突然なんでもできるようになった結果wwwww (geeeee)
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なにこれ

初投稿です


「あ゛ぁぁぁっっ」

 

寒気が止まらない、体中が鈍く痛い。

あぁこれは何だ?天罰か?

エスカレーターの上段にいるOLの足をガン見したせいか?

落ちてた消しゴムをパクったせいか?

こんなことなら膀胱を空にすればよかった。失禁しそう…

痛みと眠気で意識が朦朧としながらもいつまでももがき苦しんでいる。

つらすぎる、早く寝たい。

そんなことを思いながら俺は意識を落とした。

 

 

特殊能力者が人類の7割を占めるこの世界で俺は無能力者だった

なのに今はテレビをつけようと思っただけで

「ぬんにゃんおいで~」

こんなふうにリモコンなしに起動できるし、スマホの充電をしようと思っただけでバッテリーがいっぱいになった。

 

「なんで突然こんなことが…」と口にしながらも昨日の激痛が原因だろうとなんとなく思っているし、これは間違いなく能力だろう。

ウキウキしてよく分からない動きをしてしまう。

 

「ようやく俺の内なる力が目覚めたか…フフッ」

 

ちなみに内なる力が目覚めることはたまにあるらしい。

 

今日の天気はなんだろう。

 

頭の中におひさまマークが浮かんだ。

 

スマホで調べてみると晴れのようだ。

今日のニュースは? 

 

どうやら有名芸能人が薬をキメていたらしい。

 

そんな情報はどこにも出てこなかった。

どういうことだ、やる気出せよ。

それにしてもこれは一体何の能力だろうか、指向性がなくてまるで分からない。

だが考察している時間はそれほどない、早く朝食を取って寮を出なければ。

 

 

俺が通う学校は普通の公立高校だ。

特殊能力者が7割いると言ってもその中の8割は能力がしょぼいので無能力者と扱いは変わらず、大半は公立高校に通っている。

だが扱いが変わらないと言っても特殊能力者は確かなステータスになる。勉強や運動よりもずっと。

だから俺の扱いはそれほどよくなかった。

だけどこれからは違うと言いたいところだが、人は変われない。

内気な自分が「突然能力が使えるようになったんだ」なんて言い出せるわけがないし何よりも相手がいない。

能力使えるアピールをしたいところだがイキってるみたいでダサいし、そんなことができるなら高校デビューだってできるはずだ。

そもそもなにをアピールすればいいのかわからない。

人のスマホを取って、勝手に充電すればいいのか?

完全に変人じゃねーか。

結局生活がちょっと便利になるぐらいなのかと考察してすごく残念な気分になった。

 

学校での数学の時間に俺は思いの外能力の効果の幅が広いことに驚いていた。

問題を見ただけで途中式も含めて答えがわかるのだ。

それもいきなり答えが出るのではなく、しっかりと問題を解いているという感じだ。賢くなって気分がいい。

過去一番で能力の便利さを感じている。

と言ってもまだ手に入れてから数時間しか立っていないけれども。

あーでもやっぱり便利だなこれ。問題見ただけですぐに答えがわかる。

 

これはテスト前ノー弁イキリができるな。相手がいないけど。

 

 

しばらく経って昼食の時間。

いつもは購買でパンを買いに行くところだが全くお腹が空いていなかった。

これも能力のおかげだろうか?食事を取らなくて済むならその分食費が浮いて嬉しいんだが都合が良すぎる。

まるで思ったことが現実になったようだ、というより現実になっているのだろうか。

 

お腹が空いてないのに自ら便所飯状態だ。席が占有されているから仕方がない。

だが能力の検証にはもってこいということでパン出てこいと念じた。

 

ジャムパンが突然出てきてトイレの床に落ちた。

どう処理すればいいんだこれ…

落ちたジャムパンを触ってみる。

感触は普通にパンだし、匂いもジャムとパンとおしっこの匂いがする。

「オエッ」

大便するとこで立ちションすんなよ。漏らしたのかもしれないけど。

ジャムパン消えろと念じる。消えた。

便利だなこれ。

 

今日の薬キメてた情報も夕方辺りに出てくるものと考えれば納得はいく、いくんだが便利すぎる。もしそうだとしたら未来予知までできるということか。

今まででこんな能力は聞いたことがない。

世界最強ランキング1位の人だってエネルギーを操れるとかそんなんだったはずだ。

ここでは規模が大きい検証はできないがこれはもしかして最強レベルの能力じゃないか!?

ただなんでもできるとか何に使えばいいのかよくわからないな。

この能力の説明書出ろと念じる。何も出てこなかった。

やっぱり不良品かな。




主人公の名前は考えていない模様


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試す

毎日同じルーティーンを繰り返す俺は不具合なく真っ直ぐ寮に戻り、部屋着に着替え、布団に潜ってスマホを手にしたときに初めて気がついた。

能力の検証ができる場所に行こうとしていたことに...

というのもこの能力はかなり万能だが小規模のものしかできない。

なんてことになったら嫌だからだ。

もしそうだったら能力を鍛えるなんてこともしたい。

大規模なことを試したいというのもあって、周りに人がいないところに行こうと思っていたのだが

 

「しくったな、また着替えて外に出るなんてできない」

 

ボッチの俺はルーティーンから外れた行為を極めて嫌う。

床屋に行くのはいやいやで、インスタント食品やパンを買いに行くことさえしたくないというのに能力の検証ができそうな場所を探してそこに行くなんてできるはずがない。

ということでお家でできそうな能力を試してみよう。

 

まずはじめに手から火を出してみる。パンのようなものをなにもないところから出せるのだからイケるだろう。

 

「アッッッッ!!!??!?!?!?!?」

 

クソ熱い。火を出す能力者は熱くなさそうだったのに熱い。高熱を感じた瞬間に消えろと念じたのでやけどはそれほどではないが怖くて使えたもんじゃない。

手に熱を感じないことを前提にしていたのがどうかしていたのかもしれない。

 

「まぁ火を使う場面なんてそんなにないし...」

 

でも火使ってかっこよく戦ってみたかったな。

 

よし次

ものを消す。これができるとお腹が痛い時によくやっていた腸の中にあるうんこを消す妄想が現実となるのだ!他の能力の価値が霞むレベルの素晴らしいものとなるので期待したい。

検証には消しゴムのカスを使う。机に消しゴムをこすりつけるという無駄な行為をして材料の準備はできた。

消えろ。

 

消えた。あっさりしている。なんの感動もない。

だがこれは無機物だ。有機物が消せないと意味がない。

ちなみに昼食のときに消したパンは能力で出したものなので参考程度のものだ。

どうしようか。トイレでうんこをひねり出して、それを消すか。

だが自分のうんこは見たくないな...

