方はやはり御身を除いて、他にはいらっしゃいません!」

 

「暗示の類かな?何やら術式がかかっていたように見えたから破ったんだが、自分を抑え込んでいただけだったみたいだな。いや、何か洗脳でもされたのかと思ったぞ」

 

「素の私はどうも毛嫌いされているようでしたので、ちょこっと弄ってみましたの。いかがでしたか、主様?」

 

「悪くはなかったよ。でも、俺は今のお前を見て六星竜王に加えようと思ったんだ。お前の愛情の示し方を周りの者が嫌っているからと言って、別にそれに従う必要はないんだ。好きにするといい。俺はお前の在り方を否定はしないから」

 

「ああ、ありがとうございます主様!やはり私の愛を受け止められる方は御身だけです!どうか私と共に子を生してくださいませ!きっと素晴らしき子が産まれる事でしょう!」

 

「それとこれとは話が別。それに、今はしなければならない事があるからな。どちらにしてもその話は乗れないよ」

 

「そんな~……でも、諦めませんわ。いずれ!いずれ必ず主様の子供を産んでみせますわ!」

 

 あまりの豹変具合に他の三人は開いた口がふさがらなかった。残りの一人ことホムラは本格的に見ていられなくなったのか、右手で顔を覆って上を向いていた。一番に意識を取り戻し、ホムラに詰問したのがミツビだった。

 

「ホムラ君、これは一体どういう事でしょうか?一番新参者である君に任せる事を心配はしていましたが、余計に酷くなっていませんか?」

 

「ま、待ってくださいミツビ姐さん。俺もこの結果は予想外でして……」

 

「予想外?では、君の予想とは一体どういう物だったのですか?」

 

「ミズリの姐さんは皆さん知っての通り、我が強いだろ?特に主上にこだわっていらっしゃる。俺にはよく分からねぇけど、強い遺伝子を残したいと願う雌の本能?とか言ってたし。だけど、そのガツガツした姿勢が良くないんじゃないか、って言ったんだよ」

 

「それで?」

 

「だから、自制心を養ってその姿勢を抑え込めば喧嘩にはなりにくいんじゃないかって言ったんだよ。でも、『自制心を養うとか無理!』とか言われたから、じゃあ一先ず暗示を使ってみたら?って提案したんだよ」

 

「それで、その結果がアレですか?」

 

「……多分、予想だけど暗示で抑圧されてた分、爆発してるんじゃないかと」

 

「爆発、ね……あまり変わっていないのでは」

 

「それは……俺には何とも言えないです」

 

 ホムラは目の前で行われているやり取りから目をそらしてそう言った。自分から提案しておいてなんだが、こんな風になるとは全く予想だにしていなかったのだ。ホムラ自身はお世話(?)になっている恩人が同僚に毛嫌いされているのもなんだったので、もう少し良好な関係にしようと知恵を絞っただけなのだ。

 それが分かるからこそ、ミツビはホムラを責めずらかった。ホムラに迷惑をかける目的があった訳ではなく、彼は若輩者なりに先輩であり同僚でもある自分たちの仲を案じただけなのだ。だからこそ、ホムラを責めるのは筋違いだ。一番責められるべき存在がいるとすれば――――

 

「おい、いい加減にしろ阿婆擦れ。ヴェルディアス様に対して迷惑だろう。要件を優先させたのは貴様の癖に、自分の欲求を優先させるとは何を考えている」

 

「相変わらず、むさ苦しいわねクロム。昔はあんなに小さかったのにねぇ」

 

「昔の話など下らん話はしておらん。そもそも、強者としての誇りも持っておらん貴様に、昔の事など言われたくはない」

 

「強者としての誇り、ね。そんな物に何の意味があるというのかしら?この場にいる私たちの誰もが、偉大なる宗主であるヴェルディアス様には敵わない。どんぐりの背比べに一体、どれほどの価値があるの?」

 

「ヴェルディアス様に敵う者などいる訳がない。その意見には同意します。しかし、だからといって殿上人と評するべきヴェルディアス様を引きずり落とすような行為が許されるわけではない。大地に生きる多くの者からすれば、我々もまた強者。ならばそれに見合った振る舞いがあるべきでしょう?」

 

「あなたこそ女であるというのに分かってない。強者だからこそ、次代には最強を願う。そうでなくても、ヴェルディアス様をお慕いする者であれば、その子を我が身に宿したいと願うのはごく自然な事だと思うけれど……あなたは違うの?ミツビ」

 

「世迷言を……我々は大地竜の眷属であり、その御許にて侍る事を許された特別な存在。その行為に感謝の意を帯びて侍る事はあれど、欲情を抱くなど許される筈がない。そもそも、子供?我らは次代に任せなければならないほど弱くなどないし、願いを託すような事はしない」

 

「ああ~……お前ら、うるせぇよ。主様の話が始まらねぇだろうが。痴話喧嘩していたいんなら後でしろ。お前らの不満のぶつけ合いに俺を巻き込むんじゃねぇ」

 

 フウガは言葉と共に、諍いを続ける同胞を威圧する。その威圧は若干ではあるもののふざけていたミズリを始め、クロムとミツビ、ついでにホムラを圧迫する。面倒くさがりではあるが、フウガはこの場に集う六星竜王の中で最も強い。ラーマに次ぐ強者、それこそがフウガ・ゼノと名付けられた個体である。

 

「主様、喧しくて申し訳ありません」

 

「いや、構わんさ。お前たちのやり取りを見るのも久方ぶりだ。見ていて楽しいよ」

 

「それは何よりでございます。しかし、私としましては先に要件を済ませていただきたい。時間は、そう多く残されている訳ではないのでしょうし」

 

「それもそうだな。では、始めようか――――駆動せよ、我が星よ」

 

 ヴェルディアスの右手に光が集まり始めた。その光景に、四人は自然と膝をついた。その光から、莫大なまでの力を感じたからだ。膨大な力の奔流のようでありながら、それは完璧なまでに制御されている。そして、同時に理屈ではなく感覚で理解していたのだ。目の前にあるソレが、何かの切れ端でしかない事を。

 

 末恐ろしい。まさしく、その一言に尽きる。少しはこの手が届いていると思っていた。名を与えられ、繋がりを与えられ、力を与えられた。無論、それを己の物とするために努力もしてきた。しかし、これでは影を踏めているかすら怪しくなってくる。

 

「――――不安がるな。お前たちもまた、この力を、『星辰』を得るのだから」

 

 光はその輝きを増して四人の身体に浸透していく。本来、段階を踏んで解放されていく階をヴェルディアス自身の手によって昇らされていく。しかし、それによって暴走するなどという事はなく、それがどういう力なのかを各々に刻み込んでいく。その膨大という言葉では足りないほどの情報量に、険しい表情を浮かべる四人。

 

「さぁ、星をその身に宿し、その輝きの奔流へと昇り、その輝きを自らの物として受け入れよ。お前たちの輝きが如何なるものとなるのか、俺に見せてくれ」

 

 その言葉を最後に、四人は気絶した。ヴェルディアスとしても無茶な事をしたという自覚はある。しかし、懇切丁寧に階を登っていく時間を作る余裕はない。急がなければならない。その焦燥感を何とか抑えながら、四人が目覚めるのを待つのだった。



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幕間・十二星神

 新月の夜、空には星が満ちていた。その輝きを放つ総てが同じようでいて、まったく違う星の輝きを持っている。それは万古不易たる輝きであり、満天下を照らし出す無謬の光だ。その総てをあるがままに愛さなければならないと、そう思った者がいた。

 そう思うが故に悩みを抱えこまなければならないのだと、理解していても。止める事は決してできない。それを理解しているからこそ、見出された者たちはその想いに応えようと躍起になる。これは見出す者ではなく、見出された者たちの話である。

 

――――人魔統合国家セリオン。リムル擁するテンペスト以外で魔物と人間の共存を成し遂げている国家であり、ヴェルディアスの庇護を受けている者たちの集う国家。

 

 セリオンはヴェルディアスの加護を受けた上位十二名の支配を受ける国である。その事実は多くの者が知るところであり、それ故に権力を求める者たちは何とかその家にへばりつこうとしている。無論、その十二名もその辺りは理解したうえで接しているのだが。

 そんな中で、その十二名のまとめ役たるミュリア・アル・ネリ・セリオンは諜報部のまとめ役であるユリア・ノーティスから報告を受けていた。諜報部は島国であるセリオンの要。それを理解しているにも関わらず、セリオンに滅多に姿を現さないのだ。

 

「それで、こんな早朝から一体どうしたと言うのです?何か火急の要件でも?」

 

『火急というほどではありませんが。お伝えしておいた方が良いかと思いまして』

 

「……余計な言い回しは結構。事実だけを伝えてください」

 

『では、お言葉に甘えて。魔王の誕生を確認しました』

 

「魔王?それは覚醒級の魔王という意味ですか?それとも魔王種を獲得した魔物が現れたという意味ですか?ないとは思いますが、後者であるのなら時間の無駄遣いも甚だしいですね」

 

『もちろん、覚醒魔王の誕生ですよ。今の十大魔王の中でも数少ない覚醒級の魔王です。名前はリムル=テンペスト。種族は魔粘性精神体(デモンスライム)

 

「待ちなさい。……スライム?あなたは今、スライムと言いましたか?」

 

『ええ。彼は間違いなくスライムですよ。魔王となる前から、彼の情報は会得済みですから』

 

伝令之星神(ヘルメス)たるあなたが、無名の魔物時代から?一体、どういう風の吹き回しなのですか?」

 

『それはもちろん――――ヴェルディアス様直々のご命令でしたから』

 

 その言葉を聞いた瞬間、ミュリアは座っていた椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった。その顔には信じられない物を見たと言わんばかりの驚愕と、ふざけるなと言わんばかりの嫉妬と憤怒の感情があった。その感情を受けているユリアは無表情を貫いていた。

 

「あなたは……」

 

『……まぁ、あなたの仰りたい事は分かります。ですが、職務を優先させていただいても?』

 

「……良いでしょう。続けてください」

 

『では、遠慮なく。現在、仮称魔王リムルは魔王たちの宴(ワルプルギス)に参加しています。恐らく、そこで魔王クレイマンが落ちます』

 

「魔王クレイマンが敵対行動を取っていた、という事ですか。魔王種を獲得した程度の魔物と覚醒級の魔王との戦い……結果は見えていて当然、というべきですか」

 

『一抹の不安要素はありますが、概ねその通りに進むと思われます』

 

「不安要素、というと?」

 

『数日前、獣王とミリム様が戦われたのはご存じですか?』

 

「ええ。その余波でユーラザニアの首都が焼き払われたとも。確かに、ミリム様の行動は不可解なものではあります。しかし、それにクレイマンが関わっていると思うのですか?」

 

『推測ではありますが。どうもクレイマンは元々カザリームの配下組織「中庸道化連」という組織の一員だったそうです。カザリームの異名は呪術王(カースロード)。そこから何かしらの手引きがあった可能性があります』

 

「ですが、呪術王(カースロード)は魔王レオンに滅ぼされたはずでしょう。いくら、彼が死に縛られぬ妖死族(デスマン)であったとしても、覚醒魔王となったレオンに滅ぼされたのなら、生きられぬ筈でしょう」

 

『確かに、その通りではあります。しかし、確認したところ「中庸道化連」は未だ活動を続けている。という事は、何かしらの要因があってカザリームは存命。或いはカザリームと同等の能力を持つ者がいる、という事の証左でしょう』

 

「ふむ……まぁ、それは構いません。それで、今回その情報を持ってきた理由は何ですか?」

 

『ヴェルディアス様はかの魔王をただの魔物であった頃より、注目されていました。ただの魔物であった時期ならまだ良いかと思いましたが、覚醒魔王に至られた今となっては報告しない訳にはいかないと思った次第です。それに、この国は暴風竜さえも従えているのですから』

 

「ヴェルドラ様を?それほどまでにその魔王は強力な存在なのですか?」

 

 彼女らの崇拝の対象である大地竜。その兄弟であり市勢にその名を知らしめる暴風竜を従える魔王がいるとするならば、それは一種の危険存在でもある。その手の及ぶ可能性が低くとも、可能性があるのならその存在は容認できない。

 ただの一魔王であるうちに潰しておく。覚醒魔王であろうと、セリオンの全戦力を投入して潰す。それだけの用意が彼女にはある。彼女の私兵とも言える英雄戦士団を用いる事を躊躇いはしない。そんな彼女の意志に他の加護を受けた者たちも拒絶はしないだろう。

 

『いえ、力量的にはそこまででしょう。様々な能力を所有し、究極能力(アルティメットスキル)も所有しているようですが、逆に言えばそれだけです。我々のような『星』にも目覚めてはいない。今は敵対するよりも友好的な関係を築いた方が得策かと』

 

「恐るるには値しない、と?」

 

『あなたの英雄戦士団で配下たちを制圧しつつ、我らが抑え込めば完封できる。脅威度としてはそのぐらいでしょう。ギィ・クリムゾンやルドラ・ウル・ナスカには及びません』

 

「あの二人では比較対象にならないでしょうに……まぁ、良いです。現状、敵対するほどの力量差はないという事は分かりました。それであなたは何を物議にあげたいのですか?敵対しないだけであれば、我々が何かをする必要はないでしょう」

 

『ヴェルディアス様のお気に入りですよ?』

 

「ヴェルディアス様が我らの干渉を望んでいるとでも?こと情報収集に関して、あなた以上の存在はそうはいない。ですから、あなたは力を貸すことを願われている。しかし、我々はそうではない。言い方は悪いですが、セリオンは島国です。そのような遠方の地に尽力する必要があるとでも?」

 

『意外ですね。あなたがヴェルディアス様のお気に入りと繋がりを持とうとなさらないとは』

 

「その事で以前、ヴェルディアス様から叱られていますから。私としても、この国としても、別に負担というほどではありませんでしたが、ヴェルディアス様から見れば過分にすぎたのでしょう。それ以来、何かしらの利点がない限りは繋がりを持たないようにしています」

 

『なるほど。しかし、この国には一考の価値がありますよ智慧之星神(アテナ)

 

「ほう……?それは、どのような?」

 

『かの魔王はおそらく転生者であると思われます。別世界の道具や食事を始めとした物を、この国で再現しようとしている。それは一種の財産だ。そして、それが魅力的な代物に見えれば見えるほどに、人は魅了されていくものです。すなわち――――』

 

「――――その国が西方諸国の経済圏の中心になる、と?」

 

『ご慧眼、何よりです。そう、彼の国こそ次代の世界の中心となるでしょう。外貨の獲得と考えれば、良い相手だと思いますが?』

 

「……あなたの言い分は分かりました。確かに、一考の価値はある相手だと認めましょう。しかし、解せない事が一つあります」

 

『なんでしょうか?』

 

「何故、あなたはそこまでその魔王とその国を推すのです?確かに魅力はある。しかし、あなたはそんな国と国のやり取りなど、興味はないでしょう。教えていただきたい、伝令之星神(ヘルメス)。ただ、ヴェルディアス様のために生きると豪語するあなたが何故そこまで?」

 

 ヴェルディアスのために。これは何もユリアに限った話ではない。ミュリアとてそうだし、他の星神と呼ばれる者たちもそう。ヴェルディアスに救われ、その輝きに魅了された者たちは皆そう言うだろう。ヴェルディアスに総てを捧げる狂気。それこそが星神となった者たちの共通点であるが故に。

 

『それは単純ですね。――――私が、個人的に気に入ったからです』

 

「ほう……?あなたらしくもない、根拠もない独善とした答えですね」

 

『気に入りませんか?』

 

「いいえ?実に、実に分かりやすい答えでしたとも。自分が気に入ったから。なるほど。それ以上にシンプルな答えなど存在しないでしょう。気に入りました。テンペストとの国交、私を中核として議題に挙げさせていただきます」

 

『ありがとうございます、智慧之星神(アテナ)

 

「礼など不要です。あなたは情報を集め、それを私に報告した。私はそれを吟味した上で、国交を樹立した方が利益があると判断した。故に、この行動を取った。それだけの話なのですから」

 

『それでも、ですよ。では、礼替わりではありませんが、情報をもう一つ。魔導王朝サリオンも彼の国との繋がりを持とうとしているようですよ』

 

 その言葉に、ミュリアの笑みが深くなる。何故なら、魔導王朝サリオンの皇帝こそ、彼女の実妹エルメシアその人なのだから。何度か話をしようと国交を結ぼうとしたが、拒絶されてきた。しかし、今回の一件で繋がりを持つことが出来れば――――。

 

「ふっ、それは実に良い情報です。感謝しますよ、伝令之星神(ヘルメス)。尚の事、彼の国との国交を議会で成立させてみせましょう」

 

『それは何よりです。では、これにて失礼させていただきます』

 

 通信が切れ、そこにあった鏡には実に良い笑顔を浮かべているミュリアの姿があった。この後は定例議会の時間があり、そこでどうやってこの議題を通そうかと思考加速スキルまで使いながら考えていた。そして、案をまとめると即座に命令して書類制作を行っていた。

 

 そして、定例議会の時間。この議会のために作られた円卓の間に伝令之星神(ヘルメス)ともう一人以外の星神達が集っていた。各々がそれぞれに役割を持っており、この時間に集まる事さえ難儀な者たちもいる。それだけにこの場に全員が集っているのは珍しいともいえる。

 

「やっと来た。私たちも長時間抜けられる訳ではないんですから、もっと早く来てください」

 

 そう言ったのは『愛欲之星神(アプロディーテ)』ネリア・ディエト・ヒューストン。セリオンの花街の管理を任せられ、それ故に国内における様々な情報を一手に管理する者。裏世界の顔役の一人であり、『欲』を司る存在である。

 

「まぁ、そう怒るなよ。美人が台無しだぜ?どうせ、俺もお前も相手なんざそうはいねぇんだからよ」

 

 そう言ったのは『酩酊之星神(ディオニュソス)李流星(リー・リュウシン)。セリオン国内における裏組織の首領をしており、裏組織の治安は彼に任されている。裏組織の顔役の一人であり、『力』を司る存在である。

 

「今日は天気もよさそうだし、さっさと終わらせて釣り行きてぇな……」

 

 窓の外を見て、燦燦と照らす太陽に目を細めながらそう呟いたのが『海洋之星神(ポセイドン)』水上獅童。セリオンと国外の貿易関係、そして海洋の治安維持を主な職務としている。他にもセリオン国内で生産されている海産物は彼の手がかかっている。

 

「おいおい、老後の爺みたいなことを言うなよ。もっと明るく、健康に行こうぜ?なぁ?」

 

 そんな『海洋之星神(ポセイドン)』を諫めるように言うのが、『陽光之星神(アポロン)』天月耀司。セリオン国内の治安維持の一端を任されており、主に被害に遭った者たちの保護役をしている。民たちからは「救い」の『陽光之星神(アポロン)』と称されている。

 

「そういうあなたは少々、女性関係が忙しなさすぎです。もう少し、その辺りはどうにかならないのですか?」

 

「そう言うなって。元気なのは何よりじゃないか?」

 

「何事にも限度がある、という話をしているのですよ」

 

 『陽光之星神(アポロン)』を窘めるのは『月輪之星神(アルテミス)』月代天音。セリオン国内の治安維持の一端を任されており、主に犯罪者たちの捕縛を主眼とした活動をしている。民たちからは「裁き」の『月輪之星神(アルテミス)』と称されている。

 

「『錬鉄之星神(ヘファイストス)』、また後で書類で出すけどよぉ。英雄戦士団の使う武器がそろそろ壊れそうだからよ、追加発注頼むわ」

 

「またか、『戦火之星神(アレス)』。お前らは武器の扱いが荒すぎる。作り直すこちらの身にもなれ」

 

「まぁ、そう怒んなって。つってもよぉ、しょうがねぇだろ?究極能力(アルティメットスキル)に至っている連中も交えての鍛錬だ。生半な武器じゃ簡単に壊れちまう。分かるだろ?」

 

「壊すなら壊すなりに、もっと長持ちさせろと言っているのだ。貴様らが乱雑に扱うばかりに、毎度毎度作り直さなければならん。こちらでも様々な試みをしているのだ。あまり手を煩わせるな」

 

「分かった分かった。できる限り、気を付けるからよ。勘弁してくれや」

 

「お前のその言がどれほど説得力を持つのかは知らんが、要請されれば応えるしかないだろうが」

 

 軽快に語り掛けるのが『戦火之星神(アレス)』ヴァン・ルシウス。それに対して仏頂面で答えているのが『錬鉄之星神(ヘファイストス)』シリウス・ゴードン。ヴァンは国内戦力の教導を役目としており、シリウスは国内の戦士の武器の製作を一手に担っている。

 

「『農耕之星神(デメテル)』は今日は休みなのか?」

 

「ええ。なんでも、今日は大規模な拡大作業があるので手が離せないと。この会議の内容は後程、私がお伝えする事になっています」

 

「ふむ……まぁ、責めはしまい。この島の拡大作業は彼女以外にはできない事だからな」

 

 そんな会話をしているのは『冥府之星神(ハデス)』オルヴァン・ギースと『生死之星神(ペルセポネ)』クラリス・ジェーンである。共に司法を司る両翼であり、基本的に大犯罪を犯した者たちが相手である。場合によっては、それ以外の裁判も行うが、それは現代日本における最高裁判と同等の価値を持っている。

 

 残るは『農耕之星神(デメテル)』アリスタリア・ブリュン。国内の農耕・牧畜を管理している存在であり、地殻変動によって島国となってしまったセリオンの領域拡大作業を行っている。セリオンの食糧事情諸々を支えているのは彼女であると言っても相違ない。

 

 この面子に『伝令之星神(ヘルメス)』であるユリア・スターシアを加えた面子が、人魔統合国家セリオンを支える十二名――――通称『十二星神(オリュンポス)』である。各々が究極能力(アルティメットスキル)を持ち、同時にヴェルディアスから星の加護を受けている。

 星の加護自体は、セリオンに住まう者であれば誰でも持っている。住民の八割がたはこの加護を持っていることで、病気とは無縁の身体になっている。しかし、戦闘でも使えるほどの領域で使える者は数少なく、それが何であるかを理解しているのはミュリア以外には存在しない。

 

「はい、静かにしてください。それでは定例議会を開始します。各々、手元にある資料を確認してください」

 

「ふぅん……裏組織の被害が拡大傾向、か。あいつら、俺に黙って勝手してんなぁ。ひっ捕らえさせた方がいいかい?月輪之星神(アルテミス)

 

「正直、そうしていただいた方が助かりますね。酩酊之星神(ディオニュソス)直属の組織は分を弁えていますが、そうではない者の増長具合が酷い。ここで一つ、締めた方がいいかもしれませんね」

 

「了解。そいつらともう一つ二つ、潰してもいい奴らを見繕っておこう。お前さんも何かしら見繕った方がいいんじゃないかい?愛欲之星神(アプロディーテ)

 

「馬鹿言わないで。私のところはあなたのところみたいに、制御できてない訳じゃないの。私の指示には従う良い子たちばかりよ?うちは」

 

「うるせぇな。こっちは構成メンバー多いんだよ。いちいち管理なんてしてられるか。こういう機会でもなきゃ引き締めなんかしないんだからな」

 

「あなたが餌と鞭の使い方が下手なだけでしょう?まぁ、被害に遭った子の中で希望した子はこっちで引き取ってあげる。残りは任せるわよ?陽光之星神(アポロン)

 

「了解、了解です。こっちでも出来る限り支援してみるさ。って言っても、市井の子が多いみたいだし、農耕之星神(デメテル)任せになるんじゃないかな。これは」

 

「それだったら幾分かはこっちで引き取るよ。養殖部門の人手がもうちょっと欲しかったところなんだ。ついでに餌になってもいい奴がいるなら、こっちにくれよ。最近は海賊どもが鳴りを潜めたせいで、うちのペットたちが腹すかしてるからさ」

 

海洋之星神(ポセイドン)、お前のところのペットには悪いが中々そういう話にはならんぜ?俺たちはあくまでも治安維持と犯罪者の更生が目的なんであって、殺していい訳じゃないんだぜ?」

 

「死んだって構わない連中なんだろ?だったら、その命でもってこの国を守る者の力になってもらった方がいいと……俺は思うんだけどな」

 

 あくまでも人の厚生を目的とするのが警備隊だ。それを率いる月輪之星神(アルテミス)陽光之星神(アポロン)としては、たとえ犯罪者相手だとしても命を順守する必要がある。しかし、海洋之星神(ポセイドン)としては犯罪者など海の藻屑にする相手でしかない。

 その立ち位置が故に、このペアと海洋之星神(ポセイドン)はよく対立する。海洋之星神(ポセイドン)のペットである海竜王(シー・サーペント)の餌となる程度しか価値のない犯罪者など、生かしておく価値を見出せないのだ。

 

「まぁ、事実として海洋之星神(ポセイドン)のペットたちの力は馬鹿にできたものではないな。そちらの獲物はこちらの重犯罪者をあてがおう。確か、終身刑を受けた犯罪者がいた筈だ。今回はそれで納得してくれ」

 

「こっちはどんな形でもいいさ。あいつらの腹を満たせるものならな。ただ、どうせ反省もしない犯罪者どもを態々生かしておく意味も分かんねぇけどな」

 

「そう言うな。犯罪者とはいえ、労働力には使える。使える者は使うべき、という理屈はお前でも分かるだろう」

 

「そりゃあ、分かるけどさぁ……」

 

「まぁまぁ、その辺りで。これ、うちの料理長が作った新作のクッキーなんですけど、海洋之星神(ポセイドン)も如何?」

 

「……なんか、子ども扱いしてないか?貰うけどさ」

 

 生死之星神(ペルセポネ)が差し出した皿に載せられたクッキーを口にしながら、外を見つめていた。言外にこれ以上は口を出さないという意思表示であり、この会議での定例パターンだった。その、この中で最も年若い星神の姿に全員が微笑を浮かべていた。

 

「さて、この件はここまで。次の議題は――――」

 

 そこから様々な議題を話し合い、決定していく。そんな中で最後に話された議題が、テンペストとの国交の話だった。テンペストという国家の名前を始めて聞いた星神達の多くはその名前に首を傾げていた。そんな星神達の中で、唯一の例外が海洋之星神(ポセイドン)だった。

 

「聞いたことあるな。確か、魔物が作った人との共存を目的にしている国だとか。うちに来てる商人も何人かは店を開こうと思ってるとか言ってたな」

 

「へぇ?態々、人と共存しようなんて魔物がいるのか?それは珍しい事だな」

 

 弱肉強食こそ魔物たちのルール。殺されないために魔王の庇護に入ろうと考える者はいても、弱者である人間と積極的に仲良くしようと考える者は少ない。中にはいるかもしれないが、それをなすための力を持つほどの魔物などそうざらにはいない。彼らの知る限り、魔王ルミナスぐらいだろう。

 

「それで?なんで、我らが智慧之星神(アテナ)はこの国との国交を願うんだ?確かに、この文を読む限りは利益があるんだろうさ。でも、無理に国交を作りたいと願うほどの利益がこの国にあるのかね?」

 

 セリオンは西側諸国だけでなく、東側の帝国とも貿易を行っている。数多の究極能力(アルティメットスキル)保持者を抱える帝国であっても、戦う事を良しとしないぐらいにはセリオンの戦力は極まっている。それほどまでの実力者を抱える国でありながら、その領域はさらに拡張されている。

 彼らこそ、広大なる天空の宙から星々の権能を賜った者たち。その領域は、まさしく神々の手の及ぶ規模であり、多くの者たちが追随する事の叶わない場所。天空の王者によって据えられた、人類種における絶対王者なのだ。

 

「ええ。彼らの台頭で今まで停滞を続けていたと言ってもいい西側は大きく流れを変えるでしょう。その流れはまさしく世界を変えると言っても相違ないでしょう」

 

「だから?世界が変わろうが何しようが、俺たちには結局どうでも良い話だ。別にこの国で完結している訳じゃないが、西側諸国や帝国がどうなろうがどうでも良い。ルドラとギィのゲームをやるから侵攻などはしないようにというヴェルディアス様の言葉に従っているだけだ。そうだろう?」

 

「確かに。私としては西側諸国も帝国も呑み込んでしまいたいところですね。くだらない争いの多い事、この上ない。しかし、ヴェルディアス様の言葉がある以上は従う他ない。関わり合いを持っても意味がないでしょうに」

 

「それを言ってもしょうがないだろう。まぁ、俺としては投げられる奴に投げるだけだから、どうでもいいけどな」

 

「そうかしら?私としては興味あるけどね。魔物と人の価値観の違いに悩まされている人たちを私は愛してあげたいけど」

 

「どうでもいい。どうせ俺のやる事は変わらないし」

 

「俺もそうだな。欠片も気にならんよ」

 

「俺はちょっとだけ興味あるけどな。その魔物の強さだけだけどな」

 

「我としてもどちらでも構わん。魔物の国には興味あるが、関わり合いを持つほどではない」

 

「私も智慧之星神(アテナ)にお任せします。私と冥府之星神(ハデス)は法を統べる両翼。国外の事に関しましては智慧之星神(アテナ)にお任せした方が良策でしょう」

 

 ほぼ全員が無関心。興味があると言っている二人も国交に関しては興味がない。当然だろう。彼らは国家の中核にある者でありながら、国家を大きくすることに関しては関心がない。どれだけ多くの国土、繁栄を受けていようと、彼らからすれば一瞬で一掃できるものでしかない。

 一人いるだけで国家群など容易に崩壊させられるだけの力を持っているのが、この場に集まる面子だ。魔物が作った国という珍しさはあっても、それだけで関心を引けるほど容易くはない。

 

「かの地には既に伝令之星神(ヘルメス)を向かわせています。彼女の報告ですが、彼の国の王は覚醒魔王へと至ったそうです」

 

「へぇ……珍しいな。覚醒級というとレオン以来かな?フレイもカリオンもクレイマンも、魔王種に至っているだけだからな」

 

「新たな魔王の確立。そして、これは伝令之星神(ヘルメス)の推測でしかありませんが、その魔王はおそらく転生者だろう、とのことです」

 

「転生者?転移者ではなくて?」

 

「ええ。魔物、しかもスライムの身の上で人間らしい生き方を追求しつつ、この世界とは全く異なる世界を構築しようとしている。これがどういう意味か、あなたは分かるでしょう?愛欲之星神(アプロディーテ)

 

「……なるほど。言いたい事は分かったよ。でも、なんでそこまでその国にこだわるんだ?確かに、その経歴となしてきた功績は認めるさ。だけど、そこまであんたがこだわる意味が分からないんだが」

 

伝令之星神(ヘルメス)は言いました。この国との国交を結んだ方がいいと。この国、そして件の転生者はヴェルドラ様を従え、尚且つヴェルディアス様が注目している存在なのだと」

 

「ヴェルディアス様が注目されている、というのは初耳ですが……その理屈で国交を結ぶことはヴェルディアス様から忠告されていた筈では?」

 

十二星神(オリュンポス)の一人が直々に申し出てきたのなら、忠告には触れないでしょう。それより、多くの情報に触れる伝令之星神(ヘルメス)が直感で国交が結んだ方がいいと判断した。ならば、その直感を信じるべきだと私は考えます」

 

伝令之星神(ヘルメス)が……」

 

 情報を一括で管理するのが伝令之星神(ヘルメス)の役割。扱っているその情報量は智慧之星神(アテナ)を凌駕しうるほどに膨大だ。だからこそ、その情報の総てを取り扱っている伝令之星神(ヘルメス)の直感は大いに信頼できる。

 

「さらに言えば、アリーシャ殿と連絡を取ったところ、彼らも我らと同じく加護を受けたそうです。我ら、十二星神(オリュンポス)に連なる加護を」

 

「それは……!」

 

 長きに渡り、今この場に集う十二星神(オリュンポス)以外には与えられなかった宙の加護。遥か彼方にて輝く星々の力を掴みうる可能性を受けた者。それはまさしく、この場に集う者たちに準ずる者たちであることの証明に他ならない。

 

「――――まったく、智慧之星神(アテナ)も人が悪い。そのような重要な情報を、今までずっと黙っていたのだから」

 

「確かに。そういう事であれば、その提案に乗る事に否やはない」

 

「そうですね。それならば、私もその提案に賛同しましょう」

 

「まっ、元々拒否はしてなかったし構わないぜ」

 

 他にも賛同の声が上がっていく。ヴェルディアスの加護を受けた、自分たちの同胞となりうる存在を彼らは歓迎する。神の座位に至る者だからこそ、それに続かんとする者たちの存在を歓迎する。そこに至るという事は、即ちヴェルディアスの願いにそぐう存在であるからだ。

 ヴェルディアスの願いを知らずとも。願われているのならば、それに応えたい。それはヴェルディアスに命を救われ、加護を授かった瞬間から思い続けている事だった。総ては尊き我らが天帝のために。この国はそのために存在しているのだから。

 

「――――では、テンペストとの国交を樹立する方向で動きます。問題ありませんね?」

 

『異議なし』

 

「それでは、これにて定例議会を終了します。各々方、今回決定した件を基に行動してください。それでは、解散」

 

 その言葉と共に、全員が動き始める。それは智慧之星神(アテナ)も同じであり、移動しながら燦燦と輝く太陽と広がり続ける青空を見上げる。その空のはるか先にいるであろう彼女が仰ぐ主のことを想う。

 

「ヴェルディアス様……いずれ、あなたの戦場に馳せ参じましょう。あなたのお役に立つことこそ、拾っていただいたあの時から変わらぬ私の願いなのですから」

 

 その言葉と共に歩を進める。彼女の、そして同じく十二星神(オリュンポス)に集う者たちのため、止まっている暇などないのだから。



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魔王たちの宴と白氷竜

 魔王たちの宴(ワルプルギス)。それは魔王たちによって行われる会議――――という名の茶会の総称である。少なくとも、その原点が茶会であるという事は変わらない。今となっては十人も魔王がいる状態ではあるが、本質的な意味で魔王と呼べる存在は数少ない。

 覚醒魔王と魔王種、その間にある絶対的と言っても相違ないほどの実力差。それは凡人がその道の天才に挑むよりも悲惨な結果を生み出すことになる。それは多くを見てきたヴェルディアスもまた知っていた。だからこそ、新たに覚醒魔王となったリムルと魔王種でしかないクレイマンにも興味はなかった。

 だが、個人的に調べたい事のあったヴェルディアスは会談の会場に赴くことにした。もちろん、誰にも膝を屈することのないヴェルディアスが、形だけであっても魔王の後ろに立つことはできない。だからこそ、別室で会談の光景を見ていた。

 

「大地竜様、お待たせしました。こちら紅茶でございます」

 

「ありがとう。君は(レイン)の眷属かな?本人ではなく、代役として寄こすほどだ。それなりに優秀なんだろうね」

 

「感激な言葉を賜り、誠にありがとうございます。レイン様とギィ様の顔を汚すことのないように、しっかりと給仕させていただきます」

 

「ふふっ、大丈夫だ。基本的に俺はここで見ているだけだからね」

 

 言葉の通り、ヴェルディアスは会談に干渉する気もなければギィに怒るつもりも欠片もなかった。ヴェルディアスはあくまでも最新の魔王であるリムルの状態の確認と、愛する家族であるミリムの顔を見に来ただけだ。まぁ、もう一つ理由がない訳ではないのだが割愛する。

 だが、だからこそと言うべきか。後から現れたクレイマンが愛するミリムを殴った時には気を悪くした。だが、ヴェルディアスは忘れていた。己の力が過去の、神と呼ばれた頃の領域と遜色のない領域に達していることを。

 

 いまや、ヴェルディアスが意識を向けるだけで世界には圧力がかかる。それは苛ついただけでもそうなのである。つまり何が言いたいのかと言うと――――気を悪くしたことでヴェルディアスの周囲が悲鳴を上げていた(・・・・・・・・)

 その光景はただの一悪魔としては悪夢としか言いようがない光景だった。無論、相手が世界における最強種――――竜種であることは知っている。しかし、魔法やオーラを用いている訳でもない。どころか本人は意図している訳でもない。それなのに、世界が悲鳴を上げているのだから。

 

 このままこの場にいれば自分が滅されてしまうかもしれない。そう思ってしまうのも無理らしからぬ話であり、それとは別だがギィやミザリーにレインたちも会談の場所で冷や汗をかいていた。ヴェルディアスが遠くから飛ばしている視線から厚みが増したからだ。それによって、何人かの魔王がヴェルディアスを認識してしまっている。同時にその者たちも冷や汗をかき始める。

 ヴェルディアスは会談の邪魔はしないし、暴れる事はしないという約束でギィの城を訪れている。しかし、基本的に竜種は気まぐれだ。いつその約束を覆すか分からない。城が壊れる事は究極どうでも良いが、問題はヴェルディアスが暴れるという行為そのものである。

 

 現存する竜種における頂点。それがギィたちのヴェルディアスに対する認識である。妹であるヴェルザードやヴェルグリンド、そして弟であるヴェルドラとは画一した力の持ち主。久しく戦っていないが、未だ魔王の頂点に君臨するギィに勝利を許さない者。

 そんな存在に暴れられれば、魔王の席に空席が出来てしまう。ただ空席が出来てしまうだけならばいいが、将来有望な者を潰されてしまっては困る。今の面子を揃えるだけでもギィはそれなりに苦労してきたのだから。

 

 同時にヴェルディアスの存在を認識した者たち――――ルミナス、レオン、ディーノ――――は知っている。ヴェルディアスは基本的に温和に接してくれるが、いざとなれば暴れる。そして、暴れた際の被害が尋常な物ではない事を。最低でも新しく地図を書き直す必要があるくらいにはその暴威を振るう。

 三者三様にヴェルディアスの力を目の当たりにしている。この世界で最も怒らせてはならない、触れてはならない逆鱗。それがなんであるのか、詳しく知らない者は理解した。それを知っている者は純粋に恐怖を抱いた。総じて抱いた感想は――――クレイマン、ふざけんなよお前である。

 

 そのままであれば、大地竜の怒りがその地を吞みこんでいたかもしれない。だが、それを寸でで抑えるように、ヴェルディアスのいる部屋の扉が開いた。そこにはヴェルディアスの愛しき妹、白氷竜ヴェルザードだった。

 愛しき家族を前に、いつまでも怒り続けるほどヴェルディアスも狭量ではない。一旦、怒りを治めてヴェルザードと話すことにした。ちなみに、ヴェルディアスの圧力が消えた事を認識した魔王と悪魔たちは心底からヴェルザードに感謝していた。

 

「お兄様、こうしてお話することが出来て嬉しいですわ」

 

「久しいな、ヴェルザード。確かに、こうして面と向かうのは久しぶりだな。お前が壮健であることはクロムから聞いてはいたが、やはり目で見ると安心感が違うな」

 

「クロムからですか?彼は良い子ですね。何よりも力に対して貪欲なのに、礼儀は弁えている点はとても良いです」

 

「そうか?クロムもヴェルザードには感謝していると言っていたぞ。レインやミザリーと同じくらい鍛え上げてもらったとか。会うたびに強くなっていくあいつを見ているのは中々面白かったよ」

 

「お兄様のご期待に沿えたなら何よりです。それより、どうしてお兄様はここに?何か気になる事でもあったのですか?」

 

「まぁ、当たらずとも遠からじだな。新顔の魔王君を見ておこうと思ってな。ついでにミリムの姿もな。相変わらず元気そうで何よりだ」

 

「ミリム……ヴェルダナーヴァお兄様の落とし胤ですか。養育されると仰った時から思っていましたが、過保護にすぎるのではないですか?」

 

「どうした、ヴェルザード。嫉妬とは珍しい。まぁ、そんなお前も可愛くて俺は好きだがね」

 

「もう、お兄様。真面目に聞いていらっしゃいますか?」

 

 ヴェルザードはそう言いつつも、何だかんだ頬を赤らめていた。しかし、ヴェルザードの言葉も本当だった。ヴェルディアスは庇護した者に力と住処を与える。そして、ある程度まっとうに生きられると判断した者はそれ以降はあまり干渉しようとはしない。

 唯一、例外があるとすれば覚醒勇者としての力を得ているにも関わらず、傍に居続けるアリーシャだろう。それ以外でヴェルディアスが独り立ちした後も関わり続けている存在はほぼいない。だからこそ、ミリムに対する姿が珍しく感じられた。

 

「聞いているとも。だが、ミリムは俺からしても娘のようなものだ。たとえ幾つになろうと、子供というのは可愛いものだ。元気でやっているかは気になるさ。兄妹や庇護した者たちとはまた違うよ」

 

「そういうもの、ということですか?」

 

「そういう事だ。それにミリムの事は物のついでだ。そこまで重要じゃないよ」

 

「そうですか……そういえば、クロムだけでなくミツビも呼び戻したそうですが、何かあったのですか?」

 

「ミツビだけではないがな。六星竜王は今ちょっとした修業期間でな。俺が手ずから鍛え上げている真っ最中なんだ。それが終わり次第、一旦この居城には戻すよ。すぐに呼び戻すかもしれんがな」

 

「まぁ、お兄様手ずからですか?それはそれは……とても珍しいですね」

 

「そうか?」

 

「ええ。お兄様は力を与えてそれの習熟に付き合ったりしますけれど、手ずから鍛えあげる事はされませんから。それこそ、アリーシャと小耳にはさんだアレクでしたか?お弟子さんたちぐらいでは?」

 

「ふむ。そういう認識か……」

 

 ヴェルディアスにはそういう認識はない。六星竜王の中でもクロムとミツビ、そしてラーマは幼少時より面倒を見てきた。アリーシャとアレク以外にも多くの人間や魔物たちとも関わってきた。その中には少なからず強くなりたいと言った者たちがいた。その者たちの成長にも携わってきた。

 だが、人々はヴェルディアスから鍛えられたとは称しなかった。あくまでもヴェルディアス様は自分たちが生きていけるように、御力を貸してくださっただけなのだと。鍛えてくださったなどと偉そうなことは言えないと。

 

「そういう考えの者もいるという事か。まぁ、構わんさ。彼らは生きている。それだけが俺に与えられる褒賞であり、かけがえのない物だからな」

 

「お兄様は変わりませんね」

 

竜種(俺たち)がそうそう簡単に変わるものか。お前こそどうなんだ、ヴェルザード。ギィとは何か進展ないのか?」

 

「もう、お兄様ったらそればかり。私とギィはそういう関係ではない、といつも言っているでしょう。そういうお話が好きなのかしら?」

 

「そうは言わんがね。お前たちも共に時間を過ごして長かろう。そういう邪推がしたくなるぐらいには、な」

 

「それでしたら、お兄様とアリーシャはどうですの?お兄様とあの娘も共にあり続けて長いのでは」

 

「そうさな。アリーシャとは共に時間を過ごしてきた。お前とギィの付き合いに匹敵する長い付き合いだ。そう思えてしまうのも無理らしからぬことか……」

 

「ええ。私もヴェルグリンドも気になっているんです。お兄様はあの娘を伴侶として迎えるのかと」

 

「伴侶か。それも、悪い選択肢ではないのだろうな」

 

「では……」

 

「だが。今の俺にはやらなければならない事がある。その問題が解決するまで、その話は脇に置いておくしかない。大事の前の小事に足を引っ張られるわけにはいかん」

 

「お兄様をして大事?それはとても想像できませんね」

 

「そうか?俺とてお前と同じ一個の命。どうにもならない事ぐらい、当たり前に存在しているさ」

 

「それはそうかもしれませんが……お兄様の配下たちと十二星神の力を使えば、大半の事は何とかなりますから。お兄様のできない事を想像する方が難しいぐらいですよ」

 

「それは俺の力ではないよ。あくまでもあいつらの力だ」

 

「いいえ。いいえ、それは違いますお兄様。彼らはお兄様の所有物であり、何よりもその力となる事を心から願っている者たちです。ならば、それはお兄様の御力に相違ないでしょう」

 

 配下の力とは即ち主の力。それを認めようとしないのはおおよそ、ヴェルディアスぐらいのものだろう。レインやミザリーの力はギィの力であり、青騎士や黒騎士の力はレオンの力である。それら総てを合わせた力が、頂点に立つ主の力なのだから。

 個々人しか見ないヴェルディアスにとって、力とは各々が持っている物でしかない。総計など存在せず、ただその手の内にある物だけがその者の持つ力なのだ。各々の手の中にある物を、一つに束ねる術を持つ者など早々いないのだから。

 

「……まぁ、良いさ。ヴェルザード、お前にも言っておくことがある」

 

「私に?お兄様が態々、一体何を?」

 

「……いつか。いつになるかまでは正確に見とれていない。だが、必ず。必ず大いなる大海を渡り、神々の集団……いや、軍団と呼称するべきか。間違いなく、この世界の敵と呼ぶべき存在がやってくる」

 

「大いなる大海……?」

 

「この星の外に広がる星海の宙の事だ。我らが兄ヴェルダナーヴァは無垢なる混沌であった星海の宙に自らの理と世界を生み出した。しかし、その外側にも星海の宙は広がっているんだ。そして、敵はその外側からやってくる」

 

 それは銀河系の遥か彼方にまた別の銀河系があるかのような話。今の自分たちが知覚している領域の外にも、世界は広がっている。ただ、自分たちがその外に広がっている物が何であるのかを知らないだけなのだ。

 

「何故、そんな場所から態々……それにどうしてお兄様はその事をご存じなのですか?お兄様の持つ未来視は遥か彼方の未来まで見通すというお話ですけれど、それは情景しか見ることが出来ないのでは?」

 

「それは勘違いだな。まぁ、そう思うのも無理はないが。確かに、お前の言う通り俺の『目』はあくまでもその時の場面を見ているだけに過ぎない。しかし、口が動いているのは分かる。俺は声が聞こえなくても唇の動きで大体何を言っているのか分かるんだよ」

 

「なるほど……」

 

「何故この世界にやってくるのか、という話だが……分からん。しかし、遠征を行う者の特徴として何かしら欲しい物がある筈だ。それがこの世界にあるのか、はたまたこの世界すら中継地点に過ぎないのか。そこまでは俺にも分らんよ」

 

「それが、お兄様が力を求める理由なのですか?お兄様や配下たちが有する究極能力(アルティメット・スキル)では不十分だと?」

 

「いつ如何なる時であろうとも、未知の敵を前にして己の力が足りていると思うべきではないよ。もし己の力が足りなかった時、どうする事もできない状態で終わってしまうからね。必要であれば、俺は俺が黙秘し続けてきた力も明かすさ」

 

 遥か彼方、ヴェルディアスが未だ人ならざる身になる前の時代。己が一つの世界をつかみ取った力の象徴たる星の力。それは文字通り、神々とそれに連なる者たち、そしてそれとは真逆に位置する混沌の怪物を連想させるような力。

 

「……羨ましい事。お兄様にそこまで思われる臣下たちは幸せ者ね」

 

「お前にそう言ってもらえるのなら、確かに俺の臣下たちは幸せ者なのだろうさ。俺は俺の戦いに巻き込んでしまって申し訳ないという思いでいっぱいだよ」

 

「あら、お兄様に心配される者がいるなんて驚きだわ。お兄様は私たちにだって心配なんてしてくださらないのに」

 

「お前たちは心配などする必要がないだけだよ。最早一人で立ち、生きていく術を持っているお前たちを心配するなどお前たちに対する侮辱でしかないと思っているからな」

 

「お兄様らしいこと。でも、ヴェルドラちゃんも復活したそうじゃない?お兄様、一緒に会いに行かないですか?」

 

「嬉しい申し出ではあるな。しかし、あいつも俺とお前を同時に相手取りたくはあるまい。またの機会にしておくよ」

 

「あら残念。……それで、お兄様?」

 

「うん?どうかしたか?」

 

「私にはいただけないのかしら?――――お兄様の有する星の輝きを」

 

「ヴェルザード。一体誰から聞いたんだ?その言葉を」

 

 ヴェルディアスはこの世界に転生して以来、誰にもその話を明かしたことはない。ヴェルディアスの星の力は資質に左右される部分こそあれど、逆に言えば資質さえあれば弱者ですら圧倒的な強者へ変える。それヴェルザードの様な強者であれば尚の事だろう。

 しかし、それ故にヴェルディアスはその力は秘匿してきた。誰にも知られることのないように、誰もこの力を求める者がいないように。それこそ、ヴェルディアスの秘密を知る者など今はもう亡きヴェルダナーヴァぐらいのものであろう。

 

「……まさか、兄上からか?」

 

「ええ。ヴェルダナーヴァ兄様は秘密だよ、と言いながら私に教えてくださいました。ヴェルグリンドちゃんとヴェルドラちゃんは知らないと思いますけど。ヴェルダナーヴァ兄様も私があまりにもごねたので仕方なく教えてくださった感じでしたし」

 

「はぁ……兄上も勝手な事だ」

 

「そう怒らないでくださいな。ヴェルダナーヴァ兄様もあの時の事は憶えていらっしゃらないでしょうし、半ば無理やり聞き出したのですから」

 

「本当に他のものは知らないんだろうな?」

 

「ええ。他のもので知っている可能性がある者がいるとすれば、それこそミリムでしょう。しかし、当時のミリムは未だ言葉も喋れぬ赤ん坊。知っている余地などないでしょう」

 

「ならば良いが……ヴェルザード、お前が求める理由はなんだ?我らは存在そのものが星に匹敵する竜種だ。たとえ、相手が星海の宙を渡ってきた相手であろうとも、お前が後れを取る事は早々ないぞ」

 

早々(・・)、でしょう?少なくともお兄様の目から見て、私では敵わない相手が一人以上はいるという事ではありませんか。それにこの世界で比類するものなきお兄様がそこまで警戒する相手……私が警戒しなくてもいい理由にはならないでしょう」

 