まぁ便意を感じてからでいいか。

 

はい次

テレキネシス。超能力の代名詞。これは移動できる量から距離まで様々な検証の余地がある。

これがあると布団から出ずとも生活が可能になる、いわば廃ニート用能力だ。

ただこれの検証は難しい。

例えばドアを開けようと念じ、そしてドアが開いたとする。

これは念動力を介してドアが空いたのか、それともドアが自分から開いたのか、これを確認するすべが思い浮かばない。

まぁどちらも同じようなものなのだが。

 

色々と試したところテレキネシスは使えるようだ。制限も特に感じない。

本当になんでもできるような気がするし、検証はめんどくさくなってきたのでもうやめよう。

必要となったときに試していけばいいのだ。

 

だが不安点としては有名芸能人が薬をキメていたというニュース。これを一切見聞きもしない。

キメていたというのは過去形であり今は違うという可能性、ニュースとして取り上げられていないがキメたなどといった可能性があるが、この能力が絶対でないものとしたときに墓穴を掘る可能性がある。あまり依存しすぎないほうがいいかもしれない。

 

そしてトイレで念じたときの能力の説明書が出なかった問題。

これはイメージの問題なのだろうかと思って、名前だけ聞いたことのある本を思い浮かべて出現させたところ確かにその本には中身があった。

つまりイメージに依存しないという万能性を証明できてしまったのだ。

これはそもそも能力なのか、能力が発現する兆しもないのになぜ突然これを得てしまったのか、とても気味が悪いが

 

「ぃやー、ラッキーだな」

 

もしこれが誰かによるものであるのならばありがとうと言いたい。




改行が難しいですね。どうすればいいのかわからなくなったりします。


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お散歩

この能力を手に入れてから数週間がたった。

その間にも俺はこの能力を使いたい、見せびらかしたいという欲求を募らせていった。

せっかくこんな物を手に入れたのに使わないのは損だ、世界で活躍してみたい、褒め称えられたい。当然の欲求だろう?

俺を気にするような人間は家族ぐらいだ。能力を使って困ることがあるというのか。

そうした思考を毎日毎日続けていて、俺は自分を抑えられなくなった。

餌を目の前に置かれた調教もされていない犬は餌に食いつかずにいつまでも待てないものだ。

 

わざわざ見せびらかすのはいかがな物か、いざというときに何もできなかったら俺を待つのはただでさえ低い地位の低下か。

活躍といったところで何をするというのか、活躍には積極性が必要だ。俺が俺でなくなったわけでもないのに活躍なんてできるはずがない。

ならば自分だけでできてそこそこ満足ができそうな物がいい。

 

というわけで俺は侵入禁止区域に行くことを決めた。

 

 

侵入禁止区域とは人類の天敵である敵対種が蔓延る地域だ。

始まりは15世紀、人類は結界石というものの活用法を発見した。

それ以前までは敵対種に脅かされ、農業はまともにできず人類の半数が狩猟と酪農による遊牧生活を送っていたためかろうじて文字と宗教文化があった程度だった。

生と死が隣り合わせの生活を送っていた人類は結界石を使うことで敵対種を追い出す方法を発見したのだ。

それからわずか3世紀で文明の針は進み、宇宙に進出することにまで成功した。

だが1862年、世界を統治していた政府によって結界石の枯渇が宣言された。

結界石は劣化する。そしてあまりに対敵対種に優れていた。

結界石は囲まれた部分に敵対種を寄せ付けないという特性があった。

だからほとんどの領域では結界はスカスカで結界石が劣化して穴が空いてしまうと敵対種がなだれ込む。

その上結界石は高価だったために殆どの地域ではリソースを大切に使い2重3重に結界を張ることなどはできなかった。

 

人類は文明、技術を急速に失っていった。

2重3重に結界を張ることができた裕福な地域だけが代替となる技術を開発して、生き残ることに成功したのだった。

だが擬似結界はかなりの費用と設備が必要となる。人類が失った地域を取り戻すことは容易ではなかった。

なにより擬似結界を作るにも資源がいるのだ。人類の発展により資源が失われ、疑似結界の開発のために今の生存圏では取り尽くされた。

今は加速器による原子の生成からその資源を生成する、或いは非開拓領域で資源を回収する。

この2つでしか資源を作れない。

加速器で作る方法は生成できる量に対して必要な電力が多すぎるために大赤字になる上、時間もかかるので人口が少ないか周囲に資源がない場所でしか行われない。

ほとんどは非開拓領域での回収となる。

 

ちなみに結界石は分子構造が複雑過ぎてほとんど再現できないらしい。

 

 

侵入禁止区域は擬似結界の外側にある地域だ。敵対種がいるため一般人は入ることができない。

擬似結界に近いところでは強力な能力者による狩りが定期的に行われているため、比較的安全と言われている。

俺はそこに行こうと思う。

既にそのあたりである程度必要となりそうな能力を試した。

転移で行ったことのないトイレの中に入ることができた。視界を遠くに飛ばすことができたため周りの人対策もバッチリだ。

生き物を殺せるのか試したがそのへんの虫は死ねと念じるだけで動かなくなった。

全能感に震える。食事はいらず、思ったことが現実となるのだ。準備なんていらない。

 

休日の明け方に俺はマスクを付けてパーカーのフードを被り、周りに人がいないことを確認してから、侵入禁止区域に転移した。

 

「おぉぉぉぉぉ…」

 

木々のざわめきが聞こえる。自然の匂いがする。一面が緑色だ。

空気が透き通っている。風を感じる。地面が柔らかい。

五感で自然を感じられる!

世界が違う!

機械や工場や人間はいない。人の手が入ったところなんてどこにもない。

正真正銘の侵入禁止区域だ!

 

もっと早く来ればよかった。この景色を見たことがある人間はご先祖様と優秀な能力者と偉い人だけだ。優越感が凄まじい。

景色への感動といけないことをしているという罪悪感で心臓が鼓動を激しく刻んだ。




感情がうまく表現できない


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危ない

よく見ると見たことのない生き物がたくさんいることに気づいた。

葉が青い木、緑色のネズミみたいなの、とにかく巨大な爬虫類、色とりどりの虫。

久しぶりに日の下で散歩するのが楽しかった。目新しい景色に胸を躍らせていた。

侵入禁止区域というのもいい、程々の背徳感は最高のスパイスになる。

 

敵対種についての情報は政府によって統制されているため、俺はどんなものなのか全く知らない。

だからあれが敵対種だろうか、これが敵対種だろうかと大きな生き物たちを見て考えながら森の中を徘徊していった。

 

俺は敵対種のことを完全に舐めていた。

そして依存しないようにと自分を戒めたのにも関わらず、

能力があれば敵対種の排除なんて簡単だ。

いざとなったら転移すればいいと能力について過信しすぎていた。

 

観光客気分で自然を堪能する。

マイクロプラズマとやらを感じる気がする。

これは間違いなく運気が上がっているな。

きっといいことがあるだろう。

上り下りが多くて少ししんどいが、こんな体験はしたことがなかったのでそんなに気にならない。

道に迷っても転移で帰ることができるので、なんの気負いもなく冒険することができる。

楽しいな。

 

ある程度歩いて疲れが溜まって来たところで森のざわめきが大きくなり、生き物たちが騒ぎ立てることに気づいた。

いったいなにか起きたのだろうか、そうぼんやりと考えていると

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァッッッ!!!」

 

痛い、熱い、何だこれ、背中が

 

「ア゛ア゛ッ!」

 

まただ、死ぬ、死にそう、死にたくない。

怖い、やめろ、後ろにいるのか

 

「ァ」

 

後ろを振り向いたとき、俺は恐ろしいものを見た。

それは恐ろしく不気味で、見ているだけで不安になる、本能が危険を訴えてくる。

正真正銘のバケモノだ。

あれかこれかと敵対種を探していた自分が馬鹿みたいだ。

見間違いようもなくこいつは人類の天敵だ。

呼吸が止まる、頭がフリーズする。

今度はバケモノが俺を襲ってくるのを目視する。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアァァァ....」

 

目が潰されたのを、鼻が砕けたのを、顔面を攻撃されたのを感じる。

生存本能が危機を訴えてくる。

本当に死にそう、死にたくない、死にたくない、怖い、こっち来んな、クソッ、死ねッ、消えろッ。

死にたくない、死ね、消えろ、死ね、死にたくない、来んな、消えろ、消えろ、死ね、死ね、死ね、死ね....