「お前は分かっているのか?星の力を得るという事は、極天に至らぬ限り俺の星の支配下にあるという意味なんだぞ?」

 

「もとより、承知の上です。そもそも、お兄様の領域に届かない限りはお兄様の危惧する相手を凌駕する事など出来はしないでしょう?私もお兄様と同じく栄えある竜種の一員です。ヴェルダナーヴァ兄様が残したこの世界に牙をむく輩を放置する事など出来ません」

 

「ヴェルザード……」

 

「ヴェルディアス兄様。どうか私のことを想って下さるのなら、配慮など不要です。私は私自身の意志でヴェルダナーヴァ兄様が残されたこの世界を守りたいのです」

 

「……良かろう。迷った時は俺の所に来い。お前の掴んだ星を俺が導いてやる」

 

 ヴェルディアスの手がヴェルザードの額に触れる。自らの中で輝く星々の輝き、その熱がヴェルザードの身体に染み渡っていく。世界そのものに触れたかのような全能感がヴェルザードを支配する。同時に、目の前に立つ兄からそれを上回る熱量を感じ取っていた。

 ヴェルディアスの手が離れた瞬間、兄から感じ取っていた天文学的な熱量は感じ取れなくなった。しかし、自分の体の内側に確かに存在する星の輝きは残ったままだった。ヴェルザードは兄を見上げると、その眼光が金色の色に染まっているのを見た。

 

 そして、瞬きをした瞬間、ヴェルディアスの姿は消え去っていた。まるで一夜の夢のように、ヴェルディアスの姿は跡形もなく消え去っていた。ヴェルザードはそんなヴェルディアスの行動にため息をつき、注がれていた紅茶を口に含む。

 

 姿を消したヴェルディアスは時の制止した空間を進み、魔王たちの宴(ワルプルギス)の会場に踏み入っていた。そして、今にも殺されかけているクレイマンの魂を掴む。そこからクレイマンの保有する記憶と情報を読み取る。

 障害になるかどうかを精査し――――結果、放置しても問題ないだろうという結論を出した。クレイマンとその背後にいる存在である呪術王(カースロード)とその主……何ら問題にならない存在だった。そう判断した以上、ヴェルディアスは魂を放置してその場を去ったのだった。

 



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六星竜王と勇者の修業

大変お待たせ致しましたm(__)m

パソコンが壊れて点かなくなってしまったり、転勤で引っ越し準備があったりなんやかんやあって気づいたら3ヶ月も経ってました。大変申し訳ない…。

これからも頑張っていこうと思っていますので、応援よろしくお願いします/)`;ω;´)


 膨大な力の奔流。それが大地竜ヴェルディアスを称するに相応しい言葉だと、アリーシャは思っている。この世界に五体しか存在しない竜種の一体であり、本人曰く『循環』を象徴するその竜は竜種の中でも最も膨大な量のエネルギーを有する弟を相手に、一切の相性差なく凌駕する。

 それは偏に当の本人が有する防御力が由縁であるのだと語る。『循環』即ち竜種の有する他の種族とは画一したエネルギーを常時肌に纏わせる形で循環させる事で、まるで氾濫した川の如く全ての物を削り取る圧倒的と称するべき防御力を生み出している。

 

 その防御力たるや、たとえ現存する魔王の中でも最強であろうギィ・クリムゾンや人間の中でも最強格のルドラ・ウル・ナスカであろうとも突破できない。ましてや、同じ竜種たるヴェルザードやヴェルグリンドであろうとも。かの玉座におわす王者を引きずり落とすことは叶わない。

 

 だからこそ、分からないのだ。それほどまでに圧倒的な実力を誇る王者が、何故そこまで必死になって周りにいる者たちを強くしようとするのかが。当の本人が内に秘め続けてきた力――――大いなる星の力を明かしてまで、何をそこまで急いているのかとそう思わずにはいられないのだ。

 

「そうだ。お前の力はまだそんな物じゃない。もっと、もっと力を引き出せ」

 

「くっ!おおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 肌にチリチリとくる熱気。六星竜王が一柱、『炎星(フレイム・エレメンタル)竜王(ドラゴン・ロード)』ホムラ・ローグの放つ炎はまさしく竜王(ドラゴン・ロード)と呼ぶにふさわしい代物だった。本来のスペックであるその炎に加えて、星光の力を加算している。それは名だたる魔王にも劣らない一撃だった。

 しかし、その一撃を受けても尚平然としているその有り様はまさしく、竜種の頂点と呼ぶにふさわしい代物だった。あまねく攻撃を防ぎ、正面から正々堂々と弾き飛ばす。総ての攻撃をそれがどうしたと言わんばかりに弾き飛ばしていく姿こそ――――星々の輝きを束ねる王者の輝きだ。

 

「駆動せよ――――『星神之王(ゼウス)』」

 

 その手に握られた刃が金色の輝きを宿す。遥か高き遠い空たる星の内海すら焼き尽くす天頂神の雷火が収束され、遍く災禍を焼き払う一閃へと成り代わる。地上に生きる誰も生き残ることを許さない爆炎の災禍を問答無用、何も口に出すことを許さぬままに切り裂く。

 切り裂いた先にいる青年はその結果に何も怯えることはなく、その事実を当たり前の物として受け入れた上で次の手を打つ。それは天頂神も理解したうえで、青年の動きを待つ。己に立ち向かう挑戦者(チャレンジャー)の行く手を妨害しようとするほど、天頂者(チャンピオン)の力量は安くない。

 

「燃え滾れ、我が炎」

 

 世界を燃やし尽くす終焉の炎。神話に語られる世界を滅ぼすためだけに存在する、終着の怪物。その炎が通り過ぎた後には何も残らない。ただ破滅を撒き散らすだけの災禍の焔、その残滓を纏いながらホムラは拳を握りこむ。

 その熱量たるや、ヴェルグリンドの持つ熱にも劣らないだろう。六星竜王の最下位(・・・・・・・・)であるホムラですらこれだけの力を持っている。大いなる星の輝きを受けた結果であるとはいえ、それでもこれだけの力を誇る。その事実が背中を寒くさせる。

 

 確かに、ホムラには才能がある。いや、ホムラに限った話ではなく六星竜王と呼ばれる者たちはそれぞれ強大な才覚と、その才覚を埋めうる器を持っている。だからこそ、ドラゴンたちの頂点たる竜王(ドラゴン・ロード)に至っても成長の兆しを持っている。

 これは最早、異常といっても相違ない。人間にとって最大の脅威が何であるか?と問われれば、多くの者がこう答えるだろう――――多くの魔物を従える八星魔王(オクタグラム)だと。されど、潜在的な脅威という意味であれば、アリーシャはこう答えるだろう――――六星竜王こそ、いかなる災厄をも上回る最大の脅威だと。

 

「轟き叫べ、我が雷」

 

 それをも凌駕しうる頂点の雷。文字通りの天災。世界を滅ぼす炎もなんのその。そんな物、マッチの炎と何も変わらぬと言わんばかりに雷轟を響かせる。その力強さたるや、物理世界を越えて精神世界諸共星の大海すらも焼き尽くす。それが天頂神の神雷の持つ力なのだから。

 その雷の力強さたるや、先ほどまでは恐怖そのものでしかなかった破滅の炎が今ではとてもか細く感じる程で。その差はまさしく彼我の力量さを表しているかのようで。その絶望的なまでの力量さを目の当たりにして、ホムラは――――笑みを浮かべていた。

 

 力量差がありすぎる?そんな事、とうの昔に知っている。自分と主の立っている場所の違いなど、態々語るまでもないことだ。自分が主よりも圧倒的に劣っていて、届くとは到底思えないほどの差があることなんて初めてその御姿を見た時から分かっている。

 だから、頭を垂れて仕えると決めたのだ。この方の立つ地平を目指して飛翔することを。たとえ、その地平に届くことがなかったとしても、少しでもその場所へ近づきたいと。そのために名を賜り、力をつけてきたのだから。

 

 いつの日か、力を試してみたいと思っていた。もっと、もっともっと力をつけて挑む日を待っていた。そのためならば、ミズリの下で奔走する日々も悪くなかった。相性もあるが、ミズリは自分よりも圧倒的に上の実力者だ。それは毛嫌いしているミツビやクロムだって分かっている。だからこそ、彼らはミズリを排除しようとはしない――――できないのだから。

 六星竜王は頂点にラーマを置き、次点でフウガ同率でミズリ、それに続く形でクロムとミツビ、最下位にホムラを置いている。すでに世界を滅ぼしかねないほどの力を持っているホムラを最下位に、それ以上の力を持つ怪物たちがひしめいている。恐ろしい集団であると言わざるを得ない。

 

「いいな、ホムラ。よく力を引き出せている――――しかし、まだだ。お前の限界点はそこではないだろう。俺の前で出し渋ってどうする」

 

「しかし、主様……俺はこれ以上の規模となると制御ができません」

 

「それがどうした。制御などと細かいことは考えるな。総てを出し切れ。そうでなくては、修行の意味がないからな」

 

「……では、胸を借りさせていただきます」

 

「応とも。来るがいい」

 

 既にこの世界にいる上位の存在すらも焼いてしまいそうなほどの業火を前にして、尚足らぬとそう告げる師の姿に恐怖すら感じる。あの炎は文字通り世界を焼き尽くす、火神の齎す焔の様な力だ。神話の中でもトップの化け物が用いるような力強さを持っている。

 

「それでこそだ、ホムラ。お前もまた俺が選んだかけがえのない光だ。それは他の者たちとも遜色のないものだ。卑下する必要はない。お前はただ単純に、今この瞬間劣っているだけに過ぎない。いずれお前は他の者たちと同じ領域へたどり着くのだから」

 

「……燃えろ。燃えろ、我が星よ。大いなる母より授かりし輝きよ、汝が光輝を持って世界を覆え!」

 

 世界の総てを覆いつくさんと炎が駆け巡る。最早、結界(・・)の外から見ているこちらには一面が赤で埋め尽くされている。しかし、次の瞬間まるで闇を切り裂く太陽の様な光が漏れ、次第に赤を金色が塗り潰した。

 その金色の輝きが晴れた時、そこには気絶して倒れ伏すホムラとその近くで傷を治しているヴェルディアスの姿があった。その光景を見ていたのはアリーシャだけではなく、ほかの六星竜王たちの姿もあった。

 

「……ホムラも強くなっているようだな。昔見た時よりも格段に魔素の制御能力が向上している」

 

「確かに。私も油断していられませんね。いずれ抜かされてしまうかも」

 

「まっ、当然よね。仕事の片手間とはいえ、このあたしが見てあげてるんだから」

 

「そりゃ世も末だな。お前みたいな傍若無人女に鍛え上げられてるなんてな。ラーマはどう思うよ?」

 

「ミズリは言動こそ真っ当ではありませんが、その実力は素直に評価してしかるべきものではないですか?まぁ、その言動でマイナス評価を受けているんですが」

 

「別にいいじゃない。あたしはあたしらしく生きているだけよ。ヴェルディアス様のお言葉通りにね。それにきちんと仕事はこなしているのだから、とやかく言われたくはないわ。サボリ魔のフウガには特にね」

 

「サボってねぇよ。俺だって割り振られてた仕事はこなしてたっつうの」

 

「あのチビ妖精の警護という名のお守り兼遊び相手でしょ?そんなのサボっていたのと大差ないわよ。あたしたちみたいに仕事をこなしてからそういうことは言ってちょうだい」

 

「けっ、仕事に貴賤はねぇだろ。割り振られた仕事はきちんとやってた。それだけの話だろうがよ。ただ、それが俺向きかそうでなかったかの話だっただけでな」

 

 仲睦まじく話しているが、その内側にある魔素を見ればわかる。各々が既に既存の竜王(ドラゴン・ロード)を凌駕していたが、今では最早八星魔王の大半でも相手になるか怪しい力量を身に着けている。更にはヴェルディアスから賜った星の加護の習熟も終わりつつあった。

 特にラーマは他の竜王よりも規格外に強力な力を与えられながらも、その制御を一番最初に完成させた。時に他の六星竜王の相手を務めるほどに、その力を使いこなしている。いくら他の六星竜王よりも早くその力を授かったとはいえ、恐るべき習熟速度だ。その成長速度は同じ魔物たちの中でも一際飛びぬけている。

 

 だからこそ、恐ろしい。この恐るべき魔物たちが人間に牙をむけば、おそらく誰も抗うことはできないだろう。ルドラの配下たちでもどれだけ抗いきれるか、分かったものではない。もしかすれば、全員で挑めばあのヴェルグリンドにも勝るかもしれない。そう思わせるほどの力なのだ、彼らの持つ力は。

 むろん、彼らはそんな事はしないだろう。いや、正確に言えばしないのではなくするほどの価値を相手に見出さない。大抵の存在は彼らが一発殴る程度でも死ぬような相手だ。帝国の近衛騎士団やギィのように究極能力(アルティメットスキル)に目覚めているものなら話は別だろうが、そんな相手は希少だ。

 

「立てるか?ホムラ」

 

「……はい。治療、ありがたく存じます。主様」

 

「いい。それより、大分能力を制御できるようになってきたな。お前も伸びしろがまだまだ残っている。ここで満足することのないようにな」

 

「はっ、必ずや主様にご納得いただけるよう努力を重ねていく次第であります」

 

「ああ、期待している。お前たちは来る闘争の主力となりうる存在だからな。お前たちならできると信じているよ」

 

「はい!精進いたします!」

 

「うむ、頑張ってくれ。さて、じゃあ次はアリーシャ。久しぶりにお前の戦いを見てやろう」

 

 唐突の指名に眉を顰めながらもホムラと交代する形で結界の中に入っていく。アリーシャが手元に愛用の剣を召喚すると、ヴェルディアスは自分の魔力によって創りあげられた刀を握る。そうして向かい合う二人の総身に魔力が満ちていく。

 

「こうしてお前の修業を見るのも大分久しぶりだな。俺は気ままに歩き回っていたし、お前は後進の教育で忙しかったものな。どうだ?腕は落ちていないか?」

 

「それは師匠ご自身の目で見られるがよろしいかと。……ただ言えることがあるとするならば」

 

「うん?」

 

「そうやって手を抜かれるようであれば、私は容赦なく斬り捨てるということです」

 

「……ふふっ。俺が真打を抜かぬ事がそんなに不満か。確かに、魔力で創りあげられた神話級(ゴッズ)は誰かの手によって造られた神話級(ゴッズ)に頑強性などは劣る。しかし、こと魔力の伝導率に関しては魔力で創られた物のほうが勝る」

 

 その要因は魔力で編まれた武具は、その者の魔力そのものであるが故に造られた物より適合しているからだ。無論、使いこめばその魔力伝導率の優劣も一般的に見れば、大した差ではなくなる。ヴェルディアスの有する本人曰く真打であれば、その点も完全に凌駕している。しかし、それを抜けない理由があるのだが、それを語るわけにはいかなかった。

 

「……まぁ、加減をするのは構いません。師匠のご都合でしょうから。ただ――――後で言い訳しないでくださいね」

 

「くはっ。言い訳か。面白いな――――是非ともさせてみせてくれ」

 

 

<――――天輝せよ、我が守護星。この身、彼方の光といざ混じらん

 

「最初から全力か。良いぞ、お前の星を存分に輝かせるがいい」

 

<――――汝、永劫の時の中で己が存在を刻むがいい

 

 そう告げた瞬間、アリシアの眼光に海の如き青色が宿る。それと共に膨大な魔力が空間を支配する。その中でもヴェルディアスは動けたが、何もせずに見守ることにした。されど、その影響力は結界を越えて見ていただけの六星竜王にすら及んだ。

 

『時刻領域、展開』

 

 さらに間髪おかず、ヴェルディアスから賜り自分の手で研鑽したことで昇りつめた能力を開放する。アリーシャはこの力だけで最強の呼び声高い存在となったのだ。完全なる時間の支配者にして、遍く存在を凌駕する最強の人間種。それこそが、アリーシャ・フォルティス……『時刻の勇者』なのだから。

 

「容赦ないな。だが、まぁ……そうこなくてはな」

 

 ヴェルディアスの眼光に金色の輝きが宿る。それと共に、アリーシャの展開した領域に真正面から喰らいつく。単騎で世界にすら影響を及ぼす特異点がヴェルディアスであるが故に、その事実に驚きはしない。驚いたのはその上昇幅だった。

 

「以前よりも、増している……それも規格外に」

 

 どれだけ強くなるつもりなのだろうか?いや、本人曰く『戻りつつあるだけ』という話だが、これで完全に戻ったわけではないなら、昔はどれだけの力があったというのだろうか?更に言えば、これで勝てないかもしれないとかどんな敵を想像しているのだ。

 

「どうした?俺に言い訳をさせてみるのだろう?これでは到底、そんな事をさせることもできんなぁ?」

 

「調子に……乗りすぎです!」

 

 アリーシャの眼光に宿る輝きがより強くなる。『時刻と時間を司る時の王者』という称号はこの程度で捨てられるほど、甘くもなければ優しくもない。まだほんの僅かな時間しか経っていないが、アリーシャとヴェルディアスの間では何千何万という攻防が繰り広げられていた。

 時間を支配するアリーシャは世界の時間と己の時間を同時に操れる。世界の時間を停止させながら、己の時間を加速させるなんて行動も容易い。ネックとなる寿命などの問題は神人である以上は問題にもならないのだ。しかし、それを力業で対抗しているのがヴェルディアスだった。

 

 世界の停止は時間子への干渉権限でクリアし、アリーシャ当人の時間加速に関してはヴェルディアス自身の各器官を『星神之王(ゼウス)』の雷で強化する。恐るべきはその倍率をその場その場で変えていることだ。

 アリーシャが自身の速度を加速させるのと同時に、ヴェルディアス自身の時間にも干渉することで停滞を押し付けている。その時間加速と時間停滞の応酬に対応しながら、アリーシャが対応できる限界ギリギリを攻め続けているのだ。

 

 凌駕することは簡単だ。何故なら、ヴェルディアスはこの世界において最強の竜種。今でこそ、『星神之王(ゼウス)』しか使用していないが、自身の能力である『循環』の能力を使えばより上の出力を叩き出すことができる。意味がないので、そんなことはしないが。

 それはどうしようもない種族差であり、アリーシャ本人はどうしようもない領域の話だ。あくまでも、この修業はアリーシャのための物で、ヴェルディアスの蹂躙劇を行うための物ではない。本分を違えてはならない。

 

 それにアリーシャの行動がまったくの無駄かといえば、そんな事はない。ヴェルディアスは自分の創った得物が、もう数合も打ち合えば砕け散ると悟っていた。やはり、同じ神話級とはいえ、自分の信頼する者の手によって造られた業物に自分が短時間で創った急造品が勝るはずがないのだ。

 だからこそ、ヴェルディアスは打ち合うのをやめて回避に専念する。その代わり、刀に膨大な量の魔力を籠める。数合は持つ耐久力を一合で壊す代わりに、破壊力を上げさせる。その思惑にアリーシャは気づき、させじとばかりに速度を上げてきた。

 

 アリーシャも分かっているのだ。一撃の破壊力はヴェルディアスに圧倒的に分があることを。ヴェルディアスの最大の一撃をもってすれば、世界を絶ち切れる。物理・精神問わず遍く存在ごと世界を破断して滅ぼすことができるのだ。だからこそ、破壊力勝負に持っていかれればアリーシャに勝ち目はない。

 しかし、こと戦闘に関してはヴェルディアスに一日の長がある。その剣戟を見切りつつ、エネルギーを収束させていく。その破壊力の前にはアリーシャが普段から張っている防御結界など紙切れ以下の耐久性しか有していないだろう。

 

 そして、ヴェルディアスが刀を振ろうとした瞬間――――刀身が砕け散った。器であった刀身が砕け散ったことで、その内部に収束されていたエネルギーが爆発した。外から見ていた六星竜王は金色の光にしか見えなかったソレは結界内部を吞みつくし、六星竜王が結集して張った結界を砕いた。

 煙が消えた先には、息も絶え絶えという風体ではあるが大きな傷は見受けられないアリーシャと爆炎の所為か黒ずんでいるが無傷のヴェルディアスがいた。いや、さすがに爆発の中心でもあった右手は焼け爛れていたが、凄まじい速度で回復が行われていた。完全に治ってからアリーシャの方を見た。

 

「驚いたぞ、アリーシャ。まさか斬撃を過去から送ってくるとは思わなかった。その対応は予想外だったぞ、流石にな」

 

「……………師匠に剣戟が届かないのは分かりきっていましたから。なら、師匠の斬撃が完全に発揮される前に、武器を壊して相打ちに等しい形に持っていくしかない。ただの衝撃や爆炎なら対処できますから」

 

「ははぁ、お前全部の余波を斬り掃ったのか。よもやよもやだな。剣士としても戦士としても大分成長できているみたいじゃないか。星の制御はまだまだのようだがな」

 

「これだけやっても、師匠にとってはまだまだですか」

 

「当然だろう。お前も素質を持っているのに、まだ俺と同じ頂に立てていない。だから、同化止まりなんだよ。お前もラーマも俺の軛を越えていってもらいたいんだがな」

 

「ご冗談を。師匠の域に達するにはまだ足りません」

 

「……まぁ、お前もラーマもまだ突き抜けていないからな。だが、お前たちならばその壁を越えられると信じているよ」

 

 そう告げると、ヴェルディアスは見る影もないほどに壊れた鍛錬場を修復させていく。アリーシャとラーマの自身を尊重しすぎる姿勢にため息をつきながら。

 

 



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宴会前

「建国祭?」

 

『はっ、リムル殿は人間との融和を目的としているそうです。なので、この度周辺国や関係を持っている国などから重鎮を招待し、建国祭を執り行うとのことです』

 

「それは善きことだな。そういう祝い事はいくらあっても困らんものだ。それで、何故態々そんな話を俺に?その事柄に関係しているとすれば、それこそセリオンの領分だろう?」

 

『この件は既にアテナにも伝達済みでございます。セリオン(あちら)はもう準備を整え始めている段階ではないかと。今回はヴェルディアス様も顔を合わされたいのではないかと思い、ご連絡させていただいた次第でございます』

 

「俺が?魔王リムルに?何故?」

 

『先日は代行者としかお顔を合わされていませんでしたので。ご当人と話されたいのではないか、そう思った次第。そうであらずとも、久方ぶりに弟御と顔を合わされたいのでは、と』

 

「ふむ。ヴェルドラか……あいつにしては珍しく魔素を制御できているようだな。ヴェルザードやヴェルグリンドがあれだけ言ってもできなかったのにな。中々愉快なことだ。しかし、そうだな……魔王リムルにはヴェルドラを匿ってくれた恩があるからな」

 

 そう言うと、眼下で膝をついている六星竜王に視線を向ける。ほぼすべての修業を完了し、後は独自で習熟させていく段階にまで至った。ヴェルディアス手ずから育て上げた存在の中では、まず間違いなく十指に入る。相性の差はあるかもしれんが、ヴェルディアス配下の中ではトップレベルで強い。

 

「……そうだな。手配は任せられるか?伝令之星神(ヘルメス)

 

『御身の気の向くままに。同行者はいかほどになさいますか?』

 

「同行者……世話係のことか?別におらずとも構わんが……」

 

『御身の御威光がその程度で剝がれるとは申しませんが、多少なりとも箔というのは必要なもの。『時空の勇者』どの以外にもご用意していただきたく思います。必要であれば、こちらから『智略之星神(アテナ)』に伝えて用意させますが』

 

「多大なるご配慮には感謝いたします、『伝令之星神(ヘルメス)』殿。されど、それは不要であります。ヴェルディアス様には我ら配下の者どもがおります故」

 

「……という事のようだ。リムル王にはまたこちらから連絡を出そう。俺が招待に応じる旨のみ、リムル王への伝達を頼めるか?『伝令之星神(ヘルメス)』」

 

『御身のご意向のままに』

 

 その言葉と共に、連絡が途絶える。ヴェルディアスは今回のことは良い機会かもしれないと捉えていた。ヴェルディアスは対外的に六星竜王が己の配下であると宣言していない。だからこそ、人間たちは六星竜王を敬い同時に畏れている。恐怖をひた隠しにしている。

 自らの配下だと明かした程度で、その恐怖が薄まるとは思っていない。されど、そうしておけば責任の所在は明らかなものとなるだろう。総てはこの大地竜に帰結するものであり、心に留められない想いは自分に向ければいいのだと。

 

「ラーマ、良い機会だ。世界中にお前たちを公開しようと思うが、どうだ?」

 

「それがヴェルディアス様のご意思であれば、何も問題はございません。私どもは常にヴェルディアス様の物でございます。ヴェルディアス様の望まれるようにお扱いください」

 

 名声も悪名も等しく名高き六星竜王。その中で名前が知られているのは、実はミズリだけなのであった。その要因はミズリが六星竜王に招かれる前にやっていた悪行が原因だった。一度は世界を滅ぼしかけた大竜――――それこそがミズリだ。

 一昔前であるが、ミズリは既に並み居る竜王(ドラゴン・ロード)とは比べ物にならぬ力を持っていた。圧倒的なまでの力を持っている彼女は、若さもあったのだろうが世界に牙を向けた。一時期、世界全域の川や海が干上がったり、はたまた嵐の如く荒らぶり世界に大きな混乱をもたらした。

 

 生物種、特に人間を始めとした水を必要とする生物にとっては致命的ともいえる行動だった。未だヴェルディアスの庇護下にいたセリオンの住民に乞われ、名無しであったミズリを下した。雷神の如き雷と水神の如き水の暴流のぶつかり合いが一日中続き、最終的には雷神が水神を下したのだった。

 その時の神話の如き戦いを見た人々は、勝った雷神――――ヴェルディアスを信仰し、下された水神――――ミズリを恐怖した。その後、名づけをされたミズリの手で、甚大な被害を受けた土地の復興に協力した。人間の手ではどうにもならなかったであろう事柄も解決したその手腕から、六星竜王の評価が決まったともいえる。

 

「欲のないことだ。なんにしても、お前たちのことをヴェルドラやリムル王には紹介しておこう。後々、何かの役に立つやもしれんからな」

 

「役に立つ、ですか?新参の魔王はまだしも、あの暴君などと呼ばれる愚か者に紹介して何の意味が?」

 

「ふふっ、辛辣だな。そう言いたくなる気持ちもわからんではないが、ヴェルドラは愛しき我が妹弟の一人。あまりそうやって嫌ってくれるな。無論、無理にとは言わんがな」

 

「でしたら、無理ですわ。あの愚物を嫌うなというのが無理な話。私どもにとって、何より尊するべき相手に迷惑を当たり前のようにかける。そのような相手を嫌わない理由がございませんもの」

 

「そう言われてはどうしようもないな。嫌いなものを嫌うなとはいえん。好きにするがいい」

 

「ご寛恕いただき誠にありがとうございます」

 

「気にする必要はない。俺が好きにしろ、と言ったのだからな。用意は任せるぞ、ラーマ」

 

「ご期待に沿えるよう力を尽くさせていただく次第でございます」

 

 言葉を残し、ヴェルディアスはその場を去った。ラーマは部下に命令を伝達していく。他の六星竜王はその時まで体を休めることにした。ラーマ統制下の家臣団に何か助力しようと考えるほど、愚かではないからだ。

 ラーマはこの土地の実質的な支配者に等しく、全権をヴェルディアスから与えられている。それはこの土地に住まう者、ひいては配下たちに対する絶対的な命令権を得ているに等しい。この場所の侍従長として君臨して以来、ラーマはその全能力の把握に努めている。

 だからこそ、誰が何をできるのかを理解している。たとえ、その当人が認識していない事であったとしても、ラーマは総てを知っているのだ。であるが故に、全体統制能力を保持している。彼ができると言えば、それは本当にできる事でしかないのだ。

 

「ラーマ、私は勝手に用意しておくから何もしなくていいわ。私より、そこの怠け者の準備を手伝ってあげなさいな」

 

「うるさいわ。俺だってテメェの準備ぐらいテメェでなぁ……」

 

「できる訳ないでしょうに。あんたみたいな物ぐさ、後で迷惑をかけるのが関の山よ」

 

「……確かに」

 

「……それはちょっと否定できないかもですねぇ」

 

「おいおい、お前らちょっとは先輩を敬えよ!なぁ、ホムラ!」

 

「……………………ノーコメントで」

 

「おおぉぉぉいいいいいいいっ!そこで黙りこくるんじゃねぇよ!」

 

「心配はいりませんよ、フウガ」

 

「おおっ、分かってくれるかラーマ!やっぱりお前はできたやつだ!」

 

「ええ……もう既にあなたの荷物は用意済みですので、何もされなくて結構ですよ」

 

「うおぉぉぉいっ!やっぱり分かってねぇじゃねぇか!お前ら全員俺を物ぐさ扱いしすぎだろうが!」

 

「そういうお言葉はご自分のこれまでの行動を立ち返ってから仰ってください。少なくとも、我らの反応はあなたのこれまでの行動の結果の裏返しですよ」

 

「くっそ……めちゃくちゃ言うじゃねぇか。さてはお前、相当苛ついてんな?」

 

「さぁ。どちらにしても、あなたにできる事はありません。あちらに赴いた際にヴェルディアス様のご迷惑とならぬよう、体を休ませておいてください」

 

 ラーマは有無を言わせぬようにそう言い残して立ち去った。多くの配下を持つヴェルディアスの代行をしている以上、ラーマは六星竜王の中で最も忙しい。ゆっくりとしている時間も彼にはなく、しかしその忙しさの中でも修行の時間を捻出している事がラーマの優秀さを証明しているともいえる。

 筆頭のその言葉にフウガも肩をすくめながら立ち去った。それに続くように、他の者たちも修行場所でもあった闘技場から出て行った。まるでここだけ災禍の嵐に呑まれたかのように悲惨な有様を見せている闘技場を放って。ちなみに、後でヴェルディアスが直している。

 

 そして、暫くたったある日。ヴェルディアスは配下たちが用意した服を着させられていた。普段は自分の魔力で編んだ服しか着る事のないヴェルディアスが、配下たちが手ずから作った服を着る。滅多にない珍事にある意味、この土地もお祭り騒ぎとなっていた。

 ヴェルディアスとしては、パーティーにも自分の魔力で編んだ服を着ていこうと思っていた。しかし、滅多に誰かの作った服に袖を通すこともないのも事実。配下たちが心の底から望んで作った服。それを一度も着ずにいないというのも気が引けた。特に真剣な眼差しを向けてくる以上は、それに報いなければと思った。

 しかし、思っていた以上に服の量が多い。夜半にはパーティー会場に向かわなければならんというのに、これではいつ終わるか分かったものではない。ラーマに視線を向けると、胸に手を当てて一礼した後手を叩いた。

 

「はい、そこまでです。これ以上はヴェルディアスにご迷惑にしかなりませんからね。あとはこちらでやっておきますから、あなたたちは仕事に戻りなさい」

 

「……かしこまりました。お目汚し、失礼いたしました。平にご容赦を、ヴェルディアス様」

 

「構わんさ。お前たちの熱意こそ、俺への忠誠の証そのものだ。それを嬉しく思いこそすれ、疎ましく思うことはないさ……手加減は、してほしいがな?」

 

「……はい。それでは失礼させていただきます」

 

「ああ、ご苦労だった。急な話だったが、見事間に合わせたその技量。まさに驚嘆に値し、また誇らしく思う。これからも頑張ってくれ」

 

「ありがたきお言葉にございます。そのお言葉を胸に刻み、今後も邁進していく次第です」

 

 その言葉と共に、従者たちはその場を去っていった。その背を見送ったヴェルディアスは、部屋の中に集まった服に顔をしかめる。先ほど褒め称えはしたものの、やはり目の前にある服の量には辟易とせざるを得ない。そんな主の様子にラーマは吊るされている服から数点を見繕い、それをヴェルディアスに渡した。

 

「私の個人的な見解ですが、この辺りがヴェルディアス様のご趣味と合致している物かと」

 

「悪いな、ラーマ。お前の目であれば、心配する必要もあるまい。流石にこれだけ作ってもらった手前、見ない訳にはいかんがそこまで俺の目も肥えてはおらん。しかし、そんなに見ていては時間が足りんからな」

 

「主の手助けをすることこそ、我が役目にございます。いつ何時であろうと、この身は御身がために存在するのですから」

 

「…………意外と、お前が昇れないのはそういう理由なのかもな」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

「いや、気にするな。ただの独り言だ。というか、俺の準備も結構だが、お前たちの準備は大丈夫なのか?」

 

「問題なく進んでおります。他の者たちも既に身支度は整えております故。御身にご迷惑をおかけするような愚昧な輩ではありませんとも」

 

「別にそこまでは言ってないが……問題がないのであれば構わん。そういえば、アリーシャの姿を見ないがあいつはどうしているんだ?」

 

「勇者殿であれば、今頃侍女たちに囲まれている頃合いかと。彼女は自らの容姿というものを考えて行動しておられませんので、侍女たちにとってはこういう機会は数少ない好機なのかと」

 

「好機か。まぁ、人間とは違うからな。ある意味で、肉体的には完成している。まぁ、やりすぎないようにな。パーティーの前に体力を浪費されても困る」

 

「言い含めてあります。さて、ヴェルディアス様はどの衣装になさいますか?私としましてはこちらの衣装などとてもお似合いかと思われますが……」

 

「そうか?では、その衣装にしよう」

 

「はっ……本当にこれでよろしいのですか?ヴェルディアス様の好みもあると思い、他にもご用意させていただきましたが」

 

 

「……俺の臣下が用意したものを、嫌だと思う訳がないだろう?そうでなくとも、お前は俺の片腕。俺は信を置く者の判断を信じるだけだよ」

 

 

「ヴェルディアス様……ありがたき幸せにございます」

 

「ははっ、何故お前が礼を言うのだ。それはこちらのセリフだというのに」

 

 ヴェルディアスから向けられる全幅の信頼。それはヴェルディアスに仕える者にとって、最高の褒美。ヴェルディアスが何でもないと語るソレに、彼らは最高の価値を見出している。だからこそ、その言葉はラーマにとって何物にも代えがたい価値を持っていた。

 ヴェルディアスから信頼を向けない訳がない。自由気ままに振舞う自分を支えるために普段から懸命にあり続ける臣下たちを、心の底から信じている。彼らに裏切られてしまうというのなら、それは自分がそれだけの事をしたか何か事情があるのだろうと受け入れるぐらいには信じている。

 

「なぁ、ラーマ。楽しみじゃないか?」

 

「はっ……何が、でございましょうか?」

 

「お前たちは俺の身勝手でその名を晒すことなく生きてきた。少なくとも、ミズリ以外の者たちは極少数しか知られていない。そんなお前たちがこの世界にその名を知らしめる時が来た。それが、どれほどの衝撃を与えるのか……実に楽しみだ」

 

 ヴェルディアスの誇る最精鋭――――六星(シックス・レイド・)竜王(スターズ・ドラゴン)十二星神(オリュンポス)とは異なる、ヴェルディアスにその才を見初められ、手ずから育て上げられた上に加護を与えられた者たち。それだけの経歴を持ちながら、その面子を全員知っている者は本当に数が少ない。

 あの魔王ギィ・クリムゾンですら、『敵に回せば厄介』と称される集団。それこそが六星竜王という名の集団であり、ヴェルディアスの誇る眷属たちなのだ。だからこそ、内心では心待ちにしていたのだ。彼が最も信を置く者たちが、その名を世界に知らしめる時を。

 

「ヴェルディアス様のご期待にお応えできるよう誠心誠意、努めさせていただく次第にございます。我らの総ては御身がために」

 

 そう総てはヴェルディアスのために。ただの名もなき魔物として拾われ、彼からの信頼を全身に受けて育ってきた。命を落とすかもしれぬ危険を負いながらも、名を与えられた。それだけの価値があるかも分からないのに、望まれたように成長できるとは限らないのに――――全幅の愛をもって鍛えてくれた。

 その心を、愛を、ラーマは忘れたことはない。ヴェルディアスが与えてくれた物で今の自分は形成されている。ならば、その恩返しを一生を懸けてでもなさなければ嘘だ。たとえ、それを当の本人が望んでいないのだとしても……あの時の温もりを忘れた事など一度としてないのだから。

 

「相も変わらず、お前は重いな。だが、良い。お前がそうしてある事を、俺は誰よりも誇りに思っているからな」

 

 その言葉と共に、ヴェルディアスは外に向けて手を振った。それは何でもない動作のようで、しかし世界に大きな衝撃を与えた。空に突如として巨大な大都市が現れたのだ。突如として現れたソレこそ、ヴェルディアスの本拠地たる居城――――『移動型天空都市アトランティス』。

 

 普段はヴェルディアスの操る膨大な量の魔素によって、姿を隠しているソレは姿を晒す。誰しもが知りたがったヴェルディアスの住居たる『アトランティス』の姿に、それを見た誰もが膝をついて祈りをささげた。

 ヴェルディアスは『豊穣』を司り、同時に『天災』を司る存在でもある。捧げられる祈りは様々であり、収穫が豊かになる事を願う者がいれば、その力の矛先が自分に向かないように祈る者もいる。総じて共通する点があるとすれば――――ヴェルディアスを『竜種』としてではなく『神』として見ている点だろう。

 

 その祈りがヴェルディアスに力を与える。ヴェルディアスの自分の手を見つめ、すぐに顔を上げた。自分の行動がどういう結果をもたらすのか、それを理解した上で彼は動く。たとえ、その結果として何が起こったとしても。

 

「さぁ、行こう」

 

 総ては大いなる希望のために。



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使者よりの伝言

 竜種とは世界そのものである。というのは、ヴェルディアスの持論である。各々がそれぞれに固有の性質を持っていて、それ故に違うように見えるだけで本質的には変わらない。この世界に存在する現存の竜種で違うのはヴェルドラだけだ。ヴェルディアスはそう考えている。

 

 例えば、ヴェルディアスが司る物は大地であり生命そのものだ。大地、すなわち流転を司っている。どれだけの変容を遂げようとも、世界は世界として存在し続ける。どれだけその表面が堅固なものに見えても、何かが変わり続けている。どれだけ不動に見えるものがあるとしても、実際にはどこか変化しているものだ。唯一、変わらない核としての部分以外は移り行くものなのだ。

 そして、それは生命もまた同じこと。命の形がどれだけ変わったとしても、その根底にある物は変わらない。そう、どこまでも果てしなく生き続けていたい(・・・・・・・・)という欲求だ。限界がある事を知っているからこそ、命はその限界を棄却したいと願う。手段さえあれば、己の願いのために世界を歪めることも厭わないだろう。

 

 逆に言えば、その限界を持たない命は世界を歪めることなどどうでもいいのだ。何故なら、そんな力は力を求め続ければ、その過程で勝手に手に入っているからだ。そもそも、いわゆる不死の生命にとって、他者という存在は突き詰めればどうでもいい存在でしかないのだ。

 変化を希求し続ける者。はたまた主から命じられた平穏を求め続ける者。様々な存在がこの世界には存在していた。その多くをヴェルディアスは見てきた。ただ何かを求め続けているだけの、不死性の有無を問わず変わらない命。その頂点に立つ者こそが、ヴェルディアスなのだ。

 

 だからこそ、この世界に生まれた命はヴェルディアスに勝利することはできない。何故なら、ヴェルディアスこそが何かを希求し続ける存在の極地に立つ存在である以上、その変化にどんな存在も追いつけないのだから。誰もがそれを本能的に察しているからこそ、ヴェルディアスと戦うという道を選ばないのだ。

 

「それで、そんな怖いお兄さんがここに来ると?」

 

 八星魔王が一柱《新星(ニュービー)》リムル・テンペストは目の前に立つ女性にそう言った。彼女こそ人魔統合国家セリオンが誇る『十二星神(オリュンポス)』が一柱、《伝令之星神(ヘルメス)》ユリア・イーリアスだ。ヴェルディアスやアリーシャといった例外を除き、『十二星神(オリュンポス)』しか顔を知らない彼女が顔を晒しているのは敬意の意味があった。

 

「お言葉ですが、リムル王。ヴェルディアス様はあなた方に敵意を示しておられる訳ではないのです。寧ろ、弟御であらせられるヴェルドラ様を保護していただいた恩に報いたいとすら仰っていました。今回の参加の件は、その一歩でしょう」

 

「……どういう意味だよ?」

 

「我らが主たる大地竜の名は途轍もなく強大なものです。いえ、そもそも竜種と呼ばれる存在はこの世界に生きる生物の中では規格外な存在であると呼称せざるを得ません。それはあなたも重々、ご承知のはず」

 

「……それで?」

 

「我が国――――セリオンもその強大な御力の恩恵を賜っている国です。あの国は強大なる加護を与えられた土地であり、それを害しようとすることはヴェルディアス様に対する宣戦布告に等しい。無論、我らに挑むような愚か者は我ら自身の手で根絶やしにしていますが。ともあれ、分かるでしょう?かの御方と仲を深める意義が」

 

「いいたいことは分かるよ。でも、それをしてもらえるほど、俺は大したことなんてしてないよ」

 

「あなたにとってはそうでも、ヴェルディアス様にとっては弟御の命を救ってもらった。あまつさえ、暴走させずに一定の安全を保っていらっしゃる。そんな事はこれまで一度として出来なかったことなのです」

 

「ああ~……ヴェルドラのことは何とも言えないな」

 

「……まぁ、そういう事です。ヴェルディアス様としては、ヴェルドラ様と友好的な仲であるリムル王と面識を深めておきたいという事になります」

 

「そうか……そのヴェルディアスさん?が俺たちに敵対しない保証はあるのか?」

 

 リムルのその言葉にユリアは苦笑を浮かべる。リムルの言葉があまりにも見当違いだったためだ。しかし、そのリムルを嘲っているかのような笑みはリムルの癪に障った。文句を言おうとした瞬間、リムルの有する究極(アルティメット)スキル『智慧之王(ラファエル)』が待ったをかけた。

 

「リムル王、敵対するという行為はある程度実力或いは戦力の匹敵する間柄で使う言葉です。ヴェルディアス様単体ですら、この国を蹂躙するだけの御力があるのです。それに加えて六星竜王やその下に仕える臣下たち、場合によっては我らセリオンの戦力――――戦いにすらならないでしょう」

 

 それだけ戦力が集まれば、魔王ごと帝国とも争えるだろう戦力。字面にしているだけで酷いとしか言いようのない総戦力図だ。もちろん、ヴェルディアス自身が参陣を許すことはないだろうが、言葉にしておくだけでも十分な圧力になる。そもそも、争いにはならないのだが。

 

「そんなに言うのかよ?」

 

「それはそうでしょうとも。考えてみていただきたい。あなたがこの町の王、そうですね……ジュラの大森林の盟主になった頃のあなたとヴェルドラ様が争った場合、勝てると思いますか?搦手抜きの純粋な力量勝負で、ですよ?」

 

「そりゃあ、無理だろ」

 

「でしょう?これはそういうお話です。ヴェルディアス様もそういう戦いの話は一切考えておられないでしょう。先ほどもお伝えした通り、ヴェルディアス様と戦いになる存在などこの世界には存在しないのですから」

 

「だったら、あいつにも勝てるのか?あの、ギィ・クリムゾンに」

 

「ギィに?ふふっ……それはギィが最も望んでいる事でしょう。帝国の勇者ルドラ・ウル・ナスカに勝つこと以上に、あの魔王はヴェルディアス様に勝利することを願っているのですよ」

 

 ユリアは話でしか聞いた事のない、何千何万年も前に行われた最強の魔王ギィ・クリムゾンと最強の竜種ヴェルディアスの戦い。それは遠目にしか見る事の出来なかったミュリアをして、神話の戦いとしか表現することのできない代物だったそうだ。

 この世に生きる総ての生物の頂点に立つ存在でありながらも、仲のいい隣人のようにふるまうその姿からは一切想像できない。圧倒的で、絶望的な光景だった。事実として、ミュリアの家つまりセリオン家の古参である面子はその恐怖でヴェルディアスを信仰しているとも言えるそうだ。

 

「ですから、リムル王は心配なさらず。ヴェルディアス様はあくまでも、感謝の意を込めて会いたいと考えておられるだけなのですから――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、言ってたんだけどなぁ……」

 

 そう言いながら、リムルの見上げた先には巨大な建造物が浮かんでいた。それはヴェルディアスの有する天空都市アトランティスだった。それが何であるのか分からない者たちが大多数を占める中、偶然訪れていたとある人物からそれがヴェルディアスの住居であることを知った。

 

「ヴェルディアス様の住居を外側から見たのはこれが初めてですが、やはり荘厳ですね。よくあれだけの物体を飛ばすことが出来る物です」

 

「いや、すいませんね。歓談の途中だったのに切り上げてしまって」

 

「気にする必要はありませんよ、リムル王。自国の難事が起こりうるかもしれない現状で、他人に配慮する方がおかしい。国に、そして民に真摯に向かっておられるその有り様は、まさしく王として正しいのですから」

 

「そう言ってもらえるとこっちも気が楽ですよ。ミュリア殿」

 

 リムルは隣に立つ女性に目を向ける。その人物こそ、人魔統合国家セリオンの代表である『智慧之星神(アテナ)』ミュリア・アル・ネリ・セリオンだった。ちなみに、偶然顔を合わせたドワーフ王は途轍もなく驚いていた。

 

「ちなみに、リムル王。アレがどうやって浮かんでいるのか、分かりますか?」

 

「アレがどうやって浮かんでいるのか?それは……」

 

『アトランティスは自身から発せられている膨大な魔素を不可視化させながら、それを超高速で循環させることで浮力を獲得しています。マスターが空中を浮遊する際に体内で行っている物をあの規模で行っています』

 

「(ハァッ!?そんな事出来るのか?物理的に!)」

 

『不可能ではありません。しかし、それを行うには精緻なまでの魔素の制御技術と重力などの様々な物理現象を適度に維持する必要があります。ここまで移動してきたことも考えれば、それ以上に様々な要素が考えられます』

 

「……リムル王?」

 

「あ、えっと……ヴェルディアスさんの膨大な魔素を使って、ですかね?」

 

「おおよそ、正解です。アレはヴェルディアス様の有する魔素を『循環』させる事で成り立っているのですよ……来ましたね」

 

『前方に微細な魔力反応を検知しました。何者かが転移してくるものと推測します』

 

 そして、目の前に転移してきたのは二人だった。青を基調とした中華服を身にまとった女性と赤を基調とした中華服を身にまとった男性が現れた。リムルの保有しているソレと比較しても遜色ないであろう魔素量を誇る二人に、リムルは戦闘態勢を取ろうとする。しかし、ミュリアが先に声をかけた。

 

「お久しぶりですね、ミズリ殿」

 

「あら、これはこれはセリオン公。顔を合わせるのは一体どのくらいぶりかしら?相変わらずそうで何より、と言ったところかしら?」

 

「あなたの方こそ、お変わりないようですね。それで、彼が最後の一人、いえ一柱かしら?」

 

「そういえば、あなたにはまだ紹介してなかったわね。挨拶なさいな、ホムラ。目の前に立っているのがセリオンの宗主であり、時刻の勇者と遜色ないほど長きにわたってヴェルディアス様に仕えているミュリア・アル・ネリ・セリオン公よ」

 

「あなたがセリオン公ですか。我が名はホムラ・ローグ。ヴェルディアス様より栄えある『炎星竜王』の位を戴いた者です。以後、お見知りおきを」

 

「初めまして、ローグ殿。私がミュリア・アル・ネリ・セリオン。セリオンで十二星神の一柱、『智慧之星神(アテナ)』の位を戴く者です。いずれ、我らが国を訪れてくださいな。その時は歓待させていただくわ。それより、本題は私ではないでしょう?」

 

「ああ、そうだったわね。あまりにも懐かしい顔を見たものだから、そっちを優先してしまったわ」

 

「相変わらず雑というか、適当というか……その気になるものがあった時にそちらを優先する癖は治らないのですか?」

 

「治らないわねぇ。治そうとも思わないけれど……それで、そちらが噂の最新の魔王さんかしら?」

 

 視線がリムルに集まる。魔王クラスと遜色ないほどの魔素(エネルギー)量を持つ竜王。その姿は以前に見たクロムと同じように感じられた。つまり、彼らは本来の魔素をヴェルディアスの手によって縛られている。縛られてコレなのか、縛りを自分で解いたのかは分からないが、前者の場合は問題だ。

 なにせ、縛られて尚、覚醒魔王であるリムルと同じくらいの魔素を感じさせているのだから。もし、縛りが解けてしまったらどれほどの力となるのか分からない。更に仮定の話だが、その力がこちらに向く可能性も決してゼロではないのだ。

 

「もしかしたら、名前ぐらいは聞いたことがあるかもしれないけれど。私はミズリ、ミズリ・エル。かつては『水災(ウォーター・ディザスター)竜妃(ドラゴン・エンプレス)』。今はヴェルディアス様にお仕えする『水星(ウォーター・エレメンタル)竜妃(ドラゴン・エンプレス)』。以後、お見知りおきをリムル王」

 

「同じく、ヴェルディアス様にお仕えする『六星竜王』が一体、『炎星(フレイム・エレメンタル)竜王(ドラゴン・ロード)』ホムラ・ローグと申します。拝謁の名誉を賜り、感謝いたしますリムル王」

 

「あ、ああ、どうも。リムル・テンペストです。えっと、それでお二方はどういったご用件で?」

 

 思っていたよりは丁寧な自己紹介にリムルは驚かざるを得なかった。なにせ、かつてクロムが自己紹介をしたときはもっと高圧的なものだったからだ。それに比べれば、二人の自己紹介は多少の差こそあれ、ある程度はリムルに対する敬意が混ざっていた。

 

「はっ、今回は我らが王――――『大地竜』ヴェルディアス様からのお言葉を届けるために参りました」

 