 

攻撃がこない。

あのバケモノはどこに行った。

 

能力が消えたと伝えてきた。

いまさら反応してきた。

俺が攻撃されたときは何もしてこなかったというのに。

目が見えない。血の匂いがする。触覚は血で役に立たない。聞こえるのは葉が擦れる音だけだ。痛みで思考がまとまらない。

俺はどうなっているのだろうか。

 

視力は失われているのか。

能力が肯定してきた。

 

俺の体の傷を塞げと念じる。

 

なのに体は痛いままだ。

 

目を復元しろと念じる。

 

目に入ってきたのは真っ暗になった森だった。

 

明かりを出せ。

 

目の前に光の球が出てきた。

虫がわらわらよってくる。

下から寄って来ている。

体を見てみると、俺の体にはびっしりと気持ち悪い虫がへばりついていた。

 

もういやだ。

消えろ、消えろ、消えろ、消えろ!

 

虫たちは消えた。

バリバリに固まった血とべっとりとした虫の粘液がついている。

 

消えろ!

 

それらも消えてなくなった。

それからだんだんと痛みが引いてきて、まともに思考ができるようになると苛立ちが収まらなくなった。

地面を殴りつける。手が痛い。

 

「クソッ」

 

なんだあの虫は!!

 

「クソッ!」

 

使えない能力め!!!

 

「クソッ!!」

 

比較的安全とはなんだ!!!!

 

「クソッ!!!」

 

くたばれ敵対種が!!!!!

 

「クソクソクソクソッ!!!」

 

視線を感じた、悪寒がする。

顔を上げてみると

 

「........え?」

 

またですか?

 

 




文体が安定しない


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帰還

俺は遠くに赤い目が光るのを見た。

あの目がある。あの足がある。おぞましい。怖い。

血の気が引く。息苦しい。声すら出ない。

襲われていたときのことが浮かび上がる。

顔を潰されたのをあいつが襲ってくるのを目で見てしまった。

俺はトラウマを植え付けられてしまったのかもしれない。

すぐに下を向く。それから頭を抱えて背中を丸めた。

こっちくんなこっちくんなこっちくんな...

 

いつまで経っても襲ってこない。

あいつがどうしているのか確認したいが怖くて頭を上げることすらできない。

頭の中にずっとあいつの姿がへばりついている。

したくもないのにあいつがまた俺のことを襲ってくるのを想像してしまう。

なんであいつがいるんだ。

消えたんじゃなかったのか。

こんなことなら行方を確認すればよかった。

後悔と恐怖と不安とで頭がどうにかなりそうだ。

それでも数分が経って呼吸が落ち着いてきた。

そして能力を使えることが頭から消えていたことに気づいた。

 

所詮一般人の精神性だ。

少し前に手に入れたばかりの能力を危機的状況下でその場で使えるなんて都合がいいことは早々ないだろう。

自分が平凡であることは自分が一番わかっていたはずだ。

いや平凡であるからこそ図に乗ってしまうのか。

そうやって自分を下げ、愚かさを一般化することで冷静さを気取ってみる。

俺だって平凡な一般人はそもそも侵入禁止区域に行くなんてことはしないと理解しているのだ。

まぁそんなことはどうでもいい。

 

あいつが襲ってこないのは能力が働いているからだろうか。

こっちに来んなと念じに念じたからか。

ならば

消えろ

 

…いまあいつはどこにいる。

もういなくなったのか?

俺の近くにいるのか?

 

いないと返ってきた。

 

安心して顔を上げると。

 

ま だ い る

 

なぜだ。なぜなのか。

いや、よく見るともう1匹いる。またいた。

横を向いても、後ろを向いてもいる。

無数の敵対種が俺のことを囲んでいることに気づいてしまった。

 

「消えろ消えろ消えろォ!」

 

過呼吸になる。

消えた。今度こそ消えた。そのはずだ。

あいつと指定したから能力が正しく反応しなかったのだろう。

もう大丈夫だ。

敵対種は俺の近くにいるか。

 

いると返ってきた。

 

どこだよ。

いや、能力の使い勝手の悪さを考えると近いを1km離れたところまでとかそんな感じで指定しているかもしれない。

範囲を正確に指定すれば大丈夫だ。

俺を中心とした半径5m圏内に敵対種はいるか?

 

いないと返ってきた。

よかった。

 

緊張の糸が切れた。

もう嫌だ。こんなところなんか一秒たりとも居たくない。帰りろう。

冒険なんて身の程知らずだった。

俺の部屋へ転

 

「ア゛ア゛ァッ!」

 

またか。またなのか。

背中が痛い。吐き気がする。毒か?腹立つなぁ。

なぜだ、敵対種は近くにいないのだろう。

新手だろうか?

ゆっくりと後ろを振り向く。

 

大きなムカデのような何かが背中に張り付いていた。

あいつらとは形も雰囲気も全く違うし、禍々しさもだいぶ弱い。

身の程知らずのゴミめ。

害虫の分際で俺を背後から攻撃するとは。

 

「死ねッ!!」

 

でかいムカデみたいなのは背中から剥がれて、ねじれた状態で倒れた。

こいつは死んでいるか?

 

死んでいるらしい。

ざまあみろクソ虫、どうやったってお前なんかが俺に勝てるはずがないんだ。

 

そうだ、やることが明確ならばしっかりと行使されるのだ。

背後に気をつければ、死ぬことなんてないはずだ。

背中が痛いのだって、気持ち悪いのだって。

治れ。

 

この一言で治...らない。

なんでだよ。

まあいい、背中は痛いがあいつに襲われた痛みよりはマシだし、耐えきれないこともない。

なんでもいい、今度こそ家に帰ろう。

 

転移。

 

目の前の景色が変わる。

周囲にあった俺の血の匂いも、木の葉が擦れる音も、風もない。

なんか少しくさく、地面は硬い、見知らぬ人がいて、何かを構えている。

そして明るい場所だ。

ようやく待ち焦がれた家に転移できた。

かなり使い勝手が悪いだけでお前はやれば出来る子だもんな。

そんなことより

 

「ど...どちら様でしょうか」

 

誰だこいつら。



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誘拐

俺の部屋に銃みたいなのを持って踏み込んでいる不審者がいる。

全身黒づくめでピチピチのスーツだ。

女だったらまだ許せたがガタイが男だ。

それも3人もいる。

気持ち悪い。

 

土足で俺の部屋に踏み込むとか舐めてんのか。

なんだよ、いかにも怪しい格好しやがって。

特撮ものの秘密組織かよ。

 

なんでここに不審者がいるんだ。

なんか俺やらかしたか?