「……聞こう」

 

「『上空の建造物に驚いている事だろう。こちらの来訪は聞いていただろうが、移動方法を伝えるのを忘れていてな。まずはその謝罪を。心配をせずとも、この建造物は俺自身とつながっているから離れたとしても落ちる事はないので安心してほしい。俺が死んだりすれば話は別だがな。

 さて、次の話だが、ヴェルドラの身柄を預かってもらって感謝している。あの暴れん坊が何度も転生を繰り返しても出来なかったことをなした。そのことに敬意を示そう。そのまま、ヴェルドラと仲良くしてやってくれ。分かっているかもしれんが、我が儘が多いからな。友達らしい友達などいないんだ。

 

 ようやく本題に入るが、確か夜になったら招いた主賓達をもてなす宴……パーティーと言った方が良いか?そのパーティーに俺も出席しようと思う。理由としては俺が君と仲がいいというのを対外に示すためだ。俺と仲がいいと分かれば、余計な手間をかける者も減るだろうしな。

 その場で、まだ知らないだろう残り二人の『六星竜王』を紹介しよう。これは俺の個人的な意思も入っているから、君の意見はあまり関係ないがな。ともかく、伝えたかったのはこちらの同行者だ。俺と俺の一番弟子、そして六星竜王。この八名で行かせてもらうから、そのつもりでいてくれ』――――伝言は以上です」

 

「そ、そうか……」

 

 急に先ほどまでとは全然違う話し方をするホムラにリムルはビビっていた。その話し方が本当にヴェルディアスからの物であったかは分からないが、似ていなければ横にいるミズリにどつかれていたように思った。それぐらいの視線をミズリはホムラに向けていた。

 

「今のはあんたの言葉じゃないでしょ?誰の真似よ、それ」

 

「姐さん、今のは確かにヴェルディアス様のお言葉ですよ……今、俺の体を仲介することで発せられた物ですけどね」

 

「……私たちとヴェルディアス様の間にあるラインを利用した、という事?でも、あれはただのエネルギーの通行路じゃないの?」

 

「俺にも詳しい事は分かりませんが、さっきのヴェルディアス様の伝言の部分だけ俺の表層意識を上書きした……みたいですね。なんで、伝言の内容は俺も分からないです」

 

「は?覚えてないの、あんた」

 

「覚えてないです。てっきり念話で伝言内容を伝えてこられるのかと思っていたので、驚きました」

 

 それは途轍もない高等技術だった。意識の上塗りを本人の意識がない間に行う。しかも、無意識状態である就寝状態とは違い、意識が覚醒している起床状態では難易度がはるかに違う。それを極々自然に行ってしまう。更に言えば、本人はこの場にいない状態で。

 やってる事が無茶苦茶だ。本来であれば念話で伝えればいいのに、態々意識の乗っ取りを行うなど無駄でしかない。しかし、リムルはヴェルディアスがどうしてこんなことをしたのかを理解していた。それは――――不安がるリムルに彼我の力量差を理解させるためだった。

 

 ヴェルディアスに敵対の意志はない。これは散々説明されたことだ。リムルもそう思おうとしているし、友好的な使者を立てている事からもそれは納得できる。しかし、戦いにならないかどうかまでは分かっていなかった。だからこそ、それを簡単に理解させる方法――――彼我の戦力差を形として見せたのだ。

 自分とつながるパスを経由して、自分の意志を他人の体で表出させる。それは世界中の誰にもできない技術だ。自我がない状態で意識を表出させるのは、リムルと『智慧之王(ラファエル)』の関係でもできる。だが、それはあくまでもリムルがスキルで繋がっているからだ。配下のパス繋がりだけでは使うことはできない。

 

 ヴェルディアスはそれを可能にした。それはつまり、ヴェルディアスの技能と理解の幅がリムルとは桁違いの領域にあるという意味である。総ての生物にとってのエネルギーである魔素。それに対する理解と、活用する術の保持。それは確かにこの世界における最強の呼び名に相応しい代物だった。

 

「ところでリムル王、質問があるのだけれどよろしいかしら?」

 

「あ、はい。なんでしょう?」

 

「リムル王の配下には蜥蜴人族(リザードマン)がいると記憶しているのだけど、今もいるのかしら?」

 

「確かにいますけど……どうするつもりなんですか?」

 

「どうするつもりって、それを訊いてどうすると言うの?私と敵対でもしてみる?」

 

「望んではいないけど、配下を害するっていうんならそうせざるを得ないよな」

 

 リムルの魔王覇気とミズリの竜妃覇気が衝突する。強大な魔素同士の衝突にリムルの幹部勢やミュリアの護衛役に連れていた戦士たちがどよめいていた。かたや新入りとはいえど存在していた魔王を滅ぼした魔王。かたや世界に大きな被害を齎した災厄の水竜。そんな強者同士がぶつかればどうなるか、想像に難くないだろう。

 

「ミズリ殿。そうやって揶揄うものではありませんよ」

 

「……つまらないわね、智慧之星神(アテナ)殿は。心配いらないわよ、リムル王。あくまでも様子を見に行くだけ。水辺に住まう竜の眷属は多くが私に端を発する者なの。この森の近辺に住まう者らは元々、私が加護を与えた者たちだしね」

 

「姐さん、加護なんて与えてたんですね……」

 

「あんた、私を何だと思ってるの?乞われれば私だって加護ぐらいあげるわよ。まぁ、今でも私を祀る祭壇なんかもあるみたいだしね。求められるのなら、それぐらいはね」

 

「……本当に害するつもりはないんだな?」

 

「害するつもりなら、あなたに許可を取ったりするわけないでしょう?黙って水を氾濫させて沈めるわよ。許可を取るなんて無駄の極みでしかないじゃない?」

 

「まぁ、様子を見に行くだけっていうんなら構わないけど。でも、彼らを害されれば俺だって黙っていられないからな。そこだけは覚えていてもらいたい」

 

「はいはい、心の隅に留めておくわ。それじゃあ、後で戻るから先に戻ってなさいなホムラ」

 

「了解しました。では、また後ほど。リムル王、失礼しました」

 

「お、おう……ヴェルディアス殿によろしく伝えてくれ」

 

「かしこまりました。それでは失礼いたします」

 

 その言葉と共にホムラは空間転移で姿を消し、ミズリはふらふらと街中に消えていった。その対極的なあり方にリムルは思わずポカンとしていた。そんなリムルの姿に、ミュリアは微笑を浮かべる。それを誰にも気づかれない内に消し、いつの間にか手に持っていた扇を配下に預けた。

 

「リムル王、会談の続きはまた後日としましょう。事情が変わった以上、あなた方が取られる対応が変わりましょう。特にヴェルディアス様、いえ竜種の方々には繊細な対応が必要ですからその対応に専念されるとよいでしょう」

 

「気を遣っていただき、ありがとうございます。会談の日程はまたこちらからご連絡させていただきます」

 

「お気になさらず。ヴェルディアス様は我らにとって神にも等しい御方。その歓待はできうる限り最大限の物にして戴きたい。パーティーを期待させていただきますよ、リムル王」

 

「……その期待に応えられるよう、全力を尽くさせてもらいますよ」

 

「期待していますね。それとリムル王。これは忠告にもならない事ですが」

 

「はい?」

 

 

「思考系スキルを使われるのなら、思考加速を忘れない方が良いですよ。傍目にはただ考えているようにしか見えませんが、同じようなスキルを持っている相手にはバレますから」

 

 

「っ!?」

 

「それと、その素直な表情も少し抑え気味の方が良いかと。政治に関わる者にはポーカーフェイスは必要ですからね。まぁ、その素直さが慕われる理由ならば、無理に抑える必要もないでしょうが」

 

 では、失礼。そう言いながら、ミュリアは待たせている馬車に乗り込んだ。リムルはその背を見ながら、人間ではないのに冷や汗を感じずにはいられなかった。ミュリアが何故、政治に関する事柄を一手に任されていて、尚且つその事に誰も文句を言わないのか。

 おそらく、リムルの『智慧之王(ラファエル)』と同系統の思考系究極(アルティメット)スキルを持っている。しかし、それだけではない。リムルのように露骨に相手を調べるのではなく、相手に悟らせずに相手のスキル攻勢を調べ上げる。それだけではないのだろうが、その一点だけで恐ろしい力量と言わざるを得ない。

 

「人魔統合国家セリオンの主柱か……恐ろしいな、本当に」

 

 リムルは空に存在するアトランティスを見上げながらそうぼやき、仕事に戻ったのだった。



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邂逅する大地竜と魔王たち

 パーティーが始まり、空に浮かぶ大地は下にあるテンペストの住民たちには受け入れられていた。寧ろ、遥か空の彼方に浮かぶ月と共に並ぶ事で、より見栄えの良い姿に好感を持たれていたと言っても相違ない。そんな評価を受ける場所の主は着替えを済ませ、集合場所――――アトランティスの中央の地にある転移門に訪れた。

 その場には既に他の六星竜王とアリーシャが正装に着替えて待っていた。更には見送りに来ていた他の従者たちも、ヴェルディアスの到着を待っていた。ヴェルディアスの姿を視認すると、大勢の者たちが道を開き頭を下げていた。

 

「待たせたな、皆」

 

「いいえ、ヴェルディアス様は我らが主でありパーティーの主賓。そのような御方をお待たせするなど、従者としては言語道断です。ヴェルディアス様は我らを待たせるぐらいで丁度良いのですから」

 

「言うな、ラーマ。まぁ、構わんさ。準備の方は大丈夫か?」

 

「万事滞りなく。サポートはお任せください」

 

「そうか。ならば、存分に頼らせてもらうとしよう」

 

「ええ、ご存分に。ヴェルディアス様から頼られるほど嬉しい事などありません故、お気の召すままにお命じください」

 

「そうか。では、行こうか」

 

 ヴェルディアスが手を向けると、転移門が起動する。その門をくぐり、ヴェルディアスたちはテンペストの地に降り立った。ヴェルディアスの圧倒的な魔素量にテンペストが揺れる――――なんていう事は起こらなかった。どころか、それまでと一片も変わらない情景が広がっていた。

 他の者に欠片も存在を気付かせないほど自然な魔力制御。それは、一定以上の力量を持つ者であれば誰もが行っている魔力制御という技術の極致。リムルをして、【智慧之王(ラファエル)】の協力なくして気づくことが出来なかったほどにその技術は極まっていた。

 

「ふむ、直接足を踏み入れたのはこれで二度目だが……賑やかだな、中々に」

 

「善きことではないですか?ある種の理想でしょう、この光景は」

 

 人も魔族も関係なく。互いが互いの事を尊重しあっている。魔族側も人側もある程度の線引きをしているとはいえ、この場に集った者たちが平和を願っているという事に違いはないだろう。その光景は、アリーシャからすれば素晴らしいという他ない。彼女は勇者だが、魔物を忌避している訳ではないのだから。

 

「確かに。この光景は早々見られるものではないのは確かだ。ルドラが抱いた理想はきっと、こんな姿だったんだろうな……面識も何もない奴がその光景を実現しているとなれば、あいつも歯噛みするかもな」

 

「ヴェルディアス様、ルドラ様は……」

 

「分かっている。そもそも、あいつは前回の時点で既にほぼ限界だったんだ。今のあいつの状態は最初期のころから予想出来ていた事態だったさ。だから、お前が心を痛める必要はないよミツビ」

 

「ああ、あの坊主はもうそこまで……」

 

「ルドラは理想を現実にすることはできなかった。しかし、ルドラの願いはこうして叶っている。皮肉というか何というか……ルドラがこの光景を見たら、なんて言うんだろうな」

 

 そう呟きながら、ヴェルディアスは街を歩いていく。誰もが笑みを浮かべている姿に、自分とは全く関係ない光景ではあってもヴェルディアスは嬉しく思った。前世ではこういう光景をこそ、彼は望んでいたのだから当然とも言うべきかもしれないが。

 そのまま歩を進め、パーティー会場に到着する一行。『伝令之星神(ヘルメス)』経由で受け取っていた招待状を見せ、パーティー会場へ入った。外で確認を待っていた段階から、中に懐かしい気配がある事を認識していたヴェルディアスは悠々と会場に入った。

 

「おい、あれは……まさか大地竜様か!?」

 

「魔王リムル殿には暴風竜のみならず、大地竜様へのパイプがあるというのか?」

 

 ヴェルディアスが会場に入ると、その場に集まっていた貴族たちは騒めいた。よっぽどでもない限り、世俗に姿を現さない大地竜の姿を見る事が出来たのだ。騒がない方がどうかしているが、リムルは詳しく知らないので凄い人なんだな、ぐらいにしか思っていなかった。

 

「やぁ、直接顔を合わせるのは初めてになるか。初めまして、魔王リムル。俺はヴェルディアス。大地竜ヴェルディアスだ。以後お見知りおきを」

 

「あ、どうも初めまして。この国の王で『八星魔王(オクタグラム)』の一員のリムル・テンペストです。お会いできて光栄です、ヴェルディアス殿」

 

「殿など不要だ。君は我が弟と友誼を結んでいる。弟の友に便宜をはかるぐらいはしてやるとも。存分に頼ってくれて構わんから、そちらもそのつもりでいてくれればいい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「気にするな。そうでなくとも、ギィの新たな戦力だ。これからのゲームはより華々しくなることだろう。いや、もしやすれば今回で決着となるかもしれんな」

 

「ゲーム……?」

 

「後はギィに訊いた方が良い。俺は審判役でしかないからな」

 

 ヴェルディアスが話を切り、周りに視線を向けると頭を下げるセリオン勢とヴェルディアスを見ているミリム率いる新旧魔王たちがいた。その中でも、ミリムに視線を向け両手を広げる。すると、ミリムがヴェルディアスに向かって突っ込んでいった。その行動に、誰もが止めることが出来なかった。

 ミリムがヴェルディアスにぶつかりとんでもない轟音が響いた。しかし、ヴェルディアスは顔をしかめる事もなく、ミリムを受け止めていた。それこそまさしく、総てを生命を抱き受け止める大いなる大地のように。

 

「久しいな、ミリム。あんなに幼かったお前が、今や多くの臣下に囲まれている。それは、とても喜ばしい事だな」

 

「叔父上!」

 

「どうした?そんなに泣いていたら可愛らしい顔が台無しだぞ?俺はお前の笑った顔が見たいものだがな」

 

 ヴェルディアスはミリムの涙で服が汚れるのも構わず、ミリムを抱きしめる。ミリムを抱きしめながら頭をなでるその姿は、まさしく親子のようで。フレイたちはその姿に驚愕を隠せず、リムルはどこか見覚えがあると思っていたヴェルディアスの顔立ちからこの光景に納得していた。

 

「まったく……久しぶりに会ったのだから、俺に大人なお前の姿を見てくれよミリム。まぁ、どの姿のお前であっても俺にとっては愛いがな」

 

 そう呟きながらミリムを抱き上げ、ヴェルディアスはフレイやカリオンたちに視線を向けた。その視線に、フレイやカリオンは膝をつきそうになった。かつて、十大魔王と呼ばれた者たちの一員であった王たる二人が、ヴェルディアスを上位と認めたのだ。

 

「良い、膝などつくな。お前たちの主は俺ではない。お前たちには今後とも変わらず、ミリムの事を支えてやってくれ。この子は私生活がだらしないからな」

 

「……元からそのつもりです。私とミリムは友達、ですから」

 

「言われるまでもねぇ。ミリムは俺たちの主なんだ。締めるところはきちんと締めてもらうさ」

 

「そうかそうか。この子も善き縁に恵まれたようだな。強すぎる存在というのは中々友誼など得ないものだが……孤独だったこの子にも友や仲間と呼べる存在が作れるようになったんだな」

 

 本当に嬉しそうな表情でミリムの頭を撫でているヴェルディアスの姿は、まさしく娘を可愛がる父親のようだった。ミリムもヴェルディアスの温かさを感じて嬉しいのか、表情が更に緩んでいった。ヴェルディアスはその時、ようやくフレイたちの後ろにいる『竜の民』であるミッドレイたちの存在に気付いた。

 

「その装束……『竜の民』か。会うのはどれほどぶりだったろうか」

 

「お初にお目にかかります。私めは『竜の都』にて神官長を務めておりますミッドレイと申します。この者は従者のヘルメスです。大地竜様におかれましてはご健勝のこと、大変喜ばしく思っております」

 

「ミッドレイ?ふむ……ああ、あの時の赤子か」

 

「はっ?」

 

「知らぬのも無理はあるまい。以前、『忘れ去られし竜の都』を訪れた時に祝福を授けてやって欲しいといわれてな。加護の種を与えたのだ。そうか、あの時の赤子がここまで大きくなったか。見る限り、強くなってもいるようだし、そのままミリムの力になってやってくれ」

 

「はっ……ありがたき幸せです。これからもミリム様のため、このミッドレイ粉骨砕身の覚悟で努めさせていただく次第でございます!」

 

「うむ、期待している。お前に授けた俺の加護で悩みがあれば、存分に俺に頼るがいい」

 

 ミリムの頭から手を離し、その手元に膨大な量の魔素が集中していく。その魔素が破裂すれば、この場にいる貴族たちは助からないだろう。そう思えるほどに膨大な量の魔素を、片手間のように操作していくヴェルディアスの姿にどれだけ人のように見えても違う存在なのだと認識するしかなかった。

 ヴェルディアスが魔素の操作を止めると、そこには拳ほどの大きさの魔石があった。ヴェルディアスはそれをミッドレイに差し出した。ミッドレイはソレを恭しく受け取った。その魔石は落ち着いたブラウンカラーをしており、人間たちがスモーキークォーツと呼ぶソレに似ていた。

 

「これは流し込まれた魔力を登録できるようになっている。これに魔力を流しつつ話しかければ、念話が繋がるようになっているから用事がある時は遠慮なく使うと良い」

 

 分かりやすく言うと、魔素を使った携帯電話である。電話の機能しかないとはいえ、片手間のように異世界の技術を再現してのける技量。その事実にリムルは目を見開く他なかった。この人、本当は自分と同じ転生者なんじゃ?と疑いを持つぐらいには驚愕していた。

 泣き止んだミリムの頭をもう一撫ですると、ヴェルディアスはもう一人の顔見知りに視線を向けた。その顔を見るのも本当に久しぶりだと思いながら、話しかけた。相手――――エルメシア・エルリュ・サリオンも本当に懐かしそうな表情を浮かべながら話に応じた。

 

「それはそうと。久しぶりだな、エルメシア」

 

「ええ、お久しぶりですお爺様」

 

「エルメシア!ヴェルディアス様に対してなんと無礼な口を利くのですか!?」

 

「構わんさ、ミュリア。エルメシアにそれを許したのは俺だ。それより、サリオンの事は聞いているよ。お前も随分と立派になったものだな」

 

「もちろん。お爺様お墨付きですもの」

 

「くくっ、そうだな。お前は俺が言った通り、自らの道を貫き通した。ならば、俺はそんな今のお前を受け入れ慈しむだけだよ。暇が出来たら俺の居城にも足を運ぶと良い。盛大に歓待させてもらうからな。なぁ、ラーマ?」

 

「ヴェルディアス様の御客人であれば、配下一同全力をもっておもてなしさせていただきます」

 

「それは楽しそうね。でも、その前に訊きたい事があるのだけどいいかしら?」

 

「なんだ?」

 

「お爺様の後ろにいる勇者殿を除いた六人は誰かしら?いえ、一人は想像つくのだけれど」

 

「おお、そうだな。今回はこいつらを――――俺の配下であり、同時に眷属でもある者たちの紹介もしておきたかったのだ。では、一人ずつやってもらおうか。ラーマ」

 

 ヴェルディアスが視線を向けると、その場にいた者たちの視線も自然と集まった。ヴェルディアスと同じように、極限まで魔素を制御しきっているその姿は怪物と称しても遜色なかった。一見するとただの人間のようにしか見えないのに、その実この面子の中で本当に強いのはこの男なのだと理解せざるを得なかった。

 

「では、僭越ながら――――私はラーマ。ラーマ・キュルスと申します。ヴェルディアス様からは『六星竜王』の筆頭の地位を戴いております。字名としましては『無星(ノート・エレメンタル・)竜皇(ドラゴン・エンペラー)』。以後、お見知りおきください」

 

「次、俺か。俺はフウガ・ゼノ。字名は『風星(ウィンド・エレメンタル・)竜王(ドラゴン・キング)』。まぁ、滅多に会うことはないだろうし、頭の片隅にでも置いといてくださいや」

 

「雑な挨拶ねぇ……私はミズリ・エル。かつて『水災竜妃』と呼ばれ畏れられた、今はヴェルディアス様の従僕の一人。『水星(ウォーター・エレメンタル・)竜妃(ドラゴン・エンプレス)』と名乗っているわ。よろしく」

 

「魔王リムルやミリム様には名乗っているが……クロム・ブルグ。字名は『闇星(ダーク・エレメンタル・)竜王(ドラゴン・ロード)』。よろしくお願いいたします」

 

「初めまして。私はミツビ・ニューと申します。ヴェルディアス様から『光星(ライト・エレメンタル・)竜王(ドラゴン・ロード)』の字を賜っています。今後ともよろしくお願いいたします」

 

「ええ、なんで俺が最後なんですか……お初にお目にかかります。俺、いえ私はホムラ・ローグ。ヴェルディアス様より『炎星(フレイム・エレメンタル・)竜王(ドラゴン・ロード)』の字名を賜っております。この中では一番下っ端かつ新人なので、お手柔らかにお願いします」

 

「えっと、色々と聞きたいことはあるんだけど……字名って何ですか?」

 

「種族名と言ってもらっても遜色はない。要するに階位の話だよ。この面子は従来いる『竜王(ドラゴン・ロード)』の中でも、上澄みに当たる。ラーマやフウガ、ミズリの三人に至っては『竜王(ドラゴン・ロード)』たちでも勝利することは無理だろうな」

 

 『竜王(ドラゴン・ロード)』はミリムをして難敵と称するほどの相手である。そんな者たちを相手に、敗北することが難しいと称される。それがどれほどの事なのか、上位勢にいる者たちほど理解せざるを得なかった。

 

「流石はヴェルディアス様の精鋭と言うべきでしょうね。特にラーマ殿は……強さが分からない」

 

「なに?お前でも分からんのか、『智慧之星神(アテナ)』」

 

「そうですね。戦士である以上、私に分からない道理はない……けれど、ラーマ殿の力は分からない。ヴェルディアス様でさえ、自分では測りきれないほど巨大ではありますが分かります。しかし、ラーマ殿は……読み切れないですね」

 

「途方もないな……」

 

 誰もが戦々恐々としている傍らで、ラーマは特に言及することなく黙って聞いていた。ヴェルディアスはそんな風に評価を受けているのを面白そうに眺めていた。それはある意味、ヴェルディアスが願っていた光景だったからだ。

 

「伊達に俺の片腕を任せている訳ではない、という話だ。俺の名代として送る事もあると思うから、その時はよろしく頼むぞ」

 

「ヴェルディアス様のご意向でございますれば、如何様にも。我らセリオンの者はヴェルディアス様配下の方々を心より歓待させていただきます」

 

「それは私たちもそうよ。お爺様の身内ですもの。出来る限り、歓迎させてもらうわ」

 

「ほう……エルメシア、あなたが歓迎すると?あの奔放娘が言うようになりましたね?」

 

「あら、お姉さまが固すぎるだけじゃないかしら?私だって一国の王である以上、大切な隣人として迎え入れることはするわ。お爺様には私もお世話になったもの」

 

「本当に、よく口が回るようになりましたね。その減らず口は昔とあまり変わっていないようですが」

 

「あら、お気に召さなかった?まぁ、そう思われても無理はないでしょうけど――――余もまた一国の国主である以上、早々譲る事など無きものと考えた方が良い」

 

 二人の王、しかも現在存在する国々の中でも間違いなく最長の歴史を誇る国の長。積み上げられたその歴史、そして積み上げられた王としての威厳。それらが覇気となってぶつかり合っている。魔王覇気や竜王覇気とも劣らぬそれは空気中でぶつかり合い、周りにいる者たちに圧力となって襲い掛かっていた。

 

 その覇気を断ったのは、ヴェルディアスの一拍の音だった。空気中に広がっていた覇気を断つように、魔力の波を払うように、両者の覇気は音によって完全に消え去っていた。笑みを浮かべながら、二人を見ているヴェルディアスの姿にエルメシアとミュリアは冷や汗が背中を這うのを感じざるを得なかった。

 

「両者の善意、ありがたく受けさせてもらう。しかし、このような晴れの舞台で要らぬ喧嘩をするな。俺の事に関して喧嘩になりやすいのは、お前たちの数少ない欠点だ」

 

「も、申し訳ございません……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「分かればよろしい。いや、すまないな魔王リムル。俺の関係者が騒ぎすぎたようだ。何かしてほしい事はあったりするか?軽い事であれば協力するぞ?」

 

「え、いや、そこまでの事じゃないですし……」

 

 急にそう言われたリムルとしては、別段何かしてほしいとは思わなかった。確かに、先ほど威圧のぶつかり合いは末恐ろしいとは思ったが、別にヴェルディアスに何かをされたわけではない。それに何かが壊れたりしたわけではない以上、賠償の必要を感じてはいなかった。

 

「ふむ、謙虚だな。俺の力が借りられるとなれば、多くの者が是非と言ってくるんだが……では、借りという事にしておこう。もし、魔王リムルが俺に力を貸してほしい事態になれば言ってくれ。俺も可能な限り尽力させてもらおう」

 

「ありがとうございます」

 

「うむ。では、この辺りで離れるとしよう。君と話したい者も大勢いるだろうしな。『海洋之星神(ポセイドン)』も『錬鉄之星神(ヘファイストス)』も久方ぶりだ。旧交に叙すとしよう」

 

「光栄です、我らが神王よ」

 

「我らで無聊の慰めになればよいのですが」

 

「なに、思い出話にふけるのも悪くはなかろう。お前たちの話を俺に聞かせてくれ」

 

 ヴェルディアスはそう言いながら、リムルたちから離れた。六星竜王たちも続こうとしたが、ヴェルディアスから視線を向けられたことで意図を察して離れていった。そして、他の参加者たちの元を訪れたり料理を手に取ったり好きに動いていた。ヴェルディアス自身も飲み物を受け取り、反省している様子の二人の肩を叩いた。

 

「二人とも、反省したならばよい。お前たちの話も聞かせてくれ。こうして顔を合わせる機会も早々ない故な」

 

「……それでヴェルディアス様の償いになるのであれば、喜んで」

 

「お爺様も話を沢山聞かせてね?あの『破壊の暴君(デストロイ)』の件も含めて」

 

「良いとも。存分に語り明かそうではないか」

 

 互いに持ったグラスをぶつけ、その音が消えぬ内に口に含む。それを一息に飲み干し、ヴェルディアスは笑みを浮かべるのだった。



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海の神の悪戯

めっちゃ久しぶりの投稿に作者自身がびっくりしてます。
言い訳じゃないんですが、リアルがバタバタしていて執筆が遅れてしまい申し訳ございません。
これからは他作品も含め、もっと頻繁に更新していきたいと思っていますので、何卒よろしくお願いします!


 大地竜とその眷属たち、そして大地竜の直弟子たる勇者。この世界に大きな影響を与えうる者たちの出現に、その場にいた者たちは否応なく混乱を免れなかった。特にエルメシアの側近たちはその混乱が大きかっただろう。

 

 自分たちの報じる王が大地竜と知己の仲であり、嫌がっていたセリオンの女帝と義姉妹関係にあったなど誰も知らなかった。本人としては特に話すタイミングもなかったので話さなかっただけなのだが。義姉の事は単純に話したくなかっただけだ。

 

「『海洋之星神(ポセイドン)』も『錬鉄之星神(ヘファイストス)』も壮健そうで何よりだ。近々、セリオンにも寄ることにしよう。少し話したいこともあることだしな」

 

「いつ何時でもおいでください。我らの全力でもって歓待させていただく所存にございますれば」

 

「そこまで力を籠めずとも構わないさ。お前たちに迷惑をかけてしまう話だからな」

 

「ヴェルディアス様からのお話を迷惑だなどと感じる者はおりませんよ。我々はもとより、セリオンに住まう者たちは貴方様の御力になることを何よりも望んでいるのですから」

 

「ありがたいことだがな。お前たちの生き方を縛るようなことはしたくない、というのが俺の本音なんだ。お前たちの時間はお前たちのものだ。それをどう扱うのはお前たちの自由だが……俺のために浪費するなんてことはしてほしくはないんだ」

 

「ヴェルディアス様のために時間を使うほど有意義なことはございませんとも。恩義だけではなく、純粋に我らがお力になりたいと、そう思っているだけなのですから」

 

 『海洋之星神(ポセイドン)』はヴェルディアスの元から離れ、料理人をしている鬼人族のもとに向かった。そして、料理人の目の前で巨大な魚を取り出した。どこから現れたかも分からないそれに料理人は目を見開いた。

 

「これは我が国でもほんのわずかしか取れない魚だ。これを捌けるか?」

 

「これは……またなんとも見事な」

 

「出来るか出来ないかだけ答えろ。偉大なる竜へと捧げられる供物だ。分不相応な者に任せることはできないからな」

 

「ほう……儂では不足ですかな?」

 

「実力は認めよう。先ほどのスピアトロの寿司は見事な腕前だった。だが、貴き御方へ捧げられるほどかと言われれば首を傾げる他ない。だから貴様に問うているのだ。貴様は――――どちらだ?」

 

 素直に腕前が足りぬと認められる賢者か。はたまた、それでもと挑むことのできる愚者か。『海洋之星神(ポセイドン)』としてはどちらでも構わない。だが、期待できるのかどうか。ただそれだけに過ぎないのだから。

 

「俺はこれでも神の名を冠す二つ名を持つ者だ。故、これは俺からの試練。受けるも受けないも好きにすればいい。その上で、どうする?」

 

「……受けさせていただきましょう。この身は一介の剣士なれど、リムル様から料理人としての役を任ぜられた身。ご期待に応えて見せましょう」

 

「そうか。ならば、一つ忠告をしよう。この魚はとある場所に毒袋があってな。その毒袋はとてつもなく繊細。刃の腹が触れるだけでも割れてしまう。この毒袋が割れれば、食える場所は一切なくなる。だが、割れていたとしても見た目は一切変わらない。お前にその急所が見切れるかな?」

 

 からかうように言っているが、鬼人――――ハクロウは冷や汗をかいていた。彼にかかる緊張感を想えば、至極当然というべきだろう。しかし、『時刻の勇者』たるアリーシャがいる。毒化してしまったとしても、アリーシャが戻せば問題ない。

 試練という名を呈しているだけで、実際はそんなに難題ではない。しかし、そのことを知りえないハクロウはとてつもない難題を押し付けられたことになる。ハクロウは目を閉じ、魚と向き合った。

 

 最近会ったばかりの娘の視線、そして他の者たちから向けられる様々な感情。それら総てを双肩に背負いながらも、心を無にする。目を見開いた瞬間、握られていた包丁を振るう。

 

 その速度は一般人からすれば目にも止まらぬほど早く、ヴェルディアスのような一部の者からすれば視認できる程度の速度だった。しかし、その包丁捌きは流麗。刀剣の扱いにおいては並ぶ者なきヴェルディアスをして、感嘆の息を漏らすほどだった。

 

 大河を切り裂く一閃のようなそれは、確かに毒袋を傷つけずに解体することに成功した。そのことに安堵するのではなく、残心として息を吐いた。その美麗さに誰しもが言葉をなくす中、ヴェルディアスと獅童は最初に拍手を送った。

 

「――――素晴らしい。見事な腕前、感服した。同時に謝罪しよう。お前の持つ技をこのような見世物にしてしまったことをな」

 

「そうだな。確かに素晴らしい腕前だった。が、まぁ、それはそれとして寿司だったか。俺にも握ってもらえるかな?」

 

「はっ、喜んで」

 

「……うん、実に美味いな。先ほどの刃物の捌き具合にしても、料理人としての腕前にしても、実に素晴らしいな」

 

「大地竜様にそう言っていただけるとは、感激の至りでございます」

 

「名は?」

 

「はっ?」

 

 

「名は何と言う?と言ったんだ。お前は俺が名前を覚えるに足ると、そう思って聞いたんだが」

 

 

「…………………ハクロウと申します」

 

 ハクロウは思考がフリーズしていた。栄えある竜種の中でも、いや、この世界に生きる総ての者たちの中でも最も強い存在、それこそがヴェルディアスだ。純粋な実力だけではなく、ヴェルディアスは世界の管理者でもある。

 それ故に、ヴェルディアスには仕事が多い。その権能の及ぶ範囲で生きる者たちを守り、時に災禍をもたらす。それほどまでに圧倒的な存在なのだ。そんな存在から興味を示されることはおろか、名を聞かれるなど早々あることではない。

 

「ハクロウか。リムル王は良い臣下を持っているようだ。種族としての先はなけれども、その剣の冴えにはまだ先があるようだ。ゆめ、鍛錬を怠ることのなきようにな」

 

「ありがとうございます。リムル様に恥をかかせぬよう尽力させていただきます」

 

「うむ、頑張れ」

 

 ハクロウ個人の潜在値はそこまで高くはない。ヴェルディアスの配下たちの中でも中堅にも届かない程度。しかし、そこから興味を抱かせるに至ったのは、これまで鍛錬によって積み上げられてきた剣の腕前だ。それほどまでに、先の一閃は美しかった。

 あの剣戟だけで、中堅上位層に匹敵する腕前だった。しかも、まだ成長する可能性があることを考えれば、上位とぶつかり合えば更に力量を高められる可能性がある。ヴェルディアスは最高峰の剣士でもある以上、後進の剣士の成長を願うのは至極当然の事だった。

 

 そうでなくとも、ヴェルディアスは星の守護者にして見守る者。この世界に住まう者たちの成長を心から祝う。たとえそれが世界に名を刻む者ではなくとも関係なく。だからこそ、そんなヴェルディアスに名前を覚えられることは大変な栄誉に当たる。

 

「他の者たちも是非、相伴に与ってくれ。素晴らしき腕前に敬意を表してな」

 

「そうですね。ハクロウ、俺にも握ってもらえるか?」

 

「はっ、リムル様。喜んで」

 

「リムル王。あなたは素晴らしい臣下をお持ちのようだな。見事、俺の試練もクリアしてのけた」

 

「これはどうも。まぁ、ハクロウは俺……私の剣の師ですし。これぐらいであればできるでしょうとも」

 

「ほう……?なるほど。流石はヴェルディアス様に目を掛けられるだけはある、ということか」

 

「……何か?」

 

「いえ、お気になさらず。どうせ大した問題でもない」

 

「『海洋之星神(ポセイドン)』。勝手なことはしなくてもよろしいのですよ?」

 

「そう言うな、『智慧之星神(アテナ)』。本来の持ち場から離され、このような内陸部まで足を運ぶこととなったんだ。似合わないこともやらせてくれよ」

 

 自国の防衛、そして貿易業の管理運営。海に携わる仕事こそが『海洋之星神(ポセイドン)』たる獅童の役割。そんな彼がそんな国から遠く離れた場所に足を運んでいる。だからこそ、らしくもない事もやりたいと思っても仕方ないと言えるのかもしれない。

 

 しかし、獅童の考えはそうではない。十二星神(オリュンポス)の末席に着くものとして、新たな神へ至りうる逸材。その加護を受ける眷属たちがいかほどの者なのか、気になったとしても致し方ないと言える。彼らにとって、久方ぶりの同胞となりうるのだから。

 

「俺がこの席に着いて何年経ったと思ってる?目に着く奴に気を使って何が悪い?」

 

「そうだな……俺が加護を与えて今の領域に至ったのは二千年は前か?」

 

「二千……!?」

 

 リムルはヴェルディアスの言葉に驚愕を隠せなかった。どう見ても、獅童の外見年齢は二十歳前後。二千年も生きていると感じさせるほどの気配はなかった。しかし、それは獅童がオーラも含めて威圧感に類するものを総て制御しているからだ。

 

 

 【神々の名を賜りし者。其は長き時を生きる賢者にして、世界を守る守護者なり】

 

 これは、人間の間に広まる昔話に綴られた一説。魔物による大暴走や、一定周期に発生する天使の大量発生による人民へ被害が及ぶ時。そのタイミングのみ、『十二星神(オリュンポス)』は国外に出る事を許される。逆に言えば、それ以外では国許から出る事を許されないのだ。

 それだけ窮屈な想いをさせる代わりに、様々な特権が与えられていると言われればそれまでだが、そうして縛りつけなければならないほどには外界との戦力差が大きいのだ。それ故に、ヴェルディアスによって外界に影響を与える行為を禁じられた者たちでもある。

 

「俺が縛りつけなければ、お前たちももっと自由に生きられるとは思うが……俺はお前たちを討ちたいとは思わない。窮屈だとは思うし、すまないとも思っているがな」

 

「いえ、いいえ。ヴェルディアス様はお気になさらないでください。あなたに命を救われた。あなたに力を戴いた。あなたに居場所を戴いた。ならば、あなたのお言葉に従うのは当然の事です。そうでなくとも、我らは貴方の従者。主の言葉に従うのは当然です」

 

「……ありがとう。お前たちの献身にはいつも感謝が絶えないな。っと、リムル王。別に気にしないでくれ。俺もミュリアたちもこの国に生きる者を害しようとは思わん。対等な立場にある限り、俺たちは常に対等なのだからな」

 

「ありがとうございます。俺……いえ、私も、私の配下たちも、これから頑張っていこうと思います」

 

「ああ、それがいいな。君も君の配下たちも、実に才能にあふれている。君の中にあるソレが、君と共にあり続ける限り――――この国も安泰だろう」

 

「っ!?……あんた、一体どこまで知ってるんだ?」

 

「それは己の相方に聞いてみればいい。ただ、言えることがあるとするならば。俺と君はそう大した差があるわけではない、という事だな。それ以上は今は語るべきではない」

 

 リムルの相方である究極能力(アルティメットスキル)である『智慧之王(ラファエル)』を上回る演算能力を、ヴェルディアスは持っている。それはリムルにとって、自らのアドバンテージを潰されるのと変わらない。この事実は、余計に今のリムルでは勝てない事を如実に表していた。

 

「まぁ、こんな話はこのような場には不要なものだ。気にせずに盛り上げてくれたまえ、リムル王。魔物と人の共存を謳う前代未聞の魔王よ。君のその在り様には、俺も興味を抱いているからな」

 

 そう告げながら、ヴェルディアスはリムルたちの前から離れ、用意された席に向かった。リムルは息を吞みながら、その背をじっと見つめていた。そんなリムルを見ながら、『智慧之星神(アテナ)』たるミュリアは羨ましそうにリムルを見た。

 

 ヴェルディアスからの興味と期待。それはセリオンに住まう者の多くが欲してやまないもの。それが得られるのなら、どれほどの歓喜だろうかと思ってしまうほどに。しかし、ミュリア自身も分かっている。ヴェルディアスは自分たちにもその感情を抱いてくれている事を。

 ただ、言葉にすることがなくなっただけで。大いなる大地の王にして、天空を統べる竜種の頂点は今も尚、それらの感情を持ち続けていてくれる。己の加護を与えた者たちや名前を覚えた者たち。それら総てに興味を持ち、期待しているのだ。

 

 それは分かっている。分かっているが、それでもその言葉を心待ちにしている。言わずとも真意を理解できても、やはり言葉にしてほしいと願う心理は拭えない。言えば言葉にしてくれるだろうが、そうさせてしまうことも心苦しいと思ってしまう。

 だからこそ、その感情を心の中に仕舞い込む。誰にも悟らせず、誰にも察せさせない。ただ己だけの感情であり、晒してしまえばただの恥でしかないのだと思い込む――――誰もそうは言わないだろうに。己がそう思うからという理由で。

 

「はぁ……相変わらず、面倒くさい人よねぇ~……」

 

 そんな義理の姉の姿に嘆息しつつも、エルメシアは手元のワインを呷る。そのまま宴は進み、同時に夜も更けていくのだった。



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智慧神の嘆願と片腕の心配

 開国祭当日、ヴェルディアスはアリーシャとミュリアと共に闘技場を訪れていた。そこでは二日目の武闘大会の本戦に参加するための予選が行われていた。その大半がヴェルディアスが観戦するまでもない程度の実力しかない。そんな物を見るぐらいなら、音楽鑑賞をしに行った方がマシだろうと思っていた。

 

「まぁ、そう言うな。今回は英雄戦士団から参加者がいるんだろう?見に行くのも悪くなかろう」

 

「ヴェルディアス様にご照覧いただけるのであれば、あの子も気合が入るというものでしょうが……どうせ明日の本戦には出てくるのですから、そこでもよろしかったと思いますが」

 

「お前も期待を寄せている子供なのだろう?だったら、俺も見ておくべきだろうさ。それだけの価値があると俺が判断したんだ。それに、目当てはその子供だけではないからな」

 

「はっ……ヴェルディアス様のお眼鏡にかなうような者があの場にいるという事ですか?」

 

「お眼鏡、という程じゃないさ。ただ一時期面倒を見ていた子でな。自分探しの旅に出るというので暫く別れていたんだが……こんな場所で会う事になるとはな」

 

 ヴェルディアスは懐かし気に眼下で繰り広げられる戦闘を見ていた。傍で控えているアリーシャとしては、目を引くのは三者。

 

 一人は槍を振るう青年。こちらはセリオンの英雄戦士団から派遣された戦士であり、未だ見習いの身の上でありながらも、才覚は戦士団の上位勢に匹敵しうると判断された期待の新人。その教育にはアリーシャも携わっており、アレクには及ばずともヴェルディアスに推薦できる戦士だ。

 

 もう一人は目元を覆う仮面をつけた少女。片手剣と小型盾を身に着けており、その戦いぶりは堅実の一言。危ない賭けには出ず、目の前の問題を一つずつ片付けている。あの娘も間違いなく本戦に出られるだろうと断言出来た。

 

 そして残る一人は――――

 

「【閃光の勇者】マサユキ……ですか」

 

「なんだ、アリーシャ。あの子供の事が気になるのか?」

 

「気にならないと言えば嘘になるでしょうとも。あの顔はまさしく」

 

「そうさな。だが、それ以上は公言するな。その先を口にするのは時期尚早というものだからな。彼に関しては接触せず、監視にとどめておけ」

 

「監視の必要はある、と?」

 

「監視は言い方が悪かったな。護衛、と言うべきだろう。来たるその日まで彼の護衛を用意しておくべきだろうな」

 

「具体的な期限はあるのですか?」

 

「ない。だが、必ずその時は来る。少なくとも彼が生きている間には間違いなく、な」

 

「……かしこまりました。こちらからも人員を派遣した方がよろしいですか?」

 

「……ミュリア。何度も言っているだろう?お前たちは俺の部下じゃない。加護や恩寵こそ与えたが、それは俺が勝手にやった事だ。お前たちが俺の方針に乗っかる必要はないんだぞ?」

 

「何を仰います。ヴェルディアス様のなしたる事。それ即ち、世界にとって必要な事なのでしょう。御身と同じく世界を守護する事を私たちは了承しています。それに関する事ならば、幾らでも力を尽くす。それが我らの役目でございます」

 

 我らは貴方の宙に集う星故に。ミュリアは告げる。『十二星神』はヴェルディアスの望みたる事をなすために集まった集団だ。救えというならば救うし、滅ぼせというなら滅ぼす。口にせずともその意思があるならば応える。世界の守護でさえもヴェルディアスの手を煩わせないためにやっているに過ぎないのだから。

 

「変わらんな、お前たちは。まぁ、いい。近いうちにセリオンを訪れる。『十二星神』(お前たち)に話しておきたい用向きがある故、日程の調整を頼めるか?」

 

「ヴェルディアス様の頼みとあらばいつでも動きはしますが……いえ、かしこまりました。いつなりと都合の良い日程をお知らせください。久方ぶりの御身のご帰還、全力で歓待させていただきます」

 

「要らんよ、そういうのは。厄介な頼みをするんだ。こちらがお前たちの願いを叶えてやるのも吝かではないぞ?ただし、俺の自由を縛るようなものは止めてくれよ?」

 

 口ではそう言うも、大抵の願いはかなえてやるつもりだった。王として据えようとするなら拒否していたが、ヴェルディアスにその意思がない以上はそれに逆らうようなことをしないことは分かっている。目の前のミュリアを始めとした『十二星神』の多くが善良である事を知っているが故に。

 

「では、ヴェルディアス様。一つ、願いたき儀がございます」

 

「ほう、珍しいな。なんだ?」

 

「では……私共に遠慮をするのは止めてください。私たちは決して恩義だけで御身の力になりたい、と思っている訳ではないのです。御身にこそ、私たちは……少なくとも私は忠を捧げたいと思っています。それは御身に恩寵を授かったからでは、決してないのです。

 王ではないと仰るなら、それでも良いのです。王であるかどうかというのは重要ではない。御身が御身であるというだけで、私には十二分。それ以上はどうでも良い事なのです。どうか御身の願うままに私をお使いください」

 

 ヴェルディアスにそのつもりがなくとも。ミュリアにとって頼られないというのは、頼りないと思われているに等しい。ヴェルディアスの力となるために生きてきた彼女にとって、それは耐えようもない拷問と等しい。それでも耐えてきたのだ。いつか、いつの日か、自分の力が必要になる時が来ると信じて待ち続けてきたのだ。

 

「……別に遠慮ではないよ。何事にも領分というものがある。かつて、お前の父が虐げられた同族たちを引き連れ、俺の庇護を求めた。俺はそれに応え、その代わりに続くお前や同族たちは俺が救い上げた者たちの庇護を約束してくれた。それを今日に至るまで続けてくれた。

 その時点で、お前たちは俺に対する義理を払ってくれているんだ。だから、俺に忠節を払う必要はない。俺のために何かをする必要はないんだ。だから、お前たちの事を俺の戦力ではないといったんだ。遠慮云々というのも同じことだ。頼るような間柄ではないから、頼ってこなかっただけなんだよ」

 

「では、『伝令之星神(ヘルメス)』の事はどう説明なさるのですか?」

 

「あの子にこの街の情報を集めてもらっていた事か?始まりはヴェルドラの消滅疑惑、次いで樹妖精(ドライアド)のトレイニーからの嘆願。その時点でこの街、というか魔王リムルの存在は知っていた。だが、俺の直属ではこの街に紛れ込むには合わなかった。理由は、分かるだろう?」

 

「『六星竜王』の方々を参考とするならば……実力に開きがありすぎるから、ですか?」

 

「その通り。今の俺の直属は魔物しかいない。人化形態で紛れ込むのは不可能ではない……が、諜報専門で育てているのは悪魔と天使のみ。どう足掻いても疑われる可能性が高い。特に、魔王リムルは軽々と名付けをするからな。竜種でもあるまいに。

 となれば、だ。気付かれた可能性は多分にあった。だが、こと諜報や変装能力において『伝令之星神(ヘルメス)』以上の存在を俺は知らない。だからこそ、力を貸してくれないかと頼んだんだ。お前たちの能力と俺の用向きの差だ。無論、断られていた場合はこちらで何とかしていたさ」

 

 タイミングと能力の方向性がかみ合わなかったが故のすれ違い。ヴェルディアス自身の考え方や矜持を聞かされ、ミュリアは一先ず納得した。無論、不満はある。ヴェルディアス様から依頼された、と言っていた時の『伝令之星神(ヘルメス)』の小憎たらしい顔を忘れた訳ではない。

 

「セリオンを訪れるのも、俺にとっては業腹な話をしなければならないからだ。本当はお前たちを巻き込みたくはない。ないのだが……知っているのといないのとでは対応に幅が生まれる。その上で場合には寄るだろうが、力を借りる場面も出てくるかもしれん。その時は手伝ってくれるか?」

 

「……!はい!我ら総力を結集し、ヴェルディアス様の御力となりましょう!」

 

「ああ。期待しているよ」

 

 ヴェルディアスはそう口にすると、立ち上がった。行われていた予選がほぼ終了し、他に見物していた者たちも去り始めていた。立ち上がったヴェルディアスはふと入口とは別方向に視線を向けた。そこには燕尾服にその身を包んだ男――――ディアブロがヴェルディアスの方を見ていた。

 視線に気付かれた事を察したディアブロは一礼した後にその場を立ち去った。更に視線を移すと、金の悪魔――――エレボスが跪いていた。その視線を受け、エレボスは口を開いた。

 

「釘を刺しておきましょうか?ヴェルディアス様」

 

「必要ないよ、エレボス。黒の目的は閃光の勇者を始めとした参加者の実力の確認だろう。マサユキ()自身は幾らか理知的なようだが、周りの人間は騒ぎ立てるだろう。彼はそういうユニークスキルの持ち主のようだからな」

 

「かしこまりました。では、そのように。この国に関する情報はこちらにまとめてあります故、後程ご確認ください」

 

「ふむ、バレなかったのか?」

 

「中枢の情報にまでは探りを入れておりません。組織の分布図や勢力図などをまとめてあります。他にも最新の情報をまとめております。最近で言いますとつい先日、迷宮妖精(ラビリンス)一行がこの国を訪れているそうです」

 

「ラミリスが?ふむ……ああ、あるな。ダンジョンが。しかし、この魔素量は……なるほど。道理で」

 

「追加で調査を執り行っていきます故、情報の詳細は少々お待ちください」

 

「構わん。急ぎはしないからな。それはそれとして、後程時間を作れ。お前の事を魔王リムルに紹介しておくからな」

 

「そのような必要がありましょうか?」

 

「誰であっても痛くもない腹を探られるというのは不快だろうさ。革新の中心地となりうるこの街の情報は集めておくに越した事はない。だが、それで不審に思われても面倒というものだろう?ところで、情報収集の命令はラーマが出したのか?」