 

...侵入禁止区域に行ったのがバレたかな。

でも1日も経っていないはずだ。

ここの政府の警察機関は無能で有名なはずだ。

汚職と不祥事にまみれた組織がこんなに迅速に動けるはずがない。

 

明らかにやばい奴らだ。

敵対種に襲われたことで恐怖が麻痺しているが警戒すべき対象なのは間違いない。

 

互いになんの反応もないまま少し時間が過ぎた。

もう一度聞こうかな。

 

「どちら様で...ん゛ん゛ん゛っっ?!」

 

不審者の一人が近寄ってきて俺の腕を抱え、口をふさいだ。

もうひとりが銃みたいなのを俺の腹に突きつけて撃った。

撃ちやがった。

腹が痛い。意識が薄れていく。

こんなのあんまりだ。

いろんなやつにボコボコにされて不審者に誘拐されそうになるなんて。

進入禁止区域なんかに行くんじゃなかった。

そうして俺は意識を失った。

 

 

 

目が覚めたとき、俺は椅子に縛り付けられていた。

手と足を縄で固定されていて、身じろぎしてもほどけそうにない。

まわりを見渡すとドラマなんかで見る取調室のようなところにいることがわかった。

ガラスの向こう側に優男がいて、俺の真後ろに強面の男がいる。

ひどい扱いだ、人権というものをもう少し考慮してほしい。

やばい雰囲気に声も出せずに縛られた状態でうねうねしていると、

 

「無駄だ」

 

と強面の男が言ってきた。

もっとダンディーな声かと思ったらかすれた声だった。

ガラガラ声が酷くて何を言っているのか聞き取りづらい。

少し吹き出してしまった。

堪らえようにもにやけてしまう。

 

「いだぁ!」

 

強面の男が思い切り頭を殴ってきた。

 

「殺すぞ」

 

強面の男が覗き込んで言った。

目が鋭くてとてつもなく怖い。

ほんとに殺されそうだ。

コクコクと頷いていると

 

「お前の名前はアンヘル・キーンか」

 

と今度は優男がハスキーな声で聞いてきた。

意味不明な状況と変な声の男二人に挟まれるというコントみたいな状況に思わず笑いそうになる。

もう笑わないようにと必死に顔を歪ませて首を横に振る。

 

ブッブー

 

今度は部屋から頭の悪そうなブザーが聞こえてきた。

音が反響して何重にも重なって聞こえる。

緊張感がねえな。

思わず突っ込みそうになったところで

 

「あだっ」

 

また殴ってきた。

あんまり頭を殴るのはやめてほしい。

毛根が死んだらどうしてくれるんだろうか。

 

「嘘をつくのは無駄だ。お前の頭にはチップが埋め込まれている」

 

気持ち強めの声だ。

だがかすれて小さい。

どんなに頑張っても威圧感の出ない声に同情を覚える。

というかチップが埋め込まれているのにガラガラボイスは俺の頭を殴ったのか。

 

「もう一度聞こう。お前の名前はアンヘル・キーンか」

 

誤魔化せないようなのでおとなしく頷いておく。

今度は馬鹿みたいなブザーは鳴らなかった。

 

「お前は無能力者だったようだな。いつ能力が発現した?」

「今年の五月です」

「なぜ進入禁止区域に行った」

「能力を試してみたかったからです」

「そこで何をしていた」

「少し歩き回ってみただけです」

 

そんな質問が延々と続いた。

二度も三度も同じことを聞かれたために気が滅入る。

変なバラエティー番組の嫌がらせかと思ったが、本当に謎の組織に誘拐されたようだ。

それにしても相手は俺の能力を転移能力だと断定しているようだ。

本当に転移能力者だったらすぐに逃げられるというのに。

この部屋には特殊能力対策が施されているんだろうか。

だが俺はバレないように嘘をつこうと思いながら嘘をついてもブザーは鳴らなかった。

やはり俺の能力は格が違うようだ。

 

数時間後にやっと開放された。

開放されたと言っても、男二人が部屋から出ていっただけだが。

 

これからどうしようか。

逃げようと思えば多分逃げられるのだが、逃げたのがバレたときに追いかけ回されるかもしれない。

少なくとも寮ぐらしはできなくなるだろう。

それに逃げる宛がない。

 

能力があるおかげで椅子に長時間座っても疲れなくできるし、脳内でゲームも楽しめる。

この組織の目的が分かるまで、もう少しここにいようかな。

 




取り調べとか知らなんだ


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監禁

意味不明な状況に混乱していてその時は気づかなかったが、脳内のチップとはなんだろうか。

俺が誘拐されているときにそういうのを埋め込んだんだのか?

そもそも誘拐されてどのぐらい立っているのだろうか。

脳内にチップとなると相当な技術力が必要となりそうだが大規模な組織なのか。

それともただのハッタリか。

 

俺が部屋に転移したときも黒づくめの男たちに動揺は見られなかった。

目の前に突然人が現れたら驚きそうなものだが。

いや、これは能力が俺の虚像を部屋に映し出し続けただけかもしれないが。

 

それはないか。実態があろうがなかろうが奴らは触るなりして確認できたはずだ。

つまり、俺が転移能力を持っていることを知っているか、訓練されているから感情を表に出さないか。

そんな感じだろう。

チップには嘘判定機能があったし、居場所を特定するなんてこともできるかもしれない。

だとしたら尋問で俺の能力が転移だと断定していたのも納得がいく。

 

一応能力に聞いてみるか。

俺の脳内にチップは入っているか。

 

…入っているらしい。

 

そのチップはいつ入れられたものか。

 

…だいぶ前ってなんだよ。

この一年以内か?

 

…そうではないらしい。

 

いつ入れられたんだ。

俺の物心がつく前だろうか。

 

誰か来たときに聞けばいいか。

 

一時間ぐらいが経ったあと放送が来た。

 

ブッブー

「8623番出てこい」

 

耳がゾワッとした。

ささやき声なのはなぜだ。

ASMR要素は求めていないんだが。

それにこの間抜けなブザーはどうにか鳴らなかったのか。

 

というか8623番ってなんだ。

俺は椅子に縛り付けられて動けないんだが。

全体放送だろうか。

 

それから放送がないまま30分ぐらいが経ったとき、ガラガラボイスが部屋に入ってきた。

 

「合格だ。貴様は名誉あるティルスの特殊部隊に配属されることが決まった」

 

何の話だ。

特殊部隊に入れるということはこいつらは政府の機関か?

名誉なことだが何に合格したんだ。

困惑していると

 

「転移を使っていい」

 

と言ってきた。

椅子から抜け出せということだろうか。

能力の使用が封じられているのかと思っていたが、そうではなかったようだ。

とりあえず転移で抜け出す。

 

「ついて来い」

 

ガラボがドアを開けた。

ついて行ってみる。

部屋から出てみると、そこは床が青白く光った廊下だった。

近未来感があってかっこいい。

 

周りから不協和音が聞こえてくる。

なぜこんなにも音楽センスがないのだろうか。

気が狂いそうだ。

 

廊下をまっすぐに進んでつきあたりのドアの向こうは1面ピンク色の部屋があった。

 

「貴様は今日からここの住人だ。設備は大切に使え」

 

そう言ってガラボは出ていってしまった。

ドアは閉められていてドアノブはなく、鍵穴一つ見当たらない。

完全な密室だ。

 

廊下みたいにおかしな音がしないのはいいが色使いがおかしい。

それにガラボは設備と言ったが、机もベッドも家電もない。

ただのでかい箱だ。

 

これもまた特殊部隊の試練ってやつなのか。

 

それにしてもこの状況はまずい。

いつまで放置されるのかわからないが、糞尿、食事の問題がある。

今の俺は能力があるので困らないが、糞尿も食事もしないのにピンピンしているというのは怪しまれる。

飢えて、糞便垂れ流しにしないといけないのか。

いや流石にそれはないだろう。

 

この部屋に隠し部屋はあるか?