 

「はっ、総代より賜った命令です。一度目を通された上でヴェルディアス様へ報告するように、との旨を受けております」

 

 ラーマはこの国がいつの日か、自分たちの脅威になりうると判断したのだ。原初がいるからではない。災厄級の魔物を多数保有しているからでもない。はたまた暴風竜がいるからでもない。魔王リムルが存在するからこそ、この国はいずれ自分たちを脅かしうる存在になりうると判断したのだ。

 ヴェルディアスにも比肩しうる未来予知。何も持たず、何も持てないが故に捨てられた幼子でしかなかったラーマがその領域にまで至ったことは純粋に喜ばしい。だが、一言ぐらいは欲しかったなと思いながら書類を確認していく。

 

「ふむ、魔王リムルの勢いを削ごうとする勢力アリ、か。グランベルは生きていたと見える。それ自体は喜ばしいが……恩を売っておくにはうってつけとラーマは思ったのかな?」

 

「いかがなさいましょう。宝物庫には必要となるであろうドワーフ王国産の金貨を出せば、十分に賄える範囲かと思われますが」

 

「不要だ。俺が手を出さずとも、エルメシアが手を出すだろう。それでも足りなければ出してやるのは吝かでもないが、どうにでもなる道があるのなら俺の協力は不要だろう」

 

 ラーマはリムルを脅威に思った。時間さえあればどんな脅威が立ち塞がろうとも、かの魔王は打破してのける。それは竜種とて例外ではないと思ったからこそ、リムルを警戒している。しかし、ヴェルディアスが友誼を望んでいる以上は排除する訳にはいかない。だからこそ、恩を売っておくことで敵対の可能性を減らそうとしている。

 しかし、その心配こそ無用の物だとヴェルディアスは断じる。確かに魔王リムルは強くなるだろう。この地上において、友たるギィやルドラを凌駕する存在にも成りうるだろう。だが、その程度でかの魔王がヴェルディアスに勝利しうるのか?――――否だ。その程度で凌駕されるほど、ヴェルディアスは甘くはない。

 

 純粋な竜種としての力であれば、確かに上回られる可能性はある。しかし、ヴェルディアスの力で特筆すべき力はソレではない。前世で鍛え上げた誰にも破られた事のない技量と回帰しつつある己の星の力。この世界に最適化されたソレではない原初の力を取り戻しつつある自分が、どれだけ成長しようともこの世界の理を凌駕できない存在に負ける道理はないのだ。

 

「余計な心配だ。あの魔王は自身の手でこの問題を解決するだろう。そもそも、頼みこまれた訳でもないのに恩を売るような行為は俺の主義に反する。いつかの脅威は今の警戒対象ではない。ラーマの心配を悪く言う訳ではないが、無用の心配だ」

 

「失礼いたしました。ヴェルディアス様であれば無用の心配であろうと私も思ったのですが、どうにも総代は私にも見えていない物が見えているようでしたので」

 

「いい。心配自体はありがたい事だ。しかし、そんな些細な事に気を配るぐらいなら、もっと他の事柄に目を向けてほしいと俺は思うんだよ。エレボス、エルピスと共にロッゾ一族を探れ。グランベルを始めとした五大老の連中が下手な事をしないように牽制しておくように。場合によっては俺の名を出しても構わん」

 

「はっ、かしこまりました。ですが、あの女を使う必要はないかと存じますが……」

 

「お前たちの仲が悪い事は理解しているが、相手はグランベルだ。いくら年老いたとはいえあのルドラの直弟子。相手にすれば、片方だけでは分が悪い可能性もある。俺はお前たちに必勝を誓わせたが、それは勝てばいいという意味ではない。やるならば徹底的にやる。それが俺の主義だ」

 

 反旗を翻すという行為を潰すなら、足掻く余地すらない程に徹底的にやる。自由を標榜するからこそ、それを阻みかねない存在の台頭は許さない。勝利とは敗北の可能性を完全に潰しきってから宣言する物であると考えているが故に。

 

「直接相対するというのなら何も言う事はないが、弟の親友を食い物にしようというのなら、それ相応の対応を取らなければならん。お前たちという両翼は俺の自慢の一つだ。汚れる事はまかりならん。それを心に刻んでおけ」

 

「総て御身の意思のままに――――我ら『金』の眷属、御身の願いに応えて見せましょう」

 

「よく言った。では、行け。祭りの間は魔王リムルたちも忙しいだろうし、その後に時間を作っておくように。先も言った通り、お前たちの事を紹介するからな」

 

「かしこまりましてございます。それでは、失礼いたします」

 

 エレボスが立ち去ると、傍に控えていたアリーシャが近づいてきた。その顔にはあからさまに「良いのか?」という表情を浮かべていた。ヴェルディアスが率先して下界の事情に首を突っ込まない事を信条にしている事を知っているが故の表情だった。

 

「必要な事だ。これから世界は大きく変わっていく。その変革には多くの者が巻き込まれるだろう。魔物人間を問わず、魔王や勇者も同じように。下界の情勢に首を突っ込まない事と、流れを読むために情報を集める事は決して反しない。情報がないと動きようがないからな」

 

「それは分かっていますが……ラーマ殿の動きは性急に過ぎるのでは?」

 

「アレはラーマの善意だ。いちいち罰しはしないさ。それにラーマの心配もあながち間違いじゃないと思っている。あのスライムはいずれヴェルグリンドやヴェルザードをも落とす可能性がある。未だ可能性の話でしかないが、俺はあり得ると思っているよ」

 

「……竜種が敗れると?」

 

「勝利する可能性はある。消滅させる事は出来んだろうがな。虚数空間に放り込まれようが、時間さえあれば復活できる。理不尽の権化こそが竜種の代名詞なのだからな」

 

「師匠でも敗れる可能性があると言うのですか?」

 

「なんだ、心配してくれるのか?」

 

「いえ、純粋な興味です。私の予想では師匠に勝てるような人外は現れないと思っていましたので」

 

「はははっ、言うじゃないか。まぁ、実際その通りだろうな。ヴェルグリンドやヴェルザードを相性によって潰すことが出来ても、俺を潰すというのは無理だろう。俺を潰したければ、純粋なパワーが必要になるからな」

 

 だからこそ、その純粋な力を持っていたヴェルダナーヴァという存在はヴェルディアスにとって貴重だった。戦えば消滅を覚悟しなければならない相手、というのは唯一ヴェルダナーヴァだけであったが故に。逆に言えば、それほどの間での力をリムルが身に着けられればあり得る話ではある。

 しかし、そのためには途方もない力と前提となる成長限界を破却する必要がある。今のままではそんな能力を得る必要はないだろうし、そんな状態になったとして易々と敗れるつもりはなかった。そもそも、それほどまでの力を得る前に滅ぼされる可能性の方が高いのだから。

 

「さぁ、こんな景気の悪い話をするより祭を楽しもうじゃないか。目新しい物が多いし、俺もいろんなものを見ておきたいしな」

 

「……かしこまりました。では、ご同行させていただきます」

 

「ミュリアはどうする?俺としては一緒でも構わんが、この後エルメシアと話すとか言っていなかったか?」

 

「はい。誠に申し訳ございません、ヴェルディアス様。あの子との話が終わりましたら合流させていただいても宜しいでしょうか?」

 

「構わんが、おそらく夜も更けてくる頃合いだろう。それよりは食事を共にしよう。昨日では積もる話を消化するには足りなかっただろうしな」

 

「ありがとうございます。では、また夕刻に」

 

 ミュリアが一礼をしてその場を離れると、ヴェルディアスはアリーシャを連れ立って祭を楽しんだ。その道中でヒナタが連れた子供たちに軽い加護を授けたり、【ギメイのたこ焼き屋】で買ったたこ焼きを堪能したりとそれなりに祭を楽しむのだった――――たこ焼き屋の店主は何か言われないか冷や汗を掻いていたが、余分な話なため割愛。



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闘技大会本戦Ⅰ

 祭を楽しんだ翌日、ヴェルディアスは配下の者を引き連れて再び闘技場を訪れていた。前日は各々が心行くままに楽しんだからか、大分リラックスしていた。目の前にいる参加者たちが自分たちの影すら踏めぬ者たち故、子供のやることを楽しむように見守っていた。

 

 容易く下界に住まう者どもを滅ぼせる力を持つ者。その事実を晒すことなく、この場にいる者たちに交流を持つに足る能力の持ち主として認識されている。魔王に匹敵すら脅威でありながら人間たちのために力を貸してくれる存在。それがどれほど頼りになる存在か、語るまでもないだろう。

 だからこそ、その存在が興味を持つほどの闘技大会には多くの者たちが集まった。大勢の者たちがこの闘技大会の結果に興味を示している。ヴェルディアス達がその結果ではなく、過程にこそ興味を示しているのに対して、他の多くの者たちが結果に興味を示していた。

 

 闘技大会の本戦参加者は8名。

 人間からは【閃光の勇者】マサユキとその仲間である【狂狼】ジンライ。そして仮面の少女こと【双星】ユキとセリオンから【疾風】アキレスの計四名。

 魔物からは魔国連邦(テンペスト)からゴブリン族のゴブタとオーク族のゲルド、そして牛鬼族(ギュウキ)のゴズール。そして正体不明の獅子覆面を被った魔族の計四名となった。

 

 人間と魔物双方ともに四名ずつの戦いではあるが、マサユキを除きリムルたちの注目はユキに向けられていた。なにせ、ユキはゴズールと同格の馬鬼族(バキ)のメズールを降してこの場に立っている。その実力も然ることながら、そのエネルギー値は制限をかけられているが魔王種に匹敵するぐらいにはある。

 マサユキは実は隠れ蓑で本当の刺客は彼女なのではないか?そう疑いをかけられるレベルには彼女は強かった。今も選手紹介を受けながら黙っている彼女に対して警戒している者は多かった。しかし、それぐらいの強さを持っているのはヴェルディアスからすれば当然だった。

 

「最後に見てから数年ほどですが……大分強くなりましたね」

 

「冒険者として色々な場所に赴いていたようですからね。ランクにしてもAランクで尚且つ、特Aランクも間違いないとさえ言われている期待のホープです。となれば、あそこにいる選手の大半は相手にならないでしょうね」

 

「そうだな。あの儚げだった少女がこれほどまでに成長するとは……悲しむべきか喜ぶべきかいまいち判断しづらいがな」

 

 親にも等しいヴェルディアスは苦笑を浮かべる。自身の選択であったとはいえ、それが正しい事であったのかと自問自答したことがあるが故の言葉だった。それはこれまで見送ってきた多くの者たち総てに抱いてきた感情だったが、こうしてはっきり口に出したのは初めてだった。

 

「師匠がそういったことを口にするのは珍しいですね」

 

「そりゃあ、俺だって心配を口にする事ぐらいはあるさ。特に、あの子が俺の元を旅立っていった時、か弱い人間に毛の生えた程度の力しかなかった。そんな子がこの舞台に手をかけられるまでに至った。そりゃあ、安堵の感情とて晒すさ」

 

「その割に、私が魔王討伐に行って帰ってきたときは忘れていましたよね」

 

「出来て当然のことを心配する奴がいるか?そうでなくとも、お前は俺が手ずから育てた弟子だ。ギィを相手にするわけでもあるまいし、心配する方が失敬と言うものだろうさ」

 

 ヴェルディアスがアリーシャを心配したことはない。今となってはギィもそう易々と勝利することを許さない領域まで成長しているし、拾った時からアリーシャがこの世界で生きていけるように教育してきたのだ。そんなアリーシャが命を落としかねないような事態に陥る事の方が想像がつかなかった。しかし、ユキに関してはそうではなかった。

 

「俺はあの子の教育に関して一切手を出していないからな。どれほどまでに仕上がったかも確認していなかったんだ。心配したとしても致し方ない話だとは思わないか?」

 

「まったく?何も確認していなかったのですか?」

 

「ああ。あの子自身がそれを望まなかったからな。自立を望んでいる子の事を暴き立てようとするのは、俺の本意ではない。それにしても、まったく……」

 

 頭が痛いとでも言いたげな態度を取るヴェルディアス。そんなヴェルディアスの態度に疑問符を浮かべる弟子と配下たち。近くで訊いていたミュリアたちもどうかしたのか、と言わんばかりに心配げな表情を浮かべていた。

 

「あの子のスキルがなぁ……俺から星の恩寵の断片を掴み取ったのは知っていたが、それによって自身を強化している。ユニークスキルとは名ばかりで、その実態は究極能力(アルティメット・スキル)に近い。とんでもない事をしているものだよ、あの子たち(・・)は」

 

 様々な想いが籠められたそのため息に、配下たちは困惑し、弟子はそんな可愛い事柄ではないと呆れていた。繋がりを持つ主から力を欠片たりとも奪う。それは精神的にもそうだが、力量的にもあり得てはいけない話だ。

 名付けなどでパスを持った相手と言うのは、川の上流と下流のようなものだ。上から下に流れる事はあっても、下から上に行くことはない。しかし、彼女がやった事はそういう事だ。膨大なプールを持つヴェルディアスからヴェルディアスの意思を介さず、多くはないが一人に使うには十分な星の力を奪っていったのだ。

 

 本来ならヴェルディアスとしては怒らなければならない場面である。場面ではあるのだが、ヴェルディアスとしては褒め称えたいとすら思った。彼女のなし得た偉業がどれほどの物であるのか、理解しているが故に。

 ヴェルディアスが星の恩寵を与える際、各々の星幽体(アストラル・ボディ)に調整してから力を渡している。それは例えるなら、外国の古文の書物を各々の国の現代文に翻訳してから渡しているようなものだ。つまり、努力こそ必要ではあるが使えるようになるのは当たり前の事なのだ。

 

 しかし、彼女はそうではない。原理も理屈も何も分からない状態でそれを何とかかみ砕きながら、己の力と変えたのだ。ラーマも同じような事をしたが、彼女にラーマほどの才能はない。だというのに、何年も時間をかけて努力を続けている。そのあり様がすでに称賛に値するものだと、ヴェルディアスは思う。

 

「まぁ、大局には何の影響も与えないだろうがな」

 

究極能力(アルティメット・スキル)を持っているのに、ですか?」

 

「あの子自身の存在値が足りないからな。肉体にスキルを完全な形で定着する事ができていない以上、精神防壁以上の意味を持っていないんだよ」

 

 器が足りない状態でどれだけ上等な力を注いだとしても、十分な力は発揮できない。副次効果程度しか機能しないのは仕方のない事だと言える。しかし、それはことマサユキ相手には十二分な効果を発揮していた。

 

『その輝きはまさしく天上より来たりし星!その輝きをもって、優勝という頂を掴むことが出来るのか!?【双星】ユキ――――!』

 

 剣を抜き放ちユキは空に高々と掲げる。その先には晴れ晴れとした天候でありながら、太陽以外に輝く物のないはずの天空にその場にいた者たちは別の輝きが見えた。その輝きこそ、嵐のただなかで迷う者を導く輝きの星の姿だった。

 

「お集りの皆様方、どうぞ我が戦いをご照覧あれ。皆様方のご期待に副えるよう、頑張らせていただきます」

 

 剣を持ち替え、逆手に剣を鞘に戻す。キンと音が鳴ると、観客の多くが神秘的な光景に拍手が沸き起こる。その拍手に応えるように手を振るユキ。その対応に対して拍手が更に大きくなっていく。まるで指揮者のように振っていた手を握りしめると音が止み、一礼する。

 

「面白い子ねぇ。可愛げがありそう」

 

「姐さんは興味あるんですか?」

 

「主様の話によれば、足りないのは存在値だけ。だったら、可愛がってあげれば、それだけで主様の戦力の一角として名を上げられそうじゃない。あの勇者君とは違うよ」

 

「お前さんはアレクの事が好きじゃないんだな、相変わらず」

 

「当たり前でしょ。大切な相手を失った。その悔しさや辛さにはある程度の共感を示すわよ?でも、だからって心を閉じたって何の意味もないでしょう?力ばかり強くなって、その中身が成長していない。本来は私たちですら圧倒しうる可能性があるのに、それを手ずから手放してる。まぁ、それでどうにかなってしまう程度の強さしか下界にはいないのも、問題なんでしょうけれどね」

 

 ミズリはヴェルディアスの弟子たちを評価している。最初の弟子であるアリーシャは言わずもがなで、それに続くアレクの事も評価している。こと戦闘技能だけで絞れば、覚醒していないにも関わらず、覚醒している勇者や魔王と同等の強さを持っている。それは技量だけで言えば、アリーシャと真っ向から相対できる点から見ても歴然である。

 だが、詳しい経緯こそ知らないが、あの勇者は心を縛っている。ヒナタは己の中の闇を毛嫌いしているが、アレクはどこか自分が幸せだった時代が破綻した時に情動を捨てている。だから、心が揺るがない。戦況から感情を抜きにして自分が持てる能力で戦局を切り開く。(分かりやすく言うと、智慧之王(ラファエル)に肉体操縦を任せたリムル)

 

 ただ、その体質が故にいかなる魔物と相対しても勝利してのける。六星竜王の下位三名では手古摺ることは間違いない。ミズリやフウガ、ラーマの三名であればその特性を差し引いても圧倒できるが、楽勝かと言われれば苦い表情を浮かべざるを得ない。それほどまでにアレクの戦闘能力は侮れない。少なくとも、勇者を名乗るに足る者だと配下の誰もが認めている。

 

 セリオンの英雄戦士団の中には究極能力(アルティメット・スキル)に覚醒している者もいる。そんな有数の戦士たちを差し引いて、アレクが筆頭戦士の位を預かっている。その事実だけで、ユニークスキルしか持たないにも関わらず究極の領域に立つ者たちを圧倒するアレクの特異性は明らかだろう。

 

「まぁ、あの子供のこれからに関して、私からごちゃごちゃ言うつもりはないわよ。どれだけ心を殺そうと、心を震わせなければ勝てない時はある。感情は、時として理屈を凌駕するんだから」

 

「そりゃ、経験則か?ミズリ」

 

「……うるさいわよ、ごく潰し。そんな事より、この戦いは本当に見応えあるのかしら?主様を疑う訳ではないけれど、あの子とセリオンの小僧以外、特に見るに値しそうな奴はいなさそうだけど」

 

「さぁて、な。主様にしか見えてない物があるんだろうさ。俺としても、そこまで見応えがあるとは思わんがな」

 

 選手紹介が終わり、本戦開始となった。

 

第一試合 ユキVSゴズール

第二試合 マサユキVSジンライ

第三試合 アキレスVSゴブタ

第四試合 ゲルドVS獅子覆面(ライオンマスク)

 

 という組み合わせとなった。ジンライはマサユキを優勝させるために大会に参加したそうなので、実質不戦勝と同じような事になった。しかし、他の対戦カードは見に来た人々の心を擽らせるに十分すぎる物だった。そこから魔王リムルから一声貰う場面になった際、ユキとアキレスは褒賞を拒否した。

 

「結構です。私はこの地に、今の自分がどれほどの力を持っているのか確認しに来ただけです。今最も勢いのあるこの地で何かしらの功績さえ残せれば、私はそれで十二分なのです」

 

「【双星】殿に追随する訳じゃないが、俺も必要ない。そも、【十二星神】の方々に御照覧いただけるので十分すぎる褒美なのに、それ以上に貴い御方に見て戴けるのだ。これ以上は貰いすぎだろう」

 

 二人はきっぱりとそう言ったが、流石に何もなしでは周りに示しがつかない。それ故に優勝した暁には豪勢な料理で歓待しようという話となった。二人とも異論はなかった故、魔王リムルからの提案を粛々と受け入れた。

 

 第一試合開始となり、ユキとゴズールがその場に残り他の参加者たちはその場を離れていった。その際、マサユキはユキに声をかけ、ユキはそれに一礼でもって答えた。単純に応援していると告げたのとソレに礼を言っただけだったのだが、周りの観客たちは二回戦での再会を告げたのだと勘違いしていた。

 

「さて、よろしくお願いいたします。えっと、ゴズールさん?」

 

「おう、よろしくな。だが、俺はあいつとは違う。お前さんがどんだけ華奢に見えても気なんか抜かねぇからな!全力でやらせてもらうぜ!」

 

「ええ、そうこなくては。私がこの地に来た意味がなくなってしまいます。どうか、私の期待に応えられるだけの力を示してください。そんなあなたを踏破する事で、私は私の価値を証明する」

 

 両者共に盾を持っているが、その得物は大きく異なっている。ゴズールは大斧でユキは片手長剣。そもそも体格差が絶望的にあるのに、得物のリーチ差も大きい。一方的な試合展開を予想している者も少なくはなかった。しかし、そんな観客の予想とは裏腹に、実際の試合展開は大きく異なっていた。

 

「やはりAランク級の魔物。中々にしぶとい」

 

「くっ、この俺が……押されている、だと!?」

 

 ユキは常にゴズールの得物の内側で戦い、振るわれる得物の軌道を正確に捉えて戦っていた。ゴズールのスキルである『超速再生』によって受けたダメージは即座に回復するが、どこを斬ればはっきりとダメージになりうるかを調べているだけのユキにとっては些細な事だった。

 大斧を持っている右腕が肘ごと斬り落とされる。それをなすと同時に距離を取ったユキだったが、すぐさま回復が行われ大斧を拾い上げるゴズールの姿にため息を吐く。こうやってちまちましているのも時間と体力の無駄でしかないと理解したからだ。

 

 周りの観客たちがAランクの魔物と同じくAランクの冒険者の戦いに興奮する中、戦っている二人は次の一撃にて決めるつもりで魔力を練っていく。ゴズールが大斧を投擲し、それに追随するように突進し始める。それに対して、ユキは眼を閉じると体裁きだけで大斧を回避する。そして迫りくるゴズールの肉体を前にして眼を開く。その瞬間、剣が閃きゴズールは斬り捨てられた。

 

「な……に……っ!?」

 

 剣についた血を振り払うと同時、斬り捨てられたゴズールの肉体は場外に崩れ落ちた。その轟音を背にユキが剣を鞘にしまう。そして言葉を失っている審判役であるソーカに視線を向ける。視線を受けたソーカはゴズールの状態を確認する。

 

『ゴズール、場外!勝者、【双星】ユキ!』

 

 観客からの大きな拍手を受け、ユキは大きく一礼する。そしてそのまま舞台から離れていった。その光景を見ていたヴェルディアス達は何が起こったのかを正確に把握していた。ユキはあの瞬間、その双眸に金と青の色を宿し、それと同時に纏っているオーラが明確に変化していた。

 そのオーラは人間と言うよりも天使に近い物であった。その状態になった瞬間、彼女の持っていた盾と剣が光を宿した。聖騎士団(クルセイダーズ)が用いる霊子聖砲(ホーリーカノン)と同質のエネルギーであるソレを纏った盾でまず首を殴打し、剣で胴体に十字の傷を刻みつけた。

 

 これによって気絶と同時に肉体の力を不活性状態に追い込んだ。ただ、力の発動から攻撃に移るまでの動作、そして攻撃する際の動作が余りにも自然だったからこそ、美しい物を見たと言わんばかりに感嘆の息を吐いた。そして拍手しているヴェルディアスに視線が集中する。

 

「俺は何もしていない。あそこまで己の力を研鑽したのはあの子の努力の賜物。俺が何かを言うようなことはないよ」

 

「しかし、あの剣は……」

 

「本当に何もしていないんだよ。あの子はただ見ていただけだ。俺の剣を、万象滅する霊子を纏った剣による一撃をな」

 

 ユキの一撃は防御結解すら貫通する霊子と魔素の構成を阻害する光。ソレを纏めて剣に収束させた物であり、ヴェルディアスが普段用いるソレを劣化させた代物である。分かりやすく言うと、ヒナタの用いる崩魔霊子斬(メルトスラッシュ)を簡略化させる代わりに光を混ぜ込んだ代物である。

 

「だが、まぁまぁといった出来だな。剣に収束させる事しかできないようだし、遠距離からの一方的な攻撃には対抗できない。今回のような近接戦闘がメインならともかく、それほど有効な手とは言い難いな」

 

 あまりにも辛辣な事を言いながら笑っているヴェルディアスを傍らに大会は進んでいくのだった。



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闘技大会本戦Ⅱ

 闘技大会本戦第三試合アキレスVSゴブタ。第一試合と同じく人間対魔物という構図だったが、魔物側はゴブリンという事で第一試合ほど激しい戦いにはならないだろう、というのが一般人の考えだった。

 

「あの小僧は新米かしら?随分と緊張しているようだけれど」

 

「アキレスは英雄戦士団の中では後ろから数えた方が早いくらいには新人ですが、その戦闘力に関しては中堅くらいはありますよ。あの緊張も多くの衆人に見られている事ではなく、ヴェルディアス様に見て戴いているのが理由でしょう」

 

「ほう、俺にはまだ14,15の子供に見えるが、それでも中堅レベルはあるのか?それは将来有望だな」

 