 

ないのか。だが転移してどうにかしたということもできるはずだ。

この部屋で特殊能力の使用はできるか?

 

できないだと!?

 

詰んだ。

 

いやまだわからない。

極度の便秘でおしっこも出ないということもあるかもしれない。

移動した形跡がなければ信じるしかないだろう。

人間は数日間水がなくても生きていけると言うし、ちょっと腹を凹ませて肌を乾燥させればこれも誤魔化せる。

つまりだれか入ってきたときに水と食べ物とトイレを必死の形相でせがめばどうにかなるのではないか。

ここまでして居座る必要があるのか議論の余地はあるが、これを耐えきって特殊部隊に入れたら儲けものだ。

もし違ったとしてもあいつらは俺をただの転移能力者だと捉えているから、簡単に抜け出せる。

最善は1日以内に誰かがドアを開けて、トイレや食事を取れるようになることだが仕方がない。

よし、これで行こう。

 




説明のはさみ方がわからない


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脱出

特殊部隊とはティルス防衛隊のエキスパートが集う集団である。

侵入禁止区域の探索及び再征服、強力な敵対種の排除、他地域への諜報活動など様々な分野があり防衛に関する事柄を先鋭となって行う。

ティルスの天才たちがそこに集まっているのだ。

特殊部隊のおかげでティルスは負け知らずだ。

毎年少しずつではあるが、生存圏を拡大している。

一般人の俺にとっては手の届かない遠いところにあるもので、憧れであった。

その特殊部隊に配属されるというのだ。

どこか胡散臭いが、それを肯定するような状況がいくつかある。

ならば多少大変だとしても乗らない理由はないだろう。

そう思って耐えていた。

 

1日が経った。

なぜ分かるかというと能力に聞いたからだ。

俺は監禁されたままだ。

することがなくて部屋を這いずって見たところ、部屋の隅にうっすらと犬がしょんべんしている絵が書いてあった。

舐めている。本当に特殊部隊に配属されるのか疑わしくなる。

能力があるおかげで暇つぶしはできるのが幸いだった。

 

なんの目的も分からないまま監禁されるのはただただ不安だ。

特殊部隊の訓練はこれよりさらに厳しいのだろうか。

英雄たちは本当にこんなことをやっていたのか。

俺は一体なぜ監禁されているのだろうか。

忍耐力を試されているのか、それとも瀕死になると能力が強化されるなんてことがあるのか。

瀕死にしたいだけなら力でボコボコにしたほうが効率が良さそうだな。

ガラボが合格だと言ってきたのは何だったんだろうか。

合格ならこんなことをさせなくても良くないか。

せめて第一試験とか付け加えろよ。

 

何に合格したのか考えてみるか。

8623番出てこいという放送があった。

あれは俺のことを指していたのではないか。

合格だと言われたときは既に特殊能力の制限がなかったようだから、きっとあのタイミングで制限を解除されたのだろう。

普通の能力者は能力の制限を感じられるのかもしれない。

 

出てこいと言われたのに出ていかなくて合格なのか。

何を測っていたんだ。

建物から逃げ出さなかったことか?

逃げ出してよかったのか?

限定的な範囲での制限が設けられるのかもしれない。

こんなおかしなところにいたら脱走が続出しそうだしな。

 

2日が経った。

まだ誰も入ってこない。

食事もトイレもしていないのに元気そうだというのは怪しまれそうなので、犬の絵がない方の隅でうずくまっている。

一応股間を水でべちょべちょにして周囲にアンモニアも発生させた。

少しずつ不安が強くなってきた。

 

 

3日が経った。

湿気った股間はほとんど乾いた。

そろそろ迎えに来てほしい。

脳内で脱出する派とまだ耐える派が争い始めた。

ここまで耐えたんだから、もう少し頑張ろうという意見で落ち着いた。

1週間誰も来なかったら諦めよう。

 

 

4日が経った。

実は抜け道があってそこから抜け出せるのではないだろうか。

そう思って、能力でいろいろ探してみた。

質問形式だと精度が怪しいので、視点を飛ばしてみる。

サーモグラフィーだったり赤外線カメラのような機能もつけて調べても何一つ見つからない。

本当に監禁されているだけだ。

 

 

5日が経った。

もうどうでも良くなり始めて、ずっと脳内でゲームをしている。

 

 

6日が経った。

あと1日で迎えが来るという根拠のない自信が脳を支配している。

能力がなければ間違いなく発狂していたことだろう。

 

 

7日目だ。

一週間が経った。

そしてもうすぐ8日目になろうとしている。

8日目が来たら、ここを出よう。

まんまと騙されていたことは悔しいが、しょうがない。

一応最後まで待つが、迎えはもう来ないだろう。

別に辛くも苦しくもなかった。少し不安があったがそれも消えていった。

この能力は本当に万能だ。

一週間なにもない部屋でやすやすと過ごせるというのは驚異的だろう。

不死身になったみたいだ。

 

 

おっ、ようやくだ。

厳ついハゲが入ってきた。

能力がなかったら救世主に見えたことだろう。

今度こそ特殊部隊に入れるのだ。そのはずだ。

両手を広げて迎合したいところだが、疲弊していないとおかしいので目を閉じてうずくまったままだ。

ハゲが俺の両足を掴んでひきづりはじめた。

意識を取り戻したフリをしたいが、そんな演技ができるはずもないので大人しくひきづられる。

 

不協和音がひどい廊下を通り過ぎて、いかにも病室って感じのする部屋に来た。

ベッドに寝かされて、乱雑に点滴をぶっ刺される。

かなり痛い。

そしてハゲが俺の頭をなで始めた!?

 

「よく頑張ったわね~。明日からあなたは訓練生よ~」

 

脳が混乱した。

どう見ても男にしか見えないのに、女の声がする。

服装も長ズボンにTシャツだ。

スカートなんて履いていない、ブラジャーもつけていない。

あのハゲの性別はなんだ?

 

能力が男であると答えた。

変なやつしかいないと思っていたが輪にかけておかしなやつだ。

俺の人生にヒロインはいないのか。

 



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入隊

ハゲが俺の頭をなでるのをやめた。

と思ったら俺の髪の毛をむしり始める。

何本かむしったところで、どこからかおもちゃの宝石がゴテゴテについた女児向けみたいな箱を取り出した。

 

今度はハゲが自分の股間に手を突っ込んでむしりやがった。

縮れた毛が見える。なんてことをするんだ。

そして俺のむしった毛をその毛で結んで箱に入れた。

 

こえーよ。

頭がオカシイんじゃないか。

同じ人間とは思えない意味不明な行動を俺の目の前でやりやがった。

敵対種とは別のベクトルで恐怖を感じる。

俺のことを呪っているだろこれは。

 

ハゲが恍惚とした表情で箱の中を覗いている。

俺は覗くか覗かないかという興味と恐怖の間に立たされた。

だが、干からびた指とかが入っていそうなので見るのはやめておくことにした。

 

しばらくすると飽きたのか箱をどこかにしまって部屋から出ていってしまった。

恐怖から開放された。

良かった。

すごく安堵感がある。

いたわりの言葉からの奇行は不気味すぎる。

できるだけあのハゲとは関わらないようにしたい。

 

寝てしまうとなにをされるか分からないので、寝たふりをしながら脳内でゲームをして、お呼びが来るのを待とう

 

脳内ゲームが万能すぎてこれだけで生きてしまえる。

やろうと思ったゲームタイトルを思い浮かべるだけで、オンラインゲームだろうと激重シミュレーションゲームだろうと遊べてしまうのはすごい。

脳内での操作なので始めは多少違和感があったが慣れてからはこれ以上にないほどの操作感があってやめられない。

 

気絶している間にスマホはどこかに消えたが、困ることはない。

連絡をとりあう人間なんて家族以外にほとんどいないし、家族との連絡も頻繁には取らない。

やはりこの能力は最高だ。

 

ゲームに没頭しているとドアから誰かが入ってきたことに気づいた。

ようやく待ちに待った特殊部隊デビューか。まだ訓練生のようだが嬉しい。

また奇行ハゲだろうかと警戒しながら恐る恐る相手を確認すると

 

そこには絶世の美女がいた。

何が美しいかというとまず雰囲気、立ち姿が美人だ。

スタイルもめちゃくちゃいい。脚長すぎだろって思ってしまった。

美脚でピチピチなんてエッチすぎる。

スカート短いから足がよく見える。

胸も結構でかい。

顔も目が大きくて鼻筋通ってて髪もサラサラできれいだ。

肌もスベスベしてそうで良い。20代前半ぐらいだろうか。

テレビで見てきたどんなアイドルや女優よりも美しい。

今まで見てきた中で一番美人かもしれない。

これは俺の時代が来たな。

きっといい匂いも...

 

ん゛ん゛っっ!?

加齢臭がする。

どう考えてもおかしい。

こんなに美人なんだからフルーティーでいい匂いのはずなんだが。

これはさっきの奇行ハゲの残り香だな。間違いない。

奇行ハゲ最低だな。

こんなきっつい匂いで声がおかしくて行動が気持ち悪いなんて前世でどんな悪行をしたんだろうか。

 

「起きなさい」

 

例の美女から声をかけられた。

声も美人だ。クールな感じが良い。

天は二物を与えないというが、声も顔も体も美人だなんて素晴らしい。

 

それはそれとしてこの腐ったうんこみたいな匂いはなんだ。

声の方から臭っているのだが。おかしくないか。

もしかしてこの人お口が臭いのかしら。

息が詰まる、それでも少し嗅いでしまったので頭がクラクラする。

 

激臭に顔をしかめながら目を開ける。

能力で距離感はわかっていたが実際に視認して驚く。

なんとこの美女は俺から3mぐらい離れているのだ。

なのに激臭。意味がわからない。

口臭というステータスがあったらカンストしているレベルだ。

なぜこの人が俺を起こしに来たのか理解した。

匂いが強烈で声をかけるだけでどんな人でも起きるからだろう。

敬意を込めて激臭さんと呼ぼう。

とりあえず能力でこの匂いを遮断する。

 

「起きたわね。付いてきなさい」

 

ちょっとした加齢臭だけになった。

まぁこれならいいだろう。

起き上がってついていく。

いいお尻をしている。心が喜んでいる。

病み上がりみたいな状態なので少しふらついてみようと思ったが、ついて来いと言われた程だし点滴が疲労を落とすなんて効果もあっておかしくない。

特殊部隊の技術部門は国の最先端で素晴らしい薬品を開発しているのだから。

ふざけたことをしていると取られてやっぱり不合格なんて困るのだ。

 

廊下の景色は昨日通ったものとは違った。

周囲は無機質な白で変な音は流れていない。

足音がカツカツと廊下を響かせる。

壁がどこにあるのか分からなくなるほどきれいに白に染まっている。

自分がどこを歩いているのかも分からない。

酔ってしまったので能力で治す。

視覚も能力依存にしたほうがいいかもしれない。

 

「着いたわ」

 

激臭さんが手を前に出すとそこは扉だったようで青い丸が浮かんでから自動で横に開いた。

演出がかっこいい。

 

中に入ると、ベッドに横になり頭に変なものをかぶってうめき声を上げる集団がいた。

どういうことなの?ひたすらに怖い。

 

「ようこそ、8623番。あなたは今日から諜報部門の訓練生よ」

 

周囲が恐ろしくて素直に喜べないんだが。

 




クソみたいなテンポ


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プロパカンダ

激臭さんが俺のことを歓迎してくれたからか、うめいているギャラリーたちもより一層声を上げて俺のことを歓迎してくれる。

まぁ実際は激臭さんのうんこスメールヴォイスで苦しんでいるだけだろうが。

かわいそうに。

 

「これをつけなさい。あなたも闘士と成るのよ」

 

激臭さんが空のベッドの上にある、ギャラリーたちが頭につけているのと同じものを持って俺に手渡した。

ピラミッドを2つに切ったような見た目をしている。

ご丁寧にブロックの模様が一つ一つ描かれていてこだわりを感じられる。

色は赤茶色だ。よく言えばレンガのようで悪く言えば赤痢カラー。

ギャラリーの皆様はレインボーなパステルカラーなのに俺だけこの色か。

薄々感づいてはいたが、俺もこれをつけなければいけないようだ。

うめいているギャラリーたちを見ると渋ってしまいそうになるが、俺には能力があるから大丈夫だと自分に言い聞かせる。

言われたとおりにそれを着けようとすると、激臭さんがベッドに座って横をポンポンと叩く。

 

なんだろうか。もしかして添い寝してくれるのか。

少し照れながら激臭さんの隣に座る。

加齢臭がキツイ。オバさんみたいな匂いで萎える。

香水ぐらいつけたらどうだ。

いや、みんなうんこ臭がきつすぎて加齢臭に気づかないのか。

もしかしたら自分でも気づいていないのかもしれない。

 

能力は適用範囲がおかしかったりするので自分に影響するものはあまり使いたくない。

うんこ臭を遮断したのはこの匂いを出す人が激臭さんしかいないと思ったからだ。

だけど加齢臭はオジさん・オバさん臭であり、この匂いで中年或いは老年がいることを把握できる。

俺は遮断するか悩んだ末に加齢臭もカットすることにした。

嗅覚障害になりそうだから仕方がない。

 

やはり遮断してよかった。

これで激臭さんは俺の中では美人さんになるのだ。

憂いがなくなった結果その美貌を楽しめるのはいいことだ。

 

「何をしているの。そこに寝なさい」

 

激臭さんが何かを話すたびにうめき声がひどくなるのはシュールだ。

なんとも言えない気分になる。

 

どうやら隣に座るのは不正解だったようだ。

激臭さんが激臭であるがゆえに俺も少しアグレッシブになってしまった。

ベッドに横になってピラミッドを頭に被せる。

深いヘルメットのようになっていて、奥まで被ると目が隠れる。

 