「はい。今いる若手の中では有望株でしょう。少なくとも同レベルの相手ではほぼ敵なしです」

 

「ほぼ、という事は……」

 

「はい。アレク氏に挑んでは何度も叩き潰されています。ですが、その度に奮起しておりますので、他の団員たちからの評価はかなり高いです」

 

「何度も?その口ぶりだと、別にアレクのスキルが分かっていない訳ではないんだろう。それでも何度も挑戦しているというのか?」

 

「……そうです。戦火之星神(アレス)は面白がっていますが、個人的には有望株には潰れないでほしいので調整してほしいところなのですが……」

 

「それはそれは……確かに将来有望というべきだろうな。しかし、そうか。アレクには俺の武のほとんどを教えこんだ。人間という枠組みに絞ればほぼ上澄みであり、ギィと切磋琢磨していた頃のルドラとそう変わらん領域にあると思っているが……実に面白いな」

 

 ヴェルディアスはとても面白い物を見たと言わんばかりに笑っていた。ヴェルディアスのその様子にアリーシャは師の愉快そうな表情を久しぶりに見たと思った。これまでにも笑う事はあったが、これほど愉快な感情を露わにするほどではなかったのでその思いは一入だった。

 

「弟子として取られるのですか?」

 

「いや、その必要はないだろう。見たところ、俺に育てられるよりも周りの者たちと切磋琢磨した方が伸びそうだからな。俺が教えこんだとしても、方向性が違うアレクになるだけだろう。それもどう足掻いてもお前には勝てないタイプのな。それなら俺が手を出す意味もあるまい」

 

「それは残念ですね。しかし、アキレスにはヴェルディアス様の御言葉を伝えておきます。あの者もより鍛錬に励む事でしょうから」

 

「俺の言葉くらいで奮起するのならば良いだろう。まぁ、実際にどうなるかは分からんがな」

 

「……ヴェルディアス様はあのゴブリンにアキレスが負けるとお思いでいらっしゃるのですか?」

 

「さぁて、どうかな?強者が常に勝つとは限らないのが戦場だ。弱者のジャイアントキリングも往々にしてある物だ。どういう結果となるのかはこれからの戦いで教えてくれるだろうさ」

 

『それではこれより第三試合を開始します!両選手、前へどうぞ!』

 

 ヴェルディアスの言に納得がいかないミュリアではあったが、試合開始の合図に視線をフィールドへ向ける。そこには先ほどまで感じさせた強張った筋肉をほぐしており、急速に戦闘準備を整えていた。ある程度の準備を済ませると、手に持つ槍を掲げる。

 

「我らが神々よ、我が戦いを御照覧あれ!英雄戦士団の一員として恥じぬ戦いをここに誓おう!故に、ゴブタ!俺はお前を雑魚とは思わん!隠し札があるのならさっさと出す事をオススメするぞ!なにせ――――」

 

 アキレスとゴブタの間にあった距離が一瞬して埋まる。そして槍が振り下ろされ、回避行動をとったゴブタの薄皮一枚を削ぎ落す。回避までしたというのに薄皮一枚程度とはいえ攻撃された。その事実はリムルたちを驚かせた。

 

「俺は上位陣のごく一部を除いた戦士たちの中で俺が最速だ。隠し札を晒す前に倒れないでくれよ!」

 

 アキレスの姿が消え、風が巻き起こる。その様は【疾風】というよりも【暴風】という表現の方が正確といえた。その風に包み込まれたゴブタはなす術もなく攻撃を叩き込まれていく。何とか回避や反撃を行おうとするも、一切意味をなさずアキレスの強さを観客に見せつけていた。

 しかし、ヴェルディアスたちからすればアキレスの猛攻を紙一重で回避し続けるゴブタを評価していた。アキレスは決して手など抜いていない。発言通り、自身の本領を発揮している。目にも止まらぬ速度で動き続けるアキレスを捕捉するのはA級の冒険者にも難しい。しかし、それを捉えきれぬまでも倒されていないのはそれだけゴブタの力量が優れている事を証明していた。

 

「くっ、このままじゃやられちまうっす……来るッス!……へ?」

 

「っ!」

 

 ゴブタのかけ声と共にゴブタの足元の影からランガと呼ばれる黒嵐星狼(テンペスト・スターウルフ)が召喚された。A+ランクに相当する魔族の出現に距離を取るアキレスに対し、ゴブリンが召喚術を使った事にどよめく観衆。新たに現れた脅威に対し、アキレスは脱力し瞬時に最高速度で駆けだす。

 

 文字通り捕捉する事も難しい一撃をランガは気配で察知し、歯で受け止める。その威力に嚙んだだけでは止めきれず、最終的に喉にはぎりぎり届かない場所で止められた。それが出来なければ死んでいたのはこちらだったとランガは理解した。

 それに対し、アキレスも驚かずにはいられなかった。今の一撃はこれまで英雄戦士団の面々に凌がれた事はあれど、一歩も動かすことが出来ないなどという事は一度もなかった。それこそ、筆頭戦士長であるあの男(アレク)以外には――――

 

「舐めるなぁ!」

 

 槍から手を離し、剛拳というべき一撃が放たれる。流石にソレは拙いと思ったのか、ランガは風の防壁を展開しつつ距離を取る。(その際には槍を場外に投げ捨てる事も忘れていない)嵐と呼称しても遜色ないほどの防壁を突破する事は出来ず、同じく距離を取るアキレス。

 

「……まさか、あの一撃を無傷で凌がれるとはな。これほどの強者が外にいるとは中々どうして侮れないものだ。しかし、この俺も星神の恩寵賜りし英雄戦士団の一員!この程度の苦難、何するものぞ!」

 

「……えっ~、ランガさん何してるんすか?」

 

「気を抜くな、ゴブタ。目の前の御仁、中々の強者だ。気を抜けば即座に負けるぞ」

 

「人語を介する……貴様、黒狼族(ブラック・ファング)ではないな?いや、仔細などどうでもいい。得難き強敵の出会いを我が神々に感謝しよう。流石は四天王候補の一人、魔王リムル殿も鼻高々であられる事だろう。だが、この身もこの時ばかりは英雄戦士団の名を預かる戦士故に――――」

 

 アキレスの総身から膨大な魔素が溢れ出てくる。その背に人々は神々の姿を幻視し、その姿にリムルはヒナタにも負けず劣らずの力を感じた。その力が発露しようとした瞬間、何かに邪魔されて無理矢理アキレスの中に戻された。

 解放しようとしたソレを無理矢理戻される。そんな芸当が出来るのは、本当に一握りのみ。アキレスの視線がその方向に向けられる。何故、このような無体な事をされるのかと。主神たる方に勝利を献上したいと願うのは愚かな事なのかと、そう思いながら。

 

 しかし、アキレスのソレを抑え込んだのは思っていた相手ではなかった。どころか、その方よりも上位に立つ存在であった。勝利を捧げようとした方に勝利の術を奪われたアキレスは愕然とせざるを得なかった。その方――――ヴェルディアスは視線で告げていた。

 

――――ソレを用いる事は許さない、と。

 

 その意思に対して、思うところはある。しかし、ソレに反対の意を示すという事は英雄戦士団にとって最大の禁忌。それ故に黙らざるを得ず、アキレスは万感の思いを吐き出すように重い重い息を吐き出す。その上で両手を上げて降伏の意を示す。アレを封じられては、目の前の強者を打破する術がアキレスにはないからだ。

 

「降参だ。これ以上は続けても不毛なだけだろう」

 

『……け、決着~!この勝負、ゴブタ選手の勝利~!』

 

 審判の言葉に勝敗が決された。しかし、先ほどの力を使えば勝負は分からなかったのではないか、と誰もが思わずにはおれず、それ故に誰もが声を挙げる事がかなわなかった。そんな中、ヴェルディアスは立ち上がり両者の戦いを褒め称える。

 

「この一戦、見事なり!両者共に存分に武を振るった事だろう。まずはその健闘を称えよう!

ゴブタ、魔王リムルの幹部に名を連ねんとする汝、まずはその勝利を寿ごう。その召喚獣も含めて、見事なり。以後も研鑽を怠ることなく、魔王リムルのために力を尽くすがいい」

 

「はっ……はいッス!」

 

「うむ。次にアキレス」

 

「はっ!大変申し訳ございません、主上!御身に勝利を捧げる事が私には敵いませんでした」

 

「何を言う。この場における勝敗にたいした意味はない。お前にとって重要なのは、これからの課題を得ることが出来た事だろう。その上で、貴様の武威確かに見届けた。その上で告げる――――見事なり、と。貴様もまた俺が恩恵を授けし眷属の槍の一つである事実を、俺は誇りに思おう。これからもその忠道を損なう事なく研鑽に励め」

 

「――――ッ!はっ、寛大なるお言葉に感謝を!」

 

「さぁ、忠義厚き二人の戦士に喝采を送ろう!」

 

 ヴェルディアスの言葉にミュリアと他の英雄戦士団の戦士たち、そしてアリーシャと六星竜王の面々を皮切りに他の観客たちが拍手を送る。その姿を見ると満足そうにヴェルディアスは席に着く。そんなヴェルディアスに対し、ミュリアは頭を下げる。

 

「ありがとうございます、ヴェルディアス様。アキレスの心情を汲んで戴き感謝の念が堪えません」

 

「不要な感謝だ。俺の意思によって、あの力を封じたのだ。であれば、その者に気遣いをするのは至極当然な事だ。だが、あの力を使う事は許すわけにはいかない。それは、卑怯という物だからな」

 

「卑怯、ですか?」

 

「星神の加護、つまり俺が与えた恩恵は俺にしか与えられず万民が得られないものだ。誰もが得ることの出来る可能性を持つスキルとは違う。俺と近しき者しか得られず与えられない。そんな物で圧倒する事を俺が許す訳もないだろう」

 

「頭が固いというか何というか……まぁ、それが師匠のご意向であると言うのなら、それ以上言うべきことは私にはないですが」

 

「そうねぇ……でも、私は見てみたかったわね。人間のみが宿すことが出来る遥か高き大いなる宙、そこから齎される加護の断片を。私たちが賜った恩寵の原型であるソレ、私は気になるわ」

 

 そう呟くように言うミズリは唇を湿らせるように舌で撫でる。戦意を露わにするミズリに対し、その場にいる戦士たちは武器に手をかける。一触即発の空気が流れるその場を二つの気が塗りつぶす。ミュリアとラーマである。ヴェルディアス配下の中でも上澄みに位置する両者の気はぶつかり合うことなく、同調し空間を支配する。

 その事実にミュリアは眼を見開き、ラーマはミズリを睨む。さしものミズリもラーマに睨まれたとあってはどうしようもない。肩をすくめた。ミズリの反応に戦士たちも戦意を解く。そんな戦士たちとミュリアに頭を下げるラーマ。

 

「ミズリはどうも辛抱が効かない性格をしておりまして、皆さまには多大なご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございません」

 

「いえ、謝らないでくださいラーマ殿。ミズリ殿の気まぐれな性格は重々承知しております。それに、気になる物は気になると率直に言ってくださる分、こちらとしても対応しやすい。出来る事と出来ぬ事はございますが、その時々で対応させていただきますよ」

 

「……誠に申し訳ございません。せめて何かしらの損害が発生した際にはお知らせください。金銭はもとより何かしらの形で還元させていただきたく存じ上げます」

 

「お気になさらずともいいのですが……いえ、何かありましたらその際はご連絡させていただきます。ラーマ殿も何か物外利用の際はお声がけください。こちらでも力を尽くして対応させていただきますので」

 

「ありがとうございます。寛大なるご配慮に感謝いたします」

 

 ラーマとミュリアの関係が良好な物になる一方で、ミズリは不貞腐れていた。気になる物を気になるといっただけでこのような対応をされる事に、実に不満げな表情を浮かべていた。

 

「……この対応はひどくないかしら?」

 

「自業自得だろ」

 

 そんなミズリに対して、フウガの口から放たれた痛烈な一言に尚の事不満そうな表情を浮かべるミズリであった。




恩恵→大本
加護→人間種に与えられる物
恩寵→魔物に与えられる物
↑の扱いとなります。


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闘技大会本戦Ⅲ

 総ての一回戦が終了し、二回戦が始まった。

 そこには【閃光の勇者】マサユキと【双星】ユキの試合が始まろうとしていた。一般客からはユキの途轍もない強さは分かっていたが、それでも勝つのはマサユキだろうと思っていた。逆にごく一部の実力者の間ではユキが勝つだろうと思っていた。

 

 無理からぬ話だろうとヴェルディアスは思っていた。マサユキの有するユニークスキルは圧倒的な強者に対しては役に立たない。あくまでも究極の領域に至らぬ者にしか効果を発揮しないだろう。だが、だからこそその範疇に入らない者に対する効果は絶大と言える。

 圧倒的なまでのカリスマとも称するべきスキルであり、その力は眼を見張るものがある。とはいえ、究極の領域に立つ者であれば意味はないし、どれだけ多くの弱者が集まろうとそれだけでは何の意味もない。強者の暴虐によって簡単に蹴散らされてしまう。

 

 もしも、そのカリスマを活かす事の出来るスキルを得たのなら……化ける。だが、それは今ではない。人類側の希望ともいえる存在である【勇者】の称号を名乗る彼がこの局面をどう乗り切るのか、ヴェルディアスは少し期待をしていた。

 

「それでは第二回戦!【閃光の勇者】マサユキ対【双星】ユキの試合を開始します!」

 

 そのかけ声と共に試合が始まる。マサユキがユキに向けて言葉をかけようとした瞬間、マサユキの地面に一筋の亀裂が奔る。マサユキは足元に突如として刻まれたその傷に眼を見張り、次にユキに視線を向ける。その手元には光を纏う剣が握られていた。

 目元こそ隠れているが、その口元には微笑を携えていた。その微笑は自身の攻撃を躱した勇者への称賛であるかのように周囲には見え、マサユキ本人からすれば死神の笑みにすら等しい恐怖を感じさせた。

 

「勇者殿、無駄な問答など止めましょう。この場は己が武威を披露する場所でしょう?ならば、戦いましょう。それが【勇者】を名乗るあなたの使命でもあるのでしょうし、ね?」

 

 その言葉と共にユキの猛攻が始まる。その剣戟の速度を見切ることが出来た者はごく一部であり、英雄戦士団の戦士たちもその技量の高さに感嘆のため息を吐いた。しかし、次第におかしなことに気付き始めた。そう、ユキの攻撃の総てがマサユキに当たっていないことに。

 

「どういう事だ?あの勇者殿が攻撃を受け流しているようには見えないが……まさか、我々でも視認しきれない速度で行動しているとでも言うのか?」

 

 マサユキの周囲は既にズタズタとなっており、マサユキの周囲5メートル圏内以外では傷が残っていない場所を探す方が難しかった。その破壊をユキ一人が行っており、その技量の高さをまざまざと見せつけている。だからこそ、無傷であるマサユキの姿が逆説的に証明されていた。

 

「ふむ……これはどういう事なのでしょう?」

 

 ユキ自身、何かしらの異常を感じていた。ユキの剣はマサユキの剣には触れていない。そもユキの剣は防ぐという行為を許さない必滅の魔剣だ。同質かそれ以上のエネルギーを内包した攻撃か衝撃波によって吹き飛ばすなどの手法でもなければ、この一撃は防ぎきれない。

 そういう物なのだ。だからこそ、放たれたが最後、標的を傷つけるのはほぼ確定路線なのだ。だからこそ、おかしいと言わざるを得ない。もう既に両手では数えきれない量の攻撃を放っている。しかし、その攻撃はマサユキではなく地面を削るばかり。その事実は不可解であると評さざるを得なかった。

 

 ユキは攻撃を止め、マサユキと距離を取る。思考がまとまらないので少し考えるためだったが、誰もがユキの一挙手一投足に注視しており思考はまとまらなかった。周囲に視線だけを向け、次にマサユキに視線を向け、最後にため息を吐きつつ剣を鞘にしまい両手を上げた。

 

「降参です。これだけ攻撃して凌がれたのです。これ以上はどうしようもない」

 

「け、決着~!勝者は【閃光の勇者】マサユキ~!決勝戦進出です!」

 

 審判の判定にその場にいた観客たちが沸き上がる。西方諸国においてかなりの知名度を誇る【閃光の勇者】。その二つ名の由来は誰も彼が相手を倒した姿を見たことがないという物。その攻撃は依然として見る事は出来なかったが、その技量の高さを目にすることが出来ただけに興奮も一入だった。

 

「すげぇ!流石はマサユキ様だ!あれだけの攻撃をいなし続けてたのか!?【閃光の勇者】の二つ名は伊達じゃないな!」

 

「そうだな!あの姉ちゃんも相当な実力者みたいだが、やっぱりマサユキ様には敵わなかったみたいだな!」

 

「何言ってるのよ!あのマサユキ様を相手に攻撃を許さなかったのよ?ユキ様も【勇者】パーティーの一員として相応しい実力者じゃない!」

 

「確かに!あの二人とパーティーメンバーなら魔王リムルにも勝てちまうんじゃないか!?」

 

 好き勝手に言う民衆に対し、六星竜王の反応は白けていた。率直に言って、他のパーティーメンバーを含めたとしても幹部陣営と魔王リムルを相手にして勝てるとは思えないからだ。あれだけの面子を前にして勝利する事が出来るほど、連中の実力は秀でていない。

 

「好き勝手に言ってるわね~。クレイマンぐらいなら勝てたかもしれないけど、覚醒魔王級の相手にそう易々と勝つことなんてできる訳がないでしょうに」

 

「まぁ、実力差が分かっていないから口にできる戯言なんでしょうけど、聞いていて心地のいいものとは言えないですね。魔物と人間の融和……そんな夢物語を現実にしようと思って行動している者の前で言う事ではないと思います」

 

「所詮は弱者の戯言。気にしすぎても仕方がないだろう」

 

「それもそうですね。しかし、あの勇者殿……アレは一体……?」

 

 ユキの攻撃の一切が通らなかった理由はその場にいる六星竜王たちですら分からなかった。だからこそ、その視線が主たるヴェルディアスの方に向いた。ヴェルディアスは眉をひそませながら沈痛な面持ちを浮かべていた。ヴェルディアスにはあの防御のカラクリが分かったからだ。

 

「ヴェルディアス様、どうかされましたか?調子が悪いようでしたら……」

 

「いや、そういうのではないよ。ただ、少し思うところがあっただけでな……エルピス、いるか?」

 

「はっ、ご主人様。エルピス、御身が前に罷りこしましてございます」

 

 ヴェルディアスの言葉にどこからともなくエルピスが現れ、膝をついていた。突如として現れた女の姿に戦士たちが身構えようとするも、ミュリアが片手を上げて止める。戦ったとしてもただでは済まない事が目に見えていたからだ。

 ヴェルディアス配下の中には悪魔も天使も存在する事は知っていたが、これほどまでに戦士として完成されている個体をミュリアは初めて見た。その身体能力はごく一部の例外を除き、随一と称しても遜色ないだろうと思っていた。

 

「あの子に声をかけておいてくれ。久方ぶりに話がしたいからな」

 

「かしこまりました。もしよろしければ、その後にお時間を頂戴できますでしょうか?」

 

「俺か?あの子のか?」

 

「あの不肖の弟子の時間でございます」

 

「それは俺に聞くことではないな。あの子に直接確認を取りなさい」

 

「失礼いたしました。それでは連れてまいります」

 

「穏便にな。急いでいる訳でもないし、この祭りが終わった後でも構わないと伝えておいてくれ」

 

 かしこまりましたと告げるとエルピスは立ち上がり、瞬きをした次の瞬間には影も形もなくなっていた。まるでその場にいた彼女の存在が夢想か何かだったのではないかと思ってしまうほどに。しかし、実際に彼女はそこにいた。それは疑うべくもない事実だった。

 

「凄まじいですね、彼女は」

 

「エルピスか?そうだろうな。魔法のエレボス、武技のエルピス。あの二人はこと専門分野では他者の追随を許さない。エルピスの技量を前にしてはアレクとて勝つことは至難だろうしな」

 

「勝てない、とは言わないのですね」

 

「まぁな。アレクは今も成長途上だし、究極の領域にたどり着く頃には対等か圧倒しているかもしれん。お前もエルピスに負けるとは思っていないだろう」

 

「技量自体はそこまで遜色はないと思っていますが、負けないとは思っていません。十本勝負をすれば2,3回は負けるでしょうし」

 

「その程度しか負けないと言っている時点で、エルピスも形無しだろうな。だが、俺の弟子である以上は全勝する勢いを持ってほしいがな」

 

「むろん、戦う以上は必勝の意思を持って戦います。しかし、客観的に見て彼女がそれだけの実力を持っている事は否定できませんから。師匠とて彼女と相対して一本もとられないとは言い切れないのではありませんか?」

 

「ただ当てるだけの戦いならばそうだな。あの子の速度は時に俺の認知を上回りうる。しかし、俺はあの子に負けると思ったことはないよ」

 

 それこそヴェルディアスの絶対の自信。かつての生涯において、個人の武勇という意味で【不敗】を貫いた絶対強者の威厳だった。多くのモノを砕き、多くの存在を喰らってきた武技の怪物こそが彼であるが故に。その経歴は多くの者の頂点に立つに相応しく、その経験値はこの世界では追随を許さない。

 ヴェルディアスの本来の姿――――竜種としての姿よりも今の人間態の方が恐ろしい理由。誰よりも力を持ちながらも、その全力を揮うよりも人間態の武威の方が恐ろしい。神の権能をも上回る人の武威、その極地の体現者足るが故に、彼は畏怖されてきたのだから。

 

 多くの魔物を討滅してきた最強の竜種でありながら、その姿は竜種としての姿ではなく人間態としての姿で語られる。多くの臣下を抱えるヴェルディアスだが、その真の姿を知る者は本当に数が少ない。六星竜王とアリーシャ、そしてミュリア以外にその真の姿を知る者はいないだろうと言えるほどに。

 

「多くの時間を生きてきた俺にとって、武技は果てに至った。魔法もまた同様に。スキルは今だ果てを見ないが、それもいずれは至るだろう。だからこそ、その道中にある者を育てるのは楽しい。お前たちが、俺に続く者たちがいずれその極みへ至る事こそ俺の望みなんだ」

 

 多くの困難と試練に立ち向かい、ソレを踏破して成長する姿が好きだ。誰もが困難を前にすれば足をすくませてしまう。それでも尚、その困難に立ち向かい踏破していく姿こそ最も尊い物だと思っている。だからこそ、その道を進んでいける者こそヴェルディアスは尊ぶ。

 それはそれとして、先達を名乗る者としてヴェルディアスにも意地がある。後に続く者には負けられないと、ヴェルディアスは振る舞う。誰もが届かないと思わせるような高みに居続けなければならない。何故なら、目標は高ければ高いほど目指す甲斐があるという物なのだから。

 

「お前とて、俺にその刃を届かせる事を諦めた訳でもないだろう?だったら、弱気な言葉を吐くな。俺はお前を古今東西無双の勇者になりうると見込んで弟子にしたんだ。その判断を間違いだと思ったことはない。いつまでも俺の二番手を重んじるような行動をするな。

お前はルドラ無き今、世界の誇る最強の勇者。ならば、後進に立ち塞がる勇者としてその名に恥じぬ者であれ。今のお前がそうだとは、俺はとてもないが言えん。自身の在り方をもう一度強く見直した方が良い」

 

「師匠……」

 

 アリーシャにそう告げるヴェルディアスの言葉には深い悲しみが刻まれていた。古くからの旧縁であり、自身の友であった男が逝った。その事実を自身の口から出さなければならない事が何よりもヴェルディアスの心を虐げる。久しく感じていなかった彼の嘆きを、アリーシャは聞いた気がした。

 

「ヴェルディアス様、御身の威光を必ずや我らが体現して見せましょう。ヴェルディアス様が心中に抱えていらっしゃる不安も我らが拭い去ってみせましょう。ですから、どうか、我々をお使いください。もとより我らは御身のために存在しているのですから」

 

「…………ありがとう、ミュリア。その心意気、ありがたく思う。けれど、お前はお前たちの守るべきものを守れ。それがひいては俺のためになるからな」

 

「……ヴェルディアス様の御心のままに」

 

 ミュリアは直接的にヴェルディアスの力となることが出来ない事を嘆くも、結果的にその力がヴェルディアスの力となることが出来るのだと知れるとその嘆きを修めた。そして、これまで以上に力をつける必要があることを理解した。

 ヴェルディアスのため、その目的に徹頭徹尾尽くすためには今のままではいけない。これまで以上にもっと力をつける必要がある。ミュリアを始めとした英雄戦士団の戦士たちにそう思わせるにはヴェルディアスの態度は十二分すぎた。

 

『どうなるにせよ、まだ足りない。今の戦力とセリオンの戦力だけでは足りない。もっと、もっと戦力が必要となるだろう。さて、どうするべきか……』

 

 心中でそうぼやきながらエルピスの帰りを待つヴェルディアスだった。



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