その時突然感触が変わって頭やら目やらをぬるいスライムのようなものが覆い始めた。

感触が気持ち悪い。目を閉じようとするも閉じれず、開いたままの眼球にまとわりつき始めて怖気がする。

 

スライムが真っ白に光りだした。眩しい。

するとファーンっていう音とともに特殊部隊情報部という文字が浮かび上がった。

教育番組みたいなノリに困惑する。

 

「みなさんこんにちは。今日はティルスの歴史について紹介していきます」

 

突然始まったな。可愛らしい声だ。

 

「始まりは16世紀。我がティルス領は始めはマダンという1つの地域国家でした。土地や資源が豊かなマダンはすぐに世界の中心となり人類の進歩をリードしていったのです」

「しかし結界石が枯渇することによってマダンは崩壊してしまいました。そして今は異民族による不当な支配が行われています」

「異民族はティルス人を迫害し虐殺し浄化していきました」

「これらが当時の映像です」

 

双子の少女が犯されている。

テロップから判断すると犯しているやつはキンディ人のようだ。

少女たちの肌には根性焼きの跡があり、今もまたタバコを吸いながら犯しているキンディ人が肌にタバコを押し付けた。

 

飽きたのか今度は鉄パイプを持ってきて少女に突っ込んだ。

少女が泣き叫ぶのをみてもうひとりの少女も泣き出す。

地獄だ。最低だ。人間のやることとは思えない。

最後にもうひとりの少女の顔を思い切り踏みつけて次の映像に移った。

 

幼い子どもが異民族によっていたぶられている。

これは顔つきからしてコラウ人だろうか。

拘束された幼児に生きたまま刃をいれてコラウ人は笑っている。

絶叫がもの悲しい。怒りを覚える。

見ていられない。目を塞ぎたいのに塞げない。

皮膚を完全に剥がれたあたりから幼児は声をあげなくなった。

そして最後に首に刃を入れたところでまた次の映像に移った。

 

今度は妊娠した女性のお腹を異民族が蹴り飛ばして笑っている。

こいつは独特の服装からテノチ教徒だと分かった。

泣きながらお腹を抱える女性を蹴りつけている。

すぐそばでティルス人の男の頭が見えた。

生首の状態で転がっている。目はえぐられていて血の涙を流しているようだ。

憎らしい。テノチ教徒はなんて野蛮で残酷なんだろうか。

 

そういった地獄のような映像を何百種類と見せられ続けた。

俺は異民族への敵愾心が膨れ上がってどうにかなりそうだ。

 

「この程度は1例に過ぎません。異民族の虐殺によってティルス領以外のティルス人は99%以上が消えました」

「何億人といたティルス人がたった数十年で数百万人に減ってしまったのです」

「異民族への復讐心を忘れてはいけません」

「私達が異民族を浄化し、再び偉大なティルスを作り上げるのです」

 

ファーン

 

著作・制作 特殊部隊情報部 という文字が浮かび上がって動画は終わった。

なぜギャラリーがうめいていたのか分かった。

こんな酷く醜いものを見せられて呻かずにはいられないだろう。

いつの間にか目に張り付いていたスライムも消えてピラミッドも頭から外れている。

同士たちは起き上がり、静かに闘志を燃やしているようだった。




復讐ものではないです


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VR

興奮が収まらない。

心臓がバクバクと鳴っている。

同士たちも目をギラつかせて呼吸を荒げている。

落ち着こうにも落ち着けないので能力で感情を整えよう。

興奮を消せと念じる。

 

頭は落ち着かない。興奮に隠れていた恐怖や怒り、不快感がじんわりと染み渡ってゆく。

だが確かに興奮は消えた。

こんなトラウマ映像大量に見せつけられるとは思わなかった。

やはり異民族は悪だ。

 

周囲を見渡すと今もまた起き上がった同士がいた。

彼もまた呼吸を荒げている。

部屋の奥では激臭さんが足を組んで俺たちのことを眺めている。

 

しばらくして部屋にいる全員が起き上がってから、激臭さんが立ち上がった。

 

「あなた達は特殊部隊諜報部門56期の訓練生となるわ。我が諜報部隊では異民族が蔓延る敵対地域での諜報活動が主よ。諜報には名誉も称賛もないわ。

今までの人間関係をすべて切り捨て、血を流してでも目的を遂行し、命をかけてティルスに忠誠を誓いなさい」

 

えぇ...そんなの聞いてないんだが。

周囲から雄叫びが上がったので見てみると、みんな顔を歪めていた。

激臭で強制顔芸状態だ。

 

諜報って大変そうだな。

確かに異民族が敵であるということを改めて認識できたが、やりがいがなさそうな仕事を好き好んでやろうと思えない。

あとでこっそり別部隊への異動願いを出せないだろうか。

 

「早速、訓練を受けてもらうわ。付いてきなさい」

 

そう言って激臭さんは部屋を出ていった。

説明少なすぎだろ。なんだよいきなり訓練って。今度は爪とか剥がれて痛い思いするんだろ。嫌なんだが。

そう心のなかで思っても、同士たちが激臭さんについていくから一緒になってついていくことになってしまった。

まわりに合わせていく性格をどうにかしたいものだ。

 

 

廊下の景色はまた違った。いかにもラボの廊下みたいな感じでそれなりの人が行き交っている。

俺たちは激臭さんについて1列に並んで歩いてるからか、すれ違うおっさんに家畜部隊と鼻で笑われた。

 

自分が歩いている速度に比べて景色が高速で動いている。

景色が動いているのだろうか。それとも自分の速度が上乗せされているのだろうか。

違和感のある廊下を少し歩いて到着したのか先頭の人がぞろぞろと部屋に入っていく。

 

部屋はかなり広く大量の椅子と最近流行りのVRヘッドセットが置いてあった。

肉体に影響があるやつじゃなくて安心した。

最後尾まで部屋に入りきったので激臭さんが声を上げた。

 

「椅子の上にあるヘッドセットを着けて座りなさい」

 

隣の奴が顔をしかめている。

視点を飛ばしてみると、激臭さんと俺以外のすべての人が顔を歪めていた。

 

どうしようか、俺も便乗しようか。だけど俺まで臭いアピールしたら激臭さんがかわいそうだよな。

人を傷つけることはあまりしたくないので、平気な顔のままでいることにする。

 

前のやつが奥の席に座ってヘッドセットを着けていく。

近い方から座っていくのかと思ったのに統率がとれていてびっくりした。

実はこいつら既にある程度訓練受けてるんじゃないかとすら思える。

 

俺も椅子に座って着けてみる。

着けた途端に体の感覚が敏感になって、ヘッドセットを着けていることさえ感じられなくなった。

景色は真っ暗な状態から少しずつ明るくなっている。

本当に仮想世界に入ってしまったみたいで技術の進歩に感心する。

手の甲を爪を立てて軽くつまんでみると想像以上に痛かった。

痛覚が異常なまでに敏感になっている。

シュコシュコが捗りそうだ。

 

座っているはずなのに立っている感覚があるし、事実立っている。

景色は部屋と同じなのに椅子とヘッドセットはどこにもない。

同士たちもどこにもいない。激臭さんもいない。

この部屋には俺しかいないのか。

 

よく見ると床には時計が描かれている。

そして今も針が動いている。オシャレだ。

今の時間はこの時計によると3時17分。

本当にあっているのだろうか。

仮想世界で能力を使えるかどうかという実験も兼ねて試してみる。

 

普通に使えた。能力によると半日遅れているようだ。

 

わけがわからない。一体何を訓練するというのか。

することがなくて時計の上で体育座りをしてぼんやりしていると、床が湿り始めたことに気づいた。

これ段々水没し始めて溺れるやつだ。

少しずつ水の増加量が増えていっている。

早く部屋を出よう。

 

そう思って部屋を出ようとしても開かない。

よく見るとすぐ側に数字キーがある。

脱出ゲームかよ。

何桁の数字を打てばいいのかもわからない。

高難易度くさいな。

 

悠長にしている時間はない。早くしないと溺れてしまいそうだし、まず水圧でドアが開かなくなる。

時計か?今の時間は3時25分なので325と入力する。

数字キーが赤く光ってボタンが押せなくなった。

数秒したら押せるようになったがこれはまずい。

まさかのクールタイム。

あんまり間違えすぎるとクールタイムが伸びまくって、一生かけてもボタンが押せなくなりそうだ。

 

落ち着け。能力を使えばいいじゃないか。

このドアを開けるには何をどうすればいい?

 

開ける方法はないと答えてきた。

どうすんのこれ。



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記憶喪失

もたついている間にも加速度的に水量は増えていく。

もう水が膝辺りまで来ているしダメかもしれない。

能力を使えば苦しくなくなりそうだし、もういいかな。

 

いきなり水量が爆発的に増えた。数秒で腰辺りから頭まで浸かるようになる。

長時間の潜水を覚悟したその時バタンと四方にある壁が外側へと倒れた。

 

嘘だろ。謎展開すぎる。喜べばいいのか。

そして天井が落ちてくる。

急いで俺は頭を沈めて衝撃に備えようとするが、水が周囲に流出して頭が浸かるほどの高さにない。

まずい。もう能力を使うか。

天井の重量を鳥の羽と同じくらい軽くしろ。

 

天井が俺の体をすり抜けて床とぶつかった。

想像以上に分厚く俺の身長の半分くらいある。

 

能力には軽くしろとしか念じていないのになぜすり抜けるのだろうか。

触ろうにも触れない。

まるで天井の感覚がない。

見えているだけだ。

倒れた壁は天井に埋まってどこにあるのかわからない。

あったはずの水もどこかに消え、服も完全に乾いている。

 

天井から抜け出すとそこは大部屋のようになっていて全方向に12個のドアがある。

どうしようか。どれかのドアに入らなければいけないのだろうか。

能力を使ってドアの向こうを確認してもいいのだがそれだと面白くない。

ドアには番号が振ってあるので1番のドアを開けることにしよう。

 

 

気づけば俺は銃を握って壁に張り付いている。

隣でティルス人らしい男前も銃を持っている。

男前が俺に目配せして走り出した。

どういう状況だ。追いかければいいのか?

よく分からないがとりあえず追いかけて走ろう。

 

俺は首根っこを掴まれた。

後ろを向くとムキムキのおっさんがいる。

 

「何やってるんだ。お前はここで援護をしろ」

 

声も普通にかっこいい。

ここに来てまともな人が登場してきて嬉しい。

 

それはそうと援護とは何か。

そう思っているとおっさんが腰を指差して

 

「これを投げんだろ。どうしたんだお前」

 

と言ってきた。

俺は彼と関わった記憶がないのだがそういう設定なのか。

腰に付いている黒い玉を投げればいいのか。

壁の角から腕を少し出してたびたび銃弾が飛んでくるいかにも敵がいそうな方へ投げる。

 

「何やってんだボケ。もういいお前は引っ込んでろ」

 

おっさんは俺の頭を殴って前に出た。

俺の腰についている黒い玉をぶんどって、出っぱっているピンのようなものを爪で弾き思いっきり覗き込んで放り投げる。

そして手を握り込んだ。

 

刹那に爆音が上がった。

そして俺の意識は落ちた。

 

 

目が覚めたとき俺はボロ布にくるまっていた。

布は血の跡がべったりとついていて怖い。

臭い。何かが膿んだ匂いや腐った匂いがする。

激臭さんとは違うが明らかにこちらの方が不愉快だ。

左右に人がいて、俺にくっついていて窮屈だ。

耳が痛い。音が何も聞こえなくて怖い。

 

能力で耳を治すと途端に音が聞こえるようになった。

周囲からうめき声が上がっている。

ピラミッドを着けた部屋とは違う、切羽の詰まった悲鳴のようだ。

状況が把握できない。

視点を飛ばすと腕や足がもげていそうな人や頭がえぐれている見るからに死んでいそうな人、そして彼らを看取っている医者らしき人たちがいた。

こんな居心地の悪い場所には1秒たりとも居たくない。

立ち上がって人を踏まないように気をつけながら部屋の向こうにあるドアの方へと向かう。

 

外に出ると兵士のような格好をした人たちが慌ただしく動いている。

淡々と負傷者を運ぶ衛生兵がいる。

 

俺が建物から出たことに気づいた男がこちらに向かってくる。

優しそうな顔で好感が持てる。

 

「起きたかスアレス。どうしたんだよお前らしくもないミスして。モヤさんが死にそうになりながらお前を運んでくれたんだぞ。彼に感謝しにいけよ」

 

やけに馴れ馴れしい。これも俺が俺である前の関係なのか。

俺はスアレスという人物でモヤさんは誰だ。

わからないことが多すぎる。

もう記憶喪失のふりして乗り切ろうかな。

 

「すみません。どちら様ですか」

 

彼は一瞬固まっておどけたように笑いかけた。

 

「おいどうしたんだよ。ふざけてんのか」

「すいません。ふざけてないです」

 

しばらく会話をしていなかったもんだからティルス語が怪しい。

彼は笑顔を消して真剣な顔になった。

 

「本当か?冗談じゃないよな。俺の名前はディエスだ。聞き覚えあるはずだろ」

「聞き覚えはないです」

「モヤさんは流石に分かるだろう」

「分かりません」

「自分の名前は分かるか?」

「キーンです」

 

彼は少し泣きそうな顔になって

 

「ついてこい」

 

と言った。

連れてこられたのはさっきいた建物とは違う、テントだ。

中にいるのは白衣を着た老人で片足が義足だ。

 

彼が老人に事情を説明していく。

 

「なるほど。ではこれから君に検査をしよう」

 

老人が俺の目を真っ直ぐに見てくる。

眼力が強く思わず目をそらしてしまいそうになるが、不誠実なので耐える。

 

「君は昨日音響兵器で気絶したんだ。覚えているか」

 

音響兵器とはおっさんが投げた黒い玉のことだろう。

心当たりがあるのでうなずく。

 

「鼓膜も破れていて音が聞こえないはずだが聞こえているようだ。回復系の能力を得たのか

まぁいい次だ。君は兵士だ。どこの所属か分かるか」

「分かりません」

「そこを思い出せないということはもう君は兵士として使い物にならなくなっていそうだな

面倒だし訓練隊に入るといい」

 

そう言ってディエスくんと共に追い出されてしまった。

訓練生が訓練のなかで訓練隊に入るのか。もう意味がわからないな。




戦争の描写がわからない


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